世界の片隅で生きるために


 

落ちてきた私と師匠

「遅いっ!! 指を立てたらすぐに凝って言ったでしょうが」

「うぅ……師匠の鬼!!」

 殴られた頭の痛みに、思わず悪態をついてしまう。
 私を殴った師匠は、怒っても可愛らしい表情で赤色のゴスロリドレスのスカートの裾を軽やかに揺らしながら睨んでくる。

「強くなりたいって言ったのはスミキ、あんただわさ。あたしの弟子なら四の五の言わずにやるっ」

 そう言いつつ、またひっそりと指を立てた師匠に気がついて慌てて私は凝を使う。
 目に力を込めるというか……集中すると、その指先に念で作られた数字が見える。

「6!!」

「正解」

 満足そうに師匠は微笑んだ。







 私は井上 澄樹(すみき)
 男みたいな名前だが、れっきとした女である。男の孫が欲しかったお祖父ちゃんが付けてくれた名前で、自分でもちょっとこの名前には困らされていた。

 ……過去形なのは、マンガのハンター×ハンターだったこの世界に、私が落ちてきてしまったから。

 元の世界の最後の記憶は、海外旅行に行くために乗っていた旅客機が天候不良時にエンジン故障で海へと墜落する瞬間だった気がする。
 あれから二年たった今でも、悪夢として時々見るくらいだ。

 そして、何故か師匠に拾われ今に至っている。

 私の師匠は、ビスケット=クルーガー、通称ビスケ。
 原作のGI編で主人公たちの師匠となる人。
 見た目は金色の髪の人形のように可愛らしい少女。

 実際の筋骨粒々としたあの姿は、私は見たことはない。

 ちなみに、宝石の原石を求めてアイジアン大陸にある原生林の奥の鉱山まできた所、上空から光を放ちながら私が落ちてきたそうだ。
 ……思わず、それを聞いたときに「親方! 空から女の子が!!」という、あの有名なセリフを言いそうになった私を誰もせめはしないはず。

 それで、色々身の上を聞かれたりなんだりして、かなり怪しまれたんだけど……まあ、ここがマンガの世界だということだけは隠して身の上を話して、信用してもらった。

 まあ、持っていた持ち物がこの世界にはないものだったしねえ。
 手持ちの細々したものを入れていた肩掛けタイプの布カバンも一緒にこっちに来たみたいで、その中にこの世界じゃ使われてない文字が使用された小説や、目的地だったイギリスのガイドブックとかモバイルPCとかMP3プレイヤー(ipodじゃない)とか化粧品が色々入ったポーチとか出てきたから。
 漢字自体は、ハンゾーの出身地だっけ? ジャポンは漢字を使ってるみたいだけど、ひらがなとカナは存在しないみたい。

 師匠が、こんな私を拾ってくれた理由は実は他にもある。

 私……もうすぐ三十路、アラサーの28歳なんだ。
 でも、この世界に来たら若変ってしまったのか、どう見ても14~15歳くらい……いや下手したら、もっと下かもしれない。
 PCに取り込んでおいた元の自分の写真を見せたら、師匠はかなり興味津々だった。
 師匠は念能力で若返りしているわけだし、もっと他に方法があれば楽だと思っているのは間違いない。リアル50代だしねえ……。

 原因不明だけど、それを解明できれば自分にも転用できるかも!? と師匠は思ったらしい。
 結局、解明はできないまま今に至っているんだけれど、当初は師匠としてではなく、迷子(研究材料)の保護者だった。




 それが師匠になったのはいつからだったっけ……?

 確か、ハンター試験の283期の試験官に師匠がなった時だから、拾われてから一年くらい過ぎた辺りだ。
 それまで私は師匠の家でお世話になり、時々師匠の研究に付き合いつつ、家政婦代わりに家事をして過ごしていた。

 主人公のゴンたちがハンター試験を受けるのは287期。
 原作が始まる五年前に私は落ちてきたのだ。
 それに気がついた私は、原作となるべく関わらないでこの世界を生きていこうと思った。

 普通、原作のキャラたちと積極的に関わるんじゃ? とか思う人もいるだろうけど(実際、重要人物の一人ビスケの世話になっていたわけだし)、私はなるべく原作はそっとしておきたい。なので、極力原作キャラとは接触は避けるつもりだ。

 自分が関わったせいで――バタフライ・エフェクトによって話が横道にそれるとか面白くない。

 元の世界に戻れれば一番いいけど、現状では帰れるあてはないし、最後の記憶が落下する飛行機の中だから戻ってもその時点で死亡フラグが立っている。
 そしてここでは、私の身分を証明するモノもなにもなくて、普通の仕事をすることも無理だ。
 このままでは、ビスケの専属家政婦として一生を過ごすことになってしまう。



 身分証明として使える何か。
 それさえあれば就職、そして食べることに困らないもの。


 ……あるよ、あるじゃない!


 ハンターライセンスがっ!



 という連想をしたあとに、そう簡単には弟子にしてくれないだろうなーと漠然と思っていた私だったけど、頼んだらあっさり許可もらえた。
 むしろ「いつになったら弟子にして下さいと言ってくるかと思っていたわさ」と呆れたように言われた。

 それからは、師匠とは色違いのゴスロリ服を着るようになった。
 黒と白のコントラストのドレス。やたら長いストレートの黒髪と合わせて、暗いところで見たら軽くホラーだ。

 もちろん、これは師匠が用意したもの。
 弟子になったら、着せたかったらしい。

 ―――ちょっと、後悔したのは秘密だ……。



 そして弟子になったばかりの頃は、そんな風に見た目以外は保護されていた時とあまり変わらなかった。
 しばらくの間は、体力をつけることと、それにプラスして、身が守れない私のために護身術を教えてくれた。
 格闘のかの字も知らない者に教えることは、とても苦労したんじゃないだろうか。

 まあ、ゲームは好きだったから、格闘ゲームは得意だったんだけどね。

 ……いい歳した女が一人でゲーセン行ってたってどうなんだろう。
 女子力足りないといわれるのはそこが原因?

 KOF、餓狼伝、サムスピ、GG、メルブラ、鉄拳にSCと……微妙に偏ってるけど気にしたら負けだ。
 使用キャラは、基本女性キャラ。小柄で素早いキャラが好み。
 例外は、KOFXIと餓狼MOWとメルブラ系列くらいかな?
 XIは主人公チーム使ってたし、MOWはカイン、メルブラはワラキアの夜を持ちキャラにしてたから。
 オズワルドはあのカードを使う暗殺術が好きで、カインとワラキアの夜は見た目が好みだったんだ。
 使いにくいキャラばっかりだったけど、そこはキャラへの愛で乗り切る。……でも、溜めキャラはほんと使いにくくて困る。
 アッシュとカインの必殺技コマンドは変えるべきだと思います。

 ……しまった、格ゲーの話でつい熱くなってしまった。

 まあ、ともかく。保護者から見ても、手が掛かり過ぎるから自力で何とかさせるために弟子と称させたんじゃなかろうかと今は思う。納得できるあたり、ちょっと悲しいけれど。

 念のことも、話にもでない。

 別にそれは想定の範囲だったので「ああ、やっぱり教えてはくれないんだなー」と思っていたし、ハンター試験に受かったら改めて習えばいいやと簡単に考えていた。
 

 

弟子卒業試験のはじまり1

 そう思っていたのだけれど――――――


 自分が思うようには、この世界は回らないらしい。

 その日は、当時の常宿にしていたザバン市のホテルから一人で買い物に出かけた。

 買い物と言っても、師匠お気に入りのジュエリーデザイナーに頼んでおいた指輪を引取りに行くという単なるお使いだ。
 だから、そう言えば原作はここがハンター試験会場になるんだよなあ……なんて思いながら、警戒もしないで人気のない道を歩いてた。

 そんな時だった。
 師匠を恨んでいたヤンが現れたのは。

 可愛がっていた弟子を師匠が殺したから、ずっと復讐する機会を伺っていたそうだ。

 恨む……と言っても、それは逆恨み。

 だって、その弟子は賞金首になっていたんだ。大量殺人者として。
 師匠が殺したのも不可抗力だったらしいし、私が弟子になる遥か昔の話で当時の私はそれすらも知らなかったのに。

 嫌な笑みを浮かべてそれを私に伝えると、私に襲いかかってきた。
 それは突然のことで、対処の仕様がなかった。

 この時の出来事は今も思い出したくはない。
 何も鍛えてない頃の自分だったら、その一撃すら耐えることも出来ずに死んでいたと思う。
 幸運だったのはそれだけでなく、戻って来ない私を心配した師匠が探しに来てくれていたこと。

 ヤンは、師匠がきたことですぐに姿を消した。


 悪意ある念による攻撃で無理やり開かれた精孔、目の前に迫る死。
 もちろん、師匠は慌ててそれを御する方法を教えてくれた。
 そして、目覚めた能力。

 自分の中のワースト体験No.2だ。№1は、飛行機事故に決まっているけれど。

 そのおかげで念の修行も組み込まれるようになった。

 冒頭のようなやり取りも日常的になって――。







 …………そんなこんなで、さらに一年近く経った。

 べ、別に修行を説明するのが面倒で飛ばしたとか、そういうわけじゃないよ?
 大体やってたことは、GI編のゴンたちと一緒だったし。

 少し違うのは、私が女だからオンナならではの処世術を色々と教えてもらったことかな。
 見た目に騙されるオトコはそれだけ多いってことだ。

 確かに、今の私の見た目なら自慢じゃないが色々と騙せそうな気がする。
 師匠の念能力の恩恵に与れて本当に良かったと思う。


 ムダに長くて染めるのが面倒だったから黒かった髪も、奇跡のキューティクルのサラサラツヤツヤで天使の輪まできれいにできてるし。デスクワークばかりで日に焼けていないだけだった不健康な肌も、若返ったせいと手入れで白い上にプルプルでツルツル。
 そして、規則正しい生活と適度?な修行、仕上げのクッキィちゃんのおかげで素晴らしいクビレになったし。メイクの腕だって上がった。

 ……胸の方の発育が前よりもちょっとイマイチなのは、きっと若返ったせいだと思いたい。

「さてと。それじゃ、そろそろ卒業試験するわさ」

「え……?」

 それは唐突だった。
 根城にしていたヨークシンシティの師匠の別宅(何個目かは忘れた)で、朝食の用意をしていた時だったから。

「天空闘技場って知ってるかい?」

「あ、はい。パドキアの端にある格闘のメッカとか言われてるところですよね。
 観光客も多いとか」

 フライパンから目玉焼きとベーコンを皿に出して、トースターから程良く焼けたパンを並べて、冷蔵庫に作り置きしておいた生ハムとトマトのマリネと新鮮なレタスのサラダを添えた。

「そこに行って、闘技場内で開催されてる四季大会のどれかで優勝しといで」

「は……?」

 グラスに注いでいた牛乳を危うく床にぶちまけそうになった。
 いや、だって唐突にとんでもないこと言うんだもの、驚いて当然だよね!?

