ソードアート・オンライン〜Another story〜


 

第1話 ログインしました

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RYUKIがログインしました::   2022/6/24 1:32





>>RYUKI


どうかしたのか?
珍しいな、こんな時間に。


>>AKIHIKO


深夜にすまないとは思うが、どうしても君に報告があってね……。


>>RYUKI


報告?


>>AKIHIKO

それは、兼ねてより私の夢だったものが実現しそうだ。
これは、君と言う天才プログラマーがいてくれたお陰と言っても過言ではない。
私は是非、一度は直接会って、感謝の意を示したい、礼を言いたいと思うのだが、どうだろうか?


>>RYUKI


別に気にする事は無い。
オレはオレがしたい仕事をしたまで、であって、別に何かを教えたつもりも、そんな立場でも全く無い。
それに、オレもお前と同じだ。
マスコミが嫌いであり、メディアに露出も本当にゴメンだ。

……互いに、そんなオレとお前がリアルで会合でもするものなら、何処から流出するものか判ったものではないだろう?



>>AKIHIKO


ふふ……、思ったとおりの返事だった。
まさか、ここまで正確に思い描いていた通りだとはな、私は実際に驚ている。
実に君らしい返答だ。



>>RYUKI


…………………。
わかっていて何故聞く?
まあ、そう言う物言いも相変わらずといったところか。



>>AKIHIKO


いや、軽い好奇心だ。悪くは思わないでくれたまえ。
そして、用はそれだけでは無い。



>>RYUKI





>>AKIHIKO


私がこの度開発したSAO。《ソードアート・オンライン》についてだ。
これはゲームであって遊びではない……。
幼少期よりの夢、異世界の創造……具現化。
私自身の夢。
たとえ何に変えてでもたどり着きたかった所。
私の全てがそこに詰まっていると言っていい作品だ。



>>RYUKI


……ほう。
SAOに関してはニュースで多少かじってはいる。
それにVRMMO……か。
確かナーヴギア……だったか?ハードは。
……ん?だが、基本理論は全てお前が手がけた作品だろう?
なぜ オレに礼を言うんだ?
殆ど関わったとは言えないが。



>>AKIHIKO


謙遜はよしたまえよ。
私は君と言う天才プログラマーがいてくれたからこそ、完成させる事ができたのだ。
確かに開発に君は関わってはいないが、君と仕事をしたからこそ……。
君の技術を目の当たりにしたからこそできたことなのだ。


>>RYUKI


……別に煽てても何もでないし、オレは誰とも会いもしないがな。
だが、オレもアンタはオレの数少ない人間の中で尊敬に値する能力を持っていると感じている。
いつかまた、仕事を共にしたいと思えた初めての人間だからな。



>>AKIHIKO


それは光栄だな……。
ならば、君をSAOの世界へ招待したいのだがいかがかな?
仕事とは少し違うが、システムの最終チェックと思い招待したい。



>>RYUKI


SAOへ……?


>>AKIHIKO


ああ、
君は無類のゲーム好きとも聞いている。
そして腕前もよく聞いている。様々なMMOをプレーし、そして、オンラインにおいてのゲーム成績は常に1,2を争うプレイヤーだそうじゃないか。



>>RYUKI


まあ……。
でもゲームだ。所詮はデジタルデータの世界……。
相手がデジタルなら、何があっても負けない。それだけの事だ。
オレは現実からはドロップアウトしているようなものだからな。
いや、この世界より オンラインの世界の方が現実だと思っているのかもな。



>>AKIHIKO


所詮はデジタル……か。
実に君らしいセリフだ。
私もそちらの方面に力を注いでいたら君ともっと早くに出会えたのかもしれないな。



>>RYUKI


かもな。
お前とは良いライバルになれそうだ。



>>AKIHIKO


SAOに来てくれたなら……。そうなる可能性はあると思う。
私は開発者であり、まだβテストも始まってもいないが。
βテストは2ヶ月行い、それがすみ次第、選考1万人限定で発売される。
……君の現実・・に楽しみが増える。



>>RYUKI


……魅力的な提案だ。
だが、オレにはまだ仕事があるんだ。
まあ、それになによりも。



>>AKIHIKO


何より……何かな?
君の仕事スピードからすれば、訳は無いと思うが……。
その何より……が最も重要な部分だろう?



>>RYUKI


その通りだ。
アバターでプレイするとは言えVRの世界。
そして、デジタルの世界はバグは存在する。
潰すのは訳はないが、《アバター解除》。そんなバグが発生に現実の姿が現れる。
……そんな事になったら流石にキツい。



>>AKIHIKO


晒したくないと言う気持ちは私を遥かに凌駕しているな。実に君らしいと言えば君らしいな。
……残念だ。


>>RYUKI


………?
何やら悲観しすぎていないか?
文面からでも伝わるぞ。
それにVRMMO以外でなら喜んで相手になる。
それがお前にとって、良い思い出になるかは保障は出来んがな。



>>AKIHIKO


それは楽しみだ……。
だが、私にはもう機会は無いかもしれないな。



>>RYUKI


……Burnout Syndrome。
燃え尽き症候群の様なものか?
お前にはSAOがあるんだろう。
夢に到着した。そしてそのお前の夢の世界を制覇するものが現れるのか……。
まだまだ、楽しみ方は多い。
それにはまだ早いと思うが?


>>AKIHIKO


ははは……。
近しいかも知れんな。それは。
早いと言われれば否定はしない。
……だが、達成されたのだ。
では、私はもうそろそろ行くとする。
楽しかったよ。


>>RYUKI


こちらこそ。




AKIHIKOはログアウトしました。::2022/6/24 2:39




>>RYUKI


……何を考えているだ?茅場。
だがまあ、いずれ判るだろう。
それにまたネット上でも会う事もあるだろう。
あの男はそういう男だ。




RYUKIはログアウトしました。::2022/6/24 2:42






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第2話 ログアウトしました


 そこは高性能のPCが並び、別の部屋では大型の量子コンピュータの数々が昼夜問わずに起動している。まるで、夜空に浮かぶ星々の輝きの様に 様々な色のLEDの光が瞬き、それが機械達を動かしている証しとなっていた。

 この場所にいて そして、全てを行える場所である。

 故に一般的である会社等に言って仕事をしている訳ではなく、全て自分の家で済ませているのだ。

「……ふぅ」

 男、……いや、その容姿から言えば、どちらかと言えば、《男の子》と言うべきだろう。
 その、まだ幼さが残る男の子はメインPCの前で一息をついていた。そして、ゆっくりと肩をまわし、姿勢を正し、深く椅子に腰掛けて、楽な姿勢をとっていた。その仕草から、どうやら、少年は随分PCの前に座っていたようだ。疲れが溜まっているのも、時刻が深夜だと言う事も加味している事だろう。

「……よろしかったのですかな? 坊ちゃん」

 少年のその直ぐ後ろに、姿勢を一切崩さず乱さず、直立不動で立つ老紳士がいた。
 いや、服装から見れば、執事といった方がいいだろうか。姿勢を一切崩さずに立つそう人物は、少年の後ろに、まるで初めからそこにいたかのように控えていた。

「……もぅ、人のチャットを覗くのはいい趣味とは思えないよ? 爺や」

 その声に反応して、少年が振り向くと、ただ呆れた様にそう言っていた。

 でも、本当に突然、後ろに現れたと感じたのなら、普通は驚くだろうと思える。……だが、実はこれは日常茶飯事なのである。この程度で驚いていたら、何度驚けば良いのか判らない程にだった。

 その《爺や》と呼ばれている執事はニコリと笑みを見せると続けた。

「私は、あなた様の保護者を自負しておりますので……。如何に、あなた様が稀代の天才だ、と言われようと、世間でどんな評価をされていようと、……今はまだ成人にすらなっていない年齢でございます。……ですから、お仕事以外については、口を出させていただきたいですよ。後世の頼みです」

 爺やは、す……っと頭を下げつつそう言っていた。
 それを聞いて、そしてその姿を見た少年も同じようにニコりと笑い返した。別に煩わしいと思った訳でも、嫌がった訳でもないのだから。ずっと、傍に居て欲しい人だから。

「……あははは。うん。爺やには全く頭が上がらないや。……そうだよね。たった1人の家族だしねっ! うん。でもさ、僕は爺やの話なら、僕から聞きたい位、なんだよ? 後生の頼み~なんて、言いすぎだよ」

 執事は家族だと少年から呼ばれているが彼とこの少年は血は繋がってはいない。その事に関しての説明はまた後の展開で明らかになるだろう。

「それより爺や、さっき言ってた『よろしかったのですかな?』って、一体何の事?」

 少年は、腰掛けた椅子をくるりと回転させ、再び爺やの方を向いてそう聞いた。先ほどの会話の中で、爺やが心配をしてくれていると言う事は本当によく判ったし、嬉しかった。でも、その言葉の意味がよく判らなかったのだ。

「はい、それはですね。……先ほどの茅場様とのチャット内容についてでございます。もう、坊ちゃんは、既にあのゲーム、SAOゲームのβテスターとしての資格……、その抽選も通り、そのハード自体もソフトさえも、事前に手に入れておいででございます。……後はサービス開始を待つのみ。なのに、茅場様には、ああおっしゃられていたので 気になりまして」

 爺やは、気になった。と言っているが、別段表情は殆ど変わらず、そう聞いていた。
 ちょっとした疑問だっただけだ。さっきのチャットの内容を見てみると、彼は持っていない。別にやるつもりは無いと言ってるも同然だったから。

 でも、知っているのだ。
 あのゲームが販売されるのを、βテストの事を何よりも楽しみにしていたのを今まで見てきた彼だからこそ、だった。

「あー……成程ね。んと、えっとね。彼、茅場さんはあのゲームの開発者だし。それに、僕に会いたがってるんだよ?……僕が参加するとなればさ、どうにかして、僕の素性を暴こうとしたりする可能性も捨てられないって思ったから。それにGM権限でも使われたら……、防御するのには流石に骨が折れるから。やるなら、こっそり……ってね? バレない様にしないと」

 少年は、コンピュータのとなりに置いているヘッドギアを手に取った。軽く全体を回しながら見渡し……、そして目を輝かせて答えた。

「あのね! このナーヴギアってハード。……本当に良くできているんだ。……僕、これまでみたいに、どんなに凄くたって、所詮はデジタル信号の集合体なんだってって、正直舐めていた、甘く見ていたよ。でも、この世界は、本当に異世界に感じたんだ。その世界の中での法則を以前みたいに、大規模に変える事は本当に難しそうなんだ。だから、余計に心配になっちゃって」

 少年は、あはは と苦笑いをしながらそう言った。それを見て、つられて爺やも笑みを見せる。

「ほほほ……。そもそも、変える必要があるのですかな? 坊ちゃん。それに難しそうだ……、と言う事は裏を返せば、出来ないことは無い、とも聞こえますぞ? それにそのような事をせずとも、あなた様の腕前は世界から見てもNo.1だと思われますよ。ゲームの腕もコンピュータの腕も」
「あは……それはいくらなんでも言い過ぎだよ? 爺や。……だってさ、この世界はとっても広いから。無限に広がってる、広がって言ってるんだ。きっと、まだ見ぬ凄腕のプレイヤーはいるって思うから。僕よりも凄い人だって、きっと……」

 楽しそうに笑う少年を見て爺やも笑みを浮かべていた。……安心できる、とても優しい笑みだったから。

「いや……それに。爺や。僕は不正(チート)を使う……っとか、そんな目的じゃないよ? あくまでゲームを楽しむのが最優先なんだからさ。そんなの使うのは本当にズルだしね。 ……変えたりするのは、他のプレイヤー対策にだよ。中にはハックしてきたり、ウイルスを送ってきたりするヤツもいたり、アカウントを盗もうとする人もいた。はっきり言って オンラインの世界、それに今度の仮想空間は僕にとっての現実って言っても良い所なんだ。……僕はそのオンラインと言う世界は大好き。そんな世界で不正をする輩は、大嫌いなんだ。大好きな世界を汚すのなら、その世界を歪めてでも……って思ってね? 勿論、終えたら元に戻すよ」
「それはそれは……、坊ちゃんに手を出す輩が可哀想に思えてきます。とても刺激的な報復ですな」

 突然、コンピュータがダウンしてしまうなど、プレイヤー側からしたら最悪の現象だ。データデリートとかになったら……尚更だろう。ゲームにつぎ込んだ情熱、時間の全てが瞬く間に消されてしまうのだから。

「ははは……。それにこの新たなジャンル。『VRMMO』それも凄く楽しみにしてるもう1つの世界なんだから」

 そう言うと、少年は天井を眺めた。 今なら判る。

――……茅場の考えが自分と似ているかもしれないと。

 でも、あそこまで……情熱的になれるか?鬼気迫る……何に変えてもとまで思うか?と言われればYESとは直ぐに答える事なんか出きない。自分には こっちの現実世界には爺やとプログラマーとしての少しの仕事だけ。それらがあるから、あの世界だけの為に、こっちの世界の全てを変えてでも……とはどうしても思う事は出来ない。この世界には爺やがいてくれるから。
 本当は、……それだけで良いんだ。今いるこの場所、現実(・・)なんて、爺やがいてくれるだけで。

 それ以外ではあっちの現実世界で楽しむ。見たとおり娯楽を身体全体で感じながら……。そして、それはどんなジャンルのゲームでも良い。楽しくて仕様がないんだ。

「私は、坊ちゃんがその楽しみな世界で……心を開いてくださる相手が出来る事を願います。私に話しかけるように……自然に出来る仲間を。現実では厳しくとも……相手も同じ人間。仮想の世界で仲間を……それを願います。勿論、親として……も、です。そう望みます」

 優しく笑っていた爺やは、今度は心配する親の様な表情をしていた。

「…………っ」

 少年はこの時何も答えなかった。かつて、様々なオンラインの世界で無類の強さを誇っていた。そう……強さが呼ぶのは賞賛の言葉だけで無い。

《妬み》《嫉妬》《憎悪》

 それらの様々な負の感情も渦巻く。その渦中にいるのが彼だった。だからこそ、ゲーム内で仲間を作らない。作ったところで、どうせ……出来ないんだから。
 最後まで……。一緒にいてくれるなんて。

 それに、拍車をかけたのが、あの出来事(・・・)だった。

 彼の全てを決めてしまった事件、と言って良い出来事。
 きっと、あの出来事があったからこそ、今の彼がある。信じられない事が前提で、ゲームやネットをしているからこそ、仲間と言うものを作らないのだ。否、作らないのではなく、作れない。
 心が、無意識に拒んでしまう。一線を引いてしまっている。
 
 これまでは、画面の中にいる者の姿が、素顔が見れないのだから。

「坊ちゃん……」

 爺やは表情を落とした。言うべきではなかったと一瞬後悔もした。この子は現実では、恵まれているようで……そうではない。確かに富は十分すぎるほどに持っている。その天才的な技術。今の時代、それを見せれば幾らでも富は増える。

 だが、いかな人間でも孤独に勝てるものなんているものじゃない。

 孤独で精神を……崩しかねない人間だっている。頭が良すぎる事で……疎まれる。


――……そして、ある事件(・・)が起きて、……それを経て仲間なんてものは幻想だと解釈している。


 すでにこの年齢で悟っている。14年と言う短い時間で悟ってしまっているんだ。

 だけど、気を許す爺やには、彼は歳相応の笑顔を見せる。これでもかと言うくらいの笑顔。
そして、甘える。そう、それはまるで子が親に甘えるそのもの。一般人なら中学生の彼だが、年齢なんか関係無いと言った様に。

 だが、彼は同時に思う事があった。
 
 必ずいずれは自分自身もいなくなってしまうのは間違いないのだと。自分の歳も……若くは無い。だからこそ、残されたこの子が心配で……仕方が無い。でも……今度のMMOはこれまでとは全く違う。

――VR。即ち……Virtual Reality。

 仮想ではあるが限りなく現実に近い世界だ。これまでのものとは違い、相手を見て話が出来、そしてプレイをする事が出来る。これまでの様に、殆ど相手の姿が見えないそれとはまるで違う。

 そこで……出会いがあればと切に願っているんだ。

 信頼出来る人が、本当の仲間と言う者が。

「……良いよ。本当にありがとう爺や。僕、嬉しいよ」
「それは、私にとってこれ以上無い誉です。お坊ちゃん……。心行くまで、お楽しみください」
「……うん」

 そして、それ以上は何も言わなかった。だが、笑顔を向けたまま言い、そして続ける。

「ですが、今はもう深夜。流石にお休みください。お身体に障ります」
「う、うんっ! ごめんね、爺や」

 そのまま、椅子からぴょんと飛び降りるように降りるとそのまま、部屋から出ていった。まだ、あの世界には行けない。時間と言う壁が残っている。その壁が存在している間に、すべき事を全て終わらせよう。

 彼はそう考えながら、就寝につくのだった。

 

 

第3話 リンク・スタート


2022年 11月6日(日) 12:00


 少年は、ナーヴギアを片時も離さず、じっと時計を見ていた。その少年は、今日という日を、決して忘れないだろう。待ちに待った日、だから。

「いよいよだ……後1時間だっ」

 ……もう、開始を待ちきれないようだ。だって、時計を眺めるのが、まるで苦にならない。これは、久しく感じてなかった感情だなのだから。
 それもそうだ。

「βテスト……。うんっ!当選しててよかった。ほんとに楽しかったから……これは爺やに感謝感謝、だね!」

 今日からがSAOのサービス開始日なのだから。ワクワクする気持ちが、はやる気持ちが抑えられない。……あの世界がもう一度味わえるのだから。あの世界に、還れるのだから。そして、中途半端に終わった以前とは違う。心ゆくまで……遊べるのだから。

「私にとって、それは本当に誉れですな。そこまで楽しんでいただけたのであるのなら……」
「わぁっ!!」

 少年は、あまりに興奮していたから、後ろに立っている気配に気づかなかったようだ。いつもなら……驚かないのに、思わず声を上げてしまっていた位だから。

「ほんっとにもぅ……、気づいたら後ろにいるよ。ニンジャなの?爺やは……」

 後ろを慌てて振り向くと、呆れるようにそう言っていた。気配が感じないよ、と思ってるみたいだが、今回ばかりは違う。少年が興奮するあまり、周りに目がいってないから、と言うのが正しい。

「ふふ、それほどでもありませんよ。坊ちゃん」

 爺やは、直立不動のままで、そう言い笑った。少年は、別に褒めたわけじゃないのだけれどと、苦笑いをして答える。

「あはは、まぁ いいや。爺やちょっといい?」

 苦笑いを止めて爺やの正面に身体を向けた。……頼みごとがあるからだ。

「何ですかな?」
「明日からのSAO……。僕、仕事全部キャンセルして打ち込みたいんだっ!」

 ずいっと、顔を前に出すようにさせ、表情を輝かせながらそう言う。そして、爺やにナーヴギアを見せる様に掲げて、続けた。

「あの世界……。本当に大したものだったよ!高性能のNPC、Mobもそう。オブジェクトだってそう。触覚・痛覚……等の五感の全ても違和感があまり無いんだ。戦闘に関してはシステム動作……そのモーション以外でも有効だって事もあった。身体能力、ステータスが上がれば上がるほどに活きて来る。運動命令、脳に働きかける力が強ければ強いほどに、ゲーム内でも比例的に向上していくみたいなんだっ!」

 それは云わば。

・現実で、力をつければ、今まで上がらなかった重さの錘が持ち上がるようになる。
・必死に走って、練習すればマラソンで時間が短縮される。
・様々な記録更新が出来る。

 等、と言う事だ。
 このSAOという世界は、それに近い喜びもある。

 その上まだまだ興奮する所はあった。

「レベルの設定は、一体何処まであるのかは分らないけど。今のところゲーム内で限界がないのも魅力的だった!」

 限界がまだ見えないこと、その事に目を輝かせていた。これまで、やってきたゲームは全てを終えなくても大体理解出来ていた。でも、このゲームは、SAOはまるで先が見えない。色んな意味で、これまでやってきたゲームを遥かに凌駕していた。ここでも流石は、茅場晶彦の仕事だと思えていた

 そして、爺やはその姿に少し驚いていた。

 聞くところによると、戦闘に関しても行動に関しても、普通に現実で歩いたり走ったりすると体力が消耗するように、ゲーム内での行動は精神力が持っていかれる。

 確かに、この少年の頭脳は明晰だ。

 文句なしのS級クラス、天才と呼ばれる者だから。でも……精神力がここまで強いとは思わなかったようだ。脳の強さに比例しているのか…?とそう思った。それに、少年はβテストの際も殆どあちらの世界にいた。こっちの世界でモニターする事はできない。

 ……だからこそ、その身体には、かなり心配だった。

 βテストの2ヶ月の期間。
 仮想空間から、戻ってきた日は、時間は片手で数えるよりも短い。……身体は夢を見続けている様なものだから、変な話、栄養剤を点滴で体内送り……脳波の状態・心音に最新の注意を行っておれば、余程の年月がたっても、大丈夫だ。そう……、身体の衰えを防ぐのは不可能だが、10年たとうが20年たとうが大丈夫だ。だが、それは最新鋭の設備が要求させられる。それも日本じゃなく世界規模のもの。一般のプレイヤーならかなり厳しい環境だが……。この家はあらゆる物を集められる。

 だから、大丈夫……なのだが。それでも、親を自負する自分は心配は尽きない。

「坊ちゃん……確かに、注意を払えば長期的なプレイは可能ですが。……肉体の方の衰えは侵攻してしまいますよ」

 爺やはそう心配するように言った。……それもそうだろう。
 今回は、βテストの時とは違う。正式サービスだ。故に2ヶ月と言う期間などは無い。構成されたステージの全部クリアするまで……無制限なのだから。

「大丈夫だよっ。知ってるよね?爺や。僕はちゃんとやるってことを。仮に衰えたってリハビリするし、そもそも僕は家から殆ど出ない。日常生活をするくらいの力は直ぐに取り戻すよ。100%リハビリに打ち込めば分けないよ! ……というより、流石にちゃんと戻ってくるよ。爺やに心配かけたくないからね」

 少年はそう言って笑った。少年は興味を持った事に打ち込む集中力は驚嘆に値する。勿論、そのことは知っている。傍でずっと成長を見ていたからよく知ってる。だから、ゲームの延長でリハビリが必要なのであれば、さっき言ったとおり打ち込んでくれる。

 そして、今まで自分との約束を違えた事は一度も無い。それだけ、信頼してくれているのだから。

「……ふぅ、参りました。わかりました。後の事はこの爺やにお任せください」

 軽く笑うと、少年にそう答えた。それを聞いた少年は、ぱぁっ、とまるで擬音が伝わってくるかの様に笑顔に変えて。

「ッ!! ほんとにありがとう!爺やっ!」

 今日一日で最高の笑顔。歳相応の最高の笑顔を自分に見せてくれた。

 彼にとって 本当に、これ以上の無い誉れだった。








 そして、その一時間後。


「10……9……8……」


 少年はカウントを行っていた。なぜなら今の時刻は ――10月31日 PM12:59:52――

 サービスが開始される十秒前のカウント。

 その姿は、まるで≪新年明けましておめでとう≫を言う、新年のカウントダウンの様な勢いだろうか。そして、身を乗り出すかのようにし、表情も一気にこわばらせる。

「3……2ッ!」

 身体を揺らせている。……興奮が全く抑えきれない。火照っているかの様に身体の芯が熱い。

「1ッ!!」

『ピーーーーーーー お待たせしました。SAOサービス開始でございます。リュウキ様 心ゆくまで……お楽しみください』

 カウントダウンが終わった直後、予め仕掛けていた音声入りタイマーが作動した。それは、彼が片手間で創った高性能のタイマーであり、時刻は0.00001秒でもずれは無い。音声も機械的なものじゃなく人間に近しいもので、その為だけにAIも作った。そのAIは、時間を告げるだけじゃなく、万が一、体に異常等があれば、すぐさま爺やのモバイルにも伝わるようにリンクもつけてあ。

 それだけの準備もしている事を爺やに伝えたら更に呆れられてしまった。けれど、とても安心したとの事。

「じゃあ!爺や!後の事……よろしくね」

 少年は、振り返ると笑顔でそう告げる。

「お任せください。また、帰ってきたらお教えください。思い出を……。」
「うん!行ってきます」

 そう言い≪ナーヴギア≫を頭に装着した。そして、ベッドに横になり、あの言葉を言う。

 自分を異世界へと誘ってくれる魔法の言葉を。


「リンク・スタート!」


 その言葉と同時に、瞼を閉じて真っ黒になっていた目の前の空間が変わった。真っ白な世界が広がり、そして様々な色が出現した。


 そして、設定画面が表示される。まず初めの五感チェックが行われるのだ。



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Touch……OK

sight……OK

Hearing……OK

Taste……OK

Smell……OK


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『……五感チェックはまるで、問題なし……と。嫌だもんね。あの世界で五感に異常があったら……』

 仮想空間内での五感のチェックを済ませ、続いて次の設定。


□     □     □     □     □     □     □


Language……。


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『……何語でも問題ないけど。まあ、今現在は日本だし』

 彼は、仕事上で必要であればと、主要の何カ国かの外国語をマスターしているのだ。が、今は日本のみのゲームだから日本語に設定をした。


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Language……『Japanese』


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 これで本当の初期設定は終了。そしてその後に。自身の持つオンラインのログインIDとパスワードを入力する。


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Log in_:: :account ********** :password **********


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 本来なら、この後にキャラクター登録をするのだが、βテスト時に登録したデータがある為、省略される。


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          キャラクター登録


 βテスト時に登録したデータが残っていますが使用しますか?

  Ryuki(M)

  YES  NO


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 それあ勿論 《YES》。
 以前、βテストをした時のデータがあるわけでも、有利性アドバンテージがあるわけではないが、変えるつもりは無いから。

 そして……ついに、幕が開く

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 全ての工程が終了し、再び真っ白空間に戻った。暫く幻想的な光景を目の当たりにした後、再び目の前の空間が真っ黒になる。


 ……そして、ゲームが始まったのだった。

 

 

第4話 はじまりの街・初めてのパーティ



 目の前の空間が真っ黒になる。真っ暗になってるのは当然だろう。……だって、目を閉じてるんだから。

 でも、目を閉じていても、よく判る。

 この世界は、自分が待ち望んだ世界だと言う事が判るのだ。
 心を躍らせて待ちに待っていた世界についたのだと。ほら……目を開けて見ると、直ぐに見えてくる光と一緒にあの世界(・・・・)の光景が、目の前に広がる。

「来た……。帰ってきた」

 目の前に広がる現代日本ではお目にかかれない町並み。そして、この世界を象徴する、空高くに伸びているとてつもなく巨大な塔。……現実では有り得ない自分自身の姿。

「オレのもうひとつの現実に……!帰ってきたんだっ!」

 そう実感し、思わず声を上げたその時だ。“どぉん、どんどぉん”と言う爆発に似た音が空に響き渡る。……空の上に花火が立ち上がっているのだ。それは、SAOサービス開始を記念。花火が上がると同時に、町中から歓声が上がった。

「わぁぁ………。すごいっ!」

 この時の彼の表情はまるで遊園地に来た少年。幼い少年のそのものだった。暫く、自分のゲーム内でのキャラ?を忘れて楽しんだ後、直ぐに我に還った。なぜならば、ここはゲームの中だから。

 彼は、オンラインゲームでは全世界でも屈指の実力者なのだ。

 HN:Ryukiの姿に戻っていた。


「……さて……と。行くか」

 他のプレイヤーは大体はうかれているか、街を見物したりしていた。……そう言う自分もうかれていたけど直ぐに調子を取り戻す。自分にとってはこの世界は現実そのものなんだ。人生と言うゲームであって、……決して遊びではない。

 それは、茅場の言葉だが、共感できる。

 この世界は自分にとって現実のそのもの。

「今は、当然ながら初期状態。……装備もそうだしレベルも1。……まずは、レベリングから、だな。でも、今の装備でもはじまりの街周辺は問題ないだろう。……外の草原へ行くか」

 活気付く他のプレイヤーを尻目に、リュウキは駆け出した。それはまるで自分の体じゃないように軽い。まだまだ、本気じゃないのに、羽の様に、羽ばたくように走れる。本気を出せば、世界記録とか出せそうと思ってしまう程だ。

 先ほど確認した通り、今現在の彼、《リュウキ》のステータスパラメーターはLv1。

 だが、明らかにその能力値以上の速度の様な錯覚をリュウキはしていた。一目散で駆け抜ける。街の外の草原を目指して。

 そんな時だ……。

「おい、アンタ!」

 走る自分の横につけた男が1人いた。夢中になっていたから、接近に気がつかなかったようだ。自分の中にある得点に減点1。注意力が散漫だったから。

「……何だ?」

 リュウキは無愛想に答えた。……現実も同じ、この世界で彼が他人に心を開く事は殆ど無い。ほぼ損得、後は気まぐれな時。そして、仕事≪ゲーム内≫を頼まれることくらいだ。だから、MMOであってもソロプレイの方が圧倒的に多いのだ。
 そんなリュウキだったが、声を掛けた当人は気さくに話しかけ続けた。

「アンタ……走る脚、速いな。本当にレベル1か? その敏捷性(AGI)ありえなくないか?」

 笑いながらリュウキにそう言うが、リュウキは首をかしげた。この男も余裕でリュウキに付いてきてるように見える。と言う事はリュウキにに行った言葉がそのまま、自分自身に帰ってくるのだから。

「ありえないも何も、SAOのサービスは本当にたった今始まったばかりだろう? なら、普通レベル1に決まっているじゃないか。それにそれを言うならお前も、だろ……? ありえない、と言ってるオレに付いてきてるんだから」

 リュウキは、そうそっけなく返した。速い、と言いつつもこの男は、自分に今もついてきている。それは、紛れもない事実なんだから。

「ああ、それもそうだったな? はは、それより……アンタ、元βテスターだろ? その姿、容姿に覚えがあってな。流石に装備は違うが」

 その男は次にそう言っていた。その表情から察するに、先ほどの敏捷性の会話はどうでも良いらしく、そして どうやら、そちらが本命のようだ。

「………まあ、そうだ。……見るところによるとお前もそうなんだろう? ……ああ、思い出した。βの時に会ったな」

 リュウキは、彼の姿を見て、思い出しながらそう答えた。βテスターの中に本格的なプレイヤー……熟練者(advanced)と呼べる者は実の所、そんなにはいなかった。
 いや……そんなにじゃない、殆どいなかったのだ。だが、それは別に不思議でもない抽選で、βテストをプレイする資格が得られるのは、たった1000名。その中で玄人が選ばれると決まっているわけではないのだ。中には初めてネットゲームを……MMOをするという者もいた。
 そう言う連中は、あちこちで色々と聞いて回っていたからよく覚えている。そう……所謂 新しい物好きのプレイヤーだっていた。

 単に話題沸騰の最新作。

 そして、仮想世界と言う新たな世界。だったら、やってみたい。

 ……半ば呆れそうになったが、人それぞれ十人十色だろう。ゲームと言う娯楽を楽しむものだ。
だけど、自分にとっては住む世界が違う人たちだ。そう思い、割り切っていた。でも……目の前の男は違った。偶々当選したプレイヤーの中でも熟練者はいたんだ。

「そうだ……その姿……確か……、キリ、ト。キリトだったな。ああ……間違いない」

 リュウキは、印象に残った時のモノの記憶力には自信はある。何人かは、覚えているが、この男は上層にまで上ってきていた男だった筈だ。

「ああ……そうだ。アンタは、リュウキか?」

 今度は逆にキリトがそう聞いた。自信があったものの、どうやら100%、と言う訳ではないようだった。

「……ああ」

 リュウキは、頷いた。
 キリトとは、少しの期間ではあるがゲーム上で唯一パーティを組んだ男だった。過去のゲームで組んだ事など殆ど皆無だと言うのに、たった2ヶ月の期間でパーティを組む。以前の自分では考えられないと思う。だけど、それは……初めての世界、VRMMOで自分は浮かれてしまったんだと、一笑した。

 つまりは互いが互いを覚えているようだ。……それも本当に珍しかった。

 1000人と言うネットゲームの中では少ない数だが、VR世界ではそうはいかない。現実に1000人いるのとまるで変わらないからだ。ましてやパーティを組んだとなれば更に。

「やっぱりか。お前は開始早々にログインするだろうって 思ってたけどドンピシャだったな。そして、するのは、まずレベリングから。だろう? それとコル()稼ぎか」
「まぁ、否定はしないな」
「……それは判るんだ。だけど、今だに判らない事もある」

 キリトはそのままのペースで走りながらリュウキに聞いていた。

「………何がだ?」
「あの時だ。β時代。お前とオレ、レベルは多分同等だった時期だろう。まあ、他人のレベルとステータスは判らないけど。……それなのに、何であそこまで差が出たのか……だよ」

 キリトも相当なゲーマーである。……だが、自信を持ってプレイしても、後塵を拝してしまう男が目の前にいる。確かに悔しくも思えたが、これは競うゲームでないのが良かったとも思っている程だった。

「今の状態と、殆ど同じだった筈。所謂初期状態。ステータスは変わらない筈なのに、お前には。リュウキには、後塵を拝してた。それが気になったんだよ」
「成る程。……VR世界とは言え、所詮はデジタルデータの世界。……オレには全部視えてる。その差が現れたんだろう。……それだけの事だ」

 リュウキは、最後まで言うと、内心戸惑っていた。なぜこう話をしているのだろうか? と。

「……悪い。言ってる事の意味が判らん」

 キリトはキリトで、意味が判らない様子だ。……多分、10人中10人がキリトと同じ反応だろう。『視える』といわれても、『何が?』としか返せれない。

 リュウキは、少しだけ安堵していた。

「……判らんなら、気にしない事だ。……お前とは昔、同じパーティを組んだ誼み、……街の外、草原までは一緒する。そこからはどうなるかは知らんがな。各々の判断で、だ」
「はっ! 今度は最後まで付いてって見せるさ。いつまでも、置いていかれたりしないよ!」

 リュウキの最後の言葉を聞いて、キリトはニヤリと笑うと、更に闘志を燃やしていた。

――……あれは、いつの時だっただろうか、そう、ソロプレイ同士の時だった。

 モンスターのPoP率はプレイヤーが狩場に少なければ、永遠に続くのじゃないか? と思う程で続ける。だからこそ、経験値を上げるのにも丁度いい狩り場だった。リスクはあるが、それがソロの魅力でもあったのだ。

 そして、そんなモンスター出現の穴場で昼夜問わず、ソロプレイしていたのがこの男、リュウキだ。勿論キリトもそこを狩り場としていた。

 その為、狩場に2人だけと言うのもあった。確かに効率良く倒せるのだが。
何故か、この男には後塵を拝してしまう。
 倒した数もそうだし、スキル熟練度、そしてレベルが上がる量も。……何より、Mobを倒す速度だ。
 
 一緒に闘っていて、それがBOSSではなく、ただの連続PoPしたMobだったら、絶対に先に仕留めていて、しまいには、待てなくなってしまって、『行きたい所があるからまたな……』……と言われてしまい、置いていかれる始末だった。

 キリトにとって、勝負をしていた訳じゃないのに、これ以上無い敗北感だった。

 だが、何度か共にプレイしていく内に、感じた。『目指すべき男』だと言う事を。この男(リュウキ)が、理想像なのだという事を。何処かで、強く思えていたのだ。

「……まあ、頑張れ」

 そう、こんな感じでリュウキは、あの時も自分にエールを送っていた。それを何度も聞く内に、キリトの中では認識が変わる。

「……なんかお前に、頑張れと言われると嫌味に聞こえる」

 エール=嫌味だと。 勿論、リュウキはそんなつもりは無い。

 ……リュウキは、不思議だと思っていたのだ。

 なぜなら、ずっと他人と関わるのは嫌だった。心を通わせれるのは後にも先にも……爺やだけだった。
それは、今までのゲーム内でも……同じだった。ネットゲームでは人間の本性が出やすいところだ。

 だからこそだ。

 初めこそは浮かれていたが、この世界でも相応の対応をしていた。自分自身が仮想世界に入ってプレイするとは言え、本当の姿はアバターに隠れる事はできる。だから、従来どおりだろうと感じていた。
だが、目の前の男には嫌な感じはしない。過去どんなゲームでもこんな男はいなかった気がする。……であった期間は短かったが、それは良く判った。

(……こんなヤツもいるんだな。こんな、プレイヤー、男も)

 リュウキはキリトを横目で見ながらそう思い走った。そんな時だ。

「おおーーい!!そこのにーちゃーんたちーっ!」

 また、後ろから声が聞こえたようだ。声の大きさから、キリトの時よりも遠い位置。だからリュウキは振り返らず、………空耳と言う事にしておこうと、そのままスルーしていた。

「……………」

 声に振り向かず、構わずどんどん走るリュウキ。

「って、おいっ! 待てよ。明らかに俺らが呼ばれてるから、ちょっと止まれって!」

 リュウキは気にせずに、走り去ろうとしていたのだが、キリトに服を掴まれて、捕まってしまった。リュウキは観念して止まると、ため息を吐きながらキリトに言った。

「………まさか、お前に捕らえられるとは。少しショックだ」
「って おい! 別に逃げてたわけじゃないし、それくらいでショックとは、幾らなんでもオレの事、舐めすぎだろ!?」

 それは一方的にキリトが突っかかっている風に見えるが、火種をまいたのは、リュウキだ。でも、口喧嘩してても、傍から見たら、楽しそうに絡んでいる風にしか見えていなかった。

「ちょっとちょっと! まってくれって……はぁぁ〜〜。やーっと、追いついた……。その迷いの無い動き……お前ら、絶対βテスター上がりだろ?」
「それがどうかしたのか?」
「ああ。そうだが」

 とりあえず、リュウキも返事を返した。一応、オンラインゲームでのマナーだ。……最初は、リュウキは逃げようとしたけど、今は立ち止まって振り返ったから大丈夫だろう。

「なっ? なっ? 俺今日が初めてでな! 序盤のレクチャーをしてくれよ! 頼む、このとーり!」

 男は両手を合わせて懇願していた。『そこまで言う事か? 最初は色々と試行錯誤させながら、手探りでプレイしていくのが楽しいと思うが』……と思っていて、リュウキは返事を返すのが遅れてしまっていた。

「あ……ああ」

 キリトの方はは、断らずに直ぐに了承していた。あまりにも情熱的?で、断れなかったんだろうか?

「……ん。キリト1人いればいけるだろ? じゃあ、オレはここで……」

 リュウキは、自分は必要ないだろう、と判断し手を上げて立ち去ろうした時。

「ちょ〜っとまった!」

 キリトは今度はリュウキの手を掴んでいた。捕まえられたのは二度目だ。

「……? まだ、何かあるのか?」

 リュウキは、正直キリトの行動。自分を誘った事もそうだし、意味が判らなかった様だ。この男(キリト)は、βテストの時も自分と同じで1人が多かったと記憶している。そんなに、仲間を欲しているわけでもなさそうなのだと言うのが第一印象だった。なのに、今は違う印象を受けるのだ。

「ほら、1人じゃ出来ない事が他にもあるだろ? パーティの組み方だってそうだし、パーティ組んだ時の有利性や操作性。戦闘面だったらスイッチだったりさ? その辺は2人いた方が断然良い。言葉で説明するより、実演してみせた方が断然」
「む。……まぁ、それもそうか」

 リュウキもとりあえず、キリトの言い分に納得し脚を止めた。操作方法は問題ないが、チュートリアルをするのは別に悪い事ではないからだ。

 それに、確かに意味が判らず、意図も読めなかったけれど、悪い男じゃないと言う事は判っている為、それ以上は何も考えなかった。

「おっ! マジでか? 結構上級も教えてくれるんだな? ありがとよ! オレの名はクラインだ! ヨロシクな。2人とも!」

 赤毛のロングの男が自己紹介をしていた。『別に上級と言うわけでもないのだが』と野暮なつっこみは2人とも言わないようだ。

「オレは、キリトだ」
「……リュウキ」

 其々挨拶をし、3人で街の外へと向かう。

 向かう場所は ≪始まりの街周辺の草原≫。3人は、そこへ向かって走り出した。

 無限に広がっているかの様な大草原まで……。




 

 

第5話 第1層・はじまりの街・西フィールド


 この世界は、アインクラッドと呼ばれている空中に浮かぶ城。
 その第1層の広さは広大。直径は10kmに及ぶと言う。そして、勿論フィールドもその広さに合わせて広大であり、見渡す限りの草原が広がっている。絶景と言えばそうなのだが、生憎ピクニックをするという概念は無い。

 そもそも、現実世界だって今までした事だってない。

 だから……初めての経験だった。でも、その初めてをこの世界で味わえた事をリュウキは幸運に思えた。この世界は、仮想世界は、とても好きな世界だから。

「どわーーーーっ!!」

 折角初めての感覚を満喫し、感傷に浸っていたのに、視界の中にクラインがすっ飛んできた。どうやら、攻撃を受けてしまった様だ。

「うっ、げっ!がぁぁ……股座がっ……!」

 クラインは、腹を抱えて悶絶している。腹部に攻撃を受けて、その痛みが痛覚となって襲っているのだろうか? ……が、それはありえない事だ。

「大袈裟だな。別に痛みは感じないだろう?」

 キリトは呆れながらそう言った。そう、ここは仮想空間。
 現実では指一本ですら、身体は動かしていない、故に擬似的な痛みはあるが、そこまでの痛覚はありえない。……威力によっては、大小のノックバックが発生するが、あくまで衝撃だけであり、痛みは殆ど無い。

「あ、そっか……!はは、ついな……? いやー、ビビったビビった」

 クラインは頭を掻きつつおどけて見せた。……リュウキは、ため息をしつつ、再び景色を眺めるのを再開していた。この世界の空を大地を眺めていた。

「……んで? リュウキは、いつまで眺めてんだ?」

 キリトは空を、大地を見ているリュウキにそう聞いていた。かれこれ、このフィールドに来てからずっと眺めているからだ。

 空を見上げていたリュウキは、視線をキリトの方へと向けた。

「……ん。ああ。漸く、此処に。……この世界に本当に帰ってきたな……って思ってな。いつまで、か……決めてない」

 リュウキはそう返しつつ、再び空を見た。そして、手を伸ばし……、空気を摑む様に握った。

「おお~~い! 確かになぁ……! って思わねーでも無いが、こっちも頼むぜ! レクチャーしてくれよ。いきなりゲームオーバーだなんて最先最悪だからよ!」

 クラインは、HPをそれなりに削られているらしく、早い段階で助けを求めていた。よくよく見てみると、どうやら彼のHPゲージが注意値(イエロー)近くまで減っていたようだ。
 でも戦闘が始まったのはついさっきだから、早すぎるのでは? とキリトとリュウキは思ったが、口には出さなかった。

「……キリトがさっき言ってた言葉をよく思い出せ。初動のモーション。それが重要だ」
「そうだ。その通り」

 2人して、出来野悪い生徒に教えるようにそう教えていた。ちゃんと自分のものに出来るかどうか……、それは本人次第だろう、そこまで見てあげられる自信もなければ、見るつもりも無い。
                                     byリュウキ

「んなこと言ってもよ……。アイツ動きやがるしよ?」

 クラインが見ている先には猪の姿をしたモンスターがいる。
 その名は≪フレンジーボア≫ 通称 青イノシシ。

「……動かないモンスターがいるか。そんなアクションRPG面白くないだろ?」
「ま、まぁ そ……そりゃそうだけど」

 リュウキの言葉に苦笑いをしつつ同意するクライン。

「それに、ちゃんとソード・スキルを発動さえすればシステムが当ててくれる。難しく考える必要ないさ」

 キリトは、草原に落ちている石を拾い上げると初期投擲のスキルである“シングルシュート”を放つ。キリトから放たれた石は、赤く光りまるで矢の様に、フレンジーボアに解き放たれた。赤い軌跡を残しながら、放たれていく石は、予め当たる事が決まっていたかの様に、直撃する。

「ギャンッ!!」

 投擲技は、相手のHPは殆ど削らないが、気をそらせること、そしておびき出す事はできる。だから、フレンジーボアは 標的をクラインからキリトの方へと変えた様だ。

「成程、モーションか……モーション……」

 キリトの方へとフレンジーボアが向かっていっているその間にクラインは集中していた。

「どういえばいいのかな? よっと!」

 キリトは、フレンジーボアを軽くいなしながら、説明を始めた。所謂、これは見取り稽古だ。口で説明するだけよりは、実演しながら教えたほうが身に付くのが早いだろう。

「ほんの少し、溜めて スキルが立ち上がるのを感じたら……ズバーンッ!ってする感じ?」
「……擬音ばかりだな。まあ、その方が判り易いか? 感覚が大事だからな」

 リュウキは、キリトの教え方に苦言を呈すが、クラインの方を見て、そう思った。どうやら、クラインも掴みかけているようだから。

「ほうほう、ズバーンかぁ……ん……おっ? おおっ?」

暫く瞑想するかの様に目を閉じていたクラインだったが、どうやら感覚を掴めた様だ。
 目を開くと剣を構えた。

「ふっ……。」

 それを見たキリトは、蹴りを放ちクラインの方へと蹴り飛ばした。スキルじゃない攻撃は、基本的にHPを削る事は出来ない。が、ノックバックを発生させ、身体をズラす事は出来る。丁度、クラインの剣の太刀筋にちょうど良い場所へとキリトは蹴り飛ばしたのだ。

「おおらあああ!!!」

 クラインは、ソード・スキルを発動させた。真一文字に斬り裂く一撃。その一撃は、ボアのHPゲージを一気に消滅していく。黄色のゲージから、赤へと変わり……、完全に消失する。
 すると同時に、フレンジーボアの身体が青く光り、そして最後には鮮やかな硝子片となって、弾けて砕け散った。

「い……よっしゃあああ!!」

 クラインは、空に右拳を突き上げ盛大にガッツポーズ。

「おめでとう」

 そして、キリトも近づいて手を出し、クラインとハイタッチをした。

「おー!っておい。リュウキもしようぜ? ハイタッチ!」
「……オレは別に良い。アイツを倒したのはお前らだろ?」

 リュウキは加わらずに、素っ気なくそう返したが。

「まあ、そう言うなって」

 キリトが『加われよ』と言う前に、リュウキの手を引っ張っていった。

「わっ、な、何だよ」
「ほら、ハイタッチだハイタッチ」

 笑いながらそう言うキリト。そしてクラインも笑っていた。それを見てリュウキはため息を吐くと。

「……わかったよ。」

 観念した様に、手を差し出した。

「へへ!」

 こうして、3人はハイタッチを交わしたのだった。



――……リュウキはこの時、思っていた。


 キリトはかなり強引だった。でも、以前もこんな感じだっただろうか? 置いていく時も、別に文句を言っていた覚えはない。

(だけどなんでだろう……、悪い気はしない、な。こんな空気も……)

 キリトの変化、そしてそれを受け入れている自分も、悪い気は不思議としていなかった。……だけど、同時にリュウキには疑問も生まれていた。

「……でもあのイノシシは、雑魚も雑魚……。所謂、序盤のモンスター。スライムみたいなものだろ? それで毎回するのか? ハイタッチ」

 そう聞くと、クラインは唖然としていた。どうやら、クラインはあのモンスターの事を知らなかったようだ。倒せて当然。入門編。チュートリアルクラスのMobだということを。

「ええ〜〜。マジかよ!おりゃてっきり中ボスクラスかと……」

 折角倒したのに、とクラインは項垂れていた。その言葉を聞いたリュウキは、少し笑った。

「……こんなのが、此処の中ボスだったらオレはもう全層突破している。あのβテスト期間中でな」

 そう言っていた。そして、キリトも笑う。

「それはオレも言えるぜ? 雑魚モンスターだし」

 その点に関してはキリトも同様だった。

「くぅ〜〜マジかよ……。」

 クラインの前途は多難のようだとこの時そう思っていた。


 そして、その後はモンスターと戦う事はせず、暫くクラインはスキル発動の練習をしていた。

「………おお〜〜っ!」

 クラインは何度かボアを倒し、剣を実際に振るい、漸くソードスキルのコツを掴んだようだ。
ソードスキルの成功の確率も上昇している。

「なっ? ハマるだろう?」

 キリトは、夢中になって剣を振っているクラインにそう言って笑った。

「まあ、今までのと段違いだしな。」

 リュウキもそこは強く同意していた。VRMMOの最大の魅力はそこにあるからだ。自分自身の身体で、剣を振るっている感覚なのだから。

「ああ! そうだな。おっ……? ははっ!リュウキよ、おめー初めて笑ったな? 初めて見たぜ?」

 クラインは、リュウキの顔を見ながらそう言って更に笑った。苦笑いをしていたり、は見たが、今の様な良い笑顔は見てなかったから。

「………ッ」

 リュウキは、クラインにそう言われて、思わず直ぐに顔を背けた。

「ははっ、アバターだけどよ? 現実のお前って可愛い顔してんじゃねーか? そのツラでその性格でって考えたらよ? 俺よか年上っぽいのに、無理矢理厳ついアバターに変えたのかぁ? 現実で会ってみたいな」

 クラインはニヤニヤと嫌な笑みをしつつ、リュウキの身体に肘をつんつんと当ててくる。リュウキは、直ぐに無表情になり、クラインから背を向けた。


「……さてと、もう大丈夫そうだ。……オレはもう行くか。さっさと次の村にでも」

 ふいっ……っと、何事も無かったかのように立ち去ろうとしていた。

「って !おおい! じょーだんだって、じょーだん! 行くなって」

 さっさと言ってしまうリュウキをクラインは引き止めていた。



「それよりよー。スキルって色々あるんだろう? 武器を作るとかさ?」
「ああ、スキルの種類は無数にあるって言われてる。その代わり魔法はないが」

 このVRMMOのソフトSAOの世界には魔法は存在しない。全ては剣なのだ。あまり無い珍しい設定、だとも言える。

「RPGで、魔法無しか……大胆な設定だな!」

 クラインは剣を素振りしながらそう言っていた。

「自分の体を動かして戦う方が面白いだろう?」
「確かに!」
「あっちじゃ、絶対に出来ないことだ。確かにその点はオレも同意だ。魔法がでるタイプのVRMMOがでてもいいとは思うが、こっちを終わらせてからだな」

 皆がそう言い合っていた。その後は狩りを再開する。

「んで、そのスイッチのコツなんだけどさ?」

 クラインがその方法についてを確認していた。次は複数でのパーティプレイの時の事だ。

「普通のMMOと同じで、回復の間を開ける事とかだな。それにスタン……一時行動不能化してしまった時にも使えるからな。正直、ソロでのプレイは絶対の限界がある」

 キリトはそう説明をしたが、直ぐに表情を強張らせた。『限界がある』と言う言葉を思い返しつつ。

「まっ、例外はあるがな」

 そう言って視線をリュウキの方へと向けていた。

「へ? 例外? 一体なんだそりゃ。」

 どうやら、クラインはキリトが言っている意味が判らない様だ。キリトは答えず、ただただリュウキの方を見ていた。

「…………」

 そのキリトの視線は少し離れたところにいるリュウキ。モンスター、フレンジーボアが何匹か同時に現れたから散開したのだ。初心者のクラインが主に1匹に集中し、その他、複数でくるモンスターはキリトやリュウキが相手をしていた。クラインが1匹を仕留めるのに随分時間がかかっていたが……。気が付いたら、リュウキはもう終わっていた。そして、遅れてキリト。最後にクラインの順番だ。

「あ~……なるほどな。リュウキもお前もβテスターの時に、パーティでやってたのか?」

 クラインは、何かを察した様でそう聞いていた。

「はぁ、オレも結構頑張ってる方なんだけどな。アイツは気づいたら先に先にって感じだったよ」

 キリトは悔しそうにそう言う。追いかけても追いかけても、常に前に行かれている存在。
それが、リュウキだと言っていた。そんな会話をしているとは知らないリュウキは飽きず空を眺めていた。



 そして、時刻は夕方。


 夕日が沈んで行くのがよくわかる。太陽が落ち……夜の闇が生まれる。その光景まさに、現実と変わらない光景だった。

「……何度見ても信じられねーな。ここがゲームの中なんてよ?作ったやつは天才だぜ。マジでこの時代に生まれてよかったわ」

 クラインは、その光景を目に焼き付けつつそう言っていた。現実の世界で何度も見ているそれと全く変らないのだから。

「それはオレも同感だ。久しく感じなかったものがここで手に入った。まだまだ、終わりも見えないし最高だ」

 リュウキもクラインの言葉に同意していた。

「大袈裟だな。お前らは。ナーヴギア用のゲームやるの、これが初めてなのか?」
「ああ、って言うか、これが発売と同時にそろえたって感じだ。」
「同じく……。VRMMOはこれが初だし、今のところ、≪SAO≫これにしか興味は無かった」

 その言葉からどうやら、リュウキもβの時のフルダイブはこれが初のようだ。そして、そのリュウキの言葉を聞いてキリトは呟く。

「………初めてであの実力かよ」

 キリトは、唖然……そして その腕に少し嫉妬していたようだ。この世界では感覚が命だ。だから、この世界のゲーム以上に経験、そしてセンスが問われるものはないだろう。

「ん?何か言ったか?」
「なんでもない。」
「へへ……。キリトも可愛いとこあんじゃねーか」

 クラインは笑っていた。それを訊いて、リュウキは思う。

「……? さっきの時と言い 今と言い……。お前は所謂ホモなのか?」

 リュウキは真面目にそう聞く。先ほども、色々と言っていたからだ。すると、慌てたクラインはリュウキに向き直した。

「アホ言え! オレはノーマルだ! 可愛いお嬢ちゃん! 綺麗なおねーさんが大好きだ!! 男好きだなんて、断じてねぇ!」

 そう必死に叫んで否定していた。ただ 叫ばなくていいことも大声で言っている。

 ……それは是非そうであってもらいたいとキリトは思っていた。

 この記念すべき一日の最初のパーティメンバーが……そんな趣味だったら最悪だと思えるからだ。


「それにしてもよー 我ながら運が良かったと思ってるぜ。たった10,000本しかない初回ロットを手に入れられるなんてよ?ここ3年分の運を使ったって感じだ。だけど、お前らほどじゃないか」

 そう言ってクラインは2人を見た。

「「ん?」」

 キリトとリュウキは2人同時に振り向いた。

「だってよ。βテストに当選だろう?あれは10,000の更に10分の1……1,000本ぼっちだもんな」

 予約が殺到していた為、確立で言えば0.00……1%。限りなく0に近い確立であり、宝くじと似たようなものなのだ。

「……爺やに、ほんと感謝」

 リュウキは、改めてそう強く思った。彼が頼んでくれたからこそ、手に入れる事が出来たんだ。そして、今この世界に打ち込めていられるのも、彼のおかげだから。

「ん?何か言ったか? リュウキ」

 キリトはリュウキが何か言っていた事に気が付きそう聞くが、リュウキは首を振る。

「……なんでもない」

 リュウキは、さっき言っていた事は話さずにそう返していた。

「おっ、そういえばよ。βテストん時は何処まで言ったんだ?」

 クラインは、βテストの時の事が気になった様で、2人の前でそう聞いていた。それがスイッチだと言う事を知らずに……。
 “ビキィィィィン!!!!” と言う音が響いた気がする。……スイッチ、と言うより、何かが切れたような音だ。

「………ん? どうかしたかキリト」

 今度はリュウキがキリトにそう聞いた。ちなみに、音が聞こえた気がしたのは、クラインだけであり、別にリュウキには何も聞こえなかったのだ。

「べっ……別に……」

 キリトは、口にこそ今は出していないが、どうやら、以前のβテストの時の結果を、本気で悔しがっているみたいだ。

「ん、オレはβテストの期間、2ヶ月で16層だな」

 リュウキはクラインの質問を聞き、数ヶ月前のβテスト期間の時のプレイ状況を思い出しつつ答えた。 クラインは、その答えを聞いて。

「へ〜……。結構なペースで攻略できるんだな? 1年ちょい位で 100まで行けるか……? 人数も多くなってるし」

 そう返していた。ここ、アインクラッドは全100層の構成。そのペースなら、単純計算で確かにクラインが言うとおり、約1年弱程で攻略出来るだろう。だが、その計算をキリトが首を左右に振って否定する。

「……そいつは特別だ。リュウキは。……ほんっと異常なんだ。オレがどんだけ頑張っても6層までしか行けなかったのにな。初めっからほんとに…………………くそぅ。」
「………まあ、頑張れ」
「だから、嫌味くせーって!」

 クラインは、子供の様に叫んでいるキリトを見て、軽くいなしてるリュウキを見て。

「かっ! はははっ! ほんっと悔しいんだな? キリトは。ならよぉ、正式サービスの今 リュウキを追い抜いたらいいじゃねえか。それにお前ら……相当にハマってるな?」

 クラインはそう言って笑っていた。

「勿論だ。ここはオレにとって…………。」

 リュウキは何かを言おうとするが、最後まで口にはしなかった。

「ん?オレにとって……なんだ?」

 キリトは気になった様で、聞くが。

「なんでもない。ただ、ハマってると言うのは否定しない」

 リュウキは答えなかった。現実の事が絡んでくるし、気軽に話す様な事でもない。

 ただ、この世界が現実以上の場所。

 今、考えられるのはそこだろう。……無論、他にもあるが、今はあまり考えなかった。

「だよな……。ここでは(コイツ)一本でどこまでも上っていけるんだ。あの期間では寝ても覚めてもSAOの事しか考えていなかったよ……それにな」

 キリトのこの次の言葉、それを聞いてリュウキは驚く。

「仮想空間なのに……現実世界より生きてるって感じがしてるんだ」

 そう、その言葉だった。確かに、仮想世界だから。自分の身体を動かしている様に感じるから。
 人は『所詮はゲームだ』と答える事が多いだろう。 でも、自分と同じ様に感じている人がいて、嬉しくも思えたのだ。

「………。だよね」

 だから、リュウキの、彼の素の言葉が出ていた。それはこの場の誰も……本人さえも気づいていなかったが。



「さて、もう少し狩りを続けるか?」

 キリトはそう聞く。まだログアウトをするには早い、と思ったから。

「まあ、オレは続ける。今日くらいは付いてくよ」

 リュウキはそう答えた。時刻に関しては、彼はまるで問題じゃないのだ。……文字通り、この世界で暮らしていく覚悟だから。

「あったりめーよ!!」

 クラインも同意した。……のだが、直ぐ撤回をする。

「あっ……っと言いたいところだが……。」

 突然“ぎゅるるる〜〜〜〜”と盛大に音が鳴り響いた。どうやら、クラインの腹から音が鳴ったのだ。……この仮想空間で、そこまで再現しているとは恐れいったものだ。

「腹減ったからな……。一度落ちるわ」

 楽しいが、流石に空腹には勝てない。そう言わんばかりだった。

(ん……オレは空腹に勝ってる……のか?)

 リュウキ自身はそう思わずにはいられなかった。確かに、空腹感はあるがそこまででは無かったからだ。

「まあ、ここでのメシは空腹感がまぎれるだけだからな」
「でもまぁ、味がいいのもあるだろう?」
「へ?そんなのもあるのか?」
「ん。あるな。食材の中でもランクがあるし」
「マジか! そりゃ今後が楽しみだ! だが……、今は5時半に熱々のピザを頼んでいるんだ! そっちのを堪能してくるぜ!」
「準備万端だな」

 キリトは本当に感心してるのかどうかは、判らないがそう答えていた。

「まあ、その後にまたログインするさ。それよりもどうだ?オレこの後、仲間と落ち合う予定なんだ。良かったらフレンド登録しないか?」
「え………」
「…………」

 2人とも、クラインの言葉を訊いて、言葉を詰まらせていた。フレンド登録については、難色を示しているのだ。……抵抗があるから。

「いやいや! 無理にとは言わないんだ。それにそのうち紹介することもあるだろうしな?」

 クラインは、そう言って笑っていた。

 リュウキこの目の前の男は本当に良い奴だと感じた。

 少なくとも……数あるネットゲームの中で出会ったプレイヤーの中でも……格段に良い。

(10,000人しかいないからかな……。でも、オレは運がよかったのかもしれない)

 そう思っていた。もしかしたら……爺やが、この2人と自分を引き合わせてくれたのかも……とも思える程だった。

(……ってそんなわけ無いよな)

 リュウキはその考えを一蹴した。幾ら彼でも出来る事と出来ない事がある。そして、この出会いは意図しての事、とは思えないしありえるはずは無いから。

「悪いな……ありがとう」

 キリトは分ってくれた事を感謝していた。

「オレもだ。今までいろんなオンラインゲームをプレイしてきたが……。アンタみたいなプレイヤーは少ない」

 リュウキも同様にそう返していた。その言葉の中には感謝している様にも聞こえてくる。

「おいおいおい。礼を言いたいのはオレの方だって。それにオレみたいなプレイヤーなんてごまんといるさ。俺の仲間はそんな連中だ」

 クラインはそう言って笑うと2人の肩をつかむ。

「……ありがとな?この礼はいつか必ずする。精神的にな?」
「はは……」
「……期待しないでまってる」

 そう言って握手を交わしログアウトしようとした時だ。


 ある異変(・・)に気がついたのだ。








 

 

第6話 ログアウトできません


 それはクラインは、ログアウトをしようとウインドウを開いた時だった。
 
 そこに、その項目に有る筈のモノが無い。何度か確認するが、有る筈のものがないのだ。

「あれ……?ログアウトボタンがねぇ……」

 そう異常、それはクラインのその言葉から発覚し、始まった。

「無い? そんな訳無いだろ? よく見てみろよ」

 キリトにそういわれ、クラインは再び確認するが。首を横に振った。一度、ウインドウを消し もう一度出して確認しても無いのだ。

「ん……やっぱ、何処にもねーよ」

 リュウキは、クラインが初心者だから、探せないのか?と一瞬思った。だが、文字さえ、簡易的な英語だが、読むことが出来るのなら、探せないわけは無い。

「……メインメニューの一番下に無いのか?」

 リュウキは、クラインにそう言いつつも自分の目で確認をする。指を振り、メインメニューを呼び出して確認するが。そのメニューには ≪Option≫と≪Help≫その二項目だけだった。

 本来、その一番下に有る筈のものがなかったのだ。

「………確かに無いな」

 リュウキもそう答えた。自分の目で確認したのだ。βテストの際にも何度も確認をした筈の項目だ。そして、別のオプションメニューの中にあるのか? と何度か探ったがそれでも見つける事が出来なかった。

「本当か? ………本当だ無いな」

 キリトもリュウキに続いてウインドウ内を確認するが、リュウキやクラインの言うとおり、ログアウトの項目が無かった。

「まっ!今日が正式サービス初日だからな、こんなバグもあるだろう。今頃運営は半泣きだろうな」

 クラインはそう楽観的に言うけど。明らかに致命的なミスだろうと思える。致命的であり、……初歩的なミス。それも、βテストから、追加する項目ならまだしも、だ。

「あの男がそんな初歩的なミスを見逃す……か? ありえないと思うが」

 クラインの言葉を聞いてリュウキの頭は疑問でいっぱいだった。このSAOを作った茅場晶彦の事はよく知っているつもりだ。

 彼の仕事の能力は完璧に近い。

 技術は勿論、仕事に打ち込む姿勢も、その全てが最高水準だった。だからこそ、リュウキは、あの男と再び共に仕事をしたいとまで言ったのだ。

「ん? 何か言ったか?」

 キリトは、リュウキの呟きを聞いてなかったようだ。少し耳に届いた程度だったようだが、別に言う必要もないとリュウキは判断する。

「いや……なんでもない。それより、クライン。お前は楽観的に構えててもいいのか?」

 リュウキはクラインにそう聞く。さっきクラインが言っていたログアウトをする理由についてだ。

「あん?どう言うこった?」

 どうやら、クラインはリュウキが言っている意味がわからないようだ。少しため息をして、リュウキはウインドウに表示されている現在時刻を指差す。

「……時刻を見てみろ。今17:25だ。確か、後5分だろ? 出前が届くのは」

 リュウキの言葉を訊いて、クラインは数秒……固まった。2度、3度と時刻を見直し、そして叫ぶ。

「あっ……ああああああああ!!!! オレのっ! オレのっ! テリマヨピザとジンジャーエールが!!!!」

 クラインは、リュウキの言葉を聞いて、漸く理解した様だ。夕食を頼んでいる時間帯が刻一刻と近づいている事態。そして、自分は起きる事が出来ないから、出前を受け取る事が出来ない。その事実を悟ってクラインは絶叫をしたようだ。

「はぁ……さっさとGMコールしろよ」

 キリトはそう言う。こんなトラブル発生の時の為の措置は勿論ある。その一つが、≪Help≫の項目にある≪GM≫だ。

「はぁ……そんなもんとっくに試したさ。でも全然反応が無いんだよ。他にログアウト方法は無いのか?」
「ん……無い」

 キリトはリュウキの問いに答えた。この世界からログアウトするには、プレイヤー自身にはその方法しかないからだ。

「……これは、明らかにおかしいな」

 リュウキは、クラインの言葉が正しいかどうかを確認する為にGMコールを試した。だが、それの反応は全く無い。『暫くお待ちください』と言った反応すら無いのだ。
 そのことの異常さが、深刻さがわかった。

「どう言う事だ?」
「《プログラムのバグ》=《顧客の信用を失う》も動議だ。システム的バグ1つで信頼は地に落ちることだって少なからずある。……それが、この手のバグだったら致命的だ。 一度インして、そしてログアウトできないんだぞ? そんなバグが見つかったと、少なくとも1万人に知られたわけだ。そんなゲーム……今後誰がやってみたいと思う? ゲームをプレイしていて、止める事が出来ない。……現実に戻る事が出来ないんだぞ?」

 リュウキはそう2人に聞いた。仮にクライン同様に現実世界で用事等があった場合、帰れなかったら、その状況次第では ユーザーからの反発をかなり買う事だろう。

 ……そして、リュウキのその問いに2人の顔が曇る。

 クラインは、どうにかしてログアウトしようと色々唱えたりしてるが、無駄だ。マニュアルの中にも緊急切断システムは無かった。

「……そして、GMは対応の初歩中の初歩を怠っている」
「そりゃなんだい?」

 クラインはリュウキの言葉に首を傾げた。

「……初期の対応として、まずは一斉アナウンスをして 全プレイヤーの強制ログアウト措置を取る。そして、システムをオールチェックだ。運営側が何度かテストをし、且つバグを可能な限り潰してから 改めて謝罪を行う。……そうだろう?」
「う……ん〜〜……」
「確かにな。異常があった時、β期間だったらアナウンスがちゃんとあった。信用問題にならない様に措置はしっかりとっていたのに……」

 キリトも自身の経験からそう答えた。

「だったらどうすりゃいいんだ? おっ! そうだ、ナーヴギアを外すとか!!」

 クラインは『おりゃ!』っと掛け声を上げながら、現実で頭に装着されているナーヴギアをあげるような仕草をするが、全く反応は無い。

「……無理だ。現実世界では身体は全く動かない。動かせない。ナーヴギアの後頭部の部分が脳から身体に伝える信号を遮断しているんだから」

 キリトはそう答えた。この仮想空間にいる以上は、現実世界の身体は動く事は無い。そもそも、簡単に動けるような仕様にしてれば、怪我をする危険性もあるだろう。過去のゲームでさえ、そう言ったニュースが何度かあったのだから。

「……く〜〜どうすりゃいいんだ!」

 クラインは、もう無理、お手上げだ。と言う感じで、座り込んでいた。

「後は、現実でナーヴギアを外してもらうしかない……か」
「え~……、でも オレは1人暮らしだし……」
「オレは、2人暮らし。じい……祖父がいる。だが、外したりはしないと思うな」

 祖父、爺やにはこのゲームを始める前に言ったのだ。その事については、だが別にとりあえずは問題ない。そもそも、リュウキはこちらの世界に何日でもいるつもりだったからだ。

「オレも妹と母親がいる。夕食には起こしてくれると思うが……」

 クラインはキリトのその言葉を聞いた時、座り込んでいたのにすかさず立ち上がった。驚きの表情を見せている。

「ッ!!! な……なにっ? キリトには妹がいるのか??」

 そして、キリトの両肩にガシッ!っと掴みかかった。一体何をしているのか? とリュウキは思った様だが、キリトは大体察した。

「ちょっ!妹は体育会系で……ゲーム嫌いだし、何よりオレ達とは人種が……」
「いいじゃねえかよっ! 今度、紹介してくれって!」

 クラインは喰らい付くのをやめなかった。やっぱり、リュウキは話を聞いていても、何をそんなに必至になっているのかはわからない。でも、判る事はある。

(……異性の兄妹とかが、いなくてよかったな)

 つまり、妹か姉の様な兄妹、姉弟が居れば、クラインに食いつかれる、と言う事だ。だからリュウキはこの時そう感じていた。
 もしも仮にいたとして、つい口に出していたらひょっとしたら、今のキリトの様になっていただろうから。考えただけで頭が痛くなりそうだ。

「っていい加減にしろって!」

 “ゲシッ!!!”っと、キリトの蹴りがクラインの金的に直撃(HIT)する。クラインは、さっきの戦いの時に食らった時同様のリアクションをとっていた。股を押さえながら悶絶している。

「ギャーース!! ……ってそうか、別に痛くないんだった…」

 だが、痛さは感じない為、直ぐにクラインは起き上がった。軽くリュウキは、ため息をして2人に向き直る。

「さて……と。悪ふざけもそこまでにしたらどうだ? オレは、ログアウトするつもりは無かったし、システム的不備と運営に関しては 確かに。ずさんだと思うが、別にオレとしては、とりあえずは問題ない。……解散するか?」
「まあ、まて。明らかにおかしいんだ。少なくとも原因が分るまでは、一緒にいた方がいい。情報を共有するのも良いだろう」
「オレもそう思うぜ? 日も暮れるし」
「まあ、お前達がそう言うなら、別にそれでもいいが……」

 リュウキは、とりあえずは、この2人と共に行動することにした。そしてその時だった。
 “ゴォーーン……ゴォーーーン………”と、はじまりの街に巨大なある鐘が鳴り響いた。

 この時、リュウキは……、いや違う。恐らく3人が感じただろう。 

 

 この鐘の音。……何かが始まるの合図の様だと。


 

 

第7話 SAO 正式チュートリアル

 
 皆は、鐘の音がなる方向、はじまりの街の方を見ていた。だが、リュウキは1人だけ違う。

「…………」

 リュウキは自分の足元を見ていたのだ。何か、違和感を感じたからだ。それは、彼がこの世界で出来る事であり、システム的なモノではない。この世界で感じることが出来る一種の予知ともいえる彼の感覚。

 何か、波の様なモノが押し寄せてくる様な感覚が足元から現れたのだ。そして、それは近づいている。

「……くるッ!」

 リュウキがそう言ったその時だった。

「へ? 何が……?」
「ッ!!」

 “キィィィィィン………”と言う甲高い音と共に、光が3人をつつみこんだそれは、辺り一面が光りに包まれて、包まれたと同時に、闇の中に突き落とされる様な感覚だった。

 闇の中に呑まれてから数秒後、闇から次に見た景色は、はじまりの街中央部だった。この場所は、ログインした時に見た光景であり、他の大勢のプレイヤー達もいた。この広場を埋め尽くす程の数のプレイヤー。恐らくはアインクラッドでプレイしているメンバー全員がいるんだろう。10,000ものプレイヤーが強制転移でここに移動させられていると言う事だ。

「………」
「これは強制テレポート?」

 キリトも勿論皆が驚いていた。その場が混乱の渦につつまれるが、常に冷静にものを見ていたのはリュウキだった。

「……これは始まりに過ぎないだろうな」

 感じた事をそのままに、リュウキはそう呟いていた。それは暗闇に突き落とされた時にもずっと考えていた事だ。

「なんだ? 何が起きるっていうんだ?」

 キリトは、比較的リュウキの傍にいたから、リュウキの言葉が聞こえた。……いつもなら、何気ない言葉かもしれない。気にならない。なのに、今は強く訊きたいと思ったのだ。

「……上だ。キリト、上を見てみろ」

 リュウキは答えず指し示したのははじまりの街の空。キリトはリュウキの言葉通り、赤く染まっているその空を見た。

 そして、空を見上げた数秒後。

≪System Announcement WARNING≫

 この文字が広がり空一面に広がった。エリア別に空一面区切られている。そしてその境界線から血の様な赤い液体が滴り落ちた。それは意思を持っているかのように一箇所へと集まって行き。最後にはフードで顔が見えない巨大な人間の姿へと変貌した。

「なんだ……ありゃ……?」
「…………。アレが、さしずめGMと言ったところか。随分と悪趣味なデザインだ」

 リュウキは見上げながらそう呟く。その場の人間全員がこの光景に驚いていた。驚くもの……怖がるもの……楽観視するものと、様々な反応だ。だが、姿は不吉を孕んでいると直感出来ると言うものだ。その巨大な魔法使いのような姿の人間は両手を広げた。

『プレイヤーの諸君……私の世界へそうこそ……』

 突如、街中に響き渡るような声量で話し出した。キリトはその魔法使いが言っている意味が分らなかった。

「私の世界……?」

 その言葉の意味が判らないようだ。だが、リュウキは理解した。この世界を≪私の世界≫と形容する者は、そう言える者は1人しか知らない。

「……茅場、晶彦」
「えっ?」

 リュウキの方を反射的に見るキリトだったが、そのキリトの疑問は、リュウキに聞く前に直ぐに答えてくれた。その魔法使いに似た容姿の者がだ。

『私の名前は茅場晶彦……いまやこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
「!!」

 キリトは自分が買っているナーヴギアについての本、そして、ゲーム界の新星と謳われている人物だとすぐに理解した。場の人間の殆ども知っている存在だ。そして……、ここからの言葉、それが重要だった。

『プレイヤー諸君は……既にメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気づいていると思う……。しかし、これはゲームの不具合では無い……。繰り返す、不具合ではなく≪SAO≫本来の仕様である……』

 淡々と進めていく茅場晶彦。……事務的な話し方だ。そこには一切の感情さえ篭っていない。

「…………何を考えている?お前は」

 この時リュウキは、茅場であろう人物の真意が分らなかった。確かに、あの時、今思えば最後のメッセージのやり取りだ。……あの時、文面上だが 何処か、違和感を覚えた。だが、こんな大それたことをするなど……その理由も皆目見当が付かないからだ。

 そして、次の言葉は、場を更に混乱させることになる。

『諸君は自発的にログアウトする事は出来ない……。また、外部の人間の手によるナーヴギアの停止……あるいは、解除もありえない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号阻止が発する高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 その言葉の内容は要約すれば、『ログアウトしようものなら……現実世界ででもログアウトする』と言う事だ。……現実でのログアウト、即ち《死》と言う事だ。

 だが、当然いきなりそんな事を言われても皆はやはり信じられない。

 場を盛り上げる演出だろうと結論付けて、何名かは動き出した。だが、混乱するがゆえに……この場を立ち去りたいとも思うのだろう。恐らくはそちらの思いの方が強い。そのメンバー達につられるように他の何名かも立ち去ろうとしたが、広場から出る事は叶わなかった。
 この空間から出られない、目に見えない壁の様なモノが行く手を遮っている。

「………ブロックしているな。この場の……半径約100m円状に所か」

 行動規制措置。これは、本来なら行けない場所だったり、ゲームフラグが立っていない。或いはシステム的にそこを通るとゲーム不備が発生する地点に置かれているものだ。

「何言ってんだ? あのGM……頭おかしいんじゃねえか? なぁ? 2人とも」

 クラインもあの言葉は信じていないようだった。

「確かに、普通はそうだ。……だが、GM(アイツ)が言った事、出来るか出来ないか? と聞かれれば、出来ない事は無い」

 リュウキはクラインにそう答えた。

「え?」
「ナーヴギアの信号阻止のマイクロウェーブ。それは、いわば電子レンジと同じだ。リミッターを外せば脳を焼く事も……」

 リュウキの言葉を繋ぐようにキリトが答えた。

「そうだ、……可能だ。間違いなくな。……脳の水分を高速振動させ、脳は摩擦で一瞬で焼ききれる。現実でのログアウト。即ち死だ」

 そう付け加えた。

「じゃ……じゃあよ? 電源を切れば良いんじゃ……」

 クラインがそう聞く。電子レンジではないが、ナーヴギアにしろ何にしろ、電気で動くものだ。だから、元を断てば大丈夫だろうと考えた様だ。
 確かに、それは間違いではない。だが……。

「内蔵してるだろう?ナーヴギアの重さの三割はバッテリーセルだ。人間の脳を焼くくらい訳はない」

 そう、電源を切っても無駄なのだ。当初は恐らく不意のアクシデントでログアウトしない様に……、と言った措置だったのだろう。クラインもリュウキのその言葉に何も言い返せなかった。

「でもよぉ! 無茶苦茶だろうが! 一体なんなんだよぉ!」

 クラインは怒りそう訴える。でも、まだ信じられない。その時だ、再び説明が返ってきた。

『……より具体的には、10分間の外部電源切断、2時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み――以上の3点だ。これら、いずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。……ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果』

 茅場であろう魔法使いは一呼吸置いた。そんな事を宣言する時も、淡々としている。

『――残念ながら、すでに213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 人の死の宣告。……この言葉に場は一気に冷え、そして静まり返った。

「213人も……?」
「信じねえ……オレは絶対に信じねえぞ!」

 キリトは呆然として、そしてクラインは頑なに認める事を拒んだ。

「………あの男は」

 リュウキは、あの男(・・・)との仕事の事を思い出していた。これまでの仕事の日々を、どういう人間なのかを。

――間違いない。

 1つの結論に達した。

「こんな冗談は、決して言わないし、やらない。……アイツは本気だ」

 キリトはリュウキのその言葉に驚きを隠せなかった。混乱しているというのに、リュウキの声ははっきりと聞こえたのだ。

「リュウキ……お前、茅場にあったことが……?」

 キリトはそうリュウキに聞くが、リュウキから返事よりも、あの男からの言葉の続きが来た。

『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない』

 そう言うと、ホロウ・ウインドウを呼び出し、各メディア、そしてWEBページを空に映し出した。

『ご覧の通り……現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に解除される危険はすでに低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま2時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護施設のもとに置かれるはずだ。この世界を作った上で、いきなり全プレイヤーがログアウトするような理不尽はしない。……諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい』

 その言葉を訊いて、流石に黙って聞いていたキリトも周り同様叫んだ。

「ふざけるな! そんな状態でゲームをしろだと!? これはもうゲームじゃないだろう!」
「そ……そーだ! ふざけんのもいい加減にしろ! さっさと終われよ! どうせイベントなんかなんだろ! いい加減長すぎんだよ!!」

 クラインもキリトに続いた。

「…………」

 リュウキは。……恐らく、唯一この空間で言葉を発せず状況を観察していた。

――……あの男は一体何の為に。

 リュウキが思うのはそこだった。他人の事が判る訳ではないが、茅場晶彦こんな殺人願望があったとは思いにくい。
 そして、1つのことを思い出した。リュウキが彼を形容した言葉≪燃え尽き症候群≫。それはリュウキが茅場に言った言葉だ。この世界を、SAOの世界を作った。そして、幼少からの夢だとも聞いた。何に変えてでも実現してみせるとも、言っていた。その姿勢には……執念にも感じたものが見えた。メッセージのやり取り、画面越しであるのにも関わらず。そして、茅場の声は再び響わたる。 まるで、その場の怒声を、逆なでするように冷やかで。……いや、穏やかで冷血な……性質の悪い悪魔の様なものだった。

『ここからも十分重要である為聞いてもらいたい。充分に留意してもらいたい点だ。諸君にとって、(ソードアート・オンライン)は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に』

 続けて言おうとしているが、ここから先の言葉は茅場が言わなくても判った。

「……現実でも死ぬ、か?」

 リュウキは聞く前にそう続けたのだ。

「「!!」」

 キリトとクラインも。 リュウキの言葉を信じていないわけじゃないが、どこかで、それを意識していたんだろう。そんな表情を2人はしていた。
 それに答えるように茅場は続けた。

『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される……』

 想像通りの答えが返ってきた。

「…………。」

 視線の上に存在する緑色のゲージ。

HP:403/403.

これが文字通り命の数字となる様だ。現実でこんなデジタルに命の数字が表せれる訳はない。……だが、ここは現実じゃないんだ。

「そんなの……信じられるか。馬鹿馬鹿しい……」

 キリトは拳を握り締めていた。
 
 キリトの感情は最もだ。そもそもオンラインでのゲームで死なない事の難しさは皆が知っていることだ。簡単に攻略できるものなら、直ぐに全てを攻略されていき 人々、ユーザー達は、ゲームから離れて他のゲームへと抜けていくだろう。そういったことにならないように、運営はゲームバランスを考え、大型アップデートの繰り返し。そして難易度の高め等の措置をとる。長きに渡ってゲームをプレイしてもらう為。悪く言えば、ユーザー達を取り込み、利益にする為に。それがオンラインゲームと言うものだ。

 そしてその後も続いた。

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第100層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。以前のテスターとは違い……誰か1人でも、倒すことが出来ればその瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

 し……ん、と約1万人のプレイヤーが沈黙した。一瞬だが……場が本当に静まり返ったのだ。この城の頂までたどり着く、という言葉の真意を……皆が理解したのだろう。

 この巨大な浮遊城。

 自分達を最下層に飲み込み、さらに頭上に99もの層を重ね空に浮かび続ける巨大な浮遊城、《アインクラッド》を指していたのだ。

「クリア……第100層だとぉ!?」

 クラインが叫び声を上げた。

「で、できるわきゃねぇだろうが!! βテストん時じゃ、ろくに上がれなかったんだろうが!!」

 キリトも唖然としていた。自分が知っているだけで、最大まで攻略できたと聞いているのが、リュウキの16層。自分が聞いてたのでは、2〜4層だった。そして、自身の6層がリュウキに続く記録だ。 βテスターの際の仕様、そのフロアのBOSSを倒せば、上に誰もが上がれるのだが……、誰もが挑戦したいと言う思いもあるだろうとのことで、倒したBOSSにも再戦できると言う仕様だった。仮に凄腕プレイヤー達がいて、彼らがあっという間にBOSSを倒して自分は何も出来なかった。気が付いたら攻略されていてた。テスターとして選ばれたのに味気ない。と言うトラブルを回避する為のものだった。 全員が戦ってみて、そのデータを取るのにも効果的だとも判断していた。そして、その代わり、初回のBOSS戦でLA(ラストアタック)した者には相応のアイテムが送られる。それは再戦では発生しない仕組みになっているのだ。だが、その仕様のせいだからだ。プレイヤーの大部分が高いエリアには降り立つ事が出来ないのだ。

 リュウキが相当な腕前だったとしても、ソロでは限界がある。それはキリトの言葉だが、誰しもが知っている。こんな異常空間で一致団結して、大パーティで攻略なんて出来る筈も無い。勿論クラインもそう思っているのだろう。

『それでは、最後に諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 それを聞くと、自然の動作で、ほとんどのプレイヤーが右手の指二本揃えて真下に向けて振った。当然だ。皆が茅場の説明に頭がいっぱいだった。そして、誰かが開けば次に自分もと混乱してはいても、連鎖的に続いていった。それにより、広場いっぱいに電子的な鈴の音のサウンドエフェクトが鳴り響いた。そして出現したメインメニューから、アイテム欄のタブを叩くと、表示された所持品リストに1つだけアイテムがあった。

 そのアイテムの名前は≪手鏡≫

 皆が、オブジェクト化し、手に取ったが。

「これは………。」

 次の瞬間、この世界でリュウキにとっては思いがけない事が起こる事になる。嘗て、自分自身が危惧していた事態だ。いや、実際には起こってほしくなかった、が本音だろう。それはこんな異常状態となったとしても、同じだ。

 手鏡を見た全員。即ちこのエリアにいるプレイヤーの全員が突然、白い光に包み込まれた。

 それは時間にして数秒だったが……混乱させるには十分すぎる時間だった。そして、光が止むと。

「お前……誰だ?」
「いや、おめーこそ?」

 光りが消えた後の事だ、クラインとキリトがそう言い合っていた。

「? お前も誰だ?」

 傍から聞けば滑稽な光景だ……。ついさっきまで、会話を交わし、そして 短い時間だったとは言え、パーティを組んだ間柄だと言うのに、そんな会話は無いだろう。

 ……だが、当然その理由はある。

 自身のアバター姿形が先ほどと変わっているのだ。そう、これは本来の姿、現実世界での自分の姿に強制的に変えられていたのだ。持ってる手鏡を見て唖然とする。

「ッ!!」

 周りには性別を偽ったり、若く見せたりしているものもいる。更に場が混乱したが、リュウキは場を見る事も、さっきまでの冷静さも保てない。……それどころでは無いのだ。

「ッッ!!」

 間違いなく、リュウキは今日一番、動揺した。動揺を隠す事が出来なかった。いや、これ程のは一生の内でも数度、片手で数える程しかないだろう。自身の一生、14年間の記憶の中で。

 キリトとクラインは互いに状況を理解したようだ。

「お前が「キリトか!?」「クラインか!?」」

 結論が言った様で、そう互いに指を差し合っていたのだ。

「……………」

 リュウキはすぐに、表情を元に戻した。自身の顔面を押さえていた手をゆっくりと離した。もう、観念した様だ。……アバターを強制的に戻されたのだから、この場所でまたアバターを精製する様な事は出来ないのだから。

「って、お前が……リュウキか?」
「へ? いやいや、変わりすぎだろ? さっきまでオレ年上だって思ってたぜ?」

 リュウキと思われる男。 顔はまだ、あどけなさが残る少年だ。目の前のキリトもそうだったが、リュウキはそれ以上の変貌だった。鮮やかな銀髪が場の風に揺られ、靡く。それに、顔立ちも整っている。美少年と言っても差し支えないだろう。
 その容姿なら男にも女にも言い寄られそうだとも同時に思えた。

「………よかった」

 その良かった、と言う意味は『自身のことを明らかにしなくて』と言う事である。 SAOを購入時から、様々な所を経由し、誰が購入したか判らなくして本当に良かったと今日ほど思ったことはない。実を言うと、彼はそこまでしていた。それほど、メディアに姿を晒したくない。
 だから心から安堵していた。

「ん? 何がだ?」

 クラインがリュウキにそう聞くが。

「別に、なんでもない…… それよりも気になる事があるだろ」

 リュウキはそう返した。確かに姿については驚く事だったが、今はそれよりも、そんな事よりも気になる事があるだろう。

「そうだ! それより何でこうなったんだ!? 勝手に!?」

 クラインは混乱をしつつ、そう言っていた。

「スキャンだな。ナーヴギアは、高密度の信号素子で頭から顔全体をすっぽり覆っている。つまり、脳だけじゃなくて、顔の表面の形も精細に把握できる……。考えてはいたことだが、まさか本当になるなんて……」

 リュウキがそう説明した。考えられる事、だったが、βテスト時代にはこんな事は起こらなかったから、油断をしていたのだ。

「で、でもよ。身長とか……体格はどうなんだよ?」

 クラインは続いてそう聞いた。

「それなら、ナーヴギアの本体を買って装着した時にキャリブレーションで体を触っただろう?あれは装着者の体表感覚を再現するためのものだから、自分のリアルな体格をナーヴギア内にデータ化することができる筈だ」

 今度は、キリトが変わりにクラインに答えた。

「……説明の手間が省けるな。キリトがいると」

 リュウキは、本当にそう思っていた。と言うか、クラインが知らなさ過ぎるのも原因の一つだろう。

「これくらい……知ってたさ。何でもない」
「オレは知らねえって! 確かにそんなことしてたなーくらいでよ!」

 どうやらクラインは、ゲームやる時は説明書読まないタイプらしい。

「つまりはこう言う事、だろう。現実。あいつはさっきそう言った。これは現実だと。このポリゴンのアバターと数値化されたHPは、両方本物の体であり、命なんだ、とな。……それを強制的に認識させるために、茅場は俺たちの現実そのままの顔と体を再現したんだ……。自身の姿で攻撃を受ければ、自分が傷ついている。……そう強く錯覚するだろう。そして、自分の身体が砕けでもすれば? ……刷り込みを行うのにもってこいと言うわけだ。」

 リュウキは想像上ではあるが……恐らく間違いないとそう言う。
 誰しも自分の姿で切り付けられたりしたら……? HPゲージが消えたら? これによって安易な行動は控えるようになるだろう。

「なんでだ!? そもそも、なんでこんなことを………!?」
「オレの回答が正しいとは限らないし、……アイツに聞くべきことだな。」

 リュウキはクラインの言葉にそう返した。まだ、巨大な茅場は健在なのだ。その言葉に反応したのか、或いはただのプログラム通りなのか、話を続けていた。

『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ、ソードアート・オンラインおよびナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?……私の目的はすでに達せられている。この世界を創り出し、鑑賞するために私はソードアート・オンラインを作った』

 それは、あの男が言っていたものと同じで、何に変えてでも作りたかったもの。それを実現させ……そして その世界に自分自身のリアルを築きたかった。

「そう言うところ……か」

 リュウキはそう解釈する。
 茅場は作るのだけじゃ飽き足らず……その場所に本物の人間を連れてくることで更なるリアル感を求めた。より自分の理想世界に近づける為に。

『……以上で≪ソードアート・オンライン≫正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 最後の一言で、残響を引き消えた。その巨大なローブ姿が音もなく上昇、フードの先端から空を埋めるシステムメッセージに溶け込むように同化していくように消えてゆく。肩・胸、そして両手と足が血の色をした天の水面に沈み、最後にひとつだけ波紋が広がった。その波紋が消えると殆ど同時に……空一面に並ぶメッセージも現れた時と同じ様に唐突に消滅した。



 

 

第8話 難易度変更してます



 広場の上空を吹き過ぎる風鳴り、NPCの楽団が演奏する市街地のBGMが遠くから近づいて来る。
 そう、このゲームが始まった時、当初の同じ状態に戻ったのだ。だが……あの時とはまるで違う。幾つかのルールを大幅に変えているから。……だからこそ、そのNPC達の陽気な演奏も、不吉なものとして聞こえてくる。

 “パキャァンッ”と言う、何かが砕け散る音が聞こえた。茅場からのプレゼント、手鏡を落とした音だ。それは、そもそもあの手鏡の耐久値が残ってなかったのだろうか? その場にある手鏡全てが連立しているように各プレイヤーに配布されていた手鏡が割れた。

 そして、それがスイッチ、切欠だったのだろうか……? 何か、掠れた声が所々から聞こえた。

「ぃ……いやぁぁ……!」

 その言葉で、ようやく、10,000のプレイヤーが然しかるべき反応を見せた。
 ただの一般人ならば……誰しもが感じるものだ。それは強大な圧力となり周囲に響き渡る。
 
 そう、即ち圧倒的音量で放たれた多重の音声が広大な広場を震わせたのだ。

「嘘だろ……なんだよこれ、嘘だろ! 嘘なんだろ!!」
「ふざけるなよ! 出せ! ここから出せよ!」
「こんなの困る! この後大事な約束があるのよ!」
「嫌ああ! 帰して! うちに帰してよおおお!!」

 それは、悲鳴、怒号、絶叫、罵声……そして何より家に帰りたいと言う懇願。その場にいた人間の慟哭が響き渡る。無理もない。たった数10分でゲームプレイヤーから。

《生きるか死ぬか、Dead-or-Alive》

 そんな状況に身を置かれてしまったのだ。日本は比較的平和な国だ。犯罪が無いわけではないが、事戦争に置いては平和の意思を貫いてきている。それなのに、これはまるで突然映画の世界へと、現実味の無い世界へ……強制的につれてこられたんだと錯覚してしまっていた。それは、無理もない事だった。

「……………」

 その人々の悲鳴に似た叫びが場を渦巻いていた時。リュウキは辺りを見渡していた。この血の様に赤く染まった夕日の空を見上げ、ゆっくりと視線を下へと移し、そして、外の方を視た。

 その視線の先にあるのは、はじまりの街 西の草原(フィールド)

 先ほどキリト達と狩りをしていた場所だ。

 先ほどまでとは明らかに違っていた。……彼の眼に映る世界の姿。世界の流れが明らかに異質なものを示していた。

 データ値の情報量が明らかに違ったのだ。

 それが、不穏な気配となり、身体中に犇々と伝わってきた。

(……まるで、……全く違う。明らかにさっきまでと別物)

 リュウキは、この世界の異変を感じていた。
 

 以前にも彼について少し説明をしたが、ここで改めて説明をする。

 この世界、仮想世界で、現実と限りなく近い世界へと構成されているが、数値の流れで構成されたデジタル世界。

『所詮はデジタル』

 それは常日頃、とは行かなくとも、彼は事あるごとに使っている言葉だった。そこまで言えるのは彼の力にある。

 彼には、視える(・・・)のだ

 事、デジタル・データであれば、彼は全てを視通すことが出来るのだ。それは、本来ゲーム上で決められたスキルの様な物ではなく、システム外の力。

 1つ、例をあげるとすれば、それが敵モンスターのアルゴリズムを解析、視通す事出来る。0と1の流れから、パターンを即時解析する。

 その内容は敵の弱点判明であったり、攻撃値であったり、数値にすれば更に解析する事が出来るのだ。

 特に……本当に本気で集中した時の彼の目には まるで世界の全てが数字で出来ているかのように。上から淀みなく流れていくように見えているのだ。それは空だったり、建物……果てはNPCとプレイヤーの区別もアイコンを確認するまでもない。集中すればする程、明確に相手の弱点を見つけることが出来る。そして、破壊対象の、敵を殲滅する効率も通常よりも遥かに上げられる。

 ここまでを見れば、圧倒的な力だと言えるだろう。……だが、勿論力にはメリットだけではなく、デメリットも当然ある。

 強く集中するが故に、己の全神経を使うのだ。脳をフルに回転させている故にかなり疲労感が襲うのだ。

 だからこそ、これは乱用は出来そうには無い。

 脳でプレイしている世界だからこそ、一瞬の気の緩みが、ゲームオーバー……即ち、死に直結する。

 だからこそ、何をするにしても、この力を使うのは基本的に短時間おこなわなければならないだろう。そして、その力を駆使したからこそ、この世界に異常が来たしている事、それが直ぐに判ったのだ。 

 そして、()が異常なのかも判る。

(この感じは……恐らく……)

 リュウキの中で結論は直ぐに出ていた。頭の中で様々な事を考えていた時。

「おい! 来いっ! クライン! リュウキ!!」

 キリトが2人の手をとり走り出した。

 この場の混乱は、まだまだ極限状態だった。軽く見ただけだが、自分達以外に今動き出すものは誰もいなかった。殆どのプレイヤーはただただ、その場で叫ぶだけだった。それは咆哮、慟哭の様に、このはじまりの街の空に響き渡る。

 10,000人の慟哭は、世界をも揺らす。それ程のものだったのだ。




~はじまりの街・路地裏~

 
 人気の無い事を念入りに確認したキリトは、2人の目を見据えて言った。

「……クラインは特によく聞いてほしい。オレの提案だ。俺はすぐに次の村へ行く。お前達も来い」
「えっ?」

 突然の申し出に、クラインはキリトの言う事が理解できなかった。いや、言っている意味は判る。なぜ、今すぐに次の村に行かなければならないのかが判らなかったのだ。比較的、冷静なクラインだったが そこまでは理解出来なかった。

「………」

 クラインが必死にキリトの言葉を聞き、考えていた時。 リュウキはただ、目を瞑り腕を組んでいた。彼もクライン同様に考えていたのだ。その内容は違うが。

「茅場アイツの言う事が本当なら、この世界で生き残るのにはひたすら自分自身を強化しなくちゃならない。VRMMOが共通する理想。つまり……オレ達が得られる金や経験値は限られているんだ」
「……一般の家庭ゲームではなく、オンラインゲームならではのものだな。……簡単に強化出来ない様に、……簡単に攻略し、世界を終わらせないように。そして、尚且つ公平である為に……な。運営側からすれば、少しでも長く多くのプレイヤーにゲームをプレイしてもらいたいんだ。……それは当然の措置だ」

 キリトに続いて、リュウキも目を瞑ったままそう答えた。そして、更に続ける。

「……そして、この異常時。今は混乱しているから誰も動かないが、キリトと同じ考えに至り、すぐさま行動開始するだろう。少なくとも、βテスターであれば、これまでの有利性アドバンテージもある。……そして、遅れて他の大勢のプレイヤーもだ。……その勢いで、はじまりの街の周囲で狩りを行えば、PoP率も異常に下がる。……レベルを上げる効率、金を稼ぐ効率は悪くなるだろう」

 リュウキの言葉、それは理解出来た。当然だろう、一度に行なえるデータの処理量には当然限界がある。人数が多ければ多いほど、その処理が追いつかなくなるから。

「なら……つまりどういうこった?」

 クラインは聞き返した。これからの事、それが一番重要だからだ。次の村にいく理由、それが知りたいのだ。

「……つまりはこうだ。はじまりの街周辺のモンスターは……経験値・金は全て狩り尽くされるだろうと言う事。だからこそ、今のうちに拠点を次の村にした方がいいんだ。オレは、道も危険なポイントも全部知っているから、レベル1でも安全にいける」

 キリトはそう説明した。まだ、未踏破の場所であれば、誰しもが慎重になる。情報があるか、否かでは天地の差と言ってもいいだろう。だから、情報のある自分と一緒に来いとキリトは言った様だ。

 この世界が、デス・ゲームとなった以上、安易な選択はしない方が良いと思えるが、小人数であれば切り抜けられる、とキリトは思っていたからだ。

 それに、半日をかけ、クラインのゲームの腕も上がってきているから。

 キリトの言葉は、クラインだけではなくリュウキも聞いていた……が、彼はまだ、何も言わず腕を組んで目を瞑っていた。

 クラインは暫く沈黙した後……ゆっくりと口を開いた。

「で……、でもよ。オレは、前のゲームでつるんでいた奴らと徹夜で並んでこのゲームを買ったんだ。あいつら……広場にいるはずなんだ。……奴らを置いてはいけねえ」

 キリトの誘いに乗るか、否か。
 クラインの選択、それは≪友達を見捨てれない≫と言うものだった。……誘いには乗れない方を選択した。

 ……非常時には、必ずと言っていい程に人間性がむき出しになるものなのだ。どんな聖人君子であったとしても、命を天秤にかければ、自己を優先させるのが殆どだと言ってもいい。

 ……リュウキは、彼の、……クラウンの言葉を聞いて、目を開いていた。そして、心底思った。

(こんな状況じゃなかったら……こいつ等とプレイして…………。楽しかったかもしれないな。本当に、楽しかったかもしれない)

