魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~


 

ANSUR0天秤の狭間で揺れし者~Starting the Last TestamenT~

 
前書き
界律の守護神テスタメントVS霊長の審判者ユースティティア戦イメージbgm
Xenosaga ツァラトゥストラはかく語りき『testament』
http://youtu.be/n0XJHerqA1U 

 
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界律の守護神VS霊長の審判者
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無限に広がるは青く澄み渡る空。同様に広がるは生命の無い鉄錆色の荒野。地平線の彼方まで続く2つの領域。その天壌を翔けるのは、蒼と赤の2つの閃光。蒼い光の先を翔けるのは赤い光。軌道からして、蒼は赤を追いかけているようだ。
2つの光は空に2色の光の尾を残し、光の過ぎたところは幾何学模様の図形を描いている。とそこに、蒼の光が赤の光の追尾を止め、その場に停止。その直後、

――弓神の狩猟(コード・ウル)――

蒼の光から一条の蒼い光線が放たれる。その一条の光線は少し進んだ後、爆ぜて数百とも言える無数の光線となった。蒼い光線群は様々な軌道を取り、先を翔けている赤い光に殺到していく。赤い光は速度を緩めることなく、迫り来る光線群を避け続ける。

「ああもう! さっきからチマチマと面倒でうざったくてイライラする攻撃ばっかしてきてさぁ・・・ッ!」

蒼い閃光に追いかけられていた赤い光が急停止。赤い光が治まると、そこには10代前半くらいの少女が苛立った表情を浮かべていた。少女は自分を追いかけて来る光線群をチラリと見、「チッ」と舌打ち。小さくて可愛らしい白い両手を、お世辞にも大きいとは言えない胸の前で水を掬い上げるかのような形にする。その両手に溢れるのは水ではなく、赤い赤い光。少女は両手に溢れる赤い光を頭上へ向かって放物線上に放った。

――Qui parcit malis, nocet bonis/悪人を許す者は、善人に害を与える――

放たれた赤い閃光は曲線を描き、少女に迫ってくる蒼い光線群へ向かって行く。何度目か判らない閃光群同士の衝突。ガシャァンッ!とガラスが割れたかのような甲高い音が空に響き渡る。

「さっきからさぁ、()る気のない干渉攻撃ばっかしてきて何のつもり!?」

先を翔けていた少女――テールアップにされている赤い髪、黄金に輝くツリ目。蒼いロングエプロンドレス。エプロンの腰紐を留めるのは大きなリボン。目立つ真っ赤なロリータシューズの足の甲で留めるストラップには薔薇を模った装飾が付いている――は先程から自分に攻撃を繰り返す者へと振り返り、人差し指をビシッと突きつける。

「あたしを馬鹿にしてんのっ!? この霊長の審判者(ユースティティア)のナンバーⅠたる始原プリンキピウムをさ! そうだって言うなら許さないんだからね天秤!」

プリンキピウムと名乗った少女は両手を腰に当て仁王立ちとなり、彼女から40mほど距離を開けた地点で佇む者へと怒鳴り散らす。プリンキピウムに怒鳴られた天秤と呼ばれた者は「勘違いをするな」と返し、左手に持つ2mほどの漆黒に輝くケルト十字を肩に担いだ。

「勘違い? 天秤、昔のあんたならもっとキレのある干渉攻撃を撃ってたじゃんっ」

「認めるのも癪だが、お前が強くなったんじゃないか? プリンキピウム」

天秤という者は、漆黒の神父服(キャソック)を着ており、裾には幾何学模様の金の刺繍や金の装飾が施されて、チャラチャラと音を出している。キャソックと同様に漆黒のフード付きの外套(マント)を羽織っていて、風が吹く度にはためいていた。
フードの奥にある顔は中性的な顔立ちをしていて、所見では性別を判断するのは難しいだろうが、声からして男であることが判る。切れ長の双眸は、右がラピスラズリ、左がルビーレッドというオッドアイ。彼の背には、サファイアブルーに光り輝く薄く細長いひし形の光翼が10枚あり、その10枚の光翼の間から12枚の蒼い光剣の剣翼が伸びている。

「・・・え? そうなのかな? ふ~ん。ならいいんだけど。そんじゃさっさと死んじゃってよ。あたしより弱いんだったらさっ!」

天秤という男とプリンキピウムという少女が再び睨みあい対峙する。天秤はケルト十字型の錫杖“第四聖典”の先端を向け、

――女神の陽光(コード・ソール)――

サファイアブルーに輝く火炎の砲撃を放った。対するプリンキピウムは、自らへと一直線に迫り来る炎熱砲撃ソールへと右掌を翳す。

――Adversa virtute repello/私は逆境を勇気によって跳ね返す――

プリンキピウムの前面に展開されたのは、干渉能力による不可視の障壁。干渉能力というのは、全ての物理現象に干渉する実数干渉と、理論などでは説明しえない幻想に干渉する虚数干渉の2つの総称だ。
天秤と呼ばれた男が放った炎熱砲撃は実数・虚数両方の干渉が付加されており、プリンキピウムはそれに対し、同様に実数・虚数両方の干渉防御を発動した。
その能力はまさしく神の奇跡。しかしその神の奇跡を2人の人間が扱った。いや、2人は正確には人間ではないのだ。確かに人間の姿をしているが。だがそれだけだ。人の姿をした何か。それが天秤とプリンキピウムだった。

「ほぉら、跳ね返しちゃうぞッ♪」

不可視の障壁に弾き返された砲撃ソールは、一直線に砲撃主である天秤へと返る。天秤は右手をソールへと翳す。するとソールは天秤の干渉能力によって、球体状の巨大な炎塊となった。すぐさま天秤は野球のバッターのように“第四聖典”を振りかぶり、炎塊となったソールへ向けて勢いよく振るった。衝突。炎塊は真っ直ぐプリンキピウムへと返って行った。

「面白いじゃんっ♪」

プリンキピウムの右手に赤い光が溢れて、すぐにある形へと集束する。赤い光は2m近い真紅のカンタベリー十字型の錫杖となった。プリンキピウムは天秤と同じようにカンタベリー十字を振りかぶり、炎塊を打ち返そうとした。

爆殺粛清(ジャッジメント)

しかしその前に天秤がボソッと告げる。プリンキピウム間近まで接近していた炎塊が突如大爆発を起こし、爆炎がプリンキピウムを呑みこんだ。当然爆発にも干渉能力が付加されており、プリンキピウムにダメージが通る。だが、天秤はそれだけで良しとはしなかった。彼女の実力の高さを知っているからだ。彼は畳みかけることの出来る今を好機とし、

「我が手に携えしは確かなる幻想」

呪文と思しき詩を詠唱。すると彼の周囲に、武器らしきものが突然いくつも現れる。それは、30cm程度の黄金の柄の上下に刃渡り1mはあろうアクアマリンのような宝石の穂を持つ槍だった。

「目醒めよ、神槍グングニル・・・!」

天秤はさらに言葉を紡ぐ。20と存在するまったく同じ形の槍――“神槍グングニル”という銘の武器の“力”を解放した。穂にうっすら刻まれているルーン文字と呼ばれるいくつもの文字が輝きだす。そして爆発もようやく治まり黒煙となっているその場より、

「痛ったいなぁ・・・・天秤」

プリンキピウムの不機嫌そうな声が漏れて来る。天秤は「やはりな」と嘆息。しかし天秤はそれに慌てることなく、パチンと指を鳴らした。

――最高神の神槍(コード・オーディン)――

20の“グングニル”が一斉に黒煙へと突撃していく。黒煙より姿を露わしたプリンキピウムが“グングニル”の接近に気付いた。彼女はカンタベリー十字を振るって、

――Adversa virtute repello/私は逆境を勇気によって跳ね返す――

全方位に干渉防御を展開する。また防御できると思っていたプリンキピウムだった。だがその考えは甘かった。20の“グングニル”は干渉防御に弾かれることなく、不可視の障壁を突破しようと突き刺さる。プリンキピウムの表情が驚愕に染まる。彼女は自分の干渉防御に絶対の自信があったのだ。

「私が人間だった頃より共に歩んできたグングニルと魔術だ。そこに守護神の干渉能力を付加した。そう易々と防ぐことはできないぞ」

天秤が誇らしげに言う。人間だった頃より。つまり彼は自分が人間でない事をハッキリと告げた。しかし天秤とプリンキピウムの間に、そのような事実など無意味だ。

「人間の創った魔術如きが、最上位存在である霊長の審判者(ユースティティア)のあたしを傷つける?」

「元人間である私も、今は貴様と同じ最上位存在である界律の守護神(テスタメント)だぞ? 人間の創った魔術とはいえ、干渉付加有りだ。貴様にでも十分通用する。さぁ覚悟しろ、プリンキピウム。その体に風穴を開けてやる」

プリンキピウムの言った“霊長の審判者(ユースティティア)”。それは正しくあらゆる存在の上位に位置することに変わりはない。天秤の言った“界律の守護神(テスタメント)”もまた同様に、あらゆる存在の上位に位置づけられる。

“界律の守護神テスタメント”。
あらゆる次元に存在する無数の世界、その意思たる“界律”からの助力要請で、その“界律(セカイ)”へと召喚され、召喚された理由である契約を執行する抑止力。霊格に関しては神霊クラスと同等。神殺しの契約内容によってはそれすら上回る。
喚ばれた世界に住まう存在とは一切関わらず、契約を執行するのが普通となる。契約内容によっては、世界や人類、文明などを滅亡させる場合もあるが、それは“界律”によって望まれた結果ゆえ、正否はともかくとして“守る”という理由あるものだ。だが・・・

「ぷふっ、調子に乗ってんの天秤? このくらいで? あはっ♪ 人間は一匹残らず殺し、文明など残さないっ。だから、あんたの魔術も抹消対象っ! つまり魔術なんかであたしを傷つけることなんて許さないんだからっ!」

“霊長の審判者ユースティティア”。
名の通り霊長――人類に対して審判を行い、結果如何に関わらず一方的に殲滅しようと言う概念存在。
その理由は、人間が存在するだけで苛立たしいから、だ。しかしその理由には実は意味が存在している。
それは人類の在り方だ。人類は人間同士で奪い、争い、殺し合うという愚行を飽くことなく続ける。その愚行が人類だけの範囲に留まれば、彼女ら“霊長の審判者ユースティティア”も文句はない。
しかしその愚行が他の生命、果てには世界の滅亡までに行き着いてしまう事が多々ある。それを許せないのが“霊長の審判者ユースティティア”だ。ゆえに他の生命に影響が出る前に、人類の勝手で世界が滅ぶ前に、という考えの末に人類を一方的に殲滅する。

片や世界も人類も他の生命も、守りもすれば守るために滅ぼしもする“界律の守護神テスタメント”。
片や世界と他の生命のためにという理由で人類のみを滅ぼすだけの“霊長の審判者ユースティティア”。
どちらが正しくて、どちらが間違っているのか。話し合いなどという机上の戦争はすでに終わっている。その2つの概念存在は、ただお互いの目的のために衝突を何度も繰り返す。もうそれしか道を知らないから。それ以前にその道しか無いからだ。

「許可は下りている。貴様たちはまた人類を滅ぼしたな。その世界の人口は約140億。だったのに一人として生存者がいない。よくもまぁ派手にやってくれたな。だからこそこうして、その世界の意思・界律の契約によって、我々テスタメント四柱が召喚された。契約内容は、ユースティティア・ナンバーⅠ始原プリンキピウム。貴様を筆頭とした、断罪ダムナティオ、真実ウェーリタース、恩寵グラーティアの計4体の抹消だ」

「うっっざぁ~い。あたし達ぃ、その世界のために人間を殺しただけなのにさ。その世界の人間、もうちょっと放っておくと世界大戦おっ始めるとこだったんだよ? そうなったら、犬さんや猫さん、鳥さんや魚さん、虫さんやお花さん、色んな命も死んじゃってた。世界だって無傷で済まない。そうなる前に人間を殺し尽くした。悪い事じゃないじゃん」

プリンキピウムは頬を膨らませる。自分たちは間違っていないと。殺されるような事を仕出かそうとしていた人類の方が悪いのだと。天秤は「結果を早急に導き過ぎだ」と大きく溜息を吐き、20の“グングニル”の突撃力を増加すると、徐々にプリンキピウムの干渉防御を侵食していく。

「うざいうざいうざい・・・うざいんだよっ!」

「我、界律の守護神(テスタメント)が一柱、天秤の狭間で揺れし者4th・テスタメント・ルシリオン。我が御名と権限において、始原プリンキピウムへの断罪をここに執行する」

天秤――黒き第四の力に座す4th・テスタメント・ルシリオンは、左手に携えている“第四聖典”の投擲体勢に入った。プリンキピウムも干渉防御の中で、手にする真紅のカンタベリー十字を水平に構えた。

――Divide et impera/分割して統治せよ――

――汝よ敬え、汝よ崇めよ、汝よ称えよ、汝よ祈りて、ただ跪け――

テスタメント・ルシリオンが“第四聖典”を投擲。漆黒の光の尾を引いた“第四聖典”がプリンキピウムの干渉防御に着弾。不可視だった干渉防御に揺らぎが生まれ、可視化する。役目を終えた“第四聖典”が手元に戻ってくる。その直後、20の“グングニル”はプリンキピウムの干渉防御を突破し、プリンキピウムの矮躯を蹂躙した。
首から下に無傷なところはなく、だが貫かれた傷口より漏れるのは血液ではない。虹色の光の粒子だ。傷口より光粒子が漏れだすたびにプリンキピウムの輪郭が徐々に崩れていく。“グングニル”が貫いている傷口から多くの光粒子が解離していき、崩壊が始まっていく。プリンキピウムの終焉だ。

「・・・・こんな芝居などする必要は無いぞ、プリンキピウム」

しかしテスタメント・ルシリオンはそう言い、崩れていくプリンキピウムとは別のところに視線を移す。それに対し何の反応もないまま、“グングニル”で貫かれていたプリンキピウムが完全に崩壊、消滅する。貫いていたモノを失った“グングニル”はすべてテスタメント・ルシリオンの周囲へと戻り、蒼い魔力となって大気に霧散していった。

「干渉能力で創られた贋物というくらい判断が付いている。テスタメントもユースティティアもよく使う手だ。私もかつての契約で使ったことがある」

するとどこからともなく「やっぱり騙されてくんないか」という、プリンキピウムの声が空に響き渡る。
そう、テスタメント・ルシリオンの言う通りプリンキピウムは生き伸びていた。
干渉能力はまさに神の奇蹟。自我を持った分身を創る事も容易い。プリンキピウムは“グングニル”に貫かれる直前、自分に重なるように分身を創りだし、“グングニル”の着弾0,000000000001秒前という時間の中で次元の狭間である位相空間へ転移し、直撃を避けていた。

「油断していたところで、この第七偽典で消し飛ばしちゃおうと思ったんだけど」

「ユースティティアを相手に油断などするものか。特に貴様に対してはなプリンキピウム」

姿を再び現した始原プリンキピウムは真紅のカンタベリー十字“第七偽典”を構え、天秤の狭間で揺れし者4th・テスタメント・ルシリオンもまた漆黒のケルト十字“第四聖典”を構えた。

「それじゃあ第二ラウンド――」

――Memento mori/死を記憶せよ――

「――始めッ♪」

プリンキピウムが“第七偽典”を薙ぐと、それは綺麗な真紅の干渉砲撃を扇状に44条と放つ。砲撃群は曲線を描き、テスタメント・ルシリオンへと殺到しようと軌道を変える。

――軍神の戦禍(コード・チュール)――

対するテスタメント・ルシリオンは、自分の周囲に千は超える剣・槍・鎌・斧などと言った武器を展開。そのどれもが強大な“力”を有しており、そこに干渉能力を付加することでさらに威力を高めてある。それらが一斉に、

蹂躙粛清(ジャッジメント)!」

テスタメント・ルシリオンの号令に従い射出された。

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天秤の狭間で揺れし者4th・テスタメント・ルシリオンと始原プリンキピウムの戦場より遠く離れた場所。そこは海上だ。とは言っても誰もが知る澄み渡る青ではなく、泥や廃棄物で汚れてしまっていて透明度など無い。

「ギャハッ! オラオラオラッ、とっとと逃げねぇと喰われちまうぜッ!」

品の欠片もない笑い声を上げているのは、黄金のキャソックとフード付きの外套姿の男だ。フードから覗く顔はなかなかの美青年だ。しかし表情は酷い。狂喜に目を見開き、口を三日月形に歪めている。右手に携えているのは、2mくらいの黄金のロレーヌ十字架。
その全てが黄金一色の男の周囲に浮かぶ波紋が七つ。波紋より七頭の龍が突き出していた。七頭の龍は巨大で、胴周りは約900m強。それらの龍の胴は全体でもないというのに、その長さは2kmはある。

「くっ、さすがは死と絶望に微笑む者か・・・!」

その7頭の龍が大きく開けた口より逃げるのは、これまた竜だ。
2対の翼を生やしたどす黒い血の色をした竜だ。鋭角な頭、2つの鋭い瞳はサファイアのように蒼く、並ぶ牙は水晶のような美しさがある。背には牙と同じ水晶のような尖塔がいくつも並び、背ビレであるソレはまるで山脈のようだ。全長は1.5km強。翼を広げての全幅は2kmほどの大きさだ。大きく翼を羽ばたかせ、迫りくる七頭の牙から逃れようと曇天を翔け回る。

「そうともっ。さっさとその汚らしい血色の身体に刻み込めよっダムナティオよぉっ! 死と絶望に微笑む者2nd・テスタメント・ティネウルヌスの名をッ!」

テスタメント・ティネウルヌスは高笑いし、自らの使い魔である龍に喰われようとしている血色の竜・断罪の意を持つダムナティオを舐めまわすように見る。ダムナティオはテスタメント・ティネウルヌスの通り名「“嘲笑”風情が!」と怒りの咆哮を上げる。

「我は霊長の審判者(ユースティティア)がナンバーⅩ断罪ダムナティオ! そう易々と狩れると思うなッ!」

――Qui parcit malis, nocet bonis/悪人を許す者は、善人に害を与える――

水晶の尖塔群という背ビレから発射される白い光弾。その数は無数。それらが7頭の龍へと殺到していき着弾、白い爆光が空を染め上げる。ダムナティオは急反転し、なおも治まらない爆光へと大きく口を開く。口内にあるすべての牙が輝きだし、口内の中央に白い光球が発生。

――Memento mori/死を記憶せよ――

放たれる白い火炎砲撃。爆光が爆炎に塗り替わる。ダムナティオはさらに火炎砲撃を撃ち込む。もう一度大きな爆発が起きる。

「ハハ、ハハハハハ。燃えろ、燃え尽きてしまえ」

黒煙の下から、火炎砲撃の直撃を受け炭化してしまっている龍が海面へと落下していく。だが、「惜しかったなぁぁっ!」とテスタメント・ティネウルヌスの狂喜の叫びがこだまする。黒煙の中から2頭の龍が突き出してきた。しかし無傷ではなく、所々が崩れている。それでもダムナティオを喰い殺そうと牙を光らせる。

「死に体ごときが我を捉えられるものか」

――Qui parcit malis, nocet bonis/悪人を許す者は、善人に害を与える――

背ビレから無数の光弾が再び発射され、迫る2頭の龍を迎撃。2頭の龍はダメージを物ともせずに突っ込んでくるが、やはりすでに瀕死だったゆえ、苦痛の悲鳴を上げながら落下していく。曇天の下、テスタメント・ティネウルヌスと断罪ダムナティオのみでの対峙。

「チッ。もっと根性見せろよな。俺の使い魔ならよ」

「責めてやるな嘲笑。霊長の審判者(ユースティティア)たる我を相手にただの龍属なりに頑張ったのだ。褒めこそすれ責めるのはお門違いというものだ」

ダムナティオが先程まで自分を喰い殺そうとしていた龍に称賛を贈る。結果は見えていた。ただの龍と竜の姿をしているだけの最高位の概念。それゆえにどれだけ追い回されようとも結果的に負けるなどとは考えていなかった。

「フンッ。そうだな。確かに責めるのは間違いだな。何せ――」

ダムナティオはテスタメント・ティネウルヌスの凶悪な笑みを見、すぐさまその場から離れようとした。だが全てが遅かった。何も無い虚空に4つの波紋が生まれる。3つは先程までの七頭の龍と同じ大きさ。しかし残り1つの波紋は違った。巨大過ぎる。他3つの波紋の倍はあるだろう。4つの波紋より出でるのはやはり龍。

「――こうしてお前を喰い殺すことが出来るマザーを召喚できるんだからな」

「ぐぉっ!」

3頭の龍がダムナティオの左右の翼と尻尾に齧り付く。咬まれた部分より虹色の光粒子が血飛沫のように漏れだす。龍はそのまま口の開閉を繰り返し、ダムナティオを噛み続ける。ダムナティオも「放せッ!」ともがくが、がっちり噛みつかれていて抜け出さない。ブチブチグシャッと音を立て、右の巨翼が噛みちぎられ、光粒子となって霧散する。

「あーあ。急がねぇから食いちぎられたぜ、オイ」

「貴様・・・!」

――Noli me tangere/私に触れるな――

ダムナティオの背ビレである水晶群が勢いよくミサイルのように発射される。それらが3頭の龍の胴体を貫いていく。3頭の龍は苦痛に絶叫し、血反吐を吐きながら悶え苦しむ。ダムナティオは笑い声を上げ、離脱を試みた。しかし先程の攻撃が自らの首を絞めるとは思ってもいなかった。最後の一頭、龍たちの母龍(マザー)の、もう治まることのない怒りを買ってしまっていた。

「あばよダムナティオ。お前の負けだ」

そしてそれこそが、テスタメント・ティネウルヌスの狙いだった。龍の女王たる者の怒り。その“力”は今の弱まっているダムナティオとほぼ同等。それゆえに“ユースティティア”であるダムナティオに致命傷を与えることが可能。

「ぐぉあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!」

だからこそ、ダムナティオが龍の女王に噛みつかれ、下半身を一噛みの下に失った。反撃に転ずることも許されず、ダムナティオは龍の女王に丸呑みされて、粉砕された。ダムナティオの断罪を終え、テスタメント・ティネウルヌスは龍たちの召喚を解く。

「2nd・テスタメント・ティネウルヌス、契約をそつなく執行完了っと」

曇天に1人残された彼は、首をコキコキ鳴らしつつそう告げ、その姿を消した。

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文明の名残、廃れた建造物群が地上に広がる空にてぶつかり合う真紅と緑色、2色の光。衝突しては離れてまたぶつかり合い、すぐに離れてはまたぶつかり合うというのを繰り返している。

「相変わらずやるじゃんっ、ウェーリタースの概念は♪」

「あなたも実にお強い。7th・テスタメント・ルフィスエル」

真紅。ルフィスエルという名の少女だ。150cm前半程の身長。雪のように白い肌。ルビーのような紅の瞳。空色のショートヘア。真紅のキャソックとフード付きの外套を着用し、右手に真紅のカンタベリー十字型の錫杖“第七聖典”を携えている。
緑色。“真実ウェーリタース”と呼ばれた青年。180cm程の身長。黄色い肌。ガラスのように透き通った黒色の瞳。サラサラな黒髪。ハンターグリーンの軍服。古びた階級章からして中尉だ。

――Ut radios edit rutilo/光を発するごとく――

ウェーリタースが左腕をテスタメント・ルフィスエルへと伸ばすと、彼の左腕の周囲に緑色の光の筒が18と発生。それが勢いよく回転し始め、ガトリング砲の如く18の筒の先端より無数の弾丸が高速発射された。弾丸全てが虚数干渉で構成されている。ゆえに直撃は致命だ。テスタメント・ルフィスエルは位相転移で回避しつつ、30階建ての廃墟ビルへと飛翔。

「どっっっせぇぇーーーーーいっ!」

そして携える“第七聖典”を廃墟ビルの外壁に突き刺し、廃墟ビルを地面より引っこ抜く。そのまま「うぉぉおおおりゃぁぁあーーーーーッ!」とブン回し、ウェーリタースへと廃墟ビルを放り投げる。廃墟ビル全体に干渉能力が付加されているため、ウェーリタースでも直撃は避けたい。
しかし何を思ったのかウェーリタースはその場から動かず、ミサイルのように突っ込んでくる廃墟ビルを見据えたまま。両手を組み、身体を捩じり振りかぶる。そして迫ってきた廃墟ビルへと全力スイングでの両拳を打ち込んだ。ドガンッ!と轟音。ウェーリタースは真っ向からの破壊を選んだのか? 違う。

「わぁお、返ってきたっ!」

そう、弾き返したのだ。テスタメント・ルフィスエルへと返っていく廃墟ビル。しかも今度はミサイルのようではなくブーメランのように旋回しながらだ。ウェーリタースの両腕にそれぞれ18、計36の砲門を持つガトリング砲が創りだされる。
テスタメント・ルフィスエルの離脱後に撃墜するために待ち構えるのだ。だが彼女は回避に移らなかった。表情は満面の笑み。楽しくてしょうがないと言った風。

「ならお返しだッ♪」

振りかぶった“第七聖典”をフルスイング。突っ込んできた廃墟ビルに打ち込む。さらに回転を加えられた廃墟ビルがウェーリタースへと戻っていく。
テスタメント・ルフィスエルは「逃げるなよッ!」と挑発。彼は「くだらないです」と鼻で笑ったが逃げることなく、迫って来ていた廃墟ビルに蹴りを入れた。再度彼女へと戻っていく廃墟ビル。互いの干渉能力が拮抗しているからこそ出来るゲームだ。
少しでも干渉能力が負ければ、返すことが出来ずに直撃、大ダメージを受けてしまい、最悪消滅する。ちょっとした綱渡りだ。だがウェーリタースはもう付き合うつもりはない。戻っていった廃墟ビルを追う。いつでも攻撃が出来る体勢を整えたままで。

「面白いじゃんッ❤ どこまで続けられるか勝負だよッ♪」

テスタメント・ルフィスエルが廃墟ビルを打ち返そうと“第七聖典”を振りかぶる。彼女の視界いっぱいには高速回転して迫る廃墟ビルのみ。ウェーリタースは見えていない。彼が奇襲を狙っている事を知らずにフルスイングを実行。“第七聖典”が廃墟ビルにヒット。その瞬間、廃墟ビルが崩壊する。ウェーリタースのゼロ距離干渉攻撃によって破壊されたのだ。

「わっぷ!?」

いきなりの事態と膨大な砂埃や瓦礫の所為でテスタメント・ルフィスエルが僅かに動きを止める。砂埃と瓦礫で視界が潰されてしまう。彼女は位相転移でこの場からの離脱を選択。
しかしその前に、

「遊びが過ぎましたね、抹殺者」

テスタメント・ルフィスエルの目の前に現れたウェーリタース。彼は左腕で“第七聖典”を持つ彼女の右手首を掴み、右腕は彼女の腹にピッタリ付けられている。彼の両腕にあるガトリング砲が発光する。

――Ut radios edit rutilo/光を発するごとく――

直後に放たれる弾丸。ほぼゼロ距離だ。ウェーリタースの左腕のガトリング砲がテスタメント・ルフィスエルの右腕を強襲。そして右腕のガトリング砲は、彼女の腹部に押さえ付けられているようにしてある。
干渉防御が施されているとはいえゼロ距離だ。耐えきれるものではない。だからこそ待っている結果はただ1つ。ガシャァンとガラスが割れたような音。彼女の右の前腕が粉砕されてしまう。破壊面から漏れる虹色の光粒子。腹部はまだ耐えているが、いつ防御が貫かれるか判らない。

「こんの・・・!」

ここで初めてテスタメント・ルフィスエルの表情が笑みから別のものに変わった。怒りではなく焦りだ。負けるという焦りではなく、僅かでも遅れを取ってしまったことへの焦り。彼女は“界律の守護神(テスタメント)”の真紅の第七の玉座に座する、上位なる神の抹殺者7th・テスタメント・ルフィスエル。お調子者だが、“テスタメント”としてのある程度プライドがある。それが穢されようとした。

「じゃあ遊びはもういいや」

そうボソッと漏らす。それはウェーリタースにも届き、彼は空いた左腕のガトリング砲をテスタメント・ルフィスエルの頭に向けつつ「なに?」と訊き返す。そこで撃っておけば良かった。

――滅せ滅せ傲慢なる神を。滅せ滅せ愚昧なる神を。滅せ滅せ価値無き神を――

砕かれた右腕と共に地上へ落下していた真紅のカンタベリー十字“第七聖典”が紅の光の尾を引きながら高速で戻ってきた。そのままウェーリタースの両腕を粉砕。間髪いれずにテスタメント・ルフィスエルは彼に全力の蹴りを入れ、間合いを開けさせる。

――Potentia sanat/力は療す――

よろめきながらもウェーリタースは両腕を再生する。それよりも早くテスタメント・ルフィスエルの右腕が再生し終えていた。その僅かな差を見逃さないテスタメント・ルフィスエル。彼女は手にした“第七聖典”でウェーリタースを殴打。殴打されたウェーリタースは「うごぉっ」と苦悶の呻き声を漏らし、大きく吹き飛ぶ。

――位相空間転移――

テスタメント・ルフィスエルの体がその場から忽然と消える。位相空間へと入り込み、吹き飛ばされているウェーリタースの向かう先に再出現して先回り。振りかぶっていた“第七聖典”をフルスイング。ウェーリタースは咄嗟に干渉防御で全身をコーティング。
その直後にヒット。ウェーリタースは干渉防御ごとまた吹き飛ばされた。テスタメント・ルフィスエルが位相空間転移で一瞬で先回り。しかしただ打たれるつもりもないウェーリタースも位相空間転移を実行。

――Ut radios edit rutilo/光を発するごとく――

――干渉砲撃――

そこから始まる位相空間転移からの奇襲攻撃の連続。互いの背後を取ろうと転移を繰り返し、運良く背後を取って攻撃を行うが、着弾させる前に転移で回避。
それを何十と繰り返したのち、終わりは突然訪れた。テスタメント・ルフィスエルが位相空間より現実空間へと再出現。0,000001秒遅れで彼女の背後に再出現したウェーリタース。

((勝った!))

互いに思うことはその一言。特にウェーリタースの思いが強い。それも当然のこと。何せジャストタイミングでテスタメント・ルフィスエルの背後に再出現出来たのだから。だが彼は気付くのが遅れた。テスタメント・ルフィスエルの右手に“第七聖典”が無い事に。

「ぐあっ!?」

ウェーリタースが呻き声を上げながら勢いよく反り返る。彼の腹から突き出ているのは真紅の杭・・・ではない。“第七聖典”の一角だ。それはテスタメント・ルフィスエルの策が見事に成功した瞬間だった。すべては彼女のシナリオ通り。わざとウェーリタースに背後を取らせたのだ。勝ったという思わせて余裕を持たし、その隙に遅れて再出現させた“第七聖典”でトドメを刺す。

「うぐ・・・おのれ・・・!」

ウェーリタースが自分を貫いている“第七聖典”を抜こうと両手で掴む。そこに「もう手遅れだよ」とウェーリタースの背後に位相空間転移したテスタメント・ルフィスエルが笑みを浮かべながら“第七聖典”に触れる。

――滅せ滅せ傲慢なる神を。滅せ滅せ愚昧なる神を。滅せ滅せ価値無き神を――

テスタメント・ルフィスエルの干渉能力が解放される。外からの干渉攻撃ならまだ防御が出来るウェーリタース。しかし今彼を貫いている“第七聖典”を通じて内部を直接攻撃されては一溜まりもない。位相空間転移で逃れようと思っても、実行できるほどの余力が無い。

「バイバイ、ウェーリタース」

「っ・・・ルフィスエ――」

テスタメント・ルフィスエルの名前を最後まで口にすることが出来ず、ウェーリタースは体の内部から崩壊し、ガシャン!と弾け飛んだ。

「よっし。7th・テスタメント・ルフィスエル。契約執行完了っ♪」

そう陽気な声で告げた後、テスタメント・ルフィスエルがすぅっと消えていった。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

――イスクゥプリエーニイ――

雪が舞い降る雪原。地面より干渉能力が付加された光柱が何度も噴き上がり、雪原を這うように移動している巨大な白い狼を呑み込もうと大気を震わせる。

「クフフ。大人しくしてちょうだいグラーティア。楽に逝かせてあげるからさ」

一面銀世界の白の領域に響き渡る女性の声。
恩寵グラーティアと呼ばれた体長100m程の白き巨狼が雪の丘に紛れるように身を隠す。グラーティアの四肢の付け根にある4つの人面の目が開き、ルビーのように赤い瞳が敵の姿を確認しようとキョロキョロ動く。
警戒の最中、グラーティアが「我らは世界のために人類を狩る。それの何が悪い」と苛立たしげに語る。世界か人類か。それを天秤にかけ、選んだのが世界の存続。それが間違いではないと。グラーティアの言葉に対し、「気持ちは解らないわけでもないけど」と返す女性。攻撃も止んで静まり返る銀世界。その真白の世界に、声の主である女性がスッと姿を現れる。

「解るのなら見逃してもらいたいものだな、3rd・テスタメント・グロリア」

その女性――3rd・テスタメント・グロリアも雪と同じ白一色だ。
純白のキャソックにフード付きの外套という出で立ち。フードの奥にある顔も雪のように白く、黄金の瞳はまるっとしていて、優しい顔立ち。オレンジ色のセミロングヘアが白一色の中で際立っている。そして右手には2m近い純白のバートシス十字型の錫杖“第三聖典”。

「クフフ。残念。見逃さずに断罪しろっていうのが、今回のアタシ達の契約だから」

テスタメント・グロリアがキョロキョロと周囲を見回し、グラーティアの姿を捜す。互いに白一色の姿なため、雪が降り積もってしまっているこの銀世界では視認し辛い。ゆえに取る手段はたった1つのみ。

――ズィムリアー・アビタヴァーンナヤ――

――Audi tellus/聞け、大地よ――

地面が大爆発を起こす。実数干渉で地面を破壊し、ダメージを与えるために瓦礫に虚数干渉を付加している。雪が粉塵となり大気に満ち、1m先も見えないほどに視界が潰れる。どこにいるのか判らないのなら、周囲一帯を破壊してしまえば良い。そうすればピンポイントで相手を狙う必要もない。
それがテスタメント・グロリアの作戦だった。しかしこれにはデメリットがある。これで決着しなければ、さらに視界不良となって互いの位置が判らなくなる。が、それはテスタメント・グロリアに限ってだけのこと。

(このまま食い千切ってくれるわ・・・!)

グラーティアが動く。位相空間へと入り込み、テスタメント・グロリアの足元の座標へと進む。位相空間から現実世界への再出現に要する時間は約0,00000001秒。大きな口を開け、テスタメント・グロリアの足元より出でる。テスタメント・グロリアの表情が驚きに染まる。その瞬間、

――In me transierunt/我によりて死する者は――

グラーティアに呑み込まれた。ひと思いにパクっと丸のみだった。何故グラーティアはテスタメント・グロリアの居場所が判ったのか。それはグラーティアの姿に関係している。狼だ。当然嗅覚に優れている。
グラーティアはテスタメント・グロリアと同じように地面を爆破した。だがそれは彼女のように敵を斃すためではなく、視界封じのためだ。これで決着かと思われた。しかし、

「よっこらしょ」

グラーティアの口が大きく開かれる。もちろんグラーティアの意思ではない。テスタメント・グロリアを護るように展開された球状の干渉防御結界。グラーティアは力を入れ、干渉防御ごとテスタメント・グロリアを噛み殺そうとするが、干渉が付加された牙でもなかなか突破できない。

「祈れ祈れ、逝き先が楽園であれと。願え願え、苦無く逝けるようにと」

テスタメント・グロリアは手にしている“第三聖典”を胸の前に掲げた。グラーティアの全身に悪寒が奔った。どうにかしようと首を大きく振り回す。しかし結界にがっちり牙が食い込んでいる所為で吐けない。
それだけではない。結界が徐々に大きくなっていっている。グラーティアはこの後に待ち構える結末を思い、顎に力を込め破壊に全力を注ぎ始める。テスタメント・グロリアの結界が歪み始める。

「クフフ。結構結構。もうしばらく頑張れば、口が裂けて真っ二つなんて結末は防げるかもね♪」

ここでテスタメント・グロリアが結界からすり抜け出てきた。彼女は「悔い改めよ(ペニテンツィアージテ)♪」と歌うように言いながら、グラーティアの四肢の付け根にある人面を“第三聖典”で破壊した。グラーティアが声にならぬ悲鳴を上げ、立っていられなくなったのかその場に伏せてしまった。

「クフフ。さよならグラーティア」

テスタメント・グロリアはグラーティアの首根っこに跨り、体いっぱいを使って頭を掴み一気に捻った。ボギッ!と嫌な音が響く。首をへし折った音だ。本来は下に位置する顎が空に向いている。180度捻られたグラーティアの頭部。テスタメント・グロリアはトドメを言わんばかりに“第三聖典”をグラーティアの首に振り下ろし、頭部と胴体を分断した。恩寵グラーティアの最期だ。無数の虹色の光粒子となり、グラーティアは消滅した。

「クフフ。契約執行完り――っとその前に、ルシリオンは大丈夫かな?」

テスタメント・グロリアはテスタメント・ルシリオンを心配し、位相空間転移で彼のとプリンキピウムの戦場へと向かった。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

荒野に片膝をついている4th・テスタメント・ルシリオン。
漆黒の外套は見るも無残に破れ、すでに外套としての機能を果たしていない。外套のフードが脱げて、テスタメント・ルシリオンの顔をさらけ出している。それは綺麗な銀髪だ。膝裏まで伸びている銀の長髪が風で踊っている。

「はぁはぁはぁ、ここまで弱まってしまっているのか私は・・・!」

漆黒のケルト十字“第四聖典”を支えに倒れこまないようにして、悔しげに顔を歪ませている。そんなテスタメント・ルシリオンを空から見下ろす始原プリンキピウム。彼女もまたテールアップだった赤い髪が解けていたり、エプロンドレスの所々が破れて柔らかそうな素肌を晒していたりとボロボロだが、まだまだ余力を残しているようだ。

「確認したよ。天秤はやっぱり弱くなってる。そりゃそうよね。時間的概念で言えば約1万8千年。そんな長期に亘ってテスタメントをやってんだもん。人間の精神が良く保ってるよ。人間の魂ですらそこまで保たないのにさ」

プリンキピウムが拍手する。称賛と馬鹿にしているのと半分の思いで。テスタメント・ルシリオンは両足に力を込め立ち上がり、プリンキピウムを睨みつける。黒き第四の座。それは“テスタメント”最強の証だ。いや今では、だった、が正しい。確かにテスタメント・ルシリオンは最強だった。しかしそれも過去のこと。

「まだ終わってないぞプリンキピウム。私は・・・私はまだ・・・戦えるッ!」

――光神の調停(コード・バルドル)――

地上のテスタメント・ルシリオンと天上のプリンキピウムの間に発生する蒼い光球。その光球を中心として2点で組み合わさり球体状となっている7つの円環が現れ、回転し始める。光球が徐々に大きくなっていき、円環の回転速度も上がっていく。ここでプリンキピウムが動く。真紅のカンタベリー十字“第七偽典”を振りかざし、光球と円環の破壊を行うために。
しかし、

殲滅粛清(ジャッジメント)!!」

テスタメント・ルシリオンの号令と同時に、直径10m程となった光球より全方位へと向けて特大砲撃が放たれ始めた。あらゆる方向へ断続的に放たれ続ける蒼の砲撃。まさに無差別な攻撃だ。プリンキピウムは接近を断念。位相空間転移も考えたが、再出現の際に運悪く射線上に出る可能性があるからだ。
地面に着弾した砲撃は、巨大なドーム状の衝撃波となって地上を蹂躙していく。テスタメント・ルシリオンは位相空間転移を実行。手を拱いているプリンキピウムの頭上へと移動した。再出現したと同時に“第四聖典”を振り下ろす。が、

「そんなフラフラで接近戦って馬鹿じゃないの?」

プリンキピウムが頭上に“第七偽典”を水平に掲げ、“第四聖典”の一撃を受け止めた。そこからは一瞬。“第四聖典”を捌いたプリンキピウムは、体勢を崩したテスタメント・ルシリオンを殴打。“第七偽典”は彼の脇腹をごっそり抉って粉砕。抉られた部分より虹色の光粒子が血飛沫のように解離していく。プリンキピウムはトドメを刺すために“第七偽典”を振りかぶる。

「ほら、こんなにアッサリと決ま――ほぇ?」

――クリシシエーニイ――

しかしその時、プリンキピウムを薙ぎ払うかのように発生した光の鞭。プリンキピウムは直撃を受け、右肩から左腰に掛けてバッサリと裂かれた。

「クフフ、ストップストップ。それ以上は許さないよ」

テスタメント・ルシリオンを抱え支えるように姿を露わしたテスタメント・グロリア。小声で「もう大丈夫よ」とテスタメント・ルシリオンに微笑みかける。そして傷口を押さえて崩壊の進行を抑えているプリンキピウムに“第三聖典”を突きつける。

「もう感知してると思うけど、残っているのはあなただけだよプリンキピウム」

「ぅぐ・・・。星狩りが出てきた時点である程度予測がついてた。あーあ、テルミナスやフォルトゥーナ辺りに怒られそうだなぁ、今帰ったら」

負ったダメージを瞬時に回復し、プリンキピウムがやれやれと言った風に肩をすくめる。

「だったら帰らなきゃ良いじゃない。クフフ、ここで死んじゃえば良い」

――ピルヴァロードヌイー・グリエーフ――

――Angelus iustissime, ora pro nobis/いと正義なる天使アンジェラス、我らの為に祈り給え――

二柱と一体の間で炸裂する強大な干渉攻撃。空を染め上げる強烈な閃光。プリンキピウムはそれを隠れ蓑として位相空間転移、離脱を図った。テスタメント・グロリアはそれを察知し、干渉攻撃を撃ち込むが手遅れだった。閃光が治まった時、そこにプリンキピウムの姿は無かった。

「すまないグロリア。私がもう少し粘っていれば――」

「クフフ。気にしない気にしない。困った時は助け合い♪ それが人間のルールなんでしょ? だったらもっと頼ってちょうだい」

テスタメント・グロリアはテスタメント・ルシリオンの唇に人差し指を押しあて、彼の謝罪を黙らせる。ニコニコ笑顔を振りまいて「ほら、契約執行完了だよ」と言って、その姿を消した。テスタメント・ルシリオンもまた「感謝する。契約執行完了」とボソッと告げて、その姿を消した。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

全てが白に染まる広さも何も判らない空間。
ただその空間にあるのは、淡く碧く輝いている直系5m近い光球と、その光球を囲むようにして存在している11の玉座。
玉座1つ1つで色が違い、背もたれの上にそびえ立っている十字架の形も様々だ。
そしてその玉座に座っている11の人影も、それぞれ色違いの外套を羽織っている。
ここは“神意の玉座”――またの名を“遥かに貴き至高の座”――と呼ばれる最高位次元。
あらゆる世界の意思“界律”が交差する、全てが在って、全てを識る究極の根源だ。

「お疲れ様です、ルシリオン様」

「マリア・・・、ああ、ありがとう」

漆黒の玉座に座している4th・テスタメント・ルシリオンに労いの言葉を贈るのは、桃花色の玉座に座している少女。
名をマリア。5th・テスタメント・マリアだ。桃花色のキャソックとフード付きの外套姿。10代前半の幼さの顔立ち。金糸のような髪、アメジストの様な艶のある紫色の穏やかな瞳。玉座の背もたれに掲げられているのはラテン十字“第五聖典”だ。

「やはり限界が近いのでしょうか?」

テスタメント・マリアはテスタメント・ルシリオンの辛そうな顔を見て、彼の現状を察してそう尋ねる。

「おそらく。先程の契約で、分身体(わたし)はプリンキピウムに負けた。かつてなら勝てていた相手だ。しかし今回は・・・。どうやら本体(わたし)の終焉が近いようだ」

テスタメント・ルシリオンは左手を額にやり弱音を吐いた。しかしすぐさま「弱音など私らしくないな」と微苦笑。しかし参っているのには違いない。

「マリア。君の調子はどうだ? 私と同様、魂ではなく精神だ。すでに崩壊の兆しが見えていてもおかしくない」

「私ですか? 私はルシリオン様のように酷い契約は受けていませんから。まだ余裕がありますよ」

テスタメント・ルシリオンを安心させようと、テスタメント・マリアが笑顔を浮かべる。テスタメント・マリアの偽り無い笑顔に、「そうか」と安堵の息を吐く。
“界律の守護神テスタメント”。そのメンバーは基本あらゆる次元と世界の神や精霊、天使。もしくはそれに並ぶ悪魔や魔人の魂だ。
死後に“神意の玉座”の意思によって選定され、“テスタメント”に迎え入れられるのだが、ごく稀に人間の魂も選定される。しかし人間の魂は脆く、時間という概念から切り離された“テスタメント”であっても魂に老いが来る。魂が限界に達し崩壊すれば、輪廻転生が行えずに永遠の無を彷徨うことになる。

「すまないな、ここまで付き合わせてしまって」

「いいえ。テスタメントになったのは私の意思。ですから気に病まないでください」

そうなる前に“神意の玉座”より魂が解放され、来世を迎えるために輪廻転生を行う。それが普通だ。しかしテスタメント・ルシリオンとテスタメント・マリアは例外中の例外だ。メンバーはまず死後に“テスタメント”となる。だがこの二柱はまだ死んでいない。
存命中に“テスタメント”になったのだ。だからここ“神意の玉座”に在る二柱は、魂よりさらに脆い精神である。それゆえに現在の二柱は崩壊に近い危うい存在なのだ。テスタメント・ルシリオンの弱体化もそこに起因している。

「あ、これって・・・・『あの、ルシリオン様』」

『リンク? どうかしたか?』

テスタメント・マリアからの突然のリンク――“テスタメント”間用の念話――に、テスタメント・ルシリオンは訝しんだ。契約執行中でならリンクが送られて来てもおかしくはないが、“神意の玉座”でリンクはまず送らない。何せ目の前に居るのだから、リンクではなく口で話せばいい。わざわざリンクで話すということは、他者に聞かれたくない内容だということだ。

『ルシリオン様がテスタメントをやっているのは、堕天使エグリゴリという連中の所為でしたよね?』

『・・・・ああ。そうだ』

テスタメント・ルシリオンの表情から温かみが消える。代わりに浮かんだのは悲嘆、焦思などと言った沈んだものだ。テスタメント・マリアも釣られ表情に暗い陰を落としたが、気を取り直して告げる。

分身体(わたし)の契約先の世界に、ルシリオン様が使う魔法陣と同じモノを扱う男性が――』

「本当かっ!?」

大声を上げ、勢いよく立ち上がるテスタメント・ルシリオンに視線が集中する。テスタメント・マリアと一部を除く他“テスタメント”の疑問に満ちた視線が集まるが、彼は気にも留めず彼女へと詰め寄っていく。

「どこだっ! 教えてくれマリア!」

テスタメント・マリアの細い肩に両手を置いて問い質す。テスタメント・グロリアが「ちょっとルシリオン!」と止めに入った。それでもテスタメント・ルシリオンは「頼むマリア!」と懇願する。

「落ち着いてくださいルシリオン様。私が召喚しますから」

“界律”からの契約が無い場合、その“界律”に召喚されている“テスタメント”によって召喚という術がある。それを聞き、テスタメント・ルシリオンはようやく手を離し、「ありがとう、マリア。恩に着る」と深々と頭を下げた。

「いいえ。私にも関係することですから」

「結局はどういうこと?」

話が見えず、そう小首を傾げるテスタメント・グロリアに、テスタメント・ルシリオンとテスタメント・マリアは「秘密だ」「秘密です」と答えた。テスタメント・ルシリオンとテスタメント・マリアの“テスタメント”脱退が係っている話だ。
上位の“霊長の審判者ユースティティア”に後れを取るとはいえ、通常の契約であるなら何も問題ない二柱。それが一度に抜ける。それを“神意の玉座”が黙って見過ごすわけもなく。何かしらの妨害があると見た二柱。だからテスタメント・マリアはリンクを使ったのだ。

「ではルシリオン様。愚者と賢者は紙一重5th・テスタメント・マリアが、天秤の狭間で揺れし者4th・テスタメント・ルシリオンを召喚します」

テスタメント・マリアが告げる。玉座に戻ったテスタメント・ルシリオンが息を吐き、「召喚を承認」と目を閉じる。彼の意識の欠片と分身体が玉座より解離、テスタメント・マリアの導きの下、召喚先の世界へと送られた。

こうして始まる、4th・テスタメント・ルシリオンの最後の契約(ラスト・テスタメント)
彼を待ち構えているのは悲劇と絶望のみか。それとも・・・・

 
 

 
後書き
この小説はルシリオンが主役です。前作はシャルロッテでしたが。
そんな主役ルシリオンさんの真実の側面の一つ目を今話にしました。『界律の守護神テスタメント』ですね。
そして次回は、彼のもう一つの側面である『魔術師ルシリオン』を紹介します。
そこから本編へと入っていきます。前作からの方には今さらかと思いますが、やはり新規作品ということで、主役ルシリオンの事を書きたく思いまして。

それでは、ようやく?始まったANSURの最終章『堕天使戦争完結編』
次回もお越しいただけることを切に願って。
 

 

ANSURⅠ今ひとたび父は子供達と踊る~EgrḗgoroI ~

 
前書き
ルシリオンVS堕天使エグリゴリ戦イメージBGM
BAYONETTA『You May Call Me Father』
http://youtu.be/EqHwvFyF808 

 
そこは戦場跡。ひどく焼け爛れた大地が広がり、元は船と思われるいくつもの巨大な鉄の塊が大地を穿ち焼いていた。そこはつい先ほどまで烈火の如き大規模な戦が行われていたと思われる。
そんな生命の無い戦場跡に、サファイアブルーの光が柱のように天より落ち来たる。蒼光の柱が消え失せ、蒼光が落ちていた場所に1人の男が佇んでいた。漆黒の神父服(キャソック)を着ており、裾には幾何学模様の金の刺繍や金の装飾が施されて、チャラチャラと音を出している。キャソックと同様に漆黒のフード付きの外套(マント)を羽織っていて、火の粉混じりの風にはためいている。

「この世界に、堕天使(エグリゴリ)が居るのか・・・?」

天秤の狭間で揺れし者という二つ名を有する、4th・テスタメント・ルシリオンだ。彼は周囲を注意深く見回し、

「戦場か・・・。まさかエグリゴリの仕業か? いや、違うな。魔術特有の神秘は感じられない。だが魔力は感じられるな・・・・」

テスタメント・ルシリオンは鉄くずの1つに歩み寄り、攻撃されたことで大きく抉れている損壊部分を手でなぞる。自分と同じ魔術を扱う“堕天使エグリゴリ”の仕業でないことを確認し、しかし魔術発動に用いられる魔力という特別なエネルギーを感知できることに小首を傾げた。“エグリゴリ”と関係が本当にないのかを確認するため、テスタメント・ルシリオンは周囲にいくつも散乱している鉄くずの1つに歩み寄る。

(それにコレは飛行戦艦か。この世界の科学力はそれなりのようだな)

――我を運べ(コード)汝の蒼翼(アンピエル)――

ある程度周囲を確認した後、テスタメント・ルシリオンは背より蒼光で構成された12枚の剣翼を作り出し、黒々とした雲が渦巻く曇天へと上がった。まずは地形を確認。主戦場であろう焼け爛れた平原。平原の周囲には切り立つ山脈。山々のところどころに自然に出来たとは思えない大きく崩れた部分が多くある。

「戦で失った自然の姿か。やはりどの世界へ行っても人間は争いをやめないんだな」

テスタメント・ルシリオンは“霊長の審判者ユースティティア”の存在意義を思い出す。争いをやめない人類を切り捨て、巻き込まれる他の生命を守護する。それが世界の為、と。“界律の守護神テスタメント”の中にはその意思に賛同する者も居た。例として始原プリンキピウムだ。彼女もかつては“テスタメント”の一員だった。
それゆえに“テスタメント”用の武装・聖典――堕ちて穢れたということで偽典と呼ばれる――を手にしている。“テスタメント”がその在り方に疑問を持ち、人間に絶望を抱き、そんな人間を守って来た自分にすら絶望し、全てを諦めて“ユースティティア”へと堕ちた“テスタメント”は、“堕天した守護神フォーレン・ナンバー”と呼ばれる。そんな“テスタメント”の裏切り者“フォーレン・ナンバー”が生まれてしまうほどに、人間の業は深く、愚かだった。

「ん? なんだ・・・?」

テスタメント・ルシリオンは遠くで連続して起こる爆発に目を凝らす。戦闘が行われている事に違いなかった。空に何隻もの空中戦艦が浮かび、艦載砲で攻撃し合い、また地上でも人間が争っていた。それが判ったと同時に、この場から離れるために空を翔けようとしたところで、

――黒き影拳乱舞(ポワン・タンペット)――

成人男性の身長くらいの大きさを有する、巨大な黒い影の拳が幾つも高速で飛んできた。テスタメント・ルシリオンの顔が驚愕に染まる。それはいきなりの奇襲を受けたからではない。放たれて来た攻撃は、テスタメント・ルシリオンの言う魔術であり、かつて彼がある者に教授したモノだからだ。

「レーゼフェア・・・!」

7つ目の黒い拳を避けきった後、テスタメント・ルシリオンはある一点を見詰める。
そこには、10代後半くらいの少女がひとり宙に佇んでいた。バイオレットのショートヘアはカチューシャを付けていることでインテーク化。クリムゾンの瞳は猫目で、口もどことなく猫口。ハイネックの黒セーターに白のロングコート、裾から覗くズボンも黒、そして茶色のブーツという格好だ。そして両腕には赤と黒、2色のゴツゴツとした籠手を装着している。

「魔道世界アースガルド・グラズヘイムのセインテスト王、ルシリオン・セインテスト・アースガルド・・・見ぃーっけ♪」

「・・・久しぶりだな、レーゼフェア。私が判らないか?」

テスタメント・ルシリオン――いや、ルシリオンは“テスタメント”としてではなく魔術師として、少女レーゼフェアに微笑みかけた。それはあまりにも優しい微笑。まるで父親が愛おしい子供に向けるようなものだ。
レーゼフェアの正体は、ルシリオンが長年追い続けていた“エグリゴリ”にして、彼の子供でもある“戦天使ヴァルキリー”の一機、レーゼフェア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアだ。だからこそ、ルシリオンの見せる微笑に親としての想いが入っていてもおかしくはない。

「僕の手柄だよ。力ある王はすべて排除排除、殲滅だっ♪」

「やはり・・・洗脳とノルニル・システムから切り離された障害で記憶デバイスがやられているのか」

ルシリオンの顔が悲しみで歪む。唇を強く噛んでしまっている事で血が一筋つぅーと流れる。拳はきつく握られ、ラピスラズリとルビーレッドのオッドアイはレーゼフェア一点に注がれている。涙は流すまいと肩を震わせ、今のルシリオンは痛々しいほどに小さく見えた。

「アンスールが1人、神器王ルシリオンを確認」

さらに別の声が曇天に響き渡る。ルシリオンはその声の主を見るまでもなく、声の主の名前を告げた。

「グランフェリア」

ルシリオンとレーゼフェアよりさらに上空に、グランフェリアは居た。20代前半くらいの女性だ。セミロングの金髪はテールアップ、スカイブルーの若干鋭い瞳。黒のブラウスに赤のネクタイ、白スーツ・スラックスに白ロングコートといった服装だ。手には、黄金に輝く槍を携えている。
レーゼフェアと同じ元“ヴァルキリー”の一機で、現在は“エグリゴリ”であるグランフェリア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアだ。

「・・・・幸先が良いな。降臨直後で、お前たちを破壊(きゅうさい)出来るとは」

ルシリオンの姿が強烈なサファイアブルーの光に包まれ、一時的に消える。光が消え、次に姿を顕わした時、ルシリオンの衣服がガラリと変わっていた。
膝下まで伸びる詰襟の黒い長衣。前後共に燕尾となっている縁には幾何学模様の金の刺繍が彩られている。首を覆い隠す襟に隠れて見えないが、首には小さな南京錠の付いたチョーカー。黒長衣と同じ黒いインバネスコート。コートの背部には、4つのひし形が十字架を形作り、十字架の先端から剣が伸びて、四方の剣を繋げるように三重の円、アースガルド魔法陣という紋章が描かれている。ボトムスも黒のズボン。黒の編み上げブーツとなっている。

「アンスールが神器王ルシリオン・セインテスト・アースガルド、行くぞっ」

その服こそが、ルシリオンが人間だった頃に身に纏っていた魔術師戦闘用の衣装・戦闘甲冑だ。何故キャソックではなく戦闘甲冑なのかというと、契約執行時以外、“テスタメント”の能力・干渉は一切使えなくなるからだ。
神の奇蹟たる干渉能力。それはあまりにも強力で、世界のバランスを大きく狂わせる。ゆえに“テスタメント”であろうと、契約執行時以外は干渉能力は封印される。だからルシリオンは、彼本来の魔術師としての姿へと変身した。

「にゃは。神器王が闘る気みたいだよ。僕とグランフェリアでぶっ殺しちゃうぞ❤」

レーゼフェアの猫口がさらに猫っぽく歪む。細められた目もまた然り。グランフェリアは黄金の槍をバトンのように回転させた後、穂先をルシリオンへと向けるように構えた。


VS◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦
其は堕ちた戦天使エグリゴリ
◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦VS


グランフェリアが「轟き唸れ、雷界幻矛(ライカイゲンム)」と、“天槍・雷界幻矛”を軽く薙ぐ。“雷界幻矛”が通過した場所に、琥珀色の雷光で構成された槍が12本生み出された。グランフェリアは12本の雷槍の石突を“雷界幻矛”で打ち払い、超高速でルシリオンへと放った。

――雷槍連穿衝・壱式――

放電しながら空を切って飛ぶ12の雷槍。ルシリオンは防御ではなく回避を選択し、大きくその場から離れる。そこでレーゼフェアが動きを見せる。「逃げちゃダーメ」と笑いながら、ルシリオンの頭上に高速移動。

――闇の女王の鉄拳(サリュ・マンソンジュ)――

振り下ろされた右拳より放たれる、先程の攻撃よりさらに巨大な影の拳による打ち下ろし。ルシリオンはさらに回避。回避の途中、ルシリオンは自身の周囲に蒼光に光り輝くアースガルド魔法陣を7つ展開。ルシリオンに接近していたレーゼフェアとグランフェリアがハッとして、すぐさま距離を取ろうと反転。それとほぼ同時にルシリオンが「七天粛清(ジャッジメント)!」と指を鳴らし号令を下した。

――轟き響け(コード)汝の雷光(バラキエル)――

――凍て砕け(コード)汝の氷槍(サルツィエル)――

――燃え焼け(コード)汝の火拳(セラティエル)――

――削り抉れ(コード)汝の裂風(ザキエル)――

――煌き示せ(コード)汝の閃輝(アダメル)――

――呑み食せ(コード)汝の夜影(ライラエル)――

――穿ち流せ(コード)汝の水瀑(マヌエル)――

7つの魔法陣より放たれる7条の砲撃。レーゼフェアには、雷光、吹雪、火炎の砲撃を放ち、グランフェリアには竜巻、閃光、闇、水の砲撃を放った。
レーゼフェアは「ひゃあっ?」と体を捻ってギリギリで回避し、グランフェリアは黙々と雷光を纏う“雷界幻矛”を振るって、砲撃の軌道を強引に変更した。ルシリオンの攻撃(ターン)はまだ終わらない。弓の弦を引く構えを取ると、蒼光の弓と槍の如き長さの矢が出現。

――弓神の狩猟(コード・ウル)――

矢を放つ。矢は少し進んだ後、無数の光線となってレーゼフェアとグランフェリアに襲いかかる。レーゼフェアは「行くよっ、聖狩手甲エオフェフ」と告げ、両拳を打ち合わせて迎撃に移行。グランフェリアもまた「行きましょう。雷界幻矛」と告げ、穂先に琥珀色の雷光を纏わせ迎撃開始。ルシリオンはさらにウルを発動するために弦を引き絞ろうとしたとき、

(なんだ・・・!?)

彼の視界にノイズが走った。それに、上手く魔力を練れなくなった。魔術師の体内に在る魔力を生成・供給するための器官“魔力炉(システム)”に異常が出たかと考えたルシリオンだが、もう1つの理由に行き当たった。

(上級術式が界律に制限されたか・・・?)

ルシリオンの有する、彼独自に組み上げた固有魔術の下級・中級・上級術式の内、上級はあまりにも強力ゆえ、“界律”によって使用が制限される場合もある。だがすぐにその異常が治ったことで、上級術式使用に制限が掛からなかった事を察する。ルシリオンは上級術式に制限を掛けなかったこの世界の意思“界律”に心底感謝した。“エグリゴリ”を相手にして、中級術式だけでは心許ないからだ。

――雷槍連穿衝・弐式――

――黒く染めたる凶珠(オビュ・シエージュ)――

「く・・・っ!」

思考を中断せざるを得ない状況となる。もはや砲撃と化している雷槍が22。闇黒の球体状の魔力弾が48。それらがルシリオンを包囲するように飛来してきた。

――護り給え(コード)汝の万盾(ケムエル)――

ルシリオンの全周囲に小さな円い蒼光の盾が無数に展開され、それらが重なり合わさることで巨大な球状の障壁となった。次々とケムエルへと着弾していく容赦のない攻撃。しかしケムエルを突破できず、打ち止めとなった。ルシリオンはケムエル内で、新たな別の上級攻性術式を組み上げていたところに、

「退け、レーゼフェア、グランフェリア」

男の声が曇天から静かに流れた。レーゼフェアとグランフェリアの名が告げられたと同時に、呼ばれた二機はルシリオンから距離を開けた。

――轟破焔壊槌(マルテーロ・コンブスタォン)――

真っ赤な炎を噴き上げ纏うハンマーが空を覆う雲を突き破って飛来してきた。ルシリオンの目が見開かれる。すぐさまケムエルを解除し、その場から離脱するための飛行。そして左手に“神槍グングニル”を具現させる。ルシリオンは追尾してくる炎の塊であるハンマーを“グングニル”で弾き返し、間髪いれずに新たな魔術を発動する。ルシリオンの両サイドに現れる直径10mほどの蒼光の円環。

――屈服させよ(コード)汝の恐怖(イロウエル)――

円環より出現するのは、左右一対の銀の巨腕。レンガ造りを示す様な線が所狭しと走っている。
右の巨腕は空へ向かって振るわれ、左の巨腕は追撃に迫って来ていたレーゼフェアとグランフェリアを払い落そうとするように高速で薙ぎ払われる。薙ぎ払いの直撃を受けたレーゼフェアとグランフェリアは高速で吹き飛ばされた。
ハンマーを放って来た男は、イロウエルの一撃を受ける前にすでにその場から離脱していた。消えたイロウエルによって雲海に穴が開き、その穴から降り注ぐ太陽光の柱の中にその男は居た。

「久しいな、バンへルド。やはりお前も父親(わたし)の事を忘れてしまったか・・・?」

バンへルドと呼ばれた男。30代前半くらいの外見で、ワインレッドのセミロングの髪はオールバッグ。赤のワイシャツ・スラックス、白のロングコートといった格好だ。
右手には、先程ルシリオンに投擲されたT字型のハンマーが握られていた。幾何学模様の刻印が施された鋼色の柄は短く、手の平に収まるほど。柄に比べて銀色のハンマーヘッドは大きく、両サイドに有る鉄球の如きヘッドにはいくつも穴が開き、それらを繋ぐブリッジにも穴が開いている。

「憶えている。我らが存在意義、力ある王の殲滅、その最後のターゲット」

「そうだよな。憶えているわけないよな。解っていたが・・・」

ボソッと呟き、ルシリオンはバンへルドにも戦意をぶつける。洗脳されてしまった愛おしい子供達(エグリゴリ)を救うためには、すでに完全破壊しか手段が無いから。一対三の戦況。しかし、現在も活動している“エグリゴリ”は全部で七機。ルシリオンは思い出す。テスタメント・マリアが言っていた言葉を。

――ルシリオン様が使う魔法陣と同じモノを扱う男性が――

今ルシリオンの目の前に居る唯一の男であるバンへルド・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア。彼の扱う魔法陣は、ルシリオンの使うアースガルド魔法陣とは違うものだ。それゆえにルシリオンはこの戦場へと残りの“エグリゴリ”が集まっているだろうと判断。そうなれば、ルシリオンの勝利は遠のくことになる。だからこそ彼は、

――瞬神の飛翔(コード・ヘルモーズ)――

最も得意とする高速空中戦を行うために空戦形態となる。12枚の剣翼が背より離れ、その剣翼を1枚1枚挟みこむようにして薄く細長いひし形の蒼翼が10枚現れた。

「神器王ルシリオンの空戦形態コード・ヘルモーズを確認」

「ヤバいね。それじゃあ僕たちも」

高貴なる堕天翼(エラトマ・エギエネス)、発動する」

バンへルドとレーゼフェアとグランフェリアに変化が現れた。三機の背より、孔雀の尾羽ような翼が放射状に20枚と生えた。それは何と神々しい姿か。それぞれの魔力によって構成されているため、レーゼフェアはアザレアピンク、グランフェリアは琥珀色、バンへルドは真っ赤な翼だ。
それを見たルシリオンが「なんだソレは・・・!?」と、驚愕に目を見開いた。彼が“エグリゴリ”――元は“ヴァルキリー”――にプログラミングした魔術の中に、そのような術式は無かったからだ。

「自ら追加した魔術というわけか」

「・・・行くぞ」

――焔雨(ペザデーロ)――

バンへルドは前面に発生させた炎塊を“ケンテュール”で打ち、炎塊を無数の炎の弾丸としてルシリオンへ放った。だが今のルシリオンはヘルモーズを発動している。その場から消えるように回避。
レーゼフェアとグランフェリアが靡く翼を背にし、ルシリオンを追いかける。しかし追いつけない。ルシリオンは過去・現在、どの世界においても、揺るぎ無き空戦の覇者。空戦で戦う以上、ルシリオンに敗北は無い――はずだった。三機を迎撃するために上級術式を組み始めた瞬間、

(ぅぐ・・・一体何が・・・!?)

また視界にノイズが入る。それだけでなく強烈な頭痛、それに胸に鈍痛。明らかに異常。揺れる視界。迫るレーゼフェアとグランフェリア。ルリシオンは今自分の身に起きている異常を無視し、

――復讐神の必滅(コード・ヴァーリ)――

蒼光の砲撃を6条と放つ。ヴァーリは、術者に対して攻撃を加えてきた者を永続的に追尾するカウンター砲撃だ。強力な砲撃が迫り、回避に移る三機をヴァーリは曲線を描き追尾する。

「我が手に携えしは確かなる幻想」

ルシリオンが詠唱。未だに治まらない頭と胸の痛み、視界不良。それでもなおルシリオンは術式を組み上げる。

――凶竜の殲牙(コード・ニーズホッグ)――

ルシリオンの頭上に無数の武器が出現し、それらが竜を形作っていく。その武器は、神器、と呼ばれる特別な“力”を有するモノだ。神や精霊に創造された神造兵装、魔物に創造された魔造兵装、魔術師(ニンゲン)によって創造された概念兵装を総称して、神器と言う。
その神器で構成されたニーズホッグは3頭。ルシリオンが「喰殺粛清(ジャッジメント)!」と号令を下すと、ニーズホッグは“エグリゴリ”三機に向かって突撃して行った。さらに魔術を発動させようとして、

「あぐ・・・っ!」

今まで以上にひどい頭痛がルシリオンを襲った。強烈すぎる痛みで涙が溢れていく。理由のハッキリしない異常。
しかしここでルシリオンはある事に原因があるのでは?と、1つの推測を立てた。

(まさか、魔力消費が大きい魔術を使うと起こる・・・?)

それが正解ならば、ルシリオンにとっては最悪な事態だ。
魔術師には魔力量やその運営力を数値化して表したランクがある。C、B、A、AA、AAA、S、SS、SSS、X、XX、XXXとある。XXXが最高となるが、中にはそれを超える魔力を保有する者もいる。その者には人間の極限を超えた無限の魔力を持つ者として、EXランクが与えられる。
ルシリオンがそのEXランクだ。だから自然と魔術発動に必要な魔力量が多くなる。魔力を抑えても魔術は発動出来るが、その分威力や効果が薄まるのは必然の事。その抑えられた魔術の効果で、“エグリゴリ”を斃すことが出来るかというと、五分五分としか言えなかった。

(それがどうした。今目の前に、永きに亘って洗脳され狂い続けた子供たちが居るんだ。ここで救えずして、何が父親だ! シェフィとの約束を果たす時だっ、気合いを入れろッ!)

――傷つきし者に(コード)汝の癒しを(ラファエル)――

ルシリオンは三機の動きに細心の注意を払いながら治癒術式ラファエルを発動する。と、幾分か痛みが和らいだ。戦意を保つためにもルシリオンは誓いを胸に抱く。シェフィ。シェフィリス・クレスケンス・ニヴルヘイムという女性との誓い。共に“ヴァルキリー”を創造した、“ヴァルキリー”にとっては母親であり、ルシリオンにとっては最愛の恋人だった女性。

――ルシル、生きて――

――それとお願い。哀れなあの子たちを見捨てないで、助けてあげて――

(ああ、生きるとも。助けるとも。シェフィ、もうすぐで私たちの旅も終わりだ!)

ヴァーリとニーズホッグをやり過ごした三機に向け、ルシリオンは魔術を組み上げる。

――軍神の戦禍(コード・チュール)――

無数の神器が曇天の下、縦横無尽に展開される。ルシリオンが指を鳴らし「蹂躙粛清(ジャッジメント)」と号令をかけると、一斉に“エグリゴリ”三機に突撃していく。それぞれ翼を翻して高速で回避し続ける三機は、

――猛炎放出(シャーマ・エゼクサオン)――

――黒き影拳乱舞(ポワン・タンペット)――

――雷槍迅穿衝――

烈火の砲撃、幾つもの影の拳、雷光の砲撃をルシリオンへ向けて放つ。ルシリオンは3条の砲撃に向かって、対魔力の効果を有する3つの神器を射出、三機の攻撃を迎撃、消滅させた。結局、三機は攻勢に出るのを諦め、雨あられと降り注ぐ武器群の回避に専念しだす。

――集雷法――

レーゼフェアとバンへルドがグランフェリアを庇うような位置取りをし、迫りくる神器を迎撃。護られるグランフェリアが“雷界幻矛”を高く掲げると、空より雷が落ち、“雷界幻矛”に集束。ルシリオンの表情が焦りに染まる。すぐさま妨害しようと上級術式を・・・・

「あぐっ!?」

ラファエルで抑えていた頭痛が再起。今度は胸の痛みも異常に強くなった。あまりの激痛に、左手に携えていた“グングニル”を手放し頭を押さえ、右手は胸をギュッと鷲掴む。それでも必死に魔術を組み上げようとするが、激痛がそれを妨害する。ルシリオンはグランフェリアの術式発動の妨害を諦めた。

――神雷槍――

完全な雷となり、周囲に莫大な雷撃を放ち続ける“雷界幻矛”が投擲された。ルシリオンは待機している神器のいくつかを射出し迎撃、“雷界幻矛”の速度と威力を減衰させていく。9つの目に神器が“雷界幻矛”の勢いを完全に殺し、弾き飛ばした。

「お? どうしたの神器王? 頭とお胸が痛い痛い?」

レーゼフェアがルシリオンの異常に気付き、高速で接近してきた。残り少なくなっていた神器を射出。避けるレーゼフェアは両腕の籠手、“聖狩手甲エオフェフ”と両脚に影を纏わせ、

「今がチャンスだって言うのは僕でも判るよっ」

――凶つ連蹴拳(アンタンス・ノワール)――

振るわれる右拳打。ルシリオンは痛みを必死に堪え、左裏拳で捌く。間髪いれずに振るわれる拳打と蹴打の連撃。ルシリオンも何とか捌き続け、「近接格闘が苦手なのは過去の情報だ」と、再具現させた“グングニル”を右手に取り、レーゼフェアを斬り付けようと振るう。だが・・・

「ふむ。理由は判らないが、神器王は何かしらの問題を体に抱えているようだな」

――轟破焔壊槌(マルテーロ・コンブスタォン)――

バンへルドが翼を翻しながら、レーゼフェアの連撃を捌いているルシリオンの背後へ回った。携える“ケンテュール”のヘッドの穴という穴から炎が噴き上がり、“ケンテュール”は炎塊と化していく。ルシリオンは背後を見ることもなく、

――女神の護盾(コード・リン)――

蒼く円い盾を展開。円の中に女神の祈る姿が描かれた軽く芸術的な盾だ。“ケンテュール”が盾と衝突。ルシリオン、バンへルド、レーゼフェアを覆うほどの爆炎が起こる。爆炎の中から飛び出してきたのは、無傷のルシリオンとバンへルド。レーゼフェアが遅れて黒煙からヨロヨロと出てきた。体中が煤で汚れ、「けほけほっ」と咽ている。

「こんのおバカヤロぉぉーーーーーッ!」

曇天を翔け回るルシリオンを追いかけるバンへルドに向け、レーゼフェアは怒りの咆哮を上げた。グランフェリアが「行くわよ、レーゼフェア」と彼女の肩を叩き、バンへルドの補助へ向かう。レーゼフェアも「あとでバンへルドを一発殴る」と拳を打ち合わせ、翼をはためかせて追撃を開始した。そんなレーゼフェアの昔と変わらない様子に微苦笑しているルシリオンはただひたすら空を翔け、痛みが治まるのを待つ。

(これ以上のエグリゴリが集合する前に決めなければ・・・負ける!)

ルシリオンの恐れる増援。しかし待ち望んでいる相手が来ることを望む。洗脳される以前の“戦天使ヴァルキリー”においても洗脳後の“堕天使エグリゴリ”においても最強であるガーデンベルグ・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア。
そして、ルシリオンが“界律の守護神テスタメント”にならざるを得ない理由を作り出した男。ガーデンベルグを破壊することで、ルシリオンは“テスタメント”より解放される。1万年以上という永きに亘り、苦痛ばかりの契約を執行してきたルシリオンの絶対唯一の願い。

(なんだ?)

ルシリオンに追翔していたバンへルドが急速反転、レーゼフェアとグランフェリアも急停止した後、反転。その直後、巨大な雪だるまが何百と雲海を突き破って落ちてきた。

――雪人降臨祭(キオナンソロポス)――

三機が離れた理由がそれだった。ルシリオンは痛む頭と胸に顔を苦痛に歪めつつ、飛行速度を上昇。しかしあまりに巨体ゆえに、雪だるま群が次々とルシリオンを掠っていく。そしてついに雪だるまの一つがルシリオンを直撃。ルシリオンは成す術なく地面へと落下、ズンッと叩きつけられた。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

レーゼフェアは雪だるま一面となった戦場跡を見下ろした後、「おおー、リアンシェルトが決めちゃったよ」と雪だるま群を放った主を見上げる。

「別に、嬉しくなんてない」

髪はシアンブルーのインテーク、背中まで伸びる髪は毛先が外へ向かってカールしていて、頭頂部から1本の髪(俗に言うアホ毛)が伸びている。純白のフリルの付いたハイネックのロングワンピース。胸元にはサファイアのブローチ。その上から青のクロークを羽織っている少女、リアンシェルト・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアが無表情で呟いた。背より生えるスノーホワイトのエラトマ・エギエネスの1枚を手に取り、そっと撫でる。

「これで決まったとは思わない方が良いわ、リアンシェルト。シュヴァリエル、フェイヨルツェン。今の内にトドメを刺す」

「哀れなものだよな。魔道王フノスと白焔の花嫁ステアと並ぶ最強の魔術師が地に平伏してる」

オリエンタルブルーのツンツン頭、ワインレッドの鋭い双眸。前開き黒ハイネックタンクトップ・レザーパンツ・白のロングコート、ハンターグリーンのエラトマ・エギエネスという格好の20代半ばくらいの青年、シュヴァリエル・ヘルヴォル・ヴァルキュリアが小さく唸る。2m30cmほどの翡翠色の大剣を肩に担ぎ、トントンと肩を叩いている。

「これもまた1つの運命(さだめ)だとしたら、わたくし達は残酷な渦に呑まれてますね」

チェスナットブラウンのセミロング、ブロンズレッドの柔和な瞳。赤紫のブラウスに黒のベスト、黒ネクタイ、黒のプリーツスカート姿で、アップルグリーンのエラトマ・エギエネスという、20代前半くらいの女性、フィヨルツェン・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア。金銀の装飾が施された2mほどの白銀の弓を携えている。

「ガーデンベルグは?」

「もうすぐで合流出来るはずだ。あの子を連れて、ここにな」

レーゼフェアに答えるシュヴァリエル。しばらくの沈黙。その沈黙を破ったのはグランフェリアで、「それではその前に任務を遂行するわ」と真下を見下ろす。グランフェリアの視線の先には、雪だるまの押し潰されたままのルシリオン。

――神雷槍――

グランフェリアの“雷界幻矛”が琥珀色の雷槍と化す。

――轟破焔壊槌(マルテーロ・コンブスタオン)――

バンへルドの“ケンテュール”が炎を噴き上げ、火炎の槌と化す。

――黒き閃光放つ凶拳(ソワール・エロジオン)――

レーゼフェアは、前面に発生させた闇の球体を殴る体勢になる。

「参りましょう、ハガウル」

――掃討猟犬(ミュート・スレイヤー)――

フィヨルツェンが“天弓ハガウル”を構えると、アップルグリーンに輝く風の矢が現れた。

「いくぜ、メネス」

――剱乱舞刀(ケンランブトウ)――

シュヴァリエルは“極剣メネス”を上段に構え、刀身に旋風を発生させた。最後にリアンシェルト。しかしリアンシェルトは黙したままで、新たな魔術を発動しようとしない。他の“エグリゴリ”の視線が集まるも、リアンシェルトは無視。痺れを切らしたグランフェリアが「リアンシェルトはキオナンソロポスの維持を」と指示。それでリアンシェルトはようやく「判った」と頷いた。

「・・・ガーデンベルグ達が合流する前に終わらせる。各機、攻撃開始」

グランフェリアの指示の下、彼女の雷槍、バンへルドの炎槌、レーゼフェアの砲撃、フィヨルツェンの風で構成された幾つもの蛇、シュヴァリエルの幾つもの真空の刃が、一斉にルシリオンを押し潰す雪だるまへ向かう。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

雪だるまの下敷きになっているルシリオンの目がカッと開く。

――邪神の狂炎(コード・ロキ)――

ルシリオンの四肢に、紅蓮の劫火で構成された焔の腕と脚、背に業火の翼が展開される。両腕両脚共に1mほどあり、ルシリオンを押し潰す雪だるまが一気に溶けていく。ルシリオンは立ち上がり、両腕を振るって周囲の雪だるまを一掃する。焔腕を振るう度にルシリオンの顔が苦痛に歪み、血涙を流し始めた。

――神雷槍――

――轟破焔壊槌(マルテーロ・コンブスタオン)――

――黒き閃光放つ凶拳(ソワール・エロジオン)――

――掃討せし猟蛇(ミュート・スレイヤー)――

――剱乱舞刀(ケンランブトウ)――

“エグリゴリ”五機の魔術が迫っている事に気付いたルシリオンが迎撃態勢に入った。その直後に「ごふっ?」と吐血。フラついてしまい、防御ないし回避することが遅れたのがルシリオンの最大のミスとなった。
最初にグランフェリアの雷槍がルシリオンの右の炎脚を粉砕、放電し、彼を感電させた。声にならない悲鳴を上げるルシリオンに次々と猛威を振るう“エグリゴリ”の魔術。炎槌がルシリオンの左の焔腕を粉砕、爆発を起こし、彼を吹き飛ばす。
地面を転がるルシリオンにレーゼフェアの砲撃が直撃。続けてシュヴァリエルの真空の刃、フィヨルツェンの風の蛇がルシリオンに殺到していく。それを見下ろす“エグリゴリ”達。リアンシェルトだけは目を逸らし、ルシリオンを視界に収めないようにしていた。

(ま・・ずい・・・・意識が・・・もう・・・)

黒煙の中、ルシリオンは揺らぐ意識を必死に保とうとしていた。治癒術式のラファエルを発動しようとしても、なかなか上手く発動できない。それにロキもヘルモーズもダメージ過多で解除され、戦闘甲冑のコートもボロボロで原形を留めていない。
それでも意識を繋ぎとめ、ルシリオンは必死に両手をつき上半身を起こす。ガクガク震える足で立ち上がり、もう一度具現した“グングニル”を支えとして真っ直ぐ空を見上げる。孔雀の尾羽の様な翼エラトマ・エギエネスを放射状に展開している“エグリゴリ”六機が、地に立つルシリオンを見下ろしていた。

「はぁはぁはぁ・・・ふぅ、傷つきし者に(コード)汝の癒しを(ラファエル)

無理やり息を整え、治癒術式ラファエルをなんとか発動させ、ダメージの回復を行う。しかしそれを黙って見ているわけではない“エグリゴリ”。真っ先に動いたのはシュヴァリエルとレーゼフェアの二機だ。地面スレスレまで降下した二機は、そのままルシリオンへと最接近。

――純陸戦形態・疾駆せし(コード)汝の瞬風(ヤエル)――

ルシリオンの背中から、蒼く輝く魔力の剣翼が生えた。通常の剣翼アンピエルは1m程だが、ヤエルは30cm程で、数も12枚ではなく半分の6枚。ルシリオンの体が数cmと浮き、激しい頭痛と胸の痛みを堪え“グングニル”を振るって蒼光の魔力斬撃を飛ばす。シュヴァリエルとレーゼフェアの二機は各々の神器で粉砕、そのまま飛行を続行する。

「破ッ!」

シュヴァリエルの振り下ろしを半身ズラして回避。それはさながらスケートをしているかのように滑らかな動きだ。それがヤエルの効果だ。体を浮かせ、足元の摩擦を失くすことで陸戦での高速移動が出来る、というものだ。

「そーれっ♪」

レーゼフェアの拳打を“グングニル”でいなし、シュヴァリエルの刺突を体を回転することで避け、そのまま遠心力いっぱいの“グングニル”を見舞う。その間にもラファエルを繰り返し発動し、回復を行う。ルシリオンは二機の連携の取れた猛攻を捌き続けたが、残念ながら敵はその二機だけではない。

――雷槍連穿衝・壱式――

シュヴァリエルを弾き飛ばした直後、グランフェリアの雷槍が18と降り注いできた。ルシリオンが地を滑るように避ける。しかし避けた場所に、

――粉砕せし風爆(マーシレス・フラワー)――

圧縮された風の矢8本が着弾。爆発的な突風が発生し、宙に浮くルシリオンを強制的に後退させた。

――猛炎放出(シャーマ・エゼクサオン)――

それと同時にルシリオンを襲うバンへルドの炎熱砲撃。炎熱砲撃がルシリオンに直撃し、爆発を起こした。だがルシリオンは倒れなかった。爆炎を突き破って現れ、最接近して来ていたレーゼフェアにカウンターの斬撃を食らわせる。「にょわぁっ」と錐揉みしながら吹っ飛ぶレーゼフェアに、

――無慈悲たれ(コード)汝の聖火(プシエル)――

蒼炎で構成された大蛇プシエルを追撃させた。レーゼフェアは体勢を整える前にプシエルに丸呑みされる。

「おおおおらぁぁあああああああああッ!!」

その直後に戻って来ていたシュヴァリエルによる薙ぎ払いによる斬撃。ルシリオンはグッとしゃがみ込み避け、立ち上がりの勢いを上乗せした斬撃を放つ。だがシュヴァリエルにあと少しで当たるというところで、

「とおりゃぁぁあああああああッ!」

――闇の女王の鉄拳(サリュ・マンソンジュ)――

プシエルが巨大な影の拳によって粉砕され、そのままルシリオンへと襲いかかる。ルシリオンは攻撃を中断。その場から高速離脱。もちろん上手くいくわけにもいかず。

「私も参加させてもらおうかしら」

グランフェリアが地上に降り立ち、琥珀色の雷光を纏う“雷界幻矛”の刺突を放ってきた。“グングニル”で軌道を逸らした直後、レーゼフェアの別の巨影拳がルシリオンを直撃。先程のレーゼフェアと同様、錐揉みしながら吹っ飛されてしまう。頭やら鼻やら口やらと血を流し、意識も少し揺らいだが、それでも戦意は衰えない。ルシリオンは体勢を無理に整える事もせず、

――殲滅せよ(コード)汝の軍勢(カマエル)――

炎熱、氷雪、閃光、闇黒、風嵐、雷撃、という様々な属性の魔力槍を1020本展開。頭痛が起きる。ここでルシリオンはある線引きが出来る事に気が付いた。

(SSSランクの魔力では起きず、Xランクからあの痛みが起こるのか)

治癒術式ラファエルや炎蛇プシエルの使用した魔力量はSSSランクだった。そして槍群カマエルはXランクを要し、それで頭痛が起きた。それはつまりその一点にだけ気を使えば、酷い頭痛や胸の痛みが起きないということだ。が、

(SSSランクを最高として、エグリゴリに勝てるわけがないッ!)

“エグリゴリ”が扱っている魔力量は現在のところ最大XXランク。2ランクも上で、しかも戦力の数で圧倒的に負けている。とはいえルシリオンにも戦力――援軍を増やすことの出来る魔術がある。
だが“エグリゴリ”と対等に渡り合える援軍を用意するなら、ルシリオンはXXXランクの魔力を使用しなければならない。上級術式発動に使用するXXランクで強烈な頭痛やら胸の痛みを起こす。ならそれ以上のXXXランクの魔力を使えばどうなるか。下手をすれば援軍を用意する前に自滅するかもしれない。

「(それだけはまずいよな)蹂躙粛清(ジャッジメント)!」

ルシリオンはこのまま単独での戦闘続行を決断。号令を下し、カマエルを一斉に“エグリゴリ”に向かって降り注がせた。カマエルの対処に追われることになった“エグリゴリ”に向け、

第二波(セカンドバレル)・・・装填(セット)・・・!」

さらに999本のカマエルを発動。ルシリオンに頭痛が襲いかかる。「うぐ」と呻き声を漏らしながらも「蹂躙粛清(ジャッジメント)!」と号令を下した。降り注ぐ槍群。迎撃を続ける“エグリゴリ”。幾つかの槍が“エグリゴリ”に着弾するが、致命的なダメージを与えらていない。

「やはり、ぅく、Xランク程度ではダメか」

致死ダメージにならないと判った“エグリゴリ”が一斉に攻勢に転じる。それぞれ防性術式を発動し、カマエルを防御しながらルシリオンへ接近してくる。ルシリオンは覚悟を決めた。どれだけの苦痛が襲うか判らないが、XXXランクの魔力を使ってやろうと。

「はぁああああああッ!」

――崩山裂衝――

シュヴァリエルによる粉砕力の高い竜巻を纏わせた“メネス”の刺突。紙一重で避ける事も出来ないその攻撃に、ルシリオンはあろうことか前進。殺傷効果範囲ギリギリ外を通り、シュヴァリエルの懐深くに入りこんだ。

――破り開け(コード)汝の破紋(メファシエル)――

防性術式破壊のメファシエルを付加した拳打を打ち込む。ガシャァンと音を立てて、シュヴァリエルを守っていた不可視の魔力障壁が破壊。ルシリオンは間髪いれずに、

――燃え焼け(コード)汝の火拳(セラティエル)――

ゼロ距離で炎熱砲撃セラティエルを撃ち込んだ。至近距離で爆発が起き、両者ともに大きく後方に吹き飛んだ。シュヴァリエルは背から地面に落下、バウンドを数回し終えた後に四肢をついて着地。ルシリオンは少し危なげだったが、なんとか体勢を整えるのに成功したその時、

――影渡り(シュルプリーズ)――

「――からの、鉄拳制裁♪」

「ぐっ!?」

ルシリオンの足元の影から突如出てきたレーゼフェアによる奇襲攻撃。顎に強烈なアッパーカットを喰らったルシリオンが空高く舞う。レーゼフェアはまた影に侵入し、これから起こる事態から避難。ルシリオンの頭上に到着したバンへルド。振り上げられたのは轟々と燃える“ケンテュール”。

「燃えろ」

――轟破焔壊槌(マルテーロ・コンブスタオン)――

ルシリオンに振り下ろされた炎槌。ルシリオンは咄嗟に魔力障壁を展開。衝突。ルシリオンを襲う大爆発。バンへルドは爆風に乗って空高く飛び、ルシリオンは地面に叩きつけられた。そこに追撃。グランフェリアの雷槍とフィヨルツェンの風矢。爆炎と黒煙でルシリオンの姿を確認出来ないと言うのに、ピンポイントで彼の両肩を貫いた。シュヴァリエルが“メネス”を振るって突風を起こし、黒煙を綺麗に払う。

「まだやる気なんだ、さっすが神器王ルシリオン」

片膝立ちをしたルシリオンがそこに居た。両肩を貫いていた雷槍と風矢は、ルシリオンによって粉砕され今は無い。ルシリオンの戦意漲る双眸に睨まれたリアンシェルトを除く“エグリゴリ”達が臨戦態勢に入る。

「退くことを知らないのは騎士と同じ、か」

「騎士と数千年と過ごしたからな。それ以前に、お前たちを前にして退くという選択肢など・・・・私には無い!」

――瞬神の飛翔(コード・ヘルモーズ)――

ルシリオンの背に剣翼12枚とひし形10枚の計22枚の蒼翼が再展開された。“エグリゴリ”達の翼エラトマ・エギエネスが風に揺れる。そのまま膠着状態が続く。ポツポツと空より滴が落ちてくる。雨が降り始めた。ルシリオンの表情に笑みが浮かぶ。
雨。それはルシリオンに味方する天候だからだ。ルシリオンの足元に、サファイアブルーに輝くアースガルド魔法陣が展開される。雨粒が一斉に地に落ちることなく止まる。ルシリオンが雨を――正確には水を――操作している。

――研ぎ澄ませ(コード)汝の聖雨(マルティエル)――

無数の雨粒が槍となった。完全に包囲された“エグリゴリ”だが、全機の表情には余裕がある。それを訝しんだルシリオン。その余裕の答えが、ルシリオンの背後にあった。背後に気配を感じたことでルシリオンは振り返った。そして、背後に居た男を見て、目を限界にまで見開いた。

「・・・・ガーデンベルグ!!」

銀の髪、アップルグリーンの瞳、ルシリオンの戦闘甲冑と同じデザインの黒の長衣・スラックスに灰色のロングコート姿といった、20代前半くらいの青年だ。そして背には、ルシリオンの剣翼アンピエルと同じ翼が8枚、色は真っ白が展開されていた。
右手に携えるのは深紅の大剣。銘を魔造兵装第二位“呪神剣ユルソーン”。ありとあらゆる呪いを内包した、最凶の神器だ。ガーデンベルグの足元には白く光り輝くアースガルド魔法陣。テスタメント・マリアが見かけた者こそ、このガーデンベルグ・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアだった。

「ガーデンベル――」

ルシリオンが神造兵装第一位“神槍グングニル”を振るう。

「――がはあっ!」

しかしガーデンベルグに頭を鷲掴みにされ、ルシリオンは地面へと顔面から叩きつけられた。上半身を起こす前に蹴りを入れられ、強制的に起き上がらされる。

「ふっ・・・!」

「うぐ・・・!」

ガーデンベルグの後ろ回し蹴りを両腕をクロスさせることで防御したルシリオンだが、宙空に居たために受けた衝撃のまま後方へ蹴り飛ばされた。ガーデンベルグは“ユルソーン”を脇に構え、高速でルシリオンに突撃する。ルシリオンが体勢を整える前に一撃を入れようと“ユルソーン”の刀身に純白の雷光を迸らせた。

――雷霆・斬烈閃――

それはさながら雷光の羽根。ガーデンベルグはそれを一気に薙ぐ。対するルシリオンは体勢を整えることが出来ないまま、

――殲滅せよ(コード)汝の軍勢(カマエル)――

炎熱と閃光の魔力槍を22本と展開、射出し、“ユルソーン”を迎え撃つ。ガーデンベルグは雷槍と光槍の迎撃のために、雷光纏う“ユルソーン”を振るい、カマエルを破砕していく。ルシリオンはその間に体勢を整え、

――削り抉れ(コード)汝の裂風(ザキエル)――

螺旋を描き放たれる削岩機のような竜巻の砲撃を放つ。カマエルの迎撃を終えた直後のガーデンベルグに回避出来る余裕はなく直撃。ザキエルは銘の通り、触れたモノを削り、抉り、潰すことが出来るだけの風圧を持った竜巻だ。それゆえに直撃したガーデンベルグも大ダメージを負うはずだった。

「あまりに穏やか過ぎて、そよ風と思ったよ」

ザキエルを、魔力を纏わせた拳打で消滅させ、そのままルシリオンへと翔けた。振るわれる“ユルソーン”。狙いはルシリオンの腹部。受ければ上下に分断されるだろう。

――護り給え(コード)汝の万盾(ケムエル)――

ルシリオンは咄嗟に無数の小さな円盾ケムエルを発動し、防御態勢に入った。ケムエルに“ユルソーン”が触れる。と、盾としての役割を果たすことなく一瞬で寸断され、ケムエルは砕け散った。切り返しによる斬撃がルシリオンを襲う。しかしその前に、

衝殺粛清(ジャッジメント)!」

待機していた無数の水槍が一斉にガーデンベルグを全方位から襲撃。

――氷装甲冑(セレシウス)――

ガーデンベルグの全身を覆う冷気が、迫り来る水槍をすべて凍結粉砕。

――咲き乱れし(コード)汝の散火(マルキダエル)――

続けてルシリオンが放つのは蒼炎の魔力弾。数は12。「爆散粛清(ジャッジメント)!」と告げ、マルキダエルが一斉にガーデンベルグの至近距離で爆発を起こしていく。

――炎装甲冑(イフリート)――

マルキダエル以上の爆炎がガーデンベルグを覆い、マルキダエルを無力化。ルシリオンは真っ向から迎え撃つつもりなのか“グングニル”を構える。ガーデンベルグも応えるように“ユルソーン”を脇に構え、

「「おおおおおおおおおおおおおッ!!」」

互いが間合いに入ったと同時にそれぞれ得物を振るい、連撃を放ち続ける。“エグリゴリ”という観客の中で、かつての英雄とその息子が円舞を踊る。それは美しい円舞。互いの翼より生まれ出る白と蒼の魔力羽根が舞い、1人と一機の円舞をより幻想的にする。しかし事実は殺し合いだ。そしてルシリオンにとっての真実は救出。洗脳を解き、元の“ヴァルキリー”へと戻すことが出来ないため、完全破壊することでしか救えない。

「(だから、私は・・・)お前たちを・・・ここで救うんだッ!」

“ユルソーン”を捌いて弾き飛ばし、無手となったガーデンベルグに肉薄。ガーデンベルグの両手に白い魔力剣が創られ、ルシリオンの迎撃に移る。と思いきや、空に上がって“グングニル”の斬撃をやり過ごした。ルシリオンも続いて空に上がろうとする。しかし、服を引っ張られ妨害された。

「しま・・・っ!」

己の不覚を呪った。ガーデンベルグに集中し過ぎて、他の“エグリゴリ”の接近に気付かなかった。他の理由として、ガーデンベルグとの闘いに他の“エグリゴリ”は今まで干渉しなかった、という油断もあった。振り向きざまに一撃を入れようとするルシリオンが背後に振り向き、自分の服を引っ張った“エグリゴリ”の顔を見て思わず“グングニル”を寸でで止めた。

「・・・・・誰だ、お前?」

†††Side????†††

私の服を引っ張っていたのは、12~13歳ほどのあどけない少女だ。藍紫色のセミロングの髪は少しウェーブが掛かり、柔和な双眸は赤紫色。水色のイブニングドレスは、子供に似つかわしくない程に装飾が無い。

「・・・・・誰だ、お前?」

私とシェフィによって創り出された千機の“戦天使ヴァルキリー”の中に、私へ笑顔を向けている少女は居ない。だから無意識にそう問うていた。馬鹿か私は。この少女は敵に決まっている。ガーデンベルグ達と同じ孔雀の尾羽の様な翼(色はオレンジ。それがこの少女の魔力光だろう)を展開しているんだから。

「わたし、ミュール・エグリゴリ。よろしく、神器王のお兄ちゃん」

ミュール・エグリゴリ。信じたくはないが、この子も“堕天使エグリゴリ”らしい。最悪の事態が起きているのかもしれない。ガーデンベルグ達が、新たな“エグリゴリ”を創り出しているという・・・。自分たちを形作っているシステムやプログラムくらいは把握出来るだろう。あとは設備や材料となるが、どこで調達したのやら。

「ならば私の敵だな。さらばだ、ミュール」

ミュールの手を払いのけ、“グングニル”を穂先を向ける。私とシェフィの最高の子供たちである“ヴァルキリー”には遠く及ばない戦力に違いない、ガーデンベルグ達の創った“エグリゴリ”など。

「うん、バイバイ、お兄ちゃん♪」

“グングニル”の刺突を放ったとほぼ同時、ミュールの全身から発光。視界がオレンジ色一色になるが、気配はそのまま。なら、このまま貫いてくれる。だが空を切った。この光に感覚が惑わされてしまっている。

(何故反撃してこない? それにガーデンベルグ達も)

絶好の機会だろう、今は。それなのに攻勢に打って出ない“エグリゴリ”。ならこちらから仕掛けさせてもらうまでだ。頭痛を覚悟で発動させるのは、

――光神の調停(コード・バルドル)――

全方位無差別砲撃の上級術式バルドル。使用魔力はXXランク。覚悟していた頭痛が来た。これを耐えさえすれば・・・・

「あ? ぐっ・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

頭痛よりさらに強烈な胸の痛みに、私は叫ばずにはいられなかった。痛みを生んでいるのは、魔術師にとって最も重要な器官“魔力炉(システム)”だ。その場で両膝をついて蹲る。溢れて止まらない涙に視界がぼやける。

(なんだこれは・・・!?)

わけが判らない。“界律”からのペナルティーではないのは確かだ。さらに視界にノイズが走る。そんな中、脳裏に浮かんでくるのは・・・

――よぉ、ルシル。お前も昼、食ってくか――

(比泉・・・秋名・・・)

――ツンツンデレツンデレツンツン♪ ほら、ルシルも歌ってよ――

(槍桜・・・ヒメ・・・)

――ルシルさん、お疲れ~――

(五十音・・・ことは・・・)

――あ、ルシルさん。いらっしゃい――

(七海・・・アオ・・・)

――ルシリオンさん。たまにはノーと断った方が良いかと――

(岸・・・恭助・・・)

かつての契約先の世界で出逢った仲間たちの笑みと声。どうしてこんな時に、アイツらの事が脳裏に浮かぶんだ。私に笑いかけてくれる秋名たちの姿がブレる。消える? やめろ。何が? 判らない。

――・・・ルシ・・・花見・・・楽し・・・一緒に・・・――

(秋名・・・!)

かつての友が霞んでいく。ヒメも。ことはも。アオも。恭助も。その世界で出逢った他のみんなも。
まず最初に恭助が消えた。何か大事なものを失ったようで・・・。

「恭助!!・・・・・・って・・・誰だ?」

恭助? 誰だソレは。違う。恭助は友達だ。友達? 誰が? 何を馬鹿なことを。恭助だよ。いや、だから恭助って誰だ?