「師匠……私、強化系じゃないよ?
 なんだって、そんな所に行かなくちゃいけないんですか」

 ちなみに、私の系統は困ったことに特質系。
 水見式をしたときは、葉っぱが真っ赤になってから、どこかに消えた。

 たぶん、異世界からきたせいだろうなあと自分は思ってる。

「あのねえ……。あんたは、あたしと同じく念能力は戦い向きじゃないからその分自分の力の底上げしないといけないの。だから、格闘技術はきちんと教えたでしょうが」

「それでも、優勝だなんて……無理に決まってるじゃないですか」

「四季大会はね。その名前の通り、春夏秋冬の各季節に一度だけあるんだわさ。
 参加希望者は凄まじく多いのに、その中から一部しか選ばれない」

「じゃ、ますます無理じゃないですか。私選ばれるわけが……」

「話は最後まで聞くんだわさ。闘技場にとってチケットが高く売れたり、話題になったりする闘士しか選ばれないってことだわさ。
 女性闘士なんてほとんど居ないから、確実に選ばれるのは間違いないわさ」

「はあ……」

「で、その優勝の副賞品。『パラダイスレッド』っていう宝石が贈られるんだわさ。
 協賛企業にジュエリー・グランマニがついてるからね。全く勿体無い」

 ……なんか、見えてきた。
 要するに、その宝石が欲しいから行ってこいってことなんだろうか。

「師匠。それ単に宝石が欲しいけど、自分で戦うのは面倒だから私に行って来いとか言うんじゃないですよね」

「…………ソンナコトハナイヨ」

 図星なのか。
 片言になってるよ?

「私、今年ハンター試験受けるんですよ?」

 そう。
 今年の285期で受けないと、来年はヒソカが受けるし再来年は原作組が来る。
 関わりを持ってしまうからそれだけは避けたい。

「途中で受けに行けばいいわさ。申込みは、もう済んでるんだろ?」

「まだしてません。時期近くなったら電脳ページから、申込みしようと思っていたし……」

「なら、さっさと申込みしちゃいなさい。
 あんたは、あたしの弟子だからね。ナビゲーターを見つけなくても会場までは行けるんだわさ」

「え……そうなの」

 驚いた。ナビゲーター見つけるの大変だなーとか、今回の会場の街は何処だっけとか色々考えてたんだけど。
 そんなにあっけなくていいのか、ハンター試験。

「中にはわざとそれを教えない捻くれた師匠もいるけどね。
 自力でそこまで辿りつけってね。あたしも、あんたじゃなかったらそうしてたけど」

 なんだか、ちょっとだけカチンと来る。
 それって自分が使えない子という認識な気がしてならない。

「バカにしてるわけじゃないんだわさ。
 んー……とりあえず、最初に弟子卒業試験に天空闘技場にいけって言った理由から説明しようか?」

 不服そうな表情を浮かべていたのを見て取ったのか、師匠は半眼で言う。

「え、宝石が欲しいからでしょう?」

「それもある! ……けど、違う。あんた、暴力を奮った経験なんてここに来るまでないだろ。何かを自分の手で殺したり、死体を見たりすることも」

「ええ、平和な世界で暮らしてましたからね……」

「敵意を持って攻撃してくる相手にあったこともほとんどないだろう?」

 ああ、そういうことか。
 敵に暴力を振るうことを慣れて欲しいということなのか。

「平和ボケって言ったら失礼だけど、スミキがいた世界は危険がなさすぎだ。
 げんに、あんたはどんな相手にも手加減して本気でやれない。
 だから、天空闘技場で慣れてからハンター試験を受けに行って欲しいんだ。
 あそこならそれを日常的に感じることができる」

「師匠……」

「幸い、今回の会場はパドキア共和国のバルパラッドだから天空闘技場からも近い。
 それでも行きたくないかい?」

 そこまで言われたら、文句のつけようもない。
 私は、無言でため息をついた。 

 

弟子卒業試験のはじまり2

1994
 12月末 ハンター世界にトリップ。ビスケに保護される。
  (年末年始の休暇を利用してイギリス旅行する予定だったっけ)

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1995
(原作) キルア、天空闘技場に初挑戦。
(原作) GIで、集団でカード収集する組織(ハメ組)設立。

 10月 ビスケ、283期ハンター試験の試験官に内定。弟子入り。

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1996
(原作)幻影旅団、クルタ族を襲い緋の眼を略奪。

  1月 283期ハンター試験。
  5月 ヤン襲撃。念を覚えた。
 12月 念修行がGI編のゴンたちと同じクラスに。

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1997
(原作)キルア、天空闘技場にて200階に到達。

 10月 ビスケから弟子卒業試験を言い渡される。←☆イマココ!!





「うーん……ハンター試験までは登録して……登録抹消にならない程度に戦えばいいか」
 カレンダーと日記(覚えてる限りの原作のことなんかも書いてある)をにらみながら、私はつぶやいた。
 今日は一日好きに過ごしていいと言われたので、自室に戻ってベッドに横になっている。
 食べてすぐ寝ると太る?
 ちゃんと片付けはもちろん、日課の家中の掃除や洗濯も終わらせてからに決まってるじゃないか。

 ……あ。

 今年って、キルアが天空闘技場にて200階達成する年だ。
 たぶん、もう家に戻ってるはずだから、ニアミスするとか無いよねえ……?
 こんな所で原作に関わっちゃうのも、ちょっと困る。

 ハンター試験は、毎年一月。

 だから「今年」の試験というのは正確には「来年」の試験だ。
 今は、十月。今朝の師匠の話からすると、天空闘技場の四季大会のうち春夏の大会はすでに終わっているはず。
 とすると、残りは秋冬だけれど時期が問題だ。
 秋はおそらく今月だけど、冬はいつになるんだろう? 十二月に大会があるならそれは避けたい。翌月に試験が控えているし、その前に怪我をするのも癪だし。

『あんたは、どんな相手にも手加減して本気でやれない』

 ゴロゴロしながら、師匠の言葉を反芻する。
 自分は、結構痛みに鈍感だ。下世話でぶっちゃけた話だけど、元の世界では毎月来る月の物とか酷いときは意識失ったり倒れたりするほど酷かった痛みを耐えてたせいだと思う。こっちの世界に来てからはそういう痛みとは無縁になったから、それだけは良かったなあ。この辺はホント実際にそういう人じゃないとわからないだろうけどさ。

 だからと言って他人の痛みに鈍感なのかというとそうじゃない。
 人が痛みを抱えている姿を見るのは苦痛。だからこそ、自分が全力を出して相手を傷つけたら、その痛みはどれくらい? って考えると怖くてできない。

「それを直せってことだよね、きっと……」

 師匠としては、私を死なせたくはないんだろう。
 ハンター試験中の死傷率は異常とも言えるものだし、新人の合格率は3年に一人。
 本試験会場に自分は師匠のおかげでナビゲーターも探さずに行けるけれど、会場についたもののうち9割は一次試験で不合格。それ以後の試験内容だって、試験官によっては受験者同士で殺しあいを公然とさせるものだってある。
 自分が最初に会得した念能力は、本当に戦いには向かない。師匠はそれを知っているから、オーラ総量を増やす鍛錬をしてくれたわけだし。

 いつかは、戦闘にも使えるような発を作ってはみたいけれど、あまり気が進まない。

 ……ちょっと不安になってきた。
 私、本当にハンター試験受けても大丈夫なのかな。

「いや、大丈夫なはずだ! 念を知らない人だって受けてるんだし、大丈夫」

 自分を励ますように声を出す。
 明日には、この少しは住み慣れた家を出ていく。師匠が天空闘技場行きの飛行船のチケットを用意してくれていたから。

 てか、準備良すぎだと思うんだ。
 私が断ってたらどうするつもりだったんだろう?

 断っても、無理やり放り込むつもりだったんだろうなあ。



 荷物は大きめのカート式のトランクケース一つと、この世界に来る時に持ってきた肩掛けカバン。
 中身は着替え(例のごとくゴスロリ……)と身の回りの細々としたもの。
 あとは愛用の化粧品類。この化粧品は、師匠の愛用品と同じものだけど、物凄くイイ。

 スキンケア用の乳液にしても化粧水にしても、メイク用のファンデにしてもグロスにしても、付けた感じが違うし、香りもまるでリラックス用のアロマみたいで癒される。人工の香料や肌に悪い添加物みたいなものは入ってない。
 きっと念能力者が作ってるんだろうなあと、漠然と思ってる。

 服と宝石、そしてこういう美容に関するものには、師匠はお金に糸目は付けない。
 お金を稼ぐ手段がなかった私にも同じように買い与えてくれていたから。

「しばらくは、闘技場の外のホテルに泊まることになるだろうしね。持って行くといいわさ」

 空港まで送ってくれた師匠に渡された封筒はかなり重い。
 中を見ると万札が束で入っていた。

「し、師匠……多すぎる気がします」

 あまりの大金に、軽く目眩を覚える。

「それはパラダイスレッドの買取料だと思えばいいわさ。だから、きちんと持ってくるように。
 ま、そのくらいのお金があっても、あの辺のホテル代は高いからすぐに100階クラス以上にならないと金は尽きるよ」

 ニコニコと笑みを浮かべて、恐ろしいことを師匠は言う。
 この金額がすぐ無くなるとか、どんなぼったくりホテルだ。

「安い闘士用のホテルは物騒だし、不潔だからね。
 セキュリティのしっかりした観光客用のホテルとなると高いんだわさ」

「ああ、そうなんですか……」

 納得はしたものの、原作でズシとウィングが泊まってたホテルはどのランクに入るんだろうと頭の片隅で思う私がいた。
 あれ、観光客用だったのかなあ……。

「それと、ハンター試験の時には数日前に迎えが行くように手配しとくから」

 申込みも済ませてあるし、あとは時期が来るのを待つだけ。
 そんな風に思いながら、師匠の顔を見ると浮かない表情を浮かべてる。

「スミキ。一人だから……もしかすると、またヤンが襲って来るかもしれないけど」

 念を覚えるきっかけになったアイツ。

「大丈夫ですよ」

 思い出したくもない相手だけど、次に会ったときは師匠のためにも決着を付けないと。 私は、にっこり笑って手を振って、搭乗ゲートへと向かっていった。 

 

飛行船で天空闘技場へ

「……暇だわ……」

 ぼーっと部屋の窓の外を見ながら、そんな言葉がつい口から出る。
 元の世界から持ってきた本はとうの昔に読んでしまったし、こっちの世界の文字は読めはするけれど活字として読む気にはなれない。

 これから四日くらい空の旅である。

 元の世界の飛行機と違い、飛行船の速度はゆっくりだ。
 目的地までだって、時間がかかる。

「…………船内でも見てまわろうかな」

 部屋においてあった飛行船のパンフレットを持って、部屋から通路に出た。

 船旅とか最低ランクだと雑魚寝になるから、それを自分は覚悟していたんだけど、師匠がくれたチケットの船室は、一人部屋だった。
 普通のホテルのシングルルームより多少狭いけど、飛行船だしそれも仕方ないし、一人で泊まるにはちょうどいい。
 何よりも、シャワールームが付いてるのが嬉しい!
 飛行船内にも大浴場があるから、そっちで入ればいいんだろうけど部屋に有ると無いとじゃやっぱり気分的に違いがある。