 そう、強く思っていたのだ。クラインの言葉に嘘偽りがあるとは到底思えない。

 あの時(・・・)の、嘘で塗り固められた連中(・・)とは、彼は クラインはまるで違った。

 そして、これが演技で出来るとも到底思えないのだ。

「ッ……」

 キリトは、クラインの言葉を聴いて、クラインの選択を聴いて、悩んでいた。

――……3人でも本来は多すぎる。

 だが、片方の1人の腕は超一流であり それは自分を遥かに凌駕している。そして、この層の情報も自分と同等以上に持っているだろう。だから、多いと思うが、3人でもとりあえず問題ない。

 だが、更に人数が増えるとなると……全員をカバーしきれるかどうかがわからないのだ。

 もう、命を懸けた戦いになってしまったのだから、安易な結論は出せない。仲間を作り、入れたとして彼等が上手くついてこられるかは判らない。そんな一瞬の油断、気の迷いで全てが終わってもおかしくないのだ。

 仮想世界、自分自身の身体でプレイしている世界だからこそ……、それはよく知っている。これまでは、死んだとしても、罰則ペナルティを受けて、苦笑いをするだけで済んだが、今回は違うのだ。

「悪りぃ……。お前らにこれ以上世話になるわけにはいかねぇな。オレの事は気にせずに、次の村へいってくれ」

 クラインはキリトの表情から全て悟った。自分たちでその道を超えるのは厳しいにだと判断したのだ。

 そして、行け(・・)とも言った。

 置いていくな、と言ってもおかしくない状況で、彼は行け(・・)といったのだ。

「……忠告しておこう。クライン」

 リュウキは目を開いてクラインの方を見た。

「ん? 何だリュウキ」

 そんな彼だからこそ、リュウキは言いたかった。この世界で生きる為に、必要不可欠な心構え。β時代に培ってきたとも言える心構えを。

「RPGの有効な攻略は、何をおいても時間をかける事。レベリング・金稼ぎだ。この世界においての全てだと言っていい程重要な要素(ファクター)はスキルの熟練度だ。じっくりとあげるんだ。……そして、その場に、そのレベルに見合った装備だ。腕に自信がなくとも体力HPさえ減らなきゃいいんだ。HPさえ0にならなければ決して死なない。 致死性のトラップは、この層ではβ時代にはみなかった。……つまり、HPさえ減らなければ、死ぬ筈がないんだ。だからこそだ。……初めはじっくりといけ。しっかりと足元を見ろ。……そして、何よりもここアインクラッドのフィールド及び迷宮区の安全マージンは層の数字+5~10はレベルがいる筈だ。……何もわからない以上は慎重を志せよ」

 リュウキは真剣な表情でそういっていた。

 クラインは、少し戸惑っていた。これまでプレイしていた時の印象、彼はどちらかと言えば無愛想だった。……そんなリュウキがここまで言ってくれている。これまでを考えたら、想像がつきにくい。
だが……ここまで言ってくれる以上、この男は自分たちを心配してくれている。
 クラインはそう感じ取っていたのだ。

「へっ……へへへっ!大丈夫だっ!オレはこう見えて前のゲームじゃギルドの頭張ってたんだ!その点はしっかりしてみせらぁ!それにお前らに教わったテクだって今日だけで大量にある。何とかしてみせらぁ!」
「そうか、ギルドの頭を……。成程、今のは愚問だったな」

 仲間の命を背負っている以上は、そのくらいは分けなくするのだろう。例えそれが真の命を懸ける戦いとなっても。

「いや、そうでもねぇさ。ありがとうよ。キリトもな。……オレぁもう行く。あいつ等が待っているからな」

 クラインは、名残惜しそうだが……路地裏から、あの広場へと続く通路へと向いた。

「ああ……何かあったら、メッセージをくれよ?」

 キリトはまだ、表情が暗かった。クライン達を、見捨てなければならないと……感じているからだろう。

「ああ、わかった。……キリトよ。おめーほんとは案外可愛い顔してんな?まっ、どっちかと言えば、オレはリュウキの顔の方が好みだけどな?」

 クラインは、そう言うと、キリトとリュウキ、2人の顔を見比べていた。クラインは、そのまま にやっ!……と笑う顔が、正直、それを見てリュウキは訝しむ。

「……お前はホモか。やはり」

 そして、リュウキは僅かずつだが後退る。自分にそんな趣味は無いからだ。

 それを見てクラインは思わず反論をした。

「ちげーーよ! 俺なりのあれだよ! 気遣いってヤツだ! 判れって!」

 クラインとリュウキのやり取りを見てて、少しだが……キリトにも笑みが見え始めた。

「はは……。お前もその野武士面の方が10倍似合ってるよ!」
「言ったな?このやろうがっ!」
「……まあ、キリトの言い方だったら、間違えられないだろうな。クラインのは……」
「……っておい!まだ言うかリュウキ!だからずっと、言ってるだろうっ!オレはノーマルだ!!アブノーマルな世界に興味はねぇっ!」

 その時……3人は笑っていた。あんな事があって、笑えると言うのは幸運な事なのだと。
後に知ることになる。


 そうして、その場からクラインが姿を消した。


「……それで、リュウキはどうする?」

 キリトがはそう聞いた。聞いたのだが、もう結論はわかっていた気がした。なぜなら、β出身者なら経験者ならば この状況で今の方法が最適だと判断するはずだ。だが、リュウキは違った。普通のプレイヤーには程遠いものをもっている。この状況でこれ以上無いほどの技量なのだ。
だけど。

「オレは、とりあえずは別行動だ。……少し確認したい事があるからな」

 リュウキはそう答えていた。キリトもそれに頷く

「そうか……。わかった。リュウキも何かあればメッセをくれよ……」
「ああ……」

 リュウキはキリトの表情を見て軽くキリトの胸を叩いた。

「そんな顔するな。それにオレに勝つんだろ?なら、オレと行動を共にしていて、オレに勝てると思うのか?」

 その後、にやりと笑ってみせた。今の状況での言葉じゃない、と思う。 だけど初めて、他人に気が利くような言葉を言えたと、リュウキは思えていた。

「そうだったな。……オレはお前に勝つさ! それはβん時にも思っていた事だ」
「望むところ、だ。……でも、本来SAOは競うジャンルじゃないんだがな」

 そう言って苦笑いをしていた。

「オレ、お前が笑うのはじめて見た気がするよ」
「………ッ」

 リュウキは顔を背けた。どうやら、リュウキは相当なシャイなのだあろう、とキリトはこの時そう思った。



「……キリト。最後に1つ言っておく事がある」

 リュウキは顔をそむけたまま続けた。

「この世界を、βの時と同じものだと思うな」
「……どう言う事だ。」

 キリトは、リュウキが言っていることが判らなかった様だ。

「内容自体は殆ど同じだろう。β期間から正式サービスまで、その間の時間を考えても大幅に改良するのは仕事量も勿論、時間も足りない。 だが……数字を少し変えるだけで容易に変えられるものはあるんだ」

 キリトはそこまで言えばわかったようだ。

「ゲーム難易度の……上方修正……か? 敵の能力値の上方修正」

 Lvやその他のステータスの数値。その全ては製作者側であれば安易に変更する事が出来るだろう。だから……、キリトは判った。リュウキもその言葉を訊いて頷く。

「……そう言うことだ。お前がオレを信じれるなら……次の街へ行ってそこを拠点にする時も気をつけろ。一瞬のミスが命取りになる……。死ぬなよ」
「……お前が言うと、心底震えるよ。わかった。……互いにな」

 そして、互いに見合って。

「また会おう。キリト」
「ああ……死ぬなよ。リュウキも」
「誰に言っているつもりだ? 問題ない」

 そう言っていた。

 それは時間にして数分。

 クラインと一緒にいた時を含めても。本当は名残惜しかった。キリトもは勿論、リュウキ自身も。リュウキは心では本当にそう思っていたようだ。

 そして、2人は別れた。





~第1層 東草原~



 リュウキは、キリトやクラインと別れた後、自身の推測が正しいかどうかを確認する為に草原、フィールドに来ていた。

「………やはり違う、な」

 リュウキは東草原で出会ったモンスターに強く感じた。自分は、もう何100何1000と、この敵と戦ってきた。だからこそ、余計に判るのだ。相手の行動のパターンが違うし、何よりも……HPや攻撃力・敏捷性、堅さ。全てにおいて違った。

 それは、考えられる中で最悪な修正だと思える。

 パニックになっている今は特にそうだ。

「まずい………な」

 大多数は感じないだろうこの感じ。元βテスター達や他のMMO出身者なら。デスゲームとわかっても、暫くでもすれば第1層、即ち初めのエリアは甘く見ることは、間違いないだろう。

「………下手をしたら今日だけでも何人死ぬかわからないかもしれない」

 このゲームを攻略しようと動き出す者達。暫くは、頭を冷やし動かないでいてくれた方が……この際良いのかもしれない。

「………オレができる事なんてたかが知れてるが」

 誰とも関わりあわずに、過ごしてきた。ネット上では勿論、現実世界でだってそうだ。
 ただ……1人を除いて。

「ははっ……ちょっとでも、現実世界に戻りたいよって、思ったの初めてかもしれないよ。爺や」

 リュウキは空を見上げた。あの世界に残してきた《親》の事を思い出していた。

「でも……多分厳しそうだよ。爺や。今回は……。βテストの時以上の期間は会えない……」

 空を見上げているリュウキは、寂しそうな顔をしてた。そして、一筋の涙が流れる。

 この世界で、感情は、……涙は我慢できないのだ。

「本当に心配かけちゃう、よね……。爺や、ごめんなさい……」

 リュウキはそう言っていた。今周辺に誰もいなかった事は、彼にとって幸運だった。

 その表情のまま……ボアを攻撃し、撃退していった。

 また、爺やにまた会う為に、ちゃんと謝る為に、リュウキは走り出していったのだった。





 

 

第9話 情報は命です

 第1層のフィールドで、リュウキはモンスター達の傾向確認もかねて狩りを行っていた。
 その討伐の数は、もう何体目になるだろうか、……それは判らないが、ある程度は十分だと感じた。確かに無理をし過ぎると、脳でプレイしている為、幾ら仮想世界ででもこのアバターに影響を来たすだろう。だが、その線引きが出来ないほど、彼は未熟ではない。

 何故なら、VR世界(ここ)が、彼のホームグラウンドだから。

「ん。あれから 約3時間ほど、か。もう大体 視終わったし、十分だな。……そろそろ次の村に向かうか」

 リュウキは武器をしまい、そして、次の村へと向かう事にした。この時の彼のステータスが。

 Lv.8
 HP 2,560/2,560


「以前のβテストの時のデータ。……そして、今回の情報。大体の安全マージンまで後2レベルか……、10位は行くと思ったが、まあ 問題はない。次の村にまで まだ、相当距離がある。……その間に上がるだろう」

 難易度は確かに増してはいる。敵Mobのステータスや行動範囲も全く以前とは別物だった。だが、今は とりあえずは問題なかった。問題なのは、この情報を知らないであろうプレイヤー達だけだ。

「さて……」

 村へと向かう為に、指を振り マップ情報呼び出して位置を再確認。
 確認し終えると、リュウキは再び歩きだした。








~第1層 ウィンドルの村~


 それは、始まりの町の次のに到達する村。
 別れた当初に言っていたキリトが向かったとされる村だ。今現時点で、拠点にするのなら、最適であり、環境も整っている。この村で購入する事が出来る武器防具も、序盤にしてはそれなりに優秀な筈だ。……それは勿論、以前までの世界。モンスターの強さの数値が変わってなければの話だが。

「ん……。無事な連中もいるようだな」

 リュウキは村を視渡した。
 ここの村の入口付近にはNPCも多数いるが、どうやら、プレイヤーも多数いるみたいだ。様子を見ると、疲れた様子のものが殆どだった。そのプレイヤー達が元βテスターなのかは判らない。全く判らない状態でここまで来て、更にあの戦線を潜り抜けてきているとするならば、実際に大したものだと思う。色々と視て回ったとは言え、以前は10層以上も昇ったリュウキにも余裕の類は無いのだから。

 そして、何よりも己の命がかかっているのなら尚更だ。


「……だが、これで判ってくれれば良いが……」

 リュウキは そうも思った。
 このゲームの難易度の変更加減についてを。かなり上方に変更していると言う事を。少なくとも、βテスターであればだ。

 元βテスターであれば、あの二ヶ月の経験を元に動こうとするだろう。その先入観が動きを鈍らせる事も十分にあり得る。……それは、恐らく、初心者達よりも危険を孕んでいると考えられる事だった。モンスター達の行動範囲や特殊攻撃、その威力の全てが変わってきているのだから。

 リュウキがまだ村の入口で考え、思考を張り巡らせていた時だ。



「……ヤアっ! ソコのおニィさん」


 突然だった。
 不意に、後ろから声が聞こえたのだ。その事にリュウキは 少し驚いたが、現実世界でもそういった類は多少あったから慣れていたりする。
 そして、ここは街中であり圏内だ。特に不意打ちを喰らったからといって、問題はまるでない。だから、リュウキは別に驚いた様子は見せず、警戒もせずに振り向いた。

 そこには、自分と同じ様に、フードをすっぽりと頭に装備しているプレイヤーがいた。

 カーソルを確認しても、どうやら NPCではないようだ。
 普段のリュウキなら、『突然話しかけてきた怪しいヤツ』と言うレッテルを張り、脳内にもその姿を焼き付けて、今も、そして以後も、相手にもしないのだが。この風貌、そして話をする感じ。そして、何よりも変わってないのがフードの中の表情を見て、リュウキは、止めた。

 リュウキは、このプレイヤーの姿に覚えがあるから。記憶に残っていたから。

「……オレに何か様か?」
「いや、キミが丁度20人目なんダヨ。コノ村来たプレイヤーデな? だかラ、ちょっとシタ記念に話しタイって思ったダケだヨ? 別ニ他意はナイゾ? オレっちは 色んナヤツと話しタイからナ?」

 その人物は、得意気にそう話してきた。
 そして、この短いやり取りで、リュウキは確信が益々いっていた。自分の中の記憶の人物と目の前の人物が殆ど同一人物だと言う事が判ったのだ。

 そして、この人物が 100%想像通りの人物だとしたなら、……本当に油断なら無い者だ。ある意味では フィールド上に闊歩しているモンスター達以上に。

「……そうか。オレは話さない。少しの間ででも、お前に何を抜かれるか判ったもんじゃないからな」

 相手が誰だか判ったからこそ、リュウキはそう返した。そう返した事で、相手も情報を握った様だ。

「……ナルホドナ、どうやら、キミもβ出身者だったカ?」

 目の前のプレイヤーは個人情報の1つをあっさりと見抜かれてしまった。だが、これは 浅はかな反応をした為だったから、と自分自身をリュウキは戒めた。これはゲーム内のスキルじゃなく、単純な洞察力だ。


――……自分の事を知っている。
――……この世界で会ったのは間違いなく初めて。
――……ならば、いつ出会った? 間違いなくあの世界(βテスト)の時だ。


 ここまで考えたら、最早答えだろう。


「……成程、20人目というのはハッタリか、お前はその後の反応を見ていたんだな。あの時(・・・)のアバターと全く風貌は変わってないし、話しかけ、返されたときの反応を見て……十中八九見破ったか。ん。ぬかったな」

 リュウキは、そう答えていた。少しだけ、後悔の色が濃かったのだが、それでも冷静さを取り戻した様だ。……が、このリュウキの言葉に流石に驚きを隠せないのは相手の方だった。

「ムムム……その通り、ダ。……だが、すごいナ? オレっちよりも狡猾なヤツ初めてダヨ。それも初めの層。第1層で、なんてナ? ヤー マイッタマイッタ! お手上ゲダ」

 笑いながら両手を上げている。……そう言っているのだが、その姿でさえ、フェイクなんじゃないかと思ってしまう。油断ならない相手だと認識したとしても、会えたのは幸運だとリュウキは思っていた。


――この人物は、他の誰よりも、精通しているモノ(・・)を持っているから。


「《鼠のアルゴ》。……βの時の情報屋だな。……それに狡猾とは失礼だ。今のは、ただの推理だ。お前も似たようなモノだろう?」

 リュウキは相手を見ながらそう答えた。


《鼠のアルゴ》


 その名は、かなり有名だ。βテスターであれば誰もが知っている、とさえ言える。

 アルゴは 筋金入りの情報屋であり、売れるなら、自身のステータスまで売るのだ。そこまで来れば、情報を抜かれたくない、と思ってしまうのも無理はない反応だ。だが、真骨頂は、キモはそこではない。アルゴの情報はアイテムや装備は勿論、モンスターの情報、マップの情報、……つまり、ありとあらゆる情報を仕入れている。そして、その信憑性も極めて高いのだ。

 リュウキの言葉を聞いたその時、フードの下の素顔が、再び見えた。
 ……その顔は、ニヤリと笑っていた。

「ソノ通~リ♪ ただの推理でもすごいサ! オレっちがそう思えたんだからナ? ソンデ情報は命ダ、この世界では特に。だから、集めてタってわけダヨ。色ンなヤツを、ナ? オレっちの姿……と言っても強制的にアバター戻されたからナ、多分髭でだと思うガ、知っているヤツは何人かいタ、デモ、あっさりと手口を見破ってくれるのはキミが初ダヨ」

 アルゴは、笑いながらそう言う。
 確かに簡単なデザイン変更の類はこの世界では可能だ。だから、あの世界で特徴だった髭をつけたのだろう。

 でも、あんなことがあって、まだ1日もたっていないと言うのに、自分自身を決して崩してない、それだけでも、大した精神力だろうと思えた。突如、デス・ゲームになったと言うのに。


「……丁度良かった。お前がアルゴ本人で間違いないのなら、1つ情報を買いたいんだが、良いか?」

 リュウキはアルゴにそう聞いていた。村に入った直後に情報屋と遭遇したんだ。……これを利用しない手は無いと思える。出会った当初こそ、何も話さない様にしていたが、今は状況が状況だから。

「ン?? ああ、別に構わないゾ? だが、今日はサービス1日目ダシ、そんな有力なのは無いガ、ソレでも イイのか?」

 アルゴは首を傾げながらそう返した。この段階で情報を買おうとする者なんか、他にいなかったからだ。自分は情報屋だと公言して回った訳ではないが。

「何……、別に難しい事を聞こう、って訳じゃない。簡単な情報(もの)だ。この村に結構早くにいるのなら、知っている可能性が高いから。……自分で確認するよりも、アルゴに訊いた方が手っ取り早いって思っただけだ」

 リュウキはそう言うと、村を見渡した。恐らく此処に来ているとは思うが念の為に聞きたかった。

「この村に《キリト》は来ているか、否か、……それだけだ」

 聞きたかったのはキリトの情報だ。キリトの事をアルゴが、知らない筈はない。


――……キリトが、アイツがそう簡単に死ぬわけ無い。


 リュウキ自身も、それは判っているたんだが、万が一もあると心の隅では否定しきれなかったのだ。そして、安心をしたかった。

「……オオ、確かに その情報は持っていルゾ。……して、対価は幾らカナ?」

 アルゴは、親指と人差し指で○の形を作って笑った。金銭交渉に入る時にいつもする仕草だ。

「そうだな。今回は情報には情報を……だ。キリトの情報の対価は《オレが持ってる情報》 それと引き換え。……で、どうだ? 悪い提案ではない、と思うが」

 その返答にアルゴはしかめっ面をした。
 情報売買は、自分の専売特許だと思っていたからだ。そして、自分以上に情報を持っている、とも思えなかったから。……例え、序盤も序盤、第1層ででも。

「……ム。オイラを差し置いて情報で、カ……。しかもこんな早い段階デ。ダーが しかーしっ! それも面白いナ! ウン、それは新しい展開ダ」

 しかめっ面をしたのは一瞬であり、アルゴはどうやら、喜んでいるようにも見えた。それが交渉成立だと言う事はリュウキは直ぐに判った。

「……オレの方の情報は、現時点では貴重なものだとは思う。だが、多分……皆も遅かれ早かれ知るものだ。……その点は互いに同じだろ?」

 キリトの情報も遅かれ早かれ知る。デス・ゲームが開始した時間を考えても、ここから先へと進んだとは考えにくいから、間違いなくこの周辺にいるはずだろう。

 そして、自分自身の情報も直ぐに知る事になる。いや、嫌でも(・・・)知る事になるだろう。

 今後、アルゴを情報屋として頼りにする為に、この情報は早めに周知して貰いたいのだ。

「アア、構わないヨ。して、その情報の内容ハ? 内容を訊いてカラ、進めタイが……」

 アルゴの言葉を訊いたリュウキは目を僅かに細めて、そして答えた。

「……今のこの世界。βテストの時と今の世界の違いを、だ。主にMoB関係、だな」
「!!!」

 その返答を聞いて アルゴは驚き、そして目を丸くしていた。それは演技でも何でもない。素の自分自身を出してしまった。感情の機微は、この世界では敏感に表情として反応してしまうから、多少オーバーに映っているかもしれないが、それでも。

 その情報は、貴重過ぎる事だと強く感じたからだ。


――……βテスト時と今の差。


 その貴重さより、それを 一早く見破るのにも十分驚きなのだ。ここは、はじまりの町を出て次の町だ。確かに距離はかなりあると思うが、このアインクラッドは全100層の超広大な世界。その規模を考えたら、判断材料は少なすぎるし、時間自体も短すぎるから。

 が、勿論ハッタリの可能性だって十分にある。
 でも、そうであったとしても、その情報の割には見返りが低い事から……一概にはそう言い切れないだろう。

「フム。簡単ニ信じる訳にはイカない。……それが、その情報が本当だと言う根拠ヲ示せるカ?」

 アルゴはそう聞き返した。少し、表情を強ばらせて。真剣な表情で。
 確かにそれは当然の事だろう。嘘の情報をつかまされた、となれば、情報屋としての信用問題。そして、プライドが傷つけられると言う事なのだから。何よりも生死に関わる情報であれば、尚更だ。自分の情報のせいで、本当の意味で目を覚まさないゲームオーバーになってしまったら……と。だからこそ、その情報の信憑性はしっかりとしておかなければならないのだ。

「ん……。(……正直、不本意だが状況が状況……仕方が無いか)」

 リュウキは、アルゴの言葉を聞いて覚悟を決めた。
 ため息を1つすると、しっかりとアルゴの目を見て、逸らせずに話しをした。

 自分が()なのかを。

「……オレの名は《リュウキ》、だ。……久しいな。アルゴ。以前、最後にあったのは第10層だった、か? まぁ、この世界でではなく、βテスト時代の話だが」

 リュウキは、アルゴに名乗る事にしたのだ。
 自分のことを。この相手とはβ時代からの付き合い、と言えばそう。……パーティとかじゃなく、現実世界での仕事仲間の様なものだ。

 それを訊いたアルゴは、強ばっていた表情がみるみる内に、崩れていく。ややつり上がった目は、だんだんと円みを帯びていく。

 そして、はらり……っと、フードが捲れ アルゴの顔が、表情が完全に顕になった。

「…………ハ?」
「だから、《リュウキ》だ。綴りは 《RYUKI》。……最後に会ったのは10層の《フレイゼ》。確か、あの時は 刀スキルの情報を提供しただろう? そして、蛇型のMob《オロチ・エリートガード》の事も話したな。使用スキルの話だ。隠蔽(ハイド)の効果が、オロチ相手では、より薄くなってしまう事も話した筈だ。………まぁ、あの層まで来た奴は少なかったから、あまり使えない情報だったと思えるが」
「………っっ!!!!???」

 アルゴは、そこまで聞いて、今の話が、そして今までの話も真実だと言う事を理解した。
 
 開いた口、丸くさせた目が戻らない。



「(―――きょ……今日は何回驚けばいいのカ……な?)」



 目の前の人物の正体は《リュウキ》
 あの……βテストの時、その難易度の高さ故に、詰んでしまうプレイヤーも多数いたというのに、まるで疾風の如きスピードでフィールドを駆け巡り……、怒涛の如くモンスター達の壁を突破して、その勢いは衰えず、各層の迷宮区の玉座に座して待ち構えているBOSSをも蹴散らした天下無双の剣士。

――……その明らかにステータス以上の力を持っているとさえ言わしめていた。

 あの世界、βテストの時のSAO内において、単独でMMOであるのに、BOSSを屠った所から、不可能を可能にする男(ミスター・インポッシブル)とも、一時は囁かれていた男だったのだ。ただ1人、2桁の高さまで上がったのだから、間違いなくそう思ってしまう。……それも、1人(ソロ)で。


 実は、この変な異名はアルゴが広めた……と言うのは秘密である。
 聞かれたら、情報屋として答えなければならないが、どうしても確かめたかった。本当に目の前の人物が《リュウキ》なのかを、再度。

「キミが……ほんとに、あのリュウキ、なのカ?」
「ああ、そうだ」
「ほんとカ?」
「……ああ、そうだ」
「絶対カ?」
「…………ああ、そうだ」
「ほんとにh「しつこい」ははっ!」

 アルゴは笑った。このそっけない返し方。
 間違いなくあのリュウキだと再び確信して。そして、アルゴは確信が出来ると同時に喜んでいた。

「これは特大級の情報だヨ。あのミスター・インポシブルの情報なんだからナ! オレっちはついてるついてる♪ 幸先良イナっ!」
「《Impossibility?》 はぁ? ……不可能って何のことだよ、まったく。変なふうに言わないでくれ」

 リュウキは、アルゴの言葉の意味が判らず呆れるようにそう言っていた。そう言えば、β時代。少しだけど、言われた事があった様な……と頭の中で少しだけ、かつての記憶を再生していた。……が、勿論直ぐに再生ボタンではなく、停止ボタンを押して、更に削除ボタンを押して消していた。

「マァマァ。気にするナ! キミの情報なら、大金だしても欲しい物ダ。それが、キー坊の情報で良いというなら尚更ナ!」
「……あまり期待しすぎるな。が、それでも 利益にはなる。ただ、大金を出してでも欲しいと言うのなら……だから、大金を出してまで欲しい、と言ってくれるなら、もう1つ頼まれてくれないか?」

 リュウキはアルゴに向かい、そういった。アルゴに頼みたい事があるからだ。

「ム? 何かナ?」

 料金上乗せを言われるのかと、一瞬渋ったが、それでも、リュウキの情報価値は超魅力だ。β時代、それは嫌って言うほど判っている。だから、アルゴは聞いていた。

「何、簡単な事だ。……この情報をなるべく早くに、一般プレイヤー達に配布してもらいたい。それで、生存確率はきっと上がる。β出身からの情報。そして何より《鼠のアルゴ》から、と言えば、皆食いつくだろう。勿論 そちらの金銭交渉については、関与しない。 ……アルゴの情報、それが広まれば、皆触発される。……だから広まるのも時間の問題だろう」

 リュウキの言葉にアルゴは目を丸くしているのが自分でもよく判る。
 そして、もう1つ、アルゴは思い出したことがあった。リュウキの性質、と言うものだ。

「なるほどナ。相変わらずキミは人付き合いがニガテみたいダナ?」

 そう……βテストの時も、風貌に似合わず、リュウキと言う名のプレイヤーは極端に人付き合いがニガテだった。自分とは真逆で、それが逆に強く印象に残っていた。

「……ほっといてくれ」

 リュウキは、また、そっけなく返していた。
 そう、自分にはその方面の力はまるで無い。だからこそ、他人(アルゴ)を、悪い言い方をするならば使うのだ。

「フフフ。優しい優しい♪ して、情報をお願いするヨ」

 そして、アルゴにこれまでの、ある程度の情報を説明する。まず、何よりもこの世界の難易度の大幅修正の事。

 この村に到着するまで。

 リュウキは、一直線にこの村へと向かった訳ではなく、周囲のフィールドを歩いて、視て回ったのだ。

 始まりの街周辺にいる、(フレンジーボア)の強さは大体は同じだったが、……やはり、あの茅場の宣言から相当に強めになっている。普通に倒せない事は無いが、連戦となると非情に危険なのだ。そして、レベル上げの効率もあまり良くなくなっている為、成長も遅い。

 だが、最大の特徴、驚異は、各モンスター達は、仲間を呼び寄せる《咆哮スキル》を使用してくる所だった。

 そのスキルを使われたら、仲間を一度に複数PoPしてしまう能力。
 難易度が増しているこの状況で、そう何度もPOPされては、命に関わるだろう。囲まれたりすれば、一気に(ゲームオーバー)に直結する。

 初めにスライム相当のモンスターを見て、プレイヤーは油断をする。……だが戦っている時に大勢の仲間を呼ばれでもしたら、本当に命に関わるだろう。最初に持っていた情報……βテスターであれば、その情報が自らの足枷になる事だってある。この村に来ている人間は大体は知っているだろうと思えるが、まだあの町にいる者は知らない筈だ。

 そして次に、攻撃のパターンを数点説明、解説に入る。

 咆哮の際の阻止の仕方。咆哮に入るモーションのいくつかのパターン。そして、敵の何処を突けば、回避できるのか……だ。

「……青猪(フレンジーボア) についてはこんなところだ」
「ムムムム……成程成程、ア、ちょっと待ってクレ。メモメモ……」

 アルゴは、リュウキの情報を一言一句、忘れまいとする為、必死にアイテムのペンを走らせていた。

「ああ、そして次に、この村外れの森に生息してる(ネイキッドビー)……詳しく言えば、この村の東側の森林エリアに生息するインセクトタイプのモンスターの話だが……。あれのスタン攻撃も色々とパターンが合ってな……。尻部分の針に注目しがちだが、実際は……」

 そんなアルゴの事はお構いなく、話を進めようとするリュウキだったが、流石にアルゴに止められた。

「ああ! って リューっ! 絶対分ってないダロ!? 頼ムからちょっと待ってクレ! 貴重だからしっかりとって置きたいンダ! 情報は命、マジで!」

 そう言うと、アルゴは再び必死にペンを走らせた。その表情は必死だが、それでも何処か楽しんでいる様にも見える。

「(……それにしてモ、オレっちがが振り回されるなんて、久しぶりの感覚だナ)」

 アルゴはそう感じていた。情報屋と名乗るなりに、それ相応のものは持っている。……が、それでも目の前の男には及ばないのだ。だけど、別に悪い気もしないようだ。


 そしてその後も暫く情報公開が続く。


「情報はこんなものだ。Mob達が落とすアイテムに関しては、大体は同じ種類だし、確率も同じだ。……βの時とな。そして、クエストの発生条件もそうだ。……だが、その先は見ていないからはっきりは言えないが、恐らくは全てが上方に修正されていると考えている。軽くなっているものなど1つもないと思った方が言い。何よりも敵の強さをな……、だから、気をつけろと。公開してくれ」
「ああ、わかっタヨ。任せてクレ。次はキミにダ」

 アルゴはメモをアイテムストレージに仕舞うと、リュウキに向きなおした。

「キー坊はこの村を拠点にしているヨ。つい数時間前にも話しタ。ヤッパリあの男モ強いんダ。何としても生き残ってやル。……スゴイ気迫を感じタヨ。それで、この村の外、《西のフェールド》で暫くレベリングをするらしいゾ? 回復アイテムも買い込んでいたシ。あの様子だったら、当分は戻らナイと思う。追いかけるか、待つカ……ドッチが良いかは、リューに任せタイ」
「……ああ、わかった。感謝する」

 リュウキは、アルゴに礼を言っていた。知りたかった情報を教えてもらったから。

 キリトが無事だと知れたから。

「オイオイ……。オイラの方が相当得したんだゼ?礼を言いたいのはコチラダ」

 ……リュウキの礼にアルゴは呆れるようにそう言っていた。情報の価値、そして量を考えたら、間違いなく不当と言われても仕方がないレベルなのだから。だが、リュウキは首を左右に振った。

「……オレにとってもその程度ってわけだ。さっきの情報がな」
「………キミがそう言うんダ。そうなんだろうナ。末恐ろシイ男ダな! ヤッパリ」
「オレが敵で、このゲームのジャンルがアクション系だったら……だろ?これはRPG。競うもんじゃないだろ?」
「ハハハ。そういえばそうダナ♪ 頼りになる事この上ナイ♪ もう行くのカイ?」

 リュウキは頷くと村の奥へと歩き出した。

「……ああ。今日はもう休む。じゃあなアルゴ」
「ハハっ。マタなーっ! リュー!」

 そして、互いに別れていった。

 
 そして、リュウキの姿が見えなくなった時。

「しかしオレっちもやきが回ったもんダ。それにあの男、リューも」

 ふっ、とため息を吐いた。

「……βテスターだって、バラすヤツが何処にいるのかってもんだヨナ。その情報だけは絶対オイラも自身は勿論他人のだって答えないし売らなイって思ってたんダが……。あっさりバラシちゃったヨ。あの男には初めから何かを感じタしナ。……マァ、あの男相手ならバ、問題ナイ寧ろ覚えててくレテ嬉しいナ。そ・れ・に……」

 アルゴは、何やら思い出しながら思わずニヤニヤと表情を歪ませた。

「ウ〜ン♪ ホント可〜愛イ顔してるんだナ♪ リューの素顔、素の顔は! ……いやぁ眼福眼福♪ オネーサン、悶えチャイそーダヨ! ウンウン、何だカ、最先イイゾっ!?」

 アルゴは、ニヤニヤしながらこの場所から立ち去っていった。

 

 

第10話 遭遇


 リュウキは村を隅々まで見て回って調べた後、村の一軒家にて、部屋を借りる事にした。
 値段は一晩85コル。初心者には分らないと思うが、一般的な宿屋表記である《INN》と書かれた宿泊施設より少し値は張るが、使い勝手は下手したら天地の差があるといっても過言ではないのだ。
 
 そこは、お茶・ミルク・ハーブティの飲み放題。風呂にキッチンつき。ベッドも中々広くて良い。

「………。とりあえず、まあ こんなもんか?確かに穴場と言った場所だな」

 リュウキは、ベッドに座る。座ってみる感じ、ベッドの固さも丁度いい。でも、どうしても思う所はあった。

「やっぱり、爺やが用意してくれたベッドや飲み物の方がいいよ……。爺やは何してるのかな……?」

 リュウキはベッドに寝ころがって、天井を眺めた。木造の建築物だ。筋の1つ1つまで再現されている。見た事の無い天井だ。

「ふぅ………。デジタルの世界……。オレのいるべき世界……。還ってきた世界」

 でも、リュウキはいつかは、こうなるかなと思っていた。心の中でそう思っていた。……だが爺やがいてくれたから、現実に戻っていた。仕事だけでは、きっと現実世界に留めてはいなかったと思える。
 帰るのは身体のメンテナンス。その為に戻るくらいで、後はコチラ側の世界(オンライン)

「爺や……」

 でも好きなときに戻れないと言うのは辛い。《戻らない事》と《戻れない事》。その差が、その違いが本当によく判った。……本当に。

「おやすみ……なさい」

 リュウキの目から一筋の……涙が流れ落ち…。その涙は、直ぐに砕け散り 空気中に光る粒子となって漂い、消えた。

 この場、この瞬間。SAO屈指の実力者であるリュウキの顔ではなく、……親を恋しがっている少年の姿に戻っていたのだった。





 その日は、とりあえず1時間だけ睡眠をとった。そして、夜中の3時に行動を開始した。

「さて………。」

装備ウインドウから片手剣を取り出す。

「アニールブレード+3……まあ、これで十分だろう。1層程度なら」

 リュウキはそう呟く。そして、一通りの上下、脚全てを装着後、扉を開けた。

「おや……? 夜遅くにお出かけですか?」

 この宿泊施設を経営しているNPCである老夫婦が声をかけてきた。時間によってセリフが代わってくる仕様だ。そして、時刻は夜中だから心配もしてくれた。

「ええ。その……」

 その佇まいが、このお爺さんの方の雰囲気が……なんだか似ていた。爺やに。

「いってきます」

 リュウキがそう言うと笑顔で答えてくれた。だから……気持ちよく出て行けることが出来ていたのだった。




~ウィンドルの村・西フィールド~



 リュウキはある地点に立ち、そして目を瞑った。

「……一歩……二歩…。」

 目を瞑り……歩きながら歩数を数える。そして次の瞬間。

「三ッ!!」

 三歩目を踏み出した瞬間だ、“がぁぁ!”と複数の唸り声と共に、ウルフ達が突然現れた。

「ふむ……。やはりそう言う類のトラップか」

 リュウキはモンスター達を、見渡しながらそう呟いた。攻撃を躱しながら、その数を冷静に数える。

「3……4……、計6匹か」

 数え終えると、リュウキは剣を抜き出し、器用に手で円を描くようにまわした

「さて……。武器の性能、お前達の性能の最終チェックをさせてもらうか」

 ニヤリと笑うと不敵にも動かずに複数のウルフ達を迎え撃っていた。


 



 丁度同時刻、リュウキと同じ場所で。

「………あれ?」

 リュウキが複数のモンスターと戦うそれを見ていた者がいた。その人物はフードで顔をすっぽりと覆い。表情は見えない。そして、性別も特定が難しい。さっきの声色から女性では無いかと思われる。

「……ねぇ、お姉ちゃん。あの人を見て!」

 もう1人のフードをかぶっている人物に慌てて言った。

「……どうしたの? レイ。ああ……私達みたいな戦いをしてる人いたんだ」

 そう呟くと……、姉の方は首を振った。

「私達には関係ない事よ。さぁ、行くわよ」

 そう言うと、背を向けた。

「違うの。あの人の周りにいる狼が……、す、すごい数なんだよ!」
「えっ…?」

 振り向きもう一度そちらの方を見た。確かにさっきは草原の木々や葉で隠れて見えてなかったが……。
確かに、その周りにはウルフがいた。ボアと違って、動きが素早く、複数で狙われたら危険な相手だ。

 それが……。見える範囲で4匹以上いた。

「ね……ねぇ! お姉ちゃん! あの人、助けないと! 危ないよっ!」

 フードを被ったプレイヤーの内の1人が慌ててそう言い剣を取り出した。

「ッ。待って」

 あんな危ないところに1人だけいかせられない。この時、彼女は強く思っていた。

 危ない所に妹を一人で行かせる事はしたくない。

 だって、私の……家族なんだから。とても、大切な……妹なんだから、本当なら、妹だけでもはじまりの街でいて欲しい。私は……あの街でゆっくり腐っていくのは嫌。たとえゲームで死んでも、……負けたくない。

 妹が死んでしまうのだけは絶対に嫌なのだ。ゆっくりと腐っていく事よりもずっと嫌だった。

「私も行くから。1人じゃ危ないでしょう!」
「う……うんっ」

 2人は意を決して、走り出した!だが、次の瞬間だった。駆け出そうとした瞬間だ。ウルフ達は硝子が砕ける様な音を響かせながら、砕け散っていた。

 それを……目の当たりにした2人は。

「ッ……!え?ええ?どうやったの……?今。あ、あっという間に……」

 唖然……という言葉は今使うんだろうと感じていた。

「……………。」

 もう1人の……姉と呼ばれていた人物は、目を逸らさずに見ていた。見えたのは ウルフがあの人に跳びかかってきて……。そして、次の瞬間には砕け散っていた。目にも止まらない攻撃なのだろうか……?

 その姿を暫く見ていたら。あの人物がこちらに気が付いたようだ。

(……何10mも離れて、尚且つ木々で生い茂っているのに? それに薄暗いのに?)

 どうやって気が付いた?そう思うまもなく。その人物は、消え去っていった。

「……なんだったの? あれ……幽霊?」
「さぁ……わからない。でも、何であっても……私達がする事、それは変わらないでしょう」

 もう1人にそう言う。安心、したようだ。目の前で誰かが砕かれる瞬間なんてみたくないから。

「………そうだね。私もわかる。お姉ちゃんと同じ。だって……だって……」

 服の端をぎゅっと握りしめた。

「私はおねえちゃんをずっと見てたんだから……。ずっと一緒にいる」
「レイ……」

 2人はそして、草原へと去って言った。



 

 

第11話 隠しイベント発生です


プレイヤー達がこの場に近づいて来そうだった事は、リュウキには判っていた。
 そして、リュウキはプレイヤー2人がこの場を離れていくのを確認し、安堵をしていた。

「ふぅ……。危なかった、な。オレがまず初めにあのエリアで狩りをしてて良かった。これでさっきの連中は近づかないだろう。……多分だが」

 複数のモンスターに同時に襲われるトラップ・エリア。そして、視界も最悪、立地条も件最悪だ。心配はしていたが、そんなところでレベリングをするプレイヤーはいないだろうとも思えていた。いや、そう思いたかったのだ。

――……一歩ミスを起こせば、死に直結する。

「さてと……。次だな」

 リュウキは歩きだした。自身が取得している索敵スキルを駆使しつつ、モンスターの気配、勿論プレイヤー達の気配もそう。そして、システムを視通せる力も併用。
 既存のスキルとシステム外スキルの合わせだ。

「……これだったら、爺やにチートだ、って思われるのも無理ないかな」

 リュウキは、そう思いながら苦笑いをした。

 本来は……本当は、そう言うの(チート)は嫌いだ。自分しか使えない裏技みたいなものだから。だからこそ、今までだって、殆どのゲームでは使わなかった。純粋な装備(・・)だけでプレイしてきた。システム内スキルのみを考えていた。 それは、βテストの時もそうだ。

 これ(・・)は使わなかった。

 使わなかった、と言うよりは使うのを忘れるくらい夢中だった、という方が正しいかもしれない。だが、この世界は訳が違う。……全力でぶつからなければ、殺られる可能性も十分にあるから。それは自分だけじゃない。

「茅場……。どこかで見ているかもしれないな……。あの時、オレがSAOの誘いに付いていったとしたら……どうしていた?」

 聞こえているはずは無いだろう茅場晶彦(あの男)に、リュウキは呟きかけていた。万と言うプレイヤーがこの世界にいるんだ。 如何に茅場晶彦(GM)でも、そのプレイヤーの全てを記録して行くなど、容量が巨大すぎて不可能だ。

 意図して、そのプレイヤーに目を向けない限りは、だが。

「まぁ……オレは晒したくないって言うのもあったし、マークされて、設定を全般的に unreasonable……理不尽な事、されても厄介だったし。……あの男は鑑賞する事が目的とも言っていた。なら、多分いずれは……」


 『茅場晶彦がこの世界に干渉してくるだろう』リュウキはそう思っていた。MMORPGは見て楽しむ様なモノじゃないからだ。それが、いつなのかが検討も付かないが。
 
 リュウキは色々と思いながら更に歩いて言った。この先にある森を目指しながら。



 そして、数十分後。


 リュウキは、北部エリアに存在する とある森へと脚を踏み入れた。
 その森の奥深くに、開けた場所が存在する。大きな樹木が象徴的な場所だ。

「……ここ、か」

 リュウキは辺りを見渡した後、手を大樹に宛がった。すると、その次の瞬間、効果音と共に《!》のマークが立ち上がった。クエスト発生フラグが立ったのだ。

「成程……、発生の条件は以前にのβの時のままだったな」

 これは、通常のNPCから得られるイベントではなく、ダンジョンに隠されている隠しイベントである。
 発生したと同時に大樹がざわめきだした。大樹だけじゃない。まるで森全体がざわめいているかの様に、草木が揺れ動いたのだ。
 そして、目の前の大樹が光り輝く。

『ああ……何年ぶりだろうか。この私の存在に気づいた人間の存在は……』

 光りを放つと同時に、目の前の大樹が喋りだしたのだ。初見であれば 驚く光景だろう。だが、リュウキは違う。

「……はは。と言ってもちょっと前にも会っていたんだがな」

 リュウキは、以前にも会っていたのだ。この太樹、木の精霊とも言えるNPCに。それを思い出し、苦笑いをしていた。木の精霊はリュウキの言葉に応えたかの様に、木ノ葉を揺らした。そして、更に光りが増していく。

『そなたは、私を見破った……。そなたの力量……最早疑うべくもありません。どうか……我が願いを聞き入れていただきたい。かなり危険なことなのですが……』


          □         □          □


              クエストを受注しますか?

              YES       NO


          □         □          □


 応えたと同時に、クエスト受注ウインドウが現れた。

 そしてリュウキは、迷う事無く、YESを押す。

『もう一度……、確認をしたい。これは生半可なものではないのです……。あなたの実力を……疑っているわけでは有りませんが……。私のせいで、人を死なせたく無い……と思うのも事実なのです。ゆえに……もう一度だけ聞きます。今回の頼み、それは あなたの命の保障はできません。おこがましいのですが……。それでも、私を……助けていただけますか?』

 木の精霊は、不安そうな声色で、そう返してきた。その話が終わったと同時に再びウインドウが現れた。


          □         □          □

               本当によろしいですか?

              YES       NO


          □         □          □


 再確認の表示が出たのだ。
 一度YESを押しているのにも関わらずに、催促が出た。因みに、これが出ると言う事は、1つの事実を示している。それは、かなりの高難易度だと言う事。

 この層のレベルに似合わない難易度のクエストだと言う事だ。

「セリフもβの時と同じだな……。やはり、イベント系は全く変わっていない。難易度くらい……か。今の所は……」

 リュウキは、確認をしながら、そして迷うことなくYESを指先でタッチした。それを感知した木の精霊は姿を実体化させた。

『本当に……感謝します。ありがとう。勇敢な人間よ』

 光り輝くその存在は傍へとやってきて、リュウキの手を握ったのだ。

「……任せておけ」

 リュウキは、答える様に頷いた。相手はイベント専用のNPC。だけど、実際にこの世界で見ると……それも信じられなく思ったりもするのだ。だから、ついつい会話を重ねてしまうのだ。

『私は……この森の精霊ドリアードと申します。自然を愛し守る存在だったのですが……、数年前に、邪悪なる精霊に……森の力の源である《マナ・オーブ》を奪われてしまったのです。……このままでは、緑は失われて……この森は、この自然は全て死滅してしまいます。最悪には、……闇がこの世界の全てを飲み込んでしまう可能性もあるのです。どうか……どうか……取り戻していただけないでしょうか?』

 クエストの説明を受ける。
 簡単に説明をすると、洞窟のイベントBOSSを倒し、そしてBOSSから得られるアイテムをここに届けると言う物だ。

「問題ない」

 リュウキは頷いた。

『……ありがとう。貴方が……帰ってきてくれた時に、十分なお礼はさせていただきます。私も……共に戦いたいのですが…… 森を離れる事ができないので……。申し訳ありません』
「……それも問題ない。十分だ」

 そして、会話を終えると、クエスト開始ウインドウが表示された。

          □         □          □


           【討伐・収集】 精霊の要…… マナを取り戻せ。

西の洞窟には、邪悪な精霊が潜んでいます。彼に……私の源でもあるマナ・オーブを奪われてしまいました……。大変危険なことですが……どうか、よろしくお願いします。
           
               マナ・オーブ  0/1


          □         □         □


 達成条件を確認しつつ、リュウキはつぶやく。

「ふむ……。一言一句内容も変わっていないな。なら……後はクエストの場所(フィールド)、そして BOSSのステータスだけになりそうだな」

 そう呟くと装備を確認し西の洞窟へと向かった。




~第1層 闇の洞窟~


 洞窟の様なダンジョン、それは通常のフィールドより遥かに高いPoP率を有している。狩場としては良い条件なのだが、それはその場所の位置も考えなければならない。この洞窟の様に街からも遠ければ、更に危険だろう。無論洞窟内にも、モンスターがPoPしない安全ポイントはあるが、完全に体勢を立て直す為には、街や村が近くにある事が一番だから。
 

「……まあ、それは初心者(ニュービー)……なら、だが」

 リュウキは、片手剣を肩に担ぐとゆっくりとした足取りで進んで行った。一歩一歩進む事に、深い闇が場を支配していく。索敵スキルが無ければ、本当に視界が見えないだろう。
 そんな場所で、モンスターが突然PoPしたら……、冷静さを欠いてしまう。

 この洞窟内でPoPする《Killer Bad》が更に厄介だ。

 このモンスターは所謂、蝙蝠であり、暗闇でも目標に性格に攻撃を行ってくるスキルを持っている。超音波(エコーロケーション)だ。故に敵の攻撃のMissは殆ど見込めない。

「…………」

 が、例えそうであったとしても、リュウキには関係ない。

 キラーバッドの姿を視て、完全に目標を補足。暗闇の中を如何に動き回ろうとも、逃さない。全てを視通す。敵の攻撃、回避、全てのパターンを把握。

「……フッ!」

 全てを読んだ上で、接敵し、斬りつける。
 相手の弱点は翼。その場所に正確に当てると、宙を飛ぶ事が出来なくなる。飛行タイプには割と多い弱点だ。
 そして、翼破壊に成功すれば、相手はもうどうすることも出来ない。

 トドメの一撃を難なく当て、その身体を砕いた。

「ふむ……。おっ?」

 リュウキは、片手剣を収めると同時に《Level up》の表示が現れた。

「それはそうか……、敵の強さがあがっているんだ。それなりに経験値取得量も上がってるから」

 レベルが上がるとは思ってなかった為、リュウキは少し驚いていたようだ。そして、指をふり、メインウインドウから、ステータスウインドウを出した。
 現在のステータスを確認する為に。

「……敏捷性(AGI)が、フム。これくらいあったら、十分出来る……な」

 数値を見て判断をしていた。幾らシステム外スキルを使えるとは言っても、ステータスも勿論ある程度は必要だ。

 リュウキと言うプレイヤー、その最大の特徴は、そのレベルでは、そのステータスでは有り得ない程の力で、敵を倒している所にある。

 極端な話になるがLv1のプレイヤーがいきなり、魔王になんか勝てるわけ無いだろう。

 普通、抗う事すらできない。そう、普通ならば、だ。言ってしまえば、()は普通ではないのだ。 だからこそ、βテスト時代にキリトは異常を感じていた。
 同じレベルで、なぜこれほどの差を感じるのかと。その最大の理由がそこにあった。
 全てを視通す眼は、レベル、ステータスの絶対を覆す事が出来る。……勿論 現段階では、だが。

「……さて、行くか」

 リュウキは、ウインドウを消すと、歩を進めていった。何度か、蝙蝠やスライムがPoPしてきたが、問題視しなかった。






~洞窟の最奥~


 

 奥へ奥へと進んでいくにつれ、この洞窟内に変化が現れていた。岩が剥き出しており、ゴツゴツとした印象だった洞窟が、変わった。人工建造物かの様に、大理石がびっしりと敷き詰められている回廊が見えてくる。

 ここから先は、先ほどとは違い、分岐点は無い。ただ直線に回廊が続いているだけだ。……目的地へと向かって。

「……この先、だな」

 流石にダンジョンの全てを、細部にまで覚えている訳はない。……が、感じる事はある。まるで、空気が重くなっているかの様な雰囲気が漂っている。 なんとも言い難い妖気が湧き上がっている様に感じるのだ。

 そして、その直感通りだ。その回廊の先には巨大な扉が待ち構えていた。この先に 目的の相手がいると言う事だ。

 リュウキは迷う事無く扉に手を当てた。すると、自分の身体の何倍もある扉が、滑らかに動き出した。一度 プレイヤーが扉を開けた、と認識すれば殆ど自動で扉が開く仕様になっている。

 扉が開ききったその時だ、決して明るく無かった扉の奥が更に《暗く》染まった。
 
 それは黒い炎だった。熱いのか、冷たいのか判らない薄気味悪い炎。

 通常炎とは明かりを灯すものだ。だが、これは明らかに違った。この炎は光りは生み出さず、逆、闇を生み出す。

 その闇の炎は、道を示すように 《闇》を生み出し続け、最後には円状に闇が広がりその中央の闇は更に濃いものだった。

 深淵の闇、という言葉が相応しいだろう《暗黒》。



『……何者だ』



 そして、その深淵の闇から、声が聞こえていた。低く重い声。たった一言だと言うのにまるで、一瞬で場を支配したかの様な錯覚に見舞われる。

「……久しぶり、と言っても通じないか。話は早めに行こうか。……マナをドリアードに返してやってくれ」

 ……が、リュウキは動じた様子は無い。そのBOSSは隠しイベントのBOSS。

 以前にβテストの時に戦った事があるが、第1層の迷宮区で出てくるモンスターは勿論、この層のBOSSを遥かに凌駕する力を持っていた。

 第1層のBOSS《イルファング・ザ・コボルド・ロード》と、この相手と戦った後に戦ったが、それよりも強かった。それも、とりまきがいるわけでもない単独の出現でだ。

(―――……さて、今回はどれ程上方に修正されているのかな?)

 リュウキは、深淵の闇を見定めながら、口元を緩ませた。その表情には絶対の自信が備わっていた。


『くくくく……。人間が我にその様な口を聞くとはな…。面白い……。』

 深淵の闇から、姿を現したのは悪魔。翼を持った悪魔だった。体型自体は自身のアバターの体型よりも2倍程大きいだろうか? 威圧感も相応のモノだ。

『貴様もここまで来たのだから、それなりの強さは持っておろう……。欲しいと言うのなら、力で奪ってみよ!』


 怒号が響くと同時に、翼を持つ悪魔の頭上にBOSSネームである定冠詞と5つあるHPゲージが現れた。

 その名は《Darkness・Shadow》。


「………なるほど、Lv:23 HP:51500と言ったところか」

 数値的に考えたら、第1層の安全マージンの2倍以上のステータスを持つモンスター。ゲーム上のシステムデータ表示は《unknown》であり、識別出来ないが 眼で視通した。そこから導き出した数値だ。 そして自分のレベルよりも倍以上ある。普通は危機的状況だろう。……普通(・・)は、だが。


『ゆくぞ……!』

 闇より暗黒の剣を取り出し、構えた。

「ふむ……。レベルも違うが、使用武器形状も違うな。あの時は……そうだ、曲刀(タルワール)だった筈だ」
『カァッ!!!』

 素早い動きで、リュウキの首を刈る様に剣を走らせた。正確に軌跡を残しながらスライドされる剣閃はリュウキの首を取ろうとするが。

「………フッ!」

 それを、リュウキは余裕をもって回避した。

『カァッ!!!』

 今度は、接近し剣を振り下ろした。一撃一撃が場を震わせる。まるで地震が起きているかの様に、震えだした。 だが、リュウキはそれをも最小限の動きで回避した。

 当たらなかったが、まだまだ連撃は続く。縦横無尽に剣を振っていくが、リュウキはそれも全て回避した。
 時間にして、数秒間だが その間でいったい何合打ち合っただろうか? リュウキは基本防御に徹し、全ての攻撃を回避、或いは受け流していた。


「《ファラント・フルムーン》。……スキルの強さも増してるな。BOSS仕様だから……か?」

 リュウキが、防御に徹していたのには、勿論理由があった。それは相手の攻撃パターンを《視る》為だった。BOSSモンスターの傾向を視る事で、他のBOSS達への定規にする為に、測り続けていた(・・・・・・・)のだ。

 そして、その結果知り得た情報があった。

「最悪だな。理不尽仕様もいい所だ。……通常Mobとは比べ物にならない程、上がっている」
 
 難易度の上昇具合に思わずそう呟いていた。相手が隠しBOSSだからこそかもしれないが、安易にはそうは思えない。

「それに……ダンジョンも大幅に変更されているな……。そこまで出来るとは思っていなかった。大型アップデートをしていた。と言う事か」

 ここまでくるのにゆうに10〜12時間は掛かっている。以前は、探索時間を含めた上でも3~5時間程度だった筈だ。単純に考えてBOSSのステータスの様に倍以上に上がっている。

 元々βテスト1000人仕様から、初回10000人仕様にする為、最初からアップデートをしていたのだろう。それ以外に考えにくい。仕事量からしても。

「このゲーム関係の仕事には携わってなかったから……、細かな事は判らないけど」

 正確には、どれだけの人数をかけていて作業を行っているのか? 茅場以上の者はいないだろうけれど、正直わからない事が多すぎる、とリュウキは苦笑いをしていた。
 リュウキは笑える程、まだまだ余裕はある様だ。


 最悪だ、と言ってもそれは経験をしていない他のプレイヤーであればの話だから。




 いったいどれくらい経っただろうか? 何度も何度もリュウキの剣が相手の身体を捉え、そして相手の暗黒剣は、リュウキの身体には届かない。
 
 例え一撃で致命傷、一撃で即死であったとしても、どんな力でも当たらなければ意味はないし死なない。例え、どれだけ与えるダメージが少なくとも、相手のHPが常時回復でもしない限り、いつかは倒れる。倒せる。


 ……そして、漸くその時(・・・)は来た。 


「流石にHPが多いから あっという間に、とはいかなかったな……。時間何時だろう?」

 リュウキは、視界の端に表示されている時刻を確認した。

 現時刻PM18:56。

 そして宿を出たのがAM3;00前後だ、勿論昨日の日付だったが。

「BOSS戦だけでかなり時間が掛かってしまったな。まぁ、これもソロプレイの醍醐味か」

 そう呟くとその後、少し遅れて、リュウキが放った斬撃を受けた《Darkness・Shadow》は、まるで機械の様に、場に ぎぎ……っと金属音を響かせると。

『ぐああああっ!!!』

 叫びと共に、その暗黒の身体は砕け散っていった。


 そして、その場に残されたのは暖かな光。闇の中に煌く光、《マナ・オーブ》だけが残されていた。そのオーブは、自動的にリュウキの手元に吸い込まれる様に入ってくる。

 それと同時に、闇は完全に払われたと同時に、リュウキは 貴重品 マナ・オーブを入手する事が出来た。


「よし。一応ひと区切り、だな。………あ」

 リュウキは、ストレージにアイテムを収納し、ほっとしていた時だ。
 ……ちょっとした事を思い出したのは。

「しまった……。転移結晶……買ってない……」

 そう、ダンジョンには必須だと言える転移アイテムを持ってきていないのだ。だから必然的に、徒歩でご帰宅となる。

「はぁ……まぁ仕方ないか。経験値もコルも増えるし」

 同じ道をまた戻るのは、少し面倒だったが、仕方が無いと、頭をかきつつ リュウキは洞窟の外へと向かって歩き出した。





~木の精霊・ドリアード~



『そなたには……感謝してもしたりない……。人の身でありながら、我が願いをかなえてくれるとは……』
「いや、問題ない。……思ったより時間は掛かったがな」

 それは最終イベント。指定されたアイテムを届ける事で発生するモノだ。

『感謝する……強き人よ。……そして、受け取ってくれ。我が力を……』

 精霊ドリアードの手に緑色の光が凝縮して行く。そして、握られた手をゆっくり開くと……指輪が現れた。

『これは、森の守り《エメラルド・リング》……そなたの旅に、森の加護がありますように……』
「ああ。ありがとう」

 そして、リュウキは装飾装備品である《エメラルド・リング》を入手した。

「それにしても、本当に序盤とは思えない程の性能を持ったアイテム、だな。まぁ、BOSSの強さを考えたら当然だとも思うけど」

 元々様々なオンラインゲームでは、ソロ中心だ。今回ほどソロで本気でよかったと感じた事は無い。1人だからこそ、捌ききれた所もあるから。

「幸先よし。……この感じで1層のBOSSのパターンを視れたら良いんだがな。……簡単にはいかないと思うが」

 リュウキは そう言いつつ、村へと戻っていった。










~そして一ヵ月後~



 その後。リュウキは主に攻略より、層の環境・データを徹底的に視て(・・)回った。迷宮層の攻略よりも重要なことだと感じたからだ。1層から2層……3層と続けていく事で、傾向も読みやすくなるだろう。

 そして、何よりアルゴの言葉ではないが、情報は命だ。

 少しでも、誰かに死なないでもらいたいからだ。例え、名も知らない者だったとしても、誰かが、死ぬのを見るのは、知るのは嫌だった。
 嫌じゃない人などいないと思うが、必要以上にそう思う。こんな事態になったとしても、例えこの世界が《デスゲーム》となってしまったとしても、ここの世界は 自分の世界。

 そんな大好きな世界で誰かが死ぬなんて……考えたくない。

 リュウキは、命を尊く想っているから。……受け継いでいるから。
 
 






 
 そして、一ヶ月がたつ。そんなリュウキの想いも空しく……。



≪1000人もの人が死んだ。≫




 ………そして、いまだ第1層はクリアをされていない。



 

 

第12話 攻略会議とパートナー


~2022年 12月2日 第1層・トールバーナ~


 あの事件。……この世界がデス・ゲームとなってから早一ヶ月。
 βテスターが数多くいると言うのに、まだ誰一人として第1層を突破できていない。判る者ならば判る。βテストの時と比較してみれば一目瞭然なのだ。

 異常的な難易度上昇だと言う事が。


(……βテスターであるオレも、今だにBOSSの部屋にさえ到達できていない。そして……リュウキもだ。リュウキは情報集めを優先してくれているらしいから、余裕はやっぱりあるとは思うけど……それでも、あの時の、βの時と比べたら攻略時間が異常に掛かっている。あの期間でフタ桁の層まで突破したアイツが、だぞ。……やっぱりあの時のリュウキの言葉通り、だな。幾らなんでも上方に修正しすぎだ)

 トールバーナの噴水広場に腰掛け、考え込んでいるのはキリトだ。
 はじまりの街、別れる間際にリュウキに聞いたあの言葉。別れた後も、戒めの様に 奢らない様に自身に刻み込んだつもりだが……それでも認識甘かったと言わざるを得ないのだ。

『2ヶ月で第6層まで上った』

 それは、キリトの中ではちょっとした誇りでもあった。ネットゲーマーなのだから 前人未到の地まで到達する事も目標に置いてある。最前線から遅れてしまう事が怖いから、と言う事もあるだろう。
 故にリュウキが遥か上に到達していっている際には、本当にプロなのか? と思った。この手のゲームプレイで自立出来ているレベルの人なのかと。……ただの廃人プレイヤーでは到達出来ない領域。そう直感していたから。

 それとこのゲームに関して、攻略速度の異常さは、他にもある。以前のβテストの時は好きな時間にログイン、ログアウトできる状況でびプレイだ。そして、数々のプレイヤー達はゲームだけしている訳ではないだろう。

 ある者は学校に、ある者は働きに、等 必ずゲーム外の時間は存在する。

 キリトの場合は学校があったから、限られた時間の中でのプレイ。故に実際のプレイ時間は1日3〜4時間だ。βテスト開始祝日では、それ以上にプレイ時間は伸びるだろう。
 
 それだけの期間で自分は6層まではいけた。

 だが、今は1ヶ月ぶっ通しでプレイ(厳密に言えば睡眠時間をとっているが)し続けても、それでも、第1層のBOSSの部屋にさえ到達できないのだ。βテスト時代ならこのペースでプレイをしていたら、1週間、いや 3,4日あればたどり着ける自信がある。

(………だけど、漸く誰かのパーティがBOSSの部屋を見つけた。……だからこそ、この広場でBOSS攻略会議が行われる。ん? そういえば、リュウキは着ていないのかな?)

 キリトは、噴水広場に集ったプレイヤー達を見渡した。その多数の人の中でリュウキを軽く探してみたが、見当たらない。
こ の攻略会議には40人程参加をしているし、何より もう会議も始まる所だった為、キリトは短期間では確認しきれなかった。

「はーい! そろそろ始めさせてもらいまーす! 今日はオレの呼びかけに応じてくれてありがとう。オレの名はディアベル。そして、気持ち的に! 騎士(ナイト)! やってます!」

 恐らくはBOSSの部屋を見つけたPTのリーダー格だろうか? 彼の声は 緊迫感さえ、醸し出しているこの広場内の空気を和ませ、そして笑いを誘ったようだ。その彼の陽気な言葉から自然と周囲から笑みの表情が浮かんでいるのが、後ろからでもよく判る。

「ははっ……、SAOにジョブシステムなんて無いだろ?」
「そこは勇者って言わないんだな? 言いたいんじゃないのか~?」
「よっ ナイト様♪」

 言う声援、口笛や拍手と共に沸き起こった。確かに この世界(SAO)には システム的な(クラス)は存在しない。生産系のスキルを修練し、修めていれば、《鍛冶屋》《料理人》《服飾》等と呼ばれる事はあるが、事 戦闘においての職 メジャーで言えば《勇者》《騎士》《戦士》《格闘家》等の職は寡聞にして聞いたことがないのだ。

 そう、故にディアベルがいう《騎士(ナイト)》と言う職は無い……が、彼の言動、仕草、そして 場を読み和ませるスキルは システムでは到底賄えない貴重なモノだと言えるだろう。

(……リーダーの資質がある者ってきっとああ言う人種を言うんだろうな)

 離れたところでローブをかぶっている男がそう呟いていた。緊迫していた空気を殆ど一瞬で和ませる事が出来たのだから。仮に、職が出来たとしたら、彼が相応しいのは やはり指導者(リーダー)だろう。

 そして、ディアベルは表情を改めると攻略会議、本題へと入っていく。

「今日! オレ達のパーティは、あの塔の最上階でBOSSの部屋を発見した」

 ディアベルのその言葉に場はどよめいていた。確かにその情報は既に蔓延していた。が、実際に本人の口からそう聞くのでは、インパクトが違うだろう。 一ヶ月間もの間、大勢の犠牲者をだし、それでも到達出来なかった場所なので、信憑性にかけていたのだ。

 だが、ディアベルの真剣な顔を見れば誰もが信じるだろう。

 そして何より、あの男は、嘘をつくようにも見えないし付く必要も無い。そしてその表情は自信もあった。

「……オレ達はBOSSを倒し、第2層に辿り着いて、このSAO(デス・ゲーム)も、いつかきっとクリアできるってことを、《はじまりの街》で待っている人達に伝えなければならない! それが、今この場所にいるオレ達。戦う事が出来るオレ達の義務なんだ! そうだろ!? 皆っ!」

 ディアベルは強く、その言葉を強く言い、更に胸を叩きながら訴えた。
 その言葉を聞いた皆は頷き、そして 同じパーティのものは互いに頷きあい。1人が拍手をする。
それに連動したかのように、集まった約40人全員が一斉に拍手していた。

 キリトは拍手こそはしていなかったが穏やかな表情で見ていた。
 そして、最後列。そこからも更に少し離れて 見ているフードを被った男も、同様だ。

「それではこれから攻略会議を始めたいと思う……まずは」

 この攻略会議は良いものだ。BOSS戦参加以外でも、情報の交換だけでも、有意義にできるだろう。とキリトは思っていたが、その次の言葉にキリトは焦りを隠せなくなってしまう。

「最大6人のパーティを組んでみてくれ。フロアBOSSは単なるパーティでは対抗できない。パーティを束ねた《レイド》を作るんだ!」

 キリトが一番動揺したのは、ディアベルの言葉の中にある《レイド》と言う言葉を聞いてだった。
 何故なら、キリトはこの1ヶ月間、ソロを貫いてきた。パーティプレイをしたのはサービス開始初日のみだったからだ。ディス・コミュニケーションと言ってもいい。今更、あの時の様に気さくに他人に話しかけたりも出来ない、自信がなかったのだ。

「うっ……ええッ……」

 ……ソロでやってきてるからこそ、パーティを組める様な心当たりも無かった。

 混乱し、動揺し、そんな時だ。キリトは少し離れたところでフードを被った1人のプレイヤーが目に留まった。


 そして、もう1人 レイドという言葉を聴いて、挙動不審になってしまっている者がいた。

(……やばいな。あぶれる可能性大だ。今までソロばかりだったから、BOSS戦も含めて1人だったから、レイドは想定してなかった。 β時代では普通に参加出来たが……、やはり デス・ゲームになってしまったからか)

 フードの男、である。彼も焦りを隠せなかった。今まで つまり健全なゲームだった時。定員の絡みもあるが、ある程度の実力を示せば参加する事も出来ていた。
 が、今はそんな無茶はさせて貰えないだろう。
 
 レイドを言っている以上は、ソロでは危険だと参加はさせてもらえない可能性が高い。まだ、だれもフロアBOSSというものを経験していない事もあるだろう。

「……ねぇ?」

 色々と策を張り巡らせていたそんな時だ。彼と同じようなフードを被ったプレイヤーが話しかけてきた。

「あなたは……その、1人、なの……?」

 少し警戒心がその言葉に現れている様だ。この事から、このプレイヤーもあまり会話慣れはしていないのだろう。

「……ああ」

 慣れていない、というのは自分も同じ事。フードを被った男は、無視する様な事はせずに、返していた。今、そのせいで困っているのだから。

「……そう。私もそうなの。……だから、暫定的に、その……パーティ? って言うの組んでくれないかな? ……BOSSには、1人で、向かっていけないみたいだから」

 この時、2人は向き直った。話しかけてきた方のプレイヤーは、俯きがちであり表情が見えない。……が、声色から女性だろうと言う事は判った。少し、訝しんでいたが、直ぐに気を取り戻し。

「……ああ。構わない。この場の全員。その殆どが仲間がいたようだから遠慮していた所だ。……組めずに困っていた所だからな」

 返答をした。そして、彼女からの申請を待っていたが、一向に来る気配はない。その奇妙な間に彼女も気づいた様で。

「その……ゴメンなさい。パーティ申請ってどうするんだっけ……?」

 おずおずとした様子で、そう聞いてきた。ここで疑問が生まれる。

「……?? やり方、知ってて、パーティを組もうとしたんじゃないのか?」

 その事、なのだ。暫定的にとは言え、パーティ申請を求めてきたから、ある程度は知っているだろう、と思っていたのだ。

「……知らない。私からは……。いつも、その、組んで……もらってたから」

 どうやら、彼女がした事があるのは 受諾する事だけ、つまり《YES》ボタン を押すだけだったようだ、それ以上のことはしたこと無いらしい。

 所謂、このゲームの初心者。それも恐らくMMOも初心者だと思える。

 だが、別にそれでも特に問題ないと判断していた。
 それに、よくこの1ヵ月間、無事だったと感心するほどだった。1000と言う数のプレイヤーが命を落としたのだから。

「わかった。………」

 男は指を振り、メインメニューを呼び出すと、パーティ申請を出した。カーソルを目の前のプレイヤーに合わせてクリックする。

≪パーティ申請を受理しますか?≫

 その画面が、可視化されたホロウインドウとして、相手に出たのがわかった。そして、女性プレイヤーはそのままYESを押した。これで、パーティ結成終了となる。


画面の端に表示された名は《Reina》


「……暫定だが、よろしく頼む」
「……こちらこそ」

 無事、申請する事ができ、互いに挨拶を交わしていた。……傍から見て、お互いがフードで顔を隠している、と言うのも怪しいと思うのが一般的だと思える。
 ……が、そう言う点は別に気にしない男だった為、ただ涼しい顔をして、満足をしていた。

 そんな時だった。

「……ゴメンなさい。その……こんなのかぶってて」

 女性の方が軽く頭を下げ、謝ってきたのだ。それを訊いて、軽く首を傾げる。

「なぜ 謝るんだ……? それに、オレも同じようなのをしているが? ……悪い事、なのか?」

 そう、謝る理由がわからなかったのだ。自分自身が装備をしている。……別に悪い事をしている自覚はないし、する意味も判らなかった。
 すると、彼女。Reinaは首を左右に軽く首を振る。

「その……自分から頼んでいるのに、こういう姿だから……。でもゴメンなさい。少なくとも、このレイドが、戦いが終わるまでは……」

 そこまで聞いたら幾らなんでも判った。今の装備をしているのは、何か事情があるのだろうと言う事。……それに彼の方にも理由があるから。

「……別に構わない。それにオレも似た様なものだから」

 だから、男はそう返した。

「そう……どうもありがとう。私はレイナ。短い時間だけど、よろしく」
「……リュウキ。よろしく」

 最後に、互いに挨拶を交わしていた。

 レイナが、初めてSAOで、この世界でパーティメンバーとなる瞬間だった。


 この出会いは後に彼にとって、リュウキにとって 特に大きなものになるのは、また――後の話。
 

 

第13話 元βテスターの真実


 リュウキとレイナは、パーティを組む事はできた。
 2人と言う人数を考えればパーティと言うよりは《コンビ》と表現した方がいいだろうか。
 リュウキは、軽く噴水広場を見渡した。殆どのプレイヤー達が分散し、固まっている。其々でパーティ申請が終了している様だ。

「……どうやらキリトも、相手が見つかったようだな」

 リュウキは 見渡していた時、キリトを見つけ、そう呟いていた。
 キリトの相手も、こちらと同じ数のパーティ……コンビだ。キリトは普通の装備だが、キリトのパートナーの相手はリュウキやレイナのように頭まですっぽりかぶっている為、表情は見えないし、人物像も判らない。

「………似たもの同士だな」

 この場に同じような姿をしている人物が3人いる。だから、別に目立っている、不自然、と言う訳でも無いようだ。

「ッ………」

 リュウキの暫定的なパートナーであるレイナは、リュウキに隠れるように、キリトたちが視界に入らないようにしていた。
 レイナは、リュウキが周囲を見渡していたのを見て、自分も同じように眺めていた様だ。……そして、キリト達を見て 突然隠れた。リュウキは何故そんな行動を取るのかは判らないが、その視線や仕草は判った様だ。そして追求はしない様だ。

「よぉーし! 皆、そろそろ組み終わったかな?」

 ディアベルは、周りを見渡して、炙れているメンバーがいないのを確認してそう言った。問題ない様だ。だから、更に話を進めようとしたその時。

「じゃあ話を「ちょぉーまってんか!?」ん?」

 話に割り込む様に、1人の男が声を上げた。ディアベルの声が響いた時に、やや歓声も出ていたのだが、それが止まる。 会議が始まった最初から、全体を見渡せる様に一番上に立っていた男だ。 
 所々角の様なものが生えている……?いや、固めているみたいだ。はっきり言ってしまえば変なヘアースタイル。サボテン髪の男は、階段を一気に駆け下り、ディアベルの前へと言った。ディアベルの美声とは正反対の濁声で唸る。

「ワイは《キバオウ》ってもんや。BOSSと戦う前に言わせて貰いたい事がある」

 そう言うと、睨みつけるように周りを見渡していた。突然の乱入にもディアベルは顔色1つ変える事はなく、余裕溢れる表情で答える。

「何でも、意見は大歓迎さ。よろしく頼むよ」

 あくまで笑顔を絶やさないディアベルを見て、盛大に鼻を鳴らすサボテン頭。リーダーといっていいディアベルからの了承をもらった事でか、更に一歩前に出た。

「今 こん中に、今まで死んで逝った1000人に! 詫びを入れなアカン奴おるはずや!」

 キバオウは、周囲、集まったプレイヤー達全員に指をさす様にスライドさせながら、濁声で叫んだ。

「詫び? 誰にだい?」  

 背後で噴水の縁に立ったままのディアベルが もうすっかりと様になった仕草で両手を持ち上げた。キバオウは、振り返る事なく、憎々しげに吐き捨てる。

「決まっとるやろ! ナイトはんもよぉわかっとんのと違うんか?」

 そう言うと同時に、ディアベルの方をチラリと見た。
 ディアベルは勿論、低くざわついていた約40人の聴衆の皆は、理解した様だ。キバオウが何を言わんとしているのかを。

「ッ………。」

 そして、それは勿論、キリトも同様にだった。NPCが奏でる夕暮のBGMだけが静かに流れるこの場。普段であれば、街と言う場所に相応しいBGMであり、夕暮ともなれば、穏やかに、一日の終わりを連想させる音楽が流れ出て、少なからず精神を和やかにさせてくれるのだが……、この場の空気は更に重く、沈みかかった。

「キバオウさん……。貴方が言っている奴らというのは……もしかして、元βテスターだった人たちの事……かな?」

 十中八九、九分九厘、間違いは無いだろう。だが、それでも、キバオウの口から訊く為、確認するようにディアベルが聞いていた。その表情は先ほどよりも厳しい。

「決まってるや無いか!」

 キバオウは、背後の騎士を一瞥してから続けた。

「β上がりどもは、こんクソゲームが始まったその時に、初心者(ビギナー)を見捨てて消えよった! 右も左も分らん9000人以上の初心者(ビギナー)を見捨てて、な! それに奴らは、旨い狩場やら、ボロいクエストを独り占めにして自分らだけ、ポンポン強ぉなって その後もずーっとしらんぷりや!」

 そう言うと、再び周囲に睨みを利かせた。

「こん中にもおるはずやで! β上がりの奴らが! そいつらに土下座さして! 溜め込んだアイテムや金をこん作戦の為に軒並みはきだしてもらわな! パーティメンバーとして! 命は預けられんし! 預かれん! そう言いたいんや!」

 仁王立ちをするかのように、最後にそう周りにはき捨てた。 まさに名前のとおり、牙のひと噛みにも似た糾弾と言えるだろう。 が、勿論。というか間違いなく、名乗り出る者は皆無だった。誰ひとりとして、黙して語らずだ。
 キバオウが思っている事、吐き出した言葉。実際にそう思っているプレイヤーは必ずいるだろう。それが、ネットゲーム経験者ならば、なおさらの事だ。自分達がレベルをあげるのに時間が掛かっているのに、別の奴ら……元テスターは簡単に上げている。

 簡単に言えば嫉妬の念が強い。

 従来なら、それだけの事なのだが、今回は死人が大勢でているのだ。……つまりはこのキバオウと言う男は初心者ビギナーの気持ちを代弁するように言い、そして仲間につけ、尚且つ、その経験者達の貴重なアイテムもあわよくば手に入れようとしている。それは狡猾かつ、利己的な考え方だとも取れる。

 だが、キバオウの言い分には確かに一理はあるだろう。初心者という立場を考えれば、異常事態となった今、彼らを支えて導く者も確かに必要だと思える。

 だが、誰がいったいそんな聖人君子の様な真似が出来ようものだろうか? β出身者たちも、無論生きるために必死だったには違いないのだ。このゲームが、デスゲームだと分ったその時から。


 だけど、1つだけ、容認出来ない事があった。……容認出来ないのは1人の男。
 キバオウは勘違いをしているのだ。重大(・・)な、勘違いを。

「………1つ、発言いいか。騎士(ナイト)さん」

 フードをかぶった男。……リュウキは すっと、立ち上がった。隣で座って 状況を静観していたレイナも突然の挙手と発言に、目を見開かせていた。

「……ああ、構わないよ。」

 ディアベルは、自身の気持ち的に騎士の事を名に呼ばれていたが、今はふざけて答えられるときではない。だから……厳しい表情のままだった。立ち上がったのは、白銀のフードを被っている男だと言う事程度を認識し、促していた。これは、この議題はBOSS戦前にはあまり歓迎すべき議題ではなかったから、今後のことを考えているのだろう。

 ここで、リュウキの事を少しだけ説明しておく。
  
 彼は、本来率先し全面的に前に出て行動をしたり……、更にこんな大勢の前で、目立つような発言したり、する様な男ではない。

 従来より、こう言った手合いの者は……、感情論になってしまうのだが、はっきり言って大嫌いだったのだ。
 言い分は、最もらしい事を言っているだろう。賛同してしまう者だって、少なからずいる筈だ。それが、キバオウと同じ境遇、即ち初心者であれば誰しもが抱いている疑念、疑惑だから。

 だが、それはただ群集を誘導しているだけだ。

 ……何も真実を知らないで、手前勝手な判断を振りかざして。皆の事を考えて言っているように錯覚すると思うが、この手の者は決してそんな事は考えていない。間違いなく、嫉妬心から来ているモノだろう事が判る。

 だからこそ、……リュウキを立たせたのだ。


「そっちの……キバオウって言ったか? アンタ……その情報は何処で得たんだ?」

 リュウキは立ち上がって、キバオウにそう聞いた。

「? いったい何の情報のことや?」

 キバオウは、鋭い目つきのままそう聞く。その鋭い目つきから判る。相手が何を言ってきても、言い返すつもりの様だ。

「『元βテスターが、強くなって後は、知らん振り』……だったか? 何故それがお前にわかるんだ……? 元βテスターから、訊いた……とは言わないよな?」

 深くフードを被っているリュウキの素顔はだれも見えない。だが、少なからず言葉に怒気が感じられた。キバオウは気づく様子もなくただ言い返していた。

「そんなもん、言わんでも決まっとるやろうが! こんクソゲームが宣言された後! 大体の初心者(ビギナー)は、あの場を動く事さえ出来んかった。状況を把握しようとしたりが精一杯や。それ以外は、蹲ったり、叫んだりしとるもんもおった! フツウは大混乱や、いきなし、デス・ゲームや、言われたら それが当然やろ!? それがフツウや! それがどぉや? ワイは確かに見たんや! あの場から何人も慌てて立ち去っていく奴ら(プレイヤー)をな! フツウならあん場に残ってこれからの事やら、なんやら、全部 説明していくのが筋っちゅーもんやろうが! それが経験者(βテスター)の勤めっちゅうモンやろ!」

 キバオウのその独白ははっきりしている。つまり典型的な自己中心的な考え方だ。勝手な自分の考えを相手に押し付け、植え付けようとしている。

「…………」

 大体のキバオウの性質を把握。判りきっていた事だが、裏を取る事が出来たリュウキは、黙ったまま、懐に手を入れ、そのフードの裏側に縫い付けられた衣嚢(いのう)の中に収められた一枚の紙を取り出した。

「なんや!? オマエひょっとして、b「これは、あまり出したくなかった情報だが……」なんやと!?」

 キバオウは、リュウキのことをβテスターだと睨んでいたが、最後まで言い終える前に、先にリュウキが切り出した。そして、取り出した一枚の紙をディアベルの方に投げた。まるで 手繰り寄せているかの様に、正確にディアベルの手元にその一枚の紙は到達する。

「……これは、いったいなんだい?」

 ディアベルは、その紙を受け取るとリュウキの方に視線を向けて訊いた。リュウキは、軽く視線を下に向けつつ、答える。

「本来は言うつもりはなかった。………彼らの尊厳を傷つけると思って、出さなかった。……だが、こうなった以上は真実を教えた方がいいと思ってな。悪者(・・)にするのは、忍びない。 騎士(ナイト)さん。すまないが読んでみてくれないか」

 リュウキの言葉に何かを感じ取ったのか、ディアベルは深く頷くと、受け取った紙を広げた。その紙に書かれている情報は、凄く少ない。だけど……、その内容が驚愕だった。
 ディアベルは、内容の大きさに思わず口が開かなくなりそうだったが、何とか口に出す事が出来た。

「全死者……1009名。その内の、βテスターの数……219名!?」
「「「「!!!」」」」

 ディアベルが、驚愕するのも無理はない。思わず絶句し 言葉が出てこなくなりかけたのも、無理はない。それ程の衝撃であり、その内容を訊いた40ものプレイヤーは全員、絶句していたのだ。

 βテスター出身。

 その連中は、少なくとも初心者(ビギナー)達より遥かに情報を持っているだろう。立ち回り方、そして勿論キバオウが言うような特になるイベントクエスト等。
 そして、何よりも戦闘回数。
 HPが己の生命値である以上、経験がものを言うのは間違いない。βテスト2ヶ月間という経験がまるで無かった事になっているかの様だ。
 
――……そのメンバー達が、多くの元βテスター達が(GAMEOVER)となってしまっているのか?

 誰もが言葉を失ってしまった。だが、キバオウだけは違う。

「んなわけあるかい! テキトーな事言うとるんやろ! 元βテスター1000人中219人やて?「違う……!」何ッ?」

 キバオウの言葉を遮って、ディアベルが続きを読み上げた。

「βテスターは、全員で825人参加している。だから……825人中の219人だ」

 動揺を隠しながら、読み上げるディアベルも大した精神力だと思える。
 何せ、元βテスターはその元βテスター全体の約25%。そして、死者の全体で約20%に上るのだ。
 キバオウが言っていた言葉。その信頼性は薄れる事実だ。確かに、何名かはそう言ったプレイヤーもいるだろうが……。元βテスターの4分の1ものプレイヤーが命を落としている事態なんだ。……だから、安易にそう言って良いものでは無い。
 
 キバオウの言葉に心を揺さぶられたプレイヤー達の認識が変わり始めていたその時だ。

「だから、それの情報事態がデタラメなんとちゃうんかい!」

 等のキバオウは全く信じれないようだ。《元βテスター=憎悪の対象》と言う図式が彼の頭の中で完成されており、それを覆す事が出来ない様子だ。

 リュウキは、軽くため息を吐いた。

「……なら直筆のサインを見てみろ。……それで、もう判るだろう」

 リュウキはそう答えた。『それで全てがはっきりする』と。ディアベルは、情報誌の右下の隅に押された印を見て、リュウキが言っている意味を理解した。

「これは、……アルゴ。あの情報屋のアルゴのサイン」

 そこには有名な情報屋の名前が記されていたのだ。鼠のアルゴの名前は、この世界では有名だ。まだ1層目だと言うのに、有力な情報を発信しているアイツだから。

「アルゴ……鼠のアルゴ。……オレ、知っているぞ」
「ああ……料金は高いが、かなり信頼できる情報屋の……」
「アイツを知らない奴なんか、ここにいないんじゃないか……?」
「それに、アイツのなら、十中八九……」

 周りのメンバーは、この情報が信じられるようだった。そして、改めて唖然としていた。経験者(元βテスター)達が大勢死んでしまっているのが事実なのだから。

「最後に付け足そう。このゲームは最早、元βテスターとか、過去の情報を知っているとか、そう言う有利性、アドバンテージは一切通用しない仕様になっていると考えた方がいい……。自分の脚で眼で、身体で感じた情報が命だ。……生き延びる為に、……果てには、このゲームをクリアする為には、何が必要なのか……。それを真剣に話し合った方が言い。BOSS攻略の話し合いも大切、だがな。……BOSS事態も初見だ。警戒する事に越したことはない」

 リュウキは最後にそう言って、ゆっくりとその場に腰掛けた。

 その姿を見ていたレイナは、少し腰を浮かし リュウキの傍に寄った。

「……ちょっと意外かな」

 傍に寄ると、レイナがそう呟く様に、リュウキにだけ聞こえる様に言っていた。

「あなたは、……そう物事はっきり言うタイプ……だったの? それもこんな大勢の前で?」

 レイナが意外に思った事はその事だった。この場所で彼を見かけた時、基本的に遠巻きに観察する様に、全体を見守る様にしていた。率先して前に言ったり、ディアベルをはやし立てたりする様な事はせず、一歩退いて見ていたんだ。だけど、その印象は さっきのやり取りで一気に吹き飛んだ。

「……今回だけ……だ」

 レイナの言葉を訊いてリュウキは、ただそう言ってそっぽを向いた。自分でも判っている。こんな大勢の前でこんな事をするなんて、考えてもいなかったから。

「…………ふふ」

 そっぽ向く彼を、リュウキを見てレイナは改めて思った。
 
 先ほどのやり取り、キバオウの凄みにも全く介せず、そして有無を言わさぬ迫力を感じたんだけど……今の仕草は、さっきとは大違いだ。

――……何処か、ギャップがあって何か面白い。……と言うより可愛いかな。
 
 改めて感じたリュウキの印象がそれである。


「……なぁ、オレも1つ発言良いか?」

 リュウキが座った数秒後に、今度はスキンヘッドの大男が手を上げた。

「ああ……構わないよ」

 ディアベルは、返事をした。それを聞いて大男は頷くと。

「キバオウさん。オレの名はエギルだ。……オレも、1つさっきの銀の彼の発言に付け加えたい。この《ガイドブック》。知っているか?」

 エギルは、リュウキの名前を知らない。名乗っていないからだ。だからフードの色で彼のことをそういったようだ。

「なっ……なんや! それくらい知っとるわ! 道具屋においてあったヤツやろ? それが何や!」

 キバオウはバツが悪くまだ、リュウキに対し……睨みをきかせていたが、もうどこ吹く風。何を凄んでも何も感じていない、というより見てすらない。
 
 そんな空気を感じつつ、エギルは続ける。

「このガイドは、オレが新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。……しかも無料配布。ここにいる皆も世話になっただろう?」

 ガイドブックを片手に、エギルはそう言った。βテスター達を憎悪した理由が、《ウマい狩り場》や《ボロいクエスト》と言った代物、即ち《情報》。

 この世界では何よりもそれが重宝される。故に信頼できる情報を発信しているアルゴの名がそれ程までに轟いているのだ。



「……確かに、凄く役に立った」

 エギルのガイドブックを見て、キリトの隣に座っているプレイヤー。キリトがパーティメンバーとして申請した者がそう呟いていた。 
 キリトは……、少し違う。驚愕、と言う表情だ。

「な……っ タ、無料(タダ)だと……? あ、あんにゃろ! オレからは500コルもとったくせに――……」

 ……何やらキリトには有料にした様だ。随分といい性格をしているのである。


 そして、ガイドブックを其々のプレイヤーが取り出し、改めて見だしたのをエギルは確認すると。

「しかし、いくらなんでも情報が早すぎる、そう感じた。 オレは、こいつに載ってモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、常に俺たちよりも先を言っていた《元βテスター》達以外にはありえないと思っている。……そして、更に驚いたのはこっちだ」

 続いて、エギルはアイテムストレージから、もう1つの少し大きめの本オブジェクト化し、この場に掲げた。

「これは、道具屋に置いてある無料のガイドブックとは違う。皆も知っている、さっき彼が公開してくれた、情報の発信源、《鼠のアルゴ》から、直接買い取ったものだ。……値ははったが、この1層目に関しては、モンスターのありとあらゆる情報が記してあった。その特質すべき危険性。クエストについてもそうだ。その詳細が記されていたよ。あまりに細かに書かれているから、正直半信半疑だったが……、いくつか、試してみた所、間違いのないものだった。正直、金銭価値以上のものだったよ。……オレは、これに命を助けられたと言っても良い程だ。致死性トラップと言っていいフィールドの説明もあったしな」

 そのエギルの言葉に、場が騒然とする。

「それほど、なのか……?」
「たしか、あれって、1000コルだろ? 情報にしては、高過ぎって思って、買わなかったけど……」
「マジかよ……、それ程の物だったのか……?」

 その本に、皆が興味を持っていったようだ。エギルが言うように、値は張るからこの場で持っている者はいなかった。購入した人、エギルがレビューをしてくれているんだ。この場で嘘を言っているようにも思えない。

「……流石に、第1層のBOSSの情報はまだ無かった。それでも、第1層については絶大だと思う。……この本に関しては、見たいやつには後で見せてやる。勿論金銭なんか取りはしない。オレが言いたいのは、……これ程の代物があったのにも関わらず、この1ヶ月で1000と言う沢山のプレイヤーが死んだんだ。その理由はオレは、彼らがベテランのMMOプレイヤーだったからだとオレは考えている。自身の経験だけでプレイし、引くべき点を見誤った。だから、彼の言うとおり、オレも今後の事を真剣に話し合った方が良いと考えているんだがな?」

 エギルが占める様に言い終えたが、最早皆に異論等は無かった。全員が賛成した様に、無言で頷いていた。

「うぎぎ………。へん!」

 キバオウは、もう何も言えなくなってしまったようだ。



「……勝負、あったみたい。たまに、ああ言う人、いよね。不幸にあったら皆で一緒に不幸になろうって言う人。先を征く者(フロントランナー)だけが果たせる役割もあるのに……」

 黙りこくり、バツが悪そうに腕を組んでいるキバオウを見て、そう呟いていた。

「……だな。それにしても、あの本はオレもスゴイと思った。……まぁ 多分、アイツ……だろうな」
「?」

 キリトも相槌を打ちつつ、そう言っていた。あの情報本はキリトも勿論持っている。お買い得だと言う事は、アルゴ自身から聞いている事だったし、情報源に関しては心当たりがあったからだ。


「…………」

 キリトの隣にいるパートナーであるフードを被った女性はその後リュウキの事を見ていた。そして、その隣にいる同じ様にフードを被っているプレイヤーも。

「それにしても……、アイツ(・・・)。まさか……?」

 キリトは遠くから見て、そして話を聞いて、感じて……、あのフードの男がいったい誰なのか判った。裏を取った訳じゃないけれど、殆ど間違いない、と。

 でも、判らない事もある。

 それは、あの男の正体について、自分の考えが正しかったとして、そうだったとして。アイツ(・・・)は、何故フードを被っているのが判らない事だ。あまり目立つ事を嫌う事はそれなりに付き合いも長いから大体察している。……でも、あそこまではしてなかったからだ。

 色々と考えていた時、ディアベルが話を進めた。

「皆……貴重な発言を感謝している。そして、キバオウさん。キミの言いことも理解できるよ。オレだって、右も左も分らないフィールドを何度も死にそうになりながらたどり着いたんだ。でも、そこのフードの彼やエギルさんの言う通りだと思う。……今は前を見よう。元βテスターだって、……いや、元βテスターだからこそ、その戦力はBOSS攻略の為に必要なものなんだ。君の言うように、彼らを排除するようなことをして、結果BOSS攻略が失敗したら何の意味もないじゃないか?」

 流石は、騎士(ナイト)を自称する事はある。こちらの言葉は実に爽やかな弁舌だ。責める様な気配は全く見せず、且つ反論の余地の無い案を伝えていた。

 さっき程のリュウキの情報を聞いて驚愕してはいたが、その表情は既に息を潜めていた。
 今日一番聴衆の皆が頷いていたのだ

「ふ……フンッ!もお かまへん……」

 キバオウは、その言葉を最後にもう黙した。これ以上話に口出ししないと言うかのようにだった。

「さて……それら ふまえて再開する。実は、先ほど 例のガイドブックの最新版が発行されたんだ。……エギルさんの本にも載ってなかったBOSSの情報が掲載されているガイドブックが」

 その言葉に場が響めく。ガイドブック、と言うよりは《アルゴの攻略本》と言う名前の方が定着があるのは豆知識だ。

「……そして、目玉のBOSSの情報だが、この本によると、BOSSの名は《イルファング・ザ・コボルド・ロード》。そして、《ルインコボルト・センチネル》と言う取り巻きがいるらしい、それとBOSSの武器は斧とバックラー。4本あるHPバーの最後の1本が赤くなると、曲刀カテゴリーのタルワールに武器を持ち替え……攻撃パターンも変わる……と言う事だ」

 ディアベルが、攻略本を読み上げた。


「なるほど………同じ、だな」

 リュウキはディアベルの話を聞いてそう呟いた

「……え? 同じって?」

 レイナが反射的に聞いていた。彼が呟いていた言葉が聞こえたからだ。

「………いや、こっちの話だ。何でもない」
「なんでもない事無いと思うんだけど………。うん 無理には聞かないよ」
「……ああ、助かる」
「ん……」

 少し不満はあったけれど、追求はしない様にした。

 そして、その後も攻略本に記載されている内容を数点を説明した後。

「……さて、攻略会議はここまでだ。さて、最後にアイテム分配についてだが、金は全員で自動均等割り、そして、経験値はモンスターを倒したパーティのもの。アイテムはゲットした人のものとする。異存は無いかな?」

 その言葉に皆、異存は無いようだった。

「よし……それでは 明日の朝10時にここを出発する。……では! 解散!!」

 その宣言の後、其々のパーティが解散していった。

 一悶着あった攻略会議だが、無事に終了したのだった。







 

 

第14話 銀髪の勇者


 リュウキは、攻略会議に参加していた皆が散っていくのを確認した。この場に留まる者は殆どおらず、皆ここから去っていっているようだ。恐らくは明日の為に備えたり、休息を取ったり、そしてエギルの宣言通り、攻略本を見せて貰いに行ったり等をするのだろう。

「………」

 リュウキも、やや他のメンバー達より遅れて立ち上がった。自分もホームへと戻る為にだ。立ち上がったリュウキを見て。

「……ねぇ?」

 レイナは声をかけた。

「……ん?」
 
 レイナの声に反応し、リュウキは振り向いた。

「その、明日の事だけど……」

 明日の事について、その詳細をレイナがリュウキに聞こうとするが、リュウキは頷きながら、簡単に返す。

「ああ……、AM10時にここに集合だな。……遅れるなよ。数の有利はどんなものでも一緒だ」

 それだけ伝えると、リュウキはすぐにそこから立ち去ろうとした。つまり、システム的なパーティはそのままで、解散をしようと言う事。

「ちょっ! ちょっと待ってって!」
 
 さっさとここから去ろうとしているリュウキを見てレイナは、慌ててリュウキを呼び止めていた。まだ、話は終わってないのに、一方的に切られてしまったからだ。……と言うより、本当に去っていくのが早すぎるだろう。

「……まだ、何かあるのか?」
「『……何かあるのか?』じゃないって! ……ねぇ 私達、パーティを組むんだからさ。少しは話をしましょうよ? そうじゃないと不安、だから。連携……少しでも上手くとりたいから」

 レイナの言う事もごもっともだ。
 パーティと言うよりたった2人しかいないコンビなのだから、連携は大切になってくるだろう。それがBOSS戦と言う重要な場面なら尚更だ。

「ああ、成る程。……わかった」

 リュウキは理解すると、レイナの傍に座った。

「……私が言うのも何だけど……あなたは、どうしてフードをかぶっているの?」
「………姿 あまり晒したくないからだ。」

 レイナの問いに、リュウキはそう答えた。
 連携の話。つまり戦闘における話ををするんじゃなかったのか? とリュウキは思えたが、所謂これがコミュニケーションと言うヤツだろうと、何処か納得をしていた様だ。

「でも、その割には あの時はっきり物を言ってたと思うんだけど……」

 レイナの頭には更に疑問が浮かび上がる。キバオウに正面から清々しいまでに論破しているのだから。

「……ああ言う手合いは嫌いだからだ。今も、そして昔も。……だからつい、言ってしまった。それだけの事だ」

 そう言うリュウキは、何処か少し ムスっ としてた。

 感情論であり、どうやら本当にあのキバオウと言うプレイヤーを嫌っているようだ。
 
 それに レイナは思った。彼は、思った事ははっきり言わなきゃ気がすまない性格である事、勿論状況を選ぶと思える。今回は、本当に不快だったから、なのだろう。

 そして、何よりあの発言からでも判る様に、レイナはキバオウよりも彼の方が正しいと思ったのだ。

「そう……そっか……」

 レイナはほんとに少しだけだけど、この人、リュウキのことわかった気がしていた。それだけでも話をして良かったと思う。それがたった一度のパーティだったとしても。

 これまでで、異性とパーティを組もう等とは思った事も無かった。

 でも、どうしてだろうか、彼には何処か惹かれた自分もいたのだ。

「……次は私のこと……、話して良いかな……? 訊いて、くれる?」
「ああ。構わない」

 そして、次にレイナ自身の話が始まった。コミュニケーションは大切だ、と言う事で。

「……私には。……凄く大好きで、ずっと一緒にいたかった、力になりたかった人がいたの。その人は凄く、近しい人……で」

 レイナの声には、寂しさがあるのをリュウキは感じていた。

(……爺やに会いたい、そう思う自分と同じ感じか)

 言葉にしなくても、レイナの雰囲気から伝わってくるんだ。

「でも…… 離れてしまったの。私も一緒に行くっていったんだけど……。駄目だって。1人で行くって……。私は邪魔……なのかなって思っちゃって……。そう思ってしまったから、私、思わず飛び出しちゃったの」

 レイナは今日初めて会った人に、それにいくらパーティを組んだからって、レイナはこんな事まで話すなんて思ってもいなかった。

 最初に惹かれた時と同様に、直感した。……この人だったら、教えてくれるって思った。自分の知りたい答えを教えてくれるって思ったんだ。とても、とても真っ直ぐな人だと感じたから。

「…………」

 リュウキはレイナの話しを聞いて少し考える。そして、口をゆっくりと開きながらレイナの方を見る。

「大好き……なんだろう? その人の事が。……なら、信じられるな?」
「え……? し、しん……じる?」

 レイナは、リュウキの言葉を聞いて、真っ直ぐ向きなおした。彼の言葉をしっかりと聞き取りたかったから。

「そうだろう……? お前に、レイナにそこまで言わせる相手なんだろう? ……なら、その人の真意もわかるだろう? その人がレイナに何故一緒に来るなと言ったのかが。……判る筈だ。それとも……お前の信じる人って言うのは、ただ意味もなくついてくる事を拒む。ただ、突き放すだけ。その程度関係の人なのか?」
「そ……それは……」

 レイナは、リュウキの逆の問いかけに言葉に詰まっていた。

 心の底ではリュウキの言うとおり、そう思っていた。でも、不安感が全てを塗りつぶしていたんだ。他の可能性を考えられないほどに。

 リュウキは、自身の経験を元にそう言っていた。親愛な人の姿を思い浮かべて、これまで接してくれた人を思い浮かべながら。


 その時だった。


「おい」

 話している最中に、リュウキとレイナの後ろに、誰かが立っていた。誰か、と言うか この声から誰が話しかけてきたのかはすぐにリュウキは判った。

「…………」

 リュウキは、とりあえず答えずにすぐに黙った。だが、この相手は十中八九、思っている相手で間違いない。リュウキは ちらっと横目でその全体の姿を見た。
 自分の様に素顔を隠している訳ではない。特徴的な色合いの装備、そして見知った顔。

 間違いなく。100%。……キリトだった。

「………やっぱり、お前、リュウキか?」

 キリトはそう聞いていた。
 雰囲気や仕草、そして、フードから僅かだが見える素顔を見て キリトも核心がいったようだ。

「……そうだ。ふぅ……。久しぶり、だな?キリト」

 リュウキは観念した様に 肩を狭めつつキリトの方を向いた。フードは目元までかかっていて、表情は完全には見えないが、認めたし、何より正面から見たらもう間違いなく判る。

「でもお前なぁ、 つれない奴だな……別に知らない間柄でもないのに。危うくあぶれそうになったんだぞ」

 キリトは、嫌にむくれていた。確かにレイドを組む、パーティを組む時は大変だった。……でも、その程度で怒る様な、機嫌が悪くなる様な奴だったか? と思える程キリトは機嫌が悪そうだ。
 だが、勿論リュウキにもこれには訳がある。

「………その事に関しての文句はアルゴに言ってくれ。オレもこんな事態になってなきゃ、ここまでこんな真似はしない」

 リュウキは 少しげんなりしながらそう答えた。

 それは、その発端はアルゴにある。

 情報屋《鼠のアルゴ》の話だ。
 リュウキが、素顔を隠す切っ掛けになったあの大きな大きな事件(リュウキにとって)の概要をここで説明しようと思う。


 町の道具屋に置かれていたのはアルゴの攻略本(ガイドブック)だけじゃない。




 □        □         □          □        □



 アルゴの今週の超有力情報。≪わぁ〜〜パフパフパフッ♪♪≫

 それは、【銀髪の勇者】のお話です!

