SAO-銀ノ月-


 

prologue

 
前書き
注意!
1.この作品は作者の自己満足です。
2.出来るだけ気をつけますが、設定などが変かもしれません。

以上のことをスルー出来る心の広い方、お入りください。 

 
「またな。」

「また明日!」

小さい時から通っている剣道場を後にして、少年は帰宅した。
家には郵便物が届けられていた。
家族は留守のようで、玄関に放置されていた。

意外と重いダンボール箱を抱え、家の中に入った。

郵便物の受取人は俺だったが、何も心当たりはない。

とりあえず開けてみよう、と思いダンボール箱を開けてみると。

中には、ヘッドギアのようなものが入っていた。

なんだこりゃ、と思いつつ近くにあった説明書らしき本を取り出した。

タイトルはこうだ。
『ナーヴギア』

やはり心当たりはない。間違いだろうか。

更にもう一つの説明書らしき本を取り出すと、違うタイトルだった。
『VRMMORPG−<ソード・アート・オンライン>

…ああ、どこかで聞いた名前だな、とようやく思い至る。

確かネットとゲームに詳しい友人が騒いでいた。

いわく、新世代のゲーム。
いわく、フルダイブがどうのこうの。

ネットにもゲームにも詳しくない少年にとっては、何の意味もない情報だと思っていたが…
存外、役にたった。
『ナーヴギア』
説明書以外には、手紙が入っていた。
文面は、かいつまんで発表するとこうだ。
「フルダイブシステムにおいて、古流剣術が再現出来るかをテストするためにログインをして欲しい。

      茅場晶彦」

茅場晶彦という名前には聞き覚えがあった。
前出の友人からの話だが、この『ソード・アート・オンライン』のプログラマーということは。

これを少年は、茅場晶彦からの挑戦状と受け取った。
すなわち。
「そちらの古流剣術をこちらの最新技術は再現出来る。」
と。

少年は部屋で『ソード・アート・オンライン』をプレイする準備を早速整えた。
説明書によると、初期装備に日本刀はないようだったが、設定を作る画面にはあった。

茅場晶彦の特別な処置だろう。
少年の得物は日本刀だ。

説明書を途中で読むのを止め、<ナーヴギア>を被った。

家族へのメモも残したし、茅場晶彦の手紙も近くに置いておいた。

人生で始めてとなるフルダイブシステムを使ったゲームに、少年はワクワクしていた。

現在時刻は5時20分。
とりあえず、少し入ってみたかった。

「リンク・スタート」

こうして少年は
『ゲームであっても遊びではない』
世界に足を踏み入れた。

これは、<銀ノ月>と呼ばれる少年の物語。 
 

 
後書き
どうも、蓮夜です。
自分でもどうなるか分かりませんね、はい。

遊戯王も連載してるので、そっちもよろしく。
 

 

第一話

 
前書き
茅場晶彦による説明大会。 

 
「リンク・スタート」

現実世界のあらゆるノイズが遠ざかり視界は暗闇に包まれる。

その中心に広がる虹色のリングをくぐれば、そこは<剣が自分を象徴する世界>

<ソード・アート・オンライン>

「おお…」

第一層<はじまりの街>の中央広場に出て、その街の完成度の高さに感嘆の声があがる。

デジタル世界だと分かっていても、現実世界と錯覚してしまった。

「こいつは…ナイスな展開しゃないか。」

予想以上の出来につい、口癖が出る。
日本刀を持ったサムライ<ショウキ>は辺りをチラチラと見ながら歩き出した。

「しかし、本当に良く出来てるな。」

ネット初心者からしてみても、とても感動的な光景だった。
(とりあえず、アイテムでも買いに行くかね。)

自分とて、RPGの基本ぐらいは押さえているつもりだ。
まずはアイテムだろう。

ソード・アート・オンラインのサービスが開始されてかなり時間がたっている。
<はじまりの街>の中央広場にいるプレイヤーは俺のみであり、とりあえず回復アイテムを買いに店に向かった。


「ありがとうございました〜」

NPCの店員から、回復アイテム(ポーション)を買った。
NPCの出来も素晴らしく、一部一部に気を配っているようだった。

(さて、フィールドに出てみるか。)

回復アイテムを腰の小物入れに入れて、フィールドに出ようとしたその時。

時刻が五時半を回った。

直後。
世界はその有りようを、永久に変えた。
リンゴーン、リンゴーンという音が響く。

「これは−鐘の音?」

鐘の音が響くと同時に、<ショウキ>の身体を鮮やかなブルーな光の柱が包んだ。
(確かこの現象は、<転移>!?)

考えている間にも、<転移>は実行され、強制的に中央広場に飛ばされた。

「なんなんだ…?」

俺の疑問に答えてくれる者は当然いない。
だが、人はいた。
一万人近い人々が、俺と同じように転移してきたようだった。

「どうなってるの?」
「これでログアウトできるのか?」

「早くしてくれよ」
などの言葉が聞こえる…ん?ログアウト?

俺は嫌な予感がして、右手の指を二本揃えて真下に向けて振った。
こうすることで、メインメニューが開くのだ。

やはりというべきか。
メインメニューには、<ログアウト>のボタンが無かった。

つまりは−この世界から出られないということ−

周囲の人間よりいささか遅く異常事態に気づいた俺は、

「あっ…上を見ろ!!」

という声で反射的に顔を上に向けた。

そして、そこに異様な者がいた。
【Warning】
【SystemAnnouncement】
という単語と共に、上空に浮かぶローブ。

顔が無く、中身は空洞だった。

『プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ』

ローブが声を出した。
この異常事態について、何か説明があるにしては変だ。

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ。』

茅場、晶彦。
ネットに詳しくない俺でも知っている、表舞台に出て来ない時の人である。

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニュー画面からログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、<ソード・アート・オンライン>本来の仕様である。』

仕様…最初から、ログアウトボタンは無かったというのか…?
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』

城とは、何だ?
この<はじまりの街>にそんなものは存在しない。

『…また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合−』

わずかな間。

『ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

−俺は茅場の言うことが分からなかった。
いや、分かりたくなかった。
『−残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

途中聞き逃してしまったが、一番重要なところは聞いた。
でも、何がなんだか分からなかった。

『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言って良かろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線猶予時間のうちに病気その他の施設に搬送され、厳重な介護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して…ゲーム攻略に励んで欲しい』

「な……!?」
この状況でゲームを攻略しろだと?

「何を言っているんだ!ゲームを攻略しろだと!?ログアウト不能の状況で、呑気に遊べってのか!?」

誰かが声を張り上げた。
しかし、茅場の言葉は尚も続く。

『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、<ソード・アート・オンライン>はすでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。…今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントが0になった諸君のアバターは永遠に消滅し、同時に』

このゲームがもう一つの現実だと言うのなら。
『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

…予想していたとはいえ…自分のヒットポイントが尽きると同時に本当に死ぬ。
まさに、デスゲーム。

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べた通り、アインクラッド最上部、第百層までたどり着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを約束しよう。』

なるほど。
<この城の頂を極めるまで>か。

巨大浮遊<城>アインクラッド。
その頂まで。

俺たちはログアウトできず、自分たちの生活に戻ることはできない。
いつか、誰かがゲームをクリアしてくれるまで。
それまでに一度でもHPが0になれば−俺は死ぬ。

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。証拠のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

反射的にメインメニュー画面のアイテムストレージを見る。
そこにあったのは、手鏡だった。
恐る恐る手鏡を持ってみても何も起こらない。

(なんだこりゃ?)

−と。
突然、視界が閃光でホワイトアウトする。
ほんの2、3秒で光は消えて、元の風景が戻ってきた。

…一部を除いて。

「…俺…?」


手鏡に移っていたサムライのような顔は消え去り、代わりにあったのは、現実世界の俺の顔だった。
周りを見渡してみると、ファンタジー風の美男美女はコスプレをしている集団に変わっていた。


『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は−SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?これは大規模なテロなのか?あるいは身の代金目的の誘拐事件なのか?と』

そんなことは知るか。

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら…この状況こそが、私にとって最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』

短い間。

『…以上で<ソード・アート・オンライン>正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の−検討を祈る』

その言葉を最後に、茅場晶彦のローブは消えていった…

「嘘だろ…なんだよこれ、嘘だろ!」

「ふざけるなよ!出せ!ここから出せよ!」

「こんなの困る!このあと約束があるのよ!」

「嫌ああ!帰して!帰してよおおお!」
様々な反応を見せるプレイヤーの中、俺は…怒りに震えていた。
ふざけるな…観賞だと?そんなものの為に多数の人を殺し、残りの人を閉じ込めたというのか?

「ふざけるな…!」

俺はついさっき、あいつに「また」と言ったんだ。
「また明日!」と、約束したんだ…!

「…約束は守る。」
回復アイテムであるポーションは買ってある。
騒ぐプレイヤーたちの列から出て、フィールドを目指す。

HPが無くなったら本当に死ぬデスゲーム。

「…ナイスな展開じゃないか…!」 
 

 
後書き
見切り発車にも程があるなぁ… 

 

第二話

 
前書き
まだ本編に追いつきません。
早くヒロインたちを出したい… 

 
茅場の演説の後、とりあえず俺は<はじまりの街>からフィールドに出た。


だだっ広い草原で、一人歩いていた。

「って…どうすれば良いんだ…?」

所詮はネット初心者だ。
フィールドに出たは良いけどなにをしろと?

「…ナイスな展開じゃないな…」

次の街がどこにあるのかも分からないし、どこに敵がいるかも分からん。

「……」

もうとりあえず歩こう。
そうだ、歩けばどこかにたどり着くだろ。

若干ヤケになって歩くことにする。
この世界のことを考えながら。
<ソード・アート・オンライン>
天才プログラマー茅場晶彦により作られたゲーム。
…否。デスゲーム。
ここに捕らえられてしまったが、自分は何をすべきだろうか。

ゲームの攻略?
商人?
トレジャーハンター?
犯罪者?

…どれもしっくり来ないね。

何となくだが、今の自分は大切な何かを忘れているような気がするんだよなぁ。
何だろうか、この違和感は。

「…ん?」

草原を歩いていたところ、ようやく人を見つけた。
彼も俺と同じく一人で、全身真っ黒の服をしていた。

まあ、俺も全身真っ黒だけどな。

「ちょっとそこの人!」

「!?」

え〜…
俺はただ普通に挨拶しただけなんだけど…
凄い警戒されてんだけど。何故?

挨拶をしてこっちを警戒してる奴は全身真っ黒の格好をした片手剣士。

女の子みたいな顔をしてるが、男だろう。
多分。

「俺の名前は<ショウキ>って言うんだが、あんたの名前は?」

「…<キリト>だ。」

随分無愛想な奴だな。


−って、そりゃそうか。

このデスゲーム、プレイヤー間での殺し合い、俗に言う<PK>もありなんだよな。
そこまで行かなくてもアイテムの強奪とかする奴はいるだろう。

警戒するのは当然か。

「じゃあキリト。聞きだいことがあるんだが。」

「何だ?」

「次の街ってどっちだ?」

−キリトの警戒が強くなった。
何でだよ!?

「…お前、<ベータテスター>じゃないのか?」

「……<ベータテスター>って何?」

目の前のキリトから警戒は無くなったが、代わりに驚きと呆れがミックスされたような顔をされた。


−数分後−

俺がネット初心者であることを告げると、キリトはずっこけた。

<ベータテスター>とは、元βテスター。
つまり、デスゲームになる前のSAOをプレイしていたテストプレイヤーであるらしい。

「ショウキ、お前何にも分からないのに出て来たのか?」

「ここらへんはまだ危険も少ないだろうしな。」

あともう一つ。

「それに、茅場晶彦をブった斬ってやりたいし。」


「……」

キリトは無言。
恐らく、このゲームが本当にデスゲームなのか分からないのだろう。

俺だってそうさ。

いきなりゲームの中に閉じ込められて
『今からデスゲームが始まります』
と言われても訳が分からない。
てか分かるか。

しかし、今は。
理性では理解出来ないが、本能…と言うより勘は今は本当にデスゲームだと告げていた。
茅場晶彦はやりかねない、と。

「ところで、次の街はどっちなんだ?」

最初からそういう話だった。

「次の街は…」

そこまで言って口を噤むキリト。
教えたくないのかよ。

「キリト?」

「あ、ああ悪い。…ちょっと、<はじまりの街>に置いてきたフレンドのことを思いだしたんだ…」

「置いてきた?」

キリトは自嘲気味に笑いながら続けた。

「デスゲームになる前のSAOで、ショウキと同じフルダイブ初心者に『ちょっとレクチャーしてくれよ』って頼まれてさ。押し切られてレクチャーしてたんだよ…」

訥々とキリトは語り出す。
…誰かに聞いて欲しかったんだろう。

「他のゲームだとスライムぐらいの強さの猪に、ソードスキルもまともに使えなくてやられそうになっちゃって。それでもなんとか倒したからさ。
『そいつは他のゲームだとスライムぐらい』
って教えてやったら、
『中ボスぐらいかと思った』
とか言いだす面白い奴だったんだ…」

…確かに、ここだけ聞くと笑い話だよな。
笑えないが。

「んで、そいつと一緒に茅場の宣言を聞いた後
『一緒に次の街に行こう』
って誘ったんだが、そいつはこう返したんだ。
『他のゲームで一緒だった奴を放っておけない』
…俺にもっと力があれば、そいつも、そいつの仲間も連れて次の街に迎えたのにな…」

キリトの独白が終わる。

「…悪かった。初対面でこんな話して。次の街は…」

「キリト。お前は間違っちゃいない。」

俺はそんなに口が上手い方じゃないが、これは言わねばなるまい。

「そいつ−名前、なんて言うんだ?」

「<クライン>、だが…」

<クライン>ね。
迷宮の名前だっけ?

「そのクラインの仲間も一緒に連れて行って、仲間、ないしクラインが死んだら<はじまりの街>を出ようって言ったキリトが責任をとることになる。…普通の人間は、そんなこと出来ねぇよ。」

人間一人の命を背負う。
今まで普通の人間だった奴には無理な話だ。

「だから、お前は悪くない。」

「………」

キリトが沈黙する。

…言い過ぎたか。

「あ〜、悪い。こっちこそ初対面で偉そうなこと言っちまった。」

「いや、ありがとう。…おかげで少し、楽になった気がする。」

おおう、予想外。
まさかお礼を言われるとは。

「だったらお礼ついでに俺を次の街に連れてってくれよ。<クライン>の代わりにな。」

俺の図々しい頼み事に、キリトは笑いながら溜め息をつくのだった。 
 

 
後書き
原作主人公との遭遇。

主人公のキャラ紹介はもう少し後で。
 

 

第三話

 
前書き
九巻《アーリー・アンド・レイト》の序盤あたりの話です。

ヒロイン誰にしようか… 

 
キリトに案内を頼むことに成功した俺は、初期能力の敏捷値の許す限り走っていた。

何でもキリトが言うには
『比較的安全な草原フィールドはすぐにプレイヤーで一杯になる。とりあえず次の街を拠点にした方が良い』
との意見により次の街<ホルンカ>に向かっていた。

フルダイブ慣れしているだけあってキリトの足が速く、ついて行くので精一杯だ。

「意外と速いな。普通初心者ってのはもう少し遅いんだけど。」

「お褒めに預かり光栄だね!!」

キリト曰わく、初心者にしては早いらしいが、それ以上にキリトは速い。

もうこれはフルダイブ慣れと言うより天性の才能だろう。

「…お前、本当にフルダイブ初心者か?こんな速度で走るの、ビーターにもできなかったぞ。」

「お前はそんな速度で初心者相手に走ってたのか!?」

ナーヴギアは、脳から伝達されて俺たちのアバターを動かしているらしい。
ならば、伝達力・反応力が良ければ、アバターの動きも良くなる筈である。

二つ共、ネット中毒者よりは優れているという自信があった。

伊達に生まれた時から剣道をやっているわけじゃない。

…と、思っていたものの、上には上がいた。

「そういやショウキ。聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「んー?内容によってはな。」

「何でお前日本刀持ってんだ?それ、レア武器だろ?」

キリトの言葉にそういやそうだったな、と日本刀は初期装備で無いことを思いだす。

「いやあ、さっき言った通り俺はネット初心者なんだけど、家にSAOが届いたんだよ。茅場からな。」

「かっ…茅場晶彦からか!?…お前、何者だよ…?」

「期待外れで悪いが、そんな大物じゃないぜ?俺はある古流剣術の跡取りでな。昔から剣術を習っているんだよ。」

あ、こういう奴にありきたりな
『俺は別の道に進んで自分の夢を掴む!』

みたいな事は一切無いから。
剣術も楽しいしな。

「んで、茅場から手紙とSAOが届いたんだよ。
『そちらの古流剣術がSAOで使えるかログインして欲しい』
ってな。」

なんでログインしちまったかなぁ…

今から考えるとすげぇ怪しいよ。

「へぇ…で、使えるのか?」

「いや、ログインしてすぐ茅場の演説が始まったからな。まだ試してないから、<ホルンカ>に着いたら試すさ。」

「止まれ!」

深い森が見えたところで、前を走っていたキリトが突然止まる。
なんとか反応し、俺も止まった。

「…どうした?」

「ここから先は無視できる芋虫や猪といった雑魚とは違って、この森には毒蜂やら捕食植物とかがいる…慎重に行くぞ。」

キリトが真剣そのものの顔で語る。

「ナイスな展開じゃないか…大丈夫だ、俺は死なない。約束だ。」

むしろ気楽に返し、二人で森の中へ向かった。


「ハアッ!」

森の中を走っていて運悪くPOPした巨大植物をキリトが単発ソードスキル《スラント》を弱点にクリティカルヒットさせてバシャアッ!と音をたててポリゴン片となり爆散する。

…すげぇ…

「ん?どうしたショウキ?」

初期装備である簡素な片手直剣をしまいながらキリトが俺に問いかけてくる。

「…あのな、お前強すぎないか?」

「…ただゲームが上手いだけだよ。さあ、行くぞ。」

キリトは自嘲気味に笑って先を促した。

それからも何度かモンスターがPOPしたものの、キリトが片っ端からたたっ斬ってしまうので俺にやることはなかった。


「まったく、ラッキーだな。お前がいて。」

「あのな、ずっと俺がいるわけじゃないんだ。お前も敵のパターンを…」

「毒蜂は毒針に気をつければただの雑魚。その毒針が出るのは一定のタイミングがある。捕食植物は花の下の点を突けば一撃。代わりに他の部位にはダメージは低い。」

俺がキリトの戦闘を見て分かったことを述べると、キリトは言葉を噤み驚いた。

「お前、俺の戦闘を見ただけでそこまで分かったのか!?」

「俺は人より少々目が良くてね。」

目ってか胴体視力だけどな。
ネットに詳しい友達には『心眼(真)』とか言われたな。

良く分からん。

「ま、流石は古流剣術の跡取りってことか。」

「そう思ってくれりゃあ良い。」

まさか、剣術で鍛えた胴体視力がこのデスゲームで役に立つとは予想もしてなかったがね。

「…そろそろ<ホルンカ>に着くな。ここからはモンスターもPOPしない筈だ。」

「そりゃあ良かった。」

夕日が綺麗な時間に来れて良かったな…

「ショウキ。さっき俺が倒したモンスターのアイテム、俺に必要ないアイテムがあったから…」

「キリト!前だ!!」

キリトが後ろを向いてこちらに話しかけて来た時、キリトの少し前にモンスターがPOPしていた。

「なにっ!?」

キリトが片手剣を構えて隙無く構える。」

POPしたモンスターは深緑色のトカゲ人間−《リザードマン》だ。
右手に持ったシミターでこちらを見てくる。

「キリト…モンスターは出ないんじゃなかったか?」

「βテストの時はそうだったが…茅場の野郎…!」

《リザードマン》の数は三体。

カーソルの色は紫がかっているように見えるので、レベル1である自分より少し上…レベル4ぐらいだろうか…だと言うのが分かる。

「三体ぐらいなら俺一人でなんとかなる…ショウキは下がっててくれ!」

「…どうやら、そうはいかないらしい…」

先程までいた場所−つまり、俺たちの後ろに新たなリザードマンがPOPした。

俺たちは六体のリザードマンに囲まれてしまっていて、逃げ場が無かった。

「俺が速攻で三体倒す!ショウキはなんとか耐えててくれ!」

言うや否やキリトは正面のリザードマンに向かっていく。

「分かってる…約束は守るさ…!」

腰に帯びている日本刀を抜く。
初期装備らしく、簡素な作りだった。

これだったら自分の方が上手く作れるだろう。

「さあ、行くぞトカゲ共!」

キリトを習ってダッシュし、説明書で読んだ単発ソードスキルを放つ。
狙いは…左の奴だ!

俺の突きは左のリザードマンに直撃し、HPゲージを削る

はずだった。

リザードマンのHPゲージはまったく減らず、効いていなかった。

リザードマンはギョロリと俺の方を見ると、右手に持つシミターによる斬撃を放ってきた。

「当たるか!!」

キリトのステップを真似てリザードマンの斬撃を華麗に避けようとしたが、やはりというかクリティカルヒットした。

「がぁぁぁッ!」

斬られた感覚が俺を襲う。
キリトの話に出てきた男、クラインのようにシステムアシストを使えていない。

自分で言うのは何だが、俺の動きは完璧だ。


(システムアシストが発動しない…!?)

考えている間にもリザードマンは攻撃をしてくる。

いや、むしろチャンスだと思うことだろう。

リザードマンAの正面から来る斬撃を日本刀で受け、鍔迫り合いになる。
だが、その間にリザードマンB、Cの斬撃が日本刀をすり抜け、俺の身体に命中する。

「このっ!!」

日本刀を力任せに振り回しリザードマンたちを引き離す。
相手はシミター、こちらは日本刀だ。

重さはこちらの方が上。

リザードマン三体から距離をとり、自分のHPゲージを確認する。

…もうレッドゾーンに入っていた…

「ハアッハアッハアッ…」

息が上がる。
…SAOでも息が上がるんだな…

そんなことを考えながら息を整える。

再びリザードマンが先程の攻撃を繰り返して来たらジ・エンドだ。

「そういや、HPが0になったら死ぬんだよな…」

日本刀を構え直す。

「ナイスな、展開じゃないか…!」

現実世界で待つアイツには
「また。」
と。
後ろで戦うキリトとは
「死なない。」
と。
約束した。

「約束は破らない…」

キリトが来るまで持ちこたえてみせようと、相手の斬撃を防げるように日本刀を構える。

さあ、来い!

俺が覚悟を決めた瞬間、リザードマン三体も攻撃を仕掛けて来た。
先程も言った通り、次に来たらジ・エンドだ。
俺は死ぬ。

(悪いな、二人とも…)

その思考を最後に、リザードマンたちの攻撃は俺を貫いた。








…と、思った。

「あれ?」

自分の身体を見てみると、最初にやられたところ以外はどこも無事だった。

それどころか、俺はリザードマン三体の後ろに回っていた。

確かに、俺にはそんなことが出来る。

『現実世界』では。

<縮地>と呼ばれる移動方法で、瞬時に相手の間合いを詰めたり、相手の死角に跳ぶ移動方法。

試しにもう一回やってみる事にする。

ヒュッ!

聞き慣れた風切り音がして、俺は再びリザードマン三体の死角に回っていた。

リザードマン三体は反応出来ず、まださっきいたところを見つめている。

「なんだ。そういうことか。茅場の馬鹿野郎…」

その声に反応したか、リザードマン三体が一斉に後ろを振り向く。

「邪魔だ。」

刀を一回鞘に納め、素早く斬りつける!

「抜刀術《十六夜》」

鞘から放たれた稲妻のような剣閃は、いとも容易くリザードマン三体を切り裂いて、消滅させる。

「生き残った、か。」

ショウキが考える茅場の考えはこうだ。

まず、俺のナーヴギアに細工をしておき、戦闘用システムアシストを使えないようにしておく。
代わりに普段からショウキが使っている剣術を使えるように細工をした。

「何考えてんだか…」

「ショウキ!大丈夫か!?」

あっちも三体片付けたようなので、回復用ポーションを飲みながらキリトの元へ歩いていった。



−ショウキは当然知らないことだが、このデスゲーム、<ソード・アート・オンライン>は『レベル制MMORPG』と呼ばれるレベル差が絶対の強さであるゲームだ。

しかし、今のショウキはシステムアシストが使えないため、自らの剣術・胴体視力を頼りに戦う。
それはいわゆる
『スキル制MMORPG』
の戦い方だ。

ショウキは、このデスゲームの中、一人だげ別のシステムでプレイしているのだ。

茅場晶彦が仕掛けた
『バグ』であるショウキがSAOで何をするのかは、まだ誰にも分からない… 
 

 
後書き
ちょっと、更新が遅れます。

理由は活動報告にて!
 

 

ショウキ・プロフィール

 
前書き
更新が遅れますのでとりあえず主人公のプロフィール。 

 
PCN-ショウキ

異名-銀ノ月

性別-男性

身長-175cm

容姿
黒い和服の上に黒いコートという謎な格好をしている。

武器-カタナ(本人は日本刀と呼ぶ)-銀ノ月

レベル-xxxx。

プレイヤータイプ
傭兵


システム的な数値は意味をなさないため、能力、レベル等は不明。

スキル
カタナ-0/1000
鍛冶-900/1000
料理-300/1000

カタナスキルはいくら使っても0のまま。鍛冶スキルは自分の剣を造りたい為に上げた。
料理スキルは美味いお茶が飲みたかったため。
他、ダンジョン探索用のスキルを持つ。

システム外スキル
《心眼(真)》
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。
逆転の可能性がゼロではないなら、
その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

《戦闘続行》
往生際が悪い。瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

《斬り払い》
基本的にどんな物でも斬り払いをすることが出来る。

《気配探知》
索敵スキルカンスト並みの反応をする。

他にも、《見切り》など基本的なことは可。

性格
基本的に楽観主義者。
そんな性格から、デスゲームとなったSAOを意外と楽しんでいたりする。
しかし、そんな風に考えられるようになったのはつい最近とのこと。

『約束は必ず守る』ことを心情としていて、約束を守る為に無茶な行動をする事がある。
傭兵と言うが、実際は中層プレイヤーのなんでも屋である。攻略組から依頼されることもあり、意外と人気。
ボス戦にも《KoB》や《DDD》に駆り出されて参加している。

口癖
「ナイスな展開じゃないか…!」

備考
茅場晶彦の仕込みによりナーヴギアがバグっており、戦闘用システムがまったく働かない。
代わりに自らの剣術で戦うため、《ソードスキル》に慣れている相手プレイヤー・相手モンスターには圧倒的な力を発揮するものの、身体が五体不満足になると戦えなくなる。(システムアシストも剣術も使えなくなる為)

刀はドロップ品ではなく自作。



 
 

 
後書き
足りない物・分かりにくい物・変な物を見つけたら連絡ください。 

 

第四話

 
前書き
《黒の剣士》編、始まります! 

 
−そういや、こんなこともあったなぁ…

今は懐かしき<はじまりの街>での話だ。

なんとはなしに、思いだしていた。

なんでかね?

俺−プレイヤーネーム《ショウキ》−が今いるところは、第50階層の街、<アルゲート>だ。

人も街もとにかくゴチャゴチャしていてあまり俺は好きではない。

「このゴチャゴチャ感が良いんじゃないか。」

とのたまうフレンドもいるにはいるが、それにはとても同意出来そうにない。

人混みは苦手だ。

「い、よっと…」

ベッドから起きると、いつもの服に身だしなみを整える。

黒い和服の上に、黒いコート。

動きやすい和服に(本来は動きにくいようだ。俺は動きやすいのだが。)俺が付けることが出来ないスキル《隠蔽》のスキルが発動し、なおかつ暖かい黒コート。

なかなかに合理的な服なのだが、フレンド内では不評だ。

いつもの格好になると、俺は二階のドアを開けた。

ここで、突然だが愚痴を聞いて欲しい。

このデスゲームにおいても、当然ながら衣食住は必要となる。

だが、俺は衣食住の内、《衣》と《食》にはまあまあ満足しているものの、《住》はどうにもならない状態だ。

何故かというと、普通のプレイヤーはとりあえず気に入った街に部屋を借り、そこを<ホーム>として活動−クエストや攻略−をしている。

しかし、俺にはそれが無い。
<ホーム>が。

金が無いわけじゃない。
ポーションや結晶を買うぐらいにはあるのだが、家を買うほどのお金がないのだ。

「だったら家を借りれば良いのでは?」

という声が聞こえてきそうだ。

てか実際に言われた。

そこに問題が発生する。

俺は仕事をやっている。

《傭兵》の仕事だ。
リソースの奪い合いが原則であるMMORPGにおいて、対価を要求するとはいえ他のプレイヤーを強化している俺の仕事ははっきり言って、異常だ。

というか、異常らしい。

そこは俺がMMORPG…ないし、ネットゲーム初心者であるからだろう。

頼まれたら基本的になんでもやる…犯罪を除く…という仕事なのだが、その仕事上、収入が不定期。

ポーションや結晶を買う為にも使うし、たまに騙されて殺されかけられることもある(MPKと言うらしい)

後、もう一つ理由はあるが…まあ、良いだろう。


いつかおいおいにな。

階段を降りて、一階の店となっている部分に到着する。

「おはよう、エギル。今日もあこぎな商売してるか?」


「おお、起きたか。安く仕入れて安く提供するのがウチのモットーなんでね。」

商人であると同時に斧戦士でもあるプレイヤー《エギル》と挨拶を交わす。

エギルの店はまだ開店前であり、人は俺たち以外にいなかった。

「泊めてくれてありがとさん。また金に困ったら来させてもらうぜ。」

「おっと、少し待て。」

エギルは俺を呼び止めると、自分のメニュー画面を操作し始めた。

数秒後、俺のメニューが開き、トレードウィンドウが自動で表示される。

『1000コル』と表示されている。

「なんだこりゃ?」

「昨日、お前に依頼して狩ってきてもらった素材がなかなか売れてな。ささやかなお礼って奴だ。」

「…へぇ。ま、もらえるもんは貰っとくさ。」

エギルは俺の傭兵業務のお得意様だ。
こいつの依頼を優先させる代わりに、こいつの店に泊めてもらう。

まさしくギブ&テイク。

「んじゃ、今日も死なないぐらいに…」

頑張っていきますか。と言おうとしていた所に、一人の男が店のドアを開けて乱入してきた。

「おい、アンタ!まだウチは準備中だ!」

エギルが声を張り上げて抗議すると、その男は顔を上げた。

「すいません!ですが、ここに《銀ノ月》はいませんか!?」

《銀ノ月》と言うのは俺の日本刀の名前だ。
何故だか、俺の通り名になっている。

ま、あんまり有名ではないがね。

それより、乱入して来た、銀の鎧を付けた男に、俺は見覚えがあった。

「ここにいるぞ、《ホランド》」

中層のギルド《シルバーフラグス》のリーダーだ。

何度か依頼を受けてはいるが、基本的に中層のギルドは十分以上に安全マージンを取ったプレイ。

最前線の攻略組ならともかく、あまり危険はない。

「…ショウキ…ショウキ…」

俺の顔を見た途端、ホランドは泣き崩れていた。

…他のギルドメンバーが見当たらず、リーダーはこの状態。

これは…

「…何があったんだ?」

「…《シルバーフラグス》が…壊滅した…」

やはりか…
外れて欲しい予想が当たってしまった。

ホランドの話では、

突然、『ギルドに入りたい。体験入団させてもらえないか』

と、話してきた女性のグリーンプレイヤーが現れた。

気のいい彼ら−ギルドメンバーは仮入団を承諾。

しばらく一緒にクエストなどをこなしていた。

それから数日。
ダンジョンの攻略を終え、疲弊している時に狙いすましたかのように、オレンジプレイヤーたち−犯罪者たち−が襲来。
転移結晶で逃げようとしたところ、その女性プレイヤーがこちらに攻撃を仕掛けてきた。

彼女はオレンジプレイヤーたちの仲間で、最初からギルドを壊滅させる為に仮入団したのだと言う。

驚いている間にも、オレンジプレイヤーは自分たちに迫り、ホランドはなんとか脱出に成功したものの、…他のギルドメンバーは、脱出するホランドの前で殺されたらしい…

「…ちくしょう…!あの女が…ちくしょう…」

ホランドは話している間も、泣き続けていた。

「それで、ホランド。俺に…いや。《銀ノ月》に何の用だ。」

「…そのオレンジギルドを、監獄送りにして欲しい…!」

監獄送り、か。
殺人だったら断るところだったな。

「金なら、この装備を売って必ず準備する!監獄送りにする為の回廊結晶も、全額はたいて買った!…だから!」

言葉を切り、ホランドは深々と頭を下げた。

「…頼む!」

正直に言うと、収入と支出の計算が合わない。

オレンジギルドを壊滅させる程の労力を使って、得るのは薄汚れた防具を売っ払って得た二束三文だ。

無理無理。

「装備は売るなよ。この世界で生き残るのには必要だからな。」

「…え?」

俺以外には、こんな依頼受ける奴いないって。

「金なんぞ要らん。その依頼、この《銀ノ月》ショウキが引き受けた。」

ナイスな展開じゃないか…!





 
 

 
後書き
シリカはまだ出ません…ファンの方、期待していた方、すいません…

見切り発車したこの作品を、お気に入り登録してくれた方々、ありがとうございます!

 

 

第五話

 
前書き
シリカとの出会い。

ヒロインにするかは考え中。 

 
「ハアアアアアッ!」

日本刀《銀ノ月》による斬撃に、運悪く俺の前にPOPしたモンスター、《フォレストウルフ》が砕け散る。

そういや、武器を振る時に、気合いを入れた叫び声を出すのは日本人だけだったらしい。

西洋の戦いは、斬り合っている時も終始無言だそうだ。

「って、んなことはどうでも良いか…」

つい、頭に出てきた豆知識に自分でツッコミを入れる。

ホランドの依頼を受けてから、オレンジギルド《タイタンズハンド》リーダーである、槍使い《ロザリア》が今いるというギルドが、ここ、第35階層サブダンジョン《迷いの森》に来ているらしい、という情報を貰った俺は、その《迷いの森》に来ていた。

多数いる知り合いから大量の情報を貰った…どうやら、意外と、情報屋たちには《タイタンズハンド》は有名なようだ。

その手口とは、ホランドたち《シルバーフラグス》が襲われた時と同じように、目標のギルドに一人のグリーンプレイヤー…担当者はロザリア…が入り込み、あらかた情報を集めて、レアアイテムをゲットしたら傷ついたところを襲撃する。
という感じらしい。

「さて。」

ロザリアが今いるというギルドを見つけ、そいつらの後をつけて〈タイタンズハンド〉が現れたら、一網打尽。

という作戦なのだが…

肝心のロザリアが今いるギルド《ミッシングリンク》が見当たらない。

それもその筈。
ここ、《迷いの森》は文字通りの場所。

数百のエリアに分割され、なんでだか良く知らんが(確か、買った情報によるときちんとしたギミックがあったが、忘れた)自分がどこにいるか分からなくなる。

近くの街で、高価な地図アイテムを買えば迷わないらしいが…あいにく、買っていない。

転移結晶を使っても、近くの森に飛ばされるだけという、えげつないダンジョンだ。

「そんなところから、どう見つけろと?」

自分の作戦の未熟さに自分で呆れる。

と、言っても歩くしか無いわけだ。

「ま、いつかは見つかるだろ。」

−それから数時間後−

「いねぇ!」

もう夜も深まり、視界の悪い森の中にいるのは俺くらいだ。

俺自身のシステム外スキル、《気配探知》は近くのプレイヤーやモンスターたちは分かるが、自分を意識していない遠くのプレイヤーのことは分からない。

それが、普通の《索敵》スキルと違うところだ。

それが今回は仇となった。

しかし、自分には《索敵》スキルは使えない。

無い物ねだりをしても仕方がない。

「ホランドには悪いが、出直すか…。」

昼も夜も無いダンジョンならともかく、視界の悪い夜の森の中で狩りをする馬鹿はいまい。

帰ろう帰ろう。

そう思ったが。

「どうやって帰れば良いんだ…?」

迷った。

その時。

ガキィィィンと、剣の音がした。

それほど大きい音と言うわけではなく、静かな夜の森だからこそ聞こえたのだろう。

「ま、どうせ当てもないしなぁ…」

音がした方向へ歩くことにした。

…脱出方法を教えてもらう為に。

しばらく歩くと、転移門に着いた。

これで脱出出来る…と思うほど、俺は楽観視をしていなかった。

なにしろ、このデスゲームを作り上げた奴は、性格が悪い。

とにかくモノは試しだ。
転移門に入り、転移する時特有のライトエフェクトと共に場所が変わる。

…出口には見えないが。

出口が無かった代わりに、別のモノがあった。

第35階層サブダンジョン《迷いの森》最強のモンスター−《ドランクエイプ》

それも三体だ。

それよりも俺の目に入ったのは、その三体のドランクエイプに回避を考えていない突撃を繰り返す、少女のプレイヤーだった。

レベル自体は、充分に安全マージンをとっているようで、攻撃力の高いドランクエイプの棍棒に直撃しても、思ったよりダメージを受けない。

しかし、無視出来ないHPゲージになっているのに、一番後方にいるドランクエイプに恨みでもあるのか、そいつだけを執拗に狙っては他二体の棍棒に叩かれている。

…生き残る気が、無いのか?

《銀ノ月》を鞘から抜き、いわゆる《突き》の態勢になる。

そこから、高速移動術《縮地》にて少女が狙っている、ドランクエイプの三体目に向けて突撃をした。

少女もまた攻撃をしようとしていたようだが、反応速度の差か、俺の突きの方が速くドランクエイプに迫る。

「刺突術《矢張月》!」

ドランクエイプの顔面に《銀ノ月》を直撃させ、一撃でHPゲージを0にする。

所詮は35階層のモンスター。
依頼によっては、最前線のモンスターを狩ることになる俺にとっては、ただの雑魚だった。

《縮地》で追い抜いた二体のドランクエイプはまだ俺に気づかず、少女に攻撃しようとしていた。

急いで《銀ノ月》を鞘に納め−

−一気に抜き放つ!

「抜刀術《十六夜》!」

銀色の剣閃に、二体のドランクエイプはまとめて切り裂かれる。

へたり込んでいる少女に、俺は我慢が出来ず叫んだ。

「馬鹿野郎!死ぬつもりかお前は!」

−それが《竜使い》プレイヤーネーム《シリカ》との出会いだった。
 
 

 
後書き
…戦闘シーンが特に酷い。

どうやって書けば良いんだ…?
 

 

第六話

 
前書き
テスト中って小説書きたくなりますね。

Let's 現実逃避! 

 
あ〜しまったな。

確かに怒ってたとはいえ、こんな女の子を怒鳴りつけてしまった。

…最低だな、俺。

「ええと…」

しかし、怒鳴りつけた手前話しかけづらい。

どうしたものか…

「お願いだよ…私を一人にしないでよ…ピナ…」

少女は青い羽根を持ちながら泣き続ける。

「ピナ…?」

どっかで聞いた名だ。

泣き続ける少女を見て、ようやく思いだした。

《龍使い》の名をを持つビーストテイマー、《シリカ》

小型モンスター、《フェザーリドラ》のテイムに、この世界で唯一成功したプレイヤー。

年齢は十三歳ほどではあり、プレイヤーのほとんどが重度のネットゲーマーであるSAOをプレイしている中では、年齢はもっとも低い方だろう。

可愛らしい容姿と、そのフェザーリドラから、中層プレイヤーからはアイドル扱いされているらしい。

で、本人はそのアイドル扱いに若干酔っている…自分は特別である、と考えている節がある…と、知り合いからは聞いたな。

ピナと言うのは、その使い魔モンスター、フェザーリドラの名前。

…それがいないと言うことは…

「大丈夫だ、モンスターはもういない。」

シリカの手に、そっと自分の手を乗せる。

…これぐらいが限界だな。

これ以上行くと、『ハラスメント防止コード』に引っかかり、シリカがOKボタンを押すだけで、俺は一瞬の内に《黒鉄宮》へ送られ、監獄送りだ。

「君の友達を守ってやれなくてすまなかった。
…とりあえず、泣き止んでくれ。」

ゆっくりと。
諭すように言った。

「…いいえ…すいません…助けてくれて、ありがとうございます…」

俺の舌っ足らずな言葉も多少効いたのか、流石にまだ目の端には涙があったが、とりあえず話はできるようだった。

目の前で少女が泣いているのに、放ってはおけない。

男に遺伝子レベルに刷り込まれたことである。

…まあ、目の前で少女が泣いていたら興奮する、とか言う奴がいたら、速攻で監獄送りにしてやるが。

「君は確か…龍使いのシリカ、だよね。」

「…はい…」

青い羽根を持ちながら、なんとかといった様子で立ち上がる。

ん?てか青い羽根?

「…その羽根…もしかしてアイテム登録されてない?」

SAOでは、消滅する時は全て消滅する。

一片たりとも残らないのが普通だが…

シリカが羽根をクリックすると、半透明のアイテム画面が現れる。

名称 《ピナの心》

「待った待った泣かなないで!」

シリカが再び泣きそうになるのを止め、アイテムを取りだす。

取り出したアイテムは、《メモ帳》

何の変哲もない、ただのメモ帳だ。

まさにメモ帳・オブ・メモ帳…すいません。

「ええと…確か…」

つい最近聞いた話だ。

いつか使えると思ってメモ帳に書いたが…あったあった。

「四十七層の街、《フローリア》にあるサブダンジョンに、使い魔専用の蘇生アイテムがあるらし」

「本当ですか!?」

俺の言葉の途中でも、途端に食いついてくるシリカ。

「…でも、君のレベルは…?」

「あ…」

デスゲームとなったSAOでは、階層+10レベが適性レベルと言われている。

ここ、第三十三階層にいるのだから、シリカのレベルは恐らく43程度。

フローリアに行くには10レベ以上足りない。

「…でも、情報をくれただけでもありがたいです。…頑張ってレベルを上げれば、いつかは…」

「…それが…蘇生できるのは、死んでから三日以内らしいんだ…」

「…そんな…」

俯いて、涙を一粒流すシリカ。

「ちゃちゃっと俺が行っても良いんだが…使い魔の主がいかないと駄目らしいし…相変わらず性格が悪いな、あの野郎…」

茅場だ。

「…その、ありがとうございます…とりあえず、今日と明日レベル上げした後、行ってみます。」

「人の話聞いてたか!?駄目だ!死ぬぞ!」

二日間でレベル上げしても、五レベ上がれば良い方…らしい。

目の前にいる人間を、みすみす死なせられるかよ…!

トレードウィンドウを呼び出し、シリカが使っているらしい、短剣と軽装の鎧のレアアイテムをシリカに渡す。

「…え?」

「俺が持ってる中で、出来るだけ強いのを渡した。レベルが三ぐらいは上がる強さの筈だ。」

「は、はあ…」

状況が読み込めず、ポカンとなるシリカ。

すまないホランド。

お前も男なら分かってくれ。

「俺も一緒に行く。そうすれば、多分死ぬことは無い。」

自殺するのと同じことを、放っておけるわけがない。

「…な、何でそこまでしてくれるんですか…?」

シリカが怯えたように後ずさる。

あ、そうか。

SAOは基本的に、
『上手い話には裏がある』
が、通説だ。

…ふざけた通説だ。

「人が人を助けるのに、理由なんているのかよ!」

シリカの心に届くように、叫んだ。

そして、
ずっと泣いていたシリカは、ようやく笑ってくれた。

アイドル扱いされるのも納得の、可愛らしい笑顔で。


 
 

 
後書き
無意識にシリカをヒロインにしようとしている自分がいる…

誰か助けて!

 

 

第七話

 
前書き
…現実逃避って怖い。

まさかの連続投稿です。

シリカ目線より。 

 
男の人の最初の印象は、怖い人だった。

ピナを、自分のワガママで殺してしまって、とにかく目の前にいる敵を無視して、ピナを殺した奴だけを狙った。

その時、真横を風が走り去った。

日本刀を装備した男の人が、一瞬の内に三体のモンスターをポリゴン片にする。

その迫力に、私はその場にへたり込んでしまっていた。

それから、その男の人が色々教えてくれた情報に、私はとても喜んだ。

ピナが生き返る!

その希望が見えただけでも、私はとても嬉しかった。

私を助けてくれた男の人は、
黒い和服の上に、更に黒いコートを着ている。

武器も日本刀を一つ。

…正直に言うと、あまり強そうには見えない。

《ドランクエイプ》を三体まとめて、一瞬で倒したところを見ていなければ、強いと言われても信じられないだろうと思う。

そして、その男の人は

「自分も第47層に行く」

と、言ってくれた。

…警戒心が先に立った。

SAOでは、甘い話には裏があるというのが常識だ。

自分も、何歳も年上の男性に言い寄られたことがあり、現実世界では同級生にも告白されたことのない私にとって、それは恐ろしかった。

そんな事情もあり、少し後ずさりした時−

「人が人を助けるのに、理由なんているのかよ!」

−男の人は叫んでいた。

その人の顔はとても真剣で、とても嘘をついてるようには見えなかった。

−良い人なのかな…

なんだか、変に警戒していた自分が馬鹿みたいで、ちょっと笑ってしまった。

「よし、ようやく笑ったな。」

「え?」

確かに、さっきまでは泣いていたけど…

「目の前にいる女の子が泣いてるより、笑ってくれてるほうが良いに決まってるさ。」

その一言で、その男の人から、

『怖い人』

という印象は消えてしまった。

「それじゃあ…お願いしても良いですか?」

「任された!約束は守るぜ…それより、」

男は苦笑して、宙に浮かんだままのトレードウィンドウを指差す。

「トレードウィンドウ、確認してくれない?」

「あ、はい!」

さっきから、出しっぱなしになっていたトレードウィンドウを操作する。

『クレッセント・ダガー』

『シルバーアーマー』

など、聞いたことのないアイテムが並ぶ。

−いったい、どういう人なんだろう…

そう思いながらも、トレードウィンドウに、持っているコルを全て入力する。

「あの…お金、これだけじゃ全然足りないと思うんですけど…」

「お金はいいさ。なにせ、ドロップ品だから元手は0だ。」

そう言って男は、お金を受け取らずにOKボタンを押した。

それは確かに0だけど…

なんだか悪い気がしたけど、シリカもお金に余裕がある訳でもない。

男の人の言葉に甘えることにした。

「そう言えば、お名前は?」

「ん、ああ。そういや、言ってなかったな。俺の名前は、《ショウキ》だ。よろしくな。」

男の人−ショウキさん−が手を差し伸べてくる。

「知ってたみたいだけど、私の名前は、《シリカ》です。こちらこそ、よろしくお願いします。」

ショウキさんと握手を交わす。

手から、じんわりとあったかいものが広がっていく。

久しぶりに、人の完璧な優しさに触れたからだろうか。

気恥ずかしくて、握手した後、ちょっと顔を赤らめてしまった。

−SAOは、感情表現がオーバーなんだから…

赤面したのをSAOのシステムのせいにしてみた。

「じゃ、ピナを助ける為に頑張りますか!」

「はい!」

「と、言いたいところなんだけど…」

ショウキさんは、言いにくいことがあるかのように、髪の毛を掻く。

「わ、笑わないで聞いてくれるかな…」

「?…はい。」

一体なんだろう。

「この《迷いの森》って、どうやって出るんだ?」

−なんで私は、この人に怖いなんて印象を持ったんだろう…?

そう考えると、やはり吹き出してしまった。

「わっ…笑わないって言ったじゃないか!」

そのリアクションが更に笑いを誘う。

−うん。きっとショウキさんは良い人だ。

一度は死にそうになった命だ、ピナを生き返らせる為に、ショウキさんを信じよう。

なんとか笑いを堪える。

「ショウキさん、そんなことも知らないで、この森に入って来たんですか?」

「…忘れたんだ。」

ショウキさんがそっぽを向く。

…また笑っちゃだめだ…

「ええっと、街で売ってる地図を持っていれば、簡単に出られるんですけど…」

「…持ってない。」

「…ですよね。」

地図持ってるのに迷いはしない。

シリカも、地図を持っているのは一緒に狩りをしていたギルド、《ミッシングリンク》のリーダーだけだ。

「後は、ただひたすら転移しまくるとか…」

「それをやってここにいるんだよな、俺たち。」

「…はい。」

と、なると、後はもうひとつの方法しかない。

「ここの森って、1分で隣のエリアが変わるんですよ。」

「ほう。」

「だから、1分以内に森を走り抜ければ…」

これが一番ムチャクチャだ。

夜遅くの森で、いつモンスターが出て来るか分からない。

しかも、曲がりくねった道を視界の悪い中…いや、良くても…走り抜けるなど不可能だ。

「よし、それだ。」

「それ、って…」

嫌な予感がする。

「今シリカが言ったろ?走り抜けるんだ。」

日本刀をアイテムストレージに入れ、屈伸をするショウキさん。

「こんな夜中じゃ…」

「大丈夫、ナイスな展開じゃないか!…ちょっと、おんぶさせてくれない?」

「お、おんぶ!?」

なんでおんぶ!?

「シリカ。君がこの方法を試していないってことは、君には出来ないってことだろ?」

「それは…そうですけど…」

…仕方ない…ピナの為に、恥ずかしいなんて言ってる場合じゃない…

ピナのため、ピナのため、ピナのため…

と、脳内再生しながら、ショウキさんの肩に手を乗せる。

これで俗に言う、『おんぶ』の完成だ。

−恥ずかしい…けど、なんか…安心する…

シリカは一人っ子だが、なんだか兄のような感じを感じていた。

「じゃ…しっかり捕まってろよ!」

そう言って、ショウキさんは走る。

−速い!

SAOを初めて以来、一番速いと思う速度でショウキさんは走る。

しっかり捕まっていないと、振り落とされる…!

「林の中、行くぞ!」

自分がさっき挫折した、林の中を真っすぐ進む。

木がかする。

猪がかする。

狼がかする。

元々、ジェットコースターのような絶叫マシンが苦手なシリカは、たまらず叫んでいた。

「キャァァァァァァ!」

並みのジェットコースターより怖い。

…もしかして。

「ショウキさん!もしかして、わざと危険な道選んでませんか!?」

「…バレたか。」

「バレたかじゃ…」

ドランクエイプの攻撃がかする。

「こっちの方がスリリングさ!」

「安全運転でお願いしますぅぅぅぅ!」

しかし。ショウキさんはやはり危険な道を行く。

「イィィィィヤッホォォォォォッ!」

「キャァァァァァァ!」

別の意味で叫び続ける男女が、森を駆け抜けて行った。


余談だが。
《叫びながら森を駆け抜けるモンスター》
として、この階層の怪談話として語り継がれることとなった。

 
 

 
後書き
着々とシリカがヒロインになっている気が。

もう、いっそのこと、みんなヒロインに…

いや、落ち着いて考えろ…!
 

 

第八話

 
前書き
…むしろ、テスト中の方が早く更新出来ると思う今日この頃。 

 
シリカをおんぶして走って、ちょうど一分ぐらいで俺たちはサブダンジョン|《迷いの森》を抜け出すことに成功した。

なんだ、地図なんて無くても結構簡単じゃないか…

「ショウキさん!」

自分の背中に乗っているシリカが、非難の声を上げる。

「ん?どした?」

「どした、じゃありません!…怖がったです…!」

そう言うシリカは、苦手な絶叫マシンに乗った後のようになっていた。

…シリカから言えば、ショウキの背中はまさしく苦手な絶叫マシンだったのだが…

「ハハ、悪い悪い。つい楽しくてさ。」

「むー…」

文句を言いたいが、助けられた手前、強くでれない、といったところか。

「でもこれで、緊張ほぐれたろう?」

「あ…」

さっきまで、変に緊張してたからな。

…無理もないのだが。

「確かに、初対面の男と一緒に歩いてんだから、緊張する気持ちも分かるけどさ。やるからには、楽しく行こうぜ。」

やるからには、楽しく。

俺の持論でもある。

「…そうですね…ありがとうございます。」

うん。

「やっぱり、笑ってた方が可愛いな。」

「えええエッ!?」

顔を赤くして変な声を出すシリカは面白かったが、もう夜遅くなる。

「さあ、さっさと俺の背中から降りろ。それとも、このまま主街区に行きたいか。」

「降ります!」

何だ、降りなくても良かったのに。

面白いことになるだろうなぁ…

「それじゃあ、行きましょうショウキさん。」

「はいはい。」

サブダンジョン|《迷いの森》から離れて行き、俺とシリカは第三十五層市街区へ向かった。

…ちょっと進んだら、なんだか男達に囲まれた。

何だこりゃ。

犯罪者というわけではない。

男たちは全員、俺やシリカと同じくきちんとした《グリーンプレイヤー》だし、自分たちの武器も抜いていない。

と、なると…

「シリカさん。」

背の高い剣士がシリカの名を呼ぶ。

当たりをつけた通り、シリカの知り合いのようだった。

まあ、シリカの表情を見る限りあまり仲の良い知り合いとは思えないが。

「シリカさん、フリーになったんだって聞いたよ。だったらどうだい?俺たちのところに入らないかい?」

なるほど、アイドル(シリカ)の勧誘か。

俺は確かに傭兵だが、あまり低層には来ない。

理由?

ナイスな展開にならないからさ。

それはともかく、俺がまったく見覚えの無いギルドということは、下層ギルドだな。

「あの、すいませんが…しばらくこの人と一緒に組むことになったので…」

俺に視線が集中する。

ま、そうなるわな。

「おい、あんた。」

シリカに話しかけていた、リーダー格の剣士が話しかけて…いや、脅そうとしてくる。

「見ない顔だけど、抜け駆けは止めて欲しいな。俺たちは、ずっと前からシリカさんに声をかけていたんだ。」

「…ずっと前から断られてたのか。ご愁傷様。」

「違う!」

え?違うの?

…ちょっと面白そうだ。

「すいません!私の方から頼んだんです!」

俺の手をとり、その場から離れようとするが、力を込めて踏みとどまる。

「ちょっと…ショウキさん…?」

「そう、つまりは、シリカはお前たちより俺を選んだんだよ。自分の意志でな。」

ピクリと、リーダー格の剣士が反応する。

「今、シリカが言ったろ?『私の方から頼んだんです』、と。…つまり、そういうことだ。」

「ちょ、ちょっと…!」

いやあ、二人の反応が面白い。

血管に青筋をたてて唇を噛む剣士と、顔を赤くして手を引っ張るシリカ。

一粒で二度おいしい。

「シリカさん、本当に自分から頼んだの?」

「ええっと…はい。」

自分から頼んだのは事実だ。

「そんなわけだ。シリカのことは任せてくれ。さようなら!」

シリカの手を引き、走って主街区行きの転移門へ走る。

そして、ライトエフェクトと共に、俺とシリカは《迷いの森》から姿を消した。


第三十五層市街区は、白い壁に赤い屋根の建物が並ぶ牧歌的な農村だった。

それほど大きい街ではないが、今は中層プレイヤーたちの主戦場として賑わっていた。

「ほうほう。」

珍しくて色々な場所を眺めている俺の後ろには、すっかり疲れ果ててうなだれるシリカがいた。

「…私、ショウキさんのこと、最初は怖い人だと思ったんですけど…」

「あ〜。いきなり怒鳴りつけちゃったからね。」

「今は…楽しそうな人です。」

楽しそうな人。

「ありがとう。最高の褒め言葉だ。」

「ふふ…」

二人して笑いあう。

何だ、シリカも意外と楽しんでたんじゃないか。

「俺も、今日はここに泊まろうと思ってるんだ。シリカの宿屋どこ?」

「あ、そうなんですか?それならこっちです。《風見鶏亭》って言うんですよ。」

シリカに先導され、俺たちは宿屋《風見鶏亭》に歩きだした。


 
 

 
後書き
やっぱり、一話一話が短いですね…

今度からもうちょっと長くしたいです。

感想・アドバイス待ってます!
 

 

第九話

 
前書き
短いです。 

 
「なあシリカ。風見鶏亭って、何かオススメの食べ物はあるか?」

「チーズケーキが結構イケるんですよ。」

SAOにとって、食事というのは現実と同じだ。

食わなきゃ腹は減るし、(餓死することは無いと思うが)食えば満腹感が生まれる。

ならば、出来るだけおいしいのを求めるのが、人間という生き物の素晴らしい本能だ。

NPCレストランは、階層ごと、店ごとにきちんと味が違うため、新しい階層に行ったら、食事が楽しみになる。

俺の中では、性格の悪い奴ランキングぶっちぎりのトップである茅場も、たまには良いこともしてくれる。

「ケーキか…久し振りに食べるな。」

「ショウキさんも、きっと気に入りますよ。」

ショウキさん『も』

シリカもお気に入りなのな。

「そいつは楽しみにしておくよ。」

そんな感じで俺たちは、シリカの泊まっている宿屋、風見鶏亭に向かっていた。

「あ、着きましたよ。」

風見鶏亭。
他の建物より一際大きい二階建ての建物だ。

「んじゃ、さっさと飯を食おう。飯を。」

「ショウキさん、さっきから食べることしか言ってませんよ…」

二人で宿屋に入ろうとした時、隣の道具屋からぞろぞろと四、五人の集団が出てきた。

そのギルドは、先程まで探していたギルド、《ミッシングリンク》だった。

今更来るなよ…

この場所での狩りも終わったのだろう、三々五々に解散していく。

…解散?

ロザリアは、あのギルドを襲わなかったのだろうか…

それとも、また後日に襲うつもりなのだろうか。

そんなことを考えていると、そのロザリアがシリカに話しかけて来た。

…知り合いなのか?

「あら、シリカじゃない。」

「…どうも。」

知り合いであることは確かなようだ。

仲は悪そうだが。

「でも、今更帰って来ても遅いわよ。ついさっき、アイテムの分配は終わっちゃったから。」

「いらないって言った筈です!…急ぎますから。」

会話を切って、風見鶏亭に入ろうとするシリカだが、ロザリアはシリカを解放する気はないようだ。

「あら?あのトカゲ、どうしちゃったの?」

使い魔モンスターは、原則飼い主の元から離れることは無い。

アイテムストレージに入れることも出来ないので、飼い主の近くにいない理由は一つしかない。

それが分かっていて言ったいるロザリアに、俺とシリカは唇を噛む。

「あらら、もしかしてぇ…?」

薄ら笑いを浮かべてわざとらしく言うロザリアに、流石に我慢が出来なくなった。

「もしかして、死」

「黙れよ。」

ロザリアが口を開く前に、シリカを庇うように割って入る。

「ピナは必ず生き返らせる。お前は黙れ。」

「へえ。じゃあ、《思い出の丘》に」

「黙れって言ってるのが聞こえないか?」

睨み付けている俺が流石に怖かったのか。

「ハイハイ。じゃ、せいぜい頑張ってね。」

ロザリアは立ち去っていく。

口元を、ニヤニヤと笑わせながら。

――ホランド。もしかしたら、手早く済むかも知れん。

心内で友人に報告し、シリカの方を向く。

「さーてと、腹が減ったから飯にしようぜ。」

「あ、は、はい!」

風見鶏亭の中に入り、適当な席にシリカを座らせ、宿にチェックインする。

宿に泊まるのは慣れているので、手早くチェックインを済ませてシリカの向かい側の席に座った。

「ショウキさん…なんで、ロザリアさんはあんなに酷いことを言うんでしょう…」

「ま、こういうゲームは性格が変わる奴もいるって話だしな。…そうだな、自分に正直に生きてるんだよ。」

シリカは首を傾げる。

「例えば俺なんかも、さっき会ったあいつ…ロザリア…と同類さ。自分が楽しいと思うことを追い求める。やってることは変わらん。」

「それは違います!」

…少し驚いた。

シリカは、そんなに強く人を否定出来る、強い奴だったらしい。

じゃなかったら、こんな年で中層まで来ないか。

「ショウキさんは…上手く言えないけど、ロザリアさんとは違うと思います!」

「へえ、どして?」

面白そうだったので、つい聞き返してしまっていた。

「だって、ショウキさんは良い人です…私を、助けてくれたもん。」

言葉を探しながら、どう言えば分からなさそうにしているシリカ。

そんな動作が可愛くて、頭の上に手を置いてしまった。

「え…」

「良く言ってくれた。ありがとな。てか、あんな奴と一緒じゃないな、俺は。」

話が一段落ついたところで、NPCのウェイターが飲み物を持ってくる。

手を頭の上から離すと。

「あ…」

シリカは一瞬、残念そうな顔をした。

…何が残念なんだ?

「…シリカ?」
「あ、あのそのえっと…なんでもありません…」

なんやねん。

「じゃ、ピナの蘇生が成功することを祈って。」

コップを一杯、手に取る。

シリカも俺が何をしようとしているか分かったようで、コップを手に持つ。

「「乾杯。」」


……追記しておくと、久々に食ったチーズケーキはおいしかった。 
 

 
後書き
この作品は、出来るだけ原作沿いを予定していますので、キリトとショウキの違いを見て欲しいと思います。

感想・アドバイス待ってます!
 

 

第十話


テスト、終了…

色々と、終了…
********************************************
第十話

パンとシチュー、デザートにチーズケーキの夕食を食べ終わり、俺とシリカは二階の客室に向かった。

廊下の両側にズラリと客室が並ぶ。

明日は47層の攻略をしにいく。

…ロザリオたち、《タイタンズハンド》は恐らくはついて来るだろう。

いや、来てくれなくては困る。

シリカを囮にしているようで心苦しいが、ピナを生き返らせることも出来るので、一石二鳥と思うことにする。

「シリカは、泊まるとこ何号室だ?」

「ええっと…四号室です。」

「そいつは偶然。」

俺は自分の今回の宿である、五号室の前で止まる。

シリカは当然、隣の四号室。

シリカと顔を合わせ、二人とも微笑み合う。

「そんじゃ、お休み。」

「おやすみなさい。」

中はシンプルな構造だった。

右手のベッド。

奧には、ティーテーブルと椅子が一脚。

ま、ダンジョンの中で寝泊まりするより遥かにマシだ。

攻略組…俺は違うが…にとっては、ダンジョンの中で他のプレイヤーと共に寝泊まりするのも日常茶飯事。

それに比べれば、ベッドがあって一人で寝られる中層プレイヤーが羨ましい。

俺も、仕事柄で、レアアイテム探してダンジョンで寝泊まりも珍しくない。

黒コートと和服を脱ぎ、簡素な浴衣姿になる。

さて、ホランドに過程の報告でもするかね。

フレンド登録をしているプレイヤー、《ホランド》に対してメールを打つ。

過程の報告をするため、依頼人とはほとんどフレンド登録をしている。

一部例外はあるが…

そういえば、シリカとまだフレンド登録してないな。

正確には依頼人ではないからなのだが、面白い奴だしな。

明日言ってみるか…

コン、コン

そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされた。

…誰だ?

「はい?」

「あ、あの、シリカですけど…」

シリカ?

何の用かな?

「鍵なら開いてるから、なんか用があるなら入って来てくれ。」

「し、失礼します。」

ドアを開けて入って来たシリカは、俺のように簡素な格好ではなく、どこかデートに行くような格好…女の子の服は良く分からないが…をしていた。

むしろ、女の子の服装を正確に描写出来た方が変だって。

「どうした?」

何の用か聞いたのだが、何故か慌てだすシリカ。

「ええと、あの、その…よ、47層のことを教えてもらおうと思って!」

…明らかに今思いついたよな、おい。

「ま、いいか…んじゃ、下行こうぜ。」

浴衣姿だが、防御力が低いだけで外に出れない格好ではない。

「いえ!あの…出来れば…お部屋で…」

最後の方は、ほとんど『もごもご』としか聞こえなかったが、肝心なところは聞こえた。

「あっ、あの…貴重な情報を、誰かに聞かれたら大変ですし!」

シリカは慌てて理由を付け足した。

「はいはい、それじゃ、入ってきなよ。」

失礼します…と、部屋の中に入って来るシリカをベッドの上に座らせ、俺は机を持ってきて椅子に座る。

「さて、本来ならここで、シリカが知らないレアアイテムとかを使って「すごい!」とか言われるシーンだろうが、残念ながら、俺はそんなん持ってないからな。ただの地図だ。」

アイテムストレージから、47層の地図を取りだす。

「代わりと言っちゃあ何だけど、林檎ジュースって好きかい?」

「え?…好きですけど…」

それがどうしたんですか?って顔をされた。

再び、アイテムストレージを操作し、今度は林檎ジュースとコップを二杯。

「えっ!まさか、本物の林檎ジュースですか!?」

シリカの目が輝く。

ここ、アインクラッドでは、現実と同じ食べ物というのは無い。

まあ、コーヒーぐらいならあるが、だいたいは…例えばラーメン…は、『ラーメンっぽい何か』だ。

だから本来なら、林檎ジュースといっても、林檎ジュースっぽい何かだが、俺は独自の政策で『更に林檎ジュースに近づいた何か』に出来た。

…原材料は秘密。

てか、知らない方が良いと思うよ。

「ダンジョンに籠もってる時には、美味しい飲み物が飲みたくてね。いつも常備してるんだよ。」

「ふふ。確かに、それはありますね。それじゃ、いただきます。」

最初は、シリカも遠慮がちに口に含んだが、一口飲んだ後はぐいぐいと飲み干した。

「…美味しい…本物の林檎ジュースみたい…」

「ちょっとだけ料理スキル上げててね。ま、飲み物ぐらいしか作れないけど。」

スキル熟練度が低い為らしい。

「そんじゃ、…あ、おかわりいる?」

凄く物欲しそうに俺を見ないでくれ、シリカ。

「…それじゃ、いただきます。」

まあ、ここ、アインクラッドでの娯楽は食べ物ぐらいしか無いから、仕方ないと言えば仕方ないのだが…

「そんじゃ、話を戻すけど、47層のサブダンジョン、《思い出の丘》は、ここが主街区なんだけど、この道を通る。…でも、ちょっと女の子にとって厄介なモンスターが…」

俺はそこで言葉を切る。

システム外スキルが俺に、ドアの前にいる人物のことを告げる。

「…おい、あんた。」

ドアに向かって喋ると、ドタドタと階段を下りる音が響いた。

「…聞かれてたな。」

「え…で、でも、ドア越しじゃ声は聞こえないんじゃ…?」

確かに、普通ならそうだが…

「ちょっと待ってくれ。」

アイテムストレージから、今度はメモ帳を出す。

50層以上もある、色々な層の情報やら何やらなんぞ、メモとってなきゃ普通忘れるって。

ただでさえ、専門用語っぽいのにさ。

「ええっと…スキルの中にある、《聞き耳》スキルを上げてると、ドア越しでも声が聞こえるらしい。…そんなん上げてる奴いんのか。」

悪趣味な奴だな、誰だか知らんが。

「な、何でそんな事を…」

そりゃ、盗み聞きされてたら不安になるよな。

「さぁな。アイドルの密会でも調べたかったんじゃないか?」

「密会って…!」

何故か顔を赤らめるシリカを放っておき、俺は今のプレイヤーを、オレンジギルド|《タイタンズハンド》と当たりをつける。

…来てくれる、みたいだな…

「あ、悪い。フレンドにメールすんの忘れてたから、ちょっと待ってくれ。」

打ちかけであった、ホランドへのメールを思い出し、
『出来れば、明日中には終わらせる』
というメールを送る。

「…これでよし。じゃ、話を戻すけど…」

後ろを見ると、シリカは俺のベッドで小さな寝息をたてながら、眠っていた。

「…おいおい。」

ピナを失って、見ず知らずの男と一緒にいたのだ。

疲れるのは分かるが、その見ず知らずの男の前で寝るのはいかがなものか。

「ここがSAOであったことと、俺が変態じゃなかったことに感謝しろよ…」

さて、どうしよう。

さっき言った通り、まだフレンド登録をしていないので、仕様上、本来シリカの泊まる部屋のドアを開けることは俺には出来ない。

ならば、シリカを起こして、自分の足で帰ってもらうのが一番良いのだが…

「起こせねぇよ…」

なんだか、可愛らしい猫のような錯覚を思わせる寝顔を見てるいると、起こす気が失せるのだ。

「…はあ。」

アイテムストレージから、毛布を取り出し…本来なら、ダンジョン用なのだが…床に横になる。

こういう時は、男が床で寝なければならないのだろうか。

…なんだかそう考えると、理不尽極まりないが…

そんなくだらない事を考えながら、俺もシリカと同じく眠りに入った。



************************************************
そろそろシリカ編もクライマックスですね。

…実は、まだヒロインは決まらず。

感想・アドバイス待ってます!
 

 

第十一話

 
前書き
最近忙しいので、ちょっとずつ投稿です… 

 
耳元に、慣れ親しんだ目覚まし時計の音がする。

ここ、SAOでは設定した時刻に、自分だけにしか聞こえない目覚ましのアラームを響かせることが出来る。

俺は、いつもそのアラームを六時にセットしていた。

「さて、と…」

床から起き上がり、掛け布団をアイテムストレージにしまう。

朝は苦手な方ではなかった。

小さい頃から朝練があったので、朝に強くならなくては駄目だったのかも知れないが。

ま、そんなんはどうでも良いか。

シリカが、隣の(俺の)ベットですやすやと寝ていることを確認して、いつもの格好に着替える。

和服の上に黒コート。

それに、日本刀、《銀ノ月》を腰に差す。

六時に起きたが、別に用事があるわけでも無く、ただのいつもの習慣だ。

とりあえず、素振りでもしておくかな。

SAOに入っている今も、素振りやトレーニングは欠かしていない。

まったく意味の無いことではあると分かっているが、長年の習慣であるので仕方ない。

誰に言い訳してるんだよ、と心の中で自分で自分に突っ込みながら、俺は《銀ノ月》を抜いて、素振りを始めた。

そして、しばらく素振りをしていて時間がたった頃。

具体的には午前7時。

「むにゃ…」

なんともテンプレートな寝起きの言葉を発して、今のところパートナーである、《竜使い》シリカが目を覚ました。

「ん?起きたか、シリカ。」

「へ?ショウキさ…」

シリカも朝が苦手ではなかったのか、あっさりと意識が覚醒したようだった。

そして、自分がどういう状況で眠りに落ちたのか、思い出したのか、顔をドラゴンのブレス攻撃を受けたような赤い色にして、頭から湯気を出していた。

…SAOは、感情表現がオーバーだからな…

「あうあうあうあうあうあうあう!?」

「落ち着け。まずは落ち着け。」

自分で何言ってるか分かってるか?

何だよ、あうあうって。

「すっ!すいませんでした!」

あうあうを止め、シリカは頭を下げた。

「別に良いよ、気にすんな…おかげで、シリカの寝顔も見れたしな。」

…分かってるとは思うが、からかう為に言ってるんだからな?

俺がずっと、シリカの寝顔を見てたわけじゃないから。

『何この変態(笑)』とか思った奴はそこで待っていろ、銀ノ月の錆びにしてやる…

…何言ってんだよ、俺。

俺が謎の自問自答(?)をやっている内に、シリカはまたあうあう言っていた。

見ていて楽しいが、そろそろ腹が減った。

「シリカシリカ。冗談だから。俺はそんな変態じゃないから。」

「え?あ、う〜…」

赤くなったままの顔と、湯気が出ている前の頭を隠すためか、掛け布団に潜り込むシリカ。

「さて、からかうのはこれぐらいにして、そろそろ腹が減ったわけだが、朝ご飯にしないか?」

「…食べます。」

シリカも弱々しく同意しながら、俺たちは部屋を出た。

昨日と同じく、パンとシチュー…流石に朝からチーズケーキは無理だが…の朝ご飯を食べ終わり、俺とシリカは転移門に向かった。

「昨日と違って、シリカを勧誘しようとする奴がいないな。」

「ショウキさんと組むって言ったからだと思いますよ。」

へえ。

強引に勧誘したりはしないのな。

転移門の前に着き、シリカが目的地の街の名前を告げようとする。

「…シリカ、四十七層の名前知ってるのか?」

「あ。」

俺の一言に、シリカが急いで地図を確認しようとする。

「ああ、良いよ。俺が指定するからさ。」

一応覚えてるよ。

「それじゃあ、お願いします。」

シリカが一歩退き、代わりに俺が一歩前に出る。

「転移!フローリア!」

俺の一言と共に、転移門からの光が俺たちを包み込んだ。

ライトエフェクトの後、俺たちは第四十七層、《フローリア》にいた。

辺り一面無数の花で囲まれており、花のことに詳しくない俺にも綺麗だと分かる、良い景色と良い匂いが伝わってくる。

「…すごい。」

花が好きなのか、隣のシリカが感嘆の声を漏らす。

「ここ、《フローリア》は花ばっかりらしい。ついたあだ名が《フラワーガーデン》だそうだ。」

「へぇぇ…!」

予想通り、花が好きだったのかあっちへフラフラ、こっちへフラフラと花を求めて歩き回る。

「時間があって、観光気分だったら、今が見頃らしい、北にある《巨大花の森》に行けるんだが…」

「それはまたの楽しみにします。」

…お前も余裕が出てきたね、シリカ。

それで良いと思うけどさ。

「ほらほら、花を眺めるのは良いが、ピナを助けに行こうぜ?」

まだフラフラしているシリカを呼び止める。

「あ…そうですね、すいません…」

「謝る必要は無いって。眺めながらでも行けるってことさ。」

パアッと顔を輝かせたシリカと共に、花を眺めながらサブダンジョン《思い出の丘》に向かうこととなった。

背後に、俺たちを追跡している人物の視線を感じながら。

…まあ、視線なら、中層のアイドルを引き連れているからか、四方八方から殺気を感じるんだが…


気にしない事にする。


 
 

 
後書き
さて、タグに付けた通り
『正ヒロイン未定』
である−銀ノ月−ですが、随分前に感想で
『ハーレムどうよ!?』
と、言われたんですよ。

…どうでしょう?

SAOでハーレムって良いんですかね?

そもそも、俺にハーレムって書けるんですかね?←知らねーよ

アスナをヒロインにしていいのか、下手なハーレムを作っていいのか。

是非とも、皆さんの感想をください。
 

 

第十二話

 
前書き
基本的に週一更新を目指しています。 

 
周りからの殺気に耐え、シリカと共に《思い出の丘》に行くための門までたどり着いた。

「さて、これからピナを生き返らせに行くけど、準備は良いよな?」

「はいっ!」

シリカは力強く頷く。

気合い十分ってとこか。

「フィールドに出たら、俺が基本的に戦うことになるが、相手のモンスターはシリカも狙ってくる。自衛ぐらいはしてくれないと困る。」

普通なら、レベルアップの為にシリカも戦わせるべきだが…危険は少ないほうが良い。

それに、装備で多少は補っているものの、シリカのレベルは適正レベル以下。

シリカには、出来るだけ戦って欲しくなかった。

「それと、転移結晶は持ってるよな。」

「あ、はい。」

シリカは自分のアイテムストレージから、水色の結晶を取り出し、ポーチに入れた。

「フィールドじゃ、何かあるか分からんからな。俺が脱出しろって言ったら脱出してくれ。」

「え?でも、それじゃ…?」

シリカが小さく反論する。

「俺は大丈夫だよ。だけど、シリカは危ないだろ?」

自分のレベルが、本来ならば足りないことを分かっているのだろう。
シリカは、完全に納得はしていないようだったが、しぶしぶ反論を止めた。

…こういうところは、年相応って言うのか?

若干、いつも気を張ってる感じがしてたからな。

「じゃ、約束しよう。」

「約束?」

俺の申し出が意外だったのか、シリカが目を丸くする。

「ああ、約束だ。
『俺は死なない』
『シリカを守る』
『ピナを生き返らせる』
ってところかな。」

この三つが、今回俺がする約束だな。

「大丈夫。俺は嘘はつくが、約束は破らない。」

「はいっ!約束です!」

シリカとの約束をし、二人で《思い出の丘》に向けて出発した。

道中、シリカには見るからに気合いが入っており、出来るだけ、足手まといにならないようにしてるのが分かる。

だが…

「キャ、キャアアアアアアアアアッ!」

歩いてから、数分後にエンカウントしたモンスターに向かって、シリカは女の子らしい悲鳴を上げた。

「な、何アレ!?気持ち悪いいいぃ!」

…うん、気持ちは分かるぞ、シリカ。

ここ、《フローリア》は、《フラワーガーデン》の名が付いている。

その《フラワーガーデン》は…モンスターも、花なのだ。

簡単に言うと、歩く花。

てか、それ以外に言う必要が無い形状だ。

「やだってばー!」

花が好きなシリカにとって耐え難いものであるらしく、目を瞑って短剣を振り回していた。

「シリカ…それじゃ攻撃当たらないだろ…」

「だ、だって気持ち悪いんですぅぅぅ!」

俺の呆れた声に、そのままの体制で応じるシリカ。

「だってよ、昨日、こういうモンスターが出るって言おうとしたら、シリカ寝てるんだよ。」

「あ、歩いてる途中で教えてくださいよ!」

うん、実に正論だ。

「…言わない方が、面白そうだったからさ。」

「そんな理由…ってキャアアアアアッ!」

俺たちが話している間にも、巨大花は触手を伸ばしていた。

シリカに気づかれずに、シリカの足元まで触手を伸ばし、シリカの足をすくい取って、シリカの身体を宙づりにした。

「わ、わわわ!」

シリカの身体には…いや、服には…当然重力が働き、その重力にバカ正直に従うスカートを、シリカが強引に抑えつける。

「しょ、ショウキさん!助けて!見ないで助けて!」

「…見ないで助けるのは無理だろ。」

顔を真っ赤にしているシリカを助けたいのはやまやまだが、流石に照れくさい。

シリカは、スカートを抑えつける手の、逆の手に持つ短剣で、巨大花の触手を切り裂こうとするが、上手くいかず、ブラブラと振り回されている。

「こ、このっ…いい加減に、してっ!」

シリカは、一瞬だけスカートから手を放し、確実に触手を断ち切る。

宙返りしながら着地し、巨大花のある一点。

花の近くの白くなっている部分をソードスキルにて貫いた。

どうやら、そこが巨大花の弱点らしく、巨大花はあっさりとポリゴン片となる。

敵を一瞬で片付けたシリカは、俺の方を振り向いて一言。

「…見ました?」

「見てない。」

何が?とかを聞かず、とりあえず即答した。

ここで『何が?』と聞いていたら、俺は死んでいたかも知れない。

「それよりシリカ。あの巨大花は、白くなっている部分が弱点らしいな。」

「はい。多分そうだと…って、ショウキさん。私の……を見てないって言ったのに、何で私の攻撃を見てるんですか。」

シリカの……には、好きな言葉を入れてね!

「それはあれだ。心眼って奴だよ。」

そんな苦しい言い訳が、今のシリカに通じるわけも無く。

「ショウキさんの…バカーーっ!!」

顔を真っ赤にしたシリカとの、モンスターそっちのけの鬼ごっこが始まった。

…本当に見たかどうかは…秘密と言うことで。

ただ一つ言えることは、思いがけず、ナイスな展開になったってところかな…


 
 

 
後書き
ショウキ爆発しろ(笑)

…ではなく、ヒロインについては…

最初に、自分が考えていた通りにしたいと思います。

アスナは原作通りです。
期待していた方、申し訳ありません。

では、こんな作品ですが、次回もよろしくお願いします!

感想・アドバイス待ってます!
 

 

第十三話

 
前書き
今回も短いです。

それと、今回からsideを入れました。 

 
シリカside

「さて、そろそろ落ち着いたか?」

横を歩くショウキさんが、明らかに面白がりながら聞いてくる。

さっき、ここがモンスターがでる場所というのも忘れ、夢中で歩き回っていたところ、再び巨大花に足をとられたり、イソギンチャクに似たモンスターの、粘液でグチャグチャになった触手に全身ぐるぐる巻きにされたりして、…その度にショウキさんが、助けてはくれたけど…いい加減危ないので、恥ずかしい思いを抑えて、一緒に歩いていた。

道中のモンスターは、大体ショウキさんが、POPした瞬間斬っていた。あの巨大花を一撃とは、きちんと弱点を狙っているのだろう。

私の役目は、ショウキさんの斬りもらしを斬ったり、背後の敵を倒すことだった。

元々は、シリカより高レベルのモンスター達だったが、足手まといにはならないという思いのおかげか、なんとか倒すことが出来ていて、途端にレベルが1上がってしまった。

「さて、そろそろ《思い出の丘》だ。」

前を行くショウキさんが、振り向いて言った。

…結局、何者なんだろうか。

今更ながら、シリカはそんなことを考えていた。

ドランクエイプや、巨大花を一撃の下に葬り去る、黒衣の侍。

一緒にいると楽しい、明るい人。

どちらが本当のショウキさんなんだろうか…

「シーリーカー?」

「は、はいっ!」

居眠りをしていたら、先生に名前を呼ばれたように素っ頓狂な声を出してしまった。

「す、すいません!ちょっと考え事を…」

「ま、別に良いよ。もう《思い出の丘》だ。」

ショウキさんに言われて、前の景色を見てみると、橋が一本建っていた。

「見たところ、一本道みたいだけど、ここからは大量のモンスターがPOPするらしい。」

「気をつけないと、ですね…」

あの巨大花みたいのが、大量にPOPするのは見たくはないが、仕方ない。

「でも、実はもっと簡単な方法があるんだ。」

「簡単な方法?」

モンスターを無視して走り抜けるという手はあるが、シリカの敏捷値では走り抜けられず、途中で囲まれてしまうことだろう。

「だけど、ちょっとリスクがある…だけど、とてつもなく速く着くだろうな。」

「やります。」

少しぐらいリスクがあっても、モンスター達に囲まれるよりは良いと思い、私は即答していた。

「良し、わかった…そんなに覚悟があるなら…」

ショウキさんは、途中で言葉を切ると、私をヒョイと持ち上げた。

いわゆる、『お姫さま抱っこ』みたいな格好だ。


「え?なに」

「ヒアウィーゴー!」

怪しい英語を叫ぶや否や、ショウキさんは私を運びながら、《思い出の丘》に突っ込んでいった。

「キャアアアアアアッ!」

《迷いの森》で体験した、ジェットコースターの恐怖、再び。

前回と違って、森の中じゃないから、枝がかするということは無いが、代わりに、きちんとPOPした巨大花の触手が大量に迫る。

ショウキさんは、それを全て紙一重で避けつつ、走り抜けて行く。

「ちょっと飛ばすぞ!舌を噛まないように気をつけろ!」

ショウキさんの声に、口を噤む。
舌を噛んで死ぬなんて嫌だ。

「《縮地》」

−その瞬間、私は風になった。

あらゆるものが後ろに下がっていき、自分だけが高速で移動している。

例えるなら、電車の中から、窓の外を見ているような速さだ。

口を噤んでいなければ、本当に舌を噛んでいたかもしれない。

私をおぶっているショウキさんは、そのままの速度で巨大花たちを突破し、橋の上のモンスターがPOPしない、丘の頂上へと飛んだ。

「ふう。着いたぞ、シリカ。」

「うわあ…!」

《思い出の丘》の頂上は、空中の花畑。そう例えるのがふさわしい、綺麗な花々が咲いている場所だった。

「ほれ、降ろすぞ。」

ショウキさんのかけ声と共に、お姫さま抱っこが解かれて、地上に降ろされる。

「あ…」

…恥ずかしいから、ちょっと残念がる自分がいたことは、ショウキさんには秘密にしておこう。

「ここに、《プネウマの花》が…?」

「ああ。ええっと…」

アイテムストレージから、メモ帳を取り出して読むショウキさん。

ショウキさんのそういうところが人間らしく、NPCではなく、自分と同じ人間だということを再確認させてくれる。

「真ん中の方にある岩に、そのてっぺんに…」

ショウキさんの言葉が終わる前に真ん中の方に駆け出し、《プネウマの花》を探す。

白く輝く大きな石があり、そのてっぺんに…

「ない…?」

何もなかった。

もしかして、何か失敗したのだろうか?

「ない…ないよ、ショウキさん!」

滲む涙を抑えられず、ショウキさんに向かって叫ぶ。

「泣くな泣くな。よく見てみろ。」

ショウキさんの言葉に、もう一度岩を見てみると…

「あ…」

岩のてっぺんから芽が伸び、光を放ちながら成長していく。

−綺麗…

そうして現れた白い花を、指で触れてみる。

ネームウィンドウに表示された名前は…《プネウマの花》

「…これで…ピナを生き返らせられるんですね…」

「ああ。じゃ、さっさと街に帰ろうぜ。ここじゃ、何があるか分からん。」

本当は、転移結晶でワープしてしまいたかったが、転移結晶はとても高価だ。

いざという時の為にとっておく必要がある。

「じゃ、また抱っこを…」

「…嫌です!」

若干迷ってしまったが、流石に断った。


 
 

 
後書き
次回こそは、この短さと内容の薄さを何とかする!
 

 

第十四話

 
前書き
この二次も、初めてちょうど2ヶ月。
これからも頑張っていきたいです。

あと、この話だけ、他の話より長いです。

いつもこれぐらいで投稿したいんですがね… 

 
ショウキside

《プネウマの花》を、首尾よく手に入れた俺とシリカは、シリカが俺の抱っこを拒否した(当たり前だ)ことで、一本道を歩いて帰ることとなった。

そして、意気揚々と帰ろうとした俺たちの前にあるのは、さっき放置したモンスターたちがうじゃうじゃとはびこっている図だった。

どいつもこいつも、うねうねと触手を伸ばして、俺たちを待ち構えている。

「…うわぁ…」

シリカがそんな声を上げるが、これは仕方がない。

人生、楽ばっかりは出来ないんだな。

「シリカ。こんだけいたら、流石にお前をおぶって向こうまで走るのは無理だ。」

「ですよね…」

当然、そんなことはシリカも分かっているようだ。

転移結晶を使っても良いんだが…そうすると、向こうで待ち構えているだろう、《タイタンズハンド》を素通りしてしまう。

…てか、俺たちが転移結晶を使うっていう可能性を考えてないのか、《タイタンズハンド》よ。

「じゃ、俺が先に行くから、シリカは隙を見て脱出してくれ。」

「え?先に行くって…」

「《縮地》」

シリカの呟きを背に、俺は高速移動術《縮地》にて、敵陣に突撃する。


SAOでは、現実で出来ることは大体出来る。

…そうしなければ、モンスターたちにはやられ放題だし、ゲーム内で過ごすことなど不可能だからだが…


そんなSAOの無駄なハイスペックのおかげで、俺は戦える。

ソードスキルと、戦闘用のスキルが使えない俺にとって、現実で学んだ剣術が生命線だ。

その中でも、高速移動術《縮地》は、モンスターが相手でも、プレイヤーが相手でも有効なため、多用している。

高速移動術《縮地》。

特殊な足の動きにより、走っている者の動きが消えるぐらいの速度で走る技だ。

まあ、この歩く花のように、視覚に頼らない相手には、消えたように見えても意味が無いことと、あんまり長距離は走れないこと、ずっと連続で出来ないことが弱点だ。

《縮地》にて移動した後、速攻でアイテムストレージを開き、《角笛》というアイテムを取りだす。

外見は見た目通りであり、ただの角笛だ。

吹くと、周囲のモンスターの注意を、少し引きつける効果を持つ。

本当は、レベルアップの為に敵を引きつけるように吹いたりするらしいが…まあ、レベルの概念が形だけである俺には関係がない。

ピューッッ!

美しく吹く、なんてことは考えず、思いっきり吹くと、歩く花が大量にこちらを向く。

…怖っ。

「シリカー!今のうちにさっさと逃げろよー!」

遠くの方にいるシリカは、少し躊躇したものの、敏捷値の許す限り走り出した。

「さてと…」

俺も俺で逃げないとな。

角笛をアイテムストレージにしまい、俺はシリカに比べて遠回りをして逃げ始めた。


数分後、俺は先に麓にいたシリカと合流した。

「大丈夫ですかショウキさん!」

案の定、シリカが心配して詰め寄って来る。

「大丈夫大丈夫。ケガとか無いだろ?」

…本当は、触手による攻撃を2、3発受けたが、ケガという程でもない。

ポーションを少し飲めば回復する程度だ。

「…それなら、良かったですが…」

しぶしぶと引き下がるシリカと共に、街道を歩き、《フローリア》の街に帰るために、まずは橋を渡ろうとしたところ—

「…そこにいる奴。出て来いよ。」

—俺のシステム外スキル《気配探知》が反応する。

システム外スキルと言っても、ただ、自分に危害を加えるつもりないし、物陰でこそこそ見てる奴にしか反応しない、《索敵》スキルと思ってくれれば良い。

俺の言葉を受けて数秒後…木立から、予想通りの人物が現れた。

「ロザリアさん!?」

シリカが驚きの声を上げる。

当然だろう。知り合いがいきなり現れたら。

「私の《隠蔽》を見破るなんて、なかなかの《索敵》スキルじゃない?」

「《索敵》スキルなんて、ビタ一文上げてないな。」

上げられない、という方が正しいが。

そんな俺の一言を、ロザリアはやせ我慢と受け取ったのだろう、シリカに顔を向ける。

「首尾良く《プネウマの花》を手に入れたみたいね、おめでと、シリカちゃん。」

唇の端を吊り上げながら笑うロザリア。

祝う気はさらさら無いだろうが。

「じゃ、早速私にちょうだい。」

「な…何を言って…!?」

シリカには、まだ色々と判断がついていないのだろう。

俺はシリカをかばうように前に立った。

「こいつはシリカの物だ…オレンジギルド、《タイタンズハンド》リーダーのロザリア。」

ロザリアの顔から笑みが消える。

「…へぇ。良く知ってるわね。」

そりゃ、情報屋に結構な額使ったからなぁ…

「で、でも、ロザリアさんはグリーンじゃ…?」

「オレンジギルドも、全員が全員オレンジプレイヤーじゃないさ。覚えとけよ。」

シリカと俺のやりとりを聞いて、再び、ロザリアの笑みが顔に戻る。

「そこまで分かってるのに、ノコノコ来るなんて、馬鹿?それとも、体でたらし込まれちゃったの?」

馬鹿であることは、否定出来ないかもな…

今の発言に、怒り心頭といった様子で、背後でシリカが短剣を抜こうとするが、それを制しながら俺はロザリアに声をかけた。

「あんた、少し前に《シルバーフラグス》っていうギルドを襲ったな。メンバー4人が殺されて、リーダーだけが脱出した。」

「…ああ。あの貧乏な連中ね。そうよ。それがどうかした?」

確定だ。

俺は、《シルバーフラグス》と、何度か交流があった。

みんな、人の良い連中だったな…

《シルバーフラグス》のメンバーを思い出しながら、更に一歩前に出る。

「そこのリーダーに頼まれたんだよ。あんたらを《牢獄》に送ってくれ、ってな。」

「…ふーん。あんた、そんな死にぞこないのお願い聞いてあげるなんて、暇な人だねー…でも、私たちにたった一人で勝てると思ってるの?」

ロザリアは右手を上げる。

それが何かの合図だったのだろう、木立からオレンジプレイヤーが大量に出て来る…一人だけ、グリーンプレイヤーがいたが…

総勢10人。

前情報で買った、ロザリアを除く構成員の数と同じだった。

「ショウキさん!…あんな数、無理だよ!」

少し後ろに位置していたシリカが、俺と同じ場所までやってくる。

「大丈夫。…約束したろ?絶対に死なないし、お前を絶対に死なせない。俺は、約束を必ず守る…!」

シリカを後方に下がらせ、自分は前に出る。

その時、髪を逆立たせたグリーンプレイヤーの男が、思い出したように言った。

「あ、ロザリアさん。こいつ、アレじゃないッスか?傭兵《銀ノ月》とか言うイカレヤローッスよ。」

「ああ。あの、中層の連中相手に人助けしてるっていう奴ね。あんた、そうなの?」

取り巻きの言葉に、何かを思い出したようなロザリアは、こちらに向けて確認の質問をしてくる。

「そうだ。傭兵《銀ノ月》だ。」

俺の言葉に、《タイタンズハンド》の連中は笑いだす。

「クククッ…まさか、本当にいたとはねぇ…でも、《銀ノ月》が持ってる剣はレア武器だって聞いたことがあるし、ますます見逃せないわよねぇ?」

ロザリアの号令に、《タイタンズハンド》のオレンジプレイヤーたちは、一斉に思い思いの武器を構える。

「ショウキさんっ!!」

大丈夫だって…まったく、心配性だな。

俺は日本刀を抜かず、《抜刀術》の構えになる。

基本的に、ソードスキルは剣を抜いていないと発動出来ないため、武器を抜かない敵=諦めた。という方程式が、オレンジプレイヤーの脳内には成り立つ。

だが、むしろ《抜刀術》は、日本刀を鞘に入れておかないと使えない。

ここが隙。

大抵の相手が、油断して、迎撃準備をしているこちらに無策で突っ込んでくるのだ。

「死ねやァァァァ!」

オレンジプレイヤーたちが俺に迫る。

—視ろ。

視ろ、アイツらの武器、鎧、動き…アイツらの全てを視ろ。

目を瞑るな…!

まずは、高速移動術《縮地》にて、突撃してくる《タイタンズハンド》のオレンジプレイヤー達に、逆にこちらから突撃する。

「消えた!?」

前述の通り、目の前の敵が消えるわけだから…視覚に頼る相手には、効果は抜群だ。

—動きが止まった。

《タイタンズハンド》のオレンジプレイヤー達とすれ違う一瞬に—全力で日本刀《銀ノ月》を抜き放つ!

「抜刀術《立待月》!」

高速移動してからの、すれ違いざまの抜刀術。

その剣閃の狙いは、アイツらの…戦闘力。

「う、うわっ!?」

すなわち、アイツらの防具に武器。

全てを切り捨てた。

日本刀を再び鞘にしまい、問いかける。

「…もう戦えないな。さあ、どうする?」

攻撃してきたオレンジプレイヤー達は、まだ放心状態だったが、リーダーの行動は迅速だった。

ロザリアは、すぐさまポケットから転移結晶を取り出した。

「転移—」

「させるか。」

速攻でロザリアの転移結晶を奪い、足で踏み潰す。

…もったいないことしたな…って、こんな時まで貧乏性だな、俺。

そんなことを考えながら、ロザリアをオレンジプレイヤー達のところへ投げ飛ばし、通常の転移結晶より色が濃い結晶を、アイテムストレージから取り出した。

回廊結晶。

ホランドが全財産はたいて買ってきた、指定した場所に飛ぶ結晶だ。

「これで全員、軍の牢獄に行ってもらう。」

そういう約束だからな。

俺の脅しともとれる言葉にも、ロザリアは強気な姿勢を崩さなかった。

「…もし、嫌だと言ったら?」

「死なない程度に両手両足ぶった斬って、回廊に投げ込む。—どっちが良いか、選べ。」

迷いの無い俺の言葉と瞳に、先ほど、武器と防具をたたっ斬られたオレンジプレイヤー達は、揃って自分の両手両足を見る。

—もしも、さっきの剣閃が、両手両足に向いたら…本当に五体満足でいられるか?
そう考えてしまったのだろう、オレンジプレイヤー達の顔が恐怖に染まる。

「コリドー、オープン!」

回廊結晶が砕け散って、転移する空間が現れる。

「畜生…」

オレンジプレイヤー達が続々と入っていき、髪を逆立たせたグリーンプレイヤーもそれに続く。

唯一残ったのが、ロザリアだった。

挑戦的な瞳で、俺を見据えている。

「…やれるもんならやってみなさいよ。グリーンの私に手を出したら、今度はあなたがオレンジに…」

言い終わる前に、ロザリアの服を掴む。

「や、止め—」

「昨日、お前に言わなかったか?…『黙れ』ってさ。」

その言葉と共に、ロザリアはコリドーへと姿を消した。

…いや、投げたんだけどさ。

一呼吸すると、呆然て立ったままのシリカに話しかける。

「怖い思いさせて、ごめんな…事前に言ってた方が良かったんだが…」

シリカは、俺の言葉に対して、フルフルと首を振ってくれた。

その優しさが、今は嬉しかった。

「さ、早く帰ってピナを生き返らせようぜ。」

照れ隠しのように早口で言ったが、シリカは動かなかった。

「どした?」

「その…足が、動かないんです…」

最後に一笑いして、俺はシリカの手をとった。

ビクン!という反応の後、シリカが握り返してくれたのを確認し、アイテムストレージから転移結晶を取り出した。

そして、《風見鶏亭》がある35層の名を唱え、俺とシリカの視界は光に包まれた。
 
 

 
後書き
あと一回、後日談を挟んで、原作で言うところの、《黒の剣士》は終わります。

それと、これからテストなので、前回と違って更新が遅れます。

感想・アドバイス待ってます!
 

 

第十五話

 
前書き
にじファン最後の投稿…… 

 
シリカside

風見鶏亭に着くまで、私たちは何も喋らなかった。
本当は、もっと話したいことがあるはずなのに。
《プネウマの花》を取りに行くときみたいに、楽しくお話ししたいのに。

私は、言葉を出すことが出来なかった。

傭兵《銀ノ月》。
この前、パーティーを組んだ人から、そんな人がいるという噂は聞いたことがあった。

決して折れず、何でも斬れるカタナを持って、中層〜上層に現れる黒衣の侍。
グリーンプレイヤー達を助けながら、アインクラッドを旅しているという人物……という噂だ。

流石に、その話を聞いた時は、作り話のデマだと思った。
このSAOに、そんな人がいるはずが無い。

何故かって、『美味い話には裏がある』それが、この世界の通説なんだから。

だけど、今、私の手を握っている人は、違った。
《迷いの森》で、せっかくの善意からの発言を、私は警戒してしまった。
……今から考えると、とても申し訳ない……そしてこの人は、こう叫んだんだ。

「人が人を助けるのに、理由なんているのかよ!」

 この世界に閉じ込められて、初めて聞いた言葉を叫んだこの人は……とってもカッコ良かった。

 それから、ピナを助ける為に一緒にダンジョン《思い出の丘》を攻略することになった。
からかわれることもあったけど、とても楽しくて、頼りになる人だと思った。

お姫様だっことかされたりと色々あったけど、首尾良く《プネウマの花》を手に入れた私たちの前に現れた、ロザリアさん率いるオレンジギルド《タイタンズハンド》。
目的は《プネウマの花》であるらしい。

せっかく、せっかくピナを生き返らせられるのに……
この人を――ショウキさんを馬鹿にされたことも手伝って、相手の数が多くても、私は剣を抜こうとした。

それを遮って、前に出たのは、やっぱりショウキさんだ。

 ショウキさんは、他の人のお願いを聞いてロザリアさんたちを捜していたらしい。

《タイタンズハンド》と戦っている時のショウキさんは……つい先程までの、楽しい人と別人のような、静かな、冷静な顔をしていた。
まるで、本当に日本刀のような。

…その顔を見て、私はこう思ったんだ。
この人のことをもっと知りたいって。

「シリカ?」

「は、はいっ!?」

 ショウキさんの声が聞こえて顔を上げると、ここ数週間ほど泊まった、《風見鶏亭》の二階だった。
だが、置きっぱなしにしてあった自分の私物が無いところを見ると、ショウキさんの泊まった……ひいては、昨日の夜私が寝た……部屋のようだった。

考え事をしている間に、目の前の、困ったように髪の毛をかくショウキさんに引っ張られてきたらしい。

「えーっと……まずは、すまなかった!」

そう言うや否や、ショウキさんは突然頭を下げた。

「お前を囮みたいにさせて、怖い思いをさせてすまなかった!」

このまま行くと、土下座しそうな勢いである。
そうなる前に、私は慌てて口を開いた。

「い、いえ、もう終わったことですし……むしろ、巻き込んでしまってすいません!」

「いや、元々、最初から俺が言っておけば……」

 それから数分間、両者の謝りループが続いて、終わった直後に二人して笑いあった。

「ハハハ……悪い悪い……じゃなくて、この話はこれにて終了!」

「フフ……はい!」

 やっぱり、普段は楽しい人なんだな、と再確認する。

そして、ショウキさんは「よし!」と言って手をたたく。
本当に、この話は終わりだという合図だろう。

「じゃ、シリカ。アイテムストレージから《ピナの心》と《プネウマの花》出してくれ……ピナを、生き返らせよう」

ショウキさんのその言葉に、喜びと緊張がミックスした心境のまま、アイテムストレージを開いた。
青色の小さな羽根と、輝く花……《ピナの心》に、《プネウマの花》を取り出した。

「……《プネウマの花》の中の雫を、《ピナの心》にふりかければ良いみたいだ」

もう何度目になるかは分からないけれど、ショウキさんはメモ帳を読みながら説明してくれた。

……これで、これでまた、ピナに会える……!