「何処から見てまわろうかなあ……」

 個別客室フロアから共有フロアに移動しようと、パンフレットをめくりながら歩く。

 ロイヤルスイート、スイート、セミスイートは各1室しかなくて、船の中央の階層の前方の見晴らしがいい部分にある。
 カードキー対応だし、バス・トイレ・冷蔵庫・テレビ・ネット環境までついてる。
 無料のアメニティが揃ってるし、おまけに毎食の食事もルームサービスで無料。
 それから少し落ちて、デラックスが34室。中央の階層の後方とその上の階層の前方部分。
 次いで、一等客室が68室。デラックスルームと同じ階層の後方部分と下層の前方部分。 うち、シングルルームが15室で、自分の客室はこのクラス。
 この下のランクからは個部屋ではなく、上下セパレート2段ベットの寝台、そして最低ランクの雑魚寝。

「師匠には感謝しないとなあ……ほんと……」

 覚悟はしてたとはいえ、実際に個室じゃなかったら、こんなに落ち着いてなかっただろう。
 ええ、中身はアレだけど、見た目は美少女。……自惚れじゃないはず。
 メイク変えたせいもあるとは思うけど、最初の頃の軽くホラー印象の自分はどこいった。

 まあ、それで貞操的な意味で襲われることとかも考えないといけない。
 別に負けるとは思ってないんだけど、転生モノや異世界召喚モノなんかでつきものの「いきなり最強!!」なんてチートとは私は無縁だからね。

 地道にコツコツだよ、うん。

 まあ、それはそれとして、続き続き……
 共有フロア……パプリックスペースには売店・展望ラウンジ・展望レストラン・ミニシアター・ゲームコーナー・喫煙ルームがあるみたい。
 ミニシアターは古い名作映画が上映されてるのか。
 この世界の名作映画ってどう言うのだろう? ちょっと気になる。
 ゲームコーナーと喫煙ルームは元の世界のソレと変わらないのか。
 煙草の煙は私も嫌いだし分煙歓迎だけど、こっちの世界も愛煙家は大変だな。
 モラウとか、煙草吸える場所が減ってて苦労してそうなイメージ。
 思わずクスクス笑ってしまう。

 売店は、おみやげとか軽食なんかを売ってる。
 食事は別料金だったから、レストランよりココで買って食べたほうがいいかな?
 ラウンジとレストランは中央の階層の最後尾。
 大きな窓の外をゆったりと流れていく景色を見ながらゆっくりできそうね。
 レストランの見どころ……水晶でできた自動演奏のグランドピアノ?

 水晶でできたグランドピアノだと……!?
 なんて、ファンタジー。

 元の世界で、アクリルとかガラスで作った自動演奏ピアノなら見たことはあるけれど、これは一度見ておかねば。
 とりあえず、最初の目的地はレストランに決定。
 軽食ですまそうと思ってたけど、ここで食事もしてこよう。




 ――――――――バンッ

「……わっ!?」

 思考の渦にハマり込んでパンフレットばかり見ていた私は何かにぶつかった。
 そんなに勢い良くぶつかったわけではなかったのだが、受け身を取れずに尻餅をついてしまった。
 こんな失態は、師匠にバレたら説教ものだ。

「ああ、申し訳ない!」

 声と共に大きな手を差し伸べられて、私は顔を上げた。
 個室の扉が開いてるから、その扉に私はぶつかったんだろう。一つのことに集中するとそれに気を取られる癖もなおさないといけないな。

 問題は……この手の持ち主の男だ。

 体を隠すゆったりとしたマントのようなものを羽織ってる。色素の薄い長い髪と薄紫色の切れ長の目がちょっと印象的。そして高身長で若く、イケメンと言って間違いない。
 師匠だったら、間違いなく瞳をキラキラさせながら、猫をかぶって対応するであろう相手だ。

「お嬢さん?」

 見上げたまま軽く固まっていたからか、再度彼は私に声をかけてきた。

「あ……大丈夫です。一人で立てますから」

 差し伸べられた手を断って、立ち上がってスカートの裾を払う。
 パニエで隠れてたから良かったけど、次からはもっと長いスカートのドレスにしとこう……。

「確認せずに扉を開けてしまって、本当に申し訳ない。私もまだまだ修行不足のようだ」
「いえ、単に前方不注意だった私が悪いので、そんなに気になさらなくても?」

 身長差がかなりあるから、私は自然と見上げる形になって上目遣いになる。

 なんか、見覚えがあるんだよね。この人。
 どこでだっけ……?
 なんか、引っかかってるんだけど思い出せない。

「えと、ケガもないですし……これから食事に行くので、失礼しますね」

 落としたままだったパンフレットを拾い上げて、ペコリとお辞儀をする。
 うん、引っかかりがあるってことはきっと原作関係者。
 関わり合いになっては駄目だ。
 早々に撤退せねば。

「ああ、私も行こうとしていたんですよ。よろしければ、御一緒させて下さい」

 ヤバい、変なフラグ立てちゃった?







 目当てだった水晶の自動ピアノと外の景色が両方見えるテーブル。
 ピアノは照明で輝いていて、本当に綺麗だ。
 自動演奏のBGMも雰囲気にあっていて落ち着く。
 このレストランは、きっと観光客用なんだろう。

 ―――――そして、そんな私の斜め隣の席には、微笑を浮かべるイケメン。

 なんてベタすぎるシチュエーション!

 何処の乙女ゲームかっ!? と喜ぶべき(?)ところだけど。

「……どうしてこうなった」

 引きつった笑みを浮かべながら、隣に聞こえないくらいの私の独り言。

 でも、まさに私の魂の叫びだ。
 この時期に原作関係者なんていないと踏んでたのに。
 何か、年表の確認ミスでもしていたのだろうかと頭が痛くなる。

 変なフラグは叩き壊すに限ると同行は断ったのだが、ケガをさせそうになったお詫びに食事くらいはご馳走させて欲しいと言われたのだ。

 食事代が浮く……! とか思って、思わずOKした私にはバカの称号を与えざるを得ない。

「そういえば、まだ名乗ってもいなかったね。
 私はカストロ。キミの名前も教えてもらえないか?」

 カストロぉ?

 天空闘技場で、ヒソカと戦って念を覚えて、その後メモリの無駄遣い方向に修行したせいでヒソカに殺されたあの?

 やっぱり、原作関係者じゃないかぁぁぁぁ!

 ああ、この場で席を立って、見なかった・聞かなかったことにしたいっ

「……スミ…キ…です」

 本当にどうしてこうなった。

「スミキさんはどちらまで向かわれるのかな。
 途中寄港するラジェスタ? それとも、天空闘技場まで?」

「え。えーと……」

 少し迷ったあと、素直に目的地を私は口にした。

「このまま、天空闘技場まで行きます」

「それは奇遇、目的地は一緒のようだ。観光で?」

 もうね……。なんなの。

 なんで、そんな嬉しそうな微笑み浮かべてるの、カストロ。
 お前、格闘家として腕を上げて名を残すために闘技場に向かってるんでしょ?
 こんな所でナンパしてないで、ちゃんと精神修行しなさいよ。
 若干ロリコンの趣向でもあるんですか。
 貴方にふさわしい派手な美人辺り口説きなさいよ。
 それとも、自分の魅力に振り向かない女はいないとか思ってるわけ?
 確かに、原作でもヒソカ戦前に花束たくさんもらってたし、さぞやおモテになられていたんでしょうが。
 そんなんだから、ヒソカに負けるんだよ。

 心中ではこんなことを思いながら、必死に笑みを浮べている私。
 はたから見たら、微笑を浮かべて和やかに談笑する二人に見える辺りが色々と終わってる気がしないでもない。

「まあ、そんなところです」

 常に笑顔で相手をだませ! としつこいくらいに師匠には言われていたけれど、流石にもう顔がひきつりすぎて無理。
 早く、オーダーした料理よこい。
 速攻食べて部屋に逃げる。
 これ以上関わりたくない。



 結局。
 その後、料理が来るまでに散々色々聞かれたのだが、ほとんど上の空で対応した私は悪く無いと思う。

 ……何聞かれたのかすら覚えてないけど。

 もちろん、さっさと食べて礼を言ってから有無を言わさず一人で部屋に帰った。
 部屋まで送るとも言われたけれど、丁重にお断りしたのは言うまでもない。 

 

天空闘技場1

 最悪の出会いから四日。
 途中、食材や燃料の補給に別の街に寄港したりしつつ、ようやく天空闘技場についた。
 またカストロに会うのも嫌だったので、個室でヒッキーになっていたのは秘密。

 せめて、一度くらい大浴場や展望ラウンジにも行きたかった……。
 それもこれも、アイツが悪い。

 飛行船のターミナルが闘技場と直通になっているので、そのままトランクを引いて受付のロビーに向かう。
 天空闘技場は251階、高さ991mの世界第4位の建物。格闘のメッカとも呼ばれる闘いの場所。闘いは全てギャンブルの対象になるから、観光客も多い。
 観戦受付ではなく、選手受付の方のフロアに向かうと、かなり混雑していた。その中でも人が少なめの列に並んだ。
 周囲を見回すと、本当にむさ苦しい男ばかりでちょっと辟易する。
 私のような少女が選手登録用の受付に並んでいるのがよほど珍しいのか、あちこちからザワザワと何か言われてるのが聞こえるが気にしないでおこう。実際、見た感じ女の人いないしね……
 ようやく自分の番が来た時には、あまりの居心地の悪さに不機嫌になっていたけれど。

「天空闘技場へようこそ。必要事項をこちらにお書き下さい。
 裏面にも要項がございますので、そちらもお読みの上でサイン下さい」

 手渡された用紙の空いてる欄を埋めていく。
 えーと。
 名前……名字まで書かなくていいか。スミキだけでいいや。
 年齢……実年齢書いても信用されないしなあ。とりあえず、16歳にしとこ。
 出身地……どうしよう、私ここの世界の人間じゃないし。空欄で出しちゃえ。
 格闘技経験……師匠についてからだから、3年くらい?
 万が一死亡した際の連絡先……多分そんなことはないとは思うけど、師匠の所でいいか。

 裏面には、要約するとここで負った大怪我や死んだ場合に闘技場及び、対戦相手に損害賠償責任を求めないという誓約書。
 ああ、まあそうだよね。
 毎日のように対戦があるのにそれで責任とか求められてたら、いくらお金があっても足りないし。
 納得しつつ、一番下の「意義を申し立てません」という欄に丸をつけて、名前を書く。

「難しい条件は一切ございません。
 手段を問わず、相手を倒した方が勝ちとなります」

 記入した書類と引換にハガキサイズほどの番号の書かれた紙を渡された。
 番号は1976番。

「そちらの番号がアナウンスにて呼ばれましたら、リングに上がって下さい。
 こちらに当施設の案内と選手規約がまとめてございますので、お待ちいただいている間にお読み下さいませ」

 手帳サイズほどのパンフレットを渡された。
 パラパラと軽く開いてみると、細かい文字がぎっしり書かれている。

 ……これは、面倒くさそうだ。絶対、読まない人のほうが多い気がする。

 それに失礼だとは思うが、ここに多そうな脳筋タイプは絶対読まずにゴミ箱行きだ。
 その証拠にさっきゴミ箱の可燃物の方に、このパンフレットが山と入っていたことは記憶に新しい。
 そういえば、カストロも受付済ませたのかな。
 顔を合わせなくて、ちょっとほっとするけれど。

 そのまま歩いて観戦席の方に移動した。選手控室にいてもいいのだけど、殆どの人は観戦席に来てる人のほうが多いみたい。
 トランクを引いているから、人が少なかった最後列の端の方に座った。
 リングの数が1、2、3……16個? 3分の闘いとはいえ、これは時間かかりそう……。

 待ってる間に、折角だからパンフレットを読むことにした。
 初めは一階から闘い50階以上は一勝ごとに10階ずつ上がって、負けると10階下がる。
 100階以上で個室が貰えて、200階以上で武器の使用が認められる。もらえる賞金も、上層階に行くほど高くなる。100階以上でもらえる個室には、ルームサービスもあること。あとは、200階以上の待遇の素晴らしさとか。
 続いて書いてあるのは、闘技場自体に低価格の選手用のホテルがあること。そして、観光客用のホテルは闘技場の外にあること。
 一番驚いたのは、選手用の規約。闘技場のリング以外の場所での私闘は禁じられているんだね。
 原作の方では、サダソとキルアがそれっぽいことしてたけど、いいのか、アレ……。ヒソカとかは、そんな規約すら気にしてなさそうだけど。

 隣の席に誰かが座った気配がした。まあ、空いてたし別にいいけど。

「やっと、見つけた。探したよ」

 は?