 その可愛らしい姿形からは考えられない程の戦闘能力があって〜……。

 且つ!!頭もとんでもなく切れる!! 攻略する速度もありえな〜いんだよ〜!?

 その勇者様を仲間に出来たら、レベリングは勿論。

 クエストこなすのも超楽勝かも!?

 そんなアナタの永遠のラッキーカラーは【銀色】になるかもよ?

 でもね……、探すのが難しいんだ……。

 物凄くシャイだから?

 某伝説のRPGのメ○ルス○イムなんて目じゃないくらいの確立だ!!たいっへん!!

 でもね…… それだけ苦労する価値はあるんだよ!

 な・ぜ・な・ら!!   ※↓ココから! 女の子プレイヤー重要な話です!!

 その素顔はとっても、とーーーっても 可愛いのだっ!

 すっごい美少年♪

 見方を間違えたら女の子にも見えちゃうかもね??



 まぁだから、皆! 気合をいれて頑張ってね♪

 彼と出会えたら、本当に凄くラッキーな事だよ〜〜♪



 アルゴの今週の、特別公開、超×10 有力情報でした〜〜!!


                              以上


 □        □         □          □        □





「……………………」

 話はキリトと合流した場面に戻る。
 上記の様な、正直訳が判らない特別情報? をアルゴの発信でバラ撒かれた。その拡散はあまりにも早すぎる。見かけた時、回収・ストップをかけようとしたのだが、既に遅し。

 アルゴからの情報と言う事もあり、かなり信憑性は高い事は既に周知済みの事なんだ。と言うより、これは情報というより何らかのクエストのような謳い文句だった。

 それに……銀髪のプレイヤー自体とても少ないし、何より! 誰の事か? と言う詳細について……そして、疑問は直ぐに解決される。

 そう……それもアルゴ自身への《追加料金》でだ。

 課金制にしている部分を見れば、アルゴの情報商売法だけは見事と言う他は無い。

 次に何故、こんな情報を公開したのか? だが、大体は判った。

 リュウキは、以前にアルゴに誘われたのを断った腹いせ、だと思われる。恐らく……、と言うか絶対に間違いないだろう。嫌な笑顔を覚えているからだ。

 帰っていく時ずっと、その嫌な笑顔だったから。。


情報(アレ)のおかげで、オレは酷い目にあったんだぞ? 判るか? キリト。フィールドから寝座に帰る時、町探索。全プレイヤーが第1層にいるんだ。遭遇率は抜群だ。……そして、そんな時に合ったのがあの攻略会議だ。あんな情報が公開された今、こんな大勢の聴衆の中に素顔を晒したくない」
「ははは………そういえば、確かにそんな情報出回っていたな。ネタって思ってたけど、アルゴの情報だから、拡散具合がハンパなかったんだろう。……でも、それにしては目立ってたぞ? 大丈夫だったのか?」

 キリトもレイナと同じような事を言っていた。だが、その疑問は良く考えればごもっともだ。これだけ、気にしているんだから。
 
 だから、リュウキは面倒くさいがもう一度、レイナに言った説明をそのままキリトする事にした。

「……オレはあの手のは嫌いだ。それ以上でも以下でもない。素顔公開の可能性のリスクを踏まえてでも、言いたいことがあった。それだけの事だ」

 リュウキはそう言うと、立ち上がった。キリトに聞きたい事があったのだ。

「そう言えば、キリトはパーティを組めたのか? 横に誰かいた様だが」

 その事だ。確かにあの場でキリトの傍にはプレイヤーがいた。でも、無事に申請できたかどうかは判らなかったのだ。

 ……が、正直その心配も杞憂に終わると予想出来た。何故なら、キリトとばかり話していたから、見逃してしまったが、今改めて見てみると どうやらキリトの直ぐ後ろに、プレイヤーが待機しているようだった。

「まぁな、暫定的だが オレも何とかアブレなくてすんだよ。……それにしても同じような姿だなお前達は……オレのパートナーももだけどな。……って言うより、リュウキと合流出来たし、これからが本題だ。オレ達とリュウキ達。2:2のパーティ構成なら、4人纏まったパーティにでも……」

 キリトは、2人のパーティが2つ。それを1つに合わせないか? と提案をしようとしたのだ。数が多い方が、メリットが高く、少ない方のデメリットが大きすぎるから。
 そう言いつつ、後ろのプレイヤーを紹介しようとしたその時だ。

「ッッ!!」

 リュウキの後ろで話を訊いていたレイナは、この時キリトの後ろにプレイヤーがいる事に気づいた。タイミング的にはリュウキと全く同じだ。
 その素顔を見た訳ではない。……でも雰囲気で判ったのだ。
 
 明らかに慌てた様な気配がして、気づいたリュウキが、レイナに 『どうかしたのか?』と聞こうとしたがそれよりも早くに、レイナが行動を始めた。

 驚くべき速度で、リュウキ手をぎゅっと掴むと。

「……ん? な……なにっ……?」

 リュウキが返事をするまなく、一目散にレイナは走り出した。リュウキを引きずる様にしながら。

「ちょっ! 何して――……ッ!」
「いいからっ! 来てっ!」

 レイナの筋力値(STR)はリュウキのそれを上回っていると言うのだろうか? 無造作に引かれたその力は思いのほか強く、なすがままになってしまった。
 時間にして、1、2秒程でこの場から離れていってしまった2人。取り残されたのはキリトとそのフードを被ったパートナーだけだ。呆気に取られてしまった為、キリトは暫く、と言っても一瞬だけ放心したが。

「……なんだったんだ? 今の……」

 そう呟いていた。提案を邪魔された……と言うより、今のがなんだったのか? と言う疑問が生まれた。そして、リュウキが誰かとパーティを組むのも珍しいと言う事もそう。似たような状況であり 仕方がないとも思えていたが、それでも、あれ程活発な相手とパーティを? とも思えていたのだ。

そして、キリト後ろに控えていた彼女も不信感を抱いた。その不信感は、1つの予感につながった。

「………今、……の……って……。えっ? まさ……か………?」

 彼女は胸騒ぎが止まらないようだった。明らかに動揺した様子で、彼らが去って言った方をずっと見ていたのだった。





 そして、リュウキたちが攻略会議が開催された噴水広場からから逃げ去った数分後の事。

「………おい。もう良いいだろう? そろそろ止まったらどうだ?」

 まだ、思い切り手を引っ張られながらも、リュウキは冷静にそう返していた。あの広場から相当に離れて、トールバーナの最南端付近。この勢いなら、大方フィールドに出かねないほどの距離まで来ていたのだ。生憎、コチラ側にはゲートは無いが……。それでも飛び越えそうな勢いだ。

「あッ……、そ、そうだね。その……ゴメン、ゴメンなさい」
 
 レイナは、慌てていた頭を思いっきり振って、軽く頬を叩く。……正気に戻った様で、脚を止め、リュウキの方に向きなおした。

「……別に追求はしないと決めていたんだが、な。一応訊くが、お前はキリトと何かあるのか?」

 キリトと話をしていた時に、思い切り引っ張られた。だから そう思ったのだ。『……自分とアルゴの様なトラブルでもあったのだろうか?』 とリュウキは少し思った。

「いえ……あの人とはあの場所で初めてあったから……面識は……」

 レイナは、そう返した。キリトじゃない、とすれば、もう結論は1つしかない。

「成る程、なら1つだな。……あのお前と同様に、フードをかぶったのレイピア使いと何かあるんだな?」
「ッッ!」

 リュウキの言葉を訊いてレイナは、雷に打たれたのか、と思える程に震えていた。
その仕草だけで十分正解だとわかった。

「……ふむ、図星だな。 だが、あそこにいた以上は、明日はパーティが違うとは言え、レイド。共にBOSS攻略戦を行うんだ。……一瞬の油断が命取りになるんだぞ」
 
 リュウキは、やや口調を強めにしながらそう言っていた。

 蟠り等の邪心をもっていて無事に済むとは思えない。一瞬の気の迷い、そして躊躇が生死を別つ修羅場なのだから。

 初めてのBOSS戦であれば尚更だ。

「……わかってるの。わかってる、……んだけど…………」

 レイナは、身体を震わせていた。


『出会うのが怖い。また、顔を合わすのが……怖い。話をするのが………怖い』


(……と言った所か。)

 リュウキはレイナの大体の心情を察したようだ。そして口を開く。

「……明日のAM10:00だ。それまでには、心を決めておいた方がいい。後悔、しない様にな」

 リュウキは見透かした上でそう言う。その言葉にレイナはゆっくりと頷いた。

 レイナは 1度、2度、3度と深く深呼吸をして、心を落ち着かせていた。

「うん………わかった」

 身体の震えは止まった様だが、今度は肩を落としていた。


「はぁ……、ゆっくりと落ち着いて考えたいんだけど……。また、あのボロ宿か……」

 レイナを悩ませている種はまだある様だ。……それは宿について。かなりの不満があるようだ。

「む~……。あれじゃ、休まるものも休まらないよ……。 ゆっくりと落ち着く事も……難しいし。はぁ……せめて眠るときくらいは、きちっとして貰いたいんだけど……」

 話を、と言うより独り言を訊いて、リュウキは『そのくらいの事で……』と思ったが、レイナは割と本気で悩んでるようだったから、安易に口には出さなかった。その代わりに。

「……? なぜだ。あれ程の部屋で満足できない……と言う事は、お前は現実世界ではかなり裕福なのか?」

 そう訊いていた。確かに豪邸で暮らしている、となれば価値観の違いから、不満点は出るだろう。まだ第1層。富裕層が暮らす様な宿は無いから。

 リュウキのその問いにレイナは両手を振って否定し、答えた。

「えっ……? そんなわけないよ。割とフツウ……だとと思うよ。……でも、この街の宿屋の個室って……六畳もない一間にベッドとテーブルだし……。ちょっと広めの2人で部屋なんてものもあったけれど、1人部屋だと50コル。……2人だと120コル。……値段は倍以上なのに……その癖に、広さは倍じゃないし……余計窮屈になって快適ってわけでもない。……いつも愚痴ってたよ」

 レイナの言葉を聞いてリュウキは、やはり判らず再び首を傾げた。

「……? やはりわからないな。探せば条件の良いところは他にもあるだろう?確かに、その50コルより値は少しは張るが、先ほど言っていた120コルのその2人部屋ほど値は張らないぞ?」

 リュウキはそう答えていた。
 今度はレイナがわからないと言った様子で首を傾げていた。まるで、遅れて映る鏡写しのようだ。

「えっ……? でもこの街って、宿3件しか無かったよ? 3つとも一応全部見てみたけど……同じような部屋だったし……。これまでの村や町の宿も、殆ど違いはなかったし」
「……ああ、成る程」

 リュウキはレイナのその言葉を聞いて、漸く合点がいっていた。
 よくよく考えたら、レイナはパーティ申請の仕方もわからない初心者(ビギナー)なのだ。だから、知らないのも無理はないだろう。

「そう言う事だったら、仕方ないか。知らないのも無理はない」

 そう言うと、リュウキは頷いた。

「??」
「お前は、《INN》の看板が出ている店しか確認してないみたいだな?」

 リュウキはレイナにそう聞く、するとレイナは、目を丸くしていた。

「……え? 違うの? だって、宿屋と《INN》って同じ意味でしょう?」

 確かにそのレイナの認識で間違いはない。だが、この世界では少し違うのだ。そもそも、単純に言ってしまえば、別に宿屋に泊まらなくても泊まる手段は幾らでもある。普通のゲームなら宿屋以外無理だが、これはVR世界。そう、その気になれば野宿でだって、睡眠することはできる。

「まぁ……意味は間違ってない。だが この世界。アインクラッドの低層フロアじゃ、最安値でとりあえず寝泊りは安全に出来る場所……それが《INN》の表記がある宿屋だ。それなりにコルを払って、寝泊りできる部屋は宿屋以外にかなりあったと思うが? 全てを確認した訳ではないが、この街では5,6つ程はあったと思うが」
「………………」

 レイナの姿はフードで表情は見えないが。多分放心しているような気がしていた。

 そして、リュウキがレイナに大丈夫か? と訊こうとしたその瞬間。

「ええええええええッ!!! それ本当ぉぉぉぉぉぉッ!!」


“おー……おー……ぉー……ぉー………。”


 レイナの叫びが辺りに木霊していたのだった。

 

 

第15話 銀髪の彼の素顔


 レイナの今の心境、それはビックリ仰天。正に、その言葉が相応しいだろう。今目の前のレイナの表情を見れば、よりいっそうそう思うだろう。だが、リュウキにとっては別の話、二の次以上に関係ない。

「……うるさいぞ」

 そう、至近距離でのレイナの声が。……いや、大声(咆哮?)を聞いたのだから。だが、リュウキは 何とか、そんな(大声を出す)気配を察知したから 素早く耳を塞ぐ事が出来ていた。……のだが、それでも流石に全てをシャット出来る筈も無く、やはり耳には響いてきたようだ。

「ご……ごめんなさい! でも……そんなの聞いちゃったら……、つい」

 レイナが言う《そんなの》……と言うのは勿論この世界の宿事情の事だろう。叫び声、大声を上げる前の会話、最後の会話の内容がそれだったから。
 確かに、初心者であるレイナが、それを知らないのは仕方ない事だ、とリュウキは納得し更に続けた。

「………確かに、知らないのは仕方ない。だが、本当の事だ。知っておいた方が良い。慣れない内は、宿事情でも精神的にも休息になるからな。……現にオレが寝泊りしている部屋は結構使い勝手が良い。飲料系のアイテムでは、《お茶》《ミルク》《ハーブティ》等が飲み放題。寝室のベッドは広めの質感も良い。……NPCの人たちも、良い感じの人だ 心穏やかにさせてくれる。それなりに自分で集めなければならない《キッチン》もある。それに、まぁゲーム世界ではあまり使わないモノだが、一応《風呂》だってついていt「ええっっ!!」ッ!!」

 その瞬間だった。

――……本日リュウキが、最も驚いた事が起きたのだ。

 BOSSの部屋に到達した、と言う事実を訊いた時より、キリトと再会を果たした時より……、何よりも一番。

 リュウキとレイナとの距離はまだいくらかあった。そこまで密着していた訳ではないからだ。
 だが、……レイナに一瞬で、間合いを詰められたのだ。

 驚いたのは、その速度。……目を見張る程の速度だった。
『宿事情についてを説明をしていて油断していたたから』が要因かもしれないが、それを言い訳には、リュウキはしたくない。

 それに単純な話、生半可な速度だったら、目を見張る様な事無いからだ。第1層で出会ったどのモンスターよりも、どんな俊敏なモンスターよりも早いのだから。 

 比喩するとすれば、《閃光》の様な速度。

「今の話、……ほんとのほんと!?」

 レイナの目は、まるで獲物を狙い定めているような、間合いを計っているかの様な、そんな感じだ。

(……実は素人に見えて相当な手練れでは無いか?)

 リュウキがそう思っても仕方が無い程の威圧を感じた。……が、訊かれたから 無視をする訳にもいかないだろう。

「あ……ああ。間違いなく本当だ……。その《本当》と言うのが どの部分の事をさしているのかは、わからないがな。今オレが説明した言葉に、嘘偽りは無い。全て本当の事だ」

 レイナのその姿に、リュウキは、再び僅かにだが動揺してしまった。
 そして、対照的にリュウキのその言葉を聞いてレイナは、心躍るようだった。

 彼女が思っているこの世界で唯一本物だと思えるのは《睡眠》。彼女はそう考えていた。これは厳密的に言えば、彼女と共にいた……ひと(・・)の影響もあるのだろう。そのひとの事が大好き、だったし、信頼していたし、その言葉は間違いないとも思っていたから。
 
 なぜなら、SAO。この世界は何もかもが幻想。

 五感の感触の全てが幻想。即ち、《歩く》《走る》《話す》《食べる》。そして、《戦い》だってそうだ。
 それらの動作は、SAOを動かすサーバーが演算したデジタルコードに過ぎない。現に、現実の自分の体はピクリとも動かないのだから。動いているのは、生命を維持させる鼓動のみだ。

 だけど、そんな偽り、幻想の世界でも《睡眠》だけは違う。

 このデジタルの世界は脳を使っている。……そんなゲームをする以上は、脳を休める、と言う意味でも必要不可欠なものだろう。

 だからこそ、睡眠くらいは、……せめて 安心して眠れる宿屋でくらいは熟睡したいと考えていた。

 だけど……、その実、そうも言ってられない。
 レイナの信頼している大好きな人。その人とあの時(・・・)ナーヴギアをセットしてしまったから。

 そう、この悪夢のゲーム、《SAO》に誘ったのはレイナからだった。

 その人は、毎日頑張ってるから、少しでも、少しでも……息抜きをしてもらいたかったとレイナは思っていたんだ。発売前からの評判は過去にない程であり、様々なメディアが取り上げていたこのSAO。レイナは、それを見た。そして周囲の友人からも、とても面白いって聞いていたのだ。
 
 だから、こんな事になってしまったんだ。

 までの夜一緒に眠る時、レイナ自身は その大好きな人よりは少し長くは寝てられるけれど……、それでも、その時の後悔で飛び起きるように目が覚めてしまう。
 目が覚めて、最初に視界に入ってくるのは先に目が覚めていた人の姿だった。

 

 それは、ある日の夜。2人部屋に泊まっていた時の事だ。



 安心さしてくれるようにしてくれてたけど、レイナはそれもとても辛かった。
 だって、自分のせいなんだから、と言う自責の念が彼女の心を強く締め付けていたから。

 だから……、レイナはせめて、『役に立とう。その人の為なら何でもしよう』……そう思って、頑張って付いていった。

 そして……事件が起きた。

(………私はあの時……に、でも、今はその事は)

 レイナは首を振った。思い出を、過去の苦悩を思い返している暇はない。……だって、時間はもう元に戻らないのだから。戻れるのなら、この世界に来る前の自分に戻りたいから。

(っ……。今はその話とは違うよね。 ……私は、やっぱり私だって、女の子だから……。 せめて、泊るところにはたとえ仮想世界だったとしても……シャワーくらい部屋につけて欲しいって凄く思ってた。 そう、それが例え虚像でも、幻想のシャワーだったとしても、良いから。 あの暖かなお湯が頭から降り注いで………、全身をつつんでくれるあの感じに、そして、湯船に入ったお湯に入り込んで、そして、湯船の中で……思い切り手足を伸ばしたい。心ゆくまで 堪能したい)

 それはきっと、大好きな人だって 同じだってレイナは思えていた。

『死ぬ前に……お風呂入りたい……』

 ……と、訊いた事があるから。
 レイナ自身も死の覚悟は出来ている、だけど、そんな言葉は聞きたくなかったんだ。
 何故なら、死んで欲しくないから。そんな言葉も聞きたくなかったから。……でも、聞きたく無い言葉でも、その中身は、そのお風呂に入りたい。と言う気持ちは激しく同意した。

 そんなレイナの切なる願い。2人の願い。

 それを、叶えてくれる救世主と出会う事が出来た。奇跡だって思える。
 
 その奇跡は目の前の白銀のフードをかぶった 片手剣士の言葉の中に合った。

「…………お願い。もう一度教えて」

 その表情は鬼気迫る。その言葉がしっくり当てはまる。警戒心を強めつつ、リュウキは応える。レイナは一言一句逃すまい、と構えていた。

「………多種類の飲み物無料の事か?」
「そのあと」
「ん、ベッドも広め、それにキッチン付き……か?」
「そのあと……。」
「ん、風呂付きか?」
「それだっ!!」

 レイナは、最後の言葉を訊いたと同時に、探偵漫画よろしく。と言った感じで ビシッ! っと人差し指を突きつけた。そして、興奮止まぬ様子で。

「あっ、あなたのお部屋! その、いくらなの? 1泊の料金を教えてっ!」
「ん……。確か85コル………だったな」

 リュウキは少し考えてそう説明した。金額を聞いてレイナは自分の財布事情を思い出す。確かにこれまでの宿屋よりは若干だが高い。それでも……。

(―――……間違いなくいける!)

 レイナは小さくガッツポーズをした。2人部屋を考えたら 安いから。

「ねっ! その部屋! 後、何部屋空いているの!? その、この街にあるの?? 場所は何処? お願いっ! 私も借りたいからそこ案内してっ! お願いっ!!」

 早口のままにリュウキに詰め寄って、根掘り葉掘り訊いていた。。
 
 慌てて訊きつつも、レイナはこの時、別の事も同時進行で考えていてた。

(――……この話を気に、関係が前に。……元に、戻ってくれたら、良いな。……きっと、聞いたら凄く喜ぶと思うから)

 そうも思っていたのだ。だけど、その想いは音を立てて崩れ落ちてしまう。

「ああ。成る程な。 ……教えるのは全く問題ない……が悪い。オレが泊まっているその部屋は、一軒家 丸ごと借りているから空き部屋なんてものは無い。 それにこの手の宿は、もう結構出払っているから、他の物件も厳しいと思う。オレが利用し始めた当初でさえ、少なくなっていたから」
「えっ………」

 その言葉を訊いて、レイナの表情は固まってしまっていた。
 音を立てて崩れてゆく。……リュウキのその言葉は天国から一気に地獄へと突き落とされたような気分だった。そして、擬音をつけるとすれば。“がーん……がーん……がぁぁーーーん……”と、言った具合だろう。でも、それでも 膝から崩れ落ちそうになるのを必死にレイナは踏ん張った。

「その……そのお部屋………」

 レイナは……口ごもりながらだが、凄く必死に何かを話そうとしていた。

 そんなレイナの姿を見て、リュウキはその言葉を聞く以前に大体の察しは着いた。曰く女性と言うものは、そう言うものなんだろう。
 
 だが、それに関しては、リュウキ自身には 本当に難解。今までよく判ってなかった事だから。

 仕事柄、少しなら女性と接することがある。そして、彼の親に。《爺や》から教わった、と言う事もある。

 紳士の嗜みだという名目でだ。今まで沢山の事を教えてくれたのだが、はっきり言って、一番理解しがたい項目だった。何よりリュウキは、興味が無かった、と言う事も理解しがたい理由として、大きいだろう。
 でも、信頼をしている人の話であり、 頭の上がらないたった1人の家族からの話しだから。親からの言葉なんだから、聞かなきゃと思ってリュウキは聞いて、覚えているのだ。
 幾ら覚えている、としても……ちゃんと理解は出来ていなかったけれど。

 だから、とりあえず説明をしよう。彼女が聞こうとしている事の答えを。
 恐らく部屋を代わってほしいと言う願いについてを。

「……オレは、もう、その部屋を1ヶ月近く利用している。……確かに、快適な環境だと思えるが、必需か? と言えばそれ程でもない。だから 譲って上げる事に関してはまるで問題はない事、……だが、 仮部屋システムの最大日数……10日分の料金を、今日ここに来る前に払ってしまったんだ。……それに一度課金したらキャンセルは不可能。そんなシステムが無いみたいだからな」
「あ……、ううっ………」

 レイナは再び膝から崩れ落ちそうになる。身体がふらついてしまっている。
 希望が足元から崩れるように、だ。

 今から他の場所を探そうか……とも考えていたが、彼が、リュウキが、無理だと言う以上、恐らくもうその条件の良い物件は、すべて埋っている事は間違いないって思える。

 ここは、迷宮区にもっとも近い街であり 十数人単位で詰め掛けている。……現にあの噴水前広場にでさえ、攻略会議の際に40人近くいた。BOSS攻略に参戦する人数だけでだ。

 あれで全員だとは思えない。

 それ以外の方法を考えれば、別の街へと引き返す。と言うのも手段の1つだと思えるが、この街周辺は1層の中でのフィールドで難易度が一番高い。
 万全の準備をして、最速で踏破したとしても、出来たとしても、空いていると言う根拠は無いし 何より、前の街に、戻ってしまえば もう BOSS攻略の時間。明日のAM10:00に、この場所へは絶対に戻れそうに無い。

―――それに約束を反故にすることだ。

 レイナはそんな事は絶対にしたくない。何故なら、そんな人の背中をずっと見てきたから。

 だ、とすると。もう結論はやっぱり1つしかない。
 たった1つの最終手段でしか無い。
 
 それは現実なら絶対に有り得ない頼みだ。それこそ天地がひっくり返ろうとも有り得ない頼み。

 でも……ここは言うようにデジタルの世界だ。現実感のない世界。多少の事は、ぐっ と堪えてでも、とレイナはそう思った。

 覚悟を決めたレイナは、恐らくは無意識下で相当力を入れているのだろう、僅かながらに身体を震えながら頭を下げた。

「お願いします……。その、あ、あなたの お、お風呂を、貸してもらえません……か………」

 それは、随分時間が掛かった願いだった。所要時間1,2分程だが、かなり長く感じた。そしてその言葉から、表情から 必死さは犇々と伝わってくる。
 
 パーティ申請をしていれば、宿泊施設のドアは解除可能だ。勿論デフォルト設定では、だが。基本的に、昨日今日の関係で 安住の地に他人を入れるのには抵抗がある様なモノだが リュウキにとっては、別に問題は無かった。何よりも、彼女は悪い人間には見えない。……思えないから。

「別に問題は無い。他のプレイヤーをいれるな、と言う制限は無い。パーティ申請を完了させていれば、デフォ設定にしてるから利用出来るしな」

 だからこそ リュウキの方はあっさりとOKを出した。レイナが葛藤していた時間よりも何倍モノ速さで。
 
 が、ここでレイナの方に問題が、猜疑心が生まれてしまう。……そのあまりの返答の速さにだ。
 レイナは 逆に不審に思ってしまったようだ。

(……仮にも、幾らゲームの世界でも、女の子が、お風呂……頼んでる、んだよ? なのに、どうしてこんなフツウに……なの?)

 疑問に思っていたのはその部分。
 目の前のこの人はフードもかぶって、素顔も晒してない。
 確かにそれはお互い様だが、何も知らない人の頼みをあっさり聞いてくれるところを見ると悪い人じゃないのはレイナにも判る。何よりあの会議で見た姿勢だってそうだ。真っ直ぐな人で、間違った事はしない人だと感じたし、悩みを打ち明け、訊いてくれた人、だから。

「その……ありがとう」

 レイナは、まだ疑問が解消された訳ではないし、ギコちなさが残っていたが、頭を下げ、リュウキに礼を言っていた。彼女にとって、お風呂と言うのは、そんな疑問も不安も全て吹き飛ばす程の高威力を秘めた代物だから。
 リュウキは軽く会釈をしつつ、街のある場所を指さした。



 そして、更にその数分後。その《夢》の場所へとレイナは案内をしてもらった。



 リュウキが利用している場所と言うのは、ここ、トールバーナの南東の隅にあった。
 余程情報に精通していなければ、発見は難しいとさえ思える場所。街の建物の全てが利用できる訳ではないから。

 その宿泊施設に関しての印象。……庭もとても綺麗で、庭園には小さな池がそこにはあり、鮮やかな錦鯉が泳いでいた。視覚的安らぎも与えてくれる。そう思える程だ。

 そして、その宿に入ると老夫婦が笑顔で迎え出てくれた。それも彼が言うとおりだった。優しい笑顔だったから。

「どうぞ」

 リュウキは、NPCに軽く返事を返すと、そのまま部屋へ招待した。
 別に自宅と言うわけじゃないから、そう言うのもおかしいような気もする、と一瞬リュウキは思ったけれど、まあ特に気にする事もないだろうと思い、一足先に中へと入っていく。

「あ……ありがとう」

 レイナは 幾ら《お風呂》と言う名の弾丸。射程外からの強弾装を受けた身だったが、改めて目的地へときたら、再び不安感が湧きでた。

(……やっぱり、少し不安かも……。私は、このまま彼について行っても、大丈夫なのかな……?)

 いやにあっさりしているのだ。
 この世界で、襲われる様な、そんな事は無い、って多分だが思える。訊いた話によれば、ハラスメント・コードと言うモノがあり、何かをされようものなら、即《はじまりの街》の《黒鉄宮》、監獄エリアへと送る事ができるから。
 でも、それでも そんな事をする経験はこれまでには無かった事だし、いざ なったとして、冷静に対処できる自信も無いんだ。

 そんな感じで、レイナは夢に向かう期待と本当に付いて行っても良いのか? と言う葛藤が頭の中で、入り混じっていた。
 そして、もう1つ思うのは、『実は慣れているのではないか……?』っと思ってしまった事。

 そう、所謂 女の人を部屋へ連れ込んだりしている。それに慣れていると言う事だ。つまり女ったらしじゃないか? と言う事。

 一度そう思う出すと、どんどん悪い方向へと向かってしまうのも仕方が無いと思ってしまう。女の子だから、尚更。


 だけど、そんな多数の想いも、レイナは彼の部屋を見て一気に弾け飛び、跡形も無く霧散してしまう。


「なっ……! ひ……広いっ!? な……なんで?? 私……、の今までの部屋……、この場所の十分の一くらい? いや……もっと狭い……かも? なのに、たった35コル差なのっ? や、安すぎるよ……? 何か……裏がありそう……」

 レイナは軽くパニックに陥ってしまっていた。あまりにもかけ離れすぎているからだ。レイナのそんな姿を見たリュウキは。

「……少し落ち着け、ここは一応ゲームの中。現実じゃないし 裏も無い。ただ、オレは見つけるのが上手いだけだ。こう言った物件も重要だ。覚えておくと言い」

 そう言い 部屋に備え付けられている、ソファーにゆっくりと腰掛けた。

 そして、お目当ての場所を指をさし、案内を。と思ったが、最早 説明するまでもない、と結論した。
 
 レイナは、疑いの眼差しを部屋に向けていた時。リュウキが落ち着かせる話をしている時、ある場所に釘付けになっているのだから。

 その場所とは勿論《Bathroom》のプレートが下がったフロアへの入口。

 現実なら、そんなプレートかかってなんかいないだろう。少なくとも自宅には立てかけていない。
 その風変わりな書体のアルファベットが……レイナには魔術的な引力を放っているように思えた。まるで、引き込まれるのだ。身体が引っ張られてしまうのを、まさに今、感じていた。

 リュウキは、軽くため息を吐くと。

「……そんなに物欲しそうに見なくても、時間内に入らないといけないと言う制約は無いし、風呂が逃げたりもしない。消えたりしない。……好きに使うといい。脱衣所に必要最低限のものはある。アイコンに振ればメニューが出る。その辺は他の施設と同じだ」

 説明しても ずっと視線を外そうとしないレイナにそう言った。このまま、おあずけ状態にして放っておくと、暴走しそうだとも思えていた。腹を空かせた、猛獣の前に生肉を置き、お預け状態にしている印象だから。


「あ……う、うん」


 何とか、それでも何とかレイナは反応する事が出来た様だ。それを訊いたリュウキは 装備ウィンドウを開き、武装解除をした。

 この場所、いや 基本的に街中は圏内。危害を加えられる事態はないから。だから、リュウキはフードも解除した。
 このフードは視界が悪くなるデメリットが大きい装備。主に気配を悟られなくさせる、隠蔽(ハイディング)スキルが上昇する、と言う利点程度しかない装備。
 だが、それでもこれを外す場所はこういう場所で、と固くリュウキの中では決めていたのだ。

 確かに、この場所にはレイナがいるが、特に問題ないだろう、と判断した。初心者だから、知らないだろう。と言う予測も、ある程度立てていた。

 このフードを利用しだした時、視界も極端に悪くなってしまっていて、慣れるまでに時間が掛かった。と言うか、流石に、部屋の中でまで、いつまでもつけているのは鬱陶しいからと言う理由が一番だろう。

 室内では、幾らリュウキでも、リラックスしたいのだ。

「ふぅ……」

 フードが消失し、今まで押えつけられていた彼の髪が、ふわりと靡く。それを確認した所で、リュウキは軽く左右に頭をふり、そして 簡単に髪を整えた。現実と違って寝癖の様なモノは付かないのだが、もう習慣と同じだ。

「えッ……!」

 バスルームに釘付けになっていたレイナだったが……、その姿を見て、リュウキの顔を見て 驚いた。お風呂以上の事は、もうこの世界には無い! と言う根拠の無い結論まで頭の中で展開していたのに、それを早速覆す様な事態に思わず息を飲んでいた。

 リュウキの。……彼の顔立ちは物凄く整っている。目を瞑っている姿、髪を直す仕草、その全てが絵になる。

 靡くのは、とても綺麗な銀色の髪だ。

 顔は悪く言えば童顔だと取られるだろう。でもそれ以上に美少年、という言葉がしっくりきた。言動を考えても、実年齢が低いとも思えない。

 レイナは同時にある事を思い出した。

 笑いながら本人が情報を教えてくれた情報。リュウキが多分レイナは知らないだろう、と勝手に思っていた情報。

 それは、鼠のアルゴの情報 《銀髪の勇者》だ。

 そう、キリトにリュウキが苦言をしていた情報と同じ話。
 
 あの時は、キリトの《後ろにいた人》に凄く集中していたから、全くその会話は頭に入っていなかったようだ。

 だから、その話の中心人物が目の前にいる、と言う事実を悟り、正直、お風呂並に驚いていた。

 そして、更に思う。


(こんな子が……慣れているの? 女の子に? その扱い方とかに? 普段から遊んでるの? 年頃の男の子達見たいに? こんな彼が?)


 レイナは、それらが頭に流れた後、直ぐに出てきた言葉が『ありえない』、そして何よりも 『あってほしくない』だった。
 アバターの感じが色濃く出ている仮想世界の素顔だが、それでも 所謂チャラい男。と言う印象は無いんだ。どちらかといえば、真面目っぽい印象も無い。

(こ、こんな人が……? そんなのあってほしく無いよ……)
「……? どうかしたのか?」

 髪を鋤いていたリュウキは、驚き固まっていたレイナを見て首を傾げた。レイナの驚きように理解しきれなかったからだ。風呂の1件もあるから、別に驚く様な事は無いけれど。

「いっ……いやっ! なんでもないよ? あっ おっ…お風呂っ かりますッ!」

 レイナはドタバタとさせながら、素早く扉を開け、バスルーム中へと消えていった。

「………やれやれ、本当に忙しい奴だな」

 リュウキは 言葉の中にもある通り、『やれやれ』……と、ため息を吐いていた。



 レイナはと言うと、思わず逃げるようにして、入ってしまった。

 本当にビックリしたようだ。お風呂の事を合わせたとしても、それに負けないくらいに。
 リュウキのあのフードの中に、あんな素顔があった事に。

(可愛い……とカッコいい……とても贅沢な……組み合わせじゃ……)

 頭の中で、さっきの映像を思い出し、流していたレイナ。直ぐに正気に戻り。

「わ……わたし何考えて……っ! あっっ……!」

 レイナは、頭をぶんぶんと振った。……そして、その後は、中の目の前に広がる空間を見て目を奪われた。

 今日はいったい何度目になるだろうか? また、驚いてしまい、固まっていた。明日は顔が筋肉痛になってしまうのではないか? と思う程。

 

 彼女の目の前に広がる空間。


 それを見てしまったら、さっき考えていた事もすっかりと忘れ去っていった。

 確かにリュウキの素顔も負けないくらいの驚き、だが 今は彼はいない。今あるのは、目の前の空間のみだから、そちらに全神経が集中したのだ。


「すごっ………い。なに……これ……?」

 レイナは、思わず小さな声を発してしまった。この部屋だって相当に広い。北側の半分は脱衣スペース。床には分厚いカーペットが敷かれて壁に無垢材の棚が作りつけられていた。そして、南側半分は石を磨いたタイル敷き。面積の大部分を船のような形の白いバスタブが占領していた。

 そして、滝の様にお湯が上から落ちてきている。

 シャワーが無くても良いほどの水量で、流れ落ちた先は湯船。常に満水にお湯も張っている。そして、湯船に溜まったお湯はオーバーフローして、湯は排水溝へと流れていっていた。

 ここは、中世ヨーロッパをモチーフにした荘園屋敷。

 そこに、こんな大掛かりな給湯設備? と一瞬思ったが、……そんな事チクチク言うつもりレイナにはまるで無かった。

 レイナは限りなく速いスピードで、《装備フィギュア》の武器防具全解除ボタンを押した。
 先ほどリュウキがした操作の1つである。今の今までかぶっていたフード付きケープ、そして胸を覆う鎧、両手の長手袋と両足のブーツ。そして、腰の武器。大好きな人と真似をした、細剣(レイピア)が一気に消滅した。

 そのフードの中は栗色のショートヘアが露になる。そして、残ったのは七分袖のウールカットソーとタイト皮製ロングパンツだけだ。そうすると、さっきまでのボタンが、≪衣類全解除≫に変わっているので、それを押す。すると、今度は上着とパンツが消滅。
 
 簡素な綿の下着二枚が僅かに残存する。

「ふう……。まあ……大丈夫だとは思うんだけど……」

 レイナは、一瞬だけ扉の方を見た。
 鍵をかける様な事は出来そうに無い……けど どうやら覗かれているような気配はない。

 索敵のスキルも少しは上げているから、もしも覗いているのなら感じ取る事が出来る、と思う。
 だから、問題ないと思っていた。

「そう……だよね。あんな可愛い子が……ううんっ!」

 レイナは首を振った。リュウキの事を信じている、と言うよりは、早く心ゆくまで堪能したいと言う欲求が優っていた様だ。

 そして、更に変化した≪下着全解除≫ボタンを押す。

 それらの操作でアバターである自身の体は完全な無装備状態になり、仮想の冷感が肌を冷やりと撫でていた。そして、直ぐに風呂の方へと入っていく。
 湯舟に、まずは左足から付ける。ゆっくり、ゆっくりと……。

「ッ……ああ……、ああっ………!」

 足の指先をつけたところから、感覚信号が頭へ脳内へと直撃したような気がした。

 そして、上から絶え間なく落ちてくる滝の湯に頭をあてる。全身満遍なく温まったところで。
 “どばしゃーーーん!”と水音を立てながら湯の中へと一気に全身を浸からせた。

「う、あぁぁ………」

 レイナは、自分の声とは思えない。まるで、悶えているような声を思わず出してしまっていた。
 
 こんなの、声を堪えることなんて、絶対に出来ないと心底感じた。

 確かに、ナーヴギアと水分の相性もあるのだろうか。現実と違ってお風呂そのものを再現なんて出来ているわけじゃない。だけど、所謂『入浴している感覚』が脳へと送り込まれているのだろう。

 そして、何よりも、眼を閉じて……手足を伸ばしてみると些細な違いなんて、なんとでもない。

 これは、ずっとずっと入りたくて入りたくて……たまらなかったモノ。そして、叶ったのがこんな超高級のお風呂。
 そう、まるで宝くじが当たる確立だって思える。

(こんな所で手足を伸ばせるなんて……、本当に……夢のよう。―――ああ……《おねえちゃん》じゃないけど……私も思い残す事ないかも……)

 湯舟の中に頭まで浸からせながら、レイナはそう思ってしまっていた。身体を完全に沈めるレイナ。
 
 彼女はこの数日、凄く辛かったのだ。今までに合った大好きな人、とは彼女の。……レイナの姉だった。

 その姉とある日 別れてしまい、危ない道も何度もわたり。無茶もして。それでも、レイナも貴重な時間が失われて行くのも嫌だった。
 でも、常に失われていく貴重な時間だけど、1つだけ思うところがある。
 このお風呂を利用している時間だってそうだし、食べ物だってそう。

 現実の世界でこれ程までにもの恋しくするだろうか……?と。

 これだって、ありふれた毎日のお風呂だ。それでも、恋しくて仕方が無い仮想世界のお風呂だった。
こうなったら判らない。

――……いったい、今の私にとってどちらが現実なんだろう?
 
 その疑問の答えは、わからないし 答えなんか出ない。 だけど、とても大切な事だとレイナは息を詰めていた。

「このお風呂……お姉ちゃんにも……教えてあげたい。……でも」

 レイナは今はとても天国気分だけど、それでも、大好きな姉がいない今の状況はとても寂しい。この気持ちで姉と一緒だったらどんなに嬉しかった事か。

「ううん……明日……明日話してみよう……。もう……10日以上話をしてない……けど」

 レイナは不安はあるが、リュウキが言っていた言葉を思い出していた。



――……心を決めておこう。


 そう、改めて心に刻みつけたのだった。


 

 

第16話 理解不能です

レイナが、入浴に対し大層感激しているとは、露とも知らないリュウキはと言うと。

「よしっ……さて……と……」

 アイテムストレージから一冊の本を取り出し、本を読み出していた。その本とは、アルゴの攻略本である。その本の内容、そして 自分が現時点で持ちえている情報と照らし合わせると、情報の精度は相当なものになるのだ。如何に 自分自身でそれなりに調査を行ったとは言え、情報屋としての情報は 幅広く、ハンパじゃない。生業にしているのだから、と言えば当たり前かもしれないが、心底感服する、と言うものなのだ。
 細部にまで、細かく知る、《視る》事が出来るリュウキ、そして、要所要所を纏め、万人に判りやすく情報を提供する点において、アルゴは最も優れていると言えるだろう。

 が、やはり 先程でも書いた様に、流石に細部に至っては、様々な場所を視て(・・)回ったリュウキの方が優れてはいると思えるが、それでも心底感服だ。

 《斧使いのエギル》

 あの巨体のスキンヘッドの男が言うように、攻略本には相応の金額は張るが、等価交換としては申し分ないどころではなかった。そもそも、リュウキは 金額面はまるで問題視しないのだ。
 だが、今最も問題視しているのは アルゴとの関係。今の状況である。……本当に惜しむべき所はそこなのだ。


――……あんな事が無ければ、これからも良い関係を続けていただろうか。


 リュウキは、それも 本を読みながら考えていた。

 アルゴとの有益な関係を保てていれば、《ウィンドルの村》で出会った時に情報を発信してもらった様に、これからも良い関係を築いていけて、そして 滞りなく情報も、各プレイヤー達に拡散する事ができただろう。 商売をするつもりはないが、アルゴにとって見れば、情報の精度を考えたら、相応の金銭での取引が出来る。懐が潤えば、もっともっと情報の量が、そして精度が増していくだろう。 

 リュウキは、キバオウと言う男が言っていた様な、元βテスター、情報を独占している様なプレイヤーは確かにいるとは思えるが、そう言う類は嫌いだし、現行の状態、この世界がデス・ゲームになった今、そんな事はしたくない。故に、アルゴとの共存はメリットが非常にあるのだ。この世界全体を考えても。

 だが、そんな 客観的な 想いをも、軽~く一蹴する出来事があった。関わりたくない、と強く思ってしまう様な出来事、――そう、《銀髪の勇者(あの妙な情報)》の蔓延だった。
 
「………絶対にゴメン、だな。これ以上騒がれるのは。……攻略するよりも疲れる」

 リュウキは、思い出すだけでも、疲れてしまっていた。

 幾らリュウキであっても、出来る範囲以上にまで、身を削ってまで、……自身が出来うる容量をオーバーしてまでの事は出来ない。そこまでの自己犠牲精神を発揮する聖人君子の様な真似は出来ないし、しない、しているつもりもない。

 あの妙な情報が蔓延してからというもの、まるで珍獣? と思われている様に近づいてくるプレイヤー達が非常に多かった。今後も、アルゴとの関係を作っていけば、もっともっと広がる可能性が極大だ。

 そもそも、リュウキは、これまで様々なプレイヤーから好奇な眼で見られたりしていた事は多数あった。

 だが、《見られる》、それだけならば、まだ良い方だろう。

 情報を聞きつけた様々なプレイヤーが、まるで自分自身をまるでオモチャの様に見て、接してくる事が、はっきり言って、現段階で一番面倒なのだ。

 何よりも対処に困り、更にそれを乗り越える為のモノ。……その攻略法が全く思いつかない。と言う事が大きいだろう。

 普通のゲームであるのなら、そんな近づいてくる連中は さっさと蹴散らしてしまいたいところだが、この場所ではそんなわけには行かない。注目を集めただけでなく、更に悪名の様なものまで轟いてしまえば、最悪極まりないだろう。そして、最も不可能なのが異性プレイヤーだった。更に言うと女性のプレイヤーからのアプローチも問題だった。

 同性以上に扱い方も判りにくいし、教えてくれていた爺やの言う《紳士の嗜み》というのも、よく判っていない。対人接客を生業としている訳でもないから、尚更だ。何より、女性プレイヤーを傷つける事は出来ないから。(勿論 物理的に)


 そして今、同じ宿にいる女性。入浴中であろうプレイヤー、レイナ。


『異性が苦手』『判らない』
 と言うのなら、確かにレイナも同じだとは思う。彼女もどう見ても女の子だから。……だが、リュウキにとって、今までのプレイヤーに比べて考えたら、レイナは全く問題なかった。奇異な目で見てくる事も、過剰気味なアプローチもなかった。

 大丈夫だと判断したからこそ、リュウキは はっきりと自分の素顔を見せたのだ。
 
 そして、その判断は間違ってはいなかった。
 レイナが、妙に驚いてはいた事は理解出来なかったが、別に何かを言ってきたりしていなかったから、今までの様なプレイヤー達とは違った。それを見てリュウキは、とりあえず安心していたのだ。

 所謂、レイナに対する信頼値が上昇した。

 攻略より、BOSS戦よりも疲れる内容だから、そう言うのが 無くてよかった良い点が大きい。
 レイナとパーティを組んだ以上は、さしあたり協力し合っていくのがベストであり、その為にもあまり、これまでの様に拒絶する姿勢は良くないだろうとも思う。

「……まあ、まだ 序盤も序盤。今回の第1層のBOSS戦だけの暫定だからな……。そこまでは問題ないか。3層からのギルドだったりしたら……厳しいモノがあったと思うけど」

 確かにレイナとパーティを組んでいる。だけど、それは このBOSS戦のみの短い付き合いだろうと、リュウキは一笑していた。

 ……だが、笑ってばかりいられない。確かに厄介な問題、と言えばそうなのかもしれないが、今は、それよりも考察しなければならない事があるのだから。文字通り、生死に関する件。

「第1層のBOSS……絶対に一筋縄ではいかないだろうな……。……慢心も油断もしない」

 βテストの時、あの《コボルトの王》に関しては、初見にて、《眼》で視て解析していた。それは、はっきりと覚えている。どういう武器を使い、どう行動をするのか。スキルの種類などだ。

 アルゴに発信してなかったのが、好ましくない事態だとは思ったが、新たにアルゴが発信した攻略本の中の情報も優秀故に、情報不足に関しては、心配はしてなかった。

 
 かつての、コボルトの王との戦い。
 それはβの時。初見だったが、十分過ぎるほどの対応は出来きたし、相手が使用してくるソードスキルに関しては、知らないままだったが、全て見切る事が出来た。初期動作(モーション)から、全てを視る事が出来たから。

 敢えて、自身のこの力、スキルに 名をつけるとすれば、システム外スキル《エネミー・スキャン》と言うのが相応しいだろう。

 眼で視た敵の情報。
 それは、相手のどの部位を攻撃するのが的確なのか、そして、耐久値が存在している武器の場合も、応用が効く。……武器のどの部分を攻撃したら効果的なのか? 武器や部位の破壊を狙うのなら、これ以上効果的なスキルは無い。

 そして、これの最も良い所は、この世界のシステムに全く頼っていないと言う点だ。
 既存のスキルで防いだりする事が出来ないから、極論すれば100層の最後のBOSSにも有効だ。……あの男(・・・)がこの世界にいるのであれば、自分にとっての 最大最強の手段になるから。

 そんな、超強力なスキル。多分、ずるい、チート。と言われるだろう力。本来は使うつもりの無かった禁じ手とも言える力。
 だが、それでも、そんなのを持っていたとしても。

「………力の過信は、危険だな。……今は オレ1人じゃないんだ。………仲間もいる。……あの時とは違う。()を背負っているとも思わないとな。……仲間達の」

 今は一時的、とは言っても レイナとパーティを組んだ。……そして、極論すれば、レイドを組んだ皆もそうだ。今はここが、自分にとって現実とも思えていた世界。だが、この世界は皆にとっても現実のものとなった。


――……その世界で、誰かが死ぬなんて思いたく無い。見たくない。


「恐らくは、大丈夫だとは思うが。……あのイベントBOSSよりも強いと言う可能性もあるかもしれない」

 リュウキが考えるのは、あの隠しイベントのBOSSとの戦い。

 巧妙に配置され、普通にプレイしていればたどり着かないであろうクエストとそのBOSS。
 クエストの情報が、解禁されるのはまだ先の事であるが、フラグを立てなければ発生しない、等と言う事はないから、挑戦することが出来た。本来であれば、推奨レベルは第1層のレベルではない。初見殺し、と言ってもいいクエストなのだ。

 相手のステータスは一線を遥かに凌駕してはいたが、その攻撃パターンが殆ど変わらない、短調的な攻撃をし続けるBOSSだった。
 
 解析する事が出来る《眼》を持っているリュウキにしてみれば、全てが予め決められた部位に攻撃してくるから、テレフォンパンチの様なものだ。相手のHPも多く、こちらの攻撃力も見合ってない為、与えるダメージが非常に少ない、だからこそ、時間は掛かってしまうだろうが、討伐にそこまで問題じゃなかった。

 が、恐らく一般プレイヤーなら、そうは簡単にはいかないだろう。一撃の攻撃力が高すぎるから、一度でもミスをしてしまえば、終わり()だから。何時間でも集中する事が出来る精神力がいるから。

 かなり魅力的な報酬を貰えるが、β時代にこの情報を配布してなくて良かったとリュウキは思っていた。

「……ある程度は覚悟しておいた方が良い……か。後は、ディアベルの指揮にも期待をしよう。……オレには出来ない事だ」

 リュウキは呟くのを最後にし、再び視線を本に移した。第1層BOSSの情報が間違いない事の再確認をしているのだ。


 そして、更に数10秒後。


“コン……コンコン……コン……コンコン。”

 この部屋の扉のノック音がしたのだ。

「……ん? 誰、だ……………?」

 リュウキは、扉の方へと視線をやった。扉を見て、リュウキは嫌な予感を感じていた。……と言うか、間違いない。あの時キリトだ、間違いない。と思った時の様に。……この相手が誰なのかも判ったし間違いない。

 部屋の扉を叩いたノック音。あの変則的なリズムを奏でるのは1人しか知らないし、こうやって接触をしてくるプレイヤーも1人しか知らない。

「…………」

 それは、この世界で最も会いたくないプレイヤーの1人、ブラックリストに登録した第1号である。

「………いったい何しに来たんだ? アルゴ」

 今自分の顔が引きつっているのが本当によく判る。嫌悪をしてい。不快感が全く拭えていないのがよく判る。それは ノックをした人物も重々解っていたんだろう。ドア一枚隔てているのに、声色だけで判断する事が出来たんだろう。

 リュウキの言うとおり、この場所に訪れたのは《鼠のアルゴ》だった。

『マ、マァ! そう言わないでくれヨ! オレっち、リューに会いたかったんダ。とーーってモ、会いたかったんダ!』

 アルゴはそう言いながら、ドアを開け、中へ入ってきた。
 アルゴに関しては何度か情報売買の関係で接触をしていたから、既存設定(デフォルト)ではなく、開錠出来る(パーティー)設定にしていた。設定を変えるのを忘れてしまっていたのは、リュウキの不覚だろう。

「(……入ってくるな)」

 リュウキは、とりあえず我が物顔で入ってくる(リュウキの眼にはそう視える)アルゴに、ストレートにそう言おうとしたが、止めた。入ってきてしまったのだから、言っても無理だろうと判断した様だ。

「そうか。だが、アルゴは会いたくても、オレはお前に会いたくない。……さっさと帰れ」

 ……結局は、リュウキはアルゴに『帰れと会いたくない』と言う事を ストレートに言っていた。全く言葉を濁したりせずに堂々と。

 それはまるで害虫を見るかの表情だった。……或いは、全プレイヤーの敵である、この世界のモンスターだろうか?

「……ハハ。りゅ、リュー……。ま、まだ本気で怒ってるのカ……?」

 アルゴは、リュウキの眼を見て……恐る恐るそう聞いていた。アルゴ自身としては、正直『そこまで怒る??』としか思えない様だった。

 あの1件から、リュウキからのメッセージ返信がピタリと無くなった。……アルゴは、必死にリュウキの所に向かった。……避けられてしまった。
 そして更に隠蔽(ハイディング)スキルを使用して リュウキに接近を試みるも、……あっさりと躱されてしまった、と どう頑張っても、極端に接触がなくなったのだ。 

 そんなアルゴの言葉に対するリュウキの返答は1つだ。

「そうか、……お前にはオレが怒ってないように見えるのか。随分と目が節穴の様だな。情報屋の名が泣くぞ」

 アルゴの目は見ていない。……視線は本のままだ。
 なのに、アルゴには、リュウキが今身体全体に纏っている不穏なオーラが見える。ここゲーム内だから、そう言う仕様であれば有り得ない事ではないが、そんな設定やスキルは存在しない。

 まるで、魔法世界で闇魔法を詠唱している時の様などす黒い禍々しいオーラをリュウキは放っていた。……具現化させていたのだ。アルゴは、それを見て両肩をこれでもか、と言う程落としてしまった。

「アアぁぁ……、お、お願イダヨ。もう、そろそろ許してクレヨ、リュー……。本当に、オレっちの出来心だったんダ。……アノ時、君に断られたのガ、ホントに辛くて……サ」

 アルゴは肩を落とし、悲しそうにそう言っていた。今まで訊いた事の無い声色で、謝罪を受けた事も無かったから、本当に反省している様だとリュウキは思った。

「コレからも、リューとは 良イ関係をしていきたいンダ……。 オレっちだけじゃ 今後も、このクオリティーで、完全な情報周リさせるのモ、難シイし……。全プレイヤーにとっても、頼むヨ。この通りダ……」

 アルゴは、リュウキに頭を下げた。ゲームとは思えない程、そして 普段のアルゴからは考えられなかった。確かにリュウキにとって、アルゴとの接点に対する利点に関して、その点は同意だった。アルゴの情報は勿論、その発信力・そしてその名を通しての信頼性はそれほどまでに優れているからだ。この世界の生命線のひとつと言っていい金銭を惜しまない程に。エギルの1件で、今後もそう言うプレイヤーは増えるだろう。


――……これ以上……死者を出さない為にも必要な事だ。


 その後は、もうこれでもか! と言う程 アルゴから謝罪の言葉やら、リュウキに対する褒め言葉やらが続いていた。

 リュウキは、これが延々と続くか?っと思った為流石に折れてしまい、許してやる事にした様だ。決定的なのは、アルゴの名前の信頼性と、その情報力と発信力は役に立つからと言う理由だろう。

「…………ふぅ。わかった。もう この話は終わりだ」

 リュウキは、一先ず殺気を鎮めて普段の様子に戻っていた。纏っていたオーラも消失した様だ。それをアルゴが確認すると、にやっ と口元を歪めた。

「ハハハ。可愛い顔が、台無しダヨ?」

 ニコニコとリュウキに接近し、肩を叩くアルゴ。……勿論、そこまでの接近をも許した筈はない。これまでも、そしてこれからもそうだ。

「…………話、終わらせない方が、良いか」

 だから、再びオーラ? を発生させようとした時だ。

「ジョ、冗談冗談、ダヨ……」

 流石にいきなりは不味かったか、と思ったアルゴが速攻で折れていた。それがアルゴにとって功を成したと言っていいだろう。直ぐに折れた為 何とか鎮める事が出来たから。







「サテ、お詫びと言っては何だが……。今後の情報本を無料で提供しようと思ウ。後、リューが知りタイ情報が有るナラ 本以外デも可ダ」

 アルゴは、そう 持ちかけた。どの情報かは、自分で決めれるようだ。確かに細かい事を考えれば知りたい事はまだまだ沢山あるだろう。

「……裏があるような気がするのだが?」

 流石にそこまでリュウキはアルゴの事を、信頼しきれなかった。情報は別として、所謂人間性をだ。

「ハハハ。嘘は言わないヨ?本当サ」

 逆にアルゴはあっけらかんとしているようだ。
 さっきまでが嘘の様に。さっきまでの謝罪が嘘の様に。

「裏……とまではいかナイ。オネガイなんだ。第2層以降も君の情報を優先的に買いタイ。その願いが強イヨ。オイラは、各層の最初の町に滞在シテイルから。……ソレと」

 アルゴはそう言いながら、先を動かして メニューウインドウを出した。タッチをして操作をして行くとリュウキの前に可視化されたウインドウが現れた。

「………なるほどな。今回来た本当の目的がそれか?」

 リュウキは、自分の目の前に現れたウインドウを見てそう言う。



 □        □         □          □        □


         フレンド登録を申し込まれています。申請しますか?

                YES      NO



 □        □         □          □        □



 目の前にこの短い文が、出てきたのだった。

「アア! その通りだよ。リューとフレンドにはナっておきたいんだ。……色んな意味でネ。だって、しておいて損は無いダロ? メッセージのやり取りヨリ、直接合って話した方ガ、情報交換し易イシ!」

 アルゴは妙にニコニコしている。それを見たリュウキは軽くため息をした。どんな情報でも売買し利益を得ようとする情報屋だ。自分のステータスですら、売る事に躊躇などしない。

 鼠の渾名は伊達じゃないのだ。

「……成る程。そして オレの位置情報も金になるな?」

 だからリュウキは、アルゴの目を見据えてそう言った。自分の位置情報。……全然嬉しくない事だが、知りたいと思っているプレイヤーは多い。これまでの経緯を考えれば簡単に想像がつくのだ。そして、それは何としてでも回避しなければならないだろう。安住の地が少なくなってしまうのは、ゴメンだから。

 それを察したアルゴは、慌てて言う。

「それは大丈夫ダヨ! リューの情報、妄りに売ったりシナイ。アア、勿論リュー、キミにに連絡を取ッテ、それでリューがOKシタラ…… 多少値は張ルけど教えるガ?」

 アルゴにとってはっきり言って、リュウキとの情報交換はかなりの魅力だ。
 お金には変えられない程にだ。
 リュウキの情報を元に出した攻略本。1000コルもする故か確かに、売り上げは少なかったが、その魅力はわかるものだと確信は出来るから値段を下げるつもりも無い。何よりあの攻略会議の場でも格好の宣伝になったから、多分コレから売上が登っていく筈だ。 
 今後の攻略本も。
 
 以前共にクエストをする為にパーティを組んでくれ、と頼んだ時 断られたと言う1件があったと言う理由もあったが、半分以上は冗談だったあのリュウキの情報。

 そう《銀髪の勇者》の話。

 正直に言えば、アルゴはリュウキがあそこまで怒るなんて思ってなかったのだ。
 元々β時代には注目されていたし(容姿は今と全く違うが) 英雄っぽい感じに見せたら人気プレイヤーになる。
 
 それに、リュウキはシャイそうだったから克服させよう! とか余計なお世話だ。と思われる様な事をも考えていた様だ。
 女性達が触発され、更にリュウキの腕であれば ハーレムを味わえるだろう。……それに良い気だってするって思った。

 女性プレイヤーに頼られたら男なら誰でもそうだろうとも思える。

 だが、アルゴはリュウキの性格を見たらちょっと無理かな?とも思ったが、それでも、ここまでとは思ってもいなかったようだ。

 それに、これでリュウキとの関係が悪くなれば赤字・赤字・大赤字だ。
 簡単に言えば、超人気タレントを事務所が失うも同然の事だから。

「オレっちとしても、これ以上リューを怒らせないサ。……頼ムヨ」
「……まぁとりあえずは信じておこう。オレに関する情報はさっきの手筈で良い。何かあったらブラックリストに載せれば良い事だ。この世界でも着拒も出来る」
「ぅぅ……大丈夫ダから、ソレはカンベンしてクレ……」

 最終的にリュウキはとりあえず、アルゴの目を見て判断した。
 アルゴと交換しても大丈夫だろうと。


 そして、リュウキはカップを取り出した。

「アルゴ、何か飲むか?」

 アルゴに種類を見せそう聞いた。情報の本を貰えた礼を一応しようと思ったようだ。

「おおっ。くれるのカ? アリガトな!」

 アルゴはそう礼を言うと、一覧の中でミルクを選び、受け取った。

「ふ~む、コレも外へ出ると最悪な液体になるのカナ?」

 アルゴは、ミルクを見ながらそう聞いた。

「……ああ、そうだな。ここを出て、2,3歩目くらいで最悪な飲み物になる。なんだ? ここの飲料を商売に使おうと考えたか?」

 アルゴの言い方からして既に知っているようだったが。

「イヤ……、ココに来る前に、キー坊の所に行っテテ、ソコでも頂いてネ。無理だって判ってたケド、一応聞いてみたんダヨ。これは、リューのとこのはキー坊のとこより上等な味設定だったからナ」
「まぁ、簡単に出来る上手い話はそうはないと言う事だ。気をつけることだ」

 リュウキはそう言っていた。上手い話には裏があるとはよく言ったものだ。

「確かにナ」

 アルゴも笑みを出していた。商売柄だが、信頼を失うのも怖い。それを第一に考えなければならないからだ。だからこし、内心は本当に安心していた。

 こう、自然にリュウキと話せるまでに回復した事を。

「サテ……リューとも仲直リできた事ダ。ソロソロお暇するヨ」

 ミルクも堪能し……リュウキとの関係も直り? フレンド登録も出来た。間違いなく本日一番、最高の収穫だった。アルゴは立ち上がるとそう言っていた。

「ああ……。仲直りと言えば、微妙だがな……」
「あぅ、勘弁してクレないか……」

 リュウキの言葉を訊いて、がくっ……と腰が折れそうになるアルゴ。
 項垂れているアルゴを見るのも一興……かと思いリュウキはうっすらと笑っていた。

「オイラとしたら、普通にリューの笑っていル顔を見れるのハ良いんだガ……仲直りシタといって欲しイモノだヨ」

 アルゴも、苦笑い。変にお互いに笑い合って、どこか滑稽にも感じていたそんな時だった。

 部屋の扉の1つがガチャリ、と開いた。


「ふぁぁぁ………。どうも、ありがとう……、リュウキ、くん。とっても 気持ち良かった……」


 それは浴室に通じる扉だ。
 レイナが普通に出てきてそう言っていたのだ。流石に素っ裸と言うわけではないが、部屋着……なのだろうか?それでも薄着だった。バスタオルで髪を拭きながらゆっくりとこちらを向くレイナ。勿論レイナは、この場に他の誰かがいる事など夢にも思っていない。それもそうだ。このゲームの世界では、扉越しには音は大体はシャットされるから。

 この世界で、ドアを透過する音は3つのみ。

1.叫び声
2.ノック
3.戦闘の効果音

 その3つだ。
 リュウキとアルゴはそれら3点において、何もしていない。言うならば、アルゴは入ってくる時にノックをしたが、それは リュウキがいた部屋のみであり、浴室まで届かないのだ。
 ……ただでさえ、彼女は風呂に感激し、悶えていたのだ。仮にその音が聞こえたとしても、その状態の彼女には伝わらないだろう。

「えっ…………」
「オ…………?」

 レイナは勿論、なぜかアルゴも固まっていた。

「……ん?」

 リュウキは、2人がどうして固まっているのか、それが判らない様だ。


――……ただ、レイナが浴室から出てきただけだろう?


 確かにアルゴにはパーティを組んだと言う事を説明した訳じゃないが、別にどうでも良い情報だろう
、とリュウキはそう言わんばかりに2人を見ていたのだ。
 だから、妙な空気が流れる前には普通に返事をしようとしたんだが。


「ハァ…… リューと言いキー坊と言い……。2人は変な所で似た者同士ダナ……。 リューもよろしくヤッテタという所カ?」

 アルゴは既視感(デジャビュ)を感じてしまった為、固まっていたようだ。だが、その言葉を訊いたリュウキは、ますます意味が判らなかった。

「……よろしく? ヤってる? それは いったい何の事だ? レイナとはパーティを組んだだけだが」

 リュウキは首を傾げて、アルゴに聞いた。

「アッハハ~。ソレはね〜」

 初心(ウブ)なリュウキを見てアルゴは、薄ら笑うと、その全てを包み隠さずに、説明をしようとしたその時だ。



「きゃっ……きゃああああああ!!」



 だが、説明は出来なかった。レイナの叫び声が辺りに響き渡ったからだ。その声は勿論外に響く。
その声量は、夜も深い現在の時刻。とても近所迷惑だ。

「うるさいぞ……?」

 リュウキはレイナにそう注意するが聞く耳を持たない。リュウキの方は一切見ずにアルゴに詰め寄った。

「ち……違うのっ! あ……あなたは! アルゴさんっ! 違うからねっ! わ……わたしはただ……」

 レイナは慌てながら必死に必死で説明をしようとしたが、アルゴは手を振った。

「マァ マァ、落ち着けって。大体の展開はワカルヨ。なんて言ったって さっきもこんなのあっタしナ……。それにリューの性格も大体把握シテルから」

 同じような事に2回も同じ日にあるなんて、はっきり言って、ありえなくないかな? とアルゴは思っていた。それもこんな状況をだ。

「………おい」

 話を遮られたリュウキだったが、再び2人に声をかけた。何度考えても判らないからだ。

「だから、さっき言ってた言葉。一体どういう意味だ?」

 リュウキは、判らない事はなんでも聞く。そう言う性分だからだ。だが、答えは返ってくることは無かった。

 返ってきたのは。


「ちょっ!な……なんでもないからっ!!! なんでもない〜〜〜ッッ////」

 頬を真っ赤に赤面させたレイナの叫び声だけだった。その後、何度か聞いたが彼女は答えてくれなかった。



「ハハハ……可愛いナァ。ドッチも」


 アルゴはアルゴでただただ笑っているだけだった。


 この世界に来て 最も今日がにぎやかで、……そして騒がしい夜となっていた。
 

 

第17話 悪夢と少女の苦悩


 そして、アルゴはここから、去って行った後、再びこの宿屋には、リュウキとレイナと2人きりになった。
 確かに静けさは取り戻す事ができて良かったと思えるが、その変わりに生まれたモノ(・・)があっのだ。それは目の前にいるレイナのことだ。

「………それで?」

 リュウキは、とりあえず口を開いた。先ほどから生まれたモノ、気になった事をレイナに訊く為に。

「な……なによっ……」

 レイナは、レイナで、リュウキからあからさまに距離をとり、完全に警戒しているようだった。アルゴが来る前までは、緊張している様子だったのだが、180度変わっている。そのレイナの行動がリュウキにはわからない。そしてもう1つ感じた事もある。
 警戒心は判る。だがもう1つの感情、その表情に現れている感情が判らない。

「何を怒っているんだ? さっきから」

 そう、レイナの表情には、怒りが。怒りの感情がその表情に現れていたのだ。この世界はその手の感情は 現実世界の様に隠すことは出来ない。アバターの表情として顕著に現れてしまうのだ。
 
 そして原因も大体は把握出来ている。アルゴが何やら上機嫌、笑いながら帰っていって、レイナと2人きりになった時からずっとだった。故にアルゴが原因だろう。
 なんと言うか……、直感で言えばレイナは、ムスっとしているのだ。

「べ、別に私は、お……怒ってなんか……ッ……」

 明らかに怒っている様子なのだが……、本人曰く、それは違うらしい。

 リュウキは、レイナのその返答を聞いて、これ以上話しても同じだろうと思った。兎に角、よく判らないが、とりあえずレイナは怒ってはいないらしい。それを信じる? 事にした様だ。

「まぁ……ならいいか。別に」

 リュウキは、そう一言いうとこの話題には もう触れない。と言わんばかりにレイナから視線を外して、再び情報誌へと視線を戻した。

「む〜〜……」

 当のレイナはと言うと、あんなやり取りをして、見てて、それなのに、あっけらかんとしてるリュウキを見て益々不満が募るようだった。かと言って、何か して欲しい事でもあるのか? と言われれば特にない。なんだか、納得がいかないのだ。……判っていないリュウキにとってみれば 理不尽甚だしい。
 
 でも、そんな事はさっぱりわかってないリュウキはと言うと、メニューウィンドウを出し、部屋着へと着替えていた。
 それが完了した後、再びレイナの方を見た。

「それで、これからどうするんだ? とりあえず、希望していた風呂には無事に入れたようだが」

 リュウキは、そう聞いていた。彼女の目的は、宿と言うより 風呂を借りる事に合った様だから。それを訊いたレイナは、一先ず表情を戻すと。

「う……うん。それは、どうもありがとう。お、お風呂……すっごく良かったよ」

 レイナは、その事については顔を赤らめながら頭を下げて礼を言った。男の人の泊まっている宿のお風呂を借りた。その事実が彼女の表情を、頬を赤く染めているのだ。

「ん。その件は別に構わない。それよりも、この後はどうするか? ……と聞いているんだが」

 リュウキは、取り合えず、レイナからの感謝は受け取ると、そのままの姿勢で、表情で レイナにそう聞いた。

「えと……わた……わたしは……」

 言い淀むレイナを見てリュウキは、まだレイナは何か混乱しているのか? と思っていた。
 そして同時に、怒ってみたり、次には混乱してみたり、……随分と忙しい人間だとも思えていた。だが、それでも判るのは、レイナは決して悪い人間じゃないと言う事、それは間違いないと思えていた。
 確かに出会いから、この間、この短い時間だったが、よく判った。だからこそ、リュウキは別に問題ないと判断した。

「まだ決まってないと……。なら 後は好きにしていい。オレはもう休ませて貰う」

 リュウキは そう言うと、オブジェクト化していた情報誌をアイテムストレージに戻し、消失させると、今まで座っていた椅子から立ち上がり、直ぐ傍に備えられていた大きめのソファに腰をかけた。

「えっ……?」

 レイナは少し慌てていた。
 
 確かに、リュウキの言う通り、今後の事は、頭の中でさえ はっきりとまだ決まってない。
 この場所に来た時は、お風呂に入る事で頭が一杯だったからだ。何も頭に入っていなかったのだ。だけど、今思うのは、昨日まで泊まっていたあんな酷い宿屋に再び戻るのは……、とも考えていた。リュウキが宿泊しているこの場所を見て、尚更だろう。
 だが、そんなレイナの葛藤は勿論、全くわかっていないリュウキはと言うと。

「……明日は、集合時間より前に、キリトと少し会う予定がある。だから、オレは集合よりも早めにここを出る予定だ。……お前も遅れないようにしろよ」

 リュウキは、そのまま腕を組み、脚を伸ばしきり 楽な姿勢のままで目を閉じた。

「え……? あ、あの……ちょ、ちょっと」

 目を瞑ったリュウキを見てレイナは慌ててリュウキの傍へと寄ってくる。

「ん……?」

 レイナが近づいてきたのを感じたリュウキは、片目を開ける。レイナはリュウキの顔を見ながら。

「その……、なんで、こっちのベッドを使わないの……?」

 聞きたかったのは、その事である。

 レイナがいる方には、本人も認めている眠りやすい大き目のベッドがあるのだ。それは見ただけでも判る程のふかふかのベッド、そして羽毛布団もある。なのに、リュウキは、それらは使用せず、備え付けられているソファーに腰をかけ、今 正に眠りに付こうとしていたのだ。……レイナが疑問に思うのも仕方が無い。

 だけど、この後が問題だった。
 リュウキの言葉が問題発言。その言葉を訊いて、レイナは今度は驚きを隠せられなかった。

「ん? ああ、なんだその事か。……別に大した意味ではない。ベッド(そこ)は お前が使うかもしれないだろう? と思っただけだ」

 リュウキは、そう言うと、再び目を瞑った。

「っっ!!」

 レイナは、驚いて、思わず立ち上がりそうになったのだ。


「(――――ま……まさか、自分が今日知り合ったばかりの男性宅? で安易に眠るなんてっ! そんな風に思われてるの!?)」

 
 レイナは、そう思われているのか? とパニックになりそうだったのだ。昨日今日の付き合いどころではない。つい小1時間程前に知り合っただけであり、親しい間柄でもない。赤の他人なのに、この場所に泊まっていくなんて選択肢が自分にあると思っていたのか?と。

 だが、リュウキは別にそんな難しくは考えていなかった。

「……何を驚いているのかは判らないが、別に此処から、出て行くのも良いし、そのベッドを使って、此処で眠るのも良い。それはお前の自由だ。……だが、オレは寝る場所に特に拘りは無いから、な。少しでも、ただ眠れれば良いそれだけだ。……睡眠は、ある程度は必要……だ。………じゃあ、オレはもう寝るから、な」

 リュウキはそう言うと、深く呼吸をして、完全に睡眠の体勢にとった。

 この世界において、他のプレイヤーの前で油断しきっているところを見せるのは良くない事だ。……確かに、宿システム上では守られているのだが、方法は無い訳じゃない筈だから。それに、どんなシステムにもバグは存在するのだから。そして、抜け道もあるだろう。だが……リュウキには、目の前のプレイヤーには悪意の類は感じないと判断したのだ。そして、仮に何かあったとしても、対処できる自信が彼には合った。だから、レイナの前で目を瞑り休んでいた。



「あ……えっ……あれ……。……あれ? ほんとに寝ちゃったの……?」

 リュウキの言葉を理解しようと必死になっていたレイナはと言うと、あっという間に眠ってしまったリュウキを見て、思わず呆気に取られてしまっていた。……そして、あまり言葉が出てこない。
 
 様々な葛藤がレイナの中で交差し 試行錯誤、色々と状況を分析してある結論に達した。

 どうやら、この人は、今がどういう状況なのか 判っていないように見えた。いや、例えそう言ったとしても、返ってくる言葉は容易に予想できる。

『……ん? ただ 浴室・寝る場所を提供しただけだろう? 何を慌てる事があるんだ?』

 十中八九、間違いなくそう返答するだろう。短い付き合いでも、言われなくても、それくらいはレイナには判った。

「(………む〜)」

 判ったのに どこか、納得できないレイナ。

 つまり、どう言う事かというと、異性について。詳しい年齢は判らないが、明らかにまだ 若い男の子だと言うのに。どうやら、この人は思春期の男の子感性を持ち合わせていないようだと悟った。仮に、仮想空間とは言ったとしても、一つ屋根の下で男女が共に夜を明かす。そんな状況なのにこの態度だから。

「(って、あれ? も、もしかしたら…………)」

 レイナは、ある事を察して、はっ! とした。

「あ……あれ? ……ひょっとして、わたしって……。彼に女として 見られてない……?」

 そう思ってしまったのだ。
 つまり、男同士の様な感じで意識しない問題ない。そもそも異性として見ていない。だから これだけ普通、と言う可能性もあった。……本人に確認をする訳にはいかないから、事実関係は判らないけれど……。レイナは表情を僅かに暗める。

「(―――……なのだとしたら、凄く寂しい。ものすごーーーく……。だって……おねえちゃんは、あんなに……、とっても綺麗なのに……)」

 姉の容姿は、妹の自分から見ても、本当に惚れ惚れする。凛とした佇まいだってそうだ。

 でも……、リュウキの寝顔を見ていたらそんな気分は吹き飛んでしまった。彼の今の顔を見ているだけで、自分の顔が赤くなるのを感じていた。

「う、ん………やっぱり、彼 すぐ可愛い顔をしてる……。こんな事、言っちゃ怒るかも……だけど」

 小さく呟くレイナ。 あの初めてフードを取ったその瞬間から 目を離せず思わず魅入ってしまった。だから、レイナはついついリュウキの寝顔を見てしまう。『今なら気づかれずに、見れる』と内心思ってしまっているのは内緒だ。

 もうリュウキは、数秒もしない内に、規則正しい寝息が聞こえている。 だから、もう本格的に眠ってしまったようだ。

「寝顔も……本当に。ん〜……。これは、私より歳下かな……? いや、同い歳かな……?」

 リュウキの顔を覗き込みながら、レイナは考えていた。アバターに関しては、あの運命の日。全てを暴露されてしまって、本来の素顔、現実での素顔となってしまっている。
 故に、この顔こそが、現実世界の彼の顔なのだ。……誤動作があったとしても、そんなにかけ離れているとは思えない。現に 自分の顔、そして姉の顔は全く同じだったから。
   
 レイナは暫くリュウキの寝顔を見つめていた時だ。

「ん……」

 リュウキの吐息が聞こえてきた。どうやら、思った以上に彼に接近してしまっていたらしい。

「ッッ!!」

 それでレイナは、我に返っていた。

「わ……私ってば、なにを! お、男の子の寝顔を覗くなんて……っ。 ……え……えっとっ!」

 レイナは慌てながらも起こさない様に……静かに動き、ベッドから毛布を取り出した。備え付けられている設備であり、まだまだ余分に存在する。

「………ありがと。 えと……リュウ……キ君……?」

 レイナは、リュウキに毛布を体にかけてあげた。この時、初めて彼の名を口にしたかもしれない。


――……何故だろう。心に響いてくる。


 レイナは言いようのない浮遊感に似た何かを感じ取りながら。

「その……借りるね。ベッド……。おやすみなさい……。ありがとう……」

 リュウキに最後にもう一度 確認を取る。聞こえているとは思えないけど、そう言い頭を下げると 彼が薦めてくれたベッドに腰をかけた。

 その感触。ベッドの座り心地は本当に、今までの宿の硬いベッドとは比べ物にならない。
 程よく柔らかく、包んでくれている様な感覚がする。座っているだけで、これなのだから、横になったら、きっとあっという間に眠れるだろう。 レイナはそう確信できていた。
 
 現実世界で言う、高級マット使用の高級ベッドだろう。

「わぁぁ……。ふっかふかだぁ、 それに、とっても暖かい……それに……良い匂いも……」

 ベッドのシーツや布団は全て手入れしてくれているのだろうか。
 思い切り潜り込む様に布団を被り、そして頭だけを外に出す。身体はぽかぽかしていて、そして この部屋特有の香り。オリーブの香り……だろうか? それもとても心地良さを醸し出していた。

「こんなところを……譲ってくれるなんて……。リュウキ君、本当にありがと、おやすみ、なさい。 ……………おねえちゃん。おやすみ、なさい……」

 そして、そのままレイナもリュウキに続いて、眠りについた。







 眠りに入れたのは問題なかった






 眠った先に待っているモノは、どうしても同じ光景。見るのは、やはりあの光景だった。

 それは、ある日の朝の事。

 その日は、兄が急な仕事が入り、家を空かしていた。
 兄の部屋には、数台のナーヴギアが置かれている。……兄は、これを凄く楽しみにしていたんだ。ナーヴギアのソフト《SAO》をプレイする事を本当に楽しみにしていた。。

『私達……兄妹3人で……やりたいな?』と言ってくれていた。

 でも……、最初はお姉ちゃんはまるで興味無かったんだ。だから私は言った。

『きっと凄く楽しいんだよ! だって……お兄ちゃんがあそこまで言ってるんだからさ? お姉ちゃん……息抜きだって大切だよ? お姉ちゃんが毎日頑張ってるの、私知ってるっ! 私もやるからお姉ちゃんも一緒にやろっ!』

 兄は、なんとナーヴギアを3つ、そしてソフトも3つも購入していたのだ。1つでも決して安くないのに、3つもとなると恐ろしくて値段が聞けない。 姉はあまり興味は無いって言ってたのに、妹である私達と一緒にプレイしたいって、買ってくれたんだ。

 そして、自分が誘った時 お姉ちゃんは、初めこそは、渋っていたけど。

『まあ、いいかな?確かに息抜きは必要だもんね? でも、レイもしっかり勉強もするんだよ? 期末試験が近づいてるんだからね』

 姉はそう言うと、一緒にナーヴギアを装着した。そして、その後……示し合わせてこう言ったんだ。


『リンク・スタート』


 それが……悪夢の様な出来事の始まりになるなんて、その時は思いもしなかった。


 降り立ったのは、地獄の様な世界。想像していたものとは訳が違う。1人、1人……とどんどん失われていく命。
 そんな世界から、抜け出せなくなってしまって……。


――……私のせいで……お姉ちゃんが……。



 目の前に、お姉ちゃん……が……1人で……歩いてく……。

『……ゴメン……なさい。……ゴメンなさい……ごめ……、……怒ってる……よね? ……お願い……お願いだから……こっちを向いて…… 私、……何でもするから……。……行かないで、……お願い……』


 離れていく姉を必死に追いかけるレイナ。涙が頬を伝い、脚が棒になってしまっても、決して止めない。走り続ける。……でも、それでも 姉は待ってくれない。寧ろ 離れていってしまう。



『――ま、まって……アス……ナお姉ちゃん……』



 その次の瞬間だった。悪夢の終着点は。

 世界は、突然真っ白に染まったんだ。色のない世界は、生気すら感じる事が出来ない。無色の地獄。そんな世界を1人で歩いていた姉が。


“パキャアアアアンッ………”


 姉が、姉が……。自分の目の前で……大好きな姉が……砕けッ……。


 あの日からずっと見る夢。何度見ても慣れる事はない。死ぬ事が出来ないぎりぎりの力で 首を絞められ続けているかの様に、息苦しさだけが感じる。






「―――ッ!!!」

 レイナは、まるで、自分の心臓がとびはねたかの様に錯覚し、その反動で飛び起きていた。この世界で夢を見るなんて機能が付いているなんて思えないのに、見てしまう。
 あの時から……ずっと、後悔しているんだから。後悔し続けても、過ぎた事は変わらない。ずっと、動悸が止まらない。

「ん……大丈夫か?」

 そんな時、後ろから声が聞こえてきた。悪夢から目が覚めたその次に、声が聞こえてくる。

「っ……、だ……だれっ!」

 レイナは、錯乱しそうになった。直ぐにベッドから起き上がって 声の主から距離をとった。

「どうしたんだ? ……昨日の事、忘れたのか?」

 そこにいたのは、カップを片手に持っている少年、あの鮮やかな銀髪を持つ少年だった。彼はそう言い終えると、目を細めながら レイナを見た。何かを探る様に。

「ん。成る程……。精神状態が不安定、のようだな」

 彼は、カップを置き、確信した様にそう言っていた。

 レイナは、その言葉の1つ1つを 脳内で再び再生させた。特に《昨日の事》についてを。
 それらのパズルのピースを頭の中で合わさっていった。時と共に、形を成していく昨日の記憶。

「……落ち着いて、これを飲むといい」

 思い起こそうとしていた時、そう言って彼から渡されたのはカップだった。その中の香りは……更に自分自身を落ち着かせてくれた。

「あっ………」

 レイナは、この時全てわかった。彼は、彼の名前は《リュウキ》。昨日の攻略会議の時にパーティを組んでくれた人であり。そして、昨日、お風呂を……、それにこのベッドだって……貸してくれた人。レイナはそこまで思い出した後、素早く行動を起こした。

「そ、そのっ! ご……ごめんなさいっ!!」

 直ぐに頭を下げた。沢山お世話になった人なのに、パーティを組んでくれた人なのに、まるで邪険するように、怖がる様に、敵を見るようにしてしまったから。

「……別に構わない。詳しくは聞かないが、原因は昨日話していた事、なんだろう? デジタルの世界とは言え、脳でプレイをしているんだ。……そう言う事もある。それより、それを飲んでみろ。これはオレのオススメだ」

 リュウキはそう言うと、カップを口に運んだ。

「あ……、う、うん。ありがとう……」

 レイナも同じように口に運んだ。口に運ぶ前からわかっていた。そのとても良い香りがするから、美味しいんだという事が。

(これは……ハーブティ……?)

 香りと共に、口の中に含み、味覚エンジンを全開にして(意識して)ゆっくりと味わうレイナ。現実世界で、これと同じ様なのを飲んだ記憶があった。勿論若干は違うけれど。

「これは、《アスティアの葉》で作るハーブティだ。……別にステータス系には なんら関係ないものだが、脳を休め・落ち着かせる効果がある。リラックスが出来る、と言った所だろう。……どうだ?」

 リュウキは、レイナにそう聞いてた。レイナはゆっくりと頷く。

「え……、う……うん、凄く……美味しい、よ。ありがとう」
「構わない」

 リュウキはそう一言だけ返すと、カップを置きメニューウインドウを呼び出した。
 そして、≪装備フィギュア≫で装備を選び操作をしていく。……数秒も経たない内に、彼の姿は昨日のモノ。白銀のローブに身をつつんでいた。

「オレは、もう行く」
「え……?」

 リュウキが言った言葉の意味をレイナはわかってなかったようだ。今日が何の日なのかも。

「昨日行ったとおりだ。……キリトと話があるからな。お前も一緒に来るか? ……例のローブの人物と話す絶好の機会かもしれないぞ? まあ、キリトと一緒にくるかどうかはわからないが」

 リュウキはそう提案するが、レイナは俯かせた。

「ごめ……んなさい。まだ……ちょっと……」

 まだ、心が定まっていない。レイナは、そう言っているようだ。あの起きた時の様子を見れば、深い闇の様なモノも見えたから、リュウキは無理もないと思っていた。

「……構わない。強制はしない。ここは好きに使ってくれていい。ただ……、今日遅れるなよ?」

 遅れるな、というのは、今日の集合時間の事だ。レイナは完全に思い出していた。……今日がBOSS攻略の日なのだということを。
 
「わ……わかってるわ。大丈夫」

 レイナは頷いた。もう、失態はしない。と自分に言い聞かせながら。

「ん……。じゃあまたな」

 リュウキは、そう言うと、此処を出ていった。
 ばたん、と扉が閉まり この家にいるのは自分1人になる
 


「(……わたしってば、ダメだな。……本当に色々と助けてくれてるのに。リュウキ君の寝顔見て、少しは心が穏やか……っ)………あ!」

 残ったレイナは……あることに気が付いた。それも……重大な事にだ。

「わた……わたしの寝顔や……、起きたときの顔……見られた………?」

 いや、それは間違いなく見られているだろう。何故なら、リュウキの方が先に目が覚めていたんだから。見たかどうかは、リュウキにしか判らない。
 はっきりしているのは、自分が起きた瞬間、リュウキとレイナはの顔を見合わせていたと言う事。

「ッ〜〜〜〜////」

 レイナは顔を再び一気に紅潮させた。そして、次に顔を両手で抑える。確かに昨日、自分も見てしまってけれど、今はそんな事は考えてられない。
 レイナは慌てて部屋の備え付けの鏡で顔を確認した。髪はショートヘアだから……そこまでは乱れてないけど。 口元周辺が……。

「あ……ちょっと……。ここ……あ、あぅぅ………///」

 何がついているのか? それはレイナの為にも説明を割愛する。

 ……次は気をつけよう、とレイナは顔を赤らめながらも、そう感じずにはいられなかった。

 そもそも、次があるのか? また、一緒に眠ったりするのか? と言うことについてはレイナはこの時全く考えていなかったのだった。



 

 

第18話 もう1人の少女


そして、キリトとの待ち合わせ場所である噴水広場に到着したリュウキは、噴水の周囲を囲む様に飾られている花壇に腰掛けていた。別に他にベンチ等はあるのだが……、如何せんこの場所には他のプレイヤーが多い。 攻略会議となった場所だったから、仕方ないと言えばそうだ。もうちょっと待ち合わせ場所を考えたら良かったと、少なからず後悔はしていたが、もう 時間も迫ってきているし、面倒だと言う事で、態々場所を変えるメッセージは送っていない。
 
 そして更に暫くしての事。

「よう。おはよう、リュウキ」

 後ろから声をかけられたのだ。誰かが近づいてきている事は判ったが……その声から誰か、直ぐにわかった。

「ああ。……キリトは正面からくるのを嫌うんだな?」

 リュウキは、軽く返事を返すと、そう言っていた。
 よくよくコレまでの事を思い返して見ると、初めて会った時もやや後ろから。攻略会議で会った時もそう。βテスト時代でも、基本的にキリトが声をかけるのは後ろからだったと記憶している。正面からは殆どない。

「ん? 特に気にした覚えは無いがな」

 キリト自身はそうでもないらしい。そう答えると、そのままキリトはリュウキの隣に腰を下ろした。

「それで……話とは何だ? 態々メッセージをくれたんだから何かあるんだろう?」

 リュウキはキリトにそう聞いた。実はキリトからメッセージをあの会議後、あの場所から離れた後に貰っていたのだ。多分、レイナがリュウキを連れ出さなければ 昨日の内に話は済んだだろう。

「ああ……、リュウキと色々答え合わせ……、と言うオレとしては、お前の推測を聞きたいんだ」

 キリトは腕、そして足を組むと、真剣な表情になった。

「今回のBOSS……。コボルトの王が相手だが、あの場の面子で大丈夫と思うか……?」

 表情は真剣そのもの。そのままリュウキにそう聞いていた。彼が間違いなくこの世界で一番のプレイヤーだと理解できるからだ。少し悔しいと思っていたが、この状況になった今、意地を張るべきでは無いのだから。

「……そうだな。あの場の人数だ。単純に考えて十分な戦力だろう。確か44人……だったらな。だが、勿論不安要素もある。それは死亡した時の蘇生アイテムが無い事。そして、普通のゲーム時の時との違い。……死ぬなど考えられぬ状態でのプレイと今の差。それらの悪条件がある以上は軽くは見れない。切欠があれば、状況は良くも悪くもなる」

 キリトの問いにリュウキはそう答えた。
 リュウキは基本的にいつも、真剣な表情だが、この時はいつも以上だとキリトは感じていた。

「………だから流石に、44人もいたんじゃ、死人が出ないように1人1人を全員をカバーなんて事は出きはしない。……皆のそれぞれの実力に期待するしかない」

 そう付け加えて言っていた。
 リュウキも、この世界で誰かが命を落とす事、それを何よりも防ぎたいからだ。逆にキリトは彼の言葉を聞いて、決意を感じて真剣な表情から、表情を落とした。

 ……自分だけが生き残れれば良いと考えていたからだ。

 その自分とは違ってリュウキは……と キリトは感じたのだ。

「ッ……」

 キリトは言葉を出す事が出来なかった。その表情を見て、大体察するのはリュウキ。

「キリト。あのキバオウって奴の言葉なら、気にするなよ。……皆其々がとった行動に、正解も無ければ間違いも無いと考えている。……そしてオレは、お前の行動は、間違えてないと思う。無理にでも連れて行けば、蟠りも生まれていたかもしれないしな」

 リュウキは、キリトの表情はその事だと推察していた。

「えッ!?」

 キリトは驚きながらリュウキの方を向いた。

「この生き死にのデスゲーム。……それに直ぐに順応なんて出来るわけが無い。あのキバオウと言う男が言うような行動など。直ぐに冷静になって、10、000もの人間を先導する様な事が出来る筈が無いだろう。……自分の事で手一杯のはずだ。 逆にクエストを行い、旨い狩場の事。それは情報を取得し、提供したとも取れるだろう。アルゴの発信力のお陰で、プレイヤーには伝わって言ってるんだからな。まぁ……オレが言っても説得力ないか?」

 リュウキは、そう言うと。オブジェクト化したアイテムのパンを齧った。

「はは……リュウキ。ひょっとして、オレの事を慰めてくれてるのか?」

 キリトは、笑いながらリュウキを見ていた。いつものリュウキのキャラじゃないって思えた。β時代 いつも置いて前を只管進んでいた彼とは違って見えた。

「ッ……そんなんじゃない。お前が今回の事を引き摺って、その油断でBOSSにやられてしまっては目覚めが悪いからだ」

 リュウキは、キリトから顔を逸らしてそう返した。明らかに図星である。

「そうか……ありがとな。大丈夫だ」

 キリトはそう言って笑っていた。
 確かに……大丈夫のようだ。キリトは自分でも判る。心が少しだけ軽くなったから。

 逆にリュウキは、……キリトを見て これは余計な世話だったか?とも思えてしまっていた。

「あ……そうだ。もう一ついいか?」

 突然キリトが……なにやら挙動不審になりながら口を開いた。

「……ん? 別に構わない。ついでだし、何かあるなら言える時に」

 キリトの頼みなら、特に問題ないと思っていたリュウキだったが……、即座に拒否する事になる。

「ああ……実はな、お前と話がしたいって言うヤツg「断る」って、はやっ!」

 リュウキの即答にキリトは驚いていた。
 どうやら、想像以上に、リュウキはこの手の話には敏感になっていたようだ。条件反射、とも言えるだろう。

「あー、違うからな? 全然違う違う。これまでの様なそんな感じじゃない」

 キリトは両手を振りながらそう言った。
 《白銀のなんちゃら〜》関係の話じゃないと必至に言っていた。

 それに、キリトはなにやら真剣な顔つきもしていた。リュウキは、よくよく考えたら、キリトからこの手の紹介など受けた事はなかったから。基本的に大体がアルゴだからだと言う事も思い出していた。紹介が有りまくったのは。後は自力で接触してくるプレイヤー達。

「……? ならなんだ?」

 リュウキが訝しみつつも、疑問を浮かべていたその時。

「ちょっと……、いいかしら」

 また 後ろからだ、後ろから声をかけられた。今度は気付かなかった。……それ程夢中になっていたのだろうか?