「なん・・だよ・・・これ・・・」

いっつもラーメンばかり食べている腹ペコ町長のヒメも・・・消えた。

「ヒメって誰だ? 違う! 違う違う違う違う!」

消えていく。大切な思い出が。私を支えてくれていた仲間の声が、笑みが、全部! このはって誰だ? アオって誰だ? 秋名って・・・・

――・・・・・・・・・・・――

「誰だ?・・・・・・消える、消えていく。なんだよ、何なんだこれはっ! 消えるなよ。何か大切な思い出があったのは憶えているんだ。だから消えるな。消えるなって。思い出せないけど、大事な誰かとの大切な・・・・っ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

何か大切な思い出を失った。それは私を構成する何か。判る。もう二度と取り戻せない、二度と得る事も出来ない物を失ったのだと。だから・・・・無様にも叫ぶしかなかった。狂ってしまいそうだったから。

――炎焼・斬烈閃――

――神雷槍――

――轟破焔壊槌(マルテーロ・コンブスタオン)――

――黒き閃光放つ凶拳(ソワール・エロジオン)――

――轟風暴波――

――嵐槍百花(クライシス・エア)――

――輝きたる音軍(ルスティヒ・マルシュ)――

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

「っ!?」

とある少女が突如何かを感じ取ったかのようにハッとして空を見上げる。綺麗なブロンドヘアはシニヨン、紅と翠のオッドアイ。顔立ちは幼い。ビスチェのドレスを着ていて、その物腰は気品が溢れている事から高貴な身分だろう。しかしその少女の体躯とドレスには全くそぐわないガントレットが両上腕部にまで装着されていた。

「今、なにか・・・?」

少女は遠く広がる空の向こうを見上げたまま動かない。そんな少女へと歩み寄っていく一人の青年。碧銀の髪、青紫と瑠璃のオッドアイ。少女に向けている表情は優しさ一色。そして彼もまた両腕にガントレットを装着している。

「どうかしましたか? オリヴィエ」

「なにか・・・上手く言えないのですが、とても悲しい思いを感じたような・・・?」

青年にオリヴィエと呼ばれた少女は影を落とした表情で答えた。

「・・・・またどこかで戦があったのでしょう。これ以上の悲しみを生まないためにも、この戦乱の時代を終わらせなければ」

「きっと、クラウスになら出来ます」

オリヴィエもまた声をかけて来た青年クラウスに微かながらも笑みを向ける。オリヴィエとクラウス。後の世に“聖王女オリヴィエ”と“シュトゥラの覇王”と語り継がれる二人を包むのは、この戦乱の時代の中でも温かなもので・・・。
ここは騎士の世界ベルカ。時代は常にどこかで戦の起こる戦乱期。諸王時代とも呼ばれるこの戦乱期に、現在(いま)よりさらに遥かに古き時代の王ルシリオンが降り立った。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

――シュトゥラ/ラキシュ領――

シュトゥラと隣国イリュリアの国境近くのラキシュ領にある山林の中、1人の少女が山菜採りに来ていた。
茶色い長髪はポニーテール。青い瞳。白い肌ゆえに、頬が桜色に染まっているのが目立つ。三角頭巾にエプロン、カットソーにロングスカートという格好だ。早い喩えが田舎の町娘。

「うん、今日もなかなかの量ね。今夜はご馳走かな♪」

採れた山菜を見てニヤニヤする少女。少女は籠を背負い、彼女の住んでいる街へ帰るために山道を往く。その帰路の途中、少女は帰りついでに山菜を見落としていないかキョロキョロと辺りを見回している。と、山林の奥で何かが光っているのを見た。最初は警戒して動かず近づかず。何も変化が起きないのを時間をかけて確認した少女は、音を立てず、息を殺してそろりそろりと歩み寄っていく。

「・・・・・・っ!!」

そして見た。長い銀髪に覆われているような女性が倒れているのを。気を失っているのか、もしくは死んでいるのか指一本と動かしていない。

「まさか・・・死んで・・・!?」

少女の顔が青褪める。全身が恐怖に震えだし、腰が抜けそうになる。それでも少女は女性へと近づいて行く。前髪で顔が隠れてしまっている女性の前で両膝をつき、震える手でそっと女性の顔に触れる。

「温かい! 生きてる! 大丈夫ですか!?」

女性が生きている事が判り、少女は声をかけ続ける。声をかけ続けている間、どうしてこのような山林の中で気を失って倒れているのかと考える。病気か。それにしてはボロボロな服を着ている。そこから少女が行き着いたのは、

「何かに襲われた・・・?」

呼び掛けを止め、少女は周囲をぐるりと見回した。獣か。それとも人間にか。今は戦乱の時代。平気で人が死んでいく時代だ。兵に襲われ、ここまで逃げてきたが力尽きて気を失った。そう考える少女。

「綺麗な人だし、襲われて当たり前のような・・・」

土で汚れてもなおサラサラな銀の長髪。前髪を指先でズラし、顔のつくりが整っているのを見る。そこで少女はあることに気付き、「男!?」と叫んだ。

「えっ、うそっ! のど仏がある・・・胸は・・・無い。やっぱり男だっ。こんなに美人なのに男! うわぁ~ん、女としてなんか悔しい!」

女性と思っていた人は実は男性。しかも異性から見て悔しいほどの美貌を持っていた。少女は世の理不尽を呪って叫んだ。そこで男が「うっ」と呻き、少女は冷静になる。

「こんなことしてる場合じゃないっ。街に連れてってカール先生に診せないと!」

少女は街まで戻って助けを呼びに行こうか迷ったが、呼びに戻っている間に男に何かあってはまずいと判断し、

「よっと・・・、あれ? 以外と軽いんだ・・・」

男を背負い、一歩一歩転ばないように注意しつつも確実に山道を降りて行った。

 
 

 
後書き
おはようございます、こんにちは、こんばんは。
今話の終盤を読んで下さったことで判ったかと思いますが、Episode ZERO:Vivere Est Militare/ウィウェーレ・エスト・ミリターレ(生きる事は戦う事だ、という意)は古代ベルカ時代のお話となります。
もちろんメインタイトルに『リリカルなのは』と出ているので、なのは達も出ますよ。
今後のエピソードのために古代ベルカ時代の話が必要だったので、遠回りになりますが投稿する次第です。

それでは次回もお越しいただけることを願い、これにて失礼します。
 

 

Myth1ベルカに立つ魔術師~Advent, Ancient MagE~


魔道世界アースガルド。それは、魔法の祖たる魔術が生まれた原初の世界。
“アースガルド”は、大陸・“聖域イザヴェル”以外がすべて海となっている世界だ。地上に一つしかない“聖域イザヴェル”に人間は誰一人として住んでいない。ならばアースガルドは無人世界か?
いや違う。“アースガルド”の人間が住んでいるのは、遥かなる空に浮遊している四つの大陸だ。“聖域イザヴェル”よりそびえ立つ“支柱塔ユグドラシル”。全高2万mという超が幾つも付く高層建築物“ユグドラシル”の半ば辺りを囲むように四大陸がして浮いている。

そして、四つの王族がそれぞれその四大陸を治めている。
“アースガルド”最初の王にして、“魔術”と呼ばれる能力を生み出した【原初王オーディン】の末裔である、“神聖なるものセインテスト王家”の治める“グラズヘイム”。
“清廉なるものレアーナ王家”の治める“ヴィーズブラーイン”。
“境界なるものフィルトゥティス王家”の治める“アンドラング”。
“絶対なるものクルセイド王家”の治める“ギムレー”。

その内のひとつ、“グラズヘイム”大陸の中央には途轍もなく巨大な宮殿がある。名を“ヴァルハラ宮殿”。一つの街がすっぽり入るくらいの大きさだ。いくつもの塔や離宮があり、噴水広場や花園、礼拝堂なども多く存在している。
それらを囲っている城壁は全てが黄金で作られている十二角形で、対魔力効果を有している。城壁の中央にドッシリと構えているのがセインテスト王家が住まう宮殿の本宮だ。一辺が8kmほどある正四角形状の本宮の外壁には、ルーン文字と呼ばれる“力”ある文字が描かれている。それだけで絶対的な防衛能力が設けられていることになる。

そんなヴァルハラ宮殿の離宮の内の一つ、スロール離宮。離宮と言えど内装は豪華絢爛の一言だ。天井には余すことなくシャンデリア。壁には美術品が多く並び、床は汚れ一つとして無いレッドカーペット。そのレッドカーペットの廊下をひとり歩く少年。
膝裏まである銀色の長髪。ルビーレッドとラピスラズリのオッドアイ。ルーン文字が縁にいくつも刺繍された足元まである白の長衣を着て、縁に複雑な装飾が施された白マントを羽織っている。王衣を身に纏っている少年の名はルシリオン・セインテスト・アースガルド。ここグラズヘイムの王だ。16歳にして一国を治める王となったルシリオン。それから1年経っての現在17歳。

「参ったな、言い出しておいての遅刻とは・・・」

ルシリオンが長い長い廊下を大股での早歩き。そしてようやくたどり着いた場所。スロール離宮の端にある広大な円形の大ホールだ。直径は600mくらいはあるだろう。天井はステンドグラスが敷き詰められ、壁際には燭台が何百と並んでいる。その大ホールの中央に、一人の少女が佇んでいた。

「すまない、シェフィ。会議で遅くなった」

「ううん、大丈夫だよ、ルシル。ここまでの作業なら私一人で十分だったから」

ルシリオンに、シェフィ、と呼ばれた少女が彼の愛称、そして報告を告げ振り返る。あどけなさの残る少女で、足首まで流れるシアンブルーの長髪はツーサイドアップ。桜色の瞳は大きく、吸い込まれそうなほどに綺麗だ。
紫色のハイネックロングワンピース・白のクローク。頭には毛皮(ファー)の無い露西亜帽(パパーハ)。少女の名はシェフィリス・クレスケンス・ニヴルヘイム。アースガルドと同盟を結んでいる世界の一つ、“氷零世界ニヴルヘイム”の第二王女だ。

「このヨツンヘイム連合の新兵器・・・私たちの知らない技術で造られてる。でも解析も終わったし、製造方法も判明。この程度なら改良して、全く新しい形での戦力を開発できるよ」

「さすがだな。まさか連合も、自軍の兵器を捕縛され、あまつさえ解析された挙句に利用されるなんて思ってもいないだろうな」

ルシリオンとシェフィリスの見詰める先、ホールの一番奥にソレは居た。
西洋甲冑のような深紅の鎧を全身に纏った、全長が50mはあるだろう巨人――その上半身。腹から下は無く、両腕も肩からごっそりと無い。原型を留めている上半身と頭部も無傷ではなく所々がひび割れ、または崩れていて、機械部品をさらけ出していた。ソレの背後の壁に大穴が空いていることから、無理やりホールへ運び込んだらしい。

「Automatic operation's Magic use Tactics attack, Intelligent battle System・・・ 頭文字をとってA.M.T.I.S.・・・アムティスって呼ぶみたい」

「アムティス、ねぇ。連合が連合統一言語(ヨツンヘイムご)ではなくてアースガルド語を使う、か。皮肉だな。どれどれ。2タイプがあるようだな。近接型のセイバータイプと遠距離型のアーティラリータイプ」

ルシリオンがシェフィリスの周囲に展開されている半透明の空間モニターを覗き込む。アムティスの詳細なデータが表示されている。ルシリオンはそれらのデータを眺める。現在、アースガルド同盟軍とヨツンヘイム連合軍の戦況は、連合に傾いている。要因としては、両組織が取り込んでいる味方の数だ。
アースガルドは、同じ原初世界である“氷零世界ニヴルヘイム”と“煉生世界、ムスペルヘイム”。そして“光煌世界アールヴヘイム”。“無圏世界ニダヴェリール”。“闇庭世界スヴァルトアールヴヘイム”。その他140強の世界と同盟を結んでいる。

「新しい仲間を戦場に投入すれば、きっと同盟軍も少しは楽になるかもしれないよね」

ヨツンヘイム連合。
“極凍世界ヨツンヘイム”と“戦導世界ヴァナへイム”、“夢幻世界ウトガルド”、“深森世界スリュムへイム”を筆頭とし、約400強の世界がその四大世界の下についている。しかもそのほとんどが強制的に連合に加入させられた世界だ。無理に他の世界を従わせ、アースガルド同盟との戦争に参戦させている。
それほどまでに影響力の強いヨツンヘイムと呼ばれる世界たちと千年も戦い続けたアースガルド同盟軍。しかし、徐々に押され始めていた。スヴァルトアールヴヘイムが滅ぼされたのだ。世界丸ごと一つの戦力を失い、アースガルド同盟軍は窮地に立たされた。

「ああ。戦力を整え次第、フノスの計画を実行。そして一気に戦況をひっくり返し・・・連合に勝つ」

その窮地を脱するために、ルシリオンとシェフィリスは敵戦力の一角であるアムティスを基とした、新たな同盟軍の戦力を生み出そうと考えた。そして、フノスの計画。二つの計画が、今後の戦況を左右することになる。

「それじゃあルシル。あなたが今後の計画主任になるんだから、プロジェクト名を決めて」

シェフィリスはこれから始動されるプロジェクトの名を決めるよう、ルシリオンに微笑みを向けた。ルシリオンは「そうだな・・・」と顎に左手を添えて考え込む。そして「よしっ」と頷いたルシリオンは、シェフィリスの肩越しからモニターを覗き込み、コンソールを叩き始めた。

「かつて。大戦が始まるずっと前。ここアースガルドには優れた魔術研究・実践・防衛部隊があった」

「??・・・・あ、なるほど。じゃあプロジェクト名はそれで決まりだね」

「ああ」

ルシリオンとシェフィリスは頷きあって、彼がモニターに打ち込んだ文字を二人一緒に口に出した。

「「プロジェクト・ヴァルキリー」」

こうしてアースガルド同盟軍の未来を担う二大計画の一角、プロジェクト・ヴァルキリーが始動した。

†††Side????†††

懐かしい夢を見た。私とシェフィがまだ幼馴染だった頃、そしてフノスの計画・“アンスール設立”以前、“戦天使ヴァルキリー”の開発プロジェクトを立ち上げたあの日・・・。
最初の一ヶ月は試作機を開発し続け、そして性能や人格が安定してきたところで“ヴァルキリー”の第一号を完成させた。第一世代ブリュンヒルデ・シリーズのシリアル1、戦計の剣ガーデンベルグを。“ヴァルキリー”は大切な子供たちだ。兵器などではなく、愛すべき私とシェフィの子供たち。

「(それが今では敵同士・・・)どうしてこんなことに・・・・って!」

間抜けなくらいに覚めていなかった夢心地からようやく覚める。

(どうして私はベッドの上に寝ているんだっ・・・?)

上半身を起こそうとしたが同時に全身に激痛が走り、頭だけが勢いよく上がっただけだ。無様にまた枕に頭を落とす。上半身すら起き上がらせることも出来ないか。

「ぅぐ・・・!」

ダメだ。ダメージが大き過ぎる。ここは無理はせずに動かない方が賢明だな。あと何か白い物体が目の前から足元へと過ぎってどこかへ飛んでいったが、この体勢では見えないな。しかし体が動かないため何が飛んでいったのかを確認するのを諦め、深呼吸を何度かゆっくりと繰り返すうちに、ようやく痛みが和らいだ。
とりあえずは状況確認だ。私が居るのは寝室らしい部屋で、さほど大きくない。内装も質素。ベッド脇のナイトテーブルには木製の円いトレイがあり、上には水の入ったガラス製の水差しと伏せられたコップ。ナイトテーブルの反対側のベッド脇には本棚。頭だけを動かして、蔵書のタイトルを見る。

「Schwärzen Sie Prinzessin(あの文字は・・・レーベンヴェルト語・・・?)」

大戦末期にヨツンヘイム連合に組み込まれた“複数世界ミッドガルド”を構成する世界の一つ、騎士世界レーベンヴェルトの言語のように見える。以前の契約で訪れた地球という世界で言えばドイツ語だ。
そうであるならここはレーベンヴェルトで、時代は堕天使戦争、私たちアンスールが全滅してからさほど時間が経っていない頃ということになる。しかし、そんな都合良くアンスール終焉の時代に近い世界に“エグリゴリ”が現れてくれるのか? いや、そんなに深く考える必要はない。“エグリゴリ”がこの世界のこの時代に居る。

「それだけで十分だ」

「・・・あっ、起きてる! よかったぁ・・・!」

ガチャっと木製の扉を開けて入ってきた少女。歳は10代半ばくらいだろう。茶色い長髪はポニーテール。活発そうな青い双眸。ゆったりとした水色のロングワンピースを着ている。そして両手にはタオルの掛かった洗面器。

「もう起きないのかと思っちゃったけど、本当に良かったですよ。それで、その、大怪我をして山の中に倒れていたんですけど・・・憶えて・・・いますか?」

私が山の中で倒れていた? どういうことだ。それ以前に私はなぜ無事なんだ。大切な思い出を失って、それがあまりにも辛すぎて、今までこの身に刻んできた苦痛や絶望以上で、狂いそうだった。だから“エグリゴリ”の攻撃に対処は出来なかったはずなんだ。

「えっと、聞こえてますかぁ?」

(あの時なにが・・・?)

うっすらと思い出す。絶叫の中、私は“エグリゴリ”の攻撃を一斉に受けてボロボロになったあと、トドメとしてガーデンベルグが迫ってきていた時・・・・

――危ないルシリオン様!――

「そうか!」

「ひゃうっ?」

思い出した。涙で滲む視界の中で見えた、桃花色の外套を羽織ったマリアの姿を。そうだよな。私がこの世界に居られるのは、マリアが召喚してくれたからだ。まったく。自分は契約を抱えていて大変だろうに。わざわざ助けに来るとは。
だが、ありがとう、だ。マリア、君のおかげで私は消滅させられることなく命を繋ぎ止めることが出来ている。おそらくこのチャンスを逃せば私は消滅するだろう。もちろん”神意の玉座”に在る本体の方が、だ。

「ビックリしたぁ・・・どうしたんですか急に・・・?」

「あ、ああ・・・驚かせてすまない」

つまりはこれがラストチャンス。たった一度の死も許されず、再召喚など無論不可能。それほどまでに本体と分身体の私は壊れかけている。高出力の魔術を使えば、魔力で構成されているこの肉体に歪みが起きる。
その歪みのペナルティーは固体と化している肉体だけではなく、純粋な魔力である私の核にも及ぶ。核には今まで訪れた契約先世界で複製してきた武器や魔術・能力・技術・知識・記憶などが多く貯蔵されている“創世結界”が存在している。
歪みによるダメージを負う“創世結界”。結果、貯蔵されている記憶などが失われてしまう。というのが私の今のところの推測だが・・・おそらくこれで当たりだろう。

(覚悟が必要だな。エグリゴリを救うために、今まで培ってきた全てを犠牲にしなければならないと)

失ってしまいたい記憶もあれば、失いたくない記憶も多くある。天秤に掛ける・・・までもない。何としても“エグリゴリ”を救わなければならない。たとえそれが私という存在が壊れてしまうことになってもだ。

「それはいいんですけど・・・。タオル、取り替えますね・・・って、なんでタオルが床に?」

少女がベッド脇に歩み寄り、私の足元の床を見てそう言った。どうやら先ほど視界を飛んでいった白い物体というのは、私の額に乗せられていた濡れタオルだったようだ。勢いよく頭を上げた際にポーンと飛んでしまったんだな。

「あー、それはついさっき目を覚ました際に体を起こそうとし――」

「起こそうとしたっ? そんなひどい怪我で何をやってるんですかっ!」

怒鳴られてしまった。洗面器をナイトテーブルにドンと置き、「傷が開いちゃったらどうすんですっ?」と私の被っていた布団を剥ぎ取った。ここで自分の体の状況を知った。半裸だ。しかし服代わりと言っていいほどに上半身に包帯が巻かれていた。そこまで酷かったのか、私の身体に負わされたダメージは・・・?

「あなたは一週間も昏睡状態だったんですよっ! それなのにもう!」

「いや、そこまで怒らなくても・・・(一週間。それで済んだのは幸いだな)」

「怒りますよ普通!」

あまりの剣幕にたじたじだ。少女は私の体を看て、傷が開いていないかを確認している。この娘は医療に従事しているのだろうか? 少しすると「ほら、やっぱり血が出てるじゃないですかっ」とまた怒鳴られた。
彼女はワンピースの袖を拭って、私の脇腹に両手をかざした。すると彼女の足元から浅葱色の光が溢れ出した。それと同時に魔力を感知。魔術師? いや違う。魔術特有の神秘を感じられない。まさか・・・これは・・・!

「ひょっとして驚いてます?」

「いや・・・何をやって・・・」

「はい? え、判りませんか? 魔法ですよ、治癒系の・・・」

「ああ、治癒の魔法か」

「そうですよ。なんだと思ったんですか?」

やはり魔法か。レーベンヴェルト語のような言語を使い、なおかつ魔法ときて、しかも戦争を行なっているとなれば、自ずと見えてくる私が居る世界の名前。信じられないが、まず間違いだろうな。まったく、何の因果だろう。

「これで・・・よしっ。もうあんまり動かないでくださいね。死んじゃっても知りませんよ?」

ビシッと人差し指を立てて、横になっている私の顔を覗き込んできた。とりあえず「了解した。ありがとう、世話をかけた」と礼を言う。すると少女は顔を真っ赤にして「あ、うん・・・。なんかズルいなぁ、男の人なのに」とボソボソとよく聞き取れない声量で何かを呟き、洗面器のタオルを絞って私の額に乗せた。

「何か言ったか?」

「べ、別になんでもないですっ・・・」

少女は椅子に座ってしばらく室内を見回した後、「あ、そうだ」と私を見た。

「お名前、聞いてもいいですか? わたし、エリーゼ。エリーゼ・フォン・シュテルンベルクっていいます。カッコいいでしょ?」

エリーゼと名乗った彼女は、ニコッと笑みを浮かべた。私も名乗り返すために口を開き、「r――」と途中で言い淀んでしまう。
ルシリオン・セインテスト・アースガルド。別に隠す必要はないんだが、私の推測が正しければ、私が人間だった頃の時代の情報がこの世界に生き残っている可能性がある。それで何かしらの支障が出るとは思えないが、それでも何かあった時のために・・・。

「私の名は、オーディン。オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード」

魔術を生み出した原初の王。そしてセインテスト王家の祖の名、オーディン・セインテスト。それにフォン・シュゼルヴァロード。長年、王族にのみ許される王性アースガルドの代わりに名乗っていたファミリーネームだ。

「オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード、さん。長い上にカッコいい。じゃなかった。その、オーディンさんはどうして森で倒れていたんですか? すごく傷ついていたし。かなり危ない状態だったんですよ。もしかしたら二度と目覚めないかもって、カール先生が言っていたし」

知らない名が出てきたな。早く周囲の状況を整理するために「カール先生とは?」と尋ねる。するとエリーゼは椅子から立ち上がり、窓際まで歩いて外を眺めながら答えてくれた。

「はい、この街アムルのお医者さんです。カール・アーレンス、知りませんか?」

「すまないが」

「え? うそですよね。だってカール先生の医療魔法はかなり有名なんですよ? このシュトゥラ国内で知らない人はいないってほどのお医者さんなんですよ?」

信じられないといった風に何度も確認してくるが、知らないものは知らない。それより新たに情報を手に入れることができた。しかもかなり重要な。シュトゥラ。うっすら記憶に残っている名だ。やはりこの世界は、

(後に滅ぶことになる世界・・・第二世界ベルカ、だな)

ヴィヴィオのオリジナルである聖王女オリヴィエや、シグナムら守護騎士たちが生み出され戦った世界。シュトゥラというのも、無限書庫で働いていた頃に読んだベルカ先史書に出ていたのを憶えている。ああ、憶えている。フェイト達と共に過ごした記憶はまだハッキリと残っている。この記憶は出来るだけ失いたくない。失うというのならもっとあとに願いたいものだ。

「本当に知らないんですか? もしかしてオーディンさんって、シュトゥラの人じゃない・・・?」

この戦乱の時代に、他国の人間が自国の領域に居るのは不審だからな。しかも重体で。さぁてどうしたものか。エリーゼが不審者を見るような目を向けてきた。ならば「ぅぐ、頭が・・・くっ、思い出せない!」と頭を抱えようとした。が、腕が上がるわけもなく。ただ苦痛に顔をしかめる演技。エリーゼが信じ込んで「まさか記憶喪失っ?」と切羽詰った顔で覗き込んでくる。

(し、しししししまったぁぁぁーーーーーーーーっ!!)

馬鹿か私っ! 咄嗟とはいえ何が記憶喪失だっ。いくらなんでも無いぞ、この誤魔化し方は。エリーゼが「記憶喪失の患者なんて初めてだよっ」とオロオロしだしているじゃないか。

「おそらく一時的なものだよ。名前は憶えているんだから、すぐに戻るさ」

落ち着くよう告げる。

「確かに大きな怪我を負った人は時々記憶が飛んでいることがあるけど・・・!」

エリーゼは顎に右手を添えて唸り出し、室内をウロウロ彷徨き始めた。馬鹿なことをやってしまった。とにかく嘘をついてすまない。唸るのをやめたエリーゼが「カール先生に連絡を取った方がいいよね・・・?」と扉に目をやった。有名かどうかは知らないが、シュトゥラ国内で有名ということは、私の嘘くらい即見破るだろうな。その前にもっと上手い誤魔化しを考えて――いや、そうか。この街を出て行けばいいだけだ。

「オーディンさん、少し待っていてください。カール先生を連れて来ま――」

エリーゼがドアノブに手を掛けたと同時にコンコンとノックされたあと、「エリーゼお嬢様、旦那様がお呼びです」と少女の声。エリーゼお嬢様? この娘は上流階級の人間か? それにしては服も部屋の作りも質素だ。

「また? しつこいなぁ父様は。わたしの言うことを聞いてくれない限り本邸には戻らないって言ってるのに。ごめんなさいオーディンさん。少し待っていてください」

本邸には戻らない、か。どうやらここは別宅であるようだ。エリーゼは父親とケンカ中で家出中のようだな。エリーゼはぶつくさ文句を言いながら出て行った。完全に気配が遠ざかったのを確認して、「居るんだろ、マリア」と窓を見る。
スッと窓際に現れるマリア。“界律の守護神テスタメント”の衣装である神父服(キャソック)外套(マント)ではなく、白のブラウスに赤いリボン、黒のベスト、黒と赤のチェック柄のプリーツスカート、白のハイニーソックス、黒のローファー。契約執行待機中の服装だな、マリアの。

「調子はいかがですか、ルシリオン様」

「悪くはないな。これなら治癒術式(ラファエル)を10分程度使えば完治できる」

「・・・申し訳ありません。お救いした時にはもう干渉能力に制限を受けていましたので治せませんでした」

――傷つきし者に(コード)汝の癒しを(ラファエル)――

魔力上限をSSSランクに設定。治癒系中級術式ラファエルを発動。両手を膝の上に添えて頭を上げるマリアに、「助けてもらっただけで十分だから、気にしないでくれ」と動くようになった右腕をマリアに伸ばす。私の右手を取ってくれたマリアは、私が今一番知りたいことを話し始めた。

「エグリゴリについてですが、ルシリオン様をお守りする際、ある程度の攻撃を与えましたが、ほぼ無傷。ですが私の存在に警戒したのか、それ以上の戦闘を継続しようとはせずに退却しました」

「そうか。助かったよ、手加減してくれて。あの子たちとの決着は私がつけなければならない」

干渉能力が使えないとはいえ、それなりの戦力を有するマリア。“エグリゴリ”を相手にしても勝てるだけの力はある。それなのに一機も撃破しなかった。私の思いを解っていてくれたからだ。

「・・・ルシリオン様。私はしばらく契約待機状態となるようなんです。ですが、だからと言って今回のように、いつもお助けすることは出来ません。契約した“界律”との条件で、その世界から出ることに制限を受けるんです」

「それで構わないよ。私は私の戦いを。マリアはマリアの契約に専念してくれ」

「・・・はい、ルシリオン様。ではこれにて失礼させていただきます」

現れた時と同じようにスッと姿を消したマリア。掴むものが無くなった右手をベッドの中に戻し、もう一眠りするために目を閉じた。次に起きた時には完治しているだろう。それからエリーゼとカールという医者に礼を言って、早々に立ち去ろう。

†††Sideルシリオン⇒????†††

オーディンさんの事を見習い仲間のモニカとルファに任せて、別宅を出た。オーディンさんが目を覚まして、わたしは話をしたよ、って言ったら二人はびっくりしてた。それほどまでにひどい怪我だったんだから。それにしても・・・

(オーディンさんのお世話を任せておいてなんだけど、ルファはともかくモニカって騒がしいから、迷惑をかけないか心配)

でももうわたしは別宅から本宅への道を、愛馬レミントンで駆けてるし、すでに手遅れ。心配するんなら迷惑をかけないようにちゃんと言っておくんだった。

(オーディンさん、かぁ。歳はいくつだろ? わたしよりかは歳上だよねやっぱり・・・)

オーディンさんの微笑を思い出す。すごく綺麗で、けどどこか寂しそうな・・・。それにまさか記憶喪失だなんて。どうにかして取り戻させたいなぁ。見習いとはいえカール先生の助手を名乗っている以上(自称だけど)は、患者さんの問題は解決してあげたい。

「エリーゼお嬢様。もう本宅の方へ戻られては? 旦那様も望んでいらっしゃいます」

後ろをついてくる侍従のアンナ。歳はわたしより2つ上の17歳。主従の関係じゃなくて、わたしは姉妹のような関係だって思ってる。普段なら敬語とか無しで話すんだけど、父様と同じようにちょっと喧嘩中だから、こんなにギクシャクしてる。そもそもわたしの事を考えてくれるなら、わたしの味方をしてくれてもいいのに。

「嫌。帰ったら望んでもない結婚をさせられるに決まってる。それが判ってるのに帰るなんて愚行。わたしはカール先生の医療魔法を学んで、すっごい医者になるって決めてるの。嫁ぐなんて、鳥籠に飼われた鳥のようなものじゃない。そんな自由のない生き方は絶対に嫌」

という風に父様と衝突して、わたしはこのアムルの長をしている父様の居る本邸から出た。アムルの郊外にある空家となっていた別宅へ、カール先生の医療魔法を学ぶ同じ見習い仲間と一緒に住むことにした。暮らしはぐっと貧しくなったけど、結婚させられるよりは遥かにマシ。そんな感じで家出中なわたしは、アムルで一際大きい屋敷に到着。一年前まで過ごしていた我が家。塀に囲まれた屋敷を見上げる。

「お帰りなさいませ、エリーゼお嬢様」

正門も潜ると、門から屋敷の玄関までの道の両側にズラッと並ぶ(と言っても10人位)侍従たちのリーダー、侍従長がわたしに向かって一礼。遅れて他の侍従が「お帰りなさいませ、エリーゼお嬢様」って続く。わたしは「ただいま」って返しながら歩いて、玄関のドアノブに手を掛けようとして、

「私の役目です。お帰りなさいませ」

アンナと別の侍従が両扉を開けて、わたしの道を作る。気が重い。屋敷の中の空気がわたしの心に重く圧し掛かる。貴族に生まれたくなかった。お金があるから幸せ? 違う。お金があっても自由が無いなら幸せじゃない。

(根性を見せて、今度こそ分からず屋の父様に医者になることを許してもらおう)

頬をパチンと叩く。わたしは道具じゃなくて一人の人間だ。それを判らせてやる。エントランスに入って廊下を歩き、当主の部屋の前までノンストップで向かう。ノックする事もなくバンッと扉を勢いよく開け放つ。執務机で仕事をしている父様がギラリと睨んできた。

「エリーゼ。なんだ、その礼儀の欠片もない行いは」

「別にいいでしょ。それより、いい加減にして父様。アンナを寄越すなんて。前にも言ったでしょ。わたしは、医者になるって。だから嫁ぐなんて絶対に嫌。それを認めてくれるまで絶対に帰らない。わたしは、父様の道具じゃない」

サクッと本題に入る。それ以外の話なんてしてやるもんか。父様は大きく溜息を吐いた後、「お前、身元も判らない人間をこの街に入れたそうだな」って、関係ないことを言ってきた。なにそれ? わたしの未来のことよりそっちの方が大事だっていうの? ムカついたから「だからなに?」って不機嫌さ丸だしで言ってやる。

「今すぐにこの街から追放しろ。何処の人間かも判らん奴を、この街に留めておくわけにはいかん」

「は?・・・・はぁ!? ちょっ、怪我人なんだよっ? しかもさっき目を覚ましたばっかで、起き上がる事も出来ない人なのに、それを追放!?」

いくら何でも酷過ぎるよっ。オーディンさん、動けないどころか記憶喪失かもしれないのに。それを街の外に放り出すなんて。襲って下さい、殺して下さい、って言ってるようなものだ。人間のすることじゃない。だから執務机の前に行って、「人でなしっ!」ってガンッと拳を机に叩きつける。でも父様は「シュテルンベルクの娘がなんて乱暴さだ」って嘆息。

「もういい! 親子の縁を切らせてもらいますっ! 父様がこんな冷徹な人間なんて思いもしなかった! 馬鹿ぁぁーーーーーーッ!!」

踵を返して、大股でわざとズンズン足音を鳴らして部屋を出ようとした。でも、「娘を捕まえろ」なんて命令が背後から聞こえた。振り向くよりも早く、侍従の連中がわたしを取り押さえた。

「ちょっと! 痛い痛い痛いってば!」

「少しは頭を冷やせ馬鹿者! エリーゼを、この子の部屋に幽閉しておけ!」

「はあ!? 幽閉って何を言って――ちょっ、本当に娘を閉じ込めようっていうの!?」

もうそれで話しは終わりだとでも言うように、父様は背を向けた。それからすぐにわたしは元私室にまで連れていかれて、幽閉された。窓が外から木組みで封されているし、扉も外から何か引っ掛けているのか開かない。たぶんどっちも魔法で強化されているかもしれないから、医療魔法や思念通話以外なにも習得してないわたしに破れるかどうか・・・。

「本当に娘を閉じ込めるなんて・・・。母様が居てくれたら、きっと味方してくれるはずなのに」

天蓋付きの寝台の上に寝転がって、亡き母と何か良い脱出方法がないか考える。一番いいのは、アンナに助けてもらうことだ。アンナは攻撃の魔導を扱える。でもお願いしてもやってくれるかどうか・・・。ううん、ここは信じよう。いざ思念通話でアンナに助けを呼ぼうとしたその時、

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「なにっ?――きゃっ?」

屋敷の外から悲鳴が。それだけじゃなくて爆発音が連続で轟いて、振動で屋敷が揺れた。窓にへばり付くようにして外の様子を見る。街中の至る所から炎や黒煙が噴き上がってる。中庭がガヤガヤと騒がしくなる。見れば父様が騎士甲冑を武装していた。男の侍従たちも騎士甲冑姿。どうしてそんな戦場に向かうような格好で――そんなまさか・・・。

「アムルが襲撃を受けてる・・・!?」

そうとしか考えられない。鳴り止まない悲鳴と爆発。急いで扉に向かって、ドアノブをガチャガチャ動かすけどビクともしない。「開けて!」ってドンドン叩く。その間にも続く悲鳴と爆発音。それから間もなくガチャって扉が開いた。そこには息を切らしたアンナが顔を青くして居た。

「エリー! 急いで逃げて! イリュリアが攻めてきた!」

イリュリアが攻めてきた? それってつまりシュトゥラに戦争を仕掛けて来たってことだよね。だけどいつかこういう日が来るかもしれないって心のどこかで思ってた。アムルは、シュトゥラの交易都市ラキシュ領の一画だ。イリュリアはアムルを落として、ラキシュ領占領の足がかりにするつもりなんだ。わたしはアンナに引き連れられて、避難するために廊下をひた走る。でもここでふと気付く。オーディンさんを放置したままだ。

「アンナ! 別宅に行かなくちゃ!」

「ダメっ! もしあの男の人の心配をしているのなら諦めて!」

オーディンさんを見殺しにする? そんなの出来ないよ。どうしてか判らないけど、オーディンさんは死なせちゃダメな気がする。それに、わたしの初めての患者さんだ。見捨てるわけにはいかない。カール先生にですら意識を取り戻すのは難しいかもって言われたけど、オーディンさんは起きた。
だったら完治するまで面倒を見るのが医者の務めだ。

「お願い、行かせてアンナ! 放っておけない!」

「あーもう! 一度言い出したら聞かないんだからっ!」

アンナの手を振り解いて、わたしは馬小屋へ向かうために走る。中庭を走っている最中、正門から騎士甲冑を着こんだ数人の騎士が侵入してきた。それぞれ剣や槍や斧を携えた血色の甲冑の騎士たちが、わたしとアンナを見る。
甲冑の右肩の装甲に、骸骨に二つの鎌っていう騎士団章があるのが判った。隣国イリュリアの敵国強襲騎士団のひとつ・・・「血染めの死神騎士団(マサーカー・オルデン)・・・!」で間違いない。

「虐殺者の集まりが攻め込んでくるなんて・・・」

終わったかもしれない、わたしの短過ぎる人生。死神騎士団が相手じゃ・・・。絶望していると、アンナが「エリーだけでも逃げて!」ってわたしを庇うように前に出た。そして手には銀の鍵。「アインホルン、起動」と告げると、銀の鍵はレイピアになった。アンナの武装・“アインホルン”だ。アンナは戦う気だ。殺しの玄人を相手に。ダメ。止めないと。アンナじゃ勝てない。殺されちゃう。

「げほっげほっ。逃げるんだエリーゼ! アンナっ、エリーゼを逃がすんだっ!」

「っ!――父様・・・!」

死神騎士団の背後に、血塗れの父様が居た。他にもアムル防衛騎士団の人たちが8人。その全員の騎士甲冑はボロボロで、無傷のところなんてどこもない。それでも父様は大剣を構えた。アムル防衛騎士たちもそれぞれ武器を構えた。自分たちより強くて数の多い死神騎士団と戦うために。街を守るために、大切な人を守るために。

「行けぇぇぇーーーーーッ!」

父様が叫んで、アムル防衛騎士団と一緒に死神騎士団に突っ込んだ。わたしは「父様!」って叫ぶしか出来なくて、「旦那様、御武運を!」って言ったアンナに手を引かれて馬小屋へ。こんなのってないよ。いろいろ衝突したけど、でもそれはいつか仲直りできるって思っていたから。それなのに、もう父様とは会えない。喧嘩したままで、こんな形でお別れなんて。

「父様ぁぁーーーーーーーっ!」

中庭から悲鳴が聞こえてきた。防衛騎士団の人たちの声。たった8人しか残ってなかった。100人は居るはずの防衛騎士団なのに。遅れて「生きろエリーゼぇぇーーーーーーーっ!」という父様の叫び。視界が涙で滲んでなにも見えなくなる。父様も・・・・・・死んだ・・・。アンナが「エリーは生きて、絶対に!」って言ってわたしの手を離し、中庭に戻ろうとした。

「アンナ!」

「追手の足止めを誰かがしないとダメだから」

アンナはここで死ぬ気だ。いや、そんなの。一人ぼっちになっちゃうよ。わたしは「わたしを独りにしないでアンナお姉ちゃん!!」って思わず昔の呼び方でアンナにしがみ付く。アンナを見殺しにしたくない。だったらわたしも一緒に死ぬ。

「見つけたぞっ!」

「「っ!」」

死神騎士団の連中が追いついてきた。返り血で真っ赤になってる甲冑。あの血の中に、父様の血が混じっているんだ。死の恐怖から憎悪へと変わる。わたしにも戦う術があれば、一矢報いるくらいは出来るのに。わたしは、無力だ。

「民には出来るだけ犠牲は出さないようにしてある。労働力は必要だからな。だからアムルを統べるシュテルンベルク最後の人間よ、安心して生を終えるがいい」

「・・・・ふざけるな・・・、ふざけるなっ!」

アムルの民が奴隷にされると判って、何を安心しろって言うんだ。アンナが「エリーには指一本触れさせない。私が相手になってやる」って前に出た。

「下手に希望を抱くなお嬢さん。お嬢さん達の人生は、ここで終点だ」

死神騎士団の将らしき男が右手を上げた。すると騎士の連中が一斉に突きの構えを取った。将の右手が振り下ろされた時、それがわたしとアンナが死ぬ時なんだ・・・。悔しさと怒りで胸がいっぱいだ。わたしの過ごしたこの街が、母様が好きなこの街が、父様が守ってきたこの街が、あんな野蛮な奴らに蹂躙されるなんて。

「突撃!!」

将の右手が振り下ろされた。アンナが自分の胸にわたしを埋めるように抱きしめてきた。わたしの耳元に「来世は本当の姉妹になろうね」ってアンナの囁きが。「うん、絶対になろう」って頷く。人生最後がアンナの胸に顔を埋めるなんて、ちょっとおかしいよね。でも、安心できるんだから嫌じゃないよ。近くまで来ている気配に、わたしは目をギュッと瞑った。痛く感じる前に死ねたらいいんだけどなぁ。

――護り給え(コード)汝の万盾(ケムエル)――

ガキィーンていう甲高い音が耳に届いた。辺りから息を呑む気配。わたしを抱きしめているアンナからも緊張を感じる。続いて、「何だコレは!?」「魔力障壁だぞ!」「誰の魔導だ!?」って、死神騎士団の混乱に満ちた叫び。
アンナの胸に埋まってた顔を出して、ようやくわたしも現状を知ることが出来た。わたしとアンナを死神騎士団の攻撃から守るように、小さな円い盾が無数に折り重なって大きくなってる盾があった。その盾は死神騎士団の武器を完全に防いでいて、見惚れてしまうほどに綺麗な蒼い光で出来ていた。


「その娘と先約があってな。それを済ます前に居なくなられては困るんだよ」


空から男の人の声。聞き覚えのある声。でもこの場に聞こえるはずがない声。だってその声の持ち主は、体を動かす事も出来ない重傷人なんだから。空を見上げる。うなじ付近で束ねられた銀の長髪が尻尾のように揺れて、紅と蒼の虹彩異色の瞳は、死神騎士団を見下ろしてる。
上から下まで全部が漆黒の長衣。外套も黒。だけど縁どりに金の刺繍があって、高貴さが見える。何より目を引くのが、背中から出ている蒼い光で創られた12枚の剣。それが左右に広がって、まるで翼のようだ。

「命を救ってくれた恩を返す前に死ぬのはやめてくれ、エリーゼ」

「オー・・・ディン・・さん・・・!」

どうして動けるの?だとか、そんな疑問は今はどうだっていい。本能が告げてくる。わたしとアンナは、もう死ぬことはないんだって。オーディンさんの神々しい姿を見たら、絶望どころか希望が湧いてきた。オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロードさん。不思議なあなたに、わたしはここにお願いをします。

「助けてくださいっ、オーディンさん!」

「ああ、任せろ。これより一方的な殲滅戦を見せてあげよう」

そう言ったオーディンさんは左腕を大きく空に向かって突き出した。



 
 

 
後書き
前半は、ANSUR本編で使ったものですが、何せ10年も前に書いた事で、一字一句あってるはずもなく・・・。
そして後半。ルシルはオーディンと名を変え、現地人と接触です。
にしても、やはり古代ベルカ時代のストーリーと言う事で、完全オリジナルです。
次のエピソードまで少々退屈させてしまうかもしれませんが、古代ベルカ時代だからこそ出来る事もあります。
それが次回、ということで。では、またお越しいただけることを願ってこの辺で。
 

 

Myth2この地にて友となる君に名を贈る~ReunioN~

†††Sideルシリオン†††

随分とボロボロにされてしまったものだ。治癒術式ラファエルをフルで使っても10分は掛かる。しかしそれはカールと言う医者がすでに治療を施してくれていたからだ。もしエリーゼに拾われて、カール医師の施術を受けていなければ、私は一体どうなっていた事か。

「感謝してもしきれない恩が出来てしまったな」

だというのに嘘をついて騙して。いくらすぐに別れる事になるとはいえ、命の恩人を騙したのはまずかった。とはいえ身分が証明できない以上は仕方ないと割り切るしかないが。エリーゼが出て行った扉へと視線を向ける。あとで彼女には謝ろう。

「ん?・・・・なんだ?」

少し横になって休んでいると、爆発音が僅かにだが聞こえた。首だけを動かして窓を見るが、頭の位置と窓の高さに差があるため外を見れない。しかし見えずとも聞こえる。連続して爆発が起きている。仕方ない。ラファエルと並行して別の魔術式を発動する。

発見せよ(コード)汝の聖眼(イシュリエル)

私の魔力光であるサファイアブルーに輝く、手の平サイズの光球を10基発生させ、窓をすり抜けさせて外へと放つ。イシュリエルは探査術式だ。一種のカメラで、イシュリエルの見ている映像が脳内に送られて来る、というものだ。
これで外で何が起きているのかを確認すればいい。そう思っていた矢先、廊下を忙しなく走る足音が近付いてきた。それは私の部屋の前で止まり、ノックもなくバンッと勢いよく扉を開いた。

「突然ごめんなさい!」

「今すぐここから逃げますっ!」

少女が2人。どちらもエリーゼ程の年齢だろう。服装も似通っている。そんな少女たちは、肩で大きく息するほどに走ったのだろう、顔色は蒼白。それにしても、逃げます、か。やはり何か起きているんだな。イシュリエルから送られてくる映像を確認。燃える街。逃げ惑う住民。

(甲冑を着こんだ連中が街を襲っている・・・!?)

状況は最悪と見ていい。くそっ、私がこんな状態に限って・・・。イシュリエルに割いている魔力をラファエルに回すため、イシュリエルの数を3つにまで減らす。その間にも2人の少女は私を車椅子(何処の世界にでもあるものだな)に乗せるために抱き起そうとした。その時、ドォン!と階下から爆発。

「「きゃあああああっ!?」」

少女たちが頭を抱えて蹲る中、ガシャガシャと金属音を鳴らして階段を駆け上がってくる何者か。おそらく街を襲っている連中の仲間だろう。まだ動けるほど回復はしていないが、迎撃するしかないな。そして奴らは現れた。血色の甲冑を纏った騎士たち。手にする武器には血が付着している。住民たちや襲撃を防ごうとしていた街の警備兵たちのものだろう。騎士の一人が部屋に入って来た。2人は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げる。

「大人しくしろ。抵抗しなければ命までは奪らん」

さらに1人2人と入って来て、「へぇ、良い体してるなガキのクセに」「どうせならちょっと遊んで行こうぜ」とふざけたことをのたまった。2人が息を呑み、身体を強張らせる気配を感じた。ただでさえ襲撃を受けた恐怖と、殺されるかもしれないという恐怖に襲われているのに、犯されるかもしれないという新しい恐怖を突きつけられたのだ。さらに廊下に居る仲間であろう奴らが、

「先遣部隊の特権だよな。現地人で弄ぶっていうのは」

「隊長、ちょっと時間くださいよ。どうせ街の制圧は団長の本隊がやっちまうんだから」

「制圧完了のそれまで待機なんて暇すぎですって」

口々に下種なことを。この連中は生かして帰す必要はない。少なくとも隊長と呼ばれた奴以外は。だが隊長とやら。返答次第では貴様も一緒にここで死んでもらおう。

「・・・・好きにしろ。だが殺すな。自殺された場合はやむを得ないが」

「そうこなくっちゃ!」

残念だ。貴様の放つ雰囲気からして真っ当な騎士だと思ったんだが。どうやら私の見当違いのようだ。と、隊長の視線を感じた。目だけを動かして、フルフェイスの奥にある隊長の目を見詰め返す。しばらく視線をぶつけ合うと、「その怪我、どうした?」と尋ねてきた。部下の連中がようやく私を見て「男にしては綺麗だよな」「高額で売れそうだな」「やばい、俺好みだ」とぬかす。最後の奴の言葉に他の連中が一気にソイツから離れた。今のは私も引くぞ。

「聞いてどうする。どうせこの場から生きては帰れないのだから知る必要はないだろう?」

そう言って鼻で笑ってやる。部下の連中は少し呆け、すぐに大笑いし始めた。人生最後の笑いだ。今の内に存分に笑っていろ。しかし隊長だけは笑わずに、ジッと私を見る。そして「そんな怪我で何が出来る。たとえ何か出来たとしても、こちらには2人の人質が居る」と、少女の1人に戦斧の先端にあるパイクを突きつけた。その少女は「死にたくない殺さないで」と大粒の涙を零し、助けてくれるよう隊長に懇願している。そうだな・・・まずは「我が手に携えしは友が誇りし至高の幻想」と詠唱。

武器殺し(インパクト・ヴォイド)

「何を言って・・・・なんだ!?」

隊長の驚愕の声。そして同時に隊長の持っていた戦斧が床にズンッと落ち、バキバキと床板を突き破って階下へと落ちた。大笑いしていた部下たちもあまりの事態に黙りこむ。静まり返る室内。そして一気に「貴様何をしたっ!」「コイツも騎士かっ!」「なんの魔導だ今のはッ!」と一斉に私に武器を向けてきた。よし、少女たちから私に意識が向いたな。とりあえず「その武器を下げろ、クズ共」と、

――武器殺し(インパクト・ヴォイド)――

先程と同じ魔術を発動する。連中の武器が一斉に床に落ち、隊長の戦斧と同じように階下に落ちていった。インパクト・ヴォイド。私の固有魔術ではなく、実妹シエルの固有魔術だ。効果は重力操作による武器封じ。武器限定に重力を掛け、持ち上げられないようにしてやる。もちろん人体にも重力を掛ける術式がある。だが今は武器殺しで十分だ。

「隊長! 今すぐこの男の殺害を!」

本来、固有魔術は術式を組んだ本人にしか扱えない。シエルの重力操作術式もそう。だが私の固有能力・複製。それで複製することで、私の術式として自在にとは言わずとも扱うことが出来る。先程詠唱したのは、人間だった頃の戦友“アンスール”達の術式や神器を具現させるための専用の呪文だ。

「さて、ようやく私のダメージも回復した事だし、本番と行こうか」

ラファエルによってようやく動けるだけ回復できた。上半身を起こすと少女たちが「うそ・・」と驚愕の声を上げた。目を覚まさないかもしれないと言われるほどの重傷人だった私が動いたんだ、当たり前か。

「さあ、始めよう」

左手の人差し指を連中の1人に向ける。ここに来るまで何人かの命を奪ったのだろ? ならば自分の命を奪われる覚悟は当然出来ているよな。そう、人を殺すというのなら、それはいつか自分も殺されるという覚悟を持たなければならない。どこかの契約先世界で、

――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ――

こんな言葉を聞いた。覚悟もないのに人を殺める事は許されない。だから貴様たちの命は私が貰い受ける。

――暴力防ぎし(コード)汝の鉄壁(ピュルキエル)――

――轟き響け(コード)汝の雷光(バラキエル)――

少女たちを巻き込まないように障壁を展開したあと、中級攻性術式・雷撃系砲撃バラキエルを発動。射線上に居た3人の敵性騎士を吹き飛ばした。家に大穴が開いてしまったが人命には代えられない。再び静まりかえる部屋。戦場など知らないであろう少女たちは仕方ないとはいえ、敵性騎士たちが現状に呆けている。よほどの想定外だったんだろうな。私という存在が居たことが。

「命のやり取りをする戦場で呆けるなど正気か?」

「くっ・・・! 各騎、階下へ降下!」

階下へ降りて武器を拾おうと隊長が指示を出したが、すでに遅い。この部屋に来て私をすぐに殺さなかった時点で貴様たちの敗北は確定していた。

「降りたいのなら私が降ろしてやろう」

まず最初に少女たちを球状の魔力障壁に包んで浮遊させる。突然の事に「きゃっ?」と短い悲鳴をあげたが、いちいち断りを入れるほど余裕はない。
続けて足元の床に、

――煌き示せ(コード)汝の閃輝(アダメル)――

閃光系魔力砲撃を放ち、ボロボロだった床板を完全に崩壊させる。私と少女たちは浮遊しているため落ちないが、敵性騎士たちは為す術なく階下へ落ちた。今ので死んではいまい。武器を携え、私を殺すために戦闘を仕掛けてくるだろう。それでいい。全力を以って挑み、そして無力を噛みしめ死んでいくがいい。

「恐い思いをさせてすまないが、もうしばらくそうして待っていてくれ」

少女たちが安心出来るよう微笑みかける。すると「はい❤」と良い返事をした。それを確認した事で私も階下へとゆっくり降下。一階にまで降りると、連中のほとんどが気を失っていた。気を失っていない奴らも居るが、落下の衝撃によるダメージの所為か動かない。そんな敵性騎士たちの中でまともに動いているのが隊長だ。戦斧を手に私を待ち構えていた。

「貴様は何者だ。これほどの魔導を媒介もなく発動させるとは、余程名のある者なのだろう?」

「先程も言った通り答える必要はない」

――無慈悲たれ(コード)汝の聖火(プシエル)――

蒼炎の大蛇プシエルを発動する。床からの最初の出現でプシエルに呑み込まれた4人の敵性騎士は灰も残らず燃滅。轟々と燃えるプシエルを呆然Tと見上げている隊長。後悔してももう遅い。

「プシエル、力を示せ」

そのまま隊長以外の敵性騎士数人をプシエルに呑み込ませる。ようやくここで隊長が「やめろっ!」と戦斧を手に突撃してきた。その場から動くことなく待ち構え、

――暴力防ぎし(コード)汝の鉄壁(ピュルキエル)――

あと少しで戦斧が私に届くかどうかというところで魔力障壁を展開して防御。隊長は弾き返され後退。明らかに動揺が見える。私のようなタイプと戦った事が無いのだろうな。

「殺した者には必ず殺される報いが訪れる。貴様にも、私にもだ。貴様は今この場で。私はいつかの未来で、だ」

隊長以外を焼殺し終えたプシエルを解除、消滅させる。これ以上はここで時間はかけられないな。早々に片付けて街へ向かわなければ。

「悪いがこれで幕にさせてもらう。街へと向かい、貴様たちの仲間をどうにかしないといけないからな」

――舞降るは(コード)汝の麗雪(シャルギエル)――

蒼い氷で構成された槍を15基展開。槍の穂先は全て隊長に向けられている。それが判っているからこそ隊長は身構え、いつでも迎撃か防御か回避かに移れるようにしている。しかし残念。私の周囲に展開されている14基のシャルギエルにしか意識を向けていない。己の背後で待機している15基目のシャルギエルに気付かないまま逝け。

凍衝粛清(ジャッジメント)

指を鳴らし号令。隊長は目の前から迫り来るシャルギエルを対処しようとしたところで、背後からのシャルギエルに胸を貫かれた。終わりだ。続けて前面から迫るシャルギエル14基に全身を蹂躙されて、隊長は即死。せめてもの慈悲で苦痛なく逝かせてやった。

「そこの2人! 街を見てくる。大人しくそのまま待っていてくれっ!」

2人を包んでいた魔力障壁を解除。周囲に敵が居ない事はイシュリエルで確認済みだ。プシエルによって開いた所から外へと出て、背に12枚の剣翼アンピエルを発動。一気に黒煙の立ち上る街へと空を翔ける。目指すは街で一番豪華な屋敷。エリーゼは高位の身分だ。おそらく彼女の住まう家はそれなりのモノだろう。

「とりあえずは片付けと行こうか」

目的地と定めた屋敷に向かうまでの間、地上に居る多くの敵性騎士に向け、

――殲滅せよ(コード)汝の軍勢(カマエル)――

600と展開した様々な属性を宿す魔力槍を、「蹂躙粛清(ジャッジメント)」と撃ち放つ。標的は血色の甲冑を着た騎士限定。一発も誤射してはいけない。とは言え長距離戦を最も得意とする私だ。誤射をすることなどありはしない。街中に居る敵性騎士を空から殲滅しながら屋敷上空に到着――と、まずい状況だった。エリーゼと従者らしき少女が包囲され、今まさに討たれようとしていた。

「させるか・・・!」

――護り給え(コード)汝の万盾(ケムエル)――

エリーゼ達と敵性騎士の間に円盾を組み合わせて大盾としたケムエルを展開。ギリギリのところで間に合った。騒然となる敵性騎士たち。私はゆっくりと降下して行き、高度4m付近で停止。

「その娘と先約があってな。それを済ます前に居なくなられては困るんだよ」

そう全員に聞こえるように言う。空を見上げたことで私の姿を確認した敵性騎士たちから緊張が伝わってきた。私はエリーゼへと視線を移し、「命を救ってくれた恩を返す前に死ぬのはやめてくれ、エリーゼ」と微笑みかける。エリーゼの目は泣き腫らしたのか真っ赤で、先程までの気丈さがサッパリと無くなっていた。

「オー・・・ディン・・さん・・・!」

うわ言のように私の偽名を言うエリーゼ。頷くと、エリーゼの目に強い光が宿った。そして「助けてくださいっ、オーディンさん!」と必死の形相で懇願してきた。断るという選択肢は私に無い。コクっと頷いて、

「ああ、任せろ。これより一方的な殲滅戦を見せてあげよう」

左腕を空に突き上げる。敵性騎士たちの視線は空には向かなかった。真っ直ぐに私を注視している。完全に私を警戒しているようだ。

「命の恩人の願いにより、これより貴様たちの掃討を開始する」

――懲罰せよ(コード)汝の憤怒(マキエル)――

蒼い閃光と火炎と雷光で構成された3頭の龍、マキエルを生み出す。そのまま剣翼アンピエルを解除し、地上に降り立つ。せめて同じ土俵に立たなければな。一斉にざわつき始める敵性騎士たち。それらを気にも留めずにエリーゼに「君の友達らしき2人は無事だ、安心してくれ」と報せる。

「本当ですかっ? よかったぁ・・・・ありがとうございます、心配でしたから」

「ああ。すぐに終わらせるから、少し待っていてくれ」

エリーゼがコクリと頷いたのを確認。すぐに騒がしい連中に視線を戻す。そこで連中の長(さっきの連中が言っていた団長だろう)が「静まれッ!」と声を荒げた。それだけでシンと静まる。目の前の団長はよほど部下達に信頼されているようだな。団長は大剣を下げ、「お前はアムルの者か?」と尋ねてきた。

「違うが」

「ならば去れ。我々イリュリアに忠誠を誓いし血染めの死神騎士団(マサーカー・オルデン)は、アムルの制圧に来ただけだ。部外者まで殺せという命は受けていない。我々とて騎士の端くれ。無闇矢鱈な殺生はしたくないのでな、速やかに立ち去ってくれると助かる」

これはまた随分と優しい事を言ってくれる。虐殺(マサーカー)の銘を冠した騎士団を率いている団長とは思えない言葉だ。しかし私の背後に庇っているエリーゼともう1人の少女からは強烈な憎悪と殺意がビシビシ伝わってくる。そうだよな。ここまで自分達の街を滅茶苦茶にされたんだ。解るよ、私も。

「そうはいかない。それに、もう私を殺す理由が出来ているぞ」

「なに・・・?」

「気付かないか? この屋敷の外が静かなのが」

両手を耳の後ろに添えて、耳をすませるようなポーズをする。団長の放つ空気がガラリと変わる。警戒から敵意へと。「何をした?」と声色を低くして訊ねる団長に、私は出来るだけ嫌な笑みを見せて「戦場で起こりうることは2つだけだ」と人差し指と中指を立てる。

「殺すか殺されるか、だ」

「馬鹿なッ! 我らはイリュリアの上位騎士団だぞ!」

「お前ひとりに潰されるほどやわではないわっ!」

他の連中は騒ぐが団長は取り乱すことなく「・・・各隊長に連絡はついたか?」と1人の騎士に問う。問われた騎士は首を横に振るのみ。それで団長も含めた全員から狂気じみた殺気が放たれた。

「名を問おう。我はイリュリア所属、敵国強襲騎士団が一、血染めの死神騎士団(マサーカー・オルデン)団長、ワイリー・ゾエ」

大剣を構えた団長――ワイリーの双眸がフルフェイスの兜の奥でギラリと光った。この男、相当強いな。さすがは一個騎士団の将と言ったところか。私も今まで以上の警戒を以って対峙し、名乗りを上げる。

「オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード」

「大層な名だな・・・・どこぞの国の貴族か?」

「いいや。単なる旅人だ。この地へ訪れたのも偶然に過ぎない」

「ならばどうしてこのような・・・!」

私は背後に居るエリーゼを見る。隙だらけだが、さすが騎士という事もあって連中は奇襲をしてこない。レイピアを携えた少女がエリーゼを抱きしめる。警戒、されているな・・・。だがエリーゼだけは真っ直ぐ私を見詰めてくる。

「決まっている。私が死にそうだったのを彼女は救ってくれた。その恩を返す」

そう告げ、すぐさま「粉砕粛清(ジャッジメント)!」と左腕を振り下ろし、三頭のマキエルを突撃させる。

†††Sideルシリオン⇒????†††

オーディンと名乗った男が放った三頭の龍。我は「散開!」と指示を出し、部下をバラけさせる。かなり強力な魔導。防御の上から喰い殺されてしまうだろう。

「各騎、葬送の陣! 龍は我に任せ、オーディン本体を狙えっ!」

各騎が刺突の構えを取り、オーディンとシュテルンベルク家の令嬢と召使いの3名を包囲。いかに強くともエリーゼ嬢という邪魔者が居ては防御に力を割かざるを得ず、本気で力を振るえまい。ならばあとは消耗させて弱ったところで討てばいいだけのこと。その間に我が龍を狩る。我が宝剣“シュナイト”を脇に構え跳躍。標的は蒼く輝く光龍。大きく口を開いて我を喰おうとしている光龍へ、

「炎塵一閃!!」

緑炎を纏わせた“シュナイト”を叩きこむ。口を横一文字に斬り裂き、光龍を霧散させた。これでまずは一頭だ。続けざまに迫って来ていた雷龍の眉間に“シュナイト”を突き立て、

――炎塵一閃――

前転して縦一文字に斬り裂き、消滅させる。予想よりは大したものではなかったな。迫り来る最後の炎龍を片付けるために、視線を炎龍に向けたところで我は見てしまった。

「馬鹿な――ぐあっ!?」

現状に思考が停止していた隙を突かれた。至近距離に着弾した炎龍が起こした爆発に呑まれ、大きく吹き飛ばされた。地面を無様に転がる。止まったところですぐさま起き上がり、我はもう一度見る。そして確かめた。夢でも幻でもない現実を・・・。

「さすが名高きベルカの騎士だが、戦闘経験と戦力の差があり過ぎたな。私の勝ちだ」

オーディンがそう告げる。地面に倒れている我が血染めの死神騎士団(マサーカー・オルデン)の盟友たちの中心で。盟友たちの胸に突き立っているのは漆黒の影のような槍。我に気付かせもせずに容易く盟友たちを殲滅したのか。
何なのだ、あの男は。見る限りまだ若い。そうだというのに、これほどの魔導を気配もなく発動させる。戦闘経験の差・・・か。我らは物心ついた頃より実戦に近い修練をしてきたのだ。

「(それでも足りないと?)・・・街に散っている我が盟友たちもそうやって槍で貫いたのか・・・?」

「そうだ。こんな風に・・・」

――殲滅せよ(コード)汝の軍勢(カマエル)――

あまりの光景に、我は目を疑った。我らの頭上、そこには数えきれないほどの槍が浮いていた。光、闇、雷、炎、氷、風・・・様々な形をした槍がすべて我に穂先を向けていた。アレらを一斉に放たれれば我も無傷では済むまい。仕方がない、あれを使うしか・・・。

『聞こえるか。ワイリーだ。緊急事態だ、今すぐプロトタイプをアムルに飛ばせ』

ラキシュ領制圧の為に設置しておいた野営地に思念通話を繋げる。野営地に構えている交信主が息を呑むのが判った。

『プロトタイプをですか!? ですがアレはまだ実戦で使うには不安定ですし、団長の身が却って危険に――』

『急げっ! 我ら血染めの死神騎士団(マサーカー・オルデン)の先遣隊はすでに壊滅状態! 生き残っているのはおそらく我一人だけだ!』

オーディンの言葉は事実として受け入れるしかないだろう。これほどの実力者だ。ここに来るまでにあの男の目に留まった盟友たちは間違いなく討たれただろう。全てにおいて想定外だ。いや、元々全てがおかしかった。
イリュリアとブルグントの二国と隣接しているシュトゥラ・ラキシュ領は防衛能力が高い。だから今まで攻め入ることが出来なかった。それなのに今日、ラキシュ領の国境防衛の要である第一~第三騎士団がラキシュ本都に一時戻るという情報が入り、好機だということで派遣されればオーディンという怪物が居た。確かに第一~第三騎士団は居なかったが、それ以上の猛者がここに居た。

(偶然かそれともハメられたか・・・)

どちらでももう構わん。我が騎士団は終わった。立て直す事も出来ず、我もおそらくこの地で息絶える。だがせめて任を全うせねば。それゆえにプロトタイプの助力を借りる。オーディンよ。我が誇りを踏みにじったお前に一矢報いる。

『りょ、了解しましたっ。プロトタイプを先行させますっ。援軍も今すぐそちらに送りますので、持ち堪えてください団長!』

思念通話を切る。オーディンは一歩も動かずに我を見据えていた。折角の好機。「・・・どうして攻撃しなかった」と問う。オーディンは少し考える素振りを見せ、「私にも誇りくらいはある」と答えた。

「・・・我の誇りはもう無い。お前に壊された。だが最期に、我は意地を通す」

エリーゼ嬢を見る。すると召使いが背に庇い、オーディンもまた2人を背に庇う。我はここぞという時の為にとっておいたカートリッジを“シュナイト”に装填。

≪Explosion≫

一時的にだが魔力を爆発的に底上げする。これでプロトタイプが到着するまで保つだろう。

†††Sideワイリー⇒エリーゼ†††

「・・・すごい・・・」

わたしは夢かと思えるような現実を見た。他国にまで名を轟かせていたイリュリアのマサーカー・オルデンが、こんなにも簡単に滅ぼされるなんて・・・。どこからともなく真っ黒な槍が出てきたかと思ったら、次にはアイツらの胸を貫いていた。
それにオーディンさんの話を信じるなら、他の死神騎士たちもすでに斃したって・・・。そして今は団長を追い詰めてる。アンナが「一体なんなの彼は・・・!?」って警戒心丸出しで睨む。

「どうして怯えるの? オーディンさんはわたし達を守ってくれているんだよ」

「エリー! 彼は普通じゃない! たった1人で、あんなにも簡単に死神たちを殺したのよっ!」

アンナがわたしの両肩を掴んで、真っ直ぐ目を見て怒鳴ってきた。本気だ。確かにオーディンさんは普通じゃないよ。それくらいわたしにだって解ってる。武装も無しで魔導を使って、しかも魔力変換資質が1つだけじゃない。だけど、ちょっとしか話してないけど、でも悪い人じゃないっていうのも判る。だから怯える事もないし、恐れる事もない。

≪Explosion≫

アンナと見つめ合っている中で聞こえたソレ。2人して一緒に声の出所を見る。団長が携えている大剣からだ。カートリッジシステム。高位の騎士が持つ武装に備え付けられた機能。

「うおおおおおおおおおおおッ!」

団長が大剣を構えてオーディンさんに突っ込んだ。対するオーディンさんは「ジャッジメント!」って指を鳴らす。それが号令だったんだ。空に浮かぶ槍が一斉に振って来て、団長を貫こうとする。

――パンツァーガイスト――

団長を覆う緑色の魔力障壁。団長はそのまま突っ込んで来てオーディンさんに肉薄。振るわれる大剣。オーディンさんはグッと後ろに下がって一撃目を避けた。大剣が斬り返される。オーディンさんに当たるというところで空から四本の炎の槍が落ちてきて、それが盾となった。さらに空から雷と氷の槍が十数本と振って来て、団長を後退せざるを得なくようにした。

――烈火一閃――

後退の最中に大剣を振るって炎の斬撃を飛ばす。オーディンさんは左人差し指を向けて、

――煌き示せ(コード)汝の閃輝(アダメル)――

見惚れるほどに綺麗な蒼い砲撃を撃った。二人の間で衝突した斬撃と砲撃。視界が潰れるほどの爆発が起きた。そんな中でも聞こえる≪Explosion≫っていうカートリッジの装填を報せる声。

「エリー、ここに居たら巻き込まれるっ。離れよう!」

「でも!」

「それよりも私たちの仕事をするべきよっ! 街の人たちの安否確認!」

そう言われたらわたしは頷くことしか出来なかった。生き残っている人が居たら助けないと。出来ればカール先生も無事でいてほしい。煙幕の中に居るオーディンさんを見る。「ごめんなさい」って謝って踵を返して街に出る。

†††Sideエリーゼ⇒ルシリオン†††

カートリッジシステムなんて随分久しぶりに見たな。効果は未来も過去(いま)も同じで、ワイリーの魔力を爆発的に上げている。

――炎塵一閃――

煙幕の中に緑色の炎が揺らめいているのが見える。大気を操って突風を起こし、煙幕を晴らさせる。その直後にワイリーが突っ込んできた。ベルカの騎士はやはり接近戦か。しかし油断はするな。シグナムやヴィータの用に中距離魔法を有している可能性もある。
それに警戒しつつ、“神槍グングニル”を具現させる。ワイリーから驚愕している気配が。何処からともなく武器を出したからの驚愕だな。それでも揺るぎなく緑炎を纏う大剣を振り下ろし一閃。“グングニル”の腹で軌道を逸らして弾き返す。衝撃が凄まじく左手が痺れたが、間髪いれずに横薙ぎ一閃。
甲冑の右わき腹部分を破壊するが、体には届かなかったようだな。手応えが無い。甲冑の破損を気にも留めずに振り上げ一閃を放つワイリー。緑炎を纏っていないため半身ズラしての紙一重で回避し、その場で時計回りに一回転して薙ぎ一閃。

――パンツァーシルト――

ベルカ魔法陣のシールドだ。しかし至高の神秘の塊である“グングニル”の前に、神秘の無い魔法という単なる技術に止められるわけもなく。“グングニル”は容易くシールドを切り裂き粉砕。胸部の装甲を破壊する。また本体へのダメージを逃した。間合いを計るのが上手い。だがもう終わりにさせてもらう。トンっと地面を蹴り、僅かに接近する。

――刻め(コード)汝の天災(ウリエル)――

空いている右手の五指に蒼雷の長爪を作りだし、薙ぎ払うように振るう。射程圏内に入っていたワイリーに直撃。大剣と甲冑を斬り裂き粉砕し、その衝撃で大きく吹き飛ばされたワイリーは、体勢を整える間もなく地面に落下。地面に倒れ伏すワイリーを見つめる。見れば30代くらいの気難しそうな顔をしている男だった。

「私の勝ちだ。生身で逆転できると思うな」

「くっ・・・・間に合わなかったか・・・」

間に合わなかった? 援軍でも呼んだか? まあいい。とりあえずは終戦だ。問題は生かして帰すか殺して終わるか。ワイリーは「殺すがいい。戦場においては殺すか殺されるかの2つなのだろう?」と私を見上げた。死の恐怖は感じていない。真っ直ぐに見詰めてくる。

「恨むなら恨め。憎むなら憎め。それらを含めてお前の命を背負おう」

「・・・騎士として決闘を挑んで敗北した。殺されるとしても恨みも憎しみも抱かん。だから気負うな、オーディン」

ワイリーが静かに目を閉じた。それでも私は背負うよ。この世界に来て初めて騎士と呼べるお前の命だからな。“グングニル”を振り上げる。苦しまずに逝かせるために心臓を一撃で潰す。心臓目掛けて振り下ろそうとしたところでそれを起きた。

――炎塵一閃・零式――

紫色の炎の斬撃。狙いは私ではなく・・・

「オリバー兄上!?」

ワイリーだった。ワイリー以上の火力を有した紫炎の斬撃が彼を呑みこみ、焼殺した。斬撃の出どころである空を見上げる。そこには紫色のベルカ魔法陣の上に立つ一人の男。
刈り上げられた真っ赤な髪に高圧的な栗色の双眸。他の騎士たちと違い、身に纏っているのは重甲冑ではなく軽甲冑と襟の立ったマント。そして手にはロングソード型のアームドデバイス・・・だな。カートリッジシステムがある。

「ワイリーは兄上と言っていたが、それが事実なら何故弟を殺した? オリバーとやら」

殺気を叩きつける。するとソイツは「敵に殺される恥を晒すよりはマシだろ?」と口端を歪めた。笑っている。実の家族である弟を殺したというのに、ソイツは笑っている! 血の繋がった家族を殺す・・・。如何な事情でもそれだけは許せない・・・。

「だからと言って殺すのか・・・!?」

「弟を殺そうとしていたあんたに言われる筋合いはないぞ、あ?」

「ワイリーは騎士として私と決闘をし、騎士としての最期を認めた。そして私も彼の死の十字架を背負う覚悟もした。それを貴様は・・・!」

騎士の在り方に私は尊敬の念を抱いている。愚直で、それでいて誇り高い。自分の手を穢してでも大切なモノを守る。私が人間だった頃に戦ったレーベンヴェルトの騎士がそうだ。ベルカの騎士は彼らの末裔だ。今回出遭ったマサーカー・オルデンには下種な連中も居たが、ワイリーは違った。彼には誇りがあった。だから真っ向から私と一対一で闘った。まぁその誇りは私が穢したようだが・・・。

「So ein bloedsinn」

「なに・・・?」

ゾー・アイン・ブレードズィン・・・くだらん、といったかあの男は。ソイツは「騎士の誇りとかめんどくせぇ。戦場で必要なのは誇りじゃなく勝利だ」と言いながら地面に降り立った。ゴツゴツとブーツを鳴らし、間合いを計るためか私の周りを歩く。

「にしても凄いよな、あんた。たった独りで俺たちの騎士団を潰すとはさ。どんな軍勢が居るのかと思えば優男がたった独り。だがその実は怪物の如き強さ」

「怪物、か。遠からず当たっているか。それで? 貴様はその怪物相手に独りで挑もうというのか?」

「騎士っつうのはよ、己の身一つで強さを示さなきゃいけないんだと。愚弟はそれに命と誇りを懸けていた。だから迷った。プロトタイプを使う事に」

(プロトタイプ? それを使う事で私との戦力差を埋められる、というのか・・・?)

ソイツはマントを仰々しくバサッと左腕で跳ね上げた。ソイツの腰には鳥籠のようなモノがあった。何かが入っている・・・? 目を凝らし、その何かを視認した私は息が詰まるかと思った。紅色の長髪。生気の無い紫色の瞳。長く尖った耳。一糸纏わずに白い肌を全て晒している。そして背より一対の悪魔のような羽。身長は30cmほどの少女。彼女の名はそう・・・

「・・・・アギト・・・・!」

アギトで間違いなかった。ジェイル・スカリエッティ事件で知り合った、古代ベルカ式の真正の融合騎。後にはやてたち八神家に引き取られ、シグナムの正式な融合騎となったアギト。そんな彼女が目の前に居る。だが私の知っている元気の良い彼女じゃない。鳥籠の中でペタンと座り込み、生気の無い目で私を見ていた。

「イリュリアの技術部が心血を注いで作りだした、融合騎の試作機(プロトタイプ)だ」

奴は鳥籠を外し、アギトを乱暴に鷲掴んで自分の目の前に持ってきた。奴は手の中でグッタリしているアギトに向かって、「おい、初陣だぜ。しっかり働けよ」と勢いよく自分の胸に押し当てた。その時にアギトから「ぅぐ」と呻き声が漏れた。それを聞いて、自分の凶気が目覚めるかと思った。

(私の知るアギトと目の前に居るアギトは別人だ。だが・・・!)

それでもアギトは友人だ。だったら私は彼女を助け出したい。それが彼女にとって良いことなのかはどうかは判らない。
しかしあんな生気の無い顔をさせておけない。彼女には輝かしい笑顔が似合う。

「融合!」

奴がそう告げると、アギトもまたか細い声で「ゆう、ごう」と囁いた。一瞬の閃光。次に姿を現した奴の体に変化が。ユニゾンした者特有の変化で、髪や瞳、騎士甲冑の色が変わる。血色の軽甲冑は最早どす黒く、赤い髪は朱色になり、栗色の瞳は金色に。奴はニタニタと笑みを浮かべつつ、ロングソードの刃の付け根にあるカートリッジ装填口にカートリッジを三発装填。

「さあ狩りの時間だ。あんたを討てば俺は一気に出世できるだろうぜ・・・! ピュロマーネっ、カートリッジロードぉっ! 燃えろ燃えろ燃えちまいなッ!」

≪Explosion≫

ロングソード(放火狂(ピュロマーネ)という銘らしいデバイス)がカートリッジをロードし、薬莢を排出した。奴の足元に紫色の魔力光のベルカ魔法陣が展開され、紫炎が噴き上がって刀身を包み込む。振り上げられた“ピュロマーネ”を一気に振り下ろす。すると刀身の紫炎が三日月状の斬撃となって回転しながら迫ってきた。

――紅蓮旋・零式――

フェイトのハーケンセイバーのような攻撃だ。奴は「そらそらそらそらぁぁーーーーッ!!」と連続で“ピュロマーネ”を振るい続け、いくつもの炎の斬撃を放ってきた。“グングニル”を霧散させ無手になり、「我が手に携えしは確かなる幻想」と詠唱。対火炎の複製能力を、複製術式・能力などが貯蔵されている創世結界“英知の居館アルヴィト”より取り出し発動させる。

――熱エネルギー吸収――

両手を炎の斬撃に翳し、手の平に直撃したところで吸収する。それを見た奴が目を見開いた。防御や回避を取ると考えていたんだろうが、残念だったな。だが奴はそれで失意に陥ることなく「あんた、面白いな」と笑う。自分の火炎魔法が通用しないというのにまだまだやる気を見せている。余程の自信家か救いようのない馬鹿か・・・。

「そうか。じゃあまずは貴様の炎を返しておこう」

――第四波動――

吸収した熱エネルギーを火炎砲撃として放つ。直撃はさせない。アギトを傷つけてしまう可能性がある。奴の頭上を過るようにして空へと消えていった第四波動を見送る。

「・・・はは・・・はははは! すげえすげえ! 殺すのが勿体無いくらいに――」

――炎塵一閃・零式――

「――すげえよっ!」

紫炎を纏わせたピュロマーネを振り上げて突撃してきた。こうも真っ向から突っ込んでくるとは、奴は自滅好きか? アギトを傷つけないように注意して、奴を墜とさないといけない。ならばまずは・・・・確保、だな。

(なのは、君の魔法を使わせてもらうぞ)

――レストリクトロック――

桜色の縄状のバインド。かつての親友・高町なのはが誇る最高の捕縛魔法だ。こいつに一度捕まってしまうとかなり厄介だ。破壊するのに結構苦労するから時間が掛かる。だが奴はレストリクトロックを完全に見切り、紫炎纏う“ピュロマーネ”で斬り裂き破壊。甘く見過ぎていたか。だがそれで終わりだと思うな。私の捕縛結界は容易くないぞ。

――チェーンバインド――

――リングバインド――

奴の全方位から鎖状のバインドを12本と伸ばし、四肢を狙って円環のバインドを4つ発動。奴は「確信したぜっ。アンタ、シュトゥラどころかベルカの人間ですらねぇなっ!」と私を睨み、「まあどっちもでいいがな!」と言い放ち、跳躍してリングバインドを回避し、チェーンバインドをパンツァーシルトで防御。防ぎきれなかったチェーンバインドは“ピュロマーネ”で破壊。おお、結構すごいな。

「プロトタイプ! 炎熱強化だ!」

――烈火刃――

“ピュロマーネ”の刀身に紫炎ではなく紅蓮の炎が生まれた。アギトの烈火刃で間違いない。炎熱付与武器強化魔法。第四波動の前に火炎は無意味だと判らないのか、奴は。いや、それは油断だな。クズだが剣の腕は良い。

「喰らいやがれぇぇーーーーッ!!」

――真・炎塵一閃――

刀身より伸びる火炎の刃。魔力は莫大で、火力もまた尋常じゃない。大気を焼いていて、周囲の酸素が一気に薄まっていく。火の粉が宙に舞う。

(シグナムとアギトのユニゾン時とは比べるまでもない強化だな・・・)

私へ振るわれる炎剣。横薙ぎの一閃だ。回避してもいいが、それでは屋敷を傷つけてしまうな。なら防御か迎撃だ。私はもちろん・・・

――熱エネルギー吸収――

真っ向から受け止め、炎剣の吸収を開始する。その間にも奴を捕らえるために先程と同じ捕縛結界を発動。この状態では2つの道しかないぞ。捕らわれるか、攻撃を中断して回避するか。どちらもゲームオーバーだがな。奴は炎剣を解除――攻撃中断という道を選んだ。それで3つのバインドの対処に移り、先程と同じように斬り裂いていった。ここで最後の一手を打つ。

――鋼の軛――

ザフィーラの使っていた古代ベルカ式の捕縛魔法・鋼の軛を発動。地面から拘束条を突き出させ、捕縛結界の対処に追われている奴の四肢を突き刺す。

「んだとぉっ!?」

非殺傷設定としたから人体に傷は付かない。宙で磔になった奴に歩み寄る。さて、どうやってアギトを引っ張りだそうか。と思ってたところで奴は「融合解除!」と告げた。ユニゾン解除で起こる発光で目の前が白くなる。すぐにバックステップで後退。

――捕獲輪――

ガクッと体勢を崩してしまう。視界が戻ったところで原因を視認。炎のリングバインドだ。奴は「いいぞ、プロトタイプ!」とアギトを褒める。アギトは無表情で「有難う御座います(ダンケ・シェーン)」と応じた。こんな奴に礼など言う必要ないだろうに。

――ブレネン・クリューガー――

アギトは続けて炎球を放ってきた。しかし狙いが甘く、直撃コースはない。直撃する前にバインドを破壊しないとな。念のために戦闘甲冑の防御力を上げる。その間に奴が鋼の軛から脱出した。それには正直驚いた。まさか抜けられるとは思いもしなかった。
奴は「対拘束魔法くらい修めているぜ。拷問官としてな」と肩を回している。こちらとしてもすぐにバインドを破壊できる。もう少しで、というところでアギトの攻撃がバインドに直撃した。右腕と左足のバインドが壊れた。あとは簡単に残りのバインドを自力で破壊する。

「このがらくた(クラム)がぁッ!」

奴はそう怒声を上げてアギトを殴った。小さな悲鳴を上げてアギトは地面に真っ逆さまに落ちた。奴はすぐさまグッタリとしていたアギトを拾い上げ、握り潰すほどの力で締め上げた。苦しむアギトに「何やってんだテメェはっ! 折角捕まえたのに逃がしてんじゃねぇよッ!」とさらに怒鳴る。アギトは「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返して謝った。完全に怯えている。今までどんな辛い処遇を受けたのか。

「忘れたのかっ? 死んででも役に立てってことをっ。チッ、役立たずはもう要らねぇよっ!」

奴はアギトを地面にもう一度叩きつけようと腕を振り上げた。それ以上は見過ごせない。いや、アギトが外に出た時に救い出すべきだった。

「やめろっ!」

具現した“グングニル”を投擲、標的はアギトを掴んでいる左腕。気付いた奴が右手に持つ“ピュロマーネ”で“グングニル”の迎撃に入る。が、デバイスと神器では勝負にならない。“グングニル”は“ピュロマーネ”の刀身を切断した。奴の驚愕の隙を突いて最接近。
ハッとした奴は握っているアギトを私へと突き出し、「今度はヘマするなよ、クラム!」と怒鳴る。またアギトをガラクタと言いやがった。アギトの目には怯え一色。しかしそれでも命令を聞こうと、

――フランメ・ドルヒ――

炎の短剣を三十基と展開した。それははやてのブラッディダガー、リインのフリジットダガー、ルーテシアのトーデス・ドルヒのような短剣だ。それらが一斉に高速で打ち出され、私を討とうと迫る。しかし残念だが、今の私の防御力なら魔術を使って防ぐまでもない。
私に着弾していく炎の短剣が爆発を起こしていく。爆炎で視界が潰されるがそれは向こうも同じ。奴の気配を感じ取り、私の手元に戻ってくる“グングニル”の軌道を操作。黒煙の中で確かに聞こえる奴の「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」と言う悲鳴、遅れてドサッと倒れる音。魔力で突風を起こし、黒煙を晴らさせる。視界がクリアになった事で見る。

「・・・・貴様の負けだ」

“グングニル”に腹を貫かれて地面に倒れ伏すオリバーの姿を。私はアギトを鷲掴んでいる奴の左の手首を踏みつけ、左手を無理やり開かせる。ようやくアギトが解放された。手の平の上に座り込むアギトは死に逝く奴の顔をまじまじと眺めるだけ。

「主が死んで、君はやはり悲しいか・・・?」

「・・・わからない・・・。それに、この人は主じゃない・・・」

放心状態の様なアギトがボソボソと呟くように答えてくれた。

「君、これからどうする・・・?」

「・・・敵地で孤立した場合、自壊しろって命令されてる・・・」

捕らえられたアギトから機密が漏洩しないようにするための指示だな。私は「その命令を、君は実行するのかい?」と質問をする。アギトは答えない。迷いがあるんだろう。迷いが無ければ即答するはずだ。

「君、名前はあるのか?」

「名前・・・。融合騎プロトタイプ、ヌンマー・ヌル・ヌル・ヌル・ゼクス・・・」

ナンバー0006・・・それは名前ではなく開発コードだな。そう言えば、アギトという名前を付けたのはルーテシアという話だったか。ここで私がそれを付けるのはあまり良くない気もするが・・・。

「私はオーディン。オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード」

「???」

いきなりの名乗りに首を傾げるアギト。そして小さく「オーディン・・・?」と呟いた。
それに「ああ、オーディンだ」と微笑みかけ、

「私はこの地で独りでね。よかったら私の友達になってくれないか?」

戦闘甲冑の裾を分解し、分解した切れ端でアギトの首から下の身体を包み込む。いつまでも裸のままで居させるのもダメだろう。アギトだって一応女の子だ。アギトはどうしていいのか解らずと言った風の困惑を顔に浮かべている。

「自壊する必要なんてないよ。それにわざわざ辛い場所に戻る必要もない」

「あそこに戻らなくて、いい?・・・じゃあもうクラムって呼ばれない?」

「ああ、呼ばれないとも。呼ばせもしない」

「・・・もうクラムって殴られない?」

「っ・・・ああ、殴られないとも。君を傷つけようとする奴が居たら、私が守るよ」

「・・・もう、クラムは死んで役立て、って言われない?」

「当たり前だ。君はクラムじゃない。何せ私を捕らえたのだからな。君は、すごい子だよ」

アギトを右手の平に乗せて、その小さな頭をそっと撫でる。最初は呆けていたが、次第に目の端に涙を浮かべ始めた。漏れだす嗚咽。そして「戻りたくない・・・死にたくない・・・」と本音を口にした。開発目的がどうであろうと融合騎だって生きているんだ。それなのに勝手に命と心を与えておいて、使えないからお前は死んで役に立て、と? ふざけるのも大概にしろよ、今はもう死んでいるオリバー。そしてイリュリアの者ども。

「じゃあ決まりだな。・・・・アギト」

「?? アギト・・・?」

「そう、アギト。君の新しい名前だよ、アギト」

アギトは何度も確かめるように「アギト、アギト、アギト」と反芻する。目から大粒の涙がこぼれた。あ、あれ? 気に入らなかったのか? いや、そうじゃない。彼女の表情を見れば判る。

「気に入ってもらえたかな・・・?」

「アギト・・・・あたしは、アギト!」

涙を両の手の甲で拭い去り、私に笑顔を見せてきてくれたアギト。ずっと側に居られるわけではないが、それでもしばらくは一緒にいようと思う。アギトが独り立ち出来るまで成長し、そして“エグリゴリ”をこの地で殲滅するその時までは。

「これからよろしく頼む、アギト」

「うんっ、マイスター!」

今までの辛さを少しでも忘れてくれるようにアギトを胸に抱く。アギト。歴史が大きく変わらなければ君は将来、必ず真のロード・シグナムと出逢える。その前にはルーテシアとゼストさんか。どちらにしてもその時にはもう私は居ないだろう。
だから祈ることしか出来ない。君に、その時が訪れるまで平穏な日々が待っているように、と。私はアギトを右肩に乗せ、エリーゼ達の後を追う。生存者が居れば私のラファエルが必要になるだろうから。



 
 

 
後書き
そして前回のあとがきで書いた、古代ベルカだからこそ出来る事、である古代ベルカを生きたリリカルなのはキャラとの再会を描きました。
すいません、やはり戦乱期である以上、戦闘シーンが多くなってしまいます。もちろん古代ベルカでの日常も描くつもりです。
 

 

Myth3そして結末への旅が始まった~Per aspera ad astrA~

 
前書き
Per aspera ad astra/ペル・アスペラ・アド・アストラ/困難を克服して栄光を獲得する 

 
――シュトゥラ王都ヴィレハイム/シュトゥラ城

庭に隣接する外廊を忙しなく駆け回る者たち。それは騎士であり行政者である。そんな彼らを庭から心配そうに見つめている少女が2人。1人は綺麗なブロンドヘアはシニヨン、紅と翠の虹彩異色。顔立ちは幼い。
ビスチェのドレスを着ていて、その物腰は気品が溢れている事から高貴な身分だろう。しかしその少女の体躯とドレスには全くそぐわないガントレットが両上腕部にまで装着している。彼女はオリヴィエ・ゼーゲブレヒト。聖王家の正統な王女だ。

「何かあったのでしょうか・・・?」

「イリュリアがどうのと聞こえましたが、詳細は不明です姫様」

オリヴィエが誰に訊くわけでもなくそう疑問を呟く。しかしその呟きはオリヴィエの近くに控えている、もう1人の少女に届いていた。
肩に掛かるくらいの空色の髪、キリッとした桃色の双眸。顔立ちはオリヴィエほど幼い。身に纏うのはハイネックの白のミニワンピース。前立てや縁には幾何学模様の金の刺繍。ワンピースの上に水色のショートジャケットを重ね着して、両腕に銀の籠手を装着している。腰に纏うのは前開きの水色のオーバースカート。白く美しい足を覆うニーハイソックスにロングブーツと、その上から爪先から膝まで隠す銀の脚甲、という格好。

「イリュリア・・・、それは確かですかリサ」

「はい、間違いなく」

オリヴィエにリサと呼ばれた、オリヴィエ付きの従者である騎士甲冑姿の彼女が頷く。オリヴィエは「イリュリアの名が出たのはあまり良い気がしません」と悲しげに目を伏せた。古き国家イリュリアの好戦的な国の在り方に、オリヴィエは胸を痛めていた。
そんなイリュリアの名が出た事で、彼女にはある予感が生まれていた。シュトゥラにイリュリアが攻め入って来たのではないか、と。リサもイリュリアの在り方を嫌というほど知っているため、オリヴィエと同じ考えに達していた。

「・・・・あ、クラウス」

オリヴィエが1人の青年を姿を見つけて、彼の名を告げる。碧銀の髪、青紫と瑠璃のオッドアイ。シュトゥラを治めるイングヴァルトの王子、クラウス・G・S・イングヴァルトだ。彼も庭に居るオリヴィエとリサに気付き、視線のみで2人に挨拶をした。それを済ませると、騎士数人を引き連れて足早に去って行った。ラキシュ領へ向かうために。

シュトゥラの王子クラウスの率いる一個騎士団はラキシュ領へ向かうために馬を駆る。その道中、彼は王城にて聴き及んだ情報を反芻する。隣国イリュリアの一個騎士団がシュトゥラ・ラキシュ領に侵攻し、ラキシュ領の一画、アムルの街で戦闘を開始。
ここで不審点。イリュリアからシュトゥラへと侵攻する場合、必ず国境のラキシュに入らないといけない。そうなれば間違いなくラキシュの防衛力たる第一騎士団(エーアスト)第二騎士団(ツヴァイト)第三騎士団(ドリット)と衝突するはずだ。しかしそうはならなかった。その三騎士団がたまたまラキシュ本都の政で戻っていたのだ。もちろんそんな情報がイリュリアに漏れないようになっていた。

(だというのに狙ったかのように侵攻してきた。情報が漏れていた・・・?)

偶然漏れたという失敗はまずあり得ない。優秀なイリュリアの間諜がラキシュに潜り込んでいたか。もしくは・・・

(何かの目的の為に意図的に情報を流した、か)

最悪の推測を出したクラウスはかぶりを振った。それで一体どのような利があるというのか。情報を漏らした者に。彼はもやもやとした嫌な気分のまま、馬の速度をさらに上げてラキシュ領に急いだ。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

――シュトゥラ・ラキシュ領/ズュート平原

つい数時間前までは美しかった大平原。しかし今は見るも無残にボロボロで。焼けた草花。抉れた地面。それらは全て戦闘によって付けられたものだ。無残なのはそれらだけではない。そこらじゅうに転がっている甲冑に包まれた死体の山。
それらの死体には共通点がある。全員が全く同じデザインと灰色をした甲冑姿で、右肩の装甲には髑髏に大鎌がひとつ。そう、彼らは血染めの死神騎士団マサーカー・オルデンの後方支援部隊だった。野営地にてアムルへと援軍を送りだして待機していたところを・・・

第三(ドリット)および第二(ツヴァイト)の第5班から13班は残存兵を捜索し発見次第、討伐せよ」

そう指示を出す、白馬に乗るアオザイのような純白の衣服を着ている青年と、彼の周囲に数百人と居る騎士によって殲滅された。青年はさらに「第一(エーアスト)第二(ツヴァイト)の1班から4班は僕と一緒にアムルへ入り、我がラキシュ領を侵略しに来た者どもを根絶やしにするッ!」と、峰は真っ直ぐで刃は緩やかな流線型を描く剣・ファルシオンをアムルに向ける。すると騎士たちは「了解(ヤヴォール)!」とそれぞれ武器を空に突き上げ応じた

「急げ、すでに敵はアムルへ侵攻してるッ!」

青年が馬を駆り先頭を往く。続いて彼と共にアムルへ向かう騎士たちも徒歩や馬を駆り往く。

(待っていてくれ僕の可愛い小鳥(エリーゼ)・・・。君を手に入れるためだけに僕は・・・)

青年の端正な顔が醜く歪む。彼の名はヨーゼフ・シュミット。シュトゥラの現王デトレフより伯爵の地位を授かった、若き領主だ。

(ああ今行くよ。独りっきりになってるはずだから心細いだろう?)

美しい翡翠色の双眸が妖しい光を湛え、整った唇が釣り上がる、今の彼の顔を見れば、いかなる人間でもその邪悪さに気付いて側を離れるだろう。彼の思いはただ一つ。エリーゼ・フォン・シュテルンベルクを手中に収める。そのために彼は、人道を踏み外した外道を歩む事となった。

「遅れるなッ! アムルを護れッ!」

そう言うシュミットの本音は、アムルではなくエリーゼを救え、だった。

†††Sideエリーゼ†††

屋敷から出ると判るアムルの街の被害状況。レンガで舗装されていた綺麗な街路は見るも無残にボロボロ。街路樹に無傷な物なんてない。穴が開いている家も少なくない。
そして視界に入るのは、アムルを今まで守ってくれていた防衛騎士団のみんなの亡骸と、死神騎士団の奴らの死体で、アンナが「エリーは見ちゃダメ、死体なんか」ってわたしの目を隠そうとする。わたしは首を横に振って降り払い、「わたしはちゃんと見届けないとダメだから」と防衛騎士の亡骸の前で膝を付く。

「今までアムルを守ってくださってありがとうございました」

安らかに眠ってくれるよう祈りを捧げる。アンナもわたしに倣って片膝を付いて「安らかにお眠りください」って祈る。1人の祈りが終わってまた別の1人というふうに繰り返し祈り続ける。その最中にわたしはアンナに決意を示す。

「・・・・父様が亡くなった今、娘であるわたしがアムルを治めないといけない。だから起こること全てから目を逸らすわけにはいかなくなる」

父様の遺体は確認していないけど、

――アムルを統べるシュテルンベルク最後の人間よ――

死神騎士団の団長がそう言っていた。つまりはシュテルンベルク男爵家で生き残っているのはわたし独りだけということだ。わたしがアムルを治めるためには、父様の男爵位を受け継がないといけない。シュトゥラ王がそれを認めてくださるかどうかが最大の問題なんだけど。それでも何とかして受け継がないと。わたしはシュテルンベルクの人間なんだから。

「エリー・・・・」

祈りを終えて、わたしはまた街を足早に歩き出す。視界に入る回数が徐々に増えてきた死神騎士たちの死体。その死体には共通点がある。心臓付近に突き刺さっている槍・・・。蒼い雷や炎や氷や光、真っ黒な影のような槍に竜巻のような槍、オーディンさんの魔導だ。
それを見ていたアンナが「心臓に一撃。すごい命中率だわ・・・」って驚嘆してる。それからブツブツ呟いて考え事していて、「エリー」ってわたしを呼びかけてきた。立ち止まって振り返る。アンナは槍を見て、屋敷の方を見て、最後にわたしを見た。

「あなた、彼をどうするの?」

「どうするって? オーディンさんのこと・・・?」

「・・・ええ。今は恩を返すっていう事で味方でいてくれてる。でも死神たちを討った後、彼は街を出る。あんな恐ろしい力を持ってる彼が・・・」

随分と遠回しな言い回しに、「何が言いたいの・・・?」って訊き返す。すごく嫌な予感がする。大切なアンナからは聞きたくないようなことを言われるかもしれない、って。アンナは真っ直ぐわたしの目を見詰めて、言った。

「またどこかで恩を受けてそれを返すってことになって、もしそれがアムルやラキシュ、果てにはシュトゥラにとって禍いになるとしたら。それは凄く恐ろしい事だわ。だから彼がこの街に残ってもらうように仕向けたいの。あれ程の力、見逃してしまうより目の届くところ、アムル防衛のために残ってもらった方が――」

「・・・こっちの勝手な都合でオーディンさんをアムルに縛れっていうの?」

アンナの言い分はおかし過ぎる。だから「却下」する。オーディンさんは確かに強い。それも尋常じゃない程に。なにせ騎士団丸ごと1つを単独で、しかも短時間で潰したんだから。その戦力をアムルに常駐させておけば、確かにアムルは安泰だと思う。

「エリー。イリュリアが攻めてくるのが今回だけとは限らないのよ? ううん、間違いなくこれが始まりに――またこんな酷いことになってしまう。そうなったら私は耐えられない。私の育ったこのアムルの街がもう一度メチャクチャにされるなんて・・・」

ボロボロになった街並みを見回したアンナは泣きそうな顔になる。わたしももう一度見回す。本当に酷い有様だった。自然と両拳を握りしめてしまい、「わたしだってそうだよ。二度とこんな事されたくないよ・・・」って同意する。アンナは「だったら!」って詰め寄ってきた。

「でもそれで人ひとりの自由を縛っていいわけないよ・・・。それに、オーディンさんが居なくても第一~第三騎士団が国境を護っているから・・・」

ラキシュ領の領主であるヨーゼフ・シュミット伯爵が国境防衛のために置いた三騎士団。そんな彼らが護ってくれるって言ったら、アンナがキッと目を鋭くして「ソイツらがちゃんと護ってくれていたらアムルは壊されなかった!」って叫んだ。
言い返せなかった。死神騎士団が損害もなくアムルにまで侵入してきたっていうことは、イリュリアとの国境に居るはずの三騎士団と遭遇しなかったってことだ。よく考えればおかしい話だ。どうして三騎士団を素通り出来たのか判らない。わたしが言い淀んでいると、アンナが「まさか・・・!」って恐い顔をした。

「アイツ、わざと素通りさせたんじゃ・・・!」

最初は何を言っているのか理解できなったけど、アンナが何を言いたかったのかを理解した途端、わたしは愕然とした。アンナの言うアイツというのはきっとシュミット伯のことだ。そのシュミット伯が三騎士団に指示を出して、死神騎士団を素通りさせたって言っているんだアンナは。
シュミット伯。若くして(確か今21歳だったはず)ラキシュ領の領主となった伯爵で、2年前からわたしに求婚してきてる人だ。そんな人がこんな事をする(推測の域だけど)理由は・・・・

「信じられないけど、求婚を断り続けたわたしへの嫌がらせ・・・?」

普通に考えればあまりにも突拍子もない、有り得ない推測。すぐに切り捨てようって思ったけど、アンナは「絶対そうだ」って決めつけていた。

(違う、きっと・・・。嫌がらせなんかで街ひとつを・・・)

死神騎士団は運良く三騎士団に見つからないように接近してきたのかもしれないし。水掛け論になるのも嫌だから、今はとにかく住民たちを捜そうと街を歩き回る。団長の言っていた通りなら労働力として生かすつもりらしいから、どこかに監禁とかされているかも。
それともすでにアムル外に連れ出されているか。どっちにしても急いで助けないと。とりあえず緊急時の際に集合するように言われてる避難場所――アムル郊外の城塞跡に向かうことにする。難を逃れた住民たちが居るかもしれない。それにオーディンさんが無事だと報せてくれたモニカとルファとも逢えるはずだ。行き先を決めてすぐに行動に移る。

「目標を発見!」

というところに、最悪な展開が目の前に訪れた。灰色の甲冑を着た騎士。右肩の装甲に描かれている紋章からして死神騎士だった。数は3人で、全員大柄な大男。オーディンさんが討ち漏らした敵かと思ったけど、手にする武器も纏ってる甲冑を汚れていないところを見ると、

「援軍・・・! エリーは下がって!」

アンナが武装・“アインホルン”を起動して、使用人服から騎士甲冑姿になる。黒の使用人服に白銀の籠手と具足と胸甲が付いただけなんだけど、そもそも使用人服自体がすでに騎士甲冑。日常から魔力消費をどれだけ効率よく抑えられるかの鍛錬だって言っていた。

「3人位なら私独りでも十分なはず・・・!」

レイピア型の“アインホルン”を構えたアンナの足元に赤紫色のベルカ魔法陣が展開される。“アインホルン”にバチバチと雷撃が纏われ始める。アンナの魔力変換資質は電気だ。アンナの浅葱色の髪が電気の影響でフワリと浮く。それを見て3人の死神騎士が、大斧、大槌、大剣をそれぞれ構えた。
わたしはアンナの邪魔にならないように少しずつ後退していく。よく考えれば、援軍が3人だけなはずがなかった。トンと背中が何かに当たる。直後に両肩をガシッと掴まれた。恐る恐る振り返ると、灰色の甲冑を着た騎士が2人居た。

「酷い有様だったぜ先遣隊。一体誰がやったんだ、おい」

「心臓に魔力槍が一発。全員即死だったぞ。どんな腕だよ畜生が」

「痛い・・・っ!」

肩を掴まれる手の力が強まった。アンナが「エリー!」ってこっちに駆け寄ろうとするけど、それを止める他の死神騎士たち。アンナは首筋やお腹に刃を当てられて、わたしにはただ肩を掴まれているだけ。脱出するために何か良い手が無いか必死に思考を巡らせる。
オーディンさんはダメ。たぶんまだ団長と戦ってるはず。じゃあ・・・・打つ手が無い・・・? せっかく助けてもらったのに。ううん、諦めてはダメ。多少のケガは仕方ない。体当たりをして全力逃走。でもわたしはそれでいいとしても、アンナは一瞬で殺されてしまう。

「目標はソイツだな。早く終わらせるぞ。団長と副団長の戦死が確認された。団長たち、そして先遣部隊を討った奴が来るかもしれない。そうなる前に引き上げる。本作戦は失敗だ」

「隊長・・・」

「あの団長と副団長が死んだ? どんな化け物が居るんだよこの街には・・・!」

騎士団を率いる団長と副団長と言えば高位騎士だ。ただの騎士とは一線を画す実力者。でもそうだよね。オーディンさんの同時に複数人を打ち倒すあの魔導なら、1人相手に集中砲火すれば高位騎士だろうと無事じゃ済まないはず。

「ならさっさと殺して撤退しようぜ隊長」

わたしに突きつけられる大鎌の刃。今度こそここで終わり・・・? せっかくオーディンさんが助けてくれたのに。こんなことになるなんて。わたし、「助けて・・・オーディンさん・・・助けて」また頼ろうとしてる。
騎士の1人が「神様にお祈りか? 良い覚悟だ」って笑う。オーディンさんは神様じゃないけど。でも祈りたいのは確か。でも祈ったところでオーディンさんは現れない。だけどその代わりに・・・

――豪狼――

狼の頭の形をした複数の衝撃波がわたしとアンナを包囲してる騎士たちを討った。ホントに一瞬の出来事だった。地面に倒れ伏す騎士たちを見た後、今の魔導を放った人を確認する。端正な顔立ちの男の人が居た。紫色のサラサラの髪、翡翠色の瞳。ゆったりとした白の長衣を着ていて、手には反りのある剣。知っている人だった。何せついさっきまでアンナとの話に出てきていた・・・

「危ないところでしたねエリーゼ」

「・・・・シュミット伯・・・」

†††Sideエリーゼ⇒ルシリオン†††

「すぅすぅ・・・あたしは・・・アギトむにゃむにゃ」

「疲れて眠ってしまったか」

私の手の平の上で眠ってしまったアギト。随分と安心した表情をしている。にしても不思議な感覚だ。私とアギトがこうして一緒に居るなんて。アギトを起こさないように魔力の膜で覆い、手の平から浮遊させる。

「今はゆっくり休んでいてく――ん?」

中庭に向かおうとしていたところ、屋敷の角の陰に倒れ伏していた1人の男性を見つけた。おそらく中庭からここまで這ってきたんだろう。血の轍が中庭から続いている。もうピクリとも動かないため、残念だがもう逝去されたのかと思ったが・・・・

「生きている・・・!」

――傷つきし者に(コード)汝の癒しを(ラファエル)――

わずかに指先が動いた。虫の息だがまだ生きている。すぐさま中級治癒術式を発動。仰向けにして呼吸がしやすいようにする。顔を見れば歳はまだ50にも満たないだろう。顔は気難しそうだが、とても優しげな目を持っている。

「・・・気をしっかり保て! 目を瞑るなッ。開いて私を見ろッ」

しかしその目を塞ごうとまぶたが何度も閉じようとするのを、声をかけて意識を保たせる。ここで眠りについてしまったら間違いなくそのまま逝ってしまう。それほどの傷だ。正直人間がここまでのダメージを負って生きているのが信じられない。あまりの体の酷い有様に、このまま死なせた方が良いのかもしれないと考えてしまうが、それでも助けられるのなら助けたい。

――ねえルシル。その魔術(チカラ)は何のためにあるの?――

――ゼフィ姉様。それは・・・――

(守りたいモノを守るため。救いたいモノを救うため)

――今は戦時だから敵を殺すことが多くなる。だからその一線を忘れないでねルシル――

ゼフィ姉様――実姉ゼフィランサス・セインテスト・アースガルド――との約束を思い出す。殺すこと以外、人命を救うために魔術を使いたい。

「ごほっ・・・おま・・・エリー・・・ぅぐ・・拾って・・・男・・・」

「喋るなッ、死にたいのかッ!」

ラファエルでは限界があるか。私のように死に難い体なら時間をかければ大丈夫だろうが、あいにくと彼には時間が無い。だったら・・・

(記憶の消滅覚悟で・・・アレを使うか・・・)

記憶を取るか人命を取るか。2つの選択肢。考えるまでもない。すぐさま上級術式の発動準備。術式を組み立てて、

――女神の祝福(コード・エイル)――

私が有する治癒系術式の最高峰――エイルを発動した。エイルは対象が死人でなければ如何なる傷でも治すことが出来る術式だ。その分、魔力消費が酷いが、なんとかギリギリSSS範囲内に収めることが出来た。
以前の契約で次元世界に召喚された時、上級術式は空戦形態ヘルモーズ以外は制限されていたのに、この次元世界この時代では許される。だから本当に助かる。これで彼を助けることが出来るのだから。そう思ったのに・・・。

「駄目だ、目を閉じるなッ。もう少しだけ耐えるんだ! 思え、残している家族の事を! 生きようとする活力を捻り出せッ!」

すると彼の目に一度だけ光が戻った。僅かに口を開いて何かを言おうとしている。喋るなと言っているのに聴かない男だ。仕方ないから口元に耳を近付ける。彼は「わた・・の・・可愛・・・娘・・・エリーゼ・・・たのむ・・・」と血反吐を吐きながらも言う。私の可愛い娘エリーゼを頼む、か。エリーゼの父親だったのか。確かに目元が似ているか。

「判った! エリーゼの事は任せろっ!」

私は答えの選択を間違ったのかもしれない。彼は安堵したのか小さく息を漏らし、「ずっと・・・愛して・・と伝え・・・」と静かに目を閉じた。さっと血の気が引く。「諦めるな馬鹿者ッ!」と声をかけ、エイルの効力を上げる。と同時に「ぐっ・・・」頭痛と胸痛が。来た。私という存在を削る悪夢の予兆だ。彼の命の灯火が弱まっていく。さらに効力を上げようとしたその瞬間。

――あっ、ルシルだ。ジョニーは今居ないよ。もお、どこ行ったんだろ?――

(メイ・・・)

――こんにちはルシルさん。はい。みなさん、良くしてくれてます――

(ディズィー・・・)

――チッ。厄介な奴と出遭っちまったな――

(ソル・・・)

――おお、久しぶりっ、ルシリオンの旦那――

(アクセル・・・)

まるで走馬灯のように流れるかつての契約先世界で知り合った友人たちの顔と声。あぁ今度は君たちが私の思い出から去っていくのか・・・。ノイズが走り、目の裏に浮かぶ友人たちの姿が次々と消えていった。一瞬の暗転。

「・・・・あ・・・?」

視界が晴れる。

(また何かの記憶を失った・・・・のか? )

たとえ失ったのだとしても思い出す事も出来ない。思い出せもしないというのにしっかりと残っている喪失感。いや、失ったモノはもう取り戻せない。今は後回しだ。すぐにエリーゼの父親の容体を確認した。

「っ・・・・あは・・・ははは・・・。記憶を失って、目の前の命も救えない、か」

エリーゼの父親は絶命していた。「くそっ!」と地面を殴りつける。あまりの自分の無力さにどうしようもなく苛立つ。と「マイスター?」と側を浮遊している魔力球から声。アギトが起きてしまっていた。さすがにあそこまで声を荒げれば起きてしまうよな。
私を見るアギトに「起こしてしまってすまない」と謝る。アギトは小さく首を横に振った後、自分を包んでいる魔力球を心配げな目で見る。閉じ込められている、と思ってしまったんだろう。すぐに解除して、アギトの足元に手に平を持っていく。アギトはゆっくりと手の平の上に座り込んだ。

「眠っているのを邪魔したくなかったんだ。嫌な思いをさせてしまったんだったら・・・」

「ち、違いますっ。あ、いや、違わないわけでもなくてっ。えっと・・・!」

気を遣うか素直になるかどうかで混乱しているのか、アギトは首や腕を振りまくる。私は「気を遣わなくていい。素直に、君の本心を聞かせてくれればいいよ」と微笑みかける。するとアギトは「・・・閉じ込められたと思ってちょっと怖かったです」と俯いた。安心させるようにその小さな頭を撫でる。「うにゅ?」と声を漏らしたアギト。

「これ、頭撫でてもらうの、気持ち良いです・・・」

「そうか。それは良かった」

改めて自分の今なすべきことを考える。他にも生存者がいるかもしれない。だからいつまでも沈んでいるわけにもいかない。エリーゼの父親の手を胸の上で重ねた後、他の生存者を捜すために屋敷を後にする。屋敷の外は亡骸ばかりだ。私が討ったマサーカー・オルデンの騎士に、アムルを守っていた騎士たちのもの。

「コレ全部マイスターが・・・?」

「そうだ。私が恐いか?」

「う、ううん! 恐いんじゃなくてすごいなって!」

過剰な反応。やはりまだ抜けきっていないんだな、イリュリアでの酷い扱いを。当然か。私との付き合いの時間は1時間もない。そう簡単に忘れられないよな。私を非難するようなことを言ったら、また酷い扱いを受けるかもしれないと心の隅で思っているんだろう。こればかりは時間を掛けていくしかないか。だけど少しでも早く過去として忘れてくれるように。
アギトと向かい合って額をコツンと付け合わせて、「私に嘘は言わなくていい。さっきも言った通り素直な君でいてくれ」と言って離れる。少し考えた後に「はい」と返事をしたアギト。それから二手に分かれて生存者を捜索。アギトも最初は私と別行動するのが不安だったようだが、念話で話をしながらだったため頑張ってくれた。

『マイスターっ! 生きてる人を見つけました!』

『判った! よくやった、偉いぞアギト!』

『えへへ、はいっ!』

すぐさまアギトの魔力反応を探査・・・発見。剣翼アンピエルを発動させ、アギトの居る場所まで急行する。そこは壊れた家屋。外でアギトが待っていた。

『中に何人か居るよマイスター』

『よし。アギト、出来ればまた捜して来てくれないか?』

『え・・・。・・・はいっ、任せてくださいっ』

アギトは逡巡した後、強く頷いて飛んで行った。地面に降り立って家屋に入っていく。確かに気配がある。数は4人か。私は「エリーゼ嬢の使いですっ。怪我人が居れば出てきてください。治療します」と嘘交じりに告げる。
彼女の名前を勝手に出したのは悪いが、もし怪我人が居て、そして危険な状態で、しかし私を恐れて出て来ずそのまま・・・ということになっては笑い話にもならない。武器を持ってないとアピールする為に両手を上げ、出て来てくれるのをじっと待つ。複数の視線が向けられたのが判った。「あんた、エリーゼ様が連れてきた怪我人だったはずだ」と青年の声が聞こえた。

「・・・そうです。私は彼女に命を救われました。だからこそ恩を返したい。私に出来る事と言えば、この街を襲った騎士団を討ち、そして怪我人を治療するだけなんです。前者の方は果たしました。ですからお願いします。怪我人が居れば、助けたいんです」

偽善かもしれないな。純粋な思いではなくて結局は自分の為だ。恩を返したいという建前。そんなつもりはないんだが、そう捉えてしまう人もいるだろう。断られるかもしれないとも思う。でも、それでも出来ることをやりたい。

「前者は果たした、だって?」

「街を襲っていた騎士団は一人残らず討ちました。ですが援軍が来るかもしれない。ですからその前に可能な限り生存者を捜し出して・・・怪我をしていたら助けたい」

「奴らを殺したあの魔力の槍・・・あんたの仕業だったんだ・・・」

少しの沈黙のあと、奥からトテトテと一人の少年が駆け寄ってきた。するとさっきから私と話していた男が「アヒム!?」と、この少年の名らしきものを叫んだ。アヒムという少年がしがみ付いて来て、「お母さんを助けて!」と服を引っ張ってきた。
遅れて10代半ばくらいの少年と少女が出てきた。事情を聞けば彼らは家族だそうだ。マサーカー・オルデンに襲われて、だが連中が死んだ(私のカマエルによって)ところで逃げきることが出来た、と。しかしそれまでの間に彼らの母親が子供たちを庇って斬られて重傷を負ったそうだ。

「カール先生が居てくれれば良かったんだけど、行方が判らないんだ」

私と最初から話していた男は長男だそうだ。名はダニロ。歳は20にも満たない17。父親はアムルの防衛騎士。ダニロは言う。「父さんはもう死んでいる」と。それについては深くは聞かなかった。今はとにかく怪我人の治療だ。
案内された部屋に女性が一人ベッドの上にうつ伏せで寝かされていた。背中を斬られたんだな。すぐに怪我のレベルを診る。バッサリやられているが、背骨までは達していない。

「これならすぐに治せるぞ」

「ほ、本当ですか!?」

「お母さん死なない?」

「ああ、任せろ。もうこれ以上死なせるか・・・!」

――傷つきし者に(コード)汝の癒しを(ラファエル)――

両の手の平を傷口に翳す。生み出されるサファイアブルーの淡光。子供たちが口々に「綺麗」とうわ言のように言う。筋肉、神経、血管もろもろを修復しつつ、ゆっくりと傷口を塞いでいく。

「心拍数安定・・・よしっ。もう大丈じょ――っ!?」

最後まで口にすることが出来なかった。頭痛と胸痛に襲われてしまう。馬鹿な。Xランクの魔力は使っていない。 だがすぐに治まった。「あの、大丈夫ですか?」と少女――名はベッティ――が心配そうに私の顔を覗きこんできた。「ああ、大丈夫だ」と頷く。駄目だ、原因が判らない。

『マイスターっ! アイツらが、血染めの死神騎士団(マサーカー・オルデン)の援軍が街に入ってきましたっ!』

アギトから切羽詰まった念話。『判った。見つからないように気を付けてくれ』と返す。家を出る前に「君たちは怪我としていないか?」と子供たちに問う。子供たちは首を横に振った。よし。「君たちはこのまま隠れているんだ。いいね?」と告げ、踵を返す。背後からの感謝の声に手を小さく上げる事で応じ、外へ出て剣翼アンピエルを発動。した瞬間にまた起こる頭痛と胸の痛み。

「魔術発動で起こるのか・・・!?」

もしそうなら、これからどうやって“堕天使エグリゴリ”と戦っていけばいいんだ? 足りない。原因と対策を確立するための情報が無さ過ぎる。また失うのか? アンピエルを解除したくなったが、アギトが待っている。それにエリーゼ達の身の安全も確認しなければ。
そう、今は生命を選択するべき。奪っていきたいなら好きなだけ奪っていけ。覚悟を決めて空へと上がり、アギトの居る地点を目指す。アギトと合流する前に街の現状を確認出来た。灰色の甲冑を着た騎士団と、鋼色の甲冑を騎士団が衝突している。

『マイスター、こっちですっ!』

アギトと合流して、灰色の甲冑の騎士団がマサーカー・オルデンの後方支援部隊と教えてもらう。なら鋼色の騎士はアムルの援軍と見ていいか。それを念頭において空から戦闘区域を確認する。戦闘が行われている区域は全部で4つ。その内の1つに「エリーゼ!」を見つけた。
エリーゼと使用人の少女の2人に、民族衣装(アオザイ)のような騎士甲冑?を着た青年が1人。3人の様子からして知り合いのようだ。使用人の少女からはビシビシ殺気が放たれているが、エリーゼが宥めている感じだ。で、その周囲にマサーカー・オルデンの騎士たちが26人。エリーゼ達はおそらく気付いていないな。

「それなら遭遇する前にここから潰すか」

左手の平を地上に向け翳す。ターゲットをロック。術式の構成開始。ランクは中級。効果は攻性。属性は破壊特化の炎熱系。

――舞い振るは(コード)汝の獄火(サラヒエル)――

周囲に展開する火炎の槍。数は26本。1人につき1基だ。また起きる頭痛と胸痛。確定だ、魔術を使うと起きる・・・。

「マイスター? マイスターっ?」

「あ?」

「顔色が悪いですよマイスター・・・」

アギトが心配げな顔をして目の前に居た。「大丈夫だよ」とかぶりを振って、サラヒエルの射出するため号令を下そうとした。しかしここで気付いた。サラヒエルが解除されていて霧散していたのだ。意識しての解除じゃない。最悪な事はそれだけじゃなく、剣翼「アンピエルが!?」解除された。
そうなると、飛行能力を失うことになる。当然、私は真っ逆さまに落ちる。アギトが「ちょっ、ええっ?」といきなり私が落下し始めたことに驚愕の声を上げた。すぐにアンピエルを再発動しようとするが上手くいかない。

「マイスターッ!!」

アギトが真っ直ぐ急降下して来て、私の右腕を取って落下を止めようとした。だが体格差はもちろんのこと落下速度もあり過ぎた。止まらない。アギトが「うぐ」と苦悶を漏らす。アンピエルがダメなら、これでどうだ。大気を魔力で無理やり操作して、真下から突風を起こす。単純な気流操作。だというのに起きる2つの痛み。

(魔術が原因じゃない・・・!? じゃあ一体どうし――まさか!)