 思わず顔を上げて、絶句した。
 笑みを浮かべたカストロがそこにいた。

「……よく見つけましたね。こんな超人数の中で」

 ほんと、どうやって見つけたんだろう。
 こんなに人がいっぱいの中で。

「割と簡単だったよ? 目立つ格好だし、女性自体少ないからね」

 あー、はい。そうですか。
 もう、コレで対戦相手がカストロとか出来過ぎた状況でも、私は仕方ないと思える。
 フラグを叩き壊そうとしたから?
 さすがにそれはないだろうけれど。

「観光は嘘だったんだね。こちらの席に座っているということは、選手登録だろう。
 どうして嘘を?」

 私の手元の紙を見つつ、カストロが言う。
 ……めんどうだなあ。
 私はどう説明するか困って、彼を見上げていた。

「……そうですねえ? 正直に話したら、私のことほうっておいてくれますか?」

 ここまで興味持たれるとは思ってなかったし。

「それは無理かな。私としては、キミのことをもっと知りたい」

 イケメンのさわやかな笑顔と、この言葉はある意味破壊的なんだろうけれど……
 私には通用しない。というか、相手がカストロなので余計に。むしろ、イラッ☆とさせられる。
 こういうフラグイベントというものは普通、主要のイケメンキャラとかと発生するものであって、一応分類としてはイケメンではあるものの、残念極まりない「捨てキャラ」と発生するとか私どれだけ不運。

「たかだか、飛行船内で出会っただけですよ? そんな探しまわったり、嘘をついていたのはなぜか? なんて聞いたりする必要性なんて無いと思いますが」

 軽くため息をつきながら、パンフレットを閉じてカバンにしまう。

「私は君に興味があるんだよ。今まで、そんな態度を取られたことがないからね」

「それは、自分自身に絶対的自信を持ってて、なびかないのは居ないとか思ってるからでしょう? 私みたいな変わり者は少なからず居ますよ。
 それよりも、ここへ来たということは、貴方は格闘家として腕を上げて名を残すためでしょ?
 私みたいなのに声をかける暇があるならその時間を鍛錬に使うべきだと思うんです」

 とりあえず、話題をすり替え。
 正直に話したところで、根掘り葉掘り聞かれそうだし。

「そして、私は貴方みたいなタイプは大嫌いです」

「…………」

 あー。プライドが高そうだから、逆にやばかったかな。
 こういう態度取られるとか珍しいんだろうねえ。言い寄る方が多そうだし。
 でも、はっきり言わないとグダグタと長引きそうだし……

「……ハハハハハ!!」

 あ、壊れた……?
 いきなり大笑いしはじめたカストロに周囲の視線がこちらに集まってしまう。
 ちょ、これはかなり恥ずかしい!

「ふう……。はっきり言ってくれるね、スミキ。君は本当に面白いね」

「面白いですか? 普通だと思ってますけど」

「ああ。私は本当に君に興味を持っただけ……だったんだ。
 私が扉を開けたとき――つまり君が通路を歩いているとき――気配を全く感じなかった。
 それはどういうことなんだろうってね」

 え、どういうこと?

 ……あれ、恋愛フラグじゃなかったの?
 まさか、私の自意識過剰による自爆ですか?

 うあ……なんというイタイ行動だよ、私。
 勘違いもはなはだしい。ああ、穴があったら入りたい。
 いや、この場から走ってでも逃げたい!


 そう瞬時に理解して私の顔から血の気が引き、その後に恥ずかしさの余り真っ赤になった。

「とはいえ……それとは別に君自身のことが知りたくなった。
 それで、嘘をついた理由は私が嫌いだからでいいのかな?」

「え。ええ……」

「うん。マイナス印象からのスタートか。それならそれ以下になることはないわけだ。
 これからはプラスになるように頑張るとしよう」

「いや、え……えぇぇぇ?」

 カストロってこんな奴だったっけ。
 ポジティブシンキング、プラス思考どころの騒ぎじゃない。
 元はといえば、私の自意識過剰での勘違いだったのにドMすぎだ。
 もう残念ドMと彼を心の中では呼ぼう。

 プライドが高くてそれなりの強さを持っていたわりに雑魚っぽい印象しかなかったんだけど。
 しかも、元の世界で昔やってた旧アニメではヒソカ戦はいろいろ放送コードに引っかかっちゃったせいでサックリ削られ、新アニメでは彼自身の配色がどう見ても戦隊物のイエローな上にヒソカの当て馬になっている。
 そういえば、彼は新アニメと旧アニメを足して割ったような感じだ。
 色素が薄い蒼灰色の髪の色は光のあたり方によっては白く見える新アニメ版だけど、瞳の色は紫色で旧アニメ版。身に着けているマントは旧アニメ版の落ち着いた薄紫色で、新アニメ版のあの残念なドギツイ黄色ではない。でも中に着ている服は白で新アニメ版。そして、声は旧アニメ版。

 ……やっぱり、平面のマンガやアニメで見るよりも実際の人物とは違うということなんだろうか。

 それにしても、原作関係者と関わらないで生きるはずだったのにっ
 たった一度の前方不注意でこんなことになるなんて。
 後悔してもしきれない。


「1890番、1976番の方Jのリングまでどうぞ。1890番、1976番の方Jのリングまで……」


 丁度良くアナウンスが流れた。
 自分の番号が入っていたのは天の助けと思いたい。
 この残念ドMは放っておこう。
 そして、今後は自意識過剰による恥ずかしい出来事を起こさないように気をつけなくては……!
 私は慌てて荷物をまとめると、中央の闘技場フロアへの階段を走り降りた。 

 

天空闘技場2

 闘技場フロアに入り、入り口の係員に荷物を預ける。
 1階は、レベル判断のためだから荷物を持ったまま来る人も多いので、こういうサービスがある。
 他の階では預ける場所がないので、手荷物は持ち込めないらしい。
 電光掲示板の表示を頼りに、Jのリングに向かう。

「両者、リングヘ」

 審判の声にリングの中央へと足を進めた。
 対戦相手は、自分の二倍くらい縦と横の幅がありそうな巨漢。

「おい、見ろよ。かわいいお嬢ちゃんだぜ?」

「きゃー、戦えませーんなんて、黄色い声出すんじゃねーぞ」

「でかいの、相手が良かったな!!」

「楽勝だろう」

 外野のヤジうぜー……

「むしろ泣かせたいだろ。いい声で泣きそうだぜ?」

「ベッドで啼かせたいの間違いだろ。ははは」

 ……セクハラ混じりのヤジきたこれ。
 この辺は定番なのか。

「ここ一階のリングでは入場者のレベルを判断します。
 制限時間3分以内に自らの力を発揮してください」

「3分? 3秒だな」

 あら、どっかで聞いたセリフ。
 原作でも、ゴンが言われてた気がする。

「それでは……はじめ!!」

 審判の開始の合図と共に、相手は両手を広げてこちらに走ってくる。
 恐らく、リング外へ押し出すつもりなのだろう。
 殴ろうとしてこない所に少しだけ? 好感を持てる。

 十分に引きつけてから捕まる寸前にそれを避け、背後に回りこんだ。
 虚をつかれた相手がこちらを認識する前に、軽く跳んで首筋に手刀を当てた。

 手加減しているから、骨折したりはしないはずだけどショックで気絶はするはず。
 力加減は間違ってないはずだ。

 予想通り、対戦相手はそのまま倒れこんで動かなくなった。
 軽い罪悪感が自分を支配する。

「……ごめんね」

 聞こえては居ないと思うけれど、なんとなくつぶやく。

「うぉぉぉぉぉ」

「一発で倒しちまいやがった……」

「なんだあの嬢ちゃん!? 」

「やべえ、俺殺される……とんでもないこと言った……」

 外野のヤジが歓声に変わってる。
 他にも色々聞こえるけど、多分、殺される発言はセクハラやじを飛ばしてきた奴だろう。
 声が聞こえた方に、にっこり笑ってあげよう。

「……コホン。せ、1976。キミは50階。がんばって下さい」

 放心していた審判が、ようやく気をとりなおして手元の機械を操作して、バーコードのような模様の入ったチケットを渡された。
 それを受け取ってリングを降りる。
 この分なら、200階前後くらいまではトントン拍子で行けそう。
 このチケットを50階の選手受付に持って行けばいいのかな。
 でも、そうすると次の試合が組まれちゃうよね。
 パンフレットにはなんて書いてあったっけ?

 荷物を返却してもらって、トランクを引きながら私は考えた。

 それにしても、残念ドM……もとい、カストロがああいう性格だとは思わなかった。
 プライド高そうでナルシーそうではあるとは思っていたけど……ねえ。
 念のため出口を確認したが、彼は居なかった。
 多分、別のリングで戦っているのだろう。……私の勘違いでなければ。

 確か逆算して、カストロが200階に到達して初戦でヒソカと戦うのって、年表的に考えると来年の2月か3月辺りだっけ。
 それまでには、私も大会出て優勝しないと……どっちともかち合う可能性が出てくるじゃないか。
 とりあえず、50階の受付行くのは宿確保してからかな。

 闘技場の外に出ると、そこは石畳の広場になっていた。
 中央には天空闘士をモデルにしたらしい、筋肉質の半裸の像がありその周りには噴水がある。
 その噴水を囲むようにして、宿泊ホテルの相談所やグルメガイドブックを並べた店、いわゆるジャンクフード的なものを売る露店が並んでいる。
 足元に風で飛んできた紙を拾い上げると、闘技場の有名選手のインタビューや見どころのある新人等を紹介する新聞のようなフリーペーパーで、本当に街全体がこの闘技場があって成り立っているんだなあと感心する。

 宿泊ホテルの相談所でパンフレットを貰い、香ばしい匂いで食欲をそそられた何かの肉の串焼きを露店で買った。
 ……なんの肉だろうとちょっと考えるけれど、この美味しそうな匂いにはかなわない。
 流石に立ちながら・読みながら・食べながらの三ながらはどうかと思うので、噴水の縁のレンガに座って串焼きを頬張る。

「うん……美味しい」

 タレが元の世界で言う焼き鳥のタレみたいな。
 肉自体も鳥のササミみたいで癖がなくて美味しい。
 ちょっと気を付けないとタレがこぼれて服に落ちそうになるのが難点だけど。

 今日泊まる場所を決めなくてはならないから、お腹も落ち着いたところでパンフレットを開いた。

 この近くだと、エルモンドホテルって所が良さそう。
 何とかっていう賞のホテルサービス部門の3つ星らしい。
 こっちにもこういう格付けはやっぱりあるんだね。ハンターにも格付けあるくらいだし。
 チェンマホテルってところは、ゴルトー料理が美味しいのか。ゴルトーって……韓国とか北朝鮮みたいなところだっけ?
 辛い唐辛子系の料理なのかな?

