アッシュビーの再来?


 

第1話、プロローグ

 
前書き
始めに、注意事項として本作には金髪さんと赤毛さんが出てこない予定です。また、ネタ的な無双などがあるかもしれません。まだ分かりませんが……

とにかくいろいろとあるかもしれませんが、あらかじめご了承の上で楽しんでいただければ幸いです。 

 
 銀河帝国が皇帝フリードリヒ4世を戴く時代。銀河帝国宮内省は、飽きやすい皇帝に可憐な美少女を次々と探し出ては差し出していた。

 皇帝に男児を生んで貰うことは帝国の安泰に取って必要不可欠なことであったが、兵員不足予算不足に悩む軍務省などからは、楽な仕事に多くの人手と予算を費やしていると非難されていた。

 だが、楽どころか、この任務に就く宮内省の職員達は、兵士のような危険を負っていた。

 帝国暦477年某日、帝都オーディンの裏町でコルヴィッツという名の宮内省の職員が命を落とした。 

 ただの交通事故死。平凡な死に世間では誰も注意を払わなかったが、皇帝のために美少女を探す任務につく職員達は複雑な気持ちでコルヴィッツの死を悼んだ。

 美少女を探す宮内省職員の死亡率は異常なほど高い。その原因は嫉妬に燃えるベーネミュンデ侯爵夫人の怒りだった。彼女の憎悪と長い復讐の手は、ライバルとなる少女に届まらずその紹介者にも向けられていた。

 今やそのことは宮内省の公然の秘密だ。隙を見せれば夫人とその取り巻き達は、容赦なく宮内省の職員を奈落の底に突き落とす。彼らはまさに命がけの戦場で、兵士の如く忠実に任務をこなしていたのである。

 いずれにせよコルヴィッツは殉職した。そして彼が死の間際に見つけた絶世の美少女が、後宮に上がる機会を失ったことだけは確かだ。
 

 

第2話、猛将現れる

宇宙暦七九五年二月、ティアマト星系

 自由惑星同盟軍第十一艦隊参謀長のラデツキーは、よりによって勤務する第十一艦隊の旗艦の一角で、重大な規律の乱れを目撃した。本来、規律を守らせるべき立場の第十一艦隊司令官ホーランド中将自身が、通信スクリーン越しに会談していた先任指揮官第五艦隊司令官ビュコック中将に、無礼かつ抗命罪ぎりぎりの発言を繰り返していたのである。

 ラデツキーは自分の顔がこわばっていくのを自覚したが、今は冷静になるべきだと無理やり感情を抑えつけた。

 そして、ビュコック提督の旗艦と繋がっていた通信が切られた瞬間、どかしく待っていたラデツキーはホーランド中将に詰め寄った。
「ホーランド提督。ビュコック閣下は間違いなく先任指揮官です」

 ラデツキーは咎めるような口調で、暴言を吐いた若い上官に事実を思いださせる。

 ラデツキーの上官である第十一艦隊司令官のホーランド中将は若干三十二歳。

 そんな若過ぎる提督が先任指揮官であるビュコック中将に、「自分の指揮の邪魔をするな」と面と向かって発言するなど、前代未聞の出来事だった。おそらく、ラデツキーでなくても苦言を呈す状況だ。

「……分かっておる。だが、ビュコック中将は私の主張を拒否しなかった。違うかね?」

 ラデツキーは内心で「あれは拒否です」と何回も叫んでから、ホーランドの言葉を慎重に吟味した。

「……確かに提督のおっしゃる通りですが、少なくとも言外の意味は拒否とお気づきになられたはずです」
「ビュコック閣下は私の上官ではない。命令もないのに従うわけにはいかん。いや、それどころか私にフリーハンドがあることを認めたようなものだ」

 ラデツキー少将の苦言を聞き流した。ビュコック提督の言葉を勝手に拡大解釈したホーランドは、もう帝国軍の艦隊にどう第十一艦隊をぶつけるかの興味しかなかった。

 四十歳になったばかりのラデツキー少将はため息をつく。今年の始めにやって来た年下の司令官は、彼にとって未知の生き物であり、まともな関係を築くのにも苦労した。

 実際、最初の頃は冷戦状態に陥り、ラデツキーも異動を本気で考えていたぐらいだったが、幸か不幸か転機はすぐに訪れた。

 ホーランドは最初の機動演習で経費を使い過ぎ、統合作戦本部に問題視された。しかも統合作戦本部長その人に傍若無人な態度を取り、ホーランドは危うく解任されそうになった。ここで後方部門との間をとりもったのがラデツキーであり、巧みに問題を処理してホーランドに懐かれてしまったのである。

 もともとラデツキーはどんな司令官にも誠心誠意尽くす性格であったし、他方第十一艦隊司令官に就任したばかりのホーランド中将が、自分の戦術を実行する補佐役を必要していた。ホーランドがラデツキーを認めさえすれば、うまくいく仲だったのである。

 以来、参謀畑一筋の真面目な性格のラデツキー少将と、生意気で自信家の少壮士官であるホーランドの仲は、驚くほどの良好を維持した。

「作戦は予定通り実行する」

 作戦の説明を終えたホーランドは反論を受け付けないとばかりに宣言した。ラデツキーは押し黙り、一瞬の沈黙が両者の間に溝を作る。

「御命令に従います。閣下」

 不敬にならないタイミングで、ようやく、ラデツキーは頷いた。

 部下には積極的な忠誠を期待するホーランドは、部下の反応速度にうるさい。本来なら気づいて貰えないような無言の抗議も、敬礼をからめればラデツキーの抗議の本気さをわかってもらえる。

