魔王の友を持つ魔王


 

§1 魔王になった日

 
前書き
お引越しついでに結構改訂してみたり

前よりかはマシになっていると良いんですが…… 

 
 某県某市駅前カラオケ店706号室、ドリンクバー付きフリータイム。学生料金で1人460円也。
 友達連れで来るには最高の場所である。心からそう思う。しかしそれは「友達連れで来るならば」の話。1人でカラオケなど御免被る。寂しい。
 ぶつくさ文句を言う水羽(みずはね)黎斗(れいと)、ただいま1人カラオケ挑戦中。

「やっと60曲…… ノルマまであと40曲か……」

 賭けなんてしなきゃよかった。そう思うが全ては後悔しても後の祭りである。
 二学期期末テスト最下位は1人カラオケで100曲歌うこと。曲目及び採点された点数はその都度メンバーにメールで一斉送信すること。 800点中421点でボロ負けした黎斗は店員さんの「本日は混んでおりまして・・・」という一言で20人は入れそうな大部屋を独占である。端から見るとかなり寂しい人に見えるだろう。(ちなみに点数平均は580、最高は783だった)

「エタブレ75点、次は風にあそばれて……っと」

 カラオケの点数は60〜70をいったりきたりである。もらい泣きの81点が最高であったりする。
 時刻は現在午後5時。 ……はたして終わるのだろうか?


 午後7時。現在78曲目。

「終わらねー…… っか無理。もう無理……」

 メロンソーダを飲みながらため息を一つ。炭酸と甘みが疲れた喉を刺激し心地良い。癒しのひととき。
 そして気づく。妙に暑い。もうじき冬なのに服一枚汗の出る温度は流石におかしい。いくら歌っていたとしても。扉の外に煙しか見えないのも気になる。

「……け、煙?」

外では、サイレンが聞こえはじめた。消防車だろうか?

「ちょ……嘘でしょ……え……」

気づけば、部屋内にも煙が入ってきている。

「ヤバ……!!」

 貴重品を持つ。鞄の中から昨日の調理実習で使った後出し忘れて放置していた三角巾を引っ張り出し口に。背を屈めて扉を開け、外へ。避難訓練の成果は伊達じゃない。

「……!?」

 外は煙一色だった。ロクに前も見れない。なぜ今まで気づかなかった、と自己嫌悪をしながら非常口の方向に見当をつけ、進む。
 煙はだんだん濃くなっていく。どうやったらこんなに濃くなるのだろう?ドアノブを捻り、足を踏み出す。段差に躓き、転ぶ。

「おわー!?」

 外に出た黎斗を待っていたのは燃ゆる街並みだった。世紀末と言っても通じそうな程に。空は血の色をしており、雨のように赤い液体が落ちてくる。

「何だよコレ……なんだよコレ!!」

 叫びながら走り出す。なんだかよくわからないが、早く家に帰ろう。そうだこれはきっと悪い夢、そう信じて走り出した少年の足は数秒後に停止を余儀なくされる。

「嘘、だろ……?」

 川の対岸が、無かった。自宅のあった場所、いじめられたり仕返ししたりした小学校、ラノベにハマった中学校。それら全てが、存在しなかった。黎斗の目に映る土地は全て、焦土と化している。荒地ですら、無い。踏み込んだら死ぬ、そんな気配が充満していた。

「ほう、生き残りが居たか。てっきり全員踏みつぶしたと思ったのだがな」

 妖艶で、優雅な、とても冷たい声。後ろにいるナニカは人間なのか?

「あぁ、違う違う。人の子よ、(わらわ)をそなた達と一緒にするな」

 心を読んだかのような一声。恐る恐る振り向く。美しい、とても美しい女性が居た。そのあまりの美しさは触れた瞬間にこちらの心臓が止まってしまいそうな程に。思わず後ずさる。

「ほぅ、妾との格の違いを感じ取ったか」

 彼女に触れようとしてきた人間達は次の瞬間死んでいる。視界に入る男はみんなそれで死んだ。途中から面倒くさくなって都市ごと燃やし尽くしたが。やはり多くの生命を消していくのは愉しい。この少年も男共と同様の命運を辿ると思ったが。

「この惨状を見て、妾を見ては流石に妾を畏れるか」

 運が良い、と言うべきなのだろうか。だが、幸運はいつまでも続かない。度を過ぎた幸運は死神に興味を抱かせる。

「面白いことを考えたぞ、人間。貴様、無様に這いずり回れ。妾が復活したことを祝い、犬畜生のように逃げ回れ。そうだな、一刻程逃げ回れたら貴様は見逃してやろう」

 既に思う存分力を振るった彼女にとって、人間一人程度どうなろうが知ったことではない。だが、生き残った挙句彼女の力を薄々感じとる人間は、彼女に興味を持たせるには十分すぎた。

「さて、ただ逃げるだけではつまらぬだろう、鬼を出してやる」

 凄絶な笑み。無数の鬼が現れる。生理的な嫌悪感と共に、黎斗は更に後ろへ後ずさる。

「まだだぞ人間。まだ鬼ごっこは始まっていない」

 その言葉を聞いて、彼は必死に踏みとどまる。生き残るには、彼女の命令に従う他に在りはしない。

「ほう、言うだけで踏みとどまったか。素晴らしい。なれば褒美もやろうかのう」

 彼女の周囲の空間が歪む。この街を侵蝕していく―――!!

「妾の世界と繋げてやった。もしかしたら愛しき人間に会えるかもしれんぞ?」

 暗い暗い、世界に血の雨が僅かな色を付ける。そんな世界。

「さて、妾をせいぜい愉しませろよ、人間。―――開幕だ」

 その言葉と一緒に美女の姿が掻き消える。鬼がゆっくりと、しかし確実に黎斗の下へ迫ってくる。

「くそっ!!」

 黎斗は必死に駆け出した。目指す先は自転車だ。運動神経皆無な黎斗では、自転車でも使わない限り勝ちの目などない。車が使えればさらによかったのだが、運転方法など知りはしない。

「ああああああ!!!」

 最後に気合を入れて、黎斗はペダルをこぎ出した。何が何でも、逃げ切って見せる。





「はあっ、はあっ……」

 汗も絶え絶えに、売店からペットボトル飲料を持ってくる。やっていることは犯罪だが、今回は勘弁してもらいたい。生きるか死ぬかの瀬戸際な上おそらくこの店の主も、もう居ない。

「ごめんなさい、だけど絶対生き延びますから」

 独り言のように呟いて店を出る。追いつかれる前に、遠くへ、遠くへ―――
 
「くぅ!?」

 自転車に乗ろうとした瞬間、鬼に腕を掴まれる。待ち伏せされていたか!

「うああああああああ!!」

 万力の如く締め上げる鬼のよって、みしり、と左手が嫌な音を発する。

「「うおおお!!」」

「!?」

 もう駄目か、そう思う。諦めようとした矢先、見知った声が聞こえた気がした。

「……嘘」

「黎斗、逃げろ!!」

 鬼を後ろから羽交い絞めにするのは中学校の担任と親戚の叔父。周囲を取り囲む鬼にも父、母、祖母、叔母、親友、その他多くの黎斗と親しい人々が必死にしがみつく。

「みんな!!」

「俺たちはいいから早く行け!!」

「なんで……って、みんなどうするんですか!?」

「俺達は既に死んでいる。お前だけが生存者なんだ。お前だけでも、生き延びろ―――!」

「で、でも……」

 死んだと思っていた親しい人に会えて、第一声が「俺達は既に死んでいる」だ。黎斗に受け入れられる筈もない。当然黎斗は説得をしようと試みる。

「いいからいけ!! 俺たちの努力を無駄にするな!!」

 言っている傍から、鬼によって殴られて消えゆく叔父の霊。先生が必死に叫びをあげる。

「急げぇえええええ!!」

「うわあああああああああああああああ!!!」

 走り出そうとした刹那、

「残念だけど一回捕まったから終わりだ。あと少しだったのに残念だったな。まぁ人間にしては愉しめたぞ」

 死神が君臨した。

「あ、あぁ……」

 目の前が真っ暗になっていく。

「三文芝居もなかなかどうして、面白い。だがこれ以上は無粋だ、消えよ」

 美女は手を一振りする。巻き起こる衝撃波が、鬼もろとも人間達を一掃する。

「みんな!!」

 黎斗の悲痛な叫びも、掻き消され、死神と黎斗、場には二人しか残らない。

「残念だったとはいえとても面白かったぞ。三文芝居の礼も含めて最後にもう一回だけ、機会をやろう。妾と直接殺し合いをする、権利だ」

 無理だ。不可能に決まっている。絶望に打ちひしがれる黎斗に対し、面白そうに彼女は笑う。

「ふふふ。ホレ、無様に逃げ回って妾を愉しませた褒美だ。これもやろう。流石に勝機が零では可哀想だからのう。まぁ零から無量大数に一つに変わっただけだろうが」

 冷淡に突き放す死神。絶対的な死を前に、今までの人生が走馬灯のように脳裏をよぎる。優しかった家族。助け合ってきた友達。全て、もう居ない。喪えるモノはもはや己の命のみ。後はもう、残っていない。

「上等……!! ゼロじゃないなら、なんとかなる!!」

 嘘だ。勝ち目が皆無であることくらい、黎斗にだってわかっている。屈強な戦士ですら神殺しなど不可能だろう。病弱少年如きに出来る筈もない。だけど。

「みんなの、仇だ……!!」

 剣を、握り締める。持っているだけで手が震える。剣の重みは、黎斗の腕力で振ることを許さない。ましてこの剣は、黎斗を主と認めていない。

「うおおおおおおおおお!!!」

 握り締めて駆け出す。美女は余裕の笑みでこちらを見ている。あと数m。

「ああああああああ!!!」

 彼我距離、1メートルを切る。

「でやあああああああああ!!!」

 思いっきり、振り下ろす。絶妙なタイミングで白羽取りをしようとした彼女は―――

「何ッ!?」

「おりゃあ!!」

「やれ! 黎斗!!」

「「「「「おおおお!!!」」」」」

 背後から身体を掴むナニカタチに一瞬、動揺してしまう。その気になれば即吹き飛ばせる非力な力による拘束。死者たちの最後の悪あがき。ここに来て、冥界と現世を繋げていることが裏目に出た。もう無いと思っていたところからの反撃に、美女はほんの僅か動揺した。そして、その動揺は―――文字通り命取りとなる。

「がはぁ!!」

 刹那の隙に、黎斗の剣は、彼女を唐竹割で斬り下ろす。

「認めん、認めんぞ!!」

「でええいい!!」

 眼前の物体が何か喋っているが、黎斗に聞き取る余裕などない。振り下ろした勢いのまま、一回転。渾身の力を込めて逆袈裟で切り上げる。

「ぐぁああああ!!?」

 一際大きな絶叫と共に、彼女が崩れ落ちていく。周囲の空間が崩壊していく。冥界と現世の特異点であった彼女が消滅することで、二つの世界が分離しようとしているのだ。

「あうっ……」

 このままこの場所にとどまるのは拙い。崩壊に巻き込まれれば間違いなく生きて帰れない。だが、今の黎斗に動くだけの力など無い。周囲を見ることすら精一杯なのだ。徐々に体が重くなっていく。これが神の武器を使い、神を殺したことによる代償なのだろうか。

「……」

 もはや物言わぬ躯とかした彼は、生存者が存在せずただただ崩壊を待つ空間で崩落に巻き込まれ落下していく。世界の果てで発生した異常事態(イレギュラー)、それを知る存在など極僅かな例外を除けば、世界のどこにも存在しない。まして彼の直下に黒い扉が出現したことなど、一体誰がわかろうか。

「っと、ギリギリね」

 突如現れた蠱惑なる女神によって、黎斗の落下が一端止まる。否、空中で浮遊する形となった彼だが、それでも黒い扉との距離は近づく。黒く輝く扉が、まるで黎斗を吸い込まんとするが如く、彼のみを圧倒的な吸引力で引き寄せているのだ。

「忌まわしき魔女め。ここで姿を現すか」

 もはや肉体は消滅し、圧倒的だった存在感すら薄れゆく彼女の声が木霊する。

「お久しぶりでございます。申し訳ありませんが時間がありませんわ。さぁ、祝福と憎悪をこの子に与えてくださいませ!八人目の神殺しとなる運命を得たこの子に、聖なる言霊を授けて頂戴!!」

 本当は会話の一つと洒落込みたかったのだがそんな余裕はどこにもない。黒い扉の黎斗を引き寄せる力が、想像以上に強い。誰かはわからないが下手な神ではここまでの召喚を行使できまい。それほどの、力。パンドラですら両者が近づく速度を緩めることが精一杯なのだ。事は一刻を争う。

「……くくく。あははははははは!!!」

 もはや残滓も消えゆく美女が、告げる。

「よかろう。慢心の末の敗北とはいえ、負けは負けだ!! 喜べ水羽黎斗よ、貴様に最初に祝福を与えるのは、天地開闢の最後を司る国土創世の主にして生命を生み出す死者の女王だ!! 神殺しの魔王よ、壮健であれ。貴様を殺すのは妾をおいて他に無し!!」

 その言葉と共に、彼女の気配は完全に消滅した。

「ふふっ、そんなに負けたの悔しかったのかしらね」

 パンドラが苦笑するのと同時に、黎斗の姿が黒い扉の中に消える。

「ギリギリだったわね。さて、転移先は……あら? わから、ない……?」

 パンドラの力をもってしても分からない場所へ飛ばされたとでもいうのだろうか。だとしたら、何処へ。

「……まぁいいわ。アタシとダンナの息子ならなんとかやるでしょ。いずれどこかで会いましょう」

 その言葉を残してパンドラはこの空間から消え去った。彼女が居なくなるのを待っていたかのように、空間の崩落が激化していく。全てを無に帰さんとばかりに、あらゆる存在を呑み込み自壊を起こしていく―――





―――時刻は多少遡る
 翼を持つ者が2人、アルプス山頂付近で剣戟を繰り広げていた。漆黒の翼を持つ者は片腕を失い、純白の翼を持つ者は片目を失っている。全身の負傷具合は両者とも同程度といったところか。

「バラキエル、そろそろ倒れろ」


「ナメんなサリエル、俺様の悪運が火を吹くぜー!!」

 バラキエルは叫びサリエルへ突撃する。相手の剣を体で受けて、右手の剣で相手の瞳を切り裂く。全ては相手の邪眼を封じる為。

「ぐぉぉ……!?」

 体で受ける、という狂気じみた行動を予測できなかったサリエルは両目を切り裂かれたが故に、バラキエルに実は致命傷を与えていることに気づいていない。

「へっ、ざまぁねぇなサリエル。いくぜ、このバラキエル様一世一代の大博打ぃー!!」
 
 瀕死となってまでバラキエルが狙っていた切り札。召喚術。
 ただし、彼の術はひと味違う。何を呼び出すかわからないのだ。それは石ころかもしれない。子犬かもしれない。神々かもしれないし雑誌かもしれない。そして、この召喚術の真価は対象を呼び出す際に時空を超越すること。過去、現在、未来。そのいずれかから何かを呼び出すのだ。それはまさにハイリスクハイリターン。代償は己の命の一部。瀕死の彼のなけなしの命が、全て賭金((BET))へと変わる。
 賭博で有名な彼は最後の最後まで一攫千金を目指して果てた。
 薄れゆく意識の中、彼が最後に聞いたのはマヌケな声。最後に感じたのは、何かが自分の上に落下した感触。





「寒っ……」

 黎斗が意識を取り戻したのは、身体に冷たい何かが積もってきたからだった。うっすらと目を開ければそこには雪。田舎だった地元に匹敵するか、それ以上の量の圧倒的な、雪。

「な、なんでこんなに雪……?」

 さっきまで何をしていたのだろう。それが思い出せない。何故か記憶が混乱している、気がする。時間がたてば思い出せるということだけは、なんとなくわかった。

「ここは何処だ?」

 おそらく知っている場所ではない。誰かに誘拐されたのだろうか、とも思ったがせっかく誘拐した相手を路上に放置していくわけもなし。

「っつー……」

 全身が痛む。なぜ身体が痛むのだろう?

「ん……」

 黎斗が体を起こすと、そこは一面雪景色だった。ビルも無ければ電線も無い。自分の下に人がいることに気づき、慌てて退こうとして今度は剣に躓いた。

「痛っ」

 その声に反応するかのように、前方で止まっていた優雅なオブジェクトが動き出す。

「バーラーキーエールー!!」

「ヒッ……!?」

 狂気に染まった声を聞き、黎斗の本能が警鐘を鳴らす。

――ここにいてはいけない

殺気にあてられて立つことすら叶わず、四つん這いになって逃げようとするも、右足を鋭い痛みが襲う。

「あぁぁー!!」
 
―――いたいいたいいたいいたいいたい!!!!!!
 
蹴られて飛ばされ背が地にぶつかった。口から血が流れ出る。頭上には目を瞑った白い翼の男。剣をこちらへ向けてくる。 助けを求めて必死に周囲の大地に手を伸ばす。指先に、冷たい感触。男が振り下ろしてくる剣に恐怖を感じ、目を瞑りながらもそれを防ごうと手を前に出す。

ぶすっ、という生々しい感触。

「がぁ……」

 呻き声が聞こえ、目を開く黎斗。彼が突き出した剣は男を貫いていた。

「あ……あ……」

 もう限界だった。黎斗は意識を、手放した。 
 

 
後書き
そんなこんなでこちらで書かせて頂こうと思います

あとはそんな大規模修正は無いかと思いますがチマチマ修正しつつ投稿させて頂こうかと考えておりますので全部移動にはもう少し時間を下さい

それでは、しばしおつきあいを頂けたらな、と思いますがよろしくお願いいたしますっ 

 

§2 幽界にて

パチ、パチ、と駒の音が響く。

「ほれ」

「……詰み、か。また負けたぁぁぁ」

黎斗の呻きが屋内に響く。

「昔から比べりゃだいぶ強くなったよ。ここ数十年でだいぶ追い込まれる事が増えてきたしな」

 対局相手は、かつて現世で暴れた雷雨を操る英雄神。

 黎斗がこの地に住み着いて数百年が経つ。
 七大天使の一人サリエルを撃破した後気絶した黎斗は目覚めてから大変だった。自身が約千年前に跳ばされた事を知り激しく狼狽、逆恨みの如く神殺しを行い続けて日本まで戻ってきたのだ。この辺傍迷惑だったよなぁ、などと反省するも所詮は黒歴史である。もっとも、復讐の無意味さに気づいたあとは気楽に生きてきた。もっとも元凶たるバラキエルが復活したなら八つ裂きにしてやる、とは公言しているのだが。

「……通算何敗?」

「さぁ?」

「須佐之男命様が8762勝、マスターが91勝です」

 風鈴のような涼しげな声で足元から戦績開示をしてくれたのは黎斗にエルと名付けられた狐。もう100年程生きると千歳となるこの狐は黎斗の使い魔だったりする。まぁ人語を介し魔術を察知できる以外は普通の狐と変わりは無いのだが。

「勝負は既に終わってしまわれましたか」

 穏やかな声とともに襖が開く。微笑みながら入ってきたのは媛と呼ばれし瑠璃の美女。

「その様子ですと今回も黎斗様の負け、といった所でしょうか。 ……粗茶ですがお持ちいたしましたのでお飲みになって元気を出して下さいませ」

 半ば苦笑いの彼女からお茶を受け取る。

「あ、ありがとうございます。やっぱりスサノオに負けました。……勝率1%くらいか」

 自分の発言で落ち込む黎斗。欧州からシルクロードを旅して流浪の末に日本に辿り着いた彼は、須佐之男命と激戦を繰り広げた。戦いの後に芽生える友情というのは、どうやらマンガの中だけでなく実際にあったらしい。すっかり意気投合した彼らは幽世に引きこもり、将棋を指す毎日だ。須佐之男は時たま現世に関与しているようだが、黎斗はしない。時たまフラっと外に出るが、ここ数十年はそんなことなど全くなく、屋敷から出ることすら稀である。ダメ人間ここに極まれり、とは彼の弁。

「そういや黎斗、お前嫁とらんのか?神殺しを宣言すりゃ引く手数多だろうに。こんなとこに引きこもって。女嫌いか?」

 話題を変えようと未だにへこんでいる黎斗に須佐之男が尋ねる。

「よめぇー?人生=彼女いない歴の僕に何を…… だいたい神殺しを宣言してモテたところでソレ僕じゃなく神殺しっつー肩書きがモテとるだけやん」

 この流れ、何十何百と繰り返したお決まりの会話だったりする。

「こんのひねくれ者が……」

 呆れる須佐之男。ここまでの会話が予定調和。

「てめぇそんなんじゃ後輩の神殺し共に越されんぞ。俺との模擬稽古以外ここ数百年してねぇだろ」

 普段だったらここで「うるさいなぁ」などといった文句が返ってくるのだが、今回はそうならなかった。

「んー、しょうがないなぁ。ちょっくら現世行ってくるわ。百年くらいしたら帰ってくるから」

「そうそ……へ?」

「あら?」

「……気のせいでしょうか。私の耳に間違いがなければ今マスターが現世に旅立つ、と聞こえたのですが?」

 三人揃って意外そうな顔をする。自分の耳を疑うような表情。ここ数年脛齧りをしていた男が自ら発した外出宣言に呆然としてもしょうがない。
だいたい最後に出たのは実に一世紀以上昔なのだ。

「なによ、言い出しっぺは須佐之男だろ」

「こんなに簡単に行くと言うとは……」

「日本人に神殺しが居るんでしょ?会ってみようかな、と。エル、行くよ」

 そう言って荷物をまとめる黎斗。彼は自身の持ち物手早くまとめる。

「ん、じゃね。また今度〜」

 須佐之男が気を取り戻したのはしばらく後の話。

「……明日は嵐だぞおい」






 家族がこの世界には存在しない。須佐之男に頼んで調べてもらった。彼の調査でないのならば、そうなのだろう。彼が現世へ来た目的の一つは携帯電話の購入である。千年の永きを経て彼の携帯電話は故障したが、内部のマイクロSDは無事だと信じたい。保存した情報の中には家族、友人の写真といくつかのメール。つまり元々平成の世になったら彼は現世へ帰還するつもりでいたのだ。

「ん、これでいいかな」

「周囲に人はいませんよ」

 エルを隠すためのリュックを背負った黎斗は手頃な石を拾い権能を発動。石はダイヤモンドに変貌した。これを売り、資金源にする。
 強欲の悪魔、マモンの権能。宝石、貴金属の類を作り出す。金銀だけでなくレアメタルまで生成してしまうその力は世界の経済をあっというまに破壊可能な最強ともいえる力。作り出されたものは貨幣と異なりどんな時代でも価値を持つ。彼に資金難の文字は存在しない。まぁ、あまり大っぴらにすると目立つため少しで十分だろう。

 みゃー。みゃー。三毛猫が鳴く。飼い猫だろうか?毛並みが綺麗だ。

「宝石店、知ってる?」

みゃー。

「あ、マジ?ありがと。あとでキャットフード奢るよ」

みゃー。みゃー。

「御主人様が出張じゃご飯大変でしょ?気にすんなって。これから金持ちになる(予定)だからさ」

「……マスター。もうちょっと声を小さくした方が。端から見ると可哀想な人ですよ」

 背中からボソッと呟くエルの声。

「……ん、そだね」

みゃー。

「あ、お願い」

 さっきより声を下げ猫と話す。猫が歩き始め、彼は後ろをついて行く。
 命を持つあらゆる存在と意思疎通が出来る、それが悪魔カイムより簒奪した権能。鳥、虫、木々等々……彼は話し相手に事欠かない。彼らは友好的な存在が多く、彼の手助けをしてくれる。もちろん、彼も頼まれればできる範囲でだが手伝いをすることにしている。

 宝石店の女主人にダイヤモンドを十二万で売り払った彼はキャットフードを大量購入し猫を大勢引き連れて公園に長期滞在したためちょっとした注目を浴びることになるのだが、いかに彼といえどもこの時点でそれは予想できなかったのだった。 
 

 
後書き
ダイヤの値段をちょっぴり訂正してみたり 

 

§3 現世を満喫する魔王

 
前書き
ごめんなさい若干修正です






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「つ……詰んだ、だと……」

「マスター無様ですね」

 道端で冷や汗を流す水羽黎斗、ただいま絶賛迷子中。




 猫軍団に振る舞ったキャットフードの残骸を始末し黎斗が向かった先はラーメン屋。都会では目立つであろうエルはリュックの中に潜ませる。腹が減ってはなんとやら。醤油らーめん大盛り(学生は無料らしいので思わず大盛りにしてしまったが学生証がボロボロであったため学割は泣く泣く諦めた)を貪るように食べて会計を済ませる。1000年の時を越えて食べるラーメンは格別だった。何せ1000年近くの食事の大半が和食だったのだ。感動に震え泣きながら食べたら店主のおじさんにチャーシューをオマケしてもらえた。万々歳である。

「ふひぃ〜…… 食った食った」

 宝石を換金した時に調べてみたことだが保険証は黎斗が現在所持している物と形が同じ為使えそうである。もちろん、きちんと調べられれば「データ上では存在しない」保険証であることはすぐにわかる。が、そこまで調べられることは滅多にないだろう。つまり控えを取られない範囲で身分証明書を入手したことになる。鼻歌を歌いながら駅前商店街へ歩き出す。
 しかし、これが運の尽きだった。浮かれていた彼は「住処の確保」という最大の問題点を失念していた。アパートの空き部屋を調べるどころかどこにアパートがあるかすらわからない。木々や動物に聞いてみたが彼らにとってアパートとビルの区別は難しいらしい。ビルまで案内される事が多かった。アパートに案内してもらえても軒並み満室。

「ネットカフェに住む神殺しとか絶対バカにされるよぅ……」

 絶望に染まる黎斗の瞳。かくして冒頭の場面となる。





「冷静に考えりゃ住所なきゃ携帯電話って買えなかったかも……」

「携帯電話とやらを買えないのではマスター目的果たせませんね。私はネットカフェなるものを知りませんがカフェと名の付く建物に私みたいな狐入れるんですか?リュックの外に出られない、なんてバカな展開は勘弁してくださいよ?」

「……あ」

 いよいよもって万事休す。ディオニュソスの権能を使えば他人の家で生活することは出来る、がそれを良心が許さない。第一いずれボロが出る。他の権能はこの局面ではどうしようもない。時刻は午後3時を少し回ったところ。早く寝床を決めなければエルを連れている以上野宿になってしまう。野宿の神殺し(笑)と言われる自分を想像し落ち込む黎斗。

「なぁ、そこのあんた。どうしたんだ?」

「ちょっと護堂、私とのデート、という自覚がないの?」

「デートって…… とにかくへこんでいる相手を見て、放っておけないだろ」

「まったく…… まぁいいわ。お人好しな面は大目に見ましょう。またの機会を楽しみにしてるわよ」

 ……カップルか。カップルなのか。しかもラブラブの。
 妬ましく思いながらも優しき男性にお礼と相談をしようとして振り向く。

「イケメンカップルがおる……」

 相手と自分の容姿の差に愕然。ついでに生で見た金髪美少女に呆然。結果、第一声は情けない物になった。

「は?」

「あぁ、ごめんごめん」

 我を取り戻した黎斗は事情を説明する。エルはリュックの中で丸まって動かない。

(強大な魔力……神殺し?マスターの御同胞かな?彼女は……魔術師? 私じゃ相手になりそうにないですね。おそらく逃げるだけで精一杯)

 おそらく見られたら一発で妖狐とバレるだろう。厄介事を増やさないためにも、彼女は気配を押し殺した。




「ありがとー!」

「気にすんなって」

「うん!エリカさんも、デートの邪魔してごめんねー?」

「だからちが「あら、殊勝なのね」……エリカ、お前…… まぁ、また夜にな!」

 2人が、帰って行く。幸運な事に護堂の家の隣にマンションがあり、運良く部屋が空いていた。2階の端で日当たり良好。トイレ、キッチン、風呂ありで窓を開ければ外は綺麗。お買い得である。手続きをサラッと済ませ住所を手に入れた彼はエルと共に家を出た。目指すは携帯電話の購入及び護堂の通う高校への編入である。日本に来て初めての”人間の”友人だ。でも神殺しの魔王だから人間ではないのだろうか? 夕食を招かれているので用事はサクサク済ませたい。

 護堂の家の前で木々を眺める。

「ねぇねぇ、護堂ってどこの高校かわかる?」

…………

「ふむ、わかった。ありがとっ」

……

「ん?あぁ、その高校に転入しょうかな、と」

………………

「だいじょーぶ。これからよろしくね」

 木から高校名を聞いて歩き始める。迷ったら鳥に聞けばよい。まず入学手続き、それから携帯電話購入。須佐之男に友達ができたことを自慢し新居を伝えよう。そんな事を考えながら黎斗はのんびり歩き始めた。まず目標は携帯電話の復旧だ。




「ありがとうございましたー!」


 携帯電話を買い、転校手続きを済ませた黎斗は意気揚々と校舎を飛び出し早速須佐之男命に電話をかける。

「スサノオー!友達出来たんだよ!!あと住居も決まった!」

 嬉しそうに話す黎斗。彼からかけているせいか、須佐之男命が通話相手であるにも関わらず天候は晴れそのものである。

「うん、うん、まぁだいじょーぶでしょう。多分。第一、僕を神殺し——あぁ、カンピオーネだっけ? カンピオーネと知ることは出来ないよ。相手が本気になりゃ別だろうけど、一般人にしか見えない相手に本気にゃならんだろうさ。もっともお前やアテナ辺りだったら顔バレしてるから話は別なんだけど」

 笑みを浮かべて、彼は続ける。

「それに神の1人や2人で負けはしないよ。そんなヤワな人生送ってきてないって。……うん、油断はしないから大丈夫」

 関係者が知れば戦慄するであろう会話を続ける2人。夕方の商店街でそんなことが話されていることを知るのは、当事者のみ。

「ん、じゃあこの辺で。みんなによろしく」

 通話を切る。

「……!?」

———ふと、懐かしい、気配がした。
 平静を装い、周囲を見渡す。少し離れたところに居た。
 千年近く前に戦った顔。その力の前に逃走を余儀なくされた銀の髪を持つ美少女。
 だが、どこかがおかしい。

「アテナ……」

 彼女はこちらへ気づかず通り過ぎていく。僅かな違和感を残して。

「なんだ……? だいたいなぜ彼女が日本へ……?」

 アテナと昔戦った時はボロ負けしたものだ。結局、ディオニュソスの権能を限界以上に酷使して精神攻撃を行い逃亡したのだけれど。

「僕を追ってきた? いや違う。それならば幽世に殴りこんでくる選択肢だってあった筈」

 違和感が恐らく鍵だ。あの女神に何があったのだろう?

「マスター、アテナ様を気にするのは結構ですが六時になりますよ?」

「うわっ!? ヤベ!?」

 慌てて走り出す黎斗。戦いの日々から離れ平和に慣れきっていた彼は、アテナの事をすぐに頭の片隅から追い払った。





「お、おじゃましまーす……」

「ははは、いらっしゃい」

「嘘!? お、お兄ちゃんが同性の友人を連れてきた……」

「静花、お前は俺をなんだと思っているんだ……?」

 草薙家はとても賑やかだった。一人っ子である黎斗には、兄妹のじゃれあいが少し羨ましい。

「護堂が珍しく男の子の友達を連れてきたからね。少しいつもと変えてみたんだ。お口に合うと良いのだけれど」

 そう言って朗らかに微笑む護堂の祖父は、やっぱりイケメンだった。

「草薙家のイケメンは遺伝か……っ!?」

 草薙家のスペックを改めて思い知らされ、絶望する黎斗。

こーん。

 自分を無視するな、とばかりにエルが飛び出してくる。もし妖狐云々を聞かれても、ごまかしきる。2人でそう結論を出したため、黎斗はエルの存在を大っぴらにする。

「きゃー!! この子可愛い!!」

「おやおや、これは小さなお客さんだね」

「黎斗、コイツどうしたんだ?」

 三者三様の反応。狐はやっぱり珍しいらしい。護堂の反応ばかりはエルが「妖狐」であることに対してなのかは判断がつかないが。

「あぁ、地元で怪我してるトコを手当てしたら懐いちゃってさ。昼間はリュックの中に居たんだよ?」

 ……嘘は言ってはいない。嘘は。出会ったのが恐ろしく昔であるだけのことだ。

「名前!! 名前はなんて言うんですか!?」

 テンションがMAX状態の静花の発言に自己紹介をしていないことを思い出す。

「僕は水羽黎斗、コイツはエル。よろしくね」

 エルもまた挨拶するかのように、こーん、と鳴いた。






「ふひぃー。ご馳走様でした……」

「すげぇ食べっぷりだったな…… 腹壊すなよ?」

 千年振りの豪華な食事。ここでも黎斗は昼間のラーメン屋よろしく感激の嵐だった。口を開けば「おいしい」「うまい」「おかわり!」である。

「後半泣きながら食べてたよね……」

 静花など途中から箸を止めこちらを見ていたくらいだ。

「……あ゛」

 自らの所業を思い出す黎斗。

「ご、ごめんなさいぃ……」

 穴があったら入りたい、とはまさにこの事だ。友達になったばかりの家に来て五、六杯もおかわりをして泣きながら食べる。やりすぎである。

「いやいや、ここまで喜んでもらえると冥利につきるねぇ」

 そう言って笑う護堂の祖父に思わずジーン、とくる黎斗。

こーん。

 ごそごそエルが荷物を漁る仕草をする。

「あ、そうだった。エル、ありがと」

 思い出した黎斗は持ってきた荷物から一リットルのペットボトルを取り出す。中には透明の液体が並々と入っている。

「あの、これ。家から持ってきたお酒なんですけど。もしよろしければ、どうぞ。未成年は無理だからおじさんしか飲めませんけど勘弁してください」

 例によって権能で作ったものだ。少名毘古那神の権能の一つ。一週間に一リットルだけ液体から酒を生成でき、アルコールの濃度や味を自在に変えられる。好みの味を作れるが数量制限のせいで須佐之男命と2人で酒盛りをするときくらいしか役に立たない能力。メタノールなどを作り出しても、神との戦いに有効か、と言われれば疑問符がつく。エル曰く「微妙すぎる能力」である。こういう時には役立つのだが。

「おや、これは随分と美味しそうなお酒だね。ありがとう、あとでいただくよ」


「あ、そう見えます? よかったー」

 護堂の祖父の言葉に何故か自信げな黎斗。能力で作ったくせに偉そうに言うな、と言わんばかりにエルが飛びかかってきた。
 笑い声に包まれる食卓。夜は更けていく。







「みなさん、いい人達でしたね」

 時刻は9時を回り、黎斗とエルは草薙一家にお礼を言って帰路についた。黎斗は包みを抱えている。

「こっちに越してきたばかり、それも一人暮らしは大変だろう? 余り物で申し訳ないが、もしよかったら明日の朝食にどうだい?」

 護堂の祖父のその言葉に甘えさせてもらい、朝食を用意してくれた彼に何回もお礼を言った黎斗は、包みを落とさないよう慎重に階段を登る。

「マスター」

どことなく張り詰めたエルの声。

「わかってる。誰だろうね。スサノオくらいにしか住居教えてないんだけどな」

 自分達の部屋の前に、何者かの気配を感じる。須佐之男命の神力を僅かながら感じるので恐らく彼の子孫だろう、と適当に予想する。

「んー…… あなたがれーとさん?」

「……今日は美少女とよく会うなオイ。しかも巫女さん? 刀持ち? あー、なんかもうどーでもいいや……」

 巫女装束の美少女が、見覚えのある太刀を持って体育座りでうつらうつら船をこいでいた。予想外の光景に黎斗は一瞬固まってしまう。鍵をかけていたから入れなかったのだろうが、いつから居たのだろう?

「……とりあえず中にどーぞ?」

 夜は冷える。風邪をひかれたらたまらない。黎斗は昼間買ってきたココアを早速使おう、と思いながら客人を部屋に招き入れた。



「うん、あなたがれーとさんだね? 恵那は清秋院恵那っていいます。とりあえずこれからお世話になるかもしれないけどよろしくっ」

「まて、意味が分からない」

 自己紹介したらコレである。黎斗はフリーズ状態だ。

「えー、おじいちゃまから聞いてない?」

「おじいちゃま?」

 まるでおじいちゃまとやらが黎斗の知り合いであるかのような口ぶりだ。しかし悲しいかな、彼に知り合いと呼べるのは草薙家を除けば須佐之男命達しかいない。そこまで考えて、ふと思い出す。眼前の少女からは須佐之男命の神力を僅かながら感じるとれる存在であることを。

「……もしかしてスサノオのこと?」

 適度に冷めたココアを飲みながら尋ねてみる。

「おじいちゃまが親友が越してきたから挨拶しとけ、って。……そもそもれーとさんって何者? 気配は一般人。魔力も無いみたいだし。部屋見渡しても呪術的な道具無いみたいだし。でもただの人がおじいちゃまと知り合えるもんなの?」

 あ、ココアおいしいね、と飲みながら恵那は続ける。

「それに”他の人達にバレないように”挨拶してこい、ってのも気になるんだよね。れーとさんってもしかして危険人物でいろんな人から追われてたり?まさかその狐さんが原因ってわけじゃないだろうし」

 ……おいおい、この巫女。鋭すぎだろう。黎斗は内心舌を巻く。正体がバレればいろんな所から追われそうなプロフィールの所持者である気もするが自分では危険人物ではないと思う。まぁ一撃で都心を無に帰すことの出来る力を持っている人を安全人物とは言えない気もするけれど。
 どうする自分。まず須佐之男命に関しては将棋仲間……無理だ。絶対信じてもらえない。

「えっと……」

 いっそバラすか。一人二人バレても黙っていてもらえれば問題ないし。護堂にもいずれは話すわけだし。もう妖狐とバレてるんだし対して変わらないだろう。そう考えて口を開こうとする。

「昔ある事情がありまして。須佐之男命様と私でマスターのサポートをしています」

 「ナイスアシスト、エル!」と黎斗は心の中でエルに感謝した。しかし問題はここから。果たしてこの直感巫女から隠し通せるか。

「あ、そーなんだ。それにキミ、喋れるんだね。お名前は?」

「私はエルといいます。あ、術とかは使えませんよ? 感じとれるだけですので」

「あ、あら……?」

 巫女と妖狐の会話は瞬く間に話題を変え誤魔化し方を考えずにすんでしまった。黎斗はほっとひと息つきながらココアを口に入れる。とっても、おいしかった。
 巫女の隣には懐かしい剣。須佐之男命と打ち合った時に散々苦戦した神代より伝わる神剣だ。彼女が継承したのだろうか?

「どうしたの?」

 どうやら天叢雲劍を見ていたのがバレたらしい。笑って誤魔化す。

「ん。いや、ちょっとね。剣だなーって」

「恵那さん、マスターが変なのは昔からです。あまりお気になさらず」

 あんまりと言えばあんまりなエルの言い分に思わず苦笑いせざるを得ない。エルを軽く小突き外を眺める。
 先ほどまで月が見えていたのに、今は見えない。風雨が突然襲ってきたようだ。窓を雨が叩くのとほぼ同時に、携帯電話が鳴る。無論、黎斗のではない。

「あ、おじいちゃま?」

 どうやら須佐之男命との会話らしい。通話の度に嵐とは、相変わらずはた迷惑な神様だ。恵那と会話している須佐之男命を想像して顔が少しにやけた。彼はどんな顔をして彼女と会話をしているのだろう?

「えーっ!?」

 恵那の声に、意識を室内に戻す。どうやら須佐之男命と揉めているらしい。こっちを恵那がチラチラ見ている。もしかしてトラブルに巻き込まれるのだろうか? 黎斗の背筋に嫌な汗が流れる。

「バレないように、ってのが大変なんだけどなぁー……」

 聞こえてきた「バレないように」のフレーズで嫌な予感がビンビンくる黎斗。

「うん、わかった。やってみる! 祐理のためだもんね!」

 どうやら解決したらしい。恵那の張り切り具合がすごい。背景に炎がメラメラと燃え盛っているのが見えるようだ。

 「恵那さん、今のスサノオ?」
 
分かりきっているけれど一応確認。

「恵那でいいよー。 ってワケで、これからよろしくお願いします」

 そう言って三つ指をつき、深々と頭を下げる恵那。

「……へ?」

「恵那さん、須佐之男命様は何と仰られたのですか……?」

 突然の事態に硬直する主従。

「私の友達のお手伝いをしなきゃいけなくなっちゃってさ。この近辺に居た方が都合が良いんだって。で、れーとさんの住んでるココを当面の住居にしろ、ってことなんだ。おじいちゃまからさっき聞いたけどれーとさん寂しいと死んじゃう性格なんでしょ? エルちゃんもいるし恵那もいるから寂しくないよ」

 確かに寂しいのは嫌な性格だけれどさ、という黎斗の呟きはアッサリ流され恵那の爆弾発言は続く。

「こっから見つからないよう動かなきゃなのが問題なんだけどおじいちゃまが認識阻害の呪を込めた服を送ってくれるらしいからなんとかなるかな、って。だからこれから荷物とりに一旦帰るね」

 それだけ言って、恵那は部屋から出て行った。黎斗は荷物運びを申し出たものの「黎斗さんが動くと色んな人にバレちゃうからダメだよ」と言われたため自宅待機中だったりする。

「……人生初の同棲ですよ」

「須佐之男命様に見事に利用されつつからかわれてるカンジですけどね。女の子の頼みなら断らないだろう、的な」

「……ごもっとも」

 冷静なエルの発言に、黎斗はぐうの音も出ない。

「……手を出したらスサノオにロリコン呼ばわりされるんだろうなぁ。手を出すつもりはないけどさ」

 美少女なんだから男の家に泊まらせるなよ、とも言いたくなったが千歳を越えている彼が十代の少女に手を出したらロリコン扱いされそうで怖い。

「全てはスサノオの手のひらの上、か。多分僕の精神年齢二十いってないと思うんだけどなぁ」

 黎斗の溜め息はエルの付けたニュース番組の声にかき消された。荷物がかさばるから、と主に置き去りにされた天叢雲劍が反射を受けてキラリと光る。笑われた、と彼は思った。
 

 

§4 転校する魔王

 エルはベランダに居た。万が一管理人にバレたら黎斗はこの住居を追い出されてしまう。周囲をよくみて誰も見てないことを確認、隣の大木に飛び移る。

「丸一日暇ですし、探検しますか。マスターの故郷とやらを」

 そう言ってこそこそ走り出す。認識阻害等が使えれば堂々と走れるのだがないものねだりしてもしょうがない。車に気をつけて道路を渡る。妖狐が出歩いたらマズい気もするが妖力を抑えているのでカンピオーネとその彼女、もしくは恵那並みの実力が無ければバレないだろう、多分。
 もっとも恵那曰わくこの町は諸事情で術者が多いらしいので油断は禁物だが。

「お魚屋ないかなー」

 山吹色の毛並みを風に靡かせてエルは足を商店街に向けた。




「水羽黎斗です。よ、よろしくお願いします……」

 同じ頃、転校生として黎斗は若干緊張しつつ自己紹介をこなしていた。護堂と同じクラスである。正直これは予想外だった。席は右端の最後尾。流石に教科書を1日で全て揃えることは出来なかったので、授業は隣の人に見せてもらうことになる。
 幽世ひきこもり時代から暇つぶしに受験勉強をしてきたため、大学入試レベルならそこそこ解けるであろう彼にとって学校転入は勉強目的ではなく青春、もとい学生生活をエンジョイすることが目的である。授業なんて楽勝だ。元受験生舐めんな。そう、思っていた。

「……やっべぇ」

 正直、舐めていた。舐めていたのは自分のほうだった。勉強楽勝だと思ってましたゴメンナサイ。黎斗は自分の甘さに絶望する。カンピオーネの特性もあり言語は楽勝。問題は、理系科目、特に数学、確率がヤバい。学習指導要領が変わったとしか思えない。実際は忘れているだけなのだろうけれど。重複組み合わせ? 二項定理? 期待値? 問題集を眺めて脳が硬直する。解ける気が全くしない。

「なんてこったい」

 気合いを入れないと赤点生活だ、と危機感を強める。言語は適度に点数を落とすべきだろうか?妖狐を連れている上言語ペラペラだと警戒されたりしないだろうか? こんなことで怪しまれたらたまらない。不信の目は徹底的に摘み取るべきだろう。テスト時はほどほどに間違えて八十五点くらいを狙えば大丈夫だろうか? 自分が敏感になりすぎている気もするが用心に越したことはない。

「これで問題は……まぁ、大丈夫か」

 勉強という予想外の強敵の出現に慌てふためいたが、それ以外に彼に困る事態は発生しなかった。
 違うクラスに強大な霊視能力を持つ巫女がいるらしいが、彼はバレることを心配しない。
 「流浪の守護」———大天使ラファエルの権能。能力は単純明快、彼の持つ神力の類といった気配を消失させ、存在を一般人と同化させる。
 これが、彼が永きにわたり生存してこれた最大の理由。”戦いを避ける”力。神々が本気になって探ったところで、彼をカンピオーネと気付けるかはわからない。直接顔が割れている須佐之男命やアテナを別とすれば、彼をカンピオーネと見抜ける者はおそらくいないだろう。
 だから、警戒するのは日常からの露見。妖狐と言語で怪しまれ、護堂に探索魔術を使われたら叶わない。
 須佐之男命の話では現在のカンピオーネもやっぱり基本的に組織を作っているらしい。そんな真似は自分には無理だ。政治のゴタゴタは勘弁願いたい。バレて組織作成とか罰ゲームすぎる。

「護堂に黙ってるってのも心苦しいけどねー……」

 須佐之男命、エル以外にも愚痴れる仲間は欲しいものだ。そんな呟きは、休み時間の喧騒にかき消されすぐに消えた。




「ご、護堂先生流石です……」

 一見すると正統派ツンデレのオーラが見えるエリカがデレ100% しかも周囲の女子から彼に対する熱烈な視線を感じる。これが彼の権能なのだろうか?

「ったく、どこのギャルゲ主人公だよ……」

 思わず口に出してしまった。まぁ、あの二人に聞かれていないしいいや。などとぶつくさ言いながら自席で昼食を再開する。護堂に誘われてはいたものの、馬に蹴られて死ぬのは御免だ。他人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られてなんとやら、そんな単語が頭をよぎる。だいたいあの中に割り込む勇気など黎斗は持ち合わせていない。

「これか、これが勝ち組か」

 感傷に浸っていれば肩に手が置かれる感触。振り向けば三人の男子がそこにいた。

「オレは高木、こっちは名波、そして反町。我らは草薙護堂による美少女の独占に抵抗する非モテ同盟だ。男子転入生と聞いてどんなイケメン野郎かと警戒したが思ったより普通で安心した」

 さり気なく酷いこと言われてる気がするが高木と名乗った少年の雰囲気に黎斗は反論を諦めた。

「そして君の瞳に宿る嫉妬の炎…… 共に草薙護堂に対して天誅を下さないか?」

 ようはモテる男にモテない男共の嫉妬をぶつける、と。護堂と三人、どちらをとるか。
 黎斗は、迷わなかった。
 護堂、恵那の他に三人のメールアドレスを黎斗はこの日に入手することになる。ちなみに須佐之男命は適当ににかけても繋がるから登録の必要無し。神様万歳。

「……?」

 アドレスを交換している最中にふと、妙な気配を感じ廊下を眺める。美少女と目があった。彼女は驚くと慌てて目を逸らし立ち去ろうとする。最後に護堂の方を一目見て、彼女は立ち去った。ピンポイントでカンピオーネを見ていたということは彼女が件の巫女だろうか?
 しかし、ありえない。「流浪の守護」が展開されているのだ。現に護堂もエリカも気づいた気配は無い。それなのに彼女は気づいたとでも言うのか。

「マジか…… いや、まさかね」

 彼女の事は、後でエルに相談しよう。

「……? どうした? 水羽」

 高木の声。急に調子が変わったので困惑しているようだ。

「ん、ごめんごめん」

 苦笑いと共に返事をする。

「しかし万里谷さん、いつ見ても素晴らしいよなー」

「万里谷さん?」

「……あぁ水羽はまだ知らないのか。さっき廊下からこの教室を覗いていたのがこの学校のアイドル万里谷祐理さんだ。我がクラスのエリカ様と並ぶ二大美少女」

 反町の解説を受けて先の巫女の名前を知る黎斗。万里谷裕理という名をしっかりと脳裏に記憶する。帰ったら恵那に聞いてみよう、同じ巫女どうし友達かもしれない、などと考えながら彼は次の授業の準備をする。
 次は数学。油断禁物だ。赤点カンピオーネなぞ須佐之男命辺りに爆笑されてしまうだろう。




「マスターの気配が察知された? そんな馬鹿な。いかにその巫女様とやらが強大な力を所有していたとしてもまつろわぬ神々にすら通じる、神殺しの権能を突破できると思えないんですが」

 下校時間にエルと合流し黎斗は昼の件を相談したが、エルも見解は一緒だった。では、彼女がこちらを見ていたのは偶然だったのだろうか?

「偶然にしても確率は天文学的でしょうね。マスターの外見って冴えない高校生ってカンジですし。一目惚れとかあり得ないし。現実考えたら目が合った幸運噛み締めてりゃいいんじゃないですか?」

 ……この狐様はいつからこんなボロクソ言うようになったのだろう? 事実っぽいのがまた反論をさせない雰囲気で少し悲しい。

「……て、ちょっとまって。マスター、”流浪の守護”弛んでます。僅か、ですが」

 しばらく静かにしていたエル、突如爆弾発言。

「……へ?」

 思考が止まったのは1秒にも満たない間。すぐさま感覚を研ぎ澄ませる。風船の内側から、小さな穴を探すイメージ。

 ———見つけた。穴を塞ぎ急ピッチで修復、他の箇所も探すが漏れている所はこの場所だけのようだ。

「……あ、大丈夫です。もう漏れてません。しかし、この程度の弛みで察知とかその巫女さん尋常じゃありませんよ」

 エルの言うとおり、彼女の霊視能力は危なすぎる。下手を打てばすぐにバレてしまいそうだ。脳内要注意人物筆頭にその名を記す。

「マスター、平和ボケしすぎです。展開の仕方がいい加減だから気配が外に漏れるんです。ここは幽世とは違うんですから。……まぁ、私も言われるまで気づけなかったんですけどね」

 しかしそのエルに言われるまで術者たる黎斗すら気づかなかった。安穏と過ごしすぎたか。

「今まで引きこもってたのが裏目にでたのね。あっちじゃ適当ですんでたからなー……」

 須佐之男命に大口をたたいておきながらこれは少し情けない。気落ちした自分を励ますように自販機で紅茶を購入。景気づけに一気飲み。心機一転。

「うし、もうヘマはしない!」

「ま、私としてもそれを願ってますよ。缶ジュースを一人で買って一人で飲んでせっかく気合い入れておきながらヘマしたら情けなさ過ぎますしねー」

「……」

 この狐は淡白だった。紅茶を一人で飲み干したのがお気に召さなかったらしい。そういえばこの狐様は紅茶が好物だということを忘れていた。今から買おうにもさっきので最後だったらしく売り切れ。

「……ちゃっちゃと帰って休憩しますか」

 どうやら帰宅してからの最初の仕事はエルのご機嫌とりになりそうだ。きっとキツネに頭が上がらないカンピオーネも、やっぱり自分だけだろう。自由奔放をしていると噂に聞いた後輩達を想像して、ほんのり切なくなる。いつか自分も彼らのようになれるだろうか? ……なったとしたら自分は何を望むだろう?
 傍若無人の例としてもっとも一般的(だろう、と黎斗がかってに思っている)酒池肉林を想像してみる。要素として挙げられるのは酒、食料、好みの異性達、それらを用意する経費。こんなところだろう。
 資金……マモンの権能があるから問題外。「金をよこせ!ぐへへへ〜!!」なんて馬鹿な真似をする必要がない。寧ろ多すぎて使いきれない。純金の宮殿を全ての国に建造することだって余裕なのだから。
 食料……ありあまる財に任せて買い漁る。流石に食料を作り出す権能は持ち合わせていないが少名毘古那神の力で農業するのも悪くない。
 酒……少名毘古那神の権能によりやっぱり問題外。好みの酒を作れてしまうので買う必要もなし。まぁ、問題にはならないだろう。
 好みの異性、もとい女。暴君の必須事項にして歴史上の亡国に学ぶまでもない最重要項目……無理。美女侍らせるとかそんなキャラじゃないし。数人居るだけでお釣りがくる。っか心臓が破裂する。気後れするレベルの美女によるハーレムとか精神が耐えられない。土下座して逃げ出す自信がある。まぁ、実現可能か不可能か、という事なら余裕で可能だったりする。恐るべしディオニュソス。

「あれ……?」

 なんだ、全部実現可能ではないか。天上天下唯一独尊を普通に出来そうだ。もしかして自分は位人臣を極めた全てを超えしもの?

「HPは1000万〜♪」

「……マスターが壊れた」

 失礼な発言を繰り返すエルにデコピンをお見舞い。黎斗は帰り道を意気揚々と歩き出す。狐との力関係、というそもそもの考えの出発点を、忘れてしまったお気楽モード。

 天気がいつの間にか崩れていることにも、闇が濃くなってきていることにも、気づかない。

―――神の気配が、強まっていることにも。 

 

§5 課題山積みの魔王

「あれ?」

「……マスター、暗い中でそんなことすると目が悪くなりますよ」

「うん…… っーかテレビつかない……」

 無人の部屋に帰宅した黎斗。「ただいまー」と虚しく声を響かせつつ彼は首を傾げて尋ねる。

「エルー? ブレーカー落ちてる?」

「んなもん私にわかるわけないじゃないですか。マスター調べてくださいよ」

 このアパートはブレーカーが各自の台所上にある。キツネであるエルに判別できないのはしょうがない。

「やれやれ……」

 ブレーカーは落ちていない。となれば、停電か。窓の外も、軒並み真っ暗だ。視界を魔力で増強しなければ歩くことすらままならない。

「停電とかついてないなぁ……」

 静寂が支配する闇の中、突如携帯電話から軽快なテンポの曲が流れ、暖色系のランプが点灯した。深紅のランプは恵那のものだ。

「エル、恵那からメール。今日明日は合宿だって。言うの忘れててゴメン、だと」

 恵那としても黎斗のアパートに住み込むことが決まったのも突然だったわけだし連絡を忘れるのもしょうがないか。ちゃんと連絡くれただけ御の字だと黎斗は彼女に感謝した。

「恵那さん今日は居ないんですか…… やっぱり少し寂しいですね」

 恵那が居れば停電して暗い雰囲気でも明るくしてくれたかもしれない。そんなことを思いつつ再び外に意識を向け、彼はようやく気がついた。

「ははっ…… ホント情けないなこりゃ」

 思わず自嘲してしまう。

「? マスター?」

 こんなにも、明確な気配を見逃していたことに。

「エル、外の気配、探ってみ」

 呪力、魔力、神力の濃厚な気配。かなり、いや、すごく強い。意識を研ぎ澄ませれば圧倒的な死のオーラを感じ取れる。
 これに今に至るまで気付かなかった自分は本当に平和ボケしすぎている。

「……!?」

 絶句するエル。

「明日から二人。仲良く修行ね」

「そうですね…… 正直、鈍りすぎてて笑えません……」

 索敵がこれだけ出来なくなっていると、黎斗にもし「流浪の守護」が無ければ、つまり相手に対し絶対的な隠密能力を持っていなければ。相手に容易く奇襲を許してしまいかねない。
 決意してから数時間と経たないうちにこの有り様。まったくもって、笑えない。
 だが、今は反省している場合ではない。
 闇の中目立たないように紺色の服とジーンズに着替え、更にその上からバレないように冬物の黒いコートを羽織る。エルを肩に飛び乗らせ扉をしっかり施錠する。防犯は大切です。準備万端。監視の目が無いことを一応確認し彼は夜空へ飛び立った。
 認識阻害と消音。二つの術をかけた黎斗は、忍者よろしく屋根の上を疾走する。消音の呪のおかげで、音は気にしなくてすむ。ソニックムーブを起こさないギリギリの速度で気配を強く感じる方向へ。状況が掴めない今、権能の発動は抑える必要がある。移動は自らの足で行った方が安全だろう。

「まぁ、順当に考えれば今ドンパチやってるのは護堂とアテナかな」

 護堂が何の神の権能を簒奪したのか、黎斗は知らない。しかし最近と聞いているので、おそらく一柱。果たしてあの女神を倒せるのか。黎斗は否と考える。彼女は新米のカンピオーネの相手にしては強大すぎる。手負いだったとはいえ、複数の権能を持っていた黎斗ですらかつてはあの女神を前に逃亡を余儀なくされたのだ。

「あの金髪の女の子も、かなりの手練れだと思います。アテナ様が本気で挑まない限り、あの方々は敗北なさらないでしょう」

 アテナ。昨日すれ違ったときのあの違和感はいったい何だったのだろう?今でこそ感じられないが、あの時感じた妙な気配が気になる。エルと会話しながらも黎斗の焦点はそこにあった。

「会って、確かめるしかないか」

 




 黎斗は足の裏に魔力を込め、跳躍。この事件の火消しに奔走しているらしい人間達(役人なのだろうか?)を眼下にひと息で越える。電柱の上を跳ね、ビル群を易々と飛び越え、壁を垂直に爆走する。その速度、方法共に常軌を逸していた。
 故にエルは思う。特撮物の撮影と誤解されかねないこの非常識な行動。もしかしたら認識阻害をする必要はないのではないだろうか。この光景を見た人間全てが自分の目を疑い、まばたきをする頃には黎斗はもうその場にはいない。よって彼らは自らが見た光景を目の錯覚として処理するだろう。
 更に黒いコートを羽織っておりご丁寧にフードまでした黎斗の顔を見ることは至難の技だろう。術者にしたところで黒コートの怪人、という認識で済むような気がする。黎斗=黒コートの怪人、と推測するのは厳しいだろう。わざわざ認識阻害なぞしなくてよい、と。
 黎斗曰わく警察の能力を舐めたら足下をすくわれる、らしいが本当に黒のコートという手がかりだけで犯人を絞れるものなのだろうか。生のほとんどを幽世で過ごしてきたエルにはそこの感覚がわからなかった。必要ないと思い話してもなお主が必要と判断したということは、きっと必要なのだろう。エルには強引に納得する他はない。自らのマスターたる黎斗にエルは全幅の信頼を置いている。

「……認識遮断、もうワンランク上げるよ」

「マスター、わざわざそこまでなさらなくても」

「こっから先にいる術者はそれなりに強いっぽい。現状で突破しようとすれば多分彼らも違和感を感じる。違和感与えるのは得策じゃないかなと思ってさ」

 どうやら主は完全に自身の情報を秘匿したいらしい。魔王らしく堂々介入すればいいのに、と思いながらも返す言葉は決まっている。

「わかりました。全てはマスターの望むがままに」




 「ありがと」と声を発した黎斗は認識遮断を一段階上昇させ、速度も更に上げて走る。ソニックブームを防ぐ術を知らないため、風操作の術で代用。ただし使い慣れないため調子に乗ってスピードを出し過ぎるわけにはいかない。
 術者の真後ろを何回か通ったがそよ風すら吹かず認識不可とあれば彼らが気付かぬのも無理はない。
 川上を走り足に魔力をこめる。壁を踏みしめひときわ高いビルの屋上に飛び降りた。

「やーっと、見つけた……」

 魔王の見下ろす先にいるのは、新しき魔王と戦の女神。

「あぁ、あっちに他の皆様はいらっしゃるのね」

「あちらの方々が神と魔王の戦いに介入するのは些か厳しいかと」

「だよねぇ…… やっぱバレるの覚悟で援護するか……?」

 折角ここまで気付かれずに来たのだから最後まで影でありたい、と思うのだがそんなちっぽけな願望のために友達をほったらかし周辺地域の被害を無視するというのは外道だろう。

……「来い、古より畏れられし神殺しの神槍」

 言葉が紡がれると同時に、黎斗の影が水面のように揺らめいた。影の中に棒が浮かび上がる。彼によって引き抜かれたソレは幾星霜もの時を経て、すっかりボロボロになってしまった長い木の棒にしか見えない。呪力など欠片も発さず、軽くふっただけで壊れそうだ。

「思い出したまえ。呪われしものどもを罰し」

 黎斗が言葉を発するたびに、棒に亀裂が入っていく。

「主、憐れみたまえ」

———瞬間、棒が砕けた。内部より漆黒の長柄物が現れた。数世紀の時を越え再び神殺しの槍が顕現する。

 飾りの全くない質素な槍が黎斗の手に収まる。二メートルくらいだろうか。流浪の守護を展開してさえいなければ地上の二人も気づいたであろう、凶悪な程の呪力。所有者に栄光をもたらすと伝えられるそれは名をロンギヌスという。

「……流石にメンテ必要だったか。まさか棒きれに戻ってるとはね」

 苦笑いをしながら、ロンギヌスを軽く振り異常が無いことを確認する。

「少なくともここ四百年は使っておられませんでしたししょうがないと思います」

「さて、いきま……え?」

 いざ行かんと下を眺めた黎斗は予想外の光景に目を丸くした。

「光の……剣?」

「……あれ絶対ヤバいですよ。傍目に見てこれだけ危険なんだから…… あれ? もしかしてアテナ様負けた?」

「流石にそれはない……だろう、うん。大打撃受ける程度じゃないかな? 多分。なにあの剣……」

 顎が外れたように見つめることしか出来ない主従。いざ援護しようとした矢先、意味不明な剣により戦局がひっくり返りそうな気配だ。神や魔王の戦いは不条理であるとはいえ、目の当たりにすると驚きを通り越して呆れてしまう。

「神力を直接攻撃したのか? ゲームで言うならMP攻撃? それとも特殊能力破壊?」


 幽世で引きこもりをやっていた黎斗は、まつろわぬ神と戦った事は数あれど、同族たるカンピオーネが戦うのを噂で聞いたことはあっても、傍観者として見るのはこれが初めてだ。やっぱり傍観者になってみると迫力が凄い。最初に見た他人の権能が非常に強力であったが故に、我を忘れて二人の戦いに見入ってしまうことになってしまった。





「護堂、強いね」

 我を取り戻し、感心したように呟く黎斗。何の権能か依然彼にはわからないが光り輝く剣がアテナの神力を大幅に減らしてしまったことにより互角の争いを繰り広げる両者。急いで来る必要なかったのではなかろうか。なんとかなりそうだ。そう思いながらアテナの方を見る。流石と言うべきか、予想以上にしぶとかった。

「あー、アテナの方が余力あるっぽいなこれ」

「護堂様は善戦なさっていると思います。しかしアテナ様は闘神でもあらせられる。一枚上手なのはやむを得ないかと」

 介入するか。黎斗は考える。いくら鈍っていたとしても、ここで彼が参戦すればおそらくアテナには勝てる。だが、それでよいのか。

「護堂にも強くなってもらった方がいいよねぇ。なんかこれからも多くのトラブルに巻き込まれるような気がするし」

「正体がバレるのがイヤだから介入しない、とは流石に言われませんね」

 どことなくからかうようなエルの声。

「あたりまえですー バレたら幽世に戻るだけで済むっつーの。そんなことで友達見捨てませんー」

 方針はここに決定した。傍観である。ただし護堂が危なくなったら即座に介入する。彼にはこの先生き残るため、まつろわぬ神を安定して倒すための戦闘経験が必要だろう。
 アテナが有利な状態を維持し続けられるか、護堂が会心の一撃を与えるか。パッと見、前者に見える。
 先に動いたのは、護堂。なにかを呟いた、と思えば突如空が明るくなり、天から太陽が降ってきた。

「え? えー!?」

 慌てる黎斗。護堂は一柱の神から権能を簒奪したのではなかったのか。

「複数を扱うタイプの権能ですか…… 条件型? 代償型? 複数タイプでこれだけ強大ならノーリスクなんて甘い話はないでしょうし」

 これでノーリスクだったら酷すぎる。光り輝く剣とこの太陽を乱発されれば黎斗だって負けかねない。とくにあのチートじみた剣。しかし剣を連続使用してこないあたり一回使ったらインターバルが何日か必要なのだろう。

「っはー…… マジかよ、あの女神サマ太陽防いでるよヲイ…… この人たちこわい。苦手だろうになんで防げんのよ」

 アテナが必死に防いでいる様子を見る限り、これが正念場なのだろう。護堂も流石にこんな大火力技を複数持ってはいないだろう。というか、持っていたら自分の立場が無い。黎斗は大火力を一つしか持っていない。

「この調子だとアテナが防ぎきって護堂の負け、か。……悪いねアテナ。介入させてもらうよ」

 七大天使・サリエルの権能、「我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)」を発動する黎斗。エルが面白がってつけた名前だが、長くてかなわないため結局黎斗もエルもこの名で呼ばない。サリエルが邪眼を持つ天使として有名なため邪眼で意味が通じるからだ。「名付ける意味ありませんでしたね」とエルが苦笑いをしたのは懐かしい記憶だ。黎斗が二番目に――この世界に来てからは最初だが――に手に入れた権能である。
 能力は明快。視界内の呪術の一切を無効化。任意で無効化の対象から外すこともできるが基本的に無差別無効化だ。多くの権能は莫迦らしいほどに強大すぎるため、無効化こそできないものの視界内に捉えている限り弱体化させ続ける。手軽で単純、特に魔術師に対し凶悪な効果を発揮するので使い勝手がよい。守りの鬼札。「流浪の守護」のおかげで権能を発動させても他者に気付かれることはない。この程度の神力なら流浪の守護で隠蔽が可能なのだ。
 狙うは、アテナが現在進行形で展開している闇の守り。






「ははっ・・・!! 勝負あったな、草薙護堂よ、妾の勝ちだ!!」

 額に汗を浮かべながらも、アテナは高らかに宣言する。敵の真の切り札が"白馬"であることなど叡智の女神たる彼女にはお見通しだ。防ぐのに十分すぎるほどの余力を残してきた彼女は、その力をもって太陽を防ぐ。
 今でこそ敵は猛攻を仕掛けてきてはいるが、これさえ耐え凌げば敵にもう彼女への有効打が存在しない以上勝利は決まったも同然。敵の従者が持つ剣も余裕を持って防ぎきれる。この太陽もじきに弱まり消滅する。その時が最大の勝機。
 アテナの読みと判断は正しい。
———この場に水羽黎斗という存在がいなければ。

「……!?」

 背筋に突如、悪寒が走った。誰かが、自分を見ている。この感覚は昔にもあった。忘れもしない、自分の前から平然と逃亡したあの神殺しの時と同じもの。たしかこの視線は術を弱体化させてしまう。
 支える足場が、少しずつ、少しずつ崩れていくような、そんな不安な気分にさせられるこの感覚。自身を纏う力が、だんだん消失していく。

「この感覚は、まさかッ……!?」

 思い出すのは、ディオニュソス(みうち)の力で自身を蹂躙した最悪の少年。彼が、居る?

「これで終わりだ!」

 思わず戦場の外へと意識が飛ぶ。そしてそれを逃すほど草薙護堂は甘くない。

「……しまった!!」

 アテナの思考はそこまでだった。
 いつの間に刺さったのだろう? 胸を貫くのは獅子心王の剣。しかし、それはあくまで切り札を通すための布石にすぎない。
 均衡を保っていた太陽と闇。そのうちの片方が弱体化したらどうなるか。均衡が崩れたことにより莫大な熱量が彼女を襲う。
 アテナを、太陽が飲み込んだ。その輝きは辺り一面を焼き尽くさんばかりに眩く、誰も目をあけていられない。






「……まぶしー。なにあのふざけた太陽。代償支払った形跡ないっぽいしケンカ売ってんの?」

 どことなく拗ねた口調の黎斗。彼の戦闘系権能は単純な破壊力なら先ほどの太陽を上回るものもあるものの代償が洒落にならない。使いどころを間違えただけで死亡しかねないハイリスクハイリターンな力。ノーリスクである(ように見える)護堂の権能を見て理不尽を感じるのはやむなしといったところだろう。

「でもまぁ、これで終わったね。……しっかし鈍ったなぁ。ヤバいかも」

 苦虫を踏み潰した表情の黎斗。原因は邪眼だ。
 邪眼の消去効率が悪すぎる。現役時代の半分にも満たないのではないだろうか? おまけに視界内の全てを無効化する筈が対象のみの無効化、と性能自体も全盛期とは雲泥の差。これでは凹んでも無理はない。

「須佐之男命様との試合では大抵能力使用しないで戦っていらっしゃいましたものね」

 エルはある程度この状況を予想していたらしい。言葉に淀みがない。

「サリエルでこれなら他も推して知るべし、か…… アーリマン、ツクヨミ、ディオニュソス辺りはリハビリだなこりゃ」

「ですね。でもスーリヤ様、テュール様みたいな代償が致命的なのはどうなさるおつもりですか?」

「うーん、昔の勘を取り戻せたらなんとかなると信じよう、うん」

 黎斗が挙げた権能はエルが口にしたものと異なり制限が無い、又は比較的軽いものばかり。これらから少しずつ実力を取り戻していこうと心に決める。現状では武術でこそ勝てても権能が原因でまつろわぬ神に負けかねない。

「まったく、今日は反省が多いなぁ。課題も山のように見つかるし散々」

「気づかないよりはよろしいかと」

 エルの言うとおり発見できてよかったのだろう。戦闘中の誤算は敗北に直結する。即ち、死。そう思い直した黎斗はロンギヌスをしまい未だ騒がしい現場を眺める。

「……護堂、お疲れ様」

 最後に一言呟き、黎斗は踵を返す。見られないように帰る必要があるのだ。無事帰宅できるまで、気を抜くことは許されない。更にこの場には実力者が犇めいているのだ。難易度は到着時よりも跳ね上がっていてもおかしくはない。認識阻害を念入りにかけ、慎重に、しかし迅速に。
 あらゆる建築物倒壊し、融解し、粉砕され、クレーターが出来てしまった戦場を背景に、一人と一匹はこっそりその場を後にする。









「……マスター」

「ん?」

 エルの声に上機嫌な声音で返事する。よくよく考えれば100%望んだ通りとは言わないがそれなりに望んだ結果を手に入れたので気分は爽快だ。

「夜、あけますね」

「あぁ、そうだね」

 やっぱり、夜明けは綺麗だ。太陽が夜闇を切り裂き万物を照らす。ああ、今日も新しい1日が始まる。

「新しい、一日……?」

 頭から冷や水をぶっかけられたかのように、瞬間的にテンションが下がった。顔色がどんどん悪くなっていく。

「て、徹夜……?」

 そんな馬鹿な。せいぜい数時間の筈だ。いつの間にこんな時間が過ぎた?

「マスターが迷子になった時間、プライスレス。夜の町、しかも見知らぬ地域なら仕方ないかもしれませんがカイム様の権能を使えばよろしかったでしょうに。妙な意地はるから……」

 エルの声も耳に入らない。このままだと、授業で寝てしまう。というか、宿題が終わっていない。———それ以前に現在何処にいるのかすら、わかっていない。

「いやああぁ!!!?」

 雄鶏の鳴く直前、黎斗の絶叫が周辺地域に響き渡った。 

 

§6 アテナ編あとしまつ

「はぁ……はぁ……」

 静寂が支配する空間に、1人黎斗の声が響く。全身が真っ黒ですすだらけ、両目が充血し血の涙が流れている。左目は、輝きが全くない。

「やはり、大技使うと流浪の守護がぶっ飛びますね。上手く隠そうとしても強大な気配を数秒垂れ流し状態に。アーリマン、スーリヤ、テュール、ツクヨミは使用要注意ですよ」

 半径十数kmはありそうなクレーター。その広大なクレーターの外から声を張り上げるエル。空間を歪める程の威力で抉られたそこは、あまりの熱量に未だ大地より煙が立ち込め中央部の視認が叶わない。
 ふらふらと、そしてゆっくりとこちらへ向かってくる自らの主は今にも倒れそうな雰囲気を身に纏っている。

「そろそろ恵那さんが帰ってくる時間帯です。現世へ帰還しましょう?」

「そだね、ちゃっちゃと風呂に入って汚れ落とさなきゃ」

「左目、大丈夫ですか?」

「久々だけど大丈夫。1日くらい誤魔化しきれるさ。明日休日だし」

 太陽神スーリヤの権能。黎斗の所有する力の中で最大の破壊力を誇る。威力、範囲共にこれを凌駕する力は、黎斗の1000年近い人生でもお目にかかったことはない。これに次ぐ破壊力を持つのは、黎斗の知ってる範疇においてはおそらく護堂の太陽召喚だろう。それですら、かなりの違いがある。
 その超威力の代償は、1日の間左目が使えなくなること。また、攻撃範囲が広大なのでおいそれと使うことはできない。半径数m程度ならともかく半径十数km以内を全て消滅させる力は使い勝手が悪すぎる。街中で使うなどというのは論外だ。昔1回海の上で使ったのだが、瞬時に水蒸気の煙が周囲を覆い、冷水が熱湯に代わりゆでだこになった生物の死骸が、常軌を逸した悪臭と共にプカプカ浮かぶ様はトラウマだ。しかも津波が発生するというオマケつきである。なんとか被害は防げたものの、これでは怖くて使えないだろう。ちなみに、あれ以来黎斗は焼いた魚を食べられない。魚の皮の焦げ目を見るたびにこのことを思い出すのだからしょうがない。





「うし、風呂ー!!」

 現世に戻るなり叫ぶが早いか黎斗は風呂へ直行した。恵那の超人的な勘で怪しまれないため、という理由もある。
 護堂とアテナの戦いの翌日から、黎斗は訓練を開始した。バレないよう幽世で。幽界なら人目を気にせず力を振るえる。授業が終わったら幽世へ。ツクヨミで自身の時間を加速し、他の権能をぶっ放して訓練。鈍りきった今では倍速しか出来ないからたいして効率が良くはないが、加速時間の倍率を全盛期まで戻せれば、スーリヤの1日左目使用不可という代償も加速時間内で約半日以上消化できる。次の日の朝には復活だ。
 だが、それまでは日常生活を片目ですごさねばならない。周囲に露見したらおしまいだ。それを防ぐため黎斗1日引き篭もっていられる休日を訓練に当てている。恵那は休日も色々忙しいらしく日中滅多に家に居ない。だから、休日。
 もし、今まつろわぬ神が出現しても弱りきっている黎斗では敵わない。そこは護堂にお任せだ。エルは呆れていたがしょうがない。今のままの碌に権能を使えない状態では連戦になったら詰む。それがエルとの共通認識だった。






「ふぃー、風呂あがっ……!?」

 その後は言葉にならずに絶句する。視線の先には、お茶を仲良く飲むアテナとエル。
 ……なんだこれは。

「む、意外と早風呂だな、古き王よ。これが烏の行水というやつか?」

「アテナ様どこでそんな言葉を覚えられたのですか?」

「いやいやキミ達……」

 事情についていけない黎斗。アテナは何故この場所がわかったのだろう?

「古き王よ、御身も相当鈍っておるな。そこまで気配を隠していないのに妾の存在を察知できないとは」

 彼女の言葉に息を呑む黎斗。これが好戦的な神だったら終わりだ。まだ全快でないであろうアテナであったことに感謝するべきか。

「……ふむ、すぐさま戦闘とならんところは相変わらずよのう。傷ついている今の妾なら鈍っているあなたでも楽勝だろうに」

 はう、と気の抜けたように息を漏らしながらお茶を飲む様子を見ていると、なんだか気を張っている自分が馬鹿のように思えてくる。

「んなことせんわ。で、なんでここがわかった?」

 ココアを飲みながらアテナへ尋ねる。智慧の女神は智慧を司るのであって、直感や予知を司る訳ではないだろう。日本に無数にある建造物の中から、数日のうちにここを見つけ出す術が勘以外に存在するならば、それは脅威以外の何者でもない。

「簡単なこと。古き王、あなたはたしか、気配を打ち消す力を常に纏っておる。ならば妾の呪力を誰にも気づかれぬようこの地域に薄く撒けばどうなるか? あなたがいる所だけが、妾の呪力が消滅しているように見えるのだよ。あとはその痕跡をたどるだけ」

「流浪の守護は気配を遮断する。展開領域は僕及び僕に触れている物。だから、足元に存在するアテナの呪力も踏んでる間は外界から遮断してしまっていたワケね……」

 なんという出鱈目な方法だ。呪力の無駄遣い以外の何者でもない。しかし、黎斗を発見するにはうってつけの方法であることも事実。流石は智慧の女神というべきか。完敗である。

「さて、種明かしもしたところで本題だ。あなたはあの日、妾に邪眼を放ったな?」

「うん。悪いけど、あのままだと護堂が負けただろうから横槍入れさせてもらったよ」

 あのままだと被害が甚大になるし、と続けて話す。アテナは目を瞑り黙っている。

「……決闘に介入したこと、やっぱり怒る?」

 おそるおそる、尋ねるのは、ここで戦闘をしたくないから。正々堂々の戦いを汚しておいて今更コレはないよなぁ、と心の奥底で自嘲する。

「別に。何時、何処で、何が起こるか予測がつかないのが戦というものだ。とくにこの国ならばあなたの妨害を予想して然るべきだ。しかし何故姿を現さなかった? 900年程前のアレはあなたは負傷していたが今回はそうではないだろう。今のあなたなら妾とも戦えるはずだ」

「うーん、ちょっと事情がありまして……」

 苦笑いする黎斗の様子を眺めるうちに、アテナの表情が意地の悪い笑みに変わる。

「ほぅ…… さては草薙護堂に神殺しであることを隠しているな?」

 あっさりバレた。まぁ、当然か。隠していなければ共闘すればよかったのだから。

「うん。だから口裏合わせてくれないかな?」

「……妾にそれを頼むか?」

 いかにも呆れた、という様子のアテナ。

「妾にそれを聞く義理も道理もないぞ。むしろ草薙護堂に告げてやろうか悩んでおるわ」

「僕の正体がバレないほうが護堂が成長するでしょ。味方のカンピオーネが居なければ否が応でも頼れるのは自分だけだ」

「アテナ様も草薙様と再戦なさりたいのでしょう? 強い敵と戦いたいのではありませんか?」

 口には出さずにそっと心の中でエルのアシストに感謝し、彼女の様子を伺ってみる。

「ふむ、やつを鍛えるためか。たしかに一理ある。彼には我が敵として十分な力を備えてもらい、その上で大戦といきたいものだ。よかろう、その案を呑んでしんぜよう」

 えっ、何この展開。予想外に早い納得って何よ。まさか護堂、アテナも落とした!?
 ……などと黎斗の驚愕をよそにしばしの沈黙の後肯定的な返事を返すアテナ。

「あなたと戦っても良いと考えていたのだが、どうやら今のあなたは先の戦いで力を消耗した私では相手にならないようだ。古くは不覚を取ったが次はいかぬぞ。まぁ今回はおとなしく茶会としゃれこもうか」

「あ、マスターおかわり」

「……なんともまぁアナタ方ごーいんぐまいうぇいですな。いやいいけどね」

 ため息をつきながら空となったアテナとエルの茶碗に抹茶を入れる。

「ただいまー。やっぱり神様いたんだ?この感じだと外国の神様?」

 恵那が帰宅したらしい。この場の言い訳どうしよう?っか彼女は何故外国の神の気配を当てられるのだろう? 野生児の超感覚で済ませられる次元ではないだろう。黎斗の頭を無数の疑問が駆け巡る。

「あ、おかえりなさーい」

「うむ。誰か知らぬが邪魔しておるぞ。……お主も隅に置けないのう」

 ニヤニヤ、という擬音がもっともふさわしいであろう表情でアテナが脇を小突く。嫁か何かだと思われているのだろう、きっと。この場での反論は不利だと黎斗はすばやく話題転換を図る。

「おかえりぃ。今アテナ様とお茶会だよ。抹茶とココア、どっちがいい?」

 アテナ様、ときちんと様付けにする。無駄な努力のような気もするのだがするにこしたことはないだろう。

「んー、抹茶でお願いしていい?着替えたらそっちいくね」

 返事だけよこしてアッサリ部屋の奥へ引っ込んだ恵那。1分もしないうちに着替えを終えて居間に舞い戻ってきた。上機嫌で黎斗とエルの間、アテナの向かいに座りニコニコとしている。

「れーとさんおじいちゃまの他にアテナ様ともお友達なんだ。普通の人とは思えない交友関係だよねぇ」

「スサノオはともかくアテナ様は微妙に違うんだけどな・・・」

 須佐之男命は友人だがアテナはまだ友人候補だろう。さっきまで戦いの予定を話していたのだから。黎斗は戦闘狂(バトルジャンキー)ではないし、戦う人=友達なんて図式も無い。

「ほぅ…… そなたが……」

 今の僅かなやりとりだけで、恵那の立場と黎斗がカンピオーネであることを彼女に隠していることを察したらしいアテナは余計な発言を控えたらしい。意味深な笑みを浮かべながら抹茶を再びおかわりする。

「あ、抹茶ありがと。れーとさんだけココアなんだね。みんな抹茶なのに」

「まさか抹茶をみんなして飲むとは思わなかったんですー」

 玲瓏な声音で笑う恵那にしかえしの意味も込めて表面張力ギリギリまで抹茶を注いでやる。

「あ、あー、こぼれるよー」

「マスター、精神年齢低すぎですよ……」

 悲しい人を見るようなエルの目がとても痛い。すごく痛い。まあこれは自業自得なのだが。隣で恵那がこぼさないように必死で飲んでいる光景とアテナがクックッと笑う様子が見える。

「くっくっくっ。まさかこんなに幼稚な人間だったとはな」

「精神年齢は肉体に引きづられるんですー」

「また屁理屈を……」

「まて黎斗よ、その論理でいったら妾はどうなる?」

 事情を知らない恵那が居ることでわざわざ黎斗、と呼び方を変えてくれたアテナの反論に、黎斗は何もいえない。ここには彼よりも長生きで外見は幼い癖に精神は成熟している存在が居ることをすっかり忘れていた黎斗は押し黙る。

「れーとさんの負けだね」

 こぼさずに飲みきった恵那の自慢げな表情が、ただただ恨めしかった。今度は熱湯をそそいでやろう。そう心に誓う黎斗、(外見年齢は)17歳のある日の夕方。外でカラスが、アホーと鳴いた。
 

 

§7 欧州の大魔王、襲来

—————どうしてこうなった。
 対面に座る護堂が助けを求める視線をこちらへ向けてくる、が勘弁願いたい。いや、むしろ助けてほしいのはこっちの方だ。ひとにらみして黙ってもらう。本日何度目かもうわからないが、ためいきを吐いた。隠す気力はとうの昔に尽きている。

「ホント、どうしてこうなった……」




 時間は昼休み前に遡る……
 箸を運悪く落としてしまった黎斗は箸を洗いに教室から水場まで足を運んでいた。時間はそう、5分あるかないかというところだろう。その間に「何か」が起こった、のだろうきっと。
 教室の扉を開けた瞬間、黎斗と助けを求めるような護堂の視線が重なった。周囲を見渡せば、取り囲むような男子生徒。中心に居るのはやはり護堂とエリカ。2人の傍に居るのは霊視能力がすごい巫女。

「……ok なるほど」

 大体状況が予想できてしまった。しかし、この後の展開を予想できなかったのが黎斗の明暗を分けることになる。

「護堂ってばマジ漢だな……」

 そんなことを思っている間に、事態は取り返しにならないところまで進行していたようだ。彼らが行動を起こし始めた。どうやら席を移動するようだ。まったく、ご苦労なことである。

「ホラ、黎斗行くぞ」

「ゑ?」

 気づけば護堂は黎斗の弁当をご丁寧に持っている。

—————コイツ、僕も巻き添えにする気だ!!

 戦慄する黎斗。女性陣を見るが既に2人ともこの場にはいない。護堂に半ば引きづられるように、黎斗は教室を後にした。高木をはじめとする男子生徒諸君が哀れみの眼差しをむけている。気分はドナドナだ。
 こうして今の状況がめでたく完成となってしまった。
 エリカが自分のみ例外的に食事等に参加することを許しているのは、エルを連れているからである、と黎斗は思っている。完全な一般人が妖狐を飼いならすことはまずない。つまり必ず何かある。敵対する気配は現時点ではないようだが要注意。日常の中で正体を暴く。おそらくそんなところだろう。アパートの方を盗聴等しないのは、相手の実力がわからない以上盗聴が危険と判断したのか、はてさて盗聴がもたらすメリットと露見した際のデメリットで天秤にかけたときに比重がデメリットのほうに傾いたのか。黎斗にはわからないが多分どちらかだろう。時々、彼女から探るような視線を向けられることだし。護堂とのいちゃつきを邪魔しないからというのも理由に含まれている気もするけれど。
 普段はこのおかげでぼっちを回避できていたのだが、今回は恨まざるをえない。誰が好き好んで痴話喧嘩に参加せにゃならんのか。リア充爆発しろ。口には出さずに呪いを呟きながら、弁当をつっつく。
 あまり得意ではないと言っていたが、恵那お手製のお弁当は自分で作る何倍もおいしかった。

「……で、いいよな? 黎斗」

 護堂の呼びかけに、意識を再びこちらへ戻す。

「え? ごめん聞いてなかった」

「だから今日エリカを家に連れて行かなきゃならないんだけど万理谷と一緒に来てくれないか? 俺だけじゃこいつを抑え切れそうにないし」

 これ以上痴話喧嘩に巻き込むのは勘弁してくれ。あやうく口から出てしまいそうになったこの言葉をあわてて飲み込む。流石に酷か。もうちょいオブラートに包んでいってあげよう。

「今日はちょっと宿題がたまっててヤバいからうれしいけどまた今度に」

 途端にこの世の終わりのような表情をする護堂。ちっとも悪くないはずなのに罪悪感が沸いてくる。

「ん、時間が出来たらお邪魔してもいい?」

「おう!」

 エリカに向けて勝ち誇る護堂の顔に心の中で思わず付け足した。必ず行くとはいってないんだけどな、と。エリカもそれをわかっているのか不敵な笑みは健在だ。そっと護堂に合掌しておくことにしよう。





「マスター、これ不足してる食材のリストです」

 帰宅するなりちょこちょこと足元にやってきたエルはどうやって書いたのやら、メモ帳に不足食材のリストを持ってきた。……字が上手い。下手したら自分より上手かもしれない。

「……字、書けたんだ?」

「幽界に居る間ひたすら練習してましたから。私はただの狐とは一味違うのですよ? あ、私も行きますので認識阻害お願いしますね」

 得意げなエルの頭を撫でて買い物袋に持ち帰る。恵那にメールを打って出発。ちなみにエルは魔力が殺菌の役割を果たすのだろうか、何故かノミがつかずばい菌を持ってこないので衛生面では食材売り場に連れて行っても問題ない。バレなければ。当然バレたら大目玉だ。もっとも認識阻害を仕掛けるからまず発覚することはないのだが。

「買うべきは……主に炭水化物と魚、調味料ね」

 恵那がどうやってかよくわからないが、野生動物の肉やら山菜をとってきてくれるおかげで、肉や野菜の調達を気にせずに済むようになった。難点は肉が鹿やら熊となり豚肉や牛肉が食べられないことだがまあそれは贅沢というものだろう。どこから狩ってきたのかわからないが狼1匹を丸まる持ってこられたときには流石に困ったけれど。ニホンオオカミは絶滅していたハズだからあれは外来種だったのだろうか?

「ついでに資金調達もしてしまいましょう。はい、コレいらないであろう無駄な紙」

 そういって差し出された紙はチラシ、授業で使われた数学のプリントetcetc・・・
 念のため目を通してからマモンの権能を発動させ、大量のダイアモンドの板に変換する。これだけ売れば10万はいくだろう。よくもまぁ、これだけ集めた物だ。換金してからスーパー、ついでに薬局もよって洗剤買おうかと頭の中で道順を組み立てる。もう慣れたから迷いはしない。きっと。




「あとは洗剤買って終わりかな」

 買い物袋に結局入りきらず、ビニール袋をもらってしまった。2円の値引きをしてもらえなかったのが少し残念だがしょうがない。人の気配がないことを確認して、自らの影に袋をしまおうとしたが、許容量オーバーで買い物袋はしまえたもののビニール袋はしまえなかった。術というのは便利といえば便利だが、時々妙に融通が利かない。袋の1つ2つでたいして変わるとは思えないのに。
 そんな家への帰り道。街路樹がいきなり、ざわめいた。カイムの力で、街路樹と会話を取ろうと試みる。どうにも嫌な予感がする。こういうときの勘はえてしてあたるものだ。

「どうしたの?」

ざわ、ざわ……

「え? 誰それ?」

ざわ……ざわ……

「場所は、わかる?」

ざわざわ……

「そっか、ありがと。こっちで探してみるよ」

 街路樹との会話を終えると、アパートへの帰路を急ぐ。洗剤はまたの機会だ。買い物を全部部屋において、黒いコートをとってこなければならない。

「マスター、いったい何が?」

「なんかヤバいカンピオーネが来日したんだと。木々の恐怖がここまで伝染してきてる。一体全体そやつは何をしでかしたんだろうねぇ。いったん帰って、外出準備」

 今は左目が利かないが我が侭をいってはいられない。敵はおそらく関東、十中八九東京にいる。木々がここまで恐怖に震える、ということは広範囲破壊を幾度も繰り返しているのだろう。ぺんぺん草すら残らないぐらいに蹂躙しなければここまで木々はざわめかない。

「ロクな事態じゃないことは明白だけれど、常識的な範囲で事が済みますように」

「マスター、多分願うだけ無駄です。動物的勘ですけど」

 神に祈るなり我が家のキツネ様に即否定された。エルの勘は馬鹿にできない。元野生動物だからか命がかかわる状況でのエルの勘はよくあたる。戦いになりかねない事態なので今度もきっとあたるのだろう。憂鬱だ。

「そんなため息ばっかつくと幸せ逃げちゃいますよ? イヤなら放置しとけばどうです? もっともその場合護堂様に全被害が行きますけど。多分」

「そーれーを防ぐんだって。とりあえず敵情視察といくよ」

 帰るなり買った物を部屋に山積みにして黒いコートを羽織る。パッと見不審者に見えないこともないが認識阻害をかけるので問題はない。敵の場所がわからないから「みんな」の恐怖を辿っていくことにしよう。




「ぜぇ……ぜぇ……」

「マスター、日が暮れちゃいましたよ……」

 恐怖の元を辿ろうと探索を開始して早3時間。時刻は8時を回ったところだ。近くまで迫れているのはわかるのだが絞り込めない。相手の力があまりにも強すぎてこの周囲全てから気配を感じてしまう。カンピオーネが滞在しているのだから魔術的防御を備えている建物かと推測したものの周りの建物全てに結界が張られていてはお手上げだ。流石にそこまで甘くはなかったか。唇をかみ締める。

「ミスったな…… こんなことになるならもうちょいスサノオから探査系の術教わっとくんだった」

 もうちょい歩いて収穫がなければ退却しよう。明日の授業に差し障る。なにより、いくら認識阻害をかけているとはいえ、夜にここをふらふらと出歩いていれば「同類」だと知られてしまいかねない。そこまで考えて空気の違いに気づく。

「……エル」

「囲もうとしてますね。気配が皆無であることを考えると死者かと。数は……ごめんなさい、わかりません」

「ん、十分だよ。ありがと」

 流石に認識阻害程度ではカンピオーネを騙す事は出来なかったらしい。包囲しようとしている敵のもっとも甘い部分へ駆け出す。ロンギヌスは、顕現させない。出そうものなら次にあったときに今回のことに関してしらをきることが出来ない。今回はあくまで「正体不明の存在を撃退した」と相手に認識してもらわなければ困るのだ。正体が発覚すれば今までの苦労がおじゃんになってしまう。よって権能は使わない。

「この程度で僕を止めるなんてムリだよ。さよなら」

 そっと呟き、死人の群れをすり抜ける。かなりの手練れのようだが、敵ではない。包囲に失敗した死人たちは、こちらへ向かってくるがなんら脅威となりえない。このまま逃げさせてもらおう。

「ふむ、尻尾を巻いて逃げるかね? 少年。」

「……チッ」

 屋根の上、100m程のところに人が居る。彼がおそらく噂のカンピオーネだろう。やはりバレたか。舌打ちを思わずしてしまう。大丈夫だ、フードを被っている以上相手はこちらの顔まではわからない。

「魔力を感じない癖に認識阻害をこうも巧妙に仕掛ける。我が”死せる従僕”を赤子同然にあしらう。貴様も我が同胞だろう。気配を断つ能力は珍しいな。ずいぶん若いことといい将来が楽しみだ。あぁ、先に無断で君の所領に入った非礼をわびよう」

 余裕を感じさせるその口振り。護堂と勘違いしているのだろうか。だとしたらまずいか。すばらしく偉そうなその口ぶりに、お前より長生きだと言い返してやりたいが言ってやろうか。今生きているカンピオーネで自身が最年長なのは確認済みだ。

(まぁでも年齢なんて飾りだしなぁ……)

 内心複雑に思いつつ、指摘するのは諦めた。所詮は魔王(カンピオーネ)、何を言っても無駄だろう。


「私を探りに来たのだろう? はるばるご苦労。君は私の名を知っているだろうが私は知らぬ。名乗ってもらえるとありがたいのだが」

 こちらの心情など露知らず、対面する後輩((・・))はこちらの素性を問うてくる。人に名前を聞くときは自分からだろう、と言ってやりたいが、ここで機嫌を損ねるとこの後の交渉が上手くいかなくなりそうなのでグッと我慢の一言だ。

「……水羽黎斗。僕は貴方を見なかった。貴方は僕を見なかった。僕はここを去る。それで手打ちにしよう」

「貴様は何を言っている? ……まぁ良い、もし私から逃げ切れたら今夜のことは忘れてやろう。せいぜい私を楽しませろ」

 フードをとり、相手を見つめる。交渉が上手く行き過ぎて、黎斗としては少し怖い。

「その言葉、二言はないね? 明日までに見つけられなかったら今回の件は忘れてもらうよ」

「私を誰だと思っている? そしてその条件でかまわんよ。それよりも本当に私から逃れられると思っているのかね?」

 余裕の表情を崩さない相手。隙は全くないので戦うのは苦労しそうだが逃げるだけならなんとでもなる。

「楽勝だね。」

 死人の投擲した槍が黎斗を貫こうとして———すり抜けた。

「ほう」

 相手の気配が、余裕から警戒へと変わる。

「これは、お返しだよ」

 声と同時に飛来する短剣が従僕達を貫いていく。

「ぬうっ!」

 ヴォバンは自身に向けられた数本を雷撃で残らず撃ち落とす。迎撃に間に合わずなんとか逸らした一本が、彼の襟元を少し裂いた。

「あら、外したか」

「くっ……!?」

 余裕そうな態度にヴォバンは歯噛みするが、できたのはそれだけだった。目の前でふらふらしている相手は、とてつもなく強い。本能がそれを感じている。何気なく放ったのであろう短剣の数々は、彼にとっても看過できないものだった。それを、あれほど容易く。油断無く黎斗を見つめるヴォバンだが、彼との邂逅はあっけなく時間切れ(タイムリミット)を迎える。

「じゃあね。せいぜい頑張って探してちょうだいな?」

 黎斗の体が、闇と同化していく。同時に撒き散らされる邪気が、コンクリートに刺さった槍を灰に帰していく。黎斗の言葉を最後に、完全に消失してしまう。

「……!?」

 流浪の守護はその瞬間、解除されていた。アーリマン、夜の権能は悪の最高神としての能力。闇と同化し、周囲に邪気を撒き散らし、生命の命を奪い去る。長く浴びればまつろわぬ神ですら奪えてしまうその凶悪な力は流浪の守護で抑え切れなかったのだ。完全に闇と同化した瞬間、流浪の守護は効力を失った。
 1000年を超えるであろう時を生き、膨大に溜め込まれた魔力が噴き出した。劣化していた流浪の守護の上からアーリマンの権能を使ったのが原因か、流浪の守護に穴が開いたのだ。彼の気配が露出したのは、日本で初めての事。容易に観測できてしまう、突如出現した、神にも匹敵する謎の莫大な力。一瞬だけとはいえ、未だかつてない事態に、正史編纂委員会をはじめとする各種組織は大混乱をすることになるのだがそれは余談である。





「……逃げられたか。いや、助かったというべきか」

 相手の気配を見失ったヴォバンは、知らず知らずのうちにでてていた汗をぬぐう。おそらくあの少年はもう捉えることは出来ないだろう。気配を遮断する術を持つ存在を”死せる従僕”で見つけ出すのは至難の業だ。なにより、消え去る直前に感じた魔力。あの強大な力の持ち主に無策で挑むのはいくら自分でも厳しいだろう。

「ふん、まぁいい。次に会うときはその命、貰い受けるとしようか」

 誰もいない空間に、死の宣告が読み上げられる。次の決闘に心を躍らせ、東欧の魔王は姿を消した。 

 

§8 逃亡した魔王の反省会

「ミスったなぁ……」

 ヴォバンの前から消え去った黎斗は、東京タワーの先端部分で姿を現した。流浪の守護が一瞬といえど解除されてしまったのは大きい。あのまま直接家に帰ると呪力を辿れば身元の割り出しが容易だろう。念のため慎重に帰る必要がある。

「バレちゃいましたね。逃亡には成功したと思いますけど、先程マスターの神力が流出してしまいましたからこれから厳しくなりますよ。いくら魔力を感じなくても私みたいな妖獣を連れている時点で術者に狙われる危険性も」

「こんなことでバレるなんてなぁ…… アーリマンじゃなくてツクヨミの権能で逃亡すべきだったか」

「どちらにしろそのレベルの権能の行使に流浪の守護が耐えられたとは思えませんけど。幽世の訓練忘れちゃいました? それに力を使わずに逃げるのはいくらマスターでも厳しいでしょう。相手も同じカンピオーネであるようですし」

 エルの言葉はおそらく現実になる。なんにしてもこれからは今まで以上に行動に気をつけねばなるまい。エリカだけでも大変なのだ。他の人間までもが監視に加わることを想像するとぞっとしてしまう。

「しばらくは幽世行くの控えてネットでもやってるか」

「うっわ……」

 肩の上で呆れてるキツネを無視して三百メートル以上の高さから勢い良く飛び降りる。認識阻害だけでなく複数の術を起動する。失敗して正体がばれてしまえば現存する最古のカンピオーネとして祭り上げられる運命が待っているであろうことは明白。そんなのはまっぴらゴメンだ。これだけ駆使すればまず露見はしないだろう。

「ん?」

 突如、流れ出すメロディ。携帯電話が点滅している。電話番号000-0000-0000、このありえない番号をかけてくるのは、須佐之男命。

「もっしー?」

「よう、なに、お前。結局正体バラすワケ?」

 流石、すぐに見抜いたか。まぁ彼なら黙っていてくれるだろう。そんな期待を胸に秘め返答する。

「違う。ミスった」

「ふーん。まぁいいや。そっち居られなくなったら戻ってこいさ。お前が居なくなってから戦う相手がいなくてつまらん。んで、本題だ。頼まれてた件”7”人目の魔王、草薙護堂について。どうやらやっこさんは軍神ウルスラグナの権能を簒奪したらしい。ま、これは組織の人間の調べたことだからホントかウソかはしらねぇがな」

 須佐之男命の持つ人脈を使って護堂の権能を調べてもらっていたのだが、予想外に早い。調べる、という経験が無い黎斗は早くて2ヶ月はかかると予想していただけに1週間かからないというのは嬉しい誤算だ。

「ありがと。にしてもウルスラグナ、か。最初護堂に会った時に感じた妙な感覚はアーリマンとウルスラグナが反応したのかな?」

「さてな。そこらは専門外なんでわからん。2神ともミスラの盟友という点は共通してっからな」

 ペルシャ神話などあまり馴染みのない黎斗にとってこのレベルの知識となると完全に未知の領域だ。そして須佐之男命がここまで知ってることに疑問を覚えてしまう。彼は異国の神々を積極的に調べようとする性格だっただろうか?

「なんでそんなに詳しいの? ぶっちゃけ大抵の人はアーリマン=悪だと思うんだけど」

「そこは、お前の持つ力だし?」

「さいですか……」

 理由がイマイチ納得いかないが強引に納得する。神々の持つ理由なんてものは大抵理解不能な理由だし。これ真理。

「んで、話変わるが恵那はどうだ? 」

 何故か嫌な予感がする。雰囲気がガラリと変わったせいだろうか? こう、タチの悪い酔っ払いの絡みみたいな。

「どう、って?」

「お前、外見は恵那のやつと同じような年だろ。年若い男女が一つ屋」

 通信回線を切断する。三十六計逃げるにしかず。この手の話題で勝てる気がしない。

「マスター、切っちゃってよかったのですか?」

 肩で沈黙を貫いていたエルが、ひそかに笑っている。終始会話を聞いていた筈だろうに、趣味が悪い。
 答える代わりに、街道を走る速度を上げた。アパートまでもう少しだ。





「ちっ、あんにゃろー。途中で切りやがって」

 電話を切られた須佐之男命は不平を漏らす。それを見て笑う姫君と黒衣の僧。

「流石の黎斗様も口では御老公に敵いませぬゆえ、仕方ないかと」

「然り。然り。黎斗様に今回はしてやられましたなぁ」

「まるで剣では黎斗がオレより強いような言い方じゃねぇか。オレはまだ黎斗のやつにそっちも負ける気はないぜ」

 心外だと言わんばかりの須佐之男命の苦言にますます笑みを深める二人。それがますます須佐之男命のぼやきに拍車をかける。電話なら話題を強制終了させる切断、という手段がとれない須佐之男命に出来ることは、二人のからかいを耐えることだけだった。

「御老公、今の方は? 清秋院様以外に通話とは珍しい」

 事態を静観していた、背広姿の男が口を開く。古老の一角たる彼は、正史編纂委員会の重鎮として普段現世に存在しているので黎斗と直接面識はないのだ。もっとも、基本的に引きこもっていた黎斗と面識があるのは須佐之男命達三人くらいのものなのだが。

「お前はそういえば会ったことなかったな。電話の相手はオレのトコの居候だよ」

「居候……?」

 要領を得ない、といった表情の男に対し、黒衣の僧が補足に加わる。

「日本に現れた最初の羅刹の君。御老公と激戦の末、引き分けたお方です。ついこの間、現世へ行かれました」

 背広の男は唖然とする。今こいつは何と言った? 草薙護堂以外のカンピオーネが日本にいたというのか?