はやる心をなんとか抑えながら、こぼさないように、慎重にふりかけた。

すると、《ピナの心》である青色の羽根が、淡い光を出して輝き始めた。
まぶしかったけれど、私はその光から目が離せなかった。

そして、一際強い光と共に――

「ピナ…?」

――ピナは生き返った。
青色の羽根があった場所に、こちらを見て謝っているかのような表情を見せる、《フェザーリドラ》……ピナが立っていた。

「ピナッ!」

ショウキさんの前であるにも関わらず、私は泣いているんだか笑っているんだか分からない様子でピナに抱きついた。
その感触を確かめて、ピナが生きていることを再確認する。

良かった……本当に、ピナだ……

ピナを腕に抱えながら、私は今回の恩人、ショウキさんの方へ振り向いた。

「本当にッ……あり……とうござい……した……!」

泣いているせいで上手く声が出せない。
だけど、感謝の気持ちだけは精一杯伝うようとした私の言葉は、ショウキさんに届いたようだった。

「別に、お礼を言われるようなことはしてないさ……約束、だからな」

照れたように、そっぽを向きながらそう言ったショウキさんが少しおかしくて、私はクスリと笑った。


「ショウキさんは、これからどうするんですか?」

 私が落ち着いて(今から考えると恥ずかしい……)から、私とショウキさんは《風見鶏亭》の一階にて、食事をとっていた。

「……そうだな……そういや、ここらへんは来たことがなかったから、ここらへんをぶらぶら回ることにするよ」

「だ、だったら私、案内しますよ! ここらの中層は詳しいですから!」

あ、と思ってしまってからはもう遅い。
朗らかに笑顔を浮かべ、「お、いいのか?」という、ショウキさんに対して、「やっぱり恥ずかしいので……」、と断るのは、私には出来なかった。

良心の呵責で悩んでいるとき、突然ショウキさんがメニューを広げた。

「ちょっとメールが……ッ!?」

メールが来た、と言い切らず、ショウキさんの顔は固まった。
メールの内容が、そんなに驚く内容だったのだろうか。
私は、悪いと思いながらも、好奇心に負けて聞いてしまった。

「……どうしたんですか?」

私の問いかけに、ショウキさんはいつもの笑顔で明るく返した。

「……いや、ちょっと用事が出来ちゃってさ。悪いけど、案内はまたの機会に回してもらうよ」

用事――
ショウキさんはまた、他の人を救いに行くのだろうか?

「それじゃ、御馳走様でした」

きちんと礼を言って、ショウキさんは立ち上がった。

「あ……て、転移門まで送ります!」

昼御飯のお代を、私の分まで払おうとするショウキさんに、私はそれをさせじと追いかけた。


「へぇ……コイツ、可愛いなぁ……」

 ダンジョンに潜るのは、だいたい朝と夜のため、街にあまり人影は少ない。
いるのは、一旦帰って来て昼御飯を食べにきたプレイヤーと、観光に来たプレイヤーだけだ。

 そして、転移門へ歩いている途中、ショウキさんはピナと遊んでいた。
普通は、飼い主以外に懐くことは無いと言われているテイムモンスターだが、ただのデマだったのか、それとも、生き返らせた人だとピナも分かっているのか、ピナはショウキさんにとても懐いていた。

「ピナもきっと、ショウキさんに助けられたことが分かってるんですよ」

「助けたのは俺じゃねぇって。俺は手助けしただけで、こいつを助けたのはお前だよ、シリカ」

 そう言いながら、ショウキさんは私の肩にピナを乗せる。

 何でだか知らないけれど、ショウキさんは頑なに『助けた』ということを認めなかった。
何かこだわりでもあるのかな……

『ピィ……』

 肩に乗ったピナが、私に向けて声を出す……やっぱり、ピナにはバレちゃうよね。

 ショウキさんが、他の層に行くと言ってから、私は落ち込んでいた。
……いや、落ち込んでいると言って良いものか、なんだか胸がズキズキと痛む……

「そういえば、ショウキさん。どこの層に行くんですか?」

私の知っている低層であれば、案内出来るかと思った私は、早速ショウキさんに尋ねた。

「えーっと……55階層だな……どうした、いきなり」

メールを確認したのだろう、ショウキさんの言った言葉は……残酷な事実を私に突きつけた。

第55階層。
それは、現在の最前線の層なのだから。
シリカが行っても、手伝いどころか案内も出来やしない。

「い、いえ……私の知ってる層なら案内でも出来るかと思って……」

無理やりに笑顔を作って、ショウキさんに微笑みかける。
……そもそも、どうして私はショウキさんと一緒に行きたいのだろうか。

終わらない疑問のループと、チクチクと痛む胸の痛みは解決しないまま、転移門に着いた。

そして、転移門に着いた直後。
ショウキさんが何かを思い出したかのように、「あ」という声を出した。

「そういやシリカ。フレンド登録しないか? せっかく知り合ったしさ」

ショウキさんのその一言に、そういえばフレンド登録していなかったことを思い出した。
……そんなことをしてる暇がなかったわけだが……

「は、はい! 喜んで!」

「別に喜ぶ必要は無いけどな……」

呆れ顔のショウキさんと、メニューを操作してフレンド登録をする。
これで、お互いにどこにいるか分かるようになるのと、メールを送れるようになった。
……あと、生きているかどうかも……

頭の中に出てきたイメージを、即座にブンブンと頭を振って消す。

メニューの操作が終わったショウキさんは、転移門に近づき、振り向いて笑った。

「また何かあったら、遠慮なく呼んでくれ。探し物があるなら見つけ出そう。
力が必要ならすぐに駆けつけよう。
――約束は守る。
それが傭兵《銀ノ月》だ」

そう言って、転移門に「転移! グランサム!」と、おそらくは55層の街の名を告げる。

「それじゃ、またな……ナイスな展開だったぜ?」

 そう言い残したショウキさんは、光と共に消えていった……

『ピィ!』

やっぱり私はしょんぼりしていたようで、肩に乗ったピナが励ましの声を上げてくれた。
「頑張れ!」と言ってくれているようなその鳴き声に、私は気を取り直した。

「よし!……ありがとう、ピナ」

 ショウキさんは、「また」と言ってくれたから、きっとまた会う機会がある。
だったら、今度会うときまでに強くなろう。
レベルだけじゃなく、あの人みたいに、心も。

 今度は、私がショウキさんを助ける番だ。
そして、このなんだか良く分からない変な気持ちにも、決着をつけよう。
そうと決まれば……

「行こう、ピナ!」

 現在時刻は13時……急いで準備すれば、簡単な狩り場なら一人で行ける。

 ダンジョンに行くための準備をするため、私は道具屋へと駆け出した。 
 

 
後書き
ここから、活動報告とだいたい同じ内容です。

遅ればせながら、移転先の報告です。
なろうユーザーである、『肥前のポチ』様が独自に作ったという小説投稿サイト《暁》に投稿させてもらうことになりました。
今はまだゴタゴタしていますが、最終的な目標は小説家になろうと同じ性能だとか。
しかし、小説投稿サイト《暁》は、まだ携帯用サイトが出来ておりません。
8月1日あたりになる予定なので、それまでは投稿出来ません。
さて、わざわざ自分の駄文を読みに来てくれる人はいないでしょうから……これまで、ありがとうございました。
新天地でも頑張っていきます。
何かしら機会がありましたら会いましょう。
いつもの通り、感想・アドバイス待っております。

では、また。 

 

第十六話

 
前書き
暁にて初投稿! 

 
 シリカと別れた俺は、アインクラッド第五十五層《グランサム》に来ていた。
 木造・石造の建築が多いこのSAOにはおいては、比較的珍しい鉄で造られた建物が並ぶ層であり、金属などの流通が盛んであるためか、別名《鉄の街》と呼ばれる街だ。
 現在の最前線の層であり、かなり有名な場所……別に観光の名所では無いが……があるため、人通りはそれなりに多いものの、他の木造の層に比べて鉄造り特有の寒々しさが感じられるため、俺は少し苦手な街であった。

 何故、わざわざ苦手な場所に来たのかと問われれば、シリカと食事中の時に来たメール……傭兵《銀ノ月》へ宛てられた依頼が来たからだ。

 転移門から地図を見ながら目的地に向かい、途中の簡素で整然とした、いかにもNPCショップという店でいつもよりちょっと(ほんのちょっとだけだが)高いポーションを買い、アイテムストレージに入れて歩きだす。

 しかし、少し問題があった。
……今ので残金が……心許ない。
いや、生活に必要な資金に困っている
わけではないのだが、夢のマイホームを買うための金以外の、普段から使う金が少なくなってしまっていた。

 それもそのはず。
俺が受けた二つの依頼、《ホランド》からの《タイタンズハンド》討伐任務・《シリカ》からのピナ生還依頼……二つとも、調子にのって「お金はいらない」と言ってしまったからに他ならない。
……まあ、シリカと知り合えたことでチャラにしよう。
友情はプライスレス、友情はお金で買えない価値がある……なんて素晴らしい言葉であろうか。
……だが、お金でしか買えないモノがあるのもまた事実。
俺は、ゲームの中に入ってまでつきまとう悲しい事実にため息をつき、目的地に到着した。

 今回の目的地。
それは、このアインクラッドでの最強ギルド《血盟騎士団》の本部だった。
《鉄の街》の異名に恥じない、重厚だがどこか神聖さを感じられる血盟騎士団――略して《Kob》――の本部を見上げながら、今回の依頼を確認する。

 今回の傭兵《銀ノ月》に来た依頼の依頼主は血盟騎士団。
そして、依頼内容は――『第五十五層のボスモンスターの共同撃破』だ。




 鉄ごしらえの門を開け、Kob本部の大ホールに入る。
そこには、Kobのギルドメンバーはもちろん、最強ギルドの一角《聖竜連合》のギルドメンバー、ソロプレイヤーなど様々なプレイヤーがいる。

「ショウキ?」

 見知った声に振り向くと、予想通りの人物が横に立っていた。
目立ちたくないのか、ホールの片隅で壁に寄りかかっているのは――

「よ、キリト」

 俺と同じく漆黒の衣装に身を包み、(何故か胸当ては水玉模様だが)先の激戦、五十層にて手に入れた片手剣、《エリュシデータ》を持っているフレンド、キリトだった。

「まだ生きてたのかよ?」

「お前こそ、中層で人助けしてなくて良いのか?」

 お互いに憎まれ口を叩きつつ、俺もキリトと同じくホールの片隅に行き、アイテムストレージから
自家製のお茶を取り出し、ぐびりと一口飲んだ。
うん、美味い。自分が作った……正確にはシステムスキルが、だが……お茶の味に満足していると。

「……ん?」

 この大ホールを包む違和感が俺を襲った。
ボスモンスターの攻略をするとしたら、今のこの状態は明らかにおかしい。
その違和感の正体とは――

「……気づいたか、ショウキ」

「ああ。……なんでボス攻略なのに、《タンク》がいないんだ?」

 このゲームには、いわゆる《職業》は無いものの、ステータス振りによってある程度の種類に別れる。

一つ目は、基本的には筋力と敏捷をバランス良く上げている《ダメージディーラー》と呼ばれる職業。
殲滅力は素晴らしいものの、基本的には軽装なので防御力は心許ない。
横にいるキリトや、……まあ、一応俺もそうだ。

 二つ目は、戦闘スキルを上げていないが、代わりに生活スキル等を上げて攻略プレイヤーをサポートしてくれる《職人》
まあ、今ここにいるはずが無いこのビルドの説明は割愛させていただく。

 そして最後に、ここにいなければいけないビルド――《タンク》
筋力を優先的に上げ、重厚な鎧に身を包み、ダメージディーラーとは逆に圧倒的な防御力を誇る……が、殲滅力には欠ける。

 故に、ダメージディーラーとタンクは、同じパーティーにいることが望ましい……いや、ボス攻略ではいなければいけない筈だが……どういうことだ?


「おい、ショウキ。理由を話してくれるみたいだぜ」

「……そうみたいだな」

 何故俺たちがそう判断したかというと、目の前にある無駄に長い螺旋階段から、二人の人物が降りてきたからだ。
――血盟騎士団のトップ2、《神聖剣》ヒースクリフ。《閃光》アスナの二人が。

 二人は静かに螺旋階段を降りきると、《閃光》アスナが一歩前に出た。
ヒースクリフの方が団長ではあるが、実質的に指揮をとっているのは副団長のアスナの方だ。

「皆さん、集まっていただきありがとうございます」

 アスナの凛とした声が大ホールに響き、雑談をしていたプレイヤーたちの視線は二人に集中する。

「今回の第五十五層のボスモンスターですが、血盟騎士団の隊員による偵察で、炎を吐き出す虫型のモンスターだという報告を得ています」

 ……炎を吐き出す、か。
それぐらいなら斬り払えるな。

「そして、そのボスモンスターが放つ炎には、ある《特殊効果》が付加されていることも」

 そのアスナの言葉に、プレイヤーたちはただ押し黙った。
特に珍しくなく、とるに足らないと考えたか、厄介である事が骨身に染みて分かっているからか。

……ちなみに、俺は後者だ。

「その特殊効果は……ボスモンスターが放つ炎には、《タンク》の鎧を耐久力を無視して破壊する、という効果なようです」

 アスナが一呼吸してから発した一言は、プレイヤーたちを先程とは別の意味で押し黙らせるのに充分な効果があった。

「そんなモノ、聞いたことないぞ……!」

 横でキリトが苦虫を噛み潰したような顔をして呟くが、俺も同じ気分だ。

 SAOでは、どんな物にも耐久力が設定されている。
武器も、鎧も、食べ物すらも。
その耐久力が限界を超えて破壊されることはあるが、無視して破壊するとは始めて聞いた。



「そこで私から提案するのは、ここ、第五十五層のボスモンスターは、《ダメージディーラー》だけで攻略する、ということです」

「な……!?」

 アスナが放ったまさかの一言に、歴戦の攻略組プレイヤーと言えども絶句する。

「作戦は至って単純です。まずは初撃を防いで前方から一撃を入れてタゲをとり、側面からのダメージディーラーの《スイッチ》による連撃で超短期決戦を狙います」

 正直、今までのボスモンスター攻略からしたら異常なことだが、タンクが戦闘することが出来ない今回の戦闘において、この作戦はなかなかの物だと思う。

「ボスモンスターの攻撃の防御は……」

「それは、私が担当させてもらう」

 アスナの作戦説明の後を引き継ぎ、後ろのヒースクリフが前に出る。
イマイチ作戦会議には口を出さないヒースクリフだが、いざ前に出たら出たで存在感がある。

ヒースクリフは、そのまま言葉を続けた。

「しかし、偵察が不完全である以上、私一人では不安が残る」

 心にもなさそうな言葉を平気で言いつつ、ヒースクリフはコツ、コツと音をたてて俺たちの方へ歩きだした。

まるで、モーゼが滝を割ったかのようにプレイヤーが進路から外れていく。

「私の他にもう一人、正面からの攻撃/防御役が必要だ」

 ダメージディーラーたちの滝を割り、ヒースクリフがたどり着いた場所は――

「危険な仕事だが、頼めるかね? ショウキ君」

 ――俺の、正面だった。
ヒースクリフは俺の前に立ち、挑戦的な瞳で俺を見据えていた。

 それに対してニヤリと笑い。

「良いだろう。ナイスな展開じゃないか……!」

 
 

 
後書き
さあて……2ヶ月近く放置して、まだ読んでくださる人がいるかは分かりませんが……まあ、自分のペースで更新していきます。

ではでは、感想・アドバイス待っています! 

 

第十七話

 先程の作戦会議では、タンクを無意味なものにするというボスモンスターのルールブレイカーっぷりもあってか、前例が無い《閃光》アスナの作戦に誰も文句がなかった為、そのまま出陣した俺たち《ダメージディーラー》は五十五層の荒野フィールドを突破し、ダンジョンを突き進んでいた。
いや、突き進むと聞くとカッコよく聞こえるが、実態はまあ……ただ歩いてるだけだったりする。

 今回出番の無い《タンク》の皆様方が張り切って、ダメージディーラーの集団を、敵を倒しつつ先導しているからだ。
それ自体はありがたいことなのだが……タンクの方々は自分たちより足が遅く、また、殲滅力も低いために進行率が異様に遅い。
 故に、タンクとダメージディーラーはセットでいなくてはダメなのだが……攻略組のダメージディーラーは全員こっちだ。

「こんなとこ、さっさと走り抜けちまえば良いのにな」

「……さっさと走り抜けたら、タンクの連中追い抜くだろ」

 同じく横でとぼとぼ歩くキリトにツッコミを入れつつ、(自分も似たようなことを考えていたが)とぼとぼと歩き続ける。

ああ、暇だ……
いい加減あくびが出かけたその時、ダンジョンの前方から何人ものプレイヤーが歩いてきた。
全員タンクなので、おそらくはあいつ等が俺たちの前でモンスターを狩ってくれていた部隊なのだろう。
先頭には、《血盟騎士団》に並ぶトップギルド《聖竜連合》の隊長格、《シュミット》が歩き、その背後からガシャガシャ
と大量のタンクが居並ぶ。

 どうやらモンスターを狩り尽くしたようで
、こちらの先頭を歩いていたアスナと二言三言会話を交わしてダンジョンを脱出していく。

 ……先程はああ言ったが、タンクの皆様方には感謝している。
彼らのおかげで、俺たちは何も起きずに今回のボスモンスターの攻略に臨めるのだから。

あとは俺たちが、彼らの期待に応えるだけだ。

 更に数分歩いた後、大きな扉の前に着く。
大きな扉=ボスモンスターのいる部屋、というわけではないが、ここまで巨大、なおかつ他に横道が無いところを見ると……十中八九、この五十五層のボスモンスターがいる部屋だ。

 流石にみんな、ボスモンスターの部屋でふざける余裕は無く、ある者は武器のチェックをし、またある者はアイテムの確認をしている。

「準備は……良いですね?」

 自身も油断無く細剣、《ランベイトライト》を構えたアスナがこちらを見て確認をとり、俺たちが頷いたのと同時に扉を開けた。

扉は大きく音をたてて開き、部屋の中は壁で立てかけてある炎で照らされて明るく、また狭い部屋であったため部屋の奥まで見通すことが出来た。

 だが、一際目を引く物は部屋の中心で渦巻く炎。
その中心には黒い影が見え、ここからでも存在感を感じさせる。

 そして、俺たちダメージディーラーが全員部屋に入りきると共に炎の渦は爆散し、中にいる黒い影が姿を現す。
今回のボスモンスターは炎を使うと事前に聞いているし、そもそも、この部屋にいる大きい影と言うと……ボスモンスターしかいないわけだが。

 かくして俺たちの前に現れたのは、昆虫のような六つの足を持ち、悪魔のような形相をした、《THE HELL BURNER》――《地獄の業火》を意味するのであろうボスモンスターがこちらを見据えた。


 地獄の業火の名前の示す通り、まずは挨拶代わりと言うようにその悪魔の口から炎を吐き出した。
 ボスモンスターの攻撃はだいたい軒並み攻撃力が高く、自分たちダメージディーラーが受けたら本当に死ぬこともある。
今回の業火も、その名に恥じぬ熱量が感じられる。

 ――だが、ルールブレイカーならばこちらにもいる。
俺たち全員を守るように、真紅の鎧が飛びだした。

「むん!」

 もちろん飛びだしたのはヒースクリフであり、自身の《神聖剣》についている盾を炎に押し出し、四散させた。

《ヒースクリフの盾を貫く物無し》――アインクラッドにまことしやかに流れる噂の通り、ボスモンスターの攻撃をも防いだのだ。

「ショウキ君!」

「わかってる!」

 無論、俺とて何もしないわけにはいかない。
《縮地》でヒースクリフが炎を弾いた隙に、ヘル・バーナーに接近し、そのまま――

「抜刀術《立待月》!」

 ――銀ノ月をヘル・バーナーの頭になぎ払う。
タイタンズハンドとの戦いの時に使った、縮地の勢いのままで放つ抜刀術《立待月》。
その威力は充分なようで、ヘル・バーナーの悶える声を聞いて、俺はバックステップで距離をとった。

「タゲはとった! 後は頼む!」

 俺を狙った炎に対し、またもヒースクリフが防いだ隙にダメージディーラーたちはヘル・バーナーの両側面をとった。
背後には尾があり、横には足しか無いので攻撃しやすいからだろう。

『ラアアアアアッ!』

ダメージディーラーの誰かの叫びと共に、ヘル・バーナーの両側面から俺とヒースクリフを除く全力が叩き込まれる。
側面をむこうにも、どちらからも攻撃しているためにどうしようも無い。

 ヘル・バーナーのHPゲージが徐々に減っていき、これはアスナの作戦通りにいくか……
と、
思えないのがこのソードアート・オンラインだ。

 ヘル・バーナーが叫び声を上げると共に、俺の《気配探知》スキルが反応する。
殺気は――背後!

「抜刀術《十六夜》!」

 気配を頼りに抜刀術《十六夜》を背後に放ち、受けとめられる感触を感じて正体を確認する。

正体は、《ヘルソルジャー》と表記された悪魔の面で、剣と盾を持った鎧武者――本来、ボスモンスターの部屋に一般モンスターは来ない。
だが、ヘル・バーナーの方の叫びに手下召還効果があれば例外だ。

全てのダメージディーラーの背後に出現したようで……今、ヘル・バーナーに攻撃しているプレイヤーはいない。

「どけぇぇッ!」

 つまり、今ヘル・バーナーが横を向いて炎を向いただけでダメージディーラーは全滅する。
せめてタゲをとろうとヘルソルジャーを瞬殺しようとするが、盾に阻まれ瞬殺とはいかない。

「チッ……!」

 自然、剣に焦りがのった時……俺の前のヘルソルジャーを剣が貫いた。
その剣の持ち主は――ヒースクリフ。
しかし、彼の背後にはまだヘルソルジャーがいる為、ヒースクリフと言えども手こずっているようだ。

「はッ!」

 代わりにヒースクリフの背後のヘルソルジャーをたたっ斬り、これで俺たちの足止めをしていたヘルソルジャーはいない。

「急ぐぞ、ショウキ君!」

「ああッ!」

 ヘル・バーナーは、側面で足止めをくっているダメージディーラーより、自分に迫る俺たちを優先したのか、炎で俺たちを襲う。

だが、ヒースクリフには通じず、また、俺も攻撃が当たるスピードでは無かった。

 炎を軽くいなしたまま、真紅と銀の剣閃が悪魔の顔面を切り裂く。

苦しむ悪魔を見て、やはり頭が弱点だと当てをつける。
最初の抜刀術《立待月》の時に、大幅にダメージを受けていたのは俺の目は見逃さなかった。

「よし、もう一撃――いや、ヒースクリフ! 横だ!」

 横から迫る悪魔の、かぎ爪を有した腕が目に写り、ヒースクリフは神聖剣の盾で受け止め、俺は日本刀《銀ノ月》で受け止める。

 日本刀――いや、カタナはそこまで耐久性の高い武器ではないが、この自分で鍛えた愛刀である《銀ノ月》はこの程度では破壊されない。

「……返すぞ!」

 返す刀で腕を切り上げ、悪魔の腕から逃れて後ろに跳んで距離をとる。

 弱点である顔面を見ると、ヒースクリフが自らのソードスキルを繰りだしていた。
これ幸いと、俺は銀ノ月を鞘に収め――
 ――こちらを向いて炎を放とうとするヘル・バーナーと目があった。

「抜刀術《十六夜》!」

 ヘル・バーナーが炎を放つのと、俺が抜刀術《十六夜》を放つのは同時だった。
このままでは、俺は丸焼けになってしまうのだろう。
だが、炎と抜刀術《十六夜》の速度は違う。

「さっさとくたばれ……この悪魔がッ!」

 《銀ノ月》による銀色の剣閃は、炎という形も無い物をも斬り払い、ヘル・バーナーの弱点を深々と袈裟切りに刻み込んだ。

 最期は、悪魔に相応しい醜悪な断末魔と共に――ポリゴン片となってこの世界から消滅した。

 チン、と金属音をたてて日本刀《銀ノ月》を鞘にしまう。

「まあまあナイスな展開……だったじゃないか」

 ふう、と息を吐いて、五十五層の攻略は完了した。 
 

 
後書き
やはり戦闘シーンとは難しい……
どうも迫力に欠けてそうだ…… 

 

第十八話

 
前書き
携帯じゃ、まだ本文修正が出来ないんだよな…… 

 
 第五十五層のボス、《ザ・ヘルバーナー》を撃破して二週間後。
トップギルドの一角である《聖竜連合》が、新しく開いた第六十六層の街に本部を引っ越しさせるなどのイベントがあった。
……最強ギルドである《血盟騎士団》の本部が第五十五層にあることとは無関係ではあるまい。
まったく、くだらないところに力を入れてるな……

 まあ、いいか。
俺の方は、《ザ・ヘルバーナー》のラストアタック報酬や討伐報酬を全てエギルの店にぶち込み、大金を得てだいたい貯金……貯金というシステムがあるわけではないが、気分の問題だ……したという、個人的な一大イベントがあったものの、二週間経った今では普段通りの日常に戻っていた。


 いつもならば、依頼によりダンジョンの奥深くか、誰かの護衛でもしているところだろうが……少し事情があり、今日はイマイチ迷宮区に行く気が起きない。
夜に用事もあることだし、今日一日は基本的に寝転んで過ごすことを決意したのだが、俺の下へ届いたある一通のメールが、俺の決意を無駄にした。

 ――つまらない依頼ならば断ろう。
と、気だるげにメールをチェックした俺の目に映ったのは。

「キリト……?」

 
第一層でお世話になった、友人にして恩人であるキリトからのメールだった。
内容は至極単純で、

『今から《アルゲート》のNPCショップに来てほしい』

 まあ、略せばこんな感じの内容だ。
フレンド登録をしているため、居場所の追跡は出来るのでどこのNPCショップに行けばいいのかは分かるが……何の用だろうか?

「まあ、良いか……」

 ここにいてもどうせ寝ているだけだ。
だったら、キリトの用件を聞いてから考えても良いだろう。

 そう脳内で結論づけて、室内着である浴衣から、いつもの和服の上に黒コートを羽織り、日本刀《銀ノ月》を腰に差す格好になる。

「ナイスな展開に……なれば良いがな」

 その言葉とは裏腹に、何となく嫌な予感を覚えつつも、キリトへメールの返信をした後に転移門へと向かった。

 時刻は、ちょうど二時を示していた。


 アルゲートに着いた俺は、キリトがいる場所を見て人知れずため息をついた。
行くのが面倒くさい・来るのが遅い・あまり上手くないという、安さ以外はどこぞの牛丼屋の逆を行く店だ。

 微妙にテンションが下がったが、まあここまで来たのだから、と持ち直して、路地裏をメモ帳片手に歩きだした。
この路地裏で一回迷って、気合いで一日走りつづけて脱出したことは、若干思い出したくないことである。

 さて、五分ほど迷路を歩いて着いた待ち合わせの店――《アルゲートそばや》ののれんを開け、相変わらずの陰鬱とした雰囲気にげんなりとしていると。

「こっちだ、ショウキ」

 と、キリトが椅子に座ってこちらをに呼んでいたため、キリトの座っている席に向かったところ、予想外の人物が俺を出迎えた。

「こんにちは、ショウキさん」

 このアインクラッドで知らない者はいないだろう、血盟騎士団副団長の、《閃光》アスナだった。

 事情は飲み込めないが、キリトとアスナの対面の席に座って自らの飲み物をアイテムストレージから出した。

「……で、キリト。何の用だ?」


 俺の質問に若干答えにくそうにしたものの、口を開いた。

「今、俺とアスナはある事件のことを調べているんだ。で、それにちょっと協力を頼みたい」

 この攻略組の中でもレベルが高い主要メンバーである、キリトとアスナが調べていて、更に俺に協力を頼むことがあるような事件。
それ自体には興味はあるが、それよりちょっと興味が出たものがあった。

「……お前、《閃光》といつの間に仲良くなったんだ?」

 しかも、呼び捨てが出来るぐらい。

「べ、別にそんなんじゃありません。ほらキリトくん、早く説明の続き」

 急に早口になってアスナは先を急かし、キリトも「あ、ああ」と良くわからなさそうな顔をしつつ、こっちに顔を向けなおした。

「口外はしないで欲しい。……簡単に言うが《圏内》でボリュームゾーン少し上のプレイヤー、《カインズ》って奴が……PKされた」

 PK。
プレイヤーキルの略であり、意味はもちろん……殺人だ。
殺人自体は、このアインクラッドでは……認めたくはないが、日常茶飯事だ。
 だが、PKされたのが《圏内》と聞くと話は変わる。

 《圏内》。
正式名称は、アンチ……ごめん忘れた。
とにかく、一切のダメージが通らない、安全地帯だと思ってくれれば良い。

「……それで、俺はどんな協力をすれば良いんだ?」

 ことがことなので、いわゆる『仕事モード』になるが、事実上の依頼人であるキリトは苦い顔をしたままだった。

「お前が来るまでに、知恵を拝借しようとヒースクリフを呼んだんだ」

 キリトの答えは大分質問からズレていたが、前置きだろうと黙って聞く。
だが、キリトは二の句をつがず、黙ってしまった。

「そして、私たちが話して出した結論は、『そんなことは有り得ない。未知のスキルを持っていない限り』でした」

 代わりに口を開いたアスナの答えで、俺は、なぜ俺がここに呼ばれたかを理解した
二人が言う未知のスキルを持つ者とは、つまり。

「俺、か……」

 俺の境遇は、別に隠すことでもないが、話すことでもないのでキリトぐらいしか知らない。
それに、ゲーマー諸君の『人のスキルは詮索するのはマナー違反』という謎の不文律に助けられ、俺は《カタナ》と《体術》の上位スキル持ちとなっている。

 ……まあ、傭兵《銀ノ月》の存在自体が、デマのように扱われている為か、プレイヤー達には技の情報は割れていない。

「俺は、お前だなんて思っちゃいない……!」

 事情を知るキリトが憤りを見せてくれるのは正直嬉しいが、こればっかりは仕方あるまい。
話していない俺が悪いのだ。


「こういう事件がある度に俺が疑われちゃたまらない。……今の俺の状態、話してやるよ」

 キリトはほぼ知っているので、アスナにしか話すことにはならない。
今は、人気が全くないこの《アルゲートそばや》に感謝だ。

「ああ、もちろんだけど新聞屋とかには話さないでくれよ」

 もちろんです、とでも言いたげなアスナの頷きを見て、まずはどこから話すものかを考える。

「そうだな……俺はまず、あっちではソードアート・オンラインどころかVRMMOのジャンルにすら関係がなかった」


 このゲームの参加者は、だいたいがゲームマニアかゲーム会社関係者だったりするので、あまりネットを使わない俺には慣れるのが大変だった。
なにしろ、たまに日本語なのに日本語じゃないのだ。

「それである日。茅場昌彦から《ナーヴギア》が届いた」

「茅場から……?」

 事情を知らないアスナが頭に疑問符を浮かべたので、説明を入れる。

「俺の家は、昔からの剣術道場だった。その剣術を、このソードアート・オンラインでやれるか試して欲しい、っていう茅場からのメールを見てな……挑戦状とか勝手に勘違いして、こっちの世界に始めて来て……まあ、後は知っての通りだ」

 5時30分。
このソードアート・オンラインは、デスゲームと化した。

「それから、偶然会ったキリトに連れられて、次の街《ホルンカ》に向かった。……そして、その時の戦闘で気づいたんだが……俺には、《ソードスキル》が使えない」

「ソードスキルが!?」

 この世界の生命線とも言える《ソードスキル》
それが使えないと知ってだろう、アスナの声が驚愕の色に染まる。

「それに、《索敵》やら《隠蔽》みたいな戦闘用スキルも使えない。代わりに、現実世界の俺の剣術が使えるようになってた。……あの茅場が何を考えているのかは知らないが、今の俺はそういう状態だ」

「酷い……!」

 アスナは怒りを露わにし、キリトはこの話は知っているが、聞かされて気持ちよいものでは無いのだろう、その表情はやるせない表情だった。

「俺のステータス画面、とりあえず見といてくれ」

 通常、ステータス画面は自分以外には見えないものの、可視モードには出来る。
メニューを操作して、ステータスを可視モードにして二人に見せる。
……ここから先は、キリトにも話してなかったか。

「……ッ!?」

「な、何、これ……?」

 俺のステータス画面を見た二人は、両者とも似たような反応を返した。
当然だろう、正常な者にとっては理解できない表示だろうから。

「見ての通り、俺のステータス画面には『HPと名前しか無い』……レベルとかステータスは、俺には無いんだ」

「じゃあ、レベルアップとかはどうして……」

「俺にレベルアップは無い。……推測だが、層のボスモンスターが倒されるとHPが上がるから、その層と同じレベルにくらいは成長してるんじゃないか?」


 故に、その層+10レベルが安全マージンであるソードアート・オンラインにおいて、攻略組の中で単純なステータスでは俺が最弱であろう。

 だが、俺には自らの今までの人生を捧げてきた剣術がある。
現実世界で学んだ俺の剣術は、当然モンスターが知るはずがなく、また、一朝一夕で見極められるほどに安っぽくは無い。
モンスターが戸惑っている間に、弱点を切り裂けば良いのだ。
弱点は、そのモンスターの行動を見ていれば俺の眼でなら何となく分かる。

 プレイヤー相手ならば、話はもっと簡単だ。
相手プレイヤーは、俺が《ソードスキル》を使うと考えている。並みの使い手ならば、その油断の隙をついて、抜刀術《十六夜》で充分。

 まあまあの使い手~かなりの使い手ぐらいならば、苦戦はするかも知れないが、『目の前から消える』《縮地》には対応は出来ない。

 目の前のキリトや、ヒースクリフのおっさんのような、かなりの使い手を超越したような奴らは……どうだろうな。
やってみなきゃわからん。


「まあ、そんなわけだ。俺は確かにシステム外のスキルで戦っちゃいるが、《圏内》で殺人なんて出来やしない……まあ、出来てもやらないが」

 ずいぶん本題から外れた気がしたので、とりあえず話題を戻しておいた。

「なあ、ショウキ。……お前は、何でそんな状況で傭兵やボス攻略が出来るんだ? ……死ぬのが、怖くないのか?」

 キリトの発した馬鹿げた質問に、肩をすくめながら返す。

「死ぬのが怖くない人間がどこにいんだよ。……傭兵も、攻略組に参加してるのも、約束を護るためだ。約束は、護るモノだからな」

 二つとも、別々の約束だ。
……言うのはなんだか恥ずかしいから、言わないが。
それに、人間いつかは死ぬし、まあ何とかなるさ。

「すいませんでした、ショウキさん……そんな事情があるとは知らず……」

「さんは止めてくれよ……同い年ぐらいだろ、多分」

 今度はアスナが謝ってきて、このアルゲートそばやの雰囲気もあいまって、陰鬱とした空気が流れていた。

「……それに、謝罪もいらない。悪いのは、俺か茅場だから、謝る必要性がどこにもない……ま、少しでも悪いと思うならフレンド登録してくれ。血盟騎士団から依頼受けるとき、ゴトフリーからじゃわかりにくいんだよ……」

 なんだかイマイチ内容が分からないメールを送って来るのだ、あいつは。
ゴトフリーのメールの被害にあったことがあるのか、アスナも小さく笑ってメニューを操作し、俺にフレンド登録申請が届いた。

 もちろんOKを押し、日本茶を飲みきった後、アイテムストレージに入れて立ち上がった。

「手伝いたいところだけど、悪いけど夜に用事があるんだ。また、何かあったら呼んでくれ」

「ああ、わざわざすまなかった」

「ご協力、ありがとうございました」

 キリトとアスナの声を背中で聞きつつ、俺は《アルゲートそばや》を出て行った。

 
 

 
後書き
ぶっちゃけただの説明回。
わかりにくい点・おかしい点があったら、感想・アドバイスで指摘してくれると嬉しいです。 

 

第十九話

「……護れなくて、すまなかった……」

 キリトとアスナにアルゲートそばに呼ばれた夜、俺は第十九層《ラーベルク》の非モンスター出現エリアにいた。もう夜は深く、辺りには誰もいない。

 謝罪の言葉と共に、《フローリア》で買ってきた花を近くの木に植え、両手を合わせて祈りだす。

 ……ここは、俺にとって消え去って欲しい、けれど忘れられない思い出の場所だった。

「――ッ!?」

 黙祷という名の祈りを続けていた俺に、システム外スキル《気配探知》が殺気を持った人物が背後から近づいていることを告げ、急ぎでいつでも抜刀が出来るような態勢に、自らの身体を移行させる。

 ザッザッと草を踏みしめる音が近くなり、月明かりの元にその姿を現した人物は……

「良い夜だな……goodevening .《銀ノ月》」

 その長躯を膝上までのポンチョで隠し、目深にフードを被っている。
その手元には、モンスタードロップの最強クラスの魔剣である大型ダガー、友斬包丁《メイト・チョッパー》を構えている。
その外見を見間違える筈がない。
その外国語交じりの口調も聞き違える筈がない。
俺の前にいるこいつは――

「《PoH》……!」
 最強にして最悪のレッドギルド、笑う棺桶《ラフィン・コフィン》のリーダー、PoHがそこにはいた。
そして、横には二人の幹部を連れて。

「ヘッド、向こうの、《DDD》の方に、行かなくて、良いのか?」

 髑髏マスクの男に……DDDのこととは、俺には何のことだか分からないが……問われたPoHは、どうでも良さそうに答えた。

「ああ……アッチはザザ、ジョニー。二人に任せる。俺はコイツに用があるからな」

「流石はヘッド! 話が早い!」

 子供のような小柄な男は陽気な声を響かせ、髑髏マスクの男は無言でその場を去っていった。
二人が歩いていった方向にあるのは、小さな丘があった筈だが……そんなこと、今は知ったこっちゃ無い。

「抜刀術《十六夜》!」

 挨拶代わりに放った抜刀術《十六夜》は、なんなくPoHのバックステップに避けられ、俺とPoHの距離に一定の間が空いた。

「殺してやるよ……PoHッ!」

 ……すまないが、少し、昔話に入らせてもらう。
昔話と言っても、そんなに昔のことじゃない、だった一年前の今日のことだ。

 その頃のショウキは、傭兵ではなく、ある小規模の商人ギルドの一員だった。
無論、ショウキが商人だったわけ
ではなく、ギルドメンバーの商人たちがダンジョンに潜るときの用心棒といい感じだった。

 その商人ギルドは、実際の攻略には参加しないものの、ダンジョンに潜り、その時に得たレアアイテム等を攻略組や中層プレイヤーに売るという商法をしていた。
……攻略には参加していなかったが、彼らもれっきとしたアインクラッド攻略に携わる攻略組だった。

 そしてある日、彼ら商人ギルドは、第十九層《ラーベルク》の非モンスター出現エリアにて休憩中のところを、オレンジギルドに襲われた。
いくら商人とはいえ、毎日のようにダンジョンに潜る歴戦のプレイヤーたちだ。
これまでも、何度かオレンジギルドに襲われたことはあったが、普通のオレンジプレイヤーたちに負ける気はしなかった。
……だが、そのオレンジギルドは普通のオレンジギルドではなかった。

 レッドプレイヤー。
システムには記載されていないが、自らをそう呼ぶ……殺人者集団だった。
後に、笑う棺桶《ラフィン・コフィン》と呼ばれるようになるそのレッドギルドに襲われ……その商人ギルドは、壊滅した。

 その頃のショウキは、リーダーであるPoHと交戦して善戦するも、当時の日本刀を斬られて敗北。
一人だけ、転移結晶で脱出し、グリーンプレイヤーたちにレッドギルドの危険性を伝えた。

 それからショウキはしばらく行方不明になり、第四十二層攻略戦から、ボス攻略に参加するようになる。

 漆黒の和服とコートに身を包み、銀色に輝く折れぬ日本刀を持ちながら、当時の商人ギルドと同じように活動していくショウキは、いつしか傭兵《銀ノ月》と呼ばれていた。

 人助けやレアアイテム等の採集をしつつも、ショウキは商人ギルドの仲間を護れず、結果的に逃げてしまった悔やみと、笑う棺桶《ラフィン・コフィン》……いや、その首領たるPoHへの復讐心を忘れなかった。


 そして、今。
その復讐の対象である、PoHが俺の目の前にいる――!

「墓参りしてる時にお前と会うとはな……ナイスな展開じゃないか……! 敵討ち、させてもらおう……!」

「オレも同じ気持ちだぜ、この日に斬り損ねた奴を斬れるんだからな……さあ、イッツ・ショウ・タイム」

 笑う棺桶《ラフィン・コフィン》の連中が、人を殺す時に好んで発するという台詞をPoHが吐き、戦闘が開始される。

「《縮地》!」

 先手は俺の縮地。
縮地は先の戦いで使ったため、PoHが覚えていればもう存在は割れているが、使わないで勝てる相手ではない。
遠慮なく使ってPoHの視界から消え、斜め後ろからPoHに肉迫し、銀ノ月で斬りかかる。

「ハッ!」

 PoHは鋭く息を吐き、縮地の速度に反応して自らのメイト・チョッパーで俺の銀ノ月を防ぐ。

 そして、そのまま返す刀で銀ノ月自体を攻撃した。
恐らくは武器破壊を狙ったのだろうが、甘い。


ぶつけたことによる金属音は響くが、それだけだった。

「俺が鍛え上げた自慢の愛刀は……お前に破壊されない剣だッ!」

 反撃として横一文字に、銀ノ月による一太刀をPoHの胸に食らわせようとするも、PoHは驚異的な反応でバックステップをし、横一文字斬りは服をかすめるのみに至る。

 だが、PoHが後退したのとは逆に、追撃のために俺は再び前進する。
しかし、俺が追撃態勢をとった時間に、PoHも同じく反撃態勢を整えていた。

「Ya-ha-!」

 前進した俺に合わせるように、PoHは俺の頭を狙ってメイト・チョッパーを向ける。
このままでは、メイト・チョッパーは俺の頭を切り裂くが、そうはいかない。

 顔面に近づくメイト・チョッパーを臆せず眼で確認し、顔を少しズラす。
メイト・チョッパーが頬をかすめるが、構わずPoHに突きを繰り出す。

「刺突術《矢張月》!」

 PoHを狙って勢いよく放たれた、銀ノ月による突きは――PoHには避けられ、双方同時に距離をとった。

「ハッ……! 今度は、こっちの番だぜ?」

 《縮地》を警戒したのか、今度はPoHから過激に攻めてくる。
超接近戦になれば、持っている得物の関係で俺が不利なのは明らかだ。
素早く銀ノ月をしまい込んで、再び抜きはなった。

「抜刀術《十六夜》!」

 高速にも迫らんとする抜刀術《十六夜》がPoHを襲うが、PoHはメイト・チョッパーを銀ノ月に当て、軌道を変えて空振りにさせることで回避した。
……敵ながら、素晴らしい胴体視力だ……!

「ハッハァ!」

 クールな仮面を脱ぎ捨てて、PoHが日本刀を空振った影響で、無防備になっている胴体へメイト・チョッパーを放つ。

 PoHが放ったメイト・チョッパーは、吸い込まれるように俺の胴体に向かうが……空振ったとはいえ、ソードスキルを使ったわけじゃないので、システム的硬直は俺には無い。
……これも、ソードスキルを使えない上での長所と言えるだろう。

 足を上げ、PoHのメイト・チョッパーを蹴りつけた。
普通だったら、俺の足がズタズタになるだけだが、残念ながら俺の足は普通じゃない。


 ガキィィィィンと、先程から聞き慣れた金属音が俺の足と、PoHのメイト・チョッパーから響く。
また得体の知れないものが出て来たからか、PoHは小さく舌打ちして距離をとった。

「足に何を仕込んでやがる……?」

「…さあな」

 PoHに言う必要は無いが、俺の足には剣が仕込まれている。
日本刀は、切れ味や威力は素晴らしいものの、先程のように空振りになった時は隙が大きい。
その隙を埋めるために使っているのが、足に仕込んだ剣、足刀《半月》である。

 足刀《半月》。

こんなことを普通のプレイヤーがやれば、システムエラーでソードスキルが使えなくなるだろうが……元々使えない俺には関係が無い。
日本刀《銀ノ月》よりかは攻撃力は劣るものの、隙が小さく攻防共に役に立つ。
これも、俺が生き抜く為に必要な剣だ。

「さあて……今度はこっちの番だ……《縮地》!」

 《縮地》を使い、PoHの視界から高速で移動しつつ消える。
狙い目は、先程と同じくPoHの斜め後ろ。

「ハッ……さっきと同じ手が通用すると……ッ!」

 だが、PoHは俺の斜め後ろから来ることを読んでいた。
斜め後ろから近づく俺に向かって、メイト・チョッパーで斬り払う。

 ……ことを、俺は読んでいた。
PoHが、メイト・チョッパーで俺に切り裂こうとする前に、もう一度《縮地》を使用。
再びPoHの背後に回る。

「遅いッ!」

 虚をつかれたPoHが何か行動を起こす前に、メイト・チョッパーを持ったPoHの腕を斬り払う。
そのまま空中に飛んでいった、メイト・チョッパーを握った手を足刀《半月》で蹴りつけ、PoHの愛刀、メイト・チョッパーは遠くに吹き飛び、片腕はポリゴン片となり四散した。

 ――これで、奴は片腕の丸腰。

「これで終わりだ――PoHッ!」

 日本刀《銀ノ月》を構え直し、勢いよくPoHの胸に突き立て……ようとした。
その行動が叶うことなく、俺の身体は力を失い、地に倒れ伏した。

「油断は禁物だぜ、Idiot.」

 そう言い放つPoHのもう片腕に握られるのは――毒々しく輝く黄色のナイフ。

「麻痺毒かッ……!」

 今更分かったところで、指一本も動かせない。
かなり強力な麻痺毒のようだった。


 その間にも、PoHは自らの愛刀であるメイト・チョッパーを回収し、ヒュンヒュンと風を切りながら、倒れている俺の下へ迫っていた。

「残念だったな、《銀ノ月》……遊ばずに、麻痺が効いてるうちに斬らせてもらうぜ?」

 PoHは、メイト・チョッパーの腹で自らの肩を叩いた後、高く振り上げた。
俺は自然と見上げるような形になるため、メイト・チョッパーが月を半分に切り裂いているようにも見える。

「イッツ・ショウ・タイム」

 ラフィン・コフィン流の死の宣告が俺の耳に届く。
月下に煌めく凶刃は、まるで死神の鎌のようだった。

 ……死ねるか。
こんなところで、死ねるか……!
身体を動かそうにも、残酷にもシステムは忠実に役割を果たす。

「Good-bye」

 遂に俺にメイト・チョッパーを振り下ろされた。

――だが、PoHはメイト・チョッパーを振り下ろす動作を中断し、後方へ跳んだ。

 原因は、俺とPoHの間に割り込んで来た漆黒の馬と、その馬に乗る《黒の剣士》だった。

「……よう、PoH。久しぶりだな」

 突如として現れたフレンド、キリトが馬にまたがりながら、愛剣《エリュシデータ》を抜く。
それを見たPoHは、小さく舌打ちをしながらメイト・チョッパーをくるくると指の上で器用に回し、腰のホルスターに収めた。

「片腕でお前に勝てるなんて思っちゃいねぇよ……だが、そっちにも足手まといがいるからな」

 マントを翻し、PoHは俺たちに背を向ける。
……誰とは言わなかったが、足手まといが誰のことだかは分かる。

「《銀ノ月》に《黒の剣士》。貴様らは必ず無様に転がしてやるから、覚悟しておいてくれよ」

 最後にそう言い残し、最強のレッドプレイヤー、PoHは姿を闇の中に消していった。

「……行ったか。だけど、まだ二人残ってる……!」

 自らの鍛えた《索敵》スキルで確認したのだろう、キリトは焦った声でアイテムストレージを開き、俺に解毒結晶と転移結晶を放った。

「……後の二人は任せてくれ」

 かなり扱いが難しい筈の漆黒の馬を乗りこなし、キリトは丘の方へ走っていった。
そして、俺は渡された解毒結晶を使い、とりあえず麻痺状態からは解放された。

「…くそッ!」

 思いっきり手を地面に打ちつける。
最後の一太刀。
PoHの腕を斬り、メイト・チョッパーを吹き飛ばしたあそこで油断した。

そのせいで、隠し持っていた毒ナイフにやられたのだ。

 ――そして、ふと、数分前に植えた花を見ると。
俺とPoHの戦いに巻き込まれたのか、耐久力がほとんど無くなっており、パリンと音をたてて四散した。

「……新しい花、買って来なくっちゃな……」

 その言葉を最後に、俺は第十九層《ラーベルク》から消えた。 

 

第二十話

 
前書き
記念すべき二十話。 

 
 レッドギルド、笑う棺桶《ラフィン・コフィン》のリーダーであるPoHとの戦い……いや、敗北から二週間がたった。

 俺も、このだいたい一年半に渡るアインクラッドの生活において、現実の生活以上に対人戦には慣れたつもりではいたが……上には、上がいたということだろう。

 それも当然と言えば当然で、PoHを始めとする殺人者たち……すなわち、自らをレッドプレイヤーと称する者たちは、もう既に人を殺しているのだ。
……何人もの、人を……!

 ……そのことから、彼ら《レッドプレイヤー》たちは対人戦だけでなく、殺し合いにも慣れていると言えば正しいか。

 ……殺人に関するキャリア、そして意識の差……こればかりは、俺がレッドプレイヤーにならなければPoHに肉迫できる筈もない。
だが、もちろん俺はレッドプレイヤーなどになる気は無い。

 今度会った時こそ、あいつを……PoHを行動不能にしてかれ監獄にぶち込む。
……もしくは、この手で……いや、これ以上は言うまい。
そう決意し、俺は再び元の日常に戻った。


 現在のアインクラッドの季節は、現実世界での5月と言ったところだろう。
ポカポカとした陽気が外を包み、ちょうど良い季節だった。
そんな中、俺が今いるのは第四十八層《リンダース》。
目的はただ一つで、愛刀である日本刀《銀ノ月》と、足刀《半月》の強化である。

 元々、ソロで倒したレアモンスターのインゴットを使い、自らの鍛冶スキルで作成・強化を行ってきたのだが、流石に、本職ではない俺ではこれ以上強化するのは荷が重くなって来ており、そもそもそのボスからドロップしたインゴットも足りなくなってきた。
そのインゴットを補充しようにも、俺の手によりそのレアモンスターはこの世界から永遠に消え去った。

 そんなわけで、本職の鍛冶屋に頼みに来たのだ。
鍛冶屋には、強化用のインゴットもあるためにインゴット不足も解消でき、何より強化成功率が俺より上だ。

「ここか……」

 《リンダース》をしばらく歩き、水車が回るプレイヤーホームに着いた。
先日、フレンド登録をさせてもらった《閃光》アスナに、『腕のいい鍛冶屋を知らないか?』とメールをしたところ、返ってきたメールに書いてあった場所がここ――《リズベット武具店》であった。


「いらっしゃいませ」

 中に入ると、まずは店番であろう、売り場に立つ少女NPCからの声がかかる。
ここはプレイヤーが経営する店だと聞いているので、店主は作業中であるのだろうか。

「武器の強化を頼みたいんだけど」

「しばらくお待ちください、店主を呼びます」

 一般品の売買ならばともかく、流石に武器の強化までいくとNPCに任せてはいないのだろう、少女NPCが隣の工房に入り、店主を呼んできた。

「い、いらっしゃいませ!」

 何故かいらっしゃいませを口ごもりながら、店主が出て来た……が。
ピンク色のフワフワしてそうな髪にエプロン姿であり、とても鍛冶屋には見えなかった。……アスナのメールにあった、『見たら驚く』とはこのことか。
……まあ、アスナがオススメして来た店だ、腕は確かだろう。

「この日本刀……いや、カタナか……の強化を頼みたいんだけど、《丈夫さ》用のインゴットはあるか?」

 このSAOには、強化パラメーターに五つの要素がある。
《鋭さ》《速さ》《正確さ》《重さ》《丈夫さ》の五つだ。

 その中で、俺は《鋭さ》と《丈夫さ》を優先して鍛えていた。
理由としては、《正確さ》はプレイヤースキルで補うことが可能であり、《重さ》は上げると、レベルアップが日常的に出来ない俺の仕様上、要求筋力値を満たせない可能性があるためだ。……《速さ》は、《重さ》を上げていない分、軽いので速さは補える。(まあ、少しは上げているが)

 そして、折れたら身も蓋もないために……いや、PoHに前の愛剣を斬られた為に《丈夫さ》と、切れ味命の武器として《鋭さ》を上げている。

 まあ、ここで問題が一つある。
先程挙げた各パラメーターを上げるには、《添加物》と呼ばれるアイテムが必要であるのだが、俺は《丈夫さ》を上げられるインゴットを持っていない。
……いや、《銀ノ月》を作った時に使ったインゴットが堅すぎて、並みの《添加物インゴット》では耐えられない、というのが正しい。

 このままでは、強化がこれで終わってしまうのだが、一縷の望みをかけてアスナ紹介の《リズベット武具店》に来たわけだ。

 目の前の少女店主(便宜上こう呼ぶ)も、自らの品揃えに自信があるのか、「ふふん」と小さく自慢気に笑いつつ、アイテムストレージを操作して、大量のインゴットを近くにあった机の上に並べた。
自慢気になるだけあって、素人眼から見てもなかなかに上質そうなインゴットが並ぶ。


 試しに、一番高そうなインゴットを手にとって見てみる。
俺は《鑑定》スキルを上げていないので、このインゴットの名前ぐらいしか表示されないのだが。

「そのインゴットは、ウチにある中で一番のインゴットでして……」

 やはりこのインゴットが一番か。
裏切って欲しかった予想が、当たってしまったことに落胆を感じながら、その一番いいインゴットを机の上に置いた。
「多少値が張りますけど……」と、話を続けている少女店主の話を聞き流して、自分の用件を手短に告げることにした。

「悪いけどこの強化依頼、中断させてもらって良いか?」

「…え? な、なんで……!?」

 少女店主が、訳が分からないといった様子で問いかけてくる。

「ここのインゴットは、確かに上質みたいだけど、この日本刀……カタナに使ってるインゴットに比べると見劣りする。……大分見劣りする素材をインゴットに使ったら、成功率が下がることは知ってるだろ?」

 客として頼んだ立場としては、大変心苦しいものがあるが、事実なのだから仕方がない。
失敗する可能性が大きくする鍛冶屋など、自分でやった方がまだマシだ。

 ……まあ、これは《リズベット武具店》の品揃えが悪い訳ではなく、一回しか現れない、名前付きのレアモンスターと同等ぐらいの素材が無くても仕方がないと言ったところだが……

「ふ……」

 そんな俺の思考を、少女店主の声が中断させた。
ふ?

「……ふざけるんじゃないわよーッ!」

 これが少女店主……いや、《リズベット》との出会いだった。
 
 

 
後書き
え〜はい。
色々すいません、謝らせてください。

鍛冶のくだり……特にインゴットや、《丈夫さ》用の添加物あたりはほとんどオリジナルです、すいません……
ここがおかしい、ここは原作にあった、などのアドバイスを待ち望んでおります。

そして、第二十話にしてようやく原作ヒロインの一角、リズ登場。
好きなキャラだけあって、可愛く書けるか心配です……まあ、それはどのキャラにも言えることですが。

あ、あと、まだリズはキリトと知り合ってはいません。
キリトが訪ねて来るのは6月未明、現在は5月の中旬です。

では、感想・アドバイス待っております。 

 

第二十一話

 少女店主の叫び声が店内に響き渡り、そのしかる後に静寂が訪れた。
少女店主の表情は、「やっちゃった」という文字が浮かび上がりそうな表情となっていた。

「…いいよ別に。むしろ素で話してくれた方がありがたい」

「じゃあ言わせてもらいますけどね、なんでウチのインゴットじゃダメなのよ!」

 半分フォローのつもりで、素で話して良いと言った途端、マシンガンのように文句を言われた。
……どうやら、この客商売に向かない性格が本性のようだ。

「だから、それはさっき言っただろ。お前のインゴットじゃ成功率上がんないって……」

「へぇ~……なんでそんなことアナタに分かるの? みた感じ戦闘職みたいだけど、《鑑定》スキル上げてるの?」

「ぐ……」

 少女店主の反撃に、俺は少し口ごもざるをえなかった。
《鑑定》スキルなんぞびた一文上げていないし、インゴットの質の判断基準は……まさかぶった斬ったことがあると言っても信じてくれまい……

「…なら、実際に見てみれば早い」

 腰に帯びている、日本刀《銀ノ月》を外し、インゴットが置いてある机の上に置く。
前にも言った通り、俺は日本刀《銀ノ月》の重さを全く強化しておらず、元々使ったインゴットもスピード系のために軽い。
重い剣好きのキリトの愛剣、エリュシデータとは違って他の人に持てないということは無い。

 日頃ハンマーを打つために筋力値を上げているだろう少女店主は、軽々と――むしろ拍子抜けしたように――手に持った。

「へぇ、どれどれ……うぐ」

 武器の軽さで判断したのか、勝利を確信した少女店主の笑みが引きつる。
……どうやら、俺の眼の見立て通り、こちらの日本刀《銀ノ月》の方が優秀であったようだが、若干悔しそうにしている少女店主を見ると……少しイタズラ心がわいてきた。

「で、どっちのインゴットの方が強かった?」


「ぐぬ……あんたのカタナの方が強かったわよっ!」

 机の上に日本刀《銀ノ月》を置くなり、いきなり自分の店の売り物であるインゴットをヤケクソ気味にアイテムストレージに入れ始めた。
少女店主のそんな様子が可笑しくて、笑いをこらえるのに必死になる。

「……ちょっと。なに笑ってんのよ」

 ジト目になってこちらを見る少女店主に、それは誤解だとばかりに首を振る。

「笑ってない笑ってない。……ククク」

「笑ってんじゃないのよ!」

 おっと、顔に出てたか。
もはや、隠す気も無く微笑を続ける俺を睨みつけ、少女店主はもう一度、机の上の日本刀《銀ノ月》を手に取った。
どうせ鑑定するなら最後まで見たいのか、それとも何か粗探しがしたいのか。

「固有名《銀ノ月》……うわっ。何よこの剣、本当にプレイヤーメイド……? 制作者の名前は……《ショウキ》……聞いたこと無いわね……」

「いや、それ俺だ」

 「へ?」と目を丸くしながら自身を指差す俺を見て、少女店主は俺が言わんとしていることを察したようだ。

「これ作ったの、あんたなの?」


「ああ。……と、言っても本職は鍛冶屋じゃないからな。いい加減強化とかが限界なんで、本職に頼みに来たわけだが……」

 ……駄目だったんだよなぁ、というイントネーションで言葉を切り、少女店主の悔しげな反応を見て楽しむ。

「それに固有名《銀ノ月》って事は、あんたが傭兵《銀ノ月》?」

 最後に銀ノ月を一瞥し、俺に手渡しで返してくる。
今の最前線の層は、第六十層。
中層~上層を主な活動場所としているため、47層にいる少女店主が俺のことを知っていてもおかしくない。

「ん、ああ。傭兵《銀ノ月》だ」

 武器の名前と二つ名が被っているから面倒なんだよな……全く、誰だ考えた奴。
手渡された日本刀《銀ノ月》を、いつも通りに腰に差す。

「じゃ、そんなわけで……」

「待ちなさい」

 立ち去ろうとした俺に、少女店主が控え目な声で微笑みながら呼び止める。
だけどおかしいな、何故少女店主から異様なオーラが見えるのだろう?

 ――例えるならば、この前倒した五五層のボスである、《ザ・ヘルバーナー》を前にした時の圧迫感に似たオーラが……!


「……本職の鍛冶屋じゃない奴が、私の手に負えない、最高傑作を超えてる物を作ってるなんて……!」

 フォースの暗黒面に取り込まれたかのように、負のオーラを増大させる少女店主を前にして、真剣に《縮地》で逃げることを考えたが、そこまでする必要はない。
普通に立ち去ろうとしたところ、俺の前に回り込みつつ、俺の顔の前に指を突きつけてきた。
――速い。

「言っておきますけどねぇ! 私に強化を任せてくれれば、なんでもスパスパ斬っちゃうカタナに強化出来るんだから!」

「……ほう」


 少女店主から負のオーラが四散し、明らかに無理をしている様子へと変わる。

「あっ! その目は信じてないわね……舐めないでよね、これでも鍛冶スキルはマスターしてるんですからね!」

 鍛冶スキルをマスター。
それはつまり、鍛冶スキルを最大値である1000まで上げきったということ……俺も鍛冶スキルを上げているから分かるのだが、鍛冶スキルを上げるにはかなりの時間と根性がいる。
どれだけスキル熟練度を上げても、最終的な結果は運任せ……スミスの気合いという説もあるが……なので、一級の鍛冶屋には時間・根性・運・(気合い)の三つ、あるいは四つのプレイヤースキルが必要だと言って良い。

 そして、俺の目の前にいる少女店主は、その見た目に反してこんな一等地に店を構え、あの《閃光》アスナにオススメされている。
間違いなく、一流と言っていい。

「……そうだな。じゃあ、この日本刀《銀ノ月》を必ず強化するってことで契約させてもらって良いか?」

 ニヤリと笑い、少女店主に依頼を告げる。
理由は、先程言った通りの理由と――何より、見ていて面白い。
ナイスな展開に、なりそうじゃないか……!

 俺の依頼を聞いた少女店主は少しキョトンとしていたものの、すぐに持ち直した。

「も、もちろんよ! 絶対ギャフンと言わせてやるんだから!」

 ギャフンなんて、今更言う奴いねぇよ……という突っ込みを飲み込み、少女店主の前に手を差し出した。

「さっきも言った気がするが、傭兵《銀ノ月》――ショウキだ。よろしく」

「リズベットよ。……とりあえず剣が出来るまで、よろしく」

 俺と少女店主……いや、リズベットは契約が完了したことを確認したように握手をした。
……まあ、握手にしてはちょっと痛いんだが。 
 

 
後書き
リズベット好きの自分としては、上手く書けてるかいつも以上に不安。

それと、今回リズは「鍛冶スキルをマスターした」と言っていますが、原作の6月にマスターしていないらしいので、これはただのやせ我慢です。

感想・アドバイス待ってます! 

 

第二十二話

 
前書き
リズ視点。 

 
 明くる日。
客足が遠のく時間である昼頃に、いつものようにオーダーメイド品の作成をして、それから休憩がてらお昼ご飯でも食べようとしていたところ、店員NPCのハルナが、武器の強化を頼みたいという客が来たことを告げた。

 こんな時間にお客が来るなんて珍しいな、と思いつつ、若干うわずった声で「いらっしゃいませ!」と来た客に告げる。
……やっぱりまだ、慣れない。

 そこにいたお客は、短髪で漆黒のコートを上に羽織り、その下には同じ色の……和服だろうか? を着ていて、こちらを少し驚きながら見ていた。
驚かれる原因は、確実にアスナが私に施した、髪型や服のカスタマイズのせいだろう。
初めて来たお客にはたいてい驚かれるものの……不本意ながら、リピーターも増えるためにこのままにしておく。

 漆黒のプレイヤーの得物は、一般的にはレアアイテムとされている《カタナ》だったが、カタナのエクストラスキル習得条件が明らかになった今、そんなに珍しくは無い。

 ただの服にしか見えない防具も手伝って、あまりハイレベルなプレイヤーには見えない為に、中層プレイヤーだと当たりをつけて接客モードに入っていった。

 ……それから数分後。
私の店に来た、この漆黒のプレイヤーが、中層プレイヤーどころか攻略にも参加しているプレイヤー、傭兵《銀ノ月》であることと、……若干、ムカつく奴だということが分かった。
逆を言えば、それ以外は全くわからないわけだけど。

 だけど今。
いっっっちばん、わからないことと言ったら。

「……なんで私、こんなところにいるんだろう……」

「ん? 夢遊病か?」

 「違うわよ」、と隣のショウキにツッコミを入れているこの場所は、今までいた《リズベット武具店》ではなく、第五十層《アルゲート》だった。

 『日本刀《銀ノ月》を必ず強化する』という条件で受けたため、私の店にあるインゴットでは、……認めたくないけど……ショウキのカタナ《銀ノ月》を強化するのは不可能だ。
しかも、《鉄の町》とまで呼ばれる第五十五層《グランサム》に売っている、一般的にインゴットでは、多分、まだ《銀ノ月》の強化には分不相応だ。

 だからショウキの提案で、《リズベット武具店》の店番をハルナに任せ、モンスタードロップ品やらなにやら、様々なモノを扱っているらしい、この《アルゲート》に来たのだ。
……私は来たの初めてどころか、年の近い男性と遠出するのも初めてだというのに、横にいるショウキは、全く動揺もしていないのがちょっと悔しい。

「さて、まずはインゴットを売ってる店を探しつつ、知り合いの店に行こうと思う。……色々ゴチャゴチャしてるから、はぐれるなよ、リズベット」

「はぐれないわよ! ……それと、どうせ呼び捨てにするなら『リズ』で良いわよ」

 ……いくらゴチャゴチャしてるからって、はぐれないわよ、子供じゃあるまいし……
ブツブツと言う私に、「分かったよ、リズ。行こう」などとのたまうショウキと共に、人がすし詰めになっている商店街へ歩きだした。

「……相変わらず、人でゴチャゴチャしてるところだ……」

 人ごみが苦手なのか、私の横を歩くショウキは少しげんなりとした声をだしていた。

 対する私は、フィールドに出ない自分にとってはモンスタードロップ品自体が珍しく、また、初めて来た場所ということもあって、見るもの見るものが珍しく、色々と辺りをキョロキョロ見回していた。
ひしめき合う食べ物屋の屋台や、冒険帰りにアイテムを分配しているプレイヤーたち、怪しい地図を売っているNPC……

 そんな調子で歩いていると、NPCが経営している店みたいだけど、店の外にインゴットが飾ってある、インゴット屋……と、言うのだろうか……を見つけた。

「ねぇショウキ。あそこにお店があったから、とりあえずあそこに――」

 問いかけの言葉を途中で切ったのは、問いかけた対象であったショウキが、なんと自らの横から消えていたからだ。
……もしかして。万が一の可能性だけど、キョロキョロ回りを見るのに必死で、はぐれた……?

 はぐれないと大声でタンカをきった手前、簡易メール……フレンド登録をしていなくても、名前が分かっていて、同じ層にいるならメールが送れる……を
使って、助けてもらうのも気が引ける。

 急ぎ、慌ててショウキを捜すが、この人ごみの中じゃ、人が多くてあの黒衣が見当たらな……

「おい、リズ」

「わひゃあ!」

 背後から突然名前を呼ばれたことに驚いて、謎の声をだしながら少し飛び上がった。
当然ながら、その声の主はショウキであり、呆れたような顔でこちらを見ていた。

「ど、どこ行ってたのよアンタ!」

 私が、ついつい照れ隠しついでに問い詰めてしまうと、ショウキは困ったような顔で返事をした。

「どこって……ちょっと食い物買ってくるって言わなかったか?」

 確かに、ショウキの手には、クレープのようなものが二つ、手に握られていた。
もしかして、色んなものを見るのに夢中で、話を聞いていなかったのかもしれない。

「……もしかして、はぐれたと思ったか?」

「そ! ……そんなわけ、無いじゃない……」

 ショウキの笑いを含んだ質問に、何とも言葉尻が下がった答えを返していた。
くうう、恥ずかしい……と、俯く私の前に、ショウキからクレープもどきが一つ、差し出された。

「ほら、せっかく買って来たんだから食えよな」

「……食う」

 そういえば、まだ昼ご飯を食べていなかったことを思い出し、私の現金な腹の虫が自己主張を始める。
ショウキの手からクレープもどきを貰い、口に運ぶ。

「……む」

 不覚にも、甘くて美味しかった。 
 

 
後書き
原作のリズが可愛くて書くのが辛い。

それはともかく、相変わらず主人公であるショウキの容姿が不鮮明なこの作品ですが、何故かこの頃、『七夜 志貴』に似たようなキャラが脳内再生されます。

黒い和服に黒いコート、日本刀を帯びた七夜志貴……意外と似合って……る?

感想・アドバイス待ってます! 

 

第二十三話

 
前書き
ちょっと更新が遅れました。 

 
 俺とリズはさらりとクレープもどきを食い尽くし、リズが見つけたインゴット屋に入ろうとしていた。
最初はエギルの店に行こうと思っていたのだが、まあ、リズが見つけてくれたインゴット屋に入ってみても別にいいだろう。

「いらっしゃい」


 店というより、小屋のような店内に入ると、カウンターに座り込む老人から声がかかる。
その店内の内装も相まって、昔ながらの八百屋のような雰囲気を醸しだしていた。

「モンスタードロップ品ばっかだな……」

 棚に無造作に置いてあるインゴットを手にとって見てみるものの、《鑑定》スキルを上げていない自分には、インゴットがモンスタードロップであることぐらいしか分からない。
ここはおとなしく、横でインゴットを眺めているピンク髪の鍛冶屋に任せよう。

「どうだ?」

 他のところでインゴットを見ていたリズに問いかけてみると、なんだか微妙な顔をしながら振り向いた。

「うーん……まあまあ良いのは揃ってるんだけど、あんたのカタナ以上となると……ちょっと微妙かも」

「だよなぁ……」

 やはりと言うべきか、専門家であるリズ的にもあまり芳しくない、微妙な評価だった。
偶然入った店に、掘り出し物はないか……

「えっと、あと見てないのは……そこにある、《ゴーレム》系統のモンスターからとれるインゴットね」

 ゴーレム系統。
その名から連想出来る通り、岩や土、鉄で出来た、何かから守るために配置されている巨大な人形である。
元々が元々であるため倒した時のドロップ品にはインゴットが出ることもあり、プレイヤーを苦しめた防御力がそのままインゴットとして手に入るとして、プレイヤーたちが狙うことも多い。

 もちろん店にとっても掘り出し物なのだろう、特設コーナーを設けて、それぞれのインゴットに『あのゴーレムからとれたインゴット』などと、モンスターの名前付きでデカデカと宣伝している。
……そのおかげで、専門家ではない俺にもそのインゴットの価値がわかった。

「……リズ。あそこに並んでるインゴットの名前」

「言わないでよ……」

 なんともリズの店で見た覚えがある名前だ、と言おうとしたが、直前でリズからストップがかかる。
優秀なインゴットとして、リズの店でも使用していたのだろう。

 ともかくこれで、あれらのインゴットは使えないとわかってしまった。

「まあ、どれもこれもたたっ斬った覚えもあるしな……リズ、他の店に行かないか?」

 元々の目的地であった、《エギル》の店に向かうことを提案する。
エギルの店に掘り出し物があれば御の字、なくても情報は聞ける。
これで見つからなかったら、それこそ《鼠》にでも頼るしか……

「お客さん。今、なんとおっしゃいましたか?」

「は?」

 あの小憎たらしい《鼠》の顔が脳内でフラッシュバックした後、リズを押しのけいきなり老店主が問いかけてきた。

「は……いや、他の店に行こうかと……?」

「違います違います、その前です」

 その前……?
あのネズミ面を脳内から押し出し、つい先程の自分の言葉を思いだす。

「『どれもこれもたたっ斬った覚えもある』って言ってたわよ、あんた」


 呆れ顔のリズに言われ、先程の自分の言葉を思いだす。
……そういえばそんなことを言ったか。

「はい、その腕を見込んで是非ともお願いが……」

 お願い、という老店主の頭上に金色のクエスチョンマークが点灯した。
一時的にパーティーを組むことになっているリズにも、そのマークは見えたようで、俺の横から少し身を寄せて聞いてくる。

「これって、《クエスト》よね?」

「ああ。十中八九そうだな」

 クエスト。
この浮遊城《アインクラッド》に用意されているもので、内容はお使いや何かの護衛、特定モンスターの討伐など多岐に渡る。
クエストの条件になっているNPCの大体はその場からあまり動かず、何か困っているところを声をかけることで発生する……この老店主のように、例外はあるが。

「お願いとは何でしょう?」

 クエストには手慣れた俺の言葉に、老店主のクエスチョンマークが点滅し始めた。
クエストについての説明が入る合図だ。

「実は、数ヶ月前にいきなり、この店に《転移門》が出現しましてな」


「転移門?」

 転移門とはもちろん、各層の入口にあるワープポイントである。
層を指定することによって、解放してある層ならばどこにも瞬時に……って、今更説明することでもないな。

「分からないのも無理はありません、こちらへ」

 俺たちが首を捻っているのを見て取ってか、老店主は先程まで自分がいたカウンターの裏側にあった扉の元へ、俺たちを案内した。

 そして、その扉を開けた先に。

「――転移門」

 確かに転移門であった。
この小屋ともとれる店に入っているため、本物よりは幾分かは小型だが。

「そして、この転移門を起動させると、何やら草原のような場所に飛ばされまして……そして、目の前には巨大なダンジョンがありました……お願いします。このダンジョンを攻略してくれませんでしょうか……このままでは、いつモンスターが街に来るか……」

 草原のような場所に飛ばされ、目の前のダンジョンを攻略するクエスト……危険はあるが、(もしかしたら)未だに未踏の地であるダンジョンを、一番乗りで攻略出来るかもしれない……
そして、レアダンジョンにはそれ相応のレアモンスター、レアアイテムがあるのだ。

 ナイスな展開じゃないか……!

「わかりました、やりましょう」

「それはありがたい! 是非ともお願いします!」

 老店主が喜びながら礼を言い、俺の視界の左端にあるクエストログが更新される。
思いがけずにラッキーが舞い込んだものの、不安点はある。

「リズ。お前は戦闘職じゃないんだから、店で待ってろよ」

 言いたくはないが、不安点の中の一つはこれだ。
何が起きるか分からない未踏のダンジョンに、戦闘慣れをしていない鍛冶屋を連れて歩くわけにもいかない。

 しかし、このピンク髪鍛冶屋は予想外に。

「私だって戦闘スキル上げてるんだから、手伝いぐらいは出来るわよ」

 ――という返答だった。
「あのな……ダンジョンは何が起きるか分からないことぐらいは知ってるだろ?」

「だけど、ゴーレム系統とかホネ系統のボスモンスターだったら、あんたのカタナより私のハンマーのほうが有効よ?」

 なんだか、またも口喧嘩に発展しそうな――もしかしたら、もう発展しているか――俺たちを止めたのは、意外にも、俺の視界に移った老店主のある行動だった。

 老店主は、俺たちが口喧嘩をしている間にミニ転移門まで歩き、何をどうしたのかは知らないが、ミニ転移門を起動させていたようだった。

「……あとはお願い致します」

「ちょ、まっ……!」

 俺の制止の声も届かず、老店主が店に戻る扉を閉めたと同時に。
俺とリズは、日頃お世話になっている、転移のライトエフェクトに包まれていた…… 
 

 
後書き
……どなたか、リズをキチンと書く方法を教えてください。
まだデレてないので、という理由《言い訳》も限界になってきましたッ……!

感想・アドバイス待ってます。 

 

第二十四話

 
前書き
プロットが、前回の話で尽きました… 

 
「――ッ……」

 いきなりのライトエフェクトが終わり、視界が元に戻り始める。
普段から体験している筈の転移だが、いきなりすぎて視界や平衡感覚が慣れるのに時間がかかった。

 辺りを見回してみると、俺たちをここに吹き飛ばした老店主が言っていた通りに、草原が広がり、風が吹き抜ける気持ちがよい場所だった。

「……大丈夫か、リズ」

 俺と共にここに飛ばされてきた少女の名を呼ぶが、反応が無い。
このフィールドに飛ばされてきていないならまだ良いのだが、もしかして、別の場所に飛ばされてしまっていたのなら……!

「……キ」

 鍛冶屋であるリズが、未知のフィールドにいるのは危険だ。
一刻も早く合流しなければ……!

「……ョウキ」

 しかし、この未知のダンジョンのどこを捜せばいい?
リズがまだ転移してなかった場合、俺がここを離れては追って転移してきたリズが一人になってしまい、それもマズい。

 だからといって、行動しないわけにはいかない。
俺はリズを捜す為に、すぐさま駆け出し――

「ショウキ!」

 その声に俺はようやく、自分が何かを護るように抱きしめていたことに気づいた。
転移してすぐ感覚が追いついてこないとは、もしかしたら、あの転移門は古いのかもしれない。

 恐る恐る、自分が抱きしめているモノを解放して、どんなモノを抱きしめていたのか――思い当たる節は一つしかないが――確認した。

 それは、この世界では珍しいピンク色の髪をしており、服はなぜか、その職業には似つかないエプロンドレスだ。
血色の良さそうな顔は、今は真紅に染まっている。

 ……簡単に言うと、俺が抱きしめてしまっていたのは、顔を真っ赤にしたリズだった。

 どうやらリズもまだ、あの旧式な転移門(仮)によって感覚が麻痺していたらしく、自分が抱きしめられているという状況に、ようやく気づいたらしい。
真っ赤な顔で、俺をキッと睨みつけてくる。

「ええっと、だ。まずはすまない。コレにはキチンとした理由があり――」

「にぎゃあああっ!」

 リズは俺に弁解の余裕も与えず、真っ赤にした顔のままで放たれた見事なアッパーカットが、俺を中空へと吹き飛ばした。


「悪いとは思ってる。だけど、いきなり転移されたから、つい癖でお前を庇うような態勢をとってしまっただけで他意はない!」

「ふ、ふーん。どうだか」

 俺はリズに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたダメージをポーションで回復しつつ、(流石は鍛冶屋だ、意外と効いた)どうにか弁解をしていた。
だが、その弁解も功を労せず、リズは未だに若干頬を紅く染めつつ、そっぽを向いていた。

「……なあ、頼むからいい加減許してくれ。帰ったら、なんでも一つ依頼聞くから」

「……ホントに?」

 よし、好感触!
俺は内心でガッツポーズをしながらも、そういや、殴られて遠ざからなければ、リズには俺を監獄送りに出来るボタンがあったことを思いだし、嫌な汗を大量にかいた(気がした)。

「ああ、約束する。それより、早くダンジョンに行こうぜ?」

「そうね。でも、私たち二人で大丈夫かしら?」

 なんとか話を逸らすことに成功――ではなく、リズが真っ当な意見を出す。
一応攻略組とはいえ、良くわからない俺に、元来戦闘職ではないリズの二人では、確かに不安は残る。

「まあ、とりあえず行ってみよう。お前は必ず護るって約束するさ」

「お気楽ねぇ……ま、いつ泣いて転移脱出するのか見ものだけどねー」

 その言葉と共に、俺たちはストレージを操作し、防具を装備した。
……まあ、俺の場合は普段着がそのまま防具となっているため、胸当て程度だが。
リズは、あのエプロンドレスの上から簡素な防具を装備、手にはメイスを持った。

 お互いに転移結晶を服のポケットに入れ、老店主の話通り、歩いてすぐの場所にあった、遺跡のようなダンジョンの入口に立った。

 戦闘職で無いリズは、この草原エリアに残すことも考えたが、何が起きるか分からない場所に置いておくのは危険すぎる。

「じゃ、行くぞ……油断するなよ」

「あんたこそ、気をつけなさいよ」

 俺を先頭に、謎のダンジョンに足を進めた。

 その遺跡ダンジョンは明らかに人間が入るには大きく、また、サブダンジョンとしても一級品の広さだった。
内部はピラミッドの中のような構造になっており、奥行き・横行き共に、巨人が通ることが前提であるような広さであった。

 出現するモンスターも、まさか通路の大きさに合わせた巨人のようなモンスターが出てくるのかと思ったが、出てくるモンスターは全て、平均的なサイズの《ゴーレム》だった。

 レベルも、この五十層に出てくる程度のレベルらしく、動きも鈍い。
サクサクと斬る俺と、武器的に相性が良いリズの相手ではなかった。

 加えて、ダンジョン自体は広いものの一本道であり、敵も弱くトレジャーボックスも無いことから、未知のダンジョンの踏破は手早く進みんだ。

 むしろ、隠しのダンジョンとしては簡単すぎて、拍子抜けしていると同時に、何かの罠かと思う疑っていた俺とリズは、巨大な《扉》に直面した。
通路の大きさに似つかう巨大さで、この先に何があるのか容易に想像できた。

「ここってまさか……」

「十中八九ボス部屋だな」

 現場慣れしている俺の言葉に、問いかけたリズはピクリと反応し、メイスを握りしめる。
いくら強がっていても、当然ボス戦は始めてだろう、無意識に力が入っている。

「お前をボス戦に参加させたくはないが、このモンスターが出る場所にも置いていけやしない……頼むから、転移結晶を持って隠れていてくれ」

 聞いた当初は、あまり納得していないような表情だったものの、いつになく本気である俺の表情と声に、リズはしぶしぶ頷いた。

「じゃ、行くぞ」

 扉に手をかけた瞬間、扉は大きく音をたてて押され始めた。
そういや、アインクラッドのダンジョンの扉って、みんな押し戸だな、などとくだらないことを考えながら部屋に入った俺は――側面からの衝撃を受け、部屋の横の壁に吹っ飛んだ。

「ぐはッ……!?」

「ショウキ!?」

 俺を吹き飛ばした物の正体は――腕。
何もかもが巨大な遺跡の守護神として相応しい、五メートル程の巨大な《ゴーレム》の腕だった。

 《マッシブェイト・ゴーレム》という名前が識別され、俺にトドメをさそうと近寄ってくる。
その動きは鈍重だが、一歩一歩が大きい為にすぐに俺がいる壁に追いついてくる。

 だが、俺とてただやられるわけにはいかない。

「……でぇぇい!」

ポーションを口に含み、伸ばしてきたマッシブェイト・ゴーレムの腕についている指を斬り、ひとまず態勢を立て直すことを優先し、部屋の中央に移動する。

「リズ! 離れてろ!」

「き……気をつけてね!

 流石に適わないと分かるのだろう、リズは扉の近く、部屋に入るか入らないかのところで待機する。
リズには悪いが、これで思う存分戦えるというものだ。

 日本刀《銀ノ月》を腕と並行に構え、いわゆる《突き》の態勢をとる。
――まずは、《マッシブェイト・ゴーレム》の耐久性を調べる。

「刺突術《矢張月》!」


 自分が使う技の中で、もっとも一点突破力がある突き攻撃により、ゴーレムの腕を避けて足に日本刀《銀ノ月》を突き刺した。

 結果、弾かれはしなかったが、貫通することも無かった。
流石にボスモンスター、なかなかの耐久力を誇っているようだったが、あくまで階層相応の耐久力。

 勝てなくはない……!
そう思った瞬間、舐めるなと言わんばかりにパンチが飛んでくる。

「おっと……!」

 日本刀《銀ノ月》で軌道をずらして払い、第二撃が来る前にもう一撃斬って、即座にバックステップにより射程外に後退する。

 だが、やはり硬い。
日本刀《銀ノ月》ならばともかく、対プレイヤー戦の隙を無くすための足刀《半月》には荷が重いだろう。

 ……つまり、俺がどうやって戦うべきかは自ずと決まってくる。
そう、一点突破をしつつの、高速戦闘……!

「《縮地》!」

 高速戦闘になくてはならず、俺の生命線と言っても過言ではない技、《縮地》を使用し相手の足下に近づいた。
当のマッシブェイト・ゴーレムは、一瞬で近づいてきた俺に対処できず、なんとか蹴りを放とうとするが――遅い。

「はッ!」

 蹴りを放とうとした足の支点を斬りつけ、蹴りを中断させる。
その中断された隙に何度となく足に剣戟を浴びせ続け、マッシブェイト・ゴーレムがパンチを繰り出そうとした時には《縮地》でこの馬鹿デカいゴーレムの後方に回り、怯んだところを再び足に向けて剣戟の雨を浴びせる。

 俺の狙い通り、この高速戦闘に、パワー型であろうマッシブェイト・ゴーレムは付いていけずに、目に見えて混乱していた。
しかし、今までにいた通常のゴーレムよりはるかに堅く、十撃二十撃与えても倒せる気配は見えない。

「……ッと」

 マッシブェイト・ゴーレムがこちらを見たので、足を斬りつけつつ、《縮地》にてゴーレムの裏側に回り込む。
さて、さっきと同じように、再び剣戟による乱撃を浴びせるのだが、思ったより足が硬い。

 それに、《縮地》は便利な技ではあるものの、もちろん弱点はある。
それは、平常時の《縮地》の連続使用回数は五回であるということだ。
気力や体力に左右されるものの、だいたい平均して五回が限度であるため、ずっと《縮地》を使用しつつ攻撃、などという手段は使えないのだ。

 体力にも辛いし、神経を使うので五回が限度だが、それをもう三度使用している……これでは分が悪い。

 と、その時。
マッシブェイト・ゴーレムが、いつになく俊敏な動きで裏拳を繰りだしてきた。
マッシブェイト・ゴーレム自体の重さの分、その勢いは並大抵の物ではなく、日本刀《銀ノ月》で受け止めるには、いささか厳しい……!

「はッ!」

 俺は考え事を中断し、全力でその場からジャンプした。
マッシブェイト・ゴーレムの裏拳が、俺の足下スレスレを横切ったので、避けられたことを確認した。
そのまま空中でクルリと宙返りをし、遠心力を込めてマッシブェイト・ゴーレムの首に足刀《半月》による蹴りを叩き込む。

刀を伴った蹴りを受け、マッシブェイト・ゴーレムのHPゲージが目に見えて下がる。

「――ビンゴ!」

 本来ならば、威力の劣る足刀《半月》では大したダメージを与えられないだろう。
だが、大したダメージを与えたということは……そこが弱点ということだ。

 そのまま着地したすぐ後に、バックステップによりマッシブェイト・ゴーレムと距離を開け、日本刀《銀ノ月》を鞘にしまう。

首が弱点だと分かったことは朗報だが、攻撃するたびにさっきのように空中へジャンプして攻撃しては、命が幾つあっても足りない。
よって、俺はポケットから《クナイ》と一般的に呼ばれる武器を取りだした。
元々は何の変哲もないただの投げナイフなのだが、個人的な趣味により、《鍛冶》スキルで意味もなくクナイ型にしている。

 もちろん、戦闘スキルが使えない俺にとって、キリトのような《投げナイフスキル》は使えない。
だが《眼》には自信がある。
――狙いを、外す気はない。

「てェッ!」

 大きく振りかぶって投げられたクナイは、狙い通り吸い込まれるように、マッシブェイト・ゴーレムの『足』に当たった。

 首は狙わない。
クナイごときを当てても、焼け石に水だからだ。
ならば、何故足を狙ったか?
答えは簡単、足を破壊するためだ。

 先程までの、百撃はくだらない日本刀《銀ノ月》による剣戟の嵐。
もちろん、HPゲージを着実に減らすことが目的ではあったのだが、第一の目的は、足自体の耐久力を減らすことだった。
足自体の耐久力が限界に近づいていた時、トドメとばかりにクナイを投げ当てた。

 結果。
マッシブェイト・ゴーレムの片足は自重に耐えきれず、刺さったクナイの場所から破壊音と共に砕け散っていく――

「―――!??!」

 マッシブェイト・ゴーレムが驚きの声(?)を上げながら、片足を失った影響でバランスを崩し、倒れ込もうとする。

「ここまで上手くいくと、むしろどこか怪しいな……ま、良いか」

 倒れ込んでくるマッシブェイト・ゴーレムの影に近づき、日本刀《銀ノ月》を構える。
狙いは、先程までは届かなかった弱点の首――!

「抜刀術《十六夜》!」

 マッシブェイト・ゴーレムは、片足を失って倒れ込むと同時。
自らの首を切り裂かれ、ゴーレムではなく、ただの物言わぬ人形となっていた。

「まあまあナイスな展開、だったじゃないか……!」

 ふう、と一息つきながら日本刀《銀ノ月》を鞘にしまい、扉の前でポカーンと驚いたような顔をしているリズに対して歩きだした。 
 

 
後書き
頭を使って戦うショウキを描写……出来た、かな?
自分にはわかりません。

それと、これから学校がテスト期間に入りますので、更新がだいぶ遅れます。

では、感想・アドバイス待ってます。 

 

第二十五話

「あ、あんた……ホントに強かったのね……」

 驚きのあまり、ポカーンと口を開けたまま呆然としたリズに、少しムッとくる。
そこまで弱いと思われていたのは心外だ。

「あのな。これでも一応攻略組なんだからな、俺は」

 ……あまり、攻略ボス攻略以外には参加していない気がするが。
最前線で戦い続けても、レベル上がらないからな……

「じゃ、見た感じ次の部屋への扉は無いが……隠し扉があるかもしれないからな。探そうぜ」

 ポケットから出したポーションを口にくわえながら、HPが0になっているマッシブェイト・ゴーレムを乗り越え、部屋の壁を順々に見たり叩いたりしてみる。

 だが、特に変わった感じは無かったためにリズの方を見てみたものの、リズの方も首を捻っていた。
あちらにも、特に何も無いらしい。

 さて、クエストを発注してきたNPCの老店主の言葉から察するに、レア素材を入手出来るミッションだと思ったんだが……最後の部屋に来て、ボスモンスターまで倒したのだけれど、そのようなアイテムは見当たらない。

 そもそも俺の見当違いだったのか、隠し部屋でも見逃していたのか。

「ねえショウキ。もしかすると、あのゴーレムからインゴットが採れたりするんじゃないかしら?」

 そう言ったリズの指差す先には、HPが0になったにもかかわらず、何故か消えずに残っているマッシブェイト・ゴーレムがあった。
片足は粉々になっており、首から上は、俺の抜刀術《十六夜》によって遠くへ斬り飛ばされている。
 危険だと思い、今まで放置していたが……仕方あるまい。

「……危ないからな。リズは少し離れててくれ」

「え、ええ」

 これまでの反省もあるのだろう、俺からの申し出を素直に頷くリズに、今度はこっちが驚く番だった。

「遂に、あのリズも俺の言うことを聞いてくれるようになるとは……」

「う、うっさいわね! あんたが危ないって言うんだから危ないんでしょ!?」

 危ないという、俺の言葉を信頼……してくれているのだろうか。
もしそうなら嬉しい限りだな、などと思いつつ、マッシブェイト・ゴーレムの胴体を調べにはいる。

 想像とは違って何も起きず、とりあえず胴体をコツコツと叩いてみて、その硬さを再確認してみる。
インゴットとするならば、今の状況ではのどから手がでるほど欲しいのだが……

「まさか、このまま持って帰れってことじゃないよな……」

 来るときの無駄に広い通路を思いだし、まさかそうでは無いかと疑念を深める。
もしもそうであれば、これを運びながらあの小型モンスターと対峙しなくてはいけないこととなるため、非常に面倒くさいことになる。

 頭を捻りながらもその手段しか思い浮かばず、仕方がないので、リズにそのことを相談しようと、一旦マッシブェイト・ゴーレムから背を向けて離れると。

 ――離れた瞬間、明確な殺意が俺の背中へと降り注いだ。

「――抜刀術《十六夜》ッ!」

 本能的な恐怖。
そうとしか言えないモノを感じ、抜刀術《十六夜》を背後に向けて放つ。
結果として、その判断は正解だったと言って良かった。

 背後に放った日本刀《銀ノ月》から、先程も感じた圧倒的に硬い感触が伝わってくる。
そんな感触を持つモノは、この部屋にはたった一つしかない。

「こいつ、さっきショウキが倒したんじゃ……!?」

 リズの驚きのリアクションの通り、俺を再び襲っているのは先程倒した《マッシブェイト・ゴーレム》。
片足と首から上がないにもかかわらず襲ってくるその姿は、あたかも不死のゾンビであるかのようだ。

 そして、俺がこいつの攻撃を防御している間に、マッシブェイト・ゴーレムの身体は治っていく。
いや、治っていくのではなく、再構成と言った方が正しいか。
より鋭く。
より速く。
より攻撃的に。

 少し丸みを帯びたデザインだったマッシブェイト・ゴーレムは、その身を少し紅く染め、尖鋭的になっていた……

「ぐあッ!」

 変態が完全に終わったマッシブェイト・ゴーレムは、まず自由だった片腕を使い、防御に必死だった俺を吹き飛ばした。

 そして、そのままマッシブェイト・ゴーレムのターゲットは……俺に追撃することはなく、俺の近くにいたリズに移ることとなった。

「逃げろリズッ!」

 飲みかけだったポーションを強引に飲み干し、当然《縮地》でリズを助けようと急ぐものの……間に合うはずはない。

残酷な現実を俺に突きつけるように、マッシブェイト・ゴーレムは、日本刀《銀ノ月》と鍔迫り合いを行った、腕が尖鋭的に変化した剣で――リズを刺した。

「あ……!」

「させるかッ!」

 リズに攻撃が当たる前には間に合わなかったものの、深く刺される前になんとか助けることに成功する。

 もちろん、すぐさま《縮地》でマッシブェイト・ゴーレムから離れ、先程の戦いでは安全だった扉の近くへ避難する。

「リズッ! 大丈夫か!?」

 俺の腕の中で、なんだかぐったりとしたリズに向けて問いかける。
リズはさっきまでは元気であり、いくら戦闘には慣れていないと言っても、攻撃一発でぐったりするような根性じゃないだろう。
つまり、リズを刺したあの剣には、何かしらの特殊効果があるらしい。

「……ショウキ、逃げっ……」

 恐らくは、マッシブェイト・ゴーレムの剣の特殊効果により意識を失いかけながらも、リズは俺に逃げろと忠告をしてくれた。
そのお礼と言っては何だが、ポケットからピンク色の回復結晶を取り出し、ボスに刺されて減ったHPを回復させ、静かに壁に座らせる。

「悪いけど、ちょっと待っててくれ――すぐ、あいつを倒すからさ」

 こちらに迫りつつあるマッシブェイト・ゴーレムに対し、《縮地》の使用による奇襲攻撃で、マッシブェイト・ゴーレムの目を俺に向けさせる。
……これで三回、連続使用はあと二回ということなので、若干旗色が悪い。

「ちッ……!」

 厄介であろう、片腕の剣を狙うものの、硬すぎて日本刀《銀ノ月》でも斬れない。
剣を斬ることは諦めて、まずは敵の考察から入る。

 まず、先のマッシブェイト・ゴーレムと違うのは、HPの総量。
流石のSAOでも、HPが0になってから復活するのはルール違反なのか、総HPがマッシブェイト・ゴーレムの三割しかない。
だが代わりに、スピードが速くなっている……所詮はゴーレムで、俺に及ぶ程ではないが。

 そして、最大の変更点はその片腕についた剣。
リズの症状を見るかぎり、その効果は恐らくは、『ダメージを与えたら、与えた対象を失神させること』もしくは、それに準じた特殊効果であろう。
そういう効果ならば真っ先に『麻痺』が思いつくが、リズの症状は、あれとは少し違っていた気がする。

 やはり、あの失神させる剣を使用不能にすることが一番なのだが、いくら小技で攻撃しても壊れる気がしない。
ならば、大技でいくしかないのであろうが……外した場合、失神させる剣が飛んでくる。
そうなれば、俺もリズも一貫の終わりだ。

 迫ってくる失神剣を日本刀《銀ノ月》で弾き、ついてない片腕の攻撃を足刀《半月》で防ぎきっているものの、明らかに不利。
前回行った足の部位破壊は、《縮地》の残り使用数が足りない……!

「これは……絶体絶命って奴か……」

 一際大きい金属音を響かせ、リズがいる壁を護るようにしながら後方へと距離をとる。
少し余裕がでたために口元をニヤリと笑わせると、自然と口からは口癖が飛びだした。

「ナイスな展開じゃないか……!」

 それに、ダンジョンに入る前、リズのことは護ると約束した。
約束は護る、あいつを倒すことで……!

「まずはこいつだ!」

 ポケットから五本のクナイを取り出し、それぞれ別の場所に投げる。
狙いは首、胴体、片腕、両足。

狙い通りに全弾命中するも、ただでさえ硬いゴーレム系のモンスターにただ投げただけのクナイ程度では牽制にもなりはしないが、首に当たったクナイだけは、マッシブェイト・ゴーレムのHPゲージを少しばかり減らした。

「弱点は変わってないか……ッ!」

 当たったクナイなどどこ吹く風、といったマッシブェイト・ゴーレムが、大きく腕を振り上げ、パンチを繰りだしてくる。
スピードはまだ遅いため、避けるのも弾くのも容易い……が。

 後ろには、いまだに気を失ったままのリズがいる。
運が悪いことに位置が悪く、俺が避けるか弾くかしたら、気を失ったリズに直撃する危険がある……!

「くそッ!」

 日本刀《銀ノ月》を、マッシブェイト・ゴーレムのパンチから自身とリズを防御出来るように構えて待ち構える。

「耐えてみせろよ、銀ノ月……!」

 幸いなことに、日本刀《銀ノ月》は耐久力を上げている。
我が愛刀なら大丈夫だと信じ、大質量のマッシブェイト・ゴーレムのパンチを、日本刀《銀ノ月》で防ぐ。

 ……よし!
大分押されたが、日本刀《銀ノ月》の刀身に歪みも無く受け止められたことを確認する。
流石にダメージ0とはいかなかったが、このまま反撃に入る。

 ――が、甘かった。
俺が日本刀《銀ノ月》でパンチを防いだ隙を突き、マッシブェイト・ゴーレムはもう一方の腕についている剣――対象を失神させる剣を放ってきていた。

 それになんとか気づいた俺は、急いで態勢を立て直し、日本刀《銀ノ月》で弾こうとするものの……やはり隙は大きく、失神させる剣が俺の肩を穿つ。

 すぐさま弾いたが、少しでも当たったらダメなのか、意識が朦朧としていく。

 ……ならば、朦朧としていない意識を、全て目の前のマッシブェイト・ゴーレムに注げば良い話……!

「……《縮地》!」

 連続使用回数五回のうち、四回目の《縮地》。
だが、そんなことは関係はない……なぜなら、次の攻撃で終わらせるからだ。

 《縮地》のスピードで俺はマッシブェイト・ゴーレムの腕の上を走り抜け、そのまま頭の部分まで到達する。
そのまま、先程のように首をたたっ斬ってやりたいものだが、ここは我慢してマッシブェイト・ゴーレムの頭を踏み台に、天井へとジャンプする。

 この部屋の天井は高いが、マッシブェイト・ゴーレムの頭を踏み台にすれば天井までは届く。
そして、天井スレスレで一回転をし、天井に足をつける。

「斬撃術《弓張月》!」

 かけ声と共に日本刀《銀ノ月》を抜き放ち、身体が重力に従うと共に、天井を大きく蹴った。
マッシブェイト・ゴーレムの伸ばしてきた手が掠めるが、気にせず本体に向かい、その脳天を斬りつける。

 高高度からの、重力と天井を蹴った加速を追加した斬撃。その威力は、まさに――

「一刀両断、ってな」

 マッシブェイト・ゴーレムを頭から身体まで一刀両断し、日本刀《銀ノ月》をしまいつつきちんと着地する。
そして俺が着地したと同時に、マッシブェイト・ゴーレムの身体はポリゴン片となっていき、今度こそ爆散していった。

「ってて……」

 流石に天井が高すぎたようで、きちんと着地したのだが足がヒリヒリと痛む。
そして、先程受けた失神させる剣を受けた影響で、未だに意識は朦朧気味だ。

「もう復活しないだろうな……」

 意識をいくつか回復させようと、頭を振りながらマッシブェイト・ゴーレムの爆心地を見てみる。
爆散した跡地の中心部には、光り輝くインゴットが浮かんでいた。

「これでナイスな展開、じゃないか」

 ありがたくインゴットをアイテムストレージに入れ、扉付近で倒れているリズに近づく。

「さて……帰ろうぜ」

 未だに応答はなかったが、リズを背中におぶりながら……一瞬、監獄送りにされないか不安になったが……転移結晶を掲げて叫ぶ。

「転移! 《アルゲート》!」

 これからどうしようか考えながら、とりあえず転移のライトエフェクトに包まれた。 
 

 
後書き
テスト中?
触れないでやってください。

リズ編は、予定だとあと二話で終わる予定です。

ではまた。
感想・アドバイス待っています。 

 

第二十六話

 
前書き
未だテスト中。
しかし、評価ポイント700ポイント突破にいてもたってもいらずに投稿しました。
ありがとうございます! 