自分の体の現状を確認することで1つの推測が立った。そしてその推測通りなら全てに得心がいく。しかし、笑いたくなるほど弱体することになるな。

(まさか一定の魔力値以下になってもアウトだとは・・・)

Xランク以上の魔力を用いた魔術を使ったらアウト。魔力残量がAAランク以下にまで減ってもアウト。いや、今さらだ。これまでに訪れた契約先世界でも滅茶苦茶な制限は受けてきたんだ。原因が判った。対策も立てることが出来た。普段はそれに注意し、“エグリゴリ”戦の時に全てを捨ててでも全力を出す。

「マイスターっ!」

「大丈夫だ!」

アギトを胸に抱いて着地態勢に入る。

†††Sideルシリオン⇒エリーゼ†††

シュミット伯から語られる、死神騎士団がアムルにまで侵攻して来た原因。ラキシュ領防衛三騎士団がラキシュ本都の祭時の為に国境から離れていたから。この時点でアンナは完全に怒って、わたしも正直怒り・・を通り越して呆れたような悲しいような複雑な気持ちを得た。

「一度に三騎士団を国境から離すなんて馬鹿じゃないのっ!」

「アンナ、シュミット伯に失礼過ぎだよ」

「いいえ、いいのですよエリーゼ。彼女のお怒りはごもっともです。第四騎士団(フィーアト)第五騎士団(フュンフト)第六騎士団(ゼクスト)を配置する予定だったのですが間に合わずこのような・・・」

シュミット伯は続ける。絶対に漏れるはずのないその情報がイリュリアに漏れてしまって、こんな惨事が起きてしまった、と。頭を下げて謝るシュミット伯にアンナが「結局は全部あんた達が下手をうったからじゃない!」って斬りかかる勢いで詰め寄った。わたしはアンナにしがみ付いて止める。伯爵を斬ったってなったらアンナは処刑まっしぐらだ。

「何が政よっこんな時期に! どうせわざと騎士を引かせたんでしょっ!? 情報をイリュリアに流して、アムルへ侵攻するよう仕向けたっ! エリーに求婚を断られ続けた腹いせの為にッ! 違うっ?」

(そんな推測の域を出ない話を包み隠さず言っちゃうの!?)

ほら、シュミット伯も呆然としてるよっ。でもすぐにシュミット伯が笑いだす。そんなところに、「エリーゼ!」ってわたしを呼ぶ声。真上からだ。

「オーディンさんっ!」

ズンッと砂埃を上げてオーディンさんがわたしの目の前に着地した。オーディンさんは「敵が迫っている。戦える者は手伝ってくれ」と倒れている死神騎士から槍を取った。あれ? さっき魔導を使うのに媒体とか使っていなかったのに。
というかその小さい女の子は誰ですか? 布切れ一枚を纏っただけ(しかもオーディンさんの騎士甲冑の一部だし)の赤い髪の女の子。その子は誰ですか?と問う前にシュミット伯が「エリーゼ。彼は一体・・・?」と訊いてきた。

「えっと、オーディンさんと言いまして、シュミット伯たちが来るまで死神騎士団と戦ってくれた御方です」

そう、オーディンさんが居てくれたから、わたし達は助かった。アンナが「あんた達なんかよりよっぽど頼りになるわ」って挑発的に続く。それを気にせずシュミット伯は「我々が来るまで? では先遣部隊を殲滅したのは彼が?」と戦慄してる。でもすぐにニコッと笑顔を浮かべてオーディンさんに向き直った。

「はじめましてオーディン殿。僕はラキシュ領領主ヨーゼフ・シュミット伯爵です。このたびは――」

「シュミット伯。残念だが今は挨拶している暇はない・・・!」

その言葉と同時に四方八方から灰色の甲冑の騎士が現れた。敵を視認した途端にオーディンさんとシュミット伯は駆けだして戦闘に移った。そして小さい女の子もオーディンさんに続いて戦闘開始。火炎の球や短剣を撃ち放っていく。
すると死神騎士たちが「なぜプロトタイプが敵に回っているんだ!?」「命中率が上がっているぞ、どういうことだ!?」「裏切ったな!」だとか口々に怒りを示す。あの女の子、まさかイリュリアの仲間だったの?

「アギト、気にするな。君の居場所はここだッ」

「っ・・・はいっ、マイスター!」

オーディンさんに、アギト、って名を呼ばれた小さい女の子の表情が輝く。あぁそうか。アギトという子はオーディンさんに惹かれたんだ。

「あたしはもうプロトタイプじゃないっ。あたしは・・・アギトだッ!」

炎球が騎士たちの動きを制して、その間にオーディンさんが槍で一突き。それで終わりだ。強い。魔導なんて使わなくても十分強い。それなのに・・・

「あの人、動きが変。それに顔色も悪いし呼吸も荒い。どうして魔導を使わないの?」

「・・・・うん。空に居たんだったらわざわざ降りないで攻撃すればよかったのに」

オーディンさんの身に何かが起きている。一体何が。おそらく「魔導が使えなくなってる?」だ。シュミット伯の戦う姿が視界から消えて、わたしの視界にはもうオーディンさんしか入らない。オーディンさんを包囲して一斉に襲いかかろうとする死神騎士たち。
アギトの援護は間に合わない。オーディンさんから魔力が発せられる。魔導を使うみたい。でもすぐに何事もなかったように消える。どこか痛いのか顔を顰めるオーディンさん。結局、地面を転がるようにして包囲から突破、切り抜けた。でも転がる最中にも攻撃することは忘れない。拾った剣で敵の脚を斬りつけていた。

(まさかオーディンさん・・・魔力が・・・?)

魔導を発動させようとしても出来ない理由。いくつか理由があるけど、一番しっくりくるのが魔力切れ。あれほどの高威力な魔導を連発していたんだから、魔力が空っぽになっててもおかしくない。だから、わたしはアンナに向いて「オーディンさんにクス・デア・ヒルフェを使う」とハッキリ告げる。

「・・・・はあ!? ちょっ、エリー、そこまでしなくてももう戦いは終わる!」

「でも万が一があるからっ。オーディンさんっ!」

「離れているんだエリーゼっ、巻き込まれたいのかっ!」

オーディンさんが遠ざかる。それだとクス・デア・ヒルフェが使えない。乙女の祝福(クス・デア・ヒルフェ)。それはわたしの――正確にはフォン・シュテルンベルクの女性にのみ発現する能力で、口づけ(クス)することで自分の魔力を相手に供給できるというものだ。
クスとは言っても絶対に唇と唇じゃないとダメというわけじゃない。相手の地肌に唇が触れさえすれば。だからオーディンさんの手の甲にでもいいからクス・デア・ヒルフェを使えば、オーディンさんは魔導を使えるはず。そう思ったのに、声をかけたら余計に離れていってしまった。
それから、オーディンさんはたびたび危ないところもあったけど、シュミット伯とアギトのおかげで何とか乗り切った。死神騎士団の脅威もようやく去って、わたし達が一息吐いていたところに、

「報告します。アムルに居たマサーカー・オルデンの全滅を確認しました」

「報告します。マサーカー・オルデンに拉致されていたアムルの民を発見、救出することに成功しました」

「報告します。拉致を逃れ隠れていた者たちを保護しました」

次々とシュミット伯の元に報告してくる騎士たち。その内容はあまりにも嬉しいモノで。だから知らずわたしは涙を流していた。そこにオーディンさんが来た。視界で滲んでいるけど判る。オーディンさんの表情が悲しみに歪んでいるのが。

「・・・エリーゼ。君のお父上から最期の言葉を承っている」

「え・・・?」

訊き返してしまった。だって父様はオーディンさんが来る前にもう殺されていて・・・。アンナが「嘘を言わないで!」って怒鳴る。それを「アンナ待って!」と制する。袖で涙を拭って、しっかりとオーディンさんの顔を見て「聞かせてください」と促す。

「・・・ずっと愛している、と」

「・・・っく・・・うぅ・・・とう、さ・・ひぅ・・父・・・さまぁ・・・父様ぁ・・・!」

「エリー・・・エリー・・・!」

声が出るのを抑えられない。しっかりしないとダメなのに。アンナがわたしを抱きしめて一緒に泣いてくれる。それで限界だった。もう人の目とか気にすることもなく、自然に泣き止むまでわんわん泣いた。
そこからどれくらい泣いたんだろう。街がもう夕陽に染まってしまってる。
シュミット伯の指揮の下、三騎士団が街の状況――正確な被害や修復までの時間などを調査して報告し合っているのを聞く。最終報告は、アムル防衛騎士は全滅、住民からも48人の死者、壊された家屋やお店は多数。たった数時間で変わり果ててしまった。途方に暮れていると、シュミット伯が歩み寄ってきた。

「エリーゼ。今回の事は誠に申し訳ない。僕が浅はかだった・・・」

「っ!・・・全部・・・全部あんたが・・・あんたの所為でアムルはッ!」

わたしが止める間もなく、アンナの放った拳は真っ直ぐシュミット伯の頬を打った。それを見た騎士たちが武器を構えて「無礼な!」「分を弁えよ小娘!」「覚悟は出来ているだろうな!」と怒声を上げる。
血の気が一気に引く。すぐに謝ろうとした時、シュミット伯が「よせっ。悪いのは僕だ」って騎士たちを制した。命令に従って騎士たちが引き下がる。わたしは「寿命が縮まるかと思ったでしょっ!」とアンナを叱る。

「・・・エリーゼ。君も僕を殴るくらいの権利がある」

わたしを見詰めるシュミット伯は両手を後ろで組んでジッと待つ。仕方がない。その一言で済むような事件じゃないのは確か。父を失い、民も少なからず失った。悲しみもある。怒りも・・・ある・・・。わたしは右手を振りかぶり、シュミット伯の頬を叩いた。

「・・・・もし叩かれずに許されていたら僕は、僕自身を許せずにどうにかなっていた」

シュミット伯は安心したように苦笑いを浮かべた。そして、

「こんな時になんだけど、エリーゼ、僕と結婚してくれ。そして共にラキシュで暮らそう」

「・・・・え?」

「何を言い出すのかと思えば、結婚してくれ? 共に暮らそう? 冗談も大概にしてよ・・・!」

「冗談なんかじゃないよ。アムルはイリュリアとの国境近くの街で、これからは常に危険と隣り合わせになる。でも領内奥にあるラキシュ本都なら、もうこんな惨劇は起きない。だから・・・アムルの民と共に移ろう」

わたしに手を差し伸べるシュミット伯。アンナは「駄目よエリー」って止めてくる。答えは考えるまでもなくずっと前から決まってる。ジッとシュミット伯の目を見る。

「ありがとうございます、シュミット伯。ですが以前から申し上げている通り、わたしには夢があります。まぁその夢も恐らく今日で終わりを迎えますけど。ですが新たな夢が出来るんです。このアムルの街を必ず復興させ、イリュリアからの侵攻にも負けない街に成長させる。ですからあなたの求婚には応えられません。ごめんなさい、こんなわたしを好きになって頂いて、光栄に思います」

頭を下げる。わたしのような小娘を目にかけてくれて本当は嬉しい。でも応えられない。わたしはエリーゼ・フォン・シュテルンベルクだから。シュミット伯から何の返事もないから頭を上げようとして、耳に届く小さな小さな声。

「どうしてダメなんだ・・どうして判ってくれないんだ・・どうして僕のモノにならないんだ・・どうして、どうして、どうして・・・どうして僕の思い通りにいかないんだ!?」

「シュミット伯・・・!?」

「ちょっ、いきなり何!?」

シュミット伯が髪を掻き毟って唸り声を上げる。アンナがわたしの腕を掴んで、自分の後ろに引っ張り込んだ。アンナの背中越しに見るシュミット伯は恐い。ギロッと睨んで来て、背筋が凍った。周りに居る騎士たちもその様子の変わりように混乱してる。わけが判らずに見守っていると、


「ヨーゼフ・シュミット伯爵とは、あなたのことか・・・?」


凛とした男の人の声が響いた。声のした方を見る。そこに立つ人を見て絶句。最初は信じられなかった。幻かと思った。でも歩いてこっちに来てる。本物だ・・・本物の・・・

「クラウス・G・S・イングヴァルト殿下・・・!」

目を逸らせない。まさかクラウス殿下をお目に掛ける日が来るなんて。激昂していたアンナですらも身動きひとつしないで殿下を見詰めている。シュミット伯も黙り込んで身震いしていて、騎士たちは片膝をついて礼の姿勢を取る。

「聞こえなかったのかい? あなたがヨーゼフ・シュミット伯爵か?」

「そ、そうです・・・。で、殿下、なぜラキシュ領に・・・?」

シュミット伯が殿下の問いに答えた途端、殿下の表情が険しいものになった。

「あなたを拘束するため、と言っておこうか。容疑はイリュリアへの情報漏えい。その結果、どういうことになったのか・・・判るだろう?」

殿下は何を言って・・・?

「やっぱり・・・私の推測が当たってた・・・?」

アンナから放たれる強烈な魔力流。そして殺意。推測。シュミット伯が三騎士団に指示を出して、死神騎士団を素通りさせたっていう。嘘・・・そんなの・・・。今回の死神騎士団の侵攻が・・・シュミット伯に仕組まれた?

「は、はは、はははは。殿下、一体何を――っ!」

殿下の率いていた近衛騎士が一人の男の人を連行してきた。知っている人だった。だって、わたしが憧れて師事していた医者なんだから。

「カール、先生・・・」

カール・アーレンス、その人だった。どうして拘束されているのか判らない。
殿下は話を続ける。カール先生がシュミット伯の命令で、イリュリアに居る軍事医師に情報を流した。今日この日、たった数時間の間だけ国境から三騎士団が居なくなるっていう。その情報の下、死神騎士団はラキシュ領に侵攻してきた。完全支配の足がかりとしてまずはアムル。そのアムルを統治するフォン・シュテルンベルクの人間の殺害。

「すまない、エリーゼ君」

カール先生は跪いて額を地面に何度もぶつけながら謝る。もう判らない。何を信じていいのか、全然判らないよ。今自分が立っている場所が揺らいで崩れていく感覚。

「き、貴様ぁぁーーーーッ!!」

アンナがシュミット伯を全力で殴り飛ばした。上手く思考が働かない。混乱の極みってやつなんだと思う。でも徐々にひとつだけ確かなモノが浮かび上がってくる。怒りだ。

「どうして自分の領内・・・アムルに敵国の騎士団を入れたの?」

近衛騎士の1人に立たされたシュミット伯に問いかける。どんな理由でこんな最悪な事を仕組んだのか聞いておきたい。もう言葉を交わすことが絶対にないから今の内に・・・。

「君を手に入れるためだよ、エリーゼ。君のことが好きだから。手に入れたいから、僕はこの外道の手を選んだ。君の知り合いが多く死ねば、心細くなった君は僕を選んでくれると思ったか――ぅぐっ」

殴った。初めて人を本気で殴った。もう許せなかった。聞いていたくなかった。シュミット伯に言うことはたった一言「さようなら」だけだ。

「君は解っていない! 君のその能力は、この戦乱の時代において貴重なものだ!」

「連行だ。ヨーゼフ・シュミット、あなたの爵位を剥奪する。カール・アーレンス、罪は罪だ」

殿下の指示によってシュミット伯とカール先生、そして騎士団が連行されていく。わたしに好意を持ってくれたことへの嬉しさはもうどこにも無い。好きだって言ってくれたのに、結局はわたしの能力を欲していただけ。その上カール先生にも裏切られちゃった。あはは、参ったなぁ。

「エリーゼ・フォン・シュテルンベルク嬢。お父上のことは誠に残念です」

「・・・・うえっ?」

沈んでいた気持ちがごっそり失せる。だって殿下に声をかけられるどころか名前を呼ばれたんだから。殿下は「今後のアムルについてですが・・・」とわたしにとって一番重要な話を切り出してきた。今しかない。話すなら、わたしの思いをぶつけるのなら今しか。

「わたしがっ、わたしが父の爵位を受け継いでアムルを統治しますっ!」

「・・・・大変ですよ、街を一つ治めるのは。それでも――」

「やります。わたしは、エリーゼ・フォン・シュテルンベルクですっ!」

殿下を真っ直ぐ見詰める。殿下も真っ直ぐ見詰め返して下さる。そして「父に進言しておくよ。アムルはエリーゼ男爵に任せたい、と」そう言って下さった。今まで成り行きを見守ってくれていたアンナが「エリー」と微笑んでくれた。

「騎士団の一部と医師団は置いていきます。好きに指示を出してくれて結構です。そして、明日より行う街の復興に必要な人員と資材も用意します」

「な、何から何までありがとうございます殿下」

「シュトゥラの民の生活と安全を守るのが我々の務めですから。ところでエリーゼ嬢。先程から気になっていたのですが、彼は一体? あの銀の髪に紅と蒼の虹彩異色。シュトゥラ国内には居ない特徴です。どういう経緯でこの街に?」

殿下の視線の先にはオーディンさんとアギトが居た。明らかに殿下はオーディンさんを警戒している。わたしは事の経緯を包み隠さずに殿下に話す。敵対してほしくないから。
瀕死の重体のオーディンさんを山奥で見つけたこと、放っておけなくて街に連れ帰って治療したこと、一週間後の今日目を覚ましたこと、死神騎士団に襲われていたところを救ってくれたこと(コレ重要)、そして記憶の一部を失っていること(コレも重要)を。殿下はわたしを見つつも決してオーディンさんから意識を離していなかった。

「――単独で騎士団を潰す魔導・・・、それはなんとも・・・凄まじいですね。彼から少し話を聞いてみたくなりました」

殿下が踵を返してオーディンさんの下へ歩いていく。

「オ、オーディンさんはきっと良い人ですっ。か、勘なんですけど・・・!」

もし戦うことになったら、今の魔力切れのオーディンさんじゃ殿下に絶対に勝てない。殿下は「戦う気はありません。今のところ、は」と歩みを止めることなくオーディンさんの前に赴いた。

「はじめまして、僕はクラウス・G・S・イングヴァルトという。まずはアムルを守ってくれたことに礼を言わせてくれ。ありがとう」

「・・・オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロードです、クラウス殿下。それと礼など無用。礼が欲しくて戦ったわけではないのだから」

オーディンさんは片膝をついて礼の姿勢を取ろうとしたけど、殿下が手で制した。

「結構だよ、オーディン殿。あなたはシュトゥラの王族に対して礼義を取る必要のない人なのだろうから」

「なるほど。私がシュトゥラの人間ではないと確信しているわけ、か」

言っちゃった。それよりもそう断言できるということは、オーディンさんの記憶が戻ってる・・? あ~殿下が身構えた。オーディンさんもいつでも動けるように意識してるし。お2人を止めるだけの勇気が無いよ、わたし。

「シュトゥラ・・アムルへ来た目的は?」

「偶然でしかない」

「詳細を聞かせてくれないか・・?」

「・・・・捜しモノをしている。その捜しモノが偶然ベルカにて発見された」

「ベルカにて、ということはあなたはベルカの人間では・・・」

「ああ、ベルカ人ではない。他世界から来た」

オーディンさんはシュトゥラどころかベルカの人ですらない・・・ミッドチルダ人? あぁそうか。今思えばオーディンさんの魔導はベルカじゃ考えられないものだった。殿下は質問を続ける。「その捜しものとは? それに瀕死の傷はどこで?」という問いに、オーディンさんは苦い顔をした。

「捜しモノは一種の兵器で、名をエグリゴリという。怪我はエグリゴリとの戦闘によって負わされたものだ」

「オーディンさんを負かす程の強さ・・・!?」

驚いてしまってつい声を出してしまった。するとお2人の視線がわたしに向いて、ハッとして両手で口を塞いだ。だってあのオーディンさんをあそこまでボロボロにするほどの強さって、“エグリゴリ”って一体どれだけ強いの?

「安心してくれていい。エグリゴリを見つけ破壊するまではベルカに留まることになると思うが、この戦争に好き勝手干渉するつもりはない」

「そのエグリゴリという兵器が我々ベルカ人に危害を加え、ベルカをさらに混乱させるようなことが無いとは言い切れないのでは?」

「確かにな。そうならないという確約は出来ないが、まずないだろう。もしあったとしてもこのアムルだけは必ず守るつもりだ」

オーディンさんのその言葉に、わたしとアンナと殿下は揃って「え?」って訊き返した。アムルだけは守る。その理由が判らない。助けた恩なら十分返してもらった。だから話に割り込むのを失礼と思いながらも「どうしてですか?」と尋ねる。

「・・・君の父親との約束だ。君への遺言の他に、私にある願いを託した。エリーゼのことを頼む、と。ひとりの男が死に際に願った思いだ。同じ男として果たさなければならない」

「父様が・・・」

オーディンさんのことを追い出せ、なんて言っていたのに。わたしとアンナがあの場から去った後、一体何があったんだろう? そのことを今すぐにでも詳しい話を聞きたいんだけど、殿下の用件が済まない限りは待つしかない。

「信用してくれとは言わない。が、私はこの誓いは破らないと、エリーゼに約束する。この街を害するモノが現れた時、私は全力を以って迎撃し、排除する」

「それはエグリゴリだけでなくイリュリアからの侵攻にも該当するのかい?」

殿下の確認にオーディンさんは「もちろんだ」って即答した。アンナから『どうするエリー? 彼がそう言ってくれるのなら、留まってもらった方がいいわ』と念話が。むぅ、オーディンさんが居てくれるのは本当に助かるんだけど・・・。わたしは「本当にそれでいいんですか?」とオーディンさんに確認を取る。

「私は構わない。問題は君たちの意思だ。私のような者が街に留まるのが不安だと言うなら出て行こう。別段この街に留まる必要性もないしな。で、それについて心配ないよう先に約束する。たとえ私が街の外に居ようともイリュリアの騎士が来ようが、万が一にエグリゴリが来ようが必ずアムルを守りぬこう」

揺るぎない決意に満ちた顔だった。だからわたしは「お願いします。もちろんこの街で一緒に」と握手を求める。オーディンさんも「こちらこそよろしく頼む」って握手に応じてくれた。

「オーディン殿。その誓い、僕も信じます。ですから裏切るようなことがないように」

「判っている。決して信用は裏切らない。あと、殿、は要らない。オーディンでいい」

頷き返す殿下とオーディンさんも握手を交わした。

「ではエリーゼ嬢、我々はこれで。第一隊から第九隊はアムルの防衛を務めよ。医師団は負傷者の治療に専念。残りは僕と共にこれよりヴィレハイムへ帰還する」

殿下は威風堂々然と騎士団を引き連れて王都に帰っていった。姿が見えなくなるまで見送り、あまりにも長く感じた一日は終わりを告げる。

「エリー!」「エリーちゃ~~ん!」

「モニカっ、ルファっ!」

わたしと同じカール先生を師事していた医師見習いのモニカとルファが駆けてきた。3人で抱き合ってお互いの無事を喜び合う。オーディンさんの言っていた通り、2人は怪我1つなかった。しばらく抱き合って、モニカとルファがオーディンさんの姿を見つけた途端、

「オーディンさんっ、助けてくださってありがとうございましたっ」

「すごい魔導でしたっ。というかあれだけの怪我を治した治癒魔法って何ですかっ?」

きゃあきゃあ騒ぎながら詰め寄った。オーディンさんの肩に座るアギトがビクビクしていて可哀想。オーディンさんもタジタジな様子。わたしは「オーディンさんが困ってるでしょっ」と止めに入る。多くのモノを失って、でも得ることもあった今日という忘れえない日。

(父様、母様。わたしは、アムルと共に生きていきます。だから見守っていてください。2人が愛したアムルは、娘のわたしが絶対強くしてみせますから)

わたし、エリーゼ・フォン・シュテルンベルクは、空に向かって誓いを立てた。

†††Sideエリーゼ⇒????†††

幾百年と続く、終わり見えない永き旅。我らは多くの人間の手を渡り歩き、その都度、我らを手にした者を主として我らは仕え、主の命の下に戦場を駆け、数多の人命を奪ってきた。
我は呪われし魔導書。人間は我らの力を欲し続ける。覇道を歩みたいがため。しかし待ち受けるのは逃れることの出来ない破滅の道。
あとどれだけ命を奪えばいい? あとどれだけ騎士たちに苦しみを背負わせればいい? あとどれだけ旅を続ければいい? 誰か教えてくれ。誰か騎士たちを救ってくれ。

「・・・我は闇の書。無限に旅をする呪われし魔導書(もの)・・・」

どうか次代の主が、我が一部の騎士たちに、ささやかでも構わない幸福を与えてくれる者であるように。



 

 

Myth4果て無く旅せし魔導書~Grimoire des nachthimmeL~

 
前書き
Grimoire des Nachthimmel
グリモワール・デス・ナハトヒンメル/夜天の魔導書
私オリジナル

Buch der Dunkelheit
ブーフ・デア・ドゥンケルハイト/闇の書
第二期アニメ公式

Buch der nachthimmel
ブーフ・デア・ナハトヒンメル/夜天の書
劇場版公式

どれを使おうか迷いましたが、主人公は正式名称を知っているため、そしてまぁ私自身の思いのため、前者をサブタイトルに使うことにしました。
 

 
ベルカに数多く存在している国家の中でも領地の大きさで言えば随一であるイリュリア。
イリュリアは領地の大きさだけでなく歴史においても他国の追随を許さない。そのうえ保有する騎士団や戦術・戦略兵器などと言った武力、融合騎開発や古代の魔導と言った技術面にも優れている。他国との差を挙げていけばキリがない。

――イリュリアが滅ぶ時、ベルカの歴史は動く――

そうとまで言われるほどの古く強大な大国イリュリア、その王都スコドラ。
スコドラの中心にそびえ立つ王城の一画、イリュリア王家の第一王女テウタに与えられた領域内の一室にて、数人の人間による秘密会議が行われていた。

三連国(バルト)との全面戦争を前にして躓きなど。嘆かわしい」

「まったくだ。シュトゥラなどと言う眼中にない国に、すでに4つの騎士団が潰されている。これでは先が思いやられるぞ」

「バルデュリス王子も馬鹿なマネをしてくれたものだ。ラキシュ領主に踊らされるとは。その所為で我らの盟友ワイリーの血染めの死神騎士団(マサーカー・オルデン)を失ってしまった。最早テウタ王女に懸けるしかなかろう。頭脳と武才のあるテウタ王女こそ、この戦乱の時代を往くイリュリアを導くに相応しい」

「賛成賛成。ゲンティウス陛下ももう使えないし、そろそろ王位継承争いを決着させて、さっさとベルカ統一と行こうぜ」

「そうね。ベルカは元々我らイリュリアの世界だった。テウタ王女の御名の下に取り戻しましょう」

「決まりだな。ではテウタ王女を次期皇帝とするを目標として動く」

リーダー格の男が率先して立ち上がり、剣を胸の前に掲げた。それに倣い、他の者たちも一斉に立ち上がって各々の得物を胸の前に掲げてみせた。そのどれもにカートリッジシステムと呼ばれる機能が付いている。全員が名のある高位騎士であり、他国にまでその名を轟かせている騎士団を率いている。

「我ら栄えあるイリュリアン・リッター。誇りを胸に、誓え、我らが魂がベルカ統一の礎とならんことを」

「「「「「ベルカの地にイリュリアの繁栄をッ!」」」」」

高らかに誓いを口にする。そして「では解散」というリーダー格の男が告げると、他の騎士たちはそれぞれの騎士団の詰所へと戻っていく。最後に部屋を後にするリーダー格の男ともう1人の男。石造りの廊下を2人きりで歩み、ひそひそと会話する。

「なあ大将、知ってっか? 半年前にワイリーら死神騎士団、そしてここ最近の騎士団を潰したの、たった1人の男らしいぜ」

「無論だ。シュトゥラから生きて戻った連中から報告を貰っている。銀の長髪に、遥かな蒼(ラピスラーツリ)輝ける紅(ルビーン)の虹彩異色、そして魔力で構成された剣の翼。幾つもの魔導を同時に発動させ、なおかつ効果範囲が出鱈目に広い。そのうえ変換資質が2つ以上」

「彼の伝説に出てくる英雄様の特徴にそっくりだろ?」

「再誕神話の大英雄・・・神器王ルシリオン、か。偶然で片付けるには特徴が一致し過ぎているが、まず有り得んだろうな」

「俺もそう思うけど、実際、当時存在してた一族の子孫だって噂の奴らがそこらじゅうに居るし、気になるんスよね。盟友ウルリケ然り、盟友ゲルト然り、聖王家の番犬然り、シュトゥラ王家然り」

「だからその男もルシリオンの子孫だと? ルシリオンは他世界の王であり、その世界も滅んでいる。血族が生き残っている可能性はない」

「いや、そうだったら面白いなぁと。まぁ結局、正体が何であっても面白そうな奴だって事が重要なんだよな」

「悪い癖だな、盟友ファルコ。強敵に闘志を漲らせるのは結構だが、相手は単独で一個騎士団を潰すような男だ」

「油断はしませんから安心を。というわけでちょっと挨拶に行ってきますわ。負けっぱなしなんて許されない。イリュリアン・リッターの意地と誇り、見せつけてやりますよ」

「卑怯な言い方だな。・・・いいだろう、行ってこい。盟友ファルコ・アイブリンガー及び地駆けし疾狼騎士団(フォーアライター・オルデン)の出撃を、イリュリア騎士団総長グレゴールが許可する。念のため、融合騎プロトタイプ、ヌル・ヌル・ヌル・フュンフを連れて行け。技術部への許可は私が取っておく」

了解(ヤヴォール)

そうして二人は明かりの少ない薄暗い廊下を進む。

†††Side????†††

「――はい、治療完了です。もう無茶しないでくださいね」

「はい。ありがとうございました、オーディン先生」

「はい、お大事に。・・・・ふぅ」

患者であるご婦人の診療を終え、診察室を後にするのを笑顔で見送る。パタンと扉が閉まったのを確認して、カルテに主要症状や処方方法を書き記す。

「オーディン先生、お疲れさまでした~。午前の診察は先程の患者さんで終わりですよ~♪」

とそこに、元気よく扉を開けて入ってきたモニカがそう報せに来てくれた。モニカは18歳の少女で、オレンジ色の長髪はふんわりおさげ、青い双眸はとろ~んと柔和、放つ雰囲気はフワフワでホワ~ンだ。服装は純白のロングワンピースにエプロン。清潔感重視の格好だ。
そんなモニカの後に続いて、

「マイスターっ、お疲れさまーっ♪」

元気の良い労いの言葉を言いながら入って来たのはアギト。30cmほどの小さな彼女は、ベルカで言えば融合騎、ミッドで言えばユニゾンデバイス、と呼ばれる存在だ。アギトもまたワンピースとエプロン姿。看護師手伝いとして、自ら進んで着ている服だ。今より数百年後、ルーテシア達と一緒に行動していた時の服装からは考えられない清楚さだな。

「ありがとう、モニカ、アギト。そうだモニカ。ルファに昼休憩にしようと伝えておいてくれ」

「ヤヴォ~~ル❤」

モニカはニコニコ笑顔で診察室を出て行った。廊下から「ルファ~、お昼ご飯だよ~♪」と機嫌の良い声が聞こえてくる。それにアギトと一緒に微苦笑。アギトはデスクの上に設置している彼女用の小さな椅子に座って、私の仕事が終わるのを笑顔で待ってくれている。
記すべきことを書き終え、カルテを鍵付きの引出しにしまってから「行こうかアギト」とオフィスチェアから立ち上がる。アギトは「はいっ」と良い返事と共に宙に飛び上がり、そわそわと私の肩の上を飛び回る。私は「ふふ」と笑みを零してしまう。
トントンと自分の肩を人差し指で叩くと、アギトは「やった♪」と嬉しそうに私の肩に降り立って座った。それを横目で確認して診察室から出て、中庭を目指す。天気が良い日の昼食は、中庭で食べることになっているからだ。

「あの頃に比べれば、アギトも自分の意見を態度で示す様になったな。最終的には、今のように遠慮しようとせず、言葉にしてくれればいいんだけどな」

今では表情も豊かで、エリーゼやアンナ、それにモニカにルファ、アムルの住民とも普通に会話できる。イリュリアのアムル侵攻から半年。それだけ経過すればそれくらいは当然だろう。しかしまだ私に対して遠慮がある。そもそも、マイスター、という呼び方からして間違っているような気がする。とは言え変更できない程に定着してしまっているから、今さら呼び方を変えろなんて言えない。

「やっぱりマイスターだし、遠慮とかしちゃうよ」

「う~ん、友人として見てもらいたいというのが正直な本音なんだけどな」

「・・・マイスターは、いつかベルカから居なくなっちゃうんだよね・・・?」

まさかそんな風に切り返されるとは思ってもみなかった。が、それが事実であることは間違いなく、「そうだよ」と答える。

「だったらあたしはオーディンさんの友人より、マイスターの融合騎である方が良いです。それなら置いていかれないから」

「アギト・・・」

アギトは私へ楔を刺そうとしてきた。終わりのない従者の関係という楔を。しかしそれは叶わないこと。いずれ私はベルカを――いや、世界そのものから消え去る。だがそれを今ここで言ってしまうことは出来ない。あぁ考えなしだったか。アギトを引き取ったのは。違う。後悔はない。後悔はないんだが、アギトが悲しむのはやはり彼女の未来を知る者として辛い。

「アギト。エリーゼ達は好きか?」

「えっと、うん、好きだよ。良い人たちだから」

「そっか。それなら良いんだ」

もし私が世界より去る時が来れば、アギトはエリーゼ達に託そうと考えている。ベルカは滅ぶことになっているが、ベルカに住まう人間が息絶えるわけじゃない。大半が他世界へと渡る。エリーゼ達の子孫もその中に入っているはずだ。

「お待ちしてましたよ、オーディン先生、アギトちゃん」

中庭に出たところで、一人の少女が駆け寄ってきた。ルファだ。15歳の少女で、金色のボブに少し猫目な紫色の瞳。服装はもちろん白のワンピースにエプロン。そのルファの他にモニカ、そして・・・

「オーディンさん♪」

「やあ、シュテルンベルク卿。今日は一緒に昼食が出来て嬉しいよ」

「もう、シュテルンベルク卿と呼ばないでくださいって言ってるじゃないですか」

エリーゼ。エリーゼ・フォン・シュテルンベルク男爵。
半年前のクラウスの明言通り、彼女は父の後を継ぐことを許されて男爵となった。茶色い長髪は今では束ねることなくサラッと流している。それに顔立ちがどこか大人びた気がする。そして高貴さが漂う赤いドレス。エリーゼはフリルの多いそのドレスを鬱陶しく思っているが、アンナがどうしてもと聞かないため、渋々着ている感じだ。まぁ似合っているから良いんじゃないか、とは思う。うん。

「エリーゼ様、貴女は仮にもこの街の長であり男爵ですから――」

「アンナ、わたしを様付けして呼ぶのも禁止っ。というか一週間に一回はやってるよ、このやり取りっ!」

もう1人はアンナ。エリーゼの幼馴染であり従者であり、そして執政補佐。
浅葱色の長髪はサイドアップ、灰色の瞳は若干鋭い。服装は半年前から変わらず使用人(メイド)服・・・というよりメイド服型の騎士甲冑だ。毎日十数時間、騎士甲冑を維持している。魔力運用が半端なくうまい証拠だ。

「はいはい。エリー、判ったから振る舞いには気を付けてね」

「絶対一週間後に同じこと言うし」

ムスッとしていたエリーゼだったが、すぐに私とアギトに微笑みを向け、「ほら、オーディンさんもアギトも座って」と席に勧めてくれたため、私に用意された食器のある席に座る。そしてアギトは彼女専用の席へ。アギトの大きさに合わせて私が作った椅子に座り、テーブルに並べられた食器によそわれた料理を見て目を輝かせている。さて、全員が席に着いたところで、昼食を始める。む、今日もまた美味いな、アンナの料理は。負けているかもしれない・・・。

†††Sideオーディン⇒????†††

アギト。それは、あたしの名前だ。マイスターが付けてくれた、あたしだけの大切なモノ。
七騎の融合騎プロトタイプの中で一番のがらくた(クルム)って呼ばれて蔑まれていたあたしに光をくれた大事なマイスターは、不思議な人だった。あたしが傷つけられたら怒ってくれたり、友達になってくれたりとか、果てには名前まで付けてくれた。すごく嬉しかった。この人にずっとついて行こうって思えるほど。
そんな不思議なマイスター、この街アムルの長エリーゼさん、その補佐官のアンナさん、2人の親友でマイスターの助手のモニカとルファ(さん、は要らないって言われた)と一緒にお昼ご飯を終えて日光浴をしていたところに、

「あ、そうだ。オーディンさん、魔力足りてますか?」

エリーゼさんが思い出したようにマイスターに訊いた。マイスターは「いや、大丈夫だよ。ありがとう」ってやんわり断ったけど、エリーゼさんは「何かあったらダメだから」って聞かずにマイスターの右手を取った。そして手の甲に唇をくっ付けた。手の甲と唇が触れてるところから浅葱色の光が溢れる。
エリーゼさんの能力・乙女の祝福(クス・デア・ヒルフェ)だ。シュテルンベルク家の女の人にだけ受け継がれていく能力だって聞いてる。でもエリーゼさんがオーディンさんに口付けするの、よく解らない気持ちだけど見るのちょっと嫌だったりする。なんだか胸の奥がチクチクする。

「気を付けてくださいね。魔力が少なくなったらオーディンさん、記憶が・・・」

「ああ、十分気を付けているよ」

でも必要なことだから。そう、マイスターはある障害を持ってる。魔力枯渇による記憶障害ってマイスターが名付けた、魔力が減少すると大事な記憶を失ってしまう病気。だからこうして時々エリーゼさんから魔力を貰ってる。記憶を失くさないように。

「マイスター、診療に魔力を使うんだから本当に注意してね」

あたしも心配してそう言う。あたしを――あたし達のことを忘れてほしくないから。マイスターは、シュテルンベルクの屋敷の一画を借りて医院を開いてる。コード・ラファエルっていう治癒魔法を使って(もちろん薬とかも使う)患者さんを治しているんだけど、それは魔導だから魔力を消費する。
だから内心ビクビクしてる。重傷患者さんが出て、治療するためにすっごい魔力を使って記憶を失うかもしれないって。でもマイスターは医者をやめない。病気を知ってから、どうしてやめないの?と訊いてみた。

――治療魔法が使えるんなら役立てないとな――

そう言って、あたしを安心させるためにか頭を撫でてくれた。それも笑顔で。下手したら自分の記憶を失うかもしれないのに、それでも魔力を使って人を助けるマイスターのことが、あたしは好きだった。

「心配性だな、2人は。診察代に患者さんから少しばかり魔力も貰っているし、早々枯渇することはないよ」

「それでも常に魔力を補充することを考えてください。もしオーディンさんがわたしのことを忘れてしまうようなことがあれば、わたし、とても辛いです」

「あ、あたしだって辛いよマイスターっ!」

抱きつこうとするエリーゼさんに負けじとマイスターに詰め寄る。あたしはマイスターの頬に抱きつけたけど、エリーゼさんはいつの間に来たのかアンナさんに「はしたないわ、エリー」って肩を掴まれて止められてた。

「ちょっと位いいでしょぉ・・・」

「はいはい、早く仕事に戻りなさい。オーディンさん、アギト、失礼しますね」

「ええーもう?・・・・はぁ。オーディンさん、アギト、またね~。モニカとルファ。オーディンさんに迷惑かけないようにね」

「キリキリ歩きなさい、男爵閣下」

そんなやり取りをしながら、エリーゼさんとアンナさんは屋敷に戻っていった。あたし達は顔を見合わせて笑い合う。あんな弱い男爵なんて見たことないね、って。
それから少し話をしていると、ルファが「ではオーディン先生、アギトちゃん、午後の診察回りにまた」とお辞儀して、モニカは「オーディン先生、アギトちゃん、またね♪」って大きく手を振って中庭を後にする。
2人は午後の診察回りが始まるまで自由時間。そう言うあたしとマイスターもだけど。マイスターは大きくあくびと伸びをして、「アギト、私は自室で少し眠るけど、君はどうする?」って尋ねてきた。

「じゃああたしも」

いつでもどこでもあたしはマイスターと一緒だ。大きな屋敷の一階の端に、マイスターとあたしの部屋が用意されてる。赤いカーペットの敷かれた廊下を歩いてあたし達の部屋へ。元は客室で、広くて豪華。それに風通しも日当たりも良いから、すごく快適に過ごせる。
マイスターは天蓋付きの寝台に横になって「今日は特に眠いな」ってすぐにウトウト。首を傾げてるマイスターに「今日は陽気も良いですし、昨日は夜遅かったから」と言う。夜遅くまで医者としての仕事をしてたから。そして朝は朝で体を鍛えるということでトレーニングをしてるから、どうしても睡眠時間が短い。

「そうか・・・そうだな・・・」

「ゆっくり休んで、マイスター。あたしが起こすから」

マイスターは小さく頷いて、すぐに静かな寝息を立て始めた。マイスターに作ってもらったあたし専用にベットに寝ることなく、あたしはマイスターの枕元に向かう。マイスターの寝顔を見ながら、あたしも横になる。一時間半だけの仮眠。寝坊しないようにしないと。だから寝ないようにしていたけど、いつの間にか眠ってしまっていた。

「・・・んぁ?・・・なっ?」

物音――ううん、それだけじゃなくて強烈な魔力が充満してる所為で目が覚めた。血の気が引いた。思いっきり眠ってたことより、その魔力の強さに。ハッとして起き上がって、室内に一冊の分厚い本が浮いてるのを確認。
部屋に満ちる深い紫色の魔力光は、あの浮いてる本から放たれてる。マイスターを起こそうと振り返る。マイスターはすでに起きてて、目を限界にまで見開いて浮いてる本を見詰めてた。

「マイスター・・・?」

「・・・馬鹿な・・・!」

様子がおかしい。何か信じられない物でも見たかのよう。マイスターがここまで動揺してる顔なんて今まで見たことがない。何だか知らないけど恐い。あたしにとって嫌なことが起ころうとしてるかもしれない。

起動(アンファング)

本から発せられた声。遅れて深紫色のベルカ魔法陣が部屋の中に展開された。すぐに本と魔法陣から目を開けてられない程の光と、そして吹き飛ばされそうなほどの魔力波が放たれたけど、マイスターがあたしを抱き止めてくれたことで吹き飛ばされなかった。後ろから「こんな偶然があるのか?」ってマイスターの震えた声が。光が治まって、ようやく目を開けることが出来た。

「・・・だっ、誰だっ!?」

部屋の中にさっきまで居なかった人影があった。マイスターを庇うために前に出る。女が3人、男が1人。見て判る。強い、この4人。たぶんあたしじゃ勝てない。でもあたしはマイスターの従者だ。退くわけにはいかない。魔力を放つ本がマイスターの元へと降り立つ。魔法陣が消滅したと同時に火炎魔法を使おうとした。だけどその前にソイツらの1人が喋った。

†††Sideアギト⇒????†††

なんか小せぇ奴があたしらに向かって吠えてやがる。初めての経験だな。今まであたしらの起動を目の当たりにしたクズな連中なら喜んでいたのにさ。しかもなんか攻撃しようとかしてるし。あたしらのこと知らねぇのか、ひょっとして。
とりあえず馬鹿正直に攻撃を受けるわけにはいかねぇなと思っていたら、『反撃はするなよ、ヴィータ』ってあたしらの将から思念通話。チッ。判ってんよ。いちいちうるせぇな、うちの将様はよ。

「闇の書の起動を確認しました」

面倒くせぇ通例の語りが始まる。切り出したのは将のシグナムだ。すると小せぇ奴が「や、闇の書!? あんた達が!?」って驚いた。名前だけは知ってたけど、どんなもんかは知らなかったみてぇだな。

「我ら、闇の書の蒐集を行い、主を護る守護騎士にてございます」

続くのはシャマル。あたしらの参謀だ。で、「夜天の主の下に集いし雲」次はザフィーラ。最後にこのあたしヴィータが「我らヴォルケンリッター。何なりとご命令を」と締める。
守護騎士ヴォルケンリッター。主の命に従って“闇の書”に魔力を蓄え、主に絶大な力を与えるためだけの存在。それがあたしらだ。これまで何度も繰り返してきた。絶対に逃れられない宿命だ。今回の主をチラッと見る。“アイツ”と同じ銀色の長い髪、蒼と紅の虹彩異色。男なんだろうけど、すげぇ美人だった。

(やっぱかなり驚いてやがんな。闇の書を知ってるか知らないか判んねぇけど、そりゃまぁ驚くよな)

目を見開いてあたしらを見る主。信じられないって面だ。主が無言のままだからか、シグナムが頭を上げて主へと「我らが主?」って声をかけた。主がシグナムに応える前に、部屋の外から勢いよく走ってくる音が聞こえてきた。そんですぐに扉がノックされる。

「オーディン先生、大遅刻ですよっ!」

扉が壊れるんじゃねぇかって思えるほど勢いよく開かれて、1人の女が顔を出した。橙色の長い髪をおさげにした女だ。オーディン。それが今回のあたしらの主の名前みてぇだ。その女はあたしらを見て完全に思考が止まっちまったみたいで、呆けた顔になっちまった。
静まり返る部屋。あたしは『なあ? どうすればいいんだ』って思念通話を送った。返ってきたのは、『とりあえず待機だ』のシグナムと、シャマルの『そうね。下手に会話に参加して話が拗れたら主に迷惑が掛かるわ』だ。つうわけで、片膝付いたままで主オーディンと女の会話を聞き続けることに。

「そ・・・そんな、オーディン先生が部屋に女の人を連れ込んでいるなんて。しかも年端もいかない幼女に加えてガチムチな男性まで・・・!」

「え?・・・・あ、いやいやいや。ち、違うぞモニカっ。彼女たちは――」

「彼女!? 今、彼女って言いましたっ? しかも、達、って複数形!」

「そこに反応しない! とりあえず話を聞いてくれ!」

「信じていたのに・・・。とりあえずエリーゼに連絡を!」

「わあわあ! ちょっと待った! 今エリーゼが参加すると絶対にややこしいことに――」

「モニカー? オーディン先生とアギトちゃん、やっぱりまだ部屋に・・・・え?」

さらに女のガキが現れた。ここで小っこい奴の名前がアギトって判った。短い金髪で、服はアギトとモニカっつうのと同じワンピースとエプロン姿。モニカっつうのが「聴いてルファっ。先生が部屋に女の人を連れ込んでた!」って、今現れた奴――ルファっつうのに詰め寄っていく。

「ルファっ、モニカもっ。今は落ち着いて話を聞いてくれ!」

今回の主は今までの主たちと全然違って、なんつうか馬鹿っぽい。でもまぁ“闇の書”に選ばれる程の資質を持ってんだから、それなりに凄いのかもしれねぇけど。

「オーディンさんが女の人を何人も部屋に連れ込んだってぇぇーーーーッッ!?」

そんな叫びと一緒にやってきたのもまた女のガキだった。茶色い長い髪を振り回して、悪魔みてぇな形相で部屋に入ってくる。主が「エリーゼ何でここに!?」ってうろたえる。なんか哀れになってきた。ルファっつうのが「思念通話で呼びました」って主に言う。それで主は「思念通話・・・その手があったか」って肩を落とした。

『なあ、いつまでこの姿勢でいなきゃダメなんだ?』

『主たちの話が決着するまでだろう』

『その間さ、姿勢崩しても良いか? 長くなりそうだし』

『駄目よヴィータちゃん。もう少し辛抱してちょうだい』

『・・・はぁ。へーい』

しゃあなしだな。こうなったらとことん待ってやるよ。意識をまた主たちの会話に向ける。

「正座してください、オーディンさん! あとそこの人たちもそんな姿勢で居ないで正座!」

エリーゼっつうのがビシッと主と、あたしらにまで指差した。こういう場合はどうすりゃいいんだ? シグナムに視線で尋ねる。シグナムもシャマルもザフィーラも小さく首を横に振るだけだ。

「なあエリーゼ。彼女たちは――」

「黙って下さい」

「はい」

主弱っ! 本当にどうすりゃいいんだ?と思っていたところに、『とりあえず今は彼女の言う通りにしてくれないか』って主からの思念通話。それにシグナム達が『了解しました、我らが主』って応えて正座をする。あたしも遅れて正座する。今まで絶対にこんな事なかったから調子狂うな。

「さあオーディンさんも正座ですっ!」

主も寝台の上で正座したら、

「ゆ・か・に! 床に決まってるじゃないですか! なにベットの上で優雅に正座してるんですかっ! ふかふかで気持ち良いですかっ!?」

ってメッチャ怒鳴られた。とりあえずこの場での位階は何となく判った。エリーゼっつうドレスを着たのが一番上だ。次に主だな。で、モニカとルファっつうのがその下だ。主のことを先生っつってるし。アギトってぇのは判らねぇけど、主と一緒なんだからそれなり?

「失礼するよ」

そんなことを考えてると、主があたしとシグナムの間で正座した。こんなに近くに主が来るのもまた初めてかもしれない。

「オーディンさんも殿方です。女性とお付き合いしたいというのは仕方ないとします。本当は嫌ですけどっ!・・あ、コホン。わたしの言いたい事はそうではなくてですね。その、お付き合いしたとしても、わたしの、ひぅ、屋敷に連れ込んで、ぅく・・うぅ」

あ、嗚咽が混じり始めた。右隣に座る主の肩がビクッと震えた。モニカとルファっつうのが「最低です」って主を冷めた目で見る。昔、あたしらにも向けられた目だ。これはいよいよ主の立場が最悪になりそうだな。

「ひっく、うっく、うわぁぁ~~~ん、オーディンさんの馬鹿ぁぁ~~~~っ!!」

ガキみてぇにわんわん泣き始めた。収拾がつくのかこれ? とここで、「何があったのエリーっ!?」別の女が現れた。女ばっかだな。浅葱色の長髪を頭の片側で結んで、使用人服――のようだけど、ありゃ騎士甲冑(魔力の塊だって判る)だ。佇まいである程度判る。コイツ、結構な腕を持ってんな。ま、あたしらに敵うわけねぇけど。

「・・・その方たちは一体どちら様ですか?」

「オーディン先生の愛人らしいです」

「違うと言っているだろうっ!」

「ほう。オーディンさんの愛人ですか。そうですか・・・」

「恐い――じゃなかった。アンナ、違う。みんな誤解している。今は話を聞いてくれ!」

主の必死の弁明だけど、今現れたアンナっつうのがギラッて睨んできた。でも今まで話を一切合切聴こうとしなかった連中とは違って、「聴きましょう」って腕を組んだ。それで他の奴らも落ち着き始めた。位階を改める。コイツが頭だ、絶対。主が「助かる」って心底安堵したように溜息を吐いた。

『君たちにお願いがある。ここからは私の話に合わせてくれ。頼む』

主からの頼み。命令じゃなくて、頼みだった。これもまた初めての経験だ。あたしらを代表してシグナムが『如何様にも』と答えると、『ありがとう、助かるよ』って礼を言われた。そんな言葉を掛けられたのはいつ以来だろう、全然憶えてねぇ。

「エリーゼ、モニカ、ルファ、それにアンナ。彼女たちは愛人ではない。戦友だよ」

「「「「戦友・・・?」」」」

「そう、私の大切な戦友だ」

戦友。なんか知んねぇけど、胸の奥が熱くなった。

†††Sideヴィータ⇒オーディン†††

まさか“夜天の魔導書”が私の元へ転生して来るとは思いもしなかった。久しぶりに見る事の出来たシグナムとヴィータとシャマルとザフィーラ。その2つだけでも十分動揺してしまったのに、誤解によってモニカやルファに冷たい目で見られ、エリーゼを泣かせてしまってさらに動揺。
それだけで心がポッキリ折れそうだった。さらに、そこで登場したのが恐ろしい(アンナ)だった。確実に心をへし折られることを覚悟して、しかし話を聴いてもらおうと説得してみると、聴いてもらえることになった。助かった。が、弁明の結果いかんによっては・・・・アンナに殺されるかもしれない。

「彼女たちは、私がベルカ(ここ)に来るまでに知り合っていた、共に戦った戦友なんだ」

“夜天の魔導書”――いや、現在(いま)はまだ“闇の書”か。“闇の書”に守護騎士ヴォルケンリッター。それはベルカの一部(正体を知る連中)に於いては畏怖の対象だったはずだ。だからかつての主に酷い扱いをされていたと聞いている。城の地下に閉じ込められ、人間扱いされなかったなどなど。
エリーゼ達ならたとえシグナム達の正体を知ったとしても、おそらくそんな扱いはしないだろう。信じている。信じてはいるが、ここは正体を隠しておいた方がいいと思う、勝手だがな。それに、戦友と言うのはあながち嘘じゃない。私にとっては、と付くが。

「『君たちの名を教えてくれ』だから君たちが考えているような男女の仲じゃない」

『守護騎士ヴォルケンリッター、剣の騎士シグナムです。我らが主』

『同じく湖の騎士シャマルでございます』

『同じく盾の守護獣ザフィーラです』

『同じく鉄槌の騎士ヴィータです』

私は彼女たちの名を知っているが、この世界では初対面だ。だから私が彼女たちの名を言う前に、名を訊いて初めて知ったフリをしておかないとな。そして返ってきた自己紹介。シグナムやザフィーラの堅い口調、あぁ懐かしい。しかしシャマルとヴィータの口調には違和感しかない。はやてと出逢う前の守護騎士たちは、本当に感情の出が小さいんだな。

『シグナムに、シャマルに、ザフィーラに、ヴィータ、だな。判った。私はオーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロードだ。よろしく頼む』

『あ・・・はい、よろしくお願いします、我が主オーディン』

シグナムが呆けたような声で応じた。こういう自己紹介すらしたことがないのか。

「それは本当なんですか? えっと・・・」

「髪を後ろで結っているのがシグナムで、短い髪の彼女がシャマル。彼がザフィーラ。で、最後のこの子がヴィータだ。全員が腕に憶えのある騎士だ」

名前を言い淀んだエリーゼにそう教える。そしてシャマルが「本当です。私たちは主オーディンの下で共に戦った戦友です」とエリーゼの疑問に答えた。その返答に対してモニカが「主オーディン? オーディン先生との関係は単なる戦友だけ?」と小首を傾げる。もうこの娘は、もうっ! 頭を掻き毟りたい。とりあえず誤魔化しを、と思っていたら、

「無論だ。我らは主オーディンに剣を預けた身。ゆえに主オーディンを我らが主と言っても過言ではない」

シグナムのフォロー。心の内で、感謝に頭を下げる。

「ではオーディンさん。なぜその戦友である彼女たちがここに居るのですか? この戦乱の時代に於いて、世界を渡る術など早々ありません」

「ん? あぁそれなら私と同じだよ。単独の世界間転移だ」

単独の次元転送魔法。ベルカ式の一般的魔法ではなく、守護騎士プログラムの特殊魔法だ。すでに私という異物がベルカに現れているため、アンナは「そうですか」とすぐに引いてくれた。そして、アンナの問いに含まれていたもう一つの疑問への返答を告げる。おそらくそれが、エリーゼ達の一番に知りたいことだろうからな。

「それから、死神騎士団を潰してから今日までに三度もラキシュ領へ侵攻を掛けてくるイリュリアへ対抗するために呼んだんだ」

完っっ全な嘘。でもそろそろ安定した助力が欲しいと思っているのは事実だ。この半年間に三度も国境を攻め込まれた。その都度、クラウスが手配した新しい国境警備騎士団と一緒に潰している(とは言っても、空からの私独りによる殲滅が九割)んだが、少々苦しくなってきた。
そして、その三度のうちの一戦の最中に、エリーゼ達には言っていないが記憶を1つ失っている。何を、そして誰を忘れたのかは判らないが、頭痛と胸痛を起こした記憶と喪失感を得た事だけはハッキリ憶えている。だから私と同じように陸空両面での協力者が欲しかった。それがまさかシグナム達ヴォルケンリッターになるとはな。世の中判らないものだ。

『イリュリア・・・。我が主オーディン。今、イリュリアと申しましたか?』

『シャマル? ああ、いま私たちの居るアムルと言う街は、イリュリアの国境近くでね。だからかよくちょっかいを掛けてくるんだよ。そして私が迎撃に当たっているんだ』

シャマルの念話にそう答える。イリュリアと守護騎士の関係は・・・知らないな。まぁイリュリアはかなり古い歴史を持つ国と教えてもらったから、“夜天の魔導書”が知っていてもおかしくないだろう。とここで『主オーディンはイリュリアと戦ってるって事ですか?』とヴィータが訊いてきた。
ヴィータが敬語・・・。駄目だ、鳥肌が立った。あとで敬語を直すように言おう。とりあえず『そうだ。君たちはイリュリアと何か因縁でもあるのか?』と訊き返す。答えたのは『はい、少しばかり』シグナムだった。

「そうだったんだ・・・よかったぁ。そっか、戦友かぁ・・・」

「私は信じてたよ。オーディン先生のこと」

「嘘を言わないモニカ。真っ先に疑ってたのはモニカでしょ」

「全員が疑ってかかってわよ、オーディンさんのこと」

エリーゼ達が肩を寄せ合って反省会を開き始めた。誤解が解ければいいんだ、本当に、うん。でも最後に「けど、どうして黙っていたんですか、彼女たちを呼ぶことを?」というエリーゼの問い。私は「確実に来てくれる保証が無かったからだ」と即答。本当に偶然だしな。

「そうだ、エリーゼ。半年前に私が運ばれたあの別宅を使わせてもらっていいか?」

「あの別宅を、ですか? 修復も終わってますからいつでも入れますけど・・・どうしてですか?」

「仲間が増えたからな。これ以上君やアンナに世話になるのも申し訳ない。だから私たちはあの空き家へ引っ越すことにするよ。あ、でも医院の方はこのまま残し――」

「ダメですッ!!」

「てくれると・・・・?」

エリーゼが大声で反対してきた。私だけでなくアギトとアンナ、それにモニカとルファもビクッとなる。肩を震わすエリーゼに「えっと、それは別宅を使ってはいけないってことか?」と尋ねる。すると「そうではありませんっ。屋敷に残れば良いじゃないですかっ。4人くらい増えても問題ないですっ!」と詰め寄ってきた。
空き家を使うことに反対するのではなく、引っ越すことに反対だったわけだ。だがすでに私とアギトの2人をほぼ食客(一応働いてお金を入れているが)を受け入れてもらっているのに、さらにシグナム達を住まわせてくれ、と言うのも気が引けた。

「いいですか。これは、アムルの長であるエリーゼ・フォン・シュテルンベルクの名に於いての命令ですっ。オーディンさんとアギト、そしてシグナムさん達はこの屋敷で一緒に暮らすことっ、拒否権は無しですっ!」

そこまでハッキリと言われてしまってはもうどうしようもなく。私は「これからも世話になるよ、エリーゼ」と握手を求めると、エリーゼも「どんと頼って下さい♪」と応じてくれた。あと、「間違いがあったら困るし、監視の意味も込めて残ってもらわないと」って呟いたような気がしたが、上手く聞き取れなかったから自信は無い。

「それではまず、シグナムさん達の服装からどうにかしないといけないよね・・・。暖かいとは言えそんな薄着ではダメです。アンナ、モニカ、ルファ」

「ええ、判ったわ」「はいっす~❤」「うん、判った」

エリーゼが指を鳴らすと、アンナとモニカとルファの目が光った、ように見えた。そして正座したままのシグナム達(私もだが)に歩み寄って行く。「シグナム達をどうするんだ?」と訊くと、エリーゼは「もちろん服を見繕うんです」と胸を張った。それは良い。生活を始めるにはまず服からだな。女性の服は同性に任せるべきだ。

「それは助かるよ。私がお金を出すから少し待ってくれ」

立ち上がって、財布のしまってある執務机へ向かおうとした。しかし「えへへ、これはわたしからの贈り物ですよ~❤」とかなり上機嫌なエリーゼが止めてきた。

(うん? 今回のどこに良い事があったんだ?)

小首を傾げていると、『あの、主オーディン、我々はどうすれば・・・?』とシグナムから困惑に満ちた念話が来た。見れば、全員が戸惑っている様子だ。ヴィータなんかアンナに丁寧に髪を触られて、どうすればいいのか判らずビクビクしている。

『そうだな。君たちのことや私のことは後でゆっくり話そう。だから今は彼女たちに従って、服を選んでもらっておいで』

『服を、ですか? しかし我らにそんな物――』

『拒否権は無いぞシグナム。これから共に過ごすんだ。日常生活を送るためには服は必要だろう? まさかその薄着だけで十分とか思っていないだろうな?』

『あの、本当によろしいのでしょうか? 私たちヴォルケンリッターは人では――』

『シャマル、拒否権は無いと私は言ったぞ。いいから今は素直に従ってくれ。せっかくの美人なんだから、着飾らないともったいないぞ』

『え?・・・あ、ありがとうございます・・・』

シグナムとシャマルが美人だというのは以前から思っていた事だ。ヴィータは生意気だが可愛らしいし、ザフィーラは男前だ。あ、そう言えばザフィーラは服を着るのがあまり好きではなかったよな。ザフィーラを見ると、ルファに耳や尾をいじられていた。一見無表情だが、困っているなあれは。まずは『ザフィーラ。君は服はどうする? その耳と尾は飾りじゃないんだろ?』と確認を取る。

『はい、我が主。我は守護獣です。出来れば服飾など無く、守護の獣――狼の形態で過ごしたいと』

「『判った』すまない、ルファ。彼は守護獣と謳われる者で、普段は――と言うより本来は狼の姿なんだ」

「「「「へ?」」」」

エリーゼ達の視線が一度私に集中する。アンナですら呆けているな。その間に、ザフィーラの姿が狼の姿へと変わった。ザフィーラへと視線を戻したモニカが「おおっ、本当に狼になった! すごいすごい!」と駆け寄って、ザフィーラに抱きついた。

「もふもふだぁ~❤・・・・zzz」

「寝たっ!? ちょっとモニカ、寝ちゃダメだって!」

「んにゃぁ~、寝てないよぉ~」

モニカはエリーゼにそう言ってザフィーラから離れ、「強敵だった~」と額を袖で拭った。彼女は一体なにと戦っていたんだろう。あぁ眠気と戦っていたのか・・・? ザフィーラはただ無言で佇むだけだ。やはり表情がサッパリ読めない。

『気を悪くしたのならすまん、ザフィーラ。彼女は悪気はないんだ』

『いえ、今の気持ちを何と申せばよいのか判らぬのですが、気を悪くしていないことには間違いありません』

初めての体験だからか、感情が追いつかず戸惑っているのかもしれないな。ザフィーラの元へと歩み寄り、フサフサの頭を撫でる。人間形態時では考えられないな。近くに居たヴィータの頭も髪を乱さないように撫でると、ヴィータは当惑の目を向けてきた。おお、手を払われない。

「じゃあエリーゼ、アンナ、モニカ、ルファ。シグナムとシャマルとヴィータを頼むぞ」

「はいっ。それではこちらへどうぞ~♪」

エリーゼ達とシグナム達を見送る。最後までヴィータは困った顔してたな。ベッドの上に置いておいた、悲しみに満ちている“夜天の魔導書”を手に取る。私が解放するわけにはいかない。そう、“夜天の魔導書”を解放するのは、私ではなくはやての役目だからだ。

「ザフィーラ」

「はい、我が主」

「若輩の身だが、これからよろしく頼む」

それまでは、出来るだけ守護騎士たちのその悲しみを和らげていきたい。それが今代の主である私の役目だと思うから。



 
 

 
後書き
ブーナ・ディミニャーツァ、ブナ・ズィウア、ブーナ・セアラ。
Episode ZEROで一番やりたかったことである、ルシリオン(オーディン)が夜天の主となる、が出来ました。
・・・これくらいですかね、今回のあとがきは。というわけで、次回、本エピソードのボス二戦目をお送りします。
それでは、次回もお越しいただけることを願って。
 

 

Myth5-Aアムルの守護騎士団~Glauben OrdeN~

 
前書き
Glauben Orden/グラオベン・オルデン/信念の騎士団  

 
†††Side????†††

(何故こうなってしまったのだろう・・・?)

我々守護騎士一同(ザフィーラは居ないが)は、服飾品の多く並ぶ店に訪れていた。主オーディンらに我らの衣服を買うように言われ、こうして居るのだが・・・私はこういった経験が無いため、何が出来るわけでもなく佇んでいる。
今まで我々が仕えてきた主とは全く違う雰囲気を持つ今回の主、名をオーディン。我ら“闇の書”の管制人格(アレ)と同じ銀の髪をした青年は、一言で言い表すなら真っ先に、不思議もしくは謎、だろう。今までの主は、決して如何なる者にも屈することのない強大な権力と力を持っていた。一国の王であったり、領主であったり。しかし今回の主はそのどちらもでない。

「シグナムさん。なにか要望とかあります? どういう服が好みで、こういう服が着たい、とか」

「え? いえ。特にそう言った物は・・・」

いま私に要望を訊いてきた少女、エリーゼ卿(男爵位をお持ちとのことだ)がこの街(アムルと言っていたか)の主であり、我らが主オーディンはこの街の医者だそうだ。医者が“闇の書”の主になるというのは初めてで、しかも我々に対する接し方もこれまでの主と違って、高圧的ではない随分と優しいものだ。
“闇の書”を知っているか否かは判らないが、すでに名乗りと転生・起動時の場面に居合わせたことで我々が普通ではないことくらい理解しているはず。だというのにあの態度。我ながら戸惑ってしまうのも仕方ないと思っている。

『しかし、シャマル。お前はもう馴染んでいるな』

ルファという少女(主オーディンの看護助手との事だ)と、我ら守護騎士の参謀であるシャマルが様々な服を手にとって体に当てていた。私の思念通話にシャマルは『だって初めてなんだもの。こんなに普通の扱いを受けるの』と少しばかり悲嘆の入った声色で返してきた。
これまでの主の我らに対する扱いを思い出す。確かに酷いものだったと思う。中には主以外の者が良くしてくれた事もあったが、それはごく少数でしかなかった。しかし我らが人間ではないのもまた事実。故に仕方ない処遇だとも思っている。

「シグナムさんはスタイルが良いから、なに着ても似合いますよね。むぅ、羨ましい。オーディンさんはやっぱりわたしのような子供体型よりシグナムさんのような・・・ダメダメ、そんなこと考えちゃ」

エリーゼ卿はそう独り言を漏らしつつ、私の衣服を選んでくれている。それを横目に、今度はヴィータへと目をやる。ルファと同じ主オーディンの助手たるモニカという少女に揉みくちゃにされていた。編んでいた髪を解かれ、櫛で梳かれては別の髪型へと結われ、その繰り返しの中で「オーディン先生は、ヴィータちゃん達のこと強い騎士って言ってたけど、ホント?」と訊かれていた。
ヴィータはそれに対し「あ、当たり前だろっ。あたしらは最強だっ」と雑な口調で答えた。モニカはヴィータを抱え上げ、「くはぁ、雑な口調がまた可愛い~❤」とクルクルとその場で回り始めた。

「や、やめろよ。あたしがこんなんで喜ぶガキじゃねぇんだぞっ」

「いいよいいよ~、さっき言ったように敬語にならなくて~♪」

我々は先程ルファとモニカに、敬語は必要ない、と言われた。ゆえにヴィータはすでに実行している。しかし私はやはり何者かに仕える守護騎士の将として確りしなければならないため、そう容易に口調を崩すことは出来ん。

「ちょっとモニカ。遊んでないできちんと選んであげてよ~」

「判ってるよぉ~。ヴィータちゃんは可愛い娘だからねぇ、目移りしちゃんだよ~」

ルファに叱られるも、モニカは変わらずヴィータから離れようとしない。少しばかり鬱陶しく思っているような顔をしているが、力づくで逃れようとしないところをみると、ヴィータとて心底嫌がっているわけではないようだ。改めてエリーゼ卿に視線を戻そうとしたところで、この店の店主である若い女性が私の元へ歩いて来た。

「はじめまして。私、この店シュテルネンリヒトの店主ターニャって言います♪ 今後新しい御洋服をお求めの際は、シュテルネンリヒトを御贔屓にお願いします。では本題。ねえ、あなた達、見ない顔だけど、エリーゼちゃん達とはどんな関係なの?」

お辞儀でもして無言を貫こうと思えば出来るような気もするが、愛想がなく付き合いも悪いという事で主オーディンの評判を悪くするのもまずい。

「はい、はじめまして。私はシグナムと言います。エリーゼ卿と――というよりは、我々は主オーディンの知人です」

「オーディンさんの? へぇ~ほぉ~。ムフフ♪ エリーゼちゃ~~ん。もしかして大ピンチなんじゃないの? 色々とさ~」

「ふえっ? な、何を言い出すのかなぁターニャさんは? あはは~」

「嘘つくの下手過ぎ~♪」

はしゃぎ合う2人をしばらく眺め、シャマルが「本当ですかっ?」と驚いた声を上げた。そちらに視線を移すとシャマルと目が合い、シャマルが3着の服を手に「主オーディンがデザインした服なんですって」と見せてきた。そうなのか。此度の主は本当に不思議なお方だ。医者でありデザイナーでもあるとは。

「オーディン先生は医者とは別に服のデザイナーもしているんです。その売り上げの一部は、お世話になっているという事でシュテルンベルク家に収めていて、残りは戦災で苦しむ街の支援の為に使っているんです。この半年間、オーディン先生は少しでもシュトゥラの為になればと頑張ってきて、今ではシュトゥラの有名人です」

「半年間・・・?」

「はい。オーディン先生は半年前にここベルカを訪れたんです。詳しいことは私が勝手に言うことは出来ませんので、ごめんなさい」

半年前にベルカを訪れた? 主オーディンはベルカの人間ではないのか。通りで我々の事を恐れないはずだ。なにせ“闇の書”を知るのは、ベルカに住まう人間が大半だからだ。“闇の書”の転生場所は基本ランダムで、ベルカ以外の世界に転生する場合も少なからずある。しかし確率的にはベルカ内で転生するのが高い。そして主オーディンはベルカ人ではない。

(だから闇の書の事を知らなくともおかしな話ではない、か)

まぁベルカ人であろうと“闇の書”を知らない者も居るから、この考えはさほど意味はないが。

『驚いたわね。この戦乱の世であるベルカにわざわざ訪れるなんて。主オーディンは一体どのような目的でベルカに来たのかしら?』

『詮索するな、シャマル。どのような目的であろうと主オーディンは良き行いをし、この国に貢献している。今はそれで良いではないか』

『・・・そう、ね。ええ、判ったわ』

再び服を選ぶためにシャマルがルファと共に踵を返した時、店の外からリィーンゴォーン♪と鐘の音が連続で聞こえてきた。直後、店内を包んでいた柔らかな空気が凍りついたかと錯覚するほど張りつめた。店の奥に居た女店主ターニャ殿が「エリーゼちゃん!」と切羽詰まった顔でエリーゼ卿を呼ぶ。エリーゼ卿とルファもそうだが、一番はしゃいでいたモニカの表情すらも険しくなる。

(なんだ、一体何が起きている? この張りつめた空気はどういうことだ?)

「シグナムさんっ、シャマルさんっ、ヴィータちゃんっ」

エリーゼ卿が我々の名を呼び、「お願いしますっ」と頭を下げた。お願いします、とは一体どういうことなのだろうか。何をお願いされているのかが判らない。訊き返そうにもそうすることで主オーディンと我々の関係に疑念を与えてしまうかもしれないと危惧してしまう。それゆえに訊き返すことに躊躇いを覚えていると、「お願いしますってどういうことだ・・・?」とヴィータが気にするようなこともなく尋ねた。

「え? どういうことって・・・、皆さんはオーディンさんの助けになるために来たんですよね?」

するとエリーゼ卿は呆けてしまった。一応はそういう話に合わせるよう、主オーディンに頼まれていたが。さらにシャマルが「・・・はい、そうですけど。それが何か・・・?」と訊き返す。

「・・・もしかしてこの鐘の音のこと、オーディン先生から聞いてないんじゃ・・・」

「あっ、そうか! 実は――」

エリーゼ卿から伝えられた鐘の音の真実。ここアムルの街が、隣国イリュリアからの侵攻を報せるためのものだそうだ。イリュリア。かつての“闇の書”の主の中に、その国のとある領地を治めていた者もいた。
その主がどういう末路を辿ったかは憶えてはいないが、確かに我ら守護騎士はイリュリアの一戦力として存在していた時期がある。そして今度は敵対するという事だ。とは言え、迷う事などない。現在(いま)の我らは、主オーディンの下に集いし騎士なのだから。

「そういうことでしたか。判りました、すぐに主オーディンと合流します。シャマル、ヴィータ、急いで戻るぞ」

「え? でも、・・・・判ったわ。ヴィータちゃん」

「言われなくても判ってんよ」

主オーディンと合流するために店の外に出る。シャマルは少しばかり迷った様子だった。理由は判る。今の状態では我々は戦力にはならない。だからこそすぐに主オーディンと合流し、我らが戦力となるために“ある事”をしてもらわなければ。私に続いて出て来たシャマルとヴィータに一度視線を送り、頷き合う。屋敷への帰路を走りながら、主オーディンと共に居るザフィーラに思念通話を通す。

『ザフィーラ。主オーディンはどうなさっている?』

『シグナムか。主らと我は上だ』

そう返答を受ける。上を見上げると、確かにザフィーラとアギトという名の――おそらく融合騎であろう小さき少女と、そして我らが主オーディンが居られた。
膝下まで伸びる黒い長衣。丈の長い黒い外套。黒のズボン。黒の編み上げブーツという、銀色の髪が良く映える騎士甲冑姿。それ以上に私が見惚れてしまったのが、背より展開されている剣のような蒼い12枚の翼。見詰めていると、吸い込まれそうな錯覚を得てしまうほどに輝いていた。

「すごい、綺麗・・・」

シャマルがうわ言のように呟いた。私も呆けてしまったが、すぐさま地上に降り立った主オーディンに、「これよりイリュリアの騎士団と一戦を交えに行かれるのですね」と確認を取る。主オーディンは「この街を守るの私の役目だからな」と即答し、視線をはるか遠くへと向けた。おそらくその視線の先が戦場となるところなのだろう。ならば言うことは決まっている。

「主オーディン。我ら、御身に仕えし守護騎士。戦場へと赴くならば、我らも共に」

主オーディンを前に我々は片膝を付く。すると主オーディンも我々と同じように片膝を付いて、先頭に居る私に右手を差し伸ばしてきた。どうすれば良いのか判らず手を取っていいのか迷うだけだったが、戻さないところを見ると取るのが良いのだと判断し、主オーディンの右手を取る。
外見は中性的だが、やはり確かなる男性としての硬さのある手。グッと手を引かれ、立ち上がらされる。私に続き、シャマル、そしてヴィータと手を引かれ立ち上がる。

「助かるよ。味方の大騎士団もいるが、空戦が出来る騎士が少ないんだ。君たちは空戦が出来るとザフィーラに確認した。アムルを守るために私と共に戦ってくれ、守護騎士ヴォルケンリッター」

「「「「了解(ヤヴォール)!」」」」

胸の内に広がるこの思い・・・。嬉しさ、というのだろうか。主と共に戦えるという事が、守るために戦うという事が・・・何よりも嬉しい。だが先程のシャマルとの話が頭の隅を過る。まったく、シャマルには困ったものだ。私まで気になってしまったではないか。主オーディンの目的が何なのか・・・。いや、目的がどうであれ、我らの主である事には変わりない。だから気にするな。

「マイスターっ、あたしだって居るんだからねっ!」

主オーディンと似たデザインの赤い長衣・膝丈までのゆったりとした黒いズボンという騎士甲冑に身を包んでいるアギトが、そう主張しながら私へと飛んできた。しかし何故わざわざ私の顔の前に来るんだ? 主オーディンが見えんではないか。

「あはは、判っているよアギト。頼りにしている」

「どんと頼っていいよマイスターっ♪」

頭を撫でられたことで満足したのかアギトは私の眼前から離れ、主オーディンの肩に降り立った。主オーディンが「なら急ごう。連中は待っていてくれないから」と再び空へ上がろうとする。いけない。このままでは我らは役に立ちようがない。急いで止めなければと口を開こうとしたところで、「あ、あの主オーディン、お待ちください!」とシャマルが先に主オーディンを呼び止めた。

†††Sideシグナム⇒オーディン†††

「――そういうわけで、私たちは武器は持っていますけど、甲冑に関してはその都度主に賜らなければなりません」

「イメージをしていただければ、あとは我々自身が魔力で構成します」

シャマルとシグナムから告げられたのは、守護騎士の騎士甲冑は私がデザインしなければならない、ということだった。そう言えばそうだったか。しかし今から騎士甲冑のデザインを考えている暇はない。すでにイリュリアの騎士団は動いている。仕方ない。本当に仕方ない。どうしようもなく仕方ない。
すまん、はやて。そう心の内で土下座して、これよりずっと未来に於いてシグナムたち守護騎士が着ていた騎士甲冑をイメージする。“闇の書”を介して、私のイメージが守護騎士に伝わる。あ、そう言えば持ってくるの忘れた。取りに行かないといけないな。

「騎士甲冑、確かに賜りました。ヴィータ、シャマル、ザフィーラ」

「おうっ」「ええ」「ああ」

シグナムとシャマルとヴィータの3人は、首にかけていた待機状態のデバイスを手に取って起動した。それを合図としたかのように彼女たちの足元に深紫色の魔法陣が展開される。“闇の書”起動時に現れた六方に円のある六茫星型のベルカ魔法陣。
続けてそれぞれの足元から発せられる魔力光。シグナムはラベンダー、シャマルはミントグリーン、ヴィータは赤、ザフィーラはライトペリウィンクル。黒のアンダーから騎士甲冑へと変わっていき、私の知る見慣れた騎士姿となった。

「準備はいいな。では行くぞ――っと」

いきなり目の前に転移してきた“夜天の魔導書”に少しばかり驚いた。シャマルが「あら、闇の書が・・・」“夜天の書”に手を伸ばし、「主オーディン。戦場へ赴くならば闇の書も共に」と私に差し出してきた。私が受け取るのを見たシグナムが「主オーディン。行き道で闇の書に関してお話しいたします」と言ってくれるが、すまないが知っているよ、それはもう全部な。
とりあえず「頼むよ」と返し、戦場である国境へと向かうために空へと上がる。とそこに「オーディンさ~ん! アギト~!」と、私とアギトを呼ぶ声。地上を見下ろせば、エリーゼを始めとした街のみんなが手を振っていた。出撃前の恒例の見送りだ。エリーゼ達に「行ってくるよ」と手を振り返し、「君たちも振り返してあげてくれ」と彼女たちに言う。

「ヴィータちゃん、頑張ってねっ!」

「いってらっしゃい、シグナムさんっ、シャマルさんっ、ヴィータちゃんっ、ザフィーラさんっ」

「みなさん、お気をつけてっ」

モニカは両腕をブンブン振ってヴィータにエールを送り、ルファはご丁寧に全員の名を言って手を振って、アンナは手を振ることなくお辞儀。
あと「誰、あの美人!?」「えっ? オーディンさんの恋人?」「なにぃ? エリーゼちゃんに慕われているのに恋人が居るだとぉ?」「ママ、あの男の人、お耳と尻尾があるよ」「ええ、そうね。格好いいわね❤」「母さん・・・後で話を――」「先生っ、その金髪の女性、あとで紹介してくれ!」「じゃあ俺には、髪の長い人を紹介してくれっ!」だとか色々と騒がしい。
そんな街の人たちに見送りに呆けていた彼女たちも、

「い、行ってきます」

「行ってきま~すっ」

「おうっ、しっかりあたしらが守ってやるかんなっ!」

ザフィーラは無言で頷くだけだったが。シグナムもシャマルもヴィータもザフィーラもどこか嬉しそうだった。私が主で居る間、少しでも良い思い出が彼女たちの心に刻まれると良いな。それに、もちろん“彼女”にも早々に目を覚ましてもらい、共に同じ時間を過ごしたいものだ。

「じゃあ行こう。敵は待っていてくれない」

そうして私たちは街のみんなに見送られながら空を翔け、戦場へと向かう。その道中、先程の話の続きをすることに。そう、“夜天の書”のことについて、だ。

「――闇の書は、魔力を持つ者の内に在る魔力の核を蒐集し、666頁を埋める事で、主に莫大な“力”が与えられることになります。それこそ一国を支配できるほどに」

「一国を支配する、か。私にとっては興味も何も無い。私の願いは何かを支配する事じゃなく、守りたいモノを守り、救いたいモノを救う、その一点のみ」

「本当にいいのですか? 主オーディン。医者なんかじゃなくて王様になれるかもしれないのに・・・?」

ヴィータの敬語に、またもブルッと寒気が。いかん、これは早々に直さないと――とは思うが、今は“夜天の書”の説明を最後まで聴こう。

「私に国を治める資格なんて無いんだよ。今はたださっき言った通りの事が出来ればいい」

「守りたいモノを守り、救いたいモノを救う、ですか。あの、主オーディン。無礼を承知で一つお聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか」

シャマルが申し訳なさそうな顔で、質問することへの許可を取ってきた。すると「シャマル!」とシグナムが声を荒げて、シャマルを制止しようとした。シャマルは「ごめんなさい、シグナム」と謝ったあとに私の目を見て、すぐに逸らした。私が居ない間に何かあったのだろうか。とりあえず「構わないよ」と返す。シャマルは意を決したかのようにまた私の目を見て、尋ねてきた。

「主オーディンはどうしてベルカを訪れたのでしょうか・・・? 申し訳ありません。ルファに聞きました。ですが詳細は聞いておりません」

「私がベルカを訪れたのは、ある存在を破壊するため。名はエグリゴリ。私の先祖が生み出した人型の戦術兵器だ。暴走している奴らをベルカで発見したという情報が仲間から入った。報告に従って、私はベルカを訪れたんだ。何故シュトゥラのアムルに居るかはあとで話そう」

洗脳され暴走しているとは言え、それでも大切な子供たち(ヴァルキリー)を兵器呼ばわりするのは心が痛むが、私とシェフィが創り出した子供だと説明するわけにもいかない。魔術師の時代も“アンスール”の時代も大戦の時代も、すでに遥かに遠き古き過去。この時代に引っ張ってくる必要のないものだ。だから真実は話さない。

「そうでしたか。お話ししてくださってありがとうございました。その、主オーディン。この無礼への罰は如何様にも。如何なる罰も受ける次第です」

「気にしないでいいよ、シャマル。この戦乱の世に好き好んで訪れる奴なんて普通いないから怪しく思うよな。その疑問を持つのも当然だ。だからお咎めは無し」

そう微笑みかけると、シャマルは少し呆けた後にホッと安堵を顔に浮かべた。しかしシグナムに頭を叩かれ、「痛っ?」と痛みに顔を歪めることに。

「今の無礼、主オーディンでなければ首を刎ねられていてもおかしくないぞ、馬鹿者」

「だって・・・。でも良かったです。主オーディンはやはり今までの主とは違うんですね・・・」

シャマルが過去を思い出しているのか悲しげに目を伏せた。私は右隣を飛行するシャマルの肩をポンと叩き、「この誓いは死ぬまで変わらない。だから安心してくれ」と言う。“界律の守護神テスタメント”時ならそんな温く甘い言葉は吐けないが、今は魔術師として存在を許されている。
だからその誓いを貫ける。だがその誓いの裏には、逃れられない闇があるのもまた事実。場合によっては、守るために、救うために誰かを殺さなければならないという闇。それらを背負ってでも私は誓いを胸に前へと進むだけだ。恨むなら恨め、憎むなら憎め。それらを背負う覚悟も決意も、すでに1万数千年も前からある。シャマルは綺麗な笑みで浮かべ、「はいっ」と頷いた。

「では主オーディン。闇の書の蒐集はどうなさいますか?」

「蒐集する事で、他に何かメリットはあるか?」

私が引き出したい情報は、管制人格である“彼女”の事だ。だが“夜天の書”を知らないというスタンスを取る私がそれを求めるのもおかしい。だから彼女たちが話してくれるのを待つしかない。
当然そんな私の思惑を知らないシグナムだったが、「主オーディンは、戦力が増えるのを良しとしていますか?」と訊いてきた。この流れは“彼女”に直結するものだと思い、「君たちを戦いの道具と思わせるようで悪いが、出来ればあった方が良い」と答える。

「いえ、そのような事は思いません。主オーディンの誓いが偽りでない事は解ります。それに、たとえ戦いの道具と見てもらっても我々は構いません。事実、今までそうでしたから」

「ええ。ですから、そう不安そうなお顔をしないでください」

「む? 不安そうな顔をしていたか? そういう君たちも不安そうな顔をしているよ。良い機会だから言っておこう。君たちを戦いの道具とは絶対に思わない。戦場では共に戦う戦友として、日常では共に過ごす家族として、私は接するつもりだ。
この考えもまた決して変わらない。だから、家族の1人としてお願いがある。まず第一に、名前の前に“主”を付けない。第二に、私に対して敬語は要らない。特にヴィータ、君だ。君の素直な口調で構わない。私に対して無理して敬語は使わないでいいんだ」

名指しされたヴィータが「え? あ、はい――じゃなくて、うん。これでいいの? オーディン」と早速直した。はぁ、それだよそれ。だから「ああ、それでいいよ。でも、他の大人には一応敬語な」と頷く。
そうだとも。私に対して気の遣った敬語なんて有り得ない。それがヴィータなら尚更。シャマルも困惑しながらだが、「では、えっと、オーディン・・・さん。ごめんなさい、さん付けだけは許して下さい」と、まぁ及第だな。しかし予想はしていたが・・・

「歴代の主に対してこの口調が長く、我は直せそうにありません、我が主オーディン」

「ザフィーラ、なんも変ってね~。オーディンのお願いなんだぞ」

「ヴィータちゃんはすっかり出来あがっちゃったわね。ザフィーラはもうそれで固定かしら」

「主オーディン。さすがに敬語を改めさせるのは、主に失礼が過ぎるのでは?」

「いや、それでいいよ。自然が一番だ。君も、シャマル達と接するような気楽さで私と接してくれていいんだ。それが私の願いだしな。主を付けられると、どこか主従の壁を感じてしまうんだ、気にし過ぎかもしれないが。敬語に関しては私の我が儘だから、ヴィータ以外には強制しないが。しかし、主、に関しては切に願うよ」

「ある――いえ、判りました、オーディン」

シグナムも敬語はやめないが、主を付けなくなった。今はこうだが、付き合いが長くなれば追々変わっていけるだろう。さて、さっきの話の続きに入ろうとしたところで、頬をプクッと膨らませてむくれているアギトが視界に入った。

「アギト? どうかしたか」

そう訊いてもむくれたままで、プイッと顔を逸らされた。試しにもう一度名を呼んでも無視だった。仕方なく、その膨らんだ小さな頬を人差し指で突く。すると「ぶふぅ」と口から息が漏れだす。何故か知らないがすっごい睨まれた。

「一体どうしたというんだ?」

戦場はもう近い。“彼女”の話も聞きたかったが、それは戦いながらにでもしよう。しかしアギトがこの状態での戦闘は避けたい。生死の関わる戦場では少しの油断が命取りだ。だから何故むくれているのかの原因を突き止め、解決しなければアギトどころか共に戦うみんなの命が危ない。

「なあアギト。話してくれ、私に何か非があったのなら謝る。だから教えてくれ」

「・・・マイスター、ずっと守護騎士たちと話してばっかで、あたしのこと忘れてるんじゃないかって」

アギトはどうやら仲間外れにされたと思っていたようだ。少しばかりアギトを放っていたのも確かだから強くは言えないが。

「馬鹿だなぁ。そんなわけがないだろ。アギトは大切な家族なのだから。だけどな、言わばアギトは私の家族としての先輩なんだから、もう少し辛抱してくれ」

「先輩・・・。先輩かぁ。うん、判ったよマイスターっ♪ あたし、先輩として恥ずかしくないようにするっ」

「ああ、頑張ってくれアギト先輩」

アギトは満足したようで笑みを浮かべる。それを見て、私とシグナムとシャマルは顔を見合わせて微苦笑。ヴィータは「この小せぇのが先輩? あたしらの方がずっと年上じゃねぇか」とアギトの小さな頭をグリグリ撫で回す。それに対してアギトは「や、やめろよ、歳なんか関係ないもんっ。マイスターの家族として上か下の方が重要なんだっ」と小さな体を活かしてヴィータの手から逃れて、舌をべーと出す。

「フフ、ヴィータちゃん、楽しそう」

「シグナム。さっきの話の続きだが、よければ戦闘中にでも頼む」

「判りました。そちらの方が都合が良いかもしれませんし」

見えてきたのは、森に囲まれた平原の中での数百人という騎士が入り乱れた戦場だった。ひとつは国境防衛のシュトゥラ側の騎士団。重そうな白い甲冑を着た騎士団だ。そしてもうひとつが、まるで迷彩服のような柄が描かれた軽甲冑を纏った騎士団だった。あれは森に入られたらアウトだな。柄もそうだが軽甲冑ゆえに動きが速く、得物も小回りの利く短めの物ばかりだ。

「各騎、これより戦闘を開始する。味方は白い甲冑を着た騎士団だから、間違って討たないようにな。敵性騎士団に関してだが、見ての通り相当やる。味方の援護は可能なら頼む。では私が戦場の中心に一撃を落とし、一時的に注意を逸らさせる。それを合図に降下開始。接敵後、各騎の自己判断で敵性騎士を薙ぎ払え」

「「「「「了解(ヤヴォール)!!」」」」」

防衛騎士団は私の空からの奇襲に慣れているため驚きはしないだろうが、敵はそうはいかないはずだ。情報で知ってはいても実際に見た事がなければ必ず動きを止める。そこが狙い目だ。左手を掲げ、風を集めて一振りの蒼き風槍と成す。結構キツイから根性をみせろ、防衛騎士団。

――巻き起こせ(コード)汝の旋風(アムブリエル)――

地上に向けて投擲。一直線に進み、ズドンッと地面に着弾。予想通り敵性騎士団は動きを止め、防衛騎士団は一斉に戦っていた騎士を弾き飛ばしてアムブリエルの槍から離れ、得物を地面に突き刺し体を固定。その直後、アムブリエルが爆ぜて全てを薙ぎ払う暴風となり、敵性騎士団を吹き飛ばす。戦闘開始のゴングが鳴った。
すぐさま「降下!!」と号令を出す。アギトと守護騎士が戦場へと降り立つ。並の騎士では決して勝つ事の出来ない、優秀な騎士たちが。私も地上へと降り立ち、防衛騎士団の団長に「団長、すまない。遅れてしまった」と声を掛ける。

「いえ、来て下さっただけでも十分です。それにしても騎士オーディン。貴方は相変わらずとんでもないお方だ」

さっきのアムブリエルの一撃を含め、これまでに共闘した三度の戦闘のことを言っているんだろう。

「褒め言葉だと受け取っておくよ、団長。それはそうと連中はどういった騎士団なのか、情報を貰えるか」

「はい。敵はイリュリアの上位騎士団の1つで、地駆けし疾狼騎士団(フォーアライター・オルデン)という連中です。奇襲や待ち伏せと言った手段を取るのが奴らの戦い方だったんですが、今回は真っ向からぶつかって来たんですよ。戦術を変えるとは。一体何を企んでいるやら。団長のファルコの姿も見えないし、注意が必要ですね」

フォーアライター・・・先駆者、か。その割にやってる事はゲリラだな。団長が言うには、フォーアライター・オルデンはいくつもある敵国強襲騎士団の先槍らしい。だから“先駆者の騎士団”という名を冠しているのか。団長から情報を色々と貰っていると、「銀髪に蒼と紅の虹彩異色・・・! 情報にあった悪魔か!」と数人の先駆者が襲いかかって来た。

「悪魔とはまた酷い通り名を付けられたものだな。まぁ否定はしないが」

――舞い振るは(コード)汝の獄火(サラヒエル)――

頭上から炎槍サラヒエルをいくつも振らせ、私たちと連中を隔てる壁とする。間髪いれずに、

――知らしめよ(コード)汝の忠誠(アブディエル)――

全長8m程度の魔力剣を創り出し、サラヒエルの向こう側に居る奴らをサラヒエルごと薙ぎ払う。粉砕された騎士甲冑を撒き散らしながら吹っ飛び、気を失ったか絶命したかのどちらかで動かなくなった。魔力消費を抑えるためにアブディエルを消し、側に落ちていた二振りのナイフを手に取ったところで、団長が「お見事」と拍手。

「いやぁ常々思いますけど実に心強い。しかし、そろそろご自身の武器を用意したらどうです?」

「言われずとも。私専用の武器を鋭意制作中だから、それなりに期待していてくれ」

カートリッジシステム搭載のアームドデバイスならすでに製作に取り掛かっている。“神槍グングニル”や複製武装を具現する際の魔力消費を抑えるために、だ。かつての契約先での“闇の書事件”の際、その当時敵だったシグナムによって破壊された元3rd・テスタメント・シャルロッテ・フライハイトのデバイス・“トロイメライ”の修理・改良に関わって、デバイスの知識は手に入れていた。
それ以前に、デバイスよりさらに複雑なシステムである“戦天使ヴァルキリー”を制作したんだ。“ヴァルキリー”に比べればデバイスの一機や二機くらい1週間もあれば製作できる。だがまだ完成していない。部品がなかなか揃わない。カートリッジシステムを搭載しているデバイスを持つ騎士が意外と少ないからだ。

「それは楽しみです。あ、もう1つ。今回は仲間の騎士を引き連れて来ましたけど。一体どういう御関係で?」

「知る必要があるのか?」

さらに襲いかかってくる先駆者共を団長と2人で斬り払いながら、世間話でもするように喋る。団長は「無理にとは言いませんけど」と言っているが、知りたいと顔に出ている。妙な男に興味を持たれてしまったものだ。とは言え別段隠す必要もないため「家族だよ」と答える。
すると団長は「あぁなるほど。騎士オーディンの御両親に妹君ですね」とズレた納得をした。冗談だというのは即理解したが、一応誰がどの役に嵌まっているのか気になったから訊いてみたら、

「奴らを拳打と蹴打でぶっ飛ばしているのが父君で――」

ザフィーラだな。まぁ男は彼だけだしそうなるだろう。別の誰か(シグナム)と言ったら、団長は切り身にされてしまうだろうな。

「鉄槌で奴らを殴打して弾き飛ばしているのが妹君」

ヴィータだな。ヴィータを母親だと言ったら、冗談だとしても笑えない。じゃあシグナムとシャマルのどちらかが私たちの母親役になるわけだが・・・。

「剣士殿も妹君で、あの優しげな女性が母ぎ――」

――ペンダルシュラーク――

「「うおっ!?」」

高速で飛来してきたシャマルのデバイス・“クラールヴィント”の振り子(ペンダル)。それが団長の兜の額部分に突き刺さった。その一撃を放ったシャマルは私と団長にニコニコ笑顔を向けていた。

「ごめんなさい、オーディンさん、団長さん。手が滑っちゃいました♪」

「「いえ、お気になさらず」」

ペンダルがシャマルの下へと戻って行くのを見送り、冗談もそこそこに、と反省。いつもどおり空からの爆撃を始めようか。そう思ったところで、それは起きた。

――悪魔墜としの檻――

戦闘区域全体を覆うほどの広域結界が張られた。ただそれだけなら問題じゃない。高度制限と言うべきか天壁が低い。大体4~5mほどか。空戦を好む私としては低過ぎる高さだ。しかし私にとっては障害にならない。防性・結界破壊のメファシエルを使えばこれくらい・・・。

「オペラツィオーン・エクソルツィスムス、アンファング!」

何処からともなく聞こえてきた大声。作戦名:悪魔払い、開始――だとさ。“悪魔”といつの間にか呼ばれた私を討伐するためだけに来たというわけなんだな、フォーアライター・オルデンは。周辺に居た先駆者たちが一斉に「了解(ヤヴォール)!!」と応じた直後、森林の奥から無数の矢が飛んできた。鋼で出来ていると思われる矢は完全に無差別で、敵味方お構いなしに降り注いで来る。

(ただの矢のようだが。あんなので騎士甲冑を貫けるとは思えないが・・・)

とにかく私たちを含め周囲に居る防衛騎士たちが迎撃しようと矢を寸断した瞬間、矢が爆発し膨大な煙を発生させた。ただの煙幕か?と思えば妙な臭いがあった。直感で、この煙が毒ガスの類いだと判断。だがな、魔術で編まれた戦闘甲冑の前に、毒ガスなど無意味な攻撃だ。しかし防衛騎士団はどうだろう?と思った時、

「・・・っ!? ぅぐっ、がはっ!」

目が痛く呼吸もし難い。ついでに咳が出る。馬鹿なっ。戦闘甲冑の防御力なら魔法の毒くらい弾く・・・あ、忘れていた。魔力消費を抑えるため、戦闘甲冑の付加効果を色々減らしたんだった。減らした付加効果の中には、空気感染系攻性術式や自然毒への耐性も含まれていた。
視界が毒ガスで完全に封じられ、しかも毒の効果らしき体の痺れで上手く体が動かせない。周辺から騎士甲冑を破壊する金属音と悲鳴がいくつも聞こえてきた。どうやら先駆者たちは前もって毒ガスの効果受けないようにしていたようだ、まぁ当たり前な話だが。

――吹き荒べ(コード)汝の轟嵐(ラシエル)――

上空に蒼い竜巻を発生させて毒ガスを散らす。毒ガスがラシエルに巻き上げられ、視界がクリアになったその時、8人の先駆者がすぐそこにまで迫って来ていた。毒が体に回ったからか視界が揺らぐが、なんとか両手に持つナイフで2人の攻撃を捌いた。
しかしそれ以上は体が重く、第二波の4人の攻撃が捌けそうにない。迫り来る剣閃。魔術を発動しようにも毒の効果と思われる魔力生成阻害の所為で上手く術式が組み立てられない。魔術師がこんなにも簡単に無力化させられるとは。なんたる恥か。情けなくなる。

「マイスターには指一本触れさせねぇぇーーーーッ!!」

――フランメ・ドルヒ――

「テメェら退きやがれッ!!」

――テートリヒ・シュラーク――

そこを助けてくれたのがアギトの炎の短剣と、ヴィータの“グラーフアイゼン”の一撃だ。フランメ・ドルヒが先駆者たちの背に着弾して爆発を起こし、体勢を崩したところをヴィータの鉄槌の一撃を受けて吹っ飛ばされた。


 
 

 
後書き
ナマステー。う~ん、一人称表現での弊害を再確認。
ベルカはドイツ語を使用。ベルカの存在であるエリーゼらを始め、シグナムらが服や家具などなどを言語化する時、やはりドイツ語を使用しなければならないという。
しか~~し、それでは無駄に文字数が増えると思い、もう英語を使う事にします。
今回の場合は、ルシリオン(オーディン)の戦闘甲冑説明の際、ブーツとコートと言っちゃってます。

ドイツ語では、ブーツはシュティーフェルンとなります。コートはマンテルですね。
ブーツに|とか《》を使ってシュティーフェルンとルビを振る。はい、文字数がどっと跳ね上がりますね。
文字数関係はこちらの問題ですが、度々こう言ったルビが出ると、読者の皆さま方が読みづらいかとも思います。
ですからもう英語にしようかと。長々と好き勝手語ってますが、実際のところ皆さまはこう思っているかも。

「そんなのどうでもいい」

すいません。では次回、フォーアライター・オルデンとの決着をお送りします。
次回もまたお越しいただける事を願って、これで失礼を。
 

 

Myth5-Bアムルの守護騎士団~Glauben OrdeN~


戦場である森林の中にぽっかり空いている平原から離れた深い深い森の中。
迷彩服のような騎士甲冑を着こんだ幾人もの騎士が、毒ガスに悶え苦しむ防衛騎士団やオーディン、彼らに攻撃を仕掛けている毒ガス無効化の魔導を騎士甲冑に付加している地駆けし疾狼騎士団フォーアライター・オルデンの先遣隊らを眺めて歓喜していた。

「どれだけ強くても空戦を封じられて、すぐに対処出来ない毒ガスの症状による魔導封じ。いくら単独で騎士団を潰す事が出来ても、根が人間である事には変わりない。俺の読み通りだ♪」

フォーアライター・オルデンの騎士団長であるファルコ・アイブリンガーが嬉しそうにそう漏らす。騎士甲冑だけでなく顔にも迷彩柄がペイントされ、四肢に装着されている鉤爪の付いた籠手と具足にも迷彩柄がペイントされていた。他の騎士も似たようなものだ。だから完全に自然の姿に溶け込み、パッと見では彼らを発見できないだろう。

「団長。情報に無い未確認戦力が先遣隊を討っていますが、何者でしょう?」

1人の騎士がそう尋ね、団長ファルコは「さぁな。とりあえず敵なのは違いないんだけど、なんで毒ガスを喰らってないのか不思議だよな」と小首を傾げる。シグナムら守護騎士が次々と先遣隊騎士たちを討伐していっているその様には、戦士である者にこそ理解できる強さがあった。

「あの子、本当に裏切り者になっているのね。ホント役立たずのガラクタ(クルム)なんだから」

この中で一番小さな存在が呟く。30cm程の少女で、肩紐の無い迷彩柄のタンクトップにホットパンツ、ブーツという格好で、髪は綺麗な翡翠色のショートカット。ココアブラウンの鋭い双眸は、守護騎士と共に戦う小さな少女、アギトに向けられていた。
視線に込められた感情は様々。怒りや呆れなどと言った、肯定的なものは何一つとしてないものばかり。彼女は、イリュリア技術部によって開発された融合騎のプロトタイプ0005。0006であったアギトの一個上の姉に当たる融合騎だ。

「そう言うなよフュンフ。結構扱いが酷かったんだろ、あの子。なら優しくされりゃそっちに行くさ」

「関係ないわ。私たちはイリュリアの融合騎なのよ? どんな扱いを受けようが忠誠を貫かなければならないんだから」

ファルコに五番目(フュンフ)と呼ばれた融合騎が「フンッ」と鼻を鳴らす。

「やれやれ。っと、そろそろ仕掛けに行くか。『各騎、俺たちで悪魔オーディンを討つぞ。先遣隊の犠牲を無駄にしないようにな・・・!』行くぞ、フュンフ」

「ええ。六番目(いもうと)の不始末は、姉である私が片付けるわ」

森林の中に散っている団員から、思念通話で『了解(ヤヴォール)』と返ってくる。それを合図として、ファルコがオーディンらに告げる。解毒剤が欲しければ、森の中で待ち構えている俺たちから力づくで奪え、と。

†††Side????†††

毒ガスの効果を受けて、私たちの主であるオーディンさんが倒れた。私たち守護騎士プログラムは予てよりこういった攻撃の耐性が付いているから大丈夫だった。でもオーディンさんや防衛騎士団の皆さんに、そう言った耐性のある術がそうあるわけもなく。次々と毒に侵されて、オーディンさんのように体を弛緩させて倒れ伏してしまっている。
オーディンさん。これまでの主のように私たち守護騎士を戦いの道具としてじゃなくて、戦友として、家族として接すると言ってくれた不思議な人。その人が今こうして私たちの目の前で苦しんでいる。出会ってからまだ半日として経過していないのに、私にとってすでに大切な人となった彼を・・・

(助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ・・・!)

