真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
プロローグ それは突然に
ここは何処?
私は誰?
「林正太郎。29歳の独身サラリーマンなのですが・・・」
「私・・・テンパってます!」
どこまでも見渡す限り真っ白な空間が続いています。
上を見上げると空は青じゃなくて雲も何もない真っ白です。
気づいたときにはここにいたのですが・・・
何でこんな変なところにいるのでしょうか?
「ああっ!これはゆ・・・夢だ・・・夢に違いない!そうだよ・・・そうだよ夢だよな・・・」
「死んだことに気づいていないようですね。林さん」
突然、後から女性の声が聞こえたので、驚いて振り向くと、そこには妙齢な女性が立っていました。
「申し遅れましたね。私は神様です」
「はぁ・・・」
「あなたは死んだのですよ。 林さん」
「死んだ?」
意味が分からず聞きかえしました。
「ええ、あなたは死んだのです。でも、わかります。突然のことで動揺されているのですね・・・。心配なさらないでください。誰でもいつかは通る道です」
女性は慈愛に満ちた笑顔で私に語りかけてきた。
「何いっているんですか?現にここにこうしているじゃないですか!」
「ここはあなたが今までいた現世とは違います。現世と霊界の狭間です」
「あなたように自分の死を自覚できない人は少なくありません・・・」
そういうと女性は手を自身の前に出すと、映像らしきものが投影された。
どうゆう原理か分からないが・・・。
映像は見覚えのある背広を着た首なし死体でした。
私の動揺はピークに達しました。
「こ・・・これ・・・私の背広です・・・。頭がない」
「ええ・・・あなたです。残念ですが手の施しようはないでしょう」
女性は哀しそうな顔で私の顔を見つめていた。
そんな私は死んだのか?
死んだ・・・。
「はは・・・悪い冗談ですよね・・・」
「いえ、あなたの死は事実です」
私の意識は暗転しました。
私はあれからしばらくして意識をとりもどしました。
そしてあの女性から説明を受けました。
彼女は神様であること。
私は泥酔運転手にトラックで跳ねられ死亡したらしいこと。
私の死は定められた死ではなくエラーだったこと。
なんでも私とは別の人が死ぬ予定だったらしい。
なら、生き返らしてくれといったのですが無理だそうです。
一度、執行された事象を戻すことはできないそうです。
悲惨な現実を突きつけられて落ち込んでいる私に、神様は提案を出してきました。
それは外史という人の強い想念がつくり出した世界に転生するというものです。
その転生先は三国志をベースにした「真・恋姫無双」というゲームの世界だそうです。
「えっ、マジ!」
つい私は聞き返してしまいました。
ゲームの世界に転生できること自体に疑問を抱いてしました。
「そんなことで悩んじゃいけませんよ。神様ですから」
そういう訳で私は「真・恋姫無双」に転生することになりました。
ただ、不安です。
転生後の私は「劉ヨウ」という武将です。
私は三国志好きなので知っているのですが、明らかに不幸街道まっしぐらです。
私の未来は孫策に倒されて逃亡先で病没ー
「あの、神様・・・。劉ヨウに転生って何かの罰ゲームですか?私が死んだのって、神様の事故でしたよね!」
神様のあまりの仕打ちにキレてしまいました。
「ほらほら、怒らないでください。申し訳ないですが空いている体が彼だけなのです。それに簡単に死なないように願い事を3つ叶えて上げます」
私は神様に促されるままに3つの願い事を叶えてもらいました。
1つ、「龍狼伝」の「黄尸虎」の能力と武器が欲しい。
2つ、「ルナ ~ハーモニー オブ シルバースター~」の「主人公アレス」が使用する「青竜の癒し」の能力が欲しい。
3つ、あらゆることを知る能力が欲しい。
神様から願い毎について一部を修正すると言われました。
1つ目の「黄尸虎」の能力のうち、呪われた鎧は物騒なので除外だそうです。
私もあんな気持ち悪い鎧はいらないです。
代わりに体を鋼鉄のように固くできるそうです。
ただし、連続稼動時間は6時間の制限があるそうです。
6時間経過後はこの能力は失われますが、この能力を使用した時間と等価時間の睡眠を取れば能力を回復できるとのことです。
武器である「 双天戟」は俺が5歳になったときに神様が届けにくるそうです。
次に3つ目の願いはアバウトすぎるので、神様から手の平に乗る位の水色の透明な玉をもらいました。
「これ何?」と不思議そうに玉を見ていると神様から説明を受けました。
この玉の中に私が死亡した時点のその世界の全ての情報を記憶してあるそうです。
欲しい情報を念じれば私にそれを見せてくれるらしいです。
このボールは私以外には見えないし触れないそうです。
3つの願い事を叶えて貰った私は今後のことを考えていると・・・
「それじゃ願い事も決めたことですし、転生をしましょうか?林さん、来世で幸せになってくださいね」
唐突に神様は笑顔で私に声を掛けてきた。
私の足下に穴が開いたかと思うと私はその穴に真っ逆さまに落ちました。
第1話 人生の始まりは幼児プレイ
エン州山陽郡大守役宅ー
神様に落とされた穴をやっと抜けることができました。
穴の中は真っ暗だったので、正直地獄に落ちているのではと不安でした。
延々とつづく闇って凄く怖いです。
地獄ではないようです。
無事、転生できたようです。
その証拠に、現在、私は笑顔の女性に抱かれています。
精神は29歳なので、この状況恥ずかしいですっ!
腕も、足も上手く動かないですし、喋ろうにも「あぶ、あぶぅ」と赤ちゃん言葉です。
赤ん坊だから当たり前なのでしょうが・・・。
この状況、鬱になりそうです。
私が鬱な気分になっているのとは裏腹に、私の眼前では見知らぬ人達が私を囲んで笑顔で思い思いに話しています。
「おめでとうございます。元気な男の子でございます。」
「おめでとうございます。奥様」
「本当にめでたいことじゃ!これこれ祝いの酒を持て」
「でかしたぞ!元気な男の子だ!判るか?私がおまえの父だぞ!」
「母上、おめでとうございます!」
「 義父上ありがとうございます。あなたはしゃぎすぎですよ。うふふ。燐もありがとう。皆もありがとう」
状況を把握できないのですが・・・多分、私を抱いているこの人が母ですね。
髪は栗色のストレートヘアーで、目鼻立ちは整っていて、綺麗なお姉さんです。
惚れてまうやろーーー!
こんな美人と一緒にいるのは、落ち着かないです。
祖父と父らしきこの人達は、多分、劉本と劉輿ですね。
劉本は青州平原郡般県の県令で、劉輿はエン州山陽郡の太守だったような・・・。
そして、姉の劉岱は将来、エン州刺史に任官されます。
先ほど「燐」と言われた女性が、劉岱のようです。
兄と思ったのですが、召使いが「岱様」といっていたのが聞こえました。
姉は黒髪のボブショートヘアーにした凛とした女性です。
今更ですが劉はエリート中のエリートなのだなと実感します。
劉の家は、遡ること高祖・劉邦の孫である斉の孝王劉将閭の末子の牟平共侯劉渫の直系の子孫です。
れっきとした前漢の皇族です。
家族の面々はいうに及ばず、叔父の劉寵は三公に4度もつく大物政治家です。
正に政治家一家といえます。
劉備のような自称・皇族の噂がある胡散臭い人とは一線を画していると思います。
でも、いくらエリートといっても「群雄割拠の時代」を生き残れなければ意味がないですけど・・・。
実際、姉の劉岱は黄巾の乱で戦死します。
そして劉も「バトルジャンキー」こと孫策と戦って破れ、逃亡先で病没します。
この世界は「 真・恋姫無双」なので、史実通りかどうか判らないです。
それでも幸せに家族に看取られながら、大往生することはないと思います。
はぁ~、鬱になります。
しかし、私には神様から与えられたチート能力があります。
これで幸せな第二の人生を謳歌してやります。
「ふふ、どうしたのかしら、 ボーーーとしちゃって」
気づいたら母が笑顔で私の顔を覗き込んでいます。
「おおっ、大事なことを忘れておるのはないか、蔵人よ」
「父上、何をですか?」
「父上、弟の名前が決まっておりませんよ」
「弟はがっかりしているのでしょう。自分の名前をつけてくれない父上に落胆したのではないですか?そうなのであろう弟よ」
姉は茶目っ気たっぷりの顔で、私に語りかけてきた。
「何っーーー!そうなのか我が息子よーーー!」
「名前なら既に決まっておるぞ、かわいい息子の名前を考えていないはずがなかろうーーー!」
テンション高めの父がおもむろに懐から二つ折りにした紙を取り出し、私たちに向けて紙を開いて見せた。
「名はヨウ、字は正礼、真名は正宗」
父はその紙に書かれている内容を意気揚々と読み上げました。
「我が息子よ、気に入ってくれたか?」
真名が正宗って、ここ中国だよね?
考えたら負けだ・・・
「気に入っておらぬようじゃな」
「そうですねぇ、お義父様。でも、何かに驚いているみたい。もしかして文字が判るのかしら?」
私を覗き込む2人。
鋭いなこの人達・・・。
「な・・・なんだとっ!節も父上も酷いぞ。そのようなことはないよな、我が息子」
雷に打たれたようにショックを受けた父は、直ぐさま立ち直り私に笑顔を近づけてきました。
面倒くさいと思った私は、笑うことにしました。
「キャッ、キャッ!あぶ、あぶぅ」
29歳の精神にとって、幼児プレイは苦痛です。
こうして私の新たな人生の第1日目は過ぎました。
後書き
どうでしたでしょうか?
誤字、脱字、変な言い回しなどがありましたらご指摘いただけるとありがたいです。
劉ヨウの今後なのですが、オリジナルルートを予定しています。
話は逸れるのですが、劉ヨウの父劉輿はエン州山陽郡の太守なので、曹操とゆかりの深い陳留とは一郡を跨いだだけなので、曹一族との接点とかあるかも等と考えてしまいます。
ただ、接点があったとしても劉ヨウの一族は清流派なので曹一族と仲が良いとは思えないですよね。
第2話 山賊狩りという名の戦闘訓練
幼児プレイを嫌という程満喫した劉ヨウです。
幼児プレイがトラウマになっています。
私の黒歴史を記憶から消し去りたい気分です。
現在、私は3歳です。
精神年齢は29歳を超えているので、今年で前世と通算して32歳です。
見た目は子供、精神はおっさんな私は同年代((肉体年齢))の子供と馴染むわけもなく、一人浮いていることが多いこのごろです。
暇つぶしに読み書きを祖父に習いました。
博識な祖父を家庭教師にするなんて贅沢ーーー
などと思っていた時期もありましたが、今では後悔しています。
元が日本人なので漢字には馴染みがあったためか、すんなり読み書きを身につけることができました。
「正宗は天才かもしれん・・・」
驚いた祖父は教育ママならぬ教育ジジとなって、私に日夜スパルタ教育をしています。
お陰で寝不足です。
「お爺々様、勉強が辛いので、休みをください。寝不足なんです」
あるとき、教育ジジにそういったことがありました。
「笑止、お前は非常の器じゃ!正宗、お前ならできる!甘えるでない!」
私の前世は凡人です。
精神年齢がおっさんだから凄く見えるように錯覚しているだけだと思います。
そんなことを言う訳にもいかず、教育ジジの熱い薫陶を受ける毎日です。
「お願いですから、休みをください!」
毎夜、月に向かって叫ぶことが多くなった気がします。
教育ジジの教育の賜物か、私の学力は3歳にして官吏レベルに達しています。
周囲からは神童などと言われています((神童なんて呼ばれなくていいから休みをください))。
姉の劉岱を超えるのではないかと言われ一躍時の人です。
ところで私の体力なのですが、流石といったところです。
既に「黄尸虎」の能力があります。
試しに鉄棒を槍代わりに庭の大岩を「振雷」で突いたら、凄まじい轟音とともにこなごなに粉砕してしまいました。
誰かに見つかると面倒だったので、逃げましたけど・・・。
あの後、賊の襲撃と間違われて大騒ぎになっていたのでドキドキでした。
自分の戦闘能力の高さに気づいた私は、私を不幸にする孫策を倒すための計画を立てています。
現状の私にできるのは孫策を倒すだけの戦闘能力を身につけること。
知識は教育ジジがいるので問題ないです。
戦闘能力を身につけたかったので、父上に武術の稽古をつけてくださいと頼んだら、もう少し大きくなったらなと笑顔でスルーされてしまった。
よくよく考えると劉の家系は文官系だから、武術を学ぶ機会が少ない感じがします。
父親が大守なので武官に出会う機会はあるけど、私が槍を教えてくれというと、遊び相手が欲しいと勘違いする方々が多いです。
姉上は洛陽で文官をしているし、母上にいっても本気で取り合ってくれないです。
私、3歳児ですから。
3歳児が武術を教えてくれといわれてら、私も本気にしないです。
ここで諦める私ではありません。
私のハッピーライフが掛かっているのですから!
山賊狩りをやることにしました。
周囲の大人の話だが、最近、山賊に襲撃される村が増えているらしいです。
罪もない人達を殺し、略奪を繰り返す彼らを野放しにできない。
それは建前です。
彼らには私の戦闘力向上に一役買ってもらうことにしました。
まだ、神様から「双天戟」を貰っていないので、武器庫の槍を一振り拝借して、山賊を襲っています。
初陣は最悪でした。
相手は5人程の小数でしたが、手こずってしまいました。
私は硬気功が無かったら死んでました。
必死で、山賊を全て殺害した後、あまりの気分の悪さに吐いてしまいました。
あの日のことは今でも忘れません。
毎夜、私が殺した山賊達の夢を見ました。
悪夢を見て怖くなって、父上と母上の寝所に潜り込んだことがしばらくありました。
母上は何も言わずに抱きしめてくれたのがすごく嬉しかったです。
そんな初な時代も過去にはありました。
今では、教育ジジのスパルタ教育のストレスを彼らにぶつけています。
襲撃は家族が寝静まったのを見計らった夜間にしています。
山賊も基本夜間に行動するので好都合です。
最近気づいたのですが夜目が効くようになっています。
チートですね私の体は・・・、それとも慣れでしょうか。
現在、私は山賊と交戦中です。
「ぎぁ、ぎゃああぁーーー!た・助けてくれぇーーー!」
「ひぃーーーひぃ逃げろーーー!」
「おっ!お前ら逃げるんじゃねぇーーー!」
戦闘開始から30分経過しましたが、300人程いた山賊は見る影もなく、壊滅に一歩手前です。
「お・・・お前は何もんだ・・・。た、頼む命だけは勘弁してくれ・・・」
山賊の頭らしき男が恐怖に引きつった顔で私を見ています。
私は体全体を覆うように麻袋を頭からかぶって目と口と耳の辺りに穴を開けています。
一見して怪しい人です。
「そう言った人達にお前は何をしてきた」
感情の籠らない声音でいいかえしてやります。
「やりたくてやったんじゃない・・・」
「しかたないで罪もない人達を襲うのか?」
「お前は・・・ただ、欲望の赴くままに生きているだけのウジ虫だ」
私は言い終わる前に山賊の頭の胸を打ち抜きました。
壊れた案山子のように崩れ行く山賊の頭を見た、山賊達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました。
「頭が、頭がやられたーーー!逃げろーーー!」
「ば、ばぁ、化け物だーーー。こ、殺されるーーー!」
山賊の殲滅をしていましたが、一人なので全ての山賊を殲滅できませんでした。
でも、逃げた山賊は小数でしょう。
殲滅できなかったのが悔やまれます。
粗方の山賊を殲滅した私は、奴らが襲っていた村を訪れました。
「酷いな・・・」
村は酷い有様です。
家は焼け落ち、倒壊している家もあります。
あちこちに怪我人も大勢います。
「い、泉っ!しっかりしてっ!」
倒壊した家の辺りで中年の女性が必死な声を上げていた。
近づいてみると子供が怪我をしているようでした。
私に気づいた女性は私を睨みつけます。
私が山賊と思っているでしょうか?
見た目は怪しいですが、私が山賊な訳ないと思います。
それはさて置いて子供の怪我を治すのが先決です。
「私は山賊を追い払った者です。子供を助けたくはないのですか?」
「私ならその子の怪我を治せますよ」
睨みつけていた女性は私がそのことを告げると、いきなりしがみついてきました。
「ほ、本当ですか?本当に治せるのですか?何でもします。お願いですから娘を泉を助けてください」
「痛いです。わかりましたから離してください。」
私はその女性を振りほどくと彼女の娘の側に駆け寄りました。
女の子の腹には明らかに致命傷な深い傷がありました。
普通なら間違いなく死んでますね。
ですが、私はチートです。
神様から貰った傷を治す能力を使えば、あらこの通り治ってしまいます。
私が女の子の腹の傷に手をかざすと、その手が目映い光を放ち傷が治りました。
この能力は初めて使いましたが、グロいです。
傷が、ビデオ映像の逆再生ように元に戻っていっていました。
凄まじい能力です。
私の隣で様子を伺っていた女の子の母親は驚愕していました。
「うぅ、うう、お・・・おかあさん・・・?」
おや気づいたみたいです。
私は退散するとしますか・・・。
そういえば他にも怪我人がいましたね。
序でに、他の方達も治療しようと思います。
あの女の子だけじゃ不公平ですから。
あれから一時間、やっと怪我人の治療が終わりました。
早く帰らなれば・・・。
教育ジジの授業の前に、少しでも睡眠を取らなければ死にます。
「「お待ちください!」」
家に帰ろうとする私でしたが、村人に制止されてしました。
村人の中から村長らしき人物が前に出てきました。
「見ての通り・・・お礼を差し上げようにも何もございません。」
「せめて命の恩人のあなた様のお名前だけでもお教えくださいませんでしょうか?」
「・・・」
う~ん、面倒です。
私は名前を売るために山賊狩りをしている訳じゃないです。
「私は正義の味方だ」
悩む私を見て村長が訝しんでいたので、咄嗟に言ってしまいました。
自分で言った事ですが、ネーミングセンスがない。
それどろか恥ずかしいじゃないかーーー。
私は一目散に村を離れ、家路を急ぎました。
第3話 母上危機一発 前編
山賊狩りと教育ジジのスパルタ教育を頑張っている劉ヨウです。
とうとうやってきました。
私は一週間後に5歳の誕生日を向かえます。
神様から「黄尸虎」の武器である「双天戟」を貰えます。
誕生日に約束通り持ってきてくれるか不安です。
転生して以来、一度もあっていないので心配です。
最近、私が嵌っていることがあります。
それは「気」です。
硬気功を操れるので、他のことができないかと試行錯誤をしていました。
結果はあんまり芳しくないです。
ただ、「振雷」の威力を上げることには成功しています。
その技は「振雷・零式」と命名しました。
「振雷」を使うときに硬気功につかっている気を槍に伝達させるという荒技です。
威力は凄まじいの一言です。
人里離れた森の中で試したのですが、森の木を直線上に数百メートル先までなぎ倒してしまいました。
問題は普通の槍では、威力に耐えられず槍が壊れてしまうということです。
「 双天戟」なら威力に耐えられるのではと思っています。
当面は、この技を封印しようと思います。
そういえば父上の領内で変な噂が立っています。
夜になると「正義の味方」と名乗る麻袋の怪物が山賊を殺しまくっているという話です。
その上怪物は、山賊に襲われた怪我人を不思議な力で治療するそうです。
領民からは山の神だとかいろいろと憶測が出ているらしいです。
・・・・・・・・・。
それって私ですかね。
ええ、多分そうだと思います。
山賊の間では怪談話になっているそうです。
うーーーん。
話は逸れるのですが、気になる事があります。
母上が変なのです。
私のことを監視しているような気がします。
まさか、私が山賊狩りをしていることに気づいたとか・・・。
ないない、あるはずがない。
私が夜間外出しているのに気づいたとかでしょうか。
それならありうりますね。
でも、確信が持てませんね。
しばらく大人しくして様子を見ることにしますか。
山賊狩りをやっていることがバレたら、止められるのが目に見えてます。
「本当にしょうのない子ね」
私の心配の種は正宗です。
その心配事とは、 正宗が、毎夜、私達が寝静まったのを見計らって、外出していることです。
このことを知ったのは、屋敷の召使いがたまたま見かけたことが切っ掛けでした。
その召使いは正宗のことが心配で、後を追いかけたが見失ってしまい、私にその事を報告にきました。
私は召使いに口止めをして、下がらせました。
明け方には正宗は戻ってきて、いつも通り義父上の授業を受けていました。
毎夜、毎夜、何処で何をしているのかしら・・・。
夫にはこのことは伝えていない。
正宗を叱責するのは簡単だけど、何をやっているのかが気になります。
それに最近、領民の間で広まっているあの噂・・・。
麻袋の怪物が山賊狩りを行っているという話です。
正宗が関わっていないと思うのだけど・・・。
怪物の噂が出始めたのは正宗が3歳の時・・・正宗が関わるにしても無理があります。
しかし、気になることがあるのです。
正宗は小さいころから手の掛からない子だった。
ときどき正宗と話していると、大人と接しているような錯覚を受けることがありました。
そんな正宗が珍しく夫と私の寝所に潜りこんできたのです。
あのときの正宗は何かに怯えている感じだったので、やさしく抱きしめてあげました。
そうしてあげると、正宗も安心するのか落ち着いた寝顔を見せてくれました。
初めて子供らしい一面を見た気がして、母として本当に嬉しかったです。
それからしばらくして正宗はぱったりと寝所に潜り込むことは無くなりました。
あのときは母として少し寂しかったです。
それ以後、正宗は男らしくなったとういうか・・・凛々しくなりました。
暇な時間を見つけては走っていました。
何故走っているのと聞くと正宗は「体を鍛えているのです」と言っていた。
最初は、親の色眼鏡と思ったときもありましたが、周囲の者達が口々にいっているのを聞いて、私の思い過ごしではないと思いました。
怪物が領内に出没するようになった時期と、正宗が変化した時期が一致しています。
偶然なのかもしれないです。
ただの杞憂ならいいのだけど・・・本当に正宗があの怪物と関わりがあるというのなら、母としてそんな危険なことから手を引かせなければいけない。
第4話 母上危機一発 中編
前書き
後編を書こうとしたら思ったよりボリュームがあったので、中編、後編に分けることにしました。
ここしばらく山賊狩りを自重して、大人しくしていました。
お陰でストレスが溜まっています。
この前、教育ジジの授業の合間に、息抜きをしに市場をぶらついていたとき、商人が話をしているのを聞きました。
山賊の規模が大きくなっているというのです。
どうも小規模の山賊が、寄せ集まって大規模になっているようなのです。
その数は3,000人位とのことなのでかなりの大所帯です。
「鈍亀意外の何者でもないですね」
これでは目立ち過ぎて、良い的です。
「彼らもそれだけ必死ということですね」
私の襲撃を警戒しているのは間違いないです。
私相手では数百程度の手勢では、皆殺しです。
一人より、二人。
二人より、三人。
頭数を揃えれば良いと思う当たり、お粗末な奴等だと思います。
ここまで大所帯だと父上が軍を派遣して討伐すると思います。
掃討戦になるので、隣の郡から援軍を要請する可能性があります。
殺伐とした話をしてなんですが、今日は私の誕生日です。
神様はいつくるのでしょうか?
早く神様からのプレゼントが欲しいです。
最近のあの子は憑き物でもとれたようにおとなくしています。
夜間の外出もなりを潜めています。
「どうしたのかしらね・・・」
あんなに毎夜、外出していた正宗が、急にやめたことは不自然です。
それも何の前触れなくです。
気にはなりますが、今日は正宗の誕生日です。
あの子ために何かおいしいものを作ってあげようと思います。
普段は召使いに任せていますが、今日だけは特別です。
そうと決まれば市場にいきましょう。
久しぶりに市場に出ましたが、やはり活気があります。
来てよかったわね。
「あの子は桃が大好きなので、桃を買ってきましょう」
召使いに声を掛けました。
「はい、奥様。それでしたらあちらになります」
「それにしても今日は人が多いわね。何故かしら・・・」
「多分・・・あの噂が原因だと思います」
「あの噂?」
「はい、最近、山賊が大規模になっているとのことです」
「不安になった周辺の村の住民は大守様のお膝元であるこの街に疎開しているらしいです」
「そう・・・」
場の雰囲気が悪くなったわ気まずいわね。
「奥様がお気になさる必要はありません」
「大守様は頑張っておられると思います。あっ!出来すぎたことを言って申し訳ありません」
「ふふっ、気にする必要はないわ。あの人は文官としては優秀だけど、荒事は苦手なの。だから、武官全般は都督殿に丸投げだし」
「はあ・・・分かりました」
「さあ、気を取り直して買い物をしましょうか」
「そうですね」
このまま楽しい買い物で終わるはずでした。
この買い物に出かけたことが切欠で、正宗が夫や私に黙って何をやっていたのかを知ることになるとは、このときは露程にも思ってもいませんでした。
私は一枚の布を手で握り締めていた。
その布には私の最愛の妻を誘拐したと書かれており、身代金を要求するものだった。
「許せん!賊どもめ!私の妻を誘拐するとは許せぬぞ!」
私は執務室の机を怒りに任せて殴りつけた。
「太守様、落ち着かれませ。まだ、危害を加えられてはいないと思われます」
長い付き合いになる老齢な武官が冷静に話してきた。
「貴様に何がわかるというのだ!安全であるという保障がどこにある!」
「奥様に危害を加えるつもりなら、わざわざそのような文を寄越しませぬ」
「仮にも一群の太守にこのような真似をして、ただでは済まぬのことは馬鹿でもわかります」
「それに実行した奴等の目星も検討がつきますゆえ」
「誰だ、その痴れ者は!」
「多分、例の山賊どもでしょう」
「それは領内の山賊の寄せ集めのことか?」
「御意」
「あれだけ膨れれば村を襲うくらいでは、集団を維持するのは難しいと思われます」
「奥様の身の安全を考えれば、ここは身代金を用意すべきでしょう」
「し・・・しかし、民のための税金だ。私の妻のために使うことなど・・・できぬ・・・」
本音はそうしたいが、民のための税金を自分のために使うことなどできない。
私の矜持が許さない。
「別にくれてやる訳ではありません」
老齢な武官を鋭い目つきで太守に言って来た。
「奴等に金を受け渡したところで、奥様を無事返す保障などございません」
「故に、受け渡し場所に侍女に扮した女の武官を紛れ込ませ、奥様の居られる場所を突き止めてみせます」
「奴等とて馬鹿ではない・・・。バレたら妻はどうなるか・・・」
「太守様、お気をしっかりお持ちください」
「後のことは、この私にお任せください!必ずや助け出してご覧にみせます」
・・・・・・・・・。
「妻のことを・・・頼む!」
私にはどうすればいいのか判らなかった。
妻の無事を祈るしかできない私が情けなかった。
「はっ!必ずや奥様を助け出してみせます!」
私は拱手する老齢な武官に全てを託した。
あの教育ジジが授業を急遽とりやめて、父上の元に行っています。
家人の様子も何かソワソワして変です。
私に何か隠していると思います。
はじめは私の誕生日なので何かサプライズを考えているのかなと思っていました。
それにしては変です。
屋敷の警備が物々しいです。
私の誕生日に賓客が来るので、警備が物々しいのは当たり前なのですが、警備の武官からは殺伐としたものを感じます。
そう山賊狩りで私が山賊達を探すときの雰囲気に似ています。
何かあったのは間違いないと思います。
それにしても母上が屋敷にいないように思います。
いつも今頃は庭でお茶の時間を楽しんでいると思うのですが・・・。
「ん?」
向こうで召使い達が何か話しています。
気づかれないように近寄ることにしました。
「奥様だいじょうぶかな?」
「山賊に誘拐されたんでしょ・・・最悪・・・」
「縁起でもないこと言わないで!奥様の救出のため都督様が陣頭指揮をとられるって仰っていたもの」
「お坊ちゃま、かわいそう・・・。折角の誕生日だったのに・・・」
「そうね・・・」
私はその場をすぐに後にしました。
あの山賊達を皆殺しにしておくべきでした。
そうすれば母上が誘拐されることなどありませんでした。
「山賊達、どこまでいってもお前らはウジ虫という訳か。」
「この私の手で引導を渡してやる!」
3,000人であろうと関係ありません。
私の母上を誘拐したことを後悔させてやります。
私は警備の厳重な屋敷を抜け出し、人気の無い森に向かいました。
そこに予備の武器を隠しているからです。
今、武器庫にいっても物色するのは難しいと思います。
私は目的の場所に着くと、隠していた武器を土の中から掘り起こしました。
「必ず、母上を助け出します!」
布に巻かれた槍を手に持ち、自分に言い聞かせるように言った。
山賊達の居場所に当てはありませんでした。
しかし、3,000人の規模でなれば、駐留できる場所は限られます。
山賊達は人の目につき辛い場所に駐留しようと思うはずです。
そんな場所、この郡にあるのか?
領民の噂では山賊達は北のあたりで目撃されています。
その当たりをしらみ潰しに探すしかありませんね。
「母上無事でいてください」
私が母上の捜索を行動しようとしたとき、真上から私を前世の名前で呼ぶ声が聞こえました。
「どちらにいかれるのです?林さん」
私をその名で呼ぶのは、私の知る限りこの世界にはいない。
上を仰ぎ見ると予想通りの人物が木の幹に腰掛けていました。
「神様、急用がありますので後にしていただけますか?」
「ふふっ、つれないのですね」
相変わらずマイペースな人です。
私はあなたに構っている暇などないのです。
「私はあなたとの約束を果たしに来ただけですよ。お手間は取らせません。」
神様はそういうと私の目の前に、何かが空から降って地面に突き刺さりました。
「あっあぶないではないですか?」
突然のことに私は驚きました。
「それであなたの母上様を助けておあげなさい」
神様は真剣な顔つきで私を見て言いました。
地面に突き刺さっていたのは「双天戟」です。
私はおもむろに相棒となる「双天戟」を力強くに握りしめ引き抜きました。
「これであなたとの約束は果たせましたね」
双天戟を手にして初めて実感したことがあります。
手に馴染みます。
今まで使ってきた槍などとは全然違います。
これがあれば山賊達など物の数ではないです。
「神様、ありがとうございます!」
「お礼を言われると心苦しいですね・・・。元はと言えば、私の不手際であなたを死なせてしまったことが原因です」
神様は困った顔をしながら私に言いました。
「これであなたと会うのも最後だと思います。林さん、私はあなたが幸せになるお膳立てをしただけです。幸福なるか不幸になるかはあなた次第・・・。そのことはゆめゆめ忘れないようにしてください」
神様は私にそう伝えると消えました。
私は先程まで神様が腰掛けた幹を見続けていました。
『そうそう最後におまけです』
『あなたの母上はここから東の方の郡境の谷にいます』
どこからともなく神様の声が聞こえてきた。
「ええ、山賊達から必ず母上を救い出してみせます。この槍に掛けて!」
私は相棒を天に向けて突きつけ叫びました。
後書き
次回で劉ヨウこと正宗が山賊から母上を救い出します。
この作品の主人公である劉ヨウのヨウは文字化けしたりするので、[月缶系]などと訳される人のことです。
知っている方もいらっしゃる方もいらっしゃると思いますが、知らない方のために書いておきます。
第5話 母上危機一発 後編
前書き
第5話 母上危機一発 後編
「うぅ・・・ん・・・」
目が覚めると頭に少し鈍痛があり、いい目覚めとは言い難いです。
川の音が近くから聞こえてきます。
ここはどこなんでしょうか?
私は市場で買い物をしている最中に賊に頭を殴られ意識を失いました。
今の状況がさっぱりわからないです。
後ろでに縛られているようなので、動きづらいです。
周りを見渡すとここが簡素な小屋だということがわかりました。
「頭、女が目を覚ましたみたいたぜ!」
明らかに山賊としか思えない男が、私が目を覚ましたことを確認して人を呼んでいました。
現れたのは熊のような体格で残虐そうな顔つきをした男でした。
「気分はどうだ、くくっ、く」
不快な笑い方をする男だと思いました。
「なぜこのようなことをしたのです」
「金だよ!金にきまってるだろうが!太守の女房を誘拐すればたんまり金をいただけるだろうからな、ひひっ。しかし、いい女だな。どうだ、太守の女房なんてやめて俺の女ならねえか?一生良い目に合わせてやるぜ!ひひっ」
山賊の頭は下卑た顔で私の顎を掴んで言いました。
私は精一杯の勇気で睨みつけました。
「ふん、お高く留まりやがって、金が手に入ったら覚えてろよ!おい、お前らしっかり見張って置けよ!」
「「へい!」」
山賊の頭は見張りを残して小屋を出ていきました。
あなた、正宗・・・。
きっと心配しているでしょうね。
東の郡境某所―――。
私は神様に教えられた通りに東の郡境の奥深くを探索中です。
既に日が落ちて周囲が暗くなりました。
夜目の効く私には関係ないですけど・・・。
そして漸く谷を見つけました。
山賊の居場所も直ぐにわかりました。
谷の中とはいえ堂々と火を使うとは・・・お陰で楽に見つけることができました。
母上大丈夫でしょうか?
貞操の危機とか洒落になりません。
そうなった場合、山賊達は四肢を切断して、川に流してやることにします。
「ふふ・・・ふふ・・・」
まずは母上の居場所を特定することにします。
何か怪しい場所は無いですかね。
谷の上から怪しい場所がないか見ていると・・・。
ありました!
明らかに怪しいです。
谷の下には山賊達が野営しています。
その中に不自然に立っている小屋があります。
これしかないでしょ!
必ず母上はここにいる!
絶対にいます!
間違いないです!
テンション高くなった私は谷の上から小屋の手前目掛けて飛び降りました。
普通の人であれば死ぬでしょうが、私は体を硬気功で強化しているので問題ありません。
落下の衝撃で小屋の前に野営していた山賊達は、ご臨終のようです。
私の足元には血の海が広がっています。
山賊達が何事かと集まってきます。
まずは母上の確保をしようと小屋に近づこうとすると・・・。
熊のような凶悪な人相の男が立っていました。
母上は・・・そいつの近くで部下らしき奴らに喉元に剣を突きつけられています。
「武器を捨てやがれ!母親がどうなってもいいのか!」
「これから死ぬお前に何ができるか教えてくれませんか?」
山賊達は私の言葉が可笑しかったのか笑い出した。
「俺が死ぬ?へへっ、傑作じゃねえか!おい、お前ら!この餓鬼頭が悪いみたいだぞ!」
「坊主、これだけ人数がいるんだ。死ぬのはお前の方だぜ!」
「「あはは、ひひははははぁはは」」
嘲笑する笑い声が周囲から聞こえてきます。
「この子は関係ないわ、この子だけには手をださいで!」
「へへ、タダで言うことを聞くと思っているのか?」
山賊の頭は下卑た顔で母上を下から上まで嘗め回す。
「・・・わかりました。ですからあの子には手をださないで・・・」
母上も不快を感じているようだが、私のことを守ろうと観念したように応えました。
私がそんなことを黙認するわけないです。
「母上、ウジ虫の指図など受ける必要などありません。それより母上を離せ、今なら人として殺してやる」
「黙りなさい!正宗!母の言うことを黙って聞きなさい!」
「生憎これだけは聞けません。ウジ虫の言うことなど聞く必要などありませんから」
「糞餓鬼っ!手前をぶっ殺した後でお前の母親を犯してやるぜ!」
「母上を離せといっている」
「あぁ、自分の立場がわかってるのか!手前ぇ!」
「手前の母親がどうなってもいいのか!」
「正宗!私のことはいいから逃げなさい!」
「黙りやがれ!このアマ!」
「くっ!」
私の言葉が癇に障ったのか下卑た顔から一転、私に罵声を浴びせてきました。
山賊達は母上を殴りつけ、その首元に剣を突きつけ下卑た顔を向けてきます。
山賊達は人質がいることで、自分達が主導権を握っていると思っているようです。
この山賊の頭は馬鹿のようです。
私の恐ろしさが判っていないようです。
「もう一度言う。人として死にたいなら母上を離せ」
「ぎゃはは、はは、お前の母親の体に聴かなきゃわからねぇみたいだな!」
「おい、手前らそのアマを裸にひん剥いちまえ!」
「「へへっ、頭わかりやした」」
「や、止めなさい、下郎っ!」
救い様のない奴らだと思いました。
人の痛みを知ろうともしない。
知る気がないのでしょう・・・。
なら、人として死なせはしません。
覚悟してもらいましょうか。
私は一瞬で間合いを詰め、母上に辱めようとする2人の山賊達の首を双天戟で吹き飛ばし、その返しで山賊の頭を胴から真っ二つにしました。
山賊の頭は地に横たわり何が起こったわからずに、目を剥いて痙攣をしています。
グシャ―――。
私はその山賊の頭の頭を情け容赦なく踏みつけました。
「言ったはずだ。人として死にたければ母上を離せとな。お前達が私に勝てるとでも思ったのか?お目出度い奴等だな。だが、もう遅い。お前達に掛ける慈悲はない。お前らの命で償ってもらうぞ」
視線を山賊達に向けると彼らは混乱しているようでした。
ただ彼らでも理解できることがあります。
私が数人の山賊と自分達の頭を一瞬のうち惨殺したことです。
「か・・・頭がやられたぞ」
山賊の一人がそう呟くと堰を切ったように山賊達は動き出しました。
私と母上を殺そうとするもの―――。
ここから逃げようとするもの―――。
私はここで封印していた技を躊躇わずにつかいました。
私に向かってくる山賊どにむかって双天戟を突きつけ、硬気功の「気」を一点に集中させ技を放ちました。
「振雷・零式!」
夜であるにも関わらず昼のような輝きを周囲に放ちました。
輝きが収まったときそこには死体の山がどこまでも続いていました。
私の立ち位置から近いところの死体は、原型を留めていません。
血の匂いがそれは生き物の残骸と自覚させてくれます。
さっきの攻撃で山賊達のその半数が壊滅したようです。
「振雷・零式」の攻撃を免れた山賊達はあまりの惨状に恐怖で体を強張らせています。
私は情け容赦なく生き残りの山賊に対し「振雷・零式」の第二射を放ちました。
私は状況を確認することなく、母上を肩に抱えると戦線を離脱することにしました。
母上の安全確保が最優先です。
もともと逃げようとしてた山賊達は、蜘蛛の子を散らすように逃げてます。
私はそれを無視して谷を駆け上がっていきました。
谷を上りきると母上に声を掛けました。
「母上、戦場から一刻も早く離れなければなりません。話は城に戻ったら聴きますので、今は黙って私と共にお逃げください」
肩に抱える母上の顔は見えないが、沈黙を肯定と受け取り足を速めることにしました。
空にはいつのまにか満月が出ていました。
綺麗な月なので黄昏たい気分ですが、そうもいきません。
最悪の誕生日になりました。
帰ったら父上、母上からどのような説教を受けるのでしょうか?
ですが、母上が無事で本当に良かったです。
後書き
次は父上と母上のお説教タイムです。
教育ジジも参戦するかもです。
次の次くらいに原作キャラと接点を持たせようと思います。
第6話 山賊狩りの正体
山賊との戦闘を終え、無事城に戻った母上と私は、急いで父上が居られるであろう政庁に向かいました。
政庁に着くと衛兵の一人が母上の顔を見て大慌てで政庁に入っていき、直ぐに父上に取り次ぎをしてくれました。
私と母上が通されたのは父上の執務室です。
この部屋に現在いるのは父上、母上、お爺々様と私を含め4人です。
3人には私の母上を救出したことのあらましと、私が山賊狩りをしていた怪物の正体であることも話しました。
父上とお爺々様は信用できないようでしたが、母上が証人となったので、半信半疑ですが信用してくれました。
普通は信用しないと思います。
私5歳児ですから。
そして話は本題に入っています。
私が何故、山賊狩りを初めたのかです。
「正宗、包み隠さず話してもらうぞ」
どう話せばいいものでしょうか?
『孫策との戦に敗れて逃亡先で病を患い惨めな末路を回避するために山賊狩りをして腕を磨いていました』
こんなことを言った日には頭のオカシイ子扱いです。
「正宗、どうしたのだ親に話しにくいようなことなのか?」
「あのとき、私に話を必ずするといったことは嘘なのですか?」
父上、母上も私が話したくないと思っているようです。
話をしたくないというより、話をしにくいです。
ここは、 母上や父上には申し訳ないですが、無難な理由を言って切り抜けようと思います。
「見過ごせなかったのです!山賊達が、力のない人々から略奪を行い、その命を奪っていくのが!」
山賊狩りを初めた当初は、打倒孫策のためという切実なものでした。
「バトルジャンキー」孫策に比べれば山賊など赤子と一緒です。
自分本位の理由で初めた山賊狩りでしたが、山賊狩りをするうち、私の中で変化がありました。
切っ掛けは、山賊に襲撃された農村の惨状を見てからです。
あの惨状を目の当たりにして、理不尽な暴力が許せないと思いました。
前世で戦争のない日本で暮らしていた私の感覚では、あのような暴力を容認することは到底できませんでした。
前世では、テレビやニュースのそういった記事を見てもあまり実感が湧きませんでしたが、現実にそれを目の当たりにしてしまったら、無視することなどできませんでした。
神様から私は強大な力を貰いました。
その力で理不尽な暴力に苦しんでいる人達を少しでも救えるなら、私は迷いなくその力を行使しようと思うようになっていました。
私の想いは偽善なのかもしれないです。
でも、やらずにはいれませんでした。
「それは役人、軍人の仕事であって、お前がやるべきことではない!」
父上のいうことは正論です。
都督のジジは決して無能なわけではないです。
しかし、職務上どうしても都市の警備に力を割かざるおえないです。
結果、都市から離れた農村の警備は無視しているに等しいです。
仮に、農村で山賊の襲撃があっても、救援が着く頃にはその農村は壊滅しています。
「では、何故これほど山賊達がはびこっているのですか!私がどれほどの山賊を殺してきたとお思いですか!農村に住む者が、山賊の脅威に怯え毎日を送っている現実を知っていますか!私が山賊達を殺し続けねば、死ぬ必要のない者が死んでいました!父上にとって守るべき民は、都市に住む者だけなのですか?都市に住まぬ者は守るべき民ではないというのですか!」
「う、それは・・・」
父上は私の言葉に言葉を詰まらせました。
「そこまでじゃ、正宗よ。お前の想いは良くわかった。その想いは尊いものじゃ。じゃがな・・・。お前は聡い子じゃ。ならば分かるであろう。税収には限りがあり、軍備にも限りがあるのじゃ。その上で最善を尽くすのが政というものじゃ。卑怯な言い方かもしれぬが、大人の世界とはそういうものじゃ。何もお前の父は見て見ぬ振りをしているわけではないのじゃぞ。父とてきっとお前と同じ気持ちじゃと思う。それでも悩みながら政をしているのじゃ。故に、父をそう責めるでない。それにお前がやっていたことを正統化することにはならんぞ。何処の世界に、年端の行かぬ子供に、賊とはいえ人を殺すことを勧める親がおろうか」
お爺々様は、いつもの好々爺な顔とは違い真剣な顔で私に語りかけました。
流石、お爺々様です。
完全に話の主導権を持っていかれています。
年の功ってやつですか。
私に非があることは間違いないので、ここは素直にあやまるしかないようです。
「父上、母上、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
私は頭を下げて謝りました。
「ほれ蔵人よ、正宗も反省しているようじゃ。過ぎたことを言ってもせんなきことじゃ。もう、許してやってはどうじゃ?」
先ほどから黙っていた父上は、お爺々様に促されて話しだしました。
「・・・。今回は、父上の顔を立てることにしよう。私は大守としてお前の行動を褒め讃えなければならないのであろうな。しかし!この馬鹿者がっ!親に黙って何と言う危険なことをしていたのだ!死んでいたかもしれないのだぞ!」
父上は言い終わる前に、私の頭の拳骨で殴ってきました。
「い、痛だぁーーー。痛いではないですか、父上!」
「あたりまえだっ!これでも甘いくらいだ!」
父上を見上げると、私を見ながら泣いていました。
これでは私は何も言えません。
「父上も私もあなたのことを愛しているのですよ」
母上が私を包み込むように、私の背中から抱きしめてきました。
「次からは、悩み事があるなら一人で抱え込まず、父上や私に相談しない。私達では頼りないのですか?」
「い、いえ!そんなことはないです」
「でしたらもっと子供らしく親を頼りなさい。ただでさえ、お前は何事も自分やろうとするところがあります。今回などその最たるものです。正直、単身あなたが山賊の中に現れたときは、心臓を押しつぶされるような想いでしたよ。でも」
母上は私の正面に周り、私の目線で顔を真っすぐ見ながら話しかけてきました。
「あのときのお前は凛々しかったですよ。多分、あなたの親でなかった一目惚れしていたと思います」
母上はやさしく微笑んでいました。
「な、何っ!」
父上が母上が言った「一目惚れ」という言葉に反応しました。
「あなた本気に取らないでください。それ程までに凛々しかったということです。あの時の正宗は本当に勇ましく凛々しかったのですよ」
父上は罰が悪くなったのか背を向けて言いました。
「正宗、今回のことは都督殿に伝えておくのだぞ。私からも話しておくが、今回の件では都督殿には迷惑を掛けてしまったからな」
都督のジジには無駄骨を折らせてしまい悪いことをしてしまいました。
「はい、父上分かりました」
「うむ」
翌日、都督のジジにも父上達に話した内容を話しました。
「がぁはは、はは、若君は勇ましゅうございますな!いつの間にかに立派になられましたな。お気になされることはありませぬぞ。奥様が無事で何よりですからな。若君と戦場で轡を並べる日が楽しみでございますぞ!」
都督のジジは怒るどころか嬉しそう笑っていたのが印象的でした。
数日後、山賊を殲滅した場所に、私と都督のジジ、小数の兵士を連れ向かいました。
一応、検分をする必要があるとのことでした。
私は馬にまだ乗れないので、都督のジジと一緒に馬に乗っています。
現場に到着すると、兵士達はその惨状を見て驚愕していました。
私も冷静になって見ると、やり過ぎたなと後悔しました。
山賊達に同情の気持ちはないですけど。
死んだ山賊達は人の原型を留めていないです。
頭がない死体。
両腕と片足がない死体。
腰から上がない死体。
他にも口で表現できないような状態の死体がそこら中に散乱しています。
獣が荒らした痕跡もありましたが、それを差し引いても酷い惨状でした。
都督のジジもここまでとは思っていなかったようで引いていました。
後書き
次からは予定通り原作キャラを登場させようと思います。
第7話 未来の覇王 前編
前書き
第7話 未来の覇王 前編
母上誘拐事件から2年の歳月が経過しました。
私も今年で7歳です。
私が母上を山賊から救出したことは、すぐに領内に広がりました。
もちろん山賊狩りをする麻袋の怪物が私であることもです。
巷では、『山陽の麒麟児』などと言われています。
恥ずかしいです!
