私立アインクラッド学園


 

君への手紙

 
前書き
ソードアート・オンラインはMMORPGですが、このお話は、お馴染みキリト達が、剣あり魔法ありな世界の、全寮制の学校で時に笑い、時に泣き、時に傷つき、成長していく物語です。

連載していきますので、よろしければご覧下さい。
 

 
 お元気ですか?
 私は元気です。
 あれから、どれくらい経ったかな?
 君と過ごしたあの日々は、昨日のことのように
 鮮明に覚えているよ。

 君が私を守ってくれたこと。
 見事な剣さばき。
 あの言葉、あの表情も、すべて。

 ずっと、愛しています。

 いつか再会できる日を、楽しみにしています。
 本当に、ありがとう。

 大好きです。


 結城明日奈(ゆうきあすな)より
 親愛なる桐ヶ谷和人(きりがやかずと)




 明日奈はペンを置くと、くしゃっとその紙を丸め、机の中へしまいこんだ。

 
 

 
後書き
プロローグでした。

次回より、本編開始です。

 

 

第1話 剣の授業 (1)

 
前書き
本編開始です…って言っても、しばらくは普通に日常生活を送ってると思います^^

 

 
「こら──っ!」

 パンをほうばる俺の耳に、女の声が聞こえた。俺は不覚にも驚いてしまい、パンを落っことしてしまう。
 俺は女──というより少女か──に向けて、呆れた表情で言った。

「何か用? 結城明日奈(ゆうきあすな)さん」
「何でフルネーム……じゃなくて! 何食べてるのよ」

 俺は小さく溜め息を吐き、手に持っているものを彼女の目の前に突きつけて返答しておく。

「何って……パンじゃない? どう見ても」

「そんなの見ればわかるわよ」

「じゃあなんで聞くんだよ」

「まだお昼休みじゃないのにパン食べてるからでしょ。早弁禁止!」

 俺は教室の時計を見やり、現時点において1番重要なことを告げる。

「……早弁じゃない……」

「え?」

「正解は早パンだ」

「どうでもいいわよ、そんな事!」

「いやいやいやいや大事だから! これ弁当じゃないから!」

「今それ関係ないでしょう!?  ──もういいわ、貸しなさい!」

 結城明日奈(アスナ)は、俺のパンを取り上げ──手を滑らせ、床にパンを落とした。

「…………ああ………………」

 俺は床に崩れ落ちるように座り込み、情けない声で言った。

「俺の……俺の、パンが……」

「ご、ごめんなさい……」

 アスナは俯く。そして、その声は震えていた。

 ──可愛い。

 普段は校則に厳しい、生徒会副会長の明日奈だが、こういう時、女の子らしさが覗くのだ──いや、やはり《こういう時》に限ったものではないか。
 アスナは学園一の美人。榛色の瞳は大きく広がっていて、栗色の長い髪は常にサラリと下ろされている。趣味は料理で、正直何処の高級老舗レストランにも、アスナの料理ほど旨いモノは、なかなか存在しないと思う。
 その上、成績は常に学年トップ3に入るときた。一応俺も成績は割と結構悪くはない方ではあるのだか、とある実技教科ばかり練習しているため、彼女には到底及んでいないというか──。

「あーあ……どうするかなあ。今日確か《あの授業》があったはずだよな。あれを昼飯抜きはきついよなあ……」

 まあ、昼休みに買い直せば良いだけの話ではある。

「ご、ごめ……」

「誰かさんのせいで今学期の成績は終わったかな~……」

 調子良くからかってはみたが、流石に言い過ぎた。
 アスナの気持ちに気が付くのが、遅すぎた。

「こ、こんな時間に……パンなんて、食べてる……のが、いけないんで、しょ……」

「あ、ああそうだ、俺が悪かった」

「キッ、キリト君のっ、バ、バカ──!」

「痛ッた!!」

 アスナは俺に平手打ちを喰らわせると、涙を拭いながら、今までいた教室からものすごいスピードで飛び出した。
 ちなみに《キリト》というのは、俺、桐ヶ谷和人(きりがやかずと)のあだ名である。
 思わず呆然と立ち尽くしていると、横から聞き慣れた男の声を掛けられた。

「泣かせてやんのー、キリの字よぅ」

「チンピラか、お前は」

 俺は、クラスメートの壷井遼太郎(つぼいりょうたろう)──何故か《クライン》という名を自称している為、現在はそのまま通称と化している──に言い返した。更に続ける。

「お前って、見る度オッサン化してるよなー。俺らまだ16歳……高1なのに、お前は36ぐらいに見えるぜ」

「いつまでもお子さま顔なキリトに言われたかねえよ」

「おい、誰がお子さまだよ」

 若干劣等感を抱いている、自分の顔についての指摘。俺は半笑いを浮かべた。

「悪い、性格もお子さまだったんだな。なら仕方ねえや」

「…………」

 俺は持ち歩いてるフルーツナイフ(勿論、いつでも果物を食べられるように)を取り出すと、くるっと回した。

「おまっ、なに持ち歩いてンだよ! 殺る気満々か!! さっきのは冗談だっての。どーせ殺されんなら、アスナさんみたいな女の子らしい美人に」

「そうか。願いが叶わなくて残念だったな」

 そんな言い合いを続けている内に、チャイムが鳴った。

「次の科目、なんだっけ?」

 俺が聞くと、「実技だろ」と返ってきた。俺は目を輝かせた。

「も、もうそんな時間だったのか!」

「まあ少なくともパン食う時間じゃねえけどよ。《実技》はお前の超得意科目だもんなー」

「パンはいつ食べても旨いんじゃないか? 今日は何するんだろ」

 《実技》とは、家庭科やら体育やら美術やら音楽やらのことではない。
 俺達の«実技»は──

「今日は《剣》らしいぜ」

「うおっ。ラッキー」

 《戦闘練習》。剣や弓、槍を使う授業。
 別段、不思議ではない。この世界は、森などに出ると、たちまち野生のモンスターと遭遇してしまう危険な世界──そう、RPGとかに出てくる、あの《モンスター》だ。ちなみに黄色くて「ピカ!」とか鳴くような可愛いデフォルメモンスターではない──まあ、何処かには存在するかもしれないけど。

 ようするにこの世界は、リアルRPGだ。
 例えば実際のRPGでも、街の外では、スライムとかが出現する。その時、主人公達がなんの武器もMPも持ち合わせていなかったら? きっと大体の場合、即座にゲームオーバーだろう。
 ゲームなら、仮に死んだとしてもただセーブポイントに戻る。しかしこの世界は、さっきも言ったように、リアルRPGだから、負けたら人生そのものがゲームオーバー。ここがゲームと現実の、大きな相違点だと思う。
 俺達は、この世界で生き残る術として、学校で《戦闘》を学ぶのだ。
 俺が男子ダントツトップで、大好きな授業は、《剣》。俺と互角の剣の実力を持つ者は、とある女生徒たった1人である。

 ──アスナだ。

 彼女の剣を振るスピードは極めて速く、正直俺にも剣先が見えないことが多々ある。あいつの敏捷にだけは、永遠に敵わないと思う。
 
 

 
後書き
長文になってスミマセン。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

 

 

第2話 剣の授業 (2)

 
前書き
続きです。

前回は感想ありがとうございます。

文章力がない為、«ソードスキル»の説明など、超曖昧ですが、それでもいいという方、なんとなく察して下さる方は是非是非お読み下さい♪

 

 
 大抵の生徒は、授業中学園から剣を借りる。しかし勿論、自分で購入したものを使う事も可能だ。
 俺は自分の黒い片手剣《エリュシデータ》──俺が固有名詞をつけたわけではない──を所持している。
 対してアスナは戦闘時、《ランベントライト》なる綺麗な細剣を携える。これもまた、彼女が名付けた訳ではない──つけてたら面白いけど。

「男女ペアを組んで下さい」

 《剣》担当の先生が言った。
 いつもはアスナと組むのだが──自慢ではないが、彼女以外に互角で張り合える生徒はそういないので──今回はさっきの事があるし、アスナとは組めないだろう。

 ──じゃあ、誰と?

 誰かに声を掛けてペアを組むなど、彼女以外にはあまり経験がない為、得意ではない。寧ろ苦手な部類に入る程だが、ひとまず誰かに声を掛けなければ何も始まらない。比較的友好関係を築けている相手を、適当に誘ってみる事にした。

「おい、クライ──」

 ──ンはもう相手を見つけている。
 日常生活で仲の良い相手が少ないと、こういった非常時に困る。思わず頭を抱えそうになった、その時。

「……キリト君」

 背後から、よく通る女性の声がした。
 聞き間違えるはずもない(毎日怒鳴られているからだが)、アスナの声だ。俺は肩に掛けられた彼女の右手を取ると、振り返りざまに言った。

「……さっきは悪かった。言い過ぎた」

 アスナは微笑みながら、ゆっくりと首を振った。

「ううん。わたしのほうこそ、叩いちゃってごめんなさい。……ほっぺた、大丈夫?」

 アスナが上目遣いで俺を見た。不覚にもドキッとする。

「あ、ああ。平気平気。気にしなくていいよ、昼飯だって、後から幾らでも買えるしさ。そ、それより、俺と組まない?」
「ふふ……もちろんだよ」

 アスナが優しく微笑んだ。
 「ヒュー!」とか言ってるクラインをはじめとする男子達に抜刀しそうになったところで、再び先生の声が掛かった。

「桐ヶ谷くん、結城さん、«ソードスキル»のお手本を皆に見せてあげて下さい」

 先生がやればいいんじゃ──なんて、思いは、心の中に
 «ソードスキル»。残念ながらこの世界では、剣をただ当てるだけじゃあモンスターには苦戦する。黄色い電気鼠モンスターも倒すのは難しいかもしれない──見たことはないけど。言わば必殺技みたいなモノだ。

「先生、ソードスキルだったらなんでもいいんですか?」

 アスナが尋ねる。先生の返事を聞くと、どうやらなんでもいいようだ。

「……«スラント»とかでいいかな」
「君のソードスキルは普通の人とはキレが違うと思うけど、それって単発の一番簡単なヤツでしょ? お手本見せるんだから、せめて«普通の人が頑張ったらできる»レベルのを見せようよ」

 俺の呟きに長文返事してくださる優等生アスナさん。俺は「わかりましたよ」と溜め息混じりに言った。

「キリト君、同時にやりましょう」
「え、誰を?」
「変なボケ挟まない! お手本、一緒にやろうって言ってるの!!」
「……はい」

 俺もアスナも、真っ直ぐに立てられた、それぞれのターゲットの丸太を見据えた。

「──せぁぁっ!」
「いやぁぁっ!」

 気合いと共に、同時に剣を振りかぶる。俺は片手剣ソードスキル«ホリゾンタル・スクエア»を繰り出し、アスナは細剣ソードスキル«オーバーラジェーション»を繰り出す。
 俺の片手剣とアスナの細剣は、丸太に引いてあるライン上に命中した。俺が斬った丸太はラインより上の部分がスパンと飛んでいき──言い忘れたがここはグラウンドなので、きっと大丈夫だ──、アスナが突いた丸太はグラリと揺れ、ライン上部分は倒れた。
 いつもの癖で、剣を左右に斬り払うと、クラスメートたちが「おぉっ!」と歓声を上げた。
 調子に乗って、丸太を更に細かく斬ってやろうと、剣を再び振りかぶると。

「……キリト君」

 アスナの低い声がした。この声は、なんか怒ってる時の声だ。

「危ないでしょ、キリト君!! 避けられたからよかったけど、わたし斬られちゃうところだったわよ!」
「ま、まあ避けれたからいいじゃないか……はは、悪かったって……って! し、しかしだな、そうやって怒りに任せて剣を振ってもロクなことにならないと俺は思うけど!!」

 アスナの迅速の剣を避けながら抗議。

「……うわっ! やめろバカ!」
「『ごめんなさい』って謝ったら、許してあげる」
「謝るっつったって……うわっ! その剣止めてくれなきゃ……おぁっ!? ……ごめんなさい、ほんとごめんなさいぃ!!」

 瞬間アスナは、得意気に「よろしい」と言い放ち、剣をピタリと止めた。

「おっかないなァ……」

 呟くと、

「なにか言った?」

 とアスナが微笑しながら言った。地獄耳だ。

「いいえ、なにも言ってないです」

 この平和(じゃないかも)な日常が、永遠に続けばいいと思っていた。

 これから起こる出来事を、俺やアスナは知る由もなく……。 
 

 
後書き
やたら長くなってしまいました。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます^^

 

 

第3話 禁止

 
前書き
そろそろ話を進めようかと思っています。

これから後書きに、「本文後の1コマ」みたいなモノを書くことにしました。

 

 
「お兄ちゃん」

 ふいに、後ろから声をかけられた。この声は…

直葉(スグ)。どうしたんだ?」

 俺の妹、桐ヶ谷直葉。アインクラッド学園、中等部3年。俺はスグと呼んでいる。
 前髪は眉の上で切り揃えていて、後ろ髪は肩につくくらい。キリッとした眉は屈強な戦士を感じさせるので、正直ものすごく羨ましい──本人がきいたら怒りそうだが。

「あのねお兄ちゃん、今高等部1年生は授業中だよね」
「そうだな」
「寝る授業じゃないよね」
「そうですね」
「なんでお兄ちゃんは屋上で寝そべっているのかな」
「寝たいからです」

 ──スグの俺を見る目は完全に冷めていた。

「アスナさんに怒られるよ。怒らせると怖いんでしょ?」
「どんなモンスターよりも可憐で恐ろしいです」
「じゃあ早く教室戻ろうね」

 «実技»の成績が高い高等部生徒は、学園側から«依頼»を受けることがある。もちろん俺も受ける。
 «依頼»というのは、一般の人々から学園を通して来るもので、具体的には«モンスター討伐»とか。王道狩りゲーでいう«クエスト»みたいなモノだ。
 ただ、高校生にやらせるには多少危険なモノもあり──そもそもなんで大人がやらないんだ──その依頼を受ける代わりとして、授業時間関係なくいつでも休める特権が与えられている。──あまり休みすぎると単位落とすこともあるらしいが、まあそれは置いておいて。
 だから(ってわけでもないが)俺は堂々とサボり……じゃなくて休憩をとっているのだ。
 いやいや──と俺が直葉に首を振ったその時。

「キリト君」

 いつのまにか、アスナが屋上に来ていた。

「ええ!? アスナさんまで、サボりですか!?」
「ち、違うわよ直葉ちゃん! わたしは、誰かさんの休憩が長すぎるから呼びにきただけよ……!!」

 彼女がこうして授業中に校内をウロチョロできるのも、依頼を受けているからだ。アスナは俺を軽く睨み、言った。

「君、いつまで休んでるのよ」
「いや、だってさ……昨日、モンスター討伐の依頼、一緒に受けただろ? もう疲れて疲れて……」
「«リザードマンロード10匹討伐»だったら、君がほぼ全員4撃くらいで終わらせちゃったじゃない。そんなに疲れるわけないでしょう」
「いやいやいやいや、連続っていうのは、やっぱ体に来るモンがあるぞ。そういうアスナこそ、なに休んでるんだよ。ほとんど俺がやったのに」
「わたしは休んでなんかないわよ。ただ君を連れ戻しに来ただけだもの」
「先生が連れ戻しに行けって言ったわけじゃないだろ? つまり、アスナだって特権行使してるんじゃないか」
「うっ……そ、それは……」

 アスナが言葉に詰まったところで、スグが言う。

「……ねえ、さっきから依頼とかモンスター討伐とか……なんの話をしてるの? ここの学園は全寮制で、大型連休以外は許可がないと校外に出るの禁止だよね?」

 するとアスナが微笑んで答える。

「そっか……直葉ちゃん、まだ中学生だもんね。えっとね……」

 ──依頼についての説明後。

「えっ、ズルい! あたしも行きたい」
「スグは«剣»の成績が中等部トップだから、来年高等部に進学したら受けられるようになるさ」
「その時は、お兄ちゃんも一緒だからね」
「はいはい」

 適当に返事をすると、スグはニッコリと笑い、屋上の扉を開ける。スグはこちらを見て言った。

「あたし、友達のシリカちゃん待たせてるから、もう行くね」
「シリカちゃん……て、中等部のアイドルって有名の、綾野珪子ちゃん?」

 アスナが尋ねる。──ちなみに俺はシリカと関わったことがあるが、それはまた別の話で。

「そうそう。すっごい可愛いんですよー。目とかパッチリしてて! なんでシリカって呼ばれてるかっていうのは……ま、それはまたいつかお話しします。今はとりあえず行かなくちゃいけないので」

 スグが苦笑いをし、「また今度紹介しますねー」と言葉を残して校舎内に戻っていった。それから数秒間の間を空けてから、アスナが口を開いた。

「キリト君、直葉ちゃんに依頼のこと教えてなかったの? 別に隠すことでもないのに」
「だって、訊かれなかったし……」
「もう……」

 アスナはぷくぅっと頬を膨らませた。
 ──可愛い
 ただでさえ可憐な顔で、こんな表情……。
 依頼を受けているからこそ、二人きりでいられるこの時間。

「キリトくーん? もしもーし」

 アスナが目の前でヒラヒラと手を振った。

「君、この頃よくボーッとするね」
「そ、そう?」
「うん。なにか考えてるの?」
「ものすごく考えてます」
「そ」

 彼女は溜め息を吐くと、少し悲しそうな目をして、俺の顔を覗き込んだ。

「キリト君」
「な、なんでしょう」
「わたしと一緒にいる時は、他のこと考えるの禁止だからね!」

 アスナは俺にデコピンを喰らわせると、屋上を出ていった。

 ──わたしと一緒にいる時は、他のこと考えるの禁止だからね!

 な、なんだそれ。
 俺は、基本的には何も考えてないことが多い。傍にアスナがいる時、考えることっていったら……や、やめよやめよ。なにも考えないのが一番だよ、うん。
 脳内をからっぽにすることに専念していたその時、«ピロリーン♪»というメール着信音が鳴った。

「誰からだ……?」

 右手の人差し指と中指を揃えて、真っ直ぐに振り下ろす。鈴の音のようなサウンド・エフェクトと共に、目の前にメニュー画面があらわれた。
 最近は、携帯電話とか、スマートフォンを使っている者はほとんどいない。
 指先を振るだけでどこでもメニュー画面を呼び出せる、仮想型端末が定番だ。アインクラッド生は、校則で全員それを所持している。
 メールを送ってきたのは、アスナの親友、リズベットこと篠崎里香(しのざきりか)だ。親しい者は彼女を«リズ»と呼ぶ。
 俺は、里香(リズベット)からのメールを開いた。内容は、彼女らしいといえば彼女らしい、素っ気なくシンプルなものだった。
 ──頼まれてた研磨、終わったわよ。放課後、鍛冶室に取りに来なさい。 篠崎里香
 «実技»の中には、«鍛冶»というモノもある。
 リズは鍛冶の腕はトップクラスなので、前に剣を鍛えてもらったこともある。
 最近斬れ味が悪いので、彼女に研磨を頼んでいたのだ。
 ──リズ、授業中にメール送ってるのか。
 結構真面目さんだった気がしたんだけど、俺の性格がうつったのだろうか──あとで謝っておこう。
 俺は苦笑いを浮かべると、屋上の扉を開けた。
 
 

 
後書き
屋上出たその後のアスナさん。

アスナ:ちょっと…あんなこと言っちゃったし、屋上出ちゃったし…。
恥ずかしくて、キリト君とどう接していいかわかんなくなっちゃったよー!!



ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


 

 

第4話 キリトの災難

 
前書き
ユージオ君が出てきます^^

 

 
 放課後。リズの待つ鍛冶室に到着。
 リズの後ろ姿が見える。花に水やりをしていた。

「ふふふんふ~ん、ふんふ~ん」

 なにやらリズベットさんは、ご機嫌よく鼻歌なんて唄っていらっしゃるご様子。
 俺は、リズの背に声を掛けてみることにした。

「……おーい、リズ?」
「ひゃいっ!?」

 リズが変な奇声──否、悲鳴を上げながら、ゆっくりとこちらを振り返る。その顔は羞恥に赤く染まっていた。

「キ、キリト……! あ、あんたねえ……いたならいたって言いなさいよ」
「いた」
「今言っても遅いわよ!」
「なんか理不尽じゃないか……?」

 俺が苦笑いを浮かべると、リズベットははあ、と溜め息を吐いてから言った。

「……で、何か用?」
「うわー、そっちから呼び出しておいてよく言うぜ」
「そ、それもそうだったわね……」
「『それもそうだったわね……』じゃなくて、『それがそう』なんだけど」
「あんまり要らんこと言ってたら、うっかり剣をへし折っちゃうわよ」
「やめろ!?」

 リズは少し落ち着いたようだ。「ちょっと待ってなさい」と言い、部屋の奥から白い剣を持ってきた。その剣を俺に差し出す。

「こんな感じでいいのかしら?」
「ああ、さすがリズだな」
「そ、そうでもないわよ」

 リズの頬が、再び赤い色味を帯びた。さきほどよりは淡い色合いだ。
 この白い剣は、前にリズが俺に鍛えてくれた剣だ。
 固有名詞は«ダークリパルサー»。意味は«暗闇を払うもの»。リズがつけてくれたのだが──それもまたシリカ同様別の話だ。
 リズはいつの間にか、ガラスのように、いや、氷のように透き通った片手直剣──固有名詞«青薔薇(あおばら)の剣»を重そうに抱えていた。
 彼女が小さく呟く。

「……にしてもあいつ、遅いわねぇ」

 リズの言う«あいつ»は、恐らく青薔薇の剣の所持者──俺の相棒、寮のルームメートのことだろう。

「ああ、あいつか。あいつなら、今にそこの扉を開けて駆け込んでくるだろ」

 俺が閉じている鍛冶室の扉──引き戸を指して言った途端。

「リズ、遅くなってごめん!」

 1人の少年──青薔薇の剣の所持者が、扉をものすごい勢いで引き、叫んだ。
 柔らかそうなアッシュブラウンの髪。どこか女性的で、線の細めな、優しそうな目鼻立ち。
 少年の濃いグリーンの瞳と目が合った。俺は軽く手を振り、少年の名を呼んだ。

「やあ、ユージオくん」
「……キリト。君も来てたんだね」
「リズに研磨して貰った剣を取りに来たんだよ」

 俺は白い剣を指を中心にクルクルと回した。
 ユージオ。農家に生まれた父親が育った村では、どうやら貴族にしか苗字を名乗ることが許されていなかったらしく、その息子であるユージオには苗字がない。
 以前は、幼なじみである俺が、ソードスキルなどの剣技についてアレコレ教えていた。どうやらユージオは剣士としての才能があったらしく、どんどん上達していった。今彼と剣を交えても、俺が勝つ可能性は低いと思う。
 そんなユージオの剣の腕前は、もちろん学年トップクラスだ。一緒に依頼に行ったこともある。
 こんなところで剣振り回したりしたら危ないだろ、とユージオが言ったその時、リズが声を荒らげて叫んだ。

「ユージオ! あんた……さっさとこの剣、受け取りなさいよ……っ」

 未だにリズは青薔薇の剣を抱えていた。
 ──あの剣、めちゃくちゃ重いのに。
 いくら毎日のようにハンマーを振るっている彼女とはいえ、普通の女の子に持てる重さではない。これだけ持っていられたことも、大したものだ。さすが、アスナの親友。
 ユージオは「その辺に置いといてくれればいいのに……」とボソボソ呟き、軽々と青薔薇の剣を受け取った。いったいこの華奢な風貌のどこから、こんな力が出てくるのだろうか。
 ユージオは鞘に収めた剣を腰に吊るすと、俺の方を向いて言った。

「あのさ、キリト」
「どうした?」
「今度の依頼、僕と一緒に組まない?」

 リズが微笑みながら俺の顔を覗き込む。俺は俺なりの笑顔を浮かべ、ユージオに返事をした。

「ああ、いいよ。断る理由もないし」
「討伐系なんだけど、大丈夫?」
「お前が受注できる依頼なんだろ? 師匠としては、まだ負けてやるつもりはないんだけどなぁ」

 ユージオがニッコリと笑う。

「そっか。じゃあ、キマリだね。アスナも呼ぶ?」
「ユージオが呼びたいって言うんだったら、声掛けてくるけど」
「キリト、お前誘いたいんだろ?」
「おまッ、ちょ、バッ……!」

 リズがニヤニヤしながら俺を見ていた。

「へぇ~、ほぉ~、ふぅ~ん」
「リズ! 誤解しないでくれ! ──ユージオ、お前がヘンなこと言うから……!!」
「ヘンなことって? 僕はただ、アスナがすごい戦力になりそうだなぁと思って言っただけなんだけど」
「うぐ……ユージオお前、いつからそんな言い方覚えたんだよ」
「「そんなって?」」

 リズとユージオの声が重なった。
 そこで、聞き覚えのある女性の声がする。

「リズー! 遊びに来たよー……あっ、キリト君」

 タイミング悪く──あるいはよすぎか──アスナが鍛冶室に遊びに来た。

「……どうしたの? みんなでお喋り? わたしもまぜてよー。どんな話をしてたの?」
「全っ然いいわよアスナ! あのねぇ、今キリトの」
「と、特になにも話してないぞアスナ!!」

 俺はリズの言葉を遮った。

「え、でも……リズ、キリト君がどうかしたの? もしかして、またリズに迷惑かけちゃった……?」
「えっとね……」
「アアアスナ!!」

 再びリズの声を遮る為、俺は裏返った声で言った。

「……どうしたの、キリト君? そんなに興奮して」
「興奮はちょっと語弊があるかな……っと、今度の依頼、一緒に行かないか」
「え……」

 アスナが驚きに目を見開いた。恐らく、俺から誘うのは初めてだったからだろう。

「ふ、2人でってわけじゃなくて! その……ユージオも一緒なんだけど」

 アスナは何故か一瞬残念そうな顔をすると、即座にふふんと笑みを浮かべた。

「もちろんいいわよ。君がどうしてもって言うなら」
「いや、どうしてもといいますか」
「違うの? じゃあ、わたし行かない」
「……どうしてもです」

 次の瞬間、アスナはぱっと(ほころ)ぶ花のように微笑んだ。

「だったら、仕方ないわね。一緒に行くわよ」

 リズとユージオが両端から俺を肘で小突いてくる。そして2人揃って言う。

「「よかったじゃーん」」
「やめろ!!」
「えっ……やめてほしいの? やっぱり嫌になっちゃった……?」

 アスナが悲しそうに聞いてきた。2人の声は小さくて、アスナには届かなかったらしい。余計な誤解を招いてしまった。

「ち、違う!! そんなわけないだろ……」
「ふふ、そんなに否定してくれるんだ」

 アスナがくすっと笑う。

「いや、えっと……」
「あら、違うの?」
「違くないです……。お、俺、今ものすごく眠いんだ。早く寝ないと死にそう!! てなわけで、寮の部屋に帰るよ! ま、また明日!」
「あ、キリト行っちゃった……。僕も帰るよ。部屋でキリトをからかってあげよっと」
「ユージオ、ほどほどにしなさいよー?」
「リズ、ユージオ君、一体何の話をしてるの?」
「「さあー?」」

 
 

 
後書き
その後、寮のキリト&ユージオの部屋にて。

ユージオ「キリト、布団にくるまって逃げようとするのやめようよ…」
キリト「桐ヶ谷和人は寝ています。ゴカ~」
ユ「アスナのこと、意識しすぎだって」
キ「何の話かな!」
ユ「起きてんじゃん…」
キ「あ……寝言です」
ユ「寝言って、そんなにハッキリ返事するものだったんだね…」
キ「ゴカ~」
ユ「あ、ほんとに寝ちゃった…」

なんかすっごい長くなってしまいました…。

読んで下さり、ありがとうございました^^

 

 

Silica's episode 1日だけの

 
前書き
番外編です。シリカとキリトの出会いの物語 

 
「ピナー!! どこにいるのー!?」

 私立アインクラッド学園中等部2年の少女、綾野珪子は、声を張り上げて叫んだ。
 珪子はカスタマイズした制服の赤いスカートを揺らし、その場にしゃがみ込んだ。アインクラッドの制服は、中等部2年から色のカスタマイズか可能なのだ。

「どこ行っちゃったの、ピナ……」

 珪子は半ば今にも泣き出しそうな顔で項垂れた。
 綾野珪子は、野生のモンスターを飼い慣らし、使い魔とする者──アインクラッドでは珍しい«ビーストテイマー»だ。いつも彼女の傍らに付き添っている相棒モンスター、«フェザードリラ»ピナは、珪子が学園のアイドルであることを知らしめている。
 しかし、今朝からそのピナの姿が見あたらないのだ。

「あら、どうしたの? アイドルちゃん」

 前方から声を掛けられ、ゆっくりと顔を上げる。自分の赤い髪を指に巻いて弄んでいる女性が立っていた。
 珪子はキッと睨むと、その相手の名を口にする。

「……ロザリアさん」

 ロザリア。アインクラッド高等部3年で、珪子によく嫌がらせをしてくる女。

「中等部校舎に何の用ですか? 言っておきますけど、あたしは貴女と話していられるほど暇じゃあありませんから」

 ぷいっ、と顔をそむけ、ロザリアの反対方向へ歩き出した珪子だったが、ロザリアはまだ解放する気がないようだった。

「あらあらシリカちゃん、いつもの使い魔はどうしたの? 死んじゃった?」
「……違います。今はいない、それだけです」
「ふぅーん、使い魔にも愛想尽かされちゃったのねぇ」
「──ッ!」

 珪子は猛烈な怒りを覚えた。
 腰のタガーを抜きそうになる寸前で、ぴたりと止めた。

「……言ったはずです。貴女と話している時間なんてないし、そもそも話すこともありません!」

 珪子は無我夢中に走り出した。
 ──なんであんな、酷いことが言えるの!
 ──ピナ、一体どこに行っちゃったのよ!
 色々な感情が渦巻いて、それが雫へと形を変え、目から溢れた。──と、校舎の角を曲がるところで、なにかとぶつかった。

「きゃっ!」
「うわっ!?」

 珪子はそのまま尻餅をついた。
 顔を上げると、知らない男の姿があった。どうやら珪子は、この人とぶつかったようだ。

「大丈夫?」

 男はそう言って、珪子に手を差しのべた。中等部の制服を着ている。色は黒。胸元には、3年生の証である、金の小さなバッチが付いていた。男──と言うよりは、少年、と言うべきか。
 珪子は「すみません」と一言、少年の手を取り、立ち上がった。
 少年とバッチリ目が合う。
 少年の長めな前髪から覗く両眼はナイーブで、深い夜空のよう。線の細い顔からは、どこか少女めいた印象も受ける。

「ど、どうしたの?」

 少年が言った。その頬は僅かに赤い。
 珪子は、自分と少年が至近距離で見つめ合っていることに今更ながら気がついた。

「ごっ、ごめんなさい!」

 珪子は慌てて飛び退いた。少年は「謝ることないよ」と微笑む。

「ところで、すっごい走ってたみたいだけど……どうかしたの?」
「えっ?」

 珪子に言い寄る男は多い。珪子は、その人達を極力遠ざけてきた。
 ──しかし。
 目の前にいる、見知らぬ少年に、何故だか安心感を覚えた。
 普段ならなにか言い訳をしてすぐさま逃げていたが、この少年は大丈夫な気がする。

「えっと……相棒のピナ──フェザードリラが行方不明で……」
「相棒のフェザードリラ……君はビーストテイマーかい?」
「……え? あっ……はい」

 あれおかしいな、と珪子は思った。
 中等部での珪子はアイドル的存在で、知らない者などいないと思っていた。«ビーストテイマー»と聞けば、誰でも珪子の顔を思い浮かべるような……。
 しかし、少年は珪子のことなど全く知らないようだった。

「俺も一緒に捜すよ。どうせ暇だったし」
「え、でも授業が」

 2年生は今、自由活動の時間だが、3年生は絶賛授業中のはずだ──と言うと、今少年が教室でなくここにいることが既にアウトなのだが。

「気にしなくていいよ。さぁ、行こう」
「え、えぇ!?」

 少年はニコリと笑った。








 珪子はとりあえず名乗ることにした。いつもならほとんど必要ないのだが、この少年はどうやら珪子のことを知らない様子だったためである。

「あの、あたし……綾野珪子、2年です。みんなにはシリカって呼ばれてます」

 少年は言う。

「じゃあ、シリカさん。俺は……キリトって呼んでくれ。みんなそう呼ぶから」
「は、はい。あ、あたしのことは呼び捨てで構いませんよ!」

 自分が言った言葉なのに、珪子はなんだか恥ずかしくなってきた。

「ならそうさせてもらうよ。じゃあ行こうか、シリカ」

 キリトと言った少年に『シリカ』と呼ばれると、顔中──いや、全身が熱くなるような感覚があった。

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「見あたらないな……」
「……本当に、愛想尽かされちゃったのかな……」

 珪子は段々不安になってきた。
 キリトは珪子の頭に、掌をポンと置いて優しく微笑んだ。

「そんなことないよ。もうちょっと捜そう」

 珪子は最初、出会ったばかりのキリトに、兄や父の姿を重ねていた。珪子は一人っ子だけれど、兄がいたら、きっとこんな感じだろう──と。
 しかし、今はなんだか違う気がする。もっと遠くて、近くて……。

「……シリカ」
「は、はいっ!?」

 突然呼ばれ、焦る。

「あそこ……行ってみないか?」

 キリトが指差したのは、学園内にある、花の咲き乱れた丘。珪子が今まで、存在も知らなかった丘だ。

「あの丘は、使い魔達に大人気らしいんだ。君のフェザードリラも、もしかしたらそこに──」
「行きましょう、キリトさん!」

 珪子は即答していた。
 あの素敵な花園を、もっと近くで見てみたい。キリトと、あの丘を歩いてみたい。
 キリトは驚いたように──珪子の即答に、一瞬焦ったのだろう──目を見開くと、すぐに微笑んだ。

「じゃ、行ってみようか」

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「うわぁぁ──っ……!」

 悲鳴ではない。珪子の洩らした、感嘆の声だ。
 丘に揺れている花たちは、遠目に見ても可憐で、可愛らしかった。しかし、近くで見ると、さっきよりずっと──素晴らしかった。
 珪子がうっとり見とれていると──。

「──シリカ」

 キリトの声がした。その響きはとても真剣なものだった。

「は、はいっ!」
「君はいつでも逃げられるように、準備しておいてくれ」
「……逃げるって……何から逃げるんですか?」

 珪子を一瞥したキリトの手には、いつの間にか剣が握られていた。
 何故、モンスターの出ない校内で剣を構える必要があるのだろうか。そんな珪子の心情を解したのか、キリトは低く言う。

「ここ、出るんだよ……モンスター」

 ──えっ。
 ここは学園内。モンスターは通常、森などに行かなければ出なかったはずだ。
 だがしかし、キリトが嘘を言っているようにも見えない。

「……わかりました。でもキリトさん、どうして学園内にモンスターが?」
「この丘から外には出ないだろうけど……。ここは、アインクラッドが建つ前から──元からあったんだ」
「……元から?」
「アインクラッドができたのは、そんな昔のことじゃないだろ?この学園を建てる時に、茅場──じゃなくて学園長の奥さんが、『この丘は綺麗だから、残しておこう』って提案したんだ。それでこの丘はなくならずに、元のままになってる」

 珪子は少し、素敵なお話だな、と思った。

「……本当に元のままだから、元からいたモンスターもそのままなんだ。──ところでシリカ。剣の授業、真面目に受けてる?」
「なっ……」

 珪子は顔を真っ赤にした。

「受けてるに決まってるじゃないですか! 大抵の授業はしんどいけど、剣は楽しいから、風邪ひいたって出ますよ!」
「それには激しく同意だな。──とにかく、それなら大丈夫だ。ここはそんなに強いモンスターなんて出るはずないから」

 草木を掻き分け、進んでいくキリト。珪子はその後ろ姿を見て思う。
 ──この人……本当は、あたしからすっごく遠い人なんじゃ……?
 その時ふいに、キリトの声がした。

「……実は、ピナの行方は、大方予想がついてるんだ」
「本当ですか!」
「ああ」

 キリトは珪子に笑みを向ける。

「君は、ちょっと後ろで待っててくれ。──絶対に動くなよ」

 キリトの謎の言葉に、とりあえず頷いておく珪子。
 次の瞬間──キリトは別人のように冷たい表情になっていた。
 キリトはその冷たい視線を背後の樹に向かって投げかけ、言った。

「そこに隠れてるヤツ、出てこいよ」

 すると、樹の陰から、女性の姿が現れた。
 赤い巻き髪。意地悪そうな瞳。口にうっすら浮かんだ笑み。

「ロザリアさん……!!」

 珪子はロザリアをキッと見据えた。

「さすがねえ……今まで見破られたことは一度もなかったんだけど。さすがはアインクラッド生、といったところかしら? 見たところ、そんなに強そうには見えないけど」

 ロザリアはキリトに向かって言う。
 キリトは淡々とした調子で続けた。

「俺は、あんたに用があってここに来たんだ。私立アインクラッド学園高等部3年、ロザリアさん──いや、こう言うべきかな。犯罪組織«タイタンズハンド»のリーダーさん」

 ロザリアは目を見開いた。

「……へえ。ガキでも、アインクラッド生となるとレベルが違うのかしら? さすがの洞察力ね」
「さて。あんたはアインクラッド生じゃない。生徒のふりをして学園に忍び込んで、生徒の使い魔、高価なモノを盗んでいく犯罪者……そうだろ?」

 キリトはロザリアを無視してそう言った。更に続ける。

「ロザリア、あんたは全世界で指名手配中だよな」
「……ふふ、よく気がついたわなぇ」
「じゃあ、わかってるよな。今からあんたが行くとこは」
「ふっ、まさか牢獄? 冗談じゃないわよ。──まあ、その前に返り討ちにしてやるからいいけど」

 ロザリアが言った瞬間、キリトの周りを、いかにも犯罪者然とした男達が取り囲んだ。しかしキリトは、握っていた剣を構えるどころか、腰の鞘に戻した。そして、不敵な笑みを浮かべる。

「──キリトさんッ!!」

 ──無茶ですよ、逃げましょうよ!
 珪子は大声で叫んでいた。──そのときふいに、犯罪者集団のうちの1人が呟いた。

「キリト……?」





「黒い制服……盾なしの片手剣……。──«黒の剣士»……?」

 男は数歩後退り、震える声で続ける。

「ロザリアさん……こ、こいつ……中等部生にして«依頼»受けてる、アインクラッドトップ生だ!」

 ロザリアは一瞬顔を強張らせたが、すぐに我に返ったように声を張り上げる。

「なにビビってんの! こんなヤツ、ガキじゃない! 一斉に飛びかかったら余裕で片付けられるわよ!」

 珪子も驚いた。
 «依頼»は通常、高等部のトップ剣士に任されるものだ。
 キリトはまだ中等部生徒のはず。ということは、キリトはよっぽどの手練れで──。
 珪子がハッとした時、犯罪者達は一斉にキリトに飛びかかっていた。

「──キリトさんッ、いやぁぁぁああああ!!」

 珪子は悲鳴を上げる。
 キリトが死んでしまう──。そんなの、絶対に嫌だ。
 キリトには動くなと言われたけれど。行ったら、あたしも死んでしまうだろうけど。
 ──こんなの、ボーッと見てられない!
 珪子が自ら飛び込もうと地面を蹴った、その時。
 ビュンッという音がして、次の瞬間、キリトは囲まれていた輪の中から抜け出した。
 キリトが高く跳んだのだ。
 ──助走なしで、こんなに高く跳べるものなの!?
 珪子は圧倒された。
 これが、トップ剣士の実力──。
 安堵と感心もつかの間、犯罪者達は再びキリトに襲いかかってくる。
 しかし、キリトはすべての攻撃を、最小限の動きで避けている。犯罪者達の呼吸は乱れてきているが、キリトは一呼吸として乱れていない。

「……どうしたの、もうお疲れ?」

 キリトが相変わらず冷たい表情で言う。

「何時間かしたら、俺の動きが鈍くなったりするのかもしれないけど……アンタらがバテる方が先だろうな。それに、もう警察は呼んである。大人しくしとくんだな」

 ロザリアが逃げ出そうとする。キリトはものすごい速さでロザリアの前に行き、襟首を掴んだ。

「悪いな。今回任された依頼は、アンタらをジェイルにブチ込むことだから」

 珪子は改めて驚く。
 «依頼»。
 中等部生には絶対に与えられるものではないはずなのに──。

「──もし、嫌だと言ったら?」
「全員殺す」

 簡潔なキリトの答えに、珪子さえも気圧された。

「と、言いたいとこだけどな……おあいにく、今回任されてるのはあんたらを«殺す»ことじゃないんだ。……仕方ない、その場合はこれを使うさ」

 キリトはどこからか小さな短剣を取り出した。剣先は緑色の粘液に濡れている。──麻痺毒だ。かなり強力そうに見える。

「十分間は動けないぞ。それまでにすぐ警察来るだろうし。まあ、逃げ出したいならご自由にどうぞ、無理だから」

 ──無理。
 他の人が言えば、そんな大袈裟な、と思っただろうが、トップ剣士の威圧感はすごいものだった。

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 ピナはロザリア達に捕まっていたようで、珪子の元へ戻ってきた。

「ピナ……! ごめんね、恐かったよね……!!」

 珪子はピナを強く抱きしめる。
 先ほどとはうって変わり、キリトの瞳にはシリカの知る穏やかな光が灯っていたが──表情は暗かった。

「……ごめん、シリカ。君を囮にするような真似をして」

 キリトの悲痛な声は、珪子をも悲しくさせる。

「……いえ。キリトさんは、とっても強かった。だからあたし、全然怪我とかもしてないですし」

 珪子は気づけば、ピナを下ろし、キリトの手を両手で包み込んでいた。

「気にしてない……というか、気にする理由もないですよ。──キリトさんがピナを取り返してくれたのも、依頼のついでってだけじゃないって思ってます。……どうして、ここまでして下さったんですか?」

 キリトは出会った時のように、僅かに頬を赤く染めると、ボソッと言った。

「……笑わないって約束するなら、言う」
「笑いません」

 キリトは少し躊躇ってから、観念したように告げる。

「君が……妹に、似てるから」

 あまりにもベタベタな内容に、珪子は目を丸くすると、プッと噴き出した。

「わ、笑わないって言ったのに……」

 キリトは傷ついた表情で方を落とし、いじけたように俯いた。

「ご、ごめんなさいキリトさん……ッ」

 溢れる笑みを掻き消して、珪子は問う。

「キリトさん。教えてくれませんか……? 妹さんのこと」
「ど、どうしたんだい急に」
「あたしに似てるって、今言ったじゃないですか」

 キリトは少し遠い目をすると、話し始めた。

「……仲は、あんまりよくなかったよ。公立中の2年生なんだ。妹って言ったけど、ほんとは従妹なんだ。事情があって、彼女が生まれた時から一緒に育ったから、向こうは知らないはずだけど。そのせいかな……俺の方から距離を作っちゃって、家で顔を合わせるのすら避けてた。……それに、祖父が厳しい人でね。実家が剣道場だったんだ。俺はそれを継ぐはずだったんだけど……そういうのガラじゃなくて、二年で通うのすらやめちゃったんだ。じいさんにそりゃあ殴られて……そしたら妹が、自分が継ぐから叩かないで、って俺を庇ってさ。それから今も、剣道を続けてる。──それ以来、俺はずっと彼女に引け目を感じてた。本当は、他にやりたいことがあって、俺を恨んでるんじゃないかって。そう思うと、余計に避けちゃって……そのまま、俺はこの学園に入学したんだ」

 この学園は全寮制で、そう簡単に家に帰ることはできない。キリトは、結局妹と向き合えないままに、ここへ来てしまったんだ。
 珪子は一人っ子だから、キリトの言うことを完全には理解できない。しかし、何故か妹の気持ちは解るような気がする。

「妹さん、きっと、恨んでなんかないですよ。ほんとに剣道が好きだから、今も続けてるんですよ」

 珪子は柔らかく微笑む。

「……そっか。だといいな……」

 キリトは珪子のを真っ直ぐに見つめると、微笑んだ。

「ありがとう、シリカ」

 キリトの言葉に、珪子は自分の顔が急激に熱くなるのを感じた。慌てて顔を逸らしてしまう。

「……どうかした?」

 キリトが首を傾げた。珪子は裏返った声で返事をする。

「ななっ、なんでもないですよ! それより、3年生は授業に行って下さい!」
「なにを今更……。依頼受注者は、ちょっとくらい授業休んでも許されるんだよ」
「いいから、行って下さい!」
「え、ええ!?」

 珪子はキリトの背中をぐいぐいと押し、3年生校舎に足を踏み入らせた。

「ど、どうしたんだよ」
「……また、会えますか?」
「……え?」

 同じ学園だけど、キリトは3年生だし、なにより中等部生でありながら依頼をもらうような、トップ剣士だ。今このまま別れたら、彼との距離はどんどん離れて、もう二度と会えないような──そんな気がした。
 しかしキリトは、微笑みながら珪子に言った。

「……なに言ってるんだよ」
「え……?」
「会いたければ、いつでも会いにくればいいよ。俺の本名は、桐ヶ谷和人。休み時間とかだったら、教室にはいると思うよ」
「……休み時間以外、行きませんよ」

 珪子の目から、一筋の雫がぽたり、落ちた。あたたかい涙だった。

 ──ピナ。あたし、初めてこんなにも誰かを想ったよ。

 ──ピナを助けてくれた、たった1日だけの、お兄ちゃんのこと。


  ☆END☆ 
 

 
後書き
キ「あのさあロザリアさんとやら。その見た目で高等部生とか……ありえないだろ。ちょっとキツいかなとか思わなかったわけ?」
シ「ですよね。道理でロザリアさん、ちょっとオバサンくさかったわけですよ。ホントに高校生かな? とか本気で思いましたもん」
ロ「くぅっ……! このガキどもが……」
キ「いい年こいて女子高生用のミニスカートなんてはいてるほうがよっぽどガキだと思うけどな」(笑顔


シリカってアイドル的な、可愛いイメージがあったので、いつもは「*」で表すものを、「☆」にしてみました^^

長駄文ごめんなさい。

読んで下さり、ありがとうございます!