「参謀長は何か不満があるのか」

 同僚にさえ傍若無人と言われるホーランドだったが、ラデツキーの苦言には気分次第で立ち止まり、時々耳を傾ける。

「ビュコック中将のことです。閣下に自由な指揮権を与えて下さったにせよ、何らかの指示は来るでしょう」
「対等な同僚の意見など無視すれば良かろう」
「いえ、いけません。それでは閣下の責任問題になってしまいます。せめて帝国軍の動きを理由にして、丁重に指示通りに動けないと伝えるべきです」
「まあ、良かろう。だがビュコック提督がしつこく私の邪魔をしたら、容赦はせんぞ」

 ホーランドは尊大な態度こそ崩さなかったが、責任問題と言われて若干鼻白んだ。

「ありがとうございます閣下」

 ラデツキーはやや大げさに喜びと感謝を示して、ホーランドを満足させる。


 そして、いよいよティアマト星系における会戦が始まろうとしていた。

 同盟軍は、動員した三艦隊をオーソドックスな横陣で配置。数に若干勝る帝国軍をビュコック艦隊・ウランフ艦隊の連携で、後輩のホーランド艦隊の支援をしつつ、帝国軍を消耗させる計画だった。対する帝国軍はやや艦隊を広がらせて、包囲隊形を取りながらじりじりと前進した。

 そして、もう少しで戦闘距離というところで、両軍の上層部が予想だにしない事態が起きてしまう。

 正面から伝統的な艦隊戦を挑もうとしていた大小三万五四〇〇隻の艦艇からなる帝国軍に向かって、一万隻をやっと超える同盟軍第十一艦隊が防御に有利な場所を捨て友軍を置き去りにして、勝手に突撃したのである。

 同盟軍の先任指揮官で老練な第5艦隊司令官ビュコック中将と勇猛な第9艦隊司令官ウランフ中将でさえ、いきなりの出来事に驚いた。第11艦隊の攻撃を受けた帝国軍は、驚くどころでは済まない。奇襲をもろに食らって大混乱に陥ってしまった。

 第11艦隊は巧みな艦隊運用でその隙を見逃さず、帝国軍の鼻面で蝶のように舞いながら攻撃を続けた。混乱から立ち直った帝国軍の一部が小癪な敵をこらしめようとしたが、帝国軍から見て蝶ならぬアメーバのように機動する第11艦隊に翻弄され、戦果をなかなか挙げられない。

 一方、帝国軍が混乱している間にようやく駆けつけてきたビュコックとウランフの艦隊は、正面の無傷の敵と交戦をしながらどうにか孤立しがちな第十一艦隊と連携を図ろうとした。だが、当の第十一艦隊に全く連携意志がないため、その試みは失敗に終わった。

「第五艦隊及び第九艦隊が後方で接敵中」
「ようやくご老体がお出ましか。だが敵を引きつけてくれれば我が艦隊は敵を突破して背後を遮断できよう」

「閣下。ブラウン少将の分艦隊を使って、第五艦隊と交戦中の敵側面を攻撃してはいかがでしょうか」

 ラデツキーにはそこが敵のウィークポイントに見えた。

「今は突破を優先する」

 突出した第十一艦隊はこの後も終始帝国軍を押しまくり痛めつけた。とはいえ、僅か一個艦隊で帝国軍全軍を殲滅できるはずもない。

「ホーランド閣下、そろそろエネルギー不足の艦艇が出ます。友軍と連携して補給をすることも考えねばなりません」

「参謀長。何とか保たせよ。もう一息で完全勝利だぞ」

 陣形を大きく乱し、無秩序に後退を始めた帝国軍を見て、ホーランドは後退を渋った。ラデツキーとしても今が正念場であることを理解していたが、このままエネルギー切れなどになったら、艦隊は全滅してしまう。

「ホーランド提督、ビュコック提督より通信が届きました」

 通信士官が報告する。ビュコック提督からの通信の内容は穏やかな表現の後退勧告だった。ラデツキーはしまったと顔を青くする。突撃と同時にビュコック中将の後退命令が来ると思ったラデツキーは、上官を守るために詭弁の弄し方を教えたのだが、案に反してビュコック中将は第十一艦隊の攻勢限界点まで我慢した上で、やんわりと撤退を促してきた。

 これにホーランドがどう答えるか、ラデツキーは聞くまでもなくわかった。

「ご指示に従いたくとも第十一艦隊はご覧の通り敵に囲まれております。敵の隙をつけるかどうかやってはみますが、難しいことはご了承下さい」

 ホーランドはビュコック中将に慇懃無礼な通信を送ってから、どうだ責任問題を回避したぞと言わんばかりにラデツキーを一瞥する。帝国軍がまわりにいることは確かだが、それはすべて落伍艦艇に過ぎない。実際ホーランドは、ラデツキーの進言を聞かなかったら、ビュコック中将に敵の崩壊を喧伝していただろう。