 師匠と出かけるときは、師匠が何でも決めていたし、改めて一人で出かけると新たな発見が多くて嬉しい。
 そう言えば、パンフレットを読んでると何かのトラブルに巻き込まれてる気がする。
 また何かあると困るから程々にしておこう。

 パンフレットを閉じて、最初に気になったエルモンドホテルに向かった。







 ……フカフカのベッドに思わずダイブして、師匠のありがたみをかみしめています。

 案内された部屋はジュニアスイートのダブルルーム。
 一泊、9万ジェニーなり。

 だって、他の部屋空いてなかったんだよ!

 スタンダード(それでも一泊5万ジェニー)が希望だったんだけど生憎と予約で埋まっていて、ウォークイン……まあ、要するに当日客だった私は即金で支払えるならという条件で泊まれることになった。
 悔しいから部屋代は5泊分前払いしてあるけど、これで貰ったお金は、ほぼ使い果たしたことになる。
 元の世界でもそうだけど、ウォークインはホテルには結構嫌われる。予約を前日でもいいから入れたほうがいい。
 旅行が趣味だった私は、その辺にはかなり気を使っていたんだけど、すっかり頭から抜けてたんだよね。
 いつも出かける時には師匠があらかじめに予約の電話をしてたことに気が付きそうなのに。

 まあ、いい。次は気をつけよう。
 宿も確保したし、闘技場に戻って50階で受付しないと。







「……まで10階単位でクラス分けされております。
 つまり、50階クラスの選手が一勝すれば60階クラスに上がり……」

 パンフレットをちゃんと読めば、この説明はいらないんだけどなあ……と説明してくれるエレベーター嬢を見ながら思う。

「……お分かりいただけましたでしょうか?」

「はい。ちゃんと、パンフレットも読みましたから」

「あ、でしたら、説明はいりませんでしたか? 申し訳ありません。ほぼすべての方がお読みにならないので……」

 ああ、やっぱりなー。

 説明をこうやって聞かせるってことはそれだけアレを読まない人が多いってことか。
 元の世界では、コスト削減でいなくなってしまっているエレベーター嬢だけど、きちんと読む人が増えない限りここでは現役のままだろう。

「毎回説明してるんですか? 大変ですね」

 他に誰も乗っていないので、つい思ったことを口にした。

「皆さんが、ちゃんと目を通して下されば一番いいんですけれど、これも仕事ですから。 と……50階です。がんばってくださいね」

 苦笑を浮かべたエレベーター嬢に見送られて、私は降りる。
 そのまま通路を通り、選手受付で1階で渡されたバーコード付きのチケットを渡した。
「はい、1976番ですね。こちらになります」

 バーコードリーダー?に通してから、封筒を手渡された。
 軽く振ってみるとチャリチャリと小銭の音がする。

「今すぐ試合登録もなされますか? それとも、明日にいたしますか?」

 なんだ、対戦日程は明日も選べたのか……

「今すぐでお願いします」

「かしこまりました。では、このまま選手控え室でお待ち下さい。
 お名前をアナウンスしますので、それからリングまでお願いいたします」

 何か飲みながら待とうかな。

 封筒を逆さにすると、152ジェニー出てきた。
 ここの自動販売機の缶ジュースの値段が150ジェニーだから、確かに缶ジュース1本分。 原作通りだなあと納得しながら、冷たいミルクティーを買う。

「選手控え室……ねえ……」

 一応、扉の前まではきたものの、なんとなく入りたくない。
 放送自体は、この通路にも聞こえるので、結局外で待つことにした私だった。 

 

天空闘技場3

『さあ、皆様おまたせ致しましたー! 次は美少女と野獣の組み合わせです!!
 では、スクリーンを御覧ください!!』

 対戦会場は54階のBリング。
 相手は、顔は髭面で体毛が濃く、手の爪をかなり伸ばした男だ。
 スクリーンに1階で対戦した時の映像が流れた。

『スミキ選手は、見た目こそ可愛らしい少女ですが侮る事なかれ!
 体重200kgを超す巨漢を軽やかに手刀一閃!!
 対するバルモア選手は、自前の鋭い爪と牙を武器とするまさに野獣!!
 対戦相手を切り裂き、マットに沈めています!
 さあ、皆様、ギャンブルスイッチはよろしいですか?
 それではー、スイッチー……オン!!』

 倍率は、見た目だけで言えば、当然だとは思うがバルモアの方が低い。
 対戦相手を殺している凶悪さも考えると仕方がない。

 まあ、そうだよねえ……何も知らなければ、自分でも相手にかけそう。

『おーっと、倍率はバルモア選手優勢!
 やはり、あの切り裂く爪と牙が優位に働いたか?』

 明確に武器ってわけじゃないから、自前のものじゃ使用禁止にもできないよねえ。
 斬られると痛そうだし、噛み付かれたくもない。

『それではー、3分3ラウンド!! ポイント&KO制!!』

「はじめ!!」

 VTRを見ていたせいか、相手は構えたままこちらに来る気配はない。
 先に攻撃を仕掛ければかわされると見たのだろう。
 1階の時の相手よりは考えているらしい。

 それなら、こちらから仕掛けるだけだ。
 微笑を浮かべて、ゆっくり相手に近づく。

『さあ、最初に動いたのはスミキ選手!!
 不敵にも笑みを浮かべているようにも見られます』

 私がこの闘技場で闘うにあたって自分で決めたルールが一つある。

 できうる限り、相手を一撃で気絶させること。

 私は闘うことが嫌いだし、相手が痛みで苦しむ姿は見たくない。
 だから、できれば近接で戦うことはしたくない。
 間近でもろに相手へダメージ与えてるってわかるから。
 でも、私は心源流の格闘術を師匠であるビスケから習っていたわけだし、遠距離攻撃のすべはない。
 ならば、いかに苦しませないかが重要になる。

 ただ、実戦経験は数えるほどしか無い私だから、多分途中で上手くは行かなくなるとは思ってる。
 その時こそ、師匠の言う「慣れ」が必要になるはず。

 警戒してバルモアがその腕を振りかぶる瞬間に、左に避けて手刀を首筋へと叩き込んだ。
 彼はその場に崩れるように倒れた。

「ヒットー!」

『でましたー!! スミキ選手の一撃です。ヒットとダウンで2ポイント先取です。
 皆様、御存知の通りポイント&KO制とは……』

 司会者が説明をしているけれど、たぶん相手は目を覚まさない。
 原作のキルアの時は、ズシだったからこれが通じなかっただけだし。

 さすがに、今回は罪悪感は感じなかった。

 別に考え方が変わったわけじゃないよ?
 相手が殺人者の自分の中で言う悪だったから、罪悪感がなかっただけ。

 今日は時間も遅いし……もう、帰ってシャワー浴びて寝たい。
 一応、試合組まれているか確認したら、ホテルにもどろっと。

 やがて、バルモアの様子の確認をしていた審判が相手の気絶を確認して私の勝利が確定した。







「6万ジェニー……5万ジェニーかと思ったんだけど、多い分にはいいか」

 60階の受付で渡された封筒からお金を出して思わず呟いた。

「ああ、先月から金額が少し改定されたんです」

 私の独り言が聞こえたらしい受付嬢が教えてくれた。

「そうなんですか。パンフレットと違ったから、つい口にしちゃいました」

「改定したパンフレットがまだ配布されないので……申し訳ありません。
 それにしても、きちんとパンフレット読んでくださってるんですね。
 読まない方ばかりだと思っていましたから、ちょっとびっくりしました」

 契約書や説明書、規約などの決まりゴトはきちんと理解してという言葉を送りたい。
 読んでもわからないというのなら、それは聞くべきではある。でも、読まずにわからない、面倒などというのはいかがなものか。

 私がそう言うのに人一倍うるさいからというのは置いておくとして。

「あ、そうだ。この後の試合って、私は組まれてます?」

「いえ。御希望でしたら組みますけれど、今日はもう無いようです」

 確認してもらって安心する。
 コレでホテルに戻ってシャワーが浴びれる!

「明日は午前10時から試合がありますね。がんばって下さいね」

 ふと、受付嬢の背後の壁にはられたポスターに目が行く。
 「四季大会[秋]参加希望者受付中」と書いてある。

「あの大会って、いつなんですか?」

「今月末です。募集は今週末までですので、あと5日ですね。参加希望ですか?」

 期日は、ほぼ予想通りだったけど、募集期間を失念してた。
 あと5日以内に100階前後まで上がらないと、いくらなんでも参加無理じゃない?

「あれって、誰でも参加できるんですか?」

「いえ、今回は200階クラス以下と言う限定で希望者を募って、こちらで参加者は厳選の上決められます。詳しくはこちらに書いてありますので、お読みになられたほうが早いかと」

「あ、ありがとうございます」

 ポスターを縮小したようなチラシを渡された。
 さすがにパンフレットタイプにすると、読む人が限定されるからチラシにしたのかもしれない。

「女性が出ると華がありますからね。是非ご検討下さい」

 ホテルで読んで、じっくり考えることにしよう。







「……どっちにしろ、これに出ないことには他の時にはチャンスはないか」

 広すぎるベッド(ダブルルームだけどベッドサイズはクイーンだった)に、素肌にバスローブ姿で寝転びながら例のチラシを見て呟いた。

 ちなみに、スイートルームと言うのは続き部屋という意味があって、居間と寝室にわかれた2部屋以上からなる部屋のことをスイートルームという。
 ジュニアスイートはそれと異なって、居間となる空間と寝室があるけれど2つに分かれているわけではない。
 そして、決定的に違うのは格式があるホテルならスイートルームは、ホテルが「上客」と認めない限り泊めない。
 仮に部屋が開いていても「生憎と予約が入っておりまして……」と断られるのである。
 この仕組み自体は、ここも元の世界も一緒だと思う。

 元の世界では、最近だと経営難とかでスイートルームですら安いパックになってたりするんだけどね。
 いつか、超高級ホテルのスイートルームに「自分へのご褒美(笑)」として泊まってみたいと思っていた私としては複雑。

 ま、ランクは落ちて、ジュニアスイートといえど、高級なことにはかわりない。

 エレベーターはカードキーがなければ通れないセキュリティエントランス式だし、フロア専任のコンシュルジュもいるし、専用のラウンジもあるし、ホテル内のプール・サウナも無料。
 備え付けのアメニティも、有名ブランドのもの。
 持ってきたものより値段の高い基礎化粧品がおいてあったから思わず使ってしまった。
 調子にのって全身に使ってしまって、だいぶ量が減ってるけど、使いきる頃には新品に変えられてるはずだし、何より無料なのが良い。
 でも、使い心地はやっぱり持ってきた奴にはかなわないな。
 つけた後のしっとり感が違いすぎる。さすが、師匠が認める品質……!