 

 

第5話 依頼

 
前書き
**文章訂正済み**

眠くて回転しない頭で書いたので、誤字脱字あるかもです……。

いつも以上にグダグダで、書きたいことつらつら書いてるだけっていうのは間違いなしです……(笑)

一部、大分ラノベっぽい内容になっております

 

 
「よし、全員揃ったかな!」
「全員って言ってもキリト君……。メンバーはわたしと君とユージオ君だけでしょ?」

 校門前。
 ユージオが«モンスター討伐依頼»を受注し、パーティメンバーとして俺とアスナも参加することになった。
 亜麻色の髪の相棒が、なにやらニヤニヤしている。

「キリト、テンションがおかしな方向に歩いてるよ? 誰かがいるからかな?」
「うん、ユージオだけ前衛な」
「なっ、誘ったのは僕なのに!」
「尚更だな」

 そんな俺とユージオのやり取りに、アスナはただ首を傾げていた。

「キリト君、ユージオ君、出発するよ?」

 アスナが大きな校門の取っ手に手を掛けた、その時。

「おっ……お兄ちゃん!」

 何故だか妹の直葉が駆け寄ってくる。

「ど、どうしたんだスグ」
「お兄ちゃん、あたしも連れてって!」
「は、はあ!?」

 素っ頓狂な声を上げる俺の横で、アスナが困ったようにスグへ言う。

「……直葉ちゃん、依頼は、«剣»トップクラスの高等部生徒じゃないと……」
「それは大丈夫ですよ、アスナさん!」

 スグがなにやら嬉しそうに身を乗り出して言う。

「学園長には許可をもらいました。あたしの腕なら、きっと大丈夫だって。どの道来年には絶対に行くことになるから、同行して色々学びなさいって!」

 学園長、茅場晶彦。
 ──オレ、アノ ガクエンチョウ ニガテ
 とか思ってることはおいておいて。

「……あのな、スグ。お前が思ってるほど、こういう系の依頼は甘くはないぞ? 死ぬ可能性だってあるんだ」
「ほんとに大丈夫だもん! あたしだって、お兄ちゃんが思ってるよりずっと強いし」
「それは重々承知してるけどさ……」

 さりげなくアスナとユージオに視線を送る。
 アスナは微笑んで頷き、ユージオは首を竦めた。
 俺はボソボソと言った。

「……無茶はするなよ」
「やった! お兄ちゃん、大好き!」
「え、好きって、スグ……だ、抱きつくなって!」
「……あっ、ご、ごめんお兄ちゃん……」

 直葉が慌ててバッと離れる。
 ──と、アスナが勢いよく俺の手を掴んだ。そのまま引っ張って歩き出す。

「ア、アスナ、痛いって」
「キリト君、シスコンだったんだね! 直葉ちゃんLOVEなんだね!」
「はあ!?」

 直葉は「アスナさん、だいたーん」とか謎の発言をしている。
 アスナはずんずん歩きながら、真っ直ぐに前を向いてなにか呟いた。

「……わたしといる時は、他のこと考えるの禁止って、言ったのに……! 妹さんなんかにデレデレしちゃって……」
「え、なにか言った?」
「さあね」
「あのさ……俺、なんかした?」
「さあね」
「なんでそんなに怒ってるんだよ……とりあえずその手、離してもらえませんか!?」
「わたしが言ったこと、ちゃんと守れるようになったらね」
「どっかのお母さん!?」

 言っている内に、校門をくぐっていた。

 *

 しばらくして、真っ暗な森の前にたどり着いた。
 俺は先ほどやっと自由になった手をぶらぶらと振りつつ訊ねた。

「ユージオ、目的地はここでいいんだっけ?」
「うん。ここのモンスターはそんなに強くないし、中学生の直葉にはピッタリだね」

 ユージオが言うと、直葉は「うん!」と満開の笑みを浮かべた。
 ──微笑ましいってこういう時に使うのかな……。
 とか考えていると。

「……キリト君、後ろ!」
「え?」

 振り返ると、青イノシシのようなモンスターが、こちらに向かって突進してきていた。

「……やァァアアアっ!!」

 アスナは気合いと共に自分のレイピアを鞘から抜き出し、単発ソードスキル«リニアー»を青イノシシに命中させた。
 ──見えなかった。
 アスナの動きが、あまりにも速かった。
 «閃光»の異名を取るほどの腕前であることは前からよく知っていたが──今回はいつも以上に速かった。

「あ、ありがとうアスナ。今回はいつも以上に速かったな」
「ううん。……なんでかな。君が危ないと思ったら、いつもより速く体が動いたの」

 アスナはニッコリ微笑んで言った。
 ──次の瞬間。

「……あと、討伐依頼受注中に気を抜くなんて、信じられないわ。わたしがいなかったら、今頃君はどうなっていたかしらね」

 アスナさんが真顔で説教(?)なさる。

「……ゴメンナサイ」

 ここは素直に謝っておく。

「君よりも、直葉ちゃんの方がずっと向いてるわ」
「ゴメンナサイ」

 再び謝罪。
 すると、直葉の声が聞こえた。

「お兄ちゃーん、10匹くらい倒せたよー」
「いつのまに!?」

 俺もうかうかしてはいられないと思い、背中の鞘から白い剣«ダークリパルサー»を抜き出すなり、モンスターへ突進していった。

 
 

 
後書き
大変眠いです。
なので、第5話はここで終わります。

皆様、おやすみなさい……。

 

 

第6話 妖精郷

 
前書き
[ここは、妖精たちの国。妖精郷アルヴヘイムです!]

直葉が謎の呪文を唱えた後、明日奈はなにもない空間に、一人で立っていた。

そんな明日奈に声を掛けたのは、黄緑の長い髪に、緑色の瞳を持つ1人の少女で──?


更新めちゃくちゃ遅いせいで、お待たせしてしまってごめんなさい!
(待って下さる方なんて、そんなにいないとは思いますが…)

今回は、原作でも人気と思われる、とある女の子キャラがご光臨なさいます!
 

 
「キリト君、交代!」

 ソードスキル«スター・スプラッシュ»を終えたアスナは、そう叫ぶと同時に俺の後ろ側へ下がった。
 俺はアスナに代わって前衛につき、単発技«ソニック・リープ»を立ち上げる。力尽きたらしい目の前のモンスターは、ガラスを割るような音と共に四散した。

「いいよ、キリト君!」
「ナイス、アスナ!」

 俺とアスナはハイタッチをした。それを見たユージオがなにやらニヤニヤしていたことは放っておこう。

「もうこれくらいで十分なんじゃないかな?」

 とアスナ。

「けどもう真夜中だよ。寮に戻りたくても、交通手段が……」
「そういうことなら、あたしに任せてよ!」

 直葉がユージオの言葉を遮って言った。

「オススメの方法があるんだー」
「え、寮に帰る方法?」
「ううん。でももっといいかもよ! お兄ちゃん、アスナさん、ユージオさん、学生証持ってる?」
「も、持ってるけど……」

 全員学生証を取り出すと、直葉はそれを掴み、真上に空高く放った。
 ──ええっ!?
 アスナもユージオも、驚きを隠せないでいる。

「スグ、なにを……」
「ちょっと待っててよお兄ちゃん」

 俺の妹はこちらにウィンクすると、すぅっと息を吸い込み、そして叫んだ。

「リンク・スタート!」

 ──え、ナニ、リンク?
 ──直葉さん、まさかああいう……中学生特有の病気にかかって……!?
 とかなんとか考えていると、目の前がホワイトアウトした。

 **

 明日奈は首を傾げた。
 学園では«神聖術»という名の魔法のような術を習うこともある。発動には空間リソースと呼ばれる概念を消費し、熱や光といった様々な属性を有する。しかしそれはあくまでも魔法に類似した頂上現象に過ぎず、このような大規模な術など学園では習わないはずだし、そんなにも高度な術を、実践慣れしていない中学生である直葉が唱えることはそもそも不可能に近いだろう。
 ──直葉ちゃん、まさか……本物の魔法使いなの?
 いや、そんなものが存在するはずはない。
 しかし、直葉がなにか叫んだ途端、目の前の景色が一変したのだ。さっきまでは深い森の中にいたのに、今はただただなにもない空間が広がっている。

「アスナさん」

 横から声がした。明日奈は驚いて反対方向に飛び退いてしまう。
 振り向くと、一人の少女が立っていた。黄緑色のポニーテールを揺らし、こちらを見つめる瞳は緑色。

「……あなたは、誰?」

 明日奈が訊くと、少女は微笑んだ。

「あたしですよ。桐ヶ谷和人の妹、桐ヶ谷直葉です」
「へ、へえー。直葉ちゃんか……って、直葉ちゃん!?」
「はい、直葉です。まあ、わかりませんよねー。容姿とか全然違うし」

 自らを直葉と名乗った少女は、少し大袈裟に両腕を広げると言った。

「ここは、妖精たちの国。妖精郷アルヴヘイムです!」
「……妖精……?」
「アスナさん、異世界の存在って、ご存知ですよね?」
「え、ええ。最初色々発見されてるって」

 ここ数年、人類は様々な«異世界»を発見している。異世界とは、文字通り別の世界のことである。

「アルヴヘイムもその1つです。学園長は、あたし達アインクラッド生徒にだけ、特権を与えてくれたんです」

 直葉は謎の言葉と共に放り投げたはずの学生証をポケットから取り出した。

「なんと、これを使えば、入りたい異世界を行き来できちゃうんです!」
「でも、異世界って学生が行けるような場所なの? 方法もわからないのに」
「異世界に入る手段を知っているのは、本当は一部しかいなかったんですけどね。学園長が、簡単に行き来する方法を編み出して、生徒達にそれを与えたんです。学生証を放り投げて『リンク・スタート』って唱えれば、あたし達はどこの世界にでも行き来できちゃうんです。……あっ、心配しないで下さいね。放り投げた学生証は、ポケットとかに勝手に戻ってますから」

 直葉の言葉通り、明日奈のポケットには学生証があった。

「どうして直葉ちゃんの姿が変わっているの?」
「学園長が、そうできるようにしてくれたんですよー。ちなみにどういう姿になるかはランダムなんですけどね。元の姿のままでいいって人も結構いるので、変えないって選択肢もありますよ」
「わ、わたしはどうしよう……」

 明日奈が少し考えていると、とんでもない発言が聞こえた。

「あたし今、直葉だけど直葉じゃないんです」
「……え? どういうこと……?」
「今のあたしは、シルフの魔法戦士、リーファです!」
「し、しるふ? 魔法? ……りーふぁ?」

 確か、シルフという名の妖精型モンスターを見たことがあるようなないような。

「えへへ……一から説明します。アルヴヘイムは、«妖精の国»という意味を持つ大陸です。妖精達は魔法を使うことができます。大きく9つの地域に分けられていて、それぞれの地域には各妖精種族の王都があって、特有の外観と文化が備わってます」
「9つの種族? たとえば?」
「ええと、飛行速度と聴力に長けた風妖精シルフ……あたしはここに属してます。あと、武器の扱いと攻撃に長けた火妖精サラマンダー、回復魔法と水中活動に長けた水妖精ウンディーネ、耐久力と採掘に長けた土妖精ノーム、テイミングと敏捷に長けた猫妖精ケットシー、トレジャーハントと幻惑に長けた影妖精スプリガン、楽器演奏と歌唱に長けた音楽妖精プーカ、武器生産と細工に長けた鍛冶妖精レプラコーン、暗中飛行と暗視に長けた闇妖精インプ……この9つです」

 それらをさらっと言ってのけたシルフの少女に驚きつつ、明日奈は感心した。

「色々あるんだね」
「でしょでしょ!? アインクラッド生は、自分の種族を選ぶことができちゃうんです!」

 きらきらと目を輝かせる金髪の少女に向けて明日奈は微笑むと、1つ質問をした。

「種族については解ったけど、どうして直葉ちゃんが、ええと……リーファちゃんなの?」
「異世界で、大抵のアインクラッド生は«異世界ネーム»と呼ばれる偽名を名乗ってるんですよ」

 明日奈はへえ、とうんうん頷いた。

「アスナさんはどうしますか? 種族」
「えっと、わたしは……がいいかな、うん」

 明日奈の目の前にホログラフィックが出現した。9種族の名前が表示されている。なりたい種族のアイコンに触れればいいらしい。

「この後アスナさんは、選んだ種族の王都に自動転移します。それじゃ、あたしはお兄ちゃん達にも同じこと教えないといけないので、お先に」

 ホログラフィックに釘付けだった明日奈の視線を再びリーファに向けると、そこに彼女はいなかった。
 ありがとうリーファちゃん、と小さく呟いてから、明日奈はそっと、アイコンに触れた。

 *

 俺はスプリガンの«キリト»として、スプリガンの王都に降り立った。

「キリト君!」

 言いながら、黄緑の髪の少女──リーファが駆け寄ってくる。その後ろにはユージオの姿もあった。

「えへへ。迎えにきたよー、お兄ちゃん」
「そりゃどーも」

 リーファ/直葉に一応お礼を言ってから、俺はユージオを一瞥した。
 元の姿となんら変わっていない。強いて言うなれば、三角耳と翅が決定的な違いだけど。翅の色から察するに、彼はどうやらリーファと同じ«シルフ»を選んだようだ。
 ユージオ──という«異世界ネーム»とやらを使っているかどうかは知らないが──は腕組みすると言った。

「キリト……姿、変えたんだね」
「そりゃ変えるだろ」

 元の容姿のままでもまったく問題はない、とリーファが言っていたが(例:ユージオ)、せっかく変えられるのだ、俺が忌避してやまない元の容姿でいる理由はない。
 前に「キリト君は女顔」って言われたり「はっきり言ってお兄ちゃんは細すぎだよ」とか「キリト君は遠目で見ると女の子に見えちゃうことある」なんて言われたことが原因ではない、断じて。
 しかし、俺──桐ヶ谷和人の容姿は、屈強な剣士に見えるかどうかはちょっと微妙っていうことは事実なわけで……。

「それじゃあお兄ちゃん、アスナさんのとこに行くよ。隣街だから、飛んでいけばすぐだよ」

 リーファとユージオが、背中から伸びるクリアグリーンの翅を広げる。

「と……とぶ?」

 俺が困惑して訊く。

「ああ、そっか……わかんないよね」
「わかりません……」

 リーファは苦笑すると、俺の肩甲骨の少し上に触れた。

「今触ってるとこから、仮想の骨と筋肉が伸びてると想定して、それを動かすの」

 リーファの声に従い、触れられた辺りに力を込める。俺の背中から、ひぃぃぃんという音が聞こえた。翅が震える音だ。
 刹那。

「どーん」

 というユージオの声と共に、俺の背中が強く押される感覚。

「うわっ!?」

 途端、俺の躰はロケットのように真上へと上昇し──。

「うわあああぁぁぁぁ─────────」

 どことも知れぬ場所へ飛んでいった。
 
 

 
後書き
※リーファさんのキャラ崩壊注意。

リーファ「お兄ちゃ~ん、なんで容姿変えちゃったのよぉ」
キリト「だってさぁ…てか、スグも変えてるじゃないか!」
リーファ「はぁ~…お兄ちゃん、変えない方が絶対可愛いのに~……」
キリト「無視ですか……。てか、え、可愛い?」
リーファ「その反応も可愛いよ♪」
キリト「褒められてるんだと思っておくよ……」
リーファ「普通に褒めてる……ていうか、本音言ってるだけだよ?」


や、やっと完成版をお送りすることができました(汗)

文字数多くなってしまい、申し訳ありませんでした!

 

 

第7話 音楽妖精の少女

 
前書き
[誰かが自分の歌声を聴いて、感動し、涙してくれるのならば、たとえ偽物でもいい──]

オリキャラ登場させてみては?とのアドバイスを頂いたので、登場させてみました^^
 

 
 明日奈(アスナ)が降り立ったのは、ウンディーネの王都。
 建ち並ぶ店のショーウィンドウを覗き込むと、あまり見慣れない少女が映り、こちらを見返してくる。容姿こそ普段の明日奈と変わらないが、栗色のはずのロングヘアーは、ウンディーネ特有の綺麗な水色になっているし、はしばみ色の瞳は澄み切った碧だ。
 少しばかり違和感を覚えつつ歩き出すと、アスナ目がけて空から飛び込んでくる人影があった。

「わああああああぁぁぁぁぁ」
「きゃっ!?」

 アスナは閃光の如く飛びすさると、寸前までアスナが立っていた場所に、人型の穴があいていた。

 *

 ついにどこぞの街へたどり着いたようだが、上手く着地できず、俺は地面にめり込んだ。

「うっ……」

 呻きながら、あけてしまった穴から顔を出す。
 水色の髪の少女が、こちらを覗き込んでいた。その容姿は、俺のよく知っているものだった。
 少女は訝しげな表情で、「大丈夫ですか?」と首を傾げた。

「だ、大丈夫です……たぶん」
「えっ、その声はもしかして……キリト君?」

 水色の髪の少女改めアスナが、驚いた様子でこちらを見返す。

「顔変わってたから、わかんなかったよー……やっぱり、スプリガン選んだんだね。君のイメージカラーだもんね」
「はは……ところで、見えてますよ」
「え?」

 俺の言葉に、アスナは慌ててスカートをおさえると、小さな拳を俺の顔面に向かって──

「バカ──!!」
「うわ!?」

 俺は慌てて穴を出ると、そばにあった樹の陰に隠れた。

「とっ、ところでアスナ! き、君の異世界ネームは? «アスナ»!? «閃光様»!?」

 «閃光»はお馴染みアスナの異名。超絶美人兼常時成績トップ人な彼女には熱烈なファンも多く(俺はその人達になんか嫌われてるらしい)、その人達はアスナのことを«閃光様»と呼んでいるらしい。
 アスナが俺を睨む。どの程度かって?美人が台無しになる程度。
 アスナは震える手で腰に吊った細剣を抜こうとして、ぴたり、とその動きを止めた。

「……アスナだけど。そういう君はなに? «黒ずくめ(ブラッキー)»? それとも、«和人様»かしら」

 ──うわ、仕返ししてきたよ……。
 てか俺を«和人様»呼ばわりしてくれるようなファンなんて存在しないよ、たぶん。

「……キリトです」

 ぼそっと呟いた。

 ***

「Uh──..Ah──...」

 プーカ領の上空にある、空中ステージ。そこに立ち、唄う少女が1人──いや1匹。その周りには大きな人だかりができている。
 風に揺れる髪は美しいアイボリーで、背中から伸びる翅は、少女が音楽妖精プーカであることを示している。
 少女は唄い終え、オレンジ色の大きな瞳をゆっくりと開くと、柔らかく微笑んだ。

「ありがとうございました」

 そう言って、頭を下げる。
 周りの人だかり──彼女の美声を聴きに飛んできた妖精たちが「いいぞ、マリアー!」「もっと唄ってー!」と声を上げた。
 少女──マリアは、少し困った顔をしながら返事をする。

「ありがとうございます。けど、今日はここまで。また明日、お会いしましょう」

 少しも不満を言う者はおらず、みな「楽しみにしてるよー」と手を振って去っていった。

「マリア、今日もよかったわね! いつか、一緒に演奏会開きましょうよ」
「ありがとう、ユキノ。私でよければ、是非、喜んで」

 仲よしの少女・ユキノに微笑みかけると、ユキノは満足そうに「また明日!」と言って空高く飛翔していった。
 ──プーカを選んで、本当によかった。
 マリア──(さくら)まりあは、アインクラッド高等部1年生。
 音楽、特に唄うことが大好きだが──才能があるかと言われると、正直なところ、ない。音楽の成績はいつもFをつけられるし、普段人前で唄う時も、緊張して声なんて出ない。
 まりあは学園内ではかなりの美人で、割と人気があるタイプだ──レイピアの名手、結城明日奈には遠く及ばないけれど。
 そんな理由もあり、アルヴヘイムに初めて来た時、«桜まりあ»の容姿を変えなかった。
 種族に«音楽妖精»があることについては、非常に胸が高鳴った。プーカの少女マリアは、まりあとは違って、楽器演奏も歌唱力も優れている。プーカがそういう種族なため、反映されたのだ。その上この外見なので、男性だっていくらでも寄ってくる。
 ──たとえ偽物でもいい。
 誰かが自分の歌声を聴いて、感動し、涙してくれるならば、偽物の歌声だって──。
 マリアは口元に笑みを綻ばせ、アルヴヘイムから離脱した。



  
 

 
後書き
ア「キリトくーん、水色の髪って……なんかコスプレみたいだよー」
キ「ま、まあいいんじゃないか? 似合ってるし……」
ア「キリト君……♡」
リズ「なんでかわからないけど、ハンマーをいつもより強く振れるー!」


読んで下さり、ありがとうございます^^


 

 

第8話 歌唱少女

 
前書き
[君と一緒に行きたかったのに!]

1人でモンスター討伐に出掛け、帰ってきた和人は災難続き。

疲れた和人が学園の廊下を歩いていると、音楽室から歌声が聴こえてきて──?
 

 
「痛い痛い痛い痛い! スグ、傷口に消毒液ぶっかけるのはやめてくれ!」
「だってお兄ちゃん、怪我してるし……」
「あのなスグ、消毒液はそんなバシャッとかけるモンじゃないてててて」

 俺は先ほど1人でモンスターの討伐をやって、少しばかり怪我をしてしまった。
 直葉は学園に戻った俺を見るなり、「お兄ちゃんが怪我してる~!」とか言って大騒ぎ。平気だから心配には及ばないと一応言ったのだが、直葉に押しきられてしまい、保健室に連れてこられた。
 確かに傷口は少し痛んでいたのだが──。
 「消毒しなきゃ!」と叫んだ直葉が、容器に入っている消毒液を丸ごとぶっかけ始めたのだ。

「お、おいスグ……そんなんじゃ、消毒液がどんどんなくなっちゃうだろ」
「だって、お兄ちゃん」
「だってじゃなくて! これはちょっと、モンスターの剣がかすっただけだから心配ないって」
「で、でも……」
「ていうか斬られて数時間経ってるし、もう消毒しても意味ないって。それにこういう怪我は、血が固まったら、水で洗って済ませるくらいがちょうどいいんだぞ」
「お兄ちゃん、しみるの嫌なんだ?」
「ちゃうわ! もうホントにいいですから!」

 直葉は「うーん」とまだ納得いかなさそうにしていた。

 **

「キリト君のバカッ!」

 明日奈は和人の頬を強く叩いた。結構強く叩いたので、討伐で疲れきった和人は2、3歩後ろによろけた。

「な、なんで平手打ち!?」

 和人が少し涙目気味で言う。

「なんでわたしも誘ってくれないのよ!」
「いや、俺は基本1人だろ!」

 明日奈はうっ、と言葉を詰まらせた。
 黒衣の剣士はふぅ、と一息吐くと、訊いてくる。

「なに、そんなに討伐したい気分だったのか?」
「討伐しちゃいたい人物なら、今目の前に立ってますけど!」
「お、俺!?」

 和人は明日奈がビンタした頬を未だ痛そうに押さえながら、素っ頓狂な声を出した。
 明日奈は苛立ちを覚え、とんでもない発言をしてしまう。

「そうよ! ……わたしも、君と一緒に行きたかったのに」

 和人がぱちくりと瞬きする。明日奈は自分の発言に、顔が熱くなることを感じた。

「キキッ、キリト君のバカぁぁぁ」

 明日奈は和人に背を向けて走り出した。
 1テンポ遅れて、「あ、おい!?」という和人の声が聞こえてきた。

 ***

 まりあは休み時間を報せるチャイムが鳴るなり、音楽室へ向かった。
 今は妖精少女マリアではないので、あの美声で唄うことはできない。けど、好きだ。唄うことが。
 ──たとえ偽物でもいい。
 ──桜まりあとして唄いたい。
 矛盾している、2つの思い。
 いつか本当に、まりあとして、ちゃんと唄いたい。大勢の前でも堂々と唄いきって、皆を圧倒させて、感動させたい。休み時間はいつも、そんな日がきっと来ると信じ、歌に思いを乗せて唄うのだ。
 まりあは大きく息を吸い込んだ。

 *

 ──変な日だな、ほんとに。
 妹に消毒液ぶっかけられるわ、クラスメートの女の子にはバカ呼ばわりされた挙げ句ひっぱたかれるわ──
 ──君と一緒に行きたかったのに!
 何故だか、アスナの言葉が頭から離れない。
 どういう意味だろう?何故俺なんだ。これはもう少し、対人スキルを鍛えておく必要がありそうだ──そんなことを考えながら、廊下を歩いていたその時。
 どこからか、歌声が聴こえてきた。
 音楽室からだろうか。少し扉が開いている──そのせいで音漏れしてしまっているのだろう。俺は扉を閉めておこうと思い、扉の取っ手に手を掛けようとして──
 その寸前で手を止めた。
 音楽室から漏れる歌声は、あまりに美しかったのだ。俺は音楽のことなんてよく解らないけど、思わず聴き入ってしまった。
 こちらに背を向け唄っているのは、一人の少女。
 俺は音を立てないように部屋の隅に立ち尽くしていたが、ポケットに突っ込んだなにかを落としてしまい、カランカラン、と音が立つ。
 先ほど直葉から奪った消毒液だ。
 ポケットに入れちゃってたのか──。

「……どなたですか?」

 少女がバッと振り返る。
 アイボリーのロングヘア。パッツンと切り揃えた前髪の奥に、オレンジ色の大きな瞳が覗いた。
 俺は慌てて言う。

「い、いや……ちょっと、聴き入ってしまいまして」
「……聴き入った? 私の歌に?」

 少女は驚いたように目を見開いた。少し嬉しそうにも見える。

「あ、ああ。廊下歩いてたら、扉の隙間からとても綺麗な声が聴こえてきてですね……すみません、勝手に聴いちゃって」
「いえ、構いませんよ。閉めるの忘れてた私の責任ですし……そんなことより、綺麗って……本当に?」

 少女が身を乗り出してくる。俺は「は、はい」と頷いた。少女は幼い女の子のように無垢な笑顔を見せたあと、微笑んだ。

「貴方が初めてですよ。私の歌を褒めて下さるだなんて……ふふ。名前はなんていうのですか? 私は桜まりあ、高等部1年です」
「は、初めて!? ……俺は桐ヶ谷和人、高等部1年。同学年だし、敬語とか使わなくてもいいよな?」
「はい。でも私は、タメ口ってどうも苦手で……あっ、桐ヶ谷くんはご遠慮なくお使い下さいね」
「そうさせてもらうよ」

 俺はとりあえず微笑んだ。

 
 

 
後書き
ア「キリト君ってなんでこう、鈍感なのかな!?気分転換に音楽室にでも──ッ!?女の子と一緒!?キ、キリト君のバカぁ──っ!!」
キ(なんかアスナの声が聞こえた気が……)
まりあ「どうしたのですか?」
キ「い、いや……ちょっと、聞き入ってしまいまして」
ま「……聴き入った?私の歌声に?」
キ「へっ?そそっ、そうそう、そうです……」
 

 

第9話 文化祭の出し物

 
前書き
[キ、キリト君も一緒なんだ……よかった]

これはマジで、キリト先生のハーレムエンド(最近知った言葉)になりかねないなぁ……。

そう思えてきた今日この頃です。
SAOでそんなんよくないよ。
早く誰かとくっついちゃえよキリト君!!

 

 
「なあ、アスナ」
「なあに? わたしに黙って1人で討伐しに行っちゃうキリト君」
「まだ怒ってたのかよ……」

 明日奈は和人の顔をじろりと睨んだ。そしてそっぽを向く。
 前に明日奈・和人・直葉・ユージオの3人で討伐に出掛けた時、明日奈と和人の呼吸はぴったり合っていた。これ以上のパートナーは見つからないと思った。なので、明日奈を誘ってくれなかったことがとても悲しかった。
 他人と剣技の相性が合うことなどほとんどなかった明日奈にとって、和人とのコンビネーション技はものすごく爽快で──。

「こ、今度は誘うからさ」

 和人が自分の髪をわしゃわしゃとかき混ぜながら言った。

「……本当に?」

 明日奈は視線だけ和人の方に移動させて訊く。

「あ、ああ。アスナとのコンビ、なかなかよかったし」
「……うん」

 今度は和人の方にしっかり向き直ると、明日奈は微笑んだ。

 *

「……うん」

 そう言ったアスナは、屈託なく微笑み、ハミングしながら去っていった。
 ──おい、«閃光様»が、ハミングしながらスキップしてるぞ!
 と叫んでみたかったが、おあいにく、俺にそんな度胸は備わっていない。
 ──と、何故かアスナがUターン。こちらに向かってくる。

「キリト君!」
「な、なんでしょう」
「君が声かけたんでしょ!」

 俺は数分前に自分から声をかけていたことに気づいた。

「……で。どうかしたの、キリト君?」
「いやー、リズがさ……」

 俺が話そうとした寸前に、リズが駆けつけた。彼女がはきはきとした声で言う。

「アスナ!」
「えっと、どうしたの?」
「もうすぐ文化祭あるじゃない?」
「うん」
「あれって出し物はクラスごとじゃなくて、自由でしょ?」
「そうだね」
「だから、あたし達と一緒にやろうよ、出し物!」

 アスナはぱちくりと瞬きする。

「い、いいけど……『達』ってことは、他にもいるのよね? 誰なの?」
「んっとねぇー……キリトとその妹と、その友達のシリカ」

 俺は苦笑いした。
 またアスナが「どうして早く誘ってくれなかったのよ!」とか言って怒り出したらちょっと困る。

「キ、キリト君も一緒なんだ……よかった」

 意外にも小さく呟いたアスナの声は、俺にはよく聞こえなかった。

「みんなでなにをするの?」
「……それがねぇ、アスナ。まだ決まらないのよ」

 アスナはそっか、と頷く。
 文化祭──あ、なんか案くれそうな人がいたじゃないか。昨日知り合ったばかりだけど……。

 ***

 まりあはいつも通り、音楽室に来ていた。
 ──あの人、また来てくれないかな。
 まりあは、昨日知り合った黒髪の少年が部屋の扉を開けて入ってくる姿を想像した。
 ──と。

「まりあ、ちょっといいか?」

 想像は、本物になった。少し嬉しくなる。

「どっ、どうしたのですか?」
「いやー、文化祭の出し物が決まらなくってさ」
「そうですか」
「ああ。なにか案くれないかなーとか思って来てみたんだけど……邪魔、だったかな?」
「そそ、そんなわけないです!」
「──あ」

 和人がなにか思いついたようにパン、と自分の手を合わせた。

「まりあが手伝ってくれないか? 唄ってくれるとか」

 まりあは大きくかぶりを振る。

「人前で唄うだなんて、私には無理です。緊張しすぎて緊張どころじゃなくなりますから」
「そ、そっか。そういえば昨日の歌、なんて題名? 有名なやつ?」
「……オ、オリジナルです」
「オリジナル……って……」

 和人が目を見張る。
 ──やっぱり、ドン引きかなぁ……。
 まりあがしゅん、と俯いたのに対し、和人は。

「すごいな、まりあ! そんなことできるなんて!」

 予想外の反応にまりあは一瞬驚いたが、嬉しさにたちまち笑みが溢れた。
 だがハッと我にかえり、表情を曇らせた。

「い、いえ。誰でもできることです」
「そうかな? 少なくとも俺には無理だけど」

 和人が苦笑する。

「とりあえず、ちょっとついてきてくれ」
「え、ちょっとって……」

 和人はまりあの手を掴むと、突然走り出し、そのまま音楽室を出た。
 
 

 
後書き
アスナ「またキリト君が新しい女の子を連れてくる予感…!」
リズ「ちょっと、顔怖いよアスナ」


文化祭編、本格的に突入……した、かな?

 

 

第10話 黒歴史

 アスナとリズは先ほど、「鍛冶室で待ってるね」と言った。急ぎ着くと、俺はまりあの手を放した。

「な、なんなんですかー。走るの速すぎですよ、キリト! 息止まっちゃうかと思いました……」

 はてさてまりあは、いつから俺を「キリト」と呼ぶようになったのか。別にいいけど。
 俺は鍛冶室入り口から声を張り上げる。

「アスナ、リズ! いるよな?」
「あっ、キリト君! 早かったねー」

 アスナがほわんほわん笑い、奥から出てくる。そして俺の傍らにいるまりあを一瞥すると、首を傾げた。

「……えっと、キリト君の知り合い?」
「そんな感じかな。アスナ、リズ、こちら桜まりあさん」

 アスナと、続いて奥から出てきたリズが、まりあに微笑みを向ける。

「はじめまして、桜さん。わたしは結城明日奈。アスナって呼んでね」
「あたしは篠崎里香。みんなにはリズベットとかリズとか呼ばれてるわ。ま、テキトーに呼んで。あたしはあんたのこと、まりあって呼ぶから」

 ここで、ずっと抱いていた疑問をぶつけてみる。

「……あのさ、リズ」
「ん? どうしたのキリト」
「……『篠崎里香』が、なんで『リズベット』って呼ばれてるんだ?」
「はあ? あんた、知らないわけ?」
「知りません」

 リズが呆れたように溜め息を吐く。

「あ、わたしも知らないよ」

 アスナが苦笑混じりに挙手して言う。

「アスナまで知らないの!? ……『リズベット』はあたしの異世界ネーム……だったんだけど、いつの間にかこっちでまでそう呼ばれるようになったのよ。……まさか、異世界ネームまで知らない、なんて言わないわよね?」
「その異世界とやらも、最近知ったんだけどな」
「げっ! キリト……あんた、終わってるわー」

 勝手に完結させられた。

「あの、キリト」

 まりあが困った表情でこちらを見ている。

「あ、あの……どうして私をここに連れて来たのですか?」
「……あ、ああ。文化祭の出し物に困ってる…って、俺言ったよな? だからさ、まりあさえよければ、なんか作曲してくれないかなと」
「その作った曲を、どう使うのです? 私が唄うなんて嫌ですからね」
「ええと、アスナとかリズ辺りが唄ってくれればなと……」

 俺はアスナに目をやった。

「……そうなると、キリト君はなにをするのよ?」
「照明」
「キリト君にはできないでしょ」
「音響」
「もっと無理でしょ」
「鑑賞」
「もはや参加してないよね」
「謝罪」
「普通に謝りなさい!」

 ──自分のことは考えていなかった。
 俺、ほんとやることないな。

「じゃ、キリトも唄っちゃえば?」
「え」
「中等部1年の時にやったものよかマシでしょ」

 リズが意地悪な笑みを浮かべる。

「そ、そのことは今言うなよ!」
「ふっふっっふ、んまぁ、キリトの黒歴史だもんねぇ~」
「キリト君の黒歴史ってなに? すごく気になるんだけど」
「知らなくていいよ! 頼むから変な詮索はしないでくれよ、アスナ」
「リズ、あとで教えてね」
「了解、アスナ」

 リズがアスナにウィンクする。俺ははぁ、と溜め息を吐いた。

「……えっと、キリトの黒歴史って」
「知らなくていいって言ってるだろまりあ!」

 と、とりあえず話を変えるべきだろう。

「でさ……まりあ、作曲の方は頼んでもいいか?」
「いいですが、何曲ですか?」
「できるなら、アスナの分とリズの分とスグの分とスグの分と……4人分頼む。できなかったら1曲でも全然いいよ」

 その時、アスナがガシッと俺の肩を掴んだ。らしくない、低い声で言う。

「……キリト君」
「な、なんでしょうアスナさん……」
「キリト君も、ソロで唄ってくれるわよね?」
「無理です」
「あら……わたし達に対しては何の相談もせずに勝手に唄わせることにしておいて、それはあまりにも不公平じゃない?」
「うっ……」

 アスナは俺の胸倉を掴むと、にっこりと微笑む。

「……やらなかったらどうなるか……わかってるわよね? キリト君♥」

 ──語尾がこわい。こわすぎる。俺はこくこく頷くしかなかった。

「じゃあ、きまりね。桜さん、もう一曲追加しておいてね」

 アスナは俺からパッと手を放すと、いつもの表情をまりあに向けた。

「く、首絞まった……死ぬかと思った……」
「なにか言ったかな、キリト君★」

 なんかまた語尾がこわい気がする。
 本当に斬られかねないので、「なんでもありません」と大きくかぶりをふった。

「じゃあ、これにて今日は解散! 授業始まっちゃうしね」

 リズがパン、と手をうつ。

「アスナ、次の授業なんだっけ?」
「次は……確か、歴史の授業じゃ」
「桐ヶ谷和人は保健室でご臨終です」

 即座に言った俺に、アスナは苦笑いを浮かべた。

「それ、結構冗談にならないよキリト君……。どんだけ授業嫌なのよー」
「そうそう、歴史といえばキリトの黒歴史よね。キリトがあっち行ったら教えるわ」
「俺、鍛冶に目覚めました! 鍛冶室に残るよ!」
「そう? じゃああたし達は廊下歩きながら」
「俺の黒歴史について話したって、誰も得しないだろ!?」
「得しかしないよー。リズ、あとでちゃんと教えてね」
「もちろんよ、アスナ」
「ち、ちょっと待てー!」
 
 

 
後書き
※閃光様のキャラ崩壊注意

アスナ「で、キリト君の黒歴史って?わたし、中等部時代はあんまり仲よくなかったから知らないなぁ」
リズ「中等部一年は、文化祭の出し物クラスごとでしょ?キリトのクラスは劇だったのよ」
アスナ「キリト君はなにかやったの?」
リズ「『シンデレラ』の主役」
アスナ「ぶっ!?」
リズ「女の子にね、似合うメンバーがいなかったとかでねぇ…。キリトって、案外押しに弱いとこあるでしょ?」
アスナ「ね、その写真すっごく見たいんだけど。拡大コピーして寮の部屋に貼りたいんだけど!」
リズ「アスナってちょっとヤンデレ気味だよね……」

 

 

第11話 幽霊屋敷

 
前書き
最初は番外編10.5話の予定だったので、文章もちょっと遊び心散らしてたのですが……。

あれこれ考えてる内に、段々物語が壮大になってしまいまして(笑)

結局本編になってしまいました☆ハァー

 

 
「たらーららーららーららん らんらんららんらんらーららん」
「……どうしたアスナ、なんか怖いぞ」
「失礼ね、キリト君! これはね、まりあが考えてくれた、わたしの歌のサビ部分なのよ!」

 アスナは頬を膨らませながら言う。
 はてさてアスナはいつから「まりあ」とか呼ぶようになったのか。女の子って、なんていうか色々早い。

「そ、そうなのか……歌詞はまだないのか?」
「うーん……わたしらしい歌詞を考えようとしてくれてるみたいなんだけど、難しいみたいなの」

 アスナは困ったような表情になった。

「これでいいんじゃないか? 『はいそれ校則いっはん~、サボりは許さっな~いわ~』」
「……斬られたいの? キリト君」
「ひっ!? そ、その時は寮の部屋に逃げ込むよ……」
「地の果てまで追いかけてあげるわよ」
「怖っ!?」

 アスナは真顔で「嘘に決まってるでしょ」とボソボソ呟いた。

「あ、あのねキリト君……話、変わるんだけどね」

 アスナは俺の制服の裾を弱々しく掴んだ。今の間に彼女の中でなにがあったのだろう、と少し不安になる。

「……依頼、一緒に来てほしいんだけど」

 ──そ、そんなことか。

「そんなこととはなによ! ひとりじゃその、怖い依頼なのよ……」

 ──怖い?
 "あの"閃光アスナが、恐怖心?

「き、強敵が相手とか、なんか難しい感じのなのか?」
「うん……わたしにとってはね」

 アスナにとって強敵とか……俺が一緒に行ってなんとかなるのだろうか。

「……ど、どういう依頼なんだ?」
「…………………おばけ」
「え?」
「おばけ調査」
「おばけ、て……プッ」
「わ、笑わないでよー」

 意外にも、可愛らしい強敵だった。

「だって、あの閃光様がおばけ苦手とか……」
「……キリト君のバカ。そんなに笑わなくたっていいじゃない」

 アスナはプイッとそっぽを向いた。

「ごめんごめん。で、そのおばけ調査って? もうちょっと詳しく頼むよ」
「う、うん」

 アスナ緊張しているのか、少し間を置いてから話し始めた。

「森の奥にある洋館……あ、某ゲームは関係ないからね。某リーグに出場したり、某マスターを目指したりしないからね」
「わかってるよ! 早く先言ってくれるかな!?」

 なんか一気に疲れた気分。

「……だったらいいんだけど。その周辺で、1人の少女を見た……って人がいるのよ」
「ふむ……それに何の問題があるんだ?」
「なんと、その女の子のね……向こう側が、す、透けて見える、って……」

 ──!?

「それで、学園に依頼が来たの。その調査を頼む、ってね。わたしはただのアストラル系モンスターだと思うんだけど!」
「で、ひとりじゃ怖いから俺についてきてほしいと」

 アスナは少し不本意だという表情を浮かべ、無言でこくりと頷いた。

「仕方ないなあ……よし、今から行こう」
「い、いい今!? 今からじゃもう暗いわよ、何時だと思ってるの!」
「夕方5時。さあ行こう」
「い、嫌よ! 行くなら、もうちょっと明るい時間に……」
「幽霊調査するのに、暗くなきゃ意味ないだろ。ほら行くぞ。俺、今じゃないとついて行かないからな」
「今行って、わたしがおばけに憑かれて逝かされちゃったらどうするのよ!」
「その時はその時だな。あと、アスナがそう簡単に死ぬわけない」
「ちょっと!?」

 *

「へえ、ここが幽霊屋敷かあ……」
「もう! そんな言い方しないでよー、キリト君」
「悪い悪い」

 閃光様は怯えに怯えきっておられるご様子で、さっきから俺の背中に隠れている。
 俺は屋敷の扉を勢いよく開けた。

「たのもー」
「ちょっとキリト君! ジム戦に挑む某アニメの主人公みたいな発言しないでよ!」
「悪い悪い」

 同じ言葉を繰り返す。
 一番手前にある部屋の扉に手を掛け、開ける。
 アスナが「あっ……」と声を上げる。なにを見たわけでもないようだが、俺の腕を強く掴んだ。

「ん……? なんだ、この部屋……」

 部屋はとても広いようで、大きな迷路のようになっていた。狭い道の両側に、扉式のタンスが向かい合って並んでいる。

「変な部屋だね……。怖いよキリト君、今日は帰ろうよ」
「ちょっと行ってみよう」
「あ、キリト君!」

 俺は床を強く蹴ると、道に足を踏み込む。なんだかタンスに睨まれているようで不快だったので、走って進むことにした。
 その時、タンスの扉が──

「うわ──っ!?」

 **

 和人は明日奈を置いて行ってしまった。

「うう、キリト君のバカあ……置いてかないでよー」

 和人を追いかけたいけれど、恐怖で足が動かない。
 その時。

「うわ──っ!?」

 和人の声だ。

「キリト君!」

 和人になにかあったのかもしれない。それは明日奈とって、なによりの恐怖。幽霊のことなど忘れ、明日奈は和人の声がした方向へ向かった。
 暫く走っていると、細いシルエットが見えた。
 見間違えるはずもない、和人だ。

「──キリト君! どうしたの!?」
「逃げようアスナ!」
「ええ!?」

 和人は目にも留まらぬ速さで走り寄って──いや、なにかから逃げてくると、明日奈の手を掴み、再び疾走する。
 ──と、和人が急ブレーキを掛けた。明日奈は大きく滑り、床に尻餅をついた。

「ど、どうしていきなり止まるのよ」
「……アスナ……あれ」
「え?」

 和人が指差す方向を見ると、白く、小さな影が見えた。

 人の──幼い少女の形をした影だった。
 
 

 
後書き
アスナ「ちなみにキリト君、さっき君の悲鳴が聞こえたんだけど、なにがあったの?」
キリト「道を歩いてたらさ……」
アスナ「う、うん」
キリト「ひとりでに、次々開き出したんだよ……タンスの扉が」
アスナ「えっと、どういうこと?」
キリト「だから……俺が道を進んでいくだろ?ちょうど通過した後に、両側のタンスの扉がパカパカと開き出してさ……めちゃくちゃ走ったから問題なかったけど、もし一瞬でも止まってたらどうなってたことやら……」
アスナ「うう……やっぱり夜に行くべきじゃなかったのよー!(泣)」

 

 

第12話 生きてる

 
前書き
[この子と離れたくない──]

幽霊屋敷の奥で、白い人影を目視した明日奈と和人は──? 