「ホーランド提督、艦隊には補給が必要です。万が一敵前で補給切れとなれば、我々は軍法会議にかけられてしまいます」

 ラデツキーはため息を吐き出したたくなるのをこらえて、第十一艦隊の危機を避けるため、ホーランドの理性に強く訴えかけた。

「状況はわかっている。だが、もう少しだ。あと五分いや十分で敵は崩壊して完全勝利だ」

 ホーランドはラデツキーの言葉に理を認めたが、やなり戦功という欲望には勝てなかった。

 もちろんラデツキーに言われるまでもなく、ホーランドとて第十一艦隊の独創的な戦術機動の弱点は承知しているはずだ。

 それは戦術のエネルギー消耗が速い点……ではなく、各艦艇のエネルギー積載量の少なさと効率の悪さである。

 ホーランドは統合参謀本部に艦艇の航続距離を伸ばすよう掛け合っていることは、軍の一部では有名な話だ。

 それどころかホーランドが統合作戦本部長になったあかつきには、艦の消費エネルギーを減らすために、装甲をベニヤにするという噂まであるのだが、戦場のホーランドは何故かエネルギーの大切さを軽く見てしまう。

「このままでは帝国軍の近くで立ち往生しかねません。我々は十分な戦果を上げました。友軍の二個艦隊と足並みを揃える時です」

「あと十分だ。それまで何とか補給切れの時期を先に伸ばしたまえ」

「しかし、そのような方法は、機動力を抑えるぐらいしかありません」 

 ラデツキーはホーランドの無茶な要求に反論した。数の少ない第十一艦隊が敵前で低機動になれば、それだけ損害は増す。いや、それどころか勢いを失っている帝国軍が息を吹き返す可能性もある。

「エネルギーの節約を命じろ」

 ホーランドはすぐに決断した。

「ホーランド提督、ビュコック提督より再び通信が届いています」

「……分かった」

 忙しいと一喝する誘惑をこらえて、ホーランドは通信士官の報告に頷くと、ラデツキー参謀長と一緒にビュコック提督の通信を確認する。

 ビュコック提督は急いで戦列に復帰するよう命令を出していた。前回の通信内容とほとんど一緒だったが、温厚で有名なビュコック提督が命令違反で処罰するとの一文をつけ加えていた。

 苦労人の老将を尊敬するラデツキーは顔を青ざめさせたが、ホーランドにはさほど感銘を与えなかった。

「敵軍が崩壊しつつあるというのに、心配性の同僚を持つと苦労する」
「ですが、軍法会議まで持ち出してきたとなると、『混戦により命令の実行は困難』では済みません。友軍も近くまで迫っています。我々は十分以上に戦果をあげました。ここはビュコック中将の顔を立てるべきです」

 ホーランドが馬鹿にするビュコック中将は、ラデツキーの期待以上の速度で第11艦隊に接近している。 こちらが前進を止めればすぐに追いつくだろう。

「よかろう。手柄をハイエナ共に分けてやろう」

「ご英断です。閣下」 

 ラデツキーは渋い顔をしているホーランドの許可を取って、ビュコック中将に現状を知らせて命令に従うと伝えた。

 だが直後、事態は一変する。急に艦内が騒がしくなり、次々と損傷した艦の名前が伝えられる。

「何が起こった?」

「て、帝国軍約二千。右翼側面を攻撃をしてます」

 帝国軍二千隻は、動きの鈍くなった第十一艦隊の右翼に猛反撃を喰らわせていた。

「どこから出てきたのだ」
「航跡記録では正面からですが……単艦の航跡と見間違うほど速い部隊です」

 情報士官が警戒不足で奇襲を受けたわけでなく、あくまでも敵の用兵の賜物と主張する。

「閣下、ブラウン少将の分艦隊が敵艦隊に翻弄されています。すぐに本隊から援軍を回すべきです」

 ラデツキーはエネルギー不足の状況で、帝国軍の反撃に直面したことに脅威を感じた。第十一艦隊の攻勢限界を読んだとしたら、少数とはいえ決して侮れない敵だ。

 そして次の瞬間、その懸念が現実のものとなる。反撃をしてきた敵艦隊は巧みにブラウン少将の分艦隊を蹴散らし、瞬く間にホーランド艦隊本隊の側面に踊り出た。

「まさに疾風……」

「何が疾風だ。臆病かぜにふかれるな。敵はたかたが二千だぞ」

 ホーランドは動揺する部下達を叱咤激励しつつ、次々と指示を出して敵の急襲を防ぎきった。

 だが、その代償は大きい。第十一艦隊はなけなしのエネルギーを消耗しただけにとどまらず、帝国軍主力に態勢を立て直す時間まで与えてしまったのである。


「帝国軍の本隊が再編成を始めています」

 その報告に、ラデツキーの心は恐怖で引きさかれそうになる。数に勝る帝国軍本隊が再編成され混乱から立ち直れば、青色吐息の第十一艦隊では勝負にならない。

「て、提督! 帝国軍が後退を開始しました」

 銀河帝国軍の遠征艦隊は第十一艦隊を残して全面退却を開始した。一個艦隊に翻弄されて大損害を出している状況で、ほぼ無傷の同盟軍二個艦隊と決戦する愚を避けたのである。

「参謀長、追撃だ。帝国軍を壊滅させるぞ!」

 帝国軍の敗走を見てホーランドは満面の笑みを浮かべて命じた。

「閣下、追撃戦をするだけのエネルギーがありません。今は、側面の敵の殲滅に力を尽くすべきです」 

 第十一艦隊にはもう余力がない。だが、帝国軍に見捨てられた帝国の小艦隊を殲滅する力は残っている。

「ブラウン少将に任せればよい。追撃を優先する艦隊を再編成したまえ」

 ホーランドの命令にラデツキーは敵に逃げられるという確信を感じながらも頷いた。
 そうこうするうちに敵の小艦隊は第十一艦隊の華麗で変則的な艦隊機動とは違い、隙のない洗練された用兵で整然と後退を始めた。敵はこちらのエネルギー不足というアキレス健をきちんと掌握しているようで、見事な機動力で翻弄してブラウン少将の分艦隊から逃げきった。