「………?」
「おい……。言うまでくるなって言ったのに……」

 キリトは、誰がきたのか判って、少し頭を抑えながら項垂れていた。
 まだ、リュウキから了解を得られていないのだから。

「少しだけだから……、そんなに時間はとらせない」

 声色から女性だろう。言葉短く彼女はそう言った。それも 歳が近しい少女……。声色はレイナに良く似ているとも感じていた。声だけの情報だったが、リュウキはそう感じられた。

「……なんだ?」

 リュウキは後ろに振り返らずにそう聞いた。

「……あなた。昨日誰とパーティを組んだの……?」

 彼女の言葉は本当に短かった。確かに時間はとらせないようだ。

(――……さて、と 一体どうしたものか)

 彼女の問いには直ぐに答えず、リュウキは考えていた。

 恐らく、目的はレイナの事だろう。

 レイナが逃げ出した時にいたプレイヤーだという事もこの時はっきりとした。間違いは無いだろう。レイナは勿論、このプレイヤーも 接触をする事に躊躇している。
 だから、間接的に訊いてきたのだろう。

「……その知りたい理由はなんなんだ?」

 リュウキは質問に答えず、その理由を聞いていた。

「教えて……お願いッ。」

 理由をリュウキは聞きたかったのだが、その答えは返ってこなかった。ただ、聞きたい。真実を知りたい。十中八九は判っている筈だが、100%にしたいと思っているようだ。そして、その声色は真剣そのものだった。 

 真剣なのと、心配なのが半々に混ざった感じだ。

 だが、それを感じても、リュウキは首を左右に振った。

「これは個人情報ともなる。安易にその情報は流せない。それにそれは、ネットゲームのマナー違反……だろ?」

 そう易々と返せる情報でも無いのは事実だ。確かにレイドと言う数パーティを入れた大パーティでBOSS攻略に挑むが、それでも個々の情報の全てを提示しなければならない事はない。
 だから、リュウキはそう返した。

 でも、本当の理由は、今日のレイナの姿を見ていたからなのかもしれない。どうするのが正解なのか、リュウキには判らないから。

「ッ……」

 リュウキの言葉を訊いて、彼女は何も言えなかった。
 
 暫く沈黙した後に、漸く掠れた声で、言葉を絞り出す事が出きた様だ。

「ねぇ……。あの子……私のこと……怒ってた……? 私を、嫌ってた……?」

 彼女はそう聞いていた。その声から察する。今にも泣きそうな声だった。直接会いにいけないところを見ると、この人物もレイナと同じ心境なのだろう。

「…………」

 リュウキは、答えない。
 これは互いにすれ違った結果のようだ。この彼女が思っているのとはまるで正反対なのだから。

「それは自分で聞けばいい……。本人もそれを望んでいる。……お前の思っているような事は無いと思うぞ」

 リュウキは……そう答えた。自分で聞けと言っているが、もう既に答えを教えてもらったようなものだった。

「っ………」

 彼女は再び言葉を詰まらせた。

「今日までに、心を決めるとも言っていた。……それ以上は何も言ってなかったな」

リュウキがそう言うと。

「わかった………。ありがとう」

彼女は頭を下げていた。

「後……お願い。守ってあげて……彼女を……」

最後に震える声で懇願をした。その言葉を聞いてリュウキは頷く。

「……ああ。パーティを組んだ以上は仲間だ。やるよ」

少し、その声からぶっきらぼうに聞こえるんだけど、何故だか判らないけれど、心強くも聞こえてきた。初めて話をする人なのに、と彼女はそう思っていたのだ。

「ありがと………」

 最後に礼を一言いうとそこから離れていった。


「互いに大変だな。」

 リュウキはキリトに苦笑いをしていた。どうやら、互いに似た様なパートナーとパーティを組んだのだから。……格好も似た様な相手かと思えば関係者だったから。

「ああ……アイツも強い決意で《はじまりの街》から出てきたって言っていた、……守りたいとも言っていた。そして、後悔もしているともな」

 どうやら、キリトもある程度は話を聞いていたようだ。今回の事、十中八九はあの子の為だと言うことだろう。

「……優しいな」

 リュウキはふっと浮かび上がった言葉を言っていた。別に考えていった言葉じゃない。キリトの姿を見て、訊いて 不意に言葉が出てきたのだ。

「え?」

 キリトはこちらを向くが、直ぐにそっぽ向く。

「今日のAM10:00だ。……遅れるなよ」

 リュウキはそう言うと、立ち上がって歩いていった。

「ああ、リュウキは何処に?」

 確かに10時まではまだある程度は時間がある。だが、今からダンジョンに言ったり、フィールドに行ったりする程の時間は無い。故に出来る事は限られてくる。

「……ああ、回復アイテムを揃えにだ。……そう言えば随分前に切らしていたのを忘れててな」

 リュウキは、そう言うと、この場所から離れていった。正直、結構衝撃発言だったと思えるキリト。

「……はは。やっぱり、アイツはありえないな」

 キリトはその後姿を見送ると、苦笑いをしていた。このゲームがデスゲームとなって1ヶ月。この世界でHPが無くなれば、その先で待っているのは死。それが絶対条件だった。
 ならば、HPを回復することが出来るポーション等、回復結晶等のアイテムは文字通り生命線だ。それなのに、彼は……リュウキはこう言っていた。

『随分前に切らしていたのを忘れてた』

 腕に自身がある者は、確かに必要最低限の道具だけで十分と言うが、今の状況を考えると突出しすぎだと思える。だが、キリトは、あの男についてはよく知っているつもりだ。自分もソロ中心だが、彼とは何度も会い、βテストの時はパーティも組んだ。別に今更アイツが何をしたとしても驚かない。
 そして誰よりも頼りになる男なのだ。

「………彼はいったい」

 離れていた彼女がキリトの傍にまで来ていた。彼女も彼の言葉を聞いていたんだろう。ありえない行動の裏に隠されたものを見極めようとして……。

「……大丈夫。かしら………」

 僅かに震えてそう言っていた。『大丈夫か』と言う言葉をさしているのは恐らくリュウキと一緒にいたプレイヤーの事だろう。

「大丈夫さ。アイツはシャイな男だが、腕は超が付くほどの一流。この世界でもトップクラスだと思ってる。……紛れもなくな。そして、約束を違える様な男でもないさ」

 キリトがその男を見る目は憧れも有り、目標でもあるような瞳だった。いつかは追いついてみせる……そう言わんばかりの目だった。

「………そう」

 彼女は俯き……そして 再び離れていった。去っていく彼女の方をキリトは見た。
 
 視界の端に表示されている彼女のHPバーの隣にある名前。


――……その名前はAsuna。




 

 

第19話 BOSS直前チュートリアルです


 そして、同日AM:10:00

 《トールバーナ》の噴水広場前にて、全員が集まっていた。
 全員が集まったのを悟ると、先頭に立った青髪の騎士(ナイト) ディアベルが声を上げた。

「みんな! いきなりだけど――、ありがとう! たった今、全パーティが。44人全員が1人も欠けずに集まった!」

 その言葉の後、一斉に歓声が広場を揺らした。そして、滝の様な拍手。その中には勿論キリト、そしてフードを相変わらず付けたリュウキやAsuna、そしてレイナもいた。

「実を言うとさ、オレは1人でも欠けたら今日の作戦は中止にしようと思ってた! ……でも、そんな心配はみんなへの侮辱だったな! 今日、オレは最高のレイドが組めて凄く嬉しい! オレが言う事は1つだ。誰もかけることなく……帰ってこようぜ!」

 ディアベルは、右拳を突き出し高らかにそう宣言する。
 そして笑顔で答える者、口笛を吹き鳴らす者、そして同じように拳を突き出す者。その彼のリーダーシップに今更ケチをつけるものなどはいない。……実際に大したものなのだ。

 これからの戦いは誰も経験したことのない命を賭した戦いが待っている。

 その上で、メンバーを集め、奮い立たせたこの手腕。44人ものプレイヤーを1つに纏めたと言っていい手腕。その全てが素晴らしいと誰もが言わざるを得ない。
 だが…… 緊張し過ぎればそれは、恐怖心を呼び起こす毒になるように、楽観もしすぎると油断を呼ぶものだ。

 この時、……キリトは考えていた。

(確かに あのβテストの時ならば、勢い余っての潰走もただの笑い話になるだけなのだが……。今回は、笑い話ではすまない。誰かが命を落とす可能性もあるんだ……)

 悪い予感は、止む事無く頭の中に何度も流れていた。連想をさせていたその時だった。
 
 キリトの肩に軽い感触があったのだ。

 振り向いて見ると、そこにいたのはあの男。

「……さて、気を引き締めなおすか。……少なくともオレ達はな」

 小さな声でそう言うのはリュウキだった。彼もキリトの様に考えていたのだろう。だからこそ、キリトが葛藤していた事に気づいてそう言っていたのだ。

「……ああ。そうだな」

 キリトは頷いた。これから何が待ち受けているか判らない。だからこそ、想定外の事も視野に入れなければならない。そうなれば隣の男は、非常に頼りになるのだ。

 そして、互いに拳を出し……。

 コツンッ、と闘志を一緒に出すように、拳をあわせていた。

 キリトとリュウキが拳を合わせていたその時、同じ場所だが、キリト達と少し離れたところで2人のプレイヤーがいた。

「……ねえ?」

 それはフードを被った者同士だった。話しかけているのは、プレイヤー名《アスナ》。そして相手は、《レイナ》だった。
 接触は、アスナの方からだった。

「……今は、ゴメンなさい。コレが終わったら……きっと、話……出来るから。今は、今はコレに集中させて……。《お姉ちゃん》」
「ッ……」

 アスナは姉、と呼ばれるプレイヤー。そう、彼女達は姉妹だ。
 共にSAOと言う魂の牢獄に囚われた実の姉妹だった。



 アスナにとっても レイナにとっても それは、辛い思い出だった。
 
 今回の街にまで来るときに、フィールドでレイナは瀕死に近い状態になったのだ。
 HPバーが注意値(イエロー)から、危険値(レッド)へ変わっていく。

 それを目の当たりにしたアスナは、―――サァ……っと、一気に青ざめた。

―――……最愛の妹が死んでしまう。

 それを目の当たりにしたアスナは、発狂しそうになってしまったのだ。例え死んでも、ゲームに負けたくない。でも、この世界でのたった1人の家族、妹だけは失いたくなかった。
 その2つの感情が混ざりあい、混濁した。

 その日の戦闘は、無事に終える事が出来たが……、心の底で秘めていた感情が表面に出てきたのだ。もう、消える事はない。

 だからこそ、アスナは、前の街でレイナを説得しようとしたのだ。今からでも戻って《始まりの街》待つようにと。
 そこならば、死ぬような事は無く。場所も広いし物資もある程度は揃っている。困る事は無いだろう。

 だが、レイナは首を縦には触れなかった。以前アスナは、あの町で腐っていくぐらいなら死んだ方がマシだと言っていた。それをレイナも勿論聞いていたのだ。

 だから、あの日に姉妹で共に誓った事だった。『最後の最後までゲームに負けず、抗おう』と。

――……あの約束はなんだったのか、あの誓いはなんだったのか。

 だから、そのアスナの言葉に、アスナの提案にレイナは嫌がって拒否をした。姉の言う事を拒否したのは生まれてきて初めてだった。いつも、仲が良くて理想的な姉妹だったから。
 レイナはアスナと一緒に行く、と戻らない、ついて行くと言って決して譲らなかった。

 意思を曲げないそんなレイナを見て、アスナは強く叱りつけたのだ。

 そして、レイナの事を罵ってしまった。
 自分の心にも思ってもない言葉をレイナに言ってしまった。心配している事の裏返しだとは判っていても、止まらなかった。

 そして、最後に見たのは、涙を流しているレイナの姿だった。

 レイナは、アスナを押しのけて外へと飛び出していった。
 アスナは、我に還ると直ぐにレイナの追いかけたが、外にはもうレイナはおらず、探しても何処にもいなかったんだ。



 あの日から、アスナは、ずっと 後悔していた。
 なんで、あの時妹の気持ちをわかってあげられなかったのか。自分自身に腹が立つ程に、それからずっと……彼女を想っていた。町についてもまずは、妹を探した。一度、《はじまりの街》に戻って、黒鉄宮の《蘇生の間》へも向かった。
 その場所には大きな金属製の巨大な碑が設置されている。
 話しによれば、βテスト時代には存在しなかったものであり、その表面には1万人のプレイヤーの名前が刻まれている。……そして、死んでしまった者の場所に打ち消し線が刻まれるのだ。妹が、レイナが無事かどうかを確認をしていたんだ。

 何度も、何度も……。

「おい」

 そんな時キリトがアスナに声を掛けた。

「そろそろ出発だぞ」

 キリトがそう言うと、アスナはコクリと頷き、後ろに続いた。

  

「………お姉ちゃん」

 そんなアスナの後ろ姿を見て呟く。姉の葛藤、そして姉の想いも。レイナは心の何処かでは判っていた筈なんだ。故にあの時、気持ちを判ってあげられなかったと言うのはお互い様なのである。

 2人ともが、後一歩が踏み出せずにいた。

 レイナがそう考え込んでいた時。
 
「今は、戦いに集中するんだろ……?」

 傍にリュウキが近づいてきた。

「ッ……うん、彼の言うとおり……今日誰一人欠けずに帰ってくるから。……私も頑張るって決めたの」

 レイナは力強くそう答えた。目には強い信念も確認できた。

「……良い答えだ」

 リュウキはそう言うと、横並びに歩いていった。


 そして、自然とキリトたちと合流した。
 このレイドの中では少数パーティだからだ。だからこそ、示し合わせたわけでもなく、自然と4人のパーティとなっていた。初めは頑なに拒否するように離れた筈なのに。

 レイナは、BOSSに勝つ為に。

 そして最後には姉と仲直りをする為に、頷いた。それはアスナも同じだった。言葉こそ殆ど交わしていないが、同じ想い同じ気持ち……それが重なった時、だった。
 キリト、そしてリュウキは2人を見て、BOSS攻略なんてきっかけに過ぎないと感じた。



 暫く、迷宮区へと歩いていくときに、キリトが声をかけた。

「……確認するぞ。オレ達アブレ組みの役目はルインコボルト・センチネルって言うボスのとりまきだ」

 そう言うと、皆が頷いた。事前に簡易的に打ち合わせはしている。人数が少ないから、戦力外として扱われたのではないか? と不満のあるアスナだった、レイナも苦笑いをしていた。
 だが、リュウキとキリトはそうは思わなかった。人数の差は仕方が無いし、何より全体をじっくりと見渡すと言う意味では、この位置がベストなのだ。

 最終的には全員了承済みというわけだった。

「オレが奴らのポールアックスを《ソードスキル》で跳ね上げさせるから、すかさずスイッチして飛び込んでくれ」

 キリトがそう言うと、リュウキが微笑んだ。

「……キリトがどれだけ腕が上がったか、お手並み拝見だな。弾き(パリィ)、見せてもらうぞ」

 リュウキは笑いながらそう言っていた。

「見てろよ……。やってやるさ。」

 リュウキのその言葉を聞いてキリトの腕に自然と力が入ったていた。だが……このやり取りを見ていた2人は……判らないところがあった。

「ねぇ……?」
「あの……」

 アスナとレイナは、殆ど同じようなタイミングで。

「「スイッチって?」」

 キリトとリュウキの2人に聞いていた。

「………」
「もしかして……知らない?パーティ組んだ事あるみたいだけど……?」

 キリトはそう聞くけど……2人とも首を縦に振る事はなかった。そして、リュウキはある事を思い出す。

 それは、初めてパーティ申請をした時。

 レイナはパーティの組み方さえ知らなかった。なら、如何に基礎、基本だとしても……、《スイッチ》を知らなかったところで不思議ではない。

「……(ホーム)で説明してればよかったか」

 リュウキは思わずそう呟く。それなら、多少は練習が多くできるし、このままでは殆どぶっつけ本番になってしまうからだ。そのリュウキの言葉を聞いて。

「えっ……? レイ……ひょっとして、泊めてもらってたの?」

 アスナは驚き声を上げていた。異性の家に泊まったのか?と驚いたのだ。

「わ、わわっ! ち……違うのっお姉ちゃん! 私はその……お風呂が……。貸してくれるって、え、えと、わ、私何をっ あ、あぅぅっ……」

 レイナは慌てながら説明をしようとするが、言葉が上手く纏まらずいえなかったようだ。だが、アスナにはそれだけの説明で十分だった。

「っ……!」

 レイナの言葉にアスナも声を無くしていた。アスナも自身にも身に覚えがあるからだ。

「それは……仕方ないよね……」

 だからこそ、意味深にそう答えるアスナ。
 最初の大声と威勢は何処へ行ったのだろうか?そう思えるほどに……彼女の声の大きさが変わっていた。

「ぅぅ……ん? あれ……? ひょっとして、お姉ちゃんも……?」

 今度はレイナがそう聞いていた。アスナの態度から想う所があったようだ。

「ち……ちがっ……。(……う事もない……)」

 アスナは、最後までは言えずに口ごもってしまっていた。

「あのー……そろそろいいか?」

 キリトとリュウキが2人の間へ入る。

「……説明したいんだが」

 アスナとレイナにそう言うと。

「わ……わかった」
「うん……ヨロシク」

 2人とも、僅かに頬を赤くさせながらも、大人しくなっていた。

 その後は パーティプレイでの基本的な事、無事にチュートリアルを終了できた。

 ……2人は何だかんだと言って本当に打ち解けているようにも見える。だって、ちょっとした仕草を見ただけで、仲が良さそうに見えるからだ。今の今まで、仲違いしていたなんて思えないほどに、
 キリトはそう感じていた。

「ふむ」

 リュウキもどうやらキリトと同意見のようだった。そして、もう1つ考えていた事がある。さっきの2人の会話について、だ。

「……会話から察するに……キリト、お前も貸してあげてたのか? 風呂を」

 リュウキはキリトにそう聞いていた。

「ッッ!!! あ……ああ//」

 突然の事に、慌てて、キリトは返事をしていた。何処と無く表情が赤い。

「ん?? オレ、何か慌てるような事を言ったか?」

 リュウキは何故焦るように言っているのか解って無いようだ。なぜ、キリトが赤くなるのか、その事実がどういう意味を持つのかを。

「……オレは、お前がうらやましいよ」

 キリトは、そうポツリと呟いていた。

「??」

 リュウキは当然教えてくれない為、最後までわかってなかった。だが、わかったのは1つだけあった。



そう、本当に2人は非常に似ている状況で、非常に似ているプレイヤーとパーティを組んだと言う事だ。


 

 

第20話 死闘開幕


AM:11:00

第1層迷宮区到着。

PM:12:30

迷宮区、最上階踏破。

 何とか、大きなトラブルも無く、無事に全員がここまでこれた。
 その事に、キリトとリュウキは内心安堵していた。どのような事でも、初めて(・・・)がつく行為は例外なく事故の危険性を内包しているのだから。44人と言う大人数で、決して広くは無いダンジョンを歩いているんだ。突然の奇襲にパニックを起こしてしまえば相応に危険となる。
 そして、一歩間違えれば、一気にレイドが崩れかねない事もあるだろう。

 この世界において、偶発的なプレイヤー同士の誤爆は、ダメージにはならない。……だが、誤爆はダメージにこそ、ならないが 同仕打ち相手のソードスキルは勿論、通常攻撃も、停止(キャンセル)してしまう為、敵前で全くの無防備になってしまう事もあるのだ。

 当然、敵前でそんな事になれば非常に危険だ。

 特に長モノの武器、槍を装備しているものにはその危険が付きまとうだろう。そこでも、ディアベルの手腕の見せ所だった。

 彼は適切な指示を送り、スイッチの効果的な使用。
 
 そして、敵の行動を読んだ攻撃法。後ろで見ていたリュウキも 頷く程のもので、限りなく完璧(パーフェクト)だと感じていた。それは、日ごろからリーダー職になれていなければとても出来るようなことではない。そんな姿を見てリュウキは緊張を僅かだが解いた。

「心配は杞憂か……」

 凡ゆる危険性を危惧していたリュウキだったが、認識を改め、そう言っていた。
 彼の、ディアベルの指示の元、安全に、着実にモンスターを狩っていっているのだから。

「……ああ、そうだな」

 キリトも始まった当初こそ『盛り上げすぎじゃないか?』と危惧していたのは真に僭越だったと思えていた。あの青髪の騎士にはそのリーダーの哲学があり、もうここに至れば全面的に信頼するのがレイドメンバーとしての義務だろう。

――そして 大人数のレイドは、ついにたどり着いた。BOSSの玉座がある部屋の前。巨大な二枚の扉を見た。

 その事実が よりメンバー全体に緊張が走らせた。迷宮区に到着したその時よりも遥かに強い緊張感だ。

「……いいか」

 リュウキがレイナの傍に来た。

「うん……」

 レイナも静かに頷いた。

「見たところ、細剣のスキル 《リニアー》を多用しているようだが、それはそれで良い。狙いを正確に定められる優れたスキルだからな。 だが、オレ達の担当のルインコボルト・センチネル。BOSSの取り巻きとは言っても決して雑魚ではない。相手も武器を使う。ソードスキルを使ってくるんだ。……武器を使える化物は、どんな物語でも強敵と言うものだろ?」

 リュウキはそう話した。
 確かに、人間と言うものは頭が良かったからこそ、武器を扱えて……そして強くなっていった。それが相手は亜人種。強度的には人間を遥かに超えている。そいつが武器の使用に長けていたとしたら……侮れないだろう。

「うん」

 再びレイナは強く頷いた。

「そして、取り巻き達は、全員鎧も着ている。だから、その部分は攻撃しても、現行の武器じゃ貫けない。貫けるのは……」
「解ってる。喉もとの一点だけ……でしょ。大丈夫」

 はっきりとレイナは答えた。『大丈夫』と。このレイナと言う名のプレイヤー。そして、キリトと共にいるプレイヤーの2人は大した手練れだった。ここまでの戦闘を見ていた。

 最初こそは確かに素人的な動きだったが、細剣(レイピア)の技だけは目を見張るものがあった。

 2人ともシンクロするように放つ《リニアー》の細剣スキル。互いがそれを高めて必殺とも呼べるシロモノに昇華させたのだ。このリニアーは、序盤で覚える技、一番最初に覚える細剣スキルだ。
 序盤だからこそ、普通ならあるレベルにまで行くと、そこまで通用できるものじゃないのだ。だが、この2人通じると言う事を体現しているのだ。

「ふふ……じゃあ、大丈夫だな」

 リュウキは笑うと前を向いた。

 叫び声は扉を透過してしまう為、そこではディアベルが皆に≪勝とうぜ!≫と叫ぶわけにはいかないから静かに扉に手をかけた。だが、その目は言わずとも皆に伝わっていた。雄弁に語っていた。




『勝とうぜ!』と。





 重く、そして冷たいBOSSの間に通じる扉がゆっくりと左右に分れ、開いていく。

 その先は非常に広い空間が広がっていた。44人、全員が慎重に一歩……一歩と、ある程度進むと空間が一気に明るくなった。

 そして、それが合図だったのだろう。


『グルオオオオオオオオオオ!!!!!!!!』


 奥の玉座で座っていたであろう、第1層フロアBOSS ≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫が その巨体からはありえない跳躍で飛び掛ってきたのだ。

 そして、取り巻きである≪ルインコボルト・センチネル≫を引き連れて。

「全員、攻撃! 開始!!」

『うおおおおおおおおお!!!!』


 ディアベルの声が響き渡る。

 今ここに、己の命をかけた第1層目BOSS戦が開幕した。


 

 

第21話 託された願い


 コボルトの王、側近との戦い。

 互いのHPゲージも殆ど減っておらず、まだまだ序盤だった。
 だが、BOSS戦でもディアベルを中心に統率されたこのレイドの連携は素晴らしいものだった。

「A隊B隊! スイッチ!」

 指示を出しつつも、視野は広く持ち、ディアベルはフロアの全体を見渡す。
 そして、個々のプレイヤーのHP残、そして 敵の数、スキルをも確認してそして的確な指示を送っていた。

「グルアアアア!!!」

 暴れ狂うイルファング・ザ・コボルド・ロード。
 巨体を活かし、暴れまわるが、完全に統率され、それは正に、機械の様に正確と言える精密に計算された精度の連携を崩すまでには至らなかった。

「今だ! E,F,G隊! センチネル達を近づけさせるな!」

 ディアベルが、そう指示を出したそれに答えるように動きをはじめた。

「……了解」
「任せろ」

 イルファング・ザ・コボルド・ロードを守ろうと、AとBの部隊に攻撃を加えようとしているセンチネル2体を奇襲攻撃をかける。

 振り上げられたセンチネルの武器をキリトが、正確に捕らえ、己のソードスキルで弾きあげると。

「今だ! スイッチ!」

 パートナーであるアスナに指示を送った。

「一匹目っ!!」

 アスナは、スイッチをすると素早く距離を詰める、細剣(レイピア)の攻撃速度を最大限に活かした突き。《リニアー》を放つ。

 その速さは驚異的で、剣先が見えず そして何より正確に鎧を覆っていない場所を貫いた。
 
 鋭いその突きの一撃。

 その一撃は、センチネルのHPゲージの全てを奪い、身体を四散させていた。

 そして、リュウキもキリト同様にセンチネルの武器を弾いていた。リュウキの場合は 弾くだけでは留まらず。

「ぐるるっ……!?」

 センチネルが持っていた武器を、根本から砕き、四散させたのだ。自分自身も戦っている場面だと言うのに、リュウキが見ている先は、アスナの姿だった。

「ナイスだな……。もう一回いくぞ、レイナ。スイッチ!」

 相手に集中しなければならない局面なのは判っている。それでも出てくる言葉はアスナのその見事な剣捌きだった。アスナは、ついさっきまでは、スイッチと言う基本的なことも知らなかった初心者(ビギナー)だったのだが、あれは嘘だったのか? と思えてしまう。
 
 そして、リュウキとレイナは 2匹目のセンチネルを相手をしていた。
 リュウキが武器を粉砕し、センチネルは武器を失い混乱しているその時に、すかさずレイナは、スイッチをして、懐に飛び込んだ。

「二匹目っ!!」

 裂帛の気合と共に、放たれるレイナのその太刀筋。
 それは、先ほどアスナが放った見事な《リニアー》それに非常に酷似していた。
 確かに、同じスキルであれば、大体は同じ軌道、形となるのだが。使用者の細剣の持ち方、そして体型等の様々な要素があり、僅かだが 違いは有る筈なのだ。

 だが、2人のそれは全く同じ。

 ……まるで、鏡写しの様に 互いの姿が重なって見える程だった。そしてその2つの剣閃は、本当に優劣をつけるのもおこがましい。

「2人とも、素人かと思っていたのに……剣先が見えない。太刀筋も全く同じ。凄まじい手錬れだ」

 キリトも2人を見て、改めて驚いていた。リュウキと同じ思いだった様だ。
 少し前まではスイッチも知らない素人だったのにだと考えていた。BOSSの取り巻き。それは通常の敵モンスターより遥かに強い。
 なのに、それをものともしていない。それもディアベルの指揮力同様に素晴らしい事だった。

 4人と言う少数のパーティは、まるでセンチネルをものともせず、次々と粉砕していったのだ。


 そして、戦いも終盤に差し掛かっていた。
 BOSSの取り巻きであるセンチネルは、3部隊が、いや キリト・アスナ・リュウキ・レイナのパーティでほぼ一掃されていた。
 それは例え、消滅し再びPoPしたとしても、すかさず、粉砕し 蹴散らしたのだ。

 それは、レイドパーティにとって、嬉しい誤算だったようで、EとF隊も前線部隊と合流し、G隊であるキリト達以外の全員がBOSSに集中できていたのだ。

 当然、削れるHPゲージの量も劇的にあがり、安定性も出てくる。

 そして、4段目のHPゲージが黄色を超え、赤く染まったその時。

「ぐるるる……がああああぁっ!!!」

 コボルトの王は、自身が持っていた武器・盾を投げ捨て、放棄したのだ。いきなり、己の武器を捨てると言う行為は、通常であれば驚き、動揺してしまうだろう。
 だが、それを見た全員は、笑っていた。
 そう……この行動も知っているからだ。

「情報どおりみたいやな……」

 前線で戦っていたキバオウも、笑っていた。これは、アルゴの攻略本にも載っていた情報であり、変わる武器に関しても知っていたのだ。

 つまり、BOSS戦ではよくある変化。最終段階であり 本当にあと一息のところまで来たのだ。

 その時、後ろから声が聞こえてきた。

「下がれ! オレが出る!!」

指揮をしていたディアベルが、前線の一番前へと出てきたのだ。

「なっ……!!」

 その行動を見てリュウキは目を見開く。今までは、まるで機械の様に正確で、逸脱せず、プロセスを組んで追い詰めていたのに、ここで歯車が狂ったと感じたからだ。そのトリガーは、ディアベルの行動にあった。

 BOSS戦は、当然だが通常の敵とは違う。

 今は変化(・・)が起きたばかりであり、まだ 自身の目で確認した訳じゃない。……だから、最後にどんな隠しだまを持っているのかも判らないのだ。

 勿論キリトやリュウキにとってもそうだ。

 βテストの時と今の差。それを身にしみて知っている身なのだから。今まで戦ってきた中では 別段変わった様子はないが、あのHPゲージを全て消すまで、蹴散らし、その巨体を消滅させるまで、気は抜けない。
 だからこそ、単独行動が一番危険なのだ。

 そして、この指示と行動は明らかに間違えている事も判っていた。

「ここは、最後の攻撃。パーティ全員で包囲するのがセオリーの筈だろ……?」

 キリトも同じだったらしく、驚愕した表情でディアベルを見ていた。全員で攻めれば、例えどんな技を使ってきたとしても、押し切れる可能性が高い。どんな攻撃をしてきても、人数が居れば、攻撃を分散させやすく、回避もし易い。

 だが、それをあのディアベルが判っていないとは思えなかった。

 その時キリトとリュウキは確かに見た。攻撃に移る刹那、ディアベルがこちら側を見たのを。


 ディアベルは、剣に力を込めた。
 
 ソード・スキルを撃ち放つために。
 今覚えている最大のソード・スキルの一撃で終わらせる為に。だが……。

「なっ……!! 変わったっ!?」

 リュウキが目を見開いて相手を見た。咄嗟に最大限に集中し、コボルトの王を見定めたのだ。初見で視た(・・)その情報とは明らかに違っている。

「なッ! あれは、曲刀(タルワール)じゃない……野太刀!」

 キリトもリュウキの声で気づいた。BOSSが手にかけた武器が情報と違っていると言う事に。
この第1層のフロアではまず使用されることのない武器の1つ。
 初期武器カテゴリーには無い エキストラ・スキルでもある刀。

「おい! 駄目だ! 行くな!!」

 リュウキは、すぐさま声をあげた。だが、センチネルも待ってはくれない。まるで、意志を持っているかの様に、絶妙なタイミングで、再びPOPされ センチネルに囲まれてしまったのだ。

「邪魔を……するなぁ!!」

 リュウキは現れたセンチネルを、強引に、力技で、素早く正確にセンチネルの首の部分を撥ねた。

「ディアベル! 全力で後ろへ飛べぇぇっ!!!」

 敵に囲まれ、叫び声すら、相手の唸り声でキャンセルされてしまっているリュウキを見て、キリトが変わりに叫んだ。
 彼の行動を止める為に。…刀のスキルには、凶悪なモノが沢山あるから。

「ガアアアアア!!!!」

 コボルトの王は フロアの天井にまで届きかねない程に跳躍し、凄まじい斬撃で上方からディアベルを切りつけた。プレイヤー達よりも遥かにデカい野太刀は、ディアベルの身体を袈裟斬り、そしてその身体に血の様な赤いラインを生んでいた。

「ぐああああああっ!!!!!」

 その一撃は、ディアベルをHPを、命の数値を深く削り、損失させた。
 そして、続け様に三連撃、最後の攻撃は、致命的な一撃だった。スキルの勢いで、ディアベルの身体はまるで、風に飛ばされる木ノ葉の様に 吹き飛ばされた。

「あれは、刀スキルの《緋扇》か! くそっ!!」

 それを視たリュウキは、最後のセンチネルを踏みつけ、飛び越える様にその頭を思い切り蹴りつけ、跳躍する。そして、吹き飛んで来た、ディアベルを空中で受け止めたのだ。
 
 吹き飛ばされ、落下し 叩きつけられれば、勿論 それも攻撃判定になる。少しでもダメージを回避し、少しでもHPを削らない為にも。

 ……この時、リュウキは彼のHPの残存は視ていなかった。

「でぃ……ディアベルはん!!」

 キバオウは勿論、その場にいた全員が絶句する。

 まさかのリーダーが眼前で吹き飛ばされたのを見てしまった事と、あのスキルを見た為だ。後僅かのHPなのだが、その凶悪なスキルを目の当たりにし、驚いて硬直してしまったのだ。

 その隙を、コボルトの王は見逃さない。これまでの仮を全て返す。痛みを返す。そう言っているかの様に、怒り狂った表情で、全員を睨みつけていた。


「ガアアアアア!!!!」


 唸り声と共に、怒りの目を向ける。BOSSとは言えモンスターだ。言葉を発する事は無いのだが、『次はオマエラダ』と、言っている様に見えていた。


 幸いな事に、一度吹き飛ばしたディアベルに、ヘイト値は無かったらしく、標的にはならなかった。無事に受け止め、着地した所にキリトも駆けつけた。

「ディアベル!」

 彼のHPゲージは、減り続けている。あまりの速度で叩き込まれた為、ダメージが遅延されているようだ。このままでは……。

「おい! なぜあんな馬鹿な真似をした!? ……あの時、俺は言っただろう! もう、如何なる有利性(アドバンテージ)もこの世界には無いんだと!」

 リュウキはディアベルに叱り付ける様に言うが……今はそれどころでは無い。直ぐに回復のポーションを取り出す。

「いかん、危険だ……。キリト! お前のもくれ。2人で同時にやるぞ!」

HPが減るのが止まらない。今はもう2割も無い。致命的な一撃だった事を今、理解した。
 このまま、放置すれば、尽きてしまうのは目に見えていたのだ。

「ああッ!」

 キリトにも十分状況を理解していた。だから、2人は間髪いれずに飲ませ、HP全損を防ごうとするのだったが。

 ディアベルはそれを拒否した。


――薄れゆく意識の中、思い出すディアベル。それは、この戦いの前夜の事。



~2022年 12月3日 トールバーナ・教会~


 そこは、街外れにある寂れた教会。恐らくは何かのイベントがあって、それをする為にはフラグを立てなければならないのだろう、今来ても何も起こらず、何も無かった。
 そんな場所で、待ち合わせをしていた。

 待ち合わせ場所は、教会内の懺悔室。

『依頼の件だけど、もう必要無いと思うが、報告いるカイ?』
『……ああ、()の発言と、貰った情報誌の裏を取りたい。頼むよ』
『ん……』

 それは誰もいない教会内部で、静かに始まった

『219人。それは間違いないヨ。正式サービス開始後1ヶ月の元βテスターの死亡者数ダ。クローズドベータテスト。当選者1000人の内に正式サービスに移行した人数は825人。……正確に判った理由は企業秘密』

 そう言うと、軽く表情を暗める。人の死を報告しているのだから、仕方が無いだろう。

『つまり、全体の死亡率推定値は、20%。比率で言えば ビギナー達よりも遥かに上回ってるヨ。……その原因も』
『ああ、そこまで合わさればもう判ってるさ。変更点。だろう? 正式サービス移行に伴う』
『その通り。時折ほんの僅かな差異が現れ……、それまでの知識と経験が、一気に落とし穴に変わル』
『だが、オレも貰った攻略本。これには様々な変更点があると、記載されている。……斧使いの彼も言っていたが、これは間違いなく、そして精度もかなり高いモノだ。でも命を落とす事になった。その訳は……』

 自分でも判っている。判っているけれど、その推察を訊きたかったのだ。

『……元、βテスターだから、と言うのが大きいネ。培って来た知識と経験を過信したんダヨ。……最後(・・)のメッセージのやり取りで、判っタ』

 如何なるアドバンテージも無い。()が言っていた言葉だった。だけど、誰にでもある自尊心(プライド)が、狂わせてしまったのだろう。

『もうちょっと、安くしておけバ、良かっタヨ。……こんな事になるなラ』
『……情報は出回っていても、手に取る者達は少なかった。それに、それは買えない程じゃない。出し惜しみをしたんだ。本の表紙にも重要度が☆表示で5つ。満点だ。アンタのせいじゃない。斧使いの彼の様に、公開をすれば良かったんだ。経験者達が買ってな。……だが、ここまでくればもう無理だ。明日のBOSS戦、もし相手の装備が違っていたり、ステータスが違っていたり。……βテスターからの情報と違っていたら、もしも対応が遅れ、死人が1人でも出てしまえば……』

 歯ぎしりをしながら、続きを応える。

『βテスターへの不信は、もはや抑えきれない』

 キバオウの話を思い出しているのだろう。あれは、卑怯でも何でもない。……誰しもが心に抱いているモノだ。彼はそれを言葉に発しただけ、なのだ。異常事態で、何が正解、間違いなのかは、誰にも判断出来ないのだから。

 それを訊いた、情報屋は、ゆっくりと頷くと。

『その時は、非難の矛先をオレっちに誘導してクレ。虚実織り交ぜた巧みな情報操作で、既得権益の確保と拡充に余念のない。……ベータ上がりの卑劣な情報屋《アルゴ》様の誕生ダ』

 そう情報屋とはアルゴの事。……情報も覚悟をして、渡しているモノだから、アルゴにもその覚悟はあった。元βテスターだから、と言う理由もあるだろう。
 だけど、それは容認出来ない。

『いや、アンタには迷惑をかけられない。頑なに話さないが 情報の根源は……()から受け取っているんだろう? じゃなければ、ここまでの正確なモノは作れない』

 攻略本を見下ろしながら、そう訊く。実際にこれのおかげで助かったのは間違いないのだから。

『アンタは、そんな()と接触出来る数少ないプレイヤー。そして、βテスターとビギナーの橋渡しを公然と行なえるのは、……後にも先にも、アンタしかいないからな』

 そう言い終えると同時に、アルゴの目の前に可視化されたウインドウが表示される。

『報酬を確認してくれ』
『ン……、確認したヨ』
『追加したら、教えてくれるか? オレの推測が正しいかどうか』
『……それはダメダ。もう、嫌われたくなイ』
『はは。惚れたか。……勇者様に』

 苦笑いをした。あの時(・・・)、あの攻略会議の時。……勇者と名乗らず、()騎士(ナイト)と名乗った理由はそこにもあった。
 この世界で、トップに立って、皆の期待を一身に受けるのは、()以外有り得ないと思えたからだ。

 だが、現実は非情。行先は光で満ちているとは限らない。……暗雲とした先が見えた気がしたのだ。

『いざとなったら、オレの代役を任せられる者がいる事は喜ばしい事だ。……2人もな』
『……残念だガ、攻略組のリーダー役なんて、買って出る様な真似はしなイヨ。これだけは断言してヤル。絶対』

 アルゴはニヤリと笑ってそう言った。彼の顔を見て。……そう、ディアベルの顔を見て。




『いや、違うな。……リーダーじゃない。 その場合、求められる役割は……、生け贄(スケープ・ゴート)だ』



 

 





 薄れゆく意識の中、ディアベルは思い返していた。そして、申し訳なさも出てきた。こんなつもりじゃなかった。だけど、自分の中にある、誇り(プライド)が、後一歩引かせなかった。

 何度も助けられた。だから、ここは自分の判断で、攻めたかったのだ。

 「お前らも……わかるだろ……テスターだったら…… オレの行動の意味が……」
 「「!」」

 ディアベルの言葉を聞いて、悟った。目の前でいる……この男もそうだったのだ。そして、最後の攻撃の理由も。

「LAによる……レアアイテム狙い……?お前も……βテスター上がりだったのか?」
「…………」

 元βテスター。つまりあの時、自分自身も罵倒されていた立場だったんだ。この男も。だけど……、非難をするつもりはない。そんな事、考えてすら無かった。

「頼む……。ふたりは……リュウキとキリト……だろ。 ふたりなら……いける。みんなの為に……倒……」

 ディアベルは、最後まで言い切ることはできなかった。その言葉の最後でディアベルの体は光り輝き、青い硝子片となって飛散していった。

 人が死ぬと言うのに……、通常のMob達と何ら変わらない。全く同じエフェクトで、呆気なく 硝子を割ったかの様に砕け散った。

「………」


 騎士(ナイト)ディアベル。

 確かに、彼の最後の行動は 元βテスターと言う誇りから。自身のプライドが出てしまった事で、レアドロップ狙いをしていたかもしれない。だけど、彼が皆が死なないように、体を張って行動していたのも事実だ。

 寧ろ、その方が大きい。迷宮区でも、下手をしたら死者が出かねない難易度なのだから。そこでも、彼は身体を張り、時には頭をフルに回転させ、導いてきたのだ。

 誰1人、死なせない為に。

 そんな彼を。……一体誰が彼を非難できようものだろうか?


「……人の死は、慣れるものでは無いな」

 リュウキはそう呟くと立ち上がった。そして、フィールドを見渡す。そこには……先ほどまでの余裕ムードなどは無い。
 
 ただ……、恐怖で、混乱で、叫び声が響き渡っていた。そして、攻撃はしているようだが、最初の頃の正確さはない。ただ出鱈目に振り回しているだけだ。そんなものが当たる筈も無い。

 負の連鎖は、始まってしまっている。

 戦いに来る前に、予感がしていたトリガー。それが、BOSSの武器の違い、そして何よりもリーダーの喪失。

 皆は、戦意を失ってしまっているのだ。中でもキバオウは重症だった。ディアベルの事を心酔していたからだ。

「なんで……なんでや?なんでリーダーのあんたが先に……」

 戦意を喪失するだけでなく、その場にガクリと膝をつき動かなくなっていたのだ。その仲間達がキバオウの傍にいるだけで、何も出来ない。

 戦場の真っ只中での行為としては、自殺行為だろう。

「……おい立て! 今へたってる場合か。時と場合を考えろ」

 そんな男に、リュウキは怒鳴りつけた。それと同時に胸倉をつかみ上げ立たせた。

「なっ……なんやと!」

 キバオウは、突然の事と怒鳴なれ、胸倉を掴まれた事で、怒りと言う名の生気が、少し戻ったかのようだ。

 そこにキリトもきた。

「……アンタがへたれてたら、アンタの隊はどうなるんだ! 今は、仲間の命も背負ってんだぞ!」

 そう言うとキリトもリュウキと共に前に立った。

「あの広場での勢いと同じ様だ、……一度でも、やられたら動けなくなるってか。お前は」
「ぐ……! おどれぇ……!!」

 完全に敵意を向けられている様だが、それでいい。怒りは絶望に勝るからだ。絶望のままに沈むよりは、何倍も良いのだ。

「動けるんなら、センチネルくらいは捌け。この場合のパターン、最後の足掻きと言う事で、センチネルのPoP率が異常に増加する。……間違いない。下手っていたら、もう助けられないぞ」

 リュウキはあたりを見渡しそう言う。 確かに、先ほどまでは1度に出現するのは3体が上限だったんだが、4、5と徐々に増えてきている。

 もう、全員がBOSSにだけ集中できないほどにだ。

「なんやと! なら……お前らは逃げるつもりかい! 俺らをおとりにして!」
「んなことするのは三下がすることだろうが。お前と一緒にするな……。殺りにいくんだよ。これはディアベルの最後の遺言だ。命をかけた、な。答えなきゃ……」

 リュウキは、BOSSを、コボルトの王を見た。その視線から、途切れた最後の言葉をキバオウは感じ取れた。『答えなきゃ……男じゃねぇ』と、言っている様だった。

「オレも同じだ。……リュウキ、お前には負けない」

 キリトもリュウキの隣に立った。

 そして、リュウキとキリトの左右にレイナとアスナも集まってきた。

「私も、最後まで一緒に戦う。ここで、ここまで来て、逃げてられない」
「勿論私だって、同じ。……最後までやる」

 アスナとレイナも共に来てくれた。
 2人からも、強い意志を感じる。
 それは、デスゲームと化したこの世界で何よりも必要なものだと思える。何より、プレイヤーの死を見てしまったのに、その意志は萎える事がないのだ。

「そうか。なら、……命懸けろよ? これまでの戦いよりも。この数分、数秒間の戦いで。……お前ら、懸けられるか?」

 リュウキは振り向かずそう聞いた。その返答は直ぐに帰ってくる。

「当たり前だろ」
「この世界に負けたくない。たとえ死んだとしても!」
「同じ……! 私も負けたくない! 大切な人が側にいるんだ。怖くなんかない」

 皆、覚悟はある様だ。
 レイナの言葉に、アスナは はっ としてレイナの顔を見る。信頼している、そんな顔をしているのが判る。そう、今まで共に戦ってきた時の顔だ。……見る事ができて、また見る事ができて良かったと、アスナは思った。そして、勿論 コレからの戦い。必ず生きて帰る。その為にも命を懸ける。
 
 強い意志と覚悟を決めた。

 リュウキは、皆を視て安心していた。

 乱戦である今、ディアベルの遺言でもあった、全員を助けるのは難しいだろう。そして、まだ戦意を喪失しているプレイヤーも多い事も致命的だ。つまり、これ以上の被害を抑える為には限りなく早くにあの暴れているコボルトの王を倒さなければならない。

 確かに難題だ。だけど、約束したのだ。一方的だったかもしれないし、返事を返す事も出来なかったが、約束をした。

「よし……、なら 今から少し無茶する。……今、皆を助けるには この方法しか、これしかない」

 リュウキはそう言うと、再びコボルトの王の方を見た。
 
 キリトたちは何をするのかわからなかったが、頷いていた。リュウキの事は信頼出来るからだ。

 それは、付き合いはまだ短いが、アスナ・レイナの2人もそう思っていた。その視線は鋭く、寒気すら感じる。怒りの意志も感じるその視線の先にはコボルトの王を見定めていた。
 今だ4段目のバーは一向に減っておらず、まだまだ暴れまわっている。プレイヤー達は必死に持ちこたえてはいるが、崩れてしまうのも時間の問題だろう。
 
 殆どのメンバーのHPゲージが、半分を切っているのだから。つまり、全員が注意値(イエロー)なのだ。

 それを確認すると同時に、リュウキは眼をつむり、すぅぅ…… と大きくリュウキは空気を吸い込んだ。
 あまりに長い吸い込み、長いそれはまるで空間の全てを吸い尽くす勢いだった。

 軈て、吸い込みは止まった。

「……皆、耳を塞いでろ」

 短くそう言う。吸い込んだ空気を逃がさない様に素早く。
 皆は、何を言っているのか、よく判ってなかった様だが、何とか理解し、耳に手を当てた。今は周囲に敵がいない状態だから、良かっただろう。

 次に、リュウキは、一気に吸い込んだ空気を吐き出した。怒り意志をもって。



『お前の相手はこのオレだァァッ!!! かかってこいやあああああァァァァッ!!!』




 吐き出された言葉。……いや、言葉とは言えないだろう。それは咆哮とも取れるその声量だからだ。この場を、このフロア全体を震えさした。エフェクトさえ発生する程である。

 突然の雄叫びに、その場の全員が脚を止め、発生源を見ていた。

 それはコボルトの王も例外ではない。

 目をギラつかせてこちらを見ていたのだ。その瞳に入ったのはリュウキの姿。挑発行為と受け取り、どうやら、次の標的を決めたようだ。目的の通りに。

「なななっ……」
「何て……声なの……?」
「耳イタイ……」

 彼が放ったのは《デュエル・シャウト》。主に敵の増悪値(ヘイト)を煽り、気を自分に向けるスキルだ。パーティプレイでは必須だとも言える。
 
 だが、ここまでのものを、キリトは知らない。

 全体に轟きわたるデュエル・シャウトなんて、訊いた事も無いし、寧ろあったとしても試す気にはならない。何故なら、通常であれば1体に仕掛けるのがセオリーだ。明らかに格下相手であれば、やれなくもないが、そうなればする意味合いも無い。

 こんな強敵達相手に、自分自身に一手に引き受けるなんて。

 暫く皆は驚いた表情をしていたが、直ぐに取り戻した。なぜなら。


「グルアアアアアアアア!!!!」


 リュウキの挑発(デュエル・シャウト)、それに答えるように、センチネルを引きつれ、飛び出してきたからだ。


「成功。相手はかかった。来るぞ」

 リュウキは、一息つくと 改めて武器をかまえ、敵を見定めた。

「む、無茶苦茶だな……、懐かしい気もするけど」

 キリトはため息をしながらも、剣を構えなおす。

「さっき言っただろ? 少し無茶をすると」

 リュウキは、軽くそう言った。

「それでも、あんな声出すだなんて思わなかったよ……」
「そーだよ全く……。耳が壊れるかと思った」

 レイナとアスナも耳を抑えていた。けれど、もう手を離し、腰にかけている細剣(レイピア)の柄を握り締めていた。

「そいつは悪かったな。だが、詫びは後だ。……ここからが本番だからな!」

 半死半生に近いプレイヤー達には目もくれず、こちらへと迫ってきた!

「行くぞ!!」

 リュウキは再び声を振り上げる。


 それに続く様に、4人の戦士は飛び出していった。


 ここに、コボルトの王との第2ラウンド。……いや、最終決戦が始まったのだった。








 

 

第22話 第1層攻略

 
 巨体からは考えられない速度で、跳躍する様に接近してくる。相手ステータス
 最終ラウンド・ファーストコンタクトは、リュウキの剣がコボルトの王の野太刀を弾く所から始まった。
 リュウキが野太刀を弾き上げると、その背後にピッタリと付いていたレイナが素早く反応する。

「スイッチ!!」
「任せてっ!」

 リュウキの言葉に間髪いれずにレイナが飛び出し、腹部へとリニアーを撃ち放つ。間違いなく絶好のタイミングでの一撃だった。だった筈なのだが。

「ッッ!! 不味い、また変わった(・・・・)! レイナっ避けろ!!」

 普通であれば、敵の攻撃を、スキルを弾くはスキルだ。故に使用後には硬直時間が発生する。……リュウキは、それを殆ど無視する様に動く事が出来る。不正とも言える力だと思えるが、今、このBOSS相手にはそうは言ってられない。

 だが、相手の一撃の攻撃があまりにも重く、普段の様に行かなかった様だ。

 相手の攻撃も弾く事は出来た。だが、それは甘く、レイナの早い一撃を喰らいつつも、相手が反撃をしてきたのだ。リニアーによる一点集中の突きもまるで意に返さない。

「レイッ!!!」

 そんなレイナを見たアスナが飛び出し、そして横から抱きかかえるように、レイナを庇った。レイナがいた場所に武器が振り下ろされるが、床面に大きな傷を作るだけに留まった。
 アスナの咄嗟の判断が功を成し、レイナに直撃する事を避ける事が出来たのだ。

「アスナッ!」

 キリトの視点からでは、避けられたかどうかが判らなかった。だが、直ぐに大丈夫だと判断した。2人はしっかりと立っているからだ。アスナとレイナ両名ともダメージは無かったが、防具の1つ、延長上にあるフードが完全に壊れ、素顔に晒された。

 アスナとレイナ。

 彼女達は、やはり姉妹だった。……それが一目で判る容姿だったからだ。
 目や鼻。口など、僅かには違いがあるかもしれないが……それも判らぬ程に似ている。鮮やかなで透き通るような栗色の髪。違うのは髪の長さのみであり、さながら双子のようだった。

 そして、キリトが攻撃を受け止めてくれている間に。

「「せやあああ!!!」」

 2人の細剣スキル《リニアー》がコボルトの王の胸部を貫いた。その剣先は見る事が出来ずまるで閃光の様な一閃だった。

「ガアアアアアアアア!!!」

 だが、コボルトの王は、直撃したと言うのに、殆どHPは減っていない。……呻き声を上げるが、大して衝撃も無いらしく、遅延も発生しない。故にすぐさま反撃が返ってきた!

『逃げ切れない!!』

 レイナはそう悟った。そして、相手が狙っているのは自分ではなく、自分の最愛の姉にその凶刃を向けられていたのだ。ディアベルの命を奪った一撃が姉に向けられているのだと言う事も判った。

「……お姉ちゃん!!」

――今度は……今度は……!!

 レイナはアスナの前に立った。同じくスキルを使用し 硬直時間が発生しているのにも関わらず、レイナはアスナより、相手よりも早く動けていたのだ。

「なっ!!」

 アスナは目を見開いた。妹が、自分を庇おうとしてるのが判ったから。驚き目を見開いた。
 
――……レイナの想いは一つ。

 あの時(・・・)は、姉に助けられた。だからこそ今度は。

――……今度は私の番だから、お姉ちゃん。

 その巨大な野太刀が、……彼の命を奪った凶刃が妹に襲いかかる。それを見たアスナは、半狂乱に成りかねなかった。瞬きすら許されない刹那の時間だったが、確かに叫ぶ事が出来た。

『妹を、助けて』

 と。
 その、瞬間だった。

 人を斬りつける音じゃない。凄まじい金属音がしたかと思えば、コボルトの王の野太刀が跳ね上がったのだ。まるで、鋼鉄の盾か何かに弾かれたかの様に。

「おい」

 低く重い声が同時に発せられる。
 アスナの前に、レイナが。……そして、レイナに凶刃が振り下ろされる寸前に、止めたのは、弾いたのは()だった。

「……オレのパートナーに、何してくれてるんだ」

 凶刃からレイナを守ったのは、リュウキの一閃だった。
 そして、リュウキにもレイナ達同様にフードが無くなっていた。これまでの激闘の最中で、最も耐久値が少なく 大した役割も持っていないフード。故に耐久値が無くなり、布製だと言うのに青い硝子片となって、砕け散っていたのだ。

 
 その鮮やかな銀髪が泳いでいた。

 アスナやレイナ達の様な栗色の髪にも負けていないかの様な鮮やかさがそこにはあった。


「グルルル…………」

 リュウキに弾かれたその時、コボルトの王は、追撃の構えを取る訳でもなく、ただ弾かれた剣を見ていた。何かを気にするかの様な素振りだ。

「………なんだ??」

 キリトはその行動の意味が判らない。全てのモンスターはアルゴリズムで動く。故に大体は決められたパターンで動いている。度々にリュウキが《変わった》と叫ぶのは、恐らくそのパターンが変化した、これから変化する事をさしているのだろう。
 何故、そんな事が判るのかは判らない。予備動作を見て判断するならまだしも、見切るのが早すぎるのだ。

 だが、今はそれについては構わない。頼りになるからだ。今、重要なのは、あの暴れている王が何故、おとなしくなってしまったのか、なぜ、そんな行動するのか、だ。

「キリト。あの野太刀を弾く(パリィ)する時、……後少し、10cmほど根元にずらせ。もう少しだ」
 
 考えを張り巡らせていたキリトを、戻したのはリュウキは短い説明だった。相手ももうおとなしくはしておらず、次の攻撃の構えを取っていた。

「レイナとアスナは、胸部は胸部でもあのポイントより、まだ若干下だ! アイツの腹、あの模様のど真ん中を狙え! 行くぞ!!」

 キリトは勿論、指示を受けたアスナとレイナも、なぜその場所を? 攻撃なんて、防具部分以外だったら、何処をしても同じじゃないのか? と聞こうとしたが。そんな暇は無かった。
 相手はもう既に始動しているから。

「わかった!」
「ええ!!」
「うん!!」

 3者、全員が頷きながらリュウキに続いた。その巨体がリュウキに迫る。

「……そのパターンは視えてるぞ!」

 リュウキは繰り出す斬撃を掻い潜り、丁度下側から、斬り上げを放つ様にスキルを発動。先ほどキリトに説明した野太刀の部分を切りつける。
 けたましい金属音が響き渡り、野太刀を弾く事に成功した。

「グルッ!!」

「今だ!! キリト!」

 リュウキはキリトに向かい叫んだ。

「任せろッ!!」

 その声に反応したキリトは、先ほどリュウキに言われた野太刀の位置。実演もしてくれている部分を正確に斬りつけた。敵の身体に攻撃を当てても良かったのだが、あまりにも体勢を整えるのが早すぎる故に、2度の衝撃を武器に与え、攻撃は彼女達に任せたのだ。

 野太刀に直撃した、キリトの一撃(ソードスキル)で野太刀に僅かながら ひびが入る。

「せいっ!!!」
「やあっ!!!」

 更に野太刀を吹き飛ばされてしまい、2人のリニアーを回避する事が出来ないコボルトの王は、まともに胸部付近にある模様のようなものの真ん中を2本の細剣で貫かれてしまった。


「ギュアアアアア!!!」


 コボルトの王は、これまでに無い叫びを上げた。叫び、と言うより悲鳴に近いだろう。明らかに苦しんでいる。

「よし……! なッ!!」

 リュウキはまた目を見開く。また、変わった(・・・・)のだ。
 
 コボルトの王は、苦しみながらも己の武器である野太刀を素早く左手に持ち替る。
 そして、読めなかったのは次の行動だ。 空いた右手をぎゅぅと握り絞り、拳を作ると ボクサーのボディブローいや、ボディアッパーを打つかのようにリュウキの腹部に狙いをつけていた。そして撃ち放たれるのは、まさに一瞬。

 その人間を軽く握りつぶせそうな大きさの拳が、リュウキの腹部を穿った。その衝撃が突き抜け、リュウキの身体は九の字に折れる。

「な、ぐっ……!! があっ……!!!」

 衝撃を受け流す様な事もできず、防御体制にも取れず、吹き飛ぶリュウキ。それに巻き込まれる形で、キリトも共に吹き飛んだ。

 数m吹き飛ばされ、今接近出来ているのは、アスナとレイナの2人だけだった。

「リュウキ君!!!」
「ッ!!!」

 レイナは、攻撃されたリュウキを見て、駆け出した。アスナも同様だった。思い返すのはディアベルの事。吹き飛ばされた彼は……あのまま、物言わぬ姿に変えられてしまったから。

「グルルルル……!」

 コボルトの王は、決して待ってくれない。それなりに行動制限があるスキルだったのか、或いは、アスナとレイナの攻撃が答えたのか、……若しくは、ただの余裕なのか。判らないが、これまでよりもゆっくりと近づいてきた。

 そして、野太刀を高く振り上げる。

「くっ!」
「させないっ!!」

 レイナとアスナは細剣を重ね、受け止めようとした。あの武器は受け止める様な武器じゃない。先端が細く、研ぎ澄まされた剣。一点攻撃に優れているものであって、受け止める様な事は難しい。それでも、避けたり、逃げたりはしない。レイナは特にだ。

――……だって 言って、くれたから。

 渾身の力を込め、受け止めようとしたその時だ。


「うおおおおおおッ らあぁぁぁっ!!!!」

 雄叫びと共に、突然巨体が横切り、コボルトの王の野太刀をかち上げた。野太刀にも負けない迫力で放たれるのは、大斧(アックス)

「これ以上ダメージディーラーに(タンク)役をやらせられるか! いってやれ! B隊! HPがグリーンのヤツは来い!」

 2人の前に、入ってきたのはエギルという名のプレイヤーだ。そしてエギル声に反応し、B隊が飛び掛る

「すまない……」
「ありがとう」

 リュウキとキリトは、エギルが入ってくれた事にもちろん気づいていた。そして。

「レイっ!」
「うんっ!」

 アスナとレイナの2人は、すかさず アイテムストレージから、ポーションをオブジェクト化した。それをまるで、細剣の様に構えると、閃光の速度で、更に正確に レイナはリュウキの、アスナはキリトの口に思い切り、刺し込む様に突っ込んだ

「むぐっ!!」
「ぐむっっ!!」

 2人は思わずむせてしまった。強引に喉を通るポーション独特の味。お茶にオレンジを交ぜたかの様な風味が口の中に広がる。
 
「し、しっかり! リュウキ君っ!」
 
 レイナは心配をしていた。でもリュウキは軽く手を叩く。

「大丈夫だ。ありがとう」

 その言葉を訊いて、そして彼のHPが回復して言っているのを見て、安心した。

「ちょ……ちょっと 驚いたが」
「贅沢言わない。……危なかったんだから」
「あ、ああ。ありがとな」

 キリトも、驚いていたのだが、回復してくれたのは事実だから、礼を言っていた。キリトはただの余波を受けて吹き飛んだだけだったから、そこまでHPは減少していなかった。だから、体勢を整え直すと、直ぐにリュウキの元へと寄った。片手には ポーションを持っている。
 レイナの後に、今度はキリトが無理矢理口に突っ込んだ。

「んぐっ!? おいキリト、自分の回復をしろよ」
「馬鹿言え、あの一撃は下手をしたら致命傷(クリティカルヒット)だったぞ! HPを誰よりも減らしてる癖に馬鹿を言うんじゃない」

 キリトはそう答えると、自身の剣を持ち直した。

 まだ休んでいられるような状況じゃないからだ。あの相手には一対多数のスキルを持ち合わせているのだから。

「駄目だッ! アイツを囲むな!!」

 キリトの叫び響く!あの刀スキルの中には、周囲を囲う敵を一掃するスキル≪旋車≫があるからだ。

 360°の重範囲攻撃。

 相手の予備動作(モーション)から、それを狙うのが見えた。

「レイナ、キリト。回復すまない。 アスナもありがとう。……行くぞ!!」

 リュウキはそれを見て、素早く立ち上がった!

「ああ!!」

 キリトもリュウキと共に向かった!

「さっき言った場所はあの武器の急所だ! ソードスキルを当てる! 行くぞ!」
「ああ!!!」

 2人の剣が交差する。


「「とどけええええええ!!!!!」」


 2人の息を合わせるように、ソードスキル《バーチカル・アーク》を放った。
 正確に放たれるソードスキルはコボルトの王の野太刀に当たる。丁度、重範囲の攻撃をしようとした事もあり、カウンター気味に直撃したキリトとリュウキの剣。
 
 何より、リュウキが視た武器の位置は武器の急所(ウィーク・ポイント)だ。

 その場所に当たったと同時にそれ(・・)は起こった。
 通常なら滅多に起こりえない、極稀とされる現象が起きる。
 それがフロアBOSS相手ならほぼ不可能だと言える現象。

 巨大なBOSSの野太刀がキリトとリュウキが攻撃を当てた、根本から野太刀がへし折れ 硝子片となって砕け散ったのだ。

「……よし」
「な……! マジか。アレが折れるとは思ってなかった」

 リュウキは、狙いが完璧に嵌り敵の武器を無力化できた事の結果を見て軽く拳を握り締めていた。キリトの方は、まさか武器が、それもあの巨大な野太刀が折れるとは思ってなかったようで、驚いていた。

「凄い……」
「うん……」

 アスナとレイナの2人も驚いていた。そして、それと同時にリュウキが指示した意味が判った様だ。彼は、見切ったらしいのだ、この短い攻防の間にだ。息を合わせたスキルの交差も凄いと思ったが。


 ……まだ終わりではない。


「アイツには、エクストラスキルの《体術》もある! 気を抜くな!」

 リュウキはキリトにそう言うと、素早く構えた!

「ッ、ああ!!」

 キリトも考えるのは止めて、同様に構えた。


「キリト! レイナ! アスナ! 最後は一緒に頼む!!」


 リュウキは、走りながら叫ぶ。

「わかった!」
「了解!」
「任せて!」」



 それぞれ、力を武器に込める。それは、ただのシステムアシストに過ぎないのかもしれない。だが、自身の持つ力の全てを込める事が無意味だと言うのはこの時、誰一人として思わなかった。

 そして最早、武器を持たず、攻撃を防ぐことの叶わない裸の王(コボルトの王)の身体を斬りつけた。

「まだまだぁぁ!!!」
「せいっ!!!」
「やあっ!!!」

 レイナとアスナのの突き、そして、キリトとリュウキの切り裂き。BOSSのHPゲージがドンドン減っていく。

「これは、さっきの礼だ。受け取れ!」

 リュウキはBOSSの身体を切り上げた、その巨体が天井高くまで弾き飛ぶ。

「「ああああああああああああ!!!!!!!!」」

 リュウキとキリト。

 2人は高く飛び上がった。両雄の剣は、コボルトの王の左右の脇腹から切り込み、その太刀筋は 頭部にまで及んだ。丁度剣が、頭に到達したその瞬間。

「ぎゃああああっ!!!」

 断末魔の叫び声と共にその身体は光り輝くと。巨体は鮮やかな青い硝子片に変わり、砕け散った。


 そして、勝利の演出BGMだろうものが場に鳴り響き。

《Congratulions!!》

 その文字が高々と浮かび上がっていた。

 

 

第23話 ビーター



 BGMだけが、陽気に流れるこの空間。誰1人、それを訊いている者はいないだろう。皆が暫く場に沈黙が訪れていたが。

《Congratulions!!》

 その文字、それを目の当たりにした皆は漸く実感してきた様だ。あの巨体はいなくなり、取り巻きであるセンチネル達も全て消失しているのだ。

「やった………」

 1人が、そう呟く。それが始まりだった。


『うおおおおおお!!!』


 場を揺らせる歓声が一斉に沸き起こった。堪えていたモノを一気に吐き出す様に。

「うおお!! やったぜええ!!」
「倒したぁぁぁぁ!! オレ達の勝ちだぁぁ!!」

 皆が喜び合っていた。死闘決着した事で 緊張も抜けた。安堵感が生まれてきたのだ。

「……ふぅ」

 リュウキは、膝を軽く払い立ち上がると、キリトの傍に寄った。

「……強くなったな。キリト。ナイスだ」

 そう言って手を差し出し、キリトの手をとって引っ張りあげた。

「ははっ……前とは違う。言っただろう? ……次は負けないってな。 だけど、やっぱり遠いなぁ……、リュウキは」

 キリトは起き上がると、拳を出した。リュウキも軽く頷くと同じ様に拳を作り。 
 
 コツンっ、と互いに当てた。

 丁度その時だ、キリトのウインドウが可視化され、見えたのは。

「ん、それは……?」

 リュウキは、少し驚いている様だ。それを見て、キリトは軽く苦笑いをする。

「ああ……、LAだろうな。……俺になったみたいだ。何か悪いな……」

 フロアBOSSを倒した者、最後の一撃を与えた者に与えられるレアドロップ。街で売っている代物は勿論、通常のモンスターのドロップやトレジャーボックスで手に入る物よりも遥かにレア度は高く、高性能の物、だからこそ、狙う者は多かった。

 因みに、リュウキが驚いていたのは 次の部分。

「いや、違うんだ。驚いたのは、キリトにも(・・)あった、と言う事だ。オレのにも有るんだよ。それ」

 その言葉を聞いてキリトも驚いていた。可視化されたウインドウを動かし、リュウキはそれをキリトに見せた。
 確かに、《last attacking bonus》と表示されている。間違いないだろう。
 だが、文字通り最後の一撃、それのボーナスなのだ。2つ出るのは矛盾している。 

「同時撃破だったから……? 多分だがそれでだろうな」

 リュウキはそう言う。2人の剣がピタリと同時にヒットし、そのダメージでHPを減らしたんだとすれば、非常に難しいタイミングだが、ありえない話じゃない。その場合はランダム仕様でもおかしくないのだが、こう言った場面を考えて製作したのだろうか。

 キリトのユニークアイテム(専用アイテム)は。

 《コートオブミッドナイト》と表示されている。
 名の通り、漆黒のコートだ。

 そして、リュウキが。

 《コートオブシルバリースノウ》。雪の白と銀の色、即ち白銀。

 漆黒と白銀のコート。

 随分と対照的な色だと思えた。そして、リュウキは自身の髪の色に丁度良いな、とも思っていた。

 その時。

「お疲れ様」
「うんっ!お疲れ様!」

 アスナとレイナが近づき、そして、エギルも近づいてきた。

「見事な剣技だった。Congratulations! この勝利はアンタ達のものだ」

 勇戦を讃えに来た様だ。それを訊いて。
 
「……違うだろ? この場の全員の勝利だ。皆が抑えてくれてなければこうはいってなかった」

 リュウキはそう言い終えると、そっぽ向いた。

「ははっ……(コイツはシャイなんだ。……察してやってくれ)」

 キリトは、エギルに耳打ちする。

「あぁ。そんな感じだな。お前さんは違うのか? お前さんの剣技も素晴らしかったぜ。Congratulions」
「ま、まぁ…… 得意って訳じゃないけど……、なぁ?」

 エギルは納得したように笑っていた。キリトは自分もどちらかといえば、ネットゲームをソロでプレイする事が多かった為、そんな注目を集めたり、賞賛されたりするのは得意じゃない。……だけど、リュウキを見ていたら……まだ大丈夫だ、と思えるのだ。
 エギルもキリトが言っている意味に気づいた様だ。


 そして、その称賛の声はエギルからだけではない。


 他のプレイヤーからも上がっていた。

「いや、ほんとにすげーよ! お前ら!」
「助かったぜ!! ありがとう!!」
「そうだそうだ!よっ! 名剣士コンビッ!!」

 皆がそう拍手喝采。
 賛辞の言葉を送ってくれた。

 リュウキにとって、こんな経験は初めての事だった。

 疎まれる事は多くても、感謝されること等滅多にない。……これが純粋なゲームだったら判らな買ったけれど。 

 その時だ。

「なんでやっっ!」

 称賛の嵐の中で、響く声。  
 叫び声が……悲しい慟哭の様なものが聞こえてきた。その声の主は。

「何でディアベルはんを見殺しにしたんやっ!!」

 目に涙を溜めた……キバオウだった。
 そして、ディアベルと共に戦っていたグループも皆暗かった。当然だろう、リーダーを失ってしまったんだから。もう、二度とあう事が出来ないのだから。

「み……見殺し?」

 キリトは、聞き返す様に、呟いた。

「そうやろがっ! アンタらはBOSSの攻撃手段、しっとったんやないか!その情報があれば……ディアベルはんは死なずにすんだんや!」

 キバオウのその叫びが、フロアに響き渡った。それが響いたと同時にもう さっきまでの拍手喝采はなくなっていた。

 そしてキバオウに続く形で入ってくるのは、ディアベルのパーティにいたプレイヤー。サブリーダー役を勤めていた男、《リンド》。

「そうだ……! ここで、ここで、讃えられているべき人は、ディアベルさんだった筈だ!! お前は、お前達は、見殺しにした超本人だ」

 そこまで言えば、拍手どころか、疑惑の視線を向けてくるプレイヤーも大勢出来た。彼らがBOSSの剣を見切っていた事、知っている事、何故、それを教えなかったのか、と。

「《last attacking bonus》」

そんな時だ。……妙に流暢な英語が聞こえてきた。

「あんたは、あんたらは、ディアベルさんにLAを取られるのが嫌だったんだろ? だから、全てを隠して、見殺しにした。……図星、だろ? 元βテスターさん(・・・・・・・・)
「っ……!」

 リンドはその言葉を訊いて、俯く。

「本当、なのか……? おまえ、おまえらは……」

 怒りからだろう。身体が震えているのは、全てのベータテスターに対する。
 そして、リンドの前の男のその言葉には、何処か悪意が孕んでいる様にも思えた。ただ、疑惑を投げかけると言うより、争いを助長するかの様な言い方だったから。だけど、この時はどうすることも出来なかった。

 そして、その事に対しても疑問を投げかけるプレイヤーもいた。

「でもよ…… 昨日配布された攻略本にのっていたボスの攻撃パターンはβ時代の情報だ。って書いてあっただろ?彼が元テスターだって言うのなら、寧ろ知識はあの攻略本と同じじゃないのか?」

 その問いに一度は黙ってしまった、だが……ディアベルと共にクリアを目指していたシミター使い、リンドは憎悪溢れる一言が言えなかった。だが、悪意はまだ続く。
 あの流暢な英語を操る男。

「No。……違うな。あの攻略本が嘘だったんだろうぜ。アルゴって情報屋が嘘を売りつけて、そして アイツとお前らはグル。アルゴだって元βテスターなんだから、其れくらいは訳ないよな? 共謀して騙して、善意のふりでオレ達に偽情報をばらまいて、最後には美味しい所を持っていく。……It's scary。全く恐ろしい奴らだねぇ」


 争いを助長している様に感じるのに、この男には何処か説得力がある。疑惑の念がどんどん黒く場を染めていくのだ。

(……まずい、この流れは……。)

 キリトは危惧した。この場で……リュウキと自分だけが糾弾を受けるのならまだ良い。その矛先が他の元テスター、アルゴ達の様なプレイヤーにまで及んでしまえば。敵意が暴走すればそれこそ魔女狩りのような状況になってしまうだろう。中でもアルゴに関しては、危ない。アイツはベータテスターとビギナー達の橋渡し。アルゴ以上に、その役割を果たせる者はいないのだから。

(どうすれば良い? 何を言えば収まってくれる? 謝罪か? いや……駄目だ。他のプレイヤーにまで……上る)

 キリトは、考えを張り巡らせていたその刹那。

「………ッ! リュウ…キ?」

 リュウキがキリトの肩を叩いた。
 そして、……キリトはリュウキの目を見た。悲しげなその目を……キリトは決して見逃さなかった。リュウキは徐に移動して行く。まだ悪意が漂っているであろう渦中に向かって。


 その先には、今までずっと我慢して聞いていた3人。

 恐らくは誰よりも……この中で誰よりもこの戦闘の功労者は誰なのか。誰のお陰で生き残る事ができたのかがわかっている3人だ。礼を言う事はあったとしても、罵倒するような事は絶対に間違えている。

「あの人は、そんな人じゃないっ!!それに、アルゴさんだって、アルゴさんだって!なんでそんなことを言うのよっ!!」

 レイナがまるで絶叫するかの如く叫び声をあげていた。3人の中で一番先に声を上げたレイナ。
思い切り声を上げたせいか、肩で息をする。

「……あんた、なんでそんな奴の肩なんか持つんだ? あんたもグルなのか?」
「なっ!!」

 レイナの事をも標的に入れようとする。その事だけはアスナが我慢出来ないようだった。アスナが、そして隣にいたエギルも一歩前に出ようとしたその時だ。

「……馬鹿な事を言うな」

 低く、そして冷たい言葉が場に響いた。決して大きな声じゃないのに、よく通る、身も凍る様な声だった。

「冗談だろう? そいつは、正真正銘の初心者(ビギナー)。スイッチは疎か、パーティ申請のの仕方も知らなかった程にな」

 リュウキは3人の間を縫うように前へと出てきた。そして、疑惑の視線を向けてくるプレイヤー達に向かいつつ、続ける。

「……共にパーティを組んだからって、あまり懐かない事だ。そう懐いてしまったら、仲間だと思われるだろ? ……まぁ 初心者(ビギナー)だからこそ、判らないんだろうな。利用されたことに」

 リュウキは、ふてぶてしい表情のまま、そう答えた。

「それに元βテスターだって……? オレをあんな連中と一緒にしないでくれないか……?」
「な……なんだとっ!」

 そんな言葉を聞き、更に憎悪を燃やすメンバー。中でもリンドは、目に涙さえも浮かべていた。悔しさと怒りが混濁しているようだ。

「……お前らの足りない脳を最大限活用してみろ。そもそもSAOのCBTの倍率は、かなりのものなんだぞ? そして、受かったのは たった1000人。今回正式サービス人数の更に10分の1。 その中にどれだけいたと思う? 熟練者って呼べるものが? ……殆ど、レベリングの仕方も知らないような連中だったよ。……そう初心者(ニュービー)。中には新しい物好きの連中もいた。今日みたいな戦い方ができるお前ら達の方が遥かに優秀だ」

 それは侮蔑極まる物言いだ。この世界に来た、全てのプレイヤー達全員を。

 そのリュウキの言葉に皆が押し黙った。この部屋の空気は、まるでBOSS戦の時の様に空気が一気に張り詰め、緊張感を生んでいた。

 リュウキはそれを確認すると、意図的な冷笑浮かべ続ける。

「――オレは他の連中とは格が違う。あの時。β時代に 2ヶ月の期間で登った層は16層。 他の連中は付いてこれなかったよ。当然だ……。オレに付いて来たら来たで、何も出来ず即効で死ぬんだからな。そしてあのBOSSが使用していた刀、あれは10層の敵……だったかな? だから知っていたんだよ。初めから情報を渡せ……? 意図的に隠した? そんな事する必要さえない。 1層目のBOSS戦でいきなり10層レベルのスキルが出る事は、流石のオレも驚いたがな」

 軽く首を振ると、再び冷笑。……というより冷徹な表情に感じた。皆は本能的に悪寒が走る。この仮想世界で、同じ人間とは思えなくなってしまう程に。……そう、化物の様に感じるのだ。
 それは、信頼をし、戦いを終えた後に賞賛を送ったエギルも同じだった。

「それとな……エギル」

 リュウキはエギルの方を見た。

「ッ! ………」

 エギルは、リュウキに呼ばれて思わず押し黙ってしまった。今の冷徹な感じが、化物に感じたそれが、嘘のようだからだ。
 
 声、そしてその仕草から感じる、それ とは裏腹にエギルを見る彼の目は、『申し訳ない』と、そう謝っている様にも見えたから。

 驚いていたのは、エギルだけじゃない。言葉を遮られたレイナもそう、そしてアスナも。 でも、リュウキの顔を見たら、すぐに判った。それだけで、よく判ったのだ。

 リュウキが、彼らを見たのは一瞬だけ。更に驚愕の事実を告げた。

「アンタが手にした情報……1000コル分のな、アレの情報をアルゴに渡したのはオレだ」
「「「「!!!!」」」」

 リュウキのその言葉に、場にいた全員が驚いていた。怒りよりも、驚きが勝る程に。エギルの話後、あの攻略本は、皆が確認していたのだ。いや、エギルの話を聞いて、すぐに買いに行った者プレイヤーもいる。その内容は、β時代と今の差を主に書いていた。

 なぜ、こんな短期間でできるのだろうか? と、疑問にも思ったが、何人もいるのだろう。結論は勿論、βテスター達、大人数で稼ぐ為に行ったのだろう、と解釈をしていた。だが、目の前の男が1人で提供したといっている。

 そして、それは、嘘には見えなかった。嘘だとしても、嘘をつく理由が判らなかった。

「情報の売買を生業としているアルゴなんか目じゃない程にもってるんだよ。それに、あれは片手間で手に入れたものだ……。あの程度、安いものだ」

 最後にそうはき捨てた。……それを聞いたE隊のメンバーの1人が掠れた声で言う。

「なんだ……なんだよっ!それ!それ元βどころじゃねえじゃねえか!」
「そうだ……!もうチートだ!チーターだ!」

 チート……ゲーム上の不正な力。
 世界を捻じ曲げ、書き換えた力だ。オンラインじゃ、忌み嫌われる象徴だった。だが、そう言われても当然だと、この時リュウキは素で想っていた。《視えるから》。

 そして、それらの単語は徐々に重なり、βテスターとチーター。それらが合さり……。

 ≪ビーター≫

 それがリュウキに与えられた名、その名で定着してた。

「………オレの事をどう呼ぼうとお前らの勝手だが……、あまりセンスない風に言わないでくれよ。……そして、これからはオレを元βテスター如きと一緒にしないでくれ。熟練者は殆どいない。一緒にされたら、不愉快極まりない」

 そう言うと、背中を見せた。


――……これで良い。


 まだ、βテスターは600人ほどはいるんだ。そして、大部分がリュウキの言ったように、殆ど初心者。その中でも少数なのが情報を独占する汚いプレイヤーだ。ビーターとよんでいたが、まるで動物の名か? と思えるような名だったから嫌だったが、とりあえずは、今後元テスターだからといって、目の敵にされる事は無いだろう。その代わり恐らくは二度と前線でギルドやパーティなりに入れる事は無いといって良いだろう。情報の伝達は恐ろしいほどに早いからだ。

(―――……オレは元々ソロだ。1人でも問題ない。これまでも……そしてこれからも……)

 リュウキの中に僅かに寂しさの様なものも残っていたがそれを押し殺した。そして、キリトと共に入手したユニーク品。

 《コートオブシルバリースノウ》を装備した。

 体は光につつまれ……その次には白銀のコートにつつまれる。丈も随分伸び足元にまで達するほどだ。
そして、その白銀のロングコートをばさりと翻し、BOSS部屋の奥の小さな扉に向きなおした。

「第2層の転移門はオレが有効化(アクティベート)しておいてやる。そこからは、主街区までフィールドが続く。1層とは比べ物にならないMobが出るだろうから、今のザマでついてきたいなら、……死ぬ覚悟をしておけよ。初見で死ぬ様な連中は腐るほど見てきたからな」

 皆のほうに向いた。言葉は失っていたが、殆どが憎悪の目で見ていた。涙を溜めたリンドは、力の限り言葉を振り絞る。

「ふざけるな……ディアベルさんに謝れ……謝れよ!」

 ディアベルを心底信頼し、尊敬すらしていたリンドが叫び声を上げた。

「ビィィィィタァァァァァ!!!」

 喜怒哀楽の怒の感情が前面に現れる叫びだった。アバターの顔はその感情を正確に読み取り、憎悪溢れる表情になって、リュウキに叫び声をあげていた。


 あたりには、恨みの声が渦巻いているが、その中でも4人は違った。

「……なぁ? あんた達、あれが本心じゃない事くらい」
「っ!!もちろんよっ…… リュウキくんは……そんな人じゃないっ」
「言われなくてもわかってますっ!」
「っ……」

 エギル、レイナ、アスナ、そしてキリト。彼ら、彼女らは違っていた。

≪何もかも解ってくれていた。≫

 そのやり取りは、リュウキの耳には届いていた。他の者達の憎悪が渦巻く中で、はっきりと。

「ははっ………、最初で最後だったけど。良い仲間……持ったもんだな……」

 リュウキはそれだけで心が軽くなっていた。

 一度手に入れられてそれを失う喪失感は……酷いものだったが。見てくれている人がいて、理解してくれている人がいる。
 そんな人たちがいるからこそ、軽くなっていた。

 そして、主を失った玉座の通り越し、次層へと続く扉の光の先へと入っていった。


『爺や……安心して、僕……持てたから。……大切なもの。また会えたら……、帰れたら。話をするよ。この世界の事……』

 次の層へと続く光の道。
 その光につつまれながら……リュウキはそう考えていた。








「リュウキ………ッ!」

 キリトは、リュウキが見えなくなった後、漸く正気を取り戻し、床を殴りつけた。

 ……キリトは後悔をしていたんだ。

 彼も……キリトもリュウキと同じコトを考えていた。だけど……自分の身に何が起こるか予測が付かない。最悪、同じプレイヤーに闇討ちされる危険性だってある。モンスターに殺されるのならまだしも、同じ境遇の人間に殺される可能性すらあるのだ。だから……直ぐに実行できなかった。

 怖気づいてしまったんだ……。

 何が起こるかわからないから……。ゲームに殺されるんじゃなく……同じプレイヤーに殺されるかもしれない。だから……、どうしても最後の一歩を踏み出す事が出来なかった。

 そして、それを見越したように、リュウキが行った。

 ディアベルの残した言葉通りに。

 《皆為に》

 リュウキが、バラバラになりかけた仲間達を紡いだ。怒りを一点に向ける事で、他の元テスター達に火の子が降りかからないようにもした。
 初心者(ビギナー)達と元βテスター達の両方を、救ったのだ。

「ッ……。お姉ちゃん。私……ちょっと行ってくるね」

 レイナは、アスナにそう言う。

「え……?」

 アスナは、何を言っているのかわからなかった。ここから先は彼の言うとおり、敵もかなり力を増しているのだろう。ここはまず、街に戻って整えてからだと思っていたからだ。
 
 でもレイナは強い意志で続けた。

「私、彼とは付き合いは短いけど……少しは解っているつもり。だって、物凄くシャイで……そして、思春期っぽくない男の子なんだよ。……何かを、何かを、きっと抱えてる男の子。……直ぐに、1人にさせたくない。だから、少しでも話してくる。違う……私が話したいの!」

 レイナは強く訴えた。

「……うん。なら、私も行くわ」

 アスナは、妹を1人にすることは出来ない。だから頷いた。

「……オレも行こう。オレだって《元βテスター》だ。アイツ程じゃないが、2層くらいは楽勝で抜けられる」

 キリトもだ。いや、キリトはわざと大きな声で言っていた。非難を受けるのは、リュウキだけだったらあんまりだから。
 
 リュウキは、自分と違って情報も提供してくれていた。誰も死なない様に、と思って行動をしてくれていた。


――あの男が……最大の功労者なんだ。


 死者も、もしかしたらあいつがいなかったら、もっと増えていた可能性が高いからだ。エギルもリュウキの情報のお陰で命を救われたといっている。……それがエギルだけとは思えない。

「なら、オレの伝言も預かってくれねぇか?」

 エギルは、ニカリと笑うとキリトにそう言っていた。キリトは、無言で頷いた。

 そして、キリト、アスナ、レイナはその場からリュウキを追いかけた。その事と、キリトが言った元テスター・この2層くらいは楽勝の言葉。それらで、リュウキに向けられた行き場のない怒りをキリトにも向けられ。

≪ビーター≫

 その名をリュウキ同様につけられた。キリトはそれを一笑し、アイツの……リュウキの言っていた事は正しいとこの場の全員に告げると、その場から離れていった。


 

 

 

第24話 目指すべきもの


 3人は2層のフィールドである草原に入る直前にリュウキに追いついていた。 
 そこは、美しい夕日が照らす大草原。

「……キリトは兎も角。オレは、来るなと言わなかったか?」

 レイナとアスナの方を見てそう呟く。彼女達は殆ど初心者(ビギナー)も同然だ。確かに剣技は目を見張るものがあったが、それでも、あの戦闘後の2層目突入は危険の一言だ。

「えー、言ってないよっ! 死ぬ覚悟があるなら来いっていってた」

 レイナは フフンッ と一本とった。と言わんばかりに笑って言っていた。

「……そう、だったな。確かに厳密には間違いじゃない」

 リュウキは軽く笑っていた。来てくれたこと、それが素直に嬉しいのだろう。リュウキは、自分の気持ちにわかっていない様だったけれど。

「………。あなたに聞きたいことがあるから」

 次にアスナが聞きたいことがある様でリュウキの方を向いた。

「……ん、なんだ?」
「あなた……それにあなたも戦闘中に私の名前。呼んでたでしょ。何処で知ったのよ。……あれはレイ? それとも、アルゴさんから買ったの?」

 アスナはリュウキを、そしてキリトを見た後、レイナの方を見る。

「えっ? 私は、言ってないよ? 自己紹介はしたけどね」

 レイナは否定した。
 確かに記憶を張り巡らせても言った記憶はないし聴かれた記憶も無いから。そして、リュウキが名前をアルゴから買う様な事はしないだろうとも思う。

「え……?」

 キリトは……一瞬混乱した。だが、直ぐに理解した。彼女達は、スイッチ等の基本的なことを知らない。だから。

「ふぅ……」

 リュウキはレイナの方を改めて見た。訊いたのはアスナだったけど、傍にいたのはレイナだったから。それに、彼女も知らない様だ。

「………この辺りに自分以外の追加でHPゲージが見えるだろ? その下に何か書いていないか?」
「……え?」

 レイナはリュウキの指す先の方を見ようとするが。

「ああ、違う。顔を動かさず視線だけだ。顔を動かしたらゲージも動く」

 リュウキは手を頬にあてがいそういった。

「ぁ……////」

 レイナは思わず 顔を赤らめたが、視線を動かし、言われた方を見た。確かに、視界に表示されている。パーティとして登録申請した人数全員の名前が。

「リュウキ、Ryuki、ホントだ。あったっ。お姉ちゃんここにあったみたいだよっ!?」

 レイナは、そのままアスナを見た。顔を赤らめながら。

「………き……り……と。キリト? それじゃ これがあなたの名前?」
「うん」

 キリトも頷いた。どうやら、漸くわかったようだった。

「なぁんだっ。こんな所にずっと書いていたのね……?」

 アスナは表情が緩み、微笑んだ。

「あ……はは。お姉ちゃんが笑ったの久しぶりに見たっ」

 レイナも共に笑っていた。それを傍から見ていたキリト。本当に2人とも、凄く美人だ。
そして、そんな笑い顔を見たら、キリトも……見惚れるのを必死にこらえていたようだ。

 リュウキも、自然と笑顔になっていた。

 レイナは、本当に感謝をしていた。姉と、こうやって笑い合える日がまた来るなんて、と。
 
 そして、リュウキ自身もそうだ。
 笑顔にさせてくれたから。……自然に笑顔が出る様になったから。もう、そんな事二度とないと想っていたのに。

「あのね? リュウキ君。本当は、私あなたにお礼を言いに来たの」

 レイナがそう言うのを訊くとリュウキは、考え込み。

「……ん? ああ、風呂と寝床の事か?」
「ッ!!」

 お礼を言われるとすれば、一番それが当てはまるだろう。と、リュウキは思った。実際ものすごく感謝をされたから。

 そして、レイナは、本当に驚いていた。

(――まさかっ……! 2人の前でそんな事言わないでっ!)

 っとレイナが叫ぼうとした時に、アスナも同様に赤らめていた。どうやら……我が姉も同じだった様だとアスナは考えていたのだ。

「はは、ほんとに似たもの姉妹だな……」

 キリトは2人を見て笑っていた。そして、一頻り笑った後。

「そうね……。お礼は色々あるよ。……それに私はね? この世界で追いかけたいもの、目指したいものを初めて見つけたの」

 レイナは、リュウキにそう言った。

「へぇ……。それはどんな?」

 リュウキはレイナの言葉を興味深そうに聞くが。

「えへへ……内緒だよ」

 だが、レイナは教えてくれなかった。

「そうか、まあ、強制はしない」

 そして、リュウキは早々に諦める。簡単に諦められてしまって、正直レイナは、少し複雑だけど、まあ今は(・・)良い。と首を振った。

「ふふふ……奇遇だね。私も見つけたの。レイと同様にね?」

 アスナもそう言っていた。

「??」

 キリトの顔を見ているようだったが、わからないようだ。

「同じだね? お姉ちゃん。がんばろっ! 同じように目指した場所へいけるようにさ!」
「そうね……。がんばろっ! 一緒にさっ!」

 2人は互いに笑いあっていた。

「ふふ……」

 リュウキは安堵感につつまれる。この間言っていた言葉が本当に嘘のようだ。
 大切な人と別れたという言葉。本当に悲しそうな言葉だ。もうあんな姿は見たくない。

―――何故だろう……?

 そう強く思っている自分もいるんだ。こんな気持ち初めてだが。リュウキは不思議に思っていたがすぐに考えるのを止めた。

「……2人は強くなる。剣の技だけじゃない。強い心を持ってるんだから。この世界でそれが一番重要な事だ。……もし誰か信頼できる人にギルドに誘われたら断るなよ」

 リュウキはそう言っていた。

「ああ、オレもそれは思ってた。あの剣技……、凄まじかったもんな。……それでも、ソロプレイには限界がある。絶対的な……な」

 キリトもリュウキ同様強く推した。1人はダメだと。だから、必ずギルドに入れと。
 何か……その言葉に2人は寂しさを覚えた。自分達の事を思っての事、だとしても寂しさはあった。

「私はね……いや、きっとレイもそう、あなた達が歩いてきた道。そして、これから歩こうとしているところ……でもね。わたし……いつか」
「う……うんっ。わたしも……ぜったいに……いつか!」


『2人に追いついてみせる……』
『キリト君に!』『リュウキ君に!』



 その言葉……そこから先は口から出てこなかった。だが、2人は吹っ切れたように笑って。

「……じゃあ、またね。キリト。リュウキ」
「ありがとね……2人とも」

 そう言うと、第1層に戻ろうとしたその時だ。……開かれた扉の影に誰かがいるのを見たのは。

「え……?」
「あ……!?」

 近づいてみたら、直ぐに判った。大柄で、スキンヘッド。そんな人は1人しか知らない。

「え、え、エギルさんっ!!」
「いったい、いつからそこにっ!?」

 アスナとレイナは同時に反応していた。エギルは、バツが悪そうに頭頂部を掻くと。

「いや、これはだな……、《鼠》のヤツがどうしてもと言うから、仕方なく……!」
「ええ!! アルゴさんがっ!?」
「ってことは……」

 アスナとレイナは一気に顔を赤くさせる。情報屋が求めている物なんて、その名前に情報。とつくのなら何でもいい。金銭が絡むのであれば更に尚更。

「どど、どこから聞いたんですか!!」
「はくじょーしてーー!!」

 レイナとリュウキの2人に詰め寄られるエギル。流石に2対1は望むところじゃない様なので。

「あー…… えー……、許せ。Have a heart……!」

 そう言い残すと、これまたその巨体からは考えもつかない様な速度で、1層に続く階段を降りていった。ドタバタ、と効果音を発しながら。

「わっ! も、もーー!」
「エギルさんっ!! まって……ッ!」


 そんな3人のやり取りを訊いて、更に笑うキリトとリュウキ。
 ……本当に良い仲間に巡り会えた。この時心底リュウキは思っていた。キリトも同じだ。

「「……はは」」


 軽く笑うと、金色色の草原を歩いて行った。

 アスナとレイナは、その後ろ姿を最後に見収めると。

「ま、まって! エギルさんっ! 倍額、倍額払うよっ!」
「そ、そう! だから、アルゴさんにだけは言っちゃダメっ!!」

 エギルを追いかけて、1層へと戻っていった。



――その後、彼女達が情報を守れたかどうか、その詳細は省く。








 第2層の草原を歩いていく時、リュウキから話した。

「オレとしては、キリトにも言える事なんだが?」
「ん? 何のことだ?」
「さっきの、2人へのギルドに加入の件……だ」

 アスナとレイナも勿論だが、いくらキリトでも1人ではキツイだろうとリュウキは思っていたのだ。
16層以上、上に登っていないリュウキ自身にも、まだまだ不安が多いのだから。だが、キリトは鼻で笑うと自分もソロだと言っていた。そして、さっき自分自身も《ビーター》と呼ばれることになった事も。

「なるほどな…… 馬鹿だな」
「お前に言われたくないさ。たった1人よりは、協力者のポジだっているだろ……?」

 そう言い合うと今度は笑い合っていた。

 リュウキは、嬉しかった。『1人じゃない』とはっきり言ってくれたと感じたから。だから、キリトに軽く頭を下げた。……キリトにバレない様に、ひっそりと。






「……それで、キリトはどうするんだ」

 そして、リュウキは今後の事をキリトに聞く。

「オレは……、それよりリュウキ、さっきは……」

 キリトはその先の言葉がなかなか出てこなかった。あの時、一緒に言ってやれたら……と後悔しているのだ。遅れていう事、同じ境遇になる事は出来たが、それは後出しなのだから。

「……気にする事は無い。俺はそもそも、ソロでやってきたんだ。どうってこと無い」

 リュウキは考えを読んだようにそう言った。何より感謝しかないから。

「何でだよ……。ソロだと言うのなら、オレも同じだ。だから、あの時も……」

 キリトは真剣な表情でそう言っていた。1人じゃない、と言ってくれているだけじゃなく、自分の事が心配だ、といってくれている事が凄く伝わってきたから。

「……ありがとな」
「!」

 だからこそ、今度こそリュウキは礼の言葉をキリトに言った。それを訊いてキリトは目を見開く。

「オレは、そんなに他人と関わった事がないんだ。だから、他人の厚意とか……正直、よく判らない事が多い。これまで、判ろうとしなかったんだ。……だが、キリトがオレを心配してくれているのは判った。それに、皆もそうだ。……ありがとう。……レイナ達にも言っておいた方が良かったんだけど、な」

 リュウキはキリトに頭を下げる。今度ははっきりと、キリトの前で。

「何でお前が頭を下げるんだよ。礼を言いたいのはオレ達のほうなんだ」

 キリトもだった。互いが互いに言い合い、最後には笑っていた。

「さぁ……オレは前言通り、有効化(アクティベート)をしにいく。キリトはこの層を廻っておくか?」

 リュウキは一頻り笑った後、キリトにそう訊いていた。

「……ああ、そうだな」

 キリトは頷いた。

 だが、キリトは実は別のことも考えていたのだ。少しでも、この男との差を縮める。
 リュウキが2層の転移門を、有効化(アクティベート)している間に、……っと良からぬ事を考えていたキリトだった。
 勿論、その目を見たリュウキは大体察していた様だ。……そう言う類は鋭いのだろうか?

「まぁ……頑張れ」

 そう軽く返していた。その言葉を受け取ったキリトは、あのβ時代に嫌と言うほど味わった気持ちを再確認していた。そうこの感じは。


「やっぱり!嫌味くせえ!!!」

 
 キリトはそう叫んでいた。



「……この世界に来てさ。キリト。」

 リュウキは、第2層の空を、もうすっかり夕日は落ち……、星空の広がる空を眺めながらリュウキは言う。

「ん……?」

 キリトは、普段とは違うリュウキを見て、少し驚いていたが……そのまま聞き入っていた。

「オレは、向こうじゃ出来なかった事が出来た……ような気がする。それは、何にも変えられない事だ。……正直、感謝しているのはオレの方なんだ」

 そう言って……笑っていた。いつもの表情じゃない。
『ひょっとしたら、これがリュウキの一番 自然な素顔じゃないか?』とキリトは思っていた。

「そんな大それた事した覚えは無いさ。それに、感謝の度合いからいったら、間違いなくオレ達なんだぜ? 命を救われたんだからな。わかってないと思うが……俺ら以外のさっきの連中も」

 だから、キリトも自然にそう返した。見繕った訳じゃなく、本心の言葉を。

「………レイナやアスナ……そしてキリトにエギル。……こんなゲームだって言うのに……オレは…巡り……た………せ……だ」

 リュウキの最後の方は、掠れていて聞こえなかった。

「どうした……?」

 キリトは聞くが、それ以上リュウキは何も答えなかった。

「ははっ……。さて、オレはもう行く。アクティベートしてこの層を視て回らないとな……。また会おうキリト」

 右手を上げて横に振り、街の方へと歩いていった。

「ああ、また……な」

 キリトも同じように手を振っていた。先へと行くリュウキの背中。
 自分と同じで、そんなに大きくない。寧ろ大きさ的に言えば、小さく分類なのだが、……とても大きく感じる。

「この世界での目標か……」

 キリトは、アスナやレイナが言っていた言葉を思い出す。自分にも目指したい先は勿論あった。
 βテストの時から、ずっと思ってる事だ。……見つけた、追いかけた期間を考えれば自分の方が長い。だからこそ、頑張らないと行けないだろう。

「すぐに追いついてやるからな……リュウキ!」

 キリトは見えなくなっていくリュウキの方を向いて、決して聞こえていないであろう、彼の方を向いて、そう告げた。


 告げ終えると、キリトは第2層の広大な草原へと足を踏み入れていった。


 

 

第25話 脱兎の如く


~第2層・ウルバス~


 キリトと別れたリュウキはそのまま主街区のウルバスに向かった。

 そこは直径300mほどのテーブルマウンテンを外周部だけ残して丸ごと堀りぬいたような街だ。南のゲートから中へ入ると、その街特有のBGMで包まれる。次の街次の街で様々なBGMがあるが、大体は似たような感じだ。

 だが、層と層のBGMには格別に違うものがある。

 なんといえばいいか言葉は中々見つけられないが、『新しい層にきた!』と言う事実を新たにさせるのだ。到達感、達成感の類を擽られるのだ。

「まぁ……βの時に来たから、別に今更そうでもないが」

 そんな気持ちもリュウキにとっては、そこまででも無い様だ。β時代に少なくとも16回程は経験しているから、と言うのもあるだろう。
 そして、リュウキはあたりを見渡した。
 当たり前だが、プレイヤーは誰一人としていなかった。それもそうだろう。つい数十分前に第1層のBOSSを倒してきたばかりだから。
 今現在、この層にいるプレイヤーといえば、キリトくらいのもの。後は有効化アクティベートをすれば入ってくるだろう者たちだけだ。そして、有効化(アクティベート)はたとえ自分でしなくとも、各層のフロアBOSSが滅べば2時間後自動的に有効化(アクティベート)される。
だから、自分でしなくてもいいのだが……。

「まぁ……また、情報独占、とかなんとか……っていわれるもの嫌だしな。……遅れでもすれば 間違いなく疑われるからそのあたりはしっかりしないと……か」

 リュウキはそう呟いた。だが、厳密に後1時間以上は時間がある。……あの時BOSS攻略に参加していた連中は全員リュウキが2層に来ている事を知っている。そして、有効化(アクティベート)をするともあの時に宣言したのだ。
 その上で、実行しない……と言う事は、先刻のように、大勢の恨みや反感を買うだろう。付け狙われ、恨み事を事あるごとに言われ……、更には襲撃もされるかもしれない。
 流石それは、嫌を通り越す事だ。

「さて……」

 リュウキは転移門……と言うより、ただの石積みのアーチだが、それを見つけると、右手を伸ばした。
すると、その場所に鮮やかなブルーの光があたりを照らし出した……。そして、数秒たった後 転移し かなりの人数のプレイヤーがこの場所へ集まってきた。それに合わせて、NPCたちの演奏があたりに響き渡る。

 だが、もうそこにはリュウキはいなかった。

「あれ……? ここが開いたって事は誰かが有効化(アクティベート)してくれたってことのはずなんだけど……誰もいないな?」
「だよな? なんでだ?」

 そんな会話、そしてきょろきょろとあたりを見渡すプレイヤーが増えてきた。言動と行動で元βだと言うのがわかる。
 そして、あのBOSS戦には参加していないと言う事も。


 リュウキは、転移門前広場にある宿屋の屋上で見下ろしていたから、誰が来るのかよく判る。

「……そういえば、βのときもあったな。開通記念……NPC達の演奏を奏でるのが。……最後に見物をしていたのは確か、8層……だったか?」

 以前も言ったがあのβテストの時は、再度BOSS戦に挑戦と言う変わった仕様もできるようになっていた。開放されたのはリュウキの16層までだが、そこまで来るプレイヤーは殆どいないのだ。

 なぜならば、あの時に、連中に言ったとおり、上の層に来たところで直ぐに死んでしまうからだ。

 自らの強さレベルに合わない層だから仕方がないだろう。
 1000人中のベテランMMO経験者の連中が唯一ギリギリいけそうな場所が、キリトが主戦場にしていた第6層。ゆえにβの時は集まってきて、NPC達と一緒に騒いでいたのは6層目までだったと記憶している。

「……まぁ 騒がしいのは得意じゃないから良かったのかもしれないけど」

 NPC達が奏でる音楽、BGMを懐かしみながらも、特にそこまで興味のないリュウキはそのまま街中へと向かって言った。

 そして、転移門に背を向け そろそろフィールドへ、と向かおうとした時だった。転移門が再び光ったかと思えば、 “ビュンッ!!”と言う風切り音が離れていたのにも関わらず、聞こえてきて 見覚えのあるプレイヤーがかなりのスピードで街の南へと走り去っていったのだ。

「………ん?」

 確かに速い、だが 眼で捉えられない程の動き……と言う訳ではなかったから、リュウキは今のが誰なのか、はっきりと判った。それだけなら、別段驚きはしない。
 だが、驚いたのはそのプレイヤーの後を追って走って行く2,3人のプレイヤーを見かけたからだ。傍から見れば、いや 傍からでなくとも、見れば一目瞭然だ。
 リュウキは、屋上から見下ろしながら、考える。

「……それにしてもなんで《アイツ》が追われてるんだ? ……まぁ 何かしたんだろうけど」

 リュウキはそう呟く。
 そう、追われている。それが一番しっくりとくる表現だ。別に街中で襲われても別に危険もない筈だが、逃げている。なぜだろうか、その事がリュウキは、いやに気になっていた。

 その追われている相手もそうだ。

「………様子を見にいってみるか。」

 リュウキは向かう方角を変更し、その連中を追っていった。

 どうやら、街の外にまで逃げているようだ。つまりは、圏外に。

「まさか、いきなりPKなんて事はしないよな……」

 若干の不安が過る。
 厄介な相手だと言う事は判る。……けれども、死なれるのは困る。

 一応リュウキは、戦う事も視野に入れた準備をして、外へと向かっていった。


 

 

第26話 忍者?フウマ?