 ベッドは、マットレスも柔らかすぎす硬すぎず。きっと、ポケットコイル式のものと見た。かけた気がしないほど軽い、しかしきちんと温かいキルトもかなり上質のものだし。

 シャワーだけかと思いきや、バスルームはジャグジーになっている上に天空闘技場を含めた夜景を満喫できる絶景の大きなクリスタルガラスの窓つき。

 ほんと、部屋代が高いのだけがネック。
 でも、個室もらえるようになっても、この極楽を知ってしまうと移動できる気がしない。
 ……ファイトマネー、ホテルの部屋代とかに消してもいいかな。
 どっかのお子様みたいに菓子代で2億とかアホなことはしないし。

 あ……。

 なんか、思考がすごくずれてしまったけど、四季大会のことを考えよう。

 200階になったら、参加できなくなるのならさっさとエントリーしてしまうしか無い。
 どうせ、100階フロアくらいまでは楽勝のはず。

「……変なのと当たらないといいなあ……」

 頭の片隅にあまり思い出したくない名前を浮かべつつ、眠りについた。 

 

ライバル?

 あれから3日。
 私は100階フロアにたどり着いていた。
 何故か私は一日1戦、多くて2戦しか組まれないので、時間がかかってしまった。

 もちろん、全部一撃で気絶させて全勝してるけど。

 件の人物に会うこともなく100階までこれたので、これはコレでよかったと言わざるを得ない。
 ただ、その残念ドMもそろそろこのフロアに来ると思うので、まだしばらくは油断できないけれど。
 そして、四季大会[秋]にも申し込んだ。
 受付嬢にとても喜ばれたので「女性参加者は少ないんですか?」と聞いてみた。

 ――――聞かなければよかった。

 女性参加希望者は、私だけ。
 女性闘士自体は、私の他にあと数人いるはずなんだけど。
 さらに聞けば、自分の試合数が他の人よりも少ない理由もわかった。
 どうも、観戦チケットにプレミアがついてしまって入手困難になりつつあるそうだ。
 そのために、何度も闘技場に足を運んでほしいために、わざわざ試合数を減らして調整しているとのこと。
 女性闘士自体が珍しいから、彼女達のカードの観戦チケットは高いのは知っていたけれど……。

 ちょっと予想外だった。

 四季大会も問い合わせも、かなりあったらしく「参加は確実でしょう」と太鼓判まで押された。
 大会までに200階クラスに移っても参加決定後なら大丈夫とのことだった。





「ねえ、隣の席いいかしら?」

 120階にあるレストラン(闘技場のスタッフと選手のための社員食堂みたいなもので、観光客は入れない)でお勧め定食を食べていた私は箸を止めて、声の方を見る。

 年齢にして、二十代前半から後半くらい。
 金色の長い髪と青みがかった黒い瞳のアオザイのような青い服を着た目が醒めるような美女がそこにいた。
 このアオザイという衣装は、ベトナムの民族衣装だけどチャイナドレスの亜種っぽく見える。サイドに両スリットが入ったチャイナドレスに、ゆるい裾のパンツ(ズボン)をあわせたような。生地によってはパーティドレスにもぴったりだったりするけど。

 そんな余談はともかくとして、席は他にもあいてるのになんで私に声をかけてきたんだろう?

「別に構わないですけど……他にも席空いてるじゃないですか」

「ああ、貴女と話したかったの。スミキさん」

 思っていたよりも、低めのハスキーボイスでそう言うと、彼女は手に持っていたトレイをテーブルに置いた。

「あたしは、クラヴィス。180階クラスよ。
 女性選手って少ないでしょ? だから、声かけてみたくなったのよね」

 名前を聞いてちょっと吹きそうになった。
 元の世界に、アンジェ○ークっていう某無双や野望シリーズで有名なメーカーが出してる乙女ゲームがあったんだけど、それの初期の頃に出てきた闇の守護聖の名前が確かクラヴィス。性別は男性。
 でも、目の前の人はどっちかというと同ゲームの夢の守護聖っぽい上に、性別は女性だから、一緒にしたらマズイんだけどさ。

「そうなんですか。今まで、声かけられたことないんでびっくりしました」

「あらそうなの? 有名になってるし、1階の時、えーと……カストロ? だっけ、アレに声かけられてたじゃない」

 ナンデスト!?
 あれ……見られてたのか、この人に。

「……ああ、あれはノーカウントにしたいです。色んな意味で……」

 自意識過剰が引き金になった笑えない自爆。
 黒歴史すぎる。

「新人に面白そうな子いないかしらって見に行って、見かけたのよねー。
 彼も、イイ線いってるけどちょっと足りないわ。本当、惜しい」

 青みがかった黒というか、濃すぎる青というか。
 そんな瞳のクラヴィスと名乗った彼女は、クスクス笑いながらパンをちぎる。

「でも、あれってポジティブシンキングを越えた何かですよ?」

「あら。前向きに考えられるっていいことよ? ネガティブになるよりよっぽどいいし」

 さすがに、他人に向かって残念ドMと素直に言うのは一応はばかれるので、マイルドな言い方にしてみたけど、私はどっちかというとネガティブになるタイプなので、ポジティブすぎる人が苦手。

 だって、絶対相手すると疲れるよ?

 明るくて前向きって、見方を変えると空気読めなくて楽観的にしか考えられないということだと思う。悲観すぎるのも悪いけど、なにごともほどほどがいいのだ。
 それに相手は一応原作関係者。触れるな危険。

「それにしても、口調固いわねー。もうちょっと砕けた感じで話してくれたらいいのに」

「人見知りする方なので、あまり面識ない人とはこうなります」

 そして、クラヴィスに対しては警戒心を解くことがちょっとできない。
 彼女、纏がきちんとできてる。全身を覆うオーラに淀みもなくとても綺麗。私よりも上手い。
 だから、念能力者の可能性がとても高い。

 でも、敵意みたいな嫌な感じはしないので、ほんとに珍しいから声かけてくれたのかもしれないけど。

「そう……残念だわ。
 そういえば、スミキさんは四季大会申し込んだの?」

「申込みました」

「じゃあ、あたしと対戦があるかもしれないわね」

 あれ?
 女性は私だけしか希望出してないって聞いてたけど?

「え? 女性は私しか申し込みしてないって……」

「ん。申し込んだのは、ついさっきだもの」

 タイミングがずれたのかな?

 一瞬、「ニューハーフ」とか「女装」とか「男の娘」とかいう言葉が頭に浮かんだけど、すぐにそれを打ち消した。
 だって、その大きな胸や細いしなやかな指先は、どう見ても女の人だし。

「……悪いけど、優勝はいただくわよ?
 貴女は、すでに『知っている人』みたいだから、手加減はしないわ」

 スッ…と笑みを消して真顔になると、クラヴィスはそう言った。
 それと同時に彼女のオーラが変わった。暖かな優しい日差しのような気配から、鋭く冷たい氷のような気配に。
 思わず、背筋に冷や汗が浮かぶ。

「わ、私も、負けられない理由がありますから」

 弟子卒業試験がかかっているのだ。
 なんとか、あの宝石は手にしなければ。

「うん。良い返事ね。
 それじゃ、またね? スミキさん」

 いつの間にか食べ終えていた彼女はそのままトレイを持って立ち上がり、返却口の方へと歩いていった。私は、その姿をそのまま見送ることしか出来なかった。

 今のままの私では彼女に勝てるかあやしい。
 だからと言って、大会に出ないという選択はできない。
 念能力を使うにしても、私の能力は闘うことには向かない。

 闘いに役に立つ念能力を考えるべきなんだろうか。

 すっかり冷め切ってしまった食事を前にしながら、私はため息をついた。 

 

念能力開発1

「……おいで」

 ホテルの部屋に戻ってから、そう呟く。

 私が今持っている念能力は、必死に精孔を御した際に目覚めた能力だ。
 すぐに目の前の虚空に額に真紅の宝石がはまった、1メートルほどの大きさの金色の龍が現れた。

『黄金郷の宝石龍(エルドラド・ジュエルドラゴン)』

 いわゆる西洋のドラゴンではなく、東洋の龍だ。
 龍珠は持っていないことと、その大きさ以外は龍そのものの造形をした、念でできた生物だ。

 この能力が、どんなものかというと一言で言えば、対価と交換に除念するというもの。
 対価は宝石や貴石、稀少金属に分類される類の物。
 この龍が、それらを食べてから放つ光を浴びることで念を無効化して除念する。
 強い念能力ならば、より価値の高いものを必要とする……が、そこまで高価なものを食べさせたことも、面倒な除念をしたこともないけれど。
 除念が強力な反面、それしかできない念獣だ。
 戦闘に参加なんてできないし、ダメージをちょっとでも受けると消える。
 まあ、消えても私の気力が続く限り、再度呼べば出てくるんだけど。

 何故、こんな能力になったのか……。
 思い当たるのはヤンの置き土産の痛みが続く呪いのような念のせいだろう。
 お使いで取りに行ったはずの宝飾品はコイツが食べた。おかげで除念には成功したものの、しばらく師匠からは冗談交じりに文句を言われる羽目になった。

「何か開発するしかないかなあ」

 新能力か。
 どんなのにしよう?

 とりあえず寝心地の良いベッドにボフッとダイブ。

 出しっぱなしの龍も一緒についてくる。そして、金色の龍は私の周りをくるくると飛び、嬉しそうに腕や足に巻き付いてじゃれ付いてきた。
 この通り行動は愛玩動物。とても念獣とは思えない。

「うーん……」

 私の系統の特質系って、元は別系統から突然変異みたいになるって話だから……あんまり、系統で考えなくていいのかな。
 何がしたいか? で考えるべきか。
 ぐるぐると考えごとの渦にまた飲み込まれそうになった時、ベッドサイドボードに置いた自分のメイク道具が入ったバニティが目に入った。

 メイク…………化粧……

「これだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 私がいきなりガバっと起き上がって叫んだから、龍はビクゥッとして動きを止めたけど今はそんなことは構っている場合じゃない。
 そうだよ、これだよ。
 元の世界にいた時も、ここでも変わらず自分のそばにあるもの。
 常に身近にあって、なおかつ師匠のおかげで念による化粧品の効能も知っていて、片時も手を放さない。

 私は、元の世界に居た時は本当に普通の平凡顔だったんだ。
 日本人らしい、のっぺり顔(でも一重ではなくて二重だったのは不幸中の幸いだったかもしれない)。素顔の段階じゃ、美人に負ける。
 だから、メイクを覚えた。もちろん、素顔ないしナチュラルメイクに見える手の込んだメイクをね。

 素顔とか、薄化粧がいいとかいってるやつ!
 ナチュラルに見える化粧は、本気で手がかかるんだ。
 生まれながらの美人でもない限り、素顔がキレイとかありえません。
 肌がきれいとかは普通にあると思うけどね。
 素顔をみて「そんな顔だったんだな……」とかって幻滅とかしないように。

 決して、私がそれで振られたことがあるからいってるわけではない。
 決して。

 ……あれ、なんか話がずれた。
 っていうか、誰かに話してるわけでもないのに何で、こんな不毛なこと……
 まあ、それはともかく。
 念で、幽白の化粧使いの技を再現してみたらいいんじゃなかろうか。
 制約と誓約がかなり面倒になりそうだけど、そこは根性で乗り切ろう。
 良い思いつきに思わず笑みを浮かべた。

 ただ、再現するにあたって問題がある。

 オリジナルの化粧使い画魔の化粧は、歌舞伎の隈取かシャーマンの刺青のようだ。
 化粧の発祥を振り返るとシャーマニズムは切り離せない。だから、全身に刺青のように書き込む歌舞伎の隈取のような複雑な文様の理由だってわかる。

 でも、あれをそのままやるのは絶対に嫌。

 あれは私の目指すキレイと程遠いし、あんな化粧をしたゴスロリ少女なんて見たくはない。人前に出ても問題ない、自分の美的センスで許す落としどころを考えねば。
 そして、使用する化粧水(あれを化粧水と呼ぶのは、私の中では疑問が残る。どう見ても絵の具か染料と呼ぶべきだと思う)は自分の血が元になっている。

 自分の血を元にすること自体は特に問題はない。
 それが制約にも誓約にもなるし、自分以外には使えなくなるし。
 ただ、どうやって血を媒体にするのかが問題だ。

 普段使っている化粧品にほんの少量の自分の血を混ぜて、それを媒介にして念を込めるようにする?