「大規模な追撃は補給をしなければ不可能です。エネルギーを残している部隊を糾合して、第五艦隊及び第九艦隊の追撃戦に参加はできます。いかがいたしますか」

「重要な事は私が追撃戦に参加することだ」

「分かりました。すぐに追撃部隊を作ります」

 それからすぐに追撃戦は終了した。 同盟軍の損害約二八00隻、帝国軍の損害約六三00隻。敵を撃退した同盟軍の大勝利である。

 間もなく同盟軍はハイネセンに凱旋した。尚、ティアマトで事後処理をしている間、ウランフとホーランドが大げんかをして戦闘に遅刻したロボス元帥が仲裁したり、ラデツキーが胃潰瘍で入院をした事件など、多数の事件が起きた。だがその詳細が公式記録に載ることはなかった。 

 

第3話、昇進

 第三次ティアマト会戦から三ヵ月。自由惑星同盟は未だ歴史的な大勝利の余韻に浸っていた。

 この間、第十一艦隊司令長官ホーランドは、勝利の立て役者として各テレビ局に引っ張りだことなり時代の寵児となった。テレビ局は彼のことを 「ティアマトの英雄」、「あるいはティアマトの猛将」と持ち上げ大いにもてはやした。

 軍人になり常に人々の称賛を渇望してきたホーランドは、初めてその底なし沼のような虚栄心を満たしたのである。

「なるほど、確かにミャンとかリャンとかいうエルファシルの英雄は敵からエルファシルの市民を守りました。これは立派な行為です。しかしながら、ティアマトのように勝てさえすれば、そもそも市民は逃げ出さなくて良いのです」

 このような、エルファシルの英雄を見下したような発言を連発したホーランドは、エルファシルの市民を中心に多くの不興を買ったが、それ以上に熱狂的な支持者を獲得する。敗戦から生まれたエルファシルの英雄より、大勝利から生まれたティアマトの英雄の方が、停滞感閉塞感で逼塞する同盟の人々の心を捉えたのであった。

 その一方、彼の参謀長であるラデツキーは、損耗した第十一艦隊の立て直しをしながら、上官のお供をする日々を過ごしている。もちろん毎回ホーランドのお供をするわけではない。だが、一部有力者の開く祝勝パーティーに出たり、第十一艦隊の旗艦で来訪者をおもてなしするだけでも、本来の業務に支障が出るほど振り回されていたのである。

 それでも少しずつ状況は落ちついてきたのだが、本日ホーランドの大将昇進が発表され、ラデツキーは再びてんてこ舞いの日常を過ごす羽目になった。

 それからニ週間。昇進したホーランド大将を祝う行事は減っていなかった。今宵もハイネセン最大のターミナルにある高級軍人御用達のホテルで、ホーランドの昇進を祝うパーティーが開かれていた。

「やれやれ、内輪のシークレットパーティーで済ますつもりだったのだがな……」

 五百人を越すであろうパーティーの招待客の群れを見渡し、主催者のラデツキーは思わず愚痴をこぼした。そして、恨めしい気持ちで会場の中央に陣取る各テレビ局のカメラ達を見つめる。

 英雄を監視するマスコミに昇進パーティーの情報が漏れた瞬間、各界の著名人が参加する一大セレモニーになることは決まってしまった。

 情報を嗅ぎつけた国防委員長の秘書に「招待状を一枚回して下さい」と頼まれ、シークレットパーティーだから駄目ですと言える軍人はエルファシルの方の英雄ぐらいだろう。

 少なくともラデツキーは「喜んで」と返事をしてから、国防委員長の世慣れた感じの秘書を脇に呼び、政財界から来たたくさんのギブ・ミイ・招待状の手紙を見せながら事情を説明する分別はあった。

「素晴らしいスピーチだったぞ、ラデツキー君」

 背後から国防委員長に声をかけられてラデツキーは舌打ちしたくなるのをこらえた。振り返ると国防委員長はラデツキーに握手を求めた。いつの間にかカメラの砲列が、ラデツキーと国防委員長を狙っている。

 ラデツキーは慌てて国防委員長と固い握手を交わす。

「国防委員長閣下。お褒めに預かり光栄です」

「実に素晴らしいパーティーだ。招待してくれて感謝しているよ」
「招待状くらいおやすいご用です。実は閣下の秘書がこのパーティーの開催に協力して下さいました」

「気にしなくて構わんよラデツキー君。あれは才気あるから何かあれば気軽に相談してくれたまえ」
「はっ、ありがとうございます」

「少し、これから話をできないかね」 
「小官で良ければお付き合いします」

「まあ、そう警戒しないで楽にしてくれたまえ。なに話というのは我々の今後についてだ。実はホーランド提督から君の話をよく聞かされてね。一度ゆっくりと話をしたいと思っていたのだよ」

 ラデツキーと国防委員長は連れ出って、パーティー会場にある個室に向かう。国防委員長は護衛や秘書などを従えていたが彼らは外で立ち番となった。

「まずはめでたい話をしよう。ホーランド大将の強い推薦と私のちょっとした手伝いで君の昇進が決まった。少し早いがおめでとうラデツキー中将」

「ありがとうございます。国防委員長閣下のご高配に感謝いたします」

 自分が昇進出来ると思っていなかったラデツキーは、内心驚きつつも笑顔でお礼を言った。

 当然だが階級は上にいくほど狭き門が立ちはだかる。しかも中将といえば艦隊司令官になれる階級だ。ラデツキーは素直に昇進を喜んだ。

「中将に昇進する君を統合作戦本部勤務にする案もあったのだが、ホーランド提督がどうしても首を縦にふらなくてね。英雄の希望だ。君にはもうしばらくの間、第十一艦隊の参謀長をやって貰うことになるだろう」
「はっ」