「ごほっごほっ、油断した罰、か・・・げほっごほっ」

「喋らないでください! 毒が余計に回りますっ! シグナムっ、ヴィータちゃんっ、ザフィーラっ、周辺の敵騎士を、治療を終えるまでまで引き付けて」

「ああっ。オーディンの事は任せたぞシャマル。ヴィータ、ザフィーラ。一気に片をつけるぞ」

「おうよっ!」

「ああ、シャマルの邪魔はさせぬ」

「来い、闇の書。奴らの魔力を糧としてくれる」

シグナムは“闇の書”を手にして戦闘へと戻って行った。オーディンさんが望む戦力を手に入れるために必要なものだから。戦闘の方はシグナム達に任せて、私は私の出来る事を行うのみ。

――静かなる癒し――

癒しと補助が本領の私に出来る事と言えば、治癒魔法で回復させることくらい。負傷治療と体力・魔力回復、そして防護服修復の効果のある静かなる癒しなら、すぐにでもオーディンさんを治療できる。

「マイスターっ、ごめんなさいっ。あたしが側に居たらこんな・・・!」

オーディンさんをマイスターと呼ぶ子――アギトちゃんが泣きながら謝り続ける。それに対して、小さく首を横に振って微笑を浮かべるオーディンさんは『自分を責めるな。私の非が原因だ』と思念通話を私にも送ってきた。それは私への前置きでもあったみたいで、『世話を掛ける。少し回復してもらえば、あとは自分の治癒術式で治せる』って言った。

「いえっ。このまま私が完治させますっ。私は守護騎士ヴォルケンリッター、湖の騎士シャマルですっ。主であるオーディンさん、その相棒のアギトちゃん、それに守護騎士一同の補助と治療は私が一手に引き受けますっ!」

一体どんな成分の毒なのか。症状が一向に和らがない。私の治癒魔法でも治す事が出来ないなんて。ううん、上手く効果を発揮しているんだけど、元凶の毒が完全に払われていないから、治したところでまた感染するんだわ。この戦闘区域を覆っている結界は、空戦封じの他に毒ガスを外に逃がさないためのもので間違いない。そんな中、拡声の魔導でも使っているのか大きな声が平原に響き渡った。

『俺はイリュリア騎士団が一、地駆けし疾狼騎士団(フォーアライター・オルデン)の団長、ファルコ・アイブリンガーだ。よろしくっ♪ さて、聞こえるかい? 騎士オーディン。あんた達を苦しめている毒の解毒剤が欲しければ、森の中で待ち構えている俺たちから力づくで奪え、って事で頼むよ。まぁ動ければ、の話になってしまうけどさ。もちろん代理としてそこの女騎士たちでもいいんだぜ』

その軽い物言いに苛立ちを覚える。ファルコと言う敵性騎士団の将の声に続いて、

『聞こえるかしら? ヌンマー・ヌル・ヌル・ヌル・ゼクス。イリュリアを裏切るなんて本当に馬鹿な妹ね。姉は呆れてものも言えないわ』

「この声・・・ヌル・ヌル・ヌル・フュンフ・・・!?」

口調が大人びている幼い女の子の声が平原に響いた。その声を聞いたアギトちゃんは明らかに怯えて震えだした。

「アギトちゃん・・・?」

『あなたの大切なロードを失いたくないのなら来なさい。引導を渡してあげるわ。融合騎としての格の違いを見せてあげる。だから逃げないように。いいわね、ゼクス』

“0006”だとか“0005”というのは、たぶんだけど融合騎としての開発順。アギトちゃんと五番の子の短いやり取りで、ある程度の事情が判った。どういった経緯かは判らないけれど、イリュリアの融合騎だったアギトちゃんがオーディンさんの下に付いたのね。それが五番の子にとって許せない裏切り行為だって事になっている、と。

「あのフュンフが来てる・・・」

挑戦状じみた声はそれで終わりだった。アギトちゃんは変わらず顔を青くしている。声が途絶えて、聞こえてくるのはシグナム達が敵を斬り払う金属音と悲鳴だけ。私はみんなに『解毒剤をお願い! 一向に治らないのっ!』と思念通話を通す。
治癒魔法だけじゃ進行を抑えるだけが精いっぱい。解毒剤を奪うのが確かな道だわ。息を呑む気配。すぐに『了解した。お前はそれ以上の毒の進行を防ぐ事に力を注げ』シグナムから返事。

『待っててオーディンっ。すぐに解毒剤を持ってくるから!』

『ザフィーラは念のためにオーディンとシャマルの護衛に付け。アギト。お前はどうする? 共に来るか? お前の姉と言う者から誘われているが・・・』

『あたしは・・・』

少しばかり迷いを見せたアギトちゃんだったけど、オーディンさんの苦しむ姿を見てキッと表情を変えた。そして私を見て、「マイスターをお願いします」とお辞儀して、『あたしも行くっ』とシグナム達の元へ飛んで行った。
シグナムとヴィータちゃんとアギトちゃんが森の中に入って行くのを確認して、私はオーディンさんの毒の進行を防ぐために治癒魔法を使い続けて、ザフィーラは私たちの護衛の為に残存している騎士を討ちに向かう。

†††Sideシャマル⇒ヴィータ†††

森の中に入ってみれば、そこらじゅうからヤバい気配がした。シグナムと並んで獣道を警戒しながら進む。アギトと“闇の書”は少し後ろを飛んでついて来る。にしても、なんか融合騎としてのアギトの姉っていうのが来てるらしいんだけど、名前が五番ってなんだよ。アギトにはちゃんと名前があんのに。数字が名前ってまんま道具扱いじゃねぇか。
でもだからか。アギトがイリュリアを裏切ってオーディンのとこに来たのは。イリュリアなんかより、オーディンのとこで暮らした方が絶対良いに決まってる。オーディンとはあんま話してないし、つか会ったばっかだけどさ、判るんだよな。きっと良い奴だって。ここに来るまでのやり取りでそう確信できた。

「気を付けろヴィータ。地の利はおそらく向こうにある」

「判ってんよ。わざわざ()り難い森の中を戦場に選んだんだ。向こうが優勢になる条件があるに決まってる」

“アイゼン”を握る手に力を込める。急がねぇとオーディンが死んじまうかもしれねぇ。あたしらの事を道具じゃなくて戦友だとか家族だって言ってくれた。今までそんな風に言ってくれる奴なんていなかった。それが嬉しかったんだ。だからこんな形で失いたくねぇ。あたしらは守護騎士だ。主を――オーディンを守るためなら。“闇の書”の頁を埋めて“アイツ”を起こしたっていい。

『ヴィータ』

『ああ、近いところから見られてんな。アギト、警戒しろ』

『判った』

それから少し進んでも全然仕掛けてこねぇ。イライラすんなぁ。ずっと気を張ってて疲れちまった。けど、これが奴らの狙いだって気がするから気は抜けない。

『ヴィータ。この森の中で、単独で複数人と戦って勝つ自信はあるか?』

『場合によりけりだな。毒とかはあたしらに通用しねぇけど、地の利で負けてる以上は簡単にはいかねぇはずだ』

『私も同じ意見だ。しかしこのまま時間が経つのは我らにとって――そうか、それが狙いか』

『オーディンをこのまま毒殺するつもりか、奴らは・・・!』

『そんなっ! マイスターが死ぬなんて絶対に嫌だっ!』

騎士の風上にも置けない奴らに成り下がっちまったな、イリュリアの騎士団は。しゃあない。こうなったらあたしが、って思った時、『仕方ない。こちらから誘き出すぞ。いいな』って、あたしと同じ事を考えてたシグナムから思念通話。断る理由どころか同じ意見だから、『あたしがやろうか?』って訊く。

『いや、私のシュランゲフォルムで行こう。ヴィータ、アギト。その間の防御は任せられるか?』

『うん。任せてくれ』

「『おう、任せとけ』アイゼン、ラケーテンフォルム」

≪Explosion. Raketen Form≫

カートリッジをロードして、“アイゼン”を基本形態のハンマーから強襲形態ラケーテンに変える。続けてシグナムが「レヴァンティン、シュランゲフォルムだ」って指示する。“レヴァンティン”もカートリッジをロードして、

――シュランゲバイセン――

シュランゲフォルムになった“レヴァンティン”が周辺の木々を寸断していく。隠れる場所があるからダメなんだ。だったら無くせばいい。アギトが「すげぇ」って感嘆の声を漏らす。ま、うちの将がすげぇのは確かだしな。
次々と木々を薙ぎ払って、ようやく・・・「見つけたッ!」連中が姿を現した。平原に居た奴らと同じ迷彩柄の・・・鎧じゃなくて服のような騎士甲冑だ。

「やるな、剣士の姉さん。そしてそこの小さいお嬢さんも凄かったぜ。・・・・カートリッジシステム搭載の武器、・・・シュトゥラの高位騎士か? 良い腕を持ってるのは判るんだけど、あれだけの腕を持ってんならもっと有名になっててもおかしくないんだがなぁ」

アイツが将のファルコって奴か。四肢に装着してる籠手と具足全部にカートリッジシステムが搭載されてやがる。で、奴の近くで浮いてる小さいのが、「久しぶりね、ゼクス」ってアギトをギロッて睨みつける。アギトも「フュンフ・・・!」って威圧感を出して、フュンフを真っ向から睨み返す。良いぜ、アギト。気持ちで負けてたらどうしようもねぇからな。

「まぁいいや。さて、こんな事になってしまったけど、コレも戦争だ。勝つために俺たちは騎士としての誇りは捨てた。だから俺たちとぶつかり合いたいって言うなら――」

フォーアライター・オルデンの団長だっつうファルコが突然姿勢を低くしたと同時、他の奴らも姿勢を一斉に低くした。来る。そう思って身構えたと同時に、

「あんたらも何かを捨てる覚悟を持って・・・来なっ!」

連中は一斉に地面に向けて攻撃して地面を爆発させて、粉塵を起こしやがった。視界を封じる気かよ。シグナムと背中合わせにして周辺警戒。視界を潰したくらいであたしらに勝てるとか思うなよ、テメェら。“アイゼン”を改めて構え直して迎撃態勢に入る。あの低姿勢。ありゃ突撃するための踏ん張りだ。真っ向から突っ込んで来るか、それとも別の軌道で突っ込んで来るか。

『ヴィータ、シグナム、どうすりゃいいんだ?』

『・・・決まっている。向こうから来るなら、迎え撃つまでだ』

――シュランゲバイセン・フェアタイディグング――

シュランゲフォルムの“レヴァンティン”による攻防一体の剣刃結界があたしらを囲う。来いよ、フォーアライター・オルデン。突っ込んで来たら“レヴァンティン”にバラバラにされるぜ。砂塵が少しずつ晴れて行く。

(んだよ、偉そうなことを言ってても手も足も出さずに逃げたのか?)

そう思ったのも束の間。連中の数人かが砂塵の中から出てきて、“レヴァンティン”の刃にそれぞれの武器をぶつけて、高速で螺旋状に回り続ける“レヴァンティン”の勢いを削ろうとしてきやがった。馬鹿野郎。完全な捨て身だ。シグナムと“レヴァンティン”の攻撃には魔力が付加されている。
カートリッジシステムの搭載されていない武器に止められるわけがねぇ。案の定、ソイツらは斬り飛ばされて、血を撒き散らしながら地面に強く叩きつけられて動かなくなった。ほら見ろ、言わんこっちゃねぇ。

「そこまで弱まれば十分だっつうの。なあっ!」

「ええ。もう十分だわ」

――ヴィント・バイセン――

本命はテメェらか。フュンフっていう融合騎が衝撃波を撃ってきた。それを迎撃するのがあたし・・・じゃなくて、「あたしはもうクルムじゃない!」っつうアギトだ。あたしより先に迎撃態勢に入ってたアギト。頼りになるじゃねぇかよ、先輩(アギト)

「解毒剤を渡せぇぇーーーーッ!」

――ブレネン・クリューガー――

「なら力づくで奪ってみせなさい、ゼクスっ」

アギトの火炎弾6発とフュンフの衝撃波が衝突した。数では優勢。だったけど、フュンフの衝撃波の方が威力が強かった。衝撃波の直撃を喰らった“レヴァンティン”は勢いを完全に殺がれて、結界としての効果を失っちまった。
ショックを受けてんなよ、アギト。真っ先に迎撃しただけでもカッコ良かったぜ。あとは・・・・「任せなッ!」って、あたしは弛んでいる“レヴァンティン”の合い間から躍り出る。四肢に装着してる鉤爪付きの籠手と具足のカートリッジのロードを終えて(なんつう武器持ってやがんだコイツ)高速で突っ込んで来たファルコと対峙する。

――ヴォルフ・クラオエ――

――ラケーテン・ハンマー――

「「おおおおおおおらぁぁぁあああああああッッ!!」」

数回旋回してからの遠心力いっぱいのあたしの一撃と、突撃力のあるファルコの貫き手の一撃が衝突する。くそっ、ラケーテンフォルムで強く打ち込んでんのに拮抗を崩せねぇっ。でもま、あたし独りじゃねぇからいいんだけどさ。

「紫電――」

“レヴァンティン”をシュベルトフォルムに戻したシグナムが、あたしとファルコの頭上を飛び越えて、ファルコの背後に降り立った。

「一閃!」

†††Sideヴィータ⇒????†††

此度の“闇の書”の主は、これまでの主とは全てにおいて違っていた。我ら守護騎士ヴォルケンリッターは、“闇の書”を完成させるためだけの道具であった。しかし主は我らのことを道具ではなく、戦友であり家族であると仰ってくれた。
それだけでなく“闇の書”を使い、力の支配者になる事を良しともしなかった。守りたいものを守り、救いたいものを救うために力を揮う。それが主の信念。ならば・・・

(その主の想いを、ここで終わらせるわけにはいくまい)

毒などと言う姑息な手を使い、主と味方を討たんとする奴らフォーアライター・オルデン。“闇の書”の主オーディンの下に集いたる我ら守護騎士ヴォルケンリッターが一。

「我、盾の守護獣ザフィーラ。我が牙と爪、魔導を恐れぬのなら掛かって来るがいい」

――鋼の軛――

周囲に残存している敵性騎士数人を拘束条で貫き、魔力の核を抽出する。その際、核を無理やり抽出された者には激痛が起きる。実際にいま我が行っているその行為により、敵性騎士らが悲鳴を上げ、激痛に耐えられずに気を失っている者が出る。

「主と、その主が守ろうとしているものに害を及ぼそうとする貴様らに容赦はしない」

主が願いの為ならば、我は如何なる者にでもなろう。

『ザフィーラ。そちらの状況は?』

『シャマルか。順調に核の回収を進めている。主の容体は?』

『ダメ。悪化は抑えているけど良くもならないわ。やっぱり解毒剤が無いと・・・』

『シグナム達は戻っていないのか・・・?』

シャマルからは肯定の『ええ』と一言のみが返ってきた。森の方で大きな音がしていたが。フォーアライター・オルデンの将らが居ないところを見れば、おそらくシグナムとヴィータ、そしてアギトは将らと剣を交えているのだろうな。負けはしないだろうが苦戦は必至だろう。この者たちはかなりの手練だ。

『ある程度こちらが安定すれば我も加勢に行く。その間、主の事は任せたぞシャマル』

『判ってる。絶対に死なせない。オーディンさんにはまだやるべきことがあるんだから』

思念通話を切り、改めて残存戦力を見る。シグナム達が森へ向かう前に粗方沈めたため然程多くはない。ならば早々と片を付け、シグナム達の加勢に向かうとしよう。人間形態へと変身し、「おおおおおおおおおおおッ!!」迫り来る敵性騎士らへと突撃を仕掛けた。

†††Sideザフィーラ⇒シグナム†††

我が烈火の剣閃・紫電一閃。永きに亘って幾人もの敵を斬り伏せてきた、必倒の一撃だ。フォーアライター・オルデンの騎士団長ファルコ。奴はヴィータとの衝突で身動きがとれん。フュンフはアギトと睨みあい動けない、動こうとしない。他の騎士も居るが、援護に回れるだけの距離でもない。
決まればこれで決着だ。しかし油断なく、常に先を見据えなければ。勝利を確信したその一瞬こそが、最大の隙となる。そう気を張っていたからこそ、この刹那の時で私は気付ける事が出来た。気配。すぐ近くに何かが――いや、誰かが居る。考える暇もなく私は“レヴァンティン”の軌道を変更し、気配を察知した場所へ振るう。

「うごぉっ!?」

呻き声。ソレは居た。何も無い宙から突如として姿を現し、血飛沫を巻き上げながら吹き飛んで行った。ファルコが「勘が良いな、あんた」と、ヴィータとの拮抗のまま鉤爪の付いた具足での蹴りを放ってきた。“レヴァンティン”を盾にして防ぐ。器用なマネをする男だ。身体能力が高い。

「ステルスかよ・・・性質悪ぃな、騎士のクセに・・・!」

「言っただろお嬢さん。俺たちは騎士の誇りをもう捨てたんだよ。イリュリアをベルカ統一戦争の勝者にするべく、どんな汚い手を使うと決めた」

(っく、なんて脚力だ。片足であるのに押しきれない・・・!)

片手でヴィータのラケーテンフォルムの“グラーフアイゼン”と拮抗し、片足で私の“レヴァンティン”を完全に押さえてきている。体を支えている片足の鉤爪を地面に食い込ませ体をしっかりと固定している。足腰――身体能力の強さが異常だ。カートリッジによる魔力増強だけでは話が付かない。ファルコ・アイブリンガー。一個騎士団を率いているだけの事はある。

「「「「「「うぉぉおおおおおおおおッ!」」」」」」

ここで他の騎士たちが一斉に攻勢に出てきた。時間切れだ。ヴィータともどもファルコから一度距離を取り、襲いかかってきた連中の迎撃に出る。そこに「うわあっ!」アギトの悲鳴。私の胸元に飛び込んできた――もとい弾き飛ばされてきたアギトを抱き止め、鉤爪による薙ぎ払いをしてきたファルコからさらに距離を取り、向かって来ていた2人をすれ違いざまに一閃、討ち斃す。

――グラナーテン・ヴィント――

衝撃波が圧縮された魔力弾が足元に着弾した。威力を発揮する前に上に飛び退く。そこに「これ以上部下を殺させねぇぜッ!」とファルコが私を追撃してきた。ヴィータは・・・地上で他の連中の相手をしている。ならば、ここは私独りで切り抜けなければな。片手でアギトをしっかり抱きしめ、半回転してファルコへと“レヴァンティン”を打ち込もうとした。

――ヴィント・ホーゼ・フェッセルン――

が、途中で妨害された。“レヴァンティン”の刀身に絡みつく竜巻状の拘束輪。迫るファルコの鉤爪。魔力障壁パンツァーシルトを発動しようかと思ったがその前に、

――ブレネン・クリューガー――

アギトが複数の火炎弾をファルコに向け放ち、ファルコを迎撃した。私とファルコの間で爆発が起き、そして“レヴァンティン”が解放された事が判った。爆風によって空気圧の操作に乱れが生じたのだろう。視界の端に映り込んだフュンフの表情には僅かな焦り。これは好機だ。アギトに「感謝する」と礼を言い、

――シュトゥルムヴィンデ――

“レヴァンティン”を振るって衝撃波を生み出し、フュンフを墜としに掛かる。結果を見ていたいが、爆煙の中から飛び出してきたファルコに意識を割かねばならない。アギトが『もう大丈夫。フュンフはあたしに任せて』と私の腕から飛び立った。
アギトを信じ、カートリッジを一発ロードし刀身に火炎を纏わせる。先程は見逃したが、今度は確実に叩き込む。ファルコもまた両手の籠手のカートリッジをそれぞれ一発ずつロードし、指先から突き出る計10本の鉤爪に魔力を纏わせた。

「紫電――」

「クラオエ・デス――」

先手は貰った。両手で柄を握り締め、全力での一閃を振るう。ファルコは右手を貫き手にし、真っ向から“レヴァンティン”の火炎纏う刃を迎撃。

「一閃ッ!」

「イェーガァァーーーーッ!」

衝突した――とほぼ同時、ファルコは右手を大きく横へ払う。そうするとどうなるか。“レヴァンティン”の軌道がファルコの右手の横移動に釣られ、そのまま外側へと逸らされることになる。衝撃の全てが右手に伝わる前に受け流された。火炎の方に関してはさすがに無力化出来なかったようだが。右手の籠手の鉤爪が5本とも破壊されている。1秒と満たないこの刹那。

「フッ・・・!」

ファルコが笑みを浮かべるのが見て取れた。左の貫き手が迫る。元より右手は囮にし、本命は左貫き手による私の刺殺――が目的だったか。だが甘い。咄嗟に鞘を起動させ、その上で魔力を覆い防御力を上げるパンツァーガイストを鞘に付加。
貫き手が鞘に突き刺さる。防御を突破されない自信はあるが、受けに回り続けるのは性に合わん。故に、先程のファルコと同じように鞘を払い、左貫き手の衝撃と軌道を外側に受け流す。

「おおおおおおおおおおッ!!」

大きく懐の開いたファルコへ向け“レヴァンティン”を一閃。場所は中空。飛行が使えなければ、ファルコに出来るのは防御一択のみだ。直撃まで1秒とないこの瞬間に、奴は動いた。奴は側面にベルカ魔法陣を瞬時に展開して足場とし、魔法陣を蹴って私の一閃を回避した。
“レヴァンティン”は空を切り、奴の展開した魔法陣を砕くだけだった。今の攻防で判った。ファルコは飛行魔法が使えない。しかしあまり意味のない情報だ。結界が未だに展開されている事で高度制限が設けられているからな。

「ボサッとしてると終わらせちまうぞッ!」

「その程度の蹴りで私を討とうなど思わぬ事だッ!」

ファルコの放ってきた蹴りを鞘でいなし、間髪入れずに“レヴァンティン”を一閃。その一閃を、鉤爪を失った右の籠手で受け防ぎ、左の貫き手をまた繰り出してきた。

(カートリッジを装填しなければ・・・!)

“レヴァンティン”に装填してあったカートリッジを使い果たした。一度距離を取って装填し直さなければ。貫き手を蹴りで弾き、一度距離を取るためにファルコの顔面を足蹴にする。地面に降り立ちすぐさま再装填。同じように着地したファルコが「足クセ悪いな、剣士の姉さん」と鼻血を垂れ流しながら呻く。

「にしても、あ~あ、派手にやってくれたなお嬢さん」

「はぁはぁはぁはぁ・・・・どんなもんだよ。鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼン。あたしらの行く手を拒める奴なんていねぇんだよ」

そう言っているもののヴィータはボロボロだった。私とファルコが一対一だったのに対し、ヴィータは数人との一対多数戦だ。それでもなお勝利を収めたヴィータにはもう称賛を送るしかないだろう。

「その名乗り・・・・おいおい、冗談だろ。お前らまさか・・・守護騎士ヴォルケンリッター・・・!?」

ファルコが目を見開きつつ訊ねてきた。イリュリアの騎士であるのなら、我ら守護騎士がかつてイリュリアに仕えていたことを知っていてもおかしくはないだろう。ゆえに私は「そうだ。守護騎士ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナムだ」と肯定を示す名乗りを上げる。

「・・・くく・・はは・・あははは・・・はははははははっ。道理で強いわけだ。毒が効かないのも頷ける。闇の書を守るプログラム守護騎士ヴォルケンリッターだもんなっ。騎士オーディンが今回の闇の書の主というわけだ・・・・ハッ、クソが。フュンフ、融合だっ!」

†††Sideシグナム⇒アギト†††

シグナム達の邪魔にならないように森の中に移動して、あたしの姉フュンフと闘う。

「とっとと壊れてしまいなさい裏切り者(ゼクス)っ!」

――ヴィント・バイセン――

フュンフと一対一で闘うなんて、いつ以来だろう。あたしたち融合騎を開発した連中は、七騎の融合騎プロトタイプを時々戦わせた。お互いの戦い方を知ればなんとか・・・って言って。あたしだって頑張ったけど、あたしが七騎の中で一番弱かった。
開発順で言えば末妹のズィーベンにすら負けた。あの時、確かにあたしはクルムだったかもしれない。だけど今は・・・理由も見出せなくて空っぽのまま戦ってたゼクスじゃなくて、ちゃんと戦う理由が出来たアギトとして、ここに居る。

「あたしはアギトだっ。もうゼクスじゃないっ!」

――フランメ・ドルヒ――

衝撃波を避けて、待機させてた炎の短剣をフュンフに向けて一斉発射。ヌンマー・ヌル・ヌル・ヌル・フュンフ。融合騎プロトタイプの7番目、大気操作の実験機だ。だから移動が速い。あたしの攻撃を風のように避けて、一瞬で間合いを詰めてきた。

「名前がなんであろうと、あなたが私の妹で、一番の役立たずで、そしてもう存在している価値もない裏切り者である事に変わりないわ」

イリュリア(そっち)に無くてもアムル(こっち)にはあるっ!」

――ブレネン・クリューガー――

至近距離で火炎弾を放つ。突っ込んで来るなら迎え討てばいい。さっきシグナムがやったことと同じだ。だけどそれでもダメだった。目の前から消えたと思ったら、フュンフはあたしの背後に回り込んでた。

「どちらでも構わない、わッ!」

「ぐっ・・・!」

思いっきり頬を殴られた。口の中が血の味でいっぱいになる。以前までならここで戦意喪失だった。でも今は違うんだ。フュンフの腕を掴んで逃げられないようにして、

――煉拳――

「おごぉっ?」

炎を纏わせた拳打をお腹に打ち込んでやった。フュンフがゴホゴホ咽る。そのまま手を離さないで連続で打ち込もうかと思ったけど、フュンフがキッと睨んできて「こんの・・・調子に乗るなッ!」って風を拳に纏わせた風拳を打ってきた。同じ軌道でこっちも煉拳を打つ。炎と風の拳打がぶつかる。

(ダメだ! 炎が風に散らされてく・・・!)

あたしの拳に纏わせた炎が少しずつ削られてくのが判る。フュンフが「あらあら。やっぱりクルムね、ゼクス♪」って顔を近付けてきて笑って、頭突き。痛みで掴んでた手を離してしまって、しかも煉拳の力を弱めてしまった。
当然押し負けたあたしは風拳の直撃をお腹に食らって、遠く吹き飛ばされた。一瞬意識が飛びそうになったけど耐える。マイスターの事を思えば、痛くても泣きそうでも、何度だって立ち上がれる。

「あたしは、ごほっごほっ、負けられない・・・げほっ・・・」

「・・・・大人しく壊されればいいものを。そうすれば姉としての慈悲で苦しまずに――え?・・・ファルコったらなにを苦戦しているのだか・・・」

「ちょっ、どこへ・・・!?」

「仮のロードが苦戦しているみたいなの。融合するよう言ってきたわ」

フュンフはそれだけ言って、あたしに背を向けて飛んで行った。まずい。シグナムとヴィータがどれだけ強くても、誰かと融合したフュンフはすごく強いから負ける。

「だったら、あたしも融合騎としての務めを・・・・果たさなきゃ、だよね」

融合騎としてのあたし。ロードはマイスターだけって誓いがどうとうか言ってられない。すぐさまフュンフを追いかけて、シグナムかヴィータのどっちかと融合するために、あたしは空を翔ける。木々の合間を抜けて、シグナム達の姿を視認した。続けてファルコも視界に入る。
すでにフュンフと融合をしているみたいだ。髪の色がフュンフの翡翠色に変わってて、目は金色、瞳孔が獣のような縦になってる。何より違うのは二足歩行じゃなくて、獣のような姿勢を取ってるってこと。両手を地面について、上半身を折ってるけど顔は真っ直ぐシグナムに向けるように上げてある。

『シグナムっ。あたしと融合してっ!』

『無事だったかアギト。・・・しかし、オーディンの断りなく、勝手にお前と融合するのは――』

『いいからっ! そのままで勝てると思ってたら殺されちゃうって!』

ファルコ・アイブリンガー。顔は知らなくても名前だけは聴かされてた。派手な魔導は使わず、単純な身体・武器強化だけで高位騎士になったっていう。そこにフュンフの能力が追加されたりしたら、融合騎なしで勝つどころか戦いにすらならないかもしれない。

『マイスターの家族の先輩として言う。今すぐあたしと融合して、シグナム!』

『・・・・判った。来い、アギト・・・!』

シグナムの元に全力飛行。その途中、フュンフと融合したファルコが突っ込んで来た。まさに一瞬だった。姿が消えたと思ったら、あたしとシグナムの間に現れた。ファルコが左手を伸ばしてきた。あたしに迫る鋭い五本の鉤爪。捕まったら引き裂かれて終わる。避けようにももう軌道変更が出来ない速さで突っ込んだ。どうにか切り抜けようとした時、

――シュワルベフリーゲン――

どこからともなく飛んで来た赤い魔力を纏った鉄球四発が、ファルコの左腕の籠手に二発、体に一発、頭に一発直撃して、ファルコを弾き飛ばした。好機だ。すぐにシグナムと合流して、

「「融合!」」

融合を果たした。

†††Sideアギト⇒ヴィータ†††

シグナムとアギトが融合した。シグナムの背中から生まれた炎の二対の羽が、そこらに舞う葉を燃やす。髪と目の色も変わって、騎士甲冑も少し変ってる。あれが、融合騎(アギト)と融合した姿、か。シグナムが自分の姿を確認して、フッと小さく笑った。ああ、判るぜ、すげぇよ今のお前。

「ああクソが・・・・。ここに来てそっちも融合か・・・」

ファルコがまた獣のような姿勢を取って、シグナムを睨みつけながら両脚の具足と左腕の籠手のカートリッジを一発ずつロード。シグナムはひたすら真っ直ぐにファルコを見詰めて、“レヴァンティン”のカートリッジを二発ロード。
手出ししてぇけど、

「イリュリアが地駆けし疾狼騎士団(フォーアライター・オルデン)、団長・ファルコ・アイブリンガー」

『風の融合騎・ヌンマー・ヌル・ヌル・ヌル・フュンフ』

「主オーディンの下に集いし雲――守護騎士ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナムと、我が魂・炎の魔剣レヴァンティン」

『マイスター・オーディンの炎の融合騎、アギト!」

騎士としての名乗りを上げた以上、こいつはもうシグナムとファルコの二人だけの決闘だ。ファルコは騎士の誇りを捨てたみてぇだけど、アイツを支援する仲間はあたしがブッ潰した上、“闇の書”の頁を埋める糧にしたから、汚ねぇ真似は出来ないはずだ。

「今の内に言っとくぜ。俺は解毒剤を持ってない」

「なにっ・・・!?」『はあっ!?』

「は?・・・ふざっけんなよテメェっ!」

あたしらは解毒剤のためにこうして戦ったっつうのに、その問題の解毒剤が無いだぁ? マジでふざけんなよ。だったらオーディンはどうなるんだ? まさかこのまま・・・

――シュトルム・シャルフリヒター――

怒りや焦りに思考が乱れたその隙をついたファルコが竜巻の蛇になって、シグナムに突っ込んだ。シグナムは咄嗟に横っ跳びで回避したから直撃だけは免れた。地面を抉りながらまた戻ってきたファルコ。今のでもう頭にキた。決闘云々とか言ってられっか。
カートリッジを一発ロード。二人掛かりでブッ潰してやる。だけどシグナムが『私とアギトだけで十分だ』って言ってあたしを制して、“レヴァンティン”の刀身に今まで以上の炎を纏わせた。つうか「熱っつ!」シグナムから離れる。あたしまで燃やす気かよ、あたしらの将は。

「解毒剤を持っていないのであれば、最早生かしておいても意味はない」

あ~あ、シグナムの奴、虚仮にされて完全に怒ってる。そのおかげであたしはちょっと冷静になれた。今のファルコの言葉を真に受けていいのかどうか。もし本当だったら、後々メンドーになるかもしれねぇし、このままやっちまう方が良い。だけどもし。今のがあたしらの隙を創り出すための嘘で、本当に持ってるとしたら? 解毒剤ごとやっちまうかもしれねぇ。そうなったらオーディンや他の味方の騎士も救えない。

「おいっ、シグナム! ソイツを殺すのちょっと待――」

触れたモノを全部削るような竜巻の蛇になってるファルコを、真っ向から迎撃するつもりのシグナム。

「はぁぁぁああああああああッ!」

――紫電一閃――

止める間もなくシグナムは“レヴァンティン”を振るった。圧倒的な炎は竜巻の蛇の前でも消える事なく、竜巻の蛇に真っ二つにした。シグナムの後方に吹っ飛んでくファルコ。地面を何度も跳ねて転がって、一本の樹にぶつかって止まった。呻き声を漏らしながらも立ち上がろうとしてる。生きてやがる。んだよ、シグナムの奴。

「解毒剤に関してのあの発言。真偽を確かめていないからな。無暗に殺しはしない」

「そうかい。そいつはよかった」

あたしはすぐに解毒剤の事を問い質すためにファルコに駆け寄ろうとしたけど、その前にファルコを覆い隠すすげぇ竜巻が生まれた。あまりの風圧に吹き飛ばされそうになる。つうか目を開けてられねぇ。
そこに『今回は私たちの負けでいいわ』って思念通話。あのフュンフって奴からだ。竜巻が結界スレスレまで上がってく。逃げやがるつもりだ。なんとか追撃しようとすっけど、少しでも気を抜けば吹っ飛ばされそうだからどうしようもねぇ。

『フュンフ! あたし達が勝ったんだから解毒剤を渡せ!!』

アギトの思念通話があたしにも流れてきた。でも返事はない。竜巻が結界に当たりそうになった時、結界が消滅した。壊したんじゃなくて解除されたんだ。結界を張ってる奴らがどこかに居やがる。辺りにはもちろんそんな奴はいない。結界の外、つまりずっと遠くに居るのか。そんじゃあソイツはいい。今はファルコとフュンフの追撃だ。シグナムと一緒に空へ上がろうとした時、

『シグナムっ、ヴィータちゃんっ、アギトちゃんっ。オーディンさんが!』

シャマルから思念通話が来た。



 

 

Myth5-Cアムルの守護騎士団~Glauben OrdeN~

†††Sideシャマル†††

オーディンさんの体に巣食っている毒の進行を抑えるために治癒魔法・静かなる癒しをかけ続けて十数分。

「意識を取り戻したんですねっ、オーディンさんっ」

膝枕していたオーディンさん。彼の目が私を目をしっかりと捉えてた。意識を失う直前とは違って焦点がちゃんと合ってる。順調に毒の効果が薄れていってる証拠。私の魔導を使い続けてるから、少しずつだけど、でも良くなっていってるのね。だと言うのに、「動けない今、悪魔を討つ好機だッ!」とザフィーラが討ち漏らした敵が4人襲いかかってきた。

――風の足枷――

私とオーディンさんの周囲に、小型の竜巻を7つ発生させる。いきなり目の前に現れた私の魔導に、連中は突撃の勢いを消す事が出来ずに突っ込んで、粉砕された鎧を撒き散らしながら吹き飛んで行った。ザフィーラから『すまん。大丈夫だったか?』という思念通話が送られて来た。返事は決まってる。『ええ、何も問題ないわ』だ。確かに私は前線で戦うような騎士じゃないけど、それでも・・・・

「あなた達なんかに負けないわ」

私たちの周辺に倒れ伏す騎士たちに言い放つ。するとオーディンさんが『君たちは本当に心強いな』と思念通話を送って来た後、自力で体を起こした。慌てて止めようとするけれど、「ここまで回復できればあとはどうとでもなる」って言って、

――傷つきし者に(コード)汝の慈悲を(ラファエル)――

魔導を発動させた。見惚れる程に綺麗な蒼い淡光がオーディンさんを包み込む。見る見るうちにオーディンさんの顔色が良くなっていくのが判る。あまりの回復力に開いた口が塞がらない。

「ありがとう、シャマルのおかげだ。シャマルがずっと魔導を掛けてくれたからこそ、こうして自身の魔道を扱えるまで回復できた」

オーディンさんは言う。私が静かなる癒しで毒の進行を妨げている間、オーディンさんは毒の成分を調べて抗体を少しずつ魔力で生み出して、毒の効果を打ち消し合っていたって。そして拮抗が崩れたついさっき、意識を覚醒させて自身の魔導で一気に毒を殲滅した。
アムルの街の医者をしていると聞いたけれど、まさかこれほどの腕を持つ方だとは思いもしなかった。呆けていると、シグナム達が解毒剤を求めて敵騎士団の団長ファルコと戦っている森の中から、天を衝くほどの大きな火柱が上がった。
シグナムの炎である事が判る。でもシグナムにあんな強大な炎を発生させる魔力も魔導も無いはずなんだけど・・・。一体何が起こっているのかしら、あの森の中で。そんな疑問を抱いた時、「おそらくアギトがシグナムと融合したんだろう」ってオーディンさんが言った。

「シグナムとアギトちゃんが・・・! あっ、シグナムったら勝手にオーディンさんのアギトちゃんと融合なんかして――」

「いいよ。それだけ厳しい相手なんだろう、連中の将は。それに、私よりかシグナムと融合した方が相性的に見ても良いだろう」

「ですけど・・・」

「今はそれよりみんなの治療だ。私はシャマルのおかげで何とか助かっているが、他のみんなは一刻を争う」

オーディンさんはそう言って、味方の騎士団員(私をオーディンさんの母親だと言いそうになっていた・・・団長さん)の元へと駆けた。私も追いかけ、オーディンさんが団長の頭部を守っている兜を外した。オーディンさんも私も、その人の顔を見て息を呑む。生きているのかどうかも判らない程に血色が悪い。

「まだ間に合う。今度はもう誰も死なせないっ!」

様子が激変したオーディンさんは、背中からあの綺麗な蒼い光の剣の翼を展開させた。オーディンさんの足元に見た事のない魔法陣が展開される。十字架の四方から剣が伸び、それらを不思議な文字が記された三重円で囲われたもの。

「治癒効果を変更・・・クリア・・・。効果範囲選定・・・クリア。術式対象選定・・・クリア。オールクリア確認」

――女神の祝福(コード・エイル)・ver. Geburah――

オーディンさんの12枚の剣の翼が無数の羽根となって周囲に舞い散った。倒れ伏している味方の騎士ひとりにつき1枚の蒼い光の羽根が降りて体内に入り込むと、ポッと体を包み込むような優しい蒼の淡光が生まれる。
目の前に居る団長も例外じゃなく、蒼い淡光に包まれた団長の顔色がすぐに良くなって、負っていた傷などが治っていく。これほどの効果を持ってる魔導、それを一度に複数人に、そして広範囲に亘って・・・やっぱり凄い。

「すごいですっ、オーディ――オーディンさんっ!?」

「あ゛・・ぐぅ・・・っつ・・・!」

オーディンさんが急に苦しみだした。頭と胸を掻き毟るように悶える。フラついて倒れそうになるオーディンさんを支えて、「オーディンさんっ!」って何度も呼びかける。オーディンさんの顔色は毒に侵されていた時より悪くて、涙を流して、体も大きく震えていて。
胸がキュッと痛んだ。オーディンさんが小さく見える。何かを必死に堪えようと頑張って、でもそれが叶わくて悲しみに震える、その姿。居ても立ってもいられずにオーディンさんを抱きしめる。

「っづ・・・私は・・・強くないと駄目なんだ・・・強くあり続けないと・・・。忘れていく・・・また・・・ごめん・・・クロード、レナ、アシュトン、セリーヌ・・・」

オーディンさんは知り合いの名前らしいものを言った後、意識が完全に飛んだ。

「む、どうしたシャマルっ!?」

「ザフィーラっ。オーディンさんの様子が・・・!」

少しダメージを負っているものの戻ってきてくれたザフィーラは、私の腕の中で目を半開きのまま気を失っているオーディンさんを見て、「毒の効果か!?」と焦りを見せた。

「ううん、毒はオーディンさん自身の魔導で治ったみたいなんだけど、味方の治療の為に魔導を発動させた瞬間にこんな風に・・・!」

「自身の魔導による負荷かもしれん。シャマル。お前の治癒で何とかならんか?」

「そ、そうね。やってみるわ・・・!」

――静かなる癒し――

「っぐあ・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

治癒魔法をオーディンさんに掛けた瞬間、オーディンさんが絶叫した。完全に苦痛の叫び声。すぐに発動をやめる。

「どうして!? さっきはちゃんと効果があって、オーディンさんの助けになっていたのにっ!」

効果がある時とこうして拒絶反応が起きる場合の境界線が判らない。それに魔導を止めたのにオーディンさんの苦しみが治まらない。

「ザフィーラっ、どうすれば・・・!?」

「・・・・むぅ、我にも判らぬ・・・」

「っ・・・シグナムっ、ヴィータちゃんっ、アギトちゃんっ。オーディンさんが!」

今は誰かに助けを乞いたくて、シグナム達に思念通話を送る。真っ先に返ってきたのは『マイスターがどうしたのっ!?』アギトちゃんの切羽詰まった声。アギトちゃんに経緯を話す。オーディンさんが自分で毒を治した事。味方の毒や怪我を治すために魔導を使った事。すると苦しみ始めた事。ここでアギトちゃんから信じられない情報を聴いた。

「・・・記憶が・・・失くなる・・・!?」

『マイスターは魔力がすごく減ると記憶を失うっていう障害を抱えているんだっ。最初の苦しみはきっと記憶を失くしたってことだよっ』

確かにあれだけの広範囲、味方全員を治癒する魔導。普通の魔力じゃ発動すら出来ない。オーディンさんの最大保有魔力量がどれだけか判らないけれど、さっきので一気に枯渇してもおかしくない。

「じ、じゃあ私の魔導で苦しみ始めた理由はなんなのアギトちゃんっ」

それが知りたい。守るべき主を苦しめてしまった私。すぐにでも原因を知って、今も呻き声を漏らしているオーディンさんを楽にしてあげたい。半年という間、オーディンさんと一緒に居たアギトちゃんなら何か知ってると思っていた。けれど、『判んないっ。すぐに痛みも治まるって言ってたし、治癒魔法で苦しむなんて初めてだからっ』と、求めていた答えが返って来なかった。

『とにかく合流しよう。こちらは不手際を犯し、奴らの将を逃してしまった。シャマル、ザフィーラ。味方の騎士たちにはもう解毒剤は必要ないのかどうか、確認してくれ』

私の代わりにザフィーラが狼形態になって地を駆け、近くに居る騎士数人の安否を確認しに行く。そして『全員の安否は確認できんが、我が見たところ毒の効果を残している者は居ない』ってザフィーラが報告をしてくれた。それを証明するかのように、次々と味方の騎士たちが身を捩って体を起こしていく。

『判った。すぐに合流し、アムルへ帰還しよう。ここで休ませるよりかは幾分かマシなはずだ』

思念通話が切れて、私とザフィーラはシグナム達が来るのを待つ。そこに、私たちの一番近くに居た団長が体を起こして、「また騎士オーディンに助けられたのですか?」って自分の体を見回す。

「――って、騎士オーディン!? 一体どうしたんですかっ!?」

「オーディンさんは、みなさんを助けるために・・・苦しんでます」

なにを言ってるの私。違う。そうじゃないの。私たちがもっと早く解毒剤を手に入れてさえいれば、こんな事態にならなかった。すぐに「ごめんなさい。八つ当たりです」と謝る。でも団長は「仰る通りです。不甲斐ない我らをお許しください」と頭を下げた。

「あとの事は我らに任せ、あなた方が騎士オーディンをアムルへと連れ帰ってください。各騎! 英雄殿に救われたこの命、決して無駄にすることなくこの地を守れッ!」

団長が叫ぶと、周囲に居る他の騎士たちが「了解(ヤヴォール)!」と応じて、それぞれ持っていた武器を掲げた。ふと辺りを見回せば、倒れ伏したままの騎士が十何人か居るのが判る。すぐに理解する。もう亡くなっている方なんだと。

「「オーディン!」」「マイスターっ!」

シグナム達が来た。多く話す事なく、私たちはアムルへと帰還するため、持てる力の限り高速で空を翔けた。

†††Sideシャマル⇒エリーゼ†††

「オーディンさん・・・・」

寝台に眠るオーディンさんの名を呟く。戦場から帰って来たオーディンさんにアギト、そしてシグナムさん達。いつものようにオーディンさんが、ただいま、って笑顔で言ってくれるのを待っていたけど、オーディンさんは意識不明のままでザフィーラさんに担がれて帰って来た。あれから6時間。意識を失っていた時でも苦しそうにしていたけど、今は落ち着いていてぐっすり眠っている。

「アギト。わたしは席を外すから、オーディンさんが目を覚ましたら呼んで」

「うん」

本当はずっと側に居たいけど、アムルの街の長としての仕事がまだあるからそろそろ戻らないと。あとの事はアギトに任せて、わたしは音を立てないように注意を払って部屋を後にする。廊下には、わたしの補佐をしてくれるアンナと、親友でありオーディンさんの弟子であるモニカとルファ。そして騎士甲冑と思しき衣服を身に纏ったままのシグナムさん達が沈んだ様子で佇んでいた。

「皆さんもお疲れですよね。部屋は用意してありますから、もう休んでは・・・?」

これも何度目かの提案。だけど返事は決まってシグナムさんの「いいえ。オーディンが目を覚ますまで休めません」だ。戦場へ行く前と帰って来た時とで呼び方が変わってるのには気付いているけど、深くは聞かないし、聞くつもりもない。オーディンさんの事だから、敬語は使わなくていい、だとか、名前の前に主は要らない、ってお願いしたんだろう。

「オーディンさんはもう大丈夫ですよ、きっと。ですから休んでください。ここで皆さんまで体を悪くしたら、もしもの時にオーディンさんが困っちゃいます」

「・・・シグナム、ヴィータちゃん、ザフィーラ。ここはエリーゼ卿の仰る通りにしましょ。今は出来る事が無いし、私たちの為すべき事が出来た時に備えて休むのが一番だわ」

シャマルさんがようやく首を縦に振って、シグナムさんとヴィータちゃんとザフィーラさんにそう言ってくれた。シグナムさんもついに折れてくれて、「判った。エリーゼ卿。我々はこれで失礼します」と一礼。
わたしは「アンナ。皆さんを部屋に案内してあげて」と指示を出し、アンナは首肯してシグナムさん達を連れて行く。案内って言ってもこの階の端の四部屋だ。男のオーディンさんとは別の階にしようかと思ったけど、間違いが起こらないと信じて(本当はかなり苦悩したけど)同じ階にした。

「モニカ、ルファ。2人は一応隣室で待機しててくれる?」

「うん、判った」「了解ですっ」

二人が部屋に入っていくのを見届けて、わたしは執務室へ向かう。今はただ待つだけだ。シャマルさんとアギトから聴いたから。治癒魔法を使ったら今まで見たこともないくらいに苦しみ始めた、って。シャマルさんが使ったのは、魔力も一緒に回復させる魔導らしくて、もしそれが原因だったらわたしの能力クス・デア・ヒルフェも危ないかもしれない。
普段は問題ないのに、何かが原因で苦痛を与える魔力回復。その原因がハッキリするまではオーディンさんの魔力を回復できない。わたしは、無力だ。助けてもらってばかりで、あんまり恩返しが出来てない。最後にもう一度オーディンさんの部屋の扉に目を向けてから、わたしはその場を後にした。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

そこは豪華絢爛な六角形の大きな空間。薄い青色の光を淡く放っている石材で作られた床にはレッドカーペットが六茫星状に敷かれている。ホールの6つの角には支柱が立ち並び、また六つの壁の半ば辺りには翼のような荘厳な装飾。翼の装飾の上には窓代わりに縦長のステンドグラス。壁一面につき8枚のステンドグラスが宛がわれている
計48枚のステンドグラス全部に人物が描かれている。48人全員が銀の髪にラピスラズリとルビーレッドの虹彩異色。魔道世界アースガルドを統べる四王族の特徴である銀髪、そして四王族の一角であるセインテスト王家の特徴である虹彩異色。天井一面にもステンドグラス。十字架と、その四方より伸びる四本の剣という、アースガルドの紋章だ。それらのステンドグラスを通して入り込む陽光は、綺麗な数色の光でこの空間を幻想的に照らしていた。

「――また消えたよ、ルシル」

その空間の中に、大人のような凛として、しかしその中に子供のような幼さの残る女性の声が響く。この空間の中央。巨大な肘掛椅子に腰かけている女性から発せられたものだ。
アースガルド王族特有の銀髪は膝裏まであるロングストレート。セインテスト王家特有のルビーレッドとラピスラズリの虹彩異色。足首まであるロングファーコートを着ていて、生地や毛皮の配色からしてまるでサンタクロース。コートは下腹部から前を閉じておらず、黒のタイトスカートと黒のタイツを晒している。茶色い編み上げのロングブーツを履いているスラリと長い足は組まれている。

「一応ここ英雄の居館(ヴァルハラ)を含めた創世結界の管理者をあなたから任されているけど、あなたの異界英雄(エインヘリヤル)の1人には変わりないから、消失は防げないの」

その女性が、自身の前にあるもう1つの肘掛椅子に座る銀髪にルビーレッドとラピスラズリの虹彩異色の青年・ルシリオン(オーディン)に哀しげに告げる。ここはルシリオンの精神世界に展開されている創世結界のひとつ、“英雄の居館ヴァルハラ”。その玉座の間だ
ルシリオンは「ごめんなさい、ゼフィ姉様」と、申し訳なさそうに頭を下げた。ゼフィ姉様。ゼフィランサス・セインテスト・アースガルド。ルシリオンの実姉だ。ルシリオンの使い魔とも言える“異界英雄エインヘリヤル”の1人だが、その自我は確固として独立しているため、姉として精神世界からルシリオンを支えるために存在し続けている。
“異界英雄エインヘリヤル”とは、ルシリオンの固有能力・複製によって複製された武器・魔術・魔法・能力・技術・知識などの持ち主を魔力で構築し、彼の使い魔とされたものだ。

「失ったエインヘリヤルはこれまでに4116体。失った複製武器は2081本。失った複製技術・魔法・能力は計19449個。全体の2%くらいだけれど、半年で2%はちょっと多いかもだから気を付けて」

「・・・・そんなに・・・・失ったのですか、私の思い出・・・。くそっ、誰を、何を忘れたのか思い出せないっ!」

ルシリオンは肘掛を思いっきり拳で殴り付けた。表情は泣く一歩手前。だが泣かないように必死に堪えている。ゼフィランサスは忙しなく立ち上がり、ルシリオンの元へと駆けつけ、その胸に彼を抱き寄せた。

「お姉ちゃんの前でくらい弱くなってもいいんだよ。強がらないでいいの」

「いえ。私は強くあり続けなくてはいけません。これが最後のチャンスですから。ガーデンベルグ達を救い、私が人間に戻れる、最後の・・・。どれだけ辛くとも苦しくとも、私は立ち止まることも振り返ることも後戻りすることも出来ない、したくない」

ルシリオンはそう言ってゼフィランサスの腕を取って離れる。すでに泣き顔ではなく、キリッとした凛然たる表情だった。ゼフィランサスは嘆息し、「姉様~、って甘えてくれていたルシルはもういないのね」と肘掛椅子へと戻っていった。

「ルシル。一応管理者として、ある程度の干渉は出来る。消失していく記憶。それすなわち創世結界に記録された複製物のこと。複製物が保管されている3つの創世結界の管理者として、消失の優先順を決める事が出来る。と思う」

ルシリオンは目を見開く。それは残酷な提案だった。思い出に順番を決めろというのだ。ルシリオンの姉ゼフィランサスは。全ての複製物――ルシリオンの数多き思い出は、彼を形作り支える宝だ。それに順位を付ける事など出来るはずはなかった。が、ルシリオンは「じゃあ」と前置きし、

「私に光をくれた彼女の居た契約・・・・先の次元世界での思い出を最優先にしてほしいです」

先の次元世界。ルシリオンにとって一番大切で、とても重要な契約だった。自分の幸せを全て捨てて、ただ契約を執行するだけの歯車だったルシリオンに、再び幸せになっていいという選択肢を取り戻させたフェイト・テスタロッサとの出逢い、そんな彼女らと共に過ごした時間のある契約。
もちろんそれだけではない。今その契約の記憶を失ってしまうと、シグナムら守護騎士ヴォルケンリッターの事や“夜天の魔導書”に関する情報を失う事になる。ルシリオンは“夜天の魔導書”の今後の為にそれは避けたいと考えていた。

「そうだね。私としてもその記憶は最後まで残っていた方が良いと思う。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。あなたと事を真剣に、そしてどこまでも想ってくれていた彼女は、忘れちゃダメ」

ルシリオンは「はい」と頷いた。とそこに、「私が居たからこそフェイトと結ばれたってことも忘れないでよね」という女性の声が玉座の間に響き渡った。ルシリオンとゼフィランサスがその声の主の方へと顔を向ける。翼の装飾下の凝ったデザインの両開き扉前に、その女性は独り腕を組んで佇んでいた。
脹脛まで流れる艶やかなアクアブルーのロングストレート。前髪は真ん中で大きく開けて分けているため額が大きく出ている。柔らかな瞳はアザレアピンク。
白を基調とした、裾が波打つフレアードレス。インナースーツも白で統一されており、前立てのラインは蒼。上まで閉められたファスナーの飾りには桜の花弁が施されている。アウターは前立てのない白いショートジャケット。両肩・背中部分にFの両側に翼竜という紋様が刺繍されている。両手には白い籠手。脚部は編み上げのロングブーツに、白い装甲が装着されている。

「シャル・・・」「シャルロッテ・・・」

2人はその女性の名を嘆息しながら言った。ルシリオンの所属していたアンスール同盟軍・アンスールに対抗するために強制参戦させられた、ヨツンヘイム連合軍・複数世界ミッドガルド秩序管理組織左翼・天光騎士団の最強の10人たる星騎士シュテルン・リッターが第五騎士、剣神シャルロッテ・フライハイトだ。
彼女もまた“エインヘリヤル”の一体。ゼフィランサスと同様に確固とした独立した自我を持っている。そして、元“界律の守護神テスタメント”の元3rd・テスタメント、剣戟の極致に至りし者の二つ名を持っていた。今はもう“神意の玉座”より解放され、転生し、どこかの世界で人間として過ごしているはずだ。

「貴女、また勝手に・・・」

「申し訳ありません、ゼフィランサス姫。元パートナーのルシルの事が気になりまして」

シャルロッテはゼフィランサスに深々と頭を下げた後、ルシリオンの元へと歩き出す。

「ルシル。あなたとフェイトが結ばれたのは、私のおかげでもあるんだからね♪ だから忘れないでよ。あの次元世界での出来事を。ルシルが生まれ変わって、私も生まれ変わる事が出来た、あの素晴らしい時間を・・・」

「判ってる。忘れたくない。本音を言えば、今残っている全てを最後まで持っていきたい。だけど、それは叶わない願い。エグリゴリと戦えば否応にもなく魔力を全開させる。そうなればまた失うだろう。でも安心してくれ。大きな代償の果てに待っているのはきっと望みの世界・・・」

「エグリゴリを救済し、神意の玉座から解放され、人間に戻ってアースガルドへと帰り、ここヴァルハラに眠るシェフィリス、シエル、カノンの遺体と魂を解放する・・・」

「ああ。だから私は前へと進み続けるだけだ。ゼフィ姉様。記憶の保護の件、お願いします」

ルシリオンは椅子より立ち上がり、そこまで来ていたシャルロッテの肩をポンと叩いて出口へと向かいだす。シャルロッテも「あ、待ってよルシル」と追いかける。ゼフィランサスはそんな2人の背を見守り、「どうしてあの子にこんな残酷な道を用意するの? 神様・・・」と人知れず涙を流して項垂れた。
ルシリオンとシャルロッテが扉を開け、一歩外に出ると、そこはまた別の創世結界の景色。一番上が見えない程の高さを誇る書棚が渦巻き、渦巻く銀河のように並び立っている。
ここは創世結界“英知の書庫アルヴィト”。複製された魔術・魔法・能力・技術・知識などが書物状と化して収められている場所だ。2人はその中央へと足を運び、エメラルドの円卓へと着いた。ロッキングチェアに腰かけ、ルシリオンが円卓に手を翳すと、円卓上に8冊の書物――魔道書が現れた。

「ねえねえ、なにするの?」

「新たな魔術を創り出す。以前は複製術式に頼っていたと思うんだが、失ったらしくて無いんだ。だから固有魔術として一から組み直す」

一度に8冊の魔道書のページを開き、高速で目を通していくルシリオン。ルシリオンの意識下で複雑な術式が組まれていく。そんな彼をジッと眺めるシャルロッテ。話がしたくてウズウズしていると言った風だ。その様子に気づいたルシリオンが「黙って作業するのもつまらないから、何か話そうか」と微苦笑。
シャルロッテは表情を輝かせて何度も頷く。そして、「ルシル、夜天の書の主になったんだよね?」と話を切り出した。ルシリオンは「ああ、そうだけど・・・それが?」と問い返す。

「・・・・夜天の書を解放するの?」

「まさか。管制人格である彼女を目覚めさせ、具現化させるために400ページまで埋めるがそこまでだ。完成させないし、解放も当然しない」

「・・・・そっか。はやてが魔導師としての道を行くには必要だもんね、闇の書事件」

「そういう事だ。彼女やシグナム達には悪いが、はやての元に転生するまでは闇の書として存在してもらう。だが、私が主としている間、出来うる限りの幸せを送ってもらえるよう努力するつもりだ。とは言え、こんな戦乱期である以上、どうしても戦闘に駆り出させ、人を傷つけさせなければならないが」

「そればかりはどうしようもないよね。時代が悪い。でも、うん。それでも何とかあの娘たちの事を守ってあげて」

「言われるまでもないよ、シャル。・・・・さて。女神の救済(コード・イドゥン)の試作術式が出来た。シャル。少し付き合ってもらえるか?」

「模擬戦だね。いいよ、付き合ってあげる。エインヘリヤルの役目でもあるしね」

2人はロッキングチェアより立ち上がり、ルシリオンが指をパチンと鳴らす。一瞬の闇。そしてすぐさま世界がガラリと変わる。
地平線の彼方まで続く天地を覆い隠す黒い雲は中央に向かって吸い込まれるように渦を巻き、天壌には輝くルーン文字が舞い、ところどころに大小さまざまな球体が点在している。唯一の明かりは地平線の果てに輝く曙光のみ。雲が照らされて、微光の絨毯となっていた。純粋な戦闘空間として在る創世結界・“聖天の極壁ヒミンビョルグ”。

――我を運べ(コード)汝の蒼翼(アンピエル)――

――真紅の両翼(ルビーン・フリューゲル)――

ルシリオンの背より12枚の蒼い光で構成された剣の翼が展開され、シャルロッテの背からは一対の真紅に光り輝く翼が展開された。ここ“ヒミンビョルグ”には足を付ける事の出来る大地が無い。そのため2人は空を飛ぶための飛翔魔術を発動。
そしてシャルロッテの右手から彼女の魔力光であるルビーレッドの閃光が発せられた後、そこには一振りの長刀が存在していた。桜色をした刀身はひたすら長く、柄もあわせると、シャルロッテの身長と同じ165cmほどの長さだ。銘を魔造兵装第九位・“断刀キルシュブリューテ”。桜、という意味を持つこの長刀こそシャルロッテの生前からの愛刀だ。

「あ、言い忘れていた。魔力攻撃で頼むぞ。物理攻撃はしないように」

「ん。じゃあ行くよ、ルシル。シャルロッテ・フライハイト。参ります」

「ルシリオン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード。参る」

――雷牙月閃刃(ブリッツ・エアモルドゥング)――

“キルシュブリューテ”の刀身に真紅の雷光が付加される。

――ゲシュウィンディヒカイト・アオフシュティーク――

そしてシャルロッテは両翼を羽ばたかせて一気にルシリオンに接近。ルシリオンは「上手く発動してくれよ」と呟き、先程組み上げたばかりの術式を発動させる。

――女神の救済(コード・イドゥン)――

†††Sideアギト†††

フォーアライター・オルデンとの戦いの翌日。陽も高くまで上がってもうお昼時。マイスターは結局昨日は起きなかった。今もあたしの目の前で眠り続けてる。

「ん? なんだろう・・・・?」

外がガヤガヤ騒がしい。ベッドの上から窓まで飛んで、外を眺めてみる。正門からエントランスまでの中庭に、アムルの人たちが数十人って集まってた。エリーゼさんやアンナさんが中庭で応対してる。聞き耳を立てようとしたところで、「・・・ん・・・アギト・・・?」って、後ろから聴きたかった声が。

「マイスターっ!」

振り向いてみると、マイスターがしっかり目を開けてあたしを見ていた。急いでマイスターのところに戻って、胸の上に降り立つ。マイスターはいつものようにあたしの頭を撫でてくれた。そして「外が少し騒がしいようだけど・・・何かあったのか?」って訊かれたけど、「判んない」って首を横に振った。

「なら話を聴きに行こうか」

「えっ? もう起きても大丈夫なのっ?」

「問題ないよ。身体的なダメージは何一つとして負っていないからな」

マイスターはベッドから降りて、ゆったりとした部屋着のままで部屋を出て行くのをあたしも続く。あたしはマイスターの背中に向けて「マイスター。また記憶が、その・・・・」って訊き辛かったけど訊いてみた。
マイスターは自分の右肩をトントン叩いた。座っていいよ、って合図。「失礼します」って一言断ってから降り立つ。そしてマイスターは「・・・ああ。失ってしまったようだ。思い出せないけど」って寂しそうに答えてくれた。とそこにシグナムとヴィータとシャマルが自分たちの部屋から出てきて、

「「オーディンっ」」「オーディンさんっ」

マイスターの姿を見ると駆け寄って来て、遅れてザフィーラも狼形態で歩いて来た。

「オーディン、もう歩いても平気なのかよっ?」

「オーディン。お体の方はもうよろしいのですか・・・?」

「我が主。もうしばらくお休みになっていた方が」

「ごめんなさい、オーディンさん。私が余計にオーディンさんを苦しめたのかもしれません」

「まずはヴィータとシグナムとザフィーラに。身体はもう何も問題ない。少しばかり核にダメージを負ったくらいだが、すでに回復している。健康そのものだ。で、シャマル。君の所為じゃない。私が招いた慢心が原因でああなった。だから自分を責めるな」

ホッとしてるシグナム達だけど、シャマルだけはまだしゅんとしてる。あたしにはシャマルの気持ちが判るんだ。マイスターに気にするなって言われても、実際に魔導を使った事でマイスターが苦しんだ。自分を責めたっておかしくない。マイスターがシャマルの頭を撫でると、シャマルはポカンとして自分の頭を撫でてるマイスターの手を見る。

「とは言っても、それでシャマルが納得しないって言うなら仕方がない。罰を与える」

ビクって肩を震わしたシャマルが「なんなりと」って廊下に片膝をついた。マイスターから告げられたシャマルへの罰。それは「医者としての私の助手として働くこと」だった。シャマルはまたポカンとして「それだけですか?」って訊き返して、マイスターに「結構大変なんだぞ?」って微笑みを返した。

「私の魔道は特殊なんだ。だからモニカとルファに伝授できるのは精々病気や怪我の種類や薬品の調合、診察・治療方法などで、ベルカ式の治癒魔法は教えられない。で、シャマルは治癒と補助に優れたベルカ騎士なんだろ? モニカとルファに治癒魔法を教えてくれると助かるんだ」

「なるほどです。判りました。オーディンさんのお役に立てるのなら、精一杯がんばりますっ」

マイスターに手を取られて立ち上がらせてもらったシャマルはもう気落ちしてない。

「なあオーディン。シャマルは助手でいいとしても、あたしらは何すりゃいいんだ?」

「確かに。我らはこれと言って特性は無いな」

「二人が得意なことはなんだ・・・?」

「斬る事です」「ぶっ壊すこと」

「う~~~ん・・・・」

マイスターがシグナム達の身の振り方について考えているんだけど、元の目的を思い出させるために「マイスター、外」って前髪をちょっと引っ張ってみる。

「おっと、そうだったな。君たちの仕事の話は追々だ。今は外の騒ぎを確認しないと」

そう歩き出すマイスターに、シグナム達も「お供します」ってついて来た。エントランスへ近づいた時、モニカとルファとバッタリ会った。そしてあたし達は知る。街の人たちがシュテルンベルク邸に集まったその理由を。

「――ということで、オーディンさんの記憶を失う障害という話がモニカから漏れちゃいまして・・・」

「そしたらみんな、オーディンさんに一言言いたい、だとか、謝りたい、だとか、お礼が言いたい、だとかって・・・」

マイスターが魔力の使い過ぎで記憶を失ってしまうっていう障害の事を、モニカがうっかり知り合いに喋ったのが原因。マイスターに厳重に口止めされているんだよね、あたし達は。魔力枯渇による記憶障害の事を。下手にみんなに心配かけたくないって言って。マイスターはみんなの事ばかり考えているのに、時折自分の事を無視したりする。そこのところを治してくれればいいんだけどなぁ・・・はぁ。

「それで騒いでいるのか」

「ごめんなさい、オーディン先生」

「まぁ知られたのならしょうがないさ。話をつけてくるよ」

マイスターはモニカの頭をポンポン優しく叩いて、玄関へ向かう。あたしたち全員もマイスターに続く。そして玄関に到着して、マイスターの姿を見つけた街のみんなが「先生っ」「オーディンさんっ」ってマイスターの名前を呼んでもっと騒がしくなった。エリーゼも「オーディンさん、もう大丈夫なのですかっ?」マイスターのところにまで駆け寄って来た。

「ああ、もう大丈夫。心配を掛けた。あとは私が話をしよう」

マイスターはそう言って、みんなのところまで歩いて行った。

†††Sideアギト⇒オーディン†††

さて、どうしたものか。みんなの話を聞き、少々困った事になってしまったと頭を悩ます。話の大まかな内容は、まず謝罪だった。私の記憶障害の事を知らずにいた事と、その原因である魔力枯渇を促す戦闘に送り出していた事。
それについてはこちらが隠していたから気にしないでほしい、と・・・。で、今度はお叱り。どうして黙っていたのか、と。教える必要がなかったかなぁ、と答えるとすっごい怒られた。まぁここまではいいとして。問題はここからだ。

「オーディンさんっ。俺、騎士になってオーディンさんの手伝いをしますっ!」

ダニロ(半年前、虐殺者侵攻の際に知り合った兄弟の長男だ)が詰め寄って来た。彼ら兄弟の母親を助けた事で、私は随分と慕われるようになった。それはそうと、弟のアヒム(歳はまだ10歳だ)までも「ぼくもたたかうっ」と聞かない。
そして2人にとって姉であり妹である少女ベッティすらも「何か手伝わせてくださいっ」だ。彼らの母親は困惑顔。子供たちですらこう言いだすのだから、大人たちも似たような事を言い出し始める。なんとか説得を試みたんだが、聞きゃしない。ヴィータが「なあオーディン。こうなったら戦力にしちまった方が・・・」と言ってきた。

「ダメだ。そんな危ない真似はさせられない。私と共に戦うという事は、最前線での戦いに巻き込まれるという事だ。常に死と隣り合わせだ。そんなところに連れて行けない」

「しかしよ先生。あんた、魔力を使えば使うほどまずいんだろ?」

「そ、そうだよオーディンさんっ。記憶が失くなるなんて、そんなの悲し過ぎるでしょっ」

「確かに記憶を失っていくのは悲しいし辛いし、恐い。でも、それで人が守れるのなら安い代償だ。過去は失ってしまうけど、思い出はこうしてみんなと在り続ける限り生まれ続ける。だから大丈夫。それに、私には心強い仲間もいる」

アギトを始めシグナムたち守護騎士ヴォルケンリッターに視線を移す。そして後にまた仲間が1人増える。たった7人。でもそれは少数精鋭部隊――かつてのアンスールのような、だ。

「ああ。我らが、オーディンの記憶障害が起きぬようにすればいい」

「そういうこったな。あたしらのこと忘れられても困るし」

「ええ。二度とこんな失敗を犯さないように、しっかりとしないと」

「うむ。主オーディンのためにも我らが強くあらねば」

「マイスター。もう無茶しちゃダメだよ? あたし達が頑張るから」

「ありがとう。だからみんな。私は大丈夫だ。心配してくれてありがとう」

というようなやり取りを経てようやく騒ぎが収り、この場は解散となった。まぁ完全に私たちに任せっきりというのも嫌だということで、シグナムとヴィータとザフィーラが街のみんなに戦い方を教え鍛えるという方向になった。
シグナムは剣の扱い方――というかシグナムの教えって確か、相手に近づいて斬る、だったよな・・・。いやしかし剣の腕は確か。見取り稽古というのもあるし、シグナムの剣を習得出来る者も居るかも。それにヴィータとザフィーラも居るし大丈夫だろう。

「オーディンさん。何か名前を付けてみたらどうですか?」

エリーゼが主語を抜かしてそんな事を言ってくるから「名前?」と訊き返す。ニコニコと笑顔を浮かべて私の隣にまで来たエリーゼは言う。

「はいっ。オーディンさんが眠っている間にシグナムさん達とお話ししたんですけど、オーディンさんとアギト、そしてシグナムさん達っていう風に線引きしちゃってるんです」

「我らは一応、オーディンの戦友である前に仕える者だからな」

「って、一点張りなんです。ですからこの機会に線引きを失くす――みなさんを一致団結させるために騎士団の名を付けてはどうかと」

「おおっ、ソレすごく良いじゃんっ♪ じゃあオーディンとゆかいな仲間たち、でどう?」

「しっかり線引きが残ってるじゃないのモニカ。たとえば・・・アムル騎士団、でどうですか?」

エリーゼの提案に、モニカもルファも盛り上がってしまった。ルファの案にアンナが「直球過ぎて面白みに欠けるわね~」と微苦笑。君は出さないんだな、候補。それから出るわ出るわ可笑しい騎士団名候補。

「まぁ急いで決める必要もないよな」

「グラオベン・オルデン、が良いかも」

私がそう言ったところで、アギトが呟いた。エリーゼが「信念の騎士団、・・・グラオベン・オルデン・・・?」と訊き返す。アギトは「マイスターの信念が、あたし達の原動力だし」と答えた。

「守りたいものを守り、救いたいものを救う。その誓い――信念のために力を揮うオーディン。それに賛同している我ら・・・」

「いいじゃねぇか、アギト。信念の騎士団。あたしらにピッタリじゃねぇか」

「そ、そうかな。えっと、マイスターはそれでどうかな・・・?」

自信なさげなアギトだが、私は嬉しさでいっぱいだった。だから迷いなく言える。

「ああ、それで行こう。私オーディン。アギト。シグナム。ヴィータ。シャマル・ザフィーラ。我らは信念の下に大切なものを守護する騎士団、グラオベン・オルデンだ」

みんなの顔を順繰りに見る。それぞれ頷き応えてくれた。こうしてシュトゥラ・ラキシュ領アムルに、人数は少ないが一個騎士団“グラオベン・オルデン”が生まれた。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

――アウストラシア/ネストリア国境:グラープ・デス・ガイスト岩盤地帯

鉄錆色の岩盤が広がるグラープ・デス・ガイスト岩盤地帯。各国に聖王家と謳われる王族が統治するアウストラシアと、ネストリアと呼ばれる国の国境に、ソレはある。広大な岩盤地帯であるそこは、生物の方向感覚を狂わす特殊な磁場が在り、ゆえに精神の墓場(グラープ・デス・ガイスト)と呼ばれ、生物が何一つとして存在していない。
その生物が決して住まう事のないグラープ・デス・ガイスト岩盤地帯のある一画。鋼色の甲冑を着こんでいる人間が百数十人と硬い岩盤に斃れ伏していた。全員の甲冑には何かによって切断されたような痕があり、そこから血が流れ出て血溜まりを生み出していた。
その死体の山の中、同じ鋼色の甲冑を着た者が数十人。そして・・・・

「これが・・・聖王家の番犬の力、なのか・・・」

1人の男が戦慄した声色で呟く。その男の視線の先に、その者は居た。
肩に掛かるくらいの空色の髪、キリッとした桃色の双眸。顔立ちはオリヴィエほど幼い。身に纏うのはハイネックの白のミニワンピース。前立てや縁には幾何学模様の金の刺繍。ワンピースの上に水色のショートジャケットを重ね着して、両腕に銀の籠手を装着している。腰に纏うのは前開きの水色のオーバースカート。白く美しい足を覆うニーハイソックスにロングブーツと、その上から爪先から膝まで隠す銀の脚甲、という格好。
シュトゥラに留学という体裁で出されているオリヴィエ・ゼーゲブレヒト付きの女騎士、リサだ。

「番犬番犬って、獣みたいに呼んでほしくないですね。まぁオリヴィエ様の犬――と呼ばれるのなら問題ないですが」

恍惚とした表情を見せるリサ。場所が場所なら捕まってもおかしくない。

「くそっ。たった独りの変態相手に潰されてたまるかッ。一斉に掛かれッ!」

「変態とは失礼な。私にはリサ・ド・シャルロッテ・フライハイトという立派な名前と、剣姫(ケンキ)という二つ名があるというのに」

――炎牙月閃刃(フランメ・モーントズィッヒェル)――

リサは側に突き立てていた桜色の刀身を持つ刀を手に取り、刀身に桃色の炎を纏わせた。

「聖王家に仇なす愚者共。死にたい奴から掛かって来い」

数分後、グラープ・デス・ガイスト岩盤地帯にはたった1つの生命が残り、他全ては骸となり果てて鉄錆色の岩盤を血色に染め上げていた。



 
 

 
後書き
ラーバス・リータス、ラバ・ディアナ、ラーバス・ヴァーカラス。
『リリカルなのは』を好きでいらっしゃる皆様。今話を読んで首を傾げた部分があったかと思います。
そう、夜天の書の話です。ルシルとシャルの話で出てきた管制人格である彼女を具現させるページ数が400というところ。
公式設定では400ページは人格起動をするだけで、具現は出来ません。
具現するには全ページを埋めなければならない。しかしそれでは私の書きたい話が出来ないので、400ページで彼女が具現する、というオリジナル設定を作ってしまいました。
すいません、ごめんなさい、申し訳ありません。どうかお許しを。
 

 

Myth6聖王家の番犬~Meister des SchwerT~


ベルカ一の勢力を誇る大国イリュリア。その王都スコドラの中央にそびえ立つ王城。その王城の一画、イリュリア王家のテウタ王女に与えられている領域内にある一室にて、テウタ王女を次期イリュリア王へと据えようとする派閥の騎士団の将らが秘密会議を行っていた。
メンバーの顔触れや格好は先の会議と同じ。唯一の違いと言えば、先のアムル侵攻に出立し見事返り討ちにあった地駆けし疾狼騎士団フォーアライター・オルデンの団長ファルコ・アイブリンガー。彼の左腕はギブスで吊られ、右頬には大きな切り傷が刻まれている。その怪我には誰も触れようとしなかった。ファルコ率いる騎士団の3分の2が戦死・再起不能にされた事は周知だからだ。

「――で、此度のアムル侵攻・・・いや、シュトゥラの悪魔オーディンの討伐を目的とした盟友ファルコとフォーアライター・オルデンだが、御覧の通り失敗した」

彼らのリーダー格である初老の男・イリュリア騎士団総長グレゴールが無念そうに言う。ファルコは椅子から立ち上がり、「すまんかった。やられちまった」と頭を下げ、また椅子に座り直す。それを見計らって、1人の女性が「1つ質問」と挙手。
ファルコが「なんだよ、盟友ウルリケ」と応える。ウルリケと呼ばれた20歳前半ほどの女性。綺麗な白髪は両耳の後ろでおさげにし、瞳はルビーのような真紅色。
名をウルリケ・デュッセルドルフ・フォン・ブラッディア。
イリュリアの有する複数の上級騎士団の中でも異質な騎士団――いや、騎士の団と呼べるかどうかも怪しいが――狂いたる災禍騎士団プリュンダラー・オルデンの将だ。そして、遥かに古き時代の戦争・“大戦”に参加していた騎士の末裔と噂されている者の1人だ

「プロトタイプとはいえ融合騎を連れて行ったのでしょ? それに、個人個人の実力も高いし戦術的にも巧妙だし、そうそう遅れを取るようなあなた達ではないはず・・・」

「それに関しての報告が遅れたけどさ。騎士オーディンに新しい戦力が出来ていた。裏切りの融合騎ゼクスに続き、最悪な事に闇の書の守護騎士があの男の下に集った。俺と融合騎フュンフの融合に対し、守護騎士シグナムもゼクスと融合して、結果負けた」

ファルコの報告に、室内の空気が一気に重くなった。彼らのリーダー・グレゴールすらも驚愕に目を見開いている。それほどまでに“闇の書”と守護騎士ヴォルケンリッターは畏怖の対象として、ベルカにその名を轟かせていた。

「オーディンが闇の書の主になったって事かぁ。最悪な状況だよな、それ」

「そうですね。ただでさえ強力な単独戦力である悪魔に、さらに強力な守護騎士が付いたとなると厄介かと・・・」

「少々見直す必要があるんじゃないか? このまま本当にシュトゥラに(かま)けていていいのかどうか・・・?」

「今はバルトとの戦争に意識を割いた方が良いかもしれないな」

思い思いに言っていく騎士団長ら。

「いやだね。なんとしても騎士オーディンも守護騎士も、そしてアムルも落としてやる。俺らは卑怯な戦術もとるし、騎士としての誇りなんてもう捨てちまったけどさ。それでもイリュリアの一員としての誇りだけは失ってないぜ」

しかしファルコは全員を順繰りに見、力説した。そして最後に「だから俺は逃げない。騎士オーディンだけは必ず討ちとる」と言い切り、メンバーの顔を順繰りに見る。

「しかしそうは言っても、真っ向からぶつかっても返り討ち、あなた達のようなから搦め手を使っても返り討ち。もう下手に敵に回すより放置して別の国家とぶつからせておいた方が良いのでは?」

「僕も盟友ウルリケと同じ意見です。これ以上弱小国(シュトゥラ)に戦力を割いて、騎士団を失うわけにはいかない」

「俺も。テウタ王女の手足として今後のイリュリアを支える俺たちが、これ以上の敗戦記録を伸ばすわけにはいかないしな」

「盟友フレークと盟友ゲルトも同意見か。盟友ファルコ。気持ちは解るが、しばらくシュトゥラ――アムルと騎士オーディンの事は度外視しろ」

グレゴールにそう言われ、ファルコは納得してなくとも「了解(ヤヴォール)」と応えた。もちろんこの場に居る全員も、本音を言えばオーディンを墜としたいと思っている。しかしそれ以上に厄介な相手がベルカ統一という覇道の行く手に控えているため、残念ながら後回しにするしかなかった。

「とにかく。これからはウラル・リヴォニア・リトヴァの三連国(バルト)との決戦を主軸にして調整していく。それともう1つ。他の上位騎士団もテウタ王女派へと参入させる事も念頭に入れておけ。
政治家連中には我が声を掛けておく。バルデュリス陛下ももう長くない。あとはゲンティウス殿下派との派閥争いを決着させるだけ。それでようやくベルカ統一戦争の真の始まりとなる。シュトゥラの件は後々の情勢次第で、ということをテウタ王女に進言しておく」

グレゴールがそう締めくくり、各騎はそれぞれ頷き応えた。

†††Sideエリーゼ†††

先のイリュリア上位騎士団との戦闘から一週間。
この一週間は平和なもので、オーディンさんもシグナムさん達ものんびり過ごす事が出来ていた。今もこうして屋敷前の大広場でシグナムさんとヴィータちゃんとザフィーラさんが、街の大人や子供たちに魔導や技術を教え込んでいるのをゆったり見学できている。
お三方がみんなに教えている技術や魔導は敵を斃すためのものじゃなくて、大切な何かを守るためのもの。オーディンさんの信念の下に戦う力を求めたみんな。そしてそれに応えて教えるシグナムさん達。

「アムルはきっと良い方向へ向かってるよね・・・・」

純粋に力だけじゃなくて心の在り方も強い街にしようと誓ってから半年弱。それが少しずつだけど叶おうとしてる。それが嬉しくて、そわそわしちゃう。そんな嬉しさいっぱいの中、「エリー? 仕事放って何してるの?」って今聴きたくない声が後ろから聞こえてきた。
後ろに振り向きつつ「ちょっと休憩を。アンナ」とわたしの親友であり、姉であり、仕事を補佐してくれる大切な人、アンナに答える。アンナは毎日ずっと使用人服型の騎士甲冑を着て、魔力の変換効率などを常に成長させていて、常に自身を鍛えている努力家。

「休憩って、もう20分も――」

「たった20分じゃないっ。もうちょっとくらい休ませてよぉ」

「20分も休めればもう十分でしょ? それとも投げ出す? シュテルンベルク男爵を」

「・・・・卑怯な言い方するよね、時折」

とんでもなく厳しいけど、それはわたしの為を思ってくれているからだというのは理解してる。だからちょっとだけ文句はあるけれど、でも反感は無い。アンナが何かを言おうと口を開いて、でもその前に「すぐ戻るよ。休憩をサボりにしたくないしね」って屋敷へと歩を進める。

「っと。シグナムさん達に何か飲み物を用意してあげて。他の皆さんのもね♪」

「はい。かしこまりました」

「またそんな堅苦しい口調。いい加減にしてよ、ホント。それ、結構傷つくんだよ?」

「・・・・いつも以上に深刻そうね。判ったから、もうやめるから、そんなに泣きそうな顔しないで」

涙を人差し指で拭う“フリ”をする。ふふん、やったのだ。涙を流す演技を練習した甲斐があったよ。アンナがようやく折れてくれた。わたしが男爵位を得てからの日々、その大半を堅苦しい口調と態度で接して来るようになった。
頼むたびに少しは直してくれるけど、でもまた元に戻る。それの繰り返し。でもこれでようやく完全に元通りになるはず。中庭でアンナと別れて、まずは医院に足を運ぶ。屋敷の庭の一画に新設した医院。そこで、オーディンさんとアギト、モニカにルファ、そしてシャマルさんが働いてる。時間帯的には休憩中なはず。仕事に戻る前にオーディンさんの顔を見ておこうっと❤

「・・・ぅく・・・ちょ・・・たい・・・」

休憩中っていう札が掛けられた医院の扉の向こう、院内からオーディンさんの声が漏れて来た。しかもなんかちょっと苦悶という感じで、思わず中に入るより扉にへばり付いて聞き耳を立ててしまう。まず「やっぱり、少し痛いな・・・」っていうオーディンさんの声。痛い事してるの? 次に「ごめんなさい。でもこればっかりは」って謝るシャマルさんの声。

(え? オーディンさんとシャマルさんの二人でやってるの?)

胸騒ぎ。扉を開けて入ろうかと思った矢先、「マイスター。やっぱりエリーゼに話しておいた方が」ってアギトのちょっと困惑気味の声。踏み止まって、また聞き耳を立てる。オーディンさんとシャマルさんの2人っきりじゃないから少し安心。

「いや、エリーゼにはあとで話そう。今は知らせない方がいいかもしれない」

なんで、どうしてわたしは仲間外れにされちゃうの? グサリと来た。あぅ~、なんか事後に話されるとかってキッツイよぉ~(泣)

「そっか。というかさ、シャマル。マイスター、苦しそうだし、もう少し優しく出来ないの?」

「こればっかりは優しくするとかというのは・・・でも一応。・・・オーディンさん、私に体を預けてください」

ピク。シャマルさんがオーディンさんを誘ってる? ちょっとちょっと。一体何をやって・・・「すまん。少し預ける」・・・えええええっ!?
扉にガッツリ張り付いて、「何やってるの、何やってるの?」中から聞こえてくる声に一点集中。アギトが「あーっ、膝枕っ。あたしだって一度マイスターにやってみたいのにっ」って騒いでるんだけど・・・「ひ、ざ、ま、く、らぁ~?」わたしだってやってみたくても出来ないのに。

「あん❤・・・くすぐった・・・あ、オーディンさん。力を抜いてくださいね」

あーなんかこう、もうイライラ・・・モヤモヤする。もうダメ。開ける。邪魔する。怒っちゃう。わたしが仕事で忙しい時に一体何をやってるんですかっ?って。ドアノブに手を掛けたところで、「エリーゼっ。お客様が」ってわたしを呼ぶ声。振り向けば、モニカと・・・・誰?