 私の持っているもので混ぜられそうなものというと……化粧水、乳液、下地クリーム、リキッドファンデとアイライナー、マスカラ、それとグロス。
 全部、液体かクリーム状の物だ。固形やパウダー状のものだと、固まるし混ぜるのが大変。
 この場合は、ほんの少量とはいえ血を塗ることに自分に抵抗が出ないかということと、念がこもっているとはいえ異物を混ぜるから化粧品の保存性に問題か。

 それなら、血を媒体にして化粧品を「具現化」する?

 血をキーとして具現化か……。
 悪くないけれど、私の念の許容量オーバーしないだろうか。
 何せ、私は努力と思い込みと師匠のおかげで、多少は生きていく力がついた、運が良かっただけの一般人にすぎない。

 その運と思い込み力がチートなんだよ! と言われたら反論のしようもないけれど、少なくとも現時点の段階でキメラアントや原作キャラからの死亡フラグが立ったら、回避はきっと無理だと思ってる。

 そういえば、原作が載ってた雑誌で、化粧して変身する女の子のマンガがあったっけ。
 確か魔法のアイシャドウを塗ることで、内気な女の子が大胆な怪盗になる設定だった。
 そういう設定だから、少年読者には受けが悪かったからか、すぐに連載が終わってしまったけど、キレイなイラストと女の子がかわいくてセクシーだったから、私は好きだった。

 とりあえず思いついたことを取りとめもなく私はメモにしていく。
 このメモは、私は日本語で記入している。
 ハンター世界の文字も違和感なく読み書きできるようにはなったけれど、思考は日本語でしているから。
 まあ、前にも言ったとおり、あの文字は活字として読むのは疲れる。
 最近は、パンフレット程度は読むようにはなったけれども。

「……まあ、こんなものかな?」

 色々考えた結果、メモに丸印を書き込みつつ、とりあえず妥協点を決めた。

 ・血を混ぜるのは化粧水。ただし、保存性を考えて混ぜたものはすぐに使い切る。
 ・血を媒体にして、アイシャドウと口紅を具現化する。
 ・それらを使って、まずは戦闘の粧を実現してみよう。
 ・それ以外については、別途また考える。

 あまり、考えがまとまってない気がするけれど、これでも数時間はずっと考えた。
 下手な考え休むに似たりという、言葉もあるしこの辺で思考はいったん止めておいた方がいいと思う。

 次は実践だ。
 

 

念能力開発2

 メイク道具の中から、眉カット用のカミソリを取り出す。
 残念なことに、私は指先や爪で切り傷を作ることが出来るほど器用ではないし、噛みきって血を出すなどという行為もしたくない。
 だから、カミソリで切らないといけないのだが……

 指先をちょっと切ろうとして現在躊躇してます。
 (ちなみに、この状態で10分くらい経過中)

 ……自傷行為なんて、メンヘラでもないのでやったことがないから、地味に怖い。
 さすが、私。小心者過ぎて笑う。

 更に10分くらい葛藤して、指先は化粧する際に細かい作業が出来なくなると思うし、結局バスルームに移動して左腕にカミソリを当てて切った。
 右手は利き腕だし、何かあると困るし。

 鋭い痛みの後に、腕からぽたぽたと血が流れ出た。

 還すのを忘れていた龍は、私が血を流していることが不安なのか、所在無げにくるくると私の周りを飛んでいた。
 ……時々思うのだが、この龍はどうやって飛んでいるのだろう。念には不条理なものが多いから気にしてはいけないが空を飛べるような姿はしていないのに本当に不思議だ。

 用意しておいた小分け用の化粧水の小瓶にその血を混ぜいれる。

 血というものは時間とともに流れ出さずに固まって止まってしまうものだけど、私は止まらなくすることが出来る。
 これは、師匠との修行の時に発見したことなんだけど、怪我をしたあとに「絶をした直後に流をする」と、私の血は止まらなくなる。それを発見したときには血が止まらないから大慌てだったが、血を止めるためには普通に全身に纏をすれば止血速度は普通に戻った。
 怪我をした際に纏によって怪我の治りが早くなる。これは、普通の認識。私の場合は必ず全身に均一に纏をしなければいけない。

 自分の推測では、 念能力は生命力、つまり生命オーラが源だ。
 ここに生まれついた人は誰しもが、その能力の一片を持っている。
 そして、私はこの世界に生まれついたわけではなく、異世界からの彷徨い人である。
 異世界の住人が、念能力を持つというのは、この世界の住人よりも支払っている代償(オーラ)が大きいのかもしれない。(その割には、現状では私に負担はほとんどないのはどう説明するべきなのかとも思うけれど)
 だから、絶でオーラの流れを止めることで、支払うオーラの排出が狭くなり、流をすることで傷口を排出口として生命力としての象徴とも言える血が止まらなくなるという現象が起きるのではないかと愚考する。

 自分でもよくわからない理論だけど、それ以外に説明がつかないのが悲しいところだ。 ……ちなみに、これ、私の弱点でもあるんだよね。
 例えば大怪我をして、止血せずに血を流したままで「絶で気配を消す」→「流で足を強化して移動」なんて、ハンター試験とかで使えそうな良くあるパターンを使うと、血が流れっぱなしになって出血多量で死ねます。
 だから、止血は大事。そして、回復できる念能力か、信頼できる仲間がほしい。

 いずれにせよ、そこまでヤバイ状況なら大人しく死んだ方がいいんじゃないかとは思う。それに、余程のことがない限り、自分から危険の中に踏み込むってことはないし。

 無色透明だった化粧水が、赤くなる。
 静脈の血だから下手にどす黒いとか、放置した血液のような黒緑がかった赤になっても気持ちが悪いので私が困るのだが。

 とりあえず、血の配合量を変えた化粧水を3つ作った。
 配合量で、効果が変わるかもしれないし。

 念をこめる方法は、水見式を参考にして化粧水に混じった血に向かって練をする。


 一つ目は、目にも鮮やかな赤。

 透明感がある赤で、わかりやすく表現するなら、ハイビスカスティーやイチゴシロップのような色。
 化粧水からは、きちんとオーラを感じることができる。


 二つ目は、赤黒いというか黒紫というか……。

 ちょっと気持ち悪い気がするが、一つ目よりも化粧水にオーラを感じる。
 これも色をわかりやすく表現するなら、年代モノのワインとか濃い目のグレープジュースの色。


 三つ目は、赤色が消えて無色透明。

 混ぜた当初はピンクに近い色だったのだが、念を込めたら色が消えた。
 匂い、色、見た目だけなら元の化粧水とほとんど変わらない。
 しかも驚くことに、一つ目よりもオーラ量は少ないが、この化粧水からもオーラを感じることができた。


 配合は上から、化粧水の20%、50%、5%くらいという差だ。
 血液量が多ければ多いほど、内蔵されるオーラ量は増えるようである。
 とりあえず、化粧水作成はここまでにしておこう。
 実際に使用するまでは、どれが使用に一番適しているかわからないのだし。
 今度は具現化を試す番だ。
 血が止まってしまったので、再度、左腕に傷を作る。

「これ傷痕が残ったら、ショックどころではないんだけど……」

 見せる相手もいないし作る気も無いが、やはり傷痕っていうのはあまり良くない。
 実際の腕の痛みとは別に、心の傷になりそうである。
 そんなことを考えつつ、傷口から流れる血に集中する。
 暖かい赤い血を見つめて、アイシャドウと口紅を思う。

 アイシャドウは、ホワイトパールは必須として少なくとも4色以上は欲しい。
 口紅はベージュ系とピンク系かなあ。そんなコンパクトとリップスティック。
 手の中に現れるように強く心に思い描いた。







 数瞬後……私の手の中に、黒地に金色の龍と簡略化した赤い花の模様のワンポイントが入ったコンパクトが出現した。

 コンパクトを開けると、それは小さめのメイクパレットになっていた。
 アイシャドウは、パープル系の組み合わせでホワイトパールとあわせて5色入り。
 口紅は、愛用してるナチュラルっぽく見えるベージュピンクとコーラルピンク。
 グロスでぼかし気味にするときれいに仕上がるはず。

 どちらも色は、思った通りのものだ。
 小さめではあるけれど、リップブラシとアイシャドウチップも一緒にある。

 それにしても……どこの特注品ですか?

 おかしいな、私の中では黒無地のシンプルなコンパクトとリップスティック状の物を想像してたんだけど……。
 両方セットでパレットになってくるだと……?
 血で具現化させたから、この赤い花のような模様がついたのだろうか。
 この金色の龍って、今私の周りを飛んでるこの龍がモチーフ?

 疑問は尽きないが、外観が無駄に派手すぎてちょっと引き気味なのは秘密だ。

 それにしても、常に化粧品とともにあったから、具現化も簡単だったのかな?
 血化粧水を作ろうとしたときよりも、こんな簡単にできるとは……拍子抜けにも程がある。

 とりあえず、先に作った化粧水と一緒に試してみよう。

 最初に、化粧水を手にとった。

 結論から言えば、化粧水は血液5%配合が一番使いやすかった。
 何せ、無色透明だし、使う際に変に意識しないですむ。

 ただし、それはあくまでも「使い易さだけ見る」ならばだ。

 能力の増幅をさせるというのであれば、20%配合が一番効率が良さそうである。
 赤い色がちょっと毒々しいが、手に取った感じはさらりとしているし、手全体に伸ばしてみると意外にもよく馴染む。
 懸念した匂い……も特にないし。

 これなら、顔につけてもいいかな?