「羅刹の……君?」

「左様」

「な!? そのようなこと、我々は認知しておりません!!」

「そりゃあ、話さなかったからな」

 黒衣の僧の話に取り乱す男にあっさりと返す須佐之男命。

「このことはここだけの話だからな? 絶対現世で漏らすなよ」

「……おっしゃる意味がわかりかねます」

「アイツは自分の存在を秘匿することを望んでいる。下手に探ると火傷じゃ済まない痛手を被るぞ。オレもバラしたことアイツに知られたら何言われるかわかったもんじゃねぇ」

 途中からぼやきに変わった須佐之男命に引き続いて、黒衣の僧が、意地悪く笑う。

「あのお方、普段は温厚ですが正体を探られたなら激昂して国の一や二つ易々と滅ぼすでしょうなぁ」

 男の顔が真っ青に染まっていく。自分が今知った情報は、「知るべきではない」情報だったのだろうか? だが、日本のためにはここで情報を得ておいた方が良いことも事実。須佐之男命達の話が事実ならば、海外の結社は「居候」のカンピオーネを知らない。これは大きなアドバンテージになる。

「……どんな能力かお伺いしても?」

 恐る恐る、という表現がピッタリの表情で問いかける。一歩間違えれば待っているのは国を巻き込んだ破滅だ。慎重すぎて困ることはない。

「話してやってもいいんだが、アイツは権能多いから全部説明すんのはめんどくせぇ。洗脳したり束縛したり真似したり周囲を消し飛ばしたり。連戦になると怖くもなんともないが1対1ならつえーぞ。権能抜きの純粋な武術でもオレと張り合えるしな。なに、そんな怖れなくてもオマエがここで聞いたことを忘れてしまえば問題ないだろ。さっさと忘れろ。お前が黙ってさえいれば、みんなが幸せってなぁ」

 今度こそ、男は完全に沈黙した。権能を使わない武術で目の前の神と互角というのは戯言だと信じたい。この神が認める実力者とは、どれほどのものなのだろうか。

「……時が満ちるまで、このことは胸の内に秘めておきます。ご教授、ありがとうございました」

 しばしの沈黙の後、一礼と共に男が告げる。直後に姿が喪失したが誰も気に留めない。現世に戻ったことを皆が知っているからだ。

「随分慌ててたな」

 須佐之男命が杯を傾け、黎斗が調合した世界に二つと無い美酒に酔いしれる。

「御老公が脅かしすぎましたな。まぁ、問題は無いでしょう」

 黒衣の僧が笑いながらつまみを食べる。

「くれぐれも黎斗様を怒らせないようにお願いいたしますね」

 姫君の呟きが聞こえているのかいないのか、男達の酒宴が始まる。





「ただいまー」

 夜の9時になろうかという時間にようやく帰宅に成功する。追っ手の気配も監視されている様子も、ない。

「おかえりなさーい。晩御飯食べよ?」

 そういって準備を始める恵那の後姿が見える。

「……もしかして待っててくれたの?」

 まさか、と思いながらも聞いてしまう。

「うん。流石に家主様を無視して食べるのは気が引けるしね。一人で晩御飯っていうのもつまんないし」

「……すみません」

「…………ごめんなさい」

 思わず土下座してしまう。お腹が空いていただろうに、料理を作って更に待っていてくれる優しさに申し訳なさで胸がいっぱいになってくる。

「いいよいいよ。待ってたのは恵那の勝手だし。あ、お風呂も入ってるけど先に入ちゃう? 急用があったなら疲れてるでしょ?」

 笑顔で風呂を先に勧めてくる恵那。まさにいたせりつくせりである。外出理由の詳細を隠してカンピオーネを探しに行っていた黎斗としては罪悪感しかない。ここで先に風呂などというわけにはいかないだろう。

「先にご飯いただくよ。洗い物は僕がやるから先にお風呂入っちゃって」

「私も洗い物の手伝い……は出来ませんね…… 布団敷いてきます」

 いうが早いか駆け出すエル。食事先にしようと言う暇すらなかった。補足しておくとこのアパートは多くの部屋があるわけではない。某幻想殺しの人と違い黎斗には浴槽で寝る根性はない。つまり居間に恵那、エル、黎斗の順で布団(エルは籠の中に柔らかい毛布を敷き詰めるのがお気に入りらしいので厳密には布団、籠、布団の順であるのだが)を敷いている。エルが真ん中で寝ているのはエルが最終防衛線だからだ。恵那があんまり気にしてないようなので内心複雑な気分の黎斗である。

「……」

「……」

 しばし無言の末、恵那と2人で苦笑い。おそらく口で引っ張って布団を敷くのだろうが、布団を破かないように敷くのは至難の技だろう。そんなことを考えていた矢先、雪崩が崩壊するような轟音が響く。夜更けにこの音は近所迷惑以外の何者でもない。次いでエルの助けを求める悲鳴が届く。

「マスター!! つーぶーれーるー!! 助け……!! 重……!! 」

 おそらく布団を押入れから引っ張り出したまではよかったがその後で押しつぶされたのだろう。エルの大きさならば、布団でも十分脅威になりえるような気もする。

「夕食の前に、エルの発掘作業だな。こりゃ」

 じたばたと抵抗する音がだんだん小さくなっていく。疲れてきたらしい。恵那と再び笑いあい、黎斗は居間へエル発掘に向かっていった。早く行かないとまたキツネ様にへそを曲げられてしまう。とっとと敷いて、ご飯にしよう。

「あのカンピオーネはまた明日でいっか」

 課題は全て後回し。いつもこれで首を絞めているのだが気にしない。あの男がトラブルを起こさないよう神に祈って黎斗は今後の方針を考えることを諦めた。 

 

§9 戦禍来々

 昨夜なんだかんだいって行かなかったことに、護堂から恨みの視線を受けたのが朝の話。そしてその護堂は今男子チームに混ざり無双を繰り広げているエリカに呆れている。

「マジか・・・」

 呆然と呟く黎斗。魔力を使っている様子が全く無い(もっともこれは使うまでも無いということなのか正々堂々ということなのかはわからないが)にもかかわらず男子軍団を圧倒しているのが凄まじい。勝てる気が全くしないので黎斗は応援に回っている。
 黎斗の身体能力は、ただの人間にすぎない。最初に死んだ神、ヤマの権能を簒奪したときに黎斗の肉体はそれまでと変質してしまったのだ。強大な呪術に対する耐性、という特権は失われ魔力もカンピオーネになる前と同じくらい、つまり皆無になった。運動神経も0といっても過言ではない。権能を発動時は圧倒的な魔力を得られるがそれは一時的なものに過ぎず、長年の修行により魔力などを増やしてきたものの神々の半分あるかどうかといったところだろう。
 黎斗の圧倒的な戦闘能力は、全て少名毘古那神の権能や呪力による肉体強化の結果に過ぎない。不意打ちに対処するため神経強化を当たり前にしているが、していなければ中級の騎士にすら遅れをとってしまう。長年を得て莫大な量となった神力はそうそう枯渇しないので出来る無茶苦茶な芸当だ。もっとも、殺された程度で「死にはしない」のだが。
 だからなおさらなのか、エリカの身体能力をこうもまざまざと見せ付けられると羨望の眼差しを送ってしまう。

「しかも護堂はちゃっかり万理谷さんと仲良くしてるしさ」

 護堂に目を向ければ祐理と仲良くしている様子が垣間見られる。美少女とお近づきになるのが本当にお上手な方である。護堂を主人公にしてラブコメ小説が書けそうな勢いだ。

「・・・アホなコト考えてる暇あったら今後について考えるか」

 黎斗を悩ませるのは、自身の扱う武器に関してだ。彼にはロンギヌスという相棒がいるのだが、現代での戦闘を考えると心もとない。昔と違い今の時代は狭い空間で戦闘になる危険性がある。仮に電車の中であの死人に襲われたとして、槍を使うのは厳しい。素手で戦うと殲滅速度が格段に落ちてしまうしリーチが皆無。魔法を詠唱している時間がもったいないし詠唱破棄で使おうものなら電車が吹き飛んでしまうだろう。黎斗はそこまで破壊系の魔法を使いこなせる訳ではないので詠唱破棄・無詠唱で威力・範囲を絞れる自信がない。それに神力・呪力などの力を使い切ってしまうとヤマの権能により変質してしまったこの身体は戦闘に耐え切れない恐れもある。

「やっぱ銃か刀剣、ナイフ辺りかなぁ」

 今度幽世に行ったときにでも武具を漁ってみるか。しばらくは傘を使うことにしよう、と当面の間の代用品に目処をつける。まさか大魔術師の住居に譲ってくれるように願う訳にはいくまい。盗む、奪うという論外な選択肢は当然却下。欲しいからといって相手の都合を無視したらいけません。
 この辺りの思考はパンドラに言わせると異色だとか。もっとも「まぁ、まだ化けの皮が剥がれていないだけかも」などと恐ろしいことを言っていた気もするが。本来パンドラの事を現世で思い出すことはできないらしいのだが、なんの因果かバラキエルに召喚された際にも色々変化があったらしくそのまま記憶しておくことができているらしい。おかげで「神殺し一の変態」などという不名誉なあだ名をつけられそうになる寸前にまで追い詰められたことがある。補足しておくとこの場合の変態というのは「正常ではない」という意味であって「キャー!!変態よー!!」の変態ではない。けっして。

「そうしたら銃刀法違反にならないようにごまかさなきゃか。めんどくせぇ・・・」

 一般の銃器や刀剣の類も入手が容易ではない上に迂闊に大衆の目に晒してしまえば銃刀法違反で警察に捕まってしまう。昔と違って大変な時代になったものだ。

「もっとも隣人の家から銃火器が一式出てきたら僕もびびるし、武器の入手が困難なのは良いことか」

 アパートの各部屋から爆薬だのミサイルが出てくる様子を想像し青くなる。やっぱり法律があってよかった、と思う黎斗だった。





 得物について考えた翌日の夜。
 不穏な気配に、目が覚めた。背中を嫌な汗が伝ってくる。今日は早く寝たのになんてことだ。

「ん・・・?」

「あ、れーとさんもこのイヤな気配感じたの?」

 目を開ければ、何時の間に着替えたのか、巫女装束の恵那が草薙の剣を片手に出て行こうとしている。

「どうなってんの?」

「わかんない。なんとなくヤな予感がするの。私ちょっと様子見てくるかられーとさん待ってて」

 おそらくあのカンピオーネが暴れ始めたのだろう。それ以外に要因が無い。ここ数日平和が続いていたから、争いは起こらないと思ったのだがどうやらそれは儚い願いだったようだ。相手は護堂だろうか? 事態がよくわからない。もし、カンピオーネ同士の争いなら恵那がいくら強かろうが敵うわけがない。

「危険だから外にでちゃダメだって」

 恵那に声をかけながら外を眺めた。カイムの権能を発動、木々から情報を得ようと試みる。流浪の守護のおかげで至近距離で発動しても恵那に気づかれた様子は無い。

「大丈夫だって。こう見えても恵那強いんだよ? れーとさんを守ってあげられるくらい。じゃ、いってきまーす」

「は!? ちょ、待てってば!!」

 やんちゃな娘さんは止める暇なく外へ飛び出していった。猪武者じゃあるまいし、口に出かけた言葉を飲み込む。そんな悠長なことを言って入られない。

「・・・ちっ、スサノオどういう教育してんだよ!! みすみす死地に行くなっつーの!!」

 幸せそうに安眠しているエルの毛布を奪い取る。哀れ丸まっていたキツネは籠から投げ出され、畳の上をころころ転がっていき壁にぶつかった。

「ぎゃふっ! ますたぁ、いきな・・・ッ!?」

 寝ぼけまなこでいたエルも外の気配を察するなり意識をすぐさま覚醒させる。

「これはいったい!?」

「わかんない! 恵那が飛び出していっちゃったから追いかけるよ!!」

 相手が本当にカンピオーネなら恵那が危ない。それなりの実力があることはわかるがおそらくエリカと同等程度、神剣の神懸りで挑んでも相手にならないだろう。着替えている時間すら惜しい。ジャージの上から自分の姿を隠すための黒いコートを羽織り、武器用に傘を持って外に飛び出す。

「うわ・・・」

 狼。狼。狼。見渡す限りが狼の群れ。30まで数えたところで黎斗は数えるのを放棄した。なんかもう数えるのが馬鹿らしい。

「この狼よく統率されてますね。あっちに向かっているようですけど、どうします?」

 おそらくこの狼は権能だろう。道路をわき目もふらずに走っていく狼の大群はなんだかシュールだ。恵那が暴走していなければ動画でもとりたいがそんなことをしている場合ではない。狼程度に遅れはとらないだろうが、あの(カンピオーネ)と戦ったら、まずい。

「恵那は・・・こっちか」

 草薙の剣の僅かな神力を頼りに狼の走り去っていく方向へ目的地を定める。認識阻害をかけて走り出した。狼の進路を邪魔するわけにはいかないので、電線の上を並走する。電線の上にひと息でのる。どういう理屈か、黎斗が疾走しているにもかかわらず、足元の電線に彼の動きが伝わっていない。風で揺れる程度で激しく揺れたりしていない。

「この前のカンピオ−ネの方が行動を?」

 そして、それが黎斗にとってもエルにとっても当たり前。

「わかんない。木々に聞いたけど死人と狼が徘徊してることしか。おそらく護堂とアイツとの戦闘だと思う」

「世も末ですね・・・」

 本当に、世も末だ。こんな大規模に迷惑をかけるのは勘弁願いたい。あの時に逃げずに潰しておけばよかったか、と物騒なことを考えてしまう。

「見つけた・・・!」

 少し前に見失った恵那だが再び視界に収めることに成功する。足元で呪力を爆発、一気に加速し恵那に追いつく。当然着地した音も衝撃も全て殺した。

「恵那!」

 その声に恵那が振り向く。追いつくことは無いと思ったのか追ってくることが無いと思ったのかはわからないが、その表情は驚きに包まれている。

「れーとさん!? なんで!?」

「恵那、帰るよ。これ以上は危ない」

「えー、大丈夫だって。れーとさんつまんなーい」

 大丈夫と言われても、相手を鑑みるに大丈夫の根拠が全く無い。戦闘の余波で吹き飛ばされるだろうに。

「つまんなくて結構。帰るの!」

 なんだろう。駄々をこねている子供をしかる親の気分だ。ジト目でつまらないと言われてもひくわけにはいかない。最悪、ディオニュソスを使うか。

「マスター、恵那さん、囲まれてますよ」

 周囲を見渡せば、死人が自分達を包囲しようとしている。全員がそこそこの使い手、大騎士クラスもいくつか見受けられる。数が多いから恵那を連れての逃走は厳しい。即、全滅させる。

「……はぁ、こいつら殲滅したら逃亡するよ」

「しょーがないなァ。 ……多分コレって相手の力の一端だよね。たしかになーんか恵那では荷が重そうかも。逃げちゃったほうがいいみたい?」

 この死者達が恵那の説得に役立ってくるとは皮肉なものだ。大体ビックリな野生の勘があるんだから相手の危険を察してほしかったと思うのは我侭だろうか?

「うし、じゃあ蹴散らしますか。……行ける?」

 傘を構えつつ、恵那に尋ねる。ロンギヌスを使えば恵那に正体がバレるだけでなく、死者を通してあのカンピオーネにも気づかれかねない。もし彼が来た場合、恵那を守りながらの戦闘は困難を極める。今日が満月か新月だったら月読命の権能でなんとかなったのだが、無いものねだりをしてもしょうがない。こんなに早く傘で戦うことになるのは少々予想外だが、まぁなんとかなるだろう。

「恵那は大丈夫だけど…… れーとさん、戦えるの? ってか傘で戦うの?」

 戸惑いを含んだ表情で恵那が返事をよこす。傘2本で戦おうとすれば、当然か。

「うん」

「あんま強そうに見えないんだけど……」

 いかにも安物な傘で大騎士級の死霊軍団と張り合おうとすればそう言われるのもしょうがない。

「これでも僕、そこそこ強いよ」

 そう返し、両手に傘を持ち、駆け出す。大騎士級はおそらくこの半数。恵那でもおそらく荷が重いこの敵は大半を自分が倒さねばならないだろう。
 相手の刺突を避け、間合いに入り込む。呪力で強化した右手の傘で、左下から切り上げる。と、同時に左の傘を投擲、音速を超え放たれた傘は狙い違わず前方の死者の心臓を直撃した。空いた左手で切り裂いた死者の持つ剣を奪い、左側の死者を頭から切り下ろす。背後からの一閃を地に伏せ見ずに回避、そのまま回転し右に薙いで両断する。

「……ざっとこんなもんか」

 生前名を馳せた大騎士といえども、所詮は大騎士。黎斗の前では赤子同然。剣を交えることすら許されず、傘の見事な連携の前に為す術なく屠られていく死者の群れ。惨劇の幕は一向に降りる様子を見せない。もし死せる従僕に血が流れていたのならば、この場には血の雨が降りそそいだだろう。そんな一方的な蹂躙。

「流石マスター、腕は鈍ってませんね」

 肩にしがみついているエルが口を開く。慣れたものでしっかりとしがみつきながらも口調には余裕が見受けられる。だが黎斗の屠る速度を見ているうちに視線に呆れが入り始める。

「……訂正。結構鈍ってますよ。昔なら」

「黙ってて、舌噛むよっ」

 衰えが一番わかっているのは自分自身だ。術だけでなく、こちらも鈍っているとは。指摘しようとするエルを黙らせ、電光石火の速さで敵に切り込む。ついさっき黎斗がいた場所から、先ほど切断された死者の首が灰となって飛んでいく。

「反省会は帰ってからね」

 なんだかんだ言っても敵の総数はもうそろそろ十人を割る勢いだ。決着は、近い。

「マスター!」

 エルの悲鳴に、思わず振り向く。

「ちっ!!」

 黎斗の駆け出す先には、恵那と彼女を囲む大騎士。足元に数体の死体が灰になりつつある辺り互角に戦えることがわかるが、満身創痍な今の恵那ではもう無理だろう。殲滅したつもりが取りこぼしていたことに歯噛みしつつ駆け寄り恵那に振り下ろさんとする刃を傘で受ける。

「れ、れーとさん!?」

「大丈夫? こいつら倒すからちょい待ち」

 返事をしながら、左に剣を突き刺す。右手の傘を前に投げる。投げられた傘は、途中で開き相手の視界を奪う。右からの攻撃から恵那を庇いつつ避け、後方からの切り上げに合わせて上空に飛び上がる。傘が破壊される頃には黎斗は距離をとることに成功した。

「くっ……」

 傷に触れたのか、恵那が苦しそうなうめき声を上げる。このままではまずいか。顔色が土気色になりつつある。

「限界だな」

 これ以上の戦闘は危険だと判断し、邪眼を発動。瞬間、相手の輪郭が歪む。ゆっくりと、しかし確実に相手の身体が消滅していく。あの男が今の消滅に反応するか。半ば博打だったがどうやら到来する気配は無い。

「あ……ありがとう……」

 最後に、そんな言葉を残して死人は全員消え去った。意思でなかったとするならば、権能で囚われていたのだろうか。

「ほんにまぁロクでもない力だな……」

 似たような(・・・・・)能力を持っているからか口調に苦いものが混じる。憮然と呟き、気を失っている恵那を背負う。早く帰って手当てをしなければ。

「っか、認識阻害かけていなければコレ明らかに僕不審者だよなぁ……」

 夜更けに意識の無い美少女を背負う男。絶対これはアウトだ。認識阻害をかけていることに感謝しつつ家路を急ぐ。






「治癒は苦手なんだよな……」

 出血自体は収まりつつあるものの恵那の容態は回復しない。こんなことなら本当、治癒を習っておけばよかった。反則染みた再生能力と規格外の呪術耐性のおかげで治癒など必要としなかったのだが、まさかこんなところで裏目に出るなんて。

「マスターは身体の構造上やむなしかと。いつも自己再生(リジェネレーション)ですし」

 この際泣き言は言っていられない。やらないよりはマシだろう。恵那へ呪力を送り治癒の術をかける。

「早く帰って風呂に投げ込もう」

「少名毘古那神の力ですか。……治癒を名目に女の子を全裸にするとか鬼畜ですね」

「このまま突っ込むわ!」

 お湯の量を少なめにしておけば溺死はしないだろう。それにいくら治癒のためとはいえ女の子の衣服を勝手に脱がすのはいけない気がする。

「マスター」

「わかってる」

 真剣な声音になったエルに返す。恵那を戦闘不能にしてくれたお礼はきっちりしよう。もっとも、恵那の自業自得とも言えるのだが。

「恵那の手当てだけしたら行くから。エルは恵那を看てて」

 アパートに戻ると恵那を部屋に寝かせる。出血箇所が多い上に雨に当たっているので衰弱が激しい。激しい振動が悪影響を与えること覚悟で疾走すべきだったか。応急処置レベルでもいいから手当ての方法を学んでおくべきだったと今更後悔してしまう。

「マスター、お湯入れてきました。私見てますけど溺死しないレベルの水量にしてくださいね?」

 エルに頷き、恵那の部屋に侵入。流石に箪笥を開けるのは気が引けるので、壁にかかっている千早を一着持って退室、バスタオルと共に脱衣所の籠に入れる。水量を確認。まぁ、こんなものだろう。

「あっつ」

 右手を浸し、少名毘古那神のもうひとつの権能を発動、温泉療法の創始者たる彼にかかればただの風呂を治癒効果のある秘湯に変えるなど造作も無い。今回の風呂は傷・疲労に良く効くように効能を調整した。ついでに温度も適温にする。火傷されたら怪我が増えてしまう。これならば即効性こそないものの、数時間つけておけば全治するだろう。

「ま、こんなもんか」

 一人で納得し、恵那を抱いてくるために部屋まで戻る。抱きかかえて風呂まで運ぶ。出血していなければ、アヤシイ雰囲気にみえないこともない。今は別の意味で怪しいが。

「よっと。……服濡れるけど勘弁ね」

 服を着せたまま浴槽へそっと下ろす。脱がす脱がさないで葛藤したのは心の隅にしまっておく。お湯につける瞬間に、恵那が僅かに身じろぎした。

「エル、後は頼むね」

 エルが浴槽にやってくるのと入れ替わりで黎斗は部屋に戻る。ふと、見下ろせば畳が血でベトベトだ。振り返れば、廊下もだいぶひどい。

「うへぇ…… これ乾いたら絶対落ちないよなぁ」

 雑巾を持ってきて、掃除を始める。数回往復してようやく血は目立たなくなった。

「これでいいや。暢気に掃除してる時間はないし」

 バケツを洗って、ようやく玄関に出る。外の天気は荒れに荒れている。

「さぁて、行きますか」

 目指すは、この嵐の中心部。そこにあの男も、護堂も、きっといる。 

 

§10 都内決戦

暴風が吹き荒れる嵐の夜に、無数の狼が出現する。生まれでた狼達は、夜の街へと駆けていく。狼達が湧き出る中心、佇むのは最古老の魔王たるヴォバン。嗤う。嗤う。嗤う。哄笑が響き渡り、雷鳴が轟くその様は、見るもの全てに恐怖を呼び起こす。

「ハハハハハハハ……!!! 探せ!! 探し出せ!! 我が猟犬共よ!! 我が従僕達よ!! あの小僧を見つけ出せ!! あの巫女を見つけ出せ!! 私の獲物を連れて来い!!」

 彼が口を開くたび、雷雨は強さを増す。もうこの地域には避難警報が出ている。天候は悪化する一方で改善の様子を見せない。この事態を引き起こした元凶が、さらに楽しそうに、上機嫌になりつつある。じきに都内全てが避難対象となるだろう。未曾有の大災害が、ただ1人のカンピオーネによってもたらされたなどということを理解できる人は当事者を除けばいないだろう。

「ヴォバン侯爵、まさかここまでとは…… これは参りました。権能すら使わずにこの有様とはちょっと勘弁してほしいですねェ……」

 どんよりオーラを漂わせる甘粕冬馬は、これから起こることを想像して暗惨たる気分に包まれる。余興でこの有様なのだ。カンピオーネ同士が全力でぶつかり合ったらどうなるのか、想像するだに恐ろしい。このままでは首都が壊滅しかねない。日本の記録に初めて刻まれるカンピオーネの闘争とそれによって引き起こされる被害。今ですら地域によっては水没、落雷、暴風で怪我人が出ているのだ。死者がいないのがせめてもの救いだが、いつまでその幸運が続くかわからない。

「今日が日本最後の日にならなきゃいいんですが…… あそこまでノリノリだと……」

 正史編纂委員会は今、都内の人間の避難にかかりっきりだ。政府と協力しているものの人口を鑑みればもうしばらくはこちらに手を回す余裕はないだろう。もっとも、こちらに人手が来たところで何もできないのだが。

「欧州のほうはどうやって被害を抑えていらっしゃるのですか?」

 隣でこの光景を眺めているエリカへ語りかける甘粕の口には、いつもの余裕が感じられない。この展開に相当参っているらしい。予想外にヴォバンが上機嫌で権能を振るっているのだ。
 政治的な話を苦手とするリリアナは、エリカと甘粕の話を半分流し聞きしながら老王を眺め、護堂と彼の会合を思い出す。候は草薙護堂との会合のとき、なんと言ったか。

「そうか、この所領の主は君の方だったのか」

 君「の方」だったのか。君でなく君の方と言ったのは何故だろう? おそらく先日の強大な気配が関係しているはず。つまり———

「候のあの台詞が意味するのはおそらくもう一人のカンピオーネ。リリィもやっぱり引っかかっていたのね。甘粕さん、こちらについては何かご存知?」

 こちらの考えていることを一瞬で悟ったエリカは甘粕へ疑問を投げかける。

「残念ながら全く何も。こっちが知りたいくらいですよ。魔王なんて大物の誕生がここまで秘匿されてるってこと自体が異例中の異例だと思いますが。存在を隠す旨みなんてないでしょうし」

「組織の言いなりになるカンピオーネなんて未だかつて聞いたことが無いわ。だからこれは本人の意思よ」

 本人の意思、と断定したエリカにリリアナは懐疑的な視線を向ける。

「隠遁生活をしている方が居られる、と? 賢人会議にすら察知されないなんていったいどのような行動をとればよいと思う? アイーシャ婦人ですら」

「落ち着いてリリィ。別にそれ以外にも方法はあるわ。たとえば、賢人会議発足前に権能を簒奪し直後に隠遁とか」

 雪崩のごとく言葉を吐き出すリリアナをエリカは諭すように語り掛ける。

「……我らがまつろわぬ神の出現を把握する前に簒奪した、ということか」

 エリカの澄んだ瞳に彼女が言わんとすることを察し、リリアナは言葉を吐き出した。

「なるほど、それなら可能性はありますねェ。だとしたらその方、被害を隠し切ったワケですから凄腕ですね。組織が絡んでいれば情報は漏れるでしょうし単独ってところですか。……今回の事態に介入してくれないかなァ」

 甘粕は切実な表情で、神殺しの来臨を神に祈った。目を開ければ少女達がヴォバンに挑まんと動き出す。見送ろうとした矢先、電話が入る。嵐の拡大に歯止めがかかったらしい。護堂との戦いを前に呪力の放出を控え始めたようだ。なんという僥倖。

「御武運を」

 声にならないその呟きとともに改めて彼女達を見送る。自分の実力では歯が立たない。足手まといもいいところだろう。青年は神殺しの少年と彼に仕える騎士達の勝利を願う。





 闇夜を疾走する。周囲に人影は皆無であるが、認識阻害は怠らない。

「なんかアテナの時と似てるな」

 漠然と思ったことを口にする。あの時との最大の違いは黎斗が被害を被ったか否か、ということだろう。水を回避する古い呪法、”避水訣”により雨は彼に当たらない。勝手に避けて落ちていく。流石に暴風は抑えきれず若干速度が鈍るが、その程度なんの障害にもならない。

「風除け呪文習っとけばよかった」

 そう呟く彼の表情は、厳しい。今回参戦したら、今までの苦労が全ておじゃんになってしまう。護堂にバレてしまえば、これから先は護堂単独で戦う機会を奪ってしまうことになるだろう。それは避けたい。しかし、参戦しなければ首都壊滅が時間の問題になってしまう。最悪の場合、護堂死亡のオマケつきで。それは絶対に阻止せねばならない。個人的には恵那の分のお返しもしてやりたいのだがそんな私情を挟める余地はなさそうだ。

「僕が影から援護したとして護堂にあの男を倒せるか。つまるとこ、焦点はそこなんだよなぁ」

 とりあえず状況把握、と黎斗は両者をよく見ることのできる位置に移動する。

「……護堂、また女の子連れてるし。なにもこんな非常時にハーレム建設しなくても。事態の深刻さわかってんのか? 人が必死に被害を抑える結界を都内全域に張っている時に…… なーんか馬鹿らしくなってきた」

 首都が壊滅しそうという話が出ていることを近所のタマ(三歳 ♂ 三毛猫)からの連絡で察知した黎斗は急遽行動を変更、護堂の援護より先に暴風雷雨の抑制結界を見抜かれないように苦労して張ってきたのだ。護堂が秒殺されないことを前提として、それでも全力疾走でやってきたというのに当の本人は新たな美少女を捕まえている。こっちの必死の努力を返せと叫びたい。人生不公平も甚だしい。

「あーあー。やってらんねー。」

 氷点下の瞳で護堂を眺める黎斗。状況は依然不利なのだが光る剣で狼に変化した男を切り裂いたし、銀髪&エリカがサポートしてるし、危機的状況に陥ることはないだろう。あの剣は反則と思えるほど強い。 

「あとはあの死者をなんとかできればい……ゑ?」

 いいんだけどね、と続けようとして絶句した。護堂が再び光る剣を持っている。あの剣は一回ポッキリではなかったのか!

「はぁ!? ひょっとして条件は一日一回、じゃなく一つの神に一回、とかそういうオチ!? 意味わかんねぇぞ!!」

 周囲に人が居ないのをこれ幸いと喚き散らす。足元に合った空き缶が黎斗の蹴りを受けて彼方まで吹き飛ばされ、小石は遥か上空に打ち上げられた。本当に護堂はいったい何なんだ。もっとも、彼も疲弊が凄いように見える。傍目にわかるほど息が荒い。

「もっともこれが朝飯前だったらそれはそれで困るんだけど。護堂のあの疲弊具合じゃこれ以上は厳しいか?」

 黎斗の言を証明するかのごとく、男の一方的な攻撃が始まる。稲妻を落とし、暴風をぶつける。銀の少女も、エリカも、抗うすべなく吹き飛ばされる。護堂も反撃に移れる様子が無い。今回はここまでか。

「なんかこの人長年現役やってそうなオーラだしてるしね。生涯現役じいさんの相手が今の護堂じゃムリなのは当たり前か」

 護堂が斃せるならそれでも良いと思ったが、今の彼ではあの男は倒せない。ならば、自らがでる他ないか。覚悟を決め、乱入しようとして足が止まる。護堂の気配が、変わった。

「なんか雷撃使い始めやがったし……」

 突然稲妻を打ち始めた彼をみて、驚くより先に呆れてしまう。窮地に能力覚醒とか主人公みたいなことをする奴ではないか。もっとも今はまだ互角だがいずれは押し切られるだろう。おそらくあの男は覚醒すれば勝てるほど甘い相手では、ない。

「っーかさっきからこの辺ノイズが多いな。誰かが誰かになんか話しかけているのか?」

 稲妻の応酬が始まってから、この周辺で雑音がしきりに発生し黎斗の脳に響く。ここまで喧しいのは非常に稀だ。カイムを発動、意思疎通を試みる。
 ———死者の、応援。あの男を倒せ、と護堂を奨励する無数の呼び声。
 呼び声が増えるほど、稲妻の威力が僅かだが上がっていく。

「なーる、っーことはあの雷撃は応援もらうと強くなるのかな?」

 ならば、陰から手を貸すことは出来る。カイムの権能はそういうことに特化している。まさにうってつけではないか。

「これすんの久々なんだよなぁ…… 最大出力、いきますか」

 自身の周囲に不可視の結界を簡易生成。認識阻害も重ねがけをする。その上で、カイムの権能を最大出力で発動。神、カンピオーネ、人間以外で都内に居る、あらゆる生命に協力を要請する。協力してくれる生命の思念を収束、護堂のみに届くように変換して送りつける。幸か不幸か今回は災害を引き起こす存在が相手だ。こちらへの協力者は鼠算で増えていく。最初こそ膨大な量の思念を掌握するのに手間取ったが、慣れてしまえばあとはたやすい。

「破壊者を食い止める。みんな、護堂に力を……!!」






「ヴォバンと戦う力を貸してくれ!!」

 手を掲げ叫ぶ護堂。瞬間、とてつもない量の思念が舞い込んできた。さっきまでとは桁が違う。
 死者だけではない。近隣住民だけでもない。エリカ達だけでもない。この嵐によって苦境に立たされた、数多の生物。彼らまでもが老王を倒せと護堂に呼びかける。個々の呪力は取るに足らないものの、それが無数の量となれば話は別だ。倍以上の呪力を得て、彼らの声援を受けた護堂は、灼熱の雷をヴォバンへ放つ。

「!? 小僧、貴様いったい何をした!?」

 突然、段違いの威力・精度で雷撃を放ってきた護堂にヴォバンは目を見開く。更に現在進行形で護堂の呪力が膨れ上がっていく。

「ならば、これでどうだ!!」

 護堂の呪力が急激な増加の一途にある。その上数十名はいるだろうか、元従僕達が歯向かって来る。これ以上長引かせても自分に利無く害しかない。そう判断したヴォバンは、頭上に蓄積してきた莫大な雷雲を解き放つ。必滅の紫電が護堂へ向けて落とされる。
 ———勘付いたのは、卓越した霊視能力を持ち、離れた場で見守っていた祐理だけだった。
 突如護堂に直撃しようとしていた、紫電が歪む。姿を捉えることが出来なくても、祐理の霊視は何者かの存在を感じ取る。僅かに感じたのは、強大な月の神の気配。出鼻を挫かれ呪力を減らした紫電は、護堂、エリカ、リリアナを直撃することなく大きく逸れて大地へ落ちた。当事者達には、紫電が歪んだ事は認識できなかったに違いない。

「我は全ての敵と悪を打ち砕く!! 我は勝利を掴む者なり!!」

 護堂の声と共に、まばゆい閃光が視界の全てを塗りつぶしていく。




「無事に防げたようでなによりなにより」

 ロンギヌスを右手に黎斗が呟く。
 あの雷を護堂達だけでは防ぎきれない、と判断した彼はロンギヌスで雷と化した呪力の核を破壊したのだ。神すら殺すこの槍に呪力を破壊できない道理は無い。核を失った雷はもはやただの落雷、彼らだけでも対処は可能だろう、と踏んだのだがどうやら目論見通りにに事が運んだようだ。月読の権能により生じさせた外界との時間差は三十倍以上、その上自身の最大速度を出していたのだ。すっかり鈍ってしまった現状では、流浪の守護による隠密効果は月読の権能のような強大な力を発動させると一時的に無効化されてしまう。だが認識阻害を重ねがけし超神速とも呼べる速度で飛翔した黎斗を認識できたのはおそらく誰もいないだろう。雷を遥かに凌駕する速度を久々に出したせいか、足が痛い。

「相手が相手だったからこのくらいの助けはしょうがないか。そういえばあの男、なんて名前なんだろう?」

 今回は動物からの情報以外ロクな情報を持っていないためなのか、あの男の名前が最後までわからないままだった。護堂に聞けばわかるだろうがそれをしてしまえば関わっていたことがばれてしまう。隠した意味が無い。

「ま、この勝負ドローになったっぽいしいいか。 僕が帰っても大丈夫かな?」

 様子を見れば、祐理が二人の中に乱入しているではないか。あの中に乱入する胆力は感嘆に値する。彼女が口を開いた途端、男の殺気がみるみる失われていく。私のために争わないで!的ななにかなのだろうか?

「……あの男ロリコン? 万理谷さんになんか言われると矛収めるんかい」

 当事者達の会話を聞いていない黎斗の中で誤解が加速していく。

「ロリコンVSハーレム大王。万理谷さんを巡っての争い。首都崩壊はオマケ、ですか。崩壊防ぐために必死してたこっちがホント、馬鹿みたいだ。かえろかーえろ、ったく……」

 すっかりへそを曲げた黎斗は、護堂達をもう一度見るとアパートへ向けて歩き出す。打ち上げられていた小石が地面に衝突し、小さな音を軽く立てた。 

 

§11 ヴォバン戦、あとしまつ

 
前書き
復旧したようなので、と
管理人様ホントお疲れ様です

サイト攻撃ぇ…… 

 
「あ、れーとさん……迷惑かけてごめんなさい……」

 帰宅するなり恵那が頭を下げてきた。顔色良好、目立つ外傷もなさそうだ。エルにこってり絞られたらしい。

「んー、今度から気をつけて。それと今日のこと、秘密だよ。僕は今日ずっと家に居た、ってコトで口裏あわせよろしく」

 傘を玄関にかけながら口裏合わせに出る。

「あ、傘ちょっとほつれた」

「うん・・・おじいちゃまかられーとさんを戦わせたこと怒られちゃったよ。れーとさんもおじいちゃま達から力を借りてるんだね。恵那よりも格段に親和性が高いから戦うたびに取り込まれやすくなって危険なんだってね。本当にごめんなさい」

 どうやって誤魔化そうかと悩んでいた矢先、須佐之男命が上手く誤魔化してくれたことを知りそっと心の中で感謝する。こんなに上手な言い訳は黎斗では出てこなかっただろう。

「いいって、こっちも毎日迷惑かけてるからあいこってコトで」

 笑いながら手を少し振る。治癒した、といってもそれは肉体的な話。疲労まではおそらくとれていないだろう。はやく寝かせたほうがよい。反省してくれたなら特にそれ以上咎めるつもりはないし。

「今日は早く寝なさいな。明日からまた忙しい毎日が始まるんだし」

 睡眠を促すと、しばし逡巡した後おずおずと尋ねてきた。

「あ、あのさ・・・今度、恵那に武術教えてくれないかな? 恵那ちょっと強くなきゃいけない用事があって」

「強くなきゃいけない用事? 恵那くらい強ければ十分な気もするけれど」

 普通の女子高生に強さなんて必要ないだろうに。草薙の剣も持ってるし巫女というのはいつの間に物騒な職になったのか?

「まだ、今の恵那じゃ敵わない気がするんだ。おじいちゃまがれーとさんにはまだ言うなって言うから詳細は教えてあげられないの。ごめんね」

 須佐之男命が一枚噛んでいる、という時点で何か怪しいものを感じる。あいつは恵那を強くしてどうするつもりなのだろう?

「危険なニオイが漂ってるんですが……」

「だいじょうぶ! みんなの迷惑になるようなことはしないから、きっと」

「きっとって恵那さん……」

 エルが呆れたように口を挟む。自信満々で大丈夫と言い切るところが逆にすごく不安を感じる。きっととか付け加えてるし。

「まぁ……恵那が元気になったらね」

 恵那はまだ数日は体調の様子見が必要だ。その間に直接、須佐之男命に問いただそう。現代日本で今の恵那以上の武術が必要というのはどんな事態なのか。






 恵那が先に寝かせた後、ベランダに出て麦茶を飲む。三日月を見ながらのお茶も、乙なものだ。馬鹿正直に一人働いた今日はなんか飲まないとやってられない。

「まさか護堂がこの恵那の件に関係してるんじゃなかろうな……」

「何を馬鹿なこと言ってるんですか、と言い切れないのがまた……」

 普段なら一笑に付す発言だ。だが巫女という立場にいながら力を必要とするのだ。まず無いであろうそんな事態(黎斗にとっての巫女は神社で箒を掃いているイメージしかないのだ)ならば神殺しが関連している可能性が非常に高い、というかそれ以外に彼の貧困な脳では考えられない。祐理も確か巫女だったはず。彼女に聞いてみるか。

「でもリスク高いよなぁ……」

 ヤダヤダ、と愚痴りながら煎餅をもしゃもしゃ食べる。

「恵那さんと一緒なのがバレたら絶対面倒なことになりますよ。ただでさえエリカさん達に目をつけられているのに」

「ですよねー」

 祐理に話せばおそらくエリカにも伝わる。そうしたらバレるのは時間の問題だ。巫女&妖狐を連れている一般人で通すにはエリカという相手は強すぎる。

「ホントどうしたもんかねぇ……」

「いっそほったらかしては? 過保護になりすぎると愛娘から嫌われますよ?」

「結婚もしてないのに娘がいるか!」

 反論しつつエルの言葉に頭を冷やし考え直す。ここは恵那の好きに任せるべきか。いくら狡猾な須佐之男命でも自らの身内(しかもすごく自分に懐いている相手)を使って権謀術数の類をする程ひどくはないはずだ、きっと。今回の敗北を須佐之男命に知られ笑われたので修行に目覚めたとかそんなオチなのだろう。疑ってしまったことに若干の後ろめたさを感じつつ黎斗はベランダより部屋に戻り茶碗を洗う。静かな台所に水の流れる音が響き、エルが欠伸をひとつした。






「……ねぇ、帰っていい? どう考えても僕場違いだよね? もしかして僕も護堂の攻略対象なの? ねぇ? 僕ソッチの趣味はないんだけど」

 溜息とともに尋ねる黎斗。

「お兄ちゃんソレ本当!? だらしないにも程があるんじゃない!?」

 真に受けた静花が取り乱す。

「あら、護堂、今まで私達に素直になってくれなかったのは男色の気もあることを言い出せなかったからなのね。そういうのでも理解あるから心配いらないわよ?」

 これはおもしろそうだと、エリカが悪魔の笑みを浮かべて参戦する。

「草薙さん!? ふ……不潔ですっ!!」 

 顔を真っ赤にしながら叫ぶ祐理。

「俺だってねぇよ!! なんでそんな話になるんだよ!! エリカも煽らないでくれ!!」

 屋上での昼食は護堂の絶叫で始まった。護堂にとって既に黎斗も一緒に昼食をとる相手の一人になっているのだが、黎斗からすれば護堂を中心としたハーレムの中に迷い込んだようで居心地が悪い。
 草薙静花はブラコンである。今クラスの男子の間で囁かれる噂だ。護堂(及び周囲の女性陣)と親しい(と思われている)黎斗に噂の真偽を確かめる役だ回ってくるのは、ある種当然といえよう。もっともクラス男子の八割はこの噂は真実だと認識しているのだが。かくいう黎斗もその一人だ。正直確かめる意味があったのだろうか疑わしい。

「なんで僕がこんなこと…… 妹萌えの伝道師(そりまち)辺りが適任でしょーが……」

 こっそり呟きながら状況を観察する。怒るの彼女の向かいに三人。護堂が中央、右にエリカ左に祐理が座っている形だ。ちなみに黎斗はエリカと静花の間だったりする。

「……まぁ、静花ちゃんがキレるのもわかるよ、うん」

 ここまで自然にいちゃつかれると黎斗としては噛み付くのも馬鹿らしく感じるが。噛み付いたら負けな気がしてしまう。護堂によりそった祐理がさりげなくお茶を注ぐ様など見ていて虚しくなってくるので少し前に視界から外した。他所でいちゃつけと言いたいがここは妹さんに任せよう。

「だいたい何よその王様ポジション!!」

 鋭い、正解です。彼は王様ですよ。泣く子も黙る魔王だけど。
 そう答えたくなったが必死に我慢。答えたところで静花からは頭の可哀想な人扱いされ三人に事情を説明せねばならなくなるだけなのだから労力の無駄というものだ。黎斗を取り巻く状況も悪化するし。
 そんなことを思い耳を澄ましながら弁当を突っついていると祐理が真っ赤になって静花に反論を始めたではないか。

「に、新妻———私が護堂さんの!?」

 結局ツッコミはそこかよ。
 どうやら本当に祐理も護堂のハーレム入りか。あの男の一件で仲が深まったのかと勝手に予想を立てる黎斗。新妻に反応する辺り彼女も自覚があるのではないだろうか。

「なんか僕ギャルゲの親友ポジだよなぁ……」

 もしそうだとしたら散々道化をやるギャグキャラ要員ではないか。そこはまだ良しよしても杜撰な対応をされるのはイヤだ。

「泣きゲーとかだったら親友ポジは中々良かったりするんだけど……」

 黎斗がぼんやりとくだらない考えをしている間も、ずっと護堂達のランチタイムは華やかで賑やかだった。珍しくエリカが静かにしていたのが気になるが、放っておいて十分だろう。何か考えているのだろうけどどうせ護堂が巻き込まれるだけだ。こっちには関係ないだろう。





 そう思った日の夜。 

「助けてくれ!!」

 やかましくなる携帯電話。出た第一声が、コレ。

「……護堂、こんな夜にどうしたよ」

 眠っている最中にたたき起こされた黎斗は、薬草図鑑に熱中している恵那とエルを横目にそう答えた。どうせ昼間予想したようにエリカが何か仕掛けてきたのだろう。

「エリカの奴が俺を婚前旅行に連れて行こうと画策しているんだ!! じいちゃんも味方につけて根回しも済んでるみたいなんだよ。夏休みの間どこかに身を隠さないと無理矢理」

「……行けばいいじゃん。っかこんな時間に惚気かよ」

「こんな計画に付き合ったら待ってるのは破滅だろうが!!」

 護堂の台詞を途中で遮り提案するもあっけなく却下される。しかしなぜ破滅なのだろうか。相思相愛なら破滅どころか幸福へ一直線だと思うのだが。

「まぁ確かに結婚は人生の墓場っていうけどさぁ」

「だろ!?」

 我が意を得たり、とばかりの護堂にさらっと一言。

「なるほど。つまりもうしばらく美少女を侍らせる生活を続けたい、と。流石外道な護堂先生。そこに痺れるけど憧れねぇ。いっそ地獄にでも行けば流石のエリカさんも追ってはこれな・・・おっとごめん、本音が出た」

「お前俺に恨みでもあるのか!? すげぇ黒いぞ!!」

 流石にここで肯定するのは可哀想だと思い沈黙を選ぶ。この場合は肯定と同じ意味になってしまう気もするが直接言うよりはいいだろう。

「……」

「れーとぉぉぉ!!」

「護堂、こんな夜更けに近所迷惑だよ。こっちも耳が痛い」

 護堂の叫びで耳が麻痺した黎斗は、しかめ面で抗議する。

「誰のせいだ誰の!! ええい、話がすすまん! そういう訳だからどこか潜伏場所でよさそうなところ探しておいてくれ。俺も探すが黎斗は転校してきたんだからここ以外の地理も詳しいだろ? 前住んでいた土地とか」

 そんじゃな、と一方的に通話が切れる。たしかに転校してきたが前黎斗が住んでいたのは幽世だ。そんなところに招けとでもいうのだろうか。あいにく他人を連れて幽世へ行けるほど魔導に熟練していないのでそれは無理な話だ。

「故郷は日本海側なんだけど…… 夏休みにもう一度、行ってみようかなぁ」

 パンドラによれば黎斗にとってここは平行世界ではなく過去の世界らしい。本来ならば存在すべき家族が居ないのは黎斗のしてきた行動によるバタフライ効果が積み重なった結果とのこと。事実、元の世界で東京タワーが炎上した、という噂を聞いた記憶がある。ネットで映像が流れて荒れに荒れた事件だ。すぐに消されたらしく動画を直接見ていない黎斗はデマだと思っていた話。真相はこれだったのか。

「マスター、どうしました?」

 微妙な雰囲気を感じ取ったのか、エルがこちらへ視線をよこす。

「んー、夏休みどうしようかな、って話」

「恵那夏休みは山篭りしなきゃなんだー。いくらこの部屋が聖域ビックリの場所になってても、恒例行事だから、ね。れーとさんもどう?」

 たったいま風呂から上がったと思われる恵那が会話に参入する。湿気を帯びた髪と上気した顔が色っぽい。物騒な刀を持っているだけでそれも台無しなのだけど。これが危ない色気、というやつだろうか。

「……謹んでご辞退させていただきます」

「恵那さん、マスターは肉体強化かけなきゃ100メートル20秒近いんですよ? 登山なんかさせたらぶっ倒れますって」

 情けなさ過ぎる事情に恵那も苦笑いを隠せない。自分が苦戦したような敵をダース単位で秒殺した相手の身体能力が論外な程低レベルだったのだから無理もないだろう。

「じゃあ夏休みは恵那も居ないのか。はてさて、本格的にどーしようかねぇ……」

 夏なのに引きこもっているのは青春をドブに捨てているようでもったいない。

「夏だし反町達とバカな事するかな」

「脈絡全然ありませんしソレいつもと同じじゃないですか」

「……」

 間接的に言われると堪える。いつもバカじゃないですか、と言われたほうがまだマシな気がしてしまうのは気のせいではないだろう。

「夏休みに勉強してみる?」

「マスターが勉強を続けられるとは思えませんね。三日坊主で終わります」

「……」

「つまるところ、夏休みに期待するだけ無駄ですよ。私はマスターは言葉だけで行動しないってことも計画立案能力皆無であることもわかってますし」

「……」

 黎斗は無言で空を仰ぐ。絶対に何か一味違うことをしてやる、そう心に決めた、夏のある夜のことだった。
 

 

§??? 番外編《短編集》

《4VS1》

「黎斗、今日決行するぞ」

「マジか。とうとうやんの?」

「コレがお前の仮面だ」

 そう言って渡されたのは、紙袋に視界を確保するための覗き穴が二つくりぬかれたものだった。

「……コレハナンデショウ?」

 見てたっぷり十秒は沈黙する黎斗。差し出した三人は平然としている。おかしいのは自分の方なのだろうか、などと不安が脳裏を横切った。

「何ってお前、正体を隠すためのマスクに決まってるだろ」

 平然と答える高木に、二の句が告げなくなってしまった黎斗。コレなんかまるっきり不審者じゃないか、と発言することも憚られる。文化祭ならまだしも平日にこの仮面を被って廊下を移動するのは正直勘弁願いたい。先生方に何を言えばよいのだろう?

「……まぁ、なににしろなんか被った時点で不審者っぽくなるんだからコレじゃなくても一緒か」

 何を言っても無駄ということを数日足らずで知った黎斗は反抗をアッサリ諦める。

「なんか激しく不名誉な納得のされ方されたぞ!!」

 叫ぶ高木を華麗にスルーし、反町へ最終確認を取る。

「次の月曜、なんだね?」

 一回やるとなればもうヤケクソだ。毒食わば皿まで。徹底的にやってやる。

「ああ。次の月曜にこそ、草薙護堂に正義の裁きを下してくれる!」

「「「美少女を独占するクズに呪いあれ!!」」」

 もし、教室に誰か残っていたならば、まず間違いなくドン引きされたであろうテンションで、4人の勇者は爪を砥ぐ。全てはハーレム王を打倒するため・・・!!






「俺? 平凡だろ?」

 翌日、勇者達は護堂(まおう)に問うた。汝何者なりや、と。その結果が、平凡発言。現実は、彼らに残酷だった。護堂は自分を平凡だと思っているらしい。彼がカンピオーネであることを知っている黎斗としては「嘘つけぇ!! オマエが平凡なら六十億以上の人間は平凡じゃなくなるだろうが!!」と叫びたかったが自制心をフル稼働、抑えることに成功する。

「……」

「……」

 後ろ側に座っている黎斗には護堂の前で会議を開いている三人の会話内容は聞こえないが予想できる。鋭すぎる視線だけでも予想は容易だ。

「……大丈夫か?」

 護堂が心配して声をかけてくるが、元凶に心配されても、と思う。

「黎斗、予定変更だ。今日の放課後に決行する」

「了解。流石にこれは捨て置けないね」

 高木と一瞬でアイコンタクトを成立させる。大丈夫。計画が早まっただけだ。準備は万全、いつでもできる状態にしてある。あとは、放課後を待つのみ。





「今だ!」

 先陣を切って、黎斗が駆け出す。職員室の帰り、今なら周囲に人は居ない。護堂を捕獲する絶好の機会———!!!

「うお!?」

 暴れる護堂。誰だって麻の袋を被せられれば抵抗するだろう。しかし事前準備を重ねに重ねた四人の行動に一切の無駄など存在しない。ただ、黎斗の不幸は階段付近で護堂を襲撃したことだ。護堂の力にインドア派少年黎斗が敵うわけはなく、反町の援護が来る前に黎斗は体勢を崩してしまった。踏ん張ろうと足を伸ばした先にあったのは、ビニール袋。風で飛んできたのだろうか。
 ビニール袋を踏んでしまった黎斗は、体勢を支えきれず、階段下へ落ちていくことになる。

「おわー!!?」

「同志Lよ、お前の犠牲は無駄にはしない!!」

 落ちていく黎斗に投げかけられる頼もしい言葉。見上げれば、護堂確保に成功した反町、もとい同志Sの勇姿。革命の成功を確信し、黎斗は運良く(?)階段の踊り場に放置してあったゴミ箱の中へ、吸い込まれるように姿を消した。





「うぅ……ゲヘッ、ゴハッ……!!」

 黎斗が目を覚ましたのは、外のゴミ焼却場。天に届きそうな高さに積まれた燃えるゴミの山の中だった。夕日が目にしみる。

「おえぇ……」

 口の中にバナナのリンゴの生ごみが入っている。濡れたティッシュと埃まみれ、最悪だ。

「えっと、たしか護堂を捕まえようとして落下したんだっけ」

 やっとの事でゴミの山から脱出する。埃やバナナの皮が気持ち悪い。運んだ人は中に人が居る事に気がつかなかったのだろうか? 平均やや上の身長だから気づかれない訳はない筈なのだが・・・

「うぅ……最悪だ」

 このなりで校舎に入るのはおおいに噂されそうだがやむを得ない。教科書の類は全て教室だ。数学の宿題をサボったら死ぬ。それに携帯電話がなければ天罰の結果がわからない。

「ゴミの中にケータイとかないだけマシか」

 教科書や財布(まぁなくてもどうとでもなるが)をゴミの中から探すことになったらもう絶望するしかない。最悪の結末を回避できたことを喜ぼう。

「さてっと」

 教室までどうにか見つからずに突入完了。人の気配が無いことを確認して扉を開ける。

「……おのれ、護堂」

 教室で見たのは、絶望に倒れ伏す我が同志達。黎斗は天井を見上げ、呪詛を紡ぐ。気配がないはずだ。意識を失っているのだから。
 ゴミまみれの黎斗が恵那&エルに冷水を浴びせられるまであと一時間。
 あまりの冷たさに絶叫を上げのた打ち回るまで、あと一時間。









《風邪風かぜカゼ》

「ぶぇっくし!!」

「……三十八度。完全に風邪ですね。だから水風呂に浸かるなとあれほど」

 エルがぶつくさと小言を言っているが、黎斗にそれを聞く元気など残っていない。声を発することさえままならず、苦しそうに寝返りをうった。今のような状況まで追い詰められたのは久々だ。

「こんな無様な神殺しってマスターくらいじゃないですか? 変質したせいで肉体の成長は止まってるくせに睡眠やら食事やら排泄やらする必要があって更に風邪まで引くなんて。ヤマの権能、メリットよりデメリットの方が格段に大きいんじゃ?」

 エルがボロクソ言っている横で、黎斗は鼻を啜っていた。やっぱり水風呂はマズったか。恵那が風呂から上がった後数時間経過後に入った湯船は見事に水風呂。面倒くさいからとお湯を新たに入れなかった黎斗は水風呂で我慢をしたのだが、朝起きてみればこのザマだ。人間だったころはあまり身体が丈夫ではなかった黎斗だが、風邪を引いたのは実に五百年振りだろうか?

「恵那さんがおかゆ作ってってくれたんですからとっとと食べて薬飲んでください」

 最後まで黎斗の身を心配していた恵那だったが風邪をうつさないためにも普段どおり学校に行かせている。朝の忙しい時間帯におかゆまで作ってくれたのだから感謝はいくらしても足りることは無いだろう。

「おかゆあじないからいや……うめぼしすっぱいしくすりにがい……」

「何言ってんですか…… 良薬口に苦しっていうでしょ。今まつろわぬ神が襲ってきたらどうするんですか。本日急病につき休ませてもらいます、なんてマヌケな展開私は御免ですよ」

「ごどーがいるし……」

「あぁ、もう! この人はー!!」

 エルの怒号が室内に響く。このていたらくっぷりで古参の王と呼んでいいのだろうか。
 皮肉にもこれによって「カンピオーネともあろうお方が風邪なんて引くわけ無いわね」とエリカが黎斗への疑いの視線を弱めることになるのだが、それはまた別の話である。




「ん……」

「あ、れーとさん。どう? よくなった?」

 部屋が夕焼けに染まる頃、黎斗は流れる水の音で目を覚ました。一日中寝ていたおかげか、はたまたエルに無理やり飲まされた薬が効いたのか、体調はすこぶる調子が良い。冷やした手ぬぐいを頭に載せるなどして、かかりっきりで看病していたと思われるエルはすっかり夢の中だ。そっと籠の中へ入れて毛布をかける。

「うん。だいぶ良さそう。ありがと、ご迷惑おかけしました」

「油断はダメだよ? とりあえず山から色々採ってきたんだ。ちょっとまってて」

「……山?」

 激しく嫌な予感がする。山ってなんだ? 採ってきたってなんだ?
 一旦台所へ姿を消した恵那は、洗ったばかりとおぼしき数種類の雑草といくつかの妙な道具を引っさげて姿を現した。黎斗の背筋を汗が伝う。

「え、恵那さん? それはいったい……?」

「何って風邪に良く効く野草だよー? どれもこれもすごく苦いけど効き目は抜群なんだ。今磨り潰して煎じるから」

 いやけっこうです、という黎斗の発言はさらりと流され、緑の粉末が大量に生成されていく。いかにも苦いオーラが漂ってくる。

「できたー! ささ、どうぞ」

「え、ちょ、まっ」

 必死に避けようとするが、弱りきった今の黎斗の身体は上手く動いてくれなかった。避けようとして、恵那の方へ倒れこむ。

「うおっ」

「きゃっ」

 恵那を見つめること数秒。それが黎斗の限界だった。再び風邪が活動をはじめ、黎斗の意識を奪っていく。

「……もう、しょうがないなァ」

 最後に聞こえたのは、そんな声。口の中に何か入ってくるのを感じながら黎斗は眠りにつこうとして———飛び起きる。

「#”$%’$”&#……!!」

 声にならない悲鳴。口の中のものを吐き出しそうになるが吐瀉物が恵那に直撃コースになってしまうので必死に我慢。目を白黒させていると恵那が天使の微笑みを浮かべている。

「どう? すっごい効くんだよ。コレ」

 その言葉を最後に意識が途切れる。殺人ドリンクとはこういうものか、などということを漠然と感じながら。
 あまりの味に黎斗は一週間もの間味覚障害を引き起こすのだが、それもまた些細な出来事である。









《嫉妬狂奏曲》

「質量モル濃度? 溶液100g中の物質量だっけ?」

 今にも泣きそうな黎斗の声に、呆れたようにエルが答える。

「キツネの私がそんなの知るわけないじゃないですか。この時代の子供はこんなのやってんですか」

 日差しが強くなりひぐらしの鳴く季節、夏がやってくる。期末テストが、やってくる。
 赤点をとって追試に追われる学生生活は真っ平だ。元受験生だし大丈夫、とタカを括っていた中間試験では化学が赤点だったのである。これでも元理系なのだが・・・・・・

「今回場合の数と確率は範囲外だから放置でいいな。化学は濃度と物質量を抑えれば八割はいけるハズ」

 明日は日曜なので護堂・高木・名波・反町の四人と教室で勉強会だ。未だかつて高校生活でこんなに勉強したことがあっただろうか、いやない。明日で化学を抑えてみせる。熱意に燃える黎斗の隣でエルが「ふわぁ」と欠伸をしていた。




「なぁ黎斗、この式どうなってんだ?」

「この式これ以上割り切れなくないか?」

「なんでこれ塩基性塩なんだ?」

 ある程度予想していたことだがもっぱら解説側のようだ。彼らの聞いてくる問題を解くことだけならなんとかなる。ただ苦手分野を除いても平均的受験生の知識の持ち主でしかない黎斗には「わかりやすく」解くという行為はなかなか難題なのだが。一応こうなることを予想して広範囲を確認してきて正解だったようだ。

「そういや護堂は?」

 護堂の姿が見当たらないことに気づいた黎斗はそう問いかける。

「草薙の奴、昨日電話したら先約あるからって言ってたな」

 高木から返事がきた。確かに急に言われれば厳しいだろうしやむを得ないか。そう思った矢先、爆弾発言が廊下を通り過ぎるクラスメートから飛び出した。

「草薙君? さっきブランデッリさんと歩いているのを見たよ」

 護堂デートとはいいご身分だな、と軽く妬んだのはどうやら黎斗だけだったらしい。後ろの席から悲痛な叫びが聞こえてくる。

「うぉぉぉ草薙のヤツ!! こんな時までッ……!?」

「畜生、畜生っ……」

「神はいないのか!?」

 あ、ヤバい。そう思ったときにはもう遅い。悪鬼と化した三人の殺気に、流石の黎斗も後ずさる。このままだとこいつらがいつ怨念を放つ悪霊になっても不思議ではない。

「やってられるかー!!」

「俺達が学生の本分に励んでいるのにアイツはエリカさんとデートだとぉ!!」

「絶対間違ってる!!」

 ここになってようやく地雷を踏んだと認識したクラスメートが縋るような目でこっちを見てくる。止めろというのだろうか。保護者ではないのだけれど。

「まぁまぁ、とりあえずおちつ……」

「れいとぉ!!」

「は、はひぃ!?」

 無理でした。高木の剣幕に竦んでしまったのが敗因、そのままズルズルと、なし崩し的に参加するハメになりそうだ。

「者ども、招集をかけろ!! 第一種非常態勢!! ハーレム野郎を叩き潰す!!」

「無駄にかっこよいのね…… 理由は非常にかっこ悪いけど」

 どこからか無線を取り出した名波の叫びに呼応するように、学校が震えた。まるで学校全体が護堂に嫉妬しているかのようで。

「いくぞ、同志達よ!」

 その言葉と一緒に、黎斗は教室を連れ出される。向かう先は、体育館。何十人いるのかわからない。男子は全校の半分と近くが居る勢いだ。女子がちらほら混じっているのは、護堂の周囲の女子のレベルが高すぎて彼に話しかけられない子なのだろうか? 反町、高木、名波の三人が入場すると水を打ったようにざわめきが鳴り止み、モーセの如く進路が分かれていく。悠然とそこを歩いていく三人+引っ張られる黎斗。

「諸君、私は天罰が好きだ。諸君、私は、天罰が好きだ。諸君、私は、天罰が、大好きだ」

「オイちょっとまて」

 黎斗の静止は当然の如く黙殺(スルー)される。名波の演説を聞きながら絶望に襲われる黎斗。ここまでするのか、全員目がヤバい。みんな、明日のテストは大丈夫なの? こっちはまだ試験範囲の復習終わってないのだけれど。

「更なる天罰を望むか?」

 打ちひしがれる黎斗を尻目に、彼の演説は佳境に入る。

「糞のような天罰を望むか?」

「「「天罰を!! 天罰を!! 天罰を!!」」」

「よろしい。ならば天罰だ」

 ヒートアップしていく場内。もうだれにも止められない。黎斗も嫉妬することはするが流石にこのレベルになるとついていける気がしない。デモ行進やらかしそうな勢いだ。おそるべし、草薙勢力。

「誰か止めて……」

 神に祈る彼に、救いの手が差し伸べられる。もっとも、悪魔の手だけれども。

「こらー!! 貴様ら、何をやっている!!」

 風紀委員と体育科教師の強制介入。こちらの人数が多くテンションが高いことを警戒したためか、いつのまにやら風紀委員が包囲網を敷いていた。体育館を使ってこんなことしていれば当然か。怒られるのはいやだが三人を止められなかった責任を甘んじて受けとめよう、そう覚悟した黎斗だったが、事態は彼の予想の遥か斜め上に向かっていく。

「おのれ、草薙のやつ教師と風紀委員まで味方につけたか!! 全軍、突撃!!」

 名波の声は、黎斗の思考を停止させるのに十分で。

「……ゑ?」

 その一瞬が、明暗を分けた。ここで名波を止めなかったことが、城南高校史上初の学生運動(のようなもの)を引き起こしてしまうなんて、千年の時を生きた黎斗といえども予想出来るわけなどない。

「草薙に独占された美少女を解放するという崇高な使命を背負いし同志よ、敵は強大だが立ち向かうぞ! 我らに負けは許されない!!」

「「「応!!!」」」

 ここに、一人の高校生への嫉妬から始まった、教師陣&風紀委員と生徒達(八割男子)の大乱闘という前代未聞の珍事件、通称「血涙大戦争」が幕を開けたのだ。夜七時まで続いたこの休日に起きた抗争は、生徒側の敗北で幕を下ろした。この日来校していなかった生徒には厳重に伏せられ関係者の心の奥にこの事件は秘められた。最後の方は教師陣も「俺だってなぁ!!」などと泣いていたような気もするが気のせいだ。絶対に。
 参加した生徒は、全員が正座と反省文五枚。富の独占に教師側にも思うところがあったのだろうか。主犯のうちの一人に認定されてしまった黎斗が解放されたのは、午後十時のこと。





「エライ目にあった……」

 長時間の正座で足が痺れるせいで歩くことすらままならない。担任にアパート前まで送ってもらった後、手すりを使いながら必死に階段を上がっていく。背中の荷物が重い。きっと青チャート一冊で十分なのに三冊も持ってきたせいだ。

「た、ただいま……」

「敗残兵ですね、マスター。恵那さんさっきまで起きて待っていらっしゃいましたが寝てもらいました。お静かに」

「りょーかい」

 ふと時計を眺めれば、もう日付が変わってしまう。階段をのぼるのに一時間以上使っていたのか。寝るよう説得してくれたエルに小声で礼を言い、防音術式を展開し、気配を殺して移動する。こうでもしないとせっかく眠ったあの野生娘を起こしてしまう。

「あとで化学最終確認を……」

 そう呟く黎斗の顔は幽鬼のようだったと、後にエルは語っている。





「よう黎……どーしたんだ?」

「ゃぁ」

 誰かと思えば草薙護堂。一瞬誰かわからなかった。頭を活性化させなければ。このままでは非常に不味い。

「……おい大丈夫かお前。今日はなんかクラスの奴ら眠そうな奴がいっぱいいるけどお前特に重症だぞ?」

「多分ダイジョブダイジョブ一限数学か……」

 すれ違う生徒が皆怯えている。そこまで顔酷いだろうか? 恵那やエルが起きる前に家を飛び出したのは失敗だったようだ。

「席につけー、問題配るぞー」

 チャイムと前後して教師が入ってくる。数学は今回の範囲なら楽勝だ。

「はじめー」

 教師の声と共に用紙を表に。眠い。まず問題を一通り眺める。眠い。大丈夫だ、問題ない。眠い。この程度ならすぐ終わらせて睡眠時間にしよう。眠・・・い。まずは・・・平方完・・・成を。

 そこで黎斗の意識は途切れた。





「……」

 もう一度、名前が間違っていないか確認する。間違っていない。ということはこの用紙は僕のものだ。頬を抓ってみる。痛い。ということは間違いなく現実だ。
 水羽黎斗、数学零点。開始直後の爆睡により白紙提出。問題解く姿勢で爆睡した結果、教師もクラスメートも彼の睡眠に気付かなかったらしい。回収の時に気付きそうなものだがなんで気付いてくれなかったのだろう。結果、彼は一限数学から始まるその日のテスト全て零点という人生初の経験をしてしまった。

「護堂、どうだった? この私が直々に教えてあげたんだからそれなりに出来たわよね?」

「あぁ、ありがとう。エリカのおかげで今回のテストは九割いった」

 後ろで何か声が聞こえる。神様、この展開は理不尽すぎはしませんか?

「うわああああああああああああああああああああ!!!」

「ど、どうした黎斗!?」

「ごどー!! お前ー!!」

 ワケも分からず追われる護堂と発狂して追いかける黎斗。血涙大戦争の情報をどこからか入手していたエリカだけが、魔性の笑みで二人を見ていた。
 

 

§12 強運と凶運

 空を眺める。澄んだ青い色。快晴だ。眼下には無数の建造物と人。せわしなく動く様子はまるでいつも黎とが見ている風景と同じで。街中を闊歩している日本人が黎斗達四人だけ(・・・・・・・)であること以外は、普段の日常と変わりない。太陽の日差しに黎斗は思わず目を細めた。

「やっぱ外国ってすげーな!! どこもかしこも文字が読めねえ……」

 訂正。そういえば看板などの文字も日本語ではない。あらゆる言語をすぐに理解できる黎斗は反町の反応を見るまでその事に気付かなかった。今からこんなことでは先が思いやられる。すぐにボロが出るな、と苦笑する。エリカや祐理といった強敵が居ないからといって気を抜きすぎだ。反町達経由で誇張された情報が彼女たちの耳に入る恐れだってあるのだから。彼女達に聞かれれば三人は天にも昇る心地で今回のことをペラペラ喋るに違いない。「そんなことまで気にするなんて神経質すぎですよ」とエルは言っているがあの二人は、特に祐理は黎斗の直観が危険だと告げている。

「ささ、黎斗センセ、通訳頼むぜ」

「へいへい……」

 名波が商店街の福引一等を当てた。景品は欧州への飛行機チケット五人分。売るのは勿体ないが家族みんなで欧州に行っても誰も言語がわからない。困り果てた名波は黎斗の「欧州? (五百年以上前だけど)一応行ったことあるかな」という発言に喰らいついた。すったもんだの末、黎斗をガイド役に男子高校生四人で夏休みに欧州へ行くという事態となってしまったのである。本来は護堂も一緒に行く予定だったのだが、更に安全な隠れ家を見つけたからそっちへ避難する、などとわけのわからないことを言って少し前に参加辞退を表明している。三人の家族から「息子をよろしくお願いします」と土下座までされて困り果てたのは一昨日の話だ。今ならわかる、三人のご家族の心境が・・・!!

「さっすが黎斗! 英語のテストで八割以上とるだけのことはあるぜ」

「いやキミ達、高一の英語のテストで八割以上取れればガイドが務まるって発想がまずおかしいからね……」

「おお、美女発見!」

 ダメだこいつら。人の話聞いてない。カンピオーネの言語能力をこんなことで使う日が来るとは夢にも思わなかった。しかもこれではまるで引率の先生だ。嗚呼、周囲の視線が痛い。美女と見るや手当り次第話しかけ(言葉が通じてないのに!)ナンパを仕掛けるバカを連れ戻す。汚らわしいものを見るような女性の視線が黎斗を見た瞬間憐れむような眼差しに変わるのが堪えた。そんなに疲れた表情をしているのだろうか? この勇者達を抑えるのは非常に骨が折れる。そもそも現地語がわからないのに三人は来るという決断をしたのだ。その勇気の前には勇者も裸足で逃げ出すか。

「ったく。ガイドの基準がひどすぎだよ。現地で僕の会話が通じなかったらどうする気だったのさ。そもそも現地の有名物件とか観光名所なんてグーグル検索で調べた付け焼刃知識でしかないんだけど」

 何十枚もあろうかという分厚いA4サイズの紙の束を隣において一人木陰のベンチに座った黎斗。中身は欧州の名所一覧と観光ポイント。カバンの中にもそんなガイドブックが何十冊も入っている。一息ついて沈黙したのもほんの数秒、すぐに口から文句が飛び出る。カンピオーネたる黎斗が意思疎通に困ることはまずないが彼らがそんなことを知るわけがない。彼らは本当に「高校一年のテストが良ければ」現地でのガイドができると思ったのだろう。カンピオーネになる前に外国に行った経験がない、つまり日本語とセンター試験レベルの英語能力で海外旅行をしたことのない黎斗には本当にその程度の能力で大丈夫なのかわからない。一応、中学三年で一応日常会話くらいの英会話能力がつくとどこかで聞いたような気もする。それでもガイドを出来るとは思えないのだけれど。
 考えていて思ったのだがここでは英語が使えるのだろうか? 考えなしに話していると自分が今何語を使っているのかわからなくなってしまう。相手との会話に支障こそないものの何語を喋っていたのか三人に聞かれても何処の言語か答えられないというのはどう考えても変な話だ。学校生活でも本を読んでいてどれがなんという言語で書かれているのかわからなくなることが多々発生するし。今回三人になんの言語か聞かれなかったのは幸いというほかない。他のカンピオーネもこんな風にどの言語を使っているのかわからなくなることがあるのだろうか?

「古今東西こんなことで頭を悩ませた神殺しは僕くらいのもんだろうな……」

 その言葉を聞いて理解したのかしてないのか、湖を泳ぐ白鳥がこちらを見つめる。同情するように鳴いた。つられたのか、近くにいた他の白鳥も鳴き始める。輪唱のような鳴き声は当然周囲の耳にも入る。

「………」

 ベンチに座る日本人と湖から顔をこちらへと向けた白鳥達の大合唱。これが美男or美女なら絵になるのだが、あいにく黎斗は冴えない顔の学生だ。白昼突如発生したある種異様な光景に注目が集まり始めるのはある種当然で。ビデオカメラを回す家族もちらほら見受けられる。黎斗としては見世物になったつもりはないのだけれど。

「……僕こんなキャラだっけなぁ」

 自分のことはこれまでお気楽極楽人間だと思っていたのだが、いつの間にこんな苦労性リーダータイプにクラスチェンジしたのだろうか。半ば諦めにも似た表情で、黎斗は買い物に飛び出したまま帰ってこない三人をひたすら待った。止めようとしたのだが「大丈夫だって! 黎斗の様子さっきからずっと見てたから要領はわかった」と言う三人に押し切られたのだ。さっきからジロジロと大衆の目にさらされている自覚はあるが、動く気力も全くない。きっと明日にはいろんな動画サイトにこの光景がアップされているのだろう。そんなことを考えて、気分がますます下降していく黎斗だった。





「おーい、三人ともー。ホテルこっちよ。そろっとチェックインだから行くぞー」

「あいよー」

「おお!! このゲームに萌えを感じる!」

「華麗なそこのお姉さま、そこでお茶でもいかがですか?」

「……What?」

 路上を歩く(露出過多な)金髪美女に男達の魔の手が伸びる。

「お前ら……」

 ……彼らに反省の文字はないのか。 眩暈が黎斗を襲う。襲ってきた回数は本日だけで二桁を超えた。ここまでくると胃薬が欲しい。いい加減心労で倒れそうだ。それともここは暴走する人間が三人から二人に減ったことを喜ぶ場面なのだろうか?

「いい加減話を聞けー!!」

 三者三様の返事。夕方になって日が暮れても結局反町以外の二人は現れず、迷子を捜しに出かけた黎斗達は、警察のご厄介になっている高木と迷子になってグルグル回っている名波を確保することに成功する。あっちへフラフラこっちへフラフラ、そんな三人を引き連れて早数時間、もうすぐ夕食の時間帯だとみてとった黎斗はナポリの中心部へ歩き出そうとして———動きを止めた。

「……ッ!?」

「黎斗?」

 心配してくれる高木に努めて普通の声を返す。大丈夫、硬い声になっていないはず。

「ん、ごめん。ちょっと忘れ物。先に行ってて? あのホテルは日本語大丈夫だから。いい? あのメッチャでかい建物だからね」

 そう言って念を押してから走り出す。近くで凄まじい呪力が発生している。その原因を確認しなければ。この発生は普通ではない。まつろわぬ神がこの近くに降臨したのか、それとも魔物の類に施されていた封印が解けたのか。現状では情報が少なく的確な判断が出来そうにないため、危険性が高いということしかわからない。
 幸い、時刻は夜だ。アーリマンの悪の最高神としての権能が使える時間帯となった今なら、現地へ直接転移が出来る。

「エル、一気に邪気化して転移するよ」

「帰りどうするんですか。行きは相手がご丁寧に呪力垂れ流ししてるから場所丸わかりですけど、マスターこの周辺の地理に疎いでしょ。帰り目印ないから転移できませんよ? 邪気化の転移は座標をしっかりわかってないとダメでしょう。私雪崩の現場まで飛ばされるのはもう勘弁ですよ」

 邪気化したのちに転移をすることで、夜の地域なら一瞬にしてどこでも移動ができる。どこにでも行けるということは、転移先の選択肢が無数にあるということだ。試したことはないのだが夜でありさえすれば火星や月といった別の惑星にまで転移できるのではないだろうか、と黎斗は思っている。試してみたいのだが失敗したらどうなるか見当がつかない。呼吸やら温度の問題は呪力・神力で強化すれば十中八九平気だろうが、真空の中に放り込まれて無事に動けるかわからない。もし平気ならば別の惑星に別荘を建てて優雅な生活を送れるので今後の人生は安泰だ。重力が地球と同じくらいあれば各種権能を駆使してもう一つの地球を作れる自信が彼にはある。その環境に辿り着くには何千何億年必要になるかはわからないけれど不老不死たる彼にとって時間など大した意味はない。
 閑話休題、とにかく今回のように相手が呪力を放出して居場所を教えてくれているような状況でない限り狙った場所への転移は困難を極める。世界地図を用いて金閣寺の位置を探すようなものだ。地元の地理に精通していなければ、普通にやったら大体の位置しか補足できない。誤差が数十kmともなればエルでなくとも難色を示すだろう。しかも転移した先の安全は保障されていないのだ。

「帰りは歩く。なんとしても明け方までには戻るよ。とりあえずここでこんなことされたら三人に被害が出かねない」

「ホントに良いんですか? これだけ呪力放出している相手の所にノコノコ行くのは正体を晒すことと同義だと思いますが。欧州にどれだけ神殺しがいらっしゃるとお思いですか?」

「……」

 黎斗が権能の行使をピタリとやめる。

「……何人いたっけ?」

 黎斗のあまりの酷さにエルは嘆きたくなった。同胞の情報をきちんと把握していないにも程がある。隠遁生活するのならこれくらいの情報仕入れておくべきだろうに。

「……アメリカ大陸に御一人、中華大陸にも御一人、日本にマスター含めて御二人、あとは全員欧州かと」

「ってことは……四人? 行ったらバレるんじゃね?」

「だからそう言ってるじゃないですか。アフリカ大陸やらオセアニア地域、南極北極ならまだしもこんな激戦区に首を突っ込む必要性ありませんって」

 道端で作戦会議を始める主従。突如立ち止まり顔を白黒させはじめた黎斗に関わらないよう、周囲の人間が彼を避けて動いている。そんなことにも気づかずに会議を続行するので、傍目には独り言を呟く危ない人にしか見えない。

「……気配、消えたわ」

 白熱した談義の最中、状況を把握しようとした彼は呪力が消えていることに気付いた。これではもはや捜索も叶わない。こんな土地で夜中出歩けば迷子になるのは確定だ。

「現地の神殺しが対応なさったのではないかと。流石欧州、対応が素早いですね」

「それで呪力が消えたのか。じゃあ解決じゃん。とっとと帰ろう。……でも、なーんかひっかかるんだよなぁ」

 そう言ってホテルへ戻る主従。あと五分でも相談を続けていたならば、不審者扱いされ警察の厄介になったであろうことを知らないで済んだのは、きっと幸運なのだろう。 

 

§13 東西奔走イタリア紀行

「黎斗、起きろー。今日はとても清々しい天気だ。まるで俺たちを祝福しているかのような……!!」

 朝の四時。反町の陽気な声が頭に響く。個人的にはもう少し眠っていたい。が、そんなことを言えばこんなテンションの彼らは自分たちだけで外出してしまうだろう。そうなってしまったが最期、迷子になった三人を必死に探す未来しか見えない。迷子ならまだいい。ナンパで人さまに迷惑かけたり、最悪マフィアンな人たちに接触したらもうどうしようもない。やむなく黎斗はベッドから抜け出した。
 昨晩、嫌なカンがして結末が気になった彼はカイムの権能を用いて情報収集をした。護堂が敗北したことと事件の真相を把握した彼は、ため息をついたものだ。まとめるとペルセウスが現れ、護堂が倒れ、アテナ&ペルセウスで一時停戦したらしい。死んだり生き返ったりハーレム作ったり神と戦ったり、護堂はほんとうに忙しいやつだ。アテナにまでフラグを建てたのだろうか。

「結局解決してなかったのね。でもなんでペルセウスに護堂の力が無効化されるんだ? ペルセウスの権能って封印系能力ではないよな」

 他の可能性はギリシアとペルシャの神話に何か繋がりがあること。知識の無い黎斗にはそれを確かめる術がない。 |唯一の力(ウルスラグナ)を無効化するペルセウス戦はいくらなんでも相性が悪すぎるだろう。

「……これは僕が代打ででるべき? あの光る剣まで無効化されたら勝機皆無だろ。流石にスルーして護堂を見殺しにするわけにゃいかんよなぁ。ザルパートレだかなんだか知らんけど元凶に見つからないよううまくやらなきゃ。っかザルさん働けよ。欧州のカンピオーネ達働けよ。全員ニートかっつうの」

 光る剣以上の切札を護堂は持っているのだろうか? 持っているなら取り越し苦労で済むのだが。

「サルバトーレ卿、です。あとそんなに見つかるのイヤでしたら最終手段で口封じもありますよ? 相手がどんな存在だろうがテュール神の権能、|破滅の呪鎖(グレイプニール)で絡め取れば終わりです。これは相手が一人でなかったら逆にマスターが終わっちゃいますけど。ペルセウスと卿で苦戦の末両者相討ちって展開もうまく偽装すれば出来ますよ? もっとも、そんな外道案実行しようとしたら噛み付きますけど。欧州ったってどんくらい広いと思ってんですか。マスターここを横断したんでしょ? この広さなら一日二日対応できなくてもしょうがありませんって」

 後半はともかく、前半で物騒な案を出してきたエルに再考を願ってみる。というか、噛み付くくらいならそんな案を提案しなくてよいのではないだろうか。

「もうちょい平和的なさ。話し合いとかありません……? 最後の方は納得せざるを得ないけどさ。まぁ飛行機あるじゃんとか言い出したらキリがないからやめておくよ」

「自分が戦いたいがために都市に大損害を与える人間と話し合いが通じるとは思えませんけど」

「うぐっ」

 行動を考えるとサルバトーレとかいう男はおそらく、黎斗を神殺しと察知すれば勝負を挑んでくる。そうなれば自衛のために戦うわけだが噂になるのは避けられない。一、二回死んで満足してくれるなら負けてもよいのだけれど。

「んなコトしたらカンピオーネってバレるよねぇ……」

 現在最古のカンピオーネとしてゴタゴタにかかわってしまうのは必至。そんな結末を遠慮したい黎斗のとる手段は二つ。
 隠しきるか、知られたら倒すか。つまるところ、それしかないのだ。

「……ペルセウスは潰す。サルバドーレからは逃亡。見つかったら黙ってくれるよう説得。最悪倒すことも視野に入れる」

 仮案を出してみる。とにかく護堂が挑む前に決着をつけねばならない。

「三人には悪いけど今日僕は別行ど……」

「マスター、それは彼らの遭難フラグ、しいては死亡フラグですよ」

 これまでの惨状を鑑みるに、彼らの末路がありありと見えてくる。下手したら”本当に”死亡しかねない。まったく、現地での会話が出来ないのにくるなんて!

「エル、至急幽世行くよ。姫さんとスサノオに協力をしてもらおう。人化の術式を組み上げる」

「ママママスター、一体何を!?」

 突然飛んできた思わぬ言葉に慌てふためく様は見ていてとても面白い。が、ここで面白がっている時間はない。広大なイタリアを身一つで探すのだ。カイムの権能で情報を集めようとしてもペルセウスと同じような姿恰好をしている人間だって大勢いるだろう。こういう探し人の場合この力はあまりアテにならないものだ。だから、探索に割ける時間は多いほど良い。今から探せば、夜までには見つけられるだろう。

「幽世で二人の協力の下、エルを女性に変化させる。あとは僕の海外の従妹ってことで三人の案内を」

「イヤですよあんな変態達の!?」

 即答。即答である。彼らの自業自得とはいえ、流石に哀れになる黎斗。一応友達として弁護してやるのが仁義だろう。

「たまにはそうかもしれないけどさ、三人ともいい奴だし、ね?」

「……いい方々かどうかはこの際置いておきましょう。マスター、あの人たちは本当に”たまに”変態なだけですか?」

 思い返してみる。今まで過ごしてきた三人の言動を。変な影響を受けやすく、一度染まってしまうと凄まじい暴走を見せつける高木。巫女萌えを公共の場で宣言してしまう名波。そして、二次元に百人を超える妹を持つと言い、常日頃から彼女たちに愛を注ぐ反町。

「…………」

 思わずエルから顔を背ける。変えることの出来ない現実があるのなら、それを受け入れて未来へ進むしかないのだから。

「マスタぁー!!」

「高木ー、三人で悪いけどロビー先に行ってて。ちょっとトイレ」

 エルの悲鳴を外部に漏れないよう器用に遮断しつつトイレの個室に入っていく。ホテルのトイレから幽世へ転移するのは僕ぐらいだろうな、などととりとめもないことを考えながら黎斗はエルを連れて転移の術式を組み上げた。





「おまたせー」

「なんで部屋のトイレに入った黎斗が外から現れ……!?」

 ホテルの玄関から現れた黎斗を見るなり絶句する反町。名波と高木も口をポカンと開けたまま身じろぎ一つしない。黎斗の隣には、紫髪の美少女が一人。護堂の周囲の女性陣に勝るとも劣らない容姿は周囲の視線を釘付けにする。見かけは十八、九だろうか。白いながらも決して病的ではない肌と華奢だが恐ろしくスタイルのよい肢体。艶やかな長髪は腰のあたりまで伸ばされており、そよ風が吹くと流れるように髪先が舞う。薄手のノースリーブとスカートはどちらも黒で地味そうだが、不思議と彼女に似合っているように見えた。

「えっと、エルっていいます。今日はよろしくお願いしますね?」

 可憐な声音による挨拶と向日葵のような笑顔を向けてくる彼女に、そろって三人の動きが停止する。

「「「」」」

「おーい、生きてるー? ……まぁいいや。この子は僕の親戚なんだ。折角だし案内を頼もうと思って呼んでみたんだ」

(マスター!! 私もこの周囲の地理詳しいわけじゃありませんよ!!)

 念話で、エルの抗議が脳裏に響いてくる。
 幽世に撤退した黎斗は須佐之男達の協力を借りて、エルを人に化けさせることに成功した。万が一の為同じ国なら黎斗との念話を可能にしてあるので正直、単純なスペックは普段より高い。魔力消去の結界は時間物資共に足りず簡易術式しか組めなかったが大騎士クラスの相手と至近距離での接触をしなければ問題ない。悪質な不良程度なら一人でも無事に逃げ切れるだろう。半ば即興に近いものの神&神祖&神殺しが共同で術を掛けたのだから当然と言えば当然なのだが。簡素な護身用の呪符も持たせているし事件に巻き込まれても大事には至らないハズだ。
 容姿は人化の準備を二人にしてもらっている間に単身様々な店を巡り買ってきた作品のヒロイン達を元に設定。ギャルゲーを山のように買った時の周囲の視線の痛いこと痛いこと。女性の店員の汚物を見るような視線に内心涙した。エロゲーを全品買い揃えれば当然かもしれないけれど。もうこんな真似はこりぎりだ。僅か十分足らずで幽世へ大量の資料を持ち込んできた黎斗。彼の並々ならぬ熱意に当初は呆れていた須佐之男命だったが、最終的に二人で容姿について議論を重ねるまでになってしまい二人の様子を女性陣は苦笑い。コスプレにならない程度に服を含めた装飾品も参考にし、エル人間ver.の完成と相成ったのである。ちなみに幽世の黎斗の部屋その二は今回資料として用いたラノベ、マンガ、ギャルゲーの類(全部未開封)で埋め尽くされてしまったので、他人を部屋に招くのは恐ろしい部屋に変貌している。

「今日はエルに案内を…って聞いてねぇ……」

 硬直したのもほんの数秒、黎斗の話を聞くことなくエルに群がる野郎三人。少し離れたここからでもエルの顔が引きつっているのがよくわかる。出来ることなら助けてやりたいがここは彼女に頑張ってもらってその間にペルセウスを探そう。

「今日はエルに任せて僕はちょっとホテルで寝てるよ。あとで目的地に行くからさ、現地合流にしましょ」

 そう言って自室に戻ろうとする黎斗の肩を朗らかな声と共に高木が叩く。

「なーに辛気臭いこと言ってんだよ。具合悪いわけじゃないんだろ? みんなで楽しむべきだ!」

 それはもう爽やかな笑顔で。マンガだったら歯がキラリと輝いているような。思わず呆けた一瞬の内に黎斗は腕を反町に捕獲されていた。抜け出そうとしても抜け出せない。こやつは捕縛のプロか、プロなのか。

「脱出できない、だと……!?」

 密かに驚愕する黎斗。縄抜けに始まる脱出術もそれなりのレベルで修得している自信があったのだが、それが完膚なきまでに打ち砕かれる。

「せっかく黎斗が美人な親戚連れてきてくれたんだ。まずはどっかで朝飯にしようぜ!」

 そのままずるずる連行される中で思考を放棄する。鳥達の話が真実ならば護堂はアテナと一緒なのだ。あの女神様と一緒なら悪いようにはならないだろう。彼女が大丈夫と判断しているなら護堂に勝機はあるはずだ。当然のことながら智慧の女神様は黎斗などより遥かに賢い。凡人(黎斗)なんかが心配する必要はないか。ここは三人と一緒に行こう。

「……りょーかぃ。朝ごはん食べたら移動開始。今日はシチリアだっけ?」

「シチリアは明日だよ。今日はサルデーニャだ。明後日レジョディカラブリアに行って帰国だ。……ガイドだろ、しっかりしろよ」

「……すげー屈辱だわ。まさか名波にそんなことを言われるとは。つーかガイドは無理だと何度言えば」

 思いつきだけでここまで来たような人間にしっかりしろと言われるとは世も末だ。だいたい、一日ごとにイタリアを縦横無尽に駆け抜けるこんな日程では観光なんてほとんど出来ないではないか。一日の大半は移動時間で消えてしまう。もし、観光したいのなら今回のように早起きなりなんなり、睡眠時間を削るしかない。商店街は何を考えてこんな滅茶苦茶なプランにしたのだろうか。「イタリア全土を駆け抜けろ! 夏に攻略するイタリア!!」という副題がついていたらしいが、本当に駆け抜けることになるとは。

「マス……じゃない、黎斗の負けですよ。名波君しっかり日程覚えてるじゃないですか。しっかしホント、強行日程みたいな無理ありすぎる日程ですね」

 マスター、と言いかけて慌てて訂正するエルだが、三人の耳はこういう時に限って恐ろしい精度を発揮する。

「マスってなんだよマスって!? 黎斗、てめーまさかマスターとか呼ばせて悦に浸ってるんじゃねェだろうな!?」

「お前だけは俺たちの仲間だと思っていたのに。紫髪の美少女のマスター気取りかよ!! この裏切り者!!」

「天誅だ!!」

「ちょっと待て三人とも!! マスだけでマスターって決めつけるなよ。もしかしたら鱒が食べたかったのかもしれないだろ!!」

 悦には浸っていないがマスター呼びされているのは事実。ここでバレたら学校生活が大惨事になりかねない。助けを求めてエルを見るが、三人の剣幕に彼女も口を挟めないようだ。オロオロとするばかり。助けが当てにならないことを悟った黎斗は、最終手段を選択した。

「だー、朝ごはんいくぞ!!」

 強引に誤魔化す。朝食を食べてしまえば、少しは三人も落ち着くだろう。そんな希望を胸に秘め、黎斗は中央街へ走り出す。彼と彼を追いかける三人を、エルが苦笑いしながら歩いて追った。 

 

§14 魔王に立ち向かうのは勇者だけではない

 「……」

 右手にビニール袋を持ったまま、黎斗は呆然と立ち尽くす。ちょっと目を離した隙に、四人の姿が消え失せてしまった。一人で飲み物を買いに行ったのは選択ミスだったか。彼らが座っていたベンチには、日本のレシートと思しき紙の裏に何かが書かれており、風で飛ばされないように石で押さえられている。

「何コレ? 書置きか? 誰かがここに座ったらどうする気だったんだあいつら……」

 呆れながら紙を手に取る。筆ペンだかなんだかよくわからないが、字が潰れていてとっても読みにくい。大方通りすがりの誰かから借りた慣れないペンで立ちながら書いたのだろう。下に何も敷かずに、急いで書いたとしか思えない。



 エルさんを連れてちょっと散歩してくる。五分くらいで戻るわ

                                     心の友より



「朝まで裏切り者呼ばわりしていたのにエルをきちんと紹介したら心の友ねぇ。現金なやつらだこと」

 まぁらしいといえばらしいか。笑いがこぼれる。散歩くらい大目に見るか、と思ったところで気付く。今変な単語があったぞ。

「散…歩……?」

 もう一度、読み直す。



 エルさんを連れてちょっと散歩してくる。五分くらいで戻るわ

                                     心の友より



 「ちょっと散歩してくるわ」に開いた口が塞がらない。彼らは現地語ができないこと忘れているのだろうか。昨日も言語が通じないのに勝手に突撃していたことを思い出せば、そもそも考えていないのかもしれない。エルが付いているから最悪の事態は無いだろうが。

「……はぁ」

 溜息が飛び出る。念話でエルに場所を聞けばすぐに済む事態なのだが、そんなに楽な展開になってくれれば苦労しない。空のたびの最中に機内で試してわかったことだが、エルは念話が得意ではなかった。エルは念話で喋る際、発言を声に出してしまうのだ。これでは緊急事態以外は使いようが無い。いきなり空に向かって話しかければ変人扱いされること請け合いだ。国内ならば携帯電話でカモフラージュ出来たのかもしれないが、ここは海外。その手段を用いることが出来はしない。念話で捜索というもっとも確実かつ楽な方法が使えない。

「ねぇねぇ、この近辺に居た男三人と女一人のグループ、どこに行ったか知らない?」

 ざわ・・・・ざわ・・・・

「……おーけー、ありがと。さて、ウォーリーを探せモドキ始めますか。ったく、あんにゃろー」

 カイムの権能を発動。木々の話では既に十五分は経っているではないか。街路樹の助けを借りて捜索を開始する。雑草達に応援されながら、黎斗は四人が去った方角へ歩き始める。ビニール袋からペットボトルを取り出す。封を開けてお茶をラッパ飲み。まったく、飲まなきゃやっていられない。





 黎斗が捜索を開始した頃、事態はとんでもない方向へと動いていた。

「そこの金髪!! 万理谷さんに触れるな!」

 サルバトーレ・ドニ。欧州最強の剣士。”剣の王”と呼ばれ畏怖される魔王に立ち向かったのは、変態紳士の一角、名波だった。

「え?」

 間の抜けた声を出してしまうドニ。まぁ、当然だろう。どっからどう見ても観光客にしか見えない日本人が、いきなり立ち向かってきたのだから。
 彼らはただの一般人だ。だが、一般人であるが故に、同級生が暴行(・・・・・・)を受けている(・・・・・・)のを看過出来はしない(・・・・・・・・・・)・・・!!
 カンピオーネという存在を知らない彼らは、自分の前に立つ存在がどれほど恐ろしい存在か理解できない。相手との実力差があまりにもありすぎて、どれだけドニが規格外な存在なのかもわかってはいないだろう。彼らにとって目の前の金髪は、憧れの同級生に襲い掛かって縛ろうとしている暴漢以外の何者でもない。

「貴方達、やめなさい!! サルバトーレ卿はあなた方が束になっても敵うような相手ではないわ!!」

 エリカですら大声をあげる事態。アンドレアに至っては、目を見開いたまま硬直している。目の前の現実に、理解が追いついていないのだ。そんな状況下で放たれた、エリカの声は逆効果だった。普段の彼女なら気づいたはず。倒れ伏す自分の姿が、彼らにどんな影響を与えるのか。

「うおお、エリカ様!? てめぇ、エリカ様に何をした!!」

 逆上する反町。ドニを見つめる目はとても険しい。

「……ははは、よくぞ着た勇者達。僕に勝てばここの二人を解放しよう!」

 おそらく彼らは彼女たちの日本での友人だろう。通りすがりのクラスメートが彼女達を襲う自分に敵意を持つのは不思議なことではない。ならば、とことん悪役をやってやろうではないか。その方がきっと面白い。いち早く状況を理解したドニは気取った台詞と共に、三人へと向き合う。さながら悪の大王のように。

「このバカ!! 遊びが過ぎるぞ!!」

 事態を把握したアンドレアがドニを罵倒する。ただの少年相手に本気を出すはず無いとわかっているが、だからといって許容できる事態ではない。

「三人ともダメです!! その方には絶対に敵いません!」

「なっ……」

「うああ!!」

 エルの叫びに反応し彼女に視線を向けたドニが硬直する。結果、素人といっても差し支えの無い反町の一撃が、彼を捉えた。直撃した拳が、彼の身体を吹き飛ばす。

「「「!!?」」」

 無論、ドニに対した影響など無い。しかし、一般人に過ぎない反町の一撃を受ける彼に、エリカも祐理もアンドレアも息を呑む。目の前の光景は一体なんなのだろう。

「……へぇ、面白い。こんな形で戦いを仕掛けてくる神様は初めてだよ。ついでに言うなら、直視するまで察することが出来なかったのも初めてだよ」

 立ち上がるドニ。そこにさっきまでのおふざけはない。あるのは明確な闘志。その覇気に三人は無意識下で後ずさる。

「バカ、冷静になれ!! この少年達の何処がまつろわぬ神だというのだ!!」

「違うよ。後ろに控えてる紫のコだよ。微かに、ほんの僅かだけど気配がする。身体が勝手に臨戦態勢をとるんだから、間違いない」

 エルに用いた変化の術は特殊な物だ。須佐之男命の神力を基本に黎斗の神力を反応させる為、他の誰にも真似することなど出来はしない。今のエルは「存在だけなら」まつろわぬ神と同等なのだ。ドニの身体が臨戦態勢をとったのもそこに起因する。だが、そんなことを理解している者などこの場に居ない。欧州最強の剣の王、サルバトーレ・ドニが本気になる。今重要なことはそれだけ。他は全て枝葉末節、些細な出来事。

「……くっ」

 プレッシャーに押され、後退するエル。当たり前だが、彼はエル達を逃がしてくれるほど甘くはない。反町達三人も、エリカと祐理がこの状況では引くことはないだろう。彼らの目は、恐怖に怯えながらも立ち向かおうとしている。

(……やむなし、ですか)

 懐から呪符を取り出し、三人の方へと投げつける。強制転移で幽世にある須佐之男命の館へと問答無用で吹き飛ばす。あとで須佐之男命から文句を言われるだろうが事態が事態だ、しょうがない。あとはこの場から逃亡するだけ。この時エルはそう思っていた。

「へぇ、彼らを消したか。」

 結果から言えば、エルの判断は間違っていた。彼女はこの場で一目散に逃走すべきだったのだ。そうすれば、追跡してくるであろうドニを三人から引き離すことができるのだから。なまじっか強制転移などという高等術を用いたせいで、ドニの警戒心を煽る結果となってしまったのだ。一般人を駒にするくらいの雑魚かもしれない、という印象から一転、次元転移を可能とする実力者として見られてしまったエルに、彼女一人では生存の目は万に一つもない。転移の護符は一枚しか受け取っていない以上無駄遣い出来ない代物だったのだ。
 殺気を察知し背後に飛び退くエル。奇跡的に回避に成功した命を奪う一撃は、彼女の左腕をたやすく吹き飛ばす。

(くっ……マスター!!)