 
「ね、ねえキリト君あれってもしかしてもしかしてもしかして」
「落ち着けよアスナ……よく見ろよ、透けてなんかないし、脚だってある……あの子、生きてるぞ!」
「えっちょっ……キリトくん!?」

 明日奈が和人の方に手を伸ばすが、彼が急に走り出した為、見事に空を切った。

「もー!」

 明日奈は和人に聞こえるように大声で言うと、後を追った。
 追いついた時、和人の腕の中にはひとりの少女の姿があった。

「俺の姿を見た途端、突然倒れたんだ……」
「……依頼で聞いた女の子は、たぶんこの子だね」
「ああ。……けどこうして触れられる以上、幽霊なんかじゃないみたいだな」

 幽霊が本当に触れられないかなんて、誰にもわからない。事実、この少女の血色は良いものではないし、躰はあまりにも細すぎる。
 だが、なんとなく判る。この子は生きている──。
 そうと判った以上、こんなところに置き去りにしておくわけにはいかない。
 明日奈は呟くように言う。

「学園に連れて行きたいけど……寮には泊められないし」

 学園側など、大人にに引き渡すという選択肢もあっただろう。しかし、なんとなく思う。
 この子と離れたくない──。
 そんな明日奈の心情を悟ったのか、和人は熱心に考え始めた。
 和人が口を開く。

「……こないだやった方法は?」
「こないだ、って?」
「前にスグやユージオと依頼で出掛けた時にさ、寮に帰るのは難しいから……って行ったとこ」

 和人が学生証を提示する。

「ああ!」

 明日奈はパンッと手をうつと、自分の学生証を取り出し、真上に放り投げた。

 
 

 
後書き
アスナ「ねぇ、キリト君……関係ないけど」
キリト「ん?」
アスナ「ドラマCDでの君って、キリト君っていうよりは、さくら荘の空太くんみたいだよね」
キリト「……そういう感じの発言はやめましょうねアスナさん」

 

 

第13話 朝露の少女

 ウンディーネの少女としてアルヴヘイムに降り立ったアスナは、迷わずキリトの姿を捜した。
 あの少女が一緒にこの世界に来れているか否かは判らない。けど、和人に触れられながらの転移だったので、無事来れている可能性もゼロではないはずだ。

「……アスナ!」

 後ろ側から、キリトの声がした。
 アスナは勢いよく振り向く。キリトの隣には、先ほどの少女が立っていた。

「あれっ……目、覚めたんだ」

 少女は小首を傾げると、「誰?」といった表情を浮かべた。アスナは少女に視線を合わせるようにしゃがみ、にっこり微笑む。

「わたしはアスナ。はじめまして」
「……あうな?」

 少女の声は鈴の音のように美しく、しかしどこかあどけなく聞こえた。

「……ユイにはちょっと難しいよな」
「うん……」

 キリトの言葉に、少女はこくりと頷く。

「ユイ……? あなた、ユイちゃんっていうの?」
「うん」

 アスナの問いに、少女──ユイは再び頷きながら答えた。
 ──なにか、おかしい。

「ねえ……キリト君」
「どうした?」
「おかしいと思わない?」
「え、なにが?」
「この子、何歳くらいに見える?」

 キリトがユイを見やる。

「……9歳くらいだな」
「そんな小さな子が、あんなところに1人でいただなんて……やっぱりおかしいわ」
「そうだな……」
「それに、話す言葉はまるで、9歳というより……」

 ──赤ん坊のようだ。
 アスナはあえて最後までは口にしなかった。
 そして、ユイに問う。

「……ね、ユイちゃん。あなたの家族の居場所とか……わからない?」
「……かぞく?」

 ユイは小さく首を振る。キリトは心痛な表情になった。

「キリト君……」
「……記憶喪失、とかいうやつだろうな……」

 アスナはきゅっと奥歯を噛みしめた。
 まだ幼い女の子が、記憶もなしにあんな場所で──。

「キリト君……この子の親が見つかるまで……」
「ああ、俺たちが面倒を見よう」
「……うん」

 アスナはこくりと頷いた。 

 

第14話 パパとママ

 放課後。アルヴヘイム、キリトの家。

「……高校生が一軒家を買うってのは、なかなか大変だったぞ」
「仕方ないでしょ、ユイちゃんの為なんだから!」

 アスナはユイを抱きながら、キリトを見て言う。

「そりゃそうなんだけどさ……」
「大体、依頼の報酬としてお金貰ってるじゃない」
「まあ、1回1000円くらいはな!」

 依頼を受け、任務を完了すると、報酬を貰える──学園側がほとんど持っていってしまうのだが。

「キリト君、しょっちゅう1人で行ってるじゃない。わたしよりお小遣い多いんじゃないの?」
「……ユイの前で、そんな話はやめようぜ」
「君が先に言い出したんでしょ」

 アスナがはあーっと溜め息を吐いた、その時。

「……あうな」
「ど、どうしたの、ユイちゃん?」

 アスナは慌て、ぎこちない笑みを浮かべる。

「……きいと」
「どうした?」

 キリトは微笑んだ。

「あうな……ママ。きいと……パパ。あうな……」

 ユイは繰り返し言うと、パッと顔を上げた。美しい花が盛大に咲いたような、満面の笑みをたたえている。

「きいとはパパ、あうなはママ!」

 アスナとキリトは、暫く硬直した。

「キリト君、なに教えてるのよ!?」
「アスナ、なに言わせてるんだ!?」

 ふたりがその言葉を口にしたのは、ほぼ同時だった。

「……キリト君が教えたんじゃないの?」
「……アスナが言わせたんじゃないの?」
「なわけないでしょバカ!」
「バッ、バカ!?」
「えへへ、パパ、ママ、なかよしー」

 ユイが嬉しそうに言う。アスナの心も穏やかになった。

「……そうだよユイちゃん、ママだよ」

 アスナの横で、キリトは苦笑いしているが、嫌というわけでもなさそうだ。

「……ママ!」

 ユイが嬉しそうに笑っている。
 ──この子もいつかは、本当のパパとママのもとに帰る。
 ──いつかは、わたしたちのもとを離れてしまう。
 出会ったばかりなはずの少女は、早くもアスナの心の深いところに入り込んできた。
 キリト──和人と一緒にいる時の、切なく、苦しくなるような感情とはまた違い……。
ユイと一緒にいると、とても癒されて、ずっと離れたくないと思える。
 和人と二人きりでいることは楽しいけれど、好きだけれど。その中に彼女がいることは、自然と嫌ではなかった。
 そう、まるで本当に、自分と和人の──。

「……ってなに考えてるのよ、わたし!」
「……いきなり叫ぶなよ、アスナ。ユイがびっくりするだろ」

 キリトが呆れたような声で言う。

「ご、ごめんなさい……」
「別にいいけどさ……で、アスナ」
「なに?」
「なに考えてたんだ?」

 キリトが無垢な表情で訊いてくる。アスナは自分の顔が急速に熱くなることを感じた。

「いいっ、言えるわけないでしょ!」
「……なに考えてるのか知らないんだから仕方ないだろ……。そもそも、知らないから訊いたのに」

「ちょっと訊いてみただけじゃないか」、「てかバカは言いすぎだろ」、「そもそも……」とかキリトがブツブツ言っていることはオール無視しておいた。
 
 

 
後書き
キリト「無視ですかそうですか……」
アスナ「え、ただの独り言じゃないの? ひとつひとつ返事してほしいの? してほしいならしましょうか?」
キリト「」

 

 

第15話 神聖術

 
前書き
出したかったはずなのに使ってなかった『神聖術』と『ア○ス』ネタ…w

今回やっと使う………ですたぶん。

 

 
「キリト……」
「ど、どうしたんだよまりあ」

 和人が少し焦ったような返事をする。

「……アスナにはアスナらしい歌、キリトにはキリトらしい歌……というものを作りたいのですが、なかなか歌詞が思い浮かばなくて……」
「それなら、『神聖術』でも使えばいいじゃない」

 明日奈が言う。
 «神聖術»というのは、俗に言う«魔法»だ。実技の必修単元でもある。

「げっ……」

 和人が顔をしかめる。どうやら苦手なようだ。

「キリト君、«神聖術»はちょっと微妙なんだよー。剣がなければ、今頃実技の成績はどうなっていたことやら」
「うあ、それ言うなよ……」

 なんだかこの頃、和人と明日奈が恋人……いや、夫婦のように見えることがあるのは、気のせいだろうか。
 休み時間などに、なにやらコソコソと話しているところをよく見るし、明日奈は和人のお弁当を毎日作ってきているし。
 ──もしかして、付き合っているのだろうか。

「……キリト。ちょっと失礼します」
「えっ?」

 まりあは隙をついて、和人の襟首を掴んだ。
 明日奈は動揺の表情を見せている。
 和人に小声で訊いてみる。

「……アスナと付き合ってるんですか?」
「な、なに言ってるんだよ!?」

 和人はまりあの手を振り払うと、数歩後ずさった。
 背後には、いつのまにか小さな少女が立っていて、和人と軽く衝突する。
 和人は目を見開くと、その場にしゃがみ、少女と目線を合わせ言った。

「ユイ! なんでこんなところに……ていうか大丈夫か!?」
「うん、だいじょうぶ」

 ユイというらしい少女がニッコリと微笑む。
 ユイは首を傾げ、不安そうな表情になって訊く。

「……パパ、うわき?」

 ──浮気?
 ──というかそれ以前に、今『パパ』って言った!?

「パ、パパって、キリト……!」
「まりあ、誤解しないでくれる!?」
「だってこの子今、パパって! 浮気って!」

 和人が首をぶんぶん横に振っている。

「見てみろよ! この子どう見ても小学生だろ!? 高校生に小学生の娘がいるか!?」

 ユイを手で示して言う。

「じゃあ、きちんと説明して下さい!」
「……いいんじゃない? キリト君。別に、隠すような疚しいことなんてしてないんだから」

 明日奈が溜め息混じりに言った。

 ***

「へえ……不思議なお話ですね」

 和人と明日奈の説明後、まりあはユイを見て呟いた。

「パパ」
「どうした、ユイ?」
「ユイも唄いたい」

 和人は苦笑いを浮かべる。

「……あのなユイ、唄うっていうのは、ただ喋るだけじゃないんだぞ?」
「ユイ、唄える!」
「……そこまで言うなら……。まりあ、一曲追加頼む」

 ──今でも十分以上にいっぱいいっぱいなのに……。

「……仕方ないですね」

 今度はまりあが溜め息混じりに言った。

「で、アスナ。神聖術を使うって……どういう意味ですか?」
「ええと、神聖術にあったでしょ? 人の心を読み取るってやつ。アレを使えば、歌詞の参考にもなるんじゃない?」
「……その術はとても難しいって聞いてますよ。誰がやるんですか」
「生徒会に、1人いるわ」

 聞いた途端、和人は顔をひきつらせた。

「あいつかー……」
「生徒会の、誰ですか?」

「……たぶんアリス。アリス・ツーベルク」

 明日奈が微笑んで言う。

「キリト君とユージオ君の幼なじみなの」

 
 

 
後書き
明日奈「あぁぁぁあああ!!!」
和人「な、なんだよアスナ」
明日奈「原作やアニメではわたしとキリト君ラブラブなのにッ!!どうしてなのよぉ!!どうしてマダマダなのよぉぉ!!」
和人「……?なに言ってるんだアスナ…」
明日奈「あぁぁ…原作やアニメではキリト君の寝顔も見放題なのにッ!!」
和人「ほんとなに言ってるんだアスナ…!?」ゾワッ

 

 

第16話 気持ち

「キリト? どうしたのよ」

 俺の前に、仁王立ちする華奢な少女がひとり。
 癖のない金髪を、小さな顔の両端で流し、青い瞳は無限の空のように深く、綺麗に輝く。
 1年生にして、アインクラッド高等部生徒会長を務めている彼女──アリス・ツーベルクは、神聖術の天才である。

「あのさ、アリス。頼みごとがあるんだけど」
「だからなによ。わたしにできることかしら?」
「ああ、できるだろうな」
「ふーん……仕方ないわね。言ってみなさいよ」

 つんとすました笑みを浮かべるアリスの頬は、何故だか赤くなっている。

「……神聖術を使ってほしかったんだけど……アリス、なんか顔赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
「ちょっ……額触らなくていいから! 熱なんてないわよ!」

 アリスはますます赤くなると、俺の頬を音高く叩いた。

「な、なんだよ。せっかく人が心配して」
「心配なんて要らないわよバカ! それに、熱なんて神聖術でいくらでも治せるし」

 ……また女の子にバカって言われたぞ……。

「あんたと話してると、ほんとに熱が出てきちゃうわ。ねえ、アスナ」
「うん。わたしもキリト君見てると熱が出ちゃいそうだよー」
「あんまり言うと、俺泣くよ? 泣かせたいの?」

 アリスはふふんと不敵な笑みを浮かべて言う。

「キリトの泣き顔って、超レアよね? 幼なじみの私でも、ほとんど見たことない気がするもの。妙な意味じゃなく、普通に見てみたいわ。写真撮って大量に焼いて、校舎の屋上からばら蒔くの」
「勘弁して下さい……」

 俺はとりあえず脱線した話列車をもとのレールへ戻すことにした。

「……で、その熱だっていくらでも治せちゃう神聖術のことでお願いがあるんだけど」
「なによ?」

 俺は一通り説明する。
 聞き終えたアリスが溜め息を吐いて言った。

「そんなのお安いご用よ。けど、アルヴヘイムとか……異世界に行って魔法使うってテもあったでしょ? 相変わらずバカなんだから……」

 俺って、そんなにバカなのか。

「いいわよ。じゃあまず、誰から?アスナから?」
「お、俺は?」
「なによ、自分の心の中なんて見てほしいの?」
「いや、そういうわけじゃ」
「あなたのことなら、幼い頃からよく知ってる。わざわざ神聖術使う必要なんてない」
「そ、そうか……」

 得意気に微笑んだアリスは、アスナの前に手を翳すと、「コール」とはっきり神聖術の冒頭句を口にした。彼女の声はよく通る。
 神聖術のスペルを噛まずに高速詠唱したアリスは、苦笑いしながら「なるほどね」と呟いた。

「じゃ、歌詞の参考になる程度に、アスナの気持ちとかを桜さんに流し込むわ」

 再び高速詠唱が開始され、瞬く間に終了する。
 なにを知ったのか、まりあの顔が切なそうに強ばった。

「……解りました、アスナの気持ち。歌詞、すぐに考えてきますね」

 まりあは何故だか苦笑いをすると、どこかおぼつかない足どりで歩いていった。
 
 

 
後書き
明日奈「さすがに、泣き顔写真ばら蒔くのは可哀想だよー」
アリス「うーん、やっぱそうよねー。ま、ほんとにやる気なんてなかったけれど」(笑
明日奈「やっぱりね、独占しちゃうのが一番だと思うの!」
アリス「……うん、なんて?」
明日奈「キリト君の泣き顔写真なんて、誰にも見せたくないもん! わたしのキリト君コレクションに加えて終了だよ!」
アリス「……………うん、なんて?」

*****************************************************

アリス「……アスナの心………なんていうか結構、アレ気だったわね……」

 

 

誰17話 こわい

「パパー。ユイの歌、まだ?」
「ごめんな、まだなんだよ……もう少し待ってくれるか?」
「うん。ユイ、待つ!」

 ユイがにこやかに答える。
 アリスはユイにも神聖術を使い、気持ち歌詞の参考になる情報を入手しようと試みたらしいのだが……何故だか、なにを見ようとしても真っ白なのだという。俺は「適当に可愛らしい歌とか、見た目でなんとなくって感じでもいいんじゃないか?」と言ったのだが、まりあは難しい顔をしていた。

「キリトくーん!」

 10メートルほど先から、アスナがこちらに手を振っている。

「はやくはやくー!」

 今日はユイの本当の親に繋がる手がかりを捜す為に、例の屋敷に続く森に来ているのだが……。

「はしゃぎすぎだろ、ったく……」

 俺は呟くと、小走りでアスナのもとへ向かった。

 *

「……うう、相変わらず怖いとこね……」
「さっきまであんだけはしゃいどいて、今更なに言ってるんだよ……」
「だ、だってキリト君ー」

 アスナが涙目で訴えかけてくる。



「ママ……の……こころ……こわ……い…………」



「……ユイ?」

 ユイは突然頭を抱えてその場に座り込んだ。

「──ユイ!」
「ユイちゃん!?」

 俺とアスナはユイの横にしゃがんだ。

「ユイ……こわい──怖い!!」

「ユイちゃん!」

 アスナはユイを抱きしめた。同時に、俺に目線で問いかけてくる。
 ──どうしよう、どうしちゃったんだろう……キリト君!

「ユイちゃん、なにが怖いの? 怖くなんかないよ。怖がらなくていいよ……」

 アスナがユイの頭を優しく撫でた。

「こわ……く、ない……?」
「そうだよユイちゃん、なんにも怖いものなんてないよ……」

 ユイが落ち着くまで、アスナはユイを抱きしめ続けていた。
 
 

 
後書き
和人「ちなみに俺は最近、アスナがこわ」
明日奈「キリト君?」
和人「な、なんでもないです……ヤッパリコワイ」

 

 

Kirito's episode 記憶

 
前書き
番外編。
それはまだ、桐ヶ谷和人が6歳だった頃。

楽しかった日々は遠く過ぎ去り、やがて悪夢の1日がやってくる──。


話のテンポ、大っっっ分速いです。
それでもついてっちゃうよ! という寛大な(あるいは少し変わっry)心をお持ちの方のみお読み下さい。。
 

 
 当時の和人は、悪戯(いたずら)ややんちゃで両親をよく困らせた。しかし両親はそんな彼を煩わしく思うこともなく、ただただ幸せに暮らしていた。

「やった!」

 キッチンから和人の歓声が聞こえる。
 ──またなにかやっているのか。和人の母親は溜め息を吐くと、持っていた洗濯物をその場に置き、キッチンへ急いだ。

「あっ、母さん見てくれよ!」

 和人が嬉しそうに指差したのは、積み上がった缶詰め。棚にしまってあるものを、和人はわざわざぶちまけたというわけだ。

「もう、悪戯しちゃ駄目だって言ってるでしょう?」

 母親は和人の頭を軽く小突いた。

「悪戯じゃないよ。遊んでるんだ」
「言い訳にもなってないわよ」
「ちぇっ……」
「ほら……いい子だから、ちゃんと直しなさい」
「はいはいっと……」

 ──これが6歳児の喋り方か。きっと父親に似たのだろう。
 と、家の門前から、幼くも凛とした声が飛んでくる。

「カズー! 一緒に遊びましょう!」

 和人の友人、アリス・ツーベルクだ。和人は嬉しそうに黒い瞳を大きく開き、玄関先まで走り出した。

「見てよ、カズ! ユージオがお花をくれたの!」

 ユージオというのは、これまた和人の友人だ。和人はニヤリと笑う。

「へぇ~。ほうほう、ふ~ん」
「な、なんだよカズ」
「いやぁ、なんでもないよ?うん」

 どうやら、最近の子供は随分ませているようだ。──いや、和人が少し大人びすぎているのか。

「カズ、早く準備して。今から公園に行くんだけど、ついてきなさいよね」

 アリスが楽しそうに笑っている。
 そう、この頃は楽しかった。みんな笑っていた。
 この後起こる悲劇のことも未だ知らずに──。

 °・†:.。..。.:†・°°・†:.。..。.:†・°°・†:.。..。.:†・°°・†:.。..。.:†・°°・†:.。..。.:†・°°・†:.。..。.:†・°°・†:.。..。.:†・°°・†:.。..。.:†・°

「えっ……母さん、今日はお仕事行かないの?」
「うん。休み摂っちゃった」

 和人の両親は、仕事ではないが犯罪組織の殲滅をしている。最近は«笑う棺桶(ラフィン・コフィン)»をはじめとする犯罪・殺人集団が増えてきたので、それらを徹底的に潰していっているのだ。両親共に剣の腕が立つ為、今までは難なく行うことができていた。
 しかし近頃、犠牲者が大幅に増えた。犯罪集団も力をつけてきていて、殲滅に向かっても返り討ちにされてしまうことが多くなってきた。このままでは、いつ和人を置いて旅立ってしまうかもわからない。だから今日は、1日ゆっくり休むことにした。和人と過ごす時間を、少しでも紡いでいけるように。

 ──事件はその晩に起こった。

「和人ー、寝る前は歯磨き」
「もう磨いたよ!」

 和人はテレビでバラエティー番組を見て笑いながら言った。

「親父はまだ帰ってきてないの?」
「親父って……せめて父さん、とか言えないの? もうとっくに帰ってきてるわよ」
「あ、ほんとだ。おかえりオトン」

 和人は父親を一瞥し、すぐ様テレビに向き直った。

「……ただいま、和人。なんだオトンって」
「母さんが"親父"言うなって」
「なら母さんは"オカン"だな」

 父親はからからと笑い、和人の座るソファーにどかっと腰を下ろした。母親は盛大な溜め息を吐いた。

 ──その時。

 ダン、ダン、と玄関扉を強く叩く音がした。和人は首を傾げて言う。

「なに? こんな時間に。アリス達かな?」

 叩く音はどんどん大きくなる。

「……まさか」

 母親が口に両手を当てた。その顔は真っ青だ。

「……まさか、家にまで来るなんて……!」
「なあ母さん、親父、なんの話?」
「お前は奥に隠れてろ!」

 父親が叫ぶ。手には愛用している片手直剣が握られていた。

「え、なんで」
「いいから早く!」

 和人は少し驚いたように眼を見開くと、奥へ引っ込んだ。

 ──扉が壊される音がした。

「……きっと、«ラフコフ»ね」

 母親が呟くように、しかし確かな声で言う。
 殺人集団«笑う棺桶(ラフィン・コフィン)»は近年、それらを妨害する者達の家を襲い、何百人にものぼる人々の殺戮に明け暮れている。遂に和人たちの家もターゲットにされたというわけだ。

「あの子だけは、絶対に守ろう」

 父親は力強く囁いた。
 多勢に無勢、苦戦した二人だが、なんとか数人を無力化することに成功した。
 しかし──。

「あなた、後ろ!」
「えっ……」

 母親の叫びに、父親は後ろを振り返った。
 犯罪者が嘲っていた。
 父親の血と、母親の悲鳴と、殺人者の(わら)い声が混濁し──。
 父親はその場に崩れ落ちた。
 固く閉じられた瞼は、もう二度と開くことはなかった。
 やがて、その身が四散した。

「嘘でしょ……」

 母親もまた、絶望に崩れ落ちる。震える手で、目の前で砕け散った夫の剣を取る。
 仇に剣を向けた、その瞬間──。

「……親父?」

 リビングの扉から、あまりに大きなショックを隠せず、黒い瞳を揺らして立ち尽くす少年がいた。

「和人! こっちに来ては駄目。今すぐ逃げなさい!」

 母親が叫んだ。
 殺人者が嘲笑し、和人に向かって自らのナイフの刃先を向け、突進する。しかし和人は、ただ呆然と立ちつくすばかり。
 母親は、今は亡き夫の言葉を思い出した。

 ──あの子だけは、絶対に守ろう。

 そうだ。守らなければ。
 母親は半ば吸い寄せられるように、和人を庇うように抱きしめた。
 その背中を、深紅に染まったナイフが深々と切り裂いた。
 母親の眼から、一筋の雫がつたった。
 その躰が輝き始め──
 四散した。
 和人は絶叫した。

 ──今まで、戦闘はおろか、剣を握ったことすらなかった。

「ははははっ! 死んじまったな、お前の親!」

 殺人者が言う。

「まぁ安心しろよ。今すぐお前も会えるからさ」

 その刹那。

「……黙れ」

 和人は呟くと、殺人者に猛然と体当たりした。その勢いで転げ落ちたナイフ──両親の血に濡れた、忌々しい凶器を掴んだ。

「……これ、親父の分」

 おもむろに口を開き、ナイフを振りかぶる。戦闘なんて初めてのはずなのに、恐るべき速度だった。殺人者の腕にしっかりと命中した。

「……これは母さんの分」

 今度は振るったナイフを切り返す。

「そんでこれは……」

 和人は血走った眼で相手を見据えた。

「俺たちの生活を壊した罪」

 その言葉は、微妙にあどけなさの残る声から発せられるものだとは到底思い難かった。
 和人は生まれて初めて人を憎み、恨んだのだ。
 しかし、和人が殺人者にとどめを刺す前に、整合騎士が飛び込んできた。







 その後和人は母親の妹──桐ヶ谷翠(きりがやみどり)の家に引き取られた。
 数ヵ月後。

「ねぇ、かずとー」

 言ったのは、桐ヶ谷家の一人娘──従妹の桐ヶ谷直葉だ。和人は苦笑いを浮かべた。

「……どうした、スグ」
「遊ぼ、かずと!」

 直葉がにっこり笑う。

「はいはい……」

 和人は直葉の兄のようだった。とても穏やかにも見えた。
 しかし翠は、和人の瞳の奥に広がる深い闇を見過ごすことができなかった。翠が事件の詳細を知ったのは、和人やあの家の記憶を神聖術によって覗き込んだからだ。
 両親を殺されたことへの恨み、哀しみ、怒り、憎しみ。

 ──このままだと、和人は壊れてしまうのではないか。

 翠は不安に感じていた。
 和人はあの事件についての記憶をすべて喪ってしまったらしい。家族と幸せに暮らしていた日々や、自身の両親が誰なのかということさえ覚えていなかった。よほどショックだったのだろう──そう考えると、翠の胸は張り裂けそうに痛んだ。

 和人を自分の子、直葉の兄として育てた。
 年月が流れ、やがて和人は子供らしい明るい表情をするようになり、直葉と楽しそうに戯れるところをよく見かけるようになった。

「カズー! 直葉ー! 遊びましょー」

 アリス・ツーベルクが、玄関先から叫んでいる。
 どうやら、幼なじみであるアリスとユージオに関する記憶はまだ残っているようだった。
 もしかして、賢いアリスが何か勘ぐったりするのではないか──と思ったが、どうやらその心配は必要ないようだった。
 アリス自身、和人の本当の両親の顔や、あの晩起こった事件のことを知らないらしい。家については「引っ越した」と言えば納得した。

「スグ、行くか?」
「うん!」

 和人の問いに、直葉は笑顔で答えた。

「じゃあ、行ってくるよ、母さん!」

 和人は言うなり、外へ駆け出した。
 再び平和な日常が戻ってきた。
 けれど、これもほんの少しの期間のお話。
 約10年後、どんな事件が起きるかも知らずに──。



 ただ、油断していた。 

 

第18話 罪

 
前書き
そろそろ話進めたいんで、イキナリ急展開となっております^^;

てなわけで、番外編にアリスとキリトのお話を入れる予定です。

よかったら見てねということでお願いします。

 

 
「キリト、ユージオ!」

 俺とユージオが昼食を摂っていると、アリスに声を掛けられた。いつもなら凜としているはずの彼女の表情には、何故だか、どこか哀愁的なものが漂っている。

「3人で写真、撮りましょう?」
「な、なんだよ突然」

 俺が訊くと、アリスは切なそうに微笑んだ。

「……キリト、ユージオ。わたしね……」

 次の瞬間、アリスは信じられないことを言った。

「わたし、犯罪を犯したの」

 俺とユージオは、暫く動くことができなかった。
 ユージオが唇を戦慄かせて言う。

「……な……アリス……嘘だろ……なにを、なにをしたんだ……?」

 言葉を紡ぐことさえ儘ならないのは無理もない。俺とて、口を開くことさえできていない。
 アリスはほのかな微笑をたたえたまま、話し始める。

「学園内でね、小さな女の子がうずくまっているのを見つけたの。その女の子っていうのは、ユイちゃんだった」

 ──ユイ?

「とっても苦しそうだった。それでわたし、放っておけなくて。神聖術を使って、治癒することにしたの」

 困っている人、苦しんでいる人を放っておけないアリスの性格は、幼い頃からよく知っている。
 しかし、何故それが罪に問われるというのだ。

「わたし、高位の神聖術を使った。なのに、ユイちゃんの様態が良くなる兆しはなかった……。わたし、悔しくて。自分の無力さがもどかしくて。それで……«禁忌の神聖術»を使ったの」

 «禁忌の神聖術»。強力すぎて、一般人には使うことを許されていない術。その中には、とても高位な«治癒術»も含まれていた。

「……それでね、ユイちゃんは元気になったわ。だから、だからね……」

 アリスの大きな瞳から、一筋の雫がつたった。

「だからわたし、後悔してない」

 アリスらしいといえばアリスらしい。
 けれどこんな、こんなの──。

「ユイちゃんを助けられてよかった」

 アリスは俺の左手を、両手で包み込むように握った。

「……わたしはこれから、«セントラル・カセドラル»に連行される」
「……えっ」

 «セントラル・カセドラル»。
 この世界において、警察の上に立つ組織。カセドラル内部には非常に強い«整合騎士»が存在していて、この世界の秩序を守っているのだという。

「悪いことをして連行されるっていうのに、反省どころか後悔さえしてないなんて……ふふ、わたしも変わり者ね。どこかの黒髪の幼なじみにうつされちゃったのかしら?」

 幼なじみの少女の、いつも通りの声。しかしその肩は、小刻みに震えているように見える。

「……怖くないのかよ」

 俺はようやく開いた口で訊ねた。

「まだ高校生の女の子が……悪いことなんてしてないのに、カセドラルになんて」
「わたしは平気よ」
「え……?」

 アリスは俺の額を軽く弾いた。

「法は法、罪は罪だもの。例え、どんな理由があってもね。私が悪いことしたのは事実なんだし」
「……強がるなよ!」

 俺はアリスの細い肩を強く掴んだ。

「本当は不安なくせに! 怖いなら、怖いって言えよ! そうじゃなきゃ俺、俺……!」

 俺の両眼からも、様々な感情が涙に形を変えて零れ落ちるのを感じた。

「アリスの真面目なところは、昔からよく知ってる。アリスのそういうとこ、俺も好きだけど……でも」
「キリト……」

 アリスの声は震えている。

「……わたし、本当は怖い。カセドラルになんて、行きたくない」

 濡れた声で、弱々しく呟いた。

「……言えるじゃないか。なら、俺とユージオが全力で君を守るよ。……なあ、ユージオ」
「え? あ、ああ……」

 この状況でぽけーっとしていたらしいユージオが、ハッと顔を上げる。

「キリト……それって、カセドラルを敵に回すってことなんじゃ」
「アリスの為だ。そんなのどうだっていいだろ」

 俺はユージオの言葉を遮って言った。
 俺だって、なにが正しいのかなんてよくわからない。けど、アリスだけは守らなければならない。



 たとえ、世界中を敵に回したとしても──。



  
 

 
後書き
和人「急展開にもほどがあるだろ!」
明日奈「ほんとよ! ていうか、どうしてメインヒロインたるわたしの出番がないのよ! ……っていうか、なんかキリアリ展開だし……(ぼそ」
アリス「わたしの死にフラグ的なものがすごいわね……」(ため息

 

 

第19話 喪失

 
前書き
[俺がそうしたいからそうするって言ってるんだ!]

急展開のせいで、アリス様がとんでもないことに……><

いや、あの~……私の考えてるこの後の展開的にはですね、今やっといた方がいいのですよ……。

『文化祭編』つってんのにね!ホント、なにやってんでしょうね!

 

 
「アリスの為だ。そんなのどうだっていいだろ」

 和人はそう言った。
 しかしユージオには、とてもそんな風には思えなかった。
 確かにアリスは大切だ。幼なじみだし、ユージオ自身は淡い恋心さえ抱いている。
 しかし、カセドラル──組織自体は公理教会と呼ばれている──を敵に回すだなんて、教会への、そして世界への最大の反逆だ。ユージオには到底できそうもない。

「……あなたはそう言うと思ってたわ、キリト。でも……駄目よ。あなたまで罪人になってしまうわ」
「いいんだ、そんなことは」
「よくないでしょ!」

 アリスが和人の体を突き飛ばした。

「なに言ってるのよ! あなたは将来有望な剣士でしょう。わたしなんかの為に、カズの未来が台無しになるなんて……そんなのわたし、許さないわよ!」

 アリスは小さい頃使っていた和人のあだ名を使った。

「……アリスのほうこそ、なに言ってるんだ?」

 和人の言葉に、アリスは動揺の表情を見せる。

「お前だけの為なわけないだろ。俺がそうしたいからそうするって言ってるんだ!」
「……ッ」

 言ってしまえば屁理屈だ。けれど、和人の瞳はいたって真剣なものだった。
 アリスはふっ、と俯きながら笑う。次の瞬間、涙を拭きながら上げられた彼女の顔には、苦笑いのような微笑がたたえられていた。

「……ばか」

 アリスが震える声で呟く。

「……もう、知らないわよ。どうなったって」
「ああ、どうなったっていいよ」

 ──ユージオには、そんなこと絶対、嘘でも言えない。
 和人は平然と訊く。

「整合騎士が連行に来るのは、いつ頃なんだ?」
「12時きっかりよ」
「そうか。あと1時間ちょい、てとこか……アリス、逃げよう」
「逃げるって、どこに? 騎士様を侮ってはだめよ。きっと、どこまでも追いかけてくるわ」
「なら、法が及ばない場所に行く」
「い、1時間じゃ無理よ!」

 和人は不敵な笑みを浮かべる。

「俺を甘く見るなよ」

 和人はアリスとユージオの手を握った。次いで、思いっきり地を蹴る。

「きっ、きゃ──っ!?」
「う、うわ───っ!?」

 アリスとユージオの悲鳴が響き渡る。和人が2人の手を握ったまま、突然豪速球の如く走り出したのだ。

「キッ、キリト! 異世界に行くってテは!?」
「ユージオまでなに言ってるんだよ! そんなの直ぐにバレちゃうだろ!」
「ふふふっ……あはは!」

 アリスの楽しそうな笑い声がこだまする。

「おいアリス、あんま大声出したら台無しだぞ!」

 言う和人の声も楽し気だ。
 和人やアリスと一緒なら、どこまでも行けると思った。思っていた。
 ──しかし。
 ふと空を見上げると、飛竜の影があった。
 この世界において、飛竜にまたがり、空を飛翔することが許されているのは──。

「キリト、整合騎士だ!」

 ユージオが裏返った声をもらす。
 飛竜はこちら目掛けて一直線に落ちてくる。

「チッ!」

 和人は舌打ちと共に、アリスに腕を回して地面に転げた。
 同時に、和人たちの前に整合騎士が降り立った。

「クソッ!」

 和人は言うと、なおも走り出そうとした。
 しかし、『世界最強』と言われている整合騎士を目の前に、逃げ切れるはずもなく──。
 瞬く間に追いつかれ、和人はアリスからひっぺがされた。

「キリトッ!」

 アリスが悲痛な叫びを上げる。
 整合騎士は、聞いたこともない神聖術のスペルの高速詠唱を開始した。

「うっ……!」

 スペルが唱えられた途端、和人は苦しそうに地面に手をついた。

「や、やめて! この人は、何も悪くないの! わ……わたしがおとなしくついていけばいいんでしょう!?」
「駄目だアリス、俺のことはいいから……早く、逃げ」

 整合騎士が再びスペルを唱え、和人の言葉は余儀なく中断された。和人は歯を食い縛りながら、ユージオに向けて言う。

「ユージオ、行くんだ。アリスを連れて……逃げろ」





 逃げる?





 アリスと一緒に?





 そうしたい。





 けど





 ──できない。





「ユージオ!」

 和人の声が、だんだん遠くなる感覚。
 ──僕は、キリトみたいに強くない。

「ユージオ、早く!」

 無理だよ、キリト。

「ユージオ──ッ!!」

 和人は最後に叫んだ瞬間、気を失った。整合騎士がなんらかの神聖術を使ったのだ。
 騎士は言う。

「アリス・ツーベルクを、法律条項抵触の咎により捕縛、連行し、審問ののち処刑する」

 ──整合騎士は、この世界の秩序を守る、良人たちだと思っていた。
 しかし、ユージオは初めて公理教会に疑問を抱いた。
 和人を、アリスをこんなにも苦しめ──傷つけることのどこに正義がある?

「先程、桐ヶ谷和人のアリス・ツーベルクに関する全ての記憶を封じた」

 一瞬、この騎士がなにを言っているのか解らなかった。
 ──キリトから、アリスについての記憶を消した?
 アリスの瞳が小さく揺れた。
 しかし直後、気丈にも微笑んだ。

「これで……これでいいのよ。これでもう、キリトがわたしのせいで傷つくことはない」

 アリスの瞳はまだ揺れていた。しかし確かな意思を秘めていた。無限の慈愛に溢れていた。
 アリスに幾重もの拘束具が取り付けられる。
 整合騎士の腕が、ユージオにも伸ばされた。きっとこれで、ユージオもアリスのことを忘れてしまう。
 ──なのにユージオは、なんの抵抗もできなかった。














 ユージオは学園の廊下をぼけっと歩いていた。目の前に人影があることに気づかず、衝突してしまう。
 衝突したのは、同い年くらいの少年だった。少年は男子にしては長めの黒髪と、同色の瞳、中性的で線の細い顔をしていた。
 ユージオは慌てて言う。

「う……ご、ごめん! 大丈夫? 僕がぼーっとしていたから……」
「いや、いいよ。俺も走ってたし」

 ユージオは微笑み、先程の衝撃で転んでしまった少年に手を伸ばした。
 少年はユージオの手を掴むと、勢いよく立ち上がった。

「……ありがとな」

 少年は言い、ニッと笑った。

「見たことない顔だけど……名前とか聞いてもいい?」

 なんとなく興味が湧いた。

「俺? 俺は……」

 次の瞬間少年が名乗った名に、ユージオは何故だか懐かしさを覚えた。


  
 

 
後書き
明日奈「なんだかアリシゼーションをビギニングしちゃってるけど……相変わらず、メインヒロインたるわたしのDEBANはないってワケね」
和人「そういうワケだな。まぁ次話くらいにはあるだろ」
明日奈「なかったらキリト君を呪ってあげる」(ニコッ
和人「……アリス、この人怖いよ~。助けて~」



『そして、2年の月日が流れた…』的なことしたいんだけど、そういえばまだ文化祭終わってないんだよね。

なにも考えずにやってると、こういう時に困るよね。

…………ハァー……((

てか、デュソルバードの言葉難しいんだよ!普通に喋れよオッサン!!

 

 

第20話 再会

 
前書き
和人はアリスとユージオのことを忘れ、ユージオは和人のことを忘れた。

また、和人とアリス、ユージオの間に交流があったことも、誰しもが忘れていた──。



──てか神聖術すっげぇな!
そんなことできたっけ!?
……そんなツッコミやめろくださいね、わたしもちゃーんと気づいてますので。はい。(真顔 

 
 


「よし、歌詞が出来上がりましたよ! これ譜面です!」

 まりあはアスナに、作った曲の譜面と歌詞を渡した。曲名は『My independent destiny』。

「おおー! まりちゃんやるー」

 アスナは最近、まりあに『まりちゃん』なるあだ名をつけた。
 アスナが嬉しそうに歌詞を見ていく。何故だかその頬が赤く染まった。

「アスナ、俺にも見せてくれよ」
「やっ……嫌よ!」

 慌てたように譜面を隠された。

「な、なんで……」

 俺は何気にショックを受けた。

「だ、だって……」
「当日のお楽しみってやつですよ、キリト」
「そ、そうよ! まりちゃんの言う通り! 当日まで教えてあげないんだから」

 別に教えるくらいいつでもいいと思うのだが、口には出さないでおいた。

「……わかった。楽しみにしておくよ」
「う、うん……」

 だから、なんで赤くなるんだ。
 まりあは遠慮がちに譜面をもう2つ取り出すと言った。

「直葉ちゃんの歌だけ、2つあるんですけど……構わないですか?」
「え、なんでまた」

 俺が言うと、まりあは少し言いづらそうに説明した。

「直葉ちゃんには、あまりにも相反する2つの心があるようなんです。1つはアルヴヘイムでの楽しさなんですけど、もう1つは……その、この世界での苦しさやもどかしさと言いますか……」
「直葉に苦しさ、もどかしさ……? わ、わかった。今度本人に訊いてみるよ」
「お願いします」

 まりあは苦々しく微笑んだ。

 *

 昼休み。
 アインクラッドは全寮制で、無断外出禁止。その上その外出を許されることも、春休みや夏休み、冬休み以外は通常は滅多にない。
 ただ、それでは神経が参ってしまうということで、数年前学園内に色々な設備が整うようになった。
 たとえば花の丘。
 あと、«模擬街»なるものも設置されている。
 «模擬街»は名前通り«本当の街のような嘘の街»で、アスナやリズがよく遊びに行っている。その街の一角にはなかなか粋なカフェがあり、俺はここ2年間通い続けている。
 カフェの名は«ダイシー・カフェ»。
 経営しているのは、背の高い黒人男性アンドリュー・ギルバート・ミルズで、あだ名はエギル。
 俺はそのカフェの扉を勢いよく開いた。

「よっ、エギル」
「……キリト、そのあだ名呼びはなんとかならんのか」
「それはお互い様じゃないか」
「と言ってもだな、年齢が」
「はいはい、とりあえず麦茶頼むよ」

 エギルは「なんで麦茶なんだ」、「そこは水だろ」、「醤油出したろか」などキャラ崩壊寸前の言葉を口にしていたが、俺は聞こえないふりをした。

「……で? 最近新しいケーキが増えたとか聞いたんだけど」

 俺は言う最中、他の客──少年と目が合った。
 年はたぶん、だいたい同じくらい。亜麻色の柔らかそうな髪に、緑色の瞳。線の細い顔からは、どこか女性的な雰囲気が感じられた。
 ──どこかで会った気がする。

「……あ、君」

 少年は一瞬目を見開き、微笑んだ。

「あ、こないだの……」

 ──ようやく思い出した。
 こないだ廊下で衝突した相手だ。それでなんだか見覚えがあったのか、と一度納得したが、何故だかやはり違うような気がしてきた。
 もっと前に、出会って、同じ時を過ごしてきたような。傍にいることがしっくり来るような──そんな気がした。
 ──まあ、気のせいだろう。

「えっと……誰だっけ? 名前が出てこない……ごめんな」

 俺は頭を掻き回しながら言った。

「別に構わないよ、名乗ってなかったし。僕はユージオ、苗字はないんだ。よろしくね、桐ヶ谷和人くん」
「お、覚えててくれてるのか」
「まあね。なんでかな」

 ユージオと名乗った少年は首を傾げた。
 その後俺とユージオは色々な話をした。初対面なのに、やたらと馬が合ったのだ。
 俺は基本的に、人付き合いとか苦手なのだが。

「はは、面白いね君」
「お前こそ」

 ユージオは壁に掛かる時計を一瞥すると、立ち上がって言った。

「……っと、そろそろ校舎に向かわないと。授業に遅れちゃうよ」
「それなら心配ないさ」
「え、どうして?」

 俺は新作ケーキを頬張りながら返事をする。

「俺は本来、授業なんて最低限出てれば大丈夫な人だから」
「……成績がものすごく良いってこと? ちゃんと出席くらいしとかないと、留年とか……酷いと退学になっちゃうよ」
「それも大丈夫だって」
「え……もしかして君、«実技»優等生?」
「まあ、一応……」

 改めて口にするのは、自慢しているようで嫌だった。

「ぼ、僕もだよ。一応」
「え、君も?」
「うん。あのさ……よければ今度、一緒に討伐依頼でも受けようよ」

 俺も思っていたところだったので、なんだか嬉しかった。


 

  
 

 
後書き
明日奈「二話ぶりだっていうのに、またまたDEBAN少ないっていうね!約束通り、キリト君を呪っちゃいます☆」
和人「そんな約束、した覚えなんてないぞ!?」
ユージオ「た、大変だね……」


途中で出てきたアスナ曲の題名は、キャラソンから引用しております^^;

あ……愛さえあれば関係ないよねっ!

 

 

第21話 日常

 
前書き
途中まで書いたのに、まさかのフリィーズ!


ま、どうでもいいやw
それよりもなんと!
前日PVが1300overしてました~!!パフパフ
(え、大したことない?)

ありがとうございます……皆様のお陰です!

 

 
 


 ユージオは最近、大切な幼なじみが公理教会に連行されたということを話してくれた。
 幼なじみの名はアリス・ツーベルク。高等部1年生でありながら、つい先日まではアインクラッド高等部生徒会の会長を務めていたらしい。
 まったく、どうなっているんだ上級者。落ちこぼれしかいないのか?
 ──と一瞬ツッコミたくなるが、実は昨年の3年生にも恐ろしく剣の腕が冴える人たちがたくさんいた。
 ソルティリーナ・セルルトという女生徒もその1人で、学園次席の強さを誇っていた。
ソルティリーナ──リーナ先輩は当時中等部生だった俺のことを結構高く買ってくれていたらしく、剣術の稽古をつけてもらうことも多々あった。そして、リーナ先輩はアインクラッドを首席で卒業した。結局は、その後の大きな剣術大会で負けてしまったのだが。その大きな大会を勝ち進み、更に大きな大会で優勝した者は『整合騎士になる』という名誉を与えられるのだとか。
 ユージオはアリスともう一度再会し、取り戻す為に整合騎士になりたいと言っていた。
 一般人がカセドラルに足を踏み入れることを許されることはない。
 だから、帰らぬ幼なじみ・アリスに会う為には、整合騎士になるか──あるいは、大犯罪者にでもならなければならないだろう。俺は力になりたいと思った。
 初対面の相手にこんなことを思うなんて、滅多にないのだが──その上普段俺は、同級生の男子を子供な別種の生き物と見なし、クラインにさえ本当に心を許したことなどなかった。
 しかしこの少年には──。
 まったく、不思議なこともあるものだ。

 *

 放課後。俺は文化祭の歌メンバー同士で、鍛冶室にて待ち合わせをしていた。

「ね……ねえ」

 アスナが俺の肩をちょんちょんとつつく。

「むにゃ、なに……」
「か、かずと!」
「……え」

 暫しの硬直タイム。
 普段はキリト君キリト君言ってくるくせに、なんで今更名前呼びなどする必要があろうか。
 ──いや、そんなことはこの際どうでもいい。
 ──破壊力高すぎ。

「なん、ど、え、あ、なんでしょう」
「……別に。呼んでみただけ」

 アスナが素っ気ない口調で言う。懐かしい口調だ、と俺は思った。
 ちょっと前、俺とアスナの仲はまったくよろしくなかった──どころか、悪かったかもしれない。
 俺と同様、中等部の頃から依頼を受けさせられていたアスナ。
 一時は依頼を確実にこなすことだけを優先し、無茶な作戦を立て、実行していた。当時の彼女に、«狂戦士»なる二つ名がつくほどのものだった。

「なによ、じろじろ見て」

 アスナの口調は、あの頃そのものだった。今思えば、すごい豹変ぶりだ。

「キリト君?」

 ──似たような呼び方を、大切な誰かからされていた気がする。
 いや、俺のことを『和人』や『カズ』と呼ぶ者は、多くもないが少なくもない。きっと気のせいだろう。
 ──しかし。
 頭の中には、誰かの姿が浮かんでくる。
 癖のない金髪を長く伸ばし、いつも隣で笑っていた少女。
 あと少しで、顔を思い出せそうなのだ。しかし、思い出せそうになるその瞬間、俺の頭の中は霧がかかったようになにも見えなくなってしまう。

「──ッ」

 突然頭痛が襲ってきて、ついにはなにも考えられなくなった。

「キ、キリト君!?」

 アスナが慌ててこちらに手を伸ばす。
 俺は痛みがひいていくことを感じると、アスナに向けて微笑んだ。

「……なんでもないよ。もう大丈夫」

 あれ──?

「そ、そう?心配させないでよー、キリト君」

 俺、今──

「ああ、ごめんな」

 ──何について考えてたんだっけ?




  
 

 
後書き
最後の和人のセリフは、別にアホだから記憶力ないとか、そういうわけではございません!

原作のスグ曰く和人くん成績いいらしいしね、うん!
 

 

第21.5話 彼女の表情

 
前書き
ブラッキー先生と閃光様、ホントくっつく気あるのかな!?

てなワケで、「んなことあるかも?」的な短編です^^

キリト×アスナって人気ですよね~
私的にはアスナ×キリトの方が((ry

 

 
 

 俺とアスナ、ユイの3人は、学園内にある花の丘に来ていた。ユイが突然「ピクニックしてみたい!」と言い出したからだ。
 ユイは花の冠を作って遊んでいる。

「ユイちゃんって可愛いわよねぇー」

 アスナがうっとりとした口調で言う。

「そうだな」

 俺は短く返した。すると、何故かアスナは拗ねたように頬を膨らませる。

「……わたしとどっちが?」
「えっ」
「ユイちゃんとわたし、君はどっちが可愛いと思うの?」

 淡々と言っているようにも聞こえるが、どこか恥ずかしそうだ。
 ──アスナって、もしかして。
 いや、アスナはかの有名な、学園のアイドル«閃光»だ。俺のことなんて相手にするわけがないじゃないか。
 ──って、ちょっと待て。俺はいったい何を考えているのだ。

「な、なに言ってるんだよ……」
「……そうだよね、困っちゃうよね。いきなりこんなこと訊かれても」

 アスナは震える声で言うと、俯いた。

「……ユイは可愛いよ」

 俺は小さく、しかし聞こえるように口にする。

「でも……」

 自分がなにを言いたいのか、正直わからない。

「だけど、アスナも……その……」

 アスナがまっすぐに、上目使いで見つめてくる。俺は堪らなくなり、視線を逸らした。
次いで、ぼそぼそ呟くように言う。

「……可愛いと言いますか、綺麗だなあと思いますよ」

 動揺バレバレの言い方だ。

「キリト君……!」

 アスナはふわりと笑うと、正面から飛びついてきた。俺は咄嗟の出来事に対応しきれず、背中から花畑に倒れ込んでしまう。その勢いで無数の花びらがひらひらと舞い、降ってくる。
 アスナは顔を上げると、にっこりと微笑んだ。──正直なところ、びっくりするほど可愛らしかった。
 彼女は表情がころころ変わる。時には凛々しい剣士、時にはあどけなく、時には拗ね、時には──。
 他にはどんな表情をするのだろうか。まだ見たこともないようなものもあるのだろうか。
 俺はそのすべてを見てみたいと思った。

「……ありがとう、キリト君」

 桜色の唇が音を刻んだ。
 もしかして俺は、ずっと前から彼女のことを──
 そこで一度思考を無理やり停止させてから、俺は苦笑いした。

「パパ、ママー!」

 いつの間にか結構な距離離れていたユイが、遠くから呼んでいる。アスナは俺に細い手を伸ばした。
 ──行こう、キリト君。
 ──ああ、そうだな
 視線だけで送り合うメッセージ。パートナーだからこそできること。
 伸ばされた彼女の手を取り、起き上がった。



  
 

 
後書き
え、グダグダだったって?

仕方ないじゃないですかー、書きたいこと書いただけですもん!