「ところで、第三次ティアマト会戦についての君の報告書を読ませて貰ったが、まさにホーランド提督英雄叙事詩で素晴らしいものだった」
「ホーランド提督の活躍に相応しい報告書と自負しております」

 国防委員長の発言に皮肉を感じとったラデツキーは、警戒心を抱きながら慎重に答えた。

「誤解しないで欲しいが、私は英雄に相応しい報告書に感謝しているのだ。しかし、これでも私には情報を教えてくれる軍の知り合いが多くてね。国防を預かる身としては報告書に載っていない、会戦の率直な感想を聞いておかねばならないのだよ」

「それはオフレコの私見ということでよろしいのでしょうか」
「もちろん誰かにここでの話を漏らす気はない」

「分かりました。正直申し上げますと、第三次ティアマト会戦は敗北と紙一重の勝利だったと考えています」
「……ほう。是非その理由を拝聴したい」

「指揮命令系統の混乱、各艦隊の連携不足など、問題点は枚挙にいとまがないですが、やはり第十一艦隊の攻勢限界点で反撃を受けたことは致命的でしょう」

「ふむ。ホーランド提督と国民には聞かせられない分析だ」
「申し訳ありません」

「いや。君の考えはよくわかった。だがそこで、別の疑問が生じてしまった。ホーランド提督の軍人としての資質について、統合作戦本部から疑問の声があがった際、ラデツキー君はホーランド提督を擁護したと聞いた。その理由を聞いても良いかね?」
「国防委員長閣下。小官はホーランド提督の部下です。それが理由です」

「それだけなら、何もホーランド提督のために、ビュコック提督やシトレ元帥に頭を下げる必要はないと思うが?」

 ラデツキーは苦労したお詫び行脚を思い出してげんなりした。

「言い直しましょう。私はホーランド提督の可能性を信じる部下なのです。提督に欠点があることは重々承知していますが、先のイゼルローンの戦いで帝国に一矢を報いたのはホーランド提督だけです。そしてティアマトで勝利を得たのも他ならぬホーランド提督のおかげです。欠点をあげつらうならば、せめて同盟軍がホーランド提督抜きで勝てるようになってからやるべきでしょう」

「なるほど。最後に一つだけ聞こう。もしホーランド提督と私が対立したら君はどうするかね?」

「小官は民主主義の信奉者であります。国民の皆様に選ばれた方に従います」
「それを聞いて安心した。私は君のことを悪いようにしないつもりだ。是非、これからも自由惑星同盟のため、私に協力して欲しい」
「もちろん全力で協力することをお約束します」

 国防委員長は満足そうに頷いてから秘書に呼びかけた。それからラデツキーに手を差し出して満面の笑顔で握手をする写真や動画を撮り、パーティー会場に戻った。

「いかがでしたか、国防委員長閣下」
「有意義な時間だった。ラデツキー君には昇進の内定を知らせた。私はこれから慈善団体で講演をしなければならない。これで失礼するよ提督」

 ラデツキーとホーランドは国防委員長を見送った。

「ホーランド閣下の推薦で小官の昇進が決まったと聞きました。この場で御礼を申し上げます」

「気にするな。ビュコック閣下は第十一艦隊の後方で遊んでいて、私より先に大将に昇進出来たのだ。貴官が昇進出世できない理由などなかろう」

 ホーランドはビュコックの昇進を思いだして不機嫌そうに吐き捨てた。今回のホーランドの大将昇進は政治的妥協と大衆迎合の産物だった。当初、統合作戦本部はホーランドの大将昇進を時期尚早と反対に回った。だが政府、世論の後押しに抵抗できるはずもなく、ビュコック提督の大将昇進と引き換えに引き下がったのである。

 もちろんホーランドには裏事情など関係ない。彼にとって重要なことはビュコックが再び先任となったことだけだ。

「いや、ビュコック閣下のことなどどうでも良い。肝心なことは貴官の功績が中将に値するということだ」

 ぶっちょうづらのままのホーランドに誉められ、ラデツキーは一瞬困惑したが、どうにか「光栄です」と答えた。

 その後、パーティーはおひらきになり、客のお見送りに忙しいラデツキーを残して、ホーランドは数人の政治家や軍人と二次会に向かった。
 

 

第4話、亡命者達

「あの亡命者達の後見をしろだと?」

 第十一艦隊旗艦の指令室にホーランドの不機嫌そうな声が響きわたった。ホーランドはラデツキーの要請を取り付く島もなく「虫ずが走る」と言わんばかりに拒絶して、これで終わりと指令室の出口に歩き始めた。

「閣下、あくまでも亡命者達の後見人は私です。どうかその後ろだてだけでもお願いできないでしょうか」

 ラデツキーは成算の低さを自覚しながら、ホーランドの進行方向を塞ぐ位置で頭を垂れる。後見をお願いしている亡命者の一人は、ティアマトで第十一艦隊の勝利に瑕疵をつけた小艦隊の指揮官であり、ラデツキーも駄目もとでお願いしていた。