 
 おぼろげな意識の中、あたしは誰かに運ばれていた。
一般的におんぶと呼ばれるような運ばれ方で、もう十六歳になる身としてはとても恥ずかしい。

 けれどあたしには、とても恥ずかしいにもかかわらず、その運ばれている状態を拒もうとは思えなかった。

 何故なら……どこか、懐かしさを感じる暖かさがあるから。
まどろむ意識であたしが唯一感じられていたのは、その暖かさだけだったけれど、そのおかげか、それだけに全神経が集中している。

 本当に、暖かい――


「……ん」

 意識が覚醒する。
最初に視界に入ったのは、映画とかでは良くある『知らない天井』という奴だった。

 そして、あたしが倒れていたのは、アインクラッドの宿屋にあるような、簡素なベッドだった。

 ――一体、何があったんだっけ……?
ベッドから身を起こし、何がどうなっているか思いだそうとした時、最初にあたしの頭の中に浮かび上がったのは、あたしの隣で気さくに笑う、背が高い黒衣の侍――!

「――ショウキ!」

「ん? なん――ぐぇッ!」

 あたしが意識を失ったそもそもの原因や、その他もろもろをすべて思い出し、急いでベッドから飛び出した結果……ベッドの横で寝ている人物に気づかず、そのまま踏み抜いてしまったようだ。

 あたしがサッと足を戻し、ベッドに腰掛けた状態になると、その人物はゆらりと立ち上がった。

「……命の恩人の腹をいきなり踏みつけるとは、良い度胸じゃないか……!」

「……ご、ごごごごごめん! ……じゃなくて、大丈夫なのショウキ!」

 どう見ても怒っているオーラを発しているショウキに対し、そんなことより大事なことを質問する。
色々、まだ状況を理解できないでいた。

「話を……まあ良いか。じゃあこれから質問タイムってことで。何でもどんと来い……あ、無事かっていう質問にはイエスな」

 近くにあった机からあまり丈夫そうじゃない椅子を引っ張り出して来て、ベッドの前に置いて座った。
ええと、質問ね……

「……まず、ここはどこ?」

「第五十層《アルゲート》の、裏通りにある宿屋。宿屋なんだけど受付に人はいなくてさ。受付に金を置くだけで良いから、人目に付きたくない時に超便利」

 受付に人がいない宿屋……一瞬頭の中をよぎった、リアルにある同じシステムらしい建物を速攻で消して、次の質問に移る。
……違う違う。
絶対に違うわよ。

「あたし、ボスにやられて倒れてたと思うんだけど……ごめん」

 後半は、ついて行ったにもかかわらず、やられてしまった情けなさから消え入ってしまっていった。
それと、頭を下げて本気で謝罪する。

 すると、頭の上から溜め息混じりの声が聞こえてきた。
その主はもちろん、ショウキだった。

「別に良いよ。人を護りながら戦うのは慣れてるし、それに約束だったからな」

 ……約束?
そういえば、あの遺跡のダンジョンに入る前に、『あたしを死なせない』って約束をした。
まさか、そんな口約束だけであたしを護ったのだろうか。
……ボス相手に、死ぬかもしれないのにかかわらず。

「ああもうほら。早く顔上げて次の質問行こうぜ?」

 顔を上げるのを忘れていたあたしに、ショウキはやたら催促をして来た。
ちょっと顔を赤らめてそっぽを向いているその姿を見ると……もしかして、照れているのだろうか。

「へぇ……ショウキ、あんたも照れることあるのねぇ……」

「……照れてない。さっさと次の質問にいかないと打ち切るぞ、質問タイム」

 含み笑いを持たせた私の言葉に、ショウキは少しうろたえた。
ふふん、これで行くときにからかわれた借りは返したわ。

「次の質問ね……ショウキはさ、普段どんなことしてるの?」

「はあ? 何でいきなり俺への質問なんだよ?」

 あたしの口から、つい出てきた言葉は、正直言ってただの好奇心……と言って良いのだろうか判断に迷う言葉だった。
目の前にいる彼のことを、もっと良く知りたい……その感情は、好奇心と言うよりも……

「ほら、何でも答えるって言ったじゃないの」

「……確かに言ったな……そう面白いもんじゃないぞ」

 それからは、ショウキの傭兵仕事について聞くことになった。
ただの宿屋の一室で、ロマンも何も無いけれど……別に良かった。

「まあ、傭兵って言っても、そうたいしたことはやってない。中層から上層の人たちを、手助けしながら回ってるだけさ」

 ……いきなり、そうたいしたことを言われた。
中層から上層と言っても広いし、攻略組の中で、自身のレベリングを無視してでも人助けに邁進するようなプレイヤーは、まずいないだろう。

「じゃあさ、どうして傭兵の仕事をしてるの?」

「……ただの自己満足だよ。……昔の仲間たちともやってたことだし、な……」

 ショウキはその質問に対して少し陰りを見せながら答えた。
後半部分は良く聞き取れず、どうやら地雷だったのかもしれない……

「で、でもそんなことを仕事にしてるプレイヤー、ショウキぐらいだし、みんな凄い助かってるんじゃない?」

「ああ、そうだな……そうだと良いな……っと、ちょっと暗くなっちゃったな。次だ次」

 ばつの悪そうにショウキは頭をかき、次の質問を促した。

 正直言って、聞いちゃいけないような質問をしたあたしが悪いのだから、ショウキが謝る必要は無いのだが……ああ、そういえば。

「そういえば、あのダンジョンからどうやってここに来たの?」

 意識が朦朧としていたので、あんまり覚えていないのだけれど……

「別に手の込んだことはしてない。転移結晶で《アルゲート》まで跳んだあと、リズをおぶってここまで運んでだけだ」

「ちょっ……ええっ!?」

 ショウキは何でも無いことのようにサラリと、とても重要なことを言った。
つまり、あたしがずっと感じていたあの心地よい温もりは、ショウキだった……!

「いやあ、最初は知り合いの店に行こうとしたんだが、流石に辛くてな……裏通りのこの宿屋に来たんだ」

「な、なるほど……じゃなくて!」

 一瞬納得しそうになったけど、なんだかおかしい。

「その……他になんか運べる方法無かったの!?」

 ショウキは手を顎の方に持っていき……俗に言う考える時のポーズだ……あたしを運ぶ方法を、指折り数え始めた。

「おんぶ以外となると……荷物運び、抱っこ、お姫様抱っこ……他に何かあるか?」

「……おんぶでありがとう」

 ……他に方法が無かったとはいえ、やっぱり想像すると恥ずかしい。
……知り合いに見られてなければ良いけど……

「ああ、そういや」

 ショウキが思い出したような声をだし、メニューを操作し始めた。
そうしてショウキのアイテムストレージから出て来たのは、銀色に光り輝くダイアモンド――!

「あのゴーレムから出て来たインゴットなんだが、専門家からすると……」
「見せて!」

 ショウキの言葉が終わるや否や、ショウキの手からインゴットを貰う。
傍目から見ても、上質そうに光り輝くダイアモンドは、手に持ってみるとその輝きが増した……鍛冶屋としては、テンションが上がらずにはいられない。

「固有名は、そのまんま《ダイアモンド・インゴット》……凄いわ! これならあんたのカタナ、強化出来ると思う!」

 あたしの《観察》スキルで見たところ、うん、充分どころか期待以上なインゴットだったので、コレならばあの日本刀《銀ノ月》を強化出来るだろう。

 ふと部屋に備え付けてあった時計を見ると、現在時刻は午後九時。
まだまだ時間はあるので、今日中に強化したいという気持ちが抑えられずにウズウズして来た。

「早速、あたしの店に戻って強化しましょ!」

「いや、それがその……出られないんだ」

 そうと決まれば、とばかりに立ち上がるあたしに対し、ショウキはまたも、ばつの悪そうに頭を掻いた。
そして言ったのは……出られない?

「いや、さっきも言った通りにここは受付とかが無人なんだが、そのせいで少し融通が効かないんだ。……例えば、最初に頼んだ時間まで出られないとか」

 ショウキが懇切丁寧に、この宿屋の事情とシステムを教えてくれる。
……何であんた、こんな怪しい宿屋を使いこなしてるのよ。

「規定時間は明日の6時。それまでは、転移結晶を使わないと出れないことになってるんだよ」

「うーん……いいんじゃない?」

 言外に、「転移結晶を使うか?」とショウキは言ってきてくれてはいるが、ここにいるのは元々あたしがボスにやられたせいだし、値段が高い転移結晶を、ショウキは脱出の時にもう使ってくれてるんだから、これ以上は申し訳ない。
……むしろ、あたしが文句を言われても仕方ないのに……根っからのお人好しなのかしら。

「そうか……良いなら良いんだけど。それじゃ、飯いるか?」

 飯と聞いた瞬間、あたしの贅沢な胃袋が反応する。……まったく。

「……うん」

 頬を赤らめて頷くあたしに、ショウキは気さくに笑いながらサンドイッチ(のようなモノ)と、お茶をアイテムストレージから放り投げてくれる。

「料理スキルは微妙にしか上げてないから、味はイマイチだと思うけどな」

「……ううん、美味しい」

 一口かじったサンドイッチは、別段特別な味はしなかったけれど、何でだろうか、とても心に来る味だった。
ふと思うと、もしかしたらいつしかあたしは、食事でさえただのデータと思うようになっていたのかもしれない。
だけど、このサンドイッチを食べる時にはそんなことは露ほども思わなかったから、その差なのかもしれない。

 あたしの内心とか裏腹に、ただの軽食でしかないサンドイッチはすぐ食べ終わってしまう。
ちょっと残念だったけど、これは仕方ない。

「ご馳走でした、と……少し早くて悪いんだが、疲れたんで寝させてもらうな」

「確かに、あたしも慣れないことして疲れたわ……寝よう」

 お互い同時に、あくびをしつつ身体を伸ばしてしまい、思わず笑い合う。

「更に悪いが、部屋をこの部屋しかとってない」

「へぇ……え!?」

 ふ、二人で一部屋ってこと?
ついつい身構えてしまったが、何かあるんだったらもうとっくに何かあるわけで。
……なんだか、そう考えると、ちょっとプライドが傷つけられたような気がしないでも無いけど。

 ショウキは、アイテムストレージから今度は毛布を取り出し……一体何が入ってるんだろう……灯りの方へ歩いていった。

「じゃ、灯り消すぞ」

「あ、うん」

 ショウキの言葉と共に部屋の灯りが消え、それとほぼ同時に床に横たわったような音が響いた。
……あたしだけベッドで寝るなんて、なんだか悪い。

 掛け布団だけ持って、ショウキに習って床に横たわった。
木製の床が、意外とひんやりとして気持ちいい。

「ベッドで寝ないのか?」

 ちょっと横からショウキの声が聞こえてくる。
ショウキの服と毛布が真っ黒なせいで、イマイチ良く見えない。

「ふふん、私の勝手でしょ? ショウキこそ、ベッドで寝ないの?」

「……俺の勝手だからな」

 ちょっと反撃したけど、サラリと避けられてしまった。
出会った当初はイライラしたものだが、今はこの何てことのない言い争いが楽しい。

 今日だけで、本当に色んなことがあった。
いきなり店の売り物をダメ出しされたかと思えば、いきなりそいつと外に出かけることになるし。
初めて行った街で、そいつに甘いクレープを買ってもらったかと思えば、いきなりダンジョンに飛ばされるし。
いきなりダンジョンに飛ばされたと思ったら、そいつがあたしを護るようにして抱きしめられてたし。
そいつと一緒にダンジョン攻略してたら、ボスにやられちゃってそいつに助けられたし。
その後宿屋でそいつと他愛のない話をしたり、サンドイッチを食べさせてもらったり。

 ――本当に色んなことがあって、どれもこれもが現実じゃないみたいで、照れくさくって、楽しくて。

「……ね、ショウキ。手握って」

「ん? ……まあ、良いけど」

 あたしのつい口から出て来てしまった頼みにも応えて、近くに『そいつ』の――ショウキの手が伸びてきたので、観念して手を握る。

 ――やっぱり、暖かい。

 あたしが夢うつつで感じていた温もりと同じ、人間の温もりだ。

「――――……」

 手を握っている片割れであるあたしは、こんなにドキドキしていると言うのに、ショウキはもう寝てしまっているようだ……デリカシーの無い奴め。

 私は、今までこの世界の……アインクラッドの何もかもが偽物だと、たががデータのことだと思っていた。
でも、今感じているこの人間の温もりも、偽物だと、所詮は、データのことだて切り捨てて良いのだろうか?


 確かに、これはデータで流れてきているただの情報かもしれないけど……これが人の温もりであることに違いは無い。

「……気づかせてくれて、ありがとう」

 こんなお礼の言葉、面と向かっては絶対言えないけれど、今はこの状況に感謝しよう。
ショウキはもう寝静まり、あたしの言葉は聞こえていないようだし。

「……好き」 
 

 
後書き
この二次……SAO−銀ノ月のヒロインは、リズです。
リスベットです。

大事なことなので以下略。

シリカ編を書いてる時には、つい作者の力量足らずでヒロインらしく書かれてしまいましたが、この二次のヒロインは、リズともう一人を予定しています。

本家主人公のフラグ立てにはまったく及ばず、なんだか突然な感じがするのですが……すいません、はい。

では、700ポイント突破の件とヒロインの件も含め、これからもよろしくお願いします!



……さて、テスト勉強せねば。 

 

第二十七話

 
前書き
リズ視点 

 
「たっだいま〜!」

「お邪魔します、と」

 ショウキと共に、朝ご飯を食べた後にあの怪しい宿屋から出たあたしは、早速自らの店である《リズベット武具店》に戻ってきていた。
たかが1日程度しか離れていないのに、なんだか懐かしい感じがしてしまうのは、ショウキと過ごした昨日の1日の密度が濃かったことの証明だろうか。

「お帰りなさいませ。いらっしゃいませ」

 この店の店員である、店員NPCのハルナがあたしたちに声をかけてくれる。
今までは所詮NPC、と扱ってきたかもしれないけれど、これからは一緒に働いてくれているし、もう少しキチンと接してみよう。

「お疲れ様、あたしは工房に入るからね……ちょっとショウキ。こっちこっち!」

 ハルナに労いの言葉をかけた後、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回しているショウキの和服の裾を掴み、鍛冶の仕事をする為の部屋に連れ込もうとする。 

「ちょ、ちょっと待て!」

 慌てるショウキには悪いけど、一刻も早く新しいカタナを造りたいあたしは、小走りで工房に向かう。
カウンター奥のドアを開け、水車のゴトンゴトンという音が更に響くようになる。

「さてと、新しいカタナを造る前に……ショウキ。ちょっと、提案があるの」

 ショウキから受けた依頼について、昨日から考えていたことを打ち明ける。
これはあたしが決められるものではなく、依頼主のショウキにしか決められないことだ。

「……何だ?」

「今なら、あのボスゴーレムから出した《ダイアモンド・インゴット》であんたのカタナは充分強化できる。だけど、強化するにもいつか限界があるし、《銀ノ月》をもっと強化したいなら、その《銀ノ月》を一回インゴットにして、あの《ダイアモンド・インゴット》と併せて新しいカタナを造れば、もっと強力なカタナが出来るわ」

 この方法は、使う剣に愛着があるプレイヤーが良く使う方法で、ずっと使ってきた剣を新しい剣の材料にすることで、新しい剣の質を上げると共に、愛着のあった剣もずっと使っていられるということだ。
あのアスナも、第一層から今まで、ずっとその方法で剣を使ってきているらしい。

 一見優秀なこのシステムだけど、もちろん問題点はある。
それは、この方法をとるためにインゴットにした古い剣は、二度と元々の剣の形状には戻せないということだ。
愛剣をインゴットにしたにもかかわらず、鍛冶屋の失敗でインゴットが消失してしまった場合……その剣は、この浮遊城から永遠にその姿を消してしまうのだ。

 つまり、インゴットにしたら最後、後は赤の他人である鍛冶屋に自らの愛剣を全て任せなければならなくなる……

「もちろん、相応のデメリットも……」

「よろしく頼む」

 剣をインゴットにする方法のデメリットをあたしが教えようとした時、ショウキから彼の愛刀である日本刀《銀ノ月》が手渡される。
その表情は、少し真剣な表情をしていた。

「刀をインゴットにするデメリットは俺も知ってる。……一応、鍛冶スキルも上げてるしな。それに」

 そこでショウキは表情を変えて、いつもの気さくな笑いを顔に浮かべた。

「リズなら大丈夫だろ、信用してる」

 ……一体どうして、あんたはこのデスゲームで……いや、MMORPGでそう、人に全幅の信頼をおけるの?
……だけど、彼のそういうところが好きなのかもしれない……危なっかしくて、放っておけなくて。

 だったらあたしは、その信頼を裏切ったりしないようにする。
ショウキの手から日本刀《銀ノ月》を受け取って、工房のレバーを倒してふいごに火を通し、炉を稼動させた。
あっという間に炉は真っ赤に染まり、いつでも初めて良い準備は完了する。

「……本当に、良いの?」

「ああ、構わない」

 あたしの最後の確認にも、ショウキはサラリと頷く。
それは自らの愛刀を軽んじているわけでは決してなく、ただただあたしを信頼しているだけだということが分かる。

「……入れるわよ」

 ショウキの愛刀である、日本刀《銀ノ月》を炉にそっと入れると、料理を始めとする大体のことが簡略化されているこのアインクラッドのこと、手早くインゴットになった日本刀《銀ノ月》を炉からヤットコを使って取りだす。
……これでもう、後戻りは出来なくなった。

「それじゃ新しいカタナを造るから、造るのに使うインゴットを用意しておいて」

 あたしが愛用の鍛冶用ハンマーを取りに行っている間に、言われたショウキはアイテムストレージから二種類のインゴットを取りだしていた。
一つはあのゴーレムから取れたダイアモンド・インゴットで、もう一つは元々日本刀《銀ノ月》を強化するために使う予定だっただろう、銀色のインゴットだった。
確かに最高峰のインゴットを重複させて使えば、出来上がるカタナもそれ相応の業物になるだろう。

「良いの? そのインゴットも使って……」

 だけど、失敗した時は当然無駄になる……そんなことは知ってるだろうに、ショウキはあっけらかんと言ってのける。

「さっきも言ったろ、大丈夫だって。……それとも、成功率低かったりするのか?」

「そ、そんなわけ無いじゃない!」

 そう、あたしの鍛え上げた鍛冶スキルならば不可能な依頼じゃない。
今まで受けた中で、最も難しい依頼なのは確かだけれど。

 三つのインゴットを炉に入れ、少し待つ。
鍛冶のコツは、武器を造る時は余計なことを考えず、ハンマーを振る右手に意識を集中させ、無の境地で打つべし――ということなので、深く深呼吸をする。

 その間に、インゴットは充分溶け合って焼けているようだったので、再びヤットコを使って取りだし、金床の上に固定した。

「ふーっ……」

 ……やっぱりあたし、柄にもなく緊張してる。
ドクドクという緊張の音があたしを揺さぶりにかかっ――

「ひゃっ!」

 その時、あたしのハンマーを持つ両手に、他の人の手が触れる。
ここには当然、あたしの他にはあと一人しかおらず、そしてこの手の温もりは間違えようもなく……ショウキだ。

「あ、あんた、何を……」

「なに……俺も鍛冶スキル上げてるからな。二人して叩けば、システム上有り得ない1600とかの鍛冶スキルで叩けるんじゃないか?」

 何言ってるの、とショウキに言い返そうとした時、あたしは……今まであたしを襲っていた緊張が、消え失せていたことに気づいた。
代わりにあるのは、手から感じる温もりと、緊張の時とは違う心地よい鼓動――

「合わせてよ、ショウキ」

「任せろよ、約束だ」

 お互いにニヤリと笑い合い、ハンマーを大きく振り上げて、赤く輝くインゴットの集合体に打ちつける。

 そして店内に響くカーン! という小気味よい音と、あたしの身体に響くドクンという心地よい鼓動。
……なんだかロマンチックな話だけれど、あたしたちがハンマーを打ちつけるリズムと、あたしの鼓動は、連動していた。

 カーン、ドクン、カーン、ドクンとあたしたちはリズミカルにハンマーを打っているけれど、あたしの心はまた別のことに支配されていた。

 この依頼が完了して、ショウキの新しいカタナが出来たとしたら……彼との関係は終わってしまうのだろうか。
いや、知り合いということでカタナのメンテナンスぐらいには来てくれるかも知れないけれど、彼は仕事上、いくつかの層を渡りながら暮らしているらしい。
だから遠くの層にいたら……会えない。

 そんなのは……そんなのはイヤだ。
わがままだっていうのは分かってるし、彼のことをそんな風に縛り付ける権利なんてあたしには無い。
彼は……ショウキは、もっと多くの人を助けに行くのだろう。

 だけど、あたしの気持ちだけは知っていて欲しい。
このカタナがショウキの納得のいくカタナなら、あたしは彼に、ショウキに、この気持ちを告白しよう。

 ――無の境地にはほど遠いけれど、ショウキと一緒にいることで生じるあたしの鼓動は、正確にリズムを告げてくれた。
あたしの思いが確固になっていくと共に、インゴットも確固たる形を形成していく。

 そして、インゴットが光り輝き始める。
インゴットが一際大きい光を放つと、長方形であるインゴットから鍔らしき物体が現出しだす。

「おお……!」

 ハンマーを下ろしたショウキが、あたしの横で歓声を上げた。
元々の日本刀《銀ノ月》を造っている筈だから、見るのは始めてではないはずだが……不覚にも、あたしも何故か夢中で見入ってしまっていた。

 そして数秒後、オブジェクトのジェネレートが完了し、新たな日本刀が完成する。
柄と鍔の部分は漆黒に染まっているが、刀身は晴れた夜の新月のような銀色。
余計な装飾がなくとも重厚な美しさを醸し出した、機能美を追求した日本刀だった。

 金床から新たな日本刀を持って――少し重くなっていて、持つ時に少し驚いた――鑑定スキルでどんなものかを見てみる。

「ええと……ステータスは問題なし、製作者名はショウキ/リズベット……二人の名前になってるのね。そして、この日本刀の名前は……《銀ノ月》」

 このアインクラッドで造られる武器の名前は、全てシステムがランダムで決定する。
よって、同じ名前になる確率は0ではない……けれど、限りなく低い確率だろう。

 今までのあたしならば『偶然』という言葉で済ませたかも知れないけれど、今なら言える。
これはショウキが引き起こした、必然だ。

「はい、ショウキ。あんたの新しいカタナ、日本刀《銀ノ月》よ」

「……ちょっと重くなったな」

 あたしから新たな日本刀《銀ノ月》を受け取ったショウキの、第一の感想はそれだった。
もしかして、ショウキは重くなって不満なのかと思って少し不安にかられたが、あたしから離れて試しに振っているショウキの姿を見ると、その心配は杞憂なようだ。

「ありがとう、リズ。凄い日本刀だ。……やっぱり、本職は違うな」

「ほ、ホント!? やった!」

 満足そうに笑うショウキを見て、あたしはついガッツポーズを繰り出した。
その後右手を突き合わせ、ショウキの右手とコツンと突き合わせる。

 そして、鞘は元々あった昔の日本刀《銀ノ月》の鞘を使うようだ。
なんでも、鞘にも剣を速く繰り出す為の工夫が成されているらしく、一般の流通品ではダメだそうだ。
……あとで、鞘も造ってあげようかしら。
それと、造るといえば。

「……無の境地でやれ、っていうのは、間違いかも……」

「おいおい、俺はキチンと無の境地で打ってたぞ?」

「そもそも、よく考えると無の境地って何なのかしらね?」

 新たな日本刀《銀ノ月》を造り終わり、緊張の糸が途切れたのか軽口の応酬が始まりだすと、ショウキがふと慌てたように口を開いた。

「この日本刀《銀ノ月》の代金、どれぐらいだ? ……出来れば、ちょっとサービスしてくれればありがたいが」

 ――来た。
今までで一番の勇気を出せリズベット……いや、篠崎里香。

「――お金は要らない」

「いやいや、それは流石に悪いって……」

 予想通りに断られる。
サービスしてくれと言いつつ、サービスを受け取る気は無いくせのか、コイツは。

「その代わり……依頼が終わったら、毎回ここに来て、装備のメンテナンスをさせてほしい」

 心臓が早鐘を打つ。
その表現が、もっとも今のあたしを正しく表現しているだろう。
後は、たった二文字の言葉を告げるだけだ。
昨日は言えた。
心の中でも言えた。
そして、あたしがようやく口を開こうてした時に。

「……こっちからお願いしたいぐらいだ」

 ショウキの言葉が、あたしの言葉を遮った。
そのショウキの言葉を、あたしは脳内で必死に反復する『こっちからお願いしたいぐらい』、と。
それは、それはつまり……

「これからは、この店を常連にさせてもらう」

「……あ、うん」

 早まってしまったが、考えてみればまだショウキには毎回あたしの店に来て欲しいとしか言ってない。
だったら、その答えを返されるのが当然であって……はぁ。

「で、何だ? なんか言おうとしてたろ?」

「ふぇ!?」

 流石は攻略組、相手の一挙手一投足を良く見ている……じゃなくて、ええと、その……

「言いたくないなら言わなくて良いさ。それより、やっぱ無料っていうのは……」

 ……せっかく決意したのに、言うタイミングを逃してしまった。
だけど、これから毎回あたしの店に来てくれるなら、きっとまたチャンスはある。
うん、そう思うことにしよう。


 ――これまであたしは、ただここで暮らしているだけで、生きてはいなかった……ここは、所詮仮想空間であり、現実とは違うと勝手に決めつけて。
だけど、ショウキのおかげで人の温もりを思いだして、ようやく明日からは、この世界で真に生きていけるのだと思う。

 ありがとう、ショウキ。
リズベットを、篠崎里香をこのアインクラッドで人の温もりを与えてくれて。
そして、いつか絶対に言うんだ……今回は言い損ねた、あの二文字を。 
 

 
後書き
これにてリズ編は終了となります。
原作では彼女のDEBANは実質終わりますが、この作品ではきちんとヒロインさせたいところですね。

では、感想・アドバイス待ってます。


時に、SAO十一巻読破しました。
面白かったですよ。 

 

第二十八話

 第五十五層、雪が降り積もった山がある地帯。

「……ッと!」

 目の前のドラゴンから吐き出された、白色のブレスを新たな日本刀《銀ノ月》で斬り払う。
リズは本当に良い仕事をしてくれた、と、1ヶ月ほどが経とうとしている今もそう思えるのだから、文句無しの出来なのだろう。

 背後にいる《クライン》も、その粗暴な野武士フェイスに似合わずに着実な回避をしていることを確認し、俺がまず率先してドラゴンに向けて突撃する。

「《縮地》!」

 まずは突撃するのにもっとも有効な技を使用し、ドラゴンの足元付近に潜り込む。
突如として、標的としていた俺の姿が消えた為か、ドラゴンの標的は俺の後方にいたクラインにシフトし、ブレス攻撃をするための準備動作を開始する。

 ――当然、そんなことはさせやしないが。

「抜刀術《立待月》!」

 《縮地》で得た勢いとスピードを殺さずに抜刀術を放つことで、自身の全身全霊の力と加速した力を込める比較的に大技である抜刀術《立待月》がドラゴンの足に直撃し、ドラゴンはたまらずよろけて壁のように降り積もった雪に身体をぶつける。

 俺のこの攻撃により標的が俺に戻ったようで、チャージ中だったブレス攻撃をクラインではなく俺に向かって放ってくる。

「……ッ!」

 雪の上で精一杯の力でジャンプし、ブレス攻撃を空中に行くことで避ける。
だが、避けるにはそうするしかなく、仕方ないとはいえ翼があるドラゴン相手に空中戦は下策。
溜めがあまり必要ない、翼による突風攻撃が空中では避けようの無い俺を襲った――

「こっちを忘れんなよオイ!」

 ――なんてことは無かった。
ドラゴンの標的から外されていたクラインが隙をついて一気に突撃し、ドラゴンの片翼をカタナのソードスキルで切り裂いた。
そのカタナのキレを、(一応)同じカタナ使いとして賞賛しつつ、突風攻撃の威力が単純計算で二分の一になったことで、俺には当たらなかった。

 ――何故なら、俺は既にドラゴンの真上まで飛んでいたからだ。
クラインのせいで威力を減じた突風攻撃は、もはや俺の位置には届かない。

「悪いが、トドメはもらうぜクライン!」

 レベルアップしない俺は、モンスターを狩ってもあまり意味は無いかもしれないが……まあ、まだ俺のレベルやステータス関係のシステム辺りは、たがが俺の予想だ、倒しておいて損はない(クライン以外には)

「斬撃術《弓張月》!」

 リズとのクエストの際、《マッシヴェイト・ゴーレム》戦でも使用した高高度からの斬撃が今度はドラゴンに炸裂する。
足に痛烈なダメージと、片翼を切り裂かれたドラゴンに斬撃術《弓張月》を避ける術は無い。
ブレス攻撃をチャージしていたようだが、残念ながら遅すぎる。

 そのままドラゴンは一刀両断され、ポリゴン片となってこの浮遊城から消え去った。

「微妙にナイスな展開じゃなかったな……」

 俺はがっくりと肩を落とし、日本刀《銀ノ月》を鞘にしまうのだった。


「いやあ、助かったぜショウの字!」

「何だよその呼び方……」

 五十五層《グランサム》の転移門前で、俺とクライン、ギルド《風林火山》のメンバーは集まっていた。

 今回の依頼はこのギルド《風林火山》からの依頼で、レアなインゴットが採れるクエストへの共同挑戦だった。
とある鼠みたいな情報屋から買った情報によると、あのドラゴンを倒してもレアインゴットは出てこず、実はドラゴンの住処に落ちているだという。
入手するには、ドラゴンの住処に通じる横穴を見つけるか、ドラゴンの出現する穴からダイブするかのどちらかだけらしいので、俺とクラインがドラゴンの足止めをし、他のメンバーが住処を探す作戦に出た。

 ドラゴンは夜行性という話を聞いていたが、俺とクラインがドラゴンの出現地帯をブラブラしていると、律儀に現れて来た。
微妙にナイスな展開じゃなかったのは、もしかしてドラゴンが眠かったからか……?

 ……まあいい。
とにかく、作戦が功を労したようで、ドラゴンを倒してからしばらくした後、大量のインゴットを手に入れたらしい風林火山のメンバーが現れたものだ。

 クラインたちはギルド《風林火山》の戦略の増強、俺は手に入れたインゴットの二割と報酬を貰い、双方なかなかの収入だった。

「俺たちゃこれからどっかの店で、昼飯でも食いに行くけどよ。お前も来るか?」

「悪いな。ちょっと先約が入ってるんだ」

 正直腹が減った俺にはクラインの申し出は魅力的ではあったが、先約があるというのは本当だ。
もっとも、昼飯の用事ではないのだが。

「お、そうか……じゃあ何かあったらまた頼むな」

「任せろよ。……転移! 《リンダース》!」

 手を挙げてクラインたちに別れを告げ、俺は転移特有の眩いライトエフェクトに包まれた。


第四十七層《リンダース》。
のどかな街並みが特徴的で、ゴトゴトと揺れる水車が、どこか心を落ちつかせる効果を持った層だった。
猥雑な街の《アルゲート》にホームタウンを構えるキリトも、この層は気に入っていたようで、一時期はここに住んでいたらしい。

 さて、俺は今日、友人の鍛冶屋兼メイサーのリズとの、『依頼が終わったらこの店にメンテナンスに来る』という約束を果たしに来たのだが……そのリズはと言うと。

「なんなんだコイツは……」

 寝ていた。
もう少し具体的に言うと、店先にあるとても寝心地が良さそうな揺り椅子でうたた寝をしていた。

「はぁ……」

 ため息を一つつきながら、肩を揺すってリズを起こそうとする。
このままでは、心ないプレイヤーに何をされるかわかったもんじゃないので、寝るなら寝るでキチンと店内で寝てくれた方が良い。

「おい、リ……」

 肩を揺すっただけでは起きようとしないので……揺り椅子に座っているんだから当然だろうか……声をかけてみると。

「は、はいっ! ごめんなさいっ!」

「おわっ!」

 今まで寝ていたリズが声をかけたら突然飛び起き、俺は反射的にバックステップで後方へと距離をとる。

「えっと……ショ、ショウキ!?」

 少し寝ぼけて辺りを見回した後、呆れ顔であろう俺の顔を見ると、今何が起きたかという状況を一瞬で把握したらしく……素晴らしい判断力だ……顔を赤く染めた。

「そ、そういえばショウキ。あんたに頼まれてた武器、作っといたわよ」

 ゴホン、と咳払いをして照れ隠しをし、リズは俺が何かを言う前に即座に次の話題に移った。
……ここでリズの寝顔のことを追求しても面白いのだが、機嫌を損ねられても困るので、話にのってやることにする。

「お、早いな……昨日頼んだばっかじゃないか」

「これぐらい余裕よ。まあ……ちょっと夜遅くなっちゃったけどね」

 なら、店先で寝ていたのはそもそも俺のせいだったらしい。
ちょっと頼んだものの金額を上乗せしよう、と心に秘めつつ、リズと共に《リズベット》武具店の店内へと入った。

「お帰りなさいませ」

 住み込みの店員NPCのハルナさんが、店主とは違って礼儀正しく挨拶をしてくれる。
しかし、この前来た時には挨拶は『いらっしゃいませ』だったような気がしたが……?
俺の疑問を悟ったのか、ハルナさんは恭しく礼をしながら答えてくれる。

「店主から、ショウキさんについてはお帰りで良いと――」

「さ、ショウキこっちこっち!」

 ハルナさんの言葉が途中だが、またもリズに和服の裾を引っ張られて工房に連れ込まれる。

「ちょ……引っ張るな!」

 なんだか1ヶ月前あたりに経験したような既視感。
デジャヴって言った方が通じたりするが。

 そのまま工房へと入った俺に、リズが差し出してきたものは、本家鍛冶屋にキチンとメンテナンスしてもらった足刀《半月》とクナイ……つまりは、システムアシストが使えない俺を、陰で支えるサブウェポンたちだ。

 自分自身の手でメンテナンスはしていたのだが、所詮は専門職ではない俺では武器の摩耗は防ぎがたく、本家鍛冶屋であるリズにメンテナンスを頼んだのだ。
ついでに、クナイ作りも頼んだのだが……まさか、こんな早く出来上がるとは思わなかった。

「足につける仕込み刀なんて……こんなの始めて作ったわよ」

「ま、だろうな」

 普通のプレイヤーがやったら、多分バグが発生してソードスキルが使えなくなるだろうからな。
……とは、リズには言わない。

 俺のシステムアシストが使えない事情を知っているのは、今やキリトやアスナ、クラインといった親しい攻略組だけだ。
別に言っても構わないのだが……言わなくても構わないだろう。

「さて、代金はいくらだ?」

「はいはい、えっと……これくらいかしら」

 足に、メンテナンスしてもらった仕込み刀を装着してクナイを自分のクナイ入れに入れると、リズから代金が算出されたトレードウィンドウが、俺の近くに表示された。
少し金額を水増ししてOKボタンを押し、リズが文句を言う前にトレードが成立する。

「やっぱ、足に無いと落ちつかないな……なあリズ、そろそろ昼飯だろ? どっか食いにいかないか?」

「そうね。……思えばもうこんな時間だし……」

 その時、店のドアが開く音とハルナさんの『いらっしゃいませ』という声が店内に響きわたって、リズがなんとも微妙な顔をした。

「いらっしゃいませ〜」

 しかし、流石は商人プレイヤーであり、若干微妙な表情を残しつつも接客に向かった。
鍛冶屋業務に俺は邪魔だろうと思い、工房に引っ込んでおく。

 聞き耳スキルなんていう趣味が悪いスキルは上げてないが、たかが部屋一つの境目だ、特に集中していなくても普通に聞こえる。
どうやら、来た客は片手剣のオーダーメイドに来たようだ。



「予算は気にしなくて良いから、今出来る最高の剣を作って欲しいんだ」

 どっかで聞いた声だな、と思い工房から顔を出すと、黒い服に身を包んだ、俺の予想通りのプレイヤーがリズと話しをしていた。

「……キリトか」

「ショウキ!? ……お前、どこにでもいるな……」

 (確かに否定できないが)ほっとけ、と言いながら工房から店の売場に出る。
リズは一人状況が分からないようで、俺とキリトの顔を交互に見ていた。

「えっと……知り合い、なの?」

「ああ。こんな身なりでも攻略組の一員の、《黒の剣士》キリトだ」

 キリトも俺も、あまり上質そうな防具を着ているようには見えないせいで、下層プレイヤーに見られがちだ。
……まあ、二人とも服装を変える気は無いが。

「こんな身なりは余計だっての。それで、作れるか?」

「それは、もちろん作れるわ。少し待っていてくれる?」

 キリトが頷いたのを見たリズは、一旦工房の方へと引っ込んでいった。
オーダーメイド品を作るのに、何かしら準備があるのだろう。

「キリト。もう一本の片手剣ってことは……」

「……ああ。《二刀流》のスキルをカンストした」

 キリトが持つエクストラスキル……いや、ユニークスキル《二刀流》。
去年のクリスマス、キリトとちょっとしたいざこざがあり、俺はそこでキリトの二刀流のことを知った。
あまり思い出したくない話のため、この話は割愛する……

「リズ」

 キリトを売場に待たせ、工房で準備しているリズに呼びかける。

「なに?」

「このインゴット、使ってくれ。コイツなら、あのキリトだって満足出来ると思う」

 そう言って俺がアイテムストレージから取り出したのは、クラインたち《風林火山》と手に入れてきた《クリスタライト・インゴット》。
鼠の話が確かならば、このインゴットは素晴らしい潜在能力を秘めているという。

「え……でも、良いの?」

「ああ。……俺は何か昼飯買ってくるよ」

 ――これはキリトへの、去年のクリスマスのお詫びなのだから。
心中で呟いて、俺は工房側の裏口から昼飯を買ってくるために、《リズベット》武具店から出て行った。
 
 

 
後書き
 ぶっちゃけ閑話、原作の心の温度でした。
次回からまた長編に戻ります。

 ところで、作中で述べている『去年のクリスマス』。
キリトに何があったのかは……説明不要だとして、それにショウキがどう関わったかは、またいずれ。
次の長編が終わったら、ショウキの過去編は書くつもりなので……誰得とか言わないで。

 次の長編、時系列的に予想出来る人はいると思いますけど、それはそれとして感想・アドバイス待っています。 

 

第二十九話

 アインクラッド内での現在の気候は、夏。
この世界に来てから二回目の8月を、俺たちは経験していた。

 とは言っても、季節が変わっても何が変わるわけでもなく――もちろん、季節感溢れるクエストはあるが――俺たちは第百層を目指して迷宮攻略を進めていた。

 そんなある日、俺は一人のオレンジプレイヤーに接触を受けた。
なんでも、自らが犯した殺人の罪悪感に耐えられなくなり、自分の所属ギルドの情報を売るから、自分を《黒鉄宮》の監獄に入れて欲しい、とのことだった。

 そいつの所属ギルドが、《タイタンズハンド》のような中小ギルドだったならば、ただ俺が行っただけで解決したのだが……彼の所属ギルドはなんとあの悪名高き、《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》。

 最強最悪のレッドギルドの情報ということで、攻略組は一旦迷宮攻略を中断し、急遽《ラフィン・コフィン》討伐戦の作戦を練ることとなった。

 情報屋の調べによって、その裏切り者のオレンジプレイヤーがもたらした、『ラフィン・コフィンの本部は低層のダンジョン』という情報が嘘偽りがないことが確認された。

 そして、遂にラフコフの大規模な討伐隊が、攻略組を中心に組まれることとなった。
リーダーは、《聖騎士》ヒースクリフが本来は相応しいのだろうが、本人にやる気がないのか――「任せる」だそうだ――聖竜連合の幹部であるシュミットがリーダーを務め、血盟騎士団の《閃光》アスナをサブリーダーとして据えるという布陣となった。

 その討伐隊には攻略ギルドだけでなく、キリトのような、腕に覚えがあるソロプレイヤーたちも参加するため、もちろん俺も傭兵として依頼を受け、ラフコフ討伐隊に参加した。
 そして午前三時――『レッドギルド笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉討伐戦』が開始された。

 しかし、あちらの側にももう殺人をやっていけない裏切り者がいたように、グリーンプレイヤーでありながら、ラフコフの精神性を受け継いでいる人物はいた。
そう、裏切り者である。

 午前三時という、寝静まった時間での奇襲に、ラフコフ側は完璧な準備を持って受け止めた。
毒、煙玉、背後からの奇襲……ありとあらゆる不意打ちに、討伐隊は戦線をズタズタにされ、ダンジョン内をバラバラてなった。

 ……もちろん俺も、例外ではなく。

「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」

 ダンジョンの死角となっている横穴に、しばし身を潜める。
キリトやクラインたちとは……はぐれてしまったようだ。
感覚は十全、毒を喰らった様子はない。

 ならば隠れている意味はない。
一刻も速くキリトたちに合流するか、ラフコフの首領たるPohをどうにかしなければ、と横穴から身体を通路に戻す。

「見~つけたァ」

 下卑な笑い声と共に、背中にゾクリとした感覚。
俺のシステム外スキル《気配探知》が鋭敏に殺気を捉えて、俺を戦闘前の緊張が捕らえる。

 背後を振り向くと、どれもこれも見覚えがないため幹部クラスではないのだろうと予想出来る三人。
どいつもこいつも、Pohをリスペクトしているのかナイフぐらいの短刀だ。
……いや、一人だけ、白いマント姿の男だけはフェンシングに使うような金属剣を持っていた。

「切り刻んでやらァ!」

 そのうちの1人であるスキンヘッドがバカ正直に突っ込んでくる。
三人まとめて突っ込んでこれるほどの広さはあるのだから、どうせならば三人まとめて突っ込んで来れば良いものを……倒すのが楽だから。

「セッ!」

 Pohより遥かに遅いスキンヘッドの、ナイフを持っている腕の付け根を切り裂き、まずは1人の武器を無効化する。

「お、俺の腕がァァァア……」

「やかましい!」

 叫びだして動きが止まったスキンヘッドの腹を蹴り、今にも動き出しそうだった向こう側の二人に向かって蹴り飛ばした。
足刀《半月》を伴った蹴りはスキンヘッドのHPを削りつつ、勢いよく残り二人に飛んでいく。
そして更に、追撃にポケットから取り出したクナイを投げつける。

「甘めェェェんだ、よッ!?」

 俺の第二の目標であった、髪の毛を逆立たせた男は、飛んで来たスキンヘッドを上手く避けたものの、回避するであろう位置を先読みしたクナイに全弾直撃する。

 そしてもう一人の白いマント男は……無事な姿で、ただ立っていた。
代わりに、その傍らにはポリゴン片となり果てたスキンヘッド――!

「察するに素晴らしい攻撃だ。このスキンヘッドに当たれば大ダメージ。避ければその位置にクナイか。……つまり、察するに貴様の攻撃の回避方法は」

 白いマント男は癖なのだろうか、演説のように両手を広げながら話しかけてくる。
そして、トドメを刺すかのようにスキンヘッドのポリゴン片をフェンシングで刺し、完全に消滅させた。

「この男を殺すこと、だろう?」

 ――正解だ。
その言葉を、俺は心中のみに留める。

確かに、今の攻撃の最も最適な回避方法は、あの白いマント男の言うとおりである……が。
そんな方法を取る人間が、果たしているのか……いや、いていいのか……!

「おっと、貴様は察するに怒っているようだな。何故なのか更に察すると、ワタシがあの男を殺したからだろうか。しかしそれは……」

「……少し黙れ」

 《縮地》を使用し、白いマント男の目の前へ一瞬で移動する。
いきなり俺の姿が目の前から消えたことに、白いマント男は対応することが出来ず、俺の斬撃はその身体を正確に切り裂く。
このままでは、背後の髪の毛を逆立たせた男……今はクナイに塗ってある麻痺毒で動けなくなっているようだが……と挟まれてしまう位置のために、バックステップにより元の位置に戻る。

「うふふわははは! ワタシの身体の状態を察するに、痛いじゃあないか!」

 ――こいつ、ヤバい。
そう思わせる眼光が俺を射抜き、姿勢を低くし、一直線に俺にダッシュで近づいてくる。

 ならば待ち構える。
待ち構えるのに、もっとも適した技である抜刀術《十六夜》をするために一旦日本刀《銀ノ月》を鞘にしまう。

「察するに貴様は自らの攻撃を受けた時にどう対応するッ!?」

 貴様自身の攻撃……?
白いマント男が《縮地》を行うことはまず不可能だ。
ならば、俺が行った攻撃と言えば……!

 俺が何なのか思いたった瞬間、白いマント男は仲間である筈の髪を逆立たせた男を、俺に向かって投げ飛ばしてくる。
あの勢いをつけたダッシュは、俺へと向かう意味もあったろうが、あの髪を逆立たせた男を投げる為の勢いをつける為でもあったようだ。
そのことと武器から、あの白いマント男は敏捷重視であることが確実となったが……まずはどう対応するかだ。

 逆立たせた男を斬り殺すのは論外として、そのまま当たるのもいただけない。

 結論、普通に避ける。
回避位置を先読みして攻撃を行うことは、簡単に真似出来ることではない。

結果としてその判断は正解だったようだが……敏捷重視である白いマント男の追撃は素早かった。

「察するに貴様は……避けられない!」

 そう言いながら、白いマント男は細剣の上位ソードスキル《スター・スプラッシュ》を俺に放ってくる。
八連撃という大技だが、それに比例して隙は大きい……!

「そこだッ!」

 先程から準備していた抜刀術《十六夜》が煌めき、フェンシングの剣部分を切り裂き、残すは柄だけとなった。
しかし、柄だけになろうとも発動させたソードスキルは止まらず、何の威力も無い八連撃ソードスキルを続けなくてはならない。

「察するにワタシは……負けたようだ」

 六連撃あたりで、白いマント男を麻痺毒をつけたクナイで無効化し、髪を逆立たせた男と共に縄で縛ってそこらへんに蹴り飛ばした。

 俺は、オレンジプレイヤーを相手するのは手慣れているからともかく……はぐれてしまったキリトたちが心配だ。
みんなは……いや、俺も、そう簡単に相手の命を消すことなんてしない。

 しかし、このラフコフの連中は違う。
殺人に対して何も思っちゃいないんだ――殺すことも、殺されることも。

 だから、せめてキリトたちと早く合流しなくては……

「……って、思ってたけどな」

 日本刀《銀ノ月》の刀身にこびりついた血を、日本刀《銀ノ月》を振りかぶることで払い、目の前のオレンジプレイヤー……いや、レッドプレイヤーに向ける。

「お前だけは許せないんだよ……!」

 俺の恨みの言葉を聞いたにも関わらず、奴は……ラフコフのリーダーである《Poh》は、自らも《友斬包丁〈メイト・チョッパー〉》を構えてニヤリと笑う。

「おいおい違うだろ《銀ノ月》? こういう時は、niceな展開じゃないか、だろ?」

「……そうだな」

 チャキ、と日本刀《銀ノ月》から鍔なり音が響き、この相棒も俺に応えてくれていることを確認する。

「ナイスな、展開じゃないか……!」
 
 

 
後書き
祝、800ポイント!

そんなわけで、これからラフコフ討伐戦編に入ります。
……まあ、多分そんなに長くなりませんが。

そして、名無しのモブキャラのくせに主人公よりキャラが立っている白いマント男……!
察するに貴様、何者だ……!?

では、感想・アドバイス待ってます。 

 

第三十話

 ここに今、仲間を殺した仇が目の前にいる。
そのことに身体中が歓喜し、血液が全身にくまなく張り巡らされているように感じる。

 だが、そのまま激情に身を任せてあいつと戦えば、いともたやすくあの包丁で俺は切り裂かれ、ポリゴン片となってこの世界から消滅するだろう。
……それは困る、いろいろな約束が守れなくなるから。

 冷静になって考えろ。
どうやってこの絶好調の身体で、目の前のあいつを……Pohを殺すか――!

「It`s show time」

 戦闘開始の合図はPohのお決まりのセリフと、俺が牽制に投げた三本のクナイが風を切り裂く音だった。
もはや言葉もいらず、俺とPohは命の削り合いに入る。

 俺の初撃は易々とPohのステップに避けられるが、当然それは読んでいる。

「刺突術《矢張月》!」

 Pohの回避地点を先読みし、位置を予測したうえで放たれた突撃系の技は、またも死神を思わせるPohのステップに避けられ、横に回り込まれてしまう。

 そのまま隙を見せた俺の背中へと友斬包丁が煌めくが、俺の背後に向けての足刀《半月》を伴った蹴りとぶつかり合い、けたたましい金属音が響いた。

「……チッ!」

 小さく発したPohの舌打ちと共に、友斬包丁が引っ込められる。
たかが包丁では、体重がのった俺の足刀《半月》とは斬り結べない。

「でぇぇい!」

 Pohの方へと身体を無理やり反転させて勢いをつけ、少し後退したPohへと一文字切りとばかりに日本刀《銀ノ月》による横なぎで攻撃する。

 ――カスった……!

 風以外を斬る感覚を覚え、Pohに更なる追撃をするために日本刀《銀ノ月》を両手に持ち、振りかぶ――

「――ッ!」

 しかし、小回りならば包丁であるあちらの独壇場。
日本刀の適正距離ではない超々接近戦まで距離をつめつつ、小回りで圧倒してくる。
しかも、あのポンチョのせいで腕が見えず、腕の動き……ひいては包丁の動きが見えにくい……!

「ハッハァ!」

 Pohの笑い声と共に俺の身体に浅くはいる斬撃に顔をしかめながら、反撃の機会をうかがう。
こっちにだって、超々接近戦相手に対応するさくが無いわけじゃない……!

「……《縮地》ッ!」

 一瞬の隙をつき、本日一回目の特別な足の動きによる高速移動法《縮地》を行う。
だが、移動するために使ったのではなく、ましてや逃げるわけでももちろんない。
……いや、そんな隙を目の前の死神は許してくれまい。

「ハアアアッ!」

 《縮地》の、目の前から姿が消える速さの足の動きで蹴りをくりだす。
初速度の為に、速度はいつものに比べるとたいしたことは無いが、それでも存分に足刀《半月》の威力を高めてくれる。

「……Shit!」

 鈍い音が響く。
この戦いにおいて、お互いに始めてのクリーンヒットがPohの腹に直撃する。
たまらず吹き飛ぶPohに対し、俺は未だに勢いを殺していない足で追撃のために踏み込んで、Pohの下へ跳びこむ。

 まだ態勢を整えきれていないPohに袈裟斬りを叩き込んだが、俺の攻撃の直前でPohは態勢を整え、その手に持つ友斬包丁を日本刀《銀ノ月》を防ぎ、鍔迫り合い。

 だが、あの悪名高き友斬包丁であろうとも日本刀《銀ノ月》に、武器の関係上鍔迫り合いで勝てるはずがない。
このまま押しきれる……!

 と、その時。
俺の肩を鋭い痛みが響いた。

「――ッ!?」
 友斬包丁との鍔迫り合いを無理やり押しきることで中断し、全力でバックステップ。

 俺の肩には深々と刀傷が刻まれており、先程の鋭い痛みが気のせいで無いことに気づかされる。

 そして、その痛みの元凶はPohの手に握られている――『もう一本の』包丁。
Pohの手には友斬包丁の他に、もう片手にもう一本の包丁を持っていた。
それはまるで、去年のクリスマスでキリトの姿のようで――

「《二刀流》、だと……?」

 俺の驚愕に包まれた声に、Pohは小さく笑って二本の包丁を振り回す。
あたかも、死神の鎌が二本になったかのように。

「ハッ、そんな大層なskillか何かじゃないさ。ただ剣を二本持ってるだけだぜ?」

 キリトのユニークスキルを除けば、剣を無理やり二本持てばエラーが発生してソードスキルが使えなくなるそうだが、Pohは元々ソードスキルを必要としておらず、攻撃の時のシステムアシストがあれば充分なのだろう。
つまり、単純に手数が倍に増えただけ……!

「さあ、excitingなkillingを再開しようぜ!」

 どう行動するかを思いあぐねている間に、Pohがまず行動を開始する。

「……ええい!」

 二刀流相手に後手に回れば、手数で圧されるだけだ。
とにもかくにも先手をとるため、《縮地》を起動させる。
これで《縮地》の連続使用回数五回のうち、三回まで使い切ってしまったが。

「くらえッ!」

 《縮地》でPohの回りを高速移動しつつ、クナイを投げつける。
ただ投げるだけではあの死神には当たらないだろうが、クナイを投げる力加減を調整し……360°全てから、ほぼ同時にクナイを投げられればどうなるか。

「……!?」

 360°クナイで囲まれた時、人間であるならば避ける場所は一つしかない。
Pohが回避場所に選んだのは、俺の予想通りにクナイが放たれていない空中。
すなわち、避ける術が全くない空中に……!

「抜刀術《十六夜》!」

 ならばこそ当然ここは追い討ちをかけるため、俺もPohを追うために同時に空中へと飛び上がっていた。
空中にてPohの側面から放たれた抜刀術《十六夜》が、Pohの脇腹を深々と抉る。

「fack……!」

「まだだッ!」

 抜刀術《十六夜》の勢いを殺さず、空中で一回転を始める。
そのまま回転し、前回の勢いを足した日本刀《銀ノ月》の横斬りがPohを襲――

「That sucks.」

 ――わなかった。
いや、正確に言うと襲ったが失敗したのだ。
身動きがとれない筈の空中で、Pohは日本刀《銀ノ月》の上に乗るという、予想もつかない方法で避けたのだから――!

 Pohのニヤリと笑う顔と、その両手に持つ双刃が煌めくのが見える。
しかし、未だ空中にいる俺には攻撃を避けることは出来ず、Pohが乗る日本刀《銀ノ月》を手放せば、俺の敗北は決定する。

「Ya-Ha-!」

 ずいぶんエキサイトしたPohの声と共に、俺を二本の包丁が襲った。
すでに右肩がやられており、これ以上やらせてたまるものか……!

 即座にクナイを投げるものの、Pohは日本刀《銀ノ月》を足場にして更にジャンプした。
これで俺は日本刀《銀ノ月》を自由に扱えるが……遅い。

 Pohによる、俺の頭を狙った友斬包丁の一撃はなんとか頭をずらして避けたものの肩に当たり、もう一本の包丁は寸分違わず俺の腹に刺さった。

「ぐあッ……!」

 またも鋭い痛みについ悲鳴が出るが、Pohが何か行動に出る前に腹に刺さった包丁をPohに向かって投げた。

 しかし友斬包丁でPohに斬られてしまい、そのまま着地して二人同時に距離をとる。

 HPゲージを確認すると、もはや当然レッドゾーンに突入している……現実世界ではもう死んでいてもおかしくない怪我なのだから、これは少しアインクラッドのシステムに感謝すべきなのだろうか。
……いや、ゴメンだな。

 ポケットにポーションは入っているが、飲んでも即座に全て回復するわけではないし、回復結晶では使っている隙をPohに殺されるだろう。

 だが、その条件はあちらも同じの筈。ならば、次の一撃を相手に叩き込んだ方が勝つ。

 Pohもそれは分かっているようで、自分で斬ったもう一本の包丁の代わりに、いつの間にか新しい包丁を片手に持っていた。
友斬包丁ともう一本の包丁で待ち構えている。

 次の一撃を決めた方が勝つ……単純で分かりやすい勝敗条件だな。
さあ行くか――!

「ナイスな展開じゃないか……!」

「It`s show time」

 二回目ずつの自らを鼓舞する最高の言葉。
まず俺は《縮地》によってPohの目の前から消え、空中へと飛び上がった。

 この状況で俺が選ぶ技は、いつかのゴーレムやドラゴンを倒した空中からの勢いが乗ったもっとも重い一撃、斬撃術《弓張月》。

 二刀流とは手数が二倍に増えるぶん、一刀の威力が減少することになる。
Pohがその二刀で斬撃術《弓張月》を防ごうとすれば、そのまま防御を貫き通して、Pohを先日の雪山のドラゴンのように一刀両断に出来る。
一刀で防ぎ、もう一刀で攻撃しようとするのがもっとも凡策であり、攻撃はリーチの関係上俺に届かず、防御は易々と突破されるだろう。

 つまり、この斬撃術《弓張月》はベストの戦術――!

「斬撃術……《弓張月》ッ!」

 《縮地》の勢いで天井まで飛び、くるりと一回転して天井を蹴る。
最大加速で最大威力の斬撃がPohに迫る。

 その俺の行動に対してPohがとった行動は……新しく片手に持った包丁を落とすことだった。
ニヤリと笑って友斬包丁を構え、俺を地上で待ち構える。

 その行動から、Pohの次の行動を悟ってしまう。
つまりあいつは、最初っから二刀による防御なんて考えてなかった……!

 友斬包丁が眩い光が帯びだしたことから、Pohのソードスキルの準備が整ったことが分かる。
……まさか二刀流を使ったのも、Pohがソードスキルを使わないという、俺のミスリードを誘ったものだったのだろうか……

 ……いや、今はそんなことはどうでも良い。
後はただ、俺とPoh、どちらの攻撃が先に当たるかというだけだ――!

「オオォォォォォッ!」

「Ya-Haaaa-!」

 そして、俺の空中からの斬撃術《弓張月》による日本刀《銀ノ月》はPohの肩に深々と突き刺さり――

 ――Pohの友斬包丁は俺の心臓を貫いていた。

「くっ……そ、が……」

 貫通継続ダメージなんぞ無くても友斬包丁の一撃は、俺のHPゲージを0にするのに、充分過ぎるほどの一撃だった――
 
 

 
後書き
メリークリスマスイブ&記念の第三十話!

クリスマス企画なんて考える頭は無いけれど、普通に更新させていただきました。
……なのに、えーっと、まあ、そういうことで。
ドンマイ、ショウキ。
感想・アドバイス待ってます、良きクリスマスを。
 

 

第三十一話

 走馬灯。
大多数の人が具体的に意味を聞かれると知らないが、だいたいは知っているだろう。

 おそらく、俺は今それを体験しているのだろう。
アインクラッドで、思いだしたくない思い出を――



 アインクラッド第十六層、洞穴型のサブダンジョン内の安全地帯で、俺は座り込んでいた。

 現在の最前線の層は第二十四層であるために、今の俺は正真正銘の中層プレイヤーだった。

 ……あの日、》始まりの町》を一人で出て、キリトと共に《ホルンカ》の町にたどり着いた時には、自分も今で言う《攻略組》の一員になるつもりであった。
だが、俺のナーヴギアに仕込まれた謎の仕様は未だに解明されておらず、そもそもネットゲーム・VRMMOゲームというものに不慣れだった俺は、まずはこのデスゲームとなってしまったアインクラッドに慣れるところから始めなくてはならなかった。

《ホルンカ》でキリトとは別れ、無駄に広い第一層の中で出来るだけ人の少ないところを選んでモンスターとの戦いをしていた。
何故そんな人里離れたところでやっているかというと、俺が持っている日本刀――アインクラッドではカタナと呼ぶらしいが――は、レアスキルとしてプレイヤーの入手条件は不明で、日夜プレイヤーが俺を追いかけてくるだろうから、というキリトの助言からだった。

 だがそれが災いして、俺が攻略組のプレイヤーから大幅に出遅れてしまっていた。
それも当然であり、そもそもスタート地点からして違うし、人が少ないということは、その分情報が入ってこないということなのだから。

 寂れた田舎町で第一層が攻略された、第二層が攻略された……という情報がまばらに入ってくるにつれて、早く合流したいと思ってモンスターとの戦いに励んだのだが、俺が攻略組に合流することは、ついぞなかった。

 情報量の差、戦闘経験の差、ナーヴギアの差……いくらでも理由付けをすることは出来る。
だけど、そんなことが言い訳にしか過ぎないことは解っていた。

 そう、言い訳せずに言えば、怖いのだ。
この田舎町から出ることが、最前線のモンスターと戦うことが、ボスモンスターと戦うことが、……死ぬことが。

 最前線が第二十層にさしかかったころ、カタナスキルの取得条件である『曲刀を使い続ける』ということが発覚したことを聞いたので、俺はようやく田舎町から出て行った。
上げていた鍛冶スキルで作り上げた日本刀と、その田舎町最大のクエストによって入手した黒い和服を着て。

 自分にはレベルなど関係ないのだから、攻略組に入りたければいつでも入ることが出来るだろう。
それこそ一番の近道は《軍》にでも入隊することなんだろうが……俺がいるのは、未だに中層だった。

「……くそッ!」

 中層のサブダンジョンにいるしかない自分が嫌になって、腕を壁に叩きつけた……だが、不死属性の表示が出るだけなのは知っているが。

 俺の剣術がモンスターに対してとても有効なのは証明済みで、ソードスキルでないのにソードスキル以上のスピードであるからか、モンスターの思考ルーチンに少し異常をきたしている……の、だろうか。
だから、今攻略に行かずにサブダンジョンに潜っているのは、八つ当たり以外には金稼ぎぐらいの目的しかないことが、更に俺を苛立たせる。

「ナイスな展開じゃ、ないな……」

 誰にも向けていない――強いて言えば自分自身に言ったか――独り言が空中に溶け込んでいった……その時。

「……ッ!」

 どこからかアラームトラップの音がけたたましく鳴り響いた。
ダンジョン内のモンスターを呼び寄せる最悪のトラップを、この安全地帯近くの誰かが鳴らしてしまったらしい。
アラームの音は途切れたため、すぐさま発信源は壊したようだったが、タイミングとしてはもう遅く、モンスターが集まってくるだろう。

 アラームの音は比較的近かった。
放っておける筈もなく、俺はアラームの鳴った方へ走りだした。



 俺がいた安全地帯の隣の部屋の入り口に、このサブダンジョンの主力モンスターである《モスブリン》――外見は、まんま棍棒を持った人型の猪――がたむろしていた。
アラームトラップが近いとは思っていたが、まさか隣の部屋だったとは、不幸中の幸いだ。

「抜刀術《立待月》!」

 走った勢いのままに抜刀術を繰り出し、入り口を塞いでいる《モスブリン》を背後から切り裂き、部屋の中へ入る。
部屋の中には、20匹ほど……正確には23匹のモスブリンが、恐らくはアラームトラップを鳴らした四人のプレイヤーたちを囲んでいた。

「こっちに安全地帯がある! 転移結晶持ってないならこっちに来い!」

 近くにいた手頃なモスブリンを斬りながら、四人のプレイヤーたちに叫ぶ。
見るからに四人は消耗しており、このままではヤバそうだった。

「なっ……いきなり出て来てなんなんだテメェは!」

 全身の服装を真紅の色で固めた、大剣を持った少年が俺に向かって叫んでくる。
この限界の状況で出て来たイレギュラーに対しては、当然の問いだった。

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ《クラウド》! ……オッケー、みんな、あっちに向かって全速前進ー!」

 その場にそぐわぬ明るい声が、何故か武器を持たない小柄な少女から響いた。
見た感じ、四人の中でもっとも年下のようだが……武器を持たない彼女がリーダー格のようだった。


「……しんがりは、任せろ」

「お言葉に甘えるわぁ」

 しんがりを引き受けた両手矛に眼帯をつけた青年が、他の入り口から湧いて出るモスブリンに自らの武器を突き刺し、言葉に甘えるといいつつ、それをチャクラムで支援しているのが、一番年長に見える女性だった。 

「オラオラどけよこの猪どもッ!」

 先程叫んできた真紅の少年が大剣を力任せに振り回し、俺がいる出口への退路を確保する。

「ナイスクラウド! リディアから脱出して、部屋の通路からチャクラムよろしく!」

 クラウドという名前らしい少年が切り裂いた穴を、指示通りにリディアと呼ばれた女性がまずは脱出し、出口付近で戦う俺の側面に付いた。

「ふふん……それ!」

 手の中で四つのチャクラムが煌めき、縦横無尽にダンジョン内を舞ってモスブリンを切り裂き続ける。
チャクラムというのは始めて見たが、かなり強力な武器なんだな……俺も、負けてはいられない。

「せやあッ!」

 出口付近のモスブリンの7匹目をポリゴン片とし、これで出口付近のモスブリンは新たに現れない限り全滅した。

「出口付近の奴は全員倒し……危ない!」

 未だに少し囲まれている方を見ると、声を張り上げて全員に指示を出しているリーダー格の少女の背後に、棍棒を振り上げようとしているモスブリンの姿。

 ……俺にだって、今からあの少女を助けることぐらい――!

「こっちは任せた……《縮地》ッ!」

 次に包囲網を離脱した真紅の少年、クラウドに出口付近を任せ、連続で使用出来る回数はたかが二回ぐらいだが、ほぼ瞬間移動を可能とする技で、リーダー格の少女の元へ駆けつける。

 当然、少女の代わりにモスブリンの棍棒に直撃することになるものの、力を込めてなんとか吹っ飛ばされないようにこらえた。

「キャッ!」

 いきなり現れた俺に庇われる、ということに驚いたものの、少女は驚くほど即座に状況を理解し、自分は足手まといだと思ったのだろう、走って包囲網を突破し、出口付近までたどり着いた。

 胸をなで下ろしたのもつかの間、背後のモスブリンが第二撃の為に棍棒を俺に向けて振り下ろさ……なかった。
攻撃するその前に、両手矛に貫かれてポリゴン片となってしまっていたから。

「……《アリシャ》を助けてくれて、感謝する」

 しんがりを務めていた眼帯の青年が、両手矛を他のモスブリンに向けて牽制しつつ、俺に対して礼を言ってくる。
アリシャというのは、恐らくあのリーダー格の少女のことだろう。

「こっちこそ助かった……俺たちが最後だな」

 もはやこの部屋にいるのは、未だ絶えないモスブリンと、それを邪魔するように駆けるチャクラム、そして俺と眼帯の青年だった。

「黒い和服の人! 《ヘルマン》! 早く!」

 アリシャという名前らしいリーダー格の少女の呼びかけに応え、俺たちは揃って部屋を飛び出した。
 
 

 
後書き
いきなり走馬灯という名の過去編に突入。

ショウキは最初から攻略組プレイヤーではないどころか、第一層にいたプレイヤーでした。
アスナみたいな感じですね(彼女の場合、プログレッシブのせいで随分早く攻略に参加しましたが……)


まあ、ショウキにとっては始めてやったジャンルのゲームがデスゲームだったわけなので、こうなるのも仕方ないかと存じます。

では、感想・アドバイスお待ちしております。 

 

第三十二話

 
前書き
明けましておめでとうございます。 

 
「かんぱ〜い!」

「乾杯っ!」

「……乾杯」

「ふふん……乾杯」

 普通、ここは合わせるところであろうに、十人十色ならぬ、四人四色な乾杯の音頭がNPCレストランの店内に響いた。

 まったく、なんなんだコイツ等は……とは思いつつ、俺も手に持ったジョッキ――雰囲気だけで中身はお茶だが――を目の前にある四つのジョッキに弱くぶつけた。

「乾杯」

 五つのジョッキがぶつかり合い、カラン、と小気味よい音が響いた。



 あのダンジョン内でのアラームトラップからの安全地帯への脱出から、俺たちは自己紹介もそこそこに共同でダンジョンを脱出した。
あそこはたかが中層ダンジョン、五人もいれば脱出は容易く、手早くダンジョン内から市街区への脱出に成功した。

 そして、彼女らのリーダーである武器なしの小柄な少女……《アリシャ》からお礼に奢らせて欲しい、という申し出をありがたく了承し、今に至る。

「……ぷはっ!」

 アリシャは豪快にジュースらしきものを飲み干し、机の上にジョッキを叩きつけた。
小柄な少女らしからぬ飲みっぷりであったが、不思議と明るい印象のアリシャには、とてもよく似合っていた。

「さてさて、宴もたけなわに……って、宴もたけなわって何だっけ?」

「……もっとも盛んな時期、という意味だ」

 アリシャの格好がつかない口上に、眼帯をつけた高身長の青年である《ヘルマン》が突っ込みを入れる。
……言った当の本人は、テンションを変えずにちびちびと飲んでいたが。

「まあそれはともかくとして! 私たちを助けてくれて、どうもありがとうショウキ!」

 言いながら、鍛えているのであろう敏捷値を無駄に使い、俺のジョッキにジュースを注いだ。

「どうもありが……っておい! 俺が飲んでたのはお茶だ!」

「え? あっはは、ごめんごめん。飲んだら美味いかもよ?」

 お詫びのつもりなのか、自分のジュースを入れたジョッキに、俺の横に置いてあったお茶をぶんどって迷いなく入れる。
お茶の色とジュースの色が混じり合い、何ともいえない禍々しい色になっていく。

 それを、先程のようにためらいなくグビグビと飲み干していくと、なんとも言えない苦い顔をした。

「うわ、まっず……じゃなくて、正式に自己紹介するね。私たちは商人ギルド《COLORS》!」

「おい、今まっずって……まあいい」

 俺の目の前にある、このお茶とジュースの混ざり合った飲み物の味の追求は後にするとして、気になったことを聞いた。

「商人ギルドって言ったけど、さっきはダンジョン内にいなかったか?」

「そうなのよ!」

 我が意を得たり、と言った様子で手を叩き、アリシャは商人ギルド《COLORS》について熱弁し始めた。

「私たち《COLORS》は、ダンジョン内に潜ってお宝をかっさらい、それを攻略組や中層プレイヤーに売りつける商人ギルドなのよ!」

 ババーン、という効果音が聞こえてきそうな叫びだった。
なるほど、それで商人ギルドなのにダンジョン内にいたのか。

「私がリーダーの《アリシャ》! 武器はないわ!」

「……はあ!?」

 今こいつはなんて言った!?
ダンジョン内に潜っている筈なのに武器が無い……?

「やっぱり驚くわよねぇ」

 壁にもたれかかってワイングラスで何かを飲んでいる女性から、クスクス、と忍び笑いが漏れた。

「私はスキルスロットに全部商人系と便利系で埋めてあるから、戦闘スキルは空いてないのよ」

 商人系スキルというのは言わずもがな、便利系とは《索敵》や《聞き耳》スキルのことだろう。
そういうスキル振りをしている人間は当然いるが、ダンジョン内に行くのにそんなスキル振りをしているのは聞いたことがない。

「強いて言えば、私の武器はこの大切な仲間たち。それを大切に使うのが私の戦いよ」

 そういえば、ダンジョン内でアリシャは仲間たちの指揮に専念していた。
武器もなく、《索敵》や《聞き耳》スキルなどの便利系スキルで仲間たちの指揮を行う……こんな、イカレた戦い方があったとは。

「それじゃ、まずは副リーダーの《ヘルマン》!」

「……ヘルマンだ。武器は両手矛」

 先のダンジョン内の戦いでは、しんがりを務めて最後に助けてくれた眼帯の青年。
最低限のことを言ってもくもくと料理を食べるその姿は、物静かを通り越して無愛想であったが、不思議とそこにいるという、落ち着いた存在感がその青年にはあった。

「次は、全身真っ赤な趣味の悪い仲間の《クラウド》!」

「るっせぇぞアリシャ! ……まあ、お前がくだらない自己紹介をしている間に料理は全て俺が食い尽くしてやったがな!」

「ああーっ!」

 机の上にあった山のような……は流石に言い過ぎではあるが、結構な量の料理が騒がしい真っ赤な少年の胃袋に納められていた。
先のダンジョン内での戦いでは、大剣を用いて大量の《モスブリン》をなぎ倒していた。

「おいテメェ。さっきは結果的に助けてもらったけどなぁ、あの程度の状況なら俺一人でなんとか出来たんだからな!」

 真っ赤な少年……クラウドが俺に詰め寄り、チンピラのように喋りかけてきた。
……そう問われれば、こちらも反撃とばかりにニヤリと笑って返さねばなるまい。

「見るからに駄目そうだったじゃないか?」

「ぐっ……これから逆転する予定だったんだよ!」

 クラウドが残っていたジョッキの中身をがぶ飲みし、更に騒ぎ始める。
やけ酒ならぬやけジュースであろうか。

「はいはい、クラウドの言いたいことは解ったわよ」

 壁にもたれかかって微笑んでいた女性が、やけジュースを始めるクラウドを面倒くさそうに相手をし始めた。

「やかましいわこの……」

「え?」

 クラウドが何か罵りの言葉を言おうとした瞬間、女性の微笑みが凍った。
いわゆる『目が笑ってない』状態で、何だろう、あの女性は罵り言葉を言われるのが嫌いなのか?

「あ、いや、何でも無いぜ!」

「そう? なら良いけどね……ああそう、私の名前は《リディア》よ。武器はチャクラムなの」

 こちらに振り向き、微笑みながら握手を申し込んできたリディアに握手を返す。
今度は目まで笑っていて、常に微笑んでいる女性であった。

「う~……私のご飯……」

 クラウドとリディアという、残る二人の自己紹介をしている間、ずっとアリシャは机に突っ伏していた。
クラウドに食事をとられたことが、そんなにショックだったのだろうか。

「ほらアリシャ、残っている俺のならいるか?」

「良いの!?」

 パァァという擬音が相応しいぐらいの喜びようで、アリシャは俺が差し出した皿を受け取った。
感情表現がオーバーにも程があるが、喜んでくれたようで何よりだ……若干、ペットに餌づけしているような錯覚に陥ってしまったが。

「それでね、ショウキ。ふぁなはにほのひるどにはひっへほひいのよ」

「食ってから喋れ……」

 分かりやすい食いながらの喋り方を実践してくれたのはありがたいが、残念ながら俺には聞き取れなかった。

「……『あなたにこのギルドに入って欲しいのよ』だそうだ」

 横で食後のお茶を飲んでいるヘルマンから、アリシャが言った言葉のフォローが入った。
なるほど、そう言ったのか……って、え?

「俺が、このギルドに?」

「ング……そう、その通り!」

 このギルドの目的は、攻略組があまり目を向けないサブダンジョンに潜ったり、クエストを受けたりしてアイテムをゲットし、それを攻略組に売りつけること……ならばそれは、間接的にゲームの攻略に携わっていると言えるのではないか?

 少なくとも中層ダンジョンに潜って、モンスター相手に八つ当たりするよりは……よっぽど。

「私たちは、みんなそれぞれ事情があって攻略には参加出来ないんだけど、この方法なら参加出来るわ……ショウキもそうでしょ? あんなに強いのに中層ダンジョンにいるんだから!」

 アリシャから太陽のような笑みがこぼれるが……その分見るのが辛い。
俺はただ……怖いだけなのだ。

「ね、だから……私たち《COLORS》に入ってくれないかな?」

 こうやって騒いでいても面白い連中で、悪い奴らじゃなそうだ……全員もちろんグリーンプレイヤーで、先のダンジョン内での戦いを見ていても全員信用に足る戦いっぷりだった……アリシャを除く、だが。

 どうせ別れても、中層ダンジョンで腐っているだけなのだから……この不思議な縁から入っても良いか――

「ちょおっと待ったぁ! オレはまだ認めて無いぜ!」

 話し合っている俺とアリシャの間に、クラウドの騒がしい声が挟まれた。

「ちょっとクラウド、邪魔しないでよ! 二人も何とか言って!」

 アリシャが残る二人……ヘルマンとリディアに助けを求めるが、ヘルマンは食事も終わって本を読み始め、リディアはクスクスと微笑みを返すだけだった。

「だったら、どうすれば認められるんだ?」

「へっ。聞いてくるたぁ、良い度胸じゃねぇか!」

 そう笑ったクラウドは、メニュー画面を操作し始めた。
そして、俺の元へ一つのシステムメッセージが届いた。
そう、デュエルの申請メッセージ……!

「入団テストだ! オレとデュエルしろ!」

 クラウドはそう言うと、デュエルをするためだろう、店外へ出て行った。
……まだ俺は、入るとも入団テストを受けるとも言ってないのだがな。

「クスクス……まったくクラウドはねぇ……で、どうするのショウキくん。受ける?」

「もちろん……アリシャ」

「へ?」

 突然矢面に立たされたアリシャは変な声で聞き返して来たが、別に構わずこちらの用件を伝えておく。
「さっきの申し出、嬉しかった。良ければ入団させてもらって良いか?」

「……もちろん、大歓迎!」

 俺の答えを聞いて、表情がまたも明るくなるアリシャが眩しくて直視出来ず、すっかり放置していた俺の分のジョッキを飲み干した。

「……まずっ」

 ……お茶とジュースが、混沌に混ざり合ったものになっているということを忘れていた……

 ちょっと口の中が嫌な感じに包まれたものの、気合いを入れて俺は店外へと向かった。

 
 

 
後書き
新年最初の投稿ですが……まあ、説明回です。

オリジナルキャラ、しかも複数の人物を同時に回しているので……誰が誰やら、という状況になっていないか心配です。

では、去年と同じく感想・アドバイス待っております。

今年もよろしくお願いします。
 

 

第三十三話

 第十四層の市街区、あまり人気がない広場。
そこで俺のすぐ横に、デュエル申請のメッセージが表示されていた。

 もちろん俺に挑んできた対戦相手は、真紅の服や装飾品に身を包み、またもや真紅の大剣を握りしめたクラウド。
ダンジョンと同じ格好をしているのと、その身に纏う気合いが、あいつも臨戦態勢だということをひしひしと感じさせる。

「分かってんな! 俺にこのデュエルで腕前を認められたら、このギルド《COLORS》への入団を認めてやんよ!」

「偉そうに言ってるけど、あなた所詮平団員じゃない……ふふふ」

 ギルド《COLORS》の他の面々は、半分見せ物を見るかのように飲み物を飲みながら少し遠巻きに眺めていた。
……特にアリシャとリディアの二名など、どこから手に入れたのかポップコーンらしきものまで用意していた。
何だ、映画か何かか?

「っせぇぞリディア! お前もそれで良いな!?」

 身の丈ほどもある大剣の切っ先を片手で持ち、こちらに向けながらクラウドは問いつめてくる。
……あの大剣を片手で持てるなら、スキル振りは筋力をあげていて、更にあまり鎧を着込んでいないことから、筋力優先で敏捷も上げていると分かる。

「分かってるさ。つまり、お前を倒せば良いんだろ?」

「……生意気な口たたくじゃねぇか!」

 俺も愛刀である日本刀《旋風》がきちんと鞘に入っていることを確認し、これから来るであろうデュエルに集中する。
後は、俺がクラウドからのデュエル申請に、『初撃決着モード』でOKを押すだけだ。

「頑張れショウキ! クラウドなんてやっつけろ!」

 ……応援してくれているのはありがたいが、ギルドメンバーに対してギルドリーダーがそれで良いのかアリシャ。
ま、お言葉に甘えさせてもらおうか。

 初撃決着モードでOKを押して、俺とクラウドのデュエルが始まった。

「行くぜぇっ!」

 頭からつま先と武器まで真紅のクラウドが、性格通りに先制攻撃を仕掛けようと突撃してくる。
彼の大剣は、俺の愛刀《旋風》よりもリーチが遥かに長い為に、どうやっても先制攻撃になる。

「……っと」

 馬鹿正直に真っ向から放たれたから竹割りを、未だ愛刀である日本刀《旋風》を抜きもせずに横に避ける。
その後、抜刀術《十六夜》による一撃でデュエルを決めるつもりだったが……振るわれたのが大剣のせいで、微妙にリーチが届かない。

 この、自分の攻撃は届くが相手の攻撃は届かない微妙な距離を、狙って攻撃したのなら対したものだが……まあ偶然だろう。

「剣も抜かないなんざ舐めてんのかっ!」

 気合いと共に迫ってきた横薙を、今度はバックステップにより避け、巨大な大剣を振った故のどうしようも無い隙を狙う。
狙うは……むき出しの胴体。

「抜刀術《十六夜》!」

 遂に鞘から抜き放たれ、《旋風》という名が示すように一陣の風のごとくクラウドの胴体に吸い込まれていく……が。

 俺の顔の前に、細剣が置いてあった。

「ッ!?」

 急遽抜刀術《十六夜》を中断し、横に倒れながら避ける。抜刀術《十六夜》がソードスキルだったならば、ここで剣を中断出来ずに終わっていたことであろう。

「へっ! あれを避けるか!」

 当然ながら、顔の前に置いてあった細剣の持ち主はクラウド。
先程までの真紅の大剣はどこかに消え失せ、代わりにその手には、またも真紅に輝いた細剣が握られていた。

 急いで倒れた態勢を立て直し、日本刀《旋風》を相手の剣を防ぐように構える。

「今度は俺のスピードに、付いてこれっかなっ!」

 先程までの大剣のパワーに任せた戦い方とは真逆に、細剣を使ったスピード戦をクラウドは展開する。
確かに、日本刀のようなリーチの長い武器は細剣のようなスピード戦が苦手というのが通説であり、(どうやってかは知らないが)細剣に変えた理由も分かる。

 だが、スピード戦なら望むところだ。

「セッ!」

 縦横無尽に空中を駆け巡る、真紅の細剣を日本刀《旋風》の銀色の剣閃が捉える。
細剣とは元々、スピードの為に軽量化した剣であり、切れ味は日本刀には遠く及ばない。

 結果として、クラウドの真紅の細剣は鍔迫り合いを演じることも無く、刀身と鞘が分離することとなった。

「よくも俺の剣をやりやがったなっ!」

 だが、またも予想通りに真紅の剣が、細剣を持っていなかった方の手に握られていた。
今度は、大剣と細剣の中間ぐらいの剣……つまり、ノーマルな片手剣であった。

「今度はその剣が斬られたいのか?」

 ……まずはあの武器の速攻チェンジを破るところから、だな。
その為には、もう一度ぐらいクラウドの武器を使えなくさせる……!

「もうやらせねぇよっ!」

 俺の簡単な挑発に引っかかり、相変わらずの前進気味の攻撃を仕掛けてきた。
片手剣に持ち替えて斬りかかってきたものの、その真っ向から来るクラウド独自の太刀筋は変わらない。

 勢い良く放たれた突きを横に避けると、間髪入れずに片手剣が横薙にシフトする。
この思い切りの良さとスピードは流石だが、見切れないほどじゃない為に、日本刀《旋風》で受け止める。

「ハアッ!」

 日本刀《旋風》を力任せに振るうと、当然質量が小さいクラウドの片手剣の方が弾き飛ばされる。

 本来ならばここで吹き飛ばした片手剣を破壊するか、クラウド本人に追撃をするところであるが、もう片手に持つであろう剣に防がれるのがオチであり、悪ければ一撃喰らってしまう危険性まである。

 ここは追撃せずに、クラウド本人のもう片手を観察するのが得策……!

「……チィィッ!」

 吹き飛ばされた真紅の片手剣を一瞥しながら、舌打ちしたクラウドの片手は高速で動きだした。
あの動きは確か……《クイックチェンジ》……!

 武器を変更するメニューは本来ならば五項目ほどの選択が必要なため、一々戦闘中に武器を変えてはいられない。
だが、クイックチェンジが話は別であり、その項目を二項目ほどに省略出来る。

 そしてそれを極め、注意せねば見えないレベルにまで昇華したのが、見えない剣入れ替えのトリック……!

「トリックが分かったなら……こっちのものだッ!」

 クイックチェンジのレベルをそこまで上げていることと、多数の武器を扱えるセンスとレベルには脱帽するが、仕掛けが分かってしまえば恐るるに足らず。

 威力を度外視した、高速の日本刀《旋風》による一撃がクラウドの片手を刻み、今まさにオブジェクト化しようとしていた真紅の大剣を取り損ねた。

「……へっ!」

 だがそこで、クラウドは思いも寄らぬ行動に出た。
取り損ねた大剣を取らずに、大剣を足場にして天高く飛び上がったのだ。
武器がないところを追撃した俺の一撃は空を切ったが、空中で身動きはとれない為に、地上で待ち構えていれば俺の勝ちなのだが……そう上手くいくはずがない。

「行くぜショウキっ! ……ぶっつぶれろっ!」


 そして、空中でクラウドが出した剣は……巨大な薙刀ッ!?

 切り札と言うほどの迫力はあるが、片手剣や細剣、大剣などを使用していたクラウドの筋力値では使いこなせないはず……なるほど、だから自由落下で威力と速度が跳ね上がる空中へと飛んだのか……

 そして空中のクラウドの自由落下から放たれる、巨大な鉄の塊である薙刀のから竹割り。
その質量を利用した速度から、直下地点にいる俺には絶対に回避不可な攻撃……!

「でぇぇぇぇいっ!」

 クラウドの巨大な薙刀が、俺がいた石畳の大地を砕く勢いで振り下ろされた。
あの威力では、日本刀《旋風》で受け止めることも不可能だろう。

 ――だが甘い。

 俺はもう《縮地》によってすでに、位置を言うならばクラウドの背後である、巨大薙刀の長い持ち手の部分に立っているのだから――!

「残念賞だ。あの攻撃なら、次に何をされるか誰でも分かる」

 背後からの俺の声に驚き、クラウドが振り向いてくるが……恐らく、薙刀を振り下ろす時にソードスキルを使ったのだろう、スキル硬直で動けないようだった。

「俺の勝ちだ……ナイスな展開だったぜ?」

 日本刀《旋風》の柄尻を向け、クラウドの頭にブチ当てた。
クリティカルに見合う威力で殴った為に、初撃決着モードのルールにより、俺の勝利が決定した――



「納得いかねぇぇぇぇっ!」

 向こうでなんだか叫んでいるクラウドは、笑いながら慰めに行っているリディアに任せるとして、俺はアリシャとヘルマンと共に、ギルド《COLORS》に入る為の手続きをしていた。
……まあ、ヘルマンは立って夕日を眺めているだけだが。

「コレで良しっ! それじゃあショウキ、これからもよろしくっ!」

 ギルド《COLORS》への入団手続きが完了し、ハイタッチを求めてきたアリシャとハイタッチをしておく。

「ほら、ヘルマンもよろしくってぐらい言いなさいよ!」

「……よろしく頼む」

 ヘルマンの相変わらずの対応に、ああもうこの無愛想は、とアリシャは聞こえるように独り言をぼやくが、ヘルマンは気にせずに夕日を見ていた。

「おいショウキッ! 勝ったからって調子にのるんじゃねぇぞ、まぐれなんだからな!」

「……嘘つき」

 向こうの騒がしい者と笑っているものは、向こうで放っておくことにしよう。
しかし、ギルド《COLORS》……まさか、ギルドに入ることになるとは思わなかったが、人生何が起きるか分からないもんだな。

「それじゃあショウキ! ギルド《COLORS》入団に際して、リーダーであるわたしからプレゼント!」

 アリシャがメニューを操作し、黒い物体を俺に向かって投げつけてきた。
別に投げつけてきたと言っても、たかがしれているので、難なくキャッチして広げてみると……

「わたしお手製の黒色コート! 着てる和服黒色だし、防御力低そうだからちょうど良いわよ!」

 流石、戦闘用スキルを何も入れていないだけあって、アリシャは裁縫スキルも上げているらしい。

 試しに着てみると……軽い。
しかし、きちんと防御力も上がっているし、俺は本来使うことの出来ない《隠蔽》スキルのボーナスまで付いている……

「凄いな、この黒いコート……貰っただけじゃ悪いな。なんか無いか……」

「別にそんなの良いって!」

 アリシャはそう言って首を振るが、何かお礼せねば俺の気が済まない。
……しかし、こんな時に限って俺のストレージには素材とポーションばかりしかない……

 いや、ストレージの奥底にあった。
アイテムを出してみると、《カミツレの髪飾り》という、一回限りのクエストで貰った報酬の筈なのに、何の効果も無いという奇妙なアイテムだ。
しかし、デザインはまあまあだし、元気なアリシャには似合うのではないか……

「だったらコレだ、お礼」

「可愛いじゃん! 貰って良いの?」

 どうやら、なかなかどうして高評価だったようだことに安堵し、胸をなで下ろした。

「もちろんだ、お礼なんだから」

「やった! ……へっへ~似合う?」

 夕日をバックに、《カミツレの髪飾り》をつけて笑うアリシャは……まあ、その、可愛かった。
 
 

 
後書き
さて、この走馬灯という名の過去編はいつまで続くのか。
それは自分にも分からない。

感想・アドバイス待ってます。 

 

第三十四話

「ショウキ、右の奴を蹴散らして!」

「分かった!」

 アリシャの指示は相変わらず的確で助かるが、流石に最前線のモンスターたちを相手しつつ、その住処から脱出となると厳しい戦況だというのが現実である。

 指示通りに、愛刀である日本刀《旋風》を右側の狼型モンスターに斬りつけると、一体をポリゴン片とすることに成功するが、まだ残り十体程が残っているのが見て取れる。

 今俺たち商人ギルド《COLORS》がやっているのは、草原に大量に集まった狼型モンスターの群れの、年老いた長が持っているというレアアイテムの入手依頼であった。
クラウドとヘルマン、リディアが囮となって、比較的身軽な俺とアリシャが巣穴にあるレアアイテムを取りに行くという段取りで、アリシャ発案の作戦はスタートした。

 作戦は思いのほか上手く成功し、年を老いすぎてまったく動かない狼型モンスターの長老から、目的であった《クライ・ウルフズ》という紋章型アイテムを奪取することに成功した……のだが。
長老が俺とアリシャのことに気づき、遠吠えを上げて仲間を呼び寄せて、俺たちは即座に幾多もの狼型モンスターに囲まれることとなった。

「……どうするアリシャ!?」

 ヘルマンたちも囮をやってくれている為に、彼らの援護は期待出来ない。
この巣穴の周りは崖で囲まれていて、ところどころに足場はありそうだが、崖を登っている間に、崖を巣穴にしている鳥型モンスターか、俺たちを包囲しつつある狼型モンスターに背後からやられることであろう。

 ならば正面突破……と行きたいところだが、狼型モンスターは続々と集合していて、少し難しい。

「時間を稼いで! わたしに考えがある!」

 そう言いながら、アリシャはアイテムストレージを操作し始めた。
何か考えやら仕込みがあるならば、それにのらせてもらおう……正面突破よりは楽だからな。

「てぇぇぇいっ!」

 俺とアリシャに近づきつつある狼型モンスターに向かって、日本刀《旋風》を斬り払う。
狙いはHPゲージを0にすることではなく、狼の足を狙って行動不能にすること。

 その狙いは的中し、狼型モンスターたちの動く手段をことごとく奪っていく。
だが、とにかく数が多すぎて、10匹目以降から足を斬った狼型モンスターたちの数を数えるのを止めた。

「まだかアリシャ!? こっちにも限界ってものがあるぞ!」

「……オッケーショウキ! わたしの手に捕まって!」

 アリシャの声が聞こえるや否や、最後に一発狼型モンスターたちを吹き飛ばす斬撃を行った後に、高速移動術《縮地》によってアリシャの横に即座に移動する。

「相変わらず便利よね、それ!」

「……やってるこっちは《ソードスキル》が羨ましいけどな……」

 アリシャには……いや、ギルド《COLORS》のみんなには、ソードスキルを使えないという旨の俺の事情は説明済みだ。
それほど彼ら彼女らのことは十二分に信用しており、今回もアリシャの脱出出来る作戦とやらを信じて、彼女の手をとった。

「飛べぇ!」

 アリシャが俺の手と繋がっていない方の手につかんでいたのは、少し太い糸……いわゆる、鋼糸と呼ばれるものに近いものだった。
それを引っ張ると……なんと俺たちは大地から足を離し、大空へ飛び立った。

 数え切れない程の数を誇る狼型モンスターも、所詮は狼でしかないために、空は飛べずに大地を駆けるしかない。
だが俺たちは飛翔し、狼たちの牙の届かないところへ飛んでいった。

 そのカラクリは……

「……鳥?」

 アリシャが糸の先に捕らえているのは、崖の中腹を巣穴にしている大型の鳥型モンスターである《ヴァーユ》。
非アクティブモンスターのようで、便乗して一緒に飛ばせてもらっている俺たちを一瞥しても、攻撃してくる様子はない。

「このまま崖の上まで飛ぶわよ!」

 アリシャの指示を聞いているというわけでも無いだろうが、《ヴァーユ》は甲高い鳴き声で一声いななくと一層スピードを上げ、俺たちを崖の上へと導いた。

「……よっと。ありがとねー!」

 ヴァーユと繋がった糸を手から離し、俺とアリシャは崖へと降りたった。

そして飛んでいくヴァーユに手を振って、アリシャは感謝の言葉を叫んでいた……モンスター相手に何言ってんだか、とは思うが、アリシャがやると何故だか絵になって似合う。

「よくもまあ、こんな方法考えついたもんだな」

「ふふふ、鍛え上げた《裁縫》スキルのなせる技よ。……だけど問題は……」

 得意げな顔で俺の疑問に微妙にズレた答えを返してくれるが、すぐさま表情が少し暗くなる。
……ああ、多分俺もお前が考えてる問題と同じこと考えてるさ。

「「どうやって降りるんだ(かしら)……」




 仕方がないので、俺たちが崖から脱出するために使った手段は、使うことで指定した街に移動することが出来る《転移結晶》だった。
値段が張るので、あまり使いたくはなかったのだが……あの崖を自力で降りるよりはマシだ。

 囮をやってくれていたヘルマンたちは、今は近くの宿屋をとってくれていることだろう。
……ギルド《COLORS》は本部という物はなく、色々な層を転々とする為に、近くの宿屋に泊まってそこが一日限りの本部になるのだ。

 話題が逸れたな。
俺たちが来たのは第二十六層《イリーガル》。
そこに出来た、新しい攻略ギルド《血盟騎士団》の仮設本部だった。

 《血盟騎士団》とは、初のユニークスキル使いとも言うべきプレイヤー、《ヒースクリフ》によって集められた新たなギルドであり、規模は小さいものの、メンバーがどいつもこいつも最前線で三日はダンジョンに籠もった後に生還出来るようなハイレベルの凄腕プレイヤーのため、先日の第二十五層の攻略によって半分壊滅状態にある《軍》に代わって攻略ギルドの中心となっているギルドであった。

「いやあ、いつもスミマセンなあアリシャはん!」

 ……そんな少数精鋭を地で行く血盟騎士団にもっとも似合わない男であろう、ギルドの経理担当の《ダイセン》と、俺とアリシャは話し合っていた。
狼型モンスターの素材と、目的であった紋章型アイテム《クライ・ウルフズ》の買い取りや交渉に来ているのだ。

「いやいや、コレがわたしたちの攻略の仕方ですから!」

 アリシャは商人系のスキルも上げている為に、ダイセンとの交渉はアリシャ頼みにするしかない。

 よって、俺は手持ちぶさたに椅子に座っておくしかないのだ……頼むから世間話を止めて、早く商談に入って早く終わらせてくれ……!