 

 

第22話 調理実習

 
前書き
話の進行に、スローというデバフが付加されちゃってます( 

 
 

 家庭科。正直あまり得意ではない教科。超一般的な実技科目だけど、魔法級に苦手だ。
 そして現在、家庭科室にて絶賛家庭科受講中で、調理実習をしている。

「もう、キリト君! どうして卵焼きも作れないのよ」

 アスナが横で叱責してくる。

「いや、だってさ……巻くの難し」
「あっ、ちょっと! ほら、よそ見してるからぐちゃぐちゃになっちゃったじゃない!」

 アスナは俺のフライパンを覗き込むと、眉間にしわを寄せた。

「……なにこれ? スクランブルエッグ?」
「うるさいなほっといてくれ! ……卵焼きなんて、卵焼いたらそれでいいだろ」

 ──なんか怒られたけど、元はと言えばアスナがいきなり話しかけてきたからである。
 なのによそ見しちゃいけないとは、高難度すぎる依頼だ。

「……キリト君、卵焼きっていうのはね」

 ──なんか語り出したので、聞き流しておく。

 *

「まったく、どうして包丁もロクに使えないのよ。恥ずかしくないの?  トップ剣士として」
「いやいや、包丁と剣は一緒にするなよ」

 アスナは「貸して」と俺の包丁をもぎ取ると、くるりと空中で回した。

「……ちょっと見てなさい」

 普段は口うるさいとことか、«閃光»って感じなとこばかり見ているので、家庭的なアスナは少し新鮮だ。
 得意気に林檎の皮を剥くアスナは、なんだか普通の女子高生っぽくて可愛らしかった。

「……どう?」

 いつの間にか剥き終えていたらしいアスナが訊いてくる。途中で切れたりすることなく、見事に剥けている。

「……料理でも閃光のアスナですね」

 俺が言うと、アスナにジト目で見られた。

「……可憐さを褒めたつもりなんだけどな。」

 俺の呟きはアスナの耳には届かなかったらしい。

「ていうか、包丁も使えないなんて正直びっくりよ。そのフルーツナイフ、持ち歩いてる意味あるの?」

 俺はフルーツナイフを常時装備している(あくまで果物を食べる為)。

「……『かれんさをほめたつもりなんだけどな』」

 いつの間にか家庭科室に入ってきていたユイが言う。
 ──って!

「ユイ、俺の呟きを拡散しないでくれ!」
「ママ、パパの言ったこと聞こえてないみたいだったから」

 残念ながら、ユイの言葉はアスナに聞こえているらしい。

「あ、あのなアスナ、これは違」
「……『アスナさんがお気に入りに登録しました』」

 アスナがボソッと言う。
 ──アスナは某国民的SNSを知ってたんだな。

「って、お気に入り登録!? いやいや、サッサと忘れてくれ!」
「嫌よ。絶対に忘れない……忘れられないもん。………結構、嬉しかったんだから」

 真顔で言うアスナの頬は、少し赤かった。

「……ほら、できたよ」

 アスナは出来上がった卵焼きを俺に見せ──って、え。

「……今回の調理実習は卵料理だったらなんでもいいんでしょ?」

 アスナが黒板を指差して言った。どうやら本当に、卵を使うならなんでもよかったらしい。

「だから、ウエボス・ランチェロスを作ったの」
「この短時間で!?」
「ええ」

 ──この際、料理でも閃光なアスナが作ったウエボス・ランチェロスのことはおいておいて。
 ……………。

「卵焼きじゃなくてよかったなら、俺の苦労はなんだったんだよ……」

 別にスクランブルでもよかったじゃないか。

「アスナ、なんで言ってくれなかったんだよ」
「どうしても卵焼きが作りたいのかなと思ってたよー。まさか、先生の話聞いてなかっただけだったなんて。まあ、お詫びと言ってはなんだけど」
「え、お詫びって」

 アスナが口にウエボス・ランチェロスを突っ込んできたので、俺の言葉は中断された。

「……美味しい?」

 アスナが首を傾げて訊いてくる。
 あまりにも突然の出来事に、俺は頷くしかなかった。




  
 

 
後書き
クライン「授業中にあーんとか!このリア充どもめぇぇ」
和人「そういや最近、お前のDEBAN全くなかったよな」
明日奈「(……今度はキリト君からわたしにやってもらいたいなぁ)」
和人「あっ……悪い、アスナ!そっちに調理中のポップコーンが飛んでった!」
明日奈「えっ?」(口にポップコーンが入る

明日奈「熱っ! ……もう、キリト君のばかー! こんな方法ないよー!」
和人「方法って、なんの方法だよ……? ま、まあポップコーン飛ばしたことは謝るけどさ」

 

 

第23話 ずるい君

 
前書き
【わたしは、そんな存在じゃない。解ってるのに……】


微イチャこら回。
和人くんと恋愛するゲームって発売しないの?((個人的な意見

 

 
「………」

 俺は無言で立ちつくしていた。
 下駄箱に、一通の手紙が入っていた。ハートマークのシールで封してある。

「……これってもしかして」

 ちょっと古いとは思うけど、アレじゃないだろうか。ほら、アレ。アレだよアレ。アレったらアレ。
 恐る恐る封筒を開けると。

「ッ!?」

 ──なんでカッターの刃先が入ってるんだ。
 俺の指から血が流れた。

「なんだこいつ……」

 こういうの、なんていうんだっただろうか。ヤンデレ?
 便箋も一応入っている。文面を読む。
 ──これって

「……果たし状かよ」

 ──いや別に悲しくなんかないし。俺人生ソロプレイヤーだし。そもそも俺がこういうの貰いたい相手とかひとりだけだし……って何の話だ。
 俺はアホみたいにひとりツッコミをした。
 よく読んでみると、あることに気づく。なんか知らないけど、『僕の閃光様に』とか『お前絶対殺してやる』とか物騒なことが書いてあった。
 ──アスナファンの方か。

「……できるものならやってみろ」

 俺は呟き、手紙をくしゃっと丸めて放り投げ、校舎を出る。
 ──この日はすっかり油断していた。

 **

「キリト君……」

 先日の調理実習で、和人にとんでもないことをしてしまったことを思い出す。
 ──綺麗だなぁと思いますよ。
 ──可憐さを褒めたつもりなんだけどな。
 和人の言葉ばかりが、明日奈の脳を支配する。

「……ずるいよ」

 和人はいつも、少しはにかんであんなことを言う。
 明日奈がこうして授業中に顔を伏せるのは初めてだった。ななめ前の席に座る和人は、頬杖をつきながらホログラフィックの教科書のページを繰っている。
 和人が見せる笑顔は、きっと他の子にも見せている。
 ふいに和人と眼が合う。和人が優しく微笑む。
 ──そういう表情、ほんとにやめて。
 ──君にとって、わたしは、そんな存在じゃない。解ってるのに……期待してしまうから。

「……キリト君のばか」

 ボソリと言うと、和人は傷ついたような顔をして、「またバカって……」と呟いた。
 
 

 
後書き
明日奈「ほんっとバカ。あのテストで92点とかとるなんて……100点とって当たり前なのに。むしろどうやったら満点以外の点をとれるのよ」
和人「あれっ、そういう意味!? あのテスト、偏差値は一応66だったんだけど」
明日奈「わたしはいつでも70以上キープしてるよ」
和人「」

 

 

第24話 襲撃

 
前書き
カッコいいキリト君が書きたかった(0^∀^0)

そして話数の桁が増えてきた…。算用数字に変えようかな……。 

 
 またバカと言われた。
 口癖なのだろうか。それとも──

「俺、よっぽど嫌われてんのかな……」

 校舎裏を歩きながら、溜め息混じりに言う。
 家庭科の時に食べたアスナの料理はすごく旨かった。ユイがいるということで何度か食べたことがあるが、あの時は格別だった。

「……食べ方がな、うん」

 健全な男子高校生なら、美少女同級生にあんなことされたら喜ぶものだ。
 ──別に、アスナにされたからじゃない。きっと、ただクラスメートに不意打ちを喰らったから、少々ドキッとしてしまっただけだ。
 その時、校舎の陰から人影が現れた。俺は普通に横を通ろうとしたのだが──
 突然、左頬に鋭い熱感が走った。俺は頬を押さえ、咄嗟に後方へ跳んだ。
 人影は、ふくよかな体型をした知らない男子生徒だった。右手には血に濡れた短剣が握られている。
 襲撃者は途切れ途切れに言う。

「……お前が、明日奈さんを………」

 ──明日奈さん?
 こいつは、例の果たし状を突きつけてきた奴だろうか。

「ぼくの明日奈さんをォォォ!!」
「──ッ!?」

 奴が短剣をこちらに突きつけて突進してくる。俺は反射的に横へ避けた。
 ──俺はモンスター戦には慣れている。
 しかし、対人戦にはほとんど慣れていやしない。その上俺は今愛剣を持っていないので、避けることしかできない。
 普段ならなんてことなく逃げ切れるだろうが、人は狂うと思いがけない力を発揮するらしい、俺は躰を数ヵ所斬られてしまった。

「……剣トップの«黒の剣士»……案外、チョロいな」

 «黒の剣士»というのは一応俺の通り名だ。
 ──もしかすると、殺されてしまうかもしれない。
 相手は狂人で、なにをしでかすかわからない。俺が殺されてしまう可能性も大いに存在する。
 なにかないだろうか──。
 俺はふと、数日前の調理実習中にアスナから言われたことを思い出す。
 ──フルーツナイフ、持ち歩いてる意味あるの?
 そうだ、あるではないか。ナイフを取り出し、剣のように構える。

「……来いよ」

 俺が言うと、狂人は飛びかかってきた。

「……ッ!」

 俺はくるりと身を翻し避けると、勢いで横を過ぎ去った奴の背中をナイフで峰打ちした。

「うわぁぁぁ!?」

 奴が悲鳴を上げる。俺は強く地面を蹴ると、奴の目の前に飛び出し、不敵な笑みを浮かべてみせた。

「ひィッ!?」

 喉元にナイフを突きつけてやると、奴はまた悲鳴をもらした。

「……剣士に戦いを申し込むなら、それなりの覚悟はあるんだよな」

 俺の声は、自分でも驚くほどにひび割れていた。

「ひィッ、ひィィッ!」

 俺はナイフを地面に放った。
 ──これ以上は必要ない。
 きっと、もう二度とこいつが襲撃してくることはないだろう。

「……学園を通して警察呼ぶけど、いいよな」

 男子生徒はこくこくと頷くと、おとなしくついてきた。
 ──まったく。
 俺は安堵と呆れの、深い溜め息を吐いた。

 *

「──キリト君ッ!」

 アスナが俺に抱きついてくる。

「ごめんね、キリト君……わたしのせいで、こんなに……こんなに傷ついて……」

 アスナの目尻には涙が浮かんでいた。
 俺はそれを指で拭き取ると、微笑みながら言う。

「アスナはなにも悪くないよ。……それに、傷ついてるのはアスナの方だろ」
「え……?」

 アスナはきょとんと首を傾げる。

「……お願いだから、泣いたりしないでくれ」

 俺はアスナの頭に片手を置いた。

「アスナには、いつも笑っててほしいから」
「キリト君……」

 アスナは天使のような笑みを浮かべると、俺の襟首を掴んだ。

「……心配、させないでよね」

 アスナが言う。

「わたしが一生君を守るよ。君が危なくなったら、いつでも助けに行く」

 その言葉は、まるで──。

「……じゃあ、俺はアスナを守るよ」

 『守る』。俺はかつて、誰のことをそう誓った気がする。
 絶対に守り抜くと決めたのに、呆気なく俺の前から消え去った少女。
 あれは──誰だったのだろうか。

「……ありがとう、キリト君」

 そう言ってアスナは微笑んだ。


  
 

 
後書き
里香「アスナマジ天使……?」
明日奈「え……リズ、なにか言った?」
里香「作中でキリトが言ってたわよ」
和人「そんなことは言ってないよ!」

 

 

第25話 会いたくて

 
前書き
直葉回です^^

スグ素敵ですよね~妹に欲しいです!

 

 
 

「キリト君、本気でやって!」

 アスナの声が飛んでくる。

「いや、でもさ……」
「キリト君、以前に比べて腕落ちたんじゃない!? やる気あるの!?」

 ──時は数分前に遡る。

「おい、誰か付き合ってくれ!」

 俺は教室にて大声で叫んだ。クラスメートは呆れ顔で言う。

「……桐ヶ谷、そんな焦んなくても……」
「ち、違う! これは剣の習練に付き合ってほしいという意味で」
「お前とやり合えるやつなんてそうそういるかよ」

 クラスメートがからからと笑う。

「……わたし、やってあげてもいいよ」

 少女が栗色の髪を揺らし、席から立ち上がって言った。

「君の相手になんてなるかどうかわからないけど、一応授業ではいつもペア組んでるんだし」
「いや、でもそれは……」
「なにか問題でも?」

 ──問題ありありなんですよ、これが。

「結城、仕方ないだろ? なんたって桐ヶ谷は結城のこと」
「な、なに言ってるんだよ!」

 俺は勢いでクラスメートを突き飛ばした。

「問題ないなら、早くグラウンドにでも行きましょ。それとも、わたしじゃ到底相手にならないとか思ってるの?」

 悲しそうな目で見つめられて断れるはずもなく、俺は言われるがままにここへ来てしまった。
 ──そんなこんなで今に至る。
 以前はそんなことなかったのに、アスナ相手だとなんだか力が入らないのだ。

「……ボーッと……しないッ!」

 アスナはよく通る声と共に、俺の剣を弾き飛ばした。

「……解った。わたしとじゃ真面目にやってくれないんだね。本当に相手にならないと思ってるんだね。じゃあ直葉ちゃんでも呼べば? わたしはもう帰るから」
「ちょ、待っ……!」

 十分真面目にやっているつもりだ。なのに、何故──。

 *

「お兄ちゃんがあたしに習練付き合ってほしいなんて、珍しいね。けどあたし、簡単に負ける気はないよ」

 直葉は笑顔で言い──地を蹴った途端、その表情は消え失せた。

「お兄ちゃん……知ってる?」

 激しい攻防を続ける中、直葉が訊いてきた。

「……なにを?」
「あたしはお兄ちゃんとは違って、今年──中3で、アインクラッドに編入してきた」
「……そうだな」

 通常は年少から、初等部1年から、中等部1年から──と、キリのいい学年で入学するものなのだが、直葉は今年の4月に編入してきた。言われるまでもなく、もちろん知っている。

「……どうして、たいして頭もよくないあたしがこの学園に編入なんてできたのか……わかる?」

 俺は直葉の攻撃を、剣を盾にして防いだ。
 アインクラッドは私立校なので、偏差値は少々高い上に、なにより世界一の戦闘の強さを誇っている。編入なんて、容易くできるものではない。

「あたしね……お兄ちゃんがアインクラッドに入学した後、全国剣術ジュニア大会に出場したの」

 直葉に押し負け、俺は数メートル飛ばされ、傍にある樹にしたたか背中をぶつけた。

「あたしそこで、ベスト8に入ったんだ」

 直葉は不敵な笑みを浮かべた。

「そしたらアインクラッドから勧誘されたわ。……あたしはお兄ちゃんに会いたかったから、喜んで編入したの。慣れ親しんだ公立中学を離れてね」

 直葉は剣を鞘に収めると、こちらに駆け寄ってくる。未だ樹にもたれかかり、座り込む俺の横に手をついた。

「……お兄ちゃん、あたしずっと寂しかったんだよ」

 直葉の眼には涙が滲んでいた。

「だってアインクラッドは全寮制だし、一度入学しちゃったらなかなか家に戻ってこれないし……。それでも夏休みとかくらいは帰ってくるだろうってずっと待ってたのに、帰ってこないし!」

 直葉は俺の肩を掴むと、ガンガン揺らした。

「なんで帰ってきてくれなかったのよ!」




 

 

第26話 真実

 
前書き
……なんかこの回を知り合いに見せると、「ハリポタか!」てツッコまれましたよ…。

誤解ですからね! 某魔法物語をパクってないですからね!

……………いや、ほんとにパクってませんから。ハリポタの内容結構忘れてるし←

 

 
「どうせ、あたしのこと避けてたんでしょ……?」

 直葉はひたすら、和人の細い肩を揺らし続けた。和人は驚きの表情を見せていたが、やがて唇を噛み、震える声で言った。

「……そういうわけじゃ」
「あたし、お兄ちゃんのことが好きだった。会いたくて会いたくて、会えないことがすっごくすっごく寂しくて、アインクラッドに編入した。想いを伝えて、ふられたとしても満足するつもりだった! ……それなのに、隣にはいつもアスナさんの姿があって!! あたし、あたし……」

 直葉の言葉に、和人はわずかに眼を見開いた。

「好き……って……俺たち」
「あたし、もう知ってるんだよ」

 これ以上言ってはいけない。けど、もう自分を止めることなどできなかった。

「お兄ちゃんは、本当のお兄ちゃんじゃない」

 直葉の眼から一筋の雫がこぼれ落ちることを感じた。
 和人の表情が曇り、凍りつく。

「本当の両親は、お兄ちゃんが6歳だった頃にラフコフに殺されちゃったんでしょ」

 ラフコフというのは、ラフィン・コフィンの略称で、笑う棺桶と書く。世界中で有名な殺人集団だ。
 10年前に突然和人たちの家を襲撃してきて、危うく殺されかけた和人を庇った両親は死亡したのだという。幼い少年のどこにそんな力があったのか、和人は襲撃者から剣を奪い取り、驚くほどの剣技で相手を無力化させた──と直葉は母親から聞かされた。
 直葉の母親・桐ヶ谷翠は神聖術で事件直後の和人の記憶を辿ることによってその出来事を知ったらしいが、今や和人はその記憶を喪ってしまっている。親の死がよほどショックだったのだろう、と医師は言っていた。

「あたし、久しぶりにお兄ちゃんに会えて嬉しかった。なのにお兄ちゃんはちっともあたしを見てくれない!」

 和人は拳をぎゅっと握りしめた。

「家では視線すら合わせてもらえなかったのに! どれだけ辛かったか……悲しかったか、お兄ちゃんに解るの!?」

 和人の伏せられた眼に、無限の闇が広がっていった。

「……ごめんな」

 和人の口から声がもれる。
 直葉は見ていられなくなり、力なく手を離す。

「……さよなら、お兄ちゃん」

 直葉は呟くように言った。



 
 

 
後書き
明日奈「記憶喪失ネタ多くない?」
和人「そういうネタが好きなんだろ……」
明日奈「病気だね」
和人「うん」

 

 

第27話 お互い

 
前書き
DEBANチャンを活躍させたかった。( 

 
 俺は一体、なにをしているのだろう。
 アスナを傷つけ、ついには大切な妹を何年にも渡って傷つけていたことにも気づかず。
 俺は、あの事実を10歳の頃に知った。
 血液型が母親にも父親にも合わないことに気づき、名前や顔は覚えていないけれど──神聖術が得意な友人に頼み、本当の家族なのかどうか調べてもらったのだ。
 俺は確かに直葉を避けていたし、その理由が10年前の事件にあることも強ち間違ってはいない。
 わからなかった。
 妹だと信じて疑わなかった直葉が実は本当の妹ではなかったと知ってしまった後は、どう接していいのかわからなかった。
 俺は逃げるようにアインクラッドに入学し、一度として家に帰ることをしなかった。
 4月に直葉が編入してきた時は驚いた。
 俺はあの頃のように──事実について知る前の頃のように、直葉に接しようと思った。だが、できていなかったのだ。現に直葉を傷つけている。

「……キリトさん?」

 後ろからあどけない声がした。
 振り返ると、見知った少女の姿があった。髪をふたつに分けてまとめていて、ブレザーを赤に、スカートを黒にカスタマイズした制服を着用している。直葉の友人で、以前行動を共にしたビーストテイマーの中学生だ。

「らしくないですよ、キリトさん」

 その少女──シリカは俺の右手を両手で包み込むと、にっこり微笑んだ。

「直葉ちゃんとなにかあったんですよね? さっき一緒にいるとこ見ちゃいました」

 シリカは切なそうな笑みを浮かべ、俯いた。

「直葉ちゃんとなにがあったのかは、なんとなく想像がつきます。でもですね……キリトさん」

 シリカは顔を上げると、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。

「あたし、直葉ちゃんも悲しんでると思うんです」
「ああ……俺が傷つけたから」
「違いますよ! キリトさんだって傷ついてる。直葉ちゃんは、キリトさんを傷つけてしまったことで自身が傷ついてるんですよ」
「俺を……傷つけてしまったことに傷つく……?」
「そうですよ。……キリトさんがそんな悲しい顔してたら、直葉ちゃんは壊れてしまいますよ」

 シリカが俺の目尻にそっと触れた。今更ながら自分が涙をこぼしていたことに気がつく。

「心配ないですよ、キリトさん。しばらくすればきっと、元に戻りますから」

 シリカは再び微笑む。
 次いでハッとなにかに気づいたような表情になると、俺の右手を離した。

「ご、ごごごごめんなさい! あっ、ううぅ……あ、あたし、職員室に用事があるんでした! そ、それじゃあさよなら、キリトさん!」
「え、ああ……うん」

 シリカが走り去っていく姿が見えなくなるまで眼で見送ってから、俺は小さく呟いた。

「ありがとう……シリカ」



 
 

 
後書き
里香「うっわぁー……久々登場のクセして、なにこのマジ天使展開!」
珪子「甘いんですよ! 弱ってるとこつかないでどうするんですか!」
里香「さっきの発言台無しになってるわよ」

 

 

第28話 直葉の想い

 
前書き
うわぁぁぁ……

なんも考えずに和人と直葉の確執なんて書いたから、これからの展開に困ってるよ……

よし、これからは色々考えてからにしよう←

 

 
「……直葉、曲を2つ作らせて頂いたのですが……どちらの曲を選ばれますか?」

 授業後、まりあが直葉の教室まで来て訊いてきた。曲というのは、文化祭で歌うもののことだ。
 直葉は渡された二枚の譜面を見る。
 ひとつは«Sky The Graffti»。アルヴヘイムでシルフの少女«リーファ»として大空を飛び回る楽しさを描いた明るい歌。
 そしてもうひとつは──«Face to You»。桐ヶ谷和人の妹・桐ヶ谷直葉としての、和人への想いと葛藤を描いた切ない歌。

「……お兄ちゃん」

 直葉はぎゅっと譜面を握りしめた。
 まりあが遠慮がちに言う。

「……両方歌いたい、と思うならそれでも構いません。でも……この2曲は本当に対照的なので、想い入れの強い方を選ばれた方がいいかなって……」

 直葉は小さく頷き、一枚の譜面を差し出した。

「……あたし、こっちを歌います」

 直葉の言葉に、まりあは微笑んだ。

 *

「……お兄ちゃん」

 声と共に、後ろからブレザーの袖の裾を引っ張られる。振り向くと、立っていたのは──。

「……スグ」
「……お兄ちゃん、ちょっと来て」
「えっ?」

 直葉は袖を掴んだまま、ずんずんと歩き出した。

 **

 直葉は音楽室に着くと、和人から手を離した。

「──お兄ちゃん。まりあさんが、あたしに2つ曲を作ってくれたの」
「……みたいだな」
「片方は、文化祭で使うことにした」

 直葉は心を決め、和人の眼を真っ直ぐにとらえた。

「──もう片方は、今お兄ちゃんの前で歌うことにしたわ。聴いてくれるよね?」

 和人は一瞬驚いていたが、すぐに頷いた。
 この間は和人に、酷いことを言ってしまった。言ってはいけないことを言い、傷つけてしまった。なのにどうして、あんなに優しい表情ができるのだろうか。きっと直葉には無理だ。
 直葉が和人への想いに気がついたのは、彼の過去について親から教えられた頃。本当の兄ではないことを知り、直葉は気づいてはならなかった想いに気がついた。
 今日はその想いにケリを着ける為にここへ来た。
 直葉はすうっと息を吸い込んだ。

 ──"そんなのわかってるよ"
 何度言い聞かせて君から目を逸らしただろう
 掛け違えて余ったボタンは
 一つこぼれた涙みたい

 ──"そんなのわかってるよ" でも伝えたいよ
 きっと真っ直ぐな言葉で 向き合うから

 直葉は和人へのありったけの想いを歌に込めた。
 だからもう、未練はない。和人をこれだけ傷つけてしまったのだから、もう二度と会わない覚悟だ。

「……スグ」
「やめて、お兄ちゃん。何も言わないで。わかってるから」
「……ありがとう」

 意外な言葉に、思わず眼を丸くした。

「な、なんで?」
「直葉が気持ちを込めて歌ってくれたからさ。素直に嬉しいよ」

 どこまでも、優しい和人。直葉は涙を堪えることに必死だった。

「あと、ごめんな……。俺、スグのこと見てるようで、ちっとも見えてなかった。今までこんなに近くにいたのに」

 直葉の喉の奥から嗚咽がもれる。

「あ……あたしだって、ごめん……。あたし、お兄ちゃんに酷いこと言った」
「構わないよ。俺こそちゃんと向き合おうとしてなかったんだから」
「うん……うん……」

 直葉が泣き止むまで、和人は傍にいてくれた。



 
 

 
後書き
途中で«Face to You»の歌詞が出てきましたが……

著作権に引っ掛かっては困るので、全部は載せられません><

ま、歌詞タイムででもご覧下さいませ(笑)

 

 

第28.5話 かしましガールズトーク

 
前書き
ふぅ~

直葉話片付いた←

そろそろユイちゃん話やるべきかな? 

 
「キリト君ってあざといよねー。可愛い女の子とは絶対に関わりを持つんだもん」

 アインクラッド1の美人剣士・アスナ、アイドルビーストテイマー・シリカ、シルフの元気娘リーファは、アルヴヘイムでリズベットが開いた鍛冶屋«リズベット武具店»にて女子会を開いていた。
 リズベットは溜め息を吐き、テーブルに頬杖をついて言う。

「それ、あんたが言っちゃうわけ? 生徒会美人副会長の«閃光»アスナさん」
「び、美人なんて……。そう言うリズこそ、«ツンデレ美少女鍛冶屋»って結構有名だよね」
「それ、すっごい不本意なんだけど」
「ですよね!」

 シリカが激しく同意する。

「他の男性からの愛なんて、正直要らないんです……ちょっと怖いし! 欲しいのは、たった1人のイケメン黒髪剣士の心だけです……」
「おっ、言うねー。妹系シリカちゃん」
「でもあの人は、ちっともあたしをそういう対象として見てくれないんですよ。いつまで経っても妹なんです」
「それ、わかる!」

 言ったのはリーファだ。

「シリカちゃんは、言っちゃえばまだ他人じゃないですか。でもあたしなんて、ずーっと本当の妹として暮らしてきたから余地もないんですよ!?」

 リーファはテーブルに突っ伏し、「え~ん」と泣き声を上げる。リズベットがよしよし、とその頭を撫でた。

「しっかし大体鈍感すぎんのよ、あの男は。フラグ立てだって、ほんとは狙ってんじゃないのかしら」
「うーん……でも、天然だからこそ、なんとなく魅力があるんだと思うけどなあ」

 リズベットの言葉にアスナが返答する。

「まあ……ちょっと鈍感すぎるとこは認めざるを得ないかも」
「お兄ちゃん……アインクラッドに入る前にも、恋愛したことなんて一度もなかったと思います」
「ま、まさか……もう彼女作る気ないとか!?」
「そ、そんなことはないと思いますけど……」

 身を乗り出したアスナに、リーファは少し戸惑いながら首を振った。

「なんなんでしょうね……もしかしてキリトさん、異性には興味ない、いわゆるアレ系の方だとしたら……!?」
「……シリカ、キリトに限ってそりゃないわよ。だけど、かの有名な«閃光»のアスナにも揺らがないとは……なかなかの強者よねえ……」

 リズベットは乙女らしからぬ盛大な溜め息を吐く。

「手っ取り早くキリト君に振り向いてもらうには……どうすればいいのかなあ」
「そういえばアスナって、キリトのこと«君»付けで呼ぶわよねぇ」
「だって、呼び捨てってなんだか抵抗があって……」
「呼び捨て……呼び……それよ、アスナ!」

 リズベットはガタッと音を立てて立ち上がった。

「呼び方変えてみればいいのよ!」
「え……でもわたし、«キリト»なんてとても」
「キリトの本名ってなーんだ?」
「……桐ヶ谷和人くん。でも、今更«桐ヶ谷»なんて呼びたくないわよ。なんか親しみない感じするし」
「桐ヶ谷って言わなきゃいいじゃない」
「えっ……」

 アスナは瞬時にその頬を赤く染めた。

「«かずと»って呼んでみりゃいいのよ」

 アスナは数秒経ってから、こくりと頷いた。
 ──後に、この作戦は大成功に終わる。

「じ、じゃああたしは、«キリトお兄ちゃん»って呼んでみます!」
「お、お兄ちゃん!?」

 リーファが素っ頓狂な声を上げる。

「はい! キリトさんはこれから、キリトお兄ちゃんです!」

 シリカの言葉に、リーファは「なんだかなぁ」とボソボソ呟いた。
 ──と、店のベルが鳴った。

「あっ、お客様がいらっしゃったみたい。ちょっと行ってくるわね」

 その客の姿を見て、アスナ達は驚愕した。

「キッ……キリト君!?」
「やあ、アスナ。あっ、シリカも……リーファも来てたのか」

 キリトがシリカ達にひらひらと手を振る。

「──で」

 キリトは首を傾げると、問うてきた。

「みんなで集まって……なんの話をしてたんだ?」
「えっ……な、なんでもないよ!?」
「そうか……文化祭のことだったら、俺も呼んでくれよな」
「う、うん!」

 こうして、第一回«アルヴヘイム美少女女子会inリズベット武具店»は幕を閉じた。



 

 

Suguha's episode アリガト

 
前書き
日曜日の朝。ゆっくり過ごそうと考えていた和人だったが……?
桐ヶ谷兄妹の番外編。 

 
「お兄ちゃん……どーしよ……」

 愛する妹・直葉が泣きはらしたような顔で言ったので、俺はとりあえず返事をした。

「知らん」
「話くらい聴いてよ!」
「ぐふっ……スグ、人間をサンドバック扱いするのは、校則で……いや法律で禁じられてるんだぞ」
「妹の話をちゃんと聴いてあげなかった罪に対しての刑よ」
「……で、話って?」

 直葉はようやく納得したよう━━と思いきや、何故か猛然と俺に殴りかかった。俺は右へ横移動し、今度こそ直葉パンチを避ける。

「俺悪くないよね?」

 一応確認しておく。すると直葉は眼の端に涙を溜め、「うわーん」と叫びながら突然床を殴り出した。怖い怖い。

「……直葉さん?」
「お兄ちゃん……あのね……あたし、あたし……」
「中間テストで赤点でもとった?」
「……」
「……え、図星?」
「………」
「……マジ?」

 直葉はどこの兄に似たのか、毎日の勉強が苦手なタイプだ。俺はテスト1日前に死ぬ気で勉強して終わったら全部忘れるって感じなのだが━━妹はその限りではないらしい。直葉の口から、いつになく弱々しい声が洩れる。

「勉強、しようと思ったんだけど……どうしても、気が散っちゃって。勉強しないままテストに挑んだら、数学で37点とっちゃった……」
「仕方ないね」

 ちなみに俺は数学98点だった。あとは現代文が89、地理が94……。ちなみにアスナは、安定の、というか貫禄の全教科満点だ。天才頭脳、どうか俺に分けてください。

「お兄ちゃんも、勉強嫌いなんでしょ? なんで点数良いのよ」
「いや、別に良くないぞ。学年平均65点だった英語で97だったからな」
「それのどこが悪いのよ!!」
「アスナは100点だぞ」
「アスナさんはアスナさんでしょ。……お兄ちゃん、勉強……教えてよ」

 滅多にない妹のおねだり。しかし俺は……。

「ムリ」
「即答!?」
「無茶」
「えっ……」
「無謀」
「なにそれ、ヒドい」
「いつのことだか、思い出してごらん……」

 俺や直葉がまだ小学生だった頃。俺は既に直葉から距離を置いていて、口をきくことはほとんどなかった。しかしある日、直葉が突然俺の部屋に入ってきて、言ったのだ。

『……お兄ちゃん、宿題……難しいから、教えてよ』

 もしこの時冷静だったら、俺は何らかの形で言い訳をして、逃げていただろう。だがあまりに突然の出来事だったので、俺は咄嗟にイエスの返事をしてしまっていた。

『……ちょっと見せてみ。えっと、AさんとBさんとCさんのテストの平均が70点だった時、3人の総合点はいくつでしょう……か。……スグ、これ本気で解らないのか?』
『うん……あっ、これってお兄ちゃんのPC? ずるーい! 自分で買ったの? なんで3台もあるのよ、1台あたしに頂戴!』
『……平均の求め方はすべての和÷足した個数だから……』
『いいなあー、あたし1台も持ってないからなあー』
『……AさんとBさんとCさんで、人数は3人だから……』
『お兄ちゃん、3台も置いて何に使ってるの?』
『……70に3を掛ければ、答えが出るだろ』
『あっ、ごめん。きいてなかった』
『だろうな。出てけ』
『あっ、お兄ちゃ……』

 俺は直葉を部屋から追い出し、またまた口をきかなくなった。

「……あんなこと、こんなこと、あったでしょ?」
「あの頃は、まだ子供だったし! もう子供じゃないもん」
「スグ……」
「え?」
「お前はまだ子供だ」
「お兄ちゃんのバカ!!」

 いつもならここで、「俺ってどんだけバカだと思われてるんだよ!」とか言っただろうけど、今回ばかりは違った。

「スグに言われちゃ終わりだな」
「……なんですって?」
「………………………ごめんっ、今の取り消し!  取り消すから抜刀するな!! て、ていうかさ……俺のことバカだとか言うんだったら、俺に勉強教わろうとなんてするなよな……や、やっぱさっきの発言も取り消す! やめろスグ、いや直葉様、剣を収めて! お助け━━っ」




 ──てなわけで30分後。
 俺は図書室にて、直葉に勉強を教えることになった。直葉は俺から最大限の距離をとり、俺と同じ横長机で黙々と問題を解いている。
 ああ、暇だなあ。そう思った俺が、鞄からPSPを━━校則なんて知ったことか━━取り出そうとしたその時。

「お兄ちゃん」

 未だご機嫌ナナメな妹様から、ここに来て初めてのお声がかかった。俺をジトっと横目で見ている。

「な、なんでしょう直葉……様」
「なんで敬語なのよ。……ここ。解んない。教えて」

 どうした直葉。お前はもっとさぁ、名前通り素直で、真っ直ぐだったはずだろ━━なのになんで普通の生意気な女子中学生みたいになってるんだよ。
 ……なんて言えるはずもなく。
 俺は少しだけ直葉に近寄り、こちらへ押しやるように片手で近づけられたプリントを覗き込んだ。

「はいはい……ゲッ、証明問題!? しかもたいして難しくないのにややこしいっていう、滅茶苦茶メンドクサイやつじゃないか……うぐ、えっと、これはな、中点連結定理を……」
「ねえ」
「はい?」
「遠すぎ。もうちょっと近くに来てくれないと困るんだけど」

 なぁ、俺、言っちゃってもいいよね?
 ━━お前がわざわざ遠くに座ったんだろ!
 ……と言いたいところだが、それをすると俺の命が危ないので、ここは大人しく直葉に従っておこう。
 俺は妹の真横に椅子ごと移動し、説明を再開した。

「……えっと、これはな……中点連結定理を使うんだよ。ほら、△ABCと△DEFにおいて……」
「えっと、こう?」
「あー、違う違う。ここと、ここを……あ、そうそう! できるじゃないか」

 俺なりに微笑んでみせると、直葉の顔は何故だか瞬時に真っ赤になった。直葉はサッとその顔を逸らした。
 ━━まったく、いつからこんなに生意気になったのか。
 女子中学生は色々複雑、ということだろうか。なんだか少し、出会った頃のアスナと似てる気がした。






 しばらくしてから、直葉が別の証明問題が解らないと言い出した。

「これか……これはな、三平方の定理ってやつを使うんだ」
「それってなんだっけ」
「おいおい……ちょっと貸してみ」
「え……」

 俺は説明しながら、直葉のプリントの裏に答えを書いた。
 問題集をすべて解き終わった頃には、直葉の機嫌はいつも通りに戻っていた。

「お兄ちゃん、意外と教えるの上手いじゃん。あたしの専属家庭教師やってよ」
「それならアスナに頼めよ。あーあ、すっかり遅くなっちゃったな……どうする? このまま寮に帰る? もしかしたら、優しいお兄ちゃんが頑張った妹に晩飯を驕っちゃうかもしれないけど」
「ほ、ほんとに!?」

 "頑張った妹"は大きな眼をぱっと耀かせた。俺は苦笑いしながら答える。

「って言っても、お小遣いの範囲で、だけどな。なんでも驕るよ」
「わあー! あははっ、やった! ねーねー、どこ連れてってくれるの? いっぱい注文しよっと」
「い、いっぱいって……いま、夜8時だぞ。あんまりいっぱい注文したら、俺の財布が泣くし……なにより、スグの体重がとんでもないことに」

 即座に殴りかかってくるだろう、と思っていたのだが、直葉は意外にもにこっと笑みを浮かべた。

「大丈夫だよー。あたし、運動いっぱいしてるから、そんなに簡単に太らないもん! さっ、行こ行こ!」

 ━━こりゃ、財布の中の福沢さんも今で見納めだな。
 まぁ、仕方ないだろう。俺が言い出したんだし、直葉は頑張ったからな。
 数ヵ月後の数学期末テストで、直葉は99点をとったらしい。すごいじゃないか、直葉。

「お兄ちゃん!」

 直葉が、高得点のテストを持って走り寄ってくる。そして、殊勝に微笑んで言った。

「ありがと、お兄ちゃん」

 

 

第29話 あの瞬間から

 
前書き
まりあさんのことをなんとかしなければ…… 

 
「キリト、ちょっとそこにある譜面取って下さい」
「あ、はいはい」

「キリト君、この資料に目を通しといて。先生からの伝言」
「お、わかった」

「お兄ちゃん、ここの音ってこれでいいと思う?」
「あー……もうちょっと高い方がいいんじゃないか?」

「キリトー! こっち来ーい!」
「おいエギル、リズに何飲ませたんだ! 学生にアルコールを飲ませるな!」

「キリトさーん! ピナがキリトさんを攻撃に向かいましたー」
「そっか……え」

 後ろを振り返ると、ピナの顔が視界一面を覆い尽くした。

「嘘だろおい……」

 最後まで言う間もなく、ピナに顔面直撃攻撃を喰らわされた。
 みんな、いつもより忙しそうにしている。いよいよ文化祭が近づいてきたので、本格的にラストスパートをかけているのだ。
 対照的に俺はとても暇で、やることがなかった。だから女性陣にやたらとこきつかわれているわけだが──。

「俺……外の空気、吸ってくる。死にそう……」
「わ、わかりました」

 まりあがこくりと頷いた。

 **

「うーん……」

 明日奈は譜面を片手に、首を傾げた。

「アスナ、どうかしました?」
「うーん……あのねまりちゃん、ここの高音が難しくって……」
「あ……ごめんなさい、変えますか?」
「う、ううん! ただ……簡単に高音を出す方法はないのかなって」

 明日奈がらしくもなく呟く。まりあは苦笑した。

「出そうとするものじゃないんですよ。適当に歌ってたら、いつの間にか出てるものです」
「えっ……て、適当!?」
「……は、言いすぎかもしれませんが……なんていうんでしょう、本能のままに、と言いますか……」
「本能の、ままに?」
「例えば、機嫌が良い時に鼻歌とか口ずさみますよね。その時って、途中からは『歌ってる』ってことを意識しながら歌ったりなんてしないでしょう? そんな時ふと、普段は出ないような声を出せたりするんですよ」

 まりあの言葉に、里香は微笑んだ。

「あんた最近、明るくなってきたわよねぇ」

 里香とまりあは昨年と連続で同じクラスだ。

「正直、前はおっとなしー子だと思ってたんだけど。なに? もしかして、キリト?」
「えっ、そ、そんなわけ……」
「わたしはキリト君と出会って世界が変わったよ」

 言ったのは明日奈だ。

「わたし、前は母さんに言われるままに勉強ばっかりしてて……いつしか、目の前の世界が色褪せていってたの」

 明日奈は窓の外を見やる。

「どんどん心が荒んでいって……でもね、そこに固く纏ってた氷の鎧を打ち砕いて、色鮮やかな世界に導いてくれた人がいるの。それが彼」

 まりあはズキン、と胸が痛むのを感じた。
 だって、彼について話す明日奈の瞳は、明日奈の想いを痛いほど映していたから。歌詞を考えるにあたって、その想いについては知っている。知っているはずだった。
 ──どうしてこんなに胸が苦しいのか。
 友人の恋だ。応援してあげるべきなはず。なのに、まりあの心は、それを拒否しているようで。

「わたしきっと……ううん、絶対。キリト君に恋してるんだと思う」

 明日奈が微笑んだ。

 ***

 恋。
 今までは考えたことすらなかった。
 初めて出会った時、和人はまりあの唄声を褒めてくれた。初めて、プーカの少女«マリア»ではなく、«桜まりあ»としての自分を褒めてくれた。綺麗な声だと言ってくれた。
 嬉しかった。そんなこと、一度だって言われたことがなかったから。

「あ……」

 小さく声を上げる。突然雨が降ってきたのだ。
 グラウンドのベンチに座っているまりあの躰を、雨粒が容赦なく叩く。
 ──もしかしたら、初めて会った瞬間から、あの黒髪の少年に心を奪われていたのかもしれない。
 でも。だとしても。友人であるアスナの恋を邪魔するなど、まりあにはとてもできない。──いや、そもそもまりあなど邪魔にすらならないのだろうか。
 どの道この不思議な気持ちは、消え去るまでしまっておくべきなのだろう。

「……制服、びしょびしょになっちゃう」

 まりあは1人呟くと、グラウンドを後にした。


 
 

 
後書き
和人「うへぇ……ピナ攻撃、恐るべし……」
珪子「うぅ、ごめんなさいキリトさん……」
和人「なっ……だ、俺は全然大丈夫だから! 泣かないで!(俺がいじめてるみたいじゃないか!)」

 

 

第30話 替え歌

 
前書き
和人「やっと30話か……」
明日奈「こんだけ書いてて文才身につかないって……可哀想だわ」
和人「ほんとにな……」

 

 
「はー……」

 模擬街、エギルのカフェにて。和人が盛大な溜め息を吐いた。

「ちょっとキリト君、そんな盛大な溜め息吐かないでよー。わたしの運まで逃げちゃうじゃない」

 明日奈が困ったように言う。

「だってアスナ……俺、人生初の補習なんだぜ」
「補習? なにの?」
「音楽の筆記テスト」
「点数は?」
「92」
「あら、そこまで悪くないんじゃない?」
「それがさ……」

 *

 それは、昨日のことだった。俺は放課後、音楽科担当の女教師に呼び出され、音楽室に向かっていた。

「……さて、一体なにがバレたものか」

 俺は小さく呟いた。呼び出しを喰らうからには、俺がやらかしたなにかがバレたのだろう。
 ──なんだろう。
 早パン? いや、最近やってないし。
 学園抜け出し? いずれにせよ音楽には関係ないし。
 テストの点だって悪かなかったし。

「失礼しまーす……」

 俺は情けない声で言ってから、音楽室の扉を開けると、瞬時に頭を下げる。

「すみませんでした! 悪気はなかったんです!」

 なにバレちゃったのか知らないけど。

「え、なんのこと?」

 しかし先生はそう言って、首を傾げた。

「えッ……俺、いや僕今から怒られるんじゃ」
「違うわよー。……なにかやったの?」
「やってません」

 心当たり複数あるけど。

「じ、じゃあ先生、なんの用事が?」
「あぁ……。あのね、桐ヶ谷くん」

 先生がずいっと身を乗り出してくる。

「は、はい?」

 俺は少したじろきつつ返した。

「私って美人よね?」
「はぁ!?」

 いきなり何の話だ。

「私、もて余すほどの美貌に溢れかえっているのに……全然モテないの!」
「……はぁ」

 それで俺にどうしろと。

「でね、桐ヶ谷くんモテるじゃない?」
「いや、俺別にモテてないですよ」

 これに関してはなんの心当たりもない。……って。

「先生、なんでこっち睨むんですか!? 老けて見えますよ」
「失礼ね! さあ、サッサとモテる方法吐きなさい!」
「うわこわっ!  てか知るか! 俺は帰りますよ!」

 ──そして次の日。何故か俺は強制的に音楽筆記テストの補習をやらされることになった。
 しかし、おとなしく補習を受ける俺ではない。

「ちょっと待て! 聖職者がなにやってんだよ!」

 職員室に殴り込み──まではしてないが。

「桐ヶ谷くんがテストで酷い点とってたから、補習させようと思って」
「92点のどこが悪いんだ! 学年平均60点前後だったぞ!?」
「うん。桐ヶ谷くん口悪いから、補習時間倍にしとくわね」
「別に普段は悪くないよ! あんたが訳わからんことするから」
「それ以上言ったら、更に倍になるけど?」
「はあ!?」

 ****

 そんなこんなで今に至る。

「キリト君は押しに弱いとこあるもんねー」

 明日奈がからからと笑う。

「他人事だと思って……」と和人。

 ──音楽関連だったら、なにか手伝うことができるかもしれない。
 まりあはそう思い、和人に訊ねる。

「テストにはどんなものが出そうですか?」
「授業で習った歌の歌詞とか……そんなんだろ。まあ、テストの内容については心配ないけど……あ、いいこと思いついた」

 和人がニヤリと笑い、ペンと紙を取り出す。

「替え歌でもして遊ぶか」
「……キリト君、発想が小学生だよ?」
「う、うるさい」

 明日奈の言葉に、和人は僅かに頬を赤く染めた。

「じゃあ、まずどの歌でやるか……」

 和人が鞄に入った音楽ファイルを繰る。

「あ、これなんてどう?」

 明日奈が提案したのは、«ハレルヤ»だった。

「……あのな、注文しないなら寮に帰ってくれ」

 黙っていたエギルが言うが、和人は完全無視。

「せめてピザとかポテトとかコーヒーとか……なんでもいいから注文くらいしてくれ」

 エギルが続けるが、和人は聞いていないようだ。

「うーん……あ」

 数秒間難しそうな顔をしていた和人が、パッと表情を変え、ペンを取った。

「これでいいだろ」

 まりあと明日奈が覗き込んだ。
 ──ハゲルヤ
 その内容に、明日奈が吹き出した。

「キリト君っ……ほんとに小学生の発想だよ、これ!」
「あ、見て下さい。この先もっと子供っぽいです」

 まりあが紙をツンツン指先でつつく。

「どれどれ……」

 ──For the Lord God Omnipotent reigneth,Hallelujah!