 リュウキは痕跡を見つけつつ、そして連中の後をつけながら考えていた。
 
 先ほど追いかけていた方の連中、あの第1層の攻略の際には見かけない姿だったからだ。上からだったし、そこまで長く見れた訳じゃないから、一概には言えないが。
 そして、それ以上に思ったのが、敏捷力(AGI)が相当高い奴らだという事。恐らくはスピード型。敏捷値(AGI)極上げステータスにしているのだろう。

「……《アイツ》の後を追い、且つ振り切れない程のモノだからな」

 リュウキはそう思いながら先へと進む。
 そして、その場所はウルバスの西平原。β時代は確かこの場所はどういうものだったか、とリュウキは記憶を揺り起こした。

「ん……大型の野牛モンスターの巣窟……だったな、このサバンナは」

 確かに、2層に来たばかりでは、かなり危険マップに分類されるところだと思い返していた。
 だが、リュウキは……今のレベルでも、まるで問題なしと判断したようだ。例えレベルが低かったとしても。全てを見切る事が出来ればどうとでも出来る。

 そして、更に先に進むと、ある事に気づいた。

「……足跡を見る限り……スピードが落ちているな。追いつかれそうだ」

 スキルで確認すると、スピードを上げた。
 足跡の一つの歩幅が極端に狭まっているのだから、同スピードならば、追いつかれてしまうだろう。……如何にリュウキにとっても、癖が有ると強く思える《アイツ》だからといっても、やられてしまうのは流石に目覚めが悪い。

 そして、少し小柄な岩山2つに挟まれた谷の奥から聞き覚えの有る声が響いてきた。


『………んだと言ってるダロ!この情報だけは幾ら積まれても売らないんダ!!』


 かなりでかい声は、岩山地帯に響いている。

 リュウキは、声を訊いて、軽くため息を吐いた。

 厄介なプレイヤーと言えば厄介なプレイヤー。だが……それ以上に頼りになると言えば頼りになるんだ。そう、先ほどの人影、そしてこの声の主は、情報屋の《鼠のアルゴ》だ。
 
 そして、あのお調子者が普段より3割増しで険悪な声を上げている。続けてこちらも刺々しい男の声が響いてくる。

『情報を独占するつもりは無い。しかし 公開するつもりも無い。それでは値段のつり上げを狙っているとしか思えないでござるぞ!!』

 声が、こちらも響き渡る。その珍妙な喋り方が。

(――――……? ござる?)

 アルゴに負けない妙な気配がを感じた。語尾に妙な気配を感じたのだ。

 とりあえず、リュウキは目の前の岩山、岩壁を登る。約5mくらいだろう。
 確かに難しい地形、場所だが、上れなくは無い。手早く上り詰めるリュウキ。声の発生源よりやや高い位置まで上りつめた。

 頭上と言う死角から 連中を視てみるためだ。

「って! 値段の問題じゃないヨ! オイラは情報を売った挙句、恨まれるのにはゴメンだって言ってるんダ!」

 アルゴは、そう言い返していた。
 確かにそれはあるだろう。ましてや、この生と死の世界。情報を売り、そしてその情報が元で壊滅的な被害にあったとしたら? そして、何より 死者まで出てしまえば?その出来事から、下手をすればトラウマになりかねないだろう。

 そして、如何に注意書きを書いていたとしても、逆恨みもあり得る。

 だが、それを聞いた男達は、決して譲らなかった。

「なぜだ! なぜ、拙者たちが貴様を恨むのだ!? 金は言い値で払うし、感謝もするといっているでござる!! この層に隠された―――≪エクストラ・スキル≫獲得クエストの情報を売ってくれればな!!」

 その言葉で全て察した。
 確かに、この第2層では初の《エクストラ・スキル獲得》のクエストはある。

 β時代だが、確かにあったものだ。
 リュウキは、少しばかり厄介なものだったと記憶している。《エクストラ・スキル》については主にNPCが教えてくれる。
 ただし、そのNPCは、この スキルを得られる層にはおらず、随分上の方に存在しているのだ。
 故に、経験をしていなければ、現段階では高確率で取得するのは不可能だろう。
 
 そして、アルゴが知っているスキルの解除の《フラグクエスト》を売れと言う話だろう。

 そう結論づいていた時、男達の声のボリュームがいっそうに増した。

「今日と言う今日は絶対に引き下がらないでござる!」
「そう! あの《エクストラ・スキル》は拙者たちが完成する為に絶対必要なのでござる!!」

 2人掛りで、アルゴに詰め寄るが、アルゴも負けてはいない。

「わっかんない奴らだナ!! なんと言われようと、《アレ》の情報は売らないのでゴザ……じゃない! 売らないんダヨ!!」

 アルゴはうつりかけてた、語尾を慌てて戻していた。
 
 語尾など、釣られるものなのか? と疑問に思ったが、リュウキは一先ず置いといた。なぜなら、アルゴの最後の拒絶で、ぴりっ……と空気に流れる緊張感が電圧を更に一段階はあげたからだ。

 戦って奪う様な勢いになりそうだ。

「ふむ……、他人のトラブルには、とは思うが 顔見知りだし、それに2対1は随分卑怯だな」

 リュウキは、そう判断すると、 約5m下にいる3人の間を狙い跳んだ。
 そして、砂埃を上げつつも、着地する。この程度の高さであれば、HPゲージが減らないのは確認済みだ。 そして、突然の来訪者に目を見張った男達は驚き声を上げた。

「――何者でござるか!!」
「おのれ! 他藩の一派か!」

 近づいてみたらよく判る。その2人組姿は……、そう あれだ。時代劇とかで出てくる、そう この容姿+語尾からも判るとおり。

 見たとおりの《忍者》だった。

 この世界には、職は無いから、そのコスプレのようなものだった。確かに、ビジュアルはその人々の好みに合わせて、選べるものだ。
 姿形を自身の希望に優先するのであれば……ステータスは保障しかねるが。
 そして、リュウキはその面子に身に覚えが有る。

「……お前らあれか。ギルドの……忍者軍団?」
「ちがう! フウマでござる!」
「そう! ギルド・風魔忍軍! のコタローとイスケとは拙者たちの事でござる!」

 リュウキは、簡単に裏が取れた。
 この連中は、元βテスターの間なら結構有名だと言っても過言じゃない。なぜなら、このギルド、この連中は性質の悪いことで有名だからだ。
 
 βテストの時…… 敏捷力AGIを極上げし、極端なスピード型の性能に仕上げ、攻略の際敏捷性AGI壁だけのめまぐるしい戦闘を繰り広げていた。……それだけなら 別に何も問題ないのだが、性質が悪いのはその先だろう。

 このギルドの面々は、どう教育?されているのか、危なくなるとその敏捷生(AGI)……ダッシュ力にものを言わせ逃走するのだ。

 それだけなら、構わない。だが、悪質なのは その上近くのパーティを見つけたら、モンスターのタゲをなすりつけてく。標的を見失ったモンスターは、他のパーティに標的だと向けられてしまう。
 悪質なPK行為。《MPK》 若しくは《トレイン》とも呼ばれる行為だ。
 だから、何をどう考えても悪のシノビギルドだ。下手をしたら《オレンジギルド》だろう。

「………ふぅ、相変わらずお前らは変わってないな」

 リュウキは、やれやれと苦笑いしつつそう発言した。その語尾もよくよく思い返して見れば聞き覚えがあるのだから。

「知っていつつその言動! おのれ! きさま拙者らを愚弄するか!」

 イスケが忍者刀、……じゃなくシミターへと手が伸ばした。その後、コタローと共に、2人はそのまま、リュウキへジリジリと間合いを詰めてきた。

(……オレとやるつもりか? 以前どんな目にあったか……。ああ、そうか アバターが違うからわからないか)

 リュウキは思い出していた。
 実は、彼らとリュウキは以前に対峙したことがあるのだ。アバターが変わっているからこそ、当初は自分も気付かなかったが、忍者の格好、そして その名前を訊いて思い出したのだ。

 出会ったその時も、奴らは他のパーティにモンスターを押し付け、逃げ去ろうとしていた。

 そこに通りかかったのがリュウキだ。 それを見るなり、モンスターを弾き飛ばし、退路を断ってやったのだ。その後の連中は、逃げるのを止め、死に物狂いで倒すことに成功、無事戦闘は終了したが、そいつらはリュウキに難癖をつけてきたのだ。

 最初から、倒せるだけの力量なら 戦えよ。と思ったリュウキだったが、まずその連中がこれまでにしてきた事を 端から順番に言っていた。

 そして、タゲを擦り付けらていれたパーティも全員が同意し、最早言い逃れできない空気にすると逆上した忍者軍団が一気に襲い掛かってきたのだ。

 その後は……どうなったか 説明するまでもない。

 結果的に言えば、リュウキのカーソルが“オレンジ”になってしまったが、誰も責める者は1人もいなかった。


「やれやれ……」

 デス・ゲームと化したこのSAOで、プレイヤー間での闘争はあまり好ましくないが、仕掛けられているとなればしょうがない。連中も命を賭けてまで……とまでは考えていないだろう。そんな根性がある連中なら、最初からそんな手段はしない。簡単にあしらって終わらそう、そう思い男達を見据えた時だ。

「ん……?」

 リュウキは、あることに気が付いた。それが事態を収拾することになるのだ。

「………おい、後ろ気をつけた方がいい」

 リュウキが指をさし、言うが、《あからさまな手》と思われたようだ。

「「バカめ!その手は喰わないでござる!!」」

 と、言われた。
 確かに、そう思っても無理ない事だけど……、益々ため息をすることになるリュウキだ。

「はぁ、忍者を名乗るんなら、背後の気配ぐらい察しろ……」

 呆れ果ててものも言えないとはこの事だろう。
 気配を感じる事は勿論この世界でもできる。こいつらの様に前にしか目がいっていなかったら、無理だが。

「何をい『ブモオオオオッ!!』おおっ!!!」

 背後にいた《そいつ》は、完全に射程距離範囲内に入った為、雄叫びをあげた。それで漸く自称《忍者》達は気が付いたようだ。
 自分達が置かれた状況を。

 新たなる闖入者。いや、闖入牛が現れた。

 この辺りを住処とする野牛。正式名を≪トレンブリング・オックス≫。
 肩までの高さは約2m半はある。その姿形から勿論。高い攻撃力とタフさを兼ね備えた前半の難敵に分類されるだろう。その上、ターゲット持続時間とその距離も長い。そして、ターゲットをその自称忍者たちに絞った猛牛は……。

「ブモオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 攻撃体勢のまま吼え、そして忍者の2人は。

「「ご……ごさるううぅぅぅッ!!!」」

 と、訳のわからぬ悲鳴と共に駆け出していた。
 だが、確かに忍者を自称するだけの事はある。中々にすばらしいスピードで街の方へと向かって逃げたのだ。だが、それは勿論持続時間の長いこの猛牛も負けていない。巨体に似合わぬ敏捷さで追いかけた。

 そして、そいつらがいなくなるまでの所要時間は約5秒。

「……多分 逃げ切れるだろうが、追いかけっこは随分続くだろうな」

 2人の逃げ足の速さ……敏捷性(AGI)とモンスターの敏捷性(AGI)
 それらを視た所……簡単には振り切れないと思っていた。如何に小悪党と言っても、これを最後に死んでしまえば……アルゴの時と同じで 流石に目覚めが悪い。


 とは言っても、アルゴの時の様に追いかけたりはしない。
 つまり、別段そこまで、リュウキは心配はしていない様子だった。


 

 

第27話 ひげの理由


 様子を見るだけ、と思っていたのだが、随分と騒がしかった。あの牛も忍者を追いかけ、忍者達も必死に逃げていく。……近くにプレイヤー達がいたら、危険だと思うが 流石に開通したばかりだし、準備も無く未踏破のフィールドに出てくる様な者はいないだろう。

 第1層で あれだけの犠牲者を出してしまったのだから、誰しもが心に秘めているだろう。情報不足で無理はしない、と言う事を。

 リュウキが暫くあの牛とニンジャ達が逃げて言ったほうを見ていた時だ。
 背後からの伸びてきた小さな2つの手が、リュウキの身体に手を回し、ぎゅっと包み込んだ。

「……なんだ? お前が怖かったとでも言うのか?」

 リュウキは、しがみついてくるアルゴにそう言っていた。

「……かっこつけすぎ、それに、クールすぎ……ダヨ。 リュー」

 いつもと違う鼠の言動に少しばかり驚くのはリュウキだ。……その言動は小憎たらしいそれじゃない。しおらしく折れてしまいそうな感じがする。

「そんなコト……されちゃったら、オネーサン。情報屋の掟を破りそうになっちゃうじゃないカ、リュー」

 アルゴは、一段と背中から抱きしめる力を上げた。だが、リュウキにとっては、何やら訳がわからぬことを言われてるとしか感じない。しおらしくは感じても、その言動からの本心は判らないのだ。
 なので。

「……ふむ、オ・ネーサンと言う名なのか? アルゴの本名は」

 そう真面目に聞いていた。その言葉を聞いたアルゴは、リュウキの背中にぴたっと付けているのだが、思わず離し、そして目を丸くさせた。

「……って違う違うゾ! ああ……そうだよナ。リューなんだかラ……。ハァ 仕方なイよなァ……」

 その後、アルゴはがっくし……と、項垂れ リュウキを包んでいた手を解放した。

「はぁ……こちらとしても調子が狂う……。いつものキャラに戻してくれないか? アルゴ。流石に順応しにくい」

 リュウキは、呆れた様子だったが、その実、あくまで冷静に対応(クール)だった。それを見たアルゴは、更に肩を落とす。

「うぅ……わかったヨ。……リューは少し乙女を勉強した方がイイヨ……」

 そう項垂れて言っているが、悪いがリュウキには判らない様子だ。首を左右に振って答える

「それは難問だ……。何度か言われた言葉だがわからん」

 だから、そう返していた。因みに、それは、爺やに言われていた事でもあるのだから。

「あっ……ソ。ワカッタヨ」

 アルゴは、早々に諦めた。
 説明をしようとしたら、膨大な時間を要すると察したからだ。まだ、あの牛がこの辺にいないとも限らない。ここは圏外なのだから。

「……それで? お前はなんでこんな事にって聞いてみたが、あれか……この層、そして《エクストラスキル》と言えば《体術》スキルの話か?」

 リュウキはアルゴに向き直してそう聞く。

「……やっぱり リュウキは知っているカ? その通りダヨ。あいつ等……忍者だからその完成で取得シタイ!! と言って聞かないんダ……」

 アルゴもうんざりとした様子だった。だが、リュウキには、益々わからない。

「……なら、なぜ知らないと言わなかった? それならば、付きまとわれる事も無いだろ?」

 そうなのだ。それは最もな事だろう。
 アルゴの言い方なら、『知っている。でも教えない』とストレートに言ってるも同然だ。そう言ってしまえば、相手側に追われてしまう事は判るだろう。それが、執着心のある連中なら尚更だ。

「……ムゥ、……それは情報屋のプライドが赦さなかッタんだ。いや、邪魔をシタ……というべきカ」

 アルゴは、何やら渋い顔をしながらそう言っていた。リュウキはそれを聞いて、漸く成る程、と理解できた様だ。

「……それで知っているけど売らないか。随分と難儀な性格だな。だが、お前がそんな気にするような事か? 職業柄、敵が多そうだが?」
「……情報を売った恨みなんか、三日も寝れば忘れるサッ! でも こいつは違うんダ! 下手すると一生続くんだヨ……!」

 そう言うと、アルゴはブルブルと身体を震わせていた。だが、それでもリュウキには理解できない。オーバー過ぎるだろ……、とため息を吐く。
 それと同時に、あのクエストの仕様を思い出していた。あのクエストは、一癖あったのだ。受けるのは自由だが、もし……クリア出来なかったら……。

 そこまで思い出した所で、リュウキは悟った。

「はぁ……、その珍妙な髭の正体が《あれ》だったのか。確かに、クリア出来なければ、ずっと続くものだが……。 一生続く? 少し大げさすぎないか?」

 リュウキはそう返していた。

 このクエストを受けた事はリュウキも勿論ある。

 説明すると、その際に、その体術を取得する際になぜかNPCのおっさんが、筆を用いて人の顔目掛けて筆を伸ばしてきた。……いきなりだった事と、かなりの速度だった事で、驚いたのだが、リュウキはわけなく、その筆を回避した。

 そして、回避してしまったが故に、クエストが一向に進まない。回避するリュウキと筆を振り回す体術を伝授するおっさん師匠。……正にエンドレスだった。

 システム上のNPC側が諦め、折れる訳も無いから、仕方なくリュウキの方が折れ、髭を書かせた。
 左右に3本ずつ伸びる髭、と言っても書かれるだけだから、実際に伸びている訳ではない。どうやら、それがクエスト・スタートのトリガーだったようだ。
 その後は、散々回避わされた癖に、そのおっさんは得意気な顔のまま、クエストが進行した時は複雑なものだったと記憶している。

「ははぁ……さすがリューだナ。見抜いたカ」

 リュウキがそう言った途端、アルゴの震えがピタッと止まって笑っていた。何か含みある笑みも浮かべている。

「それで! リューも行くカっ? 行くなら、案内も兼ねて、オイラも同行したいガ!?」

 訂正しよう。その笑みは、嫌な笑みだ。アルゴがよからぬ事を考えている時に、よくする笑み。さっきまでは渡さないの一点張りだったが、手のひらを返したようだった。だからこそ、その魂胆はリュウキにとっては、あからさまで、みえみえだった。

「……断る」

 リュウキはすっぱりと拒否。考える時間すら無し。0.2秒程で返す即答ぶり。当然アルゴは、かくっ と膝が崩れそうになっていた。

「えぇ〜〜? 何故ダヨぉ……? あれは、結構使えるヨ? スナッチされた時とカサ? 武器ガ無くなってモ 戦えるんダゾ〜?? 手数も増えル! リュー、もっともっと強くなれるんだゾー!」

 断られて妙に悲しそうにしているが、それでも嫌だった。

「そんな事、俺が知らないわけないだろう?それよりだ」
「にゃ?」
「……お前、オレの顔に書かれた髭を見る事が目当てじゃないか……?」

 じ〜〜っと、リュウキはアルゴの目を見つめてそう聞く。すると、アルゴはあからさまに視線を逸らし始めた。間違いないとリュウキは悟る。この情報屋は、何でかは判らないが、リュウキに書かれる髭が目当て、なのだろう。
 ……正直訳が判らないが、不快な事には変わりなかった。

「にゃ……ははははは」

 図星を差された様である。リュウキは、笑ってごまかすな、と言いたいのだが、今日は流石に色々とあり過ぎて、ちょっともう疲れた様だ。
 よくよく考えたら、BOSS攻略をしたばかりなのだから、無理もないだろう。HPは全快復していたとしても、削られた精神は、そんなに直ぐに快復するモノじゃないから。

 一先ずさっさと終わらせたい為。

「……なら、キリトでもつれてけ、アイツなら訳なくこなすだろ? アレくらいのクエストなら。……まぁ 時間はかかると思うが」

 何度目か判らない、ため息を吐きながら、リュウキはそう、代案を言っていた。キリトには悪い、とは思うが……、スキルを得られる事を考えれば、良いだろう。悪い事をしているわけじゃない。
 ……多分だが。

「おっ!! おお、ナルホドナっ! それは名案ダ!」

 どうやらアルゴは標的を変えたようだ。これで、付きまとわれる事はないだろう。

「……じゃあな。オレは帰る」

リュウキは、軽く手を上げ、その場を後にしようとするが。

「わ〜待ってくレ!」

 それは、出来なかった。アルゴに手をつかまれたのだ。流石はスピード型であるアルゴだ。敏捷力(AGI)は現レベルでは随分と高い位置にいるのだろう事は判った。

「……なんだ?」

 リュウキは、面倒くさそうに訊いた。

「せめて帰るまで同行願いタイヨ……。さっきの牛モまだ、傍にいるかもしれないシ……」

 アルゴは、上目遣いリュウキにでそう言った。けれど、勿論そう言ったのはリュウキには通じないようだ。別に断りはしないけれど。

「それなら別に構わない」

 アルゴ渾身の上目遣いも、どこ吹く風、暖簾に腕押し。……ま~~ったく、何の反応もなく、あっさりと、リュウキは返していた。
 そして、そのまま街の方へと歩き出す。

「ウゥ……、コイツは、攻略不能……ダナ。本出せそうに無いヨ……」

 アルゴはウルバスに帰る道中、肩を落としながらそう呟いていたのだった。








 そして後日の事。

 1日の情報収集、そして簡単なレベリングを終えたリュウキは、宿でアイテム整理をしていた。そこにキリトからメッセージが届く。

『……リュウキお前、アルゴにオレを売ったな?』

 内容はとても短い。でも、それだけでも何を言っているのかは判る。身に覚えが残っているからだ。リュウキは、返信をする為に、指先を動かす。

『人聞きの悪い事を言うな。2層の時点でエクストラの≪体術≫の情報を得ただけでもラッキーだと思えよ。戦術の幅が広がるだろう?』

 その後、何度かやり取りしたが、どうやらキリトも≪体術≫を習得する事ができたようだ。勿論、アルゴの付き添いありでだ。そして、まるで計ったかの様に、アルゴからもメッセージが来た。

『ニャハハハ!! リューにも見せたかっタヨ。あのキリえもんをサッ!』

 とこちらも短い文章で。

(―――……これなら、キリトが怒っても無理ないか……。)

 そう思った。
 メッセージの文面からでもよく判る。かなりテンションが高めのアルゴ。……相当から揶揄われたのだろう。

「………何か、キリトに奢ってやるか。今度会ったら」

 珍しくそうつぶやいていた。
 どうやら、キリトに同情をしたようだ。


 自分だったら、絶対に嫌だから。



 

 

第28話 キリトと5人のパーティ


~2023年4月8日~


 時は大分進み、この場所は第10層の迷宮区。主にゴブリン達が根城にしている迷宮だ。

「ふぅ……。まぁ こんなもの……か」

 一通りの狩りを終えたリュウキは、片手直剣を鞘に収めた。別にこの場所にレベルあげに来たわけではない。そして、欲しい素材があったわけでもない。
 目的はダンジョンを視る事。

 彼は、定期的に 各ダンジョンを視て(・・)回っているのだ。モンスターたちの情報、そして、アルゴリズム。それにイレギュラー姓があるのか、ないのか? 変わっていないか? もしあったとして……それはどのタイミングで、そうなるのか? 致命的な行動は無いのか?
 と言った具合に、それらを視て回っている。

 そして、何か判れば、それをアルゴに情報として発信してもらう。別に、誰かに頼まれているわけでもない。適当に探索しているだけだし、狩場にするつもりも毛頭ない。
 レベルはその過程で上昇して行くが、場を荒らしたりも 勿論していない。下層の狩場を強さにものを言わせ、上層のプレイヤーが荒らしたりすれば、上層のギルドに排除以来が飛び、散々つるし上げられた挙句、新聞で、《非マナープレイヤー》として載ってしまうのだ。

 それに、それが≪ビーター≫と呼ばれているプレイヤーならなおさらだ。

「まぁ……そこまで、目立つような事はしてないがな……」

 リュウキはそう呟く。様々な場所を転々と歩き回っているリュウキ。それは非常に効率の悪い狩であり、誰もそんな印象を残さないのだ。一部のプレイヤー達には強烈に印象を残しているが。

「さて……」

 リュウキはあたりを視渡した。モンスターの気配はまるで無かった。どうやら、粗方モンスターを狩ったクーリングタイムにでも突入したのか、PoPする気配も無い。
 ある程度、早く狩ればPoPするのに、時間が掛かるのは判っているが、それを考えても長かった。

「ふむ……」

 リュウキは、探索場所を変えることにしていたその時。


『きゃああっ!!』


 迷宮区内に、声色から女性であろう悲鳴が響き渡った。
 建物内であるせいなのか、壁・天井に音響が反射するように設定されているせいなのか 判らないが、屋内の戦闘や叫びはかなり響き渡る。

 それを訊いたリュウキは、直ぐに行動を開始した。

「……いくか」

 誰かに危険が迫っているのは間違いない。
 このデスゲームでもう、1000を軽く超える数のプレイヤーが命を落としているのだ。
 限りなく死亡者を0にしたい、と思うリュウキだったが、現実世界で言う、交通事故死亡者を0にしようとするような試みのように、犯罪者を完全撲滅を目指す様に、到底無理な事だった。

 如何に様々な情報を集めても、アルゴを通じて発信し続けても。

 それは、変わらなかった。だからこそ、せめて、この眼に映る範囲のプレイヤーは、助けを乞う声が聞こえる範囲のプレイヤーであれば、救いたい。リュウキはそう考えていたのだ。

 足早に 声がする方へとリュウキは駆け出した。

 そして、暫く走った先。リュウキが向かった先に、意外な光景が広がっていた。


 6人のプレイヤーがそこにはいた。
 


 そのパーティは、ゴブリン集団に襲われている様に見えた。でも、リュウキは問題視しなかった。確かにレベルが低ければかなり危険だ。このフロアに出てくるゴブリンには厄介な能力も備わっているから。

 だけど、リュウキは問題視しない。何故なら……。


「ちょっと前 支えてましょうか?」


 そう提案する人物がいたからだ。見覚えがある人物。頭の先から足元まで真っ黒の服装。そう、同じソロプレイヤーであるキリトが 助っ人をしていたのだ。
 もっと上の層を中心に動いているキリトであれば、例え1人であったとしても、余裕で切り抜ける事が出来るだろう。
 だから、リュウキは一先ず安心した。……が。

「キリトがいれば……まぁ 大丈夫か。いや……一応しておくか」

 リュウキは安心した事は確かだが、妙なイレギュラーが発生しても厄介だと判断し、帰ったりはせず、少し見守る事にした。

 そして、リュウキは再び剣を取り出す。

「……あの集団ゴブリンは、中心(コア)のゴブリンを潰さないと、只管出てくるんだったな」

 キリト達が対峙しているゴブリンの集団。
 あれとは、この層を主戦場にしていた時に相当やった相手だった。そして、その時視て確認したところ、リーダー格ではない、仲間を呼ぶゴブリンがいるのだ。放置をしていれば、通常の倍以上の速度で再出現する仕様になっている。

 情報として、提供したかどうか、覚えてなかったから、彼らがそれを知っているかどうかは、判らない。勿論キリトもそうだ。

視た(・・)ところ……後ろで待機している《アレ》だな」

 あのパーティから不自然に離れたところで動かないゴブリン。遠くから見れば一目瞭然なのだ。それは、リュウキだけかもしれないけれど。

「よし、行くか………」

 リュウキは構えなおして、歩を進めた。

 キリトがいるから大丈夫、とは言っても それ以外の5人のプレイヤー達のピンチには違いないから。




 そして、数秒後の事。

「あれっ? 急にPoPしなくなった? 大分少なくなったよ」

 槍使いの女性がそう声を上げた。何度か、ゴブリンを退けつつ、後退をしていたのだが、押し切れそうな感じがしてきたのだ。

「えっ……?」

 手伝っていたキリトは少しおかしい、と違和感を感じていた様だ。自分も以前は、この集団と何度もやり合っている。だからこそ、判るのだが、この相手は簡単に少なくなるような事は無い。
 経験上、少なくとも今の倍以上は狩るか、もしくは、エリアの外にまで逃げる必要があるのだ。

「よかった! 畳み掛けるぞ!」

 棍使いのリーダーがそう叫ぶと、皆が頷く。勿論、キリト支える、と買ってでたから、最後まで気を抜かず、サポートに徹していた。
 
 剣技スキルも、上位のものを使用しないで、下位のものだけで、そして無事に ゴブリンの集団を撃破することが出来た。厳しい戦い、と言っていい戦いを制した彼らは、歓声を上げていた。

 結構離れていたリュウキにまで、届く程だ。歓声を上げ、ハイタッチを繰り返していた。




 それを、遠目で見ていたリュウキは微笑む。
 その先に、キリトが戸惑いながらも、彼らと一緒にハイタッチをするキリトを見てだった。

「まぁ……アイツもあんな顔できるって事……だな。ソロは良い所もあるが悪い所もある、ハイリスクハイリターンだ。 ……仲間が出来るならそれに越した事は無い」

 あのメンバーとキリトを見て、顔が緩むのが止められない。
 いや、それだけでない事をリュウキは感じ取った。最初はそんな自分に戸惑った。あのメンバーを見ていて、芽生えそうになったからだ。

「羨ましく……思っているのか? オレは。あの雰囲気が……?」

 リュウキの頭の中を過る。だが、それも直ぐにありえないとリュウキは一笑した。

「……そんなバカな、ある筈が無い」

 これまでも、そしてこれからも、ソロである事を意識していたリュウキ。だから、そう思った感情を、気のせいだと一蹴したのだ。 
 
 そして、リュウキはその場を離れて行こうとしたその時。

「やっぱり、お前だったか……」

 後ろから声が、聞こえてきた。

「……キリト」

 リュウキが思うのは、勿論本当に、声をかけるのはいつも後ろからだな、と言う事。正面から声を掛けられた事など、身に覚えがない程だった。

「……今のは仕方ないだろ? お前が、ここから離れて言ってたんだから」

 リュウキが考えている事をだいたい察したのか、先手を打つようにキリトがそう言った。因みにそれは、間違いではない。

「……それで? あのメンバーと共に行かなくて良いのか?」

 リュウキは、とりあえずそれを聞いていた。まだ、迷宮区内だし、彼らの実力を知っている訳じゃないから、少し心配だったのだ。

「ああ、少し待ってもらっている。この場に知り合いが来ていたからちょっと話してくるって言ってな」

 キリトはそう答えた。ちゃんと伝えているのであれば、もしも、何かあればこちら側に伝えに来るだろうから、彼らに関しては大丈夫そうだ。

「そうか? それで何か様なのか?」
「いや……その、一緒に来ないか? たまには……さ」

 キリトが誰かを誘う。あまり無い事だ。フロアBOSS、フィールドBOSS、攻略会議等で、誘われた事はあるが、それ以外となれば、特に記憶にない。

 誘われたリュウキだったが、首を横に振った。

「………残念だが、まだ する事があるんだ」

 そう言うとリュウキは、顔を暗める。

 思い返すのは、見つめ直すのは、自分の心だ。

 さっきは、一笑し、一蹴した感情。羨ましく見ていたと言う事、それが、ありえ無い事なんて事は無いのだ。1人だったから、無意識に強がったんだろう。 今はキリトが前にいる。あまり嘘をつきたくない。
 

 それでも、リュウキには最後の一線が越えられなかったのだ。


「悪いな……キリト。誘ってくれて、ありがとう」

 その返事をもらったキリトは、以前から思っていた事を確信をしていた。それは、レイナにも言われた事でもある。
 本当に誰かと組むのが嫌なだけなのなら、こんな断り方はしないだろう。


――……この男は何かを背負っている。


 いつか、それはレイナに聞いた言葉だ。今ならよく判る。
 確かに、集団行動に馴染めないのは自分も同じだ。
 だけど、リュウキのそれは何かが違う。自分のそれとは比べ物にならない何かを持っている気がするのだ。

 リュウキとは、BOSS攻略の時は共に参加する。その際、彼は迷ったりはしていない。そして、拒否もしたりしない。

 あの時と今。その差はいったい何なのか、いったい何が彼を抑えつけているのだろうか。この時のキリトにそれを知る由も無かった。


「……キリト、行け。また……襲われているかもしれないぞ? 近くにいるとは言え、何が起きるか判らないんだからな」 
 
 リュウキはそう言うと、後ろを向いた。

「……ああ、わかった。じゃあ……」

 キリトは遅れて手を上げた。
 
「次のBOSS攻略でな……。たまにはコンビを組むっていうのも悪くないだろ?」

 笑って言った。リュウキはその言葉を聞いて。

「………ああ、そうだな。……また、な」

 リュウキは振り向かず、手を上げてそう応えて、迷宮区の奥へと消えていった。



 リュウキの姿が見えなくなった所で、キリトは考える。彼が消えていった方を見つめながら。

「アイツに……いったい何が…………」

 キリトは、柄にも無く心配しているようだった。だが、同時に矛盾も感じる。

――いったい、アイツの何を心配するのか?

 あの戦闘能力、洞察力、観察力。全てのスキルが一線を越えている。ゲームバランスを崩しかねない程にだ。だからこそ、そんな男の何を心配する事がある?
 それがキリトには判らなかった。相反する感情が渦巻いている。だけど、それでも何か気になるんだ。

 リュウキの事を、心配をしてしまうんだ。



「あの………。」

 その時だった。
 槍使いの少女がキリトの傍まで来ていた。キリトが離れて、不安だった様だ。勿論、自分達が、と言うより助けてくれた人が突然いなくなってしまう事に、強く。

「ああ、ゴメン。今戻るよ」

 キリトはそう返すと、彼女の所へ向かっていった。声が聞こえてくる程近くにいた様で 少し離れた所にまで彼女は来ていた。

「あ……あの、さっきの人……いいん……ですか?」

 少女は、さっきまでの恐怖心がまだ去っていないのだろう。そう訊くその言葉には僅かに震えがあったから。

「ああ、まだ することがあるってさ。それに心配しなくて良い。オレがしっかりカバーするから」

 キリトは少女が落ち着くよう、微笑みかけた。

「あ……っ、う……うんっ」

 キリトの言葉を訊いて、キリトの笑顔を見て、少しだけ軽くなったようだ。まだ、ぎこちないが、彼女は笑顔を出す事が出来る様になっていた。
 

 そして、キリト達は、残った4人と合流しこの迷宮区から離れていった。


 だが、キリトはこの時思いもしなかった。

 これからキリト達を待ち受ける残酷な運命を……。

 

 

第29話 悲劇


~2023年 6月12日 第27層・迷宮区~

 この日も、リュウキは迷宮区を探索していた。敵を視て、厳密にはそのデータを視て、それを確認、解析、情報を発信。
 
 よくよく考えたら、現実でも同じ様な事をしている。だから、ここまで滞りなく進める事が出来るのだろう。現実では、身体で言えば殆ど頭と手を動かしている。 この世界では、脳を使って、身体を意のままに動かしている。
 どちらも本当に相違ない。毎日しているからこそ、リュウキは、そうも思えてきた。

「……そうだな。大体がPCの前でデジタルデータとにらめっこだ。それが仮想空間に来ただけだからな」

 そう思うと、自然に笑みが出る。
 でも、すぐ隣にいつも見守ってくれていた人がいないのは、やはり寂しいのは事実だった。

 そして、彼の本当の目的は、プレイヤーの致死率を下げる事だ。一つの油断が命取りのこの世界で。
例え、無駄だとしても。

 何度でも思う。……自分の好きな世界で誰かが死ぬなんて思いたくないから。
 だが、誰かがリュウキにそう言っても、中々肯定しないだろう。……彼の行動理念の根源に渦巻くモノを、誰も知らないから。


「……自分のレベリングにもなる。無駄じゃない……か」

 片手直剣を取り出しそう呟いた。だが、よくよく考えたら、本当に不思議なものだと自分でも思う。いくら、好きな世界だといっても……、自分が誰かの為にこんな事をしているなんて、と。
 ネット上では殆ど仲間など作らず、1人だった、……なのに。

「……違う。オレは………罪滅ぼしを……なのか……? 誰か助ける……。 オレがそんな事が出来る状況になっている……から?」

 それは、誰かに尋ねるわけでもない。自然と出てきた言葉だった。それは、あの出来事(・・・・・)は、この世界での事じゃない。


――思い出したくない……。


 リュウキの記憶の奥底に封じた……その源泉の記憶。彼の行動理念の根源。それが、再び表面へ出ようとしていた。あまり考えない様に、としていた筈なのに。

 その時だった。



『うわああああああああああああ!!!』


 突然だ。断末魔の叫びが、迷宮区内に響き渡ったのだ。確かに迷宮区で、悲鳴が聞こえてくるのは……考えたくないが少なくは無い。なぜなら、モンスターの攻撃を受ければそれなりに衝撃はある。痛覚を刺激し、リアルにそれを感じるのだ。 即ち限りなく本物に近い痛みに近しいものがあるのだ。
実際に、命の危険があるから、恐怖との戦いでもある。

 だから……、死と隣り合わせである圏外では少なくないのだが、この感じは、これまで何度か聞いてきたそれとはまるで違った。

「……今のは、ただ事じゃない!?」

 何度か聞いたことがある悲鳴とは種類が違うのだ。
 そう……痛みを通り越し……死を感じるかのようなものだった。死がもう直ぐ傍にまで近づいているかの様な、そんな気配だ。
 だからこそ、直ぐにリュウキは行動を開始した。 精神集中し、周囲を視渡す。極限まで聴覚も研ぎ澄ます。……使える五感の全てを、集中させた。

 まだ、あの断末魔と言える悲鳴は続いて聞こえてきている。

 悲鳴の聞こえてきた位置の大体を把握する。そして、頭の中のマップ情報、既存に備え付けられたそれよりも遥かに高性能、高詳細のマップを立体上で呼び出し、聞こえてくる声の位置を当てはめた瞬間。
 ……リュウキの身体に、戦慄が走った。

「ッッ!! あの(・・)トラップの部屋かッ!!」

 リュウキは、全て理解した。
 そして、理解すると同時に、武器を収めると、鍛えた敏捷力(AGI)にモノを言わせ、素早く動きだした。


 その部屋を知ったのは、つい先日の事だった。

 この迷宮区で、トレジャーボックスが部屋の中心にある部屋。それも入口が隠された部屋を見つけたのだ。そして、それを見つけた時は、出入り口が見えない為、レアアイテムが入っているのではないか、とも思った。
 だが、その部屋の中に入った瞬間、何か嫌な気配を感じた。それ故に、反射的に意識を集中させ、視渡したのだ。 すると、その部屋で感じた嫌な気配が何なのかを悟った。

 感じるのは壁の奥に存在する禍々しささえ醸し出すモノ。壁を構成するデジタルデータが歪んで視えたのだ。何重にも重ね掛けをしている様なそのデータがそこにある理由。それは1つの解を示していた。

 ただの壁ではない、無数のデータが奥に存在する。

 即ち。

『なるほど……。この宝箱を開ければ発動するトラップかの類か。これを開けたその瞬間にでも、この部屋は敵で満たされそうだ』

 無数のデータが、不自然に壁に集合している。……壁の奥のデータが視えたのだろう。モンスターのデータが。

 確かめる為に、リュウキが宝箱を開けると案の定。けたましいアラームが鳴り響き渡り、この部屋が赤く染まった。

≪Warning≫

 と言う……英文が躍り出る。あのはじまりの街。全てが始まったあの日の血の様に赤い空の様に。

 そして、その部屋は瞬く間にモンスターで満たされた。それだけではなく、入口も固く閉じられてしまったのだ。

 所詮は下位の敵なのだが、その敵の量だけは異常だった。

 もしも、このトラップに掛かってしまったプレイヤーが 安全マージンを取れてないとしたら?いや、取れていたとしても、プレイヤーの数が少なければ?

 結果は火を見るより明らかだ。


「クソッ!! 間に合え!」

 リュウキは脚に力を込め、地面がまるで焼け焦げるかのように走り続けた。その情報はまだ、流していない。だからこそ、引っかかってしまう可能性高いだろう。情報を公開する事が遅れた事に、後悔をしてしまったが、今はそれを嘆いている暇はない。

 リュウキは、走り続け、最終的には断末魔の叫びが道しるべになり 最短で駆けつける事が出来た。案の定、その見えない扉が可視化されている。
 この部屋に入る為の入口を見つけたのだろう。そして、勿論可視化された扉は固く閉ざされている。この部屋の扉は、トラップが起動してしまえば、内側から開ける事が出来ないのだ。

 リュウキは、速度のままに勢いを殺さずに扉を蹴り開けた。

「ッ!!」

 飛び入り、見えたのは、キリト達の姿。あの時の、メンバーも一緒にいた。


「うわああああっ!!」
「あああああああ……!」
 
 1人、また1人とモンスターの刃の餌食となって消えて逝く。リュウキは、その姿が青い硝子片になってしまうのを間近で見てしまった。一足遅かったのだ。

 そして、もうこの場に残ったのはキリトと槍使いの少女だけだった。



「ッッ!!」

 キリトは必死に敵を撃退していたが、その子の距離がありすぎるのが判った。キリトは切り抜ける事が出来ても、彼女にはそれだけの力が無い事にも、気づいた。

 それを視た瞬間にリュウキは、もう考えるのをやめた。


 素早くメニューウインドウを呼び出す。

 ここからの操作、最早ワンミスも赦されない。一瞬のロスも惜しい。リュウキは所持アイテムリストをスクロールし、1つを選び出してオブジェクト化した。片手剣が装備されている欄を叩き、そのアイテムに設定変更。そして、同時に武器スキルスロットの変更も行う。
 
 全ての操作を終えたその時、一瞬だが、身体が左側へバランスを崩しそうになりそうだった、それは、重量が変化した証。……武器が、今までの片手直剣から、重量武器に変更された証だ。

 それを実感したリュウキは、眼で確認するよりも先に飛び出した。

「うおおあああああっ!!!!」

 雄叫びを上げながら武器を引き抜き、構えた。リュウキが取り出した武器の形状は剣。だが、それはただの剣じゃない。明らかにリュウキの身長よりも刀身が長い。その形状から 日本刀を思わせるが、その刃の長さは倍ではきかない。

 その武器の名は。

 カテゴリー:極長剣≪天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)




 リュウキが雄叫びを上げるコンマ数秒前。

「っ!!」

 キリトは思わず目を瞑りそうになっていた。目の前の彼女が、死の恐怖に怯え、震えていた彼女が、……その震えを止めてあげたくて、自分が守ると誓った彼女が、敵モンスターに、斬られてしまう瞬間だったから。

 もう、彼女のHPゲージは、殆ど残っていない。

 注意値(イエロー)を通り越し、危険値(レッド)に入っている。そして、かつての仲間達も、全てのHPを食荒らされ、あの青い硝子片となってしまっている。

 残っているのは、自分と彼女だけだ。 そして自分との距離は、絶望的な程にある。

 彼女の名前は《サチ》。その最後の瞬間、サチの表情は微笑んでいた。死に怯えていた表情じゃない。恨み言を言うような……表情でもない。キリトを見て、微笑んでいたのだ。

 そして、死が迫ってくる。

 木偶人形(モンスター)の一撃が彼女を命を奪う一撃を放ってくる。キリトには、それがスローモーションの様に見えてしまっていた。死ぬ前の走馬灯の様に。

 その時だ!


「うおおあああああっ!!!!」


 叫び声と共に、サチを取り巻いていたモンスター達が消し飛んだ。それは勿論サチに武器を振り下ろそうとしていた者も含まれる。
 爆発音に似た音と、凄まじい破壊力はそのまま、部屋の壁に直撃し、更なる轟音を生んでいた。

「っっ!!」

 サチも、助かった事より、その突然の事に驚きを隠せない。『自分はもう死ぬんだ』と、最後の瞬間を覚悟をしていたのに。死は訪れず、その代わり 身体が思い切り吹き飛ばされそうな衝撃に見舞われた。 だけど、吹き飛んだのは仲間達を殺した憎き、モンスターだけだった。

 そして、新たな怒号が訊こえてきた。

「キリトッ!! 助けるんだッッ!!!」
「リュウっ………!!」

 その衝撃の正体であるリュウキが叫んだ! キリトもサチ同様に衝撃音に驚きを隠せられず、混乱をしかけていたが、今はそれどころでは無い。直ぐに精神を整え直す。今、止まっていれば、今度こそ、サチまでも失ってしまうから。

「ッ!!」

 リュウキのおかげで活路が出来た。サチまでの距離が出来たのだ。光の道が出来た。だから、すぐさま駆け出した!
 リュウキは、キリトが少女を救出したのを確認すると。



「てめぇらはオレが相手だぁぁ! まとめて相手してやる!! かかってこい!!!」


 リュウキが咄嗟に使用したのは、ソードスキルではなく《デュエル・シャウト》。
 まだ無数に存在するモンスターを蹴散らすより、増悪値(ヘイト値)を自分に向ける事を優先したのだ。
 
 そしてこれは、以前も使ったことがあるもの。リュウキのそれは通常のシャウトとは違う。普通ならば、単体にしか効果がないスキルなのだが、彼のは全体に及ぶ。危険は勿論あるが、そんな事こそ、勿論考えてられない。
 全ての敵を自らに集中させる。それを確認したリュウキは、極長剣を再び構えた。……突きの構えで。

 その瞬間、長身の剣が光り輝く。

《極長剣・上位剣技 ソードスキル:クリティカル・ブレード》

 それは、キリトが感じた光の道。……敵の存在を赦さず、滅する光の道。まるで何処までも続くような、夜空に散りばめられいている星々……天の川。
 長い刀身の全て。その切っ先まで、光り輝いたと同時に、放たれた。

 先ほどの様に凄まじい爆音と共に、リュウキの振り下ろされた剣の先にいる敵、直線状のモンスターは全てが吹き飛んだのだ。

 遠い位置にいるモンスターは、HPの全てを削りきってはいないが、吹き飛ばす事はできて、動きは十分に封じれた。如何に相手にならないモンスターでも、それでも数の暴力とは言うものだ。真の目的は、敵の殲滅よりも、キリト達の、退路を作る事にあった。

「お前ら! こっちだっ!! 急げぇっ!!」

 リュウキは、叫び声を上げながら、キリトとサチを誘導、

「わかった! 行くぞサチッ!」
「う……うんっ……!」

 サチは、まだ恐怖からか、震えているが 必死に自分の脚で走る事が出来ていた。でも、モンスターは次々と沸いて出てくる。脱出まで、待ってくれなかった。

「くそっ……!」

 キリトもそれに気づいて迎撃するように構えたが。

「馬鹿野郎ッ! キリト! 雑魚に構うな! さっさと扉まで走れッ!! その子を守れッ!」

 リュウキは叫びつつ、壁を走りそしてキリトの前にまで跳躍。極長剣を構え、しんがりを買って出た。《デュエル・シャウト》を多用する事で、キリトたちに危険が及ぶ事を回避しているのだ。キリト達が手を出さない限り、タゲを向けられる事は無い。

「ッ……」

 サチは、震えながら、今度はリュウキを見ていた。それはまるで、モンスターを見るかのような目だった。

「くっ……わかった! 頼むッ!」

 キリトは直ぐに、サチを腕に抱き抱える。自身の筋力値(STR)で十分に抱えられた。そのまま、力を脚に込め、リュウキが蹴破ってくれた入り口の扉に向かって駆け出した。

「部屋の外だ! そこまで出れば転移結晶が使える! 早く脱出しろ!」

 リュウキは敵を蹴散らしながら、怒鳴る様に叫ぶ。

 なぜ、ここまで怒鳴りつけるように叫ぶのか。その理由は彼女(サチ)のHPゲージにあった。サチのHPは、既に危険値(レッド)。いや、それ以上だ。危険値(レッド)は、HPゲージが4分の1以下になれば、そう表示される。だが、サチのそれは、もう後何割、と言う表現より、後数ドット、と言う表現の方が当てはまる程にまで、減少しているのだ。

 今生きていられるのが、奇跡だと思える程の量。故に後 一撃でも喰らえばその体は、その魂はあの硝子片となり、いつ訊いても耳障りな音を発しながら、四散してしまうだろう。

 だからこそ、リュウキは力の限り叫んだ。反論させない、有無を言わさない迫力で。

「よし いいぞ! リュウキ!!」

 キリトが、サチの安全を確認するとそう叫ぶ。部屋の外にまではどうやら、中の敵は追ってこない様だ。部屋の外にも当然モンスターは存在するが、今は幸運な事に出現はしていなかった。その隙にサチを街まで逃がしたのだ。


「ああッ!」

 リュウキは、それを訊くと再び剣を構えた。

《極長剣・広範囲剣技 ソードスキル エターナル・スラスト》

 その極めて長い剣をフルに生かした前方180°の重範囲攻撃だ。扇状に剣閃が伸び、その刀身よりもやや長い距離まで剣閃は伸び、敵をなぎ払う。

 その範囲にいたモンスターは硝子片となって砕け散っていった。

 そして、前方を確認するともう、敵は1割もいない。2種類のソードスキルがいい具合に纏めて入った様で、大分敵を効率よく排除する事が出来た様だ。

 リュウキはそのまま、決して油断はせず、残党をなぎ払いながらキリトの方へと向かっていった。



 部屋の外でキリトに訊くとサチは、既に街に結晶で逃げたとの事だ。サチがいないこの状況はリュウキにとって、好都合だった。事の顛末を聞く為にだ。
 キリトがいたのに、どうしてこんな事になったのかを、聞きたかったのだ。

「何故だ?……何故、ここにいるんだ、キリト。……お前達が。何で、お前がいて……」

 リュウキは、高ぶった気を何とか静め、落ち着きを取り戻していた。……冷静になった頭でよくよく考えると、最前線近くにいるあのパーティ事に驚いたのだ。

 あの時、10層での戦闘を見た時からまだ約2ヶ月しか経っていない。
  
 キリトと同等のレベルか、もしくは無理なレベリングをするのなら兎も角、あの時のあのゴブリン達に梃子摺っていたレベルのメンバー達がここまでこられるとは到底思えないのだ。
 何よりも安全を考えるのなら。

「オレの……オレのせいだ」

 ……キリトは自身の震える身体を抱いた。そして、崩れ落ちる。

「オレの……思い上がりが……月夜の黒猫団を……皆を殺した。オレさえ……関わらなければ……オレが……関わったばかりに……あいつらを………」

 静かに告白するキリト。……だけど、それは半狂乱になりかねない程のものだと感じた。


 キリトのその姿見て、リュウキには ある光景がフラッシュバックした。

 そして、キリトの身体が薄れていく。キリト周囲の空間が歪んでいく。そして映し出されるのはある姿。

――……目の……錯覚……?


 そう思ったのも無理は無いだろう。 だけど、それは違った。

『うっ……うっ……』

 涙を流し、崩れ落ちている少年の姿。傍らには……誰かが少年を支えている。

『ぼ、ぼくが、ぼくのせいで……っ、ぼくが、しっかり、してなかったからっ……、 ぼく、ぼくの……』

 何度も何度も自分を責め、涙を流す少年。

 いったい、これは誰だと言うのだろうか? 

 いや、自分には、リュウキには判っている筈だった。 これは、この姿は嘗ての自分の姿(・・・・)なのだから。

 
 それを理解したその瞬間、その映像は露と消え、再びキリトの姿に戻した。

「……立て。キリト!」

 リュウキはキリトの腕を掴み立たせた。

「ッ……!」

 その目は後悔の念で満ちている……リュウキを見ることが出来ていなかった。その姿もダブって見えてしまう。


 あの映像の少年の傍に居てくれた彼に、自分もそうしていたから。


「……もう、何をしても何を悔やんでも、死んだものは戻らない。……後悔するくらいなら今すぐ行動するんだ」

 リュウキは、キリトにそう言い聞かせた。まだ、今はまだ、出来ることはあるのだから。


――……あの時と違って。



「こう……どう……?」

 キリトの目は……、次第に、リュウキの目を見ることが出来ていた。

「まだ……残っているだろう。……彼女のところへ行ってやれ。彼女だって、辛い。……絶対に辛い筈なんだ」

 その次には、リュウキの目は厳しいものから、優しいものへとなっていた。

 それを訊いたキリトは、サチの事を、サチの顔を思い出した。転移結晶で逃げる時も、まだその顔は恐怖で彩られている。
 何もわからず混乱と恐怖が等しく混ざっている。 街に戻っても、それが治る事は無いだろう。

 だからこそ、1人にはしてはいけないんだ。せめて、仲間が戻るまでは。
 
 そう結論をつけると、キリトは覚束ない足取りで、1歩、2歩と歩き、震える指先を操って、転移結晶を取り出し、この場から姿を消した。




「…………」

 この場に残ったリュウキは、再びキリトの姿を自分の前の姿に重ねてしまっていた。
 
 あの悲しき記憶、奥底に封じてしまった記憶の源泉。

 自分のせいで……仲間が失われた。思い上がりが……仲間を失う結果になった。キリトのその言葉は、揺り起こす結果となったのだ。
 
 自分の過去の記憶を。

「……ッ!!」

 ズキリと体の心に突き刺さるような痛みを感じた。

「感情を……殺せ。………後悔の念を……押し殺せ……。もう誰も喜ばない。そんなのは……だれも……喜ばない……はずなんだ……。爺やに……爺やも言っていたじゃないか……」

 ゆっくりとした足取りで、リュウキはこの場から離れていく。

「今……この世界でも 向こうの世界でも………生きる為に不要な事なんだ……。過去の念なんて……。枷になるんだから……。望んでいない、筈なんだ……。彼女(・・)も……っ」

 自分に言い聞かせる。暗示するように……。彼が殆どパーティに入らない。仲間を作らない。その真の理由は……、この記憶の奥底にあった。



 まだ誰も知らない、彼の闇の中に……。
  

 

第30話 生きてくれ


~第32層・ユルニス~


あの悲劇から翌日の事。

リュウキは、第32層・ユルニスに滞在していた。そこは海の様に広い湖の真ん中に浮かぶ島。その場所の宿の窓からは見事な景色だ。空も見え 鳥達が囀っている。本当に 気持ちよさそうに空を泳ぐ様に飛んでいる。

 その宿の一室でリュウキは外を眺めていた。この場所は、たまに訪れる事がある。海の青、空の青。《青》と言う色の持つ性質。それは 気持ちを沈め 心を落ち着かせる効果がある。色彩心理学から、それは証明されている事だ。気を沈め、熱くなった身体を冷ます事もある事から《沈静色》《寒色》《後退色》とも呼ばれている。

 リュウキは、その青で満たされていると言っていい景色を眺めていたと言うのに、雲1つない快晴の空だと言うのに、一向に気分は晴れる事は無かった。
 勿論、その理由は、はっきりとしている。

(――……あんな事が無ければ、少しは気分も優れるだろうな)

 あの悲劇の事。そして リュウキがそう考えてしまうのも無理は無かった。
 キリトを襲った不運。また、間近で人の死を見てしまった事。そして、呼び起こされかけた過去の事。

「ッ……」

 少しでも、考えるだけで 脳髄にまるで稲妻が走ったように、痺れ、ズキリ痛みと共に、襲ってくる。この世界での、どんなモンスターの攻撃よりも、鈍く 髄にまで響く痛み。

 それを必死に耐えていたそんな時だ。メッセージが届いたのは。

 送信者はキリトだった。何処かで予想はしていた。キリトから、メッセージが届く事を。

『―――これから 会えないか?』

 そのメール文は短かった。けれど、それだけでも十分判る。
 あんな事があったんだから当然だろう。……そして、リュウキ自身も気になっている事があるから、丁度良かった。

『――構わない』

 リュウキは直ぐに返事をした。そして、その後キリトからの返信は早かった。2人は、30分後に《第11層・タクト》で合流ことにした。





~第11層・タクト~


 転移門前広場。

「………」

 リュウキは、少し離れたところで座り、目を瞑っていた。そんな時だ。

「……リュウキ」

 声が訊こえてきた。どうやら、キリトが近づいてきた様だ。

「……正面から、か。珍しいな」

 リュウキは、キリトの声を訊いて 片眼を開けて、そう言っていた。

「たまには……な」

 キリトの表情は、あまり優れていない様だ。……当然だと思うけれど。

「その後は……? どうなんだ」

 リュウキは、ストレートに聞いていた。リュウキには、回りくどく 気を遣い、そして聞く様な器用な事は苦手、だからだ。こう言う時、どう接して良いのか、どう声をかけていいのか、判らないから。自分の心に従って、そう訊いたのだ。
 キリトは、ゆっくりと口を開いた。

「ああ…… あのギルドのリーダーのケイタには、……罵られた……よ。 当然……だ。 皆、オレのせいなんだから、甘んじて受け入れる。……他の3人が 死んだのは、オレのせいなんだから」

 キリトは、後悔と絶望。そんな表情で満たされていた。だが、あの時程、絶望の底に沈んでいる様な、死相が見えているかの様な表情ではなかったのが幸いだ。

「………失った奴らの分まで、戦わないとな。オレは、それが償いになると思ってるよ。今回、助けられなかったんだから。……今後、助けれる奴を助けないと いけない」

 リュウキは、険しい表情をしながらも、キリトを心配している。それは、キリトには十分過ぎる程、判った。……伝わった。

「……そうだ……な」

 キリトはゆっくりと頷いた。その答えを聞けたリュウキは、安堵の表情をして、目を閉じた。

「リュウキ、後、もう1つ、用があるんだ」

 キリトは、リュウキにそう言った。

「……ん?」

 その言葉を訊いて、再びリュウキは目を開いた。

「……お前と話がしたいそう、なんだ」

 そう言うとキリトは、手を上げた。そして転移門の裏。支柱の影から出てきたのは、あの時の槍使いの少女《サチ》だった。

 ゆっくりと、リュウキに近づいていく。

「その……そのっ……」

 サチのその声を訊いて直ぐに判った、声も身体も震えていると言う事に。 あの時、唯一助ける事ができた事は本当に良かった。
 だけど、恐らく、サチも心に深く傷を負ったのだろう。目の前で、仲間を失ったのだから……。それ故に、サチは上手く話すことが出来ないようだ。
 リュウキはそんな彼女を見て、声をかけた。

「……怯えなくて良い。あんな事があったんだ……仕方がない」
「で、でも……、わたしは…… 貴方に。 なのに……何も言えなくて、怖がってしまって……」

 サチは、怯えているだけではなかった。後悔も色濃く現れていた。
 助けてくれたのはリュウキとキリト。
 ……助けてくれたと言うのに、あの時 自分がどんな目をしてリュウキを見ていたのか、それを思い返していたのだ。

「構わない。……だが、どうしても 謝罪をしたい、と言うのなら 1つだけ、約束をしてくれ」

 リュウキは、サチに微笑みかけた。現実で家族に向けられた笑顔を、必死に真似て。

「心を強く……持ってくれ。そして、死んでしまった人達の分も、生きようとしてくれ。……それが弔いになるってオレは信じている」

 それを訊いたサチは、次第に怯えている表情が消えてゆく。
 優しさに、触れる事が出来た。この人も キリトの様に、とても優しい。心から、温めてくれる。サチはそう思えたのだ。
 だから、あの時言えなかった言葉を、言う事が出来た。

「あ……はい。その……ありがとう。 あの時も、私を、助けてくれて……ありがとう……ございます……」
「……気にしなくて良い。だけど、さっきの事は約束してくれ」

リュウキは、徐にに起き上がると、サチの前に立った。

「……生きてくれる事。……この世界が終わるその瞬間まで。どんな形だって良い。戦わなくたって良い。……生きて、あの世界へ無事、戻ってくれ。 望むのはそれだけだ。……オレが救えた命には意味があった事を、それをオレに教えてくれ」

 そう言ってサチの肩を叩いた。

「あっ………」

 その言葉を訊いて、サチの涙は再び流れる。
 自分は死ぬしかないんだと思っていた筈なのに、目の前の人、リュウキに そしてキリトに救われたんだ。だからこそ、救われた命を、もう無駄にしないようにと、サチは心に強く誓った。

 その時、リュウキにメッセージが届いた様だ。

「……悪いな」

 リュウキがそう言うと、キリトは頷いた。サチは、涙を必死に拭いながら頷いた。

 リュウキは、届いたそのメッセージを確認すると。

「……予定が入った。すまない」

 そう言っていた。だけど、2人は首を振る。

「ああ、悪かったな。朝早くに」

 キリトが謝り、そしてサチはリュウキの目を見つめた。あの時のような目ではない。

「ありがとう……リュウキさん。私、忘れません……貴方が言うとおり……私、頑張ってみます。この世界が終わる。……最後まで」

 サチは、強い意志を持って、そう答えていた。サチのその目には、もう涙は流れていなかった。
 そして、リュウキに訊いた。

「私が……、もし 約束を果たせたら、現実の世界で…… また、会えますか? 会ってくれますか?」
「……そうだな。 暇だったら、な」

 リュウキは、そう言って笑うと、手を上げて去っていった。



 ここに残ったのはキリトとサチの2人。

「アイツは……オレも救ってくれたよ。アイツがいたから、気をしっかり持つことが出来たんだ。そして、サチの事も……救う事が出来た」

 キリトは、リュウキの後姿を見ながらそう呟いた。感謝してもしきれないのは、サチだけじゃない。キリトも同じだった。

「そう……なんだ」

 サチは、微笑んでいた。微笑む事が出来る様になったのだ。リュウキの笑顔を見て、そして キリトが傍に居てくれたから。

「サチ、……黙っててゴメン。……謝ったって、赦されるものじゃないけど……オレ……」

 キリトは、この場で謝っていた。自分の事を偽っていたのだ。自分のレベルを隠し 彼らと共にいたのだ。もし、ちゃんとレベルを伝えていれれば良かったんだ。
 彼らの温もりが眩しくて、光の様に暖かくて、離れたくなくて、自分を偽ってしまったんだ。

 キリトは全てを話そうとしたその時だった。

「私は……キリトが本当は強いって言うの知ってたよ」
「えっ……?」

 サチのその言葉に、キリトは驚いていた。
 ステータスは、同じギルドに所属していても見る事は出来ない。他人のプレイヤーには見えないのに知っていると言うのだから。

「私、夜中にね……。こっそり、ステータス・ウインドウを見てしまったの。 何で……、キリトがレベルを偽って、私達と一緒にいてくれるのかは、わからないけれど……。そんなキリトが傍に居てくれたから、私、怖くても 凄く安心できたの」

 サチは笑っていた。でも……やはり、悲しそうな表情は消せなかった。失った仲間達はもう戻らないのだから。

「……確かに、皆の事……。亡くなってしまったのは とても悲しい。……でも 彼に、リュウキさんにも言われました。 放っておいたら、私は死んでたと思います。でも、私は死んでしまった皆の分も……生きないとって……初めて強く思えたから

 サチは、強い瞳でキリトを見る。

「ケイタの事は、任せて……。私は、私達は、きっとこの世界で生き残って見せるから。だから……リュウキさんとキリトは、この世界が生まれた意味を……私みたいな子がここに来ちゃった意味を……見つけて。それが……私の願いです」
「サチ………」

 キリトは、涙が浮かびそうになるのを必死にこらえた。そして……。

「必ず現実世界へ。君を……現実世界へ返してみせる。これは……、絶対に……約束する。サチがリュウキと約束した様に、オレも、約束をする」
「うんっ……」

 サチは、キリトに抱きついた。そしてキリトも、腕を回し抱きしめ返した。
 
 涙は止まっても、笑顔に戻る事が出来ても、僅かだが震えていた身体。キリトに抱きしめられた事で、もう、サチの震えは止まっていた。


――……2人に、救われたから。



 

 

第31話 クリスマス・イベント


~2013年12月19日 第49層・ミュージエン~


 雪がしんしんと降り注ぐ夜。リュウキはミュージエンの街に来ていた。
 
 その街の中心、転移門広場には巨大なクリスマスツリーのオブジェクトが存在している。現実世界でもクリスマスに近づいているから、季節限定の仕様なのだろう。
  そのツリーの傍に、一定の間隔で備え付けられている小さなベンチにリュウキは座り、メッセージを確認した。そして、確認すると同時に、ストレージに入れていたアイテムをオブジェクト化させる。それは1枚の情報誌だ。

「なるほど……」

 そのメッセージの相手はアルゴ。今、アルゴから譲って貰った情報2つだ。
 
 その情報とは、クリスマスに出現すると言うフラグMobの事。クエスト等の攻略のキーとなっているモンスターだ。
 それは、数日、あるいは数時間に1回と言うペースで出現するが、中にはたった一度しか倒す機会の無い場合もある。いわば準ボスモンスターの様なモンスターだ。そして、層が上がれば上がる程、当然の如く強さも比例してゆく。
 
 もし、そのモンスターを相手にするとすれば、BOSS攻略に準じた大パーティで挑むのがこの世界では常識であり、鉄則でもある。 リスクを最大限に下げる為にも。

「……アイツの考えは判りきっている。……こんな事、考える奴は少ないからな」

 リュウキは、その情報誌を見ながらそう呟いた。
 この情報誌もアルゴから譲ってもらった物である。この情報を仕入れてもらった理由。

 それはこのイベントのフラグBOSSの噂が立った時、その情報の真偽を買った男がいた。それは《キリト》だ。
 アルゴに訊いたのは、キリトがその真偽を訊いたかどうか? それをアルゴに訊いたのだ。
 
 鼠の名前は伊達ではなく、金銭次第で誰が、どんな情報を買ったのか、それをも売る。勿論プレイヤーを見てから 売るか否かを決めるが、基本的に売れる物は、金になると判る物なら、例え自身のステータスでさえ、平気で売るのだ。
 鼠の仇名は伊達ではない。そう思うのは当然の事だろう。

「……だが、今回はオレにとっては好都合だ……ってな」

 リュウキは、装備フィギュア一覧から、武器を選んだ。これからある場所に、出かける為だ。その場所に、行けばキリトがいる。

 基本的に圏外に出ていればフレンド登録をしている相手のマップ追跡は出来ない。
 でも、例え確認出来たとしても、位置情報を確認するまでもない。今の時間帯にキリトがいることはもう判り切っていた事だから。


 リュウキは、アイテムストレージから、もう1つアイテムをオブジェクト化させた。それは青い結晶。転移結晶だった。





~第46層・アリ谷~


 名の通り、その谷に現れるモンスターは大アリの軍団である。
 数は非常に多いがそれは決して雑魚ではない。安全マージンを取るっていたとしても、数に物を言わせられ、無数のアリに囲まれてしまえば、忽ちHPゲージが 安全値(グリーン)から、注意値(イエロー)になる事もざらだ。
 それが、最前線で戦っている攻略組であったとしても。

 だが、それでも 今現在 この場所は最も効率の良い狩場となっている。

 この層のモンスター、アリは 確かに攻撃力は高い。 だが、それに反比例しているのか、防御力、そしてHPが思いの他、低く設定されているのだ。
 加えて、1度にPoPされる数も多い。だから 相手の攻撃さえ受けなければ、短時間で大量に倒す事ができる。
 
 ……勿論、それはパーティプレイでの狩り方だ。

 ソロの場合は囲まれる可能性が高い為、決して効率が良いとは言い切れない。アリに囲まれでもすれば、その高い攻撃力でHPゲージを一気にもっていられるからだ。

 そして、人気スポットゆえに1パーティ1時間までと言う協定が張られている。

 そんなところだから、時間帯によれば、プレイヤーの数も多い。だけど、リュウキの目的の人物を探すのは訳ない事だ。
 なぜなら、その人物は殆どがパーティを組み、並んでいるのに1人で並ぶから。
 そんな事をするのは自分が知る中でも1人しかいない。

 ……キリトだ。



 そして、読み通り キリトは戦っていた。無数のアリをたった1人で。

「ぐっ……ッ!!」

 キリトは、アリたちの酸性の粘液を被弾してしまい、バランスを崩す。当然、自分自身の脳でプレイしているも同然だから、ずっと集中し続ける事は不可能だし、集中力が切れれば、動きに切れは無くなり、被弾する可能性が増加する。何時間もぶっ通しでしていたらそれは必然だろう。

 そして、キリトの隙を狙い、再び飛びかかるアリが1匹。……が、その攻撃がキリトに届く事はなかった。

「ギョエエエッッ!!」

 背後から襲いかかろうとしていたアリが、衝撃で吹き飛ばされ、硝子片となって砕け散ったからだ。
 キリトはそれを見届けると。

「……まだ 1時間たってないだろ?」

 キリトは、振り向かずにそう言った。誰が来たのか、判っていたから。

「それはすまなかったな。……随分無茶な狩りをしてると思ったら、つい手がでた」

 片手剣を肩に担ぎそう言っているのは、リュウキだ。その太刀筋や突然乱入してきた事、色々な要素で、相手が誰なのかを、キリトに教えていた。

 もう、長い付き合いだから、其れくらいは判るのだ。

「だが……、所要時間は、後1分も無いだろ? そろそろ〆だ」

 リュウキがそう言うと、キリトは頷き その場から離れた。離れ、安全エリアに到着したその瞬間、その姿は襤褸切れの如く、真冬の地面に突っ伏していた。

「……オレが入らなかったら、お前」

 リュウキは、突然倒れたキリトを、そんな姿を見せたキリトを見て厳しい表情を作った。結構ギリギリのタイミングだったのではないか? と。
 だが、キリトはそれを訊いて軽く笑った。

「大丈夫だ。あれくらい、十分、捌けるさ。……確かにリュウキが入ったから時間は短縮できたけどな」

 そう言っているキリトを見て、それが決して強がりでは無いのは判る。だから、とりあえず安心する事は出来た。こう言う嘘をつく男は無い、と言う事もあるだろう。

 そんな時だった。

「ったくよー! ほれっ」

 リュウキの他に、来訪者が1人いた。 後ろから、キリトに向かい回復ポーションが跳んできたのだ。キリトは、それをしっかりと受け取ると、ありがたく頷き、栓を親指で弾くとむざぼる様に呷る。
 その味は苦味のあるレモンジュースの様な味。
 疲れきった体には途方も無く美味く思えるのだろう。そして、そのポーションを渡した相手は、リュウキ同様、このデス・ゲームが始まった時からの付き合いである人物。

 ギルド≪風林火山≫のリーダー・クラウンだ。

 そのスタイルは相変わらずのモノだ。
 バンダナのシタで無精髭に囲まれた口元。そして、その髭に囲まれた口をひん曲げて言った。アルゴの様にある意味愛着が沸く様な髭じゃない事は判る。

「リュウキの言うとおりだろ? いくらなんでも無茶しすぎじゃねェのか、キリトよ。おめぇ、今日は何時からここでやってんだ?」
「ええと……夜8時くらいか?」

 その戦い通して時間を聞いたリュウキは、改めて軽くため息をした。

「……話の通りだな。相変わらず無茶をする」

 そう言い、ため息をした後、『やれやれ』と言っている様な感じでキリトを見ていた。

「って、無茶を通り越してんだろ! 8時だったら、6時間は此処(アリ塚)に篭ってるじゃねえか! こんな危ねぇ狩場でんな無茶しやがって、気力が切れたら即死ぬぞ!」

 クラインは興奮したように顔を近づけてくる。キリトの傍にはリュウキも居るから、必然的リュウキにも近づく事になる。

「……おい。むさ苦しい。……顔を近づけるな」

 だから、リュウキは剣の柄で、クラインの額を押さえつけた。ごつんっ! と言う音を出しながら。勿論、流石にHPを削ったりはしていない。……あしからず。

「むげっ! それどころじゃっねえだろっ! 危険性なら、リュウキが一番判ってんじゃねぇのか!?」
「……キリトは簡単に、くたばったりしないだろ……。それにそこまで考えなしでもない。強かさだって、持ってるんだ」

 キリトを視ながらそう言う。あのギルドの壊滅の件の詳細を詳しく知っているリュウキからすれば、わからない事も無い事だが。

「ああ、……平気だ。それに、待ちがいれば、1、2時間休めるから、強ち無茶でもないさ」

 キリトはそう言うけど、その説明では納得する訳もない。ある訳がない。

「……それは嘘だな」

 その話を訊いて、リュウキは腕を組んでそう言い返した。

「……なに?」

 キリトは少し驚いていた様だ。一瞬で、バレてしまったから。

「……こんな時間帯で、そんなに待ちがいる訳が無いだろ? ……と言うか、それが目当てだろうが、長時間、狩場に篭る為に。いくらクラインが馬鹿でも、抜けてても、そんな説明だったら納得しないぞ?」
「だ~~れが !馬鹿だ、抜けてる、だ!! コラァァッ!」

 クラインは、リュウキに突っかかってくるが、軽く回避していた。
 手を伸ばしても、回避される。2度、3度と回避された所で諦めた。……その華麗なステップを目の当たりにしたクラインはため息を1つする。

「はぁ……、確かにオメーらが強すぎるって言うのは初日から嫌って程知っているけどな、そういえば……お前ら今レベルはどれくらいになってるんだ?」

 クラインは、キリトとリュウキの両方を交互に見ながらそれを訊いていた。基本的に個人情報と言う事になる為、安易に答えないし、訊かないのだが 相手が相手だから、2人とも問題視しなかった。

「今日で上がって69だ」

 キリトは自身のHPゲージの下に、表示されている自身のレベルを見て答えた。先ほどの狩りで レベルが上がったのだ。
 そして、リュウキも軽くため息を吐き答える。

「………83だ」

 あまり、ステータスは言うものじゃない。色んな目で見られるからだ。だが、先ほどの説明でもあった通り、ここにいるメンバーなら、公開しても問題ないだろうとリュウキは判断し答えたのだ。

「……リュウキ。そんな上にいたのか……? オレより14も離れているとは思わなかった」

 キリトは驚いているようだが……それでも悔しそうな顔をだしたとしても、妬ましそうな嫉妬の様な表情はしていない。 そこが他のプレイヤーと違って良い所だと思う。勿論クラインもそうだ。

「……それ言ったらオレはどうなるんだよ。……キリトはオレより10は上だし、リュウキに関しては20は上かよ。攻略組ギルドの頭、なんだけどなぁ。……んん? それにリュウキはいったい何処でレベル上げをしてるんだよ。キリトの様に無茶してるように見えねぇし」

 クラインは、何だか不思議な子? を見るような顔をしていた。それを訊いたリュウキは。

「別に……。てきとーにやってるよ。これと言って拘りの場所はない」

 そう、あっけらかんと答えるリュウキを見て2人して同時にため息をしていた。

「はぁ……、相変わらず常軌を逸してるな。もう、お前らを見てたら、よっぽどの事が起きたとしても、そんなに驚かない自信がある。……キリトは勿論だが、リュウキも色んな意味で」

 クラインから、なにやら失礼な言葉が聞こえてきたが、軽く無視しようとリュウキは判断をし、口を噤んだ。

 そして、クラインは続ける。

「ってかよぉ、ここ最近、キリトはよくこの狩場で見かける。 レベル上げの仕方が常軌を逸してるっだ感じだぞ? マジで。なんで そんな無茶をしなきゃならん! ゲームクリアの為。……なんてお題目は聞きたかねえぞ? お前ら2人がどんだけ強くなったとしても、BOSS攻略のペースはKoBとかの強力ギルドが決めるんだからな。安全対策だ。そこはぜってー、覆らねぇぜ」
「……ほっとけよ。オレはレベルホリックなんだよ。経験値稼ぎ自体が気持ち良いんだ」

 クラインに返答するキリトのその笑みは若干自虐的だった。

「って、な訳でも無ぇだろが……。 そんなボロボロになるまでする狩りが、どんだけキツイか、それくれぇオレだって知ってるつもりだ。 それがソロなら尚更、幾ら70や80、レベルがあったとしても、この辺じゃソロだったら、まだまだ 安全マージンなんてあってないようなもんだぞ。 綱渡りも良い所だ、 向こう側に転げ落ちるギリギリの線でレベル上げを続ける意味が何処にあるんだって聞いてンだよ」

 話を横で訊いているだけで、よく判る。
 この男は、クラインは 本当に仲間想いの強い男なのだ。クラインはSAO以前からの友人達が中心となって結成したギルド≪風林火山≫のリーダー。あの運命の日、仲間の為に残った。……仲間を見捨てる事ができなかった、それだけでもよく判る事だ。
 そして、メンバーの殆どが過干渉嫌いの無頼派であり、それはリーダーのクラインも例外ではない。良い奴ではあるが、そんな男がここまで言ってくる。

 その理由は、はっきりとした。

「なるほど。クラインも知ってた、と言う事か? ……キリトが、()を狙っているのかを」

 リュウキは確信が言ったようにそう聞いた。
 まさかの相手からの言葉に、クラインは思わず動揺してしまう。

「んな! お……オリャぁそんなつもりじゃ……」

 だが、動揺し、そんな表情をする時点でoutだと思うが、とリュウキは思ったが、キリトが代わりに返答をしていた。

「……ぶっちゃけて話そうぜ? ほら、リュウキの様にさ。それに、『オレがアルゴからクリスマスBOSSの情報を買った』って言う情報を、『お前が買った』……と言う情報をオレも買ったのさ」

 そのキリトの言葉を聞いて クラインはもう一度目を見張る。なら、全てがバレていても仕方が無い。

「んだと……! くそっ、アルゴの野郎。……鼠の仇名は伊達じゃねぇな……」
「……何を今更。 今気づたんなら、遅すぎだろ? アルゴの性質くらい付き合う前から把握するもんだ」

 クラインの愚痴を訊いて、リュウキは、素早く突っ込んでいた。そのくらいの覚悟が無ければ、あの情報屋とは付き合っていけないのだから。

「ちょっとまて! なら、リュウキ! おめーにも聞きたいことがある!」

 クラインは、話題逸らしをするかの様に、リュウキに指を突きつけた。『話題逸らしたな……?』 と言おうと思ったが、それを止める。少しだけ、クラインの言う『聞きたい事』が気になったから。

「………?」
「アルゴの情報だ! キリトのヤツ以外にも、オレはリュウキ、お前の事もアルゴから聞こうと思ったんだ。だが、なんでお前の情報だけ極端に無いんだよ!」

 突然、クラインがそう叫ぶように聞いていた。

 確かにそれに関してはキリトも不思議に思っていた事だ。だけど、売ってない理由を直接本人に聞く。……そんな事をしたら、リュウキの情報を買おうとしている。と言う事があからさまにバレてしまい、あまり良い印象を与えない、寧ろ悪い印象しか無いだろう。

 リュウキは、クライン問に、とりあえず答えず苦笑いをしていた。横で訊いていたキリトも同様に。


――……良くも悪くも、真っ直ぐで単純。


 それが、この男の良い所なのかもしれない。とも リュウキとキリトは思っていたのだった。

 

 

第32話 白銀と漆黒Ⅰ


 とりあえず、クラインの話を訊いて、リュウキは一頻り苦笑いした後は、『やれやれ……』と言わんばかりに、ため息を吐いていた。
 本当に多い。リュウキがため息を吐くのは。 そして大体メンバーは、決まってる。クラインはその中でも1,2を争うだろう。 

 そして、真横で聞いていたキリトも呆れていた。

「………はぁ、何でもかんでも一直線。猪突猛進か? お前は本当に……」

 リュウキは、そう返す。キリトもリュウキもクラインの性格は大体はわかっているのだ。だからこそ、ため息が多い。……不快では無いのが救いだ。

「……さっきの質問だが、当然、それは答えるつもりは無い。プライバシーだ」

 返答は勿論そうだ。 
 自身の情報を公開する。別に自分の今のレベルを言う位なら問題ないが、それ以上《何か》を自分から、言うつもりは毛頭ない。
 アルゴの様には考えられないし、そこまで金にがめつい訳でもない。
 
 それは、大多数がそうだろう。アルゴが特殊すぎる。

「まあ……、そりゃそうか」

 全く期待をしてなかった、と言えば嘘になるが クラインも流石に正直に、教えてくれるとも思ってなかったんだろう。だからこそ早々に諦めていた。

「……まぁ確かに、自分のステータスまで売れるような奴はアルゴくらいだろうさ。……兎も角、だからオレ達は互いに相手がクリスマスボスを狙っていることを知ってるわけだ。現段階でNPCから入手できるヒントも全て購入済だって事もな。……なら、オレが何でこんな無謀な経験値稼ぎしている理由、そしてどんなに忠告しても止めない理由もお前には明らかだろう」

 キリトは、はっきりとクラインにそう告げた。
 クラインの方だけを向いて言っているのは、リュウキには端からバレていると言う事はわかっていたからだ。

「……悪かったよ。カマかけるみてぇな言い方してよ……」

 クラインはあごから離した手でガリガリと頭を掻きながら、続けた。

「イヴの日、24日の夜まであと5日をきったからな……。BOSS出現に備えて ちっとでも戦力を上げときたいのは、どこのギルドも一緒だ。……まぁ、流石に こんなクソ寒い真夜中に狩場に篭るようなバカは少ねえけどな。 だが……ウチはこれでもギルメンが10人近くいるんだぜ。十分に勝算あってのBOSS狙いだ。仮にも≪年イチ≫なんていう大物のフラグMobがソロで狩れるようなモンじゃねえことくらい、お前ェにもわかってるだろうが!? オレには自暴自棄にしか見えねぇんだよ。キリト」
「………」

 クラインの言葉に、キリトは反論できないようだ。……この男が言う様に、BOSSの強さは、身に染みているからだ。
 
 BOSSにも様々な種類が存在している。 フロアBOSS以外にも、フィールド上にいるタイプ、クエストイベント等にいるタイプ、そして 隠されているBOSS等。
 一貫して言えるのは、そのどれもが決して侮れない相手だと言う事。強敵だと言う事だ。

 安全マージン等は存在しない、と言える程に。今まで前線で戦ってきた身からすれば、それは痛い程、身に染みている。

「確かに……。クラインの言う通りだ。……普通(・・)、なら」

 その時、だった。
 クラインの話を訊いていたリュウキは、不敵な笑みを零しながら、答えないキリトの代わりに話しだした。

「あん?」

 クラインはその笑みに、言葉に引っかかっていたようだ。視線をキリトの方からリュウキに変えた。

「クラインとは別の理由で、オレは此処(アリ塚)に来たんだよ。 オレもたまにはパーティを組んでみようか? と思ってな。だから キリトを探していた」

 リュウキは、そう答えると、キリトの方を見た。

「は……?」

 キリトは、リュウキの思惑が全く理解出来なかった。だが、冷静に言葉の1つ1つを思い返し、そして理解する事が出来た。できて、思わず 唖然としてしまっていた。

 正直、これまでリュウキから誘いを受ける事等 無かった。

《リュウキは、誘いはしても、誘われはしない》

 そんな存在だったんだ。
 そして、彼が頑なに1人でいる事には、何か訳があるとは思っていたが、それを訊くのはマナー違反だ。この世界ではなく、現実世界での事の可能性が高いから。

 だから、訊けない。でも、リュウキとパーティを組むのは正直ありがたい事だった。多分、攻略組であれば、誰しもが そう思うかもしれない。

 でも、それでも、今キリトは受けるわけにはいかなかった。
 
 今回の戦いは、1人じゃないと意味が無いからだ。100%アイテムを入手するのには1人じゃないと不可能だから。1人加われば、確率は半分、50だ。それでは意味が無い。どうしても、欲しいアイテムだから。

 だからこそ、キリトはリュウキの誘いを断ろうとしていた。キリトの葛藤は、数秒に及んだ。そして、断ろうと返答する前に、リュウキはキリトの考えを見越したように続ける言った。

「キリト。オレの目的はその年イチMob《背教者ニコラス》を《視る》事だ。……ドロップアイテムには興味はない。だから、仮に オレにドロップしたとしても無償で譲る。視る為だと言っても、キリトと一緒だったら、大分楽になるから、な」

 リュウキの言葉を聞いて キリトは再び言葉が詰まる。リュウキはキリトの考えを知った上でそう言っていたのだ。

『全てをキリトに譲る』

 そう、キリトの目的は《背教者ニコラス》が落とすと噂されている≪蘇生アイテム≫だ。
 それが、キリトが異常なまでにレベル上げに邁進してきた理由。

 全ては、あの時の贖罪の為。ギルド《月夜の黒猫団》の為に。


「はぁ……やっぱり あの話のせいかよ」

 クラインも、全て判った様だった。それ程までに あのイベントの噂は蔓延しているから。

「《蘇生アイテム》。……まぁ気持ちはわかるぜ? 正に夢のアイテムだからな。『ニコラスの大袋の中には命尽きたものの魂を呼び戻す神器さえも隠されている』だったか。 ……でもな、大方奴らが言ってるとおり、ガセネタだと思うぜ。 ガセと言うか、SAOが大元の……普通のVRMMOとして開発されてた時に組み込まれていたNPCのセリフがそのまま残っちまった。……つまり本来はよくある経験値の罰則(デス・ペナ)を回避する為に、死んだプレイヤーを無償で蘇生させるアイテムだったんだろうさ。……だが、今のSAOじゃ、ありえねえ。罰則(ペナルティ)……それは即ち、プレイヤー本人の死なんだからよ。思い出したくねえが……あの時、茅場の野郎が言ってたじゃねえか」

 クラインのその言葉を聞いて、あの時の茅場の言葉が蘇ってきた。

『HPが0になった時点で、プレイヤーの意識はこの世界から消え……現実の肉体に戻ることは永遠に無い』という言葉だ。

 その茅場の言葉が欺瞞だったとは思わないし、思えない。

「それによ……、死んだ連中が実際にどうなるのか。知っている奴はここには1人もいねえ、死んだら向こうに戻ってて、『全部は嘘でした!なーんちゃって』とか、茅場が言うのか? ふざけんなよッ手前ェ! そんなの1年も前に決着が付いている議論だろうが。それが本当だって言うなら、速攻で現実の連中が皆のナーヴギアを剥ぎとりゃ一瞬で終わりだ。だが、出来ないってことは……、本当(マジ)ってことなんだよ。HPが0になった瞬間、……ナーヴギアが電子レンジに早変わりして、俺らの脳をチンするんだよ。じゃなけりゃ、これまで、糞モンス共に殺られて、死にたくねえ、って泣きながら消えていった連中は何の為に……」
「……それ以上、何も言うなクライン」

 クラインの言葉を制したのはリュウキだ。理由は明白。キリトの表情が暗く……冷たくなってゆくのを感じたから。

「……クライン。お前はオレやキリトが今更そんな事わかってないと思ってるのか? そう思ってるのなら、もうオレは、いやオレ達はお前と話すことはもう何も無い」

 それを最後にクラインから視線を外すと、リュウキはキリトの方を見た。

「オレも、蘇生の可能性は たった1%でも、極論すれば0でなければ、十分だと考えている。 確かめもしないで、予想だけで結論付けるのは どんな事でも愚かな事だ。 ……そして何より、オレとお前なら2人でも十分に狩れる。あのアイテムを手に入れられると言う可能性の話なら、100%だ。保障しても良い。 オレはソロだ。……あのアイテムもオレには必要ない」

 そこまで言いうと、一呼吸置く。
 リュウキは、キリトの目をしっかりと見つめ。


「……だが、そこから先のメリットとデメリットは キリト自身が考えてくれ。組むのを断るのなら、これ以上、無理にとは決して言わない。オレは手を引こう。……約束はしてもらうがな」
「……約束?」
「ああ。『死なない』とだ」
「っ……!」

 リュウキの言葉を聞いてクラインは何も言えず、押し黙った。

 そして、キリトは目を瞑った。目を瞑り考えた。自分にとって最適な選択はなんなのか?
 それを導き出したのだ。

「オレは……」

 目を瞑ったまま、キリトは思う。以前の自分なら、このSAOがデス・ゲームとなったとしてでも、多分、負けたくない と言うプライドが邪魔して、組むのに、少しは躊躇をしていたって思える。だが、今は違うんだ。

 リュウキの言葉は心強く、そして、温かかった。何よりも、誰の言葉よりも。

「……よろしく頼む。リュウキ」

 目を開けた時、キリトはリュウキの手を取った。これほど心強いものは無い。
 この男のゲームの強さ。いや、ステータスの強さだけじゃない。

 クラインの存在も、間違いなくキリトにとって助けになっている。
 
――……だが、なぜだろうか?