「相変わらず、可愛い髪飾りしてまんなあ」

「えへへ、お気に入りなんですよ〜」

 ……終わる気配を感じなかったので、お喋りに夢中になっている二人に気づかれないように、俺は静かに仮設本部のテントから外へと出た。

「まったく……ん?」

「おや、君は……」

 テントを出たところで、ちょうど人と会う。
ここにいる以上、血盟騎士団の人物であるのだろうが、血盟騎士団の制服は白い服に赤い十字が入った服ではなく、目の前にいた人物の服はそれを逆にしたような、赤い服に白い十字の銀髪の青年だった。

 《聖騎士》ヒースクリフ。
ユニークスキルを持った血盟騎士団リーダー、その人だった。

「君は確か……ショウキくん、だったかな?」

「へぇ……良く知ってるな」

 血盟騎士団は最近のお得意様であるが、アリシャはともかくとして俺まで覚えているとは……流石といったところか。

「フ……それぐらい当たり前だと言っておこう。それより、君はどうしてここに……なるほど」

 ダイセンとアリシャがいるテントの入り口をチラリと捲って見て、なんとなく俺がこうしている理由を察したらしい。

「こちらの団員がすまないな。……だが、ちょうど良いと言えばちょうど良いか」

 ヒースクリフはニヤリと謎めいた笑みを見せると、高速でシステムメニューを操作し始めた。
いきなりどうしたんだ、と問おうとしたが……ヒースクリフが何をしたかは、その数秒後に問うまでもなくなってしまった。
ギルド《COLORS》の入団試験(仮)の時と同じように、俺の近くに浮かぶデュエル申請メッセージ……相手は当然、目の前にいる人物である、血盟騎士団リーダー、《ヒースクリフ》だった。

「いきなり何の真似だ?」

「見ての通りだよ。私とデュエルをしないか、ショウキくん」

 ヒースクリフは目を細め、こちらを試すような、計るような挑発的な視線をこちらに送ってくる。

「質問の意味が違う。何でいきなり勝負を挑んでくるんだ?」

「おっと、これは失礼だったね」

 少しおどけたようなポーズをとった後、またもシステムメニューを操作してヒースクリフ自身の武器である、盾とその内側に収納されている剣……ユニークスキル《神聖剣》を取り出した。

「君と戦ってみたいという単純な興味だよ。なに、悪い話じゃない。君が勝てば、今回ギルド《COLORS》に払う代金は通常の倍にさせよう」

「……俺が負けた場合は?」

 ここで勝った場合ではなく、負けてしまう場合のことを考えてしまうのが人間の性というものだ。

「負けた場合……そうだな。君たちギルド《COLORS》は、全員血盟騎士団に入団してもらう、というのはどうかな?」

 ――ッ!?
ヒースクリフが発した条件に、圏内ということで案外緩く構えていた俺に電撃が走り、きちんと構えろと身体に警告がはいる。

 それはむしろ、俺が勝った場合に得られる報酬のような気がするほどのありえない条件。
血盟騎士団は、少数精鋭がウリの小規模ギルドであるのに、この条件は明らかに不自然である。

 ……負ける気がしないと思われているからば、心外だが。

「……おっと。誤解しないように言っておくが、これは別に君に負ける気がしないという理由ではない。君たちギルド《COLORS》の戦力はなかなかだからね、むしろギルドに勧誘したい」

 俺の心の内を読んだかのように、ヒースクリフは俺の疑問に答えてくれた。

 ……ここで俺がヒースクリフのデュエルを受け、勝った場合は今日の報酬は二倍となる……それだけのお金さえあれば、新しい装備や転移結晶を用意することで、依頼や攻略などがもっとずっと楽になるだろう。
だが、いくら団長であろうともそんな金を右から左に回せるわけがない為、どっちにせよ、ヒースクリフに負ける気はないのだろう。

 逆に、俺が負けてしまった場合には、俺たちギルド《COLORS》のメンバー全員が、血盟騎士団に入ることとなる。
しかし、元々俺たちの目的は間接的ながらも攻略なのだから、新進気鋭の攻略ギルドに入れて悪いわけがない。

 なら、俺が取るべき選択は――

「――こうするしかないな」

 俺の斜め上に浮かんだ、ヒースクリフから申請されたデュエル申請メッセージ……それを、迷わず俺は『NO』を押した。
デュエルが拒否された旨のシステムメッセージが表示され、ヒースクリフからのデュエル申請メッセージは消え去った。

「悪いけど、俺は今のギルド《COLORS》が好きなんだ。この条件じゃ、勝っても負けてもなんか変わるさ」

「なるほど……それならば仕方がないな」

 ヒースクリフは少し残念そうにしながら、活躍の機会がなかった《神聖剣》を自らのアイテムストレージにしまった。

「突然変なことを言ってすまなかったね。お詫びに、とっておきの情報を教えよう」

 ……とっておきの情報?
まさかユニークスキル《神聖剣》の取得方法……なんてことはありえないな。

「第十九層《ラーベルク》の小さな丘の上に、午後8時限定で隠しモンスターが出るらしい……行ってみることをお薦めしよう」

 そう言い残し、ヒースクリフはそもそもどこかに行く用事があったのだろう、どこかへ立ち去っていった。

 ……隠しモンスター。
通常のモンスターとは違って一度限りしか現れないこともあり、倒したときには、だいたいその希少性に見合ったレアアイテムを入手することが出来るのだ。

 ヒースクリフが何故そんな情報を俺に渡したのかは分からないが、この情報が本当ならば、行かないわけにはいかない。

つまり、だ。

「ナイスな展開じゃないか……!」

 知らず知らずの内に口癖を呟いてしまうが、テント内からアリシャとダイセンの商談はまだまだ続くような声が聞こえ、ついつい肩を落とした。
 
 

 
後書き
《走馬灯編》は後二回で終了予定です……いい加減本編進めないと……

※血盟騎士団本部について

アスナが一巻にて「本部は第三十九層の田舎町だった」という旨の発言を残していますが、作品の時系列の関係上や、いくら血盟騎士団であろうとも下積み時代はあるだろうということで、作中では血盟騎士団仮設本部ということとなっております。

 

 

第三十五話

 
前書き
随分遅れてしまいました 

 
「ったく、本当にんなとこに隠しボスがいんのかよショウキ?」

 あの時ヒースクリフから聞いた情報によると、隠しボスが現れるという、第十九層《ラーベルク》の非モンスター出現エリアの見晴らしの良い谷に着いた瞬間、クラウドはまず不満を漏らした。

「まあまあ良いじゃんクラウド! どうせ暇だったんだし!」

 確かに怪しい情報であることには変わりはないため、クラウドの言い分はもっともではあったのだが、底抜けに明るい声をだした我らがリーダーの声にかき消された。

「そういうことだ。いなかったらいなかったらで良いんじゃないか?」

 かくいう俺もアリシャと同意見なので、この隠しボス退治には何の文句も無かったのだが。

「月が綺麗だし、眺めは良いし、ただ来ただけでも私は文句ないわよ? ……それじゃあちょっと、不完全燃焼かもだけど?」

 その口では文句ないと言いつつ、まだ隠しボスが現れるかどうかも決まっていないにもかかわらず、愛用のチャクラムをビュンビュンと風を切りながら回すリディアにも文句がないよう……どころか殺る気充分だし、残り一名は、いつも通りに文句一つ言わずにただただ月を眺めていた。

「ヘルマンはなんかあるか?」

「……ない」

 一応聞いてみたところで、両手矛の眼帯青年は予想通りの答えが返ってきたことに若干落胆したが、ヒースクリフが俺に渡してくれた情報によると、そろそろ隠しボスがこの近くに現れる時間となっていた。

「わぁーったわぁーった、別にオレだって文句があるわけじゃねぇんだよ」

 他のメンバーには何も文句が無いのを受け取って、クラウドはアイテムストレージから意味もなく、《クイックチェンジ》による速攻で真紅の大剣を取りだして構えた。

 ――瞬間、クラウドは側面に吹き飛んでいった。

「……クラウド?」

 真紅の閃光となって転がっていったクラウドの代わりにその場に立っていたのは、見るからに硬そうな翼手を持つ、銀色の人型モンスターであった。
見ることで表示された名前は《The Damascus》……定冠詞付きはボスモンスターの証であり、そもそもここは通常のモンスターが出現しないエリアである。

 コイツが、ヒースクリフの情報に書いてあるボスモンスターのことだと理解するのに、さして時間はかからなかった。

「ヘルマンはクラウドを助けにいって! リディアさんはチャクラムで牽制、ショウキは前衛!」

 俺より早く状況を理解したアリシャが素早く指示を飛ばし、ヘルマンはクラウドが飛んでいった方向へ矢のように走っていった。

「不意打ちなんて……面白いことしてくれるわねぇ」

 リディアの手の中で二つの高速の輪が回転し、《The Damascus》を切り裂く為に縦横無尽に駆け抜けていった。
問題点としては、あまりにも縦横無尽すぎて、前衛であるはずの俺が上手く位置どりが出来ないのだが、その分起動は蛇のように曲がって予測不能。

「……ここだな」

 もちろん俺とて前衛の仕事をやらなくて良いはずがなく、二つのチャクラムと同時に日本刀《旋風》を、《The Damascus》の身体のなかでまだ柔らかそうな心臓部分に突き刺そうとした。

「なッ!?」

 結果的にはチャクラムとの同時攻撃は失敗に終わる。
二つのチャクラムに対して《The Damascus》がとった行動は、受け止めること……言うなれば、真剣白刃どりだった。

 チャクラム相手にそんなことが出来る芸当も見事だが、何よりも俺が驚いたのは、チャクラムを使って俺の日本刀《旋風》による攻撃を止めたこと。
《The Damascus》は、二つのチャクラムを使ってメリケンサックをつけたような状態になり、俺の攻撃を受け止めたのだ。

「嘘ぉ!?」

「ええい!」

 背後のアリシャと全く同じ感想だったために同じ声をあげたかったが、チャクラム型メリケンサックを操る《The Damascus》を相手にしている俺にそんな暇は無かった。

 ……大丈夫だ、相手は最前線のフロアボスモンスターではなく、ボスモンスターといえどもたかが第十九層の隠しボスモンスターなのだから。
それに、俺がここで負ければ武器が無いアリシャと武器を失ったリディアが《The Damascus》に襲われることとなる……そんなことをさせるわけにはいかない。

「せぇいっ!」

 《The Damascus》によるチャクラム型メリケンサックの連撃が止んだ隙を狙い、日本刀《旋風》によって人型である以上最優先に狙うべき目標である翼手部分を斬りつけた。

 ……だが、駄目……!
《The Damascus》の強靭な翼手には、日本刀《旋風》の攻撃は通じないどころか、攻撃した俺の手がむしろ痺れてしまう始末だった。

「リディアさん、早くショウキの援護っ!」

「了解~」

 リディアがアイテムストレージから予備のチャクラムを取りだし、両手でぐるぐると回し始め、その回転は徐々に早くなっていき、そのままリディアの両手から解き放たれた。

 俺が前衛にいるために先程と違って縦横無尽に駆け巡っていかず、直線軌道を高速で駆け抜けていった。
《The Damascus》はその軌道を見切れず、チャクラムは翼手に直撃するものの……切れ味ならば他の武器の追随を許さない日本刀が弾かれたのだ、チャクラムでは傷を与えられ無かった。

 そして、リディアの投げたチャクラムは持ち主の元へ戻っていき、《The Damascus》は俺を斬り結んでいた放置してバックステップによって距離をとった。
《The Damascus》の意図が分からない行動に、前進すべきか後退すべきか一瞬悩んだ間に、《The Damascus》はリディアから奪ったチャクラムを両手で回し始めた。

 あたかも、先程のリディアのように。

「……ッ!」

 リディアと全く同じ行動をした、《The Damascus》から放たれた―どうやら、あのボスモンスターは猿真似が出来るようだ――高速のチャクラムに、なんとか一個は斬り払ったものの、残り一個のチャクラムに片足を切り裂かれる。

「ショウキ! ……キャッ!」

 直線軌道を駆け抜けていったため、チャクラムは俺の背後にいたアリシャをも襲った。
どうやら、アリシャはかするだけですんだようだが、俺は少し深く足をやられてしまい、ポーションを口に含みながら《The Damascus》に戻っていくチャクラムを切り裂いた……リディアには悪いが。

 いい加減前衛が俺一人というのは荷が重いと考え始めた直後、思いが通じたのか《The Damascus》の側面から真紅の大剣と真紅の閃光が飛び込んできた。

「さっきは良くもやりやがったなこの鳥腕野郎ッ!」

 もちろん、飛び込んできた真紅の大剣と真紅の閃光はクラウドの使用する大剣とクラウド自身であり、完璧な不意打ちであったが、俺の日本刀《旋風》とリディアのチャクラムと同じように強靭な翼手によって弾かれてしまった。

「クラウドはそのまま攻撃して! ショウキはその逆側の腕に!」

 飛んできたアリシャの指示に対して、そんなことをしても《The Damascus》の翼手には効かない……と反論しようしたものの、即座に我らがリーダーの指示の意図を悟った為に、文句一つ言わずにただただクラウドとは逆側の翼手に対して斬り込んだ。

「バカか、見るからに効かねぇじゃねぇ「いいからやる!」……チィ!」


 ……クラウドは文句を言いつつも、最終的にはアリシャの指示に従って《The Damascus》の翼手に大剣を斬りつけた……というより、叩きつけた。
それと同時に、俺の日本刀《旋風》の斬撃が逆側の翼手を捉えたものの、俺の攻撃もクラウドの攻撃も、《The Damascus》にはまるで堪えた様子がなかった。

 だが、二方向からの攻撃に対して両手の翼手を使った為に、今の《The Damascus》は胴体部分ががら空きとなった……そこに、両手矛を片手で操る眼帯の青年が《The Damascus》の懐に飛び込んだ。

「……!」

 無口で無愛想だが、自分がやるべき仕事に対してのヘルマンの能率は、ギルド《COLORS》の中でもダントツで一位だ。
普段から目立とうとはしないが、本来はその名の通り両手用の装備である両手用を片手で扱える時点で、とてつもない筋力値の高さをうかがえる。

 かくしてヘルマンの両手矛が《The Damascus》の胴体部分に直撃し、《The Damascus》に始めてまともに技が入る。
技を放ったヘルマンの筋力値もあるだろうが、目に見えて《The Damascus》のHPゲージが減っていったことから、胴体部分が弱点である可能性が浮上する。

 そうと決まれば迷っている暇は無い、ギルド《COLORS》男メンバーによる《The Damascus》の胴体部分への一斉攻撃を開始する。
日本刀《旋風》による刺突、クラウドの真紅の大剣、ヘルマンの両手矛が一斉に《The Damascus》の胴体部分に集中してHPゲージを更に削るが、翼手に振り払われて俺たちも後退せざるを得なかった。

「ッシャア! ざまぁみやがれ!」

「危なっ! 気をつけてよ!」

 クラウドは会心の叫びと共に、俺たちがいるにも関わらず無意識に大剣を振り回す……ヘルマンが無言で止めたものの、大剣が目前で振り回されたのはちょっとした恐怖体験だった。

「ヘヘ、悪い悪い。だけどよ、あの野郎にかなりのダメージを与えてやったぜ!」

 クラウドが言うあの野郎……つまり、俺たちの一斉攻撃で弱点である胴体部分を集中攻撃された《The Damascus》のことだ。
その噂の《The Damascus》は、痛みに耐え抜くようにうずくまりながら肩で腕を押さえていて、何故か身体から水蒸気のような気体が放出されていた。


「…何かしらね、アレ」

 アリシャが疑問に思うのも当然だったが、ボスモンスター……それも隠しボスモンスターの行動など俺に分かるはずもない。

「ウダウダ考えてても仕方ねぇ、斬りかかんぞ!」

 自身の言葉通りにいちいち考えるのが苦手なクラウドが、武器をスピード重視の細剣に持ち替えてうずくまっている《The Damascus》に斬りかかっていく。

 だが、《The Damascus》はいつになく俊敏な動きで起き上がり、クラウドをその翼手の手刀でクラウドを迎撃した。

「――ッテェ!?」

 すっとんきょうな声を出してガードをするクラウドだが、スピード重視の細剣に持ち替えたことが仇となり、《The Damascus》の強靭な翼手を受けとめきれずに細剣が中程から折れ、手刀はクラウドに吸い込まれるように当たった。

 そしてクラウドを倒した後に、《The Damascus》は俺たち四人の方を見やると――俺と目が、あった。

「下がれ! アリシャ、リディア!」

 非戦闘員とアインクラッド唯一の遠距離武器を持つアリシャとリディアを下がらせ、俺とヘルマンで前衛に出て進行してくる《The Damascus》を止める。
身体からほとばしる水蒸気は健在で、出ていなかった先程とはスピードも攻撃の威力も違う。
「途中で強くなるなんて……面白いわねっ!」

 後方のリディアからの、援護射撃ならぬ援護チャクラムが《The Damascus》の弱点であるはずの胴体部分に直撃するが、《The Damascus》はまるで怯まない……HPゲージは削られているが。

「このっ!」

 負けじと日本刀《旋風》を振りかざすも、水蒸気をあげる前となんら変わることのない翼手に弾かれる……横のヘルマンも同様のようだった。

 しかし、《The Damascus》も人型である以上腕は二本。

「得意になってんなよっ!」

 先程単独で向かっていき、手刀でやられていたクラウドの背後からの一撃。
しかも、無数の武器を操る彼の切り札たる真紅の薙刀だった。

 だが、クラウドの背後からの完璧な不意打ちは決まることはなく、《The Damascus》のいわゆる回転切りのような動作に俺、クラウド、ヘルマンの三人は三人とも翼手によって吹き飛ばされてしまう。
ヘルマンは両手矛でなんとか防いだようだが、俺とクラウド……特にクラウドはもろに当たり、結構なダメージをもらってしまう。

 そして、《The Damascus》は唯一翼手による回転切りを防いだヘルマンに標的をあわせるかと思いきや、どこかから鳴った笛の音を聞くや否や、その笛の音の方へ走っていった。

 その笛の音の主は――アリシャ。
彼女が奏でる角笛の音色であり、モンスターを引きつける効果を持っているのだが、武器を持たない彼女が使うことは自殺行為以外の何者でもないだろう。

 アリシャの近くにリディアはいるが、彼女の武器はチャクラムという遠距離武器であり、牽制にもならないのは先程証明済みだ。

「逃げろアリシャ!」

 しかし俺の声が届いていないのか、アリシャは構わず角笛を奏で続け、素早くなった《The Damascus》は即座にアリシャの元へ近づいた……が、それだけだった。

 いや、正確にはアリシャの元へ近づく前にいきなり《The Damascus》が転んだのだ……足下に何重にも張り巡らされた、硬い糸によって。

「作戦成功! リディアさんやっちゃって!」

 アリシャは明らかに裁縫スキルコンプリートの使い道を間違っていたが、そのおかげで《The Damascus》の動きを一時止められたのだ、良しとしよう。
しかし、素早くなった《The Damascus》もさるものではなく、つまずいた状態からすぐに起き上がった。

 《The Damascus》が起き上がるのを、今か今かと待ち構えているような女性が近くにいることは、不運だったが。

「あんまり、コッチは好きじゃないんだけどっ!」

 投擲武器《チャクラム》のスキルの習得には、《投剣》スキルと《体術》スキルがある程度ないと不可能だ。
ギルド《COLORS》のチャクラム使いの彼女は、その《体術》スキルをある程度どころかコンプリートしているのに、良くわからない理由で使いたがらない。

 そんな訳ありの一撃を、《The Damascus》は弱点である胴体部分にくらうこととなった。
その結果、まったく怯むことのなかった《The Damascus》が少し空中に浮いて、怯むとか怯まないとかそういうのはまったく関係ない次元に突入していた。

「《縮地》……そしてリディア、スイッチ!」

 このチャンスを逃す意味はまったくもってない。
普通ならば間に合わない距離にいたものの、《縮地》によっての高速移動からのリディアとのスイッチによって空中に少し浮かんだ《The Damascus》の目前につく。

 《The Damascus》との距離はまさしく零距離。
上半身のバネを限界まで回し……一気に日本刀《旋風》を振りかぶる!

「斬撃術《朔望月》!」

 上半身のバネをフルに活用して放つ斬撃術ということで、零距離限定であるのにもかかわらず隙があるという矛盾した技である斬撃術《朔望月》ではあるが、その分決まった時の威力は目を見張るものがある。

 その証拠に……ほら、《The Damascus》が真っ二つだろう?
 
 

 
後書き
変な終わり方ですが、ちょっと予定より長くなってしまったことによる弊害です。
それと、次回で過去編は終了となります。

では、また次回に。 

 

第番外話

 とある日の早朝、まだ店として開いていないリズの家でコーヒーを飲みつつ、とあるプリントを眺めていた。
本来自分は日本茶派だが、リズに勧められて彼女のコーヒーを飲んでみたところなかなかどうして美味しく、リズの家でコーヒーを飲むことが最近のマイブームになりつつある。
今度、アスナから材料を聞いて、少し上げている料理スキルで作って見ても良いかもしれない……と、話がズレたな。

 俺が今眺めているプリントは、今、アインクラッド中に流れている噂の中心となっているモノだ。

「何見てるの……って、コレって噂のアレじゃない?」

 開店準備が完了し、あとは始業時間が来るのを待つのみとなった、この《リズベット武具店》の店長、リズが後ろから俺が眺めていたプリントを覗き見る。

「ああ、あのヒースクリフからのクエストさ」

 コーヒーを近くの机に置いておき、リズにも見えるようにプリントを開く。

【十一月二十五日、第七十五層主街区《コリニア》の円形競技場においてバトル・ロワイアルを開催する。第三位までの賞品・賞金あり、詳細及び申し込みは血盟騎士団本部まで。締め切りは十一月二十日。諸君の健闘を祈る Heathcliff】

 ……といった内容の、クエスト依頼がアインクラッド中に張り出されたのは、もう一週間ほど前になるか。
プレイヤーからの依頼、というのは、傭兵をやっている自分からしてみればあまり珍しくは無いものの、あのアインクラッド最強と名高い《聖騎士》ヒースクリフからの依頼となると、アインクラッド中の噂となるのも当然と言えよう。

 『優勝したら《神聖剣》のスキルを教えてもらえる』
『血盟騎士団に入団させられる』
『ヒースクリフは実は黒幕で、集まった人は皆殺しにされる』
『90層にワープさせられる』
……などなどの噂が、まことしやかに囁かれている……一部はツッコミさえ忘れたくなるような内容だが。

「この前のお客さんも、なんか出るって張りきってたわねぇ……ショウキは出るの? あんたなら結構、良いところまでいくんじゃない?」

 メニューを操作してアスナおすすめの新作エプロンドレスを着け、近くの机にあったコーヒーを飲みつつリズが聞いてくる。

「ああ、出るつもりさ……てかリズ、そのコーヒー俺が飲んでた奴」

 コーヒーを横取りしたリズに対し、俺が飲んでたのに、と若干恨みがましい目線を向けてみたところ、数秒後にリズは顔を真っ赤にし、コーヒーを机の上に置いて咳き込み始めた。

「……いきなり大丈夫か?」

 フルダイブ空間である、この浮遊城アインクラッドで効くかは分からないが、とりあえずリズの背中をさすっておく。

「だ、だってあんた、間接とはいえキ、キキキキキ……」

 最初はあまり落ち着いておらずに同じ言葉を吐き続けるリズだったが、背中をさすっている俺の反応を見ると、しだいに落ち着いて来たようだ。

「もう良いわ……あんたが何も感じてないのがショックだけど……」

 まさかフルダイブ空間に来てまで通じるとは、酷く咳き込んだ時の世界共通の対処方法たる背中さすり万歳。
まさか、茅場がわざわざ設定したのだろうか……?

「……落ち着けあたし……そういえばさ、ショウキはなんで、このバトルロイヤルに出るの?」

「……まあ、賞品が気になったからかな。ヒースクリフは何考えてるかわからないぶん、結構気になる」

 言ってしまえば知的好奇心だ、と言葉の最後に繋げると、昨日になってまた新しく配布された、新情報が書いてある方のプリントを広げた。

 【バトル・ロワイアルへの諸君の多数のエントリーに感謝する。戦闘は半減決着モードで行われるが、死亡者を出す可能性を極力減らすため、最高レベル帯の以外の者のエントリーは認めないこととした。結果、バトル・ロワイアルへの参加人数は十二人となる】

 ……俺は最高レベル帯ではないどころか、そもそも自分の詳細なレベルさえ不明なのだが……まあ、この参加証明証代わりになる《エントリーカード》を血盟騎士団の連中から貰ったのだ、ヒースクリフが何かしたのかは知らないが、とにかく俺の参加は認められたのだろう。

 だったらそれで良い、と思うことにして、次の詳細なルールに目を通すことにした。

 《規則》
 一、回復結晶、転移結晶の使用を禁ずる。解毒結晶二つ以上の使用を禁ずる。解毒結晶二つ以上の使用、又は回復結晶及び転移結晶のいずれかの使用が認められた場合、使用対象を敗戦扱いとする。ポーションの使用は制限しない。
 二、HP半減を以ってプレイヤーの敗戦とする。HPが半減したプレイヤーは速やかに競技場を後にすること。HP半減を告げるアナウンスを無視し30秒以上競技場内にとどまった場合、棄権扱いとする。
 三、隠蔽(ハイディング)スキルの使用を認める。
 四、使い魔の参加を認める。
 五、試合は二段階で行われる。A~Dの各ブロックでの対戦の優勝者が決勝戦の参加権を持つ。
 六、決勝戦で最後までHPを半分以上保っていたプレイヤーを優勝とする。
 七、賞品及び賞金の権利は決勝戦参加者のみに与えられる。決勝戦に参加しなかったプレイヤーは賞品・賞金を受け取ることはできない。
 八、本来ソードアート・オンラインでは多人数参加の試合は定義されていない。また、規則にもとづいて失格者は即座に敗戦扱いとする必要があるため、普通のデュエルは利用できない。よって今回は特殊な方法を用いることとなった。プレイヤーは当日会場で発表される方法に従ってデュエルを受諾し試合を行うこと。デュエル申請を拒んだ場合、棄権扱いとする。
※規則の追加・変更はあり得る。

 ……なるほど、なんら変なところはなく、奇をてらっていないただのバトルロイヤルと言ったところか。

 SAOのデュエルにはバトルロイヤルなんてものは無かったと思うが、あのマニュアルを全文暗記しているアスナに、もはや開発書まで暗記していると言っても過言ではないヒースクリフがいるギルドだ、何かしらあるのかもしれん……というか、あるから開いてるんだろうしな。

 転移結晶と回復結晶をリズに預ければ、あとはいつもの装備で全く構わないだろう……ああ、ちょっとポーションは買っとくか。

「本当にただのバトルロイヤルね……回復結晶と転移結晶はあたしが預かっておいてあげるけど、対戦相手ってどんな人たち?」

 背後からザッと目を通したリズが、だいたい俺と同じ感想であったことが少しおかしくてクスリと笑いつつ、アイテムストレージから新しいプリントを取りだした。

  《対戦表》
 Aブロック:アイリア/ジンガ/コーバッツ
 Bブロック:ホーク/エギル/ユカ
 Cブロック:マルバ/ミズキ/クライン
 Dブロック:キリト/ショウキ/イツキ


 ……前出の通りA~Dブロックに別れた、各四人で形成されたグループだった。

「手の内まで知ってるのは……Bのエギル、Cのクライン、俺と同じDのキリト、ってとこか」

 それ以外は全く知らないか、あまり知らない人物に分けられる。
Bブロックの《ホーク》という名前は一度アルゴから聞いたことがあったが、深く訊こうと思ったのだが、その時には既にアルゴは指を二本立ててきていたために、金を払ってまで知りたくはない、と諦めたことを覚えている。

「あ、マルバ出るんだ」

「……マルバ?」

 リズのふとした呟きに、ついついオウム返しで返してしまう。
Cブロックに出ている、《マルバ》という名前のプレイヤーと知り合いなのだろうか。

「ああ、ウチのお得意さんなのよ」

 リズが指すウチということなのだから、この鍛冶屋である《リズベット武具店》のお得意さん、ということか……武器種などを聞くのは公平さに欠けるから止めておこう。

 それより問題なのは、俺と同じDブロックに名前を連ねている《キリト》の存在だった。
キリトなら出て来るかも、などと考えてはいたが、まさか初戦にあたるとは思っても見なかった。

「なあに、これぐらいの番狂わせがないと面白くないか」

「ふふ、当日は応援ぐらい行ってあげるから、あんたも頑張りなさいよね!」

「任せろ、リズの応援があれば優勝確実さ」

 リズからの、軽口ながらもしっかりとした彼女らしい激励の言葉と肩たたきに、こちらも軽口の応酬で返していく。
……もちろん、やるからには当然だがバトルロイヤルの優勝を目指すつもりをではある。
「ナイスな展開に、なりそうじゃないか……!」

 この後にまた、俺がついつい机の上のコーヒーを飲んでしまい、顔を赤くしたリズと一悶着あったのだが……まあ、語る意味はないだろう。
 
 

 
後書き
少し過去編をスルーして、ちょっと番外話を掲載することとなりました。
マルバさん主催のコラボ企画、バトルロイヤルについての説明話です。

ショウキの参戦をお願いしたので、どうせなら番外話として投稿しようと思いまして……

より詳しい情報やバトルロイヤル自体は、マルバさんの作品である【ソードアート・オンライン、もう一人の主人公の物語】をご覧ください。
そしてお読みください、面白いです。

ではまた。 

 

第三十六話

 
前書き
気がついたらかなり更新が遅れていましたね、すいません。 

 
 第十九層に現れた隠しボス、《The Damascus》を、生きているモンスターからただのデータの羅列にしてやった後、俺たち《COLORS》はというと、「疲れた」という一部の全身真っ赤な人物を主導としての意見から、主街区には戻らず、このモンスター非出現エリアで野外キャンプを行うこととなった……まあ、たまには良いだろう。

「食った食った……」

「食べた食べた~」

 腹が一杯になったアリシャとクラウドの満面の笑みを見ていると、後片付けをしているこちらまで、ちょっとした笑みが伝染していた。

「……アリシャ」

 そこを、笑みなど知らないかと言うような仏頂面のヘルマンが近づいていった……いや、仏頂面なのはヘルマンにとってはいつものことだが、今回はいつにも増して、なんだか真剣な表情であった。

「……《索敵》スキルにプレイヤーが反応した。……反応はオレンジだ」

「え、ホント? ……うわ、ホントだ」

 ギルド《COLORS》のメンバーで、《索敵》スキルを上げているのはアリシャとクラウドのみであり、念のために《索敵》用のレーダーを見ていたクラウドが、遠くにいたオレンジ色の光点を発見したというわけだ。

 近くにいたヘルマンの《索敵》用のレーダーのようなものを覗き込むと、確かに少し離れているところで、オレンジプレイヤーを示すオレンジ色の光点が二つほど輝いていた。

 そしてその光点は、心なしか俺たちのキャンプ場に近づいて来ているようにも見える。

「どうする、アリシャ?」

「……《転移結晶》は前に使っちゃって少ししか残ってないし、逃げようにも辺りは森か崖だし……戦うしかないわね」

 俺たち商人ギルド《COLORS》とて、当然オレンジギルドとの戦闘経験は、豊富とは言わないがそれなりにはある。
アリシャの裁縫スキルによる糸があるために、オレンジプレイヤーを拿捕するのは意外と簡単なのだ。

 そんな俺たちには、今近づいて来ている、たかが二人程度のオレンジプレイヤーたちがどれだけ腕自慢であろうとも捕まえられる自信はあったため、アリシャの提案は最良だった。

 ――そう、その時はそう思っていた。

「うっし! それなら森の中とかで待ち伏せしようぜ!」

 森などのフィールドに入れば、隠蔽スキルを持っていないプレイヤーでも一時的には隠蔽スキルのようなものが働くというボーナスがあるにはあるが、クラウドの真っ赤な服はそれの許容範囲外であろう。
だが、クラウドはそんなことはつゆ知らず、普段はあまりやることがない待ち伏せという状況に、嬉々として木々が生い茂る森の方へと向かった。

 ――止めろ、行くな。

「……?」

 なんだかクラウドが向かおうとしている林に違和感を感じ、近くにいるヘルマンの索敵用レーザーを覗き見るが、違和感を感じた場所には何の反応も示されない。

 気のせいか、と自身の違和感に当たりをつけて、自身もどこか待ち伏せに有効な場所を捜そうと辺りを見回し始め……

 ――ダメだ、気のせいじゃない。

 ……突然違和感のあった場所から、今までに感じたこともない殺気が噴出されたことに、俺のシステム外スキル《気配探知》は鋭敏に捉えた。

「止まれクラウド!」

 ――呼ぶな!

 その鋭い殺気からは、何だか嫌な予感がしたために、違和感がある場所へと向かうクラウドを呼び止める。
別段、俺とクラウドは離れた距離でもないので、クラウドは足を止めて怪訝な顔をして俺の方を振り向いた。

「んだよショウ……え?」

 振り向いたクラウドの左胸……いわゆる心臓と呼ばれる場所から、その真紅の服装から飛び出たように銀色の刃が現れた。

 ……有り体に言ってしまえば、クラウドの心臓に、背後から包丁のような刃が突き刺さっていた。

「おいおい何だよコレ――」

 そしてクラウドは何の断末魔も発することはなく、HPゲージが0になってしまったことにより、身体をポリゴン片に四散させ……消滅した。
このアインクラッドというデスゲームの舞台から……いや、今ごろはこの現実世界からも……あまりにも呆気なく、あまりにも簡単に、クラウドという人間は消滅した。

「One Shot killとはな。ステータス通り、niceな剣じゃないか」

 クラウドの背後であった場所から、マントのような物が剥がれ落ち……おそらく、隠蔽スキルを底上げするようなアイテムであるのだろう……クラウドを刺した包丁を持った、ポンチョ姿の男が姿を現した。

 フードを被ってはいるが、伺いしれる顔には愉悦の笑みが浮かび上がっており、その人物はニヤリと、本当に楽しそうに……笑っていた。

「お前ぇぇぇぇぇぇッ!」

 クラウドが殺されたことのショックによる何秒……いや、何分だったかも知れない硬直時間が終わり、ポンチョ姿の男への殺意が湧き上がってくる。
叫びながらも、脳内でその目の前の人物の名前を検索すると、外見の特徴や喋り方が、有名なオレンジプレイヤー《Poh》ど照合した。

 即座に飛びつこうと思ったところ、俺の側面にいたヘルマンが先に動き、目の前のPohへとその両手矛を突き刺した。

「Hey、なかなかやるじゃないか?」

 しかし相手であるPohもただ者ではなく、ヘルマンの突きをなんなくその包丁でかわし、反撃に出て行く。

「ヘルマン、加勢……」

「ショウキ! 向こうの二人が凄い勢いでこっち来てるわ!」

 このギルド《COLORS》において、《索敵》スキルを持ったもう一人の人物であるアリシャの声が俺に向かって響く。
アリシャは基本的には非戦闘員であるし、リディアもその武器種からあまりオレンジプレイヤーとの戦闘に……というか前衛に向く人物ではない。

「……解った、俺が行くッ!」

 言外ではあったがアリシャからの指示を受け取り、Pohはクラウドに任せて俺は二人のオレンジプレイヤーへと向かうこととなった。



 ……アリシャとヘルマンの《索敵》スキルに反応したのはたかが二人のオレンジプレイヤー……先程の、隠蔽スキルを底上げするマントのような者があれば話は別であるが、あんなレアアイテムであろうアイテムが何個もあるとは思えないし、戦闘中の今ならば、隠蔽スキルが働いていようとも探知出来る自信があった。

 そのまま走っていると、暗闇の向こうから二名の走ってくる人影が見えてくる。
予想よりも接敵が速かったものの、こちらは全力疾走で、あちらも全力疾走なのだからこうなるのは当たり前だった。


 さっさと倒して、さっさとヘルマンの加勢に向かう……!
じりじりと俺の心を焦がしていくような焦りを覚えたが、その焦りの心のままに相応しい技を選出する。

「抜刀術《立待月》!」

 自身も高速で移動しながら、敵には更に高速の抜刀術を叩き込むという技である抜刀術《立待月》。
本来ならば《縮地》と併用しながら使う技であるのだが、今まで全力疾走してきたおかげで、スピードは《縮地》以上であるために、使わなくても助走は充分だ……!

「のわッ!」

 走ってきた俺が見えたために、待ち構えようとしていたオレンジプレイヤーの一人である大男に直撃し、そのHPゲージを大幅に削る。

「せぇぇいッ!」

 大男が大量のダメージを負ったところにすかさず追撃の斬撃を放ち、その手に持った武器であるバトルアックスごとその大きい身体を切り裂き、HPゲージがこれ以上削れないという程に削る。

 大男でない方のオレンジプレイヤーの片割れである、ドクロのような仮面を付けた男の放ったエストックを避け、後ろに下がって少し距離をとる。

 不意打ちとしてはこれ以上ないという程の成功だったが、大男のオレンジプレイヤーのHPゲージを少し削りすぎてしまった。
これでは、アリシャから預かっている捕縛用の糸を絡ませただけで、大男のHPを全損させることになってしまう。

 まあそんなHPなのだから、あのプレイヤーもすぐに回復用ポーションを使うことになるだろうから、さしたる問題点ではない……と、思ったのだが。

「やってくれんじゃねぇかぁぁぁッ!?」

 なんと大男は激昂の叫びを上げると共に、アイテムストレージから予備のバトルアックスを取りだしたかと思えば、回復用ポーションも飲まずに俺に斬りかかってきた!

「なっ……!」

 大男が起こした予想外の行動に反応が数秒遅れるが、幸いなことに大男は無理に重い武器を持っているようで、太刀筋は遅かったために日本刀《旋風》による防御が間に合った……が、その外見に応じてバトルアックスの重さはなかなかのものであり、ずっと支えることは難しそうだ。

 ならば取るべき行動は一つであり、上からのしかかって来ているバトルアックスを一瞬押し上げた後、日本刀《旋風》でバトルアックスの側面を叩いて地面に叩きつけさせ、その隙を突いて武器を持っている大男に手痛いカウンターを喰らわせること……実行は不可能ではないどころか、百パーセント成功するぐらい容易いことだ。

 だが、そんなことをすれば確実に、それこそ百パーセントの確率で目の前の大男はクラウドと同じように……その身体をポリゴン片と化し、この浮遊城と現実から死んでしまうこととなる。

 俺にはそんなことは、出来やしない……!

「死ねヤァァァ!」

 HPゲージがもはや赤ゲージであるというのに、なんでこのオレンジプレイヤーは俺に攻撃してくるのか理解出来ない……!

 しかし、俺と大男のこの硬直時間は長くは続かなかった……いや、元々続くはずがないのだ。
横にいたもう一人のオレンジプレイヤーのドクロ仮面が、その手に持っているエストックで、両手と日本刀《旋風》を上からのバトルアックスに防御に回しているために、むき出しの胴体を……いや、むき出しの心臓を狙っているからだ。

 日本刀《旋風》を防御に回せば、あのドクロ仮面のエストックは防ぐことが可能だ……だが、目の前の大男は確実に死ぬだろう。
しかしこのまま、ドクロ仮面の怪しげな光を放っているエストックに当たり続けていれば……当然、俺が死ぬ。

 俺が思考のループにハマりながら考えている間にも、ドクロ仮面のエストックは着実に俺の心臓へと迫って――

「くそぉぉぉッ!」

 俺は、バトルアックスに抑えられていた日本刀《旋風》を上方へ押し上げることで、一瞬だけ俺と日本刀《旋風》を解放させ、再び振り下ろされる前に俺と同じく大男の胴体に斬撃を入れ、そのままの勢いで迫って来ていたエストックをガードした。

「……あ?」

 ……そして、最期に大男の呆けたような声が聞こえた後……大男は、ポリゴン片となって消滅した。

 ……殺してしまった……!

「不様、だな、お前」

 俺がそのポリゴン片を見まいとしている時、エストックを構えたドクロ仮面からくぐもった声がかかってきた。

「不様、だと……!?」

「お前は、ただ、『死』の、恐怖に負けた、だけだ。俺たち、《レッドプレイヤー》には、及ばない」

 犯罪者を示すオレンジプレイヤーではなく、何故かこのドクロ仮面は《レッドプレイヤー》と名乗ってきた……その意味は解らないが、これ以上コイツと会話する意味がないということは解った……!

 力づくでドクロ仮面を引き離そうとするが、日本刀《旋風》を押し込む前にドクロ仮面は後方へとステップして離れていった……結果的には狙い通りなので気を取り直して日本刀《旋風》を鞘にしまう。

「先程の、妙な技を、使う気、か」

 俺が日本刀《旋風》を鞘にしまったことで、出会い頭での奇襲攻撃に使用した抜刀術《立待月》を警戒したのだろう、ドクロ仮面はエストックを構え直して防御の構えを取った。

「……《縮地》!」

 だが、俺が狙っているのは抜刀術《立待月》ではないどころか、日本刀《旋風》による斬撃ですらない。
《縮地》による高速移動により、ドクロ仮面が俺を視界から見失って戸惑っている隙を突き、そのままドクロ仮面の横を駆け抜ける……置き土産を置いておきながら。

「なっ……!?」

 ドクロ仮面のところに置いてきた置き土産の正体とは、アリシャから預かっている捕縛用の糸であり、ドクロ仮面の身体に引っかけてきた。
引っかかった糸の片割れは《縮地》によって高速移動をしている俺が持っており、自ずと引っかかったドクロ仮面は俺の高速移動に引っ張られることとなり、そのまま近くの大木に背中から直撃した。

「――ぐ、はっ……?」

 そのまま俺はそのドクロ仮面を打ちつけた大木を中心にぐるぐる回って糸を結びつけ、結果として、アリシャの捕縛用の糸でドクロ仮面を大木にくくりつけた。

「……じゃあな」

 トドメに麻痺を付与させるナイフを肩に刺したところで、もはや会話をする気にもなれずにその場から立ち去った。



 アインクラッドに来てから、今までにないぐらいの速さで元来た道を戻って行く。
正直認めたくはないが、俺たちギルド《COLORS》において最強なのは、今まさにPohと戦っている筈のヘルマンであるのだ……負けるとは全く思えないが、胸を切り裂かんばかりの不安感が俺を襲っていた。

「どこだ……?」

「something one is looking for?」

 背後から、日常的にはあまり聞かない英語が聞こえたことにより、ついつい振り向いてしまう……先程の英語が、『探し物』を意味する言葉だということには、振り向いてから気づいたのは不覚だった。

 背後に振り向いた俺に何か長い物が投げかけられ、反射的にキャッチしてしまう。
そのまま腕を見て、何をキャッチしたか確かめると……俺の思考はそのままフリーズした。

 認めたくないけれど……夢ならば醒めて欲しいけれど。
俺の眼は間違わずに、キャッチした物が何かを確かめた。

 ――ヘルマンの、両手矛。

 それを投げてきたのは、暗闇の向こうから歩いてきたポンチョ姿の――持っているのは鎌ではなく包丁だったけれど――死神だった。
 
 

 
後書き
……鬱展開って難しいですね、書ける気がしません。

いい感じに話が切れるところだったので前後編にしましたが……それにしても、過去編のショウキは実力もメンタルも弱めですね。
速く現在に戻ってやりたいところですw


それと、明後日あたりからテスト期間なので、更新が遅れます。

では、感想・アドバイス待ってます。 

 

第三十七話

 俺の手の中にあったヘルマンの両手矛が、まるで、寡黙だった主人のように音をたてずにポリゴン片となって砕け散っていく……その主人も、このように死んでいってしまったのだろうか。

 その気になれば、システムメニューから《フレンドの一覧》を選ぶことによって、そこに表示されている人物の名前の色がグレーであるかそうでないかを確認するだけで、ヘルマンや姿が見えないアリシャとリディアの存命を確認することが出来るのだが……俺には、システムを表示させる右手を動かすことが出来なかった。

 怖くて
 恐くて
 恐ろしくて
 怖ろしくて

「Hey.どうした? 仲間のvengeanceをするところじゃないのか?」

 目の前の包丁を持った死神が、とても楽しそうに笑いかけてくるのを見て、本能的に……クラウドもヘルマンも、本当に死んでいってしまったのだと認識せざるを得なかった。

 ならば、この死神に対してやることは一つしかない。

「抜刀術《十六夜》!」

 一足飛びでボンチョ姿の死神……いや、死神などという曖昧な存在で呼ぶのは止めておこう。
あのドクロ仮面の言葉を借りるならば、《レッドプレイヤー》のPohに対して即座に飛び込み、反応する前にその胴体へと抜刀術《十六夜》を叩き込んだ。

 絶対に不可避のタイミングで放った、高速の抜刀術《十六夜だったが、俺の行動を全て読んでいたかのように、Pohはやすやすと避けて見せた。

 目の前の包丁を持った死神が、とても楽しそうに笑いかけてくるのを見て、本能的に……クラウドもヘルマンも、本当に死んでいってしまったのだと認識せざるを得なかった。

 ならば、この死神に対してやることは一つしかない。

「抜刀術《十六夜》!」

 一足飛びでボンチョ姿の死神……いや、死神などという曖昧な存在で呼ぶのは止めておこう。
あのドクロ仮面の言葉を借りるならば、《レッドプレイヤー》のPohに対して即座に飛び込み、反応する前にその胴体へと抜刀術《十六夜》を叩き込んだ。

 絶対に不可避のタイミングで放った、高速の抜刀術《十六夜だったが、俺の行動を全て読んでいたかのように、Pohはやすやすと避けて見せた。

「シャァァァッ!」

 Pohによる、鋭い叫びと共に俺の首筋へと放たれた包丁が俺の首をかっ斬る前に、なんとかしゃがんで第一撃を避けるものの、そのままの勢いで振り下ろされた包丁に、肩が深く斬り込まれてしまう。

「くっ……!」

 肩に深く刺さる包丁によって、俺の視界の隅に移るHPゲージがどんどん減っていき、これ以上減らされるわけにはいかない、と日本刀《旋風》に力を込めたものの、俺が日本刀《旋風》を振るう前に既にPohは俺から距離をとっていた。

 ――強い。

 ギルド《COLORS》に入る前は第一層の人里離れた場所にいて、入った後はアリシャの指揮のもとパーティープレイしかしていなかったため、そもそも一対一の対人戦に慣れていないというのもあるが、今、目の前にいるPohというプレイヤーは、第一層で自分を助けてくれたキリトのような凄腕のプレイヤーであり……間違いなく、今まで戦った敵の中で一番の強敵だった。

 今のまま自分一人、正攻法で戦っていては遅からず負けることになるだろう、と自ずと直感が告げているが、だからといって、クラウドにヘルマンの仇を目の前にしてただでやられるわけにはいかない……いくら凄腕であろうとも、こちらにはまだ隠し玉が存在している……!

 すなわち、このゲームのプレイヤーの挙動には本来は存在しないであろう、俺のシステム外スキル……《縮地》。
初動からトップスピードで移動し、相手の死角に潜り込むことで、相手からは『消えた』と誤認させることも可能な高速移動術であり、初見で反応される確率は0パーセントに近い……筈なのだが、どうしてだか自分にも解らないが、言いようにない悪寒が襲っていて、俺に《縮地》の使用を少し躊躇わせていた。

「来ないんならコッチから行くぜ?」

 Pohも俺が何かしようとしていることを察したのだろう、モンスターなど比にならないほどの速さで、俺の胴体部分に接近し、日本刀《旋風》が苦手な零距離での乱舞を展開してきた。

「このッ!」

 負けじと日本刀《旋風》を振りかぶった俺ではあったが、自分たちが使っている武器の零距離での相性上、徐々にPohの方に圧され始めてしまい、もはや俺のHPゲージがオレンジの域にまで達しているほどであった。

 ――もはや四の五の行っている場合では全くない。

 システムのアシストがあったとしても、人が行っている以上は乱撃と乱撃との間には、寸暇と呼ばれるような一瞬の隙が、必ずどこかに存在するものであり、Pohのその隙を突き、なんとか一呼吸置ける距離までバックステップをとる。

「……《縮地》!」

 一呼吸置ける距離と言っても、いったん離れて休憩するためとかそういうことでは全くなく、《縮地》による移動の為である。
未だに連続では二回しか不可な為に、これでこの戦闘中の《縮地》の使用回数は半分となってしまったわけだが、この一回でPohのHPゲージを全損させる……とまではいかなくとも、奴の包丁、もしくは包丁を持った腕を使用不能に出来ればお釣りが来る。

「vanish……!?」

 英語で呟かれたためにPohが何を言っているかは解らないが、俺が目の前でいきなり消えた(ように見えた)せいで、混乱しているというのは解る。

「もらったあッ!」

 俺が《縮地》によって移動した地点は、Pohが右手に持っている包丁を破壊するために右側面という場所であった。

 これで絶対に包丁、もしくは包丁を持っている右手を行動不能に出来ると、日本刀《旋風》を振るいながら確信した……のだが、Pohは俺の予測を遥かに超える、それこそ人間には似つかわしくない本能的な動作で、俺の日本刀《旋風》をその手に持った包丁で正確にガードしていた。

 このアインクラッドにおいては、自身は多用しているものの、本来は武器破壊というのは狙っていないとほぼ不可能なことだと設定されている。
何故なら、自身が使う武器の強度や、相手が使う武器の強度、武器の耐久力、そして武器破壊のために当てる場所など様々なことがかみ合ってきてしまうからだ。

 Pohの人間離れした反応によるガードで、俺の狙いだった武器破壊、あるいは利き手にダメージを与えるという目論見は、二つとも失敗してしまい、ただ《縮地》の使用が無駄になっただけで終わってしまった。

「武器破壊、か……an exampleを見せてやるよ」

 ニヤリと口の端を吊り上げるように笑ったPohは、まずはガードした俺の日本刀《旋風》を切り上げた後に即座に体制を整え、今度はこちらの番だとばかりに包丁を俺めがけて斬りはなった。

 だが、奴が体制を整える隙があるということは、当然俺にもその体制を整える隙があるということとなり、Pohの包丁と俺の間に滑りこませるように日本刀《旋風》を入れることによって、何とかその凶刃を受け止める。

 ……待てよ? さっきアイツは、英語で何て言った……?

 先程言っていたのはそう難しい単語ではなく、日本刀《旋風》で包丁を受け止めながら脳内で日本語に翻訳する……そして、この攻撃を日本刀《旋風》で受け止めることこそが一番の下策であることを悟った。

 先程Pohは、『武器破壊の例えを見せてやる』といった意味の言葉を言った……その言葉はハッタリでも何でもない純然たる事実であり、Pohの攻撃を防いだ筈の俺の愛剣、日本刀《旋風》は――中ほどから、叩ききられていた。

 鍛冶スキルのおかげとはいっても、第一層から抜け出すために自らが打った日本刀が、今まで日本刀であったことの方が嘘であるかのように、もはやただの鉄となってしまった銀色の刀身は地面に突き刺さり、俺の手の中に残された柄の部分と共に、ポリゴン片となって消滅した。

 そして日本刀《旋風》が折られたということは、ガードに使っていた物が無くなったということであり、必然的にPohの包丁は、日本刀《旋風》だけでは飽きたらず俺の身体を深く切り裂いた。

「……ぐぁぁっ!」

 Pohの包丁に切り裂かれたことで傷口となったであろう場所を抑えながら、情けなく悲鳴を上げてしまう俺はナメられているのか、Pohは何故かトドメを刺さずに、悶えていて隙だらけの俺に追撃もせずに包丁の腹で肩をポンポンと叩いていた。

「必ず発生するはずのlighteffectがないswordskill……消えたと思ったらいきなり俺のbehindに現れる……何をどうやったか知らないが、なかなかにinterestingだったぜ?」

 そう言いながら、Pohは俺の首元へと、その手に持った死神の鎌と見間違うような凶刃を移動させ、いつでも俺を殺せるような態勢へと移行した。

 予備の日本刀がアイテムストレージに無いわけではないものの、メインで使っていた日本刀《旋風》より切れ味が優れているわけがなく、そもそも敵を目の前にしたこの状況で、アイテムストレージからアイテムを取りだすことなど、クラウドのような《クイックチェンジ》のスキルをマスターしていないと到底不可能な話だ。

 ならば、あまり自信は無いが武器を使わない徒手空拳による格闘戦……いや、俺には戦闘用スキルである《体術》スキルは使用不可能であるし、慣れないシステム外スキルを駆使しても、Pohの包丁さばきの前には太刀打ちできはしないだろう。

 目の前の死神から放たれる、絶対的な『死』のイメージを回避するためのアイデアが頭の中で次々と現れ……その数だけ頭の中から消えていくこととなった。

 それもその筈であり、今のこの状況を将棋で例えるのであれば、もう詰んでいるのだから。

「It`s show ti……ッ!?」

 包丁を油断なく俺に向かって構えたまま、また何事か英語で言おうとしていたPohが突如として後方に跳んでいき、包丁の射程距離圏外へと大幅に遠ざかった。

 Pohが警戒して引き下がったのは、俺とPohの間を空を切り裂くかのように飛ぶ銀色の円刀……そして、俺自身も背後へと引っ張られていた。

「ショウキ、大丈夫!?」

 俺を背後へと引っ張ってくれていたのは、俺たちのギルド《COLORS》のリーダーたるアリシャ……彼女もどこかでオレンジプレイヤーと戦っていたのだろうか、いつもより服が煤けているようにも見えた。

「アリシャ、今までどこに……?」

「ショウキが行った後、また別のオレンジプレイヤーが来てて、わたしとリディアはそっちの方に行ってたのよ! で、ヘルマンは?」

 ギルド《COLORS》のギルドマスターたる彼女もまた俺と同じように、自分たちの中で最強のメンバーはヘルマンであると理解し、全幅の信頼を寄せていたのだろう。
だが、確証は無いものの、結果としてヘルマンはPohに敗れて死んでしまった確率が高い……未だにヘルマンの死についての考察が、こうしてボヤケてしまっているのは、まだ自分がヘルマンが敗れて死んでしまったことを認めていないからであろう。

 認めたくない気持ちが邪魔をして、俺はアリシャからの質問に言葉を発することは出来ずに、首を振ることで答えるしか出来なかった。

「う、嘘……まさか、ヘルマンが……」

「きゃっ!」

 アリシャが言葉を最後まで発し終わる前に、俺たちが話し込んでしまっていた間にPohの足止めをしてくれていた……更に言うと、先程Pohにチャクラムを放ってくれた……リディアが包丁にてダメージを受けて俺たちの場所へと後退してきた。

「Hey.もうfinishかよ?」

 包丁の腹で肩を叩く動作は癖なのか、ポンポンと叩きながらPohは俺たちの下へ近づいてきていた。

 戦闘要員であったクラウドとヘルマンは……今はおらず、俺は日本刀《旋風》が折られてしまったために戦闘不能、アリシャは元々戦闘要員ではなく、リディアは今やられたことで証明されたように、《チャクラム》と《体術》という特殊な武器種的にPohの相手は難しい。

「来ないなら……コッチから行かせてもらおうか」

 対抗手段を考える隙を与えてやるような義理はPohにあるはずがなく、無慈悲にもその凶刃が、またも俺たちに振り下ろされることとなった……アリシャを、標的にして。

「……ショウキ!」

「くっ……アリシャ!?」

 標的にされたアリシャの行動は、Pohの包丁から身をかわすことではなく、横にいた俺に当たらないように俺を突き飛ばして俺が包丁に当たらないようにし、自身はPohの包丁の前で一瞬の隙を立ち止まってしまう。

「……バカ野郎ッ!」

 アリシャを庇ってその華奢な身体を突き飛ばすか、それともアイテムストレージから予備の日本刀を取りだしてPohに斬りかかるか、それとも……と、考えあぐねている間にもアリシャへと死神の凶刃は迫っており、悠長に考えている暇はないと考えることにし、アリシャを突き飛ばしにかかった……が、先約がいた。

「……悪いけどこの子は……やらせないわよ」

 顔に笑顔を貼りつかせたチャクラム使い、リディアである。
アリシャの代わりに包丁をその身に受け止めると共に、チャクラム使いには必須である《体術》スキルの一撃を、それもかなり密着しないと放てないような強力な上位スキルをPohの腹に直撃させ、かなり遠くへ吹き飛ばした。

 包丁が自らを斬った隙をついた、まさに肉を斬らせて骨を断つという技だったのだが……元々HPゲージを減らしていたリディアにとってはそれどころでは済むわけがなく、命を斬らせて骨を断つ、と言った方が正しかった。

 その証拠に、リディアのHPゲージはもはや、レッドゾーンを下回っている……消滅するのは、時間の問題だった。

「リディア……ッ!」

「ふふ……アリシャにショウキ。アナタたちは生き残りなさい。それがお姉さんからの最期の遺――」

 パリン、あまりにもあっけない音をたてて、今話の際まで最期まで笑顔だったギルド《COLORS》の姉が砕け散っていった。

 死んだ跡には何も残らず、ただただ虚空となった場所を眺めていた俺に、近づいてきたアリシャから震える手で光る結晶を手渡された。

「《転移結晶》よ……アイツが来る前に、逃げよう。リディアの遺言、護らなくっちゃ」

「……そうだな。場所は《ラーベルク》で良いか?」

 本音を言えば、クラウドにヘルマン、リディアたち三人の仇を取ってから……つまり、Pohを倒してから帰りたかったものの、アリシャを死なせるわけにはいかないし、そもそも今の状況では俺もただの犬死にだろう……そう判断した俺の確認の言葉にアリシャはコクリと頷き、自らも用意した結晶を手に持った。

「急ぎましょ、速くしないとアイツが来る!」

「ああ……転移! 《ラーベルク》!」

 確かに急がなければならない時ではあるが、いつになく急いでいるアリシャに急かされ、慌てて《転移結晶》を起動させ、身体中が転移のライトエフェクトに包まれていった。

 周囲も俺の身体と共に明るく照らされ、月明かりぐらいしかなかった為に今まで暗かった場所が少し、そのライトエフェクトで照らされ……そして、気づいた。

 アリシャがその手に握っている結晶の色は、濃い緑色をしており、俺が使った青色の《転移結晶》とは違っていたことに。
それもその筈であり、緑色の結晶はいわゆる《解毒結晶》……麻痺毒などを治すために使われる結晶であり、そもそも《転移結晶》とは全く違ったものなのだから。

 そして俺は――アリシャの意図を悟ってしまった。
自らを犠牲にし、残り一つしかない《転移結晶》を俺に使わせて俺を脱出させる……そういう意図を。

「えへへ……」

 アリシャはもう一度太陽のようにニコリと笑うと、どこかに走りだしていった。

「アリ――」

 その後ろ姿に声をかける間もなく、無慈悲にも一度発動した転移結晶の発動は止まらず、俺の視界を全て光が包んでいった。



「――ッ!」

 もう夜も深かったために、人通りも全くなく寂れた商店街のような様相を呈していた街角……第十九層《ラーベルク》の主街区に転移することに成功したが、こんなところでモタモタしている場合ではない、速くアリシャのところへ戻らなくては――!

 そんな時に俺の視界の端に、馬小屋のような建築物が目に留まる。
そこはNPCが経営する厩舎であり、騎乗用の馬や運搬用の牛などを借りることが出来る場所だった。

 ただし、乗りこなすには実際の馬に乗る時のようにテクニックを要求されるらしく……実際乗ってみていたクラウドが振り落とされているのをこの目で見ており……しかも、料金がかなり高いというあまりプレイヤーには人気がない代物だ。

「良し……!」

 しかし、そんなことはもはや俺の頭の中にはなく、気だるげに店番をしていたNPCに叩きつけるようにコルを渡すと、とりあえず一番速そうな漆黒の馬に乗りこんだ。

「疾れぇッ!」

 店番NPCが厩舎の入り口を開けると同時に思いっきりムチを叩き、漆黒の馬はいななきながら一陣の風のようにフィールドへと駆け出した。


「どこだ……!?」

 今の自分ならば小虫一匹たりとも見逃すまい、と限界まで気を引き締めながらアリシャ、もしくはそれを追っているであろうPohの姿を捜す……が、影も形も見当たらない。

 万が一の最悪の事態の想像を頭から削除しながら、馬のスピードを更に上げようとしたその時、視界の端にシステムメッセージが移った……これは、メールか。

 こんな時にメールなど読んでいる暇などないと一瞬思ったが、差出人のプレイヤーの名前を見て一瞬で考えを変え、今まで散々走らせていた馬を急停止させる。

 今来たメールは、プレイヤーネーム《アリシャ》からのメールであった。

『いつだかの《カミツレの髪飾り》だけど、可愛かったから返すね、もったいないし! ギルド共用のストレージに入れておいたから! それと、カミツレの花言葉は『逆境に耐える』とか『逆境の中の活力』って意味何だって! ショウキが良く言ってる、『ナイスな展開じゃないか……!』と似てると思わない? ……じゃあね、ショウキ』

 ……という文面のメール。

 ――せっかくあげたっていうのに、もったいないから返すとはどういうことなんだ? それにお前に花言葉とか似合わないし、『じゃあね』って何だよ、まるでお別れみたいじゃないか……

 まさに今、アリシャにどのような危機が迫っているのかは想像がついてしまう……だが、脳はそれを認めない。
震える指でギルド共用のストレージから、アリシャが言ったように本当に入っていた《カミツレの髪飾り》を取りだした。

 そしてそれと同時に、開きっぱなしであったメッセージウィンドウのアリシャの名前の表示が――連絡不能を示す、灰色に変わった。

 いや、アリシャだけではなく……よせばいいのに、その震える指のままでフレンドの一覧を表示すると……クラウドも、ヘルマンも、リディアも、名前の表示がアリシャと同じように連絡不能……いや、この世界だけでなく現実世界においてもログアウト……死んだことを示す表示である灰色となっていた。

 それは即ち――ギルド《COLORS》の、俺以外の全滅を示していた。

「……嘘だろ……」

 走らせる気がない者など乗せる価値がないということか、漆黒の馬が茫然自失となっていた俺を振り落とし、そのまま主街区の方へ去っていってしまうが、それに構っている余裕など今の俺にあろう筈がない。

 《カミツレの髪飾り》を持ってそのまま地面に横たわり、一瞬夢なのではないかとも考えたが、俺は俺に現実逃避など認めさせてくれはしなかった。

 アリシャ。
俺たちギルド《COLORS》のリーダーであり、太陽のような笑顔で俺たちに指示をだしてくれた。

 ヘルマン。
無愛想を通りこして鉄面皮ではあったが、故に一番信用出来る人物だった。

 クラウド。
いつも騒いでいてうるさかったが、どんな状況でもうるさいというのは、このデスゲームで安心出来ることだった。

 リディア。
いつもアリシャの笑顔とは違った笑みを浮かべ、一歩離れて俺たちを見守ってくれた姉のような存在。

 ――彼ら、彼女らはもうこの世界にはいない――

「……ふざけるな……ふざけるなッ、馬鹿野郎ッ!」

 それは紛れもなく自分に向けての言葉だったが、自分の中で溜めることなど出来ず、叫ばずにはいられなかった。

「何が約束は必ず護る、だ……何がナイスな展開じゃないか、だ……!」

 自分の口癖とポリシーすら護れない弱い自分に、生命ある人間など護れるわけがない。

 ――その後意識を失うまで、俺の涙と贖罪と自戒は、止まることはなかった。
 
 

 
後書き
 これにて過去編、通称《走馬灯編》は終了となります……本来ならば、これ以降にあと一話ありましたが……駄目です、自分がもう限界です。

 この《走馬灯編》とギルド《COLORS》は、自分に色々と反省材料を与えてくれました。
絶望感が某ねっこ先生のように上手くいかなかったり、オリキャラの作り方・動かし方もまだまだだったり、ショウキを本編よりかなり弱くしようとしたのに結局まあまあの強さに落ち着いたり、ヒロインの名前が原作の《アリシャ・ルー》と被ったり、etc.etc.……

 特にアリシャ・ルーと名前が被ったのは致命的です……モチーフのキャラの名前と発音を似せたのが駄目だった……!

 それでは、クランクアップ……と言うのでしょうか? をしたギルド《COLORS》のメンバーに感謝を。

 ……クラウド以外、受け取ってくれそうにないなw
 

 

第三十八話

 その日にどれだけ悲しいことが起ころうと、自殺などしない限りは明日が来ることなど当たり前であり、俺は弱いので、殺された仲間の後を追って自殺するなど怖ろしくて出来やしなかったために明日は来た。

 仲間を護れず、仇を倒せず、仲間に護られ、俺はなんとか生き延びた……自分が弱いことなど承知していた筈であったが、こんな惨めに生き長らえるほど弱いなんていうのは思っても見なかった。

 数週間は宿屋に引きこもることしか出来なくなり、ただただギルド《COLORS》の遺産に頼って食料を食い漁るしかなかったあの日々は、まさに『生きながらにして死んでいた』という表現がピッタリと当てはまるのが情けない。

 だがある日、何を思ったかソロでフィールドに出て、俺はモンスターと戦い始めた――今思えば、自殺は怖いからモンスターに殺して欲しかったのかもしれない――しかし、いざ戦ってみれば俺の後悔と悲しみで満たされていた心に去来した思いは、喜びではなく、ましてや笑いでもなく……恐怖だった。

 むしろ笑える気分だ、このデスゲームが始まった当初に恐くて第一層の田舎町に引きこもり、ようやく第一層から出たのに恐くて中層に入り浸り、ギルド《COLORS》に入ってようやくまともになったと思えば、PoHが恐くて仲間に助けられ、恐くて仲間を追って自殺も出来ず、死ぬためにモンスターと戦闘したら、また恐くてモンスターを返り討ちにして……自分はどれだけ弱いんだと、自嘲してもしきれないほどだった。

 そんな時、ふと疑問に思ったのだ……ギルド《COLORS》のリーダーであるアリシャは、何故自分が死ぬだろうと解っていて自分を生かすための選択が出来たのか、何故死ぬ直前にまでいつものように会話していられたのか、……何故、このデスゲームであんな太陽のように笑えたのか。

 知的好奇心は人並み以上にある自分は、頭の中に浮かび続けたその疑問を更に脳内で発展させていってしまう……すなわち、リーダーのアリシャだけでなくギルド《COLORS》のメンバーもみな、そういう人間であったと。

 だから俺は引きこもるのを止め、《傭兵》などと呼ばれるようにもなった、いわゆる何でも屋のような仕事を始めるのに至った……何故ならば、俺が始めたその仕事はギルド《COLORS》のやっていたこととまったく同じであり、彼ら、彼女らと同じことをすれば、あの『強さ』を手に入れることが出来るのでは無いかと。

 そんな、人助けをするのには不純なその理由からか、助けた対象に『助けてくれてありがとう』などと言ってもらうと、嬉しさよりも後ろめたさが俺を襲ってきた。――お礼なんて言わないでくれ、俺はただ『強さ』を手に入れるために、君を助けただけなんだから――と。
もちろん口には出さなかったが、依頼人にそう言われる度に、俺は心が締め付けられていた。

 依頼人からの感謝の言葉による痛みへの慣れと、《銀ノ月》なんて呼ばれる程に自分では『強く』なったつもりのある日、ギルド《COLORS》の命日であり、キリトたちが《圏内事件》と呼ばれるようになったあの事件を解決していた日に……俺はPoHに再会し、リベンジし、敗北した……

 ――ああ、俺はまだ弱いんだと、強く実感した。

 俺がリズベット――リズに会った時はそんな時であり、日本刀《銀ノ月》の強化に必要な金属を取りに行った時に、またも、自分を犠牲にしてでも他者の心配をする『強さ』を自分が失神する直前にまで俺に『逃げろ』というリズに垣間見た。

 そこで、リズは俺に気づかせてくれたんだ……ギルド《COLORS》の猿真似をしているだけでは、俺はリズのような『強さ』を得られることは出来ないと。

 だがそんなことが解っても、俺が傭兵以外に『強く』なる手段があるわけがなく、リズの鍛冶によるサポートをありがたく思いながら、いつも通りにただがむしゃらに依頼をこなしていた時、《この笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》の依頼が舞い込んできて、PoHと三度目の戦いを経験し……そして負けた。
いや、今までのようにただ負けたのではなく、助けてくれる仲間がいなかった俺は、あの友切包丁で刺されてHPを0にし――ギルド《COLORS》のみんなと同じように、この世界でも現実世界でも、死を迎えるところであった。

 結局、俺は……

「……弱いな……」

 身体が足からポリゴン片となっていく……ああ、この世界では『死』の実感すらないのか……だけれども、怖いことには変わりがない。
視界が続々と暗く染まっていくのも、その恐怖に拍車をかけてくる演出であり、このゲームの制作者の嫌らしい……いや、リアルを追求する性格が嫌でも解るというものだ。

 このまま後数秒もすれば、俺の身体は全てポリゴン片となって消滅するだろうが、やっぱり死にたくない……俺は弱いから、死に直面しても死を受け入れるような『強さ』を持っちゃいないし、『強さ』というのがそんなことならば、俺は弱いままで良い。

「……俺、はあァァッ……」

 もはや残っているのは頭と腕だけであるが、今からやろうとしていることをするにはそれだけで充分だ。

 右手を振ってシステムメニューを出すと、あの思い出したくない最低のクリスマスの日に、キリトと再会し、最初で最後の本気の殺し合いをして手に入れた結晶を選択する。

 転移結晶や解毒解毒や回廊結晶と、結晶系アイテムはこのゲームにはかなりあるが、現在、この効果を持っている結晶はこれだけだ。

 そのアイテムの効果は、プレイヤーが死亡した場合、『10秒以内』であれば蘇生することができるというもの。


 そう、使うアイテムの名は――

「……生きるッ!」

 《還魂の聖晶石》ッ――!

「what……!?」

「でぇぇぇぇいッ!」

 《還魂の聖晶石》の効果によって、ポリゴン片となって崩壊していた俺の身体が続々と再構成されていき、リズと一緒に作った愛刀である日本刀《銀ノ月》の感覚が腕と共に戻った瞬間、人が生き返るという、このデスゲームには有り得ないことが目の前で起きたために、狼狽したPoHに向けて渾身の一撃を繰り出した。

 しかし、未だにポリゴン片となっていた足が再生しきれておらず、踏み込みが足りなかったためにPoHのHPを削りきるには至らなかった。

 その間にHPゲージが右端まで回復しきり、足もポリゴン片ではなく自身が長年付き合ってきた足と相違なく回復していた。

「……はぁ、はぁ、はぁ……俺は、生きているッ!」

 死の淵から蘇ってPoHに会心の反撃を喰らわせたシーンなのだから、もう少しカッコ良く言っても良いだろうに、と息を整えながら自嘲する。

 でも、カッコ悪くとも生きている……これ以上ないって程生きている。

「このmonsterが……! 生き返ったんなら、もう一回KILLしてやるぜ……!」

「違うね。俺はただの弱い人間で……死ぬのは、お前の方だ」

 お互いにもっとも頼りにしている愛刀を構え直し、俺が生き返って戦いが再開したのだと実感する。

 結局俺は弱いままであり、『恐怖』を乗り越える『強さ』なんて持ち合わせていないのだと解った……だけど、弱いなら弱いなりに、『恐怖』に立ち向かうことぐらいは出来るはずだ。

 『恐怖』に負けないように、いつかは克服出来るように――そんな願いを込めて、俺は自身をもっとも鼓舞する言葉を言っていたのだろう。

「ナイスな展開じゃないか……!」

 俺の『恐怖』に打ち勝つための言葉で、俺とPoHとの殺し合いは再開された。

 まずはPoHの首元狙いの斬撃を、見えた俺が避けるところから始ま――って、あれ? 確かにあの斬撃は首元狙いのように見えるが……足元を狙っているようにも見える。

「……なんだ?」

 この奇妙な感覚に戸惑いながらも、俺はPoHの斬撃が来るのであろうと予測するポジションに足刀《半月》を叩き込む。

 すると、PoHの斬撃は首元狙いから俺の足元狙いへと、太刀筋が急激に変化する……惚れ惚れするほど見事なフェイントだったが、友切包丁は先出ししていた俺の足刀《半月》に阻まれるだけに至った。

「「……ッ!?」」

 PoHは自らのフェイントを完全に読まれたことからの動揺から、俺は奇妙な感覚がPoHのフェイント付きの攻撃を見破ったことからの違和感から、俺とPoHから同時に探るような息が漏れた……そして、その動揺からいち早く復帰したのはPoHの方だった。

「ハァッ!」

 PoHは足刀《半月》に防がれたその場所を利用し、足元からの俺の頭へと昇ってくるかのような袈裟切りを放って、俺の腹から頭にかけて切り裂かれるようなことになる――と、奇妙な感覚が告げたため、防ぐことよりも急いでバックステップをした結果、PoHの袈裟切りは俺の代わりに空を切ることとなった。

「無駄みたいだな、PoH……今の俺には、『何か』が見えている……!」

 『何か』とぼやかして言ったものの、俺には何なのかがなんとなく感づいていた。
俺が先程から先読み出来ているのはPoHの斬撃の軌道……すなわち『恐怖』そのものに他ならない。


 PoHの斬撃という名の恐怖を予測する線、言わば《『恐怖』の予測線》と言ったところである……一流の達人は殺気を読んだりといったことが可能であるというが、まさか、殺気ではなく『恐怖』を読むことになるとは、なんとも情けない限りの弱さである。

 だけれども、『恐怖』を読むことなど、俺ほどの弱さがないと出来ないことだろう……ああ、恐怖の予測線が発現したのも、もう自らが弱いと開き直ってしまったからだろうか。

「今度はこっちから行かせてもらうぜ……!」

 日本刀《銀ノ月》を鞘に入れ直し、まずは様子見にクナイを三つほど投げるが、PoHは身体を微動だにせず包丁の動きだけでクナイを弾く……そのクナイを弾く動きには恐怖の予測線は働かなかったので、俺に向けて攻撃を放たない限り恐怖の予測線は視れないらしい。

「刺突術《矢張月》!」

 この戦闘が始まって一番最初にPoHに向けて放ち、軽々と避けられてしまった刺突術《矢張月》であるが、俺の戦線を開く技としてはこれ以上ないほど相応しい技はない。

 もう何度か見せた技だ、当然PoHには避けられてしまい、痛烈なカウンターの恐怖の予測線が俺の肩口から胸にかけて走ったので、足刀《半月》で攻撃を外した隙を埋めるようにPoHに攻撃を仕掛けて、結果的にPoHのカウンターを止める。

「まだまだ!」

 俺の日本刀《銀ノ月》よりPoHの友切包丁の方が、遥かに攻撃の速度が速いのだ……故に、PoHに息をつかせないほどに攻撃をしなければ反撃を喰らう。

 刺突術《矢張月》をして突きだしていた日本刀《銀ノ月》を横に凪ぐように振るってPoHに攻撃するが、PoHは小さくジャンプして空中で一回転することで俺の横凪ぎを避けながらそのまま包丁を振るう。

 だが、不確かながらも接近戦による《恐怖の予測線》による、三秒程度の相手の攻撃の先読みは絶大なアドバンテージを誇っており、容易く恐怖の予測線から友切包丁を避け、足刀《半月》の刃付きの蹴りが空中で身動きが出来ないPoHへと炸裂する。

 自らの超反応と包丁のスピードを生かして、俺の足刀《半月》と自身の間に友切包丁を挟みこんでいたため、PoHは吹き飛んだものの対したダメージは与えられていなかった。

「チ……やっぱりmonsterじゃねぇか……」

 PoHが包丁を構え直しながら俺のことを化け物と毒づくが、『恐怖』をこれ以上ないほど感じている俺は、弱者であり人間だ……むしろ、こちらからすれば、最前線で戦い続けてレベルを上げ続けているキリトやヒースクリフの方が、よっぽど化け物である。

「悪いが、お喋りする気はない……!」

 《恐怖の予測線》があると言えども、俺にもまだまだ扱えきれていないこともあることだし、PoHならばそろそろ対応してきそうな予感までするところがPoHの恐ろしいところだ。

「《縮地》……!」

 一刻も早くこの戦いを終わらせる為に、日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいつつ、胸ポケットからこの戦いに使いたくはなかった《秘密兵器》を取りだし、《縮地》を起動し高速移動を開始する。

 PoHの肩の近くに移動した後、そのまま恐怖の予測線に従ってPoHの斬撃をしゃがんで避け、もう一度《縮地》を使ってPoHの周りを一周して元の位置に戻る。

「捉えたぜ……PoHッ!」

 PoHの厄介なところとは、その身軽な武器を活かした死神のような、ソードスキルに頼らない軽々とした動きと、それに決定打となる威力を付加する友切包丁の魔剣と言われる由縁である性能だ。

 ならばPoHに勝つにはそれを封じれば良いのだ……言うだけならば簡単である、まさに机上の空論ではあるが。

「な、んだ、こいつは……!」

 ――だが、今回はその机上の空論を可能にする。

 PoHの身体には捕縛用の糸が巻きつかれており、腕を動かすことは適わず、もはやその自慢の包丁を使うことは出来ない。

「俺がさっき《縮地》お前の周りを一周した時に、お前の身体に糸を巻きつけた……」

 このアインクラッドに糸による攻撃スキルなどないし、俺に出来ることはあくまで剣術だけでそんな糸による捕縛など出来はしない……だが、そんな馬鹿みたいなことをしていた女を俺は一生忘れない。

「その糸は、お前が全滅させた俺たちの仲間の……ギルド《COLORS》の遺産だ」

 俺のシステムメニューに未だに残り続ける、ギルド《COLORS》の共用ストレージに残っていた捕縛用の糸……『強さ』を手に入れるために使わないなんていう、つまらない理由で使うのを拒んでいたアリシャの遺産。

 そしてその身体を縛りつける糸を支えているのは、最初の《縮地》の時にPoHの肩のポンチョに刺した、アリシャが遺言と共に残した《カミツレの髪飾り》――!

「ありがとうアリシャ……それから、さよならだPoH……!」

 これから俺が放つのは、ギルド《COLORS》最後のモンスターとの戦いになった、《The Damascus》に対して放った、隙は大きいが上半身のバネをフルに活用して放つ高威力の斬撃術――斬撃術《朔望月》。
隙がどれだけデカくとも、《カミツレの髪飾り》と糸に身動きが封じられているPoHに防ぐ術はなく、また、威力も一撃で《The Damascus》のHPを削りきれるほどのまさに一撃必殺の一撃。

「――斬撃術《朔望月》!」

 PoHに放った一撃は、寸分違わず狙い通りにPoHの身体に命中させ……その肉体を、ポリゴン片と四散させる。

 ……殺ったとその手応えから俺の感覚は確信するが、俺の眼はその後のポリゴン片の動向を見逃さなかった。

 ――ポリゴン片の中に……PoHがいる?

 そんな有り得ない状況に俺の脳内で浮かんだのは、キリトから聞いた《圏内事件》の時のことであった。
その時《カインズ》というプレイヤーは、鎧の破壊と同時に《転移結晶》を使うことで、自身の身体をポリゴン片としたように見せかけて偽装殺人とした――それと同じ。

 PoHの周りにあったポリゴン片は、奴のポンチョとハーフメイルだと俺の頭に考えつき、急ぎ足刀《半月》による追撃を試みるものの、恐怖の予測線が俺の頭に迫る恐怖を告げ、なんとか足刀《半月》を回避に回す。

「くっ……!」

 俺の頭に、飛んできた友切包丁が迫り、恐怖の予測線のおかげでなんとか足刀《半月》で弾いたのだが、その間に目の前のPoHは《転移結晶》を握りしめ、場所指定を完了していたようだった。

「you got me.だが、次は勝たせてもらうぜ……!」

 足刀《半月》を頭部の防御に回したせいで、追撃は間に合わずPoHのどこかへの転移を許してしまう。

「くそッ……また仇をうてなかった……!」

 仇をうてなかったことは確かだったが……三回の敗北と決定的に違うのが一つだけ。

「……勝ったぞ、俺……」

 日本刀《銀ノ月》を鞘にしまって壁にもたれ込み、答える者は誰もいない呟きは空気に溶けていった。



 ――こうして、レッドギルド《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン》討伐戦は、リーダーであるPoHを逃すという結果となったものの、概ねの構成員は捕縛、もしくは死亡することとなって終わりを告げた。
 
 

 
後書き
なんだか色々と詰め込みすぎた話で、若干後悔しております。

《『恐怖』の予測線》ですが……まあ、GGOの弾道予測線と言えば描写的には分かりやすいでしょうか。

発現した理由としては……原作において直葉の『リアルにおいて動きが遅く見える』や、キリトの『竹刀を軽く感じる』と言ったフルダイブ環境に慣れた故の弊害と同じ……でしょうか。
ちょっと(かなり?)違う気もしますが、そこは寛大な心で許してくれると助かります(汗)

能力的には、ショウキ自身に降りかかる『恐怖』を読む能力……我ながら、なんという厨二な能力……

そろそろ物語も(言い方は変ですが)一巻に追いつき、一段落するので一回ショウキの剣技や能力、使っている武器についてまとめようかな、などと考えております。

では、こんな作品ですが感想・アドバイス待っています。 

 

第三十九話

 大多数の攻略組に悲惨なトラウマを植えつけた《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》討伐戦も、監獄送りから報酬分配まで全て終了し、討伐戦に参加したプレイヤーたちは三々五々に解散となった。

 かくいう俺も、一度HPが0になったことや、慣れない《恐怖の予測線》が出て来た戦いのせいで疲れきっており、一刻も早く近くの宿屋に泊まって意識を失いたかったものだったが……習慣というのは恐いものだ。

 半分無意識に歩いていたところ、いつも傭兵の依頼の後に日本刀《銀ノ月》の手入れに来ると約束した場所――すなわち、鍛冶屋の友人たるリズが経営している《リズベット武具店》の店の前へと来ていたのだった。

 そういう約束をしたのだから護らなくてはならないが、疲れきっているのもまた事実……この板挟みに若干悩んだものだったが、やはり約束は護らなくてはならないのだと思い、《リズベット武具店》の入り口を開いた。

「ショウキ!?」

 否。正確にはドアを開けようとした時に、このピンク髪の店主が勢いよく開けたドアに直撃し、疲れきった中での不意打ちだったために俺は勢いに任せるままに吹っ飛んだ、が正しかった。

「……仕事しろよシステム……」

 ここのような《圏内》では、ある一定以上のダメージが与えられるほどの攻撃はシステムによって防がれるのだが……勢いよくドアにぶつかって吹っ飛ぶのは規格内なのだろうか。

「……リズ、とりあえずただいま」

 倒れたままだったのでやはり格好はつかなかったが……格好のつかなさならば、目を赤くして涙を堪えていそうなリズも負けてはいなかった。

「……ただいまじゃないわよ……あんたがグレーになって……」

 リズはボソボソと小さな声で呟いた後、何かを振り払うかのように頭を振って俺に笑顔を見せた。

「……お帰りっ!」

 若干目の端に涙を浮かべながらも、そう言ってくれるリズに感謝しながら、リズに手を借りて立たせてもらって一緒に《リズベット武具店》に入っていった。

「お帰りなさいませ」

 《リズベット武具店》の店員NPCたるハルナさんが、声をかけてくれる……とある時期から俺に対しても『お帰りなさいませ』と声をかけてきて、その度にリズが赤面していたものだったが、いつの間にか慣れたものだった。

「ふぅ……」

 《リズベット武具店》の店内の椅子に腰掛けると、入り口に建て掛けてある表示を『closed』に替えてリズも同じく椅子に腰掛ける。

「はい、コーヒー」

「お、どうも」

 俺の好きな飲み物は日本茶派ではあるが、最近リズに勧められてコーヒーを飲み始めていると、なかなかどうしてこれはこれで美味い。
さて、一口コーヒーを口にして温まると、リズが真剣な表情でこちらを見ているのに気づいた。

「あたし、あんたやアスナのことが……その、心配でフレンドリストを見ていたんだけど」

 『心配』と言うところを口ごもるのはリズらしいが、今は空気を読んでツッコまないでおくとしよう。

「その時……あんたの、あんたの表示がグレーにっ……!」

 ……リズが言っているのは、討伐戦の最中の俺がPoHの攻撃を受けてHPを0にされて死の淵へと行き、《還魂の聖晶石》でこのアインクラッドに戻るまでの7秒程度のことだろう。

「すまない……ちょっとHPが0になってな」

「……はぁ!?」

 図らずもリズを心配させてしまったことに謝罪すると、リズはかなり素っ頓狂な声を上げて返してくれた。

「《還魂の聖晶石》っていう名前のアイテムなんだが、10秒以内だったらHPが0になっても蘇生出来るアイテムなんだ……まさか、自分に使うとは思ってなかったが」

「あ、あんたは……相変わらず変わった奴ね……」

 一瞬だけ安心した顔をした後、その顔を隠すように呆れかえった顔をしながら失礼なことを言ってくるリズに、少々ムッとした俺は無意識に反論の言葉を口にしていた。

「キリトやアスナ程じゃない。良くもまあ、あんなに毎日ダンジョンに入れるもんだ」

「あんたも負けてないわよ……そういえばショウキ。何であんたってそう、毎日ダンジョンに行ってないのに強いの?」

 いつものような軽口の途中、本当にふと思いついたようにリズは俺に聞いてくる……余計な心配をかけないように、俺のことはリズに何も言ってはいない。
別に隠したいわけじゃないけれど、言っても心配をかけるだけなのだから。

「ううん、ショウキ。あたしは……あんたのことがもっと知りたい」

 マナー違反だってことは解ってるけど、とリズその言葉の後に続ける。
……確かに、この脱出不能のデスゲームとなったアインクラッドでは、現実世界や他のプレイヤーのスキル、そして他人の過去などを詮索するのはマナー違反だというのが通説となっている。

 だが、いつも武器の手入れをして俺の傭兵稼業を支えてくれるばかりか、良き友人としても付き合ってくれて、俺が思っていた『強さ』の一部分を教えてくれた……そんな彼女に、俺のことを話すぐらいで少しでも恩返しが出来るのならば、話すべきなのではないか。

 始めて会った時の、一緒に日本刀《銀ノ月》の強化素材を取りに行った時にも聞かれたものだったが、自分にはまだギルド《COLORS》のことは話せず、リズはそんな俺を見て遠慮してくれた。

 だったら、リズに話すことで、俺はギルド《COLORS》のことを認めて乗り越えられるのではないだろうか。

 PoHとの戦いで自分の『弱さ』を認めて《恐怖の予測線》が発現したように、俺はギルド《COLORS》の死を真に認めることで、次のステップに進めるのではないのだろうか――あの、忘れたくとも忘れられない日から、一歩でも前に進めるのではないのだろうか――

「あの、そんなに言いたくないなら……」

「……いや、話そう。話す、べきなんだ」

 落ちつくために一回深呼吸をした後、俺はリズに向けてとつとつと語り始めた。

「まずは……俺が、みんなとは別のシステムで戦っているところから話そう」

 キリトが言うには、レベルという数字が全てを決める『レベル制RPG』ではなく、プレイヤー本人の力量がメインの『スキル制RPG』をやっているということ。
その影響から俺にはレベルというものが無く、レベル上げが不可能であること。
そして、この世界の一般的なソードスキルや戦闘用スキルはモーションが完璧でも発動すらせず、頼れるのは、俺が現実世界で学んだ技術しかないということ。

 息継ぎをするのが目的で話は一旦ストップした為に、リズから質問が飛んできた。

「そんな状態で……何であんたはフィールドに出たの?」

「約束なんだ、仲間との」

 以前の《圏内事件》の折りにもキリトと同じ質問をされたものだが、俺がフィールドに出るのは現実世界に帰るという約束を果たすためと、ギルド《COLORS》の意志を……いや、遺志を継ぐという一方的な約束があるからだ。

「それに! あたしだって鍛冶屋なんだから、言ってくれればソードスキルが使えなくても全く問題ないような剣が作れたかもしれないでしょ!」

 ……ああ、やはりこんな大切なことを言わなかったのは失敗だったらしく、かなりリズに怒られてしまう。
リズは俺の顔に指を指しながらそのことを指摘し、鼻をならしながらコーヒーを口に含んだ。

「悪い悪い、心配させたくなかったんだ。……それに、お前が作ってくれたこの刀は、充分以上にやってくれてるさ」

 オブジェクト化させたままだった日本刀《銀ノ月》と足刀《半月》をポンと叩き、リズに作り直してもらった愛刀が信頼に値するものだと示す。

「その足刀っていうのも、ソードスキルが使えないからだったのね……あとで手入れするから、机の上に置いておいて」

 はいはい、とリズの言葉に従って日本刀《銀ノ月》と足刀《半月》を装備状態から変更し、机の端に置いておく……さて、そろそろ息継ぎは充分であろうか。

「コーヒーのおかわりいる?」

「ああ、頼む」

 リズが二人のコップに二杯目のコーヒーを注ぎ、一口飲んでまた俺は話を再開した。

「約束だなんて偉そうなことを言ってるが、俺がまともにフィールドに出れたのは最前線が22層にさしかかった頃なんだ」

 それまでは、死ぬのが怖ろしくてまともにフィールドに出れずに第一層の田舎町に引きこもっていたこと。
ようやくフィールドに出れても、最前線の層に行く気にはどうしてもなれなかったこと。

「そんな時に出会ったのが、ギルド《COLORS》っていうギルドだった」

 商人ギルド《COLORS》。
主に中層のダンジョンなどで活動しており、レアアイテムなどを入手しては攻略組に売りつけるということをしていた商人ギルド。
ひょんなきっかけから俺はそのギルド《COLORS》に入ることとなり、リーダーのアリシャから今も着ているこの黒いコートを貰った。

 リーダーがお人好しだったおかげで、儲けを度外視して良く人助けとかもしていた。
ほとんど毎日のようにギルドの宿泊する宿屋も変えて、一定の場所に留まらないその奔放さは、俺も少し見習いたかった。

「だが、あの日……ギルド《COLORS》は壊滅した」

 PoHを始めとするレッドプレイヤーたち……今の《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》の前身となった連中なんだろう。
それから俺は、リーダーのおかげでなんとか……一人おめおめと生き延びて、また《圏内》から出られなくなった。

「これがリーダーの……アリシャの遺品だ。あいつが死ぬ前に俺に渡してきた」

 俺のアイテムストレージから《カミツレの髪飾り》をオブジェクト化させ、机の上のコーヒーの横に置く。
PoHとの戦いの際には決め手となったアイテムだが、遺品であった糸を使ってしまった今、もはや何にも使えない。

 ソードスキルが使えないという件の時は、自分に話してくれなかったことを声高に文句を唱えたリズだったが、このギルド《COLORS》には何も言えないようで、でも何か言おうとして痛切な表情をしていた。

「俺はそれから、『強く』なって仇であるPoHを狙い続けた……だが、今回も逃げられた」

 奴とは三度戦ったのだが仇はとれず、俺は否応なしに『弱い』のだと実感させられた。

「あんたは……弱くなんかない」

 今まで沈黙を保っていたリズが、俺の弱いという実感の話を聞いてから口を開いた。

「あんたは弱くなんかない。強くなかったら仲間たちの仇なんて討とうとは思わないし、なにより……なによりあたしを助けてくれた! 一緒に行ったあのダンジョンで、ボスからあたしを助けてくれたじゃない……!」

 今までならば、『助けてくれたなんて言わないでくれ』と返すところであるが、今は不思議と、リズのその言葉を受け入れられていた……リズに話して、少し吹っ切れたのだろうか。

「……ありがとう、リズ。そんな風に言ってくれて」

 こんな話を聞いたことがある。
――『恐怖』を認めることが真の『勇気』であり、『弱さ』を認めることが真の『強さ』だと。

 ならば、俺は今日ようやく、仇をとるために追い求めていた『勇気』と『強さ』を手に入れられたのだろうか。

「さて、リズ。俺の話は終わりだ。こんな弱い俺だけど、まだ友達でいてくれたら嬉しい」

「当たり前でしょ!」

 何を愚問な、とでもいいたげな笑顔のリズに感謝しつつ、俺は少し涙を流して即座に拭いた。

「なあリズ、少し頼みがあるんだが――」




 そして、世間から《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》の存在が懸命に忘れ去られようとしている頃、俺はある層にマイホームを買った。

 もうギルド《COLORS》の物真似をして、いくつもの層の宿屋を渡り歩くのは止めようと思ったのだ……少々値段は張ったものだが、なんとか足りたのは幸いだった。

 ああ、ギルド《COLORS》の物真似は止めると言っても、傭兵稼業は止めないつもりだ……なんだかんだ言って最前線で戦うよりも、元々ゲーマーではない自分には向いていると思うからだ。

「……よし」

 家にある姿見でざっと自分の姿を見ると、黒い和服の上に黒いコートといういつもの格好であることを再確認する……ある一部分以外は。

 いつもと違うという点は、上着のコートの左胸ポケットがある部分に、アリシャの遺品である《カミツレの髪飾り》がついていることだ。
《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》討伐戦の終わった日、リズに頼んだことがこれだ――『この《カミツレの髪飾り》を防具につけることは出来ないか』、と。
 始めて受けた依頼でリズも大分苦心した様子だったが、鍛冶スキルを少しは上げている俺も手伝い、サイズは小さいが、なんとか左の胸当てのようにすることに成功した。
もちろん、サイズが小さすぎて胸当ての体を成していないため、クラインからは『似合わねぇアクセサリー』呼ばわりされたものだが。

 まあそれはともかく、慌ただしく準備をしているお隣さんに挨拶して、今日も依頼に向かうとしよう。

「今日もナイスな展開に、なると良いな……」

 そう呟きながら、俺はお隣さん――《リズベット武具店》のドアを開いた。
 
 

 
後書き
これで《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》討伐戦編と過去編を含んだ話である、通称『走馬灯編』は終了となります……見直してみると色々アレですが。

多分、次から原作一巻に入っていけるかと思います。

では、感想・アドバイス待っています。 

 

第四十話

 
前書き
ようやく一巻突入となりました。 

 
 第四十七層《ラーベルク》のマイホームの布団にて、目を開けてゆっくりと起き上がり、縁側で大きく身体を伸ばす。

 目覚ましがてら、朝起きた時の習慣となっている――それは、この《アインクラッド》に来ていても変わらない――剣の素振りを始めようと、俺が愛用している日本刀《銀ノ月》とは違った、素振り用とも言えるただ重いだけの日本刀を取り出して素振りを始めた。

 ただただ無心となって振り続けると、直に意識も完全に覚醒し始めたため、もう少し本腰を入れて数十分、頃合いかと見繕って素振り用の日本刀をアイテムストレージにしまい、朝飯を用意しようと台所へ向かう。

 俺が第四十七層《ラーベルク》にてマイホームとするべく買った家は、一言で言えば純和風の屋敷……古き良き日本の文化が伝わっていそうな、アインクラッドでは珍しい武家屋敷であった……まあ、屋敷というには少々こぢんまりとしているが。
現実世界においても自分の家はそんなようなものなので、むしろあって良かったと心から思っている。

 だが、現実世界になくてこちらにはある代え難い物も存在していた。
その一つが、隣の家から聞こえてくる水車の水を引き上げる音であり、不思議と、聞く者を落ち着かせてくるような気がしてくるのだ。

 そしてそれは、隣の彼女が今日も変わらず、元気に店を営んでいるということの証明でもある――

「いただきます」

 このアインクラッドにおいては、料理スキルを上げておけば現実世界で料理が出来なかろうが、誰でも簡単に作れるようになっている。
特に、俺が作る物なぞ簡素な朝食かダンジョンに籠もるときの携帯食料やお茶程度だ、対したスキルの熟練度も必要ない。

 朝食を食べながら隣に置いてある新聞を見ると、大見出しに『血盟騎士団が74層のボス部屋を発見!』という記事が、写真付きでデカデカと載っている。

 ……俺たちが茅場によってアインクラッドに閉じ込められてから、現実世界の時間で二年が経とうとしている今日この頃。
攻略組は《聖騎士》ヒースクリフなどを中心に徐々に、だが着実にこの浮遊城を登ってきており、今は74層までプレイヤーたちは到達している。

 敵は巨大になっていくが、あの《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》討伐戦以降は、プレイヤーたちも一丸となっているようで、このままのペースを維持できるのならば、アインクラッドを脱出するのも遠い未来ではないだろう……無論、ペースを維持できたらの話ではあるが。

 この傭兵《銀ノ月》ことショウキ――つまり俺はというと……まあ、何もやり方は変わっちゃいない。
フレンドから依頼が来たらその依頼をこなし、攻略組が見向きもしていなかったサブダンジョンに協力して挑んだり、《血盟騎士団》に依頼されてダンジョンの捜索に協力したり――まあ、そんなところだ。

「……しまったな」

 新聞の見出しを見てつい独り言を口から漏らしてしまう。
新聞の写真を見てみると、アスナを始めとする《血盟騎士団》の連中に混じって、横の方に日本刀を腰に差している黒いコートを着た人物がいるのだ。

 ……つまり俺だ。
白い制服の《血盟騎士団》の連中の中にいるため、悪目立ちしていることこの上ない。

「ごちそうさま」

 簡素な朝食も食い終わり、新聞も他に興味をそそる記事があるわけではなく、新聞をクナイの練習がてらゴミ箱に投げ入れ、とりあえず用事があるので隣の店――《リズベット武具店》へと歩を進めた。

 まだ朝のために《リズベット武具店》の入り口にかかっている表示は《closed》という表示になっているが、急いでいるのかリズのファンなのか、開いてないドアの前に二名ほどの男性プレイヤーが座り込みをしていた。

 座り込みをしているプレイヤーに横入りすいませんね、と心の中で謝ると、プレイヤーたちに気づかれないように《リズベット武具店》の裏口のドアを開け、彼らより先に店に入ることとなる。

「おはよーショウキ」

「ああ、おはよう」

 店員NPCのハンナさんと共に、開店準備に奔走しているのか重そうな箱を持ったリズに挨拶され、挨拶を返すと同時にリズの持っている箱をひったくった。

「こういうのは俺の仕事だ……いつものところで良いんだろ?」

「うう……そうね、お願いするわ」

 リズは若干ばつの悪そうな顔をしたものの、彼女は店主なりにやることがあるのだろう、結局は俺にお願いして他の場所の準備に移る。

 もう大体の配置は解っているので、箱の中に入っているまあまあ上質そうなインゴットを棚の上に置いていく……なんというか、すっかりバイトの店員のように慣れてしまった感があり、嬉しいような悲しいような。

 そのまま黙々と並べる作業を続けた後、こんなんで良いか、と店員としては先輩にあたるハンナさんに確認をとってOKを貰い、後は《リズベット武具店》の開店時間を待つだけとなる。

「ありがとー! はいこれ、頼まれてたクナイとお礼のコーヒー」

「お、ありがとう」

 俺が店の開店準備等を手伝っている代わりに、昨日頼んだクナイの手入れをもうやってくれたらしい。
リズの手から受け取って、念のために注文通りなのかどうかを確認しておく……よし、いつもの通り完璧な仕事である。

「悪いな、クナイ何ていう妙なもん頼んで」

「ショウキが妙なのはいつものことでしょ?」

 そう言われると……なんというかまあ、否定出来ないし反論も出来ないのだが。

「だったら、それに関わってるリズも妙ってことだな」

「むう……」

 反論しようと言葉を捜すようにしているリズを前に、出されたコーヒーを飲み、受け取ったクナイをポケットに……いや、ここはダンジョンではないのだ……アイテムストレージに入れる。

「……と、ところでショウキ。今日は何か依頼ある?」

 若干頬を朱に染めた質問を受け取り、ざっと俺はメモ帳を確認し、今日のところはめぼしい依頼はないと確認す――いや、そういえば先程メールが来たのだった。

 新しく来たメールを確認すると、差出人は……《軍》のメンバーからの依頼であった。
傭兵《銀ノ月》ではなくギルド《COLORS》として行動していた時には、当時攻略に参加していた《軍》も当然お得意様であったので、恐らくはそのツテであろう。

「……悪いリズ、今からだ!」

 メールの内容を簡潔に纏めると、『数十分後に今の最前線である第七十四層まで来てほしい、詳しいことは直接話し合おう』とのことであったのだ。

「リズ、用事があるなら今の内だ」

 《軍》の連中から傭兵《銀ノ月》として依頼を受けるのは始めてだ、何が起きるか解らないためにアイテムストレージの中身を入念にチェックする。
室内着である浴衣のような服から、ダンジョンに来る時にも着る和服の上に黒色のコートを羽織ったいつもの格好となる。

「ええと、今日の夜に外で一緒に何か食べようかな、と思ったんだけど……」


 時間ないかな? と結んで、意識しているか意識無意識なのかは知らないが、上目づかいで聞いてくるリズに対して何かを断る術は俺は持っていない……というか、リズには店もあるし遠慮しているが、自分から頼みたいぐらいである。

「じゃ、ここの主街区で良いか?」

「うん……って、あんた時間大丈夫?」

 リズの時間を確認する言葉についつい時計を確認すると、ちょっと時間がヤバかった……メールを確認するのを怠ったこちらにも責任はあるが、《軍》のメンバーももう少し早く送るかつ集合時間を遅くして欲しかったものであるが、愚痴っても仕方ない。

「それじゃあ悪いが行かせてもらう」

 リズの家にもある姿見を使わせて貰い、胸ポケットについた《カミツレの髪飾り》……もう髪飾りではないが……を含めていつもの格好引く日本刀《銀ノ月》という格好になっていることを確認した。

 もう丁度良く《リズベット武具店》の開店時間となっている、時間もないし正面から堂々と転移門まで行かせてもらおう。

「いってきます……晩御飯までには帰ってくるからな」

 最後に冗談めかしてそんな言葉を付け加えると、リズは吹き出して笑顔で答えてくれた。

「いってらっしゃい。間に合わなかったら承知しないからね!」

 そんなリズに見送られながら、俺は主街区にある転移門めがけて駆け出した。

 ……そのやりとりを聞いて、開店時間前から《リズベット武具店》に張り込んでいた男性プレイヤーたちが絶望したことなど、俺とリズには知る由もなかった。
 
 

 
後書き
 短いですが、まあインターバル回ということで。
……それととりあえずショウキ爆発しろ(笑)

感想・アドバイス待ってます。 

 

第四十一話

 俺が《リズベット武具店》から飛びだして依頼人の元へ向かって一時間もしない内に、俺は何故だか現在の最前線の層である74層のダンジョンにいた。
今回の傭兵《銀ノ月》の依頼は、第一層と黒鉄宮を治める通称《軍》からの依頼だった。

 なんとかギリギリ時間より少し早く依頼人との集合場所に着いた俺は、何十人と整列して身じろぎしない鎧装備の人間と、そのリーダー格であろう三十代前半の、かなり長身の人物が俺を出迎えた。

「私は《アインクラッド解放軍》のコーバッツ中佐である」

 そんな自己紹介から依頼の相談は始まったが、相談の前に俺は違和感を感じたことを聞いた。

「《軍》っていうのは正式名称じゃなかったと思ったが、こっちの思い違いか?」

「それは……貴君には関係ない」

 ……ああ、そうですか。
一瞬だけ答えづらそうに言葉を濁らせたため、何やら事情はあるのだろう。
だが、それこそコーバッツの言う通り俺には関係のないことであるので、気にはなるが追求はしないこととする。

「それで、依頼っていうのは?」

 リズとした晩飯との約束もあるのだ、出来る限りさっさと終わらせる為にいきなり本題を切り出すが、相手もそのつもりだったのだろう、嫌な顔はせずに本題に入った。

「我々《軍》は、不本意ながら第二十五層のボス攻略以降はボス攻略には参加していない。だが、この74層から再び参加することとなったのだ」

 今でもかなりの人数を誇り、その構成員の数は少数精鋭を旨としている節がある《血盟騎士団》はもちろんのこと、《聖竜連合》でさえもその数は及ばない。
そんな《軍》が攻略に参加してくれれば、頼もしいことこの上ないのだが……問題は、その質だろうか。

「……第一層にいる《軍》が、いきなり最前線に来て大丈夫なのか?」

「ご心配はもっともだが、その心配は実戦で証明しよう。貴君に頼みたいこととは、ダンジョンの水先案内人だ」

 水先案内人。
つまり、モンスターとの戦闘等には参加することは望まないが、ダンジョンの地図や罠などのデータを確認しながら一緒にダンジョンを踏破して欲しい、ということだろう。