 50%のものは、籠められたオーラ量的にも、もっと強化できそうだが、如何せん色が……。
 なので、これはなにかの時の切り札的扱いで。

 次にアイシャドウと口紅を手の甲にとって、発色具合を試してみることにした。

「あれ…………?」

 何か残念な感じというか……。

「イメージ力が足りない? メモリ不足? どれだろう?」

 自分のアイシャドウや口紅と比べると、チープなのだ。

 具現化してないほうは、それこそフィット感と仕上がり、そして長時間化粧崩れしないという観点で選んでいるので、師匠の評価やネットの口コミや雑誌を参考にしたものを買っている。
 一方、具現化したほうは、100ジェニーショップに並んでるような……。

 ああ、この世界にも100円ショップがあるんだ。

 それが100ジェニーショップ。
 品揃え自体は、元の世界の100円ショップと変わらない。

 別に100円ショップの化粧品をバカにしてるわけじゃない。
 コストパフォーマンス抜群だし、化粧を覚えたばかりのころは色々冒険してみたくてよく買っていた。
 けど、どうしても付け心地が悪いというか、全体的に他のものも含めて伸びが悪い。
 その辺りが残念な感じになるのだ。

 なかには、これが100円!? なんて素晴らしいものもあるにはあるんだけどね。

 ま、興味ない人からしたら「化粧品なんて、値段が違うだけでどれも同じじゃねぇの?」とかいわれそうだけど、誰にでも何がしか拘りがあるようにこっちにも肌につける化粧品には拘りがあるのだ。

 とはいえ、突貫で作ったものとしては、かなりいいものが作れたと思う。
 メイクの仕上がり具合と化粧の持ちが、普段よりはたぶん落ちる(自己分析)が、使用するには問題はないはずだし。

 それじゃあ、これらも一緒に使って化粧をしてみよう。

 いったん今の化粧を落として、再度メイクをする。

 ベースメイクは、実は手抜き。
 肌が若いからあまり手を加えなくてもいいのが嬉しい。
 そして、アイシャドウをつけた段階では特に変化はなかったが、口紅をつけてグロスをのせたあとにそれは起きた。
 

 

未来の原石と頭痛の種

「……」

 幼いころは、確かに夢見ていた。
 魔法のアイテムで変身することを。

 でもね、実際にその立場になると、人間というものは遠い目になる。
 いや、そう思うのは精神年齢がすでに三十路を越えている私だからかもしれないが。

「服まで変わるとか……想定外だわー……」

 さっきまでは、黒一色のレースとフリル。そしてスカートの丈がかなり長めのゴスロリだ。

 それが……

 今は白色に白いレースのゴスロリ……というか、甘ロリ。
 全体のデザイン自体は、もともとの服を下地としているようなのだが、スカートの丈が圧倒的に短い。
 くるぶし付近くらいまであった長さが、ひざ上なのだ。……確かに、この長さのほうが動きやすいのは認めざるを得ない。

 ちなみに、甘ロリとゴスロリ、厳密的には全然違うもの。

 ゴスロリは基本、黒系ないし暗色系が基本であり、それに白や紫、赤の差し色が入り、ロング袖(ここ重要)である。
 そして全体的な色調も暗い。ちなみに、メイクも本来のゴスロリらしく仕上げるなら、どこの血色悪い人だばりのダークな感じに仕上げねばいけないのだが、私自身はそれが嫌なので普段通りのナチュラルメイクにしているのは余談である。

 甘ロリはゴスロリから、暗い色を省きパステルカラーで明るくふんわりさせたものと思っていい。
 コスプレで見かける「ゴスロリ」はこっちだ。レースやフリルがついたロリ系の衣装すべてをゴスロリと称する人もいるが、それは間違いだし、知らずにそのまま使っている人を見るのは微妙な気分になる。

 さすがに、それまちがってますよ? なんて、空気を読めば言うことは出来ないし。

「……やっぱり、シャドウレディを発想の一部にしたのが原因?」

 だって、変身モノだったし。

 本家と違って、アイシャドウを塗るだけで変身しなかったのは、これを使う私が無意識に制約と誓約をかけていたからだと思う。

 『化粧が完璧に終わるまでは、効果が発動しない』という制約を。

 わかってみれば、なんてことはない。
 服の色が白なのは、アイシャドウのベース色をホワイトパールにしたからだろう。
 使い方さえ間違わなければ、この能力は良いブーストになる。

 というか、さっきから白いモノが周囲を動き回っていてうるさくて仕方ない。
 そう、この白い龍みたいな色の……

 ん……?

 ちょっとまて。
 今視界の端に入った龍。

「なんで、白くなってんの!?」

 私の叫び声に、龍は可愛らしく小首をかしげて「どうしたの?」とでも言いたそうにこちらを見てくねくねと動いている。(もちろん空中を)
 いつもだったら、今の叫び声でビクンッと体を震わせて動きを止めてしまうような小心者の愛玩動物なのにそんな雰囲気は微塵も感じない。

 え、なにこれ。

 言葉もなく龍を見つめていると、ふらふらと近づいて私の左腕の傷口を舐め始めた。
 蛇のような二つに分かれた先をもつ舌が、傷口を舐めて固まっていた血を舐めとっていく。

 地味に痛い。

 せっかく出来たかさぶたが無理やりはがされるようなものだから、血がまた流れ出してくる。
 それでも、龍は舐める。

「ちょっと、あんたが食べるのは鉱石でしょ!? 何、血なんて舐め……」

 血を舐めとった龍は、その赤い宝石がはまった額から光を放った。
 それは、除念の時のまぶしい焼け付くような光とは違って、春先の暖かな太陽の光のような優しい光。
 光が収まると同時に、左腕にずっとあった鈍い痛みが消えた。

「……うそ……」

 斬り傷は、跡形もなく無くなっていた。
 龍は、私の顔をじっと見ている。
 それは「すごいでしょ? ねえ、すごいでしょ??」と言わんばかりにドヤ顔にしか見えなかった。









 あれから1週間と少し経った。

 私は、120階から200階に向かう直通エレベーターの前にいる。
 ぶっちゃけ、200階になんて行きたくなかったというのが本音だったりする。
 お金がもらえなくなるし、戦うことは名誉だなんて思えないし。
 弟子卒業試験がなければここに来ることはほぼなかったと思う。

 私はあくまで中身は小市民一般人ですから。

 下層に向かう、隣のエレベーターの扉が開いた。
 何人もの選手やスタッフが降りてくる。
 このフロアに関係者用のレストランがあるから、たぶん皆そこに行くのだろう。
 自分も軽く食事してきたところだし。

 そういえば、クラヴィスにも残念ドM…もといカストロにも会ってないけど、クラヴィスはともかく、カストロはちゃんとやれてるんだろうか。
 原作だと来年辺りには200階でヒソカと戦わないといけないんだから、そこそこ頑張ってもらわないと。

「お! おねーさん、200階についに行くの?」

 小さな子供の声が背後からした。
 振り向くと、銀色と言うよりは、白色という色合いの髪の猫のような目をした幼い少年が立っていた。

「ええ、そうよ。もう少し早くいけると思ったんだけど、一日の試合数が少なくてね」

 とりあえず、世間話として話を続ける。

「でも、十分早いじゃん。俺超時間かかったんだぜ?」

「あら、ぼうやも200階なの?」

「ボウヤってバカにすんなよ! キルアって名前があるんだからな」

 ……おい、ちょっと待て。
 お前、まだここにいたのかよぉぉぉぉぉぉぉ

「ま、俺はもうこれで帰るけどね。200階まで行ったら帰って来いって言われたし」

「……ふーん。おつかれさま」

 なんで、ここでキルアと会うんだ。
 私の内心と反比例するかのように、自分の顔から表情が消えて行くのがわかる。

「あ、おねーさんのそのひらひらの服がさ、俺のおふくろみたいなんだよね。強い女ってそういうの着たがるのかな? それ聞いてみたくてさー」

「さあ? ……似合っているならいいんじゃないの?」

「仕事の時とかじゃまになると思うんだけどなあ。よくわかんねー」

 そんな会話の後、エレベーターの扉が開いた。

「エレベーター来たね。じゃあね、おねーさん!」

 右手を上げて挨拶するキルアに、無言で手を振ってエレベーターに乗る。

 予想外の出来事だったけど、まあ年表から考えれば今の時期にいてもおかしくないんだよねえ。
 びっくりしすぎて怖いわ。


「スミキ様、200階到達おめでとうございます。ここから武器の使用が認められるようになるので気をつけて下さいね」

「ありがとうございます。でもそんなに変わらないと思うんですけど」

 エレベーター嬢が少し心配そうに私に声をかけてくれた。

 この人、初めに50階に行く時に話をした人だった気がする。
 どおりで乗った際に何も説明がなかったわけだ。
 私がきちんとパンフレットを読んでるってわかってるから、説明を長々としなかったのか。
 たくさんの人がいるはずなのに、よく覚えてたよね。
 職業柄なのかな?

「相手が女性だからって「服だけ」切り刻んで全裸にした選手もいるんですよ。男性の観客や選手は歓声上げてましたけど……」

 ほほう。

 真意はともかく、傷つけずに相手の戦意を喪失させるには悪くない手だ。
 私だって、女性相手だったらできれば傷つけたくないし。

 女性が暴力による肉体的苦痛を受けるのを見るのが好きって輩もある程度の数いるのは知ってる。私が一番嫌いなタイプだから、出来ればそういう肉体苦痛が好きってタイプとは当たりたくない。

 そういえば、私、武器は使ってないんだよなあ。
 何度も言ってるけど、近接攻撃は出来ればしたくないんだ。
 もろに相手へダメージ与えてるってわかるから。

 でも、そう考えると飛び道具系か。
 ここでその問題に当たるとは……。

 弓、銃、投げナイフ、手裏剣……あ、カードも素材によってはいける? 
 カードを武器にするとか、オズワルドのカーネフェルとかMUGENの朔みたいで是非そうしたいところだけど、ヒソカと武器が被るイメージ。

 さすがにあの変態と一緒はなあ……。
 まあ、なにか考えておくことにしよう。

「では、がんばってくださいませ」

 エレベーター嬢の声を背に200階に降り立ち、薄暗い通路を通って受付まで向かう。

 先程からピリピリと肌に刺すような異質な空気を感じる。
 おそらく、新人狙いの下衆が下手に気配を隠しているだけだろうと思う。
 本当の新人なら、この空気も感じないだろうし、逆にバトルジャンキーなら、喜んでしまうだろう。

 しかし、私にとっては気持ち悪いだけである。

 受付で簡単な手続きをして、前の階層での賞金を振り込んでもらう。
 それと、無事、私は四季大会(秋季)の選考に残ったらしく、受付嬢から秋季大会の参加者名簿をもらった。
 参加者は発表されたものの対戦の組み合わせが公表されるのは、大会当日とのことだった。

 大金が動くギャンブルだし、不正行為があっては困るということだろう。

 参加者の名前を見ていく。
 私を含めて、24人。ほとんどが知らない名前だ。
 ……もっとも、TVで放送されるくらい有名選手ばかりのはずなのだが、私が興味が無いのでその辺の情報がサッパリなのだ。

 予想通り、クラヴィスの名前もある。

 ……そして、名簿の最後の名前を見て私は固まってしまった。


 残念ドM……カストロの名前も発見してしまったからだった。