 それなりに信頼している部下の頭を下げる姿を見て一瞬だけためらったホーランドは、顔をしかめてラデツキーの横で立ち止まる。

「まさか貴官ほどの男があのメロドラマで情に流されたのではないだろうな。あれはマスコミが作りだしたストーリーに過ぎん。悪いことは言わん。馬鹿な考えは捨てたまえ」

 ホーランドの親切心から来る警告はラデツキーに何の感銘も与えなかったが、問題を解く糸口をいくつかを教えた。

 ここ最近、ホーランドをティアマトの英雄と称えるテレビ番組は数を減らしつつある。あくまでも時間経過による自然減だが、代わってお茶の間を騒がしていたのが帝国からの亡命者達だ。彼らの亡命譚は世紀の愛の逃避行としてドラマ化までされているのだが、ホーランドには目障りな存在として映っていた。

「閣下が亡命者の後見をしていただく利点を申して上げてよろしいでしょうか」
「……まあ、よかろう。話してみたまえ」

「ありがとうございます。まず第一に亡命者がティアマトで見せたあの手腕。もう一人が話半分の指揮官でも、閣下の新戦術をより少ないエネルギーで体現させる役には立つでしょう」

「統合作戦本部が亡命者を艦隊指揮官にするとは思えんがな」 

「だからこそのホーランド閣下の後見なのです。実際に戦って勝ったティアマトの英雄の言葉にはそれだけ重みがあります。また、これは第二の利点でありますが、ティアマトに参加した帝国軍将官が改心してホーランド閣下に従うという物語。これをマスコミは放っておくでしょうか?」

 ホーランドの考え込むような顔を見て、ラデツキーは上官の心を捉えたと判断してたたみかける。

「おそらく大衆はティアマトの英雄の偉大さを再認識するはずです。とりわけ、亡命者がマスコミの注目を浴びている状況では、その効果も大きくなると愚考いたします」

「ふむ。利点があることは分かった。だが、それで亡命者がローゼンリッターみたいに寝返れば、私が笑い物になるのではないか」

「確かに彼らが寝返れば多少のイメージダウンは避けられません。ですが、万が一の時には悪逆な帝国に亡命者の家族を人質に取られたと噂を流せば良いのです。マスコミはすぐに飛びつくでしょう。それにあくまでも後見人は私です。得られるメリットに比べれば、閣下のデメリットは児戯のようなものでしょう」

 ホーランドは少し黙ってから協力を表明した。

「貴官がそこまで言うなら協力しよう。なーに、統合作戦本部に対する私の影響力を図る試金石みたないなものだ。やれるだけのことはやると約束しよう」

「ありがとうございます、閣下」

 ホーランドの言質を取り付けたラデツキーは、ティアマトの英雄の名を使って軍のあちらこちらに根回しを始めた。国防委員長には一言だけ伝えた。それだけでも国防委員長のお気に入りホーランドとラデツキーの行動は、国防委員長派に妨害されなくなる。

 だが、国防委員長本人の力を借り過ぎると反国防委員長派の妨害が強くなり、ただでさえ慎重を扱いを要する亡命者達は政争の源になってしまう。そうなれば艦隊などとても任せて貰えないだろう。


 そのような状況を考慮したラデツキーは、思い切って正面からシトレ元帥の協力を取り付ける道を選んだ。

「元帥閣下、お久しぶりです。お時間を作って頂き感謝いたします」

 作戦本部長シトレ元帥との面会は驚くほど簡単にかなった。おそらくホーランド艦隊司令官でもこうも簡単に面会出来ないはずだ。

「別に構わんよ。貴官がいなければ我が軍は丸々一個艦隊を勘定から外しているところだ。多少の融通をきかしても文句は出ないだろう」
「恐れ入りますます」

「それでティアマトの英雄は息災かね」
「はっ。最近は国防委員長とゴルフ場をまわる機会が増えております」

「艦隊司令部に居座られるよりは貴官も平和で良かろう」
「いえ、そのようなことは決して……」

「ハハ、ないか。それで私に用件があるとか?」
「帝国からの亡命者のことです」

「ほう? そういえば最近、ホーランド提督がティアマトで矛を交えた亡命者の消息を探っていると聞いた。提督に伝えたまえ、彼らはもう同盟の市民なのだ。敵愾心を棄て和解すべきだと」
「閣下。まずこの件はホーランド提督に助力こそ求めましたが、あくまでも小官個人の希望であります」

「貴官個人の考え? ホーランド提督を庇うにしても、もう少しましな嘘をつくべきではないか?」
「閣下。閣下こそホーランド提督に妙な敵愾心をお持ちのようで残念でありません。どうか小官の話を冷静に聞いて下さい。小官はホーランド提督の許可を得た上で、亡命者達を同盟軍の提督として迎え入れるようお願いしにきたのです」

「亡命者を我が軍の提督にするだと? 二人はハイネセンの郊外で安らかに過ごして貰うつもりだ」
「閣下。情報部は大貴族の一族を殺害して逃げてきた二人を信用できると判断したと聞いております」

「……どうやら我が軍の機密情報は簡単に部外者に漏れるようだな」

 ラデツキーはマスコミの力をホーランドの近くで少しばかり学んだが、統合作戦本部トップのシトレ元帥はもっと詳しく知っているはずであり、機密云々など単なる世間話のようなものだ。おそらく、シトレ元帥は予想外の話し合いの流れに少しでも考える時間が欲しいのだろう。

「あれだけマスコミに注目されては情報を守ることなどほとんど不可能でしょう。そのことを閣下ほどのお方がご存知ないはずありません。それよりも閣下は亡命者の任官に反対しておられるのですか?」