 74層のダンジョンのデータは、ボスモンスターがいる部屋の前まではマッピングしてあるし、《軍》のプレイヤー達が攻略に参加してくれるなら願ったり叶ったりだ。

「了解、その依頼受けよう」

「感謝する」

 横柄なコーバッツからは感謝の意など微塵も感じないが、まあ別に断るような理由も全く無いし、なにしろここで断って《軍》のメンバーが一人でも死んだ、ということになってしまっては目覚めが悪い。

 別に《軍》のメンバーがピンチになった時、その時は助けに入れば良い話なのだから。



 その俺の心配は、不要と言えば不要であったが、不要ではないと言えば不要ではなかった。
コーバッツを含めた十二人の《アインクラッド解放軍》のメンバーは、コーバッツの言う通り良く訓練をしているようで、高レベルモンスターである《リザートマンロード》をコンビネーションとコーバッツの指揮で易々と仕留めていた。

 レベルも充分以上に高く、全員のコンビネーションを駆使した訓練も良い成果を残している――だが、このような最前線での実戦経験が無いに等しいのか、モンスターの防御相手にもたつくことがしばしばある。
それに加えて、疲れていることが鎧装備の見えている目から、疲れていることがまじまじと解り、そこをカバーするのが俺のこのパーティーでの仕事だった。

 ……まあ、カバーする度にコーバッツから『我々にはそのような助けは必要ない』とでも言いたげな視線が俺を貫くのだが、それはそれ。
……実際に、疲れたメンバーのカバーをしなければ命に関わるという訳ではないのだが、ダンジョンで安全であれば安全であるに越したことはないだろう。

「コーバッツ。そろそろ安全エリアだ。そろそろ休まないか?」

 もちろん本来の依頼である水先案内人の仕事も忘れずに、かなり疲れきっているメンバーの為にも休息の提案を出す。
コーバッツとはさっき出会ったばかりの短い付き合いだが、かなりの石頭・かつ自分に自信を持った頑固者という、厄介な性格であるということはまざまざと見せつけられてきた。

 もしかすると、休息を断るような事態もあるかもしれない、と思ったが……

「ふむ……確かに君が疲れてしまってはこれからに支障が出るな。十分ほど休憩しよう」

 疲れてるのは俺じゃねーよ、とコーバッツに危うくツッコんでしまうところだったが、俺がそう言ったが最後コーバッツは休憩を中止してそのままダンジョンの進行を開始するだろう。

 しょうがない、とため息をついてその風評被害を甘んじて受け入れると、休憩と聞いて盛大に音を鳴らしながら座った鎧装備のメンバーに、『悪いな』と言いそうなジェスチャーをされたので、『気にするな』と返しておく。

「……ショウキ?」

 ボスモンスターがいる部屋へと続く階段の近くから発せられた、呼びかけられた声に反応して行ってみると、珍しく顔なじみが全員集合しているパーティーがたむろしていた。

「キリトにアスナ、風林火山……珍しいな」

 特にソロのキリトが、こんな中型パーティーを組んでダンジョンにいるとは特に珍しい。

「キリト、何かあったのか?」

「あのなぁ……俺だってたまにはパーティーぐらい……」

 心なしか肩を落としながらキリトが反論してくるが、こいつはもしかして日頃の自分のことが解ってなかったりするのか? そんな俺の微妙な表情がキリトに伝わったのか、どこかばつの悪そうに言葉を出し始めた。

「……昨日コイツにいきなり誘われたんだ。それより、お前こそ《軍》の連中なんかとどうしたんだ?」

 キリトが指を指した横にいて風林火山の連中に囲まれている人物――つまり、アスナ関係のことだと大体察すると、キリトの露骨な話題そらしに乗ってやった。

「依頼さ。《軍》の連中が攻略に復帰するらしいから、最前線のダンジョンの水先案内人だと」

 へぇ、とキリトが感心したような声を出す……《軍》どころかその前身である者たちと、第一層の頃から共に戦い続けていた者として感慨深いものがあるのだろうか。

「おーうショウキ、お前も久しぶりじゃあねぇか!」

 アスナを囲んでいた《風林火山》のギルドメンバーから一人抜けだした二十四歳独身のバンダナ男が、俺に肩をかけて親しげに話しかけて来た。
こう見えても、攻略組ギルドのリーダーであるこの男――クラインは、その野武士面を必要以上に見せつけてくる。

「いやー久しぶりすぎてこんな悪趣味なバンダナをした奴の顔は忘れたなー」

「思う存分棒読みだなオイ!」

 この男を見ると、なんだかからかいたくなるのは自分だけではあるまい。

「で、最近どうなんだよ、お前?」

「ボチボチだよ。マイホームに帰るってのにようやく慣れたとこだ……そっちこそ、なんか変わったことは」

「休憩終了! 貴様らさっさと立て!」

 なんだかんだで最前線にいつもいるクラインたちやキリトならば、毎回毎回面白い話や情報をくれるのだが、背後にいる依頼人の野太い声で話は中断されてしまった。
さっさと立てと言われた部下たちは、いきなり発せられた怒声に困惑しながらも、一応の休憩は出来たようでガチャガチャと音をたてて陣形をとる。

「まるで、どっかの《狂戦士》様みた……痛っ!」

 自身の鍛え上げた敏捷度と反射神経を駆使し、俺が最後まで言葉を口にする前に足を踏みつけて俺の口を閉じた……何もかもを無駄遣いしすぎだろアスナ。

「……何か言った?」

「何でもありません」

 細剣の柄に片手をつけた笑顔のアスナ相手に物申すのは、俺には荷が重いのでアスナ関係はキリトに任せて俺は俺の仕事をしよう。

 行進を開始した《軍》のメンバーの中の、俺のポジションである先頭にいるコーバッツの横につく。
コーバッツはキリトたちには何の反応も示さず、まるでそこにいないかのように進んでいき、安全エリアの出口となっている上層部となっている階段に足をかけた。

「これから十分も歩けば行き止まり……つまりボス部屋だ。もちろん、モンスターに出会わないことが前提だけどな……っと!」

 言いながら、プレイヤーたちが安全エリアを出る直後を狙う、というこのゲームの製作者の性格を顕している嫌らしいモンスター、《ヴァンパイア・バッツ》の群へとクナイによる乱れ撃ちを敢行し、生き延びた《ヴァンパイア・バッツ》はその習性から暗闇に逃げていった。

「うむ、そうか」

 《ヴァンパイア・バッツ》を倒した時の表情から察するに、コーバッツもモンスターの存在には気づいていたようで、何事もなかったかのようにそのまま部下を引き連れて探索へと戻る。

 ここまで来るとこのダンジョンの主力モンスター、《リザートマンロード》の群生はあまり見られなくなり……《血盟騎士団》の連中と来たときは、運悪く群れと遭遇したが……ボス部屋へと一直線と言ったところか。


 そして、ほどなく。

 周囲の状況にそぐわないほどに、巨大な存在感を持った――事実、扉自体が巨大だが――漆黒のボス部屋の扉へとたどり着いた。
俺も《血盟騎士団》の連中と来たのはここまでであり、部隊の消耗も考えてパーティーリーダーであったゴトフリーはボスとの戦闘を断念し、主街区まで戻ってしまったために俺もこれ以上は進んでいない。

「コーバッツ。74層のダンジョンの本道はここで終わりだ。撤収するか横道に行くか、どうする?」

 ボス部屋の前でずっと立ち止まっていてしまうと、その層に出てくるモンスターとは比べものにならないレベルのモンスターが、わんさか背後から出現するようになっている。
これは遠距離からボスをちくちく攻撃出来ないようにしたものだろうが、それを知らない時に『モンスターが出ないから』という理由で一休みをしていたところ、酷い目にあったことから記憶に鮮明に残っている。

「ご苦労だったな傭兵。依頼はここまでだ、報酬を受け取れ」

 コーバッツの言葉と共にトレードウィンドウが表示され、依頼を受ける時に取り決められた金額が表示されていたが、撤収でも踏破を続けるでもなく『依頼はここまで』というのはどういうことか。

 コーバッツが言わんとしていることについては、俺は少し察しがついていた……信じたくはないが。

「コーバッツ……今からボス攻略をする気じゃないだろうな。この疲労度や装備じゃ、ちょっと見て逃げるなんてことは出来ないぞ!?」

「それは私が判断する。たかが傭兵である貴君が判断することではない!」

 ――こいつは本気だ。
何故かなんて理由は知らないが、何を言ってもコーバッツは今からボス攻略を始めるだろう、そんな気迫に満ち満ちている。

 だが、ボス攻略を気迫だけでどうにか出来るというのであれば、俺たちはもうこの浮遊城になんていないだろう。

 メンバーの練度もスタミナも情報も足りないこの状況のまま行けば、《軍》のメンバーは必ず死ぬ。
よしんば攻撃パターンを掴むのに専念すれば、それぐらいは掴めるかもしれないが、その場合でも必ず死人が出る。

「……まだ依頼は終わってない」

 だけど、ここで《軍》のメンバーをむざむざと殺させる訳にはいかない。
恒例のクォーターポイントが近づいているこの時期に、攻略に《軍》が参加してくれることのメリットは計り知れないものがあるし、何よりも――依頼を受ける時にもそう思ったが――ここで見捨てて《軍》のメンバーが死んでしまえば、寝覚めが悪い。

「俺が受けた依頼は、『ダンジョンの水先案内人』だ。だったら、ダンジョンのこの扉の向こう側も含まれる」

 トレードウィンドウの表示の『NO』というボタンを押し、コーバッツからの報酬を受け取るのを拒む。
我ながら屁理屈だとは思ったが、残念ながらこれぐらいしか理由が思いつかなかったのだ。

「……フン、勝手にするんだな」

 一息鼻を鳴らしてこちらを一瞥した後、コーバッツはボス部屋の扉に手をかけた――
 
 

 
後書き
……特に言うことがないというか。

感想・アドバイス待っています。 

 

第四十二話

 コーバッツが押したボス部屋の扉がゆっくりと、しかし思いの外滑らかに開いていき、中が漆黒の闇に包まれているボス部屋が姿を表した。

「……突入する」

 コーバッツの号令の下、恐らくは初めてのボス戦に、緊張感に満ち満ちた《アインクラッド解放軍》のメンバーが鎧をガチャガチャと音を鳴らしながら、コーバッツを先頭に整列してボス部屋の中へ向かっていく。

「……ああくそっ!」

 やはり放っておくわけにはいかず、このボス部屋の前にいては特殊なハイレベルモンスターが現れ、それこそ《軍》のメンバーより先に俺が殺されかねない。

 ……つまり俺に残された逃げる以外の選択肢は、《軍》のメンバーについて行くしかなく、ここまで来て逃げるという選択肢は論外であるために、自ずと一つの結論にたどり着くしかない。

 《軍》のメンバーの最後尾に付いて光が全く届かないボス部屋に入っていき、その瞬間に扉が完全に開いて鈍い音がダンジョン中に響いた。

「どこだ……どこから来る……!?」

 辺り一面は何も見渡せないほどに暗い闇だったので、いきなりの不意打ちに警戒して辺りを見渡すが、その心配は杞憂だったようで青い炎がポツポツと部屋の壁に灯っていく。

 その青い炎は明るくボス部屋を照らしていき、無音の闇が嘘のように部屋中が照らし出され――俺の《気配探知》が、この部屋に入った以上必ずや遭遇するモンスターの気配を鋭敏に捉えた。

 細めだが少し高めのはずの身長の俺でさえ、そいつに比べればただの人形も同然であるほどの巨体のボスモンスター。

 身体は自分たちプレイヤーと同じように両手足がある人間型であるが、頭は『悪魔』を象徴するような山羊の頭という人間とはかけ離れており、その瞳は壁の炎と同じ爛々と青く燃えている。

 浮遊城アインクラッド第74層フロアボスモンスター、その名は《The Gleameyez》――その爛々と輝く目を象徴するかのような名の悪魔は、ボス部屋中を震撼させるほどの雄叫びを上げながら、その巨大な身の丈に見合った大剣を俺たちに向かって振りかざした。

 恐らくボスモンスターの通常攻撃は、あの巨大な体格を十全に活かす大剣一本だろう……俺が使うような、小手先の剣術など全く必要はない。
だが、第74層のボスモンスターともあろうものが特殊技ぐらい無いわけがないため、大剣による攻撃以外の攻撃の可能性は否定出来ない。

「総員、防御態勢!」

 《アインクラッド解放軍》のメンバーは、俺とコーバッツを除いて――俺はアインクラッド解放軍ではないが――十一人であり、その内の10人がガチガチのタンク装備であったため、コーバッツの号令に従って5人がグリームアイズの攻撃を止めるべく前に出て盾を構え、残り5人が《スイッチ》をするためにその背後に構える。

 もちろん俺やコーバッツを始めとする残りの4人のメンバーが何もしないはずがなく、タンク装備のメンバーが攻撃に耐えきった後の《ダメージディーラー》としての役割を果たさんと待機する。

「うおお……!」

 グリームアイズの大剣の振り下ろされた一撃を、《軍》のメンバーの四人がかりの筋力値を合計した盾で何とか防ぎ、その隙を俺たち《ダメージディーラー》組がソードスキル――またもや俺は違うが――を繰り出していくが、やはり絶対的な人数が足りておらず、ダメージは微々たるものしかグリームアイズには通らない。

 それからグリームアイズの攻撃が《軍》の8人のタンク装備部隊を襲うが、その剣捌きを見るに、どうやらグリームアイズの攻撃は俺たちの大剣のソードスキルに若干のカスタマイズをしたものであるらしい、というものが分かった。

 タンク装備部隊が防いでくれている間に、俺たちはグリームアイズの足を重点的に……というか、そこしか剣が届かないので、グリームアイズの足へとダメージをチクチクと与えていくのだが、火力が足りずいつかはこちらがジリ貧になっていく。

「やっぱりこういうのは、届かないところが弱点か……!」

 タンク装備部隊にグリームアイズが大剣を振り下ろした時、《縮地》によってそのグリームアイズの大剣に飛び乗った。

「コーバッツ! 足はそのまま頼むぞ!」

 巨大な大剣の上でどうにかこうにかバランスを維持し、そのまま足場にしてグリームアイズの胸を日本刀《銀ノ月》で切り裂き――思いの外ダメージが多くHPゲージに通る。

 だがその攻撃により、グリームアイズの攻撃目標が空中から大剣の上に着地している俺に移ったようで、その青い眼が《軍》のメンバーではなく俺の姿を捉えたようで、グリームアイズと目と眼が合った。

 しかし、グリームアイズの唯一たる最大の攻撃である大剣は俺が大地にしているのだから、大剣を降りまくるしかグリームアイズは俺を攻撃する方法はないはずだった。

 その予想通りにグリームアイズは大剣を振りまくって俺を振り落とそうとしたので、その振り落とそうとしている勢いを利用してグリームアイズの肩に飛び移り、そのまま肩に斬撃を加えた後にグリームアイズの身体を蹴って、空中でクルクルと一回転しながらコーバッツの近くへと着地する。

「コーバッツ、攻撃パターンも弱点も分かった! このまま撤退を――」

「我々アインクラッド解放軍に撤退は有り得ない! 攻撃パターンも弱点も分かったならば、そのまま攻め込むのが上策である!」

 俺の提案はコーバッツの怒声に却下され、そのまま戦闘のルーチンに入るように促されたが、未だに空中から着地した足がジンジンと痛む気がしたため、今回の攻防戦には不参加を願う。

 確かに今はグリームアイズがルーチンに入ってくれたおかげで、グリームアイズのHPゲージを少しずつ削ってはいるが、未だグリームアイズは恐らくあるだろう特殊技を見せてはいないために油断は禁物である。
このボス部屋に入る前に思っているよりは、《アインクラッド解放軍》のメンバーと自分は善戦しているが、ボス戦では何が起こるか解りはしない。

 もう一度大剣に飛び移るべきか、と考えたその矢先、グリームアイズは大剣による攻撃を止めていきなり仁王立ちとなった……いきなり今まで見なかったこの行動は……

「気をつけろ!」

「総員警戒!」

 《軍》のメンバーも、いきなり仁王立ちになったグリームアイズに不信感を覚えたのか、今回の攻撃を防ぐべきタンク装備部隊は、コーバッツの指示と共に気を引き締めていた。

 グリームアイズが地響きを鳴らしながら口から放ったのは、噴気と呼ばれるガスによるブレス攻撃だった。
《軍》のタンク装備部隊は盾を構えたが、気体であるブレス攻撃は生半可な盾では防ぎきれず、盾と盾の隙間からブレス攻撃が通っていってしまう。

「うわああっ……!」

 《軍》のタンク装備部隊は盾を取り落として転んでしまい、身動きが取れないせいで後続のタンク装備部隊とのスイッチもままならない……このブレス攻撃こそ、グリームアイズの特殊技なのだろう。

「ッ! お前ら避けろッ!」

 転んでしまって動けないタンク装備部隊に、グリームアイズによる本命の大剣攻撃が迫っていく。
タンク装備ではない俺には、残念ながら勢いの乗ったグリームアイズの斬撃を止める手段はなく……同じように、《軍》のメンバーのタンク装備部隊に避ける手段もなかった。

「あああぁぁぁぁぁっ!」

 総勢4人の《軍》のタンク装備部隊がまとめて吹っ飛んでいってしまったが、スイッチしてポーションを飲み続けていたのと重厚な鎧を着込んでいたことが功を労し、何とかまともに当たって一撃死、という最悪の展開は免れたようだった。
だが、4人が吹っ飛んでいってしまって隊列が崩れてしまったのと、ただでさえギリギリの人数が減ってしまってグリームアイズの攻撃が防げる筈もない。

「《転移結晶》を使え!」

 こちらはまだ8人のメンバー……その中でもタンク装備は6人……がいるため、こちらはまだ撤退するぐらいならば何とかなるだろうが、散り散りに吹っ飛んでしまった《軍》のメンバーたちがグリームアイズに狙われてしまったならば、守る手段はない。

 《軍》のメンバーが一瞬ハッとしてワタワタと慌ただしくシステムメニューを呼びだして、その中から取りだした《転移結晶》を掲げて叫びだした。

「転移! 《はじまりの町》!」

 自らのギルドの本拠地の名前を告げ、一刻も早くこの場から離れようと《軍》のメンバーが転移結晶を起動――しなかった。
他の吹っ飛ばされていた《軍》のメンバーたちも、三々五々に《転移結晶》を起動させようとして起動せず、中にはパニックになってただただ《はじまりの町》の名前を叫びだすメンバーまでいる。

「結晶無効化空間……!?」

 一部の特殊なフィールドや、ダンジョン内部の悪質なトラップなどにしか無いと思われていた空間だったが、ボス部屋にあるというのは、あのキリトからも聞いたことがない。

 このアインクラッドに暮らしているプレイヤーたちがたまに忘れそうになり、そしてダンジョンに来たり知人が《生命の碑》に刻まれたりすると思いだすのだ――このソードアート・オンラインが、デスゲームであるということを。
これからのボス部屋は、恐らく全て結晶無効化空間なのだろう……!

「うああああっ!」

 人数を減じた《軍》のプレイヤーは満足にスイッチも出来なくなってしまい、残る5人のタンク装備部隊も散り散りに吹き飛ばされてしまい、残るは軽い金属装備でしかない《ダメージディーラー》組のみで、とてもグリームアイズの攻撃を止めきれやしない。

「……コーバッツ。お前は《軍》のプレイヤーを集めろ」

「そ、それはもちろん解っているが……グリームアイズはどうするんだ!?」

 コーバッツのその疑問はもっともであり、いくらコーバッツが《軍》のメンバーを再結集させようとしても、途中でグリームアイズの攻撃を受けては再び瓦解してしまう。

 だったら、最低一人でもグリームアイズの足止めが必要だ。

「グリームアイズは任せろ! お前は再結集させて撤退の準備だ!」

 ポケットから可能な限りクナイを取りだして、グリームアイズに投げつけるが、もちろんダメージなど微々たるものにも及ばない。
だが、少しのダメージであろうともグリームアイズの意識はこっちに向き、吹き飛ばされていったタンク装備部隊を追撃しようとしていたグリームアイズが俺の方を向いた。

「ひ、ひいぃ!」

 俺の近くにいた《軍》のダメージディーラーが、巻き込まれては堪らないとばかりに散っていき、グリームアイズが向かってくる方向にいるのは俺とコーバッツだけとなった。

「……頼むぞ」

 そのコーバッツも《軍》のプレイヤーたちを再結集させなければならないため、俺の側を離れてグリームアイズに吹き飛ばされていったタンク装備部隊の方へ飛ぶように駆けて行ったため、やはり残るは俺一人。

 胸ポケットについた《カミツレの髪飾り》を腕の中に握り締め、そのまま集中するために目を閉じる。
目を閉じていようと、その地響きでグリームアイズが迫ってきていることは伝わり、視界を自ら封じ込めたことで、ただでさえ恐怖の対象であるグリームアイズが恐怖の象徴となっていく。

 《カミツレの髪飾り》の感触をこの手で感じ、集中も臨界点に達して準備はあと『一言』を以て完了する。

「ナイスな展開じゃないか……!」

 その言葉と共に瞳を開けると、迫っていたグリームアイズの大剣の横腹を日本刀《銀ノ月》で弾き……否。
『この場所に来るであろう』グリームアイズの大剣の予測地点を、日本刀《銀ノ月》で弾き、グリームアイズの大剣は俺の代わりに横のダンジョンの大地を砕いた。

 自らに降り注ぐ『恐怖』を予測する――《恐怖の予測線》を起動させたのだ。

「さあ来いよ悪魔《グリームアイズ》。ナイスな展開じゃないか……!」
 
 

 
後書き
グリームアイズ戦、前半でした。

元々一話で終わらせる予定だったのですが、気が付いたら二話構成に……

それと、本文中にあるように《軍》のプレイヤーたちがまあまあ善戦していますが、いくら《二刀流》のキリトがいたとしても、一人のごり押し程度でボスが倒せるのか? と疑問に思ったことによります。
(原作本文中に、『ボスのHPゲージは三割も減っていない』等の記述がありますが……)

まあそれはともかく。
感想・アドバイス待ってます。 

 

第四十三話

 日本刀《銀ノ月》を構えて応戦する俺の視界に、一撃でもまともに喰らえば俺の身体はポリゴン片となるだろうという威力の大剣の《恐怖の予測線》が浮かび上がり、側面へとステップ後に全体重を乗せた斬り払いを迫り来る大剣の横腹に当てることで、グリームアイズの大剣は俺から起動を外してボス部屋を砕く。
そのままグリームアイズは大剣をなぎ払うように振るが、《恐怖の予測線》による三秒後程度後の攻撃が見えるというのは絶大なアドバンテージを誇り、既に俺は高々とジャンプすることで空中へと逃れており、クナイにて反撃するが微々たるダメージすら通らない。

 俺が今やっていることは、《軍》のメンバーの撤退だか再配備だかをコーバッツが果たすまで、グリームアイズの攻撃を斬り払って足止めしておくこと――本来タンク装備ではない俺にはやや荷が重い仕事である。
だが、敵の攻撃を見切って斬り払いした後のカウンター気味の攻撃というのは、《縮地》で相手の視界から消え失せてからの高速の斬撃と並んで俺の攻撃パターンの一つで、慣れているためあまり苦ではない――想像よりかは、だが。

 グリームアイズの攻撃自体も、《恐怖の予測線》を使わずとも攻撃の軌道が至極読みやすい、小手先の技に頼らない大剣という武器だから助かっているものの、合間合間に放ってくる噴気ガスという名のブレス攻撃は正直どうしようも――と、考えている矢先に俺の身体の全身を、くまなく《恐怖の予測線》が貫いた。

「――ッと!」

 このままでは噴気ガスに直撃してしまうところなので、なんとかブレス攻撃が来る前にバックステップによって《恐怖の予測線》が届かないところへと避けたのだが、すぐさま俺の胸を予測線が貫いたと知覚したと共に、その場所にグリームアイズの大剣が飛び込んできた。

 回避は間に合わないと悟った俺は、とっさに足を上げて足刀《半月》でグリームアイズの大剣を防いだものの、体積も質量もパワーも圧倒的に違うために、完全に防御しきれず吹き飛ばされて壁に衝突する。

 これは《恐怖の予測線》の弱点と言えば弱点の一つで、予測線が見えようと回避後などの隙を狙われてはとても回避は間に合わず防御に専念するしかないところか……いや、防御出来るようになるだけマシか。

 《回復結晶》が使えないためにハイポーションを口に含みながら《軍》の連中を見ると、未だグリームアイズの攻撃を喰らったショックとHPの回復が済んでいないのか、このまま立て直してボスと戦う派と一時撤退派に別れて言い争いになっているようだった。
……無理もない、いくらレベルが上で腕か立とうと、現場慣れしてないチームはあんなものだと何度も見ている。

 大剣を振るいながら俺に追撃しようと迫ってくるグリームアイズを視認し、グリームアイズと壁に挟まれては不味いとあえてそのまま突っ込んでいった。
攻撃とは最大の防御とはよく言ったもので、ここで下手な場所へと逃げて《軍》のメンバーがグリームアイズの標的になってしまうことが、一番の愚策とその結果なのだから。

 《恐怖の予測線》を利用して、グリームアイズの振るわれた大剣の横腹に日本刀《銀ノ月》を先程と同じように斬り払いをして軌道を俺からズラし、大地に直撃させてグリームアイズの大剣という名のありもしない『道』を創る。

「……《縮地》!」

 グリームアイズの大剣による第二波の予測線が俺を貫く前に、《縮地》によって『道』となった大剣を高速で昇っていく。

 俺は《縮地》に足刀《半月》や自身による見切りや斬り払い、さらには《恐怖の予測線》と防御・回避の手段はやたら充実しているが、攻撃方面はダメージディーラー装備のくせに、日本刀《銀ノ月》と威力は期待出来ないクナイしかない……それが、俺が弱い故の恐怖からの逃走を意味しているというのは、PoHととりあえずの決着をつけたあの日まで認めることは出来なかったが。

 だが、見切りにも使用する俺のこの『眼』は自慢出来ることの一つであり、少しでもダメージ量を増やすために、弱点については相手がプレイヤーだろうがモンスターだろうが常に観察している。
そのために使うのがクナイであり、時間差で当てられたクナイの一本が、他の部分より少しだけダメージ量が多かったのは見逃さない……!

「そこっ!」

 通常通りに戦闘していれば剣などが届かない場所である胸部に、日本刀《銀ノ月》による縦一文字の剣閃がグリームアイズに疾り、《縮地》による勢いも考慮されてか少しはグリームアイズのHPゲージが削れた。

 だがグリームアイズも黙ってやられるわけがなく、俺が空中にいて着地する前の身動きが出来ない状況で、噴気ガスによるブレス攻撃を示す《恐怖の予測線》が俺の全身を貫いた……まあ、それも計画通りだが。
前もって準備していたクナイをポケットから出し、噴気ガスを出そうとしているグリームアイズの口に向けてクナイを三本ほど投げ入れた。

 良くある話ではあるが、常に一番隠されている口が生物にとって克服出来ない弱点ではないかと考えたために、回避よりもクナイを投げることを優先してみた……のだが、口の中に直撃した筈のグリームアイズに何ら堪えた様子が無いのを見るに、どうやら推測は外れてしまったようだと悟る。

 グリームアイズからブレス攻撃が来る前に、急いで着地や否やボス部屋をゴロゴロと転がってなんとか攻撃を避けたのだが、急激な頭痛が俺を内側から襲った。

 俺が今使用していた《恐怖の予測線》のデメリット――長時間使い続けていると、急激な頭痛と共に《恐怖の予測線》が見えるモードが強制的に終了してしまうというモノ――予測線によって、『恐怖』という名の三秒後の未来の攻撃を見続けて脳と眼を酷使している証拠だろう。
時間経過でまた使えるようにはなるが、当然持続時間は短くなっているし、終了時の頭痛は接近戦の途中では致命的なデメリットだ。

 クリアになっていた独特の視界が薄れていき、脳のオーバーロードとアラートのように鳴り響いていた頭痛も収まり、《恐怖の予測線》が見えなくなっていく……ここまでが自分の限界だ。

 頭痛でよろめいてしまった俺へと、グリームアイズの大剣が頭上から――

「うおおおおおっ!」

「駄目ぇぇぇぇっ!」

 グリームアイズの背後から絶叫と共に白と黒の剣戟が炸裂し、いきなりのバックアタックにグリームアイズは俺への攻撃を中断して自身の背後を仰ぎ見る。

 そこにいるのは色が対になっている《黒の剣士》キリトに《閃光》アスナ、そして更に背後からクラインを始めとする《風林火山》がこのボス部屋へと駆け込んでいるのが見て取れる。

「ショウキ! それに《軍》の連中も、今の内に《転移結晶》で脱出しろ!」

「駄目だキリト! ここは《結晶無効化空間》だ!」

 第一層から攻略に携わっているキリトとアスナにはなおさら衝撃だろう、彼らの驚きがこちらにも伝わってくるが、グリームアイズはそんな彼らには構わず、今まで一番ダメージを与えていた俺の方へと再び大剣を振り下ろして来た。

「下がれ《銀ノ月》!」

 俺の背中方向から良く響く低い声――コーバッツの声に反応してグリームアイズの大剣をバックステップにて避けると、俺と《スイッチ》をして入れ替わるように《軍》のタンク装備部隊がグリームアイズの大剣を防ぎ、ダメージディーラー部隊がグリームアイズの足へと攻撃を叩き込んでいく……さて、どちらに決意が固まったのか。

「もはや退路はない! 今このボスを倒すのだ!」

 コーバッツが放った部下を鼓舞するような言葉に一瞬、「何を言っているんだ」と思ったが、俺や《軍》のメンバーたちがいる場所とキリトたちがいる出入り口の間にはグリームアイズが鎮座しているため、《軍》のメンバーの機動力では逃げ終わる前に数人は犠牲になってしまうだろう。

 そのことに気づかないで戦っていた自分もどうかと思うが、そのことを一瞬で判断するとは、流石は中佐を名乗るだけのことはある……ということであろうか?

「クラインさん!」

「……やるしかねぇか! 行くぞ野郎ども!」

 アスナとクラインの号令一下、あれでも攻略ギルドの中でも指折りの戦略を持っている《風林火山》のメンバーがグリームアイズに向かっていき、《軍》のメンバーとの即席だが挟み撃ちが完成する。

 これでグリームアイズが《軍》のメンバーに攻撃すれば、防いでいる間に《風林火山》の猛攻がグリームアイズを襲い、それに反応して《風林火山》のメンバーを攻撃すれば《軍》のメンバーの猛攻が始まる――という、グリームアイズの攻撃を二分割させられるパターンが偶然にも完成する。
タンク装備部隊にとって、一番対策すべき防ぐのが難しいブレス攻撃は、こんな時でも単独で遊撃を行うキリトが空中戦を行うことで、グリームアイズのブレス攻撃を誘導することに成功していた。

 すっかりグリームアイズはパターンに嵌まっていて、こちらが有利なように見えるものの、ポーションによっての回復を兼ねて全体を俯瞰していた俺には、タンク装備部隊の負担と全体的な火力が不足していることが目立った。
まさにエギルのようなプレイヤーの数が足りず、この中で一番火力があるだろうキリトも、グリームアイズのブレス攻撃を誘導するという、アイツしか出来ないような役割の為に攻撃のチャンスは少ない。

 ――ならば、俺のやることは一つ。
クナイをグリームアイズの顔へと投げて、わざと奴の注目を引きながら着地したキリトの近くへと走り抜けた。

「キリト。もう出し惜しみしてる場合じゃない……ここは任せて、お前はアレを準備しろ」

「……わかった。十秒だけ耐えてくれ!」

 元々の性格や過去の出来事から、出来る限り目立ちたくないキリトは、普通ならば人目につくところであのスキルを使いたがりはしないのだが、俺は偶然にもあの最低のクリスマスで体感した為に知っている。
少し躊躇したようであったが、火力不足であるという俺と同じことを考えていたのだろう、アイテムストレージを操作しながらキリトは後退していく。

 ならば俺の役目は、キリトの代わりにグリームアイズと空中で大立ち回りを演じることである。

「任せろよ……ナイスな展開じゃないか……!」

 胸ポケットにある《カミツレの髪飾り》を触りながら、本日二度目となる《恐怖の予測線》の発動に、脳と視界がクリアになっていく。

 ……そして、《恐怖の予測線》がグリームアイズを中心にぐるりと一回転しているように貫いているように気づく。

「全員タンクの側に隠れろ!」

 グリームアイズが何をやろうとしているのが《恐怖の予測線》から悟った俺は、力の限りに警告の声を叫んだ。
離れたキリト以外の全員が、俺のボス部屋に響き渡る異様な警告の声に反応してくれたおかげで、先んじてグリームアイズから離れた俺とキリト以外の全員が防御姿勢を整えた直後、グリームアイズの攻撃が全員をまとめて襲った。

 その攻撃とは、自分の周囲をまとめてなぎ払うことが出来る大技――いわゆる『回転切り』である。
その回転切りによって、グリームアイズを取り囲んで挟み撃ちにして攻撃していた《軍》のメンバーと《風林火山》メンバー+アスナたちは、タンク装備部隊による防御には成功したものの、すぐには立て直せないほど隊列が崩れてしまっていた。

 これがHPを減じさせたグリームアイズの隠し玉かと思ったが、本日最大クラスである特大の《恐怖の予測線》が俺に降りかかった。

 ――そう、グリームアイズの隠し玉の攻撃は未だに終わっておらず、回転切りをした勢いそのままに遠心力をつけ、大剣を片手持ちから両手持ちにすることで威力を最大にして振り下ろしてくる……標的はもちろん、その特大の《恐怖の予測線》が示すように、俺……!

「ナイスな展開じゃないか……! 《縮地》!」

 これからやろうとしていることに失敗は許されないため、口癖によって自らを鼓舞して恐怖を乗り越えると、《縮地》によって《恐怖の予測線》が示す恐怖の象徴――つまり、グリームアイズの大剣へと高速で『向かって』いく。
回転切りで出来た勢いと遠心力はどうしようもないが、大剣が振り下ろされていない今ならば、まだ勢いをつききっておらず最大瞬間火力には程遠い筈だ。

「抜刀術《立待月》!」

 これで三回目の使用となったため、残りの使用回数は二回となった《縮地》、その高速移動のスピードを乗せた抜刀術が抜刀術《立待月》である。
そして抜刀術《立待月》が狙うのは、俺が《軍》のメンバーの為にグリームアイズを足止めした時、毎度斬り払いしていた大剣の横腹……斬り払いする際に全て同じポイントを狙って斬り払いされており、そのポイントだった。

「布石は打ってあるっ……!」

 何度となく同じポイントに斬撃を受けてきていたグリームアイズの大剣は、トドメの抜刀術《立待月》に中ほどから切られてしまって空中を舞う。
そのまま折れた大剣は、グリームアイズの回転切りの際の勢いを殺さないでくるくると回り、グリームアイズ自身の肩に深々と刺さっていく。

 そこまでして俺は失速してしまうが、後は任せろと言わんばかりのキリトが俺の背後から大剣を失ったグリームアイズ目掛けて向かっていく――その手には、黒と白の二本の剣を持って。

 ユニークスキル《二刀流》。
この世界でキリトしか持ち得ぬ剣技相手に、自分の得物の大剣が中ほどまで折られてしまっているグリームアイズでは対抗出来ることもなく、キリトの《スターバースト・ストリーム》を始めとする、《二刀流》の息もつかせぬソードスキルがグリームアイズのHPを削っていく。

「総員、総攻撃!」

 キリトだけにボスへの攻撃は任せていられない、先の回転切りから戦線を立て直した《軍》のプレイヤーと《風林火山》とアスナが、コーバッツの指揮と共にグリームアイズへと突撃していく。

 もうプレイヤー側も限界故に、防御を多少度外視した全プレイヤー攻撃の前に――遂に、山羊の頭をした第七十四層《The Gleameyez》はポリゴン片となり四散した。
 
 

 
後書き
グリームアイズ戦でした……ちょっとチートすぎた気がする《恐怖の予測線》……

感想・アドバイス待ってます。 

 

第四十四話

「グアアアアアッ!」

 青眼の悪魔から一際大きい叫びがダンジョン内に木霊すると、通常のモンスターより遥かにデカいポリゴン片となって部屋中に四散していく。

 最後はここにいる全プレイヤーでの一斉攻撃で幕を閉じたが、恐らくトドメを刺したのは、気力を使い切ったかのように双剣を背中の鞘に納めたプレイヤー――キリトであろう。

「ふぅ……」

 かくいう自分も、もう一歩も歩けない……いや、歩きたくないような倦怠感に襲われたが、キリトと同じように日本刀《銀ノ月》を鞘にしまって倒れないように立った状態を維持することに成功した。

「傭兵……いや、ショウキ。貴君の協力なくしてボスは倒せなかっただろう、感謝する」

 初めてのボス戦に心身ともに疲れ果てた部下たちを休ませ、コーバッツが鎧をガチャガチャと音をたてながら俺に近づき、頭を下げて礼をしてくれた。

「……意外だな。そんなことを言われるとは思ってなかった」

「恩がある者には礼を尽くす。当然のことだ」

 流石に俺の言ったことは気に障ったか、フン、と鼻を鳴らしてコーバッツは反論してくる。
……なんとも、《軍》という名のギルドに所属しているのがまさに相応しい、昔ながらの軍人気質といったところか。

「というか、確かに足止めしたのは俺だが、助けてくれたのはアイツらだろ?」

 俺が指で示すのはもちろん、彼が持つユニークスキル《二刀流》のことで盛り上がっているキリトやアスナ、《風林火山》の面々のことである。

 《恐怖の予測線》があるとはいえ、俺に出来ることは所詮足止めが限度。
だが、今回のグリームアイズ戦での立役者は、間違いなく中心になってグリームアイズのHPを削っていった彼らであろう。

「……む」

 コーバッツとて、俺の言わんとしていることは当然分かっているだろうが、リーダーがリーダーなので《軍》のメンバーにはキリトのような、いわゆる《ビーター》について忌避感を持っている者は少なくない。
典型的な《軍》のメンバーであるコーバッツももちろんそうだろうが、俺のジェスチャーに耐えられなくなったか眉間にシワを寄せながらキリトにお礼を言いに行った。

 立役者はキリトたちとはいえ、《軍》のメンバーがボス攻略に多大なる功績を残したのもまた事実であり、コーバッツの目的である《軍》のプロバカンダは果たされたも同然なのだ、再び攻略ギルドに名を連ねてくれるだろう。

 そんなことを考えると同時、俺の身体はボス部屋の地面へと倒れ伏した。

 自らの弱さと恐怖を認め、生来見切りをやり続けたことで発現したのだろう《恐怖の予測線》――相手の攻撃を読めるというのは、元々見切りを得意としていた自分には最高のアシストとなり得るが、それ以上に自分自身に多大なデメリットを抱えているのだった。

 それもその筈、人間の脳は恐怖を視覚化することなど出来はしない……本来ならば。

 例えるならばテレビのチャンネルだろうか。
人間が普段脳で使っているチャンネルが4チャンネルだとして、恐怖を視覚化するチャンネルが8チャンネルだとしよう。
本来ならば脳の機能として4チャンネルしか見れないところを、無理やり8チャンネルを見ているとなればテレビ=脳がやがて壊れてしまうのは道理なのだ。

 ……自分で自問自答したこの理論は解りにくかったが、単純に言えば、本来備わっていない機能を使いすぎて悲鳴をあげているということである。

「ショウキ! 大丈夫かよオイ!」

 倒れた俺に一番最初に駆け寄ってくれたのは、やはりというべきかこのお人好しのカタナ使いであるクラインだった。
以前に「お人好しならテメェの方が上だ」と言われたことがあるが、そんなことはあり得ないと思っている。

「ああ、ちょっと疲れただけだ……ところでクライン。少し、頼みがあるんだが……」

「お? オメーから頼みなんて珍しいな……良いぜ、いつもお世話になってるしな」

 ……そういうところがお人好しというのだ、と指摘したかったが、そんな場合ではないので今は遠慮しておこう。

「ちょっと47層に用事があるんだが、肩を貸してくれないか?」

 《恐怖の予測線》のデメリットのせいで倒れてしまったため、ずっと《二刀流》で戦っていたキリトと同様、一人で歩ける自信と体力がないのだ。

「そんぐらいなら構わねぇけどよ……お前、ボス戦の後にまた依頼かよ?」

 「まあそんなもんだ」とクラインに返すと、いつの間にやらこちらに戻って来ていたコーバッツが俺とクラインに《転移結晶》を握らせた。

「これを使え。代わりと言ってはなんだが、責任を持って次の層のアクティベートは我々がやらせてもらう」

「そりゃ頼もしいな……転移! 《リンダース》!」

 コーバッツに後を頼み、この部屋を支配していたグリームアイズが消えたことによって使用できるようになった《転移結晶》で、俺とクラインは第四十七層《リンダース》へと転移していった。



 ダンジョン内では解らなかったが、アインクラッドはもうすっかり夜という時間だった。
クラインに肩を担がれてリンダースに歩を進めた俺を出迎えたのは、もはや見慣れたピンク髪の少女だった。

「ショウキ!?」

「リズってことは……そういう予定なら最初から言えよショウキコノヤロー!」

 肩を支えていてくれたクラインの叫びが耳元で響く。
今日の朝、《軍》の依頼を正式に受けることになる前にリズとした約束で、今日の晩御飯を一緒に外へ食べにいこう、という約束だ。

 クラインはやや乱暴に、力が入りきっていない俺を強引にリズへと引き渡すと、「爆発しろ」と言い残して転移門へと消えて行った。

「ちょっとあんた、大丈夫? 今度は何したのよ?」

「大丈夫だ、ちょっと74層のボスの攻撃を斬り払いしてただけだからな」

 もう信じらんない、そんな感情がひしひしと伝わってくる表情をしたリズに、クラインに代わって肩を支えられる。

「ボス戦って……ダンジョンの攻略だけじゃなかったの?」

「《軍》の連中がいきなりボス戦始めてな……ま、放っとくわけにもいかないし」

 そんな感じで今日のことをお土産話のように話ながら、リズと二人で目的地であるレストランへの道を歩き始めた。
なんだかんだで情報通のキリトに紹介されたそのレストランは、キリトが昔ここを活動拠点にしていた時の行き着けだったらしく、食い意地が張っているキリトが太鼓判を押しているレストランとして、俺もリズも気に入った場所の一つである。

「全く、あんたは危なっかしくて放っとけないんだから」

「リズだって店先で寝てたりするじゃないか。アスナとハンナさんがいなかったら、店が潰れてるかも知れないぞ?」

 歩いている内にやはりこういう雑談……というか言い争いに落ち着いてしまった時、ふと、俺はリズに違和感を感じた。

 いや、違和感と呼ぶべきか……俺の数少ない自慢出来る点である眼は、実はただの節穴であったのかもしれない。

 リズは、私服だった。
いつも着ている、《閃光》アスナプレゼンツのエプロンドレス姿ではなく。

 いや、確かに珍しいがリズの私服姿は見たことが無いわけではないため、今ここで重要なのは、その私服姿を見たことが無いという点だ。

「それ、新しい服だよな。……似合ってる」

 遅ればせながら、俺の心からの賛辞の言葉に対してリズはそっぽを向き、

「……気づくのも言うのも遅いわよ、バカ」

 と、俺に見せている耳まで真っ赤にして答えたのだった。
 
 

 
後書き
ちょっと訳あって湖に沈んで風邪引いた……頭が痛い……そんな状態からの投稿です。

感想・アドバイスお待ちしています。 

 

第四十五話

 第七十四層のフロアボスモンスター《The Gleameyez》を倒した後、七十五層の街《コリニア》が新たに開かれた。

 その主街区をアクティベートした立役者であるコーバッツ率いる《アインクラッド解放軍》は、揚々と自分たちのギルドホームである第一層《はじまりの町》へと凱旋した。
近々、《軍》のメンバーの攻略に直接関わる部隊……部隊と言っても、並みの中小ギルドよりは遥かに数は上であるが……のギルドホームを七十五層に移し、本格的に攻略に参加する計画を練っているそうだ。

 ……と、そんな風に近況を伝えるメールがコーバッツから来て、なんだか複雑な気分になったものだ。

 そして、《軍》の連中を超える《The Gleameyez》攻略の中心となった、遂にユニークスキル《二刀流》を持っていることが判明した《黒の剣士》キリトは、この一週間で正に波乱万丈となっていた。

 まずは《二刀流》のユニークスキルのことや《閃光》アスナとの関係について聞きにくるプレイヤーから逃げ、その結果生まれた様々な尾ひれが付いた噂に踊らされたわけでもあるまいに、あの《聖騎士》ヒースクリフと条件つきで衆目が見てる前でデュエルして敗北し、今頃は敗北したことで入った《血盟騎士団》の下っ端にでもなっていることだろう。

 ……自分で言っていてなんだが、キリトはどういう生活をしていればこういう厄介事に巻き込まれるのだろう……俺も、あまり人のことは言えないところがあるから、《The Gleameyez》戦のさなか、《軍》の連中を助ける為とはいえあんな無茶な戦闘をやってしまうのだろうが。

「ま、たまには良い気味ってところだな」

 どこかにいる友人であり恩人の幸せを願いつつ、俺はもはや慣れたを通り越して習慣となっている、依頼終了後の《リズベット武具店》でのコーヒーを楽しんでいた。

「あ~疲れた……」

 何か大きい仕事でもこなしていたようで、リズがいつもより疲れた様子で「ふー……」と息を吐きながら俺の前にあった椅子へと座った。

「お疲れ様。はい、コーヒー」

「ありがと。……あれ、なんだかいつもより美味しい……」

 リズが束の間のコーヒーブレイクでそう感じたのもその筈、リズが今飲んだコーヒーはいつもリズが買ってくるNPC製のものではなく、俺の微妙に上げた《調理》スキルによって生み出されたものだからである。

「試しに作ろうとしたら思いの外難しくてな。やりこんだ成果だ」

「むむ……じゃ、あたしも今度新しいコーヒー捜してみようかしら……と、そういえばショウキ、何であんたはキリトの《二刀流》のこと知ってたの?」

 リズから何の脈絡もなくいきなり発せられた質問に、少々思い出したくない過去を思い出してしまい、飲んでいたコーヒーで若干むせてしまう。

「ちょっと……大丈夫?」

「っ……ああ。だけど、いきなりどうしたんだ?」

 確かに俺はリズの言う通り、グリームアイズ戦の前でもう既にユニークスキル《二刀流》のことは知っていて、だからこそキリトに隠さず使うよう言えたものだが……なぜそれをリズが知っているのだろう?

「キリトの《二刀流》用の剣を作った時、『どうして同じような剣がもう一本いるのか』ってキリトに聞いたんだけど答えてくれなくて……だけどなんだか、あんたは知ってるような感じだったから、さ」

 キリトの純白の剣《ダークリパルザー》の元となったインゴット、《クリスタライト・インゴット》は、俺がクライン達……つまりギルド《風林火山》と協力して得た時に二割譲ってもらったもので、それをキリトの新たな剣のためにリズに預けたため、リズはそういう結論に達したのだろう。

 リズに渡したあの時は、まさかこんな質問が飛んでくるとは思いも寄らなかったが、別に聞かれて困るようなことではない。

「……聞いてて面白いことじゃないと思うが、それでも良ければ話す」

 俺のそんな前置きに、重い雰囲気を感じたのか、リズ自身も少し真剣な面もちとなってコクリと頷いた。
《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》討伐戦の後、過去のことをリズに話すことで俺自身が向き合った時のように、過去を乗り越える良い機会だと思うことにしよう。

「それじゃ、俺がキリトのユニークスキル《二刀流》について知ったのは、去年のクリスマスの日だった」

 もう自ら進んで思い返すことも、ましてや語ることになるとは思っていなかった、恐らくは生涯で最低最悪のクリスマスの日。
街頭に流れるジングルベルの歌やホワイトクリスマスの聖なる夜なんて文句が、笑えない皮肉にしか当時の俺には聞こえなかった、このアインクラッドで最初で最後であるはずの――キリトと本気で殺し合いをした夜のことだ。

「あのクリスマスの時、俺とキリトは二人とも、大事な仲間を失って茫然自失だった」

 俺はギルド《COLORS》の仲間を《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》の前身となった連中に殺されたにもかかわらず一人だけおめおめと生き延び、キリトは……詳しいことは聞いていないが……あいつが唯一所属していたというギルド《月夜の黒猫団》を、キリト自身の過失から全滅させてしまったらしい。

「そんな俺たちの前に現れたのが、《蘇生アイテム》入手クエストだった」

 クリスマスの日、どこかの木の下に《背教者ニコラス》なるモンスターが現れ、そのモンスターから蘇生アイテムが入手出来る……という、今から考えれば胡散臭すぎるクエストだ。
そんな胡散臭いクエストに乗ったプレイヤーは少なかったようだが、他に頼れるものはない俺とキリトは何としてでも《蘇生アイテム》を手に入れようとした……もちろん、別々にだ。

「俺たちにはもう、それしかなかったんだろうな……」

 キリトは自身の経験や情報屋からの情報で、自信を持って《背教者ニコラス》の待つ場所にたどり着いたのだろうが、俺がそこを突き止めることが出来たのはほとんど偶然だった。
《聖竜連合》の連中がわらわらとどこかに向かっているのを見て、付いて行かせてもらった先に、《背教者ニコラス》が現れるという木があったのだから。

「夜だったのと、《隠蔽》スキルをボーナスしてくれるこのコートに感謝した。聖竜連合の連中は、何でだか知らないがクラインとデュエルしていたよ」

 そして、クエスト発生場所にたどり着いた俺が見たのは、悪趣味なサンタみたいなモンスター《背教者ニコラス》と、まるで死人のようなキリトだった。
第一層以来、久しぶりに会うことになる恩人に向かっての言葉と、背教者ニコラスのクエスト発生を知らせる言葉が重なり……キリトの返答は、ひっくるめて一つだった。

 ――うるせえよ

「その言葉と雰囲気で、キリトも、俺と同じだと……悟った」

 そこからは、俺とキリト、そして背教者ニコラスとの三つ巴の殺し合いになった。
キリトの《ヴォーパル・ストライク》が、容赦なく背教者ニコラスごと俺を貫き、茶髪の鍛冶屋から買った日本刀が、キリトを背教者ニコラスごと切り裂いた。


「相手がモンスターかプレイヤーか……そんな区別もつかないまま、俺たちは戦った。殺し合った」

 そんな殺し合いで一番有利だったのは、当然ながらボスモンスターである《背教者ニコラス》だった。
プレイヤーである俺やキリトとは、そもそもの地力が違うのだから当然だ。

 そして、一番不利なのはキリトだった。
一番回避と防御を考えていなかった、と言い換えても良いぐらいにキリトは捨て身で攻撃してきたからだ。

「俺は……まだ死への恐怖なんて乗り越えられていなかった。だから、キリトほど命は懸けられなかった……思い返すと、そんな自分が嫌になる」

 そして、遂にキリトが背教者ニコラスの攻撃をもろに受け、HPをギリギリまで減らしながら吹っ飛んでいった。
背教者ニコラスはその隙を逃がさんと追撃していき、俺も背教者ニコラスに攻撃しながらキリトの方に行った時――キリトの両手には二本の剣が握られていた。

「NPCから聞いた噂話だ……『武器は二つ持つと両方使えなくなるが、片手剣を両方持てるようになる《ユニークスキル》と呼ばれる、この世界で唯一誰か一人が持てるスキルがあるらしい』ってな……俺は、キリトがそれの持ち主だと直感した」

 キリトの雄叫びと共に放たれた《スターバースト・ストリーム》に、俺と背教者ニコラスはまとめて攻撃された。
俺はなんとか、茶髪の鍛冶屋が作ってくれた日本刀が優秀だったおかげで防げたが、背教者ニコラスはポリゴン片となっていた。

「レベルアップを示す場違いなファンファーレが響き、キリトが背教者ニコラスを倒して蘇生アイテムを手に入れた」

 ――サチ……サチ……

 そう呟きながらアイテムストレージを操作するキリトに、もはや俺の姿など移っておらず、一心不乱に蘇生アイテムを捜して……その動きが、止まった。

「《蘇生アイテム》は確かにプレイヤーを蘇生出来た。だが、お前も知っての通り……」

「……10秒間限定」

 俺の言葉を引き継いだリズの言葉に「その通り」と頷いた後、俺はそのまま過去のことへと話を戻した。

 その何秒後か、何分後か、あるいは何時間後かの後、キリトが俺に蘇生アイテムである《還魂の聖晶石》を投げ渡した。

「『お前にやる』って言って、キリトはそのまま去っていった。アイテムの効果説明を見て、察したよ……これで話は終わりだ」

 キリトと再会することになるのは随分後、俺が傭兵《銀ノ月》として活動出来るようになり、ボス戦の時にヒースクリフから呼び出された六十七層の対策会議でのことだった。


「え、えーっと……」

 否応なしに暗くなってしまった場の雰囲気を、どうにか和ませようとリズが何か言おうとしたその時、営業時間外にもかかわらず《リズベット武具店》のドアが勢いよく開いた。

「やっほーリズ!」

「お、おじゃまします……」

 突如として入り込んできた闖入者は、やたらハイテンションなアスナと、こっちはやたら声が上擦った今まさに話していた人物……キリトだった。
ヒースクリフとのデュエルに負け、《血盟騎士団》に入団して何か任務でもこなしているかと思いきや、普段通りの黒色の服に身を包んでいた。

「アスナ……いつも言ってるじゃない」

「ごめんごめん」

 急にドアを開けるな、というリズの忠告はハイテンションになっているアスナには通用しないことが多い……まあ、そんな事は今はどうでも良いが。

「で、キリト。普段の格好に戻ってるって事は、まさか血盟騎士団から追いだされでもしたのか?」

「まあ合ってるような……こっちから出て行ったというか……」

 なんだか言いにくそうに口ごもるキリトを、アスナが肘でつつきながら何かを催促するように目配せをし始めた。

「えー……この度、俺とアスナは……結婚、することになりました」

 アスナから目配せを受けて、たっぷり一分をかけてキリトが発した結婚報告は、俺を硬直させてリズを狂喜乱舞させるに充分な威力を持っていた。

 このアインクラッドにおいて、システム的にプログラミングされている結婚にはデメリットしかないと言って良い。
だけれども、そんなことなど意に介さないペアがその境地にまで至るのだろう。

「フフ、今度はリズの番だね」

「――ッッ!? そ、そうだ! みんなで写真撮ろう写真!」

 リズのいきなりの提案で、ポカンとした顔になった俺とキリトの男性陣は無理やり店外に出され、なにが起きたか解らない俺とキリトが顔を見合わせている間にも、アスナとリズも店外へと出て来る。

「では、撮らせていただきます」

 カメラマンを務めて貰うのは、店員NPCのハンナさんに《記録結晶》を使ってもらうことにして、俺たちは《リズベット武具店》をバックに写真を撮った。
アスナとリズは肩を寄せてピースサインをし、キリトは半歩下がって半笑いをしていて、俺はアスナに引っ張られてリズに支えてもらうように……そんなポーズをとりながら。


 ……キリトは《月夜の黒猫団》のことをアスナと共に乗り越え、結婚まで至った。

 対する俺も、いつも横で笑ってくれるリズのおかげで、PoHと一応の決着をつけることが出来た。

 そしてクリスマスの日、キリトの《スターバースト・ストリーム》から俺の命を守ってくれた日本刀に、その作り手たる茶髪の鍛冶屋の名前として登録されている名前は《リズベット》。
お互いに自己紹介をしてないほどの昔から、お世話になりっぱなしのこの友人のおかげで、俺はこの浮遊城で一分一秒を生きていられるのだ。

「……ありがとう、リズ」

「ショウキ、今なんか言った?」

 照れくさくて小声で言ったのだが、そのお礼を言った対象たるリズには、ちょっとだけ聞こえてしまったらしい。

「いや、何でもないさ」

 ――ただちょっと、このナイスな展開と言える日々を噛み締めただけで。
 
 

 
後書き
ゴールデンウイーク終了までに更新出来て良かった……というか、お前ら(ショウキとリズ)爆発するか結婚しろ(笑)

さて、原作通りならばあと二週間でアインクラッド崩壊となりますが……はてさて。

感想・アドバイス待ってます。 

 

第四十六話

 キリトとアスナが結婚してから数日たった日、俺は第二十二層に来ていた。
レアモンスターどころか普通のモンスターすら迷宮以外にはまともに出現せず、何かめぼしいアイテムやダンジョンもないこの層には、見慣れた攻略組など当然ながら存在しない。

 まさに田舎町と言えるこの層にいるのは、もはやこのアインクラッドの中で生きているようなプレイヤーや、こういうのどかな雰囲気を好んで移り住んだ職人プレイヤー、大抵は留守にしている物好きな攻略組……そして、あまり一目につくことを嫌ったプレイヤーだけだった。

 《黒の剣士》キリト。
ユニークスキル取得事件や血盟騎士団入団/脱退事件など、ここ数週間で更に有名になった友人が、結婚した《閃光》アスナと共にここに住んでいた。
前述の事件の騒ぎが収まるまでか、キリトたちはこの田舎町に引っ込んで新婚生活を楽しんでいる筈だったのだが、今日になっていきなり俺をメールで呼び出したのだった。
もう既に、新居にはリズと共に遊びに行っているので、キリトたちもただ暇だからと俺を呼ぶことはしないだろう。

 受けた依頼は午後からだったので、特にこれと言って問題は無いのだが……《圏内事件》の時といい、あの二人に呼ばれる時は何か厄介事に巻き込まれる予兆と言って良いので、今度は何の用か少し身構えているものだ。

 ……と、そんなことを考えている間にも、あの夫婦が二人で買ったログハウスが見えてきた。
このアインクラッドにおける典型的なプレイヤーハウスだが、この第二十二層の雰囲気も相まって、どこか優しげな雰囲気を感じさせた。

 元々キリトが住んでいた、人がわらわらと集まっていた第五十層《アルゲート》より遥かに良い場所だと再認識すると、俺はキリトの家をノックした。

「キリト?」

 キリトとはもちろん、アスナともフレンド登録をしているため、ダンジョンではないこの場所ならばあの夫婦が二人ともこの新居にいることは解る。
妙に上擦ったキリトの声が聞こえた後、いつも着ているダンジョン攻略用の黒いコート《コート・オブ・ミッドナイト》ではなく、私服姿のキリトが俺を出迎えた。

「わざわざ来てもらって悪いな。まあ、上がってくれよ」

 チラチラと自身の背後を伺いながら俺と会話する、挙動不審を絵に描いたようなキリトに、やはり《圏内事件》の時と同様だと既視感が起こる。

「……今度はどうしたんだ?」

 また厄介事に巻き込まれているだろうキリトに、少し溜め息混じりの声で問いかけると、キリトの返答の代わりとは言っては何だが、キリトの背後の廊下に見知らぬ少女が走っていた。
その少女の髪は、丁度キリトの髪の色とアスナの長さを併せたような感じをしていて、走っている途中で追いかけてきたアスナに抱きかかえられた。

「パパ……その人……だれ?」

 少女はアスナの腕の中で俺とキリトを指差してそんなことを言い放ち、俺を玄関でフリーズさせることに成功した。
初対面の俺を少女がパパと呼ぶわけがない――というか呼ばれたら困る――ので、パパと呼ばれたのは十中八九キリトの方であり、舌っ足らずな口調で『だれ?』と指を指したのは俺だろう。

 ……ならば何故、キリトはパパなどと呼ばれているのだろう?

 俺の脳がいつも以上に無駄に高速軌道した後、キリトがパパなどと呼ばれている理由に対し一つの解を導きだすと、俺はフリーズから復帰してキリトに背を向けた。

「……お幸せに」

「ちょっと待て!」

 俺に何の用があったのかは知らないが、これ以上キリトとアスナの新婚生活を邪魔してはいけないと思って立ち去ろうとした時、キリトに背後から捕まえられて無理やり家の中に引きずり込まれた。

「理由を話すからこっちに来てくれ!」

 そのままキリトに無理やりリビングまで連れて行かれると、未だに真に理解していない俺を椅子へと座らせ、アスナと少女はリビングではなくウッドデッキのような場所へと向かって行った。

「理由って……今度はどんな厄介事に巻き込まれてるんだ?」

 恩人たるキリトに呼ばれた以上、これ以上ふざけている訳にはいかないかと思ったが、これでキリトからアスナとの惚気話とか出て来るのであれば、速攻で帰ってあの少女とこの隠れ家のことをアルゴに伝えることを決心した。
……まあ、あの鼠ならばこの隠れ家のことぐらい知っていてもなんら驚くことは無いのだが。

「俺とアスナで……その、幽霊が出るって噂になっていた場所に行ったんだが」

「俺が毎日命懸けで依頼をこなしてる時に、楽しそうで何よりだ」

 ついつい口から滑るように出てしまった俺の言葉は、少なからずキリトの精神にダメージを負わせたようだったが、キリトは何とか立て直してそのまま会話を続けた。

「……行ったんだが」

「楽しそうで何よりだ」

 俺のいたずら心というか、少々人よりも旺盛な知的好奇心が二撃目を放ったが、二回目ともなるとキリトへのダメージは少なく、そして立て直すのも早かった。

「そこで、あの女の子――ユイが倒れていたんだ」

「…………」

 あのユイという少女が倒れていたために、このログハウスに連れてきたのは、本人はなんだかんだ言うがキリトらしい行動なので気にならないが、もっと大事なことが説明されていなかった。

「……精神にダメージでも負ったのか記憶喪失みたいで……見ての通り、幼児みたいな口調なんだ。俺やアスナのことを呼びたいように呼んでくれ、って言ったら……

「……パパ、か。なら、アスナはママか?」

 俺の問いかけにキリトは頷き、あの少女――ユイという名前らしい――のことをアスナが世話をしていて、ユイという少女もそれを受け入れているのかが合点がいった。

 しかし、精神にダメージという穏やかじゃない言葉は、俺にも重くのしかかって来ていた。
基本的に最前線にいるキリトはそういう現場に立ち会ったことは無いかも知れないが、そういった事件ならば、場馴れをしておらず仲間意識が強い、俺たち中層プレイヤーには少なからず覚えがあるものだから。

「倒れてるのを見つけた昨日より、随分元気になったから、とりあえず《はじまりの町》に戻って家族を捜してみることにする」

 確か《はじまりの町》には、このアインクラッドに閉じ込められてしまっている子供を保護している教会があると聞いているし、シリカのような例外を除けばほとんどの子供のプレイヤーは《はじまりの町》から出ていないので、妥当な判断だろう。

「……しかし、じゃあ何で俺を呼んだんだ? 悪いが先に約束があるから、一緒にユイの家族を捜してくれ、って言うのはお断りだ」

 少し発言が冷たくなってしまったかも知れないし、助けになりたい気持ちはあるが、先約はユイの家族を捜すことより重大な仕事であるし、俺の勝手な意志で約束を破ることなどは問題外だ。

「ショウキに来てもらった理由は2つあるんだ。まず、ユイに見覚えとか……無いか?」

「……悪いが、無いな」

 少し脳内を検索してみるものの、あんな年のプレイヤーを見れば少しは記憶に残っていてもおかしくないだろうが、全く見覚えが無かった。
仕事の都合上、中層プレイヤーのフレンドも大勢いるので、ソロのキリトや攻略一辺倒のアスナよりは遥かに知人は多い俺にもかかわらず、だ。

「そうか……それともう一つ。ユイのシステムメニューを見てほしい」

 いきなりキリトはそう言うと、縁側で二人して遊んでいるアスナとユイという少女を呼び、アスナの「今行く」などという声が少し遠くから聞こえてきた。

「待てキリト。システムメニューなんて見ても、俺は機械関係は詳しくないぞ」

 このアインクラッドに行くまではフルダイブはおろかナーヴギアすらあまり知らず、パソコンも満足に扱えない自信が有るほどの機械音痴だ。
キリトはそこまでではないにしろ、俺の機械音痴を知っているはずなのだが、そんな俺にシステムメニューを見せて何の意味があるというのだろうか……?

「……ユイのシステムメニューも、お前と同じでバグってるんだ」

 システムメニューのバグ。
最近は、自分が馴れてしまってほとんど考えることも少なくなってしまったが、俺のナーヴギアには手を加えられているため、普通のシステムメニューと比べるとバグっているように見える。

 具体的には、戦闘用のスキルがセット出来なかったり、レベルアップ用の経験値が無かったり――と、言った具合でだ。

「パパ~!」

 件のユイという少女が、アスナと共に廊下を小走りで走ってきてリビングに入り、キリトに体当たりをかました。
キリトの筋力値にはその程度の攻撃は通用せず、ユイをそのまま抱きかかえるその姿を見ると、キリトとアスナとユイという少女の三人家族のように見えなくもない。

「アスナ。話はキリトから聞いた。システムメニューを見せてくれ」

「うん。……ユイちゃん、ちょっとさっきみたいに左手を振ってくれるかな?」

「わかった!」

 システムメニューを開くのは通常右手のはずだったが、元気よくアスナに応えたユイという少女は左手を振ってシステムメニューを呼びだした。
それだけでも驚いたものだが、可視モードにしてもらったシステムメニューを見せてもらうと、それ以上の驚愕が俺を待っていた。

「……何だ、これは……?」

 俺のシステムメニューも他人とは違うことになっているものの、ユイという少女のシステムメニューはそんなものではなかった。
《MHCP-001》という謎の記号のような名前しかなく、それ以外にはオプションしかないというシステムメニューは、俺の理解の範疇を越えていた。

「おにぃちゃん、なまえは?」

 システムメニューを見て考え込んでいると、そのユイという少女から声をかけられていた。

「……ショウキ、だ」

 ユイという少女に自身の名前を告げて顔を背けると共に、俺には解らないという意志を示すためにシステムメニューをアスナの方へと返した。

「これも悪いけど、俺のまだ軽微なバグとは桁違いだ。全く解らない」

「それは残念だけど……もしかしてショウキくん、小さい子の相手とか苦手なの?」

 血盟騎士団副団長《閃光》アスナとして鍛えられたのだろう洞察力が、端的に俺が今苦手にしていて困っていることを言い当てる。
さっきから極力ユイという少女に話しかけていないことも、アスナの言う通り小さい子供の相手が苦手だからである。

「へぇぇぇ……なんだか意外。ショウキくん明るいから、そういうの得意そうだったけど」

「ほほう……」

 無駄に素晴らしい洞察力を発揮したアスナに、良いネタを見つけたとばかりに嫌らしく笑うキリトたち夫妻に、厄介事に巻き込まれるという嫌な予感が的中したのだと実感する。

「ユイ。このお兄ちゃんは凄く良い人だから、遊んでくれるらしいぞ」

「わーい!」

 キリトのキラーパスにより、ユイという少女が喜んでこちらに走り寄って来た。
前述の通り子供の相手が苦手な俺には、それをどうしたら良いか解らずに固まってしまい、ユイという少女の体当たりを甘んじて受けることとなった。

「…………!」

 視線でアスナに助けを求めるものの、夫妻共々、自分の娘と近所のお兄さんがじゃれあっているのを見る夫妻のようにただ笑っているだけで、苦手な子供を相手にしている俺を助けてくれる様子は全くない。

 駄目だこのバカ夫妻、早く何とかしないと……と思ったその時、俺の腰あたりに埋めていた顔を上げたユイと、どうすれば良いか解らない俺が目があった。

「ショーキ……こわいの?」

 ユイが突如として放った言葉に、心臓が止まりそうになってしまうほどの驚きが俺の胸を貫いた。
どうやらユイの声は小さいために、近くでニヤニヤと笑うキリトとアスナの耳には聞こえていないようだった。

 確かに子供の相手は苦手ではあるにしろ、無論、今抱きかかえられる位置にまで接近しているユイのことが怖いわけではない。
問題は、ユイの黒色の瞳を見ると、俺の心の中が読まれているような……心の中で『怖い』と叫んでいる弱い自分を、この小さい子供にすら見透かされているような錯覚に陥ってしまうことだった。

「俺、は……」

「ショーキは弱くないし、みんなをたすけられるよ」

 ――なんなんだ、こいつは。

 そんなことを思ってしまった直後、突然目の前の少女が人間ではない存在に思えてしまい、気づくとユイをアスナの元へ突き飛ばすかという勢いで渡していた。

「ショウキくん。苦手なのは解ったけど、もう少し大切に扱ってあげないと」

「……すまない。お詫びのつもりじゃないが、これを」

 システムメニューから俺が多用しているメモ帳を取り出すと、《はじまりの町》の教会のことについて書かれているページを一ページ破いたキリトに手渡した。
キリトのようにネットゲームに詳しくはなく、アスナのように抜群に頭が良いわけでもない自分用に使っているメモ帳だったが、75層ともなると随分このメモ帳も使い込まれたものだ。

「《はじまりの町》の教会についてのメモだ。子供のことなら大体ここに行けば解るはずだ」

「ありがとうショウキ。……わざわざ、すまなかった」

 第一層でキリトに結果的には命を助けてもらったことに比べれば、こんな頼みぐらいならば何でもないのだが、そんなことを口に出すのは気恥ずかしい。

「代わりと言ったら何だが、75層の探索は任せてくれ。これから一週間ぐらい、攻略組の連中と迷宮区をしらみつぶしに探索してくる」

 ユイの家族探しに最後まで付き合えない理由は、この三ギルド合同の一大依頼があるからだ。
《血盟騎士団》・《聖竜連合》・そして、再び攻略ギルドに返り咲いた《アインクラッド解放軍》の実力派たちで構成されたパーティーで、75層の迷宮区という迷宮区をローラー作戦によってボス部屋を発見・偵察するとのことだ。

「そうか……今は攻略まで任せちゃってるのか……」

「だったら、さっさと復帰するんだな」

 これでキリトの用は済んだのだろうから、もうここにいるべき用事は特にない。
キリトたちも、すぐにユイの家族探しのために《はじまりの町》へと行くのだから、ここにいる理由はなおさらない。

「ああ、忘れてた。これ、リズからお土産な」

 キリトとアスナの家に行くことになった時に、リズから半ば無理やり持たされていたお土産を机の上に置くと、俺はそのまま玄関を目指して歩いていった。

「またあそぼーねー!」

 ――屈託なく笑うユイに対して、微妙に引きつった笑みを浮かべながら。
 
 

 
後書き
「短い話だから、テスト前に一回投稿するか」
と思って書いていたら、何故かこんなことに。

そして、ショウキはユイ編不参加になりました……正直、参加してもショウキには斬り払いが精一杯で、原作とあまり変わらないと思ったので……

感想・アドバイス待ってます。 

 

第四十七話

「くそっ! 何で壊れねぇんだよ!」

「…………また鍵開け失敗か、クソ!」

「おい速くしろよ、こっちも限界だぞ!」

 第七十五層の迷宮区にて、プレイヤーたちの怒声とも悲鳴ともつかぬ声がまさに阿鼻叫喚といった様子で響いていた。

 こんな状況になってきたのは誰が悪いわけでもなく、誰のせいでもない。
ただ、第百層まで残り二十五層ということで、気が抜けていたことは否定出来ない俺や攻略組プレイヤーのせいと……それを狙ってデスゲームらしくする、趣味の悪いゲームマスターのせいだった。

 攻略組を代表する三大ギルド合同という、前代未聞の第七十五層の迷宮区ローラー作戦か功を労し、一週間でこの第七十五層のマッピングは終了した。
これまでから考えると異例の速さだったらしいが、それも、俺たちがアインクラッドを登り詰めている証拠だと考えれば、更にやる気が起こるというものだ。

 俺も《アインクラッド解放軍》に混じって探索に協力させて貰ったが、コーバッツを始めとする軍のプレイヤーたちも、攻略組に返り咲いたからかグリームアイズ戦で見せた危うさはもう既に無かった。

 そして、第七十五層のマッピングが全て終了してから三日後となった今日、再び三大ギルド合同のボス偵察戦が開かれることとなった。
謎の少女・ユイについてどうなったか、キリトとアスナの家に行こうと思っていたのだが、またもヒースクリフや軍から依頼を受けたために偵察戦へと参加することと相成った。

 たかだか私用で攻略に関することを棒に振るわけにもいかず、依頼を受けた俺と総勢20人の攻略組プレイヤーが、まだ見ぬフロアボスが待つボス部屋へと歩みを進めたのだった。

 偵察戦に選ばれるような攻略組プレイヤーに、既に発見済みのボス部屋へとたどり着くことなど造作もないことであり、驚くほど簡単にボス部屋の前の扉へとたどり着いた。

「《回廊結晶》の登録は完了した。ではこれより、第七十五層フロアボスの偵察へと移る」

 相も変わらず本当の軍隊のようなお堅い口調で話す、この偵察隊の副リーダーであるコーバッツ中佐殿の言葉に、否が応でも攻略組のプレイヤーたちの気が引き締まる。

 コーバッツが言った《回廊結晶》の登録というのは、《回廊結晶》は登録した場所に転移出来るというアイテムであり、本当の攻略の時に行軍の際に余計な被害が出ないように使われるアイテムだ。
《転移結晶》と違い、使用すると数分間残るために大人数で転移出来るということだが、難点は中層プレイヤーが全アイテムを売ってもまだ足りないほど高価なところか。

 そんなアイテムを使用することや、ここにいるほどの歴戦の攻略組プレイヤーの神経がピリピリしていることには理由があり、ここが第七十五層というクォーターポイントだからだ。
最初の第二十五層では《軍》が壊滅的被害を出し、次の第五十層ではあわや攻略組が全滅しかけることとなった……まあ、その時は戦線を支えた《聖騎士》ヒースクリフの最強伝説が生まれた訳だが。

 かく言う俺も第五十層の時にしか体験はしていないが、危険性を考えて偵察隊を半分に分けてフロアボスの攻略をすることとなった。
第一グループがまずコーバッツの指揮の下偵察をし、歯が立たなかったら全員の力を併せて撤退し、何とか戦えるようならばそのまま二グループでスイッチして偵察を行う……という手筈になっていた。

「この前のグリームアイズ戦みたくなるなよ、コーバッツ」

「……任せておけ」

 この前のグリームアイズ戦を完璧に黒歴史認定した偵察隊の副リーダーに激励を送り、俺はリーダーであるシュミットの率いる第二グループへと戻る。
いつまでもボス部屋の前にいては、その層よりも強いモンスターが無尽蔵に出現するというデメリットがあるため、第二グループはドアより少し離れてボスを見ることとなる。

「……行くぞ」

 コーバッツの低音の重い声が偵察隊の第一グループへと響き、皆が緊張した面もちでボス部屋を確認した後にコーバッツはボス部屋の扉を開けた。
中はグリームアイズ戦の時に比べれば明るく、遠目から見ても部屋の中の構造が解るほどだったが、残念ながらそこにフロアボスの姿はない。

「突入する!」

 自身の恐怖をも吹き飛ばすかのように、一際大きい声を出したコーバッツが先導し、偵察隊第一グループが全員ボス部屋の中へと入って行った。

 ――そして、そのボス部屋へと続く扉が大きく音を出して閉じられた。

「……なっ!?」

 その口から出た驚愕の声はここにいる全員の声であり、たかが四十代後半の層から携わってきている自分には知る由もないが、昔から攻略に関わっている人物で有れば有るほどその驚きは大きかったのだろう。

 『ボス部屋の扉は閉まらない』
その認識は俺たちの中で確立されており、そういう前提があるからこそこの偵察隊というものが出来ているのだ。

「……《縮地》ッ!」

 まさか、という嫌な予感が拭いきれず、高速移動術《縮地》を使ってまで出来るだけ速くボス部屋の扉へと近づくと、嫌な予感が気のせいであると願いながら日本刀《銀ノ月》をそのまま振り下ろした。

「……ッ!?」

 日本刀という武器は鋭さや切れ味を旨としている武器であり、日本刀《銀ノ月》は扉を壊せないまでもその扉を予定通り切り裂く筈だった。
だが、そこに現れたのは切れ味だとかそういう問題を無視する、このゲームという世界における神の領域である不死の設定――いわゆる《Immortal Object》が表示され、日本刀《銀ノ月》の一撃に扉は傷一つつくことは無かった。

「まさか……閉じ込められたのか!?」

 言って欲しくなかった現実を偵察隊の第二グループの仲間が告げると、そこからリーダーであるシュミットの判断は流石に早かった。

「フーゴ、確かお前鍵開けスキルを持っていなかったか?」

「あ……はい、了解です」

 《聖竜連合》の自身の部下であるらしい男性のスキルの有無を確認すると、部下は開けろと命令されたことを悟ってすぐさま俺の横につき、鍵開けスキルを発動させた。

「……ダメだ、スキルはカンストしてる筈なのに……!」

 《鍵開け》のスキルはその名の通りの使い方であり、ダンジョン内の施錠された扉や宝箱を開けるためのスキルだった。
戦闘中に役に立つことはごく一部の例外を除けば基本的にないため、戦闘職の者が取っていることは少ないが、戦闘職の中でも探索向きの構成にしているならば必須と言って良い……らしい。

「もう一回頼む!」

「どけよ傭兵っ!」

 《鍵開け》スキルを行っている聖竜連合のメンバーに頼んだ時、横から《軍》の団員であるコーバッツの部下が俺を突き飛ばして扉の前に立ちはだかり、その手に持った斧を叩きつけた。

 武器や人物が変わろうと扉の不死属性が解除される訳ではなく、当然のことながら《Immortal Object》と表示されて傷一つつかないという結果は変わらない。

 だが、俺はその軍のメンバーに「無駄だから止めろ」などとは口が裂けても言えず、それは俺以外の偵察隊の者も同様であった。
このボス部屋の中には、同じギルドだとかそういうことを超越した攻略組の友人が閉じ込められているのだから。

 ここにいるメンバーは全員、中にいる面々を今すぐ助けたいと思っているだろうが、不死属性というシステムの壁の前に出来ることはなく、フーゴと呼ばれた青年が《鍵開け》スキルを成功させることを祈るしかなかった。

 それからいても経ってもいられなくなった者――俺も含めて――が扉に攻撃を仕掛けたり、少しでも《鍵開け》スキルを習得している者は扉の前で悪戦苦闘をしていた。

 そして中にいる仲間を助けるのに必死だった俺たちが、ボス部屋の扉の前で一定時間離れないとハイレベルモンスターが現れるというのを思いだしたのは、少し遠くで全体の状況を俯瞰していた偵察隊の仲間が――HPゲージをほとんど散らしながら吹き飛ばされて俺たちに合流してからだった。

「な……んだこいつ……!」

 吹き飛ばされてきたプレイヤーがポーションを飲みながら毒づき、扉を開けようとする者たちの手が止まり、背後にいる何者かの姿を確認する。

 人間が四つん這いになったような姿の狼と言えば正しいのだろうか、人間と狼を足して二で割ったようなモンスターが俺たちを叫び声を上げながら威嚇する。
どこか悪鬼を思わせるその面もちで、哀れなプレイヤーを睨むあのモンスターの名は《パアル》と表示されており、定冠詞がついていないことから、ボスモンスターではないらしい。

「くっ……!」

 振り下ろされた強靭な腕を、リーダーであるシュミットがその手に持った盾で何とか防ぐ。
ユニークスキルを持ったヒースクリフには及ばないものの、 《聖竜連合》のタンク部隊のリーダーをも務めるシュミットの防御力は、攻略組の中でもトップクラスに位置する。

 そのシュミットですら防ぐのが精一杯というのは、流石はハイレベルモンスターということか……!

「《鍵開け》スキルを持ってる奴は引き続き頼む! コイツは……俺が引き受ける!」

 シュミットの盾に打ちつけられ続けている腕に日本刀《銀ノ月》を差し込むが、全く効いた様子はなく腕の一振りで俺は壁へと飛ばされてしまう。

「……っと!」

 しかし、あの馬力を見てからこの展開は予想済みだったため、慌てず壁に手と足をつけてパアルと同じように四つん這いになって勢いを殺し、そのまま壁を蹴ってパアルの元へと戻っていく。

「このッ!」

 こういうモンスターの弱点はやはり目かと当たりをつけ、目に一太刀入れようとするものの、その両手足を活かした素早さで俺の攻撃を避けながらその場を飛び上がった。

 空中に飛び上がったパアルからの腕を避けると、とりあえず距離をとるためにバックステップをして落ち着いて全体を観察した。

「速いな……」

 この偵察隊はボスモンスターを攻略する気は毛頭ないため、防御力重視のタンク装備のプレイヤーが圧倒的に多い。
《縮地》を始めとする高速移動の戦闘に馴れている自分でも、追うのがやっとのスピードのパアルに対し、この偵察隊では相性が悪すぎる。

「下がるんだショウキ!」

 シュミットの鋭い声に反応して何とかパアルのを腕を避けるが、避けた先に置いてあったような尻尾に吹き飛ばされ、剣を持って加勢しようとしていた偵察隊のメンバーへとぶつかってしまう。

「……悪い!」

「じゃあさっさとどけよ!」

 俺をどかした後にシュミットの号令により、大型モンスターを相手にする際の常套手段である、タンク部隊を正面に並べて長い得物で攻撃する布陣を高速で作りだした。

 そしてこれが冒頭部分のシーンに繋がり、パアルにはその戦術に対するローチンでも組まれているのか、手足に力を込めてタンク部隊を飛び越して俺たちの背後を取った。

 ――それこそが俺たちの狙いとも知らずに。

「かかったぞ!」

 パアルが飛び越したその場所には、先程尻尾に吹き飛ばされた際に俺のクナイを始めとする皆の様々な金属製の武器を設置してあり、まるで忍者の武器の《まきびし』のような様相を呈していた。
そこに飛び乗ったパアルは、当然ながら『まきびし』を踏みに踏みまくってダメージを受けてうずくまると、その隙をついて偵察隊のメンバー全員でパアルを取り囲んでいた。

「総員、一斉攻撃!」

 シュミットの号令があるより以前に、まずはその良く動く自慢の両手足と、ついでに首と尻尾を突き刺して身動きを封じ込めつつ、扉を開けようとしているメンバー二名を除いた一斉攻撃がパアルを襲った。

 いくら特製のハイレベルモンスターだろうと、両手足を攻撃しているメンバーのおかげで生半可にしか動くことは出来ず、生半可に動いてしまってはパアルの身体の下敷きになっている金属製の武器がさらに深々と刺さっていき、何分か後にようやくポリゴン片となって消滅した。

 この作戦の元をシュミットに提案したのは一応自分だったが、足止めがメインだった俺の作戦をこんなにも早く敵モンスターをハメて倒す作戦に昇華出来る攻略組のプレイヤーは、やはり俺の想像を超えているのだった。

「……しかし、もう一回となると辛いな……扉はどうだ!?」

「……やはり、無理だ……なっ!?」

 《鍵開け》を担当していた《聖竜連合》の団員の驚きの声と共に、今まで何をしても開かなかったボス部屋の扉が開かれた。
その団員の驚愕の声から察するに、扉が開かれたのは彼の《鍵開け》スキルのおかげではないということであり、開いた原因はそこにいた者には思い至った。

「コーバッツ中佐!」

 延々と不死属性がついた扉に斧を打ちつけていた軍のメンバーが、中にいる筈のコーバッツの名を呼びながらボス部屋の中を見た。

 そしてそこには何もおらず、更に言うと何者もいなかった。

「……撤退するぞ……」

 シュミットの、喉からなんとか絞り出したような声の命令に誰も反対する者はおらず、全員無言で懐から《転移結晶》を取りだした。

「……ん?」

 それは俺も例外ではなかったが、ボス部屋の中の入口の近くに、何か物が落ちていることに気が付いた。

 コーバッツ率いる第一グループがボス部屋に突入した時にあんな物はなく、気になったために転移する前に、ボス部屋に入らないように気をつけてそれ――どうやら紙のようだ――を拾い上げた。

「これは……」

 それは俺の見た通り何の変哲もない紙だったが、なにやら細々と文字が書き込まれていた。
俺も解らないことが解った時にはとりあえずメモをすることにしているが、そのことが今回功を労したようで、この紙に何が書いてあるかが解った。

 ……これは、今回このボス部屋にいたフロアボスの攻撃方法や特徴を、出来うる限りメモしておいた紙であった。
やはり先の第七十四層の時と同じくボス部屋は結晶無効化空間らしく、写真のように物体を記録する《記録結晶》は使えないようだったが、無いよりは遥かにマシでなおかつ役に立つ情報だった。

「ありがとう、コーバッツ……転移、《グランサム》」

 ショウキという俺の名前と「後は頼む」といった旨と共に、その紙の最後に記されていたこのメモを遺してくれた仲間の名前を告げて礼を言った後、俺も他のメンバーを習って本部である《グランサム》へと帰還した。

 そして第一層《はじまりの町》の黒鉄宮、そこにある《生命の碑》に、偵察隊の第一グループに参加していた戦友たちの名前に無慈悲な横線が引かれることとなった。
 

 

第四十八話

 第五十五層《グランサム》の血盟騎士団本部にて、俺は待ち人を待っていた……はずだったが、何故かその待ち人ともども血盟騎士団の上層部が集まる部屋へと集まった。

 その待ち人というのは、様々な騒ぎの沈静化のために第二十二層へと隠居していた、キリトとアスナ夫妻。
こんなお偉方が集まる独特な雰囲気の前に、アスナなどは慣れているからか堂々としているものだったが、キリトの方はどこから何が来るか解らないとでも言うように、見るからに気を張っていた。

 かくいう俺は、ヒースクリフを始めとするお偉方たちの目標は今回は俺ではないため、壁に寄りかかってとあるレポートのようなものを読んでいた。

「休暇中すまないが、君たちの力が必要な事態が起きた」

 とある事件で命を落としたゴトフリーを欠いた血盟騎士団のお偉方たちの中で、相変わらず良く通る声で喋るヒースクリフが話を切り出した。
その声色や喋ったことから察するに、どうやら前座は無しに本題から入るらしい。

「先日、三ギルド合同の偵察隊でフロアボスの部屋が発見されたのは……」

「ああ、知ってる。この前新聞で見たよ」

 あんな片田舎にいても攻略情報はチェックしているキリトは好印象だったのか、ヒースクリフはどこか満足そうな笑みを浮かべた後に話を続けた。

「知っているならば話は早い。そして、そこにいるショウキくんを含む20人の精鋭でボスの偵察を敢行したところ……実際にボスと戦ったメンバーは全滅した」

 自身らも攻略組に籍を置いている者同士だ、俺なんかより遥かに攻略組の精鋭の実力が良く解っているだろうキリトとアスナは、ヒースクリフのその発言を聞いて流石に絶句していた。

「偵察隊が……全滅……!?」

「無論、そうなったのには訳がある。今回の偵察は安全には安全を期し、先に10人が入り、他の10人は待機するという隊形をとった。だが、先の10人が入った瞬間、ボス部屋の扉が閉じた」

 ようやく声を喉から絞り出したキリトの前に、更なる現実がヒースクリフから突きつけられる。
今回のボス部屋は、これまでのボス部屋と違って脱出不能となっていた……という現実を。

「外部からは破壊不能であったようだし、偵察隊が脱出していなかったのを見ると、脱出不能な上、74層と同じく転移結晶も使用不能なのだろう」

 悲痛な面持ちで顔を下げたヒースクリフだったが、すぐに顔を上げて一枚のレポート用紙を取り出した。
あのレポート用紙は、今俺が読んでいる物と同じ物であり、直接今回の攻略に関わる全ての人間に配布されている物でもある。

「だが、希望がないわけではない。全滅した偵察隊の第一部隊のメンバーが、戦いながらボスの容姿や攻撃方法を出来るだけ細やかに書いたレポートを、ショウキくんが回収した」

 ヒースクリフの近くにいた幹部が、ボス攻略用のレポート用紙をキリトとアスナに渡す。
これはもちろん、コーバッツたちが死に際に俺たちに託してくれたものを纏めて、読みやすく編集したものだ。

「……彼らの犠牲と覚悟は無駄にしてはならない。新婚である君たちを召集するのは悪いが、是非とも君たちにも参加してもらいたい」

「もちろん俺たちは参加する。だけど、攻略組全員とアスナが天秤に掛けられた時、俺は迷わずアスナ一人を守る」

 ヒースクリフの問いに即答するキリトの目には迷いもなく、見る者に、絶対に意志を曲げることはないだろうと確信させると言っても良いほどだった。
あの最低最悪のクリスマスの日、自暴自棄になって俺と殺し合いをしたキリトはもういないのだと……俺はそう実感した。

 だが、その攻略組から弾かれるほどの不遜な物言いに、血盟騎士団の幹部の一部はざわめきを発したが、彼らを束ねるリーダーは面白そうに薄く笑っただけだった。

「アスナくんは……聞くまでもないな」

 キリトの横で柔らかく笑うアスナにも、キリトと同様の覚悟が感じられたためかヒースクリフはあえて何も聞かず、アスナも何も言わなかった。
そのやり取りを見ると、何だかんだでこの団長と副団長も長い付き合いなのだな、と実感させられる。

「誰かを守ろうとする者は、得てして強いものだ。ボス攻略は三時間後、君たち三人の奮戦を期待する」

 どうやら俺も、ヒースクリフの中では強いものに含まれているようで、最強のプレイヤーに言われるのであれば光栄なのだろう。
俺も攻略用レポートから顔を上げて頷くと、その場はこれで解散となった。



「三時間か……何しよっか?」

 キリトに笑いかけるアスナの胸には、一つのペンダントがぶら下がっていた。
攻略の手伝いやら何やらで聞き逃していたものの、先程ようやく聞けたのだ……あの幽霊の少女、ユイの話を。

 専門的な知識のことは俺にはあまり解らなかったが、ユイと呼ばれるプレイヤーは存在などせず、彼女はメンタルカウンセラーの仕事が出来るNPC……そんなようなものであったらしい。
あれから第一層に残っていた《軍》の一部の下級団員と一悶着あり、そこで記憶を取り戻したユイはカーディナルシステムに削除されそうになったものの、キリトの活躍によりアスナのペンダントの中にいるという。

 ……いる時間は短かったが、キリトたちは本当の家族になれたらしい。

 さて、それはともかくとして、俺もキリトとアスナのことを待っていた用事を果たすことにしよう。
俺がわざわざこんなところで二人を待っていたのは、ユイの話を聞くためでもあったが、もっと大事な用事があったからだ。

「キリト。俺とデュエルしてくれないか?」

 俺がシステムメニューを押し込むことにより、キリトの頭上に見慣れたデュエル申請メニューが現れた。
あと三時間でボス戦という、こんな大事な時にやるのは自分でもどうかと思うが、今のうちにやらなければいけない理由がある。

 キリトもデュエル申請を受けた最初は困惑していたものの、俺からデュエル申請をした理由を聞くと、何とかデュエルを受けてくれた。

 デュエルの場所は血盟騎士団の団員の訓練所で、あまり目立ちたくはないために、出来る限り使われていない場所をアスナに確保してもらった。
その場所は典型的な空き地としか言えないようなところで、普段も人がいないのに、こんな時に人がいる筈もなかった。

 デュエルの形式は当然ながら初撃決着モードであり、キリトにはあのクリスマスの日に敗北する原因となった、ユニークスキル《二刀流》を使ってもらう。
これならばキリトにもボス戦前の訓練にもなるし、何より、俺のその理由には《二刀流》が密接に関わっていた。

「悪いな、いきなりこんなこと頼んで」

「いや、いいさ。それより、ショウキと《二刀流》で戦うのは始めてだな」

 クリスマスの日は最後に少し使っただけだからカウントしないのか、それともあの戦いのことをカウントしてないのかは知らないが……
そして、デュエルを申し込んだのもある理由からとはいえ、やるからには負ける気はない。

 秒数にして五秒後、俺たちの頭上に『DUEL』の文字が表示され、アスナが見ている中で俺とキリトのデュエルが始まった。

 このデュエルでの先手をとったのは、二刀を持ったキリトだった。

 勢い良くダッシュした黒と白の剣戟が頭上から迫るものの、伊達に日本刀を使っているわけではなく、愛刀の長さは完璧に把握している。
日本刀《銀ノ月》により二本の片手剣を同時に防ぐものの、キリトは即座に次なる行動へて移る。

 流石はキリト、とにもかくにもまず反応速度が早い。
黒い方の剣が、頭上へと日本刀《銀ノ月》を防御に回しているためにがら空きになっている俺の胴体を狙うが、足を上げて足刀《半月》で防御する。

 そのまま足刀《半月》で黒い剣を弾くように身体を回転させると、ついでにそのまま勢いをつけた足刀《半月》からの回し蹴りをキリトへと叩き込んだ。
だが、キリトは攻撃に使っていなかった白い剣を手のひらで回して俺の回し蹴りを弾き返した……ドラゴンのブレスをも防ぐ、片手剣のソードスキルだったか。

「はっ!」

 片足を弾き返されたせいでバランスを崩してしまった俺に、キリトはここぞとばかりに発生の速い《ヴォーパル・ストライク》が俺の胸へと発動するが、当たってなぞやらない。

「《縮地》ッ!」

 不安定な態勢ながら何とか高速移動術《縮地》を発動することに成功し、キリトの背後に回り込むことが出来た。
そのまま日本刀《銀ノ月》の水平斬りをキリトにお見舞いしてやるが、キリトはしゃがんで避けた後、そのまま前転して俺から距離をとった。

 だがキリトが転がり終わって背後を見たその時、俺は既にその場にいなかった。
そう、俺は五回限定の高速移動術《縮地》をもう一度使用し、キリトの後方……つまり、キリトが転がっていった方に既に追撃をしていた。

「抜刀術《立待月》!」

 《縮地》をしてからの高速の抜刀術はキリトを背後から奇襲したが、キリトの反応速度はその上をいった。
いや、キリトと言えどもあまりにもその反応は早すぎた……まさか、俺が《縮地》を使うことを解っていたがごとく。

「読んでたぜ、ショウキ……!」

 キリトは背後に回った俺のことを視界に捉えていて、抜刀術《立待月》を軽々と避けながら《二刀流》のソードスキル《ダブル・サーキュラー》を繰り出してくる。
放たれた二連撃攻撃の片割れは足刀《半月》で蹴りつけて防ぐものの、もう一本を止める手段は俺にはなく、身体を捻ることで何とかクリティカルヒットを避けることに成功した。

「くっ……!」

 しかし避けたと言っても、なんとかクリティカルヒットでは無くしたと言ったところで、肩口に当たって無視出来ない傷が出来る。
この初撃決着モードは、クリティカルヒットを一撃受けるかHPがイエローに落ちるかが敗北条件なので、このダメージは無視できる物ではない。

 バックステップをしてクナイを投げて牽制すると、キリトは易々とクナイを切り落として見せるが、そのおかげで距離を取る時間は稼げた。

 そう、胸ポケットについた《カミツレの髪飾り》を触って、少し集中出来るぐらいの時間を稼ぐぐらいは。

「ナイスな展開じゃないか……!」

 《恐怖の予測線》――この瞳に移る視界がクリアになっていき、幾つかのデメリットと共に『未来予知』とも取れるような予測線を発現させる。
この予測線が、俺の脳にどれだけ被害が有るのかは解らないのであまり使いたくはないのだが、このデスゲーム中ならば構うまい。

 再びクナイを構えてキリトに投擲するが、今度は空中で切り裂かずにキリトは横へと避けるついでに俺に接近し、二本の剣で《ヴォーパル・ストライク》――いわば、《ダブル・ヴォーパル・ストライク》とでも言っておくか――を俺に向かって放ってくる。

 だがどんな速度であろうと、俺の《予測》からは逃れることは適わない。
両肩を貫く二本の予測線を見た後、俺はそのまま空中へと飛び上がって一回転をした後、バランスを整えてキリトの剣の上に飛び乗った。

「なっ……!?」

 キリトの驚愕の声と面持ちが見えて大変嬉しいのだが、これは元々いつだかPoHにやられた技であり、俺もその時はこんな顔をしていたのだろうと思う。
そのままキリトに袈裟斬りを叩き込んでやろうとするものの、俺よりも遥かに筋力値の高いキリトには通じず、無理やり剣から弾き飛ばされてしまう。

 クルリと空中を一回転しながらクナイをキリトに投げることで追撃を阻止し、そのまま安全に着地する。
……いや、その程度の小手先の足止めはキリトには通用しなかったらしい。

 俺の顔面を五秒後に貫くはずだった《ヴォーパル・ストライク》をしゃがんで避けると、そのまま足から頭まで切り裂いてやるとばかりに切り上げるが、キリトの残ったもう一本の剣に防御されてしまう。

 側面から迫り来るらしい、《ヴォーパル・ストライク》に使った剣からの追撃を避けると、一旦距離を取ることにした。

「キリト、このままじゃ埒が空かないと思わないか?」

「……確かにな」

 どちらの攻撃も当たらないという、いわゆる千日手のこの状況も流石に飽きてきた。
俺は日本刀《銀ノ月》を隙が無くなるように構え直すと、俺はキリトに一つ提案を仕掛けた。

「こうしないか? 俺はここでキリトの攻撃を待つ。それでキリトは俺に全力の攻撃を叩き込んで、俺が斬り払いきったら俺の勝ちだ」

 俺が提案したこの勝負は、俺から提案しただけあって、はっきり言うと俺が圧倒的に有利だった。

 このままキリトと千日手が続くのであれば、《恐怖の予測線》の時間制限と高速移動術《縮地》の使用限度回数がある俺の方が確実に負けるだろう。
だがこの勝負に持ち込めれば、先読みと斬り払いならば俺の得意技であるし、キリトの《二刀流》の剣戟であろうと《恐怖の予測線》があれば先読みも更に未来予知の領域に達するのだから、回避する自信は大いにある。

「良し、受けた。そこ動くなよ」

 しかしキリトがそんな俺の事情を知っている訳がなく――俺が斬り払いを得意としていることは知っているが――自分の《二刀流》のソードスキルのスピードに賭けたようだ。

 ここで、第二の俺に有利な状況が出来上がる。
キリトがこれから使うソードスキルは十中八九、十六連撃技《スターバースト・ストリーム》……そのスピードと連撃は確かに脅威だが、グリームアイズとの戦いで俺はその技を『視ている』。

 知っている技ならば避けることなど容易い。
そう判断した俺は、二刀を構えるキリトに攻撃してくるよう促した。

「さあ、来いよ……!」

 キリトの返事は言葉ではなく、裂帛の気合いとソードスキル発動エフェクトに代えられた。
そして俺は戦慄することになる――《恐怖の予測線》で見る予測線が、スターバースト・ストリームの軌道を描いていないことを。

 これは後から聞いた話だが、キリトがこれから放とうとしていたのは第二十七連撃技《ジ・イクリプス》――俺が予想していた技の倍近くの物量とスピードを伴った規格外のソードスキルは、これ以上ないほど有効な不意打ちとなって全方位を覆うように俺を襲った。

「……チィッ!」

 どんなに有効な不意打ちであろうとも、目の前で行われている限り《恐怖の予測線》は無事にその役目を遂行する。
俺の身体に伸びる予測線に向け、日本刀《銀ノ月》を放ってまずは二撃斬り払うものの、キリトの方が圧倒的に手数が多すぎていつかはこちらがジリ貧になると解る。

 さて、どうするか……足刀《半月》を日本刀《銀ノ月》と併せて使えば、二本の剣をとりあえずは防げるし、今現在もそれで防いでいるのだが、それもキリトのこのスピードの前では焼け石に水だろう。《縮地》を使って逃げるというのも論外で、高速移動を使用する前の隙でも突かれてクリティカルヒット、俺は敗北する。

「だったらこれしかない……か!」

 今の《縮地》の予備動作がどうのこうので思いついた、この状況で俺が選択した防御法は、予測線が現れる場所――つまり、キリトが攻撃のためのモーションを始める場所を突くことだった。
俺の《縮地》だろうと何だろうと、何かを始めようとする時には『予備動作』が必要だ……使うためには、特定の動きをしなければいけないソードスキルならばなおのこと。

 俺が日本刀《銀ノ月》で狙うのはその『予備動作』であり、動きにはすべからく予備動作があるように、どのような動きだろうと予備動作を封じ込められてしまえば動くことは出来ない。

「そこっ!」

「……ッ!?」

 それは相手がキリトだろうとここがアインクラッドだろうと、どこでも同じことであり、結果的に《二刀流》の片割れである黒い剣を封じ込めることに成功する。
今のキリトは、パンチをする前に腕を押さえられた、そんなような感覚になっていることだろう。


 残りの片割れたる白い剣の方を防御するのは簡単で、ただ予測線が導きだす場所に足刀《半月》を置けば良いのだから。

 どれだけ《二刀流》が厄介であろうと、その片割れを封じることが出来ていればただの片手剣と大差はなく、充分に見切りをすることは可能だった。
どちらかと言うと、黒い剣の予備動作を突き続けるという方がよっぽど大変なのだが、こういう細かいことは俺の得意分野だ。

 ……だがもちろんこの防御方法が成功するのは、俺が黒い剣の予備動作を突くのに成功することが前提条件だった。

「うおおおおっ!」

 キリトの気合いと共に放たれた左の手から放たれようとした剣を、今までの26撃通りその予備動作を突こうとした俺の日本刀《銀ノ月》が、先に攻撃に使っていた右手に持っている黒い剣で弾かれた。

 《恐怖の予測線》は俺への攻撃しか見ることは出来ず、ソードスキル発動中には他の動作は出来ないはずなので、俺の視界から黒い剣は完璧に外れていた。
しかし、黒い剣がソードスキル以外で動いたということは、この左手の突きが最後の一撃だということ……!