いつのまにかちょっと頭の良い『神童』から、昇格していました。
あれ以来、都督のジジに武官としての手ほどきを受けています。
年齢的な理由もありますが、軍属ではないです。
都督のジジの個人指導です。
私の志に感動したのか、お爺々様が都督のジジに相談したらしいです。
都督のジジも快諾してくれました。
お爺々様の授業はどうなったかというと、今でもスパルタ教育が続いています。
都督のジジの指導が入るので、お爺々様の授業時間が減るのだと思っていました。
以前より過酷になった気がするのですが、私のせいでしょうか?
明らかに過酷になっています。
「正宗よ。お前の理想を現実にするにはこれまで以上に頑張らねばならない。これからは今まで以上に精進せよ。よいな。山賊狩りは暫く禁止というではないか。その時間を当てれば今まで通りじゃ」
そう、父上、母上から山賊狩りは暫く禁止されました。
危険な行為は、私がもうすこし成長したら考えるそうです。
山陽郡の山賊はというと壊滅状態です。
山賊達にとって、私は恐怖の対象になっているので、残った山賊も領内から逃げていったようです。
過労で私の心は擦り切れそうです。
これも孫策のせいです。
恋姫の孫策は好きなキャラの一人でしたが、今の私には最も嫌いな女です。
孫策を倒して私のハッピーライフを必ず実現してみせます!
そんな過労気味の私ですが、楽しい時間があります。
都督のジジの計らいで、武官達の調練に参加できることです。
「キャァーーー!劉ヨウ坊ちゃまよーーー!」
「若君様ーーー!」
「キャァーーー!」
私は女性の武官達の人気者になっています。
辛い毎日ですが、この瞬間だけ疲れが吹っ飛びます。
それは睡眠を取ることができるからです。
言ったそばから睡魔が襲ってきます。
今日も朝方まで、教育ジジのスパルタ教育だったので眠いです。
「・・・・・・・・・ぐぅ」
「若君様、かわいいわね」
「ふふっ、そうね」
「本当に頑張っていらっしゃるもの」
女性の武官達はやさしい人ばかりです。
この状況は勿体無い気がしますが、睡魔には勝てませんでした。
過労な毎日を送る私に手紙が来ました。
差出人は姉上です。
姉上は現在、洛陽で宮仕えをしています。
その姉上が私に洛陽で勉強しないかという誘いです。
父上、母上にそのことを伝えると姉上から既に聞いていたようです。
「洛陽はこの大陸の中心だ。いい経験になると思うから行ってきなさい」
「さびしくなるけど、私も賛成よ頑張ってきなさい」
洛陽への行くことは両親も賛成のようでした。
私も洛陽がどんなところか興味がありましたので、この機会に行くことにしました。
そうと決まれば、善は急げです。
都督のジジや知り合いに別れの挨拶をしてきました。
「若君、頑張ってくるのですぞっ!」
都督のジジはそう言うと洛陽までの護衛として、配下の兵士を10人着けてくれることになりました。
私に護衛が必要かどうかは疑問です。
父上、母上から危険なことは禁止されているので仕方ないです。
洛陽への旅路に出たのですが・・・。
「あの、お爺々様・・・」
「なんじゃ、正宗よ」
「何故、ついてこられているのでしょうか?」
「あたりまえじゃ。お前が羽目は外さぬよう儂がお目付役を買って出たのだ」
「そうですか・・・」
「それにじゃ、お前の勉強に遅れが出ては不味いからの」
洛陽でも、私に勉強をさせる気ですか、お爺々様。
洛陽に行ったらお爺々様のスパルタ教育から開放されて、久しぶりにのんびりできるかなと思っていました。
それがものの見事に打ち砕かれました。
空が晴天なのとは対照的に、私の心には雨が降っていました。
つまらない家庭教師を追い出してやったわ。
馬鹿の一つ覚えのように、本に書かれている通りことを教えるような教師など、この曹猛徳に不要よ!
お母様にも困ったものね。
家庭教師を寄越すなら、もっとましな人間を送ってきて欲しいものね。
ああ、ムシャクシャするわね!
「何か私が興味を引くような話はないかしら」
私は夏侯姉妹に時間潰しになるような話題がないか聞いてみた。
「そうですね~、う―――ん。あっ!そう言えば街で三頭軍の麒麟の話を聞きました。華琳様」
夏侯姉妹の姉、夏侯惇こと春蘭が初めて耳にする話を振ってきた。
「姉者、三頭軍の麒麟ではなく、山陽郡の麒麟児だ」
春蘭の妹、夏侯淵こと秋蘭が姉の発言を訂正した。
やっぱり間違っていたのね、春蘭・・・。
「そうなのか秋蘭?」
いつもの何気ない風景ね。
「姉者しっかりしてくれ・・・」
相変わらず春蘭はしょうのない子ね。
「山陽郡の麒麟児、山賊3,000を単騎で殲滅したという話だったかしら」
この陳留から2郡先の山陽郡で話題になっている人物らしい。
太守の妻を単騎で乗り込んで救い出したらしい。
無謀ではあるが、勝算あっての行動というのなら大した人物ね。
「確か・・・歳は5歳だったからしら、事実なら化け物ね」
流石に無理だろうと思ってしまう。
春蘭も子供ながら、正規軍の兵士に1対1の戦いで後れをとることはない。
しかし、山賊3,000といったら話は変わってくるわ。
絶対に無理ね。
それだけの数の山賊達を相手に正攻法では勝ち目がないわ。
策を弄しようにも一人では何もできない。
「信憑性は疑わしいと思います。この手の話、往々にして尾ひれがつくものです」
秋蘭の考えが妥当な線ね。
「ええ、その通りね。でも、秋蘭、火のないところに煙は立たないというでしょ」
火のないところに煙は立たない。
少なくとも山賊を単騎で殲滅したのは、私たちと同じ子供ということは確か。
面白いわね。
暇つぶしにはなりそうだわ。
「会ってみたいわね、その山陽郡の麒麟児に」
私はまだ見ぬ「山陽郡の麒麟児」に想いを馳せてしまったわ。
この私を後悔させない人物であって欲しいわね。
第8話 未来の覇王 中編
前書き
ちょっと変な部分があったので修正しました。
山陽郡を出立した私達一行は、東郡を経由して現在陳留郡に入りました。
洛陽まであと少しです。
この旅路ももう直ぐ終わります。
この地で曹操と出会う可能性があるかもしれないです。
曹操というと「乱世の奸雄」で有名な人です。
史実では、幼少時代の曹操はかなりの不良だったといいます。
恋姫の曹操がそうだったかはわかないですが・・・。
曹操で思い出したのですが、私の姉劉岱は将来、兌州刺史になると思います。
その後、黄巾の乱が勃発し、青州の黄巾軍が兌州に侵攻してきて、姉は討ち死にし、曹操は姉上の後任として、兌州刺史になるはずです。
この出世が曹操にとって、飛躍の第一歩だったと思います。
どうしたものでしょう。
母上の時もそうでしたが、姉上も見捨てることなどできません。
そうなると姉上に助力して、黄巾軍を討伐しないといけないです。
姉上が討ち死にした最大の理由は、家臣の進言を無視して篭城策をとらなかったことにあります。
ありえますね姉上は父ににて文官そのものです。
そのくせ少々、勝気なところがあります。
姉上に篭城を促すだけで、姉上の生き残る確立はかなり上がると思います。
問題は青州の黄巾賊です。
確か100万人だったと思います。
・・・・・・。
いくら私がチートといっても、100万人はきついです。
多分、孫策に敗れる前に、黄巾賊に敗れると思います。
ですが、曹操は兌州刺史になった後、黄巾賊を打ち破ったわけですから、不可能ではないと思います。
う―――ん、妙案が浮かびません。
この件は洛陽に着いてから考えようと思います。
ただ、姉上に黄巾賊を打ち破らせたら、曹操の出世の道を潰すことになります。
そうなると歴史が変わり、私の知っている歴史と齟齬が出てくると思います。
私のアドバンテージの一つが失われるわけです。
・・・・・・。
姉上の命には代えられないです。
それに曹操なら、遅かれ早かれ出世すると思います。
「正宗、何を考えているのじゃ。そのように難しい顔などしおって」
私が物思いに耽っているのが気になったのかお爺々様が声を掛けてきました。
「洛陽に着いたら何をしようかなと考えていました」
「そうなのか?その割には随分、難しい顔をしておったのう、儂はてっきり悩みごとでもあるのかと思ったぞ」
「お爺々様、そのようなことはないです」
「そうか、まあ、それならよい。何か悩みがあるなら、遠慮なく相談をするのじゃぞ、よいな」
お爺々様は私の応えを信じていないようです。
「はい、悩みがあればそうします」
私は元気良く返事をしました。
「それは本当のことなのかしら」
「山陽の麒麟児」について、秋蘭に調べさせていたのだけど、やっとわかったわ。
「はい、華琳様。山陽の麒麟児の名前は劉ヨウと言います。山陽太守の長男で、あの三公を4度勤められた劉寵の甥に当たります」
彼は山陽太守の長男らしいわ。
太守の息子が「山陽の麒麟児」とは正直驚いたわね。
それも男だなんて。
この女尊男卑の世で考えられないことね。
余計に興味が湧いてきたじゃない。
何としても「山陽の麒麟児」に会いたくなったわ。
「斉の孝王劉将閭の末子にして、牟平共侯劉渫の直系の末孫。清流派の名門一族の子弟というわけね」
確か彼の父劉輿も人物に定評があるし、祖父劉本も県令を勤めた人物と聞いたことがあるわ。
私の祖父曹騰は宦官で、母曹嵩はその養子。
私は清流派の者達から卑しき宦官の孫だと嘲笑されている。
母上も乞食同然分際で宦官の養子となり、金に物を言わせて官職を手に入れた成り上がり者などと陰口を立てられているわ。
そんな私とは正反対の立ち位置にいる人物。
「ふふっ・・・。面白いわね」
そんな人物が私をどう思うかしら。
私を嘲笑した清流派の者達と同じように、私を卑しき宦官の孫と嘲笑するかしらね。
私は劉ヨウという人物に対しての興味を更に強めていた。
「それで華琳様。耳寄りの情報です。その劉ヨウがこの陳留に入っているそうです」
「秋蘭っ!それを早く言いなさい。それで劉ヨウは何処にいるのかしら」
「洛陽に向かっているとのことですので、この街を通るかと思われます」
「秋蘭、劉ヨウがこの街に入ったら留め置き直ぐ知らせなさい。それと丁重にお持て成ししなさい」
「はっ! お任せください。華琳様」
「お待ちください。もしや山陽太守劉輿のご子息様ではございませんでしょうか?」
陳留郡に入ってしばらくして、街が見えてきたので、宿を探していると水色の髪で、片目を隠した女の子に呼び止められました。
何処かで見たことがある顔だなと思いました。
「「何者だ!」」
護衛の兵士達が、警戒して私と少女の間に立って訝しんで言いました。
「私、曹操に仕えし夏候淵と申す者にございます。主に仰せつかって、劉ヨウ様を丁重にお持て成しするようにと仰せつかっております」
知っている顔だなと思ったら、若いですが明らかに夏候淵です。
この子があのクールビューティーに成長するのですね。
私は感慨深く夏候淵を見ていました。
「曹操?もしやあの曹騰殿の孫か?」
「はい、その通りでございます」
「折角の招待痛みいるが、儂等は先を急ぐ故、曹操殿にはまたの機会にお呼びくだされと伝えてくれぬか」
お爺々様は夏候淵の誘いを断るようです。
いつもの好々爺然とした顔とは違い厳しい顔つきです。
宿を探していたのに先を急ぐって、今夜、野宿でもする気ですか?
嫌ですよ私は、地面で寝るのは辛いんですよ。
どうせ曹操が濁流派の人間だから、彼女の誘いを受けるのに抵抗があるのでしょうけど。
彼女の祖父が宦官なのものでしょうね。
「先を急がれていることは重々承知しております。その上でお願いできませんでしょうか?」
なおも食い下がってくる夏候淵。
粘りますねそこまでした私達を招待したい訳はなんなんでしょうね。
あのレズロリ覇王様が男に興味を抱くなんて変ですね。
そういえば、恋姫の魏ルートでは北郷一刀と恋仲になってましたね。
会ったこともない私に恋してるとかでしょうか?
そんな電波系少女でしたっけ曹操って・・・。
そもそも私に恋している自体ないと思います。
想像しましたがイメージが沸きませんね。
違和感あります。
「くどい!人が下手に出ておればいい気になりおって、これだから宦官の孫などと関わりたくないのだ」
私が妄想から戻ってくると、お爺々様が激怒していました。
流石に、いつも冷静な夏候淵も気分を害しているようでした。
それでも直ぐにそれを表に現れないようする当たり優秀な人ですね。
そこまで会いたいなら会ってやろうじゃないですか。
ここは私が助け舟を出すことにしましょう。
「お爺々様、折角の誘いなのですから、受ければよろしいではないですか」
「正宗、口出しするでない。お前はこやつの主がどのような奴かわかっておらぬのだ」
私の話など聴く気もないみたいです。
「それは宦官の孫だからですか?それとも曹操殿の親である曹嵩殿が金で官位を買ったと言われているからでしょうか?それと曹操殿とどう関係があるというのでしょうか」
「全てに決まっておるに決まっているであろう!このような輩と関われば、私やお前の父だけでなく、お前まで要らぬ誹りを受けることになるのだぞ!」
「言いたいやつには、言わせて置けばいいではないですか?」
「お前は何も判っておらぬからそのようなことが言えるのだ!」
まあ、通儒とまで言われたお爺々様にとっては、曹操は最低最悪の存在だと思います。
「まあまあ、お爺々様が行きたくないのなら、私だけ曹操殿の招待を受けます。お爺々様は先を急ぐなり、宿を取るなりしてください。じゃあ、案内をお願いできますか。夏候淵殿」
こうすればお爺々様は不満があっても着いてくると思います。
私も曹操には興味がありましたし、曹魏を築く傑物と友誼を結ぶことは、将来役に立つはずです。
孫策と対立することになる私には、保険にもなります。
劉ヨウ様と彼の祖父らしき方が言い争いを初めた。
「お爺々様」と呼んでしたので、この老人が劉本だろう。
華琳様の命で劉ヨウを招待しようとしたのだが、劉本が丁重に断ってきた。
このことは予想がついていた。
それでも敢えて華琳様は劉ヨウを招待しようとしたのだから、私も簡単に引くわけにいかなかった。
私のことをしつこいと思ったのか劉本は、本音を吐露してきた。
「宦官の孫」幾度となく聞いてきたが、いつ耳にしても腹立たしかった。
華琳様が何故そのように侮蔑されなければならない。
怒りが少し顔に現れてしまったが、直ぐに、私はいつもように冷静さを装った。
そんなとき劉ヨウが前に進みでて、劉本を嗜めてきた。
しばらく言い合っていたが、劉ヨウは埒があかないと思ったのか私を見て、止める劉本を無視して、劉ヨウは私に案内を頼むと言ってきた。
「はっ!こちらでございます」
私は諦めようとしていたので、突然の劉ヨウの行動に驚いてしまった。
私が夏候淵と一緒に曹操の屋敷に向かうと、お爺々様と護衛の兵は悩んだ末に、私達について来ました。
お爺々様は不機嫌です。
後で、フォローしないといけないですね。
「ところで曹操殿はどういった方です?」
私は夏候淵に曹操のことを聞きました。
レズロリ覇王様であることを知っているのですが、私の認識と同じか確認のためです。
「曹操様は美しく聡明な方だと思います。」
「ほぅ―――。それは楽しみです」
成長した曹操はチビですが美少女でしたから、美しいというより、かわいいが正確な気がします。
あれでSじゃなければ、文句なしなのですが・・・・。
曹操の前で「チビ」という言葉は禁句でしたね。
気をつけないと首を鎌で切り落とされます。
「私は趣味がないのですが、曹操殿のご趣味は何でしょうか?」
「そうですね料理や読書、武術、馬術なんにでも興味を持たれる方です」
夏候淵は自慢げに曹操のことを話していました。
多趣味ぶりは流石、曹操だと思いました。
私、趣味がないです。
お爺々と都督のジジのせいで・・・。
「劉ヨウ様は武勇に優れておられるとお聞きおよんでおります。また、山陽郡にて、山陽の麒麟児と称されていることも」
ふぅ―――ん、ピーンときました。
私を呼んだのはそういう理由ですね。
将来、人材マニアとなる曹操です。
「山陽の麒麟児」と呼ばれる私に興味を持ったのしょうね。
なんとなく納得できました。
「私にとってその通り名は恥ずかしいのであまり言わないでいただけませんか」
「何故でしょうか。劉ヨウ様の才覚を民が讃えているのですから、喜ばしいことと思いますが」
夏候淵は不思議そうな顔で聞いてきていますが、この人の場合、私の人となりを推し測っているんでしょうね。
おーーー、怖い。
「別に讃えられるためにやったのではないです。私のためにやっただけです。結果的にそれが民の為になっただけですよ」
私は自重気味に話した。
私のためにやったのは事実ですから。
「傲慢過ぎるのは問題でしょうが、謙虚過ぎるのも嫌みに聞こえ人に要らぬ不評を買うと思います」
夏候淵は私が謙遜していると思っているようです。
「ははっ、手厳しいですね。そうですねご忠告ありがとうございます」
「あっ!いえ、つい出過ぎたことを申し上げました」
「いいのですよ。置きになさらずに」
私と夏候淵は少し打ち解けれた気がしました。
お爺々様は相変わらず不機嫌でした。
第9話 未来の覇王 後編
前書き
何人かの方に指摘を受けたので、それを参考に手直しをしてみました。
後、表現が変な部分があったので、自分なりに修正してみました。
秋蘭は無事、劉を招待することができたようね。
断られるかと思ったのだけど、案外、上手くいったわね。
招待を断られても、劉ヨウを追いかけて無理にでも会うつもりだったわ。
私に諦めるなんて言葉は存在しないのよ。
秋蘭の話では、劉ヨウ以外に、彼の祖父劉本が付いてきているらしい。
当初、劉本は私の招待を拒否したらしいのだけど、劉が強引に招待を受けてたそうだけど・・・。
劉ヨウがそこまでして、私の招待を受けたことが気になるわね。
祖父と母上の話をされても、私とは関係ないといったそうだし。
私の身の上を同情をしたとかなら許せないわね。
まあ、話せばわかることだわ。
秋蘭が劉ヨウ達を案内してきたようね。
「私が曹操と申します。劉本殿、劉ヨウ殿に置かれましては、突然の誘いにも関わらずにお応えいただき感謝の極みです」
「儂はこのような場所に来とうなどなかったわ!孫が行くと言う故、仕方なしじゃ!勘違いするでない!」
「曹操殿、お気悪くしないでください。お爺々様はちょっと虫の居所が悪いのです。それでは、気を取り直してあいさつさせていただきます。ご丁寧な挨拶いたみいります。こちらこそわざわざお招きいただいたこと感謝の極みです。ところで曹操殿、堅苦しい挨拶はこの辺にしませんか?」
劉ヨウは私に平然と話しかけてきた。
秋蘭から聞いていたが、彼の私への態度には、私を嘲笑する奴等から感じられるような嫌な感じは全くなかった。
「変わってらっしゃるのね、劉ヨウ殿」
つい、思っていることが口に出てしまった。
彼の祖父の態度が普通だと思うわ。
「私のこと気にならないのですか?」
「何がです?」
本当に何も思っていないのかしら。
まあ、いいわ。
「劉本殿、劉ヨウ殿、食事を用意いたしましたので、口に合うかわかりませんが、ご一緒にいかがでしょうか?」
「どんな食事か楽しみです。」
劉ヨウは本当に喜んでいる顔を見ていると、考えるのが馬鹿らしくなったわ。
彼の人となりは良くわかったわ。
「本当、変わっているわね」
私は、誰にも聞こえないように呟いていた。
あの後、私が気軽に話そうといったら、曹操も堅苦しかったのか受けてくれました。
それでも口調が若干固めでしたけど。
「どうですお口に合いましたか?」
曹操が私に聞いてきた。
「うん、おいしいです」
「そう、その割には簡素な返事のような気がするのですけど・・・」
「気にしなくていいですよ。私はあまり感情表現豊かな方じゃないから」
「そうなのですか?」
「うん!」
「劉ヨウ殿、歳はいくつなのですか?」
「今年で7歳です。ああ、後、お互い子供なんですから、『殿』と呼ぶはやめませんか?私も曹操さんと呼ばせてもらいますので」
「私達、今日あったばかりですよね。まあ、構いませんが、それじゃ劉ヨウ君とお呼びすればいいのですか?何かちょっと私らしくない気がします」
曹操は少し戸惑っているようだったけど、私のことを君付けで呼んでくれました。
曹操が私のことを「劉ヨウ君」と呼ぶと、違和感があるのですけど、ギャップ萌えというものでしょうか?
意外にいい気分です。
「曹操さんの歳はいくつなのです」
「劉君と同じです」
流石覇王様です。
既に、この掛け合いに順応しています。
「噂で聞いたのですが、劉ヨウ君は自分の母親を山賊から救出したそうですね。その武勇はこの陳留にも伝わっていますよ」
「先ほど、夏候淵殿からも同じことを言われました。そんなに有名なのでしょうか?」
「それは当然です。3,000人の賊を1人で滅ぼして人質を救出したというなら。その上、救い出したのが母親なら美談として広まるのは必然ではないですか。それより山賊の数が3,000人というのは本当なのですか?」
どうしたものかな。
曹操に本当のことをいっても良いのだろうか。
今後のこともあるので、曹操と仲良くしておくのもいいかもしれない。
逆に嘘を言って、曹操に嫌われるのも何だし。
「信じられないかもしれないですが本当です」
「では、どのように倒したのか教えて欲しいですね」
曹操の目が怪しい輝きを放っているように見えた。
「単に打ちのめしただけです」
「私を馬鹿にしているのですか?」
曹操は一点して、怒りに満ちた顔で私の顔を見つめ返した。
まあ、この反応が普通ですよね。
「私は曹操殿のことを気に入りました。だから、私の武がどんなものか見せて上げます。どこか人の居ない広い場所はないですか」
「どうして、そんな場所でなければいけないのです?この屋敷にも練武場があります。そこでも構わないと思うのですが」
「多分、そこで私の技を使ったら、曹操さんの屋敷が崩れますよ」
「なっ!そんな馬鹿なことがある分けないじゃないですか!」
「そんな馬鹿なことをしたから私は、山陽郡の麒麟児などと言われているのですよ」
「くっはははっは、正宗やめておけ!その小娘にお前の凄さなど到底理解できぬ!器が違うのじゃからな、ぐわはははっ!」
今までずっと不機嫌だったお爺々様が機嫌良く言ってきた。
お爺々様は曹操を侮蔑した目つきで見ていた。
「わかりました!ならば、嘘だった場合、その命で償ってもらいますがよろしいですか!」
お爺々様の発言と態度が癪に触ったのか、曹操が怖いことを言ってきます。
嘘はついていないので、私は構わないです。
ですが、「命を懸けろ」といっているわけですから、私も曹操からそれに準ずるものを貰ってもいいですよね。
「わかりました。ですが、私だけ命を懸けるのは公平ではないと思います。曹操さんも何かを懸けてくれませんか?そうですね・・・。うん!私と曹操さんで真名を交換するというのはどうでしょう」
「真名でも何でも交換してさしあげます。そのかわり覚悟しておいてくださいね」
そういう訳で、陳留から数里先にある平野にて私の武をお披露目することになりした。
お披露目をしようとしたのですが、既に、陳留の城門が閉じているので、明朝となりました。
陳留群某所ー
どこまでも平野が続いていた。
昨晩の約束を果たして貰うため、私は陳留でも人があまりこない場所に来ている。
私以外には、劉ヨウ、春蘭、秋蘭、そして劉本の5人。
結果は分かりきっているけど、付き合って上げるわ。
「正宗の趣味を疑ってしまうぞ。こんな娘の何処が良いのだ」
私の隣で、劉本がぼやいている。
別に、劉ヨウは私に惚れたなどとは一度も言っていない。
何を勘違いしているのかしら、このボケ老人は。
「劉本殿よろしいのですか?今ならあなたの孫が土下座すれば許して上げますが」
寛大な私は劉本に救いの手を差し伸べてあげた。
「ふははははっ、お主本気で言っているのか?この勝負初めから孫の勝利に決まっておろうが!」
小馬鹿にしたように、劉本は私を見下ろしながら話してきた。
癪に触るわね、この劉本の態度は何なのかしら、この自信何処からくるのかしら。
子供が山賊3,000人を殲滅するなんて出来る訳ないでしょ!
嘘に決まっているわ!
まあ、いいわ面白い余興と思えばいい、劉ヨウ、私に命乞いをすればいいわ。
劉ヨウ覚悟しなさい。
「春蘭、劉ヨウ君のお相手をしてあげなさい」
「はい!華琳様、あんな奴一撃にて殺して差し上げます」
「春蘭、発言には気お付けなさい。皇族の方に失礼よ!」
この子は本当に場を弁えていないわね・・・。
「申し訳ございません・・・。華琳様」
これではっきりするわね。
あなたが嘘つきだということが、がっかりだわ。
少しでも興味を持った私が馬鹿だったわね。
「貴様ーーー!貴様が劉ヨウだなーーー!」
夏侯惇は大声を張り上げて、私を威嚇してきました。
「呼び捨てですか。まあ、いいですけど。夏侯惇、手加減してあげます。私はここから一歩動きませんから、どうぞ」
私は双天戟を両手で持ち、構えました。
「貴様、私を侮辱するきかーーー!」
「侮辱していませんよ。あなたが弱いと思うから手加減をするんです」
「な、何だと、もう許さんぞーーー!死ねーーー!」
夏侯惇は盛大に切り掛かってきました。
随分大振りな太刀さばきです。
これなら直ぐ終わります。
私はぎりぎりまで、太刀を避けずに双天戟の棒の部分で、夏侯惇の横腹目掛け叩き付けました。
叩き付けられた夏侯惇は、私の左方向に吹っ飛んでいきました。
死んでいないとは思うのですが・・・。
あれ・・・、動かないですね。
手加減はしたつもりだったんですけど。
「うん?」
周囲を見ると、曹操が私のことを目を見開いて凝視しています。
お爺々様は相変わらず気分が良さそうです。
「姉者っーーーーーー!」
夏侯淵が夏侯惇に駆け寄っていっています。
若干、タイミングが遅いような気がしますが、曹操と同じ理由でしょうね。
私の武を見誤ったというところでしょう。
そもそも、あの程度で夏侯惇が勝てる訳がないです。
「姉者、姉者!ああ、良かった!意識はある」
夏侯惇は死んでいないようです。
夏侯惇が無事であることを確認すると、夏侯淵は親の仇を見るような目つきで私を睨みつけてきました。
そう言えば、夏侯淵はシスコンでしたね。
「貴様、よくも姉者をっ!」
私に向かって弓を放とうか身構えるがーーー。
「振雷・零式!」
私は彼女が矢を放つ前に「振雷・零式」を夏侯淵の立っている右側の地面を抉るように放った。
夏侯淵は「振雷・零式」の余波で、体勢を崩し、弓を落としてしまった。
技の無駄使いですね。
これで私の勝ちだと思います。
勝てる見込みなどないことがわかったでしょう。
夏侯惇が怪我しているみたいなので、怪我を治療してあげますか。
「な、何なの・・・、信じられない」
私はその光景を見ていた。
春蘭が劉ヨウに一撃で倒された。
次に、秋蘭が劉ヨウに矢を射ようとしたら、その前に光の様なものを放った。
光は秋蘭に直撃こそしなかったが、秋蘭の右側の地形は光が進んだ直線上に地面を抉っている。
あれが秋蘭に直撃してたらと思うと戦慄した。
劉ヨウの方を見ると、傷一つない。
秋蘭の矢は当たらなかったようね。
劉ヨウあなたは何者なの?
今なら分かる。
山賊を3,000人を殲滅したのも嘘ではないと思えるわ。
私は劉ヨウに恐怖を抱くと同時に、興味を更に強めた。
あの後、私は夏侯惇の容態を診たのですが、肋骨を骨折したようでした。
夏侯惇を私の力で治療して上げました。
夏侯惇を治療後、夏侯淵は私に謝罪とお礼を言ってきました。
「劉ヨウ君の掌で踊らされたようで癪ですが、約束ですから真名を交換してあげます。私の真名は華琳です。それと私の事は呼び捨てで構いません」
「じゃあ華琳も私のことを呼び捨てで呼んでくれないかな。私の真名は正宗」
「私もま、正宗君のことを呼び捨てで呼ぶのですか?」
華琳は私の申し出に戸惑ったようでした。
「うん!」
「皇族の方を呼び捨ては不味いと思います」
「まあ、いいですよ。無理強いするのも何ですし」
華琳が困った様子だったので、無理強いするのは悪いと想い諦めました。
曹操と真名の交換をしました。
夏侯惇、夏侯淵とも真名の交換をしました。
「夏侯惇、夏侯淵殿。お二人は何故、私と真名の交換をしようと思ったのです?」
「華琳様が真名を交換したからだ!それとお前は私を倒した、それで十分だ!」
相変わらず夏侯惇の偉そうな態度はなんなんだろう。
一応、私は皇族なんだけど、馬鹿じゃないのだろうか。
私は気にしないですけど。
「私も同じです。姉者を治療してくださった恩人に真名を預けるには当然です」
夏侯淵は相変わらず理知的な人ですね。
できれば、将来、私の副官になってくれないでしょうか?
考えるだけ無駄でした。
そういう訳で、華琳、春蘭、秋蘭の3人と友誼を結べました。
第10話 別れと初めての洛陽
お爺々様は私が曹操をギャフンといわせたことに余程満足したのか、機嫌はすっかり良くなっていました。
しかし、華琳達とさっさと別れたいのか、陳留を早く立ちたがっていました。
私は華琳が昼ご飯をご馳走してくれるというので、その申し出を快く受けました。
朝、戦闘という名の運動してカロリーを消費したので、華琳に昼ご飯をご馳走して貰ってから出発しても問題ないと思いました。
折角、華琳とお近づきになったわけですから。
それは向こうも同じでしょうけど。
「あ~、美味しかったですね」
「口にあって何よりです」
昼ご飯をいただいている処です。
ここは曹家の屋敷で、今、この場にいるのは、お爺々様、私、華琳の3人です。
「いや~、華琳。お昼ご飯もいただいてしまって」
「別に気にしなくても構いません。私の方からお誘いしたのですから」
「正宗君。少し、質問してもいいですか?」
「いいですよ、華琳」
「正宗君は、洛陽へは何をしに行くのですか?」
「姉上が洛陽で勉強しないかと便りがきたので、良い機会だから洛陽に行くことにしたんですよ」
「そうなんですか。じゃあ、劉本殿は保護者といったところですね」
「ふんっ!」
お爺々様は本当に華琳が嫌いなようですね。
不機嫌なお爺々様は放っといて、華琳との会話に戻ることにしました。
「それと・・・。どうして、正宗君は私の招待を受けてくれたのですか?」
唐突に華琳は私に、私が華琳の招待を受けた理由を聞いてきました。
「秋蘭が、随分、熱心に招待しようとしたからですけど」
「そんなに熱心だったのですか?」
「ええ、凄く熱心でしたね。そこまでされて招待を受けないのは野暮だなと思いました。一瞬、私に華琳が恋をしているのかと勘違いしてしまいました」
「それはないから安心してください。それより私が女だと知っていたのですね」
そこを突いてきますか。
言葉尻からそこまで読み解くとは、華琳は鋭いですね。
迂闊なことは言えないと思いました。
「知っていたのは語弊があると思います。曹騰殿に孫がいるのは有名でしたし、女尊男卑の世というだけあって、傑物の多くは女性です。それ加え、私にご執心ときたら曹操は女の可能性が高いと思っただけです」
もっともらしいことを言ってみました。
「そう。その割には確証みたいなものを持っていたように感じるのは私の気のせいですか?」
華琳のあの目は、私を疑っているようです。
「曹操、お前が女なのは儂ですら知っておったわ!儂の愛弟子でもある正宗がそれを知らぬはずはなかろうが!」
お爺々様のナイスフォローに感謝しました。
「ですが、劉本殿。正宗君は推測で私が女だと言っているのですよ」
「黙れっ!私の孫を気安く呼ぶな!虫酸が走るわ。昼餉もいただいたのだ、正宗ももう十分満足したであろう。さっさと支度して、洛陽に向かうのじゃ!」
お爺々様はもう我慢の限界のようです。
私の手を握り、力一杯引っ張て行き、屋敷の外に出ようとしました。
「お爺々様、ちょ、ちょっと待ってください」
「ちょっと待ってください。話がまだ終わっていません」
「黙れ、儂らは早く洛陽に行かねばならんのだ!お前などに付き合ってられるか!」
お爺々様は暴走してしまいました。
私はドナドナの小牛のように、お爺々様に引きずられていきました。
複雑な気持ちでしたが、まあ、何とか切り抜けることができました。
でも、華琳に不信感を抱かれた気がします。
結局、先ほどの会話の件は有耶無耶になり、私とお爺々様は城門近くにいます。
護衛の兵士も一緒にいます。
目の前には、華琳、春蘭、秋蘭の3人が見送りに来てくれています。
「正宗君、また、会えることを楽しみにしています」
華琳は、意味深な笑顔で私を見ています。
「う、うん、私も楽しみにしているよ」
多分、さっきの会話に納得していないのだと思います。
面倒なことにならなければいいですが・・・。
「正宗っ!さっさと会話など終わらせて、洛陽に向かうのじゃ!」
「お爺々様、華琳に失礼ではないですか!仮にも1日逗留させてもらったのですよ」
「気になどしなくてもいいです。正宗君。こんなこと慣れてます」
華琳は何も気ないように言う。
その割には、春蘭と秋蘭は、怒っているように見えますけど。
「お爺々様には後で言っておきますから」
「本当に気にしなくても良いです。正宗君は、変わっていますね」
華琳は先ほどの意味深な笑顔とは違う、年相応の笑顔を私に向けてきました。
「早くせんかっ!正宗、置いてゆくぞ!」
お爺々様がしびれを切らしたようです。
先に、城門を出て行こうとしています。
「仕方ないですね。お爺々様も。それではお世話になりました。華琳、春蘭、秋蘭、お元気で」
「ええ、正宗君もお元気で」
「あのジジイは二度と連れてくるな」
「姉者、腹立たしいのは分かるが、正宗様に責任はない。正宗様もお気になさらないでください。無事、洛陽の旅路が終わることをお祈りしております」
私は華琳達と別れを告げると、お爺々様達を追いかけました。
「正宗、本当に変わってたわね。でも、私に何か隠してたみたいだったわね」
「そうなのですか?華琳様。ですが、人物は好感を持て、聡明そうでした」
「正宗の武は凄かったです。ですが、この春欄、これまで以上に鍛錬に励み、いつか正宗を倒してみせます!」
「ふふっ、正宗と出会って、久しぶりに充実した気がするわ」
私は正宗が何を隠していたのかが気になっていた。
分からないことをそのままにしておくのは、私の主義ではないわ。
それに正宗は、私と将来対立するかもしれない気がするのよ。
本当に、対立するかはわからないけど。
何と言うか正宗って、つかみ所がないのよね。
善人そうに見えて、強かそうにも見えるわ。
まあ、悪人ではないことは確かね。
暇つぶしのつもりだったのだけど、私は正宗に出会えて良かったと思った。
私を楽しませてくれそうなんですもの。
私は正宗が向かった、洛陽の方角を眺めた。
「お爺々様、まだ機嫌は治られないのですか?」
私は今、洛陽へ向かっています。
その道すがら、お爺々様の気を沈めようと奮戦しています。
「当たり前じゃ。正宗、洛陽に着いたら、しばらくは二倍の勉強をしてもうぞ。曹操のことなど、考えておられぬ位にな」
私を殺す気ですか、お爺々様?
「華琳が何をしたというのですか?」
「元はと言えば、お前が曹操の招待を受けるのが、悪いのじゃ。あのような奴と関わるのはこれっきりにするのじゃぞ」
ここは、形だけでもお爺々様に従っていた方がいいようです。
華琳と友誼を結べたことは、私にプラスになりましたから。
「はい、判りました、お爺々様。お爺々様の気も知らずに、初めての旅で浮かれてしまいすいませんでした。」
「うむ・・・、判れば良い。だが、洛陽での勉強は二倍だから、そのつもりでおれ」
まじーーーですか!
お爺々様は陳留での件を根に持っているように思います。
はぁ~、只でさえお爺々様の授業は、スパルタ教育なのに、その倍とは、洛陽での楽しい生活はもはや露と消えたも同然です。
私は意気消沈しながら、重い足取りで洛陽への道を進みました。
あれから数日かけて、かの洛陽に到着しました。
「これが洛陽ですか!今まで見た街とは比べようもない位大きいです」
私は感動していました。
洛陽の街は大きいにつきます。
人も物も沢山あります。
この大陸の中心ということだけはありますね。
「当然じゃ、ここは皇帝のお膝元じゃからの」
「それより、まず、燐のところを尋ねようかの」
「姉上の所に参るのですか?仕事中でご迷惑じゃないのですか?」
「尋ねるのは、燐の役宅じゃよ。早く、行くぞ。洛陽の旅は、この老体には骨が折れたわ。燐の屋敷で、旅の疲れを取りたいの」
なら、お爺々様、来なければいいじゃないですか。
「そうですね。早く、姉上に会いたいです」
「うむ」
私達は、数刻後、姉上から貰った文を頼りに、無事、姉上の屋敷に着く事が出来ました。
第11話 馬鹿x2+苦労人と少年A
ここ洛陽に来て数日が過ぎました。
姉上は仕事が多忙なようで、未だ会えていません。
私、正宗は毎日、地獄のようなお爺々様の猛勉強に付き合わされています。
お陰で鍛錬の時間もそうですが、睡眠時間がないです。
ああ、今このときも、す、睡魔が襲ってきます。
「これ、手がお留守じゃぞ、正宗よ」
お爺々様は、こつんと私の頭を叩いてきます。
こうやって、お爺々は、私の安眠を妨害してくださっています。
だいたい、お爺々様だって、居眠りをしているじゃないですか。
7歳児にこんな仕打ちをするなんて、これってDVじゃないですか?
う、訴えてやるっ!
私は自分の虚しい行動に、悲しくなってきました。
何が、悲しくて洛陽くんだりまで来て、こんな目に遭わなくてはいけないのでしょうか?
お爺々様、曰く。
「雑念を捨てさせるためじゃ。それに、将来、お前は儂にきっと感謝するじゃろうて」
そうですか、お爺々様。
私は返事をする気力もありませんでした。
「おう、そうじゃった!大事なことを忘れておったわ!」
お爺々様は何かに気づいたのか手を打ちました。
「正宗、喜べ。燐がお前のために、私塾を探してくれておったようだぞ。儂も足を運んでみたが、なかなか良いところであったぞ。念のためにいっておくがの。正宗、私塾は勉強だけが目的ではない、若いうちにいろいろな人物に会い、人脈を作ってゆく場でもあるのじゃ。故に、私塾では勉強ばかりするでないぞ。じゃが、成績が悪くならない程度じゃからな」
お爺々様は好々爺然と態度で言ってきました。
お爺々様、私塾で勉強なんかする訳無いじゃないですか!
勉強なら嫌と言うほど、お爺々様にさせられています。
私はこの話に内心にほくそ笑んでいました。
これで自由な時間が出来ます。
「正宗よ、あまり羽目を外すでないぞ」
私の考えが、表情に出ていたのか、お爺々様は一言注意してきました。
「はい、お爺々様。私塾にて、友達を沢山作りたいと思います」
「うむ、勉強もしっかりするのだぞ」
「ところで私塾へはいつから通うのでしょうか?」
「そうじゃな・・・。善は急げじゃ。私塾の先生の話では、いつからでもいいそうじゃ。今から、その私塾に行くかの。正宗、勉強は暫し中断じゃ。私塾の先生に挨拶行く故、準備するのじゃ」
私とお爺々様は私塾に向かうことになりました。
私の私塾生活は睡眠ライフを満喫できると、心湧き踊っていました。
そうこのときまでは。
「オ―――ホホホホ、ホホホ、斗詩さん。今日の予定は何かありまして」
私は袁家の長女、袁本初です。将来、私はいずれ、4代にわたって三公を輩出した名家の当主になりますのよ。
オーホホホホ、ホホホ。
「麗羽さま、特にありませんけど」
「猪々子さん、何かありませんの。非常に退屈ですわ」
「そうですね、姫―。上手いラーメン屋があるんですけど、そこに行きませんか?」
猪々子さんは、いつも食べ物のことばかりね。
「ラーメン、まあ、いいですわ。ちょうど、小腹が空いていたことですし、猪々子さん案内しなさい」
時には、下々の食事を味わうのもいいものですわ。
下々の食事を食べて、下々の生活を知る。
まあ、私って何て凄いのでしょうね。
「オ―――ホホホホ、ホホホ」
「姫、何が可笑しいんですか?」
「文ちゃん、麗羽様だから」
2人が何か話しているようですけど、気になりませんわ。
「オ―――ホホホホ、ホホホ」
「よくわからないけど、まぁいいや!姫、斗詩、行きましょうよ」
私達は、猪々子さんの案内でラーメン屋行くことになりましたの。
私とお爺々様は、私塾に向かい担当の先生に会いました。
先生からは、お爺々様の孫なので、きっと優秀な子だろうと期待していました。
お爺々様の「通儒」というネームバリューのお陰で、私にプレッシャーがかかります。
私は私塾で睡眠ライフを謳歌したいというのに・・・。
いろいろと雑談をした後、明日から私塾に行くことになりました
「正宗、そろそろ昼じゃな、どこかで何か食べるかの。何が良い」
「手軽な物でいいですね、お爺々様」
「何か上手いものでも食べさせてやろうかと思っておったのじゃが。そうか、じゃあそこらの食堂にでもいくかの」
単に、高級な店は肩が凝るし、落ち着かないだけなんですけどね。
それはお爺々様も一緒でしょうけどね。
どうも、私達の一族の者は、贅沢な生活をしたいと思う人が少ないですから。
私はお爺々様と一緒に近くの食堂に入りました。
「おっちゃん、ラーメン2杯に、ラーメン大盛り1杯とチャーハン1皿ずつ!」
「へい、かしこまりました」
元気の良い女の子が注文をしていました。
うっ!
よく見るとその女の子は見知っています。
彼女が座っている席には、見知った顔が更に2人いました。
面識があるわけじゃないですよ。
恋姫の知識で知っているだけです。
あの3人はどうみても袁紹と文醜、顔良ではないですか!
「どうしたのじゃ、ボーっとして。席に座るぞ」
私はお爺々様に促されて、空いている席に座りました。
お爺々様は、菜譜に目を通すと私に渡してきました。
「何がよい、正宗」
袁紹の存在に動揺した私は、彼女達に目立たないように菜譜で顔を隠しながら料理を選びました。
「ラーメンとチャーハンでいいです」
渡された菜譜を見て、私はお爺々様に言いました。
「そうか、なら儂もそれにしようかの。おい、店主。ラーメン2杯とチャーハンを2皿頼む」
「へい、かしこまりました」
何と言うか・・・。
あまり関わりたくない人達です。
特に、天然クルクルパーの金髪娘には・・・。
容姿は申し分ないんですが・・・、あの性格で無ければ、お近づきになりたいのですが、本当に惜しい人です。
まあ、あれだけの美女とお近づきになるのは無理ですね。
私はチート能力者ですが、イケメンではないので。
そう私は普通ですから。
言っていて悲しいです。
こういうとき北郷一刀を羨ましく思います。
そう言えば彼はこの世界に現れるのでしょうか?