 ──超ヤサイ人ゴット鬼 あ、ポテトでいいです

「何気に注文入れてる!?」

 ツッコんだのは明日奈だ。

「ていうか、なによ超ヤサイ人ゴット鬼って! 君高校生でしょ!?」
「つっこむのやめてもらえないかな!? なんか恥ずかしいだろ!」

 まりあは溜め息を吐いた。

「ハゲルヤって……キリトはもっと大人びた人かと思ってました」
「このハゲっていうのは、エギルのことなんだ」

 和人はサラリと失礼なことを口にした。

「キリト……お前これから、食事代10倍な」
「すみませんでした」

 エギルの言葉に、和人は真顔で返した。

「じゃあ、これは? «君をのせて»ってやつ。さすがにこれじゃあ難しいでしょう」

 明日奈がその譜面を提示する。

「あ、それなら余裕かも」

 和人は言うと、再びペンを握った。

「うーん……キリト君って、こういうセンスに欠けるとこあるのよねえ……」
「ですよね……」

 明日奈とまりあが呟くように言う。「聞こえてるぞ」と和人の声が飛んできた。

「一応書けたぞ」
「あ、見せて見せて」

 明日奈が身を乗り出した。
 ──あの水平線輝くのは どこかに

「あ、地平線じゃなくて、水平線に変わってるんだ!」

 明日奈が言った。
 まりあは思った──くっそどうでもいいです、と。

「ええと……なんていうか、普通じゃないですか? しかも小学生レベルの……」
「ちょっと、まりあ! どんだけ俺を子供っぽい人扱いしたいんだよ!?」
「……ちょっとキリト君、エギルさんに怒られるわよ……」

 そう言って明日奈が指した歌詞の内容は。
 ──どこかにエギルが隠れているから

「おい、キリト……」

 エギルがど迫力のバリトン声で言う。

「べ、別に誰もエギルがハゲだから光るとか、エギルの頭が太陽の如く光り輝くから海に上ったり沈んだりする、なんて言ってないだろ」
「キリト君、口に出ちゃってるよ」
「心配するなアスナ、わざとだから」
「キリト君たら……」

 明日奈がクスクス笑う。
 和人が見えてるのは、きっと明日奈だけ。だって、妹の直葉のことさえも見えていなかったから。
 ──私なんて、一厘の望みだってありやしないのに。

「歌ってみたら結構イケるぞ? ほら、あのすい~へい~せ~ん~、か~が~やく~の~は~。どこか~にエギ~ルが~」
「あはは! や、やめてキリト君! 歌うとかやめて!」

 明日奈がここまで笑うところを見るのは初めてだ。きっと、隣に和人がいるからだろう。

「……結構恥ずかしかったんだぞ」
「知らないわよ! 君が勝手にやったんでしょ!」

 ──やっぱり、お似合いだよね。
 どうせ叶わない恋なら、せめて明日奈を応援しよう。里香もそうすることにしたと言っていた。
 和人が明日奈の握る譜面をひょいと取った。

「ちょっとアスナの歌の譜面見せてくれよ。えーっと、あいぶねばーびーん……」
「わ、ちょっ! 勝手に見ないでよ!」

 それは、明日奈の為に作った歌。明日奈が文化祭で想いを打ち明ける為の歌。
 そうだ。あの歌を作った地点で、まりあがどうするべきかは決まっていたはずだ。作るだけ作って、歌詞を書くだけ書いて邪魔をしてしまうのはあまりにも無責任だし、あまりにも最低な行為だ。
 解っているけど。
 初めて抱く想いを、簡単に忘れられるわけがなかった。

 
 

 
後書き
エギル「あの«黒の剣士»が小学生レベルの替え歌を楽しんで歌っているCDは1280円で販売中だ。ぜひ買ってくれよ」
和人「勝手に売るな!」
明日奈「ハゲとか言うからだよー……」 

 

Asuna's episode 出会い

 
前書き
番外編ですー。 

 
「明日奈お嬢様!」

 ハウスキーパーの佐田明代が、駆け寄って叫んだ。結城明日奈は靴を履こうとする手を止め、40代前半の小柄な女性に向き直った。

「……お嬢様。本当に、行ってしまわれるのですか?」

 明日奈は口許に笑みを浮かべた後、サッと真顔になって訊き返す。

「……母さんは?」
「奥様は、お仕事でお出掛けになっております」

 明日奈は本日何度目かの溜め息を洩らした。

「……娘が全寮制の学校に行くっていうのに、入学式に来るどころか、見送ってもくれないのね」
「……はい?」
「いいえ、なんでもありません。お見送りありがとう、佐田さん」
「滅相もございません。入学式には出席できませんが、心の中で応援しております」

 母親にも、せめてこのくらいは言ってほしかった。入学式に出られないのは仕方ないけれど、頑張りなさい、の一言くらいあってもいいではないか。
 明日奈は再び溜め息を洩らす。

「……じゃあ、佐田さん。わたし、もう行きますね。今日までありがとうございました」
「ありがとう、だなんて……。お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 涙ぐむ佐田に軽く手を振ると、明日奈は外へ一歩、踏み出した。





 入学式から、早3ヶ月。明日奈の成績は毎度トップだった。1年生ながら、生徒会副会長にも任命された。
 しかし、«剣»の実技だけは、いつも次席だった。
 首席が一体誰なのか、明日奈は知っている。
 隣のクラスの、桐ヶ谷和人という男。顔は知らない。遊んでばかりらしい彼なのに、5教科の成績までも━━明日奈に敵わずとも━━常に上位に位置する。死に物狂いで勉強し、1位を勝ち取っている明日奈にとっては、まさに天敵とも呼べる存在である。
 ━━あんな人に、1教科でも1位を取られてたまるものですか。
 明日奈は«剣»でも1位を取ってやるべく、毎日剣を振った。速く。もっと速く。あの人の剣のスピードは、こんなものではない。速く。速く。速く──。
 明日奈はかつて、こんなに動いたことはなかった。だんだん、体を支える力が弱くなってくる。

 ──あ……もう……少し……もう少しで……速く……

 明日奈の意識は、そこで途切れた。





 かすかに消毒液の香りがする。
 明日奈が眼を開けると、保健室のベッドの上にいた。

「あっ……目が覚めた?」

 保健室の女の先生が言う。
 ━━そうだ。わたしあの時、倒れて……。

「大丈夫? もう少し休んだ方がいいんじゃないかしら」
「いえ、それには及びません。……ところで、一体誰がわたしをここへ運んだんですか?」

 運んでくれた、という言い方はあえてしなかった。だって、明日奈は頼んでいないから。

「ええと、名前言って分かるかしら?」
「1年生ですか?」
「ええ、桐ヶ谷くんって子よ。彼、中庭で倒れてるあなたを見つけて……」

 ━━桐ヶ谷くん。
 そんな苗字は珍しいので、心当たりは1人しかいない。
 ━━桐ヶ谷。桐ヶ谷和人。
 天敵に倒れたところを見られるだなんて、恥晒しもいいところだ。明日奈は唇を噛むと、礼も言わずに黙って部屋を出ていった。





 昼休み。明日奈はお弁当を食べようと、1人で屋上へ向かった。クラスメートから「一緒に食べよう」と誘われたが、そんな気分ではなかったので断ったのだ。
 ここなら1人でいられると思った。しかし、かすかな寝息が聞こえる。辺りを見回すと、1人の少年が壁にもたれて寝ていた。幼い寝顔や体格から、恐らく明日奈と同じ1年生だ。
 名札はつけていない。しかし明日奈は、何故だかこの少年が誰なのか瞬時に解した。
 そこで、少年が目を覚ました。

「ムニャ……」

 ぱちりと眼が合う。
 しばらく眠そうに瞬きした少年が、突然バチッと眼を見開き、座ったままで音もなく後ずさった。
 数秒の間、二人は見つめ合っていた。先に口を開いたのは、意外にも明日奈だった。

「……あなたが桐ヶ谷和人?」
「は、はい」

 和人はこくこくと頷いた。
 ━━やっぱり。
 和人は何やら考え込み始めた。そして、なにかを思い出したようにパンと手を打つ。

「君、中庭で倒れてた結城明日奈さん?」
「……そうだけど」

 少しばかり不愉快に思った明日奈は、眉間に皺を寄せた。和人は言う。

「ちょっとしたおせっかいなんだけどさ、あの剣、アスナに合ってないと思うよ」

 ちょっとしたおせっかいどころか、大きなお世話である。
 確かに明日奈は、学園の倉庫にあった剣を適当に取って使った。しかし、この少年には関係のないことではないか。少年は続ける。

「おまえの使ってたやつは«片手直剣»。けど見たところ、おまえはスピード重視だろ? なら、もっと軽い剣の方が……」
「ねえ」
「は、はい?」

 じろっと和人を見る。

「その«おまえ»ってのやめてくれない?」
「へ? ……あ、ああ……じゃあ、えーと……«貴女»? ……«狂剣士様»?」

 «狂剣士»とは、最近明日奈が頂戴した異名である。
 最後の«狂剣士様»は、不本意にも作られた明日奈のファンクラブが発行する新聞で用いられているらしい呼称だ。何故和人がそこまで明日奈を知っているのか。明日奈がよほどの有名人ということだろうか。
 明日奈は和人を強く睨んでから、ぷいっと顔をそむけて言った。

「普通に«アスナ»でいいわよ。さっきそう呼んでたでしょ」
「りょ、了解」

 震え上がった和人は素直に頷き、慌てて話題を戻した。

「で、剣についてだけど……アスナには、«細剣(レイピア)»が合ってると思うんだ」
「……細剣?」
「うん。基本的にすっごい軽いやつで、名前通り細い剣」

 明日奈はしばし考えてから、思い切って言った。

「……でも、わたしにはどれがその«細剣»なのか、倉庫から探し出すなんてできないわ。手伝ってくれるのよね?」
「それには及ばないな。前に人から貰った使ってないやつがあるから、それやるよ。«細剣»って、重さ重視な俺にはまったく合わないんだよね」
「……へえ」

 明日奈は動揺を隠しながら、なるべく淡々とさせた声で言った。──同級生の男の子からなにかを受け取るのは、これが初めてだった。

「……き、桐ヶ谷……くん」

 明日奈がか細い声で呼ぶと、和人は服についた埃をはらいながら立ち上がった。

「……あ、ありがと」

 言うと、何故だか和人の顔が少し赤くなって見えた。
 ──熱でもあるのかしら?
 明日奈は首を傾げ、彼の額に手を当てた。しかし和人は即座に明日奈の手を押し退け、上ずった声で言う。

「な、なんだよいきなり!?」
「熱でもあるのかなって思って」
「な、なんで」
「だって、なんだか……顔、赤いわよ」

 和人は慌てたように右腕で顔を隠した。






 和人は親切にも、«細剣»の使い方を細かく──ダジャレではない──教えてくれた。
 «細剣»は«斬る»ことに長けている«片手直剣»とは違って、基本的にはフェンシングと同じ要領で«突く»ことに長けているのだという。和人の言った通り、«細剣»はすぐに明日奈に馴染んだ。
 明日奈は微笑みながら、和人に言った。

「大分コツが掴めてきたかも」
「そうだな。俺が越されるのもそう遠くないな」
「……なにそれ。今のわたしじゃ、君に敵わないっていうの?」
「いや、そういう意味じゃなくて! 剣のスピードと正確さは、俺負ける気しかしないし」
「ふふ、そう?」

 明日奈はくすっと笑った。

「ね、桐ヶ谷くん」
「ん?」
「君のこと、なんて呼べばいいかな?」
「え……いつも«桐ヶ谷»って呼んでるじゃないか」
「違う違う」

 明日奈はこほん、と小さく咳払いすると、ずいっと和人に詰め寄った。

「わ、わたしだけ«アスナ»なんて、なんだかおかしいじゃない。桐ヶ谷くんのことも、あだ名で呼ばせてもらいたいなって、そう言ってるの」

 あまりの必死さに、後半は声をあらげてしまった。
 我ながら苦しい言い訳だと思う。しかし、単に和人ともっと親しくなりたかったから──なんて、言えるはずもない。
 和人はぱちくりと瞬きすると、男子にしては華奢なおとがいに手をあて、悩み面で返事をした。

「……みんなには、«キリト»って呼ばれてるけど」
「……«キリト»?」
「うん。桐ヶ谷和人って名前を省略した、超絶安易なニックネーム」
「変わってるね」

 明日奈は頷き、意を決して言う。

「……じ、じゃあ、わたしもこれから、«キリト»って呼ぶね」
「お、おう」

 ━━キリト。
 最初は天敵だと思っていた和人との距離を、こうも縮めたいと思っている。これは一体どういうことか。明日奈は苦笑いを浮かべ、和人に貰った細剣の鍔を握りしめた。
 驚くことに、羽根のように軽い«ウインドフルーレ»という名のこの剣。剣なんて、使えればなんだっていい。そう思っていたけど、今は違う。わたしは、彼に貰ったこの剣を、ずっと大切にするんだ。

 しかし数ヵ月後、彼は言った。

「この剣は……もうだめだな」

 明日奈はしばらく、呆然と立ち尽くした。
 ようやく、強ばる唇を動かす。

「だ、だめって……どうして?」
「ここ、見てみろよ」

 和人が指差した先──レイピアの刃先を見る。使い込んだためか、もうボロボロだった。明日奈は、震える拳を押さえて言う。

「で、でも、研磨すれば大丈夫じゃない? あっ、わたしの友達にね、すっごく鍛冶の得意な女の子がいるの。その子に頼めば……」

 しかし和人は、黙って首を振る。明日奈の眼に、込み上げてくるものがあった。

「……なんで」

 明日奈の声は濡れていた。

「どうして……わ、わたし……」
「でも……さ。冷たい言い方になっちゃうけど……この剣、ウィンドフルーレは、初心者フェンサーが使うものなんだ。アスナの腕は大分上がってきてるし、今や学園トップクラスだって言っても過言ではないと思う。だからどの道、ずっとこの剣を使っていくのは難しいよ」

 明日奈の口から、我ながら弱々しい言葉が零れた。

「わたし……そんなの、嫌」

 スカートの膝の上で、右手を軽く握りしめる。

「……ずっと、剣なんてただの道具だと思ってた。自分の技と覚悟だけが、強さの全てだって思ってた。でも……あなたがくれたウィンドフルーレを初めて使った時……悔しいけど、感動したの。羽根みたいに軽くて、狙ったところに吸い込まれるみたいに当たって……。まるで、剣が自分の意思で、わたしを助けてくれてるみたいだった……」

 唇にほんのわずかな笑みが滲んだ。

「……この子がいてくれれば大丈夫、わたし、そう思った。ずっとこの子と一緒にいようって。たとえボロボロに刃先が零れても、絶対捨てたりしないって約束したんだ。……約束、したのに……」

 新たな涙が、かすかな音を立ててスカートに落ちた。
 和人の返答は、意外なものだった。

「……解るよ」
「え……」

 明日奈が伏せた顔を上げると、和人が真剣な顔つきで頷いた。

「解る。……って言うと、ちょっと偉そうかもしれないな。俺だって、たくさんの思い出が詰まった、ずっと一緒に過ごしてきた剣を簡単に捨てるなんて嫌だ。でもさ、剣の魂を一緒に連れていくことは可能だよ」
「剣……の、魂……?」
「そ。それまで使ってた剣をインゴットに戻して、新しい剣を鍛えるのに使うとかさ。それだったら、形は残らずとも、剣は……えっ」

 和人が言葉を中断したのは、恐らく──いや間違いなく、明日奈が彼の肩に頭を預けたからだ。

「ア、アスナ?」
「……ありがと、キリト」
「えっ……」

 和人の瞳を真っ直ぐに見つめ、言う。

「なんでもない。……わたし、友達に頼んでみる。この剣のインゴットで、新しい剣を作ってって」

 和人はにっと笑った。

「傑作を所望しろよ」
「もちろんだよ」

 明日奈もまた、にこっと笑みを浮かべた。





 ──2年後、明日奈は3年生になった。

「わあ……!」

 クラス表を見た明日奈は、思わず歓声を上げた。和人の方へ駆け寄る。

「やったね、キリト君! わたしたち、同じクラスだよー」
「お、おう。アスナがそんなにはしゃぐなんて、珍しいな」
「えっ……こほん。べ、別に君と同じクラスだったからって、わたしには何の得もありませんけどね」
「……さいですか」

 和人は唇を尖らせた。しばらく続いた沈黙を打ち破ったのは、和人の余計な言葉だった。

「……さっき、超嬉しそうに『やったね!』とか言ってたくせに」
「うるさいわね! い、意地悪言うキリト君は嫌いです」
「ほほう」

 にやりと笑い、明日奈の顔を覗き込んでくる。

「な、なによ……」
「つまりさ、意地悪言わない俺は嫌いじゃないと?」
「バッ、バカ言わないでよ!!」

 音高く和人の頬を叩いた。

 ━━この男のことは、やっぱり好きになれない!

 明日奈は、ぷいっとそらした顔を綻ばせた。 
 

 
後書き
サブタイトル考えんのメンドイ……

ええと、SAO(ソードアスナ・オンライン)じゃだめですk((
うん、女流剣士アスナ様が主役なオンライン小説ってだけの話。

ところでブログにアニメSAOの応援バナー載っけるにはどうすればいいの? 

 

第31話 星空

 
前書き
wiiUの本体更新で、なんか打ちにくくなっちゃいました。

……慣れるしかないねw

と・こ・ろ・で
SAOホロウ欲しいんだけど、VITA持ってないよ?そこまでのお金ないよどうしよう?

あ、そういや来年からはバイト解禁なのか……よし、ソフト限定版先に買っといて、ハードは稼いだお金で後から買っちゃおう大作戦を決行しよう、そうしよう。

 

 
「お願いです、それだけは勘弁して下さい!」

 俺は情けなくも、アスナに懇願している。
 音楽追試の件はとりあえず片付いたのだが、新たな問題が発生したのだ。前に意味不明なノリで「ハゲルヤ」だの「どこかにエギルが隠れているから」だの言ってしまったので、それが災いした。

「アスナ! 頼むからアレを全校生徒に公開しようとするのはやめろ!」
「知らないわよ。君が小学生染みたことしたからじゃない。わたしの歌の譜面も、勝手にちょっとだけ読んじゃったし。……みんな聞いてー! かの«黒の剣士»様が」
「ちょっ……マジでやめろ! やめて下さいお願いします!」
「小学生以下レベルの替え歌して遊んでたのー! 内容はねー」

 焦り切った俺は、咄嗟にアスナの右手を掴んだ。

「早まるな! なんでも1つ言う事聞きますから!」
「ふーん……」

 アスナは得意気に微笑んだ。

「君がここまで焦るって珍しいねー。そんなに恥ずかしいんだ? ハゲル」
「って嫌だなー。冬寒そうだし!」
「……まあ、いいわ。そのかわり、お願いちゃんときいてよね」

 澄ました表情で言う。
 同じような笑みを浮かべる人物を、小さい頃からずっと見ていたような気がした。
 ──まあ、気のせいか。

「わたしと一緒に、イミテーション・タウンを歩いてほしいな」

 アスナの言うイミテーション・タウンとは、文字通り、アインクラッド模擬街のことだ。

「えっと……歩くだけ?」
「そうじゃなくて、ショッピングとか……そのくらい察しなさいよバカ!」

 今月何回目のバカでしょうか。
 これからは、バカって言われた回数を数えることにしよう。

「……上目遣いおねだりとか。ズルいわよ、君は」

 アスナの呟きはよく聞こえなかった。
 ──その晩。

「キリトー、アスナが呼んでるよ」

 ルームメイトのユージオが言った。
 ──え?
 まさか。

「キリトくーん!」

 男子寮を出た所で、私服姿のアスナがにこにこ手を振っている。

「……なんだよアスナ、今は夜8時だぞ。子供は家にいなきゃいけない時間だぞ」
「子供なのは君の精神年齢でしょ」
「………で? 大人なアスナさんは、夜遅く男子寮になにしに来たのでしょう」
「遅くって言うほど遅くないわよ! ……それに、言ったじゃない。一緒にイミテーション・タウン行こうって」

 アスナの顔は何故だか赤い。

「いや、そういうのってさ……もっとほら、外が明るい時間帯とかさ」
「あら、夜だって悪くないわよ。君も早く着替えてきてよ。その……パジャマ姿で出てきたりしないで」
「うあ、悪い。アスナが突然来たもんだから、なんか怒ってんのかなー、早く行かなきゃ刺されそうだなーと思ってさ」
「……キリト君?」
「なんでもないです。じゃあ俺、着替えてくるよ……」

 アスナが満足げに微笑んだ。
 数分後。

「待たせちゃったな。悪い」
「そんなに待ってないわよ。ていうか……私服ほんとにテキトーだね、きみ」
「む……」

 改めて自分の格好を見ると、黒シャツに同色のズボン、これまた同色のパーカーという簡素なものだった。

「……男が服にこだわっても仕方ないだろ。着れればいいんだよ、着れれば」
「もう……」

 同時に、腕組みするアスナの服装を一瞥する。
 白いセーターと赤チェックのスカートを着ていて、胸元にはプラチナのペンダントが光っている。
 ──なにか言うべきなのだろうか。
 俺はこほんと1つ、咳払いをした。

「どうしたのキリト君、風邪……?」
「いや、まったく。その、あの………に」
「に?」

 アスナが首を傾げる。
 元々美人なアスナだが、この仕草が更に可愛らしさを高めている。

「似合ってますね、服」

 俺がぼそぼそ言うと、何故だかアスナの顔は林檎のように真っ赤に染まった。

「……ちゃんと言えるようになったじゃない」
「えっ?」
「ちょっと前だったら、会ってから時間超経過してからしか言えなかったのに」
「そ、そうだっけ?」
「そうだよー。ふふ、キリト君可愛い」
「か、可愛いって」

 ふいに、アスナの指先が俺の鼻に触れた。アスナはその指をちろりと舐めながら言う。

「あんこついてたよ。いったいなに食べたらそんなところにつくの?」
「えっ!? あ、あの……あんまんです、はい」

 たどたどしい俺の言葉に、アスナは柔らかく微笑んだ。
 ──イミテーション・タウンにて。

「わ、わあー。わたし、夜には来たことなかったのよね。イルミネーションがすっごく綺麗だし、星まできらきら輝いてるし、なんだか年中クリスマス気分だね!」

 アスナがわあ、すごい、きゃーと歓声を上げている。
 ──変わったよなぁ。
 アスナは数年前まで、勉強にしか興味を示さず、他人にも自分にも厳しかった。あの頃のアスナなら、こんなに楽しそうにせず、「夜に模擬街へ来るだなんて、時間の浪費だわ」とか言っていたことだろう。
 あの頃のアスナも凛としていてすごく魅力的だったが、今のアスナはその何倍も輝いて見える。

「あ、キリト君見て!」
「え……?」

 アスナの右手が、俺の左腕を引っ張る。彼女の左手は夜空を指差している。夜の帳に包まれた空に、たくさんの星々が輝いていた。

「綺麗だね……」

 満天の星空の下、アスナが感嘆の声をもらす。
 確かにものすごく綺麗な星空だ。けど、更に一際まばゆく輝くものがある。俺の傍らにある、白い肌、栗色の髪。それらはこの世のどんなものよりも美しく輝く。

「……ああ、綺麗だ」

 俺が小さく言うと、アスナは微笑んだ。

 
 

 
後書き
和人「なんでも1つ言う事聞きますから!」
明日奈「ふ~ん……じゃあ、願いの」
和人「回数を無限に増やす、とかはナシだからな」
明日奈「チッ」
和人「今なんか聞こえたぞ」

ちなみにこの回、最初は«30.5話»のつもりだった。笑 

 

第32話 明日奈

「あっ、これ可愛いー!」

 アスナはイミテーション・タウンのショーウィンドウを覗く度、楽しそうな歓声を上げる。

「キリトくーん」

 アスナがやたら甘い声で言う。ちなみにその先は予想がつく。

「このお人形可愛いなあー。誰か買ってくれないかなあー。たとえばどこかの黒髪剣士さんとかが、颯爽と……」
「解った、解った。いくらだ?」
「15000コル」
「高っ!?」
「お願い、買って! 一生のお願い!」
「一生のお願いをこんなことに使うのか……」

 俺は溜め息混じりに呟くと、店内に入り、人形をレジに持っていった。

「……はい」

 俺は諦め悪く、少しばかり不本意ながらも、購入した人形をアスナに手渡した。

「ふふ、ありがとう」

 アスナが屈託なく笑みを浮かべる。

「ずっと大切にするね」
「いや、そんなに長いこと置いとくもんでも」
「君が初めてわたしに買ってくれたものだもん! 永遠の宝物だよー」

 ──ちょっと待て。その言い方だと、まるで俺たち

「どうしたの、キリト君?」

 いわゆるアレ、みたいではないだろうか。

「キリト君てば! 今日、なんだか変だよ、君」
「そ、そうかな? そういうアスナこそ、最近なんかおかしいぞ」
「お、おかしくなんかないわよ!」

 アスナは顔を真っ赤にして言った。
 ──こりゃマズイぞ、色々。

「あっ……アスナ、見ろよ!」
「え?」

 アスナが怪訝な顔でこちらを見、俺の指差した先を見据える。

「空が……どうかしたの? さっき見たじゃない」
「いや、そうじゃなくてさ……ほら、しばらく見ててみ」

 俺が指したのは、綺麗ではあるが、いつも通りのなんでもない夜空。
 ──しかし。

「……あ」

 しかし、アスナが小さく声を上げる。
 満天の星空を、垂直に素早く横切る光があった。今日は流星群の日なのだ。

「すごい……流れ星が、こんなにたくさん」

 アスナは無邪気な声で言うと、すっと目を閉じた。

「ど、どうしたんだ?」
「黙っててよ、キリト君。今お願いごとしてるんだから……」
「へえ……どんなお願いしてるんだ?」
「……勇気を下さいって」

 ──勇気? ……結城?

「今、とんでもなく失礼なこと考えたでしょ」

 むすっとした表情のアスナが言う。

「いや、別に。でも、なんで勇気?」
「ずっと言いたくて、言えなかった言葉を、ある人に伝える為」

 アスナの瞳に宿る光は、いつも以上に強い。

「……そうか。それって、誰になんて……」
「ねえ、キリト君」

 俺の言葉は中断された。

「──わたしね」
「……」

 突然真剣な表情になった明日奈を前に、俺は固まった。



「わたし……キリト君のことが好き」



「な……あ、え……?」

 俺は戸惑い、情けない声をもらすばかりだ。至近距離から、明日奈の吐息が聞こえる。

「……これが、わたしの伝えたかったこと」

 明日奈が、柔らかく微笑む。




「大好きだよ、キリト君」
 
 

 
後書き
さてさて…。

私、キスとかの描写ものすんっごぉぉい苦手なんですよ((
なんでって?照れるから。恥ずかしいから。

……そもそもやった記憶がにゃー(ry

【というわけで、2014/11/14をもってキスの描写は割愛させて頂きました。(え】 

 

第33話 里香

 

 ──大好きだよ、キリト君。
 アスナは昨日、確かにそう言った。
 うん、言った。いや、言ってない。絶対言ってない。天地がひっくり返っても言ってない。言うわけない。そう、聞き間違い。すべては聞き間違い。絶対聞き間違い。世界が真っ白になってもただの聞き間違い。

「……えっ」

 周囲が突然ざわつき始めた。
 耳を傾けると、「嘘だろ……」「まさか……」「桐ヶ谷くんが……」とみな口々に言っている。
 もしかして、もう昨日のことがバレて──?
 と、思いきや

「和人がロンダート失敗するなんて」

 聞こえたのは、そんな声だった。別にこいつらは昨日のことがどうたらとかではなく、絶賛体育授業中の今、俺がロンダートに失敗したことを言っているだけだったのだ。
 先ほど、体育教師に「ロンダートのお手本をみんなに見せてあげてくれ」と言われ、俺は不本意ながらも承諾し──ロンダートどころか、側方倒立回転とびさえもできなかった。
 理由は他のことを考えまくっていたからだ。

「どうしたのよ、キリト。スランプ?」

 体操着姿のリズベットが腕組して訊いてくる。今日の体育は学年全体でやるものだったので、別クラスの彼女も一緒なのだ。

「……たぶん、前者」
「そ。じゃあ病院行ってらっしゃい」
「冷たいですね……」
「あら、これでも心配してるのよ?」

 リズベットが方眉を下げて言う。

「……どうせ、アスナとかアスナとかアスナなんでしょ?」
「えっ!?」
「え、違った? じゃあアスナ? いや、アスナか。それも違うわね、うーん、あ、アスナね」
「アスナ一択ですか……」

 俺が溜め息混じりに言うと、リズベットが腕を絡めてきた。

「あたしだって……ちゃんと心配してるのよ?」

 俯くリズベットの瞳は、心なしか切な気だ。

「研磨頼まれた時も、あんたが依頼から無事で帰ってこれますようにって祈りながらやってるし……それに、あたしもキリトのこと……だから」

 一部よく聞き取れなかったが、言いたいことはわかる。

「キリト……女の子が好きな相手に告白した時、一番傷つく反応って……なにか、わかる?」
「ええと……『ごめんなさい』?」
「どんだけピュアなのよ! 違うわよ」
「え、じゃあ……なに?」

 リズベットはやれやれと嘆息した。

「なにもしてくれないこと」

 囁くように、しかしはっきりと断言するように、彼女は言った。

「せっかく気持ちを伝えたっていうのに、相手が返事くれなかったら悲しいわよ」
「……それもそうだけどさ」
「された方が照れててどうすんのよ。わかってるとは思うけど、した方が何倍も恥ずかしいんですからね」

 俺の腕を放すと、その場で一度くるりとターンし、にっこり微笑んだ。

「だからね……なるべく早く、けどいっぱい考えて、ちゃんとしてあげなさいよ。アスナへの返事」

 リズベットの瞳から一筋の雫が流れた。


 
 

 
後書き
和人「……って、知ってるのかリズ!?」
里香「そんなの見りゃわかるわよ。ほんとわかりやすいんだから……。あと、爆ぜろリア充」
和人「なんか聞こえてきましたけど!?」 

 

第34話 ユイ

 
前書き
先に言っておきます。

大分短いです、この話。

んでもって、最近サブタイトルがテキトーになってるのは気のせいです、100%気のせいです!! 

 
「あ、あのさアスナ」
「あ、もうこんな時間。生徒会会議始まっちゃう。早く行かなくちゃ」

 アスナは俺を完全に無視し、たったっと廊下を走り去っていった。

「今日は会議なんてないだろ」

 俺が言うも、アスナの耳には届かなかったらしい。
 ──完璧に避けてるよな。
 溜め息を吐き、身を翻した。

 **

 ──完璧に避けてしまった。
 あの日明日奈は、和人と気まずくなることを覚悟で想いを打ち明けたはずなのに。
 後ろから和人が叫ぶ声が聞こえる。

「……わかってるわよ」

 さっきのは嘘。和人の言う通り、会議なんてない。
 ただ、今は和人とどう接していいのかわからないから。無理に前と同じように接そうとして、和人に嫌われたり、明日奈自身が和人を嫌いになってしまうことが怖かったから。──和人にふられてしまうことが怖かったから。
 それで、あれ以来和人とは何も話していない。

「……ママ?」

 いつの間にやら明日奈の傍らに来ていたユイが不安そうに言う。

「パパとママ、ケンカは嫌!」
「け、ケンカなんてしてないよユイちゃん」
「じゃあなんでパパのこと無視するの?」
「無視だなんて……」
「してるよ。ユイ、わかるもん」

 ユイの瞳に宿る光は真剣だった。幼い少女は続ける。

「ママは、パパにごめんなさいするの!」
「えっ、でも」
「するのー!」
「あっ、ち、ちょっ、ユイちゃん!?」

 ユイは明日奈の手を強く引いた。
 

 

第35話 すれ違う想い

「パパー!」
「ち、ちょっと待ってユイちゃん!」

 少し遠く、後方から、ユイと──そしてアスナの声が聞こえた。

「パパ!」

 俺を見つけたユイが、こちらに駆け寄ってくる。

「い、一体どうしたんだユイ」
「ママがパパに言いたいことがあるって」

 ──まさか
 早くこないだの返事出しやがれ、とか? ウジウジしてんじゃねーよ、とか?

「な、なんでしょうアスナ……様?」
「なっ、にって、あの、それは、その……」

 アスナは意味不明な言葉──言葉にもなっていないか──を発している。
 思わず、この間のことを思い出す。俺は慌てて目を反らした。

「……あの時のこと思い出してるの?」
「ま、まあ、はい」
「顔、赤くなってるよ」

 アスナの指摘に、急いで顔を背ける。
 アスナは言った。

「……い、今すぐ。今すぐ忘れて」

 忘れて、というのは、この間のアレのことだろう。

「え、はい頑張ります」
「や、やっぱり絶対忘れないで」
「は、はあ……」
「やっぱ忘れて。キリト君のバカ」
「ごめんなさい」

 ──気まずい。非常に気まずい。

「こ、この間のは、冗談だから」

 震える声で彼女が言う。

「あの時は、ちょっと……甘酒飲んで酔っちゃってて、普段だったら絶対に言うわけないようなことを言っちゃったの」

 胸がチクリ、と痛む感覚。

「別に、君に変な気持ちがあったわけじゃないし」

 痛みは冷気を纏って、俺の体を抉るように侵入してくる。

「君なんて、ただのクラスメート以外の何者でもないから」

 足が震える。こうして立っているのが精一杯だ。

「君のことを好きだなんて思ったこと、一度も」

 そこまで言ったところで、アスナがはっとしたように言葉を止めた。
 ──そうだよな。
 なにを期待していたのだろうか。
 アスナは成績優秀で、学園一の美人。俺みたいな地味な男に、なんの魅力を感じようか。

「は、はは……」

 自分を嘲った。もうそうする他ないから。

「そ、そうだよな。わかってたよ、うん」
「キリト君、これは、ちが……」

 アスナがふるふると、ゆっくり首を振る。

「思わず勘違いしちゃったよ。ほんと、アスナの言う通りバカみたいだな……てかバカか」
「ちが、違うよキリト君……これは」

「……笑ってくれよ」

 その声は、自分でも驚くほどに荒れていた。

「バカなやつだなあって、笑ってくれよ。そうじゃないと俺……どうしていいかわかんないだろ」

 アスナが俺の手に手を伸ばす。

「違う、本当に違うの。信じて……ね、キリト君。話を聞いて」
「触らないでくれ」

 アスナの手を乱暴に振り払う。

「違う……本当に、本当に違うんだよ……」

 何度も、何度も同じ言葉を繰り返す。大きな瞳に涙を浮かべる愛しい彼女の顔を、もう見ていられなかった。
 しかし、俺の口から出たのは──

「……もう、近寄ってこないでくれ」

 そんなものだった。
 

 

第36話*暖かい手

 
前書き
明日奈「違うの……って……言ってるじゃないのォォォオオオ!!!」
和人「わ──っ!?」

──なるモノを前回の後書きに書こうとしてやめた。
理由? 世界観とかキャラとか色々崩壊じすぎるから。←今さっき言ってんじゃん 

 
 ──もう、近寄ってこないでくれ
 和人が告げ、その場を立ち去ったあと、明日奈は崩れ落ちるようにぺたん、と座り込んだ。
 もう何分間もの間、こうしていただろうか。しかしそんなこと、今はどうでもいい。もうなにもかもが、何の意味も成さない。
 全テガ、ドウデモヨクナル。

「ママ」

 聞こえたのは、ユイの声。

「……わたしは、ママなんかじゃないよ」

 明日奈は静かに口を開く。

「だって、パパがいないんだもの」
「ママはユイのママだよ」
「……あのねユイちゃん、パパはね」
「ママ、パパのこと嫌いなの?」

 胸の奥がずきん、と痛む。しかし、明日奈の言葉に、和人はもっと悲痛そうな表情をしていた。明日奈の痛みなど、彼の比ではないのだろう。

「……ユイちゃん」

 先ほど拭ったはずの涙が、抑えようもなく溢れ落ちる。

「わたしがね……嫌われちゃったの。パパに」
「なんで?」
「ママが……わたしが、キリト君にひどいことを言っちゃったの。だからもう、一緒にはいられないの」

 明日奈の脳裏に、和人との思い出が駆け巡る。
 大人びた雰囲気を持ちながら、少し子供っぽいやんちゃなところもあって、でもかっこよくて、色んな強さを持ち併せていて。普段は飄々としているくせに、笑った表情や眠っている時の顔は幼くて、浮世離れしていて。無鉄砲で、向こう見ずで無茶苦茶で、優しくて暖かくて。

「……ママは、パパのこと大好きなんだね」

 ユイがにっこりと笑う。

「ユイ、わかるもん。パパだってママのこと、嫌いになってなんかないよ」

「……ユイちゃん」

 ユイの小さな手が、明日奈の頭をゆっくりと、優しく撫でる。

「だからもう泣かないで、ママ」

 明日奈が泣き止むまで、その手は動いていた。
 
 

 
後書き
なんかどっかで見たことある終わり方だよなー……

と思ってSAO読み返してると

あ……SAO8巻と同じような終わり方なんやぁぁ…!

わざとじゃないよ! 

 

第37話*新たな想い

 

 俺は、本当に子供だな。
 甘酒なんかで酔うわけないし、なによりアスナが泣きながら違う、違うと否定していた。なのに、俺は。

「バカだよな……」
「ええ、ほんっとバカね」

 声のした方を振り返ると、リズベットが仁王立ちしていた。

「リズ……お前まさか、さっきの見」
「なくてもわかるって言ってんでしょ? あんた達って、ほんとにわかりやすいんだから」

 リズベットが溜め息混じりに言う。

「せっかくこのあたしが背中を押してあげったっていうのに、あんたほんと……なにしてんのよ」
「……」

 ほんと、なにをしているんだろう。

「……アスナのこと、忘れたいの?」
「……」
「じゃあさ」

 リズベットが俺の前に回り込む。そして言った。

「あたしと付き合ってみる?」

 一瞬、思考回路がフリーズする。

「つ、付き合うって、どこに」
「違うわよ。あたしと交際してみないかって訊いてるの……ああもう、言わせないでよ恥ずかしい!」

 リズベットがこちらに背を向け、自分の髪をかきむしる。そして少し振り返る。

「……一応本気、なんだけど」

 上目遣いで言うリズベットは、いつもよりも女の子らしく見えた。

「……ど、どうしたのよ」

 照れたように首を竦める。

「いや……リズも女の子なんだなと」
「どういう意味よ!」

 少しばかり怒りっぽいところも、今どきの女の子って感じがする。

「あーあ、あたし、お腹空いちゃったわ! キリト、なんか奢ってよ」
「はあ!?」
「今財布ピンチなのよ」
「嘘つけ、リズベット武具店は大繁盛してるだろ」

 当の鍛冶屋リズベット様はぷくぅっと片頬を膨らませた。

「いいからなんか奢ってよ!」
「理不尽です!」
「あたしねー、ずーっと欲しかったお高いケーキがあるのよぅ」
「今お高いって言った!? 言ったよな!? ……俺は絶対に買わないからな」

 すると、リズベットが俺の手をぐいっと引っ張り、走り出した。

「ど、どこ行くんだよ」
「イミテーション・シティの有名ケーキ屋«sweet sweet»」
「奢らせる気か! あそこのケーキ超高いんだぞ! くそッ、却下だ!」

 俺の言葉に、リズベットはにっこりと微笑みを浮かべて振り返った。

「いいじゃない、後であたしの手作りケーキあげるから!」
「それとこれとは」
「ふーん、キリトはあたしのケーキに高級ケーキ相当の価値はないって言うのね?」
「……それとこれとは」
「もー、ほら早く!」

 *

 ──結局連れてこられてしまった。

「ん~、おいひい!」

 リズベット、食べながら喋るなよ。

「きりとょもてゃべう?」

 訳:『キリトも食べる?』──といったところだろう。

「買えるわけないだろ……」

 ケーキ屋でリズベットが頼んだケーキの数はすざましく、俺の分まで買うお金なんてない。

「そうじゃなくて、あたしのこのケーキを食べるかって訊いてんのよ」

 そう言ってリズベットが差し出してきた皿に乗っているのは、食べかけのケーキ。

「いや、でもそれは」
「な、なに照れてんのよ! く、口に入っちゃえば同じよ、こんなの!」
「いや、でもそれは」
「同じことばっか言ってないで、は、早く口開けて!」
「えっ、そ、それは」
「もーっ!!」

 ***

 キリトが同じような言葉ばかり紡ぐ。

「もーっ!!」

 あたしはついに大声で言った。

「な、なんだよいきなり」

 開いたキリトの口に、すかさずケーキを放り込む。

「……1人で食べてたって、つまんないわよ。一緒に食べよ」

 あたしの言葉に、キリトはこくこく頷いた。激しい同意、ではなく、思考回路がショートしてしまっているのだろう。
 当然だ。あたしもショート寸前なのだ──どこかのアニメの主題歌ではないけれど。
 あたしは赤くなっているであろう顔をふいっと反らして言った。

「明日、家庭科の調理実習でケーキ作るの。約束通りご馳走してあげるから、昼休みはちゃんと来なさいよね」
「ど、どこに?」
「うーん……あ、屋上。高等部校舎の屋上で待ってるわ」
「そ、そうか……」

 キリトはにっと笑みを浮かべる。

「じゃ、楽しみにしているよリズベット君」

 あたしがキリトに振り向いて貰うつもりだったのだが、あたしのキリトへの想いが深まるばかりであった。
 

 

第37.5話*パロディー

 
前書き
ちょっと過去のパロディー。

SS風に書いておりますので、苦手な方は飛ばしちゃって下さい。 

 
«君への差し入れ»

明日奈「キリトくーん!」トテトテ

和人「おっ、どうかしたのか? 顔がニヤけてるぞ」

明日奈「失礼ね。別にニヤけてなんかないわよ……って、そんなことより修練頑張ってるみたいだから、差・し・入・れ! お弁当だよー」

和人「はは、ありがとう。ポテトフライにナゲットにウィンナーに……俺の好きな物ばっかじゃないか」

明日奈「えへへ」

和人「……ところでアスナさん」

明日奈「なあに?」

和人「どうして炭水化物ばっかなのでしょうか?」

明日奈「キリト君は沢山食べるくせに太らないどころか痩せすぎムカつく」

和人「え」

明日奈「キリト君なんて太っちゃえばいいのよ」

和人「……」

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«続・君への差し入れ»

直葉「お兄ちゃーん! お弁当作ったの。食べて食べて!」

和人「悪いけど……もうアスナの炭水化物だらけ弁当でお腹いっぱいなんだ」

直葉「そっか……そうだよね。ごめんね、火傷したり包丁で指切っちゃったりしながらも、お兄ちゃんの為と思って頑張ったんだけど……」

和人「え」

直葉「……ごめんね、要らなかったね。無駄だったね……」グスッ

生徒A「うわぁ…«黒の剣士»が妹泣かせてるぞ……」

生徒B「ひどー……」

和人「うっ。た、食べるよ……」

直葉「«その瞬間、何事もなかったかのような笑顔を浮かべ»ほんと!? それじゃあ残さず食べてねー!」

和人「(愛する妹の為だ、仕方ない……)」

直葉「ちなみにお弁当箱の中身はこんな感じだよ!」

和人「えーっと……スグ、なんで野菜だらけなんだ?」

直葉「だらけっていうか、サラダをそのまま突っ込んだから……」

和人「つまり野菜しか入ってないわけだな!?」

直葉「お兄ちゃん、の・こ・さ・ず食べてくれるんだよねー?」

和人「(炭水化物の方がマシだったかもしれない)」

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«びーすとていまー☆シリカたん!»

珪子「これからはキリトさんのこと、お兄ちゃんって呼ばせて頂きます!」

和人「お、お兄ちゃん!?」

珪子「ふふ。キリトお兄ちゃん♪」

和人「シ、シリカ……?」

珪子「あたし、大きくなったらキリトお兄ちゃんと結婚したいなぁ~なんてっ」ギュッ

和人「うわっ!? い、いきなり何を言い出すんだよ……ていうか抱きつかないで!」

珪子「キリトお兄ちゃんはあたしのこと、嫌い……?」

和人「そ、そういうわけじゃ……」

シリカファンA「………」

シリカファンB「……………殺す」

明日奈「刺す……(キリト君を)」

里香「死なす……(キリトを)」

和人「(な、なんかあちこちから殺気が)」

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«俺達はやってない»

ユイ「パパー、ママー」

珪子「ぱ、ぱぱあ!?」

里香「ま、ままあ!?」

珪子「キ、キリトさんとアスナさんて、もうそこまで……!?」

直葉「お兄ちゃん……!?」

和人「違うからな!」



 

 

第38話*君の為

 
前書き
直葉のキャラソン、マジ神!

何回聴いても飽きない上に、歌いやすい! 

 
「はいキリト、約束通り作ってきたわよ!」

 アインクラッド高等部屋上。
 リズベットはよく出来たショートケーキを目の前のテーブルに置いた。

「美味しそうでしょ?」
「うん、意外だった」
「あんたが思ってるよか、あたしの女子力はお高いのよん」

 得意気に言い、フォークを俺に渡してきた。俺はそれをありがたく受け取る。

「……ね、キリト」
「ん?」
「……これ、ショートケーキって言えるのかしら」

 ケーキを指差して訊いてきたので、思わず首を傾げながら答える。

「どう見てもショートケーキだと思いますが」
「ケーキの大きさ見なさいよ」

 リズベットの作ったケーキは、通常ケーキ屋などで売っているものよりやや大きめだ。

「……こんな大きいケーキ、ショートって言えるのかしら」

 リズベットが溜め息混じりに言う。

「リズ、ショートの意味の解釈を間違えてるぞ」

 前に聞いたことがある。あれは、ある少女に、リズベットと同じように超高級ケーキを奢った時のことだったか。
 少女は言っていた。
 ──知らないの? ショートケーキのショートは«短い»って意味じゃないのよ。
 ──もともとは、ショートニングを使ってショートな、つまりサクサクな歯触りを出したケーキ、っていう意味。アメリカだと、土台にサクサクしたビスケットを使ってたみたいね。

「でも、日本式は柔らかいスポンジを使うから、本当の意味は失われちゃってるんだけど……」
「……どうしたのキリト、いきなり?」

 どうやら俺は、口に出してしまっていたらしい。
 俺にショートの意味を説明したあの少女は、その直後にっこりと微笑んでいた。
 ──その笑顔は、未だに忘れることができない。

「……なんでもないさ。えっと、ショートの意味についてだけど……」

 俺は少女と全く同じ説明をした。
 きき終えたリズベットは、驚きの表情を見せ、もうひとつ訊いてきた。

「それ、誰かが言ってたの?」

 俺は言葉を詰まらせた。
 その«誰か»──少女は、つい数日前まで俺の一番近くにいた。
 出会ったばかりの頃、仲はあまりよくなかった。少女はいつもはりつめた空気を纏っていて、いつも無表情で、それでいていつも悲しそうだった。
 俺は最初、その少女のことを苦手に思っていた。
 しかし、共に依頼された仕事をこなしたり、やがてクラスメートとして一緒にいる時間が長くなっていくにつれて、少女は色んな、本当に色んな表情、仕草を見せるようになった。俺も、少女を苦手と思うことはなくなっていった。
 休み時間にはお弁当を作ってきてくれたり、規則にうるさかったり、買ってあげた人形で子供のように大喜びしたり。
 成績優秀で、細剣術においてはは学園トップで、俺をも圧倒させたり。
 華奢な体で繰り出す華麗な剣捌きは言葉にできないほどに凛々しいのに、普段は女の子らしい一面がある。
 そう、あの少女とは。

「アスナが、言ってたんだ」

 **

「……キリト君、どこにいるのかな」

 明日奈は校舎じゅう和人を捜し回り、息が上がっていた。

「パパ、屋上にいるよ」

 後を走ってきたユイが、高等部の屋上を指差す。明日奈は高等部の中庭から、屋上を振り仰ぐ。
 指の先には、和人の姿がある。屋上のテーブルの前の椅子に腰かけ、誰かと話している。
 ──いったい、誰と話しているのだろう。
 目を凝らすと、和人の隣に里香が見えた。

「……リズ」

 そう言えば里香は、和人に好意を抱いているようだった。
 ──もう、キリト君と付き合ってるのかな。
 そんなことを考えていると。

「……いい加減にしなさいよね!!」

 親友・里香の大声が聞こえた。
 明日奈に向けられたものだろうか、と一瞬ドキリとするが、どうやら和人に言っているらしい。
 里香はそのまま、屋上を去っていく。和人となにか揉めたのだろうか。

「キリト君……」

 今すぐ和人のもとへ行って、きちんと謝りたい。
 明日奈のことをどう思っていたかどうかはわからないが、傷つけてしまったのはきっと確かだから。
 思ってはいたけれど、ずっとこの足を踏み出すことができないでいた。
 ──もう、近寄ってこないでくれ。
 和人がそう言ったから。
 いや、違う。言われたから近寄らないというのは、ただの言い訳だ。
 明日奈自身、傷つくことが怖かったから。そして、また和人を傷つけることが怖かったから。
 不安、恐怖に打つ勝つことができれば、いくらでも前へ踏み出せる。また和人のもとへ走っていける。

「……気持ちの、問題だね」

 明日奈が呟くと、横のユイが柔らかく微笑んだ。

「大丈夫だよ、ママ」

 小さな手で、ユイが背中を軽く、しかししっかりと押してきた。

「……うん」

 明日奈も微笑んだ。

 ──この足は今、何の為にある?
 もう一度、あの人の隣に行く為。
 あの人にちゃんと謝る為。
 あの人に想いを伝える為に、明日奈は最初の一歩を踏み出す。
 
 

 
後書き
明日奈「この耳は何の為? キリト君の声を聞く為! この手は何の為? キリト君に触れる為! この目は……」
和人「…………」
明日奈「はっ! ちょ、キリト君、待ってーっ! 逃げないでよ──!!」
里香「何やってんのよ……」

現在ユイちゃんのキャラソンを聴いております。
ユイちゃんマジ天使! 