 そして、そのまま黒い剣で日本刀《銀ノ月》を弾いたキリトは、満を持して最後の攻撃を俺へと一撃を叩き込み――


「……危ない危ない」

 否、叩き込むことは出来なかった……というか、させなかった。
確かに黒い剣により予備動作を突くことには失敗したものの、弾いたことにより威力が減じられたこともあり、易々と何の変哲もない回避をすることに成功する。

「く……!」

「ハッ!」

 そのまま返す刀で日本刀《銀ノ月》の――刃で斬る気にはなれなかったので――柄での一撃が、合計二十七連撃のソードスキルの代償に硬直しているキリトの胸元に向けて、遂に会心の一撃を喰らわせた。

 所詮は刀の柄程度であるため、あまりダメージは無いものの、その一撃は充分にクリティカルヒットと認識されたようだ。

 ――その証拠に、何とか俺の方に勝者を示す文字が浮かんでいたのだから。
 
 

 
後書き
随分遅れてしまいました、遊戯王の方にも書きましたが、原因は全てエクバとACfaと暦物語にあります。

時に思ったのですけれど、(知らない方はスルーしてください)先日ジョジョを読んでいて、ショウキと《キング・クリムゾン》に若干既視感を感じました。

時飛ばし=縮地
エピタフ=恐怖の予測線
火力が足りない
……みたいな。

ええ、関係ありませんでしたねすいません。

感想・アドバイス待ってます。 

 

第四十九話

「ただいま」

「おかえりなさいませ」

 マイホームの隣にあるお得意様となった武器屋、《リズベット武具店》の門戸を開け放つと、もはや毎度お馴染みとなった店員NPCのハンナさんからの言葉が届けられた。

 先程の突然のキリトとのデュエルで、日本刀《銀ノ月》やら足刀《半月》やらクナイやら、使用武器が少々……というか結構磨耗したため、リズに手入れを頼みに来たのだった。
まあデュエルをするにしろしないにしろ、ボス戦の前はここに来るつもりだったのだが。

 ちなみにキリトとアスナ夫妻はと言うと、キリトの《二刀流》で使用した武器も磨耗したため、キリトは一緒に《リズベット武具店》へと付いてくるつもりだった。
……だったのだが、アスナがキリトに「空気を読んで」といった旨の警告を発した後、無理やり他の鍛冶屋へとキリトを引っ張っていったため、今はどこにいるかは解らない。

 ……アスナには少々、余計なお世話だ、とツッコんでやりたかったものの、時間も無いので俺一人で《リズベット武具店》へと来たのだった。

「ショウキ、おかえりー」

 ハンナさんの対応が「いらっしゃいませ」ではなく、「おかえりなさいませ」だったことから俺だと解ったのだろう、リズがアスナコーディネートのいつもの格好で、店の奥から顔を出した。

「ああ。早速で悪いんだけど、ちょっと武器の手入れ頼めるか?」

「ん~……大丈夫、お安いご用よ」

 日本刀《銀ノ月》と足刀《半月》をリズに渡し、俺だけ座っているだけというのも何なので一緒に仕事場に行き、リズが研ぎ機を起動させてから俺は椅子に座った。
アイテムストレージの大量のクナイ……こいつらも大事な副兵装だ、ボス戦の前にこれらも点検せねばなるまい。

「ちょっとショウキ、何やってるのよ?」

「何って……クナイの手入れだが」

 俺の答えに眉をしかめたリズがクナイに伸ばした手を、俺は半ば予想していたため、容易くクナイに到達する前に受け止めた。

「本職に任せなさいってっ……!」

「だからそっちを頼むって言っただろっ……!」

 クナイを自分で手入れしようとするリズの手と、それを受け止める俺の手の力が拮抗し、そんな時間はないだろうに何故か押し問答になってしまう。

「別に良いだろ、俺だって鍛冶スキル上げてんだからよ」

「あたしの鍛冶屋としてのプライドが許さないの!」

 普通に会話しているようでも水面下では激動の押し合いが繰り広げられ、同時に女子であるリズと拮抗していることが、男子としての俺が精神的ダメージを与えられている。
俺は茅場のせいで筋力値を思うように上げられず、対するリズは鍛冶仕事の副産物として、筋力値とレベルがどんどん上がって行くのだから、これは仕方のない結果とも言えるが。

「隙ありっ!」

「甘いっ!」

 側面から飛び出したリズの腕を弱めに弾き、クナイを置いてある机と座っている椅子ごとリズから距離をとった。

「ここまでは来れまい、仕事が出来なくなるからな……!」

「ふふん、それはどうかしら?」

 不適な笑みをこぼすリズだったが、彼女には俺の宣言通り研ぎ機からはあまり離れる気配はないどころか、全く動く気配がなかった。

 代わりと言っては何だが、リズは俗に言う指パッチンの態勢を取ったかと思えば、その指から即座にパチンと小気味良い音を鳴らした。

「今よハンナ!」

「……しまった!」

 いつの間にやら背後から気配を消して接近していた、店員NPCのハンナさんにリズの宣言で突如として強襲され、俺がハンナさんの対処に追われている隙に、本隊のリズが机の上にあったクナイをまとめて持って行った。

 結果として俺は、《リズベット武具店》代表選手の女子二人に、限りなく小規模な戦いに敗れ去ることとなった。

「ドアの施錠が完了致しました」

「お疲れ様。あんたは、コレぐらいあたしに任せときなさいよ?」

 前半はハンナさんに、後半は勝者の権利たるドヤ顔と共に俺に発せられたものだった。
敗者たる俺には、リズの言葉を忸怩たる思いで受け止めることしか出来ず、何も無くなった机でお茶を飲むしか出来なくなった。

 ……今から思えば、この思いつきだけで始めた料理スキルによるお茶にも、随分助けられたものだった。
やはり美味いものはどこであろうと……いや、こういう状況だからこそ必要なのだと再認識させられた。

「ねぇショウキ。結構武器磨耗してるんだけど、ダンジョンでも行ってたの?」

「……鍛冶してる時は無心ですべし、じゃなかったのか?」

 鍛冶屋の間でまことしやかに囁かれる噂を引き合いに出すが、この噂のことをリズはあまり信用していないので、対してダメージを受けずに次なる会話に移った。

「む……それはともかく。どうしたのよ、コレ」

「……ちょっと理由があってな。キリトとデュエルしてた」

 これ以上のことをリズには話す気はなく、話す理由も特にはない。
リズもこれ以上のことを聞きたい様子だったが、あまり話す気がなさそうな俺を見て断念したようだ。

「まったく……相変わらず、変なところで秘密主義なんだから」

 リズは愚痴りながらも作業する手を止めることはなく、リズの研ぎ機と家の水車が水を巻き上げる音が絶妙なコラボレーションを果たしていた。
それはどことなく聞いていると落ち着く音で、このまま目を閉じれば心地良く意識を失えるだろうが、ボス戦を寝過ごしたということになれば笑えない。

「はい、カタナと足の剣の手入れ完了! クナイはちょっと待っててね」

 流石はマスタースミスと言ったところか、ただの手入れであろうと仕事が早い。
そして、一応どんなものかと確認していた俺に、リズから声がかけられた……俺が、言わないで欲しいと願っていたことを。

「ねぇ、ショウキ。……あんた、この後ボス戦に行くの?」

 予想外の聞かれたくなかった質問に、ついつい飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまったものの、何とか平常心を整えた。

「……誰から聞いたんだ?」

 ボス戦に行くことは現時点で公表されていることではなく、攻略に成功してから新聞社の方へとネタを流すのが基本となっていたため、何故リズが知っているのかは疑問が残った。
確かに鍛冶屋を営んでいるリズならば、顔は広いし情報を手に入れる機会は多いだろうが……どこぞの鼠ほどじゃ無いはずだ。

「アスナから。メールが来たわ」

 さっきアスナにありがとうなどと言った気がするが、一瞬で気分が180°変わった気がした。
別に絶対に秘密にしなければならない、という訳では無いにしろ……

「大丈夫だよ。これまでも何回もボス戦なら攻略済みだし、今更言うことでもないと思ったんだ」

「あたしがクォーターポイントのことを知らないと思ってるの!?」

 クナイの手入れを中断したのか終了したのかは知らないけれど、リズは研ぎ機から手を離して俺に向かって怒りを見せた。
クォーターポイント……《軍》が壊滅的被害を受けたというのが第二十五層であり、ヒースクリフが持ちこたえていなければ全滅していたのが第五十層であることから、次なる第七十五層も相応の強敵が予想される、ということだ。

「……知ってたか」
 『――だからこそ、内緒にしたかった』という続く言葉を何とか口の中に引き止めると、俺も椅子から立ち上がってリズの方へと向き直った。

「それにあんた……そろそろ、戦えなくなって来てるんじゃないの?」

「……ッ!?」

 リズに……いや、誰にも言っていなかった真実を何故か言い当てられると、流石に平常心を保ってはいられなくなってしまい、額から冷や汗がこぼれ落ちた。

「……それも、知ってたのかよ」

 リズの言う通り、俺は攻略組のプレイヤーと、最前線のダンジョンについていけなくなっていた。
パーティーを組んだ場合ならばどうとでもなる程度の、そんな些細な違和感ではあるのも確かだが。

 何故かと問われれば、俺にはレベルアップが出来ず――正確には、その層のフロアボスと戦えるレベルに固定されているようだ――周囲がレベルアップをし続けていることに尽きる。

 今まではそれでも充分に戦えていたのだが、層が上がってダンジョンの質が上がっていくごとに、プレイヤーたちはレベルを上げていく。
つまり、俺はレベルが80程度に固定されているにもかかわらず、キリトたちは95というところまで到達しているのだから、それはついていける筈がない。

 自前の剣術や《縮地》に《恐怖の予測線》があれば、先のキリトとのデュエルのように勝ちを拾えるものの、元々ネットゲーム初心者の俺には、ダンジョンの攻略は辛いものとなっていた。

「……どうして気づいたのか、参考までに」

「あんたとさっき押し合った時に確証を持ったわ。《鑑定》スキル持ちの鍛冶屋をナメないでよね」

 リズのスキルとよく見てくれている観察力と……それと、優しさに脱帽する。
きっと彼女が武器のメンテをしてくれる時に、こんな俺でも戦えるようにきちんとメンテしてくれたのだから。

 ここまで解っているのだから、リズの言いたいことは一つなのだろう。

 ――ボス戦に行かないでくれと。

 それが彼女の心、の底からの優しさや善意から来ているということぐらいは解っているつもりだ。

「――それでも俺は行かなくちゃいけない。……約束だから」

 短い間だったけれど共に戦った友人、コーバッツや偵察隊のみんなからの思いが託され、キリトやアスナを始めとする古い友人たちも参戦するのだ、ここで俺だけが逃げる訳にはいかない。

「……怖く、ないの?」

 リズにそう聞かれると、いつぞや――確か《圏内事件》の時だったか――キリトからも同じ質問が来たのを思い出した。
そんな異常な状況で戦って、死ぬのが怖くないのかと。

 その時は確か、『死ぬのが怖くない人間がいるのかよ?』などと、少し冗談めかして答えたのだったか。

「怖いさ。怖くて今すぐ逃げ出したい……って、リズに会う前の俺は言ってただろう」

「あたしに……会う前?」

 隠しボス相手に自分が戦力外でやられてしまっていた時に、それでも俺のことを心配しているようなリズに、俺は『強さ』を見た気がした。
だったらこんな俺だって、逃げずに誰かの為に戦えるんじゃ無いかって、PoHとの戦いやギルド《COLORS》のことを乗り越えて思ったんだ。

 しかしてここで逃げてしまえば、俺はリズに会う前のまやかしの強さを全面に押しだした俺に戻ってしまうだろうから。

 そんなのは嫌だった。
たとえカッコ悪かろうが無様だろうが、それでも前に進んで、リズのように強くなりたいから。

「いや……何でもない。つまり何が言いたいかって言えば、俺は止まらない。止まらないでボス戦に行く」

 しかしてそんなことを面と向かって本人の前で言える筈もなく、結局はぼかして中途半端にカッコ悪くなってしまったのは、俺らしいと言えばらしいだろうか。

「――――。ふ、ふん。逃げるなんて言ってたらはっ倒してたわよ」

 リズは一瞬俺の顔を凝視した後に、顔を赤らめてそっぽを向き、ニヤケながら相変わらずの憎まれ口を叩いてくれた。

「さて、どうだか」

「……それはともかく! メンテナンス、終わったわよ」

 先程中断していた時には既に終わっていたらしく、俺に鋭い銀色の光を放つ日本刀《銀ノ月》を始めとした武器たちを返してくれる。

「やれるだけ最高のメンテナンスをしておいたわ。……あたしにはこれしか出来ないし。……死なないでね、約束して」

「いつもありがとう、リズ。それと、それは約束するほどのことじゃなく、当然だ」

 日本刀《銀ノ月》を腰に/足刀《半月》を足に/クナイを専用ポケットに……と言った具合で完璧に戦闘準備を完了させると、まずは一回深呼吸してリズの家から転移門へと向かおうと、《リズベット武具店》のドアを開いた。

 いつかのように、そこには開店待ちの男性プレイヤーなどはおらず、コトコトと回り続ける水車と俺の家が見えた。

「そう言えばリズ。鍛冶に大事なのは無心で叩くこと……っていう通説、リズは信じてなかったが、リズお手製のコツとかはあるのか?」

 本当に何の関係もない思いつきだけの質問に、リズは虚を突かれたようで、少しだけ考える動作を見せた。
あまり口には出来ない感覚的なものなのか、少々考えあぐねた後、ボソッと口に出した。

「……想い、かな」

 リアリストを気取っている節のあるリズにしては、無心で叩くという通説より、予想外のロマンチックな答えだった。

 ……だが不思議と、その言葉は俺の心の中に染み込んで行った。

「そうか……そうだよな……いや、いきなり変なこと聞いて悪かった。行ってくる」

「いってらっしゃい。約束守るのよ!」

 リズの送り出してくれる言葉に無言で応えると、ふと、我が家の方をチラリと見た。
その玄関先――俺のかつての仲間たち、ギルド《COLORS》の写真が飾ってあるところに、四人のプレイヤーがいた気がした。

 夢か現か幻か――それでも、ギルド《COLORS》ともう一度会えたことに感謝すると、もうどこにもいない彼らにも挨拶をして転移門へと向かった。

 第七十五層フロアボス攻略戦まで、残り30分に差し掛かろうとしていたところだった。
 
 

 
後書き
早くボス戦書けよ、とツッコまれそうでドキドキしてます蓮夜です。

しかし、ここを逃すとリズの出番がなく……しかし、ボス戦前にコイツ等は何故にイチャイチャしてるのか。

感想・アドバイス待ってます。 

 

第五十話

 待ち合わせ場所である第七十五層主街区《コリニア》に到着すると、そこはもう、今回のボス戦に参加する攻略組のプレイヤーたちで溢れかえっていた。

 これからも転移門からは続々とプレイヤーたちが集合する筈なので、とりあえずアイテムストレージを確認しながら向こうへ歩いていくことにする。
すると、リズに頼まれて二人で作っていた共有ストレージに、いくつかのポーション類のアイテム等が送られていることに気づくと、少しだけ笑みがこぼれた。

「ようショウキ! 元気か!?」

「お前は元気みたいだな、クライン」

 騒がしいフレンドに対してのいつもの対応に文句を言いつつ、クラインが俺の肩を叩きながら近づいて来た。
ギルド《風林火山》のみんなは一緒ではなく、全員別行動をしているようだった。

「で、ショウキ。攻略前にリズにしたのかよ?」

「……何をだよ?」

 下世話な笑みを浮かべているクラインに対し若干不機嫌な表情で返すものの、この赤髪の男にはそんなものは通用せず、むしろ厄介な援軍を呼ぶだけという結果で終わった。

「面白そうな話をしてるな、俺も混ぜてくれないか」

 厄介な援軍こと黒い肌の大男……商人プレイヤーでありながら攻略組という、かなり異端なプレイヤーのエギルが向こうからやってきた。
顔には商人らしい愛嬌のある笑顔が浮かんでいるが、装備は攻略組のプレイヤーそのものだった……ここにいる時点で、それは当たり前なのだが。

「面白い話なんて何もしてないぞ、エギル」

「いや、ショウキがリズに告白したかって話だぜ」

 クラインが突如として発した爆弾発言に、俺は精神的にダメージを受けて大いによろめいた。
お前は何を言っているんだ、という思いを込めてクラインを睨みつけるが、あくまでもクラインは嫌らしい笑みを浮かべたままだった。

「誰が見ても両思いなのバレバレなんだからよー。くっついちまえよー」

「確かにな」

 小学生か中学生のように絡んでくるクラインが心底うざく、エギルまでそんなことを言いつつ深く頷いていた。
その表情には、「俺もあの時は若かった……」などと言いそうな年長者が出す雰囲気を漂わせている。

「……キリトならともかく、特定の相手がいないお前らには言われたくない」

「ぐっ……!」

 俺のせめてもの反撃に独身男と公言している上に、自身がリーダーを務めるギルド《風林火山》が男だらけのクラインがダメージを受けるが、エギルは鼻で笑って受け流した。

「残念だったな。俺には綺麗な嫁さんがいる」

「「なん……だと……!?」」

 エギルのまさかのカミングアウトに対してクラインとキレイに言葉が被ってから、少し空を仰ぎ見ると、お節介な年長者二人に声を出した。

「……どっちがどうなるか解らない、こんな場所で何かする気はないさ。死亡フラグになっちまう」

 台詞の最後は、シリアスな雰囲気に耐えかねて冗談めかした言葉になってしまったが、これは俺の心の底からの真実だ。
……まあ視界の端に写る、一目もはばからずイチャイチャしてる黒と白の対照的な服を持つ新婚夫婦は、少し見ない方向で。

「俺は……リズが好きだ。だからこそ、きちんとした場所で言いたい」

 当の本人がいないところでのみ語れる本心は、ざわざわと騒がしい攻略組プレイヤーの歓声に消え去っていき、もうこの浮遊城のどこにもない。
これでクラインあたりがリズを俺の背後に呼んでいたりすれば、俺は恥ずかしさでショック死する自信があったが、幸いにもそんなことは無かったようだ。

「……そうか。真面目なヤツだな、テメーはよー」

「そういうことなら、死ぬんじゃないぞ」

 お節介な年長者二人は思い思いの言葉を吐きながら、自分たちのグループの待つ場所へと戻っていく。
俺たちがこんなことを言っている間に集合時間になったらしく、転移門から現れるヒースクリフに対し、血盟騎士団の大抵のギルドメンバーは敬礼をした。

 通常ならばヒースクリフは困ったように苦笑して返すのだが、この状況ではそういう訳にもいかず、ヒースクリフは俺たちに向かって毅然と声を張り上げた。

「諸君、今日はこの場に集まってもらって感謝する」

 このまま演説をする気ではないらしく、ヒースクリフは言葉をそこで切って懐から《回廊結晶》を取りだした。
半数が全滅した俺たち偵察隊が、ボス部屋の前に登録しておいたため、発動するだけでボス部屋の前の空間に繋がる……という優れものだ。

「コリドー、オープン」

 使用したヒースクリフがまず始めに出現したワープゾーンへと入っていき、その後に《血盟騎士団》のギルドメンバーたちが即座にヒースクリフに続いて行く。

 暗黙の了解といった感じで二番手は《聖竜連合》、三番手は《アインクラッド解放軍》、それからは《風林火山》を始めとする小ギルドやパーティーが続いたので、自ずと俺が最後となった。

 俺は作戦会議でパーティーを組むのではなく、ソロプレイ、もしくはコンビプレイでボスと戦うことなっていた。
恐れはない、と言っては嘘になってしまうが、覚悟を決めてワープゾーンへと入っていった。


 回廊結晶で創りだしたワープゾーンを通ってからは、もう既に偵察で来たことがあるボス部屋の直前にある広間。
一度全員がそこに立ち止まったものの、ヒースクリフが歩きだしたのを合図のようにしてボス部屋の中に足を踏み入れる。

 どのようにしてかは解らないが、攻略組全員が入ったのを見計らったのようにボス部屋の扉が閉まっていき、覚悟はしていたがこれで脱出は不可能になってしまった。

 しばしの間ボスの到着を待つと、天井から人間とは比べられない大型の影が飛来して来て、俺たちの前にその姿を現した。

 《The Skullreaper》――骸骨の狩り手を名乗るフロアボスモンスターは、コーバッツたちが遺してくれた情報の通りの姿で、骨の鎌を構えながら俺たちを威圧した。

「来るぞ!」

 ヒースクリフの号令と共に、比較的スカルリーパーの近くにいたタンクプレイヤーが狙われるが、コーバッツたちの情報通りならば、あの鎌にはタンクプレイヤーの防御でも削り取る威力を秘めているという。

 狙われたタンクプレイヤーは、大きく仰け反りながらも鎌を切り裂くと、自身の背後を見て叫んだ。

「「スイッチ!」

 タンクプレイヤーとスイッチして俺がスカルリーパーの前に出ると、標的に俺が移ったのか俺に鎌が振り下ろされるが、斬り払いならば俺の専門分野だ。
容易くスカルリーパーの鎌を弾くと、第二波の攻撃に備えて日本刀《銀ノ月》を構えた。

「さあ、来いよ……!」

 アインクラッドに来る前に鍛えていた、俺の普段の斬り払いと見切りが功を労し、フロアボスの攻撃でも斬り払い・回避は出来るというのは、グリームアイズ戦で証明済みだ。

 左の鎌を重心を傾けるだけという最小限の動きで回避し、右の鎌は日本刀《銀ノ月》で斬り払い横に受け流す。
《恐怖の予測線》を使うまでもなく、まだ余裕を持ちながら攻撃を回避出来る理由はキリトにある。

 つい数時間前に行ったキリトとのデュエルでの、彼の《二刀流》に比べれば止まっているも同然なのだから――!

「ショウキ、大丈夫か!?」

「……見ての通りだ! 攻撃は頼む!」

 キリトからの俺を心配する言葉が響くが、それに俺はスカルリーパーから意識を離さずに応え、キリトたちに直接攻撃を任せる。

 攻撃には参加出来ないが、このスカルリーパーの足止めが俺のこのボス戦での役割だ。
キリトとのデュエルで二刀を相手にし、偵察隊が敗れてからの一週間で修練は充分。

「っしゃあ行くぜ!」

 顔を見なくてもクラインと解る声が耳に届き、攻略組が側面を足下へと攻撃のために殺到していく……何せ大きいのだ、攻撃をするところに困ることはない。
スカルリーパーの足はその一本一本が剣という性質を持っているらしいが、タンクプレイヤーにとってそれぐらいならば大したことはなく、通常のモンスターを相手にしているのと変わらない。

 情報アドバンテージというコーバッツたちが遺してくれたものの存在は大きく、それさえあればこのように、スカルリーパーに対抗するための戦術が取れるのだから。
……だが、それだけで勝てるほど一筋縄で行けない相手だということも、また確かなことであった。

 ……スカルリーパーが一際雄叫びを上げると、ダンジョン中を駆け回るために移動を開始する。

 そのことを聞いてはいたが対応することは出来ず、スカルリーパーは走りだすと共にその双鎌の攻撃が激しくなっていく。
それでもまだ、耐えられないことは無かったのだが。

「うわああああっ!」

 少し離れた場所で、ポリゴン片が砕けたような音に惑わされて手元が少し狂ってしまい、とてもではないが第二波を受けられる状況ではなくなってしまう。

「……《縮地》っ!」

 鎌が俺に振られる前に高速で側面に移動すると、前への移動を邪魔していた俺がいなくなったスカルリーパーは、壁に向かって歩いていき天井へと登っていく。
そのまま天井をかさかさと移動していたが、狙いすましたかのようにプレイヤーたちが密集している場所に足の剣を輝かせて墜落していく。
「ボスの影から離れろ!」

 攻略組の部隊とは違うところにいた俺には警告する余裕があったものの、その影の中心地にいるプレイヤーなどは間に合うはずもなく、器用にも空中で一回転したスカルリーパーの足に貫かれてしまう。

 そして天井から大質量の物が落ちてきた故の摂理によって、かなりの衝撃波が床に足を取られているプレイヤーたちの動きを奪い、そこをスカルリーパーの本命である鎌の攻撃が無慈悲にもプレイヤーを切り裂いた。

 ……いや、標的にされたプレイヤーの前に、一人の赤い鎧を纏ったプレイヤーが立ちはだかった。
スカルリーパーからの攻撃に対する防御という、俺と同じ役割を持ったプレイヤーである《聖騎士》ヒースクリフの十字盾が、鎌を防いだのだった。

 変わらず態勢が整えられていないプレイヤーを狙う、もう片方の鎌を、距離が離れていたおかげで早く動けるようになった俺が斬り払う。

「ショウキ君、右は頼む」

「ああ!」

 ヒースクリフの問いに答えだけでも強気に返すと、振るわれ続ける右の鎌を受け流し、少しだけでもダメージを与えられるようにクナイを投げる。
しかし、HPゲージが1ドットすら減らないのを見て、無駄なことを悟って投げるのを止める。

 俺にはやはり斬り払いを行うことしか出来ず、攻撃は全てキリトたちに任せるしかないのだと再認識すると、受け流す衝撃で削れてしまっているHPの為にポーションを口に投げ入れる。

 攻撃部隊も全員先程の状態に戻ることが出来たようだが、スカルリーパーは一カ所に止まるのを良しとしないのか、またもや雄叫びをあげた。

「総員、離れろ!」

 大移動の合図となるスカルリーパーの雄叫びに対し、ヒースクリフの指示が全員に飛ぶが……手足の一部でも当たってしまった者は、スカルリーパーの足に巻き込まれてしまう。
助けるのが遅れてしまえば、巻き込まれてしまった者はその剣のような足にズタズタにされ、耐えられなければ……ポリゴン片となることだろう。

「ヒースクリフ!」

 そしてこのままスカルリーパーの前面から離れなければ、俺もヒースクリフも同じ運命となってしまう。
そのことをヒースクリフが解っていない訳もなく、俺とヒースクリフは示し合わせてスカルリーパーの前から飛び退いた。

 俺たちの生命の危機が回避された代わりに、枷から解き放たれたスカルリーパーは部屋を縦横無尽に駆け回り始め、天井からの攻撃をするために壁を登り始めた。

「てぇぇぇい!」

 そこを同じように、壁を走って登っていくキリトとアスナがスカルリーパーに一太刀浴びせて床に着地すると、スカルリーパーはキリトとアスナを追撃しようとする。

「今!」

 そこをアスナの号令の下、攻撃部隊のプレイヤーが放った大量の投げナイフなどがスカルリーパーに飛んでいき、キリトとアスナの追撃のために無理な態勢を取っていたスカルリーパーは壁から床に落ちていった。

 天井からの攻撃を未然に防ぎなおかつ攻撃チャンスを作るという、あの夫婦の見事な手並みに感心している余裕もなく、プレイヤーたちはこぞって倒れたスカルリーパーに向かっていった。

 だが敵もただやられるわけではなく、その長い骨で作られた尻尾がプレイヤーたちに振るわれたが、それはヒースクリフが単独で受け止める。

「うおおおおっ!」

 まさに千載一遇のチャンスに、尻尾をあしらっているヒースクリフを除いた、全プレイヤーが総攻撃をしかけていく。

 ……その時間が永遠に続けば良かったものの、そんなことはなく、幾ばくかの時間の後にスカルリーパーは起き上がり、雄叫びを上げて中断していた大移動を再開する。

 そのいきなりの大技に、軽量装備のダメージディーラーたちは反応して距離をとったものの、今まさに大技を放とうとしていたタンクプレイヤー――例えばエギル――は、成す術もなく大移動に巻き込まれていく。

「止まれぇぇぇぇ!」

 巻き込まれたタンクプレイヤーの全滅――直面した現実に届くはずもない叫びを上げ、無駄だと解っていながらクナイを乱れ投げし、スカルリーパーにダメージを与えようとする。

 無論、そんなもので怯む相手ではなかったが、俺のその横で的確な指示を出す者がいた。

「巻き込まれた諸君、回復したまえ!」

 ヒースクリフの言葉が届いたタンクプレイヤーたちは、足に巻き込まれながら自分の懐を探しだす。
偵察隊が確認済みのことだが、この場はもちろん《結晶無効化空間》であり、簡単にHPを満タンに出来る《回復結晶》は使えない。

 だが先程、俺も使った通りポーションならば使えるので、ダメージを受ける時にポーションを飲んで回復していけば、大ダメージは免れないだろうが死にはしないかもしれない。

 そのヒースクリフの目論見はどうやら正しかったらしく、スカルリーパーが壁に登り始めた時に解放されたタンクプレイヤーたちは、命からがら助かっている者もいた。

 しかしスカルリーパーは天井に登ってしまったため、奴の次なる攻撃は密集した場所への墜落攻撃……今ここでプレイヤーたちが最も密集しているのは、タンクプレイヤーたちの場所だ。

 救助に向かえば自分も諸共に死ぬだろう……墜落攻撃で死ぬか、追撃の鎌で死ぬかぐらいの違いはあるだろうが。

「待ってろ……!」

 それでも俺は、駆け出してタンクプレイヤーたちのところに行くと、天井にいるスカルリーパーのことを睨むように見据える。

「馬鹿野郎ショウキ、逃げろ!」

「断る!」

 満身創痍ながらも、なんとか生き残ったエギルの怒声を軽くスルーすると、天井のスカルリーパーが俺たちのいる場所へと落ちてくる。

 それを見届けた後に、俺は自分に出来る限りの速さでアイテムストレージを操作すると、とあるアイテムがこの場に現れた。

 ――そしてそれと同時に、スカルリーパーの胴体は巨大な剣によって貫かれていた。

「……狙い、通りだっ……!

 俺が出したアイテムには特に名前はなく、ただただ巨大な大剣のようなものであり、それをなんとか俺が支えてスカルリーパーを貫いていた。

 その大剣のようなものの正体は、第七十四層フロアボス《The Gleameyez》の使用していた、悪魔のように巨大な大剣の……中ほどから折れた物である。
あのボス戦の際に、俺が抜刀術《立待月》で叩き折った剣の残骸を回収した物ではあったが、俺とコーバッツたちを苦しめた『質量』と『切れ味』は健在であり、現に同じフロアボスであるスカルリーパーの胴体は貫かれていた。

「くっ……!」

 だがそんなものを支えることが出来るはずもなく、あくまでもタンクプレイヤーが逃げるまでの数秒を稼ぐことしか出来やしない。
そう思っていたのだが、途端に大剣を支えていた両手が軽くなっていく……何故ならば、エギルを始めとする生き残ったタンクプレイヤーたちが、共に大剣を支えてくれていたからだ。

「お前だけにカッコつけさせやしないぜ……!」

 エギルたちがこちらを笑顔で見てくれるが、その合計筋力値でもこの大剣を支えるには充分とは言えず、俺は全員に指示を出した。

「向こうに叩きつけるぞ!」

 エギルたちのおかげで使えずとも振り下ろすことは可能になり、グリームアイズの大剣は俺の指示のもと解放され、スカルリーパーは顔面から床に叩きつけられた。

 ――そしてその地点にいるのは、ヒースクリフから指示を受け、回復と準備を整えたダメージディーラー部隊である。

 スカルリーパーの両鎌は、あっさりとヒースクリフとキリトとアスナ夫妻に封じられ、尻尾で攻撃しようにも尻尾は天井の方を向いていて床には届くことはない。
スカルリーパーはダメージディーラー部隊の総攻撃を、何も出来ずに何十撃も連続して喰らうことなったが……それにも限界があった。

 スカルリーパーがその鎌でグリームアイズの大剣を切り取り、自分に枷られた拘束を解除したのだ。
依然として、胴体には大剣が刺さっているままだったが、自由を手にしたスカルリーパーは極大の雄叫びを響かせた。

「いかん……総員退避!」

 珍しく、ヒースクリフの焦った声がダメージディーラー部隊全員に届いたが、逃げた先をスカルリーパーに追われたプレイヤーは……残念ながら、その鎌に切り裂かれてしまう。

 そして駆け回るスカルリーパーは心なしか、こちらにいる俺とタンクプレイヤーたちを狙っているように思えてならない。

「散るぞ!」

 タンク部隊の指揮をとっていたシュミットの指示で、タンクプレイヤーたちが三々五々壁際から別の場所に逃れていったのを確認すると、俺は逆にスカルリーパーの方へと向かっていった。

「ショウキ、何やってる!」

 後退したエギルの声が背後から聞こえるが、俺はそのままスカルリーパーへと向かっていく。
キリトとアスナの奇策によって受けたダメージ、胴体を大剣で今もまだぶち抜かれたダメージ、ダメージディーラーたちから総攻撃を受けたダメージ……それらのダメージはスカルリーパーのHPを大きく削っており、もう少しで削りきれるほどだ。

 ならば、これ以上の犠牲者が出る前にスカルリーパーを叩く……そう決意した俺は、胸で輝く《カミツレの髪飾り》を手に取った。

「ナイスな展開じゃないか……!」

 俺自身を鼓舞する口癖と共に発動する、《恐怖の予測線》の影響によってクリアになっていく視界は、ある一点のみを見据えていた。

「見えてるぞ、スカルリーパー……」

 クナイの乱れ投げ・グリームアイズの大剣による叩きつけ……今までに二度その場所に攻撃したが、当たったその時のスカルリーパーのHPの減少量が、明らかに大きすぎた。

「お前の、弱点が……!」

 すなわち頭蓋骨。
二方向から乱舞のように放たれた鎌を、《恐怖の予測線》の導きに従って避けていき、日本刀《銀ノ月》を構えてその乱舞を突破した。

「刺突術……《矢張月》!」

 一点突破においては俺の持つ技で最も威力のある技、刺突術《矢張月》をスカルリーパーの頭蓋骨の中心へと叩き込み、その骨にひびがピシピシという音をたてて波紋のように広がっていき――

 ――そこで、止まった。

「嘘、だろ……!」

 刺突術《矢張月》はスカルリーパーのHPゲージを削りきるには至らず、頭蓋骨にひびを与えたのみで終わってしまう。
そして、空中へと飛んでいて動くことが出来ない俺に向けて、スカルリーパーは首を伸ばして俺の足に噛みついた。

「ぐ――――ッ!?」

 それと共に俺の身体は、まるで自分の身体でないように動かなくなり――この症状は高レベルの《麻痺毒》だという結論に至る――背後から、特大の《恐怖の予測線》が迫ったいるのが解る。
しかし、解っていても避けることが出来ない攻撃は避けられないのが《恐怖の予測線》の弱点……俺は麻痺毒で動けない。

「――すまない、リズ」

 必ず帰ると約束した彼女に脳内でそれぐらいを言う時間はあり、俺の足に噛みついたままのスカルリーパーを睨みつける。

「相変わらず、こんな無茶な戦い方しか出来なくてな……自分で喰らいな、スカルリーパー!」

 その言葉と共に俺は全力で『しゃがむ』と、俺を狙っていたスカルリーパーの双鎌は、勢いあまって自身の弱点である顔面に突き刺さり、プレイヤーを一撃で葬り去る攻撃を皮肉にも自分で喰らうことになる。

 スカルリーパーの双鎌が背後から届く前に何処からか『攻撃』が来た……いや、《恐怖の予測線》にも反応しない、とてもじゃないが攻撃とは言えない代物。
キリトが愛用する投剣スキル《シングルシュート》……投剣スキルとは言うものの、何でも投げられるそのスキルで俺に届けられたのは、解毒ポーション……!

 スカルリーパーの背後で自らの攻撃を中断していたキリトに、言葉を出している余裕はないが感謝の気持ちをアイコンタクトで伝えると、最期の一撃を加える為に日本刀《銀ノ月》を振りかぶった。

 場所は未だに空中だが、またもやスカルリーパーには皮肉にも、噛みつかれているおかげで俺の足元は安定している。
そして上半身の身体のバネを最大限活かす、零距離限定隙だらけの一撃必殺技――

「――斬撃術《朔望月》!」

 大砲の弾のように撃ち出された日本刀《銀ノ月》は、易々とひび割れたスカルリーパーの頭を貫通し、そのHPゲージにトドメを刺す。

 そして消え去った頭から徐々にポリゴン片となっていくと、最期は欠片一片たりとも遺さずにこの浮遊城から脱落していくのだった。

 
 

 
後書き
遅くなりました、スカルリーパー戦です。

SAO編もそろそろラスト……ということで、更新していきたいのはやまやまなのですが、これからテストという。

一回ぐらい更新しても……いや、感想・アドバイス待ってます。 

 

第五十一話

 スカルリーパーがポリゴン片となって消滅したことにより、その口に噛まれていることによって拘束されていた俺も空中で解放され、そのまま重力に従って地上へと落ちた。
ここでかっこよく着地と行きたかったところだが、力が抜けてしまい、どうしても尻餅をつかざるを得なかった。

 役目を終えた《恐怖の予測線》も解除されると、気合いを入れて立ち上がり、先程斬撃術《朔望月》によって砲弾のように吹っ飛んでいった日本刀《銀ノ月》を回収……しようとしたが、まだ立ち上がることは出来そうにない。

「流石だな、ショウキ君」

 今ここにいるプレイヤーの中で、唯一立っているプレイヤーである《聖騎士》ヒースクリフが俺に近づいてくると、いつの間にか回収されていた俺の愛刀たる日本刀《銀ノ月》を渡してくれる。

「……わざわざありがたい」

「なに、今回の君の奮戦に比べれば安いものさ」

 微笑を浮かべて相変わらずの減らず口を叩いてみせるヒースクリフだったが、流石にその表情には疲労が色濃く残っており、この最強のプレイヤーでさえギリギリの戦いであったということを実感させられる。
……そして俺は聞きたくなかったものの、ギリギリの戦いには必ずしもついて回ることを、ヒースクリフに問いかけたのだった。

「……何人、死んだ?」

「……十人のプレイヤーが、この浮遊城から姿を消した」

 目を瞑って黙祷をするようにしているヒースクリフから発せられた言葉には、とても信じがたい数値であり……また、これからのこのデスゲームの攻略のことを考えさせられる数値だった。
クォーターポイントではない次以降の層は、これ程の強さではないのか、それともこの層以降のボスはみんなこれぐらいの強さなのか……それはまだ解るはずもない。

 俺に今出来ることは、ここに生きていられることへの感謝と死んでいった仲間たちへの追悼、そしてこれからのボスに対する恐れだけだ。

「コーバッツ……みんな……仇は取ったぞ……!」

 このスカルリーパー戦において、命を懸けた最大の功労者たちに届くことはない報告を呟くと、俺の斜め上を黒色の閃きが飛んで行った。

「ヒースクリフ! 後ろだ!」

 そのどこかからか放たれた黒色のナイフは、俺の前にいたヒースクリフに向かって飛んでいき、《血盟騎士団》の部下たちを眺めていたヒースクリフには避けることも防ぐことも出来なかった。

 ――だが俺の警告の叫び声は、結果的には全くの無意味で終わった。

 カラン、と音をたてて床に落ちて消えていくナイフに、確かに当たったはずなのにヒースクリフの姿がそこにはあった……正確には、ヒースクリフからは【Immortal Object】という表示が現れていたが。

「団長……?」

 『理解出来ない』
そんなニュアンスが含まれている問いが、少し距離があるがしっかりと今のを見ていたらしい、驚愕のあまり口を抑えているアスナから発せられた。

 それもその筈であり、ヒースクリフから表示された《Immortal Object》――所謂『不死属性』を示すメッセージであり、いかなるプレイヤーにも持ち得ぬ技術なのだから。
それを持っているということは、NPCであるか、ダンジョンの床や壁であるか、そういうモンスターであるか……あるいは。

「……《他人のやっているRPGを傍から眺めるほどつまらないものはない》……そうだろう、ヒースクリフ。いや、茅場晶彦!」

 ヒースクリフに直撃した黒色のナイフを投げた張本人であるらしい、キリトの言葉に攻略組へとざわめきが走っていく。

 そんな中俺は日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいつつ、昔のとあることを思いだしていた。

 ギルド《COLORS》最期の共同戦線……あれはヒースクリフが教えてくれた隠しボスのおかげでなし得たことである。
だが、そんな情報を何故ヒースクリフが知っていて知っているのかは疑問に思っていた。

 後から聞いた話によると、同じ22層にギルドを構えていたシュミットや、あのアルゴでさえもボスのことは知らず、四人でやればなんとか倒せるあのボスモンスターの絶妙な強さ。

 それらは目の前の男が茅場晶彦だったと仮定すれば、全てに説明がつくのだ。

 尻餅をついた状態から立ち上がって距離を離すと、ヒースクリフは微笑しながらキリトに視線を向ける。

「参考までに、どうして解ったのか聞かせてもらえるかな?」

「あのデュエルの時のあんたの最後の動き……あれは、この世界の限界を超えてたよ」

 自白したのと何ら変わらないヒースクリフの静かな問いに、キリトはその両手に持った二刀を用心深く構えながら答えると、ヒースクリフはやれやれとばかりに頭を振ってから返答した。

「あれは私にとっても計算外だった。そこにいるショウキ君といい、私は案外好奇心は抑えられない性格なのだよ、危険だと解っていてもね」

 もはや決定的――現実を認められない《血盟騎士団》のプレイヤー以外は、皆思い思いの武器を持って、身体に鞭打って無理やり戦闘態勢をとっていた。

「確かに私は茅場晶彦だ。第百層で君たちを待つ筈だったラスボスでもある」

 遂に放たれた真実の言葉に、皮肉にも結果的にはラスボスの手によって生かされてきた攻略組プレイヤーが殺気立ってきたが、ヒースクリフはその殺気を何てことのないように受け流した。

 それも当然だ、彼は自分の何らかの目的のために一万人を殺しても良い覚悟があり、実際にもう数千人の命を奪っているのと同義であるにもかかわらず、平然としている精神力の持ち主なのだから。

「趣味が悪いぜ、最強のプレイヤーがいきなりラスボスとはな……」

「そうかね? なかなか良く出来たシナリオだと自負しているのだが」

 まるで世間話にも興ずるような口調のヒースクリフの背後から、《血盟騎士団》の幹部でもあるプレイヤーが、《忍び歩き》スキルで近づきながら戦斧を振り上げていた。

「俺たちの忠誠をっ……よくもっ――!」

 だがそれに反応していたヒースクリフは、あっさりと十字盾で戦斧を弾き飛ばし、その隙に左手で呼びだしたシステムメニューを操作すると同時。
全プレイヤーがつい先程と同様に、動けなくなってへたり込んでしまう……これは《麻痺》の状態異常だ。

「ここで全員殺して隠蔽する気か……?」

 どうやら一人だけ《麻痺》の効果の対象外となったキリトが、背後にいるアスナを守るように剣を構えると、それに対抗してかヒースクリフも《神聖剣》を抜きはなった。

「まさか、そんなことはしないさ。こうなった以上、私は第百層《紅玉宮》で君たちの到着を待つことにしよう」

 コツ、コツとその真紅の鎧から重厚な足音を響かせながら、圧倒的な存在感を示しながらも静かに、一歩一歩キリトに向かって歩みを進めていく。

「……だが、キリト君。私の正体を見破った報奨として、君には一つチャンスを与えよう」

 ヒースクリフはそこで立ち止まると《神聖剣》を床に突き立て、キリトに更なる言葉を紡ぎだそうとする。

 ――今だっ……!

「抜刀術《十六夜》!」

 突如として立ち上がった俺が放った高速の抜刀術《十六夜》が、キリトの方を見ていたヒースクリフに必殺の一撃を叩き込まんと、斜め後ろから飛来していく。

「……む!?」

 しかしアインクラッド最強の剣士の名は伊達ではなく、すんでのところでヒースクリフに防がれてしまう。

「ショウキお前、動けるのか!?」

 ヒースクリフから少々距離をとるために、お互いの剣が届かない程度に後退すると、油断なくヒースクリフを見据えながらキリトの問いに応じた。

「……ああ、お前のおかげでな」

 先程までのボスモンスター《The Skullreaper》戦において、俺はスカルリーパーから最高レベルの《麻痺毒》を喰らってしまったが、キリトが投擲スキル《シングルシュート》で投げてくれた解毒ポーションのおかげで事なきを得た。

 そしてヒースクリフが使って全員を動けなくさせたのも、ゲームマスターにのみ使える規格外の魔法ではなく――ここにいる全員をノーコストで麻痺させるのはともかく――俺もキリトと同じように動けなくなることはなかった。

 幸いだったのは、一部を除いて『平等』ということにこだわり過ぎるこのアインクラッドという環境。
そして俺には使えない《隠蔽》スキルを付加させて、ヒースクリフに対して俺のカーソルを目立たなくさせてくれた、この漆黒のコートのおかげ、か……。

 ――ありがとう、アリシャ。

 コーバッツたちと一緒で、もう『ここ』にはいない親友に対して礼を言っている間に、ヒースクリフがまたも小さく笑いだした。

「ショウキ君。君はプレイヤーの中でも、とびきり異端な存在だと解っていたが……やはり君は、私を楽しませてくれる」

 異端なのは当然だ……俺はもともとゲーマーですらなく、茅場にこの世界に引きずり込まれたのだから――と反論するより早く、ヒースクリフは懐からとある結晶系アイテムを取りだした。

「あれは、《回廊結晶》……?」

 そう、ヒースクリフが懐からだして手に持っているのは、このボス部屋に来る時のものと同種の、あらかじめ指定してある場所へとワープする空間を作るアイテム……《回廊結晶》だ。

「逃げる気かよ、ヒースクリフ」

「それは君たち次第だな。ここで君たち二人と二対一で戦っても良いが、それだと勝ってしまった時の、私のこれからの楽しみが半減してしまうのでね。……コリドー、オープン」

 ヒースクリフの宣言と共に隣に《転移門》と同じ空間が発生し、ヒースクリフがその空間に入っていく途中でこちらを振り向いた。

「私と戦い、この世界を終わらせたいのならば追ってきたまえ。ただし、先着一名となっているがな……ああそれと、君たちの《麻痺》は後数分で解けるが、この《回廊結晶》の空間も、それまでしか保たないようになっている。では、また会おう」

 ヒースクリフは最後まで忠告めいた口調で話しながら、空間の『向こう』へ消えていき、キリトは即座に追おうとした。
だがキリトの足元にクナイが刺さり、その場に立ち止まざるを得なくなった。

 キリトを止めるためにクナイを投げたのも俺で、《回廊結晶》の空間に先にたどり着いたのも俺だった……俺の方が距離が近かったのだから当たり前だが。

「悪いが俺が行かせてもらうぞ、キリト」

 正直言って、追ってもヒースクリフに勝てる可能性は少ない……しかしキリトは、第一層で俺を助けてくれたように、他人を助けることが出来る人間……そのユニークスキルも併せ、いわば『勇者』と言える存在だ。
……真似事しか出来ない俺と違って、ここから先の攻略に必要なキリトを、ここで行かせるわけにはいかない。

「何言ってる、俺の方が……」

「お前、俺にもヒースクリフにも負けてるじゃないか」


 もちろん、ヒースクリフ戦はシステムのオーバーアシストであったらしいし、俺との勝負は俺が有利な条件で戦ったからと、実際の実力はキリトの方が俺より上だ。

 ……だからこそ、行かせるわけにはいかないのだが。

「……それでも、キリト。俺の命を救ってくれてありがとう」

 ……若干照れくさいものの、この際だ、まとめて言ってしまおう……俺がこの後どうなるにせよ、この世界での最期の友人たちとの会話になるのだから。

「エギル、クライン。色々とお節介をありがとな。アスナは、リズに伝言頼めるか? 『遅くなりそうだ』って」

 言いたいことだけ言って背を向けると、震えている足を無理やり動かして空間の中へ入っていく……こんな時ぐらい恐がるな、と我ながら思ってしまうが、こんな弱いのもまた自分だろう。

 それに、こんなに弱くてもこの世界を終わらせることぐらいならば……俺にも出来るはずだ。

 ――ああ何だ、それはつまり――

「ナイスな展開じゃないか……!」

 そうやって自分を激励すると、とても後ろ髪を引かれる友人たちの叫び声を聞きながら、俺はどこかへ転移していった。
 
 

 
後書き
というわけで、次話からヒースクリフ戦となります。

他の皆様が個性に溢れるヒースクリフ戦を投稿してる中、自分のは《麻痺》のあたりはただの妄想設定という残念具合。

感想・アドバイス待っています。 

 

第五十二話

 ――《回廊結晶》特有の感覚を抜けると、視界が回復する前に、風が俺の肌を触るように吹いたのを感じた。

 徐々に視界が回復していき、まずは周囲の確認とばかりに周りを見渡すが……周りには何もない。
二年ぶりに見て感じることとなる、無限に広がっていく蒼穹しかそこにはなかった。

 立っているはずの場所に大地すらなかったが、代わりとは言っては少し違うものの、すぐ直下にとある建造物が見える。
いつだったか見た覚えのある、天空に浮遊する城のような建造物……そう、俺がこの世界に来ることになる前、現実世界であの浮遊城の姿を見た。

「アインクラッド……!?」

 そこにあった浮遊城は確かに、このソード・アート・オンラインというゲーム、そのパッケージに描かれていた舞台である《浮遊城 アインクラッド》そのもの。

 つまり今、俺がいるのは……

「なかなかに絶景だろう?」

 俺が今どこにいるか一つの可能性にたどり着いた時、前方から良く透き通る声が俺の耳へと届いた。
ここがどこか俺の予想が正しいならば、俺の他にこの空間にいるのは一人しかいない。

「ヒースクリフ……」

 先程から何ら変わらず、真紅の鎧を着込んだヒースクリフが俺と同じように何もない空間へと立っていて、あたかも空中浮遊をしているようだった。

「ようこそ、ショウキくん。百層を超えた場所――言うならばそうだな、《アインクラッド上空》へ」

 ここまで判断材料が揃っていれば誰でも解る、自分の予想が当たっていたことは大して驚きもせず、俺たちは二年間あの城で暮らしていたのだと考えると……奇妙な感覚に襲われた。

「アインクラッド上空、か……」

「落下したりはしないから安心したまえ。……しかし意外だな、てっきりキリトくんが来るとばかり思っていた」

 確かにここに立ってヒースクリフと向かい合うのは、自分より《二刀流》を使った勇者様の方が相応しいだろう。
だが、この世界で唯一無二のものを持っている者がこの場所に相応しいならば、俺とてキリト……勇者の真似事ぐらい出来る筈だ。

「キリトはこの先に必要な人間だからな……いや、必要ないか。ここでこのゲームは終わるんだからな」

 無論ヒースクリフに負ける気はなく、ゲームを『この先』まで続けさせる気はまるで無いが。

「良い気迫だな。では始めようか?」

「いや、その前に聞きたいことがある」

 これから殺し合いが始まるというのに、まるで散歩にでも行くようなヒースクリフの余裕そうな態度は、改めて彼がこのゲームの支配者だということを実感させる。

「聞きたいことは一つ。『どうしてこんなことを』……多分、プレイヤー全員が思ってることだ」

 この《浮遊城 アインクラッド》というゲームの世界に、人間を一万人閉じ込めてゲームを攻略させるという、ヒースクリフの……いや、茅場晶彦の目的。
大多数の凡人にとっては意味も理由も想像がつかぬ……この世界を作り出した、天才の考え。

「意味、か。ここはやはりRPGのラスボスとしては、『その剣で聞いてみろ』と返すところかね」

 ヒースクリフのユニークスキル《神聖剣》の象徴たる盾、その背面に内蔵された鞘から十字剣を抜き、幾多のボスモンスターの攻撃を防いできた構えをとる。

 茅場晶彦の目的を知りたければ、彼を倒して自分の世界を滅ぼしてみろと……ヒースクリフは言っている。

 そしてヒースクリフの近くに、不死属性解除を示すアイコンが表示されるのと同時に――

 ――ヒースクリフの視界から俺という存在が消え失せ、世界を救う一戦が幕を開けた。

「……なるほど、これが……!?」

「《縮地》だよっ!」

 一瞬の高速移動により相手の視界から自らを外して、あたかも瞬間移動をしたかのように見せる移動術《縮地》。
そしてヒースクリフに放つのは、俺の対人戦において刺突術《矢張月》とともに、高確率で初手になる《縮地》による斜め後ろからの一撃。

 相手が《縮地》の存在を知らず反応速度が悪ければこれで終わりだが、ヒースクリフはキリトと同じく見事にその二つの逆を満たしている。
ヒースクリフが放った十字剣と、俺の放った日本刀《銀ノ月》が鍔迫り合いを起こし、どちらも攻めきれずに一歩引く。

 そこを追撃してくるのがヒースクリフの大盾であり、かの盾は盾でありながら剣のようだったとキリトは言っていた。
空中に飛んで押し出された大盾を避けると共に、くるりと空中で一回転した後に真下にいるヒースクリフの顔を見る。

「斬撃術《弓張月》!」

 本来ならば天井などを蹴って勢いを増す斬撃であるが、この蒼穹に天井などない為一回転の勢いで代えさせてもらう。
狙いすまして日本刀《銀ノ月》がヒースクリフの顔面に殺到するが、ヒースクリフは横にステップすることで上方からの斬撃を避け、空中にいて身動きが取れない俺へと突きを繰り出した。
「……そこっ!」

 いる場所が空中で避けることは出来ないが、突きに対して足を突きだすことぐらいは出来る。
……すなわち足に仕込んだ防御用仕込み刀、足刀《半月》によって防御することも可能。

 思いっきり十字剣を蹴りつけると鋭い金属音が響き、無事に着地してそのまま後退して一旦距離をとる。

「まるで曲芸だな、君の戦い方は……」

「それはどうも」

 ヒースクリフの皮肉めいた台詞にこちらも皮肉気に返すと、日本刀の代わりにクナイを取り出した。
試しに五発ほど頭と両手両足に投げてみるが、全て事も無げに大盾で防がれてしまい、ただ無駄になっただけに終わる。

 やはりヒースクリフの戦い方は基本的に『待ち』に徹し、その絶対的な防御力による防御と、十字剣と大盾の疑似二刀流での攻撃で相手を攻撃する。
そして隙あらば、《神聖剣》のソードスキルが相手を切り刻む……という、単純明快かつ効果的な戦術。

 ヒースクリフ本人の速さはキリトやアスナ程ではないが、大盾と十字剣を自らの腕のように操る『腕の振りの速さ』は彼ら以上であり、それがあの『絶対防御』の中核を成している。

 さて、まずはあの絶対防御を突破するか……全てはそこからか。

「どうした、来ないのかね?」

「あいにく作戦会議中でね。だったら、お前から来たらどうだ?」

 ヒースクリフはあまり攻めては来ないが、狙いはあちらが攻めてきた際のカウンター。
先程の攻防で解ったことだが、一番にその防御が薄くなるときはヒースクリフが攻撃を仕掛けて来る時。

「ふむ……ではそうさせてもらうかな」

 しかしそのことがヒースクリフが解っていない訳もないだろうに、その真紅の鎧を響かせながら歩きだした。

「……むん!」

 十字剣に真紅のライトエフェクトが灯り――《神聖剣》のソードスキル発動の証――その十字剣が俺の顔のすぐ前に突き出されていた。

 ――速い……が見切れなくはない!

 首を横に振ってソードスキルによる突きを回避し、前方に一歩踏み出すと鞘にしまっていた日本刀《銀ノ月》を振り抜いた。

「抜刀術《十六夜》!」

 高速の抜刀術によるカウンターがヒースクリフに一直線に向かっていき、十字剣を持っている方の腕を切り刻まんと飛来する。

「甘いよ、ショウキくん!」

 俺の視界に映ったのは、千切れ飛んだヒースクリフの腕と十字剣ではなく、大盾が俺の視界を全て覆い隠したために真紅の十字架しか見えない。

 十字剣の突きと数秒後に放たれた大盾による突きは、絶妙のタイミングで抜刀術《十六夜》を防ぎながら俺を押し潰さんとしてきた。

「カウンターは百も承知か……!」

 このまま、足刀《半月》と質量が違いすぎる大盾を受け止めるのは下策でしかなく、俺にやれることは少しのダメージは覚悟で後退する他ない。

「くっ!」

「そこだ!」

 ヒースクリフのカウンターのカウンターを受け、後退したおかげでダメージは最小限に抑えたものの、大盾に押されて吹っ飛ばされてしまう。

 なんとか受け身はとれたので問題はないが、それよりも遥かに問題なのは……俺の手元に日本刀《銀ノ月》がないことだった。

「ふっ……良い剣だな」

 大盾の一撃で取り落としてしまった俺の愛剣は、今はヒースクリフの手に預けられていた。
最強のプレイヤーに作った剣を褒められるとは、リズも聞いたら鼻が高いことだろう。

 ヒースクリフは日本刀《銀ノ月》を大地――地上ではないが――に刺すと、ニヤリと笑ってこちらを見てきた。

「これで君の愛剣はこちらの手中の訳だが……取りに来るかね?」

 ヒースクリフの絶対防御の前に、日本刀《銀ノ月》を取りに行くのは自殺行為……だが、愛剣無しで攻撃しに行くにもまた自殺行為。
今から考えれば、ヒースクリフの狙いは最初から、この状況を作り出すことだったのか……!

「……《縮地》……!」

 一戦闘に使える《縮地》の連続使用回数は五回……よって残り三回の縮地を使い、ヒースクリフの直上へと高速移動を行う。

「上か! ……愛剣も無しにどうする気かね、ショウキくん!」

 大盾を上に構えるヒースクリフに対し、俺は愛剣を持っていない腕を振り下ろす。

「最強の剣と最強の盾……果たしてどっちが勝つんだろうな、ヒースクリフ!」

 腕を手まで包み込むコートの中から、絶対に使うまいと思っていた隠し武器――一本の『包丁』を取り出して、腕に握り締めて振り抜いた。

 突き出されたヒースクリフの十字剣と、俺が振り下ろした包丁は激しく火花を散らし、大盾による追撃が来るより前に地上へと降り立つ。
いつもならばここで一度後退し、状況の把握とどう攻め込むか思案するところだが、今回は片手にその『包丁』と片手にクナイを持ち、更にヒースクリフへと連撃を叩き込むべく攻撃する。

「その剣は……!」

 ヒースクリフの表情が始めて驚愕の色を見せ、俺の片手に持っている『包丁』へと視線が注がれる。

 ――直接戦うことは無かったが、ヒースクリフと並んで、このアインクラッドにおける最強のプレイヤーと称されたレッドプレイヤー《PoH》。
あの憎き最強のレッドプレイヤーが持っていた、『魔剣』と呼ばれる武器――《友切包丁》が今、俺の手に握られていた。

「うおおおおおっ!」

 ヒースクリフの『絶対防御』を破った実績のあるキリトが行った方法は、ヒースクリフの反応を上回るほどの連続攻撃を繰り返し、いつかはヒースクリフの絶対防御を超えた。

 鋭さに重きを置く長い日本刀では、キリトほどの高速連撃はたたき込めはしないが、この《友切包丁》とクナイぐらいの軽さならばあの真似事は出来る。
そしてキリトは二刀流であったが、俺は足刀《半月》も併せて四刀流だ……足刀《半月》は一度に一つしか放てないが。

 右手に持った友切包丁をメインに据え、短剣は専門ではないものの、大盾を破らんと連撃を加えていく。
時折放たれる十字剣は足刀《半月》で防ぎ、大盾に防がれてしまってはいるが、クナイの一撃がヒースクリフへと投げられる。

「ぬうっ……!」

 ヒースクリフの表情が少し歪み、十字剣と大盾の防御に『穴』が空いたように見えた。
その『穴』に、どんな鎧をも切り裂く魔剣《友切包丁》を突き刺した。

「そこっ……だぁ!」

 ――しかし、短い……!

 《友切包丁》の攻撃はヒースクリフのバックステップにより届かず、ここで普段使い慣れていない武器の差が出てしまって、ヒースクリフに攻撃は当てられないで終わる。

「ふん!」

 その隙をついた、ヒースクリフの十字剣が友切包丁を弾き飛ばし、友切包丁は流石に折れなかったものの空中へと飛んでいってしまう。

「ヒヤリとしたよ……使ったのがかのプレイヤーであれば、もしかしたら突破されていたかもしれないね」

「ええい!」

 左手に持っていたクナイを悪あがきのように投げつけるが、投げた態勢が悪くヒースクリフは防御するまでもない、というように少し位置をズラしただけで避けられてしまう。

 いくら武器は魔剣だろうと所詮は真似事……PoHのように上手くはいかず、両手を大地につけてしゃがみ込んだ。

「クナイを外すとは君らしくもない。それとももう限界なのかね?」

 日本刀《銀ノ月》も手元になく、奇策として用意した《友切包丁》も空中へと飛ばされてしまい、立ちはだかるヒースクリフのところにしゃがみ込むしか出来なかった。

 ……どうやら俺には真似事も出来ないらしい。

「……ならば、さらばだショウキくん」

 十字剣へと真紅のライトエフェクトが灯り、《神聖剣》のソードスキルがしゃがみ込んだ俺へと振り下ろされた。

 ――ならば俺にしか出来ないことを……!

「なっ……!?」

 ヒースクリフの《神聖剣》に対して俺が行った行動は、不退転の覚悟で敵の刀剣を素手で受け止めて防御する技法――《真剣白刃取り》。

 両の手の間に十字剣は挟まれ、俺へと届くことはない。
本来ならば、この後に受け止めた剣を叩き折るか弾き飛ばすのが真剣白刃取りなのだが、《神聖剣》のソードスキルの威力の前にそれは出来そうもない。

「……油断したな、ヒースクリフ……! ……それにさっきのクナイ、外した訳じゃない……」

 先程上方に投げたクナイは、ヒースクリフではなく狙い通りに当たっている。

「なに……?」

 先程投げたクナイが狙ったのはヒースクリフではなく、上空に吹き飛ばされた友切包丁であり、友切包丁とクナイは上空できりもみ回転をしながら落下して来ている。

 この天空の場所より遥かに上空にある二つの刃、それが死角からヒースクリフへと落下していく……!

「なにっ……!?」

 予想外の場所から襲撃する二本の刃だったが、ヒースクリフの絶対防御を破ることは出来ず、ただ上方に大盾を構えただけで二本の刃は防がれた。

 『だがそれで良い』

 真剣白刃取りを止めて両手を開けて十字剣を避けると、ヒースクリフに向けて全力で接近する――刺さっていた日本刀《銀ノ月》を持って。

 天空からの友切包丁はただの囮であり、俺の狙いは最初から全て愛剣を奪い返して絶対防御を突破するのみ。
そして遂に辿り着いたヒースクリフの零距離に、俺は日本刀《銀ノ月》を構えた。

「この距離なら……この距離なら防御は出来ないな!」

 ヒースクリフの大盾は友切包丁とクナイの防御のせいで上を向いており、十字剣は真剣白刃取りの影響で俺の背後にある。

 日本刀《銀ノ月》の一撃を防げやしない……!

「……むん!」

 しかし最強のプレイヤーの名は伊達ではなく、十字剣が俺の背後から、ヒースクリフ自身もろとも切りかからんとする勢いで迫り来る。
ヒースクリフには鎧があるから少しは耐えきれるだろうが、所詮コート程度の自分では、間違いなく絶命するだろう威力。

 俺が切り裂かれるかヒースクリフにトドメを刺すか……

「ナイスな展開じゃないか……って言いたいところだがな!」

 その戦いをすれば十中八九負けるのは俺で、良くても引き分けにしかならないだろう。

 それじゃダメだ……絶対に俺は生き残らなければいけないのだから。
捨て身の攻撃をするのは最期の手段で、PoHに一度やって敗北して俺は死んでいるのだから。

 そうだろう、リズ……!

「これしか……ない!」

 左手で背後から迫る十字剣を素手で掴み取り、手を傷だらけにする代わりにその動きを止める。

「ぐああぁぁっ……! だが……くらぇぇぇぇ!」

 右手の日本刀《銀ノ月》の一閃――その剣戟がヒースクリフの大盾を持った腕を切り裂き、ヒースクリフはその手ごと自慢の大盾を取り落とした。

「くっ……!」

「てええい!」

 距離を離さんとヒースクリフと同時に蹴りを放ち、その衝撃で双方とも思惑通りに吹っ飛んでいく。

 ヒースクリフにはもう大盾はなく、あるのは俺の鮮血に濡れた十字剣。

 対する俺も……十字剣を握って無理やり受け止めた左手は、もう何かを握れるような状態ではなかったが。

 ……本番はそう、ここからだ……!
 
 

 
後書き
ショウキvsヒースクリフ、前半戦。

後半戦を盛り上げる為にも、感想・アドバイスを頂ければ幸いです。 

 

第五十三話

 ヒースクリフと《神聖剣》を象徴する、十字が描かれている大盾はもはやその手にはなく、片腕ごと地面へと置かれてそのままピクリとも動きはしない。
このアインクラッドで破れるもの無しとまで言われた『絶対防御』は、その大盾持った腕を切り落として使えなくする、という手段で破られたのだった。

 そこまでするのに俺も無傷という訳にはいかず、片腕は十字剣によってボロボロにされてしまっており、日本刀をしっかりと持つどころかクナイを投げることも出来はしない。
かくいう俺は日本刀を片手で持つことも多いが、日本刀とは元来両手で持つべき武器だ……副兵装のクナイが使えないこともあいまって、これは大きなハンデとなる。

「……まさか、こうやって突破されるとは思わなかったよ」

 ヒースクリフは片腕になった自分の腕を見ると、感心するかのようなことを言っていながら、同時に肩をすくめた。
この期に及んで、今殺し合いをしている者と世間話に興ずることが出来るとは、流石の胆力だったが。

「無駄話をしている余裕はないんじゃないか?」

 これ以上ヒースクリフとの会話を俺はする気はなく、また、これ以上会話をしてしまうと俺の疲労がヒースクリフへと伝わってしまうようで怖かった。

 第七十五層ボスモンスター、スカルリーパーとの戦いとの二連戦ということで俺は少なからず疲労はしている。
それはヒースクリフも同じことだが、ヒースクリフのメインは防御で俺は斬り払いと回避……どちらがより疲弊するかは明白だ。

「ふむ、それもそうだな……ならば、行かせてもらうとしよう」

 ヒースクリフのセリフと共に俺は背後に避け、回避とともに十字剣の横薙が俺の眼前を通り過ぎた。
背後へ避けてなければどうなっていたかは想像に難くないが、そんなことは考えずにお返しの日本刀《銀ノ月》が、ヒースクリフの胴を切り裂かんと肉薄する。

 しかし、カスリしかしなかった為に大きく威力を減じられ、ヒースクリフの真紅の鎧にはその一撃は通用しない。
ついつい伝説を打ち立てた今は無き大盾に目がいってしまうが、あの真紅の鎧とて最高級の逸品であることは間違いなく、その防御力は日本刀《銀ノ月》でも切り裂けはしないだろう。

「……ぬっ」

「……くっ!」

 どちらも自分の攻撃が避けられたのを感じとると、まずは敵の武器を封じようとお互いの剣に自らの剣を打ち合わせた。
まるで示し合わせたかのような剣戟は、儀礼用の剣舞のように見えたことだろう。

 そしてそのまま俗に言う、鍔迫り合いという状態になってしまう……どちらも鍔で受け止めている訳ではなく、刃と刃で受け止めているが。
キリキリと常人にはとても耳障りな音を響かせながら、俺とヒースクリフが愛剣同士を使って押し合いをしていき、徐々に徐々に俺が不利になっていく。

 それもその筈だ、片腕で大盾を振り回すような馬鹿げた筋力値を持ったプレイヤーに、俺程度が鍔迫り合いで勝てる道理はない。

「……受け流すっ!」

 当然ヒースクリフに鍔迫り合いで勝てないのは百も承知だが、受け流す程度であれば何とか俺には出来る。
鍔迫り合いをしていた際に俺が突如として力を抜いた為、ヒースクリフは前方へとよろけてしまい、その十字剣も一瞬使用不能となる。

「そこだっ!」

 その隙をついた日本刀《銀ノ月》による最速の一撃が、先程のかすっただけと違って、ヒースクリフの真紅の鎧にクリーンヒットした。
その鋭い一撃は、ヒースクリフの胸の鎧に対して一文字で振るわれ、真紅の鎧に軌道と同じように一文字の傷が刻まれた。

「……フッ」

 だがその攻撃を受けたにもかかわらず、ヒースクリフは薄く笑っていた。
そして次の瞬間理解する――俺は鎧に傷を付けただけで、ヒースクリフ自体にはダメージは入っておらず、俺はその無意味に終わった斬撃のせいで大きな隙を晒しているんだと。

 ――まずいっ……!

 当たれば胴から下とサヨナラしなければならなくなる、ヒースクリフのカウンターが放たれ、俺の身体全体に『避けろ』という命令が電撃のように伝わった。
 しかしどう避ける? 日本刀《銀ノ月》はヒースクリフへの一撃に使った為に使えず、足刀《半月》はタイミングが間に合わず、また片腕を使おうものなら確実に切り裂かれる。

「……《縮地》ッ!」

 そうして俺が選択したのは、高速移動術《縮地》を使用して――これで残りの使用回数は二回となった――ヒースクリフの背後に回り込むこと。

「――やはりか」

 そこで俺は驚愕する。

 俺はヒースクリフの背後を取った筈なのに、《縮地》による高速移動が終わった後に見たのは、俺がいた場所に振り下ろされている筈の……ヒースクリフの十字剣だったからだ。

「君は次にそうするだろう……いや、そうするしかないだろうからね」

 まんまとヒースクリフに誘導されていた自分に歯噛みし、片腕であるというのに自由自在に操られている十字剣に、俺は足刀《半月》による回し蹴りを叩き込む。
出来る限りの勢いを込めたつもりの回し蹴りだったが、ヒースクリフの筋力値に適うことはなく、俺はヒースクリフの腕の振りに吹き飛ばされてしまう。

「つぁッ……!」

 しかし足刀《半月》のおかげで大したダメージも無く、何とか両手と片腕で着地に成功する。
お互いにスカルリーパー戦のHPを引き継いでいるので、俺もヒースクリフもHPに余裕はないが、結晶やポーションを飲んでいる余裕はない。

 まだクリーンヒットはもらっていないが、少しずつダメージを貰っている身としては、もはやHPに余裕はない。

 どう攻めるか考えあぐねていたところ、使い物にならない左手が無意識に、胸ポケットの《カミツレの髪飾り》を触っていることに気づいた。

 ――使えというのか。

 一度PoHに殺されたことより発現した、恐怖が軌跡として見えるようになるという《恐怖の予測線》……攻撃が予測出来るのだから、あまりにも高速でない限りは避けられるようになるが弱点はある。
時間制限を過ぎれば頭痛が走り、そうなってしまえばヒースクリフの一撃は確実に俺を襲い、その命を狩り取ってしまうだろう。

 デメリットが多すぎてやり直しも効かないのだ、発動するにはリスクが多すぎて躊躇われる。
しかしどうするか……と思考が堂々巡りになった時、ヒースクリフから俺に向かって言葉が放たれた。

「《恐怖の予測線》……とやらは使わないのかね?」

 ヒースクリフのまさかの言葉に、俺は衝撃を受けて身体が動かなくなってしまう。
俺は発現してから少なからず《恐怖の予測線》を使っているが、リズ以外にこのことを話したことはなく、それ故に隠し玉となっているのだ。

「『何故お前が知っている』……と、言いたそうな顔をしているね。なに、私はこれでもゲームマスターだからね、目を付けているプレイヤーのデータぐらいは記録しているさ」

 そのヒースクリフの言葉で思い出すのは、俺の心理を見透かしたような発言をしたメンタルカウンセラーNPC、キリトとアスナの娘のユイのことだった。
彼女のようなプレイヤーのデータを読み取るNPCが何人かあの浮遊城にいたのか、それともユイと会った時に読み取られたのかは知らないが、《恐怖の予測線》は隠し玉として有効でないということか。

「殺されそうになった……いや、殺されたが故の生への執着心から、か」

「人のことを、勝手に分析してるんじゃねえ……!」

 結局《恐怖の予測線》を発動することはなく、日本刀《銀ノ月》による足元への斬撃がヒースクリフへと襲いかかった。
ヒースクリフは狙われた片足を浮かすことで、その斬撃を回避するが、その軸足を浮かすことこそ狙い目だ……そのまま足刀《半月》による蹴りの追撃が胴体に殺到する。

 ヒースクリフもただ蹴られることを甘んじて受けることはなく、その十字剣で足刀《半月》を防御し、そのまま俺の足を切り裂かんと十字剣に力を込める。
先程足刀《半月》と十字剣で斬り合った際、呆気なく俺は吹っ飛ばされてしまったのだ、このままではまた同じ結果になってしまうだろう。

「はっ!」

 そこで俺は日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいつつ、俺は十字剣を足場にして――皮肉にもヒースクリフの筋力値に支えられ――大空へと飛び上がった。

「ほう……」

 ヒースクリフの感心したかのような声を足元から聞きつつ飛び、用意するのはポケットの中に大量に入って出番を待っているクナイ。
左手が傷だらけになってから使うのは難しかったが、投げるのはともかく、『落とす』のならば何の問題もありはしない。

「クナイの爆撃だ……! どう捌く?」

 俺の言った通り、あたかも爆撃のようにクナイがヒースクリフへと降り注ぎ、自慢の大盾が無いヒースクリフは範囲外へと逃げるしか方法はない。
だが、俺が持っているクナイを全て犠牲にした爆撃はかなりの範囲を誇り、ヒースクリフと言えど範囲外へと逃げ切ることは出来はしない。

「……ふん!」

 ヒースクリフの視界は一瞬クナイの黒色で染まったものの、ヒースクリフは特に慌てることもなく十字剣を振るうと、風圧を伴った一振りでヒースクリフに当たる筈だったクナイは吹き飛ばされてしまう。

 いっそ清々しい程の有り得ない筋力値には苦笑するしかないが、爆撃クナイを捌かれるのは計算の内だ。

「……抜刀術《十六夜》!」

 クナイで視界が覆われていたヒースクリフに対し、見えた頃には既に迫っている高速の抜刀術《十六夜》を放つ。
この期に及んでまた不意打ちとは情けなくなるが、そんなくだらないプライドを捨てて放った一撃は、確実にヒースクリフへと直撃する。

「……ならば!」

 ヒースクリフの首元に迫っていた日本刀《銀ノ月》の前に、ヒースクリフは俺に手を斬られて使い物にならなくなっていた片腕を出した。
そしてそのまま、俺の狙いとは離れて日本刀《銀ノ月》はヒースクリフの片腕を抉っていき、その真紅の腕甲ごと片腕を切り裂いた。

「なぁっ!?」

 ヒースクリフの片腕は切り裂いたものの、そのHPゲージを削りきるには至らずに、俺の狙いだったヒースクリフの首元へは届かないという最悪の結果に終わる。
そして俺は空中で動ける筈もなく、物理法則に従ってしばし空中で身動きが出来ずにいた。

「さよならだ……ショウキくん!」

 そして、ヒースクリフの十字剣が俺の心臓へと突きを放ち、そのままヒースクリフの狙い通り直撃する。

「……がっ……」

 心臓部分へと直撃したヒースクリフの十字剣だったが、それだけでは俺のHPゲージを0にすることは出来なかったため、少しだけ俺は生き延びて十字剣に吊られる形で滞空していた。
トドメの一撃を叩き込み、俺の身体を貫きこの世界から消さんと、ヒースクリフから力が込められる。


「……む?」

 しかし、そのヒースクリフの狙いは果たされることはなく、十字剣はいつまでも俺を貫くことはなかった。

「てぇぇい!」

 足刀《半月》による蹴りがヒースクリフの顎を直撃し、俺とヒースクリフ双方が空中へと浮かび上がることとなった。

「さよなら、じゃなくて残念だったな……!」

「くっ……成程、な……!」

 ヒースクリフは蹴られた顎を気にしながらも、貫いた筈の俺の左胸を見ると、得心がいったかのように剣を再び構えた。
その俺の左胸にあるのは、ヒースクリフの十字剣によって破壊された《カミツレの髪飾り》――ヒースクリフが正確に心臓を狙ったが故に破壊され、俺の生命を守ってくれた仲間たちの形見。

 そうだ、俺は――

「負けるわけにはいかないんだよッ――!」

 ヒースクリフの十字剣による袈裟斬りに、日本刀《銀ノ月》をぶつけて鍔迫り合いを起こし始める。
筋力値と腕の振りの速さ、共にヒースクリフの方が俺より高いために防戦一方になるが、それでも俺へはヒースクリフの攻撃は届かない。

 一合、二合と日本刀《銀ノ月》とヒースクリフの十字剣が空中で交わり、それらは全てヒースクリフ優勢ながら例外なく防御される、という奇妙な結果に終わる。

「ヒースクリフ。もうあんたの攻撃は、俺には当たらない」

 通常時より遥かにクリアになっている視界、ヒースクリフの次なる攻撃が線となって見える世界……《恐怖の予測線》を発動した自分に、ヒースクリフの十字剣を防ぎきるのは、決して難しくはなかった。

 先程左胸を十字剣で貫かれて、《カミツレの髪飾り》を破壊する前に――アレは発動する時のスイッチのような物にしか過ぎないが――発動していた《恐怖の予測線》は、正確にヒースクリフの攻撃を予測していた。

「成程、これが……」

「時間はないんだ、さっさといかせてもらう……《縮地》!」

 攻撃が読めるとはいえ制限時間があるのだ、ヒースクリフの切り裂いた片腕の方に《縮地》で回り込みつつ、その速度のままの一撃がヒースクリフへと切りかかっていく。

 その一撃はヒースクリフの十字剣に防がれてしまうが、ヒースクリフが攻撃に移る前に、日本刀《銀ノ月》はヒースクリフを攻撃する。

 もっと速く、もっと奴の反応を越え、『絶対防御』はもう既にないヒースクリフの防御を突破しろ……!

「……恐怖に耐えながら殺されてしまい、それでも生き延びたいと願った結果、その脳が君にしか見えない景色を見せている……ということかね」

 今度はヒースクリフが防戦一方となっているが、涼しい目と表情をして何かを言い始めた。
一度死んだ時に、生き延びたいという気持ちで脳に発現した……というのがヒースクリフの仮説らしいが、脳科学者でもない自分には答えが解るわけもない。

 ヒースクリフの問いかけには無言で応えそのまま突きを繰り出すものの、ヒースクリフも同様に突きを放って日本刀《銀ノ月》と十字剣がぶつかり合い、どちらも攻めきれずに次なる攻撃に移る。

「人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある」

 俺の突きからの連撃とした横切りは弾かれ、ヒースクリフはそのままバックステップで俺の射程外に退避する。

「『人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある』……という言葉を知っているかね? フフ、君はまさにそれだ」

 どこかの偉人が残したかのような言葉をヒースクリフは言い放ち、その十字剣を自分の身体の前に掲げるように構えた。

「君をこの世界に呼んで良かったよ。恐怖に耐えながら生き続け……この世界を超えるものを私に見せてくれた」

「……それはどうも。俺はこんなところ、来たくはなかったが」

 ――本当にそうか?

 自分では心の底から言ったつもりの言葉だったが、すぐに自分自身から疑問の声が投げかけられる。
そのことは少しおかしく思ったものの、そんなことはすぐ心の中から追い出し、日本刀《銀ノ月》を鞘にしまう。

 何故ならヒースクリフが今やっている構えは、一度見たことがあるヒースクリフの《神聖剣》のソードスキルの予備動作。
ヒースクリフは後は俺の攻撃を防御しているだけで、俺は時間切れによって頭痛が起きて隙だらけになるが……ヒースクリフはその前に俺を始末する気らしい。

 ならば、俺もそれを真正面から自身の剣技で受けきるのみ。
ヒースクリフは日本刀《銀ノ月》を鞘にしまった俺を、少し戸惑った表情で見たものの、すぐに冷静な機械のような表情へと戻る。

 もはや無駄口など必要なく、どちらのHPももう限界近くであり、十中八九俺たちの戦いは次の攻撃で決着が付く。

 俺の目の前にいるのは一万人を殺す『覚悟』がある男だ……こちらも本気で殺しにいかねば殺される……!

「……行くぞッ!」

「来たまえショウキくん!」

 俺たちの掛け声とともに、ヒースクリフの掲げた十字剣に真紅の光が灯り、《縮地》によって俺の姿が消え――これで使用限界数だ――最後の……いや、最期の攻撃が始まる。

 《縮地》によって高速移動をしながら日本刀《銀ノ月》の柄に手を伸ばす俺に、上方から鋭い殺気を伴った予測線が高速で俺に接近する。

 ――神聖剣単発ソードスキル《アルテリア・アンビエント》――

 俺の予想通りだった筈の攻撃は、予想以上の速度と威力の一撃となって俺の前に立ちはだかり、それを見ると俺は日本刀《銀ノ月》を鞘から引き抜く。

 この浮遊城《アインクラッド》における最強のソードスキルに対するのは、《縮地》による高速移動の勢いを加速して攻撃する抜刀術――

「――抜刀術《立待月》ィィィィッ!」

 もはや小手先の業などは不要だ、柄ではないかもしれないが正面から『最強』とぶつかり合うしかない……

「……なんて考えてると思ったかよ!」

 弱い自分には最後まで小手先の技を使うしかいないし、仮にヒースクリフと正面からぶつかり合っては結果などは火を見るより明らかだ。

 狙いは《恐怖の予測線》によって表示される予測線の最後方、ギリギリ俺が『恐怖』を感じない場所……つまり、ヒースクリフの十字剣の『柄』の部分。
いくら最強のソードスキルであろうと、その効果範囲は刀身のみであり、使っている剣の柄までは『最強』じゃない……!

「そこだぁぁぁぁッ!」

 それでも剣の柄だけを狙うというのは難しく、少しでも場所がズレてしまえば刀身かヒースクリフの腕甲に当たってしまう。
だが俺の《恐怖の予測線》があれば、『柄』だけを斬り裂くことは容易い……!

 鞘から高速で抜き放たれた日本刀《銀ノ月》は、吸い込まれるかのように十字剣の鞘に向かっていき、ソードスキル《アルテリア・アンビエント》を《縮地》で避けながら柄を切り裂いた。

「なにっ……!?」

 避けたとはいえ《アルテリア・アンビエント》は肩に掠ったが、そのまま十字剣の刀身と柄は分離して、刀身は真紅のライトエフェクトを灯したまま地に付した。

「これで終わりだ、ヒースクリフ……! 斬撃術《朔望月》!」

 上半身の身体のバネを最大限活かす、零距離限定隙だらけの一撃必殺技が、その《神聖剣》の象徴を二つとも失ったヒースクリフへと放たれる。
だがそんな状況であろうと、ヒースクリフはあくまでも静かな表情をしていた。

「いや、まだだよ!」

 一瞬たりとも目を離さなかった筈だが、ヒースクリフの何も持っていなかった筈の片腕には、片腕を切り裂いて落とした《神聖剣》の大盾……!

「なっ……!?」

 種は十中八九かつての仲間、クラウドが使用していた《クイックチェンジ》だと解ってはいたが、種が解ってはいても今度は俺が驚く番だった。
俺とて日本刀《銀ノ月》の他にも予備の日本刀はあるし、足刀《半月》やクナイと言った副兵装もあるのだから、ヒースクリフの《神聖剣》に予備があっても何もおかしくはない。

 そしてその新たに現れた大盾は、俺の斬撃術《朔望月》を受け止めるより早く、真紅のライトエフェクトを彩り始めた。
ヒースクリフのユニークスキル《神聖剣》は、大盾によるソードスキルの発動が可能……!

 神聖剣重単発ソードスキル《ノブリス・トラセンド》による一撃が、俺の斬撃術《朔望月》を受け止めるだけでなく、そのまま俺をも攻撃しようと襲いかかった。

 もはや小手先を挟む余地すらない勝負に、俺の技の中で隙だらけになるも最強を誇る剣技は、ヒースクリフの最強のソードスキルとぶつかり合う。

「うっ……おおおおおッ!」

「ぬおおおおおッ!」

 お互いに限界以上の力を出すべく気迫の雄叫びを上げながら、相手の武器を粉砕して自らの武器を当てようと、どちらも自分の今までを全て賭けた技を相手にぶつける。

 俺は今までの人生を全て賭けてきて、この浮遊城《アインクラッド》の二年間を、無事に生き延びさせてくれた剣術を。

 ヒースクリフは……茅場晶彦は自らの全てを捧げた、新たな世界にむけデザインした、最強を誇ってきたソードスキルを。

「チィッ……!」

 しかしその最強を誇っていたソードスキルの威力は歴然で、俺の愛刀たる日本刀《銀ノ月》の切っ先が破壊され始めていく。

「もう保たないようだな、その日本刀も……」

 ヒースクリフの冷徹な瞳がそれを見逃すはずもなく、そのまま更に力を込めていくと、その日本刀《銀ノ月》の崩壊は更に刀身にまで伝わっていく。

「悪いなリズ、お前がせっかく作ってくれたのに壊しちまうかもしれん……」

 このままでは敗北することも必至……心中で親友に謝ると、左腕でシステムメニューを操作し、とあるアイテム欄を目指した。
そのアイテム欄とは『フレンド共有アイテム欄』――フレンドとアイテム欄を共有することで、そのアイテム欄のみ共有出来るというものだ。

「借りるぞ――リズッ!」

 スカルリーパー戦が終わってから……いや、ヒースクリフと共にこの空間に来てからアイテム欄に追加された武器《モーメント・ハンマー》なる武器を、ボロボロになっている左手に無理やり掴む。

「ハンマー……だと!?」

「ああ、俺の親友の……いや、俺の好きな人のハンマーだよッ!」

 このハンマーは確かにリズが普段から愛用してきたハンマーであり、それが共有アイテム欄に入れられているということは、アスナが俺との約束を守ってリズに今の状況を言ってくれたのだろう。

 その証拠にこのハンマーには……『返しに帰って来て』と刻んであったのだから。

「行くぞ、ヒースクリフ!」

 ヒースクリフの十字剣を受け止めたダメージが残っていてボロボロだったが、無理やり左手にハンマーを握り込むと――痛いが我慢出来ない程じゃない――そのハンマーを思いっきり、日本刀《銀ノ月》の柄にぶち当てた。
まるで釘を木材に当てるように、日本刀《銀ノ月》をハンマーで殴りつけ、その勢いは斬撃術《朔望月》の分も含めて更に加速した……!

「貫けぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 左手からリズのハンマーを共有アイテム欄に戻し、俺の全身全霊の一撃がヒースクリフの大盾へと注がれる。
ただでさえ破損しかかっていた、その銀色の刀身は更に破壊していき、日本刀《銀ノ月》が大盾を貫くか先に壊れるか……!

「……くっ、このタイミングで!」

 ヒースクリフの大盾を覆っていた真紅のライトエフェクトが消えていき、ソードスキルの持続時間が終わったことを示し――それと同時に、破れるもの無しと謳われたその大盾にも傷がつき始めた。

「貫けっ……貫けよッ!」

「ええい!」

 そして俺の愛刀が先に壊れるか、ヒースクリフの大盾が先に壊れるかの勝負は――同時。
銀色と純白のポリゴン片が俺たちの間で同時に舞い上がり、愛刀を失ったお互いの視線が交差した瞬間、次にどう行動するかは決定されていた。

 ――即ち、ヒースクリフの足元に落ちている十字剣の剣を広い、相手に引導を渡すこと。

 俺には足刀《半月》による剣を伴った蹴り、ヒースクリフには《クイックチェンジ》にて更なる武器に変えるという手段があるが、相手に逆転の手段を与えずにこちらが一撃で殺すには、足元の十字剣を拾うのが一番手っ取り早い。

 どちらも折れた十字剣への距離は同程度、後はもう結果は神のみぞ知る……!

「ぐあっ……!?」

 突如として起きる頭痛と共に、十字剣へと伸ばしていた手で頭を抑え、そのまましゃがみ込んでしまう。
その頭痛と共に視界が急速にクリアから元に戻っていく――これは、《恐怖の予測線》の時間制限による強制解除の合図。

 そして、俺が頭痛で動きが止まっている中、目的であった折れた十字剣は――

「……惜しかったね、ショウキくん」

 ――目の前にいるヒースクリフの手の中にあった。

 ……ああそういえば先程俺は、『結果は神のみぞ知る』などと思ったものだが、俺の目の前にいるこの男はこの新たな世界の――『神』ではないか。

 ヒースクリフはただただ無言で、その折れた十字剣を俺へと振り下ろした。














「――だったら! その神様を殺せるなんて、ナイスな展開じゃないか……!」

 十字剣が俺の頭をかち割る前にヒースクリフへと突撃し、そのまま回避を目的としていた訳ではないので、十字剣は俺の肩口から先を切り裂いたが、その時にはもう俺の用は済んでいた。

「――終わりだ、ヒースクリフ」

 ヒースクリフの真紅の鎧と鎧のつなぎ目、その一点に向かって日本刀《銀ノ月》が深々と刺さっているのだから……!

「日本刀《銀ノ月》……折れた……筈、では……?」

 ヒースクリフが驚愕の面持ちで自身の鎧と鎧の間に挟まっている日本刀《銀ノ月》を見て、俺は斬り裂かれた肩口を抑えながら声を絞り出した。

「……俺とリズが心を込めた逸品だ。そんな簡単に、折れるもんかよ」

 ヒースクリフの大盾による衝突で、中ほどまで破損した日本刀《銀ノ月》だったものの、未だに日本刀として使うことは可能だった。
……結局俺は何から何まで、彼女に頼りきりだったというわけか。

「そうか……」

 まだ片手に持っている十字剣で、肩口を斬られて座り込んでいる俺を追撃するなり、鎧と鎧の間に刺さった日本刀《銀ノ月》を抜くなり出来るだろうに、ただただ俺と日本刀《銀ノ月》を見つめていた。

 その瞳からは何を考えているのか、全く想像がつきはしない。

「……おめでとうショウキくん、君の勝利だ……」

 ヒースクリフがその両手両足から真紅に彩られたポリゴン片となっていき、この世界のラスボスには相応しくなく、いとも簡単にこの世界から去っていく。

 その身体に刺さっていた日本刀《銀ノ月》も、ヒースクリフがポリゴン片となった為に地面へと落ち、その役目を終えたかのように消えていった。

「さよなら……アリシャ、ヘルマン、クラウド、リディア、コーバッツ……」

 ギルド《COLRS》の皆を始めとする、もうこの世にはいない者たちに別れを告げ。

「終わったぞ……キリト、アスナ、クライン、エギル……」

 第七十五層のボス部屋で、俺がヒースクリフとの一騎打ちに行くときに引き止めてくれた友人たちに報告し。

「……またな、リズ」

 待ってくれているだろう好きな彼女へとメッセージを渡し。

 俺は休息を欲している身体全体に従って横になり、そのまま心地良い眠気に誘われていく。

『――ゲームは クリアされました プレイヤーの皆様は――』

 アインクラッドの方の音声が聞こえてきて、クリアしたのだと再認識した俺は、今度目覚めた時は現実であると願いながら、心地良い眠気と共に意識を手放していった……

 ――絶対また会おうね、ショウキ――! ……愛してる!

 ……最後にそんな言葉を、聞いたような気がしながら。


SAO―銀ノ月―
アインクラッド編 完

 
 

 
後書き
まずは随分遅れてしまったことの謝罪をば。

他に書いている遊戯王も一段落付くので、せっかくだから同時更新にしようと思ったらこんなことに……

それはともかく、次からALO編です。
相も変わらず、ラスボスに真正面から不意打ちしか出来ないような主人公ですが、舞台が変わっても頑張りますので、どうかよろしくお願いします。

感想・アドバイス待っています。 

 

第五十四話

 
前書き
ALO編、開始! 