可能性としてはあります。
面倒臭いことになりそうです。
彼が孫策達のところに、舞い降りたら、間違いなく目障りな存在になると思います。
彼は只の高校生で、文武に秀でているわけではない、一般人ですが、未来の知識はあります。
孫策の右腕、周瑜が彼を放っとく訳ないです。
周瑜は必ず、彼の未来の知識を利用すると思います。
もし、孫策の元に彼が現れるなら、警戒する必要があります。
彼には悪いですが、暗殺も視野に入れなければいけません。
今の自分には無理な話ですが・・・。
やはり、将来的には私の自由になる私設軍が必要かもしれないです。
「正宗、料理が来たぞ。食べるとするかの」
私が物騒なことを考えていると注文していたものが来たようです。
目の前には、ラーメンとチャーハンが並べられていました。
「うーーーん。おいしそうです」
「そうか、それは何よりじゃ」
私達は食事を始めることにしました。
私はラーメンを食べながら、袁紹達に気づかれないように視線を向けました。
彼女達も食事中のようです。
ラーメンはおいしいのですが、彼女達が気になって味わうことができません。
私は何事も無く、この食堂を出ていけることを祈りました。
第12話 袁紹の初恋
前書き
総合評価ポイントが1,000ポイントを突破しました。
お気に入り数も400件を突破しました。
ありがとうございました。
更新の励みになります。
これからも頑張りたいと思います。
私とお爺々様が昼ご飯を食べていると、柄の悪いいかにもチンピラ2人組が食堂に入ってきました。
彼らは適当な席に、座ると店主に注文を済ませました。
私は自分の料理に視線を戻し、昼ご飯を食べることに専念しました。
それから四半刻過ぎたころでしょうか。
「おい、オヤジ!ちょっとどういうことだ!」
「オヤジ!ちょっと説明しやがれ!」
チンピラ2人組が何か叫んで騒ぎ出しました。
何事かと店内の客がチンピラ2人組を見ています。
「あのお客様、どのようなご用件でございますか?」
「ご用件だと!見てみろこの料理を!髪の毛が入っているじゃねえか!お前の店は客に、こんな料理を食わせるのか!」
「申し訳ございません!只今、作り直させていただきますので」
「おい!オヤジ!それで済むと思ってるのか?」
チンピラ2人組の1人が凄みを聞かせながら、店主に言っていました。
「お客様、どのようにすればお許しいただけるのでしょうか?」
店主は面倒な客だと思いつつ、丁寧な態度を取っていました。
「そうだな、今日の売り上げ全て寄越せば、許さなくはないぜ」
店主のその反応に、チンピラ2人組はニヤッと表情を一瞬変えて言いました。
明らかに、言いがかりを付けて、たかろうという腹ですね。
「そ、それは、それだけは勘弁してくださいませんか?それでは店が立ち行かないです」
店主は頭を下げて謝っていました。
可哀想だと思いましたが、あの店主を助けると目立ちますね。
せめて袁紹達が居なくなってくれればいいんだけど・・・。
などと店主とチンピラ2人組を見ていました。
私が食事をしている最中になんて五月蝿い人達ですのっ!
「あなた達、五月蝿いですわよっ!静かになさい!この私が食事中なのですわよ!」
私はおもむろに席を立つと見た目が悪人面の2人組に向かって言いました。
「なんだと!ガキは黙ってろ!」
悪人面の2人組が私達を睨みつけながら怒鳴ってきましたわ。
何て人達なのかしら、こんな野蛮な人達初めて会いますわ!
この袁本初に向かって、偉そうですわね。
許せませんわ!
「猪々子さん、やっておしまいなさい!」
「えっ!姫ー。アタイじゃ無理ですよ!」
猪々子さんが抗議してますが、認めません事よ。
主君の為に、家臣として頑張りなさい。
「猪々子さん、あなたは私が侮辱されて悔しくありませんの!さっさとあの野蛮な人達をやっておしまいなさい!」
「麗羽様、相手は大人なんですよ。いくら力持ちの文ちゃんでも無理ですよ」
斗詩さんまで何なのですの!
「さっきから、ごちゃごちゃ五月蝿せえぞ!この糞ガキ!」
「あっ!姫、危ない!くっ!」
野蛮な人達の1人が殴り掛かってきました。
私は殴られると思ったのですが、猪々子さんが私を庇ってくれたので殴られませんでしたわ。
「猪々子さん、だ、大丈夫ですのっ!しっかりなさい」
私は殴られた猪々子さんに駆け寄りました。
「いっ、痛っ!・・・あ、姫ー。大丈夫でした・・・か?」
「猪々子さん、大丈夫ですの?」
私は心配になって尋ねました。
「まあ、大丈夫かな・・・。足をちょっと挫いちまったかな」
猪々子さんは少し苦痛な顔で私を見ていましたわ。
許せませんわ!
「あなたなんてことをするんですの。私が誰か知って」
私が言い終わる前に、野蛮な人達は怒鳴ってきました。
「テメエが誰かなんか知るか!」
「痛い目に会わせてやるぜ!」
な、何て野蛮な人達なのかしら、それより私は、袁家の者なんですのよ!
私は周囲を見渡すと、誰も私と目を合わせようとしませんわ。
店主に至っては、何ですのあの態度はっ!
だ、誰もなんで私を助けませんのっ!
私は、こ、怖くなんてありませんわ、本当ですのよっ!
「正宗、さっさとあの暴漢を追い出して参れ」
お爺々様は一度、箸を休め、私にそのことを告げると、直ぐに、食事を再開しました。
「お爺々様、私は父上、母上に危険なことを禁止されておりますので、無理です」
袁紹に関わりたくない私は、お爺々様に小声で言いました。
「お前は儂に、暴漢の相手をしろというのかの?この老体には無理じゃ、それに儂は、昔から荒事は苦手じゃ。それとも正宗、困っているか弱き淑女を見捨てるのか?お前の父と母もこの程度、目を瞑ってくれるはずじゃ」
お爺々様は目を瞑り、嘆かわしいことじゃと言わんばかりの態度を取りました。
「お爺々様が『淑女』というのはどこにいるのでしょうか?私には暴漢に喧嘩に売っている愚か者にしか見えません。しばらくすれば騒ぎを聞きつけた警邏の兵が駆けつけると思います。わざわざ私が出しゃばらなくても良いかと思います」
私は、お爺々様に食い下がりました。
「警邏の兵が来る前に、あの少女達が大怪我をしたらどうするのじゃ。お前はそれでも無視を決め込むつもりなのかの。昔、お前は言ったはずじゃ。弱き者を守りたいと。あの言葉は嘘じゃったのかの?」
お爺々様はそのことだけ告げると、また、食事を再開しました。
・・・・・・。
こう言われては私も何も言い返せません。
お爺々様も人が悪いです。
お爺々様は人助けの為に、私が武を振るうことには、賛成でした。
都督のジジに、私が軍属としての指導を受けれたのもお爺々様のお陰でした。
はぁ~、正義の味方は辛いですね。
確かに、お爺々様の言う通り、助ける者を選り好みしてはならないです。
それは弱き者を守るとは言わないです。
私は席を立つと、袁紹と暴漢の間に入りました。
「なんだお前?ガキ、邪魔だから失せろ!」
「生憎とここを退く訳にはいかないのですよ。できればなんですが、ここは黙って帰ってくださいませんか?」
私は無理だろうと思いつつ、暴漢と円満解決を図ろう丁寧に言いしました。
「あぁ?何で俺達が帰らなくちゃいけねんだ!俺達は被害者なんだぞ!店の親父に慰謝料も貰ってねえのに帰るわけねえだろうが!その糞むかつくガキ達にも嘗めた真似したらどうなるか教えてやらないと気が済まねえんだよ!」
暴漢達は頭に血を上らせながら、大声で私に怒鳴りました。
お前達が被害者って・・・。
一部始終を見ていた私には、明らかにお前達が言いがかりを付けているとしか思えないんだけど。
はっきり言ってお前達のやっていることは三文芝居もいいところだよ。
仮に、暴漢達の言い分が正しかったにしても、慰謝料の限度を超えていると思います。
「そうですか・・・。仕方ないので、実力行使させて貰います。怪我しても文句は言わないでくださいね」
私は暴漢達を力強く真っすぐ見据えていいました。
私は不安に・・・、じゃないですわ。
少々、野蛮な人達に手こずっているのですわっ!
そんな私の前に、颯爽と、男の子が現れました。
彼は私達に一度目を向けると、野蛮な人達と対峙しました。
歳は私と同じ位ですわ。
私の華麗さに比べたら、地味な子ですのね。
幼なじみの白蓮さんみたいですわね。
彼は野蛮な人達に向かって、帰るように言っていましたわ。
何なのかしらこの子っ!
野蛮な人達は、私に無礼を働いたばかりか、猪々子さんを殴り怪我をさせましたのよ。
こんな野蛮な人達にはケチョンケチョンにしなくては気が済まないですわ!
私が心の中で、不満を口にしていると、どうやら彼と野蛮な人達は交渉決裂したようですわ。
オーーーホホホホ、当然ですわ。
この袁紹に無礼を働いたのですから、私の誇りに懸けて帰すわけには参りませんわ。
「そこの貴方っ!見事、野蛮な人達をケチョンケチョンにして下さいまし!」
私は彼に言いいましたわ。
なんなんでしょう?
先程までは、不安でしたのに・・・、不安じゃないですわね。
こ、この私が不安なんてありえないですわっ!
ほんのちょっとだけ、不安でしたのよ。
それなのに今は凄く落ち着いていますわ。
彼の所為なんですの?
ぱ、白蓮さんのような地味な人のお陰なんて、絶対に有り得ませんわ!
慌てて、彼に視線を戻すと、野蛮な人達の一人が彼を殴りつけてきましたわ。
彼はその小さな体で、野蛮な人の拳を片手で受け止めていましたわ。
私は驚きましたわ。
あの力だけはある猪々子さんを殴りつけたあの野蛮な人の拳をものともしないなんて・・・。
「すいませんが直ぐ終わらせてもらいますね」
彼は一言言うと、野蛮な人の懐に入り込み腹に一撃を放ちましたわ。
あの無礼な野蛮な人は白目を向いて、膝を付いて前のめりに倒れましたわ。
オーホホホホホホ、いい気味ですわね!
それにしても、私、彼のお姿を見ているだけで、体が熱くなりますわ。
彼、凛々しいですわっ!
もう一人の野蛮な人は驚いていますわ。
彼は最後の一人の野蛮な人に近づくと、一瞬体勢を崩し、野蛮な人の左足の関節に蹴りを入れましたわ。
「ぎぃやあああああああーーーーーー!」
野蛮な人が絶叫を上げ、野蛮な人の足は変な方向に曲がっていますわ。
い、痛そうですわね・・・。
彼は体勢を崩して、叫んでいる野蛮な人の背後に回り、腕で首を絞めて気絶させていましたわ。
最初に倒された野蛮な人同様、白目を向いてますわね。
オーホホホホホホ、気分が良いですわね。
それにしても私どうしてしまったのでしょう。
彼を見ると体が熱くなりますわ。
こんなこと、今までに体験したことがありませんわ。
これがもしかして・・・、巷で聞いた事があるあれですわねっ!
「私は貴方に恋をしてしまいましたわ」
私は気付くと彼に近づきながら、そう言ってしまいましたわ。
な、何てはしたないことをしていますの。
気付いた彼は、私の告白に動揺しているみたいですわ。
キャァーーーーーー、まずいですわ、気まずいですわ!
私の顔から火が出そうな位、熱いですわ。
第13話 モテ期は不幸と共にやってくる
私は動揺して、状況が把握できないです。
袁紹が私の前に立ち、頬を染めて私を見つめています。
『私は貴方に恋をしてしまいましたわ』
私が最後の1人の暴漢を倒したところで、袁紹は私に告白をしてきました。
・・・・・・。
何故、助けただけで、一足飛びにそういう事になるんでしょうか?
あっ、そうだっ!
先程の言葉は、きっと聞き間違いです。
彼女居ない暦=年齢の私は、とうとう幻聴が聞こえるようになったようです。
私は気を取り直して、袁紹を見ると顔を真っ赤にしクネクネと体を捩らせています。
えーーーと、何か嫌な予感がするので、早く、お爺々様とこの店を出ることにします。
ちょっと惜しいという気持ちがありますが、悪魔の誘惑に乗ったら負けです。
明らかに、不幸になりそうです。
そうと決まれば善は急げです!
「お爺々様、暴漢は仰せの通り片付けました!後のことは、この店主に任せても問題はずです!早く、この店からでましょう!」
私は袁紹が現実に引き戻される前に、一刻も早く、この場を去りたかったので、お爺々様に語気を荒げて言いました。
「何をそんなに慌てておるのじゃ。まだ、料理が残っておるぞ。勿体ないではないか。儂も未だ、食い終わっておらぬ」
お爺々様は人の気も知らないで、飄々とした顔で私に言うと、チャーハンをレンゲで掬って食べていました。
お爺々様はこの状況を判っておられないのですか!
あなたの孫は今、非常にヤバイんですよ!
この天然クルクルパーの金髪娘に関わるのは危険なんです!
私は、あの「バトルジャンキー」孫策で手一杯なのです。
これで、「天然クルクルパーの金髪娘」袁紹が加わるなんて、地獄への片道切符を強制購入させられるようなものです。
将来、覇王様と対立することになります!
私の様な小市民が、三国志の英雄2人を同時に相手にするなんて精神衛生上良くないです。
「あ、あの・・・。そこの貴方。助けて下さってありがとうございます」
後から、今一番聞きたくない声が聞こえました。
聞こえないっ!
あーーー、聞こえない、聞こえないっ!
私は袁紹の声を掻き消そうと必死になりました。
「ま、まさかっ!私の所為でお怪我でもされたのですか?」
声音の変わった袁紹が、私の正面に回ってくると、不安な顔で私の顔を見てきました。
う、流石、綺麗です。
そんな目で私を見るな、惚れてまうやろーーー!
「は・・・、ははっ、怪我はしていないけど・・・」
私は袁紹と会話をしてしまいました。
「本当ですの?本当のことを仰ってくださいまし。お怪我をしているなら、当家の専属医を直ぐによびますわ。ちょっと、何してますの!斗詩さん、屋敷に戻って医者を連れてきなさい!」
あのーーー、袁紹さん。
文醜のことを忘れていないですか。
自分を庇って怪我をした文醜を忘れるのは酷いと思いました。
でも、袁紹ですからね・・・。
「は、はい、麗羽様畏まりました!あの、文ちゃんをお願いしますね!」
顔良は文醜が心配の様でしたが、いずれにせよ医者が必要だと思ったのか、食堂を足早に去っていた。
「あれ、猪々子さんそこでどうしてますの?ああ、足を挫いてらしたのよね・・・」
袁紹はバツが悪そうな顔をしていました。
「姫ー、アタイのことを忘れるなんて・・・。酷いよ」
文醜は呟いて、俯いていました。
「い、猪々子さん。忘れていたわけではないのですのよ。オーホホホ」
袁紹は文醜を忘れていたことを誤摩化そうとしていました。
なんてことですの。
彼の前で、恥をかいてしまいましたわ。
猪々子さんも、猪々子さんさんですわ。
もう少しを気を使ってくれてもよろしいじゃありませんのっ!
「おい、正宗、お前も気の利かぬ奴じゃな。そこの怪我したお嬢さんを介抱してやらんか!お嬢さんも、そこで立ったままなのもなんじゃ。空いている席に座わるとよい」
なんですのこの老人は、私に気安く声を掛けないでいただきたいですわ。
まあ、立ってるのも疲れますので、言う通りに空いている席に座って差し上げますわ。
あれ、さっき気になることを聞きましたわ!
確か、この老人は彼のことを真名らしきもので呼びましたわね。
このお方は彼のお爺々様ということですわねっ!
オーホホホホ、これはきっと運命なのですわっ!
それより猪々子さん、家臣なのにどういうことですの!
彼に怪我の介抱をして貰った上、お姫様だっこされて、羨ましすぎます!
私もしてもらいたいですわ・・・。
私は彼と猪々子さんを恨みがましい目で見てしまいましたわ。
「あのお爺々様、この状況はなんでしょうか?」
私の横にはあの袁紹が陣取っています。
当初、介抱していた文醜を私の横に座らせようとしました。
別に他意はないです。
ただ、面倒だっただけです。
それが袁紹の抗議によって、今に至るわけです・・・。
「立って話すのもなんじゃと思ったのでの。それより、正宗、さっさと残った料理を片付けぬか」
私は冷えて伸びたラーメンと冷えたチャーハンを啜る羽目になりました。
元はと言えば、お爺々様の所為ではないですか。
「あ、あの貴方のお名前をお聞きしてもよろしいですか?私は袁紹、字は本初。真名は麗羽です。麗羽とお呼びくださいまし」
袁紹が私に名前を聞いてきました。
真名を初対面の私に預けるなんて、袁紹はかなり変ですね。
私は真名を受け取れないと言おうかと思ったのだが、袁紹の期待の眼差しを見てしまい言えませんでした。
真名を預けられて、預けないというのは失礼です!
ええ、そうです!
私はヤケクソになんて、成っていませんよ!
「私は劉ヨウ、字は正札。真名は正宗です」
私は袁紹に憮然と言ってしまいました。
「わ、私と真名を交換するのはお嫌でしたでしょうか?」
私の態度が真名の交換を嫌々していると思ったようで、不安な顔つきで私を見ていました。
「い、いえ、先ほど食べたチャーハンが冷めて美味くなかっただけです」
私は少しズレた回答をしてしまいました。
「そうですの・・・。そうですわっ!正宗様!助けていただいたお礼に、当家の屋敷に招きいたしますわ。当家の料理人が腕によりを掛けて、お持て成しいたしますわ。」
「いえ、麗羽さん結構です。大したことはしていませんので」
私は麗羽にこれ以上関わり遭いたくなかったので、必死に断ろうとしました。
「そうじゃの。袁紹と言ったかの?」
「正宗様のお爺々様、私のことは麗羽と及びください」
「それは真名であろう。儂も呼んでよいのか」
「構いませんわ。正宗様のお爺々様ですもの」
「そうか・・・。なら、麗羽。その話は後日、折を見てにせぬかの。儂らも午後より予定があるのじゃ」
「お2人の事情も考えず、申し訳ありませんでしたわ・・・」
お爺々様の言葉に、麗羽は落ち込んでいました。
「まあ、そう落ち込むでない。儂も孫も暫く、洛陽に滞在するのでな。また、会う機会はあろうて。のう正宗?」
おい、お爺々様、あなたは何を言ってるんですか!
余計なことは言わないで下さい!
「本当ですの、正宗様っ!」
麗羽は私の方を振り向き、私を期待に満ちた目で見つめてきました。
「いや、それは無理・・・」
会いたくないので、無理だと言おうとしたら、麗羽がうっすらと涙を浮かべていました。
「・・・そうですねっ!また、会えると思いますよ。はは、はは、は・・・」
「正宗様っ!麗羽は嬉しいですわっ!」
負けてしまいました・・・。
仕方ないじゃありませんか。
私、いままでモテたこと一度もないんですよ。
そんな私が、いくら頭は残念でも、容姿は美人な麗羽に泣かれて、それを突き放せる程、人として強くないです。
はは、ははははははは!
私はこの先どうなるのでしょうか?
このまま行くと私は戦乱の中に身を置くことになりそうです。
打倒、孫策を掲げている時点で私が戦乱に身を置くのは決定なのでしょうけど。
麗羽との出会いは、私の想定を超える程、危険な予感がしてきました。
間違いなく華琳との対決は避けられないと思います。
あの華琳ですよ!
天才である華琳に、努力してやっと秀才の私に勝てるわけないです。
ですが、私も諦めるわけにはいかないです。
私にはハピーライフを送るという悲願があるのです。
まだ、私には時間があります。
何としても破滅の人生を回避しなくてはいけません。
私は絶対に生き残ってやります!
第14話 束の間の平和なひととき
前書き
更新が遅れすみませんでした。
ヒロインは麗羽で決定になりそうです。
種馬一刀のようにハーレム化は避けようと思っています。
ごちゃごちゃしてきそうなので・・・。
微ハーレムはあるかもしれないです。
麗羽との出会いから数ヶ月が過ぎようとしています。
あれから知ったのですが麗羽も同じ私塾に通っていることを知りました。
そして、麗羽の家臣、文醜、顔良と真名を交換しました。
文醜、顔良の真名はそれぞれ猪々子、斗詩だそうです。
猪々子からはアニキと呼ばれています。
私の戦う姿を見て、憧れているようです。
斗詩は猪々子の態度を注意していましたが、私は気にしなくてもいいと言いました。
「正宗様、申し訳ありません」
それでも、斗詩はやっぱり悪いと思ったのか、私に謝罪を言ってきました。
本当に、斗詩は苦労人なんだなとつくづく思いました。
最近、私は将来に向けての青写真を想い描いています。
麗羽には将来、華琳の抑えになって貰おうと考えています。
しかし、今のままの麗羽では、史実通り以前に恋姫の原作通りに華琳に敗れると思います。
麗羽には、私が揚州を制覇するまでの抑えになって貰いたいと思っています。
それにここ数ヶ月の付き合いですが、麗羽に対して私は情を持ち始めています。
恋姫の原作通りに華琳に敗れても無事逃げられる確証は何もありません。
そもそも恋姫の原作に私の存在など居ませんでした。
存在しないはずのイレギュラーがどう影響するか気になります。
少なくとも麗羽には、華琳に敗れて死ぬようなことがないように予防線を引いておきたいです。
麗羽に必要なことは、文武の道を教え導く存在だと思います。
私にとってのお爺々様、都督のジジのような存在です。
ですが、麗羽は文武に全くの興味もないようです。
非力ながら、この私が麗羽を導こうと考えました。
最近の日課は、麗羽の家庭教師代わりです。
私塾で麗羽の勉強を見て上げ、放課後は、武術の鍛錬を教えて上げることにしました。
意外なことに、麗羽は嫌がると思いきや、喜んで受けてくれました。
少し身が入っていないような気がしますが、最初の頃に比べれば、幾分ましになった気がします。
「正宗様、どうですか?」
「うーーーん、最初に比べたら、良くなったと思うよ」
現在、私は麗羽に武術の鍛錬をしている最中です。
「オーホホホホ、当然ですわ!」
この高笑いが無くなれば問題無しなんですが、麗羽のトレードマークと今では諦めています。
私が袁紹の家庭教師代わりになることで、将来、華琳に敗れることが無くなればいいのですが・・・。
ああ、そうでした。
私は将来、黄巾の乱までに、私設軍を創設しようと考えています。
いろいろとやらなければいけないことがあるのですが、手始めに人材探しから始めることにしました。
それで、軍の将官候補になる人材探しのために旅に出ようと考えています。
人材探しの部分は伏せて伝えていますが、旅に出ることは、お爺々様に相談しています。
父上達にはお爺々様に相談した後で、文を出しました。
その文には、お爺々様に添え文をして貰いました。
先日、返事が届いたのですが、15歳になったら、旅に出ても良いと書かれていました。
そのときは一度、故郷に立ち寄ろうと考えてみます。
本音は、もっと早く行動をしたかったのですが、そうは上手くいきませんでした。
「麗羽、私は15歳になったら、この洛陽を一度離れようと思う」
思い出したので、忘れないうちに麗羽に伝えておく事にしました。
「えっ!どういうことですの。正宗様」
麗羽は突拍子もなく、私が洛陽を離れると言ってきたので驚いています。
「前々から決めていたことなんだけどね。見聞のために旅に出るんだよ」
「そ・・・そんな、正宗様は私を置いてくつもりですの」
麗羽は目を潤ませながら、私のことを見つめてきました。
「見聞のための旅だから、麗羽には危険だと・・・」
「なら、私、頑張りますわ!正宗様と旅をするために、今まで以上に勉強と武術を勤しんで頑張りますわ!ですから、私を置いて行くなんて言わないで下さいまし!」
私が言い終わる前に、麗羽は必死の形相で言い返してきました。
「旅といっても半年位だから」
私も長々と放浪の旅をするつもりはないです。
人材探しの地は、だいたいの目星を付けているつもりです。
「は、半年ですってっ!ひ、ひどいですわ・・・。正宗様は麗羽をそんな長い間ほったらかしにする気ですの!」
麗羽は狼狽し、ポロポロと涙を流しながら訴えてきます。
半年間は確かに長いけど、そこまで非難されることでしょうか。
「ま、正宗様、私、絶対に付いて行きますわ」
麗羽が私の服が破れそうな勢いで、しがみついてきました。
「わ、わかったよ。でも、旅に連れて行くとなると、中途半端な能力では足手まといになる。賊に殺される可能性だってあるから、私の指導もそれ相応に厳しくなるけどいいかい?」
麗羽に少し脅しをかけてみました。
実際、危険ですし・・・。
これで、麗羽も引き下がると思うのですが・・・。
「望むところですわ!正宗様と離れる位なら頑張って見せますことよ!」
麗羽は涙をハンカチで拭いながら、気合いの入った表情で応えてきました。
予想に反した行動でしたが、麗羽がやる気になってくれたことは、私にとっても嬉しいことです。
「・・・そうか。じゃあ、早速、今日から厳しく指導するよ。それじゃ、立ち会いをもう一度しようか」
「はい!正宗様」
その後、一刻程、立ち会いをした後、麗羽を家まで置くって上げました。
麗羽の屋敷への道すがら、空に見えるのは綺麗な夕焼けでした。
第15話 姉上と正宗
前書き
主人公の人材探しまでの旅まで、あと数話位かかると思います。
主人公の姉である劉岱は史実で袁紹とは凄く仲が良かったと言われるので、幼少期に接点を持たせたかったので、書いてしまいました。
仕事に忙殺され、弟の正宗と話をする暇もない。
そんな私が久方振りの休みというのに・・・。
正宗はどこに行ったのかしら。
「おお、燐ではないか。何をうろうろしておるのじゃ?」
背後から声を掛けられたので、振り向くとそこにはお爺々様が立っていた。
「お爺々様、正宗と話でもと思いましたが、姿が見えなくて・・・。正宗が洛陽に来て以来、仕事が忙しく会話らしい会話も出来てないので、今日こそはと意気込んでいたのですが・・・」
結果は、空振りでした。
「正宗か・・・。多分、この時間なら、麗羽と稽古をしていると思うぞ。洛陽郊外の森に行くと言っておったな」
「麗羽とは誰です?初めて聞く名ですが・・・。正宗と仲の良い友達ですか?」
私は洛陽に来て間もない弟が既に友達を作っていたことに驚くとともに、そのことを知らない自分に少し寂しさを感じました。
「袁紹じゃよ。袁成殿の忘れ形見じゃ。それと燐、麗羽は真名じゃから気をつけよ」
「ご注意痛み入ります。袁紹というと、汝南袁氏の者ですね。私塾で仲良くなったのですか?」
袁紹という名を聞いて、私は複雑な気持ちになっていた。
袁紹と言えば、あまり良い噂を聞かない。
叔父の袁逢と袁隗に甘やかされて育ち、この洛陽では暗愚な人物で通っています。
そんな者と私の弟は関わっているのかと思うと、弟のことが不安になってきました。
「お爺々様、何を平然としておいでなのです。袁紹は如何に名門の出とはいえ、暗愚な人物です。そんな者との交流を何故、黙っておいでになったのですか」
私は、お爺々様に不満をぶつけました。
「暗愚だったの間違いではないのか?麗羽は本当に頑張っておると思うぞ。少しでも、正宗に釣り合える人物になりたいと思っての」
お爺々様は私の顔を怪訝な顔で見ていました。
何ですって、あの袁紹が正宗に釣り合えるように頑張っている?
それって・・・。
「も、もしかして、袁紹は正宗と恋仲なのですか?」
私の予想が外れくれればと思いつつ、お爺々様に確認をとりました。
「儂はそう思っておるがの。あの2人は四六時中、一緒だからの。正宗は私塾で麗羽の勉強をみて、放課後は2人で武術の稽古をしておるみたいじゃしの。ちと、早い気もせんこともないが、微笑ましいものじゃ。燐よ麗羽の前で、暗愚などと言うてやるなよ。あれだけ一生懸命なのじゃから過去のことはどうでもよかろうて」
お爺々様は好々爺然として表情で、私に言ってきました。
「な、何ですってぇーーー!それは本当なのですか?お爺々様!」
私はお爺々様に詰め寄って、再度確認しました。
「急に五月蝿いではないか!燐、はしたないぞ」
お爺様は私の声が五月蝿かったのか、愚痴りました。
「それより、袁紹と恋仲というのは本当なのですか?」
私はお爺様の言葉を無視して言いました。
「じゃから、何度も言うておろうが・・・。ああ、正宗と麗羽は恋仲じゃ。それも麗羽の一目惚れのようじゃが。別によいではないか。家柄とて申し分ないじゃろうが」
お爺々様は面倒臭そうに私に応えてきました。
私の預かり知らないところで、こんなことが起こっていたなんて・・・。
衝撃の事実だわ・・・。
お爺様の話では、袁紹は真面目に文武に励んでいるそうなんだけど・・・。
そんなに簡単に人って変われるものなのかしら。
洛陽中で暗愚と言われた人物のことだけに、信じられませんでした。
「燐、そんなに心配なら、2人の稽古を見物にでも行けばよいではないか。面倒じゃが、儂が連れて行ってやる」
お爺々様は私の不信な表情を読み取ったようで、弟と袁紹が居るところに案内してくれるそうです。
しかし、あのお爺々様がこんなに好意的なんて、そんな袁紹は好人物なのかしら。
正直、想像が付かないわ・・・。
私とお爺々様は弟と袁紹の稽古している場所に出向くことになりました。
「もう少し踏み込んで!」
「はい!」
私は今、麗羽と剣術の鍛錬をしています。
もちろん剣は木剣です。
私達は、私塾が終わって直ぐに、馬に乗ってこの鍛錬場に来ました。
最近、猪々子も鍛錬にときどき参加することがあります。
彼女の場合、食い気が勝っているようで、ほぼ不参加です。
今日も、猪々子は良い店を見つけたと斗詩を連れだっていなくなりました。
2人とも主人を置いていくのはどうかなと思ったけど、麗羽は機嫌が良かったです。
「隙ありですわっ!正宗様!」
「うおおぉっと!麗羽危ないじゃないか」
危うく頭に剣が当たるところでした。
「正宗様がボーーーとしていらっしゃるのが悪いのですわ。いつも私に余所見をするなと仰っているじゃありませんか」
「あはははっ、そうだね。麗羽に一本取られたよ」
私は麗羽の言葉に、笑いがこみ上げてしまいました。
「うふふふっ!」
麗羽も私の笑いにつられて、笑いだしました。
「おお、何やら楽しそうじゃの、正宗」
私達の会話に入ってきた人物の声は、お爺々様のものでした。
「わざわざどうしましたのお爺々様。あら、その方はどなたですの?」
麗羽が先にお爺様に話しかけてきた。
「そうですよ、どうしたんですか」
私もそういって、声のする方向に顔を向けるとお爺々様ともう1人女性が立っていました。
何処かで見たことのあるような気がするのですが・・・。
誰でしたっけ?
「あのお爺々様、その方はどなたです」
私はお爺々様に女性のことを聞きました。
「何を言うておる。お前の姉の劉岱じゃろうが。まあ、お前は小さい時以来、一度も会っておらぬ故、仕方ないかの。洛陽に来てからも燐が忙しくて会う暇もなかったしの」
「えーーー、姉上ですか?」
私の目の前の女性は、スレンダーで黒髪のボブカットが似合う大人な魅力を漂わせる凄い美人です。
小さいころの面影が若干ありますが、こんな美人になっていたなんて・・・。
「い、痛いっ!」
私が姉上をじっと見ていると麗羽が頬膨らませて、ご機嫌斜めでした。
「麗羽、痛いじゃないか」
「正宗様を見ていたら、何か無性に腹が立ちましたわ!」
「あなたが袁紹殿かしら。私は劉ヨウの姉の劉岱です」
私が麗羽は宥めようとしていると姉上がこちらに近づいて、麗羽に話かけてきました。
「正宗様のお姉様ですのね。はじめまして、袁紹と申します。正宗様とは懇意にさせていただいております」
本当に、麗羽は変わったなと思いました。
たった、出会ってから数ヶ月しか立っていないけど、以前は、この挨拶すらできない子でした。
『オーーーホホホホ、私が名門の出の袁本初ですことよ!オーーーホホホホ!』
昔ならこういう挨拶をしたと思います。
姉上は麗羽の挨拶に驚いているようでした。
「それで姉上はどうして此処に?」
あの後、私と麗羽は休憩を取ることにしました。
お爺々様と姉上も一緒に、寛げそうな場所に敷物を敷いてのんびりとしています。
「どうしてとは何なの。折角、暇が出来たので、弟と話でもしようと思ったのに・・・。正宗は楽しそうでいいわね」
姉上は機嫌が悪そうでした。
「そう、拗ねるでない。正宗と麗羽は遊んでいたわけではないのじゃから」
「気になったんだけど、袁紹殿は何故、剣術なんてやっているのかしら?」
「それは正宗様の見聞を広めるための旅にお供するためです」
「健気ね。お爺々様に聞いてはいたけど、なんで正宗、あなた旅にでるわけ?この洛陽でも十分に情報は集まると思うわよ」
姉上は麗羽の言葉に、勝手に納得して、私に旅に出る理由を尋ねてきました。
「洛陽に入ってくる情報を見聞きするより、自分の目で見た方が良い経験となると思ったからです」
本当のことは言えなかったので、もっともらしいことを言いました。
「取って付けた様な言い方がちょっと気になるけど・・・。正宗、あなた本当に7歳なの?とても7歳の子供が考えることじゃないわ。普通、あなた位の年頃なら、遊ぶことに一生懸命だもの。お爺々様や父上達にあなたのことを聞かされたときは半信半疑だったけど・・・。こうやって対面すると実感するわね。じゃあ、最後に教えてくれるかしら。正宗は旅で、何を見たいのかしら?」
私の言葉が年相応とは思えないと言った後、私を見据えていいました。
「民の生活と地方での役人の姿を見てみたいと思っています」
「なぜ?」
「民の生活は飢饉や天災などで、窮乏しています。それにも関わらず重税を課し私腹を肥やす汚職役人がいます。私は彼らのことを目に焼き付けて置きたいのです。私は将来必ず、偉くなってみせます。そして、弱い立場の人々が安寧な生活が送れる世を作りたいと思っています」
「ふふっ、英雄願望というやつかしら。正宗、確かにあなたの言う通りよ。漢臣である私が口にしてはいけないことだろうけどね。今の宮中は売官と賄賂がはびこっているわ。それに、宦官の専横は見るに耐えないわ」
私を見つめる姉上は頬を綻ばせて優しい笑みを見せていました。
「頭は良いと思っていたけど、想いは子供なのね。少し安心したわ。そうね、正宗は一度旅にでるのも良いと思うわ」
姉上は自分の中で、納得したようでした。
「それにしても袁紹殿には驚いたわね。袁紹殿、気を悪くされないでね。噂であなたが暗愚な人物と耳にしていたので、そんな人物と関わっている弟のことが心配だったの。でも、実際、袁紹殿に会ってそんな印象が全くなかったわ。本当にごめんなさい」
姉上は麗羽の方を見やると、頭を下げて謝っていました。
「正宗様のお姉様っ!頭をお上げくださいまし。以前の私は暗愚と言われても仕方なかったと思っていますもの」
麗羽は姉上が頭を下げてきたことに恐縮しているようでした。
「それでは私の気が済まないわ。あまり高い物は無理だけど、何か欲しいものはない?」
姉上は麗羽の家が金持ちなので、金銭感覚がズレていると思って、値段の高い物は無理と予防線を引いていました。
「できれば、真名の交換をお願いできませんでしょうか?正宗様のお姉様と仲良くなりたいと思っています。よろしいでしょうか?」
「真名の交換?そうね。正宗とも仲が良いみたいだし・・・、それに袁紹殿は噂とは全然違っていたようだし。良いわよ。私は劉岱、字は公山、真名は燐よ」
姉上は麗羽との真名交換
「私は袁紹、字は本初、真名は麗羽です。それと正宗様のお姉様には、殿ではなく呼び捨てで呼んでいただきたいです。私は燐お姉様と呼ばせていただいてもよろしいですか?」
「燐お姉様・・・。何か妹ができた気分ね。いいわよ、じゃあ麗羽、これからよろしくね」
「はい、燐お姉様、こちらこそよろしくですわ」
姉上と麗羽は和んでいました。
「まあ、一件落着じゃな。よかった、よかった」
お爺々様は姉上と麗羽が仲良くなったのを喜んでいました。
「正宗、旅に行くこと自体に文句はないわ。でも、ちゃんと麗羽のことを守って上げるのよ。麗羽は女の子なんだから、分かっているの?」
姉上は急に思いついたのか私にそう言ってきました。
「言われないでも分かっています。危なくなれば守ります。ですが、旅先では何が起こるかわからないのです。麗羽自身にも力をつけてもらわないと、もしもということがあります」
私は真剣な顔で姉上に言葉を返しました。
「燐お姉様、麗羽は正宗様の足手まといには成りたくはないですわ。だから、正宗様の指導を受けていますの」
麗羽は燐お姉様に抗議していました。
「何よ~、私は麗羽のことを思って、言って上げたのに。それに麗羽は気負い過ぎよ。足手まといに成りたくないという気持ちは分かるけど、正宗に頼るときは頼りなさいね。そんなだと余計に危ない目に遭いかねないわ」
姉上は私と麗羽に不満を言うと、麗羽に対して助言をしていました。
「姉上にしては、いいことを言いますね」
「それはどういう意味かしらね。正宗!」
「ふふっ、2人とも仲が良いですのね。姉上様にはご助言感謝いたしますわ。そのこと、心に留めおいておきますわ」
その後は、鍛錬を早めに切り上げ、姉上の奢りで4人で食事に行くことになりました。
第16話 火縄銃を我が手に
私は絡繰り師になろうと思います。
というのは冗談です。
将来のことを考えて、オーバーテクノロジーな武器を開発中です。
その武器の名は鉄砲です。
鉄砲の設計図は、私のあらゆることを知る能力で簡単に制作できました。
鉄砲のモデルは日本の戦国時代の武器である火縄銃です。
単に、火縄銃といっても生産地によって、外観が変わってきます。
私は仙台で生産されていた火縄銃である仙台筒の開発を行っています。
仙台筒の特徴は、大きめの銃床やストレートの八角銃身などに特徴がみられます。
見た目がかっこ良く感じたことが採用の決めてです。
火縄銃に使用する火縄は雨火縄にしようと思っています。
雨火縄は木綿を材料にし、塩硝をしみ込ませて、水に濡れても燃えるようになっています。
土砂降りで無い限り、火縄銃の使用に支障ありません。
いずれ揚州で使用するとなれば、この方が良いでしょう。
火薬の調合は試行錯誤しましたが、上手くいきました。
雨火縄も問題ないと思います。
問題は鉄砲の方なのです。
私には鍛冶の技術などありません。
それで鍛冶屋に頼もうとしたのですが、お金がありませんでした。
一度、鍛冶屋に足を運んだのですが、私の小遣いでは足りそうにありませんでした。
私の家は皇族といっても、前漢の皇族です。
後漢の皇帝とは、遠縁なので、名門といっても超セレブな麗羽の家のような経済力はないです。
その上、私の一族は清廉な人物が多いのです。
経済的に困窮はしていないですが、子供に大金を渡す程、裕福な家とは言いえないです。
私の叔父上などはよい例だと思います。
普段から、貧乏な格好をしているので、招待を受けた屋敷の家人に、門前で止められるような人です。
清廉すぎるのも問題だと思います。
私は金策先を考えましたが思い浮かぶはずもなく、麗羽に相談をすることにしました。
「これも内助の功というものですわ」
麗羽は気になさらないでくださいという表情で私に話してきました。
私は気になる言葉を耳にしましたが、仕方なく麗羽にお金を借りました。
何かヒモになった気分で、良い気持ちではありませんでした。
でも、麗羽以外に、理由を根掘り葉掘り聞いてこなそうな人物に心辺りがありませんし・・・。
麗羽には、必ず返済すると言ったのですが、笑顔で「いいですのよ。私と政宗様との間で遠慮なんてなさらないでください」と言われました。
私は鉄砲の技術をできるだけ秘匿したかったので、全ての部品を一つの鍛冶屋に頼むのではなく、洛陽だけでなく、近隣の街の鍛冶屋に小分けで依頼しました。
自作できそうな部品は、自分で制作しています。
最終的には、出来た部品を自分で組み立てる算段でいます。
日本でも火縄銃は戦術を大きく変えた武器です。
私の奥の手になるのは間違いないです。
孫策との戦までに、秘密裏に鉄砲隊を組織するつもりです。
そのため製造方法は秘匿にする必要があります。
こんなとき、李典が居てくれたらとつくづく思います。
旅に出たら必ず彼女を仲間に引き込むつもりです。
金ない、人材いないの私を悩ませているのが、砲身の部分です。
他の部品はまずまずの出来でした。
洛陽でもかなり腕の良い職人に頼んでいるのですが、上手くいきません。
この時代の技術では、鉄パイプの空洞のような均一な穴を開けるのは至難の技のようです。
お陰で、麗羽に金を無心するのが日課になりつつあります。
端から見たら、私は多分、ダメ男ですね。
今日も、日課となっている砲身を依頼している鍛冶屋に向かっています。
「親方いるかい。劉ヨウだけど空洞の空いた鉄の棒は出来ているかな」
私は後々のことを考え、砲身のことをこう呼んでいます。
「これは劉ヨウ様じゃないですか!良いところに気やしたね。依頼の品は出来ていますよ」
親方は自信ありげに私に言ってきました。
「本当かい。見せて貰ってもいいかな?」
私はまた失敗じゃないかと、思いながら親方から砲身を受け取り、品定めをしました。
・・・・・・。
「親方、上手くできているじゃないか!」
「へへ、劉ヨウ様には随分と贔屓にして貰ってます。ここらで決めねえと職人の沽券に関わりますよ。鋳造方法を少し変えてみたのが良かった見たいです」
「この出来なら問題無さそうだよ。早速帰って使わせて貰うよ!」
「しかし、劉ヨウ様はそんなものを何に使われるんです?随分、金を使わせちまって何ですけど」
親方は私が砲身を何に使うのかが気になるようです。
「これかい、これを使って絡繰りを作ろうと思ってね」
鉄砲も絡繰りの一種だと思います。
「へぇーーー。劉ヨウ様は絡繰りに興味がおありだったんですか。全然知りませんでしたよ。それで何を作られるんです」
「えーと・・・。絡繰り人形でも作ろうかなと思っているんだ」
ついとっさに嘘を言いました。
「絡繰りを作る方は変わった方が多いと聞いてましたが、劉ヨウ様も変わってらっしゃいますね」
「それは酷いな親方。まずは、こいつを試してから問題なけば依頼しようと思っているのだけど、これと同じものをもう一つ作れるかな?」
麗羽にも一丁作って上げようと思い、親方に尋ねました。
麗羽には私がダメ男ではないことを知っていて貰いたいですし、鉄砲は将来、彼女の助けになると思います。
「ええ、そりゃ問題ないですぜ」
私はそれから屋敷に帰り、麗羽の指導の合間を利用して、2週間掛けて、鉄砲を完成させました。
もちろん火縄も、鉄砲に必要な弾丸、火皿や火薬袋といった小物も準備済みです。
私は鉄砲を木綿袋に収納すると、それを肩に掛けて試し撃ちに人気の無い森に行くことにしました。
第17話 未来を知る者の告白
屋敷を出て洛陽の市街地に入ると麗羽とお供2人に声を掛けられました。
麗羽のお供は猪々子、斗詩です。
「アニキ、そんなに急いで、何処にいくのさ」
一番最初に口を開いたのは、猪々子でした。
猪々子は肉饅頭をこれでもかと詰めた紙袋を左手に抱えながら、肉饅頭を頬張っています。
よくそんなに食って、その体型を維持できるなと若干引いてしまいました。
「あ、ああ、ちょっと森で、武術の稽古をするつもりだよ」
咄嗟に応えました。
「へぇ、じゃあアタイ達も一緒に稽古に参加するよ!最近のアニキは自宅に籠っることが多くて、アタイ達と付き合い悪いしさ。アニキに何も言わないけど、姫だった寂しがって・・・」
「猪々子さん!あなた、何を勝手なこと言っていますのっ!」
麗羽は慌てて、猪々子の言葉を制止しました。
「何言ってんですか、姫。アニキが何かに熱中していて、一緒に居る時間が少ないって、言ってたじゃないですか」
「そ、それは・・・。私はもっと一緒に入れる時間が欲しいと思っただけですわ・・・」
麗羽は少し元気無さげにボソリと話しました。
「姫ー。それを寂しがっているっていうんじゃないか」
「もう、文ちゃん」
最近、鉄砲の開発に熱中し過ぎて、麗羽と一緒に居る時間が減った様な気がします。
・・・・・・。
少し考えた後、麗羽と一緒に鉄砲の試し撃ちに行くことにしました。
本当は、鉄砲を完成した後で、麗羽に見せたいと思っていました。
先程の麗羽と猪々子の会話を聞いて、初めて麗羽の気持ちに気付きました。
麗羽とは、鉄砲の開発が忙しくて、私塾や鍛錬以外の時間ではあまり一緒に入れなかったです。
普段、麗羽は私の前では特にそんな素振りを見せなかったので、彼女の気持ちを少しも気にしませんでした。
冷静に考えると麗羽がそう思うのも自然です。
いくら、鉄砲の開発に忙しかったとはいえ、守りたいと思っている麗羽のことをほったらかしにするというのは問題ありです。
麗羽には自分の気持ちをはっきりと伝えようと思いました。
そう言えば、私は麗羽に告白らしいことをしていないです。
麗羽からは告白を受けましたけど。
私がこれからの未来を知っていることも含めて話そうと思います。
信じてくれないかもしれないですが・・・。
麗羽の気持ちには、誠実に向かい合いたいです。
将来のことを考えれば、麗羽にだけは私の秘密を知っていて貰った方が良いと思いました。
「麗羽、一緒に行かないかい大事な話があるんだ。猪々子と斗詩は今回は遠慮して貰えないかな」
私は意を決すると、麗羽に声を掛けました。
「えっ!正宗様?」
麗羽は私が考え込んでいたのに、突然、話しかけたので驚いたようでした。
「アニキ、流石っ!じゃあ、早速いこうぜ!」
猪々子、お前は話を聞いてたのか?