 進退窮まったエルは、自らの主に念話を送る。ここに黎斗を呼び寄せることは本来なら下策かもしれない。しかし、エルが死亡すれば変化の術が解け、狐の死体としてこの場に残る。解剖されでもしたら、黎斗の神力の残滓を察知されてしまうだろう。そうなれば事態が露見するだけではすまない。こんなでも一応神殺しの眷属なのだ。神殺しの眷属の死亡は、絶対に黎斗と欧州に禍根を残す。最善手は一人でのここからの離脱。それが敵わぬ今、次の一手は生きてここから抜け出すこと。幸い相手は勘違いしている。今エルが黎斗を呼び出しても己の契約した人間を呼び出した、と誤解させられるはず。それに、賭ける。

「!!」

 風が吹いた。遠くにいても、相手の下へ駆けつけることのできるウルスラグナの力の一端。ただその使用者は護堂ではない。友愛の神アーリマンの権能でその権能を一時的に拝借した黎斗だ。両手にビニール袋を持つ、という戦場に似つかわしくない姿で現れた彼は周囲の様子を素早く確認する。

「今度は買い物帰りの民間人? ……本気を出す気が無いのなら、出させてみせようか!」

 ドニの剣が、エルへと放たれる。神速で振るわれた一撃は、黎斗の左腕に阻まれた。出血しながらもしっかりと握り締めた手は剣の些細な動きも許さない。ドニの瞳が驚きで僅かに見開かれる。

「へぇ」

「有り得ない……」

 感嘆する魔王。呆然と呟くエリカ。彼の王の剣を見切るような芸当を出来る人間が、この世に果たして何人いるのだろうか! まして対峙しているのは、自分たちのクラスメート。彼がカンピオーネだったとしても、自分たちと年齢はほとんど変わらない。エリカは夏休み少し前に赤銅黒十字の力を借りて秘密裏で彼の戸籍調査を行ったことがある。結果、水羽黎斗は幼い頃に両親と死別してはいるものの、生年月日および戸籍に偽造された形跡はない。つまり、彼が権能を簒奪し神殺しとなったのはこの十数年以内の話の筈なのだ。十年いくかどうかの鍛錬で最強の剣士と張り合えるようになると思えるほどエリカは非現実的な思考回路を持ち合わせていない。この事態は、異常だ。

「あなた誰? 僕ら須佐之男命様の眷属に対して恨みでもあんの?」

 僅かな隙にエルと念話で相談した黎斗の結論は、須佐之男命の眷属という扱いで強引に誤魔化すこと。ここでドニを殺し闇に葬れば、事態は沈黙するどころか大事になるだろう。カンピオーネ殺害などしてしまえばそれは世界中にあらたな神殺しかまつろわぬ神か、更なる存在が居ることを発信するようなものだ。だから黎斗は神に仕える者と偽りこの身を晒す。ゴタゴタに巻き込まれるだろうが、神殺しとバレるよりは影響はないだろう。護堂の傘下に加わるのも悪くないかもしれない。若き神殺しがどこまで育つのか興味がないわけではないし。神と戦って負けかけても援護は出来なくなるが、雑魚の掃討くらいなら大手を振って出来るようになる。チート剣があればまず敗北はないだろう。
 須佐之男命には事後承諾をもらえばいい。そう結論付けて彼に拒否される場合を考えていない黎斗の思考は、事態の楽観視故なのか須佐之男命への信頼故か。

「眷属?」

「そう。こっちの娘は諸事情で須佐之男命様の力を一時的に借りているだけの存在だ。あなたが誰か知らないけれど、その剣を仕舞ってもらおうか」

「……断る、と言ったら?」

「貴方、それなりの立場の人間でしょ? ここで倒すのは忍びない」

「いいねぇ。戦ってくれるなら、願ったり叶ったりだ」

 黎斗の宣告に、ドニは獰猛な笑みを見せる。まるで、予想外の大物を発見した漁師のように。

「黎斗、貴方何馬鹿な事を言っているの!? その御方はカンピオーネの御一人、”剣の王”サルバトーレ卿よ。 いくら貴方が強くても、勝てる筈がないわ。お引きなさい!!」

 エリカが何か言っているが、黎斗の耳には入っていない。万が一戦闘になった場合、権能を使わないで勝つのは如何に彼でも厳しいものがある。気を抜くことは許されない。

「……へぇ。僕がカンピオーネと知ってなお、立ち向かう意思を見せるか。なかなかどうして、面白い。君のその自信の根拠を見てみたい。ホントに、一手御手合わせ願えるかな? 大丈夫、勝敗にかかわらず彼女には手を出さないよ。まつろわぬ神でない上にそんなに強くないのなら戦う理由はないからね。あ、そうそうさっきの少年たちにも謝っておいてくれ。無闇に威嚇しちゃったからねぇ」

「……随分物分かりがよろしいのですね。カンピオーネの皆様は傍若無人と伝え聞いておりますが」

 三人に謝っておいてくれ、などという殊勝な言葉に黎斗は感心を通り越して疑問を浮かべる。カンピオーネは自分勝手な連中だけだと聞いていたのだけれど。そう思った彼は一応敬語で返答する。カンピオーネと知らされてしまった以上、タメ口をきくのは不味いだろう。

「だってそりゃあ君、これから御手合わせ願う人に対して、最低限の礼儀くらいはねぇ」

「……戦うことへの拒否権は無しですか」

 なるほど、たしかに自分勝手だ。こっちは良いと言っていないのにいつの間にか勝負すること前提で話が進んでいる。人の都合を全く考えていない。「願う」とか言っておきながら決定事項とは。

「しょーがないか。……ロンギヌス」

 自身を呼ぶ声に呼応して、神殺しの槍が姿を現す。他に武器になりそうなのはビニール袋&たくさんの食べ物しかない。手の内を晒したくないが負けるよりマシだ。負けにいく考えを即却下するあたりなんだかんだ言ってもやはり自分はカンピオーネだな、と心の中で自嘲する。槍を取り出す黎斗を見て、ドニが眉を顰めるがそんなことは気にしない。

「では剣の王、サルバトーレ卿。お相手するは神殺しの槍とその所有者。神殺し(・・・)の力、とくとご覧あれ」 

 

§15 知りすぎた者

「信じられん。あの少年は一体……」

 アンドレアも、エリカも己の目を疑った。
 サルバトーレ・ドニと水羽黎斗は既に十分以上刃を交えている。戦局は、互角。

「もしやサルバトーレ卿、手を抜いていらっしゃいますか? いくら権能を使っておられないとはいえ、互角に打ち合える人間がいるなんて……」

 アンドレアに問いかけるが、正直これで手加減しているなどと信じたくはない。これが手加減なら自分たちへのあの一撃など彼にとっては手加減どころか児戯に等しいではないか。そう思う一方で、彼は剣を極め神を殺した存在であるのだから実際自分たちのと勝負など児戯かもしれない、とも思う。武芸においてエリカの上を行くであろう陸家の御曹司も彼の前に何秒立っていられるのだろう。”剣の王”の名は伊達ではない。そんな彼がもし本気ならば、黎斗が互角に戦えることなどありえない。これは黎斗が人間と仮定した場合だが。いくら神降ろしを出来たとしても、剣で神を殺した人間に匹敵する武を修めた人間なんてそう何人もいてたまるものか。

「あのバカは手を抜いているが本気の数歩手前だ。おそらく本気になると自制が効かなくなり権能を使いかねないから意識して抜いているのだろう。いくら降霊術が使えたところで人間が張り合える領域では、ない」

 予想はしていたが、これでも手加減なのか。この戦いは見るものが見れば目を奪われるような素晴らしい勝負なのだろう。だがエリカではその速すぎる動きに目が追いつかない。不可能な体勢から一撃を繰り出し、無数に放つフェイクの中に、必殺であろう一撃を流れるように描き出す。全てが速く、重い。そんな常軌を逸した技の数々。そこまで考えて、ふと痛みが消えていることに気付く。

「……あら?」

「大丈夫ですか? エリカさん」

 暖かな光に振り向けば、戒めを解かれた祐理とエルと名乗る少女の姿。エリカが動けるようになったのがわかると、祐理はエリカの治癒をやめてアンドレアの縄を解きに向かう。

「純粋な武術ならばマスターとサルバトーレ卿の実力はほぼ互角。権能を使われない限りしばらくこの拮抗は続きますが、権能を使われると収拾がつかなくなります。私たちがここにいる限り、マスターはサルバトーレ卿と交戦せざるを得ません。よって私たちは全員一回退却します。ご理解をお願いします」

 エルの提案は、この場にいてもどうしようもないのだから間違ってはいないだろう。黎斗は彼女にえらく信頼されているようだ。カンピオーネ相手なのに敗北を全く考慮されていない。

「私達はこの事態の解決をして速やかに護堂の援護に行かなければならないの。……と言っても私達では何も出来ないわね。わかったわ、いったん引きましょう。護堂が悲しむでしょうしここで黎斗を殺されるわけにはいかないわ。」

 エルと会話しているエリカは、とうとう「収拾がつかなくなります」という言葉の真の意味に気付くことはなかった。彼女は「ドニが権能を用いると黎斗を殺してしまう。そうなると後の事態の収拾がつかなくなる」と最後まで思い込んでいたが、エルの真意は「権能合戦になって最悪周囲が焦土になる」である。普段なら気付いたであろう違和感に気付けなかったのは、日常でどんくさいところしか見せていない(体力測定だと彼は学年最下位組の一人だ)黎斗がドニと互角に打ち合う光景を見ていたからだろう。ギャップが大きすぎたのだ。

「この事態とはなんですか?」

「あら、貴女気付いていなかったの? この周囲一帯に今結界が張られているのよ。効果は文明レベルの衰退。結界内では電化製品などが使えなくなるわ。せめてあの板だけでも破壊できればよいのだけれど、おそらく私たちに臨戦態勢のサルバトーレ卿の索敵能力を超えられるとは思えないわ」

「はい……はい、了解です。御武運を。……エリカさん、今の内容を念話でマスターに連絡しました。私たちの撤退後に破壊を試みるそうです」

 あの”剣の王”を相手に戦いながら他の人間と念話をする余裕まであるなんて、そう思ったが疑問は呑み込む。今はそんなことを考えている時間も惜しい。

「……詮索はあとね。今は頼らせてもらうわ」





「参ったな。自覚してなかったけど相当鈍っているみたいだ」

 全盛期なら、容易く勝てただろう。二刀流で互角、槍でなら快勝、といったところか。しかし、今の身体では動きが追いついてこない。模擬戦だけで実力の維持はやはり厳しいらしい。負けることはまずないが、楽に勝てる相手でもなさそうだ。
 幾度目かの交差、自分の弱体化を目の当たりにし黎斗は密かに口を噛み締める。周囲から見ればこれは破格の大健闘。なにせ欧州最強の剣士と張り合っているのだから。
 だが、これでは駄目だ。一番得意な槍でこの有様ではひどすぎる。圧勝とはいかなくても優勢に立ち回れるくらいの力量を有して無くてはこれからが思いやられる。黎斗の権能は安定した単体攻撃権能が存在しないのだから。邪眼や流浪の守護といった安定した守りはあっても攻撃は日中専用の広域殲滅だったり夜限定の邪気波動だったりして不安定だ。今回だって相手の後ろにある変な板を武術で破壊せねばならない。四人が撤退し、更に結界を破壊されればいかに天性の負けず嫌いとはいえ諦めるだろう。というか、諦めてくれないと困る。黎斗は殺人者になって警察の厄介になりたくはない。

「……そろそろいいでしょうか? 腕試しならこれで十分かと存じますが」

 その言葉と共に、ロンギヌスを一閃。全盛期ならサルバトーレの持つ剣を吹き飛ばしたであろう一撃も、今の彼ではそこまでの成果を発揮できない。楽に止められ、弾かれた。しかし、それも織り込み済みだ。弾かれた勢いを利用し、背後へ跳躍。結界の中心と思しき板切れを串刺しにする。四人の逃亡は確認済み。これで諦めてくれるといいのだけれど。

「あ……」

 ドニの一言と同時に、結界の破壊される感覚。このはた迷惑な結界は効力を失った筈だ。

「……やれやれ、ここは大人しく引こうか。いつの間にかみんな逃げちゃったし板も割られちゃったし。悔しいけどこれは僕の負けかなぁ。流石に”本気”になっちゃうワケにはいかないしね。それにここで時間を食って護堂vs神様(メインディッシュ)に間に合わないのはとっても困る。だからこれで妥協するよ。あぁそうそう、君名前は?」

 剣を収めるサルバトーレ。残念そうな台詞の癖に嬉々とした表情を浮かべ王は尋ねる。

「水羽黎斗と申します、王よ」

「うん、黎斗か。面白い少年も発掘できたし成果は上々ということにしとこうかな。本当に護堂の周りは面白い。じゃあね」

 去っていく彼を見届けて、黎斗は四人の後を追う。エル達の位置は念話でだいたい判明しているので問題はない。あるとすれば、ただ一つ。

「後始末、めんどくせぇ……」

 思わず口に出してしまう。エリカと祐理だけならディオニュソスによる洗脳でどうにでもなるのだが、眼鏡の男の存在だ。
 酒の神にして死と復活の神、ディオニュソス。ディオニュソスの密儀は女性信者のみに許され、男が参加するには女装するしかなかったという。密儀で踊り狂う女性は尋常でない力を誇り、自分の息子の判別すら出来ない程に狂わされることになる。ここにある彼の力の一部を用いる。ここまで聞けばアイスマンがなぜ問題なのかわかるだろう。この神、なんと権能が女性限定なのだ。

「……まぁ、美少女侍らす後輩君(カンピオーネ)が増えなかっただけマシか。護堂以外(あれいじょう)に居たら迷惑すぎる」

 一人による多数の美女独占、という人生格差が広がらなかったことを喜ぶべきか。はてさて洗脳できなかったことを嘆くべきか。能力を使うたびに「女性限定の能力。手加減で完全洗脳、全力で精神破壊とかねーよ。しかも声聞かせるか相手見れば即発動って下手なエロゲーも真っ青だなオイ」などと黎斗が言うのも無理はあるまい。ドニも護堂みたく周囲の人間が女性だけだったなら、こんな誤魔化すことに苦労しなくてすんだのに。そしたら全部洗脳で解決、という手段がとれる。聊か外道な気もするけれど。

「あーあぁ。権能使ってないし誤魔化せるかな……」

 出来ることなら行きたくない。お母さんに0点のテストを見せる子供の気分だ。避けられない追及を想像し、回避の方策を考える。ドニの言っていた「護堂vs神様」のことなどもう頭の外だ。黎斗の足取りは亀のようだった。





「羅刹の君、本日はお助けいただきありがとうございました」

「……」

 開口一番に言われたのは、祐理からの感謝。だがそこには、聞き捨てならない単語が入っている。

「えーと、万里谷さん? 羅刹の君って」

「エルさんに全て教えていただきました。勝手に事情をお伺いしてしまい申し訳ありません」

 祐理の言葉に口が外れた。黎斗はすごい速度でエルの方をを見る。

「エルー!?」

「ご、ごめんなさいぃ…… エリカさん相手に隠し通すのは無理でした……」

 駆け引きになれていないエルは黙秘以外の行動をとらずポーカーフェイスも出来るわけではない。そんなエルが権謀術数に優れるエリカ相手に情報を隠し通すのはやはり無理だったようだ。驚きを素直に顔に出してしまう時点で、敗北は決定していた。彼女ならばエルの表情の一つ一つから見破ることも不可能ではないだろう。大人しく白旗だ。

「はぁ……負け、か。では改めて自己紹介。かなり昔に神殺しになりました、水羽黎斗です。おそらく現存する同胞の中では最長なんじゃないかな? 異名っぽいのもあったけど、それを呼ぶ者はみんな死んでると思う。何世紀も前の話だし。だから普通に呼んでもらって構わない。あぁ、この話オフレコね。口外しないで。あと録音とか盗聴も禁止の方向でよろしく。普段と同じように接してちょうだいな」

 あっけらかんと答えてみる。今まで必死に隠してきたのだ。もっと隠すと予想していたのだろう。呆気にとられる三人の様子を見て、思わず彼はニヤリと笑う。そんな微妙な空気の中で、果敢にエリカが切り込んでくる。

「御身が我らの王、草薙護堂の周囲にいるのはなぜでしょう?」

「友達だからねぇ。正体を告げないのは護堂が”僕”の存在を知って安心することを防ぐためって理由もあるんだよ? 気の緩みは死を招く。もうちょっと強くなったら言おうかな。今僕の存在を知らせることはマイナスにしかならない。もっとも、僕が魔術結社とあまり関わりたくない、という理由の方が大きかったりはするのだけれど」

 護堂と敵対する、と答えたらどうする気だったのだろうか。いや、考えるだけ無駄か。そうしたらこの少女達は確実に黎斗を敵と見なすだろう。

「……さて、重要情報大安売りしたワケですが」

 がらり、と黎斗の雰囲気が変わる。彼女たちにこの権能を使いたくはなかったがやむを得ない。知り合いに対する精神操作を嫌がっていたら今までの苦労が水の泡だ。精神を破壊しないように加減。宝石店での換金作業やらアパートの手続きやらでお世話になった権能。ディオニュソスの力の一端を発動させる。

「我は心を汚す者。全てを忘れて(・・・・・・・)? 僕は神の力(・・・・・)をその身に移す(・・・・・・・)事のできる一般人(・・・・・・・・)ただそれだけだよ(・・・・・・・・)?」

 葡萄酒の色に染まる黎斗の瞳。色が鮮やかになっていく彼の瞳と対照的に、少女たちの瞳はだんだん虚ろになっていく。彼の言葉が途切れると、糸の切れた人形のように二人は机に突っ伏した。本来ならば意識を奪う必要はないのだが、これからの会話を聞かれるわけにはいかない。

「これで二人に関しては終了。彼女たちの記憶は封印した。僕が公開する日まで、今日の出来事は偽りの記憶で彼女たちの中に残り続ける。……さて、本題に入ろうか。貴方の、名前は?」

 そう言ってアンドレアの方を向く黎斗。カンピオーネの視線を受けて、王の執事は僅かに震えた。 

 

§16 ペルセウス、もといサルバトーレあとしまつ

「今の貴方の剣閃は、人間((・・))にも劣るよ」

 うんざりと、ドニは腕を一振りする。それは、恐るべき剣筋。神速の剣は、既に護堂と戦い負傷していたペルセウスに回避出来るような代物ではない。サルバトーレ・ドニの一撃で、”まつろわぬ神”ペルセウスはあっけなく消滅した。

「やれやれ。これならまだ黎斗の方が強かったよ、全く。あ、失敗したな。黎斗に倒してもらえば神殺しになったかもしれない。首に縄つけてでも、引きずって来れば良かった」

 色々な意味で間違った考えをしているドニだが、生憎この場にはツッコミが出来る人間も、訂正が出来る人間も存在していない。

「大体弱った神様倒しても権能は増やさない、って釘刺されてたもんなぁ。あーあ、ホント連れてくればよかった。本当大失敗だよ。……あれ? どこで釘刺されたんだっけ? そういえば黎斗が変態だからあまり関わらないほうがいいってどういうことなんだろう。 え? 変態って何処で聞いたんだっけ?」

 黎斗変態説について聞いたのはパンドラに会った時なのだが、彼はそんなことを覚えていない。彼女が黎斗のことを変態呼ばわりしていたのが頭の片隅に残っていたのだ。「戦闘したくなくて逃避行するなんて突然変異の変態よ!」と叫ぶパンドラに引き攣った笑みを返していた、そんな記憶。

「ふーむ。ま、いいや。黎斗が変態かどうかは今度、護堂やエリカ・ブランデッリに聞いてみよう。最悪彼の周囲に聞けばいいかな」

 勝手に納得したドニは、一人その場を後にする。背後でなにやら喧騒が騒がしくなってきているが、彼の知ったことではない。





「ん……」

 エリカ・ブランデッリは目が覚めた。ここがカフェの一角であることを認識した彼女の頭脳は素早く状況を整理し始める。祐理が隣で平和そうに眠っているということは、二人で仲良く寝落ちしてしまったのだろうか。太陽の日差しが心地よい。

「目が覚めたかね」

 男の声に、一瞬硬直した彼女は、顔から血が引いていくのを自覚した。状況を完全に思い出し、失態に動揺してしまう。エリカ・ブランデッリともあろうものが会談の席で眠ってしまうなんて! この場には”王の執事”アンドレア・リベラと”須佐之男命の秘蔵っ子(仮)”水羽黎斗が居るのだ。こんな所で無様な真似は許されないのに!

「申し訳ありません……!!」

「私はあまり気にしていない。まつろわぬ神に加えてあのバカの行動があったのだから疲労が蓄積していて当然だ。寧ろ謝るべきはあいつだろう。……そうそう水羽君は先に帰っていった。なんでも友達を回収するだのなんだのと言っていたが」

 回収、とはあの三馬鹿のことだろう。自分達が危機に陥ったのが原因とはいえ、彼らの行動は自殺行為以外の何物でもなかった。一段落ついたら説教するべきか。それよりも記憶をどうにかしなければ。おそらく黎斗が記憶改竄をやってくれているとは思うが。

「それにしてもこれだけの実力を完璧に隠していたなんて。黎斗、今に見てなさいよ……」

 不気味な笑みを浮かべることで、アンドレアの表情が引き攣っていることに彼女は気づいていない。彼は今まで「こちら側」であることを隠し切ってきた。不審な点は多々あれど、明確な証拠を一切出してこいない。これを彼女は自身の敗北と考える。彼を細かく調査して「異常なし」と判断していたのだから。ここで一矢報いずになんとする。本来ならば交渉で有利に使える手札だが、幸か不幸か今の彼女は年相応の精神になっていた。結果、黎斗 (というより背後の須佐之男命達)はとんでもない地獄に叩き落されることになる。

「って、いけない! 早く護堂と合流しなければ。……祐理、起きなさい。失礼します。アンドレア卿、ご無礼ご容赦を」

 今自分がすべきことは何かを思い出した彼女は慌てて祐理を叩き起こす。駆け足で去っていく少女達を見て、アンドレアは溜息を一つ。

「……なんとか誤魔化せたか」

 彼の顔には、疲労の色が隠しきれないほど滲み出ていた。





「とりあえず黙っててもらえるかな?」

 少女達がすやすやと眠っている隣で、アンドレアと黎斗は対峙する。交渉が黎斗以上に苦手なエルは一人で暢気にグレープジュースを啜っている。口出ししてこれ以上事態が悪化したらとても困るし。

「王の仰せとあらば」

 声を絞りだすアンドレアに、黎斗は更なる追い討ちをかける。

「サルバトーレにも、言っちゃダメだからね。現在、僕が神殺しであることが露見するとしたら貴方経由以外にないんだよね。だから、一発でわかるよ」

 本来ならば須佐之男命ご一行を除きヴォバンともう一人、黎斗がカンピオーネであることを知る者が居る。だがヴォバンからは秘密にする、と言質を取っているから問題ない、きっと。もう一人の方はそもそも黎斗自身が「正体がバレていること」を知らないのだから対処しようがない。

「一応警告しておこうか。もし僕がカンピオーネであるという噂が広まるようならば、北半球根こそぎ焦土にするよ」

「は……?」

 隣でエルが、ジュースを吹き出したが無視。ちなみに黎斗としてはそんな事をするつもりは毛頭無い。ただこう言っておけば確実に黙っているだろう、程度の軽い気持ちである。暴虐で知られている(らしい)後輩達の所業を考えればこれくらい法螺を吹いても大丈夫だろう。と思ったのだがアンドレアの顔色が変だ。流石に北半球は無理があったか? だがここで案を引っ込めるわけにはいかない。ここで引っ込めたら怪しまれること請け合いだろう。

「疑ってる? なんならやってみせようか? 全員合わせても僕の年齢に届かない後輩達をかき集めても防止できるとは思えないけれど。妨害なければ一日で十分だし。地球から人間がほとんど消えるから環境もマシになるよね」

 勝手に暴走して引くに引けなくなった黎斗はとうとう恐ろしい発言をしてしまう。正直、爆弾発言をカバーするために更に自爆している気がする。エルが呆れた視線を向けてくるのだが、どうしようもない。墓穴を掘りすぎたことに気づいたが、後の祭りである。

(頼む、ここで引いてくれ!!)

 ここで「そうですか、ではやってみてください」などと言われたら土下座することになる。すいません調子乗りました、と。各個撃破が出来るならまだしも七人の神殺しと一度に戦おうもんなら勝てるかどうかもわからない。スーリヤの権能を乱発してれば大丈夫だとは思うのだが、太陽に耐性のある神が居たり夜戦う可能性も有る。自分にとって最善の戦法で戦える保障は何処にも無い。逐一邪気を叩きつけていてはキリが無いしロンギヌスでぷすぷす刺すのも馬鹿馬鹿しい。そしてそれらを遥かに上回る最大の問題は大量殺人者になってしまうことである。地球の人口は六十億。人口密度を考えなければざっと半分の三十億は殺してしまうことになる。そんなのは真っ平ごめんだ。黎斗の背中を冷や汗が流れる。

「……かしこまりました。命に代えても、このことは私の心の内に秘めさせていただきます」

 勝った。黎斗は勝負に、勝利した。相手の顔を見るにちょっぴりの罪悪感。

「そう、ありがとう」

 立ち上がって小躍りしたいがそんな様子はおくびにも出さず、彼はアンドレアの方を見る。これ以上ボロを出す前にとんずらしよう。三十六計逃げるに如かず、だ。

「エル、行くよ。スサノオのトコ行って三人を拾わにゃならん」

「了解です、マスター」

 彼女の動きに合わせて紫の長髪がふわりとなびく。柑橘系の香りが漂い、鈴の音がちりん、と鳴った。

「とりあえずここに代金置いておくね。釣りは……あげる」

 これ一度でいいから言ってみたかったんだよねぇ、などと言いながら最古の神殺しは姿を消した。人の技量を凌駕した転移魔法によって。後に残ったのは、拳ほどの大きさの金塊。

「……これで払えと」

 自分のポケットマネーから出して、この金塊は換金しておこう。そう決めたアンドレアは財布から札束を出す。

 少女達に意識が戻るのは、この数分後の事になる。





「あー助かった。ホント、北半球潰さないで済んで良かった良かった」

「マスター、もうちょっと考えてから行動してください。下手したら大惨事だったんですよ。もっともマスターにそんな事出来る度胸があるとは思えませんけど。第一、何発スーリヤの権能を打ち込めば北半球全域焦土に出来ると思っているのですか?」

「……あ」

 まったく考えていなかった。スーリヤの権能で半径十数km以内は焦土に出来る。これを何回繰り返す必要がある?

「えっと地球の面積が……5.10072×10^14㎡か。北半球ってことは単純に半分にして大体2.5×10^14㎡。スーリヤ一撃で半径十km焦土にすると考えて面積は3.14×10^8㎡。ザル勘定で10^14/10^8=10^6だから……ひゃくまん?」

 幽世では必要な情報がすぐに手に入る。地球の面積がすぐにわかるなんて便利すぎる。嗚呼、大学入試もここで受けたい。ここでならどんな入試問題でも満点回答を作成出来る。
 思わずそんな現実逃避をしてしまう。百万なんて単語知らないわからない聞いてない。

「マスター馬鹿でしょ。その計算があってると仮定して、スーリヤの権能を”場所を変えながら”百万回撃てると思ってます? 一日で。妨害以前の問題だと思うんですけど」

「出来るワケがねぇ……」

 物理的に不可能だったのだ。大量殺人者になるのは不可能だったらしい。そう思い安堵する一方、改めてアンドレアに感謝する。ヤケクソになって実行したら人類史に残る大馬鹿者になるところだったのだから。有言不実行にしても趣味が悪い。百万という単語で自分のやろうとしていた事に、今更ながら背筋が冷えた。果たして自分に力があれば本当に実行したのだろうか?

「……やっぱ無理、だな。その場のノリって怖ろしい。帰ったらボランティアでもして道徳やり直すか」

「ボランティアやってそんな道徳が身に付くとは思えませんが……」

 戦慄の会話をしながら主従が目指すのは須佐之男命の屋敷。転移することにより一気に庭までは来るのだが、やはり玄関から入るのが礼儀だろうとの考えにより彼は直接屋内へ転移したことは無い。今回も庭まで一気に転移するつもりだったのだが、気が緩んだ状態で座標を組んだせいだろうか、誤差が山一つ分になっていた。かくして主従は山を越えるのに余計な手間を取る羽目になる。そしてこの時間は、 紅の悪魔(エリカ・ブランデッリ)が一矢報いる準備をするのに十分すぎる時間だった。

「やほー、邪魔するよー。あ、スサノオの眷属ってことで誤魔化してたから口裏あわせヨロシク」

 気楽に構えて須佐之男命の屋敷に入る。普段は黒衣の僧達がいるのに、今日は須佐之男命しかいない。レアな日だ、などと暢気な思考は須佐之男命の怒声に掻き消された。

「黎斗、てめぇざけんな!! ヨロシクじゃねぇよこのボケ!!」

 普段の彼らしからぬ乱雑な口調に黎斗は内心眉を顰める。不良時代の口癖に戻っているということは何かあったのだろうか。

「どしたん?」

「どしたもクソもあるか! 神殺し相手に引き分けるとか何馬鹿やってんだてめぇ。今日だけでどれだけ魔術組織から追求されたと思ってやがる。姫さんまで弁明に現世に出張ってんだぞ」

 須佐之男命の一言は、黎斗の予想を超えていた。もうちょっと緩やかに噂が広まっていく、と考えていたのだがその考えは甘すぎたらしい。

「……マジ?」

「証拠に姫さん達がこの場にいねぇだろうが」

「……早くない?」

「紅の悪魔経由で情報が拡散してやがる。ホントてめぇは……」

 情報の拡散具合が異常なのはエリカのせいらしい。記憶操作で胡坐をかいていたらこれか。彼女らしくない気がするが。

「またイヤがらせしてくれたなオイ……」

「んで、俺たちはもう過労死しそうな位に忙しいんだが? どっかの誰かが滅茶苦茶目立ってくれやがったせいで」

「ごめんなさい」

 こんな状況でもきちんと庇ってくれている須佐之男命一行に沸いてくる罪悪感と感謝。このタイミングで書き物を須佐之男命がしているとなると十中八九自分のことだろう。聞いてみようかとも思ったがあまり引っ掻き回さない方が良いか。ここは三人を引き取ってとっとと退散しよう。

「あ……こっちに転移させた三人は?」

「そこの机の上に麺棒が三本あるだろ。あんまこっちに人間、それもただの一般人連れてくんなよ」

「ごめんごめん。非常事態だった、ってことで勘弁してちょうだいな」

 麺棒になって机の上を転がっている三人を回収。櫛でなく麺棒なのはなんでだろう? ふと疑問に感じるが、答えを須佐之男命にわざわざ聞くのも馬鹿らしい。これ以上迷惑かけないうちに離脱が吉か。

「んじゃ邪魔したね。迷惑かけてるけどよろしく頼むわ」

「おう。茶を出せなくて悪いな。次来た時はいい菓子用意しといてやるよ」

「……期待してる」

 次に来るときは上質の酒を持って来ようと、心に固く決意した。 

 

§1-? 数百年前

 
前書き
二つ名を破魔の主に変更
これで少しはマシな筈? 

 
 日が沈み、大地が漆黒に染まっていく。一寸先も見えぬ闇の中、人外同士が激突する。

「がはっ……」

「これでまた終わりだよ(・・・・・・・)、ヤマ。アンタが何度でも復活するのなら、こっちは再生できなくなるまで殺すだけだ。あと何回で神力は尽きるかな?」

 黎斗は指揮者のように腕を振る。それだけで|死の神(ヤマ)の身体はコマ切れになった。よく目を凝らせば見えるかもしれない。この空間に張り巡らされた無数の糸が。もっともそれは昼の話。星明り以外の光が存在しないこの場において、規格外の呪力を込められて魔術強化されたこれらの糸を視認することは容易なことではない。とても細く、とても複雑に張り巡らされているそれは、黎斗の意に沿い自在に動く。欧州で生活していた時に身に着けた、糸を用いての戦闘技術。

「小僧が……いい気になるな!!」

 地の底から響くような声と、突き刺すような殺気が黎斗を襲うが、当の本人は涼しい顔。瘴気の満ちる毒々しい空間の内部に存在してなお、彼の表情に焦りは見えない。———いや、無表情な仮面の裏では焦っているのだ。神殺したる彼には大したことない毒だとしても、他の生命体には猛毒以外の何物でもないのだから。早急に決着をつけねばならない。村まで瘴気が広がればこちらの負けだ。

「だから、無駄だよ」

 数多の糸が絡みつく。直後、またもや微塵切りの命運を辿るヤマ。糸はただの糸にあらず。魔力を通したそれはとても頑丈で、容易く鉄をも切断する。まつろわぬ神を相手にしても、武器としての役割を十二分に果たしてくれる。この場に来る前に泊まっていた宿の老婆から譲ってもらったなけなしの一品。彼女もまさかこんなことに使われるとは思っていなかっただろう。いや、魔術師の類が見ても夢と思うに違いない。ただ呪力で強化を施したに過ぎない普通の糸がまつろわぬ神を痛めつけているのだから。

「小癪な……!」

 最初こそ傲岸不遜だったヤマだが、今や彼の神の声は焦りと苛立ちに満ちている。黎斗の指先が僅かに動いた瞬間、右足が吹き飛び左腕が細切れになった。更に首が吹き飛び、再びヤマは「死」を迎える。これで三百六十七回目。状況だけで判断するならば黎斗有利に見える。しかし日没と共に始まったこの戦闘は、当初の予定を超えて長引いていた。もうすぐ夜明けだ。このままではヤマの放出している瘴気がこの地域を制圧してしまう。ここまで広大に広がってしまっては邪眼で消去しきるのは無理だ。焦燥感が徐々に心の内で鎌首をもたげる。

「死者よ、我の……」

「唱えさせるかっーの……!」

 敵が言霊を唱えきる前に頭部を粉砕する。 相手に攻撃させないそれは一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)以外の何物でもない。主を守ろうと突撃してくる鬼達も、時折吹き荒ぶ死の風も、邪眼が輝くたびに消去されていく。ある程度消去耐性を持つ強大な鬼ですら、黎斗まであと数歩というところで崩れて消える。それでもヤマは召喚を続ける。

「舐めるなぁ!!」

 ヤマが採ったのは、強靭な再生能力に物を言わせた突撃。本来ならば瞬時に再生する肉体も、邪眼のせいで速度が鈍い。しかしいくら身体が引き裂かれようと再生するのだ。こちらが限界を迎える前に黎斗を殺せばいい。単純であるがもっとも効果的。普段、このような戦法をヤマはとらない。神力の限界が早く来るからだ。更に彼はアテナ達と異なり闘神では無い。純粋な戦闘能力ならば彼女たちの下に位置するだろう。しかし今回は話が別。このままではジリ貧なのだから、肉を切らせてでも骨を断つ。彼の得意とするのは眷属大量召喚と瘴気放出。黎斗との相性は最悪だ。片っ端から消去されてしまう。それゆえの、突撃。

「……ちっ、まだ再生すんのか。ロンギヌス!」

 舌打ちと共に召喚するは、神殺しの槍。ヤマが間合いに入った刹那、右手が煌めき敵の心臓を貫く。そのまま蹴って相手との距離を引き離す。左手の指先から糸が舞い、更に四肢を寸断した。

「まだまだぁ……!」

「……マジ化け物だろ、オイ」

 接近してくるヤマをロンギヌスで突いてまた殺しながら、辟易とした声で黎斗が呟く。何度殺そうが甦り襲ってくる様は軽くホラー。手持ちの糸はもう無い。さっきの攻撃でとうとう耐久が限界を迎え自壊した。いくら丈夫でも聖遺物たるロンギヌスと異なり限界がある。これで、残る得物はロンギヌスのみ。





「捕まえたぞ!」

 焦る両者が何時間と戦う中で生まれたほんの一瞬の隙。その隙をヤマは制することに成功する。乱戦の最中、ヤマの右腕が黎斗を掴む。黎斗を掴む右腕から、ヤマは生命力を奪っていく。神殺しの呪術に対する絶対的耐性を持ってなお、壊死を始める黎斗の肉体を前に彼は陰鬱な声で嗤う。

「……やっべ」

 咄嗟にロンギヌスでヤマの右腕を破壊、脳天を潰し素早く距離をとる。が、肉体の壊死は大きい。今の僅かな一撃だけでだいぶ魔力も奪われた。内臓までやられなかったのは不幸中の幸いか。数秒遅かったら、喉だけでなく心臓や肺まで壊死していたかもしれない。紙一重の幸運に感謝し、黎斗は気を引き締める。

「我は無知なる闇の神! 怒りに震えし邪悪の化身!」

 言霊と共にアーリマンの力を発動。右腕を邪気化、死の波動を収束し解き放つ。螺旋を描く死の風を相手に直接叩きつける!

「効かんなぁ神殺しよ……!! あはははははは!!」

「くっ、やっぱ無理か……」

 平然と嗤うヤマ相手にやはり、と言った表情で邪気化を解除。ロンギヌスで接近してきたヤマを吹き飛ばす。「最初に死んだ」という名を持つ神に即死系攻撃が無効だったのは当然というべきか。死人に概念的な死を与えることなど出来はしない。もう死んでいるのだから死にようがない。黎斗はそう思い納得している。死者から生命力を奪うなんておかしな話だ。まぁ、死者が動いている時点でおかしいのだけれど。

「……そういやあの女神サマも死んだカミサマか」

 自身が最初に屠った神も冥府の神であったことを思い出し嘆息。眼前の神との違いを考察したくもあったがそんな暇は無さそうだ。彼女の力の行使も考えたが、やめる。まだ最後の鬼札(ジョーカー)を切るつもりは、ない。

「どうした神殺し?」

 挑発してくるヤマに沈黙で答える黎斗。とにかく、これで手札は無くなった。彼は防御系の能力こそ豊富にあるが、攻撃系の能力が少ない。負けはしないが勝てもしない、いわゆる千日手になりやすいのが現在の欠点だ。だが、今はそんなことを憂いている余裕など無い。やはり、物理的に破壊することで死を与えるしかない。

「……しょうがない、普通に奥の手だ」

 ヤマの神力は莫大。半分以上削ったとはいえ、おそらくあと三十回以上は殺さねばならない。正攻法を諦めた黎斗は、一対一の戦闘の切り札を切る。それはこの場に敵がもう一人でも居た場合、黎斗の敗北を確定させかねない諸刃の剣。

「天空よ、我が名の下に裁きを与えよ。未来より迫る滅びを縛れ。左に剣を。右には鎖を。我が(かいな)を贄とし汝を封ぜん!」

 言霊を紡ぐと黎斗の右腕が壊死を始める。それは、天空神テュールの権能、破滅の呪鎖(グレイプニール)の代価。一ヶ月もの長きに渡り彼は利き手を奪われる。だが、この力はその欠点を補って余りある力。邪眼(サリエル)破滅の呪鎖(テュール)。この二つこそ黎斗がシルクロードを旅していた頃、破魔の主(ディスペルロード)と呼ばれ畏怖された所以。相手に行動をさせないのが彼の戦闘法(スタイル)。どんな相手でも封殺する。一切の抵抗を許さず潰す。数百年を生き延びて来たのは流浪の守護だけに頼ってきた訳では無く、また決してまぐれなどではない。

「ぐっ、なんだこれは!?」

 鎖に囚われ叫ぶヤマ。グレイプニールに絡め取られ自由を失った相手は、自力で戒めを破れない(・・・・・・・・・・)。たとえどんな権能を持っていたとしても、どんなに身体能力が高くても。一度捕まってしまえば脱出は不可能。転移も、破壊も、憑依も、ありとあらゆる力を撥ね退ける。外部より攻撃を受けるその日まで、所有者を破滅より守護し続ける呪いの鎖。外部からの攻撃には非常に脆いが、内部からの行動には絶対を誇るインチキじみた、滅びの鎖。紐でなく鎖なのはパンドラ曰く黎斗の心理が関係しているらしいが、鎖でも紐でも構わない。今の彼にとっては形状より効果こそが重要なのだから。

「こういうのは卑怯であまり好みではないのだけれど、流石にこれ以上相手をするのはしんどいからな。時間も無いし。悪いが許して頂戴な」

 黎斗の声と同時に、槍の一撃がヤマを襲う。心臓を抉った一撃を受けてなお、不死なる肉体は甦る。だが、鎖に囚われたヤマはもう、蘇生以外の行動が出来ない。動くことも攻撃することも叶わないヤマの頭部を再び槍が穿って抉る。

「甚振るのは嫌いだから、全部心臓か頭狙うよ。お互い早く終わらせよう? ———早く、死ね」

 冷酷なる宣言。一方的というにはあまりにも一方的な、情け容赦の無い蹂躙。ヤマの絶叫が辺りに響き渡る。






 それは幾度目か。一方的に嬲られていく光景が、ついに終わりを告げる。既に死亡数のカウントを放棄した両者だが、神力の減り具合がヤマの余命を確実に伝える。太陽が姿を見せ始めるころには、彼は死亡寸前になっていた。残り命運が僅かとなった彼を前に、思うところがあったのだろうか。黎斗は最後にヤマへ告げる。

「これで終わりかな。次会うときは再生ばっかすんなよ。っーか瘴気撒き散らすな」

 夜明けの日差しを浴びながら、黎斗は最後になるであろう一撃を放つ。ロンギヌスが太陽の光を受けて、黄金色に輝いた。対象の消滅と共に役目を果たした破滅の呪鎖(グレイプニール)も消えていく。死者が七色に煌めく粒子となりて、霧散していくのは幻想的で、ついさっきまで凄惨な虐殺の場だったとは思えない。





「ん……権能の片方はヤマみたいな超再生か」

 パンドラに会ってきた黎斗は、自身の簒奪した権能を確認する。最初に死亡した神、ヤマ。彼の神を葬った彼は不老不死となった。正確にはこの権能を簒奪した時点で一回死亡。その反動で神殺しとなる以前まで肉体が戻る。一見デメリットしか見えないこの権能、この権能の真価は”既に死亡していること”これに尽きる。老いることは無い。寿命も無い。既に死んでいるのだから。死の呪詛も受け付けない。死者を呪い殺すことなど、誰にも出来はしない。あらゆる精神攻撃も通用しない。死んでいるのに風邪引いたり生理現象があったりするのが謎だが、そこはまぁご愛嬌だろう。死人と化した彼を討ち滅ぼすには物理的に肉体を破壊し尽くす他は無い。しかし、ヤマの力により規格外ともいえる再生能力を有した彼を殺し尽くすの困難を極める。肉体全てを一瞬で全消滅させても次の瞬間には再生するのだから。神力での再生が何回可能かは彼自身にもわからない。ただ二桁ギリギリくらいは再生できるだろう。ヤマの逸話に再生関連のエピソードがあったかどうか知らないが、死者を救う地蔵菩薩と同一視されたことからこの権能は誕生したのだろうか? 小学生の頃、授業で調べた地蔵菩薩のご利益に「何度でも天界に生まれ変わる」というのがあったような気がする。正直、ご利益が多すぎたので合っている自信はない。小学校での学習がこんなところで役立つとは。
 それより問題は人間時代、つまり引きこもり少年時代だった頃に戻った、ということだ。身体能力が壊滅した、ということでもある。致命的な弱点となってしまった以上魔術強化で補うしかない。神殺し時代とは比ぶべくも無いが、魔術強化しないよりはマシだろう。強化すれば聖騎士級までとはいかずとも大騎士一歩手前くらいまでなら追随可能だと思いたい。

「しかも魔力ガタ落ちってのが笑えないな……地道に鍛錬しかないか」

 魔力が神殺しとなる前まで戻ったことにより、激減してしまったことも痛い。こっちは訓練で伸ばしていくしかないだろう。一般人クラスの身体能力&凡人級の魔力量ではまつろわぬ神と戦っても嬲り殺しに合うだけだ。下手をすれば聖騎士にも劣る。今後の課題を認識した彼は、下を向いていた顔を上げる。

「さて、とりあえずこれで問題は解決でしょう。パンドラさんに文句言われたけど」

 今回のように破滅の呪鎖で絡め取り一方的に攻撃するのは次から権能を増やさない、と言われてしまった。破滅の呪鎖は使い道に気をつけなければならなくなりそうだ。戦法に頭を悩めつつも気を取り直した黎斗は朝の日差しを背に、宿泊している村へ戻る。ヤマの撃破に伴い、死の瘴気は無くなっているだろう。村のみんなが無事だとよいのだけれど。





「…………」

 世話になっている村への帰り道、金色の毛並みのキツネが足元に倒れている。何かの事情で右前足を失ったキツネ。既に呼吸をしていない。そっと、手を触れてみる。冷たく硬い感触が、黎斗の指を迎え入れた。

「……はぁ」

 迷子になり空腹で今にも倒れそうな彼を今居る村まで案内してくれたのは、このキツネだった。罠にかかっているのを助けはしたが、それだけだ。カイムの権能で植物と会話することが出来ても動物と会話は黎斗には出来ない。意思疎通ができないにも関わらず村までの道を案内してくれたのだ。
 そのキツネは、もう動かない。周囲を見渡せば木々が枯れている。この辺はヤマの瘴気に当てられた領域か。

「恩人……じゃない。恩狐が死んでいる、ってのは目覚めが悪いな。やっぱり」

 それは、禁忌を破る決意。死者は蘇らない。世界の根本原理を覆す力。地獄の主、閻魔王となったヤマのもう一つの権能。

「開け、黄泉の扉。地獄の主たる我に応えよ。魂を、呼び戻せ。喪われた時を、巻き戻せ。我は遍く死を司る者。死を領域とし、万物を従える者。終焉を破棄し輪廻を呼び込まん」

 一つの種に対し、同時代に現界させられる魂は一つのみ。このキツネを蘇生させれば、このキツネが死なない限り黎斗は他のキツネを蘇らせることができない。しかし、これは完全な蘇生を可能にする力。肉体のみの復活や人格の完全再生(リプレイ)などといった程度の能力ではない、正真正銘、生命を従え制御する術。更に蘇った命は寿命の楔から解き放たれる。古来より幾人もの権力者が渇望した、秘術。それがヤマのもう一つの力、”偽りの灯火(イミテーション・ライフ)”。

 とくん、と既に止まった心臓が再び鼓動を始める。むくりと、起き上がりこちらを見つめてくるキツネ。失った足もどういう理屈か取り戻している。どうやら完全な状態での蘇生を可能とする権能のようだ。
 右手を動かして撫でようとして、失敗。右は壊死していることをすっかり忘れていた。気を取り直して、左手で撫でる。チロッと舌を出して嘗めてくるキツネに、思わず笑みが零れた。なんか気が合いそうだ。今まで一人旅だったし、こいつをこれから相棒としようか。村へ連れて行く道中に交渉してみよう。





 真夏の正午、少年が一人砂漠を歩く。フード付きローブの下はジーンズとパーカー。この時代には有り得ない服装だ。少し後ろを、一匹の狐が追いかけてくる。カイムの権能を完全に掌握し、動物とも会話できるようになったのはこの時のことだった。
 これは、過去の物語。一人の神殺しが、相棒を見つけた時の昔話。 

 

§小ネタ集part2

§小ネタ集part2

≪鬼札≫
 アーリマン。闇の最高神にして諸悪の根源。「善」を司る叡智の主(アフラ・マズダ)に挑む無知の魔王。文献によっては一度勝ってんだぜ? スゴクね? 別名、怒りの霊(アンラ・マンユ)
 アーリマン。友愛の神にして救世神ミトラ第一の従神。ミトラの天地創造に助力した善良な神。拝火教以前の神話において重要な神の一柱。アーリマンとは古代ペルシア語で「人間の友」を指す。月日が流れ、拝火教の信仰が拡大する中で悪魔に堕とされても、一部の地域ではその信仰は続いて行った。これはミトラとの絆を示しているとも。堕天してなお、ミトラは庇いつづけたという話から来たのだろう。
 アーリマン。アフラ・マズダの双子の兄と言われる存在。ズルワーンの子。
 アザゼル。グリゴリの統率者の一人とされる堕天使。名前は「遠くへ去る」の意。元はシリアの神とされる。人間に兵器の製造法を伝え、化粧を教えた。
 アザゼル。別名孔雀王。ミトラ教七大天使筆頭。日曜日の天使。堕天使となるも復位、全天使の頂点に立ち光芒に包まれている。その古き名をアーリマンという。真名は「われは神なり」
 アザゼル。キリスト教・ユダヤ教のサタン・ルシファーに相当したことから欧米には悪魔崇拝として伝えられた神。イスラム教での名は「イブリース」

 僕のとっておきであるこの神は非常に多岐に渡って伝えられてる。地方によって伝承が異なり、名前も異なっている神だ。善神にして悪神。筆頭天使にしてグリゴリの長。……ロマンじゃね?

 またアザゼルが象徴とする孔雀、仏教では孔雀明王という名の明王が存在する。孔雀は毒蛇を食べることから命を救うとされインドの女神マハーマーユーリーがルーツと言われる。道教において孔宣と呼ばれる将軍として、周の前に立ちはだかる。太公望達崑崙の道士では全く歯が立たないチート……もとい圧倒的な強さを叩きだす。楊|(=二郎真君)やですらフルボッコ。彼が封神されたのち、孔雀明王となる。




「……ってことはさ、孔雀王=孔雀明王だとしたら、東西あらゆる宗教に登場するメチャメチャ知名度のデカイ神様だよね。本地垂迹説合わせればこの神様で欧州から日本まで全部つなげるんじゃない? いや、この神様日本に対応版あるかなんて知らないけどさ。八百万の中に一柱くらいいるだろ、って痛っ!!」

 書物が指先に落下してきて黎斗が呻いた。幽世の屋敷で山のような資料に埋もれた彼は、一見どこにいるのかわからない。よく見れば、崩れた古びた冊子の中で指がもぞもぞ動いているのがわかる。足の踏み場の全くないその部屋は、黎斗が現世から持ち帰ってきたり、黒衣の僧に頼んで持ってきてもらった本が所狭しとひしめいていた。過去形なのは黎斗の不注意により天高く積まれたそれらが今しがた崩れたからだ。部屋が揺れるような轟音と共に、彼は本の中に埋没している。

「道教じゃなくて封神演技だろ。しかもまたいい加減にまとめたなお前……っかコレ人に見せる文章じゃねぇよ もうちょい粘れ。あと僕ってなんだ僕って。ちゃんと名前に直せ。これは作文じゃねーの、わかってんのか? チートとかフルボッコとか意味わかんねぇぞ」

 隣に座り酒を飲んでいた須佐之男命が呆れている。彼は黎斗の解説の真偽に言及することはほとんどない。言及するのは書類の書き方など内容以外の面がほとんどだ。「素人にひも解きなんざ期待してねぇ」と言うくらいならやらせるな、と黎斗は思う。これだけ資料があれば、もう少しまともな解説を作れそうなものなのだが。途中までは(贔屓目に見れば)それらしかったのに、後半のまとめ方、文章も酷い。これでは(三人の中で最も採点の甘い)瑠璃の媛でも赤点と言うだろう。

「結局何書こうと同じでしょ? アーリマンが親しい相手の力を拝借できるってことと邪気化して転移したり生命力奪えることがわかればいーじゃん。それにいい加減書物漁るのあきたし」

「……はぁ」

 須佐之男命は呆れることを諦めた。この馬鹿に呆れる時間が勿体ない。こんな使い方をされているのだ。世界中から集められた資料に意思があったならきっと泣いているだろう。集めた人間も報われない。

「っーかさ、なんで僕の権能解説を「僕が」やらにゃならんのだ。全部”No,Date”でよくねぇ? その方が格好いいし。何より秘密保持の観点でみてもいいじゃない。プライバシーの保護を求める!」

 現世ではようやくプライバシー保護が叫ばれる時代になったらしい。ここまで本当に長かった。これでやっと須佐之男命にもプライバシーという単語が伝わる。今までは説明が面倒で口に出せなかった言葉だ。

「一応作っておけば便利なんだよ。お前が現世で暴れて存在が公になったときとかな。正史編纂委員会の連中がオレに事情を聞きにやってきたところでこいつを突き出してやればお前の危険性は十分わかる。お前がオレの力を使えば絶対聞きに来るだろ。そっから情報が他の神やら神殺し共に漏れれば万々歳だ。友人が増えるたびに危険度を増していく神殺し。人の輪を断ち切らない限り延々と強化され続ける存在相手に真っ向から噛み付く阿呆はそう居ないだろうよ。……夜の闇討ちはあり得るだろうがな」

 今の黎斗は須佐之男命から一時的だが彼の権能を含む全ての力を借りることが出来る。彼が今までに簒奪した権能と組み合わせることで非常に多彩な戦法がとれるのだ。この脅威だけでも教えておけば黎斗に手を出す輩はまず居ないだろう。惜しむらくは借りれる相手が死亡すると能力を借りれなくなることか。

「そのためかよ! ……ったく、現世にはケータイの充電関係以外で出ることないから無用なのに。しかも最後こわいから」

「まぁそう言うな。人生何があるかわかったもんじゃない。大体お前少し前に数日間どっか行ってたじゃねぇか」

 そう言う須佐之男命に、どこか保護者のようなものを感じて黎斗は一人笑う。保護者。それは、どこか懐かしい響き。須佐之男命が怪訝な顔をしているが、別にそれを教えるつもりはなかった。





 この会話の僅か数ヶ月後、水羽黎斗は現世へと旅立つことになる。
 彼がまとめた資料は、皆から忘れ去られ、今も机の引き出しに眠っている。結局埃を被っていた。







≪自称魔神≫

 幽世に引きこもってから数百年が経過したある日、酒を飲む黎斗の口からとんでもない発言が飛び出した。

「やっぱさ、魔王ってなんかやだなぁ」

「は?」

 この時点で須佐之男命は、黎斗は永遠の命に飽きて神殺しの生をやめたくなったのだと思った。だが、次の発言は彼をして想像出来はしなかった。

「だってなんか負けちゃいそうじゃん? 魔王って最後は勇者や英雄、神によって負けるイメージが」

 須佐之男命は思わず彼を凝視する。どこか頭でも打ったのだろうか、こやつは。

「……」

 彼の沈黙を肯定と受け取ったのか、黎斗は持論を展開する。

「魔神とかかっこよくない?。まぁ魔神が負けないとは言わないけれどさ、魔の王と魔の神くらべてみ? 後者って心にすげぇ響かない?」

「発想が痛々しいぞ、お前……」

 黎斗のあんまりな発言に須佐之男命は突っ込む気力も失せた。永久に等しい命は人の精神を蝕むらしいがこれは酷い。一回現世に出して娑婆の空気を吸わせるべきだ。良くなる保証はどこにもないが悪化はしないだろう。それともこれは酔っているのだろうか。いろんな意味で。それなら寝かしつけるのが手っ取り早いのだけれど。

「……媛さんがいりゃあ話は楽なんだがな。酔っ払いの世話押し付けられるし。エルもこんな時に限っていねぇ」

 自説を延々主張する黎斗に対し須佐之男命は身代わりを探すも見つからない。ヒートアップしていく黎斗を目に、須佐之男命は彼が酔っ払っているのだと認識する。自説を垂れ流すだけならともかく、それについて絡んでくる酔っ払い程、性質の悪いものはない。

「ちょっとー、スサノオ聞いてるぅー?」

 逐一聞いてるか確認してくる酔っ払い。勘弁してほしい。黎斗に飲ませる水を取りに動きたくても、黎斗がそれを許さない。これは覚悟を決めるしかないか。

「あーあー、聞いてるよ畜生ぅ……」

 抵抗を断念する英雄神。酔っ払いに逆らうはどこの世界でも下策なのだ。相手に思う存分喋らせてとっとと眠らせよう。下手に歯向かえば喧しい事この上ない。
 かくして須佐之男命の憂鬱な一日が幕を開けた。酒を飲みながら行われた黎斗による須佐之男命への主張「いかに魔神という称号が素晴らしいか」は限界に達した須佐之男命が黎斗に詫びを入れることで幕を閉じる。最期の方は黎斗も朦朧としながら喋っていたのだが、酷く酔っ払ったことにより発言内容がより一層理不尽に、意味不明になり更に一々確認をとってくる程に悪化していた。酔っ払いの猛威の前には流石の彼も無力だったのだ。
 屋敷へ帰宅したエル達が見たのは、部屋に転がる無数の酒瓶と、堂々と中央に陣取り大の字で眠る黎斗、部屋の隅で打ちひしがれている須佐之男命という意味不明な光景だった。須佐之男命がこんな醜態を晒すことなど、前代未聞だ。これまでも、これからも無いだろう。
 以後、百年近く黎斗は禁酒をさせられる羽目になった。本人は異議を申し立てていたが、まぁ自業自得である。








≪水羽黎斗≫

 水羽黎斗

 黒髪黒目の日本人。身長175cm、体重62kg。右利き。学業は平均的、外国語と数学が平均より若干上。身体能力は学年最下位、視力も悪い。甲信越地方出身で家族から離れて一人暮らし。家族構成は父、母、祖父、祖母、妹。父は大学講師で専攻は看護及び介護、母は量販店の店員、祖父母は農業を営んでいる。妹は今年から県内の公立高校に通学。家族中は良好。孤児であったところを数年前に引き取られた模様。


 重要事項

 須佐之男命の眷属。眷属でありながら須佐之男命と対等の立場のように振る舞い、また何故か須佐之男命本人もそれを認めている節がある。事実上古老の第二位。正史編纂委員会含む各魔術結社との面識は確認できず。剣の王(サルバトーレ・ドニ)の剣に匹敵する槍術を修めている。隠密系の術に優れ一度逃せば発見は絶望的。他の魔術は不明だが要警戒。魔力・霊力を巧妙に隠しており全力は未知数。

以下現在調査中の案件

・いつ須佐之男命の眷属となったのか
彼の家系はごく普通であり「こちら側」との関係は皆無に等しい
・どこでこれだけの実力を修めてたのか
権能こそ未使用なもののカンピオーネと互角という非常識な戦果を叩き出している
・厳重すぎる秘匿性について
古老直々に水羽黎斗本人の調査を打ち切るよう圧力をかけてくるという異常性をどう判断するか





「とんだ大物が釣れましたねぇ。エリカさんに人間がカンピオーネとやりあった、と聞いた時は四月馬鹿を疑いましたが。……しっかしこの少年、胡散臭いことこの上ないですねぇ」

 自身の胡散臭さを棚に上げて、甘粕東馬は上司に見ている書類を渡す。手書きで色々書き込まれており、空白の部分がほとんどない。黎斗について調べ上げられたこの紙の束は、ここ数日で慌てて作成されたものだ。

「正史編纂委員会が知らない、ということはご隠居様の私的な友人かなにかかな? ……いや、まつろわぬ神に人間の友が居るはずなどないか」

 書類の内容を頭に叩き込んでいく。その最中にふと湧いた思考。ありえないと一蹴したこの考えこそが、真実であるを沙耶宮馨はまだ知らない。

「監視は……やめておこう。バレた際のリスクが大きすぎる。恵那が情報をくれるとは考えにくいけど、一応聞いてみることにしておこう。恵那がこんな長期間山籠もりに行かないというのも引っかかるんだよね。そこから何か掴めるかもしれない」

 神懸りをする巫女は強大な力を得ることが出来る。しかし、そのかわりに彼女たちは俗世の穢れに身を汚すことは許されない。恵那も例外ではない筈なのだ。にもかかわらず、彼女は春からずっと彼の住処に居座っている。霊山に行くこともあるようだが、頻度も期間も以前とは比べ物にならない。もはや行っていないも同然だ。上層部の一部には「清秋院家の娘が駆け落ちした」などと言う者が出始める始末。一歩間違えれば分裂しかねない状況だったにも関わらず古老がこの行動を黙認していたのは、宿泊先が彼らの手の内だったからなのだろう。だが、だとすれば彼女が霊山に行かなくなったのにも理由がある筈なのだ。

「そうそう、その件なのですがね」

 事の真偽はわかりませんが、と前置きして甘粕は馨にとんでもないことを言い放つ。

「彼の家、この前お邪魔してみたんですよ」

「……は?」

「彼の周囲をそれとなく探ろうとしましたらあっさりとバレてしまいまして。彼の部屋でお茶を頂いてきました」

 隠密に関して言えば最高峰の実力者である甘粕を容易く発見する。黎斗の脅威を再確認した馨は、黎斗が凄まじいまでの気配察知能力保持者と認識したのだが実際は異なる。
 いかに黎斗でも甘粕の隠行の術を察知することは出来なかった。せいぜいが「なんか見られてる気がするなぁ……」レベルの話である。だから黎斗がもしカンピオーネでなければ、この事態は起こらなかっただろう。甘粕の誤算は、黎斗がカイムの権能”繋げる意思(リンク・ザ・ウィル)”を所持していたことだ。いかに甘粕といえど、大自然全てからその身を隠すことなど出来るはずもない。

「……なにをやってい」

「それでですね、入った時に感じたんですが彼の部屋は人間のものじゃありません。ラノベとかゲームが乱雑に置かれてるんですがね、澱みが全くないんですよ。下手な霊山を凌駕する聖域ですよ、あそこ。最初入ったとき震えが止まりませんでした」

 馨の叱責を回避するため、彼女の言に割り込んだ彼は言いたいことを言って肩をすくめた。

「……お灸は後回しだね。とりあえず合点がいったよ。それならわざわざ山に行くことはないだろう。不肖の部下が行ったことを謝罪するためにも直接こちらから会いに行こうか。二学期始まっているし学校帰りの方がいいかな」

 甘粕が無事に帰ってきているのだから、相手はそれほど気性の荒い相手ではないのだろう。もし彼がヴォバンに代表されるカンピオーネのような存在ならば、甘粕は今頃墓地にいるはずだ。古老の関係者なのだからこちらに害をなさないだろうという予想もある。ならば彼の暴挙の謝罪を兼ねて直接会ってみた方が早いかもしれない。そんな決意を、甘粕はいとも容易く打ち砕く。

「ひどいですねぇ。人をダシにするなんて。あぁ、彼今居ませんよ。友達に引きずられて昨夜北海道へ旅立ちました」

「北海道?」

「なんでも夏休みの続きだとか。昨夜散々メールで愚痴ってましたねぇ」

「……メール?」

「はい。私お茶した時に彼とアドレス交換したんですよ。ハマってるゲームの対戦もすることになりましたし。言ってませんでしたっけ?」

「……なんかもういいよ」

 ここまで相手の懐に潜り込めた甘粕を称賛すべきなのだろうが、素直に称賛できない馨だった。目の前で「吹雪? ……やっぱ冷凍ビームですかね。特性はシェルアーマーか」などと言い出した男を見れば、しょうがないのかもしれない。

「だが、これで他組織には一歩リードかな」

 黎斗はカンピオーネとは違う。警戒しすぎる必要もないとわかってはいるのだが、サルバトーレ・ドニと打ち合える程の手練れを野放しにしておくのは危険すぎる。当人にバレないように首に鈴をつけるのなら、甘粕のやり方が一番良いのかもしれない。何より、これから先彼が神を殺める可能性は非常に高い。日本に二人目のカンピオーネが現れれば万々歳だ。正史編纂委員会(自分たち)が強大なパイプを持つ神殺し、というのは他の魔術結社に対し優位に立ち回ることを可能にしてくれるだろう。草薙護堂(センパイ)との仲も良好。なんとまぁ、おあつらえむきではないか。

「こんな考え、お偉いさまに聞かれたら怒られそうだけどね」

 一応繋がりを強固にするために甘粕(友人A)だけでなく愛人も送っておくべきか。年頃の男子なら美少女をつければ一発だろう。ハニートラップ万歳。

「って、恵那が居たんだっけ。じゃあ十分か。……ふふっ、しかし我ながら罰当たりな事考えてるなぁ」

 あとは、水羽黎斗が神殺しとなるのを待つばかり。そんなことを考えながら沙耶宮馨は一人苦笑する。






「へくしっ!」

「なんだなんだ黎斗、風邪か?」

「待て、反町。そんなことあってたまるか。ここで風邪引いたら新学期そうそうにピンチじゃん…… 噂だよ噂」

「こういう時の噂ってのはロクな噂じゃねぇぞ、きっと」

 名波の言うとおりだと黎斗も思う。嫌な予感がビンビン来ている。虫の知らせというやつだろうか? こちらは昨夜敵さんと戦って疲れているというのに。今回は相手が精神攻撃系だったので物理被害がほとんど無く、魔術組織への隠蔽工作も楽に終わったのが救いだった。被害者全員の記憶が無いおかげで黎斗がした隠蔽工作など必要最低限でしかない。しかし一難去ってまた一難。もうウンザリだ。このエンカウント率はおかしい気がする。

「多分寝不足だよ。昨日遅くまで眠れなかったし」

「……夜コッソリと外出してお姉さまとよろしくやってなかっただろうな!?」

 なぜそうなる、と事実無根な反町の問いに言い切れなかったのは悪魔狩りに外出していたからで。ばれないだろうと思っていた事実が一部あっけなく露見したことに黎斗はわずかに動揺する。

「アホか、反町。黎斗がそんなことするワケねーだろ、と冗談は置いておいて、風邪引いたらお前親御さん心配するだろ? 早く治せよ?」

 絶妙のタイミングで援護してくれた高木が居なければ、事態は更にややこしくなっていただろう。

「ありがと、そーするわ。みんな心配性だからねぇ」

「ま、長男が一人で上京してくれば心配するのも当然だろ。むしろオレは黎斗一人を都会に送り出したことに驚くぞ」

 家族が居ないままではマズイと考えた黎斗が記憶改竄と洗脳の呪術を用いて偽造家族を作り出したのが、飛行機に乗る数日前。記憶改竄をミスったのか元からなのかはわからないが、親の黎斗に対する想いが重い。これが本当の家族なら気にならないのだが、偽りであることが黎斗の良心を刺激する。

「せめて立派な長男を演じないとな。あと仕送りか……」

「あ? 黎斗なんか言ったか?」

「んーん、なんでもないよ。大丈夫。北海道の土産も郵送するかな」

 今、委員会で自分の正体が論議されているとも知らずに、黎斗はお土産コーナーへ歩き始めた。知らぬが仏とはこういうことを言うのだろうか?










≪お盆≫

「あーづーいー」

「お兄ちゃんだらしないよ」

「そう言ってやるな。都会のクーラー生活に慣れた黎斗にこの大地は辛いだろうさ」

 お盆。実家に戻った黎斗は熱気に負けて倒れていた。扇風機の前でグダグダしている様は、とてもじゃないが恐れる魔王に見えない。扇風機に向かって「あ”〜」などと言っている神殺しが見れるのは後にも先にもここだけだろう。ちなみにエルはお留守番。連れて行こうとしたのだが「私をまたリュックに押し詰める気ですか!?」とキレられて断念したのだ。

(洗脳してなきゃホント寛げるんだがなぁ……)

洗脳していることによる罪悪感がひしひしと募り、心があまり安らがない。

「あ、お父さん。はい、コレ宝くじ当たったからお裾分け」

「また!? お兄ちゃんどれだけクジ運良いのよ…… 今度は一体何等?」

 少しでも家族の役に立てるように、マモンの権能で得た財産を換金し渡す。といっても現金数百万を稼ぐ高校生など目立ちすぎてしょうがないので、宝くじが当たったことにしているのだが、流石にやりすぎたか。義妹が呆れた目でこちらを見てくる。

「何等だったっけなぁ。そんなこと忘れたよ」

「お父さんとお母さんの稼ぎより黎斗の宝くじの方が稼ぎが良いわねぇ」

 義母も苦笑いを隠さない。春と夏だけで一千万近くを当てているのにこの対応。これは器が大きいと言えるのだろうか。少なくとも選んだ家族が強欲まみれでなかったことは幸運だった。

「運が良かったんだよ」

「運、ねぇ。私、最初はお兄ちゃんが犯罪でも始めたのかと思ったけど、犯罪に走ってもこんな額なかなか貯まるはずないし。ホントお兄ちゃん神がかってる運だよね」

「お義兄様をなんだと思ってるんだ…… 犯罪なんかしませんよ」

 真っ当な稼ぎか、と言われれば疑問符が付くが犯罪には接触していない筈だ。相場より若干安値で宝石を市場に流しているのでその筋の人間にとってみれば不倶戴天の敵かもしれないが。

「黎斗、お客様。玄関で待っていらっしゃるから早く行っておあげなさい」

 そんな兄妹のじゃれあいの中。義理の祖母、もとい祖母の呼びかけに応じ、玄関まで出た黎斗を迎えたのは予想外の人物だった。

「媛さん……? な、何故に……」

 玻璃の媛は涼しげな声でクスリと笑う。

「お久しぶりです、黎斗様」

 黎斗より早く、二人の人物が素っ頓狂な叫びをあげる。

「「れ、黎斗様ぁ!?」」

「義父さんも母さんも煩い。近所迷惑でしょーが」

 振り返れば義妹は口を金魚のようにパクパクさせ、声を出す様子は全くない。

「媛さん、人が悪いぞ。らしくない。こーなることくらい予想していたでしょ?」

「申し訳ありません。早期に隠密かつ確実に黎斗様に接触する方法がこれ以外に思いつきませんでした」

 念話でここまで言われればいくら黎斗とて重大用件と気づく。この距離でなら念話の盗聴もまずされないだろう。

「……おっけー。部屋に行こうか。僕の部屋で良い? お茶くらい出すよ」

 階段を上っている最中に下から「お、お兄ちゃんが亜麻髪美人の彼女を連れてきたー!!」などと悲鳴が聞こえるが、聞こえないふり。嗚呼、今日の晩御飯が怖い。みんなから尋問されそうだ。

「申し訳ありません。幽世(あちら)の黎斗様のお部屋を掃除させて頂いたのですが、黎斗様の権能を記載した用紙が紛失しております」

「部屋……あーギャルゲエロゲ乙女ゲーで足の踏み場がない状態だったのに。って、は、入ったの!?」

 女性に入られたらアウト確実な部屋である。下手したら男性でも引く可能性がある混沌領域(カオスルーム)。天井に届くまで積み重ねられたゲームの山(バベルのとう)は、数知れず。ある種の芸術すら垣間見られる開かずの間。そこに入ったのはよりにもよって玻璃の媛。黎斗の精神ダメージはいかほどのものか。大半はエルの人間変化の為の資料だが、黎斗の私物もあったわけで。

「うわああああ……」

 頭を抱えて転げ回る黎斗に、生温い視線を向ける媛。

「まぁ、黎斗様も殿方ですしそれらは全て処分しましたし・・・って違います違います。権能を書いていただいた書類を紛失してしまいすみません。古老のいずれかが持って行ったものだと思うのですが・・・・・・」

 油断しました、と申し訳なそうな表情の媛。ゲームを処分したことをサラリと言うあたりちゃっかりしている。

「処分…… ま、まぁいいさ、うん。権能の紙もさ、なんとかなるっしょ。あれはもともと僕が表舞台に立った時用だもの。見られても致命傷とならないレベルでしか書いてなかったと思う。切札(アーリマン)、邪眼(サリエル)、不滅(ヤマ)、主力(スーリヤ)あたりは書いたかもしれんけど。ただ僕が神殺しと公表されるのは困るから各方面の間諜を増やしてもらえると嬉しいかな」

「畏まりました。仰せのままに。今回はまことに申し訳ありませんでした」

 玻璃の媛の謝りっぷりはこちらが罪悪感を覚えるレベルだ。本当、美人は得である。大きく構えていられるのも、古老の面子なら須佐之男命の下で一枚岩であるだろう、という考えがある。それならば須佐之男命の友人たる黎斗の扱いも決して悪くはならない筈だ。古老など須佐之男命以外では黒衣の僧と玻璃の媛君くらいしか知らないが。

「用件はもう一つ。黎斗様の保険証を始めとする正式な(・・・)身分証作成が終了いたしました。よほどのことがない限り偽造発覚はないかと」

 たしかにこれの受け渡しをするなら玻璃の媛に出てきてもらわねばならないと、黎斗は一人納得する。なにせ黎斗が神殺しであることを知る関係者の数は少ない。これは機密保持には有利に働くが人員の面でみれば圧倒的に不利だ。偽造を実行した方々が探ったところで真相には辿り着けないように配慮してあるに違いない。幽世に呼び出す、という手を用いなかったのは気を使ってくれたのだろうか。わざわざ面倒くさいことをしてくれて感謝である。

「確かに。ありがと。これでよーやく堂々と旅行が出来る」

 各種身分証明書を受け取って黎斗は安心したように息を吐く。これでようやく男性職員の受付も行ける。いままでディオニュソスの権能”|葡萄の誘惑(マイナデス)”頼みだったため女性職員が受付に居なければアウトだったのだ。最悪の場合は認識阻害で強引に侵入していた彼にとってこれでようやく大手を振って各種機関を利用できる。

 数日後、夏休みから二学期にかけての北海道旅行が計画されていることをしった黎斗は絶叫を上げるが、この旅行が新身分証の初陣となる。 
 

 
後書き
まさか再掲載させていただいたタイミングとお盆が一致するとは……
去年のお盆で挙げたお盆ネタを今年もお盆で挙げるなんて、人生何が起こるかわかりませんね(苦笑 

 

§16.5 夏休みの終わりに

「グベぇ」

 蛙が潰れたような声と共に、黎斗の体は吹き飛んだ。地平線の彼方までノーバウンドで飛ばされていく様子はまるでギャグアニメ。少し見たくらいでは生きているのか死んでいるのか判別できないだろう。
 左腕? さっき天之羽々斬で切り離された。どこに飛んで行ったのかわからない。
 右腕? スケルトンと見間違える程に、骨以外が全く見えない。その骨すら、ヒビが入ったり折れていたり。
 右足? もう粉砕されている。ここまでくると原形を保っているだけで奇跡だろう。
 左足? 腿から下は須佐之男命によって発生した暴風で行方不明。
 そして今、頭と胴体が天之羽々斬に両断され、左半分の残骸が暴風で飛ばされた。やはり空中浮遊している状態では回避は厳しい。浮遊が苦手だから、どうしても行動が遅くなる。
 普通ならば、いや黎斗以外ならば既に死亡しているであろうグロテスクな光景。左半分の頭をくわえて、エルは懸命に黎斗の元へ走っていく。須佐之男命もそれを止めることはしない。流石にこれは放っておけば彼の命に関わることだ。代わりに彼は酒を飲む。万が一、いや億が一酔っ払っても「今の」黎斗相手なら負けはない。普段ならいざ知らず再生以外の権能不使用な上に呪力魔力も底を尽き、身体に刻まれるのは無数の傷。この状態で勝てるほど須佐之男命は甘くない。そもそも勝てるならば、数百年前の殺し合いは引き分け(ドロー)でなく、黎斗の勝利で幕を閉じているだろう。

「マスター、これ左半分です。いくらマスターでも頭かち割られたら十分程度しか生きられないんですから、優先的に再生してください」

 左半分を右半分の上に置きながら懇願する。いくら黎斗が化け物じみた生存能力を持っていても、頭を失ってなお数時間の生存は出来ない。頭を再生しようにも、現在の状態では満身創痍すぎて再生に回す神力がほぼ無いのだ。一から再生出来ないということは、エルから左半分を持ってきてもらえなければ死亡した可能性があることを示している。

「ん…… サンキュ、エル。流石に死ぬかと思った……」

 頭をくっつける。これで死亡の危険性は無くなった。全身に力を巡らせ再生を続行。原型が無い足を優先的に修復する。動けなければ話にならない。

「いやー、やっぱ呪力による肉体強化だけじゃスサノオに勝てないか」

 この男、少名毘古那神の身体すら使用せずに、権能封印状態で須佐之男命に挑んでいたのだ。ヤマの再生だけは使っているがそれはご愛嬌。使わなければ死んでいるし。鎧袖一触されたのもむべなるかな。サルバトーレ・ドニと戦い知った自身の鈍り具合が、よほどショックだったのか。

「ロンギヌスの治癒も併用して使ってもこれが精一杯か」

「……普通は両足を一から再生するのにかかる時間が数分とかあり得ませんよ。神力も、呪力もすっからかんなのに……」

 エルが呆れているが華麗にスルー。白骨化している右腕にロンギヌスを掴み歩き出す。神経が無いから魔力で強引に動かす。さっきので二十三連敗。

「さて、もういっちょ行きますか」

 気合を入れて立ち上がり、黎斗は須佐之男命の元へ向かう。ボロ負けは避けられないだろうけれど、もう少しで一撃を叩き込める気がした。





「……それ、絶対おかしいから。神殺しの王様相手に勝てなかったからおじいちゃまと鍛錬って、れーとさん何考えてるの? いくられーとさんが強くても勝てるわけないじゃん」

 変な物を見る恵那の視線もやっぱり流し、夕食を一心不乱に食べ続ける黎斗。動きすぎたのでお腹がすいた。このカボチャの煮物、甘くてとてもおいしい。今度かぼちゃを育ててみようか。

「恵那さん、言うだけ無駄です。言ってわかるようなら数回ボロクソになったところで悟りますから」

「だよねぇ。でもおじいちゃまと戦える、ってか戦おうとするのはすごいよやっぱり。それが数分で惨敗だったとしても」

「さっきからボロクソだの惨敗だのひっどい言い方だね…… 反論できないけどさ」

 我が家の女性陣は今日も厳しい。スサノオにぼこられているのは事実だが、もうちょっと言い方があるのではないだろうか? 流石に悲しくなってくる。

「大丈夫。だんだん身体が慣れてきたのがわかる。次は一撃入れてみせるよ」

「まだやるんですか……」

 結局今日は一撃入れる寸前に失神してしまった。まぁ一撃叩き込める寸前までいけただけでも上出来だ。これなら全盛期に戻る日も近いかもしれない。

「おじいちゃますっごく強いよ? こんだけやられればもうわかってると思うけれど」

「次はいける。媛さん謹製の”とっておき”も完成したし」

 背後の小物袋を見やる。中身は超極細のワイヤー。全長数十mはあるだろう。黎斗の得物その三だ。双剣は手ごろなものが見つからないのでパス。瑠璃の媛に無理を言って準備してもらった品物だ。これの性能に媛や黒衣の僧は疑問を感じているようだが、須佐之男命だけは笑っていた。そんな代物に対し恵那は前者の感想も持ったらしい。

「ソレ使えるの? 恵那にはよくわからないんだけど」

「糸使うの随分久方ぶりですね」

「まーね。コイツは結構いいよ。実戦で使う前にスサノオで最終調整しなきゃだけど。神すら殺してみせましょう、ってね」

「おじいちゃまで調整……」

 恵那が複雑な表情なのはしょうがない。なにせ日本の英雄神相手の勝負で調整すると言っているのだから。それを抜きにしても格上の相手で調整などと言っているのだから呆れないだけ上々だ。

「スサノオ様々だよ。第一スサノオでもなけりゃ相手にならないし。今度またなんか酒持ってかなきゃな」

「だーかーらー、それが既におかしいんだってばぁ。……なんでおじいちゃま相手にそこまで出来るかな」

「ごちそうさまー。とりあえず学校のグラウンド行ってくるわ。ワイヤー(こいつ)の使い方思い出さなきゃ」

 神を相手にする前に使い方をある程度思い出しておかねば。いかに黎斗とて手も足も出せずに嬲られる趣味を持っていない。数百年ぶりだから念入りに練習だ。ワイヤーは不審物ではないし、幽世より現世のほうが障害物などの関係で操作は難しい。ならば難しいほうで特訓しかないだろう。

「あ、待ってれーとさん。恵那も行くよ」

「え?」

「本当にそれが強いのかいまいち恵那には信じられないし。それにれーとさんも相手が居たほうがいいでしょ? ということで一手御指南お願いしまーす」

 あっという間に天叢雲劍を持ち出してくる恵那。その身のこなし、まさに疾きこと風の如く。

「まぁいいか。槍無し双剣無しワイヤーのみ、でいけば大丈夫かな。一本取れたら恵那の勝ちね」

「れーとさん余裕だねぇ。恵那も負けないよ」

 そういう巫女の瞳は派手に燃え盛る炎を映しているようだった。ハンデをこってりつけられた、と思っているのだろう。この場合相手を舐めているのは黎斗か恵那か。

「巫女様のお手並み拝見といきますかね」

 ニヤリと笑う黎斗に、エルはそっと肩をすくめた。





「はぁ……はぁ……何、コレ。こんなのってありなの……?」

 一時間後、満身創痍の恵那と無傷の黎斗がグラウンドにいた。

「降参?」

「っ、まだまだぁ!!」

 三日月を背にして笑う黎斗へ、突撃。直感で動いた恵那だが、このルートならば木々が邪魔をしてワイヤーも上手く扱えないであろうことを無意識に判断していたのだろう。

「ははっ、甘い甘い。別に森の中だろうが深海だろうがあんま関係ないんだよねぇ」

 実際に蚕の繭で海を裂いたり城を切断したりしたことがある。いやー、あの時は若かった。戦争時なんちゃらブルク城とかいう城を繭で切断した時は、味方からもドン引きされたものだ。

「嘘ぉ!?」

 黎斗まであと数m。そこでワイヤーに全身を雁字搦めに縛られた彼女はサッカーゴールへ投げ飛ばされる。ワイヤーで投げ飛ばすのだから器用なものだ。

「ええー…… れーとさん一体どうやってるの?」

 ゴールに絡まった恵那がずるずるとネットから脱出を果たす。天叢雲劍などもはや泥まみれだ。神々しさなどとうに消え失せ、神器と一見しただけでは見抜けないだろう。

「ワイヤーに魔力を通して自在に動くようにしてるの。操作は慣れかな。んで、あとは注ぐ魔力量を調節しながら指先の動きで相手を束縛又は切断と」

「……聞いた恵那が間違ってた」

 顰め面で神剣を握る。恵那はまだ、諦めていないようだがふらついている。そろそろ限界だろう。

「そろそろ帰ろう? もう訓練十分だよ。ありがとう」

「最後にもう一回……!!」

 体に鞭打って立ち上がる恵那。天叢雲を構える彼女の瞳に迷いは無い。

「これが最後だからね」

「最後か。なら無茶出来るね。絶対れーとさんに一泡吹かせてみせるから」

 不敵に笑う恵那の様子に、黎斗は嫌な予感を感じる。

「え? それってどうい」

「天叢雲劍よ。願わくば我が身を……」

「うわ、ちょ、待て待って!! 結界張ってない場所(こんなとこ)でソレはヤバイから!!」

 慌てふためく黎斗を余所に、恵那は悠々言葉を紡ぐ。

「あぁ、もう!! 塩は……もってきてねぇ!? 僕の馬鹿ー!! 我流形成しかないか、我が前にラファエル。我が前にミカエル。我が前にガブリエル。我が前にウリエル……!!」

 急ぎで結界を張ろうにも塩が無い。こんな展開を予想していなかったのだから当然なのだが。東西南北を起点とした黎斗の呪力が渦を巻き、急速にグラウンドを覆っていく。不可視化及び魔力探知遮断の結界だ。攻撃に対する防御機能は皆無だが、相手に攻撃を何処にも当てさせなければ良いだけの話なのだから問題は無い。

「ムチャクチャやるなぁ。……付き合う僕も大概か」

「いくられーとさんでも、これを防げるかな!?」

 恵那の振るう、凄まじい速度の太刀を難なく回避。ワイヤーで天叢雲劍を絡め捕り遠くへ飛ばす。投げられた神刀は弧を描くようにバスケットゴールに入っていく。

「あ、ラッキー。入った入った。狙ったワケじゃないんだけどな。ついでに恵那も捕獲っと」

 相棒を失い雁字搦めに束縛された恵那に降参以外の術は無い、そう思った黎斗は仰天する。

「まだまだぁ!!」

「な!?」

 肉を切らせて骨を断つというのだろうか。須佐之男命から借り受けた莫大な力に物をいわせて、出血しながらも力尽くで束縛から逃れる。ワイヤーを紙一重で回避しながら突き進んでくる恵那に対する黎斗の反応は、面白い程に慌てふためいている。てっきりここで終わりだとおもったらしい。

「え、えぇ!? ねぇ、ちょっちょ、デタラメだろこんなの!!」

「れーとさんに言われたくないよ! それに窮鼠猫をかむ、っていうでしょ。最後までわからないんだから!!」

「……ごもっとも」

 ずっと隅で傍観していたエルがぼそりと呟く。

「マスターにデタラメなんて言われるのは可哀想ですよ」

 その言葉の終わらぬうちに、恵那の身体は大地にひれ伏していた。黎斗のワイヤーが、再び恵那の身体を捉えたのだ。

「あっぶねぇー。……しかし恵那で見切れるんだったら神相手は精度不足かな。要練習、っと」

「お取込み中すいませんがマスター、この場どうするんです?」

「え?」

 なにが?と首を傾げれば、エルが恵那を尻尾で指した。

「結界は解除すれば済みますし問題ないでしょう。でも恵那さんどうやって連れて帰られるのですか? 気を失ってますよ。傷ついた美少女を背負って深夜に歩く男。不審者ですよねどう考えても」

「……」

 恵那をみやるとなるほど、確かに気を失って眠っている。服がボロボロで目のやり場に困る状態。服対素肌が3:7と地球の陸海比、などとくだらないことを考え現実逃避している暇はなさそうだ。そんなあられもない姿で巫女様は倒れていらっしゃるわけで。これは確かに背負って歩けば職質は免れないだろう。下手したら強姦魔と間違われかねない。

「結界張って正解だったな。明日から外歩けなくなるトコだった……」

「最後の神憑りで一気に服が消滅しましたね」

 際どい所で服が身体を守っている。本当にギリギリのところで。もっとも、仮に全裸だったとしても全身真っ赤でそこまで詳細を見ることは出来ないだろう、などと考えたところで頭を振って雑念を飛ばす。

「ねー。試合なのにわざわざ服を破ってまで勝ちに来なくても……」

 もしやこの子は恥じらいというものがないのだろうか。もしそうならば今度瑠璃の媛に躾けてもらわねばなるまい。そんな感想を抱きつつ黎斗は恵那を背負って歩く。

「でも恵那さん、最近好戦的ですよね? 最近は模擬戦の頻度前とは大違いですよ」

「だよね。それは気になった。別に僕を殴りたい、というような理由で挑んできてるわけでもないし。強くなりたい理由でもあるのかな? こっそり式神作成をしてるのも気になるんだけど。しかも種類が危害を与える類の物騒な代物だし。それにそんな種類だからっていっても隠さないで堂々とやればいいのにさ。なーんか、いやな予感がする」

「マスター、明日から北海道でしたよね。私だけでも残りましょうか? 例の呪符使えば遠隔通信位私でも可能になりますし」

「うーん、頼める? ヤバかったらすぐ戻るから。昼間なら護堂の”風”でエルのとこに、夜はアーリマンの邪気転移で家まで戻るってことで」

「了解です」

 これで安心だ。エルが入れば異変が発生した場合でもなんとかなる。安心した黎斗は、北海道へと思いを馳せる。





「御老公、やはりそれはおやめになられた方が」

「今しかねぇだろう。幸い黎斗(オニ)は外出だ。鬼の居ぬ間になんとやら、ってな」

「左様。媛よ、新たな羅刹の君を試すのは今においてありませぬぞ」

 美貌の顔を曇らせて、瑠璃の媛はため息を吐く。須佐之男命は意思を曲げるつもりはなさそうだ。

「……私はこの試みが行われないことを願います」

 今説得するのは諦めて次の機会に回そうと考えた瑠璃の媛だが、その機会が訪れないことを知っていたならば、結末は変わっていただろう。 

 

§17 新たなる刺客達、もとい転校生&居候

「あれ? 僕の席……」

 三馬鹿を連れて凱旋したのがついさっき。欠席よりは遅刻の方が良いだろうと三人を引きずって学校に向かった黎斗を待っていたのは、自分の席が消えているという事実。今まで黎斗が座っていた席には、クラスメイトが座っている。三人の暴挙を阻止できなかった罰かなんかなのだろうかこれは。理不尽極まりない。

「あ、水羽君ひさしぶりー。新学期そうそう席替えがあったんだ。クラニチャールさんが転校してきたから」

「くらにちゃーるさん?」

 どうやら罰云々は完全に被害妄想だったらしい。しかしクラニチャール。聞きなれない名前だ。語感は外国っぽい感じがする。ということはつまり外国の人だろう。はて、城楠学院(ココ)はいつから国際色溢れる所になったのだろうか? 黎斗の記憶では学校で外国人が二人も同じクラスになることなどまずない。天文学的数値の筈だ。それとも関東の学校では常識だったりするのだろうか?

「男子か女子かはわからないけれど、随分急だな。今年に入ってから転校生三人目だぞ。エリカ様、黎斗、次がクラニチャー……」

 徐々に尻すぼみになっていく名波。彼の視線は教室の前を捉えたまま動かない。

「どしたん? 一体何が……あれ?」

 つられて振り向いた黎斗の視線に移るのは、護堂と親しげ(に見えるが若干硬い気がする)に話す銀の髪の美少女。どうやらあの少女がクラニチャールのようだ。しかし、どこかで見たような気がする。あんな美少女、一回見たら忘れそうにないものなのだが。

「……あー。あのじいさんと戦った時の娘か。っーことは護堂のフラグだろうな。ここまで追っかけてくるとはなんとまぁ」

 たしか彼女の技量はエリカとほぼ同等。大騎士級だった筈。あの年齢では破格といえる。今から将来が楽しみだ、などと考えこれでは自分が年寄りのようだと苦笑する。あれだけの実力を得るのにどれだけ苦労したのかを考えると頭が下がる。

「護堂ハーレムは着々とでっかくなってるようで……」

「「「……非モテの敵め—!!」」」

 ハーレム、という単語に反応し三人が護堂に襲いかかる。

「うお!? お前らどうした!?」

「どうした、と聞いてくる護堂もどうかと思うんだけどね」

「あはは……同感だわ」

 嫉妬に駆られ突撃する三人をクラスメイトとともに見送って、黎斗は自分の新しい席を探す。気がかりは休んでいる間に授業がどこまで進んでいたかだが、苦手分野筆頭の物質量やらなんやらは一学期の話だ。授業も追いつけなくなる心配はないだろう。

「まぁモテる代償だとして嫉妬の視線を浴び続ければいいさ」

 席を見つけると、護堂達の喧騒をしり目にノートを開く。あの少女の様子からすると魔術結社本部からの要請か何かだろう。エリカも赤銅なんとかの魔術結社所属だった筈だし。それの対抗馬かなんかと予想できる。それを頭の隅に置いて観察すれば彼女と護堂の関係は主従関係に見えるし。だから、このフラグが恋愛フラグかどうかは微妙なラインではないだろうか。こんな微妙なフラグにまで噛み付いていたらこっちの精神が持たない。

「フラグが本物になったら噛み付けばいいや。護堂頑張れ〜」

「応援するなら助けてくれ!!」

 自分には関係ないとばかりに気楽にエールを送る黎斗。護堂の訴えは右の耳から左の耳へ抜けて行った。





「…………」

「あ、れーとさん。やっほー」

「……………………」

 放課後。護堂に”護衛”として連行された黎斗は、この学校にいない(・・・・・・・・)筈の人物(・・・・)と会ってしまった。

「……え゛?」

「あー、そういえば黎斗も”そっち側”なのよねぇ……」

「……なんでこんなことになってんの」

 かろうじて、それだけを絞り出す。困惑した様子の護堂より、達観した様子のエリカに聞いた方が早そうだ。

「……黎斗が知らない、といことはこれは総意ではないのね」

「総意って何よ。っーかこれ何よ。どうなってんのか説明を求めるッ!!」

「うんとねー、恵那は祐理が草薙さんのお「恵那さん!?」……えー、別にいいじゃん」

 慌てる祐理に口を塞がれた恵那は不満そうに口を閉じる。心底残念そうな顔だ。

「大体わかった。……僕はまーた、惚気に巻き込まれたワケね。いい加減滅びろハーレム男」

「なんで矛先が俺に来るんだよ!? 絶対おかしいだろ!!」

 護堂の決死の訴えを脳内裁判所は満場一致で否決する。恵那がだいぶ前に言っていた友達の手伝いとはおそらくこれだろう。須佐之男命|(というか古老の面々)が恵那に手伝わせる用事なんてそんなに多くはない筈。数日で済むような簡単な用事なら長々と黎斗の家に宿泊させる必要など無い訳で。つまりめんどくさい又は長期戦を覚悟する必要があったということ。恵那が来た時期もおおよそ護堂の存在が公に明るみに出たころだ。時期も一致する。

「おかしくありませんー」

 祐理をちらりとみやるが、顔を真っ赤に染めた彼女は恵那の方に注意を向けていてこちらに気付く様子はない。純真無垢とはやはりよいものだ、などと頭の隅でバレたら周囲の人間に侮蔑されそうな煩悩を全開にする黎斗。

「にしても、このお茶、おいしいねぇ。こうやってまったりお茶を飲むのは久しぶりだわ。いつも冷やした麦茶だったからね」

「だーかーら、恵那がお茶入れるよっていつも言ってるのに。お湯を沸かすところからやるのと麦茶のパックを入れ物に投げ込むのじゃ味に違いだって出るに決まってるじゃない。もっともれーとさんの場合アテナ様がいらっしゃった時以来飲んでなかったでしょ。久々に飲んだから尚更おいしいと感じているのかも」

「「「……!!?」」」

 あ、と思った時にはもう遅い。周囲からの視線が凄まじいことになっているのが嫌でもわかる。「アテナってすごい名前だよねー。まるで神様みたい」などと呑気に会話してるそこの女子。”まるで”神様じゃない、”本当に”神様なんだよ。とツッコミたい。無遠慮な視線に晒されている今はそんな発言が出来そうにないけれど。

「あの、黎斗さんと恵那さんはどういう関係で?」

「うんとねー、家主と居候?」

 驚いた。爆弾発言が投下され場が混乱するのがこんな時のお約束(セオリー)だとおもっていたのだが。冷静に考えれば恵那の「家主と居候」発言も十分爆弾発言なのだが、ラブコメやらラノベを読み漁ってきた黎斗にとってはまともな発言に聞こえてしまう。なんだかんだ言っているが一番驚いたのはアテナ云々が総スルーされたことだったりする。

「うん。恵那の親戚の方からちょいとワケありでね」

 安全発言、というわけでもなく社会的に問題がありそうなので細かいところを補足する。周囲の雰囲気を鑑みるにアテナ云々はどうやら流されたらしい。こっちの方が重大な気はするのだけれど。古老云々はエリカ達なら勝手に察してくれるだろう。

「ふーん。ご家族の方(・・・・・)もそれには納得なさっているのよね?」

「っーかじーさん(・・・・)から打診されたよ」

「……!?」

「エリカ、難しい顔してどうしたんだ?」

「なんでもないわ、護堂。……黎斗、あとで話があるのだけれど時間いい?」





「まずはお礼と謝罪を。ミラノではありがとう、助かったわ。あと貴方の正体を拡散してしまって悪かったわね。ついついらしくなく感情的になってしまったわ。今まで隠し通されたことに対しての悔しさから我を忘れて、つい」

(その「つい」でスサノオ達はエラく苦労したんだよなぁ……)

 この件に関して今更エリカに文句を言ってもしょうがない。アンドレア(メガネさん)と違って口止め忘れてたし。それに一応カテゴリ”人間”で洗脳してある。カンピオーネである、と万が一バレた時の混乱よりは格段に影響は少ない筈。須佐之男命に迷惑をかけるのは現世(こっち)に住む、と決めた時に覚悟していたことだ。あっちも覚悟してくれていただろう。多分。

(ま、バレるのがこんなに早いのは予想外だったんだけどねぇ。百年とは言わないけど数十年は騙しきれると思ったんだが)

「あぁ、うん。今度から気を付けてー?」

 事なかれ主義を最大限に発揮してなあなあで済ませようとする黎斗にエリカが安心してくれればすぐに終わっただろう。だが若干の緊張を含ませた顔から呆れ顔に変わったエリカは口を再び開く。

「貴方ねぇ。張本人の私が言うのもおかしな話だけどちょっと投げやりすぎない? どうでも良いようにしか聞こえないわよ? バレたら困るでしょ。……私に言えるセリフでは決してないのだけれど。ま、それは置いておいて。本当にごめんなさい。さっきの場では言わなかったけれど祐理からお礼の手紙を預かっているわ。直接あの子に御礼参りさせると貴方の立場が大変なことになるかな、と思ってこうしたのだけれどよかったかしら?」

 はい、と渡された手紙をカバンにしまう。年賀状以外で女子から手紙を貰ったのは初めてだ。

「ご慧眼御見それしました。マジで助かった、ありがと。護堂繋がりで昼ごはん一緒に食べてるとはいえあんま話さないからね。昼休みとかに話をすればいらない注目浴びるし」

 その点エリカは裕理と違って同じクラスだ。機会さえあればそれなりに話す。下手をすればクラスメイトで女子で一番話すのは彼女ではなかろうか。それはつまりクラスの人間とはあまり話さないことを意味している。自分の交友関係の狭さに苦笑いしか出てこない。

「あと護堂には貴方の事何も言ってないわ。祐理とも話したのだけれど貴方のこと、護堂には話さないでおくから。仲の良い友達なんでしょ? 自分の口から言いなさい」

 傍から聞けばいいセリフだな、と思う。だが。

「魔術結社に僕の正体バラした人間の台詞とは思えねぇなおい」

「だから、あれはついつい我を忘れてだったの!! そう言ってるでしょ!! 私だって、そんなつもり本当はなかったわよ!!」

 我を忘れる、とは今のようなエリカではなかろうか。らしくなく叫ぶ彼女を唖然と見守っていると、我に返った彼女はわざとらしく咳払いを一つ。ほんのり顔が赤い。

「ッ〜!!」

 流石元ツンデレ(だったと思われる)美少女、恨みがましくこちらを見てくる表情の破壊力が半端ない。なんかこっちが罪悪感を感じてしまう。これだから、美人は本当に得だ。

「護堂ってカンピオーネなんでしょ? これからもきちんと支えてやりな。スサノオと話していてよく聞くのは、カンピオーネってのは戦いを避けられないことだし」

 最初は様をつけていたのだが、気付けば須佐之男命を呼び捨てだ。直す気力も起きないしこの分ならカンピオーネに敬意を払わなくても構わない筈。護堂くらいなら普段通りに接して大丈夫だろう。開き直って告げるは忠告。エリカの表情に罪悪感を感じてしまったのだ。たまにはこのくらいの気まぐれだっていいだろう。須佐之男命に聞いたなんてのは嘘っぱち。実体験とシルクロードを旅する間に聞いた話だ。嘘をつくときのコツはひと握りの嘘を真実で固めることらしいから須佐之男命の名前を借りておこうか。

「そんなこと、言われるまでもなくわかっているわ。私を誰だと思っているの?」

 自信が溢れ出るいつもの顔だ。やっぱりエリカはこの顔が一番似合う気がする。夕日を背に微笑む彼女は、とても魅力的だった。
 屋上にエリカと二人でいたことで、帰りに黎斗は三馬鹿の吊るし上げにあうことになる。 

 

§18 嫉妬団再び

「清秋院家の当主が恵那もぜひ王様のお妾さんに、って申し上げちゃったんだよねぇ」

「え、えぇ!?」

「で、おじいちゃまがそれを小難しい顔で悩んでたんだよねぇ。反対派がどーたらこーたら言ってさー」

 こんな会話を交じわしたのが、数日前の話。何を須佐之男命が悩んでいたのかはわからないが、今重要なのは恵那も護堂の妾候補に名を連ねた、ということだ。今でこそあまり乗り気ではない彼女だが、彼の天性の女殺しの才能の前にいつまで撃墜せずにいられるか。それが、裕理の悩みのタネだった。須佐之男命と交渉ができ(るのか本当の所は知らないが、甘粕の話を聞いていると須佐之男命とは一応対等関係らしい)、かつ協力してくれる可能性が高いであろう、切り札とも呼べる黎斗はクラスメイトと北海道へ旅立っているとのこと。二学期始まっているのに何をしているのか。

「こんな大事な時に……どうして悪いことが重なるんでしょう」

 本来無断欠席に等しい黎斗に非がある。ここで怒っても問題はない。しかしこちらから頼みごとがあるという一点が、独り言であろうとも彼女が強く言えない原因となっていた。
 万里谷裕理が悩みを抱えて更に数日後、黎斗と三馬鹿は学校に登校してくる。二学期が始まってから、既に数日経過していたある日のこと。





「これより草薙護堂を以下略ぅ!!」

「同志Lよ、いくらなんでも省略しすぎだ!!」

 第二回草薙護堂断罪の会(しっとだんのつどい)は、のっけから混沌に包まれていた。北海道から戻ってきて数日は呑気に傍観を決め込んでいた黎斗だったが、連日イチャイチャし続ける(ように見える)護堂にとうとう限界を迎えたのだ。

「こっちは三人の暴走必死に抑えて外国飛んで北海道飛んでやっと帰ってきたんだぞ!!? どんだけ警察行ったと思ってんだ。なのにてめぇ、事欠いてその間にどんだけフラグ建てとんじゃああああ!!」

 リリアナはフラグじゃないと断言した数日前の自分を力一杯張り倒したい。あれは完全にフラグではないか。エリカ・裕理だけでなくリリアナまで。しかもなんか恵那まで最近介入してきてるし。

「てめぇは人が苦労してる間に一人楽しんでるとかどんな身分だあぁ!? ギャルゲ主人公とかふっざけんなぁ!! お前が連日イチャイチャしてる間、こっちは警察とOHANASHIだったんだぞ!? 生徒指導と二人っきりとかあの拷問受けてみるか!?」

「うぉう、同志Lの怒りは凄まじいな……」

「ああ、だがなぜだろう。我々がすごい勢いで貶されている気がするのだが……」

 三人が若干引いている。それほどまでに、黎斗のネジは外れていた。三馬鹿の暴走についてなんで担任から叱られなきゃならんのだ。三馬鹿の保護者でも監督者でもないのに。護堂と黎斗。かたや美女と連日イチャイチャ。かたや担任やら警察やらからお咎め。同じ生物(カンピオーネ)とは思えない。

「あ、あのー、れいとさーん……?」

 護堂がビクビクしているのを見て、ようやく我に返った彼は本来の目的を思い出す。

「……あ。気を取り直して、これより草薙護堂は全男の敵だ地獄へ落ちろ断罪会を開幕するっ!!」

「「「おー!!」」」

「ではまず同志S!!」

「おう!! 被告は夏休み前半に根津三丁目商店街で姿を確認されていない。そして肝心のエリカ様と万里谷さんだが———サルデーニャ半島でバカンスを楽しんでいた。この二人が一緒に居る時点で被告が関わっていると推測される」

 あぁ、そういえば記憶操作して二人がバカンスしてる最中に遭遇しているという筋書きにしたんだっけ。などと思い出しつつ護堂の顔を見てみると、面白いぐらいに顔が変わっている。ここまで激変するのを見せつけられると機械で録画したい。そして某世界が丸見えな番組に送り付けるのだ。笑撃映像とか言って。

「ッ!?、おまえら、なんでそのことを……」

 まさか彼女たちの場所を把握されているとは思っていなかったのだろう。これが普段の断罪会なら素知らぬ顔で通せたのだろうけど、今回は運が悪すぎた。なにせこっちは現地で二人と遭遇しているのだから。こんな芸当ができたのは直前で景品が豪華になっていたという異常事態のおかげだ。もし今年だけ商店街の景品がぶっ飛んでいたなどということを予想出来たらその人は素晴らしい霊視能力者なのだろう。是非とも友達に欲しい。宝くじとかで無双できそうではないか。もっともそれは才能の無駄遣いというものだろうけど。
 焦っている護堂が思わず漏らした言葉。それは黎斗達の発言を全肯定するのと同様で、自分が二人と一緒に居たことを自らの口で証明したようなもの。直後に気付き口を閉じたようだが、もう遅い。二人だけで旅行に行ったんだ俺は知らん、などと言われれば証拠が無い手前どうしようもなかったが、護堂の焦りに助けられた形といえばいいのだろうか。

「草薙、貴様ぁああああああああああ!!」

「今こそ、この色情魔に神の裁きを!!」

 三馬鹿中二人が吼える中、黎斗は外に気配を感じ取る。さては担任が鎮圧しに来たか———!?

「そこまでだ、下郎。随分好き勝手にやってくれたようだな」

 ドアが開くと同時に、凛々しい声。最悪煙玉使用の覚悟をしていた黎斗だが、彼の予想を裏切って入ってきたのはリリアナだった。

「草薙護堂、ご安心ください。すぐにこの状態を打ち破って見せましょう」

「すまない、リリアナ。恩に着る!!」

「……ッ!?」

「……なんだこれ」

 二言、三言交わす内に顔に朱が差し護堂から背けるリリアナ。断罪の場の空気がなんだか変わりつつある。口を挟む機会を逃した黎斗がやりとりを見ていると三馬鹿vsリリアナ論戦になってしまった。三馬鹿が押されているようだ。「一人で何が出来る!!」とか「ま、待ってくれ!!」とかどう考えても悪役のセリフですほんとうにありがとうございました。

「異議有り!! 草薙護堂は王道を歩くものに非ず! 彼は幾人もの女子を弄ぶ外道。これまさに色魔の所行なり!!」

 台詞が芝居がかってる。が、これは大ダメージが見込める発言だろう。どうかんがえても。リリアナもこれに反論できるとは思えない。勝負あったか?

「その程度の讒言で私を翻意させられると本気で思っているのか? まったくもって、嘆かわしい輩だな……」

 侮蔑の籠った彼女の瞳。これは正論、そう正論のはず。なのにそれでも間違っていると彼女は確信を持って言えるとでもいうのか。

「確かに彼は稀代の色好み。気紛れに婦女子と戯れるハレムの主人であることは否定出来ない事実だ」

「うわぉ。認めた上でまだ言いますか……」

 開き直りっぷりに黎斗はジト目でリリアナを見やる。それを認めてしまえばこの会の主旨も理解してくれそうなものだけれど。この状況で庇う彼女に尊敬の念を送ってしまう。逆境にもかかわらず頑張るね、的な意味で。「護堂=色情魔」の図式は(本人以外にとっては)共通認識らしい。というか女の敵確定なのにこの人は庇うというのか。どんだけ情が深いんだ。いや、恋は盲目というやつだろうか?