 
「――ようやく来れた」

 何とか自在とは言わないまでも動くようになった手足を動かし、その目的だった物へと近づいていくと、ひとまずその黒光りする身体を触ってみた。
その感触は予想通り、冷たい石を触った時のような感触だ。

「遅いって? 無茶言うなよ、これでも目一杯リハビリしたんだ」

 二年間寝たきりだった代償はあまりにも大きく、動くだけでもどれだけ時間がかかったことだろうか、思い出したくもない。
そのリハビリ期間のせいで、ずっと日課だった朝の筋トレも出来なくなってしまったのだから。

「だから許してくれよ――アリシャ」

 あの浮遊城ではついぞ感じることは無かった、心地良くもある暖かい雨を身体全体に感じながら、物言わぬ墓石に俺は語り続けた。
アリシャ――いや、現実では安永 有紗という名前だったらしい、もう会うことはない少女の墓に。

「クラウドとリディアのところにはもう行ったよ。え、リーダーのところに一番最初に来るもんだって? 悪い悪い」

 ギルド《COLORS》の仲間たちの墓参りは、このアリシャで三人目となっていた。
あの怪しい公務員のおかげで、アリシャとクラウド、リディアの墓の場所は解ったものの、まだヘルマンがどこに眠っているかは解らないままだ。

「……SAOはクリアしたからさ、安心して休んでくれよ」

 あの日に守れなかった少女の墓に手を合わせながら、謝罪や感謝が届くようにと念じ続ける。

 ……何分ぐらい経っただろうか、そんな単語が頭の中をよぎった為、そこで俺は手を合わせるのを止めた。

「俺が来ないように祈っててくれ。……またな」

 アリシャの墓に別れを告げてバックから折りたたみ傘を出し、若干暖かい雨の感触が名残惜しかったものの、折りたたみ傘を差してアリシャの墓を後にした。

 二年間続いたソード・アート・オンラインというデスゲームは、内部のプレイヤーがゲームをクリアしたことにより、75層という半端な場所で終わりを告げた。
だが、生還したプレイヤー達は心に傷を負うだけでなく、二年間寝たきりになった影響で身体も蝕まれていた。

 ……そして生還出来なかったプレイヤーは、リハビリの苦しみすら味わうことの出来ない場所へと逝ってしまって、もう帰ってくることはない。

 そして、首謀者の茅場晶彦は未だにその行方を掴ませず――もしかしたら公表されていないだけかもしれないが――、目下捜索中のまま行方不明となっていた。
結局いくら考えても、彼が何をしたかったのかは解らないが、一つだけ言えることはある。

 茅場晶彦という一人の人物のことを、俺は一生忘れないし許さない。

 こうして現実世界と生還者に多大な傷痕を残し、未だに解決していない事例もありながらも、SAO事件は一旦の終結を遂げたのだった。

「おーい、一条くん!」

 ゆっくりと雨の中を歩いていた俺に、背後からそんな呑気な声と共に、車のクラクションが鳴らされた。
何となく人物を察しながらも背後を見ると、一目で高級と解る黒塗りの車から、怪しい公務員が顔を覗かせていたのだった。

「……菊岡さん」

 前述の怪しい公務員こと、SAO事件の対策本部のお偉いさんであった、菊岡誠二郎が相変わらず怪しい笑顔で笑いかけてきていた。
一見爽やかな好青年であるものの、どことなくその眼鏡をつけて笑う姿は、事件の黒幕のような印象を抱かせる。

「やあ偶然だね。家に帰るなら乗っていかないかい?」

「遠慮しときます。怪しい人の車に乗っちゃいけないって小さいことから言われてるんで……と、言いたいところなんですけどね」

 菊岡さんに教えられたアリシャの墓参りに行った後に、その菊岡さんが乗った車が後ろから来るとは良く出来た偶然だが、まだまだリハビリが終わったばかりの身としては歩くのは辛い。
ここは遠慮なく『偶然』来た、菊岡さんの車に乗せてもらうとしよう。

「一条くんの家は所沢の方だったね。少し遠いから、それまでお話でもしないかい?」

 部下らしきスーツを着た青年の運転手に車の発進を命令しながら、菊岡さんは何やら高級そうなタブレット端末をしまい込んだ。

 SAO事件が終結していくらか経った日、茅場晶彦とSAO内で最後に会話したという俺を尋ねてきたのも、この菊岡さんであった。
茅場晶彦のことを話す代わりに、SAO事件のことで解ることなら何でも話すという――ただし生きてるプレイヤーのプライバシーは除く――菊岡さんの契約に同意し、俺はギルド《COLORS》の皆のことを知った。

 SAO事件対策のことやギルド《COLORS》のこともあり、菊岡さんには感謝しているのだが……何故だかこの人に全幅の信頼を寄せる気にはなれなかった。

「そういえば、もう家に届いてるかな。学園のことは」

「ああ、SAO事件に巻き込まれた学生だけの学園を作るとかいう」

 近いうちに廃校を再利用してSAO事件に巻き込まれた学生用の、特別支援学級とやらが作られるらしく、確か――幸か不幸か――わりと家の近くにその校舎予定地があるのだった。

「なんだかイマイチ感動が無いね、君は。もう少し喜んでも良いんじゃないかい?」

「流石に、まだ解決していないのに喜べない。……昏睡者の調子はどうなんです?」

 SAO事件の解決していない事例の一つ――各地で目覚めないプレイヤー達のことだ。

 昏睡者という名の通りにクリアしても目覚めていないプレイヤーが各地で後を絶たず、世間では茅場晶彦がまだ見つかっていないためか、『茅場晶彦の野望はまだ終わっていない』などと揶揄されている。

「調子は良いよ。……まだ生きてるという意味ではね」

「……ブラックジョークを聞きたいんじゃない」

 菊岡さんの趣味の悪い言葉を静かな怒気を込めながら聞き返すと、菊岡さんの表情に嫌らしい笑いが浮かんだ。

「ごめんごめん。君はこういうジョークは嫌いなのかい? ……まあ実を言うと原因は不明。やってるのは茅場晶彦に次ぐ天才なのかもしれないね」

 その茅場晶彦に次ぐ天才という評価から、菊岡さんの『今回の事件の首謀者は茅場晶彦ではない』という考えは、茅場晶彦がそんなことをしないと考えている自分にはありがたいことだった。
何かの根拠があるわけでは無かったが、今回の昏睡事件は茅場晶彦がやっているとは、どうしても俺には思えなかった。

 しかし俺がいくらそんなことを思おうとも、そんなことは蚊帳の外にいる俺には何の関係もないし、何の力があるわけでもないのだ。

 現実では何の力もない高校生――その上高校に入ってもいない――自分にとって茅場晶彦を直接止めた者だろうと、もうSAO事件に関わることは無いだろう。

「それで結局、何の用なんです?」

 『偶然』来た訳でもないことがバレていることは、菊岡さんももう解っているだろうので、さっさと本題に入ることを促した。

「偶然だって言ってたのに……まあ良いかな。本題は別に単純さ、君の《ナーヴギア》を回収しに来た」

 俺をSAOの世界に誘った憎むべき悪魔の機械であり、二年間SAOに留め続けた恩ある戦友でもある、という矛盾した機械――《ナーヴギア》。
俺には再び被ることも直視することも出来ず、そのまま押し入れに入れているアレを、どうやら菊岡さんは回収しに来たらしい。

「SAO事件も沈静化して来たからね。そろそろあの機械を回収する頃合いってことになったのさ。……まあ一部の人は、渡してくれなくて困ってるけど」

 あの悪魔の機械をわざわざ持っているとは奇特な奴もいたものだ、と思っていると車の駆動音が止まり、外を見てみると慣れ親しんだ自分の家があった。

「それじゃあ待ってるからさ、ちょっとナーヴギアを持ってきてくれないかな」

「解った……ちょっと待ってください」

 普段の口調と皮肉気な言葉が混じった、対菊岡さん用の口調で車を出ると、我が家の無駄に広い門の横の扉を開いた。

 俺の実家は近所では有数の剣道場であることを自負しており、母屋である日本家屋の他に、ちょっとした剣道場が敷地内にあるのだった。
俺のような、当時中学生の者やそれ以下の子供たちの剣道少年やら少女に、剣道を教えていたりもする。

 今日は確か道場は休みであったし特に用事もなかったので、道場に立ち寄る気はしなかったのだが……

「……物音?」

 物音というよりも気配だったものの、通り過ぎようとした道場から人がいることを感じたため、念のために道場の様子を見ることにした。
父は用事で出かけているし母は母屋にいることを確認済みだったので、菊岡さんを少々待たせることにはなってしまうが、先に道場の方へと顔を出した。

 そこにいたのは。

「あ……翔希くん」

 そこにいたのは小学校は別だったものの、剣道場に通って来たことで友人になった少女、桐ヶ谷直葉という名の少女だった。
二年前に俺がSAO事件に巻き込まれる前に最後に会った人物であり、俺にとって恩人であるあのキリトの妹であった。

「何だ、直葉か」

 小学校の兄とともに懸命に剣を振っていたことは良く覚えており、俺にとっても妹のような存在だった。
休みがちで体力もあまりなく、二年程度で止めてしまっていた兄がキリトだというのは、SAOの際には気づけなかったが。

「……何だとは何よ」

 俺とキリトが二年間SAOに囚われている間、彼女も成長したようではあったものの、俺の若干ぶっきらぼうな口調に頬を膨らます姿は変わっていなかった。
もう冬になって剣道の全中も終わったのにもかかわらず、コートを着たその背中には、不似合いにも竹刀袋が背負われている。

「で、どうしたんだ今日は」

「ここにもお世話になったから……その、お礼に」

 直葉は俺たちが囚われている間にも剣道を続け、ビデオで見ることになったものの全中でも好成績を叩きだし、有名な高校への推薦が決まっているらしい。
素直に誉めてやりたい気持ちで一杯なのだけれど、SAO事件のせいで全中に参加出来なかった自分には、どうしても黒い感情が隠しきれなかった。

 直葉にもそのことは解っているらしく、俺に剣道のことを話すのは後ろめたさがあるようだ。

「……じゃあ、気が済むまでここにいろよ」

「……うん……」

 背後からの直葉の寂しげな声を、出来るだけ聞かないようにしながら、俺は足早に道場を出ると、そのまま普段住んでいる離れに向かった。
離れとは言っても名ばかりの代物であり、実態は庭に作られた子供用の狭い勉強部屋のような物で、家族に顔を会わせ辛い俺はそこで暮らしていた。

 離れの中に入って押し入れを開けると普段使っている布団が目に入ってきて、四次元に繋がるポケットを持った某国民的青狸のように寝転がりたい思いに駆られるが、その思いをスルーして目的の物を探す。

 ――しかして次に見えるのは、使い慣れていた剣道の用具達。

 ……SAO事件のせいで筋力も大幅に落ちた上に、全中を逃して高校にも通えていない……そんな状態ではもはや、剣道をやることなど絶望的であった。
竹刀を握ることは出来るがそれだけ、直葉のように大会に出ることも出来ないし、たとえ出ることが出来たとしても結果は見えている。

 剣術を継ぐものとして育ててきた武人肌の父とは、それを認めずに喧嘩することになってしまったが……あの事件のせいで、俺の剣道人生は全て狂ってしまったのだった。

 俺の今までの十七年間を賭けたものは、一つのゲームで全て無意味なものと成り果ててしまったのだと、俺はもう諦観していた。

「……ナーヴギア、か」

 そんな中見つかるヘルメット状の拘束具を見て、俺は少しばかりため息を漏らした……目的の物こと、病院に付けられた『一条 翔希』という俺の本名が書かれた名札がついたままのナーヴギア。
二年間に渡る酷使ですっかり塗装も剥げてしまい、もはや電源を付けることも無いので、今やただの趣味の悪い拘束具にしかなりはしない。

「くそっ……!」

 俺はナーヴギアを頭上に持っていくと、我慢できずにナーヴギアをそのまま床に叩きつけた。
ナーヴギアにとっては運が良かったのか、床は畳であるせいで望むほど大破することはなく、直接床に触れた場所が中破した程度で済んだ。

 これ以上破壊することも可能だったが、玄関に菊岡さんを待たせていることを思い出し、破片は無視して拾い上げて離れを出て行った。

 雨足が強くなってきたが道場からもう物音はせず、道場にいた直葉はどうやら帰ってしまったようで、個人的には少し安心した。

 傘を差しながら菊岡さんが待っている高級車に急ぐと、強くなってきた雨を気にせず優雅に車の中にいる菊岡さんを見て、若干急いだのが損なような気がしてきた。

「やあ、遅かったね一条くん。何だか可愛い子が出て行ったけど、もしかして君の彼女かい?」

「……まさか」

 冗談めかした菊岡さんに付き合っている気分ではなく、適当に流して半壊したナーヴギアを手渡した。
そのナーヴギアを見た菊岡さんは少し驚いた表情を見せたものの、俺より激しくナーヴギアに怒りをぶつけた者はいるのだろう、特に何も言わずにナーヴギアを受け取った。

「それじゃあ、また用事があったら『偶然』来ることにするよ」

 そんなことをうそぶきつつ菊岡さんの車は発進し、俺のナーヴギアはその車とともに俺から離れていく。

「リズ……」

 天気とともに否が応でも下がっていくテンションの中、勝手に口から出て来たのは、今どこにいるかも解らない親友の名前。

 空は未だに、曇天のままだった。

 
 

 
後書き
……どうしてこうなった、そう言わんばかりのテンションだだ下がりのショウキ。

仕方ないですけど……二年間寝たきりで直葉と同等のキリトさんマジすげー(棒)

それはともかく、解った方はあまりいらっしゃらないでしょうが、ショウキの家は原作で直葉が言っていた『昔、兄と行っていた剣道場』です。
恐らくは使い道がないこの捨て設定ですが、原作で回収されないことを祈っています……

では、感想・アドバイスを待っております。 

 

第五十五話

 今日も今日もで、リハビリを兼ねるという言い訳をしつつ、母屋にいる両親には何も言わずに家を出て行った。
自分で言っていてとても悲しいものの、剣道の道をSAOに絶たれてしまった今、俺は他の生きる方法を見つけなければいけないのだ。

 しかし、これまでの17年の生涯を全て剣道に捧げて来た代償は重く、俺はもうどうして良いかも解らなかった。

 考えている内に俺が無意識に来ていたのは、《ダイシー・カフェ》という、喫茶店というよりバーに近い様相を呈した店だった。
SAOで中層プレイヤーの育成を手伝っていた商人プレイヤー、《エギル》が現実でやっていた店だと、キリトから聞いていたらか。

 キリトが言っていた通りSAOにいた時のまま――システム上当然だが――ガタイの良い黒人が、その喫茶店《ダイシー・カフェ》の前に佇んでいた。

「よう、エギル……だよな?」

 目の前にいた男は確かにエギルだったが、日本人には外国人の区別がつきにくい、ということを思いだして念の為に付け加えた。

「お前……ショウキか!?」

 ……ああ、どうやら人違いではなく俺が知っているエギルのようだ、と安心している間に、そのエギルの巨体に胸を小さく殴られた……小突かれたと言った方が良いか。

「生きてるのはキリトから聞いてたがよ……だったら早く顔見せろってんだ」

 アリシャと同じように来ることが遅いと糾弾されたが、愛想笑いしながらエギルに小突き返し、彼はこの現実世界に生きているのだと実感する。

「悪い悪い。しかしお前、喫茶店やってるってのは本当だった……って、もう閉じるのか?」

 エギルがドアに架けようとしているのは、《close》と書かれた木製の看板であったが、時刻はまだ午後になったばかりという時間だ。
喫茶店という職業にしては、むしろ今が稼ぎ時ではないか、と素人目から見てもそう思わせる。

「……ああ、まあ、な。ちょっと入ってけよ、再会を祝して乾杯といこうじゃないか」

 エギルは明らかに動揺していながら、店のドアにその看板を架けると、そのまま俺を招きながら《ダイシー・カフェ》の店内に入っていく。
あまり穏やかではないエギルの雰囲気に、俺も続いて《ダイシー・カフェ》の中に入っていく……丁度良く、腹が空いている時間だったこともあるが。

 店内はエギルの趣味と思わしき調度品が並んでおり、その喫茶店自体の雰囲気も相まって、なかなかに過ごしやすい喫茶店の空気を醸し出している。
旅番組のようなテレビで、『店主のこだわり喫茶店』のような紹介がされそうな喫茶店だったが、エギルはSAOが終わってからこの喫茶店を作ったのだろうか?

「なあエギル。この店、いつからやってるんだ?」

 エギルに誘われるままカウンターについた後、気になっていたその質問を聞くと、エギルは少し苦笑しながら答えてくれた。

「……大体、二年前から、だな。嫁さんが続けて経営してくれててな」

 二年前と言えば、俺たちにとっては忘れもしないあの日……SAOに閉じ込められた日であり、一刻も早くここに戻ってくる為に、エギルは攻略組に入っていたのだろう。

「……良い嫁さんだな」

「だろう? お前も早く見つけ……てるか」

 ニヤニヤと顔に似合わない笑顔を貼り付けて、カウンターの奥からジンジャーエールが俺の前に出される。

「……何の話だかな」

 出されたジンジャーエールを一口飲むと、思ったよりは辛かったが、なかなか美味しくてもう一口口に入れる。

「ショウキ、最近お前はどうなんだ?」

「……最悪だよ、色々。で、結局世間話がしたかっただけか?」

 世間話が俺の話へと移る前に、先程から挙動不審だったエギルに本題へ入るよう促すと、エギルは真面目な顔をして一つのダブレット端末を持って来た。

「……コイツを見てほしい」

 エギルのいつになくシリアスな声色に、気を引き締めてダブレット端末を見ると、そこには一枚の画像が表示されていた。
どこかの大木の頂上のような場所で、そこに設置された檻に閉じこめられている、ロングヘアで茶髪の女性が外を見て――

「――アスナ!?」

 SAOにおける攻略組のリーダー、と言っても差し支えなかった《閃光》と、瓜二つの女性が檻の中へと閉じこめられていた。
攻略やリズ、キリトを介しての知り合いであったため、俺はアスナと直接会話したことはあまり無いが、その姿を見間違える筈がない。

「……やっぱり、お前もそう思うか……」

「どういうことだ、これは……」

 ニュースと菊岡さんから聞いた話であり、実際にその姿を見た訳ではないが、アスナは今……SAOの未帰還者の一員、つまりは昏睡状態のまま目覚めていない筈だ。
それがどうして、こんなどこかも解らない場所に幽閉されているというのか。

「……VRMMORPG、ってのは解るよな」

「……解りたくなかったがな……」

 エギルがポツリと漏らしたゲームのジャンルは、さほどゲームに詳しくない俺にでも解るジャンルの一つであり、最も聞きたくないジャンルの一つだった。

 VRMMORPG――要はヴァーチャル空間によるロールプレイングの総称で、あのデスゲーム……《ソード・アート・オンライン》と、奇しくも全く同じジャンルのゲームである。
VRMMORPG……いや、VRMMOというジャンル自体がSAO事件で世間に危険視はされているものの、便利なのは確かなのでまだ一般的に流通はしている。

 元々そちらのジャンルに明るくはなく、SAO事件の影響もあってなおさら知らないが、VRMMOの技術の素晴らしさは二年間嫌という程体感した。

「じゃあこれは、VRMMOの中、なのか……?」

 俺の問いに答えを示すのに言葉を使わず、エギルは一つのゲームと思しき物を俺の前に取り出した。
巨大な大木と、そこを飛翔する妖精のような男女が描かれたそのパッケージには、凝った意匠で《ALfheim Online》という名前が刻まれていた。

「アルフヘイム?」

「《アルヴヘイム・オンライン》、だ。妖精の国って意味で、SAO事件が終わった後に流行りだしたゲームらしい」

 アルフヘイム改め、アルヴヘイム・オンライン――SAOと同じように略すなら《ALO》か――を手にとって見ると、どうやら妖精を模したキャラになって冒険するようなゲームらしい。

「……どんなゲームなんだ?」

 パッケージから読み取れたのはそれだけだったため、そのゲームを取り出したエギルに直接聞いてみたが、その数秒後に少し後悔することとなった。

「エラいハードなゲームらしい。どスキル制でプレイヤースキル重視、更にはPK推奨だ」

「……すまない、俺に解るように頼む」

 SAOで二年間暮らす為には、こういう単語を暗記する必要はあったが、その度にメモ帳で記録を取ったり見返したりしていたのは記憶に新しい。
そんな俺をエギルも覚えていたのだろう、少しばかり苦笑した後に、俺に何とか解るように脳内で言葉を変換しているようだ。

「要は、戦闘力は現実の人間の技術か魔法に依存してて、プレイヤーを殺すことを推奨してるってことだ」

「ふーん……で、あのタイミングでこのゲームを出したってことは……」

 俺に解るように変換してくれたエギルには悪いが、俺には憎きVRMMORPGの内容などどうでも良く、大事なのは檻に閉じこめられたアスナの方だった。

「……ああ。お前が思ってる通り、このゲームの最終ダンジョン《世界樹》にいるらしい」

 エギルの言葉が俺の身体へと重くのしかかり、俺の脳内にて一つの事実が木霊して響いていく。

 ――まだSAO事件は終わっていないのだと。

「……このことを、キリトには?」

 エギルのことはキリトから聞いたのだ、彼らが連絡先を交換しあっていないとは考えられなかったので、この件においては俺よりキリトの方が重要だろう。

「いや、確証が持てなかったから連絡するか迷ってたんだが……やはりアスナか、コイツは」

「間違いないだろう。……それと、そのゲーム。…………一つくれないか?」

 言おうとしていたにもかかわらず、最後の台詞を放つには少しばかり時間がかかってしまい、まだまだ俺はVRMMOが怖いのだと実感する。

「別に良いが……良いのか、ショウキ」

「……ああ。俺が茅場を倒したのにまだ終わってないなら、俺は解決に回らなくちゃな。……それにさ、キリトに恩を返す良い機会なんだ」

 デスゲーム開始時に何の策もなく第一層から飛びだした俺を救ってくれたし、蘇生アイテム《還魂の聖晶石》を、キリトが渡してくれたおかげで俺は助かった……どちらも結果的ではあるものの、二回も俺はキリトに命を救われている。
……いや、スカルリーパー戦の時みたく、幾度となくキリトには助けられてきた。

「ユイの時には力になれなかったからな……今度は俺が力になる番だ」

「……そうか、お前らしいな。コイツは餞別だ、持ってけ」

 そう言いながらエギルが取り出したのは、ALOのパッケージにハードとして紹介されている、どこかあのナーヴギアに似た機械のヘルメットだった。

 それもその筈だ、エギルが持っているあの機械――《アミュスフィア》は、俺たちが被っていたナーヴギアの改造型なのだから。
大手メーカーから『今度こそ安全』と言われて発売された《アミュスフィア》は、信じがたいことに全世界から好評を博したらしく、その話題のALOのハードであってもおかしくはない。

「そのどスキル制とかはともかく、どういうゲームなんだ?」

 さっきまでは興味も何もなかったのだが、これからこの世界に入るとなれば話は別だ、出来るだけエギルからこの世界のことを聞いておこう。

「魔法あり、ソードスキル無しのSAOってとこか。あとはレベルも無しで、概要はさっきも言った通りだ。……最後に人気の秘訣なんだが、《飛べる》らしい」

「……《飛べる》?」

 アインクラッドを登っていってカーディナルにバレて、そのままビックリして空中を飛んだバカがどこかにいたが、そういう意味の飛ぶではないだろう……落ちてるだけだしな、キリトが。
ALOのゲームのパッケージの男女をもう一度見てみると、男女ともに翼――というよりは羽根か――が生えていたので、恐らくはこの羽根で飛ぶのだろう。

「確かに飛ぶなんてこと、ヴァーチャルじゃないと出来ないか」

「そういうこった。で、プレイヤーは九つの種族に別れて《世界樹》の攻略を目指す、ってなゲームだ」

 種族……ALOの住人の妖精の所属を決める、なんていう要素も決められている訳か。
そして先程、エギルが言ったプレイヤーキル推奨ということを鑑みるに、別の種族とは手と手を取り合って……等という甘いゲームではないらしい。

 デスゲームになっていたらSAOより難しかったな、などと考えていると、エギルが俺を心配そうな表情で見ていた。

「……もう一度言うぞ、ショウキ。やれるか?」

 エギルの心配する言葉を受けながら、俺は無言で《アミュスフィア》を受け取ると、やはり《ナーヴギア》のことを連想してしまって――

「くっ……!」

 ――SAO事件での二年間が脳内でフラッシュバックする。

 初めてオレンジプレイヤーを殺した時や、《PoH》との遭遇に一度死ぬことになった《笑う棺桶》討伐戦……様々なマイナスの思い出がフラッシュバックする中、俺はそのマイナスの思い出たちの裏側に……『ピンク髪の少女』もまた、俺の脳内に記憶されていた。

「……大丈夫、やれるさ。エギル、キリトに連絡頼めるか?」

「任せとけ」

 いつの間にやら用意されていた紙袋にALOと《アミュスフィア》を入れると、エギルに礼を言った後に俺は、喫茶店《ダイシー・カフェ》を足早に出て行った。

 剣道が出来なくなって毎日腐っていた俺に、キリトとアスナを助けるという目的とやることが出来た。
当事者二人には悪いが、その点だけは少しだけ感謝しておく。

「ナイスな展開じゃないか……!」

 ……ああ、この台詞を言うのは何時以来だったか。
 
 

 
後書き
ようやくALOに突入出来ますかね。

え、メインヒロイン?

……はて……?

感想・アドバイス待ってます! 

 

第五十六話

 エギルの店から家へと帰って来た俺は、とりあえず自分が部屋として使っている分家のドアに、鍵を取り付けるところから始めた。
ようやくSAOから帰ってこれたというのに、もう一度フルダイブをするところなどを見られれば、両親が発狂しかねない。

「……こんなもんか」

 帰る途中にある100円ショップで買った鍵で即席で作ったため、もの凄く大したことのない鍵ではあるが、とりあえず鍵としての体を成していればそれで良い。

 一度開けようとしても開かなかったので、鍵はこれで良いとして布団を敷き、エギルから貰った《アミュスフィア》を取りだした。
我慢出来ずに破壊した、あの悪魔の機械《ナーヴギア》と同じ外見・機能を持ったモノということで、どうしても持つ手に力が入ってしまうが、この《アミュスフィア》に罪はないと思い直す。

「……ん?」

 一旦落ち着こうと深呼吸を繰り返していると、視界の端に何やら見覚えの無い機械を見つけて、手にとってまじまじと見ることにする。
その機械は片手で充分持てるほど小型で、元々あった塗装が剥げたような様相を呈している。

 この機械自体には全く見覚えが無かったものの、その塗装の剥げたような機械には見覚えがある……つい先日までここにあった、悪魔の機械《ナーヴギア》と同じような塗装の剥げ方をしているのだから。

 床に叩きつけた時に破片が転がったか、とでも自己解釈してゴミ箱に投げ入れようと思ったものの、その機械に記されている文字を見ると俺の動きが止まった。

「……メモリーカード……」

 機械やゲームには疎い自分でさえも、メモリーカードが何なのかぐらいは解っているつもりだ。
ゲームデータの記録や保存を司り、これが無ければデータのセーブすら出来ないという最重要機能。

 そして、俺が《ナーヴギア》を使用して行ったゲームは一つだけなのだから……必然的に、このメモリーカードに入っているゲームのデータは一つしかない。

 茅場晶彦が仕組んだデスゲーム《ソード・アート・オンライン》――あの浮遊城での、二年間に渡る死と隣り合わせの生活が、このメモリーカードの中にデータとなって凝縮されているのだ。
《ナーヴギア》は破壊した筈なのに、こんなものがまだ部屋に残っているとは思わなかったが、今度こそ完膚無きまでに破壊を――

「…………」

 ――することは俺には出来なかった。

 確かにこのメモリーカードは憎むべき二年間の結晶だが、それと同時に日本刀《銀ノ月》を始めとする、最期の瞬間まで一緒だった大事なものもあるのだ。

 そんなものを、どうして壊せようか。

「……また、頼むか」

 それはないと思うが同じゲームのジャンルだ、もしかしたらSAOのゲームデータも役に立つかも知れないと思い、《アミュスフィア》のメモリーカードと入れ替えた。
《ナーヴギア》と同型というのは決して間違えでは無いようで、メモリーカードの規格は問題なく、塗装が剥げたメモリーカードを中に入れる。

 そして次に《アミュスフィア》に入れるのは、これまたエギルから貰った《アルヴヘイム・オンライン》――通称《ALO》のROMカードであり、後は被って『あの言葉』を言うだけでバーチャル空間に突入するだろう。

「…………!」

 この機械と同型の機械を被って、デスゲームへと誘われたのは身体が覚えているとても言えば良いのか、かなり被るのに抵抗したが《アミュスフィア》を装着することに成功した。
《ナーヴギア》と感触まで同じという、製作者に文句の一つでも言ってやりたくなる仕様があったが、もういい加減『覚悟』を決めよう。

「……リンク・スタート!」

 その力ある言葉を俺が唱えた瞬間に、俺の意識は眠るように闇の中へと引きずり込まれていくのだった。



 闇の中を飛ぶように浮かんでいる感覚がしばし続くと、突如として何もないが立てる場所が出現し、そこに立っていると女性のような声が響いた。

『所属する国を選択してください』


 女性の機械化音声とともに、俺の前へと九つの妖精の姿が映し出されたディスプレイが浮かび上がり、それぞれの妖精の特色が表示されている。
正直に言ってしまえば、ゲームのクリアなどには興味のない自分にとって、この種族選択もどうでも良いことだが……何があるか解らない以上、備えはしておくべきだろう。

 《火妖精〈サラマンダー〉》・《風妖精〈シルフ〉》・《猫妖精〈ケットシー〉》・《水妖精〈ウンディーネ〉》・《闇妖精〈インプ〉》・《土妖精〈ノーム〉》・《影妖精〈スプリガン〉》・《鍛冶妖精〈レプラコーン〉》・《音楽妖精〈プーカ〉》――紹介されている順番は、ALO内の世界でどれが攻略に近づいているか、ということらしい……どう考えても戦闘には向いてなさそうな《鍛冶妖精〈レプラコーン〉》と、《音楽妖精〈プーカ〉》には分が悪い順番だが。

 やはり一際目を引くのが、剣の攻撃による一撃の重さと火力の高い魔法がある《火妖精〈サラマンダー〉》と、剣の鋭さと素早さに風の魔法がある《風妖精〈シルフ〉》、そして次に攻略に近い《猫妖精〈ケットシー〉》だろうか。
この二種類の種族と《猫妖精〈ケットシー〉》がゲーム攻略に近いなら、これらの種族に入れば、アスナがいるだろう世界樹についての情報も集めやすいだろう。

「……よし」

 俺はしばしウィンドウの前で考えた後、上から二番目にあったウィンドウを選択した……風妖精〈シルフ〉》のウィンドウである。
金と緑色という種族の色はあまり気に入らないが、剣戟の速度を増す風を操る風妖精〈シルフ〉》の方が、火妖精〈サラマンダー〉》の炎よりは俺の剣の性にあっている。

 ……猫妖精〈ケットシー〉? 素早さは高いが色々と論外である、主に外見の問題から。

 他には幻覚を使うという《影妖精〈スプリガン〉》も気になったが、幻覚とはますます正当な剣技から離れてしまうのと、世界樹攻略から遠いことから候補から外した。

 種族選択も終わり遂にゲームが始まるのか、床が消えて落下していくと、美しい街並みが地下に見えてくる。

 二年ぶりになるフルダイブの開始の感覚に、なんとも俺は嫌な感覚に陥りながらも、街の中央にそびえ立っている塔へと降りていった。



「つうっ……」

 フルダイブに入ることに慣れていない俺にとって、開始の証とも言える目眩を乗り越えると、目の前には巨大な塔が立っていた。
辺りを見回してみると、夜の闇の中に浮かぶ深緑の建物が並んでおり、現実ではそうそう見えない幻想的な光景が広がっていた。

 流石はALO一美しいと評判の種族であるシルフの首都《スイルベーン》であり、俺の趣味には合わないとはいえ行き交うシルフの人々と併せ、金色と深緑と夜の光は美しいの一言だった。

 しかし、その光景はSAOの名物スポットで見たことがあり、どこか既視感を感じさせざるを得ない……そう思ったところで、急いで右手を振ってメニューを表示させた。

 俺の心配とは裏腹に、メニューの一番最後にはきちんと《ログアウト》ボタンは存在し、ここはSAOではないのだと安心させた。

「……とことんビビりだな、俺は……」

 そんな事態になっていたら、今ごろSAOの再来だの何だの騒がれているだろうに、俺はSAOやフルダイブに対して身構え過ぎなのだ。

 そうして目の前にあった鏡に、ため息を吐く趣味の悪い格好をする妖精がいるな、と発見する……言った側から現実逃避をしてしまったが、どう考えてもその妖精は自分であろう。
SAOとは違ってランダムに割り振られたその外見は、一言で簡単に言うと『家柄の力を自分の力だと勘違いしている長髪』といった感じだろうか。

 その髪の毛が金髪であることもそのイメージを加速させ、やはり金色は見るだけに留めるべきだと再実感する。

 しかし俺は、どうにもこういう『自分以外の肉体』を動かすのは抵抗がある方だが、今回は身長がほぼ同じなので良しとしよう。

 まずは俺の置かれている状況の確認だろうと、とりあえずは先程出したメニューを探ってみることにすると、まずは《アイテム》のボタンをタッチした。

 当然始めたばかりなのだから、初期装備ぐらいしかないだろうと思っていたのだが、俺のその予想に反してアイテムは大量に埋まっていた。
最初の方は、いかにも初期装備といった感じな簡素なアイテムが並んでいたが、それら以外のアイテムは全て文字化けしている……?

「バグか……?」

 一番最初に思いついた可能性はそれであり、とりあえず何が出るか気になった為に、文字化けしたアイテムを出現させるべくボタンを押した。
一度メニューからスパークが走り、何か糸のような物が一瞬出現したものの、それから直ぐに無くなってしまった。

「今のは……」

 やはりただのバグか……と普通は思うだろうが、俺の眼はもう一つの可能性を提示していた。

「……アリシャの糸?」

 ギルド《COLORS》のリーダー、アリシャのメイン武器――武器と言って良いものか微妙だが――彼女があらゆる環境で使っていた《糸》そのものだった。
彼女が《PoH》に殺された際に、ギルド《COLORS》の共有ストレージにその遺品を遺したため、俺のアイテムストレージにある物だった。

 その遺品である《アリシャの糸》が何故ここにあるかは解らないが、この文字化けのアイテム達は全て、SAOで俺が手に入れたアイテムだということだろう。
……これも《ナーヴギア》と同じように、捨てることなんて出来やしない。

「おいニュービー! そっから離れた方が良いぞ!」

 アイテムストレージを閉じると、周りからそんな声が響き渡り、ニュービーとやらにそこを離れるように言っているようだ。
しかしSAOでいうところの《圏内》で、そんな急いで離れなくてはならない状況になるとは、そのニュービーとは――

「ぐあっ!?」

 ――そんなことを考えている内に、気配もなく頭上から蹴りを喰らい、そのまま床に倒れ込んだ。

「あれ、悪い悪い。でも、ニュービーがそこにいるのが悪いんだぜ?」

 頭上から見事な一撃を放ったのは重装備のシルフで、そのまま一度謝った後にどこかへ歩いていくと、代わりに他のシルフが一人歩み寄って来た。

「だぁから離れろって言ったのによ、ニュービー」

 どうやらその少し老けた顔のシルフは俺に話しかけているようで、クラクラした頭を直しながら立ち上がると、そのシルフへと話しかけた。

「ニュービー……?」

「おいおいそっからか? 『初心者』って意味だよ、初心者〈ニュービー〉」

 『ニュー』というのはその意味から解るのだが、『ビー』とは何だろうか……などとくだらないことを疑問に思ったが、そんなことは本当にどうでも良い。
……しかし、フルダイブ環境下で二年間ずっと暮らしてても初心者とは、彼はどれだけフルダイブ環境下にいるのだろうか……なんてな。

「すまないな、わざわざありがとう」

「良いってことよ。じゃあついでよ、他になんか聞きたいことはあるかい?」

 お節介というか最初の村のおじさんポジションというか、このシルフはそんな性格のようなので、せっかくだから聞かせてもらうとするか。

「どうやって空を飛ぶんだ?」

 《世界樹》のことを聞こうかとも思ったが、まずはこの世界での常識であるらしい《飛翔》のことを教えて貰うとしよう……《世界樹》のことは現実でも調べられるが、《飛翔》はそうもいかない。

「おお、やっぱそれからだよな。まずはコントローラーを出しな。左手をコントローラーっぽく握り込むんだ」

 言われた通りに左手を操作すると、SAOと同じように左手に補助コントローラーが現れ、少し前に倒してみると羽根がピクリと動いた。

「動かし方は普通のコントローラーと似たような感じさ。後は怖がらずに飛んでけ!」

 随分と感覚派のシルフに腰を叩かれ、コントローラーを押しだして飛翔する……確か流し読みした説明書によれば、そんなに難しい操縦では無かった筈だ。

「……っと!」

 風切り音と飛翔する感覚が身体を包み込み、飛翔するというのは中々に爽快な感覚で、これなら流行するのも頷ける。
おっさんシルフは『怖がらずに』と言っていたが、《縮地》より遅い今では、スピードに関しては特に恐れることなど何もない。

 空中でクルリと旋回してみせると、おっさんシルフから拍手が捧がれて何か言っているようで、おっさんシルフの言葉を聞くために空中でしばし滞空する。

「ニュービーにしては筋が良いな。……そうだな、こっから東の森に飛翔の練習場みたいな場所があるんだ、せっかくだから行ってみろよ」

「飛翔の練習場、ねぇ……」

 もうそろそろ《飛翔》にも慣れてきそうだし、正直この補助コントローラーはお世辞にもかっこいいとは言い難いし、飛行速度自体が上がるらしいので、翼だけで自由自在に飛び回りたいところだ。

「色々ありがとう、行ってみることにする」

 色々教えてくれたおっさんシルフに礼を言うと、東の方角へと初期装備のちゃっちい片手剣を装備しながら、今の自分に出来る限りの速度で飛翔していった。

「おっさん、東の森ってサラマンダーの狩り場じゃね?」

「飛行の練習にはなるだろ? すぐここに戻ってくるだろうがな」

「なるほどな……」

 ……そんな話が、俺が飛び去った場所でやりとりされているとは、全く知らないままに。
 
 

 
後書き
ALO突入になり、ショウキは《シルフ》となりました。

ちなみに第二案は本文にある通り《スプリガン》でしたが、キリトと被るので却下……まあそんなこと言ったら、プーカ以外は主役陣に被るのですが。

感想・アドバイス待ってます。 

 

第五十七話

 シルフの首都《スイルベーン》から飛びだしたが、特に何があるわけでもなく――強いて言えば森しかなく――一度飛行限界時間が訪れてしまい、数十分間木の幹で空に浮かんでいる月を眺めるだけという無駄な時間を過ごした。

 ここらへんにはモンスターが出ないのか、ゆっくりと景色を楽しむことが出来たのだが、そもそも俺の目的はここで景色を楽しむ為などではない。

 飛翔の練習とともに情報収集をする為だったのだが、その目的地であった『飛翔の練習場』とやらは見当たらず、俺は幹の上で人知れずため息を吐いた。

「……騙されたか」

 SAO内では日常茶飯事だったものだが、環境が新しくなってもネットプレイヤーの性根は変わらないということだろうか……いや、むしろデスゲームではないだからか。

 スイルベーンからここまで来れたのだから、ここからスイルベーンまで帰れる筈だとして、背中の羽根と左手のコントローラーを起動する。

 ――すると木の幹から飛び立つ前に、俺が飛翔する時と同じ弦楽器のような音と、そしてそれよりも力強い竜の羽ばたきのような音がする。
ついつい気になって音がする方向を見てみると、軽装甲のシルフの二人と五人のサラマンダーのエアライドが勃発しており、その空中戦はどちらもハイレベルであることを示していた。

 ……触らぬ神に祟り無し、人数上不利なシルフ二人には悪いけれど、初心者の俺では助けることなど出来やしない。
出来るだけ物音をたてないように立ち去ろうとした瞬間、エアライドで一番良い動きをしていたシルフの少女が突如としてこちらを向くと、そそくさと移動しようとしている俺に気づいたようだ。

「そこのニュービー、早く逃げて!」

「なっ……!?」

 驚きの声はその少女以外から発せられた声で、サラマンダーからしてみれば気づかなかった伏兵であり、俺からしてみればどうして、少女はわざわざ全員に気づかせるように叫んだのか解らなかったからだ。

 ……今から逃げるところだっただろうに、お前のせいでサラマンダーに気づかれたじゃないか……!

 そう内心で毒づきながら、サラマンダーが発射した魔法が俺のいた木に当たって燃え上がり、俺は急いで補助コントローラーで空中へと飛び上がった。

 戦いに参加することになったら、まず俺がやるべきことは戦況の把握からだ。

 こちらに親切心で――結果的に迷惑だったが――逃げろと警告してくれた、動きの良い長刀を使う少女シルフに、ダガーを持った小柄なシルフでシルフ側は二人。
対するサラマンダーは全員重装甲で固め、五人がそれぞれ巨大な槍を持って攻撃する、というフォーメーションを取っている。

「何してるの、早く逃げなさいってば!」

 サラマンダーのリーダー格と戦っている少女シルフが一旦距離を取り、わざわざ俺の横に飛行してくると、もう一度警告してくれた。

「いや、補助コントローラーの速度じゃ終われたら逃げられそうにない。お前みたいに《随意飛行》なら、また話は違うんだろうが」

 重装備でありながらこれほどのエアライドをする連中相手に、補助コントローラーを使っている俺では、出せる速度の関係上逃げることは出来ないようだ。

 ……ならば、俺がやるべきことは一つ。

「……ナイスな展開じゃないか」

 初期装備である安っぽい片手剣を右手で抜き、近くで槍を構えるサラマンダーに対し、自分から向かっていく。

 この世界どころかネットゲームでも俺は初心者だが、エアライドには未だ慣れていないとはいえ、今ここで目の前のサラマンダーと戦ってみせる自信ならばある。

 なぜなら現実とSAOで鍛え上げた技術もあるが、このALOという世界はSAOと変わっていない、俺はそう実感していたからだ。

 エギルにこの世界がどんなシステムか聞いた時、俺が一番最初に思ったことは……俺がSAOで過ごしたシステムと、ALOのシステムは『似ている』ということだった。
魔法と飛翔という存在はともかくとして、レベルアップはなく接近戦の実力はプレイヤーの技術により決定し、プレイヤーをサポートする《ソードスキル》はない……

 ……二年間生き残ったSAOと同じシステムならば、この世界でも戦えない道理はない……!

「ちょっとキミ!?」

 少女シルフの驚愕の声をバックにしながら、俺はサラマンダーが突き刺してきた槍を横に移動して避けながら、お返しとばかりに片手剣をサラマンダーに向かって突き立てた。

「はっ!」

「バカ野郎、そんな片手剣がこの重装備に……ッ!」

 その自慢の重装甲には初期装備の片手剣など通用しない、などとタカをくくっていたサラマンダーは、自分の身体に突き刺さった片手剣を信じられない面持ちで見ていた。

「アーマーとアーマーの継ぎ目を狙う……重装甲相手でもこういう戦い方はある。そして、ちょっとでも突破された装甲なら……!」

 片手剣が入っているアーマーとアーマーの継ぎ目に片手をねじ込むと、無理やり力付くでその部分のアーマーを外してやると、剥き出しになった身体に片手剣を叩き込んだ。

 サラマンダーが持つ突撃槍はこの近距離戦に使うのは向いておらず、補助コントローラーと突撃槍で両手が塞がっている為、手で俺を払いのけることも出来ない。

「でぇぇぇぇい!」

 ――結果としてそのサラマンダーの戦士は、《リメインライト》と呼ばれるようになるまで、俺の片手剣による連撃を叩き込まれることとなった。

「ふう……もう剣がすり減ってやがる……」

 初期装備の片手剣を無理やり使っている自分も悪いのだけれど、やはりこうなると日本刀が恋しい……などと思っていると、側面から他のサラマンダーから突撃槍が突きだされ、なんとか下降して避けることに成功する。

 すぐさま上昇してサラマンダーと同じ高度に位置すると、他の二人のシルフも同じく距離をとっていて、偶然にも三人のシルフが集合することとなった。

「その妙な戦い方……あなた、他のゲームの有段者?」

「……まあ、そうか」

 元々教え込まれていた技術を更に発展させ、アインクラッドで生き残れるような技術にしたのだから、確かに有段者と言えるのかも知れないが……有段者とは、なんだかゲーマーらしくない言い方だ。

「ま、良いわ。あたしはリーファ、こっちはレコン。あなたの名前は?」

 小柄なシルフの頭を掴んで自己紹介するリーファに、今まさに襲われているのに対した余裕だとは思ったが、サラマンダーも三人揃ってるところへ攻撃してくるのは難しいようで、周囲を旋回しつつこちらを警戒していた。

「俺の名前は……ショウキだ」

 ALOにログインする際に名前を変更する機会はあったものの、特に必要を感じなかったためにそのままにした名前だが、リーファは俺の名前を聞くとしばし硬直した。

「リーファちゃん、どうしたの?」

 レコンがリーファの顔を覗き込むと、リーファはハッとして元気に首を振った。

「……ううん、何でもない。それより、相手のサラマンダーは残り四人で、そのうち一人……多分リーダー格は地上に落ちた。だから、1対1×3で戦って、隙をついて逃げる。それで大丈夫?」

「大丈夫だ」

「……た、多分」

 リーファの状況確認と作戦会議を兼ねたセリフは即座に終わり、平常通りの俺の言葉と自信なさげなレコンの言葉を受け、リーファはレコンの腰を一発叩いた後に号令をかけた。

「だから気合い入れなさいって、レコン。……行くわよ!」

 リーファの号令の下俺たちは散開し、それぞれ一人ずつ突撃槍を持っているサラマンダーの前につくと、別々に戦いだした。
このサラマンダーたちの戦い方はフォーメーションを重視しており、チーム戦ではなく個人戦に持ち込めるのであれば、大した脅威とは成り得なかった。

 レコンはそのダガーで突撃槍の射程ではない近距離で攻撃をしていたが、サラマンダーの重装甲相手では分が悪く、ダガーの攻撃はダメージをあまり与えられていない。
だが、その相手の射程の内側に潜り込んだ戦い方のせいで、サラマンダーは思うように戦うことが出来ず、足止めとしては充分だ。

 リーファは《随意飛行》による高機動戦を行っており、敵の背後に張り付いては確実なダメージを稼いで移動し、ヒット&アウェイが上手くいっている。
補助コントローラーを使っている相手はその動きについていけておらず、重装備相手に時間はかかるかも知れないが、あの戦いはリーファの勝ちになることが明白だった。

 そういう俺はと言うと、敵のサラマンダーが突撃を繰り返している為に近づけず、敵もこちらを近づけまいと警戒している為、思うように戦えていなかった。防戦一方どころか着実に追いつめられており、空中戦のキャリアが俺とサラマンダーの歴然たる差を開いていた。

「……だからって、やられっぱなしとはいかない」

 敵のサラマンダーの戦い方はシンプルで、重装備で突撃槍を構えながら圧倒的な威力と質量で相手を攻撃する、という単純だからこそ強い戦術。
対するこちらは、敵を攪乱しながら動きを読み、相手の不意をついて一撃を入れる……と言いたいところだが、エアライドに慣れてない今はそれが難しい。

 ……それでも、そうするしかないのが悲しいところだが。

 もはや何度目になったか解らないサラマンダーの突撃を、俺はギリギリまで引きつけてから更に上方に上昇し、急激なGに耐えながら足をサラマンダーの前に『置いて』おく。
サラマンダーは突撃をそう簡単に止めることは出来ず、そのままその勢いで俺の足に頭から突撃し、自分が出していたスピード分の威力の蹴りを喰らったような状態となる。

「……そこだ!」

 金属のヘルメットに蹴りを入れたこっちも痛かったが、 相手は頭にその衝撃が響き渡っているだろうところに、俺はその場で一回転した後にかかと落としを叩き込んだ。
サラマンダーからしてみれば、頭を二回ハンマーで殴られたような衝撃が襲ったような状態で、たまらず突撃槍を取り落として自身も墜ちていく。

「次は……ッ!?」

 サラマンダーを追撃する余裕も意味もないと判断した俺は、即座にレコンの支援に行こうと翼を展開し直したのだが、斜め下から突如として炎の渦が巻き起こって向かって来ていた。
そう、ここはいくら似ていようとSAOではなく、妖精と魔法の世界――ALOだということを再実感した。

 炎の渦から何とか逃れようと急速に左旋回をすると、今すぐ移動しようとしていたのが功を労し、何とか炎の渦に直撃することは免れた。
だが完全に避けることは出来ず、その炎の渦は俺の左手を掠っただけで焼き、左手の補助コントローラーを焼き尽くした。

 空中で飛行機がコントローラーを失ったら……答えは明白であり、先程のサラマンダーのように、ただ地上へと墜ちていくのみだ。

「うわああああっ……!」

 この空中から地上へと重力に従って墜ちる際の浮遊感を感じながら、我ながら情けない悲鳴をあげていると、遠くからリーファの声が聞こえてきた。
聞こえにくいので悲鳴をストップすると、風切り音があるためにどうにも聞こえにくかったが、リーファの言っていることは何となく把握出来た。

 ――彼女は、飛翔しろと言っている。

「仮想の骨と筋肉が伸びてると仮定して、肩や背中と翼を連動させて!」

 普段ならば何を言っているのか解らない、と呆れるところであるが、彼女が今言っていることは確実に《随意飛行》のコツだ。
補助コントローラーが焼き尽くされた今では、随意飛行を身につけなければ墜落することは確実だ……!

 リーファに言われた通り翼に力を込めると、先程まで補助コントローラーで動いていた翼がピクピクと動き出し、徐々にではあるが翼のように始動すると、弦楽器のように翼が音を慣らし始めた……飛翔する準備が整った証拠の音だ。

 しかし着実に大地は迫って来ており、俺の頭上には思ったより速く復活した、先程頭を二回蹴りつけたサラマンダーが突撃槍を構えていた。

「後は思いっきり、飛んで!」

「……筋肉を自在に動かすなんて……簡単な技術だろうっ!」

 自身を鼓舞する意味を持った叫び声を上げると、地面スレスレでホバリングするように翼が動き出し、その後にコントロールをする暇もなく飛び上がった。

 頭上で突撃槍を構えていたサラマンダーと視線が交錯し、突きだされた槍を片手剣で斬り払うと、攻撃する暇もなくサラマンダーを通り過ぎた。

 確かに速度は跳ね上がったもののコントロールは難しく、飛翔しているというよりは翼に振り回されている、といった方が今の俺の状態は正しいか。

「だけどな……」

 もはや刃がすり減って限界を迎えている片手剣を投擲し、サラマンダーの左手に握られていた補助コントローラーを弾き飛ばし、サラマンダーも空中でのコントロールを取れなくなっていた。

「……お前に向かって落下することぐらいは出来るさ!」

 細かいコントロールは効かないものの方向を指定することはでき、今まさに飛び上がった地上へと進路を向け、サラマンダーへとのしかかった。
飛べなくなったサラマンダーは重力に従って墜ちていき、そのまま俺が上から押しているため、サラマンダーはそのまま地面に押しつけられた。

 サラマンダーの重装備がエアバック代わりになって俺にダメージはないが、上下に押しつけられたサラマンダーはたまらずHPを全損させ、《エンドフレイム》が地面と共に俺を迎えた。

 死んだ証とはとても思えない赤色の光に包まれながら、俺は再び飛翔する為に翼を展開し、大空を仰ぎ見た。

 
 

 
後書き
ALO、初戦闘は前後編でお送りします。

感想・アドバイス待ってます。 

 

第五十八話

 サラマンダーの《エンドフレイム》を身体に浴びつつ、次に狙う目標として魔法を使ったサラマンダーに狙いをつけようとする。だが、思っていた以上に夜の森の闇は暗く、サラマンダーの赤い服は見つけられない。

 仕方なく一旦飛翔すると、リーファとレコンも俺がいるところに集まって来た。見えない魔法使いを警戒してのことだろう。

「ナイス、ショウキくん。……後はコントロールが出来れば良いんだけど……」

「そのコツを聞くのはまた後でにするよ。今は、どうする?」

 敵の戦力は空中を飛んでいる重装備のサラマンダー二体と、未だ地上にいる筈の、俺を魔法で撃ち落としたサラマンダーの魔法使い。重装備の方はリーファとレコンにしてやらていて、あまり脅威ではないものの、魔法使いはそれを補って余りある脅威度だ。

 掠っただけで俺の左手を何も持てなくさせる火力の魔法が、見えない場所から放たれるとは厄介この上なく、放っておく訳にはいかない。しかし脅威ではないとはいえ、目の前のサラマンダーを放っておく訳にもいかない……

「ま、そこは私たちにお任せよ? レコン、たまには役にたってよね」

「……酷いよ、リーファちゃん」

 レコンはそこはかとなく涙目になりながら、何やら魔法の呪文の詠唱を始めると、レコンの右手に鏡のような物が出来上がっていく。そしてその鏡には、SAOの《索敵》スキルのように光点が表示されていた。

「……なんだ、それ?」

「僕が上げてるスキル《闇魔法》。レベルが上がれば、遠くの人と会話出来たりするんだけど……これはプレイヤーの位置を表示してるんだ」

 要はSAOの《索敵》スキルと同じらしく、まずは固まっているプレイヤーが三人。これは確実に俺、リーファ、レコンだろう。

 更にその俺たちの前に二人のプレイヤーがいて、残り一人の魔法使いの位置は……ない。レコンの闇魔法によるレーダーには、魔法使いを示すサラマンダーの反応はどこにもなかった。

「……レコン、これはどういうことだ?」

「……多分、僕の《闇魔法》スキルより、あのプレイヤーの《隠蔽》スキルが高いんじゃないかなーって……」

 つまり見つけられないらしい。俺にはレコンのレベルが低いのか、サラマンダーの《隠蔽》スキルが高いのかは判断がつかないが、敵はなかなかの強敵ということにしておこう。

「でも、攻撃をして来るタイミングで《隠蔽》スキルは解除される筈だから……リーファちゃん、真下だ!」

 俺たちの真下にいきなりプレイヤーの光点が表示され、俺が真下を見ると確かに、リーファに叩き落とされたサラマンダーが一人立っていた。急降下して攻撃しようとも思ったものの、その前にサラマンダーから炎の渦が放たれていた。

「みんな、避けて!」

 リーファの号令でバラバラに避けると、炎の渦は散開した俺たちの中心を通り抜けていく。だがその隙を突いて、サラマンダーが突撃槍を振りかざし、俺とレコンの前に立ちはだかった。

「レコン、ショウキくん! ……くっ!?」

 天へと駆け抜けていった炎の渦は消え去ったが、その残滓が数匹の炎の蛇となってリーファを襲った。リーファにとってその程度は、足止めにしかならないようだが、その足止めが彼らの目的だろう。

 三人のシルフの中で一番戦力があるリーファを魔法で足止めし、戦力で劣るレコンと俺を重装備のサラマンダーが倒す。そして地上にいるサラマンダーは再び姿を隠し、リーファを足止めしつつ、魔法を叩き込むチャンスを伺っているのだろう。

 これ以上考えている暇などなく、重装備サラマンダーの突撃槍が俺に迫り来ることになり、俺は大きく翼を瞬かせて回避する。細かいコントロールに慣れていない分、スピードはあるため回避は容易なものの、俺には重装備サラマンダーを倒す方法がない。

 俺に残された武器は、消滅寸前の耐久値しかない片手剣と、俺の持ち得る『技術』として使い慣れている蹴り程度。蹴りはまだ使えるが、重装備サラマンダーのHPを削りきる威力はなく、もはや初期装備の片手剣は論外だ。

 相手が油断してくれていればその限りではないのだが、サラマンダーを二人倒した俺に対し、サラマンダーは油断なく突撃槍を構えている。強いて言えば、攻撃が当たらないことに業を煮やしているようだが、そこを突けるかどうか。

 しかしこのままでは、地上にいるサラマンダーからの炎の渦に巻き込まれることは必須。覚悟を決めて片手剣を振りかざし、サラマンダーの攻撃に備えた。

「さあ、来い……!」

 狙うべきはサラマンダーが突撃して来た時のカウンター。突撃槍はその特性上、突撃する時は強力なものの、それ以外に用いることは出来ない武器。

 ……だが俺が『待ち』の態勢をとっているからか、サラマンダーはなかなか攻撃して来ない。かといってこちらも待つしかなく、しばしの時が流れると、サラマンダーの背後から幾つかのモンスターが現れた。

 一つ目の翼が生えた化物で、サラマンダーを無視してこちらに突っ込んでくると、俺のそばでじっと滞空し始めた。サラマンダーの背後から現れたにもかかわらず、俺の方を襲ってくるということは、まさかこのサラマンダーの使い魔か……?

「せぇい!」

 片手剣でモンスターに攻撃すると、予想に反してあっさりと倒れたが、まだまだ数は俺の回りにいた。しかし、モンスターは俺を襲ってくる様子はなく、ただそばを滞空しているだけだった。

「ショウキくん、それは追跡用の《サーチャー》って言って……今は無害よ! それより敵を……このっ、邪魔っ!」

 ――追跡用?

 数を増やし続ける炎の蛇に、未だ足止めされているリーファの助言に納得したが、その無害のサーチャーとやらが集まって俺に突っ込んで来た。それでも攻撃はして来ないようで、一点に集まってくれた為に切り裂くのは容易になったが……俺の視界はサーチャーで覆われた。

 無害なのだとはとんでもない、これは俺からしてみれば最高の目潰しだ。そう気づいた時には、サラマンダーの突撃槍が近距離まで迫っていた。

「こういう使い方もあるんだよニュービー!」

 自慢気に叫ぶサラマンダーの声を無視し、軽々と翼を使ってサラマンダーの攻撃を回避するとともに、サラマンダーの背後へと回り込んだ。

「……正面だけしか目潰ししなかったら、『正面から来る』って言ってるようなものじゃないか」

 例え視界が効いていなくとも、敵がどこから攻撃してくるか解るのであれば、回避することは容易である。瞬間的に加速出来る、この翼があるならば、なおさらだ。

「くらえっ!」

 勢い余って突撃するサラマンダーに対し、背後から後頭部へと蹴りを入れると、今のうちにリーファかレコンと合流を……ッ!

「まだまだぁ!」

 勢い良く後頭部を強打した程度では効かないらしく――ただのバカかも知れないが――持ち直したサラマンダーが再び突撃して来て、合流を断念して回避に専念する他なくなった。

 リーファは相変わらず足止めを食らっているようだったが、予想に反してレコンは短剣でサラマンダーを倒せないながらも圧倒していたが、絶対的に火力が足りずに重装備を突破出来ないようだ。

 そして、俺も目の前に控えるサラマンダーを突破出来る火力はなく、日本刀《銀ノ月》が恋しくなってアイテムフォルダを開く。もちろんその中には、バグって文字化けした数字の羅列しかなかったが。

「行くぞオラぁ!」

 目の前のサラマンダーは、やかましい雄叫びを上げながら突撃して来る……かと思いきや、俺と同じくシステムメニューを操作し始めた。普通ならば、操作している隙をついて攻撃するところだが、あの重装備には隙をついたところで意味はない。

 何が来るかと身構えていると、予想に反して俺に何も向かってくることはなく、何故かサラマンダーの重装備が解除された。重装備からハーブメイルと呼ばれる軽装備となり、サラマンダーは意気揚々と語りだした。

「コレで俺もスピードアップだぁ!」

 ……解ったこいつ馬鹿だ。

 重装備を外したサラマンダー……もう馬鹿で良いか……は雄叫びを上げながら突撃槍を構え、そのスピードを上げて突撃して来る。だが補助コントローラーであることに加え、スピードアップと言ってもたかが知れているので、特に奇をてらわずとも回避が出来た。

 補助コントローラーと随意飛行では、エアライドでの自由度・速度が違う。……俺のように、慣れていないと細かいコントロールが出来ないが。

 要するにあの馬鹿は、少しのスピードアップと引き換えに、自分たちのアドバンテージだった重装備を取り外したのだ。


 そして、回避しながらこちらもメニューを操作して――装備を解除したりはしないが――アイテムを取り出す。そのアイテムとはサラマンダーの使っている突撃槍であり、先程アイテムフォルダを確認した時に中に入り込んでいた武器だ。

 どうやら倒した敵のアイテムの何割かを、手に入れることが出来るらしく、幾つか見覚えのないアイテムが紛れ込んでいた。そして幸運なことに、サラマンダーの突撃槍があったため、使い慣れないが片手剣よりはマシだと装備した。

「使い方は……このまま突っ込むのみ!」

 ……あまりあのサラマンダーのことを、馬鹿とは言えない使い方だが、事実そうなのだから仕方がない。俺とサラマンダー、二つの突撃槍が交差することになり――

 ――俺の突撃槍は、敵のサラマンダーの胸を貫いていた。

 重装備であったならば耐えられただろうに、わざわざ装備を解除するものだから、サラマンダーはそのまま墜落していった。地上でエンドフレイムに焼かれ、リメインライトになることだろう。

「うわぁぁぁっ!」

 馬鹿の末路を見届ける暇もなく、大空に響いた悲鳴の方向を見ると、レコンが例の炎の渦に巻き込まれていた。クリティカルヒットではないらしいのは幸いだが、翼が狙われたらしくその翼は焼き焦げとしまい、羽ばたけずにそのまま大地に墜落する運命となる。

「レコン!」

 リーファの悲痛な叫びとともに、レコンは墜落していく。彼女はレコンと戦っていたサラマンダーと戦っているため、彼を助けに行くことは出来ない。

「こなくそっ!」

 戦利品の突撃槍を地上にいるサラマンダーに牽制に投げつけ、俺はレコンの墜落地点へと飛翔していく。重力が乗ったレコンは流石に重く、地面スレスレでキャッチをすることに成功した。

「あ、ありがとう……」

 小柄なレコンを抱きかかえるようにキャッチして少し飛び立ち、投げ槍の要領で放った突撃槍が、魔法使いのサラマンダーに当たっていることを確認する。確かに牽制とはいえ当てるつもりだったが、思いの外良い当たりだったらしく、魔法使いは隠れずにダメージを受けていた。

 こうなればやるべきことはただ一つ。

「リーファ、魔法使いがダメージを受けてる間に二手に別れて逃げよう!」

「……分かった、レコンを頼んだわよ!」

 リーファと俺は同時にその翼を展開し、弦楽器のような音を鳴らしながら、逆方向に飛び去っていく。リーファと戦っていたサラマンダーは、木に隠れて俺たちが見えなかったのだろう、そのままリーファを追っていく。

「レコン、大丈夫か?」

「……何とか……」

 翼を持たないレコンを抱えて飛んでいるため、俺たちの方に追っ手が来ないのはありがたい……と、思っていたのだが。俺たちと併走して飛ぶ、サラマンダーの《サーチャー》が俺の視界の端に移った。

「ショウキさん、サラマンダーが新たに三人! 多分、ぼくたちとは別のシルフを追ってたサラマンダーだ……」

「別働隊か……」

 サラマンダーが一人ならば何とかなったかも知れないが、三人ともなれば今の状態で勝ち目はない。一刻も早く、シルフの首都《スイルベーン》へと戻らなくては、プレイ初日に殺されてしまうだろう。

 たかがゲームとはいえ殺されてしまうのはゴメンだし、このバグアイテムが他のプレイヤーに渡れば、このアカウントがどうなるか解らない。ネットゲームという性質上、バグとプレイヤーは即刻削除され、アスナの手がかりを失ってしまう。

 ――そうなれば、キリトとアスナに顔向け出来ない。

「レコン、スイルベーンってどっちだ?」

 サーチャーを斬りながら少しばかり飛んできたが、どこもかしこも木ばかり。スイルベーンはどこかと聞くと、レコンは少し考えた後に答えた。

「……正反対、かな」

「…………」

 これで馬鹿正直にスイルベーンの方角へ向かえば、サーチャーの存在もあって、確実にサラマンダー三人に接敵することになるだろう。しかし、このまま直進しても永遠に《スイルベーン》につくことはない。

「……どっか他に《圏内》……じゃなくて、中立の場所はないか?」

「……確か、もう少し行けば海に出て、そこには中立地点でログアウト出来る船が……」

 レコンが頭の奥から引っ張り出して来たような記憶を頼りに進むと、サラマンダーには見つからずその船を見つけることが出来た。ダンジョンで疲れた人用の、船型の宿泊施設ということだろう。

「明日、スイルベーンに戻ることになるか……ワープみたいなの無いのか?」

 船に着地して一息ついた後、抱えていたレコンを降ろしながら聞いてみた。まあ、そんなものがあるなら最初から使っていると思うので、そんなものは無いのだろうけど。

「ワープみたいなのは無いかな。リーファちゃんに、今日は帰れないからサラマンダーがいなくなってから帰る、ってメールしとかないと……」

 レコンはメニューを開いてメールを打ち始めると、驚くほど速い速度でメールを打っていき、驚いている内にもう打ち終わっていた。……そのメールが来たことを知らす音声で、サラマンダーが放ったサーチャーに見つかったというのは、今のレコンに知る由もない。

「じゃ、今日はここで泊まるかな。ショウキさん、ニュービーなんでしょ? 助けてくれたお礼に宿泊費奢るよ」

 人の良さそうな笑顔を見せるレコンの提案に、確認こそしていないが恐らく金がない俺には、特に断る必要性は感じられなかった。

「それは助かる。……ああそれと、フレンド登録してもらって構わないか?」

 この人の良い小柄な少年――の姿をしているだけかも知れないが――に、この世界の情報を教えてもらう為には、やはりフレンド登録するのが一番手っ取り早いだろう。レコンもリーファも戦いを見る限りベテランなようだし、この世界のことを良く知っていることだろう……戦友たる彼女らに、秘密を抱えながらフレンド登録するのも気が引けるが。

「うん、こっちから頼みたいぐらいだよ」

 レコンは俺とフレンド登録の申請をしつつ、この船型宿泊施設の申請も済ましたようで、NPCに連れられて部屋へと案内された。割り当てられた別々の部屋の前につき、部屋の中へ入ってみようとすると、隣のレコンから声をかけられた。

「明日はインするの?」

「……解らないな。だから、気にせずスイルベーンに帰っても大丈夫さ」

 俺のその答えに、レコンはやや不満げな表情を浮かべていたものの、別れの挨拶を告げてお互いに部屋へと入っていった。部屋はいかにも船室といった様子で、特にこだわっているような点はない。

「ふぅ……」

 一度ベッドに座って落ち着いた後、メニューから《ログアウト》ボタンを押すことにより、俺は人生で二度目となる『ログアウト』を体感したのだった。……一度目では、そんなものを味わっている暇も無かったが、どことなく不愉快な感覚だった。
 
 

 
後書き
祝、2000pt! 
企画とか考える頭などありませんが、これからもよろしくお願いします。

感想・アドバイス待ってます。 

 

第五十九話

 ALOからログアウトしてそのまま寝た次の日、もはや日課となっているジムへと行った後、俺はある目的地へと歩いていた。……SAOでの恩人であり、友人でもあった彼と電話をしながら。

「じゃあ、今日にでもお前は世界樹に行くのか?」

『ああ。リーファっていうシルフが手伝ってくれるらしい』

 SAOでは《黒の剣士》だの《ビーター》だのと、そんな風に呼ばれていたプレイヤー、キリト。現実の名前では桐ヶ谷 和人というらしい彼は、もちろん俺と同じように、アスナの手がかりを掴むべくALOに入っていた。

 しかし何故かは解らないが、新たなアバターとして作成した《スプリガン》キリトは、その首都ではなくスイルベーン近くの森へと現れていた。そこで一悶着あり、なんだかんだでサラマンダーに襲われていたシルフを助け、今はそのお礼としてスイルベーンにいるらしい。

 その助けたシルフというのが、昨夜共に戦ったというリーファなのだから、少し驚きである。

「相変わらず手が早いな、女の子には」

『……どういう意味だよ……』

 そのまんまの意味だろう、とは思ったものの、その言葉は心の中に閉まっておくとしよう。それよりは、キリト……いや、キリトの賢い娘にALOのことを聞いておきたい。

「キリト、お前たちはALOのことをどう思う?」

『ユイが言うには、ほとんどSAOに近いらしい。……俺もそう思う』

 キリトがALOに入った時、SAOに近い条件だったからか、SAOの時に眠りについたユイが目覚めたらしい。彼女はナビゲーション・ピクシーという存在になり、GM権限はないもののキリトをサポートしているらしい。

『ユイもお前に謝りたがってるからさ、速く来てくれよ』

「むしろ、こっちが謝りたいぐらいなんだがな……」

 ユイはSAOでの記憶喪失時、勝手に俺の心理を読んだのを気に病んでいるらしい。彼女の言葉は吹っ切れる材料となったので、こちらがお礼を言いたいぐらいなのだが。

 そうしてしばし情報交換と世間話をしていると、街並みに俺の目的地が見えてきて、そこには他の人の姿も見える。

「じゃ、そろそろ着くんでな。……お前も、一回ぐらいは来いよ」

『……ああ、アスナを助けたら、二人で絶対に行く』

 最後にその言葉とともにキリトとの通話は切れ、携帯をマナーモードにした後にポケットに突っ込みつつ、その目的地の中へと入っていく。

 俺が先程から目指していた目的地である、廃校のような佇まいの一つの学校。《SAO生還者特別支援学校》と銘打たれたそこは、俺やキリトのような、SAOに巻き込まれた学生用の学校ということだった。

 そこに通うことは強制ではないものの、やはり学校に通いたいものはいたようで、結構な数の学生がここに押し寄せていた。

「……あれ?」

 手早く受付を済まして学校内に入ると、暖房がちょうど良い具合になっていたため、着ていた黒いコートを脱いでカバンに入れておく。今日は学校見学のようなもので、施設内を自由に見学して良いそうだ。

「ちょ、ちょっとそこの人! 待って!」

 以前に菊岡さんに聞いた時は、胡散臭い学校だと思っていたが、特に他の学校との差違は感じられなう。あの人から聞くと、大体胡散臭く聞こえてしまうが、廃校とは思えないぐらい整備は整っている。

「だから……この……」

 ……しかし部活とかそういうことをやるのは難しい、と言わざるを得ないが、そこは無理を承知で期待しておこう。……まあ、ここに来るのは大体ネットゲーマーかお金持ちなので、そこのところは望み薄――

「……待ちなさいってば!」

 突如としてそんな声とともに、背後から見事なカーブを描きながら人が出て来て、息を切らしながらその『少女』が俺の進路を塞いだ。……そろそろ意地悪を止めておこう、『彼女』を見た時、ついついやってしまったけれど。

「……あんた、ねぇ……絶対、気づいてた、でしょ……」

 走ってきて息も絶え絶え、といった様子で喋る茶髪の少女が、顔を上げて俺へと顔を見せた。少し童顔と言える顔、頬に少しあるそばかす、ショートカット……と、髪の色以外は、俺の記憶にある姿と瓜二つだった。

「……久しぶり、リズ。それと始めまして、一条 翔希だ」

「むう……」

 これじゃ怒るに怒れない、それは卑怯だなどと呟きながら、リズは若干その目に涙を貯めながらも、向日葵のような笑顔で応じてくれた。

「篠崎 里香よ……ショウキ。また逢えて、嬉しい」


 自己紹介も終わり、積もる話は山ほどある――リズ談――とのことで、俺たちは学校に備え付けられた食堂へと移動していた。俺たちの他にも、まばらだったが人はおり、俺たちは中庭が見える窓際の席へと座った。

 俺は握り飯と、リズはサンドイッチをカウンターで注目すると、リズは腕組みをしながらこちらを問い詰めた。

「……色々と言いたいことはあるんだけど」

「はい、出来心でしたすいません」

 この食堂に来るまでに、リズには先程のイタズラをしこたま怒られてしまい、もう一度深々っ謝ると、リズから「よろしい」と声をかけられた。

「それで結局あの時、最期に何が――」

「その話はここでは無しだ」

 このSAO生還者たちの学校において、アインクラッドの最期の話をする訳にはいかないだろう。あの世界でのトラウマや、帰ってきた現実を克服出来ていないのは――俺も含めて――ここにはいるはずだ。

 迂闊にアインクラッドの話をしてはいけない、と思った俺はリズの口に彼女が注文したサンドイッチを押し込んだ。

「むぐっ!」

 リズもそのことはすぐに悟ったようで、サンドイッチを口に含みながらコクコクと頷いていた。……図らずとも、第三者から見ればかなり恥ずかしい図になっていたが。

「ふぅ……って、あたしが悪かったけど、もう少し方法ってものが無かったわけ?」

「思いつかなかったな」

 リズの追求を白々しく避けながら、俺も注文した握り飯を食べようと手を伸ばすと、他の場所から伸ばされた手に食べようとしていた握り飯を奪われた。

 突如として奪われた握り飯を急いで目で追うと――

「は、はい、あーん……!」

 ――顔を真っ赤に染めながらプルプルと腕を震わせ、俺から奪った握り飯をこちらに向けてくるリズの姿があった。

「えっと……リズ、さん……?」

「……ふふふ、あ、あたしだけやられるのはふ、不公平じゃない……」

 相も変わらず腕をプルプルと震わせながら、俺に向けられるリズの視線――視線を合わせようとすると背けられるが――と手に持っている握り飯から、いつになく俺へと激しいプレッシャーが襲いかかった。俺も、久々に向けられるプレッシャーに固まっていたが、リズの手が止まる様子も全くない。

 ……やるしか、ないのか……!

 どうにかこうにか俺は『覚悟』を決めると、俺はリズが持っている握り飯に顔を近づけ、そのまま食そうと口を開き――

「や、やっぱり無理っ!」

「むがっ!」

 ――いきなり諦めたリズが照れ隠しに握り飯を投げ、そのまま俺の口へと見事なコントロールでシュートされ、俺の喉へと握り飯が突入していく。

 当然のことながら、徐々に息がしにくくなって来て、目の前のリズの顔が真っ赤から青ざめていく……俺の顔もそうなっているのだろう。

「ショウキ! ええと、水っー!」

 リズの持っていたペットボトルから、口に注がれるお茶によって握り飯を飲み込むと、なんとか一命をとりとめて深呼吸する。

「ぜぇ……はぁ……死ぬかと思った」

「ご、ごめん……」

 これもリズを無視して放置プレイしたり、サンドイッチを口に押し付けたりした天罰だというのだろうか。……しかしまあ、アインクラッドではどうやっても出来なかったことがリズとやれて、少し嬉しかったりもするけれど。

「大丈夫さ。……ところで、リズ……」

「うーん……違うわよ、里香!」

 話しかけようとしたところ、いきなり鼻先に指を持って行かれて、少し驚いて言葉を止めてしまう。

「ここは『向こう』じゃないんだから、あたしの名前は里香よ。ほら、あたしも翔希って呼ぶし」

 確かにここはもうアインクラッドではないのだし、だからといって今さら名字呼びというのも他人行儀な話だ。アバターの名前ではなく、現実の名前で呼ぶことには抵抗はないが、一つ気に入らないことがあった。

「……それじゃ、俺の呼び方が変わらないじゃないか」

「ん……まあそれは、そんな名前を付けたあんたが悪いってことで」

 確かにアインクラッドで本名をつけていたのは、俺とアスナぐらいのものだったらしいのだが、その言われようには少し腹が立った。

「そっちこそ、リズベットって名前なのに『リズって呼んで』ってどういうことだよ。だったら、最初から『リズ』ってキャラネームにすれば良いじゃないか」

「うぐ……い、良いじゃない、愛称みたいなのがあっても!」

 常々不思議に思っていたことを聞いてみたが、なんだかんだ彼女も適当に付けた名前だったのか、見るからにたじろいでいた。

「と、ところでさ。さっき何か言いかけてたけど、なんなの?」

 露骨に話題を変えたリズであったが、俺はその問いに少しだけ口ごもってしまった。何故ならさっき言いかけていたこととは、『向こう』の世界のことである、《ALO》のことなのだから。

「さっきの話は……」

「なによ、どうしたの?」

 リズはアスナの親友だった。彼女からしてみれば、親友が昏睡状態の手がかりがあるのだから、話を聞けば確実に行動を起こすだろう。

 だがALO――というより、アスナの調査は何が起こるか解らないし、そもそも無駄足だという可能性もある。そして何より、SAOから生還した彼女を、再びVRMMOへと誘うことなど出来はしない……!

 ……と、SAOの時の俺ならばそう言うことだろう。

「アスナのこと、なんだ」

「アスナの……?」

 SAOで俺はいつでも彼女に助けられて来て、リズがいなかったら俺は死んでいた。それに、こういうことでリズに隠し事をすれば、リズには絶対に許されないだろうから。

 リズに心配させたくないという俺のエゴで、親友が昏睡状態だということを話さなかったら、俺だったら激怒するところだ。

「アスナはまだ目覚めていない。……まだ、VRMMOに囚われているかも知れない」

「どういうこと……?」

 俺はリズに一から今の状況を説明した。ALOのこと、キリトのこと、アスナのこと、エギルのこと……そして、俺のこと。俺もキリトたちへの恩を返すためにALOに入って、風妖精《シルフ》として戦ったことや、今日も行ってキリトと合流する予定のこと。

 ……そして、まだ俺はVRMMOに入るということが、本能的に怖がってしまっているということ。最後はカッコ悪くて言い渋ってしまったが、SAO時代にはもっと弱いところを見られていると思い返すと、かなり恥ずかしかった。

 PoHとの一応の決着を付ける前の、シリカと会った時のような、無理に明るくしているような自分よりは、まだマシだけれど。

「まだSAO事件は、終わってないの……?」

 顔から血色が引いたリズに対し、俺は残酷にもコクリと頷く他無かった。

「そういうことに、なる……。何か解ったから連絡するから、アドレスを交換してくれ」

「あ、うん……」

 あらかた説明が終わってリズと携帯のアドレスを交換すると、帰るのに予定していた時間へとなってしまっていた。ほとんど何も学校を見ていないのだが、これ以上学校にいてはキリトとの待ち合わせに遅れてしまう。

「……俺はそろそろ『向こう』に行ってくる。またな、里香」

「……待って!」

 後ろ髪を引かれる前に足早に立ち上がった俺に、里香は俺の手を掴んで無理やり止めた。しかし、里香の口から次の言葉が紡ぎ出されたのは、さらに数秒の時間を必要とした。

「あ、あたしも一緒に……」

「……無理するなよ」

 ……俺が知っているリズベットならば、必ずそう言うとは思っていた。だけど、彼女はアインクラッドで鍛冶屋をやっていたリズベットではなく、ただの少女である篠崎 里香なのだ。

「里香。お前の手、震えてるじゃないか……」

「……ッ!?」

 俺を掴んでこの場に留めている彼女の手は震えていて、未だに里香がSAOのトラウマを克服していないのだと証明している。……俺も、人のことは言えないのだけれど。

「それは……あんただって……きゃっ!」

 里香の言葉が終わる前に、その震える手を俺の手で包み込むと、次第にその両手の震えは収まっていく。同時に俺の手で震えも収まり、アインクラッドではついぞ感じることが出来なかった、人肌の温もりが心地良い。

 ……そうだ、いくらVRMMOが『向こう』として確立しようとも、こここそが現実だ。里香のことが心の温度ではなく、体で感じることが出来る……この世界こそが真実だ。

「……絶対やりきるからさ。約束しよう」

「解った、わよ……」

 名残惜しいが里香の手を離すと、今度こそ家に帰るべく準備を完了させる。つまらない学校見学かと思っていたが、里香と逢えるとはかなりの成果であったと言える。

「あ……!」

 手を離すときに聞こえた、里香の残念そうな声は、こっちも照れるので聞こえなかったことにする。

「久々に逢えて、ナイスな展開だったよ、里香」

「うん、あたしもよ。約束、絶対に守りなさいよね!」

 そうして俺は学校から離れていき、ALOに行くために寒いなか家へと帰っていく。父や母に《アミュスフィア》が見つかれば、大変なことになるのは目に見えているので、急がなくては。

 ……そう、俺は急いで帰ってしまったので。

「……よし」

 この学校に残った筈の彼女が何かを決意したことを、俺が解るはずもなかった。 
 

 
後書き
メインヒロイン様のDEBAN!

……それはともかく、何だかコラボに興味が出てくる日々。

感想・アドバイス待ってます。 

 

第六十話

 
前書き
……まあ、まずは、宣言していた通りになってしまったことをお詫びします。 

 
「どこだ……ここ……」

 俺がリズと別れてALOに入ってから、始めて放った台詞はありきたりな台詞だった。だがそれも当然で、俺の目の前にあるのは、シルフ領の美しい木々では無かったのだから。

 レコンと共に泊まった船から出た後、伸びをしながらスイルベーンに戻るべく翼を展開しようとしたのだが、前述の通り森は少しも見えなかった。その代わりに見えるのは、鉄に機械に商店街と、美しいスイルベーンとは似ても似つかない光景が広がっていた。

 これはどういうことかとレコンにメールをしようとしたが、そのフレンド一覧の名前はグレー表示だったので、まだALOには入って来ていないらしい。……このグレー表示と言えば、SAOで見たくもない色の一つだったものだ。

「どういう……ことだ……」

 もう一度ついつい呟いてしまったが、ふと見てみるとその船に刻まれていた、ある文字を発見する。昨夜は暗くて見えなかったもので、何が書いてあるか注意深く観察してみると。

『《スイルベーン》発《ミスマルカ》行き』

 ……俺はその表示を見てこの状況を分析してみると、どうやら俺は《スイルベーン》からかけ離れた場所にいるらしい。《ミスマルカ》とは確か、シルフ領とは逆の場所にある首都の名前――すなわち、鍛冶妖精《レプラコーン》の名前であるのだから。

「はぁ……」

 船の受付をやっていたNPCから話を聞いてみると、あの船は真逆に位置しているスイルベーンとミスマルカを繋ぐ船で、一日に何度か高速で移動しているらしい。

 そんなことを知らずに泊まった俺とレコンは、まんまとこちらの都市に招待されたことになる。幸いにも数時間後にはスイルベーン行きの船は出るらしく、キリトとの待ち合わせの時間にはギリギリになりそうだ。

 後は船の発着時間まで待っていれば良いのだが、ただそれだけでは芸もない。どうせ待っていても船が早く出来る訳でもない、せっかくだから楽しめるかも知れないし、鍛冶妖精というぐらいならば武器も売っていることだろう。

 もはやただの棒と化した初期装備の片手剣では、頼りないことこの上ないので、俺はこの船が出来るまで《ミスマルカ》に入ることとにした。

 スイルベーンは自身の種族の色を模した建物や、それと同系色のシルフたちが闊歩する美しい町であったが……ここ《ミスマルカ》は全くの逆と言って良いかもしれない。

 あからさまな人工物や客寄せなどが盛んな商店街に、レプラコーン以外の様々な種族の妖精たちが歩いている。その光景は、俺にかつての《アルゲート》を彷彿とさせた。

 アルゲートは人混みが苦手な俺は嫌な場所だったが、こういう活力が沸いてくる場所は嫌いじゃない。

 スイルベーンは緑色と金色を基調としているため、他の種族が混じればかなり目立つことになっていただろうが、ここ《ミスマルカ》ではそんなことはない。来るもの拒まずということのような、全ての種族が笑い合っていることこそが、このミスマルカというレプラコーンの首都の色なのだろう。

「おい、そこのシルフの坊ちゃん!」

 良い所だな、などと思っていたのも束の間、あまり呼んで欲しくない呼び方で声をかけられた。確かに今の俺の外見は、貴族のお坊ちゃんみたいな感じなのだが、髪の色だけでも変えられないだろうか。

「……ん?」

「よう、坊ちゃん。ちょっとやっていかねーかい?」

 いかにも鍛冶屋という巨漢のレプラコーンが、自分の背後を指差しながらそう言った。そこでは、二人のプレイヤーが俺にも馴染み深い《鍛冶》を行って、武器を造っているようだ。

「なにやってるんだ?」

「コンテストさぁ。前回の優勝者と飛び入り参加のダークホースの決勝戦。一口200コルから、どうだ?」

 鍛冶を使ってコンテストということは、プレイヤーのどちらが良い武器を造れるか、という戦いだろうか。……そしてこのレプラコーンがやっているのは、こういう大会にはお決まりのトトカルチョのようなものだろう。

 通りでコンテストを行っている周りにたむろしている連中に、奇妙な熱気のようなものが漂っているのはこのためだろう。

「……止めとくよ」

 こういう賭けは雰囲気はともかくあまり好きではないし、そもそも俺には一銭もない。そういう訳で丁重にお断りさせて頂くと、レプラコーンは隠す気もなく舌打ちした。

「チッ、見た目通りのお坊ちゃんかよ……おーい!」

 すごすごと引き返したかと思えば、即座に他のプレイヤー達へと賭の勧誘に行くレプラコーンに、俺はなかなかの強かさを感じるのだった。そして前述の通り賭けには興味がないものの、どんな武器が出来るかという、このコンテストの結果には興味がある。

 どうせ行く当ても無し、その場に立ち止まって見ることにしよう。

 二人のレプラコーンの、ハンマーを打ちつける規則正しく懐かしい音がしばらく響いていたが、しばし後に片方の音が止まる。先程優勝候補だと紹介された、無精ひげを生やしたいかにも職人、という出で立ちのプレイヤーである。

 そのレプラコーンがハンマーで叩いていた金属片を持ち上げると、レプラコーンの手の上でその金属が変容していく。変容しているインゴットがその形を成していくと、どのような方法を使ったのかは知る由もないが、奇妙な紋様が刻まれている赤銅色のハンマーが出来上がっていた。

「おお……!」

 その見るからに頑強そうなハンマーを見て、俺を含む観客が息を呑んだが、レプラコーンの職人はそれを片手で制した後、ハンマーを振り上げ……ハンマーを作っていた机に思いっきり叩きつけた。

 ……すると、その机はハンマーが触れた瞬間に中ほどから叩き割られた。その破壊方法は、『ハンマーが一瞬にして机を壊した』か、『ハンマーに耐えきれず机から自壊した』のどちらかである事を示していた。

 レプラコーンの職人のパフォーマンスが終わった直後、隣で作業していたレプラコーンもその作業を終えたようだった。その外見は、巨漢であるレプラコーンの職人とは真逆の……幼女というべきか、子供のような身長のレプラコーン。

 しかし作業用のハンマーは軽々と振り回しているので、どことなくシュールな図ではあるが……それはともかく、作業は終わったようだが、幼女にとっては最悪のタイミングである。何故なら観客は、ほとんど全員赤銅色のハンマーの方を見ていて、彼女はそれ以上のインパクトを観客に与えなくてはいけないのだから。

 幼女が作業していた机の上に置いてあったインゴットが変容していき、ただの金属片などではなく、もちろんハンマーではないれっきとした武器になっていく。そのインゴットは長く延びていたが、槍のような長さには届かず、三尺ほどの長さでその変容は止まる。

 そうして現れた武器は――日本刀。日本の独自の製法で作り上げた刀剣類であり、黒色の柄と銀色の刀身を誇り、芸術品としても名高い美しい武具である。

 その刀身の輝きは余計な装飾をして無かろうと、それだけでもシンプルかつ美しく、一級品の日本刀ではあった。だが、ど迫力のパフォーマンスを見せた赤銅色のハンマー相手には、やはり分が悪く、観客たちの反応はあまり芳しくない様子だった。

 ……そんな観客たちの反応を横目に、俺は少しだけ声を張り上げた。

「なあ、ソレ良い刀みたいだから、ちょっと振らせてもらっても良いか?」

 突如として出された俺の宣言に、会場はしばしざわめいたものの、幼女は頑としてその日本刀を渡さなかった。その姿は作品の制作者として、見ず知らずの者に預けるわけにはいかない、というプライドが感じられた。

 しかしそこに、同じく職人である優勝候補のレプラコーンが割って入った。そして幼女が造った日本刀を、その巨漢を活かして簡単に奪ってしまう。

「良いではないか、幼女よ。私だけパフォーマンスをするのは不公平だ……その矮躯で、日本刀を振れるとは思えん」

「ち……小さいって言わないでよ!」

 幼女からの抗議と攻撃が職人を襲うが、体格的に大人と子供の喧嘩のようなものなので、レプラコーンの職人は何ら堪える様子はない。そして幼女から奪った日本刀を、丁重に俺へと渡すのであった。

「…………」

 ずしりと重い抜き身の日本刀が俺の手に渡され、その漆黒の柄をある種の確信を持って握り締めた。……世界は違ってもあの刀の『兄弟刀』であるならば、その手触りや切れ味は同じであると、再確認しながら。

 そしてそのまま俗に言う『居合い』――俺が最も得意とする技の構えをとって、幼女が作業をしていた机へと狙いをすました。

「抜刀術《十六夜》……!」

 ぼそりと呟いた言葉とともに――柄はないため抜刀術ではないが――斬撃は放たれた。俺は日本刀を元の構えに戻したが、斬られた筈の机は全く何の変化も戻さない。

 自信満々に名乗りを上げた俺と、見かけ倒しだった日本刀に、観客たちから失笑が漏れてしまったその瞬間……机が時間差をもって、斬られたことに気づいたかのように、真っ二つになって大地に落ちた。

 あの日本刀――日本刀《銀ノ月》の兄弟刀を造ることなど、俺が知る限り彼女しかいないし、恐らくは実際にそうだろう。そしてその彼女も、今の斬撃によって俺が誰だか解ったようだった。

「ショ、ショウキ……?」

「リズ、だよな……」

 思っていたよりも遥かに早い再会に、俺は観客たちの歓声が響く中で、少し頭を抱えるのだった。俺が相談すれば何か行動を起こすだろう、とは思っていたが……彼女の行動力と友情の厚さを見くびっていた、と。



「ま、まああんただけに任せるの不安だし……それに、あたしだって少しは力になると思ったから……」

 目の前の幼女のような姿をしたリズは、言い訳がましくそんなことをのたまった。どこか既視感を感じる喫茶店にて、つい数時間前と同じように、お互いで軽食をつまみながら。

 ……喉に詰まらせたりは出来ない。

「それは助かるけどな……リズは、大丈夫なのか?」

 リズが来てくれれば百人力だったが、SAOと同じバーチャル空間であるALOに、やはり彼女には来て欲しくなかった気持ちがある。それはただの俺のエゴである、というのは解っているつもりだが、俺からしてみれば仕方のないことだと思いたい。

「あたしは……大丈夫よ。その、あんたも、いるし」

「……それは嬉しいことを言ってくれるよ」

 正直に言うと照れて顔が赤くなってしまったが、彼女の方も似たような感じではあるので、どちらも触れないのが暗黙の了解である。彼女も裏声や小声になってしまってはいるが、よくもこういうことを言えるものだ。

「しかし、リズ……なんというか、凄い格好だな」

「うっ……」

 リズも新たなアバターを作製しているのだから当然だが、そのアバターは先程から何度も言っているように、何故か幼女である。大事なことなのでもう一度言うが、幼女である。

 現実世界の彼女の面影を残しつつも、あらやる箇所を小さくしたような外見をしているのだ。

「……あんただって、お坊ちゃんみたいな格好じゃない」

「それよりは遙かにマシだ、リズ」

 リズベットならぬロリベットの姿を改めて見てみるが、どうにもその姿のせいで、子供と口げんかをしているようで慣れない。生来子供が苦手なこともあるが、それは誰だって嫌だろう。

 そして何より重要なことだが……男のロマンたる双丘が無くなってしまった。……もう少し具体的に言うと、胸部の肉がだ。

「……なんであんた、落ち込んでるのよ……?」

「気にしないでくれ……」

 俺だって健康的な成人男性であり、アバターシステムがランダム精製だということに、机へと八つ当たりをする権利はある筈だ。悔しさから目の前の机を二回ほど叩いた後、本題へと入るために口を開いた。

「これからキリトがいるシルフの首都、スイルベーン行きの船が出るんだ。……リズも行くか?」

「もっちろん! だけどその前に、この貧相な装備を整えなきゃね」

 そう言いながら、リズは勢い良く立ち上がった。今まで座っていた椅子の上に座って、ようやく俺とほとんど同じ目線であったが。

「リズ、椅子の上に乗るなよ。それに、装備を整える金なんて……」

「ふっふーん。それが……あ、る、の、よ」

 リズは得意げな顔――ドヤ顔とも言うが――を披露しつつメニューを操作し始め、俺にもシステムメニューを開くことを促してきた。確かに記号だらけのアイテムストレージは確認したものの、システムメニューなどは特に確認をしていなかった。

 ……特に、SAOでは確認する必要もなかったステータス画面、などは。

「何だ、コレ……」

 SAOの時には所持金とプレイヤーネーム、そしてHPしか表示されていなかったステータス画面には、新たに『魔法』の欄が追加されていたが、SAO時より特に変化は無かった。しかしこの場合では、変化していないとおかしい筈だ……SAOからALOという、新たな妖精の世界になったのであれば。

 しかし今回はそれが好都合であり、リズが『お金はある』と言ったのはこういうことだろう。キリトアスナ程ではないにしろ、俺やリズだってなかなか稼いでいた部類に入るはずだ。

「それに……ね」

「ああ。武器は、もうあるからな……」

 日本刀《銀ノ月》の兄弟刀、先程の鍛冶コンテストは残念ながら準優勝に終わってしまったが、その切れ味はSAO時の相棒と遜色はない。アイテムストレージ内で、記号の羅列と化してしまった兄とともに、また一緒に戦ってくれる筈だ。

「銘はまあ……やっぱ《銀ノ月》、かな」

「……ああ、そうだな」

 元々この日本刀に設定されていた名前には悪いが、この名前は俺にとってもリズにとっても思い出深い名前であり、譲ることは出来ない名前であった。久しぶりに腰に差すということをやってみたかったが、まだ鞘が出来たわけではないので我慢しておく。

「それじゃあ、一緒に買い物に――」

「御免」

 妙に古くさい口調で俺たちが立っている場に歩いてきたのは、先程のコンテストで赤銅色のハンマーを造り優勝した、職人顔のレプラコーンだった。無精ひげに筋肉隆々な体つきと、レプラコーンよりノームの方が似合っているような気がするが、リズに勝る鍛冶スキルは確かなものだろう。

「先程のコンテスト、そこな幼女の鍛冶スキルには感服した。装備を整えるであれば、私の工房を使わないか?」

「……盗み聞きしてたのか?」

「幼女って呼ばないで!」

 俺とリズから二種類の糾弾が放たれたものの、老練した職人プレイヤーはもう何も言うことはなく、ただ目を伏せて俺たちの返答を待っているようだった。

「お前の工房、っていうのはどこにあるんだ?」

 俺の装備やリズの装備を再現するにしろ、他の装備を新たに作るにしろ、数時間もかかってしまえばスイルベーン行きの船が出航してしまう。なので、リズの作業時間についてはあまり心配はいらないが、工房までの道程を気にする必要が……

「隣だ」

「……そうか」

 全くもって問題なかったようで何よりである。

「それじゃ、ショウキ。悪い人じゃ無さそうだし、あたしは工房を使わせてもらおうと思うんだけど……」

「そうだな。じゃ、俺は買い物して来るから、リズも何か欲しいのがあったらメッセージで連絡してくれ」

 そうして俺は商店街へと赴き、リズは隣にそびえ立っている工房へと入っていった。リズは目に見えてワクワクしながら、俺はリズとの買い物を逃してため息をつきながら、という違いはあったけれど……
 
 

 
後書き
本編は正直説明回でしたね、ロリベット参戦という七文字に尽きます。

そしてある意味本題、lineのSAOの方々に散々いじられたこの企画。

SAO-銀ノ月-~コラボ企画~

……が、始動します。自分がチキンなせいでとんとやらなかった、あの企画が遂に!

……と、言いたいところなのですが、見ての通りまだまだALOが序盤なので、まだまだ後になる可能性もあります。更に言うといつも以上の駄文ですし、そもそもやってくれる心の広い方がいるかも不明です。

時期:不明
人数:不明
ゲーム:不明

……うん。こんなでも必ずやりますので、メッセージでも感想でもお待ちしています! 

 

第六十一話

 レプラコーン領《ミスマルカ》。リズと別れて買い出し係を頼まれた俺は、まずは防具を揃えるところから始めることにした。流石は鍛冶妖精の町ということか、さほど苦労せずに目当ての防具――というか服を見つけることが出来、さっさと初期装備の防具からお別れを告げた。

 ……もう使うことも無いだろうと、売却して金にしようかとも思ったものの、店主曰く「汚くて引き取り不可」だそうだ。やはりサラマンダー部隊との戦いは初期装備には荷が重かったようで、このままバグアイテムとともにアイテムストレージの肥やしとなることだろう。

 つつがなく買い物も終わり、さっさとリズが作業している工房に行こうと思ったところで、リズから「あたしの分もよろしく」などというメールが届いたことにより、もう一度店に引き返すこととなった。そのせいで大分時間がかかったのは言うまでもなく。

 ……そもそも男にそんなものを頼むな、と言いたくなったが、確か買いたいものがあったら言ってくれと言ったのは、かく言う自分自身だったような気がする。

 そんなこんなでリズ用の女性防具を買うという、ある意味拷問のような時間が過ぎていった後、予想以上に疲れながらリズとの待ち合わせ場所に向かったのだった。

「あ、ショウキ! こっちこっち!」

 ランダム生成のアバターの影響で、子供のような体格になってしまっているリズが、人混みに紛れながらピョンピョンと跳ねて、自らの場所を証明する。……体格に精神まで引っ張らてるんじゃあない。可愛いけども。

 確かにファンタジーにおいて、鍛冶に携わることが多いドワーフ……それもドワーフの女は、子供のような体格だと評判らしいので、あのリズの姿はレプラコーンらしいと言えばらしいのだが。

「悪い悪い、ちっちゃくて分からなかった」

「むぅ……うるさいわよ、お坊っちゃん」

 リズにそう言われて近くにあった鏡を見ると、当然ながら貴族のお坊ちゃまのような姿をした自分の姿が写り込み、少々落ち込んでしまう。ランダム生成のアバターについて、リズと二人でしばし嘆きあったが、数分後に無駄だと悟る。

「……そういや、あのおっさんはどうした?」

 リズが興味本位九割情報収集一割で参加した鍛冶大会で、赤銅色のハンマーを制作して、リズに勝利して優勝した、職人姿のレプラコーン。リズの腕を見込んで工房を貸す代わりに、強化に関わらせて欲しいと言って来た、とリズからのメッセージで聞いたので、了承した筈だったが。

「工房の中。なんか、鍛え直すとか言ってたわ。……で、強化したのがコレ」

 リズがシステムメニューを操作するとともに、俺の手の中に黒光りする鞘に入れられた日本刀が現れる。筋力値が劣る自分には、相変わらず感じるずしりと重い感触が懐かしい。状態や名称をタッチすると、まずは日本刀の名前が目についた――《銀ノ月》、という名前がだ。

「リズ、これは……」

 アバターと同じようにランダムで決まるはずの武器の名前が、ゲームを超えて同じ名前になるとは考えにくい。リズが強化途中で何かやってくれたのだろう。

「ふふん、驚いたでしょ? レプラコーンのスキルで、自由に名前がつけられるみたいでね……やっぱりあんたの刀は、この名前じゃなきゃね」

 自信満々に(なくなった)胸を張るリズに感謝しつつ苦笑しながら、試しに鞘から刀身を抜いてみることにする。――瞬間、鈍い銀色の光が俺の視界を遮るほどに輝き、奇妙な紋様が刻まれた銀色の刀身が現れる。確かこの紋様は、あのレプラコーンが作っていた赤銅色のハンマーに彫ってあったもので、調べてみると刻んだ物体のステータスを上げるもの、らしい。

「……振り心地も上々……ん、流石はリズ。良い刀だな」

「でしょー! 個人的にも良い出来……なん、だけど……」

 最初の上機嫌から、どんどん言葉尻が下がっていくリズ。彼女が言わんとしていることは何となく分かる。

 確かにこのALO版《銀ノ月》はかなり良い出来であり、使う当人からすれば文句などない。だがこの日本刀はリズ一人で造った訳ではなく、あのレプラコーンの協力があってこそ造れたもの。自分一人では造れなかった、と証明されているようなもので、手放しに喜べるようなものではない――

 ――などということは関係はない。いや、それも少しはあるのかもしれないが、そんなものより重要な要素があった。

『……このスイッチと引き金は何だ(かしら)……』

 俺とリズの台詞がほとんど重なる。そう、何故かこのALO版《銀ノ月》には、柄に謎のスイッチと引き金が装着されているのだった。あまり気にしたくなかったがそういう訳にもいかないが、リズも知らないらしく、十中八九あのレプラコーンの手によるものだろう。しかし、何故日本刀にスイッチと引き金がつけたのか……?