「もうっ!文ちゃん、何しているのよ!すいません。正宗様」
猪々子が意気揚々と歩を進めようとすると、斗詩が猪々子の片腕を掴み、進むのを止めました。
斗詩は猪々子の耳に口を近づけてボソボソと話していました。
何を話しているのやら・・・。
「あの、正宗様・・・。よろしかったんですの?お忙しかったんじゃ・・・。それに大事な話って・・・」
麗羽は私の横に近づくと、申し訳なさそうな顔で私の顔を見ていました。
「麗羽が気にすることはないよ。それにさ、俺が忙しくしていたのは、自分の為だけど、麗羽の為でもあるから」
「私の為・・・?」
麗羽は意味が分からないのか不思議そうな顔をしています。
「そうだよ。だから・・・」
「アニキ、アタイ達はちょっと急用が出来たんだ。だから、アニキと姫の2人で行って来なよ」
「正宗様、そうしてください。文ちゃんと私は急用が出来ましたので、麗羽様とお二人で行ってらしてきてください」
言葉を続けようとしたら、猪々子と斗詩が私に話しかけてきました。
猪々子は私の顔を見て、何やらニヤニヤしているが、何が話していたのでしょう。
斗詩は物わかりが良くて、助かります。
猪々子にはもう少し、斗詩のような気配りを持って欲しいと思いました。
「わかったよ2人とも。じゃあ、麗羽一緒に行こうか」
私は猪々子の態度に不自然さを感じましたが、麗羽と一緒の森の奥に行くことにしました。
私達はあれから数刻懸けて、森の中を進み、人気の無い見晴らしの良い場所に居ました。
私は100メートル程離れた場所に、鉄砲の的にちょうどいい木を見つけると、木綿袋に入れてある鉄砲を取り出しました。
ズズドォーーーン。
鉄砲を撃つ準備をした私は的の木の枝目掛けて、弾丸を放ち枝を落としました。
銃声は静かな森の静寂を打ち破りました。
周囲に目を向けると銃声に驚いた山鳥が、一斉に飛び立っていました。
麗羽は私の行動を不思議そうに見ていましたが、私が鉄砲で枝を撃ち落としてからは、驚愕の顔で枝が落ちた場所とそれが元あった場所を交互に眺めていました。
初めて銃を撃った感想ですが、かなり体に衝撃がきますね。
麗羽に上げるのは、長筒ではなく、短筒にした方がいいかもしれないと思いました。
「何なんですの・・・?正宗様、どういうことか説明してくださいまし」
「これであそこの木の枝を落としたのさ。麗羽から借りたお金で、これを作っていたんだ」
そう言って、私は鉄砲を麗羽の目の前に差し出しました。
「正宗様、これは何なのですか?」
麗羽は私の顔と鉄砲を交互に見て聞いてきました。
「鉄砲という武器だよ。威力は抜群だよ。弓など玩具に等しくなる程のね。これを大量に生産して、兵士が持つことができれば、今までの戦の常識が覆るはずだよ。これからの私と麗羽が戦乱の世を生き抜く為に必要なものなんだ」
「戦乱の世ってなんですの?漢王朝が健在なのですよ。戦乱の世など来る訳がないではないですか。それなのに、何故、正宗様はこんな危険な物をお作りになられましたの」
麗羽は私の言葉に訝しい表情をしています。
これから麗羽に伝えることが本命なのですが、信じてくれるでしょうか?
「それは・・・、多分、信じれないと思うけど・・・。私が将来、戦乱の世が来ることを知っているからだよ・・・」
これだけ聞くと多分、頭がおかしい人です。
これから話す内容を考えると想像以上に気持ちが重く感じました。
止めておけば良かったと今更ながら思ってしまいます。
「・・・。その話、続けて下さいませんか」
麗羽は一瞬、戸惑うような素振りでしたが、直ぐに真剣な表情で私に次を促しました。
私は転生前とその後、死んで転生する前に神様と出会った話から、今までに至るまでの話をしました。
もちろん、私が将来、孫策と対峙して破れ病没すること、麗羽が華琳に破れ全てを失うことも包み隠さず話しました。
「これで全部だけど・・・」
麗羽の顔を見れませんでした。
私を頭がおかしい人もしくは、麗羽と別れたくて変人を装っていると思っているかもしれないです。
「どうして、そんな大事なことを私に話してくださいましたの」
麗羽は淡々と話しました。
「私の言葉を信じてくれるのかい?」
私は麗羽の言葉尻から、私の言葉を信じているように思えました。
普通、信じれないと思います。
私は顔を上げると麗羽は、微笑んでいました。
「正宗様に驚かされるのは今更ですわよ。最初の出会いだって、普通じゃありえませんでしたもの。それより、私に話してくださった理由をお聞かせくださいませんか?」
「それは、麗羽のことが好きだから・・・。将来、麗羽に不幸に成ってもらいたくなかったから・・・。それと麗羽とずっと一緒にいたい思ったからかな」
麗羽は少し驚いた顔をしましたが、平静を装うように言いました。
「聞こえませんわ。正宗様。もっと、大きな声で言ってくださらないと」
麗羽さん聞こえていると思うのですが・・・。
ああっ、もう成るように成れ!
「麗羽、私は君のことが好きだ!」
私は恥ずかしいのを我慢して、精一杯の大きな声で麗羽に言いました。
恥ずかしいーーー!
前世では、一度も告白することがなかったので、恥ずかし過ぎます。
「ふふ、ふふふ、初めて好きだと言ってくださいましたね。私、ずっと不安でしたのよ。特に、最近は正宗様が他の事に心奪われているようでしたから」
麗羽は口を手で押さえながら、軽く笑っていましたが、目に涙を少し浮かべていました。
「正宗様、嬉しいです」
優しい顔で私を見つめてくれました。
************************************************
まず、第17話で告白をして、次話で主人公は麗羽に今後の方針も含め未来の知識の詳細を話します。
第18話 天下への野望
「私は将来、華琳さんと戦に敗れ、没落し放浪の旅をすることになりますのね」
正宗様から、私の悲惨な未来について教えていただきましたわ。
名門袁家の当主が宦官の孫に敗れるなどという恥辱を味わうなんて、正直、実感が湧きませんわね。
でも、正宗様が私に嘘をつかれるなんて信じられませんわ。
真実として受け入れるしかありませんわね。
正宗様も非業の死を遂げられる未来を知りながら、その未来を回避するために頑張っていらした。
私も負けてはいられませんわ。
正宗様に側に居て、恥ずかしくない人となりに成らなければいけませんことよ。
悔しいですが、華琳さんは天才というのは認めますわ。
容姿と魅力は、群を抜いて、私が勝っていると思いますけど・・・。
「麗羽は華琳と面識があるのかい?」
正宗様は私が華琳さんと面識があることを驚いていますわね。
正宗様が華琳さんのことを真名で呼ぶことの方が気になりますわね。
「何故、正宗様が華琳さんことを真名で呼びますの」
私は猫の様な眼差しで、正宗様のことを見据えましたわ。
「洛陽に来る時に華琳に会ったって、話したじゃないか」
「それは聞きましたわ。でも、真名を交換したことは初耳ですことよ。そのことは後ほど、詳しく説明していただきますわ」
「ああ、分かったよ」
正宗様、なんだかホッとしていますわね。
このことは念入りに聞いておく必要がありますわね。
私はそれから、正宗様の未来について説明を受けましたわ。
その中で、私は腹立たしいことを耳にしましたわ。
「正宗様は野蛮で凶暴な孫策という危険人物との戦に敗れ、落ち延びた先で病を患って死ぬ事になるんでしたわね。孫策はなんて野蛮人ですの。揚州牧の地位にあった正宗様を下級役人の分際で、我欲のために戦を仕掛けるなど、天下の逆賊ではありませんか!」
孫策という人物に私は生まれて初めて殺意を抱きましたわ。
正宗様が、将来、野蛮人の所為で、お辛い目に遭われるなんて許せませんことよ!
「何故、もっと早く私に相談してくれませんでしたの?私は悲しいですわ。そんなに、私は頼りになりませんでしたの」
確かに、会った当時の私には、相談したいと思わないですわね・・・。
なんだか悲しく成ってきましたわ。
私は少し昔の自分の姿を思い浮かべ恥ずかしくなりました。
「麗羽。このことは親にも黙っていたことだから・・・。別に、麗羽だから黙っていた訳じゃないよ」
正宗様は、私が落ち込んでいると思ったのか、私を気遣うように話しかけてきました。
正宗様は、ご家族の誰にも未来の知識、神様からいただいた能力の話について話していないらしいですわ。
そこまで、私を信頼してくださっているのですね。
この麗羽は、正宗様となら、どのような苦難にも立ち向かって見せますことよ。
正宗様は、私のことを好きだと言ってくださいました。
正宗様が一番信頼できる人物である私。
正宗様が好きな人物である私。
・・・・・・。
これは間違いなく、私を生涯の伴侶と思ってくださっているに違いありませんわ!
正宗様には悪いですが、私達はまだ子供ですのよ。
でも、正宗様のお気持ちを悪し様にすることなんて、私には出来ませんわ!
・・・・・・。
そうですわ!
屋敷に帰りましたら、早速、叔父様にご報告しなくてはいけませんわ。
叔父様に頼んで、私達を許嫁の間柄にしていただきますわ。
オーホホホホ、正宗様。
麗羽に全てお任せくださいまし。
「ちょっと、麗羽。大丈夫かい?」
正宗様が心配そうに私の顔を見上げていますわ。
「だ、大丈夫ですわ。少し、将来のことを考えていましたの」
私は正宗様に笑顔で返しましたわ。
「話を戻すけどいいかい。漢王朝は滅びる。このことは間違いない。その引き金になるのが、黄巾の乱と反董卓連合による洛陽制圧。この二つの大事で漢王朝は形式上は残るけど、実質は滅びる」
「形式上は残るけど、実質は滅びる?それはどういう意味ですの」
「言葉のままだよ。さっき話した大事で漢王朝の権威は地に落ちる。権威を失った王朝は滅んだも一緒だよ」
「2つの大事の1つ目は、民によって引き起こされた反乱なんだ。この反乱を官軍は自力で征伐できない。困った朝廷は、各地の群雄の力を借りて、やっと征伐するんだ。2つ目は、中央で権勢を握る董卓という諸侯に嫉妬した連中が、洛陽に大軍を率いて上洛する。この暴挙を最高権力者である皇帝は黙って見守ることしかできなかった。これを切っ掛けに、朝廷と皇帝の権威は地に落ちることになるんだよ。だけど、その権威は利用価値があるのさ。戦乱の世になったからといって、領土を奪いとるには、大義がいるんだよ。そのとき、漢王朝の権威が役に立つのさ。例えば、手中にしたい領土の州牧に朝廷から任官して貰うことができれば、侵略行為の正当性の理由付けになるんだよ」
私は正宗様が語る内容に驚かされました。
確かに、そんなことが起これば漢王朝は権勢を失いますわね。
「正宗様は未来の知識を利用して、漢王朝を立て直そうと思わなかったのですか?漢王朝を立て直せば、戦乱が起きないで、正宗様も私も没落し酷い目に遭う事もないように思いますわ」
私は思っていることを正宗様に質問しましたの。
「それは無理だろうね。漢王朝は腐り過ぎているんだよ。例えできたとしても、それは延命であって、立て直すことにはならないと思おうよ。本気で立て直そうというのなら、中央は言うに及ばず、地方の汚職役人達を全て誅殺しないといけないよ。漢王朝が弱体化する原因の発端である黄巾の乱は、別に権力者が反乱を起こしたんじゃない。圧政に苦しむ民が苦しみに耐えかねて起こした反乱なんだよ。そこまで民を追い込んでだのは、他ならぬ漢王朝なんだよ」
正宗様の話を聞いて、漢王朝を立て直すのは無理だと感じましたわ。
それでも漢王朝が滅びることが分かっていながら、それを静観せざる負えないのは複雑な想いがありますわ。
「正宗様、これからどうしますの?」
私は戦乱の世をどうやって、生きて行くのか想像もつきませんわ。
正宗様の話では、私達にとって、戦乱の世は厳しいものとなるのでしょうから。
「私は大陸を統一するつもりだよ。華琳を下し、孫策を下し、並みいる諸侯を戦で敗る。戦乱が無くならない限り、私と麗羽が安心して暮らすなんて、夢のまた夢だよ。正直、最初は戦乱の世を生き残れればいいと思って、文武に励んでいたんだ。でも、麗羽と出会って、自分の事も大事だけど、君のことも守りたいと思ったんだよ。だから、鉄砲の開発もしていたんだ。少しでも、優位に戦乱の世を生き抜く為にね。15歳になったら旅に出ると言ったのも、将来に備え人材を探すためだよ」
天下を統一するという正宗様は、その理由に私と正宗様が安心して暮らすためと仰っていましたわ。
正宗様の言葉は、自分本意な願いですが、そのように想っていただける私は果報者だと思いましたわ。
まさか正宗様の旅を為さろうとしていた理由が、人材探しだったなんて・・・。
そんな前から、私のことを想ってくださったのですね。
私は正宗様の想いに応えるべく、彼と共に戦乱の世を生き残ることを決意しましたわ!
後書き
次、とうとう主人公が旅に出ます。
第19話 旅立ち
私は15歳を迎え、当初の予定通り旅に出ることにしました。
この旅で私の人生が決まるといっても過言ではありません。
この時点で有名になっている武将や軍師をスカウトするのは厳しいそうなので、未だ無名な人物を狙って行きます。
15歳の誕生日を迎える数ヶ月前に、両親から私の元に文が届きました。
文の内容は、旅の途中、山陽郡に必ず帰省するようにと書かれていました。
両親に言われるまでもなく、両親の元気な顔を見たかったので、そのつもりでした。
私の旅の同行者は、麗羽、猪々子、斗詩です。
麗羽はあれからも文武に励んで、名将とまではいきませんが、将としては十分な素養を身につけています。
多分、今の麗羽の能力は、恋姫の公孫賛と同程度だと思います。
麗羽も原作のような高飛車な態度がなくなり、家柄が低いからといって、見下すようなことは無くなりました。
私が時間を作って、街の子達と接する機会を幾度となく設けたのが良かったのでしょう。
『正宗様、何故、下々の者と付き合わねばなりませんの!』
麗羽は最初、街の子達と接することを嫌っていました。
しかし、自分より歳下の子供達の無邪気さに触れていくうちに、少しずつですが仲良くなっていきました。
今では街の子供達から「姉ちゃん」と呼ばれて慕われています。
そのことを麗羽も喜んでいるようでした。
麗羽は根は優しい子なので、切っ掛けさえあれば庶民と呼ばれる人々が同じ人間だと理解してくれると思っていました。
私はというと・・・。
いつのまにか麗羽と許嫁になってしまいました。
麗羽の叔父上で袁逢と名乗る人物が突然尋ねてきて、私のお爺々様に直談判をしてきました。
お爺々様は元々乗り気だったのか、袁逢殿の申し出を二つ返事で受けました。
その時の私の扱いは完全に空気でした。
普通は、当人である私に話すものじゃないですか?
許嫁の話が終わったかと思うと袁逢殿は、いきなり私の前に来ました。
『劉ヨウ殿、麗羽の事を頼みましたぞ!劉ヨウ殿のことは、毎日、麗羽から聞いております。麗羽が武術と勉学に励み出した時は、正直、驚きました。家庭教師を付けても意味が無かったあの子が・・・。劉ヨウ殿には、本当に感謝しております。これからは私以下、袁家の者を家族と思ってくだされ。おぉ、思えば、れ、麗羽は哀れな子なのです。小さくして、親と死別をしましてな。その麗羽が初めて好きな男の子がいると打ち明けられ、驚きました。しかし、う、嬉しかった!れ、麗羽には幸せに成って欲しいのです。り、劉ヨウ殿、れ、麗羽のこと、く、くくれぐれも宜しくお願いいたしまずぞ!』
袁逢殿は私の両肩をガシッと両手で押さえると、号泣しながら長々と麗羽のことを頼むと言ってきました。
あの時の袁逢殿の号泣姿に、私は引いてしまいました。
私はこれからもずっと麗羽と一緒に戦乱の世を生き抜くと誓ったのです。
あの時、袁逢殿に頼まれずとも、麗羽を守りたいという想いに変化などありません。
でも、あの時の袁逢殿の言葉で自覚を持つ事は出来た気がします。
袁逢殿は私と麗羽が旅に出る当日、態々見送りに来てくれました。
忙しい人なのに、麗羽のことがやっぱり心配なんですね。
それに比べ、私のお爺々様と姉上は・・・。
「蔵人達には、儂は元気じゃと伝えといてくれ」
「父上達に、元気でやっていると伝えといてね」
もう少し、旅に出る私に対していう言葉があるように思います。
「普通、かわいい孫や弟が旅に出るといったら心配するものじゃないですか」
私は溜め息混じりにお爺々様と姉上に言いました。
「正宗の強さは規格外じゃから、心配いらぬじゃろ。賊の方が逃げると思うぞい」
「私もお爺々様の意見に同感。正宗なら心配ないわね。心配なのは逆に麗羽よね。許嫁なんだから、ちゃんと守ってあげなさいね」
この2人の言葉に私は意気消沈してしまいした。
「劉ヨウ殿、麗羽のこと確と頼みましたぞ。これは些少ですが、路銀の足しにでもして下され」
袁逢殿は私にずっしり重い袋を渡してきました。
「こういう物は受け取れませんよ」
この重さからして、かなりの金額です。
流石に、こんな大金は受け取れません。
路銀なら、地道に山賊狩りでもして、稼げばいいと思っています。
その方が、その土地の情報も手に入れやすいでしょうから。
「な、なんと!私の金など、受け取れないというのですか!ひ、酷すぎますぞ!私は劉ヨウ殿と麗羽の旅の助けにと持参したのですぞ!」
袁逢殿は号泣しながら、私に顔を近づけてきます。
ちょ、ちょっと袁逢殿、顔が近いです!
「叔父様、正宗様が困ってらっしゃいますわ。正宗様もここは叔父さまの顔を立ててくださいませんか?」
麗羽が袁逢殿との間に入ってくれました。
ふーーー助かりました。
「・・・ああ。分かったよ。袁逢殿、有り難く頂戴いたします」
「おおっ、受け取ってくださいますか!ささ、どうぞ遠慮なく受け取ってくだされ」
袁逢殿は笑顔になり、私に餞別のお金を渡してきました。
「徒歩の旅はきついと思い、涼州産の馬の4頭用意しましたぞ。気に入ってくだされば嬉しいです」
袁逢殿は胸を叩いて、袁家の家人に馬を引かせてきました。
流石は、汝南袁氏といったところでしょうか・・・。
太っ腹ですね。
「わざわざ、涼州産の馬を用意していただかなくても普通の馬で十分でしたよ」
「何を仰せに成るか劉ヨウ殿!袁紹の夫になられる方にそこらの馬をお渡しできよう筈がございませんぞ。そんなことをしては、袁家の沽券に関わりますぞ」
まあ、歩きの旅は疲れると思ってたので、有り難くいただくとします。
「袁逢殿、お心遣い感謝します」
「なんのなんの、これしきのこと。無事旅を終えますことを祈っておりますぞ」
「アニキ、姫ー。早く行きましょうよ」
痺れを切らした猪々子が私と麗羽に声を掛けてきました。
「もうっ!文ちゃん、もう少し空気呼んでよ」
斗詩が猪々子に注意しています。
いつもの光景に今から本当に洛陽を立つのか疑ってしまいます。
「麗羽、そろそろ出発しようか」
私は気を取り直して、麗羽にいいました。
「そうですわね。猪々子さん、斗詩さん、出発しますわよ!」
麗羽は笑顔を私に向けて言うと、連れの二人組に声を掛けていました。
私達は見送りと別れを済ますと洛陽を出発しました。
後書き
とうとう旅立ちです。
旅立ちまで長かったです。
これからが人材探しの旅です。
主人公は陳留を迂回して、エン州入りをします。
陳留を通ると面倒なことが起こりそうなので・・・。
第20話 正宗の軍師
私達は洛陽のある司隷州河南尹を北抜け、河内郡に入いりました。
私は今、袁逢殿が馬を用意してくれたことに感謝しています。
馬での旅は楽ですし速いです。
私はこの旅の荷物の中に、火縄銃を一丁持ってきています。
これを持ってきたのは、絡繰り好きの李典を懐柔するためです。
きっと、彼女は興味を引いてくれると思います。
「正宗様、何故、陳留ではなく河内ですの。正宗様のご両親は山陽群にいらっしゃるのではありませんの。河内では方角が全然違うように思いますわ」
私の隣に馬を寄せてきた麗羽は、私に疑問を投げかけてきました。
「麗羽は私の旅の目的が人材探しであることを忘れていないかい。これから行く温県の孝敬里に、司馬懿という人物がいるはずだから、私の軍師として仕官してくれと頼みに行くのさ」
私は麗羽の方を向いて、淡々と最初の目的地について話しました。
司馬懿の出身地は、私の能力で直ぐ分かりました。
こっちの世界の司馬懿が男性なのか女性なのか分かりません。
恋姫世界は基本、英傑と呼ばれる人の多くが女性です。
そう考えると多分、女性じゃないでしょうか。
私は司馬懿をどうやって仕官して貰おうか悩んだ末に、彼女相手に小細工するだけ無理だと悟りました。
司馬懿は人の考えを読むことに長けた人物と情報から分かっています。
ならば、司馬懿に対して、自分の気持ちを素直に伝えた方が好印象を抱いてくれるかもしれないです。
その逆もあるかもしれないですが・・・。
深く考えたところで、妙案が浮かばないのでこの方法でいきます。
駄目でも、旅の帰路にもう一度訪ねます。
それでも駄目なら、司馬懿の元を何度でも仕官をしてくれるように足を運びます。
そういえば司馬懿を含め、司馬懿の兄弟は「司馬八達」と呼ばれていましたよね。
司馬懿の家柄もかなりの名門です。
私の家臣になってくれるでしょうか?
今、私は無位無官ですし・・・。
「司馬懿・・・。司馬家ということは名門ですわね。正宗様に相応しい家臣ですわね。それより、その司馬懿という人物の情報は例の力で手に入れましたの?」
「そうだよ。司馬懿が私の家臣になってくれるか分からないけどね」
「そんなことありませんわ。きっと、正宗様の家臣になってくれますわよ」
麗羽の言葉は私の気持ちを察した訳ではないと思いますが、私にとっては慰めの言葉になりました。
「アニキー、今夜は孝敬里で美味しいもの沢山食べられるかな?」
猪々子は目を爛々と輝かせています。
孝敬里に上手いものがあるとは限らないです。
「急げばありつけると思うぞ。でも、こうのんびり移動していたら今夜は野宿だな」
私は猪々子の緊張感のない言葉に、適当に返しました。
「なら、アニキ、早くいこうぜ!」
猪々子は馬を急がせて、先行してしまいました。
やはり涼州産馬は普通の馬と違って、馬力が全然違いますね。
もう、あんなところに行ってしまっています。
「あっ!ちょっと文ちゃん。待ってー」
斗詩は慌てて、猪々子の後を追っています。
私と麗羽も取り残されない様に急ぐとします。
「麗羽、猪々子が先行したから、早く後を追おう。斗詩だけだと、猪々子の抑えにならない」
「猪々子さんは本当に困ったものですわね。仕方ないですわ。正宗様、急ぎましょう」
麗羽は指を眉間に当てて、想いに耽っていましたが、顔を上げ私に言ってきました。
私は麗羽に対し頷くと、麗羽と共に馬を走らせました。
私は未だ見ぬ孝敬里の地に胸を膨らませました。
今日もウザイ連中だった。
お前らみたいな豚どものに仕官なんかするわけない。
大体、母上も母上だ。
あの連中は売官で地位を買った連中で、民草から搾取することしか知らない。
どうせ裏では宦官どもと通じているに違いない。
アタシは誰とも関わりたくない。
母上が五月蝿いから、あの連中に会ってやったけど、いい加減にして欲しい。
アタシは今、いつも通り部屋に引き蘢っている。
どいつもこいつも私に笑顔で接してくるけど、本音は恐れている。
一度、アタシが苛ついて睨みつけたら、アタシを見るあの目今でも忘れない。
あの連中は、私が将来きっと朝廷の高官になるはずと思っているみたい。
未来の高官の不興を買うと不味いと本気で思っている。
あの連中、頭がおかしいんじゃない。
アタシは官吏にもなっていないのに・・・。
だからこそ、あの連中は今の内に手なずけて置きたいのだろう。
私の才気が普通じゃないらしいから、友達だっていない。
近寄ってくるのは、私に媚を売ってくる打算的な連中ばかり・・・。
考えるだけで、虚しくなる。
アタシは好きでこの才を手に入れた訳じゃない。
もう、誰とも関わりたくない。
この部屋の中で静かに暮らして行ければ、それで良い。
母上もそのことを理解してくれないかな。
アタシが仕官したところで、その才覚からいずれ疎まれるようになるに決まっている。
自分より優れ過ぎている人物を部下に持って、その人物を重用し続ける訳がない。
せいぜい利用されて切り捨てられるのが落ちだと思う。
かの高祖劉邦が元勲達を誅殺したようにね。
だから、アタシは仕官の話に興味なんてない。
こうやって、部屋に引きこもって、のんびり読書しているのが性に合っている。
こうしている時間だけがアタシにとって平穏なひととき。
後書き
主人公の右腕となる軍師は、司馬懿で決定です。
第21話 軍師の母
私は孝敬里に着くと直ぐ、司馬防の屋敷を訪ねました。
麗羽達には今日泊まる宿を探しておいてもらうことにしました。
目的の司馬懿の屋敷は、街の人に聞いたら直ぐ分かりました。
司馬家の屋敷をいきなり訪ねたので、今日は司馬懿に面会できないと思いましたが、すんなり通されました。
召使いに屋敷内を案内され、応接室にいます。
暫くすると、妙齢の女性が部屋に入ってきました。
黒髪の長髪で、知的なスレンダー美人ですが、性格はかなり厳しそうに感じます。
「私が司馬防です。劉ヨウ殿と仰いましたね。確か、劉本殿のお孫様ですね」
彼女は私の前に座って、私に名乗りました。
司馬防は、司馬懿の母親であり、史実で華琳を尉に推挙した人物だったはずです。
「はい。司馬防様には、突然の訪問にも関わらず、わざわざ、ご面会の機会をいただきありがとうございます」
私は面会の機会を作ってくれたことへの感謝の気持ちを伝えました。
「お気に為さることはありません。私も『山陽郡の麒麟児』がどういう人物か一度会ってみたいと思っていました」
「私の異名を何故知っておられるのですか?エン州ならまだしも、ここ司隷州でも噂になっているのですか?」
私は「山陽郡の麒麟児」という異名があまり好きではないです。
小市民の私には大仰な異名は気が重くなります。
「いいえ、司馬家の情報網を通して知りました。あなたが幼少時より化け物じみた強さで、山賊を討伐していたこともお聞きしております」
司馬家の情報網って凄いですね。
猫耳軍師の情報網とどっちが上なのでしょう。
「劉ヨウ殿は武勇だけでなく、勉学にも励んでおられるそうですね」
「私はいったて頭の方は平凡な人間です。平凡なりに努力しているだけです。司馬防様のお子様のように優秀ではありません」
「ご謙遜なさらずとも良いのですよ。己を知るのは、あなたが優秀である証です。それで、わざわざ私の屋敷に来られた理由をお聞かせ願えませんか?」
司馬防は私を褒めると、来訪の理由を尋ねてきました。
「私は今、旅をしています。この河内に入った際、司馬防様のご息女である司馬懿殿の話をお聞きしまた。それで司馬懿殿にお会いし、私に仕官をして欲しいと頼みにきました」
「懿にですか?」
司馬防は訝しい表情をしています。
「はい。司馬懿殿に是非、私の右腕になって欲しいのです。私は、現在、無位無官の身です。しかし、いずれ必ず立身してみせます」
私は司馬防に自分の気持ちを真剣に伝えました。
「劉ヨウ殿が無位無官かどうかをとやかくいうつもりはありません。よりにもよって懿ですか・・・」
司馬防は何故か難しい顔をしています。
「懿は博覧強記・才気煥発と巷で呼ばれるだけの才のある子です・・・。我が子の中で、最も優秀なことは事実です。お恥ずかしい話ですが、あの子は人見知りをする子でして、いつも部屋に引きこもっているのです」
司馬防は何とも言えない表情で言いました。
いつも部屋に引きこもっている?
司馬懿が引きこもりをしている?
史実では、曹操の誘いを断るために、病気を理由に出仕を拒否していた話は知っています。
それが引きこもりなんて、イメージが湧きません。
「引きこもっておられることはわかりました。その上で、司馬懿殿にお会いできませんか?身勝手なことと承知でお願いいたします。司馬懿殿に直接断られるのなら納得いきますが、会えないだけで諦めることなどできません」
私は必死に司馬防に掛け合いました。
この程度のことで引く訳にはいきません。
私の将来が掛かっているのです。
どうしても会ってみせます。
「・・・わかりました。懿に伝えるだけは伝えましょう。少し部屋でお待ちいただけますか。」
「あ、ありがとうございます!」
司馬防が司馬懿に取り次いでくれることになりました。
「揚羽、聞こえますか?あなたに客人が来ています」
母上が私に客人が来たと言っている。
無視。
「客人の名は劉ヨウ殿といいます。」
劉ヨウ?
誰それ。
「通儒で有名な劉本どのお孫様です。あなたにどうしても会いたいと屋敷に来られています」
劉本?
確か・・・、ああ。
・・・皇族の劉本ね。
その孫がここ河内まで来て、私に何の様な訳?
面倒臭いから無視。
「揚羽っ!引きこもっていないで出てきなさい!劉ヨウ殿はお前に自分の右腕として仕官して欲しいとわざわざ来られているのですよ。あなたが引きこもっている話をしましたが、直接会わせて欲しいと仰っています。ここまで礼儀を尽くす人物を無碍に帰す気ですか!」
母上、五月蝿いわね!
アタシが頼んじゃいないのよ!
勝手に来て、会いたいと言っているだけじゃない。
アタシに関係ないわよ。
「揚羽っ!」
はあ・・・わかったわよ、戸口で怒鳴らないでよ。
「母上、今、準備しますからしばらくお待たせしてください」
「・・・。わかりました。直ぐに準備するのですよ」
私は劉ヨウという人物に会うことにしました。
劉本というとあの『山陽郡の麒麟児』よね。
まあ、どうでもいい。
直ぐ、終わらして部屋に戻るわ。
アタシは面倒くさがりながら、身支度を整えた。
後書き
次は、主人公と引きこもり司馬懿が初対面です。
第22話 正宗と軍師の邂逅
「初めまして、劉ヨウです。司馬懿殿にはわざわざ会っていただき感謝します」
今、この部屋に居るのは私と劉ヨウだけ。
母上が、劉ヨウに気を効かせのね。
いつも同席する母上が席を外すということは、母上が劉ヨウを気に入ったということね。
仕官の話だから、私と劉ヨウと一対一で話すのがいい。
どうせアタシは断るけどね。
「こちらこそ劉ヨウ殿にお会いできて嬉しいです」
私は笑顔で劉ヨウに返事をしました。
アタシは内心腹が立っていた。
人が部屋にこもって気持ちよく黄昏れていたというのに・・・。
こいつのお陰で・・・私の憩いの時間が奪われた。
劉ヨウはアタシより少し年上ね。
アタシに仕官しろと人の家まで、押し掛けてくるからどんな人物かと思ったけど、見た目は普通ね。
でも、見た目とは裏腹に、強い覇気を感じる。
世間知らずの馬鹿かと思ったけど違うみたいね。
『山陽郡の麒麟児』と言われるだけのことはあるということね。
「それで劉ヨウ殿は私に、あなたの家臣になるように頼みにきたそうですね」
アタシはさっさと劉ヨウと話を済ませる為に本題に入った。
「はい。私はあなたに、私の右腕になって欲しいのです」
母上に聞いていたけど、率直すぎ。
普通、もう少し話しを盛り上げてから、切り出すものよ。
とんだ変人だわね。
「申し訳・・・」
私が断りを入れようとしたら、劉ヨウは私の言葉を制止してきました。
「断るのであれば、まずは私の話をもう少し聞いてからにしてくださいませんか?」
結局、あなたの右腕になれって話には変わりないでしょ。
聞く意味ある?
・・・いいわよ聞いてあげる。
後で、母上にくだくだと小言を言われるのも嫌だ。
劉ヨウの話を聞いた上で、お前のボロを暴いてあげる。
少しは覇気を感じるから、それなりの人物なんでしょうけど、今までの連中とそう変わらないはず。
皇族だかなんか知らないけど、どうせ出世したい、権力欲しいとかの理由で、私を手駒にしたいだけでしょ。
うんざりしているのよね。
せいぜい、アタシにつまらない話を聞かせるがいい。
「わかりました。劉ヨウ殿の話を聞かせていただきます」
「司馬懿殿ありがとうございます。私があなたを右腕として必要としているのは、私の夢の実現の為です」
「夢の実現ですか?」
ほら、早速来たわね。
さっさとボロを出しなさい。
「はい」
劉ヨウは一呼吸置いてから話を続けた。
「私には許嫁がいます。彼女の名は袁紹といいます。私は彼女と一つの約束をしました。それはこの大陸を統一することです」
大陸を統一?
こいつは本当の馬鹿じゃない?
漢王朝がこの大陸を治めているのに、何でお前が統一することができるのよ。
「大陸を統一するですか?漢王朝が健在なのにどうして、あなたが大陸を統一できるのです。それ以前に、この大陸は既に一つです。それとも劉ヨウ殿は皇帝を目指すつもりですか?如何に、劉ヨウ殿が皇族とはいえ、あなたの家柄は後漢の皇族とは遠縁です。皇帝になるには無理があります」
アタシは思いついた限りのことを劉ヨウに言った。
「そのようなことは承知しています。私は何も今とは言っていません」
アタシの反論に対し、劉ヨウは事も無げに、言い返してきた。
劉ヨウは何て言った?
『今とは言っていません』
確かにそう言った。
「それはどういう意味です?」
アタシは劉ヨウの言葉が気になった。
「いずれ大規模な農民の反乱が起きるでしょう。それを引き金に、漢王朝は衰退していきます。その結果、この大陸は諸候達が血で血を洗う戦乱の世になるはずです。その時、私と袁紹は天下に覇を唱えるつもりです。私には優秀な人材が一人でも多く必要なのです。その人材の中で、あなたには私の右腕となり戦乱の世を共に歩んで欲しいのです」
こいつ何者なの・・・。
最近、賊の数が増え初めているのは知っていた。
その原因が朝廷の腐敗にあるということも。
私のところに訪ねてくる豚ども所為で、民が重税に喘いでいる。
最初は、税を払えない農民達が賊に身を落とした。
その賊に襲われた農民達が彼ら同様、賊に身を落とした。
負の連鎖は止まらない。
政が変わらない限り、この悲劇は止まることはない。
国の礎である民を蔑ろにした結果、最後に待っているのは国の崩壊。
劉ヨウの言っていることはあながち的外れなことではない。
アタシは劉ヨウの先見の目に驚いた。
劉ヨウのような考えを持っている者はまずいない。
いたとしても片手の指で数えれる程度だと思う。
私は反乱が起きるであろうと思っていた。
しかし、漢王朝が滅びるとは思っていない。
いや、滅びないと信じたいというのが正確ね。
それを劉ヨウは滅びると断言している。
私は劉ヨウの冷静に未来を見据えている姿勢に恐怖を覚えた。
私は生まれて初めて、人に恐怖を感じた。
普通の人間は都合の悪いことから目を背ける傾向にある。
だから、都合の良い情報だけに目を向け、目を曇らせてしまう。
個人差はあるが、私とはいえ劉ヨウのように感情を微塵も入れずに判断できない。
人だからこそ、そうなるのが自然なのだ。
劉ヨウはそれを実践している。
未来をその目で見ているかのように・・・。
今まで、私の才に恐怖を感じた連中のことを思い出した。
こんな想いだったのか・・・。
アタシは今、別の想いも抱いている。
アタシは自分を恐怖した連中とは違う。
劉ヨウへ恐怖を感じた事実だが、それ以上に、初めて自分を理解してくれるかもしれないと期待する気持ちがあった。
「何故、そう思われるのですか?」
アタシは確認の意味で戦乱の世になる理由を聞いた。
この劉ヨウという人物の言葉が妄言でないという確証を得るため。
「少し長くなりますがよろしいですか」
アタシは劉ヨウに肯定の意味で頷いた。
劉ヨウの話は民の窮状の話から始まり、途中まで、アタシの予想の範疇通りの話だった。
しかし、アタシの想像の域を超えた内容を劉ヨウから告げられた。
第23話 正宗の覚悟
私は司馬懿と話すうち彼女を引き込むには、私の秘密を明かす必要があると思いました。
司馬懿は三国志至上指折りの天才です。
特に外交交渉においては、三国志一だと思います。
外交交渉が得意な司馬懿は、相手の腹の内を見抜くことが得意なはずです。
私の秘密を最後まで、隠し通せるとは思えません。
その時になって告白するより、この場で告白した方が、彼女の信頼を得られると思います。
残念ながら、私には司馬懿程の知恵はないです。
だから、私には司馬懿の様な軍師は絶対に不可欠なのです。
私の武を戦場で、最大限に引き出してくれる軍師になりえるのは司馬懿だけと思っています。
この時代、他にも名軍師はいます。
しかし、その才を主君から警戒される程の軍師は司馬懿だけと思います。
私は史実の曹操のような過ちを犯すつもりはないです。
司馬懿の子供が簒奪を働いたのも、曹操の司馬懿への過度な警戒が一因だと思います。
『みな私が謀反すると疑っていたので、私はいつもそのような疑いを懐かれぬよう注意を払ってきた』
司馬懿は死の間際にそう家族に告げていたそうです。
そんな話を聞かされれば、司馬懿の子供達が魏に対し良い感情を持つ訳がありません。
司馬懿が魏に対し忠節を尽くしていれば尚更だと思います。
私は司馬懿に全幅の信頼を預けるつもりです。
それは命を預けることに他なりません。
命を預ける者に隠し事をしていては、信頼を得られるはずがない。
是が非でも司馬懿を私の軍師にしたかった私は、麗羽に説明した今後の未来を司馬懿にも語りました。
私の話を司馬懿はただ黙って聞いていました。
司馬懿は感情を殺すのが上手いので、内心どう思っているかわかりません。
「正直、私はあなたが未来を知っていると言われても、それを確かめる術を持ちません。ですが、私が見通していた未来をあなたが知っていることは事実です」
司馬懿は私の目を真っすぐ見据えながら話しました。
「あなたが未来を知る者であるというなら、私の未来を教えてくださいませんか?」
司馬懿は私に自分の未来を教えて欲しいと頼んできました。
司馬懿は史実において有能な人物ですが主君に常に警戒され、最後は簒奪者のような扱いです。
その話もするべきなのでしょうか?
「私の将来は話しづらい内容なのですか?」
司馬懿は真剣な顔で聞いてきました。
「あなたは自分の未来を聞く覚悟はおありですか?聞かなければ良かったと思えることもあるかもしれませんよ」
「既に、聞いております。それに劉ヨウ殿はご自分の未来を変えようとお思いなのしょう。ならば、私も運命がどのようなものであろうと変えてみせます」
決意は固いようです。
私は司馬懿に全てを話しました。
彼女が曹操という人物に脅迫紛いの方法で仕官させられたこと。
その後、曹操の元で栄達をしていくこと。
しかし、司馬懿の才の高さ故、曹操に常に警戒されるようになること。
司馬懿の死後、彼女の子供2人が簒奪を計画すること。
司馬懿の孫が簒奪に成功させること。
その話を司馬懿は沈痛な顔で聞いていました。
「私の子供や孫は簒奪者になるのですね・・・。ふふ、人にその才を恐れられ、その才を主君の為に使い続けた挙げ句、その主君からは警戒される。想像は着いていたこととはいえ酷い人生です。結局、私は仕官したところで、報われぬのですね。いくら栄達しようと、これでは滑稽ではありませんか。劉ヨウ殿、私はあなたが知っておられる通り、幼少のころより才知溢れていました。その才の所為で私に心許せる者など居りません。部屋に引きもるようになったのも誰とも会わなければ嫌な想いをせずに済むと思ったからです。何故、劉ヨウ殿は私を右腕にしたいとお思いなのですか?」
「あなたが簒奪者となった訳ではない。簒奪者はあなたの子供とその孫です。なら、あなたの子供を簒奪者にならぬ様な人物に育てればいいだけです。それに簒奪が全て悪いとは思いません。仮に、君主が手の施し用のない愚者であるなら、簒奪もまた正しいことです。愚者に治められる民が苦しむ姿を無視する方が悪と思います」
司馬懿は簒奪者なのではない。
少なくとも司馬懿自身は、魏に対し忠節を尽くしたと思います。
簒奪を計画したのは、あくまで彼女の子供のしたことです。
司馬懿は私の言葉を黙って聞いていました。
空気が重たいです。
どうすればいいでしょうか。
・・・・・・。
このままでは司馬懿を軍師にすることに失敗します。
今回失敗しても、何度でも仕官交渉をするつもりでしたが、司馬懿が自分の将来に悲嘆して、引きこもりが酷くなるかもしれないです。
そうなれば、二度と司馬懿に会うことができなくなるかもしれないです。
この機会を逃したら、次が無いと思った私は、別の話をしようと考えました。
何か良い話はないでしょうか・・・。
司馬懿の気を引けそうな話・・・。
駄目です想いつきません。
そうです!
私の最終目標について語りましょう。
麗羽にまだ話していないので気が引けますが、司馬懿に話しましょう。
私はこの空気を払拭するために、司馬懿に自分の描く未来への青写真を話すことにしました。
第24話 正宗の子房
アタシは劉ヨウから聞いた自分の将来に悲嘆していた。
覚悟はしていたが、それでも酷い未来だった。
以前から、アタシは仕官しても碌な将来はないと思っていた。
いくら栄達しても、尽くした主君に警戒されるなんて虚しいだけだ。
私が想像していた未来より酷いものだった。
私の子供2人は簒奪を計画し、その孫が簒奪者になるそうだ。
劉ヨウは私が簒奪者じゃないと言っていたが、そう割り切れるものじゃない。
劉ヨウ達の未来は戦乱の世の倣いなので、私の場合とは違うと思う。
「袁紹は大陸の北を、私は大陸の南を制し、私と袁紹の子に天下を一つに纏める役目を託したいと思っています」
劉ヨウはいきなり話題を変えてきた。
「戦乱の世になれば、明日はどうなるかわからないと思います。仮に、私が道半ばにて死ぬ事があった場合、司馬懿殿には袁紹と共に、大陸を一つにして欲しいのです」
己が死すとも、袁紹が生き残る道を模索している訳ね。
袁紹が羨ましい。
劉ヨウはアタシに自らの大陸統一への道筋を話した。
伴侶とともに、北と南に別れて覇道を歩み、自分達の子に統一を任せる。
随分と奇抜な発想だと思う。
普通、思いつかない。
夫婦で天下を治めるという考えを持つ人間はいない。
袁紹は袁家の財力が強みとなるだろう。
希有な人材を集めることができるかが鍵だと思う。
袁紹という人物の王者の資質は未知数だ。
面識がないので、はっきり断言できないが、袁紹が北を制することは不可能じゃない。
問題は劉ヨウの方だ。
彼は皇族とはいえ、後漢の皇族という訳ではないので、強い権力も持っている訳じゃない。
劉ヨウには超えなければいけないことがある。
彼の家は名門であるし、司馬家の情報網によれば、彼自身は「山陽郡の麒麟児」の異名通り武官としては一流、文官としては一流とはいえないが優秀であることは間違いない。
彼が一大勢力になるには、今後、地盤を手に入れ、人材を手に入れる必要がある。
これは袁家の支援があれば上手くいくはず。
経済的にも袁家の支援が見込めるだろう。
しかし、何も無いところから、劉ヨウが強固な地盤を築くには時間がかかる。
それまで、戦乱の世が待ってくれるかということだ。
それに、戦乱の世になれば、不確定要素が多くなるだろう。
最終的にどうなるか分からない。
「劉ヨウ殿の想いはわかりました。あなたが大業を為すというなら、成し遂げられるという証拠を見せてくださいませんか?」
劉ヨウの言葉は、大志だと思うが、それは誰でも言えること。
それを成し遂げる気概がお前にあるか知りたい。
さあ、どうする気?