「親国防委員長派はマスコット以上の役目を亡命者達に期待していなかった。それを私はせめて戦術研究所に入れて同盟の役に立てようと考えていたのだよ。だが……」

 シトレ元帥は椅子から立ち上がり、ハイネセンポリスの街並みを見て言いよどんだ。ラデツキーは無礼を承知で水を向ける。

「だが?」

「だが、事態は完全に変わった。実はエルファシルの英雄からニ度も亡命者を同盟軍の提督にするよう提言され、私はその都度却下していたのだ」
「エルファシルの英雄…… 私はよく知らないですが相当な切れ者のようですね」

「時々切れる変わり者だ。そしてホーランド提督と同様、大衆の英雄だ。例え彼の名前が忘れさられようともエルファシルの市民を救った英雄がいたことを大衆は決して忘れない。そして今や自由惑星同盟を代表する二人の英雄が、亡命者を提督にするよう私に推薦しているのだ。この時点で私に、いや政府でさえ、亡命者の任官を拒否する選択肢はなくなった。大衆から絶大な支持を受けるであろう両英雄の一致した行動を、誰が止められるというのだ」

「ならば協力して頂けるのでしょうか」

「そのつもりだ。ただし条件がいくつかある」

「なんでしょうか?」
「貴官に亡命者を預けるということは必然的に配属はホーランド提督の第十一艦隊となる。帝国の大貴族の横暴から命からがら逃げてきた亡命者に、ホーランドの下へ行けなどという仕打ちはできん。本人達の同意を取りたまえ。成功すれば彼らを准将の地位で貴官に預けよう。駄目なら人格者であるビュコック提督に預ける」

「承知しました。ですが一つだけご意見を申し上げて宜しいでしょうか」「何かね」

「ホーランド提督は自分の部下にならない亡命者を推薦などしないでしょう。それどころか総力をあげて軍から追い出すかもしれません」

「なるほど。貴官がそう言うならそうなのだろう。いずれにせよ私はこの問題で終始両英雄の意見を真摯に聞いてきた。このことを貴官が忘れなければ問題ない」
「もちろんです。おそらくホーランド提督も閣下の協力を忘れることはないでしょう」

 他に幾つか細かい約束をさせられて退室したが些末なことだ。ラデツキーは協力的なシトレ元帥から亡命者の機密ファイルを借りて熟読すると、早速亡命者を訪ねてみることにした。
 

 

第5話、金と銀の亡命者

『最初は軍情報部のお嫁さんにしたいナンバーワン女性士官。それから婚約者の居る女性記者。そして再び別の女性士官と付き合い、今は女性実業家か……』

 丘の頂上に建つ白亜の豪邸を見上げ、ラデツキーは大きなため息をついた。亡命者の身上調査の最後に追加された女性遍歴は、僅かな時間で四人に達している。

 二股、三股、四股をするタイプではなく、とっかえひっかえに恋人を替えていくタイプのようだ。

 女の敵か、或いは男の敵か、はたまた両方の敵か。いずれにせよこの亡命者は未婚で、自由惑星同盟軍は大人同士の恋愛の自由を尊重している。ラデツキーとしても個人的な好き嫌いを別にして、亡命者が軍務をしっかりこなせばとやかく言うつもりはない。

 だがラデツキーの上官であるホーランドは別の感情を持つかもしれない。ラデツキーは希代の女たらしと傲慢なホーランドとの相性に、かなりの不安を感じるようになっていた。

「ラデツキー閣下。身分照会を完了しました。どうぞお通り下さい」

 亡命者の監視を担当している軍情報部の士官が、笑顔を浮かべて許可を出した。こういう任務につく情報部の人間は護衛対象の面会を嫌うものだが、この士官は反発を礼儀で隠すどころか、明らかにラデツキーに好意的だった。

「私の到着を彼に知らせたかね?」
「いえ。ですが閣下の任務に役立つならば、小官がすぐに知らせてまいります」

「私の任務? 私の任務の内容を知っているのかね」
「何でも女性を手玉に取るジゴロを、宇宙艦隊という檻に閉じ込める大役を果たすとか」

 女たらしの厄介者を艦隊勤務に送り込めれば気分も任務もじょうじょうと思っているのか、亡命者の警護と監視を担当している情報部の士官はラデツキーの勧誘計画に好意的なようだ。

「いや、まずは恋人の方を紹介して欲しい。なるべく事前情報を与えず彼に挨拶をしたい」
「すぐに手配します」


 屋敷の美人女主人と如才なく挨拶を交わした後、ラデツキーは白亜の豪邸の大きなプールに向かった。そして、何も知らず、短パン型の水着姿で自然素材のビーチチェアでくつろぐ亡命者に近づく。

「ロイエンタール提督でしょうか」

 ラデツキーはぎこちない笑顔を浮かべて呼びかけた。 ロイエンタールは乱入者であるラデツキーと恋人を一瞥づつしてから、バスローブを羽織って立ち上がる。

「どなたですかな?」

「はじめましてロイエンタール提督。私は自由惑星同盟軍中将ラデツキーと申します」

「中将閣下?」

 ロイエンタールは惚れ惚れするような優雅さで華麗に敬礼を決めたが、バスローブ姿ではあまり似合わない仕草なはずだが違和感ない。

 ラデツキーは眉間に皺を作り敬礼を返した。

「このような姿で申し訳ありません。閣下」

「気になさらずに、こちらが勝手に押しかけたのです。少しお時間を借りられますか?」

「分かりました。彼女が客間に案内してくれるでしょう。小官は着替えてまいります」

 豪華な調度品に囲まれた客間で、ラデツキーは五分ほどロイエンタールを待った。

 その間、いくつかの考えがラデツキーの内心で渦巻いた。軍を追い出されても、ロイエンタールのプレイボーイ具合なら、女性を手玉に取って自由惑星同盟の政界を席巻することも可能かもしれない。