 キリトにとって、リュウキの言葉はそれ以上だった。なぜ ここまで心に響いてくるのかは、キリトにはこの時知る由もなかった。

「ッ!! 待てよ、考え直せ! 2人とも無茶なことはやめるんだ。お前らの実力は疑わねえよ。そりゃそうだろう、この世界でトップクラスのプレイヤーだぜ? でもよ……いくらなんでも無謀すぎるだろ!たった2人で、年イチのBOSSとやるなんてよぉ! 今までのBOSSの定冠詞持ってた野郎共の事を思い出せ!」

 クラインの言葉は、決して自分の為に言っていない。
 
 自分達以外のプレイヤーにアイテムを取らせないように、少しでも手に入れる可能性を上げる為に、等と言った類のモノじゃない。
 
 それは本当にわかるんだ。純粋に、自分を心配をしてくれている事が。そして、フラグMoB。BOSSクラスのモンスターをたった2人狩る。それが、如何に無茶な行動なのかもクラインは知っている。最前線にまで 戦い抜いてきた強者だからだ。

 だが、それでも2人の意志は堅かった。
 
「確実に狙ったモノを獲るならこの方法しかない。増えれば増える程、確率で言えば下がるばかりだ。ドロップアイテム目当てじゃないのにBOSSに挑もうとする酔狂な男はオレくらいだ。……そして、キリトが了承してくれた以上やる」

 リュウキはそう言った。

「悪いな……リュウキ」

 キリトは、感謝してもし足りない程、だった。

「……気にするな オレ自身の情報収集にもなる」

 リュウキはそう言うと、この場を離れた。そして 声を限りなく小さくする。……キリトに聞こえないように。



「何より……、お前を死なせたくない……からな。」

 

 そうリュウキは呟いていた。
 

 

第33話 白銀と漆黒Ⅱ


~2013年12月24日 第49層・ミュージエン~



 以前に何度も来た事がある層。ここの特徴は? 印象は? と訊かれれば、多分殆どが街の中心に大きなクリスマスツリーと言うだろう。

 そう、この街のNPCに今回のMobの話を聞いたのだ。

 《背教者ニコラス》その情報を。

 この街でリュウキとキリトは落ち合う予定だった。
 そして、アルゴともだ。より詳しい情報が無いかどうかを聞く為に。

 そして、先にこの場所に着いたのはキリト。そのキリトにゆっくりと近づく人影があった。

「……随分と無茶ナレベル上げをしているそうじゃナイカ?」

 ベンチに座っているキリトにアルゴが話しかけた。

「……新しい情報が入ったのか?」

 キリトは振り向かず、そう聞く。誰が来たのか振り向かなくてもわかったからだ。

「んー、金を取れるモノは何もネーナ」

 アルゴはお手上げ、と言わんばかりだった。新たな情報があれば、と思いアルゴもこの場所に呼んだのだが、キリトにとっては肩透かしだ。

「なんだ。情報屋の名が泣くぜ……」
「これは、βテストの時にもなかっタ初めてのイベントだシ……。それニ何よりモ、オイラのとっておきの情報収集源モ喋ってクレねーンダ……。愚痴りタクなるってモンさ」

 アルゴは肩を縮ませ、そう言っていた。
 宛にしていた最大の情報源が話してくれないから、と言うのが全体を占めているだろう。

「とっておき……、リュウキ……のことか?」
 
 キリトはこの時、なぜ アルゴがリュウキの情報を扱わないかはっきりした。
 
 アルゴの情報。それは、リュウキの情報をかなり重要視した上で、独自の情報とMixさせて作っている事が多いのだろう。
 だから、その情報源が無くなったとすれば? 情報屋として、破滅的なものになると予想は容易にできる。だからこそ、(リュウキ)の事は安易には話せない。機嫌を損ねでもして、情報を売ってくれなかったら。文字通り死活問題だ。

 キリトは、結論づいたと同時に、深く 改めてリュウキに感謝もした。
 リュウキがつい先日、一緒に狩りをしていた時に言っていた情報、てっきり、アルゴから買ったと思っていたんだが、それは違うようだ。
 リュウキは、情報を知りつつ、情報のリークを抑えてくれたんだろう。一般プレイヤーからすれば、情報独占の悪徳プレイヤーに見えるかもしれない。でも、リュウキはそんな事をする男じゃない。

「……リュウキに感謝だな。本当に」

 キリトは、そう、呟いていた。

「ん? どういうコッタ?」

 アルゴは、キリトの呟きが聞こえたのだろう。意味が判らず、目を丸くしていた。

 その時だ。

「別になんでもない……だろ? キリト」

 いつの間にか、2人の直ぐ傍にまで来ていたリュウキがそう言っていた。

「ああ、リュウキか。……遅かったな」

 キリトは振り返って手を上げた。アルゴと話をしていたから、周囲に気を配れていなかった様だ。

「悪い。待たせたな」

 リュウキは、僅かに遅れたことを軽く詫びを入れる。基本的に、時間厳守をする性格だから。
 そして、アルゴはというと、そんな2人の姿を何度も何度も交互に見たアルゴは再び目を丸くさせた。

「なななっ……ナナッ…… NA……!!」

 言葉にならない……言葉がよくわからない発音をするアルゴ。2人の顔を交互に見ながら。

「何故、2人ガ一緒にいるんダ!?」

 雪降る夜の街中で、アルゴは叫んでいた。

 2人を見て、本当に驚いていた様だ。この2人のプレイスタイルはソロで有名だから。異名というか、2つ名も其々付けられている。

《白銀の剣士と黒の剣士》と。

 ……一時期はリュウキは勇者と呼ばれていたが、次第に、あまりに嫌になった為 アルゴに頼んで根回ししてもらい、勇者ではなく、剣士と呼ぶようにとした。
 
 剣士が定着したけれど、それでも嫌そうだった、でも、やっぱり 勇者と呼ばれるよりは、ある程度はマシだそうだ。
 
 そして、これは幸か不幸か……《ビーター》の名が広まった以上。前ほどは騒がれなくなった。基本的に騒ぐのは、顔見知りが割合的に多い。

「……別に、たまには良いだろ? オレが誰かとコンビ組んだとしても」

 大袈裟に驚いているアルゴを見てリュウキはそう答えた。

「そうだな……。オレにとっては、パーティ組んだとしても足手まといになることが多いが、リュウキは数少ないプレイヤーだから」

 今度はキリトは何やら偉そうに言ってる。それを訊いて、リュウキはニヤリと笑うと。

「……オレにとっては、キリトの方が足手まといになるんじゃないか? この場合。いつぞやの二の舞にならない事を願うが?」

 そう言うと、鼻で笑っていた。それを訊いて、キリトに苦い記憶が頭の中を過ぎった。あのβテスト時代、健全なVRMMOだった頃の事だ。追えども追えども、離されていく。これ以上無い敗北を。

「なっ! 舐めんなよ! オレだって、やる時はやるんだ!」

 キリトは、息巻きながらそう吐き捨てた。
 別に勝ち負けのジャンルではないけれど。

 そんな2人を見ていたアルゴは、本当に仲の良い兄弟に見えた。だから、最初こそ、凄く驚いていたアルゴだったけど、次第に表情が変わっていく。

「ぷ……くくくくっ……ッ」

 次々と、沸き起こってくる笑み。最終的には、防波堤が決壊したかの様に、怒涛の勢いで笑いが止まらないようだった。

「あーはっはっは♪ ほんっと可愛いネ~。2人とモっ♪」
 
 その止まらない笑み、大笑い。辺り構わず大笑いをアルゴはしていたのだった。クリスマスだからか、この層にはそれなりにプレイヤー達はいる。……注目を集めてしまうのをお構いなしだった。

「「ッッ!!」」

 当然2人は直ぐにアルゴの笑いに気が付いて、直ぐにキリトは立ち上がった。リュウキも軽く頭を振る。

「さ……行こうか」
「ああ、そうだな」

 2人はそう示し合わせると同時に素早く移動し、その場を後にした。

「あっはっはっは……ってアレ?」

 アルゴが……大笑いしている隙に、2人は影も形も無くなっていた。きょろきょろと周囲を見渡したのだが、見当たらない。1度でも見失ってしまったら、もう追いかけるのは無理だ。

「ハハッ……逃げられちゃったカ……」

 アルゴは、頭を掻きながらそう言う。そして、深いため息をつく。

「……キー坊もリューがいるおかげで、救われテル……。本当にそう思うナ……。あの事があって、キー坊……随分苦しソウだったから……」

 アルゴもアルゴなりに、キリトの事は気にかけていたようだ。

 あの2人を見て、安心が出来る。今回の危険なクエスト 例え、それがたった2人だけだとしても、何も心配要らない。強くそう思えるのだ。

「無事デナ。 マダマダ、稼がせテ貰うゾ? リュー。……キー坊モ」

 アルゴはそう呟くと、夜の闇の中に消えていった。





~第35層・迷いの森~



 一面銀世界、その森林の先は薄暗い。夜の漆黒の闇に包まれていた。そして、1度でもこの森に入ってしまえば、入ってしまえば同じような景色が広がる為、
 その森の名同様に迷う可能性もある危険な場所だったが、2人にとって 特に問題はない。

「さて……この先だな」

 リュウキは、目的地を見ると、指さした。

「……ああ」

 リュウキの言葉を訊いて、キリトも気を引き締めなおした。此処から先の相手は、間違いなく強敵だからだ。リュウキと一緒に戦うとは言っても、初見だから 不確定要素も多いのだ。

「……キリト」

 リュウキは、キリトに聞きたいことがあった。
 それは、このMobと戦う事、その事を《彼女達》が知っているかどうか、だ。

「何だ?」

 キリトは、歩みを留める事無く、顔だけを向け訊いた。

「今回の事 あの時のギルドのメンバーに言っているのか?」

 リュウキは、その気になっていた事を訊いた。

「………いや、言っていない。」

 キリトは首を振った。どうやら、彼女達とは話をしていないようだ。

「そうか……」

 それは 良かったのかもしれない。クラインとは違うが、今回のアイテムが本当に蘇生アイテムだと言う可能性はあまりに少ないのだ。
 自分達は良くても、悪戯に希望だけを持たせるわけにはいかない。
 そして、サチという少女なら……そんな危険なことをキリトがしていると知っただけでも心を痛めるかもしれない事も考慮して。

 そして茅場は、はっきりと言っている。

『あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 そうはっきりと宣言しているのだ。……この世界の管理者が。
 その破壊される最終フェイズがどれだけあるか推測以上の確信は無いが、間違いなく遂行はされるだろう。


「……どうか、したか?」

 キリトは考え込んでいたリュウキに気が付いたのか、そう聞いていた。

「いや、なんでもない。……さっさと狩って帰るか」

 軽く頭を振り そう答えると リュウキは剣を取り出し、軽く振った。


「………そう言えば、お前あの時のあの《剣》はなんだったんだ……? 両手剣、じゃないよな」

 キリトは、あの時の事を思い出し、リュウキに聞いていた。リュウキが、サチやケイタの事を訊いたから、思い出したのだろう。
 
 あの悪夢、トラップルームの事を。

「あ……」

 キリトの質問を訊いて、思い出したように、はっ! とさせていた。
 実は、あの武器とスキルに関しては、アルゴにも一切公開していない。今回の様な稀な情報操作は別として、基本的にリュウキは情報を出し惜しみしたりしないのだが、今回は仕方なく、秘密にしていたものだったからだ。

「………む、駄目か? 言わないと」

 だから、リュウキはキリトにそう訊いた。
 リュウキにしては珍しく動揺しているようだ。珍しいところを見れただけでも収穫あり、っと思えなくないがキリトだったが、頷いた。

「いや……、流石にもう見てしまったからな……。ちょっと気になって 訊かずにはいられないな」
「……まぁ それはそうだろう。仕方ない、か……」

 観念しリュウキは、装備ウィンドウを出した。
 全ての必要スキルを変えると、《極長剣》をあの時に使った剣を取り出した。オブジェクト化したと同時に光と共に現れる剣。それを目の当たりにしたキリトは。

「うおっ……間近で見るとやっぱでかいな……。あの時は、ここまではっきりと見てなかったから」

 その長い刀身を見たキリトは目を丸くしていた。新たな武器やスキルに興味を持つのは、当然の感性だろう。

「これは、カテゴリー名 極長剣だ。 その性質は両手剣の1.5倍、片手剣の2倍の刀身。リーチが長い事、かな。長いが 刀身は日本刀の様に細い。だから、重量自体は両手剣とあまり変わらない。エクストラ・スキル」

 リュウキは、軽く剣を振りまわしながら説明した。この武器の利点は、そのリーチが他武器に比べ圧倒的に長い事。投擲以外の遠距離の攻撃手段がないこの世界において、リーチの長い武器は使用者の腕次第で幾らでも化ける。小回りが利かないと考えられるが、筋力パラメータが十分に備わっていれば、普通の剣同様に振り回すことが出来る。現に、あの戦いの際、リュウキは自由自在、手足の様に扱っていたのだから。

 そして、秘密にしていても 極長剣スキルは鍛えている筈だろう。正確に得たのが何時なのかは判らないが。

「………それ、反則じゃないか?」

 キリトは若干苦笑いしながらそう言う。
 リーチの外から攻撃してくる以上、その攻撃を掻い潜らなければならない。そして使用者の技量に比例して増していくその強さ。キリトはそう思わずにはいられないようだった。

「これは、盾を持つことも出来ない、そうでもない。近接戦闘になれば……、やはりどうしても不利なところもあるからな」

 片手で軽く振り回すリュウキを見てそんな話を聞いても、まるで説得力がないと言うものだ。だけど、本当に心強い。

「まぁ いいか、……ありがとな」

 キリトは 教えてくれた事に対して礼を言っていた。リュウキはそれを訊いて、軽く苦笑いをする。

「まぁ、出現条件みたいなのが判れば、出し惜しみせずに直ぐに公開してるんだけど、な。これに関しては、気がついたら合ったって感じだ。……所謂ユニークスキル。と言う奴かもしれない……。こんなの持ってるって知れ渡ったら……、正直考えただけで頭が痛い」

 リュウキは頭を掻きながらそう言っていた。その気持ちはキリトにも判る。

「……ネットのゲーマーは嫉妬深いからな。……オレは言いふらしたりしないよ。勿論アルゴにもな」

 キリトはリュウキの考えている事はわかる。だから、キリトはそう言っていた。

「はは……助かるよ。だけど、コレもいざと言うときは使うんだ。だから、出回るのは時間の問題だ……ってなっ!」

 リュウキは、極長剣を構えつつ、振り向いた。それと殆ど同時に、青い光が場を照らした。

 光は1つではなく、何度も瞬く間に現れては消える。現れた数だけ、人影が現れた。この場所に来たのは1人じゃない。

 そして、あの光は転移の光。どうやら何人かこの場に転移してきたようだ。



――現れたのは、敵、だろうか……? それとも………。


 

 

第34話 白銀と漆黒Ⅲ


 その場に現れたのはざっと見て、約10名のプレイヤーだ。

「尾けられてた……みたいだな。」

 リュウキがそう呟く。その出てきたメンバーの中心にいる男を見て正体が判った。

「クライン……」

 ギルド≪風林火山≫のメンバー、そしてクラインだった。

「追跡スキルの達人がいるんでな。」

 クラインはそう答えた。尾けていた事を否定はしないようだ。

「……しつこい男は嫌われるんじゃないのか?」

 リュウキはそう言いながら、抜いた剣を肩にかけた。

「うるせぇっよ! それは兎も角、キリト! お前が全部のツリー座標の情報を買ったっつう情報を買った。そしてら 念のため49層の転移門に貼り付けといた奴が お前が何処の情報にも出ていないフロアに向かったっつうじゃねえか。……オレはこういっちゃ何だけどよ。お前……お前らのコンビは戦闘能力じゃ群を抜いてる。それにゲーム感もそうだし、リュウキのよくわからねえ《目》ってやつもそうだ。すげえと思ってるよ。……2人とも、攻略組の中でも最強、血盟騎士団のヒースクリフ以上だとな。だから……だからこそなぁ。お前らをこんな所で死なすわけにはいかねえんだよ! キリト! リュウキ!」

 伸ばした右手で真っ直ぐに指差し、さらに叫んだ。

「たった2人なんてやめろ! 俺らと合同でパーティを組めば良いじゃねえか! 蘇生アイテムはドロップさせた奴のもので恨みっこ無し、それで文句ねえだろう!」

 確かにこの男の、クラインの言葉は 自分達の身を案じている。……友情から出ているんだろう事は判る。だがけど、それでもキリトは譲れない。

「それじゃあ、意味なんだよ。」

 キリトはそう答えた。目の前で死んでしまった嘗てのギルドの仲間。彼らを、蘇えらす為には。この方法しか無いんだ。
 そして、その気持ちは、リュウキにもよくわかる。あの時、あの場所で、キリトの目の前で仲間が仲間を失ってしまったんだ。キリトの様に 付き合いがある奴らじゃない。だが、目の前で理不尽に奪われる命。あれは、あの苦しみは味わなければ、判らない。そして、悔いるキリトの姿。それは、かつての自分とかぶってみえる。

 リュウキは剣を持ったままだった。決して警戒心を解かない。

 そして。

「心配してくれるのはありがたい……が、2人で十分と言う事は事実だ。……それでもオレを、オレ達を止めると言うなら、それはアイテムの争奪戦。アイテムを奪い合うという事だ。どうしても と言うのなら……オレ達を斬ってでも止めてみろよ、クライン」

 そうクラインに言うと、自分の身長よりも長い剣の柄を握りこんだ。

「ッ………。」

 そこまで、言われたら……クラインは何もいえない。『斬ってでも、止める』そこまでの覚悟は持っていなかったようだ。だが、クラインはどこか、悲しい目をしていた。

 エリアに第三の侵入者が姿を現したのはまさにその瞬間だ。

 しかも 今度のパーティは10人どころじゃなかった。ざっと見ただけでその3倍近くはいるだろうか。

「……お前らも尾けられてたな、クライン」

 キリトも、それを確認し武器を構えた。

「……ああ、そうみてェだな!」

 50mほど離れたエリアの端から、風林火山とオレ達を見つめる集団の中には、何人か顔見知りもいた。風林火山のメンバーがリーダーであるクラインに顔を近づけ 低くささやいた。

「あいつら……≪聖竜連合≫っす。フラグボスの為なら、一時的オレンジ化も辞さない連中っすよ!」

 それは、キリトは勿論リュウキもよく知っている。
 この世界、トップギルドの1つだ。
 
 その規模と実力は、最強ギルドと謳われる血盟騎士団と並ぶ。
 個々のレベルは、様々な層を闊歩し続けているリュウキの83より上はいないだろう。それは、短時間とは言え、長時間、効率の良い狩場に篭もり 借り続けてきたキリトと同等の者もいないだろう。
 だが、それでも如何せん数が多い。

「……相手がデジタルデータなら、楽勝だ……と言ってやりたい所だがな……」

 リュウキは、柄を握る手に更に力が込められた。この数だ、いくらリュウキも戦えば物量の差でタダじゃすまないだろうと考えていた。この後にはBOSSが待ち構えていると言うのに。浪費をしている場合じゃない。
 そして、もう指定時間にまで刻一刻と近づいていっているのだ。

 その時だった。


「くそっ!! くそったれがっ!!」


 クラインが叫び声を上げた。

「行けッ! キリト! リュウキ!! ここは俺らが食い止める!お前らは行ってBOSSを倒せッ! だがなぁ! アレだけ大見得切ったんだ! 死ぬんじゃねえぞ!オレの前で死んだらぜってえゆるさねえからな!!」

 クラインの怒声と共に、風林火山メンバー全員が構えた。

「………悪い、クライン」

 キリトは、それを訊いて背を向けた。

「オレ達がが死ぬか。自分の心配をしろよ、クライン。………お前らも死ぬなよ。」

 リュウキもそう言って背を向けた。
 もう、時間は殆ど残っていない。後数分で指定時間。

 2人は、足早に最後のワープゾーンへと足を踏み入れた。





 モミの巨木は そのワープの先、ねじくれた姿で静かに……それでいて圧倒的な存在感で立っていた。
他に樹の殆ど無い四角エリアは積もった雪で真っ白に輝き、全ての生命が死に絶えていた平原に見えた。
 そして……視界の端の時計が零時になると同時に何処からともなく鈴の音が響いてきて、その音に誘われるように梢の天辺を見上げた。

 この漆黒の夜空、光が伸びていた。

 それはよくよく眺めて見ると奇怪な姿をしたモンスターに引かれた巨大なソリらしい。

「……それで、サンタクロースのつもりか?」

 リュウキは強く柄を握る

「……耳障りだな」

 キリトも同様だった。その奇怪な姿をしたモンスターは、サンタを思わせる巨大なソリから飛び降りてきた。ズズンッ と言う衝撃音と共に、盛大に雪を蹴散らして着地したのは背丈がゆうに3倍はあろうか程の怪物だった。
 その姿は顔の下半分からは捻じれた灰色のひげが長く伸び、下腹部にまで到達している。リュウキが言うようにサンタを思わせる成り立ちだが、あまりに醜悪にカリカチュアライズしていた。

 普段であれば、その醜悪な姿に、酷評の1つでも言ってやるのだが。

「………用事があるのは、お前にじゃない」
「ああ……さっさと出してもらうぞ!」

 その言葉通り、目の前の怪物には用は何もないのだ。

 それは白い世界。闇夜の白い世界に写る、漆黒と白銀。対照的な二者が、剣が交差した瞬間だった。

『おおおおおおおおお!!!!!!!』

 2人はクエスト開始を待たない。それは、まるで特攻するように。対照的な色を持つ2つの剣閃が≪背教者ニコラス≫を穿ったのだった。




 

 

第35話 白銀と漆黒Ⅳ


 醜悪のサンタクロース、ニコラスとの一戦。

 確かに、年一のBOSSと言っただけのことはあった。その何度も変わった攻撃パターン、防御に移行する瞬間。ランダム仕様の中にも、必ず法則性はある筈なのだが、それでも 変わり続けている。
 だからこそ、リュウキは何度も視て(・・)そして解析の修正をし続けた。
 
 弱点(ウィークポイント)まず 見抜いたリュウキは、それを伝え、キリトの正確さと何よりかなりの反応速度で穿つ。
 この世界で、最前線は勿論、それ以外でも様々な場所で プレイヤー達を見てきたが、この速度を上回っている者には会った事は無い。最早全プレイヤー中NO.1だろう。

 そして、全てを見透かす《眼》を持つリュウキ、何よりも早い《反応速度》を持つキリト。

 2人の最大の武器を合わせ、息のあった連携を見せる、魅せ、続ける事で、2人とも、かなりダメージを被ったが、ニコラスの討伐には無事に成功した。

 以前までのキリトであれば、『生きていたな』と思わず言ってしまっただろう。あの日、皆を失い 己の命を軽んじてしまっている部分があったから。
 だけど、今はそうは思っていない。約束を、したから。
 リュウキは、何も言わず、ただ 頷いていた。


 そして。まるで、最初からそうなる事が決まっていたかの様に。
 その《アイテム》はリュウキではなく、キリトにドロップしたようだ。拍子抜けする程、あっけなく現れた。

アイテム名《還魂の聖晶石》

「キリト……」

 リュウキは、キリトを見ると、キリトは頷いた。目の前にあるのは、求め続けてきたアイテムだ。そして、はやる気持ちを抑えつつ、その宝石をワンクリック。ポップアップメニューからヘルプを選択する。
 そこには解説が書かれているからだ。あの謳い文句の情報が本当なら、書かれている筈だから。

「テツオ……ササマル……ダッカー……」

 キリトは嘗ての仲間の名を呟く。目の前で砕け散ってしまった仲間の姿を。これで助けられる事ができるなら。年に1つしか得られないアイテムだとしても、例え、何年かけてでも。

 《全員》を助け出すと心に誓っていた。

 初めてのギルド。そのアットホームな暖かさをくれたギルド。直ぐに仲間と迎えてくれたギルドの皆を。


「ッ……!」


 そして、アイテム詳細を確認した瞬間。キリトの表情に絶望が写されていた。
 僅かに起こした身体も、また、膝をついてしまう。そのヘルプのところには、馴染んだフォントで簡素な解説が記されている。

 可視化された詳細が書かれているウインドウは、リュウキも勿論確認した。

「………とってつけた……後付……だろ。これ」

 リュウキも……思わず、そのアイテムを解説ごとぶった斬りたい衝動に苛まれた。その書かれていた説明とは。

『このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して《蘇生:プレイヤー名》と発生する事で、対象プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(およそ10秒間)ならば、対象プレイヤーを蘇生することができます』

 その、リュウキがいっていた後付という言葉。もう、それが何処なのか、判るだろう。(およそ10秒間)と言う一文だ。

 その10秒間がアバターが四散してからナーヴギアがマイクロウェーブを発して生身のプレイヤーの脳を破壊するまでの時間だと考えられる。

「かやば………あきひこっ……」

 リュウキ自身が、ここまで誰かに憎しみを殺意を感じたのは、何時だっただろうか。
 人の命の尊厳を踏みにじるようなこの一文。恰も、『助けられる』そう匂わせ この文章を見せた時の絶望。

――……お前は……、この世界の何処かで見ているというのか?
――……鑑賞し、ほくそへんでいる……とでも言うのか?
――……なら……出て来いよ。
――……あの時に言っただろ……?『良いライバルになれるかもしれない』と。……だがあの時、言ったよな?

―――……良い思い出になるかどうかは保障しないと。


 極長剣にリュウキの意志が宿ったかの様に、どす黒いオーラを放っている様な感じがした。


(お前はこの世界のどこか……絶対にお前はいるはずだ。そう……恐らくはこの城の最上階。その玉座に座して待っているんだろ……?)

「………そこまで必ず行く。……待ってろ」
 
 ギリギリッ……と、柄を握る手に不自然に力が込もった。体全体に、熱が篭り激っている自分を感じていた。

 そしてキリトの方を見る。キリトは、足元が……覚束無いようだ。それを見たリュウキは、決して今の怒りを忘れない様にしつつ、どうにか、自分の身体の奥底へと追いやると。

「行こう……キリト。」

 キリトの肩に触れた。

「………………ああ。」

 キリトは、頷くと、リュウキの手を借りつつ 起き上がった。おそらくはキリトも同じ気持ちなのだろう。その身体は震えている。そして、感じる。絶望よりも怒りの方が優っている事に。






 そして、2人は クラインたちのいる場所へと戻った。
 戻った先、森の中。そこには もう、あれだけの数がいた聖竜連合のメンバーはいなかった。その場に留まっていたのは、クラインたち風林火山のみだった。

 そのリーダーのクラインのみがHPをキリトやリュウキに劣らずほどに減っている様に見えた。
 
 そしてかなり、疲弊もしているようだ。
 どうやら クラインは仲間を背負い、1対1のデュエルで決着をつけたんだと推察された。聖竜連合のメンバー達も、同じ攻略組である風林火山と全面戦争をする様な事まではしなかった様だ。

 そしてクラインは、リュウキとキリトの帰還に、心底ほっとしたように一瞬顔を緩めていたが、恐らく2人の表情を見て察したのだろう。
 直ぐに口元をこわばらせた。

「おまえら………」

 割れたような声で囁く。そんな時 キリトは、クラインの膝の上に聖晶石を放った。

「……それが蘇生アイテムだ。過去に死んだ奴には使えなかった。次にお前の目の前で死んだ奴に使ってやってくれ」

 まるで、1人で決めているかのような口ぶりだった、とクラインは思ったが。

「………オレに依存は無い。今の様に、ギルドを背負うお前にこそ、それは相応しいアイテムだ。……助けれえる命を助けてやってくれ」

 リュウキも同じ思いだったようだ。そんな2人を見て、クラインはもう堪え切れなかった。

 『希望が打ち砕かれた』そんな表情をしている、から。

「ッ……お前ら……リュウキっ キリトよぉ……! 絶対……絶対生きろよ……。最後まで……生きてくれェェ……ッ!」

 泣きながら何度も生きろと繰り返すクライン。膝から崩れ落ち、その場で蹲る。それ以上は何も言えなかった。

 
 リュウキは、今の滾る心情でクラインの事を考える余裕はなかった。
 あの時の表情をしたキリトを見て、今までずっと自分とかぶって見えるキリト。今はまるで、自分の事の様にしか考えられないから。
 そして、キリトも同じだったようだ。


 2人はクラインに返事をせず……そのまま、街へと戻っていった。



 迷いの森を抜け 街へと入ると、主街区の転移門前広場を目指した。そして、その帰ったキリトとリュウキの前に人影があった。待ち構えていたかの様に、直立不動で立っていた。
 
「……何処に行っていたの?」

 小柄なその体。その表情は険しく、決して反らせる事なくキリトとリュウキを真っ直ぐ見つめていた。

「サチ……」

 キリトは思わず声が出る。今の今まで、一言も発せず ただ無言だったキリトだが、サチを目の前にしガラリと表情を変えた。

「……行ってたんだよね。あのイベントBOSSのとこ」

 サチは確信したように言っていた。2人の表情と、そしてもう1つ彼女には確信があったのだ。

「それは……っ」

 キリトは何も言えないようだ。その言葉だけでも判る。それが間違いない事を。

「……キリト。それにリュウキ君も。2人とも、私に生きろっていってくれたよね? ……だから私にも言わせて」

 サチは、この時漸く動き出し、2人の前に来た。

「お願い。もう苦しまないで、《黒猫団》……その、皆が死んでしまったのは、キリトのせいじゃない。……私達にだって、あの時考えが浅くて、あんな危険な場所に向かったって言う責任はあるんだから」
 
 サチは、キリトの裾を握り締める。

「自分を、追い詰めないで。私達の事、想ってくれてるのなら、お願い……」

 その体は震えていた。あの時のように……。

「リュウキ君も教えてくれた……よね。生き抜くことが弔いになるって……。それは、キリトにも言える事だよね……?」

 サチは、至近距離でキリトの目を見つめた。

「そう……だ」

 その時、後ろの木陰から誰かが出てきた。

「……ッ!」

 キリトはその姿を見て、驚く。それは……今は亡きギルドのリーダー。《月夜の黒猫団》リーダー ケイタがいたのだ。
 
 キリトに呪われた言葉をはき捨てた彼が。

「メンバーが………、あいつらが 死んだのは、お前のせいじゃない……」

 搾り出すようなかすれた声でそう言う。

「すまなかった……。あと……。あの時、言えなかったが……。」

 ケイタは、涙を流す。失われた者達の事しか、考えていられなかった。でも、いたんだ。

「サチを……助けてくれてありがとう……」

 そこから先、キリトは何を感じていたのか……?はっきりとはわからない。だけど、キリトは救われた。リュウキは、そう強く思っていた。
 明らかに、さっきまでの表情じゃないから。

「………」

 リュウキは、その場から立ち去ろうとする。部外者、と言えばそうだから。

「リュウキ君」

 サチは呼び止めようとするが、首を振った。

「ありがと、な……」

 リュウキはそう呟く。想うのはたった1つ。『キリトを助けてくれて、ありがとう』
 
 リュウキは自身に今だ渦巻いていた憎しみが、殺意が、納まってゆく。サチの心配する心や優しさに救われた。……心が軽くなった。



 そして、リュウキは手を上げながら振り向かずそのまま離れていった。キリトは、小刻みに体が震えてはいるが。きっと、オレと同じように軽くなった。


――……心が……軽くなった。そう思いたい。


 こうして、1つの戦いが、物語が幕を下ろしたのだった。


 

 

第36話 オレンジギルド


~第69層・ケテルブレイン 転移門前~


 ローマの町並みを彷彿させるその層の街。
 その街は半径500m程のかなり大き目の街であり、一通り、確認して回ったが 各店の品質や宿の状況も良い。恐らく これから先、上の層に 上がれば上がるほど、こうなって行くのだろう。
 今現在、この層が最前線なのである。

「ふう……」

 リュウキはその街の転移門広場、そのベンチで腰をかけていた
 つい先ほど、65層の迷宮区を確認に行き、そして今帰ってきたばかりなのだ。流石に、この辺りの層になってくると、モンスターのパターンの変化もより素早く、殲滅にも時間がかかってくる。その分レベルは上昇して行くが、疲労度は格段に上がってくるのだ。
 だが、リュウキは今日は特に疲労感を感じていた。『気になる』程度だが。

「そう言えば……、以前 宿で睡眠とったの何時頃だったか?」

 リュウキは、今日感じる疲労感について、その原因を考えていた時、宿の事 即ち《睡眠》についてが頭に浮かんでいた。そして、1つの結論に達した。

「………ん。ああ、そうか、そうだったな。もう5日になるのか、連続して 各層を視て回っていたのは……。なら、疲れても当然か」

 リュウキは、原因が判った事に安堵していた。
 だが、他人が見れば どう見ても、平然としているように見えるのだが、本人曰く リュウキは疲れている様だ。
 いくら 仮想世界だとしてもだ。そう、現実では指一本動いてなかったとしても。
『……5日連続徹夜? そりゃ 無茶だろ?』と、ツッコみたいが来るだろう。間違いなく。

「さて、そろそろ、睡眠をとっておいた方が良いか? ……30分くらいは 休まないとな」

 この言葉、異常だと思うだろうが、これは本当に大真面目に言っているのである。クラインが以前キリトの行為、アリ塚で長時間狩りをしていたのに大して心配をしていたが、リュウキはそこまで言っていない。その理由は此処にあるのだ。 だからこそ、リュウキは攻略組の中でもトップのレベルなのだ。
 如何に経験値を得る量が少ない場所でも、連続して始動している時間帯が長すぎるから。

 だが、それはクラインやキリトの見解だ。全員が正確なレベルを申告しているわけじゃないから。

「さて……と」

 リュウキは、立ち上がり、一先ず主街区の宿屋へと向かおうとした時だ。

「ん……?」

 この転移門の周辺で人だかりができていた事に気づいた。
 そして、只事ではない事も。

「お願いします……お願いします……。」

 その人だかりの中で、聞こえてきたのは女性の声だった。その声を聞いただけでわかる。女性の声は、悲しみに彩られていた事に。

「お願いします……私達の……仇を……、おねがい……します」

 彼女は、涙を流していた。その涙は直ぐに硝子片、青い結晶となって宙に無情にも消えていくが、それでも留まる事が無い。
 躊躇している者達が多い中、リュウキは自然と彼女の方に脚を向けた。

 これが今回事件の始まりだったのだ。

















 あの女性から、全ての話を訊いた後、リュウキは、転移門広場にあるベンチで座っていた。

「………決して、安くは無いだろうに」

 リュウキはその手に握られたのは青い結晶。転移結晶とは違い、半透明の青い結晶の中に幾つかの赤い宝石が組み込まれている。これは、回廊結晶。

 通常の移動系の結晶とは違う性能を持っている結晶。
 
 転移結晶は 指定した街の転移門まで使用者1人を転送する事ができるだけだが、回廊結晶は、任意の地点で記録し、そこに向かって瞬間転移ゲートを開く事ができるのだ。
 それも1人だけ、と言う訳ではなく、複数送る事ができる。極めて便利と言える移動系アイテムの1つだ。
 その性能 故に 今現在、最前線での層 69層でも街中では売られていない。
 入手方法は、モンスタードロップか、或いは迷宮区のトレジャーボックス。だから、それ以外に手に入れようとするなら、後は所持しているプレイヤー間での交渉のみだ。
 だからこそ、相手によっては、高額な値段をかけてくる。
 だが、定価というものが無い高価なアイテムだからそれも仕方ないのだ。

 値段事情はある程度知っているリュウキ。そして 彼女の装備の身成から推測して 恐らく中堅層のプレイヤー。だから、……全財産を投げ打ったのだろうと言う事は直ぐに判った。。

 彼女達のギルド≪シルバーフラグス≫最後の全財産を。

「下衆が……」

 リュウキは思わず、回廊結晶を握りつぶしかねない力で握り締めた。
 アイテムなので壊れたりはしないが。リュウキは彼女の無念を聞いて、怒りを露にしていた。この世界に囚われているようなこの状況。ここに囚われている皆が、互いが同じ立場なのに関わらずだ。まるで、蛭の様に身体にまとわりつき、生き血を啜るような者達がいる事に怒りを覚えてしまう。好き嫌い以前の問題だ。目の前に居れば、有無言わさず叩き斬りたい、と思う程に。
 
 そんな時だった。

「……リュウキ」

 リュウキは、ベンチで座り 結晶を握り締めていた所で呼ばれた。
 顔を上げると、目の前に立っているのは、あの黒の剣士。

「……なんだ、キリトか。……ん」

 リュウキは キリトが来た事に気づくと同時に、その手に持っていた物にも気づいた。キリトも自分と同じ様に、何かを握っている。
 リュウキと同じ輝きを持った結晶。

「……その回廊結晶。どうしたんだ?」

 そう、キリトは回廊結晶を手に持っていたのだ。

「リュウキこそ……。それ 回廊決勝だろ? 珍しいな、リュウキがそれを持ってるなんて」
「……お互い様だ」

 キリトも不思議そうに聞いて、リュウキもそう返していた。
 この2人は、転移結晶は使ったとしても、回廊結晶は使わない。いや、基本的に必要無い、と言った方が正しいだろう。
 移動力は、2人とも十分に備わっているし、現時点で使用する理由が全くない。特にリュウキは道中も視て回るから更に必要ないのだ。

「オレの方は、……少しあってな。ある依頼をされたんだ」

 リュウキはそう返した。その表情は何処と無く怒っているようだ。憤怒……と言うべきだろうか。普段は、ポーカーフェイスと表現するのに、これ程判りやすい男はいない程、なのにだ

「……なるほどな」

 キリトは合点がいっていた。リュウキの言うその依頼が何なのか、それも同時に理解した。おそらく自分とバッティングをしたんだろうと言う事。
 あのギルドにいた者、その生き残りは恐らく2名だったと推察される。
 成功率を上げる為に、其々が別の場所で必死に探していたんだろう。更に回廊結晶と言う高額なアイテムを2つも準備をして。
 それだけでも、無念だった気持ちが強く現れていた。
 
「……キリト。お前もか?」

 リュウキもキリトの考えが判ったようで、そう聞いた。その問にキリトは頷き、そして同じように回廊結晶を見せた。リュウキも、それを見て完全に理解した。
 
 そして依頼者たちの願いの深さも。是が非でも叶えなければならないと言う事も同時に沸き起こった。

「なら、久しぶりに一緒に行くか……。BOSS攻略以外でのパーティは結構久しぶりだな」

 リュウキはキリトにそう提案した。キリトも依頼を受けた以上は、自分と同じ気持ちだから、と言う事が判る。そうでもなければ、大した報酬もないこの依頼を受けたりしないと思うから。
 そして、キリトなら 受けると言う事も判るのだ。それは、キリト自身も同じ気持ちだが。

「……ああ、行こう」

 キリトも頷いた。

 それは、漆黒と白銀。異なる色の字名を持つ2人。

 あのクリスマス以来 再び2人が交差した瞬間だった。


「……方針だが、考えはあるか?」

 リュウキはキリトにそう訊いた。パーティを組むから、ある程度共有はしておいた方が良いだろうと思い、リュウキは訊いたのだ。そしてキリトは。

「ん……とりあえず、奴らのホームに近い所を詮索する。彼らにも何処で被害があったかも聞いたし、しらみつぶしに、少しずつ、って感じだな」

 キリトはそう言うけれど、つまりは特になし。と言ったところだろう。

「なるほど……特に考えはなしと……。」
「ええ! だから言っただろ! とりあえずって!」

 リュウキの言葉にキリトはムキになってるけれど。別にからかった訳でも馬鹿にした訳でもない。

「細かなところを聞きたかったが……、まあ良いさ。……とりあえずな」
「……なんで、所々が嫌味に聞こえてくるんだ?」

 キリトは、眉間を押さえながら項垂れていた。天然で返してきているのが判るから、更に性質が悪い。

 リュウキは、苦笑いを返していたが、直ぐに表情は険しくなった。

「……この手の下衆は、本当に鼻が効く。逃がすつもりは毛頭ないが、一網打尽にしないとな……。頭をとっても、動き続ける可能性もあるからな」

 リュウキは、そうキリトに告げていた。
 この手の相手は、独自の嗅覚を持っているからこそ、奴らの被害は一向に無くならないのだ。

「……だな」

 キリトは頷く。全く同意見だから。
 
 今回の敵は……標的は、犯罪者ギルド(オレンジギルド)


 《タイタンズハンド》


 

 

第37話 ビーストテイマー



~2024年2月23日 第35層・迷いの森~


 そこには、ある5人組のパーティがその森へ来ていた。
 彼らの目的はアイテムの採取とレベリング。だが、同じパーティメンバー同士の中で険悪なムードが流れていた。

「一体何言ってんだか……。アンタはそのトカゲが回復してくれるんだから、回復結晶は分配しなくて良いでしょ?」

 いや、片方が一方的につっかかっている様に見える。その者は、赤髪の女性プレイヤー。
 その真っ赤な髪を派手にカールさせているのが印象的であり、片目が髪で隠れて見えない。名前はロザリアと言う名のプレイヤー。

 そして、その挑発相手は、幼い愛くるしい容姿。

 この世界では、珍しい女性プレイヤーの中でも更に珍しい年齢の少女。セミロングの髪をツインテールにしており、その可愛らしい顔は今怒りで歪んでいる。

 正直、その怒っている表情も可愛いのだが、彼女は、真剣にそして 精一杯怒っているようだ。少女の頭の上にはレアモンスターである《フェザーリドラ》と言う名の小さなドラゴンがいた。
 まるで、その上が定位置なのだろう、と思える程自然に。

 彼女はこの世界には珍しい《ビーストテイマー》なのだ。

「そう言うあなたこそ! ろくに前衛に出ないのに回復結晶が必要なんですか!?」

 ロザリアの不快な物言いに頭にきてそう返していた。
 そう、このロザリアは、彼女が言う様に前衛には来ないで、パーティの男達の影に隠れている事が多いのだ。後ろから、不意打ちに近い形で攻撃を与え、経験値だけをかっ攫っていくスタイルであり、彼女じゃなくても、不快だろう。数少ない女プレイヤーだからこそ、男性陣は何も言えない様だった。
 同じ女だからこそ、シリカは真っ向から反論をしていたのだ。

「きゅる〜〜!!」

 その頭の上のドラゴンも主人と同じように威嚇をしていた。まるで主人である少女の感情を読み取っての行動だった。

「えー? 勿論よ〜。あたし、お子ちゃまアイドルのシリカちゃんみたいに、男達が回復してくれるわけじゃないもの〜? 自分の命は最低限は自分で守らなきゃいけないし? 危ないじゃない」

 弁明するロザリア。確かにシリカを守ろうとする行動は多いが、その物言いは本当に鼻につく。まるで自分を否定されているようだからだ。これまでもずっと、自分自身も精一杯戦ってここまで来たというのに。

「むっ!」
「きゅっ!」

 キッ、と睨みつける1人と1匹。そんな2人のやり取りを見ていられなかったのか、周りの他の男プレイヤーは。

「おおぃ……2人とも……、やめてくれよ……」

 必死に宥めようとするが、止まらなかった。それどころか、男達にとって最悪な出来事が起きてしまう。

「わかりました!! アイテムなんて要りません!」

 シリカはアイテムメニューを消すと 更に一歩 ロザリアに近づいて怒声を浴びせた。

「あなたとは絶対もう組まない! 私を欲しいって言うパーティは他にも山ほどあるんですからねっ!」

 そう言うと、彼女は。……シリカは、1人で森の方へと歩いていった。パーティを抜ける宣言をし、申請も勿論済ませて。

「ちょっ……シリカちゃ〜〜ん……」
「ま、待ってくれよ~~……」

 男達の情けない声が響き渡る。
 シリカは、頼まれた形でパーティに入っていた。シリカはその愛らしい姿、そして数少ない《ビーストテイマー》、それもレアモンスターである《フェザーリドラ》をテイムした事でかなり有名なのだ。ロザリアの言葉ではないが、正にアイドルも同然な扱いを受けていており、中々同じパーティになる事が出来ない。
 だからこそ、男たちはやっとの事で、同じパーティになれたのに、ショックが隠せられない。

 そんな男たちの言葉など全く耳に入らない。不快感しか残っていないのだから。シリカはそのまま、森を突破しようと奥へと入っていった。




 シリカは、たとえソロであったとしても、この森を突破、35層のモンスターくらい撃破する事など造作も無いと考えていた。フェザーリドラ、愛称は《ピナ》。
 その存在がシリカにとって1番の強みである。

 ビーストテイマーならではの、そのモンスターのアシストもあり。そして、彼女自身も戦うためのスキル、短剣スキルも7割近くマスターしている。労せず、主街区まで到達できる―――はずだったんだ。

 そう……道にさえ迷わなければ。


~迷いの森~

 その森林ダンジョンの名前はダテではなかったのだ。
 巨大な樹々がうっそうと立ち並ぶ森は碁盤状に数百のエリアへと分割され、ひとつのエリアに踏み込んでから1分経つと東西南北の隣接エリアへの凍結がランダムに入れ替わってしまうと言う設定になっていた。だから、この森を抜けるには1分以内に各エリアを走破していくか、街で買える高価な地図を確認し、四方の連結を確認しながら歩くしかない。

 地図は高価ゆえに、もっているのはリーダーの盾剣士だけだった。
 そして、何よりこの森で厄介なところが転移結晶の使用についてだ。この≪迷いの森≫での使用は、街に飛ぶことはできない。ランダムで森の何処かに飛ばされる仕様になっているのだ。
 だから、シリカはやむなく奪取で突破を試みなければならなくなった。……だが、曲がりくねった森の小道を、巨木の根っこをを 躱しながら走り抜けるのは予想以上に困難だった。まっすぐに北へと走っているつもりが……エリアの端に達する直前で1分たってしまい、何処とも知れぬエリアへ転送される事を繰り返してしまったのだ。

 だから、徐々に彼女は疲労困憊してき……更に日も沈む。

 時間はどんどん過ぎ去っていき、遂に夜の闇がこの森を支配してしまった。夜になると、昼間に比べモンスターの遭遇率も遥かに増すのだ。
 疲労感も襲ってきている為、シリカは走る事を諦め、運よくエリアの端に転送される事を願いながら歩き始めた。当然、夜だと言う事以外にも、歩きに変えた事で、モンスターから逃げる、と言う選択肢も選びにくくなり、遭遇率も格段にあがってしまう。
 そして視界が悪く、敵の不意打ちも受けやすくなる。

 悪循環がシリカを襲っていた。

 ピナのおかげで、始めこそは大丈夫だったのだが、時間が経つにつれて所持していたアイテム。《ポーション》《回復結晶》が徐々に底をついてきたのだ。

 シリカに更に、今日一番の不運に襲われる。

「ッ……。ドラゴンエイプっ!」

 この層で最強である猿人のモンスターが現れたのだ。それも、3体も同時に現れた。いつものシリカならば、問題ない。だけど、回復アイテムが尽きている今は危険極まりなかった。

「ガァァァァッ!!」

「きゃあっ!!」

 ドラゴンエイプの一撃がシリカを襲う!その一撃はHPゲージを半分にまで削られてしまう。

「きゅーーーっ!!」

 主人であるシリカが襲われたのを見て、ピナは すぐさま《回復ブレス》で、シリカの傷を癒し、HPを回復させた。
 それは1割程の回復であり、そうはもたない。だからこそ、回復アイテムが必要なのだ。だが……。

「ッ!!(か、回復アイテムが!)」

 シリカはこの時、アイテムが尽きている事に気が付いていた。そして、3匹のドラゴンエイプが目の前に迫る。その巨大な棍棒が迫ってきた。

 死が目前にまで迫ってきたのだ。

「っ………」

 その瞬間、彼女は動く事ができなかった。
 圧倒的な恐怖の前で……まるで身体が固まってしまったかのようだった。これまで、死を感じたことが無かったから……彼女を慕う男性プレイヤーが守ってくれていたから。だからこそ、動けなかった。
 その棍棒が振り下ろされるその寸前。

 自分とその棍棒の間にある影が見えた。
 
 自分の命を奪う攻撃から守ってくれたのは。




 この世界で出来た最愛の……。

 

 

第38話 蘇生の花を求めて



 それは、リュウキが迷いの森を歩いていた時の事だ。この森に居る(・・)と言う情報を訊き、キリトとは二手に分かれて探索をしていたのだ。互いに連絡を密に取りながら。
 そして、数回ワープをした所で、キリトに再開した。キリトは、1人ではなかった。 

「………これは、どう言う事だ?」

 リュウキは、キリトに聞いていた。そこにいたのは、キリトだけではなく、涙を流している少女がいたのだ。

「あ……リュウキ。その……」

 キリトは、リュウキの言葉を訊いて振り向いた。その表情も暗かった。リュウキはキリトの表情を、そして涙を流している少女を見て予感した。

「まさか……」

 更にリュウキは歩み寄る。少女は以前として蹲っており、そして涙を流している。全く自分に気づく様子が無い。
 そこから連想されるのは1つだった。……何度か、経験がある事だから。

「仲間が……やられてしまったのか……?」

 リュウキは様々な層を闊歩する為そんな場面は、思い出したく無い事でもあるが多数ある。そして、共通するのが こう言う場面の時、どう言う言葉を、伝えれば良いのかわからない事だ。

 だけど、声はかけなければいけないと感じる。
 
 何よりもこの場所は、《迷いの森》 即ち危険地帯だ。
 だからこそ、気持ちをしっかりともたなければ、生き残った彼女も危険だからだ。

「うっ……ゴメン……ゴメンね……、ピナ……」

 その少女は、リュウキの言葉に答えることは無く、ずっと涙を流していた。初めて、彼女は泣き声だけじゃなく、言葉を言っていた。

(……ピナ?)

 その単語にリュウキが注目していた時。

「……彼女は《ビーストテイマー》みたいなんだ。オレは……彼女の友達を助ける事ができなかった」

 キリトは悲しそうにそう話した。
 どうやら、モンスターに襲われていた彼女を、キリトは助ける事が出来た様だが、そのピナと言う名のモンスターは助ける事が出来なかったと言う事だ。

「い、いえ…… 私が、馬鹿だったんです……。1人で、この森を 抜けれる……って思い上がってたから……私のせいで……私を庇って……ピナが………」

 彼女も、漸く2人の会話が耳に入ってきた様だ。自分の事を心配してくれている、そして 行動が遅れた事を悔いている事を知ったからこそ、言葉を出す事が出来た様だ。
 特に、キリトは命の恩人だから。

「ビーストテイマー……」

 リュウキは、涙ながらにキリトの方を見て、そう言っている彼女をじっと見つめた。

 ビーストテイマーと言うのは、この世界では珍しいものだ。
 それはスキルやクラスではなく、通称であり、確率論だ。極稀に通常は好戦的なモンスターがプレイヤーに友好的な興味を示してくれると言うイベントが発生する。その機を逃さず、餌などを与え、飼い慣らす事が出来ると、即ち、≪テイミング≫に成功すると使い魔として様々な手助けをしてくれる貴重な存在となる。
 非常に稀な存在であり、様々な層を闊歩し、長時間モンスターたちが生息するフィールドにいるリュウキでさえ、起こっていないイベントだから。
 だが、そのモンスターの性質は判る。

(……テイムドモンスター。使い魔のシステムAIプログラムはそんなに高度じゃない、単純な動作しか出来ない。以前アルゴにも訊いたが、行動の数は、約10種類。命令を含めてその数だ。……その中に、《主を身を挺して守る》そんな項目は無かった筈だが……)

 リュウキが気になったのはその部分だ。ただのデータの羅列である筈のデジタルデータ。それだけでは説明がつかない。使い魔が、アルゴリズムから明らかに外れた行動をとる事。彼女が、意図的に手を加えたはずはなさそうだ。 そのピナと言うモンスターを失い、ここまで悲しんでいるのだから、そんな命令を下すとはどうしても思えない。

 なら、どうやって? プログラムに独自の自我が生まれたとでも、言うのだろうか。

 リュウキがそこに少し注目したのは、現実での仕事の影響もあるだろう。


「落ち着いて、その羽根だけど アイテム名が何か設定されているか?」

 キリトが落ち着いてきたとは言え、まだ取り乱して、涙で顔を覆われている彼女にそう聞いた。……彼女は、キリトに言われるまま、確認する。

 彼女は思えばおかしいと感じた。ピナが消滅してしまった場所で、1枚だけ羽根が残っているなんて、と。これまでで プレイヤーにしろモンスターにしろ、死ねば全てが四散する。装備も何もかも残らず消え去るのだが、ピナは一部を残している。

シリカは、恐る恐るウィンドウに手を、指先を伸ばした。まるで、そのピナを追いかける様に。
 そして、表示されている羽根をタッチすると、ウインドウの中に、重量とアイテム名が浮かび上がった。


「ッ……。」


 その羽根の名は、≪ピナの心≫だった。
 それを見て、涙を更に流す。失った、失ってしまったと言う事を再認識してしまったから。

「うっ……ううっ……ピナっ……ピナぁぁッ………。」

 シリカに再び……悲しみと後悔が押し寄せてくる。その羽根が、心が、まるでピナの形見の様に思えてしまったから。形見の存在が、死をより近く感じさせられていた。失ってしまった事を。

「あっ 待った待った! 落ち着いて、ピナの心が残っているのならまだ蘇生の余地があるから」

 泣き出す寸前のシリカに慌ててキリトがそう答える。この話が発生したのは、最近なのだが 上層では有名な話だ。下層~中層間では、まだ出回っていない可能性が高い。だからこそ、彼女は涙を流している。

「……え!?」

 彼女はその言葉を聞き、慌てて顔を上げた、半ば口を開けたままぽかんと男の顔を見つめる。

「最近判ったことだから、まだあんまり知られてないんだ。47層の南に《思い出の丘》って言うフィールド・ダンジョンがある。 まぁ、名前の割りに難易度が高いんだけどな……。そこのてっぺんで咲く花が、使い魔蘇生のアイテムらしいんだ」
「ほっ ほんとうですか!?」

 その言葉を訊いて、シリカは思わず腰を浮かせて、叫んでいた。
 悲しみにふさがれた胸の奥から希望の光が差し込むのが自分自身にもよく判るし、生気が戻ってきた様にも感じた。
 だけど、最大の問題点がある事にも同時に気づいた。

「……よ、47層」

 それは、層の高さだ。今いるこの《35層》より12も上の層。今の自分のレベルでは安全圏とは到底言えるものではないからだ。だから、悄然と視線を地面に落としかけたその時だ。


「ガアアアアアアッ!!!」


 背後より、モンスターの雄叫びが響き渡った。悪夢の叫び。
 
「ッ!!」

 それを訊いた彼女は、再び身を固くした。この雄叫び、忘れるはずも無いものだから。彼女の大切な存在であり、この世界で生まれた友達を奪ったものの雄叫び。 
 《ドラゴンエイプ》のものだったから。

 あの時はそれを訊いて、感じて ……動くことがままらなかった、けれど彼女だが今度は直ぐに動く事ができた。自分には、まだやらねばならない事があるから。幾ら12も上の層とはいっても、諦めないと強く思ったから。
 大切な友達を助ける為に。
 
 だが、そんなシリカの動きをキリトが制した。

「大丈夫。落ち着いて」

 キリトは、表情を強ばらせ武器に手を伸ばそうとしている彼女の耳元でそう囁いた。普段であれば、男の人にそんな事されたら、それこそパニックになってしまうのだが。

 そんな事よりも、更に驚いた場面を見てしまった。

 あの雄叫びが訊こえた方を見てみると、もう1人の男性が、ドラゴンエイプの群を造作も無く、なぎ払っている姿が見えたのだ。
 その四散する数を見たら、ゆうに4匹は超えている。

「……ふぅ。話が済めばとりあえずは町へと戻った方がいいな。今の時間帯は、あの猿が活発に行動中の様だ」

 男は剣を鞘にしまうと、再び戻ってきてそう言っていた。息が乱れた様子も無い。余裕さえも見える。

「あっ……あなたたちはっ………」

 彼女は、改めて驚き、それを今回は隠せなかった。先ほども助けてもらった時にも驚く事だったが、……ピナを失った事で、気をしっかりもてなかったから、はっきりと覚えていなかったからはっきりと見れなかった。あの3匹のドラゴンエイプを葬った姿を。

 だけど、今回はっきり見た。

 この層でも最強クラスのモンスターをいともたやすく、葬っていたその実力を。

「な……何度も、ありがとうございます。本当に……」

 だからこそ、彼女は再び頭を下げた。キリトと、そしてリュウキに。

「構わない」

 リュウキはそう言うと、再びあたりを視渡していた。どうやら、この人が周囲を見ていてくれているから、安心してと言ったんだとシリカは理解した。

「それで、話を戻すけれど……。」

 キリトがシリカにそう言う。
 シリカの考えは正しい。リュウキがあたりを視ているから、キリトは安心してシリカと話が出来るのだ。本来ならダンジョンのど真ん中で、悠長に会話などするようなものではないのだ。自分達2人だけならまだしも、今は、目の前に少女がいるから。

「実費、経費を貰えば、オレが行ってきても良いんだけどなぁ……。 残念だが使い魔の主人が行かないと肝心の花が咲かないんだ」

 シリカはその優しい言葉にちょっとだけ微笑む。

「いえ……情報だけでもありがたいです。ほんとにとても。がんばってレベルを上げればいつかは……」
「それは駄目だ」

 リュウキが、傍にまで来ていた。どうやら、もう気配は無いと判断したようだ。

「……いつか(・・・)じゃ、駄目なんだ。蘇生が可能なのは死亡から3日以内。それ以降は《心》が浄化して。……変化して、《形見》に変わる。変われば、現時点で復活の方法は無い」
「っ……そ……そんなっ……」

 彼女はそれを訊いて膝から崩れ落ちてしまった。今の彼女のレベルは44。仮にこのSAOが通常のRPGだった場合。各層の適正レベルはその数字と同じだとわかりやすいのだが、初日、リュウキがクラインに言っていた言葉。

 安全のマージンは、大体《層の数字+10》の数字。

 それは確信はない事だったが、強ち間違いでもない。これまでの経験からも判明していて、もう広くに知れ渡っている情報でもある。その情報の発信源は勿論アルゴから各プレイヤーに渡ったのだ。

 だからこそ、シリカも知っていた。
 つまり、47層に行こうと思ったら、最低でもレベル57に達さなくてはならないだろう。それも、キリトが言っていた難易度が高い、という言葉。47層の中でも高レベルとなれば、レベルが57でも心もとない。
 そして、何よりも、攻略をも含めてたった3日しかない事実が最悪だった。これまでの事を考えたら、どう考えても不可能だから。

 彼女は 1年かけて、今の数字にした。

 それも、ピナと言う相棒が、……大切な友達がいたから ここまで来る事が出来たんだ。今の自分には、その友達もいない。

 だから、再び絶望に、気持ちが沈む。

「ピナ……ッごめんね……」

 シリカは、ピナの羽根をそっと胸に抱きそう呟いた。自分の愚かさ……、無力さ……、その全てが悔しくて自然と涙が流れてくる。
 その時だった。

「大丈夫。まだ、《3日も》ある」

 目の前の男の人が……そう告げると。不意に目の前に半透明に光るシステム窓が表示された。トレードウインドウだ。見上げると、男が操作をしていたのだ。トレード覧に次々とアイテム名が表示されて行く。

《シルバースレッド・アーマー》《イーボン・ダガー》

 どれ1つとして、見たことの無い装備ばかりだ。

「ふむ。47、50以下の層だから……これも使えるな。有効だ」

 そこに別の男も入ってきた。そして、トレード欄に新たに追加された。

 追加されたのは、《エメラルド・リング》と言う名前の装備だった。

 見たことは無いが……名前だけは……聞いたことがあるような気がする。だけど……今は、その行動の、そのトレードの意味が判らない。

「あの……」

 戸惑いを隠せない。だけど、片方の銀色の髪の男の人は、別の方を向いていて、黒い髪の男の人がぶっきらぼうな口調で答えていた。

「この装備で4、5は底上げできる。それにさっきリュウキが、こいつが出した装飾装備。それがあれば君が47層で死ぬ事は無いといってもいい。……死ぬ事は無くても、制限時間もあるし、オレ達も一緒に行けば何とかなるだろう」
「え……っ?」

 シリカは、口を小さく開きかけたまま、男の真意を測りかねていた。片方のリュウキと呼ばれた人はあたりを警戒しているのか、別の方を見ているから、前の黒い髪の男の人をみる。視線がフォーカスされた事をシステムが検地し、男の顔の右上にグリーンのカーソルが浮かび上がるが、そこにはHPバーが1本そっけなく表示されているだけで名前もレベルもわからない。
 年齢も察しにくい人たちだった。
 黒ずくめの全身から発散する圧力と落ち着いた物腰は金成年上の様に思えるのだが、眺めの前髪に隠れた眼はナイーブそうで、どこか女性的な線の細さがある少年めいた印象を受ける。

「……それはそうだな」

 リュウキは、この時の彼女の方を視た。始めこそは、シリカが思ったとおり周囲を少なからず警戒していた。だが、会話が止まった事で再び彼女とキリトを見ていたのだ。
 そして、結論した。というより、当たり前だろう。

「……警戒しているな。会ったばかりなんだ。それが当然」
「あ……そっか、そうだよな……」

 キリトも、リュウキに言われて漸く理解していた。そして、彼女はその言葉に驚く。

「あっ……いえっそんなっ……。――ッ!」

 シリカは見透かされた事を驚いていたが、それより、驚いたのがリュウキと呼ばれている人の顔だ。威圧感は、目の前の黒ずくめの男と同じ位に感じる。圧倒的な力を感じる所も同じなのに、その素顔は自分とそう変わらないんじゃないか? と思えるほどの顔立ちで とても綺麗なのだ。
 いや多分だが 歳は 僅かに上だろうか? とも思える。

 そして、それを見て、こんな人が、人達が悪い人なんて想いたくない、という気持ちが芽生えてきた。でも、それでも彼女は聞かずにはいられなかった。

「ごめんなさい……あなたの言う通りでした……。お願いします、聞かせてください。 どうして……そこまでしてくれるんですか……?」

 意を決し、そう聞いていた。助けてくれたのに、疑うのか、とも思えたがそれでも。その顔立ちから同年代のプレイヤーであることに少しは安心感を覚えた。

 でも、彼女は今まで自分より遥かに年上の男性プレイヤーに言い寄られた事が何度かあったし、一度は求婚までされた。
 まだ13歳の彼女にとって、それは恐怖体験でしかなかったのだ。現実世界では同級生にすら告白された事が無かったから。
 
 そして、そもそも現実でも同じくある話、《甘い話にはウラがある》と言うのが常識というモノだ。そして、それはこの剣の世界であるこのアインクラッドでは尚更だろう。
 現実世界とは違う、生きるか、死ぬかの世界だから。

「………ん〜〜っと、リュウキは どうだ?」

 キリトは困った様に頭を掻いていた。

「オレは。…………キリトが言えば言う」
「うわっ……ずっる〜………」

 リュウキの返答を訊いて、再びキリトはため息をした。そんな姿を見て彼女は少し笑みがこぼれていた。

「う~ん……、マンガじゃあるまいしなぁ……笑わないって言うのなら言うけど」

 笑みが出た彼女だったけど、キリトの言葉を聞いて再び表情を引き締めた。

「笑いません」

 そうはっきりと答えた。それを訊いたキリトは、ゆっくりと口を開いた。


「君が……その、妹に似ているから……」


 笑わないと宣言したはずなのに、……シリカはあまりにもベタベタなその答えに思わず噴出してしまった。慌てて片手で口を押さえるがこみ上げてくる笑いをこらえる事が出来なかった。

「わっ 笑わないって言ったのに……」

 笑う事を止めそうにない彼女を見てキリトは傷ついた表情で肩を落とした。

「……? それは、笑うところなのか?」

 リュウキは逆に不思議そうだった。その2人のやり取りを見て再び笑いを呼ぶ。

「む〜……そうだッ! オレは言ったぞ! リュウキはどうなんだよ!?」

 辱めを受けた、と感じたキリトは、リュウキにそう訊いた。
 そして、リュウキは少し懐かしむような表情をして、答える。

「……オレは、大切な人に言われた。曰く紳士なら《女性は守るものだ》と。……さじ加減はある程度変わると思うが、この子は問題ないだろ?」

 彼女は、そんな事を、真顔で真剣にはっきりと言っている事が判って、無性に恥ずかしくなってしまった。
 キリトは、リュウキがそんな事露とも思っていないは、当然の様に言っているから、更に始末に終えない。

 顔を赤くさせている彼女を見て、『リュウキは、こういう奴なんだ……』と、改めて彼女に耳打ちした。そんな珍妙なやり取りで再び笑う。

 そして、心底思った。

――……悪い人たちなんかじゃ決してないと。

 シリカは、2人の善意を信じてみよう、そう思う事が出来た。それに、自分は一度は死を覚悟した身。いや、一度死んだと言っていい身だ。 だから、ピナを生き返らせられる為なら、惜しむものなんてもう何も無い。
 ぺこりと頭を下げると彼女は言った。

「よろしくお願いします。助けてもらったのに、その上こんな事まで……」

 トレードウインドウを目にやり、自分のトレード欄に所持しているコルの全額を入力する。

「あの……こんなんじゃ、全然足らないと思うんですけど……」
「いや、お金は良いよ。余っていたものだし、オレ達がここに来た目的と被らなくも無いから」
「……右に同じ」

 2人はそう返す。
 彼女にとってそれは謎めいた事だったが、それを知らない2人は何も受け取らずにOKボタンを押していた。

「あの……ほんとにすみません。何から何まで……わたし、シリカっていいます。」

 名を訊いて2人は軽く頷くと。

「オレはキリト。」
「……リュウキだ。」

 返事を返した。そして、キリトが手を差し出す。

「暫くの間よろしくな」

 シリカとキリトが握手を交わしていた。だけど、リュウキは握手はせずに 視線を外していた。シャイだ、と先ほどキリトに聞いたから。 でも、シリカは笑いながらリュウキの前に立つと。

「……リュウキさんも、よろしくお願いします」

 そう言って手を差し出した。
 シリカは、ここで、そんな男の子に会ったのは初めてだったから、何とか自分から行きたい、と思ったのだろう。少し、嬉しそうな表情をして握手を求めた。

「ッ。……ああ、こちらこそ」

 リュウキは少し気圧されそうになっていたが、最後にはシリカと握手を交わしていた。


 こうして、新たなパーティメンバー、シリカが加わり、この森を抜ける為に歩きだした。

 

 

第39話 一番見たくない顔


~第35層 ミーシェ~


 この層の主街区は、白壁に赤い屋根の建物が並ぶ牧歌的な農村の佇まいだった。それほどは大きくないが現在は中層プレイヤーの主戦場となっている事もあって行き交う人の数はかなり多い。

 この街に来て 物珍しそうに周囲を見渡すキリトと、あまり興味が無いのか、前の一点のみを見ているリュウキ。シリカはそんな2人が、とても対照的だなぁと改めて思っていた。
 
 それに、装備しているものも、キリトが全体的に黒くて、リュウキが全体的に白い。いや、リュウキの色は厳密には白じゃない、鮮やかに輝く銀色。
 全身がそんな目立つ様な色じゃないけど、その髪と同じような銀色が印象的だった。

 そんなキリトとリュウキの2人を横目で見ていた時。シリカがフリーになったと言う話を聞きつけたのか。男2人組が近づいてきたのだ。

「おっ! シリカちゃん発見!」
「随分遅かったね? 心配したんだよ!」

 男たちは、目をキラキラと輝かせながら話を進めた。シリカが、以前に組んでいたパーティから出た事は、もう出回っている情報だった。勿論、シリカのファンとも言える男達共有だが。
 だから、早速発見した男達は、即座に立候補したのだ。

「今度さ? パーティを組もうよ! シリカちゃんの行きたい場所、どこにでも連れて行ってあげる!」

 笑顔で近づいてくる2人。勿論シリカは、彼らの事を知っている。その実力も勿論。だからこそ、思うのだ。今のシリカがどうしても行きたい所に行けるのかどうかを。

(……間違いなく、この人たちとじゃ無理だ)

 シリカは、そう思った。これから行こうとしている場所を思い浮かべながら。

「あ……あの……お話はありがたいんですけど……」

 受け答えが嫌味にならないように一生懸命頭を下げてそれらの話を断ろうとする。考えを張り巡らせ、そして、最終的にリュウキとキリトを交互に見て、2人の腕を両手でとった。

「あたし、暫くこの人たちとパーティを組むことにしたので。すみません」

シリカがそう答えた瞬間。

 『ええー、そりゃないよー』と、口々に不満の声を上げながらシリカを取り囲む男達は、胡散臭そうな視線をキリトとリュウキに投げかけた。
 キリトは、苦笑いをし リュウキはあからさまに視線を逸らせている。その仕草、そしてその外見を見て、とても強そうには思えなかった。
 装備も鎧を着ている訳ではない。ロングコートであり、背負っているのはロングソード。持てる筈なのに盾を装備していない。

「おい、あんた達。見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。オレらはずっと前から、この子に声をかけてたんだぜ」

 はっきり言えば、コチラ側には全く非がない話だ。勿論あの1件が無ければの話だが。

「そう言われてもな。成り行き、だし」

 キリトは困った様子で、そして、リュウキは返事を返してすらない。もしも、実力行使で来るのであれば話は別だが、全くノータッチ。

――……もう少し、何かを言い返してくれてもいいのに。

 シリカは、2人の様子にちょっとだけ、不満に思いつつも慌てて言った。

「あ、あの、 あたしから、頼んだんです。すみませんっ!」

 最後にもう一度、嫌味にならない様に深々と頭を下げると、2人の手をとって歩きだした。
 その後も未練がましく、メッセージを送る……などと声をかけ続けていたが、一刻でも早くシリカは遠ざかりたかった為、早足になっていた。

 終始黙っていたリュウキだったが、こんな感じ……結構懐かしい気もしていた。正直、思い出したくもない事だが。

 そして、漸くプレイヤー達の姿が見えなくなる事を確認すると、ほっと息をつき。

「……すみません。迷惑かけちゃって……」

 2人に謝罪をしていた。その謝罪を訊いて。

「いやいや」

 キリトはまるで気にしてないふうでかすかに笑いをにじませている。そして、チラリとリュウキを見た。キリトが思っていたとおりの顔をしているのを見て更に笑い。

「オレは、どっかの誰かを見た気がしたよ」

 そう笑いながらシリカに言っていた。

「……え?」

 当然だが、シリカには判らない。もしかしたら、自分以外にも女の人が? とも思えていた。少し複雑気味だったけど、どういう事だろうか、とリュウキに聞こうとしたその時。

“ゴスッ!”
「うげっ!!」

 キリトが突然うめき声をあげていた。

「きっ……キリトさん? どうしたんですか?」

 突然のうめき声を上げられて驚くのはシリカだ。

「ん? ああ、何でも無い、だろ? ……多分、さっきの男達が何か投げてきたんじゃないのか?」

 そう、ぶっきりぼうにそう返すのはリュウキだ。
 
 実を言うと、妙な事を言いかけたキリトに対し、リュウキが肘打ちを打ちかましたのだ。圏内では、HPは減らないが、ノックバックが発生する為、その衝撃はキリトに襲い掛かる。
 だから、思わずうめき声を上げていた。

「たはは……。」

 脇を摩りながら、キリトは苦笑いをしていた。苦笑いをする間ににも、リュウキの()はキリトを捉え続けている。まるで、獲物を見るかの様な、狙っているかの様な眼で。

『思い出させるな!』

 と、リュウキは言っているように見えた。

「えっ? えっっ??」

 当然だが、シリカはそんな2人のやり取りの意味がわからない為、2人の顔を交互に見る事しか出来なかった。


 そして、少ししてリュウキが。

「それにしても、シリカは人気者なんだな。(………………決して羨ましいとは思わないが。)」

 最後の方は限りなく声を殺しながら言っていた。
 実はというと、正直あの頃の記憶は、ある種、トラウマと言って良いものだったのだ。

「いえ……」

 それを訊いて、シリカは首を左右に振る。

「でもさ。街中で、一緒にいてあんな視線浴びるのは初めてだからな。凄いと思うよ」

 キリトもそう返す。リュウキの事は知っているし、体験したけれど、シリカの時の様な事は無かったから。シリカはというと、表情を暗くさせて もう一度首を振った

「……マスコット代わり誘われているだけです。きっと。……それなのに、《竜使いシリカ》なんて呼ばれて……いい気になって……」

 いい気になったその代償がピナを失う事だ。そんな自分を許せずシリカは、目に涙を溜めていた。
 その時、だった。

「心配ないよ。必ず間に合うから」

 キリトがシリカを安心させるように、頭を撫でた。ずっと、興味が無いのか? と思えたリュウキだったけど、この時ばかりは違った。

「……オレも約束は破らない。保障する」

 リュウキは、軽くシリカの方を見て、軽く笑みを作っていた。

「あっ……」

 シリカはその言葉……キリトとリュウキの言葉を聞いて、凄く安心が出来た。そして、暖かくも感じた。だから、直ぐに涙をとめて涙を拭う事が出来た。

「はい!」

 シリカは笑顔でそう答えていた。

 暫く歩いていると、やがて道の右側にひときわ大きな二階建ての建物が見えてきた。どうやら、シリカの定宿らしい。

 看板には《風見鶏亭》とある。

 だが、シリカは何も聞かずに、何も考えず この場所へ連れて来てしまった事に気が付いた。

「あっ……ごめんなさい。お2人のホームは……」
「ああ、いつもは50層なんだけど、今更戻るのも面倒だし、オレはここで泊まろうって思っているよ」
「ん。……オレは特にホームは無いが、同じくだ。大して変わりはしないだろう」

 キリトもリュウキもそう答えてくれた。
 シリカはそれが嬉しくて堪らないようだった。50と言う言葉を訊いたけれど、基本的にどの街にホームがあってもおかしくはない。転移門があるから 開通しているのであればどの層でも行けるからだ。
 シリカは、両手をぱんっ!と叩くと。

「そうですか! ここのチーズケーキがけっこういけるんですよ!」

 宿を指をさしながら言っていた。2人とも一緒にいてくれる事が嬉しいのだ。

 だけど、その次の瞬間、シリカの表情が……がらりと変わった。


 隣にあった道具屋からぞろぞろと4、5人の集団が出てきたのだ。その中で、最後尾にいた1人の女性プレイヤーがこちらの方を見た。シリカはそのプレイヤーを反射的に見てしまったのだ。

「………!」

 それは、今一番見たくない顔だった。迷いの森でパーティとケンカ別れする原因となった槍使いだ。
顔を伏せ、無言で宿に入ろうとしたのだが。

「あら? シリカじゃない」

 その女のプレイヤーは、『如何にも今気づきました』と言わんばかりに、言っていた。
 おそらくそれは絶対にわざとだとシリカには判っている。

「どーも……。」

シリカの表情は暗い。

「へぇー、森から脱出できたんだ? よかったわね」

 その真っ赤中身を派手にカールさせた、名は……確かロザリアと言っただろうか? 他のメンバーが名を呼んでいたから、キリトとリュウキも判った。
 ロザリアは、口の端を歪めるように笑うと言う。

「でも、今更帰ってきたところでもう遅いわよ。アイテムの分配は終わっちゃったからね」
「私は要らない、って言ったはずです! ―――もう、急ぎますから」

 シリカは、会話を早々に切り上げたかったのだが……。ロザリアの方は簡単に解放するつもりは無いようだ。

「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの?」

 その言葉が何よりも嫌だった様だ。使い魔は、アイテム欄に格納する事も、どこかに預ける事も出来ない。居なくなったのなら……もうその理由は1つしかないのだ。
 そんな理由は、ロザリアも当然知っているはずなのだ。だけど……薄い笑いを浮かべながらわざとらしく言葉を続けた。

「あらら~ もしかしてぇ……?」

 そこから先は言わせない。言われる前にシリカは、答える。

「ピナは死にました……。でも!」

 キッ!とロザリアの事を睨みつけると。

「ピナは絶対に生き返らせます!」

 そう宣言する。そして次に如何にも『痛快です』と言わんばかりに笑っていたロザリアの目が僅かに見開かれた。そして小さく口笛を吹く。

「へぇ……ってことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。……でも あんたのレベルで攻略できるの?」
「できるさ」

 そこから先の言葉はキリトが紡いだ。もう見てられなくなり、シリカを庇うようにコートの陰に隠す。

「そんなに難易度が高いダンジョンじゃない」

 ロザリアはあからさまに値踏む視線でキリトを、そしてリュウキを眺め回し、赤い唇を再びあざけるような笑いを浮かべてた。

「へぇ……、あんたらも 沢山の男共と同じく、その子にたらしこまれた口? ん~~、見たトコ、そんなに強そうじゃないけど」

 羞恥を受けたシリカは、思わず顔を真っ赤にさせた。ロザリアのそれは、あからさまな挑発だ。そして、それに答えたのはシリカではない、そしてキリトでもなく。

「まぁ、……安い挑発しかできないアンタよりは腕が立つよ。その男は。勿論、オレもだが」

 目を閉じ腕を組んだままのリュウキだ。

「はぁ? ………なんですって」

 あからさまな、挑発はお互い様だったが、ロザリアの方は今度は不快感を催したようだ。まさか、返される等とは夢にも思ってなかった。その容姿と話かたから、言い返してくる様な男には見えなかったのだ。

「ふむ、成る程な。……安い奴は安い挑発にも乗る……か。自分を棚に上げる事になっても。ここまでマニュアル通りだと痛快、と言うヤツだな」

 リュウキはロザリアの方を見ている訳ではない。目を閉じたまま尚も続けていた。

「ッ……。へぇ アンタ……良い度胸じゃない……」

 ロザリアは……まるで戦闘の時のように、武器を構わすかのような表情だった。圏内での戦闘はデュエルしか効果はなさない。だが、先ほどのキリトにもあったノックバックにある様に、デュエル以外でも戦闘方法はある。
 
 ロザリアはこの挑発でかなり好戦的だった。そして、リュウキも 来るつもりなのであれば、……そう言う感じで 両目を閉じていた。

 ロザリアの目には、目を瞑っているリュウキの姿は一見すれば隙だらけに見えていた。そう、見えていたのだ。

「……それくらいにしておけよ」

 一触即発、とも言える状況、それを制したのは キリトだ。 リュウキを抑える様にそう言った。この場にはシリカもいるし、何より街中だからだ。目立つのがあまり好きではないのはリュウキだけじゃないのだ。

「まぁ、そうだな。……オレも安くなるところだったな」

 リュウキは頷くとキリトに従った。最後に挑発を忘れていない所を見ると、リュウキも結構苛ついている様だ。

「チッ……精々死なない様にね」

 嫌悪感が漂いそうな口調でそう言うと、ロザリアはそのまま街の奥へと消えていった。




 そして、宿屋一階のレストランに3人は入る。
 この風見鶏亭は一階がレストランになっているのだ。チェックインを済ませ、カウンター上のメニューをクリックしてそしてテーブルに着いた。そして、向かいのキリトとリュウキに不快な思いをさせてしまったことを詫び様とした時だ。
 キリトは、軽く笑っていた。

「それに、何だかんだでオレも挑発したしな……」

 リュウキは、苦笑いをしていた。そんな姿を見て シリカは表情が緩む。どうやら、リュウキの行動は、自分もムカついたから、とか、苛ついていたから、ではなく、シリカの為にしていたのだろうと思える。キリト自身も、笑いながらそう言っていたが。

 リュウキ本人は決して認めていなかった。不快だったから、と続けたが、キリトは信じられない。

 そんな 姿を見てしまえば場が更に笑いに包まれる。キリトとシリカは、リュウキを見て更に笑っていた。


 そして、シリカとキリトが一頻り笑った後。

「……………」

 もうリュウキは話さなくなってしまっていた。どうやら、リュウキは少しむくれているようだ。正直、その姿も可愛らしい、と思ってしまうシリカだったけど。

「リュウキさん! すみませんっ。機嫌、直してくださいっ」

 シリカは、まだ笑みが続いていたけれど、リュウキの顔を見て謝っていた。

「別に、……オレは普通だ」

 リュウキはそう答えていたが、どこからどう見てもそうは見えない。

「はは。まぁまぁ、まずは食事にしよう。」

 キリトも一頻り笑った後、そう言っていた。
 丁度その時だった。ウェイターが湯気の立つマグカップ3つをもってきた。目の前に置かれたそれには不思議な香りが絶つ赤い液体が満たされている。

 パーティを結成した記念を祝して、とキリトの一声を訊き、他の2人もカップを掲げ、こちん……と合わせた。


 まだ、リュウキは若干眉をひそめていたんだけど、どうやら そこは、空気を読んだようだった。



 

 

第40話 MMOの本質


 カップで乾杯をした後、シリカは、ゆっくりとグラスを自分の口元へと持っていく。注がれているカップの中身を、口の中に一含みし、喉に通していく。

「わぁ……美味しい、です」

 スパイスの香りと甘酸っぱい味わいは……遠い昔、父親が少しだけ味見させてくれた とても甘いワインに似ていた。でも、不思議だった。2週間の滞在でこのレストランのメニューにある飲み物は一通り試したのだが、この味は初めてだったから。

「あの……これは?」
 
 シリカそう聞くと、キリトは笑顔で答えてくれた。

「NPCレストランは、ボトルの持ち込みも出来るんだよ。俺の持っていた《ルビー・イコール》って言う飲料アイテムさ。カップいっぱいで、敏捷力(AGI)の最大値が1上がるんだぜ」
「え、ええ! そっ……そんな貴重なものを……」

 思わず、慌ててカップを置いた。沢山もらったのに返せていないのに、と シリカは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「ん、酒をアイテム欄に寝かせてても味が良くなるわけじゃないしな。オレ……知り合い少ないから、ワインを開ける機会があまりないんだ」

 そう言うと、キリトは少しだけ おどけたように肩を竦める。
だが、リュウキは真顔で。

「……まぁ確かにな」

 横でワインを楽しんでいたリュウキも同意するが、やっぱり、普通の顔だ。
 その顔を見ているとキリトは余計に感じる事がある。

「同意すんなよリュウキ。同意されると、切な過ぎるだろ……」

 キリトは、更に肩をすくめていた。これには、おどけている様子は無く……素だった。リュウキは大して気にしていない、気にした事なんか、無い見たいだ。

「……ん? どうした? 少ないからこそ、こういう場面で思い切り使った方が良いんじゃないか? それに未成年が飲めるなんてここくらいだ。……だが、酒とは楽しむものだろう?」

 リュウキはそうも言っていた。
 キリトが、《切なくなる》と言った理由が判らなかったんだろう。それに、リュウキ自身もワイン、酒類を飲んだ事は無い(あたりまえだ!)が、 飲む、そう言う雰囲気なのは知っていたのだろう。どうやら、別にリュウキは、キリトの事をからかっていたわけでもなさそうだ。

「あはははっ! そうですねっ」

 シリカはそんな2人のやり取りを見ていて、笑顔が戻ってきた。さっき、嫌な事を思い出していたが……、それも吹き飛ぶようだった。それほどまでに、今の2人と一緒にいるこの空間が好きになっているのだ。会って間もないと言うのに。

(凄く……温かい。この人たちと一緒にいたら……、とても……)

 シリカは、今大切なピナを失って、物凄く辛いはずのに。2人はそのぽっかりと空いた大きな穴を、悲しみを和らげてくれる。でも、それでも、それを踏まえても、さっきのは不快感は拭いきれないのも事実だった。

「……でも、なんで、あんな意地悪を言うのかな……。キリトさんやリュウキさんは凄く優しいのに……」

 楽しそうに笑っていた2人だったが、シリカの表情を見て、訊いた時 互いに表情を引き締めた。

「そうか、シリカはMMOを。ネットワークゲームはSAOが初めてなのか?」
「はい……そうです」

 キリトが聞くように、シリカは、このSAOが初めてだった。話題作だからやってみたい。と思ってのプレイだったのだろう。 
 
 プレイの動機はさておき、MMO初心者だからこそ、その本質を知らない様なのだ。

「……現実でも、少なからずいるだろう? ……どうしようもない人間が。ここは現実世界をそのままトレース。現実世界も同じだ。だから、その連中の本質が浮かび出てくるんだろう」

 リュウキは、どこか呆れたように……言っていた。心底 嫌なんだろう。シリカは、リュウキが自分のことのように怒ってくれているのが凄く嬉しかった。それを訊いたキリトも同意した。

「……リュウキの話も、最もだ尤もだよ。……この世界は、ゲームだから よりそう言う裏の顔、というべきモノが、出やすいんだろう。……それに、キャラクターに身をやつすと人格が変わるプレイヤーも多い。それが役割(ロールプレイ)ってものなんだろうけど。でも SAOの場合は違う」

 キリトも表情を歪めた。従来のMMOと全く違う点。それは、今のSAOの仕様に一番あるだろう。

「今はこんな状況なんだ。異常なな……。そんな異常な時にプレイヤー全員が一致協力するなんて不可能だってことは解っている。でも……それでも」
「ああ。……他人の不幸を喜ぶ、アイテムを奪う、―――何より、殺人を犯す連中が多い。……な」

 この話をシリカが聞いていて本当によくわかった。2人の目は本当に同じだ。怒りの中に、どこか深い悲しみも見える。何か深い闇を抱えている様にも見えたのだ。

「……ここで悪事を働く連中は現実世界でも腹ん中から腐ってた奴だとオレは思っている。……どうしようもないな」

 リュウキは、口元をへの字に曲げていた……。だけどそれは一瞬だった。シリカと視線があったからだ。シリカは思わず赤くなりそうだった為、直ぐに視線を外した。
 リュウキは、それを見ると。

「……悪い。食事中に言う事じゃないな。……不快にさせた」

 リュウキは直ぐにその表情を止めた。シリカが気圧されたような表情をしていた事に気が付いたからだ。実際は視線があったから、恥ずかしくなって逸らせたのだが、リュウキにはそう見えた様だ。

「……オレもだな。とても人のことを言えた義理じゃないのに。仲間だって……見殺しにした事だって……」

 キリトのその言葉を聞いて、リュウキも押し黙った。
 キリトは、あの時のこと……やはり忘れられないのだろう。確かに、助かっているメンバーはいる。だけど、亡くなった人もいるんだ。それなのに 早く吹っ切れるほうが、おかしいと言うものだろう。
 心に留め続けている。それが生きている者の責務だから。

 そんな2人を見て、シリカは、改めて感じた。いや より見えた、と言う事が正しい。2人は優しいだけじゃない。何か、深い懊悩を抱えていると言う事を。だから何か 労りの言葉をかけたかった。でも、言いたいことを形に出来ない。 

 だから、シリカは、思わず身を乗り出しかねない勢いで立ち上がる。勢いで、勢いに身を任せ、心に思うままに言葉を発した。

「いいえ! お2人は良い人です! だって……だって!」

 シリカは、しっかりと2人の目を交互に見て。

「だって、お2人は、私を助けてくれました! 私を、元気付けてくれました! 私の恩人なのですからっ!」

 シリカは、大きな声でそうはっきりと言っていた。
 2人は、突然だったから、一瞬驚いた表情をしていた。ついさっきまで……本人が一番悲しい思いをしていた筈なのに、いつの間にかこちらの方を気にかけてくれる。……気にかけてくれていたんだ。

「……これじゃ、どちらが慰めてるのか、わからないな。」

 リュウキは、ふぅ、とひとつ息を吐くと キリトの方を見た。キリトも頷く。同じ気持ちだったから。

「……だな。オレが慰められちゃった。ありがとう、シリカ」

 キリトは優しく微笑みかけた。リュウキも、その表情は柔らかい。2人とも、とても素敵な笑みだった。さっきの顔よりも、ずっとずっと良い。そう思った途端にシリカは わけもなく心臓の鼓動が早くなった。鼓動と共に、顔を一気に赤くさせていた。

「……?」

 リュウキはふと表情を見たら真っ赤にしていたシリカの顔が見えた為。

「どうかしたのか?」
「わっ! ほんとだ、大丈夫? シリカ」

 リュウキの言葉を訊いて、キリトもその顔に気が付いたようだ。だけど、聞いてもシリカは慌てて。

「なっ……なんでもないですっ! あっあたし、おなか減っちゃって……チーズケーキ遅いですねっ!」

 慌てて 話題を逸らせる、そして、その勢いのまま、NPCのウェイターに声を掛けた。

「あっ あの~~! まだなんですけどぉ~~!!」

 注文の催促をしていた。
 これなら、少しの間だけだけど、NPCウェイターの方に視線を向けられる。2人に顔を見られる事も無く、落ち着ける時間も得られる。だが、あからさまだ、と思われる可能性は高い筈だが。

「……なるほど。それでか」

 リュウキは、全く疑うこと無く、それで納得してたけど。

「ははは………」

 キリトは、ただ2人を見て笑っていた。リュウキの姿を見ていたら、キリトは自分がしっかりとしないといけないとも思えていた。


 こう言う時のリュウキは、キリトにとって 何だか世話の掛かる弟の様に感じられるのだった。

 

 

第41話 指輪の秘密


 その後に、シリカが催促していたチーズケーキが運ばれてきたのは、最後だった。出される順番を考えたら妥当だろう。 《チーズケーキ》なのだから。デザートは最後だ。

 勿論、シリカは別の事を誤魔化したかった為、はっきり言ってどっちでも良いのだけれど……、顔が赤くなるのが中々、止められなかったようだ。誤魔化しつつも、何とか過ごしていた。

 とりあえず、シチュー・黒パンを食べた後、そのシリカ オススメのチーズケーキを頂いた。

 そして食事を終えたときには既に時刻は夜8時過ぎ。リュウキにとっては昼夜の時間帯はあまり関係ないのだ。その事をシリカにそれとなく言った所。

『夜は休むものですよ? 睡眠は大切ですよっ!』

 と、シリカに諭されたのだ。そう言う訳で、リュウキは、彼女と同じパーティを組んだのだ。それに、リュウキ自身 元々誰かとパーティを組んだ以上は、自分勝手な行動はするつもりも無かった。

 そして、食事を終えた後、3人は風見鶏亭の2階に上がった。

 その広い老化の両脇にずらりと客室のドアが並んでいる。客室を選べるというシステムは備わっていないから、基本的に部屋位置はランダム仕様だ。だが、偶然にも3人は並びの部屋だった。
 シリカにとって、その部屋並びを見て嬉しかったのは言うまでもない。部屋が傍だから 安心出来た、と言う事が本当に嬉しかった。


 そして、シリカは 自分の部屋に入り。キリトとリュウキに貰った装備を確認していた。

 まずは、キリトに貰った短剣の練習を行う。実践で武器が使えない程、危ないものは無いからだ。全てを2人に頼る訳にも、いかないから。

 それは今までの愛剣よりいくらか重量感のある武器に意識を集中しようとするんだけど、やっぱり、胸の奥がズキズキ、と鳴る。だからか、短剣のソード・スキルの発動が上手くいかなかった。
  それでもどうにか失敗無く五連撃を出せるようになったので、次はリュウキに貰った装飾品を確認していた。実は、その装備品が一番シリカは気になっていた物だったのだ。貰った装備に、2人に優劣付ける事などはしない。 気になった理由は、キリトが言っていた言葉、『君が47層で死ぬような事は無い』にあった。
 
 それがあったからこそ、気になっていたのだ。

 これから行く層は、47層。基本的安全マージンは層+10は欲しい所だから、レベルにすれば57は欲しい。

 シリカ自身の現在のレベルは44。

 そして、キリトがくれた装備追加で4,5レベル上昇、故に、どう見積もったとしても、精々50前後のレベルの筈だ。
 だけど、キリトははっきりと言っていた。『君が47層で死ぬような事は無い』と。

(これ……どんなんだろぅ……? ッ……)

 シリカは、リュウキがくれた指輪を見て……、更に顔が赤くなってしまった。そして、指に嵌ったそれを見て、更にその顔は赤く……濃いものに染まった。異性から……指輪をプレゼントされたと言う事実を改めて感じていたのだ。

(こ……これが、エンゲージ……って あたしは何をっ///)

 指輪の事を考え、そんなわけないない! と思いっきり首をブンブン振る。

 そして慌ててその武器の性能を特殊効果を確認した途端、だった。

 さっきまでの、まるで炎で炙られたかの様に熱くなった顔、恥かしい想いよりも、驚きの方が圧倒的に上回るのだ。

「なっ……なにっ!? これは………ッ」

 シリカは絶句してしまった。。

 アイテム名:《エメラルド・リング》
『森の加護を受けている聖なる指輪。自然エリアであれば、敏捷度・防御効果が25%向上。バトルヒーリング効果有 10秒/500HP』

 書かれている内容だ。……その説明ウインドウを見て何度も何度も、目をぱちくりとさせていた。何度も何度も、説明文を確認し続ける。

「っ……っ………!」

 シリカ自身も《エメラルド・リング》と言う名前は、聞いたことあるとは思っていた。確かそれは、SAOではなく 別のゲームだが強力なアイテムだと記憶している。だけど、ここまで凄い力があるものだと思ってもなかったのだ。それに、シリカは、驚きのあまり言葉が出てこない状態になってしまっていた。

 思わずシリカは、叫び声を上げてしまいそうだったけれど……声が外に透過してしまうから必死に堪える。

「なんっ……でこんな凄いものを………?」

 それは、きっと 一生かけても返せそうに無いほど膨大な金額に上りそうなものだった。
 そもそも、この世界で、パラメーター数値が、《%単位》で上昇する装備をこれまでに見たことがない。通常、一般には+1~10程度だった。
 
 %数値で上がると言う事は、装備した時に上がるだけじゃない。レベルが上がって上がって、……更にその装備の効果も増すと言う事だ。強くなれば、更に強くなる。考え方、使い方によれば、ゲームバランスを崩しかねない物だとも思えのだ。

 これ程までに強力な装備、値段なんて……つけられる物じゃない。

「幾ら……25%上昇が50層までの効果、といっても……。50以上でも……十分な効果じゃ……いやっ十分す過ぎる気が………」

 勿論、際限なく上がり続ける訳はない。その最後の行に但し書きもある。そこには、先ほどの効果は《50層以下まで》、と書かれているのだ。その50以降の層は、《25%が+25値上昇》になっている。
 そうだとしても、それでもかなりのレアアイテムだと思った。

 そして、25%上昇の凄さのせいか、影が薄くなっているのが、戦闘時自動回復(バトルフィーリング)効果だ。
 そもそも、この戦闘時自動回復(バトルフィーリング)スキルも、取得は勿論、鍛えるのも難しい過ぎるスキルの1つだ。鍛える為の条件が、戦闘時に大ダメージを受け続けなければならない。
 基本的に、ダメージを受ける事は回避しなければならない事だから、拷問も良い所であり、危険度も高い。故にこのスキルは《超高レベルの戦闘スキル》として有名だった。

 中堅層内では、まず鍛えているプレイヤーは疎か、習得出来ているプレイヤーだっていないだろう。


 これだけの豪華なスキルの盛り合わせだ。……だからこそ、キリトはシリカが死ぬ事は無いといってくれたんだろう。生命力は文字通りHPであり、それが0にならない限り、死ぬ事はありえないから。
 それを守るのが自身の防御力。強力な防具がある上に指輪の恩恵を受ければ、殆どの攻撃を防いでくれるのだ。そして、ダメージを受けたとしても、追加効果であるバトルヒーリング効果もあるから。

「は、はぅ……」

 シリカはあまりの驚きの連続だったから、必死に気を落ち着かせていた。

「ふぅ………」

 何とか落ち着きを取り戻す事に成功すると、次に思うのは謝礼だ。

「キリトさんとリュウキさん……2人にもっとお礼を言っておかない……と……っ」

やっぱり、2人の事を考えると心臓が高鳴るのが止められない。まずは、どっちに礼を言えばいいだろうか? どちらから言えばいいだろうか?

(キリトさん? リュウキさん?? ……わからないけれど、出来たら同時が良いなぁ)

 シリカはまた、混乱しそうになっちゃいそうだから、直ぐに頭を振った。

 そして、全てを確認し終えた後、武装を解除をし 下着姿でベッドに倒れこんだ。壁を叩いて、ポップアップメニューを出して部屋の明かりを消す。

 ピナがいなくなってしまって、広いベッドで凄く心細かった。

 散々ゴロゴロとしていたから寝ることを早々に諦めてシリカは上体を起こした。


「――もう少し お話してみたい……かな」


 シリカはそう思う。でもよくよく考えると、そんな自分にちょっと戸惑ってしまった。相手は知り合って直ぐ、それも半日だ。しかも、2人とも男性プレイヤーだ。

 これまで一定距離以内に近寄る事を頑なに避けてきたのに、なんでだろう? なんでこんなに2人が気になるんだろう?

 シリカは、考えて……考えて……、考え続けると、時間が経つのが凄く早かった。何も考えず、眠ろうとした時は、凄く遅かったのに、今は気が付いたら、もう10時を示していた。

 シリカはそれを確認すると、ごろり、と再びベッドに寝転んだ。

 宿屋の部屋の窓下の通りを行き交うプレイヤーも少なくなって足音も途絶えてかすかに犬の遠吠え……多分設定上のものなんだろうけど、それだけが聞こえてくる。

「―――……う~ん、寝られないなぁ……やっぱり」

 シリカは、どうしても意識を手放す事が出来ず、再び上体を起こした。
 そんな時だ。
“コンコンコン………、と自分の部屋の扉からノック音が聞こえてきた。はっきりと部屋の中に聞こえてくるのだからこれは、気のせいじゃない。ドアを透過する事ができるのは3つしかないから判りやすいのだ。

「ひゃぁっ!」

 色々と考えていた時に突然、音がなったから、シリカは驚きながらドアの方を見ていた。

『あ……シリカ、ごめん。寝てた?』

 その声から どうやら、扉の向こう側に居るのはキリトのようだ。

「き……キリトさんっ?」
『ああ、47層の説明を忘れてて……明日にしようか?』

 シリカは、それを聞いて 内心とても嬉しかった。自分もキリトと話をしたかったからだ。ベッドから降りると、ドアへと近づく。

「良いですよっ! あたしも色々聞きたかったところで……っ」

 シリカは、ノブに手をつけたその時、気が付いた。今の自分自身の姿に、だ。……今は寝るときいつもなっている下着姿。あられもない姿だ。 今、このまま扉を開けてしまえば……?

「~~~~ッ///」

 正気に戻った、シリカは 慌ててキリトに待って欲しいと伝えると、素早く装備ウインドウを呼び出していた。



 その後、シリカは、暫くキリトと目をあわせられなかった。
 その間に、キリトは部屋に備え付けてあるテーブルを準備、そしてアイテムを準備していたんだけど、シリカの表情に気が付いたんだろう。

「……ん? どうかしたのか? シリカ」
「ひぇっ!? な……なんでもないですよっ!」

 慌てているように見えるが、とりあえずキリトは進めた、テーブルの上にアイテムを置いた。そのアイテムは水晶球だ。それはまるで光を放っているかの様に青く輝いている。

「わぁ……綺麗です。なんですか? それは」

 シリカは、恥ずかしさをすっかり忘れ、思わずそう呟いて聞いていた。

「これは、《ミラージュ・スフィア》って言うアイテムだよ」

 キリトが水晶を指でクリックするとメニューウインドウを呼び出す。そして、手早くOKをクリックすると……球体が青く発光し、その上に大きな円形のホログラフィックが出現した。どうやら、アインクラッドの層ひとつを丸ごと表示しているらしい。街や森、木の一本に至るまで微細な立体映像で描写されている。システムメニューで確認できる簡素なマップとは雲泥の差だ。

「うわぁぁ……」

 シリカは、夢中で青い半透明の地図を覗き込んでいた。目を凝らせば、そのリアルな風景に人が行き交うところまで見れそうな気がする。

「まぁ、今、リュウキもいたら 更に細部にまで判る事もあるだろうけど。生憎、オレは細かな所までは覚えてないからなぁ……」

 キリトは、頭を掻きながら苦笑いをしていた。それを訊いてシリカは リュウキが来ていない事に漸く気づいた。いつも、キリトとリュウキは一緒、だと言う印象を勝手に描いていたから。

「あれ……? そう言えばリュウキさん、は……?」
「ああ、アイツなら『説明だったら、キリトがいれば十分じゃないか?』と、言って部屋から出てこなかったなよ。色々と説明を、とも思ったんだけどな」

 キリトは、そう言って苦笑いをしていた。

「……そうですか」

 シリカは、この時少し残念だった。確かにキリトが来てくれた事は嬉しい事だし、正直、残念だとは思いたくない。

(―――でも、リュウキさんともお話したかったなぁ)

 そう、シリカは思っていたからだ。お礼を言うべき相手は、キリトだけじゃなく、リュウキもだから。

「あっ……あたし、ちゃんとお礼を言わないと……」

 キリトの方を向いて頭を下げた。

「あのっ、頂いたアイテム……確認しました。あんなに高価なものを無料だなんて……」
「ああ、本当に良いって良いって。 装備が余ってたって言うのは本当だし」

 キリトは両手を振っていた。

「それでもっ……凄い装備ばかりだったし……リュウキさんのあのリングもそうだし」
「はは……、まぁ それは確かにオレも思うよ。あんなレアなアイテム オレも滅多に見ないしな」

 キリトもリュウキのあのアイテムには、当初は驚いたものだった。そのアイテム自体はは、前々から知っていたものであり、β時代にも、半ば伝説となっていたアイテムでもあった。第1層の時点で行わなければならないクエストだから、取れる者など殆どいなかったからだ。

 何故なら、その難易度は正に理不尽としか言えない程のモノだから。

 最早、クリアさせない様に設定になっているとしか考えられないから。β時代、プレイした時は蹴散らされた記憶がある。即ちあのアイテムを手に入れるのは実質。

「無理げーなんだよ。あの時点で、あのアイテムを入手するのは。でも アイツはやっちゃってるからなぁ……。はぁ、ほんと一体どうなってるんだか」

 リュウキの事はキリトも、お手上げと言わんばかりに言っていた。

「はぁ……」

 キリトの言葉を訊いて、シリカはきょとんとしていた。キリトの実力は十二分に見たと思う。助けて貰った時の事は、ピナを失った間もなかったから、はっきりと見ていなかったけれど、襲ってきたドラゴンエイプは3匹。つまり3匹モンスターを一瞬で葬った事は間違いない。それも この層のモンスター最強種を3匹も、だ。
 それを改めて考えたらやはり、実力はかなり高い。あの後の表情は、余裕そのものだった事もそうだ。だからこそ、キリトの実力は見た目に2乗するとも思っていた。

 でも、そのキリトでもリュウキを見る目に関しては、それ以上のモノの様だ。

 そして、シリカはもう1つ感じる事もあった。

「キリトさんと、リュウキさんの お2人は、とても仲良しさんなんですね?」

 シリカは、ついついそう訊いていたのだ。……この2人を見てるとそう思ってしまうのだ。2人のやり取り、そして仕草を見たら、どうしても。

「……んん。 少し、違うかな。アイツは、オレにとって目標みたいなものなんだ。追いつけるようにオレも頑張らないといけない相手、だからなぁ。仲は、まぁ……確かに悪くはないけど」

 キリトは、そう言い遠い目をしていた。仲が良いか、悪いかと言われれば、キリトの言う通り、間違いなく前者だ。だけど、追いつくべき目標だから。仲良しより、目指すべき場所、と思う気持ちの方が強かった。

「………」

 シリカは、それを訊いてて、『なんだか良いな』……と思っていた。ライバル同士だとシリカの中では解釈をした。
 そして、物凄く信頼しあってるとも思えていたのだ。そして、きっとリュウキもキリトの事も、凄く信頼しているんだって思える。だからこそ、2人は一緒に行動をしているんだと。

「ああ、話がそれちゃったな。47層の事だけど」

 キリトは、水晶に視線を戻した。

「あっ、はいっ!」

 シリカも、一先ずそちら側に集中していた。

「ここが主街区で、ちょっと厄介なんだ。それで、こっちが……っ!」

 キリトが指差し説明していたその時だ。

 突然の大爆発の様な轟音が突然起こったのだ。部屋の外にまで聞こえてくる轟音は、シリカは勿論キリトも驚かせた。

「ッ!!」

 キリトは、驚きこそはしたが、直ぐに動くと、部屋の外へと飛び出た。シリカは あまりに突然だったから、直ぐに動く事は出来ず、身を固くしていた。

 ここは宿屋だし、圏内だ。

 トラブルなど、ある筈も無い。これまでだって1度も無かったのだ。

 そして、キリトが外へ出て見ると。


「リュウキ?」

 そこには、リュウキが立っていた。宿屋の中だと言うのに、リュウキの手には片手剣が握られていた。

「え……、リュウキさんっ?」

 シリカも漸く動く事が出来、外に出てこれていた。

「……お前達の会話、聞かれてたみたいだ」

 リュウキは廊下の先を睨み付けていた。
 その突き当りには窓があり、そこが開けられていた。夜風が吹き込んできていて、備え付けられていたベージュ色のカーテンが靡いている。

「……それでどんなヤツが、訊いていたんだ?」

 キリトも険しい表情をしながらリュウキにそう聞いた。

「ん。……不穏な感じがしてな。外に出てみたんだが、男だと言う事だけしか判らなかった。……まぁ、ありきたりだが、フードを身につけてて、素顔までは、判らなかったが体型からは男だと判った。(……多分、例のだな)」

 リュウキはそのまま、視線をキリトの方にする。最後の方はキリトにだけ聞こえるように言っていた。そして、指をさす。

「……あの窓から逃げられた。 まあ、そのまま追いかけて、とっ捕まえようと思ったんだがな。こんな夜中に街中で、だったら近所迷惑から止めておいた。……あまり、他のプレイヤー達に迷惑はかけれない、だろう?」

 リュウキはそう言うと意味深にウインクをしていた。

「……ああ。そうだな。」

 キリトも頷いた。シリカにあまり不安を与えたくない、と言う思いがある事は、キリトにも判っていた。

「えっ……で、でもっドア越しになんて……ノックもありませんでしたし、声は聞こえないんじゃ……」

 シリカは、不安感は、そこまで無かったが、納得がいかないようにそう言っていた。そう、ドアを透過するのは以前にも紹介したように3つだけしか無い筈だから。

 だが、方法が無い訳では無い。 一応エクストラ・スキルだからこそ、シリカは知らないのだろう。

「……聞き耳のスキルだ。そのスキルをある程度上げたら扉越しにも訊く事が出来る。……そんな姑息なスキル、上げている奴中々いないがな……」

 リュウキがそう答えていた。盗み聞きをする為のスキルだ。確かにRPG系のゲームでは 便利なモノだと思うが、盗み、と言う名の付く行為は褒められたものじゃない。

「えっ……、でも何で? あたし達を……?」

 シリカは気になっていた。
 これまで……そんな事本当に無かった。いや……、ひょっとしたら、自分では気づいていなかっただけの可能性がある。何故なら、今までそんなスキルがあることさえ知らなかったから。

「……深く考えなくて良いだろう」

 リュウキは少し強張った表情のシリカにそう言った。

「そうだな。何かあるなら、直ぐに判るだろう。もういないみたいだし。大丈夫だ」

 キリトも笑顔に戻しシリカに笑いかけた。

「は……はい」

 シリカはその表情を見て、2人を見て凄く安心できた。不安感も吹き飛ぶ程である。

「ああ、そうだ メッセージ打つから、ちょっと待ってくれ」

 キリトはシリカにそう言うとメッセージを打っていた。

「…………」

 リュウキは、シリカの部屋の扉越しにもたれ掛かり、腕を組んで両目を瞑っていた。どうやら、見張りをしてくれているようだ。気配がすれば、直ぐに飛び出せる様に。

(――……ひょっとして……あたしが……安心できるように?)