「私の言葉が信じれぬと仰るなら、これを受け取ってください。そして、私の側に居て、私が下らぬ妄言を吐く痴れ者と思われたら、これで私の命を奪ってください」
劉ヨウは思い詰めた顔をしていたかと思うと、彼の懐から短剣を取り出し、アタシに突き出してきた。
劉ヨウの表情は覚悟を決めている人間の者だった。
そうまでして私に仕官して欲しいわけね・・・。
「己の命を懸けてでも私の才が欲しいのですか?」
「はい、司馬懿殿でなければいけないのです」
「何故です?私でなくとも有能な人物は巨万と居ますよ」
そうアタシでなくても、有能な人物は居る。
「私は天下を統一したいと言った筈です。私と袁紹が安寧に暮らせる世を実現したいのです。だからといって、私は民を蔑ろにするような国にする気はないです。私が望む世は民が少しでも苦しまぬ国を作りたいのです。頑張った者が報われる世を作りたいのです。その為には、あなたのような天下一の才人がどうしても必要なのです」
天下統一の為に天下一の才人のアタシが必要ね。
アタシが天下一の才人かどうかは置いときましょ。
ふふ、ここまで本音で言ってくる人間には初めてあった。
天下を纏め上げる理由が自分の伴侶と安寧に暮らせる世を実現するため。
その上で、民達が苦しまぬ国を作りたい。
アハハハハ、自分達の安寧を実現するためとは笑えるわ。
でも、この劉ヨウという人物は、アタシの所に行脚してくる豚どもような欲に取り付かれているようには見えない。
彼のいう安寧とは別に贅沢がしたい、権力が欲しいとかじゃないと思う。
ただ、平和に日常を送りたい。
そのための国をつくりたいと思っているだと思う。
ある意味贅沢じゃない。
良いんじゃない。
随分と庶民臭い王になるかもしれない。
それでいい。
アタシも平穏に日常を送れる生活を送りたい。
劉ヨウの言葉通り、いずれ戦乱になるとアタシも思う。
そうなれば、いずれ好む好まざるに関係なく仕官をせざる負えなくなる。
ならば、少しでも気の会いそうな人物の下で働く方が良い。
「劉ヨウ様、この司馬懿、仕官のお話を謹んでお受けいたします。これよりは私のことは揚羽とお呼びください」
アタシは劉ヨウ様に真名を預けて、頭を平伏し仕官の話を受けた。
「ほ、本当ですか?ありがとうございます」
「敬語は不要です。それに劉ヨウ様に仕官するには条件があります」
「条件?私にできることであれば何でもするよ」
劉ヨウ様、言質は取りましたよ。
「劉ヨウ様が納得していただければ問題はありません。劉ヨウ様は私に仰りましたね。自分が道半ばで、夢を実現できぬときは、袁紹殿と手を取り合って、国を統一して欲しい。それをやり遂げるには私があなたの家臣では不都合です。正室の座は袁紹殿に譲りますから、私をあなたの側室にしてください」
アタシは仕官の条件に、劉ヨウ様の妻にして欲しいと頼んだ。
劉ヨウ様に惚れた訳じゃない。
ただ、そうしたいと思っただけ。
それを惚れたというのかもしれない。
劉ヨウ様はご自分の運命を変えようとしている。
その彼と共に歩みたいと思ったことは確かなこと。
後書き
司馬懿が主人公の嫁宣言をしました。
麗羽はこのことを知りません。
波乱の予感がします。
多分、これ以上嫁は増えないと思います・・・。
第25話 正室と側室 前編
揚羽の仕官に成功した私は、一度、麗羽と合流することにしました。
私が司馬家の屋敷を後にしようとしたら、揚羽も着いて行くと言いました。
揚羽を連れて行きたくなかったのですが、無理でした。
麗羽達を探す道すがら、揚羽に私の真名を預けました。
この後のことを考えると、私は憂鬱でした。
「正宗様。ご説明していただけますこと」
麗羽は不機嫌そうに、私のことを睨みつけてきました。
「えーと、麗羽さん、何から話しましょうか」
「全てですわ!」
「そう・・・ですか・・・」
私がいるのは今夜宿泊する宿の一室です。
この部屋には私と麗羽、猪々子、斗詩、そして、揚羽の5人です。
私と揚羽は床に正座させられ、残りの3人は麗羽を中心にテーブルに座っています。
私の心境は裁判官を前にした被告人の心境です。
剣呑とした空気が立ちこめています。
お気楽な猪々子もこの空気が気まずそうです。
「あのさ姫・・・。アタイ、ちょっとお腹が減ったからさ・・・」
「猪々子さん、何かありまして」
麗羽は能面の表情で、猪々子に視線を送ります。
「ア・・・ハハハ・・・、何もないです・・・」
口を閉じた猪々子は私に避難の目を送ってきます。
斗詩は私に「何とかしてください」オーラを放っています。
揚羽を見ると、私の隣で落ち着いた表情で、飄々と正座しています。
「麗羽、揚羽が仕官してくれたんだ」
言葉が何も思いつきません。
「揚羽・・・、司馬懿さんのことを真名で呼びますのね」
麗羽の額に青筋が現れています。
「それは、さっき聞きましたわ!私が聞きたいのはそんなことじゃありませんわ。正宗様は司馬懿さんに仕官を頼みに行かれたのですわよね?それが何故、司馬懿さんが正宗様の側室を宣言していますの?」
麗羽は能面の表情を私に向けてきました。
「揚羽が、私に仕官する条件に側室にして欲しいと言われたんだ」
「そうですの・・・。そんな大切な話を私に相談もなしに決めましたのね」
麗羽の表情が能面から般若の表情に豹変しました。
ひぃぃーーー、麗羽さん、落ち着きましょ。
私は麗羽の怒りに気圧され喋ることができなくなりました。
「袁紹殿、よろしいでしょうか?」
今まで、黙っていた揚羽が口を開き、麗羽に声を掛けました。
「黙りなさい!今、私は正宗様と話していますの!」
麗羽は揚羽に発言は認めぬと言わんばかりの迫力で言いました。
「黙りません。正宗様が一番愛している女性は袁紹殿であることは事実です。私は正宗様の仕官の話を断るつもりでした。ですが、正宗様はこれを私に渡されたのです」
揚羽は私が渡した短剣を麗羽に差し出しました。
「何ですの・・・。これは正宗様が持っている物に似ていますわね」
麗羽は訝しい表情で短剣を見ていましたが、私の短剣と気づき疑問の表情を揚羽に向けました。
「はい、これは正宗様の短剣です。正宗様は自分に仕えて、仕えるに値しない人間なら、これで自分を殺してくれと私に仰りました。」
「な、何ですって!正宗様、本当ですの?」
麗羽は私が揚羽に言った内容に驚いているようです。
仕方無かったのです。
揚羽には自分の秘密を話してしまいました。
後には引けなかったのです。
もし、仕官を断られれば、私は揚羽を殺さなければいけませんでした。
「命を賭してまで、私を仕官させたかった理由を袁紹殿はお分かりですか?」
揚羽は麗羽に対し、話を続けました。
「・・・その理由は何ですの?」
麗羽は揚羽に対して、神妙な面持ちで聞きました。
「その前に、そちらの2人にはご退席していただけますか?」
揚羽は猪々子と斗詩に目を向け部屋から出て欲しいと言いました。
猪々子と斗詩は麗羽に視線を向けて、返事を待ちました。
麗羽は揚羽が私達にしか話せない内容を感じたのか、2人に退出を促しまた。
「いいですわ。二人とも街にでも行って、時間を潰してきなさい」
猪々子と斗詩は「助かった」という表情で部屋を出て行きました。
猪々子と斗詩が部屋を退出するのを確認した麗羽は揚羽に話の続きを促しました。
「早くお話しなさい」
「袁紹殿、あなたの為です。正宗様は袁紹殿と安寧に暮らせる世を実現したい。その為には私が必要と仰られていました」
その後、揚羽は麗羽に私の秘密を教えられたことを話しました。
麗羽は揚羽の言葉を黙って聞いていましたが、最後は驚き私の顔を見ました。
「私の為ですの・・・。正宗様の秘密を教え、自分の命を預けてまで・・・。正宗様・・・、この司馬懿はそれ程の人物なのですか?それ以前に信頼できますの?」
麗羽は憑き物がとれたように、いつもの表情でした。
「ああ、揚羽は天下一の軍師だ。そして、将軍としても一流だ。だから、彼女には是が非でも私の右腕に成って欲しかったんだ。彼女に私の秘密を話さなければ、彼女を仕官させることができないと思った。私は将来、死にたくない。でも、麗羽が不幸になるのはもっと嫌だ」
私は俯いて麗羽に自分の気持ちを正直に告げた。
「正宗様・・・。卑怯ですわ・・・。そんなことを言われたら何も言えませんわ・・・」
麗羽は私に近づいてきて、片膝を着き、私の手を握りながら言いました。
第26話 正室と側室 後編
「司馬懿さん、正宗様の気持ちは分かりました。でも、それとあなたが側室になることと、どう繋がりますの?」
「それは、正宗様が描かれる、将来の戦略にあります。私はそれをより効率的にするために進言しただけです。」
「あなたが正宗様の側室になることがですの!」
麗羽は揚羽の言葉に怒りました。
結局、私がその後の話を継ぐことになりました。
私が話すのが筋です。
私としては揚羽を嫁にしなくても良いと思うのですが・・・。
揚羽が側室にすることを仕官の条件にしている以上、受け入れるしかないのでしょう。
しかし、揚羽は何故私なんかの側室になりたいのでしょう。
揚羽は見た目はブスではないです。
ブスというより美人です。
引きこもり生活が長い為か肌は白磁のように白いです。
髪は司馬防譲りの黒髪の長髪、瞳の色は黒色のスレンダー美人です。
彼女が十二単を来たらかぐや姫に見えると思います。
私じゃなくて、もっと釣り合いそうなイケメンを探した方が良いと思います。
私は揚羽が私の側室になりたい理由が理解できないと悩みながら、麗羽に説明をしました。
説明の内容は揚羽に話したものと同じです。
麗羽は私の計画を聞きながら、不機嫌になったり、笑顔になったり、目まぐるしく表情を変えていました。
「一応分かりましたわ。私と正宗様の子供に大陸統一をさせることには依存ありませんわ。でも!」
麗羽は機嫌良さそうに話していましたが、急に語気を強めました。
「私と正宗様が北と南の別行動で戦をしていくことは不満です!不満大有りですわ!司馬懿さんがなんで正宗様と一緒ですの。だいたい、司馬懿さん、あなた何ですの!仕官の条件に正宗様の側室の座を要求するなんて、人の足下を見過ぎじゃありませんの!正宗様の弱みにつけ込むなんて卑怯者ですわ!」
麗羽はやはり別行動で戦端を開くことと、揚羽が仕官の条件に側室の座を要求したことが気に入らない様でした。
私の戦略はやはり不味いかもしれないです。
揚羽が側室の座を要求した時点で、この戦略は破綻しています。
揚羽が側室を要求しなければ、麗羽もしぶしぶながら要求を飲んでくれたと思います。
でも、揚羽の存在がそれを阻んでいます。
どうしたものでしょう。
揚羽を排除する訳にもいきません。
それに私の戦略にも問題点があるのは事実です。
それは戦力の分散です。
私と麗羽それぞれで諸候として覇を唱え、北と南で戦端を開くので、連携を取るには、中原を早い段階で制覇する必要があります。
そうしないと二人とも共倒れする可能性があります。
華琳は絶対にその点を理解し、どんな手段をとっても連携を阻止してくると思います。
麗羽と離れていることを理由に、離間の計を施してくる可能性が高いです。
揚羽が私の軍師をすることになれば尚更です。
・・・・・・。
戦略の練り直しが必要ですね。
やはり軍師ではない私では、この程度の戦略が関の山です。
自分では、良い線いっていると思いましたけど・・・。
揚羽がいるのだから、ここは揚羽に戦略の練り直しをお願いします。
「揚羽、麗羽が望まない以上、この戦略は破綻している。このままこの戦略を実行に移すと、敵につけ込まれる隙を作ってしまう。だから、揚羽は戦略の練り直しをしてくれないか?」
私は揚羽に言いました。
「確かにそうですね。これでは、自滅する可能性があります。わかりました私の方で戦略の練り直しをさせていただきます。ですが、正宗様。仕官の条件である側室の座の件は取り下げません」
揚羽は私の方を向いて、笑顔で応えました。
「なああんですって!正宗様は戦略を練り直すと仰っているのよ!司馬懿さんが正宗様の側室である必要がなんでありますの!」
麗羽が揚羽に詰め寄って怒っています。
「正宗様の戦略上、私が正宗様の側室になった方が利があると申しました。ですが、それだけで、私が側室の座を要求した訳ではありません。私が正宗様の妻に成りたかったからです」
揚羽は麗羽の怒りなど、どこ吹く風で淡々と話しました。
「正宗様も司馬懿さんに何か言ってくださいまし!」
麗羽は揚羽の態度に腹が立ったのか、私に向き直り加勢するように言ってきました。
「正宗様はお忘れではないですよね。私が仕官するなら、どんなことでもすると仰ったこと」
揚羽は笑顔で私に釘を刺してきました。
「あなたは黙っていなさい。正宗様は私の大切な方ですのよ。そんなに結婚相手が欲しいのなら、街に出て男にでも声を掛ければ良いではありませんの!」
「誤解しないでください。私は痴女じゃありません。私も袁紹殿と同じく、正宗様でなくては納得できません。正室の座はお譲りしますので、ご安心してください」
麗羽と揚羽の言い合いが段々ヒートアップしてきました。
私は、このままだと不味いと思いました。
「二人とも落ち着いてくれ!」
私は言い合っている2人に大きな声で言いました。
麗羽と揚羽は言い合いを止めて私に向き直りました。
北郷一刀はあんな大勢の女性を侍らして、よく問題起きなかったものだな。
私は2人でも既に精神的に辛いです。
「揚羽に聞きたいんだが、何で私なんだい。良い男なら私以外にもっといると思うよ。私は皇族っていっても、裕福な方じゃない。姉上も郎中から出世しているんだ」
私は揚羽が私の側室になりたい理由を率直に聞いてみました。
「私は正宗様だから好きなのです。とはいっても・・・・。正直なところ、私は正宗様が好きなのか分からないです。恥ずかしながら、私は人を好きなったことがないのです。ただ、正宗様と一緒に居たいと思っただけです。袁紹殿は不愉快でしょうが、お許しいただきたいのです。」
揚羽は気恥ずかしそうに、私を顔を見ながら話してきました。
麗羽は不機嫌そうな表情だったが、揚羽の態度を見て、諦めたような表情になりました。
「・・・はあ、分かりましたわ・・・。ここは正室としての寛大さが必要ですのよね・・・。司馬懿さん、私の真名は麗羽です。あなたに真名を預けますわ。これからは二人で正宗様を支えますことよ」
麗羽はしぶしぶ揚羽を向いて言いました。
「麗羽殿、分ってくださり感謝いたします。私の真名は揚羽です。麗羽殿に真名をお預けいたします。」
「正宗様!これ以上側室を増やしたら、許しませんことよ!その時は、正宗様を刺して、私も一緒に死にますわ!」
麗羽は鬼の形相で私に向き直ると私を射殺さんばかりに睨みつけてきました。
私はただただ頷くことしかできませんでした。
第27話 楽進
旅の仲間に揚羽が加わり、私達は孝敬里を立ちました。
揚羽の馬は、涼州産馬ではありませんが、なかなかの駿馬でした。
揚羽が乗馬する時、心配しましたが杞憂に終わりました。
以外にも揚羽は乗馬が上手かったのです。
揚羽にそのことを告げると、揚羽は笑っていました。
揚羽は日中は引きこもりですが、夜な夜な馬に乗って遠出していたそうです。
揚羽曰く、気分転換だそうです。
特攻服を来ている揚羽の姿を想像しました。
髪を上げたら似合うなと一瞬思ったことは内緒です。
揚羽の母である司馬防殿は私に感謝し、凄く喜んでいました。
理由は言うまでもなく、揚羽の引きこもりが解消したことです。
『婚礼の日取りが決まりましたらお知らせください』
司馬防殿にこのことを言われたときは、ドキッとしました。
司馬防殿に話を聞くと、揚羽が私の妻になることを話したそうです。
私は司馬防殿にそのときは改めてご挨拶に伺いますと言いました。
10日位掛けて、司隷州の河内郡を抜け、冀州の陽平郡を目指しています。
冀州に入ると途端に、賊と遭遇する機会が増えました。
私が賊に遅れを取ることなど、ある訳がありません。
襲撃してきた賊はほぼ殲滅しました。
賊達に恐怖を与える為に、敢えて惨たらしく殺して、賊の何人かは半殺しにした上で見逃しました。
目的地への道すがら立ち寄った村が賊に襲撃されていたことも幾度となくありました。
もちろん賊達には、私の手で地獄を見せてやりました。
命乞いをしてくる賊が多かったですが、無慈悲に双天戟で串刺しにして上げました。
振雷・零式で賊を焼き払ったりもしました。
お陰で、大仰な異名が増えていました。
「地獄の獄吏」と呼ばれています。
この前、私が巷の「地獄の獄吏」と呼ばれている人物と知ると、村人から手厚い持てなしをうけました。
私は、前世が小市民なので、その持て成しに恐縮してしまい、宿賃を少し多く村人に渡しました。
それが逆に、私の風聞をより大きくしているようでした。
「正宗様、この際なので聞いてもよろしいですか?」
物思いに耽っていた私に、麗羽が突然話しかけてきました。
「麗羽、なんだい?」
「後、何人の人物を仕官させようと考えていますの?」
「計画では4人だよ。1人はこれから向かう衛国に住んでいる楽進。エン州泰山郡鉅平県の于禁。そして、エン州山陽郡鉅野県の李典。青州東莱郡黄県の太史慈。これで全てだよ。実際にそこに住んでいるかはわからないけど・・・。当てがないよりましだろ」
「正宗様。その者達は文官、武官いずれで待遇するつもりでございますか?」
揚羽が私にこれから探す4人をどう待遇するのかと聞いてきた。
「基本4人とも武官だよ。李典に関しては、工房を任せるつもりだよ」
「工房ですか?」
揚羽が疑問の顔を私に向ける。
「ああ、李典には武器工房を任せるつもりだ」
「その李典はどのような人物なのですの?」
麗羽が李典のことを聞いてきました。
「李典は便利なものを開発することの天才なんだ。その中で、私が一番期待しているのは武器開発だよ」
「武器ですの。・・・例の物に関係ありますの?」
麗羽は私の荷物袋を見て私に言いました。
「ああ、そうだよ」
「正宗様、例の物とは?」
揚羽が麗羽がいう「例の物」という言葉に飛びついてきました。
「揚羽にもおいおい見せるよ。この場では見せれない」
私は声を小さくして、揚羽に言いました。
揚羽は私の言葉から、何か察したようで、それ以上何も言いませんでした。
恋姫の原作に置いて、李典の技術力の高さは判っています。
李典の技術力はチートです。
李典が仲間になれば、火縄銃の性能アップ、大量生産も夢ではないです。
武器開発工房や諜報部隊の本拠地を隠れ里みたいな場所に作るのが夢です。
隠れ里の候補はまだ考えていないです。
これから麗羽と揚羽と一緒に考えていけばいいです。
その後も、私達は賊退治をしながら、目的地に向かいました。
この村が楽進の出身地のはずなのですが・・・。
随分、荒れています。
私達はすぐ村の中に入らず、外から村の様子を伺いました。
建物や外壁の壊れ方からして、災害とかではないと思います。
多分、賊の襲撃を受けたのでしょう。
本当にいつ見ても嫌な気持ちになります。
この村は賊に襲撃されてから、まだ、それ程日は立っていないです。
私達は楽進が住んでいる衛国に来たのですが、この有様です。
楽進は居るんでしょうか?
考えるだけ無駄だと思った私は、人を探すことにしました。
「アニキ、みんなで手分けして探そうぜ!」
猪々子が元気良く言ってきました。
普通はそうしますが、この村は賊の襲撃を受けた場所です。
賊が近くに絶対いないとも限らないので、集団行動を取った方がいいでしょう。
「駄目だ、賊が近くにいないとも限らないから、皆で行動しよう」
「ふーーーん、まあ、アニキが言うならそうするよ」
「生存者を探しましょう」
「そうですわね」
私達が村の中に入ると、1人の人物が近づいてきました。
銀髪で体中に傷があります。
私はその人物が楽進だと気付きました。
居てくれて安心しました。
「旅のお方、この村から直ぐ離れられた方がよろしいです。この村は、いつ賊の襲撃を受けるか判りません」
楽進は私達に言ってきました。
「賊ですか?尚更この村を立つ訳にはいかない」
私は馬から降りると、楽進の前に近づきました。
「そうですわ。賊如き正宗様が退治してくださいますわ」
「アニキに任せておけば大丈夫だって!」
「そうですよ。正宗様にお任せすれば問題ないです」
「正宗様が関わる段階で、賊が哀れに感じますね」
「あのあなた方は何者なのですか?」
賊の襲撃の話をしても、落ち着いている私達に楽進は不思議そうに聞いてきました。
「私は劉ヨウ」
私が自分の名を名乗ろうとしたら、麗羽に遮られました。
「オーーーホホホホ、この正宗様こそ、巷で『地獄の獄吏』と呼ばれている方ですのよ」
麗羽さん、それを止めてくれません。
そうです。
私の異名が急速に広がった理由は、行く先々で、麗羽がこうやって派手に宣伝するからです。
麗羽に言わせれば、せっかく頑張っているのですから、知って貰わなければ損だそうです。
「『地獄の獄吏』!もしかして、賊達が恐怖する『地獄の獄吏』と呼ばれている劉ヨウ様ですか?」
地獄の獄吏ー
その異名が随分広がっているみたいです。
「地獄の獄吏」なんて危険人物みたいな異名で呼ばれるくらいなら、「山陽郡の麒麟児」と呼ばれる方がいいです。
「あの『地獄の獄吏』というのは有名なんですか?」
私はその異名がどれだけ有名になっているのか、楽進に質問をしました。
「はい!劉ヨウ様が悪事を行った賊達に罰を与えて殺していると村々の人々は口々に言っています」
楽進は目をキラキラと輝かせて私を見ています。
変身ヒーローに憧れる子供みたいです。
その視線は私には辛いので、勘弁してください。
「それで、あなたのことは何と呼べばいいかな?」
これ以上、楽進の視線に耐えれそうになかった私は、楽進に名前を聞きました。
「申し訳ありません。私は楽進、字は文謙です」
「楽進殿、それでこの村には今何人くらい居るんだい」
「だいたい300人位です。その内60人位は負傷者です」
楽進は悔しそうな表情で、拳を強く握り絞めていました。
「傷の程度によるけど、私が治療するよ」
私のチート能力を使えば、傷は立ちどころに癒えます。
失った腕を再生とかは無理ですけど、切断した腕があれば引っ付けるのは問題ないです。
「劉ヨウ様、本当ですか!」
楽進は私に詰め寄ってきました。
「嘘を言ってもしょうがないでしょ。早く、怪我人のところに案内してくれないか」
「申し訳ありませんでした!こちらです!」
楽進は謝罪し、私を村の奥に案内しました。
************************************************
楽進、于禁、李典、太史慈で劉ヨウ四天王とか変でしょうか?
本音いうと楽進を親衛隊長、于禁、李典を後方支援部隊の隊長にして、徳、高順、徐晃、太史慈で四天王にしたいです。
徳は現実的に厳しいですよね。
少なくとも涼州が曹操の手に落ちでもしないと引き抜き難しそうです。
史実、三国志において忠義の人ですもんね。
第28話 三羽烏
楽進に案内され怪我人を収容している一角に向かいました。
麗羽達には、私が治療中の間、村の外の様子を監視してもらうことにしました。
その際、集団行動を徹底するように言っておきました。
楽進の話ではいつ賊が来るかわからないような口ぶりだったので、用心に超したことはありません。
猪々子には独断行動は許さないと念を押しておきました。
「凪、その人達は誰や」
「凪ちゃん、その人達、誰なのー」
村の中を移動していると、何か聞き覚えのある声が楽進を呼んでいます。
声の聞こえる方向を見ると・・・。
そこには、李典と于禁が居ます。
私を不信な目で見ながら近づいてきます。
何故、楽進の住む村に2人が居るのでしょう。
恋姫では、楽進とこの2人は同郷のようでした。
史実では同郷ではないです。
この世界はやはり恋姫の世界なので史実とは大分乖離しているみたいです。
史実は精々、参考程度に留めておいた方が良い気がしてきました。
姉上が死ぬのは、反董卓連合後なので、この話は麗羽と揚羽と追々話し合いましょう。
今はやるべきことがあります。
「真桜、沙和!失礼だぞ!この方は劉ヨウ様だ!」
私が考え事をしながら、李典と于禁を見ていると楽進が2人に怒っていました。
「劉ヨウ?誰やそれ」
李典は私のことを知らないようです。
私は李典のことを狂わしい程に欲していたのに、彼女は私のことを何も知らないようです。
当然と言えば当然なのでしょうが、何故か哀しくなってきました。
「もう何言ってるの!劉ヨウ様っていったら、皇族なのに民の為に賊を倒している偉い人じゃないの!」
于禁は私のことに全く興味のない顔をしていましたが、楽進から私の名を聞いた途端、ミーハーな女子高生のような態度を取り出しました。
于禁・・・あなたは態度が豹変し過ぎです・・・。
「おーーー、そうや!思い出したわ!あれやろ沙和。最近、『地獄の獄吏』と呼ばれている人やろ。そないなけったいな人に見えんな・・・」
李典は、本人を目の前にして、失礼なことを言ってきました。
「地獄の獄吏」というネーミングセンスを疑う異名は要りません。
「楽進殿、早く怪我人の治療がしたいのだが・・・」
私はこのまま延々と無駄話に付き合わされたくなかったので、楽進に話しかけました。
「も、申し訳ありません!劉ヨウ様!真桜、沙和。怪我人はどうなっているんだ?」
急に、李典と于禁は急に沈んだ顔になりました。
「医者が居らんから、かなりの人数が死んだわ・・・」
「そうなの。手分けして、頑張ったの。でも、傷が酷い人達が多いから・・・」
「大丈夫だ2人とも。劉ヨウ様が治療してくださるんだ!」
楽進は元気な顔で李典と于禁に声をかけました。
「それ本当か!」
「本当なの!」
「ああ、そうだ」
「3人共、盛り上がるのは良いが早く案内してくれないか?話を聞いていが重傷の者が多いのだろう。幾ら、私でも死人の治療はできないよ」
私は興奮する楽進、李典、于禁に言いました。
「申し訳ありません・・・」
「すんません」
「ごめんなさいのー」
「早く治療したかっただけだから、別に気にしなくていい」
私は3人にそういうと、今度こそ怪我人の収容場所に案内させました。
いつ見ても酷い光景です。
この光景を見ると、賊共に情けなど必要ないとつくづく思ってしまいます。
まず、彼らの治療が先決です。
賊どもを掃除するのはその後です。
「楽進殿、私は傷が重傷な者から優先して治療していきます。あなた達は、軽症の者の手当をお願いします」
「軽症の人達は私と真桜ちゃんで、もう見たのー」
「残っとるのは、アタシ達じゃ手に負えない、重傷の人ばかりや」
「そうか・・・。じゃあ、私が治療するまで、その重傷者の側にいて元気づけてやってくれ。多分、心細いだろうと思うから」
「はい判りました!」
「判ったで、まかしとき!」
「判ったの!」
私は早速治療に入りました。
私の服に血が付くのを避ける為に、上着を脱ぎました。
その後は、傷の酷い人から順に、私の能力で傷を治療していきました。
中には前腕を賊に切られている人もいました。
流石に、無くなった腕を再生させるのは無理なので、止血をしてやるのが精一杯でした。
それから何人治療したか判からなくなる程、怪我人を治療しました。
治療の最後の辺りでは、楽進、李典、于禁も私の治療を見ていましたが、驚愕していました。
傷が動画の逆再生のように治っていくことに驚いたのだと思います。
私でも最初使ったときは、あまりの凄さに驚きました。
神様に感謝です。
あれから神様には会っていませんが、どうしているのでしょうか?
神様なので元気にしていると思います。
「あのー。劉ヨウ様、お聞きしてもよろしいですか?」
「先程の治療のことかな?」
楽進、李典、于禁の3人は黙っています。
図星のようです。
「あの能力は神様から貰ったものだよ」
変に誤摩化すよりこの方が良いと思います。
別に、信じなくてもいいです。
「神様ですか?」
「神様?」
「神様なの?」
彼女達は素っ頓狂な声を上げています。
「信じられませんか?私はこの能力に感謝している。この能力のお陰で、罪の無い人達が苦しむのを少しでも救うことができる」
私は幼少の頃を思い出しながら言いました。
自分で言っておきながらなんですが、私の言葉は宗教家みたいだなと思いました。
そう言えば、黄巾の乱の首謀者である張角も何とかの水で病気を治していたらしいです。
この世界の張角はアイドルですけど・・・。
「・・・」
「劉ヨウ様、神様はないわ。確かに凄い能力やけど・・・。妖術とか仙術とちゃうの?」
「そうなのー。でも、凄いのー」
李典と于禁は私が冗談を言っていると思っている様です。
楽進だけは真剣な顔で私を見ていました。
まさか、私の言葉を信じてくれたのでしょうか?
それはないでしょう。
「信じていただかなくても構わないよ。それと一言言っておくよ。私の能力は妖術、仙術の類いではない」
私はそのことだけ告げると踵を返しました。
「ちょい、待ち劉ヨウ様!何処に行くんや」
「治療も終わったから、賊共を掃除しに行く。場所を教えて貰えるかな?」
「賊を直接襲撃しにいく気?そんなの自殺行為や!相手は1500やで」
「そうそう、劉ヨウ様。無理なのー」
李典と于禁は私が賊を襲撃しにいくのを止めようとします。
賊の数は1500。
私にとっては多いとはいえない人数です。
「その程度の人数なら、賊は全て皆殺しだよ」
「何言うてんのや!そんなの無理に決まっているやろ!」
「危ないのー!」
「2人ともやめないか!劉ヨウ様、私が賊が潜伏していると思う場所に案内します」
今まで、黙っていた凪は私の道案内を勝手でました。
「凪まで、何いうてんのや!いくら地獄の獄吏と呼ばれている劉ヨウ様でも無理に決まってる!」
「凪ちゃん、危ないから止めるのー!」
「じゃあ、二人は村が賊に襲撃されるのを黙って見過ごせと言うのか!劉ヨウ様に怪我人を治療して貰ったけど、今のこの村は賊の襲撃に耐えられる状況じゃない。次、賊に襲撃されたら全滅だ!」
「そ、それは・・・」
「・・・・・・」
2人は顔を俯いて黙ってしまいました。
「劉ヨウ様、本当に勝てるのですか?」
楽進は真剣な表情で私を見ています。
その瞳は闘志に燃えています。
良い表情です。
楽進は私と賊退治をする覚悟のようです。
「必ず勝つ!時には死地にてこそ、勝利を見いだせるものだよ。私の場合、敵地の方が好き勝手に暴れられるので都合が良いだけだよ」
私は楽進の顔を真剣な顔で見つめ返しました。
「わかった、わかった!ウチも一口乗るわ!後、村の皆に声を掛けよう!一緒に戦ってくれる人が居るかもしれん」
「しょうがないのー。凪ちゃん達だけに任せておけないのー」
「二人とも良いのか?」
「良いも悪いも無いわ。二人してカッコ付けておいて、ウチ達だけ尻尾を丸めて逃げれるわけないやろ。村の人達を見捨てて行く程、白状やないわ。それに、地獄の獄吏の劉ヨウ様も居るんや。劉ヨウ様、頼りにしているからな!」
李典は、私に二カッと笑顔を向けてきました。
「アタシも本音は嫌なのー。でも、劉ヨウ様もいるしー。勝てるかもー」
「ありがとう二人とも・・・」
楽進は泣いていました。
二人が賊討伐に力を貸してくれたことが嬉しかったのだと思います。
私は3人のやり取りに、微笑みが漏れました。
一度、麗羽達と合流した後、賊退治に行きましょう。
これが終われば楽進、李典、于禁をスカウトします。
特に、李典、あなたには必ず私の陣営に入ってもらいます!
第29話 因果応報、狩られる者達 前編
麗羽達と合流した私達は賊が居ると思われる場所に向かおうとしました。
ですが、揚羽の提案で、待ち伏せをすることになりました。
揚羽に言わせると、賊が居るか確証できないのに、その場所に攻め入るなど下策だそうです。
やっぱり私はこの手の策謀は駄目です。
揚羽以外にも頼りになる軍師をもう1人獲得したいです。
揚羽は優秀ですが、今後、彼女1人では負担が大きくなると思います。
言い軍師はいないでしょうかね。
今、程昱と郭嘉は旅に出ているでしょうか?
出ているのならスカウトして見るのも悪くないです。
麗羽に関しては、いずれ荀彧が仕官するので問題ないです。
荀溿も今の麗羽になら愛想を付かすことはないと思います。
後は、田豊、沮授、郭図、張を探し出して仕官させればいいと思います。
「正宗様、何してますの?賊退治に行きますわよ」
麗羽が私に声を掛けてきました。
「ああ、分った。直ぐいく」
斗詩には、私達の荷物もあるので、村で留守番をして貰うことにしました。
村からは楽進、李典、沙和の3人以外に、50人が参加しました。
その50人の手には鎌や鍬、斧、弓などを持っています。
弓を持っているのは、その内10人位です。
農民なので、武器と呼べそうなのは弓くらいです。
李典のドリルはこの時代明らかに不自然です。
誰も違和感を覚えないのが理解できない。
「なんや私の螺旋槍をジッと見て。どないしたん劉ヨウ様?」
私が李典の武器を凝視していたので、彼女が声を掛けてきました。
「李典、君の武器が凄かったので見入ってしまったんだよ」
「見るもんが見ると判るもんやな。これ凄いやろ。ウチが作ったんやで。楽進も沙和もウチの武器の良さが判らんのや」
李典は自分の作成した武器が褒められたことを喜んでいました。
「実は私も武器を自前で作成しているんだよ」
「へー。劉ヨウ様の武器は槍やけど、それ自分で作ったん」
李典は私が手に持っている武器を興味深そうに見ている。
「これじゃないんだ。李典と一緒で絡繰の武器なんだよ。今は村に置いてきているので、この賊退治が終わったら見せてあげるよ」
「劉ヨウ様も絡繰りが好きなんっ!でも、なんでその武器を持ってこんかったん?」
「威力は抜群だけど、私が持ってきた分だけでは、効果が低いから持ってこなかった」
「ふーん、まあ、ええわ。じゃあ、帰ったらみせてなっ!楽しみやわー」
李典は上機嫌のようです。
楽進の話によると村が襲撃を受けたのは1週間程前の深夜で、賊は村の北側にある森から現れたそうです。
賊達は略奪を行った後、同じ森の中に戻って行ったそうです。
賊達は略奪した食料が無くなったら、また来ると言っていたそうです。
揚羽はその情報を元に、森の中を調査して、賊の通った場所を見つけました。
その場所に沿って罠を張ることになりました。
揚羽の罠の概略は、森に入った賊を火計で焼き殺し、それから逃れた賊を各個撃破するというものでした。
私はこの火計で気になることがありました。
揚羽に、森を火計の場にして、今後の村人の生活に支障ないのかと聞きました。
揚羽は渋い顔をしていましたが、村人達は生活に困るかもしれないが、賊に怯える生活よりましだと口々に言いました。
村人達の同意を得、火計の準備に移ることにしました。
私と楽進、李典、于禁は火計の準備を揚羽達に任せ、揚羽の指示に従い、村側の森の入り口とは反対側に移動しました。
私達は身を隠せそうな岩場を見つけ、賊が来るのを待つことにしました。
私達の役目は火計で動揺した賊達を後方から襲撃することです。
揚羽の話では夜までには火計の準備が終わると言っていました。
私達は身を隠し、じっと監視していました。
夜になっても何もおこりません。
結局1日目は空振りに終わりました。
翌日の深夜になると、賊達が現れ続々と森の中に入っていきました。
私達は火計の始まるのを今か今かと待ちました。
賊達が森の中に入りきって、暫くして村がある方角の森の辺りが爛々と燃えていました。
夜なので火の明かりが良く目立ちます。
火計が始まったと思った私達は、森の中に入って行きました。
賊達が森の奥から必死な顔で逃げたしてきました。
私は双天戟を構え、振雷・零式を放ち賊達を焼き払いました。
その後も、賊を森の奥に押し込めるべく、振雷・零式を放ち続けました。
森の奥からは、火計に嵌った賊達の絶叫が聞こえます。
火計を初めて体験しました。
まさに、地獄です。
森の奥では火に逃げ遅れた人間が火だるまになって転げ回っています。
村側の森の入り口は完全に火が回っていると思います。
火の回りは早く、かなり近くまで回っているように思います。
賊達はまだ、こっちに向かって逃げてきます。
早く終わらせないと、私達まで火に巻き込まれます。
私は振雷・零式を放つのを止め、双天戟で賊達を殺すことにしました。
賊を草を刈る如く、止めを刺して行きます。
火計の恐怖に動揺している賊など敵ではありませんでした。
彼らは逃げることで頭が一杯で、武器など持っていないものが殆どです。
楽進、李典、于禁は私の強さに驚いています。
「何を突っ立ている!今、賊達を皆殺しにしなければ禍根を残すぞ!」
私は賊を殺す手を止めている3人に対し、怒声を浴びせました。
「すいません!」
「そうや、こいつらを退治せんと」
「ごめんなのー」
私の怒声に我に返った3人は、賊を殺すことに専念しました。
戦闘は数時間に渉りました。
火の手の回りが酷くなり、仕方なく森の外に出ようとしたとき、1人の男が逃げてくるのを見つけました。
「あいつ!賊の頭です!」
楽進はそう言うと、その賊に向けて拳を向けました。
私はそれを制止し、賊の頭を生け捕りにしました。
「何故です。こいつは私達の村を襲撃して、村の者を殺戮したのですよ」
楽進は私が止めに入ったことに反対しました。
「そうや、そうや」
「そいつは殺さなくちゃいけないのー」
李典、于禁も駆け寄ってきて、私に猛抗議します。
「こいつの扱いは私に任せてくれ」
私は3人に対し、有無を言わさないという態度で一言告げると、賊を気絶させ連れて行きました。
その後も、3人は私に賊の頭を殺させてくれと何度も抗議を言ってきました。
私は何も応えず、気絶した賊の頭を引きずっていきました。
第30話 因果応報、狩られる者達 後編
火計の策は成功に終わりました。
森を焼く炎が収まるのを待ちました。
炎が収まったのは、朝を迎え日が丁度、空の真上に昇るころでした。
私達は、日が燻っている森を抜けて行きました。
彼方此方に、火計に逃げ遅れた者達の焼死体がありました。
肉の焼ける臭いに吐き気がしました。
当分、肉を食べれそうにありません。
それは楽進、李典、于禁も同様の様でした。
先程まで、ずっと私に抗議していた元気はありません。
賊の頭が引き摺っているので、傷が痛いと幾度となく暴れたので、その度に殴りつけて気絶させました。
麗羽達と合流したのは、昼過ぎでした。
麗羽達は森の在った場所の入り口にいました。
麗羽達も賊を5人生け捕っているようです。
これからが本番です。
賊共に自分のやってきたことを自覚させることにします。
楽進、李典、于禁の3人と今回の賊退治に参加した村の者達は私に不満の目を向けています。
まあ、賊の頭を生け捕りにしたままな訳ですからね。
私が当事者なら許せる訳がないです。
「もうしねぇ、だから勘弁してくれ!」
賊の頭は、私に土下座をして、頭を地面に擦り付けてました。
無様に謝っていますが、こいつに反省の色などないと思います。
どうせ、舌の根も乾かない内に、また、他の村を襲うに決まっています。
「いいだろう。今回だけは見逃してやる」
私は冷めた目で、賊の頭を見て心情とは裏腹のことを言いました。
「へへ、ありがてぇ」
顔を上げた賊の頭の表情を見て、不快を覚えましたが、感情を押し殺しました。
「どうしてですか!劉ヨウ様、こいつを見逃すなんて納得いきません!」
楽進は私に詰め寄りました。
「言いたいことはわかるが、この件については黙って居てくれ」
有無を言わさない目で楽進に言いました。
「くっ!」
李典と于禁も納得いかない様ですが、私の迫力に気圧され黙っています。
麗羽達は私が何をするか分っているので、静観しています。
私は賊の頭に踵を返し、立ち去ろうとしました。
賊の頭は私が背を向けた瞬間、懐から暗器を取り出し投げつけました。
「死にやがれーーー!あがっ!?」
暗器を避けた私は、賊の頭の胴に双天戟を突き立てました。
馬鹿な奴です。
私を殺せると思っていたのでしょうか?
逃げ切れるとでも思っていたのでしょうか?
まあ、別にどちらでも構いません。
初めから賊の頭を見逃すつもりはありませんでした。
賊の頭が逃げようと、襲いかかってこようと殺すつもりでした。
希望を裏切られる想いを賊の頭に与えることに意味があるのです。
「私がお前を見逃すと思ったか?初めから見逃すつもりなどない!どんな気分だ?今まで、貴様らも同様のことをやってきただろう!」
双天戟に力を込め、賊の頭の傷口を乱暴に広げました。
「ぎゃああああーーー!痛でえぇぇ、やめでくれーーー!」
賊の頭は、傷を開かれる痛み絶叫しています。
「自分が逆の立場になったら、助けてくださいだと?笑わせるな!」
双天戟を賊の頭から引き抜きました。
「や、や・・・止めてくれ・・・。し、死にたくねーーー!ぎゃああああーーー!」
私は、体勢を立て直し、賊の頭の体中を凄まじい早さで槍を突き立てました。
「ごふっ!」
賊の頭は、口から血を吹き出し、壊れた案山子のように、地面に突っ伏しました。
地面は賊の頭の大量の血で染まっていきました。
双天戟をひと振りし、槍にこびりついた血を払いました。
楽進、李典、于禁、そして村の人間は突然私が、賊の頭を嬲り殺しにしたので驚いていました。
縄に縛られている賊達は、私の行為を恐怖の表情で見ています。
私は賊達に槍を向け、数人を双天戟の餌食にしました。
餌食になった賊はボロ雑巾のように地面に倒れました。
「お前達、生きたいか?」
賊達に怜悧な目を向けました。
賊達はあまりの恐怖で喋れないようでしたが、必死に肯定の頷きをしました。
「そうか・・・じゃあ、助けてやる」
私はそう告げると、私は双天戟を地面に突き立て、賊達に素手で殴りつけました。
賊達が命乞いをしてきました。
私はそれを無視し、ひたすら殴りつけました。
賊達がボロボロになって、命乞いすら言わなく成ったのを確認して、私はその行為を止めました。
「望み通り助けてやる。次に、同じ真似をしてみろ。お前らの頭のように無惨に殺してやる!」
私は凄まじい殺気を賊達に放ちましたが、彼らはただただ恐怖に内震えていました。
「どうしてあんなことされたのですか?」
楽進は神妙な顔をして、私に質問してきました。
李典と于禁は私を恐がっているようですが、いきなり賊の頭を殺したことに興味があるようでした。
「これは私の自己満足です。賊はいつも人の命を弄びます。思いつきで、言うことを聞けば助けてやると言いながら、結局殺したりします。その言葉が嘘と分っていても、縋るしか無い人達がいるのです。だから、あの賊にも同じ思いを味遭わせたかったのです。それが理由です。賊は人であることを捨ててしまった者達・・・。哀しい話ですが、彼らに理解させるには、絶対的な力で蹂躙するしかない。助けた賊達は二度と賊稼業をしないでしょう」
私は虚しい想いを抱きながら、楽進に言いました。
「・・・・・・劉ヨウ様のお気持ち分るような気がします。申し訳ありませんでした」
楽進は私に頭を下げました。
「劉ヨウ様のこと見損なったと思ったんやけど・・・堪忍な。でも、ちょっとキツかったわー。村のモン、劉ヨウ様に引いとったで」
「私も真桜ちゃんと一緒なの。劉ヨウ様ごめんなさいのー。流石、『地獄の獄吏』なのー」
于禁の謝罪は何か軽く感じます。
別に、謝ることでもないと思いますから、良いですけど・・・。
「これは私の自己満足だと言っただろ。私がやろうとしたことを黙っていたのは事実だ。だから、気にすることはない」
私は彼女達に優しく言いました。
第31話 三羽烏配下になる
賊退治を終えた私達は、1週間程この村に滞在することになりました。
村人達は村の再建に汗を流しています。
私達と楽進、李典、于禁も陣頭に立って頑張っていました。
ここ数日で、再建作業も起動に乗って来ているみたいです。
私が怪我人を治療したことで、怪我人の面倒を看る必要がなくなり、再建作業に集中できたことが多きいようです。
今日は暇ができたので、麗羽、揚羽と李典を連れ立って森があった場所にいます。
再建は私達以外と村人達に任せています。
ここに来た理由は、揚羽と李典に火縄銃を見せるためです。
「これがこの前、話していた武器だよ」
私は、荷物から火縄銃を取り出し、揚羽と李典に見せました。
「へえ、これかいな。これはどうやって使うん?」
「これがこの前仰ていたものですね。初めて見ました。これはどのように使うのですか?」
2人は各々にどう使用するのかと聞いてきました。
「こうやって使うのさ」
私は火縄銃を撃つ準備を手際良く行いました。
私も7歳の頃から、火縄銃を研究しているので、扱いは堂が入っています。
麗羽も私には及びませんが、火縄銃の扱いは問題ありません。
私は準備を終えると、的を探しました。
空に鳶が飛んでいるのを確認すると、私は鳶に照準を合わせました。
「揚羽、李典。見てな。今から、あの鳶を撃ち落とす」
「あれをですか?かなりの距離だと思いますが・・・」
「そやな・・・。あんな場所、弓でも落とせんとちゃう」
2人は半信半疑の様です。
私は2人の言葉に応えず、鳶に向けて弾丸を放ちました。
バアーンーーー
火縄銃の発砲音が鳴ると共に、鳶が地面に向けて落ちて行きました。
「「なっ!」」
2人とも発砲音と同時に鳶が落ちたことに驚いたようです。
私の火縄銃の腕前はどうです。
「ホンマに撃ち落としおった!劉ヨウ様凄いやん!その絡繰りの構造どうなってんの」
李典は目をキラキラさせて、私が手に持つ火縄銃を見ています。
目論み通りです。
絡繰り好きの李典は、予想通りこの火縄銃に興味を持っています。
揚羽は驚いていましたが、私が李典を取り込もうとしていると察したかの何も言いませんでした。
「ああ、構わないよ。私は絡繰りが大好きなんだ。だが、私は手先が器用な方ではないんだ。設計と組立は私が自分でしたんだけど、部品に関しては、鍛冶屋に作らせたんだ。それで、私は絡繰り好きで、絡繰りの才能高い人物を探していたんだ。李典、君が良ければ、私に仕官して、一緒に洛陽に来ないかい。洛陽に帰るのは、今、旅の途中なので、もっと後になると思う。どうかな。考えて貰えないかな?」
「へぇ、凄いやん。手先が不器用で、これだけのもんを作れるやろ。絡繰りへの愛を感じるで。劉ヨウ様、ええよ。仕官したるよ。洛陽は大陸の中心やし、珍しいもの仰山あると思う。こちらこそ渡りに船や。ウチの真名は真桜や。よろしゅうお願いします」
真桜は頭を下げてきました。
「本当かい!ありがとう!ありがとう!同じ絡繰りを愛す同士が出来て感激だよ!私の真名は正宗だ。よろしく頼むよ!」
真桜が仕官してくれたことに感激して、真桜の両手を握り、ブンブンと上下に降りました。
「そんなに喜ばれると恥ずかしいわ」
真桜は照れながら言いました。
「ちょと、待ったのー!」
私と真桜が仕官の瞬間を喜んでいるときに、それを破る声が聞こえました。
私達が振り向くとそこには于禁が居ました。
于禁に後には、楽進がすまなそうに控えていました。
彼女達はいつから居たのでしょうか?