「これがダメ亭主を健気に待つ女房に発展するんだな……」

 延々と説教してくださるリリアナさんだが、どっからどう見てもダメ亭主を待つ女房のそれにしか見えない。堕ちると人間こうなるのか。恵那だけでなくエリカや裕理もこんなになってほしくはないものだ。媛さんは人生経験豊富だろうから(ほとんど引きこもりの可能性も高いけど)変な男に引っかかる心配はないだろう。

「げに恐ろしきは護堂のオーラか……」

 少々ピントのズレた思考をする黎斗の隣から「これが……調教……」だの「絶望した—!! ハーレム公認に絶望したー!!」だの悲痛な声が響き渡る。だがここは公の場だ。黎斗としては変な単語は出さないで欲しい。誤解されそうですごく怖い。兎にも角にも彼我の実力差に愕然とする男たちだが、事態はここでは終わらない。というか、黎斗にとっての地獄はここからだった。

「あ、いたいたー。……ってれーとさん? 変な格好して何やってんの?」

「清秋院!? 助けてくれ!! 黎斗が突然襲ってき」

 護堂がさっそく恵那に告げ口。焦った黎斗は口を封じようとするがもう遅い。

「ごっ、護堂てめっ!?」

「れーとさん……」

 恵那の呆れの視線が痛い痛い痛い……!! なんでここまで来て貧乏くじをひかにゃならんのだ!? 神は死んだのか!?

「あの、恵那さん?」

 そんな黎斗に救世主。突如恵那の後ろから疑問の声。この救世主は裕理か。

「あぁ、ごめんごめん裕理。草薙さん、御取込み中失礼〜。イキナリで悪いんだけどさ、明日暇? 裕理とデートに行かない?」

「デートだって!?」

「恵那さん!! そんな私、まだ心の準備が……」

「んもう、しょうがないなぁ。……れーとさん、どーせ明日暇でしょ? 恵那と一緒に裕理のデート手伝ってよ。二人もコブ付きならいいでしょ?」

 唖然とする男共を尻目に巫女様二人の話は進んでいく。そして、これが惨劇の幕を開ける。

「同志Lいや黎斗、お前もか!!」

「ダブルデートとは良いご身分だなえぇ!?」

「ちょっ、待てお前ら落ち着」

「お前だけは信じていたのに……!!」

 ダブルデートは否定したい。がそうとられても仕方のない状況だ。恵那が頼んだのが自分でなく三馬鹿だったり他の男ならば黎斗自身も嫉妬側に参加していた自信がある。っーか潰す。そんな余談は置いておいて、脈絡もなくいきなりそんな話題を振られて困っているのに、この仕打ち。どんな対応が正解なのだろうか。こんなADVゲームがあったとしたらどのような選択肢が出てくるか。そこにきっとこの場を打開する活路がある———!!

「……男の争いって醜いな」

「えぇ、全くです。草薙護堂。あなたもこんな輩にならないように」

 冷静に眺める護堂とリリアナ。彼らに言われるとすごく腹が立つ、がこの状況では反論できない。男たちの友情は脆くも崩れ去り、残ったのは醜い同士討ち。

「え? 恵那さんはそれで良いのですか?」

「良いって良いって。裕理が頑張ってくれるなら、わざわざ私が参加しなくてもきっとばあちゃんも許してくれるよ。おじいちゃまだってあんま乗り気じゃないし」

 言い訳に終始する黎斗の耳は変な単語を拾い上げる。今聞き捨てならない単語が出てきた気がする。恵那の役目は裕理と護堂をくっつけるだけではないのか? なんかとっても嫌な予感がする。

「恵那、それってどうい」

「てめぇ既に呼び捨てで言うような仲なのかよ!!」

 逆上した名波に揺さぶられる。頭が鞭打ちになりそうなほど激しく揺れる。頭がげそうだ。ってかこのままだとげる。抵抗しようにも頭がシェイクされていて動けない。これは正直、洒落になってない。

「うわああああああああ!!!」

 突如奇声を上げた高木は、黎斗の奇声と同時に護堂を抱えて走り出す。その速度、さながら疾風のごとし。

「どわああぁ!!?」

 意識が飛びそうな黎斗は、もちろん彼が走り出したことに気がつかなかった。彼が護堂を抱えていたことにも。常人の域を超えていたことにも。名波は黎斗を占めることに夢中で気がつかず。反町は絶望に打ちひしがれて膝をつき。高木の爆走を追跡するは恵那が一人。リリアナも裕理もこの展開を呑み込むことは難しかったらしい。

「……ふん、しょせんは低俗な輩だな」

「リリアナさん! ……もう。水羽さん、失礼します。その……頑張ってくださいね?」

 しばらくして硬直が解けた二人は教室を去る。護堂を探しに出かけたのだろうか。黎斗は結局、見捨てられたままだった。

「あ゛あ゛あぁぁぁ!!!!!」

 男たちの涎と涙、汗と鼻水を浴びせられつつの揺らし攻撃は、一時間以上に渡って黎斗を苦しめた。結局彼が解放されたのは、騒ぎを聞きつけた担任が武力介入してから。黎斗の情けない悲鳴はそれまでひたすら校舎に響いて多くの生徒を怖がらせることになる。 

 

§19 急転直下

「いたた……」

「黎斗大丈夫か?」

 惨劇から一夜明け、黎斗は重症の身体を引きずり登校した。未だ首が痛い。鞭打ちになってるのではないかと思わせる痛みだ。

「あいつら手加減しろよ……」

 望み薄と知りつつ空を仰ぐ。ここで手加減してくれるようならば護堂の断罪会など起こるはずが無い。

「まぁ、あれは自業自得ということで」

「……くっ。更に護堂、お前デートの件断りやがって。僕殴られ損じゃん」

 形勢不利とみた黎斗は話題を変える。何のためにあそこまでボコボコにされなければならなかったのだろうか。これが護堂と自分の格の違いとでもいうのか。ここまで来ると腹も立たない。というか、腹を立てたら昨日みたいにしっぺ返しがきそうで怖い。なにせ昨夜は家で恵那とエルにお小言を頂戴する羽目になったのだから。断罪会がバレてしまったせいで「人に迷惑かけちゃダメなんじゃなかったんですか? マスター?」などと言われ針の筵。世の中絶対間違ってる。

(あれ……?)

 だいたい、と言葉を続けようとした途端なんらかの呪力の気配を察知してしまった。学校に誰かが何か仕掛けたのか、と一瞬身構えたが攻性の物ではないようなので今は放置。こういう術式は中途半端に手を出すと痛い目を見る。担任に怒られた後で情報集めをして、それから方策を練ろう。説教中にに発動しそうになったら邪眼でサクッと消去すればいい。流浪の守護起動中なら黎斗の関与した痕跡は残らない。最大の欠点は説教途中で逃げ出すことによる更なる説教だ。

「とりあえず、しばらく様子見だな」

 犯人がわかるまで泳がせておこう。もし黎斗自身が巻き込まれないようだったら、最悪無視してしまう手もある。護堂にキッチリ働いてもらうのだ。別に、恨みからするわけではない。先輩からの試練である。私怨など一切合財全くない。

「どうした黎斗?」

「ん、なんでもない。いこ、護堂」

 本来ならば今日は休日の筈なのに。三馬鹿の説明責任(主に二学期開始後の海外旅行という名の無断欠席)とか本当に勘弁してほしい。責任が保護者にいかずにこちらへ来るとは。護堂は遅れた課題の提出に。黎斗は担任に怒られに。同じ休日出勤でも天と地ほどの差がそこにはあった。わざわざ月曜を待たず提出に来るとは護堂も物好きなやつだ。もっとも、その課題の提出期限は昨日なのだが。





「……終わった」

 担任は予想外に優しかった。「水羽、お前も大変だろうが頑張ってくれ……」などと同情の視線と鰻重(大盛。味噌汁付き)を頂いた。御馳走様でした、とってもおいしかったです。どうやら担任も三馬鹿には手を相当焼いていたらしい。先生と妙な仲間意識が生まれるとは。

「しっかしなんで教頭先生があんなに厳しいんだ?」

 担任よりも教頭の方が厳しいとかそんなことがありえるのだろうか。教頭にも三馬鹿監督として認識されていたのだとしたら泣けてくる。もし教頭が彼らを警戒しているのなら、三馬鹿は城南学院の要注意生徒(ブラックリスト)殿堂入りではないか。黎斗自身も巻き添えを喰らっている可能性が高い。

「勘弁してくれ。あいつら暴走した時は無駄にカリスマみたいなのと実行力があるからなぁ……」

 嘆息しながら空を見上げる。黒い太陽が燦々と輝く。———輝く?

「……って、黒い太陽!?」

 神経を研ぎ澄ませて周囲を辿る。感じるのは須佐之男命の、力。吹き荒れる暴風も全ては須佐之男命の力の一端か。

「どういうことだよ、コレ!?」

 階段を一足飛ばしで駆け上がる。屋上に飛び出て外を見渡す。見晴らしの良いところまで移動せねば。屋上への扉に鍵がかかっているがピッキングで解決。良い子は真似したらいけません。術の中心は何処だ……?

「術式削除しときゃよかったなこりゃ」

 こうなってしまっては後の祭りか。一番高いところから外を捜索していると、派手にやりあう少女が二人。

「恵那とエリカぁ!?」

 どうしてこうなった。そう叫びたいのを必死にこらえて黎斗は屋上から飛び降りる。本当は目立つから飛び降りは却下したかったが背に腹は代えられない。一刻も早くあの二人を問い詰めるしかない。学園で争われたら平和な日常を謳歌することが出来なくなる。学校が吹き飛んだらニート生活に逆戻りだ。
 黎斗が着地した時、事態は更に取り返しのつかないことになっていた。大地に出現していた謎の黒い何かに、あろうことか二人が飛び込んで行ったのだ。彼が駆けつける前に、黒い何かは消滅した。

「え、ちょ……」

 何を無謀なことを。エリカだったらこんな危ない橋を渡ることはないと思うのだが、これはどういうことだろう。未知の領域に突撃するなんて。普段の彼女には似つかわしくない行為だ。

「……」

 行かなければならない(・・・・・・・・・・)事情(・・)があったとしたら。たとえば———駄目だ思い浮かばない。

「困りましたねぇ。黎斗さんどうします?」

 幽世に行って須佐之男命を問い詰めようか、そんなことを考える黎斗に呑気な声が後ろからかかる。

「甘粕さん。これは何がどうなっているんですか?」

「わかりませんよ。失踪する瞬間は見ていませんでしたから。気配を辿ってきてみたらこんな有様でして。断片的にでも見ていらっしゃった黎斗さんの方が詳しいのでは? 黎斗さんは見ていらしゃったんでしょう?」

「当てにならねぇ…… じゃあさ、甘粕さんはこれなんだと思います?」

 ”失踪する瞬間は”ということはそれ以外なら見ていたのだろうか。そんなことを聞こうかとも思ったが、流石にそれはないか。

「ったく、スサノオは何考えてんだか」

「おそらく日本に初めて現れたカンピオ」

「まって、なんで護堂が出てくるんですか? だったらエリカさんと恵那を拉致する必要なくないですか?」

 護堂を連れて行けばいいじゃないか、と続ける黎斗に対し、甘粕は微妙な表情をする。

「草薙さんがまず行方不明になりまして、次いでお二人という流れなんですが……もしやご存じない?」

「なん……だと……」

 あらあら、などと肩を竦める甘粕を無視して取り出すは携帯電話。須佐之男命に電話を掛けようと試みる。裕理を嫁入りさせて護堂(カンピオーネ)に首輪をつける、というのが黎斗の予想だったのだが何かがおかしい。

「電話に出んわ……」

「確かに残暑は厳しいですがオヤジギャグは間に合ってますよ」

 思わず零れた呟きを、冷ややかな目で見つめる甘粕。本来この状況(・・・・)は有り得ない。これは携帯電話を用いて念話(テレパシー)もどきを行使しているに過ぎないのだから。ましてや相手は須佐之男命。”よほどの”状態でもない限り、音信不通といった事態になるはずがない。それに彼はここまで派手に動いておいて無視を決め込むような性格ではない。

「魔力妨害(ジャミング)してるのは、誰?」

 軽口を返してきた甘粕の顔が一瞬で変わる。

「妨害工作ですか? ……我々にはわかりかねますが。お偉い様方に通じている黎斗さんの方が詳しいのでは?」

 どうも事態が妙な方向へ動いている気がする。何故恵那とエリカが争っているのだろう?

「ってかまずスサノオが果たしてここまでするか……?」

 須佐之男命がこんなに大っぴらに動くとは、考えにくい。護堂の存在を彼から聞いたのは結構前だ。行動を起こすにしては遅すぎる。彼が本気なら夏休みの前に仕掛けるはず。

「ヤツは本気じゃない? でもそうだとしたらこの遊びには手が込みすぎてるよなぁ。今スサノオと連絡がつかないことも説明できない。僕をからかってる?」

 頭をガリガリかきながら悩む。本当、頭脳労働は苦手だ。脳筋万歳。敵が明確ならそいつを潰して終わりだが、今回はそう優しくはなさそうだ。

「……黎斗さん、少しよろしいですか?」

 振り向いてみれば、今まで傍観一方だった甘粕が動く。何か名案があるのだろうか。

「今、祐理さんをお呼びしました。もうじき到着します。リリアナさんもいらっしゃるので、お力をお貸し願えないでしょうか?」

 荒事になっても黎斗さんとリリアナさんが居ればなんとかなりそうですし、と語る表情は忍者(サラリーマン)の顔。

「んー……」

 アッサリ承諾すると思っていたのだろう、甘粕の顔が不審気に歪む。といってもほんの少しだけだが。

「……何か不都合でも?」

 既に非日常(そちら)側であることがバレているのだから、協力要請されることは予想出来ていた。しかし一緒に活動すると手加減が非常に難しい。今になって思えばサルバトーレ・ドニの時は正直やりすぎた。雑魚を装い適当なところで敗北しておけばこんな厄介毎に巻き込まれずにすんだだろうに。反省はしていないが後悔はしている。

(甘粕さんや万里谷さん、リリアナさんを守りながら権能封印行動ってどんだけだよ。難易度ベリーハードもいいとこだ。精神汚染(ディオニュソス)使うには甘粕さんが邪魔だしなぁ)

 既に荒事が起こらない可能性など脳内から抹消した。勘が戦いを感じ取っているし。個人的には単独行動がベストなのだけれど。単騎突撃で痕跡を残さず敵を消滅させれば解決だし。いっそ、古老の意向云々とか言ってしまおうか。そうして傍観に回るのも(若干後ろめたいが)また一手。

「そしたら問題は恵那か。あんの娘さんは……」

 しかし、恵那が関わっている以上傍観という手段は最初(ハナ)っから消去せざるを得ない。

「エルは家? まぁ、居たとこで非戦闘員だからあんま変わらんけど。……この場合非戦闘員じゃなくて非戦闘狐?」

「……失礼ですね、マスター」

「うわぉ!?」

 降ってわいたように現れた狐様に、黎斗は驚きの声を上げる。いくら思考していたとはいえエルは素人同然である。素人相手にここまでの接近を許すとは。

「マスター、媛様から伝言です。恵那さんとエリカさんが現在交戦中。草薙様は須佐之男命様のお屋敷です。媛様がなんとか取り持って下さるでしょうが最悪、お二方の方でも戦闘が勃発するお覚悟を」

 それは、悪夢のような内容で。

「うっそぉ…… マジかよ」

「途中で念話が途切れた為今現在の状態は不明です」

「途中で切れた?」

 エルは途中で切れた。黎斗は最初から繋がらなかった。この差は、何か。

「はい。ここに到着する直前に通信途絶しました。以降繋がる気配がありません。媛様の身に何かが起こった、とは考えにくいですし恵那さんが神懸かりを用いた際の呪力の乱れとかが原因だと思うのですが」

「それはない。僕はスサノオと最初連絡取れてないし。もしエルが正しいなら最初は連絡とれるハズ」

「須佐之男命様に嫌われた、とか喧嘩中とかは?」

「それはないと信じたいなぁ…… って、会話が脱線してきてるからっ」

 この周囲で、恵那以外によって結界が張られた形跡も呪術が行われた痕跡も無い。

「鍵となるのはやっぱ幽世(あっち)か」

 明らかに黎斗と須佐之男命達の接触を封じようとする動き。こうなれば周りを気にせずに戦える単独行動一択。恵那もエリカも須佐之男命も護堂も全部放置。玻璃の媛に丸投げせざるを得ない。

「甘粕さん、エルを連れて行って下さい。コイツとは特殊回線があるので一応通信が途絶えることはないです。多分。きっと。めいびー」

「構いませんが……お一人で大丈夫ですか? あと、エラく不安な言い方ですな」

 謎の存在のターゲットが黎斗であることを理解したのだろう。甘粕は反論して来ない。こちらの身を案じてくれることに感謝し、術の準備。

「こっちは伊達にスサノオの盟友やってないってーの」

「マスター……御武運を」

「まだ戦うなんて確定していないんだけどなぁ。可能性が濃厚なだけで」

 転移する黎斗が最後に見たのは、心配そうな狐と会社員(にんじゃ)。転移術になんらかの干渉が入ったのを認識し、彼は一人顔をしかめた。 

 

§20 激突

「……ここ何処よ」

 転移した黎斗がついた先は見知らぬ土地。転移の術式に割り込みを仕掛けてくる相手だ。油断はできない。しかしなぜこのような森の中なのだろう。

「てっきり罠張って待ち伏せしてるかと思ったんだけどなぁ。ま、どっちでもいっか。とりあえずスサノオのトコまで歩きますかね」

 のんびりと歩く。周囲一帯に妙な力を感じているので油断は出来ない。邪眼なり力押しで突破、というのは最終手段にして先ずは探索と洒落込もう。





「……誰? さっきからこれみよがしに殺気ばっかり放ってきてさ。って、あー。変な洒落飛ばすハメになったじゃん」

 歩き続けて数分。やむことなく、増え続けていく殺気(それ)に黎斗はとうとう痺れを切らした。呟く黎斗の周囲でで、無数の影が蠢く。随分な数が居る。三柱の別格(かみさま)以外は雑魚と判断し、数えるのをやめてしまった。三十以上も数えていられるものか。

(これまた一介の高校生相手にたいそうな布陣で)

 相手は殺る気満々のようだが、黎斗は狙われる覚えがない。何処の勢力なのだろう。第一これだけの神様と取り巻き軍団が行動を共にすることはありえるのか。野生の神様なんて大抵の場合他の同類(カンピオーネ)が倒してしまうし。これは一種のレアケースということで納得したほうが良さそうだ。長年生きてきた彼にとっても複数の神が集団で行動していたことなどランスロット達くらい(これですら二人だった)しか見ていない。

「貴方様方はどちら様ですか? まつろわぬ神の皆様とその近衛の方々とお見受けしますが」

 出来るだけ穏便に済ませようと言葉を選んだ黎斗だったが、その努力は虚しく水泡に帰す。

「水羽黎斗。まさか御老公の盟友が貴様のような神殺しとはな。今まで貴様の存在が秘匿されていたのだ。公に現れたときより怪しいとは思っていたが。信じたくはなかったものだ。太古に襲来し御老公方と戦ったのは、貴様だな」

 フードを被った男に賛同を表す声が、周囲より上る。

「「「…………」」」

 怨嗟の声に背筋が冷える。ぼそぼそとした声を聞き取ることは難しいが、どうせ聞いて気持ちの良い内容ではないだろう。それに呪われるように言われるのはやっぱり気味が悪い。低音でのコーラスとなれば尚更だ。だが、わかったことが一つ。彼らは”まつろわぬ神”ではない。須佐之男命と同じように俗世からの隠遁を望んだ古老達。天敵同士((れいととスサノオ))が仲良くしているのに我慢ならなかったのか。狭量なことだ。もしくは―――黎斗が最初に弑めた神に対する怒りか

「怨嗟の呟きかなにか知りませんがやめてくれません? それと死ぬ気はございませんからあしからず。んで要件は、何? 今ちょっと忙しいから出来れば後にしてほしいんだけど」

 とりあえず口調が怪しくなってきたが、諦めずに交渉を申し出る。御老公なんて言葉を用いる以上古老のメンバーだろう。須佐之男命以外に神が居るとは思わなかった。だが、須佐之男命の下で意思は統率されている筈。この集団も突然暴力には訴えないだろう。過剰ともいえる武力は威嚇に過ぎない、筈。今一自信はないけれど。

「要件? 汝が命、貰い受ける。腑抜けになってしまわれた御老公も、貴様を殺せば元に戻ろう。我らが母の権能(チカラ)も、返してもらおう」

「は?」

 こいつは今、なんといった?

「……なんつー回答だよ。警戒していなかったツケが回ってきたのか? 足元掬われた形になんのか? コレ。どっちにしろまさかの事態だなヲイ。僕の命が欲しい? だが断る。秘儀、水隠れの術!!」

 名前こそ格好良いがただ単に泳いで逃げるだけである。平泳ぎでじゃぶじゃぶと川を泳ぐ。流れが急なせいなのか泳ぐというより流されている気もするが、相手の姿がもう米粒大だ。こういう時に逃亡系の権能があるやつらを羨ましいと心底思う。遁術で逃げても神様達(このレベル)相手だと無効化されておしまいになりかねない。おそらく取り巻き軍団は無効化系の呪術を大規模展開するための人員だろう。三十六計逃げるにしかず。

「ははははは、戦略的撤退っ! さらばだー!!」

 黎斗の勝ち誇ったような奇声が、周囲に響き渡る。





「あいつらしつこい!」

 大樹に寄り添うように小休止。黎斗包囲網は止む気配がない。寧ろ酷くなっている気がする。

「スサノオ早く気づいてくんないかなぁ。このままだとマジで僕死ぬぞおい」

 このままでは逃亡中に殺しつくされる。もう三回くらい殺されているし。ここまでされたら正当防衛が成り立つんだから反撃しようか。だが反撃して良いものか。

「神祖だか精霊だか知らんけどあの集団ホントどうしよう。媛さんや坊さん、スサノオの友人居ないといいんだけどなぁ。ウッカリ殺しちゃったら気まずいことねぇしなぁ。手加減するには神様が邪魔だし。……つーかさっきからなんで僕の居場所わかるわけ?」

 背後から飛んできた矢を躱す。銃などといった近代兵器でなく弓なのが歴史を感じさせてくれる。もっとも、長距離弾道ミサイルやら対人地雷など使われないだけマシかもしれない。だが、こちらもおかげで地雷や毒ガスの類での迎撃が出来ない。なぜなら、卑怯だから。

「相手が外道戦法使ってくるんだったらこっちも容赦なく攻めるんだけどなぁ」

 しかしさっきから逃走しているのにそれを全て察知しつづける彼らの情報網はどのくらいの規模なのか。流浪の守護で気配を遮断し隠行の術も完璧にしている筈なのに。

「……これは異なことを。ここは幽世だぞ。この程度もわからぬとはこの羅刹の君は脳味噌も無いらしいな」

 大木の対極から、声。横一文字に切られて、黎斗の胴体が真っ二つになる。

「……望めば行けるんだっけか。すっかり忘れてたわ。って、じゃあスサノ」

「無駄だ。大規模な結界を展開している。いかに神殺しとて、短期間で破ることは叶わない。御老公の呪力を借りることにより発現させる 貴様ら専用(・・・・・)のとっておきだ、そう簡単に破られはせぬぞ。光栄に思え」

「ってまてや。とっておき(・・・・・)の結界? スサノオに気づかれる前に? この状況作り出したのはお前らか」

「清秋院も存外に役に立つ。まさか小娘を動かすだけでこうも簡単に大物が連れるとはな。上手い具合に日本に生まれた神殺しとも接触できておるしの」

「清秋院の本家をお前らが唆したのか? 媛さんや坊さんの話聞いた限りだと随分我の強そうな人だからなぁ、って……ん?」

 日本には(公式には)カンピオーネがいなかった。護堂が記録上初めて。その護堂の周囲はエリカ、祐理、リリアナと美少女が勢ぞろい。三人の内過半数は外国の魔術結社。のこる万理谷も格としては清秋院より下に位置する。そして孫娘(恵那)も十分美少女である。ゴーイングマイウェイ(仮)な最高権力者(ばっちゃん)がもし存在したとするならば、この状況でどうでるか。

「……スサノオ、押し切られたか? 恵那も護堂の嫁に、って清秋院家当主並びに複数神様やら大魔術師やら精霊やらから一度に言われたら、押し切られるか。スサノオはNoと言える日本人(にほんじん)……もとい日本神(にほんじん)っぽいけど数の暴力相手じゃなぁ。オマケに庇うにしても強い理由が無い。僕が人間((・・))である以上僕のトコに今までどおり、なんて案は無いも同然だしな。そうなれば日本嫁二名vs外国嫁二名のドロドロ合戦も構図がわかりやすくなる。あの三人は拮抗しているから、恵那が神懸かりでもしないかぎり戦線は膠着。でも恵那が外国嫁どっちかとガチンコ始めたら護堂が絶対邪魔をする。神懸かり使うのも護堂が阻止出来る……かなぁ? ま、護堂の相手が出来るのは神様(アンタら)くらいのものだろうから……そういやスサノオが今護堂と接触してるんだっけか。これでえーと……」

 言ってて思った。思考がズレている。現状がどうして起こったかなのに何故護堂の嫁論評を繰り広げにゃならんのだろう。もし、相手がこの現状を黎斗(じぶん)の殺害に用いるとしたら。媛が言っていた事を思い出す。公開用に書いた権能解説書没案が盗まれていたことを。これを相手が持っていたならば……?

「……さてはお前らこうなること予想済みだったな? 護堂の気配が消失すれば僕が出てこざるをえない。スサノオ達は護堂にかかりっきりで僕はノーマーク。幽界(ココ)の性質を利用すれば事前に色々仕掛けた狩場に僕を誘導できる。僕の情報の一部は入手しているのだからソレを元に作戦を立てる。神様の名前しかわからんやつでも大体の推測はつくだろうしね。あとは———殺すのみ」

 ほう、という呟きはボス(かみさま)か、一般雑魚(notかみさま)か。

「頭が回らないワケではなさそうだな」

「……おい、何を喋っている。御老公に気付かれる前に殺さねばならんのだ。無駄口をたたく暇はない」

「……手加減出来る自信ないんだけどなぁ。おーい、周りの人ー。こんなセコイ奴らに付き合って命落とすことないぞー?」

「驕るなよ、神殺しが。貴様は我らの手の内だ。全ては今日、この時の為に。先月入手できた貴様の情報も反映した我らに負けは無し。わざわざ貴様に教えているのも、貴様の顔を絶望に染めるため」

「かっこいーセリフだーありがとー。しかもその口ぶりだと媛さんが無くした資料はそっちに回ってたのね。人の部屋勝手に漁るコソ泥に天罰を。……来たれ煌めく色無き柱。神をも下す灼熱を以て。その御光で大地を飲み込み。全てを滅し虚無へと帰さん」

 狙うは先手必勝。破壊光線(カタストロフィー)で消滅させる。取り巻き軍団が死ぬであろうことを考えると正直この手段は採りたくはなかったのだが———

「悪いけどこっちもまだ死にたくないんでね。……消えろ」

「貴様がな」

 天より放たれた光の柱が敵集団を呑み込むと思われた刹那、黎斗を|灼熱の光線(・・・・・)が襲う。





 爆風が吹き荒れ砂塵が舞い散る。連続で簡単に神殺しを殺せたことで、周囲からどよめきが巻き起こる。

「待て、落ち着け皆。奴は何度でも蘇る。引きずりだし、奴の力で本命の(・・・)|結界(・・)も完全起動を果たした。ここからが本番だ。手筈通りに行くぞ」

「了解です。では頼みますよ、迦具土、大国主。貴方達が要だ」

「スクナビコナの、我らが偉大なる母の、仇は必ずとる」

「片鱗が見られた権能から順次破壊するが、やつとて神殺しの端くれ。全部破壊できると思うなよ。貴様らは始めろ」

「「「「はっ」」」」

 迦具土は、持っていた鏡を八雷神に渡す。死の光線を反射させた鏡を。それと同時に、周囲の集団が呪術を始める。黎斗に対する、破魔の術。結界展開かつこれだけの質・量ならば、権能でもかなり減衰させられるだろう。まして相手は神殺しの絶対的な耐性を持たないのだ。

「……くっ、今のは何よ」

「答える義理なし」

「そりゃごもっともで。こっちも期待してなかった、けど、ねぇ!」

 大国主の剣筋を躱し、見切り、反撃を叩き込もうとして、失敗。いつの間にか背後によられた八雷神に、羽交い絞めにされ動きを封じられる。左の死角から接近されたか。絡みつき分かれる八匹の蛇は、黎斗の抵抗を容易く封じる。

「くっ、やっぱ無理か。ってかさ、八匹の蛇になって襲ってくるとか反則だと思うの。しかも僕蛇苦手なんだけどこんな仕打ちって嫌がらせですかそうですか」

 軽口を叩いてはみせるものの正直辛い。こいつには魂直撃や対屍特攻(アンデッドキラー)でもあるのだろうか。電気を纏う八匹の大蛇は黎斗の行動を許さない。触れた所から身体が腐食し剥がれていく。ロンギヌスの治癒だけではいずれ致命的になる。早く再生の力を使うべきなのだろう、が使わないのは本能が「使うな」と叫んでいるから。

「この期に及んで余裕だな」

 そう言う迦具土の気配が変わる。黎斗の直感が告げている。———こいつは、ヤバい。

「天空よ、我が名の下に裁きを与えよ。未来より迫る滅びを縛れ。左に剣を。右には鎖を。我が(かいな)を贄とし汝を封ぜん」

  破滅の呪鎖(グレイプニール)具現化。対象は迦具土。起動方法(タイプ)・結界。結界は通常形式の捕縛と異なっており黎斗側から伸びた鎖が対象を捕獲する訳ではない。大地から鎖を召喚し相手を絡め取るのだ。こうすることで黎斗の攻撃範囲(レンジ)に入れることが出来なくても、相手の位置を固定できる。孤立している敵などに用いること乱戦用の派生型(バリエーション)。外部からの攻撃に弱いのは変わらないが、相手が一人だけ離れていて、残りが全て黎斗と交戦しているならば、他の敵に鎖を破壊されるより黎斗が相手を殺す方が早い。
 今がまさにその状況。迦具土以外の神二柱はこちらにつきっきりだし、雑魚軍団は何やら行動を開始しているがおそらく間に合わない。だから、破壊はされない。相手が行動を起こす前に月読の権能”時詠(イモータル)”で時間加速、ロンギヌスで撃破。
 そんな黎斗の目論見は儚くも崩れ去ることになる。

「やれ、カグヅチ!!」

「対象、神殺し。対象、破滅の呪鎖(グレイプニール)。逝け!」

 迦具土より放たれるのは不吉な言葉と三日月の劫火。邪眼の影響で弱体化しつつも斬撃のように飛んでくるそれを、八雷神に拘束された黎斗は回避する術を持つはずもない。

「仲間まで!?」

「安心しろ。今のは貴様専用((・・・・))だ」

 まさかの味方ごと攻撃(フレンドリーファイア)に驚愕する黎斗の背後から耳に声がかかる、と同時に彼の身体を劫火が焼く。邪眼で消去しきれなかった分が身体の中に吸い込まれるように入っていく。

「……?」

 痛みは、無い。違和感を探る黎斗を、大国主の剣が襲う。

「これでまた一回だ。死ね」

 とっさに黎斗は右腕を上げる。壊死しているはずの、右腕で。血飛沫が舞い散り、視界が朱に染まる。この位なら治癒(ロンギヌス)で十分回復させられる。

「はっ、そう甘くはないっての!」

 緩んだ一瞬を逃さず拘束から離脱、神達から距離をとる。

「しっかしマジでどうなってる?」

 破滅の呪鎖が消滅している。右腕も、普通に存在している。破滅の呪鎖を発動した時点で右手は壊死する。だが今回は壊死してはいない。ほんの僅かに死んでいる部分があるが、それだけだ。もう一度、破滅の呪鎖を発動させようと試みるが———不発に終わった。

「権能封印系の何か、か? だがそれなら壊死は残るはずだ。……まさか権能破壊?」

 さっき超再生(ヤマ)の力を使うな、と勘が言っていたのはこういうことか。脳内警告(レッドアラート)が鳴りっぱなしだが、気にしていられる余裕などない。権能破壊系能力の具体例が護堂しかいないので似たような能力と推測する。もっと危険な能力ならご愁傷様だ。

「最低でも一定期間権能無力化、ってトコ? こりゃ下手したら死ぬな。本腰入れないと」

 戦場において、黎斗は数百年ぶりに冷や汗を流す。 

 

§21 そして全ては水の泡

「俺をあそこまで案内しろ!!」

  頭痛を必死に堪えながら護堂は”剣”を須佐之男命に向ける。つまらなそうな須佐之男命。茶化すような黒衣の僧。一触即発の状態は、玻璃の媛によって打ち消される。

「御老公、御坊」

 若干の焦りを含んだ声。いつもと違う声音の彼女に須佐之男命は訝しげな視線を向ける。

「ん?」

「エル様と連絡が…… 黎斗様とも本日早朝より……」

 媛の言葉は怒り心頭の護堂にもしっかりと伝わる。

「れ、黎斗ぉ!? おい、どういうことだよ!!」

 護堂からしてみればわけがわからない。日常生活の友人たる黎斗の名前がなぜここで出てくるのか。エリカと恵那のことを忘れて一瞬だけ、呆けてしまう。だがそんな護堂を三人とも気にする気配はなかった、というより気にしている余裕が無い。非常事態なのだから。

「黎斗が音信不通って。あいつが死ぬことはないだろうし、どうせ念話の類を封印してんじゃねーのか」

「……媛、黎斗様は今朝から。エルとはついさっきですかな?」

「その通りです」

 しばしの間、黒衣の僧が黙り込む。黎斗の権能の一部を記載したままほったらかしていた紙。誰も見ないだろうと主張する持ち主(れいと)の一声で彼の部屋に放置されていたそれが行方不明になってから随分経つ。

「……御老公、黎斗様を捜索すべきかと。一部の方々の蛮行に巻き込まれている可能性が」

 須佐之男命の親友として黎斗の存在を公表した時、古老内部ですら懐疑的な声が上がっていた。彼らがもしこの神殺しの情報を得ていたとしたら。もし、黎斗が神殺しだと知ったとしたら。元”まつろわぬ神”である須佐之男命の盟友が宿敵である神殺し。この状況に異議を唱えそうな存在に彼はいくつかの心当たりがあった。

「内乱ー? アイツならなんとかすんだろ。俺とアニキとスクナの三人がかりですら無理だってのにひよっ子どもに何が出来る。まして”お袋”の権能使えば瞬殺だろ」

 須佐之男命の黎斗に対する信頼はとても厚い。だが、信頼が厚ければ良いというわけではない。黎斗抹殺派は相当事前準備をしているはず。いくら黎斗が規格外の一角でも、無事に済むとは言い難い。そんな彼の予想は残念なことに的中する。

「……先程調べるよう指示した情報が今来ましたが、八咫鏡が現在持ち出されています。持ち出したのは、大国主様です。ついでに迦具土様を始め、黎斗様に懐疑的な方々の全員が現在行方不明です」

 やはりか、呻きたいがそんなことをしてはいられない。後手に回っているのだ。

「八咫鏡? ……オイオイ、ちぃーとばかし、不味くね?」

 須佐之男命もここにきてようやく察したらしい。相手が黎斗の情報を得ているであろうということに。

「御老公、ただちに黎斗様捜索を。交戦している場合どうにかして停戦させてくださいませ」

 自分たちに介入は不可能だ。神クラスの存在が数人ひしめく危険地帯から生還できる自信はない。

「……あいつら」

 腹立たしげな声と共に須佐之男命の姿が掻き消える。

「最善は戦闘前に御老公が間に合うことですな。時間がかかりすぎていることを考える限りこれは望み薄ですが」

 次善は、黎斗の生存。友人云々を抜きにしても、彼の能力をここで失う訳にはいかない。それに神は(気の遠くなるほどの年月を必要とするものの)復活できるが黎斗はそうはいかない、というのもある。抹殺派は古老の勢力のおそらく半分程に上るだろう。勢力半減は非常に痛い。願わくば停戦が間に合ってくれると良いのだが。

「私の失策でしたな。まさかあの方々がここまで大胆とは」

 須佐之男命に話を通しに来ると思っていた自分の甘さに頭を抱える黒衣の僧。悩む二人は、部外者(ごどう)そっちのけで頭を悩ませる。

「あ、あのー……」

「「あ゛」」

 深刻そうに話す三人にすっかり毒気を抜かれてしまった護堂が遠慮気味に声をかけるまで、二人は難しい顔だった。二人の顔には一様に「やってしまった」という表情。屋敷の時が、止まった。





「参ったなぁ」

 状況はけっこう悪い。魂攻撃、屍特攻能力所有疑惑のある八雷神。不死破壊、という黎斗にとっての一撃必殺を持つ迦具土。二者に比べれば対したことないのだが、それでも黎斗に追随出来る近接戦闘をこなせ、バランス良くまとまっているようにみえる大国主。他取り巻き数十名。オマケに敵は破壊光線(カタストロフィー)無効。

「まぁスサノオ&ツクヨミ&スクナビコナの三連星再び、じゃないだけマシか」

 時間弄られるわ嵐叩きつけられるわ触手プレイに大津波etcetc…… あの時に比べれば現状は大したことない。そう思うだけでなんとなく楽になった気がする。現金なものだと内心で苦笑しつつロンギヌスを構えて前を睨む。前衛が大国主、後衛が迦具土、補助が八雷神、といったところか。大体の立ち位置を把握する。

「破壊光線で取り巻き殲滅、神様重症で休戦、ってシナリオは無理だったか」

 かくなるうえは本当に本気でいくしかない。やるならば、徹底的に。二度と襲ってこれないように大損害をださせるのみ。中途半端な加減が危ないことはよく知っている。

「流浪の守護、解除」

 莫大な力が黎斗の身体から放出される。これを解除しておかないと、強力な一撃を放った際にその余波で守護が自壊してしまうのだ。修復も可能だが面倒くさいので全力の際は解除する必要がある。これをしてしまうと気配の解放だけでなく盗み防止(コピーガード)隠密(ステルス)といった地味に有用な副次作用も消滅してしまうのだがしょうがない。幽世なのだし誰も見ていないことに賭ける。相手の面子を眺めた限りだと盗む輩もいないだろうし幽世(ココ)では隠密(ステルス)など意味がないとさきほど理解させられた。つまり解除にデメリットが無い。

相棒(ロンギヌス)、行くよ———!!」

 呪力を大地に込め、爆発させる。土砂が勢いよく舞い上がり黎斗の姿が見えなくなる。正攻法で若干厳しいのなら、奇策あるのみ。無理をして真っ向勝負をする必要性などどこにもない。舞い散る粉塵の中、月読の権能、時詠(イモータル)を発動。黎斗vs神々(このレベルのたたかい)では砂嵐など一瞬の目晦ましになるかどうかの下策だろう。だが、黎斗にとっては一瞬あれば十分。自身の時間を加速させることで結果的に神速での行動が可能となるのだから。相手が仮に心眼を使えたとしても、見失った相手の姿を捉えることは叶わない。見えないものは心眼だろうが神眼だろうが見えないのだ。神殺し(ロンギヌス)片手に突貫。一番近い神から順に潰していく。瞬時に距離を詰め八雷神を切り裂く。まず一人。次に行こうとして———突如、時詠(イモータル)の効力が切れる

「え?」

 本来ならばまだ使えるはずなのに。あり得ないほどに短い効果時間。周囲を見渡すとその疑問は霧散する。遠くから黎斗達を囲む奇怪な軍団。色々な種族が入り込んでいるだろう。そんな彼らが一心不乱に唱えているのはおそらく解呪の言霊。

「……やっぱただの飾りじゃなかったのね。予想通り、か。ちょっぴりただの飾りを期待したんだけどな。しっかしよくもまぁ、これだけの戦力を掻き集めたもので」

「我らの宿敵を倒すのだ。全勢力を結集したさ。一人で挑んで勝てると思うほど思い上がってなどいない。あの三方を退けた者に対し油断などするものか」

 何でもない事のように言う迦具土だが、ここまで準備を整えるのには苦労したはずだ。この努力を別のところへ使えばよいのにと思わずにはいられない。しみじみと感じつつ黎斗の視線は、数秒、八雷神の死骸に留まる。戦場で敵から目を離すのは命取りだと知っていても。

「しっかも八咫鏡なんてレトロな代物持ち出しやがって。スーリヤ無効、タネはコレか」

 八咫鏡は天照大御神の姿を映した鏡。太陽神の権能を反射できたのもつまりはそういうことだろう。破壊光線(カタストロフィー)は言ってしまえば超強力な太陽光のような物。

「太陽ビームだから反射しました、と。ホント対策練ってるのね…… でもこの発想は無かったわ」

 つまりは左目損だったわけだ。最初から集団でわざわざ来たのも、包囲していたのも、全ては広範囲殲滅技(MAPへいき)を撃たせる為に。八雷神に持たせたのはおそらく彼の主任務が束縛であり積極的こちらへ来るから。被弾率が一番高いと予想したのだろう。破壊光線(カタストロフィー)をただ避ければ良い(効果範囲が広大なので避けきれるとは思えないが)大国主や迦具土と違い彼は束縛を最優先する為回避を念頭に置かない行動パターンと推測する。もしくは二者が攻撃で彼は防御なのかもしれない。

「だけど、もう同じ手なんか使えない。使わせない。こっから僕のターンだよ、ってうわぉ!?」

 自信満々に言い切ろうとした黎斗に向けて雷撃が飛んでくる。辛くも回避に成功するが動揺は隠せない。雷神、と名のつく神はここでは八雷神(いまたおしたやつ)くらいの筈だ。

「何だよお前!! カグヅチ、お前火の神だろ!! なんで雷撃使ってくるんだよ! おかしいだろ!! 雷神に謝れ!!」

 黎斗が抗議しても迦具土はそれにとりあう気配がない。当然だが。

「……よろしい、ならば戦争(クリーク)だ、ってね。そっちがそうならこっちもいくぞ」

 権能破壊疑惑の焔に注意するため、再び砂塵を巻き起こす。

「小賢しいわ!!」

 気合一閃。同一視されることもあるシヴァ神の力だろうか。暴風が吹き荒れ、時間稼ぎの間もなく土砂は吹き飛ばされていく。

「我、主の御心に従わせし者」

 右目も閉じる。破壊光線の代償で左目が使えない今これは非常に危険な方法だ。視界が漆黒に染まる中、思考するのは日々の鍛練(リハビリ)。発現させるのは言霊によって一時的にだが全盛期の力を取り戻せるまでに復帰したサリエルの権能。発動までは視界が皆無になってしまうため、精神を統一する。周囲の気配を読み取り、空気の揺らぎで飛んでくる”何か”を察知、回避する。

「!?」

 目を閉じている相手に避けられるとは思わなかったのだろう。おそらく迦具土であろう存在が息をのみ、大国主がこちらへ駆けてくる。だが、もう遅い。

「「月よ、魔女よ、理よ」」

「「「月に狂え、地に堕ちよ」」」

「「「「(こうべ)を垂らせ、命を捧げ。今宵は月の踊る夜。厄災の下、魂灌ぐ夜!」」」」

 言葉を紡ぐ度に、どういう原理なのか、残響が辺りに響き声がいたる所から聞こえてくる。再び右目を開いたとき、暴風は微風へ、劫火は火の粉へ変貌する。直撃してもこの程度なんら支障は無い。邪眼———十全に力を発揮できている”|我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)”の前ではこの程度の嵐も、焔も、黎斗に近づくことなど出来はしない。自らが望む力以外の全てを無効にしてしまうこの瞳の効果範囲は、視界内全域。視界内に収めてさえいれば、対象が目視できるようなものでなくとも対象にとれる。

「……っ」

 目元を流れるのは血の涙。全力解放出来る時間は長くは、無い。痛みが酷くならないうちに決着をつける。黎斗の意思に応えるかのように空間が軋み始める。黎斗の力を封じている結界は容易く破壊され、視界内に解呪の術者がいる分解呪も威力が激減する。力を抑えるはずの結界も”邪眼”の情報で作成されたからか、我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)の前では塵屑同然だった。

「っとな」

「ぐぁ!!」

「ぎゃん!!」

 二柱の神から距離をとってさりげなく大地に触れる。次いで連鎖する悲鳴の数。大地を伝い少名毘古那神の権能、”でいだらぼっち”が木々に力を与えてくれる。樹木に協力を要請、異常活性した木々による触手プレイであっけなく術者の群れは壊滅する。圧殺されていく運命を逃れた者は、黎斗が放つ雷にその身を消し炭にされていく。草薙護堂”軍神(ウルスラグナ)”の力の一端を友愛の神(アーリマン)の権能により一時拝借したのだ。

「山羊つえー……」

 単体出力こそ本家(ごどう)に及ばないものの周囲の植物の意思を束ねることで生み出される破壊力は恐ろしいことになっている。護堂のものとは比較にならないほどだ。一撃で砂が融解する威力に黎斗も軽く引いてしまう。

「……そうだったな。貴様はスクナビコナの仇、ここからが本番だ」

 親友(スクナビコナ)の仇と明確に意識したからか。大国主の気配が更に狂気を帯びていく。暴風が吹き荒れる。同時に飛んでくる光線。光速の一撃に対し雷撃をぶつけて相殺を試みる。

「っはー……」

 まだ迦具土がいる。ここで時間をとられるわけにはいかない。こんな拮抗状態でヤマの権能を破壊しに来られたらたまらない。一瞬で塵になってしまう。

「目には目を。歯には歯を」

 結界はもう無い。力の制限以外に太陽神の力を封じる効果も含まれているらしい結界だったが、壊してしまえばこっちのものだ。

「面白いものを見せてやるよ」

 その言葉と共に、黎斗は雷撃を中止する。拮抗していた一筋の光線は、黎斗を消し炭に周囲を抉って吹き飛ばす。黎斗が笑みを浮かべていたことを、見ることが出来た者は当然いない。

「……?」

 凄まじい破壊力。だから大国主は、自分の身体が消し炭になることが理解できなかった。黎斗が光に包まれるのと同時に、大国主も消滅する。

「さてと、残るは迦具土(おまえ)だけだ」

「何!?」

 迦具土は動揺するがそれはしょうがない。光線を放ったはずの大国主が灰となって、灰となったはずの黎斗が現れたのだから。超再生と呼ぶに相応しく、黎斗は復活を遂げていた。灰が集まり黎斗の身体を修復していく。もっとも神力ももう半分程度しか残っていないが、迦具土のみが相手なら十分すぎる。その光景に思わず迦具土は、膝をつく。不死(ヤマ)を分離させても、他の神格を分離させても独力でこの怪物を撃破できる気がしなかった。神が屈する状況など前代未聞だろうその状況にも黎斗は全く動じない。

「冥土の土産に教えてあげる。大半の不思議攻撃には効果がないけど物理攻撃と一部の不思議攻撃に対する究極のカウンター。これがシャマシュの権能(ちから)、ヤマアラシのジレンマ(こっちにくんな)。ネーミングセンスは突っ込まないでね。目には目を、歯には歯を、の言葉の通り術者に与えたダメージの全てを与えた者も受けるのさ。僕は今光線で消し炭になった。だから大国主も消し炭になった。OK?」

 再生系能力が無かったら相討ちになっちゃってたけどね、とロンギヌスを左肩に担いで気楽に言う。そもそも神々の呪術耐性は規格外だ。神々相手だとこの権能を用いても自身の負った傷と同等の傷を相手に与えることはない。せいぜい八割から七割程度。一瞬で消し炭になった大国主を考えるに黎斗が直撃した分はよっぽどオーバーキルだったのだろう。
 そんなことを考える黎斗の右手には一筋の剣。光り輝くそれは放心状態にある迦具土をして危険なものだと予想がつく。護堂の切り札”戦士”の力を今度は借りたのだ。アカシックから強引に知識を引き出す荒業つきで。頭の中に膨大な情報が流れてくるので正直取捨選択が上手くできる自信がない。

「カグヅチ……神武紀に「火の名を厳香来雷(いつのかぐつち)と為す」と記された焔の神。落雷による火災が多かった古代では火神と雷神の連想は自然なこと。お前の死骸……お前がここにいるのに死骸とか言うのも変な話だけどさ。とにかくそっから雷神(イカヅチ)が出たという言い伝えもある。それが、お前が稲妻を放てる理由だったのね ……火と雷の発生する因果関係が逆な気もするけどさ。」

 そんな不安を隠しつつ黎斗は世間話でもするかのように、だがその瞳に油断はない。

「ホムスビ、ヒノカガビコ……様々な名前を持つお前の正体は大地の女神(イザナミ)を焼き殺した邪悪なる神。末っ子の母親殺し。鎮火祭祝詞にも「心悪しき子を生み置きて来ぬと宣りたまひて、返りまして更に生み給ふ子、水の神・匏・川菜・埴山姫、四種の物を生み給ひて、この心悪しき子の心荒びるは、水の神・匏・川菜・埴山姫を持ちて鎮め奉れ」とある。燃えやすい住居に住んでいた古代の人々にとって火の神は悪しき神の代表ともいえる存在だ」

 鎮火祭祝詞には火結神、とあり日本書紀にもだいたい同様の文献が見られる。初期から邪神扱いされるわ母ちゃん(イザナミ)殺すハメになるわ父ちゃん(イザナギ)に殺されるわ可哀想に、などと同情するには黎斗の迦具土に対するあまりにも好感度が不足していた。容赦せずに続行する。

「さて、(イザナギ)(イザナミ)を分離した焔。男(イザナギ)と女(イザナミ)を別離させた神。火を契機として天地が分かれ、男女が分かれる。天地乖離すなんとやら、か。お前の話は火山の爆発系云々は聞いたことあったけどこっちはなかったわ。離婚式にも鎮火儀礼があるんだってね。幸いなことに実際見たことないからわからんけど」

 火を契機とする天地分離の神話は東南アジアにもいくつか見られる。そこまで語っていると無理な使い方をしているからか、頭痛が始まった。だが、やめるつもりは毛頭ない。

「密接に関連する物を断ち切り”分離”させる力。権能を”破壊”する力だとばっか思ってたけど微妙に違ったのね」

「……無念。だが、一死報いてくれる!!」

 凶悪なまでに輝く剣を向ける黎斗に向けて、迦具土は焔と雷撃を全方位から放つ。その焔の数、九つ。回避は不可能。相手の気が緩む一瞬に放つ一撃。圧倒的優位にいる相手が自分に放つトドメの一撃。それを遂げる瞬間は気が緩むであろう。勝利が確定しているのだから警戒する必要などないのだから。だが、それでもまだ足りなかった。

「はい、残念でしたー」

 平然と立つ黎斗。今の攻撃で外傷を負った気配は、無い。初撃が当たる直前黎斗の姿が(・・・・・)掻き消えた《・・・・・》。全弾が黎斗が存在していた(・・・・・・)空間を過ぎた瞬間には黎斗は変わらずそこにいる。しかも気付けば自身は、細い鋼線で一部の隙もないほどに束縛されている。そして胸には、光り輝く言霊の剣。

「……!?」

 ドッ、と冷や汗が流れる。術を使った気配は無かった。物理的な回避も不可能のはず。今、正面の男は何をした?

「最後のネタバレタイム。この夏休みに北海道に行って潰してきた悪魔、フェニックス。その原型(オリジナル)となった不死鳥ベンヌの特徴を加えた権能。能力は———時間を繰り返す」

 発動から前後七十二秒の間の好きな時間に移動することが出来る能力。キングクリムゾンも時をかける少女(少年というべきか)も思いのまま。今までに殺めた神の分だけ一週間に発動できる。この能力で攻撃を受ける直前にほんの僅か未来へ飛んだのだ。つまり直撃した瞬間はその場に黎斗は存在していない。
 ベンヌの鳴き声で時間は始まったと言われる。
 不死鳥(フェニックス)は死の淵に炎の中に飛び込んで雛となる。———生命を繰り返す。
 二つの特徴が合わさった凶悪な能力。

「さて、終わりだ」

 アーリマンの力で今度は須佐之男命の能力を拝借、暴風を巻き起こして上空に吹き飛ばす。ワイヤーで雁字搦めに縛られて、遥か上空に打ち上げられた迦具土にもはやなす術などない。

「来たれ煌めく色無き柱。神をも下す灼熱を以て。その御光で大地を飲み込み。全てを滅し虚無へと帰さん。……大盤振る舞い光栄に思え」

 破壊光線を発動させる瞬間、過去に戻る。再び破壊光線を唱える。これを六回繰り返すと、どうなるか。

破壊光線(カタストロフィー)は無理に天からの一撃にしなくてもいいんだよ。掌から放ってもいい。ただ、そっちは被害が論外だから使わないだけ。空から光線を地上に叩きつけた方が被害が少ないのさ。手から放ったら正面根こそぎ焦土と化すわオゾン層ぶち壊すわでもう大変なんだから。幽世とか宇宙でもなきゃ使えないっての」

 呟く黎斗の声は、誰にも届くことはない。迦具土の末路は確定した。我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)の影響下で束縛されて上空なのだ。その上、”戦士”の剣が直撃している彼に出来ることは何もない。

「さて、と。実は初めてなんだけどね、破壊光線同時撃ちって。時間戻すの地味にめんどいな。っーかこんなん出来るのかね?」

 黎斗を取り囲むように輝く球体が出現していく。手を上空に掲げた彼の掌に出現したのを合わせると、総勢七つ。

「……出来ちゃったよおい。時間戻したら破壊光線もキャンセルされそうなもんなのに。時空でも歪ませたのか? ま、いっか。さて、殲滅したし恵那を探すかね。変なことになってなきゃいいけど。って恰好つけてるヒマはないか」

 背を向け走り始める黎斗の背後で極太の光線が七つ、上空の迦具土を貫く。周囲を焼き尽くす程の閃光が消えると同時に流浪の守護を発動させ、我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)を邪眼へと戻す。時間を繰り返すことにより発生させた同時攻撃(・・・・・・・・)。一撃滅殺を受け続けた迦具土の末路など、確認するまでもない。 

 

§22 染井吉野が鳴く頃に

「……あれ? 気配が、ない。……ま、まさかもう現世に戻っ、た?」

 何が悲しいって、神様と戦ってまで事態の収拾を図ろうとしたのに肝心の少女達はもう幽世に居ないのである。いったい何のためにここまできたのだろう?
古老軍団を殲滅した後、数時間彷徨っていた襲いかかる更なる悲劇に黎斗は絶望してしまう。幽世に長々いたので自業自得、と言われたらそれまでなのだけれど。

「ねーよ……ねぇ…よ……」

 意気消沈した黎斗は足取り重く現世へ向かう。特殊結界か何かのせいで幽世内の転移は使えず、だから念じても恵那達の所へ行けない、と考えていたのだがそれはどうやら誤解だったようだ。現世ということはおそらくもう事態は解決したのだろう。護堂がなんとかしてくれたか。

「護堂に感謝だなこりゃ。あとで恵那にお仕置き据えて、あースサノオに一応話しておかないと。……ってか護堂のハーレムが原因なんだろうし、感謝する必要ないじゃん」

 正当防衛とはいえ全滅させたのだから一応話は通しておかなければ。三柱とも須佐之男命とそれなりに関係深い。日本神話の神なんかほとんど血が繋がっているような気がするし、家族をぶちのめしたのだから伝えておくべきだろう。復活するにしてもいつになるかわからないし。

「あーあ、めんどくさ…… っと、一応視界修復しておくかね。せっかく修復できるんだから使うにこしたことはない。布留部(ふるべ)由良由良止(ゆらゆらと)布留部(ふるべ)

 八雷神の権能、名前はまだ決めてない。八雷神は生の女神が死の女神に変わったときに、彼女を貪っていた八匹の蛇。この蛇達がイザナミの神格を作り変えた、と解釈してしまったのだろうか? 八匹の雷を纏う蛇を召喚し相手に攻撃、というのはこの権能の力の一部でしかないらしい。
 真の力は神格の改竄。自分の所有する神格を一時的に別の神格へと書き換える。書き換えるには書き換え先の神格がどんなものかを多少把握していないと無理らしい。蛇を相手に噛み付かせることにより相手との疑似権能交換や権能貸与も可能。書き換えや交換は時間がかかるが対象に接触している蛇の数に比例して時間が短縮される。期間は一週間といったところだろうか。

「蛇嫌いなんだよね……デザインを龍に変更しよう」

 火花を散らせ這いよる八匹の蛇に鳥肌が思わず立つ。蛇に必死に念じると祈りが届いたのか、勇ましい龍に姿が変わった。自身にまとわりついた龍がスーリヤの神格を須佐之男命の神格に改竄していく。これにより、使用できなかった左目も視界が開けるようになる。破壊光線が今日一日使えないが、どうせもう使うことはないだろう。

「……ん。八匹全部使って書き換え所要時間は二分ってトコか」

 これでは実戦での活用は厳しい。数秒で変換出来ればとても便利だったのだが。そうすれば使える手札の数が飛躍的に増える。世の中其処まで甘くはなかったか。

「あーあ、これじゃ予めエルに力を貸しておくとかそんなとこか。実戦で使うにしても破滅の呪鎖(グレイプニール)破壊光線(カタストロフィー)の代償一時解除、くらいかね。それもそうとう隙がなきゃ厳しいよなぁ」

 これで自身の神格の何かを護堂(ウルスラグナ)の神格に書き換えた場合、能力は護堂と同一になるのだろうか? 能力を譲渡した場合権能は黎斗と同じなのだろうか? 現時点では謎だらけだ。いずれにしても要研究・考察である。彼を知り己を知れば、なんとやら。とりあえずエルに力を預ける案がこの権能を一番有効に使う方法になりそうだ。現時点では。……その案にしてもエルがカンピオーネの強大な力を受け止めきれるか、という重大な問題があるのだがそこはそこ。当たって砕けろ特攻精神。やってみて無理だったら一部譲渡で留めることにすれば良い。

「この能力は事前準備に使えても突然の対応とかには厳しいか」

 結局考察はそこに落ち着いた。全ての龍で自身の権能を改竄するのに二分。敵にする場合全ての龍を直撃させられるとは限らない。龍の数が多いほど時間短縮出来るのだから一匹や二匹しか命中しなかったらどう考えても二分以上かかる。大体二分ですら致命的な隙になりえるものだ。予め非戦闘系権能を改竄するくらいが関の山か。考察終了、これ以上考えてもキリがない。

「一応一段落ついたかな。さーて、スサノオへの連絡を先にするか、現世に戻るか。スサノオは直接話すべきだよなぁ、やっぱり」

 ここまで暴れたのだから念話で終わり、ではなく黎斗としては直接行きたい。だが、行くのならこの件全てが終わってからの方が良いのもまた事実。恵那の乱(仮)が終わるまではこちらに集中するべきか。

「現世に戻って護堂と遭遇も不味いよな。エルにとりあえず連絡かな」

 エルに向けて思念を飛ばす。もう妨害は消滅しているだろう。ならば通信用の呪符(怪しまれないように木の葉に擬態させてある特注品)も今なら使える筈。

「エル?」

「……あ、マスター! ごォ無事ぃでしッた……かぁあ!?」

「うんうん、無事よー。つーかそっちはどうなってるのよ?」

「つい先程っ護ぉ堂様がエ……さんと共にこちらへ戻ら……た。恵……は現在暴……です」

 エルは呪術の類が使えない。今は呪符を携帯電話のようにして黎斗と連絡をとっている。そして黎斗は念話だ。思念を直接送り付けている。もし、現地が騒がしいと———通信がおかしくなる。いや、それよりひどい。頭の中にこの状況を叩きつけられるのだ。「リリィ!!」だの「きゃああ!!」だの甲高い悲鳴が直接響くのだ。金属音やエルの声が聞こえない程度で済めばどれほど良かったか。

「ぐぉおおおおおおおお……!!?」

 頭を押さえてのた打ち回る黎斗の姿がそこにはあった。頭が割れるなんて生易しいレベルではない。頭が粉砕してしまいそうだ。

「マ……ー!? まさぁかあああああ敵ぃー襲ですかぁ!?」

 エルの声が攻撃だと言ってやりたいがそんな余力すら残らない。ごろごろのたうち回る黎斗はやむを得ず念話を切断する。

「し、死ぬかと思った……」

 こんな展開になるなんて。呪符は至急要改造である。こんなの戦闘中に使ったら命とり以外の何物でもない。まだ頭ががんがんする。どうやら海外に行ったときのように須佐之男命の助力を借りないとマトモな呪符作成は出来ないようだ。独自作成にはまだ技量不足らしい。

「情報が欲しいんだけどなぁ。通信があんなんじゃあエルはあてにできない。こりゃこっそり戻るしかない、か」

 仮に戦闘になったとしても問題ない。被害はワイヤーが多少汚れてはいるものの、その程度だ。破滅の呪鎖(グレイプニール)も破壊光線(カタストロフィー)もしばらく使えないし時詠(イモータル)なども今日は使えないが、使うような事態にはならないだろう。困ったら護堂に全部押し付ければ問題ない。

「あ、いかんいかん。守護展開しないと。って、そういやもう展開してた…… ま、これで変な人にはバレないでしょう」

 ディオニュソスの力でエリカと裕理は問題ない。ナポリまで行ったときに「黎斗が神殺しであると考えないように」無意識レベルで思考操作しているのだから。だが他の術者が居ないとも考えにくい。だから守護の展開は重要だ。我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)の長時間の持続は正直まだしんどいし。”邪眼”に戻すことにより負荷は格段に下がる。もう頬を流れる血も止まっている。

「権能使うにしてもバレない邪眼程度かな。あとは護堂に働いてもらいますか」

 護堂が聞いたらすごい速度で拒否反応を示しそうなセリフと共に、黎斗は再び現世へ飛ぶ。どうせもう解決済みなのだろう、という予想をしながら。





「……何アレ?」

 黎斗が真っ先に目にしたのは、目を疑うような光景。

「怪獣大決戦? いや、巨人決戦か。ウルトラマンはやくきてー……」

 千鳥ヶ淵近辺で暴れているのは謎の巨人。こんなとこでこんなことして、情報操作は大丈夫なのだろうか。正直、上司にこの状況の隠蔽工作を命じられたらパワハラで訴えても良いと思う。そんな有様。

「……甘粕さん過労死しなきゃいいけど。これ洒落にならんでしょ」

「マスター、ご無事で!!」

 呆然と眼前の光景に気を取られていると背後からエルが肩に乗る。この場所を見つけるとは、獣の勘恐るべし。

「……ムラクモの気配がする。木偶の坊(あれ)、化身かなんか? なるかな様じゃないだけマシか。あんなチート勝てる気がしないし。ま、それは置いといて活性化してるって何があったんだろ?」

「ナルカナ様って何ですか。ゲームのやりすぎですよ。って、そんなこと言ってる場合じゃない。マスター、援護行きますよ!!」

雑魚(あいつ)くらい、護堂で一蹴出来るだろ。寧ろ”人間”を主張している僕が行ったら邪魔な気がってえええええええええ!!?」

 ああいった相手は人間にとっては「滅茶苦茶強力な」存在だろうが黎斗達にとっては「ちょっと手ごわい」もしくは「うっとおしい」程度の存在でしかない。アテナみたいな化け物相手にいい勝負をした護堂が負けることは無いだろう。そう思い護堂に丸投げしようとしたまでは良かったのだが、よくよく観察してみたのが運のつき。

「なんで、恵那が、取り込まれて、いるんだよっ!?」

「だから今恵那さんが天叢雲に取り込まれてるんですよ!! そう言ったじゃないですか! 何聞いてたんですかマスター!?」

「何も聞いてないわ!!」

 醜い争いを始める主従。ギャーギャー騒ぐ一人と一匹を尻目に、事態はどんどん悪化する。とうとう内輪揉めの余裕がなくなった黎斗が数歩、後ずさった。

「……オイオイ、皇居だぜ。……マジでちょっとやめようよやめてくださいおねがいします」

 冷や汗を流し、頬を引きつかせながら黎斗が呟く。口調がおかしくなっている辺り相当参っているのがわかる。こんなところで暴れられたら罰当たりなだけでなく、今後の生活に支障が出る。ただでさえ日本の中核たる東京で事件が多発しているのにここまで壊されたら、警戒ランクが限界突破してしまう。二、三歩歩けば術者に遭遇するくらい警備人員が増員されてしまったら、黎斗の正体が些細なことでバレかねない。

「遠隔攻撃で巨人(アイツ)のみ抹消させるには……うーん。護堂の山羊は———今日はもう使ったから無理。ってかもう夜やん。いつの間に。じゃあ邪気———これだ。僕天才」

 アーリマンの邪気攻撃なら闇に紛れて攻撃できる。上手くやれば護堂達に気付かれないで無力化できるかもしれない。叢雲だったら全力をぶつければ一撃だろう。

「恵那さん死んじゃいますよ?」

「……あ」

 そうだった。恵那が人質の如く囚われているのだった。これでは邪気攻撃など出来はしない。やったら直後に恵那が塵となりかねない。

「だぁあああああああ!! もう、やってられっか!! どうしてこうなったし!!」

「ついでに、古老の勢力が半ば崩壊したらしいことはもう数時間前に伝わってます。マスターを狙って動いていた事を知っている組織が皆無とは限りません。ここで下手にマスターが動くと、マスターへの警戒度数を引き上げることになりかねませんよ」

 私としてはマスターに恵那さんを救出して欲しいのですが一応お伝えしておきます、と言うエルに黎斗は頭を悩ませる。情報の拡散が、早すぎる。もっとも古老の中でもおそらく須佐之男命に次ぐであろう権力者達が一昼夜にして脱落したのだからしょうがないともいえるが。

「ついでにそんな状況ですので正史編纂委員会の皆様はもう阿鼻叫喚です。甘粕さんはもう見るからにゲッソリした表情で電話をかけっぱなしですし。つい先程とうとう処理に向かわれました」

「甘粕さん……」

 被害者側とは言え間接的に黎斗が彼らの仕事を増やしたも同然、そう考えると罪悪感がわいてくる。正当防衛ではなく過剰防衛だ、と言われればそれまでだ。神達はともかく雑魚軍団くらいは上手くすれば生かせたかな、と少し反省する。

「エル、事態を早期収拾させよう。護堂を無理矢理動かすしかない、か」

 自販機に百十円を投入。がこん、と音がして冷え冷えのミネラルウォーターが落ちてくる。少名毘古那神の権能で中の水を癒し効果のある温泉水に。一応予備でもう一個。

「さーて、行きますか」





 ”鳳”を発動。神速という力を手にした護堂は、巨大な刀を余裕で回避。巨人の腕代わりの刀を易々と駆け上がる。絶妙なバランス感覚が無ければ出来ないであろう芸当も今の彼には児戯に等しい。

「……お気楽そうにしてるなコイツ」

 あっという間に恵那の元へたどり着いた護堂は救出作戦を敢行。まず、引っ張ってみる。しっかり捕らえられていて動きそうに無い、失敗。次。引いて駄目なら押してみろ。押してみると隙間が少し出来た気がする。気のせいかもしれないが。もう一回、今度は引っ張ると、身体を少し解放できた。力を込めてまた引っ張る。

「頼むから持ってくれよ……!!」

 ”鳳”の制限時間は決して長いわけではない。ここで切れてしまえば恵那は助けられないわ自分は落下するわで散々なことになる。

「うし!」

 押したり引っ張ったりを繰り返すこと数度、ようやく恵那の解放に成功した護堂は彼女を抱いて一目散に大地へ疾る。心臓の痛みが少しずつ、強くなっていく。残された時間はもう無い。

「ぐっ」

「草薙さん……」

「王様と祐理? なんでここに? ってあれ?」

 祐理の元へたどり着くと同時に、時間切れ。激痛に顔を歪める護堂、心配そうに寄り添う祐理、状況をよく理解していない恵那。だが、巨人(てき)はそんな彼らを待ってくれるわけではない。

「くっ、二人とも早く逃げろ。鈍重そうな外見と移動速度とは裏腹にアイツの反応意外に機敏だぞ」

「草薙さんをおいて先には、行けません!!」

 祐理の宣言と同時に、三人の前に影が飛び出す。更なる敵か、と身構えた彼らは意外な人物にらしくない声を揃って上げた。

「黎斗さん!?」

「れーとさん!?」

「……黎、斗?」

 護堂の目に潜む困惑の僅かな感情。それに黎斗は気付かない。

「護堂、居候が迷惑掛けた。ごめん。恵那、あとで説教だからね。ったく……」

 事態についていけていない三人を無視して黎斗はペットボトルの蓋をあけ、そのまま中身を護堂にぶっかける。

「わぶ!?」

「黎斗さん!? いきなり何をなさるのですか!?」

「そうだよれーとさん!! 今はそんなふざけてる時じゃないって!」

 巫女媛二人から責められるが、黎斗はどこ吹く風でかけ続ける。行動できない護堂にそれを回避する術は無い。

「……マスター、護堂様はマスターと違う(・・・・・・・・)のですから、経口摂取にしなければ無意味ですよ? カンピオーネの方々は超絶耐性を持たれていますから」

 唯一事情を理解しているエルが黎斗に言う。案の定、黎斗はすっかり忘れていた。自分が効くのだから護堂も効くと思っていたのだ。

「……あ、そっか。悪ぃ護堂、すっかり忘れてたわ。一応予備が……っと、あったあった。ほら護堂、飲め」

「はぁお前何言って……むぐっ」

 もう一本を無理矢理飲ませる。味がマズイがそれは勘弁願おう。良薬口に苦し。少名毘古那神の権能で作った温泉だ。温泉水に味なんか関係ない。治療主体の能力ではない為これで完全な治癒、とまではいかないが”鳳”の代償を軽くする程度ならなんとかなる筈。

「さて、と。これで護堂は幾分マシだと思う。んで、僕がとりあえず挑んでみるわ」

「えぇ!? そんな、れーとさんムチャクチャだよ!! いくられーとさんが強くても、天叢雲はもっとムチャクチャなんだよ!?」

「そうですよ黎斗さん!! いくら”剣の王”と張り合えたとはいえ、ただの人間が勝てるような存在じゃありませんよ。神降ろしをした恵那さんでもわからないのに……!!」

 慌てる少女たちに内心苦笑い。心配してくれることへの感謝と、実際は余裕な事の落差に。もちろん巨人を倒す気はない。今回はあくまで足止め要員だ。ここで巨人に勝ってしまうと更に各組織から警戒されかねない。適度に善戦して、敗北。護堂にあとは丸投げだ。二人の言い分だとどうやら自分はまだ聖騎士以上とは見られていないらしい。そこは嬉しい誤算だ。それならば、自分への警戒はそれほど多くは無いだろう。
 しかしこんな気苦労をするくらいなら本当、魔王(サルバトーレ)相手に適度に負けるべきだった。なまじっか引き分けたばっかりに聖騎士に準ずる槍使いとして調査されているのだから。今、聖騎士以下に見られているならそれは普段から能力を使わないで猫を被っていた甲斐があったというものだ。彼と互角なのはまぐれだった、と各組織が納得してくれていれば最高なのだけれど。

「だいじょーぶだいじょーぶ。護堂が復活するまでの時間稼ぎだからさ。僕だって天叢雲(バケモノ)に勝とうとは考えていないよ」

 そう言って黎斗は気楽に走り出す。三人が呼び止める間もなく、あっという間に巨人へ肉薄する。直後、巨人の動きが停止した。動こうとしているのはわかるのだが、不吉な音と微弱な振動しかしていない。何が起こっているかわからないまま見ていると、巨人の装甲に罅が入り亀裂が入り始める。

「え……?」

「嘘……」

 眼前の光景を信じられず停止する周囲を余所に、恵那は一人納得する。

「あー、れーとさんお得意のワイヤーか。れーとさんって縛るの大好きだからなぁ。……恵那も何回縛られたことか」

 遠い目で語る恵那と、愕然とする護堂。

「黎斗は清秋院(オンナノコ)相手に一体何やってんだよ!?」

 護堂が叫んだ直後、人影が一つ、空を舞った。ぽーん、とでも擬音がつきそうな光景。

「おわあぁぁー……」

 マヌケな声と共に飛んでいくのは、さっきまでワイヤーで巨人と張り合っていた少年。

「「あ……」」

「れーとさん……格好悪っ……」

 呆気にとられる二人と呆れる恵那。

「あーあ。あとでれーとさん拾いに行かなきゃ…… あのままだと絶対ロクな事にならないし」

(あれが……本当に俺と同じ神殺し?)

 ため息をつく恵那と疑問を浮かべる護堂だが、叢雲がこちらへ動くのを再開させたことで束の間の休憩(インターバル)は終わりを告げる。黎斗が来たことで霧散した緊張感が戻ってくる。

「……身体が動く。黎斗のやつ、一体何を飲ませたんだ?」

 依然として身体に違和感こそあるものの、激痛はほとんど消えている。彼が何をしでかしたのかわからない。が、そんなことを詮索していられるほどの暇はない。やるべきことは巨人の撃破。謎液のおかげで体調が悪くない今なら———あのデカブツを倒せる

「背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出せ!!」

 大地を踏みしめて唱えるのは異界より強大な獣を呼び出す術。千鳥ヶ淵に、黒き猪が降臨する。

 猪による蹂躙劇が開幕する数秒前の出来事だった。この直後、一方的な虐殺劇が開幕する。 

 

§23 叢雲古老恵那委員会、あとしまつ

「さて、叢雲。(スサノオ)ナシでどんだけやるか、見せてちょーだいなっ……!!」

 瞳を爛々と輝かせ、黎斗は巨人と向かい合う。巨大生物などと戦う機会は今までほとんどなかったのだ。手を抜くにしても、少しくらい遊んだってバチはあたるまい。
 目標まで一直線に駆け抜けながら張り巡らされたワイヤーが、巨人を一気に拘束する。幾重にも束ねられたそれによって彼の巨人の装甲はぎちぎちに束縛され、巨躯の兵器は停止を余儀なくされる。莫大な呪力により強化されたせいだろうか、叢雲が力を振り絞っているが脱出には至っていない。

「さて、と。縛るだけだと思ったら大間違いだよ」

 呪力を更に流し込み、足をしっかり大地に踏みしめ、黎斗は勢いよく腕を引く。糸が限界まで張られ、叢雲の身体を締め付ける。そのあまりの圧力に耐え切れず、巨人の身体が膝をつく。みしり、みしりと、不吉な音を大音量で響かせて叢雲の崩壊が始まった。

「……あ。倒しちゃダメだよな。どーすんべ」

 意外に早く根を上げた叢雲に、黎斗は慌てて手を緩める。ここで倒したら神獣クラスの怪物を倒した人間として注目を浴びてしまう。それは、困る。聖騎士級の人間として注目されてしまいかねないではないか。

「おいおいおい……この状態からどーやって負けろってんだよ…… こっから手加減したら違和感MAXになるだろうしバレるよなぁ、絶対。やっべぇ。調子乗りすぎた? 叢雲頑張れー」

 拘束をこれ以上緩めるわけにもいかず、かといって倒すわけにもいかず。黎斗に新たに出来ることは応援のみ。護堂が早く来て倒してくれるといいのだけれど、この展開では望み薄か。かくして攻撃している相手を応援する、という奇妙な構図が出来上がった。攻撃しながらの応援なのだから叢雲にしてみればふざけるなといいたいだろう。

「詰んでるよ、コレ。ここまで弱めても拘束脱出ならず、か。はてさて、こやつ自体が元から弱ってたのか調子に乗って痛めつけすぎたか。どっちにしろまっずいな。……一か八か。こやつの生存本能に賭けてみよう」

 それは、あまりにも無謀な賭け。叢雲を更に追い詰め、危機的状況を作り出すことによって火事場の馬鹿力を無理矢理発動させる。第三者が聞いたら鼻で笑いそうな作戦だ。正直黎斗もこんな立場に追い込まれなければこんな阿呆なことしなかっただろう。

「っと!!」

 殺気を相手に叩きつけ、締め付ける力を更に強める。罅がとうとう芯まできたのか、叢雲の装甲がとうとう割れて、破片が次々降り注ぐ。一か所だけでなく、身体中をバランス良く破壊していく。一か所だけ集中的に破壊しても良いのだが、叢雲が再生という選択肢をとった時、他の部位をほったらかして再生したら困ったことになる。最悪待ち受けているのは黎斗が破壊し、叢雲が治すという千日手。これを延々と繰り返そうものなら叢雲を圧倒した人間として確実に注目を集める。第一叢雲がジリ貧だ。いずれ再生で神力を使い果たして倒れてしまう。そもそも叢雲が再生能力を持つのかもわからない。

「……ロンギヌス、叢雲(あいつ)に力、貸してやってくんない? 同じチート武器の仲間のよしみでさ」

 黎斗がするバカげた提案に、相棒(ロンギヌス)からの答えはない、がどことなく呆れている気配を感じる。当然だろう、何処の世界に敵の再生能力を強化して、自分を負けさせるために己の武器を差し出す者がいるというのだ。ならばやはり再生ではなく攻撃以外に道は無し、と叢雲の身体に理解させる他は無し。全体をまんべんなくかつ修復が容易ではないように破壊する。
 そんなくだらないやりとりをする黎斗の願いはどうやら天に通じたらしい。突如叢雲の動きが激しくなったのだ。

「……!!」

 このままでは、死ぬ。そう感じたのであろう叢雲が渾身の力で暴れ出す。暴れた衝撃は糸を経由し、当然黎斗まで伝達される。普段の彼ならこの程度なんのことはないだろう。普段なら。

「おわあぁぁー……覚えてろぉぉぉ……」

 暴れる気配を察し、敢えて力を抜いた黎斗は、当然の如く飛ばされた。紆余曲折あったが作戦通りである。顔がにやけないように必死で我慢しながら、負け台詞っぽいのを叫びながら宙を舞う。これで部外者(れいと)は退場し、魔王(ごどう)が再び場に現れる。

「計画通り……!!」

 そんな呟きと共に、黎斗の頭は大地に激突し飛散した。





「あいたたた……」

 もぞもぞと、地面から生えた足が動く。じたばたを数分繰り返した後、諦めたのか抵抗が止んだ。次の瞬間、地面から黎斗の上半身が姿を現した。土の中からバタフライをするかのように両手を動かしながら。上半身が埋まっていた穴など見当たらない。実はここ土色の水のプールなんですよ、と言えば信じる人は決して少なくないはずだ。

「土遁で出た方がやっぱ楽か。魔術使わないで脱出してみせる、なんてくだらん意地張るんじゃあなかったな」

 そう言う彼の姿はいたって普通。泥まみれになっていなければ服が汚れているわけでもない。寧ろ大地にむき出しにされていた下半身、特にズボンが酷い有様だ。土砂が飛び散っていてなかなか汚い。とりあえず見渡してみて若干散らかっている自身の身体(・・・・・)を焼却処分。黎斗自身は再生を果たしているのにここにこんなのが置いてあったら混乱すること請け合いだ。

「さて。護堂は上手にやってくれたかな、っと」

 笑みを浮かべながら振り向いた黎斗は護堂が———猪が堀を破壊する光景を直視する

「……」

 笑みが、凍った。そんな黎斗をあざ笑うかのように、猪が勝利の咆哮をあげる。巨人の破片が飛散しこっちまで降ってくるがそんなもの、黎斗の目には入らない。運悪く飛んできた破片が黎斗の腹部を貫通するが、それすらも黎斗の中では些事といえる。瞬時に再生される内臓より、修復が絶望的な目の前の惨状の方に気を取られるのはしょうがないだろう。

「ごぉおおおどぉおおおおお……!!」

 怨嗟の怒鳴り声が周囲に響き渡る。もちろん発生源は黎斗一人だ。

「僕がっ、一体っ、何っ、の為にっ……!!」

 ここ(……)での破壊は黎斗が一番して欲しくなかった出来事だ。まさか、それをピンポイントでしでかしてくるとは。これでは身体を張ってまで時間を稼いだ意味が全くない。山羊なり駱駝なり牡牛なりで潰してくれればよかったのに。

「スサノオ引き摺り出して始末させるべきだった……」

 後悔するが、それはもう後の祭りというほかない。術者たちへの警戒を今まで以上に気を配る必要があるだろう。しばらくマモンでの資金調達は玻璃の媛経由にしたほうが良さそうだ。術者にこれ以上この街に入り浸れたら換金先の宝石店から足がつきかねない。

「あー、最悪だ……」

 力無く項垂れる黎斗。だが落ち込んでばかりはいられない。須佐之男命達と合流し情報の共有を急がねば。そう思ったのだが。

「やーっとれーとさん見つけたー。もう、間抜けな声と一緒に飛んでかないでよ」

 気楽な声と共に恵那が隣へ着地した。後ろを見れば護堂達の姿も見える。恵那が先行してきている形で護堂と裕理はゆっくり向かってきているようだ。裕理に肩を借りながら歩いてくくらいなら護堂までやってこなくてよいのに、と思ってしまう。無理せず休むべきだろうに。

「マスター、派手に飛びましたね。人間ロケットになれるんじゃないですか?」

 恵那の巫女服からエルが顔を出す。どうやら黎斗がエルを置いて巨人へ向かった後、恵那の袖の中に潜んでいたらしい。

「なりたくてなったわけじゃないっての」

 肩を竦めて返事をする。ふと、護堂達を見やればエリカとリリアナまで加わっている。これは面倒くさいことになりそうだ。ここで時間をとられるわけにはいかないのだが。

「しょーがない、か。……もっしー、スサノオ? ごめん、全部消した(・・・・・)よ。やられ役ズは残そうかと思ったんだけど、つい、カッとなっちゃって」

 やむを得ず、電話で須佐之男命と会話する。エリカと裕理は思考自体を汚染しているから問題無いがリリアナは別だ。リリアナと正史編纂委員会に突っ込まれたら最悪朝まで帰れない。須佐之男命にそれまで無連絡は流石に拙いだろう。

「うん……うん……そっかー、よかったよかった。三人とも友人はそんなに居ないのか。あ、そうそう鏡、こっちで回収したよ。後で返すわ。他にもなんかいっぱい転がってたのもいらんから返すー」

 実は黎斗、死屍累々な戦場に長時間残って死体漁りをやっていた。黎斗の独自(オリジナル)魔術、死体放置(デッドキープ)。死後即座に消滅する神祖や精霊の死体を現世に留めておく秘法。ルーン魔術の一つ、死人の呪法が原型を留めないくらい黎斗によって魔改造された結果出来上がったこの呪術、出来あがったのはいわば偶然の産物だ。
 絹の道(シルクロード)を横断していた頃の彼には地盤が無い。襲われ続けていればいずれ武器がなくなる。糸だけではいずれ限界が来る。戦闘の気配そのものは流浪の守護で気配を遮断し回避出来るが厄介事に自ら首を突っ込むこともあるわけで。初期装備の剣(サリエルとバラキエルのかたみ)ばかり使っていて壊したら洒落にならない。黎斗には武具を作れないし作れる人に師事したこともない。だから、彼は考えた。『武器を作れないなら、(もら)っちゃえば良いじゃない』結果として滅茶苦茶な方針に達した彼は戦うことになる相手の武器に目をつけた。
 敵から武器を回収すれば何も問題は無い。だが敵はすぐに消滅してしまい、一人ならいざ知らず複数からの回収は困難を極める。ならばどうするか。消滅させなければ良い。敵を倒す度に実験を繰り返し、数十数百の試行錯誤の末完成させたこの呪法は敵を倒す直前にある呪印をした物で貫くことで消滅を防ぐ代物だ。おかげで黎斗は格こそ決して高くないものの大量の魔術武器を保有していたりする。
 入手したものは影に収納。影は自分と異界を繋ぐ(ゲート)。繋がる先は倉庫だ。最初は、星幽界の森林の中に黎斗が苦労して作ったほったて小屋だった。流浪の守護による大結界を敷いている為呪力探知などによる発覚の危険性はまずないのだが、散歩の最中に誰かにバレないか、というのが黎斗の悩みのタネだった。だが、そんな状況も太陽神(シャマシュ)を屠った時、「どうせならコイツみたく空から下を見てみたいなぁ」などと思ったことにより一転する。邪気化(アーリマン)により夜限定の飛行能力を得ていた彼は日が暮れるや否や上空に飛翔、ほったて小屋を星幽界の遥か上空へと動かした。人工衛星と同じ要領で星幽界の上空をぐるんぐるん回っているほったて小屋の完成である。あとは簡単だった。膨大な年月をかけ内装を豪華に、防衛術を強固に。今では周囲に茂る数多の植物が、少名毘古那神の加護を受け強力な守衛(ガーディアン)と化している。もっとも、場所が場所なので見つかることはないだろう。これまでも、これからも。
 兎に角、黎斗は集団を始末するとき、ワイヤーにこの呪印をしておいたのだ。凄まじい量の遺体が残ってしまったためその処理をしていて恵那や護堂と幽世で合流できなかったのだからやはり自業自得ではあるが。倒した後探索している最中に死体漁りを思い出して戻ってきた彼の表情はとても情けないものだった。

「いらないよ。大体僕が漁ったのだってあの人達がお前んトコのレアモノを持ち出してた時の為なんすけど。”鏡”みたいなもんが消滅したらマズいっしょ? 有用そうなのほとんどねーぞ」

 倒した奴の物は黎斗の物、といい渋る須佐之男命に黎斗は返却の意思を伝える。ただでさえ整理整頓が苦手なのにいきなり武器防具合わせて三桁近い装備を入手してしまったのだ。これを全部貰ってしまったら武具の海に埋もれてしまう。黎斗の技量では影の中に収納するにしても限界がある。しかももうすぐ限界を迎えるのだから割と事態は深刻だ。須佐之男命の館の武具保管部屋もそろそろ満杯だし。

「だいたい……へ? それどころじゃない? 護堂に……はぁ!?」

 護堂にバレた。とりあえず黙っていてもらうようにお願いしたけど、ごめん。要約すればそういうことだ。

「……」

 予想外の事態に沈黙した黎斗は呆然と近づいてくる護堂を見る。もう表情が見えるくらいにまで接近していた。

「れーとさんどしたの?」

 恵那の呼びかけに思考が復活する。ここで呆然としているわけにはいかない。合流する前にこっちの話は終わらせなければ。須佐之男命と歓談している、と考えてくれているであろう恵那と違い、護堂達はそうは受け取らないだろう。この話が聞かれるのは不味い。

「スサノオ、貸し一つ、ね。覚悟しろよ…… 媛さんと坊さんにもそう伝えといて」

「れーとさん、顔怖いよ……」

 青ざめた表情で後ずさる恵那と暗い表情で嗤う黎斗。あまりにも似合わないその笑い方。

「……どーせマスターの事です。くだらないですよ。それよりマスター、服のお腹の辺りが破れてますよ」

「おっと、そうだったそうだった」

 恵那に気付かれなかったのは運が良かった。この近辺は匂いが酷くなっており、嗅覚が役立たない事が幸いしたか。自身の肉片が泥にまみれ一目で肉とわからないことも味方した。

「燃えろや燃えろー」

 陽気な黎斗の声と共に付近の土を燃やしていく。念のため、この一帯すべてから肉片+αを消滅させる。

「れ、れーとさんなにやらかしてるの!?」

 慌てる恵那。当然だろう、下手をすれば大火事だ。だがこちらには会心の言い訳がある。秋、という季節しか使えない究極の切り札。本当は土日に近所の児童ホームでやろうと思っていたのだが、ここでやってもまぁ、さほど問題はあるまい。

「ん? 事件解決したし焼き芋でも焼こうかと」

「……!!」

 数秒後、倒れ伏す黎斗と鞘でぶんなぐるエルがそこにいた。鞘ごと相棒を強奪された恵那が目を丸くしている。口に咥えた一閃は、それはもう見事なものだった。










「黒、だね。」

「黎斗さんは神殺しだと?」

 目の下に隈が出来ている甘粕が馨に問いかける。髪はボサボサ、服はしわくちゃで泥まみれ。ほつれもちらほら見えている。靴は底がすり減りすぎていることが一目でわかる。過労死直前のサラリーマンを思わせる風貌だ。古老の混乱により正史編纂委員会の上層部が機能麻痺していたせいで、今回の件の工作が難航したのだ。

「意見の相違により一部が離反。御老公直々にこれを粛清、とあるけどね」

 甘粕もエルが黎斗に言った「連絡が取れなくなりました」という発言は聞いている。黎斗が幽世に転移した後エルと黎斗の通信手段も途絶えてしまったこともエルに聞いて確認している。あれは明らかに黎斗と周囲を分断しようとする動きだった。その後行われた須佐之男命による大虐殺。外国の組織なら誤魔化せるかもしれないが、流石に国内組織(じぶんたち)はこの違和感に気付く。情報が全く無ければ違和感も流していたかもしれないが、これだけ情報が集まれば看過するわけにはいかない。

「水羽さんが仮に人間だったとしても”元まつろわぬ神”と敵対して生存している時点でおそらく神殺しを成し遂げている」

 黎斗との通信手段が隔絶してから古老半壊による大混乱が発生するまで相当の時間が経過している。全ての戦闘から逃走しきるのはいかな術者といえども不可能に近い。まして幽世。更に戦闘に遭遇して生き残っているのだ。神を殺していても、おかしくは無い。というか、状況的な証拠がそろい過ぎている。

「では、そのような対応を?」

 カンピオーネとして扱うのか、と暗に問いかける甘粕に、馨は一人笑って返す。

「まさか。我らが魔王陛下(・・・・・・・・)が沈黙を望むのなら、そのように計らうのが賢明なんじゃないかな。対外的には”人間の術者”として扱わせてもらおうか。御老公の秘蔵っ子なんだろう? そのままの扱いでいこうか。どうしようも無い案件が発生した時に私達が個人的に相談((・・・・))すればいい。おそらく無碍にはしないだろうね。幽世に彼は単独で移動できる。しかも平然としているのだろう? 現世の厄介事に巻き込まれるのが嫌なら幽世で隠遁したりなんなり手はある筈だ。出てきているという時点でこちらに関わってくる意思が皆無とは思えない」

 草薙護堂に続き、二人目。日本人で日本在住。しかも傍にいるのは清秋院家の媛巫女のみ。魔術結社の影は無し。日本大好き。これは正史編纂委員会(じぶんたち)にとって絶好の機会だ。調子が良すぎてこれが嘘なのではないかと疑うくらいに。だからこそ、慎重にいかなければ。下手を打って機嫌を損ねたら終わりだ。今、他組織に先んじているからとはいえその状態に驕り魔王(カンピオーネ)の逆鱗に触れるわけにはいかない。それに、先輩魔王(くさなぎごどう)と喧嘩になったら最悪、東京が壊滅する。いや、東京だけで済めば幸いなのかもしれない。前例が無い以上最悪関東一帯が焦土になる、程度の事は考慮しておくべきか。

「馨さん、流石にそれは」

 呆れたような甘粕の表情に我に返る。相手は”魔王”なのだ。今の自分は軽率すぎた。魔王二人目発覚で浮かれていたか。これではいけない。

「……そうだね、危ない危ない。とにかく、草薙さんとの関係にも注意しておいて。殴り合いの喧嘩ならまだしもお互い激怒になったらどうなるかわからない」

 甘粕が頷き姿を消すのを確認して、馨は清秋院家当主に送る手紙を書き始めた。

「これでちょっとはマシになればいいけどね」

 不安そうなそのセリフとは裏腹に、彼女の表情は晴れやかだった。 

 

§小ネタ集part3

《ボランティア》

 じゃばー。じゃばー。じゃばー。

 夕焼け空に赤トンボ。カラスがカーカー鳴く頃に、黎斗は一人黄昏る、わけではなく水遣りをしている。ピンクの花柄エプロン装備の神殺し(♂)などレア中のレアだろう。アパートから徒歩三分の所に位置する老人ホーム兼保育所。なんでも幼児と老人を一緒にすることで老人の生きがいが出来るし子供も色々な事を教われる、更には職員が少なくて済む、という論理で設計された施設らしい。まだこの一軒しかなくもし、この施設の有用性が認められれば続々増やしていく予定なんだとか。確かに二つの施設をまとめられれば面積の少ないこの地域では名案なのかもしれない。ただこの施設、のっけから躓いた。保育士の資格と介護士の資格、両方持っていなければここの職員が務まらないわけで。職員からしてもこの全く異なる二者の面倒を見るのは辛いわけで。かといって保育士介護士両方雇えば人口密度がエライことに。どうしようと悩んだところである庶民(匿名希望)からイロイロ酷い発言が。

「町内会でボランティア施設としてやればいいじゃない」

 んで、廃棄される施設を町内会が購入。かくして身寄りの無い老人から昼間一人の子供まで、三歳〜九十歳までの利用者が毎日居るというトンデモ施設が出来上がったのである。地元の中学高校大学生が職員の人と一緒にお手伝い。マスコミが地域振興のニュース番組に取り上げたことも記憶に新しい。

「……ぜってーあの宝石店が元凶だよなぁ。施設丸ごと行政から買い取るとか。店長すげぇ行動力あるし博愛精神旺盛だし。ま、悪いことではないしいいか。いいんだよ、なぁ……?」

 出資者リストを盗みみた結果、黎斗が換金に利用している宝石店が九割以上の負担をしていた。これで良いのだろうかと少し悩む。

「あ、れーと兄ちゃんだ!!」

「あ、ホントだー!」

 裏庭で水遣りをしていると子供達が寄ってくる。車椅子のお年寄りがゆっくりとこちらへ向かってくるので軽く会釈。向こうも笑って応じてくれた。

「ね、ね、れー兄。今日はいないのー?」

「ねー今日も連れてきてよー」

「あたしたぬきさんがいいー」

「おれキツネー」

 小学校低学年(推定)達の大合唱。黎斗が子供達に好かれている最大の理由は「野生動物を連れてくる」これにつきる。口下手な黎斗がせめてもの話題のタネに、とカモメを説得して連れてきたのが運のツキ。地元で有名な野生動物捕獲人として名が知れ渡ってしまった。迷子の犬猫捜索も真っ先に黎斗の家に連絡が来る、といえばどれだけすごいかわかるだろう。
 かくして子供達の英雄(ヒーロー)となった黎斗はこの施設の名物職員候補生として、本人も知らぬうちにここの知名度向上に貢献していた。

「あーはいはいわかったわかった。ちょっとまってれ。水遣り終わったら探してくるから」

「あ、いいっスよ、水羽さん。自分がやっとくんで、ちゃちゃとガキどもの要望叶えてやってください」

 金髪グラサンピアスに、金属をじゃらじゃら言わせながら学生服を着崩す男が黎斗の手にあるホースを奪う。この男。チンピラのような外見とは裏腹に実はすごく子供思いだったりする。不良が雨の中濡れる子猫を救う話と似ていて黎斗としては微笑ましい。本人は断じて認めようとしないが。ちなみに彼とのファーストコンタクトは彼がタバコをポイ捨てしたことに黎斗がキレたことだ。いかに不良ぶっていても黎斗の殺気に耐えられるわけもなく。あっという間に改心への道を辿った少年はこの施設で放課後を過ごしている。黎斗が殺気まで放ってキレたのはタバコが直撃した雑草達が黎斗に助けを求めたからなのだが、当然そんな事を他の人は知る由も無い。雑草は数が多いから助けを求められると大変だ。集団だから非常にやかましい。そして無視をすれば根に持つ。彼らの悩みは早々解決するに限るのだ。学校のグラウンドの雑草抜き、のように協力できない場面も多いけど。
 兎にも角にもそんな事が多発すれば「城南学院に、タバコのポイ捨てにガチギレする変人がいる」などという噂が立つのは必然のことだった。ちなみに彼は当時の事を「死ぬかと思ったっすよ。マジで。水羽さんに睨まれた後だとセンパイとか全然怖くないっすね。なんかバカらしくなってつるむの、やめました」などと振り返る。このことが不良業界(?)に激震をもたらすのだが、それは余談である。

「あ、いい? さんきゅー。じゃあいってきまーす」

「あ、自分の要望はこの前のキツネで」

「お前もか……」

 苦笑しながら自転車置き場へ。花柄エプロンを畳んでしまう。似合わないのに自覚はあるがこれしかないのだからしょうがない。さて、もうじき日が暮れる。その前に依頼された動物を説得しなければ。右手には買い物リストのように動物がびっしり書かれた紙。主夫のようにそれを見ながら黎斗はペダルを漕ぎ始める。












《怠惰》

「ただいまー」

 今日は休日。ボードゲーム部の活動も今日は無い。食材の買い出しから帰ってきた黎斗の声は、ひんやりとした廊下に虚しく響いた。靴を脱いで廊下を歩き、食材を冷蔵庫に突っ込む。一週間前までは整頓されていた冷蔵庫も今やぎゅうぎゅうに突っ込まれ、全盛期の輝きを見る影もない。冷凍庫に至っては開けただけでアイスクリームが落ちてくる。冷凍したご飯も一緒に。そんなありふれた(?)トラップもまた、恵那が居た頃は有り得なかったのだが。

「疲れたー……」

 足元の袋からコーンポタージュの粉を取り出す。事前に沸騰させ保温しておいたお湯と牛乳を混ぜてコーンポタージュを作り、よく混ぜる。香ばしい香りが廊下を伝って室内まで漂う。

「めっきり寂しくなりましたねぇ」

 一人と一匹に戻った部屋の中。主に作らせたコーンポタージュを飲みながらエルはしみじみと呟いた。今まで部屋を明るくしていた少女は、謹慎処分を受けて自宅へ引きこもっている。

「ま、すぐに戻ってくるさ。スサノオもそんなコト言ってた気もするし」

 しとしとと降る雨を眺めながら、黎斗は「はふ」と息を吐く。猫舌な彼にはこのコーンポタージュは少々熱い。はふはふ言いながら飲んでいる間に携帯電話の充電が終わったらしい。赤いランプが消えていることを確認し、充電に使っていた雷龍を消去する。携帯電話を開こうかとしばし逡巡したのち、パタンと閉じた。

「ん……」

「マスター、能力の無駄遣いですよ。いくら制限がないからって言っても……」

  充電の為にわざわざ龍を具現化させる黎斗を見て、エルが苦言を呈してくる。

「はいはい」

 完全に心ここに在らずといった風な返事で、今度は別の雷龍がお皿を持ってくる。机の上に乗せたあと、消滅。お皿の中身はレトルトのグラタンだ。今日の昼食でもある。ちなみに朝食はレトルトカレーで昨夜の夕食はカップラーメン。食べた後食器はそのままに立ち上がる。エルの真横を通り過ぎ、予め敷いてある布団に倒れ込む。ぼふっという気の抜けた音と共に彼の姿は掛布団に埋もれて見えなくなった。雷龍が一匹、栄養ドリンクを持ってくる。それを受け取った黎斗は寝転がりながら零さず飲んだ。器用な芸当だが、これは才能の無駄遣いだとエルは思う。

「ダメですこのマスター、早くなんとかしないと…… このままでは引きこもりのダメ魔王に戻ってしまう……」

 恵那さんとっとと戻ってきてー、とウロチョロする狐を見やることなく黎斗は布団の上から空を再び見上げた。どんよりとした鉛色の雲が辺り一面を覆っていて、見ているだけで気分が下がる。どうやら今日は一日中雨になりそうだ。





「……ってことがあったんですよー」

 自慢げに話すキツネがいるが知らないフリ。興味津々に聞く巫女様もいらしゃるが知らないフリ。だってしょうがないではないか。謹慎場所が「清秋院本家」から「黎斗の家」に変更になると誰が推測できよう。最後の最後に大ポカをやらかしてしまった。

「えへへ。恵那が居ないとダメ、って言われるのって悪くないねー」

「二人ともだまらっしゃい!!」

 頭痛を覚えて黎斗は頭を抱え込む。恵那が居ないときの堕落っぷりをエルが恵那に教えてしまったものだからさあ大変。二人のニヤニヤする視線が痛い痛い……!!

「別に、他意は、ありません!!」

 一言一言区切って強調する黎斗だが、それは彼女たちを愉しませることになりぞすれ、事態の鎮静化を図るうえでは全く持って役に立たない。普段から暴走気味な黎斗を珍しく翻弄できているのだから彼女たちがこの話題(カード)をなかなか手放さないのもむべなるかな。

「〜〜〜ッ!!」

 この数秒後、護堂から翌日来訪の旨を伝える電話がかかってきて黎斗の窮地を救うことになる。


 









《果報は寝て待て》

「おい」

 須佐之男命の声が、部屋の中にとけていく。声に苛立ちが混じっているのだが、炬燵でぬくぬくしているためパッと見ではあまり機嫌が悪い印象を受けない。本来なら愛用の囲炉裏で暖を取るのが恒例なのだが、黎斗によって数十年前に埋められて(上から蓋をされただけなのだが)、炬燵が部屋の中央に鎮座している。電気炬燵が発明されるのを待っていられなかった黎斗は、媛と僧を通して電気炬燵の発明を依頼していたのだ。だがあえなくその計画は頓挫した。彼が詳しい原理を知っていたわけではないので発明は難航した上、そもそも電気が実用性に至っていないのだ。泣く泣く諦めた黎斗は炬燵の外見を作り、魔術を用いて内部で炎を作り出すことにより対応した。やはり試用までに時間こそかかったもののつい先日完成したのだ。相変わらず無駄なところに行動力を割く男である。ご丁寧にミカンも完備。外では雪がしんしんと降り。そんな新年。

「……おい」

 再び室内に声が響くも、炬燵で眠り扱けている相方(れいと)がそれに反応する筈も無い。鼻提灯をぶら下げながら、鼾をかいて熟睡している。

「……」

「御老公、大目に見て差し上げてくださいませ。黎斗様は昨晩遅くまで大掃除と称して片づけを手伝ってくださっておりました故」

 玻璃の媛と黒衣の僧、エルが入室してきて微妙な空気を感じ取る。媛が即座に弁護するも、隣の僧が鼻で笑った。

「元々は黎斗様の持ち込んだ物ですがな。しゃるるまぁにゅ王の指輪、だのかぁる大帝の直筆署名入り外套、だの。極めつけは大量の絵画。これで丁重に扱えと言われても我々にはどうしたものかさっぱりです」

「ですよねぇ。マスターなんであんなに文化財蒐集なさるんでしょう。戦渦から守るんだ、なんて言っていましたが世界各地から集めなくても。世界中で大戦が起こるわけではあるまいし」

 首をかしげるエル。尻尾がふさふさ動く度、竈の火がゆらゆら蠢いた。

「然り然り。更に面倒、の一声で我々に買い取り交渉に行かせるのは勘弁願いたいのですがな。やむをえなく御自身が行かれぬことは理解しておりますが」

「そーですよ。大体(キツネ)に情報収集させて媛様と御坊で交渉って何ですかソレ。まぁ、マスターが行くとまつろわぬ神が出てきそうで怖いんですけど。前回はどっかの神様と戦いになって散々でしたし。あの神様結局逃げましたけどどうなったんですかね?」

 黎斗最大火力である灼熱光線(スーリヤ)直撃に対し無傷という凄まじい防御を誇る神と対戦になったのが少し前の話、といっても数十年以上前なのだが。相手の攻撃手段を邪眼で封じた後に邪気(アーリマン)で潰そうとしたらトドメの寸前での逃亡を許してしまった謎の神。未だに正体不明だが、それ以降噂を聞かないし力を蓄えるために休眠でもしているのだろうか?