 シリカは、そう思っていた。自惚れかな、とも思えるが……それでも。リュウキの口数は少し少ないけど……凄く伝わってくるんだ。自意識過剰なんかじゃない。とても優しいと思うから。

 だから、シリカは ふっ……と体から力が抜けた。よくよく考えたら、今日は大変な1日だった。パーティで《迷いの森》を探索していたのもそうだし、喧嘩をした事もそう、その後襲われて、ピナを失い……、絶望して、そして2人に出会って。
 
 色んな事が沢山起こって、疲れていない訳が無い。

 うとうととしていたシリカは、キリトのメッセージを打つ後姿は、遠い現実世界のお父さんの後姿に見えていた。何時も、気難しそうにパソコンを打つお父さんに。決して 言葉は多くは無いけれど、自分を愛してくれていたお父さんに。
 その姿はリュウキとも被る。寡黙だけど、しっかりと守ってくれたお父さんに。安心をくれるお父さんに。

 ……シリカは、何処か、忘れていた温もりを思い出した。

 包まれているような温もりを思い出し、そして シリカはいつしか目を閉じていた。


 心地よい温もりを一身に受け 安心して眠る事が出来たのだった。

 

 

第42話 花の都へ

  耳元で奏でられるチャイムの音にシリカはゆっくりと瞼を開けた。

 自分にだけ聞こえる起床のアラーム。何度も訊いている音だから、シリカは朦朧としながらも いつの間にか眠っていた事、そして朝が来た事を理解する事が出来ていた。

 そして、設定している時刻は午後7時だ。

 目を擦りながら、身体に掛かっている毛布を除けると、ゆっくりと体を起こした。

 いつも朝は苦手なのだが、今日は常になく心地よい目覚めだった。深く、たっぷりとした睡眠のおかげで、頭の中が綺麗に現れたような爽快感がある。大きく一つ伸びをして、シリカは、ベッドから降りようとしたその時だ。
 目の前にいる人の姿を見た。
 
 そして、昨日の事が、昨日の記憶が頭の中で彩られていく。

 窓から差し込む朝の光の中で床に座り込みベッドに上体をもたれさせて、眠りこけている人物、それはキリトだった。

(―――あ、あたし……、キリトさんの部屋で……そのまま………)

 昨夜の光景がまるで映像化されたかのように頭の中で再生された。シリカの部屋を訪れたキリト。そして夜だったけど、話したくって外に出ようとした。下着姿のまま……、それは何とか回避する事ができて、キリトの部屋に言って、色々と訊いて、 そして妙なトラブルも起きて、それで……。男の人の部屋で……。

「〜〜〜ッ/////」
 
 それを認識したその瞬間。
 その顔は……まるでドラゴンの火炎ブレスに炙られたかのように熱くなり、そして茹蛸のように真っ赤に染まった。部屋にはリュウキの姿は無い様だ。
 シリカには、もう1つ気がかりな事があった。それは、自分がこのベッドまでどうやって来たのかをどうしても思い出せない事だった。ミラージュ・スフィアは まだデーブルの上に残されており、シリカが座っていたのは、確かベッドの反対側だ。
 なのに、この場所でしっかりと毛布を掛けられていた事を考えると、どうやら……キリトかもしくはリュウキかが……シリカをベッドまで運んでくれた、としか考えられなかった。

 眠ったまま、動くなんて 夢遊病の様な、 それも ベッドにフラフラと行ける様な器用な真似は出来ないから。

 運んでくれて……、温かい毛布を譲ってくれて、その上キリトは、床での睡眠に甘んじた様で。

 シリカは、恥かしいやら申し訳ないやらで、両手で顔を覆って身悶えた。……数10秒を費やしてどうにか思考を落ち着けると、……シリカはそっとベッドから出て床に下りたった。
その時だ。

 突如、がちゃ、と言う音と共に、部屋の入口の扉が開いたのだ。

「〜〜〜っ/////」

 シリカは、思わず飛び上がりそうになった。キリトの寝顔を、そっと覗いていた体勢になっていたから。 そして、部屋に入ってきたその人物は。

「ん。おはよう。 シリカ」

 朝の挨拶を交わすリュウキだった。確かパーティ申請をしていて、設定をデフォルトのままにしてあると、自由に入ったりする事は出来るのだ。……リュウキの性格から考えたら、今を狙って入ってきた、とかは、ありえないだろう。

「りゅっ、リューキさんっ!!」

 シリカはあたふたしながら慌てていた。

「……ん? どうかしたのか? 顔が赤いぞ?」

 リュウキはシリカの顔を覗き込んでいた。その瞬間、シリカは見事なバックステップで後ろへ下がって間合いを取る。

「なななっ! なんでもないですよっ!」

 必死に言いながら、顔は真っ赤にしているが。

「……ん、みたいだな。大丈夫そうだ」

 リュウキは、シリカのその動きを見て、そう思っていた。絶好調の動きだ、とその反応速度から思えたのだ。
 それが、リュウキから見た結論だった。

(あ、あぅ……、やっぱり 疎いです。ものすごく……、リュウキさん……)

 この時、シリカは、改めてリュウキの事を理解した、このリュウキと言う人物がどういう人なのかを。きっと……ある意味では、自分よりも幼い感じがするのだ。

「……ん? 本当に大丈夫か?」
 
 何か挙動不審気味になっていたシリカを見て、リュウキの顔を覗き込む様に見て心配していたのを、シリカは気づいた。

「いえっ///なんでも……無いです! ほんとに大丈夫ですよっ」

 自分より少しだけ、歳上で……でも感性はきっとまだそんなにない。リュウキの事を直視するとシリカは顔が赤くなりそうだった。それだけ、彼の顔は綺麗で、とても凛々しくも見える。でも、幼くも見えてしまう。

 そして、自分の隣で眠っているキリトも、シリカは見た。その顔は、あどけなさが残る寝顔だった。


(――あたしって、……今 とても贅沢なパーティと一緒にいられているんじゃないかな……?)


 シリカは、そうも思えていた。これまでこんな人達とパーティを組んだ事など一度もない。数少ない女性SAOユーザーの女性にとって、多分だけど、とても贅沢な人達だと言う事をシリカは直感した。

 それは、正しいのだと言う事は、後に完全に判明するのである。


 そしてその後。


 キリトも目を覚ました。
 それもシリカにとって不意打ち?みたいなものだった為、また、飛び上がるかのように驚いてしまっていた。
 そして、シリカは改めて昨日の事の礼を2人に言っていた。昨夜は、シリカの考えのとおりだったようだ。キリトがベッドを譲ってくれた。そしてリュウキが、安心出来る様に一晩見ていてくれた。警戒をしてくれていたんだ。シリカは礼を何度も言っても自分にとっては足りなかった。そんなシリカをわかっていてか、キリトもリュウキも微笑んでいた。最後には……皆が顔を見せ合って笑い合い、少し遅れて互いに朝の挨拶を言っていた。

 そして1階へ降り、47層≪思い出の丘≫挑戦に向けてしっかりと朝食を摂ってから表の通りに出てみると。

 朝日が、陽光が街を包んでいた。

 これから冒険に出かける昼型プレイヤーと、逆に深夜の狩りから戻ってきた夜型のプレイヤーが対照的な表情で行き交っている。宿屋の隣で必要な消耗品を購入し、3人は転移門広場へと向かった。シリカにとって幸いだったのが、朝早かった事で、いつもの勧誘組には出会わずに転移門へと到着する事ができ事だった。今のこのパーティでいる時間を大切にしたいから、昨日の様な事はごめんだったのだ。

 そして、青く光る転送空間に飛び込もうとして、シリカははたと足を止める。

「あっ……あたし、47層の町の名前、知らないや………」

 恥ずかしそうに頭を掻くシリカ。慌ててマップを呼び出して、確認しようとした時だ、キリトが右手を差し出してきた。

「いいよ。オレが指定するから」

 それを訊いて、シリカは恐縮し、少し照れながら キリトのその手を握った。

「………」

 この時リュウキは 少し2人から離れていた。
 腕を組んでいたから……自分から手を繋ぐ事は無いのだろう。これも多分、いや 間違いなく、恥かしいのだと、シリカは思った。
 女の子だから、そう言う心の機微はよく判るんだ。でもきっと、そう聞いても、リュウキは否定するとも思えた。

 だから、ここで取る行動は1つしかないと、シリカは判断する。

 シリカは、キリトの方を見て そして、リュウキの方を次に見て手を差し出した。キリトが自分にしてくれた様に。

「リュウキさんっ!」

 シリカはあいた方の手をリュウキのほうに伸ばしたのだ。その表情は弾けんばかりの笑顔だ。……もう、言葉に出さなくても判る。

『一緒に行きましょうっ!』

 シリカのその表情を見ているだけで、そう伝わってくるのだ。

「…………。ああ、判った」

 リュウキは、言われた最初こそ、少し戸惑っていたが。その伸ばされた手を掴んだのだった。
 

 シリカは、握った事を実感しながら考える。
リュウキのその手は、やっぱり思った通りあまり大きくない。どういえば良いのか、そう、手に馴染む感じがするのだ。

(―――……キリトさんの手の方は……自分にはいないけれどお兄ちゃん……? リュウキさんは……、とても失礼だと思うけど、何だかお友達、違う、かな。……とても頼れる幼馴染……? みたいな感じ。……でも素直じゃなくて……えへ……なんだか、良いなぁ……)

 シリカは、幸せを噛みしめる様に笑っていた。

「……おい、早くしろ。キリト」

 リュウキは、シリカの言うとおり、恥ずかしい様なので、手を握りつつ、キリトに催促をしていた。それを訊いたリュウキは、軽く手を振ると。

「OKOK」

キリトは、少し苦笑いし、頷くと。指定する街の名を転移門を起動する為に答えた。


「転移! フローリア!」


 そのキリトの声と同時に眩い光が視界の中に広がり、3人を覆い包んだ。
転移の光と3人の暖かさに包まれ……シリカは、この2人と共に、ピナを救う為に、まだ足を踏み入れてすらいない、47層へと向かったのだった。
 

 

第43話 其々の想い


光に包まれた瞬間 一瞬の転送感覚に続き、エフェクト光が薄れた途端、シリカの視界に様々なな色彩の乱舞が飛び込んできた。
 目を開けたその先に広がっていた光景を見てシリカは。

「うわぁぁ………!」

 思わず歓声を上げていた。
 第47層主街区ゲート広場は無数の花々で溢れかえっていたのだ。円形の広場を細い通路が十字に貫き、それ以外の場所は煉瓦で囲まれた花壇となっていて、名も知れぬ草花が今が盛りと咲き誇っていた。

「すごい……とても綺麗、です……」

 シリカは、目を輝かせながら、この花で溢れる空間を魅入っていた。
 初めてこの層を訪れる者の大体が第一声にシリカと同じ感想をしている。

「この層は通称《フラワーガーデン》って呼ばれていて、街だけじゃなくフロア全体が花だらけなんだ。時間があったら、北の端にある《巨大花の森》にも行けるんだけどな」
「まぁ……、あそこに行くにはもう少し時間がいるからな。……それに花を愛でる為に行くとすれば、一瞬いっただけじゃ物足りないだろう?」
「あはは……そうですね? それはまたのお楽しみにします!」

 シリカは まだまだ素敵な場所があると言う事を訊き、また 行ければ良いな。と思いつつ、今は目の前に広がる花壇へと足を運び、そこにしゃがみ込んだ。
 その花は薄青い、現実世界で言う矢車草に似た花だった。シリカは、そのまま花の香りを楽しむ……そして、細部に至るまでの作りに驚いていた。もちろん、この花壇に咲く全ての花を含む全アインクラッドの植物や建築物が常時これだけの精緻なオブジェクトとして存在しているわけでは無い。
 ……そんな事をすればいかにSA0メインフレームが高性能であろうとも忽ちシステムリソースを使い果たしてしまう。それを回避しつつプレイヤーに現実世界並みのリアルな環境を提供する為に、SAOではあるシステムが搭載されているのだ。

 それの名は《ディティール・フォーカシング・システム》

 プレイヤーがあるオブジェクトに興味を示し、視線を凝らした瞬間、その対象物にのみリアルなディティールを与えてくれると言う仕様。シリカはその話を聞いて依頼、次々と色々なものに興味を向ける行為はシステムに無用な負荷をかけているような強迫概念に囚われていて気が引けていたのだが……。
 この層の、この素敵な景色を見てしまえば、思わず忘れてしまった。この時だけは、この一瞬だけでもそれを忘れて、心ゆくまで香りを楽しんでいたいと思っていたから。

 そして、漸くして立ち上がると……シリカは改めて周囲を見回した。

 花の間の尾道を歩く人影は見ればほとんどが男女の2人連れだ。それも……皆がしっかりと手をつなぎ……あるいは腕を組み……、とても楽しそうに談笑をしながら歩いていた。
 それらが、連想させる言葉は1つしかなかった。

(――ここって……、もしかして、デートスポット???)

 そう認識した途端に、シリカは顔を真っ赤にさせた。

(あたしの状況って……これって両手に花……?いや……《花》って言葉じゃなかったような……。)

 所謂今の自分の状況は、左右にキリトとリュウキがいる。……シリカは言葉を捜すことよりも今のこの状況を理解してシリカは、思わず慌ててしまっていた。

(ってあたしは何をっ!!)

 思わず火照りを誤魔化すように、シリカはすくっ!っと立ち上がると。

「さ……さぁ!フィールドに行きましょう!」
「??」
「う、うん」

 キリトは目をぱちくりさせて、シリカを見て頷き。勿論、リュウキもよくわかってないような表情をしていた。いや、この時 キリトもよく判っていないようだろう。
 判らないが とりあえず、シリカの両隣へと向かい歩き始めた。

 ゲート広場を出ても街のメインストリートも花に埋め尽くされており。その中を並んで進んでいた。この時、シリカは2人に気づかれないようにそっと……2人の顔を見ていた。そして 思い出すのは2人に出会った時の事。
 それが、まだ1日もたっていないと言うのが自分でも信じられない。それほどまでに、2人の存在が自分の中で大きくなっているのだ。でも、2人は? 2人はどう思っているのだろうと窺ってみたかった。
 だからシリカは、2人の顔を交互に見ていたのだ。

 キリトは謎めいている所がある。いや、それを言えばリュウキも同様だろう。
 この2人は、似た者同士と言うのが一番しっくりとくる。

 いや……、その2人の中でどちらが?と言えば何処と無くリュウキの方が……わからなかったりする。シリカは、自分を助けてくれた理由にもあった、《大切な人》と言うのも気になっていた。
 その点、キリトは明確であり、《妹》がいるって言っていた。
 
 その……自分に似ていると言う。

(――……聞いてみたい……なぁ。ふたりのこと………)

 シリカは暫く躊躇した後、思い切って口を開いていた。

「あ……あのっ。キリトさん」

 先ずは、キリトの方から聞いていた。その順に関しては、理由は特に無かった。
 2人のことをもっと知りたいから、シリカは聞いていた。

「妹さんのこと、聞いて良いですか……? 現実の事、聞くのはマナー違反だってわかっているんですけど……その、私に似ているって言う妹さんの事……」

 キリトは一瞬顔をしかめたが、直ぐにふぅ……とため息を吐く。

「……仲はあまりよくなかったな……」

 ぽつりぽつりと話し始めた。

「妹って言ったけど、本当は従妹なんだ。事情があって、彼女が生まれたときから一緒に育ったから向こうは知らない筈だけどね。でも そのせいかな……どうしても俺の方から距離を作っちゃってさ。顔を合わすの……避けていた」

 嘆息……微かにだが、キリトから伝わってきた。懊悩を抱えている、と思っていたから。

「……それに 祖父が厳しい人でね。オレと妹は、オレが8歳の時に強制的に近所の剣道長に通わされたんだけど、オレはどうにも馴染めなくて2年で止めちゃったんだ。じいさんにそりゃあ殴られて……。そしたら妹が大泣きしながら『自分が2人分頑張るから叩かないで』 って俺を庇ってさ。オレはそれからコンピューターにどっぷりに なっちゃったんだけど、本当に妹は剣道打ち込んで、祖父が亡くなるちょっと前には 全国で良いトコまでいくようになっていた。……きっと、じいさんも満足だっただろうな……。だから、オレはずっと彼女に引け目を感じていた。本当はあいつにも他にやりたい事があったんじゃないか、俺を恨んでいるんじゃないかって。そう思うとつい余計に避けちゃって……そのまま、SAO(ここ)へ来てしまったんだ」

 キリトは言葉を止めると、そっとシリカの顔を見下ろした。

「だから、君を助けたくなったのは、俺の勝手な自己満足なのかもしれない。妹への罪滅ぼしをしている気になっているのかもしれないな。……ごめんな」

 シリカは、一人っ子だった。
 だから、キリトの言う事は完全に理解できなかったが、何故だろうか? シリカにはキリトの妹の気持ちはわかる気がしたんだ。

「……妹さん、キリトさんを恨んでなんかいなかった、と想います。何でも好きじゃないのに、頑張れる事なんかありませんよ。きっと、剣道、ほんとに好きなんですよ。好きに、なったんだと思いますよ!」

 一生懸命言葉を捜しながらシリカがそう答えた。言葉を探しはしたけれど、これは決して嘘偽りのない本心だ。

「その意見にはオレも同意だ……」

 そして、 キリトの話を黙って聞いていたリュウキも答えていた。

「とは言っても、オレはよく知らないし、経験が特段ある訳じゃない、が キリトも2年間はやったんだろう? ……そんなに甘いものなのか? 剣道というのは。……偉そうに言うつもりは無いが、浮ついた理由で打ち込んだとしても、そんなに《上》に上がれる様な 安いものは無いと思える。それはどんなジャンルでもそうだ。……だから、スポーツにしても、なんにしてもな。」

 リュウキ自身はシリカのように言葉を選んだりはしてない。本当の素の気持ちを答えただけだった。
だから、彼にはあまり裏表と言うモノが感じられないのだ。そこが良い所でもある、とキリトは思っていた。そして、シリカの言葉にも、とても感謝をした。

「ははは……。なんだか、オレばかり慰められてばかりだな。……そうかな。そうだと良いな」

 シリカはリュウキの顔を見て、ウインクをした。リュウキも両目を閉じ、シリカに答える仕草をした。ただ、リュウキは思った事を言っただけだが……キリトの表情が柔らかく、先ほどよりも良い顔になった事は理解できたから。

「でも、人それぞれ……色々あるよな」

 リュウキはそう呟いていた。それは、考えて言った言葉じゃない。
……自然と出ていたのだ。そして、顔も何処か上の空になってしまっている。

「……リュウキさん?」

 シリカはそんなリュウキに気がついていた。
 そしてキリトも同様だった。

「そういえば、リュウキはどうなんだ……?あの時、大切な人って言っていたけど」

 キリトがそう聞いていた。

 自分の内を明かした。

 そう言う条件があったり、示し合わせたわけじゃないんだけれどリュウキの事を知りたいとも思ったんだ。キリトもシリカ同様に。
 だけど、詮索しあうのは、正直嫌だ。
 断られたら、それで諦めるが、話を聞かせてくれれば、嬉しい。それは、自分の事を信頼してくれているとも思えるから。

――……心を開いてくれている、と思えるから。

 この世界において……それは何より大切だと思うから。何より《リュウキ》と言う男はキリトにとっても、それほどまでの人物だから。

「そうですね。あたしも 気になりました。そのリュウキさんの《大切な人》。どんな人なんですか?」

 シリカもキリトに続いた。
キリト程、考えていたわけではないが、最初から2人の事をもっとよく知りたいと思っていたんだ。それに、『女性は守るもの』だと教えて聞かせてくれる人は、きっと素敵な人だと、そうもシリカは思っていた。

「ん……」

 リュウキにも2人のことは伝わっている様だ。『自分の事を知りたい』と。そして、キリトも話してくれた。リュウキは、普段なら、ただのゲームでは当然だがは話さない。
 自分の事など、それも現実の事など。

 これまでも、そんな事はあったことない。
 自分からも聞いたこともないし、興味が無い、訊きたくもない事だった。
 
 だけど……リュウキの方も、何処か キリトのことは訊いてみたかった。決して自分からは聞かないが……聞いてみたかったんだ。
 それだけ、気を許している。……信頼をしてくれている。

 リュウキ自身もそう思えていたから。

「……そうだな。オレだけだんまりは、フェアじゃないか」

 リュウキは……この世界の空を眺めた。
 そして第一声、その言葉に、皆戸惑いを隠せなかった。

「現実世界で、オレには肉親はいないんだ」

 そして、キリト同様に、リュウキもぽつりと始めていた。


「どこから言えば良いかな……。オレは幼い頃から……といってもそんな年齢に達してるわけじゃないが、小さな頃からコンピューター関係の仕事をしていた。コンピューターと共に育ってきた。と言っても過言じゃない程にだ。……ただその過程で技術だけが、備わってきたんだ。……プログラミング技術。それが中でも一線を凌駕するようになってな。色々な仕事をしてきたよ。……何年も何年も。だからかな?はっきりわからないが、多分。お前達が不思議がっている力。ここでも発揮されているんだ。デジタルコードの解析……だな。所詮は仮想空間と言ってもデジタルだから」

 リュウキの言葉。キリトは、以前にも聴いたことがあった。
 自身の能力、この世界での力。他のプレイヤーにはない能力は、10年以上の歳月を経て身につけたとも言っていた。
 そして、製作側の人間である事も言っていた。キリトの中で リュウキの事、これまでに判っていた事が 全て繋がってきた。

 シリカにはまだよくわかってなかったから、話に集中をしていた。

「まあ……、ただ 普通の仕事ばかりしていれば良かったんだけどな……。つい数年前の事だ。結構……不味い仕事をすることになってた。結構踏み込んだ所までの仕事を、な……」

 リュウキの表情は一気に強張った。

「オレには肉親はいないが、信頼できる人はいたんだ。同じ家に住んで……、色々と世話をやいてくれる人が。仕事については、サポートしてくれるくらいで、そこまで踏み込んだ話はしなかった。オレ自身もオレの力なら……サポートなんていらない。何でも出来るって粋がってたよ」

 言い終えると同時にリュウキの顔が、更に歪んだ。

「そして、オレは失敗した。致命的なミスを犯した。そのせいで………」

 リュウキは、そこから先の話は……口を噤んでいた。これ以上は、思い出したくない事なのだろう。そして話をしたくない事だと。

「色々とあった。だけど……こんなオレを支えてくれたのが、その一緒に暮らしている《大切な人》……だ。オレにとって親も同然の人。その人が色々教えてくれたんだ。その中に、『女性は大切にしろ、守るものだ』と言うのも言っていた。……正直 オレにそんな場面に遭遇する機会はあまり無いと思うとも言われたが……。まあ、そんな場面があったみたいなんでな。だから、きっと教えを守っているだけみたいだ」

 リュウキは軽く笑うと、2人の方を見た。

「他人のことは本当に言えない。オレだって、同じだ。オレは本心からシリカを助けたい……と思っていないのかもしれないから。……だから、礼を言う必要は無い。キリトが言うように目的とかぶらないわけでもない……オレにとっては、『目的と教え』 多分、それだけなのかもしれないな」

 次には笑みが消えて少し寂しそうにしていた。
 さっき、キリトを励ますように言っていた姿が……もう見る影も無いと思う。

「そんな………」
 
 シリカは……流石に言葉が出てこなかった。
 リュウキは、自分に想像もつかないことを経験しているんだ。確かに、何かあるだろうと思ってはいた。でも、それは文字通り想像以上だった。

(親がいない……? 致命的なミス……? こんな……自分とそんなに変わらない歳(と思う)の男の子が、一体どれだけのことがあったの……? なんて……言えば……)

 シリカが自問自答を繰り返していた時だ。

「リュウキ」

 キリトの方からリュウキに声をかけていた。

「……ん?」

リュウキはキリトの方を見た。

 「お前の事……少し知れた気がするよ」

 キリトはそう言うと、続けた。

「励まされた相手を励まし返す、なんてちょっと変だが、オレはお前以上に優しいプレイヤーを、人を見たこと無いと思うぜ? そして、これまでで多分。オレと同じ、基本ソロのお前。オレが一番お前との付き合いが長いと思う……。目的とその教えだけ、とは思えないがな。さっき言ったように、オレと同じ……な」

 そう言い終えると、キリトは最後には笑っていた。

「そう、か……?」

 リュウキはキリトに……聞くように返した。

「そうですよっ!!」

 シリカがキリトに続くように言った。
 言葉が上手く出てこないけれど、キリトが先に言ってくれたと言う事もあり、勇気が持てたのだ。だから、シリカは必死に言葉を繋げる事が出来た。

「さっきだって、リュウキさんっ認めてくれなかったけれど、あたしの為に……あたしの為にあの人の前に立ってくれたじゃないですかっ! リュウキさんはとても優しい人です! キリトさんもリュウキさんも。あたしの恩人ですっ! だって、だって…… あたしを……助けてくれたもん!」

 シリカの必死な言葉は2人には伝わる。痛い程、伝わってくる。2人とも、励ましてくれている。それは、よく判った。
 嘘偽りの無い言葉というものがよく判ったのだ。

「……ん。ありがとう。2人とも」

 だから、自然に礼を言う事が出来ていたのだ。感謝の言葉を言う事が。
 正直、感謝を言うのは、あまり記憶が無い。こうやって直接的になんて。この世界に来て本当に沢山の事が経験出来る。


「あっ……」

 シリカはその顔を見て、表情を緩めた。
 真剣に言葉を探し……どんな言葉を言えば良いのかわからなかったから。そのリュウキの顔を見て、本当に嬉しかった。自分がまるで慰められた様にだ。

「お互い様……だな」
「ああ、まったくな」

 キリトとリュウキ、2人とも互いに笑っていた。

「よ、よかったぁ……」

 2人の表情を見てシリカもほっと撫で下ろしていた。自分が、訊いてみたい、と思ってしまったから、訊いてしまったから、表情を暗めてしまったのだ。だから、元の表情に戻ってくれた事に、心底安心したのだ。

「……悪い。空気を悪くしたな」

 リュウキはシリカにそう言っていた。

「いえっ!リュウキさん、元気になってくれて嬉しいですっ!」

 彼女の素直な気持ち、それも凄く嬉しい。

「そうか…… 本当にありがとうな」

 だから、シリカに、礼を言っていた。言葉を考えるよりも早く。

「いえ……っ お礼を言いたいのはあたしの方ですから……っ!」

 シリカはややオーバーアクションを取りながら、慌てていた。ここまで、礼を言われるとは思ってなかった様で、照れてしまっていた。そんなオーバーなリアクションの仕草をする理由がわからないリュウキはただ首を傾げるだけで、それを見たキリトも自然と笑みに包まれる。

「それは……笑うところなのか?」

 リュウキは、その事はどうしてもわからないようだ。笑っているキリトにリュウキは聞いていた。

「あっ……は、はい!!  そうですよね? キリトさんっ!」

 シリカは、キリトに同意を求めていた。ひょっとしたら……今見てみたいものが、リュウキの笑顔も見れるかもしれないから。

「ああ、そうだな。笑う所だ」

 キリトはリュウキを見て、そういった。キリトも、シリカと同じような気持ちだったようだ

「……そうか」

 リュウキの表情が徐々に変化していった。それは……歳相応、とまではいかないが。
 今までで、一番の笑顔だった。

「わぁ……!」

 シリカはその表情を見れて、嬉しいのと、恥ずかしいのでいっぱいになったようだ。それだけ魅力的な笑顔だったから。まるで花開くかの様な……。

「ん??」

 リュウキは戸惑う。
 笑う所だと言っていたから、笑うのはわかる。だが、判らない事もあった。

「どうした? 顔が赤いぞ?」

 それがわからないのだ。熱でもあるのか?とも思えたが、ここは仮想空間。
流石にそう言う現象は実装されていないのだ。

「ひえっ……! な、なんでもないですよっ」

 シリカは、必死に顔を戻そうと努力?を。そして、両手を顔の前でブンブン振っていた。

「ははは、2人とも そろそろフィールドにでるぞ。」

 少し前で微笑ましそうに見ていたキリトは2人にそう告げる。とりあえず、フィールドではもう少し緊張感が欲しいところだから。

「ああ、そうか」

 リュウキは直ぐにスイッチを入れたが。

「は……はいっ!」
 
 シリカは中々そうはいかないようだった。 

 だけど、足をフィールドに踏み入れながら、何とか戻す事が出来たのだった。

 

 

第44話 シリカの受難



「さて……ここからが冒険開始だな。」

 キリトは街道を離れ、フィールドに出て一呼吸置いた。その先に広がっている広大なフィールドの先に 今回の目的地、そして目的のモノがあるのだから。

「ああ……。その前に必要な事をしておこう」

 リュウキもそう言うと、シリカの方を向いた。

「今のシリカの装備ならば……ここのモンスターを倒せない事は無い。それに、思いたくないがやられる事もないだろう。だが……」

 リュウキの表情が少し険しくなる。

「どんな状況でも 圏外では 不測の事態と言うものは、少なからず発生する。だからこれを」

 リュウキは、シリカに手渡した。手渡したそれは、転移結晶。
 水色の鮮やかなクリスタルだ。

「これは……?」

 シリカは少し不安そうな表情で聞いていた。
 そのアイテムを知らないわけはない、何度も何度も命を救われたアイテムだから。だからこそ、それを渡す意味が解らなかった。不安だったのだ。

「……フィールドでは、何が起きるかわからない。だから、もし予想外の事態が起きて、オレかリュウキが離脱しろって言ったら必ずその結晶で何処の町でも良いから跳ぶんだ。オレとリュウキの事は気にしなくて良いから」

キリトが答える。リュウキも無言で頷いた。

「で……でもっ……あたし……」

 恩人である2人を……『見捨てろ』と、そう言われているんだ。
 沢山……沢山貰ってるのに……、なのに。

「大丈夫。オレ達なら大丈夫だ」

 キリトはシリカの頭を撫でた。震えているのが判ったから、安心できるように。

「だから、約束してくれ。……オレは」

 キリトは……少し辛そうな表情を作る。

「オレは、一度パーティを壊滅に……壊滅にしかけたんだ。二度と同じ間違いは繰り返したくないんだ」
「あっ………」

 シリカは……なぜ、キリトが時折見せるあの表情をするのか、この時判った。
 悲しみと後悔、どういえばいいだろうか、 そう……、負の感情が全面的に表情に現れていた。それをキリトは見せていた感じがした。
 その根源が……その出来事だったんだ。それを知ったシリカは、もう頷くしかなかった。

「……オレも傍にいるから。だから 安心しろ」

 そんな俯きがちだった、シリカを少し笑顔に変えさせたのが……リュウキの言葉。そして、キリトの笑顔だ。先ほどの表情は既に息を潜め、笑顔を作ってくれていた。
 自分に心配をかけまいとして……、その気持ちは凄く伝わるから。

「さぁ、行こうか」

 キリトが前衛を務めてくれて。

「……はいっ!」

 シリカもこの時には、笑顔に戻す事が出来た。

「……ああ」

 そして、シリカを挟むように後衛にリュウキがいる配置で進んでいった。


 確かに、どうなるか判らない事が多い。初めてのパーティであれば、これが最も理想的な配置だろう。

 リュウキとキリトの2人に囲まれたシリカ。

 まず間違いなく、危険は無いだろう、と意気揚々と進むシリカ。2人の強さは感じるモノがあるし、目の当たりにしていたから。


 だけど、暫くしての事。



「きゃっ!! きゃあああああああああッ!!!! なにこれーーーーー!!!」


 シリカは、捕まってしまっていた。

 それは、フィールドを南に歩いていた時の事だ。リュウキが、まずモンスターを発見、確認した。まだ、遠くで強さもこの層で一番弱い。
 その情報を知ったシリカは気合十分だった。短剣を片手に『任せてください!』と一言いうと、草むらに自ら入って言ったのだ。

――……それを、一生後悔することになるなんて……この時、シリカはわかってなかったんだ。

 草むらのせいで、相手の姿がよくわからなかった。否、草に上手く隠れていたから全体が見えなかったんだ。その相手は。

「やあああああっ!! こないでっ!! こないでぇぇぇ!!!」

 シリカは、短剣をブンブン振り回す。
 昨日に練習した事が全く出せないほどに、パニックをおかしていた。そう、その相手は一言で表せれば《歩く花》。
 だが、その姿はそう、もう一言で言えば、《醜悪》。人食いの様な巨大な口に牙……茎もしくは胴のてっぺんにはひまわりに似た黄色い巨大花。その口の動きはまるで、ニタニタ笑いを浮かべているようで。更には無数の触手を振り回していたのだ。

 シリカは、その姿を確認したその瞬間。体が固まった。そして、その固まった間に、その触手にシリカは捕まってしまったのだ。その触手の感触から生理的嫌悪を催させた。

「やっ! やだぁぁぁっ!」

 シリカは、もう殆ど、目を瞑っている。
 その状態で、幾ら短剣を振っても当たる筈もない。全く関係ない場所、空中を只管斬っているから。

「落ち着け、まずは目を開けろ。コイツは見た目より強くない、と言うか弱いから」

 リュウキは、片手剣を構えつつ、ゆっくりと歩み寄り、アドバイスを言う。

「そうだって、そいつはほんとに凄く弱い。花の下の白っぽくなっているとこが弱点だ」

 キリトもあまりにもパニックになっているシリカを心配して近づく。これがこの層の最弱のモンスターだし、今の状態は束縛(バインド)、であり、ダメージを受けたりはしない。これでシリカがやられる可能性ははっきり言って0だから、そこまで2人は慌てていなかったようだ。

「でもっ! でもっ! 気持ち悪いんですぅぅぅ!!!」

 シリカは、やっぱり動けてない。
 その間に、持ち上げられて頭を下にして宙吊りにされてしまった。逆さまに釣り上げられてしまったから、シリカのスカートが捲れてしまったのだ。

「ちょっ! やめっ!! りゅっ! きりっ! みないでッ! 見ないで助けてっ!!」

 その事態にシリカは益々、パニックになった。捲れてしまったスカートの事を理解したから。
 そして、男性陣はと言うと。

「………まぁ 流石に、見ずに攻撃する、捕らえるのは至難だ」
「あ……ああ、たしかにそれは無理かな……」

 リュウキとキリトそう言っていた。キリトは手で顔を覆い流石に見ないようにしていて、リュウキも今回ばかりはキリトの様にしていた。

 その2人の反応が面白かったのか? そして、慌てるシリカの事が面白かったのか? 巨大花は吊り上げたシリカを振り子の様に振り回して遊んでいた。

 遊ばれている! と言う事に気がついたのか、シリカは かっ! と目を見開いた。凄く気持ち悪いけれど、必死に我慢し、

「こっ! このっ!! いい加減にっっしろっっ!!!」

 シリカは、片手でスカートを抑えていたが、それを離し 脚に纏わりついている蔦を叩き斬ると重力にものを言わせ、弱点の部分に向かって短剣を突きたてた!

 ドスッ と言う鈍い音を響かせる。それは、急所に当たる一撃だ。そして、このモンスターは二人が言うとおり、この層で一番の雑魚。シリカの一撃で消滅していった。
 
 無事、着地できたシリカは頬を赤く染めながら。

「……見ました?」

 2人にそう聞く。
 あの視点的には、まあ まず間違いなく目に入るのだが。

「……見てない」

 キリトは直ぐに手で目を覆う。

「……ノーコメント」

 リュウキはそっぽ向いた。
 どうやら、2人とも 凄く恥かしいみたいだ。

「む〜〜………」

 シリカは、そんなリュウキやキリトを見るのも良いかもしれない、と思っていたかもしれない。勿論、こんな状況じゃなければだが。


 その後。

 シリカは、2人のアシストもあり。全く問題なくモンスターたちを倒していった。
そして、レベルも着実に上がる。経験値は、モンスターに与えたダメージの量に比例する。だから、2人のアシストは主にキリトが剣で弾く。そして、リュウキがシリカのHPの回復、そして《視た》敵の性質を教え効率よく狩れる様にアドバイスもしていた。
 だから、時間がかかっても3人で一番経験値がシリカに入るようになってレベルが順調に上がるのだ。

 そしてその先には本当に、気持ち悪いモンスターも多々いた。

 その度に思い出し震え上がりそうになっていたが、我慢も覚えたようで、何とか撃破。最後の方にはパターンを読むにまで至り、1人でも善戦以上を出来るほどになっていた。

 それでも、シリカは鳥肌が未だに湧き出る。

「あうぅぅぅ……キモチワルイ……です……」

 シリカは、げんなりしていた。さっきの事を……思い出して。

「まぁ……あれがこの層で一番だと思うぞ。……あれ以上のモノはない」

 リュウキはそう言っていた。
 シリカは、イソギンチャクに似たモンスターの粘液まみれの触手に全身を巻かれていた。全身を巻かれ、粘液まみれにさせられ……本気で気絶しそうになっていたのだ。

「確かにな…… アレにはオレも触れたくない」

 キリトも同意した。
 出会った事は、何度もあるが……、巻き付かれたことはない。生理的嫌悪感が出るのは何もシリカだけじゃないと言う事だろう。

「ううぅ……」

 シリカは、まだ、立ち直れそうに無いが。

「ほら……」

 今度はリュウキから手を伸ばした。ずっと座り込んでいたら、危ないから。ここはフィールドなんだから、いつ次の相手が襲ってくるか判らないから。
 いくら、キリトと自分がいる状況だったとしても、油断は禁物だ。

「あっ…… ありがとうございます……」

 シリカは、この時に気持ち悪いと思っていた気持ちが吹き飛ぶ。そして赤くしていた。

「ははは……」

 キリトは微笑ましそうに見ていた。普段のリュウキはかなり大人染みている。
 今のその表情から、考えるに自分より1つ?2つ? 判らないけど、歳下に見えるのだ。だけど、普段はそんな風に思えないんだ。とても、しっかりしているから。
 だけど、この時だけ、リュウキが自分より歳下なんだと思えた。歳相応の自然さが出ていて普段の事もあり、尚更見えたのだろう。その柔らかいリュウキの表情に。



 

 

第45話 思い出の丘


 そして、赤レンガの街道を只管進み、小川にかかった小さな橋を超え。

 とうとう目的地へと到着した。

「あれが《思い出の丘》だよ」

 キリトが指をさして、シリカに伝えた。
 
 その言葉を聞いて、更にシリカは笑顔になる。目的の場所についたから。待ちに待った光景だったから。

(――…ここが……ピナを助ける為に必要なアイテムがある場所……)

 シリカは、改めてその思い出の丘の全体を見た。

「見たところ……分かれ道は無いみたいですね?」

 《思い出の丘》の道中を簡単に見たシリカはそう聞く。直線上、とまではいかないが、一本道がずっと丘の上に向かって続いているから。

「ああ、ここからはほぼ一本道ただ登るだけだ。だが、モンスターの数だけは多いから気をつけろよ」

 リュウキは、肩に片手剣を担ぎそう言う。一本の道だからこそ 左右に挟まれてしまう場面に遭遇してしまう危険性が高いのだ。

「はいっ!」

 『本当にもう直ぐ……もう直ぐピナを救える。本当に』その思いがシリカの歩く速度を自然と速くさせていた。

 思い出の丘にもある鮮やかな花道を、色とりどりの花が咲き乱れる登り道に踏む込む。

 その先は、リュウキが言うとおりだった。モンスターのエンカウント率が上昇していたのだ。挟まれるだけでなく、四方八方囲まれることも多かった。
 これまでは、基本的に前方ばかり。挟み撃ちもあったが、それ以上の敵数だった。
 だから、シリカは慌てたけれど。

「大丈夫だ」
「ああ」

 リュウキとキリトがシリカにそう言うと、その後は殆ど一瞬だった。2人は一瞬で、無数のモンスター達の行動を削いだのだ。
 脚部分を破壊し、動けない状態にする。そして、トドメをシリカに任せる。効率よく進め、かつ経験値も得る事が出来る、想像以上のエンカウントにも驚いたが、2人の実力も想像以上だった。

 表現するとすれば、《底が見えない》。

 その言葉は、よくアニメなんかで聞くけれど。どう言う意味なのか 本当によく判った。その攻撃は本当に赤子を捻るかのように軽やかで、それでいてモンスターに与える衝撃は想像以上なのだ。
 
 それに、初めて会ったとき、あの層最強種のドラゴンエイプをまるで問題にしなかった。シリカは、その時から2人はかなりハイレベルだってわかってた。そして、この場所はあの場所より12層も上だ。
 それなのに、全く余裕の様に見える。

 そう、あの時のように。

 だけど、同時に疑問も生まれていた。

(お2人は……なんでそんなハイレベルなのに35層あたりに……?)

 その事なのだ。レベルに見あった層を主戦場にするのが普通だ。
 もしくは、その層にはレアモンスターが出現する……などと言う理由であれば無くはないが、そんな情報は特に無い。

(ま……いいか。この冒険が終わったら……聞いてみよう、かな)

 シリカはそう思い、考えるのを止めてこの≪思い出の丘≫攻略に再度意識を集中させた。そして、高く繁った木立の連なりをくぐり。

「うわああ………」

 シリカは目を輝かせた。そう……そこが丘の頂上だったから。
 そして、感心はそれだけじゃない。

 そうその美しい場所だったから。

 《空中の花畑》その形容が相応しい場所。一面が美しい花々が咲き誇っているのだ。

「こ……ここに……?」

 シリカは……中心を見ながらそう聞く。

「ああ」

 リュウキは頷いた。

「真ん中辺りに岩があって、そのてっぺんに」

 キリトは、指をさした。
 シリカはそれを聞いた途端に走り出す。もう、待ちに待ったから。そして、シリカがその中心に行くと。
 どうやら、シリカが、ビーストテイマーだと認識したようだ。柔らかそうな草の間に一本の芽が伸び、シリカが視線を合わせるとフォーカスシステムが働き、更に細部に至るまでわかる。
 若芽はくっきりと鮮やかな姿へ変わり、先端に大きなつぼみが出来た。

 それは……ゆっくりと開き、真珠の様な雫が生まれた。

 シリカは、それに手を伸ばす。絹糸の様に細い茎に触れた途端、氷の様に中ほどから砕け、シリカの手の中には光る花だけが残った。
 そして、そのアイテム名は。

《プネウマの花》

「これで……ピナを生き返らせれるんですよね……」

 シリカは、今日一番の……幸せそうな笑顔を見せ、そう聞いた。

「ああ」
「……その雫を心アイテムにに振り掛ければ良い。だけど ここは強いモンスターが多いからもうちょっと我慢して急いで戻ろう」
「はいっ!」

 シリカは満面の笑みでアイテム欄に花を収納した。

「………」

 リュウキは、笑顔のシリカを見て……、自然とリュウキも笑顔になる。この世界で笑顔が増える事は良いことなんだから。

「よかったな……」

 キリトはリュウキに聞こえるようにそう言う。シリカは、この会話には気がついていない。
プネウマの花に釘付けになっているからだ。
 リュウキは、キリトの方を見ると。

「………ああ、本当にな」

 笑顔で、そう答えた
 あの時、涙で覆われていた彼女の顔が、今はまるで花が開いたかのような笑みに変わっていたのだから。

 無事プネウマの花を入手した後。

 転移結晶で一気に飛んでしまいたかったが、徒歩で帰る事にした。転移結晶は、高価なものだからギリギリの状況で使うべきものだからだと判断したからだ。

 それに、リュウキとキリト、

 この2人がいれば、シリカに危険は無いだろう。万が一のことがあった時に、その時に転移結晶を使えばいいのだから。そして、幸いながら、帰り道では殆どモンスターと出くわす事はなかった。

 ここに来た当初のエンカウント率が、まるで嘘の様だった。

 シリカは、思い出の丘を駆け下りるように進んで、来たときの事を考えると、たとえモンスターが出たとしても1時間以内には確実につく。

(――――後少し……ほんの少しで、会える。ピナに……。また……)

 シリカは弾む胸を抑えながら先頭で小川にかかる橋を渡ろうとした時。

「……まて、シリカ」

 リュウキから呼ばれた。
 初めて……リュウキから、名前を、自分の名前をを呼んでくれたかもしれない。少し嬉しかったと感じたけれど、それは殆ど一瞬だった。そのリュウキの声が強張っていると感じたからだ
 そして、振り返ると、リュウキだけじゃなく、キリトの表情もがらりと変わっていた。それは、どういえばいいのだろう。

 そう、こうだった。――まるで、何かを警戒するかの様に、表情が変わっていたのだ。 
 

 

第46話 タイタンズハンド


 キリトとリュウキは、橋の先を見ていた。
 いや、見ていると言うよりは、睨みつけている、と言った方がいい。表情がとても険しくさっきまでの2人とは思えないから。
 シリカは、そんな2人を見て 戸惑いを隠せられなかった。

「え……? ど、どうしたんですか?」

 2人が睨んでいる方を見ても、シリカは何も感じないから 不安だった。
 これまでよりも、このフィールドに来た時よりも遥かに。
 シリカ自身も索敵スキルは持ち合わせているけれど、別段何も感じない。ここのモンスターだったら、判っていたのだが。

「そこで待ち伏せている奴……出てきたらどうだ?」
「えっ………?」

 キリトがそう言った。2人が睨んでいる場所。橋を少し超えた先にある木立。
シリカもその辺に目を凝らした。だけど、何も見えないし、感じないのだ。

「……そうだ。さっさと出てきたらどうだ…? 赤髪の女」

 リュウキも……腕を組みながらキリト同様に言う。
 どうやら、誰がいるのか、もうはっきりとわかっているようだ。

「あか……がみ……?」

 シリカはその言葉に驚きを隠せない。
 《赤い髪》《女》
 そんなプレイヤー……今は、1人しか思いつかなかった。とても、嫌なプレイヤーだけしか。

 そして、シリカの その嫌な予感は的中した。
 リュウキが言った直ぐ後に、木立から出てきたのだ。

 そのリュウキの言うとおり炎の様な真っ赤な髪。同じく赤い唇。黒いレザーアーマー、そして槍を装備している女プレイヤーを。

 会いたくも、見たくもないプレイヤー。

「ろ……ロザリアさん……!? なんで……こんなところに……?」

 瞠目するシリカの問には答えずロザリアは薄ら笑いを浮かべていた。

「ふふ、アタシのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、お2人さん。少し侮っていたかしら?」

 そこで、漸くシリカの方へと視線を移していた。

「その様子だとどうやら、首尾よく《プネウマの花》をゲットできたみたいね? おめでと。シリカちゃん」

 シリカは、ロザリアの真意がわからない。シリカは、思わず本能的に後退っていた。
 その表情に、言動に 嫌な気配を感じたからだ。

 それは、モンスターのそれを遥かに凌駕する様な歪な気配だった。そう、1秒後その直感を裏切らないロザリアの言葉が続き、シリカを絶句させることになる。

「じゃ、さっそくその花を渡してちょうだい」
「なっ……!? 何を言っているの……?」

 シリカは、その言葉にもそうだが、ロザリアの全身から得体の知れない恐怖感に襲われていた。あの時は正面から啖呵を切れた筈だった。なのに、今は全く言葉が出て来ない。
 本当に、何も出来ないのだ。あの時とは気配がまるで違う。
 ロザリアから心底嫌な感じがするんだ。

 そんなシリカの肩を掴み……自分の後ろへと隠すリュウキ。シリカを庇う様に、あの女から遠ざける様に。

「それはいかないな。これはこのパーティで得たものだ。無料(ただ)でやるわけないだろ?……まあ、アンタにゃ 何言われても渡さないがな」

 リュウキは、ロザリアにそう言い放った。あくまで余裕のある表情を全く崩さないリュウキ。

「へぇ……。そう」

 ロザリアは、その怪しい笑みを崩さなかった。
 だが、次のキリトの言葉を訊いた後は、そうはいかなかった。

「そう、リュウキの言うとおりだ、このアイテムは、今 この子に必要なものなんでね。ロザリアさん。いや――、犯罪者ギルド≪タイタンズハンド≫のリーダーさん、と言った方がいいかな?」

 キリトのその言葉で笑みが、完全に消え眉がピクリと上がった。


 SAOにおいて、盗みや傷害、あるいは殺人といったシステム上の犯罪を行えば、通常緑のカーソルからオレンジへと変わる。
 それ故にその色を持つ者は、《オレンジプレイヤー》と呼ばれる……即ち犯罪者の名称だ。

 そして、その集団をオレンジギルドと通称する。その知識はシリカも知っている。以前にも大きな事件があって、その情報は出回っていたからだ。
 だが、自分自身は実際に見たことがない。だけど……、眼前にいるロザリアのカーソルはどう見てもグリーン。そもそもオレンジであれば、街に入る事さえ出来ないのだ。

 リュウキは、シリカのそんな気持ちが判ったのか。

「……ああ言う連中は、ずる賢さだけは人並み以上だ。全員が犯罪者カラーじゃない場合がある。グリーンメンバーが街で獲物を品定めする場合がある」

 リュウキが説明をした。ロザリアのカーソルが緑だから、シリカが混乱したのが判ったからだ。そして、キリトが続く。

「パーティで紛れ込んで待ち伏せポイントに誘導するんだ。昨日のオレ達を盗聴してたのもアイツの仲間だろう」

 そう答えていた。
 そして、それを黙って聞いていたロザリアの顔。それを見て、シリカは、何処か、頭の何処かで考えていた事が 間違いない事に気がついた。
 
「まさか……、この2週間同じギルドにいたのって……?」

 そう、ギルドに所属している様な人物が、それもリーダーをしている様な人物が別のギルドにいるなんて、有り得ない。だが、そのギルドが犯罪者ギルド(オレンジギルド)であれば、話は変わってくる。

 ロザリアも、シリカの考えが判った様で、怪しい笑みを見せながら言った。

「そうよォ。あのパーティの戦力を評価すんのと同時に、冒険でたっぷりお金が溜まって、美味しくなるのを待ってたの。本当なら今日にもヤっちゃう予定だったんだけどー」

 シリカの顔を見つめながら、ちろりと舌で唇を舐めた。行動の一つ一つが嫌悪感を呼ぶ。

「一番楽しみな獲物だったアンタが抜けちゃうから、どうしようかと思ってたら、なんかレアアイテムを摂りに行くって言うじゃない? それに、今が旬だからとってもいい相場なのよね。《プネウマの花》は。情報はやっぱり命よね~」

 そこで、言葉を切りリュウキ、そしてキリトの2人の顔を見た後。

「でもさぁ……そこまで気がついててノコノコその子に付き合うなんて……馬鹿? それとも身体でたらしこまれちゃったの? アイドルちゃんだからね~?」

 そのロザリアの侮辱に シリカは視界が赤くなるほど憤りを覚えた。思わずシリカは、短剣を抜こうとしたが、リュウキに肩を掴まれた。

「いや……どっちでもない。本当は1人での筈だった。だが……この男とオレはどうやら、仕事がバッティングしたようなんだ」

 キリトの方に視線を向けるリュウキ。

「はぁ? 仕事?」

 ロザリアはその意味、それがわからないようだった。

「そうだ。アンタ、10日前に≪シルバーフラグス≫って言うギルドを襲ったな? メンバー4人が殺されて、リーダーが、そして街で待機していたプレイヤーだけが生き残った」

 それは、思い出しても胸糞悪い事件だった。
 泣きながら……必死に頼み込んでいた彼女を考えると更に憎悪を呼ぶ。

「……ああ、あの貧乏な連中ね?」

 ロザリアは頷いた。

「オレは、街に残っていた彼女から。コイツはリーダーから、其々依頼された。泣きながら毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で仇討ちをしてくれる奴を探していた」

 シリカはこの時……リュウキのその凍てつくかのような言葉の雰囲気にゾクリとした。それは、隣にいるキリトの表情からも感じる。2人に触れるものは全て切り刻む鋭利な刃物の様な気配を感じる。
 
 あの優しかった、そして初々しいとまで思った姿はもう何処にもなかった。

「……それにな、そいつらは共に言ったんだ。アンタ等を殺さず、黒鉄宮の牢獄へ入れてくれってな。―――あんたに奴の気持ちが解るか?」

 仲間達を殺されたのに、相手は殺さないでくれ、と言った。例え、許されない相手でも、殺したいとまでは思わなかった様なのだ。

「わかんないわよ」

 めんどくさそうにロザリアは答えた。

「何? マジになっちゃって馬鹿みたい。ここで人を殺したって ホントにその人が死ぬ証拠なんてないし。そんなんで 現実に戻ったとき 罪になるわけないわよ。だいたい、戻れるかどうかもわかんないのにさ。正義? 法律? 笑っちゃうね、アタシそう言う奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈を持ち込む奴がね」

 ロザリアの目は凶暴そうな光を帯びた。

「んで? あんた、その死に損ない共の言う事真に受けたの? それでアタシらを探してたわけだ。それもたった2人でギルド1つを? ははっ、随分と暇なんだねー。それに……」

 ロザリアはリュウキへ視線を送ると

「そう言えば、以前のアンタのあからさまな挑発。あれって、この時の為だった訳だ。万が一、アタシがシリカちゃんを狙わなくならないように、自分にも憎悪を植え付けようとしたわけ? ふぅん馬鹿だけど、割と計算高いわね~? 可愛い顔をしてさぁ。 まあ、アンタ達2人のまいた餌にまんまと釣られちゃったのは認めるけど、たった2人で何とかなると思ってんの? あたし達、《タイタンズハンド》をさぁ……?」

 ロザリアの唇が歪む。
 そして、卑しい笑みを浮かべ……右手の指先が素早く二度中を仰いだ。それが合図だったようだ。途端に向こうへ伸びる道の両脇の木立が激しく揺れた。その瞬間には次々と人影が現れた。

 その殆どのプレイヤーのカーソルがオレンジ。

シリカから見れば、禍々しい色だった。その数、総勢15人。絶望的だと、頭を過ぎった。

 その殆どの男は、ニヤニヤと卑しい表情を浮かべていたのだ。これから行う事、それがどうしようもなく好き。他人の不幸が大好きで快楽。
 まるで、人を人と見ないような表情だ。

「に……人数が多すぎます……脱出しないと……」

 2人に挟まれるように守られているシリカが小声でそういった。
 この距離なら……直ぐに転移結晶を使って……テレポートまでの時間、何とか逃げれば……と思っていたのだ。だけど。

「大丈夫だ」

 リュウキは、そう言うと、キリトの方を向いた。

「……キリト、こいつらオレにやらせてくれ」

 リュウキは、キリトにそう言った。表情は全く変わらない。でも、その内に内包しているモノは、全く別モノだった。
 それはシリカには、はっきりと判ったし、見えた。

 キリトは頷く。

「シリカと、あいつらの逃亡防止だけ、警戒してくれれば良い」

 そう言うと、剣を取り出した。それは、さっきまで使っていた片手剣じゃない。それは両手剣だろうか? と思える程、凄く長い剣だった。
 シリカは見た事がない武器だと目を見開いた。でも、それでも不安は高まるばかりだ。

「そ……そんなっ! たった1人でなんて……無茶ですっ!」

 シリカは小声を心がけていたんだけれど、ここではつい大声になってしまっていた。

「……大丈夫だ」

 そう言うリュウキの表情。その瞬間だけ……優しさが出ていた。いつもの優しさが。

「何かあったら、オレも行くから安心してくれ。ただ、転移結晶だけは準備していてくれよ?」

 キリトもシリカの頭の上に手をぽんと置く。

「で……でもっ!」

 シリカは、まだ心配だった。
 相手はオレンジ。口ぶりから察するに、プレイヤーの命をなんとも思っていない凶悪な相手。そして人数が人数だったから。

「あいつ……たった一人でオレ達を相手しようってか?」

 その会話を1人聞いていた聞き耳スキルが高いグリーンの男が薄ら笑いを上げながら皆言う。その1人で相手をするということを聞き、皆が笑い上げていた。脱出の方法を必死に模索するのがいつものパターンだったけれど、囮なんて行動をとるなんて、今までなかったからだ。

 歩み寄っていた男達は脚を止め、1人で歩いて来るリュウキを見て暫く下衆な笑みを浮かべていのだった。


 

 

第47話 理不尽な世界


 リュウキは、橋の方に向かって、あのロザリア達の方に向かって一歩踏み出すと、歩行速度を上げるた。そして、どんどん歩を進めていく。橋に差し掛かり、もう、殆ど連中は目の前だ。

 それを見たシリカは、思わずもう一度声を上げた。

 死地へと向かっている様に見えたから、或いは、化物の口の中に足を踏み入れていると錯覚したから。

「リュ リュウキさんっ!!!」

 それは、シリカに似合わぬ大声で叫びを上げた。その声は、一番後ろにいたロザリアにまで届いていた。


―――その名前……どこかで聞いたことがある?


 不意に、その時男達の頭を過ぎっていた。そして時間にして数秒後。リュウキが橋を渡り終えそうな所に到達した所で、完全に、思い出す事になる。
 複数の男達が。

「リュウキ……?」
「あの……馬鹿長い剣……銀髪、白銀のコート……」

 2人が、ポツリと呟いたそれが合図だった。

「まさか……《白銀の剣士》の……? そ、そんな……馬鹿な……!」

 完全に思い出した1人の男が急激に顔を蒼白させ、数歩後退った。

「や……やばいよ、ロザリアさん。こいつ……βテスト上がりの……こっ攻略組だ……!」

 男の言葉を聞いたメンバーの顔が一様に強張った。驚愕したのは……シリカも同じだ。
 
 そして、シリカは思わずキリトの顔を見たけど、キリトは驚いた様子は無い。キリトも知っているようだった。と言う事はキリトも同じ攻略組?

「……残念だったな。オレはアイツの様には、……キリトの様に優しくは無いし加減をする訳もない……。 覚悟をしろよ」

 無表情な筈なのに、そこには阿修羅がいた。
 リュウキの背後には、《鬼》が見えてきた。そして、男達はリュウキの言っていたあのキリトについても聞き覚えがあった。

「なっ……キリト? ……キリトだとッ!?」

 その《キリト》と言う名も知っていたのだ。
 さっきまでは何とも思わなかった名前。だが、リュウキの存在を知った今。直ぐに連想させられた。

「盾無しの片手剣士(ソードマン)。……黒の剣士!? ……コイツもβテスト上がり(ビーター)の攻略組だッ!」
「なんで、ここに攻略組が!? しかも、ソロで前線はってる攻略組が2人もいるんだよ!?」

 後ろで控えている男も、ソロで最前線に戦線を置いている男。
 こんな層とは比べ物にならない程の凶悪なモンスターが蔓延っている戦場を根城にしている連中。前人未到である前線を走破している男達。
 これが本当ならば、2人の強さは……間違いなくその層+10以上、つまり、少なくとも70は あると言う事だろうか?
 
 自分達より少なく見積もっても、20以上は、離れていると言う事だ。

 シリカは、あっけにとられて、前に立っているキリトの決して大きくない背中を見つめる。

 今までの戦い方を見ても相当な高レベルプレイヤーだとは思っていた。でも……最前線で未踏破の迷宮に挑みBOSSモンスターを次々と屠っている攻略組。
 その真のトップ剣士だとは思わなかった。夢にも思ってなかった。

「あっ……! で、でも白銀……って………」

 この名前、《二つ名》は、確かに聞いたことがあった。
 それはいつだっただろうか、……アルゴの情報の本で見た事があるのだ。今は、回収? されてしまったのか、見る事が叶わなくなってしまった。それ程古いモノだ。

 そこにあったのは、銀髪の勇者。

 そこから始まって……、次には白銀の剣士で定着していたなんだか、面白おかしい剣士の話。
会える確立は凄く少なくて……でも会えればラッキーだとか。とても、素敵な人だって。素敵で……何よりも強い。まるで、それこそアニメなんかのヒーロープレイヤーみたいなイメージだろうか。
 確かに、リュウキ顔はその、幼さが残るものだとシリカも思ったけれど。

(その《銀髪の勇者改め、白銀の剣士》がリュウキさん……? そして……キリトさんもそリュウキさんと同等のレベルの最前線の攻略組……?)

 だが、1つの事実もある。彼ら攻略組の力はSAO攻略にのみ注がれ中層のフロアには下りてくることは滅多に無い筈と言う事実だ。だが、現に2人はこの場所に立っていた。


 この事には、ロザリアもたっぷり数秒間ぽかんと口を開けていた。その姿は、随分滑稽な姿に溜飲下がる思いだ。
 だが、ロザリアは直ぐに我に返ったように甲高い声で喚いていた。

「馬鹿言っちゃいけないよ! こ……攻略組がこんな所をウロウロしているわけないじゃない! それに、あのぼーやが、有名な≪白銀≫? はっ!ありえないね! どうせ、名前を語って、びびらせようってコスプレ野郎に決まっている。それに……万が一にでも本物だったとしても、こっちは15人もいんのよ! この人数なら、白銀だろうが漆黒だろうが余裕だわ!」

 流石は腐ってもギルドのボスの言葉だ。メンバーを鼓舞する事に成功し、その声に更に勢いづいたようにオレンジプレイヤーの先頭に立つ大柄な斧使いも叫んだ。

「そ……そうだ! 攻略組ならすげえ金とかアイテムとか持ってる! それがたった2人だぜ!? オイシイ獲物じぇねえか!!」

 口々に同意の言葉を喚きながら賊たちは一斉抜刀した。

「き……キリトさん……、やっぱりっ無理ですよ! 人数がっ! リュウキさんを……助けて逃げようよっ!」

 シリカは、懐にあるクリスタルを握り締めながら叫ぶ。ロザリアの言うとおりいくら強くたって、数の暴力という言葉もある。物量で押し切られてしまえば、2人でも勝てないと思ったのだ。

 だが、キリトはただ、大丈夫とだけ言う。

 そして、リュウキも脚を止めず、そのままの足取りで止まらない。賊の連中は皆がソードスキルを発動。猛り狂った笑みを浮かべ我先にと走り、短い橋の上で。

「オラアアアアッ!!!!」
「死ねえええええ!!!!」
「くたばれやあああ!!!!」

 その怒声と共に、リュウキの身体縦横無尽に斬りつけた。その攻撃は、一度では無く、何度も何度も切っ先がリュウキの体を貫いた。

 デフォルト技だけじゃなく、時にはソードスキルも使う。そしてプレイヤー間の遅延を防ぐ為にスイッチを繰り返しながら1人1人が攻撃、示して、秒間およそ10連撃以上をリュウキに叩き込んでいた。
シリカには、その剣筋から生まれた赤い筋がまるで、血の後のように思えた。


「だめえええええ!!!!! リュウキさぁぁぁぁん!!!!!」


 思わずシリカは両手で顔を覆いながら絶叫をした。だけど、キリトが優しく 両肩を掴んで言った。

「シリカ、落ち着いて……。ほら、見て リュウキのHP。判るか?」

 キリトの言葉に、僅かずつ、ながら落ち着きを取り戻したシリカは震えながら、リュウキのカーソルを見つめた。あれだけの攻撃を受けたんだ。もう、どれだけ減っているのかわからない。
 シリカは見る事すら怖かった。ピナの時の様に硝子片になってしまうリュウキを見たく無かったから。

 どうにか、リュウキの事を見る事が出来たその時、ある異常に気がついた。

「あ……あれっ? い、いったい、どういう……こと?」

 見てみたリュウキのHPゲージ。それが、全く減っていないのだ。いや……動いているように見える。
でも……減少の幅は1mmにも満たなく、減っているのも、まるで目の錯覚では無いか? と、思える程の減少だった。


 やがて、攻撃を加えていた男達もこの異常な状況に気がついた。そして、ロザリアも戸惑いを隠せなかった。


「あんたら! なにやってんだ! さっさと殺しな!」


 苛立ちを含んだロザリアの命令に再び剣を構えたが。

「……無駄だ」

 そう言葉を発した直後にリュウキの身体が一瞬ぶれた。シリカにはそう見えた。
 それは、リュウキと対峙していた男達も同様だった。消えた様に見えたのだ。
 そして、リュウキの姿に気づいたその時には。

 複数の金属音が響き渡ったと同時に、前方にいた4人の武器、それらが全てへし折れていたのだ。へし折れた剣は、その全てが硝子片となって消え去っていた。

「なっ……、い、いったい 何しやがった?」

 横で見ていた男はわからない。本当にただ、消えただけにしか見えなかった。そして、消えた次の瞬間、武器を全て壊された。
 ロザリアも、その異常な光景にただ絶句していた。

 リュウキは、ふうっとため息を吐くと。

武器破壊(アームブラスト)だ。……知らんみたいだがな。まあ、それは良い。お前らの攻撃10秒で大体300って所だ。 それがお前らが与えるオレへのダメージ。そして、オレの今のレベルが90。HPが21500だ。ん……、そうだな。お前らは武器を無くした様だから。さらに威力半減だな」

 そう言うと、リュウキは軽く笑った。

「ああ、後 オレには戦闘時自動回復(バトルヒーリング)スキルもついている。それが自動回復で10秒で600。……さて、計算をするまでも無いよな? お前らが与えられるダメージは300前後、武器を変えたとしてもそれは変わらないだろ。 ……つまり、何年かかっても俺は殺れない。それにオレは、シリカやキリトと一緒に探索に来ても そんな馬鹿な事に いつまでも付き合ってやる程 暇でも優しくないんでな」

 リュウキのその宣言に、男達は戦慄を覚えた。

 それは無限ループだ。否……、無限地獄だ。不死身の男を相手にするも同然なのだから。例え、毒系の力を使ったとしても、無駄だろう。ダメージの総数が600も超えるとは思えない。
 そして、何より、さっきの今の見えない攻撃もそうだ。

「ばかな………っどうやって武器を壊したってんだ……」

 男達の一人。サブリーダーらしき、斧使いが、掠れた声でそう呟いた。

「別に大した事じゃないだろ? この剣で、だ。まあ、敏捷値(AGI)が950を超えているからかだろうな。……お前らの目では認識できなかったんだろう」

 つまり、見えない攻撃のその正体は、文字通り目にも止まらぬ、映らない斬撃なのだ。

「目に映らねぇ……攻撃?」
「そんな、そんなのアリかよ。無茶苦茶じゃねえか……反則だろ……?」

 動揺を隠す事が出来なかった。不死身の上に、その攻撃を見る事さえが出来ないのだから。

「それはそうだろう。……何を言ってるんだ?」

 リュウキは、呆れながら男達の顔を見た。

「ここは現実とは違う。……強さの数値が上がれば上がる程、強くなる。そして、差があるのであれば、強者相手にその差は決して、短時間では縮まらない。……絶望的にな。それがレベル制のMMOだろ。ここは、ある意味 理不尽な世界だ。だが」

 リュウキは、その極長剣を思い切り大地に叩きつける。その衝撃で、思わず男達は仰け反りそうになってしまう。

「……その世界で、理不尽な事をしてきたお前らには似合いの結末だろ?」

 その声の奥では、無表情だと言うのに、はっきりと怒気にも似たものを孕んでいた。後ろで……プレイヤーの影に隠れ脱出しようとした男がいたが。

「逃がすと思うか……?」

 ヒタリ、とまるで 首筋に刃を突きつけられているような感覚が襲った。いつの間にか、すぐ後ろにキリトがいたのだ。その脱出しようとした、所作を初見で見破ったようなのだ。

「化物……」

 そう呟くのも無理も無い。抗う事すらできず、掴み上げられ。そのままキリトは、リュウキの傍にまで戻す。

 完全に2人で 15人全員を包囲したのだ。

 最早……何処にも逃げられないと悟ったのだろう。怒気・殺気が入り混じっていた男達が静かになっていった。

「チッ……!」

 戦況は絶望だと悟ったロザリアは素早く転移結晶を取り出した。

「転――「……それは言わない方が良いな。オレの一撃の方が早い」ッッ!!!」

 ロザリアのカールさせた赤髪の間を縫って……背後から剣の切っ先が出てきた。その刃は……ロザリアの目線上。寒気が一気に体を支配し、動けない。
 間違いなく、この男は何mも離れたところにいたのに、一瞬でその距離を縮めた。先ほどと同じ、見えない攻撃。今度は、見えない移動速度だ。

 圧倒的強者による搾取。

 弱肉強食の世界で自分自身が、喰われる側だと感じた。

「試してみるか? お前が唱え終わり、そして転移するのが早いか オレの筋力値(STR)に追従した剣の一撃を受けるのが早いかを」
 
 リュウキは、そう言っていたのだが、ロザリアは言葉を返す事が出来なかった。リュウキは、そんなロザリアを掴み上げた。

「っっ! は……はなせっ! 何をする気だ畜生!!」

 漸く正気に戻ったロザリアだったが、掴まれてしまい、もうどうする事も出来ない。
 圧倒的な筋力(STR)だった為、抗う事が出来ないのだ。まるで、子供と大人の差、いやそれ以上。

 リュウキは、そのままロザリアを男達の中心へと放ったのだった。

 

 

第48話 1日だけの


 シリカは、今 目の前で起きている光景を見て、仮想世界であり非現実だと言う事は判っているのだが、それでも 仮想世界が現実だとして、その中で現実的だとは思えなかった。

 それは、たった2人で、15人、ロザリアを入れて16人もの人間を包囲すると言うものだ。

 そんな事ができるのは漫画等の……フィクションの世界だけだろう。だが、リュウキの言うとおりこのレベル制VRMMOなら、確かに不可能じゃない。でも、VRMMOであり、そして 死と隣り合わせの世界だからこそ、そこまで圧倒的な力を付ける事が現実的じゃない、とも思えるのだ。

 最後の1人、リーダーであるロザリアを、リュウキは、ロザリアを中心へとつれて言き放り込んだと同時に。

「さて……。本題に入ろうか」

 そう言うと同時に、懐から回廊結晶を取り出した。

「コイツは、依頼人が全財産。……最後のギルドの全ての金をはたいて買った回廊結晶だ。行き先は勿論監獄エリア。つまりは牢獄だ。全員入ってもらおうか。それが依頼の内容だからな」

 監獄エリアと言うのは、第1層にある黒鉄宮にある牢獄。違反プレイヤーに罰を与える、と言うよりは閉じ込めておく為の場所であり、勿論 脱獄の類は決して出来ない。
 本来の仕様であれば、何日まで監禁、と言った設定があるのだが この世界では違う。その監獄を管理している《軍》が解放しなければ出る事が出来ない。
 つまり、人を殺す様な連中は永久に出る事が出来ないのだ。この世界が終わるその瞬間まで。

「それを断る……といったら?」

 まだ、強気な姿勢を変えない男もいたが、直ぐに後悔することになる。

 そう言った瞬間、男の身体を寒気が……一気に何かが体中を貫いた感覚に見舞われていたからだ。そのトリガーは、リュウキの表情を見てだった。

「言っただろう? オレは、キリト、いや 依頼者の様には 優しくないんだ。……お前たちが断るんだったらオレは、お前らに殺られたプレイヤーの数だけ其々、身体に切り刻んでやるよ。それに、オレとしてはお前らを《牢獄》より《地獄》に送ってやりたい気分なんだ。……さっきは攻撃を剣にしたが、もう遠慮はしない」

 その言葉、それには既に刃が篭っているかのようだった。有言実行される事は、もう判ってしまった。

 間違いなく、殆ど数秒、一瞬で地獄に送られてしまう事も理解した。
 決してそれに抗う事が出来ない。そんな気配を。

「ッ………」

 もうさっきの様な強気な言葉が出なかった。その言葉に殺気を……冷徹な殺意を感じるからだ。

「それとも、逃げてみるか?……このオレ達2人から」

 リュウキはキリトの方を見ると、キリトもゆっくりと頷いた。

「……リュウキはオレの事を優しいって言ったがな、……それは時と場合によるぞ……? 全く同感なんでな。絶対に逃がさない」

 キリトは剣を肩にかけたままそう言っていた。構えた訳でもない。
 なのに、いい知れない寒気と威圧感を感じた。
 キリトの体は大して大きくないが……あっという間に巨大な怪獣になったかのような気分だった。このまま抗っても、間違いなく自分達は削除されてしまう。男達は圧倒的な実力差の前に。

「くそっ………」
「ぐっ………」

 もう、無理だと力なく蹲った。完全に観念したようだ。
 回廊結晶の詠唱文、『コリドー・オープン』の言葉でゲートが開き、青い光の領域が出現した。
そして、悪態をつきながら15人が入っていった。

 そして、この場に残ったのはロザリア1人だけ。

 1人になったと言うのに、まだ強気な姿勢は崩していない。目に宿る薄汚い眼光は消えてなかった。
弱者だと感じても、まだ抗う最後の気力は残っていたようだ。

「や、やれるもんならやってみなさいよ!グリーンのアタシを傷つければアンタらが犯罪者に!」

 そうロザリアが言葉を言い終える前に、リュウキは、目の前から消えていた。そして、ありえない方向から声が聞こえてくる。

「オレは、今はパーティを組んではいる。……が 本来オレは元々ソロ。それに、カーソルがオレンジになった所で、それを解除するカルマ・クエストをこなすのは訳ない事だ。……それも片手間でな。お前のそれは、全く意味の無い虚勢なんだよ」

 その声が聞こえてきたと同時に……、ロザリアの喉元に冷たい何かが接触し、そして離れた。リュウキは、首を狩るように剣を背後から喉元に添えたのだ。冷たい感触が首元に当たるのをロザリアは感じた気がした。

「……そう言えばアンタ、確か言ってたよな? この世界で殺したって本当に死ぬなんて判らない。……現実でも罪にならないとか、何とか。 それなら、一度くらい試してみるのも悪くないか。他ならぬアンタ自身なら、誰も困らないだろう? ……もう戻れないと思ってるなら、此処で死んでも構わないだろ?」

 リュウキは……ゆっくり剣をロザリアの首へと近づける。もう……それは数mmの距離。
 視線を下にするとよく判る。その刃が、命を奪う刃がをゆっくりと自分の首筋に迫ってきているのが。

「ひっ……ヒッ………」

 ロザリアは、体の真から震えていた。今まで死の感覚なんて……味わった事が無いのだ。他人に味あわせた事はあっても……自分自身には無かった。これまで他人に味合わせてきたモノが自分に牙を向いている瞬間だった。

 そして……ロザリアは、自分の身体が、今どうなっているのか判らない程に震えたその時だ。

「ヒッ…………ッ……」

 最後にはそのまま、頭の中の恐怖のデータがオーバーヒートしたのだろうか。或いは、心拍数が限界を越えた為、意識データを一時遮断した為だろうか。

 ロザリアは、完全に気を失い倒れこんだ。

 そして、リュウキは斬る事はせず、そのままロザリアを黒鉄宮に通ずるゲートに放り込んだ。
 
 それは、今まで行ってきた所業の報い。恐らく、現実世界でも付きまとうだろう。
 そう、たとえこの世界から戻れなくとも、この世界でも永遠に牢屋の中だ。例え現実に戻れたとしても、本当の意味で牢屋の中だろう。


 それは、犯罪者ギルド(オレンジ・ギルド)似合いの結末だった。


 



 全てが終わった数秒後。

「あっ………」

 シリカは、腰が抜けてしまったのか、立ち上がれず、ただ震えていた。リュウキの目には自分が傍に近づけば近づくほど震えているようにも見えていた。

「………オレが怖い……か」

 リュウキはそう判断しようだ。今の今まで、隠していたのもそうだ。本来の自分達の素性を。それに、今回の事件もそうだ。あのギルドに対して、心底憤怒していたから、と理由もあるが、先ほどは、まるで自分が自分じゃないくらいに感じたのだ。怒りに我を忘れる。とまではいかないが、それくらい怒っていたのだとリュウキは自分でも判っていた。
 ……そんな自分を見て、シリカは 怯えてしまった、怖がらせてしまったと思ったのだ。

 だが、そのリュウキの考えは違っていた。

「ちが……違いますっ……。その――あ……足が動かないんです……」

 シリカは……必死に首を左右に振ってリュウキの言葉を否定した。だけれども……、肝心なことが出来ない。
 動けないし立つ事も出来ないのだ。

 だからキリトが軽く笑って右手を差し出してきた。その手をぎゅっと握ってから、やっとシリカは立ち上がることが出来た。

「……オレもごめんな。シリカ。君をおとりにするようになっちゃって。本当は、直ぐに言うつもりだったんだ。でも……君に怖がられてしまうと思ったら、言えなかったんだ」

 キリトは謝罪を行っていた。
 キリト自身もリュウキと同じ気持ちだったのだ。シリカに、怖い思いをさせてしまったのだから。

「いえ、そんな……大丈夫……です。だって……だって……」

 シリカは、ぎゅっとキリトの手を握りそして、リュウキの方も見て。

「お2人のおかげで……私も、ピナも……助けてもらい、ました。……命の……恩人なんですから……」

 シリカは笑顔で、必死に笑顔を作って……笑おうとしていた。
 でも、身体はまだ震えている。

「あっ……」

 支えられていても、恐怖感はまだ拭えておらず、脚から崩れ落ちてしまう。思わず手を付いてしまいそうになったその瞬間。
 リュウキが反対側からシリカを支えた。

「……街まで送るよ」
「ああ」

 キリトとリュウキはシリカを連れ、この《思い出の丘》から出た。





~第35層の風見鶏亭~


 シリカのホームへと戻った後。
 シリカはは、キリトとリュウキに言いたい事が凄く沢山合ったんだけれど、言葉が出なかった。まるで喉に小石が詰まったかのように言葉が出ないのだ。

 そこは、キリトが借りていた部屋。 
 
 その部屋の窓からはもう夕陽が差し込んでいた。その光の中……対照的な印象の衣装を身に纏う2人を見てシリカは漸く……震えるような声で聞いていた。

「……リュウキさん、キリトさん……やっぱり 行っちゃうんですか………?」

 その問いに2人は暫く沈黙すると、キリトが先に口を開いた。

「ああ、5日も前線から離れちゃったからな。直ぐに戻らないと……」

 キリトがそう言うと、リュウキも同じだと言う様に、頷いた。

「そう、ですよね………」

 そして、シリカは残念そうに……呟いた。戻る、と言う事は もう、お別れだと言う事だから。寂しそうな悲しそうな表情をするシリカを見たリュウキは。

「……その装備は返さなくて良いから」

 シリカにそう言っていた。

「え……?」

 シリカは……驚いていた。
 シリカの左手の薬指で輝いているエメラルド・リング。今回の旅で……自分を救ってくれた装備の1つと言っても過言じゃないもの。こんな高価なものを、と何度も、攻略の際にもリュウキに言っていたのだ。だけど、その度構わない、と言ってくれていた。

 シリカは、最後には、返そうと思っていた。分相応の装備だと思っていたから。それをも判っていたかの様にリュウキは続けた。

「……会えた記念のプレゼントだ。……そう、と思ってくれ」

 リュウキはぎこちなくそう言っていた。
 その雰囲気を見て……やっぱり慣れていないのがよくわかる。そして、彼なりの、気遣いなのだともわかった。

「あっ………」

 シリカは、その言葉、とても嬉しかった。
 だが、それ以上に言いたい言葉が更に強く出てきたのだ。それは、『連れて行って欲しい』と言う懇願だ。
 でも……口に出す事が出来なかった。

 リュウキのレベルが90。
 そして、おそらくはキリトもそれに匹敵するレベルであろうとも思える。

 そして……自分のレベルが46。 その差は、リュウキとで44―――。

 残酷までの明確な差だった。どの距離。2人の戦場についていっても……シリカなど一瞬でモンスターに殺されてしまうだろう。それに……自分を助けようとして、2人に迷惑をかけてしまうのも、シリカにとっては耐えられない事なのだ。
 
 同じゲームなのに……同じゲームにログインしているというのに、現実世界以上に高く分厚い壁があって……到達できない。『……2人がいる世界にまで自分は行く事が出来ない』 シリカはそう考えてしまっていた。

「あ……あたしは………」

 シリカはそこでぎゅっと唇を噛み、溢れようとする気持ちを必死に押しとどめた。……それは、2つの涙の形へと姿を変え、ぽろりと溢れたその時だ。

「レベルなんて、ただの数字だよ」

 シリカの頭を撫でながら、キリトはそう言い、そして続けた。

「……この世界での強さは単なる幻想に過ぎない。そんなものよりもっと大事なものがある。だからさ、次は現実世界であろう。そうしたら、きっとまた同じように友達になれるよ。オレ達は頑張るから」

 そう言うと……リュウキの肩を掴んだ。

「なぁ? リュウキ」

 リュウキに 同意を求めるように、ニヤリと良い笑顔で笑う。

「っ……。ああ、そうだな」

 リュウキは少し恥かしそうにしながらも頷いた。2人はとても温かい。
 キリトはシリカにとって本当に兄の様で、そして、リュウキは、まるでアニメの世界にありような、本当に頼りになる幼馴染。
 幻想の世界で出会ったこんな偶然を。

(私は、大切にしたい……。ずっとずっと……)

 そうシリカは思っていた。この旅の間ずっと思い続けようと心に誓っていた。

「はいっ。きっと―――きっと」

 シリカは、この時心から笑顔になれた。それを確認した2人も笑顔になった。

「さ、ピナを呼び戻してあげよう」
「はい!」

 シリカは頷き、左手を振ってメインウインドウを呼び出した。
 アイテム欄をスクロールし、≪ピナの心≫を実体化させる。ウインドウ表面に浮かび上がった水色の羽根を備え付けのテーブル上に横たえ、次に≪プネウマの花≫も呼び出した。

「……その花の中に溜まっている雫。それが蘇生の要だ。それを≪心≫に振り掛けるんだ。それで、魂は……≪ピナ≫はシリカの元に戻ってくる。……大丈夫。もう、シリカから離れる事は無い」

 リュウキが、傍で見ながらそう言う。

「は、はいっ 判りました……」

 涙ながらに、水色の心をピナの羽を見つめながら、シリカは、心の中で囁きかけた。



『ピナ……いっぱい、いっぱいおはなししてあげるからね? ……今日の凄い冒険の話を……ピナを助けてくれて、あたしを助けてくれた。』


 また……シリカの目に涙が溜まった。そして、それが目から弾けて、宙に舞う。

『あたしの……たった1日だけの、大好きな……お兄ちゃん。そして……』

シリカは、指に光る指輪を見て……更に涙を流した。

『大好きな……たった1日だけの、理想の幼馴染……の事を……』

 シリカは、そのまま右手の花をそっと……羽根に向かって傾けた。光で部屋が包まれる。
 まるで……天国の扉が開いたかの様な暖かい光が降り注ぐ。

 本当に暖かく、心まで癒してくれる様な光景が目の前に広がると同時に、この冒険の幕は下ろされたのだった。



 

 

第49話 血盟騎士団本部


~第55層 グランザム~


 此処、グランザムは 別名≪鉄の都≫とも言われている。
 他の街が大抵石造りなのに対して、街を形作る無数の巨大な尖塔。それは全て黒光りする鋼鉄で作られている。だからなのか、鍛冶や彫金が他の層に比べて比較的盛んだ。それで、プレイヤーの人口は多いが、街路樹の類は全く無い。
 自然に欠けるといったらそうだろう。つまり第一印象的は。

「……よくあるRPGでは、自然と決別した強国。だな。……故に他の領土を欲して、そして最終的には負けて滅ぶ。その自然と共に共存を選んだ国に。 まぁ、ファンタジーな世界だったら、の話だけど」

 リュウキはそう呟いていた。
 この街に来たのは少しばかり用があっただけでそれ以外で立ち寄る場所でもない。あまり、馴染めないといえば……そうだろう。鉄で出来ているせいか、寒くすら感じる気がするのだ。

「さて………」

 リュウキは、目の前にある、巨大な城を眺めた。
 そこは、KoB本部。
 そう血盟騎士団と呼ばれる、アインクラッド最大にして、最強のギルド本部の前に来ていた。来た理由は単純極まりない。
 
 ある人物に呼ばれたから。ある人物とは、此処のギルドリーダー。

 《ヒースクリフ》に。

 ヒースクリフ、この世界に置いて、最強のプレイヤーと謳われる。そして、そのカリスマ、それは己のギルドどころか、攻略ギルドほぼ全員の心を掌握しているほどだ。リュウキは初めの層こそは、積極的に誰も死なないようにと支えた。《ビーター》と罵られていたとしても、陰ながら判らない様に支えていた。
 そして、特にBOSSの攻略は、積極的に行っていた。ここでも、ビーターと呼ばれた為に、パーティを組む事は皆無だったが。素性を知っているキリト、そしてエギルやクライン、アスナ・レイナは快く歓迎してくれていたのだ。

 その内に、第三層から、ギルドを作ることが出来る。

 そこから、今のギルドで言う軍や聖龍連合、そしてKoB、《血盟騎士団》が生まれたのだ。安定したパラメーターを持つ者たちが増え、リュウキが手を出さなくとも捌ききるだけの実力者も増えてきたのだ。

 だからこそ、10層以上の攻略は、彼はそうは目立たなくなった。自分のしたい様に行動を取る事が出来たのだ。
キリト達もそうだが……中でもヒースクリフが一線を越えた強さだった。

 今では最強の男。生きる伝説。聖騎士等々の二つ名が巻き起こる。その数は片手では数え切れない。

「まあ……オレなら耐えられないな。そんな好奇な目で見られ続けるのは」

 リュウキは、ふぅ……とため息を1つしていた。

 そして、ヒースクリフ、彼の事を少し紹介しよう。

 その強さの源は、彼の持つ《ユニークスキル》の存在が一際大きく輝くだろう。

 その名は《神聖剣》。

 攻防自在の剣技。突出すべきはその防御力。リュウキも間近で《視た》事があるが、間違いなく絶大だと感じていた。だが。

「…………」

 拭えない違和感もあるのは確かだ。
 その違和感の正体。
 どういえば、良いのか言葉がまるで見つからないのだ。これは、リュウキにとって珍しい事の一つである。後何か……1つ欠片(ピース)が揃えば……しっくりくるものが見つかりそうなのも事実だった。

「まぁ……いいか。別に」

 リュウキ自身は自らの力が万能などとは思っていない。
 例え、たかがデジタルデータと思っていたとは言え、このSAOは最新のものだ。中々解析できないものもあるだろう。そして、何よりも ゲームの中からであれば、限界があるのも事実だった。システムコンソールでもあれば別なのだが。

 ……解析が簡単に出来るというのなら、この魂の牢獄から脱出する術も見出している、とも思える。

 それができない以上は、リュウキは積極的に事を起こそうとも思わなかった。そして暫くして

「お前は?」

 ギルドの一員だろうか、本部の扉の前に2名現れた。それぞれ、かなりのレアな装備だろう槍と剣。
それを交差させていた。それは、門番を彷彿とさせる動きだった。


「俺は、ここの団長に呼ばれたから来た。入るな、と言うなら無理にとは言わない、直ぐにでも帰ろう」


 リュウキは少々面倒くさそうにそう答えていた。
 まさに、RPGで言う、城に入る前の定番の門番と言う感じだ。こういう、イベントは大体同じようなもので、相手がNPCと違って、人間だから『面倒くさい』。
 そして、こうやって止められていたら呼び出しした本人が出てくるのも定番だ。

 リュウキがそう思っている内に、扉が開いた。

 どうやら、ベタな定番であるイベントが起きそうだ。

「だ……団長」

 現れたのがそう、ヒースクリフだった。足止めを喰らっている時、呼び出しをした本人がご登場するのも正に定番だ。

「私が呼んだのだ。構わないよ君達」

 ヒースクリフは2人にそう言うと、2人は離れていく。その姿を見たリュウキは改めて、そのカリスマ性を凄まじいものだと思った。全てNPCの普通のRPGならまだしも、これは生きた人間が行うVRMMOだ。 その世界で、こういった状況を展開する……強制でもない限り、中々出来るものじゃない。
 それに、基本的な事はNPCで事足りるのだが……おそらくは進んで彼らは門番みたいな事をしているのだろう。
 NPCだけでは 看破できない とある驚異が生まれているのだからそれも仕方がない。

「……随分と大層なものだな。気づかない間に、此処まで強大になった、と言う印象が強い。 それで、オレに用とは? まだ、BOSSの攻略には時期早々じゃないのか?」
「いや……そうではないさ」

 ヒースクリフは、城の奥を指差した。

「ここから先の事は中で話そう」

 そう一言 言うと、ヒースクリフは先に入っていった。

「……まあ、今は特に用は無いから良いか。」

 リュウキも、続いて入っていった。このまま、帰るのも手だと思えたが、リュウキ自身もヒースクリフとは、話をしてみたいと思っていたようだ。

 リュウキは、決して認めないと思うけど、共感した部分があるのだろう。ある意味似た者同士、この世界の生きた伝説と言われている男達なのだから。



~第55層 血盟騎士団本部~


 その城内を更に進んでいき
 ヒースクリフと共に、指定された部屋に入っていった。そこは、塔の一フロアを丸ごと使った円形の部屋。前面透明のガラス張りの部屋。
 そして、巨大な机が置かれ、そしてその奥に椅子が並んでいる。謁見の間に見えなくもない作りだった。

 部屋に入ると、椅子を一つ、ヒースクリフがオブジェクト化し呼び出す。そして、リュウキと対面になるように設置した。

「別に立ったままで良い」

 リュウキはそう返した。だが、ヒースクリフは眉ひとつ動かさず。

「まぁ、そう言わずに座りたまえ」

 そう答えると、ヒースクリフは、腰をかけた。

「………」

 リュウキもそれに続き、腰を下ろした。こうして、1対1で対面をするのは初めての事だった。

「……まずは、礼を言わせてくれ、リュウキ君。以前のボス攻略の際……助かったよ。君のおかげで我がギルドから死者が出なかったといっても良い」

 出頭にヒースクリフが頭を下げた。他のプレイヤーが見ていれば仰天すること間違いの無い光景だ。天下無双に近しいプレイヤーが頭を下げるのだから。その知名度ならば、リュウキを遥かに凌ぐ。

 まあ、リュウキも≪ビーター≫と言う悪名もあるから、ヒースクリフほどのそれは無い。

 それはそれでリュウキにとっては、自分を翳らせてくれるという意味では好都合と言うものだった。

 少し……とは思えないが結構な確立で言い寄られる事は多々ある。
 それに、主に異性のプレイヤーからが要注意だ。対応に凄く困るから。だからこそ、リュウキはフードをあまり手放せないのだ。

 話は少し逸れたから戻すと、ヒースクリフの言葉を説明すると所謂前回のBOSS戦でのアシストの事だ。BOSSへのクリティカル・ヒットの連撃で後退させたから、仲間たちが回復することが出来た。と言う事なのだろう。

「……礼には及ばない。パーティ、レイドを組む以上は、助け合うのは至極当然。当然の事をしただけだ」

 リュウキは、そう言って返した。此処にくるのは、やはり少し抵抗があったから、邪険するのは無理無い事だが、流石に礼を言われたこの場合はそうはいかない。

「それに、礼ならばオレよりもキリト……アスナとレイナにだろう?正直、あの3人がいなかったら、もっと危なかったのも事実だ」

 リュウキは思い出しながらそうも言っていた。キリトは相変わらず、自分と同じソロでプレイしているが、あの姉妹は違う。そう、この最先端のトップギルドの一員。
 そして、副団長まで勤めているというから驚きだ。あの時は……そう、第1層ではスイッチ、パーティ申請すら知らなかった初心者だったのに。剣の技術はすばらしいものがあったが……。それでも最前線のトップにまで来るのは凄いとリュウキは正直感じた。

 妹のレイナはその補佐。
 立場的にはアスナが上だが、2人で互いを支えあっているとも思える。事実、あのBOSS戦においても……全体に指示を出しつつ、かなり優秀な働きをしていたのだ。

「……その通り。勿論、あの3人にも礼はしたよ。だが、君だけだったのだよ。君だけが捕まらなくてな」

 ヒースクリフは僅かながら苦笑いをしていた。そう……リュウキはとコンタクトをとるのは思いのほか難しい。リュウキは、大概ダンジョンにいるからだ。
 街にいるのなら、フレンド登録している場合、コンタクトをとることは容易に出来る。……が、ダンジョンはマップでの位置追跡もできない、そしてメッセージも送ることが出来ないのだ。
 だから……彼と接触するのは 並大抵じゃないのだ。

《リュウキに出会うために必要なもの、それはかなりの根気、そして努力、何よりも……運!》

 それだけを聞いたら、とんでもない奴だと思う実際に。情報屋のアルゴでさえ、非常に骨が折れるのだから。だが、当の本人はどこから、情報を得たのか……攻略会議には顔をだし、BOSS戦の際にも大抵は参加する。その時を狙って、フレンド登録をしようと狙っているプレイヤーも少なくは無い。

 特に、血盟騎士団に所属しているあの異性のプレイヤー(・・・・・・・・)は。

「……それもそうか」

 リュウキも自分自身そう思っているのか、納得をしていた。ダンジョンでの野宿も最早日常茶飯事だ。この世界の上層付近……最前線であるあたりまで登ってきたら、ある程度の≪慣れ≫というものも出てきて宿屋に戻るのが億劫に思えているのだ。まぁ、この世界のプレイヤーを探しても、そんな感性の持ち主リュウキくらいだと思われるが。

 兎も角、リュウキが街で宿をとるのは、主にパーティ行動を時だけなのだ。

「それで? 本題は何だ? ……まさかとは思うが、以前の礼だけ……なわけは無いと思うんだが……?」

 リュウキはヒースクリフの方を向いて、そう聞いた。

「うむ。用件と言うか、お願いなのだが……。そうだな、単刀直入に言おう」

 ヒースクリフは、一度目を閉じ……そして、目を開いて、



「ウチのギルド、血盟騎士団に入ってくれないか?」


 今回ばかりはリュウキは想像すらしていなかった事だ。

 その話の内容というのが、……まさかの団長自らの勧誘だったから。


 

 

第50話 レイナの憂鬱

 本当に初めのころは、団長自らが、勧誘していたらしい。
 だが、攻略が進むのに比例し、巨大で強大なギルドになってからは違った。もう、勧誘する必要すらない。

 そう、ヒースクリフに憧れて……。
 最強ギルドに憧れて……。
 何より、副団長・副団長補佐に憧れて……。

 などの動機で入団するものが殆どだったのだ。彼が、勧誘する事などここ最近では、無かった事だったのだ。

「………」

 リュウキ自身は、まさか、自分が勧誘される……とは、まるで考えていなかった為、リュウキは少しばかり固まっていた。だが、直ぐに調子を取り戻した。

「……ありがたい誘いだが、断るよ」

 時間にしたら、固まっていたのは殆ど一瞬。直ぐにいつもの調子を取り戻し、断っていた。彼はこれまでも、誘われた事はある。ビーターと罵られても、彼の力は魅力的だからだ。
 何処かに所属するつもりは毛頭無い彼は断っていたのだ。

「……そうか……我々としては戦力はいつもギリギリだ。だから、君の様な優れたプレイヤーには傍にいてもらいたいと思っているのだがな」

 ヒースクリフは、ため息をし僅かだが落胆の表情を作った。だが、どうやら リュウキの答えは最初からわかっていたのか、と思える程、直ぐに表情を戻していた。

「悪いな。だが、……誘ってくれた事は素直にありがたい。それにオレ以外に良いプレイヤーはいると思うぞ」

 そう言うと、リュウキは立ち上がった。これが、今回の全てだと思えたから、此処から出る為に。久々行くつもりだった、ダンジョンへと戻る為に。

「……リュウキ君。私は、まだ諦めないが……良いかな?」

 ヒースクリフはもう背を向けているリュウキにそう問う。リュウキは、その言葉を聞いて振り返ると。

「構わない。……が、良い返事が返ってくるかどうか、それは保障できない」

 リュウキは、ヒースクリフにそう答えていた。

「ああ……。構わない。君とキリト君には是非我が血盟騎士団に入ってもらいたくてね」

 ヒースクリフは、この時初めて顔を緩ませた。それは、リュウキも同様だった。

「随分買いかぶってくれたものだが……。まぁ 良い。それにBOSS戦はオレも参加する。その時に改めてよろしく頼む」
「ああ。今日は、態々すまなかったな」

 ヒースクリフはそう言うと、リュウキは扉を開け、外へと出て行った。



 そして、この場所に残っているのはヒースクリフ1人。


 リュウキが出て行ったその後だった。

「リュウキ……か」

 ヒースクリフは、脚を組み……。姿勢を楽にした。リュウキと言うプレイヤーの事を考えていた。皆の前ではその力を100%出しているとは到底思えない。だが、何よりも気になっている事があった。

「(彼の武器も気になる……な。確か……)極長剣……」

 ヒースクリフは、そのカテゴリー名を口にした。ユニークスキルだと本人は言っていた。

「ふむ……」

 ヒースクリフは考えを張り巡らせた。記憶の底までを探った。即ち、SAOにその様な武器が、エクストラスキル・ユニークスキルがあったのか、どうかだった。

 それを知るのは製作に関わっていた者にしか解らない。ヒースクリフもその内の一人だった。と言う事だろう。そして、おそらくはヒースクリフもこの事件に巻き込まれたのだろうと言う事が想像出来る。

「いや、それよりも名前だ。……名前も一番 気になったがな。まぁ、良い……」

 リュウキ・RYUKI。
 その名前だった。ヒースクリフの頭の中で何度も再生された。その名前が、どうしても気になるのだ。


「まさかな……。それに、この手のハングルネームは別に珍しくも無いからな……」


 ヒースクリフはそう結論付けると、立ち上がり ギルドの奥へと消えていった。
 



~第55層グランザム 転移門広場前~


 リュウキは、転移門広場に備え付けてあるベンチに座り腕を組んで考えていた。

「ヒースクリフ……か」

 リュウキはベンチに座り……(勿論、フードをしっかり被って)ヒースクリフ同様に考えていたのだ。あの雰囲気……、何処かで感じた事がある様な気がする。否、この世界に来てあの手の雰囲気は初めてだ。
 
 その誰もが認める圧倒的なカリスマ性。

 リュウキも、それも間近で視ればよく判る程の者だった。
 
 そんなプレイヤーには……あれ程のオーラとも言える様なモノを纏っているかのような相手には会ったことは無い筈だ。故に、現実世界での事だと考えられるが、現実では、そもそもリュウキが、コンタクトを取っているのは爺やくらいのものだ。

「……考えてもわからないか」

 リュウキは、違和感は残るものの……これ以上は無駄だと判断し立ち上がる。

「さて……次に向かうのは……」

 メニューウインドウを出し、各層のマップを確認していたその時だ。




「ああああーーーーーーーーッ!!!!!」




 それは、本当に突然の出来事だった。
 まるで、ジェットコースターの絶叫の如く。まあ、それだったら『きゃあああ!!』だと思うが、それに負けないほどの音響、音量、……絶叫が響き渡っていたのだ。