火縄銃は真桜だけに見せて置くつもりでしたが・・・。
見られた以上、仕方ないでしょう。
彼女達を仕官させる計画でしたし、私に仕官してくれるのなら口封じは必要ないです。
彼女達は正規軍ではなく、私がいずれ創設する諜報組織の方に配置するしかないです。
諜報組織といっても、諜報活動も担いますが、別に諜報専門という訳でないです。
組織の中に、最新兵器の扱いに慣れた部隊も作るつもりです。
于禁が少し心配ですが・・・。
まあ、何とかなるでしょう。
「真桜ちゃんだけ、狡いのー。私も洛陽に行きたいのー」
「劉ヨウ様、申し訳ありません。聞くつもりは無かったのです。真桜を探していたら、轟音が聞こえて、急いで向かった先に皆さんが居らして・・・」
于禁は一旦無視です。
楽進は火縄銃を撃つところは見ていないようです。
でも、火縄銃は見られた訳ですから、彼女達は諜報組織に所属させるのは決定です。
「そうか、于禁。じゃあ、君も洛陽に来るかい。ただし、私に仕官してくれるのが条件だよ」
「劉ヨウ様、分ったのー。仕官すればお給金貰えるんですよね」
ちゃっかりしています。
洛陽に戻ったら宮仕えをするつもりだったので、大丈夫でしょう。
それに袁逢殿にいただいた金があるので、この旅の間に支払う給金も問題ないと思います。
袁逢殿の餞別を貰っておいて正解でした。
「そや、正宗様、ウチも給金貰えるやろ」
くっ!
于禁・・・、お前の所為で・・・。
「あ、ああ、問題ない」
「やったのー。村に居ても欲しい物買えなかったけど、これで買えるのー。何にしようかなー」
「沙和、それよりまず正宗様に挨拶やろ!お世話になるやから、ちゃんとせなあかん!」
真桜が皮算用をする于禁に注意しました。
「あっ!そうだったのー。劉ヨウ様、私の真名は沙和なのー。よろしくお願いしますなのー」
「こちらこそよろしく。私の真名は正宗だ」
「わかったのー、正宗様」
「劉ヨウ様」
「うん?」
振り向くと楽進が神妙な顔で私を見ていました。
「一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
「正宗様は何故、真桜や沙和を仕官されたのでしょうか?」
何故、仕官させたか聞きたいのでしょう。
彼女にしてみれば皇族が戦闘能力が高いとは言え村娘を仕官させるなどおかしいのでしょう。
穿った見方をすれば、伽の相手として仕官させたとでも思っているのかもしれないです。
楽進も仕官させるつもりなので、ここは真摯に応えないといけません。
「それは来る動乱の為だよ。動乱になれば人材は幾ら居ても足りない」
「動乱?」
楽進は私の答えが予想外だったようです。
本当に、私が真桜と沙和を伽の相手にさせようとしていると思っていたようです。
私は女性を無理やり手込めにするような鬼畜ではないです。
元日本人の小市民の私にそんな真似できるわけないでしょう。
全く、心外です。
「そう動乱だ。この前の賊は規模が多かったと思わないか。今までの賊の規模は、精々数十人、多くて数百人。賊の数が多いということは、それだけこの辺りの治安が悪いということだ。これがいずれ大陸全体に広がる。そして、世が乱れる。私はそのときに、力無き民を守る剣であり、盾である為にこうして旅をして人材を探している。真桜に関しては、絡繰りが得意な人物が欲しかったというのは嘘ではない」
私は楽進の目を見て、話せることを話しました。
「申し訳ありませんでした。私は」
私は楽進の言葉を制止しました。
「構わない。友を思っての行動だろ。その程度のこと、私は気にしないよ。それより、楽進、私に仕えてくれないかい?」
私は楽進は私の顔を真剣に見ていました。
「私でよろしければ、陣営の末席にお加えください!私の真名は凪と申します」
決意を決めた楽進は私に対し、片膝をつき拱手して頭を足れました。
「よろしく頼む。私の真名は正宗だ」
良いです!
私は猛烈に感動しています。
これが主従の契りというものです。
沙和の軽薄な感じと、楽進は違います。
第32話 両親との再会
人材探しが予定より捗っています。
人材探しの予定が前倒しになりましたが油断は禁物です。
太史慈の仕官が上手くいき、余裕があれば幽州方面にも行きたいです。
凪、沙和、真桜の馬が無いので、両親のいる山陽郡に寄ることにしました。
父上に頼んで3頭程融通してもらおうと思っています。
駄目なら、都督のジジに借りればいいです。
太史慈が居る青州東莱郡黄県まで、歩きの者がいると旅の行程に支障がでると思いました。
「やっと、正宗様のお義父様とお義母様にお会いできますのね」
麗羽は凪達の村を経つときからこの調子です。
「私も8年振りの帰郷だから、楽しみしているんだ」
「正宗様のご両親はどのようなお方なのですか?」
揚羽が尋ねてきました。
「うーーーん。父上は清廉で、真面目で、模範的な文官を体現した人物だと思う。母上は優しくて芯の確りした人物だと思う」
「理想的な両親像を描いたような方々なのですね。正宗様のご両親なので、もう少し変わった方なのかと思っておりました」
揚羽が何か失礼なことを言ってきました。
「揚羽さん。失礼ではありませんこと。いずれは、私達のお義父様とお義母様になりますのよ」
麗羽がムッとした表情をして、揚羽に説教しました。
「麗羽殿、別に、悪意があった訳ではありません。正宗様は他の士大夫の方に比べ、型破りな性格に見受けられたので、ご両親の影響かと思っただけです」
揚羽は麗羽の説教を気にするでもなく、淡々と言っていました。
「あら、そうでしたの。確かに、正宗様は型破りですわね。目的が有るとはいえ、今の時期、他国を見聞と称して旅をしていますもの。普通の士大夫は、中央官吏を目指してますもの」
「まあ、中央官吏の道については、この旅における正宗様の風聞と麗羽様のご実家に加え、私の母の口添えがあれば、問題ないと思います」
「オーホホホ、そんなこと当然ですことよ。この旅が終われば、正宗様も私も要職につけますわ。叔父様もその様に申しておりましたもの」
私はそんなこと初耳だけど・・・。
「私はそんなこと聞いていないけど、本当かい?」
私は麗羽に聞きました。
「え、あ、アハハハ、これは秘密の事でしたわ・・・」
麗羽はばつの悪そうな表情をしています。
「・・・仕方ありませんわね。叔父様は悪気はありませんのよ。正宗様が洛陽に戻ったら、驚かせたいと仰てましたの・・・」
「悪気がないのは分っているよ。だから、気にしなくてもいいよ」
「正宗様、この件は聞かなかったことにしてくださいまし。叔父様はきっと、元気を無くすと思いますもの」
麗羽は元気のない顔で、袁逢殿のサプライズを知らないことにして欲しいと頼んできました。
私は麗羽の頼みを受け入れることにしました。
麗羽の頼みですし、袁逢殿は麗羽の肉親です。
それに、袁逢殿にはこの旅では色々と気を配ってくれました。
この位はしない罰が当たります。
「麗羽のたっての頼みなら、断れるはずないだろ。それに、袁逢殿にはお世話に成っているしね」
私は笑顔で快く応えました。
「正宗様、ありがとうございますわ」
麗羽は私の言葉を聞いて、元気な顔に戻りました。
あれから数日かけて、山陽郡の両親を訪ねました。
「お久しぶりです。父上、母上、健康そうで何よりです」
8年振りに見る父上、母上の顔は少し老けていました。
私も山陽郡を出る頃と違い、若武者の風貌で、貫禄も出てきた気がします。
賊狩りで実践を積んでいることも影響しているかもしれないです。
「正宗、お前の許嫁を紹介してくれないか?」
「それよ、それ!私は凄く楽しみにしていたのよ」
父上と母上は私が挨拶をするや否や、早く許嫁を紹介しろと急かしてきました。
「許嫁は二人います。1人は洛陽で、もう1人は旅の途中で巡り逢いました。麗羽、揚羽こちらに来てくれないか」
私は二人を手招きして呼びます。
「何、2人も居るのか!」
父上は驚いています。
「まあ、まあ、正宗は女誑しのようね」
母上は私を見ながら、困った子ねと言わんばかりに頬に手を当てています。
「彼女が袁成殿の息女で、麗羽です」
「袁紹、字を本初、真名を麗羽と申します。正宗様のお義父様とお義母様にお会い出来て感激ですわ。お二人には、もっと早くお会いしたかったのですが、機会が無く申し訳ございませんでした」
麗羽は品のある所作でお辞儀をしました。
「彼女が司馬防殿の息女で、揚羽です」
私は次に揚羽を両親に紹介しました。
「お初にお目にかかります。司馬懿、字を仲達、真名を揚羽と申します。正宗様のお義父様とお義母様にお会い出来て感激でございます。正宗様には日頃より、お二方のことを聞かせていただいておりました。お二方のように仲睦まじい夫婦になりたいと思っております」
揚羽は完璧な返答を父上と母上に変えました。
揚羽にはもっと人間味のある所を表に出して欲しいです。
軍師として問題があるかもしれないです。
難しいところです。
でも、麗羽は案外、揚羽とは上手くやって行けそうな気がします。
私達が揚羽を理解していれば良いのでしょう。
「二人とも美人ではないか。正宗、羨ましいぞ!ぎぃあっ!」
父上が麗羽と揚羽を見て鼻を伸ばして褒めていると、父上が蛙を潰したような声を出しました。
「ふふふ、そうね。本当に綺麗な子達ね。あなた、後でちょっとお話をしましょうね」
母上が父上を見つめながら、笑顔で笑っています。
母上の笑顔は笑っているのですが怖いです。
「私は仕事があるから、明日にしてくれないかな」
父上が母上の顔を見て、顔を青ざめながら言いました。
「おおっ!正宗、母上と彼女達を中庭にでも案内して、お茶会でもしなさい。お前も久しぶりで、母上に話たいことがあるだろ」
母上に恐怖していた父上は私の顔を見て、母上を連れて行ってくれと目で合図をしてきました。
ここは父上を助けましょう。
「そうですね。父上もああいっていますし、久しぶりにお茶会でもして、皆で話でもしませんか?私も洛陽での話や旅の話をしたいです」
「・・・そうね。今日は、息子と私の娘と歓談でもしましょう。そうね、あなた達も一緒にいらっしゃい。お茶会は人が多い方が楽しいわ」
母上は私の後に控えていた、猪々子、斗詩、凪、沙和、真桜に声を掛けました。
「アタイ達も良いんですか?」
猪々子が素直に聞きました。
「ええ、良いわよ。正宗と一緒に旅をしているのでしょ。全く知らない仲じゃないのだから、そんな細かいことは気にしないの。そうでしょ、正宗」
母上は優しい笑顔を猪々子達に言いました。
「母上の言う通りだ。猪々子が遠慮するなんて、らしくないぞ」
「えー。酷いな、アニキ。それじゃ、アタイがいつも図々しいみたいじゃないか」
猪々子は口を尖らせて言いました。
「ふふふ、安心したわ正宗。良い友達が居るのね」
母上は私と猪々子のやり取りを見て楽しそうにしています。
私達はその後、母上とお茶会をしました。
父上は気付いたときには居なくなっていました。
「・・・ふふふ、しょうのない人ね・・・」
母上は軽く微笑んでいました。
第33話 母と嫁
「正宗に許嫁が出来たとお義父様に文をいただいた時は本当に驚いたわ。父上も凄く驚かれて、一時は政務を放って洛陽に行こうとしていたのよ」
母上は私と麗羽が許嫁に成った報せを受けた時の話をしてくれました。
今、私達は私の実家の屋敷の中庭で、お茶会を開いています。
久しぶりの我が家は良いです。
「あなた達の馴れ初めを聞きたいわ。話をしてくれるでしょ」
母上はニコニコと微笑んで、私と麗羽と揚羽の顔を順に見ました。
「今日は正宗に聞くより、麗羽ちゃんに聞こうかしらね。その次が揚羽ちゃんね」
私が母上に何か言おうとしたら、母上は私を無視しました。
「正宗。あなたは少し黙っていなさい。あなたに聞いてもどうせ肝心の所を話してくれないでしょ。早く麗羽ちゃん話して頂戴」
「え、はい。お義母様、正宗様とは・・・。食堂にて暴漢に襲われた処を助けていただいたのが切っ掛けでございました」
「ふふふふ。それで、それで」
母上は口元に手を隠し、ニヤニヤして麗羽の話に耳を傾けています。
その後、いろいろな話を麗羽に根掘り葉掘り聞いていました。
揚羽、斗詩、凪、沙和、真桜は麗羽の話に興味を持ったのか母上と一緒になり話に加わっていました。
猪々子は麗羽の話には興味を示さず、お菓子を黙々と食べていました。
猪々子らしいなと思っていると、母上は麗羽から揚羽に目標を変えたようです。
「麗羽ちゃんからは十分に聞いたわ。次は揚羽ちゃんの番よ」
「お義母様、私の番ですか?私と正宗様の馴れ初めを聞かれても面白くないと思います」
揚羽は突然、話を母上に降られても動ずることなく淡々と話しています。
「それはあなたがそう思っているだけで、私も同じとは限らないと思うわよ」
母上は揚羽のジャブを軽く受け流し、話をするように促しました。
「お義母様がそう仰るなら、分りました」
「早く聞かせて頂戴」
母上は揚羽の話をワクワクした表情で聞いていました。
私と揚羽の馴れ初めは面白いものとは言えないと思います。
案の定、揚羽の話を聞いていた母上は段々、つまらないと思ったようです。
「正宗。綺麗な二人を妻にした割に、馴れ初めが地味すぎよ。もっと、熱く燃えるような恋愛をしていたのかと想像していたのに・・・・・・。だいたい何なの。麗羽ちゃんと出会って以来、ずっと二人で文武に励んでいたなんて母上は悲しいわ。甲斐性の無い正宗に付き合う麗羽ちゃんが健気で可哀想すぎる。揚羽ちゃんとの出会いも微妙よね。引きこもりの彼女を自分に仕官するように熱心に説得する正宗に惚れたなんて・・・・・・。揚羽ちゃん。ごめんなさいね。揚羽ちゃんは何も悪くないわ。悪いのは正宗」
母上は私達の馴れ初めを好き勝手に言いました。
「母上が聞きたいと仰ったのです。私達は別に話したくなどありませんでした。当人同士が納得しているのですから良いでしょう」
「正宗様。お義母様にそんなことを仰しゃってはいけませんわ。私はお義母様に私達のことを聞いて戴けて本当に嬉しいですわ。お義母様。私は正宗様と文武に励んで居いたことを苦と思ったことは一度もございませんのよ。恥ずかしい話ですが、私は正宗様にお会いするまで、馬鹿でしたの。周囲から白い目で見られていたことすら気付いていませんでしたの。その中で、正宗様はいつも私のことを思って頑張ってくださったのです。私はそんな正宗様が大好きです」
麗羽は恥ずかしそうに頬を染めながら母上に自分の気持ちを伝えていました。
「お義母様。私も正宗様との出会いをつまらぬものとは思いません。正宗様は私に希望を与えてくださいました。私の周囲に近づく者は私を利用しようとする者達ばかりでした。その中で、正宗様は命を賭してもお前が欲しいと私に短剣を差し出されました。それ迄、正宗様のように純粋な気持ちをぶつけてきた方はいませんでした。私はこの方とずっと一緒に居たいと思いました。だからこそ、私は仕官を求められましたが妻にしてくださいと正宗様に要求いたしました」
揚羽は普段の淡々とした態度ではなく、感情の篭った表情で母上に自分の気持ちを伝えていました。
「ふふふふ、二人とも正宗のことが好きなのね。正宗は果報者ね。正宗。二人を必ず幸せにしなさいね。二人を不幸にしたら母上は許しませんからね」
母上は唐突に麗羽と揚羽の言葉を聞いて、嬉しそうに微笑んでいます。
「麗羽さんと揚羽さん。正宗のこと頼みます。この子は一人で何もかも抱える悪い癖があります。私や夫には言えないことでもあなた達になら素直に話せるかもしれない」
母上は麗羽と揚羽に頭を下げて、私を頼むと言いました。
まだ、婚礼は先なのに今言う事でもないように思います。
麗羽と揚羽は母上の突然の行動に驚いています。
「お、お義母様。頭をお上げください。もとより私は正宗様をお支えするつもりです。私の一番大切な方ですもの」
「お義母様。麗羽殿の仰る通りです。私達は常に正宗様と共にあります。正宗様に嫌われようと離れるつもりはございません」
二人とも神妙な面持ちで母上に応えていました。
「本当に良い子達ね。正宗には勿体ない位・・・・・・」
母上は麗羽と揚羽を見つめながら言いました。
「麗羽ちゃんと揚羽ちゃん。今日の夕飯は一緒に作らないかしら。正宗の好物も知りたいんじゃない」
母上は二人に夕飯を一緒に作らないかと誘っています。
「是非、参加させてください」
「正宗様の好物とは興味深いです。私も参加させてください。料理は得意ではないので、ご指導お願いいたします」
母上も麗羽と揚羽に打ち解けているような気がします。
母上と二人が仲良くなってくれて、何か嬉しいです。
私は母上と麗羽と揚羽を交互に見ていると自然に微笑んでいました。
第34話 一家団欒。父上はエスケープ
今夜は母上の手料理を十二分に堪能しました。
母上の手料理は最高でした。
猪々子はガツガツと食事に勢を出しています。
「斗詩。そっちの豚の丸焼きを取ってよ。ああ、それとスープも」
「文ちゃん。もう少しゆっくり食べなよ」
斗詩が猪々子に落ち着いて食べるように注意していますが、猪々子は食べることに夢中です。
余っても勿体ないので食欲旺盛なのは構わないです。
凪、沙和、真桜はグループになって、楽しそうに会話しながら食事を楽しんでいるようです。
本当にあの3人は仲が良いなと思いました。
母上と一緒に夕食の用意をしていた麗羽と揚羽は、私の為に食後の甘味を用意しれくれました。
二人が用意してくれたのは、杏仁豆腐です。
私は杏仁豆腐が大好きです。
麗羽と8年来の付き合いですが、料理をしているのを見た事がありません。
その麗羽が料理した杏仁豆腐なので、少し不安がありました。
見た目は全く問題ありません。
私は一口だけ杏仁豆腐を口に運びました。
凄く不味いです。
母上の絶品料理を食べて至福の一時を味わっていた私を一気に現実に戻してくれました。
条件反射で吐こうとしましたが、できませんでした。
麗羽が私を涙目で見ていました。
「正宗様。美味しくありませんのね」
「はは・・・・・・。不味い分けないじゃないか」
私は後に引けなくなりました。
「正宗様。無理を為されなくてもいいんですのよ。私の料理が美味しいはずありませんもの・・・・・・」
麗羽はすっかり元気を無くし、涙目でしょんぼりと俯いています。
母上を見やると満面の笑みで無言の圧力をしてきました。
食べれば良いんでしょう!
食べますよ!
私は自棄になり一気に杏仁豆腐を食べました。
オエエエエェーーー。
不味い!
なんて不味いんだ!
麗羽が作ったものでなければ料理した奴を斬り殺しています。
「麗羽。美味しかったよ」
私は吐きそうなのを気合いで克服し、麗羽に甘味の感想を言いました。
「・・・本当ですの?無理に美味しいだなんて言わないでくださいまし」
麗羽は私の感想を素直に受けようとしません。
「本当だよ。麗羽が作ってくれた料理を美味しくないなんて思う訳ないだろ」
「本当にですね。正宗様。私の作った杏仁豆腐は本当に美味しいんですのねっ!」
涙目だった麗羽は急に元気になりました。
「正宗様。実は杏仁豆腐を沢山作りましたの。好きなだけ食べてくださいまし」
麗羽は鍋一杯の杏仁豆腐を差し出しました。
はは・・・本当ですか?
あんな不味い甘味これ以上食べれるわけないです。
ですが、食べない訳にはいきません。
私が思案していると揚羽が助け舟を出してくれました。
「麗羽殿。次は私の杏仁豆腐を正宗様に食べていただきたいです。麗羽殿ばかり狡いです。その杏仁豆腐はお義父様に食べて戴くのがよろしいのではないでしょうか。お義父様は夕餉も取らずに政務を為さっているとのこと。義娘となる麗羽様の料理を口にすれば、きっとお喜びになられると思います」
揚羽は父上をスケープゴートにするつもりのようです。
父上、お許しください。
私は心の中で父上に安否を祈りました。
「そうですわね。お義父様のことをすっかり忘れていましたわ。こんな遅くまで政務をされていては体に毒ですわね。私の料理で英気を養っていただかないといけませんわね。お義母様。お義父様の処に案内してくださいませんこと」
「麗羽ちゃん。それは良いわね。あの人も多分お腹を空かせていると思うわ。義娘の手料理を食べれないなんて可哀想だと思っていたのよ。あの人の事だから涙を流して喜ぶと思うわ。麗羽ちゃん。一緒にあの人の処に行きましょう」
母上は余程、昼間のことが腹に据えかねているようです。
麗羽と揚羽は美人なのですから、そう思うのは素直な気持ちだと思います。
それに父上にとって最愛の人は母上ただ一人だと思います。
私は今度は父上の援護射撃をすることを止めました。
ここで私が余計なことをして、母上の矛先が私に向くかもしれないです。
麗羽の杏仁豆腐を鍋一杯食べる勇気は持ち合わせていないです。
「はい、お義母様。正宗様。少し出かけて来ますわね」
麗羽はうきうきした表情で私を見ています。
「正宗。揚羽ちゃんの料理もしっかり味わうのよ」
母上は私が麗羽の料理を食べていた時の笑顔を私に向けて来ました。
しっかり食べろということですね。
母上と麗羽は意気投合して、父上の居る政庁の執務室に向かって行きました。
父上、頑張ってください。
「正宗様。どうぞお召し上がりください」
揚羽は私の手に杏仁豆腐の入った皿を渡して来ました。
麗羽の件で杏仁豆腐に抵抗感を感じていた私は恐る恐る口にしました。
「えっ!美味い・・・」
私はつい気持ちを口に出してしまいました。
本当に美味しいです。
「正宗様。私の杏仁豆腐は不味いと思ってらしたのですか?失礼ですね・・・・・・。私が味見もしていない料理を人前に出すわけがありません。お陰でこの一皿しかできませんでしたけど・・・・・・」
揚羽は剥れた表情で私から顔を背けました。
「はは・・・・・・。面目ない。麗羽の料理が不味い」
私が話すのを揚羽は一差し指で口元を押さえました。
「そのようなことは人の居る前で言うものではありませんよ。妻の出した料理は美味いと言って食べるのが男の甲斐性というものです」
揚羽は私に小言を言うと悪戯っぽく微笑みました。
「麗羽殿には私から上手くお伝えしておきます。きっと、お義父様は今頃酷い目に在われているでしょうね」
「ああ、そうだね・・・・・・」
私と揚羽は揃って嘆息しました。
第35話 剛毅なる者
私達一行は故郷の山陽郡を立ち、馬上の人となっています。
父上は馬3頭を融通しれくれました。
これで問題無く青洲に行くことができます。
凪、沙和、真桜にそれぞれ馬を割当ました。
父上に馬を融通してくれる様に頼みに行った時、麗羽の甘味の件で恨みがましく愚痴を言われました。
結局、父上は鍋一杯の杏仁豆腐を食べる羽目になったそうです。
当分、杏仁豆腐は食えないと父上が言っていました。
当の麗羽は自分の作った杏仁豆腐が不味いことを気付いてしました。
揚羽がそれとなく伝えた様です。
それで麗羽は元気がありません。
朝起きてから麗羽とは一度も会話をしていません。
気まずい空気です。
私が悪いです。
こんなことになるなら、不味いと正直に伝えれば良かったと思います。
後の祭りです。
私は麗羽に勇気を出して声を掛ける事にしました。
「麗羽。昨日の甘味の件だけど・・・。ごめん。正直に不味いと・・・言えば良かったんだと今は思っている」
「・・・・・・正宗様。今は放っといてくださいませんこと」
麗羽は元気なく返事をしてきました。
気まずいです。
「不味いのを不味いと言うのも悪いと思ったんだ。それに初めから上手に作れる訳ないと思う」
「でしたら、そう言って欲しかったです」
麗羽は俯きながら元気なく言いました。
麗羽に掛ける言葉が見つかりません。
私が麗羽に掛ける言葉を思案していると揚羽が私達の会話に入ってきました。
「麗羽殿。くよくよするのは止めましょう。過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。料理が不味くても良いと思います。不味いなら練習すれば良いのです」
揚羽は珍しく麗羽に優しく声を掛けました。
「揚羽さんに何がお分りに成りますの!揚羽さんは料理が上手いからそのようなことが言えますの」
「私は料理が上手い訳ではありません。何度も失敗して作りました。麗羽様との違いは味見をしていたかどうかです。麗羽様は味見を為さらなかったのではないのですか?」
「味見?料理は味見をするものですの?」
麗羽は不思議そうな顔で揚羽に味見のことを尋ねていました。
「自分が口にしていない料理を人に食べさせることは失礼です」
「私は料理人の出すものをいつも食べていましたわ。料理人も味見をしますの」
「当然です。自分が美味しいと思えない料理を自信を持って人前に出せますか?」
「・・・・・・。揚羽さんの言う通りですわね。私が味見をすれば良かったですわ。そうすれば正宗様に美味しい料理を食べていただけましたわ」
「そうだ。今度料理するときは味見すれば良いんだよ。私は麗羽の料理を食べたいと思っている」
「正宗様とお義父様にはご迷惑お掛けしましたわ」
麗羽は少しすっきりした表情で私に謝りました。
「麗羽。全然気にしなくて良いよ。父上に関しては私が素直に本当のことを麗羽に告げれば良かったと思う」
父上の件は私の所為なので、麗羽が謝ることではありません。
私が麗羽に不味いと言えば済んでいたことです。
「正宗様。麗羽殿。仲直りは出来ましたか?」
揚羽は笑顔で私達二人に言いました。
「揚羽さん。何を言いますの。正宗様と喧嘩など初めからしていませんわ」
麗羽は揚羽にそういうと胸を張っていました。
いつもの麗羽に戻ってくれた様です。
私は一先ず一安心して、旅路を進めました。
泰山郡の渓谷に差し掛かった辺りで、異変が起こりました。
遠くで剣戟と人の怒号が聞こえます。
私達は何事かと馬を走らせようとしました。
「正宗様お待ちください」
それを揚羽が制止しました。
「この先で戦闘が起こっているのは必定です。無闇に攻めるのはお止めください。一度、見晴らしの良い場所に移動しましょう」
揚羽の提案通り私達は見晴らしの良い場所に急いで移動しました。
どうやら官軍と何者かが戦闘をしているようです。
官軍と言っても装備からして大守の処の兵だと思います。
「官軍を襲っているのは賊の様ですわ。官軍は100人位。賊は10人。あの数で官軍に立ち向かうとは愚かなものですわ」
「それは違う。賊ならそんな危険を犯さない。確かに、ここは渓谷だから道幅が狭い。小数でも一度に相手にする人数が少なくなるから、官軍の数の利は無くなる。だけど、数の利が無かろうと兵数は10倍だ。彼らが一騎当千であろうと長く持たない。危険を犯してでもあの官軍を襲う必要があったというのが自然だと思う。麗羽見てごらん。官軍達の中央に檻車がある。あの中に助け出したい人でも居るんだろ」
「正宗様。それでは彼らは賊ではありませんの?」
「ああ。今の泰山郡の大守はあまり良い噂を聞かない。どうせ役人の不正を追求した結果、逆に捕まったというところだろう。それに、襲撃している者達は賊とは明らかに動きが違う。兵士ではないが、統率は取れているのが、ここからでも良く分る」
この時代はこの手のことが多々あります。
霊帝が行った売官のお陰で官卑が蔓延っているのです。
「正宗様の推察通り近からず遠からずでしょう。彼らには悪いですが、ここは静観しましょう」
揚羽は彼らを見捨てるように言ってきました。
「何を言っていますの!揚羽さん。あなたを見損ないましたわ。正宗様の話では悪いのはあの官軍達ではありませんの。ここは助太刀するのが当然ですわ!」
麗羽は胸を張って揚羽にビシッと指を指して言いました。
「彼らに加勢した場合、この地の大守に要らぬ恨みを買うことになります。ここは静観するのが上策です。麗羽殿。気持ちも分ります。ですが、ここは押さえてください」
揚羽は淡々と麗羽に言い、私の方を見ました。
私にも彼らを見捨てることに同意しろということでしょう。
揚羽には悪いですが、私には彼らを見捨てることはできないです。
権力者ならば見捨てたかもしれないです。
彼らは人を助け出す為に命懸けの行動を取っています。
ここで見捨てたら後悔すると思います。
しかし、彼らを助ければ、父上と袁逢殿に迷惑が掛かることになります。
無位無官の身の私が大守を糾弾する伝手と言えば、父上達を頼るしかありません。
その上、大守の軍とはいえ、官軍と事を構えれば面倒なことになります。
力の無い自分が呪わしいです。
助けたくとも自分の力では何もできない。
他人の力を頼らなければいけない自分が惨めです。
幾ら大勢の賊を打ち倒す力があっても、権力の前では腕力など意味がないです。
私は自分の力の無さを痛感しました。
それでも彼らを見捨てることはできないです。
私は目を瞑り深呼吸を一度して、目を開けました。
「彼らを助けようと思う」
私は迷い無く揚羽を見て言いました。
「えーーーーーー!アニキ。止めようよ。絶対に面倒なことに成るに決まってる」
猪々子は面倒臭そうに言いました。
「正宗様。この郡の大守が不正をしているのであれば、この旅が終わってからでも遅くないと思います。短慮に成られてはいけません」
揚羽は私の前に進み出て、厳しい目で私を見据えています。
「揚羽。悪いが私には彼らを見捨てることはできない。そこを通してくれ」
「できません。正宗様の身の安全を守る為ならば、諫言程度幾らでもします!」
揚羽は退くつもりはないようです。
「この地の大守と事を構える必要があるなら、喜んで受けて立つつもりだ。この程度のことで、怯んでいて私の夢を実現できると思うか?」
私は揚羽に負けじと彼女の目を見据えました。
私と揚羽はしばしの間睨み合いをしました。
「はぁ・・・・・・。分りました。言うだけ無駄のようですね。正宗様。彼らを助け出す前に、この件を文にしたためてください。宛先は正宗様のお義父様と麗羽殿の叔父様にです。今の正宗様ではどうにもならないです。その後は、急いでエン州を抜けます。文を届けるのは斗詩と猪々子に任せましょう。斗詩と猪々子は仮にも袁家に仕えています。仮に大守側の人間に捕まっても酷い目に遭うことはないでしょう」
揚羽は嘆息し、彼らを助け出したら父上と袁逢殿に文を出す様に言いまいた。
父上と袁逢殿には申し訳ないです。
「ありがとう。揚羽」
私は揚羽が彼らを救うことに納得してくれたことを感謝しました。
「お礼は彼らを無事助け出してからにしてください。正宗様。私も助成します」
揚羽は私に力強く微笑みました。
「斗詩と猪々子は父上と袁逢殿の元に使いとして行ってくれないか」
「えーーーーーー。ここでアタイと斗詩だけ洛陽に帰るなんて嫌だよ」
猪々子は不満気に言いました。
「もう、文ちゃん。空気読んでよ!正宗様。使いのお役目はお任せください」
斗詩が猪々子を嗜めつつ役目を受けてくれました。
「皆。彼らを救出しにいくぞ!揚羽。策を考えてくれ。斗詩と猪々子は文を書くから、それが出来次第ここを立ってくれ」
「仕方ないなあ。分ったよ。アニキ。お土産を沢山買ってきてくれなきゃ駄目だからな」
猪々子は渋々言いながら、ちゃっかりお土産を要求してきました。
「もう!文ちゃん。すいません。正宗様。使いのお役目は必ずやり遂げます。ご安心ください」
「二人とも頼むぞ。猪々子。土産は期待して良いぞ」
「本当っ!やったあ。流石、アニキ。使いは任してくれよ」
猪々子は土産が買ってくると言ったら俄然やる気を出しているようでした。
「正宗様時間がありません。戯れあうのはその辺にしてください。策の方なのですが、官軍の注意は結果的に彼らが引いてくれています。まず、正宗様が官軍の後方を襲撃して官軍を撹乱させます。後は、前後から攻撃を受け混乱した官軍の陣の乱れを突いて、私達が檻車の人物を助け出すことに専念すれば良いと思います。救出後は直ぐに撤退します。官軍を全滅させる必要はありません。麗羽殿も必要以上に殺さないでください。後々、正宗様のお義父様と麗羽殿の叔父様に後処理をお任せすることを考えれば、死傷者は少ないことに超したことはありません」
「分りましたわ」
麗羽は胸を張り言いました。
「必ずや救出を成功させてみせます」
楽進も義侠の心に燃えている様です。
楽進の瞳から炎が出ているように見えるのは錯覚でしょう。
その他の面々は渋々な表情をしています。
沙和が一番やる気がなさそうです。
面倒臭いオーラを体中から放っています。
私は父上と袁逢殿への文を急いで書き上げると、斗詩と猪々子に文を渡しました。
私達は馬を走らせ官軍の後方を急襲し檻車の人物を助け出すことにしました。
この私の行動が新たな出会いの始まりとはこのときは露程にも思いませんでした。
後書き
次話はオリ武将登場です。
今回のオリ武将は劉ヨウ陣営です。
袁紹陣営のオリ武将の登場はまだ後です。
泰山郡と話の流れでもうお分かりの人もいると思います。
第36話 救出 前編
前書き
更新遅れてすいませんでした。
私は食客10人を連れ父上を助けに向かった。
父上は大守の派遣した軍に捕われて護送されたらしいと近所の叔父さんから聞いた。
叔父さんの話によると、父上は大守の不正を糾弾したらしい。
その結果、逆に大守の怒りを買い今の状態になった。
父上は正しいことをしただけだ。
何も後ろ指を指されるようなことなどしていない。
許せない!
必ず父上を助け出してみせる。
「お前達。私の父上を助ける為に力を貸しておくれ!」
「姉御。任してください!」
食客達10人は心強く声をあげた。
私は費西山で大守の軍を襲撃する為に待ち伏せをすることにした。
叔父さんの話では大守の軍は100人位のはずだ。
頭数では向こうの方が上だが、この辺りの渓谷は幅が狭く一度に大人数を展開することはできない。
それでも私達が不利なのは変わりがない。
無理は承知の上だ。
これしか方法がない以上腹を括るしかない。
私の我が侭でこんなことに巻き込んしまい、食客達には本当に悪いことをした。
「すまない。こんなことに巻き込んでしまって・・・」
今更ながら、食客達を巻き込んだことに少し後悔を覚えた。
これから大守の軍を襲撃すれば、食客達の殆どが死ぬことに成る。
生き残ったとしても大守の奴は私達をお尋ね者として触れを出すに決まっている。
そうなればこの泰山郡には居られない。
何故、何も悪いことをしていない私達がこんな理不尽な目に遭わなければならないんだ!
私は大守へのぶつけどころの無い怒りで拳を握り締めていた。
父上を助け出す為とはいえ、こいつらには惨いことをしていると思った。
「姉御。臧戒様には今迄世話になりました。臧戒様が糞大守に殺されると分っていて、見過ごせる訳ないですぜ。姉御は臧戒様を助け出すことに集中してください」
「そうですぜ。こんなときでもなけりゃ俺達に見せ場なんてないですぜ」
「姉御らしくありやせんぜ。いつもの調子で俺達に檄を飛ばしてくだせえ」
食客達は弱気になっていた私を元気づけてくれた。
お前達ありがとう。
「姉御。大守の軍が渓谷に入りやしたぜ。もう少ししたらここに現れますぜ」
見張りをしていた食客の1人が、大守の軍が来た事を伝えた。
私は腰に下げた剣を抜き放ち、剣を天に高々と突きつけた。
「父上を助け出すぞーーーーーー!」
「オオオオオオォーーーーーー!」
食客達も私の声に呼応するように各々の武器を天に突きつけ大声を挙げた。
私達は大守の軍を後方から襲う為に目に突かない場所に各々身を潜め襲撃の機会を待つことにした。
大守の軍は予定通り現れ私達の前を通過していった。
私達は大守の軍の兵士達が通り過ぎるのを待った後、後方から兵士達を襲撃した。
いきなりの襲撃に兵士達は動揺していた。
私達は動揺した兵士達を次々に殺して父上の元へ急いだ。
「おのれ何者だ!泰山大守の軍としっての狼藉か!」
隊長らしき男が馬上から声を上げた。
「そうだ!我が父臧戒を返して貰いにきた。貴様らのような下種の輩に父上を好きにはさせない!」
「父だと?貴様。臧戒の娘か。罪人の娘が何を言うか!その娘と男共を殺してしまえ!」
動揺していた兵士達が隊長の命令一つで冷静さを取り戻した。
面倒なことに隊長は少し後方に下がり、兵士に素早く隊列を組ませた。
隊列を組んだ兵士達は私達に襲いかかってきた。
腐っても隊長というわけだな。
「退けえぇーーーーーー!」
私は前を塞ぐ兵士を剣で斬り捨てた。
兵士は斬れども斬れども湧いてくるような錯覚を覚えた。
幾らここが狭所でもこれでは父上の元には行くのに時間が掛かりすぎる。
「姉御。あっし達が道を開けやす。そこを通って臧戒様が捕まっている檻車に行って下させえ!」
食客全員がそう言うと私の前に出て捨て身で兵士を殺していった。
食客達は必死に兵士をなぎ倒していた。
槍や剣を受けながらも道を作ろうと前に塞がる兵士達を薙ぎ倒していった。
「糞が次から次へと湧きやがって!邪魔だどきやがれ!」
「グガァーーーーーー!あ、姉御。後は頼みやしたぜ」
食客の数人が兵士達の槍に串刺しになりがらも最後の気力で剣を奮って何人かを剣で斬り殺した。
串刺しになった食客達は力なく倒れた。
「姉御!行ってくだせえ」
道を作ろうと奮闘していた食客達が兵士の数が薄い場所を目で合図してきました。
「く、済まない」
私はそれしか言えず兵士の数が少ない場所に斬り込んだ。
兵士の数が少ないとはいえその数は少ないとはいえない。
「糞っ!どけどけーーーーーー!お前らは邪魔だーーーーーー!」
私は怒声を上げながら兵士達を斬り殺した。
四半刻程斬り合いをしたが未だ父上の所で辿りつけない。
糞っ!
父上を助けることはできないのか?
こんなところで死ぬのか?
そのとき兵士の動きに変化が起こった。
兵士が動揺しているようだ。
どうしたんだ?
反対側で馬に跨がり、槍を振り回している男がいた。
彼は凄まじい強さで兵士達を薙ぎ倒している。
「我が名は劉ヨウだ。山陽郡の麒麟児とは私のことだ!罪無き者を害す者はこの劉ヨウが許さん!死にたくなければ武器を捨てよ!」
彼はこの場所に居る者全てに轟くような大声で劉ヨウと名乗った。
劉ヨウとはあの山陽郡の麒麟児のこと?
劉ヨウ様は3000人の賊達を1人で全滅させた武人として、このエン州中で知らぬ者はいない。
最近では冀州で一切礼を受け取らず、賊退治をされていたと聞いている。
彼が私達の味方に成ってくれれば、父上も食客達も助けられる。
私は気持ちが折れそうだったが、彼の登場により体中から力がみなぎってきた。
「お前達もう少し頑張ってくれ!山陽郡の麒麟児が私達に助成してくれる。後少しの辛抱だ!」
私は食客達のいる方に向けて言った。
この隙に私は父上の元へ急いで向かうことにした。
死んだ者達の為にも絶対に父上を助けてみせる。
死んでたまるか!