「お初にお目に掛かります、エリーゼ・フォン・シュテルンベルク卿。私、クラウス・G・S・イングヴァルト殿下の使者、トーマス・ウェラーと申します。シュトゥラ王都ヴィレハイムの防衛を任されている近衛騎士団に所属しております」

そう名乗った男性、騎士トーマスが深々とお辞儀して来て、わたしも名乗りと挨拶を返した。騎士トーマスに「失礼ですが、騎士オーディンはいらっしゃいますか?」と尋ねられて、わたしは医院の扉を見た。
居る事は居るけれど、ちょぉーっとタイミングがまずいと言いますか・・・。
モニカが「オーディン先生は今、シャマル先生とアギトちゃんと休憩中ですよ」ってドアノブに手を掛けて、わたしが止める間もなく「失礼しま~す♪」ってノックもしないで開け放った。

「オーディン先生っ、クラウス殿下の使いの方が来てますよっ」

「クラウスから? 手紙を寄越してくれれば良いのにな」

オーディンさんが顔を覗かせて来た。あ、顔色が本当に悪い。アギトとシャマルさん(何か分厚い本を持ってる)もオーディンさんを支えるような立ち位置だし。

「お初にお目に掛かります、騎士オーディン。シュトゥラ近衛騎士団所属、トーマス・ウェラーと申します。クラウス殿下より書状を与っております故、お目を通して頂けますか」

騎士トーマスは近衛騎士団の制服の懐から一通の手紙を取り出して、オーディンさんは受け取って早速中身を読み始めた。それをじっと眺めるわたし達。オーディンさんは読み終えた後、「承知した。王都ヴィレハイムへ行こう」なんて耳を疑う事を言った。騎士トーマスが「来ていただけますかっ。感謝いたします、騎士オーディン」って歓喜の声を上げた。

「まっ、待って下さいっ!」「ちょっ、マイスターっ?」

話が読めずに慌ててアギトと一緒に止める。説明を求めたところ、オーディンさんは手紙の内容を話してくれた。大まかに言うと、なんとアノ聖王家のオリヴィエ王女の治療に、オーディンさんの力を借りたいとのお願いだった。
聖王家。ベルカに住まう者ならば誰もが知る名前。オリヴィエ王女は今シュトゥラに留学中で、王城にいらっしゃる。以前、男爵位の継承の儀に王都に赴いたけどもちろん会えず。そんなオリヴィエ王女は王位継承順位は低いけれど、武道と魔導ともに優れた御方だと聞き及んでいる。わたしが決めた、一目で良いからお会いしたい御方、という順位の第一位。それがオリヴィエ・ゼーゲブレヒト王女。

「ここ最近オリヴィエ王女の体調が優れないとの事だ。そこで、私の魔道を」

「確かにオーディンさんの魔導であれば、大半の怪我や病気は治せるかと思いますし、私に出来る事があればお手伝いもしますし」

「でもマイスター。アムルを空けてる間にイリュリアが攻めてきたらどうするの?」

「その事についてはご安心を。手紙にも記されているかと思いますが、国境警備の騎士団には私を含めた王都の騎士隊が参加します。騎士オーディンがアムルを空けている間、我々が国境を死守いたしますので」

「だそうだ。世話になっている国の王子クラウス直々の頼みだ。断るわけにはいかない」

そう言われるともう止める事が出来ない。ううん、そもそも王都に呼ばれた理由からして止めるなんて選択肢は無かった。でもちょっと寂しいかも。オーディンさんがアムルに住むようになってから一日として逢わない日なんて無かったから。そこに「オーディン。どっか行くんか?」って休憩に入ったのかヴィータちゃんが会話に入って来た。後ろにはシグナムさんとザフィーラさん、アンナも居る。

「ヴィータ。・・・ああ、王都に出張だ」

「では我らも共に王都へ・・・?」

「う~ん、そうだな・・・・。一度遠くまで出掛けてみるか」

「我が主。我はアムルへ留まりたく思います。喧騒な場所はあまり好みではない故」

「そうか。ならシグナム、ヴィータ、シャマル。そしてアギト。王都まで一緒に来てもらっていいか?」

あれよこれよと話が進んで行っちゃった。で、そのままオーディンさんは王都ヴィレハイムへ向かう事に。あぅ、わたしも行きたいな。オリヴィエ王女とお会い出来るかも。ひょっとしたら少しお話も出来るかもしれない。
でも・・・「判ってるから、無言の圧力はやめてアンナ・・・」アンナの視線がすごく痛い。わたしの憧れの御方オリヴィエ王女に会いに行きたい――つまりオーディンさん達について行くっていう提案の予防。アムルの長としてちゃんと仕事しないといけないからね。無理は言わないよ。本当はすっっごく行きたいけどね。もう一度言うけど、行きたいけどねっ。

「では早速行って頂けますか? 街の外に馬と案内人を用意していますので、途中まで陸路、ラキシュ領半ばからは飛空船での空路となります」

国境近くであるアムル周辺には飛空船は入れない。飛空船でアムルに近づくと、イリュリア(だけじゃなくてどこの国境でもそうだけど)に攻め込まれると思われて、本格的な戦争に発展する可能性があるから。
すでにイリュリアとは何度も交戦しているから今さらなようだけど、今はまだ騎士団同士の軽いものだ。それが艦隊戦となるとまずい。アムルが最前線となって戦火に包まれることは必至、わたしたち住民は避難を余儀なくされる。

「判りました。用意が完了次第向かいましょう。エリーゼ、君の能力をお願いしたいんだけど、いいかな?」

「ほえ?・・・・は、はいっ。もちろんですよっ」

いつもはわたしからからなのに、オーディンさんから言ってくれるなんて。頼りにされた。お願いされた。嬉しい。だからすぐにオーディンさんに抱きつこうとして、「はしたない。抱き付く必要ないでしょ」ってアンナに襟首を掴まれて止められた。
項垂れながらオーディンさんの右手を取って、手の甲に唇をチュッ❤と付ける。それだけで発動するわたしの能力・乙女の祝福クス・デア・ヒルフェ。わたしを含めたシュテルンベルク血族の女性は、魔力の核を生まれつき2つ持ってる。片方は自身の魔導の為に。そしてもう片方は能力の為に在る。能力用の核は回復も早い上に扱える魔力の量も多い。

「はい、回復完了ですっ♪」

「ありがとう、エリーゼ。じゃあ少し出てくる」

「あ、はい。お気を付けて」

オーディンさんはアギトとモニカ、シャマルさんを連れて医院に戻って用意を始めた。わたしはアンナを見る事なく「見送りの時間くらいくれるよね?」って尋ねる。アンナは「一緒に見送ろう、エリー」と言ってくれた。それから3分とせずに用意を整えたオーディンさん達を見送るために北門にまで来た。街の全員とはもちろんいかないけど、それでも数十人と見送りに来てくれた。

「モニカ、ルファ。私とシャマルがアムルを空けている間、医院の事を任せるぞ」

「はい。お任せを」

「うんっ。安心して行って来て、オーディン先生、シャマル先生♪」

「ええ。行ってきます♪」

こうしてオーディンさん達はわたし達に見送られて、クラウス殿下とオリヴィエ王女の待つ王都ヴィレハイムへと旅立った。

†††Sideエリーゼ⇒オーディン†††

馬でがっつり2時間の陸の旅を経てラキシュ本都に着き、そこから飛空船でのんびり1時間の空の旅を経て、私たちはシュトゥラの王都ヴィレハイムに到着。城下町は活気に満ち、戦乱の世とは思えない。シュトゥラの王政が上手いからだろうな。
王城まで続く大通りを、案内人を先頭に歩きながら街を観ていると、「・・・あの娘が目覚めるまであと60頁を切ったわ」とシャマルがシグナム達に話しているのが聞こえた。シグナムとヴィータがそれを聴いて驚きを見せた。
“夜天の書”の説明をシグナム達から受けて数日と経った今現在。フォーアライター・オルデンの騎士の大半から魔力を蒐集した事で、すでに160ページを埋めていた。そして今朝。私も蒐集してもらった。試したい事があったからだが、早く彼女を目覚めさせたいというのもある。

『はぁっ!? ちょっ、オーディン何やってんだよっ』

『いきなりどうした、ヴィータ。ビックリしたじゃないか』

本当に突然な思念通話による絶叫に近い問い掛け。耳で塞いで防ぐという手段が取れないため、ある種の音響攻撃だ。

『どうしたもこうしたもねぇッ。闇の書の主が闇の書に蒐集されるっておかしいだろっ』

『その事か。まぁいいじゃないか。管制人格が具現するのが早まったんだから』

『そりゃそうだけどさ』

『あたしやシャマルも止めたんだけど、マイスターがどうしてもって聞かなかったんだ』

『・・・・それはそうと凄まじい魔力ですね、オーディン。たったお独りで200頁も埋めたとは』

『保有魔力量だけなら自信があるんだよ。記憶障害に関わるから普段は使わないけどな』

今回の蒐集のおかげで判った事がある。Xランク以上の魔力を消費する魔術を使うと消失現象が起きるが、魔力解放だけなら問題無い、と。

『ん?・・・待ってください、それではまさか今回も記憶を・・・!?』

そう訊いてきたシグナムに、『大丈夫だ。魔力を持っていかれた事で疲れたが、記憶は無事だ』と答えた。消失が起きないようにちゃんと蒐集される量も決めていたし。それに、危険域に突っ込む前に魔力が蒐集される、という事で記憶消失は起こらなかった。
それを伝えてシグナムとヴィータを安心させたところで、王城に辿り着いた。アーチ状の正門を潜って歩いていると、「オーディンさんっ」と私を呼ぶクラウスが従者を引き連れて駆けて来た。

「クラウス。息災のようでなによりだ」

「あなたも、オーディンさん。・・・・ところで後ろに居るご婦人方は・・・?」

クラウスが私の背後に控えているシグナム達を見てそう訊いてきたから「ああ。私の家族だ」と答えると、クラウスは目を丸くして少し硬直。そして「ご結婚されていたのか、オーディンさん」と言った。言い方がまずかったな。「違う違う。家族のような大切な仲間、それがこの娘たちだ」と訂正。クラウスはとんでもない勘違いをした、と恥ずかしそうに謝った。一応こちらも謝る。あまりに直球過ぎたものな、家族、なんて。

「さて、クラウス。私を呼んだ本題だが・・・」

「その事については少し待ってもらっても構わないでしょうか・・・」

クラウスの話によると、オリヴィエは今、深い眠りについているとのこと。就寝中に勝手に診察するのはさすがにまずい、という話だ。それについては同意見。相手は他国の王女だ。そんな失礼があってはシュトゥラ・アウストラシアの国交に問題が発生するかもしれない。私とてオリヴィエの寝室に勝手に入ったという罪過の下に首チョンパエンドは勘弁したい。

「ならオリヴィエ王女が起きるまで待とう」

「本当にすみません。部屋を用意してあるので、そちらで休んでください」

という事で、オリヴィエの目覚めを待つ事になった。クラウスに城内をある程度案内され、最後に闘技場のような場所に案内された。ここで王都守護の近衛騎士団が日々腕を磨いているのだという。場内にまで降りて、所々に訓練によって出来た傷を見る。
シグナムを見ると、闘技場という言葉に興奮してしまっているのかウズウズしている。私はクラウスに「少し使わせてもらっても構わないか?」と尋ね、快諾を貰った事でシグナムとの軽い打ち合いをやろうとした時、

「あら、先客が居たんですね」

幼い少女の声が場内の入り口から聞こえてきた。一斉に振り返り、その少女の姿を視界に収めた。本物の戦闘者であれば、立ち居振る舞いだけで相手の実力が判るという。私とて1万8千年近くの存在年数の中で経験を積んで来た。だから判る。あの鞘に収まった刀を持つ少女は強い。それにアンナと同じようにすでに騎士甲冑姿。シグナムもそのようで、ジッとその少女を見て「強いですね」と呟いている。

「騎士リサ。オリヴィエのところへは?」

「先程行って参りました。お休み中でしたのでお顔だけ窺っただけですが」

クラウスに、リサ、と呼ばれた少女はどうやらオリヴィエ付きの騎士らしい。クラウスとの話を終えた騎士リサは、その桃色の双眸を私たち――正確には私に向けた。

「貴方がオーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード、さん。我が主オリヴィエ・ゼーゲブレヒト王女殿下を御救いして下さる医者様の方ですね。お初にお目に掛かります。わたくし、聖王家に仕えているオリヴィエ王女付きの騎士、リサ・ド・シャルロッテ・フライハイトと申します」

「っ・・・!」

耳を疑った。シャルロッテ・フライハイトの名をこの時代で聞くとは思ってもみなかった。しかし、シャルロッテがミドルネームで、フライハイトがファミリーネームということになるよな、今の名乗りで言えば。
それに、目の前に居る騎士リサは、間違いなく私の知るシャルじゃない。シャルと1万年近く共に居たんだ。だから判る。リサの魂はシャルの魂じゃない――つまりは転生体じゃない。だが魂がどこか似ている。そう言えば、シャルには確か姉が居たな。おそらくその姉の末裔だろう。

「はじめまして、騎士リサ。オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロードだ。そしてこの娘らは私の家族で、右からアギト、シグナム、ヴィータ、シャマルだ。もう1人いるが、今回はアムルに留守番してもらっている」

アギト達も紹介し、リサの鍛錬を邪魔しないように闘技場を後にしようと考えたところで、彼女はシグナムに目を向け「よろしければ鍛錬の相手をしてもらってもよろしいですか?」と願い出た。シグナムが私を見る。断ったらシグナムの機嫌を悪くさせそうだし、それにリサの腕も見ておきたい。

「構わないぞ、シグナム。行って来い」

「感謝します、オーディン。騎士リサ、と申しましたね。改めて、私はシグナムと申します」

「騎士シグナム、ですね。一目見ただけで只者ではないと判りました。そちらのヴィータさんやシャマルさんも同様に。オーディンさんに限って言えば謎ですが」

微苦笑するリサ。シグナムとリサを残し、私たちは観客席へ移動。クラウスからの提案だ。巻き込まれては細切れにされる、と。場内の中央で対峙する2人の剣騎士。シグナムはすでに騎士甲冑と“レヴァンティン”の用意を終えている。
リサは静かに鞘から刀を抜いた。刀身が桜色の普通の長さの刀だ。神器・“断刀キルシュブリューテ”のようだが、デバイスだ。カートリッジシステムが搭載されている。

「では騎士シグナム。貴女がお強いのは判ります。ですので、ちょっとまずは軽く打ち合ってみたいのですが」

「はい。私からもお願いします」

「あの、敬語は結構ですよ。私より貴女の方が年上でしょうし」

「・・・判った。騎士リサ。グラオベン・オルデン、剣の騎士シグナム。そして我が魂レヴァンティン。いざ尋常に」

「聖王家直下・近衛騎士団・第四中隊ズィルバーン・ローゼ隊隊長、リサ・ド・シャルロッテ・フライハイト。そして我が心キルシュブリューテ。いざ勝負、といきましょう」

リサのデバイスも“キルシュブリューテ”という銘か。偶然じゃないだろうな。シャルの名と共に“キルシュブリューテ”の銘も語られ続けてきたか。
その短い会話の後、2人は互いのデバイスを構え、間で一度カチンと当て合った。それが戦闘開始の合図となった。互いに瞬時にデバイスを引き、間髪いれずにシグナムは打ち下ろしを、リサは薙ぎ払いを放った。衝突。そこからは嵐のような猛襲が繰り返される。互いに一歩も引かずに斬撃を放ち続け、周囲に激しい火花を散らし続けた。

「すげぇ。シグナム相手に互角だ、あのリサって奴」

「彼女、騎士リサは剣の姫――剣姫と謳われるほどの剣士です。数日前、アウストラシアに侵攻したネウストリアの二個騎士団を殲滅しました」

「それはすごいですね。二個騎士団を、剣士である彼女が単独で殲滅なんて」

「道理でシグナムと真っ向から打ち合えるわけだ」

私たちの視線の先で拮抗している戦闘を繰り広げている2人の剣騎士。しかし突如としてリサが大きく距離を取って仕切り直しを求めた。シグナムは追撃せず、息を整えるためにその仕切り直しを受け入れた。

「正直驚きました。そして自惚れてました。私、剣の腕なら負け無しだって思ったんですけど・・・」

「いや、ここまでやれればそう自負してもおかしくは無い」

シグナムのオーバースカートがバッサリ斬られていた。リサのショートジャケットの脇腹と左袖とオーバースカートに一つずつの切断痕。魔導無しの剣技に於いてはシグナムの方が一枚上手だ、という事だ。

「あの、もしよかったらですが、このまま本格的な試合を申し込んでもよろしいですか?」

シグナムがまた目を向けて来た。ここまでやったんだ、最後まで付き合いたいんだろ? 下手に止めてストレスを溜めさせるのもどうかと思うしな。『好きにやってくれ』と思念通話を送ると、シグナムがお辞儀と共に『ありがとうございます、オーディン』と感謝を返した。

「オーディンさんからの御許しも出たようですし。本気で行きますよ、騎士シグナム」

「ああ。こちらも本気で行こう。が、互いに一線は超えないようにな騎士リサ」

「はいっ、判っています」

ニコッと笑ったリサが“キルシュブリューテ”を鞘に収めた。シグナムは正眼の構え。リサは小さく体を左右に揺らしながらシグナムへ少しずつ歩み寄って行く。あの得物を鞘に収めた上でのあの揺れる歩き方。おいおい、冗談だろ。嫌な予感がする。その嫌な予感が、予感ではなく現実として私の目の前で起きる事になった。

――閃駆――

リサの姿が一瞬かき消える。直後にガギンッと金属が衝突したような音が響いた。鞘から抜き放たれた“キルシュブリューテ”と、咄嗟に盾として構えられた“レヴァンティン”が衝突した音だ。鍔迫り合いはほぼ一瞬。またリサは姿をかき消した。次にリサが姿を見せたのはシグナムから4mと離れた場所で、ユラユラと体を揺らした後、また姿を消した。

(あれは間違いなく、シャルの歩法・閃駆。しかも古い方だ。まさか彼女の体技を使えるとは・・・・恐れ入った)

シグナムは待ちの構えではまずいと判断したようで、その場から動こうとした。だがその一歩と動いたその先に姿を見せたリサが“キルシュブリューテ”の一閃が放つ。シグナムはかろうじてその一撃の反応でき、“レヴァンティン”で防御に成功。
リサは鍔迫り合いに入る事なく閃駆で姿を消し、すぐにまた姿を見せた彼女は体勢をギリギリにまで低くした状態で“キルシュブリューテ”を横薙ぎに振るった。シグナムは回避の為に上に跳んだ。私は咄嗟に「ダメだシグナムっ!」と叫んでしまった。
リサもまた跳んで追撃。空中でぶつかり合う2人の相棒(デバイス)。リサの一撃によってさらに打ち上げられたシグナム。シグナムは飛行魔法で宙に留まり、リサは落下。そして、落下中のリサの足元に桃色のベルカ魔法陣が展開された。

――閃駆――

足場として展開された魔法陣に足を付けた瞬間、リサの姿が消えた。シグナムが目を見開き、だがすぐに体勢を変えて “レヴァンティン”を構え直した。違う、ダメだ、シグナム。シグナムの右上にベルカ魔法陣が展開された。リサはそこへ閃駆で移動し、シグナムに斬りかかった。

――パンツァーシルト――

ここで初めてシグナムが防御魔法を使った。盾と衝突する“キルシュブリューテ”。その拮抗の刹那にシグナムが“レヴァンティン”を振るった。障壁が消え、2人のデバイスが衝突。リサは衝撃に身を任せて弾き飛ばされ、その先にベルカ魔法陣を展開。また足をついた瞬間に閃駆。シグナムの周囲に桃色のベルカ魔法陣が幾つも展開される。それはシグナムを包囲する檻であり、リサにとっては足場となるものだ。

「止まるなッ、シグナムっ! 狙い撃ちにされるぞッ!」

リサが使っているのは遥か昔、次元世界が誕生する切っ掛けとなった“ラグナロク”が起こった大戦の最終決戦・ヴィーグリーズ決戦の際、アンスールを相手に使用したシャルのオリジナル戦術だ。空戦殺しの法陣結界。当時、空を飛べなかったシャルが“アンスール”を殺すためだけに創った戦術であり魔術だ。
それを、リサが使っている。これはいよいよあるかもしれない。シャルの剣技や体技、魔導が、この時代のフライハイト家に受け継がれている。シグナムは、全方位から目にも留まらぬ速さで連続で襲いかかってくるリサの“キルシュブリューテ”の一撃を捌いては防御。回避しようとしても、回避先を閃駆の軌道上となるようにリサが魔法陣を展開する所為で上手く行かない。

「やばいんじゃないのか、これ。あんなんどうやって捉えろって言うんだよ・・・!?」

「ええ。まさかこんな風にシグナムを追い詰めるなんて・・・」

ヴィータとシャマルが焦りを見せ始める。アギトも「マイスター。シグナム、負けないよね?」と訊いてきた。当のシグナムは焦りを見せず、そして諦めてもいないようだ。リサの動きを捉えようと、先の先を見据えるかのように鋭く綺麗な両目を動かし続けている。
だから私は「ああ、もちろんだ」と答えてやる。その時、リサがシグナムの背後を取った。これでシグナムの反応が少しでも遅れれば敗北だ。しかしシグナムとてこれまでに多くの実戦を積んできているはずだ。これで終わり、なんてことはないだろう。

「見切った・・・!」

――パンツァーガイスト――

シグナムは大してリサの姿も見る事が出来なかったのに、“キルシュブリューテ”の剣先が僅かに見えた程度で片手で白刃取りを成功させた。高魔力で手を守っている事と、白刃取りのタイミングを見極る動体視力、そしてそれを成せる身体能力があって、初めて出来る芸当だ。
リサが驚愕に目を見開き、一切の動きを止めた。それはほんの僅かな時間での隙。シグナムは“キルシュブリューテ”の刀身を掴んでいる左手をグッと引っ張りリサの体を引き寄せ、“レヴァンティン”の柄尻で彼女の腹部に打った。
手加減はもちろんしているようだが、それでも激しく咽るリサ。それで終わりだ。咽ている間は完全に無防備。実戦であれば、すでに殺されているような大きな隙だ。だからこそ、「けほっけほっ、参りました」とリサは自分の敗北を負けた。そしてシグナムは空を飛べないリサを抱えて地上に降り立ち、「ありがとうございました」と礼を言った。

「オーディンさん。貴方のご家族はお強いですね」

「もちろん。私の自慢の家族だからな」

ヴィータの頭を撫で、シャマルの肩にポンと手を置き、アギトに微笑みかける。ヴィータは私の頭を撫でるという行為に慣れてしまっているが、それでも気持ち良さそうに目を細めてくれて、シャマルも肩に乗った私の手に自分の手を重ね微笑み、アギトは私の肩に降り立って頬擦りしてきた。

「騎士シグナム。よろしければもうしばらくお付き合いしてもらってもいいですか? こんな貴重な時間、そうそう無いので、アムルへお帰りになるまでに少しでも剣を交えたいのですが」

『良い機会だから一緒に鍛錬を積めばいい、シグナム。君に用事が出来た時、思念通話で呼び出す。それまでは・・・』

「『そうですか・・・ではお言葉に甘えて』いいだろう。私とてお前ほどの腕を持つ騎士と剣が交えることはないからな」

というわけで、シグナムはここでパーティから一時離脱。そして私たちはオリヴィエが目覚めるまでの間、城下町の見学という事になった。
後に聖王女オリヴィエと謳われる彼女。遥か未来に生まれる高町ヴィヴィオのオリジナル。武術と魔導ともに最強クラスという。しかし詳細は知らないが身体の方に何かしらの障害があるとかないとか。
とりあえず今は王都の見学を楽しもうか。いつまた来る事が出来るか判らない――いや、もう二度と来る事が出来ないかもしれないしな。

「よし。エリーゼ達への土産でも観ようか」




 
 

 
後書き
アロハ・カカヒアカ、アロハ、アロハ・アヒアヒ。
さ~てさて。今は失き第一章『大戦編』では主人公ルシリオンらアンスールを苦しめ、第三章『界律の守護神編』ではルシリオンを差し置いて主人公となったシャルロッテの末裔――厳密にはフライハイト家――であるリサ・ド・シャルロッテ・フライハイト。
そんな彼女とシグナムの軽い模擬戦シーンを読んで、読者の皆様方の中には、「ん? どっかで見たことあるような・・・?」という感想を抱いた方がいらっしゃるかもしれません。
まぁ何と言いますか。はい、『るろうに剣心』であります。京都編の宗次郎戦シーンです。
確かまだこの『小説家になろう』では語った事がありませんでしたか。
シャルロッテ・フライハイトの戦術のモデルは『るろ剣』です。緋村剣心からは剣技を、瀬田宗次郎からは縮地を、真田幸村からは技名を。そして『FFⅦ』のセフィロスからは長刀や翼を。
そういうわけで、重なる部分が『るろ剣』である、という事を言ってみたかっただけのあとがきでした。
 

 

Myth7災厄撥ねし魂・導き果てぬ絆・希望の守り手~SchlierlieT~

†††Side????†††

ここまで虚仮にされて、今さら連中には手を出すな、だって?
イライラする。だから地駆けし疾狼騎士団(フォーアライター・オルデン)の詰所の一室――俺の部屋である団長室の壁を殴りつける。油断したんだ。まさかヴォルケンリッターっていう俺たち高位騎士と遜色ない実力を持つ騎士が仲間に居るとは思わなかったんだ。今度こそは一切の油断なく襲撃を掛ければ、絶対に勝てる。それなのにシュトゥラから手を引く?

「頭の中に花畑でも出来ているのか・・・!」

三連国(バルト)との決着は確かに大事だ。それくらい判っているさ。長年競り合っていた連合国だからな。だが問題はその後だ。バルトに勝ってもベルカ統一は成し得ない。シュトゥラの悪魔――騎士オーディンと、その従者たるヴォルケンリッターが居る限りは。先送りにしているだけで、どちらにしても連中とはぶつかる事になるんだ。バルトとの戦争後、疲弊している状況でシュトゥラに攻め込まれでもしたら・・・・。

「考えたくもない」

だからまずは騎士団同士での小規模戦で、シュトゥラの防衛の要である騎士オーディンとヴォルケンリッターを陥落させる。その後で、バルトは“エテメンアンキ”を使って陥落させればいい。別にバルトに対して騎士団戦に固執する必要はない。向こうだって兵器を使うんだ。
だが騎士オーディンらは違う。純粋な魔導と武技だけで戦いに臨んでいる。俺たちフォーアライター・オルデンは卑怯な手は使うし騎士の誇りも捨てたが、向こうが騎士団だけで向かって来るなら、こっちも騎士団だけで戦う。それは騎士の誇り云々じゃなく、人間としての最後の一線だ。

「あんまり使いたくない手だが、別の騎士団との共闘を考えてみようか・・・・」

そんな考えが頭に過った時、扉がノックされた。しかも結構強く。団長室の扉はそんなに強く叩くなんて、よほどの無礼者か切羽詰まっているか・・・。「入れ」と促す。「失礼します、団長ファルコ」と入って来たのは、先の戦闘で戦死した副団長の後任である男アンドレだった。先の戦闘の生き残り。生きて戻って来た部下ももちろん多くいるが、どういうわけか核に多大なダメージを負って、再起不能者や現場復帰に時間の掛かる者が多い。

「どうした? アンドレ。大事なお報せでもあったか?」

アンドレは「はい。しかも最悪も最悪、イリュリアの今後が左右される事が起きようとしています」と真剣な面持ちで返してきた。随分と大げさな話だ。イリュリアの今後が左右される、か。陛下でも死んだか?
そしてアンドレから聴かされたその話。確かにイリュリアの今後が左右されるものだった。何せ、「ゲンティウスがシュトゥラに攻め込むだと・・・」なんて冗談にしか聞こえない話なのだから。
詳しく聴くと、ゲンティウスは俺たちテウタ王女派の騎士団がこぞって騎士オーディンのいるシュトゥラに敗戦している事を聴き、自ら騎士団を率いて騎士オーディンらを討ち、シュトゥラを潰すつもりだそうだ。そうする事で自らの株を上げ、次期皇帝の座を確かにする。そういう筋書きらしい。

「如何します? このままゲンティウス殿下の騎士団にあの者たちを討たれるのを黙って見過ごしますか?」

「どうするもこうするもゲンティウスお抱えの騎士団が揃っているんだ。テウタ王女派の俺たちが出しゃばるわけにもいかないだろ」

「それが・・・戦力は多い方が良いという事で、殿下は派閥に関係なく騎士を募っているそうです」

「それはそれは。ヤリ手か馬鹿か判らないな」

派閥違いの騎士を募ってまでシュトゥラを潰すつもりか、ゲンティウスは。しかしこれは好機かもしれないな。派閥関係なくシュトゥラに攻め入る事が出来るとなると。俺は「俺も参加する。が、騎士団は動かさない。俺独りで行く。お前たちは待機だ、これ命令な」とアンドレの肩を叩く。
アンドレは「何を言いますっ、団長っ」と制止して来るが、これは俺個人の我が儘だ。だから騎士団は巻き込めない。それ以前に半壊している今、動かそうにも動かせないのが現状だ。

「これは命令だ。いいな? アンドレ」

この戦でテウタ王女派の俺が騎士オーディンを討つ。そうすれば、ゲンティウスじゃなくテウタ王女の株の方が上がるはず。アンドレに念を押して命令を下し、俺はゲンティウスの居る王城の西区画を目指す。
その最中『フュンフ、聞こえるか』と技術部に居るはずの融合騎プロトタイプ・フュンフへ思念通話を繋げる。繋がるか心配だったが、『ファルコ? なに、どうしたの?』とすぐに応答があった。

『もう一度シュトゥラを攻める。力を貸してくれ』

『・・・・いいわよ。ゼクスに今度こそ引導を渡さないといけないし。それに私のロードは貴方として設定されているから、連れて行ってくれないと逆に困るわ』

溜息を吐くフュンフに苦笑。あぁそうだった。俺がお前のロードだ。

『そうか。なら今度こそ勝つぞ』

『当然だわ。二度の敗戦なんて許さないから』

思念通話が切られ、俺はひたすら西区画を目指す。

†††Sideファルコ⇒オーディン†††

城下町を回っているところにクラウスから『オーディンさん。オリヴィエが起きましたので、城に戻ってもらっても構わないでしょうか?』と念話が来た。『判った。すぐ戻る』と返し、念話を切る。アギトとヴィータとシャマルに城に戻る事を告げ、すぐに城へと続く道を歩き進む。

「オーディンさん。シグナム、どうします?」

「いや、まだいいんじゃないか。オリヴィエ王女の治療が私たちの役目だから・・・」

「シグナムじゃ役に立たないよね。シグナム、戦闘特化だから」

「しかもうだうだ考えねぇでその都度直感が動くからな、シグナムの奴」

私の肩に乗るアギト、そしてヴィータが微苦笑。シャマルも「うふふ。そうよね~。でもそれはヴィータちゃんも一緒よね~」と笑う。戦闘マニアはこの頃からなんだなぁシグナム。まぁ好きな事が出来る喜びを知れている今、それがシグナムにとって良い事なんだと思うから構わないが。
城に着いて、クラウスとシグナムとリサ(オリヴィエが起きたと知ったリサが鍛錬を切り上げたそうだ)と合流した。

「あぁそうでした。申し訳ありませんが、皆さま方、武装解除の方をお願いできますか?」

城内に入る前にリサにそう告げられた。城の関係者以外の騎士が城内に入るには、武装を解除しなければそうだ。私はシグナムとヴィータへと振り向く。シグナムとヴィータは少し戸惑いを見せる。

「あーそんじゃ・・・・オーディン。あたしら、城の外で待ってるわ」

「そうだな。申し訳ありませんが私とヴィータは外で待機しています」

二人の返答に、リサが顔色を青くして「御気分を害されましたかっ?」とうろたえ始め、私を見た。あーなるほど。家族の気分を害したという事で、私も今回の話を断る、とか考えたんだろうな・・・。それに対してヴィータが「違ぇよ、そうじゃない」と嘆息し、シグナムも「そうだ」と返答の真意を語る。

「考えてみればオリヴィエ王女に必要なのはオーディンとシャマルの治癒魔法だ。ならば何もする事の出来ない私とヴィータが居ては邪魔になるだろうし、王女を眺めているだけでは失礼だろう」

「そういうこった。だったら待ってた方がお互いの為だ。だから武装解除しろって言われて気分を害したわけじゃねぇよ」

それを聞いたリサがホッと一息吐いた。随分と小心者というか何と言うか・・・。剣を振るっている時の表情や雰囲気とはえらい違いだな。特定の条件で人格が変わるタイプか? しかし、「ただ待っているだけでは暇だろ?」と2人に尋ねる。時間が掛かるかどうかも判らないし、ジッと外で待たせておくのも不安だ。
するとシグナムが「では先ほど私は街を見れずにいましたし、ヴィータに案内してもらう事にします」と答えた。ヴィータが少し嫌そうな顔をしたが、「じゃあ暇にならないようにお金を渡しておこう」とお小遣いを渡すと、「しゃあねぇな」と頬を緩めた。

「アギトはどうすんだ? お前も付いて行っても役に立たねぇだろ」

「やっ、役に立たないわけ・・・・うぅ~、マイスタ~~(泣)」

「よしよし、泣かない、泣かない。側に居てくれるだけで良いんだよ、アギト。もちろんシグナム達もだ」

心の底から思っていた事を言うと、アギト達は嬉しそうに微笑んでくれた(ヴィータだけはテレ隠しのつもりか鼻を鳴らしていたが)。それでアギトは「でも何も出来ないと邪魔になるかもだから、今日はシグナム達と待ってる」と、留守番組に回る事を決めた。

「あの、オーディンさんとシャマルさんは媒介が無ければ魔導が扱えない、のですか?」

「無くても扱えますけど、有った方が何かと都合が良いので」

「私は元より持っていない。魔導は全てこの身一つで扱うから」

「そうなのですかっ? 媒介も無しにこれまでいくつもの騎士団を討伐されていたとは驚きですっ。本当に普通ではないのですねっ」

「普通じゃない、か・・・称賛してもらっていると思っておくよ、騎士リサ」

結局、シャマルの“クラールヴィント”は回収される事なかった。城の前でアギトとシグナムとヴィータと別れ、ようやく城内に案内され、台座の上に置かれた調度品や壁に掛けられた絵画を眺めながら、廊下を歩く。

「――そう言えばオーディンさん。以前から思っていましたが、あなたは媒介を持っていないようですが、何か拘りでも?」

「まさか。今は作っている最中なんだが、どうも部品の集まりが悪いんだ。部品はイリュリアの騎士から回収したカートリッジシステム搭載の武装から頂戴しているんだが。まぁ、仕方ないとはいえコソ泥みたいな事をやっているようで、あまり気分は良くないけどな」

「部品・・・。それならこちらから提供させてください」

「それは助かるが・・・いいのか?」

クラウスの提案につい食いついてしまう。デバイス有る無しでは違うからな、やっぱり。すると「もちろんです。オーディンさんにはいつも謝礼をしなければ、と思っていたので、ちょうど良い機会です」と笑みを浮かべた。

「あなたがシュトゥラにもたらしてくれた多大な希望。感謝してもしきれません。イリュリア騎士団の侵攻を幾度も阻止し、そしてデザインされた服飾品の販売によって生まれた財産を国に回して頂いた事で、各地の戦災復興が順調に進んでいます」

服飾品のデザインと言っても、これまでの契約によって訪れた世界での衣類をそのまま転用しているだけで、私個人のオリジナルなデザインなど1つとして無いけどなぁ・・・。それにシュトゥラに協力しているのは何もアムルの在る国だからだけじゃない。
後に覇王イングヴァルトと語られるクラウスの思いが判るからだ。良き世界にしたいがために戦った王。歴史を大きく変えるつもりは無いが、それでも手を貸してやりたいとも思っている。

「本当なら爵位を、と思ってもみたのですけどね・・・」

「さすがに爵位は受け取れないな。いずれベルカを去る身。爵位があっては気持ちよく去れないさ」

「エリーゼ卿と婚儀を執り行い、夫婦となって頂ければもっと楽なんですけど」

「エリーゼは16歳。私は29歳。これだけ歳が離れているんだ。結婚だとか考えられないな」

私が“界律の守護神テスタメント”となった年齢が、基本召喚される世界での年齢であり外見だ。今回はその例にもれず、止まってしまっている本来の年齢と外見で召喚された。

「歳の差なんて関係ないと思いますよ、オーディンさん。愛があれば、問題無しですっ!」

「・・・オーディンさん。このままベルカに留まる、という選択肢は本当に無いのですか?」

「すまないな。私に課せられた運命を果たすために、一か所に留まる事はきっと出来ないんだ」

「・・・そうでしたね」

そこで会話が途切れ、廊下には靴音しか聞こえなくなる。この空気のままで居るのは居心地が悪いから「去る事は回避できないが、友人として永遠であれば良いと思ってる」と言う。するとクラウスは「もちろんです。僕たちはいつまでも友人です、オーディンさん」と応えてくれた。この話題はこれで終わり、私はリサにある問いを投げかけた。そう、シャルロッテ・フライハイトの名や閃駆などの技術について、だ。

「――それはフライハイト家に受け継がれているからです。なんでもこのベルカは大昔に滅びの危機に陥ったそうです。それを食い止めたのが、フライハイト家の初代当主の妹君シャルロッテ・フライハイト様だそうです」

ベルカ(当時は騎士世界レーベンヴェルトだな)の大昔の滅びと言うのは“ラグナロク”の事だな。複数世界ミッドガルドの一部だったレーベンヴェルトを救ったのは確かにシャルだ。彼女が“テスタメント”になる報酬として、レーベンヴェルトを含めたミッドガルドを“ラグナロク”から救うように“神意の玉座”と取引した。それが何故語られているかは判らないが、彼女が世界を救った英雄として語られているのはどこか嬉しい。

「それでですね。そのシャルロッテ様が生前に扱われていらっしゃった魔導の術式や閃駆などの体技、そして武装“キルシュブリューテ”が記された書物があるのです。ほとんどが失われていて完全な解読は出来ませんけど、解読できた部分だけは何としても扱えるように鍛錬を積んできました」

そして最後にリサは教えてくれた。彼女の本名は、リサ・フライハイト。“ド・シャルロッテ”というのは、フライハイト家の女当主や次期女当主にのみ名乗る事が許される、特別な名だそうだ。

「着きましたね」

そうして私たちは、ようやくオリヴィエの居る私室の前に辿り着いた。リサはまずクラウスに「殿下は少し待っていてください」と言い、彼を廊下に待機させる。結構すごい事だよな、一国の王子を廊下に閉めだすなんて。恐るべし、フライハイト家の血筋。
しかしクラウスは気を悪くする事なく「判っているよ」と首肯。このやり取りはいつものようだ。リサが「オリヴィエ様。リサです。お医者様をお連れいたしました」と扉をノック。

「どうぞお入りください」

少女特有の可愛らしい声が扉の向こう側から返って来た。

「ではオーディンさんとシャマルさんはどうぞお部屋へお入りくださいませ」

リサに招き入れられ、私たちはオリヴィエの部屋へと入る。天蓋付きのベッドに、デザインの凝ったナイトテーブルや丸テーブル、肘掛椅子、クローゼットなどなど家具一式が揃っている。そして、肘掛椅子にちょこんと座っているオリヴィエを見た。

「はじめまして。わたくし、聖王家王女オリヴィエ・ゼーゲブレヒトと申します。このたびはわざわざアムルよりお越しくださって感謝いたします」

深々とお辞儀するオリヴィエ。ははは、判ってはいたが、やはりヴィヴィオとは違うな。しかし両腕が動いていないな。まったく動いていない、と言うわけじゃないが・・・。とりあえずは自己紹介を返さないといけないな。礼儀として片膝をついて頭を下げる。

「お初にお目に掛かります、オリヴィエ王女殿下。オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロードと申します。この娘は同じく医者のシャマル。クラウス殿下やオリヴィエ王女のご期待に添えられるかは判りませんが、私の魔道が御役に立てばと思い、参上しました」

後ろに控えているシャマルも続いて礼の姿勢を取った。オリヴィエが早々に「頭をお上げください、オーディン先生、シャマル先生」と困惑している事で、すぐに上げる。そこでリサが「外で殿下にお待ち頂いていますが、いかがなさいますか?」とオリヴィエに尋ね、オリヴィエは少し考える仕草を見せた後、「お招きして、リサ」と微笑んだ。クラウスも遅れて部屋に招き入れられ、部屋の備え付けられたソファに腰掛けた。

「では早速、オリヴィエ王女殿下の診察に入ります。王女殿下、御手に触れますが、よろしいですか?」

「はい、お構いなくどうぞ」

膝の上に置かれて動かない彼女の右手にそっと手を添える。目を閉じ意識を澄ませ、魔力を通してオリヴィエの身体情報に探りを入れる。そして知る。両腕の筋肉の組織や神経が酷いのなんの。まともに動かせないのは当たり前だ。

「王女殿下。腕の事ですが・・・」

「判りますか・・・? はい、生まれつき動かしづらく、ここ数年でさらに動かせなくなったのです。他のお医者様からは、もう諦めた方が良い、と。ですがやはり不便ですから、普段は魔力による身体操作を行っています」

確かにこれは並の治癒術師や医者なら匙を投げるだろうな。私は「そうですか。では診察を続けます」と告げ、腕以外のダメージを見つけるために魔力を通す。足は問題無し。内臓、問題無し、と。

「ふふ」

「どうかしたのですか? オリヴィエ」

オリヴィエが小さく笑い声を漏らし、クラウスが不思議そうに尋ねた。私としても気になったから「くすぐったかったですか?」と、有り得ない事だと知りながらも訊いてみた。オリヴィエは「あ、ごめんなさい。そうではないのです」と微苦笑を浮かべた。

「オーディン先生のお話はクラウスから聴いていまして、その、想像とは違った御姿でしたので。勝手ながら、もう少し険しい御顔や雰囲気をしているかと思っていたのですが、良い意味で裏切られました。美しい銀の長髪に、蒼と紅の虹彩異色。お綺麗過ぎて・・・・驚きです」

「それは最高の褒め言葉ですね。光栄ですよ、王女殿下にそうのように褒めて頂けるとは」

男として可愛いとか綺麗とか言われるのは正直嫌な方だったが、可愛い以外なら素直に受け入れられるようになった。何故ならセインテスト王家の特徴を褒めてもらっていると同じ――つまりゼフィ姉様やシエルも褒められている、と思えるようになったからだ。まぁ軽い現実逃避な気もしたりするが、もうそれで良いと思っている。あははのは。

「オーディン先生は異世界からの渡航者だと伺っていますが。御名前からして、その世界ではそれは名のある一族の御一人なのではないですか?」

「っ・・・・」

その問いに私が黙ってしまった事で、オリヴィエは「踏み入った事を訊いてしまったようですね、ごめんなさい」と僅かばかり泣きそうな顔で謝ってきた事で、それはもう焦る焦る。首を横に振り、「確かに私は、その世界の一国を治める王族の出で、16歳から21歳まで王位に就いていました」と答えた。これにはクラウスとシャマルも驚きを見せた。まさか元とは言え一国の王がこんな事しているのだから。

「今では御覧の通りその世界より離れ、探しモノを見つけるために旅をしているわけですが」

「そうでしたか。よほど重要な事なのですね、その探し物を見つける旅というのは」

「でも判りました。オーディンさんがどうしてベルカを離れなければならないのか。元とは言え一国の王であったあなたはやはり帰らなければならない、残っている家族や民の為に」

「いや、確かに帰らなければならないが、そこにはもう家族も民も居ないんだ。私は最後の王だ。いや、最後の生き残りとでも言うべきか。もう無いんだ、温かく私を迎えてくれる者の居る世界は」

シーンと静まり返る室内。しまった。なんで空気を最悪なものにしているんだ、私は。それに、ただ一人だけだが私の帰りを待っていてくれる家族が居るじゃないか。リサが「あの、お話しを聞かせて頂いても?」と言ったものだからか、オリヴィエが「リサっ」と彼女を窘めた。
私は「ここで終わらせては気になるでしょうから」とオリヴィエを制し、大まかに話す。戦争によって滅び、その後に探しているモノ――“エグリゴリ”によって、家族や仲間や恋人を奪われた事を。

「・・・・何故、戦争というものは起きてしまうのでしょうね・・・?」

オリヴィエが悲嘆に暮れる。

「それが世界が定めてしまった真理だからですよ、オリヴィエ王女殿下」

「「真理?」」

クラウスとオリヴィエが訊き返してきて、私は頷き返す。

「獣たちは一度の出産で多く子を生み出します。なのに何故世に溢れかえらないのか。答えは簡単です。溢れかえる前に敵の獣たちによって襲われ食料となるからです。食物連鎖。弱き者は強き者の糧となる。自然の摂理ですね。人間も一応組み込まれています。が――」

「人間を――特に私たちのような騎士を喰い殺せるほどの獣なんて早々居ないですよね」

「騎士に限定せずとも人間は知恵がある上武器も使う。ゆえに食物連鎖の頂点と言っても過言ではありません。そうなると一度に産む子の少ない人間であっても、時間を経てば世に溢れかえる。しかし駆逐する敵が居ません。なら、どうするか。ここまで言えば、殿下らも御解りなはずです」

「人間同士での駆逐のし合い・・・・戦争、ですね」

「そう言う事です。人の数だけ主張や正義、願いに望み、様々な思考があります。それを貫き通すには、他の思考を叩き潰して取り込んで従わせるしかない。その果てに起こるのが戦争です。人間同士を潰し合わせ、世界や他の生命を犠牲にしつつ数を減らすシステム」

先の次元世界での契約で死闘を繰り広げた、“霊長の審判者ユースティティア”の先代・終極テルミナスの言葉を思い出す。

――罪人(ニンゲン)を護るということ自体がそもそもの間違い。人間という存在がどれだけ罪に塗れた愚かなものか。いつまで経っても争いをやめない、やめようともしない存在。どれだけ根絶やしにして、更生させようと努力しても、やはり争いを始める愚者。抑えようと思えば抑えられる欲で同族たる人間を襲い、奪い、殺める。
その理由が、ただ誰でもいいから殺したかった? 世の中つまらない? ムカついたから? 相手にされなかったから? 金銭が欲しかったから? 何て罪深いことなの。その果てには、赤の他人を殺すどころか、血の繋がった実の親を、子をも殺めるなんてことも増えてきた。
何たる身勝手か!! 愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚かッ!!! その頭脳はそんなくだらないことのため用意されたものじゃない!! 世界をより良い形に持っていく権利を与えられておきながら、自らを生かす自然を破壊し、終には世界を滅ぼすまでに至る! だから護る価値なんて無いッ!――

あの頃は、それに反論したものだ。

――綺麗ごとだと解っているが、それでも私は人間を信じている。テルミナス、お前が挙げた人間は全体の一握りなんだ。確かに人間は罪深い。許されるような軽いものばかりじゃない罪を幾つも、どんな時代でも、どんな世界でも犯す。正直救いようのないことだってある。私も幾度もこの身に味わってきたからな――

――一握り! その一握りが存在する時点で、すでに存在する価値は無いの!! 信じる!? 私だって信じてた!! これでも元は守護神だから!! いつかきっと人は変わる。今はダメでも、いつかは、いつかは、いつかは!! けど、いつかは、と信じたその結果が今の私だ!! 人は変わらない!! 殺し殺され、奪い奪われ! 何万年と見てきた! どんなに護っても、争いを始めて滅んでいく!――

信じていれば、いつか人の世に争いの無い世界が生まれる。だが、私も結局はテルミナスの思考の領域に至ってしまうまで存在してしまった。だがすべてが同じわけじゃない。彼女と私の唯一の違いは、テルミナスは人間に非があるとして、人間に絶望した。だが私は、それが真理であり摂理であると諦めた。人間は争いをやめない生き物――それが自然な姿なんだと。

「ですが私のは極論ですから、クラウスが望む平和な世界が絶対に存在しないと言うわけではありません。私もその理想が叶う事を願っていますし、力を貸したいとも思っています」

「オーディンさん・・・ありがとうございます」

「あの、オーディンさん。先程の話の事ですけど、もしかして・・・エグリゴリを捜しているのは・・・復讐、なのですか・・・?」

「いいや。堕天使(エグリゴリ)は元々戦天使(ヴァルキリー)という名で、家族のようなものだった。敵対国に洗脳され暴走したヴァルキリーをエグリゴリと呼ぶ。だから、復讐ではなく助けたい。もう休んでいいんだと。もうこれ以上狂ったまま戦い続ける必要は無いんだ、と――よし」

診察終了。いきなり、よし、と笑顔を見せた事でクラウス達が「は?」と抜けた声を漏らした。さぁさっきまでは私の所為で暗い雰囲気だったが、これから明るい空気にしてやろう。オリヴィエから離れ、診察の結果を告げるために一度コホンと咳払い。

「オリヴィエ王女殿下。まず腕以外には問題はありませんでした、ご安心を」

「え・・・あ、そうですか。ありがとうございます」

「そして腕の事ですが、おそらく私の持つ魔道を使えば治す事が出来るかと思います」

またシーンと静まり返る室内。そして爆発したかのようにクラウスとリサが詰め寄って来た。

「本当ですかッ、オーディンさん! 本当にオリヴィエ様の腕を治す事が出来るのですかッ?」

「オリヴィエの腕を治す事が出来るのですか、本当にっ!?」

「落ち着いてくれっ、説明が出来ないだろうっ!」

クラウスはそれで冷静さを取り戻してくれたが、リサはグスッと泣きながら私にしがみ付いたままだ。泣き止まない子供をあやす様にリサの頭を撫でる。そしてオリヴィエが「リサ。オーディン先生がお困りですから」と優しく語りかけた。リサは「はい。申し訳ありません、オーディンさん」と涙を袖で拭ってオリヴィエの側に控えた。

「オーディン先生。それで、私の腕を治すことが出来る、というお話ですけど・・・」

「ええ。私の有する治癒術式の中に、こう言った普通の治療では治せないような障害を治すものがあります。さすがに長年筋肉で腕を動かしていないとの事ですから、一気に治さずに段階を経て完治させましょう」

徐々に馴らしていくのがベストだろう。だと思っていたんだがオリヴィエは「何度も御足労をお掛けするのは心苦しいので、一気にお願いします」と言ってきた。

「無礼を承知で言わせて頂きます。医者は患者の事を最優先で考えます。我々に苦労を掛けるからと言って、その考えを無下にしようとなさらないでください」

これには今まで黙っていたシャマルがそう窘めた。ポカンとするオリヴィエとクラウス。従者たるリサは、シャマルと同じ意見なのか黙ったままだ。

「・・・シャマル先生の仰るとおりですよ、オリヴィエ。焦っては却って悪くなるかもしれません」

「そう、ですね。勝手を言ってごめんなさい。オーディン先生のお話通りで治療を受けます」

胸を撫で下ろしているシャマルに『ありがとう、シャマル』と念話を送る。シャマルは『いえ。王女殿下のお気持ちは解りますけど、でもオーディンさんの考えを否定するような事だけは許せません』と返した。私の事を尊重してくれた、という事で嬉しかったりする。

「ではそう言う事で、段階的に治療します。構いませんか?」

「はいっ、お願いしますっ」

今度はオリヴィエの両手を取って軽く持ち上げる。術式ランクは上級、効果は補助・治癒、使用魔力はS+。魔力炉(システム)を活性化させて魔力解放。「女神の祝福(コード・エイル)」と術式名を告げる。あらゆる異常を正常に回復させる効果のエイル。もちろん、あらゆる異常とは言え死者ばかりは蘇らせないが。
オリヴィエの両腕を包み込むサファイアブルーの魔力。最優先で血管と神経を治癒させるつもりだ。ここでオリヴィエが少し「痛・・・っ」と苦悶の声を小さく漏らした。

「ご辛抱を。ですがこれで御解りかと。少しずつ回復させてもこの痛みです。一気に回復するとこの比ではありませんよ」

「みたい、ですね・・・。ですが、こうもハッキリとした痛みが判るというのは、嬉しい事です」

「オリヴィエ様が嬉しそうれすぅ~(ボロ泣き)」

苦悶に表情を歪めながらも笑みを浮かべるオリヴィエを見たリサがわんわん泣き始める。シャマルが「よしよし」とリサの頭を撫でた。まるで娘――じゃなかった、妹をあやすようなお姉さんだ。
さて、今回はこの辺りで良いだろう。「今日の治療はここまでです」とエイルを解除して、オリヴィエの両手を彼女の膝の上に戻すと、彼女は「ありがとうございました」とお辞儀。しかしやはりまだ治療を続けてほしい、というような顔をしている。しょうがないな。
まぁ元よりこれで終わりにするつもりはなかった。創世結界にアクセスする呪文、「我が手に携えしは確かなる幻想」と詠唱する。私の両手の上に、“神々の宝庫ブレイザブリク”から具現させたある物をオリヴィエに見せる。

「これは・・・綺麗なアルムバントですねっ♪」

「ありがとうございます。王女殿下、これを両手首にお嵌めください」

治癒効果のあるブレスレットをリサに渡し、リサがオリヴィエの両手首に「失礼いたします」と嵌めた。それだけでオリヴィエは気付いたようで、「治癒の魔導が付加されているのですね」とブレスレットの効果を見破った。私の神器作成能力によって創作したブレスレット型神器・妖精の神薬(ファルマコ・ネライダ)

「そうです。私が次に来るまでの間、そのアムルバントが少しずつ治療を続けていきます。私の立てた推測ですと、おそらくひと月で完治できるはずです」

「「「ひと月っ!?」」」

「そ、そんなに早くに治せるのですかっ?」

「治療の合間や完治後にリハビリもしなければならないですよ、王女殿下。では、私が居ない間にやっていただきた――」

『我が主ッ!』

ザフィーラからの突然の念話に口を噤んでしまう。切羽詰まっているのは解っているため、『何があった?』と返す。念話の内容は『イリュリアの侵攻です。それも以前とは比べられない程の』と聞き捨てならないもので。そして廊下から「クラウス殿下っ。大変ですっ」と慌ただしい声が聞こえてきた。

「アムルから連絡だ。イリュリアが攻めて来た。今までの比ではないくらいの大攻勢らしい」

クラウス達が目を見開き、クラウスはすぐさま部屋の外へと駆けだした。私はシャマルに「すぐアムルに戻るぞ」、ザフィーラに『すまないが先行してくれ』と告げ、窓枠に近づく。「このような所から失礼する事をお許し下さい、王女殿下」と窓から出て行く事を詫びる。
窓を開け放ったところで、廊下から戻って来たクラウスが「我々も向かいますっ」と言ってきた。クラウスが外に居た家臣らから聴いた話は、イリュリアの王族の1人が複数の騎士団と、戦艦(ベルカでは戦船と言うようだが)を引き連れて来たとの事だ。

「戦船まで率いて来たのですか、イリュリアは・・・!」

オリヴィエは立ち上がってしまうほどに驚愕して見せた。クラウスは「これは本格的な宣戦布告です。こちらも戦船を用意し、迎撃に向かいます」と決意を固めてしまっている。が、ちょっと待った。「戦船の数は聞いたか?」と尋ねると、返答は3隻だった。

「3隻か。なら問題無いな。対艦戦も今までこなした事があるし、何十隻と撃沈した経験もある。私が戦船を墜とす。地上の騎士団はシャマルらグラオベン・オルデンと防衛騎士団に任せる事に――」

「戦船を生身で、しかも単独で撃沈するなど無理にも程がありますっ」

「人間を相手にするより簡単だよ、クラウス。あぁそうそう。助力してくれるというのであれば、地上の騎士団を潰してほしい『アギト、シグナム、ヴィータ』」

『うんっ、マイスターっ』

『事情はザフィーラより伺っています』

『あたしら、先に行こうって思ってるんだけど』

「『頼む。私とシャマルもすぐに続く』クラウス、戦船は引っ張って来ないように頼むぞ」

窓枠に手と足を掛けたところで、オリヴィエが「お待ちくださいっ」と引き止めて来た。「なんでしょう?」と振り向くと、オリヴィエは「リサを同行させてください」と、リサを一緒に連れて行くように提言してきた。

「オリヴィエ様っ!?」

「リサ。あなたの力で、オーディン先生方をお助けして差し上げて」

「・・・・判りました。オーディンさん。私も一緒に連れて行って下さい」

「力を借りるぞ、リサ。シャマル、掴まれ」

「はいっ❤」

戦闘甲冑へと変身し、手を差し出すと、同じく騎士甲冑に変身したシャマルは、私の手に掴まるどころか腕に自分の腕を絡めて抱きついてきた。かなり動き辛いんだが・・・。そしてリサは「抱きつくのはちょっと恥ずかしいです」と頬を赤らめた。「別に抱き付く必要は無いんだけどな。手に掴まってくれれば」と嘆息。それでリサもようやく掴まってくれて、いざ出陣。

――瞬神の飛翔(コード・ヘルモーズ)――

空戦形態ヘルモーズを発動。シャマルとリサを連れて一気に空へと上がる。リサが「ひゃぁぁああああああっ!」と悲鳴を上げ、しがみ付いてきた。下手に飛空時間を伸ばして恐怖を長引かせるのも可哀想だし、「ちょっと我慢してくれ、リサ」と言って、戦場へと針路を取る。その途中、アムルの上空に辿り着き、『来い、夜て――闇の書っ』と“夜天の書”を呼ぶ。するとすぐに私の顔の側に転移して来てくれた。

「オーディンさん、飛行速度が速過ぎて・・・どうやらシグナム達を追い越したみたいですね」

「まぁ城からアムルまで2分も掛かってないしな」

全力で飛んだから追い越してもしょうがないか。早く戦場近くまで戻ってこれたその代わり・・・「騎士リサ、気絶してますね」とシャマルが苦笑。「きゅぅ~」と目を回すリサ。そこまで空が苦手だったとは。昔のシャルを見ているようだ。それはともかく。念のために一つ手を打っておくとするか。

「我が世界(うち)より出でよ 貴き英雄よ」

異界英雄エインヘリヤルを“英雄の居館ヴァルハラ”から召喚するために呪文を詠唱。そして「偉大なる七美徳司りし天使が純潔・カスティタス」と、召喚する者の名を告げる。雲海の上に七大天使カスティタスを顕現させ、待機させておく。流れ弾がアムルに被害を出さないように盾とするために。
飛行を続けると、国境に向かって進む4桁近い騎士の軍団と、空に浮かぶ3隻の戦艦が視界内に入る。そして待ち構える国境防衛騎士団と王都近衛騎士団の混合騎士団は、200ちょいの人数。だがそこに私たちグラオベン・オルデンが参加すれば、それなりに拮抗の取れる戦力になるはずだ。

「シャマル。リサと2人で地上だ。・・・起きてくれリサ。リサ、おーい」

「はわぅ~~・・・・はっ、ここは天国(ヒンメル)ですかっ?」

「おいおい」

弱過ぎだよ、リサ。メンタル面が。とにかくリサにこれからの事を説明する。私が空を侵略する邪魔物(いくさぶね)を殲滅し、リサを含めた騎士団はそのまま陸の掃除。リサは二つ返事で了承してくれた。ならここからは別行動だ。リサをシャマルに預ける。

「オーディンさん。お気を付けて」

「ああ。シャマルとリサも気を付けてくれ」

降下して行く2人を見送り、“夜天の書”を手に取って胸に抱える。「さぁ行こうか」と“夜天の書”をポンポンと叩き、視線を戦艦3隻に向ける。まずは外装を突破しないといけないな。あぁその前に魔力による防御障壁を潰さないといけないか。

――破り開け(コード)汝の破紋(メファシエル)――

まず防御障壁や結界を破壊する効果を持つメファシエルを発動。

――殲滅せよ(コード)汝の軍勢(カマエル)――

閃光系・闇黒系・炎熱系・氷雪系・風嵐(フウラン)系・雷撃系、無属性(重力・音波などなど)の魔力で構成された槍を100と作りだし、メファシエルの効果を付加。1隻の艦をターゲットに絞る。人差し指を向け、全弾の矛先をその艦に向ける。
最後に「蹂躙粛清(ジャッジメント)」と指を鳴らし号令を下した。号令の下、一点集中で射出されるカマエル。次々と障壁に着弾して行くカマエルが爆発を起こしていき、10本目で障壁を突破し、残りで外壁と砲台を破壊した。
爆煙を上げるその艦に向かって飛翔再開。他の2隻から砲撃が放たれて来るが、空戦形態の私を撃墜するには速さが足りない。余裕で回避し、侵入経路を開けた艦に侵入成功。

――浄化せよ(コード)汝の聖炎(メタトロン)――

通路の床に手を付き、屋内で効果を発揮するメタトロンを発動。浄化の蒼炎を建造物内に這わせ、通った道を一気に爆破するというものだ。爆破のタイミング、通る道、全てが遠隔操作で行われる。建造物破壊には持って来いの術式だ。そうやって艦内を破壊しながら通路を翔け、迎撃に来た騎士たちを潰していく。もちろんリンカーコアの蒐集は忘れない。10人くらいを蒐集し終えたところで、

≪400頁まで蒐集されました。管制人格の起動、および具現化を行えます。共に主の承認が必要となります。承認しますか?≫

「シュトゥラの悪魔めっ、覚悟ぉぉーーーーっ!」

「その首、貰ったぁぁーーーーっ!」

「挟撃しろっ。決して攻勢に回る隙を与えるなっ!」

――暴力防ぎし(コード)汝の鉄壁(ピュルキエル)――

迫り来ていた10人程の騎士の攻撃を障壁で防御し、連中の背後から、

――無慈悲たれ(コード)汝の聖火(プシエル)――

蒼炎の大蛇プシエルを発動させ、逃げ惑う隙も与えずに焼殺する。手加減したいが、殺意と敵意を以って襲いかかって来た者には冷徹になる、と決めている。蒼炎が立ち上る通路の中で私は“夜天の書”の管制人格である彼女の起動を承認した。

≪闇の書の主の承認を確認。闇の書の管制人格の起動を開始≫

私の目の前で構築されていく1人の少女。私と同じ銀の髪。そして深紅の瞳。祝福の風リインフォース。希望の翼リエイス。どちらも最後の夜天の主である八神はやてが付けた名前。今は名の無き彼女が、“夜天の書”を片手に私の前で片膝を付いた。

「我が主。私は闇の書の管制人格にてございます」

「そうか。君がシグナム達の言っていた・・・。こんな状況で何だが自己紹介だ。私はオーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード。闇の書の主をさせてもらっている」

「はい。存じ上げております。私は言わば闇の書そのもの。騎士たちと通じているため、外界での事は存じています」

「なら話は早い。私が名前の前に“主”を付けられるのが苦手で、従者や道具ではなく家族や戦友と言う関係でありたい、というのも・・・・」

「もちろん存じています。・・・・オ、オーディン・・・」

「よし。よろしく頼むよ・・・・5人目の守護騎士、支天の翼シュリエルリート」

「シュリエルリート・・・?」

「君に名前が無いのは聞いている。だから、名前を贈らせてもらうよ。名無しでは家族の触れ合いが出来ないしな。まぁ君と出逢えた記念のようなものだ。気に入らなければ、別の名前を考えるつもりだが・・・・どうだろう?」

ポカンと私を見上げていた彼女と目線を合わせるために、私も片膝を付いてそう尋ねた。災厄撥ねし魂・導き果てぬ絆・希望の守り手、シュリエルリート。彼女に抱いているイメージを基に様々なベルカ語を合わせて名付けてみた。

「いいえ。不満などありましょうか。名を頂ける。これほど嬉しい事はありません。支天の翼シュリエルリート。ありがたく頂戴いたします。オーディン」

シュリエルの手を取って共に立ち上がる。さぁ守護騎士ヴォルケンリッターは揃った。少しでも良い思い出を作ってもらうために、イリュリアとの争いをさっさと片付けよう。

「シュリエル」

「はい、オーディン」

「私の大切なものが傷つけられそうになっている。それを止めたい。手伝ってくれるか?」

「もちろんです。あなたや騎士たちと共に、どこまでも」


 
 

 
後書き
サワッディー。
サブタイトルになっていた彼女が出るまで馬鹿みたいに時間が掛かった今話。しかも出番が超少ない。なんかごめんなさい。
さて。シュリエルリート、なんて長ったらしい名前を得て登場した彼女。
ベルカ(ドイツ)語の単語を複数かけ合わせて作ったものです。

最初に、シュ。これは、『シュティーフミュッターヒェン』『シュネーグレックヒェン』から付けてます。
共に花の名前で、前者はビオラ。後者はスノードロップ。花言葉が彼女に合っていると思ったので選びました。
抜粋すると、ゆるぎない魂、逆境の中での友情、希望、逆境のなかの希望、悲しみの中に浮かぶ希望。

次に、リエ。これも花の『椿/カメーリエ』の花言葉から。私がリインフォースに勝手に抱いた感想から。
抜粋。慎み深い、卓越性、もろさ、短命な美、申し分のない魅力、完全なる美しさ、理想的な愛情、ひかえめな愛、純潔。

次に、ル。『ターコイズ/テュルキス』のジュエルメッセージから。
抜粋。幸運、旅の護符、厄除け。

最後の、リート。リートは『歌』で、最後のトには『ダイアモンド/ディアマント』を引用。
ジュエルメッセージを抜粋。永遠の絆、純潔、不滅、と言ったところですか。

では最後に。このエピソード・ゼロで絶対にやっておきたかった事はほぼ終わりました。
ルシルが夜天の主になる、クラウスと出逢う、歴史に名を残す、守護騎士とリサを逢わせる、ですね。
ですが、絶対にとは言わずともやりたい事がありますので、『なのは達が出るエピソード』までもうしばらくお待ち頂ければ、と思っています。
 

 

Myth8シュトゥラの魔神~Odin Saintest Von SchserwaloaD~


†††Side????†††

国境で待ち構えていた国境防衛騎士団と王都近衛騎士団の混合騎士団と合流した私とシャマルさん。オリヴィエ様付きの騎士である私が姿を見せた時は凄く驚かれたけど、オリヴィエ様の御指示だと伝えるとすんなり(言わずともそうなっていたと思うけど)受け入れてくれた。

「はふぅ、それにしても・・・・」

酷い目に遭った。まさか空を飛ぶ事があんなに怖いものだったなんて。空を飛ぶ事にずっと憧れていた。でも今日のオーディンさんと飛んだ体験からして、ちょっと考えさせられた。私に空は合わない。うん、別に空を飛べなくたって、魔法陣で足場を作る魔導・法陣結界で十分だ。

「騎士リサ。えっと、大丈夫?」

「あ、はい。ちょっと酔っているようでフラフラしますけど、何とか大丈夫です」

シャマルさん。私を抱えて地上にまで降ろしてくれた、もはや恩人のような女性。王城で、オーディンさんと同じお医者様だと伺っている。おっとりした、優しい御方だ。私がそう答えると、シャマルさんは「これから大事な戦いが始まるから、治しておきましょ」と、治癒魔法を掛けて下さった。
それで本当は辛かったフラつきが治った。感謝を告げると、シャマルさんは「いいえ。癒しと補助が私の役目ですから」と笑みを浮かべた。安心できる笑顔だなぁ、と思っていると、空が一瞬だけど強く光った。

「始まったみたいね」

シャマルさんが空を見上げて言う。私や騎士団の皆さんも同様に空を見上げる。そこには凄絶な光景が広がっていた。蒼い閃光と化しているオーディンさんの周囲に3ケタ近い槍が展開されていた。これらが一斉に1隻の戦船に突撃して行って、次々と着弾して爆発を起こしていった。
最初の数本の槍で防御障壁が砕け、残りで外壁や艦側面に在る砲台を破壊していく。他の2隻からオーディンさんに向けて幾条もの砲撃が放たれるけど、高速かつ複雑な軌道で空を翔けるオーディンさんには掠りもしない。
防衛騎士団の皆さんからは「相変わらず速いなぁ、騎士オーディン」とのんびりした声が漏れ、近衛騎士団の皆さんからは「なんだあれっ?」「うわっ、すごいなっ」「あれが噂の・・・!」などなどの驚愕の声。

「単独の魔導で戦船の障壁と外壁を突破する攻撃力、2隻からの砲撃を回避しきる機動力・・・確かにあれだけの戦力なら人だけの騎士団なんて一溜まりもない・・・」

開いた口が塞がらない。一目オーディンさんを見た時、あの方の実力を計り損ねた。今なら解る。計れなくて当たり前だ。計れるはずがない。あんなデタラメな・・・。砲撃を避けきったオーディンさんが外壁を破壊した戦船の中に侵入して行った。そしてすぐにその戦船の至る所から爆発が起き始めた。本当にオーディンさんは単独で戦船を撃沈させるつもりだ。

「イリュリアの動向に変化がありましたっ」

ここへ向かって進軍して来ているイリュリア騎士団の動きを視ている騎士の方から報告が上がる。進軍していたイリュリア騎士団は軽い恐慌状態に陥って、進軍を止めているとのこと。当たり前過ぎて何も驚く事ない。対人戦で反則とでも言える戦船を、対する人間が単独で墜としたんだから。

「このまま退いてくれれば無駄な血を流さなくて済むのだけど」

「そうですね。シュトゥラに攻め込むのがどれだけ無駄な労力か、これで思い知ってくれればいいんですけど」

シュトゥラはそれほど強い国じゃなかった。だけど、オーディンさんが付いた事で一気にその戦力は増大した。たった1人が加わったことで変わるなんて悪夢みたいだろうね、敵国とからすれば。緊張感が漂う中で待機している私たちに「イリュリア騎士団の進行が再開されましたっ!」と報告が入る。しょうがないか。向こうもいろいろ大変なんだろうなぁ、最近は負けっぱなしだし。

「各騎! もうしばらくすればクラウス殿下がいらっしゃる。殿下に無様な戦いは見せられないっ、判っているなっ!」

この混合騎士団の将を任されているらしい方がそう言うと、他の皆さんが「(ヤー)ッ!!」と叫び返す。あまりの声量に思わず耳を塞ぐ。すごい熱気。アウストラシアの近衛騎士団もこれだけ元気ならいいんだけど。みんな冷めてるから。
同僚の事を思い出していると、「シャマル」と太い声が聞こえて来た。見ると、頭に獣耳とお尻から尻尾を生やした男性が1人。シャマルさんは「ザフィーラ」と駆け寄って行く。オーディンさんが仰っていた、アムルでお留守番しているもう1人、というのはおそらくあの方。

「主オーディンは・・・・空か」

「ええ。御覧の通り。オーディンさん、戦船を相手に戦っているわ」

何度も爆発を起こし続けながら次第に高度を落としていく戦船。あの戦船はもう終わりだ。他の2隻が落ちて行く戦船を見てどういう行動に移るか、ちょっと興味深い。

「各騎。こちらも進軍を開始する。数は圧倒的に劣っているが、恐れる事は無い。歴史は深くとも、その暴挙は数知れず。イリュリアのこれ以上の暴挙を許すな。進軍開始!」

こうして私たちもイリュリア騎士団を迎え撃つために進軍を始めた。

†††Sideリサ⇒シグナム†††

戦船が徐々に落ちて行く。所々から爆発を起こし、魅了されてしまうほどに美しい蒼の閃光を撒き散らしながら。ヴィータが「すげぇ。オーディン、本当にすげぇ」と繰り返し、我らの主であるオーディンに驚嘆している。私とて同じ感想しか出て来ない。よもやこれ程の力を持っていようとは。今まで仕えてきた主とは正しく格が違い過ぎる。

「――って感心してる暇ねぇか、もう始まっちまってる」

「ああ。急ぐぞ。こちらは数で圧倒的に負けている。少しでも実力のある者が参戦しなくては押し切られる」

「シグナム。そんな心配はいらないよ。マイスターが居るんだから」

アギトが胸を張りながら言う。確かにあんな圧倒的過ぎる火力を用いれば対人戦では最強だろうが、オーディンには様々な制限がある。それを思えば手放しで安心できない。それゆえに少しでもオーディンの負担を減らさなければ。そのための我ら守護騎士ヴォルケンリッター。オーディンの信念に連なるために、戦場へ立つ。

『シャマル、ザフィーラ。私とヴィータとアギトもこれより参戦する。お前たちは今どこに居る?』

『私は後方で支援を担当しているわ。負傷者の治療を最優先としてね。ザフィーラなら最前線で敵騎士を薙ぎ払ってるわ。やっぱり守るものの為に戦うという事が力の源になるみたいね。そう言う私もそうだけど』

『そうか。・・・・ああ、私もそうだな』

“レヴァンティン”を横目で見、すぐに戦場へと視線を戻す。そして、「行くぞ、レヴァンティン。信念の下に、我らは戦う」と告げる。“レヴァンティン”はただ≪Ja≫と一言。

「そんじゃま、あたしらもとっとと始めちまおう。な、アイゼンっ」

≪Jawohl. Explosion≫

ヴィータは“グラーフアイゼン”のカートリッジをロードし、「シグナム。あたしはあっちから片すから」と言い、そのまま進路を変え飛び去って行った。ヴィータもまた守るための戦いが嬉しいのだろう。以前までのヴィータなら苛々として、周囲に当たり散らしていたが。さて「アギト、お前はどうする。オーディンは空の上だ。合流するのは難しいだろう」と、側に居るアギトに訊く。

「うぅ~・・・確かにあんなところに行ったら無事じゃ済まないだろうし、それ以前にマイスターの速度に追いつけない・・・・」

そもそもアギトどころかどんな者でも追いつけまい、オーディンのあの速さには。私とてあれは無理だ。ゆえに「なら私と共に来い。単独で動き回るよりかは良いだろう」と提言する。アギトは少しばかり考える仕草をし、「う、うん。マイスターからも融合の許可もあるし、一緒に行く」と首肯した。
そうと決まればすぐに動かねば。並居るイリュリアの騎士団に突っ込む。我らの姿を確認したイリュリアの騎士が「新手だ。気を付けろ」「フォーアライターの騎士の報告にあった女剣士だ」と騒ぎだす。

「グラオベン・オルデン、シグナム。参る」

「同じくグラオベン・オルデン、炎の融合騎アギト!」

――紫電一閃――

――フランメ・ドルヒ――

“レヴァンティン”のカートリッジを1発ロードし、刀身に紅蓮の炎を纏わせ一閃。敵騎士を斬り払っていく。アギトも炎の短剣を複数射出し、多数の敵騎士を撃っていく。それにしても数が多いな。味方の騎士も善戦しているが、やはり数が圧倒的に少な過ぎる。どこを見ても必ず敵騎士の姿が視界に入る。それから我々は、参戦してから10分ほどの間ずっと敵騎士を斬ったのだが・・・

『くっそぉっ。アイゼンでどんだけブッ叩いても全然数が減らねぇっ!』

『だからと言って焦りを見せ、下手を打たんようにな』

『判ってんよ。てか、思念通話なんかしてる暇があったら少しでも数を減らせよシグナム』

張り切るのはいいが、馬鹿な真似だけはしないでもらいたいものだ。それに一方的に思念通話を繋げたのはお前だろう、ヴィータ。と文句を言う暇もなくまた一方的に切られた。しかしヴィータの言う通りまったくと言っていいほど敵の数が減っていないようにも見える。

『アギト。ここで時間を取られるのは得策ではない。融合、行けるか?』

『・・・うん。ロード・シグナムとの融合準備』

先の戦闘の後、オーディンに私とアギトが無許可で融合した事を詫びた。しかしオーディンは我らを叱るどころか、

――構わないよ。私よりシグナムとの相性がずっと良いだろうしな。もしアギトとシグナムが良いのなら、2人にはロードと融合騎の関係となってもらいたい――

そう言って微笑んでいた。確かに同じ炎熱系の魔力変換を得意とし、魔力光も同じ。相性で言うならば確かに私とアギトは最高だと言えるだろう。融合状態も完全だった。だからと言って私がロードになっていいのか?という迷いもあった。しかしアギトの話によると、オーディンとアギトは上手く融合が出来ないそうだ。融合できる時間は最大で30秒。それ以上は弾き出される、と言っていた。

「「融合っ!」」

アギトと融合を果たし、我々の最大火力を数倍にした融合形態となる。「融合形態だっ! 油断するなっ、強敵だぞっ!」とより一層騒然となる。しかしもう遅い。すでに周囲一帯が攻撃可能範囲だ。“レヴァンティン”のカートリッジを2発ロードし、シュランゲフォルムへと形態変更する。

――シュランゲバイセン――

“レヴァンティン”の刀身を伸ばし、周囲に居る敵騎士のみを討っていく。だが中には腕の良い騎士もおり、“レヴァンティン”の軌道を読み、回避に成功する者も当然出てきている。
私に肉薄しようと跳びかかって来た数人の騎士。しかし私は独りではない。『防御が薄くなった隙を埋めるのもあたしの役目だっ』とアギトが私の内で言う。私の周囲に火炎の弾丸が生まれる。

――ブレネン・クリューガー――

そして放たれ、直撃せずとも僅かに生まれたその隙を突き、“レヴァンティン”で斬り払っていく。この短い攻撃だけですでに十数人と討ち取った。しかしまだまだ敵は居る。もし全員がオーディンを討つために用意された戦力であると言うのであれば、納得のいく数だ。だがそれでもオーディンは討てまい。オーディンが万全の状態で居る以上、まず勝てないだろうからな。

†††Sideシグナム⇒????†††

支天の翼シュリエルリート。此度の“闇の書”の主であるオーディンが、私の為だけに考えて贈って下さった、私だけの名前。
永きに亘り旅をしてきた我らだが、これまでの主にまともな扱いを受けた事は無かった。しかし、「これがこの戦船の動力炉か。確かに膨大な魔力を感じる・・・よし」と、この戦船を動かしている動力炉を見上げ、満足そうに頷いている我らが主オーディンは、戦の道具であった騎士たちを家族として見てくれ、迎え入れてくれた。

「シュリエル。少しばかり私は無防備になる。その間、敵が来たら迎撃してもらいたい。頼めるか?」

「はい、もちろんです。オーディンに害為す者が来れば、必ずや排除いたします」

命令ではなくお願い。そこからして今までの主とは違う。私は踵を返して動力室の入口へと向かって歩く。その途中、僅かに振り向き、オーディンの後ろ姿を横目で見る。オーディンは動力炉へと手を伸ばし、ピタリと手の平を付いた。そして小さく「コード・イドゥン」と呟く。
目を疑う光景。戦船の動力である魔力が、オーディンの手へと吸収されていく。オーディンは魔力の枯渇によって記憶を失う。それに対する策が、おそらく今の魔力吸収。あれならば魔力を消費しても供給できる。激しい震動が私とオーディンを襲う。動力を失っていく事で戦船が墜落しようとしている。

「シュリエル、脱出するぞ」

――女神の陽光(コード・ソール)――

オーディンは内壁に手を翳し、強大な蒼炎の砲撃を放ち、壁に大穴を開けた。たった一撃で分厚い戦船の装甲を貫通する、溜めが無くとも発揮されたその威力に、私は軽く戦慄した。しかしオーディンはその圧倒的な力を支配や破壊の為ではなく、守り救うために使うという信念を持っている。だから私や騎士たちは何も憂うことなく付いて行ける。きっとオーディンの選び進む道は間違ってはいないのだから。

「スレイプニール・・・!」

背に構成されている三対の黒翼を羽ばたかせ、蒼光の剣翼と細長いひし形の翼、計22枚を背負うオーディンの後に続いて私も船外へと飛び立つ。それとほぼ同時だった。別の2隻の戦船が、先程までオーディンと私の居た戦船に向けて幾条もの砲撃を放ったのは。
一斉掃射を受けた戦船が爆散する。衝撃波や破片に巻き込まれてしまう。そう思った時、オーディンが私の体を抱きかかえてくれた。視界が一瞬真っ白となる。視界が元に戻った時、私はオーディンに抱きかかえられている状態で、戦船は遥か下。

「さぁ2隻目に行こう・・・!」

オーディンは私の腰に回していた腕を離し、それだけを言って急降下。私も続けて急降下を開始。私たちを迎撃するために放たれた艦載砲撃は曲線を描き、私たちに迫ってくる。オーディンは速度を緩める事なく突撃を敢行。砲撃を最小限の動きのみで回避しきって行く。私も続くが、あれほど滑らかな動きは出来ず、停止と急加速を繰り返して回避。

――屈服させよ(コード)汝の恐怖(イロウエル)――

オーディンの左右に巨大な蒼い円環が展開される。それより出でるは、一対の白銀の巨腕。戦船よりずっと小さいが、それでも一番小さい小指でも周囲50mは優に超えている。そのうえ膨大な魔力を秘めているのが否応なく理解できる。大きさなど最早関係ない。
オーディンは「ジャッジメントッ!」と指を鳴らし、右の巨腕で1隻の戦船を鷲掴み、左の巨腕で拳打を放った。障壁に妨げられ、周囲に強烈な衝撃波が放たれた。だが障壁はそう長くもたなかった。不可視の障壁が目視できるほどにヒビが入っていき、砕けた。左の巨腕もまた戦船を鷲掴み、その動きを一切封じ込めた。

「突入する。シュリエルッ!」

「はいっ!」

――轟き響け(コード)汝の雷光(バラキエル)×3――

オーディンは蒼雷の砲撃を3発同時に放ち、戦船の外壁に大穴を開けた。先に突入したオーディンに続こうとしたが、「止まれッ!」と呼び止められた。振り返ると、敵の空戦騎士団がズラリと並んでいた。

『イリュリアの空戦騎士かっ?』

『ここは私にお任せをっ。オーディンは戦船の方にお願いいたしますっ』

『・・・・任せるぞ、シュリエルッ!』

「『はいっ!』・・・ここから先は行かせん」

オーディンの壁となるため私は船外に留まり、イリュリア騎士へと意識を集中させる。それぞれが剣や槍や斧などと言った武装を構え、「いざ覚悟っ!」と襲いかかって来た。空戦が行える騎士は実に珍しい。空間把握能力などと言った必須技術が多いからだ。
そう言った技術面や才能などの要素が必要なために、無理して空戦技能を習得する者は多くない。ゆえに騎士は基本的に陸での戦闘だ。騎士は派手で複雑な技能など要らない。

「(それでもなお空戦技能を有するのであれば、それは・・・かなりの強者、ということになる)グラオベン・オルデン、支天の翼シュリエルリート・・・参ります」

――ブルーティガー・ドルヒ――

手始めに、迎撃の為の高速射撃の短剣を複数射出。奴らはパンツァーシルトや手にする武装で防御。防いだのには驚嘆だが、その代わり動きを止めたその隙を見逃すような私ではない。魔力球ハウリングスフィアを4基設置し、「響け」私自身と4基の魔力球より同時多角砲撃ナイトメアハウルを放つ。咄嗟に回避できた者以外は今の一撃で墜ちた。甲冑を撒き散らせながら地上へ落下して行く。

「すまないが、早々に終わらせてもらう。闇に・・・・染まれ」

――デアボリック・エミッション――

私を中心として球体状に爆ぜる、純粋魔力による広域空間攻撃を行うデアボリック・エミッションを発動。防御関連の魔導を発動する事への阻害効果があり、並の騎士が防御をしたところで否応なく突破され撃破される。現に私に向かってきた騎士たちは今の魔導で全員が墜落して行った。

『オーディン。船外の騎士団の撃破を完了しました。御指示を』

『早いな。なら君も地上に降りて、シュトゥラの騎士団の援護に回ってくれ』

『もう1隻の戦船やオーディンの援護は、もうよろしいのですか?』

『ああ。私は単独で大丈夫だ。それにもう1隻の方もすぐに片付ける。気がかりは地上だ。少しでも戦力を地上に回した方が良い』

『・・・・判りました。御武運を』

『シュリエルも。無茶はしないようにな』

思念通話が切れる。「無茶はしないように、か」その御心遣いが嬉しかった。地上を見回す。シュトゥラ方面から四桁近い騎士が進軍して来ている。味方だ。対するイリュリアの騎士団だが・・・・少なからず離脱している騎士が目立ってきた。
深手を負い、戦線を維持できなくなってしまった騎士だろう。こちらも負傷した騎士が多いが、風の癒し手を始めとした治癒術師が多いために戦線復帰する騎士が多い。おそらく此度の戦はシュトゥラの勝利で間違いないだろう。このまま何事もなければ、だが。

「なら少しでもこちらを優勢にしておこう」

オーディンの御指示の下、私は地上へと向け降下する。

†††Sideシュリエルリート⇒オーディン†††

私を迎撃に来た騎士たちを片っ端から討ちながら、通路をひたすら翔ける。目指すはこの戦船を動かす心臓・動力炉。魔術を使って消費した魔力を供給するためにだ。魔力を吸収する魔術・女神の救済(コード・イドゥン)。今のところは上手く機能していて、魔力枯渇による記憶の消滅を防いでくれる。

「――っと、さっきの艦と同じ構造なら、次の十字路を右に曲がって、無駄に広い部屋を突っ切った後だな」

先に沈めた艦のマップを思い浮かべる。3隻全てが同型艦だったから、まず間違いなく内部構造は同じだろう。十字路へと着き右折。数百mと進み、通路と部屋を隔てる扉に突撃を掛けるようとしたところで、扉の奥から圧倒的な戦意が漏れ出している事に気付いたため、一度飛翔を停止。

(なんだ? この馬鹿正直とも言える戦意は・・・・)

ヘルモーズを解除し、通路の床に降り立つ。そして両開きの扉を開け、戦意を放っていた馬鹿正直な存在の正体を視界に入れる。迷彩服のような騎士甲冑。四肢に武装しているカートリッジシステム搭載の籠手と具足には、指の数と同じ計20本の鉤爪。アギトとシグナムとヴィータから聴いていた、フォーアライター・オルデンの団長・ファルコ・アイブリンガーの特徴と一致。

「戦船なんて、対人戦に引っ張りだすような戦力じゃないと思っていたけどさ、あんたの前じゃただの的だったわけだ」

「ファルコ・アイブリンガー、だな。先日は世話になったな。味方が13人、死んだ」

そう言いつつ室内に入ると、背後の扉が勢いよく閉じられた。逃がさない、と言いたいようだ。元より逃げるという選択肢など無い。「こっちも何十人と殺され、再起不能にされた」と応じてきたファルコに歩み寄って行く。

「戦争だから戦死者が出るのは当たり前、というのが真理だ。けどさ、それでもやっぱり許せないんだよ、仲間を討った奴の事を」

「そうか。私とてそうだ。付き合いは短いが共に戦った仲だ。毒なんぞで最期を迎えた騎士たちの恨み、ここで晴らすのも良いな」

ファルコ達フォーアライター・オルデンは騎士の誇りを捨て、外法を用いてでも勝利を得ると言う連中だそうだ。それもこれもベルカ統一の座を母国イリュリアに捧げるため。真正の外道ならまだ良かったんだけどな・・・。何も無い大きいだけの正方形の空間。空戦が行えそうなほどにだだっ広いその部屋で、私とファルコは対峙する。

「毒はあんたを討つためだけの戦術だった。俺が解毒剤を持っていると告げ、あんたの周りから味方を引き離して俺たちに引き付けておいて、あんたをじわじわ毒で侵し、死なせるという。しかし結局、あんたは生き伸びた。巻き込まれた防衛騎士団には最悪な展開だよな」

「(ファルコには融合騎が付いている、という話だったが・・・・にしても)お前への考えを改めよう。やはりお前は外道だ。私を討ちたいなら真っ向から挑んでこい」

「それが出来たら苦労なんかするかよ。なんだよ、このティルピッツを押さえ込んであるあの巨大な腕は・・・・よッ!」

ファルコを中心として膨大な煙幕が発生する。煙幕ではなく毒であってももう通用しない。戦闘甲冑の防御効果に対毒関連の術式を復活させておいたからな。室内の気圧を魔力で操作して突風を起こし煙幕を晴らす。室内ゆえに籠るかと思ったが、どこからか換気されているのか晴れていった。

「これは・・・!」

先程までは何も無かったこの大きな部屋がガラリと変化していた。どこをどう見ても深い森の中。無機質な床だったモノが草木の生える土となっていた。

「シミュレーターのようなものか・・・?」

管理局の訓練シミュレーターに類するものだと認識する。質感や匂いまでもが再現されている。この時代にすでにこのようなモノが在ったんだな。少しばかり“機動六課”時代の思い出に浸ってしまう。まぁもちろん深く浸る暇などないが。
ズンズン、と木々を踏み締めて跳躍している音が聞こえる。ファルコは木々を足場にして移動しているようだ。そして突然音が途切れた。周囲に意識を巡らせ・・・・気配を察知。

――暴力防ぎし(コード)汝の鉄壁(ピュルキエル)――

振り向きざまに対物障壁・蒼光の盾ピュルキエルを発動し、高速で突撃してきたファルコの一撃を防御。至近距離で視線が交わる。ファルコは「初手を完璧に防御する奴はあんたで2人目だよ」と言い放った後、また森の奥へと消えて行った。

「あんた、卑怯だよ。人間に許された一線をとっくに超えてるよ、あんたの魔導」

――クラオエ・デス・イェーガー――

また突撃してきた。ハンターグリーンの魔力光を纏った両手の鉤爪による刺突攻撃。伸ばされているのは右手のみ。回避しては、引き絞られている左の鉤爪で追撃を受けるな。ならば防御でファルコの動きを封じた後、カウンターを喰らわせる。対物・対魔力の効果を持つ、無数の小さな円盾を組み合わせて巨大な1つの円盾とする防性術式、

――護り給え(コード)汝の万盾(ケムエル)――

ケムエルを展開。ファルコの攻撃はケムエルによって防がれ、間髪入れずに突き立てた左の鉤爪も防ぐ。背後から一撃を喰らわせるために魔術をスタンバイしようとしたところで、背後から魔力反応。すぐに風の融合騎フュンフのものだと察する。振り返ることなくケムエルを背後にもう1つ展開。そしてケムエルに着弾する衝撃波。前方のファルコをケムエルごと押し返して弾き飛ばし、背後に居るはずのフュンフに向けて、

――咲き乱れし(コード)汝の散火(マルキダエル)――

蒼炎の魔力弾を7基射出し、背後の森へ進入したところで「爆散粛清(ジャッジメント)」と告げる。マルキダエルは炸裂弾としての効果を発揮。7基のマルキダエルは炸裂し、無数の小型火炎弾となって背後の森を蹂躙した。爆発の余波が届き、私の後ろ髪を激しく揺らす。と、爆発の衝撃波に紛れてフュンフの攻撃であろう真空の刃が私の頬を掠めた。私は姿の見えないフュンフへ向け「やるな」と称賛を贈る。

「そんな掠り傷を付けた程度で私は喜ばないわよ」

室内に反響する少女の声。それに「まぁ掠り傷とは言え、騎士オーディンに一撃与えた事には変わらねぇよ」とファルコの声もまた反響しだした。完全に姿を晦ませたな。爆破した森も復活しているし。早々に勝敗を決して次の艦を墜としに行きたいんだが・・・。

――グラナーテン・ヴィント――

頭上から風の魔力弾が数基降り注いできた。その場から前方へと跳び、回避する。床に手を付いて前転している最中に頭上へ向けて、

――舞い振るは(コード)汝の雷光(パシエル)――

蒼雷の魔力槍を12本射出する。パシエルは天井に着弾して周囲に雷光を撒き散らすが、フュンフとファルコにダメージは与えられなかったようだ。

――ヴォルフ・クラオエ――

気配。しかし姿は見えない。とにかくその場から離れようとしたが、その前に右袖を裂かれた。ステルス、か。ヴィータが言っていたな。すぐさま魔力弾を連射したが、ファルコに当てられなかった。奥の木々がガサガサと揺れる。そこに向け魔力弾を再度連射――したところで、後方からフュンフの衝撃波。風を集束させた魔力槍・巻き起こせ(コード)汝の旋風(アムブリエル)を全力で振るって気流を乱し相殺する。
ガシャ、と具足が床を踏み締める音が耳に届いた。大きく腕を振るった事で開いてしまっている私の懐へ、ファルコが最接近してきたようだった。なかなかの連携だ。が、純粋魔力刃・知らしめよ(コード)汝の忠誠(アブディエル)を両手の肘から手の甲、五指に掛けて創り出す。
ファルコの姿が僅かに見えた。両手を床に付き、具足の鉤爪に魔力を纏わせた両脚蹴りを放つ体勢。右前腕の魔力刃アブディエルで受け止め、左手の五指に纏わせたアブディエルでファルコの脚をガッチリ鷲掴み、「そぉぉらぁぁッ!」床に叩きつける。

「うごおっ・・・!」

「続けて行くぞ・・・っ!」

――知らしめよ(コード)汝の力(ゼルエル)――

魔術効果および身体の強化を行うゼルエルを発動。地面に倒れて咽ているファルコを全力で蹴り飛ばす。フュンフの攻撃に警戒しながら追撃の高速砲撃をスタンバイ。

――ギガント・アーテム――

発射直前、十分すぎる質量を持った暴風が私に重く圧し掛かって来た。思わず両膝を床に着いてしまう。というか・・・「キツ・・・!」最早重力を掛けられているかのようで、私を中心に地面にヒビが入っていく。
正直侮っていた。融合騎が、しかもプロトタイプと言われている子が、これだけの強力な魔導を扱えるとは。アギトではこうはいかないだろう。あの子にも轟炎という大魔法があるが、それとはまた別段に強烈だ。

「「融合!」」

耳に届くフレーズ。森の奥から強烈な発光と膨大な竜巻が発生したのが判った。暴風からようやく解放されたところで、早速ファルコらが攻勢に打って出て来た。

――ヴィント・ホーゼ・フェッセルン――

私の四肢を捕らえようと発生した竜巻状のリングバインド。咄嗟に離脱を図り、ギリギリで逃れる事が出来た。とほぼ同時に「喰らいやがれッ!」という攻撃を示す声。

――シュトゥルム・デス・オクテット――

周囲に細い竜巻が8つ発生し、私を包囲。そして竜巻はうねりを見せ、一斉に先端を私に向けて襲いかかって来た。防御に専念するか回避を徹底するか。私は幼少の頃から防御はあまり好みじゃない。だから機動力を最優先に鍛え上げてヘルモーズを創り、次いで攻撃力を鍛えた。遠距離攻性術式が多いのは、私を兵器としてしか見ずに調整した馬鹿親の所為だが。

「どうであれ・・・私に防御は似合わない・・・よなっ!」

――我を運べ(コード)汝の蒼翼(アンピエル)――

背より12枚の剣翼アンピエルを展開し、迫る竜巻を飛翔で回避。追撃してくる竜巻を見、ファルコとフュンフに聞こえるように「私も似たような魔導を使えるぞ」と宣告。

――削り抉れ(コード)汝の裂風(ザキエル)――

削岩機(ドリル)のような形状の竜巻砲撃ザキエルを8基放ち、迫る竜巻を取り込み、そのまま外壁を粉砕し船外へと出す。

「シュトゥラの悪魔、か。悪魔なんて、もうそんな生易しいものじゃないぜ、あんた。悪魔の上役・・・魔王・・・いいや、もはや魔神の域だよ」

――シュトゥルム・デス・オクテット――

――グラナーテン・ヴィント――

――ヴィント・バイセン――

その呆れの含んだ言葉と共に、さっきの竜巻がまた8基、風の魔力弾が18基、衝撃波が3基放たれてきた。私は「魔神か。悪魔よりずっと良い二つ名だよ」と笑みを返し、回避行動に移る。誘導効果のあるのは竜巻のみだ。魔力弾と衝撃波は一度回避しただけで、軌道は変わらず木々を薙ぎ払って消滅した。
どこからともなくファルコが出現した。フュンフと融合しているために、色々と変化が見られる。特に目が行くのは、ファルコの黄金の獣のような瞳。随分とギラギラと睨みを効かせてくる。

「おおおおおおおおおおッ!!」

――シュトゥルム・シャルフリヒター――

ファルコの周囲に風が集まり、さっきの竜巻・・・以上の魔力と風圧を伴って竜巻の蛇と化して突撃してきた。回避。蛇は流麗な動きで追撃してくる。面白い。様子見として、竜巻砲撃ザキエルを放って見るが、弾き飛ばされた。
なるほど。結構簡単に弾かれたな。それなら「懲罰せよ(コード)汝の憤怒(マキエル)・・・!」はどうだ? 龍、雷龍、光龍の3頭マキエルを発動。「粉砕粛清(ジャッジメント)」と指を鳴らし、蛇に巻き付くように突撃させる。ザキエル以上の威力と魔力濃度。そう易々と・・・・おっと、マキエルでもダメか。

(シグナムの紫電一閃の一撃で討ち破ったと聞いていたが、当時より強力になったか、それとも私の魔術の威力が足りていないか)

「どんだけ器用なんだよ、あんたっ!」

『けどそれももう終わりよ。とことん追い詰めて討たせてもらうわ』

――シュトゥルム・デス・オクテット――

ファルコ本体とは別にまたさっきと同じ八基の竜巻が発生、計九基が追撃してくる。面倒だが仕方がないな。これ以上魔力を消費するのも得策じゃない。右手の蒼光の弓を具現。

「フュンフに同意しよう。これでもう終わりだ」

左手に槍の如き長さを誇る蒼光の矢を具現させ、弓に番える。回避運動を取りながら標的をロックオンしていく。速度をさらに上げて、ファルコらを引き離した後、「弓神の狩猟(コード・ウル)」と術式名を告げ・・・ウルを射る。上級術式ゆえに威力はさっきまで使っていた中級術式とは比べるまでもなく高い。ウルは途中で分散、無数の閃光となってファルコらを迎撃。室内が蒼光の爆発で満ち、視界が蒼一色となる。

「・・・・私の勝ち、だな。ファルコ・アイブリンガー、フュンフ」

視界がクリアになり、状況を確認。シミュレーターは壊れたのか室内は元の無機質なものへと戻り、その床に倒れ伏しているファルコとフュンフに向け告げる。ファルコが呻き声を漏らしながら上半身を起こし、フュンフの様子を見る。安堵しているところを見ると、どうやらフュンフは機能停――死んではいないらしい。

「は・・・はは・・・あははは・・・負けた負けた。こりゃ勝てないぜ。だけどな、このまま終わりなわけじゃない。見てみな。あんたが守ってきたアムルに、最後の戦船デアフリンガーの砲撃が向けられる」

空間モニターが展開される。ん? シミュレーターだけじゃなく空間モニターまでベルカ時代にあったのか。それはともかくとして、アムルが映し出された。しかし、判っていないな。こうなる可能性も見越していたからこそ・・・・

「ほら、見てみなよ。アムルが砲火に呑まれる様を!」

その言葉を合図にしたかのようにデアフリンガーという残りの1隻から砲撃が放たれた。だが砲撃がアムルに届くことはなかった。アムルを護るかのように人面の付いた無数の黒石板(モノリス)が出現し、砲撃を完璧に防ぎきった。ファルコが目を見開き、「何が起きたんだっ!?」と叫ぶ。それに対し「紹介しよう。私の使い魔、アンゲルス・カスティタスだ」とモニターに向かって告げる。

「なんだよ、アレ・・・っ? あんたの使い魔? 冗談だろ? ありえないって・・・」

ファルコが呆然と呟く。七美徳が純潔――アンゲルス・カスティタス。以前召喚された契約先世界で従えた、七美徳を司る七大天使の一体。チェスのナイト(馬の形をした奴だ)の駒の額に1本の角を付けたユニコーンを胴体として、数億個のモノリスで両腕を形作っているという異形の姿。もちろん天の御使いたる証明――エンジェル・ハイロウもある。黄金の光で構成された幾何学模様の紋章だ。
かなり前の契約で、戦友だった男の息子――ネギ・スプリングフィールドを殺さなければならなくなった時に刺客として送り込んだが、護衛だったシャルに6体潰され、そのネギとパートナーの少女たちと、裏切ってくれた監視の天使ラグエル達に一体潰された。その果てに私もシャルの仇として、ネギと少女たちやその仲間たちによって斃されるよう仕組んで、計画通り斃されるに至った。

「――というわけだ。カスティタスが私の代わりにアムルを護る。残念だったな」

「・・・・正しく魔神だよ、本当に。怪物たる悪魔の頂点。あんた、その力があれば何でも支配できるな」

「そうかもな。だが支配なんぞに興味はない。・・・・ファルコ。退いて、二度と戦場に立たないと言うなら見逃す。退かねば、残念だが・・・殺す」

「・・・・逃げれば生かす、か。そうだよな、あんたにその権利があってもおかしくない。勝者だしな。でもな・・・」

ファルコはフラ付きながらも立ち上がる。四肢に装着している籠手と具足は健在なようでカートリッジをロードし続ける。「残念だよ」と左手に火炎の魔力槍・舞い振るは(コード)汝の獄火(サラヒエル)を創り出し、ファルコへと歩み寄って行く。

「これでもテウタ王女派の騎士の1人として数えられているんだよ。逃げられるわけが・・・・ねぇだろうがぁぁぁーーーーッ!!」

――クラオエ・デス・イェーガー――

獣のように一度体勢を低くした後、姿が描き消えるほどの速さで跳躍しながら突撃してきた。だがな、見えているよ。ダメージの所為もあるのだろうな。シャルの閃駆、フェイトのソニックムーブやブリッツアクションに比べれば遥かに遅い。サラヒエルを何も無い宙に一閃。だが確かにファルコを捉えた。サラヒエルの一撃を受けたファルコが吹っ飛んで外壁に叩きつけられた。

「トドメだ」

投擲体勢に入ると、「ファルコは殺させないわッ」とフュンフが立ち塞がった。ファルコは自分を庇うために私に立ちはだかった「フュンフ・・・!?」の姿を見、驚きを見せた。

「ファルコは私のロードよ。私はプロトタイプとはいえ融合騎。ロードを守るのが最優先の務めなのよ」

「よせ。もう俺たちじゃコイツには勝てない・・・」

「解ってるわよ、それくらい。格の違いを見せつけられたもの。魔神・・・言い得て妙だわ。悪魔の頂点たる魔神の如き強さ。数多くの種類の魔導を苦もなく発動させるその才」

――グラナーテン・ヴィント――

フュンフの周囲に風の魔力弾が10基展開される。しかしやはりダメージが酷いのか展開し続ける事が出来ず、魔力弾が消滅した。歯噛みするフュンフに、「ファルコを生かしたければ、先程の私の案を呑め」と告げる。フュンフの目に怒りの色が満ちた。あぁダメか。「逃げるなんて出来るわけがないでしょうっ!」と叫ぶ。

「前回はシグナムとアギトに良いようにやられて逃げたじゃないか」

「ちょっ、ちが――あれは、ヴォルケンリッターの事を報告するために仕方なく・・・もうっ! 風拳!」

両拳に風を纏わせ突っ込んで来ようとしたが、その前にファルコに捕まった。

「もうやめろ、フュンフ」

「ファルコっ? なに諦めようとしているのよっ! 逃げるなん――あっ・・・判ったわよ・・・」

ロードであるファルコが折れてくれれば、フュンフも折れるだろう。まさしくその通りとなった。このまま大人しく騎士をやめてくれれば助かる。ファルコはニッと笑みを浮かべ、「じゃあな」と別れの挨拶らしきものを言った。

「・・・・ぐっ・・!?」

その直後、突如として私は真横から強烈な衝撃を受け、成す術なく吹き飛ばされた。宙で体勢を整え、内壁に叩きつけられるのを阻止。床に着地し、私を襲った衝撃の正体を見やる。

「そういうわけで、これで失礼するぜ・・・・」

「憶えていなさいよっ、魔神オーディン! 今度こそ、その首を貰うんだからっ!」

ファルコとフュンフが、宙に浮くシンプルな長方形の鏡の中に消えて行く。いや、そんなものなど最早どうでもいい。その鏡らしきものを創り出した術者に目が釘付けになってしまう。私に一撃くれたのはあの術者で間違いないだろう。ああ、知っている、判っている。
鏡のようなアレも、突然現れた術者の正体も。絶対にあのクソ野郎の末裔で間違いない。男尊女卑の権化だった、天光騎士団・星騎士シュテルン・リッターが第八騎士アハト・リッター・鏡の境界・・・名はそう・・・

「サー=グラシオン・ヴォルクステッド・・・・」

「サー=グラシオン? 確かに僕の姓はヴォルクステッドですが・・・。あ、紹介が遅れました。イリュリア騎士団が一、強暴なる氷盾騎士団(アムレット・オルデン)を率いています、ゲルト・ヴォルクステッドと言います」

聞かれていたか。というか、人格面は普通だな。礼儀正しくすらある。二十代に突入したばかりと見える青年。グラシオンと同じハンティングピンクの髪(遺伝であんな派手な髪色だとしたら同情してしまうな)はサラサラショート。グラシオンはどれだけ目立ちたいのか、髪をツンツン立てていたな。

「それでは誠に勝手ですが、これで失礼いたします」

ゲルトの側面に鏡が生まれる。グラシオンと同じものだ。グラシオンの有していた神器である魔鏡“フェアドレーエン・シュピーゲル”による魔術反射や転移。それと同じ事を、神器ではなく魔導、もしくは能力で行っている。
私は追撃もせず、ゲルト達をただ見送った。これ以上連中に構っていられない。早々にこの戦船ティルピッツの動力炉から魔力を供給し、最後の1隻デアフリンガーからも魔力を供給しないとな。剣翼アンピエルを展開し、動力炉を向けて飛行を再開。通路を出て数十秒。

≪警告。本艦ティルピッツは砲撃の標的となっています。至急退艦してください。繰り返します――≫

そんな艦内放送が流れた。ティルピッツごと私を艦載砲撃で撃つつもりか。魔力供給は諦めて、外へ脱出するためにティルピッツを鷲掴んでいるイロウエルを操作し、艦体を真っ二つにへし折ってもらう。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

イリュリア王都の中央にそびえる王城、その城内のある一室。ゲンティウス王や数人の執政官や騎士団総長グレゴール、そしてテウタ王女という顔ぶれが揃っていた。
美術品のような長テーブル4つを正四角形の形に配置し、それぞれが腰かけている。長テーブルに囲まれるように中央には球状の空間モニターが展開されていた。映し出されているのはオーディン。そして守護騎士ヴォルケンリッター。先程まではオーディンとファルコの戦闘が流れていた。国境で行われていたグラオベン・オルデンの戦闘は、全てイリュリアの上層部に筒抜けだった。

「ご覧に頂けましたか、御父さ――ゲンティウス陛下。最早シュトゥラを弱小国など侮っているわけには参りません。オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード。騎士ファルコや融合・五番騎が言っていたように、彼は魔神の如き強さを持っています。対人戦ではおそらく勝つ事は無理でしょう。戦船をああもう容易く墜とす事が出来るのですから」

テウタ王女が立ち上がり、オーディンの強さに絶句しているゲンティウス王や執政官らを見回した。

「お兄様はああして騎士団を率いていますが、おそらく負け戦となるでしょう。魔神オーディンと闇の書の守護者ヴォルケンリッターがシュトゥラに居る以上、私たちイリュリアにベルカ統一は不可能です」

「むぅ・・・それは、そうかもしれぬが・・・」

「ですので、私は提言させていただきます。エテメンアンキおよびミナレットを使用し、この泥沼化しているベルカ統一戦争の幕を一気に降ろしましょう。もちろん我らイリュリアの勝利と言う形で、です」

テウタ王女の提言に、グレゴールを除く全員が度肝を抜かれた。“エテメンアンキ”と“ミナレット”。イリュリアが遥か昔より有していた超兵器の名だ。その2つは戦船どころの戦力ではない。まさに世界を破壊しうるだけの威力を有している。ゆえにゲンティウス王に「ならんっ!」と却下の一言が下る。

「イリュリアが成すべき事は、破壊による支配ではなく、勝利による統治。エテメンアンキとミナレットは、我らに勝利どころか破滅をもたらすだろう」

「聖王家の有する聖王のゆりかご。万が一にもゆりかごを戦場に持ち込まれてしまえば、イリュリアの勝利は崩れます。その最悪な事態が起きてしまった場合、早急に対処するために最低でもミナレットの運用を視野に入れませんと――」

「ならんっ。・・・・テウタ、我が娘よ。破壊の後には、我らの望む世界はないのだ。よいか? わしが王座に座する限り、エテメンアンキとミナレットの使用は認めん。魔神オーディンとその配下・守護騎士ヴォルケンリッター。その問題についてはお前が出張ればよい」

「っ・・・・判りました。申し訳ありませんでした」

ゲンティウス王とテウタ王女のそのやり取りを以って、“エテメンアンキ”と“ミナレット”使用の件は一時収まりを見せた。



 
 

 
後書き
ジェアグゥィチエルモジン、ジェアグゥィチトロノーナ、ジェアホナグゥィチ。
前作でも似たような(いや、まったく同じ)謝罪をしましたが、戦闘ばっかで申し訳ないです。
エピソード・ゼロの最終話に行く前に、ほのぼのとした話を1,2話くらい入れたいんです。
そのために早々にイリュリアと決着をつけたい。まぁ今後のエピソードの為に、本エピソードばかりにほのぼの話はガッツリ詰め込めませんが・・・。
と言うわけでもうしばらく続きます、戦闘話。くぅ、次のエピソードに行く前に過疎りそうで不安なんですけどね(怯)。
 

 

Myth9そして時代の針は動きだす~Quo Moriture RuiS~

 
前書き
Quo moriture ruiS/クゥォー・モリトゥーレ・ルイス/どこに急ぐのだ、死に逝く者よ  

 
†††Sideオーディン†††

戦船ティルピッツをイロウエルで真っ二つにへし折り、残りのデアフリンガーの砲撃が放たれる前に脱出に成功。イロウエルを解除して消滅させた後、デアフリンガーは砲撃を放ってきてティルピッツにトドメを刺しに来た。
衝撃波や爆炎、破片などの物理攻撃で私をどうにかしようと考えたんだろうが無駄な事。空戦形態ヘルモーズを発動し、すぐさま衝撃波や弾け飛んで来る破片の効果範囲より離脱している。デアフリンガーへ向かう前に、シグナム達やクラウスに連絡しておいた方が良いな、カスティタスの事を。

『こちらグラオベン・オルデンのオーディン。アムルを守る巨像は私オーディンの使い魔である。名をアンゲルス・カスティタス。だから警戒せず、各々安心して目の前の敵に集中してほしい』

デアフリンガーより放たれてくる砲撃を回避しながら思念通話を送る。するとクラウスから『アレがあなたの使い魔ですかっ!?』と、心底驚愕しているような声色で返してきた。今のクラウスの顔を想像してしまって小さく笑ってしまうが、コホンと咳払いした後に『ああ。だから攻撃しないように――って、戦船ではないようだから大丈夫か』と返す。クラウスはちゃんと私の要望を聞いてくれたんだな。

――知らしめよ(コード)汝の忠誠(アブディエル)――

念のために魔力消費の少ない魔力刃生成術式アブディエルを150m程の長さで発動し、デアフリンガーの艦体側面に並ぶ砲台に向け一閃。障壁ごと砲台を斬り裂き、無力化する。そうする事で私に向けられる砲撃の数が激減した。早々に艦内に侵入し、動力炉から魔力を頂戴しないと。あまり消費したくないからな、これ以上は。

『ええ。オーディンさんの要望ですから。ですが・・・あの巨大な像が使い魔・・・。貴方には本当に驚かされてばかりだ』

『飽きないだろ?・・・・私はこのまま最後の1隻を撃沈させる。地上はグラオベン・オルデンと国境防衛・近衛混合騎士団が頑張って数を減らしてくれているが、まだ増えるし、投降してきた捕虜の見張りや連行にも人員が割かれている。それに――』

『この騎士団を率いている将、ですね』

『そういう事だ。これほどの大騎士団。率いている将はよほどの地位を担っていると見ていい。クラウス、行けるか?』

『もちろんです。元より僕も出陣するつもりでしたから。では戦場で会いましょう』

『ああ。道づくりは任せてくれ』

クラウスとの思念通話が切れる。「我が手に携えしは確かなる幻想」と詠唱。固有魔術より魔力消費の少ない複製術式をスタンバイ。私の周囲13ヶ所に魔力を集束させていく。集束砲、と呼ばれるミッドチルダ式の魔法。
今より使う術式のオリジナルの使い手の名は、高町なのは。術式はもちろん私用にイジってある。ターゲットを確認。3発をデアフリンガーへ。残りは地上。シュトゥラとイリュリアの両騎士団が衝突している最前線に向かって来ているイリュリアの増援へ。

――スターライトブレイカー・エクステンドバースト――

「行けッ!!」

ブレイカーを発射。デアフリンガーの砲撃を粉砕しながら3発が着弾し、デアフリンガーの外壁を爆発破砕。残り10発も増援部隊に着弾。固有魔術よりかは威力は劣るが十二分に効果を発揮し、粉塵が晴れたその場には倒れ伏したイリュリア騎士団が百何十人と。

「・・・・さすがなのはのブレイカー。いつ見ても清々しいほどの威力だな」

さてと。地上の疲弊を少しでも和らげることが出来たはずだし、デアフリンガーへと魔力泥棒に行くか。進路を改めてデアフリンガーへと移し、アギト達グラオベン・オルデンのみに思念通話を繋げる。

†††Sideオーディン⇒ヴィータ†††

あのデッケェのがオーディンの使い魔、か。なんつうか「すげぇ」よな。てかアレって生物か?んわなけねぇよな。どう見ても石像だしな。敵をぶっ倒しながら、空に浮くアンゲルス・カスティタスって奴をチラチラ見る。オーディンかぁ。本当に何者なんだろうな。疑うわけじゃないけど、ここまですごいとなんて言うか・・・気になっちまう。

『アギト、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。すでに見知っていると思うが、闇の書の管制人格を起動した』

ああ、判ってる。さっき空でアイツの魔法、デアボリック・エミッションが発動したのが見えた。それに地上に降りて、敵を張りきってぶっ飛ばしているのが離れていても判る。オーディンから続けて『彼女に名が無いのは君たちから聞いていたからな。だから名付けさせてもらった』って、なんつうか羨ましく思ってしまう事を言われた。

『主オーディンから賜った私の名は、支天の翼シュリエルリート。シュリエルだ、皆、これからよろしく頼む』

アイツからも思念通話。シグナムがまず『そうか。ではよろしく頼む、シュリエル』って挨拶を返して、シャマルも『よろしくね、シュリエル』、ザフィーラも『ああ、頼む。シュリエル』って返す。アギトも『よ、よろしく、シュリエル。アギトです』ってちょっと緊張気味に返した。あたしは・・・・『ふん』つい鼻を鳴らして無視しちまった。

『ヴィータちゃん・・・』

『ヴィータ!』

『よいのだ、烈火の将。これから頼むよ、紅の鉄騎』

アイツの気落ちした声。あたしは今までアイツに八つ当たりばっかしてて。悪いのはアイツじゃないって事くらい昔から理解してる。でもしゃあねぇんだ。今更アイツとどう仲良くすりゃあいいってんだ。もう判らねぇんだ、接し方が。

「クソッ! このまま良いようにやられてたまるかぁぁぁーーーーッッ!!」

あたしに向かってくるイリュリア騎士が数人。鉄球を8つ展開。“アイゼン”をハンマーフォルムに戻して、「どうすりゃいいってんだよッ!」鉄球を“アイゼン”で打つ。

――シュワルベフリーゲン――

魔力を纏わせた鉄球フリーゲンを打ち出して、迫って来ていた奴らに直撃させて甲冑を破壊、衝撃のまま後方に吹っ飛ばす。次の奴ッ。って周囲を見回した時、悪寒が走った。数だけで大したことない奴らばかりかと思ってたけど、今回初めてヤバい感じがした。
あんだけあたしを討とうと躍起になっていた連中が引いて行く。人垣の道が出来て、なんかデカイ狼のような奴が歩いて来たのが見て判る。つうか獣のクセして青白い鎧を纏ってんな。四肢に、背中に、頭に・・・。その狼があたしの目の前、だいたい10m先で立ち止まった。

「我は狂いたる災禍騎士団(プリュンダラー・オルデン)所属の獣騎士ヤークトフント・ⅩⅩⅥ。我らが騎士団長ウルリケ・デュッセルドルフ・フォン・ブラッディア卿の命により、ヤークトフント隊もこれより参戦致す」

獣が喋りやがった。あたしは「守護獣か?」って訊くと、ⅩⅩⅥは「違う。そのような立派なものではない」って笑った。足元に黒い光を放つベルカ魔法陣を展開したあと、「技術部によって生み出された獣型生体魔導兵器だ」って言い終えると、頭を覆う兜がパカッと開いた。

「な・・っ?」

目を疑う。額には若い男の顔があった。しかも「驚かれたか」って口を開けて喋ってやがる。今まであたしと話してたのは狼の方じゃなくて額の人間の顔の方だったわけだ。

「気持ち悪ぃな。つうか見てて哀れに思えちまうよ、そんな姿で生み出されてな・・・!」

――シュワルベフリーゲン――

心底同情しながらフリーゲンを様子見で4発放つ。ⅩⅩⅥは「哀れ、か。元は人間であった我だが、こうして再び戦場へ立つ事が出来るとなれば姿形などどうでもいい」って狼の方の口を大きく開けた。

――咆哮――

黒い砲撃。横っ跳びで回避。連続で放たれてきたからさらに横っ跳びを繰り返して避け続ける。砲撃は着弾点で大きく炸裂して地面を穿っていく。なるほど。こりゃ連中が退くわけだ。石飛礫を払い除けながら考える。走るんじゃダメだ。狙い撃ちにされる。だから空へと上がる。

「元人間って・・・そんじゃお前は獣と融合されたってのかッ!」

「如何にも。しかし人だった頃、我は戦で負傷し二度と戦えない身体となって眠っているばかりだった。それが今ではどうだ。人間の身体以上に速く動けるこの狼の身体。そしてかつては空を飛べなかった我が、こうして空を翔ける事が出来る」

――翼――

ⅩⅩⅥの背中から黒い翼が生えてきて、羽ばたかせて追撃してきた。そんなんありかよ。空飛ぶ狼はザフィーラだけで十分だっつうの。砲撃を尽かすことなくぶっ放し続けてきやがる。しかも徐々に砲速が上がってるし。負けじとこっちもフリーゲンで多方向からの奇襲を仕掛ける。

「人間捨ててまでやる事かよッ、戦争なんてッ!」

「元より死を待つ身だった。ならば何もせず無駄死にするより戦って少しでも敵騎士を討ち、その果てに戦死した方が国と我が意義の為だッ! オオオオオオオオオッッ!!」

――衝撃波――

強烈な鳴き声。その声の大きさに思わず耳を塞ぐ。フリーゲンは今ので粉砕されちまうし。「貰ったッ!」って、酷い耳鳴りと頭痛の所為で揺れる視界の中に聞こえてきた奴の声。なんとか見据えて奴の姿を捉える。トドメのつもりか高速で突進してくるのが判った。

(くそっ、身体が動かし難い。しゃあねぇな・・・!)