 

第39話 ありがとう

 
前書き
最近Twitterにどハマりしました。

よければフォローお願いします→@siaca314 

 
「は~っ」

 正面の椅子に座るリズベットが盛大な溜め息を吐く。

「な、なんだよ?」

 俺が訊くと、こちらをキッと睨んだ。

「あんた結局、アスナなんじゃない」
「え……?」
「だ・か・ら、せっかくあたしみたいな美少女と屋上で二人きりだっていうのに、別の子のこと思い出しちゃうわけでしょ?」
「……美少女って」
「うっさいわね! 自分を美少女呼ばわりしちゃいけないっての!?」
「いや別に」

 リズベットは呆れ顔で俺を一瞥し、再び溜め息を吐く。

「あんたもしかして、アスナを傷つけるようなこと言ったんじゃないでしょうね」
「それは、ええと……」
「それが後ろめたいから話しかけづらいとか、どうせそんなんでしょ?」
「……」
「あのね、アスナはそんなにヤワじゃないわよ。どれだけ傷ついても、一度決めたことは絶対に曲げないから」

 微笑み、言う。

「あたしね、キリトのことが好き。でもね、アスナを応援しようって決めてるの。だから……頑張んなさいよね」

 そんなことを言われても、アスナを傷つけたことに変わりはない。
 ──また、傷つけてしまったら?
 その時、リズベットが俺の胸倉をガシッと掴んできた。

「いい加減にしなさいよね!!」

 よく通る、大きな声で叫ぶ。

「あんたがヘナヘナしててどうすんのよ! あんたよりもアスナの方がずっと不安に思ってるってことくらい、悟りなさいよね!!」

 その声は、少し湿っていて、籠って聞こえた。
 手を放し、言う。

「……わかったら、今すぐアスナを捜しに行ってあげて。あたし、寮に帰るから」
「……リズ」
「顔、見ないで! ……絶対に敵わない恋敵に塩を送るとか、結構きついんだから」

 テーブルの上に、二滴、三滴と雫がこぼれ落ちる。リズベットは俯き、その顔を隠すように涙を拭った。

「あたし、もう行く!」

 そう言って立ち上がるリズベットの手を、俺は掴んだ。

「……ありがとう」

 俺なりの笑顔を作ってみせると、上げられたリズベットの顔がくしゃっと歪んだ。

「……やっぱりあたし、あんたが大好き」
「え? 何か言……」
「なんでもない! じゃあね!」

 リズベットは手を振りながら、屋上を走り去っていった。 

 

第40話 本当の気持ち

「……捜せ、と言われましても」

 俺はぽりぽりと頭を掻きながら、一人呟いた。
 どこをどう捜せばいいのやら。ていうか見つけた後どうすればいいのやら。
 考え込んでいると、ふいに脳裏に響く声があった。
 ──答えは1つでしょ。
 凛とした、女性の声。
 もちろん自分のものではない。アスナでも、直葉でも、シリカでもリズベットでも、まりあでもない。では一体、誰なのだろう。
 しかし、今はそんなことどうだっていい。今やるべきことは、とにかくアスナを捜すことだ。──と、何度も切り換えようとするのだが

「……捜せ、と言われましても」

 また同じ思いに至る。
 どこをどう捜せばいいのやら。ていうか見つけた後どうすればいいのやら。

「って、もういいよ!」

 自分に自分でツッコミを入れるこの虚しさ。
 ──早く行ってあげて。
 再び脳裏に響く声。さっきと同じものだ。
 一体、誰?
 そう思いながら首を傾げていると、後方から、ぱたぱたと走ってくる足音が聞こえた。
 その音はとっても軽やかに、速いリズムで近づいてくる。

「……キリト君!」

 響いたのは、さっきの声ではない。
 これは、俺がよく知る声。よく通る、美しい声。
 ──俺が大好きな音色。

「キリト君……!」

 そう言って、俺の右手を必死に、しかし優しく掴む。
 俺はまだ後ろを振り返っていないけれど、相手が誰かくらいわかる。誰よりもわかる。
 俺は振り返り、相手の名前を呼ぶ。

「……アスナ」

 長距離を走り続けてきたのか、アスナは両膝に手をついて、息を切らした声で言う。

「わたし……すごく、寂しかった。このまま……二度と君の隣に……いられなくなっちゃうんじゃないかって」
「……」
「君に……ちゃんと想いを、伝えられなくなっちゃうんじゃないかって」

 アスナは姿勢を正すと、細い手を俺の頬にあてた。

「わたしね、本当は君のことが大好きだよ」

 可憐な顔に、にっこりと笑みを浮かべる。

「わたしと……付き合ってください」

 俺の答えは決まっている。

「わ、わあ……言っちゃった。……わたし、こういうの初めてだから……ドラマとかで聞いたようなセリフしか言えないけど、それでもわたし」
「俺も、アスナのこと好きだよ」

 瞬間、アスナの顔がぱあっと綻ぶ。

「じ、じゃあ」
「けど、断る」
「えっ……?」

 アスナの顔が泣き出す寸前のように歪む。

「俺から言う」

 しばしの間。今にも泣き出しそうだったアスナの顔は、呆気にとられたようにぽかーんとしている。

「は、はあ……?」
「女の子から言わせるとか、格好つかないだろ」
「う、うん……」

 アスナが顔を紅潮させる。しかし、真っ直ぐにこちらを見つめている。

「……つ、付き合ってください」

 アスナが見せた最上級の笑顔を、俺は生涯忘れないだろう。

「……はい」

 そっと頷いたその頬を、一粒の大きな涙が流れた。
 

 

第41話 知りたい

 
前書き
ちゃっかりボカロ厨デビューしました。


……そうそう、あんまりこういうこと言いたくないんだけど、スパム評価&荒らしは絶対にやめてね。
他サイトとかで結構起こってるらしいから、そうなる前に言っておこうと思いました。 

 
 アスナと付き合い始めてから、早一週間。
 «閃光»結城明日奈は、容姿端麗眉目秀麗成績優秀の美少女なので、この学園のアイドル的存在。そんな彼女に恋人ができ、しかも相手は俺、桐ヶ谷和人──なんてことがバレてしまえば、俺の命が危ない。
 というわけで、アスナと付き合っている事実について、友人以外には伏せてある。アスナもそれを承認してくれている。
 ──はずなのだが。

「キリトくーん!」

 アスナが手を振り、こちらへ駆け寄ってくる。
 何故だか俺の背後に突き刺さる冷たい視線。
 無論、愛ではない。むしろ殺意。しかしアスナはそんなことなど露知らず、陽だまりのような笑みをたたえている。

「や、やあアスナ……」
「なんでそんなにぎこちないのよう」

 ぷくっと片頬を膨らませ、上目遣いで言う。

「何よ。わたしとの関係がバレちゃ困るとか、そういうの?」

 俺は仕方なく頷く。アスナは溜め息を吐いた。

「以前だって、君を呼びながら駆け寄るくらいのことはしてたわよ。気にしすぎなのよキリト君は」
「言ったってさぁ……」
「君こそ、そんなこと気にしてたって始まらないわよ。ほら、早く行きましょう」
「う、うーむ……」

 *

「うーん……」
「どうしたんだ、アスナ? なんか悩んでるっぽいけど」

 図書室。
 一番奥の、一番端の席に座る俺の横の椅子に、アスナがちょこんと腰かけている。広げている宿題の問題集とにらめっこをする顔は、なにやら悩ましそうだ。

「……ここの問題が解らなくて」

 アスナが、冊子の一点をちょんちょんとつつく。
 並んでいるのは一見複雑そうな数式だったのだが、まとめてしまえば然程難しいものではない。アスナなら余裕で解けるだろうに、と思いながら、俺は小首を傾げた。

「これなら……こうじゃないか?」
「そ、そうだね。ありがとうキリト君」

 そう言って微笑む彼女に、俺は訊ねた。

「この問題、本当に解けないのか? ……気を悪くしないでほしいんだけど、アスナなら普通に解けるのではないかと思うのですが」

 瞬間、何故だかアスナの頬が赤く染まった。
 俺は焦り、早口で言う。

「ご、ごめん! だ、誰にだって解らないものくらいあるよな、うん」
「……本当は、解ってるよ」
「えっ……じゃあ、なんで」
「せっかく君と付き合ってるのに、恋人らしいことできてないじゃない?」

 言われてみれば、できていない。アスナからデートのお誘いを頂いては、なにかと理由をつけて逃げ出してしまっている。

「だからね……なんて言うのかな、せめて“当たり前の幸せ”を大切にしようって思ったの。いつも色々慌ただしいから、こういうのもいいかなぁって」

 照れながら言うアスナを、正直とても魅力的に感じた。

「……で、解る問題を解らないフリして俺に訊いてみたと?」

 アスナは黙ってこくりと頷く。

「……ぷっ」
「何よ、笑うことないでしょ! ……ま、実際変なことしたもんね。いいよ、笑っても」

 そう言い、ぷいっと顔を逸らした。

「いや、閃光様にも可愛らしいところがあるんだなぁと」
「な、なによそれ! ていうか、今更すぎるわよ!」
「だってさ、知り合ったばかりの頃は、なんかこう……怖いというか……傍にいるだけで刺されそうというかだったし」
「い・ま、刺しましょうか?」
「遠慮しときます」
「そうした方が身のためね」

 アスナは目の前の机に向き直り、シャーペンを握った。機能性がいいと評判のシャーペンで、色は白だ。

「どうしたの、キリト君? わたしのペンを見つめても、なんにもないよ?」

 アスナが首を傾げて言う。

「えっと、そのペンいいなぁと思って」
「そう?」
「ああ。疲れにくそうだし、白ってアスナっぽいし」
「そ。じゃああげるわよ」

 別に欲しがっているわけではないのだが、アスナがこちらにペンをつき出してくる。

「……いや別に欲しいってわけじゃ、とか思ってるんでしょう?」

 ペンを引っ込めたアスナが、淡々とした口調で言う。
 初めて出会った頃と比べ、彼女はとても明るくなった。しかし時々、あの頃のように──もしかするとあの頃以上に暗い光が、彼女の瞳を過るのだ。

「だ、だってさ、これアスナのだし……そんな簡単に頂くわけにはいかないだろ」
「構わないわよ。これ買ってきたの、母さんだし」

 母親の話をする時のアスナは、なんだかいつもおかしい。

「お母さんのこと、嫌いなのか?」

 訊いてみると、アスナは強く首を横に振った。

「じゃあ、なんで……」
「どうだっていいわよ、そんなこと。さ、宿題の続きしよ」
「あ、ああ……」

 俺とアスナは、付き合っている。
 しかし、俺はアスナのことをなにも分かっちゃいない。

 アスナの抱く暗いなにかを、俺は知りたいと思った。 
 

 
後書き
ユージオ「キリトがおかしいんだ」
明日奈「え、どの辺が?」
ユージオ「授業中にいきなり1+1について深く考え出すんだ…」
明日奈「そ、それは病気ね…」

直葉「心の病、ってやつでしょうか…」
珪子「違うと思います」
里香「うん、違うっていうか、なんか違うって感じね。アレでしょ、心の病は心の病でも、ただの厨n」
和人「今なに言おうとした!?」 

 

第41.5話

 
前書き
【この回は、この先来るであろう章の前置きです】

JCだってガールフレンド(仮)くらいやるのですよ

いちごたん野々花たんマジ天使。
雛菜たんに至っては嫁にしたいレベr((僕は百合ではありません

まぁ一番の天使は寝てる間のキリトきゅ((くん。 

 
「じゃあわたし、音楽室へ歌の練習に行ってくるね」

 放課後。アスナがにっこりと言った。

「あ、なら俺も一緒に……」
「君はこないで!」

 こちらをビシッと指差す。

「な、なんで」
「いいから来ないで、絶対に来ないで。当日のサプライズなんだから」
「なにが?」
「あー、もう!」

 何故だかアスナの小さな拳が、目の前に迫ってきたので、俺は反射的に右手で受けた。

「……凶暴な女の子は基本モテないんだぞ」
「余計なお世話です!」

 アスナはツンと顔を逸らすと、廊下を1人でずんずん歩いていった。

「そういえば、もう文化祭直前だな……」

 俺は呟き、まりあに渡された楽譜を鞄から取り出す。

「人前で歌うなんて、絶対嫌なんだけどなあ」
「そ・れ・は、あたしも一緒だよお兄ちゃん」
「うわっ!?」

 いつの間に来ていたのか、直葉が俺の顔を覗き込んでいた。
 直葉は不機嫌な顔で言う。

「ひどーいお兄ちゃん、妹に対して何その反応」
「す、すまん……」
「まあいいけどー。お兄ちゃんの小学校4年生の授業参観の日の出来事、みんなにバラしちゃうだけだし」
「え? 小学4年……小学4年……はッ! や、やめろ直葉早まるな、お願いやめて下さい直葉様」
「どーしよっかなー」

 直葉は完全に面白がっている。だからたぶん冗談だろうけど。

「ていうか、なんでそこまでする必要があるんだよ!?」
「うーん、暇だから?」
「そんなことで人の暴露話をするのはどうかと思うけどね」
「まあまあまあ。冗談冗談」

 小学4年の黒歴史。あれを広められたら、俺は自ら退学届を出す──それか自殺する。

「で、スグは何しに来たんだ? ここ高等部校舎だぞ」
「暇だから遊びに来たの」
「勉強しろ中学生」
「その言葉、リボンつけてお返しするわよ高校生」

 俺と直葉が睨み合っていると、高く可愛らしい声が飛んできた。

「いたいた、直葉ちゃん! こんなところにいたのね」

 少し離れたところに、小さな影が仁王立ちしている。
 直葉の親友だ。直葉は手を振りながら、そちらへ駆け寄って言う。

「シリカちゃん! どうしたの、何か用事?」
「用事もなにも……あっ」

 シリカは俺に気づくと、軽く頭を下げた。

「キリトさん、お久しぶりです!」
「やあ、シリカ。お久しぶり……だっけ?」

 俺が首を傾げていると、シリカは直葉の腕を掴んだ。

「あたし達はこれから、文化祭に向けて練習するので! キリトさん、失礼します!」
「え~!? せっかくお兄ちゃんと二人きりだったのにー」
「だからこそ行くのー」
「シリカちゃんのいじわる~!」

 妹達の謎会話に溜め息を吐き、再び廊下を歩き出す。
 廊下の角を曲がるところで、どんっと何かにぶつかった。
 相手は知らない女の子だった。女の子は尻餅をついた体を自ら起き上がらせ、パンパンとスカートの埃を払う。制服から察するに、俺と同じ高等部生のようだ。

「だ、大丈夫?」

 俺が訊くと、「ええ」と短い返答をした。
 女の子は困ったようにきょろきょろと周りを見回す。何かを探しているのだろうか。
 俺も一応床を目で探すと、眼鏡が1つ落ちていた。俺はそれを拾い上げ、女の子に差し出す。

「もしかして、これ探してる?」

 俺が言うと、女の子の頬が一瞬、本当に一瞬かあっと色づいた。
 女の子はバッと眼鏡を掴むと、ボソッと言う。

「……どうも」

 そして、早足でこの場を立ち去っていった。 
 

 
後書き
最後の眼鏡っ娘ちゃんは、果たしてどういう人物なんでしょうねー?
物語にも関わってくるのでしょうか? 

 

Asuna's episode2 いつかの願い

 
前書き
なんか今期アニメの主人公ニート多くないですか。番外編です 

 
「──はあっ!!」

 明日奈の細剣が赤く光り、人型モンスターの胸を真っ直ぐに貫いた。力尽きた相手の体が、ガラスを叩き割ったような破砕音と共に四散する。最初のうちは少しばかり抵抗があったものだが、今では手慣れたものだ。明日奈は一息つくと、近くにあった岩に腰かけた。
 明日奈がいるのは、学園をやや遠く離れた森。わざわざこんなところまで来たのには、もちろん他でもない理由がある。
 ──キリト君、来てないかな。
 和人は、よくこの森でモンスター狩りをしている。こうして明日奈も狩りを続けていれば、きっといつかは会えるだろう。
 明日奈がこの気持ちに気がついたのは、いったいいつ頃のことだっただろうか。
 少し前まで、桐ヶ谷和人のことは大嫌いだった。何の努力もしていないくせに、成績はなぜだかいつも上位にランクイン。こんなやつに負けてたまるかと、明日奈は彼に対して対抗心さえ抱いていた。しかし、彼のいろいろな面を知っていくうち、明日奈の心は変化していった。
 その今の"心"を、小さく呟く。

「……わたしは、キリト君のことが、す──」
「えっ、呼んだ?」
「きゃっ!?」

 明日奈は悲鳴を上げ、慌てて声のした方向を振り向く。立っていたのは、クラスメートの……

「キ、キリトくん!?」
「や、やあ、アスナ。ところで今、俺のこと呼んで……」
「さ、さぁ? 気のせいよ、きっと」

 誤魔化そうとするも。

「そうかなあ……だって今、確かに」
「呼んでないって言ってるでしょ!」
「わ、悪い」

 ──さすがキリト君、鋭いんだから……
 じとっと横目で彼を見るも、長続きしない。和人のことを考えただけでも顔が綻ぶのに、一目見てしまえばくすっと笑わずにはいられなくなるのだ。
 明日奈が突然自分を見て吹き出したことに驚いたのか、和人が苦笑いを浮かべて言う。

「お、俺の顔に何かついてる……?」

 それがまたおかしくて、明日奈に更なる笑いを誘う。失礼だから笑ってはいけないとわかっていても、どうしても堪え切れない。

「ううん、何にもついてないよ」

 くすくす笑い、言う。

「……何もついてないのに笑われる俺の顔って、いったい……」
「だって君、おかしいんだもん。見てるだけでも十分面白いわ」
「だからそれが悲しいんだよ、俺は……まあ、学園一の美人«狂剣士»様の笑顔を拝めただけでもラッキーだと思っ」
「何か言った?」

 和人の言葉は、明日奈の迫力を帯びた声によって遮られた。その声音は、和人にそれ以上は言わせまいとしている。問答無用で黙らされた彼に、明日奈は溜め息混じりに言う。

「……君は、このあとどうするの? キリト君がどうしてもって言うなら、わたしが狩りを手伝って差し上げなくもないけど」
「いや、いいよ」
「えっ……」

 予想外の返事。

「俺はもう部屋に帰るしさ。アスナも、あまり無理はするなよ」

 そう言って、和人が軽く投げたスポーツ飲料水を受け取る。アクアリアス、カロリー0%と書かれていた。

「水分補給は怠るなよ。……そういやアスナ、最近明るくなったよな」
「えっ? そ、そうかな?」
「ああ。よく笑うようになったし」

 ──だとしたら、それは、キリト君のおかげだよ。
 その言葉は明日奈の喉元まで来ていたのに、サッと引っ込んでしまった。
 和人は続ける。

「何せ、あのアスナがダイエットなんてするようになったんだからな」
「……ダイエット?」

 そんなことをした覚えはない。

「えっ、ここで狩りを続けてるのは、そういう目的じゃなかったのか?」
「ええ。違うけど……」
「そ、そうだったのか。いや、アスナ最近、ちょっと太ってきたからさ。てっきり痩せようと思ってここへ通ってたのかと……まあ痩せるほど太ってないと俺は思うけど、女の子の感覚ってよくわからないし」

 ──アスナ最近、ちょっと太ってきたからさ
 ──てっきり痩せようと思ってここへ通ってたのかと

「ちょっと待てよ。ダイエットじゃないとなれば、どうしてアスナはここにいるんだ? こんなところに、いったい何しに来てるんだよ……って、ア、アスナさん?」
「……太ってきた、ですって?」
「あっ、いや……で、でもアスナはちょっと太るくらいが丁度いいんじゃないか?」
「それってどういう意味よ!!」
「だ、だってアスナは元々が細すぎるじゃないか……そんなんでよく剣なんか振れるなって感じだし、結構心配なんだよ」

 ──元々が細すぎる
 ──心配なんだよ
 乙女たる明日奈をときめかせるには、もうその言葉だけで十分だった。
 明日奈はくすっと笑い、そして呟く。

「……だめだよ、そんなこと言っちゃ。女の子なんて、案外単純なんだから……」

「な、なんだって?」

 和人の問いに、明日奈はにっこりと答えた。

「なんでもないよ。さ、帰るならさっさと帰っちゃおう? わたしも疲れてきちゃったし」
「そ、そうだ、な……?」
「……なによ」
「い、いや……いきなりご機嫌になったなあって思ってさ……今の間に、何か嬉しいことでもあったかなあ、なんて」
「……ふふっ。さあ、どうでしょうね?」

 ──君に会えたってだけで、わたしは幸せなんだよ。
 風に乗せて、小さく紡いだその言葉は、和人の耳にはきっと届いていないだろう。
 それでも、いつかは、その心に届きますように。

 明日奈の淡い願いが本当に届くのは、もう少し先の話。




 
 

 
後書き
わたし的にキリアス成分が足りていなかったので……
いかにも番外編な感じの番外編となりました。

ところで、振り返ってみてください。
和人が明日奈に渡したのは、カロリー0%の某スポーツ飲料水です。
そして、彼は明日奈がダイエットをしているものだと思い込んでいました。
……スポーツ飲料水(0カロリー)なんて、普通持ち歩いてますかね?
もしかしたら、ダイエット中の明日奈のために、わざわざ用意して持ってきてくれたのかもしれませんね(笑
まあ、実際どうなのかはご想像にお任せして……
そう考えると、なかなかニヤけてくるでしょ?
ね? ね??((←


最近ではキリトくんよりもアスナが好き‼な美桜でございます。(
アスナかわいいよ、アスナぁぁ!! 

 

第42話 再び森へ

 ついに、文化祭が2日後にまで迫ってきた。土曜日だが、明日はそれぞれ用事があるので、細かい練習ができるのは今日までということになる。

「よし!」

 アスナが楽しそうに言う。

「じゃあいくよ、キリト君!」
「あ、ああ……」

 まりあが先日突然、『新しい曲目を加えたい』と言い出した。
 加えるのは«Sing All Overtures»という歌で、アスナ、シリカ、リズベット、ユイ、直葉、それから何故か俺(ほんとなんでだ)のメンバーで歌うようにまりあが作ったらしい。

「シャキッとしなさいよ、キリト!」

 リズベットが俺の背中をバシッと叩く。
 アスナがすぅっと息を吸い込む。次いで、桜色の唇から、美しい旋律が奏でられる。
 最初はアスナ1人で歌い始め、その後にリズベット、シリカ、ユイ、直葉と順番に続くようになっている。

 ──立ち止まる朝 ふと目を閉じて思い出すの
 いつもと変わらぬあの日の 大切な人の笑顔を

 リズベットが微笑み、同じように息を吸う。

 ──始まり告げた鐘の音は今も響いてる
 どれだけ遠くに来たって どれだけ小さくなっても聞こえる

 *

「もう、これで終わりなんだな……」

 練習終了後、俺がもらした呟きに、アスナがそっと首を横に振った。

「終わりなんかじゃないよ。続けたいなら、また皆で集まればいいよ」
「……そうだな」
「うん。それに、まだ当日のリハーサルだって残ってるじゃない」

 アスナがにっこりと微笑む。
 ユイも満面の笑みで言う。

「ユイ、楽しかった! またやりたい!」
「おいおい、まだ文化祭は終わってないんだぞ?」

 俺が苦笑しながらユイの頭を撫で、アスナがふふっと笑った。ユイも擽ったそうに笑った。
 こんな風に『確かな幸せ』を実感したのは、何年ぶりだろうか。
 この時間が、一生続けばいいのに──そう思った瞬間。

「…………ぅ………………あっ……………!!」

 ユイが突然頭を抱えて苦しみ出し、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

「ユイ!?」
「ユイちゃん!?」

 アスナがユイの小さな体を支える。

「わ……たし、は……ずっと、1人で………暗いところ、に……い、た……」

 鈴の音のように澄んだ声で発せられる言葉は、壊れかけた機械のようにたどたどしい。
 アスナが口を両手で押さえて言う。

「ずっと、暗いところに……? もしかして、あの森の中のこと……?」
「……行ってみるか?」
「……うん」

 アスナが首肯した。 

 

第43話 きっと変わらない日々

 
前書き
そろそろ気づいてるかな~とは思うけど、僕の小説で«キャラ達がものすっごく幸せそうにしてるシーン»が出てきたら、それは大不幸or事件が起こる前兆です。

アリスの時とかそんな感じだよね──え、今? それはネタバレです~♪

そ・れ・か・ら、僕って言ってるけどれっきとした女の子です、僕っ娘です、桐ヶ谷和人きゅん超絶love!((最後なに 

 
「たああああっ!!」

 気合いと共に、細剣ソードスキル«ペネレイト»を発動させる。目の前の巨大なカエル型モンスターに命中。
 栗色の長い髪を少し邪魔くさく感じ、右手で払いのける。
 続いて和人が、下位ソードスキル«ホリゾンタル»をモンスターに打ち込む。
 ガラスの割れるような衝撃音。モンスターが力尽き、その身を四散させた。

「パパ、ママ、つよーい!」

 ユイが笑顔でパチパチと手を叩く。明日奈はにっこり笑い、ユイと同じ目線になるようにしゃがむ。

「ありがとう。ユイちゃんが応援してくれてたからだよー」
「だな。さすがに、愛娘にカッコ悪いところは見せられないからな」
「もー、キリト君ったら」

 そう言って、和人の肩を軽くパチンと叩く。すると、あまりにも大袈裟に痛がるので、今度は思いっきり足を踏んづけてやった。

「……今のはほんとに痛かった」
「誰かさんが余計なことをするからです」
「ふーん……」

 和人がまだ何か言いたそうに口をひん曲げているが、ここはスルーしておくことにする。
 ──と、明日奈は例の屋敷を発見し、そちらを指差す。

「あ、あれじゃない? ……ってキリト君、何してるのよ」

 和人の後ろ姿は、いつになく楽しそうだ。振り向いた顔に、にやりと笑みを浮かべる。

「アスナ、これ見てくれよ」
「ん? 何を?」
「これこれ」

 明日奈は、和人の手にある«これ»を一瞥し──

「こ……これ、なに?」
「さっき倒したカエルの肉! ゲテモノなほど旨いって言うからな。あとで料理してくれよ」
「絶、対、嫌!!」

 明日奈は叫ぶと、和人の手から«それ»をもぎ取り、勢いよく投げる。遠くでカシャーンという破砕音が聞こえた。

「……ッま、まだあるぞ!」

 諦めの悪い和人が、今度は両手いっぱいに«それ»を抱え込んで言う。
 ──一体どこから出してきたのよ!

「こ、これだけあれば……って、アスナ!?」
「いやぁぁぁぁぁぁ────────っっ!!」
「ああああああ!! 何するんだアスナ! 少しくらい置いといてくれても──」
「い、やあああああああああ!!!」

 悲鳴を上げながら、容赦なく次々と放り投げる。ついに、最後の1つをも消し去った。

「あっ! あああぁぁぁ……」

 世にも情けない顔で悲痛な声を上げる和人の襟首を掴み、明日奈はずんずんと歩き出した。

 **

「着いたねー、お屋敷」
「そうですね」

 和人がぶっきらぼうに言う。

「……キリト君、まだ拗ねてるの?」
「別にー」

 どう見ても未練がましそうだ。

「あんまり拗ねてると、明日からのお弁当は毎日日の丸弁当になるわよ?」
「う……だ、だから別に拗ねてないし」
「嘘吐いたら梅干しも抜きだからねー」
「なんか理不尽じゃないか……? ……ていうかな、ユイの手前、こんな話は止そうぜ」

 ちなみにユイは団栗収集に夢中で、何1つ聞いていなかったようだった。

「じゃ、行くか」

 和人が屋敷に足を踏み入れる。中は真っ暗だ。
 髪も服も真っ黒な和人が、簡単に闇にとけてしまいそうに見えた。
 明日奈はそれが怖くて、和人の手を掴んで、外へ引っ張り戻した。

「な、なにするんだよアスナ」
「……あんまり、1人でどこかへ行こうとなんてしないで」

 明日奈は遠慮半分、恥ずかしさ半分で顔を伏せ、目線だけを和人に向けて言う。
 ぱちくりと瞬きをした和人の瞳には動揺の色が浮かんでいて、その頬は少し赤い。慌てたようにふいっと顔を背ける、いつもは大人びた彼だけれど、今はなんだか少し子供っぽく見えた。
 明日奈は微笑ましさに唇を綻ばせ、ふふ、と笑った。

「な……なんで笑う?」
「ふふ、さあね」
「なんか嬉しそうだな……」

 じとっとこちらを見つめる和人をスルーし、その場でくるりと一回転する。

「そんなことよりキリト君。ここへ来てみたのはいいけど……」
「一体なにすればいいんだろうな」
「ここに来てみれば、なにか判ると思ったんだけどなあ……ユイちゃん、なんでもいいの。なにか思い出さない?」

 訊くも、案の定ユイは首を傾げるばかりだ。

「うーん……とりあえず、中に入ってみないか?」

 和人が困ったように──いや、実際困っているのだろう──言う。

「うう、でも怖いよー。だってキリト君、前に言ってたじゃない。タンスがひとりでにどうとか…」
「はは、あれは単なる冗談だって。……それに、いざという時はその、アスナとユイは俺が……ま、守るからさ」

 不器用な和人の、精一杯の言葉。
 ──単なる冗談だって
 それはきっと、明日奈を安心させる為の嘘。正直ありえない話でも、明日奈には分かる。
 けど、もう怖くない。和人が隣にいてくれるから。それに明日奈だって、和人とユイを守らなければならないから。

「じゃあわたしも、君やユイちゃんが怖い目に遭ったら守ってあげるね」
「……俺は別に、お化けとか幽霊は苦手じゃないぞ」
「細かいことは気にしなくてよし!」

 明日奈は微笑しながら言い、屋敷の扉を勢いよく開けた。

 **

「入ったはいいものの……」
「なにもないね……」

 和人と明日奈が溜め息混じりに呟く。対してユイは、なんだか余裕の表情だ。

「……ユイちゃん、怖くないの?」
「怖くないよ、ママ」
「怖いのか、アスナ?」
「そっ、そんなわけないじゃない!」
「そんなに怒鳴るこたないだろ……」

 そう言って、ふとユイに目を留める。

「……小さい頃からここにいたから、本質的には怖いと感じないのかもな」
「だとしたら、少しずつ記憶が戻ってくるかもね」
「だったらいいな……」

 和人の言葉に深く同意する。しかし、明日奈はその思いとは裏腹に、ずっと今のままがいいという思いもあった。
 その理由は──

「ね、キリト君。ユイちゃんの記憶が戻ったら、もちろん嬉しいけど……同時に、なにかが終わってしまいそうで……ちょっと、寂しい」

 明日奈は少し俯き、言う。

「だって……出会って間もないけど、ユイちゃんはなんていうか、本当にわたしとキリト君の子供のような気がしてきて……。もしユイちゃんの記憶が戻ったら、もう『パパ、ママ』なんて呼んでくれないだろうなって」
「ま、そうだろうな」
「……」
「でも、俺達がユイと過ごした日々は変わらないし、消せないよ。家族みたいにとはいかずともさ、また一緒に遊んでやったりすることはできるだろ?」
「キリト君……」

 明日奈は目を見開いた。そして思わず吹き出す。
 和人が傷ついたような表情をした。それもまた可笑しくて、更なる笑いを呼ぶ。

「……我ながらハズカシーこと言ったなぁとは思ってるけどさ、そこまで笑わなくたって……ていうかここ、笑う場面じゃないだろ。むしろもっと、こう……」
「ふふ。だって、君がそういうこと言うのって珍しいから」
「それを笑われると傷つくな」

 じとっと明日奈を一瞥し、ユイの方を向く。

「俺にはお前だけだよ、ユイ……ママはひどいからさぁ」
「ご、ごめんってば! キリト君を傷つけるつもりは……あははっ」
「言いながら笑う!?」
「まあまあ、気にしない気にしなーい。早く奥へ進みましょ」
「勝手ですこと……」
「別に、勝手じゃないもーん」

 ぶつぶつ文句を言う和人と、なんだか楽しそうなユイの腕を掴み、長い廊下を歩き出した。 

 

第43.5話 ハッピーハロウィーン

 
前書き
とっくにハロウィン過ぎてるけどね。笑

 

 
 今日はハロウィーン。その為、1・2限目は授業の代わりに自由時間となっている。

「キリトくーん!」

 後ろから、アスナの楽しそうな声が飛んでくる。
 俺はがおはようアスナ、と言って振り向くと──

「……ッ!?」

 アスナの服装は、いつもとは違うものだった。
 その姿はなんというか──“あざとい”という表現しか見当たらない。

「ふふ。トリック・オア・トリート、にゃん!」

 アスナが語尾に何か付け足した。
 何だこれ。確かに、ハロウィーンの仮装としては超絶一般的なものではある。
 がしかし、美少女がやると、ものすごい破壊力を生み出すらしいその衣装は──

「……く、黒猫メイド……?」

 アスナは頭についた黒い猫耳をきゅっきゅと照れたように引っ張った。

「う、うん。改めて言われると、ちょっと恥ずかしい……。と、とにかく、トリック・オア・トリート! ……にゃん!!」

 アスナは頭につけた猫耳を、照れたように引っ張った。俺の返事はもちろん。

「いたずら希望で」
「もう、素直にお菓子渡してよー」
「……ごめんなさい」

 割と本気だったのだが。ていうか、語尾の“にゃん”が不自然さ極まりない。
 俺は仕方なく、ユイ用に常備しているクッキー1袋をアスナにやった。

「ふふっ、キリト君、ありがとにゃん」
「──ッ!?」

 不覚にもドギマギしてしまう。健全な男子高校生なら、それも仕方あるまい。想像してみてほしい。
 目の前には、恋人である美少女が立っている。その美少女が、にゃんとか言ってお菓子を要求してくるのだから──。
 アスナが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 ──嫌な予感しかしない。

「と、いうわけでキリト君」
「な、なに?」
「キリト君もこれ、頭に付けよっか」
「却下です」

 “これ”が指すものとは──言うまでもない。 
 

 
後書き
さて、君はハロウィン楽しんだかな? え、すっげぇ楽しんだって?
うん、リア充は爆ぜろ 

 

第44話 ユイの正体

 
前書き
気づいてはいると思うけど、一応解説ね。

この小説で場面が変わる時は、主に*を使っています。

*が一個だとキリト目線、*が二個だとアスナ目線の三人称、*が三個だとその他の三人称、という感じで物語を展開させてます。 

 
「しっかし、広いお屋敷だなぁ……」

 俺が呟くと、アスナは不思議そうに首を傾げた。

「そうかな? むしろ小さくない?」

 ──時々、アスナが実は大財閥のお嬢様かなんかなのではないかと思うことがある。
 だってこの屋敷は、誰の眼から見ても大きい。それを«小さい»とは。

「どうしたのキリト君、ボーッとして。……あ、ユイちゃん、先々行っちゃだめだよー」
「待て、アスナ。なんか、ユイの様子がおかしくないか……?」
「え……」

 先ほどまで楽しそうに先を歩いていたユイが、なんだか吸い寄せられるような足どりでどこかへ向かおうとしている。

「ま、待ってユイちゃん!」

 アスナが走ってユイを追いかける。しかしユイは待たない。どんどん、先へと進んでいく。
 やがて、奥の一室に入っていった。

「待ってってば……!」

 追いついた先にあったもの。それは

「なんだ……これ……」
「ユイちゃんの写真……?」

 部屋の壁には、いくつかユイの写真が飾られていた。
 満面の笑みを浮かべるユイ。その隣で、紫色の髪を持つ、幼く知らない少女が、こちらも笑顔でピースサインをして立っている。
 その写真はどれも黄ばんでいて、恐らく数十年は前に撮ったものかと思われる。

「どういうことだ……?」
「ユイちゃん、あなたって、一体……?」

 俺とアスナは少女に向かって数歩歩み寄った。

「ユイちゃん」

 アスナが呼びかけると、少女は音もなく振り向いた。小さな唇は微笑んでいたが、大きな漆黒の瞳にはいっぱいに涙が溜まっていた。
 ユイは、アスナと俺を見上げたまま、静かに言った。

「パパ……ママ……。ぜんぶ、思い出したよ……」

 **

 明日奈と和人は、椅子にちょこんと腰掛けたユイを無言のまま見つめていた。
 記憶が戻った、とひとこと言ってから、ユイは数分間沈黙を続けていた。その表情は何故か悲しそうで、言葉を掛けるのが躊躇われたが、明日奈は意を決して訊ねた。

「ユイちゃん……。思い出したの……? 今までの、こと……」

 ユイはなおもしばらく俯き続けていたが、ついにこくりと頷いた。泣き笑いのような表情のまま、小さく唇を開く。

「はい……。全部、説明します──桐ヶ谷さん、結城さん」

 その丁寧な言葉を聞いた瞬間、明日奈の胸はやるせない予感にぎゅっと締め付けられた。何かが終わってしまったのだという、切ない確信。
 部屋の中に、ユイの言葉がゆっくりと流れ始めた。

「約100年前、«ユイ»はこの屋敷の長女として幸せに暮らしていました。しかし、9歳の若さで病死してしまいました。母親、父親、妹は嘆き悲しみました……。そこで両親が思いついたのです。«ユイ»のクローン──つまり、同じ感情、同じ人格、同じ容姿を持つ人工知能を神聖術によって作り、それを«ユイ»として育てよう、と。そのクローンがわたし──«Yui»です」
「で、でも……神聖術を使ったって、そんなことはできないでしょう?」

 一歩踏み出て、言う。

「そんな神聖術を使える人なんていないもの。そうでしょ、キリト、君……」

 明日奈はわななく唇で、懸命に言葉を紡いだ。
 こんな、同じ人間としか思えない女の子が、クローンなんて。
 あの笑顔は、どう見たって偽物なんかじゃない。作られたものなんかじゃない。この子はちゃんと、«ユイ»として生きてる──。
 しかしユイは、小さく首を振った。

「この世界の管理者、«カーディナル»なら、その限りではありません」
「カーディナル……?」
「はい、桐ヶ谷さん。ご存知かと思われますが、この世界には二人の管理者がいます。1人は世界の秩序を守る、«セントラル・カセドラル»の«アドミニストレータ»。そしてもう1人が、世界のバランスを司る«カーディナル»です。わたしはその«カーディナル»によって形作られた、«ユイ»のクローンです。──わたしは、普通の人間ではないのです」

 明日奈は驚愕のあまり息を呑んだ。言われたことを即座に理解できない。

「じゃあ、ユイちゃんは……」

 掠れた声で言う。ユイは、悲しそうな笑顔のままこくりと頷いた。

「わたしの感情は、すべてオリジナルの«ユイ»のコピーです。──偽物なんです、全部……この涙も……。ごめんなさい、結城さん……」

 ユイの両目から、ぽろぽろと涙がこぼれ、光の粒子となって蒸発した。明日奈はそっと一歩ユイに歩み寄った。手を差し伸べるが、ユイはかすかに首を振る。明日奈の抱擁を受ける資格などないのだ──というように。

「……わたしは、«ユイ»として生きてきました。しかし、ちょうど9歳になった頃──オリジナルの«わたし»が死んだ年齢に達した頃、史上最大の世界大戦が起こりました。──その戦争で、«わたし»の家族はみんな死んでしまった」

 明日奈の隣で、和人がギリッと歯を食い縛る音が聞こえた。強く握られた和人の拳は、小刻みに震えている。

「家族がみんないなくなってしまった。ならもう、わたしの存在意義はありません。──クローンは、存在意義がなくなった時、本当ならこの世界のどこからも消え去るはずだったのですが……わたしは消えなかった。何年過ぎても、わたしが消えることはなかった。なのに、本来存在しないはずのものであるわたしは、外見的成長をすることもない。だから、この命が尽きることもなくなった……。無為に流れ行く時間の中で、わたしの精神は崩壊していきました……」

 しんとした部屋の中に、銀糸を震わせるようなユイのか細い声が流れる。明日奈と和人は、言葉もなく聞き入ることしかできない。

「わたしはただ、この屋敷の中に閉じ籠っていました」

 その時ユイが、ふと顔を上げた。

「ある日、どこからかある二人の声が聞こえてきました。その声は、それまで聞いたことのない声でした。とても楽しそうで、幸せそうで……。わたしはその二人の声をしばらく聞いていました。会話や行動に触れるたび、わたしの中に不思議な欲求が生まれました。あの二人のそばに行きたい……直接、わたしと話をしてほしい……。すこしでも近くにいたくて、わたしは毎日、二人の通う学園に行こうと、森の中を彷徨いました。その頃にはもうわたしはかなり壊れてしまっていたのだと思います……」
「それが、この森なの……?」

 ユイはゆっくりと頷いた。

「はい。桐ヶ谷さん、結城さん……わたし、ずっと、お二人に……会いたかった……。森の中で、お二人の姿を見た時……すごく、嬉しかった……。おかしいですよね、そんなこと、思えるはずないのに……。わたし、ただの、コピーなのに……」

 涙をいっぱいに溢れさせ、ユイは口をつぐんだ。明日奈は言葉にできない感情に打たれ、両手を胸の前でぎゅっと握った。

「ユイちゃん……あなたは、本物の知性を持っているんだね……」

 囁くように言うと、ユイはわずかに首を傾げて答えた。

「わたしには……解りません……。わたしが、どうなってしまったのか……」

 その時、今まで沈黙していた和人が一歩進み出た。

「ユイはもう、ただのコピーじゃない。だから、自分の望みを言葉でにきるはずだよ」

 柔らかい口調で話し掛ける。

「ユイの望みはなんだい?」
「わたし……わたしは……」

 ユイは、細い腕をいっぱいに二人に向けて伸ばした。

「ずっと、一緒にいたいです……パパ……ママ……!」

 明日奈は溢れる涙を拭いもせず、ユイに駆け寄るとその小さな体をぎゅっと抱きしめた。

「ずっと、一緒だよ、ユイちゃん」

 少し遅れて、和人の腕もユイと明日奈を包み込む。

「ああ……。ユイは俺たちの子供だ。家に帰ろう。みんなで暮らそう……いつまでも……」

 だが──ユイは、明日奈の胸の中で、そっと首を振った。

「え……」
「もう……遅いんです……」

 和人が、途惑ったような声で訊ねる。

「なんでだよ……遅いって……」
「さっき言ったように、わたしは本来ここにいるべき存在ではないんです。すぐにわたしは消去されてしまうでしょう。だから……もう……。もう……あまり時間がありません……」
「そんな……そんなの……」
「なんとかならないのかよ! この場所から離れれば……」

 二人の言葉にも、ユイは黙って微笑するだけだった。再びユイの白い頬を涙が伝った。

「パパ、ママ、ありがとう。これでお別れです」
「嫌! そんなのいやよ!!」

 明日奈は必死に叫んだ。

「これからじゃない!! これから、みんなで楽しく……仲良く暮らそうって……」
「暗闇の中……いつ果てるとも知れない長い苦しみの中で、パパとママの存在だけがわたしを繋ぎとめてくれた……」

 ユイはまっすぐに明日奈を見つめた。その体を、かすかな光が包み始めた。

「ユイ、行くな!!」

 和人がユイの手を握る。ユイの小さい指が、そっと和人の指を掴む。

「パパとママのそばにいると、みんなが笑顔になれた……。わたし、それがとっても嬉しかった。お願いです、これからも……みんなを助けて……喜びを分けてください……」

 ユイの黒髪やワンピースが、その先端から朝露のように儚い光の粒子を撒き散らして消滅を始めた。ユイの笑顔がゆっくりと透き通っていく。重さが薄れていく。

「やだ! やだよ!! ユイちゃんがいないと、わたし笑えないよ!!」

 溢れる光に包まれながら、ユイはにこりと笑った。消える寸前の手がそっと明日奈の頬を撫でた。
 ──ママ、わらって……。
 明日奈の頭の中にかすかな声が響くと同時に、ひときわ眩く光が飛び散り、それが消えた時にはもう、明日奈の腕の中はからっぽだった。

「うわあああああ!!」

 抑えようもなく声を上げながら、明日奈は膝を突いた。うずくまって、子供のように大声で泣いた。次々と地面にこぼれ、弾ける涙の粒が、ユイの残した光の欠片と混じり合い、消えていった。 
 

 
後書き
ちなみに「家」っていうのは、アルヴヘイムでの家のことね。 

 

第45話 帰ろう

 明日奈は石畳に膝を突いてとめどなく涙を流した。和人も、血が出るかというほどに強く唇を噛んでいる。
 すると、コツ、コツ、と、足音が聞こえてきた。それはだんだん、こちらに近づいてくる。
 足音が、明日奈たちの目の前で停止した。
 明日奈が顔を上げると、そこにはやはり女性が立っていた。ダークパープルのフーデッドケープを深々と被っていて、顔は見えない。しかし、ケープの上からでも判る華奢な体に、線の細い顔からは、相手が女性であることが見てとれた。
 和人が、明日奈を庇うように一歩前に出る。

「……誰だ。こんなところに、何の用だよ」

 女性からの返事はない。
 ただ、細い腕を真っ直ぐに前へ伸ばす。
 神聖術で攻撃でも仕掛けてくる気だろうか。明日奈と和人は咄嗟に抜刀しそうになる。
 しかし、一瞬ケープから覗いた紫色の瞳からは、敵意など一切感じられない。

「……ちょっと、待っててね」

 女性が小さく言う。
 顔が見えないこともあるだろうけれど、少し大人っぽい雰囲気を纏っていた、謎の女性。しかしその声は女性というよりも、明日奈とそう年の変わらない少女という感じがする。
 女性改め少女は、なにやら呪文のようなものを唱え始めた。
 神聖術ではない。では一体、何をしているのだろう──?
 思わず明日奈が見とれてしまっていたその時、少女の瞳が一瞬、強く光った。
 次いで、伸ばしていた細い手が光り、少女の周りにあるものが回り始めた。
 あるもの──それに該当する言葉は、明日奈が日頃アルヴヘイムでよく目にする«立体魔方陣»しか見つからない。だがこの世界に魔法なんてない。

「何が起こってるんだ……?」

 和人が呟くように言う。明日奈も同じ思いだ。
 その時。ビィンという音がして、魔方陣のようなものが拡散し、消えた。瞬間、紫色の霧が立ち上り、視界の邪魔をする。なにも見えない。

「な、なんなの……!?」

 明日奈が声を上げる。
 和人が即座に斬り払った剣で、霧はサッと晴れた。
 晴れゆく霧の中に、小さな人影が見える。
 フーデットケープの少女ではない。背丈があまりにも違いすぎる。
 白いワンピースを着用している。さらりと流れた長い黒髪は、きらきらと輝く。
 見間違えるはずもない。あれは、明日奈と和人の、大切な──。
 幼い顔に涙を滲ませ、人影は真っ直ぐに、こちらへ走り寄ってくる。
 明日奈の眼からも涙が流れた。それを手早く拭い、明日奈は両腕を人影──«娘»に向かって大きく広げる。

「──パパ、ママ!」
「ユイちゃん!」

 胸に飛び込んできたユイの小さな体を、明日奈は強く抱きしめた。

「ママ……ママ……!」

 明日奈は、ユイの眼から溢れる涙を指で拭き取る。けど、涙は絶えなく流れる。

「また……また、会えましたね……パパ……ママ……」
「うん……うん……ユイちゃん、わたしの……ユイちゃん……また、会えた……」

 二人はしばらく抱き合っていた。
 ユイが訊ねる。

「でも……どうやって、わたしを現世へ連れ戻してくださったんですか?」
「ああ、それはね、そこにいるお姉さんが──」

 しかし、フーデットケープの少女はそこにいなかった。明日奈は苦笑いを浮かべた。

「なんだかね、わたしもよく解らないの。ただ、わたしたちはまた、こうして会えた。今はもう、それだけでいいじゃない」

 無言で頷いてた和人が、一歩前へ歩み出た。そして、穏やかな声で言う。

「帰ろう──みんなで、今度こそ」 

 

第46話 家族

 
前書き
木原紡様ぁぁぁぁあああああ!!! 