第37話 救出 後編
「劉ヨウだと。まずいぞ。大守様からは臧戒を連行途中で抵抗したことにして殺せと仰せつかっておったのだぞ。このままでは我らの破滅だ・・・・・・。奴の父親は隣の郡の大守だったはず。お前ら今直ぐ臧戒を殺せ!臧戒さえ殺せば後はどうとでもなる。ええぇい!何をしておる。さっさと臧戒を殺してしまわぬか!」
隊長は冷静さを失い周囲の部下達に怒り狂いながら罵声を浴びせていた。
「させるか!」
私はこちらに気付いていない隊長に背中越しに心の臓目掛けて切り掛かった。
「ギィアアアアアーーーーーー!お、おのれ・・・。貴様・・・ただでは置かさ・・・・・・!」
隊長は目を血走らせて私を恨みがしい目を一瞬向けたが血を吐いて力無く前のめりに倒れ馬から落ちた。
「貴様らの隊長は死んだぞーーーーーー!」
私は大声で隊長を討ち取ったことを高らかに宣言した。
劉ヨウ様のお陰で只でさえ動揺していた兵士達は隊長の死を知って恐慌状態になり逃げ出していった。
「父上!」
私は檻車に向かって逃げ出す兵士の間をくぐり抜けて駆け出した。
檻車のある場所につくと4人の女が父上を助け出していた。
「父上!大丈夫ですか?」
私は彼女達のことより、父上の無事を確認することが先決だと思い父上に駆け寄った。
「馬鹿者!何という愚かな事をするだ」
父上は凄い剣幕で私の頬を叩いた。
私は突然、父上に叩かれたことに困惑した。
「仮にもあやつは大守の部下だ。何と言う軽はずみな事をするのだ!」
「父上を見捨てることなどできません!悪いのは奴らではありませんか!」
「あなたはあの方の娘ですの?」
金色のクルクルした髪型をした女が私に声を掛けてきた。
「随分と派手に暴れましたわね・・・・・・。お義父様と叔父様には迷惑を掛ける事になりますわ」
彼女は嘆息しながら愚痴を言った。
何なのこの女。
「全くだな・・・。もっと速やかに撤退するつもりだったんだが・・・・・・」
男の声が聞こえる方向を見ると劉ヨウ様がこちらに近づいて来られた。
「過ぎたことをとやかく言っても仕方ない。麗羽、それにみんな。この場所から直ぐに立つぞ。私達は急いで青洲に入るぞ。君たちは徐州を通って、エン州の山陽郡に向かうんだ。私の父上にこれを渡しなさい。必ず力に成ってくれる。これは路銀の足しにしれくれ」
劉ヨウ様はそう言うと父上に竹簡と布袋をお渡しになられた。
私は状況が掴めなかったので、劉ヨウ様に質問することにした。
「話しの内容が分らぬのですが教えて下さいませんか?」
「君達が逃げる手助けをすると言っているんだ。ここでのんびりしている暇はない。このことは直ぐに大守の耳に入るはずだ。その前に、私達と君達はこの郡を出る必要がある」
「劉ヨウ様。これは受け取れません。命を助けて下さっただけで十分でございます。これ以上、劉ヨウ様にご迷惑をお掛けする訳にはまいりません」
父上は劉ヨウ様に竹簡と布袋を返そうとした。
「父上。助けて下さると言っているのに何を躊躇なさるのですか?大守に捕まってやる道理などありません。裁かれるべきは大守です」
私は声高に父上に言った。
「娘さんの言う通りだ。君達は無事に泰山を出て、あなたがやろうとした事をやり遂げて欲しい。だから、これは遠慮せずに受け取って欲しい」
劉ヨウ様は真剣な表情で私と父上に言った。
「見ず知らずの私達にどうしてそこまでして下されるのですか?」
父上は劉ヨウ様に対し疑問に思ったことを聞いた。
「君達親子を助けたのは私の我が侭だ。君達を見捨てて後悔するくらいなら、先の苦労を被ろうと行動した方がましだと思った。お陰で私は今回、沢山の人間に迷惑を掛けることになった。だから受けて貰えないか?君達もこのまま大守に殺され、命の恩人の私達が窮地に立つのは望まないだろ」
劉ヨウ様は苦笑いをしながら言った。
父上は劉ヨウ様の話を黙って聞いていた。
四角四面が取り柄の父上も劉ヨウ様の言葉には折れるしかなさそうだ。
意地を張って義侠の行動をした恩人を窮地に追いやるなど父上には無理だと思う。
「劉ヨウ様。私は臧戒と申します。私は大守の不正を糾弾しようとしました。結果はこの有様ですが・・・・・・。劉ヨウ様のご厚情を有り難く受けさていただきます。あなた様の為にも私は必ずや大守を糾弾してみせます。このご恩は娘共々終生忘れはいたしませぬ」
父上は涙を流し謝意を示し頭を深く下げた。
「・・・そんなに気にしなくても良い。私がやりたくてやったことだ」
劉ヨウ様は父上の名前を聞いて一瞬驚いた顔をしていた。
どうしたのだろ。
「榮奈!何をしている。お前もお礼を申し上げないか!」
父上が私の方を見やって怒り出した。
「父上。そんなに怒鳴られなくても聞こえています」
父上に剣呑な態度で言った。
劉ヨウ様に向き直ると背筋を伸ばし拱手した。
「劉ヨウ様。ありがとうございます。ご恩は一生忘れません。無事逃げ仰せることが叶えば、私を家臣にしてください」
劉ヨウ様に感謝の礼と共に仕官を願いでた。
厚かましいと願いと考えたが、この機会を逃してら劉ヨウ様に仕官する機会などないと思った。
目の前の人物はエン州で知らぬ者等いない義侠の人だ。
私達の為に身の危険も顧みず助けてくださった人だ。
これ以上の主人は居ない。
「何を言っておる!劉ヨウ様。申し訳ございません。」
父上は私が劉ヨウ様に仕官を申し出たことに怒った。
いきなりだし非常識な行動だと思う。
「臧戒殿構わない。仕官の話し受けよう。君の名を教えてくれないか?」
私が無理かと劉ヨウ様を仰ぎ見ると劉ヨウ様は仕官を認めてくださった。
「ありがとうございます!私は名前を臧覇。字を宣高。真名を榮奈と申します」
「私の名前は劉ヨウ。字は正礼。真名は正宗だ。お互い無事逃げ仰せ、再開した暁には私の家臣になってくれ」
「はい!」
私は元気良く応えた。
後日談だが劉ヨウ様のお陰で食客達の半数が生き残ることができた。
劉ヨウ様は死んだ食客達を弔って下さると、食客達も家臣に取り立てる仰って下さった。
食客達は仲間が死んだことを悲しみながらも劉ヨウ様の家臣になることを心から喜んでいた。
第38話 泰山脱出
「もう駄目なのーーーーーー。正宗様ぁ。休みたいのーーーーーー」
沙和が疲れきった声で私に休憩を催促してきました。
これで何度目だろうか・・・・・・沙和の休憩の催促を聞くのは・・・・・・。
私達は榮奈達と別れた後、青州へ強行軍を行っています。
泰山大守の追手を警戒してのことです。
榮奈達も無事に逃げきって欲しいと思います。
「後少し頑張ってくれ。青州に入ればゆっくりと休める宿を探すつもりだ。沙和だって大守に捕まって牢屋に入りたくはないだろ」
「牢屋は嫌なのーーーーーー。はぁ。頑張るの」
沙和は元気無く返事をしました。
「疲れているのはみんな一緒だ。もう少し頑張るんだ。沙和」
凪が沙和を元気づけていました。
「沙和さんの言い分も最もですわ。ここ数日、馬を休める為に最低限の休憩しか取っていませんわ。こんな状況で何者かに襲撃されたら満足に反撃できませんわ」
麗羽が私に尤もなことを言いました。
今の私達は強行軍の疲れで疲労困憊です。
「そうですね・・・・・・。正宗様。ここで一度少し休憩を取りましょう。国境はもうすぐそこです。これまで大守の追手もしくは付けられる気配はありません。これなら少し休憩をとっても問題ないでしょう。碌に休憩を取らない状態では冷静な判断も取れません」
揚羽は私に休憩を取るように言いました。
「追手のことは本当に大丈夫なのか?」
私は念のために揚羽に休憩を取る事に問題がないか確認しました。
「大丈夫と思います。追手が来るなら、もう遭遇していてもおかしくないです。これは推測ですが大守は榮奈の元に追手を差し向けたものと思います。正宗様を始末するより、榮奈達を始末した方が楽と考えたのでしょう。正宗様を始末するには小規模の軍では無意味だと大守も思っていると思います。自ずと大規模な軍を動かさなければいけません。そんなことをすれば時間が掛かる上に目立ち過ぎます。榮奈の話では大守は榮奈の父親を山中で亡き者にしようとしていたそうです。その大守がわざわざ正宗様に追手を差し向ける訳はないです。確証はありませんでしたが、今の状況から判断して確信できます」
揚羽は私に榮奈達の方に追手が向かった可能性が高いと言いました。
それ以前にいつのまに揚羽は榮奈とそんなことを話していたのでしょう。
揚羽は榮奈達の方に追手が行くことを分っていたということです。
「それを榮奈は知っているのか?」
「はい。榮奈には伝えております」
揚羽はいつもの淡々とした態度で言いました。
「榮奈達は無事に逃げ仰せることはできるのか?」
私は榮奈達のことが心配になり揚羽に聞きました。
「問題ありません。あの場所から徐州へは目の鼻の先です。榮奈は徐州に逃げることを想定して、あの場所で大守の軍を襲撃したのでしょう。大守の追手が追いつく前に彼女達は徐州に入るでしょう。徐州に入れば大守も派手に動くことはできません。後の事は正宗様のお義父様と麗羽殿の叔父様にお任せすればよろしいでしょう。あの親子が無事逃げ仰せれば、大守は窮地に立つ事に成ります。それに正宗様が証人ともなれば信用度も高くなると思います。正宗様はご自身で思っておられる以上に民の信頼は厚いです。特にこのエン州に置いては絶大です。正宗様が無位無官の身であれ、朝廷もそのことを鑑みると思います。それに朝廷には正宗様の義姉上と麗羽の叔父様が居ることをお忘れですか?」
揚羽は自信有り気に私に言いました。
「今回のことでは随分周りの者に迷惑を掛けてしまったな・・・・・・」
私は父上、姉上、袁逢殿の顔を想い浮かべ心の中で深く詫びました。
旅が終わり再開したら今回のことを謝ろうと思いました。
「正宗様。後悔なされるなら早く偉くお成りください」
「気にすることはありませんわ。正宗様は何も間違ったことはしてませんもの」
「そうやで。気にすることないで」
「そうです。正宗様は間違っていません!」
「気にする事無いのーーーーーー」
みんなが私を慰めてくれました。
そうだな・・・・・・。
早く偉くならなければ・・・・・・。
前回のことで、正しいことを為すにも権力が必要だと実感しました。
こんなことでくよくよしていては麗羽達と幸せに暮らせる世を実現するなんて無理です。
「みんなありがとう。揚羽の言う通り、青州に入る前に少し休憩を取ろう」
「はあぁ。良かったのーーーーーー」
「ホンマか。はぁあ。早う湯浴みしたいわ」
「そうですわね。私の美しい髪と肌が荒れますわ」
「正宗様。私は追手がこないか念の為に見張りをします」
「凪。私も少し休んだら見張りを変わります。追手が現れた時、正宗様の武力が有効ですので、正宗様はゆっくり休憩をお取りください」
「すまない。凪。揚羽。少し休んだら交代しよう」
私達は青州に入る前に、しばしの休憩を取る事にしました。
第39話 太史慈
「オヤジ。ラーメン1杯」
アタイは賊退治で報奨金を稼いだ帰り道に行きつけの食堂に入った。
今日の成果は上々だった。
久しぶりに母さんに美味いものでも食べさせてやれる。
「おい。エン州の泰山で軍が襲撃されたらしいぞ」
「泰山?あの碌でなし大守の処の軍が襲撃されたのか?一体誰の仕業だ」
「山陽郡の麒麟児らしいぞ」
「えええーーーーーー!」
「声がでけえよ!馬鹿!」
飯が出来るのを待っていたら、山陽郡の麒麟児が大守の軍を襲撃したという話が聞こえた。
彼がそんな真似をした理由が気になった。
彼はエン州では英雄のような存在だ。
若い頃から金を受け取らずに賊退治に明け暮れていたらしい。
アタイとは正反対の奴だ。
それでも好感を持てる奴だと思う。
「おい。おっさん達。その話詳しく教えてくんない」
彼が大守の軍を襲撃した理由に興味が湧いたアタイはおっさん達の会話に割り込んだ。
「うっ!お、お前は太史慈・・・・・・」
「お、お前みたいな奴に、は、話すことなんてない!」
おっさん達は私に及び腰で怒鳴った。
「なんだとっ!テメエ等。誰のお陰で賊に襲撃されないで居られると思ってんだ!殺されたくなかったらさっさと話しな!」
アタイはおっさん達の舐めた態度に腹を立てた。
「ひぃぃいいーーーーーー。わ、分った。話す。話すから勘弁してくれ!」
「最初から素直に話せば良いんだっ!」
「すいませんでした!」
おっさん達の態度に少し傷ついた。
そこまで怖がらなくてもいいじゃないか。
私が悪人みたいだ。
「太史慈さん。山陽郡の麒麟児が大守の軍を襲撃した理由は人を助け出す為らしいです」
自分より一回りも歳の違うおっさんが敬語で話し出した。
こいつは豚みたいで禿ているから禿豚と命名しよう。
隣のおっさんは亀みたいな顔だから亀でいいや。
おっさん達に適当に名前を付けた。
「人を助け出す為?」
「はい。何でも大守の不正を糾弾した役人が居て、その役人は大守が派遣した軍に拘束されたそうです」
「それで山陽郡の麒麟児は軍を襲撃したのか?」
「襲撃したのはその役人の娘らしいんです。山陽郡の麒麟児はそれに助成したんです」
「へえぇ。山陽郡の麒麟児も良い奴じゃない」
「俺もその話を聞いた時は胸の空く様な思いでしたよ。流石は山陽郡の麒麟児です」
「それでその娘と山陽郡の麒麟児はどうなったんだ」
「大守の軍から役人と娘を助け出し逃げたみたいです」
「大守は血眼になって追手を差し向けてるらしいです。でも、大守の野郎は表立っては行動してないみたいなんです」
泰山の大守は良い噂は無いからな。
自分が気に入らない人間を濡れ衣で殺したりする酷い奴だ。
他にも叩けば幾らでも埃が出る悪徳大守だ。
そんな奴が派手に動けば自分の首を締めるに決まっている。
「それで山陽郡の麒麟児は何処に逃げたんだ」
「え!まさか山陽郡の麒麟児を捕まえるなんて言わないでしょうね。太史慈さん。そんなことしたらエン州の民に恨まれますよ」
「馬鹿野郎!そんなことする訳ないだろ。私だって泰山の大守のやり方は気に入らなかったんだ」
舐めた連中だ。
アタイのことをなんだと思っているんだ!
「山陽郡の麒麟児はこの青州に逃げ込んだという話です」
「まじか!」
アタイは禿豚の首を締め上げた。
「く、苦じいいぃーーーーーー」
「あ。済まねえ」
「はあ、はあ。死ぬかと思った・・・・・・」
「それで山陽郡の麒麟児がこの青州に逃げ込んだという話は本当か?」
「正確な情報じゃないですけど・・・・・・。多分、逃げ込んだと思います」
「多分だぁ!」
アタイは禿豚のいい加減な言い方に腹が立って怒鳴った。
「ひぃいいいーーーーーー。俺だって又聞きなんです。ゆ、許してください」
禿豚が恐怖した表情で謝ってきた。
「はあーーーーーー。じゃあ山陽郡の麒麟児が本当に青州に居るか分らないんだな」
アタイは山陽郡の麒麟児に会えるかもと期待して損した。
「太史慈さん。そう言えばこの街に数日位前から余所者を見かけましたよ」
「それがどうしたんだ。余所者位居るだろう。この街は街道沿いなんだから・・・・・・」
アタイは禿豚を睨み付けた。
「睨まないで下さい。その連中エン州方面の街道から来たみたいなんですよ。それに身形も確りとしてました。だから、山陽郡の麒麟児のことも何か知っているかもしれないです」
身形の確りした奴ら・・・・・・。
泰山の大守の配下じゃないな。
追手ならわざわざ目立つ格好はしない。
「そいつら何処に居るんだ」
「街の宿に泊まってると思います」
「どこの宿に泊まっているか聞いているんだよ!」
「すいません。知りません。多分、虱潰しに宿を訪ねていけば会えると思います」
禿豚はこの街の宿を全部訪ねれば会えるだろうと舐めたことを言い出した。
「お前!舐めてんのか!」
山陽郡の麒麟児に会う機会なんてそうそうないから駄目元でやってみる。
「ひぃいいいーーーーーー。ゆ、許してください」
禿豚が頭を抱えて震えているのを無視して、エン州方面から来た余所者を探すことにした。
第40話 今後の旅の方針
「正宗様。今後どうしますの」
麗羽は今後どうするか聞いてきました。
「今居る斉郡から北海郡を通り、東莱郡の黄県に向かうつもりだ」
「そこに太史慈という人物が居るのですね」
揚羽は真剣な表情で言いました。
「これで人材集めも一応目処がつく。榮奈のことは予想外だったが嬉しい誤算だった」
私達は青州に入ると野宿をしながら、現在滞在しているこの街に着きました。
旅や先日の戦闘などで、私も含めみんな疲れが溜まっているので、この街で暫く骨休めをすることにしました。
この街に逗留して数日が立ち、みんなも鋭気を養うことが出来たと思います。
私は現在、逗留している宿の一室います。
麗羽と揚羽を含めた3人で今後の行動について話し合っています。
凪達は今、街に出て旅の準備をしています。
凪に金を渡しているので大丈夫と思います。
「太史慈という人物を探して仕官させた後は洛陽に帰られますの?」
「どうせエン州を通って洛陽に戻るのは面倒だろうから、幽州まで足を運んで洛陽に戻ろうと思う。太史慈の仕官が上手くいけば、私の人材探しも一息着くだろうから、今度は麗羽の人材も探そうと思う」
「私の人材ですの?」
「将来の麗羽の陣営は軍師の人数は問題ないと思う。ただ、武官の人数が少ないと思う。だから武官の人材を探して行こうと思う」
「分りましたわ。人材探しは正宗様にお任せしますわ」
麗羽は私に人材探しは任せると微笑みました。
「本音を言えば荊州を勧める処なのですが、地理的に遠いですし今回は諦めるしかありませんね。」
揚羽の言う通り、荊州は有能な人材が多いです。
私も向かいたい処ですが、人材探しにばかり精を出しても仕方ないです。
少なくとも黄巾の乱が起こる前に、どこぞの大守、欲を言えば州牧になりたいと思っています。
その為には朝廷である程度出世しなくてはいけません。
「それと揚羽だけだと、今後、負担が大きくなると思うんだ。良い軍師候補は居ないかな」
「それでしたら姉の司馬朗と妹の司馬孚はどうでしょう。二人とも優秀です」
「初耳ですわ。揚羽さんには姉妹が居ましたのね。そう言えば私の従姉妹の美羽さんは元気にしているかしら」
麗羽は揚羽に姉妹が居ることに驚いていました。
私は史実の司馬懿の兄弟は司馬八達で有名なので知っていました。
揚羽から姉妹を紹介してくれるのは願ったりです。
「揚羽。是非2人を紹介してくれないかな」
「それは構いません。多分仕官の話しは問題ないと思います。洛陽に帰りましたら、直ぐにでも話を進めます」
「ありがとう。揚羽のお陰に私の陣営の軍師不足は解消しそうだ」
麗羽が袁術の話を出してきて思い出したことがあります。
確か袁術は孫策に命こそ奪われ無かったですが無一文で追い出されていました。
麗羽の従兄弟ですし、フォローして上げないと可哀想だと思いました。
袁術はアホですが、根は悪人ではないので導き方を誤らなければ有能とは言わずともまともな人物になると思います。
「麗羽。先程言っていた従兄妹は袁術のことかな?」
「ええ。そうですわ。正宗様は美羽さんのことを何故知っていますの?」
「未来の知識で知っているだけだ。袁術は孫策に倒されて無一文なるんだ。袁術の場合、自業自得だけど・・・・・・。だからと言って麗羽の従姉妹を見捨てるのも気が引ける。できれば袁術を正しい方向に導いてあげたいんだ」
その後、私は袁術の今後の未来について詳細を二人に話しました。
「何て事ですの!その孫策という野蛮人は無礼極まりないですわ!正宗様だけに空き足らず、美羽さんにまで酷い目に遭わせるなんて、もう許せませんわ!」
麗羽は孫策に対し以前にも増して憤っていました。
「それにしても美羽さんも美羽さんですわね。蜂蜜欲しさに領民に重税を課すなんて従姉妹として情けないですわ」
話が従姉妹の未来での所業に移ると一転して額に手を当て落ち込んでいました。
「麗羽殿。深刻に悩まずとも良いと思います。正宗様の話はあくまで未来の話です。現時点で袁術殿が被害を被っている訳でも問題を起こしている訳でもありません。そうならない様にすれば良いのです」
揚羽は麗羽に淡々と的確な助言をしていました。
「私もそうだと思う。何もしなければ、私の知っている未来になると思う。この旅が終わったら袁術に会う機会を作ってくれないかな」
「正宗様と揚羽さんの言う通りですわね。正宗様。美羽さんと会う機会は必ず作りますわ。揚羽さんも美羽さんのことくれぐれもよろしく頼みますわ」
麗羽は殊勝な態度で私と揚羽に軽く頭を下げていました。
「麗羽の従姉妹なら私にとっても大事な家族だ。心配しなくても良い」
「麗羽殿。私達3人で力を会わせれば袁術殿のことは問題ないです」
私と揚羽はそれぞれ麗羽を力づけました。
「2人とも心強いですわ」
麗羽は嬉しそうな表情で応えました。
私と麗羽と揚羽は今後の方針について話が纏まると、何気ない話をしていました。
「正宗様。大変なのーーーーーー!」
歓談を楽しむ時間は沙和によって破られました。
沙和は意気絶え絶えの様子で部屋の戸を乱暴に開けて入ってきました。
「沙和さん。騒がしいですわね。何かありましたの?」
麗羽は沙和の態度を見て訝しい表情をしています。
沙和はこの街に逗留して以来、欲しい物を見つけると今回のように慌ただしくしていました。
私達はまた欲しい物を見つけてきたのだと思いました。
「沙和。何か欲しい物でも見つけたのか?」
私が最初に口を開きました。
「違うのーーーーーー!凪ちゃんが大変なのーーーーーー!危ない奴が私達に声を掛けてきたの。話をしていたらそいつがいきなり凪ちゃんに襲いかかってきて、凪ちゃんは今そいつと戦っているのーーーーーー」
沙和は能天気な声で物騒な話をしました。
「凪が危ない奴に襲われている?どんな奴なんだ?」
今になって泰山大守の追手が現れたのではと思いました。
「正宗様。泰山大守の追手ではないと思います。こんな日が高いのに堂々と襲う馬鹿はいません」
「考えるよりその場所に行った方が良いと思いますわ。正宗様。早く行きましょう。沙和さん案内をお願いしますわ」
麗羽は沙和に凪達の場所に案内するように言いました。
「麗羽の言う通りだ。凪のことだから問題はないと思うが、早く現場に行こう」
「正宗様。分ったのーーーーーー!」
沙和は気合いの入った声で言いました。
私達は沙和の案内で凪達のいる場所へ急ぎました。
第41話 孔融の生存フラグを折る?
前書き
更新が遅れすみません。
私達が凪と真桜のいる場所に駆けつけると、彼女達は1人の女性と対峙していました。
「正宗様、あいつなのーーーーーー!」
沙和が大きな声で対峙している女性を指差しました。
彼女は両手に双剣を持ち、凪と真桜を相手に一歩も引かずに攻勢をかけていました。
凪と真桜の2人を同時に相手できる技量から、ただ者でないです。
私は体中を硬気功で強化し、3人の間に無理矢理に入り込みました。
「何するんや!危ないやろ!えっ、正宗様やんか。そこどいてんか」
真桜は邪魔されたことに怒りましたが、私だと気づくと驚きつつ厳しい表情で彼女を睨みました。
「正宗様、この女は危険です。そこを退いてください」
凪も彼女を威嚇しています。
「沙和の話ではお前の方から攻撃してきたと聞いている。私の部下が何か問題でも起こしたのか?」
私は彼女に対し威圧的に言いました。
「へえ、あんたがこいつらの主人かい?」
「そうだ。私の部下を襲った理由を知りたい」
私は不必要に面倒事を起こしたくないです。
相手の出方次第ですが、穏便に済まそうと思いました。
「別に大したことじゃない。彼女達に劉ヨウという人物を知らないかと聞いたら、無視されたから襲ったのさ」
彼女は私を探しているようです。
泰山郡からの追手でしょうか?
追手が往来で堂々と襲うとは思えないです。
泰山郡の大守に金をせびろうとしている賞金稼ぎでしょうか?
お尋ね者になっている気配はありません。
どれも当てはまりそうです。
考えるだけ無駄の様な気分になりました。
人探し為に話かけた人物に無視されたくらいで斬り掛かるとは、凪の言う通り危険人物です。
あまり関わりたくない人種だと思いました。
「貴様っ!」
凪が今にも彼女に襲いかかろうとするのを私は手で静止しました。
「生憎だが私は劉ヨウという人物は知らない。他を当たってくれ。凪、真桜帰るぞ」
私は彼女に嘘をつき、この場を納めて宿に戻ろうとしました。
「あんたが劉ヨウ様じゃないのかい?」
私が背を向け凪と真桜を宥め、宿に帰ろうとすると彼女は私に話しかけてきました。
「だから、私は劉ヨウでは」
劉ヨウではないと彼女に告げようと振り向くと彼女は私の目前まで迫っていました。
彼女は私に双剣で首目掛けて斬りつけてきました。
私は寸でのところで、双天戟で剣を受け止め彼女の攻撃をいなすと、彼女の脇腹を右腕で殴りつけました。
私の反撃をまともに受けた彼女は吹き飛ばされました。
「何のまねだ!理由次第では覚悟して貰うぞ!」
穏便に済ませたいですが、無理のようです。
私は双天戟を構え言いました。
「正宗様、ご無事ですか?貴様っ!泰山大守の回し者だな!」
「いい加減しいや!もう許せへん!」
「あなた何ですの!正宗様を背後から斬り掛かるなんて!」
「やっぱり危険な奴なのーーーーーー!」
「・・・・・・」
私を含め他の者も彼女の行動に頭に来たのか口々に怒りを表し、臨戦態勢です。
揚羽だけは何も言わず剣を鞘から抜きました。
「痛ちっ!思った通りだな。あんたが劉ヨウ様だ。そこの姉ちゃんが泰山大守がどうとか言ってたのを聞いたぞ」
彼女は凪の方を見やると私の方を見ました。
「くっ!正宗様、申し訳ありません」
凪が苦虫を噛み潰した表情で臨戦態勢を解かずに私に謝罪してきました。
「凪、気にすることはない。お前の言う通り私は劉ヨウだ。お前は何者だ」
私は隠すだけ無駄だと悟り、彼女を睨みつけました。
「そんな恐い顔しないでくれ。アタイは太史慈、字は子義っていうんだ。最近、あんたが泰山郡の悪徳大守から人を助けた話を聞いて、山陽郡の麒麟児がどんな人物か会いたくて探していたのさ」
「太史慈と言ったな。突然私に斬り掛かって来るとは非常識過だぞ!お前の攻撃を私が上手く避けたから良かったが、一歩間違えたら死んでいたかも知れない。お前は私が劉ヨウではなく、別人だったらどうしたのだ」
私は太史慈が東莱郡にいるとばかり思っていたので、彼女がその当人であることに驚きました。
太史慈がこんな危険な人物とは思いませんでした。
彼女にも言いましたが、一般人なら間違いなく太史慈の剣で首が飛んでいました。
「その心配は無いよ。劉ヨウ様が5人の中で一番偉そうだった。劉ヨウは男で獲物は珍しい形状の槍だって有名だ。そこの2人に劉ヨウ様のことを聞いたとき、一瞬だったけど私を警戒していたのさ。だから、劉ヨウ様の関係者だと思ったんだ。3人を攻撃したのも、アタイに敵わないと思えば、助けを求めに行くと思ったからさ。案の定2人を残して、1人が助けを求めに行った。これでも手加減してたんだぜ。この街の自警団は名ばかりの連中でアタイの邪魔をするわけない。必ず自分の仲間を呼ぶと踏んでいたんだ」
彼女は腕を胸で組んで自慢げに話していました。
「太史慈、それで私が来るとは限らないだろ」
「ちっ、ちっ、ち。分かっていないな。アタイは伝聞でしか劉ヨウ様のことを知らない。でも、劉ヨウ様が義挟に熱い人物だというのは想像できる。劉ヨウ様は自分の家臣が危険な状況にあれば、すぐ駆けつけるはず。泰山郡では見ず知らずの人間の為に官軍と対峙した人が助けに来ない訳ないだろ。ここに現れた人物で一番偉そうで、さっきいった特徴に合致する人物を探せばいいだろ。事実、劉ヨウ様はアタイの目の前にいるじゃない」
彼女は人差し指を揺らして言いました。
彼女の中では全て計算した上での行動で、私達は彼女に踊らされていたようです。
私は彼女への見方が変わりました。
この様子ではまだ東莱郡の役人でないでしょう。
孔融には悪いですが、計画通り彼女を私の家臣にスカウトします。
ここは直球で行きます。
「私に士官してくれないか?洛陽に戻ればそれなりの役職に就くから、お前を家臣にする位の余裕はある」
麗羽の話では袁逢殿がかなり良い役職を用意してくれるようなので問題ないでしょう。
「なっ!本気ですか!?」
「何言うてんのや!こいつは正宗様を襲ったんやで、信用できるかいな」
「こんな危険な奴、嫌なのーーーーーー」
凪と真桜と沙和は私の言葉を信じられないと言わんばかりの表情で見ています。
麗羽と揚羽は太史慈の名前を聞いて黙っています。
「あははははははっ!無礼を働いたアタイを家臣にするのかい。劉ヨウ様の家臣は納得していないのにいいのかい?」
彼女は興味深そうに私に聞いてきました。
「私の家臣がお前に疑心を抱くのは当然のことだと思う。だが、私はお前の才覚が欲しい。お前ならこれからの結果で家臣を納得させることができるはずだ」
彼女に相対して粗忽ですが武力は申し分無い人物だと思いました。
彼女が史実の太史慈と同じかは分からないですが、きっと心強い味方になってくれると思います。
「アタイのことを高く買ってくれるんだね。良いよ。その話乗った。アタイは賊狩りで生計を立てているんだけど、いつまでも今の稼業を続けるのは無理だと思っていたところなんだ。母さんも心配していたし調度良い。劉ヨウ様、お願いが一つあるんだけどいいかい?」
「内容によるが私に出来る範囲内であれば聞こう」
「あのさ・・・・・・。アタイ、母さんと2人暮らしだから、母さんも士官先に連れて行きたいんだけど無理かな」
彼女は言いにくそうに私に言いました。
史実では孔融が彼女の母親の面倒を見ていた縁で恩に感じた彼女が孔融を助けたとあります。
ここは了承した方が良いと思いました。
「そんなことか。構わない。お前の好きにすると良い。そうだな・・・・・・。私達はまだ旅を続ける予定だから、洛陽に先に戻ってくれるかな。途中、私の父が治める山陽郡に寄るといい。そうだ!父上とお爺々様に宛てた文も書こう。洛陽までの路銀も必要だな。給金は姉上に立て替えて貰うかな。そうなると姉上にも文が必要だな」
「劉ヨウ様、ありがとう。これで安心して士官できる。劉ヨウ様にはアタイの真名を預ける。真名は真希。これからは真名で呼んでくれ」
彼女は快活な笑顔を私に向けました。
「・・・・・・ああ。私の真名は正宗だ。私のことも真名で呼んでくれて構わない」
言葉遣いが乱暴なので気づきませんでしたが、太史慈は凄い美少女です。
素朴ですが美しいです。
「正宗様!」
「・・・・・・」
麗羽と揚羽が私を睨んでいました。
「真希、洛陽に戻ったら忙しくなるだろうから、それまで英気を養っていてくれ。路銀や渡すものがあるから、後で私達が逗留している宿に来て欲しい」
麗羽と揚羽の睨みが恐かった私は彼女との今後の話を進めることにしました。
「了解!正宗様、アタイに任せておけば万事問題ないよ」
彼女は元気良く返事をしました。
第42話 麗羽の叔父様暗躍する
「斗詩、猪々子。ご苦労だった」
「袁逢様、アニキの親父さんからは任せておけと言われたんですけど、本当に大丈夫でしょうか?」
「正宗様のことですから、大丈夫だとは思うのですが・・・」
猪々子と斗詩が心配そうに私の顔を伺っていた。
「お前達は何も心配せずともよい。済まぬが、お前達は劉ヨウ殿の父上の元に言ってくれぬか?お前達が辿り着く頃には、劉ヨウ殿が助け出した者達が着いているころだと思う。お前達は彼らを確認しだい私に連絡をしてくれ。もし、彼らが辿り着かなくとも必ず連絡するのだぞ。泰山郡の大守は良い噂は聞かぬ。だから、大守は事を大きくする気はないだろう。劉ヨウ殿が何もせずともいずれは罷免されていたはずだ。遅いか早いかの違いでしかない」
泰山郡の大守は彼の任地から劉ヨウ殿達が出れば何もできまい。
逃げ切れなければ少々面倒だが、劉ヨウ殿がいれば問題なかろう。
「袁逢様、本当に大丈夫でしょうか?」
斗詩はまだ心配のようだ。
「大丈夫だ。仮に何かあったとしても私がなんとかするから安心しなさい」
私の言葉に斗詩も安心した表情になった。
いつも思うが斗詩は心配性だ。
斗詩には麗羽の件でいつも苦労させている。
この件が落ち着いたら、何か褒美でも考えておくとするか。
ゆっくり骨を休めることができるように温泉が良いかな。
「では、頼んだぞ。劉輿殿にはよろしく伝えておいてくれ」
私は斗詩への褒美を考えなら、彼女達に劉輿殿への使いの役目を頼んだ。
「袁逢様、かしこまりました」
「了解です。任せてください!」
彼女達は先ほどまでの心配は嘘のように、元気良く返事をし私の書斎から慌ただしく出て行った。
私は彼女達が出て行くのを確認すると、椅子に深く腰を掛けた。
「正宗殿も人が善いの・・・・・・。麗羽を真直ぐな性格にしてくれた人物なのだから当然だな・・・・・・。フフッ」
私は笑ってしまった。
劉ヨウ殿が麗羽の許嫁になってくれて本当に感謝している。
私は麗羽の境遇を不憫に思い甘やかすことしか出来なかった。
それが今ではどうだろうか。
今回の件でも麗羽は率先して劉ヨウ殿と行動を起こしたそうではないか。
以前の麗羽では考えられぬことだ。
劉ヨウ殿と出会い、あの子は大きく成長したと思う。
だが、劉ヨウ殿も麗羽もまだまだだな。
賊ならまだしも非が彼方側にあるとはいえ、大守に喧嘩を売るのは問題だ。
私達を頼ってくれたのは正解だ。
斗詩の話では司馬防殿の娘の提案らしい。
確か、その娘の名は司馬懿と言ったな。
その娘が劉ヨウ殿達と一緒に居て本当に良かった。
正義感ばかり強くても意味がない。
正しい行動だろうと筋道を通さねば一つ間違えば自分が窮地に立つことになる。
劉ヨウ殿も今回のことで懲りたはずだ。
劉ヨウ殿も麗羽もまだ若い。
これからしっかりと学んでいけばいい。
あの2人が洛陽に戻ったら私がみっちり指導してやろう。
宮廷に上がってから問題を起こされては命に関わるかもしれんからな。
名案だ!
我ながら冴えておるな。
麗羽も劉ヨウ殿と一緒なら真面目に私の言葉を聞くと思う。
司馬懿のことで思い出したが、劉ヨウ殿達が旅に出て間もない頃、司馬防殿が突然屋敷に挨拶に来たときは驚いた。
彼女は劉ヨウ殿に次女の司馬懿を嫁がせることを伝えてきた。
寝耳に水だったので、私は動転してしまった。
てっきり、劉ヨウ殿が麗羽を見捨てて、別の女に走ったのかと絶望したがそうではなかった。
冷静に考えれば劉ヨウ殿が麗羽を嫌いになるはずはない。
彼女は次女が側室になることを麗羽も了承していて、正室の座は麗羽に譲ることで話を纏まったと話した。
麗羽が正室なのは当然だ、と頭に血が昇りかけたがなんとか自制できた。
劉ヨウ殿に側室・・・・・・。
私は独占欲の強い麗羽が良く納得したなと思った。
やはり旅に出る前に、劉ヨウ殿に唾をつけて置いて正解だった。
それでは劉ヨウ度と麗羽の為に、泰山郡の大守を罷免に追い込むとしようではないか。
劉輿殿の元に劉ヨウ殿が助けた者達が無事に着ければ良し、来なければ黙りを決め込むだけだ。
泰山郡の大守は派手に動けぬはず。
上手く泰山郡の大守を罷免に追い込むことができれば、それを劉ヨウ殿と麗羽の手柄にするだけのことだ。
私の朝廷への働きかけもあり、陛下も劉ヨウ殿に興味を持たれているご様子だ。
ここで悪徳大守を罷免に追い込む手柄が加われば、私の目論みの通りになるはずだ。
そう言えば、何進殿も劉ヨウ殿に興味があるようだった。
先日、何進殿は劉ヨウ殿を自分のところに寄越せと露骨な勧誘をしてきた。
彼女は劉ヨウ殿を高待遇で迎えると言っていたが、あの必死な勧誘が少し気にかかる。
最近の禁軍は売官上がりの朗中が大半を占めていて使い物にならない。
その所為で、手持ちの武将だけでは賊退治が辛くなったのかもしれない。
彼女には劉ヨウ殿が旅に出ていることを伝え、本人が戻ってから話をすることで納得して貰った。
劉ヨウ殿の士官の話はまだ先のことだ。
今は泰山郡の大守の件を早く片付けることにしよう。
可愛い麗羽の為だと思えば、全く苦労を感じない。
麗羽が幸せになるにも劉ヨウ殿にはまず、出世していただかくてはならない。
劉ヨウ殿の武勇は既に河北では知らぬ者はいない。
最近では洛陽でも劉ヨウ殿の話を耳にするようになった。
これから親類になる者として、誇らしいことこの上ない。
私がお膳立てをし、全面的に劉ヨウ殿を支えていけば、優秀な彼のこと順調に出世していくはずだ。
「ははははっ、劉ヨウ殿!この袁逢は出来る限りの支援をいたしますぞ!」
私は花嫁衣装をつけた麗羽の姿に想いを馳せながら、旅を続けている劉ヨウ殿に語りかけた。
第43話 鈴々山賊団
太史慈に支度金を渡して、私達一行は幽州に向かうことにしました。
私達は山賊討伐をしながら目的地を目指しました。
旅を始め二ヶ月が過ぎようとしています。
この旅で得たことは農村の荒廃を目の当たりにしたことです。
この時代は住み良いとはお世辞にも言えないと思います。
それでも人々は毎日を一生懸命暮らしています。
私は飢えるなど前世を含めて体験したことがありません。
飢える人々をテレビや新聞などで見るのではなく、間近で目にすると居たたまれない気持ちになります。
私は彼らからすれば恵まれています。
このさき私は戦乱の世を生き抜くことになります。
戦乱の世になれば、今以上に苦しむ人々を目の当たりにするのかと思うと胸が苦しくなります。
それでも私は進まねばいけません。
戦乱の世を生き抜き麗羽と揚羽と幸せな生活を送りたいです。
私のエゴなのは分かっています。
結局、人は自分がかわいいのです。
そして自分の周囲の人々が大切なのです。
それでも私は旅をして見た人々も守りたいと思います。
全ての人を救うのは無理だと思います。
だから、私は少しでも多くの人が幸せを実感できる世を作りたいと思います。
一月かけて目的地である幽州に入りました。
私達は現在、啄郡のとある街に着きました。
日が暮れそうなので、私達は宿を探そうと街中を歩いていました。
「はあーーーーーー。正宗様ぁーーーーーー。疲れたのーーーーーー」
沙和がだらし無い声で私に話しかけてきました。
「沙和。給金下げるぞ」
私はボソッと沙和に言いました。
「それはやなのーーーーーー。正宗様の意地悪ーーーーーー」
沙和は口を尖らせ私に不満を言いましたが、先程のだらけた様子はなくなりました。
沙和を操るにはこの手が一番のようです。
「ははっ!正宗様、きっついなーーーーーー。それぐらいで堪忍したってや。沙和も反省したやろ」
真桜が私に沙和の援護射撃をしてきました。
「別に、沙和をいじめている訳じゃない。沙和がもっとしっかりしてくれれば問題ない」
「正宗様の仰る通りです。沙和、弛んでるぞ」
凪は私の発言に賛同してくれました。
「もう、凪ちゃんまでひどいのーーーーーー」
これ以上、沙和をいじめるのも可哀想だなと思いました。
「沙和、そう不貞腐れるな。最近は山賊狩りでまともな食事をしていなかったからな。今日の夕飯はいつもより奮発するから機嫌を直せ」
「本当なの。やっぱり、正宗様、大好きなのーーーーーー!」
沙和の態度に麗羽と揚羽は白けた視線で見ていた。
「鈴々山賊団のお通りなのだ!どけ、どけっぇーーーーーー」
威勢の良い声が聞こえたので、その方向を見やると豚に乗った女の子が蛇矛を振り回して、子供達を先導して街の中心部を走り抜けていきました。
「待ちやがれぇーーーーーー!あの糞餓鬼どもが・・・・・・。毎度毎度、食い物を盗んで行きやがって・・・・・・」
中年の男が項垂れながら愚痴を言いました。
彼の言葉から察するに、先ほどの子供達は泥棒を働いたようです。
それも今回だけではないのでしょう。
「おい、あの子供達はなんなのだ」
「はぁ、あいつらか。この街の悪ガキだよ。悪ガキはどうでもいいさ。問題はあいつらじゃなくて張飛だ。賊に親を殺されて、街のみんなも大目に見ていたが、もう許せねぇ!」
男はもう我慢の限界だと言わんばかりに拳を振り下ろしました。
「お前、さっき張飛といったな!」
私は張飛という言葉に反応し、男に掴み掛かった。
「・・・ああ、あの豚に乗って先頭走っていたのが張飛だ」
男は私のいきなりの行動に混乱していました。
あの変な豚と蛇矛に既視感を抱いていたが、まさか先程の女の子が張飛だったとは・・・・・・。
張飛をスカウトするしかないです。
張飛が士官すれば、この街の人達も張飛に悩まされることがなくなると思います。
ふふ、はははははっ!