――パンツァーヒンダネス――

手を前に翳して一点集中の防御障壁を展開。ギリギリで奴の突進攻撃の直撃を防ぐことが出来た。奴は「ぬぅ。これほど強固な障壁は初めてだ」って驚嘆しながらもヒンダネスを突破しようって押して来る。膠着状態の今の内に調子を整える。耳鳴りは少し残ってんけど頭痛や視界の揺らぎは収まった。
大きく“アイゼン”を振りかぶってカートリッジを1発ロードした後に・・・・ヒンダネスを緩めてすぐに思いっきり押し返す。と、奴はつんのめった後に障壁の打撃を鼻っ面に食らって弾かれて距離を取らざるを得なくなった。ここでヒンダネスを解除して、振りかぶっていた“アイゼン”を全力で振るう。

――フランメ・シュラーク――

着弾と同時に爆発炎上させる炎熱魔力付加の一撃。奴は咄嗟に前脚で防御姿勢を取った。その直後に直撃して爆発炎上させる。爆風に乗って空へとちょっと上がって「障壁を張らずに身体で防御って・・・もしかして無いのか、防御系の魔導が・・・?」って軽く呆れながら奴を覆い隠す煙幕を見詰める。

――咆哮――

煙幕を吹き飛ばす様に放たれてきた黒い砲撃。距離もあった事で余裕で回避。そん中で奴の姿を視認する。右の前脚が焼け落ちて無い。左の前脚は残ってっけど炭化しているからもう使えないはず。「アイゼン、ラケーテンフォルムっ」もう一度ラケーテンに変えて、

――フェアーテ――

高速移動の魔導を使って砲撃を紙一重で避けていく。砲撃を放ち続けながら突っ込んで来るⅩⅩⅥ。タイミングを見計らってブースターを点火させて「ラケーテン・・・ハンマァァーーーーッッ!!」突撃する。
奴は砲撃を途切れさせてそのまま突っ込んで来た。防御が使えない奴がラケーテンの一撃で無事で済むはずねぇ。決まればこれで決着だ。着弾――というところで、奴は信じられないことに“アイゼン”のヘッドに噛みついて防ぎやがった。

――狼牙――

普通そんな事すれば牙はへし折れるし口も吹っ飛ばされる。だけど奴はよほど運が良かったのか何ともなく止めた。あぁなるほど。魔力で強化されてる牙か。力を込めて振り切ろうとするけどガッチリ牙と牙の間に挟まって動かせねぇ・・・。

「クソっ・・・!」

「ふふふ」

「あ? 何がおかしいんだよ、テメェ」

「我が前脚を焼き潰した事で油断したか?」

「ハッ、んなわけねぇだろ」

「ならば、なぜ気付かんのだろうな」

嘲笑を込めたその言葉に、あたしは苛立ちを覚える前に周囲を確認した。

「あーくそ・・・!」

最悪。いつの間にか別の狼たちに包囲されちまってる。狼は群れで生きる生物。それに、最初からコイツは言っていた。

――ヤークトフント“隊”もこれより参戦致す――

隊っつってんだから、まぁコイツ1頭だけじゃないわな。あたしを包囲してんのは6頭。ソイツら全部が足元に黒い魔法陣を展開して、口を大きく開けた。おい、待てよ。砲撃を撃つつもりか? だってそんなことしたら目の前のコイツも・・・。

「我の代わりならいくらでも在る。が、今この場でお前を討つ事が出来るのは我とアレらだけだ。この身の犠牲でオーディンとその配下であるお前たちを討ち斃し、シュトゥラの戦力を削る事が出来るのであれば、我は喜んでこの身を投げ出し礎となろう」

奴の顔は晴れやかだった。本気でこのままあたしと心中してもいいって面だ。冗談じゃねぇぞ、そんなん。何とかして砲撃が放たれる前に脱出を試みようともがくけどビクともしねぇ。そして、「イリュリアに栄光あれッ!」ってソイツが叫んだ直後に、あたしらに向けて砲撃が六条放たれた。ここでやっと脱出法が思いついた。ギリギリ間に合・・・・わねぇッ。

「アイゼンッ、パンツァーヒンダネ――」

――コード・ケムエル――

脱出は無理と判断して、あまり良い手じゃない防御を選択しようとした時、蒼く輝く小さな円い盾が組み合わさって出来た巨大な盾が、迫って来ていた砲撃を全て防いだ。オーディンの魔導だ。でもオーディンは戦船に向かったはず。じゃあ誰が? その疑問はすぐに解ける。
真下から「はぁぁぁああああああッ!」何かが来る。アイツ――シュリエルリートだった。左脇に“闇の書”を抱え(今のはオーディンから蒐集した時に覚えた魔導だったんだ)、右拳に黒い魔力を纏わせてる。

――シュヴァルツェ・ヴィルクング――

「おごぉッ!?」

アイツの強烈な拳打を腹に受けたⅩⅩⅥがくの字に腹を折って落下し始める。あたしはと言えば、奴が口を大きく開けた事でやっと解放された。そして、アイツは周囲に深紫色の魔力球が5つ設置、「私の仲間に手を出す事は許さん・・・!」ってあたしを庇うような位置に来てからそう言って、

――ナイトメアハウル――

あたしらを包囲してる狼と同じ数の砲撃を放った。回避していく狼たちを追撃するためにまた別の魔導を発動する。あたしは「余計なマネをしやがって」ってそっぽを向いて鼻を鳴らした。素直じゃねぇよなあたしって、ホント。アイツは「すまない、紅の鉄騎。黙って見ている事が出来なかったんだ」そう謝った後、

――ブルーティガー・ドルヒ――

血色の短剣が十数基と展開されて、一斉に放たれた。高速射撃だ。デカイ図体の奴らがどれだけ空を飛べても防御が使えないんならただの的だ。次々と直撃していって、奴らは爆煙に包まれる。護られた。お礼を、言わないとなダメだよな、やっぱり。
本当は危なかったんだから。口を開こうとするけど、声が出ない。ただ一言礼を言うだけじゃねぇかよ。“アイゼン”の柄を握る手に力が入る。せっかく今までにない良い奴が主になったんだ。コイツだって楽しめる時間を過ごしたいに決まってんだ。だから・・・・

「まだだッ!!」

ⅩⅩⅥが口を大きく広げて真下から突撃を仕掛けて来た。アイツは6頭の方に意識を向けてるからすぐには対応できない。

「邪魔すんなよ・・・、あたしらとオーディンの時間を・・・!」

≪Explosion≫

カートリッジを2発ロードして、ギガントフォルムへと変形させる。

――ギガントハンマー――

単純な振り下ろしの一撃。つっても重量からの物理威力は絶大だ。もう一段階上があるけど、今は使うほどひっ迫してねぇから使わねぇ。鼻っ面に直撃させて、牙やら鼻骨を粉砕してやる。奴は絶叫しながらまた落下していった。追撃のフリーゲンを8発打ち放って着弾させていく。爆煙に包まれて見えないけど、無事じゃねぇはずだ。

――咆哮――

――ナイトメアハウル――

アイツはアイツで6頭の狼と砲撃合戦を繰り広げてる。そんな中「コード・ゼルエル」って言った後にまた砲撃を撃った。今度は相殺されずに粉砕して、直撃させていった。奴らもⅩⅩⅥに爆煙に覆い隠された。
アイツと背中合わせになって警戒。煙幕が晴れて、奴らは姿を現した。もう血塗れだし所々の皮が消し飛んで赤黒い肉を見せている。

「こうなれば・・・!」

足元から聞こえて見てみれば、ⅩⅩⅥが血走った眼で突撃してくる。なんかヤバい。ありゃ昔にも見た事がある眼だ。「アイゼンッ!」魔力球を生成して、フリーゲンを打ち放って奴に着弾させていくけど、怯みもせずに突撃を止めようともしねぇ。
間違いない。やっぱり捨て身の特攻だ。「連中も同じ手のようだな・・・!」アイツが漏らす。見れば他のもアイツの攻撃を受けながらも突っ込んで来ている。「紅の鉄騎。手伝ってくれないか?」って言われて、今だ、って考える。
生唾を呑んで、心の内で決意を固めてコイツの名前を呼ぶ練習をしてから、「しゃあねぇな、シュ、シュリエル」って答える。ああもう、どもっちまった。気恥ずかしさでシュリエルの顔が見れねぇ。

「紅の鉄騎・・・」

「うっせぇよっ。ほら、奴らにだけ時間ばかり使ってられねぇだろっ。とっととやっちまうぞッ!」

喜色の声で「ああッ。行こうッ」シュリエルが奴らを見据えるのを横目で見る。あたしに名前を呼ばれたのがそんなに嬉しいのか顔が緩みまくってる。こっちまで頬が緩みそうになっちまう。けど今は・・・。消費しきったカートリッジを装填。

「むっ・・・?」「――おっと!?」

と、いきなりの大爆音。衝撃波がここまで来て、吹き飛ばされそうになるのをシュリエルが手を取ってくれたから事なきを得た。「すまねぇ」って礼を言うと、「助け合うのが、家族だ」ってシュリエルは微笑む。
礼もそうだけど、今の今までお前に当たり散らしたことへの謝罪も含めたの、すまねぇ、だ。今までの謝罪としてのすまねぇはまだ面と向かって口に出すのはちょっと出来ないけど、いつかちゃんとシュリエルに言えたら・・・いいな。
奴らも今の衝撃波でよろけていて突撃を止めてた。狼の1頭が「デアフリンガーまでもが墜とされたか」って戦慄。さっきの爆音と衝撃波は、戦船が轟沈して爆発したのが発生原因だった。その直後、イリュリア方面から緑色の閃光が上がって空で炸裂した。

「退却の信号弾だと・・・!?」

ⅩⅩⅥが憎々しげに漏らす。シュリエルが「賢明な判断だな」って言う。戦船はオーディンの動きを制するためのものだって事くらいは判ってる。オーディンが空で戦船に撃墜――最低でも苦戦を強いられているその間に、圧倒的な数を誇る騎士団で押し切ろうって考えたんだろうが・・・。
ザマァ見ろ、当てが外れな。オーディンは戦船を単独で墜とすだけの火力を持っていて、その上あんな馬鹿デカイ使い魔を有してる。そして戦船を全隻撃沈したオーディンが地上へ降りてくるとなれば、連中はもう終わりだ。

「どうすんだ? 地上の騎士どもは退却を始めてんぞ」

「退くならば退け。逃げる者の背中を撃つ趣味は我らにはない。そうだな、紅の鉄騎」

「おうよ。そんな汚い真似はしねぇ。テメェらの仲間とは違ってな。正々堂々真ん前からブッ潰す」

“アイゼン”を奴らに向かって突きつけると、奴らが牙を剥いて唸りを上げる。少し膠着。そして唸るのをやめてイリュリアへ目を向けた。撤退を決めたんだな。シュトゥラ側からも緑色の閃光が上がって炸裂した。こっちも終戦連絡か。“アイゼン”を降ろそうとした時、奴らは一斉にまた目を向けてきた。

「なんだ? 目の色が変わって・・・?」

シュリエルが身構え直した。あたしも“アイゼン”を構え直す。奴らの雰囲気がガラリと変わった。また唸り声を上げながら「殺せ。殺せ。殺せ」と大合唱。

「新たにオペラツィオーン・オプファーを受諾。グラオベン・オルデンの騎士を殺害せよ。オオオオオオオッッ!!」

「「「「「「オオオオオオオッッ!!」」」」」」

奴らは雄叫びを上げて突撃してきた。本気かよ。もうボロボロじゃねぇか。また捨て身で突っ込んでくるつもりか。“生け贄”作戦って言うくらいだからな。あたしはフリーゲン、シュリエルはドルヒで迎撃開始。面白いほどに直撃していく。あ~あ、本当に自滅行為じゃねぇかよ。けど、それでも奴らは突っ込んで来る。

――自爆――

「危ないッ!」

――パンツァーシルト――

目の前に迫って来ていた奴が突然爆発した。ギリギリでシュリエルがあたしを庇って障壁を張ってくれたから何とか巻き込まれずに済んだけど・・・。コイツ「自爆しやがった!?」戦慄する。生け贄ってそういう事かよ。周囲を見回す。コイツら全員、自爆する気だ。
もう1頭が自爆した。これ以上シュリエルに負担はかけられねぇ。「お前は自分の防御に専念しろッ」って言って、全身を囲うパンツァーヒンダネスを展開、シュリエルもパンツァーガイストを発動。何とか防御に成功。2頭目の自爆。あたし自慢の障壁がたったの1発でヒビが入った。嘘だろ、おい。たった2発でもう窮地じゃねぇか、あたし。

「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ」

さっきまであたしが相手していたⅩⅩⅥの声がすぐ近くで聞こえた。「お前・・・本当に、可哀想な奴だよな」って告げる。でもやっぱりもう理性が無いようで「殺せ」を連呼する。そして奴も、あたしの目の前で自爆した。クソが。戦って死にてぇって奴が自爆させられるって何だよ。でも、最期の攻撃であたしの障壁を破壊した。功績は生まれたけど、それが死んでからってのが愚か過ぎるぞ。

(つうかホントにヤバい。すぐに別の狼が自爆体勢に入ってやがる・・・!)

シュリエルは爆風に煽られて離れてる。ならあたし1人で防ぐ事が出来る別の防御魔法を発動しないと、消し飛ばされる。その狼から強烈な魔力が放たれる。臨界点だ。パンツァーヒンダネス以上の防御力を持つ魔導をすぐに・・・・。

(って、そんなの無ぇよッ!)

1秒としない時間での必死な思考。結果は最悪なものだ。ヒンダネスより強固な障壁なんてあたしは持ってない。でも何もしないでいるよりかは・・・そうだ。カートリッジを2発ロード。

――パンツァーシルト・パンツァーガイスト――

魔力で体を覆った上に障壁展開。直後に爆炎と爆風があたしを襲った。シルトは少しだけもって、端から砕けていく。そんな中、煙幕の切れ目から別の狼が自爆体勢に入ってんのが見えた。この状況でその自爆はまずい。馬鹿みたいな威力の自爆。食らったらあたしでも終わる。

『紅の鉄騎!』

焦りに満ちたシュリエルの思念通話に、『自分の心配してろッ!』って返す。アイツだってこんな攻撃を喰らったら無事じゃ済まねぇはずだ。つっても本音じゃ助けてほしいって思う。オーディンの魔導ならきっと耐えきる事が出来る。ま、その前に・・・・

――自爆――

自爆しやがった。その威力が届く前に装填してある最後のカートリッジ1発をロードしてシルトとガイストを強化――したところで、『シュリエルっ、ヴィータっ!』って思念通話。そしてそれは一瞬だった。なにが起きたのかさえも判んなかった。いきなり腹に衝撃が来て、視界が揺れて、気が付けばあたしはオーディンに抱きかかえられてた。

「怪我はないか? ヴィータ、シュリエル」

オーディンが心配そうな顔して訊いてきた。あたしの反対側で抱きかかえられてるシュリエルは「はい。問題ありません」って答えた。2人の視線があたしに向けられる。でも「え、あ、その」言葉に出来ない程混乱してるあたしがいる。状況を確認だ、うん。自爆攻撃を食らいそうになってて、気が付けばさっきよりずっと空の上でオーディンに抱えられている、と。

「ヴィータ?」「紅の鉄騎?」

「あ・・・うん、大丈夫・・・」

自爆の殺傷効果範囲からオーディンに抱えられて逃れる事が出来たんだ・・・。そして足下。奴らが自爆し終えていた。これが・・・これがイリュリアの――プリュンダラー・オルデンとかいう連中のやり方かよ。撤退をし始めているイリュリア騎士団に向かって「ふざけやがって」悪態を吐く。オーディンはあたしとシュリエルの腹に回してた腕を離してあたし達を解放して、改めて地上を見回す。

「ヴィータとシュリエルの無事を確認、っと。『・・・アギト、シグナム、シャマル、ザフィーラ。現状報告』」

『はい、オーディン。私とアギト、そしてザフィーラは前線で警戒しつつ待機しています』

『すごく疲れたよぉ、オーディン。お腹もぺこぺこ』

『私は拠点で負傷者の治療に当たっています。よろしければオーディンさんにもお手伝いをお願いしたいのですが・・・』

「『判った、すぐ行く。シグナム達はそのまま警戒を。アギト。アンナがきっと美味しい料理を作って待っていてくれているはずだ。もう少しの辛抱な』」

オーディンがあたしらに合図するように地上を指差して降下して行った。あたしとシュリエルも頷いて続く。そこには地面に敷かれた布の上に横たわってる数多くの騎士たちが数多く居た。この戦いで傷つき倒れた騎士たちだ。
シャマルを始めとした治癒の魔導が使える術師たち医療団が必至に治療しつつ、「包帯が足りないッ」「薬を持ってこい早くッ」「こっちを手伝ってくれッ」「心停止だッ、マッサージだッ」って声を荒げ続けてる。オーディンは医療団と合流し、すぐに「コード・ラファエル」って治癒術式で治療開始。

「あ、おい、シュリエル?」

シュリエルがオーディンに近づいて行く。そして「オーディン。あなたの魔導を使わせていただければ、私もお手伝いが出来るかと」って“闇の書”を胸の前でギュッと握りしめる。さっき無断で使ってたじゃん障壁の魔導、とは言わない。緊急時だったしさ。オーディンは「許可なんて要らないさ。頼むよ、シュリエル」って治療に戻る。
シュリエルは「はいッ!」って力強く頷いて、すぐにオーディンと同じ魔導で治療を始めた。それをジッと眺める事しか出来ないあたし。ううん、少しでも力になりてぇから・・・「あのっ、あたしに手伝える事あるっ?」近くに居た女の騎士に訊いた。

†††Sideヴィータ⇒シグナム†††

今回の戦の最前線だった地点で、私とアギトとザフィーラとリサ、そしてシュトゥラの王子であるクラウス殿下と側近らしき騎士で、撤退して行くイリュリア騎士団の背を眺める。我々の足元には敵味方の遺体が多く横たわっている。クラウス殿下は自国の騎士らの遺体の前で片膝をついて祈りを捧げている。

「まさかこの度の戦の指導者がバルデュリスとは。大規模侵攻でしたから率いるのはイリュリア騎士団総長グレゴールかと思っていましたが・・・」

「ああ。まさかイリュリアの王子自ら騎士を率いて来るとは思いもしなかったよ」

「殿下。貴方もシュトゥラの王子である事をお忘れなく」

クラウス殿下とその騎士が話し合っている。殿下らと合流した時には既にイリュリア騎士団の将だというイリュリアの王子バルデュリスの姿はなく、オーディンの愛するアムルへと侵攻してきた騎士団の将を見る事は叶わなかった。

「しかし王子自ら戦場に赴くとは、それほどに指揮や武技に自信があるのだろうな」

呟いたところに、私の側に浮遊しているアギトからの思念通話が来た。

『バルデュリア王子は、あんまり称えられるような才があんまり無い人なんだ。だけど妹のテウタ王女は武道も魔導も優れていて、次期皇帝に近いって言われてる』

『そうなのか? ・・・なるほど。それでそのテウタという妹より勝っていると国内に知らしめるためにバルデュリスは侵攻に来た、というわけか』

『たぶん。今までシュトゥラに攻めて来てたのはテウタ派って呼ばれる騎士団ばっかりだったし』

『それで自分が率いる騎士団でオーディンを潰し、株を上げようとしたのだな』

確かに今まで大敗を喫していた元凶であるオーディンを討てば、実力はともかく討ったという事実がバルデュリスが認められる要因になるだろうな。しかしそれは成功するどころかそれ以上に大失敗として終わりを迎えた。バルデュリスはトドメを刺されたのと同義だな。
アギトは『でも失敗しちゃったし、きっともう王様になる事は不可能だよ』と言った後に思念通話を切った。クラウス殿下が歩み寄って来たからだ。もう警戒を解くらしく、拠点へ帰還するとの事だ。クラウス殿下と騎士が先に行き、我々とリサがその後方を歩いている中、「・・・・これからきっと大変になりますよ」リサが深刻そうに言う。

「どういう事だ?」

「イリュリアは、王子バルデュリスと王女テウタの二大派閥に分かれています。勢力としてはバルデュリス・テウタ、現状6:4と言った割合でしょうか。長男が王位を継ぐという古き習わしに則るべきだと訴えるバルデュリス派。実力と頭脳、味方を作る才の有ると言われているテウタを王位に就かせ、このベルカ統一戦争を一気に終わらせようとするテウタ派」

「じゃあテウタが王位に就くと、今まで以上の戦火が・・・?」

「だと思うよ、アギトちゃん。まぁオーディンさんと皆さんがいるから、容易くシュトゥラは落とされないと思う。でもこれまでとは比べられない程に大きな戦がベルカ各地で起こるはず。とは言え、今はまだゲンティウス王が健在ですから、もう少し先のお話ですけど」

リサは最後に我々を安心させるためか笑顔を見せた。しかしその先が訪れるのが無しになったわけではない。私はアギトとリサに「テウタと言う者の実力の程は?」と尋ねてみる。すると2人は表情を重く曇らせた。それだけで理解できる。無口になってしまうほどに強いのだろう。リサが「3年前に一度だけ見かけました。おそらく私では勝てないかと思います」と、私の目をしっかり見つめ告げた。

「あたしはインストールされてる情報でしかテウタの事は知らないけど、あたし達プロトタイプの融合騎は、テウタ専用の完全な融合騎を開発するための実験機なんだ。テウタがどんな魔導と武技を持ってるかの詳細は判んない。でも融合騎に頼らなくたって掛け値なしの実力者なのは確かだよ」

アギトはアギトで心底心配そうな表情を浮かべ、オーディン達の居る拠点の方を見、しかしすぐに「それでも勝たないとね。守りたいものを守るために」と凛とした表情になり強く頷いた。私も「ああ。救いたいものを救うために、な」と言うと、リサが「なんです? それ」と小首を傾げて訊いて来たので、それに対し「マイスターの信念だよ。あたし達グラオベン・オルデンの由縁なんだ♪」アギトが胸を張って答える。

「なるほど。信念の騎士団グラオベン・オルデンとはそういう事だったんですね」

「うんっ。マイスターはすんごく強いけど、でもその力は何かを支配するためじゃなくて、守りたいものを守るため、救いたいものを救うための力を使いたいって言ってた」

「だから我々はオーディンの下で戦うと決めた。あの方の為ならば、我らは命を賭そう。それだけの覚悟はある」

このベルカ統一戦争はもちろん、オーディン自身の目的である“エグリゴリ”救済を手伝うために、我ら守護騎士ヴォルケンリッターは、グラオベン・オルデンの騎士としてオーディンと共に戦う。だからこそ、まずはイリュリアと決着をつけねばな。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

シュトゥラとイリュリアの国境で繰り広げられた今までに無い規模での戦から帰還したバルデュリス王子、そして彼が率いた騎士団。出立時の彼らの人数は総勢6800人。しかし帰還時の今、約半数ほどの3000人強しか居ない。戦死者やシュトゥラへ投降し捕虜となった事による減数。大敗。そう言っても過言ではない被害だった。彼らは市民から向けられる無念そうな眼差しを一身に受けつつ、王城の庭へと辿り着いた。

「殿下っ、大事ですッ!」

庭で部下の様子を見回っていたバルデュリス王子の元に駆け寄って来る初老の男が数人。ゲンティウス王の側近たちだ。血相を変えて走って来るのその側近たちに、何事かと目を向ける騎士たち。その1人がバルデュリスに耳打ちする。と、みるみるバルデュリスの表情が険しくなり、目も大きく開かれていく。そしてすぐに王城内へと駆け出し、側近たちも慌てて続いて行った。

「父上ッ!」

バルデュリスは玉座の間へと一直線に駆け、入口の扉を壊すほどに力強く開けた。壮大なパイプオルガンの前に置かれている玉座に腰かける男、イリュリアの王ゲンティウス。いや、王だったと言うべきか。ゲンティウスの顔は血が通っていないのか青白く、目も口も半開きだ。そう、すでに亡くなっていた。ゲンティウス王は死ぬその時まで玉座に座し続けた。
ゲンティウス王の遺体の前には1人の少女。王女テウタだ。広間に背を向けているため表情は誰にも見えないが、口端は大きく笑みに歪められていた。広間にはイリュリアの政治を担う執政官や軍部の役人がズラリと並び、悲しみに暮れていた。中には悲しむどころか嬉々として喜んでいる――もちろん顔にも態度にも出ないようにしている――者たちもいるようだが。
しばらくの黙祷の後、ゲンティウス王の遺体は、2人の子供を始めとした側近たちに運び出された。そして玉座の間に戻ってきたバルデュリスとテウタは、改めて挨拶を交わす。

「改めて。おかえりなさい、お兄様。御父様はお兄様がお帰りになる少し前に、ここ玉座にて逝去なされました。とても残念です」

「・・・・そうだな」

「お兄様。次期イリュリア王の座、私が貰い受けます」

「ッ! 父上が逝去されてすぐだぞッ。なにもこんなすぐに――」

「こんな状態だからです。お兄様が王座についてもこの統一戦争を戦い抜けるだけの引率力はありません」

妹のテウタに王の能が無いと言われ、バルデュリスも「なんだと」苛立ちを見せる。テウタは続ける。「もう魔神は対人戦では勝てない。理解してますよね?」と諭すように告げる。それには同意のようで、バルデュリスは「解っている。あれはもう人間ではない」と落胆の色を見せた。

「理解して頂いているようでなによりです。ですから私は御父様に提言したのです。エテメンアンキとミナレットの使用を」

「馬鹿なッ! 共に破壊兵器ではないかッ! 戦船の艦載砲なんて目ではないッ。あんなものを使うほど切迫していないぞッ!」

「切迫していますよ。魔神は正しく魔神。アムルを護ったあの巨像も戦力として数えるとなれば、戦船程度ではもう対抗戦力にはなりえません。ですからエテメンアンキとミナレットの使用を提言したのですが、御父様はお許しになりませんでした。自分が王位に就いている間は、決して両兵器の使用は認めない、と」

バルデュリスに背を向けてテウタがそう告げると、バルデュリスの顔が引きつった。まるで怯えるかのようにテウタの背から少しずつ後ずさって行く。

「父上の体調は確かに悪く、おそらく長くはないと思っていた。しかし・・・今朝の様子を見る限りではまだまだご健勝だった・・・」

「本当に。戦時中にも健勝でした。いきなり容体が急変して驚きました」

「父上の死を確認した第一人者は・・・・誰だ・・・?」

テウタが小さく笑い声を漏らした後、クルリと反転して実兄バルデュリスへと向き直る。そして「私ですよ、お兄様」と答えた。目は笑っていないが、口だけは笑みを浮かべている。それで悟った。バルデュリスの顔に憎悪の色が宿る。先程までの怯えから一転。バルデュリスは「統一戦争に勝つために・・・実の親を殺したのか・・・貴様は・・・!」と構えを見せた。

「だって仕方がないではないですか。私たちはイリュリアの王族ですよ? ベルカは――いえ、レーベンヴェルトは元々私たちイリュリアのものでした。この統一戦争は、レーベンヴェルトを取り戻すための戦い。勝たねば意味はありません。ええ。どんな手段を使ってでも。それがレーベンヴェルト時代より王族であったフリーディッヒローゼンバッハ・フォン・レーベンヴェルトが存在意義」

「テウタ・・・それでも、それでもお前が越えた一線は・・・・悪だッ!」

バルデュリスの左手に一振りの刀、右手には鞘が出現する。テウタは「残念です。御父様を喪ってすぐにお兄様を失う事になるなんて」と悲嘆に暮れている・・・つもりなのだろうが口は笑っているままだった。

「テウタぁぁぁーーーーーーッッ!!」

――斬甲一迅旋――

「あぁよく考えればお兄様は居ても居ずとも変わりませんから、どうでもいいですか」

――夢影――

決着は一瞬。この日、この瞬間。テウタはイリュリア王女ではなくイリュリア女王となった。


 
 

 
後書き
ゴーオンダイン。ゴットクヴェルト。
どうやら私は敵対組織内の反逆裏切りが本当に好きなようです。前作も使いましたし、ANSUR時もムスペルヘイムを裏切らせました。
当時は結構辛口コメントが来ましたっけ。ステアとセシリスを敵に回したら許さない~と。回すわけが無い! とまぁ当時の事を思い出しながら、今話を執筆。 

 

Myth10-A嵐の前の安穏~エリーゼ狂想曲

†††Sideエリーゼ†††

3日ぶりの青天。陽の光も風も気持ち良くて、今日の執務は中庭で行うことにした。庭で執務を行っていると、「おーい、シャマル」オーディンさんがシャマルさんを呼んで、「はーい♪」笑顔を振りまいて応えるシャマルさん。
そんなオーディンさん達は今、今後の事を考えて医療用品の補充と備蓄確認を、補佐のモニカとルファ、アギトとシャマルさんと一緒に医院の方でやっている。のんびりした空気で屋敷内に設けた備蓄庫と医院を行き来しているから、書類に記入しながら羨ましく眺める。
いいなぁ。わたしも交じって楽しくお喋りしたいんだけど、書類の束にガックリ肩を落とす。わたしの気分を落とす原因はそれだけじゃない。チラリとある人物に目を向ける。

「オーディン。私にも何かお手伝い出来る事があれば・・・・」

「う~ん、そうだな・・・。今のところはないかな。というかなシュリエル。私にべったりついて来なくても、君はまだ来たばかりだからゆっくり街見物でもしていれば――」

「近くに居ると迷惑ですか・・・?」

「う゛っ。迷惑ではないが・・・・、仕事ならアギトやシャマル、ルファにモニカも居るし・・・・」

「そうですか・・・・。では何かあれば仰って下さい・・・・」

「・・・判ったよ。それじゃあ紙に記した医薬品を運んで来てくれ」

「はいっ。オーディンっ」

オーディンさんがトボトボ去ろうとしたシュリエルさんの頭を撫でつつ1枚の紙を渡すと、シュリエルさんが強く頷いて備蓄庫に走って行った。表情の変化が判り辛いけど、シュリエルさんは確かに嬉しそうに微笑んでた。ペキッ。手に持ってる羽根ペンをへし折っちゃった。これで3本目だ。

「はぁ~~~」

大きく溜息を吐く。先のバルデュリス王子率いる大騎士団の侵攻から数日が経過して、わたし達にまた平穏な日々が戻ってきた。でもオーディンさん達が帰って来た時、朝には居なかった人が1人増えてた。シュリエルリートさん。オーディンさんと同じ綺麗な銀の髪、吸い込まれそうな程に深い紅の瞳。わたしなんかと比べるまでもない超絶美人だった・・・・。

(シュリエルさん・・・・強敵、だよね・・・・やっぱり)

決して男女の関係になりえないってオーディンさんは言っていた。でも、それでも気にはなるのだ。「はぁ・・・・」嘆息しながら、オーディンさん達が戦から帰ってきた後の事を思い出す。

◦―◦―◦回想なのです・・・・◦―◦―◦

イリュリアの大侵攻を知って、厳戒態勢に入ったアムル。わたしは執務室でオーディンさん達の無事を祈り続けるだけ。国境に近いと言ってもそれなりに離れてるアムルではあるけど、それでもここまで爆発音や振動が届いて来る。それまでに激しい戦なんだ。
オーディンさん達グラオベン・オルデンがいるシュトゥラが勝つのは判り切っているけれど、それでもやっぱり心配しちゃう。そんな僅かに生まれている不安も、すぐに晴れる事になる。戦場から伝書鳥が1羽。戦いが終わると、防衛騎士団の方から戦闘終了を報せる手紙を持った伝書鳥(名前はブラオ君)が飛ばされて来る。

「・・・・ほっ。良かった、やっぱりオーディンさん達の勝ちで終わってくれたんだ」

「わはっ♪ どれだけ人数を集めてもオーディン先生を討ち斃すなんて無理だよ無理♪」

モニカがわたしの手から手紙を引っ手繰って読んだ後にそう言いながら隣に居るルファに手渡した。ルファが「もう。エリーゼが呼んでる最中なのにダメじゃないの」ってわたしから手紙を引っ手繰ったモニカに窘めつつも手紙を受け取って読み始める。
そして「オーディン先生、戦船を単独で3隻も墜としたそうですよ」って苦笑して、わたしに手紙を差し出してきた。すぐにわたしに返すべきなんだけど、もう文句を言う事もない。そういう仲だし。
受け取った手紙を改めて読み返す。バルデュリス王子率いる大騎士団を退ける事に成功した、と。こちらの被害はイリュリアに対して軽微(それでも戦死者は100人以上)。オーディンさんやアギト、シグナムさん達グラオベン・オルデンが頑張ってくれたおかげだって。

「・・・・アンナ」

「ええ、判ってる。美味しいご馳走を用意しないとダメよね」

ずっと無言で控えていたアンナもみんなの無事と勝利に喜んでいるみたいで、にこやかに調理場に向かった。それから3時間後、夜も更けた頃にオーディンさん達は帰って来た。玄関でみんなでお出迎えしていて・・・・気付く。
あれ? 今朝出て行った時より1人多くないですか? 順繰りに見ていく。オーディンさん、アギト、シグナムさん、ヴィータ、シャマルさん、ザフィーラさん・・・女の人。わたし達の視線がその人に集まっているのがオーディンさん達にも判っているみたいで。

「私たちと合流するのが遅れてしまっていたが、今日、めでたく合流する事が出来たんだ。紹介するよエリーゼ、みんな。彼女はシュリエルリート。シグナム達と同じ私の大切な仲間だ」

「大切な、仲間・・・・。はじめまして。シュリエルリートです。シュリエル、と呼んでください」

シュリエルリート――シュリエルさんはお辞儀した。夜だからその綺麗な銀髪が魔力灯に照らされて光の波のように見える。ヴィータやシャマルさんのような可愛いじゃなくて、シグナムさん寄りの機微に乏しい表情なんだけど・・・・そんなの関係ないくらいに美人で、しかも「お、大きい・・・!」スタイル抜群。アンナ達がそれぞれ自己紹介していって最後にわたしが「エ、エリーゼ・フォン・シュテルンベルク、です」とにかく挨拶。

「エリーゼぇ~、お腹がもう限界ぃ~」

お腹をグゥ~って鳴らすアギトがフラフラとわたしの元に飛んできた。苦笑するアンナが「皆さん、お食事の御用意は出来てますから、どうぞ中へ」みんなを屋敷の中に招き入れた。モニカとルファ、アギトとヴィータとシャマルさんは「ただいま~♪」真っ先に入って行った。シグナムさんは絶対にオーディンさんと一緒の時はまずオーディンさんの後だから、まだ残ってる。アンナもそう。わたしが居るからまだ残ってる。そしてシュリエルさん・・・・はどうして?

「ほら、シュリエル。君も、ただいま、だ」

オーディンさんがシュリエルさんをエスコートするように背中に手を回してポンと叩いた。

「では・・・・。ただいま・・帰りました」

少し戸惑いを見せていてもどこか嬉しそうな複雑な表情と声色。迷っていたから入らなかった? 初めの頃のシグナムさん達と同じ反応だ。続いてオーディンさんも「ただいま」シグナムさんも「ただいま帰りました」と、私とアンナに挨拶。
アンナは「はい。おかえりなさい」って気持ち良く迎え入れた。でもわたしはこれ以上恋敵(シグナムさん達も否定してるけど)が増えるのはちょっと嫌だな、って思ってる。だけどオーディンさんのあの嬉しそうな顔を見たら、わたし一人の気持ちの事でそんな風に思うのも嫌だなって思う。

「お帰りなさい、オーディンさん、シグナムさん。そして、シュリエルさん♪」

だから精いっぱいの笑顔で迎え入れる。シュリエルさんが儚い笑みを見せた。ぅぐ、やっぱり美人。その日はオーディンさん達は疲れていて、食事と入浴を済ませてすぐに寝入っちゃった。わたし達も緊張で疲れていたみたいで、すぐに眠った。

◦―◦―◦回想終わりなのです◦―◦―◦

そして次の日からシュリエルさんを新しく含めた生活が始まったんだよね。思い返していると「もうエリー。あと何本折れば気が済むの?」新しい羽根ペンを持ってきてくれたアンナが嘆息。「ありがと」受け取って仕事を再開。でも気が乗らない。どうしても目が書類からシュリエルさんに向いちゃう。

「オーディン先生~、X-908Bの在庫を確認してもらってもいいですか~?」

「ああ、判った、見せてくれ」

モニカが在庫書をオーディンさんに見せるために体を寄せるんだけど、ちょっとちょっとモニカ、近い、近過ぎだって。そこまで引っつかなくても書類を見せるだけで良いでしょうが、もうっ。
まぁオーディンさんは顔色一つ変えてないから、モニカの色仕掛け(わざとか偶然かは判らないけど)にはやられてない。ふふん。わたしよりスタイルは良いモニカだけど、オーディンさんに反応なし。大きければ良いって事じゃないのが判る。

「ちょっとモニカっ。マイスターにくっつき過ぎ!」

「おおっと。アギトちゃんが久しぶりに自分から飛び込んで来たッ♪」

モニカはすぐにオーディンさんから離れてアギトを抱きしめてクルクル回り始めた。ホントにモニカは小さい子(女子限定)が好きなんだから。困ったものよね~。まぁそんなこんなで、オーディンさん達が気になってしまったわたし自身の仕事は捗らず、でもオーディンさん達は補充などなどを済ませて休憩に入った。庭でポツンと1人っきり。何やってるんだろ、わたし。大きく溜息を吐きながらテーブルに突っ伏す。

「エリーゼ。体調が悪いのか?」

「えっ? オーディンさん・・・!」

ガバッと体を起こして見ると、トレイを片手に佇んでるオーディンさん。トレイをテーブルに置く。載っていたのはティーカップとポットとクッキー。くぅ~、ってお腹が鳴って、顔が一気に熱くなる。オーディンさんをチラッと見ると微笑ましいって感じで見てくる。
は、恥ずかしい・・・。両手で顔を隠してまた突っ伏すと、「お腹が空くなら元気な証拠、だな」とわたしの頭を優しく撫でてくれた。気持ち良くて嬉しい事なんだけど、これってつまり子供扱いされてるって事なんだよね。それがちょっとだけ残念かな。

「えっと、ありがとうございます、わざわざ。アンナの仕事なのに」

「私がアンナに頼んだんだよ。エリーゼと話がしたいから私が持っていきたい、って」

「えっ? そうなんですか・・・!?」

「最近、エリーゼの様子がおかしい思うんだけど。シュリエルが来てからじゃないか・・・・?」

「(鋭い・・・)そ、そうですか? わたしはいつも通りですよ~?」

とは言うけど、実際にちょっとシュリエルさんに警戒しているから、様子が変だって思われても仕方ない気が。でも、気付いてくれるなんて・・・それってわたしの事を見てくれているんだよね。ミルクティーの用意を終えたオーディンさんがティーカップをわたしに差し出して「座っても?」と訊いてきたから、「もちろんですッ」即答。オーディンさんが対面に腰かける。2人でこうして話すのって久しぶりかも。

「だから相談に乗ろうかな、と思ってね。シュリエルは私の家族だから、相談役はアンナより私の方が良いと思うんだけど、どうだろう?」

「えっと・・・・(恋敵として見ていたから変になってた、なんて言えないよ)」

「やはり増え過ぎ、だよな。居候が次々と来て。すまないな、エリーゼ。ベルカで頼れるのは君たちだけなんだが。やはり例の空き家に――」

頭を深々と下げたオーディンさん。慌てて「ち、違うんですッ。そうじゃありませんッ。あと引っ越しは前も言いましたけど却下ですッ」否定する。すると「そっか。それは良かった。必死過ぎて少し驚いたが」とオーディンさんは笑みを浮かべた。
ドキッとする。うん、やっぱりわたしはオーディンさんの事が好きなんだ。そして「じゃあシュリエルは関係ないのか?」と今度は唸り始める。どうすればいいの?
ただ「わたしは迷惑だなんて一度も思った事ありませんから」ってきっぱり告げる。「・・・ありがとう、エリーゼ」そう微笑んでくれるオーディンさんにはどう言えばいいのかなぁ。

「悩みは個人的なもので、シュリエルさんは切っ掛けに過ぎません。もちろん悪い意味ではないですからお気遣いなく、です」

「そうなのか・・・。でもなにか相談事があれば何でも言ってほしい。力になるから」

オーディンさんが「そろそろ失礼するよ。仕事の邪魔は出来ないからね。食器類はまた取りに来るから」と立ち上がって去ろうとするのを、「待ってくださいッ」呼び止める。呼び止めちゃった。どうするというの、わたしは。もうちょっとだけ話がしたい。うん、素直にそう言えば良いんだ。だから「あの、もう少しお付き合いしてもらっていいですか?」ってお願いしてみる。

「もちろん構わないけど、いいのか? 結構書類が溜まっているようだけど・・・・」

「こんなの本気を出せば一気に終わらせる事が出来ますよ。気分転換せずにいる方が余計に滞ります」

端に寄せた書類の束をバシバシ叩く。気分が昂っていれば、こんなのサクッと終わらせられる。そのために、わたしはまだまだオーディンさんと2人きりの時間を過ごしたい。

「それは解るよ。急ぎの用でもぶっ通しでいると余計に遅れるんだよなぁ~」

「そう、それですッ。今のわたしは正にその状態なんですッ」

「そっか。ならもう少しお付き合いしよう。ミルクティーのお代りはどう?」

「はいっ、頂きますッ♪」

し、幸せだぁ~♪ でもすぐにハッとして気付く。気配が近づいて来てる。今のわたしは高性能なお邪魔虫探査システムと化している。わたしとオーディンさんの時間を邪魔しに来る何かが近付いて来ているのが判る。

――警告(ヴァルヌング)――

――警告(ヴァルヌング)――

――警告(ヴァルヌング)――

頭の中に警告音が鳴り響く(気がした)。目だけを動かしてキョロキョロと周囲を警戒。ここ中庭へと入るための扉が開いているのが判る。目を凝らすと、モニカとルファがこちらを覗いているのが見える。ううん、それだけじゃなくてアギトがこちらに飛んで来ようとしているのを、アンナが止めてるのも見えた。
ありがとうだよ、アンナ。「さっきから随分と周りを気にしているようだけど?」とオーディンさんが周囲を見ようとするのを、「む、虫が飛んでいるようで、つい追っちゃいました」って誤魔化す。もう一度扉の方を見ると、誰も居なかった・・・のも束の間、アギトがまた飛んで来ようとして、今度はシャマルさんに止められた。お、落ち着かない。これは逆に疲労が生まれそう。よし、こうなれば・・・。

「オーディンさんッ」

「おおう? どうかしたい・・・?」

「今から少しお出かけしましょうッ!」

オーディンさんは「・・・よし。じゃあ行こう」少し考えた仕草の後、わたしに手を差し伸べてくれた。そっとオーディンさんの手に自分の手を置く。これだけでもうドキドキだ。

「まずはアンナに報せておかないと駄目だな」

屋敷に向かおうとするオーディンさんに「わたしが思念通話で言っておきますッ」と告げる。いま屋敷に入ると絶対にアギトがついて来る。アギトの事は大好きだけど、ずっとオーディンさんにベッタリだから、たまにはちょっと離れてほしいかな。

「わざわざ魔導を使うの――」

「良いんですッ。魔導つかうの大好きッ☆」

「そ、そうか・・・」

必死過ぎてオーディンさんにおかしな娘だって思われるかも。で、でも今はとにかく誰の邪魔も受けずにオーディンさんとお出かけしたい。だから多少の犠牲は仕方ない。うん、そこはもう代償として諦めよう。

『アンナ。状況を見てくれていればわたしの言いたい事、解ってくれるよね?』

『はぁ~~~。本当なら止めて仕事に専念するように言うべきなんだろうけど。いってらっしゃい。エリーも1人の女の子だし、幼馴染の恋くらい応援してあげたいわ。アギトや皆さん、それとモニカの事は私とルファに任せて、気分を晴らしてきなさい』

「『ありがとうッ、アンナ♪』オーディンさん、アンナに許可を貰いました。ではでは早速参りましょう❤」

オーディンさんの左腕に抱きつきつつ正門を目指すために歩きだす。屋敷に目をやりながら「随分とあっさり許可を出したなぁ」と呟くオーディンさん。「そういう日もありますよ♪」ってわたしはオーディンさんの腕を引っ張ってひたすら歩く。
オーディンさんはわたしよりずっと身長が高い。たぶん180cmちょっと過ぎくらい。わたしは154cmくらいだから、「エリーゼ。ちょっ、転びそうだ」オーディンさんは前屈みになってしまう。でも今は一刻も早く屋敷から脱出しないといけないから、少しの間だけ我慢してもらおう。
無事に正門から出て、名残惜しいけどオーディンさんの腕を解放して、距離を取りながら「シュテルネンリヒトに寄ってもいいですか?」と尋ねる。

「どこへでもどうぞ。時間が許す限りエリーゼと付き合うよ」

男の人であるのにとても綺麗な笑みを浮かべるオーディンさんが見せた不意打ち。気恥かしさについ顔を逸らして俯いてしまう。ど、どうしよう。せっかく2人きり・・・

「オーディンとエリーゼ卿・・・・?」

じゃなくなっちゃった(涙)。振り返ってみれば、訓練教室を終えて帰って来たシグナムさん達が居た。シグナムさんとヴィータ、そしてザフィーラは騎士としての心構えや戦い方を、希望者に教える教室を開いてる。ヴィータが「オーディンとエリーゼさんはこれから買い物?」と駆け寄って来た。

「え、ええ、うん、まぁそんなところかな」

「そうなんだ。ふ~ん・・・・」

お願い、ヴィータ。ついて行きたいって言わないで。心の内で必死に願う。すると「いってらっしゃい。もうお腹が空いて倒れそうだから帰るよ」とお腹を鳴らしたヴィータが屋敷を見る。シグナムさんも「確かに空腹だな。筋の良い者が多いからつい熱中してしまう」と微苦笑。
その事で倒れる住民続出なんだけど、美人なシグナムさんや、口が少し悪いけど憎めないどころか可愛らしく思えるヴィータ、寡黙だけど優しいザフィーラに鍛えてもらえるという事で、退場者は今のところ1人も居ない。そして今は人型のザフィーラはやっぱり無言で一礼だった。うん、礼儀も正しい人だ。

「そっか。じゃあ行ってくるよ」

「はい。いってらっしゃいませ。オーディン、エリーゼ卿」

「いってらっしゃいませ。我が主、エリーゼ卿」

「いってきま~~すッ♪」

気持ち良く見送ってくれたシグナムさん達に感謝しながら、改めてシュテルネンリヒトを目指す。さて。以前までなら街中を歩いていると、騎士様とデートかい?とか、羨ましいなぁエリーゼ、だとか、恋人関係のように茶化されて困って、でも本音はすごく嬉しかったっていうのが多くあった。

「お、エリーゼちゃん。先生と久しぶりにお買い物かい? よかったね~」

「ありゃ? 先生、今日はエリーゼと一緒なんだ。妹ばかりに構ってると恋人たちに愛想つかれちゃうよ」

・・・なんだそれ。わたし妹じゃないよッ、あとオーディンさんに恋人いないよッ! ほら、腕に抱きついて恋人みたいでしょッ! だと言うのに、向けられる視線は温かく優しいもので、完っっ全に兄に甘える背伸びした妹としてしか見られてない。
とここでオーディンさんが「プッ」噴き出して笑いだす。わけが判らず「え? え?」って慌てていると、「百面相してるぞエリーゼ。あはは、可愛い」なんてまたもや不意打ち。ボッと顔が熱くなる。可愛い、なんて初めて男の人に言われた・・・・・・と思う。結局、このあとシュテルネンリヒトに着くまでわたしは、まともにオーディンさんの顔を見れなかった。

「お? エリーゼちゃん、社長(ディレクトア)・オーディン、いらっしゃいませ~❤」

シュテルネンリヒトの店主、ターニャが元気よく出迎えてくれた。真っ先にオーディンさんに駆け寄って来て「新作のデザイン出来たんですか?」って期待の眼差しを向けた。オーディンさんのデザインした服の第一号はまずシュテルネンリヒトでターニャや時々オーディンさんによって作られる。
そこからシュトゥラ王都ヴィレハイムに数着送られて、複製されてシュトゥラ全土の服飾店に回される。オーディンさんのデザインした服の大ファンは、オリジナルが売られるここアムルにまで来ることもある。と言うよりオーディンさんに会いに来てる(一部求婚していったけど、わたしが睨みを利かせてるから今は問題なし)。

「今日はエリーゼに付き合っているんだ。残念ながら新作はまだだな」

「それは残念。でも・・ムフフ。ちょっとエリーゼと2人で話しさせて、ディレクトア」

「え? なんでわたし1人?」

「まあまあ、お姉さんと秘密のお話をしようじゃないか♪」

店内の奥の部屋に連れ込まれる。さっきからニヤニヤしてるターニャに、わたしは恐れを抱く。ターニャがいきなり優しげな笑みを浮かべてわたしの肩に手を置き、「よく頑張って誘えたね」って親指を立てた。

「私、このまま別の女性に彼を奪われて、あなたが泣くんじゃないかって心配してたんだよ?」

「そ、そんなこと思ってたのっ?」

「思ってた思ってた。応援したくてもあなたったら全然行動に移さないし。どうせ一緒に住んでいて、しかもお互いが命の恩人だっていう特別な関係に甘えてたんでしょ」

「・・・・仰る通りで・・・・」

ガックリ肩を落とす。きっとオーディンさんにとってもわたしは特別なんだ、って思ってた。でも実際はみんなと等しい関係に過ぎず、下手すれば妹的に思われてるかもしれない。嘆息すると、「けど、勇気を出して今日は誘ったんでしょ? えらいえらい」って頭を撫でてくれるターニャ。

「お姉さんに任せな♪ ディレクトアに、あなたの魅力をガッツリ教え込んであげるから」

そう言って巻き尺をポケットから取り出して、「さぁお姉さんに曝け出そうね~❤」にじり寄って来た。頬が引き攣ったのが判る。ダメだ。このままターニャと2人きりで居ると何をされるか判らないから、踵を返して逃走を図る。

「逃げちゃダメ☆」

――服飾店主奥義・ヤマタノオロチ――

「うえっ!?」

胸、お腹、お尻、二の腕、ふともも、あと何故か額に巻き付く8本の巻き尺。ターニャは「一度に身体の寸法を計れるこの奥義、すごいでしょ?」なんて自慢げに笑う。今日に限っていつものドレスじゃなくて丈の短いスカート(アンナにはしたないって言われたけど無視)に、半袖ブラウス姿。
だからかなり正確に・・・・「計れるわけないよ、ターニャ」そう嘆息。寸法を正しく計るなら服を脱がないと。やれやれ、ってやりたいけど額がギュッと締め付けられてる所為で出来ない上に目が閉じられないし。

「判ってるよ。だから今から脱がすんじゃないの、ちゃんと計るために」

「ちょっと待って! 逃げないからッ、自分で脱ぐからッ、だから外してッ!」

自分で脱いで進んで計られるならまだいいけど、誰かに脱がされて無理やり計られるのは嫌過ぎる。だから説得を始めるけど、「うわ、なんか興奮してきた」ターニャはもうダメだった。そ、そうだ。オーディンさんに助けを求めよう。「オーディンさんッ、助けてくださいッ!」叫ぶ。だけど、オーディンさんが来る前に、

――服飾店主奥義・キタカゼトタイヨウ――

どうやったのか判らないけど、ブラウスとスカートが一瞬で脱がされた。下着姿になったわたしは「~~~~~~~~~~ッッッ!!??」声にならない悲鳴を上げる。とそこに「エリーゼ? 何かあったのか?」普段は耳にするだけで嬉しい声なのに、現状では絶望と悪夢と悲劇を混ぜ合わせて地獄の鎮魂歌の如きと化してるオーディンさんの声がすぐそこまで来ていた。

「ひゃうっ、来ちゃダメですッ、やっぱり来ないでくださいッ、来たらわたし死んじゃいますからッ!」

全力で叫ぶ。わたしの身勝手な言葉にオーディンさんは「そうか」一言だけ言って、店の方に戻って行った。あとで謝ろう。けどその前に、「ターニャ!」8つも離れたお姉さんを睨みつける。ターニャは「いや、さすがにディレクトアに助けを求めるなんて思わなかったし」なんて困ってはいるけど、反省の色をみせないから、もう溜息しか出ない。

「ま、まぁ償いはするよ。エリーゼにピッタリ、かつ可愛らしさを前面に、そして男を魅了させる美しさを備えた服を作ってあげるッ。もちろんディレクトアにも知恵を借りてねッ♪」

はぁ。リボンを見に来ただけなのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。服は今のところ間に合ってるんだけど。でも「わたしだけの服を、オーディンさんが・・」作ってくれるというのは魅力的だ。ターニャが「おーい、私も一緒だぞぉ~」なんて言ってるけどもう知らない。あと、そろそろ額の巻き尺をどうにかしてほしい。目が乾いて痛いのなんのって。

「――で、改めて寸法させてもらうんで、大人しくしててね」

「だったら早く頭と二の腕と太ももの巻き尺を取ってよ。痕付いたらどうするの。特に頭の方を早くお願い。目が乾く」

ようやく額が巻き尺から解放されて、目を何度もパチクリ。あー、痛い。目頭を揉んでいると、「ひゃうっ?」いきなり二の腕をフニフニされたから悲鳴を上げてしまった。

「ちょっと!」

「少し弛んでないかい? フニフニフヨフヨならまだ良いけど、ダルダルだとディレクトアに笑われちゃうよ?」

「大きなお世話ッ! そんなにダルダルじゃないでしょッ。フニフニじゃんッ」

自分の二の腕をフニフニする。垂れてないもん、普通に柔らかだもん。

「いやぁ~、結構危ないよ、コレ」

「だったらターニャはどうなのッ?」

額と同じように解放された事で動かせる両手でターニャの服の袖を捲って、少し日焼けしてる二の腕を触る。

「・・・・ん~~、柔らかさと硬さが半々?」

首をひねる。垂れてはいないのは確か。ターニャは「ま、鍛えてるし、それに・・・。って、私の事はどうでもいいから、あなたの寸法を計るよ」なにかはぐらかされたような気もするけど、そんな事を思っていられるような余裕がすぐに無くなった。

「えっとなになに・・・・。胸囲は77.8cmか・・・・。はぁ」

「溜息吐かないでもらえますかねぇ」

「16歳でこの小ささはちょっとね~」

「うるさいよッ! 判ってるよッ、子供体型だって事くらい! でも育たないんだもん、仕方ないでしょッ!」

体を抱くようにして胸を隠す。そして何を思ったのかターニャは信じられない事を言った。

「ねえディレクトア~! エリーゼって胸囲が77.8なんだけど、小さい胸の子でも恋人候補になれ――」



「あんた馬鹿じゃないのッッ!!!!」



ターニャの口を全力で押さえに掛かる。もう完全に手遅れだけど、腰囲や臀囲までバラされたらもう生きていけない。というかもうお嫁に行けないよ~(号泣)。どうしてくれるッどうしてくれるッ。ターニャは口を押さえられても楽しげに「ふにゃふにゃほにゃほにゃ」なんて言っているのか不明だけど、きっと良くない事に違いない。

『腰囲と臀囲は平均なんだね。胸だけ平均以下って・・・・なんか可哀想』

『思念通話を使ってまで言う事ッ!? もうほっといてッ、これ以上オーディンさんに聞かれたら・・・ん?』

あれ? オーディンさんから返事が来ない。呆れてるのかも。もしかしたら、わたしの体を想像して・・・・きゃぁぁぁぁぁっ(テレ)。そんな馬鹿な事ありえないと判っていても恥ずかしくて、両手をターニャの口から離して、自分の顔を覆う。

「ディレクトア、何やっているんだろ? せっかくエリーゼの身体情報を知れる好機なのに」

そうのたまったターニャのお尻に全力の蹴り一発。喋らせたら喋らせたでターニャは馬鹿な事ばかり言う。もう頭が痛い。

「痛いっ」

「わたしの精神に苦痛を与えたその罪、当然の罰ですッ」

「訊き難い事を訊いてあげたのに、何たる仕打ち」

「だからって胸囲の寸法を正確に言う事ないでしょッ!(泣)」

「あ、そうか。言われてみればそうだね~♪」

「絶対に確信犯だッ!」

ポカポカ殴りつける。ターニャは「ごめんてば」謝りはするけど、反省の色を見せない。

「噂だと、男の人に胸を揉まれると育つって聞いたよ。ディレクトアにやらせれば・・・」

「そんなのオーディンさんにさせられるわけないでしょッ!!」

見られるだけでも恥ずかしさで悶絶しそうなのに、指先だけでも触れたらきっとわたしは昇天する。

「う~ん、じゃあ胸を大きくせずにディレクトアをメロメロにさせるには――」

「ねぇ? さっきから何言っているの? 馬鹿なの? ねぇ、馬鹿なの?」

そろそろターニャの頭が本気で心配になってきた。服を作ってくれて、それで魅了させるっていう正攻法の話はどこへ行ったんだろう。

「あ、お風呂に一緒に入って、背中を流してあげればきっと・・・・!」

「ターニャ。シャマルさんに頭診てもらおう? ね? その方が良いよ、きっと」

「あぁこれはダメか。エリーゼ、無いし」

「何が無いのか言ってみ? ん? 言ったら言ったで蹴るけど」

残念なものを見るような哀しげな視線を、わたしの体の一部に向けるターニャの脚を蹴る。痛いはずなのにそんな素振りを見せずに「手堅く料理ね、やっぱり、うん」ようやくまともな事を言ってくれた。

「そうだ。好物を訊きに行こう」

ターニャが扉に向かっていく。そしてガチャッと開けた。オーディンさんは店内に居た。「おーい、ディレクトア~」ターニャが呼び掛けた。ここでわたしは途轍もない失態を犯していることを思いだした。わたしは下着姿のまま。血の気が引いて、けどすぐに血が頭に上る。部屋の奥に行って服を着ないと。
そう思ったのに、未だに解かれていない巻き尺の所為でターニャから離れられない。これも確信しての行動というわけっ!? 「お願い、ターニャ! 服を着させてッ」懇願する。

「ちょっと待って。ディレクトアの様子がおかしいんだけど・・・・」

「服を――へ? オーディンさんが変?」

真っ先に思い浮かんだのが記憶喪失の事だった。ターニャを壁とするようにして覗き見る。オーディンさんは別に苦しんでいなかった。ホッと一安心。「呼び掛けても聞こえていないようなんだよね」って首を傾げるターニャがもう一度「ディレクトア!」って大声で叫ぶけど、オーディンさんは無視。本当に聞こえていない・・・?
ターニャが直接呼びに行くつもりか部屋を出て、オーディンさんの元へ行こうとする。でもそんな事になればわたしは下着姿のままでオーディンさんの目の前に行く事になる。それだけは何としても阻止しないと。そう思って、これ以上ターニャを進ませないように踏ん張ったその直後、オーディンさんが振り返った。

「「「あ」」」

オーディンさんと目が合う。けどすぐにオーディンさんはスッと目を逸らした。な、ななななな何か言ってし、しししし釈明さないと。だけど口から出るのは「あ、あ、あの、あのあの」だけ。頭の中が真っ白になる。目が、顔が、耳が、体が熱い。ポロポロ涙が零れるのが判る。

「あ~あ、エリーゼったら。下着姿で外に出るなんてはしたないよ?」

「エリーゼ。風邪をひいたらいけないから、早く服を着ような」

「い、い・・・・いやぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッッ!!」

体を抱いてしゃがみ込み、悲鳴を上げる。それが、今出来る精一杯の行動だった。結局、その日は恥ずかしさの所為でそれ以上オーディンさんと一緒に居る事が出来ず、別々に帰り、夕飯もオーディンさんだけじゃなくみんなと別々で済ませた。
そして・・・・

「ターニャ許すまじ、ターニャ許すまじ、ターニャ許すまじ、ターニャ許すまじ、ターニャ許すまじ」

頭を冷やして、なんとかオーディンさんと顔を合わせていつも通りお話しが出来るように頑張ろうと意気込んだわたしは今、オーディンさん達の居るフロアへと来ている。
廊下を歩いていると、シュリエルさんの後ろ姿を発見。どうしたんだろう?と追いかけてみると、露天風呂に行くところだった。なんだ、お風呂か。そう思っていた時、男性用脱衣所の方から、「今日は参ったなぁ。エリーゼに謝らないと」というオーディンさんの声。
オーディンさんが入ろうとしているお風呂に、シュリエルさんも入ろうとしている・・・? 後先考えずにシュリエルさんに向かって疾走。何かを喋らせる前に手を引いてその場から離脱。

「エリーゼ卿? いきなりどうしたのですか?」

「それはこちらの台詞です! オーディンさんが今から入るんですっ! そしてシュリエルさんは女性なんですっ、だったら上がるまで待たないとダメなんですっ! だというのに何故、一緒に入ろうとしたんですかっ!?」

大人しそうなシュリエルさんがこんな大胆なマネをするなんて思いもしなくて驚いた。まさか「シュリエルさんとオーディンさんって、前々から一緒にお風呂に入る仲なんですか?」って恐る恐る尋ねてみた。返答によっては、わたしの恋はこれにて閉幕だ。

「いいえ。今日が初めてですが・・・・」

「だったらどうして急に・・・・?」

「夕方、オーディンと親しい者に、オーディンに喜んでもらえるような方法はないのかと相談したところ、風呂で背中を流してあげればいい、という事でしたから」

どこかで聞いたな~、その話。

「誰から聞いたか、教えてもらってもいいですか?」

「?? はい。シュテルネンリヒトという服飾店の主ターニ――」

「ターニャぁぁぁぁあああああああああああああッッ!!!!!」

アイツ(もうアイツで十分だ)の店、潰しちゃおうっかな~!!


 
 

 
後書き
ヤクシミズ。
とんでもない馬鹿話で申し訳ありません。最近は出番が無かったエリーゼに焦点を合わせ繰り広げられた今話。
『魔道戦記リリカルなのはANSUR』が私の最後の作品となりますので、前作並(もしくはそれ以上)に馬鹿話を出していきたいと思っています。
 

 

Myth10-B嵐の前の安穏~魔神の剣槍


†††Sideオーディン†††

聖王家の治める国アウストラシアの王女であるオリヴィエの治療をするために週二でシュトゥラ王都ヴィレハイムへと赴く事となってから、今日で早5回目の診察日。今日も上級治癒術式エイルを使って、オリヴィエの両腕の障害を治している。回数を重ねるごとに確実に快復に向かっていて(エイルを使用しているから当たり前だが)、あと1回の治療で完治しそうだ。

「私のお願いを聞いて下さっているおかげで、もう完治まで僅かですよ、オリヴィエ王女殿下」

「はいっ。毎日、オーディン先生の仰ったリハビリのメニューをこなしていますし。それに、オーディン先生が下さったこのアルムバントのおかげで、両腕を動かすのがとても楽になりましたから、苦もなく出来ました♪」

オリヴィエはニコッと可愛らしい笑顔を見せ、「失礼します」と椅子より立ち上がった。何をするつもりなのか、と思っていると、出逢った頃より確実に動きまくっている両腕で、ジャブ→ストレート→アッパーのコンビネーションを披露した。
私と一緒にオリヴィエを見守っていたリサが「オリヴィエ様~」と感極まって泣き笑いなんだが、私としてはまさかコンビネーションとは思いもしなかった。聖王オリヴィエ。魔導と武技に於いて最強と謳われたのは知ってはいたのだが、もう少し女の子らしい仕草を見せてくれると想像していたため、「プフ」つい吹き出してしまった。

「え? どうかなさいましたか?」

「いえ。なんと言いましょうか・・・」

「仰ってください、気になりますっ」

「・・・その、予想できなかった事を、オリヴィエ王女殿下がなさったので、つい」

そう言うと、オリヴィエは「は、はしたなかったですか?」と頬を少し赤らめて動揺する。そんな彼女を可愛らしく思い、「いえ。よく思えば、貴女らしいと言うべきでしょうね」と笑みを返す。リサも「オリヴィエ様は元気いっぱいに動き回る方が良いですッ!」と私に同意する。
しかしオリヴィエは「リサ。それではまるで私が小動物みたいではないですか」僅かに頬を膨らませ、納得できないと言った風だ。リサの顔から血の気が引くのが目に見えて判る。そして「も、ももももも」動揺しまくりだ。

「「桃?」」

オリヴィエと2人して小首を傾げたところで、「申し訳ありませんッ! かくなる上は!」と土下座した後に“キルシュブリューテ”(神器ではなくデバイス)を起動し、なんと首に宛がった。これには私もオリヴィエも「ちょっ・・・!」慌てる。刃が完全に頸動脈付近に当たってる。ちょい刃を引いただけで終わる、リサの人生が。「この命で償いますッ」などと言うリサ。
捕縛系術式で止めようとした時、シュタッと目にも留まらない速さでリサの背後を取ったオリヴィエ。速いな。魔力無しでの技能だ。身体強化を行えば、おそらく今以上の速度で移動できるだろうな。そんなオリヴィエは“キルシュブリューテ”の刀身を掴んで、リサの自殺行為を阻止。

「待ちなさい、リサ。少しからかっただけだから、命のやり取り級にまで考えないで」

「オ゛リ゛ヴィエ゛様゛~~~、ぐす(涙)」

「ごめんなさい、リサ」

「はい゛~」

まぁ一件落着ということで。さて、改めて、今日の治療の仕上げと行こうか。オリヴィエにもう一度椅子に座ってもらい、両手を取る。使用術式を選定。クラスは中級、効果は補助・治癒。

――傷つきし者に(コード)汝の癒しを(ラファエル)――

「ん・・・・」

オリヴィエが小さく息を漏らす。両腕を包み込むサファイアブルーの魔力。治癒効果のあるブレスレット型自作神器・妖精の神薬(ファルマコ・ネライダ)の能力を強化し、最後となるであろう次の治療の布石とする。時間を掛け、丁寧に強化を行う。強化を終え、オリヴィエの手を壊れモノのように大事に扱ってそっと膝の上に戻し、「本日はこれにて終了です」と告げる。

「ありがとうございました、オーディン先生」

「本当にありがとうございます、オーディンさん。オリヴィエ様をお助け下さって、何とお礼を言っていいのか」

深々と礼のお辞儀をする2人に、「自らの信念の下に行動するのが、私ですから」と応えておく。さて。用事も終わったことでそろそろお暇しようかとした時、扉がノックされた。リサがオリヴィエに応対してもいいか、という視線を向け、オリヴィエは頷き応えると、リサは扉に向かう。
リサが「はい。何用でしょうか?」そう尋ねると、「失礼します。クラウス殿下がオーディン様に御話があるとの事を、オーディン様にお伝えに参りました」と、若い女性の声が返ってきた。

「判りました。部屋の外で伺いますからお待ちください」

「承知しました」

「ではオリヴィエ王女殿下、リサ。私はこれで失礼します」

オリヴィエに一礼してから、リサと入れ替わるように扉の前に立つ。2人に見送られながらオリヴィエの私室を後にし、少し離れた場所で待っていてくれた二十代前半くらいのメイドへと歩む寄って行く。「お待たせしました」と言うと、そのメイドは「いえ。ではこちらへ」無表情かつ感情の籠っていないかのような声で応じ、オリヴィエの私室のある離宮ではなく、本宮に在るクラウスの私室へと案内し始めた。

「「・・・・・・」」

本宮に入ってからも変わらず互いに無言。しかしすれ違う騎士には、武器を胸に掲げての礼の姿勢を取る者が大半。中には先の戦で見知った者も居た。私相手に緊張しているのか動きが硬かった気がする。で、他のメイドともすれ違い、私に微笑みながら僅かに手を振って挨拶をしてくれる。

「段差がありますので、ご注意ください」

(やはり素っ気ないな・・・・)

主ではない私に様付けをする事に抵抗があるのか、それとも元より好かれていないのか、どちらにしてもあまり良く思われていないようで、ちょっとヘコむ。無言のまま案内されたクラウスの私室。彼女は扉をノックし、「殿下。オーディン様をお連れいたしました」と告げる。
室内から「ありがとう。入って頂いてくれ」と、クラウスからの返答。彼女が扉を開ける。思っていたより小さな部屋(オリヴィエの部屋より少し小さく質素か)の中、クラウスが私を出迎えてくれた。

「お待ちしていました。どうぞ、お座りください」

「ありがとう。それにしても、一国の王子を待たせるとは、私も偉くなってしまったな」

「元とは言えオーディンさんは一国の王だった方。実際に偉いではないですか」

「今は流れ者だぞ」

クラウスに倣って部屋の中央にある2つの肘掛椅子に腰かける。「では、私はこれにて失礼いたします」と一礼して去って行くメイド(何故か駆け足)。つい「私はあまり好かれていないのだろうか?」と尋ねてしまった。
するとクラウスからは「そのような事はないはずですよ」との返答。むぅ。扉へと向かい、僅かに開けて聞き耳を立ててみると、「きゃあああっ、オーディン様とお話ししちゃったぁぁああっ」さっきのメイドの声だった。

「やったじゃないっ」

「聞いて聞いてっ。オーディン様って、以前は一国の王様だったんですって♪」

「王族っ!? 通りで気品のある方だと思ったわ♪」

「あ、でもどうしよう。緊張してた所為で、冷たく思われたかも」

「あとで笑顔で御声を掛けてみればいいじゃない」

他のメイド達と話しているのが遠くの方から聞こえていた。嫌われているわけではなくて良かった。パタンと扉を閉め、席に着き、改めてクラウスと挨拶を交わした後、彼は私との間にある丸テーブルにアタッシュケースを置いた。

「ご所望の品ですよ、オーディンさん。武装に必要な部品、ようやく揃える事が出来ました」

「おおっ! ありがとうクラウスっ」

カートリッジシステム搭載のアームドデバイスの製作に必要な部品を、クラウスが用意してくれるという事で待っていたが、ようやく頂けるんだな。クラウスがケースを開け、中身を見せてくれた。デバイスの頭脳とも言うべきコア。
そしてカートリッジを装填するためのパーツ。フェイトの“バルディッシュ・アサルト”と同じ六連式リボルバー×2だ。「手に取っても?」と尋ねると、クラウスは「もちろんです」と快く許してくれた。
やはりコアは新品じゃないとな。それに、六連式リボルバー。このパーツは、どの上位騎士のデバイスからも手に入らなかった。だから注文したんだが・・・「良い品だな。期待以上だ」パーツを作ってくれた者には心底脱帽、そして感謝する。

「貴方にそこまで喜んでいただければ、技術部のみなも大変喜ぶでしょう」

クラウスの用事であったデバイスの部品を受け取った私は、ようやくデバイスを完成させる事が出来る喜びに興奮しながらアムルへ帰還した。ちなみにここまで案内してくれたメイドは別の仕事があったらしく、会えずじまいだった。アムルの街路を歩いてシュテルンベルク邸に向かう中、手に下げたケースに何度も目が行く。

(早速デバイス作成の続きといきたいな)

屋敷の正門から玄関へと続く道を歩いている中、屋敷の窓から庭を眺めていたエリーゼと目が合ったため「ただいま、エリーゼ」と挨拶すると、エリーゼは「あ、お、お帰りなさいオーディンさん」と挨拶を返してくれたが、すぐに顔を赤くして気まずそうに姿を消した。
昨日の事が原因だ。ターニャの謀略(子供に何をさせているんだか)によって、私の前で下着姿を晒す羽目になったエリーゼ。奥の部屋に連れ込まれた後、男が聞いてはいけない内容の話し声が漏れてきたために、私は2人の声限定で聴覚封印を行った。私に用事が出来れば、体に触れて教えてくれると思っていたから、2人の声を封じても問題ないと思ったんだ。

(しかしまぁそれが仇になるとは・・・・)

今朝も何度か声を掛けようと努力していたようで、だったら私は待とうと考えた。結局、軽い挨拶程度なら交わせたが、長話となると駄目だった。こちらから歩み寄って逃げられてはこちらが参るし、時間が解決してくれる事を祈るだけだ。さっきまでのテンションが嘘のようにトボトボと作業室(私室とは別に用意された部屋だ)へ向かう。その途中に通り過ぎる事になる自室。その自室の扉が開いて、アギトが出てきた。

「あ、マイスター。お帰りなさいっ♪」

「ああ。ただいま、アギト。留守中、急患はなかったか?」

「えっと、シグナムの一撃を受けて脳震盪を起こした人が2人」

「そうか、いつも通りだな」

「うん、いつも通り」

熱心で本気なのはいいが、少しやり過ぎ感が否めない。まぁ脳震盪を起こしているのは基本的にシグナムのファンだ。木刀を振るうシグナムに見惚れている間に頭に一撃もらう。同性異性関係なく、だ。それでも騎士教室をやめることなく、何度打ちのめされようとも通い続けている。

「アギト。少し作業室に籠る。午後の診察回りは、すまないがシャマル達に任せたい」

「え? あ、うん。あたしから伝えておくよ」

「ありがとう。あとで直接シャマル達に謝らないとな」

「その方が良いと思う。じゃあマイスター。大事な用事みたいだから、その、頑張って」

「ありがとう」

礼を言い、私はアギトと別れて作業室へとまた歩き出す。作業室の奥に設けられた作業台の上に置かれている製作途中のデバイスに掛けた布を捲る。私の神器“神槍グングニル”と同じデザインのソレ。30cmほどの柄の上下に1mほどの穂がある。2つの穂の付け根に、リボルバーを設置する部位がある。

「さぁて・・・・すぐに完成させてやるからな。エヴェストルム」

デバイスの名を告げつつ、穂をそっと撫でる。“水銀”・“万能薬”・“賢者の石”・あらゆる物事の始めから終わりを司る象徴として用いられる“アルファとオメガ”や“アレフとタウ”・“巨大な力を解放する引き金”。様々な意を持つ“エヴェストルム”を、私はデバイスの名称として付けた。少し大げさな気もするが、妙な名前よりかはマシだろう。

「よっしっ! やるかッ!」

†††Sideオーディン⇒アギト†††

マイスターは王都より帰って来てからずっと作業室に籠りっぱなし。一度だけ顔を出して、自分の代わりに医務仕事をしてくれたシャマルやモニカ達に、任せっぱなしにした事を謝っていたけど、でもすぐにまた籠った。そして今、あたしとシャマルとシュリエルは、夕ご飯をトレイに乗せて作業室の前にまで来てる。で、誰が扉をノックするか決めかねてる状況だったりする。だって・・・・

「むぅ・・・声を掛け辛い空気が扉の向こうからひしひしと・・・」

「う、うん。・・・シャマルかシュリエル、やってくれる?」

「え? 私? えっと・・・ちょっと遠慮したいかなぁ~」

「確かに・・・それで叱られると思うと、少し気が引けるんだが・・・」

「あたしだってそうだよ・・・」

ポツンと扉の前で佇む中、シュリエルが「料理が冷めてしまうな」急かすような事を言ってくる。あたしは「ここはやっぱりシュリエルが」って押しつける。すると「いや、ここはやはり先輩であるアギトかシャマルが」シュリエルもあたしかシャマルに押しつけようとしてきて、シャマルも「ここはやっぱり大先輩のアギトちゃんが」あたしに押しつけようとしてきた。このままだと料理も冷めちゃうし。でもマイスターの邪魔をしたって事で叱られるのも嫌だし。

「「「う~~~ん・・・・」」」

3人で唸っていると、「なんだ、まだオーディンに夕飯を届けていなかったのか」背中に掛けられた、ちょっと呆れたような声。振り返ってみると、そこにはシグナムとヴィータが居た。ヴィータも「冷めちまうだろうが」ってシュリエルが手に持つトレイに乗った夕ご飯を見る。

「だって。なんて言うか邪魔しづらい空気が扉から伝わって来るのよ?」

「オーディンが根を詰め過ぎているといけないから、医者のお前をアギトとシュリエルについて行かせたのだろうが。役に立たん奴だな」

「藪医者か?」

「酷いっ! そこまで言う事ないじゃないっ、シグナムっ、ヴィータちゃんっ(泣)」

シャマルがガックリ廊下に四つん這いになって項垂れた。藪医者は言い過ぎだよ。代わるようにシグナムが「私がお呼びする」って扉の前に立ったけど、「む、これは・・・」ノックする体勢で硬直。そして小さく「た、確かにこれは少しやり辛いな」って漏らした。
今度はヴィータが「シグナムまで何やってんだよ、たく」って扉の前に立って、「おーい、オーディン。晩飯できたけど、食う?」なんの躊躇もなくコンコン扉をノック。あまりにアッサリとノックしたから、戸惑ってたあたし達は無言でヴィータの背中を見詰める。シュリエルが「返事が無い、な・・・」って言うと、またヴィータが「おーいっ」連続ドンドンノック。ゆ、勇者がここに居る。

「なっ? おい、ヴィータっ、さすがにそれはオーディンの気を悪くさせてしまうやもしれんっ」

「そ、そうよヴィータちゃんっ。コンコンくらいならまだいいとして、ドンドンはまずいわっ」

「だって返事ないし、しゃあねぇじゃんか」

シャマルがヴィータを退かして、扉に耳を当てて室内の様子を窺う。とその時、ガチャッとドアノブが回って扉が内側に向かって開いた。シャマルは扉に耳を当てていた体勢のまま硬直。あたし達も硬直して、薄暗い部屋を背にしてるマイスターを見詰める。
俯いて一言も喋らないマイスターに、さすがのヴィータも若干後ずさりながら「えっと、オーディン・・・? 晩飯、なんだけど・・・食う、よな?」そう訊いた。で、夕ご飯の載ったトレイを持ったシュリエルはと言うと、顔は見えないけど明らかに不機嫌そうなオーディンの雰囲気に縮こまってる感じで硬直。

「マ、マイスター? これは、その、みんな、マイスターの事を心配して・・・・」

何も言わないで居るより、ちょっとでもこうなった状況の説明をしてマイスターの機嫌をどうにかしないと。だからそう言ってみたんだけど、マイスターは変わらず無言。あたしは泣きそうになる。ここでシャマルが立ち上がって、マイスターと正面から向き合う。で、「え? まさか、立ったまま眠ってる?」マイスターの顔を覗き込んでそう言った。あたし達は揃って「え?」って訊き返して、マイスターの元に集まって様子を窺う。

「ち、違うわっ。眠ってるんじゃなくて気を失ってるわっ!」

シャマルがそう訂正した後、マイスターがうわ言のように「目が死ぬ・・・」って言った後、シャマルにもたれ掛かるように倒れた。マイスターを抱き止めたシャマルは「きゃぁぁぁっ!? オーディンさん、しっかり!」って叫んで、「うおおおおっ!? オーディンがぶっ倒れたッ!?」ヴィータは慌てふためいて、シグナムは「い、医者だッ、医者を呼べッ!」目の前にシャマルっていう医者が居るのにそんなこと言ってるし。シュリエルは「シャマルっ、オーディンの容体を調べろッ」冷静のようだけど、トレイを手放した所為で夕ご飯は床に落下、もう食べられない。

「い、急いでマイスターの部屋にッ!」

そしてあたしは、こんなこと言うのもなんだけどマイスターが倒れるのを何度か見てるから慣れて、それに倒れた原因が記憶障害っぽくないから冷静で居られたから、マイスターを部屋に運ぶようにシグナム達に言えた。シグナムとシュリエルがマイスターの両側から肩を貸して、マイスターを運んで行った。で、シャマルの診断の結果、やっぱり過労だった。マイスター、一体どんな無茶したんだろう?

†††Sideアギト⇒シュリエルリート†††

翌日。「おはよう、みんな」といつもと変わらない調子のオーディンとアギトが食堂に入って来た。普段であれば我々は挨拶を返すところなのだが、まずエリーゼ卿が「オーディンさん、お話しがあります」と告げた。
食堂の空気が重くなるのが判る。しかしオーディンは「昨夜は迷惑を掛けてすまなかった」とエリーゼ卿が説教をする前に、私たちの前で頭を下げた。心の底からの謝罪であると理解できるほどに真摯なもので、許そうという空気が生まれる。

「わ、判って頂いているならいいんです、はい」

「エリーゼ。謝ったって許さない、って言っていたような――」

「そんなこと言ったっけ?」

「まぁ別にいいのだけど・・・・」

アンナからそう言われたエリーゼ卿がとぼける。私も先程そういう風に聞いていたが、ここは流すのが良いのだと察し、無言を貫く事にした。シグナム達もそのようだ。エリーゼ卿から視線を逸らし、明後日の方を見ている。

「アギトから話は聞いたよ。シグナム、シュリエル。部屋にまで運んでくれたそうだな。ありがとう。アギト、シャマル。看病してくれて、ありがとう。ザフィーラ。私が休んでいる間、アムルの周囲警戒をしてくれて、ありがとう。そしてヴィータ」

「おうっ」

「何もしていない君に、特に礼は無い」

「だと思ったよ。あたしも、あーなんもやってねぇな~、って思ってたし」

「そのうえヴィータって、マイスターの夕飯後の為のデザートもこっそり食べたよね」

「ああ、美味かった♪」

オーディンとエリーゼ卿、アギトとヴィータとシャマルの笑い声が、食堂に響く。それから朝食を終え、話は昨夜までは無かった、オーディンの左手の中指にはめられている蒼銀の指環へと移る。エリーゼ卿が「オーディンさん。ソレが、オーディンさんの製作した武装、ですか?」と尋ねる。
食後のコーヒーを飲み一息吐いているオーディンが「ん? ああ。エヴェストルムだ」と立ち上がって答え、おもむろに「起動」と告げ、指環を武装へと変形させた。ソレは槍のようで剣のようでもある武装だった。柄の上下に長い刃が付いている。
見た目からしてかなりの重量であると思われる“エヴェストルム”を軽々と片手で回し、構えた。エリーゼ卿とアギトとシャマルが「おお」と感嘆を漏らす。

「それって、オーディンさんが魔導でよく見せるものと同じ形ですよね」

「そうだな。私は槍使いだから、魔導も槍の形にしているんだ」

確かにオーディンが魔力で様々な槍を構成していた。いや、それより槍だったのか。よかった、剣、と口にしなくて。

「エヴェストルムを使えば魔力消費も抑えられるし、敵から武器を奪わないでよくなる。そう思うと、すぐにでも完成させたくなって――」

「作業室に籠って、無茶な作業を続けて過労で倒れた、と」

アンナがそう睨みを効かせて確認すると、「・・・その通りだ」とオーディンはしゅんと肩を落とした。オーディンは、何故かアンナを相手にすると若干弱くなる気がする。私たち“闇の書”がオーディンの元に来るまでに、アンナと一体何があったのか気になっていたりする。

「えっと、それはともかくとして。オーディンさんの記憶障害に陥る回数が減ると言うのなら、わたしはすごく嬉しいです」

「そ、そうだよね。マイスターの大事な記憶を守れる事になるなら、1日くらいの過労なんてどうでもいいよねッ♪」

「どうでもいいって事はないと思うけれど。けど、そうね。オーディンさんがエリーゼや私たちの事を忘れてしまうような事態が無くなったと思えば、心配させた罪も和らぐかしら」

「あの、アンナ。オーディンさんは一応年上だし、もうちょっと・・・ね?」

オーディンは“エヴェストルム”を指輪に戻して席に着き、「いいよ、エリーゼ。今さらアンナにかしこまられた態度を取られると、かえって気が滅入る」と言い、残りのコーヒーを飲むのを再開。アンナは「だそうよ?」とエリーゼ卿に微笑み、「オーディンさんがそう言うなら、いいんですけど・・・」とエリーゼ卿は少し納得がいかないような風だが、この場は引いた。

「あ、そうだ。アンナ、昼食は外で頂くから、弁当を作ってもらってもいいか?」

「お弁当、ですか? 構いませんが・・・はい、判りました」

「あの、オーディンさん。お昼はどこかへ行かれるのですか?」

「ああ。エヴェストルムの機能試験を行わないと。いざ実戦で機能不全を起こして窮地に陥る、なんて事は御免被りたいからな」

エリーゼ卿は「そう、ですか・・・」と寂しそうに呟いたのが聞こえた。話はこれで終わり、この場は解散となった。
朝食後は午前での仕事となる。オーディンはモニカとルファ、そしてアギトとシャマルと共に医務院での仕事を普段通りこなしている。その様子を窓から眺める事が出来た。ちなみに私は使用人服を着て、アンナやシグナムとヴィータ、ザフィーラと共に屋敷内の清掃に勤しんでいる。
自分が掃除した事で綺麗になると、「うむ。ホコリ一つとない」とても気分が良くなるものだ。汚れた雑巾を洗って絞り、「ふぅ。良い仕事をした」黒くなったバケツの水を捨てに行く。裏庭の草に水を捨て終え井戸の湧水で手を洗っているところに、「シュリエルさん。お疲れ様です」と裏口からアンナが覗いていて、そう労いの言葉を掛けてくれた。

「お疲れ様です、アンナ。一階の窓の拭き掃除、終わりました」

「ありがとうございます。今日は人手がありましたから助かりました」

アンナは年相応に可愛らしい微笑みを浮かべ、中庭と二階へと視線を移した。中庭の花壇の水やりに草抜きをやっているであろうヴィータとザフィーラ、二階の清掃を任されているシグナム、共に今日は騎士教室が休みなため屋敷の仕事の手伝いだ。

「シュリエルさん。オーディンさんの昼食のバスケットです。私はまだ水回りの掃除があるので、あなたが届けてください」

「はい、判りました。ありがとうございます」

バスケットを受け取ると、アンナは「皆さんの分も作りましたので、どうぞオーディンさんとご一緒してください」と言って、屋敷内に戻って行った。それから屋敷清掃班の私たちは合流し、医院での仕事を終え休憩に入ろうとしていたオーディン達と合流。

「それじゃあモニカ、ルファ。午後からも頼むな」

「はいっ♪ でもでもオーディン先生、練習のし過ぎでまたぶっ倒れないでくださいね♪」

「オーディン先生。モニカの言う通り、午後からの診察もありますから無茶はしないでくださいよ?」

「あはは、了解。しかし私がいなくても、シャマルが居て、2人もシャマル直伝の癒しの風を習得しているから安心しているんだが・・・」

「ダメですよ、オーディンさん。安心だから居なくてもいいだなんて。キッチリ仕事を頑張ってもらいますっ」

シャマルにそう言われ、オーディンは「了解です、シャマル先生。無茶しません。仕事も頑張りますっ」と片手を上げ宣誓、シャマルも「よろしいっ♪」と満足そうに笑う。オーディンを“闇の書”の主としてから騎士たちはよく笑うようになった。今のシャマルの笑顔も、私が憶えている限り今までの転生の中では見た事が無い。

「そうだぞ、オーディン。無茶はダメだ」

「そうだな。またオーディンの食事を、食い意地の張ったヴィータが食べてしまう」

「うっせぇな。残すくらいなら食べた方がいいじゃんか。捨てるなんて勿体ないほどに美味いし」

そんなシグナムとヴィータのやり取りも、今までなら考えられない。ヴィータも私相手に怒鳴ることが無くなった。それがとても嬉しいのだ。私とて今まで騎士たちの事を二つ名で呼んでいた。烈火の将、紅の鉄騎、風の癒し手、蒼き狼、と。
しかしオーディンから、皆を二つ名ではなく名前で呼ぶようにお願い(命令ではなく、だ)され、期待に添えられるように努めた。最初は苦労したが、今では言い間違える事なく名前を呼べるようになった。それは本当の家族になったように思え、嬉しかったものだ。

「――さて。アンナはみんなの分も用意してくれたんだよな。じゃあ一緒に行くか」

「「うんっ」」「「「「はい」」」」

そして私たちは、実戦が行えるようアムルの外れにまで向かう事になった。

†††Sideシュリエルリート⇒シグナム†††

アムルより出て、我らは隣街ヴレデンとの間に広がるヴュルセルン平原を訪れた。街道から遠く離れているため、アムルとヴレデンを往来する人には迷惑は掛からないはず、というのがオーディンの言だ。周囲の確認を終えたオーディンは「エヴェストルム、起動」と告げ、指環を槍へと変え、騎士甲冑姿へと変身した。
ここで私は「試すのであれば、相手が必要ではないですか?」と尋ねる。単独で“エヴェストルム”の機能試験を行うより、やはり相手が居た方が良いと判断したからだ。それに「一度オーディンと剣を交えてみたいですし」という、もう一つの理由を告げる。魔導だけにおいては私はまず相手にならないだろう。しかし斬り合いならば、おそらく良い線までいけるはずだ。

「う~ん、そうだな・・・じゃあ頼めるか? シグナム」

「はい。喜んで。レヴァンティン、行くぞ」

首から提げていた“レヴァンティン”を起動し、騎士甲冑姿へと変身する。

「それじゃあ陸戦限定での試合。私は広域・射砲撃の魔導は使用せず、シグナムは普段通りでいい」

「判りました」

“レヴァンティン”を正眼に構え、オーディンは“エヴェストルム”を水平に構えた。槍の構え方ではない。こう言ってはなんだが、元より槍としての形ではなかった。ゆえに、槍の唯一の攻撃法である刺突にだけ注意すればいいというわけにはいかず、斬撃にも警戒しなければ。互いにジリジリと僅かだが確実に距離を詰め始める。先手で行くべきか、後手に回って迎撃か。

「では、最初の機能試験を始める。エヴェストルム、カートリッジロード」

≪Explosion≫

――集い纏え(コード)汝の火炎槍(フロガゼルエル)――

――集い纏え(コード)汝の雷電槍(ブロンテーゼルエル)――

2つある装填部が回転し、それぞれ一発ずつカートリッジをロードすると、片方の穂に蒼い炎、もう片方には蒼い雷が付加された。魔力付加。オーディンは魔力を直接槍の形に構成、固定して、攻撃手段としていた。魔力消費量で言えば、確かに武装に付加する方が低いだろう。

「レヴァンティン、カートリッジロード・・・!」

“レヴァンティン”のカートリッジを一発ロードし、刀身に火炎を発生させる。そして、互いに同時に動く。

「はぁぁぁぁッ!!」

「紫電・・・一閃!」

横薙ぎに振るわれる“エヴェストルム”。私は振り下ろしの一閃。互いにほぼ全力での炎の斬撃が衝突。鍔迫り合いの如く拮抗し、互いの火炎が爆発する臨界点間近というところで、

≪Zwillingen Schwert form≫

“エヴェストルム”の柄が半ばで分離し、槍から二刀一対の双剣となった。オーディンが「よし、上手く行ったな」と蒼雷が付加されている片方の穂を振りかぶる。振るわれる前に、鍔迫り合いしていた“エヴェストルム”と“レヴァンティン”の炎が爆発、爆炎と爆風によって強制的に距離を取ることになった。

「へ~、エヴェストルム、分離して武器が2つになるのかぁ~」

離れた場所で観ているヴィータから漏れる感嘆の声を聞きながら、煙幕の向こう側に居るであろうオーディンに警戒し続ける。煙幕が晴れていき、双剣形態のままの“エヴェストルム”をダラリと下げた状態で佇むオーディンが視界に入る。

「よし。次だ」

≪Zwillingen Lanze form≫

また形態変化。柄がグッと伸び、双剣から二槍一対の双槍と化した。

≪Explosion≫

――集い纏え(コード)汝の閃光槍(ポースゼルエル)――

右の“エヴェストルム”がカートリッジをロードし、穂に蒼い光が付加される。そしてオーディンは右の“エヴェストルム”を私に向かって投擲。あまりに一直線過ぎる一撃。罠か?と疑ってしまうが、ここは下手に防御をせずに回避を取る。左手に持っている“エヴェストルム”の柄頭を、投擲したばかりの“エヴェストルム”に向け「パイチェフォルム」と一言。この間、一切オーディンから視線を外さなかった。だからこそ見えてしまった。

≪Peitsche form≫

柄頭から高速で伸びる蒼い魔力の縄が、私の背後に突き刺さった“エヴェストルム”の柄頭からも伸びた魔力縄と繋がった。(パイチェ)とはそういう事かと理解する事となった。魔力縄が鞭となり、先端にある柄が短くなって再び剣と化した“エヴェストルム”で刺突と斬撃を行う。
そしてオーディンの手元にもまた槍形態の“エヴェストルム”がある。接近してきた相手を迎撃するためのモノだろう。実際、私が先端の“エヴェストルム”を弾き飛ばし、オーディンの懐に飛び込もうとした時に迎撃されてしまった。何度か間合いに入って斬り合いになるが、長柄の槍を武器としているのに斬り返しが速く、なかなかオーディンに掠り傷すら負わす事が出来ない。

(魔導だけでなく槍術ももはや達人級、か・・・・!)

それだけでなく押し切れると思えたところで、槍の“エヴェストルム”の柄頭から伸びている鞭と、先端の剣“エヴェストルム”が妨害して来て距離を取らざるを得なくなる。

(離れては鞭による打撃と先端の剣形態エヴェストルムによる斬撃・刺突。接近すればオーディン自ら槍形態のエヴェストルムによる迎撃。これは・・・厄介だな。こちらも連結刃形態シュランゲフォルムで対抗するのが吉か・・・?)