 
「……リト君。キリト君ってばっ」

 アスナが俺の体を強く揺さぶる。
 あのあと俺とアスナ、そしてユイは、アルヴヘイムの家に来ていた。アスナが「三人で一緒にいたい」と言ったので、寮に帰ることはよしたのだ。
 しかしアルヴヘイムで迎える朝は、実に寒い。

「むにゃ……も、もうちょっと~……寝る」

「キリト君?」

「寒い。布団から出たくない」

 俺が子供のように布団にくるまると、アスナに容赦なくひっぺがされた。

「わがまま言わないの! 今日は、ユイちゃんを連れて海に行くって約束でしょ」

「海? ……海!? ……絶対嫌だ。こんな寒いのに、海なんて行けるか」

「寝ボケてるの? 見に行くだけでしょ。別に泳ごうってわけじゃないわよ」

「嫌だ嫌だ嫌だ、ぜーったい嫌だ。今日は家で暖かく過ごそう。それが一番だ」

 その時。
 アスナの拳が、キィィンと音を立てて光り出した。

「わっ!?」

 情けない悲鳴を上げ、俺は飛び起きた。寸前まで横になっていたベッドが大分へこんでしまっている。

「……スキルで閃光1秒クッキング?」

「は?」

「うわっ! ご、ごめんアスナ、悪気はなかったんだ。なかったから、そのナイフを下ろして!」

 ──何故(なにゆえ)そこまで怒りますか!

 俺は慌てて外に逃げ出す。どうやらアスナの狙いはそこにあったらしく、アスナは手に握った凶器を収めると、にっこりと笑った。俺もひきつった笑みを浮かべる。

「ね、キリト君」

「な、なんでしょうアスナさま」

「…………」

 アスナが睨んでくる。俺はとりあえず言い直した。

「……なんだいアスナ」

「せっかく外に出たんだし、海行こっか」

「まだ夜間着です!」

「仕方ないなー。じゃあ、さっさと着替えてきてよね。遅かったら承知しないからねー」

 ──アスナ、俺……泣き虫になったよ。


* * *


「わあーっ」

 到着。アルヴヘイム内で有名なスカイ・ブルーの澄んだ海、真っ白な砂浜。しかも早朝の今、誰も、1人としていない。ユイの歓声はよく響き渡った。

「キリト君、気持ちいいねー」

 アスナが本当に気持ちよさそうに背伸びをする。

「わたし、海を見たのはこれが初めてです! 潮風が心地よく吹いていて……とっても、素敵です!」

「そうだね、ユイちゃん。人もいないし、こんな綺麗な場所を独占できちゃうなんて最高だよー」

 アスナが言うと、ユイは少し俯いた。次いで苦笑いを浮かべ、言う。

「でも……わたしは、誰もいない場所よりも、人がいっぱいで、みんな笑顔で楽しそうにしている場所の方が好きです。だってわたし、ずっと1人でしたから。パパやママと出会うまで、ずっと……」

「ユイちゃん……」

 思わず、俺とアスナは言葉を失ってしまう。
 先に動いたのはアスナだった。

「……ユイちゃん」

 優しく囁きながら、アスナがユイの細い体に腕を回す。

「ユイちゃんはもう、1人じゃないよ。わたしと、パパがいるし、リズや直葉ちゃん、シリカちゃん、まりちゃんだっているじゃない」

「ママ……」

「これからも、わたしたちはずーっと一緒だよ。寂しくないよ」

 そう言って、ユイの頭を優しく撫でた。

「……はい、ママ。わたしは1人ではありません」

「うん! じゃあ、みんなでお砂遊びでもしましょうか!」

「……え。お、俺も?」

「当然。ユイちゃんも、パパと遊びたいわよねー?」

 ユイは少し間を置いてから、口を開いた。

「……もちろん、パパとはいっぱい遊びたいです。でも、パパがやりたくないなら……わたしがわがままを言うわけにもいきませんし。わたしはパパの気持ちを優先したいので、どちらでも構いませんよ」

「ユイ……!」

 なんだかウルッときた。わがままだったユイが、こんなにもよい子に。少しばかり寂しいような気もするが、それ以上にものすごく嬉しい。子供の成長を見守る親の気持ちって、こんな感じなのだろうか。

「ふふ、キリト君はすっかりユイちゃんのお父さんだねー」

「お父さん、か……パパはともかく、この年でお父さん呼ばわりされるのは変な感じだなぁ」

「クソ親父、よりマシでしょ?」

「ユイがそんなこと言い出したら、俺は自殺するかもな」

「怖いよ、キリト君」

 アスナが苦笑いを浮かべた。
 ユイは俺たちの一足先に、砂のお城作りに取り掛かっている。ふいに、アスナが言った。

「ね、キリト君」

「なに?」

「またここに来ようね。何度でも、三人一緒に」

 朝日に照らされたアスナは、いつもの何倍も儚く、美しく見えた。

「ああ……必ず」

 俺が言うと、アスナは優しく微笑み、自らを照らす朝日を見据えた。潮風に輝き揺れる栗色の髪を片手で押さえながら嘆息し、呟く。それは、あの日──こんな俺を好きだと言ってくれた日、夜空を見た時よりも、少し大人っぽかった。

「綺麗だね……」

「ああ、すごく、綺麗だ……」

 俺もまた、同じような言葉しか返せない。自分の言葉のレパートリーの少なさに、我ながら溜め息が出る。

「君も、綺麗だよ」

 そう言ったのは、驚くことに俺ではなくアスナだ。

「へっ? お、俺が?」

「うん。君の瞳は、無限に広がる果てない夜空みたい」

「へ、へえー……」

 男としては、言われてあまり純粋な気持ちで喜ぶことの出来る言葉ではない。しかし、瞳がどうだと言われると、なんだか照れくさく感じた。

「お、俺としては、あまり嬉しくはないかな」

「えっ、どうして? 褒めてるのに」

「えーっと、やっぱりさ、その、どうせなら、かっこいいとか言われたいなって……好きな女の子にはなおさら、さ」

「キリト君……」

 アスナは一瞬眼を見開くと、ぽふっ、と俺の肩に身を預けてきた。

「キリト君は、いつだってカッコいいよ。言うまでもないじゃない。君は、いつでもどこでも、わたしを助けにきてくれる、わたしの英雄……そうでしょ?」

 思わぬ不意打ちにドギマギした俺は、思わずこくこくと何度も頷いた。

「普段はちょっぴり不器用さんに見えて、やる時はちゃんとやってくれる……それが君だよ」

 俺は、アスナに向けて微笑んだ。どちらからともなく、二人の顔が近づき、そして──。

「パパ、ママ、なにやってるんですか?」

 ──そして、ユイに阻まれてしまった。
 俺は硬直してしまったが、アスナはさっと動き、途中まで作られている砂の城の前に座り込んだ。

「な、なんでもないよ、ユイちゃん! さっ、は、早くお城完成させちゃおう」

「同じようなことをしている男女の二人組さんを、以前にも数回目撃したことがあると記憶しています。あれは何なのでしょう、パパ?」

「お、俺に訊く!? ……ええと、そのバカップ……じゃなくて仲よし男女二人組さんのことは知らないけど、さっきはただ、その~……ア、アスナの前髪にゴミが飛んできたからさ、それを取ってただけだよ」

「パパ、嘘はいけませんよ。わたし、相手の話すことが嘘か本当かなんて、簡単に判っちゃうんですから。さあパパ、嘘を吐かずに、本当のことを教えてください」

「うっ……わ、悪いなアスナ。俺は逃げる!」

「あっ! ちょっ、キリトくーん!」

 俺が白い砂浜を駆け抜け、ぐちゃぐちゃに乱す。
 ユイがそのあとを追い掛けてくる。アスナがまた、その小さな背中を追い掛ける。

 ──なかなか楽しい、家族というものは。

 とは言っても、俺とアスナはまだ、その……結婚もしていないのだが。

「あっ!」

 ずってーん。ユイが盛大に転んだ。

「ユ、ユイちゃん! 大丈夫!?」

 アスナが慌てて駆け寄る。するとユイは、アスナの制服の袖をむんずと掴み、天使のように穏やかに微笑んだ。

「ママ、さっきのは何だったんですか?」

「わっ、ユイちゃん、まだ疑問に思ってたの!?」

「わたしの探求心は、なかなか収まらないので」

「困った探求心だな」

 俺のツッコミを軽くスルーなさった小さな美少女は、それからも幾度となく同じ質問を繰り返した。 

 

第47話 既

 
前書き
紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様!←

……とまぁ、悪ふざけはこの辺にしておいてっと。

和人と明日奈は今や公認カップル(学園生徒のほとんどは知らないけど)。
しかしまりあは、二人が付き合い始めたことなど知らなかった━━。 

 
「は~……」

 廊下を歩きながらまりあは、らしくもなく盛大な溜め息を吐いた。すれ違い様に、まりあより少し背の高い少年が、驚いたように話し掛けてきた。

「ま、まりあ? どうしたんだ」

「……あ、キリト……なんで?」

「なんか、元気ないからさ」

「言ってもいいですか?」

「どぞどぞ」

 まりあはもう一度溜め息を吐くと、がっくりと項垂れた。それからしゃきっと姿勢を戻し、少しばかり着崩れた。

「……ユイちゃんの記憶、戻ったじゃないですか」

「お、おう」

「それなら、ユイちゃんの心も、以前とは違うものになっているはずです」

「つまり?」

「そこで、以前作った《ユイちゃんの歌》についてなんですけど……今のままでは、ユイちゃんの歌としては成り立ちません。だってあの歌に、現在のユイちゃんの気持ちは入ってませんから……だから私、頑張ります。頑張って、最低でも文化祭1週間前にはユイちゃんの歌・改を完成させてみせます」
「おっ。ま、頑張りたまえ。何気に応援してるからな」

 そう言って和人が、ぽんとまりあの頭に手を置き、そのまま振り向かずに去っていった。ただ、右手でこちらに手を振りながら。

「……何気にって、なんですか」

 和人の触れた部分を押さえ、その場に半ば崩れ落ちるように座り込む。
 いったい、あの人のどこを好きになったのだろう。

 ──全部、だ。

 少しやんちゃなところもあって、人付き合いが苦手で。
 なにより、初めてまりあの歌を褒めてくれた人。まりあは、そんな彼のことが──。

 その時。

「桐ヶ谷──!!」

 男性国語教師の声だ。まりあは慌てて声のした方へ走る。

 ──っていうか、桐ヶ谷って……まさか。

 ここは高等部校舎だ。まりあの知る限り、《桐ヶ谷》という名の高等部生徒といえば……1人しか、思い当たらない。

「お助け──!」

 情けなく叫びながら、桐ヶ谷和人が廊下の角から走り出てきた。ぱちり、と目が合う。

「あっ、まりあ!」

「……今度は何しでかしたんですか、問題児さん」

「ノ、ノォ! 俺は問題児どころか、超絶真面目な……おっと、こうしちゃいられない。先生に追いつかれる」

 まりあのいる場所には、2つの分岐点がある。1つは、図書室に通じる廊下。もう1つは、初等部校舎へ通じる廊下。どちらも反対方向だ。
 和人は前者の方向を指差し、言う。

「まりあ、先生がここに来たら、俺はあっちに行ったって言っといてくれ!」

 そう言い残して、和人はだーっと走り去っていった━━もちろん、初等部校舎へ通じる廊下を。本当に、何をしでかしたのだろう。
 和人より少し遅れて、先生がやってきた。50歳はとうに超えているだろうから仕方ないのか、敏捷に優れた和人を全力で追い掛けた先生の息は既にあがっている。切れ切れの掠れ声で、某国語教師がまりあに訊ねる。

(さくら)! 桐ヶ谷を見なかったか!?」

 苗字を呼ばれ、訊ねられたまりあは図書室の方向を指し、返事した。

「あっちに行ったって言っといてくれ、って桐ヶ谷くんが言ってました」

「なんだと!? 桜、ありがとな!」

 先生は和人の進んだ廊下を追い掛けていった。
 わあああァァァァ──という和人の悲鳴が聞こえたのは、きっと気のせいだろう。

 ***

「ひどいよまりあ……」

「初等部の方々に迷惑かけておいて何言ってるんですか」

 あの後和人は、あろうことか初等部の校舎に乱入し、大暴れして逃げ回ったらしい。

「……で、結局キリトは何をしでかしたのですか」

「委員会の仕事をすっかり忘れてました」

「えっ……何委員なんですか?」

「……笑うなよ」

 和人は、ボソッと言った。

「……栽培委員」

 思わぬ返答に、まりあは吹き出した。だって、あの和人が栽培だなんて。

「悪かったな、俺だって栽培くらいできるぜ」

「ふふ、そうみたいですね。……でも、キリト」

「ん?」

「なにも、逃げることはないんじゃないですか?」

「逃げた方が面白いだろ?」

 平然と言ってのける和人。まりあは嘆息した。
 明日奈の恋を応援する。そう、決めたはずだった。しかし、その決意は早くも揺らぎ始めたようで。

 ──やっぱり私、あなたのことが

 その先まで全て伝えたいけれど、絶対に言えない。だってそれは、明日奈を裏切るということになってしまうから。
 しかしこの場合、まりあ自身の気持ちはどうなるというのだろう。素直に明日奈を応援するというのは、自分を裏切るということでもある──そうだ、明日奈は関係ない。自分の気持ちを裏切ってまで、明日奈を応援するなんてできない。
 だから。

「ねえ、キリト」

 か細い声で呼ぶと、和人は無言でまりあの眼を真っ直ぐに射た。

「私……私、キリトのことが」

 言い掛けた、その時だった。

「キリトくーん!」

 明日奈のソプラノ声が飛んできた。明日奈は和人の隣へ直ぐ様駆け寄り、彼の肩に片手を置いた。

「キリト君! 捜したんだからねー」

「はは、すまんすまん」

「わたしとの待ち合わせ時間、10分過ぎてるよ。ずっと« 《街》の噴水前で待ってたのにー」

「だ、だから悪かったって」

 まりあは、何故だか嫌な予感がした。だって、二人の仲が、あまりにも良すぎる。

 ──まさか。

「もう。自分から誘ったデートをすっぽかすって、どういうことよ」

 ──え?

 まりあは一瞬、その言葉の意味を呑み込めなかった。

「す、すっぽかしたわけじゃないぞ。忘れてただけだ」

「なおひどいわよ」

 しかも、和人は否定しない。まりあが気になったのは、すっぽかした、という部分ではない。

 ──デートをすっぽかすって、どういうことよ

 前々から、誰から見てもお似合いの二人だとは思っていた。それも当然、もう既に、2人は付き合っていたのだ。
 現に、和人の明日奈を見る眼は、見たこともないような穏やかな光を宿している──これがきっと、何よりの証拠だ。
 明日奈には敵わなくても、この気持ちだけは伝えておこう。そう決めたのに、2人の間にはもう、とっくに強い絆が生まれていたのだ。
 明日奈と視線が絡み合う。風に揺れる栗色の髪を軽くすき、明日奈はいたずらっぽい微笑を浮かべた。

「やっほー、まりちゃん。ごめんね、この人借りていい?」

「……か、借りるもなにも。キリトは、アスナの彼氏じゃないですか」

 ──ええっ!? ち、違うよー。

 そんな返答を、まりあは期待した。しかし明日奈はにやっと笑い、和人に腕を絡める。

「ふふ、それもそうだね。それじゃあキリト君、行きましょうか」

「え、どこに?」

「もう! 君から誘ったデートなんだから、たまには君がリードしてよ」

「冗談だって、行こう行こう。それじゃあな、まりあ」

 和人が手を振り去っていく──あまりにも美麗すぎる恋人と、肩を並べて。
 行かないでほしい。ずっと、自分の隣にいてほしい。しかし、そんなまりあの想いは、決して届かない。
 まりあの眼から、一筋の雫がぽたり、落ちた。床に敷かれたカーペットに吸い込まれ、儚く消えた。 

 

第48話 期待と絶望

 今日の«戦闘»の授業は、和人のクラスと合同だ。以前なら喜んでいたであろうまりあは、嫌だなぁ、と嘆息した。
 ──まさか、和人と明日奈がもう付き合っているだなんて。
 まりあは昔からそうだ。ぐずぐずして躊躇っている内に、得られたかもしれないものをすべて逃す。
 ノロマ、鈍くさい子。小さい頃からずっとそう言われて育ってきたまりあを、和人は初めて素直に褒めてくれた。それも、一番自信がなくて、一番大好きだった歌のことを──。
 しかし、まりあが辺りを見回しても和人の姿がない。
 サボってるのかな、いやでも和人が«戦闘»サボるなんて、よっぽど重い病気とか怪我とかしちゃったんじゃ、という不安感もつかの間。

「遅れてすみません!」

 和人が叫び、グラウンドを軽い動きで駆ける。まりあは和人がいつも通りだったことへの安堵の溜め息と同時に、結局来ちゃうんだ、と地面の砂を蹴った。
 «弓»担当の女教師が和人に訊ねる。

「……桐ヶ谷、なにしてたの?」
「……なんとなくテレビつけたら、いつもなら興味ないはずの番組やってて、試しに観てみたら案外面白いことってありますよね」
「まあね」
「寮でなんとなぁくつけたBSの再放送番組が面白くて……」
「うん」
「ア○パンマン観てました」

 真顔で言う和人に、みんなが腹を抱えて笑った。

「«黒の剣士»がアンパ○マンって……」
「そんなことのために得意科目サボるなよっ!!」

 和人が満更でもなさそうな表情をしていると、先生がこつん、と彼の頭を小突いた。それがまた笑いを呼ぶ。

「キリト、あんたねぇ! ほんっと、いい加減にしなさいよね!!」

 笑い混じりに大声で言ったのは里香だ。

「いや、だってさ、仕方ないだろ? リズだってあるだろ、無性にアンパンマ○観たくなるとき!!」
「ないわよ!! てか、今無性に観たくなるって言ったわね! なんとなあくとか言っといて、結局自分でアン○ンマンやってるチャンネルつけたんじゃないの!!」
「うっ……そ、そこは軽く流そうぜ」

 苦笑いする和人に、里香はにやりと笑みを浮かべ、言う。

「愛と勇気だけが友達さ~。……あんた、友達いるの?」
「泣くぞ!?」
「あ、勇気じゃなくて結城だったわね。ごめんごめん……って、アスナは友達じゃなくて彼女だったか。じゃあほんとにあんた、友達いないわね」
「……リズベットは俺の友達じゃなかったんですね……」
「男子の友達はいないでしょ?」
「いるぞ! ユージオとか!!」
「ふーん?」

 里香だって、和人に想いを寄せていると聞いた。なのに、あんなにも普通に会話して、あんなにも明日奈を応援して、あんなにも──あんなにも、強くいられる。
 ━━私には、到底できないなあ。
 初めての恋だったのに。大好きだったのに。
 気づけばまりあは、口ずさんでいた。


 ━━ひとりが寂しいのは

 当たり前なんだけど

 ふたりが寂しいのは

 ごめん 初めてなんだ

 ━━おかしいでしょ?おかしいけど

 嘘のひとつでもつかなくちゃ

 繋いでた手 離せない

 "私はもう大丈夫"

 ━━"1年2ヶ月と20日"

 キミは憶えていますか?

 初めて出逢った日を 気持ちを伝えた日を

 だけど今日の日は「サヨナラ」

 何が足りなかったのかな?

 ゴメンなんて謝らないで

 その声に私… 恋したんじゃない

 ━━本当は離れたくないよ

 本当は大丈夫じゃないよ

「嘘だよ」って「バカだな」って

 笑ってほしいよ

 でもキミの心に私はいない

 最後にせめて say goodbye

 じゃなきゃきっと 私きっと

 キミを引き止めちゃうから

 ━━"1年2ヶ月と20日"

 本当にあっという間だった

 キミに会えて良かった 好きになって良かった

 優しくしないで

「サヨナラ」ちゃんと言えなくなっちゃうから

 ゴメンなんて謝らないで

 だから ねぇ 早く…

 泣いちゃう前に

 ━━春夏秋冬 季節巡り来る

 何故 何故 恋には終わりがあるの



 その時ふいに、和人がこちらを振り向いた。漆黒のグローブに包まれた左手を、微笑みながらまりあに向けて振る。
 それは、まりあが恋した笑顔。まりあの大好きな笑顔。まりあが思わず━━期待してしまう笑顔。以前は嬉しかったその笑顔も、今は見ていられないほどにつらい。和人が、あまりにも遠すぎる。
 まりあが無反応なことに驚いたのか、和人は振っていた手を止め、きょとんとこちらを見つめている。
 本当にやめてほしい。

 だって そんなこと

 あるはずないのに

 ほら、また期待してしまうから 

 

第49話 2人だけの秘密

 
前書き
最近はキリト君よりアスナが好き 

 
「キリト君、今日はわたしの手作り弁当だよー。さ、開けてみて!」

 屋上で肩を並べて座る和人と明日奈は、誰が見てもお似合いの恋人同士。
 明日奈は、親友である里香にさえ浮かべたことのないであろう笑顔を自身の恋人に向けているし、和人も満更でもなさそうに微笑んでいる。まりあはそれを、入口の陰に隠れて見ていた。

「じ、じゃあ、遠慮なく開けさせてもらうよ……ってブ━━ッ!?」

 弁当箱を勢いよく開けた和人が、何故か盛大に吹き出した。

「あ、アスナ、これ……!」
「な、なにキリト君? べ、別に、いつものお弁当でしょ?」

 明日奈が、顔の両側に垂らした髪を耳に引っ掛けながら言う。それが、照れたり、焦ったりした時についついやってしまう彼女の癖であることをまりあは知っている。

「ど、どこが……! いや、う、嬉しいけど……」

 和人は、頬を人差し指でぽりぽりと掻いた。これは、和人が照れている証拠だ。

「だ、だってわたし……最近全然キリト君に、その……お、想いを伝えられてないなあって……だからせめて、お弁当でと思って……」

 ━━いったい、弁当箱の中になにが入っていたというのだろう。
 まりあが首を傾げた、その時。

「はっはーん、さてはアスナ、"例の作戦"を決行したのねん」

 背後から、よく知った声が飛んできた。まりあは後ろを振り返り、小声でその声の主の名を呼んだ。

「り、里香! だめですよ、そんなに大きな声出したら!」
「これでも十分小声のつもりなんですけど」
「だったらもう喋らないでください……っ」
「……へえ~、まりあも言うようになりましたなあ」

 ニヤニヤしてからかってくる里香を軽くスルーして、まりあは話を変えた。

「で、なんなんですか、その……"例の作戦"って」
「えーっとね……前に、アスナがあたしに相談してきたのよ。『最近キリト君に、ちゃんと想いを伝えきれてない気がするよおー。どーしよおー、リズー?』ってね」

 演技が上手いような、大げさすぎるような。

「そんで、ほら、よくドラマとか漫画であるじゃない? 大好きな彼氏にお弁当作って、«○○くん大好き♥»とかごはんの上に海苔で書いちゃうようなの! あれやってみればって、あたしが提案してやったわけよ」
「そ、そんなのコメディでしか見たことありませんよ! どうするんですか、それで2人の仲が気まずくなっちゃったら……」

 自分で言って、まりあははっと気づいた。
 和人と明日奈は、本当に付き合っている。それなのに里香は━━前にも思ったが━━2人の恋を邪魔することなく、かといって完全に諦めてしまうわけでもなく、堂々と2人を応援している。
 ━━里香。私は、そんなに強くなれないよ。

「本当にそうかしらね?」
「えっ?」
「あの2人、案外いい雰囲気だけど」

 里香が明日奈、そして和人を指差して言う。
 ━━なんだ、そっちか。
 まりあは一瞬、まさか心を読まれてしまったのかと驚いたのだ。
 それにしても、里香の顔。
 ほんのちょっぴり切なさを纏ってはいるものの、里香は心から明日奈を応援する確かな笑みを浮かべていた。
 里香のような表情ができるようになった時、里香のように強くなれるのかもしれない。そう考えたまりあは、里香の表情を真似てみることにした。

「……むむむっ」

 しかし、やっぱり難しい。まりあ自身が、明日奈を心から応援しきれていないからだろうか。

「……まりあ? なにニヤけてんの?」

 しまいには、里香にドン引きされてしまった。

「ふ、ふえっ!?」

 なんだか変な声まで出てしまったし。

「ちっ、ちが……ニヤけてなんかいません! わ、私は、ええと、その……キ、キリトとアスナがすごく仲よしさんみたいだから、微笑ましいなあと思ってただけですから、はい!」

 なんか文法までおかしくなったし。

「ちょ、しっ……まりあ、そんな大声出したら!」

 ──和人たちにも見つかってしまったし。
 和人がやれやれとばかりに嘆息する。

「……どーすんのよまりあ、あんたのせいで気づかれちゃったじゃないのっ」

 里香が小声で言い、まりあの腕を肘で突いてくる。せめて責任くらいはとらねばと、まりあは和人に言い訳した。

「ぐ、偶然ですねー! わ、私、屋上大好きなんですよー。よく来るんです。今日は、屋上からの景色の綺麗さを里香に教えようと思ってここに来た次第なんですけど!」
「へえー。その割には、随分長く入口付近に立ってるんだな」
「えっ?」
「……俺、最初から気づいてたぜ。面白いからほっといたけど」

 ━━まさかの。
 溜め息混じりに言った和人の隣で、明日奈は頬を真っ赤にし、彼に言った。

「ええっ!? ちょっと、キリト君! 気づいてたなら言ってよー。わたし結構、人に聞かれると結構恥ずかしくなるようなこと言っちゃった気がする……」
「はは、そのために黙ってたんじゃないか」
「も、もう!」

 明日奈が和人をぽかぽかと物理攻撃を喰らわせる。

「アスナは可愛いですなー。キリトなんかじゃなくて、あたしの嫁に来てほしいわあ」
「キ、キリト“なんか”って……キリト君に失礼でしょー」
「はいはい、そうですねっと」

 そんな明日奈と里香の横で、和人はなにやらブツブツ呟いている。

「……アスナとリズベットが……女同士で、いったいなにを……なにを……なにを……ッ!?」

 和人の顔が、漫画ならボフンッと音がしそうなくらいに赤くなった。

「……キリト? あんた、いったいなに妄想してんのよ……変態。あんなの、冗談に決まってんじゃない」
「だ、誰が変態だって!? 俺は別に、そんな」
「はいはいはいはい、わかったから。……で、アスナさん。作戦は上手くいったようですなー?」

 里香の冷やかしに、明日奈の顔まで真っ赤になった。まったく似た者夫婦、いや恋人である。
 和人が首を傾げ、明日奈に訊ねる。

「え? 作戦って……何の話?」
「キ、キリト君は知らなくていいの!! そ、それよりキリト君、委員会! 委員会の仕事、ちゃんとやってるの!?」
「なんだよ突然……やってるけどさ」
「へ、へえ~、そうなんだ! 偉いね~、キリト君は!」
「俺は子供か……?」

 そう言って、和人は苦笑いを浮かべた。

「そ、そういえば……わたし、君の委員会がなんなのか知らないんだけど」
「……あれっ、教えてなかったっけ?」

 ━━アスナは、キリトがなんの委員会に入ってるのか知らないんだ。
 まりあはそれが、少し嬉しかった。

「知らないなら、知らないままでいいよ。教えたくないし」
「そんなこと言わずに、教えてよー」
「絶対嫌だ」
「えーっ」

 すると和人が、まりあにそっと耳打ちしてきた。

「……アスナ達には、絶対に言うなよ!」

 ──“アスナ達”
 ということは、委員会について知っているのは、まりあだけなのだろうか。
 思っていると、和人が更に囁いた。

「俺たちだけの秘密にしといてくれ」

 ━━俺たちだけの、秘密。
 2人だけの秘密。
 まりあは思わずくすっと笑い、小声で返した。
 ━━わかりました。
 和人はそれに頷くと、まりあ横からそっと離れ、明日奈の隣に戻った。少し残念に思っていると、今度は明日奈がこちらへ駆け寄ってきた。

「まりちゃん、もしかして知ってるの!? だったらお願い、教えて!」
「え、ええと……」

 ちらっと、和人を横目で見やる。和人はぶんぶん首を振っていた。まりあはにこっと笑みを浮かべ、明日奈に言った。

「いえ、知らないです。そもそもキリトって、委員会入ってたんですね? 意外ですー」
「そっかあ……。ふふ、意外ですって、キリト君」
「お、俺だって委員会くらいやるぞ、まりあ……」

 そして、和人はまりあに言った。よく聞き取れなかったけれど━━
 ━━ありがとな
 確かに、そう言っていた。
 
 

 
後書き
今日は大日イオンモールでリア友と遊ぶんだ~。楽しみだなぁ♪ 

 

第50話 謎の少女

 
前書き
更新サボってばっかでごめりんご☆
話の展開忘れちゃったので、まあ書きたいこと書くことにします!←ぇ

……で、あれ……ついに目がおかしくなったのかな。
ちょっと見てなかった間に、アイ学のお気に入り件数がすごいことになってきてるの。
…………すみません、ちょっと眼科か精神科行ってきm(((

ってなわけで、みなさんありがとうございます!!← 

 
 文化祭開始まで、残り24時間を切った。
 落ち着かない雰囲気の中、教室の端に座り込み、ゲームをしている男子が数名。これを絶対に放っておけない真面目な女子2人が、その男子らの前に仁王立ちになって言った。

「こらこら、そこ!」
「ちょっと、あんたたち!」

 2人が声を放ったのはほぼ同時だった。

「は、はいっ!?」

 驚いた男子らが、慌ててゲームウィンドウを閉じる。

「あのねえ。ゲームなんてしてる暇があったら、ちょっとは手伝いなさいよ! こっちは忙しくて仕方がないってのに」
「わ、悪かったよ篠崎さん……!」
「ふふん。わかればいいのよ、わかれば」

 2人の女子のうちの1人は里香だった。里香は意外と真面目なのだ。

「ちょっとリズ、いくらなんでも言いすぎだよー?」

 もう片方の女子・結城明日奈はほわんほわんと言い、里香の肩に軽く手を置いた。
 そして男子らと同じ目線までちょこんとしゃがみ、優しく微笑んだ。

「もう少しだから、あとちょっとだけがんばろ。わたしも精一杯がんばるから……ね?」

 にこっと笑い、少し首を傾げて言う生徒会美人副会長に、男子は心を動かされたらしく──。

「そ、そうですよね! これからは、俺たちちゃんと頑張りますよ、結城さん!!」
「うんうん、えらいえらい!」
「あ、あの、何すればいいですか? で、できれば、結城さんと同じことがやりたいなあ、なんて」
「背景やってくれると嬉しいな。わたしはこのあと、キリト君たちとちょっと練習があるから……わたしの代わりに、お願いします」

 その微笑みは、まさに天使の如く━━

「はい! 死ぬ気で頑張ります、結城さんの代わりに!!」
「あ、ありがとう。でも、無理はしないでね?」

 横にいた里香は、こう思わざるを得なかった。

 ━━アスナさんマジ天使、と。

 *

「━━ふう」

 アルヴヘイム内で«怪しい店»と評判の喫茶━━アスナだったら絶対に寄りつかない━━で一息ついた俺は、ユイの待つ森へと急いだ。何の用事かは知らないが、突然ユイに呼び出されたのだ。
 当の愛娘は、森の入り口付近にある切り株にちょこんと座っていた。こちらの気配に気づくと、むぅっと可愛く睨んできた。

「遅いです、パパ!! いったい何してたんですか!」
「す、すまんすまん……ちょっと喫茶店に寄っててさ」
「ふーん、です。パパは、わたしとの待ち合わせよりも喫茶店の方が大切なんですね」
「そ、そんなことは言ってないだろ……ユイのことは、ママと同じくらい大切に想ってるよ」

 俺が言うと、ユイの表情が向日葵のようにぱぁっと綻んだ。

「ふふ、ありがとうございます。パパ大好きです!」

 あまりにも無垢なその笑顔は、コピーされたものだとは到底思いがたかった。やはり、ユイはユイなのだ。

「と、ところでパパ。今日呼び出した理由なのですが……」
「お、おお。何か用事でもあったのか? しかも、こんな森に」
「はい。━━以前パパが話していた、わたしを助けてくれたっていうフーデットケープの女の人……もしかすると、この森の中にいるかもしれないんです!」

 ━━一瞬の沈黙。
 ユイの消滅に絶望していた俺とアスナの前に突然現れ、何をしたのかはよくわからないが、ユイをもう一度呼び戻してくれた、あの謎の少女。

「えっ……どういうことだ?」
「わたし、パパとママが学校に行っている間は暇なので、よくここへ来るんです。そのときに、何度かその女の人らしい人物を見たことがあって……容姿は、パパが言っていた女の人と一致していました。ただ、パパからきいた情報ではあまりにも不確定要素が多いので、断定はできませんが……少し気になりますし、森へ入ってみませんか?」

 あの少女が何者なのか、きちんと確かめたい。会って、お礼がしたい。

「どうします、パパ……?」

 別に、森へ入っても何かが減るわけではない。それに、ここには俺の命が危うくなるほど強いモンスターはいないはずだ。あの少女と、もう一度会える可能性が僅かでもあるかもしれないなら……行ってみる価値はあるだろう。

「……ちょっと行ってみるよ。ユイは家で待っててくれ。レベルの低い森とはいえ、すべてモンスターからユイを庇える自信はないからな」

 俺の言葉に、ユイは素直に頷いた。そして言う。

「なるべく早く帰ってきてくださいね。このあとのリハーサルに、ちゃんと間に合うように」

 **

「………………」

 ━━遅いなぁ、キリト君。
 リハーサル開始予定時刻はとっくに過ぎている。
 ━━絶対遅れたりしちゃだめだからね。もし、サボったりしたら……どうなるか、わかってるわよね?
 明日奈があれだけ念押ししたというのに、和人はまだ来ない。
 一応メッセージは何件か送信してみたのだが、和人からの返信はない。
 諦めて、先に準備を始めてしまおうとしたそのとき。

「━━遅れてすみません!」

 ユイの鈴の音を鳴らすような声がすると同時に、明日奈たちのいる音楽室の扉が勢いよく開いた。

「ううん、大丈夫だよユイちゃん。ところでさ、キリト君知らない……?」

 訊いてみると、ユイは小さく首を振り、ぽつりぽつりと話し始めた。



 ユイ曰く、和人は今アルヴヘイムの森の中にいるらしい。ユイを助けてくれた、あの謎の少女を捜すために。

「なるべく早く、リハーサルまでには帰ってくるようにお願いしたのですが……まだ帰ってこないなんて、あまりにも遅いです。何かあったのでしょうか……」

 ユイの言った森辺りのエリアは、基本的には弱い小動物系のモンスターしか出現しない。何かあったなんて、考えたくもない。しかし、もし本当に、彼に何かあったのだとしたら……そう思うと、いてもたってもいられなくなる。明日奈は胸ポケットから生徒手帳を取り出すと、身を翻して言った。

「……ちょっと行ってくる。先に練習始めといて」

 その声音や瞳は、いつもの結城明日奈のものではなかった。
 とてつもない速度で繰り出す剣技で敵を圧倒し、大切な人を絶対に守り抜くと決めた、学園トップの女流剣士。

 «閃光»アスナのものだった。


 

 

第51話 風変わり

 
前書き
文化祭編をさっさと終わらせたい美桜です。
まりあの想いの結末とかはもう全部考えてあったんですけど、グダグダやってる内にこんな長編に。
遠回りはするもんじゃないですね。

う゛ぇえ… 

 
 どこまで進んでも、辺りは木、木、木。人の気配はない。
 ここのモンスターを倒すことは容易だが、何せ出現数が多いためにすぐに息が切れる。疲れた俺は、木陰に腰を下ろして少しお休み中。
 森というものは、深くなるにつれて一層不気味さが増すものだ。だんだん暗くなってくるし、ゴースト系のモンスターも増えてくる。そのため、おばけや階段話の苦手なアスナは森の奥深くまで進むことを好まない。アスナがここへ来たらどんな面白い反応をするのだろうか。一度連れてきてみよう。
 しかし、ここで座ってそんな恐ろしいことを考えていても、ユイを救ったあの女性に巡り会えるはずがない。

「……はあ」

 俺は溜め息をつくと、重い腰を持ち上げて更なる奥へと歩みを進めた。




 さすがに深く入り込みすぎた。
 アスナたちにメールを送ろうにも、画面の左上には«圏外»と表示されていて送ることができない。

「……こんなことなら、地図くらい持ってくるんだったなあ」

 しかし、ここへ来てしまった以上、言っていても何も始まらない。また歩くのか、と俺はため息をつきながら、深い森の中をひたすら歩き続けていた。
 ふいに、俺の背後にあった草木ががさがさっと揺れた。
 モンスターではなさそうだ。とすれば、俺と同じように何らかの理由があって森へやって来た人間か──それとも、俺の背後をとって斬らんとする狂人か。
 何にせよ、少し様子を見たほうがよさそうだ。俺は突然の攻撃にも対応できるように、剣の柄に伸ばしやすい場所に手を構え、早歩きで進んだ。

 **

「──はあっ!!」

 静かな森の中に、明日奈の気合い、そしてモンスターの消滅音が同時に鳴り響いた。

「……ふう」

 明日奈はレイピアをかちり、と鞘に収め、少しだけ学園から持ってきた水を口にした。
 そして剣の柄を優しく撫で、呟く。

「……切れ味、落ちたかな」

 通常、切れ味のいい剣で対象を貫くと、鋭い音がするものだ。しかし、先程の音はなんだか鈍かったような気がする。

「帰ったら、リズに研磨頼んであげるからね」
 
 剣に向けて、小さく囁いた。
 この剣«ランベントライト»は、親友・リズベットこと篠崎里香に鍛えてもらった細剣だ。軽くて、スピード重視の明日奈としてはとても使いやすいし、華奢な見た目とは裏腹に威力も高い。狙ったところを正確に突いてくれるし、秒速単位で技を繰り出すことができる。里香が、「これはあたしが今までに鍛えてきた数々の剣の中でも最高の一品よ!」と楽しそうに言ったものだ。
 明日奈自身この細剣を気に入っているので、かれこれ1年以上愛用している。
 だから和人に里香を紹介した。最初こそ里香に失礼なことをしていたようだが、今はいい友達になっているようで、喜ばしいばかりである。
 しかし、その和人は今、いったいどこにいるのだろうか。
 この森は見てくれよりもずっと深い。あまり進みすぎると、二度と戻ってこれなくなった──などという事態になりかねない。それに和人のことだ、地図すら持たずに行ってしまったのだろう。
 なんとか連絡をつけようと、何度もメールを送った。しかし、未だ返事はない。
 和人が返信もできない状況なのだとしたら──そう考えると、明日奈はいても立ってもいられなくなった。

 *

 ──つけられている?
 妙な気配があった。誰かの視線を感じるような──背中を走るその感覚は、どこまで行っても消えなかった。一方的に見られ続けているのもいい気分ではないので、思いきってこっちから動いてみることにした。
 俺はなるべく平常心を装った声で言った。

「……おい! そこにいるのはわかっているんだ! なにが目的かは知らないが、要望があるなら話は聞く。出てきてくれないか?」

 ──どうだ……出てくるか?
 犯罪目的で俺を追っているなら、恐らく出てはこない。仮に出てきたとしても、戦闘は避けられないだろう。
 身構えていると、後ろから声がした。

「……あーあ。気づかれちゃったか」

 声の質や高さからすると、女性のようだ。それも、俺との年齢差は然程なさそうな少女の、無邪気な声。

「こんにちは」

 声の雰囲気からすると、敵対意思はなさそうに聞こえる。しかし、それだけで判断するわけにもいかない。俺は後ろを振り向き、言った。

「……今までに会ったことはないよな?」

 立っていたのは、紫色の柔らかそうな髪に、緋色の瞳をした、俺と同じくらいの身長の少女だった。
 少女はくすっと笑った。

「ふふ、どう思う?」
「……俺は見覚えないけど」
「うん、はじめましてだよ。アタシはストレア。よろしくね!」

 俺の警戒を悟っているかいずか、ストレアと名乗るその少女は、人なつこそうに微笑んだ。 
 

 
後書き
キリトくんとアスナさんって、なんていうかすごいですよね。もちろん本家のほうですけど。
デスゲーム終了から数ヶ月経った程度なら、恋人としてラブラブしててもおかしくないと思うんです。そうじゃなきゃ、SAOの中でのあの誓いはどうなるんだよってなるし(笑

でもあの二人は、1年以上経ってもあのラブラブっぷり見せつけてくれちゃってるし、なによりアリシゼーションでは、SAO時代に負けないくらいお互いを想い合ってることがわかる描写もいくつかありましたよね。
ほんとすごいなぁーと、改めて思いました。なんとなく。 

 

第52話 ストレア

 ストレア。
 ここの森に出現するモンスターのレベルは大して高くはない──しかしそれは、俺やアスナにしてみれば、という話である。シリカとリズ辺りが協力して挑んだとしても、恐らくアッサリ負けてしまうことだろう。運だけで逃げ延びることの出来るレベルではない。
 そんな森の奥深くに、傷や服の汚れ1つない彼女は1人でやってきたらしい──現に、周りに仲間の気配はない。相当な実力を持っているはずなのに、見たことはおろか、名前を聞いたこともない。一体、何者なのだろうか。

「どうしたの? 怖い顔して」

 ストレアの声にはっとさせられた俺は、一呼吸おいてから訊ねた。

「ストレア……俺をつけていた目的はなんだ?」

「んー……ちょっと興味があったから、観察させてもらってたの」

「興味?」

「キリトは強くて有名人だもん。興味をもって当然!」

「……あんたも、相当にやるみたいだけどな」

「あ、わかる? アタシも結構強いよ」

 ストレアはすました笑みを浮かべて言った。

「それにしても……う~ん、やっぱりね~」

「やっぱりって、何がだ?」

「キリトやっぱり、近くで見たほうがずっとカワイイね!」

「へ? か、カワイイ?」

「──えいっ!」

 呆気にとられた俺を、ストレアはぐいっと引き寄せ──。

「ぎゅー!!」
「うわっ! ちょっと! く……くるしいっ!」
「いいじゃん!」
「よくないよくない! っていうかあたって、というより埋もれて……っ」
「だってカワイイんだもん! ぎゅーってしたくなっちゃうよ」
「どんな理屈なんだ! わっ、ぐりぐりするなって!!」
「あっ、ねえねえ! これから時間ある? 一緒にお茶でも飲みたいなー! いいよね? さっきも要望を聞くって言ってたし」
「わかった! 付き合うから、まずは離し──」
「…………へえ~」

 後方から、聞き覚えのある声がした。ストレアのものではない。もっと近くて、よく知った──。

「キリト君に何かあったんじゃないかって思って、リハーサル放り出して必死に捜してたのにー……キリト君はそんなわたしのことも露知らず、1人でお楽しみだったみたいだね~。あ、1人じゃなくて美人のお姉さんも一緒だったか」

 ──画面の向こうの皆さんは既に、この声の主が誰なのかおわかりであろうか。
 ようやく俺を解放してくれたストレアは、更に特大の爆弾を投下した。

「ねえキリト、誰なの? この女のひと」
「ストレア、誤解を招く言い方はやめてくれ!」
「へえー……その人ストレアさんっていうんだ。キリト君がお世話になってます、わたしはキリトの“恋人”の結城明日奈です」

 もう最悪の事態である。

「……アスナ、これは誤解なんだ。ストレアとは今知り合ったばかりだし、そもそもさっきのはちょっとした事故で」
「何のこと? わたしは別に何も疑ってないけど? それとも、言い訳しなくちゃいけないようなことしでかしたのかな?」

 にこやかな表情だが、目が笑っていない。アスナさん激おこ。

「頼むから信じてくれ。俺は無罪潔白innocenceなんだ!」
「言い訳はあとで聞きます。とりあえず、今は無事に文化祭を終わらせることが先決でしょう?」
「……ごめん、完全に忘れてた」
「そんなことだろうとは思ってたわ。……それじゃ、ストレアさん。わたしとキリト君には用事があるから、お先に失礼させてもらうわね」

 アスナが言うと、ストレアはにこっと無邪気に微笑んだ。

「うん、いってらっしゃい! また今度デートしようね、キリト!」
「……キリト君?」
「だから誤解なんだって! ああもう、早く行かないと文化祭終わるぞ!」
「何よ、自分だってさっきまで忘れてたくせに。っていうか、そんなにすぐに終わらないわよ……きゃっ!?」

 俺は、アスナの手をぐいっと引いて駆け出した。




 
 

 
後書き
明日奈「キリトくん、出口わかんないんじゃないの?」
和人「……」
明日奈「ったく……大体わたしのほうが足速いんだから、手を引かなくてもいいわよ。っていうかわたしがキリトくん引くし」
和人「…………」 