「どなたかが彼の神を殺めた、などという可能性は……ないですね。あの熱線を飲み干す巨狼相手に人間が勝てるとは思えませんし」

「そういえば欧州で新たな羅刹の君が誕生したとか」

「媛、新年早々頭の痛いこと言わないでくださいよ。これ以上神殺しのお方に増えられたら私怖くてヨーロッパの地を踏めません」

「うーん……」

 女性二人が会話する中、眠たげな声と共にもぞもぞと炬燵の中で何かが動く。エル達の方向に飛び出してくる足。

「ふぁあぁ……おはよー」

 瞼が半分以上下がった目は何かを映した様子を見せず、手探りでミカンを取ると食べ始めた。その様子を見て、脱線した話題が戻ってくる。

「マスター、他に言うことは……」

「ん? あー三人とも帰ってきてくれたんだ。お疲れ様、ありがと!」

「やれやれ、相変わらず頭の中は年中腑抜けですな」

「黎斗様からいただいた資金、多すぎたのでお返しいたします。特に白銀やダイアモンド、アダマンタイトは相当余りましたので」

 苦笑と共に僧が黎斗の対面に、媛が左隣に座り込む。エルは黎斗の膝の上でぬくぬくと。

「やっと起きやがったか。てめぇ、炬燵占領してんじゃねぇよ。足伸ばして眠るんじゃねぇ」

 憮然とした様子で文句を言う英雄神に、黎斗以外は笑わざるをえない。そんなことで怒っていたのかと。

「ごめんごめん。でも、昨日徹夜作業したから大掃除終わったし。……思った以上に刀剣が多い。レイピアばっか数十本あってもねぇ」

 年末大掃除を必死にやって、なんとか掃除を終わらせた後で力尽きコタツでダウン。情けないと思うなかれ。千を優に超える大量の物品を一つ一つ手入れしていたのだ。時詠(イモータル)で時間加速しながら一つ一つを拭いていっても間に合わず相方(スサノオ)にも手伝わせてようやく終了。須佐之男命も疲れているであろうに平然としている辺り彼との体力の違いを痛感させられる。

「って、そっちはどうでもいいんだ。あけましておめでとうございます。皆様、今年もヨロシク」

 新年になったのだから言っておかねば。本当は朝一で言うつもりだったのに寝坊して計画をミスってしまった。

「おせぇよ」

「元旦は昨日ですよ?」

「はっはっはっ。善哉善哉。流石は黎斗様、新年早々やってくれますな」

「マスター時差ぼけですか?」

 媛の生暖かい視線と他からの呆れの視線がなんで来るのかわからない。大晦日の翌日に十二月三十二日などが出来たのだろうか?

「さっきも言いましたけど昨日が元旦ですよ?」

 何を言ってるんだこいつは、といった表情で(キツネの表情はわからないが多分そんな感じだろう)エルが質問に答えをくれた。

「ナヌ? え、でもスサノオ昨日大掃除手伝ってくれたよね?」

「今からってもう諦めろよ、って言ったろうが」

 溜息をつきながら肩を竦める須佐之男命。

「じゃあ元旦に大掃除やったってこと?」

「そうなりますね」

「嘘……だろ……!? ちっくしょぉぉおおお!!!」

 絶望に打ちひしがれた黎斗は家出した。書置きを一つ残して。日本刀を大量にひっさげて帰ってきたのは、武家の終焉間近———江戸時代の末期だった。
 

 

§24 黎斗と護堂と須佐之男命と

 
前書き
ちょっとは見やすくなってるといいな、と思いつつ

……え?
変わらない? 

 
「お、お邪魔しま……なんだコレ!?」

「あはははは……やっぱそれ見ちゃうといくら王様でもビックリしちゃうよね」

 黎斗のアパートに遊びに来た護堂を迎えたのは厳つい顔の彫像。一階入口に置かれているそれの威圧感は尋常ではない。そしてそれをみて怯む護堂に苦笑する恵那。しかしこの彫像、どこかで見たことある顔をしている。まじまじ見ていると、身体が反応していることに気付く。まさか、これはまつろわぬ神なのか!?

「本当、見れば見るほどこの像おじいちゃま(・・・・・・)にそっくりだよねぇ。れーとさんこの像何処から拾ってきたんだろう」

「まさか……須佐之男命!?」

 そういえばあの英雄神はこんな顔をしていた。しかし、何故ここに存在しているのだろう?

「って、そうだ。ちょっと用事があるんだった。王様どうぞ、ごゆっくりー」

 恵那が駆け出した後も護堂はしばらく呆然としていた。良く見ると子供が落書きをいたるところにしている。うんこの絵だの相合傘だの電話番号だのヒゲだの。らくがき帳ならぬらくがき像と言うべきだろうか。ビラまでいくつか貼ってある。どうやら掲示板の役割も果たしているようだ。

「これ……本物の(・・・)須佐之男命だよな……」

 想像の範疇を超え、斜め上に飛んで行った状況に、戦慄しながらも護堂は黎斗の部屋を目指す。まつろわぬ神をやめた神が、現世で像になっているなんて。一体全体、何をしたらこんな事になるのだろう?

「なぁ? 何をしでかしたんだよ、アンタ」

 去り際の護堂の言葉に、須佐之男命は答えなかった。答えなかったのか、答えられなかったのかは定かではない。しかし多分後者なのだろう、と彼の勘は告げていた。風雨にさらされたのであろう須佐之男命の像は、どこか哀愁を漂わせて見えた。

「黎斗の部屋は二階だったよな」

 階段を上がり、部屋の前へ。電話口で「バレたくないから一人でこっそり来てちょうだいな」と言われた時は罠かと思ったものだ。元々クラスメートだし玻璃の媛達の懇願もあった。だから黎斗を信じ一人でやって来たのだが、これは不味い。須佐之男命が野晒しになっているということは、彼は事を起こす気なのだろうか。だとすれば、まず最初の目標は同族———自分とか———を始末することだろう。須佐之男命と自分を倒してしまえば、黎斗にとって敵となりうる障害は日本に存在しない。

「厄介事にはならない気がするんだけど、一応連絡しておくか……?」

 迷ったのも束の間。

「ま、どーにかなるだろう。黎斗はオレと同じように暴走しない(マトモな)カンピオーネだろう、うん」

 エリカや裕理、リリアナが居たらため息を吐きそうな結論に帰結。自身をまとも、と表現する存在にロクなものはいない法則である。

「黎斗ー?」

 軽くドアを叩いてみる。チャイムがぶち壊れているらしく反応しないのだ。こんこん、という音は思いの外良く響いた。

「はーいー」

 ドアが開き、キツネが現れる。たしかエルといったか。キツネはぺこりとお辞儀をし、中へと護堂を招き入れる。

「ようこそ、草薙護堂様。八人目(・・・)の羅刹の君。私は神殺し(カンピオーネ)、水羽黎斗の使い魔を務めさせていただいておりますエルと申します。以後お見知りおきを」

「あ、あぁ……よろしく」

 流暢に喋るキツネに目が点になる。こんなに饒舌な動物に会ったことなど、ない。もっとも喋る動物自体見ないけれど。

「そうそう、私は分類上、妖狐に分類されますしもう少しで千年を生きますが,これといって特別な能力はありません。そこらの野犬に負けるくらいの実力です。私の事は人語を介するだけの一般動物、としてお考えくださいますようお願い申し上げます」

「喋れるってだけで十分すごい……って、もうすぐ千年?」

黎斗(マスター)に命を頂いたのが数百年前ですので」

 護堂の胆が冷える。黎斗は少なく見積もっても数百年生きているらしい。それでは、あのヴォバン侯爵ですら比較にならない大御所中の大御所ではないか!

「は、はぁ!?」

「もっとも、マスターの精神年齢は護堂様と同等かそれ以下ですのでご安心ください。少なくとも深夜までPCゲームにハマって同居人(えなさん)にパソコン禁止を言い渡されるようなマヌケな御方、私はマスター以外に知りません」

 どこか呆れた風なエルの声だが、護堂の頭の中は新情報の洪水だ。

「……え? ちょ、ちょっと待て!! PCゲームってなんだ!? ってかあの彫像(スサノオ)は一体なんなんだ!?」

 その問いに答えることなくエルは尻尾で器用に扉を開けた。こちらを向いたエルは笑っている。その問いが至極当然だ、とでもいうかのよう。

「全てはマスターに、尋ねてください」

「だー!! なんでここでForce of Will(チートカンスペ)が来るんだよ、打ち消すなー!!」

 エルの声に被さるように、黎斗の絶叫が響き渡る。ついでに何かが布団に倒れ込む音。

「「……」」

 護堂とエル、両者揃って気まずい沈黙が包み込む。なんだかよくわからないが、部屋に入りにくい状況になってしまった。

「……マスターはまた敗北したようですね。まぁいいです。無視して入っちゃってください」

 数瞬の躊躇いの後、決心した表情でエルが護堂に言葉を紡ぐ。

「え? え?」

 足元で必死にエルが護堂を押してくる。キツネに押されたところで護堂にとっては痛くも痒くもない。寧ろ微笑ましいくらいだ。が、そんな表情を見抜いたのか不貞腐れた表情をエルが見せる。

「……悪趣味ですよ」

「ははっ。ハイハイ」

 見ているとどこか和むキツネを背後に、護堂は黎斗の部屋へと進み———勉強机が最初に目に入った———絶句する。

「嘘、だろ……」

 左側の棚。ラノベがぎっしり詰まっている。取り出すのも一苦労しそうな程に。何十冊あるのか数えたくもない。縦横斜め。一見、無造作にしまいこまれているように見えるがよく見ると絶妙なバランスの上になりたっていることがわかるだろう。なんというか、才能の無駄遣いだ。感心してしまいつい、これだけ趣味丸出しで恵那はドン引きしないのだろうかなどとくだらないことを考えてしまう。
 右側の棚。こちらは細かい。下段にはゲーム機がコンパクトに、中段にはゲームソフトがびっしりと、上段にはマンガが一部の隙もないほど収納されている。棚の上に申し訳程度に教科書が置かれているが、ノートの類は床に放置されている。開かれたページにはミミズの這ったような文字が並んでいて解読不能。きっと距離が遠いからみれないだけなのだ、そうに違いないと必死に自分を信じ込ませる。

「これはひどい」

 荒廃した大地の如く。そんな表現が似合う黎斗の机の反対側には押入れが開けっ放しで放置されている。その奥の方には綺麗に畳まれた布団が見え、タオルがぎっしり詰まっていると思われるバスケットがその前方に鎮座していた。部屋の左と右での対比が、ひどい。
 そして、視線を部屋の正面に戻す。最奥に放置されている一つの布団。素足が上がったり下がったりぶらぶらしている。その度に上に吊るされた洗濯物と思しきタオルがゆらゆら揺れた。危ないな、と思ってみていたのもつかのま、足が洗濯していたタオル類にクリティカルヒット、雪崩の如く落ちてくる。

「んー!!?」

 声にならない悲鳴と共に、足の持ち主はタオルの山に埋まっていった。

「……黎斗?」

 なんていうか、最悪だ。こんなのが自分の先輩だと認めたくなかった。間違いない、コイツもベクトルは(大幅に違えど)ダメ人間だ。カンピオーネは変人ばかり、改めて認識した護堂は肩を落とした。

「ぷはっ。ご、護堂!? あー、来るの忘れてた!!」

 もっとも黎斗(こんなの)と一緒にしたら他の同胞((カンピオーネ)に)失礼だな、と思ったのだがそれを知るのは思った当人以外に居るはずもない。他の同朋(カンピオーネ)とは別の意味でぶっ飛び過ぎだ。

「あおっ、今日はごどーくるんだっけ!?」

「……なるほど。今日はオレが来ることを忘れてひたすらオンライン対戦をやっていたと」

 半眼で睨む護堂に黎斗は「あはは」と誤魔化しの笑みを浮かべる。エルは「いい薬です」と素知らぬふり。まったく、いい性格をしている。

「とりあえず、以下はオフレコで。僕は多分現存する中で最古のカンピオーネ。スサノオ達は友人で恵那は預かってる。僕は気楽に生きたいからカンピとかバラさんでね、よろしく。はいQED!」

「まてぃ!!」

 そんな説明で納得できるものか。そんな意を込めて黎斗を見つめる。

「護堂、僕ノーマルなんだ。ごめん、護堂の想いには、答えられな」

「言わせねぇよ!?」

 見つめあうこと数秒、黎斗の発言に護堂は再び怒鳴り込む。こいつもサルバトーレ(あのバカ)と同じく言い方が危険だ。わかってやっているであろうことを考えると、迷惑ぶりは比べ物にならないかもしれない。

「カッカしてるなー。牛乳足りてないぞー」

「誰のせいだ誰の……」

「マスター、そろそろ本題に」

 疲れたような表情の護堂に、とうとうエルが助け舟を出してくる。

「やれやれ。何が聞きたいのよ? 一応全部話したと思うんだけど」

 ようやく話す気になったか。真面目に答える気になったと感じた護堂は黎斗に最大の疑問を叩きつける。今日の全てはこのためといっても過言などでは決してない。

「なんで、今まで黙ってた? いつからオレがカンピオーネだと知っていたんだ?」

「それについては、ごめん。陰でひっそりと生活したかったんだ。護堂がカンピオーネだと知ったのは最初に会ったとき。あの時に察することが出来た」

 そんな簡単にわかるものなのだろうか、と疑問に思うが相手は最古参の一角だ。それが頭の片隅にあるせいで説得力を持って聞こえる。たとえ言っている人間が社会不適合者(こんなの)でも。

「とりあえず、護堂の助っ人はある程度してたよ? アテナとヴォバンの時だけだけど。叢雲入れればみっつか」

「え?」

「アテナ戦ではアテナの障壁崩す手伝い、ヴォバン戦では”山羊”の強化。もっともヴォバンの時は近隣の生物の避難を優先したけれど」

 これで”ある程度”なのだろうか、と黎斗自信も首をかしげる。やっていることは地味どころか下手したらやってもやらなくても大差無いことばっかりだ。無論思ってもそんなことはおくびにも出さないが。一応は戦局をひっくり返すことに貢献したはずだと信じる。

「ちょっと待て、どういうことだ?」

 護堂からしてみれば、寝耳に水だ。必死に戦って打倒してきた強敵達の裏で密かに暗躍してきたという友人(れいと)。だが、彼の気配は微塵も感じとれなかった。

「んー……」

 黎斗は少し悩みこむ。大雑把な説明だととっても楽なのだが、それでは護堂は信用してくれそうに無い。かといって詳しく説明すると面倒くさい。権能について解説しなければならないし。雷撃増強に用いた意思疎通(カイム)、ヴォバンの雷撃を打ち破った時間加速(ツクヨミ)相棒(ロンギヌス)、アテナの闇障壁を突破した邪眼(サリエル)、隠密活動を今まで出来た最大の要因である気配断絶(ラファエル)。最低でもこれらを教える羽目になる。自身の手の内を知られること自体はそれほど痛手ではないのだが、こんなに教えていると権能説明だけで日が暮れそうだ。

「……えっと、僕は邪眼っーモンを持っているのね? 鈍っているから効果は対象の魔法やらなんやらの無効化、権能の軽減程度なんだけど。それでアテナの障壁崩し手伝いました。んで、生物と意思疎通が出来る能力もあるのよ。それで大量の「護堂に協力してくれる意思」を雷放ってた護堂に送り込んだの」

「もっと、普通に協力してくれても良かったんじゃ……」

 護堂の言うことももっともだ。だが、それでは黎斗の目的が果たせない。もっとも、当初の目的である”同郷のカンピオーネに会う”なら既に達成しているのだが。ぶっちゃけいつ引き篭もっても問題ない。せっかく久々に友達が出来たんだし、現世で知り合った友人達の一生を見届けてから戻ろう、と予定を立てているからいるだけだ。

「それだと護堂強くなれませんしー。とりあえず護堂が強くなってくれれば僕は楽隠居できるからさ。基本僕は手を貸さないよ。無理ゲーだったりそんな日和ったこと言える様な状況じゃないようだったら協力するけれど」

 だから頑張って、と爽やかな笑みを浮かべる黎斗。

「……協力自体は、してくれるんだな?」

 辛うじて護堂が言えたのはその一言だけだった。

「まーね。護堂一人で手が回らないと独断で判断した場合も勝手に動くけど、基本裏方に回るよ」

「……まぁ、敵対しないだけマシか」

 味方であるだけマシ、護堂はとりあえずそう思うことにする。勝手に戦局を引っ掻き回される恐れがあるのが心配だが、敵宣言されて襲い掛かられるほうがたまらない。それに比べれば、十分マシか。

「マスター、恵那さんとの関係も説明なされたほうが」

「そうだそうだ。普段オレの事散々言ってるくせに、清秋院はどうなんだよ?」

 エルに追随してこちらへ問いかけてくる護堂。顔がニヤけておりつっついてくるからだろうか、黎斗は内心すごくムカつく。ハーレム王に冷やかしを受けるなんて……!!

「恵那は現在叢雲の一件で謹慎処分になったのよ。んで同居人たる僕が監督責任者となっております以上QED証明終了ー!!」

「はえぇよ!?」

 護堂に一気に説明したらつっこまれた。だが他にどう説明しろというのか。

「いっとくけどなんで僕が監督とか理由なんて聞かないでよ? 僕だってわからないんだから。なんか謹慎処分の決定に当たりスサノオやら正史編纂委員会からなんか言われたらしいけど」

「そうだ、スサノオだ! 玄関のアレなんだよ」

 神殺しの話、恵那の話ときて次は須佐之男命。まったく、話題の移り変わりが早い。ちとばかしせっかちすぎはしないだろうか?

「あ、わかった? うん、アレはスサノオよ。護堂にバラしたから、ね」

「え……?」

 黎斗の笑みを見て、護堂の顔色が青褪める。

「僕の能力の一つ。マモンの権能(チカラ)。触れたモノを貴金属・宝石の類に変質させる。これは生命にも有効だ。あとは……わかるな?」

 予想外に(・・・・)須佐之男命の抵抗が激しかったので数回死ぬハメになったが、戦果は上々だろう。

「期間はてきとー。僕の気の済むまで。まぁ一週間かそこらにするつもりだけど。それまでタングステン製の彫像として玄関で伝言掲示板の役目を果たしてもらう。ご近所さんの為にもなる、とっても素敵な罰ゲーム。加減して体表面コーティングで済ませてあるから命に別状はないよ。邪眼で解けば一発さね。もっとも、一般人ならもう餓死しているだろうけど」

 普段と変わらぬ口調で、サラリと凶悪な事を言う黎斗に、護堂は数歩後ずさる。

「スサノオは……脱出しないのか?」

 護堂は思う。くさっても彼は神。黎斗の言が正しければ——表面コーティングとやらだけならば——すぐにでも脱出できそうなものだが。

「したら更に恐ろしい目にあわせるよ、って言ってあるから大丈夫」

 大丈夫なものか! 護堂は初めて須佐之男命に同情した。あとどれくらいの期間この苦行が続くのかはわからないが、黎斗の気が済むまで近所の人々にラクガキをされ続けるのだろう。

「第一ここで解除したらアパートの庭にカミサマ爆誕よ? 大事件じゃん。今は不思議パワーごと金属化してるから問題ないけど、少しでも解除しようもんなら大惨事になるのは目に見えてる。そこまでわかって抜けだすほどスサノオ(あいつ)も馬鹿じゃあないさ」

 信頼しているんだか信頼していないんだかよくわからない論法である。というか黎斗(コイツ)は大惨事覚悟で”罰ゲーム”とやらをおっぱじめたのか。

俺の同胞(カンピオーネ)人格破綻者(イカれたにんげん)ばっかりだ……」

 お前がいうな、と普段なら言われる台詞。ツッコミ役不在の状況だったからだろうか。その言葉はすぐに場の空気に溶け込んだ。ため息をつく彼の視界の片隅に、丸まり寝ているエルがいた。 

 

§25 とある富豪な魔王陛下

「? おい、黎斗。聞いてるか?」

「あぁ、ごめん。んでなにー?」

 ふと意識を通話口に戻す。いけないいけない、ネットサーフィンに夢中になって護堂の話を話半分に流していた。少し罪悪感を感じつつ、もう一度護堂に用件を問いただしてみる。

「おまえ……まぁいいや。媛巫女とかいうやつのことで相談があるんだ。黎斗は”そっち側”に詳しいだろ?」

 媛巫女ってなんだろう。そんな疑問が頭をよぎった。何処かで聞いたような気もするが、それは果たしてどこだったっけ?

「護堂悪ぃ…… 僕その媛巫女?っての知らない…… それって何? どこかの国のお姫様が巫女になってたりするの? それともお姫様(プリンセス)は魔法少女とかそんなノリ?」

「全然違ぇ……」

 落胆したらしい彼のため息が聞こえてくる。須佐之男命に聞いてみるべきだろうか?

「うーん、スサノオに聞いてみる?」

「……事態がこんがらがりそうだから遠慮しとく」

「言っときながらなんだけど、その選択肢は正しいと思う。絶対めんどくさいことになる」

「はぁ。……とりあえずこっちでもう一回考えてみる。もしかしたらまた電話するかもしれない」

「あいよー」

 電話を切ってから黎斗は気付く。そういえば相談内容を全く聞いていなかったな、と。聞けばよかったかとも思うがやはり聞かなくてよかったのだろうか。ロクな相談じゃない気がする。

「媛巫女とやら知らないんだから聞かされたところでわかるわけないか。面倒事に巻き込まれないですみそうだし」

「え、れーとさんどしたの? 恵那達がどうかした?」

「え? 何が?」

 恵那が突然横槍を入れてくる。恵那の名前を口にした記憶はないのだけれど。それとも無意識で恵那の名前を言っていたのだろうか。だとしたらかなり恥ずかしいが。

「媛巫女って言ったじゃん。恵那達になんか用事あるの?」

「……恵那って媛巫女?」

「言ってなかったっけ?」

 小首をかしげる恵那。

「……護堂、ごめん」

 電話を掛けなおそうかとも考えたが、途中まで電話番号をうったところでやめて携帯電話をしまう。どうせ近いのだ。直接行った方が都合が良いだろう。

「恵那、エル、ちょっと護堂んとこ一緒に来てもらえる?」

「? 了解しました」

「王様のところ?」

 詳しい話を聞きたそうな二人だが解説は省略させてもらおう。自分もよくわかっていないのだから話せるわけがない。

「とりあえず現役媛巫女(えなほんにん)がいれば問題はソッコー解決すると思うんだけどなぁ。……恵那が媛巫女なら万里谷さんもそうなんじゃないのか? なんで彼女に聞かなかったんだろう?」

 魔王(カンピオーネ)の権力をフル活用すればなんとかなりそうな気もするのだけれど。護堂も隠遁生活を送る気なのだろうか?

「ハーレム建設を試みるわ物をド派手にぶち壊すわで隠す気ゼロだとばっかり思ってたわ」

 巫女。護堂の口からこの単語が出てくる時点でロクな運命にならない気がするが乗りかかった船だ。とりあえず明日にでも様子見に出かけてみよう。


 そんなことがあったのが昨日の話。


「すみませーん、護堂いますー?」

 エルと恵那を連れて草薙家を訪れたのは、もうすぐお昼という頃合いだった。もしかしたら昼食の邪魔かもしれない、と後悔する。時計を見てから家を出てくればよかった。そもそも時計は電池切れで動いていないけれど。いつも携帯電話で時間を確認していたツケが回ってきたか。携帯が電池切れを引き起こすだけでこんなことになるなんて。

「あ、黎斗さんこんにちは。お兄ちゃんですか? つい先程一人で出かけましたけど……」

「なんてこったい…… ありがと」

 静花にお礼を言って来た道を戻る。行き先を聞こうかとも思ったのだが、どうせ明日にでも学校で会うのだ。帰りに恵那と引き合わせれば問題ないだろう。問題は午後が暇になったことだ。せっかく外に出たのに、もう住処に帰るのはなんだか勿体ない。恵那とエルを引き連れて、たまには何処かへ行ってみるのも悪くない。恵那は元々謹慎の身だから黎斗と一緒でもない限り外出は許されないだろうし。一緒でも外出は許されないと反論されそうだが監督する義務があるのだ、多分。とりあえず通りの方へ行けば色々な店があることだし、そこで昼ご飯でも食べながら相談してみよう。

「んと、スサノオと夜なべした呪符は確か財布の中に……」

 樋口さんの台頭により今や見かけることすらも希少となった新渡戸さんを数枚取り出す。ついでに厚紙ほどの厚さとなった紫式部と福沢さんを恵那に持ってもらい、財布の中を捜索する。十数人目の夏目さんの間にお目当ての呪符は挟まっていた。ここまでやっていて時間がかかり過ぎと実感する。今度から入れる場所を変えようと心に決めた。

「ほい、エル。人化して。基本的に動物は飲食店進入禁止だから」

「れーとさん、どっか行くの?」

「うん。せっかくだし三人で適当にぶらつこうかと。どうせ帰ってもレベル上げ作業するだけだし」

 三馬鹿とつるむ案も一応あるが、せっかくならこの二人と過ごしたい。一日くらいバチは当たらないだろう。自宅で延々ゲームをするのは色々終わっている気もするし。

「マスターにしては珍しく気が利きますね。行きましょう」

 涼しげな声音に振り向けば、そこには人化したエルの姿。どことなく嬉しそうな表情なのは、久々に飲食店の料理が食べられるからか。認識阻害の呪を一応仕掛けておいたので、一般人に見られたというような失態は無い筈だ。

「え、エルちゃん……?」

 呆気にとられた様子の恵那を見て気付く。そういえばエルのこの姿を彼女に見せるのは今日が初めてだった。

「発案、僕。協力、スサノオで作った呪符。媛さんの意見も参考にしつつ完成させたんだ」

 女の子の前だから元ネタはギャルゲとは敢えて言わない。そこら辺はいくら彼でも見栄があるのだ。ラノベ収集している時点でもう恵那に苦笑いされているけれど。ドン引きされていない時点で感謝してもしきれない。

「さて、んじゃ何食べたい?」

「マスターの好きなトコで構いません」

「れーとさんの行きたいところがいいなぁ」

 困った。黎斗としてはなんでも良かったのだがこんなことになるとは。まさかである。とりあえず適当な案を提案してみるしかない。近辺の地図を頭の中に思い浮かべる。

「ファミレスとかは?」

「マスター、せっかくですし豪華に行きましょうよ。一食数千円とかの。お金は天下の周りものですよ?」

「学生の身分でそんなとこに行けるか! 僕たち全員(外見上は)未成年だぞ! 絶対目立つじゃん!!」

 エルの暴挙とも言える提案を却下する。大体そんな高級料理店、この近辺にあるのだろうか。エルが当てになりそうにないので恵那と二人で悩んでいると脳裏に響くはエルの声。改良型の呪符はエルも念話を可能にしたのだが、問題は無いようだ。外部の音は聞こえないし、クリアに聞こえる。

(マスター、三人合わせて諭吉さん一人とちょっとで安全が買えると思えば安いものですよ?)

 久々の外食が出来るエルとしてはせっかくなのだから豪華にしたい。財力も気にする必要は無いし。マモン様々である。恐れることは、何もない。だから必死に己の主に交渉する。

(安全?)

(……マスターまで護堂様の鈍感癖移りました? 恵那さんと私と一緒なんですよ?)

 そこまで言われてはたと気づく。恵那はまごうことなき美少女だ。いわゆる大和撫子。エルも化けた先は美少女だ。外国人の。二人の美少女を侍らせた男がファミレスに居座る。

「居ずれぇ……」

「れーとさんどしたの?」

(加えてマスターは容姿が護堂様ほど優れているわけ(イケメン)じゃないんですよ?)

(わかった。わかったからそれ以上心を抉らないで……)

 容赦のないエルにたまらず敗北宣言。たしかに彼女の言うとおりだ。
 黎斗のような冴えない、平凡な容姿の者が美少女を二人も侍らせる。それで人通りの多いところを歩き、人の出入りの激しい店に入る。仮に、護堂のように優れた容姿を持っていたのなら、受けるのは嫉妬の視線くらいだろう。もしかしたら変なのに絡まれるかもしれないけどそれほど多くは無いだろう。だが、現実は非常だ。黎斗は決してイケメンと呼ばれる部類の存在ではない。黎斗より容姿の良い男などこの世にはごまんといる。

「……」

 想像してみる。自分より容姿の劣る者が美少女を侍らしていたら。嫉妬の視線は当たり前。変なのに絡まれる確率も先程とは比べ物にならないだろう。それどころか、自分に自信のある者達がナンパを仕掛けてくることもありえる。ファミレスなどで少し席を離した隙に黎斗の席が奪われている可能性だって決してゼロではないのだ。
 もし、黎斗の居ない内に過激な行為をしてくる男がいたら。今の恵那は謹慎中なのだ。暴力沙汰がマズイことは考えなくてもわかる。エルは戦力になりはしない。それどころか機動力すらない彼女がいる以上逃亡という選択肢も採ることは叶わない。二人に出来ることは耐えて黎斗を待つことか実力行使か。今、他の魔術組織が多くの人員を派遣しているであろう地域(ココ)でなら、その有り得ない仮定も本当に有り得ないかはわからない。策謀に巻き込まれる可能性だってあるのだ。ただでさえ正史編纂委員会は混乱から完全に復旧していないのにここでやらかされたら国内にも関わらず諸外国の機関が幅を利かせることになりかねない。東京の、日本の勢力図が激変してしまう。

(確かに、日本の平和がゆきっちゃん一人で買えるなら安いもんだ)

 黎斗のぶっ飛んだ考えが、エルに理解される筈もない。

(い、いやマスター、そこまでは無いと思いますよ……)

 呆れたというか引いているというか。渇いた声を返してくるエルは危機感が足りないと思うのだけれど。

「ま、マスターのお好きなようにどうぞ」

 とうとうエルも匙を投げた。頭の悪い想像を主がしていることを即座に察する辺り、付き合いの長さは伊達ではない。黎斗の思考の全てを把握することは出来なくても、どうせロクな事を考えているはずがないという奇妙な信頼のおかげで、彼女は真実に限りなく近い推測をすることに成功する。だが彼女が黙ってしまったことで、高級料理店に学生のみで行くのは目立つ、という意見を出せる存在は消滅してしまった。

「うし、高級料理店か。……蟹料理?」

 蟹。高級料理食材筆頭といえば蟹である。ツバメの巣とか世界三大珍味が筆頭なのかもしれないが、おそらく黎斗の庶民舌では違いを理解することは難しいだろう。スーパーの安売り牛肉と高級松坂牛の違いすら曖昧なのだから。そもそもそんな”超”高級食材が周辺地域(ここらへん)にあるとは思えない。蟹がそもそもあるかどうかも怪しいところはあるのだけれど。

「蟹かー。恵那はれーとさんの行きたいとこだったらどこでもよいけれど」

「カニカマとズワイガニの違いがわからない人間がそんなトコ行ってどうするんですか……」

「……御尤も」

 どっちも同じにしか感じない自分の味覚は貧乏性なのだろうか。

「れーとさん、いくらなんでもそれはないよ……」

 どうしよう。高級料理なんて縁がなかったからわからない。困った黎斗は辺りを見回して、とある建物に目をつけた。ここで作戦会議と洒落込もう。我ながらなんという名案だろう。

「よし、そこのスタバで細かいことを考えよう。ここで歩きながら話すのもなんだし。今店に行ってもピークで混雑しているだろうし。」

「……そうですね。ここで立ち止まって衆目を集めるよりはよろしいかと」

「ここって入ったことなかったんだよねー、ちょっと楽しみー」

 店に入ってメニューを見る。二人が考えている中、黎斗はすぐに店員の下へ向かっていった。既に頼むものは決めている。

「すいません、ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンド キャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレート クリームフラペチーノください」

 店員さんの営業スマイルが固まった。

「……え?」

「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンド キャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレート クリームフラペチーノをお願いします」

「……お客様、申し訳ありませんがもう一度お願いします」

「……これ、見ます?」

「……お願いします」

 予め用意していた紙を渡す。ホッとしたような表情でそれを受け取った店員の目が点になった。

「これとっても甘いですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫、というわけではないですか大丈夫です」

 どっちだよ、と突っ込まれそうな返答と苦笑い。つられたのか思わず店員さんも苦笑い。

「ちなみにコレ、何処でお知りになったんですか?」

「ちょっとネットで……」

 人間((……))だったころ、友達と行った時に彼が頼んでいた代物だ。正直ジュースよりも甘い、とんでもない代物。昔を思い出すからか、黎斗個人としては嫌いではない。

「さて、と」

 精算を済ませ、恵那とエルを待とうとした彼に、大勢の好奇心あふれる目が降り注ぐ。こんなものを頼めば当然である。

「あ」

 目立ってはいけないと、そう理解したはずなのに。こんなものを頼めば目立つのは必定。我ながらなんということをしでかしたのだろう。

「……わざわざ目立とうとなさいますか」

「れーとさん、何頼んでんのさ……」

 呆れる二人の冷めた視線に、思わず黎斗も崩れ落ちた。 

 

§26 料理店での遭遇者

「……うっぷ」

 普段なら少しずつ飲むものであるのだが、衆目を集めてしまった以上この場にはいられない。一気飲みして外に出たのだが、甘すぎるものを一気飲みしたせいで、胃が焼けるようだ。正直辛い。飲んですぐにバスに乗ったこともあり、降りるころには黎斗の顔は土気色になっていた。バスの中でリバースしなかった自分を褒めてあげたいと切実に思う。

「何バカみたいなことやってるんですか、マスター」

 心底呆れた、という表情をエルがしているであろうことは声だけで容易に読みとれる。御尤もです。

「ホントだよれーとさん、体調大丈夫? それすっごく甘いけど。ホントにコーヒーなの?」

「恵那さん、マスターに気遣いは無用です。勝手に頼んで自爆してマスターにはいい薬でしょう」

 辛辣な言葉をぶつけながらも、手を引いて誘導してくれるエルのあとをついていく。周囲からの嫉妬の視線が非常に鬱陶しいが今は手を引いてもらうしかない訳で。治癒能力をこんなことで使うのは馬鹿馬鹿しいし、使ったら何かに負けた気がする。女の子の前でトイレに駆け込むのもイヤだ。なけなしのプライドを振り絞る。だが、振り絞ったところで現状の格好悪さは変わらない。

「まったく、こんな情けない神ご……、須佐之男命様の眷属なんていませんよ」

 神殺し、と言おうとしたエルは恵那が居ることを思い出し、すぐに言い直す。彼女は未だ、黎斗が太古より生きる神殺しであるという事実を知らない。時々、エルは何故彼女に話さないのか疑問に思う。
 護堂には既に神殺しであることは話してある。とすれば遅かれ早かれ彼の周囲の女性たちも己が主(れいと)が神殺しであることを知るところとなるだろう。おまけに先日までエリカと裕理は黎斗の権能による思考操作の影響下にあったのだ。「黎斗は神殺しと無関係である」という思考の呪縛を。通常の洗脳とは異なる持続型の記憶改竄。これにより二人は黎斗は神殺しと関係あるのではないか、ということすら考えられない状況になっていた。これを解除したのは彼女たちが護堂から真相を聞いたときに、矛盾する二つの事柄を受け入れようとして精神が耐え切れなくなり崩壊が起こるのを防ぐため。

「ぶっちゃけ時間の問題だと思うのですが」

 そして思考操作を解除した以上エリカならば自力で真実に辿り着きかねない。露見は時間の問題だ。結果として護堂、エリカ、裕理、リリアナとここまでバレるのだから恵那一人くらい増えたところで構わない気がする。というか、黙っているのが申し訳ない。

(……もっともマスターが隠されるのでしたら、私に拒否権などないのですけどね)

 思考に沈んだのはほんの僅か。すぐに意識は現実に戻る。

「あ、ここのお店? ……って、幹彦さん?」

 店の前まで来たところで、恵那が道路の反対側に目を移す。視線の先には自販機と、身なりの整った青年が一人。

「ミッキさん……?」

「恵那さん、お知り合いですか?」

 依然として無様な黎斗に変わり、エルが恵那に問いかける。

「うん。四家の一角、九法塚家の跡継ぎで幹彦さん、っていうんだ。四家の跡継ぎの中では一番マトモないい人だよー」

「……ご自分がマトモじゃないと自覚なさっていらっしゃるのですね」

 エルと恵那の会話に他に人がいることに気付いたのか、青年が黎斗の方へ向かってくる。

「やあ、恵那さん久しぶり。こちらのお二人は? ……特に君、なんか顔色悪いけど、大丈夫?」

「……だ、大丈夫です」

 初対面の人に心配される黎斗。そこまで今の顔色は悪いのか自問する。

「マスターは自爆しただけです。貴方が九法塚の次期党首様ですか。お初にお目にかかります。こちらで情けない表情をしているのが須佐之男命様の眷属、水羽黎斗です。私は黎斗の使い魔でエルと申します。以後お見知りおきを。……我が主がこのようなみっともない姿で申し訳ありませんがなにとぞご容赦を」

 四家? 四つの家ってなんだろう? 黎斗の頭を”?”マークが走り抜ける。

「あー、頭が回らない……」

 これではまるで二日酔いだ。やせ我慢をこれ以上してもおそらく碌な結果になりはしない。というか、恥が増えるだけになりそうな気がする。潔く諦めて治癒の術でも使おうか。

「ちょいまち……」

 一端決断すれば後は早い。少名毘古那神の力を用いて作成した、体調回復用の水を入れたペットボトルをラッパ飲み。なんとなく持ってきていたのだが、まさか本当に使うことになるとは。備えあれば何とやら、だ。もきゅもきゅと、力の抜ける音が数秒聞こえみるみる間に黎斗の表情に生気が戻ってくる。

「……あーあ、大分マシになったわ。二人ともお騒がせしました」

「失礼ながら。貴方様があの(・・)?」

「あのって?」

「これは失礼いたしました。ご老公の眷属にして懐刀と噂の黎斗様ですか?」

 様をつけられた。なんでだろう。黎斗としてはそんな偉い人種になった記憶はないのだけれど。

「あー…… そういえばれーとさんは古老の一人なんだっけ」

 普段が普段だから忘れてたよ、と笑う恵那を見て氷解する疑問。古老はこの青年の所属する組織の上層部だったか。

「黎斗でいいですよ。多分年下ですし。スサノ……御老公様の眷属をしている以外は普通の人間ですので」

「九法塚様、我が主(マスター)は今でこそ眷属ですが平民出身で表舞台に出ていなかったので敬意を受けることに慣れておりません。色々思うところはおありでしょうが一般人と同じように接してくださいますようお願いします」

「……そういうことなら仰せの通りにさせていただきましょう」

 黎斗の言葉に異論がありそうだった幹彦も、エルの補足でとりあえず納得してくれたらしい。

「それにしても驚きま……驚いたよ。”人間辞めました”だの”神に最も近い存在”なんて仰々しい通り名を持つお方だからもっと恐ろしい人だと思っていたよ。不良みたいな」

「神様と互角に戦う不良って怖すぎですよ…… そんなのが居たら安心して街を歩けないじゃないですか」

「ん?」

 サラリとエルが流すから、黎斗は最初、自分の耳がおかしいのかと思った。

「それはそうだけど。でもまつろわぬ神の自由奔放ぶりはよくわかっているからね。 神に最も近いってフレーズから神の横暴(あんなの)に比類する、と考えればそう思ってもしょうがないだろ? おっと、今の発言は無かったことに」

「ふふっ、そう言われると確かにそうですね……これは盲点でした」

「いやいやいやいや!! アンタらナニを話してんの!? エルもなんでみょうちくりんな名前(そこんとこ)はスルーすんの!?」

 聞き間違いではないことが判明してしまった。なんだこれは。しかもこのキツネ様、ドサクサに紛れて神と戦えることを暴露してくださった。幹彦がサラッと流してくれたが、食いつかれたらこやつはどうする気だったのか小一時間問い詰めたい。

「え? マスターの名前ですか?」

 そんな黎斗の苦慮にも気づかずに、何を今更、といった風なエルが語る。これがドヤ顔というやつなのか。

「権能を使っていない、という前提条件がありますが六人目((・・・))の神殺しの魔王、”剣の王”サルバトーレ・ドニ卿と互角。古老となっていた”元まつろわぬ神”三柱より須佐之男命様の(・・・・・・・)救援が来るまで(・・・・・・・)逃げ延びる(・・・・・)。しかもよりにもよって幽世で。トドメは”叢雲”の化身に大打撃を与え七人目((・・・))の神殺しの魔王、草薙護堂様の援護に成功。これだけやったにも関わらず「元一般人で今眷属です♪ ちょっと運が良かったダケだよ、てへっ★」なんて言って通じると思ってるんですか。聖騎士と呼ばれる方々ですらこんな芸当は無理だと思いますよ」

「…………」

 ごめん思ってた、なんてそんな思いはエルにバッサリと切って捨てられた。

「思ってたんですね……」 

 エルのため息に首を竦めることで返答する。しかしここで今までに自身がやらかした事が公式でどんな風に扱われているのか確認できた。それは収穫だったというべきなのだろう。今になるまで確認することを忘れていたのだから、本当にどうしようもない。

「って、幹彦さんどうしたの? こんなところに一人で。忙しいんじゃない?」

 そういえば、と前置きをして華麗に話題をぶった切る恵那。話の流れがよろしくないので黎斗としては万々歳である。幹彦に問いかける彼女に彼は疲れた表情を向けた。

「今帰りなんだよ……」

 何があったのかはわからないがどんよりとした空気が見えるようだ。どこか苦労性のニオイがする。

「店の前でぐだっててもしょうがない。とりあえず入りましょ。九法塚さんもどうですか?」

「僕は……いや、じゃあご一緒させてもらおうか」

 断ろうとした青年だが何かを考え直したように頷いた。こちらへ向けた意味ありげな視線といい厄介事の気配が漂う。

「……じゃあ、入りますか」

 何が飛び出すかはわからないが酷い案件が出てくることは無いだろう、と楽観視した黎斗は料理を注文するころにはすっかりこの事を忘れていた。





———時刻は若干、前後する。

「……一足遅かったようですね」

 幽世で呟いたのは一人の乙女。無念そうな声音と、硬い表情。彼女にはわかる。この近辺で激戦があったことが。上手く修復して誤魔化したようだが、それでも彼女の目を欺くことなど、出来はしない。一通り周囲を見渡した後、そのまま彼女は歩きはじめた。その足取りに、迷いはない。

「……ここで残滓が途絶えている。現世に戻った? いや、それにしては消え方がおかしい。唐突過ぎる。現世に戻る呪法の痕跡もない。突如気配が現れた事といい、痕跡を隠蔽する能力でも?」

 難しい顔をして思考に耽る彼女は発見がもう少し早ければ、と後悔した。もう少し早ければ、あるいは会えたかもしれなかったのに。東京で神力を感じたからと、その近辺のみを探索していたのが裏目にでたか。

「ですが、これでようやく見つからなかった理由がわかりました」

 限りなくゼロに近い気配を察知し周囲の状況を調べ上げる。全ては求敗の極地にまで至った彼女の執念の賜物だ。本来、手段を選ばなければ捜索は容易だっただろう。既に見つけていたかもしれない。しかし、彼女の矜持(プライド)が、舎弟達を総動員して”彼”を探すことを許さない。これは彼女が独力で見つけることに意味があるのだ。有象無象を使うことなど、天が許したとしても己が許すわけにはいかない。それでは「自分一人では見つけることが出来なかった」と”彼”に伝えるも同然の行いではないか。

「まもなく、ですね」

 思い返すは彼女が幼い頃の、遥かな記憶。

「必ず――」

 着実に絞り込めている、その確信と共に彼女はこの場から現世に戻る(・・)。いつものように分身では無く彼女自身が来ている、という異常事態。———それは、これが彼女にとって重要事態である、ということを示していることに他ならない。

「次こそは、必ず」

 その呟きは、風の中に消えていく…… 

 

§27 夜の街での襲撃者

「どうだろう、どうか説得をしていただけないだろうか? 我々が申し上げることは恐れ多いというのは重ね重ね承知しているのだが、ご老公の盟友かつ羅刹の君の友人たる君ならあるいは……」

 結局、九法塚青年(余談だが本人からみっきーと呼ぶことの許可が下りた)の愚痴に付き合うこと数時間。その後で色々雑談開幕。日が暮れるまで食べては喋っていたことに黎斗自身驚きを隠せない。もう今日は昼食と夕食一緒でいいんじゃなかろうか。結局長々拘束したお詫び、という名目で幹彦の車で帰る御一行がそこにいた。そして、その車内で護堂御一行の”見学”とやらを止められないかとひたすら懇願される黎斗がいた。

「うーん……無理ゲーな気がするんだけどなぁ。まぁダメ元でとりあえず言ってみるよ」

 説得できる自信がない。正直、寺社見学くらいべつにいいじゃんと思ってしまうわけで。ここら辺は術者の常識がかけているなぁ、などと自分でも思う。別に直そうとは思わないけど。幹彦側からすれば先祖代々守ってきた神聖な地をぞろぞろと大勢の人間達に踏まれたくない、という心情があるのであろうこともわからなくはない。わからなくはないのだが———やはり見学くらいと思ってしまう。
 そんな思考の堂々巡り。一人頭を悩ませる黎斗を尻目に「大変ですねー」「ねー」などと後ろで和んでいる女子二名。そんな彼女たちに「僕一人に丸投げするな!」と恨みの視線をぶつけるが気付いていないので意味がない。援軍を諦めてふとサイドミラーに目を写し、そこで黎斗の勘が騒いだ。

「……たしかに我々……」

「……ッ!?」

 なおも続く幹彦の言葉の途中で感じる殺気。瞬時に手が影の中に伸びる。沈んだ手は、目当ての物を即座に掴む。そこからの行動も迅速だった。”影”から取り出したブロードソードを、思いっきり車の屋根に叩きつける———!!

「え……ッて、何この気配!!?」

「黎斗君!?」

「マスター!?」

 爆散する屋根。飛び散るブロードソード。上空から飛来した”何か”とぶつかったそれは、相手を押し返すと同時に無理な行動をした代償か限界を迎え粉々になった。突然の黎斗の奇行に幹彦は急ブレーキを力一杯踏み込んでしまう。黎斗に遅れること数瞬、察した恵那が臨戦態勢をとって幹彦を庇う。車体が歩道に乗り上げて、街路樹にぶつかり煙を上げた。三者三様の驚きの中、黎斗は車体から飛び出し闖入者((・・・))を睨みつける。

「敵はリア充疑惑有り、と」

 黒い髪の美青年だ。イケメン=敵、と黎斗の中で図式が成立する。護堂もこの論理だと敵になってしまうのだが、生憎とそこまで黎斗は頭が回っていなかった。咄嗟にしてしまった反応は周囲へ対する配慮を全くしておらず、結果として車を大破させてしまったのだから。余裕を持って攻撃していれば車の屋根を透過して攻撃の勢いを相手に与えられた筈なのに。しかも武器を無駄にすることも無かっただろうに。

(やりすぎたぁ……みっきーごめんよ……)

 心の中で幹彦に謝罪。条件反射で力加減を誤ったことが悔やまれる。とりあえず交通事故にならなくて良かったと心から思う。対向車が来ていたら笑えない事態だった。でも、帰りどうしよう。

「不意打ちは卑怯なんじゃない?」

 情けない気持ちを誤魔化すために、とりあえず話しかけてみる。まつろわぬ神(じこちゅう)(ども)とは違って一応話は出来そうだ。

「……こりゃ驚いたな。屋根に着地する瞬間に一撃当ててくるなんて。一体全体、お兄さん何者だい?」

———強い。気配でそれがわかる。彼とまともにやりあえば幹彦はおろか恵那でもおそらく敵わない。神懸かりをした恵那なら問題ないだろうが、彼はむざむざ神懸かりを許すだろうか。

「そういうキミは、誰? 辻斬りは今時流行らないって。恵那、エル。みっきーを連れて後退を。ただし僕のカバー出来る範囲内で」

 脇腹から軽く血を流す青年から目を逸らさずに、影から短剣(ダガー)をいくつか取り出す。右手と左手に一本ずつ。一本をエルに、残りとやはり影から取り出した日本刀を恵那に。無いよりはマシだろう。こんなことになるのなら恵那に刀の所持を許可しておくべきだった、と少し後悔する。手の中のそれを弄びながら相手を見据え、周囲の気配に探りを入れる。この青年と同等の実力者が他にいると厄介なことになる。流石に非常事態なので恵那が攻撃に参加したところで文句は言われないだろうがエルと幹彦、二人も足手まといが居ては恵那も満足に戦えまい。せっかくの戦力を遊ばせておく余裕は残念ながら無いのだが、とりあえず当面は遊び駒にしておくしかなさそうだ。

「ま、結局考えるだけ無駄、かな?」

 なんだかんだ考えたところで、相手の実力次第ではこの青年だけでなく敵対者全員を黎斗が受け持たなければならない可能性も低くは無い。なんでこんなことしでかしたのか聞かないわけにはいかないし、死者に聞くような技術(スキル)も習得してはいない。蘇生させるのは二度手間だ。つまりは不殺(ころさず)で全員倒せるだろうか、という話であり果たして出来るか思い悩むがとりあえずやってみようと決意する。無理なら無理で色々(・・)出来るし。

「おっとこいつは失礼、陸鷹化だ。アンタらが居るのは想定外だが関係ない。悪いがそこの若旦那以外に用は無いからご退場願おうか。兄さんもエリカの姉さん程度にはやるようだね。そこの姉さんと二人がかりでこられたらちょいと面倒かな」

 身体能力を強化している時は確かに彼女達と同等くらいにしか強化してない。それ以上する必要なんかほとんどないし。だから彼の発言は事実といえば事実なのだが、なんだか少し納得がいかない。

「陸鷹化……掌力絶大、か。噂だけは聞いたことがある」

「へー。みっきー、つまりソレって”すごく強い”って認識でいいの? みっきー何人分くらい?」

 緊張を孕んだ硬い表情の幹彦に黎斗が投げかけた言葉は、とても軽い。そんな黎斗に対し「落ち着いている場合じゃない!! 彼はすごく強いどころの騒ぎじゃない!!」と叫ぶ余裕すら本来幹彦には存在しない、のだが。

「れーとさん、恵那がいこうか? わざわざれーとさんが戦わなくても。多分イイ線いけると思うんだけど」

「んにゃ、それでもいいけど陸鷹化だっけ? 彼と恵那の実力って贔屓目に見てほぼ拮抗、ぶっちゃけしんどいっしょ。叢雲でもあれば話は別だろうけど。まぁ任せなさいな」

 見た感じ強さは恵那とどっこいといったところか若干彼の方が上だろう。叢雲が手元になく神憑りが出来ない現状では危険すぎる。

「恵那もれーとさんの役に立ちたいんだけどなぁ」

「まぁ、とっとと終わらせて帰りましょ。早くしないと明日になっちゃって狩りの約束に間に合わない。あのクエスト多分時期限定だから急がないとなのに」

「まーたやるの? ハンバーガー食べながらそんなこと、毎日やってたら身体壊すよ」

 ここ数日堕落しきった生活を送っている黎斗に監督者(えな)からチェックが入るのだが。

「馬鹿は風邪ひかない。だから大丈夫」

 キリッ、そんな擬音が似合う表情で黎斗が言い切る。

「今の時代に風邪ひくのは体調管理も出来ない馬鹿だ、っておじいちゃま言ってたよ?」

 そんな反論をバッサリと切っては捨てる恵那。一撃である。

「スサノオォ…… 大体アイツに今の時代も昔の時代もあるもんか。ネット環境皆無テレビ無しラジオ無しの環境で生きられる時点で今の時代を生きてないだろ。これで今の時代を謳歌してたら青春に生きるリア充だろ。爆発しろと言わざるを得ない。まぁ学ラン来て応援団とかそっち方面の青春かもしれないけどさ」

 命のやり取りをするべき場において、呑気なやり取りが恵那と黎斗で行われる。挙句信じられない発言が黎斗の口から飛び出したことで幹彦の緊張は何処かへ吹き飛び、二人にむかって怒声を飛ばす。

「ふざけている場合じゃないだろう!!」

「……幹彦さん、マスターがどうもすいません」

 眩暈を抑えるかのように、エルが幹彦に謝罪した。悲哀に満ちた彼女の表情は幹彦をとりあえず正気に戻し、場の状況を整理することに成功する。

「い、いや、エルさんのせいでは……」

「なんだかどうして余裕だねぇ、と思ったけれどそうか、兄さんが噂に聞いた須佐之男命の眷属か。それならこの余裕も頷ける」

 落ち着いた幹彦の代わりに今度は陸鷹化が緊張した面持ちでこちらを見やる。

「ねーねー、なんで戦いに来たワケ?」

 呑気な黎斗に答える様子はもうない。否、殺気が答えた、というべきか。

「……さっきの一撃といい兄さんの力はよくわかった。こっちも本気をださなきゃダメっぽいね。師父に仰せつかっている手前こっちは後に引けないんだ。刺し違えてでもアンタをどうにかする。でないと師父に殺される。幸い、アンタさえ落とせればこっちのものだ」

 余裕モードから一転。悲壮感溢れる決死隊モードへ。いったい彼の中で何があった。

「いや師父て誰よ……」

 疑問符が黎斗の脳裏を駆け巡る。そんな彼を放置して青年は行動を開始した。足元の小石を蹴り飛ばす。散弾銃のようなそれと共に、一気に距離を詰めてくる。小石の群れを風を蹴って相殺、掌底と次いで放たれる蹴りを左腕で黎斗は防ぎ、後退しようと試みるが鷹化は逃がすまいと追いすがる。

———疾く、重い。

 確かに掌力絶大と言われるわけだ。ここまでの使い手など黎斗もほとんど戦った記憶がない。これ以上の遣り手ともなると皆無だろう———ただしその「強い」という評価は冠詞として人間にしては(・・・・・・)というフレーズを必要とするのだが。

「うん、っと。しっかし、強いなぁ」

———つまるところ、黎斗の敵にはなりえない。

「———!?」

 突如、鷹化が動きを止める。はたしていつから刺さっていたのか。両肘の関節に刺さるのは短剣。最初に対峙していた時に黎斗が持っていたものだ。恐らくは先ほどのタイミングで仕掛けたのだろうが、鷹化どころか観戦者達(ギャラリー)すらその挙動の察知を出来てはいないだろう。

「ちっ……」

 舌打ちと共に後退する鷹化に追いすがりつつも、黎斗が更に己の影へ手を伸ばす。影から抜き出すは、鈍い輝きを放つ漆黒の大鎌。纏う気配の質が違う。おそらく相当高位の魔術武器。このままではまずい。それを察した青年は勝負に出る。飛鳳十二神掌。師より授かりし究極の武技は、しかし黎斗を捉えることなく空を切る。攻撃を外した、そう認識した次の瞬間には黎斗の姿が消えていた。

「!?」

 黎斗を見失い動揺したのは僅か一瞬。その一瞬の間に、響くのは大地にナニカが打ち付けられる音。鷹化の背後に大鎌の柄が打ち下ろされる。大地に垂直に立った(ソレ)を軸にして。

「よっ、と」

 彼は気の抜けた返事と共に蹴り飛ばされた。呪力を込めた黎斗の蹴りは普段とは比べ物にならない威力を叩きだす。大地と平行に吹き飛ぶ鷹化。高層ビルの壁に激突した彼の両足に、棒手裏剣が突き刺さる。

「ぐ、ぁ……」

 煙が晴れると同時に崩れ落ちる鷹化を見やり、黎斗は己の服の裾を軽く払い埃を落とす。大鎌についた鎖がじゃらりと鳴った。既に趨勢は決している。幹彦が唖然としているのがこちらからでも良く見えた。

「さて、と。まぁこんなもんで……って今度は誰よ」

 黎斗が声の主を探して頭上を見上げれば、目に映るのは亜麻色髪の少女が降下してくる姿。今日は千客万来だ。彼女に向かって大鎌を軽く(・・)薙ぐ。生じた鎌鼬をギリギリで避けて、少女は戦闘不能となった鷹化の元へ駆け寄った。血を滴らせているということは完全回避は出来なかったのだろう。

「情けないぞ小僧っ!!」

 真っ向勝負は不利、と瞬時に悟ったアーシェラは鷹化を復活させる方を急ぐらしい。足止めに放たれた無数の使い魔を片っ端から叩き落とす。周囲を破壊してしまう大技は使えないから、ぷちぷち君潰しをしている気分になってきた。

「め、めんどくせー……」

 思わずつぶやいた彼を誰が責められよう。雑魚戦闘(エンカウント)が終わったので次の一歩を踏み出したらまた雑魚戦闘(エンカウント)、そんな気分だ。しかもこの場合相手は大量の小物を連れての登場である。こっちは全体技禁止。まったく、やっていられない。
 げんなりする彼の目の前で少女は青年に突き刺さった短刀を軽々と引き抜いていく。その光景を見て、思わず黎斗の目が点になった。高位の魔術師ですら呪詛のルーンを刻まれているこれは容易に引き抜けない筈なのだが……

「まつろわぬ神……ではないな。そんな気配微塵もない。っかそれなら僕とガチればいいだけだ。じゃあ何? 神獣には……見えないしなぁ。神祖の類かな」

 さて、困った。本性を出されてここで暴れられると面倒だ。大騒動にすると言い訳が思いつかないではないか。主に鎮圧方法の。まったく、やっていられない。

眠れ(・・)

 ディオニュソスの精神を操る能力葡萄の誘惑(マイナデス)。黎斗の言葉を聞いたアーシェラは、抗うことも許されずに意識を深い奈落へと落とされる。糸の切れた人形のように、彼女は大地に倒れ伏す。この状況に陸鷹化はたまらず悲鳴を上げた。

「おいおいおいおい冗談だろ!?」

 ようやく自分たちの手に負える相手ではない、と理解したのだろう。アーシェラを連れて陸鷹化は飛び上がった。戦略的撤退、もしくは逃げると呼ばれる行為。その判断は本来ならば致命的に遅すぎるのだが———

「逃がして親玉に情報を与えた方がいいかなぁ?」

 ここで潰すよりは失敗を知らせて企てを断念させた方がよいのではないか。そんな思いに駆られた黎斗は追撃という選択肢を破棄する。だが、このままむざむざ逃がすつもりも毛頭ない。

「とりあえず授業料代わりにその腕、貰い受けるよ」

 左手から繰り出されたワイヤーは宙を駆ける青年に容易く追いつき絡みつく。彼はそれに、気付かない。

「があああああああああ!!!」

「手を出してよい相手と悪い相手の区別はしっかりつけましょー」

 黎斗の声は届かなかっただろう。が、逃げる青年の声はこちらまで届いた。宙を舞う極細ワイヤーは、陸鷹化の左腕を易々と切断する。月夜に只々、鮮血が舞う。

「……血を垂らしながら飛んでくる人間の腕って怖いな」

 ワイヤーと共に飛んでくる腕を見て、黎斗は少々顔を引きつらせた。今切断したばかりの、生々しい腕が新鮮な血を伴ってこちらへ向かって来ているのだから。正直不気味だ。少し離れたところで幹彦が盛大に顔を引きつらせていることに、気付かない。





「いやー、ありがとうございました。おかげで助かりましたよ」

「はい、甘粕さん。コレお土産」

「うえぇぇ!? こんなモノ入りませんよ!! 黎斗さん持っててくださいよ」

 事情を聞いて急行してきた甘粕に渡そうとしたのは襲撃者(ようか)の左腕。持っていてもしょうがないので渡そうとしたら断られた。交渉に使えそうなものだと思うのだが。まったく、自宅まで持ってくるのにはとても精神を使った。職質を受けたら間違いなく終わりだったのだから。上着に包んで持ってきたせいで上着が血でべちゃべちゃだ。

「そんなもの持ってたら昔話の鬼よろしく彼が取り返しに来るじゃないですか!! 陸家の御曹司をボロクソに出来るのなんてカンピオーネの方々(くさなぎさん)除けば黎斗さんくらいしかいませんよ……」

「まぁ確かに強いけど、隻腕の彼ならどうにかなるんでないですか?」

「片腕だけなんてハンデにもなりませんよ…… エリカさんやリリアナさんならわかりませんが、少なくとも私達では「腕の数が一本か二本か」なんてのは誤差の範囲内です。それこそボンバー男が青兎に乗ってるかどうか、くらいは」

「いやそれ大きいでしょ。四人プレイとかで対戦やってみました? 爆弾喰らっても一回なら青兎が身代わりになってくれるじゃないですか! 最大火力&ボム大量における状態でハイパーアーマーとってボム連続で置きながら動いてみてくださいよ。あの連鎖爆発で俺TUEEEEE!が味わえるアレ。普通にやってると絶対に無敵時間(ハイパーアーマー)切れたの気付く前に死にますから。青兎君が居ないと自滅しますって」

「ちょっと何言ってるかわからないですね」

 ヒートアップして三流ゲーマーのプレイスタイルを言い始める黎斗に対して冷めた目でエルが口を挟む。豹変した黎斗に若干後退していた甘粕もこれ幸いと黎斗説得に動き出す。陸鷹化(ばけもの)に腕を取り返しに来られたらたまったものではない。余裕で退治できる人に持っていてもらうべきなのだ。

「……こほん。とにかく無理ですよ無理」

「じゃあコレどうすんですか!?」

 困った。どうしよう。冷凍庫の中に片腕を保存するのはグロいから却下。幽界(あっち)には冷凍保存できる環境は無いし、須佐之男命や黒衣の僧はともかく、玻璃の媛にまで押し付けるのは良心が痛む。倉庫に押し込んだらロンギヌスをはじめとしてブーイングの嵐になりそうだし、万が一偉人から貰ってきた物に返り血がついたら泣くに泣けない。チンギス=ハンの帽子とか間違いなく世界に一つだけ(オンリーワン)だ。それよりなにより、防腐処理が出来ないから、倉庫に放置したら絶対腐る。そしてそれはとっても困る。やっぱり護堂に押し付けるしかないか? 消去法で選んだ最後の選択肢だが、これも微妙だ。想像してみてほしい。

……兄がコソコソと何かを隠している。ナニカを部屋に隠す姿を。それを見つけた静花(いもうと)は、ひっそりと兄の部屋を漁る。そこで彼女が見つけたのは———新鮮で血色の良いダレカの片腕。

「ダメだこりゃ…… 草薙一家家庭崩壊、なんてコトになったら困る」

 さて困った。死体の長期保存はお茶の子さいさいお手の物なのだが、生きている人間の一部の保存は研究してこなかったし関連資料を漁った記憶も全くない。冷凍保存とか民間の冷蔵庫で出来るのだろうか?

「封印とか面倒くさいしなぁ。あーあ、失敗したよ。腕もいでくるんじゃなかった」

 燃えるごみに出してやろうかいやそれだとゴミ回収業者の人が仰天する、コンポストに突っ込んで肥料にしてやろうかいやそれだと今度はコンポストの持ち主が悲鳴を上げる。もうどうしろと。

「オブジェにして飾るには趣味が悪すぎる。返してくるべき……?」

 「馬鹿にしているのか!」などといって攻撃されそうだけどしょうがない。置き場がなく捨てられない、オマケに持ってるだけで周囲に引かれる、とくるような物騒な代物は下手なゴミよりもタチが悪いのだ。

「ついったーとか大型掲示板で処理方法急募してみるべき?  「【生の肉】ゴミ捨て方法教えてくれ【拾っちゃった】」みたいなカンジで 」

「「それでマトモなレスが来たら奇跡でしょうねぇ」」

 甘粕とエルの声が綺麗にハモった。黎斗としても望み薄なのはわかりきっているので落ち込むことはない。

「じゃあどうするよ……」

 頭を抱える三人。試合に勝って勝負に負ける、そんな単語が脳裏に浮かんだ。 

 

§28 広がる戦禍

「しっかし、なんでみっきー狙ったのかねぇ。四家相手に脅迫とか?」

 陸鷹化とかいう青年の腕は冷蔵庫に放置することにして、三人は後回しにしていた議題を話し始める。つまり、何故に幹彦が襲われたのか、ということだ。「腕なんて適当に埋めちゃえば?」なんて発言をかましてくれやがったお嬢様(えな)は部屋の外へ放り出した。「ぎゃふっ!」などと美少女にあるまじき奇声を発したのは気のせいだろう、きっと。扉の外から「冗談なのにぃー」などと聞こえてくるが聞かなかったフリ。

「マスタぁ……」

 嘘が真になったらたまらない。エルが非難の目で見てくるが黎斗としてはここで腕の埋葬案を承諾するのはごめんなのだ。理由は単純、腕を埋めたらそれを養分にして生えてきた野草を食すことになりそうで怖いから。これは考え過ぎなのだろうか? エルも恵那も気にしていないようだけれど。つまりはこのお嬢様の料理はワイルドすぎるということだ。これでマズければ文句も言えるのだが美味しいのだから始末に負えない。だが、上手いからといって黎斗はそんな物を口に出来るような精神構造の持ち主ではない。

「それはないでしょう。陸鷹化は羅濠教主から直接武芸を授かった唯一の弟子です」

「羅濠? 誰それ? なんか怪しい宗教の主かなんか?」

 杖をついた白髪のおじさんが「神を崇めよ、はぁあ〜!!」などと言っている姿を想像した黎斗はゲンナリとするが、その姿を見たエルがもっとゲンナリする。ここまで以心伝心だと、考えていることが即伝わることを喜ぶべきか少し悩む。

「羅濠教主は現在ヴォバン侯爵に次いで古い羅刹の君ですよ。……前もこんな話題になった気がするんですけど」

 白目で睨むエルから慌てて視線を逸らす。そういえば、そんな話を聞いたことがあるような気もする。

「あの御方が動かれるなんて、我々としてはたまったものじゃないですよ。なんてったって価値観が自然>>(超えられない壁)>>人間な御仁ですし」

 はて、どこかで聞いたような事だ。などと疑問符を脳裏に浮かべる黎斗に対し、エルがその答えをさらっと見せる。

「そこだけ聞くと一時期のマスターみたいですね」

 灯台下暗し。そういえば環境破壊の元凶達(にんげん)よりかは動物の言を聞いていることが多い気もする。ヴォバンが来た時などはそれが顕著だったか。思わず納得してしまいそうになったが、ここで納得してしまえば色々負けた気になるのでせめてもの抵抗を試みる。

「失敬な。僕は自然>人間くらいで済ますぞ」

「……自然優先は変わらないんですね」

 主従の会話に諦めたようなツッコミが甘粕から入る。その表情はどこか疲れているようにも見える。

「とりあえず、九法塚家の若頭の護衛をどうしましょう? 襲撃がもう一回無いとは限りませんし。黎斗さんや草薙さんだと過剰戦力ですし、かといってこちらの手の者では荷が重い。……もっともカンピオーネ(くさなぎさん)にこんなことで動いていただくのは恐れ多いですが」

「んなもん別に気にせずに護堂に頼めばいいんじゃないですか? 見学ついでに護衛で万事解決だと思うんですけど」

 黎斗の発言に苦い顔になる甘粕。はて、何か都合が悪いのだろうか?

「見学だとひかりさんを連れて行くことになりますよ? マスター。危険地帯に連れて行くのはいかがなものかと」

「あっちゃー…… ようじ……もとい少女を連れていって事件になったらトラウマになりかねないか」

 危険地帯にひかりを連れて行くのは教育的によくないか。媛巫女の修業がどんなものか黎斗にはわからないけれど、グロ状況を見る修業があるとは思えない。護堂だけで行くのも「なんで行くの?」と言われたら説得力に欠ける。第一、魔王様(カンピオーネ)を人間の護衛になどつけようものなら他の人間に何を言われるかわかったものじゃない。そうしてみるとこれは難しい問題だ。もともと陸鷹化と戦える位の強さでなければならない時点で相当絞られるというのに。

「誰か適任者がいな——「恵那が行くよ?」……え?」

 後ろに目を向ければ三人分と一匹分のお茶菓子を持ってきた恵那が侵入してきた。

「だから、恵那が行くって。片腕のあの子なら恵那でも優位に戦えるよ。今度こそ任せといて!」

 誇らしげにボリュームのある胸を張る恵那。正直目のやり場に困る……などと普段なら言う(し、今も実際そう思う)のだが、今回は残念ながらそんな動揺出来そうにない。なぜならば。

「……大丈夫? その発言は死亡フラグにしか見えないよ?」

 戦闘能力的な問題で考える。片腕の青年ならば普段の恵那でも優位に戦えるだろう。神祖(といっても現在これは疑惑にすぎないのだが)の少女は洗脳(ディオニュソス)権能(チカラ)で昏倒させたから当面起きることは無い。だが、あれは咄嗟にかけたものだ。神クラスの存在が呪力にものを言わせて力押しで解呪してきたら呆気なく解けてしまう可能性も否定はできない。だが羅濠教主とやらが果たしてそこまで気に掛けるだろうか。さっき聞いた価値観的教主とやらは人命軽視の傾向があるように見受けられる。願わくば神祖の救助をスルーしてくれるとなんとかなるのだが。そんな期待に身を任せてもよいのだろうか?

「まぁそんな期待が既にフラグな気もするよね」

 口に出して思わず苦笑。ゲームなどではないのだから、フラグ云々は考えすぎか。ゲームのやりすぎで、どうも思考が二次元に染まっているようだ。

「……とりあえず保険に暗示(ディオニュソス)を仕掛けておくか。神格貸与が出来ればよかったんだが……まぁいいか。無い物ねだりしてもしょうがない」

 八雷神は完全に権能を掌握をしていない。同時期に簒奪した迦具土や大国主はだいぶ掌握できているのだが、彼らの権能よりも八雷神の方が制御も含めて甘いのだ。制御の方は日々雷龍を顕現させて慣らしているのだが、まだ完全制御には時間がかかるというのが正直な感想だったりする。大雑把な、もといアバウトな性格がこんなところで災いするとは。雷龍制御ですらこれなのだから、神格貸与や権能改竄など推して知るべしではある。自分にする程度ならまだしも、こんな有様では恵那に護身用に神格の委譲をすることが適わない。下手に貸与しようとして暴発したらこと(・・)だ。

「どしたの?」

 小声で呟いたつもりが断片的にでも恵那の耳には入っていたらしい。野生児の聴覚恐るべし。曖昧な笑いで誤魔化して、恵那の持ってきた羊羹を見やる。

「おぉ……」

 素晴らしい。そんなことを思いながら、均等に切り分けられた羊羹と抹茶に黎斗の目が留まる。手が勝手に羊羹への伸びた。まず、一口。とろけるようなまろやかな、それでいてクセの無い甘みが羊羹独特の香りと共に味覚と嗅覚を愉しませる。抹茶の苦みと芳香がそれを更に引き立て、羊羹を食べる手が進む進む。

「目がキラキラしてますな……」

 呆気にとられた様子の甘粕を尻目に至高の時間を満喫する黎斗。適度な歯応えの羊羹は、柔らかすぎず、しかし硬すぎず。甘粕から見ても一流の物であるとはわかるのだが、ここまでおいしそうに食べられるのは一種の才能ではないか、などと思わず思考が脇道に逸れる。見ているだけでこっちまで幸せになってくる食べっぷりだ。

「マスターは羊羹とラーメンが大好きですから。マスター、私の分も入ります? キツネ一匹分の羊羹なんてたかが知れてますけど」

「おぉ……!! さっすがエル、話が分かるぅ!!」

 上機嫌でぺろりと平らげる黎斗。一口で平らげた後、もっと良く味わって食べなかったことを後悔して絶望に打ちひしがれる。この光景を見て「今度来るときは和菓子を持ってきましょうかねぇ」などと甘粕が考えたりするのだがそれは別の話である。





「……まさか教主様が猿猴神君の復活を投げるとは」

「あてが外れたな。さて、どうする?」

 どこか遠く、離れた場所で。魔女王は庇護者と二人、想定外の事態に頭を抱える。神祖(アーシェラ)魔王(きょうしゅ)を用いて鋼の軍神である”中華の大英雄”を覚醒させる。使える駒が少ない彼女にとって、教主の持つ戦力がごっそり抜けたことは戦略の崩壊を意味する。———だが。

「いえ、まだです。まだここからです。幸い教主様はこちらの邪魔をしないと仰ってくださいましたし、生贄(アーシェラ)も返してくださいました。更に教主様ご自身もあちらへいらっしゃるようですし」

 日本はこれから忙しくなるとみてまず間違いないだろう。最凶の妖人が襲来するのだ。各地の警護に割く人員の不足はもはや決定事項だろう。本格的に彼女が動くならば大混乱は避けられない。それも首都に襲来するとなれば、なおさらだ。そう思い、事態を打開する可能性はゼロではないと自身を鼓舞す。

「予想外の状況に転がりましたが寧ろ僥倖かもしれません。これだけ大事になってきますとわざわざ私を追ってきてくださる黒王子様もそう易々とは動けないでしょう」

 アレクは彼女以上に顔が知られている。それだけでも術者が集結するであろう土地では相当動きにくくなるはずだ。おそらく彼も情報網は東京周辺にあるのだろう。日本の機関がこの近辺に集中しているように。ならば如何に神速の術を持っていたところで、派手に動けば発覚するのも時間の問題。一国の首都(とうきょう)神殺しの魔王(カンピオーネ)が三人。地雷原という表現すら生温い状況。

「更にアーシェラの事、そろそろ大陸の冥王様にも伝わる筈です」

 ここにジョン・プルート・スミスが加わったらどうなるか。トドメを刺し損ねたアーシェラを追って現地入りする可能性は十二分に存在する。そうなれば情勢は誰も読むことが出来なくなる。

「それも計画通りかね?」

 ”彼”のからかうような声に苦笑いしながら、彼女は計画を練り直す。

「まさか。元々露呈すると思っておりました。ただあの娘(アーシェラ)が他人に姿を見られたことで少々早まっただけですわ。これも嬉しい誤算です。」

 一都市に魔王が計四名という状況になってしまえば、彼女自身の存在などあってないようなものだ。不確定要素が入り乱れすぎていることが、逆転の可能性を導き出す、気がする。毒を持って毒を征す。どうせ教主に接触したことは賢人議会に伝わっているだろう。ならば、リスクを覚悟で欧州の剣王(サルバトーレ)東欧の侯爵(ヴォバン)にも接触すべきか。東京にこれだけ集結すれば、まず彼女の目論見は露呈しないだろう。金管楽器を演奏している隣の家でガラスが割れても誰も気にすることがないように。

「つきましては叔父様、少々お願いが……」

 あとは陽動の為に彼女の庇護者((・・・))の欧州(こちら)での目撃があれば十分だろう。欧州で隙をついて策謀を起こすように見せかけられればそれで目的は達したも同然。あくまでも庇護者を「偶然発見した」という形で済ませなければならない、ということが難易度を上げるが大して難易度が上昇する訳ではない。

「気取られる前に、全て終わらせます」

 確固たる決意と共に、魔女王は目的地を只々目指す。 

 

§29 そうだ、京都へ行け


「さーてやって参りました。お土産はこちらにありますグラビア雑誌ぃ……でいいかなぁ? 大将の趣味わかんないし」

「はいコレっ☆……なんて渡した瞬間ミンチ確定だと思いますけどね」

 店員さんに汚らわしいモノを見る目で見られて興奮するほど黎斗は変態((ドM))ではない。まぁ実際は恐らく黎斗の被害妄想なのだろうけれど。酒を土産に出来ればこんな苦労しなかったのに。元々、これから会う”彼”の趣味は酒と女くらいしか聞いたことがない。だが数百年前、つまり黎斗が合う前に何故か酒がトラウマになってしまったらしい。つまり土産は女となる。高校生の身では変な物は買えないのでグラビア写真が限界だった。

「こんな時にマトモに変化の術を覚えなかったことが裏目に出るとは…… 認識阻害使ったら万引きだよなぁ」

 変化の術を修めていないので、級友に見つからないように神経を酷使してしまいヘトヘトだ。修得してはいるのだが使えない、と言った方が正しいか。何処の世界に少年(ショタ)にグラビア雑誌を売る人間がいるだろう? 多大な精神の磨耗と共に土産を手にした彼は、電車の乗り換えを何度か失敗したものの、概ね平和に目的地に着いた。ただ行くだけでは癪なので、まったりと旅行気分で移動したのだがそれが仇となった形だ。もっとも富士山を見たり鹿と戯れたり寺社仏閣を廻ったり、修学旅行の如く愉しみ過ぎて危うく目的を忘れる所だったのだけれど。ひとしきり堪能した後で、彼らは山の麓に立つ。

「さてと、それじゃあ大将にご対面と行きますか」

 異界との境界を示す楔。其れは現世(こちら)幽世(あちら)を分かつモノ。これより先は人外魔境の秘められし土地。遙か過去、”ムコウ”へ行く際の目印に黎斗が打ち込んだ楔。目印を知らず知らずにその世界に迷い込むことを、神隠しと呼ぶ。目印を打ち込んで以来、神隠しに遭う人は飛躍的に減ったと聞いて、ちょっっぴり嬉しくなったのはどのくらい前の話だったか。そんなことを思いながら線の向こうへ進んだ黎斗は、ぼやけたようにかき消えていく。

「やれやれ。まったくもって面倒なことで。酒呑の大将元気かねぇ」

 彼の声だけが、静寂なる空間に響いていた。





 切っ掛けは、どっかのおエラいさん(スサノオ)からの電話だった。

「酒呑童子の奴の病が悪化したから、見舞い行ってきてくれや」

「はぁ? あの死んでも地獄を壊滅させて蘇りそうなあの大将が?」

 幽世に引きこもって間もない頃に、黎斗が単騎で挑む羽目になった巨躯の鬼神とその眷属達。破滅の呪鎖(グレイプニール)は数の暴力で引きちぎられ、破壊光線(カタストロフィー)は肉壁に阻まれ、邪気を切り裂く鋼の金棒と少名毘古那神の権能──矮小なる英雄(シタサキサンスン)──によって得た身体能力すら上回る圧倒的な力。蒐集してきた武具の数々を触れるだけで熔解し、須佐之男命から拝借した稲妻と竜巻すら彼の頑強な肉体は凌ぎきる。鬼の王。鬼の神。そう呼ぶに相応しいあの化け物が倒れたなどとはいくら情報源が須佐之男命とはいえ、はいそうですかと容易に信じれるわけがない。

「……そういや数百年程前に大将って二日酔いして、その最中に奇襲喰らったんだっけ?」

 確かそれが原因で酒嫌いになった筈だ。

「流石に酒が嫌になったらしい。一歩間違えていれば人間に殺されていたからな」

「あー、最初は酒で腹痛起こしたところを武士ズに首ちょんぱされたんだっけ?」

 複数相手にしていたからとはいえ、自分を苦戦させた存在が腹痛で武士相手に不覚をとったことを嘆くべきか、首だけになっても死なずほとぼりが冷めたころに偽の首をこっそりおいて復活した生命力を称賛すべきか。

「あの時は状況が特殊だった。まつろわぬ神の闘争に人間共が利用された、という方が正しい。毒酒を飲ませて行動不能にした時点で人間の出番は終わりだった筈なんだが……ま、それも過ぎたことだ」

 一歩間違えれば神殺しが爆誕していたのかと、今更ながら事の重大性に気付く。もし出現していれば今まで以上に面倒なことに巻き込まれていたのかもしれないと思う反面、引き籠り仲間が増やせなくて残念だと思う、相反する感情がせめぎ合う。

「さいですか。んで、何故に僕に来てほしいワケ?」

「先方のご指名だ。黎斗がいいんだとよ。準備をきちんと整えてこい、とも書かれているな」

 なんだかとってもきな臭いような。雲行きが怪しい気がする。

「準備?」

「あぁ。細かいことはあった時に話すらしいが、化物退治の準備を万全に整えてきてほしいんだとよ」

 化け物と言われた。そんな存在が出現していたら甘粕か護堂経由で情報が既に来ていてもおかしくないはずなのだけれど。それとも現段階では酒呑童子達しか知らないし、現時点では委員会とかの他組織にも伝えるつもりがないのだろうか。だが、何故伝えない? 酒呑童子に茨城童子を始めとした強大な鬼勢力、須佐之男命達古老組、と引きこもり軍団の暗部か何かだろうか?

「……いつかのチート猿みたく僕に封印手伝わせる気? 今度は京都方面の守護神でも作り上げるつもりなの?」

「鋭いな。だが残念、外れだ」

「じゃあなんでさ」

 しつこく聞き続ける黎斗にのらりくらりと躱していた須佐之男命もとうとう白旗を上げることになる。

「……お前もしつこいな。大方殺し合い(たたかい)の準備、だろ。ヤツは戦闘狂だし大いにあり得る」

 告げられる推測にしばし、絶句。

「おま、何故にこんなことに・・・」

 何が悲しくて戦いの為にはるばる関西まで行かねばならないのか。せっかく遠出するならば、観光旅行にしたかった。三馬鹿監督海外旅行くらいしか旅行らしい旅行がないのは些か寂しいものがある。

「んなもんやだよ。旅行して帰ろ。サイコロ用意して出た目によって行動変えるアレとか楽しそう」

「あー……「元」まつろわぬ神が戦いたがるワケ、聞かねぇの?」

「ん? そういえば確かに。戦い飽きたんじゃなかったっけ?」

「本人に聞け」

 電話口からでもわかるドヤ顔。いや、この場合ドヤ声というべきか。

「ふざけんな」

 携帯電話を切る。引っ張っておいて自分で語らず本人に聞かせるとは。何を考えているのだ。

「あんにゃろ……」

 とりあえずは支度して土産(わいろ)を持とう。もしかしたら人外バトルを回避出来るかもしれない。

「こっちは死んでも再出現(リポップ)しねぇっつうに・・・」

 こちらは神話と異なり、死んだからといって未来に復活出来る訳ではないのだ。「次」がないのだから”あちらさん”にもそれを弁えて行動してもらいたいものである。

「マスター?」

「エル、お留守番よろ」

 非戦闘員(エル)を連れていって守れない、なんて理由ではないが神経をすり減らしたくはない。エルは既に「偽りの灯火(イミテーション・ライフ)」によって蘇生させた身だ。躯が朽ち果てたとしても、黎斗さえ無事なら無からでも蘇生が出来るし中途半端な傷なら自動再生も可能なのだが、痛みはそのまま伝わるのだ。

「もし戦闘になったら、今回は前回と違って時間制限ない分じっくり腰を据えて戦う羽目になりそうなんだもん。エルも何回死ぬかわからんし」

 下手にエルと引き離されればエルが何十何百と再生の度に殺され「オレのそばに近寄るなああーーーーーーーーッ」の展開になりかねない。エルを随伴するのならば速攻撃破が最善手なのだが。

「一人や二人ならともかく、軍団の速攻撃破は結構ムリゲーだろ」

 神獣を余裕で凹る実力者がダース単位であそこにはいるのだから世も末だ。まつろわぬ神が出ても大丈夫だろう、と思えるような暴れっぷりを見せつけら、身を持って知ったのだから尚更そう思える。ちなみに前回は酒呑童子を「引きこもり」でなく「まつろわぬ神」と誤解した黎斗が酒呑童子消滅に動き、エルを引きこもり組(スサノオたち)への伝令役に使った。彼らが到着次第殲滅しようと考えていたのだが、やって来た須佐之男命に引き籠り組(おなかま)であることを教えられジャンピング土下座をかます羽目になった、というオチがついていたりする。

「……マスターは集団戦に壊滅的に弱いですからね。権能使って勝手に弱体化しますし。下手したら自滅ですし」

 相手の拘束(テュール)で右腕使用不可、超すごいびーむ(スーリヤ)で片目使用不可。今は夜行性でない為便利な邪気(アーリマン)を使うこともあまり無い。マトモに攻撃に使えそうな権能は今までほとんどなかったわけで。つまるところ黎斗は継戦能力が著しく低いのだ。神と連戦など滅多にない筈、なのだがこの千年位で十回近くも連戦に巻き込まれている。千年でこのくらいならば少ない、と考えて良いのかもしれない。しかし神との戦闘することなど普通は無いことを考えると十分多いどころか破格の回数といっても良いはずだ。実際相当なハンデを負って戦えば当然苦戦することになる。不死(ヤマ)が無ければ死んでいた、という局面など片手で数えられないくらいだ。もっとも真の切札(とっておき)を実際は温存してるので、本当に危機、といった場面にはなっていないと言えばなっていないのかもしれない。

「最近は防波堤(ごどう)がいるから連戦しなくていいかな、とか思ってたんだけどなぁ。変なの(りくようか)が来ていて挙句に大将とか、多分連戦フラグだよなぁ」

 判明している神殺しにまつろわぬ神を任せる腹積もりで今までバカスカと大技(スーリヤ)とか使ってきたのだが、なんだか不安になってきた。

「またそうやって変な言い方しないでください。そういうときのマスターの発言って八割方的中するんですから。あとで泣きをみますよ」

「……うっへぇ。勘弁してよぉ」

 泣き言を言いたくなるのだが、生憎とぶつける相手(スサノオ)はここにはいない。

「では私はここに残りますと言いたいのですが、それには少し問題が」

「へ?」

「ココ、住人が消えますよね?」

 部屋を示しながら聞いてくるエルに、相手の意図がわからぬままに同意する。

「そうだねぇ。エルくらい?」

「その間防犯の関係で鍵かけますよね? キツネ(わたし)はどうやって入れば?」

「んなもん例の呪符使って人に化けてから入れば……」

 ここでようやくエルの言わんとすることがわかる黎斗。見知らぬ美少女が隣人の家に勝手に入る。確かにおかしい。

「……お隣さんとかに顔合わせしてなかったからなぁ。裏目に出たか」

「……顔合わせしたらマスター、私と恵那さんと二人もオンナノコを連れ込んで何してるんだ、って話になりますよ?」

「……おぉぉ」

 周辺住民からどんな目で見られるか想像しただけで恐ろしい。ただでさえここ最近の夜は騒がしかった。三馬鹿相手に格ゲーで勝てない黎斗が恵那やエルに教えを乞うていたのだが、夜に女の子のものと思われる嬌声が男の部屋から挙がる。それも二種。ただでさえ変な目で見られかけているというのに。今はエルの姿を見た人がおらず、証拠が無いからまだ平和なのだ。もし証拠を与えてしまったら。近所のおば様方による井戸端会議の情報拡散速度は凄まじい。抑止する手段も無く、帰ってきた時には黎斗の評価は「美少女二人を手籠めにして侍らせている外道」になりかねない。護堂以上に最悪な人間になってしまいかねないではないか。

「最悪反町達が留守中に特攻してくる、か」

「私あの人たちからこの部屋を死守できる自信がありませんよ?」

 剣の王(サルバトーレ)に挑むだけの凄まじいアグレッシブさを持つ彼らをエルに止めてもらうなど不可能に近いだろう。寧ろ逆効果に近い。あの時も暴走の引き金(トリガー)美少女(エリカ)だった。そして今回も美少女(エル)元凶(トリガー)だ。止められない以上バレてしまうわけで。バレてしまえばもう平和な生活は不可能だ。つまりは黎斗のとる道は、一つしかない。

「……エル、一緒に行こうか」

 ここで「絶対に守るから」などと言えないところが黎斗なのだが、実際守れる確証がないのだからしょうがない。守ろうと努力するつもりではあるのだが努力だけで何とかなるほど事態を楽観的に見れはしない。

「最悪マスターの倉庫から色々物色すれば私でも下級鬼程度ならなんとかなりますよ、多分」

 とりあえずその言葉を信じて進むしか黎斗に残された手段は無かった。 

 

§30 鬼の王と正道邪道

「ようこそ、羅刹の君よ」

 結界を越えてすぐ、女性が振り向かずにはいられないような美青年が深々とお辞儀をした。とても丁寧で優雅なものであるため、黎斗は来た目的を思わず忘れてしまいそうになる。

「あぁ、ご丁寧にどうも……じゃなくって。茨城さんや、なんで今回僕が呼び出されたワケですか?」

 酒呑童子の片腕とも呼ばれる強大な鬼の一角、茨木童子。黎斗が戦ったのは一回だけだが現在まで生き延びているというのは黎斗をもってしても倒しきれなかった、という事実に他ならない。大軍で襲いかかっていた、という裏事情があったとしても其れは彼の力量を示すのに十二分だろう。実際問題、日光に封印した斉天大聖(おサルさん)茨城童子(このイケメン)は日本でまつろわぬ神が出没した時に駆り出される頻度が群を抜いて多い。もっとも最大戦力が体調不良者(しゅてんどうじ)おエラいさん(スサノオ)引き籠り(れいと)で悉くアテにならないのだからしょうがない。

「とりあえず大将の具合悪いって本当ですか?」

 最大の疑問点。回りくどいのは苦手だから単刀直入に。酒呑童子が体調不良というのは怪しい。正直サボりたい言い訳の気がする。兎にも角にも迦具土や八雷神、大国主といった須佐之男命の取り巻きがいなくなったことで戦力が激減した以上、茨木童子の出番はこれからも増えることだろう。まぁ、しばらくの間は護堂がその役目を担ってくれるだろうが。

「お館様の病は昔からです。貴方様と初めて殺し合い(たたかい)をする以前に。神にあっさりとのせられた人間共の毒酒によって」

「……マジですか。っかあれだけ暴れといて弱体化とか意味わかんねぇ」

 病人なら病人らしく寝ていろ、と思う。鉄棒片手に暴れていながら病人と言われても信じられるはずもない。

「人で無く鬼なんだから病人じゃなくて病鬼か」

「……? 何にしろ、お館様が弱っているからこそ、我らは一丸となり貴方様を迎え撃ったのでございます。もっとも、御老公がいらっしゃらねば全滅していたでしょうが」

 破壊光線の乱発に耐えていたとはいえ、その度に鬼の数は激減していた。確かに全滅させられるかは時間の問題だったとはいえ、それだけ乱発していては黎斗の呪力が尽きてしまう。その後で酒呑童子との連戦になれば厳しい戦いになることは否めない。

「大将を倒せなかった時点で僕の負けでしょうに」

 苦笑いしながら茨木童子の後に続いて山中を進む。一つ目や三つ目、赤鬼や青鬼といったお約束(テンプレ)がひしめき合う様は昔話を思い出させる。前は戦っていて気付かなかったが思わずその光景に一瞬目を留まらせてしまう。

「青鬼が居るよ。……親戚にガチホモ的な鬼はいませんよねぇ?」

「マスター、馬鹿なことを言ってないでください。茨木様を見失いますよ?」

「へいへい」

 尻尾でぺちぺち頬を叩くエルに降参の意を示して、黎斗はやや速足で茨木童子を追いかけた。





「坊主、久しぶりだのぅ」

 大広間の上座で悠然としている、と思いきや。

「具合悪いってマジだったのか……」

 鬼王は布団から体をやっとの思いで起こす有様だ。周囲に用途こそわからないが、巨大な魔法陣が幾重にも彫られている。

「一応、お土産持ってきた。グラビア雑誌居る?」

「カカカッ。貢ぎ物ご苦労。無用の長物だが、まぁ受け取っておいてやろう」

「えっらそーに……」

「実際偉いお方ですけどね」

 ふてくされる黎斗と宥めるエル、といういつもの構図に酒呑童子は笑みを浮かべる。

「なによ大将。まーいいけど。……要件は何?」

 黎斗の問いに笑って答えず、鬼王は彼に問いを返す。

「この多数の陣、なんだと思う?」

「質問に答えてよ。……ったく、病を治す目的じゃないの?」

「否。否よ。そもそも鬼を致死に至らしめる神便鬼毒酒を直接飲んだのだ。今生きているだけでもたいしたものよ」

 確かにあの酒を飲んだ鬼は酒呑童子(めのまえのオニ)を除いて全員死んだという。それを考えれば生きているだけで格の違いがわかるような気もする。

「自分で褒めるんかい。っかさ、酒を直接以外でどーやって飲むんだか」

「この陣は、儂の理性を保たせる術式よ」

「……は?」

「坊主よ、貴様の来る頃合いはばっちたいみんぐだったぞ」

 鬼が外来語を使うと違和感がものすごい、などとこの時の黎斗に考える余裕は無かった。理性を保たせると、鬼の王は確かに言った。その言葉が意味することは、つまり——!!

野生の(まつろわぬ)神に戻る気かよ大将!? 何考えてんだ!!?」

 泡を食って詰め寄るが、当の本人は涼しい顔。

「儂の寿命はもう尽きる。忌々しいこの毒酒によって。ならば、最後に満足のいく殺し合い(たたかい)をして逝きたいというのが人情だろう」

「もうヤダこの戦闘馬鹿たち!!」

 たまらず黎斗が悲鳴を上げる。

「大体なんで僕なんだよ!? 介錯なんざ須佐之男命に頼めばいいだろ。闘いがやりたいなら他の神殺し達に喧嘩を売ればいいじゃない」

それでは駄目だ(・・・・・・)

 突然、声音が冷酷なものに変貌する。

「坊主、貴様は騙し討ちを肯定するか?」

「イキナリ何を……」

「答えろ」

 突然の変調に黎斗はまったくついていけない。どうやら変なところを刺激してしまったらしい。

「……肯定は、しないかな。まぁ相手がクソ外道だったら別にいいけど」

 しょうがないので個人の感想を述べる。もうこうなったら彼の望む選択肢でないと即ゲームオーバー、などといった鬼畜仕様ではないことを祈るだけだ。

「くは、ははははは……!!」

 果たして結果は吉とでたらしい。突然笑い出す酒呑童子。

「それだ。それだよ。水羽((・・))黎斗((・・))」

 初めて、名前を呼んだ。今までずっと坊主で通してきたのに。

「卑怯。貴様は確かに今そう言ったな? それこそが、貴様を選んだ(・・・)理由だよ」

「な、何を言って……」

「貴様は異質なのだよ。奸計謀略騙し討ち。それらに忌避感を抱くお前こそが、儂の最期の相手に相応しい」

 貪欲に勝利を求める姿勢、この態度事態は嫌いではない。しかしこれが悪化した姿勢、悪く言えば”勝利の為に手段を選ばない戦略”を黎斗は好まない。だから黎斗は最善手を取らない事が多々ある。それによって死にかけたことなど枚挙にいとまがない。酒呑童子が「異質」と称した所以だろう。だか、何故そこまでこの鬼は黎斗の内心を見抜けるのか。

「確かに卑怯は嫌いだけどさ。何故わかったの?」

「愚問だな。我らは拳で語る存在。一度戦り合えばそれでわかる」

「熱血な回答入りましたー……」

「毒酒を飲ませて騙し討ちなど、王者の所行に非ず」

 人間達に毒酒を飲まされ討伐された、酒呑童子の本音。「鬼に横道無し」と源頼光らに叫んだ鬼は首を斬られた。致命傷を受けてなお、この鬼は死なずに生き延びた。都へ持ち帰られた首だけで頑強な結界に囲まれた京から逃亡することに成功したのだから大したものだ。

「……」

「だが結局は騙された方が悪い、のだよ。我らの世界ではな。それが我らの闘争だ。だから、他の輩では駄目だ。自らが危機になれば容赦無く誓いを破る連中達ではいかん。搦め手などと言って奸計を用いる者達など願い下げだ。両者は同一に在らざるなり。いざ勝負と参ろう、黎斗よ。正攻法で儂を突破してみせろ。正道にて儂を打ち破ってみせよ」

 放たれる言葉の数々に、黎斗は絶句し硬直してしまう。神から、このような申し出を受けたのは初めてだ。

「儂はもう直に消滅するだろう。再び現界するのが何時になるかなどはわからん。故に、だからこそ、己が幕引きは満足なものにしたい。正々堂々、全力での闘争を。血湧き肉踊る、悔い無き闘争を——!!」

 渾身の叫びは、破壊を伴うまでになっていた。物理的な威力を持った彼の声は、屋敷の屋根を吹き飛ばし、畳を遙か空に巻き上げ、巨大な柱に軋み音を強制する。結界のお陰で、黎斗の周囲こそは無事だが、辺りは惨々たる有様だ。思わず溜め息が出てしまう。

「……はぁ。大将、屋敷ぶっ壊してどーすんの?」

「これから死ぬ儂には、関係のない話よ。闘争に勝てばお主を葬った後に毒で死に、負ければお主に殺されるのだから。既にこの屋敷には儂以外住んでおらん。全員退避済みじゃ」

 なんとまぁ、準備の良い事だ。しかも白装束ときた。

「元々儂が幽世(こっち)に来たのは、身体を蝕む毒酒の影響を抑えるためだ。こちらならば多くの気を取り込めるから治癒も楽だしのう。だが、もう取り返しのつかないところまで儂の身体は壊れておる」

 立ち上がるのも辛そうな顔色だが、その瞳は強く黎斗は制止出来なかった。

「このまま酒で朽ちるよりは、戦場で死ぬことこそ本望よ。人間共を滅ぼすのも悪くないとも思ったが、お前と闘ったあのひと時。あのひと時より愉しい時は今まで無かった。やはり、終幕はお前との死闘以外考えられぬ」

 潔く、求めるものは正々堂々とした勝負。この局面で逃げることは出来なかった。

「死にゆく者の最期の願い、か。断るに断れねぇよなぁ、ホント」

 もしこれが神便鬼毒酒でなければ、もしもっと早く事態を知っていれば。少名毘古那神の権能で調合する秘湯の湯で治癒出来たかもしれない。だが、全ては遅すぎた。今から治癒しようにも手遅れだ。神便鬼毒酒などと言った規格外の毒を解毒できるほど少名毘古那神の権能は特化されていない。

「まつろわぬ神として、坊主を迎える準備はとうに出来ていた。あとは陣で理性を保っていられる間にお前が来るか、半ば賭けだったのだが間に合って本当に良かった」

 笑みを浮かべる酒呑童子。呪力が急激に膨れ上がっていく——!!

「理性を保てる陣は儂の先程の叫びで壊れた。悪いが死への手向け、付き合ってもらうぞ!!」

「美少女じゃなく鬼のおっさんだった、ってのがアレだけどさ。そこまで思ってもらっていたなら、応えないワケにはいかないよね!!」

 威勢よく啖呵を切って構える黎斗だが、すぐに目を疑う光景を目の当たりにしてしまった。

「……え?」

 襲い来るのは有象無象、数多の鬼。視界を埋め尽くさんばかりの鬼の群れが、黎斗へ向けて殺到する。

「おいおいおい大将、一対一(サシ)じゃなかったのかよ!?」

 ヤマの時より大軍なのが手におえない。エルを肩にひたすら逃げつつ非難する黎斗に苦笑いをし、鬼の大将は口を開く。

「ったって、コイツらは茨城童子達(なかまたち)とは違って儂の能力で生み出した輩だからなぁ。坊主も使い魔が居るのだ。これで手打ちとしようぞ」

「んな、滅茶苦茶な!?」

 確かに以前は雲霞の如くだったけれども。前回と比べれば数は少ないし茨城童子達が居ない、と楽といえば非常に楽なのだが、それでも数が多くてやってられない。流石は鬼の首領と言うべきか。

「マスター。三号機の使用許可を」

「エル!?」

 言うが早いか飛び出した狐は人に化け、黎斗の影に手を伸ばす。

「あぁもう、任せるよ!?」

 黎斗の了承と同時に、影が開く。紫の長髪が眼前を通り過ぎ、現れるのは鈍色の輝きを放つ重火器(ガトリング)。影からその全容を現した瞬間、転移中は封印されていた重量がずしりと大地にのし掛かる。台車に乗った巨大な砲身が重力を思い出したかのように地面に落ちて重量級の音を醸し出す。

「いっきますよー!!」

 地面に薬莢が散乱し、周囲に轟音が鳴り響く。魔鉄(オリハルコン)を加工して作られた弾丸は、黎斗の馬鹿馬鹿しい呪力を宿され毎分三百発、という速度で鬼の群れに襲いかかる。連射性能が今から見れば皆無なのは、素体が旧式(レトロ)だからに他ならない。戊辰戦争の際の速射砲(ガトリング)一基、これを基本(ベース)に改良したものだからだ。つまり皆がわからなかったので手を着けなかった部位。そこを黎斗が中途半端に弄くった結果だ。

「やっぱっ! 反っ動がっ!」

 不慣れなせいか重量的に仕方がないのか、エルは兵器(マシンガン)の反動に耐え切れず、発射するたびにガクンガクン揺れていた。それも痙攣にしか見えないレベルで。紫の長い髪が激しく動きもはや顔がほとんど見えない。反動に耐え切れないせいか時折発されるエルの悲鳴も爆音でほとんど聞こえない。

「うーむ。これは改良の余地大アリだな」

 砲台に好き放題振り回される美少女、というある意味絵になる構図だが演出しているのは地獄絵図だ。速射性能こそ低いものの神殺し(れいと)の呪力を限界まで込められた魔弾は、鬼を容易く貫き引き裂き吹き飛ばす。叢雲くらいの神獣でない限り、この段幕を突破することは叶わない。数多の戦鬼は接近することを許されずに消えていく。

「うわ……」

 しかし鼓膜をつんざく酷い音と一緒に、破壊の痕跡も量産されていく。足を喪った鬼や腹に大穴が空いた鬼が手を伸ばしている様子が非常にグロテスクで恐ろしい。トラウマものの光景だ。

「世紀末すぎるわ」

 とりあえず魔弾が有効であることはわかった。この分ならば軌道上に衛星を作って魔弾製ミサイル投下、なども良いかもしれない。こちらの方が近未来的でカッコいいし、相手に妨害されにくい。そんな技術を周囲の存在が誰も持っていないから現時点での実現は厳しいのが難点か。とりあえず今出来るのは地雷辺りか。地雷原を作り、そこに上手く神獣を誘導できれば今よりラクに斃せるだろう。一々術者が決死の覚悟で挑む必要が無くなる。

「僕が魔弾とかは作る必要があるしその原料も一月の間に作れる量決まってるんだけど、一考の余地はあるか」

 完成すれば神獣の出現程度ならば黎斗達(チートたち)の出番も恵那達(ぎょくさいぶたい)の出番も遥かに減ってみんなニッコリの幸せな未来だ。引き籠りライフも万全になる。

「いずれは聖絶の言霊もよく調べなおして対神殺傷能力上げた改良版も作りたいもんだねぇ。僕に出来るとは思えないけど。それが出来れば更に引き籠ってられる。……まぁカンピ量産時代になっても困るけど。ハメを外した同族狩りやる事態になりかねん」

 某灼眼の少女みたいな役など面倒くさくて真っ平御免だ。

「戦の最中に考え事とは余裕だなぁ坊主!!」

 殺気に思わず振り向けばいつの間に接近していたのであろう、酒呑童子が鉄棒を振るうのが視界に写った。

「いっ!!?」

 ———間に合わない!!