対“エヴェストルム”の戦術を組み立てているところで、「あ、すまないシグナム。今日はこれまでにしてくれ」とオーディンが告げた。理由は、魔力縄が突然消えてしまったからだ。オーディンが解除したわけではなく、何かしらの問題が発生しての事だ。
不完全燃焼だが、元より戦いが目的ではなく、“エヴェストルム”の機能試験を行うのが本来の目的だ。ゆえに「判りました」と“レヴァンティン”を鞘に収め、待機形態の首飾りにし、服装も戻す。

「むぅ、エラーが出たな。プログラミングに問題があったか?」

そう1人思案に耽るオーディン。そんな彼を見ていると、「お疲れ、シグナム」とシャマルが労いの言葉と共に、タオルを差し出してきた。受け取って顔の汗を拭いながら「ああ」と返す。今度はシュリエルが「水だ」と水の注がれたコップを渡してくれた。「すまないな、シュリエル」喉の渇きを水で潤し、一息吐く。

「それで、どうだったの? オーディンさんとの一戦は・・・?」

「・・・魔導だけでなく槍術もすごかった。あの防御を切り崩すのは相当骨が折れそうだ」

「それってつまり全力で行けば、オーディンさんを倒せるって事?」

「いや、それは無理だな。今の試合のように制限があれば一撃くらいは与えられそうだが、先の戦で見た魔導がそれに加われば手に負えない」

魔力の槍を雨のように降らせるような魔導に、強大な威力の同時多数砲撃、戦船を掴んだ巨大な腕による拳打。それらが補助としてオーディンの戦術に加われば、もはや実力がどうのこうのという次元ではなくなる。判っていた事だが、オーディンはもう人間の限界を超えている・・・。

「アムルに帰って詳しく調べないといけないな」

「なあなあオーディン。ちょっといいか?」

「どうした? ヴィータ」

オーディンが“エヴェストルム”を連結して槍に戻し待機形態の指環に変えたところで、ヴィータがオーディンに歩み寄って行った。

「オーディンって、色んな魔力変換が出来て付加する事が出来るよな。炎熱や電撃とか」

「まあな。それが?」

「それって、他の奴にも付加できたりするのか?」

「たとえば?」

「あたしのアイゼンとか、シグナムのレヴァンティンとか、ザフィーラの拳とか」

「出来るぞ。試しにやってみるか?」

「うんっ!」

ヴィータは嬉しそうに元気良く頷き、「よっしゃっ!」と“グラーフアイゼン”を起動した。オーディンは「手始めにグラーフアイゼンのヘッドな」と言った後、指を鳴らした。すると“グラーフアイゼン”のヘッドに蒼雷が付加された。オーディンの左手に魔力で構築された槍が一振り生まれ、「とりあえずその状態で私に攻撃してみろ」と告げる。

「え? いいのかよ。あたしの一撃って結構重いぜ?」

「大丈夫だ。構わずやってみろ」

「お、おうっ!」

騎士甲冑へと変身したヴィータは、蒼雷を纏う“グラーフアイゼン”を振りかぶり、オーディンへ向け振り下ろす。魔力槍と“グラーフアイゼン”が衝突したと同時、雷光が炸裂する。ヴィータが「電撃の一撃かぁ。ブリッツ・シュラーク、がいいな」と勝手に名付けていた。オーディンも「いいんじゃないか、ブリッツ・シュラーク。判り易くて」と同意している。

「なんか面白くなってきた。なぁオーディン、もうちょっと試したい事があるんだけど」

それからというものヴィータは様々な属性を付加された魔導を試し打ち。シュワルベフリーゲンに炎熱を付加させたシュワルベフリーゲン・フランメ、電撃のシュワルベフリーゲン・ドンナー、氷結のシュワルベフリーゲン・アイスなどなど。
ちなみに、「シグナムやザフィーラ、シャマル、シュリエルもやってみるか?」とオーディンが仰せだったので、少しばかり、な。
私とは連携の紫電十字閃、紫電嵐閃など。ザフィーラは拳打に電撃、蹴打に炎熱と分けられての炎蹴雷打、オーディンとの連携技・狼王塵砕牙など。シュリエルはデアボリック・エミッションをオーディンと同時に(驚くべき事にオーディンは見ただけで他者の魔導を憶える能力があるとの事だ)複数発動するデアボリック・エミッション・ヘクサ、ブルーティガー・ドルヒに様々な属性付加させたエレメンテン・ドルヒなど。

「――しかし、シャマルはよく考えると攻性の魔導が少ないよな」

「はい。私は治癒と補助が本領ですから」

「シャマルはいいじゃん。前線じゃないんだし、後ろで回復をやらせておけば」

「なんか酷い言い方な気が・・・」

ヴィータにぞんざいに扱われたシャマルがガックリ肩を落とす。そこに、アギトから「そろそろアムルに帰らないとダメかも」と告げられたオーディンが「しまった」と焦り始める。結局、アンナに用意してもらったサンドイッチは帰路の途中で食べ歩きという事に。アムルに帰ってオーディンとシャマルと別れ、屋敷に戻ると・・・

「お帰りなさい、みなさん」

アンナがエントランスホールで仁王立ちしていた。結構な威圧感を放っている。なるほどオーディンも飲まれてしまっても仕方がないな、これは。

「ただいま帰りました。アンナ、何かありましたか?」

「ええ、ありました。随分と派手に練習をしていたようですね。アムルへ訪れた方々が騒いでいました。ヴュルセルン平原で魔導戦が行われている、と。悪い事だとは言いませんが、一般の方に不安を与えるような事はしないでくださいね」

おかしい。迷惑が掛からないように街道より遠く離れて行っていたのだ。ふと、我らの視線は1人に向けられる。シュリエルだ。シュリエル自身も騒ぎの原因の片方であると理解しているためか、すまなさそうにしている。おそらく一般の者を騒がせた魔導というのは、デアボリック・エミッション・ヘクサだろう。たださえ強大かつ巨大な魔導だ。それが空に7つも発動されたとなれば、否応なく人目に着くだろう。
この後、仕事より帰ってきたオーディンもアンナの説教を受けた。オーディンがアンナを苦手とする原因を垣間見た瞬間だった。

「どうもすいませんでしたッ!!」



 
 

 
後書き
ザオ・シャンハオ、ニー・ハオ、ワン・シャンハオ。
ようやくオーディンのアームドデバイス・剣槍エヴェストルムが登場。
意味は、本編参照。本来の名は、アゾース又はアゾート。
錬金術師パラケルススが、アゾースをエヴェストルムと呼んでいたそうです。
待機形態の指環、通常のランツェフォルム、双剣のツヴィリンゲン・シュベーアト、双槍のツヴィリンゲン・ランツェ、鞭のパイチェの4つ。
外見はAUSUR当時から変わらず、ヴァルキリープロファイルのグングニルです。
神器・神槍グングニルもまた同じデザイン。どちらも穂の幅はあれほど広くなく、半分くらいでしょうか。
 

 

Myth11民草よ聴け・其は神よりの告知なり~MinareT~

夜天に浮かぶ月と星々の明かりが地上をうっすらと照らしている今は真夜中。
シュトゥラとの国境とは真逆であるイリュリア西部に在るトゥルム海の離島へと、イリュリアの技術部や騎士団が今までにない大規模な人員移動を行っていた。騎士団の中には、二度に亘ってオーディン達に苦汁を舐めさせられたファルコ・アイブリンガーの率いる、新たに再編された地駆けし疾狼騎士団フォーアライター・オルデンも姿が。
そして、かつて起きた“大戦”に参加していた魔術師であり騎士でもあった、鮮血姫シリア・ブラッディアの末裔――ウルリケ・デュッセルドルフ・フォン・ブラッディアの率いる改造獣(キメラ)のみで構成された狂いたる災禍騎士団プリュンダラー・オルデン。その2つの上位騎士団も含め計8つの騎士団が海岸に集い、島へと船で渡っていた。

「ミナレットの稼働・・・ようやくイリュリアによるベルカ奪還・統一が見えてきたかしら」

「だな。エテメンアンキは放置していた期間が長過ぎて調整に時間が掛かるようだが、ミナレットの方は随分と前からテウタ陛下が部下を回して調整していたようだから、こうして1ヵ月と掛からずに実戦運用が可能段階にまで持って来れたって話だ」

「エテメンアンキは王都に在るから、ミナレットのように隠れて調整することが出来なったのね」

「こんな田舎にまで気を回す余裕が無かっただろうしな」

ファルコとウルリケが島の上空を見上げながら、そう思いを馳せていた。そこに、「おい、サボってんなよ、盟友ファルコ、盟友ウルリケ」と叱責するような声が2人に掛けられた。ウルリケが「盟友フレート」とその男の名を告げた。
テウタ派の上位騎士団の騎士団長フレート・ベックマンだ。彼のすぐ側には小人が1人、ふわりと浮遊している。融合騎プロトタイプの一体、強化の融合騎ツヴァイだ。その融合騎が「フィーアとフュンフもいねぇじゃん。主従揃ってサボりか?」と、ファルコの融合騎・風のフュンフ、ウルリケの治癒の融合騎・フィーアの姿が無いと嘆息。

「ツヴァイ。2人は調整中で、すでにミナレット内の技術室だ。あと、盟友フレート。俺たちはサボってたわけじゃない。休憩中だ」

「そうかい。ま、このくだらない争いもやっと終わると思えばのんびりサボりたくもなるよな」

「話を聴けよ、おい。たく・・・で? 俺とウルリケに何か用か?」

「んあ? あーそうそう。先ほど、王都から伝書鳥が来てな。テウタ陛下と総長閣下からの指令だ。明日の正午、ミナレットの第1撃目をシュトゥラ、間髪入れずに三連国(バルト)の主格ウラルに2撃目を撃ち込む」

「ともにイリュリアの統一を拒む最大勢力、ね」

「個人戦力では圧倒的な魔神の居るシュトゥラ。兵力ではイリュリアと同等かそれ以上のバルトを治める三連王のひとり、雷帝ダールグリュンの国ウラル。この2発で決まれば、あとは対した弊害にならないな」

「問題は、アウストラシアの聖王のゆりかごだ。ミナレットでも撃沈させる事が出来るとは思うが――」

「可能ならばエテメンアンキが使えた方が良いと思うわ」

「エテメンアンキは今も陛下たちが調整している。それまではミナレットで凌ぐしかないだろう」

高位騎士3人は改めて島の上空を見上げる。そこにはただ星空が広がるだけだ。しかし実際、そこには・・・

†††Sideシャマル†††

私たち“闇の書”とその守護騎士がオーディンさんの元に転生してからもうひと月ちょっとが経過した。戦乱期という事もあってやっぱり戦いがあるけれど、それでも以前までなら考えられない程に笑顔に包まれていて、とても穏やかな時間を過ごしている。
普通の暮らし、とでも言うのかしら。魔導を活かした医者というお仕事、温かい食事とぐっすり眠れる場所、選り取り見取りな衣服・・・そして、家族。普通なんてものじゃない。幸せな暮らしだと、私はハッキリと言える。

「ふぃ~、良いお湯だったぁ~♪」

「真昼間から風呂に入ると、なんかいつもと違うから余計に気持ち良いな♪」

アギトちゃんとヴィータちゃんが露天風呂をお昼から頂いた事で、気分が高揚しているよう。そういう私も実は一緒にお風呂を頂きました。だって・・・

「ツイてないと思ってたけど、お昼からお風呂に入れるなら悪くないかも」

「まったくだ。アイツらが泥を跳ね上げるから、あたしらは泥塗れになっちまったけどな。ま、その代わりこうして綺麗サッパリになったんだ」

ヴィータちゃんの言う、アイツら、というのは騎士教室生たちの事。魔導の練習で、魔力を暴発させて泥の水たまりを爆発させちゃった事で、近くに居た私たちは遇えなく泥塗れに。空いた時間、見学をしていなければ巻き込まれなかったけど、こうしてお風呂を頂く事もなかった。

(んん~、不幸中の幸い、というものかしら?)

「マイスタぁ~~、髪乾かしてぇ~♪」

アギトちゃんが甘えるようにオーディンさんの元へと飛んで行く。男性用浴場と脱衣室に合流できるラウンジのソファに、私たちの主であるオーディンさんが座って、自分の髪を乾かしていた。オーディンさんもその場に居たから泥水を被って、私たちと同じように入浴する事に。

「いいぞ。ほら、おいで」

「ありがと、マイスター❤」

側に飛んできたアギトちゃんを迎え入れるようにオーディンさんが快諾すると、アギトちゃんは「ヴァクストゥーム・フォルム♪」そう言って、体格を小人サイズから10歳くらいの人間の子供の大きさにまで変身した。アギトちゃんの、オーディンさんを膝枕する、という夢の為(もちろん他にも理由は在るようだけど)に組んだ術式って言ってた。

「マイスター、膝の上に座ってもいい?」

「ああ、どうぞ」

ちょこんとオーディンさんの膝の上に座ったアギトちゃんは本当に幸せそう。そしてオーディンさんは左手に櫛、右手から魔導で温風を生み出して、アギトちゃんの長く綺麗な紅い髪を乾かしながら櫛で梳いていく。
次第にアギトちゃんは「ふにゅ~」ウトウトしだす。その都度、「寝ちゃダメだぞ、アギト」って言われて「寝てないよ」って返す。そんなやり取りを繰り返して、最後にアギトちゃんの髪を両耳の後ろで結って終わり。アギトちゃんが元の姿に戻ったところで、「オーディン、あたしもやってもらっていい?」ってヴィータちゃんが駆け寄ってく。

「ああ、もちろん。ほら、隣に座って」

「お邪魔しま~す」

ヴィータちゃんも、櫛で梳かれる度に気持ち良さそうに目を細めてる。ちょっと羨ましいかも。でもでも、私はもう大人なんだし、そんな子供っぽい事をお願いするのもどうかと思うし、あぁでも気持ち良さそう。
ううん。ここは大人として・・・「はい、終わり」とオーディンさんがヴィータちゃんを送りだす。あ、どうしようどうしよう。お願いするなら今。あぁでも大人として・・・うぅ、でもやってもらいたい。

「どうしたんだよ、シャマル。さっきからうんうん唸って」

ヴィータちゃんが不思議そうに私を見上げていて、アギトちゃんも小首を傾げて見てくる。そしてオーディンさんは、「さてと」と言って、ラウンジを後にしようとした。恥も外聞を擲ってお願いするか。それとも諦めるか。私は「あのっ・・・!」前者を取った。
オーディンさんが私に振り向く。意を決して「私の髪もお願い出来ますかっ?」乾かしてもらえるようお願いする。すると「いいよ。さ、こっちに座って」オーディンさんは笑顔で快諾してくれた。
そうして私もオーディンさんに髪を乾かしてもらった。とても気持ち良くて、本当に眠ってしまいそうだった。それから昼食を頂くために食堂へ向かう途中で、シグナムとザフィーラとシュリエル(3人は離れていて泥を被らなかった)と合流。

「どうかしましたか? 我が主」

私たちの一番後ろを歩くザフィーラが、私の隣を歩いているはずのオーディンさんにそう尋ねた。オーディンさんは窓の前で立ち止まっていて、雲一つとしてない青天を見上げていた。
私たちも立ち止まって、そんなオーディンさんの元に集まる。シュリエルが「オーディン・・・?」ともう一度声を掛ける。ようやくオーディンさんが「ん? あぁすまない」と反応。改めてザフィーラが「空がどうかしましたか?」と尋ねる。

「・・・胸騒ぎが、な。昔にも似たような感じの胸騒ぎを得た事があったのを思い出していたんだ」

そう答えた。私たちも倣って窓から空を見上げてみる。もちろん私たちはオーディンさんじゃないから胸騒ぎは起きない。

「・・・気の所為かもな。すまない。さ、エリーゼ達が待っているかもしれなから行こうか」

オーディンさんはかぶりを振ってから歩き出し、私たちもそれに続こうとしたその直後、何かが空を切って近付いて来る音が聞こえてきた。それだけじゃない。とんでもない魔力も一緒だ。オーディンさんは側の窓を乱暴に開け放って外に出て、屋敷の屋根の上へと跳んだ。
私たちも窓から外に出て、オーディンさんに続いて屋根に上る。オーディンさんは空を見上げて「今のは砲線・・・!」と呟いていて、私たちも空を見上げる。砲線は見る事が出来なかったけど、その代わり「なにか来るぞッ!」ヴィータちゃんが叫ぶ。イリュリア方面から、さっき感じたものと同じ強大な魔力が近付いて来るのが判る。

「砲撃だッ!」

「デケェッ!」

それは巨大な青紫色の魔力砲撃だった。砲撃はアムルの上空を突っ切って行く。アギトちゃんが「ミッテ領の方に向かってる!」って、王都ヴィレハイムに隣接するミッテ領を指差す。まさかこんな手段を使ってシュトゥラに攻撃を加えてくるなんて思いもしなかった。

「私たちを突破できないと踏んで、直接あのような王都に手を使う事にしたようだな・・・!」

――瞬神の飛翔(コード・ヘルモーズ)――

オーディンさんの背中に12枚の蒼い剣の翼、そして細長いひし形の翼が10枚と展開された。空戦形態ヘルモーズとオーディンさんが言う、空に於いて最高速の移動を可能とする魔導だ。私は「どちらへ!?」と訊くまでもない事をオーディンさんへと尋ねてしまった。

「もちろんミッテ領にだ!」

そう答えたオーディンさんが空へ上がろうとした時、砲撃が消えていった空の向こうから、砲撃が返ってきた。魔力の色からしてさっきの砲撃なのは間違いじゃないけれど、どうして戻って来たのか、どうして小さくなって幾つもの砲撃に分かれているのか、判らない。
でも今はあの砲撃がアムルに着弾しないようにしないと。そう思ったら、みんなも一斉に騎士甲冑へと変身して、こちらに向かってくる3本の砲撃へ飛び立った。アムルを出、背後に在るアムルを護るべく、砲撃を迎え撃つ準備をする。

「私が2つ受け持つ。君たちは残りの1つの防御を頼むぞッ!」

オーディンさんがかなり無茶な事を指示してきた。たった独りで艦載砲以上の魔力砲を2つも防ぎきるなんて出来るわけがないって思ったけど、シュリエルが「判りました」と応じ、“闇の書”の頁を開いていく。それを見てオーディンさんは「頼んだ」と言って、この場から飛び去って行ってしまった。止める事は出来なかった。

「オーディンなら大丈夫だ。信じろ。あの方の魔導に、不可能な事はない」

シュリエルにそう言われた私やみんなは黙る。色々と訊きたい事もあるけど、そんな時間がないのも確か。とりあえず今は砲撃の対処だ。シュリエルから「みなの魔力を貸してくれ」と、“闇の書”に魔力を送るようお願いされた。
オーディンさんから蒐集した魔導を使うみたい。でも、“闇の書”に貯蓄された魔力を使うと、シュリエルが具現できる400頁を切るらしい。だから私たちの魔力を流用するとのこと。私たちはすぐに頁が開かれている“闇の書”に触れて、魔力を送る。

「よし。いける。・・・女神の護盾(コード・リン)!」

シュリエルが魔導を発動する。オーディンさんの魔力の色と同じ、魅了されてしまう綺麗な蒼の光が、私たちと砲撃の間に生まれる。光は円い形を取り、その中央に女性が祈る姿の模様が描かれる。神々しい。その一言だけしか頭の中に浮かんでこなかった。
そして着弾。ビリビリと衝撃が私たちを襲うけれど、でも砲撃は障壁コード・リンを突破できず、少しの間拮抗することに。私たちは魔力を送り続け、そしてようやく砲撃は途切れた。

「おお、あんなに強力な砲撃を本当に塞ぎやがった」

「当然だ。オーディンの有する防御の魔導の中でも最硬度のものだ」

「ならば主オーディンの方もこの魔導を・・・?」

「おそらくな。それに、オーディンには魔力を吸収し、自らの魔力へと変換できる魔導もある。純粋な魔力砲なら防御せずに吸収すれば、魔力供給と防御が同時に行える」

砲撃を防ぎきった事を確認して、シュリエルはコード・リンを解除。オーディンさんが向かっていった場所は静か。たぶんシュリエルが言うように今の魔力砲を吸収したのかも。そう思ったのも束の間、オーディンさんが居る地点から空に向かって砲撃が幾つも放たれ始めた。
様子がおかしい。「マイスターっ!」アギトちゃんが真っ先に飛んで行った。私たちも後に続く。オーディンさんとアギトちゃんの姿を見つけた時、アギトちゃんは地面に座り込んでいて、オーディンさんはそんなアギトちゃんに「心配かけてごめんな」って謝っている最中だった。

「オーディン、これは・・・?」

「ん? あぁシグナム達か。いや、私の身に何かがあったんじゃないかって心配して飛んできたようなんだ・・・って、もしかして君たちもか?」

「ええ、まぁ」

「そうか。それは心配を掛けてすまなかった」

「あの、オーディンさん。先程の空に放っていた砲撃は、一体どういう・・・?」

そう尋ねると、オーディンさんは気まずそうに答えてくれた。砲撃の1発は、シュリエルと同じコード・リンで完全防御して、2発目はコード・リンで使った魔力を補うために、魔力を吸収するコード・イドゥンを使ったとのこと。
でも、吸収したのは良いけどあまりに魔力量が多すぎて、核が暴走しそうになった、と。それで過度に吸収した魔力をどうにかするために、砲撃に変換して消費したという事みたい。とりあえず無事で良かったと思う。

「無茶はしないでくださいね。オーディンさんの身に何かがあれば、私たちにも影響が出るんですから」

人差し指を立てて、めっ、と注意。「あ、そうだよな。すまない」と謝るオーディンさんに、「はい。許します♪」と笑顔を返す。主であるオーディンさんが亡くなれば、“闇の書”は新たな主を求めて転生する。それはつまり、私たちの今の幸せな時間も終わるということ。それだけは嫌。みんなが笑っていられて、そして私たちの優しい主オーディンさんが側に居てくれる、そんな時間が終わるなんて考えたくもない。

「しかし、あの砲撃。イリュリアからのものだが。あのようなモノ、どうやって・・・?」

「ああ。それに、どうして今まで使わなかったのか・・・?」

「疑問は尽きないが、私はとりあえずミッテ領へ向かう。念のためにシャマル、君も来てくれ」

「あ、はいっ」

「私とシャマルは先行する。すまないが誰かひとり、医療品を後でミッテ領にまで持ってきてくれ」

「判りました」

「それとあと、次の砲撃に備えてアムルに防御結界を張って行くから、防衛に出ないように」

オーディンさんはそう言った後、「我が手に携えしは確かなる幻想」と何かしらの呪文を唱えた。するとオーディンさんの手に一振りの剣が現れた。ソレを「シグナム。私が居ない間、みんなの将として、これを君に預けておく」とシグナムに手渡した。

「この剣は?」

「今から私が張る結界の制御キーと言ったところか。事態が明確になるまで結界は解除しないつもりだ。だがそうなるとアムルから入出できない事になる。それを防ぐためのその剣だ。結界の一部分にだけ穴を開ける事が出来る」

「なるほど。出入りしなければならない者が出た場合、その者が出れるだけの穴をこの剣で作るというわけですね」

「そういう事だ。ちなみに結界に穴を開ける度に魔力は供給してほしい。結界を維持するのに必要だからな」

「判りました。不肖シグナム。オーディンの不在時のこの務め、みなの将として果たさせていただきます」

「ああ、頼むぞ。エリーゼ達への事情説明も任せる。シャマル。急ぎたいから掴まってくれ」

私は「はいっ」ってオーディンさんに抱きつく。そして「それじゃ行ってきます」ってシグナム達に告げる。これから向かうのは、もしかしたら凄惨な現場かもしれない。アムルのように私たちが護ることが出来た街が、そう多いとは思えない。

「行くぞシャマル」

「いつでもどうぞ!」

一瞬の浮遊感。気付けばそこはもう空の上。そしてオーディンさんは「我が手に携えしは友が誇りし至高の幻想」とさっきとはまた別の呪文を詠唱。

「結界王の名の下に、その力を揮え」

――広域守護結界(インヴィンシブル・ガーデン)――

その直後、オーディンさんから強大な魔力が発せられ、そして桃色に光り輝く半球状の膜が展開、アムル全体を覆った。「ぅく・・・」と呻くオーディンさん。「大丈夫ですか!?」と慌てて尋ねると、「問題ないよ」と苦笑で答えた。
絶対に問題なくない。でも、今のオーディンさんに何を言っても無駄なことくらい、もう理解してしまっている。だから「お願いですから記憶障害が起こってしまうような無理はしないでください」と懇願。

「シャマルは注文が多いな」

「当たり前です」

オーディンさんが「善処するよ」と言った後、ミッテ領に向かって飛行開始。ミッテ領へと向かう最中「酷い・・・!」空から見るとよく判る。大地の至る所に大穴が開いていた。あの砲撃の着弾痕。こんな破壊を撒き散らす、イリュリアの砲撃・・・・許せない。
私の背に回していたオーディンさんの腕に力が籠る。チラッとオーディンさんの顔を見上げる。歯を食いしばって、「ふざけるな・・・」と怒りに震えていた。ミッテ領に入る前、ラキシュ領内だけでもう被害の深刻さが充分伝わった。私とオーディンさんは見た。燃える村・・・酷い有様だった。ラキシュ領本都とアムルに間に在るその村は、アムルへ来る行商人が立ち寄る休憩の場として名のある村だった。

「・・・シャマル。負傷者を捜すぞ。見つけ次第、すぐに治療を開始する」

「はいっ、了解ですッ!」

私たちは別れて負傷者を捜索し始める。瓦礫のの隙間から人の上半身が見えたからすぐに向かう。けど「こんなの酷過ぎるわ・・・。こんな小さな子供まで・・・」すでに息絶えている男の子の上に乗っている瓦礫を退かす。するとその子を護るかのような女性の体が瓦礫の下から現れた。たぶん母親。でもその女性もすでに・・・。

「誰か! 生きている方は居ませんかっ! 誰かっ! お願いっ、応えてっ!」

必死に叫ぶ。耳を澄まして、また叫んで、また澄ませて・・・でも、返事は無い。瓦礫の山を歩き続ける。そこに『シャマル。次へ行こう。この村に、生存者はいない』という思念通話。『でも!』私はそう反論してしまう。まだ、まだ生存者が居るかもしれない。だけど『シャマル!』というオーディンさんの大声で、ビクッと肩を竦ませてしまう。

「・・・シャマル・・・・行こう」

「オーディンさん・・・私・・・」

いつの間にか私の側まで来ていたオーディンさんが、私の肩に手を置いた。私はたまらずオーディンさんの胸に飛び込んだ。悔しい。何も出来なかった。そっと抱きしめ返してくれるオーディンさん。

「シャマル。辛いだろうが今は、別の街へ行って生存者を見つけて、治療した方が良い」

「・・・・はい」

私から離れたオーディンさんが改めてヘルモーズを発動。私は袖で涙を拭って、もう一度オーディンさんに抱きつき、そして次の街へと向かう。オーディンさんの体にしがみ付いてラキシュ領本都上空へ辿り着いたその時・・・・

◦―◦―◦―◦―◦―◦

――イリュリア西部・トゥルム海・離島

イリュリア騎士団の一部と技術部が大移動を行った島に、昨夜には無かったモノが存在していた。ソレは、超が付く程の巨大な大砲だった。直径1kmはあるだろう回転床の上に鎮座している砲台。巨大な砲台より伸びる砲身は2つあり、下段・約150m程の長さで、上段は100m程だろう。
その2つの砲身を生やしている砲台は花の根のように四方八方に足を伸ばし、回転床にしっかり根を張っている。回転床周辺にある施設内。そのミナレット制御室に、フレート、ファルコ、ウルリケの姿があった。

「フェイルノートおよびカリブルヌス、第一波・第二波、正常に射出。シュトゥラ、ウラルでその威力を発揮した模様!」

ミナレットの管制班全員から「おおおおおっ!」と歓喜の声が上がる。シュトゥラに1発、ウラルにも1発と放たれたミナレットの砲撃は、両国に甚大な被害をもたらしていた。そして「フェイルノートの再装填完了」という報告が、この場の将であるフレートに告げられる。また別の管制官から「カリブルヌスの魔力充填も完了です」と報告が続けられた。フレートはその報告に頷き、「よし。念のために、もう一度シュトゥラへ放つ」と指示を出す。

「了解。ミナレットを82度右旋回、目標・シュトゥラ」

「ミナレット、82度右旋回、了解」

回転床の上に鎮座するミナレットがゴゴゴゴと轟音が立てながら旋回し、その砲口を再びシュトゥラ方面へと向けた。

「フレート団長。全行程、完了です」

「フェイルノート・・・・次弾発射カウントダウン!」

「フェイルノート、発射カウントダウン」

「フュンフ、フィーア、ドライ、ツヴァイ、アイン、発射(フォイア)!!」

フレートの指示の下、ミナレット下段の砲身から1発の砲弾が発射された。フェイルノートと呼称されていた物だ。フェイルノートは一直線にシュトゥラへと飛行。遅れて「カリブルヌス、発射!」少し遅れてフレートがそう指示を出し、ミナレット上段の砲身から青紫色の、強大かつ巨大な魔力砲が放たれた。
フェイルノートとは、魔力反射鏡砲弾とも言われる特殊な砲弾だ。目標地点まではそのまま飛行し、目標地点付近で魔力を反射する無数の鏡として炸裂し、遅れて放たれてきた魔力砲カリブルヌスを反射し拡散、周囲一帯に無差別着弾させる。アムル上空を過ぎ去ったはずの砲撃カリブルヌスが、いくつにも分かれて戻って来たのはこの所為だった。

「さすがの魔神も、カリブルヌスを防ぐ事は出来んだろうな」

「艦載砲とは正に格が違うしな。もしカリブルヌスすらも防ぐようなら、あとはエテメンアンキだけになってしまうけど・・・」

「そこまで追いつめられるイリュリアなら、もう先が見えてしまうわ」

ウルリケは思う。どれだけ強かろうが人間相手にエテメンアンキを使わざるを得なくなった時、イリュリアの行く末はもう暗いものだと。そこに「魔神はどう動くかしら。ねぇフィーア姉様」と少女の声が管制室に響く。その少女は扉の前に居た。
肩紐の無い迷彩柄のタンクトップにホットパンツにブーツという格好で、髪は綺麗な翡翠色のショートカット。ココアブラウンの鋭い双眸を有する、風の融合騎プロトタイプ・フュンフだ。
彼女の側には、完全肩出し(ビスチェ)の白いワンピースに真っ赤な靴という格好、ふくらはぎまで伸びる髪は瑞々しい黒、茶色い双眸の少女。
ウルリケの融合騎として登録された、変換資質も無ければ攻撃魔法も有さない純粋な強化・補助に特化した機能を搭載された融合騎プロトタイプ0004。四番騎として開発されたフィーアは、妹の問いに「わたくしはお会いした事がありませんからよく解りません」と首を横に振った。

「おそらくアムルを出て、被害の出た街に赴いて救援活動、と言ったとこだろう」

「盟友フレート。どうしてそう思うのかしら?」

「異世界人である魔神は、わざわざ無関係な戦争に首を突っ込んでいる。そんなお人好しが、被害の出た街を見捨てるはずはない」

「なるほど。じゃあもしかしたらアムルは隙だらけかもしれないな」

ファルコのその一言が、フレートの耳に残る。そして、フレートは「王都へ伝書鳥を飛ばせ」と命を下した。

†††Sideオーディン†††

ラキシュ領本都へ辿り着いたその時、何かが近付いて来ているのが魔力反応と風切り音で判った。空を見上げ、その何かを視認。さっきは砲線しか確認できなかったが今度は違う。ソレはガラスのような砲弾だった。その砲弾はいきなり爆散。いくつもの破片となって空に咲いた。
砲弾に遅れて、青紫色の砲撃が飛来。砲撃は空に咲いている破片に着弾し・・・四方八方に拡散した。あぁくそ。そういう事か。「シャマルっ、自立飛行!」返事を聴く前にシャマルを離す。シャマルはちゃんと自力で空を飛び、「無理はホントにダメですよッ!」と必死な忠告を言ってきた。だが、今度ばかりは無茶も無理もしなければ、ラキシュ本都が死の街と化してしまう。

「・・・今度は一体どの記憶を失うんだろうな・・・!」

――女神の祝福(コード・イドゥン)――

――女神の護盾(コード・リン)×3――

街に着弾する軌道を取っている4本の砲撃に、コード・リンとコード・イドゥンを発動。1発目をイドゥンで吸収し、間髪入れずにリンを同時に3枚展開する。吸収し続けている魔力を3枚のリンに送り続ける。胸や頭に痛みは・・・来たッ。「づっ・・・!」痛みに耐える。そこに、ピシッ、と今一番聴きたくない音が耳に届いた。見れば1枚のコード・リンにヒビが入っていた。まずい。そう思った時、

「クラールヴィント!!」

――風の護盾――

シャマルが砕け散る寸前のコード・リンに重ねるようにして風の護盾を発動。シャマルこそ無茶はするな、と言っていやりたいが・・・意識が僅かに飛んだ。

――セインテスト君はみくるちゃんと同じ、ミニスカサンタの格好ね♪――

涼宮ハルヒ・・・。女装ばかりさせられた、あの日々の恨みを忘れる日が来るとは。

――悪いな、セインテスト。アイツに機嫌損ねたらまずいんだわ――

キョン・・・、裏切り者め・・・。

――セインテスト君、女の子みたいで可愛いです~♪――

朝比奈みくる先輩・・・、君より身長が低いとはいえ俺は男だ。まぁハルヒの思いつきに振り回される一番の被害者同士、仲は良かったな。

――異世界人であり、世界に認められている正真正銘の神。いやぁ、僕は凄い方と机を並べているんですね――

古泉一樹。まぁ君とはそれなりに良い関係だったな。

――情報統合思念体は、あなたを危険視している――

――だから、危険度を測るために・・・私たちと戦ってもらうわね――

長門有希、朝倉涼子・・・。あの2人を同時に相手したのが一番キツかったなぁ。そんな良くも悪くも多くの思い出。みんなの顔が消えていく。そして理解する。また何かしらの思い出を失ったのだと。もう思い出せないが、別段困るような――どちらかと言えば忘れたかった思い出を失った感じがする。
意識が現実に戻り・・・「シャマルっ!?」倒れているシャマルへと駆け寄って抱き起こす。シャマルも彼女が着ている騎士甲冑もボロボロだ。あぁくそ。砲撃を防ぎきれなかったんだな。

「すまない、シャマル・・・」

「・・・私は・・・大丈夫、ですから・・・そんな顔、しないで・・・ください・・・」

――傷つきし者に(コード)汝の癒しを(ラファエル)――

治癒術式ラファエルを発動し、シャマルのダメージを回復させていく。ある程度回復した時、「私の事より街の人の事を」とシャマルが私を行かせようとする。しかし「家族を置いていけるかっ!」そう怒鳴り返してしまう。

「家族と言ってくれてすごく嬉しいです。ですけど今は、医者としての務めを果たしてください」

「っ・・・、シャマル、本当に大丈夫なのか・・・?」

「もちろんですっ。私は守護騎士ヴォルケンリッター、湖の騎士シャマル。治癒と補助はお任せあれ、です♪」

明らかに無理をしているのが判るのに、もう何も言えない。シャマルをそっと横たえ直し「行ってくるよ」と告げると、シャマルは「私もすぐに追いかけます」と笑みを浮かべ、静かなる癒しを自分に発動した。後ろ髪を引かれる思いでシャマルと別れ、火災の起きている区画を目指す。
火災地区に到着すると、そこにはすでに本都の防衛騎士団の面々が居て、消火活動や負傷者救助を行っていた。ここへ来た事情を、現場の指揮をしていた小隊長に告げ、続々と救助される負傷者の治療を開始。しばらく後、復活したシャマルも救援活動を開始した。

(一体どれだけの死者を見ただろうな・・・)

僅か30分足らずで3ケタ近い死者を見た。老若男女を問わず、砲撃によるもの、火災によるもの、瓦礫によるもの、様々な死因で亡くなってしまっていた。

「騎士オーディン!」

「? バーガー卿!」

私の元へ駆け寄って来る1人の青年。ラキシュ領領主バーガー卿。前領主シュミット元伯爵の代わりとして、クラウスが寄越した男だ。「わざわざお越しいただいて申し訳ありません」と謝るバーガー卿に、「ラキシュ領に住まう一員として当然だ」と告げる。
そうとも。もう私はベルカ統一戦争に一歩も二歩も踏み込んでいる。今さら無関係面など出来ない。最前線で騎士団の士気向上の為に指揮をするというバーガー卿と別れ、次の区画へ移動し、負傷者の治療を始めたところに、

『オーディン、今よろしいですか?』

『シグナムか。どうした』

『申し訳ありませんが、医療品のお届けは難しそうです』

シグナムから思念通話。その様子がおかしく、冷静さの中に焦りのようなものも見せている。シャマルにも繋がっているようで、私が訊き返す前に『どうしたの?』とそう尋ねるシャマル。それに応えたのはシグナムじゃなく、『イリュリアの侵攻です』シュリエルだった。
シュリエルによれば、シュトゥラの混乱に乗じてイリュリアの騎士団が侵攻してきたそうだ。私が居ない事を知っていたのか、それとも所在など関係ないと腹をくくって突っ込んできたか。どちらにしても侵攻して来たのは違いない。

『アムルの結界は機能しているか?』

『はい。ですが、問題はそれではないのです』

『籠城を選択した場合、イリュリア騎士団はアムルを通過して、そのままそちらへ進軍する可能性が・・・』

ハッとする。シグナムの言う通りだ。今までイリュリアはシュトゥラへ進軍するためにアムルへ来ていた。それを食い止めていたのが私やアギト、国境防衛騎士団。そして今ではシグナム達と共に作ったグラオベン・オルデン。それが今、砲撃に備えて籠城する事になったアムルへわざわざ攻撃を仕掛けるかどうかとなれば、可能性としては低い。

『でもそっちにオーディンが居るから、あたしらはどうしようかって話になってるんだけど』

『私の意見としては、オーディンとシャマルは救援に力を割いているかと思いますので、我々が結界外に出、迎撃に赴こうかと』

シュリエルの意見は判った。そしてシグナムの意見が『私はオーディンより結界の制御を任されていますから。ですがオーディンが許可してくだされば、制御をアンナに任せ、出陣する事も出来ます』というものだ。負傷者の治療を続けながら、2人の意見を実行させた場合の事を思い描く。シュリエルの広域攻性術式があれば、並の騎士が集まったところでまず勝てないだろうな。

『グラオベン・オルデン。イリュリア騎士団を迎撃し、侵攻を食い止めろ』

『『『『『了解!』』』』』

イリュリア騎士団の事はみんなを信じ、任せよう。私とシャマルはそのまま救援活動に専念。そしてしばらく。「騎士オーディン」と私を呼ぶ声が背中に掛けられた。振り向いてみれば、そこにはクラウスの側近の青年騎士が居た。確か名は・・・

「ライナー・フレイジャー卿」

子爵の爵位を持つ騎士だ。濃い緑色の髪が風に揺れ、空色の瞳は私に向けられている。

「少し待っていてもらえないか」

「はい。もちろんです。お邪魔してすいません」

フレイジャー卿を待たせ、今取りかかっている負傷者の治療に専念する。治療をひと段落させてから、「どうかしたか?と訊くまでもないか」そう声を掛ける。フレイジャー卿は「あの砲撃の件で、議会は大慌てです」と僅かに焦りを見せている。
次の治療へと移りながら、少しばかり話を聴く。あの砲撃を受けたのはシュトゥラだけでなくウラルという国にも放たれたそうだ。ウラル。三連国バルトを構成している国で、雷帝ダールグリュンの治める国だったか。

「イリュリアと真っ向からぶつかる事が出来ていたのはバルトのみでした。ですが、貴方がシュトゥラに来て下さって、我々シュトゥラもイリュリアと戦い合えるようになりました」

「異世界人である部外者(わたし)が大きな顔をしているようで申し訳ないがな」

「そんなこと。・・・騎士オーディン。お力をお貸しください。このままではシュトゥラやウラルのみだけでなく、ベルカ全てが戦火に呑まれてしまいます」

「だろうな。あんな砲撃を続ければ、ベルカはイリュリアのものに・・・なる前に滅ぶな」

無差別砲撃を戦場ではなく民間人の住まう街に撃ち込むなど正気の沙汰じゃない。私とて全方位無差別連続砲撃・光神の調停(コード・バルドル)を、敵国の街だからと言って発動はしなかった。戦争だからと言って民間人を殺すまで行けば、それはもうなんの意義も無いただの殺戮だ。イリュリアはベルカを統一したいのだろうが、これでは統一どころか待っているのはベルカの終焉しかない。

「騎士オーディン。申し訳ありませんが、返答は出来うる限りはや――」

「考えるまでもない。イリュリアはもう放っておけない手段を選んだ。元々潰すつもりだったが、この一件でその意思はもっと強くなった」

「助かります。それでですが、王城の方へお越しいただけませんか?」

「それは無理だ。まだ多くの負傷者が待っている」

この街だけでなく、別の街にも多大な被害が出ているはずだ。王城に上がっている暇はない。だから断った。しかしフレイジャー卿は「すでに医療団を各街に派遣しています。ここ本都にもです」と引き下がらない。確かにさっきまで居なかった医療団の姿が目に入る。

「それだけでなく。結界術師団も派遣しています。どうか王城の方へ」

「・・・・はぁ。判った。信じるぞ、君らが派遣した結界術師団とやらを」

フレイジャー卿は「はい。どうぞご安心を」自信に満ちた声色で頷いた。シャマルに『少し王城に行ってくる。ここは任せるけど、無理も無茶もしないようにな。大事な体なんだから』と思念通話を送る。

『はい。私は大丈夫ですから、安心して行って来てください♪』

明るい声が返ってきた。まったく、私の前でまで強がってほしくないな、家族なんだから。まぁそう言われてしまった以上、大人しく向かう事にしようか。とここで、フレイジャー卿はこの本都に残ると言ってきた。
近衛騎士団の隊長クラスが、医療団や結界術師団を率いて各街に派遣されて、私と会った者がフレイジャー卿のように頼みごとをするように言われたようだ。もちろんクラウスではなく、彼の父親であるシュトゥラの王デトレフからの命だそうだ。さすがに目を付けられるよな、こんなに派手に動いてしまっているから。

――瞬神の飛翔(コード・ヘルモーズ)――

空戦形態ヘルモーズを展開し、フワリと宙に浮く。

「それではお願いします、騎士オーディン。自分はこのまま指揮官として残留しなければならないので」

そして私は、王都ヴィレハイムへと向かう事となった。



 

 

Myth12遥かに古き刻に在りし騎士の末裔~Sir WorcsteD~

 
前書き
VS騎士ゲルト・ヴォルクステッド戦イメージBGM
STAR OCEAN: Till the End of Time「Influence of Truth Appearance」
http://youtu.be/BMzq7l-_xfo 

 
†††Sideアギト†††

マイスターからイリュリア騎士団の迎撃を任されたあたし達は、マイスターの張った結界から出て、国境防衛騎士団と合流するために空を翔けてる最中。あたし達の住まうアムルを守るために、そしてマイスターの期待に応えるために、絶対に侵攻を食い止めないといけない。だから「シグナム」って、あたし達の先頭を飛ぶシグナムに呼びかけると、「どうした」って少し速度を落として、あたしが隣に並ぶのを待ってくれた。

「マイスターが居ない今回の戦い、絶対に負けられない」

「そうだな。この一戦は重要だ。シュトゥラの懐深くまで侵攻を許せば、今までこの地を護ってきていたオーディンと国境防衛騎士団の頑張りを無駄にしてしまう」

「うん。負けられないから、始めから出し惜しみしない方が良いと思うんだ」

「融合か?」

シグナムはそれだけで察してくれて、あたしは「うん」って頷き返す。融合しての短期決戦。マイスターが居なくても勝ってみせる。ヴィータやザフィーラ、それに広域型のシュリエルも居てくれるんだから。
あたしとシグナムの話を聴いていたヴィータが「なあ、シュリエル。お前さ、どうしてオーディンと融合しないんだよ?」ってシュリエルに訊いた。シュリエルが目に見えてビクッと反応。脇に抱えている“闇の書”をギュッと握りしめた。

「闇の書を完成させないよう、オーディンから言われているのだ・・・。わ、私とてオーディンの役に立てるよう闇の書を完成させ、あの方と融合したいのだが」

「ふ~ん。ま、お前と融合しなくてもオーディンは十分すぎるほどに強いし、いいんじゃね」

「むぅ。しかし融合騎としての私の存在意義を思えば、やはりは・・・」

「シュリエル。お前の実力は確かだ。我が主と融合し戦力としての数を減らすよりは、融合せずにいた方が助かる。それと、お前は単なる融合騎ではない。忘れるな。我らは主の平穏を守る家族だ。そして共に戦う戦友。お前の存在意義は、融合騎ではなく、主を支える者・支天の翼のシュリエルリートだ」

今までずっと黙っていたザフィーラがそう言うと、シグナムは「そうだな」って微笑んで、ヴィータは「良いこと言うじゃん、ザフィーラ」って大きく笑う。そうだよね。シュリエルはあたしと違って、単独でも十分強いし。
俯いてしまっていると、「お前はお前だ、アギト」ってシグナムはあたしの頭を撫でた。シグナムの言いたい事は判るから「ありがと」お礼を言う。あたしはシュリエルよりずっと弱い。それでもいい。オーディンとみんなの家族として戦友として、そしてシュリエルには出来ない融合騎としてのあたしを貫けばいいんだ。

「すでに交戦しているな。急ごう」

「「「応っ」」」

あたし達は拳を突き合わせてすぐ散開して、激しい戦域に突っ込む。参戦する前にシグナムと融合。あたしはシグナムの内で、シグナムの力となるために・・・闘志を燃やす。

『行こう、シグナム。相手が誰であれ勝つ』

『ああ。もちろんだ・・・!』

†††Sideアギト⇒ヴィータ†††

――テートリヒ・シュラーク――

「うぉぉおおおおおらぁぁあああああッッ!!」

“アイゼン”で10人目のイリュリア騎士の鎧を粉砕、吹っ飛ばす。コイツら、今まで戦ってきたイリュリア騎士団の連中とそんな大差ねぇ実力だ。戦船も無いし、こりゃオーディンが居たら速攻で終わってたな、この戦い。
“アイゼン”をブン回し「おらおらぁッ! 鉄槌の騎士のお通りだぞっ!」連中に突貫する。吹っ飛ばして、吹っ飛ばして、吹っ飛ばして、吹っ飛ばし続ける。これならすぐに終わりそうだ。

「と思ったところに出てくんだよな、テメェらみたいなヤバい奴らってのが」

青色の甲冑で統制された騎士が、さっきまで相手にしていた連中の合間に少しずつだけど現れ始めて、徐々に数を増やしていく。手に持ってんのは剣や槍とかの武器じゃなくて鏡の様なデカイ盾。

(アレで何すんだ? 盾であたしを押し潰して制圧でもすんのか?)

とりあえず様子見か。具現した鉄球4つに魔力を纏わせて、「いっけぇッ!」“アイゼン”で打ち出す。

――シュワルベフリーゲン――

フリーゲンは真っ直ぐ青騎士たちへ真っ直ぐ飛んで行って、ソイツらは盾に隠れるようにして身構えた。着弾はしたんだが、フリーゲンは炸裂する事なく反射されて、あたしのとこにまで戻ってきやがった。結構、衝撃だったな。フリーゲンには障壁貫通の効果もあったんだけど、効果を発揮しなかった。跳ね返って来たフリーゲンをまた“アイゼン”で打ち返す。また連中の盾に着弾するまでの間に、“アイゼン”をカートリッジを1発ロードして、ラケーテンフォルムへ変形させる。

「ラケーテン・・・!」

ヘッドのブースターを点火、その場で高速回転して、「ハンマァァーーーーッッ!!」突撃する。標的は青騎士の1人。フリーゲンで突破できねぇなら、ラケーテンでその脆そうな鏡の盾をブチ貫いてやるまでだ。盾と“アイゼン”が衝突する。ただの盾じゃねぇと思ってたけど、まさか「ヒビ1つ入らねぇだと!?」粉砕できねぇなんて。

「ざけんなッ! 鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンに、破壊出来ねぇものなんて無ぇッ!」

さらに力を込める。でも一対一じゃないのが現状だ。周囲に殺気立ってる青騎士たちや他の連中が居る。結局、鏡の盾を破壊せず(出来なかったとも言うけど)に、標的にした青騎士を吹っ飛ばすだけになった。足腰が弱い。
そんなんで「あたしを討てると思うなよッ!」突っ込んできた騎士の武器をぶっ壊して、一回転して胴体に一撃入れて吹っ飛ばす。それを繰り返して、青騎士以外の騎士を蹂躙して行く。クソ、やり辛いな、コイツら。

「はぁはぁはぁ・・・」

「疲労を見せているぞ。制圧しろ」

一斉に青騎士たちが鏡の盾を構えて、あたしに突撃してきた。防御力に関しちゃ今までの奴ら以上だ。それは武器の性能だけど、それでもソイツらの実力のうちだ。あたしは空へと上がる。空戦の出来る騎士はかなり少ない。だから空に上がっちまえば、一時的な退避場になる。
思わず「チッ」舌打ちしちまう。これは逃げだ。守護騎士ヴォルケンリッターの鉄槌の騎士のあたしが、グラオベン・オルデンの一員であるこのあたしが、退避なんて手段を取るなんて。

「んあ? なんだ・・・?」

怒りをぶつける前に、青騎士たちが鏡の盾にいろんな角度を付けて隊列を組んだ。

――ツァオバー・ゲショス――

どこからともなく金色の魔力弾が数発飛んできた。直接あたしを狙った魔力弾が2。それは直線軌道だったから簡単に回避。そして連中の鏡の盾に向かって9。その9つの魔力弾は盾に反射して、バラバラな軌道であたしに飛んできた。
なるほどな。敵の攻撃を反射するだけじゃねぇってわけだ。味方の攻撃をも反射して多角攻撃をする事も出来るってか。魔力弾を回避しながら、青騎士たちをどう倒そうかと考えを巡らせる。まぁそんな中でも鏡の盾を使った多角攻撃が続けられるわけだ。

「メンドクセぇなぁもうっ!」

襲ってくる魔力弾を回避し続ける。コイツらを放置する事も出来るけど、それは完全な逃げ。出来ねぇ真似だ。ラケーテンでもダメってんなら、しゃあねぇ。“アイゼン”のカートリッジを2発ロードして、ギガントフォルムに変形させる。すぐさま消費しきったカートリッジを装填。再ロード。サイズを大きくした鉄球を具現。

「こいつでどうだっ!」

――コメートフリーゲン――

単発だけど、その威力は折り紙つきのコメートフリーゲンを打ち出す。馬鹿みたいに魔力を消費しちまうけど、「はっ、見たかっ」直撃を受けた鏡の盾を粉砕してやった。着弾時の爆風と炸裂した破片で、周囲に居た青騎士たちにもダメージを与えた。甲冑は他のと同じ硬度なわけだな。それが判れば、あとはもうこっちのもんだぜ。

――フェアーテ――

両脚に魔力の渦を発生させる。効果は高速移動だ。

――ツァオバー・ゲショス――

直接・間接と迫って来る魔力弾を回避しつつ地上へ最接近。青騎士たちへ突っ込む。鏡の盾に固執しなけりゃどうってことはねぇはずだ。“アイゼン”をハンマーフォルムに戻して、シュワルベフリーゲンを打ち出す。標的にした青騎士は盾と構えた。よし。あとは・・・・

「しまった!」

「遅ぇよっ!」

そんな重そうなデカイ盾、速度にものを言わして背後に回り込んじまえばいいだけだ。シュワルベフリーゲンに対処しなけりゃいけないソイツは、なんとかフリーゲンを反射防御する事には成功。だけど、あたしの接近に対応できないだけの隙を生み出す結果になった。ギリギリで反転が間に合うかどうかってところであたしは“アイゼン”を振るって、ソイツの横っ腹に打ち込んで鎧を粉砕、「おおおらぁぁぁあああッ!」勢いに任せて吹っ飛ばす。

「次っ!」

「調子に乗るな、小娘ぇぇーーーーッ!!」

ここで、青騎士たちが剣とかの武器を装備した。あたしが一番望む展開だ。デカイ鏡の盾の防御力が最大の厄介の種だった。なのに怒りに任せて鏡の盾を退かして武器を装備。

「(そいつは自殺行為だっつうの)来いよ、経験の差ってぇのをその身に刻んでやらぁっ!」

見た目はまぁガキなあたしだけど、戦歴ならそこらの騎士よりはるかに長い。その経験の差ってぇのを見せてやる。“アイゼン”を肩に担いで、前面に魔力球を4基展開。「掛かれぇぇーーッ!」って指示が出されて、青騎士たちは盾を放っぽって突撃してきた。

――シュワルベフリーゲン――

魔力球を“アイゼン”で打ち出す。青騎士たちに面白いほどに着弾して行く。ほらな、盾があってこそのテメェらの強さなんだよ。「次っ!」3人目の青騎士を吹っ飛ばす。ここまでやられりゃ向こうも思い知る。また鏡の盾を装備した。あ~あ、あたしの無双時間はここまでか。

――シュランゲバイセン――

そんなところに鞭のような連結刃が、あたしの周りに居る青騎士たちに襲いかかった。完全に油断――じゃねぇな。あたしに集中し過ぎていたせいで気配を察知する事が遅れたんだろうな。成す術なく直撃を喰らって鎧を切断されて、血を撒き散らしながら倒れ伏していく青騎士たち。
シグナムと話をする前に、またどっかからか魔力弾が飛んできた。3つはシグナム、2つはあたしに。シグナムは“レヴァンティン”をシュベルトフォルムに戻して、「破っ!」魔力弾を切断。あたしはフリーゲンの要領で、「おら、戻っとけっ!」魔力弾を“アイゼン”で打ち返す。

「で? なんであたしんとこに来たんだよ」

「特に理由は無いな。ザフィーラとシュリエルは別段心配する必要はない。ならば――」

「んだよ、それ。あたし1人じゃ心配ってか?」

あたしだって単独で十分やれてんじゃんかよ。見てみろよ、周囲に倒れてる騎士たちをさ。シグナムは「いや。お前の事もさほど心配していない。が」って言って、“レヴァンティン”の剣先をある方向に向けた。
剣先の方に視線を移す。そこには、いつの間にここまで近づいて来ていたのか判んなかったけど、派手な桃色の髪をした男が1人佇んでいた。青を基調とした、あたしらと同じ衣服型の騎士甲冑。武装は、持ってないな。ザフィーラやシュリエルのような格闘型の騎士か・・・?

「前線の防衛騎士の者から連絡があってな。この侵攻部隊の指揮官がこちらへと向かっている、と」

「アイツか・・・・確かに今まで相手にしてきた奴とは違うな」

あたしらを包囲していた青騎士たちは口々に「団長!」って歓喜する。団長って呼ばれてるソイツは「はじめまして。グラオベン・オルデンの騎士方」ってあたしらに向かって一礼。

「僕は、強暴なる氷盾騎士団(アムレット・オルデン)の団長・ゲルト・ヴォルクステッドと言います。此度の侵攻の総指揮を、イリュリア騎士団総長グレゴール閣下から任されています」

ゲルト・ヴォルクステッド。オーディンから聞いていた名前だ。派手な桃色髪、確かに派手だ。にしても礼儀正しい奴だな、こんな命のやり取りをしてる戦場の中だっつうのに。調子が狂うなぁ、って思っているところに、シグナムと融合してるアギトから『気を付けて、シグナム、ヴィータ』って思念通話を送って来た。
シグナムと2人して、心配するな、って応えておく。オーディンからゲルトの話を聴いた時に、アギトからも詳しい事を聴いた。ゲルト・ヴォルクステッド。コイツは氷結の魔導を得意とする騎士で、部下の青騎士たちが武装してる鏡の盾を、魔導もしくは能力として発動する事が出来る。オーディンの話じゃ能力の方が可能性大って事だ。能力なら魔力を消費しないから、魔力切れを狙うって事は出来ねぇ。

「ゼクスお姉ちゃん。久しぶりだね、フフ」

アギトからのもう1つの情報にあったソイツが居た。真っ白な髪は腰くらいまであって、水色の目はツリ目。腰の辺りからは白い翼が一対。表情は・・・正直、狂気って言葉が合うような笑みを浮かべてやがる。
アギトが、『ズィーベン・・・。フュンフにも言ったけど、あたしの名前はアギトだ。ゼクスじゃない』ってズィーベンに言い放った。融合騎プロトタイプの末妹・氷の七番騎ズィーベン。氷結の魔導に特化していながら、炎熱のアギトに勝つ奴。だけど・・・・

「そうなの? そっか。うん、じゃあアギトお姉ちゃん。わたしね、アギトお姉ちゃんを壊せって言われたのね。だからねアギトお姉ちゃん。今日、ここでね、わたしに壊されちゃってよね♪」

「ごめん、六番騎アギト。そういうわけだから、君を、破壊するよ」

ゲルトとズィーベンが融合する。シグナムとアギトが融合したような姿になって、背中から冷気の翼を三対展開した。だけど、ゲルトっつうのは残念ながらシグナムとアギトの相手じゃねぇ。融合した姿を見りゃ一目瞭然だ。

『あたしは死なない。ズィーベン。イリュリアに居た時、あたしはお前に負けっぱなしだった。でも、もうその記録はここで終わる。今度は、あたしがお前に敗北を与えてやる』

ああ、そうさ。もうアギトはゼクスじゃない。アギトの言葉を聴いたズィーベンから『うん、いいよ。じゃあどっちが先に壊れちゃうか、フフ、試してみようね♪』っつう心底戦うのが好きって感じ取れるような思念通話が送られてきた。

「ヴィータ。ここは私とアギトで抑える。お前は――」

「判ってんよ。別んところでイリュリア騎士をブッ潰してくる。でも、引き受けるんだから負けたら承知しねぇぞ、シグナム、アギト」

『大丈夫。向こうの融合は、あたしとシグナムのように上手くいってないから』

「たとえ上手くいっていたとしても、元より負けるつもりはないがな」

そりゃそうだ。ゲルトとズィーベンの事はシグナムとアギトに任せる事にして、あたしは別の地点でイリュリア騎士を相手にするためにそっから離れた。

†††Sideヴィータ⇒シグナム†††

VS―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦
其は強暴なる氷結騎士ゲルト&ズィーベン
◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦VS

私とアギトが対峙するのは、此度の侵攻を指揮する男、ゲルト・ヴォルクステッド。アギトの妹に当たると言うズィーベンと融合を果たし、その姿を大きく変えている。髪は派手な桃色ではなく、桃色がかった白へ。瞳は灰色から完全に水色へ。
ゲルトは完全にズィーベンに呑まれている。姿がズィーベン寄りになっているのが良い証拠だ。融合騎。名の通り術者(ロード)と融合する事で、術者に圧倒的な力を与える事が出来る者だ。しかし、他の魔導端末――私のレヴァンティンやヴィータのグラーフアイゼンなど――とは違い、適性と言うものが必要となってくる。
その適性が無ければ、

『さぁ行くよ、アギトお姉ちゃん! どこまでもつか、見せてよね♪』

術者は融合騎に意識を乗っ取られてしまう。融合事故。ゲルトが良い例だ。融合中の外見によって、その融合が上手く制御されているかどうかのレベルが判る。今のゲルトは、ズィーベンに全てを乗っ取られているはずだ。哀れだが、しかし腑に落ちん。なぜゲルトはズィーベンとの融合を承諾した、か。乗っ取られるのを知っていたのか否か。どちらにしろ今の私に出来る事は、ズィーベンもろともゲルトを討つのみだ。

――ヴァイゼ・シュピーゲル――

ゲルトの周囲に、鏡の盾が13枚と現れた。それらが一斉に動き出し、6枚はそのまま、残り7枚が私を包囲するかのように配置された。ふむ。相手の攻撃を反射し、その上防御力も高い・・・それが武装としての鏡の盾だったが。オーディンから聞いた限りだと、ゲルトの創り出した鏡の盾は転移も可能との事だったな。全ては鏡の盾の面が基点になる、とも。ならば『行くぞ、アギト』と私の内に居るアギトに声を掛ける。

『うんっ。猛れ、炎熱!』

――烈火刃――

アギトによって生み出された炎が“レヴァンティン”の刀身を包み込む。オーディンの武装・“エヴェストルム”の機能試験のために、オーディンと戦ったあの日。互いに全力ではなく勝敗がつかなかったとは言え、私はまだまだ上が居る事を思い知った。
魔導では負けようとも剣ならば。ゆえにあの日より、私はある想定をして剣と魔導を磨いた。そう、対オーディン。魔導有りでのオーディンとの戦闘では、どのような戦術を、魔導を組み立てればまともに戦い合えるか。それらを常日頃考えていた。

「(1つ目の答えが、この一撃だ!)行くぞッ!」

“レヴァンティン”をシュランゲフォルムとし、

――煌竜――

火炎を纏ったシュランゲバイセン――煌竜を放つ。狙うは鏡の盾の面ではなく薄い側面。面が全ての効果の基点ならば、その効果が出ないであろう側面に攻撃を加えて、粉砕する。“レヴァンティン”の剣先は真っ直ぐゲルトの周囲に在る鏡の盾へと向かう。
ゲルトではなくズィーベンから『おお、火だね♪ アギトお姉ちゃんの炎だね♪』と思念通話が送られてくる。鏡の盾が即座に動き、煌竜の行く手を拒もうと立ち塞がる。動きは早い。が、連携は下手だ。本来はゲルトの魔導か能力。それをズィーベンが扱っているのだ。当然の結果か。

「甘い!」

煌竜の軌道を変更。側面をギリギリ斬りつけるようにして鏡の盾を再襲撃。想定通り鏡の盾を真横から斬り裂き、その1枚を粉砕する事に成功した。そのままゲルトへ剣先を突き進めようとしたところで、

――ツァオバー・ゲショス――

ゲルトを護るよう鏡の盾が移動。そして放たれる魔力弾が五基。それらが私ではなく、私の後方に控えていた鏡の盾へと向かう。反射させて私を背後から襲うつもりだろう。一時ゲルトへの攻撃を中断し、その場で半回転しつつ“レヴァンティン”を振るい、

――シュランゲバイセン・フェアタイディグング――

螺旋状の軌道で高速回転する“レヴァンティン”による剣刃結界を展開。反射してきた魔力弾が剣刃結界に拒まれる。ここで私はシュベルトフォルムへと戻す。半回転しつつ、“レヴァンティン”を背後に向けて振るう。

――シュテルメン・リッター――

私の背後に配置されていた鏡の盾から現れたゲルトの迎撃のためだ。転移。見た目からしてシャマルの旅の鏡のようなものだな。オーディンから聞いていなければ、反応が遅れていたかもしれん。ゲルトに一撃入るかどうかというところで、私とゲルトの間に盾が割って入る。剣先が盾に触れる。しかし盾に触れた衝撃は伝わって来ず、代わりに「っ!?」“レヴァンティン”が盾に呑まれる。

『フフ♪ もう逃げられないよ、アギトお姉ちゃんのロード』

徐々にズブズブと呑まれていく。逃れようと腕を引いてもビクともしない。

『大人しく呑まれた方が賢明なの』

ズィーベンの笑い声が頭の中に響いてくる。そんな中、ゲルトの足元に白く光るベルカ魔法陣が展開された。魔導発動の証だ。この状態では回避は出来んし、魔導の種類によっては防御も難しいだろう。仕方ない。

『アギト。覚悟は良いか?』

内に居るアギトに訊くと、『ただ転移されるだけだからきっと大丈夫、なはず』という少し弱々しい返答。抵抗を止め、自ら鏡の盾に突入する。視界が一瞬真っ白に染まり、気が付けばそこは空の上。頭上には1枚の鏡の盾。地上からその鏡へと転移させられたようだ。

『シグナムっ、下!』

――ウンオルドヌング・ゲヴァルト――

幾つも展開された鏡の盾に反射された無数の光線が、私に向かって飛来してきた。地上より行動範囲が広くなった空。容易く避けられる。が、それにしても「数が減らんな」嘆息する。回避したは良いが、回避した光線は別の盾によって反射され、改めて私を討とうと戻って来る。迎撃しかないようだ。カートリッジを1発ロードし、刀身に炎を纏わせる。

――紫電一閃――

迫る光線を斬り屠っていく。アギトが『さすが剣の騎士』と称賛を送ってくれた。それに礼を告げ、鏡の盾の破壊に移ろうとした時、1枚の盾よりゲルトが出現した。手には一振りの大鎌。奴の武装のようだ。カートリッジを1発ロードし、

――零斬風――

冷気の斬撃を放ってきた。面白い。こちらも“レヴァンティン”を振り払い、

――シュトゥルムヴィンデ――

衝撃波を放ち、相殺する。そのまま互いを斬り払おうと接近。ゲルトの武装は長柄の大鎌。攻撃範囲で言えば向こうの方が広い。が、その優位性など崩してくれる。振るわれる大鎌を捌き、一撃を入れようとした時に、またもや鏡の盾が邪魔に入ってきた。二度も同じ手を食うか。今度は面ではなく、軌道をギリギリで変え、側面から盾を一閃し粉砕する。

『居ない!?』

「どこかの盾に転移したか・・・!」

周囲を見回すが、ゲルトの姿を確認できない。

――アイス・ランツェ――

全ての鏡の盾から氷の礫が飛来してきた。先程の光線よりかは速度も威力も無いゆえに容易く迎撃が出来る。迎撃している間にもゲルトの奇襲に備え警戒しているのだが、なかなか姿を現さない。このまま私とアギトを空に留めておくつもりか? その間に地上を。とも考えられるな。
一度降りた方が良いのかもしれん。だが、『行っちゃヤ♪』ズィーベンの思念通話。ようやく姿を現したか、ゲルト。盾から盾へと転移を繰り返しながらこちらへ向かってくる。その間にも、

――ツァオバー・ゲショス――

魔力弾を放ち、鏡の盾に反射させての多角攻撃。それに対しパンツァーシルトを展開し、魔力弾を防御し消滅させる。下手に“レヴァンティン”を使って迎撃すれば、その隙を突いて来るかもしれんからな。ここで待ち構えていてもいいが、常の後手に回るのも癪だな。とりあえず側に近付いて来た盾を粉砕する。こちらも動き、盾を次々と粉砕して行く。その途中で、

『もうっ、新しく作るの大変なんだよね、ヴァイゼ・シュピーゲル! 判ってるっ?』

ヴァイゼ・シュピーゲルという名らしい鏡を破壊していると、ズィーベンから不機嫌丸出しな思念通話が送られてきた。

『んべー。壊されるのが嫌だったら止めてみろ、ズィーベン!』

『ぅくく・・・アギトお姉ちゃん・・・こんの・・・!』

大鎌のカートリッジが3発とロードされた。大技を使うつもりのようだ。こちらも大技覚悟で装填されている残りのカートリッジをロードする。対オーディンの為に組んだ魔導その2。『これで決まれば良いんだけど』とアギトが言う。私としてもその方が良いが、おそらくこれで決まるとは思えんな。直接、斬らねばなるまい。ゲルトの周囲に今までに無い程の鏡の盾が出現した。数は・・・・26枚、か。

「ごふっ・・・!」

『ゲルト!? んもう、使えないロードね、しっかりしてよね』

ゲルトが吐血しようとも容赦なく叱咤するズィーベン。ゲルトは袖口で口端から流れる血を拭い去った。

『それでいいよ、ゲルト。仮とは言え、さすがわたしのロードね❤』

『ズィーベン、お前・・・!』

アギトの怒りはもっともだ。しかしズィーベンは無視。融合騎(ズィーベン)の操り人形と化したゲルトはそれらに向けて、冷気の光線を無数に放った。回避も防御も出来ない程の圧倒的物量による多角攻撃でもする気か。光線は盾を幾度も反射しているが、一向に私に向いて来ない。別の攻撃手段を取るようだ。

『シグナム、いつでも行けるよっ!』

アギトからの合図に『ああ』と応え、左手に火炎の剣を生み出す。アギトとの融合時でのみ発動出来る、この魔導。アギトの炎熱加速、そして私と“レヴァンティン”の炎熱変換があって行える一撃だ。剣の騎士シグナムと炎の融合騎アギトの烈火の一撃、受けてみろゲルト、ズィーベン。

『剣閃烈火!』『真技!』

アギトとズィーベンの言葉が重なる。左手の炎剣を振りかぶり攻撃態勢に入る。ゲルトの前に1枚の鏡の盾が配置された。そして、周囲を飛びかっていた光線すべてが反射されず転移を行った。

「『火龍一閃!!』」

『エクリプセ・ハルモニーっ!!』

全てを薙ぎ払うように炎剣――火龍一閃を横一線に振るう。転移された光線はゲルトの前面に配置された鏡の盾より集束された状態で、光線ではなく砲撃として発射された。冷気の大砲撃と火炎の大斬撃。相性で言えば、我々の火炎の方が有利だろうが。油断できぬのが目の前のズィーベン。一切合切の余裕や油断はおそらく命取りになる。

「『おおおおおおおおおおおおおおッッ!!』」

『消えろぉぉぉぉーーーーーーーーッッ!!』

衝突し、互いを喰い合おうと我々の間で拮抗している。アギトが『やっぱりズィーベンの氷結は強力だよ』と過去を思い出しているのか気弱な事を言う。ああ、そうだな。ここまで強化した火炎と拮抗できる冷気など聞いて事がない。
しかし・・これ以上この場に留まるのも危ういな。向こうは鏡からの盾からの攻撃ゆえに術後も移動は可能だろう。仕方ないな。火龍一閃を撃ち終え、その場からすぐに離脱する。それとほぼ同時に2つの攻撃が大爆発を起こし、煙幕が周囲一帯を覆い隠す。

――シュテルメン・リッター――

突如として背後に気配が現れたのを察知。やはり来たか、と驚くにも値しない。とは言え、見ずに下手に攻撃を加え、鏡の盾に呑まれて強制転移と言うのも避けたい。仕方なくその場から前へと離れる。離脱の中、振り向きざまに横目でその場を見ると、確かにそこにはゲルトが居た。大鎌を振り抜いた姿で、だ。むぅ、選択を誤ったか。振り向きざまの一撃を入れていれば決まっていたかもしれん。

『あん、外しちゃったみたいだね』

――ウンオルドヌング・ゲヴァルト――

鏡の盾に反射する光線が私に殺到する。パンツァーシルトで防御し、途切れたところでゲルトへ突撃。するとズィーベンは『こっち来ないでよねっ』とさらに大鎌のカートリッジを何度もロードし、魔力弾をバラ撒いて盾に反射させて襲撃させてきた。
こちらも再装填したカートリッジを1発ロード。『アギト、頼みがある』と言うと、『何でもやるよ、シグナム』と快諾。私の考えた手を話すと、アギトは『難しいけど、やってみる』と少し不安そうだったが、賛同してくれた。

『では頼むぞ、アギト』

『シグナムもちゃんと決めてよ』

『任せろ』

ここで私とアギトは融合を解除し、散開した。ズィーベンが『え? 融合解除? 投降するの?』と訊いてきた。それに対しアギトが「違うよ、ズィーベン。お前を倒すための一手だ」と告げる。

『わたしを倒す? フフ、無駄だね。融合状態のわたしとゲルトを相手に、融合解除したアギトお姉ちゃんとそのロードが勝てるなんて思ってないよね?』

「勝つ! 守りたいものを守るため、救いたいものを救うため。その信念に集うグラオベン・オルデンの騎士に、敗北は無いんだから!」

――スターレンゲホイル――

アギトから放たれる魔導スターレンゲホイル。アギトがオーディンと共に過ごし始めてから組んだ魔導なため、効果を知らないズィーベンはそれを攻撃と考えたようで鏡の盾を配置した。ゲルトや盾との距離はおよそ20mほど。まぁそのくらいの距離であれば、効果はそれほど落ちないはずだ。
私はスターレンゲホイルが盾に着弾するギリギリで目を閉じ、耳も塞いだ。直後、閉じたまぶたの向こうが明るくなり、塞いでいる耳にも轟音が届いた。なんの防御策も無く、閃光と轟音で周囲の対象の視覚と聴覚を麻痺させるスターレンゲホイルの効果の直撃を受ければ、感覚に大打撃を被る事になるだろう。

「レヴァンティン」

具現させた鞘を“レヴァンティン”の柄頭に連結し、カートリッジを1発ロード。“レヴァンティン”は剣の形態シュベルトフォルムから大型弓の形態ボーゲンフォルムへと姿を変える。魔力弦を引き絞り、“レヴァンティン”の刀身の一部を流用した槍の如き矢を番える。

『見えない! 聞こえない! ヴァイゼ・シュピーゲル、自動防御!!』

案の定スターレンゲホイルが攻撃だと勘違いしたズィーベンは視覚と聴覚を一時的とは言え麻痺に襲われ、慌てふためきつつ、鏡の盾を自動で防御するよう指示を出した。ここでアギトが「フランメ・ドルヒ!」火炎の短剣を10基と放ち、それに反応した全ての盾が一斉にゲルトより離れる。射線確保。弓本体の上下にあるカートリッジスロットが1発ずつロードを行う。これで終わりだ。ズィーベン。

「翔けよ、隼!!」

≪Sturm Falken≫

矢――シュツルムファルケンを射る。ファルケンは一直線に突き進み、

『あが・・・っ!?』

ゲルトを貫き、そのまま貫通して後方へと飛んで行き爆散した。確実に致命傷。腹に大きな穴を開けたゲルトは力なく落下し始める。
ズィーベンに意識を乗っ取られ、最期まで自分の意思で戦う事の出来なかったゲルトへ向け「恨むのなら恨んでくれても構わない。こちらも必死なのだから」そう告げる。落下の途中、ゲルトの体からズィーベンが勢いよく飛び出してきた。

「こんの役立たず! 何が自動防御!? あっさりかわされて負けてるじゃない!」

今まで好き勝手操ってきたロードたるゲルトに掛ける言葉は、最後の最後まで辛辣なものだった。ズィーベンは「アギトお姉ちゃん! 今度はもっとマシなロードを連れてくるからねっ!」と言い、この場から退却しようとアギトに背を向けた。

『シグナム。ここからはあたしたち融合騎の問題だから――』

『判っている。手は出さん。好きにやれ』

『・・・・ありがとう、シグナム』

アギトがズィーベンへと突撃して行く。その形相は怒りに満ち、止められる雰囲気ではなかった。もちろんそんな雰囲気が無くとも止める気など毛頭ない。アギトが行かなければ私が向かっていたところだ。
融合騎ズィーベン。アレは好き勝手にやり過ぎた。その果てに敗北の責任をゲルトに押し付けた。あれではどのような者がロードになろうと結果は変わらん。術者と融合騎。その関係があそこまで崩れている間は、私とアギトに勝つなど決して出来ん。

「ズィーベン!」

――フランメ・ドルヒ――

「アギトお姉ちゃん!?」

――パンツァーシルト――

「お前はもうここでちゃんと倒しておく!」

「っ! フフ、いいよ、イリュリアの時みたくメチャクチャにしてあげ――」

「煉拳!」

「あぐっ!?」

火炎を纏わせた拳打をズィーベンの横っ面に叩きこんだアギト。ズィーベンは何が起きたのかさえも判らないと言った風な顔で、直撃を受けて吹っ飛んだ。宙で体勢を立て直したズィーベンは殴られた右頬に手を添え、フルフル震えだし、涙目になって行き、終いには嗚咽も漏らし始めた。

「今はもう六番騎(ゼクス)じゃないけど、でも、だけど、お前の姉として、七番騎(おまえ)をもう放っておけない。融合騎は、ロードと一緒に戦うものなんだ。それを忘れて操って、最後には役立たずなんて言うお前は、融合騎じゃない」

姉のアギトが人差し指を突きつけ、妹ズィーベンを糾弾する。

「・・・のくせ・・・」

「なに?」

「うらぎ・・・に・・・」

ズィーベンは俯き、両拳をグッと握り締め、何かを呟いている。そして背に在る一対の翼から冷気が溢れだす。まずい。そう思い、すぐさまアギトの元へ急ぐ。

「わたしを見捨てて裏切り者になったくせに!!」

――氷牙――

我々の頭上に巨大な氷塊が創り出される。顔を上げたズィーベンは「フヒ、ヒヒ、融合騎の在り方とか、もうどうでもいいよね?」涙を流し、泣き笑いの表情を浮かべる。だがすぐにハッとし、涙を拭い去った後で氷塊を破棄、破砕した。

「ズィーベン・・・?」

「・・・わたしも、もう裏切り者みたいだしね・・・」

「なに? 聞こえないよ、ズィーベン!」

「・・・・わたしたち融合騎を造った奴らは、親のようなものだって解るよ・・・。だから言われた事は聴いてきた。でもね、だからって、わたしだって生きてるんだ。アギトお姉ちゃん。解るよね? アギトお姉ちゃんが一番酷い目に遭っていたんだもんね?」

「そうだけど・・・でも・・・」

「ムリばっかり言われた三番騎(ドライ)お姉ちゃんは壊れて廃棄された。一番優しくて、温かくて、わたしやアギトお姉ちゃんにも優しかったのに」

「・・・・うん・・・」

「だから許さない。イリュリアの人間は全員敵。でもわたしが生きるにはイリュリアが必要なのね。だから利用する。ゲルトはその1人。今はイリュリアの言う事を聴いて、いつかは・・・って思っていたんだけどね・・・」

ズィーベンの表情に陰りが生まれる。そして「わたしね、廃棄されるんだって」と自嘲気味に告げた。ズィーベンは続ける。ゲルト・ヴォルクステッドの件で危険思考の持ち主と判断され、たった今廃棄処分されると思念通話が来たのだそうだ。「ど、どうするんだよズィーベン!」と焦りを見せるアギトだが、対するズィーベンはただ「ここまでみたいだね」と嘆息するのみ。

「あ、諦めるのか・・・!?」

「だって・・・わたしを潰しに来るのが、かなり危ない奴ってね。アギトお姉ちゃんだって噂で聞いたことあるよね? 超古代の技術の一部を使った新兵器が、技術部で造るられてるって話・・・」

「えっと・・・テウタの為の融合騎開発と並行して進められてるっていうアレ?」

「うん。アレ噂じゃなくて本当だったのね。でね、その試作機の一機が、試験運用の名目でわたしを破壊しに来るんだって」

「じゃあ逃げろよっ。勝てないなら逃げれば――」

「逃げられるわけないって、アギトお姉ちゃんだって解ってるよね」

「解ってるけど! でもだからってお前を見捨てるなんて出来ない!」

「フフ♪ アギトお姉ちゃんを壊そうとしたわたしを見捨てないなんて。どこまでお人好しになっちゃったの?」

ズィーベンが満面の笑みを浮かべた。しかし「悔しいけど、でももう諦めるね」とズィーベンはアギトに背を向け、地上を見下ろす。私とアギトもそれに倣い、地上を見下ろす。今なお続いている戦闘。一人一人の顔など識別できないが、ヴィータ達の居場所くらいは感知できる。

「ん・・・?」

イリュリア方面より強大な魔力が近付いて来るのが判る。砲撃ではない。地上を移動している。目を凝らすもののやはり見分けがつかんな。「来た」とズィーベンが言う。どうやらこの魔力反応が、ズィーベンの言う兵器らしいな。
うんうん唸っていたアギトが「そ、そうだ! ズィーベン、シュトゥラに来ればいいよ!」そう提言した。オーディンなら招き入れそうだが。しかしズィーベンを受け入れた場合、グラオベン・オルデンの動きに乱れが生まれるかもしれん。

「イリュリアの敵になるんだったら、あたし達の味方になるって事だもん! マイスターだって助けを求める人が居れば、絶対に助けるし救うはず! だから!」

ズィーベンは少し考える仕草を見せ、そして・・・・

「わたしは――」

†††Sideシグナム⇒ザフィーラ†††

「どうやら空での闘いは終わったようだな」

シグナムとアギト、そして氷結の騎士(シグナムらと渡り合うとなると団長級の騎士だろう)の戦闘の終結を、地上でイリュリア騎士を討ちつつ確認した。

「くそっ。何なんだ、この理不尽な防御力は!?」

「我は盾の守護獣ザフィーラ。かような温い一撃など、我が盾の前には無意味と知れ」

――守護の拳――

「おごぉっ!?」

また1人の騎士の甲冑を粉砕し、殴り飛ばす。あまりに単純な作業と化し、少々物足りなくなってきてしまった。いや、そのような事を思うのはいかんな。戦を好むなど、我が主の信念に連なる者として許せん。

「む? なんだ、この魔力は・・・?」

徐々にこの戦域に接近してくる魔力反応を感知。今まで戦場で相見えた敵性騎士より確実に上だ。最大警戒で待ち構えている間、周囲に居るイリュリア騎士が次々と離れていく。奇襲の心配をせずに済むのは助かるが、その分これより来るイリュリア騎士の実力の程が判る。
巻き込まれるのを恐れているのだろう。離れていく者たちの顔色は青褪めている。そして、ようやく姿を視認できるほどまでにその者が接近してきた。性別は男。歳は、おそらく青年と呼べるほどに若いだろう。

「イリュリアの新手か・・・?」

「・・・・なあ、アンタ、これくらいの小さいチビ、見てないかい?」

その者は、両手の平を上下に向かい合わせ、我にそう尋ねた。アギトほどのものだろう。この者の狙いは、裏切りの融合騎アギトか・・?
その問いに対して我は「知らぬな」と簡潔に答える。するとその者は「そうかい。邪魔したな」と背を向けようとした。我を討つつもりはない、ということか? しかし正確な目的が判らぬが、アギトにとって危険であると思える以上は放ってはおけまい。

「待て。我はグラオベン・オルデンが盾の守護獣ザフィーラ。このままお前を行かせるわけにはいかん」

――鋼の軛――

名乗りを上げ、その者の行く手に拘束条――鋼の軛を突き出させ、行く手を封じる。その者はゆっくりと我へと向き直り「邪魔しないでくれよ、おっさん」とやる気の見えぬ双眸を向けてきた。

「そうはいかん。お前がイリュリアの者であると判断した以上、討つべき敵だ」

「そうかよ。そんなに死にたいなら付き合ってやるよ」

構えらしい構えを見せず、棒立ちするその者に「名は?」と尋ねる。

「名前? 騎士の決闘の前には名乗りが要るんだったか。面倒だな。ま、いいや。俺っちの名は、ゼフォン。エグリゴリ・シリアルヌンマー・ツヴァイ、ゼフォン・エグリゴリ」

「エグリゴリ・・・?」

“エグリゴリ”。我が主オーディンがこの世界に訪れたその理由の中に出てきた名称だ。この者が、我が主が身命を賭してでも、破壊という形での救いを与えたいという“エグリゴリ”なのか・・・?

「お前、オーディ――」

「無駄口叩いてる暇あったら、避けな!!」

――岩衝鉄破(フェルゼン・ベルク)――

我の足元より岩石の剣が4基と突き出してきた。危うく串刺しになるところだったが、紙一重で後退する事で回避でき・・・

「うぐ・・・っ!?」

腹に強烈な痛みと熱。視線を下へ向け、我が身に起こっている異常を視界に収めた。我の腹より突き出ている岩石の剣。「呆気ないもんだな」と背後よりゼフォンという男の声。
知覚できぬ速度で背後に回り込まれ、背後から我が体を岩石の剣で貫いたのか・・・?
我がただの人間ならばこの一撃で命を落としていただろうが、生憎我は人ではない。我は「ぬ・・・ぅぐ・・・!」腹より突き出る岩剣を鷲掴み、破壊もしくは抜こうとするが、

「よしな。傷口が広がって苦しみが強くなるだけさ。大人しく助け来るのを待ってろ。別に俺っちはアンタを討ちに来たわけじゃないんだ。裏切りの融合騎ズィーベンの破壊。それが、今の俺っちの仕事。アンタんところに寝返ったゼクスの始末じゃない。ほら、アンタが頑張って俺っちとやり合う理由は無い。だから足掻くな」

我を置いてどこかへ向かおうとするゼフォン。アギトの心配は無くなったが・・・。むぅ、いかん。意識が閉じかけて来ている。だが、落ちる前に、これだけは訊かなければ・・・。

「オー・・ディン・・・知って・・・いるか・・?」

「オーディン? シュトゥラの魔神だろ。有名だから知ってる」

オーディンでは通じないのか・・・? ならば・・・

「セイン・・・テスト・・・は・・・」

「あ? なんだアンタ、セインテストの仲間か? 」

我は、この場で死ぬ事を覚悟した。それほどの覚悟を強いられるほどに、ゼフォンより放たれる殺気が強すぎた。ゼフォンは我へと振り返り、距離があるにも拘らず、蹴打を放つ体勢を取った。

「セインテストは最優先でぶっ殺す。それが、俺っち達エグリゴリの役目だ。アンタがセインテストの関係者なら、ここでぶっ殺してセインテストに挑発すんのもありかもな」

――破岩砲弾(コメート・フェルス)――

ゼフォンが地面を蹴り上げることで造られた岩塊が、我へと放たれた。

(申し訳ありません、我が主。我ザフィーラ。この場でこの命を散らすことになるようです)

高速で飛来したその岩塊が我の胸に直撃した瞬間、我は全ての知覚を失った。


 
 

 
後書き
ヨー・レッゲルト、ヨー・ナポット、ヨー・エシュテート。
ここまでが小説家になろう・にじファンで掲載していたものですね。
次回からが、掲載できなかった話となります。ほぼ戦闘パート続きです。
過疎りそうでとっっっっっっっても恐ろしいです・・・。 

 

Myth13邂逅・新たなる堕天使~Unvollendet EgrḗgoroI~

 
前書き
Unvollendet Egrḗgoroi/ウンフォルエンデット・エグリゴリ/未完成の堕天使 

 
†††Sideオーディン†††

ラキシュ領本都からミッテ領上空(やはりラキシュ領より被害が甚大だった)と翔け、シュトゥラの心臓とも言うべき王都ヴィレハイムに到着した。到着してすぐ目に着いたのは、王都ヴィレハイムの全域とは言えないが、それでも砲撃を防ぐための結界が王城を中心として展開されている様。
強力な結界である事は判る。が、あの砲撃を受け続ければ確実に粉砕されるのもまた判る。まぁ私がアムルの防衛のために張った結界インヴィンシブル・ガーデンも、本来の持ち主であるアリスが展開していないから完全無欠とは言えないけどな。
さて。ヴィレハイムに来たは良いが、

「・・・それにしてもどうやって入れば良いんだ・・・?」

ドーム状に展開されている結界。中へ入る手段が判らないから困り果てる。強硬手段で行ってもいいが、その時は完全にシュトゥラの敵に回る事になってしまうために却下。とりあえず街に降りてみよう。そう思い、降りたったところで「お待ちしておりました、オーディン様」と声を掛けられた。
結界側の民家の扉から1人のメイドが姿を見せた。この前、私をクラウスの私室に案内してくれたあの娘だ。今回もまた素っ気ない態度だが、その本性はもう既知なため別段思う事はない。そんな彼女に民家の中へ案内され、真っ先に「地下通路か」床に設けられた地下へと続く階段が視界に入った。

「地下を通って結界内へ向かいます。オーディン様。私について来てください」

そういうわけで私は彼女に続いて階段を降り、地下道を進むことになった。レンガ造りで、壁面には松明が一定間隔で設けられてある。通路を進むと、だだっ広い空間に辿り着いた。そこには、避難してきた住民の百数十人という姿があった。
結界に入れなかった民家の住民かもしれない。その空間の一角にある階段を上り地上へと出る。すぐ目の前に王城がある。すでに私を迎え入れるための一個騎士団が整列していた。

「お待ちしておりました、オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード様!」

そんな熱烈歓迎をしている場合じゃないだろ、とは思うがまぁいいか。とりあえず何人かに頷き応える事でこの場をやり過ごす。王城へと入り、さらに案内される。辿り着いたそこは、今まで立ち寄った事のない場所。目の先にある扉が目的地のようだ。

「こちらです」

メイドと共に近付くと、扉の両側に立つ騎士が扉を開けた後、剣を胸の前に掲げると言う礼の姿勢を取った。扉を潜る。奥にもう1つの扉があり、それに続く廊下の両側に男女混合の騎士たちが整列していた。全員がすでに武器を胸の前に掲げていて、結構な熱い視線を向けてくる。中には見た顔も居る。先の戦の終結後に話をした者たちだ。一番奥の騎士2人が扉を開ける。

「オーディン様。さらに奥の扉より先が、ここシュトゥラの王族および執政をなさる御方たちが集う議会場です」

メイドがそれは信じられない事を言った。部外者である私が来ていいような場所じゃない。それを伝えようと振り向いてみれば、全員からの視線が、さぁどうぞ、ってなっていた。隣のメイドはホテルマンのように見送り体勢に入っているし。仕方ない、行くか。
ここでメイドと別れ、議会場へと続く廊下をひとり歩きだすと、背後の扉が閉まった。私を逃がさないためか、警備のためか。後者であってほしいと切に願う。奥の扉の前に立ち、ノックする。するとスライド式のその扉が開かれた。扉を潜ると、目の前に大きな扇状のホールが広がった。最下段へと段階的に下がって行くような階段状構成で、一段ずつに三日月状の机が設けられている。

「オーディンさん、待っていました」

最下段よりひとつ上の段に設けられている意匠の凝った椅子に腰かけていたクラウスが立ち上がり、私の元へと駆け寄ろうとしたところで、「よく参った、異界の魔導師」と厳かな男の声がここ議会場に響き渡った。
私の正面である議会場の最下段の奥。十数段の階段の上に鎮座している玉座がある。それに座しているのが、シュトゥラの現在の王デトレフ・テーオバルト・ストラトス・イングヴァルト。真っ直ぐ私を睨みつけるような鋭い虹彩異色の双眸。外見は若く見えるが、歳は結構行っているはずだ。

「お初にお目に掛かります、デトレフ陛――」

「よい。汝もかつては一国の王だったと聞く。過去とは言え容易く頭を下げるような男ではない。我は気にせん」

「・・・そういうわけですので、オーディンさん、こちらの席へどうぞ」

クラウスに招かれ、彼の座る机まで階段を降りていく。隣に座ると、「来て頂いてありがとうございます」と小声で礼を言ってきた。それに対し「気にしないで良い。あんなふざけた砲撃を見過ごせないからな」と返す。
ここまで来る時に見た被害の大きさ。アレがこれからも続くかと思うと、落ち着いて過ごせない。早々に砲撃を放つ砲台を沈める必要がある。その前に情報だ。だからここへ来た。

「――では続けます。先のシュトゥラを襲った砲撃は、イリュリアが有している古代遺産ミナレットによるものだと思われます」

重要な名称が出てきた。“ミナレット”。古代遺産という事は、かの聖王家の有する“聖王のゆりかご”と同じか。この時代にですらロストロギアと認定されていたという“聖王のゆりかご”。それと同じという事は、攻略するのに苦労しそうだな。
次々と情報がもたらされる。私が見た反射鏡の砲弾は“フェイルノート”。魔力砲が“カリブルヌス”。効果はすでに見たとおり。フェイルノートにカリブルヌスを反射させて、その周囲一帯を殲滅する砲撃。物質弾であるにもかかわらずフェイルノートの最大射程は19000km。純粋魔力砲カリブルヌスに至っては倍以上の射程はあるものだと予測されている。
果てしなく面倒な射程範囲だが、私の戦友であり弟子でもある砲撃魔術師カノンの無限射程に比べれば可愛い方だ。

「――問題は、このミナレットが海上に在るという事です。シュトゥラの陸地より船で渡るにはあまりにも無防備。戦船による空襲でも、イリュリアもまた戦船で防衛網を敷いているはずです」

「防衛網を突破している最中にカリブルヌスで迎撃され轟沈、という可能性も否定できません」

「それに戦船だけでの攻略戦は無謀。やはり騎士も参加しなければ」

「しかし先にも出たように、船で渡っている最中に攻撃を受けては一気に全滅という結果に」

「空戦の行える騎士を招集し、一個騎士団を設ければ――」

「その空戦騎士が少ないのが現状だ」

「やはりシュトゥラのみで攻略するのが問題では?」

「ウラル――いや、こうなれば三連国(バルト)と同盟を結ぶのが得策ではないか?」

「雷帝が同盟を結んでくれるかどうか、という問題が出るぞ」

各々意見を出し合っている。まぁほとんど私たちグラオベン・オルデンが出れば、ある程度解決できる問題ばかりだが。

「ならばアウストラシアはどうか? こちらには聖王家の王女オリヴィエ様がいらっしゃる」

その意見が出た時、「なっ・・・! オリヴィエを盾に協力を強要なさるつもりか!」とクラウスが怒声を上げる。すると先の意見を出した初老の男が押し黙った。さすがに王子に睨まれては続けられないか。
だが、そんなクラウスに「しばらく黙っていろ」デトレフ陛下が上から言うと、クラウスは歯ぎしりをしつつ「すいませんでした」嫌々謝っている感全開で座りなおした。見ていられないな。私はクラウスの肩に手を置き、「私を使え、クラウス」と笑みを見せてやる。
デトレフ陛下は元より私を使う気だからこそ呼んだんだろう。その目を見ていれば解る。私を兵器として見ていた両親と同じ目だ。戦争終結の為の駒。使われるのは好きじゃないが、クラウス達を見捨てるつもりはないし、エリーゼ達も守ってやりたい。

「しかし――」

「君の父親は元からそのつもりだと解っているだろ? だからこの議会に私を呼んだ。それで良いじゃないか。私としては、会ったばかりの王より友である王子(クラウス)の命で動く方が良い」

「オーディンさん・・・・ありがとうございます」

クラウスはキリッと表情を固め「父上。私に案があります」と立ち上がった。

「私の隣に居る、我が友オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード。彼の個人戦力は一個騎士団とも渡り合えます。それだけでなく戦船とも個人で戦えます。そんな彼と、彼の仲間であるグラオベン・オルデンを空に配置すれば、船の護衛が可能なはずです」

議会場がざわめき、化け物を見るような目が私に向けられる。慣れてはいるとは言え、やはりあまり心地良いものじゃないな。そんなざわめきを「静まれ」というたった一言で静まらせるデトレフ陛下。

「魔導師オーディン。ひとつ訊こう。汝とその騎士団に、ミナレットを陥落できる術はあるか?」

「判りません。ただ確約は出来ませんが、我らグラオベン・オルデンは、如何なる兵器が在ろうと破壊し尽くし押し通るまでです。それが守るためであり救うためならば必ず実行します」

デトレフ陛下から視線を逸らさない。先に視線を逸らした・・というより伏せたのはデトレフ陛下で、「若造め、我を相手に一歩も引かんとは胆が据わっておる」と満足そうに笑った。そんなデトレフ陛下の機嫌の良さを見た事が無いのか、クラウスを始めとした者たちは呆然としている。
年齢で言えばすでに2万年近い私だ。どんな人間が目の前に現れようとも気力で負ける事は絶対に無い・・・と思う。いや、アンナが居た。彼女は別格で恐ろしい。むぅ、やはり女性にはとことん弱いようだ。とは言っても直しようも無いし。女運に関しては諦める他ない、というのが現状だ。

「ベルカの戦に異界の者である汝を巻き込むというのも少々気が引けるが、今はそうは言っておられんのも事実。ミナレット攻略に、汝の力を借りたい。良いか?」

「もちろんです。シュトゥラは、私にとっても――」

『オーディン!!』

ヴィータから切羽詰まった思念通話がいきなり届いた。いきなり言葉を切った私を訝しんでいる目が集まるが、今はヴィータの様子のおかしさの方が重要だ。すぐに『(なんだ? 泣いている・・・!?)どうした、ヴィータ・・・!?』と問い返す。嫌な予感しかない。ヴィータはただ『ザフィーラが!』を繰り返すだけで要領を得ない。
落ち着くよう言っているところに、『シュリエルです。ザフィーラが瀕死の怪我を負いました』とシュリエルから状況が告げられた。信じられなかった。ザフィーラは、守護騎士一の防御力を誇る騎士だ。そのザフィーラに瀕死の傷を負わせるような奴が居るのか・・・!?

『私が今オーディンの魔導を使って治療していますが、私一人では手が足りません。今この場でザフィーラを失えば、次に再生出来るのは闇の書完成後となります』

守護騎士はたとえ死んだとしても、“夜天の書”が健在ならばまた再生できる。しかし、それが行えるのは完成後。完成させたくない私としては避けたいものだ。だから『すぐに向かう。ザフィーラを倒した騎士は今どうしている?』と尋ねながら、

「デトレフ陛下、クラウス殿下、以下執政官の皆様方。現在、アムルに侵攻して来ているイリュリア騎士団と交戦中の家族から連絡がありました。私の家族の1人が重傷を負い、瀕死の状態です。申し訳ありませんが、私はここで退室させていただきます」

議会場全体に聞こえるように告げ、議会場出口へと向かう。その間にクラウスに名前を呼ばれたような気がしたが、彼には悪いが今は前線の状況の方が重要だ。
シュリエルに『すぐに向かう。大変かもしれないが、もうしばらく耐えてくれ』と言い、空戦形態ヘルモーズを展開して開け放った窓から飛び立つ。全力も全力。直線限定の最高速マッハ10で空を一直線に翔ける。すぐに戦場へと辿り着き、「あそこか!」ソニックブームで周囲を破壊しないように速度を落としてから降下。

「シュリエル! ヴィータ!」

「「オーディン!!」」

シュリエルが治療に当たり、ヴィータが近付いて来るイリュリア騎士たちを潰している状況。そして横たえられているザフィーラは、自身から流れ出た血溜まりの上だった。腹には剣らしきもので貫かれた傷跡と、そして胸には何かで抉られた事で開いた穴。いつ消滅してもおかしくないダメージだ。よく保ってくれた、ザフィーラ。頑張ったな。私の登場に、イリュリア騎士たちは「ヒッ!」と短い悲鳴を上げてたじろいだ。

「あとは私が引き受ける。シュリエルとヴィータは戦闘に戻ってくれ」

「オーディン。ザフィーラ、死なないよな・・・?」

「当たり前だ。私が来たんだから、もう大丈夫だ」

――女神の祝福(コード・エイル)――

跪いて、ザフィーラに2つの傷に手を翳してエイルを発動する。ヴィータは心配そうに私とザフィーラを眺め、そして私が動けないと判断したイリュリア騎士たちは攻勢に出ようとした。それに気付いたヴィータは「テメェら、邪魔すんな!」と“グラーフアイゼン”をブン回して迎撃再開。
シュリエルも「オーディンの邪魔をするならば、今すぐ殺す」と冷めた声を静かに発した。その一言で、イリュリア騎士たちは一切の動きを止め徐々に引き下がって行く。そこまで脅されても退こうとしない連中も居る。シュリエルが迎撃態勢に入ったところで、

「治療に専念した私が、いつ攻撃できないと言った・・・?」

――舞い振るは(コード)汝の獄火(サラヒエル)――

火炎の魔力槍を10基と展開し、残っている連中に穂先を向ける。そして「焼き殺されたい奴は掛かって来い」と最終警告すると、「退け!」と連中は引き下がって行った。すぐにサラヒエルを解除。ただでさえ魔力消費の多いエイルの発動中だ。中級術式とは言えサラヒエルの同時発動は辛かった。徐々に傷口が塞がっていくのを見たヴィータは「ザフィーラの事、頼むよ、オーディン」と言った後、この場から去っていった。

「私も出撃します」

「シュリエル。こうなった経緯を知りたい。戦闘中、思念通話を繋げることになると思うがいいだろうか・・・?」

「はい。構いません。では私の方から繋げますので」

「すまないな」

シュリエルが離れて行くのを見送り、ザフィーラの治療に専念する。ザフィーラの鋼の肉体にこれだけの傷を負わせる事の出来る騎士、か。やはり高位騎士という事なんだろうが。アギトから聞いた、イリュリア騎士団最強の騎士総長グレゴールか・・?