 そしてここは、屋外だ。

 ひらけた場所だというのにその声が響いている。
 リュウキは、流石にメニューを凝視していたから、耳を塞いで防御をする、などという予知能力染みた能力を使えるわけも無い。だから。

「ッ??」

 多少驚き・耳を抑えそうになる反動を抑えつつも、何事かと思い。視線を前にした。
そこで、立っていたのは一人の女性プレイヤー。自分の前に仁王立ちするかのように立っている。

「リュウキ……君っ……!!」

 その容姿……血盟騎士団の正装だろうか。全体的に純白、襟にそのギルドの象徴である小さな十字架が2つ。そして、その顔には勿論見覚えはある。……というより、BOSS攻略の際に何度もあっている、
そして、何より リュウキが初めてパーティを申請し、了承した相手。

《血盟騎士団・副団長補佐 レイナ》

 彼女がリュウキの前に立っていたのだ。何処か、怒っているようにも見える。

「……ああ、レイナか。久しぶりだな。と言っても1ヶ月程前に攻略会議で会っているから久しぶりと言う程でもないが」

 リュウキは、レイナがいる事にさして、驚く訳でもなかった。
 確かに、突然大声を上げた意味が判らないけれど、この層は血盟騎士団本部がある層、グランザムだ。だからそこに所属しているレイナが、この場所にいたとしても 別に不思議ではない。

 レイナは一歩リュウキに近づくと。顔をめいいっぱい近づけながら言う。

「『……久しぶりだな』 じゃないよっ! もうっ! キミは、いっっっつもだよっ! 会議、終わったら直ぐに逃げるようにいなくなっちゃって!」

 レイナは、何やらそう訴えていた。
 随分とご立腹のようだが、リュウキは、彼女にそんな事を、怒らせるような事をした覚えはまるで無い。

「??」

 判らないからこそ、リュウキは首を傾げていたし、困惑をしていた。

「一体 何を怒っているんだ? ああ、……何かオレに用でもあったのか?」

 レイナについて、リュウキにとっては、判らない事だらけだ。このプレイヤーに対しては特にだった。レイナに限らず、異性の事は勿論わからない事が多いんだが。それでも、レイナはとことん多いのだった。
 今回の様に判らない事は、以前の会議の最中にも色々あった。その時もこんな感じで、怒っていて、そして アスナは、アスナで笑っているだけで何も教えてくれなかった。
 
 レイナの言うとおり、リュウキは会議が終えたら直ぐに退出するから、怒らせる様な事をする筈もない。リュウキが困惑しているのを見たレイナは、少し落ち着きを取り戻したようだ。
 次には、モジモジと指を合わせて言う。

「いやっ……用事があったって訳じゃないんだど……。知らない間柄でもないのに……終わったら、直ぐに 行っちゃって………。会えるのは……会議の時だけなんだもん……私はずっと……探し………のに」

 レイナは、最後の方には、俯き出したせいか、だんだん言葉が聞こえなくなってきた。

「……ん? なんだ?」
「何でも無いっ!」

 レイナのその一言で、リュウキはどうやら、何も無いと判断したようだ。

「そうか」

 リュウキはそう答えると、ウインドウを消して立ち上がった。

「わっ! ちょっと待って! 待ってってばっ!」

 レイナは、リュウキの行く手を遮るように立った。
 この感じは、何処かへと行っちゃう感じなのだと直感した。何故なら、これまででも、何度もあったからだ。

「……?」

 そして勿論、リュウキは、本当によくわかってないだろう。今回に置いては、よく判らないpart2だと言える。

「……あ、あの……っ」

 レイナは必死に息を整えつつ、必死に声を出した。

「……その……久しぶりに会ったんだから……さ? その……食事でも一緒にしない……?」

 声を振り絞るように、必死に、その必死さは凄く伝わる。何をそんなに必死なのかは解らないが、流石にその必死な気持ちはリュウキにも判ったようだ。……何でそこまで必死になるのかは、判らない様だが。

「構わない」
 
 リュウキは あっさりとそう返していた。

「えっ! ほ……ほんとっ!?」

 リュウキから、OKを貰ったレイナは目を輝かせながら笑顔を作った。

「……ああ、別に構わない。これから特に用もあるわけでもないからな。ただダンジョンに戻るだけだから」

 そう、淡々と返していた。

 レイナは嬉しかった。本当に嬉しかった。

「そ……そっかっ!(……やたっ♪)」

 だからレイナは、心の中で大きくガッツポーズを。そして、 現実では軽く握り拳を作ってリュウキに見えない様にガッツポーズをするのだった。


 

 

第51話 リュウキの伝説



――………リュウキの話しは半ば伝説になりつつある。

 様々な層を闊歩している事事態は、広範囲で活動しているだけで、そこまで特質する様な事ではないが、このアインクラッドは常に死と隣り合わせとなっている。
 幾ら安全マージンを取っているとは言え、想定外の事態は何時も発生している。その想定外と言う事態から、死に直結する事態に見舞われる事も少なくない。

 そんな場面に不運にも遭遇した時、颯爽と助けてくれた。

 と言う情報が異常なまでに多いのだ。そして、それが誰なのかは、言うまでもないだろう。中堅プレイヤーに特に多いが、経験した と言うなら上層 下層と全範囲だ。
 そして、更に広がったのには理由がある。とあるプレイヤーがリュウキに助けられ、何とか情報を……と、言う事で《鼠のアルゴ》に接触をするのだ。
 勿論アルゴは、リュウキに関する情報は殆ど扱っていない。以前の勇者伝説の情報の中にあった通り、『ラッキーダったネ!』で終わらせているのだ。

 そこからが、アルゴの独壇場。

 何があったのかを悉に聞くと、その《情報を売る》のだ。リュウキに助けられた、即ち《白銀の剣士》に命を救われた。と。
 これに関しては、リュウキの情報を事細かに発信している訳じゃないから、リュウキ自身は何も言えないだろう。……別に気に求めていない様子だったが。

 そんな感じで、情報が出回れば 当然の如く『私も……助けてくれた』と言う他のプレイヤーからの声も上がる。

 SAO最大のギルド、血盟騎士団でもその話は、異性間で結構話題になっているのだ。

 全体の絶対数の女性プレイヤーは少ないが、ギルドに所属している女性プレイヤーはそこそこはいる。デス・ゲームとなっているこの世界だが、元々は若い女の子。

 その中でも、リュウキのその情報が一番だった。
 
 勿論、鼠のアルゴ情報だけではない。こと、この世界、アインクラッドの攻略においては、その実力は無類の強さを誇る。前線で戦っているプレイヤー達、血盟騎士団でもそれは知っている。
 アルゴの情報にあった通り、迷宮区などで、危機に陥ったとき、彼が助けてくれた。と言う話もアルゴ情報以外でもよく聞く。

 戦って、そして助けてくれる。そんなのを魅せられたら、彼の事を感謝するし 何よりも《恰好良い》と強く思っている。最初の頃は、可愛いと言う印象が多かった。でも、それはもう随分昔の様な気がする。
 最前線で戦っている姿を見れば、もう……薄れている。だったら、お話してみたい!と思う女の子も多い。

 当然、ビーターと言う名はまだ蔓延っているし、異性達には印象が良いのだが、同性間ではそうもいかないのも、仕方が無い事である。 この件に関してはリュウキは完全にスルーをしている為、別段気にした様子は無かった。

 そして、ここからは、女の子の間では色々と厄介な問題。
 
 何よりも厄介なのが、リュウキとコンタクトの取る方法が極端に少ない事。誰かリュウキとフレンド登録をしていれば、親しくしている者が居れば間接的に、と思うのだけど、『フレンド登録をしている人いないんじゃないかな?』とも思える。

 彼は常に、ソロ。

 唯一、よくパーティを組んでいるのが、キリトだった。よく(・・)と言っても、片手で数えられる程度の数だ。基本的に、リュウキは誰とも組んでいないから、情報が無いに等しい。だから、こんな感じで出会う確立は非常に低いのだ。それに、フードで顔を隠している事も拍車をかけている。


 レイナは、そんな彼に会えた事を、幸運に思う。

――……ずっと、会いたかった。会議とかそう言う名目じゃなく、プライベートな時間で会いたかった。

 その想いが叶ったのだから。



「……じゃあ、行こっ!」

 レイナが指をさした先にあるのは転移門。つまり、行き先はこの層じゃない、と言う事。

「ん? ……この層じゃないのか? 確かに飲食関係の店は少ないが、無い事はないだろう?」

 リュウキは別の層へ飛ぶのであろうレイナを見てそう聞いた。鉄の都と呼ばれている所以なのか そう言った類の店は極端に少ないのである。そして、グレードも決して良いものじゃない。
 リュウキにとって、それは別に気にしていないから、何処でも良いと思っていた様だ。

「んー……私は、ここの層あまり好きじゃないの。なんだか、冷たい感じがするから」

 リュウキの問いに、レイナはそう返していた。
 この層に対する印象はリュウキも同じであり、理解出来る事だったから、それ以上は何も言わず、頷いていた。

 レイナは、勿論その理由もあるが、それ以上に そもそも、リュウキと一緒に食事に行くんだからこんな味気ない、殺風景な風景の場所でなんて絶対に嫌と思ってもいたのだ。

 ならば、47層の……≪フラワーガーデン≫とかどうだろうか?とも思う。確かに、その場所には彼女自身は行ってみたいけれど、流石にまだ、ハードルが高い様だ。あの場所はデートスポットとして有名だから。

 それに何よりも。

「一方通行……だし……」

 レイナは、自分でそう思ってしまい、少し落胆してしまった。頑張ってアプローチをしようとしても、本当に暖簾に腕押し。
 自分だけじゃなく、殆ど全員。そして まだ希望が0と言う訳じゃない事があるから良いものの……、ダメージは高く、常に高威力だ。

「ん? 一方通行? ……別にこちらから飛んで、此処へ帰ってこられないようなトラップは各層のそれも主街区には無いと思うが。フィールド上のワープトラップの類ならまだしも」

 リュウキは、勿論、レイナが言う『一方通行』の真意をはき違えて答えていた。確かに意味的には、間違えてはいない事だが……。

「そ……そう言う意味じゃなくて……。あぁぁっ……もうっ!」

 レイナは頑張って説明をしよう、と思ったのだが直ぐにそれを止める。

 とても、貴重な時間が減っていく、早く減っていくと感じたから。
 レイナにとって、どんな宝石よりも、ダイヤモンドよりも貴重な時間が無くなっていくのが怖い。レイナだってギルドに所属している、副団長補佐を勤めているのだ。
 だから、私事で規律を乱すわけにもいかない。勝手な行動をとって休みを入れる訳にもいかないから。

「りゅ、リュウキくんっ! いこうっっ!」

 レイナは、手を差し出した。思い切りの勇気をもって。

「………ああ」

 リュウキは、半ば観念する様に、そのレイナの手をとった。

 こう言ったシチュエーション、無いわけじゃない。以前に会った少女、ビーストテイマーのシリカの時もそうだった。
 その差し出された手を拒否しても喰らいついてくるようで、大抵拒否できずに最後は握るんだからと。この時、拒否をしたら、レイナは『まだ、早かったのかな……』と落ち込みつつ、諦めていただろう。

 今回のこれは又々偶然にも、リュウキが答えてくれたのだ。それはレイナにとって僥倖であると言える。

「さぁ、ど……どこいっか??」
「……全て任せる。何処でも良い」

 レイナは、手を握れた事に、喜びを隠せられず、そしてリュウキは、顔を背けていた。

 そんな姿を見たら、あのリュウキの戦闘の時の姿が嘘の様に感じる。他人の好意にぜんっぜん気づいてないのに、恥かしがり屋って言うのがまた一段と高威力で、レイナの(ハート)に、ずきゅんっ! と来るのだ。
 シャイなのがやっぱり凄く可愛らしい。

「ッ……///」

 レイナは、リュウキを見て思わず顔を赤らめた。

「………」

 リュウキも顔を背けているからそんなレイナには気づかない。傍から見れば、2人のその姿はとてもぎこちない。でも、しっかりと手は繋がっているから、とても初々しく見える事だろう。
 恋人同士になったばかりの2人。そう連想もしやすい。

 そんな時だ。

「あれ……? レイ?」

 2人の傍に近づいてくるプレイヤーがいた。それは、NPCでは無かった。
 そのプレイヤーは、2人ともよく知っている人物だ。……いや、知っている所じゃない。 レイナの事を《レイ》と呼ぶのは、この世界では、かなり少ない。
 レイナは、その声がした瞬間、振り返った。
 
「お、おっ! お姉ちゃんっ!? 何で、どうして此処にっ? 今日の朝、別の層に行くって……」
 
 そう、ここに来たのはレイナの姉。

 《血盟騎士団 副団長アスナ》だった。

「うん……。確かに出かける予定だったけど、ちょっと団長に報告があってね? でも それより、レイは何をしてるの……ッ!」

 アスナは、そう聞いてしまったのが失言だったと直ぐに思った。
 レイナと手を繋いでいるプレイヤー、彼の姿を見て。
 
 そもそもレイナが誰かと手を繋ぐ……なんてことこれまでに一度も無かった事だから……驚いていなかったら嘘になる。それに、その姿はフードで頭をすっぽり覆っていたから、不審にだって思うだろう。でも、よくよく見てみるとその人が誰なのか判ったのだ。

「久しぶりね。リュウキ君」

 アスナは確信が言ったようにそう言う。それは間違いなかった、フードの中に見えたその銀色の髪。そして、彼の雰囲気もそうだ。今は白銀のコートは羽織ってないようだが。それだけの情報で十分だった。

「………ああ、そうだな。だが、レイナにも言ったが攻略会議で何度か会っているだろう? 一ヶ月前にも会っているし、さほど 久しぶりと言うわけでもないだろう」

 アスナが来た事に、勿論リュウキも気づいていて。見知ったアスナ以外だったら、もっと恥ずかしくなってしまっているだろう。だから、リュウキにとっては良かったのだろう。
 
「まぁ、そうだね。……ん~、でもリュウキ君はさ? 会議終わったらいつの間にかいなくなってるから。あまり話してないし、……そう思っちゃうのも無理ないんじゃないかな? レイだってそう思ったと思うよ」

 アスナは、そう言い終えると、レイナの方を見る。その顔はとても赤く染まっていた。アスナは一歩レイナに近づくと。

「ふふっ……頑張ってね? レイっ」

 レイナの肩を叩き、耳元でそう囁いた。アスナはどうやら、大体の事を把握したようだ。

「う……///」

 レイナは、それを聞いて真っ赤っ赤になってしまう。でも、最後には赤いなりに必死に笑顔を作って。

「うんっ……///」

 レイナはこくりと頷いた。応援をしてくれているのはとても嬉しかったから。それに、姉とライバルにならなかった事も嬉しかったのだ。

「……ん?」

 リュウキは、何の事か? と2人を見たが。

「さっ、いってらっしゃい」

 アスナは笑顔でレイナの背中とリュウキを押した。

「うんっ!行ってきます!」
「……ああ」

 レイナとリュウキは頷く。そして、レイナは再びリュウキの手を握ろうと伸ばすがその手は空を切ってしまった。何故なら、リュウキは先に歩いていってしまっていたから。

「ああっ!リュウキ君、待ってよっ!」
「……ああ、そうだったな。」

 最後はレイナが半ば強引にリュウキの手を握った。
 リュウキは……頭をかきながらも、決して邪険したり、振りほどこうとかはせず顔は背けてはいたが、しっかりとレイナの手を握っていた。

 そんな2人を見送るアスナ。

「ふふふ………」

 アスナは、その姿を見て自然に表情が綻ぶ。
 2人を見ていて、とても和む。確かに……こうしている間にも、自分達の現実での貴重な時間は失われてるのは事実だ。正にこの瞬間もそうだった。
 でも、こう言うのは必要だって思える。
 誰かに寄り添う事って、心の安息だって必要なんだと。

「でも、相手があのリュウキ君じゃ……かーなりきつそうだなぁ……レイ」

 アスナは、レイナの事は凄く可愛いって思っていて、自分にとって自慢の妹だ。
 自分よりずっと可愛いと思っているのだ。レイナは、明るい性格だし、……それに比べて現実世界での自分は誰かの背中に隠れて生きてきた。ずっとそうなんだって思った時だって あったけれど。
妹の存在があったからこそ、強い姉でいられた。とも思えるのだ。

 一歩勇気を出せた時だってあるって。

 そんな自慢の妹なんだけれど、リュウキは、いかなアプローチをも華麗にスルーしてしまいそうなのだ。彼は他人から好意を受ける。恋愛の感情、男女における、異性間の感情。
 そう言ったものが判らない、と思えるから。

「あぁ~、ほんと。上手くいってほしいな……やっぱり。でも……」

 妹の事も大事だけど、自分だって……そう言うのがあったら、と思わないといったらウソになる。幸せそうな妹を、まだ一方通行な感じだけど、必死に向かう姿見ていると、そのやっぱり……。

「妬けちゃうかなぁ……。私も……」

 アスナは、思ってる事をつい口に出して、言ってしまっていた。
 そして、同時に『誰かいないかな?』とも思ってしまった。

 アスナは、これまでに求愛、結婚は何度か男性プレイヤーに迫られたけれど、そんなんじゃない。
いつかちゃんと恋して……本当に好きって思える相手。
 自分も、相手も、お互い好きって思えあえる……そんな相手と巡り会えればと。

「んー………。んっ!?」

 この時ふとアスナの頭に一瞬浮かんだ。
 それは、リュウキと真逆のコスチュームの姿を纏っている者で、2つ名が《黒の剣士》の……。

「……な~んてね? ……さっ、団長のところに行かないと。」

 アスナは苦笑いをしながら、そのイメージを一蹴すると そのままKoB本部へと入っていった。
 

 

第52話 料理は大切です


~第53層 リストランテ~


 この層の主街区は、全体的に美しい山々に囲まれている。
 自然の叡智を受けたその街には、ある特性があるのだ。所謂ゲーム内での食事のレベルが非常に高いと言う事。デメリットとすれば、レベルが高い故に、NPCレストランのランクも遥かに高く《食料の宝庫》とも呼ばれている。勿論値段も高いからそこまで繁盛していないのも事実だろう。
 それに、料理のスキルを鍛えているプレイヤーも数える程しかいない。

 恐らく100人は入るであろうレストランの中で、フードを被ったままのリュウキとレイナが食事をとっていたが、他のプレイヤーは片手で数える程しかいなかったのだ。姿を晒す事を嫌うリュウキでも装備を外しても良いと思った程だった。
 正直に言えば、外さなかったリュウキにレイナは少し不満だった見たいだが。今は、それどころではなく、レイナは何やら緊張?しているようであまり会話も少なかったのだ。

 勿論リュウキは、緊張する意味がよく判っていなかった。知らない間柄と言う訳じゃないし、BOSS攻略も何度か一緒にしているし、と。


 話は変わるが、この層は山菜もあるが、極稀にA級の食材もよく出る。

 食材が良くても、料理のスキルを磨いているものじゃなければ大した味設定にはならないのだ。だからこそ、殆どのプレイヤーには、無縁のものなのだが。

「あのね、私とお姉ちゃんは、一緒に料理スキルも競っているんだよ?」

 笑顔でレイナはそう言っていた。
 少し緊張していたのは解けつつあるが、顔がまだ赤い。リュウキはと言うと、レイナのその言葉を聞いて驚いた。《料理》と言うスキル。

 この世界で生きてゆく為に必要か?と問われれば。

『必要ない』

 と、真っ先に返す筈だから。食事といっても所謂 脳、脳内の視床下部に存在する摂食行動を調整する満腹中枢に信号を送り、空腹感を紛らわせるもの。
 確かに味が違えば多少は楽しめるとは思えるが。そこまで重要視していない。食べなくとも生きていけるからだ。

「あっ! ……リュウキ君、今 料理を馬鹿にしてるでしょ?」

 レイナが、その反応を見て、ちょっと膨れながらそう言った。
 リュウキは、別に否定した訳じゃなく、相槌を打っていたんだが、僅かな 表情から読み取ったのだろうか。レイナのその指摘は多少だが、的を射ていた。何より、リュウキにとって、料理など行わなくとも、ここでも、標準クラス、十分良質な食事にありつける、多彩な味を楽しむのはいつでも出来ると思えていたからだ。

「……いや、別に馬鹿にするつもりは毛頭無い。食事とは実際には生きるためには必要不可欠なものだからな」

リュウキは真面目にそう返した。だがゲーム内ではそう言うわけでもないと、言いたい様だ。レイナは、それも察した様で。

「ちっがーうの! そんな難しいのじゃないよ。食事は元気の源なのっ。……それに誰かを想って作る料理って、素敵だし。今日一日をがんばろーって思えるの、それが美味しいものだったら、尚更……でしょ?」

 レイナは、満面の笑みを浮かべてそう言った。だからこそ、彼女は、彼女達は料理が好きなのだ。美味しいと言ってくれる人がいる。笑顔で料理を口に運んでくれる人がいる。そんな光景を見たら、絶対に幸せだと思うから。
 リュウキは、レイナの言葉を訊いて、少し考えた後。

「……ん、それも一理、ある……か?」

 と、答えを出していた。語尾が気になるレイナ。

「どうして、疑問系?」
「ふむ……。オレにはあまり、経験が無い事だからな」

 リュウキはそう答える。
 レイナは、この時……『しめたっ!』 と反射的に思った。

「なら……ならね……?」
「うん?」
 
 レイナは、少し……挙動不審?になっているようだ。だが、その次には更に表情を顔を赤らめて口を開いた。

「今度……私がご馳走してあげる、よ。……ほんとの美味しい料理……教えてあげるから、……どうかな?」

 リュウキにそう提案をした。噛まずに言えたのが奇跡だと思える程緊張をしていた彼女だった。

「そうか……」

 リュウキは、レイナからそれを聞いて、柔らかい表情を作った。
『自分の知らない何かを……教えてくれる』
 リュウキはそう言った事が好きだ。勿論、自分が興味を持つもの、と言うのが大前提な部分があるが、料理については爺やの料理は文句なく好きだった。殆どそれ以外は摂取した事が無い。別に不満があるわけでもないが、爺やはよく言い聞かせてくれていた事もある。
 爺や曰く。
『世界は広い。まだ見ぬものも沢山ある。外へと視野を広げてはどうでしょう? ……それに、食事にしてもまだまだ 底無しです。気持ちの篭リ方一つで大きく変わったりしますから』

 そう言う風に言って笑っていた。当時の自分は、……色々あって、恩人である爺やしか見れていない。爺やばかりだったから。リュウキにとって爺やが全てだった。だから他の広い世界など、あまり 真剣に聞き入っていなかった。
 全てであり、爺や以上の存在なんて、無いと強く思ってたからだ。

 でも……この世界に来て 本当に色々見ることが出来た。リュウキは、茅場のした事は決して肯定はしない。
 この世界がデスゲームじゃなくとも、こう言った思いは絶対していると確信しているから。それだけ……この世界には良い《仲間》がいるから。
 今までの現実とは程遠い程に。

「……リュウキ君?」

 レイナは、少し心此処あらずな感じのリュウキに声をかけた。

「ああ……。悪い」

 リュウキは、軽く頷くとレイナの目を見た。

「……楽しみにしているよ」

 そう言って、レイナに微笑みかけていた。

「ッ……///」

 突然そんな顔をされたら、どうしても赤くなってしまうレイナだった。

(――うぅ……いきなり、そんな表情……凄くずるいと思うよぉ)

 レイナは、そう思って思わず少し俯いた。
 リュウキの表情は基本的にポーカーフェイスだ。『ポーカーしたら強い!』と、比喩抜きで思える程に、表情は変わらず読みづらい。

 でも、……極稀にその表情が綻ぶ事がある。

 その表情、良い時、悪い時とある。良い時のリュウキの顔は レイナにとっては、不意打ちみたいなものだから、レイナは『ほんとにずるいよ!?』って思っている。
 自分の心にダイレクトに入ってくるようだから笑顔だから。
 そして、悪い時の表情の印象。

(―――……リュウキは本当に優しい……でも……いつも仮面を被っている感じがするんだ……)

 そうレイナは印象に残っていた。

 リュウキの事、極稀に綻ぶその顔が彼の素顔。悪い時の表情は 深い深い闇を背負っているって思える。
 リュウキの事を一生懸命見てきたレイナだからこそ。少し自信があるった。
 
 それでも、良い顔をしてくれる時は……、いくら沢山見てきたつもりでも、面向かって向けられたら……頬が紅潮するのが止められないんだ。

「……? 大丈夫か? 顔が赤いぞ」

 そんなレイナの心境を知ってか知らないでか…… リュウキはいつも通りそう聞き返した。

(――……こういう所もずるいよ)

 解らない……超絶鈍感男!鈍男!!
 よくアニメや漫画では、周囲にモテモテのハーレム主人公って、ほんっとに他人の好意に凄く鈍感だ。見ていてイライラするとも思うし、でも そこが可愛いって思う。……フィクションだけど 多分、そう言うものなんだとも思える。
 でも、いざ実際に自分が味わってみれば、全然違う。

「はぁ……」

 イライラよりも……その何倍も落胆してしまう事が多いのだ。どんなに頑張っても一方通行なんじゃないか……って思う気持ちが襲ってきて、 涙が出ちゃうそうになるのだ。
 だって、レイナだって女の子だから仕方ないだろう。

 
 表情を暗めていたレイナ。だけど、なんと、この後 千載一遇のチャンスが訪れる事になった。

「……何だか、稀にある、よな? レイナがそう言う表情をするのって。 顔を赤らめて、訳を問うと表情を落とす」

 なんと、リュウキが珍しく会話を自らつなげたのだった。

「……えっ!?」

 いつもは、語尾にクエスチョンマークを『?』だけをつけて 終わらせるだけだったのに、今回、リュウキからこう言われるのは初めての事だった。

「初めのは……十中八九、オレの顔を見て……だよな。レイナ。オレに何かあるのか?」
「ッッ!!!」

 どんどん繋がっていく会話。一言一言聞く度に、レイナの心臓は、ドキンドキンっ、と音を立て脈打っていた。

(――これって……ひょっとして、千載一遇のチャンス? 知ってもらう為に、神様がくれたっ!? 声っ……言わないとっ!)

 レイナは、動転しながらも必死に言葉を探した。
 そして、レイナとは対照的な表情をしているのがリュウキだ。

「不満なところがあるのなら……、遠慮なく言ってくれ。オレも……少しは変わらなきゃ前に進めないと思うから」

 リュウキのこの言葉、そしてその表情。
 その中に悲しみのようなものも含まれているが、この時のレイナには伝わらなかった。

 このアルマゲドン?をどう乗り切るかしか頭に無かったのだ

「あ……あっ! あのねっ!? りゅ、りゅうきくん、私っ……」

 食事に誘った時とは比べ物にならない程だ。だから、レイナがなけなしの声を、勇気を振り絞ろうとしたその時。


「はぁ……やっとここにこれた。」
「ほんとに上手いのか?ここって……」
「今までの層とは比べ物にならないだろうって、アルゴの本でもあっただろ?」
「……まぁ、それなら 信じるか。あいつの情報は確かだからな。」
「確かに……。」


 突然、このレストランに団体さんが現れたのだ。さっきまで閑古鳥が鳴きそうなお店だったのに、あっという間に賑やかになる。
 10人? 15人? 数えていないが、それくらいの数の人たちは入ってきた。どうやら、イベント等やNPCとかではなく、実際プレイヤー達だった。

「ッ……」

 リュウキは条件反射のように、深くフードを被った。その声が聞こえてきたその数秒後。あっという間に、更に空席が目立たなくなって、レストランの人口密度が増大したからだ。

「ぅえ……っ? ええっ……?」

 レイナは突然の事だったから驚きを隠せない。
 何よりも……残念だったのが、次のリュウキの台詞。

「……すまないレイナ。此処から出たいのだが」

 食事も終えているし、とりあえず問題ない、とリュウキから、そう提案されたのだ。
 千載一遇のチャンスだった筈なのに、出鼻をくじかれたのだ。

 でも、リュウキだったら、まず間違いなく、そう言われるのは判っていた。
 リュウキが今までどういう扱いを受けていたのかわかるから。でも……それでも。

「そう……だねぇ……」

 『雰囲気を壊された』って思ってレイナ自身は承諾した。
 そして、レイナは、入ってきた人たち全員を、まるでモンスターを見るかのように殺気立たせてにらめつけていた。


 ……勿論そこに入ってきたプレイヤー達(全員男)は 悪寒に襲われていたのだった。

 

 

第53話 活力を胸に、気合十分です!


 そして、まるで追いやられる様に、2人はそそくさとレストランから外へと出て行った。
 このリストランテの街並み。十分綺麗であり、並木の間を2人で通るのなんて、とてもデートっぽくて、凄く嬉しい。
 でも、それはこの層に来た最初に味わった事で、今レイナはゲンナリとしていた。

「あーあ……こんなのってないよ……」

 はぁ……、っとレイナはため息を吐いていた。
 幸せが逃げてしまうと言う事を聞いた事があるけど、吐かずにはいられない乙女のため息だった。何よりもこの店の雰囲気も。とても良いし、十分にムードもあって、最高の場面。そして、リュウキの感じもいつもと違ってて、チャンスの到来だとも思える。

 だからこそ、レイナはいっそ自分の想いを言っちゃえ……っとも思えたんだ。
 だけど、本当にそんな勇気があったか? と訊かれたら、素直にうんとは言えない。

「だよね……。無理だよね……。私だってさすがに……いきなりのって……」

 実を言うと、レイナ自身も、完全に心の準備が出来てないようだった。リュウキの事を想っているんだけれど。いざ言おうとすると、やっぱり、恥ずかしいから。

「………大丈夫か?」

 レイナは、リュウキが傍にいるのをすっかり忘れてたから、リュウキの言葉に更に動揺してしまった。

「わわっ!!!」

 突然の事だったから、レイナは飛び跳ねるような思いだった。

「………はは」

 リュウキは、そのレイナを見て笑っていた。

「……レイナ、ありがとう。……正直、最後のは驚いたが、今日は来て良かった。楽しかったよ」

 レイナに礼をそう言うリュウキ。その顔を見て、レイナも微笑む。

(今日のところは……リュウキ君の笑顔を見れたし……十分かな……これ以上は欲張りな気がするよ……)

 レイナは顔を赤らめながらそう思っていた。かなりライバルがいる(名前はわからないけど)このリュウキ。それに、滅多に会えないリュウキに会えた。更にその上に、お礼まで言われたんだ。

「私も……楽しかった。こちらこそ、ありがとう。寧ろお礼は私の方だよ? 無理言って頼んだのは私なんだし……」

 レイナは苦笑いをしながらそう言った。最初はリュウキは何処かに行こうとしていた所を、呼び止めたのだから。

「………そうか? オレは別に無理と思ってないし、それに、その程度だったら、礼には及ばないのだが……」

 リュウキは、不思議そうにそう言う。そんなリュウキを見て、レイナは もう少し頑張ってみようと思えた。今日も、頑張りすぎたと思うけど、もう少しだけ、。少し……あとほんの少しだけ。

(―――……勇気をだしてっ!)

 レイナは、ぎゅっ と両の拳を握り締めながら。

「あの……リュウキ君」
「ん?」

 レイナは、リュウキを……真っ直ぐ見つめる。今回は、たとえ恥ずかしくたって、レイナは決して目を背けたりしない。ただ、真っ直ぐにその瞳を見つめた。

「そのっ……登録……してくれないかな……? フレンド登録……。また、あ……会いたい……からっ」

 本当にリュウキを真っ直ぐ、その目を見て。普段の様に決して逸らさない。赤くなったって……もう問題ない。次が何時になるのか、判らないんだから。今しかないかもしれないんだから。

(だって……)

 レイナは、リュウキの目を見て心の中で叫んだ。


『彼が好きだから、好きになっちゃったからっ!』


 心で叫んだあと、レイナはこれまでの事を思い出した。


『お姉ちゃんと仲直りすることが出来た切っ掛けはリュウキ君の言葉だった』

 思い返すのは、初めて出会ったあの時の事。

『それに……あのボスの攻略の時。……何度も助けてくれた。お姉ちゃん共々助けてくれた。……中には厳しい時もあったけれど。鈍感……年頃の男の子の感性を持ってないって思ったけれど。彼は実は凄くやさしいんだってことも、判った』

 第1層の頃の自分は、このゲームの初心者で、そしてリュウキはその頃からとても強くて、助けてくれた。……そして、その優しさにも触れる事が出来た。
 だから、レイナは、この頃から徐々に変わっていったんだと、自分では思えた。

『……それに気がついたら、私 彼の方ばかり見ていた。目で追っていた。彼と少しでも話せたら、その日は穏やかでいられた。気持ちが弾んだ。だから、彼が直ぐに消えるようにいなくなるのは、毎回……悲しさが出ていた。ギルドに入ったからあまり、会議の時とかで勝手な事は出来ないから……。
多分もうその時には、私の心は定まっていたんだと思う。だから、空いた時間で、彼のこと……必死に調べた。アルゴさんにも聞いたり、いろんな層を回ったり。お姉ちゃんに違う理由つけて回ったり。だから、今日、会えた事。本気で嬉しかった。この世界に来て……【良かった。】と思えるほどにだから』

 そもそもレイナの事をアスナが判ってない訳もないから、ただ笑っていたのだった。

 そしてそのリュウキからの返答。時間にして数秒後だったが……体感時間は信じられないほど長かった。その答えは。

「ああ、構わない」

 リュウキはOKの一言だった。間を開けず、即答だった。だからこそ、レイナは顔を赤らめ、目を輝かせ。

「ほんとっ!?」

 レイナはリュウキとの距離を縮めた。凄く速い速度だ。

「……オレは嘘はいわない」

 リュウキは少し仰け反りながらそう返した。そして、リュウキはレイナ同様に真っ直ぐに見つめて。

「……今日はさ。オレも楽しいと思えたから。なんだろうな……、こんな気持ちは初めてかもしれない。……きっと此処に、SAOの世界に来て以来、こんな気持ちになったのは、レイナが初めてなのかもしれない……かな」

 リュウキはそう言い終えると、レイナに笑いかけた。

「ッッ!!」

 レイナはその言葉を聞いて、心臓は跳ね上がる。脈打つどころじゃない。まるで 爆発したかの様に思えた。

(―――これって……私のこと……好きになって?)

 心臓の次は、顔が一気に爆発寸前まで体温が高まる。が、直ぐに冷却をする様に考えを改めた。

(って! そんなわけないっ、わけない! だって、あのリュウキ君だよ?? 自分に都合がいいように変換しすぎだよっ!!)

 本当に自分に都合の良すぎる! っと頭の中の想像をブンブン消す。打ち消しつつ、そう言ってくれたリュウキの事を改めて想った。
 純粋に嬉しかったから。

「リュウキ君っ、……ありがとう/// わたし……、わたし、……嬉しい。とても嬉しいよ」

 レイナは、にこりと笑った。その目には涙が溢れているようだった。

「…………っ」

 リュウキはそこまで喜ばれるとは思っていなかったんだ。 なんでだろう、と思う程に。
 そして、何か、暖かい何かを感じた。

(心が……)

 リュウキは一瞬綻んだ。
 それと同時に……、心から何かが湧き上がってくるようだった。


 そして……その後フレンド登録を無事に問題なく終えれた。


 レイナは、最後の一瞬まで気が抜けない、と気合を込めていた。……そして、時間。ギルドの用事が出来たし、リュウキにも、誰かからメッセージが来たようで、どうやら同じく用事が出来たみたいだった。
 本当に、間違いなくどんな宝石より、貴重な時間だった。とレイナは思えた。


「今日は、本当にありがとね…? リュウキ君。良かったら……今度はまた、パーティを組んでくれないかな……? 私、強くなったって 見てもらいたいから……」

 レイナは、リュウキにそう言っていた。

「そうだな。……構わない。空いた時にでも……な」

 リュウキは、メニューウインドウを確認しつつ返事を返した。

「あ……ありがとうっ///」

 レイナは満面の笑みだ。そして、同じ様にウインドウを消すと。リュウキはレイナの方を見て。

「それじゃあ……また(・・)な。レイナ」

 リュウキの再開を意味を示すその言葉。過剰反応だって思われるかもだけれど、本当に嬉しい。

「う、うんっ! また(・・)ねっ!」

 だから、レイナもそう返した。また(・・)会えるんだって。リュウキを見つけるのは凄く難しいんだけれど、いつでも会える……かもしれないって思えて。

「あっ……フレンド登録だったら、キリト君に聞いたら早かったかな?あ……でも、そう簡単には教えてくれないか……。それに……今日のが嬉しかったし……いいかな……」

 レイナは笑う。そして、背筋を ピンッと伸ばし。

「うんっ! 今日もギルドの事……攻略だって! 全部がんばるぞー! お姉ちゃんに負けないようにっ!!」

 レイナは、気合十分だ。
 そのまま、本部グランザムへと戻って行ったのだった。
 

 

第54話 過去の痛み



~第51層 アルスレイド~


リュウキは、51層 《愚者の森》と呼ばれる、迷宮区の入口とも呼ばれる場所にいた。ここのMobは、撃破時に、経験値よりも金銭(コル)をよく落とす為、一部では金銭面での狩場ともなっている。が、それは勿論ある程度のメンバー構成で挑む事が大前提だ。
 何やら、非常に好戦的なアルゴリズムをしているからであり、獣型のMobが多く、その特性というわけだろうか、隠蔽(ハイディング)スキルも異常に高い。気づかれたら攻撃をされてしまっている、と言うパターンもあり、そして 連携して襲ってくる為、連続攻撃を受けてしまう事が多数だ。

 所謂 《やられ判定》が連続して出てしまい、動けないままに、大ダメージを被る事も多数。故にそこまでの人気な狩場という訳じゃない。まだ、ここで死者が出た訳じゃないが、瀕死のダメージを受けたプレイヤーは多い。

 リュウキにしてみれば、別にそれは問題視しておらず、ただいつも通り、心赴くままに視て回っている内の1つの層だ。


 今日は、レイナと別れてものの数十分後、この層にやって来ていた。

「……本当に楽しかった、かな」

 リュウキは森を探索している最中、ふと、そう呟いていた。

 楽しさ、この世界で、否。現実の世界でも恐らくは初めてだったかもしれない。別にリュウキ自身は、現実(あっちの世界)で不満があったと言うわけじゃない。彼には、爺やがいてくれたから、それだけで良いって思っていた。

 でも……、そう言った楽しみとは違う気がするのも事実だった。

 それは、同世代の人と友達として遊ぶ楽しみ。それは、誰しもが、恐らく生きている間には経験する事。そんな記憶、あるだろうか? とリュウキは考えた。


――……物心着く頃には、もう仕事をしているし、レイナと一緒にいた様な事はしている記憶が……。


「ッ……」

 リュウキは、考えていた時、記憶の奥を探ったその時、突如 脳裏にズキリと痛みが走った。

「そう……だった。あの時の……」

 痛みが走った事に、疑問を持つ訳じゃない。ただ、それが切欠なのだろうか。 リュウキは思い返す事が出来た。
 いや、切欠は以前にも確かにあった。以前、キリトと《月夜の黒猫団》が全滅しかかったあの時。蹲り、悔やむキリトを見た時に、確かに見た、脳裏を過ぎったあの記憶。
 あの記憶を。

「サニー…………、ぼくは……」

 誰かの名前、なのだろうか? リュウキがそう名前を呟いた瞬間、完全に動きが止まっていた。それは恰好の的とも言える。

 その瞬間。

「ガァァァァァッ!!!」

 突如、背後の草叢から、複数の影が飛び出してきた。姿を現したのは、狼の様な姿。この辺りを縄張りとするMobであり名を《ヴォル・ウルフ》。先ほど説明をした様に、獣特有のスキルが備わっており、連携も凄まじい。1度に数匹まとめて飛びかかってきたのだ。
 同士討ちをする訳でも無い精密な連携で。

 もう、すぐそこにまで迫ってきている。だが……、リュウキは動く気配が無かった。回避行動を取る様子も全く見受けられない。

 それは彼らしくない事だ。
 普段の彼ならば、まるで背中に目がついているか? と思う様な反応をする。
 複数に襲われたとしてもその身のこなしは驚嘆であり、回避し、そのすれ違いざまに、一太刀でモンスターの急所を穿つ。
 その一撃は会心の一撃(クリティカルヒット)が殆どであり、モンスターたちは例外なく四散してゆく、一撃で死なないモンスターも勿論いるが、大した問題じゃないし、それが殆どだ。

 だが、今の彼はそう言う状態じゃない。

 そして、この状況は致命的とも言える。この層のモンスターは、パラメータ的には、遥かにリュウキよりも弱いが、無抵抗で攻撃を受けまるっきり大丈夫なわけが無い。
 以前のオレンジギルドの15人の攻撃を眉一つ動かさず攻撃を受けていた時とは、まるでレベルが違う。一撃一撃の重さが遥かに違い、奪われるHPも遥かに大きい。
 連携攻撃を得意とするタイプのモンスター複数にたてつづけに襲われれば自動回復(バトルフィーリング)もまるで意味を成さない。

 その獰猛な牙・爪がリュウキを引き裂く正にその瞬間。


「この馬鹿野郎ッ!!!」

 突如、まるでこのモンスター達が飛び出してきたそれを再現するかの様に、黒い影が一瞬の内に、リュウキとウルフ達の間に入ってきた。
 鮮やかな、その黒衣の刃の一閃が走る。

 その刹那の後 ウルフ達は、その攻撃をカウンター気味に受け、会心の一撃(クリティカルヒット)となり、その姿は一瞬のうちに硝子片となって四散して言った。
 残ったモンスターもいたが、例外なく 数秒後にはその身体を散らしていた。

 突然の来訪者は、倒した事を確認すると、素早くその黒剣を鞘に収めると。

「いったい何やってるんだリュウキ! こんな危険地帯のど真ん中で!」

 その黒い影の正体。全身を黒で決めているかの様な成り立ちの男。

「……ああ、キリト、か」

 リュウキは、漸く正気を取り戻したようにキリトを見た。その様子はまるで、今の状況を理解してはいないようだ。

「『キリト、か』 じゃないだろがッ! 死にたいのか!? 幾らお前とは言っても、あの数で、それに完全な無防備で攻撃を受け続けたらただじゃすまないだろ!?」

 呆然とするリュウキ、そして対照的にキリトをは怒っていた。
 リュウキは、この時初めて、今の自分の状況に気がついた様だ。ゆっくりと周囲を見渡す。あのMob達の命の残り香、残滓が まだこのエリアの大気中に漂っているのだ。そして、最後の青い硝子片が消え去ったのを確認すると。

「……? ……キリト。オレを心配してくれたのか……?」

 リュウキは、徐にキリトの顔を見た。そのキリトの表情は、次第に怒りの表情がなくなっていく。

「……あたりまえだろ」

 キリトは、完全に怒気を鎮めると、リュウキの今の姿をはっきりと見た。
 この姿のリュウキは見た事無かったから。

――……普段のリュウキじゃない。

 キリトは、表情を一目見て そう直感した。何か、意図していた訳じゃない、と言う事も。

「……そう、か。ありがとう。すまなかった」

 リュウキは、キリトを見て頭を下げた。

「いや、どうしたんだよ本当に。……らしくないんじゃないか?」

 キリトはいつもとまるで違うリュウキにそう聞く。そもそも、リュウキには実際に援護なんて必要ないんじゃないかと思えるほど、その技量はハンパではない。
 正直、あの程度であれば、気づけばモンスターが四散していた。なんて事はザラだった。自分自身が目指そうと思った理想像ともいえる腕だ。

 でも 今回は気配が違った。

 だからこそ、キリトは咄嗟に動いてしまった。案の定……リュウキは心此処にあらずの状態だった。自分の判断は間違っていなかったと思い、そして安堵していたのだ。

「……悪い」

 リュウキは、ただ謝罪を口にしていた。それ以上は何も言わなかった。

「……今日のところは止めて、街に戻るぞ。今のお前はマジで危ない。嫌だと言っても駄目だ。今回は訊いてもらう」

 キリトはそう言うと、結晶を取り出し、半ば強引にリュウキに渡す。それは転移結晶だ。
 その言葉にリュウキは、素直に頷くと、じっ……と結晶を握り締めた。

――……転移結晶を使うのなど、何時以来だろうか。

 そう思いつつも、上に掲げながら、この結晶を使ったのだった。





~51層 アルスレイド 転移門前~


 リュウキの後にキリトも、転移結晶を使い後を追った。場所自体は、示し合わせた訳じゃないが、直前に行き先を、はっきりと言わないと、効果が得られない為、どこに向かったのかは、直ぐに判ったのだ。

 そして、キリトはリュウキの後を追い、アルスレイドの街へと向かう。その転移門広場のベンチに腰掛けているのリュウキを見つけた。

 宿まで、と思っていたキリトだったが、リュウキは行かなくても良い、ここで良い、と言ったまま座っていた。

 そして、両手を組み考え込むように視線を地面へと向ける。

「……それで、一体何があったんだ?」

 キリトは、座ったまま俯いているリュウキにそう聞く。
 正直、今 聞けるような雰囲気では無いのだが。今まで見たことも無いリュウキの姿を見て、キリトも意を決した。
 リュウキの存在が救いになっていると言ってもおかしく尚程に、リュウキからは貰っているんだ。
 今は、この男の力になってあげたい。それは、数少ない機会だとも思えるから。

 勿論、彼が言いたくない、と言うのなら、考えるのだが……、それは無かった。

「……今日、レイナと会った」

 リュウキは俯いたまま、話しだしたから。

「……レイナ? ああ、アスナの……」

 リュウキの口から発せられる名、キリトはその名前は勿論、知っている。
 あの血盟騎士団でも有名な姉妹であり、双・閃光の異名を持つ姉妹だ。そして、自分にとっても縁のあるプレイヤーだとも言える。何せ、初めてのフロアBOSS戦を共に戦ってきたし、そこから先も、何かと共に戦ってきたのだから。

 だからこそ、判らない事がある。この今のリュウキの状態と、レイナの事。それが全く繋がらないのだ。

「レイナがどうかしたのか……?」

 キリトには、様々な推測が浮かんでいた。
 その内の1つが、レイナがリュウキに危害を加えようとしたのか? だ。
 
 このリュウキ相手に正面からの 正攻法では技量的にも無理があるから、罠にはめたり、人質等の手段を使ったのか、と。
 だが、何にしても、信頼にたる相手の裏切り。そんな事があったとすれば、如何にリュウキでも動揺は隠せないとも思える。レイナはビーターと言われ続けていた自分達にとって、数少ない信頼出来る人物の1人なのだから。

 だが、キリトのその想像の答えは直ぐにでる。それはまず、『ありえない』という答えがだ。
 何故なら、彼女がリュウキを見る目は、その類とは全くを持って違う、180度違うからだ。

 毎層での攻略会議の時もそうだ。彼女はしきりにリュウキの方を見ていた。そして、リュウキが姿を暗ませたら……その表情に寂しさや怒りの様なものがよく判った。
 
 キリト自身も恋愛の類は経験が無いからはっきりといえるものじゃないが、レイナの様に、あれくらいあからさまであったらわかるのだ。それにクラインも、会議中の彼女の様子を、羨ましそうにしながら、耳打ちして、実況している事もあった。その時のレイナは、微笑ましささえ浮かぶ程、頬を紅潮させながら、膨らませていた。

 そう、レイナがリュウキを見る目は、レイナを知っている面子からすれば大体はわかる、だからこそ それは、決してありえないと言えるのだ。

 キリトの見解だが、レイナは姉とは違って明るい性格だと思える。
 アスナは、攻略の事、その事が頭いっぱいと言う感じだったが、上手くそれを抑えつつ息抜きをさせてあげているのがレイナだ。
 姉妹だから、と言う理由もあるだろうけれど、本当に理想的な、構成のパートナーだと思えた。

 そして、レイナは血盟騎士団、という訳だけじゃなく、曲がった事、それは決してしない。そのあたりは姉のアスナ譲りだとも思える。何より、そう言う類のことは決してしない人だとはっきりといえるんだ。

 なら、いったい何があったと言うのだろうか?

「今日……レイナと会ってな、食事に誘われたんだ」

 キリトが考え込んでいた時、リュウキがそう続けていた。

「はぁ……?」

 それを訊いたキリトは、リュウキには申し訳ないが、何言っているのか判らず、思わず声が裏返ってしまった。
 
 それは所謂《デート》と言うヤツだろうか。

 正直な所、キリトはネットゲーマーである。だからこそ、その単語(デート)は、程遠いものなのだ。

「え、っと…… それでどうしたんだ? 何か、不味いことでもあったのか?」

 少し声が裏返りそうになりつつも、キリトはリュウキにそう聞いた。
 
 これまでの会議でもあったが、レイナの好意を さらっとスルーしてしまうのはリュウキだ。何かあったのか? と聞いたはいいが こればかりは、全く想像がつかないのだ。

「………いや、楽しかったよ。本当に……、楽しかった」

 リュウキは、そう言うと、再び表情を一段階落とした。

「………楽しかったから、だろうな。……ずっと、忘れようとした、記憶を……。それを思い出してしまった様だ」
「記憶……?」

 キリトは何のことか、わからない、と思っていたが。

「あッ……!」

 数秒して、ある事をキリトは、思い出していた。

 そう、あの時の《思い出の丘》での事。

 リュウキが言っていた事。

「本当に悪かったな……。もう大丈夫だ。これ以上は迷惑はかけない」

 リュウキはそう答えると、立ち上がった。

「あっ……おい!」

 キリトは、思わず支えようとしたが、問題ないように立ち上がった。

「大丈夫……だ。パラメーター、身体的な異常じゃない。オレ自身の精神的なものだ。この世界においてはその影響はダイレクトに来たんだろうな」

 だからこそ、脳を、精神を休める意味で睡眠などの事が必要なのだろう。常人よりもなぜか、かなり強い脳を持つ、リュウキであっても例外じゃないと言う事だろう。

「リュウキ……」
「大丈夫だ」

 キリトが何かを聞こうとしたのを察知したのか、リュウキは強引にだそう返す。


――……話したくない。


 リュウキは、そう言っているようで、これ以上は何も聞けなかった。

「……キリト。心配してくれてありがとう。そして、すまなかった。これ以上は無理はしない。あの森へ行くときも整えてから行くつもりだ。説得力が無いかもしれないが、安心してくれ」

 リュウキは少し微笑むと、手を差し出す。

「ありがとう」
「……馬鹿言うなよ。オレがお前にどれだけ貰ってると思ってんだよ」

 リュウキの手をとり、共に軽く握手を交わした。

 そして、リュウキは去っていき、その場にキリトだけが残されていた。キリトは、握った手を見つめていた。あの男とハイタッチはした事はあるが、握手をしたのは初めてだ。ゲーム内での事ではあるが、その神がかり的な技を生み出しているその手。

 
 キリトは、リュウキのその手が震えていたのに気がついていたのだった。


 

 

第55話 向き合う刻



 そして、リュウキはキリトに言った通り、一応拠点としているこの層の宿の方へと向かっていった。

 握った手を、そしてリュウキのその背中を見ていたキリトは思う。

「……これ以上は聞けないよな。オレじゃ」

 そう、自分には強引に聞くような真似出来無い。性格にもよるだろうけれど、安易に立ち入っていい場所か、どうか、それも判らない。
 そして、入り込んだからこそ、より深く彼を傷つけてしまう可能性だってあるからだ。

 だからこそ、リュウキの事を強引ながらも、救える者がいたとしたら。

 正直に言えば、これまでだって 色々とあったからか、軽くプレイヤー不信になりかけてるリュウキ。そんな彼からすれば、 信頼できるプレイヤーだけだと思える。

 そんな中で、助けられる人。……キリトが思い浮かべるのは1人だけ、1人しか居なかった。

「アイツ……、しかいないな。アイツしか……」

 キリトはそう呟くと、指を振って メインウインドウを呼び出し、フレンド登録一覧を確認した。そしてあるプレイヤーのカーソルをクリックし、メッセージを打ち込んで、送信した。

 その内容は、現在のリュウキの事、今現在の全て。
 それらを自身が見た事、そして訊いた事、寸分違わずメッセージにし、送信をした。

 返信は、本当に直ぐに返ってきた。

『それ、どう言う事!!』

 本文は物凄く短い。多分、焦って打ち込んだのだろう事は判った。
 文面の通りなのだが、キリトは自分の考えを打ち込んだ。

『……原因はアイツの過去にあるんだと思う。……間違いなくな。だが、現実世界の事を聞くのはマナー違反。それでも……オレはアイツを救ってやりたい。手伝ってもらえないか?』

 キリトも、メッセージを送る。
 返信も即座に返って来る。

『うん……。……でも、さっきまでそんな感じじゃなかったのに。……ひょっとして、私のせいじゃないのかな……?』
『それは、絶対にない。アイツは楽しかったと言っていた。《あんた》と会って楽しかった……とな。リュウキは嘘を言う男ではないのは互いに知っているだろう?』

 キリトは直ぐにそう返した。

 そして、最終的には、キリトはその相手と会う約束をしたのだった。
 いや、約束をする前から、キリトの位置情報を見て キリトの元へと向かってた様で、かなり早くに合流したのだった。




~第51層 アルスレイド・愚者の森~


 リュウキは、再びあの森の入り口に立っていた。今回は、勿論周囲に注意している。以前の様な事があっても、最低限度行動が出来る様に。

 その間に、自分の手を見つめ、握りそして開く。自分の身体のステータス、データを確認する。

 ステータスの数値には、まるで問題ない。宿で休んだから状態異常になっている訳でも、ダメージを負っている訳でもない。
 武器を軽く使用し、ソードスキルも 何度か試したが特に問題ない。

「……それはそうだろう。……別に問題ない筈だよな」

 リュウキはそう呟いた。元々今までのプレイの中で、身体に、精神に異常等は何処にもなかった。
それは、初めてからずっとだった。BOSS戦で多少傷ついたりはしていたが、それ以上のものは無かった。

「行くか……」

 リュウキは森の奥を目指し、歩を進めた。
 今後の攻略の糧にする為に、自分のある目的の為にも。足を森に更に一歩踏み出したその時だった。

「リュウキくんっっ!!!」

 突然、背後から森の入り口側から声が聞こえたのだ。大きな声で、自分の名前を呼ぶ声が。

「……ん」

 その声に誘われるがままに リュウキは、振り返った。
 その先には、誰かがいた。

「はぁーはぁー……」

 息を切らせた少女が立っていたのだ。両手をぎゅっと握り締めている少女が。
 肩で息をしているところを見ると余程飛ばしてきたのだろう。この世界においてもそう言った身体的なものも現れるのだ。必要以上運動を行うと起こってしまうのだ。
 ただ、リュウキには、何故彼女がここにいるのかが判らなかった。

「……レイナ。どうかしたのか?」

 そう、此処に来ていたのはレイナだった。その表情は心配しているかのようだ。キリトと同じ表情をしていたから、リュウキにも直ぐに判っていた。

「『どうかしたのか?』じゃないよっ!!」

 レイナは、その表情をそのままに、リュウキの傍にまで、走って駆けつけた。

「き、キリト君に聞いたんだよっ! どう言う事! 一体どうしたのっ!?」

 リュウキの手を両手で握りしめそう問いただした。レイナの言葉を聞いて、リュウキは完全に悟った。何故、彼女がここに来たのかも全て。

「ああ……、なるほど。……レイナ、キリトに聞いたのか」

 『おせっかいな男』 と内心リュウキは、キリトの事を思ってしまっていた。
 だが、決して言葉にはしない。自分はあの男に、それ程までに心配をかけたと言う事は事実なのだから。

「お願い、答えてっ! なんでなの……? わ、私と……一緒だった……から? ……リュウキ君が調子を崩しちゃったの……私のせいなの……?」

 問いただしている内に、レイナは次第に泣き顔の様な表情でそう聞いていた。
 
 今回のリュウキの事。どうして そうなったのか、普段と一体何が違ったのか。……何故なのか。
 レイナはそれを、ずっと移動中も頭の片隅で考えていたんだ。……考えれば、考える程、自分と出かけた事が切っ掛けとしか思えなかったのだ。

 だから、 断腸の思いで聞いた。

 リュウキは、レイナに掴まれている手を握り返し答えた。

「いや違う。……それは誤解だ。レイナのせいなんかじゃない。……誰のせいでもない」

 リュウキは、真っ直ぐな瞳で答えた。

「……ほ、ほんと?」

 レイナの目からは涙が零れ落ちた。その雫は、四散し硝子片となって宙を舞う。

「……ああ、オレは嘘は言わない。だろう? ……うん。嘘を言った覚えはない」

 リュウキがそう返すとレイナは涙を拭った。

「ほんと、良かった……。キリト君にも、そう聞いたけれど、私は……リュウキ君本人から聞きたかったから」

 レイナはまだ心配の表情をしていたが、何処か、ほっとしたように胸をなで下ろしていた。その姿を見て、リュウキは首を傾げた。

「……それで、レイナは それだけの為に、此処まで来たのか?」

 リュウキは、少し呆れるかの様に訊いていた。確かに心配をかけたのは事実かも知れないけれど、それなら、メッセージを送れば良いだろう。レイナは態々直接此処まで駆けつけてきたのだ。……大袈裟、そう思ったのだろう。

 そのリュウキの言葉を訊いたレイナは、再び火がついたようだ。

「……そ、それだけっ!!?」

 レイナは凄く怒った表情に変えたのだ。喜怒哀楽激しいものだと思えてしまうリュウキ。まるで烈花の如く勢いで捲し立てる。

「それだけっ!? じゃないよっ! すごく、すーーーーっごく心配したんだからっ! リュウキ君にもしもの事があったらって! だ、だって……折角、仲良……く……。なれたのに、そんな事があったらっ、わたしは……っ」

 レイナは、リュウキに顔を近づけながらそう言った。

「………」

 リュウキは、その表情を見て、レイナの目を見て、考えた。

――……なぜ、目の前の少女は自分にここまで構うのか?

 そう考えたのだ。確かに、レイナとは 知らない間柄ではないのだけれど、付き合いが長いか? と問われればそうでもない。BOSS攻略の時は基本的に同じレイドではいるのだが、最近では彼女はギルドの事もあり、同じパーティという訳ではない。
 付き合いの長さで言えば、キリト、クライン、エギル……と言った男性陣の方が圧倒的に多い。
 これは、勿論リュウキから見た視線だが。

「……レイナ」
「っ!?」

 レイナは、自分がリュウキの顔を至近距離で見ているのに、今更ながら気がついた。

 リュウキが冷静な表情で、自分の名前を返されて我に返ったのだ。次の瞬間には顔が ボンッ! っと本当に爆発しかねない程まで紅潮してしまう。

 そんな表情に気づいていないリュウキは、ただ疑問を口にしていた。

「……教えてくれないか。レイナは、どうしてオレにそこまでしてくれる? ……なぜ、オレに構うんだ?」

 それはリュウキの純粋な疑問だった。
 確かに顔見知りだ。だが、それだけなのにそこまでしてくれている本当の理由がよく判らなかった。自分のことの様にしてくれているのも、判らなかった。
 キリトにしてもそうだが、同性であるし、何よりレイナのそれはキリト以上に感じていたのだ。

 それに、これまで、アルゴのせいで沢山の異性のプレイヤーに色々と迫られた事だってある。だけど、時間にしたら一瞬。花火の様なもので殆ど直ぐ別れるのだが、レイナは違った。それが何度考えても彼には判らない事だったのだ。

「そ……それは………っ」

 レイナは、リュウキの言葉を訊いて、後退りそうなのを、必死に踏みとどまった。

「………レイナ、教えてくれ」

 リュウキは真っ直ぐレイナの瞳を視た。まるで、嘘を視抜くかの様に。

「そのっ、私はっ………あなたの事………が……」

 レイナは、リュウキの視線、自分の目を真っ直ぐに見ているその目の意味を直ぐに理解した。自分の真意を探ろうとしている事にだ。
 確かに、今まで色んな事があったから、それを考えれば仕方が無いのかもしれない。

 レイナは、そんな目を見て意を決した。

 元々、嘘をつくなんてこと、思ってもいなかったからだ。だからこの場で!今すぐに!!自分自身の想いを伝えよう、と。

「わたし……わたしはあなたのこと……あなたのこと……が。」

 何度も何度も頑張って言葉に出そうとする。頭の中では、はっきりと言っているのに、頭の中のデジタル信号を、この仮想世界で声として発する事が中々出来ない。
 
 でも、 ついに、レイナは口に出す事が出来た。



「あなたの事が……あなたの事がっ!《ほっとけないのよっ!!!!!》」



 そう言った途端、彼女の背景(バック)には、某国民的漫画でよく使われている効果音?“どど~~~~~ん!!!”が、まるで この世界にも現れたか、と錯覚してしまった。

 レイナは息の続く限り、語尾を伸ばして、そう力説をしていた。

 そして、それを真正面から受け止めたリュウキはと言うと。

「……え? ほっ……とけない?」

 受け止めると同時に、リュウキは、ぽかーんとした、所謂呆けた表情をしていたのだ。彼にしては珍しい表情だろう。
 レイナは、もうそう言ってしまったから、その勢いのままに続けた。

「そ、そうなのっ! わたし、リュウキ君の事、何だか、ほっとけないのっ! すっごく心配なのっ!! だからここまで駆けつけてきたのーーっ!!」

 レイナは、顔を真っ赤にさせながら力説を続ける。勿論だが、内心では凄く後悔も同時にしているのだった。

 本心を、心の底の本心を、言っちゃいたかったのに、言えなかった自分が腹立たしい、と。

(うぅぅ……私……また、ちゃんす逃しちゃったのかも……)

 リュウキはそんなレイナの顔を見ていたら、嘘だなんて思えるはずもない。真剣に、嘘を見抜こうとして集中していた自分がまるで間抜けの様に思えた。そもそも、レイナ自身も嘘を言うような人間じゃないって言う事は重々承知だったんだ。だから リュウキは………。
 
「は………ははははは……」

 リュウキは笑顔になった。呆けた表情から一変、顔をふにゃりと和らげて。

「あはははははっ!」

 遂には大声で、笑い声が森の中に響き渡った。
 その笑顔は、正に歳相応のもので、いつもの感じが全くしない。言うならば、格好いいリュウキが、急に幼く可愛くなった。と言うイメージだろうか。

 この生死を分かつ場所で、場違いだと思える笑い声。

「……えっ? ええっ?? な、何か、おかしかったっ??」

 レイナは、見た事のない彼に、ただただ動揺するだけだった。

「あはは……、ゴメンゴメン……」

 笑いが止まらない様子だったリュウキだが、レイナが困惑しているのを見て、笑いから出た涙を拭った。

「久しぶりに笑ったよ。……多分、心の底から。……この世界にきて初めてかもしれないよ」

 リュウキは今の自分の変わりように驚きつつも、今の自分の事を冷静に見れている自分もいた様だった。

「……へ?」

 レイナは、そう聞いても只々キョトンとするしかなかった。

 そして、暫くして 今回の事をレイナから詳細を細かく訊いた。

「そう……か。オレはキリトにもレイナにも本当に心配をかけたんだったんだな。本当にゴメンな」

 リュウキはレイナに謝ってた。レイナは、キリトとのメッセージの取り合い後2人で会っていた様なのだ。自分の予想は外れていなかったけれど、そこまで深く心配されていたとは思ってなかった様なのだ。
 ……誰かに心配をされる事など、殆ど無かったから。


『リュウキは、何か背負っている。以前にレイナが言っていた通りだ。アイツは……、辛いその何か(・・)を。多分レイナと会ってそれを思い出したんだと思う』

 レイナは、そうキリトに言われた。だから、リュウキの力になってあげたかった。私と会って、思い出したって言うのなら、自分のせいでもあるんだからと強く思っていたから。

「いや、でも…… 私のせいじゃないって言ってくれたけど、……私といたせいで、その、思い出しちゃったんだよね? 謝るんなら……私にだってそうだよ」

 レイナは、そう言うと顔を暗めた。切欠が自分なのなら、と。
 だけど……、リュウキは首を振った。

「違う。さっきも言ったけどレイナは悪くない。オレに……その楽しさを教えてくれたんだから。……これはオレの問題。オレが乗り越えなければならないもの……だから」

 リュウキは、そう言い表情を強張らせてはいるが、精一杯の笑顔を見せた。

「リュウキ……君」

 女の子だから、レイナは、リュウキが無理をしている事、直ぐに判った。そして、何より、レイナはリュウキの姿を見て我慢できなかった。

 自分の方がずっと辛い筈なのに、それでも精一杯笑顔を見せて安心させようとするその姿を見たレイナ。
 母性本能が彼女を動かした。

 恥ずかしさとか、そんな気持ちは霧散し、レイナは 自然にリュウキの身体を包み込む様に抱きつき、抱きしめたのだ。

「リュウキ君……抱えこまないで……。苦しいなら……苦しいなら、はき出せば良いって思う」
「ッ………」

 突然抱きしめられた事。

 その事に驚いていたが、不思議と抵抗しようなどと思わなかった。

 レイナは、温かった。
 リュウキは心の底まで、温めてくれている。そんな感じがして、心が安らいだのだ。包みこんでくれている、ただ、それだけのことなのに心が落ち着く。温かさとその鼓動だけで、こんなに落ち着かせてくれるものなのだろうか。とも思えた。

 これまで、現実ででも支えてくれていたのは爺やただ一人だったんだけれど。これもきっと、初めての経験だった。

「リュウキ君は……あの時。初めてあったあの時、私の話を聞いてくれた……。今度は私の番だから。私……リュウキ君の力になりたい……から」

 レイナは抱きしめながら……そう言う。なぜか、レイナが涙を流している。
 自分のことの様に。

「………あ、ありがとう。レイナ……」

 リュウキは、そう言うと……訥々と始めた。

 忘れてはいけない。だけど……、全てを闇の底に葬りたいと思えた過去の記憶を。

 それは、彼女と自分の物語。


 

 

第56話 10年前



~10年前~

 今、過去の記憶が鮮明に蘇る。幼い頃だと言うのに、まるで昨日の事の様に思い出せる。

 リュウキがいたそこは、あらゆる分野で突出した能力を持つ少年達が集められていた施設。

《能力開発研究所》

 そう呼ばれている場所。

 そこでリュウキは育った。もう、物心ついた時には既に両親はいなくて、そしてその施設も 所謂通常の学校の様な活気が溢れているような場所ではない。それぞれが通常の歳の子供より遥かに知能の高い子供達。決して 馴れ合いはせず、ただ自分たちの能力を伸ばすだけの事しかしていなかった。

 そして、それが不自然だとか、おかしいとは思う子供は誰一人としていなかった。
 何故なら、それが当然で当たり前であり、自分達の小さな現実世界の中でも、当然の事 当たり前の事だと解釈していたからだ。


「さてとっ!」

 幼き日のリュウキは、目の前のコンピュータの前にある椅子に飛び乗ると、メインスイッチを入れた。
 自身の突出した技能は、多項目あったが、その中でもコンピュータ関係が飛び抜けていた。
 プログラミングを最も得意としているが基本的に何でも問題ない。
 システムエンジニア、サポートエンジニア、システム、セキュリティ、ネットワーク関連、そして 最近では、フルダイヴ技術も少々、オールマイティと言う言葉がこれ程まで当てはまる子供は居なかった。判らない事は直ぐに自らが調べて身に付ける故に、指導者も必要最低限しか要らなかったのだ。


「こんな感じ……かな。うんっ、ばっちりっ!」

 それはある会社に提供するシステム防御プログラムを解析した、ある程度の欠点と穴を潰し終えた所だった。 所要時間は、1時間程だった。だけど、その膨大なシステムの大波を、いとも容易く渡りきった手腕。ベテランプログラマーでも、半日は掛かりそうな筈なのに、彼はあっという間に終わらせてしまった。

「流石だ……。そこらのプログラマーとは比べ物にならないな」

 目を見張らせながらリュウキの事を見ているのは、ここの所長である狭山。
 その仕事は主に所長がもってくるものだった。その出来具合を確認するのも所長だった。

「そうですね。坊ちゃんは、……彼はすばらしい。亡きご両親もきっと……」

 その隣にいるのは、リュウキの日常生活の世話をしてくれる人がいた。

 名を、《綺堂源治》。

 そう、後のリュウキが爺やと慕う人だ。その2人をよそに、再びコンピュータの操作を始める。確かに1つの仕事がが終わっただけで、今ある仕事が全て終わった訳じゃないから。


 その後数時間、…ぶっ通しで作業を続けた。


「……そろそろ、休憩にしてはどうでしょう?」

 時折様子を伺いに来ていたのは綺堂だ。いつまでも手を休めないリュウキを見かねて、肩を叩いた。確かに知能が高いとは言え、まだ 育ち盛りな子供には代わりない。無理してるとは思えないけれど、自覚症状が出ていないのであれば、危険だから。

「ん~。そうかな? ……うん、そうだね、わ、もうこんなに時間、経ってたんだ?」

 リュウキは、今の時間を確認して、驚きつつ 頷いた。
 この施設の中で、リュウキは綺堂だけには凄く信頼をしているか。この施設において彼だけが沢山自分の話を聞いてくれる、話をしてくれる。……そして、色んな世話をしてくれる。

 そして、何より笑顔で接してくれる。

 リュウキ自身は、初めは邪険をしていた時もあった。でも……それでも、離れずに自分に構ってくれていた。だんだん、リュウキの心の中に入ってきてくれたんだ。だからこそ、リュウキも心を開くことが出来た。

「うんっ。言うとおりにするよ! こーんなに、時間経ってたんだねー」
「はい。そうですよ。一度お戻りしてはどうでしょう? ……美味しい料理を振舞いましょう」

 綺堂は、リュウキに向かってニコリと笑みを見せた。リュウキは、その顔が一番好きだったんだ。

「え! ほんとっ!? うんっ! 帰るよっ!」

 リュウキはそれを訊くと、ピョンっと立ち上がり その手をつかむ。

 その光景は、子が親に飛びつくそれと全く違わない。

「ははは。はい。帰りましょう」

 綺堂は、手を握り返すとこの施設を後にしたのだった。






~深夜 能力開発研究所~



 夜も更けり、この施設で活動をする者は誰もいなくなった深夜の事。

「くくく………。やはり素晴らしいな……彼は。おっと電話か」

 施設の所長室にて、そこに一本の電話がかかってきた。

「はい……。例の件ですか? ……はい。大丈夫です。期限までには 絶対に」

 ニヤリと笑みを浮かべながら話を続けた。それは、綺堂の笑みとはまるで違う笑みだ。

「……はい。そうですね。彼の能力の高さはご存知でしょう……? はい。……確かに」

 所長の表情は更に一段階増した。禍々しい笑みに。

「その件は大丈夫……。もう一人……彼と彼女なら、大丈夫でしょう。強力な防御システム、そしてその完成も……。はい。大丈夫でしょう。ハッキング・プログラムにも……。強力なコンピュータ・ウイルスにも……。全てに転用できます。そして……何よりも……あの研究にも、多いに役立つでしょう」

 途中からの言葉。不穏な気配がする言葉だ。

――ハッキング、ウイルス。

「大丈夫です。お任せください……。はい。それよりも例の件……大丈夫ですよね?」

 その後、表情がは歓喜のものに変わっていた。どうやら望み通りの結果が得られたのだろう。

「……おおお。それは良かった。はい……。ええ」

 そして……その後5分程たって。

「ありがとうございます……。例の口座によろしくお願いします。……では、後ほど」

 それを最後に電話を切った。

 


「くくく………。とんでもないモノになったものだ。」

 ニヤリとしながら椅子に腰をかける。そしてタバコを取り出し咥え、火を着ける。

「だがしかし……これ程大きな商談になるとはな……。まぁ 研究の内容を考えたら……当然だが」

 笑みが、全く崩れない。どうやら、顔が破顔する程の商談だったのだろうか。その後も……彼の表情は歪みっぱなしだった。邪悪な所長のその素顔。その本性は施設の誰も知らない。
 その本性がわかった時、悪夢と言う名の仕事の始まりでもあった。




~更に数日後~


 能力開発研究所にて。

「ん………」

 リュウキは、今日もいつも通りコンピュータの前に座って作業を続ける。いつもと何ら変わらない一日だった。

「……あれ??」

 ディスプレイの端にアイコンが現れた。誰からか、メッセージが届いたのだ。

 差出人には、≪Sunny≫とあった。

 聞いた事の無いHNだった。

「……S、u、n、n、y。さにー、サニーだよね? それとも太陽? えっと……誰だろう?」

 メッセージが来るとすれば、それは能力開発の一環で行っている仕事。企業への連絡確認のみである。だから、大抵は会社の名前が差出人で、そもそも、自分にメッセージを送ってくるものでHNを使った相手は殆どいないんだけれど。
 何より、差出人がHNなのも初めての事だった。ネットゲームならまだしも。

『――……始めまして RYUKIさん。私はSunnyです。この度、貴方とお仕事を共にすることになりました』

とメッセージにあったのだ。そこから下の文は今回の仕事の内容について書かれていた。

「……あれ? ええっ! あの話本当だったんだ!?」

リ ュウキは所長に今朝方言われたことを思い出した。

『――……今回の仕事はかなりの大仕事だ。終える……だけならば、君だけでも良いのだが、時間的に不可能と言う結果が出たのでな。だから、君と同等の技術者との共同作業になりそうだ。本人にその旨は伝えてあるからいずれ連絡が来ると思う。頑張ってくれたまえ』

 との言葉だ。これまでは、仕事は自分ひとりで行っていたし、その量も十分一人で問題なかった。問題ある分は、育ち盛りな年頃だから、身体のケアである。
 その点は綺堂……爺やが施してくれる。
 だから、問題なくこなしてきたんだけれど。

「うん……でも、これって面白そうかもっ……! 誰かと、なんて こんなの初めてだよ」

 リュウキは心弾んだ。誰かとの共同作業なんて初めてだから。同じ志をもって、一緒に出来るなんて。それは、PC上の事だったが、リュウキにはどちらでも良かった。

「よろしくー……っと送っとかないとね……、サニーに!」

 リュウキは、サニーにその旨を直ぐに伝えた。その後の2人である程度やり取りをした。
 勿論それは、システムに関して、コンピュータ関連の内容が主だった。

 でも、仕事の合間、稀にネットワークゲームについても。お互いに大好きだったんだ。
 だから、それらのやり取りでサニーとリュウキが意気投合していくのは時間の問題だった。



~数日後 能力開発研究所~


「ふぅ……。」

 リュウキはPCの前で一息ついていた。今回の期間で所長に頼まれた仕事の内容。其れは確かに大変なものだった。
 動物を利用した研究と言う風に聞いていた。後にそれは主に医療関係に携えるものだと。

《フルダイブ技術》

 その技術の応用のものだった。茅場晶彦と呼ばれる天才が研究している技術。それは8割以上完成している様だ。
 その技術開発は自身も参加しているものであり、今回の医療関係も問題ないと思っていたけれど1人で出来ると思ったことが甘かったと痛感する。だから、彼女と同時進行で始まったものだった。

「うん。確かに、凄いね……これ。確かにこれが完成したらきっと……うん、間違いない! 今の医療もかなり進歩するよ……特に先天的に目の不自由な人には、正に奇跡的だと思う。夢の世界だよ。擬似的とは言え光を見る事が 感じることができるんだからっ! ……ん? あれ?」

 リュウキは、目を輝かせながら言っていたんだけど……、直ぐに表情をキョトンとさせていた。

「僕って、何でこんなに夢中になってるんだろう? ……別に、医療関係に興味があった訳じゃないのに、いつの間にかのめりこんじゃったんだ? 確かに凄い物だとは思うんだけど……ん~」

 リュウキは腕を組んで考え込んだ。その事に驚いているようだ。
 今まで、興味のないものには見向きもしなかったし、自分でも理解できるから。

「ほほほ……。全てのテクノロジーに共通してますからな。坊ちゃん……」
「わぁっ!」

 そんな時、いつの間にか、後ろに立っていたのは綺堂だった。

「もぅ……爺や、驚かせないでよ」

 リュウキは、ちょっと膨れながらそういった。
 最近では、綺堂のことを、爺やと呼んでいる。そして綺堂もリュウキの事を坊ちゃんと呼ぶようになったのだ。単純な呼び合い方だけど……リュウキが信頼しきっているのが判る。

「でも、そうなのかな?」

 リュウキはそう訊いた。
 それを訊いて綺堂はニコリと笑って続ける。

「はい、そうです。全て繋がりますよ。坊ちゃんが大好きなネットゲームもそうですし、医療でもそう、それに果ては宇宙開発にいたるまで。全て分野において分かれているだけで 制御は到底人間の机上の論だけじゃ追いつきませんからな…… 色々な事で制御をするのにコンピュータを使用するでしょう?」
「あ……確かにそうだけど……。どんな公共機関でも……コンピュータ置いてるし……。もう、それ無しじゃ生活にも影響が……んん? じゃ、僕のほんと好きなの根源は、分野……の前に、コンピュータが好きって事? 所謂、機械好きって事なのかな??」

 そう言いながら目の前のコンピュータを触った。いつもの感触だ。
 冷たいけど、熱もあり、そして鼓動も感じられる。
 確かに……コンピュータと共に成長をしてきたとも言えるから、何処か納得することが出来た。

「ほっほっほ。そうなのかもしれませんな? コンピュータ上で仕事をする以上は好きになるのかもしれませんよ?」

 綺堂はそう言って笑っていた。リュウキが愛しい様にコンピュータを触るのが、微笑ましかったようだ。そして、その表情は 自分に向けてくれているものと同じものだから。

「ん~~。ん? ……でも、僕は争いは嫌いだよ爺や!? その……戦争っ……とか、そんなの嫌いだもん。そんなのでも、コンピュータを使ったりしてるんでしょ? えっと……みさいる、とかさ?」
「ああ……確かにそうですね、そのとおりでございます。ですが、その辺りは大丈夫でしょう?」

 そう言うと、綺堂は胸を張りつつ、リュウキの肩を叩く。

「坊ちゃんの傍には、私もおりますし、坊ちゃんも本当に嫌っておれば見向きもしませんよ」

 そう言い終えると、肩を叩いていた手を、リュウキの頭に乗せて撫でた。

「あ……ははは。そうだね。うん、きっとそうだよね!」

 リュウキは笑顔になっていた、

 そして、再びメッセージが届く。

「あれっ……サニーからだ。どうしたんだろう……、今日は特に何もなかったと思うけど……、あ、仕事の事じゃなくって、ゲームとかかな?」

 リュウキは再びPCの画面に視線を移した。


 何気なく開いたメッセージ。その行為自体は、いつもと変わらない。
 だけど、全然違うのは、そこに書かれていた内容だ。

 綺堂は、ゲームの事であれば、とリュウキから離れていた為、見逃してしまっていた。

 全ての悪夢の始まりを……。
 

 

第57話 悪夢の仕事


~現代 アインクラッド 第51層 愚者の森~

 場面は、現在に戻る。
 レイナはリュウキを包み込むのを解放していた。
 それは恥かしくなった、と言うのもあるが、彼のことを真剣に聞こうとしたからだ。

「……サニーのメッセージ。それは今の仕事について書かれてた。その……仕事の【裏】の事が書かれていたよ」

 リュウキの表情は暗い。だけど、傍にレイナがいてくれたおかげで、こんなにも心が強くあれた。……闇の内を話すことが出来た。リュウキは今そう思えるんだ。

 《あの時》の記憶を呼び起こそうとしているのに、安心出来たから。


■裏の話■


 それは、システムの流用の事だった。これは正規に依頼されたものじゃなく。あくまでその医療の目的は表向きのものでしかなかった。

 サニーは、依頼者と会った時から良い印象じゃなかったらしい。

 サニーがいる場所。リュウキと同じような施設の所長の電話を聞いたらしいのだ。その下卑た声を、確かに訊いた。……だけど、訊けたのは、一部分だけだった。詳しいことは判らないが、ただ悪い事をしていると言う事だけは理解したのだ。そこでサニーは、所長のコンピュータにハッキングを施した。

 本当の目的はなんなのか?

 依頼者とのやり取りの記録等、隅々まで調べた。……一体今回の事、今回のシステム開発で何をしようとしているのかを。



「レイナ。フルダイブの技術は……。後の後継機のこのナーヴギアの電子パルスのフォーカスを脳の感覚野に限定して照射してから仮想の環境信号を与えている。と言うのは知ってるか?」

 リュウキは、自身の頭を指差す。
 現実世界で、頭にある筈の代物であるナーヴギアを指差して、レイナにそう聞いた。

「うん……。私も少しだけなら聞いているよ。お姉ちゃんとも調べた事もあるから」

 レイナは頷いた。
 このゲーム、ハードは、彼女の兄がしきりに誘っていたんだ。説明を受ける内に、これは一体どういうもので、どうやってこの環境を生み出しているのか?
 凄く気になったんだ。
 元々、レイナとアスナ、2人とも勤勉な性格だったから知りたい事は知りたかったんだ。だから、調べてみた。
 100%理解したか、と言われれば首を横に振るが、大体の構造、現象は理解出来たつもりだった。

「なら、話は早い。……ナーヴギアのその枷を取り払ったらどう言う事になるか。想像出来るか?」
「え……? か、枷?」
「ああ。……脳の感覚処理以外の機能を……、思考から感情、記憶まで制御できる可能性があるって事だ。……その為にはかなりの高性能の演算能力を用いたコンピュータ。そしてそれを昼夜問わず制御する為のシステムの構築。それが必要だった。……オレ達技術者はそれの為に利用されたんだ。話によれば、普通の技術者より、オレとサニーだけで、数年分のカットが出来るらしいんだ」
「なッッ!」

 レイナはその言葉に絶句した。
 人の感情にまで、制御をする?
 そんな事をすれば、その人がその人でなくなる事だってある。更に、自分の記憶、これまでの思い出、それを操作なんかされたら……擬似人格だって埋め込む事が出来る。

 何より、大切な思い出を奪われてしまう事だってありえるんだ。

 殆ど、ファンタジー、SF世界での話だと思えるが、それが実際に出来るとしたら?とてつもなく、恐ろしい研究だという事、それは直ぐに理解する事が出来た。

「そ……そんな事赦されるはずがないっ……。そんな……そんな事をするなんて……」

 まるで、悪魔の所業とさえレイナは思えていた。人が人を殺す、そんな研究にも絶対に匹敵する。
 他者の手で、誰かを制御するなんて、同じ人間の所作じゃないから。

「……勿論だ。オレだって、レイナと同じ気持ちだった。……だけど、サニーに言われるまで気がつかなかったんだよ。……ただただ大好きなコンピュータと遊んでいるだけの子供だったんだ。ぬけていたって事だ」

 リュウキはそう言って苦笑いしていた。そして、リュウキは一頻り笑った後、目つきを鋭くさせた。

「……だから、今回の件、潰してやろうって思った。正義面したこれまた子供っぽい理由で……さ。サニーとは、仕事以外でも内密に連絡しあってね……。システム構築の一環で全てを破壊するプログラム。コンピュータ・ウイルスも2人で同時進行で作ってた。その研究の全部台無しにしてやろうって考えて……。連鎖を起こす事が出来れば裏にいる連中達にも広める事が出来る。……オレは、オレ達は何でも出来るって思ってた……」

 目つきを鋭くさせていた後、リュウキは表情を暗めていた。

「……でも、やっぱりたった2人だけじゃ厳しかったんだ。今回のその仕事に携われる時間、期限も迫っていたから。……だから オレ達はある事をした。それが……ネットワーク上でのコミュニティーだよ」

 リュウキは苦笑いしていた。

「え……? それって、ゲーム内でのチーム……所謂、ここSAOで言うギルドみたいなもの?」
 
 レイナはそう聞き、リュウキはその言葉に頷いた。

「その通りだよ。コンピュータ関連。ITに強い者で構成された場所で、そこで仲間を募ったんだ。勿論、ちゃんと素性は隠しながらね。自分達もそうだけど、今回の仕事の事も」

 そこで、何人かの仲間が出来た。等しくコンピュータに詳しく話もわかる。リュウキとサニー。2人には心強い仲間が出来たと内心嬉しかった。特にリュウキは、今回の事 綺堂にすら話をしてはいない。
 心細いとも思っていたのだ。

 綺堂の事を疑っていたわけじゃない。疑いたくも無かった。爺やと呼ぶ相手を疑いたくなかったんだ。だけど、ウチの所長と綺堂は、よく一緒にいるから……、どうしても言えなかった。

 少しでもバレる危険性があるなら回避する事には越した事は無いし、何より自分なら何とかできる。自分とサニーの2人なら何とかできるって思っていたんだ。

 だけど。

「……話も着々と進んでさ、そして、ある程度信頼出来たと思って、打ち明けたんだ。今回の事……。皆驚いていたけど、皆 賛同してくれたよ。そして、仲間たちと実際に会う約束もした。だけど……そこで会ったのは良く知る人だったよ。……オレがいた施設の所長とサニーがいた施設の所長。そしてその後ろに、多分無関係を装って集っていた仲間達、いや、オレ達が勝手に仲間と思っていた奴ら(・・・・・・・)がいたんだ」
「ッ………」

 リュウキのその言葉は一番重く、暗いものだった。

 そして、同時にレイナはわかった気がしたんだ。

 なぜ、リュウキが一人を好むのか、どうして、頑なにソロを貫くのか。どうして、時折ギルドの皆を見て……悲しそうな顔をするのか。なのに、どうしてギルドに誘われても入らないのか。

 そして、フードを被って自分を偽ろうとするのか。全ては、その過去に繋がっているんだ。

『……仲間が信じられない』

 それは、彼の脳裏に刻まれてしまった。

「……これでも、大分変わったと思うんだけどな。キリトとも、パーティを組んだ時もあるし、……BOSS攻略でもそう。オレは結構参加しているだろう? 別に問題ない」

 リュウキは、レイナに笑って聞かせる。
 レイナの表情から、何を考えているのか、リュウキは大体理解出来ていた様だ。

 でも レイナには、その表情は、ただ無理に笑顔を作っている様にしか見えなかった。

「でも当時オレは……、とても驚いたよ。何故なら、全部……全部ばれていたんだから。かなり慎重にしていたつもりだったんだけど……。ネットワーク上では兎も角、子供が大人に隠し事なんて、直ぐバレるんだって思い知らされた」

 リュウキは……更に表情を暗めた。同時に後悔の念も醸し出していた。

「……当然さ、連れ戻されたよ。内容を知った時点で、粛清の可能性もあったと思うけど、オレ達の能力がそれ程必要だったらしい。……完全に監視された。……メールのやり取りとかも全部。だけど、所々穴はあってさ、……少しなら サニーと話せたけれど……。連中のサニーの方への仕打ち。それが酷かったらしいんだ」

全体的に、リュウキの能力より、サニーは少し劣っていた。だからか、必要以上に制裁を加えていたらしいんだ。
例え、サニーが《壊れてしまっても》リュウキはいると考えていた様だ。そんな絶望的な状況だったけど、サニーは、必死に抗った。悪魔の仕事を終わらせない様に、その場所でたった1人ででも、抗い続けたんだ。
 だからサニーは。

「最後のやり取り、……メールの内容がこうだった。オレが『守ってあげられなくてゴメン……』って送ったのに対して……、サニーは、『大丈夫……大丈夫だから……。私は駄目かもしれないけど……リュウキは抗い続けて。こんなの……こんなの絶対認めちゃ駄目だから……』と返ってきたよ。……それ以降、サニーとの連絡は全く取れなかった。……取れなくなったんだよ」

 リュウキは、この時表情はそのままに……涙を流した。

「リュウキ君……」

 レイナは何も言えなかった。だから……だから……。

「リュウキ……君……」
「ッ………」

 泣き続ける彼を、いっぱい、精一杯抱きしめる事しか出来なかった。

 

 

第58話 やっぱり理解できませんでした


 レイナはまた、抱きしめてくれた。包み込んでくれる優しさを、感じていた。

「……ありがとう。本当にありがとう、レイナ」

 リュウキも、レイナを抱きしめ返した。
 本当に安心出来る、温かく柔らかい。レイナに包まれている今が、この世界で一番、安心出来た瞬間だった。

「君に会えて、本当に良かった……」
「私も……リュウキ君と出会えて良かった。……ほんとに嬉しかったんだよ。……でも、辛い事なのに……ゴメンなさい。無理に言わせて……」

 レイナは、リュウキを抱きしめる力を上げた。自分でもリュウキに何かしてあげられる。そう思えたら……嬉しくも思えたんだ。レイナは沢山、リュウキから貰っているから。

「……そんなこと無い。話を聞いてもらって……レイナの言うとおり、全部言えて良かった。……軽くなったよ。ありがとう」
「そう……良かった。私でもリュウキ君の為にしてあげられる事があって良かった……」

 そう言うと、レイナも自然と涙が出てきた。

 そして、今までの事を思い返した。

 この世界にアスナと一緒に、囚われて。……そして 自分をずっと責めていた。そして、大切な、大好きなアスナと別れた時期もあった。

 そんな時、彼が助けてくれたんだ。
 
 この世界に来て、暗い事ばかりじゃなかった。優しく、暖かい事もあったから。 



 そして、暫くレイナはリュウキを抱きしめていて。

「レイナ。もう良いよ。落ち着いた、落ち着けたよ……」

 リュウキが、そう言った。その言葉を聞いたその瞬間!

 本当にボンッ! と言う音がしたかと思えば、レイナの顔が真っ赤に染まった。
 それは、まるで火炎系の攻撃を、或いはブレスを顔面に直撃したかのように熱く燃え上がってし待ったかの様だ。《リュウキを抱きしめている》 その事実を、レイナはそれを改めて実感したようだ。
 先ほどまでは大丈夫だったのに、今更だと思えるけれど。

「わっっ!!! わあああっ///ご……ごめんっっ!!」

 レイナは、頭で理解すると、即座に離れた。リュウキは、そんなレイナを見て首を傾げる。

「……謝らなくていい。と言うより、オレはレイナに感謝をしているんだ。レイナは、安心させてくれたんだから。……礼しか出ないよ」

 リュウキは、そう言って微笑んだ。
 更に更にレイナは顔が赤くなったが、この行為、抱きしめると言う行為。それは、リュウキにはそう写った様なのだ。確かに間違えてはいない。でも、好意を感じてくれてなかったのかな、と残念にも思えたのだ。

(――……ううぅ……、こ、このまま恋愛にまで発展させ……。あっ! いやっ そ……そんなつもりはないけどっ!)

 ……レイナは、誰かに言い訳するわけじゃないんだけれど、そう思ってしまっていた。だけど、やはり 心が弱ったところに漬け込むなんて真似……好きじゃないのは事実だった。そう、やっぱり最後はお互いに、好き同士じゃないと駄目だと思っているのだ。

「さて……」

 リュウキは、辺りを視渡した。随分とこの場所で無防備な姿でいた訳だ。この場所はダンジョン。危険エリアなのだから。周辺に危険が無いかどうか、それを確認したその時。

「……ッ!」

 リュウキが周りを視渡した結果。周囲にモンスター達が集まってきていた事にいち早く察知した。

「……リュウキ君?」

 だが、レイナは気がついていない。隠蔽(ハイディング)スキルを最大限に活用している様だ。
 森のその奥から、相手の攻撃が遠距離攻撃である咆哮(ブレス)が飛んできたのだ。

「レイナッ!!」

 リュウキは、レイナを抱きかえ、素早く横へ飛んだ。その瞬間、レイナの居た場所が風の刃が飛び交う。空気を切り裂く様な一撃が頭上を掠めた。

「きゃあっ!!」

 レイナは、いきなりの事で驚いていた。が、彼女もこの世界の最前線で戦っている身であり、歴戦の剣士だ。直ぐに冷静さを取り戻し、状況を理解した。

「……周囲10m範囲内に20、いや、隠れているが、30はいるな。この場所でここまで来るのは想定外だ」

 リュウキは再び周囲を視渡した。なぜ モンスターの軍団が集まってきているのか、それは解らないけれど。時期的なものなのか、何らかのトラップだったのか。
 はっきりとした事は解らないがこの層では随一のモンスターの群だと言う事だ。

「……いきなりだが、レイナ。背中を任せられるか?」

 リュウキは、下ろし背後にいるレイナにそう聞いた。レイナは力強く頷く。

「任せて……! さっきは、気付けなくて、ドジっちゃったけど! 大丈夫。リュウキ君に見てもらいたいから。成長した私をっ!」

 レイナは、ゆっくりと腰に携えていたレイピアを引抜き構えた。

「……OK。頼む」
「うんっ!」

 2人はモンスターと向き合った。リュウキとレイナの2人の剣舞。

 それはまるで名の通り舞を踊っているように鮮やかで、そして リュウキの動きに合わせて攻撃を出来るレイナも相当な腕前になっていた。トップギルドの名に恥じない程の腕だった。現れたこの層随一の数のモンスター。

 それも囲まれている状況での大軍団。それをものの数十分で仕留めきったのだった。



「ふぅ……。やっぱり リュウキ君はすごぃなぁ……あの数なのに、殆ど疲れてないみたいだし……」

 レイナは、軽く肩で息をしながらリュウキを見て呟く。パラメータ的には問題ない相手だったけれど、数が多すぎる。神経を削られた様で、やや疲弊してしまったのだ。

「……レイナも良かったよ。さすがはトップギルドの副団長補佐、だな。」

 レイナの肩を叩いてそう言った。すると、レイナは花開いたような笑顔になった

「ほんとっ……? 私、成長したかな?」
「ああ、間違いない。……保障するよ。見事だった」

 リュウキは笑顔でそう答えた。リュウキは本当に自然に笑顔になる事が出来たようだ。
 レイナはその事を自分のことの様に嬉しくて、それで何だかくすぐったくて、何よりも、とても嬉しい……。

「嬉しいよ……。ありがとっ」

 レイナも、めいいっぱいの笑顔をリュウキに見せた。

「ははは……。評価するなんて、偉そうに言うつもりなかったが……それに、何か大袈裟な気がするけど」

 リュウキはそう答えていた。
 
 2人はこの後もレイナにギルドから連絡が来るまで暫く行動を共にしていた。このパーティで暫くは、2人の笑顔が絶える事は無かった様だ。

「じゃあ、……時間だから」

 レイナは、名残惜しそうに……そういった。場所は第55層のグランザム。リュウキはそこまでレイナを見送っていたのだ。

「……ああ」

 リュウキも手を上げた。名残惜しいのはリュウキも同じだった様だ。それはその表情に現れていた。

――……次はいつ会えるだろう……?

 レイナはこの事で頭がいっぱいのようだ。

「また……またな。レイナ」

 リュウキは、レイナにそう言った。
 ずっと……いつ会えるか?の言葉でいっぱいだったんだけれど。その言葉を聞いていただけで……十分だと思えたのだ。
 いつだって、きっと会えるんだって……、安心できるから。

「うんっ// ……今度会うときは、料理! 振舞ってあげるからね?」

 レイナは手を振った。
 リュウキも、楽しみにしていると一言、そして、互いに別れていった。




「……レイナ、か」

 リュウキは、帰る道中に考えていた。それはレイナの事。
 彼女は、自分のことを『ほっとけない。』と言っていた。それは、なぜだろうか?自分が頼りないから……だろうか?

「ふむ……。確かに、戦場のど真ん中であんな事になったら、誰でもそう思うかな。事の顛末はキリトに聞いたらしいし」

 リュウキはそう結論づいた。でも……何だか、体の芯の方から何かがこみ上げてくるような感覚に見舞われる。上手く言えないが、バイタルデータが、心拍数が、やや増している様だ。強く、早く脈打つのを感じていた。

「………これ、なんだ?」

 益々よく解らないが、どうやら、体も火照っている様だ。

 レイナと会って、その事を考えると更に。抱きしめられたあの時も、そうだ。心拍数が増しているから、火照ったように熱くなるのは判る。
 ただ、何故そうなったのかは判らなかった。

「……爺やなら、何でか教えてもらえるんだけど……」

 リュウキは、ため息をはきながらそう呟く。自分が判らない事は何でも教えてくれていたんだ。
 でも、他にも方法はある。それは、ここアインクラッドの皆に聞くという事だ。攻略組に所属しているメンバーの中でも、気軽に話せる者は勿論いる。キリトとかクラインとか。

 だが、何故だろうか。
 キリトやクライン、アスナ、エギル、………皆に相談するのは何故だか嫌だった。

「相談しづらい……。なぜか解らないが、何となく恥ずかしい気がする」

 リュウキは、解らない気持ちはとりあえず、一笑し忘れようとしていた。
 そして……。

「さてと……、とりあえず 戻るか……、今日はゆっくり休みながら、……少し考えてみようかな」

 リュウキはホームへと帰っていった。いつか判るだろうと思いながら。

 

 

第59話 攻略の鬼と心の変化


~2024年3月6日 第56層・パニ~


 本日この場で……フィールドBOSS攻略の会議が行われていた。その数は大小のギルド多数の合同で行われている。戦力的には最前線において、全く問題ないほどの強力なメンバー達だ。
 其々のギルドの長は、殆ど揃っており 細かく分類するとすれば、攻撃部隊リーダー、守備部隊リーダーと、主力とも言える人物達も揃っていた。

 そして、会議の中心で、地図を広げているのが、トップギルドである血盟騎士団・副団長の彼女。

 彼女はこの会議の中心におり、その大きめのテーブルの上に広げていた地図を叩き、皆に聞こえるように大きな声で宣言した。

「フィールドBOSSを……村へと誘い込みます」

 栗色のロングへアー。その容姿は誰もが見惚れるもので、美しいという以外の言葉が見つからない程のモノ、現に彼女のファンだと言う者は、多い。……が、その凛とした佇まいから 高嶺の花として見られている部分が多い。
 そう、血盟騎士団・副団長のアスナだ。

 その言葉に場が困惑する。
 これまでの、フィールドBOSS戦では、村や街と言った場所へと誘い込む……などという事は行ったことがないからだ。
 因みに、その場所は危険地帯のど真ん中と言う事もあり、圏内という訳じゃない。だからこそ、その作戦には危険が伴うと思ったリュウキは。

「確かに、良い案だとは思う。……が、万が一にでも。ボス戦を行うにおいて、レベルの足りないプレイヤーが村にいたらどうするんだ……?」

 その会議の最後列付近で腕を組んでいたリュウキはアスナにそう聞いた。
 目立つような事は元々避ける傾向にあった彼だが、必要な事は必ず聞いているのだ。……必要な事以外はあまり話さないのは相変わらずだが。

「その点に関しては 心配ありません。その様な事態が起こらない様に、事前に我が