「死ぬがよい」

 黎斗の行動より早く、釘バットのような形をした鉄棒が、黎斗を遥か彼方へ吹き飛ばす。

「マスター!?」

 あらかた雑魚(オニ)を掃討したエルが絶叫を上げた。初となる従者の悲鳴と共に、古の魔王は再生を遂げる。

「っはー……やってくれ——」

 言葉は長く、続かない。その脚力はどれほどのものか。復活中に再び襲ってくる衝撃。再生しきる前に、再び黎斗は塵となって飛ばされる。残骸が大地に激突する瞬間に、接近した酒呑童子の殴打が再び黎斗を粉砕する。

「ちょ……!?」

 再生が、間に合わない。一秒でもあれば完全復活出来るのだが、一秒の隙を酒呑童子は許さない。攻撃を受けつつも事態が把握できるのは黎斗くらいのものだろう。傍から見れば超高速で勝手にあちこち飛び回る物体が、集合とミンチを繰り返しているのだ。周囲から見てそれなのだから、当人に理解できるはずもない。まして目玉が飛び散る状況下で視覚が使い物にならないのだから尚更だ。もっとも、こんな状況になる前に普通は死亡しているだろうが。

(抜け出せないな。このままだとジリ貧か……)

 辛うじて思考は出来るが、それだけだ。鉄棒を受け止めようにも黎斗の腕力では強化しても受け止めきれず、粉砕される結果は変わらない。

(ワイヤー引きちぎるとか大将の力ってバカだろ絶対)

 まずは体勢を整えたい。酒呑童子の勢いを一瞬でも殺せればなんとかなるのだ。その一瞬を殺すために色々手は打った。ワイヤーを足元にしかけるも、彼の前に意味は無く。植物で襲うも、やはり意味は無かった。受け止める、というのは最終手段なのだ。

(マズったなおい……ホントにこりゃ死ぬぞ。しょうがない。最終手段もダメとくればしょうがない。極力使いたくなかったが非常手段(フェニックス)だ)

 フェニックスの権能を発動、吹き飛ばされる瞬間に未来(・・)に跳ぶ。

「……ぬっ?」

 必殺の鉄棒は空を切った。違和感を感じた酒呑童子の瞳は、次の瞬間驚愕に染まる。

「よぉ大将。マジでッ、容赦ッ、無ぇぞッ!!」

 完全復活を遂げた黎斗が、ゼロ距離射程で、三昧真火を叩きつける。道術の最高峰たる紅蓮の業火は、周囲を根こそぎ焼き尽くす。

「あの猿猴神君(サル)ですら致命傷となりうる術だよ。流石に大将でも無傷じゃ済まないっしょ」

 距離をとりつつ追撃の準備。鬼が消えていないということは、彼の大鬼神は生きている、だが倒せてなくても、相当な深手は与えたはずだ。

「甘い、甘いわぁ!!」

 白煙を消し飛ばし現るは、無傷に等しい巨躯の鬼王。——未だ、健在。
 

 

§31 鬼と人と

 爆炎をものともせずに襲い掛かってくる鬼の王にさしもの黎斗も背筋が冷える。

「ったく、コレ効かないとか鬼畜すぎだろ……!? だったら!!」

 炎が効かないならば、水で押し流す。炎タイプには水攻撃が定石だ。酒呑童子が炎タイプならば、同様に効く筈。試してみる価値はある。まさか吸収して超強化、などといったオチはないだろう。

「エル、ちょっとデカいやつやるから逃げてて!」

「えぇ!? マスターいきな」

 ガトリングを回しているエルを無理矢理黎斗の影に押し込み隠す。エルを強引に隠し黎斗がその場から飛びずさった直後、彼の居たところにクレーターが一つ。間一髪で酒呑童子の鉄棒から逃げられたようだ。

「あぁ……試作兵器が……」

 嘆いてばかりもいられない。敵は距離をとっていれば勝てるような、そのような生易しい相手などではない。

「契約により我に従え荒海の支配者」

 黎斗が口を開いた瞬間、莫大な呪力が渦を巻いた。

「来れ (そよ)ぐ波風 原始の大海 震えて満ちよ水面の滴 全て呑み込み押し潰せ」

 普通に唱えては神に敵う筈もない。いくら古代の大魔法といえども神々を相手取るには荷が重い。所詮は人が扱える程度の代物。だから、魔改造した呪文を続ける。それこそ”神”でないと使えないような禁忌の呪文。

「いと広き大地に生くるものよ崇めよ いと深き冥府に蠢くものよ恐れよ いと高き御空に住まうものよ畏れよ」

 更に力任せに呪力を注ぎ込む。まつろわぬ神相手にも深手を与えられるように。

「其は蹂躙也『始源の海嘯』」

 全てを無に帰す大津波は周囲に倒れ伏す鬼達と共に、巨躯の鬼王を押し潰す。

「ぐぉお……!?」

 呻き声は、濁流の爆音に一瞬で掻き消され、黎斗の視界を凄まじい奔流が埋め尽くす。

「さて、いかに大将がチートでも……」

 これなら深手を負っただろう、と口にしようとして辞めた。それではフラグではないか。

「静かだし、殺ったか?」

 水の奔流が通り過ぎた後には静寂が残った。水滴が地面に落ちる音すらよく響く。日光が水たまりを照らし、濁りの無いそれは黎斗の冴えない顔を写した。これは存外なんとかなったか、と胸を撫で下ろそうとする黎斗だがそうは問屋が卸さない。

「あぁ、やってくれたなぁ、黎斗よ……」

 やはり、というべきか無傷とまでは言わないが軽症の酒呑童子が土砂の下からその体躯を持ち上げる。放り投げれれた木材が黎斗の背後へと超音速で飛んでいく。

「まいったねこりゃあ……」

 これもダメか。この分だと他の呪文も効かない公算が非常に高い。確実な勝利を求めるのならば破壊光線(カタストロフィー)を筆頭に遠距離からバカスカ攻撃すればなんとかなりそうではある。だが。

「付き合ってやるって言っちゃったしなぁ…… しゃあない、殴り合い宇宙と洒落込みますか」

 だまし討ちで敗北した鬼神。闘争を求め、その果てに己が全力を振るうことが終ぞ叶わなかった哀しき鬼王。それを思う。理性が消滅し同等の存在との殺し合い(たたかい)が出来なくなることを畏れ、傷が癒えるまで幽世に引きこもる。その闘志に敬意を表し(もっとも敬意を表していても真似しようとは思わないし傍迷惑な闘志だと思ってはいるのだが)応えてやろう、と珍しく熱血展開に黎斗が入る。

「どうせなら、最期まで我儘に付き合ってやるかね」

 幽世ならば、被害が周囲に出ることは無い。遠距離権能抜き(インファイト)で雌雄を決する、もっともこれは黎斗個人のエゴであり、相手がそれを望んでいるかはわからない。その時の気分でこんなことをやるのだから、自分も相当歪んでいるな、と苦笑する。影から取り出すは投擲用の剣の数々。飛び道具はアリだろう。相手だって丸太とか投げてるし。

「さて、いくぞ大将」

「こいや小僧!!」

 初手から最大加速(ブースト)、すれ違いざまに死角から投げつける無数の剣は、酒呑童子の肉体に触れた瞬間に熔解していく。

「やっぱダメか。認識していなくても発動するとかちょいとばかし面倒だな」

 反撃で振るわれる金棒を避けるが、次いで襲ってくる衝撃波の勢いは殺しきれなかった。後ろに吹き飛ばされ出来た隙を逃さぬように、鬼神は追撃の手を増していく。フランベルジュを取り出し金棒を切り裂こうと試みるも、肉体と同様触れるだけで熔解する。

「これなら!!」

 左手を翳して障壁を作成。マモンの権能(チカラ)で空気を金属化、銀の楯を作り呪力を流し強化する。触媒としてうってつけの銀ならばあるいは。その目論見は、見るも無残に打ち砕かれる。

「弱い楯など見せるなァ!!」

 一撃。まるでなかったかのように、銀の防護壁は掻き消され、金棒は黎斗の身体を吹き飛ばす。

「!?」

 全身を粉微塵にされなすすべなく飛ばされる黎斗だが、大地に激突する瞬間には再生し受け身をとることに成功する。粉微塵にされた際に仕掛けたワイヤーも、屈強な肉体の前では役に立たなかった。彼の足元に散乱している引きちぎられた残骸が、それをはっきりと示している。

「どうしたどうした神殺し!? スサノオと殺りあった力はその程度か!?」

 鬼神の俊敏な動きは迷う暇も与えてくれない。角が五つに目が十五。異形の怪物と化した彼の攻撃は苛烈を極める。

「ワイヤーは熔解していない。熔解する条件はなんだ?」

 突進してくる酒呑童子。振り下ろされる鉄棒を紙一重で避け、鉄棒を持つ鬼王の腕を黎斗自身の背後へ引く。

「ぬ!?」

 右足を軸にして左足を鬼神に叩きつける。体勢を崩した酒呑童子に回避は不可能だった。背中に直撃した黎斗の蹴りが、酒呑童子を吹き飛ばす。

「ふっとべ!」

 素手での格闘は予想外だったのだろう。意外過ぎるほどあっさりと、黎斗の一撃が決まった。

「あの巨体でこうも飛びますか。っかアレは不死身だろゼッタイ」

 小休止をとる暇も無く立ち上がる鬼に、根負けしたくなってくる。

「賢しらな技を覚えたか。だが、それで儂を止められると思うなよ!」

「……えぇい、ロンギヌス!!」

 黎斗の影から飛来する運命の槍(ロンギヌス)が、鬼神の躰に傷をつける。若干穂先が熔けたものの、しばらくすれば回復するだろう。

「この程度で勝ったつもりか?」

 黎斗がロンギヌスを構える頃には既に躰は完治している。有効打が与えられない状況に、黎斗が舌打ちをしてもしょうがない。

「埒があかん。闇の総帥(アーリマン)が使えれば、くっ」

 邪気化させた手足での攻撃によって直接魂を削り取る。徒手空拳はあまり得意ではないのだが、武器が封じられている以上この戦法しか使えない。触れれば即死には至らずとも相手の生命力を奪えるのだ。これが使えないのは正直厳しい。友愛の神(アーリマン)で使える能力だって——

「あ」

 今は護堂の権能(ウルスラグナ)が使えるではないか。光り輝く剣が使える。

「だがそれなら迦具土の権能使った方が早いか?」

 しばしどちらを使うべきか考える。迦具土の権能は単一権能故か権能以外にも様々な状況で使えるので汎用性が高い。迷うところだが、相手の手札総数は不明であることだしこちらも手札を隠しておいた方が良いかもしれない。切り札は最後までとっておこう。今の状況で切れる札はまだいくつかあるのだから。

「まずは万里谷さんの力を借りるか」

 霊視の力を裕理から拝借。狙うは金属無効化能力の正体。これさえなくせば攻撃は通るのだ。幽世補正も相まって、裕理本人(オリジナル)でないにも関わらず、知りたいことの霊視をすることに成功する。

「んで、次は”戦士”で! ……さて、大将。悪いがこっちも色々いくぞ」

 黄金に輝く剣を、霊視によって得た知識で補強し強化する。

「鬼に金棒。この諺にあるように鬼の武器は鉄製だ。っか鉄の塊だ」

「また小賢しい武器を。しかも何を言い出すかと思えば」

 嘲笑するような酒呑童子の言葉。それも当然。まだ輝きは小さく今のままでは脅威に成り得ないどころか、傷をつけることすらままならないだろう。だから、黎斗は言葉を紡ぐ。敵の手札を破壊する鬼札(つるぎ)が、黎斗の手中で輝きを増していく。

「愛嬌のある鬼もいるけどさ、多くの鬼は朝廷の反逆者として、退治されてきた。だから鬼とは敗北してきたお上に抗う者達とも言えるんだが、さっきも言ったように鉄を大将達は武器として使うよなぁ? ……ところでその武器、どっから手に入れた?」

 他愛無い雑談。しかしそれがもたらした効果は絶大だった。ぴしりと、空気が凍る気配。鬼神はおそばせながらようやく察する。眼前の剣は、今まで見てきたどんな剣よりも凶悪な代物であると。

「鬼伝説のあるところに鉱山有り。現に大江山(ココ)、昔から金山郷と言われた大鉱山地帯なんだってね?」


「小童が!!」

 襲いくる鉄棒を金色の剣で両断する。今回初めて与えた有効打に、思わず黎斗の顔に笑みが浮かんだ。

支配者(おエライさん)は鉄が欲しい。武器としても。農具としても」

 鬼神の格闘を回避しつつ言霊を込める。単純な身体能力は依然脅威だが、単純な力”だけ”ならば対処のしようもあるというものだ。

「ところで製鉄民は製鉄の過程で廃棄物を川に流すよね。そしたら川の水で農業を営む農民からしてみればふざけんな、って話になるわけだ。両者の間で抗争が起こる。支配者(おエライさん)にとってコレって絶好の大義名分じゃない? 悪者をやっつけて、同時に鉄も手に入る」

 輝きを見るに威力は十分だろう。そう感じつつも、念のためのダメ押しの言葉も忘れない。

「一つ目鬼なんかはその典型例だ。産鉄民のシンボルは一つ目。なぜならば燃え盛る炎を用いる作業で目をつぶるから。火勢で目を潰すことも多いから。天目一箇神も、キクロペスも、バロールも鍛冶に何らかの形で関わってる」

 不意に、どこかの図書館で読んだ内容を思い出した。たしかそれは———

「あぁ、そうそう。なんだかんだここまで言ったけどさ、”鬼”を昔話とかに登場する「人に災厄を齎す存在」とするならば。川を汚染し稲を枯らす産鉄民って」

 袈裟斬りで一閃。呟いた言葉が伝わる前に、神速の剣は敵を裂く。

「———農民にとっては”鬼”だよね?」

 後ろに跳躍する鬼神を追撃せず、袖口に忍ばせたクナイを投擲。熔かされずに突き刺さるクナイは鬼神の肉体を抉っていく。

「……ここらは奥田継夫さんの受け売りだけどさ。言い回しはすごい秀逸だと思うの」

 雲霞の如く浴びせられるナイフの群れは、酒呑童子を追い詰めていく。

「これでワケのわからんその能力は封じたぞ大将。チェックメイトだ。やれやれ、鋼を自在に操る製鉄の民ならば火も水も効かんわなぁ」

 火も水も、鋼を作るのに必要なことを考えれば最上位の魔法で傷一つ与えられなかったのも納得がいく。

「ま、素直にここは行きますよ?」

 決意を決めて右手に持つは、かつて彼の鬼神を切り裂いた業物。人は其れを童子切安綱、と呼ぶ。左手に持つは、かつて彼の同胞を断ち切った業物。人は其れを鬼切、と呼ぶ。

「……虚無へと還れ。鬼の帝王。ホントは童子切と鬼切じゃなくて蜘蛛切と鬼切の方が良いんだろうけど、ここは雰囲気重視ってことで」

 柔らかい物腰だが黎斗の眼光に鋭さが交じる。鋭利な刃が煌めくのと鬼神が半分の長さとなった得物を振り下ろすのはほぼ同時だった。

「ちぃっ!!」

 耳をつんざくような金切音と共に、鉄棒は塵芥と化して砕け散る。細断された破片がキラキラと宙を舞う。一瞬だけだが、鬼神の視界を欠片が遮り黎斗の姿を覆い隠す。その刹那が勝敗を決めた。

「はぁッ!!」

 まずは一撃。左手で胴薙ぎ。鬼切は、鬼神の腹を捉えて切り裂いた。そして二撃。返す刀で切り上げる。

「ぐぅぅ……!!」

 押し込まれ後退する鬼神を追撃し、黎斗は右手の剣を振るう。体勢を整えさせる暇など与えない。

「三のっ、払いッ!!」

 童子切を右上から振り下ろす。回避すること敵わず、斬撃全てをその身に受けた鬼の王の体躯は見るも無残な有様に変わっていく。

「まだだ!!」

 これだけ傷を受けてもなお抵抗する鬼神の、神速でこちらへ迫る右腕。神殺しすら容易く握りつぶすであろうその暴虐な力も、当たらなければ意味などない。

「いい加減、倒れてよ!」

 開いた掌に左手の鬼切を全力で突く。寸分違わず撃ち込まれた刃は、鬼神の腕を大樹へと縫い付ける。刀を持つ手もあまりの衝撃に潰れてしまう。叩きつけようと振り下ろされる左腕は、童子切安綱を持つ黎斗にとってなんら脅威足り得ない。彼が右腕を動かすと同時に、肘から先は無数の斬撃をしっかりと浴び肉片となって飛び散った。

「はぁ、はぁ……」

「……」

 突きの反動で潰れた左腕を再生し、息も絶え絶えな酒呑童子に止めを刺そうとして————大鬼神が豪快な性格であったことを思い出す。

「僕からの餞別だ。とっておきを、くれてやる」

 再びアーリマン経由で護堂(ウルスラグナ)の力を発動。山羊の力で雷を呼び出す。カイムの力で植物の意思をかき集める(といっても近場に生命はなくだいぶ遠くからなのでかなり減衰しているが)。これを、八雷神に上乗せする。

「ウルスラグナとカイムと八雷神のトリプルコンボ、多分相当痛いよコレ」

 零距離でならば権能を使っても大丈夫だろう。もう決着はついたも同然だし。

「さて、またいずれ会う日まで」

 別れの宣告(ことば)と共に、八匹の龍が酒呑童子の肉体を貪っていく。高電圧と凄まじい熱量を保有する彼らは、存在するだけで周囲の空間を歪ませて爆発を巻き起こす。

「よくやった……」

 最後にそう聞こえた気が、した。





「うぇっ、ペッ…… うぅ……口に泥が……」

 視界を焼く閃光に目を閉じて歯を食いしばったのが運の尽き。爆風によろめき開いた口に飛ばされてきた土が入っていく。

「おぇえ…… ゼロ距離は流石に問題ありまくりか」

 気を取り直し周囲の状況を伺ってみれば、黎斗と酒呑童子が激戦を繰り広げた場を除くと、大津波に全て薙ぎ払われたのか草の根一つ残ってはいない。

「随分見晴らしがよくなったなぁ……」

「派手にやりましたね、マスター……」

 影から頭だけだしたエルが、周囲を見回し呆れて言った。

「大将相手に加減なんか出来ませんー。さて、せっかくだから茨木童子に挨拶したらそのまま観光して帰りますかね。反町達ににしんそば買ってこい言われてるから京都の土産物屋に寄らなきゃだし。……にしんそば売ってるかなんてわかんないけど」

 巨大なクレーターとなった跡地に石を積み上げる。まるで賽の河原のように。軽く祈ってから黎斗は去った。再び顕現した時は戦わなくて良いように願って。





 そして。

「ふむ。奴((・))と再戦前の景気付けにちょうど良い。光栄に思え。魔女王、貴様の思惑に乗ってやる。その神、狩ってくれるわ」

「ふふふ。それでは私はこれで失礼致します」

 東欧の老王、動く。 
 

 
後書き
どこかで鬼の話/奥田継夫
読みやすいのでオススメです、と紹介してみたり(爆
こういった形での引用もアウトですかねぇ(汗

読んでて農民にとっては鬼〜のくだりがすげえと思ったんですよホント


……鬼について言霊とか無謀なことにチャレンジする気は無かったんですけど知っちゃった以上はやってみようかな、と(何
まさか僕が再び言霊の剣を使うと誰が予想しただろういやない!!(反語
酒呑童子から微妙に論点がズレてますがスルーで(汗



呪文は某魔法先生っぽく
それっぽく見えます?
おわるせかいが好きでした(聞いてない


……と、ここだけ後書きは再掲載ですっ 

 

§32 観光旅行と逃亡劇

「マスター!!」

「速い、速いからぁ!!」

 向日葵のような笑顔で手を振るエルと、今にも泣きそうな声で叫ぶ黎斗。現在地、伏見稲荷大社。キツネに縁のある場所だからか、我が家のキツネ様はここの見学をご所望だ。紫の髪がすごい速度(※黎斗主観)で鳥居を潜って駆け抜ける。

「はえぇよちょっと……」

 自力で追い付くのは無理だ。情けない話だが呪力で強化でもしない限りエルに追い付ける見込みは全くない。ましてエルは普通と違う方法で変化しているため身体能力は同年代の女子と比べても底辺、贔屓目に見て平均クラスの筈なのだ。女の子に負ける身体能力であることに多少悲しくもあるがここで泣いたら負けである。

「こっちですよー!」

「えぇぇぇぇるぅぅぅ……!!」

 呪力を、足に込めて、跳躍。先程までののろまさが嘘のように機敏に動き、あっという間に追い付いた。

「やっと追い付いた……」

「マスター、反則はだめですよー」

「やかましい」

 せっかくだから観光しつつまったり帰ろうと思ったのに、どうしてこうなってしまったのだろう? まったりできないではないか。

「……とりあえず食事にしますかね」

 食事をすれば落ち着いてくれる、そんな願いを密かにこめてファーストフード店へ。ファミレスは混んでたので諦めた。

「オンナノコ連れてココですか……ファミレスならいざ知らず、そんなんじゃ彼女出来た時に愛想尽かされますよ? まぁ恵那さんとかは何処でも良さそうですけど」

 呆れた視線に天を仰ぐ。まさかキツネに人付き合い(それもデートについて)を教えられることになるとは。複雑すぎる心情は、反論する気力を根こそぎ奪っていく。

「なんかもう負けたよ……」

「反省してくださいね」

 まったくもう、といった顔でジュースをちゅうちゅうと飲むエルにため息しか出ない。

「ため息つくと幸せ逃げますよ?」

「誰のせいだ誰の」

 机に突っ伏す黎斗とは裏腹に涼しい表情のエル。紫苑の髪が冷房の風に吹かれてサラサラと揺れ、周囲の視線を釘づけにする。

「外見弄りすぎたか……?」

 恐らく浴びている視線は護堂がエリカやリリアナ、裕理と一緒にいる時とほとんど同じくらいだろう。ただし見知らぬ土地だからか、無遠慮な視線が突き刺さる。いささか人間離れした美貌にしすぎたか。

「まぁ、マスターと須佐之男命が徹夜作業で美少女ゲーム何本もプレイして決めてくださった容姿ですし? 現実離れした姿(チート)なのは当然かと。正直マスターの美的センスだと絶望しかなかったのですが玻璃の媛の助言もあって万全状態でしたしね」

「謙遜しないのね……」

 美少女であるのは事実だが、護堂の周囲にいると美的インフレが凄まじいので突出してエルが美少女、とは言い切れないと思うのだけれど。

「まぁ気に入ってもらえて何よりですよ……」

「マスターが決めてくださったものを私が気に入らないとでも?」

「……真顔で言うな恥ずかしいわ」

 駄目だ。今日はエルに勝てない。

「ちょっとジンジャエール貰ってくる」

 頭を冷やすためにレジに並びに行く。戦略的撤退だ。





「こっちだー!!」

 レジに並んでいる間にエルがナンパされていた。そこから始まる逃亡劇。エルの迷惑そうな表情を見るに、数人がかりでしつこく絡んでいるようだから「ちょいと失礼〜、エル、行くよ」と言って連れ出したらこの有様だ。

「……ホント、ついてねぇ」

 エルと手を繋いで必死に走る。否、エルに引っ張られて必死に走る。

「ちょっとマスター!!」

 数分前まで「こういうのも青春ですよね!」などと笑顔で言っていた名残はどこにもない。エルの声が切羽詰まったものに変化しているがどうしようもない。

「「「まてやゴルァー!!!」」」

「ちょ、ちょっとタンマ……!!」

 京の街道を爆走する黎斗と不良達、という構図には残念ながらなりはしない。黎斗が遅いからだ。何事か、と一瞬周囲の視線が集まるも友人同士の微笑ましい交流として見られているらしく笑顔で軽く流される。正直この不良軍団の仲間にカウントされるのは勘弁してほしいのだが、反論する余裕も気力も残っていない。

「はぁ……はぁ……」

「マスターだらしないですよ!?」

 呪力で強化(ブースト)しているエルと違って黎斗は強化をしていない。息が上がってもう限界だ。

「ちょっと、ちょっとでいいから休ませて……」

 食べて飲んだ直後にコレはキツイ。急激な運動でお腹が痛い。壁に身体を預けて息を整え小休止。

「野郎、何処行った!?」

 非常に近くで男の声がする。これは、不味い。このままでは逃げ切れない公算が非常に高い。最悪呪力による強化も視野に入れる。

「強化すると変態速度叩きだすからなぁ。あんま人目を引きたくないんだけど……」

「手加減とか認識阻害とかは駄目なのですか?」

 小首を傾げて尋ねてくるエルに返す答えはいかにも「魔王」らしいといえばらしいものだった。

「いや、正直「かなり走るのが早い人」なんて演じたことないからどれくらい呪力使えば良いかわからないし、認識阻害はなぁ……」

 黎斗の使う認識阻害とはつまるところステルス迷彩だ。消音機能は、無い。まぁ足音を消すことは自前で出来るのだが……

「ぶっちゃけ呪文ばっかに頼ってちゃダメだと思うんだ」

「もやしの分際で何を言いますか」

 即答された。少し泣きたい。

「ホントのトコはさ”視られてる”からあんま力を使いたくないのよ。僕は流浪の守護展開してるから術発動しても呪力反応とか一切ないじゃん?」

「……いつからですか?」

「わからない。とりあえず雑草達に聞いた範囲だと僕たちがファーストフード店に入って少ししてから、かな?」

 流浪の守護は遠隔監視の術も遮断する。これを相手が疑問に思うかもしれないがそこはそんな呪物を持っていると誤解してくれることを祈るしかない。つまり相手の監視手段は自身の視力強化による監視しかなく、だからこそ黎斗が今まで気づくことが出来なかったわけなのだが。

「ここなら相手の視界範囲外だから大丈夫な筈。今監視者は見える位置に移動しようとしているんじゃないかなぁ?」

「呪力を変に用いれないのが流浪の守護の欠点なんだよなぁ」

 個人情報を調べられたら黎斗の貧弱っぷりがバレてしまう。呪力強化をすれば身体能力が上昇するので不良からは逃げられるだろうが、流浪の守護で呪力反応が隠されている以上監視者からすれば「突然身体能力がおかしくなった」としか思われないだろう。

「ただでさえ目立ち始めてるんだからあんまり疑惑を深めたくないんだよねぇ」

 突飛な発想ではあるだろうが呪力強化をしても気取られない権能、と疑われてしまう可能性だってある。

「流浪の守護解除はダメですか?」

「却下、相手が霊視能力者で無い保証がどこにもない。霊視バレとか洒落にならない」

 相手がどんな技能を習得しているのかわからないのだから、最悪を想定して動くに越したことはない。この場所で話しているのだって今の位置なら口の動きが読まれないとわかっているからだ。相手が読唇術を持っているかもしれないことを考えると見晴らしの良いところではこんな会話を出来はしない。

「監視がつくか。予想以上に早かったな」

「そんな呑気にしてて大丈夫なんですか?」

「正直、あんま大丈夫じゃない」

 エルをここに隠して不良に大人しく凹られてくるしかないのだろうか。

「痛いのはイヤなんだけどなぁ……」

 かといって戦ったら不良の負う怪我が心配だ。二桁近い人数を、武器無し呪力使用不可でエルを守りながら、周囲に被害を出さないように、病院沙汰にならない程度に撃退することは流石に出来ない気がする。武器が使えれば別なのだが……

「銃刀法違反はしたくないなぁ」

「当たり前です」

 どうしよう。詰んだ気しかしない。

「ワイヤーで上手く縛り上げられるかなぁ。両足切断とかになったら笑えねぇぞおい」

「恵那さんの時は雁字搦めに縛れましたよね?」

 恵那の時とは条件が違い過ぎる。不良共は更に手加減しないといけないのだから。呪力強化が出来ないから超人的な技巧の糸使いも厳しい。糸を動かす速度を今の黎斗では完全に出せない。

「こっちか!?」

 足音が近づいてくる。もう余裕は無い。

「対象の人数が増えすぎなんだよ。……しゃーない、やってみるか」

 影から糸を取り出す。こちらは身体強化と違って見てわかる行動ではない。流浪の守護の影響下でも大丈夫なはずだ。

「市販の糸だけど買っててよかったわ。不良に媛さんの特注品は勿体ない」

「見つけたぞー!!」

 不良がゾロゾロと現れる。増えに増えたその数は一クラス分くらいいるのではないだろうか?

「糸、足りるかなぁ……」





 時刻が若干、前後する。

「ここ、ですね」

 明らかに、この建物だけ違う。他を隔絶する実力を誇る彼女ですら注意深く観察せねば気付かない程に隠しているが、詰めが甘い。

「一度敷地内に侵入してしまえば異常性がありありとわかりますね」

 邪悪な類は入ってくるだけで即浄化されてしまいかねない、圧倒的な清浄さ(・・・)。そしてこの建物で一番特異な所、そこに「彼」がいる筈だ。

「正面から突破してこそ、ですね」

 そう呟いた彼女がインターホンを鳴らす。

「留守、ですか。私の襲撃を見抜くとは流石というべきですね。……私が来た証でも残しておきますか」

 人差し指をドアにちょん、とついたところで。

「あーあ、黎斗の奴留守にしやがって。公欠取れるような活動なんかしてたか?」

「俺は知らないぞ。それよりも黎斗と草薙護堂はクズ野郎だ審議会をいつ開くかについ……」

「どうした反ま……」

 硬直した二人。と後ろから来るもう一人。

「二人ともどう……」

「……」

 しばし見つめあう三人と一人。

「美しいお姉さん、そこでお茶でもどうでしょう?」

 一番最初に硬直した反町が一番早く我に帰った。何故ここに、とか誰だろう、といった疑問は因果地平の彼方へ投げ捨て、神速をも超える速度で彼女に迫りアプローチを開始する。

「「反町てめぇ!?」」

「な、なんですかお前たちは……」

 無礼者、と一括するのは簡単だ。だが「彼」の屋敷の前でそれは拙い。今の自分は挑戦者なのだ。礼を尽くす側の存在なのだ。彼女には彼女の矜持がある。その矜持が、更に事態を悪化させる。

「黎斗に用事ですか? 奴はしばらく旅行に出ていていませんよ。言伝なら俺が預かります。そこでじっくり話しましょう」

 キラリ、と光る歯を見せて、教主の手を取る高木。彼女の背筋に鳥肌が走る。

「ぶ、無礼者!!」

 予期せぬ事態に思わずどもってしまい、結果としてそれは火に油を注ぐ形になる。

「ぐはっ。ご褒美ですありがとうございます!!」

「ひぃい!?」

 鼻血を出して倒れる男。突如の事態にらしくもなく悲鳴を上げてしまう。

「怯む姿も美しい……!!」

 ゆっくりと起き上がりながら一歩一歩近づいてくる男。一体こいつは何者なのだ!

「ち、近寄るのではありません!! 下がれ下郎!!」

「ぶほっ!」

 罵倒するとまた鼻血を吹き出し倒れ―――また起き上がり幽鬼の如く蠢く眼前のナニカ。 

「もっと、もっと罵ってください!!」

 そして意味不明な事をのたまう、思考回路。千の言語をもってしてもこいつらとは会話出来ないのではないだろうか。いや絶対にこんなやつらとはしたくないが。

「俺にも罵倒の言葉を!!」

「お前ら抜け駆けするんじゃねぇ! 俺を踏んづけてください!」

 鼻血を出しながら、目を爛々と輝かせる三人に教主はかつてない恐怖を覚える。武神すら畏れない自分が!

「は、離しなさい!」

「そんなつれないこと言わないで」

 後ずさりながら手を振るうも、こちらを掴む少年の手は吸盤の如く吸い付いて離れない。しかも気付けばいつの間にか残りの二人もすぐ近くにいるではないか。まさか、自分に気取られぬように動くとは。この三人只者ではない。

「貴様、名のある武芸者ですね!?」

「武芸者ってなんですかお姉さま」

「ええぃ、お姉様とこの私を呼ぶのではありません!」

 真面目に問いを投げればふざけた答えが返ってくる。肌を確かめるように触ってくる手が気持ち悪い。

「……もう限界です」

 己の愚かさを悔やませてやろうと彼女が本気になろうとして。

「……お前たち、そこの人困ってるんだからやめとけ」

「何を言っている草薙、お前に俺たちの気持ちがわかるか!!」

「誰でもいいからそこのお前、この者たちをなんとかしなさい!」

 悲鳴じみた怒声を上げる教主。羅濠教主と草薙護堂、二人の出会いは色んな意味で酷かった。 

 

§33 類は友を呼ぶ?

「あーしんどー……」

「お疲れ様です、マスター」

 雁字搦めに縛られて路上に放置される者。吊るされてぶらぶらしている者。柱に縛り付けられている者。路地裏は死屍累々といえる惨状に変貌していた。もっともよく見れば彼らはほとんど傷を負っていないことに気付くだろう。ちなみにこちらは無傷なのはエルだけで、黎斗はかすり傷を負っている。

「さっすがに、この数はキツいわ」

 軽くズボンを叩いて埃を落とす。相手を極力傷つけず無力化することの、なんと難しいことか。数人ならなんとかなるが十数人ともなると黎斗も無傷とはいかなかった。

「ヤンキー達もこれで懲りるといいんだけど」

 相手で一番の重症者は宙吊りになっている少年だ。紐の跡が赤くてちょっぴり痛そうに見える。それに紐で吊るしたことによって血の巡りが悪くなっているだろうから、これからしばらくは血色が悪いかもしれない。

「ったた……」

 頬に手の甲に、いくつかある傷も超再生の力ですぐに治っていく。数秒後には傷があったことなどわからないだろう。

「一応、再発防止策でもとりますかね。あんま気が進まないけど」

 黎斗ならともかく、エルが襲われたらひとたまりもない。最悪の場合を考えて、不良軍団の荷物を漁り始める。次やったらどうなるのかを、直接身体に教え込む方が早いし確実なのはわかるのだが、痛めつけるのは黎斗の趣味ではない。

「あ、あったあった」

「マスター、ワルっぽいです……」

 痛めつけて縛り上げた挙句に財布を漁っているのだ。こちらが不良呼ばわりされても仕方ない。

「しょうがないじゃん」

 財布や手帳を探して、学生証や保険証といった身分証明賞を抜き出す。携帯電話のカメラで一つ一つ撮っていく。お金を抜くのは良心が咎めるから、無しで。ついでに指紋も左右計十本、全て貰っていく。

「さて、記録完了。これで警察にいつでも突きだせる」

 相手の携帯電話番号およびメールアドレス、自宅の電話番号は既に黎斗の携帯電話に赤外線で送信済みだ。ここまでやれば悪さは出来まい。一人悦に浸る黎斗だが、陽気な着信音がその幻想をぶち殺す。

「……ゑ?」

 ———発信者、甘粕冬馬。

「マジ?」

 どうしよう、いやな予感しかしない。しらばっくれようか?

「マスター、バックれても事態は悪化するだけかと」

「ですよねー」

 覚悟を決めるしかない。

「……もしもし」

「もしもし。悪い知らせと良い知らせ、どちらからお話ししましょうか?」

 開口一番から碌でもない。悪い知らせは現実になりそうだ。まして今回の彼は単刀直入。普段だったらおふざけが入るだろう展開なのに、その気配がないことが更に黎斗を不安にさせる。

「……良い知らせからお願いします」

 どうせ落胆するのが目に見えているのだ。ならば良い知らせから行こう。

「黎斗さんにお客様がお見えです」

「は?」

 意味が分からない。来客が良い知らせ?

「どういうことですか?」

 良い客か悪い客かどうやって判別したのだろうか。というより、何故甘粕が黎斗宛の来客を把握しているのだろう?

「次に悪い知らせですが」

「ちょ」

 強引に話題が切り替わる。良い知らせと銘打っておきながら甘粕自身もあまり良い知らせとは思っていなかったのか、などと少々場違いな事を考えていた黎斗の思考は、

「黎斗さんのアパート、全壊しました」

「はぁああああああああああああああああ!!!!???」

 甘粕の発言に、理性を全て削り取られた。携帯に向かって唾を飛ばし猛反論。

「ちょっとちょっと、意味わからないよなんだよそれ!?」

 あのアパートに住んでいるのは黎斗達だけだ。おまけに留守にしていたから人的被害は皆無だろうが、そういう問題ではない。あそこには黎斗が必死に溜めてきた、ライトノベルに各種コミック、PCゲームに携帯ゲームといった黎斗のお宝(たましい)が眠っていたのだ。それが、全壊。

「全壊って何だよそれ!?」

 発狂する黎斗を周囲がドン引きした目で見ているが、生憎構っている暇はない。

「来客者((・・・))の方と草薙さんが戦われまして、その余波で……」

「ごどぉー!!! あんの人でなしぃぃぃ!!!」

 往来(セカイ)の真ん中で親友(ごどう)に叫ぶ。

「ママー、あのお兄ちゃん変だよー」

「シッ!! 見ちゃいけません」

「……マスター、周囲からの視線が痛すぎます」

 打ちひしがれる黎斗に向かって、無垢な幼児が追撃をかける。

「黎斗さーん? 大丈夫ですか?」

「大丈夫なワケないじゃん……」

 流石に屋外でこれ以上の暴走は出来ない。しっかりと理性を保たねば。SAN値の貯蔵は十分だ。

「続けますよ?」

「……お願いします」

 現実をまずは把握しよう。

「私たちも事態を把握したのはつい先程なのですが」

 前置きをして語り始める甘粕。その内容に唖然とする。

「僕の知り合いを名乗る魔王サマ(カンピオーネ)がアパートに襲来。反町達とモメてるところに護堂見参、その魔王サマと交戦。苦戦しつつも相討ちに持ち込む。んで、その際の主戦場が僕の家、と」

 突っ込みどころしかない。

「わけがわからないよ…… 僕にカンピオーネの知り合いなんかいないぞ。ヴォバン侯爵や剣の王はお会いした記憶はあるけれど」

 彼らがわざわざアパートに訪問に来るなんてありえない。

「しかも反町達と何があったんだよ。アイツら無事なの?」

 カンピオーネと対峙して無事に済む筈が無い。ドニと戦った時は相手が手を抜いていたことに加え黎斗が間に合ったから良かったものの、あれは幸運が重なった結果だ。護堂が間に合ってくれたのか。

「いえ、その、まぁ……」

「……」

 妙に煮え切らない甘粕の態度に黎斗の脳裏に最悪の結末が思い浮かぶ。いや、そんな、まさか———

「非常に申しあげにくいのですが、彼らは来客者のお方に多大な精神的苦痛(トラウマ)を与えていただけで無事です。というか、とてもお元気です」

 何だそれは

「……イタズラ電話だったら切りますよ?」

「イヤホント、ホントですから、信じてください!!」

 必死な甘粕の様子を見るに、全く納得できないが彼の言は事実なのだろう。

心的外傷(トラウマ)て。何やらかしたんですか……」

「美女を目の前にご友人三人の理性(リミッター)が解放されたらしく……」

 なんということだ。馬鹿も極めればそこまで行くのか。

「……まぁ、義母さんも言ってたけどカンピオーネ(ボクら)は基本、愚か者だからなぁ。類友ってことか? 激しく釈然としないけど」

 ただひた向きに己の欲のままに振舞う者。そう考えればわからなくもない。だがとても納得のいく話ではないし黎斗の同胞が戦闘狂、大量破壊のプロ、ハーレムの盟主とただでさえ一緒にされたくない存在が並んでいるのにそこに変態×3が追加とか何のイジメだろう? 同類扱いされたことを原因に裁判起こしても勝てそうな気がする。

「……? すいません電波が悪くて聞こえなかったのですが。何とおっしゃいました?」

「あぁ、気にしないでください」

 よくよく考えれば人間の前で義母(パンドラ)の話はよろしくない。電波が悪かったことに感謝する。

「あー、じゃあ被害者、もとい魔王様は無事だったんですか?」

「セクハラ受けた魔王様はたいそうお怒りでして。草薙さんがなんとか相討ちに持ち込んだ形ですよ」

「……へぇ」

 護堂の戦闘を見られなかったのは残念だが、助太刀なしでそこまで出来れば上出来だろう。強くなっているようでなによりだ。

「それで、激戦の余波で黎斗さんのアパートが全壊。跡地が今クレーターになってますよ」

「……もう叫ぶ気力残ってませんよ」

 クレーターとはこれまた酷い。痕跡すら残っていないではないか。こんな芸当が出来るのなら、護堂達は建物の解体業者をやれば大成功する気がしてならない。

「……とりあえず護堂に変わっていただけますか?」

 文句の一つでも言わないと気が済まない。ラノベを返せ。マンガを返せ。

「残念ながらそれは無理かと」

「え?」

「草薙さんは先程、日光東照宮の方へ向かわれました」

「逃げやがったな!?」

 甘粕の微妙な声に違いに気付くことなく、黎斗は綺麗に誤解する。現地では護堂とヴォバンが戦っている頃だろうか。万全を期すならば黎斗にも事情を伝えて日光に行ってもらうべきなのだ。だが、現在日本は地雷原と化している。選択肢を一つ間違えただけで国土消滅(ゲームオーバー)となってしまう程の。有史以来ほぼ全ての魔王が一つの国に集まるなどあっただろうか?

(黒王子や剣の王の動向が不明な以上、黎斗さんまで動かすわけにはいきませんしね)

 甘粕も事情を包み隠さず伝えて協力を仰ぐべきであることはわかるのだが、勝手に誤解して勝手に納得している黎斗に逐一ツッコミを入れて訂正していくのもそれはそれで大変そうだ。

(本人は認めていらっしゃいませんが今までの戦果からみても黎斗さんは十中八九魔王陛下ですしねぇ。オマケに今回のお客様の話でクロと判明しましたし)

 彼女((・・))の言を全面的に信用するならば、水羽黎斗はヴォバン侯爵に次いで活動年数が長いカンピオーネであると断言できる。活動年数と実力を=で結びつけるには早計にすぎるが、一つの指標にはなるだろう。それだけの間、死線を越えてきたことの証明にはなるのだから。

「……まぁいいや。今夜にでも飛行機で帰りますので、詳しい話はまた後程」

 こちらの反応を待たずに通話が切れる。事情の説明をする前に終わってしまった。いくら黎斗が「甘い」王でも説明責任を果たさないのは拙い。

「恵那さんの件もありますしねぇ」

 護堂が移動した時点では日光に護衛として行っている恵那の無事は確定なのだが、今も無事である保証はない。彼女の実力なら大丈夫だろうが現地では只今神殺し同士の激闘真っ最中なのだから。何が起こっても不思議ではない。現地との通信ももはや敵わない状況になっているし。

「説明させてもらいますか」

 黎斗に再び電話を掛ける。出ない。数分後にメールが来る。バスに乗っていて電話が出来ないらしい。状況説明をする旨を送ると、東京に帰った時に聞くという。

「あんまりしつこく言うのも拙いですよねぇ」

 これは事前説明は諦めるしかないか。

「飛行機とか予約とられたんですかねぇ」

 もしかしてこれから飛行機の便の予約を取るのだろうか?

「こちらでとりますよ、っと……」

 メールで黎斗に予約を取る旨を送る。数秒後に「お願いしますm(__)m」の文が携帯電話の画面に踊る。

「ははは。お任せください、と」

 チャーターやVIP席はやめてくれ、と先手を取って懇願されたのでエコノミークラスで二席を予約する。この分なら今夜にはこちらに戻ってこれるだろう。

「黎斗さんがいらっしゃったら馨さんと会議ですね」

 黎斗がどこまで力を出してくれるか、賭けの部分が強いが誠意を見せれば、悪いようにはしない筈だ。されたら困る。

「まったく、残業手当だけじゃなくて魔王交渉特別手当も欲しいところですよまったく」

 甘粕の呟きは、まさに過労死寸前の会社員のそれだった。 

 

§34 撃墜されても死亡フラグになりはしない

「さっすが甘粕さん。まさか発信直前の飛行機に僕らを割り込ませるとは」

 出発まで十分を切った飛行機に予約していない人間を捩じ込むなどといった荒業をこなしてしまう会社員(ニンジャ)の力量に黎斗は脱帽することしかできない。ウルスラグナの”風”みたいに権能のムダ遣いはしたくないから飛行機で帰る予定だったのだけれど、まさか空港について即出発できるとは。

「僕の代わりに降りた人、ごめんなさい」

 穏便な方法で納得させて降りてもらったのだろう、きっと。そう思うことにしてさっさと飛行機に乗る。もう出発まで五分弱しかない。

「ホント、無理が通れば道理が引っ込むよなぁ」

「マスター、口動かす暇があったら急いでください。人様の迷惑になってます」

御尤も。のんびり話していると他の乗員の迷惑になってしまう。こんなことで他の人たちに文句を言われるのは真っ平ごめんだ。

「おっと、りょーかいりょーかい」

 座席は簡単に見つかった。座って一息つく。ふと渇きを覚え道中で購入した飲料で喉を潤す。

「……ふひぃ。やっぱり小岩井はコーヒーだねぇ」

 知人に勧められたのだが、確かにコレはいける。今まで飲んだ中で一番かもしれない。

「りんごもなかなか、良いですよ?」

 苦笑いをしながらエルが答える。恐ろしい勢いでペットボトルの中身を空にしていく光景を目の当たりにすれば当然かもしれない。もっと味わって飲めばよいのにという思いと、そんなに好きなのかという呆れにも似た感情が交差する。ちびちび飲んでいるから、エルのペットボトルはまだ一割弱しか減ってはいない。

「飲み物のよくまぁそんなもたせられるねぇ……っと、絶景絶景」

 微妙にふと、窓の外に目をやれば、次第に離れていく。徐々に上昇していく機体。さて、しばらくは優雅に空の旅行と洒落込もう。ビルの灯りを遥かな高みから見るのは、何やら自分がとても偉い存在に変貌した気がして嫌いではない。





「気のせい、か?」

「どうされました?」

 ふと感じた、妙な気配。前にもこんなことがあった気がする。

「ん、なんか変なカンジがして」

「疲れているんじゃないですか? いくらなんでも旅客機内で喧嘩吹っかけてくる人はいませんよ」

 エルの指摘は至極正論だ。テロでもない限り飛行機内部で事件など発生しないだろうし、その程度の相手なら大事になる前に瞬殺することだって黎斗ならば余裕である。心配する要素など皆無ではないか。

「怪我人や病人が発生したら少名毘古那神の権能で作った飲み物を飲ませれば一時的な誤魔化しは効くしねぇ。杞憂か」

 妊婦に陣痛が来た場合はどうしようもないが、そんなものだろう。あとの事態なら”一応”対処は可能だ。もっともその後の記憶操作が非常に手間になりそうだが。全員の記憶を矛盾なく、自然に修正するというのは非常に難度が高く面倒くさい。

「そうですよ。そろそろ深夜なんですから周囲の迷惑にならないようにしてくださいね」

 しっかりエルに釘を刺され、黎斗は軽く謝りつつ目を閉じようとして―――

「やっぱ違う!! この気配は――!?」

「マスターうるさ……!?」

 悲鳴を上げる黎斗に迷惑そうな目を向けたエルや乗客は、直後異常な事態に気付く。機内の電源が一斉に落ちた。次いで、振動。カンピオーネの野生の勘とかそれ以前の問題でヤバいことがわかる。

「―――!!」

 連鎖的に挙がるのは悲鳴にすらならない悲鳴の数々。空中(ソラ)を落ちていく牢獄は、一瞬にして阿鼻叫喚の渦に叩きこまれた。

「まずいか!?」

 地表まで何mかはわからないが、乗客全員を救出しようとすると普通にやっては一人では十中八九無理だろう。見捨てるのは目覚めが悪いし、権能は温存しておきたかったのだけれどしょうがない。非常事態だ。

「歪め。我が名の下に刻を示さん」

 周囲がスローモーションになる。否、黎斗の時間軸のみが超加速する。加速する時間の中で自分の影を倉庫と繋ぐ。まずは、エルを押し込んで入れた。

「ちょっと入っててな」

 加速している黎斗の言を、もちろんその言葉をエルが理解することは無い。今の黎斗を認識できるものなどこの機内には存在しない。 

「よっ」

 強引に影内部にエルを投入する。まず、倉庫番を入手だ。民間人を逐次投入していくことにするのだが、時間加速が解除された時に一般人を上手にエルが誤魔化してくれることを期待する。

「次は、民間人ズだね」

 旅客機内を、駆ける。一人一人に手刀を叩き込み、あるいは道術で意識を落とし。それらを影に投げ入れ続ける。個人荷物も同時に入れることを忘れない。幽世に送り込むことは一般人にとって致命傷なので、一人一人の身体に守りの呪法も刻み込む。耳なし芳一のように、全身に呪力のルーン文字を書き込むのだ。仕上げに四大天使の結界を張ってワイヤーで縛る。これを乗客回数分繰り返すのは流石の黎斗も時間がかかった。時間加速していなければ、まず墜落前に終わらせることは出来なかっただろう。

「時間外労働に残業手当欲しいわあぁもう」

 一人でぶつくさと文句を言いながら作業を続ける。もっとも「好きでコレやってるんでしょ?」と言われたらハイその通りですとしか答えられないのだけれど。自分(とエル)だけなら権能なくても問題なく逃げられた訳だし。第一残念なことに、残業手当を請求しようにも請求先はどこにもない。黎斗が所属している組織は学校と福祉施設くらいだ。どちらにしてもこんなことを請求するのはお門違いと言うほかは無い。

「甘粕さんに掛けあうのは……悪いよなぁ」

 くたびれかけた(ニンジャ)に請求しようものなら彼の心労を更に増やすことになりかねない。なんかとっても申し訳ない。残業代は最悪レアメタルを大量生産して密輸なりなんなりでカバーしよう、と考えてこれではお金が手に入るだけで残業代とは全く関係が無いことに気が付いて愕然とする。

「っと、終わり!! あとは機長だけ……!!」

 取り留めもないことを思いつつ手を動かした結果、スチュワーデス(今はFAというべきか)を含む職員全ても影に入れ、残るは機長室のみ。現実時間は十秒超えたかどうか、といったところか。

「ドア邪魔!!」

 瞬間的にドアを粉砕し、その奥へ。機長も同様にして幽世へ送る。

「結界と縄で二重の防壁、更にルーン守護で大丈夫だと思うんだけど……」

 一般人を幽世に放置など経験がないからどれだけ保つのかわからない。出来れば即解放してあげたい。いくら防御策を揃えても人間がどうなるかなど、試したことが無いからわからない。

「あぁ!! 大荷物忘れてた!」

 トランクを始めとする別室に送られた大量の荷物。アレを探さねば。何処だ。

「ダウンジングマシン何処だっけ!?」

 虱潰しに探すだけの時間はおそらくもう無いので、ダウンジングマシンを慌てて影から取り出す。さっき大量の人と荷物(いらないモノ)を入れたせいで倉庫が滅茶苦茶で取り出すのにとても時間がかかる。

「あぁ、もう!時間がないのに!!」

 苛立つ黎斗の周囲にはアムリタにエリクサに栄光の手に賢者の石、ヒヒイロカネの塊に仙丹と、魔術師垂涎の品が並ぶ。オハンや村雨、レイピアなどの武具も転がり黎斗の蒐集品(コレクション)の公開会場と化している。その巨悪っぷりは、床に転がる武具の数々を適当な騎士に装備させるだけで世界最強クラスの騎士団が完成するほどだ。

「くっそ、某青タヌキが映画で秘密道具即出せない理由が良くわかる……!!」

 あわや床が見えなくなる、という所でようやく目当ての物――オリハルコンのダウジング――を見つけ出す。

「よし!」

 黎斗の影が突如広がり、蒐集品の数々をひとつ残らず呑み込んでいく。強引な仕舞い方だから十中八九倉庫は荒れているだろうが片づけはまた今度。今は荷物の回収が優先だ。

「こっちか」

 ダウジングを片手に走り出す。目指す先は、すぐに辿り着く。壁は全て力技で強引に突破した。呪力強化万々歳。蹴るだけでドデカい穴が開く光景はもはやギャグにしか思えない。

「ここで全部か?」

 影が広がり残すことなく荷物の数々を喰らい尽くす。最後にもう一回ダウジング。忘れ物が無いことを確認する。残りはもう、無い。

「さて、あとは脱出だな」

 古代魔術で飛行機破壊も考えたが、痕跡を探られるのは困る。強大な呪力反応&旅客機墜落事件などと報道された日には魔王(じぶんたち)が関わっていると高確率で看破されるだろう。なにせ魔王密度が恐ろしいことになっているらしいし。霊視能力者がわんさか到来していても不思議ではない。証拠を残さず、破壊する。呪力反応すらも残さずに。

「我は無知なる闇の神。怒りに震えし邪悪の化身……!!」

 闇の神(アーリマン)の能力を発動。生命を奪いし邪悪な波動が飛行機を多う。無機物であるにもかかわらず、飛行機は一瞬にして侵蝕されて腐敗し破壊された。空中で塵も残さず消滅する機体。ガスの類も残さず全て消滅した。飛行機の消滅と同時に、時間の流れが元に戻る。時間加速も時間切れだ。

「これで二次災害の被害は無いかな」

 飛行機の外へ出るだけならば邪気化による転移で済む。だが、飛行機程の質量を持った物体を空に放置は危険すぎだ。下手をすれば死傷者が何百と出るかもしれない。海に落ちて魚達に文句を言われるのも、困る。故に、徹底的に消滅させる。心の中で航空会社に謝罪して、自由落下に身を任せ、しばしスカイダイビングと洒落込もう。

「あー、空が暗い」

 仰向けに落下しつつ、夜空を眺める。犯人は目星がついているし、この高度では相手も手出しできはしまい。重力に引かれ、大地に向かって落ちていく。

「転移して逃亡……は不味いか。下手したら都心で災害(バトル)になる」

 諦めてここで決着をつけようか。

「っと、そろそろまったり落ちていくのは拙いかな」

 自由落下の最中に呟く。邪気で背中に翼を形成、仰向けから直立へ姿勢を変更、更に落下速度を減衰させる。地表が見えてきた。そろそろ人目を気にしないと拙いかもしれない。こんな時間にこんな辺鄙な所、いる人はいないだろうけど。

「さて、と大方予想はついているけれど襲撃者は―――!?」

 言葉は闇の彼方に消える。原因は、無数に飛来する剣。見当違いの方向へ飛んで行ったように見える剣も、空気抵抗が原因か進行方向を黎斗の方へ向ける。気付けば前後左右上下斜め、あらゆる方向から剣がこちらへ向かってくる。時間差をも交えて巧妙に放たれた全方位(オールレンジ)攻撃を全段回避することは不可能に等しい。

「あぁ、もう。舐めんな!」

 回避しきれない部分は両手両足で叩き落とす。受け身ではキリがないので、牽制程度にナイフを投擲。地上より追加で襲いくる剣に真っ向からぶつかったナイフは剣もろとも砕け散る。砕けた破片の数々は、勢いを残したまま四方に飛んでいき、別の剣の軌道を逸らす。勢いが強いものはそのまま剣を破壊している。結果、黎斗の方へ向かってくるのは剣も欠片もありはしない。

「連鎖反応万々歳」

 気の抜けた声を出して下に目を向ければ、銀に輝く巨大な剣が迫っている。これは流石にナイフで迎撃出来ない。

「邪気化でスルーしても良いんだけど呪力が勿体ないしねぇ」

 嘯いた黎斗の前方空間で細い何かが蠢いた。順調に向かってきていた鈍色(・・)の巨剣は、黎斗の眼前数mの所で、その動きを止め―――直後、大量に分割されて落下していく。

邪眼(ぼく)の前で、飛び権能は無駄だよ」

 邪眼で切れ味を鈍らせ、特注ワイヤーで切り刻んだ。

「これで終わりかな?」

 地表を睨む。攻撃を仕掛けてきたのは予想通り―――

「にしてもやってくれるなぁ、オイ……!!」

「やぁ、お久しぶり」

 好戦的な目で見つめる欧州最強(サルバトーレ)()剣士(ドニ)。不敵な笑みと共に黎斗の前に再び姿を現した彼は、翼を顕現している黎斗を見て、嗤った。 
 

 
後書き
これで再投稿の分は終わりです

鈍足不定期な更新になるかと思いますがお許しを(汗 

 

☆ネタバレ注意のまとめ用

 
前書き
とりあえず最新話部分に。
次の更新時にでも小ネタ集の次辺りにこの話は動かします。
あ、この話は見なくても全く問題ありません(笑 

 
ネタバレになりすぎない程度で纏めてみました
こんなカンジでどうでしょう?
まぁそうは言ってもネタバレ率高いですけど
設定細かく書くと恐ろしいことになると思ったのでまぁ、軽めに
……重い方がいい?(笑



Name;Unknown...
Factor;国土創世の女神/死者の女王
Skill;「魔神来臨(エターナルメモリー)
死の世界を現界させる能力。付随として特定条件に合致する死者を蘇らせる。また世界を更に歪めることで生と死の境界に接続させ権能を核としてまつろわぬを再構成、使役する/黎斗の最後の切り札

Name;サリエル
Factor;邪気払いの天使
Skill;「我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)
呪術・権能を無効化/弱体化させる能力。通称”邪眼”

Name;ディオニュソス
Factor;狂乱の貴公子
Skill;「葡萄の誘惑(マイナデス)
女性の精神に干渉する能力

Name;ラファエル
Factor;旅人の守護天使
Skill;「流浪の守護」
流浪の旅路を守護する能力。具体的には盗難防止、疲労軽減、気配隠匿、方向感覚の強化etc...

Name;マモン
Factor;強欲の悪魔
Skill;「無限の財を欲す者(グリードグリードグリード)
鉱物の類を作り出す能力。呪力の類を帯びた鉱物でも黎斗が触れたことさえあれば作成可能

Name;カイム
Factor;会話の悪魔
Skill;「繋げる意思(リンク・ザ・ウィル)
あらゆる存在と意思疎通をする能力

Name;テュール
Factor;滅びを縛る天空神
Skill;「破滅の呪鎖(グレイプニール)
対象を拘束し自由を奪う能力

Name;シャマシュ
Factor;法を司る太陽神
Skill;「ヤマアラシのジレンマ(こっちにくんな!!)
相手からの攻撃などで傷を負った場合、相手にも同じ傷を負わせる能力

Name;ヤマ
Factor;最初に死んだ人間/冥府の王/仏
Skill;「死の頂上に座する者(オーバーキル)
精神・即死攻撃を無効にし不老となる能力。ただし肉体面での頑強さは失われる
Skill;「偽りの灯火(イミテーション・ライフ)
死者を蘇らせる能力
Skill;「輪廻を巡る救世主(エンドレスメサイア)
超再生の能力

Name;スーリヤ
Factor;太陽神
Skill;「破壊光線(カタストロフィー)
極太の光線で全てを抹消する能力


Name;少名毘古那神
Factor;一寸法師/医療の神/酒の神/湯治の神
Skill;「酒は飲んでも飲まれるな(アルコール120%)
酒を造り、アルコールを操作する能力
Skill;「矮小なる英雄(シタサキサンスン)
身体能力を飛躍的に向上させる
Skill;「温泉の専門家(おんせんマスター)
癒しの温泉を作り出す/温泉の効能がわかる能力
Skill;「でいだらぼっち」
周囲の植物を活性化させ強大な力を与える能力

Name;アーリマン
Factor;友愛の神/暗黒の主神
Skill;「闇夜に眠る夢を見る(レクイエム)
邪気と同化し操る能力
Skill;「友こそ奥義(ザ・メモリー・オブ・フレンズ)
親しい相手の能力を一時的に借りる能力

Name;月読
Factor;暦となり月日を教える神
Skill;「時詠(イモータル)
自身の時間を超加速する能力

ここまでが2話冒頭までに修得済権能


Name;フェニックス
Factor;輪廻転生する悪魔/時間を生み出した神鳥
Skill;「流転する輪廻」
限定的な時間跳躍を可能とする能力

Name;八雷神
Factor;地母神の躯に絡み付く神
Skill;「???(名称未設定)」
八匹の雷竜を具現化し、神格の一時的な書き換えを行う能力

Name;大国主命
Factor;国を譲り渡した国土の神
Skill;「???(名称未設定)」
対象に「何か」を譲る能力

Name;火之迦具土
Factor;別れを告げる火神
Skill;「根源分かつ無情なる焔(わたるせけんはおにばかり)
定義した存在を切り離す能力

Name;酒呑童子
Factor;鍛冶師
Skill;「Unknown...」
金属を熔解させてしまう能力

Name;二郎真君
Factor;道教の武神
Skill;「Unknown...」
自在に変化する能力

Name;邇藝速日命
Factor;飛行機の神
Skill;天空の城塞(バルキリー)
黎斗命名。航空機を呼び出す能力
姿や兵装は黎斗のイメージに影響される。
権能の掌握が不完全な所為もあり
対地・対空ミサイル、レーダー、誘導弾
この程度の武装しか存在しない

Name;Unknown...
Factor;天を喰らう吸血鬼
Skill;「Unknown...」
Unknown... 
 

 
後書き
追記
Unknown表示と???表示は一応使い分けているので意味はあります(何

2012/12/23
大国主さんをアンノウンに表示変更するの忘れてた……

2013/06/26
伊邪那美及び大国主更新。これで能力は出そろった、かな?

2013/09/15
真君と邇藝速日命追加。どんどん増える権能達(笑 

 

§35 白銀の軌跡と漆黒の螺旋

 
前書き
ドニもなんだかんだ言って最後の能力が不明なんですよねぇ(汗
仮死云々言ってたからそれ系統だとは思うんですが。
ジークフリードの権能の方に仮死効果ついているのかしら?

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「っと、な」

 邪気で具現化した翼を用い、地表へゆっくりと降下していく。こちらがひとたび注意をむけたらもう攻撃はしてこない。どうやらドニはこちらの注意をひく気で攻撃してきたようだ。なんとなく、でどうせ飛行機まで壊されたのだろう。

「なんつー迷惑な……」

 呆れる黎斗と対照的に、目を満面の笑みの剣の王。

「とうとう本性を現したね?」

 肉食獣が獲物を見つけた目でこちらを見てくるドニ。背後で賽巻にされふごふごと呻いているのはアンドレアだろうか?

「何やらかしてんですかアナタは」

 権能を用いて襲撃してきた、とうことは黎斗がカンピオーネであることがバレたことは確定したも同然か。

「いやー酷い酷い。隠すことないじゃないか大先輩(・・・)

 アンドレアを見やる黎斗と、怯えを見せるアンドレア。

「なんかこの前の戦いでイロイロ隠してるっぽかったからさぁ」

「んで、アンドレア卿を絞め上げた、と」

 半眼でドニを睨む黎斗に対し、ドヤ顔のドニが笑みを見せる。

「あぁ、違う違う。なんでキミがロンギヌスを持っていたのか、というところから疑問は始まったんだ。ソレはレプリカなんかじゃない。その気配、ホンモノなんだろ?」

 ロンギヌス? 一体何を言い出すのだろうか?

「それがどうし……」

「レプリカなら色んなトコで見かけるけどホンモノ(そいつ)は目撃情報なんて全くない」

「!?」

 言葉を遮られ、発せられた言葉は予想外の内容だった。こいつ脳筋じゃなかったのか、などと焦る黎斗。背筋を冷たい汗が伝う。自分は、何を見落としている――?

「……歴代の持ち主がひっそりと隠れ潜んでたんじゃないの?」

「じゃあさ。仮にキミが人間だと仮定して。なんで人間(キミ)如きが神の武器(そんなもの)を使っているんだい? ロンギヌス(ソイツ)を扱えることこそが、キミが同胞である何よりの証だろ? 神の武器は――人如きに扱える代物じゃあ、ない」

「……」

 どうにか絞り出した言葉は、ドニの言葉に一刀両断され、今度こそ黎斗は完全に沈黙した。武器の名前を言うだけでここまで追い込まれるとは。

「んで黎斗がカンピオーネって言ったらアンドレアが焦るのよ。問い詰めてみたら知ってたらしいじゃない。(ぼく)に隠すの、ヒドイんじゃない?」

 朗らかに「僕の心を傷つけた責任、ちゃんととってよ?」などとのたまう魔王。彼を前に黎斗は苦虫を踏みつぶした表情を作らざるを得ない。完全に、油断した。

「……はぁ」

 しょうがない。これは隠しきれない。

「よく僕の正体に辿り着いたね、後輩(ドニ)ご褒美(ボーナスステージ)だ。僕が戦ってやる」

「そうこなくっちゃ!」

「ただし」

 喜ぶドニに被せる様に言葉を紡ぐ。これだけは確約させねば。そのために「ご褒美(ボーナスステージ)」などと役者のように振る舞ったのだから。ドニに満足してもらえるような演出をすればきっと条件を呑んでくれる筈。

「僕の正体を、絶対に漏らさないこと。これが守られない場合僕は何が有ろうと戦わないよ」

 黙ってもらう代償に一戦交える程度なら安いものだ。気障ったらしい喋り方は正直とっても恥ずかしかったけど。

「戦ってくれるんならそこらへんはどーでもいいよ!」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべるドニ。

「じゃあ、そういうワケだから」

 銀に輝く右腕をだらりとさげて、サルバトーレ・ドニは宣言する。

「僕は僕に断てぬ存在(モノ)を許さない」

「さて」

 言ったは良いがどうしよう。黎斗としてはそれに尽きる。(ドニ)の権能は、どう贔屓目に見ても近~中距離専門だ。対するこちらは遠距離中距離近距離なんでもござれ。遠くからチマチマ銃やら弓を撃っても良いし、至近距離で剣やら槍、(あまり得意ではないが)殴り合いも出来る。微妙な距離からワイヤーや術で攻めても良い。ドニに投擲技もある事はわかるが、投擲ならばこちらも投擲で対応出来るのは旅客機からの落下の時点で証明済み。焦点は必然的に、ドニが自身の間合いにいかにして黎斗を誘い込むか、という形になる。

「どーしよ……」

 しばし逡巡。別にドニの間合いに入ってやる義理もへったくれもないのだけれど。

「選択肢ミスると強制的に毎日勝負挑まれる展開(ドニルート)になりそうだよね」

 友情END(へいわなオチ)ならまだしも、その可能性は胡麻粒より小さいだろう。

「あーあ。どうしてこうなった」

 ロンギヌスを見せただけでこうなるとは。剣を避けつつため息を吐く。相手の踏み出した足を払い、勢いを利用して放り出す。くるくるとドニは宙を舞って綺麗に落ちた。

「しゃーない。こっちも至近距離勝負(インファイト)、か」

 自身の得意とする射程(レンジ)でズタボロに負ければ、しばらくは来なくなるだろう。遠距離勝負で勝っても、卑怯だのなんだの言われて結局毎回襲来しそうだし。

「さて、じゃあ行くぞ」

 影の扉を開き、武器を取り出す。二振りの無骨な大剣(ヴァイキングソード)を持って、邪気(アーリマン)の力を剣に満たす。邪気化した自身の一部を武器に”汚染”させるような感覚。所有者の命を奪う魔剣のようにおどおどしく、邪神の加護を受けたかのように禍々しく。

「ん、こんなもんかなぁ」

「余所見とは余裕だねぇ黎斗!」

 小細工((・・・))をしている間にここまで接近してきたか。こちらへ振るわれる刃を受け止めつつ黎斗は密かに嘆息する。随分とまぁ速い攻撃だ。

「無駄ぁ!!」

 銀の軌跡を描く剣は、当然の如く大剣を切断した。まるで紙か何かのように。せっかく邪気化したのに無駄になってしまった。眼前を刃の切っ先が掠める。紙一重の回避。

「……こりゃ手こずる、かなぁ。様子見で倒れてくれるとベストなんだけどそれは無理くさいぞ」

 大剣の強度は相当あった筈。まして邪気化による強化もしていたのにこのザマ(まっぷたつ)だ。当たったら拙いことがわかったので回避に重点を置いて行くとしよう。

「一刀流は慣れてないんだよなぁ」

 二刀流より一刀流の方が強い。これは古来より言われ続けていることだ。剣を二本持つことと二本同時に振るうことは全く違う。二本で戦うということは一本だった時よりも当然自由度は上がるのだろう。だがそれは一本の剣を片手で十全に使うことが出来る、という前提のもとに成り立つ。

「――来い。重量刀(ファルシオン)

 武器は、重い。当然のことだ。大抵の武器は片手で振り回せるような生易しい代物ではない。「武器に振り回される」ことすらも片手で持っていては叶わないだろう。よしんば振り回せたとして、戦いが長引けば疲労によりそんな真似は次第に出来なくなる。だから二本使う場合は大抵、攻撃用の長剣と防御用の短剣の組み合わせとなる。短剣で受け止め、長剣で切り裂く。それが常識(・・)。だが。

「前と違って二刀流なんだね……ッ!!」

 ドニが呻く。矮小なる英雄(シタサキサンスン)により、身体能力が激増している今の黎斗に、そのような人間の常識は通用しない。人間が使う程度の武器なら軽々と使いこなせる。十全どころか、十全以上に使いこなすことも不可能ではない。長剣の二刀流を真の意味で実現できる。攻撃にも防御にも変幻自在の軌道を魅せる、二本の剣は見る者に己が威容を鮮明に刻む。

「二刀流は僕の中で槍の次に得意な戦法よ。――僕から本気を、引き出してみせろ」

 黎斗からドニに向けられた最大級の挑発。ドニが乗らないはずが、ない。

「……上等ぅ!!」

 聖騎士ですら粉微塵になるであろう剣舞が二人の間で巻き起こる。





「これほどか……!?」

 アンドレアの声が潮風漂う水面を走る。互角の戦いを演じることが出来たのは僅か数分の間だけ。有利に戦っているのは黎斗であり、ドニは思うように動けていない。黎斗が優勢であることが、素人目にもわかるほどだ。至高の武を体現する魔教教主とも剣なら互角に張り合えるドニが、押されている。剛を究めた一撃はいなされ、柔を極めた一撃は押しつぶされ。ドニの実力を知るが故に、眼前の光景は到底理解出来るような物ではない。

「うん。だいぶいいカンジだわ」

 ここに最も得意な武器(ロンギヌス)で、ドニと互角に張り合っていた頃の黎斗の面影は残っていない。連戦に次ぐ連戦は、黎斗の鈍っていた腕を確かに呼び覚ましていた。満足げな声と共に、腰を深く落とす。直後、頭上すれすれを銀の軌跡が通り過ぎた。

「くっ…… 本当に、強いねぇ……!!」

 ドニの声にいつものような暢気さなど無い。一部の隙も見逃すまいと冴え渡る瞳も、全てを切り裂く究極の剣も、今は無意味。

「せッ!!」

 左右交互の二連撃。水月で交差する筈の斬撃を防ぐのは、旧き英雄(ジークフリード)の権能たる鋼の肉体。攻撃を表面上は阻みきったように見える。が、

「斬鉄出来ないワケ、ないでしょ?」

「!?」

 神をも葬る秘奥の一、斬鉄。とある剣豪が生み出した、東洋に生まれし神を殺める為の技術。人の業が神を超える、その証明者であるドニも斬鉄が出来ない訳ではない。だが、眼前の少年が世界でも稀少な業の使い手だとは思わなかったのだろう。瞳に写す驚愕と連鎖し、鋼の体躯に傷が走る。舞う血飛沫と共に黎斗の得物も砕け散る。

「やっぱ傷程度か。……こっちは壊れたのにさ」

 瘴気を帯びた二振りは粉々になった。いかに神殺しの秘奥義といえど、本物の神の力を前にしてはやはり厳しいらしい。全存在を賭けてつけた傷がかすり傷とは。これでは武具も浮かばれまい。

「いろいろひどい。やっぱ理不尽だわ」

 不満を告げる少年の手には、波打つ炎の剣(フランベルジュ)が二振り。黎斗の陽炎の如き動きは、ドニに間合いも、攻撃の気配も察知させない。瞬時に迫る黎斗は再び斬鉄。いとも容易く秘奥を放つ様は、異端の天才と呼ばれたドニも舌を巻く。

「今日は武器の大盤振る舞いだ」

 死の宣告は簡潔だった。鋼の体を切り裂くまでには至らないが、己が命と引き替えに肉体に傷を与えていく無数の剣達。破砕音とドニの傷痕はただひたすらに増えていく。彼の抵抗は、全て紙一重で躱されて、一撃たりとも当たらない。

「痛っ、痛い痛い痛い……!!」

 緊張感の無い声が、致命傷を受けていないことを教えてくれるが、いつまで保つかは時間の問題だ。あのサルバトーレ・ドニが防戦一方という異常事態を、誰が予想しただろう?





「水羽黎斗、一体何者だ……」

 まさか武の極み(らごうきょうしゅ)にも匹敵する剣才が及ばないとは。

前回(ミラノ)での一件では加減していた、とでもいうのか……!?」

 賽巻きにされ戦慄する苦労人(アンドレア)は、震える奥歯を噛み締めた。少年の姿をした未曽有の化物との誓約――彼の正体を黙秘すること――を破ってしまった結果招かれるであろう、絶望的な未来を想像して。

―――水羽黎斗はカンピオーネかい?―――

 ドニのあの問いに動揺さえしなければ。僅かな動揺から彼の主は疑惑を確信に変えた。あの時は、ここまで一方的な展開になるとは予想していなかった。

「なんなのだ、あの方は……!!」

 それだけならまだしも、彼の振るう剣の禍々しさは、アンドレアに本能的な恐怖を植え付ける。自らの主(ドニ)と戦う"アレ"は何だ? アレを親友(ドニ)の同朋と、思いたくなかった。





「ほらっ!!」

 ドニが後ろに吹き飛ばされる。黎斗程度の腕力では呪術で強化していても、矮小なる英雄(シタサキサンスン)で強化していてもここまでの距離は吹き飛ばせなかっただろう。それならばこれはドニが、仕切り直したくて後ろへ下がったと見るべきか。

「くっ……」

 この時、腹部の違和感(・・・・・・)に気付けていれば、展開は変わっていたかもしれない。鋼の身体に権能無しで傷をつけられた、という事に注視しすぎていたのは、間違いなく彼の敗因だった。斬撃だと思った感覚は斬撃に非ず。彼の肉体が熔けている(・・・・・)という―――事実。

「これで終わりだよ」

 大地に手の平を置く。マモンの権能で周囲一帯の大地を鉄に変化させたのだ。

「!?」

 悪寒を感じて飛びずさろうとしたドニだが、それも残念ながら、叶うことは無い。雁字搦めに縛られたワイヤーが、ドニの動きを阻害する。

「無駄な事を。この程度のヒモで――!?」

 重量に物を言わせて引きちぎろうと自身の重みを増やした事も、敗因だっただろう。言葉は最後まで続かない。爆音と共に周囲の水分が一斉に気化し、気体の体積が無慈悲なまでに膨張する。即ち、爆発を起こす。―――普通ならば。

「爆発されるとちょいと困るんだよねぇ」

 嘯く黎斗は左手に持つ呪符を翳した。緑に淡く輝く札は、爆風の威力を抑え微弱な上昇気流へと軽減させる。一瞬白煙が周囲を覆ったが、上昇気流によりすぐにそれは空の彼方へ飛んでいく。

「数秒持てば十分だったんだわ、うん。……もう聞こえないか」

 周囲の気配を探りドニが無事でいないことを確認する。相手が魔王(カンピオーネ)ならば油断が死と直結しかねない。

「よっ、と」

 アンドレアまで被害が及ぶ前に彼を回収。安全な場所に放り投げる。それも落下した際に着地の衝撃を完全に殺すような力配分で。これで、決着だ。

「あ、一応始末しなきゃね」

 液体と化した(・・・・・・)鉄をマモンの力で再び金属化する。渦を巻くように外周から固化、黎斗の足元に螺旋が収束していく。きゅぽん、と間抜けな音がして。あっという間に砂浜は鉄板に存在を変質させられた。

「これで良し、と」

 黎斗がしたことは至って簡単だ。金属と化した足元を熔かす。流体となった金属に重量級となったドニが抗える訳も無く。ただただ沈むのみ。灼熱の流体金属の中に生き埋めにしたのだ。大気の膨張により生じた突風も、重量級となったドニを吹き飛ばすには至らない。まして微風に返られてしまえばなおの事。―――ドニに、回避する術なかった。

「あぁ、最後の仕上げがあったか」

 気軽そうに黎斗が周囲を眺める。黎斗の邪眼が、金属を再び砂に戻していく。数秒足らずにして、砂浜は元の光景を取り戻す。

「な……」

 ドニが相手になっていない、という事実がアンドレアの心身を冷やしつくす。だが、それ以上に。

「さて、と。まぁこれで当分は出てこないでしょう」

 造作も無く同胞を撃破した少年が、怖かった。 
 

 
後書き
順調に停滞を重ねている内にアニメのカンピ、終わりますねぇ……

殺陣が……orz 

 

§36 智慧の女神はかく語る

 
前書き
アニメカンピ最終話見て一言(何

おい戦士の権能ちょっと待てー!?


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「……馬鹿な」

 絶句するアンドレアを余所に、影の中へ黎斗は自身の腕を沈ませる。

「さて、とお次は~」

 影を開く。幽世にある、自身の倉庫と直結させて、そこから人を取りだしていく。老若男女、お構いなしにぼんぼん投げていくので、人の山があっという間に出来上がった。

「マスター」

「ん?」

 背後に目をやると、エルがもぞもぞと人の山から抜け出す光景が目に入る。必死すぎるその光景になんだか笑いが込み上げる。

「こんなに積まないでください。下の方はつぶれます」

「……ははっ」

 流れるような紫苑の長髪は大勢にもみくちゃにされてしまいボサボサだ。服もあちこちが伸びたりずれたり汚れたり。彼女の美貌と服の残念さが絶妙にマッチしている。これはこれでアリではなかろうか、などとダメな方へ思考が逸れる。

「何がおかしいんですか!」

 なんか良く似合ってるから、などと言ってしまえばこの狐さまはへそを曲げてしまうだろう。口は災いの元、だ。

「随分と随分な事に巻き込まれているようだな、古き王よ」

「「!?」」

 闇に響き渡る可憐な声。アンドレアも、エルも動きが止まる。全てが静止した世界の中、黎斗はゆっくりと振り向いた。予想通り背後にいたのは銀の髪を短く揃えた美しき少女。

「ホントだよ。ってかさ、面倒って認識してるんなら手伝ってくんない?」

 彼女は護堂を倒した後に黎斗に挑むと言っていた。だからおそらく襲ってこない。これは予想でしかないので、もし襲ってきたら、と思うと心臓に悪い。軽口を叩いてみて、様子見。これで敵意を出してくるなら戦いは避けられない。もし戦いになってしまった場合はアンドレアにエルに飛行機の乗客の皆さんに、と守る者が多すぎて正直キツい。

(糸使っても見切られる、かな。権能使われたら守りきれない)

 石化の魔眼などここで使われてしまっては一大事だ。この状況下でアテナと戦いたくはない。

「……一人でこの量はしんどいんだけど」

 内心びくつきながら、それを表情に出さないように意識して抑える。アテナに悟られる訳にはいかない。

「そう恐れるな王よ。まだ我らの再戦の時ではない。草薙護堂を倒した後に、長きにわたる因縁に決着をつけようではないか。――今度は逃げるなよ?」

「……三十六計逃げるにしかずって言葉があってだねぇ。戦闘する暇あったら逃げるよ僕は」

 内心の恐れをあっさり見抜かれ動揺するも、戦意が無いことを知り安心する。ついでにへらず口が飛び出てしまったが、まぁ許容範囲内だろう。

「これはこれは。長き時を流浪した、数多の神を屠ってきた、いと古き王とは思えぬ弱気な発言だな?」

 はたしてそれは揶揄か、挑発か。笑いを含んだ彼女の声はそれらよりも、疑問の色が強い。彼女が思うのは、初めて彼と戦ったあの日――





――数百年前。欧州のとある森林。

「くそっ!! なんだよこれ!?」

 黎斗は必死に走って逃げていた。後ろを振り向き一睨み。彼の両目は淡く輝き、周囲の呪術を消去する。彼の瞳は彼に許可のない術の発動を許さない。襲いくる蛇は一瞬にして存在を失い消滅した。そのまま更に駆け抜ける。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 流浪の守護を展開、これで追跡者は黎斗の痕跡を辿ることは叶わない。目視以外の手段で黎斗を捉えることなど出来はしない。たとえ相手が智慧の女神(アテナ)だとしても。

「ぐっ……いたた……」

 腹から流れる血がようやく止まらない。なんだあの女神様、滅茶苦茶強いではないか。もう泣きたい。二振りの剣を持って挑んだが鎧袖一触だった。五体満足で逃亡できたのは一種の奇跡だろう。避けるタイミングが一秒でも遅かったら左手などは身体から離れてどこかへ飛んで行ったに違いない。

「素人の付け焼刃程度では神の相手になりはしない、か」

 半世紀くらいは剣術をひたすら学んでいたのだが、まだ絶対的な壁がある。大騎士とも数号程度なら打ち合える力量になったのだが、それでは甘いのか。

「無理ゲーだろおい」

 はぐれ魔術師を探して弟子入りしてみるか、などと現実逃避をしつつ周囲に追跡者が迫っていないことを確認、ようやく腰をつけて一休みだ。

「残り呪力も三割強ってところだしなぁ。無理。どうあがいても勝てん。無事に逃げ切れるといいんだけど」

 息を整えようとしている黎斗の頭上を数羽の梟が飛んでいく。アテナめ。とうとう人海戦術で探し始めたか。無事に逃げ切るにはどこまで行けば良いのだろう? 

「ラファエルと連チャンになったのが運の尽き、ってか?」

 影から古ぼけた槍を取り出す。天使(ラファエル)を殺めた時に彼が持っていた槍だ。彼は後生大事に持っていたが、黎斗にはこれがそんな価値ある物だとは思えない。柄は凸凹で黴が生えている。変色もしているしひび割れもある。穂先はといえば錆びつきところどころが欠けている。少し力を入れるだけでぱらぱらと粉が落ちてくる始末だ。これで重要なものだと思えようか、いや思えない。ラファエルが大事にしていたから何かあるのかもしれない、と思い持っているだけだ。

「はぁ。これ振ったら相手が吹き飛ぶ、とかないかなぁ……」

 脂汗を拭いながら、手で弄ぶ。あの梟がいってそれなりに時間が経過した。そろそろまた強行軍を始めよう。そう思った矢先。

「見つけたぞ」

 目の前には可憐な美少女。人を超越したような美貌の少女が人であるはずもない。第一、人間だったらここまで必死に逃亡する必要もない。

「うっそ。アテナさんや。早すぎだろ……」

 絶望しかない。こちらは満身創痍であちらは無傷。最初の権能は未だに完全把握出来ておらず、呪力消費も激しい。ここで使えば十中八九呪力切れを起こす。こんな森の中で呪力切れを起こそうものなら身体強化も出来ず森から出られなくなる。狩りも出来なくなるので食料も無くなる。待つのは死だ。つまり、使える手札(チカラ)はサリエル、ディオニュソス、ラファエルのみ。

(どうしようもねぇ……)

 ここまでか。一瞬諦観が頭をよぎるもその考えを振り払う。

(日本に、帰るんだ)

 既に心身ともに色々なことでずたぼろだけど、それだけは諦めるわけにはいかない。

「意を決したか。良い顔をするではないか。それでなくては妾の相手は務まらぬ」

「何でここがわかった?」

 微笑むアテナの顔が一瞬にして呆れを含むものに変貌する。

「……貴方はふざけているのか? 貴方の逃げた方向へ妾はそのまま向かっただけだぞ? 貴方が智慧を絞り逃亡したのか、と思い逃亡先を推測しようと追ってきたのだ」

 一端口が閉じられる。怒気を孕んだ声が、黎斗の耳朶をうつ。

「ところが貴方がここにいるではないか。妾は嬉しかったぞ。逃亡を辞め、妾と戦う覚悟を決めてここで待っていたのかと。だがその言い方では違うようだな。これで妾を撒けると本気で思っていたのか? 妾を侮辱するのも大概にしろ神殺し!!」

「うっ!」

 勢いよく振るわれる鎌。何気ないその一振りは衝撃波を起こし、黎斗を背後へ吹き飛ばす。勢い良く大樹に叩きつけられた黎斗は一瞬呼吸が止まり意識を失いかけた。

「くっ……」

 身体能力、戦闘経験、権能の攻撃性能。全てにおいて圧倒的に女神(アテナ)は黎斗の数段先をいっている。勝ち目など、ある筈が無い。だが、だからと言って己が命を諦めることなど出来はしない。

「経口摂取って言って、れーと達神殺しに術を掛ける時の手段の一つよ」

 思い出すのは義母(パンドラ)の言っていた言葉。そして、ディオニュソスの権能、葡萄酒の誘惑(マイナデス)。これに賭ける。

「うおおおお!!」

 僅かな呪力を足に込め、アテナに突撃。

「ふっきれたか。採った選択肢が突撃とはな。ならば妾の武を今一度貴方に見せよう!!」

 アテナの鎌が振るわれる。それに対するは右手に持つ木の棒、もといおんぼろな槍。こちらにも呪力を込め、思いっきり鎌にぶつける。砕けても良い。槍と右腕で鎌という脅威を数秒、抑えるのが目的なのだから。

「……久々の世界か……」

 声がした、気がした。文字通り生死が懸かっており必死な黎斗は気付かない。気付いたのは、対戦者の方。

「馬鹿な!? 聖槍だと!?」

 黎斗の呪力に反応した槍は砕け散り、内側からもう一つの槍が姿を見せる。こちらも年紀を感じさせる一品だが、纏う気配は明らかに異なる。神々しさと禍々しさを内包した、神にのみ振るうことを許された神槍。

「はぁ!!」

「しまっ……!!」

 一瞬拮抗したアテナの鎌と黎斗の槍だが、予想外の事態に驚愕したアテナを必死な黎斗が押し込むことに成功する。宙高く舞う漆黒の鎌。

「小癪な!!」

 アテナの瞳が不気味な色を灯すが、瞳に異能が宿っているのは黎斗にとっても同じ事。邪眼がアテナの闇を払い、石化の呪いを解き放つ。

「あああああああああああ!!!」

「がぁ!」

 今度は大樹に黎斗がアテナを押し付ける。黎斗の左手が、アテナの口へ侵入する。

「んー! んー!!」

「全てを忘れよ。全てに興じよ。我は心を汚す者。一時の酔いよ、全てを狂わせ破滅へ導け!!」

「ん、んー!!  んー!!」

 アテナの口から、彼女の必死な抵抗が漏れて伝わる。左手を食いちぎらんと暴れるも、ロンギヌスの治癒力が黎斗の傷を癒していく。

「ああああああああ!!」

「ーーーーーー!!!」

 叫ぶ黎斗の左腕が、か弱い少女を、蹂躪する。彼女の想いを塗り替え、彼女の力に鍵を掛け、彼女の記憶に異物を捩じ込み書き換える。必死な神の抵抗も、口から直接注ぎ込まれる呪いに対してはあまり効力を現さない。ビクンビクンと痙攣していた女神の身体が、少しずつ動くのをやめていく。陥落まで、もう一息か。

「んー!!」

「うわっ!!」

 闇が、爆ぜた。女神アテナの最後の矜持、というべきか。爆風に飛ばされた黎斗はあっけなくアテナから引き離される。

「マズっ……!!」

 距離を離されるのは拙い。完全に終わるまで洗脳を続けなければ。そう思い相手の方を見ると、何事も無かったかのように立ち上がる女神。

「マジかよ……効いてないのか……?」

「うぅ……」

 黎斗の脳裏を絶望が走るが、アテナがふらついているのを見て、考えを改める。大丈夫、効いていないわけではない。ならば、黎斗の取れる手段はただ一つ。

「おおお!!」

 気合を入れて全力疾走。どういうわけか(・・・・・・・)、自分の傷は全て癒えている。ならば、全力で走れば逃げ切れるかもしれない。もう呪力は一割も無い。武芸の心得も皆無な黎斗がアテナと打ち合えるはずもない。戦うことは不可能だ。

「頼む、追ってくるなよ……!!」

 黎斗の願いが通じたのだろうか。果たしてアテナは追っては来なかった。両者が再び会いまみえるのは、気の遠くなるほどの年月を重ねた、遥か極東の島国にて――






あの時(・・・)も、何故とどめの一撃をささなかった? 忌々しい酒神の力で妾の力を封じたあの時、貴方は妾を殺すこともできた筈だ」

 当時ディオニュソスの権能を碌に掌握していなかった黎斗にとってはアテナを戦闘不能に出来た保証は全く無く、戦闘続行も不可能と判断して逃亡したのだが、アテナから見れば自身の力を封じ勝利を目前にしたところで消えたのだ。疑問に思うのも無理はない。

「……封印できてたんだ」

 黎斗の漏らした呟きを聞き、アテナはようやく合点がいったとばかりに納得する。

「あぁ。そういうことか。古き王よ、貴方は妾を封印できている自信が無く、余力も無かったから逃亡したのか。安心しろ、封印は完璧だったぞ。妾が貴方の呪縛から解き放たれたのはつい最近だ」

 最近解放された封印。なんか嫌な予感がする。

「……もしかしてゴルゴネイオンが関係していたりする?」

 恐る恐る、といった黎斗に構うことなくアテナは告げる。

「当たり前だろう。貴方は何を言っているのだ? アレを用いて、ようやく妾は貴方の呪縛から逃れられたのだぞ」

 アテナの被害に遭った皆さん、本当にごめんなさい。原因に僕一枚、噛んでました。

「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 黎斗の絶叫が、夜の海に鳴り響いた。 

 

§37 古き魔王の狂信者

 
前書き
色々ごめんなさい(死


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 時刻は再び前後する。

「あぁもう、しつこいなァ!!」

 泥と埃で汚れた恵那は、息を整えながら悪態をつく。この程度の汚れで彼女の美貌は曇りはしないが、半日以上も戦っていれば疲労の色は隠しきれない。突如の襲撃。それも大規模な。入口近くで迎撃の体制に入った時には既に相当数の侵入を許している。これ以上の侵入を許すわけにはいかない。

「くぅ……」

 突如現れた大剣に弾かれて後退を余儀なくされる。周囲を囲むは死せる従僕の群れ。大騎士でも絶望しか感じないような状況だが、諦めるわけにはいかない。自ら望んでここに来たのだから。それに―――

「前回の雪辱戦なんだから、恵那としては負けられないッ、よ!!」

 気合と共に一閃。それで再び死せる従僕は無に帰る。前戦った時は敗北していたことを考えると確実に自分は強くなっている。それが実感できる。黎斗とのスパルタは無駄では無かった。だが、敵の物量はそれ以上に、圧倒的だった。

「はぁ、はぁ……まったく、どれだけいるのさ」

 既に相当数倒した筈だが、敵の数は減る気配を全く見せない。無限に沸いてでてくるのではないか、という錯覚をさせる程に。僅かに休む間に倒した以上の敵が現れる。

「参ったなぁ。これじゃあ、幹彦さんに合流できないや」

 全員相手にしていては力尽きることは明白だ。これを苦にせず易々殲滅するのは草薙護堂のような魔王(カンピオーネ)、もしくは黎斗のような突然変異種(バグそんざい)ぐらいだろう。易々、という条件さえ付かなければ恵那の剣術の師、聖ラファエロとかいう聖騎士達、悪魔を従えたなんとか博士とかでもなんとかなるかもしれない。最後のは昔の物語に出てくるだけの存在だから信憑性は薄いのだけれど。

「……そう考えると意外と多いなぁ」

 人外組と張り合うことの無意味さにも気づかず、どうやって殲滅しようか思考を巡らせる。斃すだけなら神懸りを視野に入れるのだが、宮が襲撃された以上やるべき筆頭候補は職員の撤退援護だ。この宮には非戦闘員も多い。というか、大半は戦えない。恵那を含めて戦力は二割にも満たないのではないだろうか。

「流石に恵那以外はこの相手はキツいよねぇ」

 まして大騎士級の死せる従僕ともなれば相手取れるものは恵那以外にはおそらくいない。この状況下で神懸かりを発動させてしまうと時間切れで動けなくなったときが怖い、というのも積極的に神懸かりを使わない理由の一つだ。

「あっぶな……!」

 騎士達が突き出してくる槍衾を寸前で回避、槍同士の合間に身体を捩じ込み己が剣で隙間を強引に抉じ開ける。体勢を崩した集団の中へ突入、円を描くように全方位に刃を走らせ、隊伍を一つ、崩壊させた。

「じゃっっ、まぁ!!」

 境内を駆け抜けつつ立ちふさがる巨体の鎧騎士に唐竹割り。両断された騎士が倒れる瞬間には、別の敵に相対している。これだけ居るのに敵は全て戦士。魔術師が見えないことに疑問を感じつつも思考は後回しにして現状の対処を優先する。

「まずいなぁ」

 死せる従僕はヴォバン侯爵の権能だ。つまり、この場には魔王(カンピオーネ)が襲来しているということ。まだ従僕たちは梅雨払いであり、本人は来ていない可能性も高い。だが、だからといって安心は出来ない。そもそも恵那では逆立ちしたところで勝てるような相手ではない。

「黎斗さん呼ぶ……駄目だ。いくら黎斗さんが壊れているっていっても、羅刹の君に勝てるとは思えないしなぁ。草薙さんを呼ぶしかないか」

 天気が荒れてきた。普段なら身内(スサノオ)が原因だから暢気にしていられるが、今回は事情が別だ。これは本格的にヴォバン侯爵が襲来したか。魔王が動いていることがわかった以上、申し訳ないが幹彦に構っている余裕はない。

「あ、王様!?」

 護堂に連絡を取ろうとした瞬間に本人から電話が入る。ナイスタイミングだ。

「清秋院、そっちは大丈夫か!?」

「よくこっちが大変だってわかったね王様!」

 電話を左手に、剣を右手に。通話しながらも攻撃の手は緩めない。

「甘粕さんから連絡でそっちと連絡が途絶したって聞いたんだ。ついでにヴォバンの爺さんが再来していることも。俺を呼べ!」

「えぇ!? 何を言ってるの王様」

「いいから呼んでくれ!! 俺を信じろ!!」

 説明している余裕は残念ながら無い。恵那もそれを感じ取ったのか、詮索することなく護堂に対して呼びかける。

「羅刹の君よ。我の下に降臨召されよ。我に加護を与えたまえ……!!」

 一陣の風が、吹く。目をつぶり祈る恵那の前に護堂が現れる。

「え!? えぇ!?」

 なんとなく展開は予想出来ていたが実際にやられてしまえばそれでも驚いてしまう。

「清秋院悪い、援護を頼む!!」

 既にリリアナが飛翔術でエリカを連れてこちらに向かって飛んでいる。だが彼女達が到着するまでぼうっとしているわけにはいかない。

「りょーかいっ!!」

 恵那が大太刀を振りかぶる。一閃。それだけで、眼前の騎士達は砕け散る。

「はあっ!!」

 流れるように、護堂を囲む従僕を切り裂き、境内への道筋を作り出す。

「行って、王様!!」

 己が役は、露払い。

「悪い、清秋院!!」

 走る護堂もまた、己が役を理解している。黎斗が居ない今、彼の狂王を止められるのは自分だけなのだから――

「はぁッ!!」

 激しさを増す斬撃は、死霊をもものともせず、なみいる敵をなぎ倒す。恵那の攻撃、洗練されたその一撃は聖騎士達にも匹敵する。だが、まだ足りない。()はこんなものではなかった。傘でこの敵達を粉砕し、無人の野の如く駆け抜ける姿は依然として恵那の脳裏から離れない。自分はまだ、遠い。

「もっと、もっと先へ――!!」

「邪魔をするな小娘!」

 怒声と共に上空から飛来する巨大な物体を水平に跳ぶ、と器用な芸当で回避する。

「今度は何!?」

 前に聳える巨大な物体が尻尾である、と理解したころには恵那の身体は宙を舞う。

「くっ……!!」

 咄嗟に刀で受け流したにも関わらず、飛ばされた彼女は三回程バウンドした。人知を越えた圧倒的な力。神獣を下し、神殺しとも戦える程のデタラメさ。

「くっ!」

 神懸かりを視野に入れる。天叢雲(あいぼう)が無いことに若干の寂しさを感じつつ、神の力をその身に取り込もうとして――

「おっと。悪いがそれをさせる訳にはいかないんだ」

 背後からの蹴りが行為を中断させ、神懸かりの隙を与えない。

「誰!?」

 恵那がここまでの奇襲を許す相手は多くない。

「やぁ、久しぶりだね。姐さん。今日は怖い人もいないようだし派手にやろうか」

「うわー。これはちょっとツラいかなぁ」

 悠長な口振りとは別に、表情は硬い。冷や汗が頬を伝う。麒麟児、陸鷹化。黎斗に腕を奪われ隻腕になったとはいえ油断できるわけがない。手負いの獣程恐ろしい。万全状態ならいざ知らず、少なくとも今の(・・)恵那では苦戦は免れない。

「よそ見とは余裕だな!」

「しまっ――」

 陸鷹化に注意をさきすぎた。この場でもっとも気を配るべきは、巨体と化した神祖だったのに。

「うあっ!」

「腕は立つがこの程度か。所詮冥王と競った私の敵ではなかったな」

 余裕を感じさせるアーシェラの声を聞きながら、なすすべなく壁に叩きつけられ、肺の中がごっそり抜ける。意識が遠退いていく。

「うぅ……」

――力を、あげる。死なない為に――

 黎斗の声が脳裏に響く。思考が塗りつぶされていく。全てを破壊しよう。破壊しよう破壊しようはかいしようはかいしようはかいしようハカイシヨウハカイシヨウハカイハカイハカイ……!!