 そもそも銃弾のとんでこないところで出世できる男に、わざわざ気分屋のホーランドの部下であるラデツキーの、そのまた部下になること求めること自体が、狂気の沙汰かもしれない。

「閣下、お待たせしました」 
「う、うむ……」

 不覚にも、ラデツキーは入室してきたロイエンタールの軍服姿に見惚れてしまった。水着姿より軍服姿の方が女性を魅了するかもしれない。

 と同時に、こいつだけには、十歳になった愛娘を絶対に紹介してはならない、とラデツキーは心に深く刻みこむ。

 それから愛妻を紹介して良いか悩んでいると、不審そうに自分を見つめるロイエンタールに気づいた。

「ロイエンタール提督はこちらの生活に慣れましたかな」
「はい。亡命で提督の地位こそ失いましたが素晴らしい新天地を得ました。それに、命の危険を冒さず為政者を好きなだけ批判できる社会は、意外に小官の性格に合っているみたいです」

 ロイエンタールは提督と呼ばれることに若干違和感を感じているようだ。さり気なく自分がもう提督でないことをこちらに告げてきたが、ラデツキーは聞かなかったことにした。

「それは良かった。ですが自由と言っても、やはり社会の反発を買わない加減というものがあります。力を持つ人間がルールをねじ曲げることはどこも一緒であり、その機微に慣れるまでは慎重に行動していただきものです」
「……ご忠告傷み入ります、閣下」

「実はここに来る前、ミッターマイヤー提督とロイエンタール提督の調書を拝見致しました」

 ラデツキーはロイエンタールの顔に一瞬浮かんだ警戒心を見逃さなかった。

「亡命した緊張のせいで、何か事実誤認でもしましたかな」
「事実誤認? 少なくとも私は非常に感銘は受けましたよ。特にイゼルローン要塞攻略案。数万隻の艦艇を数百隻の艦艇からなる集団に分け、少しずつ防備を剥いでいく案。あれは秀逸だと思います」

「恐れ入ります、閣下」
「しかし今のままでは机上の空論です。このような大胆かつ繊細な機動を取れる大艦隊は、銀河のどこにも存在しないでしょう。そして、そのような艦隊を作り上げること、ホーランド提督と私が目指しているものです」

「ホーランド提督ですと?」

「申し遅れましたが、私は第十一艦隊を指揮するホーランド提督の参謀長を拝命しています。今日はロイエンタール提督に私と共にホーランド提督を支えて貰いたいと伺った次第です」

「小官だけを勧誘するということですか?」

「いえ、ミッターマイヤー提督にも後ほど伺う予定です」

「なるほど。ホーランド提督の噂はこちらに来てから何度か聞いたことがあります。失礼ながら仕え易い上官とは言えないようですな」

 ロイエンタールは淡々とした口調で芳しくないホーランド評について言及した。それでもラデツキーにはオブラートに包んだ物言いに聞こえ、ロイエンタールに対する好感さえ持たせた。

「ここだけの話。かなり気分屋なことは確かです。しかしながらわがままで残忍な門閥貴族に仕えることに比べれば、児戯のようなものでしょう。ホーランド提督は老女に襲いかかることも無ければ、告発者を暗殺させることもありません。せいぜい暴言を吐いたり、左遷したり、軍から追い出したりするだけです」

「閣下のお話を聞いた小官は安堵すべきですかな? いずれにせよ同盟に残忍でわがままな門閥貴族がいないと改めて心に刻みましょう」

 特徴的な目に皮肉をたたえ、ロイエンタールは礼儀正しく頷いた。ラデツキーは顔を恥ずかしさで若干赤らめる。嘘は言ってないにせよ、ホーランドと門閥貴族を比較して勧誘する我が身が情けない。

「ところで第十一艦隊ということは、小官は大佐待遇と聞いていますから、参謀になれということですか?」

「いえ。ロイエンタール提督とミッターマイヤー提督が、私とホーランド提督の部下になることを承諾してくだされば、お二人を准将として実戦部隊の指揮官に迎え入れたいと思っています」

「ほう。小官はもう生涯艦隊を指揮することはないと思っていました。そういうことでしたら、閣下の申し出を喜んで受けましょう」

 ラデツキーは簡単に承諾されたことに少しばかり驚きながら手を差し出した。 ロイエンタールと握手をする。 思えばロイエンタールの対応は終始礼儀正しく好感の持てるものであった。彼のプレイボーイ具合を警戒していたラデツキーが、娘は駄目でも、妻ならば紹介してやろうという気分になるほどだった。

「ありがとう。ロイエンタール提督。ところでミッターマイヤー提督に私の申し出を伝えるにあたり、何か助言はありますかな」

「正面から真摯に対応すれば問題ないでしょう。彼は根っからの軍人であり天性の指揮官です。そのことが彼を落ち着くべき所に導くでしょう」

 どうやら本命の亡命者の勧誘は最初から余計なことを考えず、一本釣りをすれば十分だったのかもしれない。いや、亡命者本人と奥方の承諾を得るまでは油断禁物だ。

 ロイエンタールに後日人事部から出頭要請が来ると告げ、ラデツキーは女主人に挨拶してから豪邸を後にした。