『オーディン。今よろしいでしょうか・・・?』

『ああ。聞かせてくれるか、シュリエル』

『はい。ザフィーラを襲った者の名を、意識を手放す前にザフィーラから聞きました。名をゼフォン・エグリゴリ。オーディンがベルカに訪れた理由、ですよね・・・?』

ゼフォン・エグリゴリ。ベルカに来てすぐに戦ったガーデンベルグたち“堕天使エグリゴリ”と共に現れた、見知らぬ“エグリゴリ”のミュール・エグリゴリの顔を思いだす。そうか。そういう事だったのか。どこで新しく“エグリゴリ”を製造していたのかと思っていたら、技術大国のイリュリアを利用したいたのか・・・。

『ん?・・・シグナムは・・・? アギトとシグナムはどうした? それにゼフォンは? まさか――』

『はい・・・・・・今もなお戦闘中です』

『今すぐシグナムとアギトを退かせるんだっ! シグナム、アギト、聞こえるかっ?』

繋げるが返事はなかった。ノイズが走っている。ジャミングされていると考える。魔力反応が健在なため撃墜されたという事はないが、まずい。この状況はかなり最悪だ。まさかここで複製品とは言え戦力が強大な“エグリゴリ”が出てくるとは。
ザフィーラの容態は・・・安定してきてはいるが、まだ続行しなければならないレベルだ。どうする。シグナムとアギトまで墜とされては・・・・墜とされるだけならまだいいが、アギトが殺されてしまったら未来が・・・。

『なぜシグナムは戦っている!? ゼフォンがシグナム達を狙っているのかっ!?』

『いえ。シグナムとアギトは、守るための闘いをしているのです』

『なに・・・?』

『ゼフォンの狙いは、アギトと同じ裏切りの融合騎ズィーベンの破壊だそうです』

『ズィーベン・・・?』

聞けば、ズィーベンはゲルト・ヴォルクステッドの融合騎としてここ戦場に現れ、そしてゲルトの意識を乗っ取った挙句に死なせてしまった事がイリュリアに知れ、廃棄処分が下された。その処分を行うために来たのが、イリュリアの新兵器“エグリゴリ”。つまりゼフォン。
実力を見て測れるはずのシグナムが居て、なぜ命の危険を冒してまでズィーベンを見捨てずに戦うのか・・・なんて解りきっている考えはすぐに切り捨てる。守りたいものを守るために、救いたいものを救うために、その力を揮う。それが私たち信念の騎士団グラオベン・オルデンだ。アギトは選んだんだ。姉として末妹ズィーベンを守るために、ゼフォンから逃げずに戦うと。

(なんて事だ・・・。頼む。頼むから無茶も無理もしないでくれ・・・アギト、シグナム)

必死に祈る。すぐにでもアギト達と合流し、複製品(ゼフォン)を破壊しなければ気が済まない。だが、ザフィーラにはまだ治療が必要だから動けない。このジレンマが私の頭の中をかき乱す。そしてジレンマは怒りへと姿を変えて、この状況を仕組んだであろうガーデンベルグ達に向か・・・わない。
全ての怒りは私に向く。あの日、あの時、私がもっと“戦天使ヴァルキリー”のシステムプロテクトを強化しておけば、敵国ヨツンヘイムのウイルスに感染せずに済んだ。私たち“アンスール”や他の“ヴァルキリー”たち親や仲間を殺さず、“エグリゴリ”と化してああして狂い続けたまま存在しなかったんだ、ガーデンベルグ達は。ザフィーラの腹のダメージを完治させた事で空いた右手を握り、自分の顔を殴る。

「自分自身を殺したくなる日も、また無くならないな・・・」

自虐的な笑みがこぼれてしまう。そこに、「オーディンさん!」シャマルの声が上から聞こえ、「っ・・・!」上を見てすぐに視線を戻した。まずった。思いっきりシャマルのスカートの中を見てしまった。って、馬鹿か。今はそんなふざけた事を思っている余裕も考えている暇も無いだろうが。とりあえず「すまない、シャマル」と謝る。何故謝られたか判らないシャマルは小首を傾げた。

「・・・あ、そうですっ、ザフィーラの治療は私が引き受けます!」

「そうは言うが疲労困憊と言った顔じゃないか、シャマル!」

魔力を消費し過ぎて顔色が病人のように悪くなっていて、汗で髪が額や頬に張り付いている。息使いも少し荒い。だからこそ「馬鹿を言うな。君は休め」と言い放つ。しかしシャマルは「事情はシュリエルから聞いてます」と私の向かいに跪き、ザフィーラの胸に手を翳して治癒術式を発動した。

「オーディンさんの目的であるエグリゴリが今、この戦場に居るらしいじゃないですか。しかもザフィーラをこんなにするほどに強くて、今はシグナムとアギトちゃんと戦っている、と」

「もういいから魔導の発動をやめろ。倒れるぞ!?」

「大丈夫ですっ。湖の騎士シャマルは、こう見えても強いんですっ!」

「ああもう君は本当に頑固だなっ」

「オーディンさんこそですっ。お願いですから、シグナムとアギトちゃんの元へ行ってくださいっ!」

会話はそこで途切れる。ザフィーラの胸の傷も、シャマルの全力治療で何とかなるレベルにまでほとんど治した。ここで離れてもいいが、そうなればシャマル1人で限界以上の魔力を使わせることになりかねない。
だから迷いが生じてしまう。ゼフォンはイリュリアがガーデンベルグ達オリジナルに利用されて開発された“エグリゴリ”の複製品(レプリカ)だ。救いではなく完全な破壊対象。しかしだからと言って・・・・。

「オーディンさん。私の事、心から心配して下さってありがとうございます。でも、あなたの湖の騎士シャマルは、これくらいでどうにかなるほど弱くありません。行ってください。あなたの目的の為にも。私の為にも。シグナムとアギトちゃんの為にも」

「シャマル・・・・・・すまない」

エイルを解除して立ち上がり、12枚の剣翼アンピエルを発動する。するとシャマルは「もし倒れたら、オーディンさんが看病してくれますよね?」とはにかみながら訊いて来た。それに対し「当たり前だ。まったく。困ったお医者様だ」と微苦笑を返してやると、シャマルはイタズラがバレた子供のように舌をチロッと出してまたはにかむ。そんな辛そうな顔で、そんな可愛げのある顔をするな。心配したくても出来ないだろうが。シャマルに背を向け、空へと上がってアギト達の魔力を感知できる地点へと向かう。

「ゼフォン・エグリゴリ・・・!」

†††Sideオーディン⇒アギト†††

「初めて戦うタイプだな。やり難い・・・!」

シグナムが限界まで攻めきれない事に歯噛みしている。あたしとシグナムはズィーベンを守るために、ゼフォンと戦う事を決めた。だってズィーベンは言ったから。

――わたしは・・・まだ生きたい、まだ死にたくない、死にたくないよアギトお姉ちゃんっ――

だからあたしはまたシグナムと融合して、戦ったんだけど・・・。

「なぁお姉ちゃん達。俺っちは、そこに居る融合騎の破壊が目的なんだって言ってるだろ? 頼むから邪魔しないでくれ、な? 無駄に力を使いたくないし殺しもしたくないわけさ」

「よく言う。先にザフィーラを傷つけただろう」

「ザフィーラ? あ、さっきのおっさんか。ありゃ向こうが悪いぜ。俺っちの邪魔をしてくんだもんよ。それに、セインテストの関係者だって話だしさ」

「やはり貴様は、オーディンの捜し求めているエグリゴリの一体で間違いないのだな」

“エグリゴリ”。マイスターのご先祖様が開発した人型兵器(名前は確かヴァルキリー)で、マイスターがどっかの世界の国の王様だった頃に、戦争していた敵国によって洗脳されて、そして暴走して家族と仲間を殺したっていう人たち。マイスターは全てを奪われたのに、“エグリゴリ”を恨むどころか助けたいって言ってる。家族だからって恨まず憎まず、ただ狂ったままの家族を救いたいって。

「だから魔神は関係ないだろ? 俺っち達エグリゴリが抹殺しなけりゃならないのは、オーディンって奴じゃなく、ルシリオン・セインテスト・アースガルドって奴さ」

ミドルネームのセインテストは同じだけど、ルシリオンとアースガルドっていうのが違う。マイスターの親戚の誰か? よく判らないけど、マイスターの関係者なのは違いないはず。あとさっきから気になってるんだけど「そもそも魔神って誰なんだ?」って独り言のつもりで呟いた。

「あんた達の頭オーディンの事を、イリュリアは魔神って呼んでんの。魔神の如き強さを持っているとか何とか。つか今はそんなの関係ないだろ」

聞かれていた事には驚いたけど、イリュリアにそこまで恐れられているマイスターは本当に凄いと思えた。ゼフォンはガシガシ頭を掻いて、「おい、ズィーベン。大人しく罰を受けな」ってさっきからあたした達が背後に庇うズィーベンを睨みつけた。

「そうはいかんな。我らの信念の下、一度守り助けたいと決めた以上は見捨てはせん」

「本当に面倒だな、騎士っていうのは。そんなに死にたいのかよ、敵だったズィーベンを守ってさ」

ゼフォンの足元に、また見知らないココア色に輝く魔法陣が展開される。そして、「さっきのおっさんみたいになっても文句言わないでくれな」って片足をスッと上げて、地面を踏みつけるように思いっきり落とした。

――地龍刃砕断(ボーデン・ドラッヘ)――

地面が隆起する事で出来た岩石の、まるで龍の背ビレのような波があたし達に向かって突き出してきた。あたしを内に宿してるシグナムは数mくらい宙に居るんだけど、岩石の波はあたし達を貫けるまでの高さを誇ってる。
直線的な軌道だから、シグナムは横移動で回避。というよりは避けるしかない。何せ、「くっ・・・!」突き出し終えた岩の波の側面から、岩の棘がシグナムを貫こうと突き出してきたから。“レヴァンティン”をギリギリで盾にして直撃は免れたけど、その衝撃でシグナムは突き飛ばされた。

(レヴァンティンでも切断できない程に硬度のある岩による攻撃・・・。マイスターの魔導のように、ゼフォンのもやっぱり異世界の魔導なんだ・・・)

「やはり斬れんな。普通の岩なら容易く斬れるはずなんだが・・・付加されている魔力が尋常ではない・・・!」

“レヴァンティン”の柄を力強く握り直したシグナム。シグナムとあたしの炎熱を付加した“レヴァンティン”を当てる事が出来れば、きっと勝てるはず。でも接近できない。ゼフォンを護る岩壁やシグナムを攻撃してくる岩山が、あたし達の行く手を妨害してくる。
こっちは防御と回避に専念しないといけなくて、ゼフォンは好き勝手攻撃してくる。戦う以前の話だ。何か良い手が無いか考えていると、『アギトお姉ちゃん、もういいよ』ってズィーベンが思念通話を送ってきた。

「俺っちには攻撃を通せないってもう判ったろっ! 諦めてズィーベンを差し出して、とっとと退いてくれってばさ!」

――砂塵岩龍旋(ヴィントホーゼ・ブレッヒェン)

ゼフォンを覆い隠す様に岩や砂を巻き上げた大きな竜巻が生まれた。シグナムは「離れるぞ、ズィーベン!」って言って、巻き込まれないようにすぐに側から離れたけど、その竜巻から岩塊が砲弾のように高速で飛んでくる。軌道は無差別。そしてどこから飛んでくるかも判らない。だから少しでも気を抜くと、質量で圧殺されちゃう。

「もういいよっ! 本当にこのままじゃ殺され――」

『「ズィーベン!」』

あたしとシグナムは同時に叫ぶ。ズィーベンに直撃する軌道の岩塊が2つ。今から回避行動に移るにはあまりにも遅すぎる。フォローに回るにも遅すぎて。世界がゆっくりに見える。いやだ。ズィーベンの死に様を、ハッキリ見る事に・・・。

「(そんな・・・こんなのって・・・・。お願い、助けて・・・)マイスターっ!!」

――削り抉れ(コード)汝の裂風(ザキエル)――

空からすごい勢いで落ちてきた竜巻がズィーベンを捉えていた岩塊を粉砕して、地上に着弾する前に消滅した。シグナムの“レヴァンティン”ですら傷一つ付かなかったゼフォンの岩石がたったの一撃で・・・。こんな事が出来るのは、あたしが知る中だとたったの1人。あたしの大好きな・・・

「マイスターっ!」「オーディンっ」

12枚の蒼い光剣の翼を背中に生やしたマイスターが降りてきた。ズィーベンも「すごい・・・」って驚いてる。でもなんだろう。今のマイスター、すごく・・・恐い。シグナムも『様子がおかしいな』って思念通話を送ってくる。

「ふざけるな、クソガラクタが。・・・エグリゴリの複製品如きが、カーネルの魔術を扱うだと?」

普段のマイスターの口からは絶対に出て来ない汚たない言葉が出た。それに、複製品って。え? ゼフォンってマイスターが捜し求めてる“エグリゴリ”じゃなかったの・・・? あ、でもゼフォン、イリュリアの新兵器ってやつだったっけ。じゃあマイスターの捜し求めてる本物の“エグリゴリ”は、イリュリアと繋がってるって事・・・?
マイスターと“エグリゴリ”の事を考えていると、ゼフォンが大きく笑いだして「見つけたぜッ! 神器お――」そこまで言ったところで、

――舞降るは(コード)汝の麗雪(シャルギエル)――

何十本っていう氷の槍がマイスターの周囲に現れて、一斉にゼフォンへ向けて降り注いだ。岩壁がゼフォンを守るために盛り上がってきたけど、マイスターの放った氷の槍は岩壁に突き刺さって凍結させていく。マイスターは「複製品如きは早々に舞台を降りろぉぉぉッ!!」怒声を上げて、

――殲滅せよ(コード)汝の軍勢(カマエル)――

数える事も出来ないくらいのいろいろな属性の槍を展開、「ジャッジメント!!」って指を鳴らして号令、一斉に振らせた。

「こんな温い攻撃じゃ通じねぇんだよッ!!」

――空衝岩槍穿(シュレッケン・シュペーア)――

凍った岩壁を粉砕して突き出してきた鋭く尖った岩の塔が、マイスターの槍群を迎撃。そのままマイスターと側に居るズィーベンを掠めて行って2人の姿を隠すけど、でもすぐにスパッと切断されて崩れてく。“エヴェストルム”を持つマイスターの無事は確認できた。でも「ズィーベンは・・?」どこにも居ない。
キョロキョロ見回すけど、やっぱりどこにも・・・「オーディンとズィーベンが融合している」ってシグナムがそんな事を言ってきたから「え゛っ!?」よくマイスターの姿を見てみる。あ、そう言えばマイスターの目の色が蒼に統一されてるっ。

「融合騎との融合を果たしているにもかかわらず、あれだけ外見変化が無いとは・・・」

『ちょっとズィーベン! なんであたしのマイスターと融合してるのっ!?』

『わ、わたしが言ったんじゃないもんね・・・この人が融合しようって言ったんだもんね・・・』

な、ななななな、マイスターが、ズィーベンに融合しようって・・・言った・・・? へ、へぇ~・・・ベ、別に羨ましくないよ。今は緊急事態だから、この一回だけに違いないもん。だから気になんないし。

『でも、アギトお姉ちゃん。この人、すごいね。わたしを完璧に制御してる』

ズィーベンから満足そうな思念通話が・・・。ギリギリッ。つい歯ぎしり。単独戦力は強いけど、融合能力はあたしたち融合騎姉妹の中で最悪だったズィーベン。その原因が、イリュリア人大っ嫌いだったって事はさっき知った。けどその強さからしてあたしよりはマシな扱いをされてた。

『すまないな、アギト。離れているよりこうして融合していた方が守り易いんだ』

『あ、うん、だいじょぶ。ズィーベンを守ってあげてマイスター』

『ああ。あとは任せろ』

――第二波装填(セカンドバレル・セット)――

マイスターはまた、すごい数の魔力槍を展開して、「ジャッジメント!」って降り注がせる。そしてゼフォンも「温いっつってんだろっ」ってさっきのように岩の尖塔とか岩壁で迎撃・防御。お互いに決定打が通らない。

「其は遥かなる天上に在りし楽園へと至る光の路を守護せし者」

マイスターが歌うように呪文を紡ぎだした。それに、初めて見た。マイスターの魔導の魔法陣。マイスターの足元に展開されてる魔法陣は十字架で、その四方から剣が伸びて、それを囲うように三つの円っていう形。シグナムが「見た事のない陣だな」って呟く。マイスターが呪文を詠唱している最中でも、周囲に魔力槍が展開されていって、ゼフォンに降り注いでいく。

「守護を務めし其の者の九界見通す眼。故に汝よ、其の者より逃れうると思うなかれ」

ゼフォンを中心として半径50mほどの蒼い光の環が展開される。それはまるで、ゼフォンを包囲して、周りに被害を出さないようにするための線引きのようだった。

『ちょっ、すご、えっ、なにこれっ!? 解らないっ、こんなに複雑で難しい術式見たことないっ、補助が一切できないっ!』

ズィーベンから、すごく焦っているような戸惑っているような思念通話が届く。融合騎の務めとして、ロードの魔導発動の補助っていうのがある。いくら難しくてもそれが出来ないなら融合騎としては失格。でも、マイスターはベルカの騎士じゃない。異世界の魔導師だから・・・。
だからこそあたしにもズィーベンの気持ちは良く解る。あたしだって初めてマイスターと融合を果たして補助をしようとした時、何一つとして手伝えなかった。あまりに複雑すぎて、全然理解できない術式。だから、しょうがないよズィーベン。

「番人を務めし其の者が有せし終焉を告げる角笛。故に汝よ、其の者の奏でし終焉の報を恐れよ」

呪文がそこまで完成されてまた変化が起きた。環の内側だけに蒼い魔力球が数える事も出来ない程に現れた。空から見れば蒼い光の絨毯みたいで綺麗。でも圧倒的な威力を誇る攻撃だっていうのが真実の姿。ゼフォンが「なんだよコレ! くそっ、壊しても壊しても現れるじゃんかよッ!」って岩の剣で魔力球を壊すけど、壊すごとに別の魔力球が生まれてく。

「守神の角笛より生まれし滅音よ、賢神の杖より発せし破光よ、天に響き渡り煌き閃け、地に満ち流れ猛り奔れ」

マイスターがスッと左腕を上げると、マイスターの足元に展開されてる魔法陣と同じものが空に幾つも展開されて、それを繋ぐように環が出来て、一つの巨大な魔法陣になった。

守神の終笛(コード・ヘイムダル)!!」

――カリブルヌス・フェイルノート――

マイスターが術式名を告げた同時、あの大きな砲撃が来た。最初は、魔力砲を反射するための鏡の砲弾。マイスターに直撃する軌道で飛んできた。するとマイスターは「邪魔をするなッ!!」って怒鳴って、「ジャッジメント!」指を鳴らした。
すると空の巨大な魔法陣からいくつもの砲撃が地上に向かって降り注いでいく。迫って来ていた鏡の砲弾を砲撃の1つが粉砕、そのまま他の砲撃と一緒に地面に着弾した。あたしは、そしてシグナムも、マイスターの本当の凄さを垣間見る事になった。
砲撃の着弾と同時に生まれた爆発が、地上を埋め尽くしている魔力球絨毯を誘爆させていった。誘爆した魔力球は空を貫くほどの光の柱になって、空と地上、そしてその間の領域を蹂躙してく。

「なんだこれは・・・!? これが本当に一個人で発動できる魔導なのか・・・!?」

さすがのシグナムが戦慄してる。ゼフォンも、こんな大魔法を防ぎきる事なんて出来ないはず。なにせこの魔導、この前、マイスターが戦船を沈めるために使ってた魔導以上に強力だもん。やっぱりあたしのマイスターは最強だ♪

――カリブルヌス――

そんな時に遅れて来た巨大な魔力砲が空を照らした。

「いかんっ。拡散して威力が減衰していない砲撃は防ぎきれるものではないっ!」

マイスターが吸収したり防いだり出来るのは、反射して威力が分散している状態での砲撃だ。拡散する前の砲撃を防ぐのは、たぶんマイスターでも無理。砲撃は一直線にマイスターへと突き進んで行って、避ける素振りも防ぐ素振りも見せないマイスターを呑み込もうとした。

「オーディン!」『マイスターッ!!』

それでもマイスターは落ち着き払っていて「我が手に携えしは確かなる幻想」って詠唱。空に向かって伸ばしていた左腕を降ろして、迫って来てる砲撃へ向けて左手の平を翳す。

――クレプスクルム・ポルタ――

マイスターの左手の前面に、砲撃以上に大きな縦長の光の門が現れて、音を立てながら開いてく。そして砲撃は門に吸い込まれていって消えた。門が消えて、マイスターは「なるほど。融合状態なら多少の無理が出来るんだな」って思案顔で頷いた。ズィーベンが『頭がグルグル回るぅ~。でも、すごく気持ち良い~♪』って楽しそうに言う。胸の奥がズキッて痛くなった。決定的だったのは、ズィーベンのこの一言だった。

『ねぇ魔神。わたしのロードになってよ。あなたとなら絶対上手くいく。イリュリアを倒せるって思うのね』

『ズィーベン! あたしのマイスターを取らないで!!』

あたしは堪らずそう叫んでた。


 
 

 
後書き
おはようございます、こんにちは、こんばんは。
暁~投稿小説サイト~様で、にじファンで投稿できなかった今話をようやく投稿できました。
よろしければこれからも応援してくださるとうれしいです。 

 

Myth14信念に集う新たな家族・氷結の融合騎士 ~EiliE~

†††Sideシャマル†††

ザフィーラの治療を終えて、私はひたすら現実で起きた光景に唖然としていた。かなり離れた地点で放たれた圧倒的な魔導。オーディンさんの魔力光である、魅了されるほどに綺麗な蒼。空から無数の蒼の砲撃が降り注いだかと思えば、今度は地上から空に向けて光の柱がそびえ立った。
地上に展開されている環の中にそびえ立つ砲撃の柱は、あろうことか消える事なく滑るように環内を移動していく。オーディンさんがきっと“エグリゴリ”を相手に使ったんだと思うのだけど・・・「すごすぎるわ・・・」心底脱帽。

「・・・・ああ、我らが主はお強い。我らは計り損ねいたようだ、我らが主の実力の程を」

「ザフィーラっ? 良かった、気が付いたのねっ」

ザフィーラは目を開けて、焦点のあった目でオーディンさんが居るであろうその地を見詰めていた。ザフィーラは「世話を掛けた」って一言謝って起き上がろうとするのだけど、私は「まだダメよっ」って制する。
なんとか傷は完治できたけれど、それでも死にかけた事には変わりないわ。魔力だって身体維持の為に限界まで消費している。そんな状態で戦闘行動を取るなんて自滅行為もいいところ。守護騎士・治癒担当の湖の騎士として、そして医者として必死で止めさせてもらう。

「ザフィーラ。お願いだから言う事を聴いて。オーディンさんの力になるために、今は大人しく休んで」

オーディンさんの名前を出すと、ザフィーラは「仕方あるまい」って折れてくれた。そこに「ザフィーラ!」ヴィータちゃんがすごい勢いで飛んできた。ヴィータちゃんは、私とザフィーラを護衛するために近場でイリュリア騎士を倒してくれていた。だから少し騎士甲冑を汚しているヴィータちゃん。ザフィーラに駆け寄って「ザフィーラ、目を覚ましたんだなっ」そう嬉しそうに笑った。

「すまんな。迷惑を掛けた。我なら問題はない。しかし戦闘には参加できないが」

「んなの気にすんなよな。奴ら、もうほとんど撤退してるしな。ま、奴らの頭がシグナムとアギトに負けちまったし、当然の行動だけどさ。それに、オーディンのアノふざけた魔導を見りゃ誰だって退くっつうの」

「ホントね。信号弾だわ」

イリュリア側の空に撤退を指示する信号弾が上がって、遅れてこちらからも終戦の信号弾が上がる。ヴィータちゃんが“グラーフアイゼン”を肩に担いで呆れを含んだ苦笑いを浮かべた。私も釣られてまた微苦笑していると、「お前たち」シュリエルがフワリと私たちの側に降り立った。

「ザフィーラはもう大丈夫のようだな。お前の無事を確認できればいい。お前たちはこのまま待っていてくれ。私はオーディンとシグナムのところへ向かう」

それだけ告げたシュリエルが背中の翼を羽ばたかせて踵を返して飛び上がると、「あ、おいっ、あたしも一緒に行く!」ヴィータちゃんも続いて空に上がった。私とザフィーラは2人がそのまま空を翔けていくのを見守り、「シャマル先生! ザフィーラさんっ!」私は国境防衛騎士団の皆さんに小さく手を振った。

†††Sideシャマル⇒????†††

魔神オーディン。わたしを造ったイリュリアが恐れる人間。アギトお姉ちゃんがイリュリアを裏切る要因になった人間。排除するように命令を受けて、でもわたしは無視して利用しようとした人間。そんな魔神と、わたしはいま融合している。裏切り者として廃棄処分が決定したわたしを護るために。アギトお姉ちゃんも魔神もお人好しだ。だけど、わたしは今、魔神との融合を心地よく思っちゃってる。だからわたしは魔神に、わたしのロードになってくれるように頼んだ時、

『ズィーベン! あたしのマイスターを取らないで!!』

アギトお姉ちゃんが止めてきた。おかしいよね。だって魔神はアギトお姉ちゃんのマイスターであってロードじゃない。だったら何も問題ないよね。だから『アギトお姉ちゃんにはもうロードが居るよね』って返す。

『そ、それはそうだけど・・・! でも――』

――空衝岩槍穿(シュレッケン・シュペーア)――

ゼフォンの攻撃が土煙の中からわたしと魔神、アギトお姉ちゃんとそのロードへと放たれてきた。魔神は回避行動を取って「チッ。まだ壊れていなかったか」不機嫌な声色でそう漏らした。魔神はどうやら“エグリゴリ”と因縁があるみたいだね。複製品がどうのとか言っているから、イリュリア技術部に“エグリゴリ”の事を教えた誰かと魔神は敵同士・・・なのかな?

「ふざけんじゃねぇぞ!!」

魔神の魔導が巻き起こした土埃が晴れて、そう怒鳴ってるゼフォンの姿を視認できるようになった。損所は軽微だね。でもひどく服が土や泥で汚れてる。たぶんだけど、ゼフォンは地中に潜ってやり過ごしたんだね。

『ズィーベン。少し無茶をする』

『ほえ? あ、うん』

また頭の中に流れ込んでくる魔神の魔導の術式。さっぱり理解できない。でもなんとか理解しようと試みた時、いきなり視界がシャットアウトされて、気が付けば融合が解除されてわたしは外に居た。あまりの突然さに「え?」辺りをキョロキョロ見回していると、魔神が「呆けるのは後だ!」ってわたしを後ろから抱きかかえてきた。

――破岩砲弾(コメート・フェルス)――

(状況を再確認。わたしを破壊しに来たゼフォンによる魔導攻撃が接近中)

複数の岩塊がわたしと魔神に放たれていて、魔神がわたしを護るために胸に抱いて逃げてる。うん、こんな気持ち初めて。初めて、誰かの為に融合騎としての自分を使いたい、そう思える。そうなんだね。この気持ちが、アギトお姉ちゃんにイリュリアを裏切らせたものなんだね。
魔神の胸とトントン叩いて「魔神。その、わたし、頑張るからね」って告げる。すると魔神は「いいよ。気負わなくて」小さく笑った後に「ふえっ・・・!?」空いてる手でわたしの頭を撫でた。「少し荒っぽくなるぞ・・・!」ものすごい速さで次々と飛んで来る岩塊を回避する魔神。これは・・・ちょっと目が回るかもね、うん。

「ねえ、魔神。もう一度、わたしと融合して。今度は、最後まで・・・」

「・・・いいのか?」

「もう決めたの。わたし、魔神をロードにするって。だからね・・・!」

「・・・ありがとう、ズィーベン。もう少しだけ力を借りるぞ」

わたしと魔神はまた融合を果たす。するとまた『あ゛あ゛っ! またマイスターと融合してるぅぅっ!』アギトお姉ちゃんからうるさい思念通話。わたしが応じる前に『すまないな、アギト。今だけは許してくれ』魔神がアギトお姉ちゃんにそう言うと、アギトお姉ちゃんもマイスターにお願いされて『うぅ~・・うん』許してくれた。そんな時、「はあっ!? 撤退っ?」ゼフォンの大声が聞こえてきた。

「撤退指示? 誰が逃がすものかッ!!『シグナム。一気に決めたい。連撃、行けるか?』」

『もちろんです。いつでもどうぞ!』

直後、魔神とシグナムっていうアギトお姉ちゃんのロードが同時にゼフォンへ向かって急降下。ゼフォンをここで斃せたらわたしは壊されないで済んで、そして魔神の融合騎になる事が出来る。

(そんな未来を望んでいいよね・・・ドライお姉ちゃん)

†††Sideズィーベン⇒オーディン†††

“エヴェストルム”を起動し、二刀一対のツヴィリンゲン・シュベーアトフォルムへ変形させる。視界に映るゼフォンは歯噛みし、「クソがっ!」と撤退指示に対して不満爆発と言った風だ。それでいい。その方がこちらとして好都合。消滅しない程度に破壊して、ガーデンベルグ達の話を聴かせてもらおう。
返答によっては、もうベルカから離れなくてはならなくなるかもしれない。ここまで関わっておいて、今さら私用があるから抜けさせてもらいます、なんて都合の良い事を言いたくないが。それに、「エリーゼ・・・」彼女から向けられている好意にも決着をつけておかないとダメ・・・だよな。

「俺っちは・・・堕天使としてのエグリゴリを貫かせてもらうっつうのっ!!」

――岩衝鉄破(フェルゼン・ベルク)――

ゼフォンの頭上前後から挟撃するように降下した私とシグナムに向けて、岩石の剣山が突き出してくる。防御や迎撃で動きを少しでも鈍らされると、追撃で墜とされる可能性があるため回避行動を取る。シグナムも同じ考えで、剣山を回避を終えた。そして、

「いくぞッ、シグナム、アギトっ!」

「はいっ、オーディン!」『うんっ、マイスターっ!』

――集い纏え(コード)汝の火炎槍(フロガゼルエル)――

――破り開け(コード)汝の破紋(メファシエル)――

――紫電一閃――

“エヴェストルム”二剣に火炎と障壁破壊の術式フロガゼルエルとメファシエルを付加し、シグナムの火炎を纏った“レヴァンティン”や鞘にもメファシエルを付加。“エヴェストルム”機能試験で編み出した、火炎の剣騎士シグナムとの連携技の準備はこれで終わり。ゼフォン。貴様の装甲と障壁はどれだけのものかは判らないが、確実に潰してみせる。

――守護岩隆壁(マオアー・シルト)――

ゼフォンの背後に降り立つと同時。奴を前後から挟撃する位置取りの私とシグナムの前に岩壁が現れた。私は後方。火炎を纏っている右の“エヴェストルム”を斜めに振り下ろす。シグナムはゼフォンの前方で障壁破壊を付加された鞘を斜めに斬り上げる。

「「『紫電・・・!』」」

ゼフォンの盾となっている岩壁を“エヴェストルム”は寸断し、シグナムの鞘は打ち砕いた。

「「『十字閃!!』」」

間髪入れずに私はもう片方の火炎纏う“エヴェストルム”を横薙ぎに一閃。シグナムはアギトの炎熱加速によって火力が増大している紫電一閃を振り下ろし一閃。前後からの火炎斬撃による挟撃。それがシグナムとの連携技の一つ、紫電十字閃。
ゼフォンは岩壁以外にも魔力障壁を纏っていたが、障壁破壊のメファシエルが付加された“エヴェストルム”と“レヴァンティン”の前では意味がなかった。ゼフォンは胸と背中共に火炎斬撃を受け、力なく地面に倒れ伏した。

「フン。神秘の無い単純な魔力量だけの魔力障壁。所詮は複製品だな、ゼフォン」

ゼフォンの魔力に神秘も有れば、中級のメファシエルで突破するのは難しかっただろうが、奴の攻撃に付加されている魔力からは神秘は感じえなかった。しかしミュール・エグリゴリの攻撃に使われた魔力には神秘が内包されていた。試作機だからか? まぁどちらでも構わないか。どうせこの場で完全破壊するのだから。

「・・・トドメを刺す前に答えてもらおうか。なぜガーデンベルグ達はイリュリアにお前やミュールのようなエグリゴリの複製品を造らせた?」

「うぐ・・・こんなはずじゃ・・・俺っちは・・土石系最きょ・・・機体・・・」

這ってでも私たちから逃れようとするゼフォンにそう訊くが、奴はうわ言のように自分が土石系最強という設定を繰り返すのみ。愚か、そして哀れ。両手に持つ“エヴェストルム”の柄頭を連結させてニュートラルのランツェフォルムへ戻し、ゼフォンの眼前に突き立てる。

「逃がさん、と言ったはずだ。もう一度訊く。答えろ、ゼフォン・エグリゴ――」

「うっせぇよッ!! 魔力核から魔力炉(システム)へ移行開始。80・・90・・100%。堕天使形態・・・顕現ッ!」

――高貴なる堕天翼(エラトマ・エギエネス)――

ゼフォンの背中から、孔雀の尾羽のような翼が放射状に20枚と展開された。リアンシェルト達が使うモノと同じ。確か術式名はエラトマ・エギエネス、だったか。それに、さっきまでは感じられなかった神秘がゼフォンの放つ魔力に内包されたのが判った。ノイズが奔っているゼフォンの目が向いている先。そこには私ではなく顔を青くしているシグナムが。

「っ! 逃げろっシグナ――」

――破岩砲弾(コメート・フェルス)――

神秘が内包された魔力を纏った岩塊が一直線にシグナムへ向かう。シグナムも今のゼフォンの様子がおかしい事くらいは理解しているようで、防御に回る事なく回避行動を取った。
直撃するギリギリだったが無事に空へと上がったシグナムに『そのまま離れているんだ!』そう念話を送り、「ゼフォォォォーーーーンッ!!」突撃。“エヴェストルム”は待機モードに戻してある。魔術を付加しようとも神器ではないデバイスの耐久力に問題があるからだ。そう思えてしまうほどに今のゼフォンを覆う魔力障壁は堅牢だった。

――知らしめよ(コード)汝の力(ゼルエル)――

魔術効果や身体を強化するノーマルのゼルエルを発動し、肉体を限界にまで強化。ゼフォンに肉薄し「おぉぉらぁぁああッ!」左ストレートを鳩尾に叩き込むが、奴はニヤリと口端を歪め余裕を見せつけてくる。だがな、笑っている場合じゃないだろゼフォン。お前・・・「顔にヒビが入ってるぞ」指摘してやる。しかしそれでもゼフォンは「hahahahaha」と笑うだけ。あぁこれはダメだ、狂ってる。

「貴様でダメなら直接イリュリアの連中に訊いてやるまでだッ!!」

そのままゼフォンを殴り飛ばして浮かせ、跳び回し蹴りでさらに打ち上げる。その間でもゼフォンは笑う事を止めず、私に成されるがまま。気味が悪いが好機である事に変わりない。高々と空に吹っ飛ぶゼフォンに左手の平を翳し、

「これで終わりだ」

――女神の陽光(コード・ソール)――

上級の火炎砲撃ソールを放射。着弾する直前で、

――護り給え(コード)汝の万盾(ケムエル)――

無数の小さな円盾を組み合わせる事で球体状の檻としたケムエルを発動。ゼフォンとソールをケムエルで閉じ込め、「朽ち果てろ」言い放ったと同時に・・・着弾。ケムエル内が爆炎で満ち、最終的にケムエルはソールの火力に耐えきれずに粉砕された。
空に咲く爆炎と黒煙の花。あますことなくソールの火力を叩きつけてやった。が、「装甲が随分と強化されたんだな」嘆息する羽目に。黒煙を引いて落下してきたゼフォンはほぼ無傷であることが見て取れた。ズンと着地したゼフォンは俯き加減で項垂れていたが・・・・

「俺っちは、土石系最強のゼフォン・エグリゴリだぁぁああああああッ!!」

ゼフォンは正常に戻ったようだ。私を睨みつけた双眸にはノイズは奔ってなく、しっかりと意志が宿っている。

――岩衝鉄破(フェルゼン・ベルク)――

周囲から岩石の剣山が突き出してきた。回避のために空へと上がる。どれだけ強力な土石系術師だろうが、空へと上がれば攻撃手段は減る。何せ土や岩や砂で構成されている地面が攻防に必要だ。だから土石系は陸戦に於いては最強と言っても過言じゃないが、空戦にはめっぽう弱い。しかしゼフォンは何を思ったのか孔雀の尾羽のような翼――エラトマ・エギエネスを翻して追翔してきた。土石系を扱う奴が、わざわざ空戦最強と謳われた私を相手に何が出来る?

「馬鹿が! 地面から離れた土石系術師がどれだけ無様に終わりを迎えるか知れッ!」

――弓神の狩猟(コード・ウル)――

魔力弓を具現し、『ズィーベン。アギトの炎熱付加のような術式できるか?』私の内に居るズィーベンに訊く。ズィーベンの『出来るよ。今する?』という返しに『もちろん今』即答すると、『難しいけど、やる、やらせてくださいっ』逆にお願いされた。アギトより相性の良いズィーベン。アギトには本当に悪いが、これからも度々融合してもらおうかな、なんて。

『魔神、行くよっ』

――氷結圏――

弓に番えた魔力矢(ウル)にズィーベンの氷結付加が施された。正直ズィーベンの性能に驚いた。ここまで完璧に私の魔術に氷結効果を付加できるとは。そんな予想以上の働きを見せてくれたズィーベンに『ありがとう』と礼を告げ、彼女によって付加された冷気を纏うウルを放つ。
槍の如き長さを持つウルは真っ直ぐに空を翔け、ゼフォンとの距離約200m程で無数の光線と化し、奴を全方位から襲撃する。ゼフォンは流れるような動きでウルを回避し続けるが、次第に包囲が狭まっていく事を察し、

――空衝岩槍穿(シュレッケン・シュペーア)――

地面より勢いよく突き出してきた岩石の塔で防御するという手段を取った。それでもウルは岩の塔を避けるようにゼフォンへと殺到しようとするが、それを拒むように連続で岩の塔を突き出させる。ゼフォンの周囲を囲うように岩の塔は並び、ウルは全弾潰された。だが、それは悪手だぞ。
私は一気に高度を上げ、ゼフォンを囲う岩の塔の真上へ移動。ゼフォンがこちらを見上げて、目を見開いた。ああそうだ。逃げ場は無いぞ、ゼフォン。自ら逃げ場を潰したその愚行。死んで後悔しろ。もう一度魔力弓を具現し、『氷結圏!』ズィーベンの氷結効果がウルに付加された。

「今度こそ終わりだ」

――弓神の狩猟(コード・ウル)・ver.Gestober――

ウルを放つ。もはや絨毯爆撃となっているウルに対し、ゼフォンはどんな方法で防御ないし回避を取るか。回避はまず無理だろう。防御は、方法は1つある。ゼフォンがそれを扱えるかどうかだが。ゼフォンは降り注いで来るウルをキッと睨みつけ続け、防御を取らずに直撃を受け続けた。杞憂だったか。自分を囲っている岩の塔を利用して、内側の岩壁から防御の岩柱を生やせば防御できただろうに。

『ねえねえ魔神っ。わたし、役に立ってる?』

『ああ、十分すぎるほどにな』

『やったね❤』

嬉しそうなズィーベンを私は微笑ましく思う。そんな時に岩の塔が全て音を立てて崩れていく。ゼフォンは脱出できたとは思えない。生き埋めになったか、それともウルによってすでに粉々になったか。どちらにしても無傷じゃないだろうな。しばらく様子を窺っていたが、一向にゼフォンは姿を現さない。ここでズィーベンとの融合が強制解除。「プハッ、疲れたう~・・・」フラフラ飛ぶズィーベンを手の平に乗せ「お疲れ様」と労う。

「マイスターっ!」

「「「オーディンっ」」」

「アギト、シグナム。それにヴィータとシュリエルも・・・!」

私の元に集まるアギト達。ヴィータの騎士甲冑はボロボロだが、酷い怪我は負っていないな。シュリエルはほぼ無傷。さすがとしか言いようが無い。そのシュリエルからザフィーラの無事を聴き、ひとまず安堵。そしてシャマルに最大の感謝と敬意を。さすがだよ、湖の騎士。

「ズィーベン・・・」

「アギトお姉ちゃん・・・?」

融合騎姉妹の六女アギトと七女ズィーベンが真っ向から向かい合う。ズィーベンが「アギトお姉ちゃん。わたし、魔神と一緒に戦いたい、これからも」とハッキリと意志表示。ヴィータとシュリエルは目を見開いて驚愕。シグナムは考え込んでいるような格好で無言。で、アギトは「マイスター。ズィーベン、マイスターの力になれる?」そう不安そうに訊いてきた。
アギトの前に手の平を差し出す。アギトがちょこんと手の平の上に座ったのを見て、「ズィーベンは確かに私の力になるよ」と率直に告げる。アギトの頭を撫ででつつ「みんな。ズィーベンをグラオベン・オルデンに迎え入れたい。良いだろうか?」と尋ねる。

「私は構いません。ズィーベンがオーディンの補助が出来ているのは確かですし」

「あたしもまぁ良いと思うな。ほんのちょっとしか見れてなかったけど、ソイツがオーディンの魔導に干渉して氷結付加してたろ。あれを見れば十分な戦力だって思えるぜ」

「そうだな。融合騎は単独戦力としても十分だ。オーディンの融合騎となれば、それこそ重要な存在となるだろう」

シグナムとヴィータとシュリエルは、ズィーベンを家族に招き入れることに肯定的だ。シャマルとザフィーラにも訊いてみたかったが、仕方ないが事後承諾になりそうだ。おそらくザフィーラは文句を言わず、私の決定に従うだろうな。そしてシャマルは、

(妹分が増えてまた喜びそうだ)

ズィーベンを愛おしく抱きしめまくる画が浮かび上がってくる。そしてアギト。アギトは深く考える素振りを見せた後、「一緒に戦おう、ズィーベン」そう右手をズィーベンに差し出した。ズィーベンはアギトの右手を見詰め、シグナム達を順繰りに見回した後、私に振り向いて「えっと・・・」と不安げに見てきた。さっきから私の融合騎になると言っていた割には迷いがあるんだな。その迷いを払拭するべく「ようこそ、ズィーベン。グラオベン・オルデンへ」と微笑みかけた。

「マイスターの融合騎を務めるんだったら失敗は許されないからな、ズィーベン」

アギトは自らズィーベンの手を取って握手。

「む。今のわたしは、ゲルトの融合騎の時とは違うもんね」

アギトの手をギュッと握りしめ、ズィーベンはニッの笑い、アギトもニッと笑い返す。

「まだまだぁぁぁあああああああああッ!!」

そんな叫びと共にココアブラウンの魔力が立ち上り、瓦礫を空へと舞い上がらせた。瓦礫の山だったその中心にゼフォンは居た。右腕を失い、ところどころから火花を散らしているボロボロな姿で。
エラトマ・エギエネスも半分以上が散っていて、見るも無残としか言いようがない。と言うか火花を散らすって完全に機械だな。それでよく魔術を扱え・・・・あぁそうか。“ヴァルキリー”ではなく“アムティス”に近いんだな、イリュリア製の“エグリゴリ”は。

「魔神っ。もう一度わたしと――」

「ちょっとズィーベンっ。さっきからマイスターの事を魔神魔神って。そんなイリュリアが付けた名前で呼ばないでよっ!」

「そうだな。オーディン、と気軽に呼んでくれていいぞ」

「ん~~・・・じゃあアギトお姉ちゃんとおなじマイスターって呼ぶね。それじゃあマイスター♪」

「ああっ。みんなは離れていてくれ」

ズィーベンと3度目の融合を果たし、こちらを見上げているゼフォンを見下ろす。もはや融合せずとも勝てる戦いにも見えるが、“エグリゴリ”を相手に油断するのは、な。それにゼフォンはイリュリア製の“エグリゴリ”。もしかすると同じイリュリア製のミュールが参戦してくる可能性がある。そうなると少しキツイ。ならばミュールが現れる前に決めるっ!

「ズィーベン!」

――舞い振るは(コード)汝の麗雪(シャルギエル)――

『うんっ! 氷結圏、行くねっ!』

一振りの氷の長槍を携える。ズィーベンによって強化されたシャルギエルを、「行けッ!」ゼフォンへ向かって投擲。

――岩衝鉄破(フェルゼン・ベルク)――

ゼフォンは迎撃の為に周囲から岩石の剣山を発生させた。シャルギエルが剣山に着弾。一瞬で凍結させる。シャルギエルを両手に携え、右を投擲。凍った剣山を粉砕し、ゼフォンの足元に着弾。地面とゼフォンの両脚を凍結させていく。
なんだ。もうまともに動く事も出来ていないじゃないか。「ならば・・・!」次いで左のシャルギエルを投擲。ガクッと膝をついたゼフォンへと一直線に向かうシャルギエルを見送っていた。が、

「わ~たし~のう~たを~聴~~いてくださ~~い~~~~♪」

――砕音破ただ狂おしく(クヴァール・ゲロイシュ)――

「ピアチェーヴォレ☆ ボエぇぇ~~~ホゲぇぇ~~~ラ~~ラ~~ラララ~~~~♪」

そんな歌声と共に、途轍もない超音波が私たちを襲った。シグナム達が苦悶に満ちた悲鳴を上げながら地面へと墜落していく。そして私の内側に居るズィーベンも『頭が割れる・・!』と苦悶の声を漏らしている。

(くそ。無属性・音波系の“エグリゴリ”か・・・!)

随分と器用に再現できたなイリュリアの技術部も。耳を押さえつつ空のある一点を睨みつける。

「ミュール・エグリゴリ!!」

「久しぶり、神器王のお兄ちゃん♪」

超音波が切れたと同時にミュールがその姿を現した。ベルカに訪れた時と変わらぬ12~13歳ほどのあどけない少女だ。藍紫色のセミロングの髪は少しウェーブが掛かり、柔和な双眸は赤紫色。あの時との唯一の違いは、子供に似つかわしくなかった水色のイブニングドレスではなく、年相応のワンピース姿。

「ごめんねお兄ちゃん。本当はお兄ちゃんとお遊びしたかったけど、今回は弟の回収が最優先なの」

「弟・・・ゼフォンか・・・!」

ミュールの魔術によって、シャルギエルはゼフォンに届く前に粉砕された。だからゼフォンを倒せず、奴は「ミュール・・・」と私たち――というよりミュールを見上げている。ミュールは「ゼフォン。命令無視。お姉ちゃんは怒ってます」頬をプクッと膨らませてゼフォンを叱咤。

「ほら、撤退だよゼフォン。そんなボロボロになって。おじさん達もプンプンだよ」

「待て、ミュール! お前なら知っているんだろ!? ガーデンベルグ達は、なぜお前たちのような複製品を――」

「それは、秘密なのですお兄ちゃん。でも、これだけは言える」

ミュールはオレンジ色の魔力でエレキギターのようなモノを創り出し、「盛り上がっていきましょ~~❤」魔力の弦を物凄い指捌きで掻き鳴らす。

――輝きたる音軍(ルスティヒ・マルシュ)――

魔力ギターより閃光系と思われる魔力で形作られたト音記号、八分音符、全音符、シャープ、フラット、ナチュラルと言った音符が放射状に放たれて、それらが一斉に私に向かってきた。1つ1つがSSランクはある。受けに回れば障壁ごと魔力を削られて、撃墜される可能性大。ならば、

――瞬神の飛翔(コード・ヘルモーズ)――

空戦形態となって全力回避。だがその間に「しまった!」ゼフォンを取り逃してしまった。ゼフォンは地面に潜り、戦場から離脱してしまっていた。だったらミュールだけでも。

「フォルテっ、フォルティッシモっ、フォルティッシッシモっ♪ で・も、ジェンティーレも忘れずに~~♪」

音符の数が半端じゃない。弦一本弾くだけで数十個の音符が生み出されている。ミュールのギターは一般的な六弦。1回流すだけで70以上の音符が発生、私へと突撃してくる。連続で六弦を掻き鳴らすために、ほんの数秒で4ケタ近い音符が生まれる。厄介だな。

「わたし達エグリゴリは、お兄ちゃんを殺すために動いてるって事♪」

まぁ速度はさほど速くないため追いつかれる事は無いのが救いか。魔力弓を具現させ、魔力矢ウルを番える。

「でも、今日は残念。遊んでいられないの♪」

――弓神の狩猟(コード・ウル)――

使用できる魔力量最大のSSSクラス魔力で創ったウルを放つ。無数の光線となったウルは音符の群れへ突撃し、正確に貫いて爆砕。爆発が連鎖して、周囲の音符を巻き込んで数を次々と減らしていく。空に私のサファイアブルーとミュールのオレンジの魔力光の花が無数に咲き乱れる。
ミュールの「ご清聴あ~りがとぉ~~~~ですっ♪」そんな声が聞こえ、魔力反応と共に気配が遠ざかっていく。やってしまった。軽率な真似をしてしまった。爆散している魔力光が邪魔で、ミュールの正確な位置が判らない。手を拱いている間にミュールは完全に離脱したようで、戦場のどこにもあの子の魔力反応は無い。

「・・・ズィーベン。ありがとう、おかげで何とかなったよ」

「『こちらこそありがとう。ゼフォンに壊されずに済んだ・・・』本当にありがとうです」

融合状態を解き、私の目の前に現れたズィーベンは疲労に満ちた顔で、それでも笑みを見せてそう礼を告げた。差し出した右の手の平の上にズィーベンを乗せ、降下して耳を押さえて苦悶の表情を浮かべているアギト達に「大丈夫か?」と尋ねる。
アギトは「なんとか」と、シグナムは「耳鳴りが酷いだけですね」と、ヴィータは「目が回って気持ち悪ぃ・・・」と、シュリエルは「私も問題はありません」と答えてくれたものの、みんなは結構な疲労を見せている。

「すぐに治癒を掛ける。少し待って――」

「だ、ダメだよマイスターっ」

「オーディンだって顔色最悪じゃねぇかよ」

「アギトとヴィータの言う通りです。オーディン。あなたももう限界なはずです」

アギトとヴィータとシグナムにそう言われ、「すまない」と謝ってその場に腰を降ろす。魔力を限界にまで使い果たした。正直2人分のラファエルを使った瞬間に記憶を失うだろうな。というかもう意識が途切れそうだが、かぶりを振ってギリギリ保たせる。少し休みを取り、回復したシグナム達が立ち上がったのを見て、私も続いて立ち上がる。よし。魔力はあまり回復していないが、体力気力だけは問題ないな。

「ミナレットの攻略を今すぐにでも、と思っていたが無理だな。一度アムルへ帰ろう・・・って、うん?」

見ればシュリエルだけはまだ座り込んだまま。「申し訳ありません、未だ回復しきれていません」とばつが悪そうに謝った。どうやらシュリエルはミュールの魔術をまともに受けてしまったようだな。歩けないなら「よっと」シュリエルを横に抱え上げる(俗に言うお姫様抱っこ)と、シュリエルは「ひゃっ?」と可愛らしい悲鳴を小さく上げた。
しまった。一言断ってからやるべきだった。謝ろうとしたら「オーディン。重くないですか?」そう上目遣いで訊いてきた。ちょっと待て。どうしてそんなにしおらしい? と、とりあえず「重くない」そう返す。実際に重くないし。そもそも女性ひとり抱え上げられないようなもやしじゃない。

「いいな~羨ましいな~、シュリエル・・・」

「何が羨ましいのアギトお姉ちゃん・・・?」

アギトから何とも言えない視線が突き刺さって居心地が若干悪いような・・・。話題を逸らそう。シュリエルを横抱きしたまま拠点へと向かう道すがら「ズィーベン」と、アギト達と共に後ろをついて来るズィーベンを呼ぶ。すると「なに? マイスター」背より生える一対の白翼を羽ばたかせて私の前まで飛んできた。

「ズィーベンという名前のままでいいか、それとも私が新しく名前を付けるか、どっちがいい?」

ズィーベン。七番目という意味の名前に縛られてほしくないから、名前を休憩の間に考えさせてもらった
勝手な事だからまず確認を取ってみたんだが、「新しい名前ほしいっ❤」ズィーベンという記号であり名前を捨てる事を、彼女は悩む事なく決めた。

「そうか。じゃあ名前を贈らせてもらうよ。君の新しい名前は、アイリ、だ」

「アイリ・・・? アイリっ♪ うん、ズィーベンよりずっと可愛い❤」

ズィーベ――いや、アイリは満面の笑みを浮かべて、私の周りを飛び回る。アイリ。氷雪に愛された者という意味を込めた名前だ。ベルカ語で、氷を意味するアイス、愛を意味するリーベを合わせただけだが、私の願いと共に贈ったその名を喜んでもらって良かった。
アイリは「アイリ、アイリ、わたしはアイリ♪」そう歌うように私たちの頭上を旋回し続ける。シャマル達と合流するまでの間、アイリは終始ご機嫌で、シュリエルは顔を赤らめたままで、アギトは若干不機嫌だった。

「オーディンさんっ、みんなもっ。無事で良かったわっ♪」

私たちに気が付いたシャマルが手を大きく振って出迎えてくれた。側には顔色が良くなったザフィーラも居る。この目でザフィーラの無事を確認できた事で、心底安堵。労いの声を掛け合ったところで、「ところでオーディンさん。その可愛い女の子はどなた?」とアイリにロックオンしたシャマル。
好奇な視線を向けられたアイリは「アイリっ。わたし、アイリっ♪」またもや御機嫌オーラ全開、満面スマイル、ハート乱舞で自己紹介した。するとシャマルは「可愛いっ♪ グラオベン・オルデン――というよりセインテスト家の末っ子ちゃんねっ」アイリを抱きしめた。

「改めて私から紹介するよ、シャマル、ザフィーラ。この子はアイリ。アギトの妹にあたる氷結の融合騎だ」

「よろしくね。えっと・・・」

「シャマルよ。アイリちゃん」

「主が認めたのなら歓迎しよう。ザフィーラだ」

自己紹介を終えて、今回の戦闘で被った損害を国境防衛騎士団の隊長クラスの騎士たちから被害状況などを確認。
死者は出なかったが、3分の1である300人弱に重軽傷者が出た。死者が出なかった分、イリュリア騎士団よりかはマシだな。それから私たちグラオベン・オルデンは防衛騎士団と別れ、アムルへの帰路に着いたところで「しかし・・・・エグリゴリとは恐ろしい者でした・・・」シグナムがボソッと呟く。

「だな。あとで出て来たミュールって奴も凄かった・・・」

「ゼフォン。ミュール。どちらもエグリゴリだが・・・。オーディン、あなたはあの2体を指して複製品と仰っていましたが・・・」

自力で歩けるまで回復し、私の側を歩くシュリエルが真剣な眼差しを向けて来た。アギト達も、私から“エグリゴリ”について聴きたいようだ。

「ああ。ミュールとゼフォンは私の追っているエグリゴリとは別物だ。ミュール達を造ったのはイリュリアの人間だ。オリジナルのエグリゴリ――いやヴァルキリーは私の遠い祖先が、今は滅んでいる技術で生み出したものだ」

嘘をまた1つ。“堕天使エグリゴリ”の基である“戦天使ヴァルキリー”を生み出したのは私とシェフィだ。

「もしミュール達がオリジナルなら、こう言ってはなんだが敵味方関係なく・・・アギト達も含めて全員殺されていただろう。真っ向から戦えるのは私1人だけ。しかしみんなを護りながらとなると、私とて無事で済まない」

「そ、そんなに強いんですか? オーディンさんの追うエグリゴリは・・!?」

「魔力出力だけで大いに違うな。私が先にゼフォンに対して発動したいくつかの魔道を皆はどう思った?」

「どうって・・・すげぇなって。あんなデタラメな魔力と魔導、人が使うの初めて見たし」

ヴィータを皮切りにシグナム達も同じような感想を言っていく。SSSランクで慄いているみんなに「オリジナルはその魔力以上を出し、私の魔道をその身に受けても平然としていられるんだ」そう告げると、しばらく沈黙。そして信じられないと言った風に失笑。私が表情を硬くしたまま無言で居ると、私の言っていることが真実で事実なんだと察したみんなは俯いた。

「私も今以上の魔力を出す事は出来る。しかしその代償として・・・」

「記憶を失う、という事ですね」

「ああ。だからエグリゴリとの戦闘以外では基本全力は出したくない。すまないな。みんなには辛い戦いに臨ませる事になってしまうかもしれない・・・」

「お気になさらないでください、オーディン。我ら守護騎士ヴォルケンリッターは、あなたの力となるために存在しているのですから」

「そうですよ、オーディンさん。エグリゴリとの戦いでお力になれない事は辛いですけど、それ以外は何の苦じゃありません」

「だからオーディンは、自分のやりたいように戦っていいんだ。あたしらはそれを全力で補助するから」

「微力ではありますが、我もこの拳を主の為に揮いたく思います」

「ええ。あなたの信念に集った我ら。どんな苦難にも立ち向かい、あなたの願う道を拓きましょう」

「ありがとう。私は良い家族を持って幸せだ」

「ちょっ、マイスターっ。あたしもマイスターの為に何だってするよっ」

「アイリはね、今のところイリュリア打倒を優先するね。エグリゴリはそのついで、ということで」

アイリのその一言が原因となり、アムルへ着くまでアギトとアイリが騒ぎっぱなしだった。さて。エリーゼ達にはなんて言ってアイリを紹介しようか。居候の身で次々と家族を増やすのもちょっと考えものか・・・?


 
 

 
後書き
グーテン・モルゲン、グーテン・ターク、グーテン・アーベント。
グラオベン・オルデンに、氷の融合騎・七番騎ズィーベンが加入です。
名前もアイリと変え、オーディン家の家族としてベルカを駆け抜けます。
さて、アイリと言う名前についてですが、本編でも語った通りの由来です。
氷を意味するEis(アイス)、愛を意味するLiebe(リーベ)を合わせてEilie(アイリ)ですね。
 

 

Myth15エリーゼの涙・アムルは燃え朽ちて~No mercY~

†††Sideシャマル†††

私たちグラオベン・オルデンは、全員が魔力も体力も消費してしまった事で一度アムルに戻る事になった。私も負傷者の治療で魔力が空っぽ。ザフィーラは死にかけたし、オーディンさんも“エグリゴリ”(偽物だったようだけど、それでも尋常じゃない強さ)との戦闘で、それ以上の戦闘続行が不可なほど疲労。
アギトちゃんもシグナムもヴィータちゃんもそう。あのシュリエルだって立てないくらいだったもの。そして私たちの新しい家族になった、アギトちゃんの妹に当たる融合騎の七番騎・アイリちゃんも「今さら疲れが・・・」ってフラフラ。

「アイリ、アギト。2人ともお疲れさまだ」

オーディンさんはそう労って2人を自分の肩に座らせた。アギトちゃんはそれだけで幸せそうに破顔して、アイリちゃんは安らげる場所と解ってほんわか。
可愛いわ2人とも。このまま他の融合騎も家族に出来ないかしら。そうしたらもっと楽しい日常を送れるかもしれないのに。そんな夢のような願いを胸に、私はオーディンさんの肩の上で話している2人を眺める。ある程度魔力も回復したことで、空を飛んでアムルへと向かう事になって・・・・

「ん? なんだ? 様子がおかしい・・・!」

オーディンさんの口から焦りの含まれた、私たちにも不安を抱かせる声がぼそりと出た。私たちにはまだアムルは遠くて良く見えないけど、オーディンさんが言うならたぶん本当に異常が起きている。オーディンさんは速度を上げて、私たちも必死に追いかける。そこで判る。オーディンさんの結界が無くなってる。
それだけじゃなくてアムルの中央区から黒煙が上がってる。そこは、私たちの住んでいるエリーゼちゃんの家がある場所。オーディンさんは「エリーゼ!!」と叫んで、さらに速度を上げて私たちを置き去りにした。その衝撃でアギトちゃんとアイリちゃんは「わぁ~~っ!?」オーディンさんの肩から投げ出されて、アギトちゃんはシグナムに、アイリちゃんはシュリエルに受け止められた。

「くそっ、どうなってんだよっ!」

「判らん。だが我々がアムルを空けている間に、別動隊に攻め込まれたと見るべきだ・・・!」

「しかしあれほどの高密度の魔力で創られた主の結界を貫くなど出来るものなのか・・・!?」

「判らない。ただ何者かが結界を破壊した事実だけが、我らの目の前にある・・・!」

「そんな事より急ごう! エリーゼ達が心配だよっ!」

「そうね・・・!」

私たちも速度を上げて続く。どうか誰も亡くなっていませんように。そう心の奥底から願いながら。

†††Sideシャマル⇒エリーゼ†††

燃え上がるアムルの中央区。また・・・また、わたしの宝物(アムル)が壊された。

「っ・・アンナ・・・」

燃え盛るわたし達の屋敷を見ながら泣く事しか出来ない。わたしは、やっぱり何も出来ない無力な小娘だった。ぺたりと座り込んでるわたしは、ターニャに治癒を掛けてるルファを見る。ルファも泣きながら、それでも医者見習いとして頑張ってる。
少し離れたところではモニカが街のみんなに治癒を行ってる。2人は無傷。わたしも無傷。ただ、アイツに向かって行ったターニャや街の何人かが重傷を負ってる。街は壊されちゃったけど、救いは誰も死ななかった事。アイツは、誰も殺さなかった。そう。アイツの狙いは・・・アムルを侵略する事じゃなくて・・・「アンナ・・・!」どこにも居ない親友の名前を呟く。

「エリーゼ!!」

耳に届くわたしの大好きな人の声。バッと空を見上げれば、そこには背中から蒼く光り輝く剣の翼を22枚生やしたオーディンさんが。涙がもっと溢れ出てくる。フラフラ立ち上がって、降り立ったオーディンさんの元に覚束ない足取りで向かう。・・・「オーディンさん」ごめんなさい・・・「オーディンさん」お願い・・・「オーディンさん」助けて・・・「オーディ・・ン、さん・・」アンナを・・・「オーディンさん!」助けて・・・!
わたしは何度もオーディンさんの名前を呼びながら胸にしがみ付く。嗚咽が止まらなくなる。わたしを抱き止めてくれるオーディンさんは「何があったんだ?」って、治癒を終えてきたモニカとルファに尋ねる。

「ぅく・・イリュリアの・・ひぅ・イリュリア最強の騎士が来たんです・・・ひっく・・・」

「はい・・・イリュリア騎士団総長・・グレゴール・・・です・・・ぐす」

「騎士団総長・・・!?・・・エリーゼ、モニカ、ルファ・・・。すまない。私がもっと早く戦いを終わらせて帰っていれば・・・」

わたしの両隣りに来たモニカとルファもオーディンさんは抱きしめた。

「なんだよこれ・・・ひでぇ事しやがる・・!」

「あたし達の家が・・・」

ヴィータとアギト、シグナムさん達も無事に帰って来てくれた。それと、見知らぬ小さな女の子が1人増えてる。アギトと同じ大きさだから、すぐに融合騎の子なんだと理解。オーディンさんがまた味方を増やしたよう。本当ならその子もみんなと一緒に、いつもみたいに笑顔で迎えたかった。
でも・・・もうそれは出来なかった。それも辛かった。美味しいご飯をみんなで食べて、楽しくお喋りして、また明日を迎える。それがもう出来ない。そう思うと止まりかけた涙がまた溢れ出てくる。モニカとルファももう泣きだしちゃった。

「・・・とりあえず消火、だな。我が手に携えしは確かなる幻想・・・!」

わたしとルファの背中に回されていた腕が離れて、屋敷に向かって伸ばされた。屋敷を燃やしている炎がオーディンさんの手の平に吸い込まれていって、一瞬で鎮火。でも屋敷の大半は燃え落ちて、もう住む事が出来そうもない。父様と母様、使用人のみんなとの思い出も、オーディンさん達が来てからの思い出も・・・消えた。

「そう言えば、アンナはどこです・・・?」

シャマルさんのその一言で、わたし達は体を震わす。早く説明しないといけないのに嗚咽が止まらなくて上手く声が出せなかった。けど無理やりにでも押さえ込んで話さないと・・・

「ぅく・・・実は・・・」

◦―◦―◦―◦・・・回想です・・・◦―◦―◦―◦

シグナムさん達がイリュリア騎士団の迎撃に向かって、わたし達はいつものように祈りをしていた。どうかみんなが無事に帰ってきますように、って。祈りを終えて「砲撃・・・止んだね・・・」モニカが窓から空を眺めながら呟いた。わたし達も倣って窓から空を眺める。オーディンさんが張った魔力の結界によって空が桃色で、ちょっと変な感じ。

「アンナも大役を任されちゃったよね。すごく緊張してるんじゃないの?」

「そう? 私は嬉しいわ。魔導はオーディンさんのものだけれど、結界管理は私。アムルを護れているのは私。誇りに思うわ、この役」

モニカにそう言われて、アンナはそう誇らしげに笑みを浮かべながら手に持っている一振りの剣に視線を移す。あの剣が、あの結界を操作するための鍵だってシグナムさんは言っていた。実質アムルを護っているのは確かにアンナかも。
それから少し。何事もなく時間は経っていって、そろそろオーディンさん達が帰ってくる頃かな、と思っていると、ズズンって屋敷が揺れた。

「なに? 今の揺れ・・・?」

「ちょっ、あれっ! 煙が上がって――爆発っ!?」

ルファが慌てて窓の外を指差した。ルファの言う通り街から黒煙が上っていた。事故? ううん、だったら連続で爆発が起きるわけがない。まず間違いなく侵入者がいる。アンナが「これほどの強力な結界を抜けて来る奴なんて、かなりまずい相手だわ!」そう言って駆け出した。わたし達もアンナに続いて屋敷を飛び出して、爆発が起こってる場所を目指そうと中庭を走っていた時、

「ふむ。やはり自らが治める街の危機と知れば、否応なく安全な穴倉より出でるが主の習性か」

堅苦しい口調をした男の声が頭上から降ってきた。わたし達の先頭を走っていたアンナが急に立ち止まりつつ振り返って「屋根の上!?」屋敷の上を見上げた。わたし達も振り返って屋根の上を見上げる。そこには1人のおじさんが居た。
ただ屋根の上に登りたがるだけの頭が少し残念なおじさんならどれだけ良かったか。そして、アムルの住民であればどれだけ良かったか。屋根の上に立つおじさんは、アムルの住民でもなければ頭が残念な人でもない。

「そんな・・・どうしてお前のような奴がここに居る・・・グレゴール!」

「礼儀を弁えぬ娘だ。まぁ、よかろう。敵対者同士、礼も義も必要あるまいて」

アンナがわたし達を庇うように前に躍り出ておじさんを睨みつける。

「イリュリアに牙を剥く愚か者である魔神オーディンの弱点を突きに来たのだ」

おじさん――ううん、イリュリア騎士団総長グレゴールは真っ直ぐにわたしを見る。グレゴール・ベッケンバウアー。最前線で活躍できる騎士の平均年齢50歳を超えてもなお最強と謳われる騎士だ。そんなイリュリアの超大物が、「エリーゼ・フォン・シュテルンベルク卿。一緒に来てもらおう」わたしを狙ってる!

「逃げてエリーッ!!」

アンナのその叫びでハッとして踵を返そうとするけど、足が動かない。恐い。怖い。コワイ。グレゴールが、じゃなくて・・・アンナを失いそうになるのが何よりも怖い。だって相手はイリュリア最強の騎士。アンナだって強いけど、相手が最悪過ぎる。
二の足を踏んでいると、「モニカっ、ルファっ、エリーを連れて逃げてッ!!」アンナは2人にそう告げる。でも2人も動けない。アンナを独りにして、その先がどうなってしまうのか想像に難くないから。

「何やってるのッ、早く逃げ――」

「無理を言うものではない。あの娘たちは、お前の身を案じているのだ。親しき者の危険を目の前にして、そうそう見捨て逃げる事など出来はせん」

何もかもグレゴールの言う通り。アンナが「私はあなた達を護る騎士なのっ! 行きなさいッ」怒鳴ってくるけど・・・。嫌だよ。置いていけないよ。アンナ、殺されちゃうかもしれないのに。もう二度と会えないかもしれないのに・・・。
両拳をギュッと握りしめてグレゴールを睨みつける。すると「良い。小娘にしては鋭い殺気だ」そう言いながら地上に降り立った。グレゴールは体を包んでいたマントを払って、背中にある鞘から一振りの剣を抜き放った。

「再度言おう。エリーゼ・フォン・シュテルンベルク卿。我と共に来てもらおう」

「馬鹿を言わないで。誰がエリーを連れて行っていいなんて許した?」

アンナがレイピア・“アインホルン”を起動して、剣先をグレゴールに突きつけて・・・目にも留まらぬ速さでグレゴールの胸を貫いた。「え?」わたしたち全員からそう漏れる。あまりに呆気なく刺さったアンナの“アインホルン”。
グレゴールの胸が少しずつ血に染まっていく。そしてガクッと膝が折れてそのまま地面に倒れ伏した。アンナは呆けた顔で「やった・・・の?」グレゴールの生死を確かめるためにしゃがもうとして、

「ふむ。瞬速にして華麗な刺突、実に見事だったぞ娘」

「「「「っ!?」」」」

何事もなく立ち上がったグレゴールにわたし達は戦慄。だって確かに刺さったし血も出た。それなのにグレゴールは顔色一つ変えないで、今こうしてわたし達を見詰めている。グレゴールは刺された辺りを弄りながら何度も頷く。それを見てアンナが「逃げて・・・早く・・・!」震えた声でそう言ってきた。そして足元に赤紫色の魔法陣を展開して、“アインホルン”に赤紫色の雷撃を纏わせた。

――カスパール――

「お願いだから早く逃げてッ!」

“アインホルン”を振るう事で生まれた雷撃の魔力弾を8基、グレゴールに向けて放った。グレゴールは動かないで、何をするまでもなく堂々と仁王立ちのまま直撃を受け入れていく。感電しているのは確か。だけどそれでも倒れないし笑みも消さない。全身に鳥肌が立つのが判る。おかしい。刺されても雷撃を受けても倒れないその体もそうだけど、ただ真っ向から受けようと考えるその思考を導き出す頭はもっとおかしい。

「あ、あなた・・ま、まさか・・・痛みに快感を覚える人・・・?」

グレゴールのあまりの異常さにアンナがそう言って後ずさる。するとグレゴールは大笑い。ひとしきり笑った後に「解らんか? お前の魔導程度では倒れん、と教えているだけよ」と告げた。それでやっと思い知る。あれだけの攻撃を受けても平然としている。それはつまりアンナの攻撃は一切通じない。アンナはグレゴールに勝てない。これは解ってた。だけど何一つダメージを与えられないなんてあんまりだよ。

「解ったか? 解ったのなら退け。そしてお前の主であるエリーゼ・フォ・シュテルンベルク卿を差し出せ」

「寝言は寝て言うものよ・・・! ちゃちな攻撃で倒れないなら、直接その心臓と脳髄を貫いて殺してやるッ!!」

――バリサルド――

アンナの雷撃纏う刺突を剣でいなしたグレゴールは「無駄だというのがまだ解らんか? いや、解っていながらか。大した忠義心だ」空いている左手で拳打を放ってきた。アンナも負けじと顔面に迫る拳打をかわして肩から突っ込んだ。グレゴールは少しもよろけない。でも「体内に直接電流を流して、内臓を焼き滅ぼしてやるッ」またグレゴールに“アインホルン”を刺したアンナがそう言った直後、

――バリサルド――

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

グレゴールが絶叫。体内に高出力の電流を流されて、バチバチ周囲に放電しながらもグレゴールはまだ倒れない。それどころか左手を伸ばして「うそでしょ・・ぅぐ」アンナの胸倉を掴み上げた。首が閉まっている所為でアンナは苦しそう。助けに行きたいのに恐怖で足が動かない。
アンナは口端から涎を流しながら「逃げ・・て・・・はや・・」“アインホルン”から手を放して、グレゴールの左手首を鷲掴んで放そうとする。恐怖を振り払って「アンナっ!」駆け寄ろうとしたその時、「うぉぉおおおおおッ!」幾つもの雄叫びが聞こえて来た。街の人たちだ。騎士団の皆さんから譲り受けた武装を手に、グレゴールに突撃して行く。

「良い。実に良い関係を構築しているようだな、アムルの街は。羨ましい限りだ」

グレゴールはそう笑ってアンナを放り投げた。わたしとモニカとルファでなんとか受け止める。げほげほ咽るアンナに「大丈夫アンナっ?」声を掛けると、「何で逃げないの・・・!」責めるような目を向けて来た。
だから「置いていけるわけないよッ!」怒鳴る。モニカも「見殺しになんか出来ないって!」って泣いて、ルファだって「そういうこと」ってアンナにデコピン。少しアンナが放っていた空気が和らいだ気がした。でも「うわぁぁぁああああっ!」悲鳴がわたし達を凍らせる。街のみんなが宙を舞って・・・ドサドサ地面に叩きつけられた。

「加減はした。が、骨折程度の代償は覚悟してくれたまえよ、アムルの民たちよ」

グレゴールは体に刺さってる“アインホルン”や剣に斧を澄まし顔で抜いたと思えばポイポイ放り捨てて、でも“アインホルン”だけはアンナの足元に狙って放った。ザクッと地面に刺さった“アインホルン”を抜いたアンナが「エリー。モニカ、ルファ。お願い。逃げて。でないと絶交よ」そう言って、

「う・・・ああああああああああああああああああああああッ!!」

また突撃して行った。どうすればいいの? 一体どうすればわたし達は全員無事で逃げ伸びられるの・・?
ポンと肩に置かれる手。振り返れば、服飾店シュテルネンリヒトの店主ターニャが居た。いつものニコニコ笑顔じゃなくて、今までに見た事がない真剣な硬い表情。服装も、丈の長い長衣で、両腰までスリットが入ってる。足を上げれば中が見えちゃうし、体にピッタリ張り付くほどだから体型が判る、かなり妖艶な格好。

「私とアンナで押さえる。あなた達はその間に逃げて」

――紅蓮拳――

ターニャはそう言った後、突き出した拳から真っ赤に燃える火炎の砲撃を放った。砲撃が消える前にターニャはもう動いていた。火炎砲の尾を追いかけるように走って、火炎砲を回避する事で生まれたわずかな隙にグレゴールに肉薄。
そして「春光拳・炎螺双砕!」両手の平に渦巻く炎の塊を生み出して、掌底と同時に炎塊をグレゴールにぶつけて爆発を起こさせた。グレゴールはその爆発で吹っ飛んで屋敷の外壁を打ち破って・・・その姿を屋敷内に消した。屋敷の壁が壊れたけど、命があってこそだ。壊れた屋敷は・・・・直せばいいんだ。

「今よっ! 早く今の内に逃げてッ!」

「見たでしょ。私とアンナの2人なら何とかなるから・・・!」

アンナとターニャから反論はもう許さないって目を向けられる。わたしは「2人とも。・・・みんなでまた笑い合う。これ、約束だから」2人にそう告げて踵を返して走りだす。モニカとルファもわたしに続いて来る。オーディンさん達が帰ってくるまで何とか耐えて、アンナ、ターニャ。
街中を走る中、街のみんなに出来るだけ中央区から避難するように呼びかけながら「ダメっ、やっぱり思念通話が繋がらない!」オーディンさん達の誰でもいいから連絡が繋がれば良いと思って送るけど、全然繋がらない。

「また屋敷の方で爆発が起きてる・・・!」

ルファが袖で涙を拭いながら悔しげにそう呟いたのが聞こえた。わたしだってもう涙でぐずぐずだ。でもアンナとターニャが命がけで戦ってる。だから今は足を止めてまで泣いてる場合じゃない。そう思ったのに・・・「結界が、消えた・・・!?」アムルを護っていたオーディンさんの結界が消えた。わたし達は立ち止まって、桃色から澄んだ青色に戻った空を見上げる。

「結界・・・制御してたの・・・アンナ、だよね・・・?」

モニカの呟きに、わたしは脚から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。嫌な想像が頭の中を駆け巡る。地面に倒れ伏すアンナとターニャ。2人から広がる赤い・・・。「ヤだ・・そんなの・・嫌だ!」すぐさま立ち上がって屋敷へと続く街路を逆走。
後ろからルファの「行っちゃダメっ!」って制止が掛かるけど・・・行かなきゃっ。走る。走る。走る走る走る。何度か足がもつれて転びそうになるのを無理やり耐える。

「エリー・・・!」

名前を呼ばれた。しかもその声は、今一番安否を知りたかった「アンナっ・・?」の声だ。キョロキョロ辺りを見回すと、一軒の家の陰から・・・「え?」わたしが出て来た。呆けてしまっていると、「変身魔法で、今はあなたの姿をしてるのよ」アンナの声がもう1人のわたしの口から発せられた。

「変身魔法って・・・何でわたしなんかに・・・・あ」

どうしてアンナがわたしに変身しているのかその理由を察した。だからアンナのその馬鹿げた考えをすぐさまやめさせようと駆け寄ったところで、

「ごめんね」

「ぅぐ・・!?」

お腹を殴られた。殴られたところを手で押さえながら、どうして?って訊こうとしたけど声が出ない。それどころか目の前が暗くなる。ダメ・・・意識が遠のく。耳にドサッと音が届く。わたし自身が倒れた音。揺らぐ視界に入るアンナの表情はとても悲しそうで・・・辛そうで、もう泣いてしまいそうなもの。

「今までありがとうエリー。オーディンさんと幸せになってね。・・・・さようなら、私の命よりもずっと大事な・・・私の妹(エリー)・・・」

ここでわたしが完全に意識を失った。
あれからどれだけ経ったんだろう。わたしは目を覚まして・・・「アンナっ!?」すぐさまアンナの姿を捜す。気が付けばそこは誰かの家の中で、わたしはベッドに寝かされていた。わたしはアンナを捜すためにすぐに跳ね起きて家の外に出る。
それにしても「アンナ、本気で殴ったよね・・・痛い」殴られたところがズキズキ痛む。でも構っていられない。今はアンナを捜さないと。だけど、どこを捜せばいいのか判らないまま走り続けて・・・・結局は逃げ出した屋敷に戻ってきた。

「・・・・ひどいよ・・・・」

最後に見た時より酷くなってる屋敷の損害。フラフラ近付いていくと、「ターニャっ!」燃える屋敷の前で倒れてるターニャの姿に気付く。駆け寄ってみれば、ターニャは傷だらけだった。

「エリー・・ゼ・・・無事・・で・・よかった・・・」

「無事だよターニャっ。ごめんなさい・・・ありがとう・・・!」

わたしを見て安堵してるターニャに、守ってくれたことにお礼を言う。するとターニャも「ううん・・・私も・・・アンナの事、ごめん・・ね」って謝った。そしてターニャは何度も意識が飛びそうになるのを堪えながらも教えてくれた。
アンナとターニャが、グレゴールからわたしを護るために考え抜いた末に決断した策。それはやっぱりわたしの考え通りだった。アンナは、わたしの身代わりとしてグレゴールに連れ去られた。

「「エリーゼっ!」」

後ろから呼びかけられて振り返る。息を切らしたモニカとルファが駆け寄って来て、私の勝手な行動を怒る前に・・・「ターニャっ、それに街のみんなも!」ターニャの様子と、倒れたままの街のみんなを見て、すぐに治癒の魔導を掛け始めた。

「エリーゼ、すっごく心配したんだからっ! あとで文句聞いてもらうからねっ!」

「そうだよっ。・・・・それで? アンナはどうしたの・・・?」

モニカのその一言にビクッとなる。「実は――」わたしが見た事、ターニャが話してくれた事を伝える。見る見るうちに2人の顔が強張っていく。そして「そんなの自殺行為じゃんかッ!」モニカが叫んだ。ルファも「気付かれでもしたら、すぐにでも殺されてしまう・・・!」顔が青褪めた。
わたしが俯いた事で2人は口を噤んで「ごめん」本当にすまなさそうに謝ってきた。わたしの身代わりになったアンナ。そのアンナの行動に文句があるという事は、それはつまりわたしが拉致されるべきだったという事になるから。
それに察したから2人は黙ったんだ。「い、今からでもわたしがイリュリアに行けば・・・」そう言って立ち上がろうとすると、「ダメっ! アンナの決意が無駄になる!」ターニャに止められた。

「・・・解ってるでしょ。あなたが人質になると、間違いなくディレクトアは力を揮えなくなる。そうなればシュトゥラは負ける。それにあなたの命を盾にディレクトアを操って、戦争の道具にするかも。あのディレクトアが敵になる。そうなれば・・・判るでしょ。イリュリアの一人勝ち。だからアンナは命を懸けた。シュトゥラの未来のために。そしてあなたとディレクトアの未来のために」

「アンナ・・・」

また涙が溢れ出る。「ターニャ。アンナが無事で帰ってくる事って・・・」モニカのその問いにターニャは「もう逢えないって思った方が良い・・・かも」残酷な答えを返した。

「アンナを助けに行かないと・・・!」

「助けに行ってもダメ。アンナは・・・元から死ぬつもりなの」

「「「え・・・?」」」

「自分だって人質としてディレクトア達の活動を邪魔する駒にされるかもしれない。だからアンナは考えた。死んでもアムルに損害がない自分って決めつけたアンナは、エリーゼを連れて来いって指示を出した奴を暗殺するつもりなの。何もせずとも偽者とバレれば殺される。だったら殺される覚悟で・・・・」

それがアンナの狙いだった。始めから死ぬつもりだったんだ。だから、さようなら、って。もう全部は手遅れなんだって思えてしまう。もう何も出来ない。「アンナ・・・アンナぁぁぁ・・・!」出来る事と言えば、泣くことくらいだった・・・・。

◦―◦―◦―◦・・・回想終わりです・・・◦―◦―◦―◦

話を終える。オーディンさん達も、アンナのその覚悟と行動に顔を青褪めさせた。そしてすぐに「マイスターっ、アンナを助けに行こうよっ!」アギトがオーディンさんにそう言うと、オーディンさんも「もちろんだっ」って踵を返そうとする。
オーディンさん達グラオベン・オルデンなら、きっとグレゴールを相手でもアンナを取り戻せるはず。だからお願いしますって言おうとしたんだけど、ターニャが「ダメだよディレクトア」オーディンさんを止めた。

「どうしてなのターニャ? まさかアンナを見捨てる、なんて事は無いわよね・・?」

「私だってアンナを助けたい。でも・・・アンナを盾にされたら、いくらみんなでも勝手が出来ないでしょ・・・?」

「だからと言って見捨てるわけにはいくまい。アンナは我々の大切な家族だ。家族に危害が迫っているのならば、何をしても助ける」

「最悪アンナが深い傷を負っても、私とシャマルで完璧に治す。もちろん最悪な展開などにさせない。大丈夫だよターニャ。それにエリーゼ、モニカ、ルファ。必ずアンナを無事に連れてかえ――」

――フェイルノート――

空気を裂く音と一緒にアムル上空を飛んできたのは、あの巨大な砲撃を反射するための砲弾。

「くそっ、魔力が残り少ない時に限って・・・!」

オーディンさんが憎々しげにそう呟いたのが聞こえたから、すぐにオーディンさんの右手を取って、手の甲に口づけする。わたしの能力・乙女の祝福クス・デア・ヒルフェを発動。2つ有る魔力核の片方の魔力を全てオーディンさんに流す。

「助かったよエリーゼ。・・・ちょっと無茶が出来そうだな。アイリ・・・!」

アイリって呼ばれた新しい家族の子は「うんっ!」力強く頷いて、オーディンさんと融合した。そして「我が手に携えしは友が誇りし至高の幻想」オーディンさんは詠唱して、両手を空に翳した。

――天花護盾(クリュスタッロス・アントス)――

空に咲くのは、氷で出来た雪の結晶ような盾。それに反射鏡の砲弾が着弾――したと同時に一瞬に氷結されて粉砕、小さな氷の破片となって宙に散った。

――カリブルヌス――

遅れて来た巨大な魔力砲。すると氷の盾が少し傾いたのが見えた。魔力砲が着弾。すると空に軌道を変えて消えて行った。オーディンさんは「馬鹿正直に受けるより逸らした方が良いな、やはり」と納得したように頷いてる。
もうイリュリアの砲撃なんて怖くない。そう思ったのに、「・・・・嘘だろ・・・連発してきやがった!!」ヴィータの叫びに、わたし達は戦慄する。同じ砲撃が続けざまに飛来してきた。さすがにオーディンさんも「それは卑怯だろうッ!」そう叫んで、

――女神の護盾(コード・リン)――

――天花護盾(クリュスタッロス・アントス)――

氷の盾が3枚追加されて、そして女性が祈る姿が描かれた盾が4枚、計8枚の盾が空に展開された。「オーディンっ!?」シュリエルさんの悲鳴。空からオーディンさんへと視線を移す。絶句。オーディンさんの顔色は真っ青だった。
それに小さく「またやってしまった」と悔しげに、そして哀しげに呻くのが聞こえた。一瞬で理解する。「マイスターっ、また記憶を失っちゃったんじゃ!?」アギトの悲痛な叫びを聴くと、頭の中がグチャグチャになりそうになる。

「いっつつ・・・。気にするな。私にとってもうひとつの故郷とも言えるアムルを護れるなら――」

7つの砲撃が盾に着弾して、さっきと同じように空へと軌道変更されて消えて行った。

「安い代償だ」

オーディンさんは無理やり笑顔を作ってわたし達を安心させようとしてる。こんな時になんて言えばいいのか判らない。頼ってばっかりで、オーディンさんにだけ辛い思いをさせて・・・・

(こんなわたしに、オーディンさんを好きになる資格なんて・・・きっと無い・・・)

シュリエルさん達も、オーディンさんの負担を減らすために防御を手伝おうって相談し合ってる。少し離れたところで意識を取り戻したみんなの様子を看てるモニカとルファ。それなのにわたしと言えば、泣いて喚いてオロオロうろたえていただけ。本当に嫌になる。

「我が主っ! 戦船ですっ!」

「次から次へと・・・本気で潰しに掛かってきたな、イリュリア・・・!」

「反射砲に艦載砲。さすがに我々だけでは防ぎきれんぞ!」

「オーディンさん、どうしたらいいですかっ!?」

「そ、そうだオーディンっ。前の戦いで召喚した使い魔を出せばいいじゃんっ」

「アンゲルスをか? 今の魔力で行けるか・・・? いや、そんな事を言っている場合じゃないな」

「いくらなんでも無理をし過ぎですオーディンっ」

「そ、そうですっ。最悪、今度の記憶障害で私たちの事を忘れてしまうかもしれないんですよっ」

シャマルさんのその言葉に、わたし達はハッとする。今はまだわたし達との思い出は消えてないけど、いつ消えちゃうか判らない。もっと後かもしれないし、次かもしれない。だから「マイスターっ、もう魔力を使っちゃダメっ」アギトが泣きだす。

「しかしそれでは――」

1隻の戦船が放った砲撃がアムルの端に着弾して、その振動がわたし達を襲った。しかもそれだけじゃない。戦船の様子がおかしい。徐々に高度を下げて行ってる。あのままじゃ墜落するのに。それなのに降下が止まらない。本当に墜落・・・まさか。

「おい、ちょっと待てよ。戦船が突っ込んできやがった!」

戦船が墜落して、アムル郊外の一画を押し潰した。その上砲門を開いて砲撃を放ち始めた。郊外が火の海になる。最初は頭が理解できなかった。でも事態を呑み込めた瞬間、

「いや・・やめて・・・やめて・・・やめてよ・・・もうやめてよぉぉぉーーーーッ!!」

泣き叫んだ。あそこには、初めて医者らしい事をして、初めて担当した患者さんだったオーディンさんと話した別宅があったのに。頭の中が真っ白になって、ただやめさせたいって思って駆け出そうとしたけど「エリーゼっ。街のみんなの避難を優先しよう!」ターニャがわたしの肩に手を置いてそう言ってきた。
避難? 何を言ってるのターニャ。避難なんかしたら、街がもっと壊されちゃうよ。壊されるより支配されちゃうかも。そうなったら好き勝手される。家族を喪って、屋敷を失って、最後はアムルの街そのものを失っちゃう。それだけは絶対にダメ。嫌だ。だから何か言い返そうって思うんだけど、声が出ない。頭は、心はもう理解してる。ここに居てももう何も出来ない。それほどまでに追い込まれてる。

「もう解ってるでしょ、エリーゼ。ディレクトア達も。状況は最悪すぎる。私だって悔しいよ。でも見て。今からあの戦船の侵略を食い止められる? ディレクトアはもう限界。シグナムさん達だってもうフラフラ。アンナは居ない。ここでまたグレゴールのような騎士が現れたら、間違いなく負ける」

ターニャの反論を許さないって目に、わたしもオーディンさん達も黙るしか出来なかった。

「・・・グラオベン・オルデンのみんなに、アムルの主としてお願いがあります。アムルの住民の避難を・・・ひぅ・・アムルからの退避を・・・ぅく・・・」

「「「「「「・・・ヤヴォール・・・」」」」」」

「・・・決断してくれて、ありがとう・・・エリーゼ」

オーディンさん達は了承してくれて、ターニャと一緒に散って行った。

「「・・・・エリーゼ」」

「悔しい・・・ひっく・・・悔しいよ・・・ぐす・・・わたし、何も出来なかった!!」

「「エリーゼ!」」

モニカとルファが抱きしめてくれた。
今日この日、アムルに住んでいたわたしたち全住民は、イリュリアの侵略行為に屈し、イリュリアから逃げるように避難した。わたしは・・・親友のアンナを失って、屋敷を失って、果てにはアムルの街全部を失った。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

イリュリア王都スコドラに在る王城の大庭園。池の畔に、イリュリア女王テウタがロッキングチェアに揺られながら恋愛小説を読み耽っていた。彼女は待っていた。イリュリア騎士団総長グレゴールに下した命令を、彼が果たし、成功報告をしに来るのを。
小説を半分ほど読み終え、「運命の赤い糸、ね~」と自分の小指をしげしげと眺め始めた。それから自分が恋愛をしている妄想をし、「ないわね」ガックリ肩を落とす。とそこに、「テウタ陛下」と呼ぶ声が。テウタは小説に栞を挟み閉じ、「待っていましたよ、グレゴール」と姿を現したグレゴールを迎え入れた。

「ただいま戻りました」

「ええ、御苦労さま。では早速、任務報告を聞かせてください」

「はっ。陛下より承った任務、エリーゼ・フォン・シュテルンベルクの連行、無事に完遂いたしました」

甲冑に身を包んだ2人の騎士に挟まれるように連れて来られたのは、エリーゼの姿に変身しているアンナだった。エリーゼの姿を見たテウタは「私は前にしてその気迫に満ちた瞳。素晴らしいわ」と満足そうに微笑んだ。

「魔神オーディンの扱う強大な魔導に必要な魔力を補充する事が出来る、唯一の人間。エリーゼ・フォン・シュテルンベルク男爵。シュテルンベルク家の女性のみに受け継がれる能力・クス・デア・ヒルフェ。
効果は口付けした対象の魔力を一瞬にして回復させるというもの、でしたね。そのあなたが居なれば、魔神はそう安易に強大な魔導を使えなくなるはず。それに、人質としても使える。あなたを盾にすれば、人外の強さを持つ彼も反撃に抵抗する」

別人であるアンナが変身しているとは露とも思っていないテウタは無防備に歩み寄っていく。そしてアンナはと言うと、

(武装もしていない。完全に油断してる。今がきっと好機・・・!)

内心でほくそ笑んでいた。暗殺が成功すれば奇跡。その後にグレゴールや側に居る騎士たちに殺されようとも笑って死ねる。失敗して殺されても問題ない。オーディン達の邪魔になるくらいなら喜んで死ぬ。そう強く思い込んでいた。しかし、

(エリーゼ達には本当に申し訳ないわね・・・ごめんね)

アンナの脳裏に次々と浮かんでくるエリーゼ達との思い出の数々。決死の覚悟が揺らぎそうになるが、彼女にとっての宝物であるエリーゼを護るために、彼女は死を選ぶ。

(でも1人で死んでなんかやらないわ。お前も一緒よ、テウタ!)

アンナは目の前にまで来たテウタを睨みつけるために、俯かせていた顔を上げた。その瞬間、アンナは目を限界にまで開け放った。突拍子もない事態に、思考が完全に途切れる。アンナの艶やかな唇に重ねられたテウタの柔らかい唇。テウタはアンナに口づけをしたのだ。
止まっていた思考が再起動したアンナは「いやっ!」ドンとテウタを突き飛ばし、数歩後ずさって、袖口で口を何度も拭った。次第にアンナの目の端から涙がボロボロ零れ始める。

「あら? 魔力供給が起きないのね。やはり能力者からではないと発動しないのかしら・・・?」

テウタはペロリと自分の唇を舐め、「もしかして初めて? 私も初めてなの」とはじらうようにアンナを見詰める。アンナの瞳に怒りが満ちる。「ふざけるな・・・!」と詰め寄ろうとしてがすぐに思い留まった。感情に任せて暴れれば、テウタを暗殺する機会を失うかもしれないと判断したからだ。しかし、「娘。本当にエリーゼ卿か?」グレゴールが訝しみ始め、アンナは血の気を失った。

「そ、そうですよ・・・!」

か弱さを見せるかのように演じて見せるアンナだったが、グレゴールの疑問に満ちた視線は外れない。

「どうかしたのですか? グレゴール」

「いえ。先程の殺気、エリーゼ卿の側近である娘・・名はアンナだったでしょうか。あの娘と同じもののように思えましたので」

(鋭い・・・! さすがイリュリア最強の騎士・・・)

冷や汗が止まらないアンナ。しばらくグレゴールの視線を受けていたが、「グレゴール。女性をマジマジと見るのは礼に欠けるのではなくて?」とテウタに言われ、「仰るとおりです」グレゴールはようやく引き下がった。
心底安堵したアンナにさらに喜ばしい事が。テウタが「彼女と2人で話がしたいの。あなた達が下がりなさい」グレゴール達に命令を下す。普通、騎士ならば女王から護衛を外すような真似はしない。が、「了解しました」グレゴール達はあっさり了承して去って行った。

(それほどまでにテウタの実力を信頼しているというわけか・・・でも、私は!)

2人きりになり、アンナは一気に気を周囲に巡らせ始める。グレゴールがこの場に居れば、まず間違いなく反応するだろう。しかしテウタは「そう身構えなくても取って食べようとは思いませんから」気にする素振りすら見せず、ついにはアンナに背を向けた。

(今こそ好機!)

テウタを暗殺するために、アンナは・・・・・・・

「はぁぁぁぁああああああああああああッッ!!!!」



 
 

 
後書き
カリメーラ、ヘレテ、カリスペラ。
守り抜いてきたアムルがついに陥落です。そしてアンナは拉致されました。
次回からも変わらず――というかイリュリア戦争決着までバトルパートです。 

 

Myth16反撃開始・イリュリアを打ち砕け~CounterAttackerS~

†††シグナム†††

今まで必ず護り抜いてきていたアムルを捨て、我々は今、隣街であるヴレデンに避難している。ヴレデンは幸運にもイリュリアの魔力砲カリブルヌス(オーディンがそう言っていた)の被害から免れており、ほぼ損害無し。
しかも王都の結界術師団や一個騎士団が駐屯しているため、反撃の為の戦力も十分だった。オーディンが騎士団の将たちと話を進めている間、我らグラオベン・オルデンは集まって今後の事について話し合っていた。が、「情けない話だ」嘆息しか出て来ない。

「そうよね・・・いくらみんなの魔力が戦闘を乗り越えるだけ無かったとは言え、逃げるしかないなんて・・・」

「それどころかアンナも助けらんなかった」

「しかし・・・仕方がなかった。あの場合は、一度退くのが賢明だった」

ザフィーラのその言葉にアギトが目を見開き、「そんな!」とザフィーラに詰め寄ろうとするのを「よせ」と止める。認めたくはないが事実だからだ。ターニャも言っていた事だが、あのまま無理に戦ったところで苦戦は必至。
いたずらに被害を生むだけだ。それでは今後の戦闘に支障が出る。ゆえに「態勢を整え、万全の状態で反撃に出るしかないのだ」そう言う。するとアギトは「だけど!」理解はしているが納得は出来ていないようだ。

「アギトお姉ちゃん。アイリはあまり事情とか判らないけどね。でもね、みんなの言う事は正しいよ」

「あたしだって・・・あたしだって、解ってるよっ! でもアムルはあたしにとっての大切な居場所だった!」

「ん? それは違うんじゃないの?」

「え・・・!?」

「アギトお姉ちゃんを見てると判るよ。アムルは確かに大切な場所かもしれないけど、アギトお姉ちゃんにとっての居場所って、アムルじゃなくてマイスターの側じゃないの?」

驚いた。新入りであるアイリがそんな事を言うとは。アギトどころか我々全員が呆気にとられている。アギトはアイリのその言葉で一気に冷静になったようで、「それでも、やっぱりアムルを見捨てたのは・・・心が痛いよ」声量を抑えて呟いた。
私とてアギトと同じ思いだ。我々の居場所はオーディンのお側。しかしアムルもまた居場所だ。アムルを取り戻したい。ここまで心が締め付けられるほどに何かを願う事など今までにあっただろうか。

「アギト。今オーディン達が作戦とか練ってるはずだからさ、もうちょっと辛抱だ」

「ヴィータ・・・・うん・・・」

ヴィータはオーディンのように小さなアギトの頭を撫でる。まるで姉妹のように思えてしまう。この愛おしい時間を守るためにも必ずアムルを取り戻し、イリュリアを倒さねば。決意を新たにしていると、ざわざわと周囲が騒がしくなってきたのに気付く。
どうやら騒ぎの原因は、王都ヴィレハイムからこちらに向かってくる戦船の艦隊の所為だろう。今までは一切戦船に頼ろうとしなかったシュトゥラだが、さすがにアムルを落とされてはもう黙ってはいられないという事だろう。しばらく様子を眺め、オーディン達が会議を行っている屋敷へと、

「クラウス殿下にオリヴィエ王女殿下、それにリサも・・・!」

シュトゥラの王子であるクラウス、そして同盟国であるアウストラシアの王女オリヴィエとお付きの騎士リサの3人が入って行った。屋敷にはオーディンの補佐としてシュリエルが一緒に居るのだが・・・むぅ、私がオーディンの補佐としてついて行きたかったのだが。ゆえについて行く事の許可をオーディンに貰おうとしたところ、それを止めたに来たのがヴィータだった。
ヴィータからは「シグナムじゃダメだろ。だって頭脳派じゃねぇし」とそう馬鹿にされ(しかもオーディンが僅かに笑ったのがショックだった)。シャマルでさえも「まぁシグナムよりはシュリエルの方が・・・うん、頭脳派っぽいわね」などと言う始末。そこまで言われて黙っていられるものか、と思ったが、気が付けばもうオーディンとシュリエルは居らず、言いようのない虚無感に襲われたものだ。

「中の様子、シュリエルから思念通話で聞いてみっか?」

「よせ、ヴィータ。主とシュリエルが戻ってからでも遅くはあるまい」

「へーい。あーあ、あたしもついて行きゃ良かったな~」

ヴィータとザフィーラのやり取りを聴きながら、私は屋敷を一点に見詰める。どのような作戦が立てられようが、私は全力を以って当たるだけだ。ですからオーディン。お願いします。アムルを取り戻し、イリュリアに打ち勝つための勝利の道を、我々に・・・・。

†††シグナム⇒シュリエルリート†††

私はオーディンの補佐として同行していた。補佐と言ってもオーディンのお側に居るだけだが。アムル奪還や魔力砲カリブルヌスを放つ巨大砲台ミナレット攻略に必要な戦力や物資などを話し合っているオーディンら。
オーディンは、戦争を経験し、実際に大部隊を率いていないと考えられないような的確な意見を次々と挙げていく。騎士団の配置から物資補給経路。みながオーディンの話を聴き入っている。
そんな時に、「失礼するよ」断りの一言を告げて入って来た3人。この会議室に集まっている者たちみなが絶句した。オーディンと私を除く者たちが「クラウス殿下!?」と一斉に立ち上がり、礼の姿勢を取る。

「構わない。皆、会議を続けてくれ。僕とオリヴィエ王女、そして騎士リサも参加させてもらうがいいだろうか?」

無論シュトゥラの王子である彼のその言葉に反論する者など居らず、彼らも作戦会議に参加する事となった。クラウス殿下の「まずはアムルの奪還を優先しなければならないな」その言葉から会議が再開される。
騎士たちが一斉にオーディンを見、殿下らもそれに倣ってオーディンへと視線を移す。私もスッと目線を下げ、斜め前に座っているオーディンの横顔を見詰める。みなの視線を一斉に受けたオーディンは咳払い一つ。

「・・・アムルを奪われておいて偉そうな事は言えないと思っているが・・・」

「構いませんよ、オーディンさん。貴方が居たからこそアムルは今まで守られてきました。確かに今回はイリュリアに明け渡す事になってしまいましたが・・・貴方なら奪還出来る、そうですよね・・・?」

「感謝する。私たちグラオベン・オルデン各騎の魔力が全快になっている今、アムルに駐屯している騎士団や配置されている戦船の攻略はそう難しくない。騎士団戦は元よりこちらに分があり、戦船に関しては私の使い魔の一体を召喚すれば事足りるはず」

「使い魔・・・あの巨大なチェスの駒のような、ですか?」

巨像の使い魔。オーディンは確かアンゲルス・カスティタスと呼んでいた。あれほどの巨体ならば戦船を鷲掴んで放り捨てることも容易いはずだ。アムル奪還の問題はそれで解決したと見てもいい。
オーディンは首を横に振り、「いや。カスティタスとは別のアンゲルスを召喚する」と驚愕に値する言葉を告げた。私だけでなくクラウス殿下やリサ、この場に集う騎士たちも目を見開き驚愕している。唯一オーディンの使い魔を実際に見ていないオリヴィエ王女だけが「??」小首を傾げている。

「別の、・・・まだ他にもあのような強大な使い魔が居ると・・・!?」

「私の有する使い魔アンゲルス・・・七美徳の天使は、名の通り七体在る。純潔カスティタス。節制テンパランチア。救恤リベラリタス。勤勉インダストリア。慈悲パティエンティア。忍耐フマニタス。謙譲フミリタス。その全てが巨体。その全てが強大・・・・」

テンシとは何なのか判らないが、名称からして凄まじそうなので室内が沈黙に包まれる。クラウス殿下はともかく他の騎士たちは複雑な思いだろうな。今は味方であるオーディンだが、シュトゥラの人間ではない。それどころかベルカ人ですらも。
だから頼もしく見えていたであろうオーディンに別の感情がおそらく生まれている。それは畏怖。最悪、中には純粋な恐怖を抱いている者も居るかもしれない。嫌な空気が流れ始めたその時、「オーディン先生、頼りにしています♪」オリヴィエ王女が微笑んだ。

「・・・私が恐ろしくはないのですか? オリヴィエ王女殿下はご覧になった事が無いのでそう言えるのかもしれませんが、アンゲルスは実際に強力です。私がその気になれば、一国を潰せるだけの戦力として用意できます」

「でも貴方はそれをなさらない。貴方の目を見れば判ります。貴方は本当に優しい御方です。それにリサから窺っています。オーディン先生、貴方は魔力を使い過ぎると、今まで培ってきた記憶の一部を失ってしまう障害を抱えているのだと。それでもなおシュトゥラ・アムルを守っていただいているその事実。私は心を撃たれました」

この発言には私とオーディンも驚いた。もちろん初めて知った騎士たちも。「リサ、君は・・・!」オーディンは(私もだが)沈黙を保っていたリサに非難の目を向けた。

「勝手をして申し訳ありません。オリヴィエ様にも知っていてほしかったのです。オーディンさんがどれだけ自分を犠牲にして、シュトゥラ――アムルを守っているかを」

リサはオーディンの目から逃れることもなく真っ直ぐに見返した。罪も罰も受け入れる覚悟あり、だオーディンはただ嘆息一つ吐き、「口止めをしなかったこちらにも問題ありか」もう諦めのようだ。

「ごめんなさいです・・・。でも後悔はしてません」

「・・・皆聴いてほしい。オーディンさんは確かに怖れを抱いてしまうほどに強い。正直、僕も一瞬だが畏怖した。だがオーディンさんは、自分の記憶を犠牲にしてでも戦ってくれている。それでも嫌な顔一つとしてせず、戦い守り続けてくれているんだ。彼のどこに恐れる事がある。僕は、オーディンさんを信頼している。共に戦う仲間として、そして友人として、だ」

「私もです。私は、この両腕を癒して頂きました。私の両腕は不治だとして幾人もの医者様に見放されました。ですが、こうして自由に動かせるようになり、再び戦場に立つことも出来そうです。ですから皆さん。オーディン先生の強さばかりを見ずに、その優しき性根を見て下さい」

クラウス殿下とオリヴィエ王女がそこまで言うと、騎士たちが放っていた畏怖の空気が和らいだ。殿下は室内の空気からオーディンへの恐怖が消え失せたと察し、「もう誰も文句はないな。なら本題に戻ろう。オーディンさん、続きを」作戦会議を再開させた。

「・・・本当にありがとう、クラウス、オリヴィエ王女殿下。では。アムル奪還はアンゲルス・テンパランチアと我々グラオベン・オルデン、国境防衛騎士団で、という話だったんだが・・・」

オーディンはそこで区切り、改めて殿下らを見た。視線に込められているのは今さらだが、どうしてここに?だ。その意味を察した殿下は「僕たちがマクシミリアン艦隊を引き連れここへ来た理由は、今後の皆の動きにも関わってくる」と言って立ち上がる。

「皆、マクシミリアン艦隊は、このままイリュリア王都にまで侵攻する事となった」

殿下が告げた理由を聞いた騎士たちが一斉に「マクシミリアン艦隊!?」と驚愕。事情を知らない私とオーディンが首を傾げていると、『マクシミリアン艦隊とは、シュトゥラの有する最強の戦船ローリンゲンを旗艦とした艦隊名です』リサから思念通話が送られてきた。
シュトゥラの主戦力がついにイリュリアに攻め込むのか。これは本格的な戦争になってしまうな。オーディンと共にリサに礼を言い、殿下たちの話に耳を傾けると今はオリヴィエ王女が話をしていた。

「――古くベルカには異世界からの異物が流れ着き、いくつかの国に受け継がれているということがあります。特に有名なのが我ら聖王家の有する戦船・聖王のゆりかご。イリュリアの有する砲台・ミナレット。公に知られているのはこの二つですが、実はイリュリアにはもう1つの異物があります。アウストラシアに残されている文献に記されていたその名は、エテメンアンキ。どのようなものかは判らないのですが、ミナレット以上に危険で、ソレがイリュリア王都に在る、らしいとのことです」

「もしエテメンアンキが起動してしまえば、今以上に戦況が危うくなるのは確実。だから僕たちは、全力を以ってエテメンアンキを破壊しないといけない。ですからオーディンさん。そしてグラオベン・オルデンの騎士たちに依頼したい。皆さんには王都攻略の妨害になるであろうミナレットの破壊をお願いしたいんです」

「ミナレットの破壊は望むところだが、やはり部外者である私たちが本戦に参戦する事が問題だったりするのか・・・?」

「ち、違います。本音を言えばグラオベン・オルデンにも王都攻略に参戦して頂きたいです。ですがミナレットは海上に在るんです。戦船では狙い撃ちされ撃沈される可能性が高く。空戦が出来、ミナレットの防空網を突破できる騎士はあまりにも少ないのがシュトゥラの現状です」

「そう言えばそうだったな。・・・・二つ返事で了承したいんだが、こちらにもある問題が発生しているんだ」

「問題、ですか・・・?」

「・・・・エリーゼ・フォン・シュテルンベルク男爵の補佐官、アンナ・ラインラント・ハーメルンが、イリュリア騎士団総長グレゴールに拉致された」

グレゴールという大物の名前と、その男がシュトゥラの人間を拉致したという事で室内が騒然となる。オリヴィエ王女が「何故ですっ!? グレゴール程の者がどうして!」と勢いよく立ち上がり、騎士たちはわけも判らずと言った風に混乱。
しかし殿下が「落ち着くんだっ。まずは詳細を聴かねば進まない!」正に鶴の一声と言うのだろうか。押し黙った騎士たちは次々と着席して行き、オリヴィエ王女もまた「そうですね」と着席し直した。

「オーディンさん。詳細をお願いします。何故グレゴールがアムルを訪れ、しかもアンナ嬢を拉致などと・・・?」

オーディンはアムル陥落の真実を含め、グレゴールがアンナを拉致した話を語る。本当はエリーゼを拉致しに来た事、アンナがエリーゼを守るためにエリーゼの姿に変身し、代わりに拉致された事を。最後にオーディンは「アンナを助け出すために、おそらく連行されたであろう王都に向かいたい、というのが本音だ」そう締めくくった。
殿下は唸りだし、「しかしそれでは・・・」今回の戦闘での戦力配置の変更に難色を示す。殿下が挙げた我々グラオベン・オルデンをミナレットの攻略に当てるという策には賛成できるのだが、状況がそれを許さない。

「私からもミナレット攻略をお願いしたいのですが。御家族であるアンナさんを助けたいお気持ちは痛いほど解ります。ですがミナレットを攻略しない限りすべての国が危険に晒