「あぁあアァアアア――!!」

 黎斗の権能”葡萄の誘惑(マイナデス)”は精神に干渉する。それは対象への精神攻撃・精神操作だけにとどまらない。精神に干渉することで、肉体に対して無意識下で行われている制限を解放、超絶的な身体能力を対象に付与させる。精神を通して対象の呪力をも操り、身体強化を最適な形で行使する。

「なんだこの力は!! 子娘如きが小癪な……!!」

 ディオニュソスの信者は動物を八つ裂きにする程の力を得るという。すなわちこの権能は対象の精神に干渉し隔絶した戦闘能力を信者に与える、加護の側面も併せ持つ。これこそが黎斗が恵那が生存できるように施した保険。

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 唯一誤算があるとすれば。この権能を使った状態で「緊急事態に恵那を強化し」「その記憶を消し」「権能が発動した際も自身の圧倒的な身体能力の違和感に気付かせない」「その記憶も消す」と、多重に重ね掛けしたことだ。複雑怪奇な精神操作は鈍っている黎斗には荷が重かった。度重なる戦闘で黎斗は自分が全盛期の力を取り戻していると錯覚していた。ディオニュソスのような直接戦闘に使用しにくい権能は使っていないのだから錆びついたままだと知らずに――

「ぐっ!?」

 結果、無茶な精神操作に恵那が耐え切れず狂戦士化してしまう。大蛇に襲い掛かり血塗れで哂う。哂う。その姿は正しく伝承通りの狂信者。

「……姐さんフラグ立てたなッ!? なんかヤバいぞ!!」

 瞬時に飛び退く陸鷹化。一拍遅れて、大地に亀裂が走る。

「な、なんだこれ!?」

 驚愕する鷹化を恵那は追い詰めていく。腕を振るだけで衝撃波が大地を舐める。もう片腕には太刀か光る。鷹化は後退することしか出来ない。アーシェラの尻尾の凪払いが背後から来たのを察して跳躍。見もしないで回避、ついでに尻尾に飛び乗って、巨竜の背後へ移動する。

「アァアアア!!」

「グアァアア!!」

振り上げた刃は鱗を易々貫通し、アーシェラは絶叫をあげてのたうち回る。本来の刃より明らかにリーチが長い。呪力を刀身として伸ばしているのだろうか。

「……どっちも絶叫してるから、声だけ聞いてると戦況がわかんないな」

 驚きすぎて逆に冷静になった鷹化がふざけたコメントをするがツッコむ人間などこの場にはいない。

「狂化してるな、アレ。力に呑まれたか? ……だとしたら、誰だ?」

 恵那の標的が神祖(アーシェラ)に逸れた彼は之幸いと傍観者に徹する。狂戦士化した少女は彼から見ても手強い。自我が侵蝕されているようだが、あの身体能力はそれを補って余りある。自身が万全の状態でも厳しそうだ。

「……瞳の色、まさか」

 葡萄酒色に染まる瞳は、彼女の保護者を思い出させる。彼もまた、この色の瞳をしていたような――

「……ここらが潮時か」

 そこまで思ったところで、現実にふとたち返る。陸鷹化がここに居るのはただ義理のような物だ。本来、彼の師が噛んでいた計画だが彼女は突如放棄。これに焦った共犯者((・・・))は別の魔王((・・))に計画を持ちかけた。しかし――

「この私が前言を覆すことなど本来あってはならぬこと。にも関わらず覆すのです。師の不始末は弟子の不始末。鷹児、そなた出来る限り協力なさい」

――哀れ陸鷹化は協力を続けることになったのだ。

「これだけ動けば義理は果たした、ってコトでいいや」

 彼は恵那の怖い保護者とやりあう気は全く無い。勝てる気が全然しないのだから。あれが生物学上同類とか可笑しいだろう。師父にすがるしかない。折檻されそうではあるが、折檻されたほうが何倍もマシである。

「アァアアア!!」

 見れば神祖の巨大な体は崩壊寸前だ。元々冥王との戦いでガタが来ていたのに、今度は狂戦士。よく持ったと思う。――だがそれも限界だ。

「アァアァアアァァ……!!」

 奇声を上げる少女の刃が、蛇の顎に深々刺さる。轟音とともに倒れ伏す巨体。

「……さて。頃合いか」

 今の音は何処かにいるであろう神殺しにも聞こえたはず。ここへ来るのも時間の問題だ。障らぬ神に祟りなし。

「それではここらでさようなら、っと」

 陸鷹化、離脱。





「ほぅ」

 死せる従僕をなぎ倒し、神祖をも屈服させる彼女に告げられたのは、災厄の声。

「我が従僕を歯牙にもかけぬどころか、神祖すら討ち果たすとはな。なかなかどうして、捨て置けん」

「――ッ!?」

 本能的な恐怖が彼女の歩みを押しとどめる。野生が、絶対的な力の壁を感じ取ったのだ。

「……自我が無い、か。よくもまぁそれでここまでやったものだ」

 暴風が、彼女に襲い掛かる。天賦の直感か、回避に動いた少女はしかし間に合わない。

「ぐっ!!」

 吹き飛ばされ、巨体にぶつかり止まる。同時に狂戦士化(バーサーク)が解けたのか、恵那の自我が戻ってくる。

「うぅ、ったぁ……」

 護堂とすれ違ったのだろうか。威厳溢れるその佇まいは戦闘の後とは思えない。――第一、彼の侯爵(・・・・)が戦ってここ(・・)が平穏無事な訳がない。

「見事な武だな。捨てるには惜しい」

 悠然と佇む老侯爵。彼の瞳が怪しく輝く。

「――ッ!?」

 おぞましい視線に射抜かれた、そう感じた次の瞬間、恵那の身体を違和感が襲う。

「え、嘘!? 何コレぇ!?」

 全身の自由が奪われる。塩に変貌していく己の四肢は、脳からの命令を受け付けない。

「巫女よ、我が戦奴となるが良い」

 有無を言わせぬ口調で断言する初老の男。さもありなん。彼の決定は絶対であり、異を唱えることなど許されない。

「くっ……」

 天叢雲(あいぼう)があれば、塩となっていくこの魔眼にあらがえるのに。

「……この気配。そうか。小僧がいるのか」

 歯噛みする恵那を見ていた老王の笑みが、好戦的な笑みに変貌していく。

「ふむ。化け猿を解き放つのにも時間がかかる。退治の前に前菜を採るのも、悪くないな」

 群れが、動き出す。死霊が、狼が、本殿の方へ向かっていく。かつての屈辱を晴らさんと。

「くっ……」

 あとに残るのは、無力な少女がただ一人。精神的に摩耗した今では神懸かりも満足に出来ず、度重なる死闘に呪力も残り僅か。疲労で身体も満足に動かない。それでも、座して死を待つわけにはいかない。

「――ほう。お主、珍しいのう」

「誰!?」

 足掻く少女の脳裏に響く、謎の声。超常存在であることだけはわかるのだが。

「娘っ子や。お主、そこから出たくはないか? ――――汝、力を求めるや否や?」

 それはまさしく、悪魔(かみさま)の囁き。 
 

 
後書き
風の件とかアーシェラの表現とかもうちょっとあったよなぁ、などと思いつつ反省しきりですハイ(汗
もうちっと原作確認出来ればよかったんですが。。。
余裕が出来たら表現修正するかもしれません、すみません(土下座


そしてよーかすまん。
キミは人間最強級がわかってるので噛ませにしやす……げふげふ、イジメやすいんだよ(鬼



しょうがないことなのですが戦闘ばっかなので一息入れたいところ。
……どーやって入れてくれようか(苦笑 

 

§38 宿命の二人

 
前書き
キャラ崩壊、という意味では教主が一番酷いです(断言

斉天大聖編、よろっと後半かな、と








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「まったく、煩いな。古き王よ、一体どうしたというのだ?」

 呆れたアテナの視線を受けて、黎斗はようやく正気を取り戻す。

「……いや。護堂だけに文句言えないなー、って」

 アテナなんぞと関わらなければ日本にようこそ、なんてならなかったのに。疲れた表情で項垂れる彼に女神は首を傾ける。

「草薙護堂が何故出てくる? ……まあ良い。それではな、王よ。貴方を滅ぼすのはこの私ただ一人であることをゆめゆめ忘れるでないぞ」

 言葉と共にアテナの輪郭がぼやけていく。そのまま一条の風と共に消失した。

「ツンデレ、はないな。ライバル理論っすか。……はぁ。ちょっとばかし手伝ってくれても」

 今日何度目かのため息と共に黎斗は背後を振り返る。泣き声混じり。未だ硬直冷めやらぬエルが、弾かれたように人命救助を再開する。人命救助と言っても失神している人間を縛る縄を切って札を剥がす程度なのだけど。エルに任せておけば問題は無いだろう。寧ろ問題は別にある。

「……むぅ」

 大量の荷物の山を前に唸り声が出てしまう。どの荷物が誰の私物かなんてわかるわけがない。精神操作で乗客達に記憶を持たせず荷物を回収してもらう、という案も考えたのだが下手に撃てば相手の精神を壊してしまいかねない。どの程度の呪力なら人間の精神に悪影響が出ないのかわからないのが原因だ。人体実験でも出来れば楽なのだろうけど、そんな外道になりたくはない。

「あんたらのご主人サマは誰ですかー? ……アホくさ」

 茶色のキャリーバックをつんつんついて問いかけるも、答えは当然返ってこない。どうしたものかと悩む黎斗は周りをぐるっと見渡して――アンドレアに目が留まる。

「アンドレアさん、ものは相談なんですがね」

「事後処理ですね。御命、謹んで承りました」

「実は後処理を――って了解はやっ!? あ、アリガトーゴザイマス……」

 ぐるぐる巻かれた状態で格好良い事を言っても笑いを誘うだけだ。オマケに元がイケメンなのだから残念感が大幅アップ。笑いを外に出さないように必死に堪えたら声が微妙におかしくなってしまった。

「マスター、乗客の皆さんの救助、終了しました」

「お疲れ、エル」

 軽やかに駆け寄って来るエルの姿が、ブレる。一瞬で狐の姿に戻ったエルは黎斗の手の平の上に跳躍する。そのまま肩を通って頭の上に。熟練の技だけありあっという間だ。

「じゃあすいませんが、お願いします」

 アンドレアの拘束を解除して、黎斗は軽く頭を下げる。すぐに反転し、全力疾走。姿が見えなくなったところでアンドレアの本音がほろりと漏れる。

「全く。なんてことをしてくれたんだドニのやつ(あのバカ)は……!!」

 ドニが埋まっているであろう大地をもう一度見ると、後始末に向けて動き出す。大地に埋められるのはいい薬だ。少しは頭を冷やすが良い、などと主君に向ける敬意もへったくれも無く、アンドレアの通常営業が今日も始まる。





 後始末を押し付けた黎斗はひたすら帰路を急ごうとした、のだが。

「……か、帰りたくねぇ。絶望がこの時点でわかるってどうなの」

 見えた。見てしまった。一際高く跳躍した時に視界の片隅に入れてしまった。もう絶望しか感じない。

「……何をどうしたら、護堂様の実家以外が更地になるんですかね」

 建造物がほぼ皆無の場所を見つけてしまった。そしてそこは、黎斗のアパートがある場所で。その近辺はここが日本だとは思えない。乱発するクレーター。深く抉れた大地。そこかしこに飛び散らかる何かの残骸。

「つーかさ。なんで護堂の家だけホント無事なん? ……って無事じゃねぇわアレ。一階が消滅しとる」

「……はい?」

 黎斗に言われてエルはもう一度目を凝らすも、違和感があるだけで別に目立った破壊は無い。確かに屋根がところどころ剥がれているがその程度だ。

「だから一階が無い。一階の代わりに二階が地面に隣接してる。一階何処行ったし」

「……なんて器用な」

 全くだ。何処をどうしたら家の一階部分だけを達磨落としのように吹き飛ばせるのだろうか?

「これ明らかに厄介事巻き込まれるパターンですよねぇ!?」

「諦めるしかないんじゃないかと……マスター元気だして?」

 慰めるように尻尾で頭を撫でてくるエル。そんな彼女の仕草に黎斗は無理矢理己を奮起させる。

「……そうだよね! たかが家を失ったぐらいだし、まだ厄介事になるって決まった訳じゃないし!! ……家?」

 はて、家には何があっただろう。

「…………」

 ラノベが、CDが、マンガが、ゲームが、カードが。この世界から、消失した。

「あ、ああぁ……」

「ま、ますたぁ?」

 恐怖に慄く黎斗を見て、エルは純粋に己の主の心配をする。何らかの精神攻撃でも受けているのだろうか。黎斗に精神攻撃など無効な筈なのだけれど。

「僕のパソコンんんんー!!」

「ぎゃふっ!」

 黎斗の絶叫が響き渡り、頭上のエルの獣耳に多大な被害を与える。頭上から転げ落ちなかったのは、一重にに彼女の頭上滞在技術が優れていただけだ。

「誰だよ全く!! 謝罪と賠償を」

「わひゃっ!! マスター少し落ち着いて!」

 先程までの重い足取りとはうってかわり、黎斗の歩く速度は大幅に上昇している。護堂(げんきょう)達に文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。





「お待ちしていましたよ、黎斗さん。すみません、お出迎えにお伺いすればよかったんですが」

「いえいえ、甘粕さん達にそこまでしてもらわなくても。すみません、諸事情((・・・))で遅れました」

 ドニの件は言わなくても良いだろう。剣の王が浜辺に埋まってるなんて言ったところで混乱させるだけだろうし。紅茶を飲んで頭が冷えた黎斗はそう判断する。安かったので道中の自販機で紅茶を購入したのだが、どうやらお腹に物を入れたことで冷静になったらしい。水っ腹でも膨れるものは膨れるのだ。さっきまではきっと、空腹で怒りっぽくなっていたのだろう。昨夜から何も食べてないし。

「いえいえ。飛行機が消滅してしまい一時期混乱になったのですが、ご無事で何よりです」

 消滅までは伝わっているようだ。まぁここまでは当然か。どの組織だって自分の手配した飛行機が突如消失すれば気付くだろう。

「その件で色々お伺いしたいのは山々なんですが、そんな件が吹き飛ぶような案件でして」

 喋りながら歩いている内に目的地に着いたらしい。被害の比較的少ないエリアのファミレスだ。

「お会いしてほしい方がいます」

 いつになく、硬い声。果たしてどうしたのだろうか。まぁ飛行機爆散より格段に上の案件、という時点でめんどくさそうなことは想像がつく。

「一応聞きますけど僕の知り合いですか?」

 内心それはないだろう、と思いつつ聞いてみる。大方どこぞの魔術結社がこの混乱に乗じて黎斗に取り入ろうとする算段、と予想する。正史編纂委員会のエージェントをパシリに使うあたり機関同士の力関係が見て取れる。

(やれやれ。想像以上にくだらないことになりそうだ)

 鬱屈とした空気が肺から出ていくのがわかる。気が滅入る。これから営業スマイルで勧誘を断らねばならないのだから。平穏に暮らしていくために敵は極力作りたくない。みんなで仲良く出来れば良いのだけれど。人類皆兄弟とか最高のスローガンではないか。

「はい。少なくとも先方はそう仰っておられます」

「……は?」

 ちょっと待て。なんだそれは。黎斗の知り合いなど存在する筈が無い。クラスメートか? それとも家族か? どちらにしろ彼らが甘粕を仲介者に仕立て上げる筈が無い。携帯電話で一発だ。メールやら電話が使えなければ別だろうが。

(ドニのよくわからん結界内ならば確かにケータイは使えない。だけど、あの時に連絡が通じないからって甘粕さん達に接触するか?)

 否、甘粕達に接触できる筈が無い。浮かんだ思考を即消して、店前ながら黎斗は携帯電話を確認する。メールは来ていない。念のため、メールを問い合わせる。結果、新着メール無し。つまり連絡先を教えていない知り合いとなる。

(スサノオ達ならこんなまどろっこしいことしないで念話で済ませる筈。みっきー? いや違う。みっきーなら恵那の方から連絡が来るはず)

 そこまで考えて、ふと思い出す。自分はなんのために飛行機で呼び戻されたのか。その件についてはまだ話されていない。

「……あぁ。この中で待っているのが護堂とガチンコやらかして僕の家を廃墟にしてくれやがったお方ですね」

 敬語、敬語と必死に冷静に対応しようとするが言葉棘は隠せない。隣の甘粕が引き攣った笑みで返答をする。

「え、えぇ……そうですね」

護堂(あんのアホ)は何処に?」

 日光東照宮と言っていたがどういうことなのだろう。あそこの封印が解放されたのだろうか。

「日光東照宮が大規模な襲撃を受けまして。いくつかの情報を総合するとそれがどうもヴォバン侯爵らしいんですよねぇ」

「侯爵様が、何故?」

 封印してある”アイツ”を、見つけ出したというのか。アレは見つけられないように何重にも厳重な隠匿結界を張っておいた筈だ。いかに魔王といえどもよっぽどのことが無ければ気付けないような。

「我々もわかりません」

 お手上げなんですよねぇ、などと言う彼を見て黎斗の中に疑問が生まれる。正史編纂委員会もヤツ(・・)の事は知らないようだ。知っていればこんな悠長に話している筈などない。正史編纂委員会ですら把握していない現状、どうやってヴォバンがその情報を知り得たのか。そこまで考えて思い出す。日光東照宮には誰が居る――?

「――ッ!? 恵那は!? 恵那は無事なんですか!?」

「落ち着いてください黎斗さん。おそらく無事です」

 食って掛かるように恵那の安否を問い詰める。我に返ると少し恥ずかしい。

「……あ、す、すみません」

「恵那さん経由で護堂さんは移動されました。ウルスラグナの”風”の権能ですね」

 なるほど。それならば大丈夫だ。護堂が行くまで耐えたのならもう大丈夫だろう。恵那も無闇に突撃はしない筈だ、多分。護堂が入れば死ぬことも無いな、と少し安心する。

「んじゃまぁ、我が家をズタボロにしてくださった御方を眺めるとしますかね。……そういえば高木達はどうしたんですか?」

 我ながら扱いが恵那と比べて酷いがこんなもんで良いだろう。加えて言うなら甘粕が何も話してこないし、無事な可能性が高い。それにしても魔王相手にセクハラなどと勇者過ぎる。最も、勇者ならセクハラはしないか。鬼畜眼鏡。鬼畜王。色々な単語が脳裏に浮かぶがどれも彼らを示す言葉にはなり得ないな、と苦笑い。

「……いや勇者は仲間にエッチな下着装備させるからなぁ。称号としては最重要候補か」

「?」

「あぁ、なんでもありません」

 口をもごもごして言ったせいか甘粕でも聞き取れなかったようだ。よかった。もし聞かれて大真面目に議論する展開になったら「ファミレスの前でゲームのエロ装備について議論する二人の男」などという非常によろしくない構図になってしまうこと請け合いだ。

「三人は無事です。……事後処理は非常に骨が折れましたが」

 表情が抜け落ちた甘粕は語る。

「事後……処理……?」

「はい。あの方々の根性は筋金入りですね。「あの感触忘れてなるものかー!!」などと言い放ち記憶改竄に抵抗しましたからね。こちらのトップエースでようやく記憶改竄に成功する有様で」

「な、なんかすいません……」

 彼らの変態パワーは黎斗の予想以上だった。まさかそこまでとは。甘粕達に本当に申し訳ない。

「いえいえ。あの御方(・・・・)を翻弄するくらいですから、予想の範囲内といえば範囲内だったんですよ、はは……っと、立ち話もなんですし、そろそろ入りましょう」

 確かにあまり店前で長時間の立ち話は拙い。営業妨害になりかねないし。意を決して扉を開く。からんからん、と音が鳴った。

「貸切です。そのままどうぞ」

 甘粕の促しに従い、前進。一番奥の座敷の前へ。クラス一つほどの大きさの個室のようだ。ここまでのサイズの部屋となると滅多に入らないから、粗相しそうでなんだか怖い。

「さて、鬼が出るか邪が出るか……!!」

 襖を開けて入室する。恵那の師匠(らしき人)達、沙耶宮馨とそうそうたる顔ぶれだ。目に入ってきた陣容に思わず舌を巻く。

(なんでこんなことになるんだよ……!!)

 これでは注目の的ではないか。心の中で悪態をつくがもう遅い。諦めの境地に達しつつも見渡すと、いつぞやの少年と視線が合う。

「あ」

 黎斗が漏らした声に反応しビクッ、と震えた隻腕の少年。あの腕そろそろ返した方がよいだろうか、などと場違いな事を考えていると一人の少女が目にとまる。例によって美少女だ。この少女以外は何処かで見た顔ぶれなのだが、つまりはこの少女こそが魔王なのだろうか。まさか隻腕の少年や沙耶宮馨がカンピオーネ、というわけではないだろう。

「な、なんで正座……?」

 圧倒的違和感だった。威風堂々としており覇者の気配を纏う少女が、正座。しかも両目を瞑っている。まるで何かの懺悔のように。なんでだろう。周囲も彼女をどう扱ってよいかわからず混乱しているのが手に取るようにわかる。

「改めて、名乗らせていただきます。あの時(・・・)は名乗っておりませんでした故」

 黎斗の声に反応するかのように、少女は目を開け言葉を放つ。あの時?

「私の名は羅翠蓮、と申します」

 羅濠教主の完璧なまでの下手(しもて)の対応。彼女を知る者が、軒並み驚きに目を見開く。こんな彼女は彼女で無い、と言わんばかり。

「家を破壊するご無礼、本当にすみません。後程私の方で修復をさせて頂きたいのですが構いませんか?」

「は、はぁ。ご丁寧にどうも……?」

 どんな傲岸不遜が出てくるかと思いきや。毒気を抜かれてしまった黎斗は当たり障りのない返答しか出来ない。傲岸不遜とか聞いていたのだがどう考えても当てはまらない。ぶっちゃけ今まであった規格外達((かみ&カンピオーネ))の中で一番まともだ。同胞の比較対象が遺産破壊のハーレム王(ごどう)剣バカの狂戦士(ドニ)人権ガン無視エセ侯爵(ヴォバン)しかいないのだからしょうがない。

「お元気そうでなによりです」

 親しみと敬意を込めて笑顔で話しかけてきてくれる。美少女にここまでしてもらえるとは本当に良い時代になったものだ、などと見当違いなことを思う黎斗だったが。

「本当にお久しぶりです――お義兄様」

「……は?」

 時間が、止まった。 
 

 
後書き
アイーシャ夫人出したいけど、多分斉天大聖編終了まで情報でないので無理ですね(苦笑
チョイ役でもよいから出したかったなーなどと。

大乱闘神様☆ぶらざーず的な何かを裏タイトルに持つ斉天大聖編、企画倒れにならんようにしないと(苦笑 

 

§39 天地の覇者と幽世の隠者

 
前書き
亀更新化してホントお騒がせしました……

まだ盟約のリヴァイアサン読んでない……



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「……人違いでは?」

 引き攣った笑みでなんとか声を絞り出す黎斗。いくら彼の頭がからっからでも、こんな美少女一目見たらそう簡単には忘れない。ならばと逆ナンの可能性を考えてみるが、残念ながら違うだろう。護堂くらいイケメンならば有り得るのだがこんなうだつの上がらない容姿の自分相手にナンパは有り得ない、などと思っていると目の前にキラリと光る物体。何かと掴んでみてみれば、それは一善の箸だった。金ぴかの。黎斗が掴んだ箸を見て、幾人かが身体を強張らせる。

「……何コレ」

「私の箸として用意したようです。全く、嘆かわしい。この私がそのようなただ眩いだけの代物を使うような器ととられるとは。この程度の事も見抜けぬとは、日本の組織は所詮その程度ですか」

 なるほど。これはプライドが高い子だ。ビクビクしている人達を見て一人納得する黎斗。彼らの黎斗を見る目が救世主のそれなわけだ。一事が万事こんな調子でやられたらたまらない。

「……まぁ良いでしょう。俗物如きに拘っている暇はありません。さてお義兄様。私は今、それなりに(・・・・・)本気でした」

「は、はぁ」

 なんだ。だからなんだというのだ。この子は残念系美少女というやつなのだろうか。それとも電波か?

「私の一撃を造作も無く受け止める存在などこの世にどれだけいると思っているのですか」

「それなりに?」

「……恐れ多くも私見を述べさ」

「鷹児黙りなさい。今は私がお義兄様と話しているのです」

 隻腕の少年が喋ろうとした瞬間、割り込むかのような羅濠教主の声。無造作に彼女が腕を上げる。

「おわあああー!!」

 悲鳴を上げて飛んでいく少年。彼の身体が突風により打ち上げられ、惨い回転をしながら明後日の方向へ飛んでいく。屋根を突き破り、壁をぶち抜き、あっという間に見えなくなった。

「……私の弟子が失礼を致しました」

「い、いや…… 彼拾いに行った方が良いのでは……?」

「構いません。久々の兄妹の逢瀬に水を差す愚物にはあれでも甘い位です」

 駄目だこの子。ヤンデレの素質がありすぎる。そんな黎斗の戦慄を余所に、彼女はヒートアップし続ける。

「話が逸れました。今の一撃を平然と受け止められるのはお義兄様だけです」

「……なんで?」

 さっきから阿呆みたいな反応しかしていない黎斗だが、理解が追いついていないのだからしょうがない。他の人々は先程の陸鷹化の件で萎縮してしまい口を挟んでくる気配は皆無。まぁ、人間ミンチなど見たいわけではないから犠牲者が出ないのは黎斗にとってもありがたい。

「私は武と方術を練り上げました。私を上回るのはお義兄様くらいのものです」

「なんでそうなるのさ!?」

 駄目だ。話が進まない。この子はお義兄様とやらをいくらなんでも神聖視しすぎだ。

「幼子心にも残っております。お義兄様が圧倒的な武で村に襲来した神獣を蹴散らしていったのを。あの光景が私の原点です故に」

 食品廃材で数多の神獣を蹂躙するお義兄様こそ武の体現者と呼ぶに相応しい物です、と結ぶ教主。黎斗の背筋に汗が一筋流れ落ちる。そういえば昔生ゴミで神獣とやりあったことが一度あったような。背骨の欠片を礫として飛ばし神獣を蜂の巣にした記憶はあるのだが、それは何分昔の話だ。

「……魚の背骨で神獣に挑んだ時?」

「あの時のお義兄様はとても素敵でございました!」

「「「…………」」」

 食品廃棄物の単語が出た途端、場の空気が緊張感のある物から一変した。呆れを通り越して変なものを見る目で見られていることぐらいKYな(くうきがよめない)黎斗でも察することが出来るほどに。

「ん? ……羅水蓮様や、あなたいつごろカンピオーネに?」

「そんな他人行儀にならずとも結構ですお義兄様。羅濠でも水蓮でも好きなようにお呼びください。……はて。詳しい時期は忘れましたが二百余年、といったところでしょうか」

 二百年くらい前。魚の骨。新年を大掃除で過ごし華麗に始められなかった、などというみっともない理由で幽世から家出した時が、確かそのくらいだった筈だ。そういえば、ツバメの巣を探しに大陸まで放浪したような……

「あー!! あの時の女の子か!!」

 立ち寄った村で遊んであげた幼女が黎斗の脳裏に浮かびあがる。微かな記憶を手繰り寄せ、じろじろと前に座る教主を観察してみれば、なるほど彼女の面影が残っている、ような気がするではないか。

「おー!! おっきくなったねぇ」

「思い出して頂けたようでこの羅濠、感謝の極みです……!!」

 よしよし、と頭を撫でる黎斗と嬉しそうに撫でられる教主に、周囲は自分の眼を疑わざるを得ない。「え。誰だコレ?」、というのが彼女を知る者の共通認識で。

「……あれ? みなさんどうされました?」

「…………いえ。なんでもありません」

 不思議そうにする黎斗とご機嫌な教主、現実を認識できないその他と綺麗に分かれてしまう。空気の違いを感じ取った黎斗の問いに「羅濠教主がおかしい」などと突っ込む愚か者(ゆうしゃ)がいる筈もなく。

「……まるで借りてきた猫ですな」

 甘粕のそんな一言が、いやに虚しく部屋に響いた。





「それでですね! 雪の……」

 最初はどうなることかと思った教主と黎斗との会談は途中から雲行きが怪しくなった。きっかけは黎斗の「今まで何してたの?」という些細な一言。ここからのべ数時間に渡って羅濠教主のノンストップトーク大会が始まった。口出しをするのは当然、黎斗のみ。他の人間は沈黙維持だ。口を開こうものなら「義兄妹の逢瀬を邪魔するのではありません!!」と死が待っているのだから当然と言える。

(か、帰りたい……)

 口を挟めず、割とどうでもよい話を聞かされ、寝ることも許されず、正座で緊張状態の中にいる聴衆たちはただ切実にそれを願う。魔王同士の遭遇なのに戦闘がおこる気配が無いのは喜ばしいが、この状況はこの状況で、正直なかなかしんどい。そんな割と切実な馨の願いは最悪な形で叶えられた。

「それで、羅濠はわざわざ会いに来てくれたんだ?」

 黎斗の一言が場の空気を一気に氷点下へと誘う。その言葉で教主は本来の目的を思い出す。

「……そうでした。この私としたことが、すっかり本来の用事を忘れてしまうとは」

 さっきまでの愛くるしい猫モードから凛々しい獅子のような表情へ。

「……あら?」

 何かマズったかしら、などと口にする間もなく。

「この羅濠、本日はお義兄様に挑むために参りました」

「挑む……?」

 この子は何を言い出すのだろうか。殺し合いを知り合いとする気はないのだけれど。

「お義兄様を倒してこそ武の至尊。私を上回るであろう存在はお義兄様のみです。愚妹の願い、聞いてはいただけないでしょうか?」

 なんだ、力試しか、などと黎斗はあっさり納得する。殺し合いでなく腕試しならば別に何回やろうが構わない。

「んー、いーよー?」

「ちょ、マスター!?」

 泡を食ったエルが黎斗に詰め寄ろうとするのだが。

「ん? 別に腕試しくらいいんでない?」

 黎斗の能天気っぷりに呆れてしまう。いくら腕試しとはいえ、周囲に与える被害は計り知れないものになることを己が主は忘れているのだろうか。

「……まぁ、さ」

 暗い空気を纏って黎斗が続ける。

「家をめちゃくちゃにしたお灸くらいは据えても良いんだよね?」

 これはダメだ。エルの直感は絶望しか感じ取れなかった。

「んじゃあ甘粕さん、沙耶宮さん、立会人お願いします」

「……」

「……魔王陛下の御心のままに」

 正史編纂委員会に拒否権などあろうはずもない。もっとも今まで謎に包まれてきた黎斗の戦闘を直接見ることが出来る、というメリットは大きい上に戦場は既に荒地になっているので反対意見を出す気など毛頭ないのだが。それを口に出すことはない。

「じゃあ行こうか。外でいいよね」

 教主の前を先導し、荒地へ向かって進んでいく。歩く黎斗は気付かない。馨が「魔王陛下」と呼んだのは黎斗であり、それに大して反論しなかったことに。つまりは己が魔王(カンピオーネ)である、と認めたということを。

「さて。ここらでいいかね」

 羅濠教主と草薙護堂が激戦を繰り広げた(と思われる)跡地へ来てから教主に確認をとる。自らの家の残骸を敢えて目に入れないように家の手前で後ろを振り向く。神妙な顔をした教主が黎斗の瞳に映った。

「私はどこでも」

「では、行きますか」

 黎斗が言葉を発すると、場の空気が突如冷え込んだ。

「ずっと、ずうっと。お会いしたかった」

 言葉だけ聞くならば「あれ、いつフラグを立てたっけ?」と言いたくなるような台詞だ。

「お義兄様は遥かな昔より私の目標でした」

 ただし

「今こそ」

 それは

「私は」

 圧倒的な

「お義兄様を超えてみせます」

 殺気を除けば!!

「え? え?」

「把ァ!!」

 数十メートルはあったであろう彼我距離は一瞬にして零となり、繰り出される拳は神速を軽々と凌駕する。

「ッ!?」

 回避と同時に黎斗は悟る。

――途方もなく、強い

 黎斗自身も徒手空拳で戦うことは多々あったが、こんなの楽々とは放てない。自分の中で上手く放てた一撃で、ようやく互角になれるかどうか。

「クッ・・・!!」

 教主の止むことのない連撃を凌ぐ防戦一方。(フェイント)に最低限の注意を払い、立ち位置、地形、体勢をしっかり把握し、必殺となりうる一撃を確実に捌く。姿勢をわざと崩し、揺さぶり。回避。側転、バク転。時折バク転や酔っ払いのふらつきのような、無駄な動きで混乱させようと試みるも、それに動じる気配は無い。

「甘い!」

 声と同時に重心に仕掛けられる足払い、次いで繰り出される掌底をすれすれで躱し距離をとる。

「はぁ……」

 その光景を眺める陸鷹化は驚くことにも疲れてきた。自分の右腕を奪った彼が途方も無く強いことは予想していたけれど、まさかここまでだとは。

「おいおいマジかよ。あの兄さん、師父の攻撃受けきってるよ……」

 あの羅濠教主(ししょう)が最初から本気で挑んでいることにも驚きだが、それを防ぎ続ける彼は一体何者なのだろう? カンピオーネである、の一言で済ませるにはあまりにもひどすぎる。

「ひっどい御方に挑んでたんだな……」

 絶望とともに吐いた溜息。魔王(カンピオーネ)の師を持つからか、彼の言葉にはとてつもない重みが確かにあった。 
 

 
後書き
次からインフレ合戦開幕です(笑
めざせ今月中に教主編終了(笑


どうしようもない余談


何パターンかやってみた
斉天大聖&羅濠教主編
東京壊滅……3回
世界崩壊……2回
黎斗死亡……4回
カンピオーネ全滅(黎斗除く)……2回
結局何回も書き直してます(笑

こっちが死ぬか世界滅ぼして黎斗一人ENDか極端すぎんだよ…… 

 

§40 兄妹喧嘩(偽)

 
前書き
相変わらず表現&描写不足という課題。うーむ。
そんなこんなでようやくここまでこぎ着けました。

さぁ。敵も味方もすーぱーあばれたいむだ(何


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「……徹夜明けでこれは死ぬぅ!!」

 幽世から飛び出してきてから今までで一二を争う苛烈な攻めに、黎斗は反撃の糸口を掴めない。まして、サルバトーレ・ドニと交戦した直後なのだ。しかももう日が昇り始めている。完徹である。

「明日だったら良かったのにっ、てヤッパ良くない!! ぼーりょくはんたいー!!」

 こんなことならリポD飲んでくれば良かった。後悔しても後の祭りである。流石に今から買いに行く訳にはいくまい。

「くっ、まだ本気に出来ませんか…… ならば!!」

 戯れ言を口にしたせいか、まだ余裕と受け取られたらしい。

「おわぁ!?」

 口は災いのもととはよく言ったものだ。こっちは必死なのだが、それを察してくれない敵のギアが、更にもう一段階上がる。もはや神速と見紛うほどの速度。だんだんと対処が出来なくなっていく。彼女の速さに、追い付けない。

「うぐっ……!!」

 教主の拳が肺に一撃。焦点をずらし、自ら背後に飛んだのに、重い。呪力障壁も加味すればノーダメに近い威力に抑えられる筈なのに。武の極致を豪語するだけのことは、ある。

「流石ですね。しかし、捉えました」

 余裕を感じさせる尊大な口調。挑発かと思ったが、多分違うと考え直す。
 おそらくは、自信。格上(れいと)――黎斗としては格上のつもりなど皆無のだがおそらく彼女はそう思っているのだろう――に対して互角に挑めるという。

「……ロンギヌスゥ」

 過大評価に呆れながらも、正直悪い気はしない。聖人君子では無いし、薄皮一枚程度とはいえ、プライドだってある。意外に高い自分の評価に内心小躍りしながらも相棒を呼び出す。

「単純」

「ろ、ロンギヌスゥ!?」

 そんな心を読んだのか、寡黙な相方が口を開く。数百年振りの会話に黎斗は思わず気を取られ――

「余所見とは余裕ですね」

――蹴りを直接貰ってしまう。

「が…」

 吹き飛ばされてる間に、後ろから再度の衝撃。肉体は四散しながら前へ跳ぶ。これでは酒呑童子の二の舞だ。殴られてひたすら死に続けながら、うっすらと思ったのはそんなこと。

(めぐ)(めぐ)れ刻の欠片よ。輪廻の(まわ)りは燃えて散る。原始を告げる灰の産声、永劫(トワ)なる刹那(イマ)を生み出さん!」

 不死鳥の権能で未来へ跳躍、酒呑童子戦と全く同じ手法。時間転移を用いて、危機の回避に成功する。

「っとと……」

 不味いか。なんかもうさっきから死にまくっている。これだけ死ぬと呪力が尽きる。

「さて、反撃を……ってな!」

 言葉より先に腕が出た。教主に向けて繰り出すは、突き。呆気なく避けられ接近されたところで石突を一気に前に押し出す。

「甘い!!」

 余裕をもって回避する教主。回避先は――上空。

「ふっ――!!」

 空へ向けて穂先を凪払う。彼女の予想を遥かに上回る速度に回避が間に合わない。直撃する。吹き飛ぶ教主。

「はっ、と!!」

 教主の後ろをあっさりととり、石突で大地に叩きつける。

「とどめッ!!」

 教主の体が地面に触れる瞬間に、ありったけの力で蹴り飛ばす!!





「嘘、だろ……?」

 戦慄する陸鷹化。彼の目にすら一瞬に満たない攻防に写ったソレは、両者の人間やめました(チート)具合がよくわかる。

「最後の一撃は決まった、かな?」

 油断せずに構える黎斗。会心で放ったつもりの槍の凪払いですら、完璧に防御されていたのだから油断もなにも出来るわけがない。背後からの一撃もたいして効いていないだろう。

「まさか勢いを殺しきるなんて」

 回避不可の一撃を、教主は威力を殺すことで防いだのだ。穂先からくる衝撃をほぼ完全に、受け流すという神業で。

「ま、流石に受け流しで限界だったっぽいし? 蹴りは綺麗に決まったけど」

 冷静に分析を続ける彼の右腕が青白く輝く。

「契約により我に従え至天の覇者よ」

 あの怪物じみた少女が蹴り程度で戦闘不能になるわけがない。例えそれが高層ビルを一撃で粉砕する蹴りだったとしても。

「来れ止め処なき光の濁流。蹂躙する神鳴(イカヅチ)。事象を破壊す神の意向」

 故に、待つ必要を感じない彼は更なる追撃に打って出る。黎斗の腕をプラズマがのたうち、弾ける。

「万物一切粉塵に帰さん。其は安寧なり」

 魔術師が見れば失神するような速度で詠唱が完了する。超一流の魔術師が朗々と願い、乞う代物でも彼にとっては造作もない。

「天砕く稲妻」

「この速度で放つってあの兄さん化け物か!?」

 鷹化の驚愕と同時に、場が青白く染まりあがる。二重に輝くプラズマの光が観戦者の網膜を焼き付くさんと、その凶暴性を存分に振るう。

「さて、どんぐらい効くかな……?」

 広範囲殲滅呪文だ。戦略兵器にも相当する一撃だが、これで魔王(カンピオーネ)が沈む筈が無いことは、黎斗が一番知っている。追撃の三昧真火を放とうとして。

「……流石お兄さま。私の全力をご覧あれ」

 案の定、不吉な宣告と共に煙の中から立ち上がる魔王。

「ちょ!?」

 黎斗の頭上に巨大な影。黎斗の感覚でもこんなにも接近されるまで気づけない程の。阿吽の金剛力士像が、彼に拳を向けてくる。当然のごとく三昧真火程度では傷をつけることは敵わない。あわてて退避しことなきを得る。

「ちょっ、まっ、タンマ!」

 攻撃範囲が途方もなく広い。回避だけに一苦労だ。だが、それよりも。

「周りにボコスカ穴を空けるなー!!」

 半泣きになって黎斗は叫ぶ。既に原型の無い我が家だが、更に近所がクレーターだらけになったら悲しすぎる。いや、遮蔽物が無くなってスッキリするかもしれないが。

「よっ、とっ、はっ!」

 回避する度に更地が荒れ地へ変貌を遂げる。住民の皆様ゴメンナサイ。嗚呼。折角残った数少ない民家達が……

「おまえも、少し、頭冷やせー!!」

 護堂から"牡牛"を拝借、振り下ろされる拳を受けきる。絶妙な力配分は、受け止め際の衝撃全てを外部に逃がす。足下に罅が入ることもなく、仁王の拳は寸止めしたかのように微動だにしない。二対の力士をそれぞれ片手で押えこむ。

「馬鹿な!?」

「あああああ!!」

 叫びながら力士像を掴み、勢いよく頭上にぶん投げる。

「ごどーセンセ借りますぜ。――我が元に来たれ。勝利のために。不死なる太陽よ、輝ける駿馬を遣わし給へ。汝の主たる光臨を疾く運べ!」

 念じるのは"白馬"。既に辺り一面焼け野原なのだからこれ位なら使っても構わないだろう。破壊光線は却下。規模が広大すぎて使えない。使ったら周囲が消滅してしまう。これで邪魔な力士を消し飛ばす!!

「日輪か!! 無駄です!!」

 麗しい声を張る教主。風が渦巻き収束する。邪眼を向けるも密度が凄まじく消去しきれない!!

「……くっ」

 生み出された大気の奔流は凄まじい速度で白馬へ衝突、互いの力を競い合う。空間を歪め破壊すら可能にする空気のうねりが、太陽の槍を、粉砕する。

「うっそー……」

 これでは駄目だ。あの歌を封じなければ。あんなものをポイポイだされてしまってはたまったものではない。近接戦闘に持ち込んで、聖句を唱える暇を与えないようにするしかない。

「はあぁああ!!」

「うぉおおお!!」

 ひたすら打ち合う。衝撃波など起こらない。かたや歌で、かたや視線と簡単な術で。片手間作業でありながらも完全に周囲の空気の流れを読み切り制御する。拮抗しているように見えてその実、無手と槍。得物による間合い(リーチ)の長さで物理面では黎斗が若干有利。魔歌による呪と魔風で術の面では教主が有利。卓越した教主の実力に流石の黎斗も目を見張る。

「……強いねっ!!」

「当たり前です!! 絶対の頂点に君臨する、お兄様こそが私の目標! それは、昔も今も変わりません!! 私の全ては、今日!! この時の為に!!」

 掠る。外す。触れる。避ける。

「……これが頂点、か」

 立会人となった馨の目には、視認ギリギリの変態染みた速度で周囲を破壊していく二人に笑うしかない。――――それは引き攣った笑み以外の何物でもないが。

「……権能などなくても、やはり羅刹の君は恐ろしいものです」

 怯えを隠そうともしない剣の師範。剣の王とすらも剣の腕だけならば張り合える、そんな彼ですら目を必死に凝らしてようやくわかる領域だ。

「私でもお二方は回避していないようにしか」

 神速を発動させていないはずなのに心眼でないと捕捉困難。そんな速度での応酬はまさに武の極致と呼ぶに相応しい。避ける気配が全くないのに当たらない。

「いやー。当たり判定が消失してますな」

 やんまーに、などと呟く、あいも変わらず呑気な様子の甘粕だが、声がいつになく硬い。

「世界は広い……」

 師範は未知との遭遇に、恐怖だけでなく感動も覚える。――だがその贅沢が味わえるのはほんの一部だけ。

「これほど、か……」

 大多数が受けるのは恐怖と戦慄。恐れの感情だった。





「はあっ、はあっ…… 武技は僅かにお義兄様が上、ですか」

 隠しきれない疲労を滲ませて教主が言う。

「……いや、なんでついてこれんのよ」

 身体強化を最大限に駆使し行う神速もどきでの戦闘。下手な闘神ですら圧倒する領域なのに当たり前のように追随された黎斗は若干凹む。黎斗優勢の試合運びなのだが、決め手を出せない。絶好のタイミングを、教主の呪風がひっくり返す。

「お義兄さまの義妹として、恥じることの無いように修練に励んで参りましたゆえ」

 何処か得意気に教主は笑う。

「それに私の権能をいとも容易く防ぐとは。流石です」

 感じ入った教主の視線は、黎斗の背後に注がれる。そこには、二体の金剛力士が八匹の雷龍に拘束されている。雷龍は仁王を絞殺せんと、スパークを飛び散らせながら雁字搦めに絡みつく。四匹もの雷龍に拘束された力士は、動くこともままならない。無類の怪力を誇る仁王はこれで完全に封じられた。

「こっちも正直キツイけど。まぁ負けられないかな、と」

 超高密度に圧縮された風の塊を避けて躱すのは一苦労だ。呪力障壁を貫通し、鋼すら破砕する一撃。接近戦をこなしながらそんなものを撃つ芸当すら見せるとは、本当にこの少女は強い。だが女の子相手に無様な所は見せられない、などと俗物染みた思考回路で戦い続ける。

「お義兄様の前では幻惑の術も無効のようですね」

 教主は諦めたようにそう呟く。 

「ならば」

 轟!! 予備動作皆無での大気の奔流。雷龍を粉砕せんと振るわれる恐怖の力。螺旋の渦が周囲を包み、全方位から襲いかかる。

「させないって。――我は大罪背負いし悪神。焔で全て断絶させよう。定義"空間"。疾く、絶て」

 根源分かつ無情なる焔(わたるせけんはおにばかり)が、黎斗の掌から迸る。焔の線は魔風と力士の間の空間をこちらとあちらに"分離"させる。直後、空間の断層に衝突する風。絶対の壁にぶち当たり、行き場を無くした風のうねりが周囲を根こそぎ破壊する。

「隙有り!!」

 爆風が砂塵を立ち上らせて、視界を根こそぎ奪い去る。そして、その隙をついて死角からの無音の一撃。限りなく希薄な気配を辿り、黎斗の位置を探り当てるなど果たして幾人出来るだろう?

「うん、詰めが甘い(・・)かな」

 彼女の耳に入ったのは、そんな黎斗の勝利宣言。

「馬鹿な……!?」

 剛力で死角から急所への一撃は、たしかに会心のものになっただろう。――相手に気配を気取られなければ。

「気付かないとでも思ったかーふはははー」

 黎斗の気配察知能力は教主にかなわない。だが、一線級のものであることに変わりはないのだ。教主が闘志を隠していればまた別だったかもしれないが、これだけ近距離で殺気を放っていれば、黎斗が気付かぬ訳がない。

「そう。つまるところ自滅、かな」

 あとは流転する輪廻と破滅の呪鎖(グレイプニール)の必殺コンボで、終幕だ。未来より現在に向かって展開される破滅の鎖の回避は何人たりとも出来はしない。

「僕の、勝ちだね」

 壊死して変色した右腕をぶらつかせる少年が呟く。彼の首まであと一歩。紙一重の所で少女は鎖に巻き取られ。言霊で風を操ろうにも、この距離では一切合財邪眼に抹消されてしまう。ここまで、だ。見苦しくあがくのも悪くはないだろう。だが。

「……完敗です」

 そう言って倒れ込む。大地に寝転ぶ少女の頬をなでる風は、心地よかった。 
 

 
後書き
大聖編に敢えて入らずここで終了(何

ちなみに教主、原作よりも強いです。黎斗っていう明確な目標があったので。


……初期段階の話では二人して神速でガチやってたんですがそうすると護堂が教主相手に詰むのでデフォ=神速のノリは却下されました(爆 

 

§???--《大晦日リターンズ!》

 
前書き
前回の話。
完全に僕のミスですね、すいません
年明けたら修正します(汗
ご指摘感謝です

とまぁ色々ありましたが(っか前回更新から間が空いてませんが)今年最後の更新です
このネタをやりたいが為に教主編今月中に終わらせたかったのよ……!!(苦笑


あ、よーか君の黎斗の呼び方が「師祖」になっていますが師父の師父が師祖らしいので。
本当は作中で説明出来れば良かったんですが大聖編の終わりまでロクにれーととよーかの会話が無いので説明する機会がありませんでした。
こんなとこで説明すんなよ、って話なんですがタイムリーなネタの都合上ここでの解説をお許しくださいませ

マトモに作中時系列適用するとランス戦も終了してたり色々カオスなんですが……そこは、まぁいいじゃない(爆

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 全ては黎斗の一言から始まった。

「そうだ。大掃除をしよう」

「「「はぃい?」」」

「おまえんちの?」

 呆然とするエリカ、祐理、リリアナ。少女達に悩まされることが無いような案件だからか案外護堂は乗り気だ。

「うんにゃ。僕の倉庫((・・))」

 いくら昼休みとはいえ人目もある。本来なら教室でするような話では無いのだが。

「そろっと年末総整理の時期でさ。メンテしないと呪物達(みんな)がグレる」

 一人でやっては新年になってしまう。新年に気付かず元旦を掃除で過ごした、屈辱のあの日以来、黎斗は掃除を一人でやらない。神様(スサノオ)や鬼達、媛や僧に手伝ってもらっていたのだ。おかげでこの時期になると黒衣の僧正は黎斗達の小屋に現れない。

「スサノオ達が今年は忙しいからさ」

 基本下界には我関せず、なスタンスを取る古老だがまだ被害の掌握が終わっていない。天叢雲の一件で黎斗が殲滅した仲間分をカバーするのにてんてこ舞いだ。大将(スサノオ)を金属化して長期間放置していたツケがこのタイミングで回ってきた。所詮、自業自得である。

「それで俺達に白羽の矢が立ったと」

「そ。信用出来る人に絞るとあとよーかと恵那、エルかな? あぁ、あと翆蓮がいたか」

 陸鷹化については教主に直談判して借りる手はずになっている。ついでに教主が申したててくれたのは嬉しい誤算だ。

「はぁ!? 義姉さんも来るのか!?」

 思わず叫ぶ護堂に、クラスの皆からの白い視線が突き刺さる。まぁ、気持ちはわからないでもない。黎斗にとっても予想外の事態だったのだから。

「凄まじい人員ね……」

 エリカがドン引きするところなど初めて見た気がする。

「うん。あ、人間の皆には幽世で動けるように札渡すから」

「……ちょっと待て水羽黎斗。その倉庫とやらは幽世にあるのか?」

 顔をひきつらせたリリアナに黎斗は即答する。何を言っているんだ、と言わんばかりの口ぶりで。

「そうだよ? 幽世の衛星軌道上に隠してある。あ、ヒミツだかんね」

「言わないし、言っても誰も信じないわよ……」

 平然と話す黎斗にエリカが苦言を呈する。

「な、なんだか大変なことになりそうです……」

「……万里谷、それは霊視か?」

「これは予想、です」

 波乱の予感に護堂と祐理は二人揃ってうなだれた。





 想像以上に黎斗の段取りは壊滅的で、結局掃除開始は十二月最終日までずれ込んでしまった。そんななかでも、まぁ日頃の感謝もこめてそれなりにはやってやろう、とは各自がうっすらと思っていたのだが。

「……なんか、もう疲れたわ」

 憮然とした様子のエリカ。彼女の反応もやむを得ない。

「この階にある奴は危険性((・・・))は無いけど取り扱い超注意ね。プレミアばっかだから」

 整理開始前の黎斗の台詞だ。ふざけるなといってやりたい。

「カール大帝の直筆サインにマント、ファウスト博士の誓約書。ゲーテの手書きの物語にモーツァルト手書きの楽譜。これは……ナポレオンの帽子だと?」

「ニュートンの羊皮紙に直江兼継の愛の兜。チンギスハンとの文通にヴラド公の食器。ロゼッタストーン(本物)って何よ。馬鹿と冗談が総動員よ。何なのこれ」

 酷すぎた。黎斗の手書きの文字で名称が書いてあるのだが、信憑性の怪しい品のオンパレードだ。「世界最初の羅針盤!!」などとかかれても反応に困る。

「ヴィクトリア女王の王冠、リンカーンさんの顎髭、コルベールさんの手帳、ヴァスコ=ダ=ガマさんの香辛料……黎斗さんは何者ですか。と、いうかコロンブスの卵って……」

 ギャグなのか真面目なのかわからない辺りがタチが悪い。ちなみに少女達が百科事典と思い本棚に納めた分厚い本は、黎斗が出会った著名人の手形がひたすら保存されている。信憑性なんか欠片もないが。

「歴代将軍のちょんまげとか何を思って集めたんだ……」

「……とりあえずこの階は終わりね。下に行きましょう」

 ちなみに上の階は黎斗と教主と護堂が作業している。第一級の超危険物の集まりだ。なんでも聖騎士如き(・・)では死ぬとなんとか。どんな代物だと文句を言いたい。兎にも角にも三人は恵那とエル、陸鷹化が作業していく下の階へ降りていく。

――真の地獄は、ここからだった。

「この階は基本的((・・・))に人間でも使える道具が多いです。が、危険なので気をつけてくださいね」

 基本的にって何だ、と言おうとして鷹化は諦める。突っ込んだら負けだ。

「うわー。この武器キレイだねぇ」

 恵那が瞳を輝かせて長剣を見る。

「あぁ、ダーインスレイヴですか。マスターお気に入りの一品ですよそれ」

「……ねぇ。ダーインスレイヴって呪われし秘宝だと思うんだけど。というかまだ呪い健在じゃないこれ?」

 ドヤ顔で解説するエル。やってきてすぐに、一目で危険性を見抜いたエリカが警告を発するが。

「マスターが呪い程度に屈服するワケないじゃないですかー。この呪いさん逆にマスターに屈服してるから大丈夫です」

 黎斗が握った瞬間こそ、呪いは黎斗を操ろうとした。握った瞬間こそは、だ。当然黎斗に敵う筈も無く、武器が完全に沈黙するまで一秒もかからなかった。黎斗に従属した彼らは黎斗の眷属たるエルが触れた程度で呪いをかける程命知らずではない。

「「「…………」」」

 唖然とする一同。エルが硬直している祐理の手からひょい、と取り上げたのは分厚い冊子。下手くそな絵と字がびっしり書き込まれている。特に文字は日本語とは思えない。

「あ〜。コレこんなところにあったんですか。……どおりでマスターが探しても見つからないワケですね」

「……エルちゃん。コレなに?」

 恵那の指さす絵は三角丸四角が縦に連なっており、丸の中には×印が三つほど描かれている。四角の四隅からは棒線が飛び出しており、その横に書かれているのはH2SとCOの文字。初見で理解出来るわけがない。

「それは毒ガスのレシピです」

「「……え゛」」

「……ねぇリリィ。私幻聴が聞こえる程に疲れてるみたい。護堂の元で休んでくるからここお願い」

「逃げるなエリカ。これは現……現実だ」

 卑怯だ、とか外道だ、とかそんな感想すらも出て来ない程疲れきった、否、無表情なリリアナが漏らした感想は、全員の内心を代弁していた。

「毒ガスなんかなにに使うのさ……」

「経口接種ならば呪いは神にも有効です。無色無臭ならそれなりに有効らしいですよ?」

 マスターは権能(ヤマ)のおかげで毒へっちゃらですし、と続けるエルに一同はぐうの音も出ない。

「周囲が荒野ならばこれでまつろわぬ神を倒せるのではないか、と考えたらしいのですが結局没になりました」

 まつろわぬ神は無人の地に行きませんし都会で毒ガスは危険ですからマスターは没案になさいました、と補足する。

「……いや、そーゆー問題じゃ」

 流石に恵那も表情がひきつる。まつろわぬ神相手に毒ガスなどというチャチな代物が通用するものか。

「毒ガス程度で倒せるのならば苦労しないわ」

 憮然として言い返すエリカにエルは笑う。

無色無臭(・・・・)かつ神獣を秒殺出来る威力の毒なら如何です?」

「「馬鹿な!」」

 そんな毒など有り得ない、そう否定する大騎士達に対し、何かに気づいた鷹化が横から口を挟む。

「……いや。有り得る。狐の姐さん、それは師祖の権能かい?」

「ご明察」

 黎斗の権能「闇夜に眠る夢をみる」で発生させた邪気を利用しているらしい。らしい、というのはエルには理論がわからなかったからだ。威力を下げる代わりに邪気の気配を薄め無色にすることで転用する、とは本人の弁。どっちにしろわかりたくないしわかったら負けな気がする。

「コンセプトは「規格外(ぼくら)が出張らなくても神を殺せる必殺兵器」「あなたの町の鉄壁★守護者」らしいですよ。もっとも使用者が最初に毒を浴びて即死するので没案化しましたが」

「神をも殺せる毒ならばそれはそうでしょうねぇ!!?」

 怒鳴る彼女を責めるものはここに誰もいない。思考を停止させたまま、黙々と一同は掃除と整理をこなしていく。





 六階。倉庫最上階にして神殺しや神以外は取扱い不能な品が眠る、超危険エリアだ。

「あ。ソレ黎斗がよく用いる槍だよな」

 ロンギヌスを拭いている黎斗の背後から護堂が声をかけてくる。

「そーだよ。ロンギヌス。神殺しの槍」

「ん?」

 聞き覚えのあるフレーズに脳から情報を引っ張り出す。はて、どこかで聞いたような。

「ロンギヌスって聖絶の言霊じゃないかそれ!!」

「ん。あぁ、そだね」

「煩いですよ義弟よ」

 どうでもよさそうな二人の声に、護堂は自分がおかしいのではないだろうか、などと錯覚を受ける。否、断じて否だ。自分が間違っている筈が無い。

「……なんでそんなもんがここにあるんだ?」

「いや。そんなこと言われても……僕の相棒だし?」

 なぁ、などと槍に語りかける黎斗。

「いや。じゃあエリカの聖絶の言霊って……」

「んー。よくわかんないけどロンギヌスの力の一端を使ってるっぽいカンジだよね」

 微妙に修得してないからよくわかんないけど、などと続ける黎斗に護堂は戦慄する。

「おい、まて。それじゃあこの槍はエリカのやつが聖絶の言霊を使っているのと同じ威力を常時出せるのか!?」

「何言ってんのさ。コイツがそんな雑魚なワケないじゃん」

 呆れたような黎斗の視線とそれに同意する教主に果てしない疎外感を護堂は感じる。

(駄目だ……ここにいる二人は人間やめてる。話が全く通じていない……)

「お義兄様、こちらの武器はどうすれば」

 教主が小首を傾げた先には古びた剣がソファーの上に置かれていた。

「天之羽々斬とかジュワユーズ、オハン達か。そいつら結構メンドくさいから僕がやろう。愚者の翼(イカロス)やアンドヴァリナウト、賢者の石とかお願い。こっちにあるから。あ、そのお酒飲んじゃダメよ。酒呑の大将を殺しかけたヤバい酒だから」

「わかりました」

「おかしい……絶対おかしい……」

 護堂が部屋の隅で唸っている間にも、作業は刻一刻と進められていった。





「いやー。今日は手伝ってくれてありがとう!」

 現世に戻ってきて黎斗が皆に感謝を述べる。場所が取れなかったので草薙家の玄関前で閉会式だ。

「いや。うん。お前が良いならそれで良いんだ……」

「よ、良かったですね……」

「「「……」」」

 教主の奮闘の甲斐もあり、予想以上のペースで片付けが終わった。嬉々とする黎斗。微妙な顔の護堂と祐理。言葉を出すことすら諦めてその他、と実に対照的な表情だ。

「お義兄様。また何かありましたら呼んでくださいませ。では羅濠はこれで失礼いたします」

「あ……もっとゆっくりしていけば良いのに」

 丁寧に一礼し、姿を消した羅濠教主に黎斗がぼやく。

「まったく恥ずかしがり屋だねぇ」

「「「それはない」」」

 しょうがない、といった風の黎斗に対し、この場の全員が同じ事を口に出して否定する。全員が全員、見事な満場一致っぷりを見せつける。

「……まぁいいや。じゃあ僕はこれから帰省するかな」

「え。お前これから帰省すんの?」

 考えてみればアパートが消滅し、日々アパートを探しながらホテル住まいをしている黎斗に年末帰省をしない、という選択肢は無いだろう。

「うん。甘粕さんからレンタカー借りて」

 見れば護堂の家の前にいつの間にか止められているレンタカー。

「……れ、れいとさーん? 車の運転免許はまだ取れないですよー?」

「じゃーん。コレ、なーんだ?」

 これはマリアンヌと同じく危険なニオイがする。黎斗の年齢で車の免許証など取れる筈が無い。十中八九、偽造だろう。

「そんな目で見なくても大丈夫だよ。一応自動車学校卒業しているから」

「こっから地元まで距離あるだろ。今年中に帰れるのか?」

「うーん。今からなら、高速ぶっぱすれば夕方には帰れる筈。道に迷ったら死ねるけど」

 時刻はまだ正午を少し回ったころだ。時間的な余裕はかなりある。

「さて、それではみんな、本当にありがとう。では」

 感謝の言葉と共に黎斗が運転席に乗り、狐に戻ったエルが後部座席に座りこむ。

「あ、そうそう来年もぜひ掃除をお願いしま」

「「「絶対イヤ」」」

「……oh」

 間髪入れずに拒否の言葉を受け取って、少し凹むも気を取り直す。

「まぁ、来年になったらまた頼む思」

「「「だからイヤ」」」

「れーとさん、ドンマイ」

 苦笑しながら助手席に乗る恵那。誰だってあんな万魔殿、やりたくないに決まっている。

「しゃーない。来年は羅濠と護堂と恵那とエルと媛さんとスサノオ、かな」

「おい、俺を勝手に巻き込むな!!」

「じゃあみなさんよいお年を~」

 護堂が何か喚いているが、無視。みんなに挨拶をして出発だ。

「「「良いお年をー」」」

「ちょ、お前ら、俺を売るのか!?」

 護堂の悲鳴が、年末の空に虚しく響いた。 
 

 
後書き
それでは皆様良いお年を! 

 

§41 超神話黙示録

 
前書き
あけましておめでとうございます。
センター試験ですねぇ。受験生の皆さん頑張ってください、って流石に今の時期見てないか(苦笑
周囲に受験生がいらっしゃる方は一層の応援を受験生の皆さんにお願いします、とあたしゃあ何様だ(苦笑

……結構浪人するとノイローゼになったりするんですよ(遠い目

そんなこんなで以前投稿した話の修正が終わっていないのですがご勘弁を(滝汗






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「さて。どーすっかねぇ」

 キョロキョロと周りを見渡して呟く。黎斗と教主が戦う前から散々な惨状だったとはいえ、これを放置は忍びない。

「黎斗様、数々のご無礼をお許し下さい」

「んえ?」

 背後を見れば、平伏する馨と甘粕の姿。はて、何かやっただろうか?

「お二人ともどうしたんですか……?」

 考える。二人の黎斗への対応が上位者へ対する者に様変わりした原因を。ついさっきまではいつもと変わらなかったはずなのに。

「師父をも下すその技巧、不肖この陸鷹化感服致しました。ご無礼をお許し下さい」

 震える少年に至っては、こちらが罪悪感を覚えるほどだ。傍目にわかるほど怯える彼の額には大粒の汗が大量に浮かぶ。

「……あ、あのー? もしもしー?」

 この状況は一体何だ。周りの対応が激変した元凶に心当たりが無い。羅濠教主との戦いの前後で何も変なことはしていないはずだ。権能も派手なのは使ってないし。

「ん? 権、能……?」

 権能を使った。それは問題無い筈。それは問題無い?

「あ」

 そもそも一般人は権能なんか使えない!!

「あぁあーー!!」

 黎斗の痛恨の叫びが響く。

「お義兄様。少々落ち着きをもたれては如何ですか?」

 呆れたような教主の声。

「それとそろそろこの鎖を解いては頂けないでしょうか。お義兄様に縛られているのも良いのですがここでは下々の者に示しがつきません。……もっとも、お義兄様が辱めたいのでしたら喜んで」

「はい解除!!」

 うっすらと頬を桃色に染め、危険な言葉を口走り始めた教主に慌てた黎斗は急いで破滅の呪鎖(グレイプニール)を解除する。ぱちん、と妙な音と共に教主を縛り付ける呪いの鎖は消えていく。

「権能使う一般人です☆ ……は我ながら無理だなこりゃ」

 もはやどうしようもない。これで誤魔化すのは無理だ。

「試合に勝って勝負に負けた感がハンパないんすけど……」

 諦めたように引きつった笑い。世の中に出る、しかないか。まぁ最悪また幽世に引きこもれば良い。数百年も隠遁してれば忘れ去られるだろう、きっと。ネットが出来ないのは悔しいがしょうがない。

「幽世にネット環境整える権能どっかの神が持ってないかなぁ」

 あったら協力を依頼するのだけれど、などと現実逃避。

「……とりあえず甘粕さんも馨さんも顔を上げて下さい。そこの恵那のお師匠様のみなさまも。別に世界滅ぼすとかはやんないんで僕。めんどくさいですし。今まで通り普通の対応をお願いします」

 平伏する大人達を必死に説得する。目指せ平和な日々、というやつだ。無駄な足掻きだと知ってはいるけれど。

「魔術組織に肩入れする気もないんで。……甘粕さん達にはけっこー関わっちゃってますけど」

 某光の巨人みたく、普段は一般人、怪獣(かみさま)出現時のみウルトラマン(カンピオーネ)、が理想の立ち位置なのだが。まったくもって、世の中はままならない。

「ほう。久しいのぅ。破魔の主(ディスペルロード)よ。相も変わらず健在だったか」

「ッ!?」

 懐かしい声。ここで聞こえるなんて信じたくない声。今でも鮮明に思い出せる。かつて、島を一つ丸々潰した死闘の末にようやく封印した中華の大英雄。

「斉天大せ……って、恵那ぁ?」

 振り向いた黎斗の頭を無数の疑問が覆い尽くす。何故恵那がここに? どうやって? ヴォバン達は? 何故恵那は雲に乗っている?

「相変わらずの間抜け顔よのぉ。その軟弱な顔は相変わらず笑えてくるわ」

 しかも散々な言われようだ。恵那が裏の顔を出したのか、と内心これからの生活に恐怖する。「黎斗のやつマジでウザいんだけどー」などとケータイ片手にガールズトークをする様を幻視し目眩を覚える。そして、それは明らかなミスだ。

「お義兄様。多分この者はお義兄様の知る者とは別の者かと……」

「主と張り合うのは骨が折れる」

 恵那の姿をしたナニカが言う。彼女の周囲を呪力がとりまく。

「至れる哉、坤元。萬物資りて……」

 口訣を唱える彼女を見て、ようやく黎斗の思考回路が戻ってくる。

「ふはは! 必殺、石山巖窟!!」

 黎斗と教主の周りが石化していく。おまけに、羅濠教主も黎斗も、大地に沈んでいく。

「おまっ、ふざけんな!!」

 ぶっちゃけ封印されたところで痛くも痒くもない、多分。だって勘は危険を訴えてないし。だが、ここで封印されてしまえば脱出までの間甘粕達を守る存在が居ないわけで。もはや一刻の猶予も無い。

「おらぁ!!」

 影から取り出した刀で、己が膝を(・・・・)両断する。凄まじい激痛が黎斗を襲い、大量の血飛沫が周囲を朱く染め上げる。

「「「!!!?」」」

「があぁあ゛ああ!!」

 痛い痛い痛い……!!

「なんつー滅茶苦茶な……」

 唖然とする周囲を尻目に一人呆れる雲の上の少女。視線の先には絶叫しながらも両足を切断した愚か者。おかげで両足は奈落の奥底へ閉じ込めても、本体はこちらへ残ってしまった。

「そうか。再生か」

 絶叫しながら飛翔した黎斗の足は瞬時に再生する。傍観していた少女が無造作に振るった如意棒がロンギヌスと衝突。不協和音が辺りに響く。

「まだ痛いよあぁもぅ!」

「なら大人しく封印されてくれんかのう」

 不協和音が連鎖する。一瞬で何撃も打ちつ打たれつ。

「甘粕さん、馨さん、一般人をお願いします!!」

「……かしこまりました。ここはお願いします」

 一連の事態に硬直していた術者達が動き出す。最低でもこの間くらいは時間を稼がねば。

「って、それ如意棒じゃん。お前マジで斉天大聖かよ」

 声だけだったならば幻聴だと思えた。空耳であってくれればどれだけ良かったことか。

「さて。いくかね」

 笑いながらこちらを見やる斉天大聖。その姿は先ほどまでの姿とは違う。古の時に戦った姿。過去激戦を繰り広げた時と瓜二つ。

「恵那を依り代として復活したか……!!」

 恵那は神懸りが出来る。神の呪力をその身に宿せる稀有な存在だ。ただし負荷をかけすぎれば神に身体を奪われてしまう。――ならば、一時的に神は現世へ舞い戻ることが可能となる。

「封印はどうした!?」

「あぁ。あの呪縛は通りすがりの神殺しが破壊して行ってくれたわ。あっはっは!」

 哄笑する斉天大聖に愕然とする黎斗。護堂がまたやらかしたか、と思考するのは僅かの間。護堂に斉天大聖を解放するメリットなど無い筈。どっかの戦闘狂ならやりかねないが、自称無害な護堂が進んでやるとは考えにくい。--何より護堂が破壊するなら大規模破壊になるはずで。ほぼ無傷で斉天大聖がこちらへくるとは考えにくい。あの護堂に繊細な破壊工作が出来るわけがない。もし出来るならミスター遺産破壊者の異名を頂戴してはいないだろうし。

「誰だよ一体ッ……!!」

 なおも文句を言おうとして、諦める。今はコイツを何とかしなければ。幸いここで発見できたのは僥倖だった。避難が完了していない区域にこのバカ猿を通してしまえば、どうなるか。猿天国の完成だ。もう手がつけられない。

「恵那を返してもらうぞ!! お前はここで始末する!!」

 おそらくは恵那を核として呪力を纏い顕現している。もし封印が完膚なきまでに破壊されていても封印の影響からは完全に逃れていないだろう。仮に完全に逃れているのならば恵那を取り込んでいるメリットなど無い。つまり現状の状態を維持するには恵那を通して呪力を流さなければならないはず。この場合、恵那は蛇口で大聖は水だ。バケツが水で満杯状態だと万全状態。つまるところ蛇口を奪えば残った水――依り代を失い不完全な状態で顕現している大聖――をどうにかすれば良い、筈。

「仮定の話が多すぎてどうしようもない、か。」

 しかも時間をかければ蛇口なしで満杯状態の、勝手に水が湧き出るバケツ――完全復活状態――を相手にする羽目になる。それだけは避けなければならない。この怪物が十全の力を振るうこととなれば、それは即ち世界の危機だ。

「ホントどこのだれだよふざけんな……」

 冷や汗が黎斗の額を伝う。ロンギヌスを握る手には力が籠る。

「さぁ逝くぞ歌い踊れ神殺し。蛆のような悲鳴をあげろ。……じゃったかのう」

「……惜しい。微妙に違う」

 大体蛆の悲鳴って何だろう。こっちは気合万全だというのに毒気を抜かれてしまう。そんな些か緊張感にかけるやりとりをしつつも、お互いがお互いを油断無く見据える。

「はぁっ!!」

「そらっ!」

 ロンギヌスと如意棒がぶつかりあう。一瞬の鍔迫り合いの後で黎斗が受け流した。阿呆のような質量を持つこの神具相手に真っ向から受け止めるのは流石の黎斗でも荷が重い。役者不足だ。もっとも牡牛の剛力を使えば話は別だろうが、こんなことで呪力を無駄遣いなど出来ない。

「まだまだいくぞ!!」

「お前ふざけんな!」

 軽い会話とは裏腹に大聖と黎斗の応酬は神速を凌駕し光速に迫る。数十、数百打ち合うも互角で互いに一歩も譲らない。受け流し、隙を見つけて刺突。回避され再び迫りくる攻撃を受け流す。

「腕は健在のようじゃのう。なら、これはどうじゃ?」

 拮抗状態を破らんと、大聖が動く。大聖の顔と腕が背後から新たに生える。計三対、すなわち三面六臂となった大聖と三本に増えた如意棒による乱撃に、とうとう黎斗が被弾する。数十打ち合った所で腹部に一撃。如意棒はいとも容易く黎斗の肉体を貫通し。黎斗は遥か空へと打ち上げられる。

「がはっ!?」

「逃さんよ!」

 縮地で即座に追撃する大聖の一撃を辛うじて受け流し、着地。ふぅ、と息をひとつ吐く。これは不味い。近隣住民の避難が完了するまでは(・・・・・・・・・・)派手な動きが使えないのが痛い。

「やつの火眼金晴を邪眼で相殺出来てるだけマシか」

 斉天大聖の瞳、火眼金晴は呪術を無効化し、相手の身体の自由を奪う。黎斗の我が前に邪悪なし(オンリー・ザ・シャイニング)の無効化能力を弱体化させ麻痺効果を付加させたような代物で危険きわまりない。火眼金晴の無力化に邪眼の全能力を傾けている為、他に対して無力化の力を及ぼせないのだ。

「鋼を上回る体躯。神速を凌駕しうる機動。数々の反則的能力(チート)。無理ゲーは相変わらずだな!」

 悪態を吐きつつ権能は出来る限り使わない。"こいつ"相手に権能の大安売りは悪手でしかないことを知っているから。だがそれもいつまで出来るか。あの時は頼りになる相方(スサノオ)や酒呑童子といった仲間に恵まれていたのだが。

「ほれほれいくぞ!!」

 ますます加速する攻防。打ち合いの余波で周囲が滅茶苦茶になっていく。如意棒を回避出来ない訳ではないが、回避すればしただけ周りへの被害は甚大になる。いくら元が荒野とはいえ、大穴を大量生産されれば修復は容易ではない。地殻まで破壊されてしまえば尚更だ。この猿神に地殻程度破壊できない訳はない。つまりは、全て回避せずに真っ向から打ち合うしかない。もっとも、そうは言っても結局のところ受け流しているのだが。まぁ直接回避するよりはましだろう。

「恵那の救出どころじゃあない、か」

 教主も居ないし護堂も居ない。須佐之男命も居ない、とないないずくしの現状では我儘を言ってはいられない。戦力は無いのに、守らなければならない対象は多い。

「しゃーない。――我は時を刻むもの。満ちて、引け。汝の時は我が手の内に」

 時が、止まる。時詠(イモータル)により無限に加速した時間の中で黎斗は大聖の背後に周り込む。久々の超加速だ。ここまで加速度を上昇させると長くは保たないし消耗も激しい。神速レベルまで加速度を落とせばそれなりの時間維持は可能だが、心眼を使う大聖相手にその程度では心もとない。

「定義。斉天大聖。定義。恵那。両者の(えにし)を断ち切らん!!」

 黎斗の紡ぐ言霊が、彼の右手を燃やし始める。深紅に染まるその(かいな)は、寸分の違いなく大聖の背後に吸い込まれ――切り裂く。

「よっ、と」

 崩れ落ちる恵那を拾い、全速離脱。大地に着く寸前、軋む音。それは停止する世界の終わり。そして世界は動き出す。

「ん…… れーとさん?」

 恵那が、ゆっくりと目を開ける。やはりというべきか、衰弱っぷりが酷い。

「また、助けられちゃったね。あはは……」

「喋らなくて良いから、ちょっと休んで」

「駄目だよ。いくられーとさんが強くてもかみさま相手に敵うはずがないよ。草薙さんを呼ばないと」

「大丈夫だから」

 護堂は、まだ(・・)駄目だ。今の護堂が斉天大聖に挑むのは生まれたての雛が鷲に挑むようなもの。勝ち筋を見つけ出し、どんな状況下でも勝利するのが神殺し(カンピオーネ)魔王(カンピオーネ)たる所以とはいえ、これは難易度がぶっ飛びすぎだ。

「ジュワユーズ。恵那を安全な所まで護衛して。お願い」

 自身の影に声を伝える。影が揺らめき、一人の少女が姿を現す。虹色に輝く髪を持つ美少女だ。表情に起伏はあまり見られず、幼げな容姿。背丈も黎斗の腰ほどまでしかない。小学校低学年といっても通じるほど。

「やれやれ。久々の呼び出しかと思えば。まぁ、了解したぞ我が主よ」

 だがそれは彼女が戦力外ということではない。シャルルマーニュの愛剣として名を馳せた彼女は、デュランダルの姉妹剣だ。その柄には聖槍が埋められているという。聖槍(ロンギヌス)の所有者たる黎斗の元にいる以上、彼女は常に聖槍の加護の元にあるも同然。本来以上の性能を引き出すことができる。聖騎士級程度ならある程度相手取ることも不可能ではない。おまけにロンギヌスを通じてある程度の念話によらない意思疎通も可能。こういう別行動にはうってつけだ。

「では失礼する。主よ。ゆめゆめ油断するでないぞ」

 鮮やかに変化する長髪を揺らしながら頷く愛剣は恵那を連れ、凄まじい速度で離脱していく。そして暢気に欠伸をしながら眺めているのは斉天大聖。

「しっかしやるのう。我から娘っ子を取り返したのは神速の権能か? 黎斗(・・)よ」

「まぁ。そんなとこ――!?」

 恵那の撤退を許したのはおそらくこちらの気を緩めさせる為。しくじった。そう気付いた時には遅い。斉天大聖が敵対者から奪った紅葫蘆が、抗えない力で黎斗を吸い込む。

「しまっ――!!」

 黎斗の言葉は途中で消える。確実に吸い込まれたことを確認し、斉天大聖は紅葫蘆の蓋をした。

「……ふむ。やはり手強いがこんなところか。詰めが甘いのは昔から変わっておらんのぅ」

 無人となった瓦礫の荒野で、斉天大聖は一人、嗤う。嗤う。哄笑が響く。 
 

 
後書き
教主のキャラ崩壊がマジメに半端ないどうしよう(死 

 

§42 深淵の扉

 
前書き
更新ホント遅れてすみません……
追試だわーい☆
……orz



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「把ァ!!」

 気合一閃。そんな言葉がしっくりくるような声と同時に空間が歪む。周囲の事物を破砕しつつ広がる歪みは、硝子が砕けるかのように突如砕けた。その中心にいるのは一人の佳人。

「……これは驚いた。暫くは逃れられぬ封印の筈じゃったのだがのう」

 目を丸くして頬をぽりぽりと掻く大聖。羅濠教主を侮っていたつもりはないが、まさかここまでとは予想外だ。

「ふむ。なれば少し遊んでやろうかね」

 好戦的な笑みを浮かべて大聖は呟く。恵那(よりしろ)を抜き取られたせいで、力が若干落ちている。力が黎斗と戦っていた時まで戻るには時間がかかるだろう。それまでは、暇だ。

「さぁ逝くぞ神殺し!! 桃の貯蔵は十分かぁ!?」

「お黙りなさいこの愚猿が!!」

 如意棒を片手に、大聖は教主へ、大聖の分身は仁王力士へ挑みかかる。一撃。防がれる。一撃。避けられる。合間に受ける一撃。鋼を上回る四肢は無傷。

「どうした、どうした娘っ子!? 破魔の主はこれを凌いだぞ!?」

 戦いを続けているうちも、斉天大聖の封印は少しずつ解けている。時間をかければかけるほど大聖は強さを増していく。対する教主は良く凌いでいるのだろう。邪眼が無いということは、斉天大聖の火眼金晴が猛威を振るうということだ。身体を麻痺させ自由を奪う。身体が思うように動かない現状で耐え凌いでいるのだからその実力は間違いなく武の至尊と呼ぶのにふさわしいのだろう。

「こ……この私を、舐めるのはよしなさい!!」

「ふははは!! 面白い。面白いぞ……!!」

 苛烈な攻めを凌ぐ教主に機嫌を良くする斉天大聖。すでに体調は良好だ。竜蛇狩りに開放される時をも上回り、もうじき黎斗と打ち合った時と同等にまで力が戻る。

「さぁ。これはどうする?」

 三面六臂。代わる代わる襲い来るは武器を超越した神宝。数合まではなんとか張り合うも、そこまでだった。臓腑を抉る一撃と共に吹き飛ばされる。脳天が瓦礫に直撃、瓦礫が微塵に砕け散る。

「……ぐっ」

「ふーむ。惜しい。が、やはりやつには今一歩及ばぬのう」

 幾分かの哀悼を込めて、大聖は黎斗を偲ぶ。眼前の彼女も大成すれば全力の自分と打ち合えるかもしれないが、今はまだ青い。この可能性をここで摘み取るのは非常に勿体ないが、生かしておくのも面倒くさい。

「……お義兄様はどうしました」

その言葉が教主に黎斗の不在を気付かせる。

「あぁ。今頃は溶けてドロドロじゃないかの? ……この瓢箪、わしも危うく死にかけたし」

 何気なく放った一言に、教主の怒気が爆発する。

「貴様!! よくもお義兄様を!!」

 鋭さを急上昇させた教主の猛攻にさしもの大聖も後退を余儀なくされ数歩後ろに後ずさる。

「いきなりどうした娘っ子!?」

 三面六臂を駆使して打ち合うも、若干押される大聖だったがすぐに互角へ押し戻す。

「は。ははは……いいぞいいぞ娘っ子!! 存外早くわしの予想を超えおったわ!!」

 嬉々として如意棒を振る大聖の一撃を交わす教主だが、交わす度に地形が変わる。クレーターが発生し、大地がひび割れ。戦いに不向きな足場へ変貌していく。

「くっ!!」

「すきありぃ!!」

 足場に気を取られた瞬間に叩き込まれた一撃は、教主を彼方へ突き飛ばす。

「っつ……」

 それでも闘志を失わない教主に止めを刺そうとした寸前、大聖は急遽後退する。ぞくり、と本能が危機を訴えたのだ。

「!!?」

 言い知れぬ悪寒に身を震わせた刹那、それは起こる。

「でやぁ!!」

 瓢箪が砕けた。ロンギヌスの槍が。神殺しの槍が斉天大聖の腹を穿つ。

「ぐぉお…!!」

 空中を疾走し教主の隣へ移動する黎斗に、教主の顔は驚きへと染まる。

「お、お義兄様……? よ、よくぞご無事で!!」

「やーってくれたのぅ。破魔の主よ。……どうやって抜け出た?」

 黎斗は種明かしをすべきか暫し考慮し、相手の疑問に返答する。黎斗以外に再現出来ない方法であり、使った手札は大聖も既知の代物だ。

「瓢箪を溶解液ごと金属化させて破壊した」

 酒呑童子の権能で熔解することも考えたが、そこまでする呪力が勿体ない。マグネシウム辺りに変換してしまえば、破壊は容易い。

「……相変わらず出鱈目なやつだのう」

「チートのバーゲンセールなおまえに言われたくない」

 呆れた斉天大聖と憮然とした黎斗だが、正直教主から見てもこれはどっちもどっちだ。

「とりあえず、時間は稼げたし良しとしようかのぅ」

 大聖のそんな言葉に黎斗は一人眉を潜める。

「……何を考えている?」

「いんや? 何にもー?」

 クヒヒッと笑う猿神。

「力を取り戻しつつあるわしが、なんで分身をこれしか出していないと思う?」

 大聖の言葉に黎斗は数秒、思考する。大聖の分身は本物と同等の力量を持つ。これを二体しか出していないのは何故か。

「僕らを侮る……訳は無い。呪力が、足りない? いや、呪力はそんなに消費していない筈……」

「惜しい。じゃあ解答といこうかのう。時間稼ぎも終わったし」

 言うが早いか大聖は分身を新たに数体作り出す。そのうちの一つが黎斗の姿に形を変える。そのまま、筋斗雲に乗り、天高く。

「変化の為の余力か!!」

 盲点だった。既に手がかりはあったのに。

「ホントはお主にもっと手札を切らせるつもりだったんじゃがな」

 大聖の七十二変化術は、変化先と完全に同等の能力を得る。神なら権能も含めて。呪力をかなり消耗するがこの術と分身こそが、斉天大聖の真骨頂。数多の自分と斉天大聖、両者を同時に相手して勝つのは不可能に等しいのだから。

「本当に忌々しい天使の加護じゃ」

 だが、黎斗にその法則は当てはまらない。流浪の守護の加護下にある彼に変化しても全ての権能は使えない。せいぜいが、見た権能くらいだ。恐らく封印時に用いたマモン、テュール、スクナビコナ、サリエル、ヤマ位の筈。月読命と迦具土命は認識されていないので大丈夫なはず。もし使われたら、その時点で敗北だ。

「だが、それで十分よ」

 そう嘯く大聖の隣には、にやりと笑う黎斗の姿。もう一匹も、黎斗に変化をしてしまったのだ。更にもう一人、もう一人と増えていく。

「……これは本気で洒落にならない」

 破滅の呪鎖(グレイプニール)を使ったせいでこちらは右腕が使えない。という展開ならば良かった。黎斗は教主との戦いが終わった直後に八雷神で権能を改竄。一時的にテュールの神格を封じている。つまりは、偽物は全員両手が使える状態なわけで。

「さぁて、僕よ。―――僕がお相手仕る」

 神速で迫りくる偽物と、激突。ロンギヌスとロンギヌスが釣り合い、押し負ける。ここに来て連戦の疲労が出てきている。相手に疲労が無いのが恨めしい。オマケに偽物の邪眼が、矮小な英雄(シタサキサンスン)を若干解呪するので、今の黎斗の身体能力は呪力強化のレベルが非常に低い。大騎士にすら劣る状況だ。


「ぐっ……」

「お義兄様!!」

 十人近い黎斗が黎斗を襲いうつ。羅濠教主が加勢せんとするもどれが本物か見分けがつかない。袋叩きにされている方が本物だ、と辛うじてわかる程度か。

「娘っ子や。おぬしの相手はこっちじゃ」

 そして更に斉天大聖が、立ち塞がる。

「翠蓮!! とりあえずバカ猿任せた!!」

 斉天大聖を義妹に任せ、黎斗は相手の攻撃を必死に躱す。躱しきれずに被弾。左腕がもぎ取られる。

「くっ!」

 後退しようとするも、後退を許す程相手(れいと)は生易しくは無い。十本近いロンギヌスが黎斗の身体に突き刺さる。

「――――!!」

 悲鳴を耐えつつ右腕に持つロンギヌスで飛来するロンギヌスを迎撃する。一般人程度の身体能力で、身体能力が神クラスの自分を相手取るのはしんどすぎだ。

「背後に鎖」

「ッ!? ありがと!」

 ロンギヌスの言葉に従い強引な跳躍。槍衾に遭うも、破滅の呪鎖(グレイプニール)で絡め取られる事態だけは回避する。先程から回避一辺倒で攻撃に移れないがしょうがない。何重ものワイヤーを潜り抜け、いくつもの槍を防ぎ。

「「「契約により我に従え――」」」

 挨拶のように絶え間なく撃ち込まれる超高位呪文の嵐を凌ぐ。正直限界に近い。しかも――

「よしよし。一気に殲滅じゃ!!」

 意気揚々と宣言する大聖の傍には大猿。その数が尋常ではない。数千数万で足りるだろうか。宙高く打ち上げられた黎斗の視界は茶色の毛並で埋まる。この近辺一体すべてが猿天国。何をしたらこうなるのか。

「ぐぁ……」

 思考に気をとられるたびに、死ぬ。自分相手に負けっぱなしなのは癪に障るが、現状では耐えるだけで精一杯だ。甘粕達の避難の進展具合を聞く余裕はもうない。このままではこちらが死ぬ。

「……ベストよりベター、か。甘粕さん馨さんすみません」

 其れは敗北宣言だ。事態をひっそりと収束させることはもはや不可能。ならば。

「羽目外すか」

 攻撃をいなして躱して避けながら、黎斗は決断する。

「我はただ、躯を以て命となそう」

 祝詞を紡ぐ。

「我はただ、命を以て躯となそう」

 猛攻にさらされている今、本来ならば紡ぐ時間などないだろう。しかし時間を未来に過去に跳ぶことで、言霊を語る時間を作る。

「輪廻する御霊を手繰り寄せ、偽りの刻を呼び戻し。ここは楽園。森羅よ我が意に沿え。醜き(うつくしき)愛し子達よ。今一度の帰還を許そう。舞い、踊れ」

 黎斗の身体から、濃密な死の気配が噴出する。

――――世界が、塗り変わる――――

「な――グッ!?」

 動揺し呻くのは斉天大聖。死の世界は、主に従わぬ異物の命を奪おうとする。彼の底知れぬ耐性故に無事ですんではいるものの、命を蝕む重圧はそう楽なものではない。

「……流石に僕には効かない、か」

 僅かに怯んだものの、黎斗達は即座に黎斗に襲いくる。

「じゃん」

 呪符を爆発させて、距離をとる。周囲の様子を確認するも、石化した大猿が大量に見えるだけ。


「おぬし、何をした……!!」

 憤怒の形相でこちらを睨みつける斉天大聖だが、黎斗の表情は通常そのもの。

「何をしたでしょう? ――っと、怖いおにーさん達の到着だ」

 冥府の主にして国土創世の女神。神々の母。彼女の能力は簡単に言えば死の世界を顕現すること。だが、それを解説してやるつもりはない。

「おおーっと。別嬪さんの発見だ」

 黎斗のおどけた声に被せる様に、別人の声が軽やかに響く。その声が黎斗を、苦虫を潰した様な顔に変えた。

「一番槍はお前かよ」

「なーに言ってんだよ。ダチの要請に真っ先に応じてやるなんて、俺様ってマジイケてねー?」

 白衣をはらりと舞い踊らせて、軽やかに地に立つ学者然とした男。

「はいはい。イケテルイケテルー」

 棒読みで相手をする黎斗に対し、いかにも傷ついた、とばかりに泣き真似をしでかす。

「うちの黎斗はいつからこんなに捻くれ者になったんだ……!!」

「いやどーでもいいから手伝ってよ」

「ってうおっ!? 黎斗がたくさんいる!?」

 黎斗達(てき)は突然の異常事態に様子をうかがっている。――やるなら今しかない。

「敵の擬態。押し潰して」

「お前が相手とかしんどいけどやるしかねぇよなぁ……!!」

「全くだな、博士。だが卿も盟約の元、現れたのならば死力を尽くせ」

 声が、増えた。影が揺らぎ、実体を持って現れる幾千幾万もの生物たち。

「げこ。げこ」

 蛙が鳴きながら明後日の方向へ飛んでいく。

「みゃー?」

 俺は自由だ、と主張せんばかりに猫が鼠を追って駆けていく。

「――――!!」

 声にならない叫びと共に、数百を超える魔竜(ドラゴン)が昏き空を飛翔する。強大な神獣、饕餮が、大地を蠢いた。神獣すらもが、死した大地に姿を現す。

「相変わらずすごいっすなー。今回はMAX顕現出来てるんじゃないですか?」

 隻眼の男が黎斗の背後から語りかける。鎖帷子をじゃらじゃらと鳴らし、ニヤけながら遠くを眺める。

「おー爽快爽快。今回の絶対規則(ルール)、敵以外への攻撃禁止、でしたっけ? ゆるゆるな条件も変わらずですか。いやこっちとしては気軽に来れるんでありがたいですが」

 ”この世界”は死の世界。黎斗の許可したもの以外、全ての命を奪う忌まわしき世界。この世界が現界している間、黎斗は生前に親交のあった存在を呼び出すことが出来る。呼び出した存在をいくつかの絶対的な規則で拘束出来る代わりに、呼び出しに応じてもらえるかどうかは相手次第。下手をすれば誰も来てくれないかもしれない。

「あんま雁字搦めなルールにすると集まってくれないかな、と。まぁ蟻や蛙、ウィルスは集まりそうだけど」

 黎斗が苦笑しながら返答する。伊邪那美は伊邪那岐命に一日に千人殺めると誓った。故に最大値は黎斗が神殺しとなったその日から今までの日数×千、という数えるのも馬鹿馬鹿しい数値だ。しかも中身は非戦闘員から神獣まで千差万別。大量の生命の召喚と敵の命を奪う世界、この二つを同時に展開させるのが伊邪那美命の基本的な能力。須佐之男命ですらインチキ呼ばわりする代物を突破するのは至難の業だ。

「んで、この妙な石像はなんですか?」

「サルが大量に」

 サルの原材料は人間だろう。この量、日光だけでは説明がつかない。日光だけなら猿が数十匹になったとしても、数千数万はあり得ない。東京都どころか関東全域で猿化現象を引き起こしている可能性が高い。その場合、甘粕達は間に合わなかった公算が高い。

「それをどうやって?」

 思考に走る黎斗に対し首を傾げる男に自分の左腕を見せる。左手の先には宙に浮かぶ文字の数々。腕に絡み付いた八雷神は全てが文字に噛み付いており、噛み付かれた文字は目まぐるしく変貌している。

「ん。マモンの力で石にした」

 伊邪那美命の世界は対象の命を奪う能力だ。これを八雷神の権能で神格事、改竄。これにマモンの能力を融合させることに成功させた。結果、この世界の中の敵は石化か即死、もしくはその両方を味わうことになる。

「ホントはサリエルの力で全員解除しようかと思ったんだけど、民間人が増えて援護がめんどくさいし」

「成程。原料は人間、ですか。流石神様ですなぁ。じゃああっしもそろそろ行きますかね。あっしらが猿化しないように援護、お願いしますよ?」

「大丈夫。世界内の皆には矮小な英雄(シタサキサンスン)付加してるから」

「なら安心ですね」

 言うが早いか、隻眼の男は前線へと疾走する。彼らの眼に畏れは無い。既に死んでいるのだから。そしてここは冥府。冥府の扉(れいと)閉じない(たおさない)限り、死んでも死んでも復活できる。冗談のような世界。

「左翼、展開! 右翼は一気に押し潰せ!!」

 古の名軍師の声が響く。特攻する部隊、味方ごと爆撃する部隊。千差万別だが狙いは無数の黎斗達。一秒に数万近く消滅し、同じ数だけ復活する。終わりの無い消耗戦、否。即死と石化の呪いの力が、確実に斉天大聖達の身体を蝕む。黎斗達の身体を蝕む石化と邪眼。

「雑魚が!!」

 黎斗の偽物が大規模殲滅魔術を使う。直後、巨大なクレーターと共に数千が消し飛ぶ。ワイヤーが空を飛翔する竜をミンチにする。聖騎士が槍の連撃で穴だらけになる。だが、黎斗の偽物も無傷ではない。

「無駄だよ。まだまだ僕は死なない!」

 身体に無数の傷を受け、その度にヤマの力で超再生、これを繰り返し勝ち誇る己が偽物に黎斗は告げる。

「言い忘れてたけどさ。ヤマの特性で僕は素の強度は人間並みなのよね」

 まつろわぬ神との戦いにおいて黎斗の耐久の低さはあまり気にする局面は無い。格闘戦ならまだしも、強大な権能の一撃の前には耐久の過多など誤差のようなものだ。だから、斉天大聖も黎斗の肉体強度が一般人規模だとは思っていなかった。そしてそれが分身最大の敗因となる。

「だから、みんなの攻撃で瞬殺されちゃうワケよ。……でさ、お前らの呪力はどんくらい保つの?」

「「「……は?」」」

 分身の術も、変化の術も、それに伴う呪力の量は決して少ないものではない。分身によって生じた偽物に残る呪力など、本来の一割にすら満たないだろう。それでも十分だろう。武器を打ち合うくらいならば。術を乱発するくらいならば。

「邪眼に身体強化に完全再生。どう考えても呪力使いすぎでしょ」

 だが。権能を乱発するほどの呪力は存在しない。

「「「……!!」」」

 声にならない驚愕。直後、偽物の身体が霧散する。一人崩れれば、あとは早い。

「再生を使わなければもうチョイ顕現していられたんだろうけどさ。まぁ、無理だわな」

 化けるのならば黎斗では無く教主をやるべきだった。もっとも、そしたらそしたで張り巡らしたこの鋼糸で粉微塵にするだけなのだけれど。

「大猿も片付けたし、あとはお前だけかな」

 意気揚々とする黎斗だが。

「ふむ。愉快なことになっているな」

「……アンタ誰?」

 天馬に跨って謎のイケメン。かなりの遣り手であるのはわかるのだが、果たして彼は敵か味方か。

「兇族の魔手より分体で逃れ身体を休め。この地の神殺しに再戦を果たさんといざ来てみれば件の神殺しは雲隠れ!! なればこそ、君を倒してこの地の神殺しへの置きみやげとしよう!」


 言うが早いか弓を引くイケメン。神速で飛来するそれを打ち払い叫ぶ。

「とばっちりじゃないかふざけんな! ってーかお前は誰だ!?」

「我が名か。良いだろう。とおからんものは音に――うぉっ!?」

 名乗ろうとした白馬イケメンが姿勢を崩す。飛来した謎の銃が彼の愛馬に直撃する。絶叫する白馬。

「おっと失礼。手が滑った」

「今度はなに!?」

 度重なる不測の事態(イレギュラー)に耐えかねて、とうとう黎斗の絶叫に泣きが混じる。

「なに、通りすがりの君らの味方さ」

 テノールの美しい声が周囲に満ちる。気取った口調の黒尽くめな男。いや、黒いのはマントと仮面だけか。青を基調とした、貴族の服のようなものを着ている。

「こちらの不手際で神祖を取り逃がしたらしくてね。……航空機の消滅事故が無ければ楽だったのだが」

 後半は余りに小さく、聞き取れなかったがどうやら本当に加勢してくれるらしい。

「だれだか知らないけどありがとうございます!!」

「なんかいっぱい変なの湧いたし、そろそろ幕を引くかの」

 教主から一端距離を置いていた大聖が不吉な言葉を口にする。

「そうだね。これで終わらせ――」

 これで終わらせよう、そう続けようとした黎斗の足元に亀裂が入る。目に映る大地全てに白銀の軌跡が迸る。

「何が……!!」

「やっと見つけた」

 黎斗の言葉が終わらぬうちに、この場の誰とも違う声が木霊する。刹那、大地全てが、消し飛んだ(・・・・・)。岩が、砂が、鉄塊が。さっきまで大地に有ったもの全てが粉微塵に切り刻まれて、超特大の穴が出来る。穴の奥底で、一人の男が嗤う。

「さて、黎斗。第二ラウンドといこうか」

 魔王(カンピオーネ)”サルバトーレ・ドニ”、復活。 
 

 
後書き
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非常に興ざめな裏話


ペルセウスだそうとして。

ドニで殺したどうしよう

アテナそういや神格分割で復活?してたなbyアニメ

よし、ペルセもミトラ差っ引いて復活させよう!

なんて理由。
まぁお祭りムードなノリで大目に見て頂ければ、と

みんなこの章登場すんのに一人だけハブくの可哀想だったんで、つい(何



ウルスラグナ? メルカルト?
彼らを出すのは流石に無茶や……


02/06追記
いや、メルカルトならいけるのか……? 

 

§43 暗躍する人々

 
前書き
視点変更難しい、などと言い訳をしつつ
そろっと誰が出てきてるかこんがらがってまいりました(殴
舐めプしないヴォバンの強さが未知数すぎて使いずれぇ……(苦笑





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 世界が、塗り替わる。それは闇。死の世界が現世を塗りつぶす。

「……」

 死の世界で、青龍が空を舞う。己が威容を知らしめるように。饕餮が地を蠢く。己が存在を誇示するように。海を我が物顔で海魔(クラーケン)が往く。己が存在を刻み込むように。何十何百と神獣が湧き、隊伍を組んで陣を成す。猿達――斉天大聖の眷属が全員石化したのは首都圏だけだ。

「な……」

 首都圏の外へ散っていった眷属達の掃討が彼らの任務。小猿も中猿も大猿も、彼らの前には相手にならない。巨猿ならば相手になるが、それだけだ。東京タワーにも匹敵する猿が魔竜を殴り大地に落としても。鬼蜘蛛の糸が拘束し、マンティコアの群れが噛み付き、無数の兵士が弓を放てば、それで終わり。騎兵隊が戦場を駆け抜け、海賊船が砲撃を放つ。大騎士を歯牙にもかけない神通力広大な神獣達も、終わらない責苦の前に一匹、また一匹と散っていく。

「嘘……こ、こんな力知りません!!」

 グィネヴィアは震える奥歯を噛み締めた。斉天大聖の復活までは予定調和、寧ろ上手くいきすぎた位だ。だが、最期に最大の関門が存在していたとは。

「これが……これが……破魔の主(ディスペルロード)の、全力ッ!!」

 計画を仕切りなおすか。そう考える。今ならまだ、撤退しても暗躍していたことまでは見抜かれないだろう。首都が壊滅的被害を負い、魔王とまつろわぬ神が大量に暴れている場所で、まともな情報が入手できるわけがない。

(ですが……あの御方を倒すなら今しかないことも事実……)

 退く。それは可能だ。だが勝負に出るべきではないのか。魔女王は思考を張り巡らせる。加速する。情報を整理し、理解し、推測し。

(今なら周囲に魔王が居る(・・・・・・・・)……!!)

 まつろわぬ神は魔王殲滅の特権の条件が居だろうが、それでも行使することも今ならば不可能ではない。何せこの狭い島国にはカンピオーネが七人、この近辺に限定したとしても五人も存在している。特権の使用条件など余裕で満たせる。

(更に度重なる連戦で負傷しているのが当然)

 剣の王は来日している。これは確定だ。だが姿を見せない。これは何故か。ヴォバンとも、教主とも戦った筈は無い。もし日本に居るのならこの近辺にいるか栃木の方にいる筈。栃木に来ていたのならば自分たちが見ていなければおかしい。アレクは近くに居るだろうし、そもそも戦う理由が無い。ジョン・プルート・スミスも同様だ。つまり、ドニは黎斗と交戦し敗北したと考えることが自然。

(剣の王相手に無傷で突破は有り得ない。必ず手傷を負っている)

 黎斗はその後に羅濠教主と交戦した気配がある。つまり三連戦目。保有する呪力も残りはそう多くは無い。絶対に。この場でこの大技を出してきたという事は裏を返せば、もう後が無いということ。ここで決めるしかない状態。彼ももう土壇場なのだ。圧倒的に見えるがあれだけの権能を長期制御するには莫大な呪力が必要な筈。いつ解除されても可笑しくない。

「黎斗、第二ラウンドと行こうか」

 そこまで考えたところで、大地が割れる。剣の王が復活する。好都合だ。彼女は笑みを口に浮かべる。場が混沌と化せば化す程可能性は上がっていくのだから。

(あの方の権能、葡萄酒色の誘惑(マイナデス)は必ず障害になる。今を逃せば勝機はおそらく永久に来ない。賭けるならば、今しかない)

 全ての楔を解放したランスロットによる、黎斗一点狙い。武術に秀で、とは言っても三連戦目でランスロットと互角に張り合う線は薄い。突撃させれば、確殺出来る。あとは周囲のカンピオーネは大聖達がなんとかしてくれるだろう。万が一倒れても、それは彼らが己が求める存在で無かった、というだけでなんら痛手になりはしない。

(草薙様はヴォバン侯爵との戦いで深手を負っているし、何よりこちらにはいらっしゃらない。羅濠教主も破魔の主によって浅くは無い傷を負っている。無傷なのは冥王様とここにいるであろう黒王子様くらい)

 手負いの魔王が危険なのは百も承知だが、黎斗の敵は斉天大聖だけではない。ペルセウスとドニ。更に魔王が増えたのだ。斉天大聖も魔王殲滅の条件を満たしていても不思議ではない。カンピオーネの性質上必勝とは言えないが勝ちの目は堅い。生還の目もある。こちらに向かってくる、という危険性もあるが、相手は全員黎斗が第一標的のようだ。――運が本当に、良い。

(ここまであの御方を消耗させることも、ここまでまつろわぬ神(きょうりょくしゃ)を増やすことも、ここまで状況を整えられることも。おそらくもう来ない)

 手札を全て切る乾坤一擲の大勝負。だがおそらくはあの魔王(危険因子)を消せるであろう最初で最後の機会。

(叔父様……!!)

 手札を、切る。最強の鬼札(ジョーカー)を。

(呼んだかね?)

 彼女の騎士が、応えた。





「待て」

 薄緑色の髪をした幼女が甘粕の隣にふわりと着地する。自らよりも長身な少女を軽々と抱え、気配は皆無。無音で降り立つ彼女の髪が深紅に染まった。

「……貴方は」

「我はジュワユーズ。水羽黎斗の従僕だ。恵那を預けるぞ。代わりにしばしの間、我がおまえ達の護衛をしてやる」

 完全に意識の無い恵那を馨に預けて、幼女は灰の瞳を二人に向ける。どことなく誇らしげな表情なのは、久々に外界の空気を吸ったからか。はたまた主より命を下されたからか。

「確かに、承りました」

 深々と頭を下げて、了承の意を示す。眼前の幼女は黎斗と異なり容赦がない(・・・・・)。それがわかるから。

「見つかったか」

 呟いた彼女の背後が揺らめいた。猿が甘粕達を補足したのだ。大猿の探知能力は小猿程度とは比較にならない、ということなのだろう。甘粕の隠行すらも見破る神獣が、二匹。

「我に任せろ。この為の我だ」

 駆け出す幼女は大猿の前へと秒を跨がず現れる。蒼へと変色した瞳を爛々と輝かせて。

「散れ」

 瞬間、ジュワユーズの手が伸びる。鋭利な刃物と化した幼女の腕が大猿を襲い、幾重もの斬撃が迸る。鞭にも似た不規則な軌道での連続攻撃。悲鳴をあげる暇も無く、大猿が一匹、細切れになった。

「この程度か」

 薄刃が縮み、幼女の腕としての輪郭が現れる。

「……!!」

 目の前の事態に思わず硬直したもう一匹の大猿。それが、彼の命取り。その一瞬は、ジュワユーズが大猿の頭上に移動するのに十分過ぎる時間だった。

「次はおまえだ」

 右足を軽くあげ、おろす。頭が、弾けた。脳髄を撒き散らしながら躯が倒れる。倒れながら

「他愛ない」

 ゴシック調の服に血は皆無。返り血すら浴びずに神獣を葬った聖剣が、笑った。

「上です!!」

「うん……?」

 甘粕の叫びに顔をあげるジュワユーズ。彼女の瞳に写るのは、上空から襲来せんとする中程度の猿――――が、石化する姿。

「――!?」

「……ふむ。主は"アレ"を使ったか」

 一人納得する幼女の背後に石化した猿が落下し砕け散る。自らの手柄を誇るかのように雄鶏の鳴き声が周囲に響いた。

「これはまさかコカトリス!?」

 更なる神獣の襲来に驚く甘粕だが、ジュワユーズの対応はそっけない。

「案ずるな。我が主に従う下僕の一だ」

 腕を振る。それだけで無数の衝撃波が小猿の群を滅多切りにし、巨猿の身体に傷がついた。

「黎斗様は猿を殺すのは控えるのでは――」

「人間如きが口を挟むな」

 碧眼で睨み付けてくるジュワユーズに師範は震え平伏する。

「申し訳ございません……!!」

「……ふん」

 彼女の最優先事項は恵那の護衛だ。護衛をしつつ大猿達を生かしたまま無力化するのは彼女には少々荷が重い。大猿一匹程度なら可能だが、数匹もの無力化は不可能。(ロンギヌス)並の力があれば、また別なのだが。故に恵那に降り注ぐ災厄は、手加減無く全て叩き潰す。

「厄介な輩、か…」

 巨大な――大猿の倍以上の――猿の眼が、こちらを標的に認識する。

「グガァァアア!!」

 巨猿の腕が振るわれる。まともに直撃すれば即死の一撃だが、それを受けるような彼女ではない。前進し、僅かな隙間に身を潜り込ませる。

「ふっ!」

 瞬時に刃化した右腕が踊る。連続する斬撃が巨猿に傷を与えるも、致命傷にはなり得ない。

「ちぃ…!!」

 蹴り上げてくる巨猿の動作は機敏だが、ジュワユーズはその上をいった。薄紫の前髪が蹴りの風圧で、ふわりと舞う。

「せっ」

 更に前進。巨猿との距離は僅か数十センチ。そこで、再び刃が煌めく。

「コケー!!」

 コカトリス達の視線が石化の呪いを放つ。

「撃てー!!」

 十数基のガトリング砲が火を噴く。

後方支援(サポート)は万全、か」

 笑いながら言霊を紡ぐ。

「このジェリゴに邑を建つる者、主の御前にて呪わるべし!!」

 聖絶の特権を駆使して再び切りかかる。唐竹割。更に投石器(カタパルト)が寸分違わず猿に爆薬をぶつけていく。

「ぐおおおお!!?」

 絶叫しつつ倒れ落ちる巨猿。少し遅れて、この場所が昼間から闇の世界へ塗り替わる。黎斗の権能による冥府の侵蝕がここまで来たのだ。

「主、少しばかり遅いぞ」

 苦笑しながらジュワユーズは振り向く。護衛の続行が、彼女の任務。周囲の敵は全て石化しただろうが油断は禁物だ。

「またせたな、ニンゲン。いくぞ」





「ここは……?」

 護堂は周囲を見渡す。自分はヴォバン侯爵と戦っていたはずだ。といっても、苦戦して割とピンチだったりするのだが。ところが今居るのは、いつぞやにやってきた須佐之男命の住処。

「俺はどうしてここにいるんだ?」

「それは、天叢雲(ソイツ)がお前をここに連れてきたからよ」

 須佐之男命が、口を開く。どうやら銃刀法違反の権化(コイツ)のおかげらしい。まさか凶器に感謝する日が来るとは。天叢雲が転移をしてくれなければ、自分は今頃エリカ達ともども仲良く死んでいただろう。

「って、エリカ達は!?」

 エリカ、リリアナ、ひかりに裕理、大切な仲間たちの不在に焦る。もしやヴォバンの元へ――!?