「リズ、何か聞いてないか?」

「……ピンチの時に使え、とか言われたんだけど……」

 そう製作者に言われようとも、ピンチになった時にどうなるか分からないものなど使えるはずもなく。あまり現実にはなって欲しくないものの、なんとなく結果が予想出来なくもない引き金から試してみることにする。

「……リズ、離れてろよ」

「え、ええ……」

 二人で意味もなく緊張してゴクリと唾を飲んだ後、日本刀を上空に向けながら、柄にある謎の引き金を引く。すると――

 ――ズドン、という強烈な音とともに刀身が頭上に吹き飛んでいき、その数秒後に、重力を伴って刀身が落下してくる。そのまま、俺の気に入らない金色の前髪に掠って数個散らしながら、自由落下で道路の縁石を砕きながら突き刺さる。

 反応出来なかったということではないが、避けられなかった。動きが止まってしまった……いきなり刀身が吹き飛んで銃弾になるという、日本刀を馬鹿にしてるようなギミックを前にして。

 いきなりの出来事に呆然としていたが、飛んでいった際の衝撃と今現在道路に突き刺さった刀身を見ると、ただのドッキリではない威力を秘めていることが分かる。しかも刀身が無くなった柄からは恐ろしいことに、新たな刀身がニョキニョキと生え出て来ていた。

 レプラコーン驚異のメカニズム。

「想像以上だったわね……」

「……スイッチの方押すのが怖いんだが……」

 冷や汗を流した俺とリズとの話し合いの結果、スイッチの方は押さないように気をつけることに決定した。俺もリズも鍛冶屋というか鍛冶スキルを上げている者同士、このALO版《銀ノ月》に興味がない訳ではない。むしろ興味津々と言った方が確実に正しい。

 だが、あの刀身の弾丸を見た限りのドッキリではない威力、そして引き金よりも何が起こるか分からない、スイッチというのが非常に不気味だった。……自爆スイッチの可能性だって充分にある。

 流石にそんなスイッチを押す度胸は俺にはなく、そのまま俺が買ってきた防具に話は移った。

「しっかしあんた、SAOの時と同じ服買ってきたのね」

 スイッチを押さないように、注意深く日本刀《銀ノ月》を腰に差していると、リズが俺の服を見上げながら呟いた。確かに俺が買ってきて装着した防具は、SAO時と同じような和服の上に黒いコートという――ただし、シルフだからかところどころに緑色の光沢があるが――出で立ちである。

 自分としてはあまり服装には頓着していないし、否が応でもSAOのことを思い出してしまう服だが……あのデスゲームを生き延びたのだから、ゲン担ぎにはこれ以上ないものだろう。

 ……彼女から貰ったコートではないにしろ。

「まあ、な……それより、お前の服とか俺に頼むなよ」

「買うものがあったらメッセージ、って言ったのあんたじゃない?」

 正論すぎて何も言い返せないまま、買ってきたリズ用の防具と代金をトレードする。代金などいらないと思ったが、リズにそれを求めても結果は変わらないだろう、ありがたくトレードしよう。

「さーって、ショウキはどんな服を買ってきたのかしらー?」

 リズは鼻歌を歌いながら近くにある服屋まで歩いていき、さっさと着替えて服屋から戻って来る。なにせボタンを数回押すだけだ、そんな時間も手間もあるわけがない……が、戻って来るリズはちょっと不満げな視線を向けてきていた。

「……なんであたしもSAOの時と同じ服なのよー……」

 リズの姿は初期用の皮の服から、俺が買ってきた『出来るだけアスナがコーディネートしたものと同じエプロンドレス』へと変わっていた。

「しかもこれ、ちょっとサイズ違うんだけど」

「おかしいな、ちゃんと子供用サイズ買ってきたのに……」

「それが原因だし絶対わざとでしょー!」

 もちろんわざとではあるが、今のリズの体格では子供用サイズでなくては何を買えば良いのだろうか。そして、俺も子供用サイズのエプロンドレスをプレイヤーが経営している店で買う、という苦行を行ったのだからおあいこだ。

「あーあ、せっかくショウキの服のセンスを試そうと思ったのに……」

「そういう魂胆か……!」

 ちなみに自分の服装のセンスとしては、理由があるとはいえこんな格好を現在進行形で行っているのと、元々無頓着なのもあいまってお察しくださいということである。

「それでショウキ、これからどうするの?」

 閑話休題、そろそろまともに行こう。久々にリズとこうして、自分でも気づかずにテンションが上がっていたのかも知れない。

「ああ、とりあえず《スイルベーン》にいるキリトに合流して、世界樹に向かうつもりだ」

 もう少ししてからだが、シルフ領近くの海辺に行く船……つまり俺がこのレプラコーン領に来る原因となった船が出る時間になる。そこからスイルベーンに向かって、リーファの先導の下、キリトと共に世界樹に――

「……あ」

 そこまでリズに説明したところで思い出す。自分と一緒にこのレプラコーン領行きの船に乗ったはずの、気弱なシルフのことを。

「ショウキさーん!」

「あ、ってどういうことよ……って、え?」

 空中から俺を呼ぶその声で完全に彼のことを思い出す。リズの間の抜けた声とともに、小柄な風妖精――レコンが、空中から羽根をたたみながら着地する。

「すいません、あの船がレプラコーン領に出航するって知らなくて……」

 挨拶より早く、レコンはまず俺に向かって頭を下げる。今まで忘れてしまっていたので、少なからず俺もレコンに申し訳無いのだが……

「あ、ああ……別に良いさ。おかげで友達にも会えたんだ」

 いきなり現れたレコンに、「ほ、本当に飛べるのね……」などと呟きながら目を白黒させているリズを指差しながら、レコンに顔を上げるように促した。

 顔を上げたレコンは、そのまま誘導に従うように俺の指を追い、リズの方へと向き直る。レコンも他のウルフに比べると小柄だったものの、リズはさらに小さいので見下げる形になりながら。

「え……っと。レコンって言います。この前ショウキさんに助けられて……」

「あたしはリズベット。ショウキは……前にいたゲームで友達になったの」

 見ての通り気弱そうなレコンに毒気を抜かれたのか、若干人見知りで緊張する癖のある――お姉さんぶらなければの話だが――リズも友好的に挨拶を返す。

「そろそろスイルベーン行きの船が出る時間だろ、レコン。どうしたんだ?」

 前にいたゲームってどんな名前ですか、などと尋ねられる前に質問をする。せっかくリズもごまかしてくれたのだし、流石にあのデスゲームにいた、などとは言えまい……

「ええっと……その、ショウキさんは、スイルベーンに戻る予定ですか?」

 レコンは言いにくそうにして俺の質問をはぐらかし、俺に新たな質問を返す。レコンとの付き合いは短いどころか一日にも満たないが、そのレコンらしくない態度に違和感を覚えながらも、俺はこれからの予定を話し始める。

 リズと船に乗ってスイルベーンへと行き、向こうにいるキリトという仲間と合流する。そして、リーファの案内で世界樹に向かう――ところまで行くと、レコンは反応する。当然だろう、自分のパーティーメンバーが知らぬ間に世界樹へと行くことになっているのだから。

 しかしそんな俺の予想に反し、レコンが言うことは違うことだった。

「……リーファちゃんに会うなら、伝えて欲しいことがあるんです。僕は――」

「待て、落ち着けよ……一旦こっちに説明してくれ」

 何故かは分からないが慌てているレコンの肩をつかみ、落ち着くように促す。レコンもそう言われて、自分がいかに慌てていたか分かったようで、ばつの悪そうな顔をして落ち着いた。

「す、すいません。実はシクルド――今のパーティーのリーダーなんですけど、そのシクルドの部下をさっき、このレプラコーン領で見て……」

 そのままレコンの話を聞くと、先日俺がレプラコーン領に来る原因となった――そして、キリトがリーファと出会った――サラマンダー部隊との戦いで、俺に出会う前にシクルドというリーダーに出会い、そのまま散り散りになって別れていたらしい。だが、その時に別れていたシクルドの部下であるパーティーメンバーを、先程このレプラコーン領で見たのだと言う。これだけならば、気づかずに一緒の船に逃げていて、そいつもこのレプラコーン領に来たというだけで済んだのだが……

「そいつが、昨日戦ったサラマンダー部隊と一緒にいて……」

 サラマンダーとシルフは共に世界樹攻略に肉薄しており、ライバル関係にあってとても仲が悪い……といった話は、始めてから二日の俺ですら聞いたことのある話だ。故にスイルベーンのガーディアンは厳しく、サラマンダーもシルフとケットシーを狩る部隊がいるのだという。

 そんな相手とスイルベーンとは真逆のレプラコーン領で、しかも先日戦った相手となると……レコンは、スパイなのかと疑ったのだという。俺やリズからすれば、スパイなど大げさな話だったが……思い返してみれば、あのデスゲームでもそう言った事件はあった。

「思い返してみれば、シグルドの様子も昨夜はおかしくて……だから、リーファちゃんに伝言を頼みたいんです」

 パーティーメンバーが……ひいては、パーティーリーダーがスパイの可能性があるから、レコンは証拠か自分の勘違いかレプラコーン領に残るということ。事を大事にしたくないので、メッセージは使わないということ。……ずっと連絡が無かったら、連絡不能にさせられていると思うので、シルフの領主館に連絡をして欲しい、ということ。

 それが、レコンが俺たちに頼んだリーファへの伝言だった。

「メッセージで連絡したら、リーファちゃん、多分怒ってこっちに飛んで来ちゃうので……よろしくお願いします」

「ねぇ、ちょっと。あんた……レコン、だったわよね」

 直情的なリーファのことを苦笑いしながら語るレコンに対し、俺より先にリズが沈黙を破る。話の途中では、一人だけレプラコーンかつ初対面ということもあり、沈黙を保っていたが……彼女ならば、言うことは決まっている。

「そのスパイがどうか調べるのって……あたしたちも手伝えない?」


「ええっ!?」

 リズの突然の申し込みに、レコンは目を見開くように驚いた。まさか初対面のレプラコーンに、そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。

「相変わらず、リズはお人好しでお節介焼きだな」

「ふふん。あんたもでしょ、ショウキ」

 照れくさくてちょっと皮肉混じりの口調で話しかけたものの、リズには簡単に真意を看破されてしまう。そんな現実にため息をつきながら、俺もレコンに対して申し出た。

「リズに先は越されたけど……レコン。俺だって魔法やこの世界には詳しくないが、知っての通り戦闘は出来る。護衛ぐらいにはなるはずだ」

 護衛とはまた、あのデスゲームを感じさせる懐かしい単語だ。……しかしこれでは、リズに言われたから俺も言ったように感じられて、少し不満足である。

「ありがたいですけど……お二人には関係な――」

「俺もシルフだからな。関係ないことはない」

 レコンの言葉に先んじて、コートの緑色の部分を指す示す。すぐ世界樹に向けて出発するので、シルフ領が関係ないと言えば関係ないのだが、シルフ領に何かあれば、リーファの案内も無くなってしまうだろうし。

 ……最初から手伝う気なのに、こうして理由を捻り出すのは悪い癖か。

「それに、これであなたに何かあったら、そのリーファって子にも申し訳が立たないし……ね」

「でも、その……リズベットちゃんは戦えるの?」

 その、ある意味予想していなかったレコンの一言に俺は吹き出し、リズは口をあんぐりとした顔で固定させた。……驚いて言葉が出ないということだろうか。

「ちゃ、ちゃん!?」

 まさか高校生にもなって、ちゃん付けされて呼ばれるとは思っていなかったようだが、残念ながらリズの今の体格では、ちゃん付けされるのも仕方ない面もある。……何せ、子供用サイズの服に身を包んでいることだし。

「誰がちゃんよ、誰が!」

「……ごご、ごめん!」

「実際戦闘職じゃないだろ、リズベットちゃん」

 元々レプラコーンは鍛冶妖精という名前の通り、シルフとは違って戦闘には向かない種族で、レコンの心配も無理はない。

「あんたも乗っからないの! ……確かに、ショウキと同じで魔法とかは使えないけど、防戦ぐらいなら」

「リズの言ってることは本当だよ、レコン……こんな体格でも」

 フロアボス戦は経験していないとはいえ、リズとてあのデスゲームを生き延びた者の一人なのだ。空中戦や魔法戦がメインのこのALOでは分が悪いだろうが、彼女の言う通り防戦ぐらいなら出来るだろう。

「……分かりました。僕一人じゃ、危ないって思ってたんです」

 俺の助け舟を受けても、レコンはまだ心配そうに俺たちを見ていたが……俺たちの申し出を受けるという決断となった。自発的にスパイ捜査をと決心するのだから、レコンにはそれを可能とする技能があるのだろう。ならば後に必要なのは、人手と荒事になった際の戦力――つまり、俺たちだ。

「よろしくお願いします! ……ショウキさん、リズベットちゃん」

「だーかーら……!」

 リズによる怒りの一撃がレコンに炸裂するのは、それから数秒後のことだった。
 
 

 
後書き
言い訳は呟きにて…… 

 

第六十ニ話

「リズ、飛んだことないなら先に言ってくれ……」

「ごめん……」

 レコンの申し出を受けた俺とリズは、スパイ疑惑のあるシルフがいる場所までレコンに案内してもらうことになったものの、そこで一つだけ問題が生じた。……リズがまだ、まともに空を飛んでいなかったという問題だ。

 ALOをプレイし始めてすぐ、先の鍛冶大会に飛び入り参加したために試験飛行をすることもなく、始める前に悠長に説明書を読むような性格でもなかったリズは、飛び方を知らないのだった。そんな有り様で、良くこの調査を手伝うなどと言えたものだが。

 幸いにも、リズは補助コントローラーがあれば人並みには飛行が出来たようで、移動するのには問題ないレベルにはすぐに到達した。その飛行の指導役が、ベテランであるにもかかわらず空中戦が苦手な、まだ補助コントローラーを使うレコンと、補助コントローラーは大破し、随意飛行は実戦で学んだ為に速度はともかく微妙なコントロールが出来ない俺、というおおよそ指導役には向かない面子だったが。

 そのせいでパーティーのメンバーが、空中戦に不慣れな俺と補助コントローラーの二人、ということになってしまい、空中戦に慣れた相手には何とも相性が悪いこととなっている。

 そんなこんなでリズの飛行に対して一悶着あったものの、何とか飛行しながら、そのシルフがいるという《ミスマルカ》近くの巨大な森林公園《ラズルカ》へとたどり着いた。

 レプラコーンたちが木材を使うような作業の時に、ここから材料を取るための森であるらしく、結構な数のレプラコーンが狩りをしている。天然の森林地帯であったシルフ領とは趣が違い、道路が舗装されているなど、レプラコーンらしく管理されている森林公園のようだ。

「へぇ……結構良い木材が取れるみたいね」

 リズが鍛冶屋の性か辺りをキョロキョロと観察しながら、それぞれのアイテムを値踏みしているのを横目に見つつ、レコンの先導で森林公園《ラズルカ》の入口へと入っていく。モンスターもおらず人も木も多くて、少しぐらい妙なことをしようともバレなさそうなこの森林公園は、レコンの言う密談には恰好の場所であるが……

「レコン、そのシルフの反応っていうのは、細かい位置まで分かるのか?」

「うん。僕の闇魔法なら細かい位置まで分かる……まだレベルは低いんだけど」

 ショウキとリズにも慣れてきたのか、口調が素になっているレコンの手元には、補助コントローラーの他には鏡のようなものが握られている。先の対サラマンダー戦でも使った闇魔法の一種らしく、それでシルフの位置と様子が分かるらしい。……それで会話まで聞ければ良かったのだが、レコンの闇魔法はそこまでのレベルではないとのことだ。

「結構、奥の方にいるみたい」

「それはまた……怪しいな」

 舗装されている道路の上を飛びながら、ますます怪しくなっているシルフのことと共に、このゲームのことを思う。……ここはたかがゲームに過ぎないのか、それとももう一つの現実なのか。

 デスゲームと化していたアインクラッドでは、ゲーム内であろうと『もう一つの現実世界』として結論づけて、そこでも自分を含んだ人々は日々を暮らしていた。……ならば、アインクラッドと同じような空間で、これだけ人を魅了しているこの世界は、どちらなのだろうか……?

 そして両親にも秘密にしつつ、デスゲームと同じ舞台に、何故自分は来ることになったのだろう……?

「止まって!」

 レコンのいつになく語気が強い言葉に考え事を中断し、近くの木の幹に着陸して翼をしまい込む。薄い緑色のその翼は、黒色のコートに溶け込まずに、違和感を放ってはいたが。

「どうしたの?」

「今、ショウキさんが立っている木の奥にいる。だから、ここからは落ち着いて行動して」

 なんだか活き活きしてるようにも見えるレコンに苦笑いしつつ、そのシルフがいるという木の奥を見たものの、森林が深く奥まで見ることは適わない。しかし、ところどころ赤い飛行物体が飛んでおり、記憶が確かならばあれは……サラマンダーのサーチャーだ。

「ねぇ、あの浮かんでる変なトカゲはなに?」

「サラマンダーのサーチャー。敵が近づくと、プレイヤーに知らせる……だっけか?」

 俺と同じように木の幹に着地したリズの質問に答え、レコンもそれに「うん、そうだよ」と肯定の意を示す。遠目で見るだけでもかなりの数が展開されており、見つからずに行くことは出来そうにない。

「レコン、どうするの?」

「ここは僕にお任せだよ。ちょっと待って」

 レコンは少し長めの魔法の詠唱をすると、完了するとともに、三人に薄いマントのような物がファサりと音をたてて頭にかかり、身体に吸い込まれていくように消えていく。

「これは?」

「《ホロウ・ボディ》っていう隠蔽魔法の、パーティーにも使えるバージョン。大きな音をたてない限り、サーチャーにもバレないよ」

 効果が絶大なだけあって長めの詠唱だったものの、闇魔法や武器に仕込んだ毒による暗殺がメイン、というレコンには必須かつ好きな魔法なのだろう。レコンは自信満々にそう答えてみせた。

「便利なもんねぇ……」

「……リーファちゃんには、良く悪趣味って言われるけど……それじゃ、付いてきて」

 リズの言葉とリーファが言ったらしい言葉、二つ共に同意しながら、先を行くレコンについて行く。開けた場所を飛ぶとサーチャーにぶつかってしまうため、木々の枝の隙間をすり抜けるように飛んでいく。補助コントローラーだろうとベテランなレコンはともかく、俺もリズも数回木にぶつかりそうになったものの、何とかレコンについて行くことに成功する。

 サーチャーこと空飛ぶトカゲと目があった時には肝が冷えたが、レコンの《ホロウ・ボディ》は伊達ではないらしく、平気でそのまますり抜けていき――木々が開けた場所に出る。

 ……木々が一定の空間になく、開けた広場のようになっている場所。そこには、軽装甲のシルフのプレイヤーが二人と、赤い鎧をつけたサラマンダーが三人たむろしていた。……軽装甲のシルフたちはともかくとして、サラマンダーたちの装備は、昨夜壊したばかりなので見覚えがある。

「……レコン、間違いないか?」

 大きな音をたててしまうと、レコンの《ホロウ・ボディ》の効果が消えてしまう。出来る限り小声でレコンに確認を取ると、そのまま小さくコクリと頷いた。

 ――どうやらビンゴらしい……!

 広場を構成する大木の裏側に着地し、サラマンダーたちの密談を伺い始める。現場を見たところで、証拠と何をやろうとしているのか見抜けなくては、それこそなんの意味もない。

 ここまで来た立役者とも言える、レコンの《ホロウ・ボディ》とはいえども、近づきすぎてはその効力を失ってしまう。よって、遠くからその様子を伺うことになるのだが……

「……良く聞こえないわね」

 聴力の高いケットシーでもいれば話は違ったかも知れないが、ここにいるのはシルフが二人にレプラコーンが一人。聴力が低いリズは聞き取れず、決して聴力が低い方ではない俺とレコンも、断片的なキーワードしか聞き取れない。

「……もうちょっと近づくしかないか……レコン、任せられるか?」

 ここまで接近してしまえば、後はスニーキングに慣れているレコンに任せるしかない。レコンもそう思っていたらしく、翼を展開せずにゆっくりとシルフたちへと向かっていく。足跡も足音もないという素晴らしい手際だったが、サラマンダーたちに行動があった。

 パーティーメンバー以外からは見えないはずのレコンの方を向き、サラマンダーが魔法の詠唱を始めたのである。……その魔法の詠唱とレコンに向ける手に危機感を感じ、俺は《ホロウ・ボディ》が消えるのにも構わず、大きな声を出してしまう。

「避けろレコン!」

 しかし俺の声は、結果としてレコンに届くことはなかった。魔法によって、サラマンダーの手から火炎放射が発せられ、俺の声と時を同じくしてレコンを襲ったからだ。

「うわっ!」

 幸いにもサラマンダーと戦ったことのあるレコンは、詠唱の内容だけでサラマンダーの使用する魔法が分かったようで、《ホロウ・ボディ》の解除とともに飛び退くことによって事なきを得る。そのまま火炎放射は俺たちが隠れていた木に直撃し、その木をそのまま灰にしてしまう。

「よう、レコン。良く避けたな」

 同じパーティーにいたという軽装のシルフが、馴れ馴れしげにレコンへと挨拶をする。対するレコンは苦々しい顔をしながら何も言わなかったが、言外に『何故バレたのか』と言っていた。

「リーファに介入されると厄介なんで、腰巾着のお前にもサーチャー付けといたが……こんなとこまでご苦労なこった!」

 レコンの後ろから緑色の鳥が飛来し、軽装シルフの肩に乗って消えていく。恐らくあの鳥はシルフ用のサーチャーであり、いつからは分からないが、最初からレコンは見張られていたらしい……!

 最初から見張られていれば《ホロウ・ボディ》も意味をなさないし、レコンもサラマンダーではなくパーティーメンバーにサーチャーをつけられているとは、予測していなかった筈だ。

 ならばこの場所は、計画が終わるまで邪魔者を置いておく為の場所。他のサラマンダーたちは、ゆっくりと俺たちを取り囲む位置へと移動して来ており、どうやら俺たちをここから逃がす気ではないらしい事からも、恐らくその予想は間違っていない。

「俺たちの仲間になって、リーファも引き込んでくれれば、見逃してやらんでもないが……?」

 そう言いながら自分の得物であるのだろう、スリングショットとも呼ばれるパチンコを実体化させ、レコンに条件を出しながら近づいてくる。近づくとは言っても、レコンの短剣に攻撃されるより早く、スリングショットで攻撃出来る位置は確保していたが。

「リーファちゃんが目的なら……絶対に御免だ!」

 サラマンダーが3人とシルフ1人が俺たちが逃げられないように周囲を取り囲んでいる、という状況であるにもかかわらず、レコンは強気に啖呵をきってみせる。そんなレコンの返答に、スリングショットを持ったシルフは芝居がかった態度でため息を吐いた後、まだまだレコンへの説得を続行した。

「もしかして、死んだら領主館に戻れば良い……なんて考えてないよな?」

 そう言いながらシルフはポケットから矢を取り出し、レコンに自慢げに見せてみせる。その矢は素人目の俺から見ても、通常の矢とは違う異質な矢であり、レコンが反応したところを見ると恐らく……毒矢。

 アインクラッドでも良く見られた手段の一つで、麻痺毒で行動不能にさせた後、誰かが見張って継続的に麻痺させることで、プレイヤーを行動不能にさせるという手口。どうやら何処だろうと、考えることは同じらしい。

 やはり芝居がかった態度を取りながら、その毒矢をスリングショットへと装填する振りをしつつ、そのシルフはレコンに対してニヤリと笑った。

「リーファ以外の仲間を連れてるとは予想外だったが……お仲間ごと、ちょっと眠ってもらおガハッ!?」

 ――台詞を最後まで言い終わることもなく、芝居がかったシルフはスリングショットを取り落としながら近くの木に当たるまで、猛烈な勢いで吹き飛んでいく。レコンともう一人の見覚えのないシルフしかいなかった筈が、突如として現れた――ように敵には見えただろう――レプラコーンのメイスによる改心の一撃によって……!

「ふふん、どんなもんよ!」

 そう、まだリズにはレコンの《ホロウ・ボディ》が生きており、敵のシルフたちにまだその存在は知られていなかった。一緒に来ていた俺が《ホロウ・ボディ》を解除したことで、敵は勝手にこちらを『レコンとシルフ一人』と勘違いし……結果として、遠心力のたっぷり乗ったリズの一撃が、シルフに直撃したのだった。

 レコンと周囲のサラマンダー部隊が事態についていけない中、リズはその翼をはためかせながら、木にぶつかったシルフを追撃する。まだ木にぶつかった衝撃から回復してないシルフに、さらにメイスを振りかぶるものの、敵のシルフも翼を展開しつつ木を蹴ってその場で軽々と一回転。

 その一回転でメイスを空中へと行きつつ避けながら、自分の手元には短剣を展開する。その鮮やかな手口に戦闘職ではないリズは反応出来ず、メイスを地表に当てて空中のシルフに隙を晒してしまう。

「……このガキがっ、調子に乗んなっ!」

 ……しかし、その芝居がかった態度の欠片もないシルフの空中からの一撃は、リズに届くことはなかった。なぜなら、もはや彼に空中を自由に舞う権利はない。シルフも空中で身動きが出来ない事を不信に思い、反射的に翼を見て驚愕する。

「……なんだこりゃあ!?」

 弦楽器のような美しい音を鳴らすシルフの翼には、漆黒のクナイが貫通しており、直前にぶつかった木にまで深々と突き刺さっている。翼がクナイによって、背後の木に縫い付けられている、といった状態だった。

 もちろんそのクナイを投擲した持ち主は俺であり、久しぶりでも何とか腕は落ちていないことの再確認ともなった。そしてそのクナイの製作者は、目をキラりと輝かせながら、身動きの出来ないシルフにメイスを構える。

「誰、がっ、ガキ、よ!」

 リズのメイスの四連撃を軽装甲のシルフが受けきられる筈はなく、あっさりとそのHPを散らしてリメインライトとなる。あまりにも哀れなシルフの末路へな同情と、スッキリした表情のリズに苦笑しつつ、とりあえず合流しようとしたところ――

「ショウキさん、危ない!」

 ――レコンの警告が俺に響く。リズにタコ殴りにされたシルフの救出はとうに諦めていたらしく、重装甲のサラマンダー三人による、突撃槍での空中からの同時攻撃。

 てっきりリズを狙うとばかり思っていたが、まさかこちらに来るとは。予想が間違っていたことに舌打ちしつつ、新生《銀ノ月》の柄に手を添える。

「……《縮地》!」

 瞬時に相手との間合いを詰めたり、相手の死角に入り込む体捌き――それにより、相手はこちらを『消えた』と錯覚し、まさに距離を縮めるように移動する技術。アインクラッドと同じようなこの場所なら、やはり問題なくその技術は発動し、サラマンダーの死角に回り込む……だけではない。

 SAOにはなくALOにはあるこの翼。縮地によって移動した後に、即座に翼を広げて飛翔することにより、結果として上空から襲って来たサラマンダーの、さらに上空へと移動することとなる。

「こっちだ……!」

 そのままこちらに気がつく前に、サラマンダーの一人の頭に《縮地》と飛翔の重さが乗ったかかと落としが炸裂する。そして彼には悪いが、ここで新生《銀ノ月》の試し斬りをさせてもらうとしよう……!

「抜刀術《十六夜》!」

 勢い良く鞘から抜かれた高速の斬撃は、サラマンダーの重装甲をものともせずに切り裂くと、その内側の脆い生身へと到達する。斬撃の手応えを感じながら、そのままさらに一回転し、回し蹴りを放ってリズがいる方向へと蹴り飛ばす。

「リズ、パス!」

「任せときなさい……よっと!」

 回し蹴りを食らったサラマンダーは、そのまま勢いと慣性に従ってリズの方に吹き飛んでいき、リズのメイスによる追撃をもらう。新生《銀ノ月》に切り裂かれた重装甲に、リズのメイスの一撃は耐えることは出来ず、鎧が自壊すると共に、本体もリメインライトとなって消失する。

 残るはサラマンダーが二人にシルフが一人。サラマンダーたちはあからさまに俺から距離を取り、シルフは先程からその姿を見せない。

「おい、増援を呼べ!」

 残った二人の内のリーダー格が部下に命令すると、魔法を詠唱し始める。先程の火炎放射よりかは早く詠唱が終わると、小さな火炎弾が複数乱射された。

 散弾銃のような広がりを見せるその火炎弾だったが、比較的中距離だった為に、その攻撃は無理せずとも避けられる。しかし、その火炎弾が連続して炸裂し、意地でも増援とやらが来るまで近づかせたくないらしい。

「ショウキ!」

 特大の火炎弾が分裂して散弾銃になる、といったバリエーション豊かな火炎弾にリズの心配する声が上がるが、随意飛行の自由度もあって何とか避け続けられている。しかし、この魔法の対象がリズに向かっては……まずいことになる。

「……大丈夫だ、リズは近づくな!」

 さて、魔法には魔法で対抗するのが、このゲームの常識なのだろうが……初期に魔法を選択したきりで、全く使用していない俺には魔法で対抗することは出来ず、近づかせない遠距離魔法には途端にジリ貧となる。地上ならば《縮地》で無理やりくぐり抜けられるが、残念ながら今は空中戦であるし、こちらのクナイではサラマンダーの重装甲を突破出来ない。

 何発目か分からない火炎弾が俺の翼をかすめて飛んでいき、そろそろ避けるのが限界になって来た俺は、サラマンダーに対し新生《銀ノ月》を銃のように構えた。あまり使いたくはないのだが、四の五の言ってはいられない。

「何の真似だ!?」

 ……俺がサラマンダーの立場だったらそう言っただろう台詞とともに、サラマンダーの手のひらから特大の火炎弾が発射される。……確かあれは、数秒後に爆散して火炎弾を撒き散らすタイプ。

「……頼む!」

 サラマンダーが放った特大の火炎弾に対し、新生《銀ノ月》の刀身が、俺が引き金を引くとともに、弾丸のようなスピードで吹き飛んでいく。そのまま分裂するより早く火炎弾に直撃し……火炎弾を消滅させながらサラマンダーに飛来した。

「ハアっ!?」

 敵のサラマンダーだけではなく、俺やリズの驚きの声が重なりながら、俺の手の中の新生《銀ノ月》の刀身がひょっこりと生えてくる。もはやこの新生《銀ノ月》関係で、何が起きようとも驚かないことと、決して残るスイッチを押さないことを誓った。

「……くっ、このっ!」

 刀身が飛来したサラマンダーは、流石にリーダー格というだけあってか、驚愕に包まれながらも刀身の弾丸を避けて見せる。だがギリギリかすったらしく、胴の部分の装甲が削り取られていた。

 ……そして、それを狙いすましたようなタイミングで攻撃する人物がいた。シルフの短剣を使い――レコンだ。再び《ホロウ・ボディ》を使ってリーダー格に接近――警戒されていたようで、遅くはなったが――しており、刀身の弾丸が削り取った装甲の内側に、その短剣を突き立てた。

「えいっ!」

 非力なアバターに加えて短剣自体の威力も低く、サラマンダーのHPゲージは僅かしか削れないが――代わりに、そのHPゲージが異常を示すグリーンに点灯する。

「麻痺毒、か……」

 自らが受けた攻撃のことについて理解した、リーダー格のサラマンダーが飛行を保てなくなり墜落する。そこまでの高さではない以上、墜落によってHPゲージが全損することはないだろう。

 よって追撃と行きたいところだが……それより先に、俺はレコンの前へと飛んだ。先程増援をメッセージで呼んでいた――ひいてはレコンに火炎放射を発射した――サラマンダーが、かなり上空でレコンに対して手をかざしていたからだ。

「ショウキさん……あっ!?」

 レコンは俺が飛んで来たことで、ようやくそのサラマンダーに気づいたらしく、何かは分からないものの魔法の詠唱を始める。しかし間に合うはずもなく、俺とレコンに対してバーナーのように火炎放射が発射された。

「消し飛べ!」

 その自信からサラマンダーに行える最大火力のようで、それに違わない規模の火炎放射の連射。良く見ればサラマンダーのHPゲージが減っており、ただの魔法ではないような雰囲気を発している。

「さて……」

 耳元では慌てふためいたレコンが、恐らく防御用の魔法の詠唱を噛んでいるが、まずは落ち着いて火炎放射を眺めよう。図らずもこの戦闘は、俺の戦い方や道具や技術がALOでも通用するか、といったテストに相応しいこととなっていたが……せっかくだから最後までテストに使わせてもらう。

 まだ試していないことは斬り払い。俺がアインクラッドを生き抜く上で、地味ながらも《縮地》よりも多用した技術。……刀身の弾丸は魔法の火炎弾を打ち消したが、斬り払いはどうなのか……!

「せやッ!」

 気合い一閃。新生《銀ノ月》は、火炎放射の第一波を切り裂くことに成功する。その理由はショウキには知り得ないことであるが……

 このALOでは魔法属性を持つ技は、同じ魔法属性を持つ技で打ち消すことが可能である。代わりに、物理属性である筈のただの武器では斬れない筈だが……新生《銀ノ月》には魔法属性しか効かない敵への対策として、少量ながら魔法属性が入っている。持ち主であるショウキも、魔法属性が入っていることは承知しているものの……それが特異なこととは、認識していない。

 そして魔法の『当たり判定』がある中心部に直撃させることにより、その魔法を斬り払うことが可能となる。高速で移動して炸裂する魔法の中心部を狙って斬る、ということは言うまでもなく困難だが……ショウキは第一波の火炎放射を斬り払い、『出来る』と確信する。

 ――唯一の誤算は、火炎放射の数が多すぎてとても斬り払える数ではなかったことか。

「あつっ!」

 第一波の火炎放射は斬り払うことに成功したものの、続く第二波が早くも飛来したことにより、斬り払う暇もなく火炎放射がコートをかすめる。

「ショウキさん、どいて! ……シールド!」

 一回噛んでやり直したレコンの魔法の詠唱が終わり、ショウキと場所を入れ替えて風のシールドを張る。火炎放射の連打を防げるほどのシールドではなかったが、シールドが耐えている間に、レコンとショウキは火炎放射が降ってこない安全圏まで避難する。

「逃がすか!」

 しかし、火炎放射を連射しているサラマンダーに発見されてしまい、火炎放射の照準を変更されてしまう……が。

「食らいなさいっ!」

 唯一火炎放射の連射に巻きこれていなかったリズは、迂回してサラマンダーの上空へと回り込んでおり……メイスの一撃がサラマンダーに炸裂する。

「畜生……!」

 どのようにかは知らないが、HPすら犠牲にしながら火炎放射を乱射していた影響で、サラマンダーのHPはもう残り少なく。リズのメイスの一撃により墜落していき、大地に着くとともにHPは全損することだろう。

 いつまでも翼を展開していると時間制限に引っかかってしまうため、三人で近くの止まり木へと着地する。辺りを見渡してみるが、回りにはもうサラマンダーとシルフの姿は見えない。

 やはり軽装シルフを一人取り逃してしまったようだが、レコンが麻痺させたリーダー格のサラマンダーが一人残っている。そいつから、何を話していたのか詳しく話を聞くことに――と、思っていた矢先。

 リズに墜落させられたサラマンダーは、その身体をリメインライトに燃やしながらも地表に落ちており、なんとも隕石のようであったが――その隕石が、麻痺毒で動けなくなっている、リーダー格のサラマンダーに直撃した。

「あっ」

「えっ?」

 取り逃したシルフ一人とレコンが麻痺させたリーダー格を除き、なんだかんだでほとんど倒した、今回の立役者ことリズの疑問の声とともに、隕石がリーダー格のサラマンダーに直撃した。リーダー格は、先の火炎放射の流れ弾にも当たっていたようで、二人まとめてリメインライトとなって消失した。

「…………」

 これで彼らは何を話していたか、聞くことも出来ずに迷宮入りとなったのだった。

「えっーと……ゴメンね?」

「……いや、リズのせいじゃない。不幸な事故だ、きっと」

 そういうことにしておこう。隣のレコンも苦笑いで肯定してくれていることだし。

「――それより、早く《スイルベーン》に戻って領主館に言わないと!」

 スパイ疑惑があるとシルフの領主館に駆け込む。そうする事が出来れば、シルフでないリズ以外はとりあえず安心できる。確かに今から急げば、スイルベーン行きの船には間に合うかも知れないが……それは悪手だろう。

「落ち着けレコン。今からスイルベーンに戻ろうとしたら、何回敵に会うか分からない」

 リメインライトとなって消失した敵がどこに行ったかは分からないが、レプラコーンの首都《ミスマルカ》で復活したならば、俺たちは船に乗るまでに必ず復活した彼らと鉢合わせることになる。

 よしんば《スイルベーン》行きの船に乗れたとしても、その近くの森林地帯はシルフとサラマンダーの庭同然。彼らのテリトリーで勝てるとは、敵の数も分からないのに勝てるとは思えない。

「じゃあどうするのさ!」

「……《蝶の谷》」

 レコンからの問いに、突如として俺が言い放った地名のような言葉に、リズは何を言っているか分からずに首を傾げた。

「《蝶の谷》?」

「あいつ等が密談してる時に、こう言ってたんだ。……知ってるか、レコン?」

 あの時の密談でレコンが近づいて火炎放射を受ける前、俺とレコンで聞くことが出来たのは数単語。『蝶の谷』『襲撃』『装備』――その程度しかない。だが、何の手がかりも無いよりはマシだろう。

「確か……向こうのダンジョンを超えたところにある、シルフ領に近い谷、かな」

 頭をひねって思いだしたらしい、レコンが指差した《蝶の谷》の方向は――世界樹。巨大な山よりもさらに巨大な、この世界の中心部にあるラストダンジョン。

 ……そして、アスナの手がかりがあるかも知れない、とりあえずの目的地でもある。

「《蝶の谷》ってとこで何をするかは知らないが……スイルベーンに行くよりは……」

「その《蝶の谷》に行って、企みをメッセージで領主館に送れば良い、ってことね!」

 俺の台詞を奪ってリズが元気良く言い放ってくれる。そこは最後まで言わせて欲しいところだったが。

「……一応、僕も領主館のフレンドに何があるかメッセージしておくよ。……世界樹の方に行けばリーファちゃんにも会えるし……そうしよう!」

 ……台詞の途中に割り込んで来た、男としての下心に突っ込んであげないのが、優しさというものだろうか。

 そうしてサラマンダーたちの増援が来る前に、俺たちは《蝶の谷》へと飛翔を始めた。……図らずも俺たちはキリトと同じく、世界樹にも向かうこととなったのだった。



 ……そしてショウキたち三人が飛び去った後。彼らが『取り逃した』と勘違いしていた、どこからともなく軽装シルフが姿を現した。

 トリックも答えも簡単。使ったのは彼らと同じように《ホロウ・ボディ》である。初心者であるショウキとリズはともかく、同じ使い手のレコンならば気づいてもおかしくはなかったが、《彼》の隠蔽スキルの方が上を行っていたのだろう。

 《彼》は《ホロウ・ボディ》で姿を隠しながら、現実世界におけるカメラのような物で、三枚の写真を撮っていた――もちろん、撮った人物はショウキを始めとする三人である。

 《彼》はシステムメニューによって、ALO内の掲示板のような場所を開いた。雑談やレアアイテムの在処など、今日も賑わっているその掲示板に、《彼》はおもむろにその撮影した三枚の写真をアップした。そしてこの後、掲示板を見ているプレイヤーに向けて、クエストを発注したのだ。

 『今からこの三人のプレイヤーが《蝶の谷》に向かう。それより早く、このパーティーをキルしたプレイヤーに、一人50万コルを与える』――と。

 無名のプレイヤーを狩るだけで――レコンは腰巾着としては少し有名だが――破格の報酬設定だったが、それだけではガセだと思う掲示板のプレイヤーは動かない。だが、そのクエストの受注欄に張られていた、シルフ領の紋章……それは、本当の依頼だと証明出来る何よりの証拠だった。

 白熱してくる掲示板を興味なさげに閉じると、ショウキたちが去って行った空を見つめて《彼》はニヤリと笑って呟いた。

「……It`s show time」 

 

第六十三話

 レプラコーン領を逃げるように飛び出した俺たちは、ひとまずサラマンダーの目的地であるらしい、《蝶の谷》という場所へと飛翔を始めた。先程の戦闘から羽を使い続けているものの、ダンジョンアタックをしたわけでは無いため、まだ飛行限界時間は訪れないらしい。

 モンスターが規定の場所以外に出ない、今までの各妖精の国の領内とは違い、ここからはアインクラッドにおける《圏外》――すなわち、敵性モンスターが現れることとなる。レコンに聞いたところ、もちろん飛行中だろうとお構いなしにモンスターは現れるらしく、多少面倒に思っていたが……

 領外に出て行った俺たちを出迎えたのは、決してプログラミングされたモンスター等ではなく、俺たちと同様に命を持った――プレイヤーの一団だった。

「せやっ!」

 日本刀《銀ノ月》が戦っていたノームの盾剣士を切り裂き、その身体をリメインライトに変えていく。リズとレコンの無事を確かめつつも、自らの息を整えて汗を拭うような動作をする。ALOで汗などかきはしないが、こればかりはほとんど癖のような物だ。

 このノームたちの軍団によって、通算五度目のプレイヤーの襲撃であり、流石に盗賊のようなギルドが動いていたとしても、違和感がある回数だ。まるで《蝶の谷》への道程の、足止めをするかのようなこのプレイヤーたちは、恐らくはサラマンダーたちの仕掛けなのだろう。

 方法は皆目見当も付かずに対処することは出来ないが、ここで倒されるわけにはいかない。レコンの依頼と《蝶の谷》のこともあるが……俺とリズは、SAOにおける大量のバグアイテムが、アイテムストレージに捨てられずに残っている。キルされることで他のプレイヤーに渡ったが最後、運営に発見されてしまえば、このアカウントは削除されてしまうだろう。

 だったら捨てる……という訳にはいかないのが、俺の弱いところだろうか。

「くたばれぇ!」

 考え事ばかりしているわけにはいかない。あまり品の無いノームのバトルアックスをしゃがんで避けると、そのまま足払いをして中に浮かせる。品の無いノームが羽を展開するより速く、回し蹴りが炸裂してその身体を遠くへ吹き飛ばすと、リズと一騎打ちをしていたノームへと直撃する。

「サンキュー、ショウキ!」

 倒れた二人に良い笑顔でメイスを打ちつけるリズに苦笑いしつつ、地上から炸裂する土魔法を飛翔してやり過ごすと、レコンからの『合図』を受け取った。レコンは一人、ノームとの戦線からは離脱しており、彼にしか出来ないことをやっている。

「リズ、合図だ!」

 二人のノームを料理したリズも、俺の言葉によってレコンの『合図』に気づいたらしく、ノームの魔法使いの攻撃を、何とか避けながら俺に合流する。『合図』などと大げさに言ったことに警戒してか、俺の遥か上空で制空権を取るノームたちは、魔法の密度を薄くして自分たちの視界を確保していた。

 その結果、彼らが見たモノは飛翔型モンスターの大群が、自分たちを標的に向かって来ていることだった。列車のようにモンスターたちが連なり、プレイヤーに向かって行くその光景は、あまり思い出したくない記憶を刺激する。

「……全軍反転ッ!?」

 ノーム軍団の指揮官がモンスターの大群へと魔法を撃つと、飛翔型モンスターはなおさらそのノームたちを標的として決定する。盾剣士を俺とリズに削られ、MPも消耗している状態でモンスターの大群と戦う、彼らの運命は決まっているだろうが……それを俺たちが見届けることはない。

 モンスターの大群が現れた時点で、俺たちはノームたちにバレながらも戦線を離脱。モンスターの大群の巻き添えを食らわないように、大回りで飛翔してそこから逃げ切っていた。

 そのまま俺とリズは目の前の山を目指して並行して飛翔していると、リズのすぐ横の空気が一瞬揺らぐ。リズは気づいていないようだが、あえて何も言わないでおくと、その空気の揺らぎから突如としてレコンが姿を現した。

「大成功だね!」

「キャッ!? い、いきなり出て来たらビックリするじゃないのよレコン!」

 満面の笑みを見せた数秒後にはたかれるレコンには同情するが、今のはいきなり現れたレコンが悪い。しかし、はたかれようがノーム軍団をMPKしようが満面の笑みのレコンも、それはそれでどうかと思うが。

 一回目の襲撃に対しては、全うに迎撃したものの……激化するプレイヤーたちの攻撃に、俺たちが取った手は《トレイン》というMPK。もちろんマナー違反ではあるが、緊急事態かつ攻撃してきたのはあちらなので、ご容赦願いたい。

 レコンが《ホロウ・ボディ》によって姿を消して戦線を離脱し、俺とリズが盾剣士を削りつつ敵の攻撃を耐えしのぐ。その間に、レコンが大量にモンスターを引き連れて戻り、再び《ホロウ・ボディ》によって姿を消すと……敵プレイヤーを狙い、モンスターの大群が迫って行く。

 アインクラッドで俺も数回かけられては死にかけた、使い古されたものの効果的なMPKらしい。成功したのは、ひとえにレコンが妙に手慣れていたことと、敵プレイヤーたちが相互に連絡を取っていないことと、人数が揃っていないことだろう。

 先も含めて計5回のプレイヤーの襲撃にあったものの、彼らが盗賊ギルドのように連んでいるのではなく、あくまで別の軍団のため連絡が成り立たず、何回でも同じやり方が通用したのだ。人数が少なかったことは、予測でしかないが……戦う度に人数が増えているところを見ると、最初の方は急なことで、人数が揃えられなかったのだろうか。

「……何かリーファちゃんのパンチに似てる気がする……」

「……変態?」

 愉快な会話をしているリズとレコンを尻目にしつつ、前方を警戒しながら進んでいくと、大きな山に突き当たる。精神的に超えるべき対象という意味なのではなく、物理的な大きな山に――だ。

「あ。ショウキさん、そこで止まって」

 後方からのレコンの言葉に従って、そのまま近くの木の枝を掴んで止まり、そのまま太い枝の上に立ち続ける。ホバリングのやり方が分からないせいで、わざわざこんな風にしてからでないと、飛行状態から戻れないのは不便だが……

「ぷぎゃっ!」

 ……同じようにホバリング出来ないリズのように、止まりきれずに山にそのままぶつかるよりは、遥かにマシだけれども。

「で、レコン。この山を超えて、ちょっと行けばその《蝶の谷》か?」

「あ、うん」

 山にへばりついているリズを華麗に放置すると、レコンはリズの方をチラチラと見ながらも、この山の説明をしてくれた。その間に憮然とした表情をしてポーションを飲みつつ、リズが俺が立っている枝の隣に飛んで来ていた。

 レコン曰わく、この山は《飛行限界時間》もあって、妖精たちでは自力で飛び越えることは出来ない、《世界樹》へ進む一種の関門のような物だということ。ケットシーの飼う大型のドラゴンなどなら、この山を飛び越えることが出来るらしいが……そんなものを調達している時間などない。

 ならばどうするかと問われれば、やはりというべきかダンジョンアタックである。山の中は中型のダンジョンになっているらしく、中間地点には規模は小さいものの、中立地点となる町があるほどのモノらしい。

「ダンジョンか……大丈夫か、リズ」

 アインクラッドではダンジョンに行くパーティーの護衛が主な仕事だった俺や、このゲームのベテランであるレコンには、ダンジョンについて心配はいらないものの、どちらにせよ録な経験がないリズは不安だった。

「大丈夫大丈夫、いざとなったら飛んで逃げるわよ」

「……山の中では飛べないよ、リズベットちゃん」

「え?」

 リズのあっけらかんとした台詞に対する反論に、俺とリズの疑問の声が重なった。俺もリズも飛行限界時間はまだまだだが、この山の中のダンジョンは、飛行に制限でもあるダンジョンなのだろうか……?

「……あ、そっか知らないんだね」

 疑問の視線を向ける俺とリズに対して、得心がいったかのようにレコンが納得する。レコンはシルフ特有のしなやかな翼を展開してみせると、初心者二人に説明を始めた。

「僕たちアルヴヘイムの妖精の翼は、太陽の光を浴びて飛行してるんだよ。だから、太陽の光が届かない洞窟とかだと、翼は効力を失っちゃうんだ」

「へぇ……」

 インプはちょっとだけなら飛べるんだけどね、と続けるレコン先生のありがたいお話に、マニュアルはあまり読まない派である俺とリズは二人揃って間抜けな声を出した。なるほど確かに、この大きな山がダンジョンということでは、太陽の光は届くまい。

「ってことは、飛行なしなのね……ちょっと慣れてきたとこなのに」

「今さっきブレーキミスした奴の言うことか、それ」

 翼でスピードを落としつつ木の枝から着地し、レコンの先導でダンジョンの入口へと向かっていく。心なしかまだ鼻の先が赤いリズをからかうと、「……さっきのはたまたまよ、たまたま」などとのたまっている。

「しかし、飛べないってのは良いのか悪いのか……」

 空中戦に不安要素しかないこのパーティーだったが、やはり機動力の大元を成しているのは、やはり飛翔によるところが多いのだ。逃げる際に一々走っていては体力が保たないし、何より飛んだ方が遥かに速いのだから。

 飛べないということと、ダンジョンということも合まって、俺たちの進行スピードは大きく落ちてしまうのは否めないだろう。プレイヤーも恐らくは待ち構えているだろうし、いい加減《トレイン》が通用するかも怪しくなってくる。さらに言えば、狭いダンジョン内で――妙に手慣れているレコンはともかく――俺やリズが、そもそも《トレイン》出来るか、という問題にも直面する。

「まあ、行くしかないか……」

 かと言って、ダンジョンを無視してこの山脈を登ることなど出来ず、ドラゴンなどに乗りに行くなどもってのほかだ。観念して行くしかないかと気を引き締めて、レコンの案内で入口についたところ、リズが疑問の声を漏らした。

「……あれ? レコン、入口ってここだけ?」

「うん、僕が知ってるのはここだけだけど……」

 レコンも自らのホームグラウンドではなく、あくまでどこかで見た情報とナビゲーションに従っているだけなので、少し自信なさげだった。そこでリズはもう一度頭を捻ると、少し離れた場所を指差した。

「さっき山にぶつかった時、なーんか向こうの方に入口が見えた気がするのよね……」

「……ちょっと確かめて来るか」

 一番瞬間速度に優れた俺が翼を展開し、リズが指差した方へと飛翔していく。そんなに離れていないし大した手間でもなく、近道でも見つけられたらめっけものだ。

「リズー、ここらへんかー?」

「もうちょっとー!」

 リズの誘導に従って飛んでいくと、確かに人が二人いっぺんにならギリギリ入れるか、というぐらいの小さな穴を発見する。よくこんな穴を飛んでる最中に発見したな、とリズに関心するとともに、少しばかりその穴に近づいて調べてみることにする。

「……水の音?」

 穴に近づいて調べてみて分かったことは、その穴はさながらダンジョンのように、かなり奥まで繋がっているということと、轟々と水の音が流れているということだった。俺にはダンジョン内の川にでも繋がっているのだろうか、という予測しか成り立たない。

「どう、ショウキ?」

 調べるのに手間取っていたからか、リズとレコンもダンジョンの入口からこちらの穴へと飛んで来る。ちょうど良いとばかりに二人にも調べた結果を説明すると、途端にレコンが目を輝かせた。

「これ聞いたことあるよ! ウンディーネの《渡り川》!」

「……はい?」

 また出て来た進出単語に俺とリズは首をひねり、アルヴヘイムに詳しいレコン先生の講義が再開される。ウンディーネというと、回復魔法と水中の行動にペナルティーを持たない種族で、混合種族パーティーではその回復魔法によって、必須に近い扱いを受けているらしい。反面、種族としての戦闘力はサラマンダーやシルフには劣り、水中という独壇場も活かしにくいことからか、世界樹攻略は一歩劣っている種族。

 この穴はそのウンディーネと、採掘に秀でたノーム――こちらも同じく世界樹攻略には一歩遅れている――が協力して作った、世界樹への直通水路なのだという。大型ボスがいる水路へと入らなければ、ダンジョンアタックをすることなく世界樹の方へ行ける、という場所らしいが……世界樹攻略をメインに活動していない為か、あまり利用者も知名度も多くはないようだ。

 しかし、そんな事情があろうと関係なく、今の俺たちにはその水路はありがたい存在。まずは俺が穴に飛び込み、安全性を確認しながら着地する。

「……っと。二人とも、大丈夫そうだ」

 思いの外、穴から着地まで高かったからか少し驚いてしまったが、特に入った瞬間にウンディーネのプレイヤーに襲われるようなことはなく、モンスターが襲撃する気配もない。目の前には激流と言って差し支えない川が広がっており、俺が着地したのは申し訳程度の岩で作られた陸中だった。

「さて……」

 激流を眺めていたが、そろそろかと思って数歩下がってキャッチする準備を整えると、リズが悲鳴とともに良い感じに腕の中に収まってくれる。大方、レコンより速く勇んで飛び込んだは良いものの、舞い上がるスカートを掴んでバランスを崩したのだろう。

「ありがとう……って言いたいところだけど。なんでキャッチ出来たの、あんた」

「リズなら来るだろってな」

 ……小さくなったからキャッチしやすかったし、というセリフは飲み込んでおくとしよう。そして俺たちの後ろにレコンが着地した……と見せかけて転び、俺がリズを岩場に立たせて完了だ。

「だけどレコン。こんな激流、渡れそうにないが」

 尻餅をついたままのレコンを助け起こしつつ、髪の毛を掻いて激流を再び眺める。水中ならば自在に行動が出来るウンディーネならともかく、この激流をシルフとレプラコーンが泳ぎきれるとは思えない。

「それなら大丈夫! ……確か、他の種族でも渡れるように……」

 レコンがまずコンソールを弄くると、パーティーメンバーである俺とリズの目の前にもシステムメニューの表示が現れる。読んでみると、この激流を渡れるように作られた船――いわゆる《カヤック》を作り出すのだという。言われてみればノームとの共同で作ったにもかかわらず、ウンディーネのみしか通れないというのもおかしな話だ。

 早速カヤックに乗って、ゲーム内だが激流下りと洒落込もうとしたところ、システムメニューにエラーの文字が浮かび上がった。その原因は――

『カヤックの機動には1000コルが必要です』

「微妙にセコい値段ね……」

「……ああ」

 なんとなく出鼻を挫かれたような気持ちになりながら、俺もリズも1000コルをシステムメニューとトレードすると、激流に流されないギリギリの岩場にカヤックが出現した。カヤックには詳しくはないものの、レプラコーンの協力者もいたのか、ノームの使用が前提ということもあり、なかなかのカヤックのようだ。

「あれ、ショウキさんもリズベットちゃんもお金持ってたの?」

 3000コルを自分で払おうとしていたらしいレコンの手が止まり、不思議そうに俺とリズの方を覗き込んで来る。アインクラッドの貯金があることは、当然ながらレコンは知らないのだ。

「さっきのプレイヤーたち、結構な数は自力で倒せたからな。1000コルぐらいなら貯まってたんだよ」

 リズと「しまった」といった目配せをした後に、なんとか口からまだ説得力のある出任せが滑り落ちる。確かに俺もリズも善戦はしていたものの、あくまで回避を優先して動いていたため、恐らく対プレイヤー戦では1000コルも稼いではいないだろうが。それに加えて、トドメは大概リズだった事もある。

「ふーん……言ってくれれば3000コルぐらい払ったよ?」

 レコンはそう笑いかけながらも自らのカヤックを作り出し、三人分のカヤックがきっちり出現する。激流の横幅は、カヤックが三つあるにしてはまだまだ余裕があり、後十個以上は同時に出発出来そうな広さを誇っている。カヤックも大型ではないにしろ、かなり大きい川なのだろう。

「いざ、出発進行~!」

 リズの掛け声とともにカヤックは、俺、リズ、レコンが乗るカヤックの順番で出発する。一気に《蝶の谷》へと行きたい物だが、そうすると大型ボスがいるエリアに行ってしまうらしく、ウンディーネの支援無しでは勝ち目が無いとのことで、まずは中間地点の街を目指すこととなる。

「そう言えば、ショウキさん」

「ん? どうしたレコン」

 ……カヤックの激流下りとは言っても、流れが早いだけで特に難所はない。オールでバランスを取っていれば落ちることはなく、こうして会話をするくらいは容易い。

「さっきまでは忙しくて聞けなかったけど……その装備、どうしたの?」

 確かに昨夜リーファとレコンと戦った時は初期装備だった俺だったが、今ではリズ制の武器とレプラコーンメイドのコートと着物になっている。レコンが不思議に思うのも仕方ないが……リズが作った武器はともかく、防具の方はどうやって説明したものか。

「……えーっと――――ッ!?」

 ――突如として俺が乗っていたカヤックの天地が反転する。レコンの質問に戸惑ってバランスを崩したわけではなく、カヤックが急激に裏返しとなったというべきか。

「……ョ――キ!?」

 リズの心配する声が水上から聞こえてくるものの、水中にいきなり飛び込んだショックで良く聞こえない。少量だったが水を飲み込んでしまったが、すぐ浮上しようと反転したカヤックに手を伸ばす……ものの、俺の身体はさらに沈んでいく。

 なぜなら、二人の青色の妖精――ウンディーネのプレイヤーが俺の足を掴み、さらに水底に沈めようとしているからに他ならない……!

 最初から彼らはこの水路に潜んでいたのだろう。俺たちのようなカモを見つけ、二人かがりで自分たちの得意なフィールドに引きずり込むために。……この水路の利用客が少なくなったのも、そのためか。

 激流の中俺は何も見ることは出来なかったが、ウンディーネの二人は正確に俺の足を掴んで水底へと案内していく。どんどんと手を伸ばしていたカヤックから離れていき、もはやどうやっても届かなくなってしまう。さらには日本刀《銀ノ月》やクナイ、足に仕込んだ足刀《半月》などの豊富な武器が逆に仇となってしまい、俺が沈んでいくのがさらに早まっていく。

「…………!」

 ……そしてウンディーネの拘束から逃れようと暴れた結果として、自分の身体に残された酸素を使いきり。水が身体に侵入して来るとともに声にならない声をあげながら、抵抗することが出来ずに俺は水中へと没していった。


 

 

第六十四話

 あたしの前を進んでいたカヤックに乗っていたショウキが、レコンからの質問を返そうとして落ちた。

 それだけなら、ただ笑い話の種になるだけなのだけど、それから反応がないとなれば話は変わる。カヤックで渡らなくてはならないほどの、急流から落ちて反応がないとなれば、最悪の自体を嫌でも想像してしまう。

「……ショウキ!?」

 カヤックからついつい身を起こして水中を観察するものの、緑色と黒色が混じったコートを着た、ショウキの姿はどこにもない。そのまま急流に飛び込むことも辞さなかったが、ギリギリのところで理性がそれを引き止めた。

「レコン、索敵して!」

 注意深く水面を観察したままに、あたしの前でさらに慌てているレコンに声をかける。あたしは全くと言って良いほど事前情報を仕入れていなかったけれど、レコンは索敵の魔法が使える、ということぐらいは道中で分かる。

「え、ええっ!? でもショウキさんが……」

「ショウキがただで落ちる訳ないし、そのままな訳もないわ! 多分、水中に敵がいる!」

 この河にはモンスターがおらず、カヤックを使わないといけない急流ということで、レコンは《索敵》を怠っていた。……もちろんショウキもあたしも、だ。その油断をついた、敵プレイヤーがいるはずだと、あたしは考えた。

「……いた、かなり後方に《ウンディーネ》のPCが二人!」

 水妖精《ウンディーネ》。確か、回復魔法と水中の行動に長けた種族……と、ショウキが言っていた気がする。そしてレコンの索敵の結果には、重要な情報が欠けていた。

「ショウキの……ショウキの位置は!?」

「……近くにはいないみたい」

 《索敵》用のレーダーを見たレコンが首を振ったものの、すぐさまあたしはシステムメニューを開く。そのまま見るのは、バグアイテムだらけの――どうしても捨てられなかった――アイテムストレージではなく、メールボックス。

「……うん、大丈夫。レコン、ショウキが戻って来るまで耐えるわよ!」

 最初に、あたし自身に言い聞かすように小声で呟いた後、慌てたままのレコンへと叫ぶ。どことなく小動物のようなレコンは、やはり放ってはおけなくなってしまう。

 あたしがショウキの健在を確認した手段は、メールボックス。ログアウトしていた場合には、名前が灰色に染まるシステムからで、ショウキの名前は灰色に染まっていない。……アインクラッドの《笑う棺桶》攻略戦でも同じように確認していて、ショウキの名前が灰色になった時、みっともなく取り乱してしまったものだ。

 そしてログアウトしていないのならば、きっとショウキは追いついてくる。ならば、あたしがやらなくてはいけないことは、ショウキが来るまで耐える……いや、ショウキが来るまでに倒して、彼に吠え面をかかせること。

「……行くわよ、レコン!」

 とは言っても、戦闘職ではないあたしの実力は心得ているし、レコンもどちらかというとサポートタイプ。無理はしない……というか、出来ないというべきか。

「う、うん……」

 やはり自信なさげな声だったものの、レコンからも一応の返答が来て、二人でカヤックを進行方向から、ウンディーネがいる方向に反転させる。……カヤックの経験など無いので、反転するだけで、あたしもレコンもおっかなびっくりだったけれど。

 そして、片手にカヤックのオール、もう片手にショウキの《銀ノ月》のついでに作ったメイスを構えると、ウンディーネの襲来に水底を見る。あたしたちに極力バレないように、きっと水底を歩くように来ているはずだ。

「いた……!」

 狙い通り、水底を這うように泳ぐウンディーネが一人こちらに向かって来ている。悔しいけれど、あたしには遠距離攻撃手段がなく、ここはレコンの魔法に任せようとしたところ――

「……リズちゃん、右にいる!」

 ――レコンの叫び声が響き渡り、あたしはつられるように右を見ると、水面に、カヤックへと手をかけようとしているウンディーネの姿が映る。反射的に、メイスがその手に向かって振り下ろされたものの、手応えは水を殴った時のようなドボンという感覚。

 さらに、カヤックの上でメイスによる攻撃を仕掛けたことにより、バランスが崩れたあたしの船に、正面から来ていたウンディーネが接近する。その動きは、この世界に来たばかりのあたしたちとは違う、熟練した技を感じさせた。

「リズちゃん、どいて!」

 しゃがんだあたしの頭の上を、レコンの魔法が通り過ぎる。後ろからのレコンのカマイタチのような風魔法が、正面にいるウンディーネを襲い、なんとか事なきを得る。

 二人のウンディーネは一旦は距離を取り、あたしのカヤックから少し離れた場所で優雅に泳いでいる。その動きはいつでもこちらを倒せる、という自信の現れのように感じられた。

「ぐぬぬ……ムカつくわね……」

 かと言っても対応策があるわけではなく。オールでカヤックのバランスを取りつつ、早くこの河の終わりまで行き着く事を祈るしかない。……たとえ、そんなのが性分にあっていなくとも。

「…………?」

 しかし、河から離れてしまえば、ウンディーネたちの有利な状況は五分五分になる。正確にはあちらの方がベテランな分、ウンディーネたちの方が有利だろうが、あたしたちが――レコンはベテランらしいけど――入ってすぐなのを相手が知っている筈がない。

 よって、待機することには全くメリットが無いにもかかわらず、彼らはこちらに攻撃を仕掛けようとはしていない。河の中に入って、こちらの様子を伺って、レコンの魔法攻撃を軽くあしらっているだけだ。

 何か狙っていることでもあるのか、と勘ぐっていたあたしだったが、すぐにその思考は中断されることとなった。あたしのカヤックの下の水が、突如として破裂するように衝撃を起こしたのだ。その影響でカヤックは空中に吹き飛び、あたしは慌ててカヤックに掴まりながら空中を飛翔することになる。

「きゃああ!」

 空を舞う――って言ってもダンジョンの中だけど――カヤックから吹き飛ばされまいと、必死に船体に掴まりつつも、もう片腕でメイスをしっかりと握りしめる。空中に飛んで身動きが取れないあたしを、ウンディーネたちが追撃をしてくるはず。そこを痛烈に叩くべく、わざと大げさに悲鳴を上げつつ、絶対に目を閉じないようにして敵の姿を捉える。

 ……しかし、ウンディーネたちはあたしの方へ来ることはなく。敵を叩こうと気を張り巡らせていたあたしの眼は、皮肉にも、レコンがカヤックから落とされて、水中へと引きずり込まれていく姿を見た。

「レコン!」

 あたしはそう叫ぶとともに空を舞うカヤックから飛び降りると、そのまま頭上から、レコンを引きずり込もうとしているウンディーネに向かってメイスを叩き込んだ。敵もまさか、あたしが飛び降りるとは思っていなかったらしく、ウンディーネの頭にメイスが直撃して火花を散らし、レコンの手を離して水底に沈んでいく。

「せいやぁ!」

 もう一人のウンディーネにもメイスを払って攻撃するものの、思っていた以上にあっさりとレコンのことを離し、メイスを避けて軽々と水の中へ潜っていく。……ああいう人魚のように泳ぐ姿を見ると、ウンディーネも良かったかも、と思ってしまうのは仕方がない。敵は男二人だけれど。

 そんなことより、あわや水中に引きずり込まれそうになったレコンだったけれど、魔法を唱えようとして水を飲み込んだのか、ちょっと咳き込んでいたけど……まあ無事の範疇だろう。

「ご、ごめんねリズちゃん」

「……色々言いたいことはあるけど、後にしとくわ。まずは、今どうするかが先ね」

 『ちゃん』って付けないでとか、ごめんじゃなくてここはありがとうだとか、色々後にするとして。実際、このピンチをショウキ抜きでどうするか考えなくては。

 あたしもレコンも、身動きが取れないほどの急流に落ちてしまった今……あたしは自発的に飛び降りたけれど。この水の中を自由自在に動けるウンディーネに対して、あたしたちが圧倒的に不利なのは火を見るより明らかなのだから。

 ……しかし、この川から乗って来たカヤックに戻ろうにも、ショウキとレコンのカヤックはウンディーネにやられてひっくり返っているし、あたしの空を舞っていたカヤックは位置が遠く、そこまで泳いでいけそうにない。

「レコン、なんか水中で泳げるようになる魔法ないの!?」

「そんな魔法持ってないよ!」

 急流による轟音で、隣り合っているにもかかわらず大声で会話する。……そして残念ながら、レコンの魔法もこの状況を覆せるものではなく、あたしのメイスなど言わずもがな。

 だからといって諦めるのは、『助けに向かって来ている』筈のショウキに、申し訳がたたない……と、どうするか頭をフル回転させていた時。

 あたしとレコンの足に何かが装着されたような感触が現れ、足がズシッと重くなって河に沈んでいく。

「えっ……!?」

 あたしとレコンは声が重なりながら、反射的に沈んでいく自分たちの足を見ると、そこには水で出来た足枷。……水の中なのに水で出来た、というのもおかしな話だけれど、何で出来ていようが、それは本物の足枷のようにあたしたちを拘束した。

 そして気づく。レコンの魔法でショウキの反応が無かったのも、この足枷をかけられて水底に沈められたのだと。

「えい!」

「ディスペ……うわぁ!」

 とっさにメイスで足枷を破壊しようとしたものの、水中にあるせいでメイスに力が上手くはいらず、ドボンと水を叩くのみ。さらに、恐らくは魔法を解除する呪文を唱えていたレコンは、いつの間にか足元に現れていたウンディーネに、やはり水中へと引きずり込まれてしまう。

「レコン!」

 そうなると次はあたしの番。レコンのことを心配している暇もない。しかし、足枷を付けられた状態では、泳ぐことやキックすることなどロクな抵抗も出来ず、あっさりとレコンと同じく水中に引きずり込まれてしまう。

 ……そして水中で、先程あたしが空中からメイスを叩き込んだウンディーネが、短剣を持ってゆっくりと沈んでいくあたしに近づいて来ていた。……わざわざHPを回復していないところを見ると、かなりやられたのを根に持っているらしい。

「…………!」

 ここは水中。あたしは悲鳴を上げることすら許されず、舌なめずりしているウンディーネに対し、睨みつける以外の抗う術を持っていない。先に沈んだレコンに対しても、もう一人が全く同じことをやっていて、二人揃って悪趣味ね、と心中で吐き捨てる。……ショウキのことは先に沈めて放置し、後で二人で楽しむのだろうか。

 そして、あたしに見せびらかすように短剣を振りかざし、あたしの身体を見て、生理的に受け付けない下卑た笑みを浮かべながら、ウンディーネは――あたしのメイスに叩きのめされた。

 ……だから言ったじゃない、次はあたしの番だって――!

「……よくも好き放題やろうとしてくれたわね!」

 目を白黒させているウンディーネに対し、メイスの連撃を思うさま叩き込む。深々と。一撃一撃、魂と怒りを込めて。水の中で好きなだけ叫びながら。足枷があるせいでその場からは動けないけれど、近くにいる敵をボコボコにするだけならば、動かなくても充分だ。

 ……ショウキが言うには、こういう時のあたしは凄く楽しそうに笑っているそうだが、残念ながらあまり否定は出来ない。

「ええいっ!」

 トドメに一撃顔面にメイスを叩き込むと、そのウンディーネは吹き飛んでそのまま、水色のリメインライトとなり果てた。その顔に、最後まで疑問の表情を残したままで。

 あたしが水中で動ける理由とタネは、そんなに疑問に思うほどの物ではなく、ただのレコンの支援魔法に過ぎない。サポートと毒殺に特化した彼のビルドには、水中で行動出来るようになる程度の支援魔法は、慌てる必要もなく最初から持ち合わせていた。……けれど、あくまで行動出来るようになる程度であり、正面からウンディーネに勝つには焼け石に水だった。

 ……そこで少し小芝居をしてみた。水中で行動出来る魔法などないと、わざと大声で言うことで、メイスを叩き込める位置までおびき寄せる。……まさか、ここまで上手く行くとは、思っていなかったけれど。

「やったね、リズちゃん!」

 先程は不発となった解呪魔法で、あたしと自身の水の足枷を――やはりウンディーネの魔法による物だったようだ――解除しながら、レコンがあたしの方へと泳いで来る。……だから、ちゃん付けしないでったら、と言おうとしたけれど、まあ、今回だけは良いだろう。

 ところで、レコンが相手をしていた、もう一人のウンディーネはどうしたのだろう……と思えば、全身動けないように麻痺毒をかけられて、死んだように水底に眠って……いや、眠らされていた。むしろリメインライトになった方が良かっただろう結末に、敵とはいえ同情せざるを得なかった。

「あんた、アレはやりすぎじゃないの……?」

 ……メイスで必要以上にボコボコにした、あたしが言えることじゃないかも知れないけど。レコンもそう思ったのか、あたしの台詞に苦笑して返す。

「あ、あはは……――リズちゃん後ろ!」

 ――レコンの台詞に反応して反射的に背後を向くと、そこにはあたしがさっき倒したはずのウンディーネの姿。ウンディーネが得意とするのは、水中での行動と回復魔法……どうやっては分からないけど、リメインライトの姿から回復して来ているのだ。

 そして、あたしに復讐せんと血走った目で短剣を持ち、先程のような『遊び』もなく、一直線にあたしへと向かってくる。逃げられない……あたしの反応が間に合わない。

 ……しかしあたしは恐怖することはなく。そのウンディーネの胸から突き出ている、美しい銀色の刀身だけを見ていた。リメインライトから復活してHPが残り少なかったのか、その銀色の刀身の一撃により、再びリメインライトとなり果てた。

 もう一度ウンディーネが復活する様子はなく、代わりにその場には、黒い服のシルフが現れていた。……その人を、姿が変わっていても見違えることは絶対にない。

「ありがと、ショウキ」

「………………!?」

 ショウキも何か言おうとしていたようだったが、ショウキには水中で行動出来る支援魔法はかかっておらず。むしろ平気で水中の中で喋っているあたしを見て、驚いて口を開いてしまいそうだった。そのまま驚いているショウキを二人で、あたしが元々乗っていたカヤックまで連れて行くと、無理やり三人で一つのカヤックに乗った。そもそも一人乗りようだけれど、詰めればまあ何とかなったり。

「あー服ビショビショ……それより。遅かったじゃない、ショウキ」

 カヤックの席に座ることが出来たあたしは、ニヤニヤと笑いながら、カヤックの後方に座っているショウキに語りかける。最後はやはり助けられてしまったけれど、ショウキが遅刻して来たのは事実なので、この程度の軽口は許されるだろう。

「悪い悪い。あー……それより……なんだ」

「ん?」

 どうにもショウキの歯切れが悪い。敵にやられて溺れかけてたんだから、そうなるのも当然なんだけど……なんだろう、そういう歯切れの悪さとは違った。チラチラとあたしの方を見つつ、照れたような顔をしつつあたしと視線を合わせようとしない。

 気になって、ショウキの視線を追ってみると。あたしの服、特に胸の部分へと到達し……

「――――キャァァァッ!?」

 ……あたしの服が、水に濡れて透けていることに気づく。レコンとショウキは上着があって大丈夫だったようだけれど、あたしの服は白いエプロンドレスなわけなので、白い部分が水で肌に纏わりついて透けている。

 アインクラッドの時にアスナがコーディネートして、ここ、アルヴヘイムでショウキがそれっぽいのを買ってきた、この服で白いところというと。まずは手袋、これは別に問題ない。それとエプロン、外せば問題ない。最後に胸部がまるまる全て白い。

 ――そこは問題しかない!

「リ、リズちゃん? 急に悲鳴上げてどうしたの?」

「前を向く! 後ろを見ない!」

「はいっ!」

 カヤックの前に座っているレコンの耳元で叫び、二次被害をこれ以上増やさないことに成功する。だけど、後ろに座ってた奴には見られていてたわけで。それもじっくりと。

「ちょっ、えっ、あああああああんた」

 動揺で何を言っているか良く分からなくなってきた。あたしからは見ることが出来ないけれど、きっと顔を真っ赤にしているに違いない。ショウキは、目をそらしながら頬を掻くと、まさかの決め台詞を吐いた。

「あー……えっと。ナイスな展開じゃ……」

「ないわよ!」

 エプロンドレスの胸部を両手で押さえつつ、不自然にどこかを見ているショウキへと背中を向ける。ついつい手が出そうになったものの、手を出そうとしたら胸を見せなければならないというジレンマ。アバターだから、あたしの身体ではないわけだけど、そういうのは気持ちの問題である。

「……バカ!」

「いや、ちょっ……」

「……変態!」

「…………」

 髪の毛を掻いて苦笑いをするショウキに――ショウキが困っている時のサインだ――さっきのウンディーネ以上にキツい連撃を叩き込む。それは金属製の重い武器ではなく、ただのあたしの言葉だったけれど、ショウキにはメイス以上に痛い攻撃のようで。ブツブツと攻撃を続けるあたしに、後ろから皮で出来た服が投げられた……シルフの初期装備だったような。

「悪かったって……これは、その、男としては仕方ないんだ」

 むしろ開き直ったかのようなショウキにジト目を向けながら、ありがたくシルフの初期装備を羽織っておく。そして一発小突くと、他の場所を不自然に見つめていたショウキはバランスを崩し、カヤックの後ろから落ちそうになったものの、何とか無事にカヤックに留まった。……流石のバランス感覚。

「……ちぇっ」

「機嫌直してくれよ……」

 器用にも、掴まるところのないカヤックの後方で座りつつ、ショウキは苦笑いでこちらを見て来る。あたしが服を羽織ったおかげで、こちらを見れるようになったらしい。やはり困ったように苦笑いするショウキに対し、あたしは眉をひそめてアヒル口になりながら、その苦笑いを眺める。

「……明日、アスナの病院一緒に行く。それで許してあげる」

 SAO事件が攻略組のおかげで75層時点で終わったとしても、一部のプレイヤーたちは目覚めていないらしい……未だにアインクラッドから帰って来ていないかのように。アスナもその一人であるらしく、親友がどのような状態なのか……あたしは知っておきたい。

 ……今まで、逃げていたけれど。

「……ああ、分かったよ」

「えーっと……何の話か良く分かんないけどさ」

 ショウキがシリアスな口調で頷いた後、あたしが前を向けと脅したせいで蚊帳の外だったレコンが、おずおずと話に入ってくる。……少し、レコンには悪いことをしたかも知れない。

「そろそろ次の中立の町だから、一旦そこでログアウトしない? もう入りっぱなしだし……」

 確かに言われてみれば、午後からずっとこのゲームをやりっぱなしだった……もう夜だというのに。ログアウト出来なかったSAOのせいで、そこらへんの感覚が少し……いや、かなり鈍っているらしい。

「一回、リアルで調べてみたいことがあるんだ。だから、二人も晩御飯にしてよ」

「そうさせてもらうかな……」

 ショウキの言う通り、やはりこんな何時間もゲームをしているとお腹が空く。急いでいるのは確かだけれど、少し休ませてもらうことにしよう……

 ……こうして、あたしたちのパーティーは、待ち合わせをしてダンジョン途中の中立の町でログアウトした。あたしは、何か考え事をしているような……迷っているようなショウキの横顔を見つつ。 

 

第六十五話

 相変わらずの慣れない感覚とともに、意識が現実世界へと戻ってくる。人生で三回目のログアウトは、前回ほど嫌悪感を持つことはなく、《アミュスフィア》を頭から外して意識を覚醒させる。

「ふぅ……」

 久々にVRMMO空間にいすぎたせいか、身体全体を少しだけ倦怠感を襲う。しかしそれも一瞬のことで、一息つくとともに視界がクリアになっていく。カーテンを閉めた窓からは、カーテンの間から電灯の灯りが少しだけ部屋を照らしている。……もう随分と夜が更けているようだ。

 マッサージの意味も兼ねて、身体の節々をコキコキと鳴らしながら、暗い場所に眼が慣れてきてから布団から立ち上がった。部屋の中は整頓しているつもりだが、何かに躓きたくはないし、わざわざ躓くつもりもない。

 離れとなっている部屋から出ると、もう道場の方の電気は消されていたが、本宅――そんな仰々しい言い方をするほど広くはないが――の方からは灯りと、そして何やら美味しそうな匂いが立ちこめている。……そういえばもう夕飯の時間か、と慌てて本宅の方に走りだす。もう冬となって、外は寒いという事もあるが……急いでいる理由は、そのこととは関係がなかった。

 ガラリと音をたてて玄関の戸を開けて、居間の方へと走り出す。我が家は現代においては珍しくなった日本家屋だったが、広さとしては道場に敷地を取られている分そこまでではなく、部屋にしている離れから居間まで一分とかからずに到着する。

「遅刻よ、翔希」

 居間で今晩の食事を机に運んでいた、背筋がピンと伸びた黒髪の女性――というか母がやんわりと俺に注意する。何とか遅刻を注意される程度で済んだものの、これ以上この晩飯の時間に遅れてしまっていては、晩飯だと部屋に予備に来た母が、俺が《アミュスフィア》を付けているところないし、隠しているを見てしまうところだっただろう。

 ……それだけは避けたいところだ。

「ああ……ごめん、母さん」

 今、母が運んでいた料理が最後だったようで、俺と母は揃って食卓へと座る。俺と母より先客として父が先に座っていて、俺たちが揃ったのを見て腕組みを解いて向き直った。白米に味噌汁に焼き魚――と、むしろ昔ながらの朝食といった様子のメニューだったものの、長時間ALOにいた俺としてはどんな食べ物としてもありがたい。寝たきりのはずなのに、何故かそれだけ腹が減っていた。

「いただきます」

 俺と父と母、三人の礼の声が揃って食卓が始まる。我が家は三人家族であり、父はここの道場の師範に母は専業主婦をしている。……たまに、別の場所に住んでいる従姉が来襲してくることもあるが、基本的にこの三人だ。

「翔希、学校はどうだったの?」

「学校……?」

 一瞬だけ母の問いかけが分からなかったが、そういえば今日は、SAO帰還者のための学校の見学日だった。その後のALOのこともあって忘れていたものの、最低限のことは見学してきたつもりだ。

「ああ、廃校って聞いてたから不安だったけど、案外綺麗な場所だったよ」

 本当は相談会やら体験授業やらもあったのだろうが、リズに会ってから即座に帰って来てしまったので、全く記憶にない。今度リズ……いや、里香と会った時に内容を教えてもらおう……と思っていた時、父からの問いかけが来た。

「……何か良いことでもあったか?」

「ッ!? ……ゴホッ、ゴホッ……」

 いきなりの父の一言に、ついつい食べていた物で咳き込んでしまう。……里香のことを考えていただけで楽しそうだと言われるとは、まだまだ精神修行が足りないと言うべきか。後で道場に寄って、素振りでもしてこなくてはなるまい。

 父はもちろん我が家の道場の主であり、俺や直葉の剣の師である。その性格は寡黙――悪く言うと無口で無愛想――と言って差し支えなく、先程からも食卓で特に何も言う事もなく鎮座していた。しかし、寡黙であると同時に職人的でもあり、その剣術の腕も含めて精神的にも、自分の超えるべき壁とも言うべき存在である。

 つまり、自分が平常心ではないのがバレたのは、それこそ目標としている父だからこそ見破られたに違いな――

「あら翔希、大丈夫? ……でも確かに、何だか楽しそうね」

 ――いわけではなかったようだ。父だけではなく、母にも見抜かれているところを見ると。むせたのは無理やり麦茶を飲み干して解決すると、照れ笑いを浮かべながら母に応対する。

「ああ、友達に……会えたんだ」

「へぇ……女の子?」

 この晩飯に入ってから早くも二回咳き込んだ。何故友達と言っただけで女の子になるのか、しかも何故それが合っているのか……! そんな俺の様子を見た母は図星だと思ったのか、さらに俺へと追求の手を緩めない。

「どんな子?」

「えーっと……」

 父は剣術としても親としても父としても、いずれは超えなくてはならない壁だが、母については……恐らくは一生、母に適わないだろう気もして来る……『事件』について触れないようにしつつ、明るく話してくれる母の優しさに感謝はしているが。感情をあまり表に出さない父とは、母は対照的な性格をしていた。

 母から追求される俺の友達の女の子の――もちろん里香のことだが――質問をのらりくらりと避けつつ、食卓は穏やかに過ぎていく。SAO事件の傷痕はまだ糸を引いているものの、俺のリハビリも大体が済んだ今は、自分達の家族は事件前と大差なく生活していた。……変わったところと言えば、俺がまだ剣術が出来るほどに復帰していないことだけだ。

 日常生活をするにあたっては不都合はないものの、剣術をやれるまでには復帰出来ている訳もなく、今までずっと剣術をしてきた俺にとっては、母にも父にも申し訳がたたないでいた。あの離れを自分の部屋にしてもらったのも、それが理由の一端だが……さらに俺は再び、VRMMOの世界へと旅立っている。もう二度と関わるまいと思っていた、あの世界に。

 ……なんて、取り留めもない上に意味もない思考をしている内に、自分の前に用意されていた晩飯が無くなっていた。無意識に食べてしまうとは、何とももったいないことをしたものだ。最後に麦茶でも一杯飲もうかと思ってコップに手を伸ばしたが、運悪く空であり、麦茶が入ったボトルも食卓の上にはない。

「今、麦茶持ってくるわね」

 それぐらい自分で持ってくる――と言う間もなく、母がキッチンの方へと歩いて行ってしまう。母の緑茶も無くなっていたようなので、ついでといったところだろうが、無愛想な父とは逆で母は気配りが出来すぎる。

 俺の横では父の食事も終わったようで、静かにその箸を置いて食事に向かって礼をしていた。……その動作を見て自分が礼をしていないのを思い出し、慌てて御馳走様、と手を合わせていると父がこちらの方を向いてきた。

「翔希。何か目標でも見つけたか」

「え?」

 父からこうして話しかけてくるとは珍しい、とも思いつつ、その言葉の意味を吟味する。新しい目標とは――ALOのことだろうか。父がそのことを知っている筈がないので、ALOのことを言っているわけではないだろうが、俺にとって新しい目標と問われれば、ALOでキリトに恩返しをすること以外はない。

 ……ALOでキリトに恩返しをすることは、自分にとって新しい目標となるほどになっているのが、むしろ少し驚いている。もちろん手を抜いているわけではなく、あの今までの目標を奪ったVRMMOが、新たな目標となっている――といった事実が意外だった。

「どうなんだ?」

「あ、ああ。そんな大それたことじゃあないけど……」

 やっていることを客観的に見ればただのゲームなのだから、大それたことも何もない。だが、SAO事件を経験したものにとっては、VRMMO世界は……もう一つの世界だった筈だ。ならば、その世界で恩人であるキリトを手助けするのは、当面の目標となるほどのことの筈だ。

「なら、その目標を今は全力で取り組め」

「…………」

 しかし先程言った通り……客観的に見ては、ただゲームをやっているだけなのだ。アスナを助けるとは言っても、あのALOとSAO事件の未帰還者が関係しているかも定かではないのに、こんなことをやっている意味はあるのか。……自分から首を突っ込んだくせに、煮え切らないのは分かっているが。

「色々と考え過ぎて迷うのが、お前の悪い癖だ」

 父の言葉にハッとなってその顔を見る。父は普段通りの仏頂面のままだったが、俺への言葉はそのまま続いていく。父がこれだけ話すのは、久しぶりかもしれない。

「たまには迷わず、ただ真っすぐに進んでみろ」

 父の言葉がそう言って終わるとともに、俺のポケットに放り込んでいた携帯が、バイブ音でメールの受信を知らせる。父はもう言うことはないとばかりに立ち上がり、俺はその父の言葉を頭の中で反芻しながらも、とりあえず携帯を開いた。

 送信者は今日アドレスを交換したばかりの、篠崎 里香――リズからだった。

 内容は簡単にまとめると――『速く来て』。まだ決めてあった集合時間には余裕があるが、先に戻っていたレコンかリズに何かあったのだろうか。父の言葉を反芻するのもそのメールで忘れてしまい、慌てて食器を片付けながら立ち上がった。

「母さん、御馳走様!」

 キッチンにいる母にそう伝えた後に居間から出て、ついさっきのように母屋から自分の部屋である離れへと急いで移動する。食事が終わったすぐに寝たくはないが、そんなことを言っている場合ではなく、隠してあるアミュスフィアを取り出した。

 アミュスフィアを頭に装着しながら、先程まで向こうの世界にいた時のように布団に倒れ込むと、後はその言葉を言うだけで向こうの世界へと自分の意識は移動していく。随分用意にも手慣れてしまったものだと自嘲しながら、俺はその言葉を唱えた。

「リンク・スタート……!」

 その言葉とともに現実世界の一条翔希の意識は、アルヴヘイムにいるシルフの妖精ことショウキへと移行していく。それと同時にその風妖精の身体とアルヴヘイムの世界が構築されていき、自分がショウキとしてアルヴヘイムの世界へと降り立つと、ALOへのログインが完成する。

「ふう……」

 未だに慣れることはない、ログインの感覚に一息つきながら目を開ける。俺が前回ログアウトしたのは、レプラコーン領から世界樹へと向かうダンジョンの中間地点にある町であり、そこで一旦休憩という手筈になっていた。所詮はダンジョンの途中にある休憩所、というような様子の町であり、あまり発展もなく薄暗い場所だったが……休憩所としては充分なのだろう。何せ、安全にログアウトが出来るのだから。

「レコン、ショウキが来たわよ!」

 リズもレコンも先に来ていたようで――『速く来て』とメールして来たのだから当たり前だが――ログインして来た俺を二人とも見つけたようだ。俺も二人の下へ走っていくと、メールのことを問いただした。

「どうしたんだ、リズ?」

「あたしもさっき来て、レコンに頼まれてあんたをメールで呼んだんだけど……」

 この世界のことに一番詳しいのはもちろんレコンであり、俺を呼んだのは間接的にはやはりレコンだったようだ。最初に来たレコンが、何か急がざるを得ないことになったのに気づいた――と言ったところか。リズもまだ詳しい説明は受けていないようで、レコンの方を不安げに向いている。

「ええと、大変なんだ……走りながら話そう!」

 レコンも大分慌てているようで、俺たち三人にレコンの十八番である《ホロウ・ボディ》を発動すると、中立地帯である今の街から世界樹方面のダンジョンへと走り出した。ここに来るまでは、ウンディーネが使っていたという水路を使わせてもらったが、世界樹方面にはそんなものはないようで、そのままダンジョンに潜入する。

 もちろん潜入とは言っても全力で走ってはいるので、即座にモンスターに遭遇してしまうのだが……そこはレコンの魔法《ホロウ・ボディ》によって、そのモンスターに触れない限りはバレることはない。たまに俺たちを待ちかまえているようなプレイヤーがいたものの、遠距離からサーチャーをクナイで倒して、不意打ちに身構えている間に走り抜けて事なきを得ていた。

「で、どうしたのよレコン!」

 追いすがって来ていたサーチャーをメイスで叩きのめしつつ、リズが先頭を走っているレコンへと問う。足の速さならばレコンより俺の方が速いものの、土地勘やダンジョンアタックの経験があるレコンが先頭の方が、何かと都合が良い。

「サラマンダーとシグルドが、何をしようとしてるか分かったんだ!」

 俺たちとレコンが同行している、そもそもの頼み事。サラマンダーと、レコンのパーティーリーダーのシグルドが共謀していることを暴くのに協力してほしい、とのことだった。二番目に世界樹攻略に近いシルフの協力を得るために、その頼み事に応じた俺たちだったが、調査は数個のキーワードが聞こえたのみで失敗だった。

 接触していたシルフとサラマンダーは、逃げだした一人を除いて壊滅させて、俺たちは聞き取れた数個のキーワードの一つであった《蝶の谷》へと向かっていた。だが、そのキーワードを元にして、レコンは領主館にいるというシルフの友人にメッセージを送ったところ、そのメッセージの返信から、サラマンダーとシグルドの企みと数個のキーワードが繋がったのだと言う。

「領主館の友達が、今日はその《蝶の谷》で秘密裏にケットシーとの会談があるんだって、さっきメッセージが来たんだ……」

 《猫妖精》ことケットシーという種族の妖精達は、聴力や視力という基礎能力に恵まれつつ、モンスターをテイムすることに長けた種族である。弱点は、素早い分やや身体が貧弱であることだが、モンスターをテイムするという長所から世界樹攻略では第三位をキープしている種族だ。

「会談の内容って?」

「シルフとケットシー、二種族で協力して世界樹の攻略に乗りだすって話だって」

 攻略に近い二つの種族が共同戦線をして、世界樹の攻略を目指す――という話が面白くないのは、やはり、現在最も攻略に近いサラマンダーの筈だ。そして一部だけ聞いた、《蝶の谷》や《装備》、《実力者であるリーファの動向》と言ったキーワードを合わせると、誰にでも分かるキーワードが一つ。

「サラマンダーの襲撃か……」

 その可能性を無くすために、領主館にいる一部のシルフにしか、今回の会談のことは知らされていなかったのだろうが……レコンのパーティーリーダー、シグルドは領主館にも立ち入れる実力者である。そのシグルドがサラマンダーに協力しているのだから、どれだけ情報をシャットアウトしていようが意味をなす筈がない。

「うん。シグルドがなんでサラマンダーに協力してるかは分かんないけど……」

 その会談に同行している領主館の友人にメッセージを送り、レコンはサラマンダーに狙われているという情報を送ったらしいが、撤退が間に合うかどうかは……正直五分五分であるそうだ。その友人と同時にリーファにも連絡を取ったらしく、キリトとともに世界樹へと向かっていた彼女も、《蝶の谷》へと向かっているとのことだ。……キリトももちろん、向かっていることだろう。

 レプラコーン領から出発している俺たちは、ほぼ間に合わないとは思うが、同じくシルフ領から出発していて、俺たちよりスピードの速いキリトとリーファ組ならサラマンダーの襲撃に間に合う筈……と祈るしかない。ここでシルフの世界樹攻略が遅れてしまえば、協力を取り付けるのは絶望的になってしまう。だが、シルフとケットシーの会談が成功すれば……世界樹攻略のスピードも、かなり速まるはずだ。

 そして恐らく間に合わないとは言っても、諦めて歩くわけにもいかない。俺たちも同様に、急いでダンジョン内を走り抜けていく。視界で判断するモンスターはレコンの闇魔法で欺き、プレイヤーのサーチャーは俺のクナイやリズのメイスで倒し続けて、レコンの闇魔法で欺けない敵は、《トレイン》によって他のプレイヤーに押し付ける……と言った具合で。

 そんなマナー違反なダンジョンアタックをしていると、遂にトンネル状のダンジョンを抜ける。ようやく外に出たかと思ったが、残念ながら着いたのは開けた空間に吊り橋がある場所だった。吊り橋の下では激流が流れていて、その向こうには日光のような日差しが見て取れる。……どうやら、この吊り橋を渡った向こう側が外のようだった。

「ようやく外か……!」

 走るのではなく、飛べるとなればもう少しスピードアップすることだろう。そう思いながら、吊り橋に向かって行こうとした時、身体から何かが抜けていくような感覚を味わった。……そう聞くと随分大げさな話だが、ただレコンの《ホロウ・ボディ》の持続時間が切れてしまっただけである。

「もう敵もいないみたいだし、かけ直さなくて良いんじゃない?」

「うん。MPも取っておきたいしね」

 ダンジョン内では切れる度にかけ直していたが、もうこれ以上使えばレコンのMPがとても保たない。幸いにもこの吊り橋には、モンスターは出ないようで、《ホロウ・ボディ》の持続時間が切れたまま、俺たちは吊り橋に足を踏み入れた。

「水中には巨大なボスがいるから、落ちないようにね」

 他にモンスターがいない代わりに、水中には巨大なモンスターがいるらしい。ウンディーネなしの水中戦は嫌というほど味わったし、わざわざ水辺に近づきたくもない。

「だってよ、リズ。気をつけろよ」

「落ちないわよ!」

 確かに、今俺たちが走り抜けようとしているこの吊り橋はガッシリとしていて、人間が三人乗って走っているにもかかわらず、びくともしない安定感を保っている。それが分かっていながらの俺の言葉に、リズはムッとしながら返答してきてくれる。……まあそれはともかくとして、吊り橋の安定感に感謝しつつ走り抜け――

「――止まれ!」

 ――ることは出来なかった。何か形容しがたい気配を感じた俺の言葉に、前を走っていたレコンと後ろにいたリズも止まる。一分一秒を争う事態で急いでいるにもかかわらず、歩みを止めた俺に対して怪訝な視線が向けられる。

「……どうしたの、ショウキ?」

「いや、何か……変な気配が、するんだ」

 どこかで感じたことのあるようなこの気配。まとわりつくような、気を抜いたら気配に殺されそうな、そんな気配。リズとレコンにはその気配が分からないようだったが、俺の言葉を聞いて回りをキョロキョロと見渡し始めた。……しかし周りには何の姿もなく、レコンが仕方なく索敵用の魔法を唱える。

 そしてレコンの索敵用闇魔法、プレイヤーに対するレーダーとなるその鏡には、一つの光点が示されていた……

「……本当にいた、そこの柱の陰!」

「Oh.バレちまったか」

 レコンに隠れていた場所を看破されたにもかかわらず、隠れていたプレイヤーは何の気負いもなく気軽に姿を現した。……そしてその姿を見た時、俺は先程の気配の主を思いだしていた……無意識に忘れようとしていたにもかかわらず。

「相変わらずcowardだなぁ《銀の月》」

 相変わらず《臆病者》――奴はそう言いながら俺を笑っていた。俺の記憶より体格は少し大きいが、身体全体を隠している死神のような印象を持たせるポンチョ姿。そこからのぞく手に無造作に持たれた、鎌の如く暗い光沢を纏う包丁。

「久々のreopenじゃないか、もっと喜べよ……なぁ?」

 そこに亡霊のように佇んでいたのは、アインクラッド最強最悪の殺人ギルドのリーダー。

「PoHっ……!?」

 激流の流れる音が響く吊り橋の上に、奴のふざけた声色の「Exactly」――その通りだ、という肯定の意を示す声が響きわたった。
 

 

第六十六話

 あの殺人ギルドのリーダー、PoH。予想だにしていなかったその登場に、俺の身体が硬直して動かなくなってしまう。脳裏にはSAOでの出来事……かつて共にあの世界で生きていたギルド、《COLORS》のみんなや、少なくない犠牲を出した《笑う棺桶攻略戦》がフラッシュバックする。

「PoHって……!」

 背後でリズの息を呑む音が聞こえてくる。直接《笑う棺桶》に関わることはなくとも、あの世界にいた者ならば知らない者はいない筈だ。当然、彼女もPoHのことは知っているらしく、メイスを固く手に握って一歩後退した。

「再開を祝したいところだが、そういう訳にもいかないか?」

 目の前にいる当のPoH本人は、飄々としながら大げさにポーズを取っており、その手にはかつてのように包丁のような武器が握られていた。まさかあの《肉切包丁〈メイト・チョッパー〉》ではないだろうが、その外観は幾人ものプレイヤーを殺してきた、あの包丁にそっくりだった。

「anyway.せっかくの再開――」

「う、あぁぁぁぁっ!」

 マシンガンのように言葉をまくしたてるPoHの台詞を遮るように、気合いか恐怖か分からないような雄叫びをあげ、俺はPoHに向かって切りかかった。《縮地》も使うことなく、真っ正面から走っていきながら鞘に入っていた《銀ノ月》を抜き、PoHに対して横一文字に薙払った。

 そう聞けば聞こえは良いだろうが、やったことと言えばただの無意味で無防備な突撃。切りかかってから頭が冷静な思考を取り戻すが、もはや後の祭り。痛烈なカウンターを覚悟するが、予想に反してその横一文字の斬撃をPoHが避けることはなく、俺がカウンターを受けることはなかった。

「なっ……!?」

 ……代わりに、確かにPoHの身体を横薙にした筈の《銀ノ月》には、何の手応えもなく――PoHの身体を、すり抜けていた。盛大に空振りをしてしまった俺の身体は、疑問の声とともに大きくよろけてしまったが、急いでPoHの包丁の射程距離外ギリギリまで後退する。

「what's the matter? 俺の身体はココだぜ?」

 そう言いながら、PoHは自分の胸を叩いてみせる。そこに自らがいるのだと証明するように、俺を挑発するように。そして、そのまま武器も構えずに俺の方へ向かって来るPoHに対し、俺は《銀ノ月》の柄を両手で持ち直すと、唐竹割りを炸裂させる。

 しかし先程の横薙の際と結果が変わることはなく、PoHの身体に当たれども斬った感触を感じることはない。事実、PoHを見てもダメージはない以上、何らかの手段で当たっていないと考える方が正しいだろう。

 ならば、最初にPoHが使っていると仮定して思い浮かんだ手段は《幻惑魔法》――スプリガンが得意とする魔法のことだった。PoHの格好はアインクラッドと変わらず、渋いグレーの色をしたポンチョに、ところどころ音符のような模様が付いている服装だ。特定の種族カラーを持つことはなく、服に音符がデザインとして付いているのは、《音楽妖精〈プーカ〉》の特徴ではあるが、《幻惑魔法》でそう見せているならば、服装などどのような物でも分かりはしない。先に日本刀《銀ノ月》で攻撃して隙だらけだったにもかかわらず、PoHが攻撃してきたのは目の前の奴が幻惑だったから、とも考えられる。

「考え事か? 敵が目の前にいるってのに、余裕だな」

 そう聞こえてくるPoHの台詞にハッと意識を目の前に移すと、奴の包丁の射程まで接近されていたことに気づく。先程から凡ミスを繰り返してしまう、そんな自分自身に舌打ちをしつつ、型も何もないケンカキックと呼ばれる正面への蹴りを反射的に放つ。その蹴りはやはり、目の前のPoHに当たることはなく貫通し、やはり《幻惑魔法》かと――

「いい加減、コッチの番で良いよなぁ?」

 ――そう思っていると、俺の蹴りをすり抜けたPoHの包丁が、高速で俺の胸部を切り裂かんと接近する。日本刀《銀ノ月》を包丁が描く軌道上に置くようにして防御するが、やはり包丁はそのまま《銀ノ月》をすり抜け、俺の胸部へと向かっていき。

「ぐうっ……!?」

 一閃。包丁の傷が上に羽織っているコートと和服を切り裂き、俺の守られていない場所まで辿り着く。俺を驚かせたのは、その包丁にダメージがあったこと――つまり《幻惑魔法》ではない、もしくは俺の知っている《幻惑魔法》ではないということと、包丁に切り裂かれた胸部が、現実世界で本当に切り裂かれたように痛みが走っていること……!

「ショウキ!?」

 斬られたところを抑えてうずくまっている俺のただならぬ様子に、後ろにいるリズが悲鳴のような声をあげながら、こちらに向かって走ってこようとしているのが音で分かる。

「近づくな!」

「――――ッ!」

 俺が力の限り腹から声を出すと、息を飲む音とともに彼女をその場に留めることに成功する。斬られた胸部から手を離し、日本刀《銀ノ月》を構え直す。俺を斬った張本人である奴は目の前で、鼻歌を歌いながらポンチョの下で底意地の悪い笑みを浮かべていた。やはりこの謎の痛みは、ゲームのバグなどではなく奴の仕業……!

「痛いだろ? 本当のdamageがなきゃ、コロシアイとは言えないよなぁ!」

 その言葉とともに、またもや殺人鬼の包丁が俺に向かって振り下ろされる。何故、このVRMMOで現実のように痛みを感じるのか――などと考えている余裕はない。俺はバックステップで距離を取りながら、三本のクナイを発射するものの、やはり奴の身体からはすり抜けてしまう。

 クナイなどまるでこの世に存在しないかのように、奴はそのまま速度を落とさずにこちらへと接近してくる。再びあの包丁の射程から逃れようとするが、背後にはリズとレコンがいる。奴と二人を戦闘させられない為に、これ以上後ろに逃げることは出来ない。俺は日本刀《銀ノ月》を正面に構えると、その場で防戦をすべく立ち止まる。

 ただやみくもに攻撃をしたのでは、どのようなタネなのかは分からないが、奴に攻撃が当たることはない。だが、俺を攻撃する一瞬には、必ずそこに『ある』筈だ。何故ならば、そこに包丁があるからこそ、俺はダメージと痛みを感じているのだから。

 しかし、俺がカウンターを狙っているということは見て取れるだろうに、奴は恐れることを知らないように、そのままこちらに向かって来る。どのような攻撃をもらっても、すり抜けてしまう事への自信の現れか、鼻歌も歌ったままの無警戒の突撃だ。

「せいぃっ!」

 ……油断をしているならば好都合だ。胸部を突き刺すように放たれた包丁を支える腕を斬り落とすべく、カウンター気味に斬り上げる。日本刀《銀ノ月》は寸分違わず、包丁が俺の身体を突き刺す瞬間に、PoHの右腕を切り裂く――事はなく、やはりPoHの身体に触れることすら出来ず、日本刀《銀ノ月》は空を切る。

 だが、包丁が突き刺されたはずの俺の身体には、縦一文字に胸部が切り裂かれており、先の横薙を含めて十字架のような傷が創り出されていた。もちろんその傷口からは、現実世界で実際の刃物に斬られたように、鋭い痛みが身体中に響き渡っていく。

「が……あぁっ!」

 俺はその痛みに耐えかねて、傷口を抑えて隙だらけになって日本刀《銀ノ月》を橋に刺し、それを支えにして何とか立っていた。PoHはそんな俺の様子を笑って見ながら、包丁をクルクルと手の中で回して鼻歌を吹くだけで何もしない。もちろんお互いにお互いが射程内で、PoHに至っては包丁の適性距離であるにもかかわらず。


 何故こちらの攻撃は幻影のように空を斬り、あちらの攻撃は現実世界のように痛みを発生させるのか――痛みによって乱れた息を整えながら、頭をフル回転させてその理由を探る。……だが、そうすればそうするほど、俺の脳内にはアインクラッドの出来事が去来する。アインクラッドでPoHと決着を付けて乗り越えたはずの、仲間がみんないなくなった時と、一度殺された時の恐怖がまた蘇って来てしまう。

 アインクラッドを忘れようとしていた俺に対する、耐え難いトラウマでもある過去からの使者。その死神のような格好に、PoHという男。そして、こちらの攻撃をすり抜けるところなど――

 ――まるで、亡霊のようではないか。

「さっきも言ったが、相変わらずchickenだなぁ《銀ノ月》」

 そうして動こうとしない俺に退屈したのか、奴の適当に放った蹴りが放たれ、やはり防御をすり抜けて俺の顎を蹴り上げる。そのまま無様にも仰向けに倒れ伏した俺に、奴はさらに胸部の十字架のような傷をグリグリと踏みつける。まさに傷口に塩を塗りたくられたような感触に、たまらず俺は奴の身体に、日本刀《銀ノ月》を突き刺そうとするが、またもやすり抜けていく。ささやかな抵抗すらも無駄だ、というように。

「おっと。そっちのちっこい二人は動くなよ?」

 そのまま傷口を踏みつけながら俺のことを見下ろしつつ、その手に持っていた包丁を俺に向ける。そうしてわざとらしく包丁をブラブラと動かし、包丁を目立たせることによって、リズとレコンは俺が踏みつけられていては動けない。『近づくな』と偉そうに言っておいて、まさか足手まといになるとは恥ずかしい限りだが、そんなことを感じている暇はない。

「なぁ銀ノ月。痛そうじゃねぇか」

「……何してやがる」

 俺は踏まれながらも奴を睨みつけてはいたが、もはやその程度の抵抗しか出来ていないという方が正しいか。この走る痛みの元凶はPoHが作っている、というのはほぼ間違い