 

第53話 集中

「キリトさん、一体なにしてたんですか……」

「もうリハ終わっちゃったわよん。すっぽかした誰かさんは、もうぶっつけ本番を待つだけね」

 シリカとリズベットが、呆れたように言う。悪い、と俺が一言告げると、リズベットは苦笑いを浮かべ、俺に向かって、飲料水の入ったペットボトルを投げつけた。

「あんた、さっきまで森にいたんでしょ? お疲れ様。本番までまだ時間あるし、少し休んでていいわよ。歌なんて、水でも飲まなきゃやってらんないだろうし」

「あ、ああ。ありがとう、リズベット」

「はいはい。ほら、アスナも、これ飲んどきなさいよ」

「ありがと、リズ」

 投げられたペットボトルを片手でひょいっと受け取り、アスナは微笑んだ。リズベットはにっと笑い返した。

「どういたしまして、アスナ。……それでさ、キリト。例のおねーさんは見つかったわけ?」

「その話なんだけど……いなかったよ。多分な」

「そっか……まあ、そう簡単には見つからないか。特徴も、何にも情報はないわけだしね」

 そのとき、黙っていたアスナがふと口を挟んだ。

「えっ。でもさ、ほら……あのとき一緒にいた女の人は? 急いでたからお礼言いそびれちゃったけど、わたしはてっきりあの人がユイちゃんを助けてくれたんだと思ってたよ」

「ストレアが、ユイの恩人……?」

「へえ。あの人、ストレアさんって言うんだ。いつかちゃんとお礼しなくちゃって思ってたけど、ユイちゃんを助けてくれたあの人じゃなかったのね。なら、お礼する必要もないか……」

 そう言ってペットボトルの蓋を開け、水を少しだけ飲んだ。

 ──うん、はじめましてだよ。

 それまでに会ったことがあるか否かを訊ねたとき、ストレアはそう答えた。もしユイを助けたあの人物が彼女だと言うのなら、「前に洋館で会ったことあるよ」とか言えばいいはずだ。わざわざ隠す必要もあるまい。
 しかし、もしかすれば、なにか"隠さなければならない理由"があって、ああ答える他なかったのかもしれない。どの道、もう1度会って、彼女と話をする必要がありそうだ。
 アスナは俺の意思をいち早く悟ったように、小さく頷く。

「次会いに行くときは、わたしにも声掛けてね。わたしも、あの人にお礼がしたいから。危険な場所じゃないなら、ユイちゃんも一緒に」

「ああ、一番に知らせるよ。何処に潜んでいるんだか、検討もつかないけどな」

「うん、ありがとうキリト君」

 ストレアは、俺に興味があって、観察していたと言っていた。なら、今も俺達の近くにいる可能性はある。それに、彼女の人柄から察するに、その内あちらから話し掛けにくるだろう。
 取り敢えず、今は文化祭に集中だ。歌うのは正直恥ずかしいが、今更この場で言っても仕方あるまい。ならもう、この際思いっきり楽しんでやろう。
 俺は拳を上に向かって突き上げると、大声で叫んだ。

「みんな! 文化祭、絶対に成功させようぜ!」
「お──!!」

 突然言ったにも関わらず、みんなは直ぐに応じてくれた。しかし──

「お、おー……」

 まりあだけ、少し遅れていた。
 少し内向的な部分のあるまりあだ。こういうことをするのには、あまり慣れていないのかもしれない。

「あはは。まりちゃんって、結構シャイなところあるもんねー」

 アスナが笑って言う。その言葉は、もちろん嫌味も何らかの含みの影も一切ない。まりあは、愛想笑いのような苦笑いを浮かべた。
 俺は、まりあのその表情に、それ以外の理由が隠されているような──そんな気がした。



 

 

第54話 偽物の歌声

 今朝、少しだけホールを覗いてきた。
 人の少ない、静かなホールの端席に、緊張しながら腰を落とす。
 私立校なだけあって、立派なホールだ。文化祭が始まるまでにはまだ時間があったので、父兄の数もまばらだった。改めてこのホールの空間の広さを実感する。自分の作った歌が、このステージで歌われるのだと思うと、まりあは嬉しくも、少しばかりむず痒い気持ちになった。

「マーリア、何してんのよ」

「ひゃっ」

 声を掛けられ、慌てて振り向くと、少女の姿があった。アインクラッドでは珍しい、カスタマイズを施していない制服を、少しだけ気崩している。背丈はまりあとそう変わらない。顔立ちも、まりあと同い年くらいで、世話見のよさそうな雰囲気だった。
 しかし、会った覚えはない。フレンドリーな性格なのだろうが、そもそもまりあはこの女生徒に名乗った覚えもない。何処かで関わったことがあったにせよ、ほとんど初対面で呼び捨てにするというのは、あまりにも失礼ではないだろうか。とは言え、残念ながらまりあはそんなことを言えるような性格(タチ)ではない。小言の代わりに、まりあは相手の質問に答えて訊ねた。

「いえ、特に何も。あの……失礼ですが、何処かで関わったことがありましたか?」

 まりあの言葉に、女生徒は目を丸くすると、直ぐ様納得したように頷いた。

「……ああ、なるほどね。ごめんごめん、《こっち》では話したことなかったっけ。あたしよ、あたし。ユ・キ・ノ」

「ユキノ……? ええっ、ユキノ!?」

「そうそう。やっぱり気づかないわよね、ごめんなさい。マリアが《あっち》での姿とまったく同じだったから、思わずいつも通り声掛けちゃった。驚かせたわね」

 《ユキノ》というのは、まりあがアルヴヘイムで仲よくしている友人の名前だ。まりあと同じ種族を選択していて、ピアノを得意楽器とする。まりあは敬語を外して話す程に、その妖精に対してすっかり心を許している。
 目の前の女生徒の姿と、音楽妖精の少女ユキノの姿は、一見大きく違って見えた。しかし、よく見ると、意思の強そうな瞳や表情は、アルヴヘイムでの彼女の姿とぴったり一致していた。

「う、ううん、気にしなくていいよ。確かにちょっと驚いちゃったけど、こっちでもユキノと会えてすごく嬉しいし」

「そう? アルヴヘイムトップクラスの音楽家さんにそう言ってもらえるだなんて、光栄だわ」

「や、やめてよ。全然そんなことないから……あっ、申し遅れちゃったね。えっと、私、桜まりあって言います」

 そう言って、小さくお辞儀をする。

「へえ、まりあって本名だったのね。なんか春っぽい名前……あはは、そういうバカみたいに礼儀正しいとこも、アルヴヘイムと全然変わんないね。あたしは雪島美冬(ゆきしまみふゆ)。どう、寒そうな名前でしょ」

「ふふ、寒さに強そうなお名前だね」

「褒め言葉として受け取っておくわ。っていうか、まりあ。あんた、目的もなしに此処へ来てたわけ?」

「う、うん。暇だったし……心の準備っていうのもあるけど」

「はは、私もそんな感じだよ。今日は、あのヴェルディ先生がウィーンから来日して、うちの文化祭見にくるみたいだし」

「……ヴェルディ、先生が……?」

「そ。エミリーE・ヴェルディ」

 エミリー・E・ヴェルディ。
 まりあが心から尊敬している、世界的に有名な女流音楽家である。しかし、そんなトップスターとも言える人物が、どうしてアインクラッドの文化祭に来るというのだろう。
 そんなまりあの心情を読み取ったのか、美冬はにこっと微笑み、言った。

「なんかさ、茅場学園長の知り合いなんだって。すごいよねー、うちの学校って。あんた、ヴェルディ先生のことすごく慕ってるわよね。知らなかったっぽいとこが逆に意外なんだけど」

「ぜ、全然知らなかった……どうしよう、ますます緊張してきちゃった」

「ほう、やっぱりまりあは歌うの?」

「う、ううん。そんなこと、恥ずかしくてできるわけが──」

 そこで言葉を止めた。
 美冬が知っているのは、恐らく《音楽妖精のマリア》の事だけ。桜まりあの、たかが知れた歌声のことなど知らないだろう。ここで「恥ずかしいから人前では歌わない」などと口にしてしまえば、マリアのイメージを崩すことになりかねない。
 まりあは作り笑いを浮かべた。

「えっとね、そうしたいところなんだけど……最近ちょっと喉の調子が悪くて、文化祭では歌わないことにしたんだ。代わりに作曲係かな」

「あら、それは残念。まりあの本物の歌声、聴いてみたかったなー」

「こ、今度、幾らでも歌ってあげるよ」

「さっすがまりあね。それじゃああたしは、そろそろ準備しなくちゃだから、この辺で失礼するわ。またね、まりあ。あんたの作った歌、期待してるね」

「……うん。またあとで」

 まりあは力なく手を振った。

 ──まりあの本物の歌声

 マリアの歌声は、あくまでも偽物。作り物の声。桜まりあのものではない。
 何気なく言ってみただけであろう美冬の言葉は、まりあの胸に深々と突き刺さっていた。





 何分間、こうして座っていただろうか。
 和人に声を掛けられなければ、きっとずっと動かず、中庭のこの噴水の縁に座り続けていたことだろう。まりあの隣に腰掛けた彼は、呟くような小さな声で言った。

「なにかあったのか?」

「へっ……?」

 あまりにも予想外な質問に、まりあは一瞬呆気にとられた。
 和人が、尚も真剣な表情で言う。

「いや、なにもないならいいんだ。ただ、さっき、ちょっと元気がないように見えたからさ」

「キリト……」

 和人はきちんと、まりあのことを見てくれている。そう思うと、なんだか嬉しくなった。

「……別に、なにか困ってるってわけじゃないんですよ。ただ……」

 まりあは、今朝美冬に言われたことを全て話した。

「……ヴェルディ先生は私が最も尊敬する音楽家さんですから、私の作った歌を聴いてもらえるだなんて、ものすごく光栄なんです。ただ……」

「突然すぎて驚いたってわけか。……俺、いいこと思いついたかも」

「いい、こと?」

 まりあが首を傾げると、和人は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ま、本番までのお楽しみってやつさ」

 和人がくすくすと笑うので、まりあはつられて愛想笑いをするしかなかった。



 

 

第55話 Party-go-round

「き、キリト君。わ、わたし、変じゃないかな? 髪型とか乱れてない?」

「大丈夫。いつも通りばっちり決まってるよ、アスナ」

「そ、そう? うーん……なら、服の着方は? 表情は? 不自然じゃない……?」

「それも大丈夫。強いて言うなら、ちょっとそわそわしすぎってとこかな」

 和人に言われ、明日奈ははっと我に返った。ちらっと横目に見たガラスに映った明日奈の頬は、鏡でなくともわかるほどに赤く色付いている。
 明日奈はぱんぱんと頬を叩き、少しばかり大げさな、むっとした表情を彼に向けた。

「なによ。キリト君のほうこそ、さっきからずっと爪先パチパチ言わせてるじゃない。見てたよ」

「こ、これはその、爪の垢を取っていたと言いますか……」

「こんなところで垢なんて落とさないでよ」

 明日奈は微々たるため息を吐き、その小さな拳をこつん、と和人の腕に当てる。そして、気になっていた"ある質問"を彼にぶつけた。

「ねえ、さっきまりちゃんと何の話をしてたの?」

「な、なにって……他愛のない日常会話だよ」

 普段通りの話し方。しかし、和人の目にはどこか動揺の色が浮かんでいる。

「ふうん。わたしにはそうは見えなかったけど」

「なんだよ、なにか疑ってるのか?」

「べ・つ・に? まさか文化祭をサボろうだなんて、幾らのんびり屋なキリト君でも考えないだろうしー」

「はは、なるほどな。……まあ、そんなとこ。アスナの予想と大体合ってるよ」

「……はあ!? ち、ちょっと、おサボりは許しませんからね!」

 既に彼の姿のなくなった舞台袖に、明日奈の声が虚しく響いた。




 なんとか和人を連れ戻す──否、引き戻すことに成功したあたし、リズベットこと篠崎里香の出番は、このグループ内では1番。つまりトップバッターというわけだ。
 と言っても、ソロではなく、中等部生であるシリカこと珪子とのデュエットである。しかし緊張することに変わりはなく、あたしは先ほどまでとほほと肩を落としていた──和人に叱責する事で、気合いを入れ直すそれまでは。

「トップバッター緊張するけど……頑張ろうね、珪子」

「はい、里香さん!」

 あたしは珪子とハイタッチした。明日奈が和人の両肩をぽんと叩き、言う。

「ほーら。キリトくんは一応リーダー格みたいなものなんだから、しっかり気合い入れてかないとダメだよ」

「は、はいアスナさん……ええと、み、みんな! 今日まで頑張ってきてくれてありがとう。成功するかどうかなんて考えなくていい。精一杯楽しんで、最高の文化祭にしようぜ!」

「「「おー!!」」」

 静かな舞台袖に、あたし達の声がこだました。



 明日奈の礼儀正しい手短な挨拶が終わり、いよいよあたし達の出番が回ってきた。あたしは苦笑いを浮かべ、デュエットの相手である珪子に声を掛ける。

「さ、さすがに緊張するわね……こんなに人が来るだなんて、あたし聞いてないわよ」

「去年の倍以上は来てますね……席に座れなくて立ってる人までいてますし。もしかしてこれ、前代未聞なんじゃ……」

「け、珪子……逃げるんじゃないわよ……?」

「なっ……里香さんこそ、テンパって歌詞間違えないでくださいよ!」

「もう、2人とも喧嘩しないの。ほら、肩の力抜いて?」

 舞台から戻ってきた明日奈が、可愛らしく左手の人差し指を立てて諭すように言う。

「落ち着いてみれば、案外緊張なんて忘れるものだよ。それに、仮に忘れられなかったとしても、緊張感を持つのは全然悪いことじゃないし」

「あ、ありがとう。やっぱり持つべきものはアスナね」

「ふふ、どういたしまして。でも、そこは親友って言ってほしかったなあ」

 片手を口許にあて、明日奈はくすくすと笑った。あたしは明日奈の頭を撫でるようにぽんと叩くと、珪子を振り返って言った。

「それじゃ、行こっか」

「……はい!」


* * *


 歌い終わり、わっという歓声と拍手が巻き起こる。その光景に、あたしの目からは思わず涙が溢れた。
 観客席を見回すと、もう何ヶ月も顔を合わせていなかった家族や親戚が、泣きながら拍手していたのだ。一際大きく、歓声を上げて。

 ──あたし達の頑張りは、無駄じゃなかったんだ。

 しかし、ここで満足してはならない。あたしにはまだ、1曲ソロが残されているのだ。
 あたしは涙を拭うと、観客席に向かって大きく手を振った。ありがとう、と心の中で叫んだ。

「里香さん」

 隣であたしの名前を呼んだのは、もちろん珪子だ。珪子が軽くウインクする。

「すっごくよかったですよ! あたし、生まれて初めて人前で歌ってて楽しいなって思えました。次はあたしのソロですから……里香さんの番はまだ先ですし、それまでゆっくり休んでいてくださいね」

 あたしは「生意気シリカめ」と言うと、にこっと微笑む珪子の頭をわしゃわしゃ掻き回した。

「もう、なにするんですか里香さーん! あたしこれから、1人で歌うんですよっ」

「知ーらないっと。ま、頑張んなさいよ、珪子」

「もー……えへへ、はーい」

 あたしが珪子の小さな背中をどんっと押すと、珪子は舞台のど真ん中で転倒した。観客席にたちまち笑い声が響き渡った。


* * *


「珪子たーん!」
「シリカたーん!!」
「最高ー!」

 アイドルばりの歓声にすっかりスイッチが入ってしまったらしい珪子は、

「えへへ、みんなありがとニャ!」

 などと言って猫っぽいポーズをとり、ファンサービスをしながら舞台袖へと戻ってきた。

「おかえり、アイドルたん」

「や、やめてくださいよ里香さん! すっごく恥ずかしかったんですから……」

「はーいはい、お疲れ様ね。次はアスナのソロだっけ?」

 ふと明日奈に目をやると、彼女は手に"人"という文字を書いてはぱくっと食べるような仕草をする、という定番のおまじないを自分にかけていた。

「……アスナさん」

「……はっ!? な、何よ。わたしだって、緊張くらいするんだから……」

 あたしが呼ぶと、耳まで赤らめた明日奈が必死に抗議した。生徒会として人前に立つことの多い明日奈だが、実は毎回緊張していたのだろうか。どこのドラマのツンデレヒロインだ。

「アスナ……肩の力、抜いて」

「い、言われなくても分かってるわよ……はい、行ってくる」

 そう言った明日奈が一息つき終わった頃には、彼女の顔からはすっかり緊張の色が消えていた。
 和人の方を向き、凛々しく微笑む。

「キリトくん……わたし、頑張るから。見ててね」

「ああ、勿論だ。ずっと見てるよ」

 和人の言葉に満足したらしい明日奈は、一瞬だけへにゃりと微笑んだ。


* * *


 音楽が鳴り終わる。
 持ち前の透明感ある声で、ソロ曲《White flower garden》を歌い終えた明日奈が、恋人である和人の方を向いて、頑張ったよ! とでも言いたげに子供のように微笑む。
 あたしの目から、再び涙がこぼれ落ちた。


 

 

第56話 結末

 舞台袖に戻った明日奈が、すぐさま和人に抱きついた。その頭を和人が優しく撫でるのを、まりあは黙って見つめていた。

「キリトくん……わたしの想い、伝わった?」

「……ああ、しっかり伝わったよ」

「よかったあ……わたし、この想い、キリトくんに届けーって……すごく……すっごく気持ちを込めて歌ったから……伝わってて、本当によかった……」

 子供のように泣きじゃくる明日奈。彼女のそんな姿を見るのは初めてだった。

「お取り込み中のところ悪いけど、お2人さん。次は直葉の出番だから、そこ通してくれませんかねー」

「わわっ! ご、ごめんね直葉ちゃん……!」

 明日奈は慌てて飛び退き、手で顔を押さえながら控え室に引っ込んだ。和人がその背中を追わなければ、恐らく次の出番まで帰ってこなかったことだろう。

「もうアスナってば、意外とお茶目で恥ずかしがり屋なんだから」

 里香がからから笑うと、明日奈は肩を竦める。

「だ、だってー……」

「はい、わかったわかった。直葉、ブチかましてこーい!」

「あたしは何をブチかませばいいんですか! ま、まあはい、分かりましたよ……ブチかましてきます……」

 直葉は苦笑いを浮かべ、舞台へと登った。




 風妖精(シルフ)の少女リーファの、空を飛ぶことへの憧れ、飛ぶことの楽しさを描いた明るい曲だ。
 巻き上がる歓声。自分が作曲した曲が歌われ、感動を与えることができるというのは、音楽家であるまりあにとって実に喜ばしく、誇らしい事だった。
 照れくさそうに頬をかきながら、直葉が戻ってくる。里香はロボットのような動きで、ガタッと椅子から立ち上がった。

「そ、そういえば次はリズだったね……」

 苦笑いを浮かべる明日奈曰く、里香はああ見えてものすごい"緊張しい"なのだと言う。
 明日奈は里香の隣にそっと寄り添えば、にっこりと日だまりのように微笑んだ。

「リズ、頑張って。わたしも一緒に、ここから歌うから……わたしがついてるよ」

「アスナ……分かったわ。ありがと、アスナ。なんか勇気湧いてきた。結城だけに」

「ふふ。いつもの、ううん、いつも以上の調子が出てきたみたいね。それじゃ、頑張りなさいよ!」

 明日奈がどんっと里香の肩を押す。舞台に飛び出した里香は、柔らかい笑みを浮かべた。



大丈夫! あたしに任せてよ

ダイレクトに背中押してあげる

頼りにされちゃ張り切っちゃうじゃない

ハッピーエンドも請け負いましょうか?



 里香の瞳は、涙で光っていた。
 先ほどのものとは違う、少し切ない涙だ。



ねえ、そこにいるのがあたしだったら…

そんなこと考えるの でも

らしくないはずのあの涙は

思い出の中輝いて…


きっと大事なものは一つだけ

絶対好きな気持ちだって

チャンスだよすぐに伝えなきゃでしょ

Cheer My Friend!


だって大切な二人だから

ずっとずっと応援するよ

運命のいたずら 乗り越えたから

きっともっとBe My Best Friend



 歌い上げた里香は、明日奈に向けてぐっと親指を立てた。明日奈も同じような仕草をとる。
 どうして里香はこんなにも強くいられるのか──これまでまりあは、何度そう思ってきたことだろう。しかし今日、ようやく分かった気がする。
 里香は、初恋を諦めているのではない。現に、明日奈の歌を聴いて悲しい涙を流していた。それでも、ただ、心から親友の恋を応援しているのだ。強いとか弱いとか、そんなことは問題じゃない。
 まりあは無意識のうちに、小さく呟く。

「……か、ず、と……」

 それは、まりあの歌を初めて褒めてくれた人の名前。まりあをこんなにも明るい世界へ連れ出してくれた人。そして──まりあが初めて淡い恋心を抱いた相手。

「ふっ……ぇぐ……」

 笑わなければ。今だけは、笑顔で明日奈と里香に労いの言葉を掛けなければ。お疲れ様って、言わなくちゃ。
 そんな気持ちとは裏腹に、まりあの目から次々と感情が溢れ出し、雫となって流れていく。

「まりちゃん、どうしたの!?」

 まりあの異変にいち早く気がついた明日奈が、慌てて駆け寄ってくる。
 かつて、彼女をこんなにも至近距離で見たことがあっただろうか。
 明日奈の煌めくはしばみ色の瞳は澄み渡っていて、気品や育ちのよさ、年頃の女の子らしさを自ずと感じさせた。
 ──勝てない。わたし、勝てないよ。
 明日奈と和人が付き合っていることを知っても尚、和人が自分の方を少しでも振り向いてくれることを望んでしまう、汚い気持ち。明日奈の目を見ていると、そんな醜い心が洗われていくようで、余計に虚しくなっていく。
 ふと顔を上げると、里香が苦い笑みを落としていた。恐らく、まりあの思考を全て察しているのだろう。里香は泣きじゃくったまりあの頭をぽんと撫でるように叩くと、明るい声で言った。

「まりあがあたしの歌にそんなに感動してくれるなんて感激だわ。あんた、歌上手いんだって? キリトから聞いてるわよ」

「キリト、が……?」

「ええ。あんたがいない間でもね、まりあって凄いんだぞーって、もう天才の域だよーってね」

「ほ、本当に……?」

 驚いて和人を見ると、彼は照れくさそうに目をそらしていた。

 ──ああ、もう、泣いてしまいそう。

 憧れの男の子が、自分のいない時にも褒めてくれている。まりあにとってこんなに嬉しいことはない。どんどん目頭が熱くなることを感じる。

「ありがとう、キリト……」

 そう言ったまりあの声は微かに濡れていた。茶色い目から、はらりと、甘い感情が流れ出していった。
 和人は戸惑いながらも微笑み、首肯してくれた。そして、まりあの元へと近づいてくる。ついに和人は、まりあのすぐ傍まで到達してきた。

「な、なんですか……」

 警戒するような声音で言うと、和人はニッと笑みを浮かべた。

「いってらっしゃい。頑張れよ」

「えっ? 行くって、どこに……頑張るって、どこで……?」

 そのときふいに、和人がまりあの背中をどんっと押した。その勢いで、まりあは舞台へと飛び出してしまう。
 それまで黙っていた明日奈が、慌てて言った。

「な、何してるのよキリトくん! まりちゃん、早く戻っておいで」

「は、はい……」

「まりあ」

 名前を呼んだのは和人だ。まりあは反射的に、舞台袖へと戻ろうとする足を止めた。
 観客席がざわつきの色を帯び始める。

「おまえ、音楽が好きなんだろ? まりあの尊敬する、有名な先生が観にきてるんだろ? なら、俺よりもまりあが舞台に上がるべきだ」

 その言葉に、まりあははっとした。和人の言っていた"いいこと"というのは、きっとこのことだったのだ。
 まりあは嬉しさに再び目を細めたが、最大の難点を思い出し、俯く。

「で、でも私、歌は苦手だし……そもそもBGMすらないんじゃあ……」

「音楽は歌だけじゃないだろ」

「え……?」

「そこから先は自分で考えるんだ。舞台に何か、楽器があるだろうけど」

 舞台を振り向くと、一台のグランドピアノがあった。黒い表面に少しだけ傷が入っていて、使い込まれているのだということがわかる。まりあは半ば吸い寄せられるように、その大きな楽器へと足を進めた。
 鍵盤は少し黄ばんでいるが、試しに押してみると、綺麗な音を奏でた。よく調律されている。
 もう止まらなかった。まりあはピアノとセットである椅子に腰を落とすと、思うままに、やりたいがままに演奏を始めた。

 ──即興曲。
 曲にも、物語と同じように、起承転結がある。曲も1つの物語文であると言えるだろう。

 即興で作りながら弾き続ける曲に込めたのは、和人への想い。
 和人に出会えた喜びを表した、明るくどこか切ない《起》。
 次いで、和人への想いに気づいてしまったときの驚きと、それにより次第に速くなる鼓動を表現した、はねるような《承》
 彼に恋人ができたことを知ったときの哀しみ。その恋人が自分にはないものばかりを持った学園一の美人だとわかったときの、更なる絶望感。それが自分の大切な友達であるというもどかしさ。愛情の渦巻き。儚い恋を描いたのが、«転»。
 そして──«結»。まだこの恋を終えたくない、諦めたくないと、心のどこかで思っていた。きっと、今だって思っていることだろう。
 しかし、まりあでは和人を幸せにすることなどできない。
 和人と並び立つ強さを持った者でなければ、彼の隣で共に歩んでいくことは許されないのだ。
 和人には幸せにはってほしい。和人は明日奈と生きていくことによって、いくらでもそれを掴むことができる。それは、まりあの大切な友達である明日奈も同じ。だから──ありったけの想いをこの曲に込めて、今、ゆっくりと手を膝に戻した。 

 

第57話

 まりあの演奏に続いて、ユイの出番が終わった。
 明日奈はしっかりとユイを抱き止めて、肩をぽんぽん優しく叩く。次いで、恋人である和人をぎりっと音がしそうなくらいに睨みつけた。

「……キリトくん、なんで歌わなかったの?」

「うっ……」

「いくら歌いたくないからって……罰として、この部分は全てキリトくんに歌ってもらいますからね」

 まりあを覗いた全員で歌うために作られた歌、«Sing All Overtures»の楽譜の一部をとんとんと指先で突きながら明日奈は言った。

「そ、そりゃないだろ……確かに俺が悪かったけどさ……」

「まーりちゃん、ここの歌詞をさっとキリトくんらしく書き換えることってできるかなあ?」

「あ、アスナ……はい、できますよ。そのくらいなら朝飯前です」

「さっすがまりちゃんだね! 楽しみだなあ、キリトくんのソロパート」

 明日奈は嬉しさ全開でぱんっと手を打った。実は本当に書き換えてもらうというのは無謀だと思っていたのだが、頼んでみれば案外なんとかなるものである。

「まりあ、お願いだから書き換えストップ!」

「何言ってるんですか、キリト。出番のないはずだった私を、自分の代わりに舞台に出したのは貴方じゃないですか。ただでは返せませんよー」

「うあ、勘弁。この通り」

「知りませーん。はい、書き換え終わったので今から覚えてくださいね」

 まりあは書き直した歌詞の書かれた羊皮紙で和人の頭をぺしっと叩くと、くす、と微笑んだ。
 明日奈達のグループの、最後の演目が幕を開けた。

 ──いつかきっと、新しい旅へ続く。

 最後の部分を、そっと優しく、明日奈は和人と2人で歌い上げた。
 和人のソロパートは、ヤケクソを起こした和人によって大成功のうちに終わった。
 舞台袖に立つまりあは、拍手をしながらこちらを見つめている。明日奈が「こっちおいで」と言うと、恥ずかしそうに舞台へと上がった。
 みんなで手を繋いで、真っ直ぐに天に向かって振り上げ、下ろすと同時にお辞儀。
 急なソロによってすっかり壊れてしまった和人が謎のテンションで「ジャンガジャンガ」と手をあげては下げあげてな下げというどこかで見たような繰り返し方をし始め、その両隣で手を繋ぐ明日奈と直葉まで巻き込まれた。見かねた明日奈がごすっと彼の横腹に肘鉄をお見舞いしてやると、和人は腹を押さえながらそそくさと舞台袖に戻っていった。
 観客席からどっと笑いが巻き起こったので、明日奈は苦笑いを浮かべ、手を振りながら和人の後に続いた。




「もう、バカバカバカ! なんであんな、どこかの新喜劇みたいなことするのよ」

「自分でも分かりません」

 ホールを出た後、明日奈の剣幕(と言っても可愛らしいものだが)にすっかり悄気た和人は、彼女から目をそらしながら顔を伏せた。明日奈も顔をぷいっと背け、ユイの手をむんずと掴んでずかずか先を歩き始めた。まりあは思わず、その微笑ましさにふっと笑みを浮かべる。
 珪子や里香、直葉までもが、明日奈の後を小走りで追った。それに続こうとする和人の手を、まりあはすかさず取る。

「ま、まりあさん?」

 ぱちくりと目を見開く和人に向けて、まりあはにこりと微笑み、言う。

「文化祭の後片付けが終わったら、ホールに来てください。私、待ってますので」




 誰かを好きになること。それはきっとこの世の何よりも簡単で、それでいて難しくて。だからこそ、愛おしい。
 和人への想いを、余すことなく伝えよう。絶対に、後悔しないように──すべての決着を、つける為に。

 まりあの鼓動は、先ほどステージに上がって演奏したときのそれとは比べ物にならないくらいに速くなっていた。
 和人は、どんな顔をするだろうか。まりあの気持ちを知って尚、今まで通りに接してくれるだろうか。
 逃げ出してしまいたい。しかし、ここで尻尾を巻けば、まりあはまた、以前と同じ自分になってしまう。
 絶対に逃げたりしないと決めた以上、ここが踏ん張りどころだ。まりあは、ゆっくりと後ろを振り向いた。

「……来てくれたんですね、キリト」

 微苦笑を浮かべるまりあの小っぽけな声は、しかしホール全体に響き渡った。
 目の前の和人が、折り畳み式のシートをがこん、と開き、そこに腰掛ける。

「そりゃ、来いって言われたんだし。友達に呼ばれて、然して用事もないのに断る必要なんてないだろ?」

 友達、と言うフレーズに心を一瞬ずきんと傷め、それでも即座に笑顔を取り繕って言う。

「それもそうですね。来て下さってありがとうございます」

「いえいえ。ええと、何か折り入った話でも……?」

「……はい」

 瞬間、空気が重たくなる。顔周りの体感温度が、異常に熱くなる。胸から腰にかけて、冷たいものがさーっと滑り落ちる。
 暫の沈黙を破ったのは、まりあ自身の声だった。

「私……」

 まりあの言いたいことをようやく察したのか、鈍感な和人はその頬を僅かに赤く染め上げ、ふいっとまりあから目をそらす。まりあは間髪いれず「そらさないで下さい」と告げた。

「ちゃんと……今だけは、ちゃんと、私だけを見て下さい」

「……まりあ、俺」

「今は何も言わずに、聞いて頂けませんか」

 温厚な彼女が人の言葉を本気で遮ったのは、これが初めてだ。
 和人は見慣れた仕草で肩を竦めると、どうぞ、と先を促した。まりあは思わず口を緩めて、ここ数ヵ月間、ずっと暖めてきた想いを、そっと、そっと優しく、大切に吐き出していく。


「……桐ヶ谷和人さん。私、あなたと出会ったあの日からずっと……」

 そのときだった。

「まりあ!」

 思いがけないところで、まりあはその名を呼ばれた。
 闖入者を見やった先にあったのは、本番前に言葉を交わした親友の姿だった。

「桐ヶ谷クン……よね。会話中失礼、ちょっとだけまりあ借りてっていい?」

 闖入者──美冬は、和人の首肯を確認すると、まりあの腕を強く引いた。

 ──待って。

 ──まだ和人に言えてない、のに。




 

 

第58話

「や~……やっぱり屋上で食べるサンドイッチは格別だね。見渡しもいいし、2人きりになれるし……ちょっぴり肌寒いのが難点だけど、来れるならいつだって来たいなあ」

 ふふ、と可憐な笑みを浮かべる恋人を他所に、俺はあのホールでのことを考えていた。
 あれから2週間。文化祭以来、まりあは学校に来ていない。寮でもなかなか姿が見当たらないと、アスナが言っていた。

「……りとくん。キリトくんてば」

 ツンツンと頬をつつかれ、ようやく我に返る。

「……まりちゃんのこと、考えてたの?」

 俺が無言になったところを見ると、アスナは「図星ね」、と言って、俺にデコピンを喰らわせた。結構普通に痛い。

「他のこと考えるの禁止条約、また破ってる。……でも、まりちゃんのことはちょっと、ていうか物凄く心配だよね。寮で見掛ける回数も、日に日に少なくなってきてる。昨日なんて、1度だって見掛けなかったわよ」

 あれを条約と呼んでいいのか否かはさておき、俺の心情をいち早く読み取ったらしいアスナは、一瞬だけ寂しそうな苦笑を浮かべた。
 アスナが俺にこういった表情を1秒以上向けることは、ほぼないと言っていい。大方俺に心配を掛させまいとしているのだろうが、少しは頼ってほしいとも思う。その反面、彼女の健気さに思わず頬を緩めてしまう自分がいるのだが。
 アスナはいつもの明るい笑顔を見せた。向日葵とも薔薇とも違う、言うなれば上品なマーガレットや可愛らしいコスモスのような笑顔。

「くよくよしてたって仕方ないよね。まりちゃんにはまりちゃんの生活があるんだし、きっと忙しいのよ。文化祭でもいっぱい時間貰っちゃったしねー」

 違うよ、アスナ。
 きっと、俺が原因なんだ。まりあは、俺と顔を合わせて以来学校に来なくなった。だからきっと、俺の──

 ──ぱしんっ。

 瞬間、目の前が弾けた。
 左頬が熱い。正面にはアスナが立っている。いつもは落ち着いているはしばみ色の瞳は、何かを訴えるように色濃く揺れていて、雪のように透き通った色をしているはずの彼女の右手は、打ち付けたように赤く色づいていた。
 アスナは俺に、思いっきり平手打ちをお見舞いしたのだ。俺はそれを、自分の左頬を押さえながらようやく理解した。

「……そんな顔、しないでよ」

 荒い息遣いで発せられるその声は、複雑な感情をそのまま(はら)ませたかのように震えている。

「……わたし、キリトくんには笑っててほしい。だからわたしは、つらくてもそれを顔に出さないようにずっとずっと頑張ってきた。そうすることで、君が笑ってくれるなら……って、そう思ったの。でも……何で? どうしてそんなに、全ての責任を1人で背負ったみたいな顔するのよ。君が、まりちゃんに何かしたの? 覚えがあるの?」

 つらそうで、それでいて真剣な彼女を前にして、言葉を濁そうとは到底思えなかった。しかしどう説明していいのかもわからないので、俺は口を引き結んだまま小さく(かぶり)を振った。

「ほら、ね。……どうしてキリトくんが自分を責めているのかはわからない。でも、何もかも自分で背負い込むのはやめようよ」

「……」

 黙り込むことしかできない。アスナは柔らかな微笑をたたえ、俺の両手を自分の手で包み込んだ。

「取り敢えずさ、先生に訊くだけ訊いてみようよ。事情がわからないと、モヤモヤしっ放しでしょう?」

 暫の間呆気にとられていた俺が無言でこくりと頷くのを確認すると、栗色の髪を揺らし、目の前の少女は俺の手を引いて歩き出した。




 職員室に行くのは、昔からあまり好きではない。それは、生徒会副会長としてもはや通い慣れたはずのアスナとて例外ではなかった。
 しかし、隣に俺がいる以上、変に動揺するわけにはいかない。そう思ったのか思わずしてか、アスナはきりっとした表情を浮かべ、丁寧な仕草で職員室の扉を開けた。

「失礼します。2-Aの結城明日奈です」

 育ちのよさそうなお辞儀をしてから、勝手知ったる部屋の中を堂々と横切っていく。俺はアスナの後ろについて歩いているわけだが、何せ彼女の足が少しばかり早めに動いていたもので、歩幅を合わせるのが大変だった。
 目的である人物の座る席の前でふわりと立ち止まると、きびきびとした動作で再び小さくお辞儀をした。次いで、口を開く。

「2-Cの担任は確かあなたでしたよね、先生。先生のクラスの桜まりあさんについて、少しお訊ねしてもよろしいでしょうか」

 まりあの担任であるらしい若い女性教師──俺はまりあのクラスを知らなかったので、今知ったところなのだが──は手に持っていたコーヒーカップを机に置くと、「どうぞ」と短く返答した。

「最近、桜さんを見掛けません。夜には帰るはずの寮内にも、姿がありませんでした。文化祭以来ずっと学校を休んでいるそうですが、何かあったのでしょうか?」

「ああ……そのことね」

 女性教師は微笑を浮かべ、小さく頷く。

「あなた達は知らないでしょうけれど、実はあの日、音楽家のヴェルディさんがうちの文化祭に来てらしたのよ。桜さん、文化祭でピアノ弾いてたでしょう? それに、あなた達の歌を作詞作曲したのも桜さんらしいじゃない。なんとあの子ったら、その音楽センスをヴェルディさんに買われちゃったのよ。あの子はとんでもない逸材だ、もっと本格的に勉強するべきだって。ぜひ弟子になってほしいって~!」

 一気に捲し立てた先生は、嬉しそうにアスナの両手を握ってぶんぶん振った。苦笑するアスナ。先生は我に返ったように彼女の手をぱっと離すと、こほん、と一息ついてから再び話し始めた。

「弟子はとらないってことでも有名だったあの人に、桜さんは弟子になってほしいって頼まれちゃったのよ。自分と一緒に、自らの住むウィーンに来てほしいって。……最近学校に来てない理由はそれ。ウィーンに発つための荷物を作ってたの」

「で、でも、荷物まとめにそんな……何週間もかかるものでしょうか?」

「鋭いのね、結城さん。さすがだわ。えっとね、桜さんはもう……この学校にはいないの」 
 

 
後書き
和人「……そこは走りません? 何で敢えて歩くの?」
明日奈「廊下は走らない! 右側を静かに歩く! ……って、小学生でも知ってるわよ」
和人「その分それをマトモに守ってるのも小学生くらいのものだと思いますけどね。ってかこないだアスナだって普通に走っry」

みたいなやり取りもあったかもしれないよね。( 

 

第59話

 一瞬、その場が凍りついた。
 アスナがか細い声で、捻り出すように訊ねる。

「いない……って、どういう意味ですか」

「そのままの意味よ。ウィーンの音楽学校への転入手続きはもう済んでるの。この学校に桜さんの籍はないし、もうここへ来ることもないんじゃないかしら」

「そ、そんな……!」

「さあ、そろそろ教室に戻りなさい。授業に遅れるわよ」

 アスナの表情が、いっそう不安の色にまみれていく。俺は一歩前に出ると、彼女に任せっきりにしていた口をようやく開いた。

「いつ日本を発つんですか」

「ええと……あっ、今日だわ。今から2時間後」

「は、はぁ!?」

 愕然とした。
 私立アインクラッド学園は、どこの空港へ向かうにしても最低30分はかかる。それなのに、授業は残り2時間ある。

 ──間に合わない。
 何故。どうして。一方的に言いたいことだけ言って、返事も聞かずに1人で遠くへ行くなよ。

「いつ日本へ帰ってくるのかも分からないわ。もしかしたら、一生帰ってこないかもしれないわね」

「一生……って事は、もう会えないかもしれないの……?」

 アスナの声は掠れていた。はしばみ色の瞳が放つ光は弱々しく揺れていて、泣きそうな顔で口を押さえる。

「……キリトくん、どうしよう……」

 正直、俺にもわからない。だって、どうしようもないじゃないか。

「先生……あの、桜さんの連絡先……とか……」

「それは私も知らないわ、結城さん。っていうか、知ってても仕事上教えられないし。あなたこそ、桜さんのメールアドレスとか知らないの?」

「……知らないです」

「でも、桜さんとの関係をこれっきりにはしたくないのよね?」

「はい」

「けど、連絡の取りようがない」

「…………」

「なら、今会いに行かなくちゃね」

「でも、時間が」

「急げばどうにかなるかもしれないわよ。考えてたって仕方ないし、会いたいなら会いに行けばいい。あなた達は、授業の1つや2つ休んだって咎められやしない生徒なんだから」

 いやそんなこと教師が言うなよ、と全力でツッコミを入れたくなるこの発言。この先生は今、真剣に俺達生徒と向き合ってくれているのだということがわかった。

「……先生」

「なにかしら、桐ヶ谷君」

「まりあの生徒手帳は、もう回収してしまいましたか?」

「いいえ。うちの学校は、生徒でなくなった後も手帳は渡しっ放しで──桐ヶ谷君、あなたもしかして」

 にこりと先生に笑みを向け、俺はアスナの右手を引っ掴んだ。アスナがきょとんと小首を傾げる。

「き、キリト君?」

「すみません先生、次の授業は休みます」

「はいはい。教科担当の先生には、最愛の恋人を連れて手の届かない所へ行ってしまいましたって言っておくわ」

「いやいや、駆け落ちする訳じゃないんですから……」

 俺が苦々しい愛想笑いをすると、先生は少し不満そうに眉を落とし、しっしっと手を払った。

「それじゃ、行こうか。アスナ」

「い、行くって、どこに? 今から空港に向かったんじゃ、きっと間に合わな……」

「俺がなんで、さっき先生に生徒手帳について質問したと思ってる?」

「ええ……? え、ええと…………あっ」

 理解してくれたらしいアスナにウインクして、彼女の手をぐっと引き、廊下へと俺達は駆け出す。
 生徒指導の鬼教師が「廊下を走るな」と怒鳴っているが、口うるさい教師なんて俺の眼中になかった。秩序を重んじるアスナですらも、然して気にも留めていないご様子だ。
 走って、走って、屋上にたどり着いた頃、アスナが口を開いた。

「キリト君、この辺でいいんじゃないかな?」

「ああ、そうだな。アスナ、生徒手帳ある?」

「いついかなるときも所持すべきものです。キリト君じゃないんだから、わたしは常備してるわよ」

「あー、はいはい。後は"使う"だけだな」

「ふふ、そうだね」

 手を口元にあててクスクス笑うアスナを微笑ましく思い、俺の顔は一時緩んだ。それを引き締めて、彼女に言う。

「それじゃあ行くか」

「ねえ、同時に言ってみない?」

「お、おう……じゃあ俺がせーのって言うから」

「了解です、キリト君先輩」

 アスナは悪戯っぽい表情で敬礼した。

「……せーの!」 

 

第59.5話 (番外編)

「何してるの、キリトくん」

「あああああああああああ──!? ああ、びっくりした。なんだ、アスナか……」

「なんだ、の意味は後からじっくり聞かせてもらおうかな。一体どうしたのよ、こんな所で」

「ま、まあ黙って見てろって」

「見てろって、何を見──あっ……」

 アルヴヘイム・プーカ領。
 その壮大な広場で、アイボリーの髪を揺らし、人魚の如く美しい歌声を奏でる妖精少女がひとり。随分な人気を博しているようで、演奏終了後は、彼女の名を呼ぶ声、ブラボーと絶賛する声、アンコールを求める声が響き渡った。

「へえ、こんなことしてたんだ…………まりちゃん」

 今のアスナの言葉通り、歌っていたのはプーカの歌姫こと、アインクラッド生である桜まりあだ。
 アスナは溜息ひとつ吐けば、それまでぱたぱたと動かしていた羽根をシュンッと閉じて地面に降り立つ。

「キリトくんったら、こそこそせずに声掛けてあげればいいのに。おーい、まりちゃ〜ん!」

「お、おい、アスナ……!」

 キリトの歯止めは間に合わず、アスナは大声でまりあを呼び、手を振りながら走っていった。







「……はぁ。まさか、お2人に見つかるだなんて」

 まりあは恥ずかしそうに、両手で顔を覆っている。

「キリトくんは結構前から知ってたみたいだよー。まりちゃんが、ここで定期的に演奏会を開いてるってこと」

「う……す、すまん、まりあ」

 ぽりぽりと頭を掻きながら謝罪するキリトに、まりあは苦々しい笑みで答えた。

「いえ、今更謝らなくてもいいですよ。もう終わったことですし」

「お、終わったこと?」

「あっ……」

 まりあが突然口を噤んだ。
 俺は自分の後頭部に手を回して、極力軽目の調子で言う。

「何だ、もう定期公演やらないのか。残念」

「…………やらない、と言うより、やれないと言うか……」

「え?」

「いえ、何でも。そんなことより、いいんですか? そろそろお昼の時間ですし、今頃沢山の生徒が学食に押し寄せているかと思われますが……」

「あ──! やばいッ、俺の昼飯!」

 叫んだ俺は、即座にアインクラッドに戻って、真っ直ぐに駆け出した。


 ──その時まりあが寂しげな目で手を振っていたことを、俺は知らない。 

 

第60話

 
前書き
リンクスタートの掛け声で同時に妖精郷へと降り立った俺とアスナは、迷わず"あの場所"へと向かった。
そこに、彼女がいる事を信じて。 

 
 プーカの少女・マリアは、いつもの広場ですうっと息を吸い込んだ。
 きっと、これが最後になるだろうから。
 桜まりあは、音楽の才能を認められた。
 ならもう、妖精少女マリアになる必要もないのかもしれない。

「……でも」

 1つだけ、たった1つだけ、まりあには心残りがある──淡い恋心を抱いた彼の事ではない。ただ──

「……結局、歌えなかったなあ……」

 ピアノの才能を褒められた所で、まりあの心は到底晴れやかなものにはなりそうもない──だって、まりあの一番好きな音楽は"声楽"だから。ピアノだって大切だが、しかし。

「やっぱり私は、歌いたかった」

 時間帯の問題で、今は人のいない広場。
 こんな独り言を呟いたところで、誰かが「え?」とか言って振り向く事も、ましてや返事が返ってくる事もない。

 ──そう、思っていたのに。

「歌いたいなら、歌えばいいじゃないか」

 聞き慣れた声で、そんな言葉が返ってきた。
 マリアが慌てて後ろを振り向く。その先に立っていたのは、黒髪の少年と茶髪の少女。
 少年は大人びた笑みを浮かべ、少女はニコニコ笑って此方に小さく右手を振る。見間違えるはずもない、その2人」

「……キリト……アスナ……?」

「ふふ。まりちゃん、やっほー」

「どう、して」

「もー水臭いよ、まりちゃん。学園を去る前に、一言くらい声掛けてくれたってよかったのにー」

「そうだよ、まりあ。何も黙って出ていかなくたって……もしかして、何か理由があ──」

 ──るのか?
 そう言おうとしたのだろう。しかしその言葉は、アスナが一歩踏み出した事で先を阻まれた。
 その彼女が、キリトの代わりに口を開く。

「ねぇ、まりちゃん。聴かせてくれる? キリト君と初めて会った時に貴女が歌っていたっていう、素敵な歌」
「えっ……」
「やっぱり、わたしには聴かせたくない……かな?」

優しい色を乗せた彼女の瞳が、一瞬、寂しげに揺れる。