「あぁ、ソコだ。ソコ」

 須佐之男命が指した机の上には、綺麗な簪が四つ。

「おまえ――!!」

「まぁ落ち着け。そもそも……」

 人間達に姿を見せてはいけない事を伝えられ、腑に落ちない点は多々あれど納得し。現世が気になり聞いてみれば猿が暴れていることを聞き歯噛みをして。黒衣の僧正に弼馬温について問いただし。目まぐるしく変わっていく話題。

「黎斗とお前は……いったいどういう関係なんだ?」

 護堂が、尋ねた。それは玻璃の媛から勾玉を貰い、去ろうとした直前に放った一言。ふとした拍子に浮上した、取り留めもない疑問だ。

「あー……ダチ、とでもいうべきか」

 困ったような顔をしながら話す須佐之男命。彼のこんな顔を見るのは初めてだ。

「腐れ縁みたいなものですな」

 黒衣の僧正がヒヒヒ、と笑う。

「……おまえ」

 須佐之男命の警戒するような表情。

「厄介な奴を連れ込んでくれたな……」

 彼の言葉と同時に、空間が砕けた。

「ふむ。ここにいたか小僧」

 無数の従僕を従えて、ヴォバン侯爵が須佐之男命の住処に現れる。

「な、なんでここに……」

「貴様が消えたのは転移だろう。我が従僕で探してもいない。幽世にいると踏んで従僕共で道を開いたまでのこと」

 幽世に近い場所で無理をしたから色々なものを呼び出しているかもしれんがな、と老人は続ける。

「まぁ仮に神が顕現していたならば、貴様を潰した後でじっくり食すまでのことよ」

「くっ……」

 身構えるが、護堂は自分の不利を悟っている。仲間の力を借りてようやく拮抗できる実力差。だが、今は一人。須佐之男命や黒衣の僧正の援護は期待できない。だが、やるしかないか? 覚悟を決めようとした刹那、紫電が二人の間を突き抜けた。

「――おまえら落ち着け」

「!?」

「貴様は……ほう、貴様も、神か」

 思わぬところからの横槍に驚く護堂と、須佐之男命を一目で神と看破して、好戦的に笑う侯爵に対し、古き老神は酒を取り出す。

「ここで暴れられると、その、なんだ。困る。黎斗のヘソが曲がるとメンドくせぇ」

「おい!! ふざけている場合じゃ!!」

 思わず怒鳴りつけようとした護堂だが、ヴォバンは興味を惹かれたように部屋をじろじろ無遠慮に見る。

「……ほう。ここがあの男の住処か」

「まぁ、飲め。アイツは今都心で戦ってる。多分ヤツの本気が見れるぞ」

 そういうと須佐之男命は水盆を出す。手を一回叩くと水面が揺れて、荒廃した首都が見える。

「黎斗!?」

 友の姿に駆けだそうとする護堂だが、思い直す。ここで自分が抜ければ、十中八九、須佐之男命とヴォバンの戦闘が始まる。今ヴォバンが手を出してこないのは二体一、という戦力差が原因だ。いくら須佐之男命でも一人では僧や媛を守りつつヴォバンを撃退するのは至難だろう。ここで均衡を崩す訳にはいかない。

「……くそっ」

 結局、悪態をつくしかない。そんな護堂に須佐之男命が声を投げかける。

「わかってるじゃねぇか」

「……うるせぇ」

 結局ここで黎斗の戦闘鑑賞会という名目のもと、ヴォバンを縛り付けておくしかないのだ。

(頼むぜ黎斗)

 それも、黎斗がヴォバンの興味を引いているからに他ならない。もし、彼が眼前の老人を失望させた瞬間、老人は迷うことなく自分たちとの戦いを選ぶだろう。

(そうなったらエリカ達の簪も元に戻せよ……)

 そんな意思を込めた目で須佐之男命を睨む。老神が、頷いた気がした 
 

 
後書き
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どうでも良いけどボスが
アテナ(女)
グィネヴィア(女)
ランスロット(女)
……おかげでディオニュソスの能力が刺さる刺さる(苦笑

ラノベの時点で予想しておくべきでしたね(何


ホントはvs大聖入れようかと思ったのですがちょいとアクシデントが。
……まさか隕石がガチで来るとは思わなんだ(汗

青龍も饕餮も神様でなく神獣ですよ、と改めてここで。いや前回の分ももう少し表現わかりやすくしますけど。まぁ青龍は白虎の件が本編で出るからまだわかりやすいかしら。
紛らわしくてすみません(汗 

 

§44 大惨事超神様大戦~終焉の世界へ~

 
前書き
そんなこんなでキャラ増加が止まりません、マジすいません(汗

三月ですね。卒業シーズンは追いコンが多いので日程があっという間に潰れていく……(汗






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「うわーぉ……」

 吃驚することも諦めて、黎斗はただただ、呆然と呟く。なんで、こんなタイミングで、こやつは現れるのだろう。

「みんなでお祭り騒ぎとかひっどいなぁ。僕も混ぜてよ!」

「そんな理由かよ……」

 朗らかに笑う剣の王にうなだれる。仮面の青年が「賑やかじゃないか」などと言わんばかりに肩をポンポン、と叩いてきた。ジト目で返すもどこ吹く風だ。

「貴様はあの時の神殺しか。よかろう、なればこそ先の雪辱戦よ!!」

 そんな彼を放置して白馬に乗ったイケメンがドニに切りかかる。この光景をぼさっ、と眺める黎斗だが、ふと白馬に目がとまった。

「……って、あの馬羽根生えてる!? ペガサスってまさかアイツ、ペルセウス!?」

 ドニが斃した、と聞いた気がするのだけれど。まさか復活してきたのか。なんと傍迷惑な奴だ。あるいはドニがトドメを刺し損なった、か。

「……孫さま、無視?」

 悲しそうに斉天大聖が、呟いた。

「こーなったら更にド派手に参ろうか」

「え」

「……北海より出でよ、我が賢弟・猪剛鬣! 西域より出でよ、我が賢弟・深沙神!」

 その言葉と共に、現れるのは猪頭の巨漢。三面六臂で黒色の甲冑。次いで蒼黒い肌と紅い頭髪の鬼。――そして巨大な、龍。色は透き通るように白い。

「およ、白龍か? お主も来てくれたか!!」

 斉天大聖から僅かに目を離したら、敵がもっと増えていた。どこの悪夢だこれは。

「こんなのゼッタイ、おかしいよ……」

 十中八九、彼らはまつろわぬ神だろう。神獣ならば、冥府と化したこの領域で生きていられる筈が無い。敵対者全ての生を許さない、この絶対の世界で行動できるのはまつろわぬ神のみ。ならば。

亡者(みんな)に総攻撃してもらっても、無駄か」

 死者たちでは、無理だ。神相手に死霊たちでは不滅の肉壁以外の意味は無い。饕餮達神獣が軍隊規模で挑めば、深手を負わせることくらい出来るだろうか?

「黒仮面のお兄さんと睡蓮、僕で一人当たり三柱位潰す必要がある、か。……しんどいな」

 大量困り果てた黎斗の隣を、何かが駆け抜けた。次いで吹き飛ばされる河童さん。

「速っ」

 神速での体当たり、か。犯人は相当神速に慣れている、などと冷静に分析する黎斗の前に、青年がふっと現れた。

「これは貸しに、しておいてやる」

 割とドヤ顔で言い放つイケメン。どうでもよいが今日はイケメンによく出会う日だ。そんなことを思いつつ、眼前の外国人に誰何する。

「……あなたは誰ですか?」

「アレクだ。その言葉遣い気色悪いな、ふつうに喋れ。」

「まさかの暴言ー!?」

 スーツ姿で、"黒王子"アレクサンドル・ガスコイン(名前に自信は無い。エルから聞いた名前は確かこんなだったと思う)が参戦する。

「今更増えても変わらんわ!!」

「なんかもう、居すぎてこれ以上増えても誤差の範囲ってカンジだよね」

 勝ち誇る斉天大聖に対し、呆れを多分に含ませて黎斗はしみじみと呟いた。――これが、フラグだった。

「あれ……?」

 くるくる、くるくると舞う視界。中に浮く浮遊感。眼下に見える、自分の身体。驚いた体の斉天大聖とアレク。

「破魔の主よ、悪いが頂くぞ」

 そう厳かに宣言するのは、甲冑に身を包んだ湖の騎士。

「らんらん!?」

 叫んだ瞬間、頭は馬に蹴り飛ばされて大地へ落ちる。ドニとペルセウスが応酬を交わす剣の極地へと。

「あ」

 間抜けな声と一緒に。ドニの剣が、迷うことなく粉砕した。

「「……」」

 黒王子も、冥王も。いきなりの脱落者に唖然として。

「痛いなヲイ」

 再生を遂げた黎斗に得心する。

「再生系の権能とは珍しいな。……しかし、まさかおまえも来るとはな、ランスロット」

 興味深そうに観察していたアレクも、ランスロットを視界に入れれば心底嫌そうな表情に変わる。

「っー…… ランランおまぇやってくれたなぁ!?」

 ランスロットが鎧さえしていなければ、葡萄酒の誘惑(マイナデス)で優位に立てるのだが。鎧による抵抗が精神攻撃を阻害する。

「そんな可愛らしい名前コイツには似合わんぞ」

「……その口を閉じろ」

 毒を吐くアレクと何故か不機嫌そうに槍を構えるランスロット。

「僕は残機無限なんてチートじゃないんですがねぇ……」

 項垂れる黎斗に対し投げかけられるのは、いつかの声。

「流石に苦戦しているようだな」

 次の瞬間、ランスロットが吹き飛ばされる。大鎌がランスロットの槍と激突したのだ。

「古き王よ。貸し一つだ。気たるべき私との再戦。その時逃亡しないことを条件に今回力を貸してやろう」

 アテナが、予想外の言葉と共に舞い降りる。

「ツンデレ発言っぽいけど……まぁありがとう?」

 銀髪の少女がランスロットに向かい合って。

「女神アテナよ。何故貴女が破魔の主に力を貸す?」

「彼の神殺しを倒すのはこの私だ。大地母神(・・・・)として、死と再生の女神として。私が決着をつけねばなるまい」

 イナザミの権能を見られたらしい。そして、それが大地母神の神格と見抜いたのか。

「敵討ちっすか……」

「それもあるがやはり貴方に負けたままなのは、な。貴方が本気で逃亡すれば探し出すのは至難の業。ここで貸しを作っておくに越したことはない」

 甘酸っぱい事情は一ミリも介在していなかった。わかっていたことだが。これが二次元だったら彼女はツンデレキャラなのだろうけれど。現実は非情だ。

「まぁいいや。とりあえずいくぞ大聖!!」

 黎斗は再び斉天大聖に挑む。先程との違いは、斉天大聖の強化のみ。度重なる増援に対抗するため、斉天大聖は魔王殲滅の莫大な呪力を行使できるようになりつつある。これ以上戦いを引き延ばすのは、不味い。





「っと!」

 幾合目か。ロンギヌスと如意棒が衝突する。圧倒的な質量差に耐え切れず、黎斗が大地に激突する。凄まじい轟音を伴って深いクレーターが出来上がる。そんなワンパターンな流れ。だが。

「もっと本気を見せてよ!!」

 ドニの銀の腕が振るわれる。それだけで空間に亀裂が走る。亡霊ごと冥府を粉砕し、黎斗へ向けて斬撃が飛ぶ。

「ちょっと!?」

 一度や二度なら問題はない、が。これが続くと冥府を破壊され通常の世界に戻されてしまう。そうなれば再び斉天大聖が分身を無数に作り出すだろう。そうなればこんどこそ無理だ。

「お義兄様!!」

「それがしを相手によそ見とは、おぬしは余程のうつけか?」

「くっ!!」

 羅濠教主が介入しようとするも三面六臂と化した猪剛鬣を前にそれが叶うことはない。スミスは大空で深沙神と対峙しており援護に向かう余裕は無い。

「神殺しがこぞって執着するその武、私にも見せてもらおうか!!」

 ドニ、羅濠教主が執着する相手を見極めようとペルセウスの放つ無数の矢が黎斗を襲う。ロンギヌスを回転させて吹き飛ばせば、周囲に弾かれ散乱する矢が地面を抉り瓦礫を砕く。

「お前ら二人でじゃれあってろ!!」

 黎斗が割と心から願いつつ叫んでみるも。

「え。ヤダ」

「だが断る」

 ドニとペルセウス、両者が同時に却下する。断るときだけ以心伝心ではない。遠距離から、複雑な軌跡を描き襲来する無数の矢。近距離から振るわれるのは世界を切り裂く白銀の刃。二人の息の合ったコンビネーションは、黎斗に攻撃させる隙を与えない。

「はははっ!! やるではないか!」

 嬉しそうなペルセウス。斉天大聖一人でも厳しいのにこの有様だ。

「詰みゲーくさいなオイ……!!」

 アテナはランスロットを抑えてくれているが、こちらへ手を回してくれる余裕はおそらくないだろう。須佐之男命は自宅警備員に就職しているからこちらへは来ないだろう。護堂はヴォバンを抑えている。パンドラは戦力外。酒呑童子は死亡。救援の期待は出来そうにない。

「破魔の王よいつまで保つかね!?」

 光速を超える速度で得物を振るう斉天大聖。信じられないことに未だに加速を続けるその速度は、そろそろ黎斗の反応速度を超えようとして――

「調子に乗るな妖怪猿と妖怪人間!!」

 地獄の紅蓮に吹き飛ばされる。三昧真火が、大地を悉く舐めつくす。

「ガアアアアアア!!」

 もがき苦しむ斉天大聖に三尖刀が一閃。それだけで「あの」斉天大聖の首が飛ぶ。――もっとも、新たな首が生えてきたが。

「おぬしも復活したか、若造!!」

 嬉しそうな斉天大聖の声を聞いて、三つ目の美青年は苦々しそうな顔をしつつも三尖刀を優雅に回す。

「貴様に対する封印に、私を組み込んだ輩達への報復は後回しだ。まずは貴様を。そして忌々しい妖怪人間を叩いてからだ!!」

 青年の視線の先は三昧真火の中。そこに、一人の影が現れる。彼の周囲から炎が徐々に消えていく。邪眼による呪術の無効化だ。影の主、黎斗は空を見上げ絶望する。

「うっそ。まで来たのかよ……」

 かつて交戦したことのある神。黎斗が破滅の呪鎖(グレイプニール)で捕えたところを葡萄酒の誘惑(マイナデス)を用いて須佐之男命が何かすることで無力化、支配し斉天大聖に対する抑止力として封印に組み込んだまつろわぬ神。

「だからまつろわぬ神を封印に直接組み込むのは危険だっつったのにあのあほんだら!! だから言わんこっちゃないんだよ!!」

「煩い黙れ」

 喚き散らす彼を視界に入れずに、左腕を振るう三つ目の武神。衝撃波が瓦礫を砕き、散弾銃となって黎斗を襲う。

「この程度、黎斗が出張るまでもねぇ」

 転移でもしたのだろうか、白衣の青年が黎斗の隣に現れる。早口で何かを紡ぐと、襲いくる石礫の悉くが発火し燃え尽きる。

「まぁ、こんなもんだろ。あ、カミサマの相手なんてやってらんないんでやつらは任せる!」

「簡単に言ってくれるよもう……」

 項垂れる黎斗に対して眼前の神の放つ殺気は尋常なものではない。封印されたのだから当然か。

「妖怪猿と一緒に始末してくれる」

 戦で使うのが勿体ない、と思えるほどの鎧。くどくない程度に、しかし戦場のだれもが見惚れるような、美しい鎧。だがその鎧はただ華美なだけではない。それを纏う者が傷一つ負わぬように、身を守るという本来の役目を十二分に果たせるであろう頑強さを保ち。得物は己の背丈をも超える長さ。如意棒に勝るとも劣らぬ立派なつくり。先端に備え付けられた刃が光を反射しきらり、と輝いた。端正な顔の額に、三つ目の眼。美青年なだけでなく、体格もがっしりとしてひきしまり、まさに偉丈夫と呼ぶのに相応しい。その姿は正に威風堂々。

「二郎真君。お前まで相手取るのは正直キツいんだけど」

 割と本気で呟く。なにせ相手は顕聖二郎真君。斉天大聖と互角に張り合った中華の大英雄。

「それは重畳。しからば去ね」

 ダイレクトに殺意をぶつけてくる二郎真君と。

「孫さまを無視するなー!!」

 かまってちゃんと化しつつある斉天大聖。白銀の刃と矢の嵐をかいくぐり、因縁の神々と神殺しが睨みあう。 
 

 
後書き
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わかりにくいので現時点での状況
現世で交戦中
黎斗        斉天大聖
羅濠教主  VS  猪剛鬣    VS  ドニ  VS  ペルセウス  VS二郎真君
JPS       深沙神
アレク       ランスロット
アテナ       白竜


幽世で見物なう
護堂&スサノオ&ヴォバン

こんなところ?
間違いあったらすみません(爆 

 

§45 魔神来臨

 
前書き
な、長かった……
ようやっと終盤です。
いやはや、一年近くここやってた気がしますえぇ(苦笑 

 
 ロンギヌスと如意禁錮棒、三尖刀が舞踏を繰り広げる。闘神ですらも容易に手を出せない、もし介入すれば即返り討ちに遭いそうな、そんな極められた武芸の数々。時折斬撃が襲来し矢が放たれるものの、彼らは其れを見ずに躱し、弾き、対処する。三柱の存在は今まで見てきた常識に喧嘩を撃っているとしか思えない。

「……なんとこれはまぁ。末恐ろしいな」

 冥王は河童の神と対峙しながら地上の争いに瞠目する。彼が深沙神、羅濠教主が猪吾能とドニ、ペルセウスが時折黎斗にかけるちょっかいを引き受けて。アレクは白龍と、アテナはランスロットを受け持っている。全員が均等に分担しているように見える中で斉天大聖と二郎真君を相手に立ち回っているのだから黎斗の力量は尋常なものではない。教主との話から彼がカンピオーネである可能性は高かったのだがこれは確定だろう、などと考えていると目前に迫る敵の顔。咄嗟に後退。眼前を横切る得物を見て内心ヒヤリとする。

「闘いの最中に考え事とは、余裕というわけか」

「これはこれは失礼。私としたことが少々不作法だったようだ」

 次は無い。今は運が良かっただけ。気を引き締めて冥王は更に高く舞い上がる。





●●●●●





「あー、しんど」

 手が痺れてきた、などと泣き言を言える状況ではないのだが流石に限界と言うものがある。ポケットの中に生じる闇を倉庫と接続、リポDを引っ張り出して一気飲み。呪力強化をしている今ならキャップなど素手で破壊出来るしガラス片を飲んだところで胃腸などは損傷しない。

「飲んでるヒマなど与えるかッ!!」

 駆けてくる真君に対し投擲しながら後退。超音速で飛んでいくナイフをなんなく回避する真君だが。最初から、黎斗は当たるとは思っていない。

「スリザス」

 黎斗の声に呼応するように、ナイフに刻まれたルーンが輝く。

「これは!」

 茨がナイフがら噴出し、二郎真君と斉天大聖を絡め取る。少名毘古那神の影響を受けた茨の蔦は非常に頑丈で容易に引きちぎれない。更に切っても切っても驚異の再生力で復活を遂げる。そして、茨が、斉天大聖に傷をつける。

「何!?」

 鋼の肉体を植物が傷つけた。この事実に、斉天大聖のみならず二郎真君も目を見開く。

「馬鹿な!」

 金剋木、という言葉がある。金属は木を切り倒す、という五行思想の考え方。五行思想の本場は中国だ。元々中華の神であるが故に、二柱ともにこの光景は予想外。現実への対処が一瞬、遅れる。

「終わりだ!!」

 猛威を奮う茨から抜け出そうともがいて、斉天大聖はようやくカラクリを悟る。植物が鋼を無力化した理由を。

「これは……貴様、儂を腐らせるとは(・・・・・・)良い度胸だのう!!」

 藤蔓で鉄を無力化した神様(しりあい)を黎斗は持っている。尤も、彼は数十年前に消滅したが。鉄を操る洩矢神に挑んだ建御名方神は、藤蔓で錆びつかせ無力化した。これを茨で行っただけだ。予想外の攻撃であるがゆえの心理的動揺、防御の甘さなどが重なって無視出来ない攻撃となる。起点となっている茨のルーンは既に茨の海の中で見つけ出すのは至難の業だ。

「こ、れ、でっ、終わりだ!!」

 空気を勢いよく吸い込んで、吐き出す。三昧真火。神をも焼き殺す地獄の焔は茨を媒介に、斉天大聖と二郎真君の全身をあまねく焼き尽くさんと凶悪な力を発揮する。

「ぐおおおおおおおおおおお!!!」

 絶叫する斉天大聖の声が、確実にダメージを与えていることを示している。だが、沈黙する二郎真君の存在が、黎斗に警戒を解かせない。油断して殺されるわけにはいかないのだ。

「追撃するか。……我が元に来たれ、勝利の為に。不死のたいよ――」

 いつもの如く護堂から”白馬”を拝借しようとして、有り得ない光景に硬直。黎斗の目の前に凄まじい高さの水の壁が出現していた。高層ビル群と同じくらいの高さではないだろうか。もっとも焦土と化したこの戦場では比較対象が存在しないためわからないのだが。

「なん……!?」

 重力に従って自由落下を始める水は、その圧倒的な質量が凶器となり。

「ちょ!!」

 瞬時に避水訣を唱えた黎斗の周囲を、水が押し潰し、押し流す。これでは三昧真火も消化されてしまっただろう。

「ひでー。せっかく人が頑張ったのに……」

 肩を落としている魔王を前にしても、二郎真君に油断は無い。己を封印した張本人を前に油断などする暇などどこにもない。

「やはり貴様は油断できない。全力で、潰す」

 宣言した二郎真君の纏う気配が恐ろしくなる。一気に膨れ上がる呪力の感覚は、斉天大聖が義兄弟を呼んだ時と同様の者で。

「おまえ!!」

 阻止しに黎斗が動こうとするも。

「ほう。貴様も眷属を呼ぶか。ならばこちらも呼ぶとしよう」

 斉天大聖が告げた言葉は衝撃的で。一瞬黎斗は反応出来なかった。

「……え」

「貴様も呼ぶか。愉しいのう。昔を思い出すようだ!! それに、これだけ神殺しがいるのに呼ばないのは義兄上に怒鳴られるわ」

 義理の兄。「孫悟空」に兄などいただろうか。「孫行者の方」には

「義兄……?」

 いやな予感が黎斗の脳裏を横切って。妨害しようとした瞬間。

「いくよー!!」

 銀に煌めく斬撃と。

「ゆくぞ!!」

 銀に瞬く矢の一撃が。

「お前らふざけんな!!」

 息の合ったコンビネーションに強襲される。更に、全てを切り裂く白銀の一撃は、とうとう冥界を破壊する。世界が切り裂かれゆっくりと、しかし確実に冥府が消滅していく。世界が、光を取り戻す。

「!!」

 死の気配が消えていく。夜色の闇が消え去り、頭上で太陽が煌めく。

「まぁ、まだいけるっけ消える時までは付き合ってやるよ!!」

「っーかもう今日だけで三桁くらい死んでるんですけど。あと何回死ぬんだオレは」

 最期を悟り気炎を上げる盟友達と。

「久しぶりの現世だな」

「全くだ」

 二郎真君に付き従う六柱の神々――梅山の六兄弟と。

「義弟よ、面白いところで呼んでくれた。礼を言う」

「アニキ。めんどくせぇよ」

 斉天大聖と契りを結んだ魔王七柱。

「……お帰りいただけないでしょうか」

 頼むから帰ってくれ。顕現するな。言っても無駄なのだろうどうせ。だが希望を捨てずに願ってみる。

「そういうな神殺し。私の家族も相伴にあずからせてもらうぞ!!」

 やはり、現実は非常だ。牛頭の魔人の宣言と同時、更に気配が増える。羅刹女と紅孩児が。これだけでも手一杯なのに、牛魔王が巨大化する。巨大な白牛。角ですら東京タワーより大きく見えるのは遠近法のせいだと信じたい。

「久々の現世だ。たっぷり暴れさせてもらうぞ!!」

 頭から尾まで三千丈以上、即ち三千メートル以上と記されるに相応しい巨大な身体は大猿や巨猿程度では相手にならない。蹄が大地に降ろされるたびに凄まじい地震が大地を揺らす。

「ハッスルしすぎだろコイ――!!」

 引き攣った顔のまま、迫りくる殺意に反応し飛び上がる。直後、芭蕉扇が起こした突風が黎斗を彼方へ吹き飛ばす。

「――!!」

 砂埃のように吹き飛ばされた黎斗を。

「こんなに楽しいのは久しぶりよ!!」

「雑魚から潰すのが鉄則。悪く思うな」

 如意棒と三尖刀がなまず切りにする。

「っ……!」

 敵は多い。だが、敵の核は斉天大聖。彼さえ倒せば、牛魔王達を始めとする義兄弟は消え、羅濠教主やスミスも自由になる。そのあとで二郎真君をなんとかすれば、勝利は目前だ。

「特攻あるのみ、か。皆、悪いけど玉砕して。僕が斉天大聖を潰すまでの、足止めを頼む」

 ロンギヌスを握る。天羽々斬を腰に下げる。

「来たれ天より煌めく色無き柱――!!」

 なけなしの呪力で放つのは死の熱線。周囲は瓦礫。遠慮する必要などどこにもない。放たれるのは必滅の光線。しかし。

「無駄」

 蛟魔王の操る、牛魔王をも呑み込む圧倒的な水のカーテンが。

「邪魔だ」

 獼猴王の操る、東京全土を覆う規模の竜巻が。空から降り注ぐ光と激突、大爆発が巻き起こる。

「煩わしいな」

 巨大な牛魔王の鼻息一つで大爆発は吹き飛ばされて。結果、破壊光線を以てしても神を撃ち滅ぼせないという現実が突きつけられる。それでも、目くらましという最低限の役割は果たされた。

「いくぞ斉天大聖!!」

 全員が破壊光線に気をとられた隙に、亡者たちは神々に、黎斗は斉天大聖に突撃する。





●●●●●





「くっ……!!」

 神速を遙かに凌駕する速度で天から斉天大聖が急降下する。直後、かの神のいた場所を、空間をも引き裂く極太の光が通り過ぎた。
「ぐわっ……!!」

 直撃こそは防げたものの、凄まじいばかりの破壊の余波が大聖を焦がし、彼方へ吹き飛ばす。

「舐めるなぁ!!」

 この光景に平天大聖が暴れ狂う。際限なく巨大化した牡牛の一撃は圧倒的で、足を振り下ろした衝撃が既に地殻変動を引き起こす威力。息吹は眼前の矮小な存在を容易く消し飛ばす衝撃波。

「やっぱコイツが問題か……!!」

 舌打ちする黎斗の頭上を翔る、億を上回る亡霊の集団は、化け物牛の鼻息一つで消滅する。軍勢が地を這い攻め寄せるが、足踏み一つで衝撃波が起こり、やはり近づく前に消し飛ばされる。

「たたっ斬ろうにもデカすぎる……!!」

 巨大化し続けた牛様は、もはや富士山が小さく見える。当然足も図太く、黎斗のワイヤーや槍、剣では決定打には成り得ない。

「――くっ!?」

 前方から飛来する巨大な柱。否、牛の足。速度・範囲ともに広大で回避は不可能。やむを得ず相棒を突き出し防御の構え。

「うえっ」

 重い一撃だと、想像していた。だが現実はなお重く、全身を砕くような衝撃と共に、天高く打ち上げられる。急激な浮遊感に一瞬気を取られ、前を見れば牛を頭上から見下ろす形に。

「息子だけと思うなよ。ハァ!!」

 視界が炎で朱く染まる。神仏すら焼き払う奈落の劫火、三昧真火。範囲は広大過ぎて、黎斗は回避を諦めざるを得ない。

「いっ!?」

 避火訣を唱え寸前で防ぐ。こちらが同じ術を使ったところで規模が違いすぎて競り負ける。だが防戦一方になるわけにはいかない。

「契約により我に――」

 呪力が、うねる。落下しながらも火中の黎斗が無傷であることを悟った斉天大聖の行動は早い。

「如意棒!」

「其は――ガッ!?」

 瞬時に伸びた猿の得物は、容易く黎斗の結界を破壊し、彼の五臓六腑を押しつぶす。直後、圧倒的な火力が黎斗の身体を消し炭に変えた。

「……めんどくせぇ。かったりィ。アニキ、こいつら全部押し流すわ」

 傍観していた覆海大聖が手を翳す。それだけで濁流の音が聞こえてくる。平天大聖をも上回る、山すら飲み込む津波の襲来。二郎真君が放ったものよりも、なお大きい。

「「……!!」」

 混天大聖と空中でぶつかり合う冥王も、移山大聖と格闘する羅濠教主も、その巨大さに息を飲む。

「飲み込め」

 覆海大聖の一言と共に、大海粛が襲い来る。それは全てを水底に沈めんとする破壊の権化。

「――」

 山すら余裕で飲み込む大洪水は、一瞬にして蒸発した。水蒸気が大量に生み出され行き場を無くして荒れ狂う。

「なんだよ。死んでねぇのか」

 覆海大聖が残念そうに呟く。視線の先には、再生している最中の黎斗。

「あっぶねー……」

 冷や汗を流しつつ黎斗は胸をなで下ろす。今の平天大聖が数キロ程度。かの神を飲み込む津波など直撃したら都市は壊滅だ。

「いくぞ甥っ子!!」

「だから、僕を、甥と呼ぶな!!」

 だが脅威は終わらない。亡霊を抜けて、紅劾児と斉天大聖が襲い来る。喧嘩腰の口調とは裏腹に、息のあった連続攻撃は、黎斗に反撃の手を与えない。

「二人がかりかよ!!」

 斉天大聖が三面六臂化していることを考慮すると実質四対一。闘神をこれだけ相手取るのは正直キツい。

「周りは!?」

 アテナはペルセウスとランスロット、アレクは羅刹女で手一杯だ。

「ドニの野郎は何処だ!?」

「うん? ここだよー?」

「ッ!?」

 背後からの声。気付いて回避に移るが、それは致命的に遅すぎた。完全に意識の外から振るわれた一撃は、黎斗の身体に綺麗に吸い込まれていく。

「――!!?」

 声にならない声が黎斗の口から漏れる。だが、ヤマの権能は倒れることを許さない。超再生が、瞬時に黎斗の傷を塞ぐ。

「……ふむ。破魔の主は流石に死なぬか。――ならば。死ぬまで殺すのみよ」

 斉天大聖の宣告と共に、如意棒が、火尖槍が、次々と黎斗の身体に突き刺さる。シャマシュの権能が斉天大聖に同じ傷を与えるも、首を切り落とされても生え替わるかの神には大して効いていない。

「くっ、この程度の傷で……!!」

 寧ろ中途半端な傷を与えたことで紅劾児が激昂、もはやその槍捌きは闘神達に劣らない。

「まだまだ行くぞ!!」

 斉天大聖は叫ぶと同時、己の毛を抜いて投げる。毛が、斉天大聖の姿に化ける。斉天大聖達は己の毛を抜き、投げる。――それは、終わらない増殖戦法。変化しないのが救いだ。おそらく変化しないのは、呪力の消費が激しいからだろう。邪眼の力を宿した領域で呪力を大量消費すれば、邪眼を防ぐための力すら失われる。

「冗談じゃねぇわ」

 空間跳躍により袋叩きから逃げた黎斗がぽつり、と呟く。事態は最悪だ。斉天大聖を捕縛し、大猿を解呪。民間人を記憶操作した後に斉天大聖を再封印。最善の終幕は潰えた。

「慢心してたつもりは無いんだけどな……」

 最初から即斉天大聖撃破に動いていれば。ここまで焦土にはならなかったかもしれない。大猿も増えなかったかもしれない。全てはただの予想でしかない。だが。

「今よりは被害は減った筈、か」

 周囲に犇めく斉天大聖。既に数は万を越えるのではないだろうか。教主もアテナも冥王も黒王子も生存しているだけで驚きだ。もっとも彼らとて、生き延びるだけで手一杯のようだが。

「壊せ壊せー!!」

 闘いを無視して破壊に勤しむ猿達も多く、それが結果として生存を許していることを考えると人を困らせる、という特性を維持している彼らの存在は不幸中の幸い、と見るべきなのだろうか。

「――――」

 一瞬、天秤にかける。現状維持か広域破壊か。

「考え事とは余裕じゃのう!!」

 斉天大聖の一撃は、黎斗を透過し地面を抉る。

「――ぬっ!?」

 未来に転移することによる緊急回避。

「大聖、そろそろ終幕といこうか」

 黎斗の宣告に、大聖は笑う。

「何を!! 貴様の呪力では何も出来まい」

 連戦は、確実に黎斗の力を蝕んでいた。疲労は隠しきれず、呪力は雀の涙ほど。神殺しの魔王とは思えないほどの呪力しかない。

「そうだね。僕一人の(・・・・)力じゃあ、何も出来ない」

 影から、抜き出す質素な太刀。神すら殺めるその霊剣(つるぎ)の名前は――

「いくよ、天羽々斬。――倭は国のまほろば――たたなづく青垣山ごもれる、倭しうるわし」

 詠う。荘厳にその声音は響く。黎斗の内に呪力が膨れ上がっていく。

「馬鹿な!? 神懸りだと!!」

 驚愕に目を見開く斉天大聖を前に、汗を垂らしながらも大胆不敵に黎斗は笑う。

「呪力反発するかも、とか色々懸念はあったけどさ。死に物狂いでやれば意外とどうにかなるもんだよ。――さて、と」

 黎斗の顔から、表情が消えた。




「――開け。異界司る深淵の闇――」

 黎斗が唱う。今までとは違う、静寂な空気を身に纏って。

「我が想い。一夜の死闘(ユメ)を今ここに」

 詠う。声はそれ程大きいわけではないのだが、全員の耳に確かに届いた。

「それは決して、醒めない絶望(ユメ)

 黎斗の呪力がごそり、と削れる。須佐之男命の呪力もあっという間に底を尽いた。傍目にもわかる位に減少したそれは、一般人にも劣る程。

「絶望を以て現実と決別せん」

 これが、死と再生の女神。国土創世の女神。黎斗の切札。

「喪った存在(モノ)を、今一度……」

 両手を胸の前に。半透明の球が突如現れた。球を抱えて、黎斗は目を閉じ言霊を紡ぐ。

伊邪那美命(はじまり)サリエル(いち)ディオニュソス()ラファエル(さん)マモン(よん)カイム()テュール(ろく)アーリマン(なな)シャマシュ(はち)ヤマ(きゅう)スーリヤ(じゅう)少名毘古那神(じゅういち)月読(じゅうに)不死鳥(じゅうさん)八雷神(じゅうよん)火之迦具土(じゅうご)酒呑童子(じゅうろく)大国主命(おわり)。過去を……」

 詠う。一言事に、周囲の空気が重くなっていく。黎斗の髪から色素が抜け落ち白くなる。髪が伸びる。肌も青白くなり、華奢な身体も相まって、死人のようにしか見えなくなる。そして、それが言いようのない悪寒を感じさせ斉天大聖の背筋を襲う。

「大兄!!」

「応ッ、させぬわ!!」

 牛魔王の放つ灼熱の火焔が、大地を舐める様に焼き尽くす。溜め時間無し(ノータイム)で即発動するそれは、仁王もろとも黎斗を焼き尽くそうとして――

「何ィ!?」

 ――掻き消えた。そして、見る間に大猿達の石像が人へと戻っていく。餓鬼達が、子鬼達がそれを回収し、呆けている神々の合間を縫って、何処かへ揃って消えていく。

「終わりだ!!」

 異変の元凶たる黎斗を始末せんと、気配を断って背後に白龍が回り込む。丸飲みにしてやろうとしたのか口を大きく開けて、黎斗の影から噴き出る邪気に呑み込まれた。

「な、何が……?」

 呆然とする教主。呆然としない者など、この世の何処にも存在しない。黎斗の呪力が傍目にわかるほど周囲に漏れ出しているのだから。それも”神”の気配と共に。

「がああああああ!!!?」

 絶叫が聞こえること数秒、悲鳴は聞こえなくなり、黎斗の影は普通に戻る。普通と言っても邪気を拡散している(・・・・・・・・・)ということを除けば、だが。

「雑魚は消した。さて……」

 唖然とする斉天大聖の真横を、灼熱の熱線が通過する。絶大な熱量は、周囲を蒸発させつつ一瞬にして混天大聖を消滅させた。付近を巻き添えに根こそぎ吹き飛ばす光の柱は、一筋の光に集約されており周囲に影響を全く与えない。普段以上の精度だった。次いで放たれるもう一つの熱線。こちらは黎斗の背後の人型の額から。かつて黎斗を瞬殺したその熱線は法師を呑み込み――やはり消滅させた。余波で吹き飛ぶ斉天大聖を尻目に、黎斗は一人、宣告を下す。

「殲滅せよ」

 虐殺が、始まる。黎斗の周囲から生まれた”ナニカ”が、動き出す。 
 

 
後書き
能力に関しては割とバレバレっぽかった(饕餮で誤解を招いてしまった)のが個人的に痛恨ですへい。
数の暴力を真面目に考えるとこーゆー系の能力になっちゃいますよね(言い訳





……カンピ新刊いつなんでしょね
タイトルは某ゲームの神BGMより拝借しました(何 

 

§46 圧倒する力

 
前書き
お久しぶりです。亀です。すみません(死

すっかりアレなカンジになりましたが投稿させていただきますです(汗


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「な……」

 突如現れた数多の神に、百戦錬磨の神々もまた動揺する。

「小賢しいわ!!」

 牛魔王が鼻息荒く、三昧真火を解き放つ。紅蓮の海が、大地を舐めあげ焼き尽くす。そんな森羅万象、あらゆる事物を焼却する地獄の業火を一筋の蒼焔が焼き払う。

「定義、三昧真火。定義、生。分かち、絶て」

 遅れて聞こえる王の声。原初の母神すら燃やし尽くす、神殺しの焔の前では地獄の業火すら生温い。蒼い焔が、紅い焔を切り裂いて、切り裂かれた焔は瞬時に消える。

「小僧がぁああ!!」

 激怒する白牛の身体の震えは、大気を揺らし暴風を巻き起こす。

「大兄落ち着け!」

 敵味方構わず吹き飛ばす強風と地震に斉天大聖も声を張り上げざるを得ない。そんな状況下、焔の中で起きる違和感。

「汝の命運ここで断つ」

 蒼焔に囲まれた黎斗が、薄く笑った。

「来たれ。天より墜ちる輝く御柱」

 今までと違う、正真正銘、本気の一撃。

「調子に乗るな餓鬼が!」

 巨大な白牛がその顎を開く。三昧真火が駄目なら、更に強大な力を。強大無比な神通力を誇る彼の雄牛。その怪物は口を開いて。放たれるのは空間をも容易く爆砕する不可視の衝撃。不可視だが、空間をも抉り取るその一撃は通過するだけで景色を歪め、軌道がまるで丸わかり。--尤も、軌道がわかってもその速度故に回避は出来ず、その威力故に防御も無意味。

「森羅一切灰燼に帰さん」

 それに対し、黎斗は竜が五匹、絡みついた腕を持ち上げた。口遊む言葉は、破壊の予言。

「――!!」

 拮抗は一瞬。魔牛は灼熱の光に飲み込まれて。存在全てを否定されて焼き尽くされる。

「……な」

 沈黙が、辺りを包み込む。高層ビル群ですら歯牙にかけない途方もない全身が根こそぎ光に包まれ消滅した。この現実に、皆が一様に顔を引きつらせる。

「ふむ。二本まで耐えたか」

 白髪を掻き揚げながら意外そうに黎斗は言う。破壊光線六連続の内、不可視の衝撃と二本は相殺された。牛魔王に直撃したのは四本だけだ。もっとも、それでもやりすぎ(オーバーキル)に変わりはないのだけれど。

「あ、貴方……」

 その光景に一瞬硬直した羅刹女が、

「あああ……!!」

 発狂する。血走った瞳で芭蕉扇を高く掲げる。一振りで大嵐を巻き起こすその団扇を振ろうとするも、その四肢はいつの間にやら硬直し、挙動がぎこちないものに変わっていた。まるで、操り人形を見ているかのような。

「くそっ、くそっ!」

「復讐など美しいお前に似合わない。下らぬ事など忘れて俺に跪け。俺に仕える巫女となれ」

 背中まで伸ばした髪を揺らし、美青年が謡うように言葉を紡ぐ。その瞳は髪と同じ、見るものを陶酔させる葡萄酒色。敬愛する義姉以外全ては己の巫女である、という持論を持つ狂乱の貴公子はなれなれしく、自然な動作で羅刹女の肩を抱く。

「汚らわしい、触るな!!」

 罵倒する羅刹女だが、ディオニュソスは全く意に介する気配を見せない。

「俺に仕える女は皆そういう。が、それは最初だけだ。何、女は生意気な位が丁度良い」

 気障ったらしく嘯いて、瞳が更に妖しく輝く。眼前の女の思考を犯さんと。

――――――この男に従え。それは最高の栄誉だ。其れは甘美な美酒だ。其れは究極の贅沢だ。

「違う!! コイツらは、あの人の仇!!」

 思考が塗りつぶされるなか、それでも頑強に抵抗する。だが、目の前の男はそれを踏みにじり蹂躪する。

「ふふふ。いつまで持つかな」

 本来神の洗脳は不可能に等しい。だが、ディオニュソスの権能は基本的に女性限定だ。対象を限定することで性能を上昇させている。更に、こちらは黎斗からの莫大な呪力のバックアップが存在する。大してあちらは召喚の依代になった牛魔王が消滅。バックアップは望めない。

「フフフ、強引というのは良いものだな」

 熱を帯びた表情で語る彼の神に、抵抗できない。何も考えられなくなっていく。

「ああああああああああああああああああああああ!!!」

 絶叫を最期に、羅刹女の意識は途絶えた。

「さて、俺の巫女よ。その団扇を煽げ。屑どもを吹き飛ばせ。汚れた虫けら共を生かして返すな」

「畏まりました」

 ディオニュソスの命に従い、羅刹女が芭蕉扇を振るおうとして――飛来した斬撃に芭蕉扇を破壊された。

「ん?」

「やぁ、久しぶりだねディオニュソス。君、前はそんな性格じゃなかったと思うんだけど」

 一撃で羅刹女の主力を破壊した剣の王、かつて対峙した神に語りかける。

「なんだ。いつぞやの剣馬鹿か。俺の性格なんか知らねぇよ。記憶はともかく性格は黎斗が対峙した時のモノが再生してるんだからよぉ」

 理解できるものは存在しないであろう言葉で回答し。

「てめぇ、俺の女に手ぇ出しやがって。お前は俺が、と言いたいところだが」

 残念そうに、ディオニュソスは勝ち誇る。

「お前、俺んトコ来たら駄目だわ。黎斗(アイツ)を止めないと、どうしようもないぜ?」

 その言葉にハッとするドニだが、もう遅い。彼の視線の遥か先、複数の神々に囲まれた黎斗の手には、不吉に煌めく神殺しの槍。





●●●





「ロンギヌス、汝が力を我に示せ」

 黎斗の言葉を引き金として、ロンギヌスが淡く輝き始める。

「修復完了」

 愛槍の一言は、戦場に響いた。傍にいないと気づかない程の音量だが、聞き漏らした者は誰もいない。それには理由が二つある。
 一つ目の理由は単純だ。この場に集った存在は皆聴覚が鋭い。本気なら首都圏程度の広さ、どこかで小石が落ちても聞き取れるだろう程に。
 二つ目の理由は更に明快だ。「この場でもっとも危険な存在」が()だと悟ったからだ。無数の神々を率いる少年。彼から警戒を外すくらいなら、火薬庫の中で火遊びをした方がまだ安全だと。

「上々。――汝に我が意志を委ねる。よきに計らえ。託すは我が歴史(じんせい)

 青白い焔に囲まれた少年が謳う。彼の髪は白く長い。まるで枯れ果てたかのように。彼の身体は青白く細い。まるで生気を喪ったかのように。

「目には目を。歯には歯を。――裁きの日、皆は平等とならん」

 黎斗の言葉を引き継いで、シャマシュが語る。彼の神の後ろで車輪が回る。空空空空音を立てて。

「いかん!」

 危機を察して斉天大聖の分身が無数、太陽神を襲いにかかる。だが、それは致命的に遅かった。

「小童共が。失せろ」

 巨大な鉄棒が、空間を凪いだ。神速の猿候達がまともな反応を出来ずに被弾、爆散していく。煙に紛れ顕現を果たしたのは、巨大な鬼王。

「京の鬼神か!!」

 吐き捨てる真君の一撃は、彼に届かない。彼の身体に触れた瞬間、三尖刀は熔解し、ただの棒きれと成り果てる。

「久しぶりだな、若造」

 赤ら顔にして巨躯なる鬼王は凶暴な笑みをその顔に浮かべ、高らかに叫ぶ。

「儂、と死合えやぁ!!」

「くっ…!!」

 豪快な一撃は、真君を彼方先へ吹き飛ばす。当たれば神ですら間違いなく即死の一撃。そんなものを乱発するのは異常の一言だが、それを受けて即座に立ち上がる真君も異常だ。

「ふむ。流石は中華の英雄神よ」

 満足そうな赤い鬼に、白い男が不満げに呟く。

「真面目にやれ、酒呑童子」

 斉天大聖とカイムが打ち合う中で、黎斗から冷たい声の叱責がとぶ。

「儂は真面目よ。……しっかしお主、相変わらずコレ(・・)使うと人格が変わるのぅ」

 呆れた様子の酒呑童子に、黎斗は薄く笑い返答する。

「何を。変わらぬよ、何も。(ぬし)を意思ごと復元した(・・・・)のも(ぬし)の想いを遂げるため」

「あー、まぁのぅ。儂を丸ごと帰還させてくれたのは有り難い。だが、なればこそ。儂の本領を」

 真っ向勝負をしたいと主張する鬼に対し、黎斗の言葉はそっけない。

「だから、許す。だが闘争を愉しむな。そのような余裕は、もう無い」

 黎斗の言葉に追従し。

「むぅ、まぁそんなワケだから適度に死合おうぞ!」

 酒呑童子がその得物を振るい、背後のフェニックスが高く飛び立つ。

「天罰の時、来たれり」

 不死鳥が、高く飛ぶ。巨大になりながら。一分立たない内に牛魔王並の大きさに、変わる。そして、帯電する。遥か上空で羽ばたく不死鳥。彼の鳥の翼から、無数の焔と稲妻が地上めがけて落下する。

「貴様!」

 義兄、義姉の消滅に斉天大聖が激昂する。フェニックスの無差別爆撃による傷も馬鹿にならない。しかもシュアマシュの権能の影響下だからか、相手がダメージを負っても、こちらがダメージを負っても、こちらに同じ傷がつくられる。故に彼は特攻を選ぶ。光にも迫る速度で黎斗の死角へ、如意棒を力一杯叩きつける。だが、その程度で水羽黎斗は落とせない。

「汝程度に負けぬよ」

 三本の如意棒を、一本の神槍(ロンギヌス)で凌ぎ続ける。シャマシュの権能が再び発動した今、持久戦は斉天大聖達に不利だ。再生し無傷の黎斗に対し、斉天大聖は着々とその傷を増やしていく。たとえそれがかすり傷と呼べないようなチンケな傷でも、塵が積もればなんとやら、だ。

「……見境なし、だな」

 アテナは引きつった顔でただそれだけを絞り出す。見上げた先には、巨大化した不死鳥が所狭しと災厄を撒き散らす姿。

「スクナビコナで巨大化、八雷神で落雷。マモンで鉄塊隕石、といったところか。鉄塊が熔解しているのは酒呑童子か?」

 味方に当たることを一切合財考えていない戦法だ。ある程度範囲は絞っているのだろうが、狙いは非常に大味だ。黎斗の喚びだした神々にも直撃するが、直後に再生してしまう。結果、シャマシュの力たるインチキ裁判で相手に傷を負わせるだけだ。

「しかも死の領域が相手の命を蝕み続ける、か」

 アテナは知らない。冥府顕現を喚びだした神々の力も使って発動させている、という事実を。これによって冥府の範囲と強度が激増していることを。

「流石お義兄様」

 教主は知らない。喚びだした神々の冥府顕現により出現した亡者の合計数は地球の全人口にも匹敵する、ということを。

「やつの呪力は無尽蔵なのか?」

 アレクは知らない。アーリマンの力で"山羊"を拝借し、それを共有する彼らにとってもはや呪力の量など気にする必要が無い、ということを。

「聞け、天よ、地よ、神を従える冥府の魔王よ!!」

 正攻法では厳しい、と感じた斉天大聖は距離を取って倶利伽羅剣を取り出す。

「伊邪那美神は……」

 かの猿神が言葉を紡ぎ、それに応じて剣の輝きが危険なものに変わっていく。だが。

「定義、剣。定義、剣。切断せよ」

 黎斗の一声で焔が飛ぶ。

「な……」

「伊邪那美用の剣で迦具土は切れぬよ」

 真っ二つに両断された剣と驚愕に包まれた斉天大聖が。

「汝の全てを否定してやる」

 嗤う黎斗と、対峙する。 
 

 
後書き
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最新刊、読みました。
テュールお前鋼かよ、とかディオニュソス、とか色々ありました(苦笑
多分最大の誤算はこの辺。特にディオニュソス(爆

あとは剃刀封印とかなんじゃそらとか武器召喚は時代変わっても有効なのねとかありましたが、まぁ(何

とりあえず、これでこの章の裏タイトル、カンピ全員集合は果たせる、のだろうか……? 

 

§47 -冠を持つ王の手-

 
前書き
前回でイミフな能力使用展開(不死鳥が巨大化したり雷落としたり)になっていた分の回答編、ということで(何
もはやどの神が生存しているのかとか誰が居るのかが不明になりつつあるこの現状(爆
無茶はするものじゃありませんね(教訓



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「我は絶対也。法と正義の名のもとに」

「燃えろ」

 シャマシュの言葉が、響く。彼の周囲に無数の楔形文字が浮かんでは広がり、消えていく。輝く彼は円環状の何かに乗って宙に浮いている。その何かの周りを、迦具土の放った炎が走る。炎がゆらゆらと、シャマシュを取り囲み、中心の輪郭を歪ませて見せた。

「厄介そうな貴様からだ!!」

 その様子に危機感を抱いたのか、離れた位置にいた梅山の兄弟たちは神速の如き高速で前に出現、各々の得物を振るう。一撃でクレーターをも作るはすであろう一撃が、シャマシュに迫る。

「やれやれ」

 どことなく、普段とは違う黎斗の声が彼等に届く前に、異変は起こった。

「な、に……?」

 それぞれの腕に伝わった感触は何かを切った感触ではなかった。伝わったのは、何かとてつもなく硬い物にぶつかってしまった時の手が痺れる感覚。鋼鉄すら紙の如く切り裂く彼らが傷つけることすら叶わない絶対的な障壁。突然の事態に後退せざるを得ない彼らに遥かな天上より紅蓮の焔弾が雨霰と降り注ぐ。

「小癪な!!」

 思わしくない戦況を感じたのか、酒呑童子から距離を取り、二郎真君は手を翳す。治水の神としての彼の側面。それは治水前の川の具現化だ。荒れ狂う波涛の奔流が太陽神と焔の神を襲い、しかし二柱を華麗に避けて水の流れは彼方の方へと流れ続ける。

「何……」

 眉をしかめてその光景を注視する二郎真君は気付く。見えない壁が彼らの周囲を囲っていることを――それも圧倒的な物量をぶつけても歪みすらしない。

「まさか、空間を……?」

 動揺しきった状態でも真君の分析能力に陰りは見られない。大抵の物は両断できる梅山の兄弟たちが傷さえつけられない、というところから何が起こったのかを推測する。もし空間断絶の壁ならば、渾身の一撃を振るう必要があるだろう。

「ご明察。だが静止するのはいただけないな」

「――しまっ」

 言葉と共に、一条の光線が大国主の額から放たれる。真君の左手を貫き、爆発。

「―――ッ!!」

 絶叫を堪える彼の耳に入るのは、太陽神の無慈悲な宣告。

「審判を開始する」

 その言葉が、終わりのはじまり。梅山の六兄弟、斉天大聖の義兄弟たち。ランスロット、ドニ、ペルセウス。黎斗に敵対している全ての存在の左腕が、爆ぜた。勿論、吹き飛んだ者はいないが。

「ガッ!!」

「何が!?」

  事態が呑み込めない相手を尻目に、黎斗達の攻撃は止む気配を見せない。

「突貫せよ」

 テュールが、カイムが、少名毘古那神が。手に己が得物を持って襲い掛かる。ヤマの眷属が、酒呑童子の眷属が。無数の鬼達が徒党を組んで動き出す。

「おいおい、二郎真君(コイツ)くらい好きにやりたいのだがのう」

 諦めにも似た鬼神の声に、真君は瞳を一層鋭くする。その視線に、巨大な鬼は歓喜した。

「……ほぅ。それでこそ英雄神よ!!」

「ほざけ化物!!」

 走り出す真君に奮起したのか、まつろわぬ神々が活発化する。

「舐めるな!!」

 駆神大聖が激昂し剣を振った。一振るえば数十の鬼の命が飛ぶ、デタラメな攻撃。だが、

「「「ぐあぁ!!」」」

 やはり、まつろわぬ神達に無数の傷が走る。それは、駆神大聖が鬼達につけた傷と全く同じ場所。彼らは悟る。これはあの太陽神の権能であり、このままでは拙いと。

「消し去れ」

 薄く笑う黎斗に追従するかの如く、月読命が斉天大聖の分身を貫いた。貫かれた大聖は一瞬で消失する。更に月読命がぼそぼそと呟くうちに、波が集う。巨大な濁流となって彼に従う。それは雲にも届くかと言う巨大な水の壁。

「お前もかよ……」

 疲れたように言葉を返す覆海大聖がやはり巨大な津波を作り出す。同時に解き放たれた大瀑布は互いに衝突し相殺されて、大地を海に染め上げた。砕け散った瓦礫の欠片が押し流され、僅かに残るビルの残骸が陸の役割を果たすのみ。大地は海へと塗り替えられ陸地は消失。神も神殺しも足場の急激な変遷に、慣れぬ地形での闘いに動きが鈍い。

「行こうかの」

 八雷神にまたがり遥か上空に浮かんだマモンが、周囲の空気を鉄塊に変質させる。巨大な突撃槍(ランス)が幾千幾万空に浮かびあがり、八雷神の加護を受けて帯電する。雷撃を纏った投擲槍の完成だ。

「穿て」

 彼の一言で、雲より高い天から降り注ぐ、無数の凶器。敵も味方もお構いなく降り注ぐそれに撃ち抜かれ、大聖の分身たちが消えていく。一人にでも当たればシャマシュの力によって黎斗に対峙する全員に等しく影響が出る、という悪条件と足場の阻害によって無数の爆撃は圧倒的な損害を相手に与える。そして損害は、等しく仲間にも降り注ぐ。

「おい黎斗、殺す気か!!」

 神速で雷槍を躱しつつアレクが怒鳴った。一歩でも喰らえば致命傷になりかねない攻撃が雲霞の如く連続すれば当然だろう。

「大丈夫だ、問題は----何も、無い」

 冥界と化した領域は、本来伊邪那美命の権能だ。これとヤマの蘇生の権能に八雷神の権能を噛ませ、改竄することで領域内の「認定した対象の命を奪う」効果に追加して「認定した対象の傷を修復する」効果も追加したのだ。神相手に術の効きは悪いこともあり、完全な回復とはいかないまでも十分に通用するだろう。何せ圧倒的な呪力の差があるのだから。つまりは回復までが呪力のゴリ押しである。……もっとも、そんなことなど黒王子達は知るはずもない。

「無い訳あるか馬鹿!!」

 結果、大音声での罵倒と槍を全力回避する稲妻、という奇妙な光景が目撃される。今の所全弾回避に成功しているのはアレクと斉天大聖、アテナ、ペルセウス位のものだ。つまり飛行能力を持つもののみ。空を飛べない者達は、足場の悪さも相まって連弾する猛攻を捌ききれない。

「嗚呼。足場無くてやりにくいか。――迦具土」

 そして、それに目をつけない黎斗では無い。空間断絶で作り上げたらしい足場の上で、白く変色した髪をなびかせて黎斗が嗤う。

「うらぁ!!」

 迦具土が、吼えた。耳をつんざく轟音が鳴り響き、大地が鳴動する。ペガサスの真下から、溶岩が凄まじい勢いで噴出する。

「――!!?」

 回避も防御も、間に合わない。溶岩を大量に吹き飛ばし、大海原に火山が一つ、完成する。それほど大きなものではないが、ビル一つくらいの高さはあるような、そんな大きさで。

「何!!」

 とっさにペガサスは敬愛する主を振り落とす。それが、ペルセウスの命を救った。

「ペガサス――!!」

 ペルセウスが宙に飛ばされた直後、無慈悲なマグマの噴出が、ペガサスを呑み込み焼き尽くす。絶叫した瞬間に、天から落ちた巨大な槍が、背中を貫く。抵抗すら許されぬまま、灰へと還る愛馬の姿に、主は憤怒の形相を浮かべる。

「貴様!!」

 全身が焼けつく様に熱い。ペガサスが焼き尽くされた影響なのだろうが、今の彼にはそのような事を理解できる余裕は無い。眼前の白髪の男を倒す。彼の中にあるのはそれだけだ。愛馬の仇を、とる。

「うおお!!」

 神速染みた速度で宙を疾走し黎斗に迫る悪鬼の化身は、

「なんだ……? なんだこれはッ!?」

 黎斗まであと数メートル、というところで破滅の呪鎖(グレイプニール)に絡め取られる。絶対的な拘束を前に、渾身の力を出しても微動だに出来ない事実を前に。されど東方より来た男(ペルセウス)の瞳に諦めは無い。

「小癪、な……!!」

 引きちぎろうと抵抗する彼を助ける為か、はたまた黎斗の首を切り落とそうとしてか、銀の斬撃が飛来して、空間の壁に遮断される。

「!!」

「無駄だ、ドニ。全力ならともかく、片手間に放つような今の一撃程度では分かたれた壁は貫けない」

 淡々と事実を告げるかのごとく、ペルセウスを見つめながら黎斗は言う。彼の左目が不吉に輝く。原始的な恐怖を呼び起こす。

「この程」

 ペルセウスの言葉は最後まで続かなかった。黎斗の左目から放たれた一条の熱線が彼を焼き尽くす。頭蓋を閃光が貫通し、鋼の英雄は消滅した。




●●●




「なん、だよコレッ……!!」

 秋なのに炬燵に蜜柑そして酒、という聊か以上に場違いな環境で須佐之男命、ヴォバン侯爵と水盆を眺めていた護堂だが、とうとう耐え切れずに声を荒げる。水面に写るのは、もはや蹂躪だ。

「黙って見れねえのか、おまえは」

 酒を呷りながら須佐之男命が嘆息する。しかし、彼も黎斗が左目から熱線を放ったところで手が止まり、深紅の鳥が牛魔王以上に巨大化、邪気に染まった雷と炎の雨を降らせはじめた時には顔が引き攣っていた。

「あの馬鹿野郎、大国主の坊主の能力まで組み合わせやがったのか……?」

「大国主?」

「うわー、ないわー。マジないわー。ドン引きだわー。……日本壊す気かあの単細胞!!」

「す、すさのおさーん……?」

 壊れ始めた須佐之男命に護堂がほとほと困り果て、どうしたものかと救いを求めてヴォバンを見やる。

「……」

 東欧の老侯爵もやはり顔が引き攣っており、手に持った蜜柑が握力で潰れていることにも気が付いていない。果汁が布団についておかしくなるのではないか、などと護堂が現実逃避している内に須佐之男命が復旧を果たす。

「異国の神殺しは硬直してやがる、か。まぁ当たり前だろうなこんな光景。……で、おまえはなんでそんな平然としてんだ?」

 須佐之男命から問いかけられた内容は、護堂には意味不明で。

「いや、確かにすごいと思うけどさ。お前らが二人して大げさなリアクションとってくれたから俺はそこまで驚かなくて済んだ、っていうか」

 実際は何が起こっているのかよくわかっていない。ただ「なんかよくわからんけどすげぇ」ということしかわからないからの余裕なのだろうな、と思いつつもそれは口には出さない。

「成程ねぇ……」

 それでも須佐之男命にはわかったらしい。数度頷くと、ヴォバンを見て、硬直が続いているのを確認。再びその口を開く。

「あれが魔神来臨(エターナルメモリー)。黎斗の切り札だ。伊邪那美(かかぁ)から簒奪した、アイツの最初の権能。その、なれの果て」


「ちょっと待てよ。俺が聞いてもいい話なのか、それ?」

「問題無いだろ。魔神来臨に関しては知っていてもどうしようもない(・・・・・・・・)

 サラッと言われたその一言が、衝撃的で、護堂は二の句を継ぐことすら出来ない。

「神格を切り裂こうとしてもあの物量の突破はしんどいからな。実際さっき猿がやったが無理だっただろ」

 神格を切り裂く、その発想を先回りしたかのように老神は言う。

「やつの能力自体は単純だ。冥界をこちらに一時的に展開し相手を殺しつつ死者を復元する。厳密な理論は違うんだが、まぁそんなもんだ。ここで蘇る死者は一時的な物であり、神獣や人、動物とかそんなもんだ」

 イメージとしては死せる従僕+即死空間の形成、だろうか。そんなデタラメが出来るのかよ、そう言おうとして護堂は言葉を呑み込む。自分たちがデタラメなのは今に始まったことじゃない。これは常軌を逸しているとしかいいようがないが。

「そしてアレは発展系なんだと。今まで黎斗が簒奪した権能。それを核として用い、”この世とあの世の狭間”の情報を読み込ませ呪力を纏わせることでまつろわぬ神を一時的に復元する。それが、あの能力の正体。冥界の力の余波で髪が白くなって伸びたり、昔の性格が戻ったりするが些細なことだ」

 サラッと重要なことを言われた気もしたが、それ以上に気になることが今の発言には入っていた。

「まつろわぬ神の、使役なのか……?」

「そうとも言う。元が黎斗の権能だから黎斗に完璧服従。冥界の影響下にあるからか生前そのままの実力というか黎斗と戦った時の実力を再現した状態で従えているらしいがな」

 ここで恐れが護堂を襲う。つまり、今あそこにいる神々は黎斗がかつて倒した神々。あれだけの怪物たちを彼は倒してきたのか。

「本来はアレを発動すると黎斗は権能が使えなくなるんだがな」

 そう言って須佐之男命はロンギヌスを指さす。

「アレは治癒の能力を持つ。あれの能力を暴走させることで権能の修復も可能なんだとさ。臨界点付近での運用では神格レベルにまで戻せるとか」

 俺にはよくわからん理屈だがな、と須佐之男命は続ける。

「で、だ。そこまでなら良い。まだわかる」

 すでにわかんねぇよ、護堂の表情に浮かんだ意味を正しく理解しながらも華麗に無視して須佐之男命は語る。

「大国主。ヤツは国を譲った神だ」

 いきなり変わった話題に護堂は面喰う。それが今の流れと関係あるのだろうか?

「つまり、神格を譲ることも出来る」

 国譲りだけでなくその決定権も最初は息子に役割譲ってたしな、と言葉を続ける。

「だからなんだよ……」

「次にシャマシュ。ヤツの能力、なんだと思う?」

 また話題がガラリと変わった。ツッコミたいのは山々だが、興味のある話題だったので敢てのって護堂は推測を述べる。思い浮かぶのは、「目には目を」で有名なハンムラビ法典だ。

「カウンター……だと思う。自分が受けたことを相手に返す能力」

「その通り、だ。黎斗が使っている内はな」

「え?」

 今とてつもなく不吉な言葉が聞こえたような、気がする。

「まぁ、黎斗曰く本気で使っている場合は裁判、らしいぞ。日本の政治に例えれば法律が決まっている状況でこちらに裁判官が居る裁判だとか」

 ハンムラビ法典はシャマシュに奉納されたものである、ということを考えればシャマシュが裁判官、というのはわからなくは無い。

「それで?」

 まぁ、だから何、という話だ。……今のところは。

「つまりだ。自分が相手に攻撃しても、相手が自分を攻撃しても。加害者は敵対者全員で被害者は自分達である、と規定することによって常に」

「まてまてまてぇ!! なんだそのインチキ裁判は!?」

 無視できない単語が出てきた。何が司法の神様だ。これで公明正大は絶対違う。

「アイツに聞けよ。まぁ最大でも相手によって与えられた傷以下の傷しか相手につけられないらしいがな」

 須佐之男命の言葉に眩暈を覚える。全くもってひどい茶番だ。どこの弾圧国家だそれは。

「しかも範囲、笑うぜぇ。なんでも範囲自体は法律の及ぶ範囲内なんだとよ」

 日本で使う法律、つまりは日本国憲法の及ぶ範囲ということか。島一つなどという範囲が点に見える広大な広さにもはやため息しかでない。

「一国マトモに影響下とか狂ってるだろ……」

 頭痛が痛い、とはこういう時に使う表現なのだろうと護堂は実感しドン引きする。単一権能とはいえあんまりだ。

「はん」

 だが、それに対して須佐之男命は笑うのみ。

「黎斗のヤツが「今世界には国際法ってのがあるんだよ♪」って言ってた日にはホント呆れたぜ」

「それはアリなのか!?」

 地球全土が対象範囲、というブッチギリの影響下だ。いくらなんでも酷過ぎる。その話だと国際連合に加盟していない国でなら影響はないのだろうが、戦場が限定され過ぎる。時と場所を選ばず汎用性も高い。おまけに知られても対処が非常に難しい。

「……これが大先輩(れいと)の能力か」

「オマケに「月も協定有るから範囲にはいるよね♪」とか狂ってやがる」

「……」

 もはや何かを言う事すら馬鹿馬鹿しくなってきた。自分たちの能力など可愛いものではないか。だって都市の一つや二つを滅茶苦茶にする程度なのだから。護堂(じぶん)の権能を危ないという人間達に黎斗(げんじつ)を見せてやりたいものだ。

「どうあがいても絶望、がキャッチコピーらしいぜ」

 ああ、本当に絶望以外の何物でもないよ。心からそう思う。

「そして、シャマシュ(オリジナル)が使ってるだろ。今、あれは裁判から共有に変わってる」

「は?」

「黎斗が言ってた。八雷神でシャマシュの”仕返し”を”共有”という概念に書き換えられないか、って。相手と傷を共有する、と考えれば書き換えはさほど労しないんだと」

「で?」

 八雷神が書き換えるだの言われても今一話が見えない。須佐之男命は何を言おうとしている?

「で、だ。ここで話を元に戻そう」

 よくわからないがこれ以上須佐之男命の話を聞いたら自分の精神衛生上拙い気がする。そう思っても須佐之男命の言葉を止められない。

「大国主の能力、これで黎斗の簒奪した神格を他の神格に譲る。それをシャマシュの権能で自分含めの使役する神々に伝播させる」

 今度こそ、時間が止まった。

「な……」

「つまり、だ。あそこで暴れているのヤツラは姿こそ違えど、召喚した神々全ての能力が使える黎斗とほぼ同義なんだよ。意味わかんねぇよもう!! あいつデタラメ具合に拍車がかかってやがる!! だいたいアイツは昔から……」

 凄まじいマシンガントークを始める須佐之男命。この愚痴を言いたいがために黎斗のことを逐一解説していたのではないか、ということに気付いたものは、石像のようなヴォバンの隣で歪んだ笑みを浮かべる黒衣の大僧正のみ。 
 

 
後書き


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実にどうでも良い話ですが、カンピのマンガと本両方購入して応募券送るアレ、出したのギリギリでした(笑
7/1に消印捺してもらって出すギリギリっぷり……
計画性ありませんでした(苦笑 

 

§48 永すぎた乱戦に結末を

 
前書き
一つの場面のキャラが少ないと描写がだいぶラクですね(爆

イキナリのポッと出設定はしていない、つもりなんですが……

超展開の連続だったらすみませぬ
さーて。ようやく大聖編終わりまでもう少し……!


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――空気が、変わった。

「……主、決着をつける気か?」

 死の臭い溢れる冥界の気配を感じ取れはするものの、もはやそれは稀薄。大量の"まつろわぬ神"の存在感は死の臭いをも上書きする。この凄まじい、否おぞましい気配を感じれば普通の生物は失神しかねない。こんな力を解き放てば非戦闘員の避難なぞ不可能だ。

「今回はよほど手強いと見える」

 もちろん、そんな事黎斗は百も承知だろう。彼がそれを知った上でこの権能を行使しているのなら、使わざるを得ない状況ということだ。現地は正に地獄なのだろう。

「これは主の手助けに行くべきか」

 狂気の沙汰とも言える過剰攻撃。普段なら絶対に無い選択肢を採っている黎斗に危機感を覚える。神と神殺しの戦いは何が起こっても不思議ではない。黎斗の敗北が無い、とは断言出来ない。ましてやこの権能使用後は全ての権能を使えなくなる、究極の諸刃の剣なのだから。

「なんですかコレは……!!」

 だが、そこまで思考が及ぶのはジュワユーズだけだ。失神しそうな存在感に耐え、平時の気楽さをかなぐり捨てて、甘粕達は絶叫する。煩いとジュワユーズは眉をしかめるが、それは彼女の高慢だ。こんな中で意識を保っていること自体が賞賛に値するだろう。今居る場所は冥府では無いが限りなく近い場所にいる。居るだけで心身が摩耗していく恐怖の領域。

「主の切札(ジョーカー)魔神来臨(エターナルメモリー)だ」

 冥府の奥底のさらに奥、神話の領域にまで接触し、そこから神々の神格を引きずり出す、という原理まで説明する気は毛頭ない。

「この術が発動した以上、おまえ達の護衛は不要だな。神獣如き、この中で生きられぬ。お前たちは早く逃げろ。この闇に呑み込まれれば、死ぬぞ」

 彼女の言葉を裏付けるように、冥界が更に広がり始める。都心を蝕むこの世界は、直に本州全土を飲み込むことだろう。黎斗が簒奪した神格の数だけ性能が向上するのならば、その位はいくはずだ。

「ウガア゛ァア゛!!」

 更に鬼の軍勢が四方八方へと駆け抜ける。全国に散った猿が駆逐されるのも、もはや時間の問題だろう。羅刹に酒呑童子の眷属たる悪鬼にヤマの使役する羅刹、ともに神獣としては中の下程度だが圧倒的な数はそれを補って余りある。

「我は主の元へと戻る。恵那を任せたぞ」

 瑠璃色の髪をかき揚げて宣言するジュワユーズに否の声を返す者はいない。――異を唱えた瞬間に己の首が飛ぶことを察しているから。そんなことに異を唱える愚か者は--

「恵那も、いくよ……」

 一人、居た。声を出すのもやっとだろうに、満身創痍の身体で立ち上がる。その瞳に陰りは何ら見られない。

「恵那さん!?」

 意識があると思わなかったのか、甘粕は目を見開く。

「ふむ。こう本人は言っていますがジュワユーズ様、如何いたしましょうか?」

 驚いたのは一瞬、馨は即座に状況を整理しつつジュワユーズへ伺いを立てる。

「何を馬鹿な事を。小娘、貴様程度が介入できる戦いではない。今行われている戦闘は次元が違う。お前如き一瞬で散り、足手まといにすらなりはしない」

 容赦なく当たってくるジュワユーズ。言っていることは正論で。呪力を込めた瞳で睨むからか、眼光が物理的な圧力を放っているとすら感じるほどだ。

「でも、それはジュワユーズ(あなた)も一緒だよね。神具の化身程度では生きられないんじゃない?」

 強気な恵那のその言葉に、時が止まる。剣の化身は帯電を始め、馨の顔が強張る。甘粕の顔には大粒の汗がダラダラと流れる。彼女の言わんとすることは一つ。満身創痍な恵那(じぶん)も、聖剣の化身たるジュワユーズも、等しく雑魚にすぎないと。

「貴様、我を愚弄するか」

「事実でしょ」

 ジュワユーズの言葉をアッサリと受け流し、恵那は持論を展開する。

「もちろん、そのくらいあなたもわかってるよね。それでも行くのは、れーとさんがマズいからなんじゃないの?」

「……」

 沈黙する化身。これでは答えを与えているようなものだ。どうやら交渉能力は低いようだな、などと馨は傍観しつつも相手の分析を忘れない。

「れーとさんがマズいなら、戦力は多い方が良いんじゃない? 最悪、恵那でも殿の囮くらいは出来るよ」

「主が、それを許す筈が無い」

 否定する口調だが、ジュワユーズの中では揺れている。そう感じ取った恵那は最後に一言、ダメ押しをする。

「確かに、恵那は弱いよ。今回も足手まといにしかなってないし。でも、足手まといにはならない程度に戦えることを今度は証明させてよ。恵那も役に立ちたいな」

 打算も何もない恵那の言葉、更に迷う化身にかけられた最後の一声は、上空からかけられた。

「良いんじゃないですか? ジュワユーズ、連れて行ってお上げなさい」

「エルちゃん!?」

 音も無く着地すると同時に彼女の手に持つ札が燃え落ちる。落下を操作する札、といったところだろうか。微かに感じるのは須佐之男命と黎斗の呪力の残滓。

「エル!? 貴様、この忙しい時に何処をほっつき歩いていた!? 雑魚は雑魚らしく引き籠ってろ!!」

「恵那さん、ボロんちょですねぇ。えっと……」

 怒声をどこ吹く風で受け流し、エルは袖をごそごそ、と漁る。微妙な空気の中で取り出すのは一枚の呪符。

「……ハイポーション(仮)? 何このふざけた名前」

「マスターのネーミングセンスはこんなもんですよ」

 呆れたように、エルは呪符をもう一度見やるとそれを恵那の額に翳す。

「痛いの痛いのとんでいけー……これで呪文あってますよね?」

「今はそんな事してる場合じゃ……ッ!?」

 自信なさげなエルに詰め寄ろうとした恵那が、絶句した。ふざけている、としか思えないその呪文を引き金に呪符が輝いて。光が収まる頃には自身の治癒が完了していたのだから。

「何が……」

「軽い回復の呪、ですよ」

 少名毘古那神の権能で作成した治癒の湯に浸した呪符だけあって性能は中の上、といったところだな、などと内心で評価するエルだが、ジュワユーズは彼女に怒りをぶつける。これでは本当に恵那が死地へ行きかねない。

「さっきから貴様何のつもりだ!!」

 詰め寄る剣の化身に対し、エルの答えは単純明快。

「武器を、見繕ってきました」

「は?」

 予想外の答えにジュワユーズが一瞬フリーズする。

「今回は規模が規模ですので、私も動かなければならないかと、マスターの小屋で武器の調整を」

 淡々と語る彼女だが、疲れたように周りを見渡す。

「まぁ、この光景を見るにそんな必要は無かったようですね。冥府を顕現させたようですし。油断は禁物ですが」

 やれやれと、そんな表情を残しつつエルは恵那に札を一つ渡す。

「とりあえず、非常事態ですので一番恵那さんと相性のよさそうな子を」

「何、これ……?」

 受け取った恵那はその札から放たれる凄まじい存在感に戦慄する。これの纏う気配は眼前の化身に匹敵するような--

「馬鹿な!! 蛍火(ほたるび)だと!!」

 ジュワユーズが、怒鳴る。それは黎斗の倉庫の中に眠る、強大な力を持つ霊刀。

「そ。これなら大丈夫でしょ」

 そう言って笑うエルは、剣の文句などどこ吹く風。

「何、これ……」

 伸ばす手が、震える。刀が、恵那を試すようにぱちり、と光った。長さは1メートル程だろうか。刀身には、何かの文字が呪力と共に刻まれている。

「時間が無いので簡単に。”雷切”竹俣兼光と蛍丸を熔解して打ち直し、マスターが”嵐”を意味するルーンの”ハガラズ”、といくつかマスターが弄った(・・・)ルーンを刻み呪法をかけました。スサノオ様の系譜に連なる恵那さんなら”嵐”と相性が良い筈ですので、ハガラズを主体に」

 サラッと話すエルだが内容は物騒極まりない。名刀を複数溶かして打ち直しているのだから。そして黎斗が直接刻む数々のルーン。色んな意味で関係者が知ったら卒倒しそうな代物である。

「嵐を引き連れ雷を帯び刀身は自己再生、オマケに矢避けってなかなかイイ性能だと思いますよ。気性も穏やかですから暴走もおそらくはないでしょう」

 蛍の光が集い刀身を修復する様と、帯電した電気が爆ぜる光景から蛍火、などと優雅な名前を付けらた。だが、芸術性目的の剣でないことはエルの解説を聞くまでもなくわかる。

「これを、恵那に……?」

「まだ改良途中なので強度は脆いです。大事に使ってあげてくださいね」

 完成したらどうせ恵那に渡す予定だったのだろう。恵那の力を引き出しやすいように構築されたルーンがそれを物語る。

「恵那さんに渡す役、っていう美味しいところをもってったから怒られるかもしれません。その時は援護、お願いしますね?」

 冗談めかして笑うエルに、恵那も思わず笑みを零す。

「うん。……ありがと、行ってくるね!」

「はい、御武運を」

 敵を黎斗が駆逐するのは大丈夫だろう。しかし、その後の黎斗は疲労困憊で動けない筈だ。そこで寝返り不意打ちがあれば、黎斗も死ぬ。それを防ぐための護衛二人の投入だ。

――万が一は頼みます

――任せて

 アイコンタクトはほんの一瞬。

「いくよジュワちゃん!!」

「あぁもう、貴様待て!!」
 
 それだけ呟き追いかける彼女は、瞬時に音を置き去りにする。ソニックムーブにおける破壊など気にする気配は微塵も無い。もう壊れているのだからこれ以上壊れても変わらないだろう、と考えているから。

「これが、黎斗さんの、切札…」

 呆然とする甘粕の視界に写るのは、高層ビル群を足蹴にする牛に比肩する、巨大な鳥。全天を覆う怪物が遙か高くに飛び上がり、大地に焔と雷、そして流星群をたたき落とすその光景。それは正に、黙示録。

「これが、羅刹の君……」

「とりあえず逃げましょう。流石にこれ以上いると邪気に呑み込まれます」

「そうですね」

 エルの言葉に賛同して、甘粕と馨は走り出す。背後で大地が瞬いた。牛を覆い尽くす光線が、天に向かって放たれる。それは正しく光の柱。絶叫と共に牛の輪郭が崩れ去っていくのは、二人には認識出来なかった。



●●●



「……これはひどい」

 ビルの残骸、その屋上部に座った黒王子は呆れながら缶ジュースを開ける。もう馬鹿馬鹿しくて戦っていられない。貸しを作ってやろうと参戦したがこれでは借りを作ることになりかねない、というか自分が参戦しようが参戦しなかろうがこれは結果は変わらないだろう。本来なら帰って不貞寝したいのだが、あいにくこの薄暗い空間から出る術がわからない。張本人に聞くのは馬鹿げているし、手持ちの呪具で突破が出来ない辺り権能の類だろう。

「まぁ、幸い害は無いようだしここで見物と洒落込むか」

 突如現れた八人目、彼の権能を観察する良い機会と割り切ることにして青年は優雅に眼下をみやる。

「それにしても凄まじいな……」

 カンピオーネの勝敗は読めない、というは定説だ。どのような局面でもただひたすらに勝利を求め成し遂げるのがカンピオーネ(じぶんたち)なのだから。だが、戦いのフィールドが「盗み」ならばおそらく自分の一人勝ちだろう。負ける可能性もあるだろうが、勝てる公算が非常に高い。それと同じように闘いのフィールドが「初見の決闘」ならば。おそらく目の前で暴れる(れいと)の一人勝ちだろう。蘇生にカウンターに初見殺し満載過ぎる。

「情報があったとしても最期がアレではな……」

 最後の能力がまつろわぬ神々の召喚であった時点でこちらにとれる手段は(れいと)への奇襲しかない。だが相手はあの脳筋馬鹿((サルバトーレ・ドニ))とも互角以上にやりあう手練れだ。女王(クイーン)並に動く(キング)、しかも相手は蘇生(まった)が使える。ここまできるとちゃぶ台返しのような荒業を使わないとどうしようもない。それか戦闘というフィールドに立たないように立ち回る必要がある。彼と正面から向かい合うのはどう考えても馬鹿馬鹿しい。

「チェスならルールの不備を指摘するところだな」

 しかし苦々しく言う黒王子は「勝てない」とは言わない。勝算は限りなく低いが零ではないのだから。第一邂逅さえ凌げればどうにか出来る、気がする。

「……まぁ、今は奴が敵でないことを喜ぼう」

 やはり、勝てない訳ではないとわかっていてもあんな出鱈目な奴と戦いたくは無い。自分は戦闘狂などではないのだ。敵対しない限り、無理に闘う必要など無い。そこまで考えた所で、こちらに接近する気配。

「黒王子様とお見受けします。よろしいですか」

 アレクの背後で叩頭するのは古めかしい中華の服を着た男。帯刀している剣も時代を感じさせる。

「む。お前は誰だ?」

 気配が異質で、呪術的な雰囲気を醸し出す男は十中八九、幽霊だろう。おそらくは黎斗が喚びだした有象無象の亡霊のうちの一体。

「申し遅れました。私は破魔の主(ディスペルロード)こと水羽黎斗の臣下の一人、元譲と申します」

 眼帯をした男の瞳から思考を読もうとするも、失敗。そう簡単に意図を知らせるつもりはないらしい。

「ほう、アイツの臣下か。で、何のようだ?」

「僭越ながら、失礼します」

 言うが早いか、男はアレクの周囲に札のついたナイフを投げる。自分とアレクを囲う様に。

「何のつも――」

 詰問しようとした所で、周囲の景色がめまぐるしく動き出す。闇の、死の気配が急速に薄れていく。

「……!!」

 世界が静止する感覚。直後、アレクは冥府の外に立っていた。

「戻った……?」

「不躾ながら。主の命で退去させて頂きました。事後承諾で申し訳ございません」

 あのナイフにかかっていた呪の種類は位置を発信する程度の代物。故に害は無いと見逃したのだが。どうやら黎斗は発信源の空間を冥府から切り取り、ピンポイントで現世に繋ぎ替えたらしい。どれだけ洗練された、熟達した能力なのだろう。権能をここまで自在に扱うその技量には感嘆を通り越してもはや呆れしか出てこない。

「俺を追い出す、とはな。よっぽどこの先の光景を見せたくないと見える」

 皮肉気に笑えば、非常に言いにくそうな顔の男。

「いえ、その。「危ないから避難させろ。借りのある相手をむざむざ殺すのは気が引ける」と」

 盛大に、アレクは顔が引き攣った。

「……な」

「御不興になる話で申し訳ありません」

 平身低頭で土下座する男に当たり散らしてもどうにもならない。非常に腹の立つ話ではあるが、相手は山をも踏みつぶす巨大な白牛を吹き飛ばした男だ。本当に死んでもおかしくない。怒り心頭になるが、剣撃の音が響いてくることから意識をそちらに切り替える。

「他の奴らはどうした」

「羅濠教主は快く戻ってくださいました」

 主の能力を見られなくて残念がっておられましたが「主の願いです」といえば即決でしたよ、などと人の悪そうな顔で笑う男。

「アテナ様はサルバトーレ卿と交戦しておりまして。主にはアテナ様を戻すように言われており、サルバトーレ卿は特に言及が無い様子でした。よってアテナ様だけ戻させて頂こうと思ったのですがお二人を引き剥がすのは我々では不可能ですので、お二方共、こちらに戻させていただきました」

 ならば、剣劇の原因はそれか。

「スミス様もこちらです」

「まったく、最後においしいところをもっていくなんて酷い男だと思わないか? これではまるで私たちは道化じゃないか!」

 男の言葉に続けるように、大仰な、どこか芝居がかった仕草で仮面の男がやってくる。

「はっはっは、申し訳ありません」

 苦笑と共に、男の輪郭が、揺らぐ。

「どうした?」

「主が、動かれるようです。呪力を集める為に四方に飛ばした(われわれ)を回収しているのかと」

 その言葉に、背筋が冷える。あの途方もない呪力ですら、足りない?

「彼は何をしようとしているのだね?」

「さぁ。私にも詳しい原理はわかりません。「惑星を吹き飛ばす技」らしいのですが。申し訳ありませんが詳しいことは主にお聞きになってください」

「!!?」

 最後に不吉な言葉を残し、隻眼の男は消失する。後に残ったのは、彫刻と化した魔王二人。 
 

 
後書き


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8月中には1回くらい更新したいなぁ、などと思いつつ……
諸事情で1ヶ月程留守にするので更新どうなるかわかりません、と(汗




ちなみに。
恵那強化しても
天叢雲>蛍火
なので実はそんなに強くはなっていなかったり……(苦笑 

 

§49 終焉の刻

 
前書き
お疲れ様でした、ようやっと、終幕です!


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 赤い塔。血潮のこびりついた赤い塔。鉄の錆びたような薫りを漂わせる、赤い塔。ドラゴンを串刺しにした鉄塔の最上階にて、事態を眺めるは魔女の王。

「ここまで、ですね……」

 決断するのは、地獄からの撤退。ドラゴンの死骸が光子となって果てゆく姿を流し見て。ドラゴンはまた数分の後にここへと襲来してくるだろう。迎撃しても迎撃してもキリがない。その上長引かせれば"黒王子"や"冥王"に察知されないとも限らない。これ以上は危険だと確信する。

「これが、破魔の主(ディスペルロード)の真の鬼札……」

 苦渋にまみれた表情は、眼下の惨状を直視出来なくて。首都圏を飲み込み、ゆっくりと拡大していくのは闇よりも薄暗い、死色の世界。現世を塗り替えて広がるのは冥界。

「神刀を持たぬ以上、叔父上達では不利、か……」

 救世の神刀さえあれば、また結果は変わったかもしれない。神刀での特攻ならば、あるいはこの馬鹿馬鹿しい大群を突破することも。だが、現実は無い。無い物ねだりなど無意味。

狂乱の神(ディオニュソスさま)の権能がある以上、叔父上は"鎧"を外して攻撃に転化させられない。大聖様をもってしても決定打になりえない」

 決定打になる攻撃が無い以上、こちらが何をやろうとも相手から主導権は握れない。ならば守りか。あれほどの能力ならば制限も厳しいはず。耐えれば勝ちだ。だが、激化する攻めは耐え凌ぐ事すら許さない領域に入りつつある。

「機会は失われましたね。あの方を倒す絶好の機会は」

 乱戦に乗じて不確定要素(イレギュラー)を取り除くのはもはや不可能。ここから先は負け戦だ。動揺を押し殺し、グィネヴィアは冷静に戦局を分析する。

「――叔父上!」

 今は、雌伏の時だ。機は必ず来る。来るべき日に勝てば良いのだ。

●●●


「……やむを得ないか」

 鋼の軍神は、魔女王との念話数秒で、あっさりと撤退を決意する。理由は二つだ。勝ち目は存在するが、神刀があれば打倒出来る可能性は高まる。もう一つは、この場の数々の存在者。黎斗を首尾良く葬っても、その後、無事に離脱出来る保証が無い。魔教教主は間違いなく敵対するだろう。神殺しとの連戦は部が悪い。他の神殺しも傍観するとは考えにくい。


「さらばだ、破魔の主(ディスペルロード)よ。この勝負預ける!!」

「何?」

 訝しげな顔をする黎斗。そして、それは致命的な隙となる。

破滅の呪鎖(グレイプニール)よ!!」

 一瞬呆けたその隙に、破滅の鎖が撃ち込まれる。()が踵を返すのと、腕を黎斗に変化させた二郎真君が滅びの鎖で黎斗を拘束するのは、同時だった。彼らにとっては、ランスロットなどどうでもよく、重要なのは眼前の魔王(れいと)を打倒すること。

「……ほう」

 束縛された事実にも、黎斗には微塵の動揺も存在しない。自分の権能なのだ。対処法など、百も承知。

「無駄な事を。……まずは逃亡者に土産をやるとしようか」

 黎斗の額が、光る。迸るのは世界を焼き尽くす超々高熱の熱線だ。大国主とシャマシュの権能で共有化したことにより、大国主のあらゆる権能が今の黎斗には使用可能となっている。だからこその、芸当。

「ぐっ……!!」

 寸分違わず熱線は騎士の左肩を抉るように直撃した。それでも、軍神の速度に陰りは見られない。死地からの脱出を最優先にしているかのごとく。

「……逃げ切ったか。まぁ良い。私の目的は貴様らだ」

 まんまと逃げおおせたランスロットはあっさり諦め、黎斗は対峙する神々を眺め渡す。破滅の呪鎖(グレイプニール)で束縛されているにもかかわらず、自分の優位を微塵も疑ってなどいないその姿勢に、流石の真君も冷汗を流す。これが、この場での最悪手だったことに果たしてどれだけ気が付いたのだろう。

「目には目を、歯には歯を」

「しまっ!!」

 シャマシュの神託が、下る。其れはあらゆる事象を拘束する。斉天大聖が、二郎真君が、生き残った他の大聖達が、全員が破滅の呪鎖に囚われたかのごとく全身が拘束され身動きを封じられてしまう。

「天より降り注げ奈落の星々」

 黎斗の声に合わせて、巨大化した不死鳥が雨霰と、熔解した鉄塊を投下する。無差別な一撃は黎斗をも一瞬で葬るが、彼は即座に再生を遂げる。連続で死に続けながら魔王は笑う。

「さぁ、どちらが先に逝くか根競べだ」

 これは、不味い。確信した真君は残りの呪力を振り絞り拘束に抗う。シャマシュによる束縛は本家に劣る為、全力で抵抗すればある程度は身体の自由を得ることが出来る。だから、彼は仕切り直しを視野に入れ、この地獄から撤退をしようと試みる。

「残念だが無駄だな」

 しかし、それも致命的に遅かった。黎斗の失笑が響き、彼は自分のミスを悟る。

「お前たちは逃がさない、と言っただろう」

 冥界は、その強度を増していた。現世に死の気配が漂っている段階ではもはやない。世界を呑み込み、現世との繋がりを断ち切った空間と化していた。いわば、平行世界。幽世のように、生と死の境界のように、もはや彼らの居た場所は現世でも、現世に出現した冥府でも無く。

「ここは完全な冥界だ。逃げる場所など、どこにもない」

 存在全てを呑み込んで。冥府は現世との繋がりを断ち切った。予想以上の最悪に、二郎真君は絶叫する。

「き、さまぁあああああああああああああああ!!!!!!!!」

「さぁ、終幕だ」

 黎斗が、雁字搦めにされながらも手を向けてくる。掌に収束するのは、太陽の輝き。

「爆ぜろ」

 破壊光線が、真君もろとも冥界を抉り消し飛ばす。

「さぁ、あとは貴様だけだ」

 義兄弟たちは全て焼き滅ぼしたぞ、と暗に語る。

「くっ……」

 斉天大聖は苦痛に顔を歪ませる。既に呪力は底をつき、満身創痍で得物も無い。唯一あるのは、不滅不朽の闘志だけ。

「まだ、抗うか」

 黎斗の声に呼応して、彼の使役する神々が斉天大聖を標的に据える。

「……素晴らしい」

 従属神の中で鬼神だけは感心したように鉄鞭を収め。

「天界総軍を相手にした孫さまを、舐めるな…!!」

 そうだ。たかが二桁の神が何だ。命を預けられる義兄弟達は居ないけれど。幾重もの試練を勝ち抜いた如意棒(あいぼう)は無いけれど。

破魔の主(ディスペルロード)、水羽黎斗。貴様の命を以て、我が英雄伝の終幕とせん!!」

 高らかに叫び、疾走する。足下に転がっていた好敵手(なかま)の得物を蹴り上げ、掴み取る。三尖刀を振り上げて。

「我が元に集え、死せる意志達」

 その言葉を引き金に、黎斗の呪力が激増する。彼が生み出した存在が全て、呪力に変わり親に集う。

「ぬぅ!」

 背後で、何かイヤなモノが創られた(うまれた)気がした。逃げなければ、と喚く直感(ほんのう)意志(りせい)で押さえつける。逃げ場など無く、距離にして一ミリ未満の場所にいる黎斗(バケモノ)を倒すしか道は無いと悟っているから。

「星の生き様、その眼にしかと焼き付けよ」

 黎斗の首に三尖刀が触れる直前、彼の声が脳裏に響く。彼の両腕に抱かれているのは、髑髏(しゃれこうべ)位の大きさの、暗く暗い渦巻く球体。急速にそれが大きくなっていく――

「爆ぜろ」

 刹那、世界が弾けた。空間が歪む。冥界が軋む。破壊光線など歯牙にもかけない破滅すら粉砕する崩壊に、あらゆる事物は消滅する。


●●●


「……ふぅ」

 無、と言ってよい空間に、黒髪(・・)の一人の男が現れた。否、再生した。

「まぁ、こんなもんか」

 敵の消滅を確認して、彼は切札たる世界の顕現化を解除する。瞬間、世界が鮮やかな色彩を取り戻す。不純物、廃棄物、あらゆるゴミを飲み込んで、冥界は縮小し消え去った。

「もしかして、やりすぎた?」

 時間加速と過去への跳躍を駆使して時間を創り出す。それらの時間を全て、金属塊作成に費やす。膨れ上がる体積を圧縮、圧縮、圧縮。巨大な球体を縮小、縮小、縮小。巨大な鉄塊が形成されていく。球体の、途方もない質量をもつソレはやがて星を凌駕する質量を得る。そして、いずれその球体は己の質量に敗北する。すると、どうなるか。質量に負けた球体は自壊――重力崩壊――を始める。これを引き金として、猛烈な核融合反応が起こる。――即ち超新星爆発が、始まる。

「ぶっつけ本番だけど、意外となんとかなるもんだ」

 形成しなければならない質量は膨大で。個人で瞬時にできる量ではとても無い。周囲の呪力をかき集め、冥府の呪力を総動員して出来るかどうか、と言ったところではないだろうか。そんなもの、一度放出してしまえば呪力が残る余地など介在しない。

「呪力たりねぇ身体が動かない……」

 肩を竦める黎斗だが、それが限界だった。次の瞬間、視界が暗転する。もんどりうって、倒れ込む。死者に近い黎斗の身体は、呪力が切れてしまえば動かせる筈もなく。

「あ、結構マジでヤバいかも」

「お義兄様!!」

 どーすんべー、などと思ってたところに現れるのは羅濠教主。黎斗の肩を抱き、膝の下に腕を潜らせ。

「……恥ずかしいんでお姫様抱っこは勘弁してください」

 色々酷い。有り得ない程の美少女にお姫様抱っこされるのだ。何もかもが台無しで泣けてくる。せめて立場が逆なら良かったのに。

「今のお義兄様は雑魚同然なんですから駄目です」

 流石にこの妹様の目は誤魔化せないらしい、などと思ったが自分の今の惨状を見て考え直した。一人で満足に立てない、こんな有様だと雑魚同然であることくらい誰でもわかるか、と考え直して苦笑する。

「げっふぅ…」

 現実逃避に見上げた空は晴れ渡り。破壊の痕跡を微塵も感じさせはしない。

「あ゛ー…」

 最善手はこれだった筈だ。チマチマ戦っていたらまず間違いなく被害は更に拡大していた。それはわかる、わかるのだが。

「周り、見たくねぇ…」

 鬱屈とした気分で顔を動かせば、冥王が踵を返す姿が視界に入る。ここで黙って帰る気か。魔術を駆使して念話を仕掛ければ。

――――何、ここは密かに帰るべきだ。そちらの方が趣があるだろう?

 そんな声が聞こえてきて。目立ちたがり屋と聞いていた割には……などと彼の評価が黎斗の中で若干の変動を見せる。

「主よ、遅れてすまんな。排除完遂につき戻ってきたが……この分だと問題は特に無いようだな」

「れ、れーとさん……?」

「あ」

 唖然とする恵那と頭を下げるジュワユーズ。おそらく頑張って走ってこちらまで来てくれたのだろう。それに対してこちらはお姫様抱っこをされている。なんか気まずい、どうしよう。

「!? 誰です!!」

 頭を回転させようとした矢先、羅濠教主の叱責が飛ぶ。瞬間、不可視の空圧がビルの残骸を粉微塵に粉砕した。

「けほっ、けほっ……」

 現れたのは、褐色の肌の黒髪の女性。例によって美少女だ。

「貴女は……」

 意外過ぎる人物の登場にアレクが、羅濠教主が、ドニが驚きに目を見開く。

「なんで……なんでこの時代(・・・・)に貴女がいるんだ?」

 そしてジュワユーズの口から洩れた言葉。これを理解できるのは、おそらくこの場に数人も存在しないだろう。

「とりあえず戻ってこれましたので。ご挨拶を、と。最後にお会いしたのはフリードリヒ大王の時でしたっけ?」

 そして周囲の混乱などどこ吹く風で、聖女とでも呼ぶべき気品を纏った少女は黎斗に対し微笑みかける。その仕草は、初対面の人間にするようなものとはまるで違う。

「……なる、ほど」

 黎斗の中で全てが繋がった。世界を旅する最中に会ってきた謎の美少女。まさか”同胞”だとは夢にも思わなかったけど。数百年に振りにあって容姿が変わっていない時点で怪しむべきだった。

「成程。つまり真の意味で会うのはここが初めて、だね」

 今までは偽名やら地方での通称やらばっかりでロクに自己紹介をしてこなかったな、などとこのタイミングで思い出す。

初めまして(・・・・・)、アイーシャ夫人。水羽黎斗です、ヨロシク」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたしますね」

――歴史の改竄者達は、幾百年の時を経て、真の意味で邂逅した 
 

 
後書き


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オマケ
甘粕「……馨さん馨さん」
馨「どうしたんだい? 今首都壊滅の隠蔽工作をやってるから連絡は後にしてくれ」
甘粕「魔王の皆様、全員日本にいるんですが、どうしましょう」
馨「!?」



ってなワケで。
カンピ全員出せたどー!!(嬉

ぶっちゃけ夫人の能力が黎斗に絡ませやすいという便利仕様すぎてもう……
おかげで結末までの道のり大幅短縮ですよもう(何

何はともあれ果てしなく長かった大聖編でしたね。お疲れ様でした&お付き合いありがとうございました
m(_ _)m 

 

§50 斉天大聖動乱。あとしまつ

 
前書き
どうしてこうなった、ってカンジの有り様に。まぁ今更ですよね☆

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 空と宇宙の境目。スペースデブリが雲霞の如く蠢くそこに、巨大な物体が漂っていた。鈍色に輝くそれは、細長い流線型の胴体に二対の翼をつけている。その形は飛行機、と呼ぶのが一番しっくりくるのかもしれない。もっとも、その内に宿す莫大な呪力と神気がただの飛行機でないことを雄弁に物語っているが。そんな飛行機を、虚空に浮かぶ大きな大きな宇宙ゴミ、これらが囲んでいる。宇宙ゴミに隠れているが、外部から見ると死角になるような部分――当然そこにはただの空間で何もない――から突如生えた(・・・)鎖が飛行機に絡み付いていた。それも一つや二つではない。様々な角度から、大量に。飛行機は動くことを許されず、鎖に拘束されている。まるで、蜘蛛の巣に囚われた獲物のよう。

「小癪な!!」

 獲物は叫び、鎖を引き千切ろう出力を上げる。しかしその程度ではこの呪鎖を破壊すること叶わない。飛行機は推進力を限界まで解き放つ。動力源は容易く限界を凌駕し異常な轟音と共に凄まじい馬力を機体に与える。鎖が音をたてはじめるのも時間の問題だと誰もが思うだろう。

「無駄だよ」

 その光景を見、作業をしながらも蜘蛛の巣の主は苦笑する。これはあらゆるものを縛る戒めだ。たとえ出力が無限になっても、この鎖を突破することは叶わない。現に今だって鎖はそよ風の囁きにも劣る音すら出していない。

「悪いけどここ(・・)で暴れられる訳にはいかないんだ」

 その一声と共に、作業が終わる。異界の扉が開く。友人(スサノオ)の力で開いた扉で、飛行機は現世から幽世まで強制的に転移を余儀なくされる。

「おまえはまだなにもやってないのに、悪いね」

 本当に申し訳なさそうに、彼は謝罪の言葉を口にする。

「大体僕がおまえを呼び出した様なものだし。勝手に呼び出して勝手に殺すとか傲慢だな、とか自分でも思うよ」

 色々言い訳が口