張飛は麗羽に士官させることにします。
麗羽なら張飛のお姉さんとして仲良くやっていけると思います。
幸先良いです。
麗羽配下の武官の人数を厚めにしておく必要があるので渡りに船です。
「この私に張飛のことを任せてくれないか?私は劉ヨウというものだ。これまでも山賊を倒してきたので問題ない。それに張飛はまだ子供だ。できれば、正しい道に導いてやりたいと思う。駄目だろうか?」
私は男を放すと張飛の件を任せて貰えるように頼んだ。
「劉ヨウ・・・。もしかして、あの劉ヨウ様ですか?地獄の獄吏と呼ばれる山賊が恐怖する武人で有名な」
山賊狩りをやりすぎましたかね。
山陽郡の麒麟児より、地獄の獄吏が板について来た気がしないでもないです。
「そうだ。私がその劉ヨウだ」
「それなら安心だ。俺達も張飛のことは手を焼いていたんです。張飛の奴はあんななりですが、腕っ節が強くて街の男衆総出でも手が出せなくて困ってたんです」
「それなら話は早い。明日の夕刻にでも張飛の家を案内してくれないか?」
私が明日の夕刻にしたのは、今日はみんな疲れているだろうと思ったからです。
明日の朝から昼では、張飛を見つけたとしても街中での戦闘になりかねないです。
それでは街の人達に迷惑がかかります。
張飛も夕刻には自分の家に戻ると思います。
「問題ないです。劉ヨウ様達は宿は決まってらっしゃるんですか?」
「まだ決めていない。これから探すつもだったんだ」
「それならお任せください。手頃で良い宿を紹介させて貰います」
普通、こういうシチュエーションで宿を紹介するなら宿代はタダのような気がします。
この男、ちゃっかり商売しています。
第44話 張飛
私、麗羽、揚羽の3人は張飛の家があるという場所に向かっています。
彼女の家は今私達が昇っている山の中腹にあるとのことです。
先導役は昨日あった中年の男です。
この男の名前は李雪といいます。
李雪の話によると、張飛には両親以外に身寄りがなく、幼い身で1人暮らしているそうです。
その話を聞かされた私達は彼女のことをどうするか昨日のうちに話し合いました。
概ね私の考えた通り麗羽の武官として、今後頑張ってもらうことになっています。
麗羽にはこの件で注文を受けました。
「正宗様、昨日約束のこと重々お忘れなく」
麗羽が私に念を押してきました。
「分かっている。努力はする。私も別に張飛を痛めつけるのが目的じゃない。だけど、彼女は見た目が子供でも一般の大人以上の力を持っている。現に李雪達は彼女1人に歯が立たなかった位だ。怪我位は覚悟して置いてくれ」
「麗羽殿、正宗様を信じられないのですか?張飛であれ誰であれ、正宗様が子供に酷い行いをするわけはないでしょう。あくまで、正宗様は可能性を言っているだけです。」
揚羽は私をフォローするように麗羽に言いました。
原作を知っている私は張飛の強さを理解しています。
手加減をしすぎると私が逆に怪我をする可能性があります。
私だって子供を怪我させるのは気持ちの良いものではないです。
「私はその現場を見ていませんわ!李雪さんが嘘を言っている可能性もありますわ」
麗羽は洛陽で張飛の年齢位の子供達とよく遊んでいました。
彼女の中では張飛もその子供達も変わらなく見えるのでしょう。
私達は食料を盗んで逃げて行く姿しか見ていないです。
麗羽の反応は当然です。
麗羽と揚羽には張飛がどういった存在か話しています。
それでも麗羽には納得できないようです。
だから、麗羽は私に怪我をさせるような乱暴なことは極力しないよう頼んできました。
私も話し合いで解決できるならそうするつもりです。
「お二人とも俺のことで喧嘩しないでください。俺も本気で張飛を痛めつけたいと思っている訳じゃないです。あいつの身の上は十分過ぎるほど知っています。そりゃ、腹は立ちますが、どうにか立ち直って欲しいと思っています。街のみんなもあいつの親のことは知っているんです。今のままじゃ、その内本当の賊になって、役人の世話になるかもしれないです。正直、そんなことになったら寝覚めが悪いです」
李雪は私と麗羽の間に入ってくると若干暗い表情をして言いました。
麗羽も李雪の態度にそれ以上何も言いませんでした。
張飛の家に着くと、張飛が家の前で蛇矛を片手に立っていました。
「お前等、何者なのだ!鈴々の家に何のようなのだ!」
張飛は私達を睨み怒鳴ってきました。
彼女とは20m位離れていますが、ここからでも強い気迫を感じます。
麗羽と揚羽も彼女の気迫を感じて驚いています。
これが張飛です。
子供ですが、力だけは子供などではないです。
李雪は張飛の気迫に気圧されて、私達の後ろに隠れています。
「私の名前は劉ヨウだ。お前が張飛だな」
「そうなのだ!気安く鈴々の名前を呼ぶななのだ!」
「お前が街で食べ物を盗むから、みんなが迷惑をしている。私はお前に盗みをやめさせるためにここにきた。盗みをやめるなら私が士官の口を紹介する」
「うるさいのだ!何で鈴々がお前の言うことを聞かなくちゃいけないのだ!」
このままでは話が平行線です。
「張飛さんでしたわね。私は袁紹ですわ」
麗羽は私の横に立ち張飛に話しかけた。
「なんなのだ?」
張飛は急に私達の会話に割り込んできた麗羽に警戒しながら応えました。
「あなただって無断で自分の物を取られれば怒るでしょう。みんなだって同じですのよ」
「う、うるさいのだ!お前に関係ないのだ!」
張飛は一瞬言葉を詰まらせましたが、麗羽に向けて叫びました。
どうやら彼女は悪いことをしているという自覚はあるようです。
なら切っ掛けを作ればいいです。
一応、揚羽に妙案はないかと目配せをしました。
揚羽は顔を横に振って、案は無いと伝えてきました。
将来、外交の天才と言われた揚羽にも苦手なものがあるようです。
ここは私でなんとかするしかないです。
「張飛、私と勝負をしないか?」
我ながら安直ですが、一騎打ちの真剣勝負で解決することにしました。
一騎打ちの理由が食料を盗むのを止めさせるためとはお粗末すぎます。
話し合いで治めるにも張飛の私達への敵意を取り除く手段が思いつきません。
「勝負?」
「勝負だ。私がお前に勝てば、私の子分になってもらう。お前が勝てば、私がお前の子分になってやる」
「なんで鈴々がそんなことをしなくちゃいけないのだ!」
張飛は顔を赤らめて私に怒鳴った。
「お前は街から食料を盗むのをやめないと言っている。私はお前にやめろと言っている。これでは時間の無駄だ。お前もその蛇矛を持っている位だ。武芸の嗜み位あるのではないか?なら、これでどちらの言い分が正しいか決める方が簡単だ」
私は自分の双天戟の切っ先を張飛に向けました。
「望むところなのだ!お前なんかケチョンケチョンにしてやるのだ!」
張飛も蛇矛を私に向けてきました。
「正宗様、何を言っていますの!こんな乱暴なこと認めませんわ!張飛さんはまだ子供ですのよ」
麗羽は私と張飛の間に両手を広げて割り込んで来ました。
「麗羽退いてくれ」
「鈴々は子供じゃないのだ!」
「黙らっしゃい!」
麗羽は鈴々に厳しい顔で叱りつけました。
張飛はその迫力に口を噤みました。
「正宗様、私との約束をお忘れですか!張飛さんに乱暴をしないでくれとお願いしたはずです」
次に、麗羽は私を睨んできました。
「約束はしたが、それは努力するという意味で必ず守るということじゃない」
私は怯むこと無く麗羽に言いました。
「そんなこと聞きたくはありませんわ!さきほどの何処が努力をしたというんですの。単に、話が上手く進まないから、暴力に訴えているだけはありませんの。それは努力とは言いませんわ」
麗羽は耳の痛いことを私に言ってきました。
麗羽の言う通りです。
ですが、この方法で張飛は納得すると思います。
麗羽にそれを理解しろと言っても無理でしょう。
彼女の表情はいつもの笑顔ではなく、怒りを露にして睨みつけています。
このままでは勝負は無理です。
八方塞がりになりました。
「張飛、勝負はしない方向で話し合いたい。それともお前はこのまま勝負を続けたいか?」
私は張飛に休戦の申し入れをしました。
「分かったのだ」
「いいのか?」
私は張飛の素直な反応に驚きました。
「いいと言っているのだ!何度も聞くななのだ!」
張飛は私に向けて怒鳴ってきました。
どういう訳か知りませんが張飛が急に大人しくなってくれました。
私としてはありがたいのですが何故でしょう。
まあ、いいです。
張飛は性格に問題はないですから、話し合いで解決できるならそれにこしたことはないです。
「はぁ、良かったですわ・・・・・・」
麗羽が力が抜けたように、地面に腰を付けました。
「麗羽、大丈夫か?」
私は麗羽に駆け寄り、声を掛けました。
「正宗様、大丈夫ですわ」
麗羽は先程の怒りはなく、やさしく微笑みました。
「こんなところで立ち話はなんだ。お前の家で話をさせて貰えないか?」
私は張飛に家に上げてくれるよう頼みました。
「分かったのだ。でも、そいつは入れないのだ」
彼女は李雪に蛇矛を向け威嚇しました。
以前、街の人間が彼女を取り押さえにきたらしいので信用できないのだろう。
「李雪、悪いが街に帰っていてくれないか。もう大丈夫だと思う。街の人にもそう伝えておいてくれないか?」
「劉ヨウ様、わかりました。張飛のことよろしくお願いします」
李雪は後半の部分は張飛に聞こえない声で言うと、頭を一度下げで街へと帰って行きました。
私はそれを確認すると、張飛に向き直りました。
「入るのだ」
張飛は自分の家に入って行きました。
私達も張飛に促されるままに家に入りました。
彼女の家の広さは10畳位で1部屋だけでした。
部屋の中央には囲炉裏があります。
部屋の隅に張飛が乗っていた豚がこちらをジッと伺っています。
張飛は部屋の一番奥に座って、私達が座るのを待っています。
第45話 張飛と義姉
「お姉ちゃんは鈴々の隣なのだ。お前達はそこに座るのだ」
張飛は私達に席を勧めました。
麗羽にだけ張飛が友好的な気がします。
揚羽を見ると張飛と麗羽を見て含みのある笑みを見せました。
私も合点が行きました。
張飛が急に大人しくなったのは、麗羽のことを気に入ったからです。
今まで、街で盗みを一緒に働いた仲間はいたでしょうが、心を許せる家族とは言えなかったと思います。
幼くして両親を失い天涯孤独な身の上の張飛は家族の愛情に飢えていたことでしょう。
そんなとき、自分のことを懸命に庇ってくれる人物が現れれば、心を許す可能性があります。
今の張飛は完全に心を許してはいないでしょう。
ですが、麗羽に対し家族の愛情に似たものを期待したい気持ちがあるのかもしれません。
張飛の性格は捻くれている訳でも、歪んでいる訳でもないです。
これは自然な反応なのかもしれないです。
張飛に促されるまま席に着きました。
「こうしてお前の家に入れてくれたということは、食べ物を盗むのはやめてくれるのだな」
「お前じゃないのだ!鈴々は鈴々なのだ!」
「それはお前の真名だろう。・・・・・・悪かった。張飛と呼ぶことにする」
「それでいいのだっ!」
張飛は笑顔で返事を返してきました。
先程まで、一騎打ちをしようした人物とは思えない態度です。
張飛は原作通り根は素直な子なのだと思います。
「仲直りできたようですわね。正宗様、話を進めてくださいまし」
「ふふ、雨降って地固まるといいますが、荒事にならなかったのは幸いです」
揚羽が私と張飛を見ながら笑いました。
その後、張飛と私達は話をして決まったことがあります。
街の人に食べ物を盗んだことの謝罪をすること。
張飛が麗羽に士官すること。
張飛の飼っている豚を旅に同行させること。
この三点について決まりました。
士官が決まったこともあり、私達は張飛と真名を交換しました。
鈴々は私のことをお兄ちゃん呼ぶようになりました。
鈴々に言わせるとお姉ちゃんである麗羽の許嫁だからお兄ちゃんらしいです。
私はオマケみたいなような気がするのは気のせいでしょうか?
話が終わるころ、空は既に暗くなっていました。
夜間に山を降りるのは危険と思い、その日は張飛の家で一夜を過ごすことになりました。
張飛が川の字になって寝ることを望んだので、麗羽と私の間に鈴々が寝ました。
揚羽は最初私の隣に寝ようとしましたが、麗羽が猛反対し彼女の隣で寝ることになりました。
よく考えたら4人なので川の字ではないと思いました。
これは気分的なものでしょう。
今日は山登りで疲れました。
鈴々もぐっすり眠っていますので私も寝ることにします。
「お兄ちゃん、起きるのだ!」
熟睡していた私は腹に激痛を覚えました。
眠い目を擦り前面を見ると鈴々が私の腹の上に乗っています。
何という起こし方をするんでしょう。
「鈴々さん、何て起こし方をしますの!はしたないですわよ。正宗様、もうしわけありません」
麗羽が鈴々を怒っている声が聞こえました。
「お姉ちゃん、ごめんなのだ」
鈴々はシュンとして、麗羽に謝りました。
「麗羽、別にかまわない。鈴々も次は気をつけてくれればいい」
私は痛む腹を擦りながら置きました。
「麗羽、もう朝なのかい」
私はこの家の窓から入る光を見て麗羽に聞きました。
「ええ、今日も良い天気ですわ。鈴々さん、旅の支度を一緒にしますわよ。この家にはしばらく戻れないと思いますの。だから、必要な物を全て荷造りしますわ」
「お姉ちゃん、分かったのだ」
鈴々が麗羽に言われて、一緒に荷造りを初めています。
揚羽はどこに行ったのでしょうか?
この家にはいないのは確かです。
部屋の片隅でブヒブヒと鈴々の豚が土を掘っています。
どうでもいいです。
「麗羽、揚羽は何処に行ったんだい?」
私は麗羽に聞きました。
「揚羽さんは朝餉の食材を探しにいくと行っていましたわ」
「そうか・・・・・・。じゃあ、私も行ってくる。麗羽、揚羽が何処に行ったか分かるかい?」
「早めに山を降りたいので、揚羽さんのことですから、そう遠くには行かないと思いますの。行き違いになると面倒ですわ。正宗様はここでゆっくりとしてください」
麗羽にそう言われた私は、揚羽を探しに行くのを止めて外で槍の修練をすることにしました。
半刻位して揚羽が戻ってきました。
手には野ウサギが二匹と山菜を持っていました。
「正宗様、起きてらしたのですね」
揚羽は私に笑顔で話しかけてきました。
「揚羽だけに手を煩わせてごめん。しかし、揚羽は狩猟もやれたとは意外だな」
「正宗様、それは心外です。私を頭だけの文官と思いですか?こう見えて、文武両官そつなくこなせると自負しています」
揚羽は少し怒っているようです。
私は揚羽は文武に優れた人物と知っているのでそういう意味で言ったつもりはありません。
「引きこもりが長い揚羽が狩猟が出来るというのが意外と思っただけだ」
「そうですか」
揚羽は言葉少なに応えていましたが、機嫌を直したようです。
「正宗様、朝餉の仕度をしますね。手伝ってくださいますか?」
「分かった。暇を持て余していたところだ」
私と揚羽は朝餉の仕度をすることにしました。
一つ気がかかりなことは、鈴々がいるのであれだけの食材で足りないことです。
揚羽にそのことを言うとにっこりと微笑み懐から小さい袋を取り出しました。
袋の中身は米でした。
「私はいつも食料を常備しています。これを粥すれば良いと思います」
「揚羽は本当に気が利くな」
私は本当に揚羽を関心しました。
「常に、不足の事態に備える性分なだけです」
揚羽は笑顔で応えました。
これで朝食は足りる事でしょう・・・・・・、やっぱり足りないかな・・・・・・。
私達は鈴々と一緒に街に戻ってきました。
まだ、昼まで二刻程あります。
「お姉ちゃん、お腹が空いたのだ・・・・・・」
鈴々はお腹を空かせています。
彼女は今朝食べた朝食だけでは足りないようです。
「もう少しの辛抱ですわ。迷惑を掛けた人達に謝りに行くのが先ですわ。その後で、好きなだけ食べさせてあげますわ」
麗羽は鈴々を甘やかすことなく、嗜めた。
謝るなら早いことにこしたことはない。
「鈴々、腹が空いているだろうが、我慢して謝まりに行こう」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。分かったのだ」
鈴々は渋々ながら分かってくれた。
私達は気を取り直して、謝罪行脚をすることにしました。
意外なことに怒りを露にする人はいませんでした。
中には鈴々の頭に拳骨を食らわす人はいました。
その人も「これで許してやる」と笑顔で話していました。
私が側にいることも関係しているのかもしれないですが、この街の人達も鈴々のことを心配していたことの証ではないかと思います。
街の人達が良い人達で良かったです。
第46話 ハムの人
鈴々を麗羽の配下に加えた私達は彼女の故郷を起つことにしました。
常山郡に向かう予定でしたが、麗羽の要望で別の場所に向かっています。
ここから2日位の距離です。
そこには麗羽の旧知の知り合いがいるそうです。
今いる地は啄郡で、向かう場所は啄県なので十中八九原作キャラです。
今頃ここにいるのは劉備か公孫賛だと思います。
麗羽の知り合いなので公孫賛でしょう。
「麗羽、知り合いは公孫賛かい?」
「そうですわ。正宗、よくご存知でしたわね。白蓮さんは盧植先生のもとで勉強しているそうですの。せっかく近くまで来たのですから、久しぶりに旧交を暖めるのも良いかなと思いましたの」
麗羽は機嫌良く応えた。
原作の公孫賛は好きなキャラでした。
器用貧乏な彼女は私の副官に欲しいと思っています。
すぐには無理でしょうね。
気がかりなのは麗羽と戦をして死なないかということです。
私がいうのは何ですが、今の麗羽は馬鹿ではないです。
人の苦言にも耳を貸すことができる心も持っています。
この旅で麗羽陣営の武官の層を厚くするつもりです。
いずれは猫耳軍師が参画し、沮授・田豊については探して登用させるつもりです。
許攸は危険因子なので排除しておきます。
「正宗様、白蓮さんのことで心配なことでもありますの?」
麗羽は心配そうな表情で俺の顔を伺っていた。
「心配しなくてもいいよ。公孫賛とは関係ないよ。麗羽の陣営をどう補強しようか考えていたんだ」
「そうでしたの。よかったですわ。てっきり白蓮さんに何か問題があるかと思いましたわ」
公孫賛が麗羽を害すというより、逆を心配しただけだと言いたかったがやめることにした。
俺の手で既に歴史を改編しているので、この先の歴史が俺の知る通りになるか分からないと思いました。
それに俺は史実通り揚州牧に収まることは止めることにしました。
麗羽に反対されたこともありますが、一カ所に集まっていた方が利は大きいと思ったからです。
私は麗羽と揚羽と話し合った末、青州牧の座を狙うことにしました。
麗羽は史実通り冀州牧の座を狙います。
エン州牧は姉上、三州が組めば群雄割拠の時代、必ず私達が有利になります。
未だ絵に描いた餅ですが、必ず実現してみせます。
「お兄ちゃん、鈴々はお腹が減ったのだ」
鈴々の腹の虫が泣いているようです。
鈴々は馬ではなく豚に乗っています。
この豚は本当に豚なんですか?
異常に足が早いです。
あんな短足で何故馬に追いついてるのか疑問です。
ファンタジーの世界では何でもありです。
気にしては負けです。
「そうだな・・・・・・。もうそろそろ昼だな」
私が空を見ると日は真上に上がっていました。
「鈴々、分かった。みんなここで休憩をとろう」
私は馬を止め後ろ振り向き、麗羽達に伝えました。
「やったのだ―――!」
鈴々は喜んでいます。
私達は休憩をとることにしました。
私達はあの休憩後、野宿をしながら啄県に入ると盧植の私塾を探しました。
盧植はここでは名士のようです。
難なく盧植の私塾は見つかりました。
「ここに白蓮さんがいますのね」
麗羽は馬を降り私塾の中に入って行こうとしています。
「馬の番を誰か頼めるか?」
「私にお任せください」
凪が私の前に進みでて心良く引き受けてくれました。
「正宗様、別にええよ」
「お任せなの―――」
真桜と沙和も引き受けてくれました。
私は揚羽と一緒に麗羽の後を追いました。
私塾の中に入ると麗羽が赤髪のポニーテールの女の子と何か話していました。
「正宗様、こちらですわ!」
麗羽は私に気づくとこちらを向いて手を振りました。
「貴殿が劉ヨウ殿ですか?」
ハムの人こと公孫賛が私を見て緊張した面持ちで私に話かけてきました。
「はい、あなたが公孫賛殿ですね。麗羽からは聞き及んでいます」
「白蓮さん、劉ヨウ様は私の許嫁ですの。そして、彼女は司馬懿さんといいます。司馬家の次女ですわ。そして私同様に劉ヨウ様の許嫁ですわ」
麗羽は胸を張って自慢げに私達を紹介しました。
「はじめまして、司馬懿殿。公孫賛といいます」
「はじめまして、公孫賛殿。司馬懿と申します」
公孫賛は私との挨拶とは違い、揚羽には普通に話しかけました。
私の時はなんで緊張したんでしょう。
男だからでしょうか?
確かに原作でも公孫賛はウブな感じがしました。
私も同様なので人のことは言えません。
「あ、あのよろしければ私の家に来ませんか?」
公孫賛が私達を家に招待してくれました。
でも、私の連れは多いので大丈夫でしょうか?
「それはいいですわね。白蓮さんは気が利きますわね。オ―――ホホホホ」
麗羽は白蓮の申し出を快く受けました。
久しぶりに麗羽の高笑いを聞いた気がします。
それだけ麗羽は白蓮に会えたのが嬉しいのでしょう。
「公孫賛殿、私の連れは多いのだが迷惑ではないか?」
「人数はどのくらいですか?」
「この場の3人に加え、後4人いるんだが・・・・・・」
私は申しわけなさそうに公孫賛に伝えました。
「大丈夫です。問題ありません」
公孫賛は笑顔で応えました。
やっぱり公孫賛は善人です。
嫌な顔一つせず7人の大所帯を招待してくれました。
「そうか。できれば何か摘める物を買いたいのだがおすすめの店はないかい」
私は公孫賛にあまり迷惑をかけたくなかったので、公孫賛の家に行く途中で買い出しをすることにしました。
私のところには食べ盛りが多いからな・・・・・・。
「お心使い感謝します」
公孫賛は苦笑いをしながら私にお礼をいいました。
「気にしないでくれ」
私が笑顔で言うと公孫賛は頬を染めて視線を反らしました。
「白蓮さん、早く行きますわよ。みんなを待たせるのは悪いですわ」
麗羽は私塾の入り口に既に向かっています。
「あ、あの麗羽はどうしたのですか?他人のことを気にするなんて・・・・・・。何か人が変わったように感じます・・・・・・」
「麗羽も成長したからね」
私は揚羽と公孫賛を促し、麗羽を追いかけました。
第47話 普通は最高の魅力
私達は公孫賛の家にいます。
公孫賛の通う私塾から、彼女の家までの道すがら食べ物を調達しました。
彼女の家につくと、簡単に自己紹介をして食べ物を摘みながら旅の話や彼女の近況などを聞いていました。
鈴々と豚は凄い勢いで食べています。
多めに食べ物を買っておいて正解でした。
公孫賛が鈴々の食欲に驚いています。
普通、驚きます。
私も間近で見たときは驚きました。
あの小さい体のどこに大量の食べ物が入るのか不思議です。
せっかく公孫賛にあったのですから、ここで仲良くなっておきましょう。
彼女の親友、桃色娘はお近づきになりたくないです。
「公孫賛殿、麗羽と真名を交わしている間柄なら私も真名を預けたいのだがどうかな」
私は自ら公孫賛に声をかけることにしました。
初対面なのかもしれないが、公孫賛は私に気を使っています。
麗羽にはフランクなのにこれでは仲良くなれません。
「劉ヨウ殿、私みたいな凡才と真名を交わしてくれるのですか?」
公孫賛は恐縮した面持ちで私を見ました。
そこまで恐縮しなくてもいいと思う。
私が逆に緊張してしまいます。
彼女は凡才というより、オールマイティな人材です。
どんなことでも卒なくこなす。
なかなかそんな人材いないと思います。
「公孫賛、あなたは凡才ではない。もう少し自分に自信を持たれた方がいい。私の真名は正宗。堅苦しい話し方はやめよう」
「私の真名は白蓮です。正宗君とお呼びしてもいいですか?」
「麗羽のときと同様、呼び捨てで構わないよ」
「え、そんな無理です。山陽郡の麒麟児と名高い人物に呼び捨ては気が引けます」
白蓮は私に恐縮しています。
「白蓮、私はそんなに有名なのかい」
私は幽州でも賊狩りをしています。
鈴々も加わり最近、賊狩りが調子がいいです。
大抵の賊は私達を見ると逃げて行きます。
彼らが逃げても見逃すわけもなく、振雷・零式で彼らの背後を襲うので大抵は一撃で終わります。
その後は、凪達が生き延びた賊を抹殺します。
「正宗君のことを知らない人はいないと思う」
彼女の目はキラキラと輝いています。
最初に凪と出会ったときと同じ視線を彼女から感じます。
「あ、ああ、そうなんだ・・・・・・」
「白蓮さん、正宗様は賊退治だけではありませのよ。エン州の泰山では、悪徳大守の魔の手から罪無き親子を助け出し逃げる手助けをしましたの。オ―――ホホホホホホ、流石、正宗様ですわ」
麗羽は自慢気に白蓮に話していた。
泰山の一件はあまり話すものじゃないと思っています。
榮奈達が無事に父上のもとに逃げ仰せているか心配です。
「へえ、正宗君は私と歳は違わないのにすごい。その現場を見たかった」
白蓮は麗羽の話を聞いて興奮しています。
「そう褒めないでくれ。私の我が侭で助けただけだ」
「そんなことはない!正宗君はすごいと思う。私も正宗君のようになりたいといつも思っている。私は周囲の人間からいつも普通といわれて自信を失うときがある。だけど、正宗君の武勇伝の話を風の便りで聞くと頑張らなくちゃと思う。私にとって正宗君は英雄だ」
白蓮はすごい勢いで私の両の手を握り熱弁を振るいました。
彼女は普通という言葉にコンプレックスを感じているようです。
「私は普通は長所だと思う。普通ということは欠点がないということだ。それは十分長所だと思う」
私は白蓮に普通であることを悩む必要はないといいました。
「う、うぅ、正宗君。ま、正宗君は良い奴だな」
白蓮は泣き出しました。
「もう、白蓮さん。何を泣いていますの」
麗羽は自分のハンカチを白蓮に差し出していた。
「うう、麗羽、ありがとう」
白蓮は麗羽のハンカチを受け取り涙を拭いています。
「ねえちゃん、これでも食べや。きっと元気になるで」
真桜はこの空気に居たたまれなくなったのか食べ物を白蓮に勧めました。
「うう、ありがとう。みんないい奴だな」
「これも美味しいの―――」
沙和も食べ物を勧めました。
凪はどう対処すればいいか悩んでいました。
鈴々は相変わらず豚と一緒に食事に専念していました。
「白蓮は盧植先生の門下なんだろ。盧植先生は朝廷でも有能な人物だったと聞く、そんな人物の元で学べるなんてすごいな」
会話が湿っぽくなったので、私は話題を変えることにしました。
「う、そうなんだ。幸いにも盧植先生の私塾に入ることが出来て、今は勉強三昧の日々なんだ。いずれはどこかの郡の大守になるのが夢なんだ」
白蓮は涙を拭きながら、自分の夢を教えてくれました。
原作でも史実でも大守でしたから、その夢は必ず叶うと思います。
「その夢はきっと叶うと思う」
「あ、ありがとう」
白蓮は頬を染めて私にお礼を言いました。
第48話 桃色の人
私達が白蓮と歓談を楽しんでいると戸口を叩く音が聞こえました。
「白蓮ちゃん―――!遊びに来たよ!」
客が訪ねてきたみたいです。
女性の声です。
劉備の声に似ている気がします。
「桃香か?ちょっと待ってくれ」
白蓮は席を起ち、戸口に向かった。
「ぱ、白蓮、ちょっと待ってくれ!」
私は慌てて呼び止めた。
「んっ、何だい」
白蓮は私が呼び止めると振り向きました。
「客人が来たようだから、私達はお暇するよ」
桃色娘とはお近づきになんかなりたくありません。
知り合いになると、いずれ私の陣営に居候しに来そうです。
劉備の寄った陣営は必ず滅ぶというジンクスもあります。
嫌です!
不吉な人物とは知り合いになりたくないです。
「今来たのは私の友達だから、気にしなくてもいい。せっかくだし、私の友達を紹介したい」
白蓮は私に悪意のない微笑みを見せました。
私はそれ以上、何も言えませんでした。
麗羽、揚羽なら察してくれると思いますが、凪達は変に思います。
白蓮にも良い印象を抱かれないと思います。
望まない出会いを甘受するしかありません。
「あれ?白蓮ちゃん。今日は沢山友達がいるんだ。いつも一人で寂しく家の中にいるのに珍しいね」
「桃香、余計なお世話だ!」
白蓮が桃香に突っ込みを入れました。
「てへっ、ごめんごめん。白蓮ちゃん、お友達を私に紹介して欲しいな」
桃香は白蓮に私達を紹介してくれといいました。
彼女は私達に興味津々みたいです。
「彼女は私の幼なじみの袁紹だ」
白蓮はまず、自分の幼なじみの麗羽を紹介しました。
麗羽の紹介が終わると、私達を順に紹介していきました。
「あなたが劉ヨウさんですか?」
劉備は私を見るなり怒った表情になりました。
初対面の私が彼女に怒られるようなことはできないと思います。
失礼な挨拶はしていません。
なら・・・・・・。
私の行いに関することで彼女を怒らせるようなことがあったのでしょう。
「そうですが何か?」
「あなたにひとこと言いたいことがあったんです!」
「何なんですの!あなた初対面にも関わらず、失礼じゃありませんの」
「と、桃香、落ち着いてくれ」
白蓮は劉備を諌めようとしています。
「文句があるなら早くいうといい。私はあなたの怒りを買うようなことをした覚えはない」
人間愛に満ちた恋姫の劉備のことです。
どうせ面倒臭いことだと思いました。
私は賊狩りで降伏を許さず皆殺しにしています。
どうせそのことを批判するつもりでしょう。
「あなたのやっていることは困っている人のためだとわかります。でも、やりすぎです。降伏してきた賊の人達を拷問を加えて殺しているそうじゃないですか。そんな酷すぎます。賊の人達だって好きで略奪をやっているわけじゃないです」
劉備は案の定、私の賊退治のやり方に対する不満をぶつけてきました。
「いいたいことはそれだけですか?」
私は劉備を見据え淡々と言いました。
「それだけって、何なんですか!」
劉備は私の言葉に憤っていました。
「それだけでしょう。あなたはその言葉を賊の被害を受けた者の前で言えるのか?賊に辱めを受けた女性に同じことを言えるのか?賊に身内を殺された者に同じことを言えるのか?賊に食料を略奪されて飢えに苦しむ者に同じことを言えるのか?」
私は劉備に淡々と問いかけました。
「そ、それは・・・・・・」
劉備は急に勢いを失いました。
私は劉備のお目出度い考えに不快を覚えました。
彼女の言葉は賊の被害を間近で見たことのない者の言葉です。
その光景を間近で見た者であるなら絶対に言えない言葉です。
「賊は全て始末しておかないと必ずまた同じことを繰り返す。劉備殿、あなたの言うように改心する者もいるかもしれない。だが、改心しない可能性がある以上、彼らの被害になる者をなくすために賊は排除することが最良だ」
劉備は私の言葉に口を噤んで俯いて黙っています。
「そ、それでも・・・・・・。それでもひど過ぎます。賊の人達だって人間なんです」
彼女は言いにくそうに私の言葉に否定しました。
「私は善良な人間の生命と財産を脅かす者達にかける慈悲持ち合わせていない。劉備殿、確かに私のやり方は目先の問題を解決しているだけかもしれない。根本的な解決を計るには国を豊かにして、賊稼業などせずとも暮らしていける世をつくる必要がある。しかし、目先の問題をおざなりにしては、国を豊かにすることもできない。国を豊かにするのは民だ。民が生きる希望を失ったら国は滅ぶ。私は必ず世に出て、民が生き易い国を作りたい。それを成就するまで私は賊の被害で生きる希望を失う民を少しでも救いたい。そのためならば、私はいくらでもこの手を民を害す賊の血で汚すつもりだ」
私は自分が常日頃から思っていることを劉備に話しました。
劉備は私のこの言葉に黙りました。
「正宗君はやっぱり凄いな・・・・・・。いつもそんなことを考えていたのか。桃香、正宗君に謝るんだ」
白蓮は桃香に近づくと彼女を諭しはじめました。
我ながら熱い話を偉そうに話してしまいました。
「私も少し熱くなってしまった。劉備殿、すみませんでした。幼少の頃から賊退治をしていた私は賊の被害者を大勢目の当たりにしていました。だから、劉備殿の言葉は許せなかった」
私は劉備に感情的になったことをあやまりました。
「ご、ごめんなさい。劉ヨウさん。私、何も知らなくて・・・・・・。劉ヨウさんは賊の被害を減らしたいと思って頑張っているのに失礼なことを言ってしまって・・・・・・。本当にごめんなさい!」
劉備は私に頭を下げて謝ってきました。
「でも・・・・・・。やっぱり劉ヨウさんのやり方は間違っていると思います」
彼女とは理解しあえると思っていません。
そもそも簡単に理解しあえるのなら戦争などこの世には存在しないはずです。
彼女の理想は『みんなで笑って暮らせる世』を作ることです。
彼女はその理想のために大勢の人を死地に追いやることになります。
彼女の中で理想の礎になる者達は勘定に入っていないのでしょう。
だから、愚かな理想を口にできるのです。
自覚のない悪意とは最悪です。
第49話 劉備に気に入られる?
私は白蓮との有意義な時間を終えました。
劉備との出会いは余計でした。
白蓮の家を出ると夕焼けが綺麗でした。
「白蓮、今日はありがとう。そうだ!白蓮に頼みがあるんだがお願いできないか?」
私は折角、啄県に来たので盧植に会いたいと思いました。
盧植は確か史実で冀州牧となった袁紹の軍師をしていました。
その後、袁紹が公孫賛と対立を始めた1年後に病死しました。
盧植は原作に登場しないです。
上手くやれば麗羽を支える重要人物になる可能性があります。
病で死ぬ盧植を私の力で救うことができると思います。
神様から与えられた私のチート能力があればどんな難病でも治療できます。
盧植が生きて袁紹の元にいれば、白蓮を説得させることも可能です。
「正宗君、なんだい?私にできることなら言ってくれ」
「明日、この街を起つつもりだ。その前に高名な盧植先生にお会いしたい。取り次いで貰えないか?」
「そんなことならまかせてくれ!今日は遅いから明日の朝でいいかな。朝早くなら先生とゆっくりと話ができると思う」
白蓮は屈託のない笑顔で私の頼みを聞いてくれました。
彼女は本当に善良な人柄だと思いました。
いずれ彼女は是非とも私の陣営に組み込もうと更に強く思いました。
「朝早くでは盧植先生にご迷惑ではないかな」
「先生はそんなこと気になさらない。それに先生は朝が早いから大丈夫だよ。明日、迎えに行くから正宗君達が泊まる宿を教えてくれないか?」
「まだ、泊まる宿は決めていない。明日の朝、私が白蓮の家を訪ねるよ」
「そうか分かった!じゃあ、明日」
白蓮は笑顔で言った。
「正宗様、私も同行してもよろしいでしょうか?」
揚羽が私に頼んできました。
「揚羽さんが行かれるのでしたら私も行きますわ」
「私達は街を見て回るの―――」
「ウチも沙和と街で面白いモノがないか物色するわ」
「私は沙和と真桜が羽目を外さないように見張っておきます」
「凪も骨休めをするといい。旅に出れば、いつゆっくりと休めるか分からない」
「はっ!正宗様、お心遣い感謝します」
私達が明日のことを話していると劉備が私に話掛けてきました。
「劉ヨウさん、白蓮ちゃんと真名を交換をしているみたいだし、折角なので私ともお友達になりませんか?」
劉備が屈託のない笑顔をしました。
彼女の場合、悪意はないのでしょう。
「折角の申し出で申し訳ないが、劉備殿とは真名を交換するのは遠慮させてくれ」
「えっ?何でですか?」
劉備は私の言葉が信じられない、という表情をしています。
誰が彼女みたいな歩く疫病神と仲良くなりたいと思います。
私は御免被ります。
「私とあなたは水と油です。それに・・・・・・。あなたの考え方は虫酸が走るんです」
劉備にオブラートで包んだ言葉は彼女に伝わらないと思いました。
私は彼女に歯に衣を着せぬ物言いをしました。
「・・・・・・。私も劉ヨウさんの考えは間違っていると思います。でも、あなたと私は仲良くなれると思うんです」
私は彼女の笑顔にどっと疲れを覚えました。
これが劉備マジックでしょうか?
彼女は人の感情は一切無視して、自分の想いを他人に押し付ける迷惑な人物だと悟りました。
「あなた何を言っていますの!さっきは正宗様に失礼な発言をしていたくせに」
麗羽は劉備の言葉に憤っているようです。
「私も麗羽殿と同じ意見です」
麗羽の発言に揚羽も賛同しました。
「そ、それは・・・・・・」
麗羽の剣幕に劉備は縮じこまっています。
「まあまあ、麗羽。桃香も悪気があった訳じゃないんだ。桃香だって反省している。うじうじ起こったことを蒸し返さなくてもいいだろ」
白蓮が麗羽の仲裁をしてきました。
「白蓮さん、あなたはどちらの味方ですの!そんな失礼な人の肩を持つなんて理解できませんわ!」
麗羽は白蓮に怒りの矛先を変えました。
「麗羽、私は桃香と麗羽、両方の味方・・・・・・」
麗羽の剣幕に白蓮は尻すぼみになりました。
私は一度嘆息しました。
白蓮が可哀想です。
彼女に非があるわけでないです。
私が劉備と縁を持ちたくないだけです。
ここは白蓮の顔を立ててあげましょう。
「麗羽、ここは白蓮の顔を立ててあげよう」
私は麗羽の肩に手をかけ、彼女に声をかけた。
「正宗様。・・・・・・。分かりましたわ」
麗羽は劉備をひと睨みすると私の後ろに下がりました。
「よろしいのですか?」
揚羽は私の顔を伺いました。
「ああ、構わない。これもまた天意だと思って諦めるしかない。白蓮がいなければ無視するんだが、そうもいかない」
後半は揚羽にしか聞こえないように言いました。
「劉備殿、私の真名は正宗だ」
私は劉備に向き直り短く自分の真名を伝えた。
劉備が今後、私に厄介ごとを持って来たら、多少強引でも排除すればいい。
もし、天の御使いが劉備の元に現れたら、公然と天の御使い共々彼女を逆賊として討伐してやります。
「私は劉備、字は玄徳、真名は桃香です。正宗さん、お互い頑張りましょうね」
桃香は爽やかな笑顔で私に微笑みました。
彼女の笑顔は『太陽のような笑顔』という言葉がピッタリだと思いました。
この笑顔で多くの者を騙していくと考えると、犠牲者が哀れに思えました。
もし、原作を知らなかったら私も騙されていたでしょう。
「じゃあね!正宗さん、白蓮ちゃん、私は帰るね」
桃香は私と白蓮に挨拶をすると立ち去っていった。
彼女の後ろ姿を追うと、すぐ立ち止まりこちらを向きました。
「正宗さん達は明日、旅に出るんですよね?じゃあ、見送りに行きますね」
彼女はそれだけ私に言うと走り去りました。
麗羽達と真名を交換しませんでした。
私と真名を交換したいと思った?
・・・・・・。
まさか・・・私を気に入ったとかは無いですよね?
考えないことにします。
第50話 盧植先生
「はじめまして、盧植先生。私は劉ヨウ、字を正礼と申します」
私の目の前には盧植がいます。
盧植は中年の男性をイメージしていましたが、予想に反し奇麗な女性でした。
歳の頃は30歳前半だと思います。
灰色の髪でストレートヘアです。
温和な風貌ですが、隙が全くありません。
恋姫の世界の有名な武将は皆美女なのでしょうか?
そう疑いたくなります。
「あなたが『山陽郡の麒麟児』で勇名を轟かせている劉ヨウ殿ですか」
今、私は白蓮に案内され盧植の私塾の一室にいます。
白蓮、麗羽、揚羽も同席しています。
「ふふ、意外ですね・・・・・・」
盧植は私の顔を黙って見ていたかと思うと口を開き呟きました。
「盧植先生、何がでしょうか?」
「巷であなたのことを『地獄の獄吏』と呼ぶ者がいます。その異名から、あなたがもっと厳つい人物なのかと思っていました」
私の思いとは裏腹に「地獄の獄吏」の異名はメジャーに成りつつあります。
「良く言われます。ですが、外見と内面が一致するとは限りません」
「そうですね・・・・・・。劉ヨウ殿、ごめんなさい。それで、今日はわざわざ私の所に何用です」
盧植はひとこと謝ると、話題を変えてきました。
「高名な盧植先生に一度お会いしたいと思っていました。幸い、白蓮が先生の門下と知り、会えるように頼んだのです」
「私もあなたに会うことが出来て嬉しいです」
盧植は温和な表情で返事しました。
「白蓮から劉ヨウ殿は旅をしていると聞きました。劉ヨウ殿は何故旅をしているのですか?あなたなら孝廉にて郎中になるのは簡単でしょう」
盧植は私が旅をしている理由を聞いてきました。
彼女の言うことは最もです。
乱世が来ないのなら私も無難な道を選んだでしょう。
しかし、乱世が訪れるのが確定している以上、人材集めに奔走する必要があります。
その旅も後三ヶ月ほど終わります。
洛陽に帰れば袁逢殿の用意した役職につくことになるでしょう。
折を見て青州のどこぞの郡大守になり、黄巾の乱が起こるまで力を蓄えるつもりです。
麗羽も同様です。
私には麗羽と揚羽がいます。
力を合わせこの乱世を生き抜いてみせます。
「最近、世が乱れて来ていると見受けられます。私はその現状を自分の目で見たかったのです」
私は自分の本当の目的は伏せて、私がこの旅で感じたことを含めてもっともらしく言いました。
「世の乱れですか・・・・・・」
盧植は憂いを帯びた表情で私の言った言葉を反芻した。
「嘆かわしいことです。劉ヨウ殿の仰る通りです。官卑の横行で民の暮らしは苦しくなるばかり。民が貧困に喘げば、彼らは賊に身を落とすしかありません」
盧植という人物が少し分かりました。
彼女は常日頃から世の中のことを憂いているのでしょう。
史実、三国志でも人格者な盧植らしいと思いました。
これなら麗羽に士官することになっても問題ないと思います。
盧植が病に伏したときは私の能力で必ず救ってみせます。
「劉ヨウ殿、私ばかりが聞いて申し訳ないが、あなたにもう一つ聞いてもいいかしら」
盧植は私にまだ聞きたいことがあるようです。
「盧植先生、私に答えられる内容であれば喜んで」
「そうですか。では、遠慮せずに聞きますね」
盧植はひと呼吸置くと先ほどの和やかな雰囲気と違い、真剣な表情になりました。
「あなたは幼少の頃より賊退治に明け暮れていたと聞きます。あなたは何故幼少のころより賊狩りなどをしているのですか?自分の行っている行為を危険だとは思わなかったのですか?」
彼女は私に賊狩りをする理由を聞いてきました。
賊狩りを始めた理由は孫策に負けて悲惨な末路を味わいたくないと思ったからです。
自分の置かれた状況に戸惑い、ただ闇雲に武術の腕を磨くことにばかり傾倒しました。
一重に悲惨な最後を迎えたくありませんでした。
そんな私に変化が訪れたのは麗羽との出会いでした。
初めは望まぬ出会いでした。
しかし、今は麗羽との出会いに感謝しています。
麗羽に秘密を打ち明けたとき、凄く気が楽になりました。
彼女との出会いを皮切りに、自分の運命を変えることができる実感が湧いてきました。
お陰で心に余裕が出来ました。
「賊狩りを始めたのは個人的な理由からです。ですが、今は違います」
「今は違うというのはどういう意味です」
盧植は空かさず私に聞いてきました。
「盧植先生に『個人的な理由』をお教えすることはできません。ただ、私は誰よりも強くなりたかったのです。初めて私が賊を殺したときのことは今でも忘れません」
私は初めて賊狩りをしたときのことを思い出しながら話を続けました。
「賊といえど人です。殺すことに二の足を踏みます。しかし、賊を殺さなければ、見逃した賊が、罪のない民を手にかけます。そう思うと私は武器を手放せなかった。私がしなくても誰かがすると思えば楽でした。ですが、現実は無情です。誰かがすると思っている間にも賊の被害に遭う民が大勢いました。私はそれを無視することはできませんでした。力が正義とはいいません。ですが、正義を成すためには力がいります。力無き者がいくら正義を語ろうと誰も耳を傾けはしません。私は力で賊を殺し、賊の被害から民を守ることに何の躊躇いもありません。民を害すものはいかな身分のものでも私は許さない」
「・・・・・・。劉ヨウ殿、あなたは本当に強い人間です。現実を直視し、目を背けることなく行動しています。あなたのような若者がまだこの国にはいるのですね」
盧植は私の言葉に感動しているようです。
彼女は目に薄らと涙を浮かべています。
横を見やると麗羽達も感動しているようです。
「盧植先生、私はまだまだ力はありません。だから、助けることが出来る人間も多くはありません」
「気に病むことはありません。あなたなら必ず大志を実現できるでしょう。これからも焦らずに前に進みなさい」
盧植は私に微笑んで諭しました。
「そうです!劉ヨウ殿、真名を交換してもらえないですか?」
彼女は急に相づちを打つと真名を交換しようといいました。
「それは是非お願いします。盧植先生と真名の交換できるとは光栄です。私の真名は正宗です」
私は願ったり叶ったりなので、盧植と真名を交換しました。
「正宗殿、私は月華といいます。これからもよしなにお願いしますね」
その後、一刻ほど盧植と歓談しました。
私塾が始まるということで、私達は私塾を後にすることにしました。
月華と白蓮と別れの挨拶をしていると、桃香が現れてました。
私は桃香と別れの挨拶を済ませ、私と麗羽達は凪達を探して見つけると荷物を纏めて常山郡への旅へ出ました。
第51話 常山の龍と蘭
私は常山郡の山中にいます。
麗羽達も当然一緒です。
私達は周囲を山賊に囲まれています。
「おい、兄ちゃん。女、馬、金目のものを置いていけば命だけは助けてやるぜ!」
「そうなんだな。大人しく置いていくんだな」
「おい、お前!さっさとアニキの言う通りしやがれ!」
私の目の前にはアニキと呼ばれる中年の男がいます。
彼の両脇を巨漢の肥満体男と小男が固め、彼らの後方には賊が大勢おり私達の周囲を囲むようにいます。
完全に囲まれています。
数はざっと数百です。
この旅で遭遇した山賊との戦闘回数は数えきれないくらいです。
黄巾の乱が近づいているということだと思います。
山賊との戦闘のお陰で戦闘経験の浅い麗羽を鍛える効果があったのは嬉しい誤算でした。
「小僧、俺を無視するんじゃねえ!」
中年の男は私が無視したことに腹を立てているようです。
彼らが凄んでいるのは自分達が絶対優勢だと思い込んでいるからでしょう。
確かに、普通の兵士なら、この数で囲めば勝利は絶対と思います。
私にとって彼らは羽虫と一緒です。
憂慮すべきは麗羽です。
麗羽も剣術の腕は上がっています。
如何せん彼女は戦闘向きではありません。
今の彼女に背水の陣のような白兵戦をさせるのは無理です。
そうなると方法は限られてきます。
まず、頭を潰して敵中を突破し、この囲いを抜けます。
その後、体制を立て直して山賊を殲滅します。
それには山賊達に隙を作らせる必要があります。
一瞬でいいです。
誰かが一瞬だけ気を反らしてくれれば、前方を突破できます。
私は麗羽と揚羽に前方を突くという目配せをしました。
揚羽は凪達に同じ様に目配せをしました。
「いい加減しろよ!この俺を怒らしたらどうなるかわかってんのか!」
いよいよ中年の男は怒り狂っています。
「別に無視をした訳じゃない。私が何故お前の命令に従わなければいけないのか戸惑っただけだ」
「お前!命が惜しくねえみたいだな!アニキ、こいつをさっさと殺しちまいましょう!」
「そ、そうなんだな。さっさと生意気なこいつを殺すんだな」
「それでもそうだな。へへ、折角心やさしい俺様が命だけは助けてやると言ったのに馬鹿な奴だぜ。てめえの連れをお前の前で犯してやるぜ」
中年の男は下卑た笑いをしました。
山賊はどうしてこう不快な連中ばかりなのでしょうか。
情けを掛ける気分にもなりません。
「ちょっと、まてぇぇ――――――!」
中年の男が号令を出す瞬間、彼の後方から大きな声が聞こえた。
見覚えのある白いミニスカなチャイナドレスです。
あれは正しく恋姫の趙雲です。
「この山賊共、群れを成して罪なき者に害をなそうとは不届き千万!この常山の昇り龍、趙子龍が成敗してくれる! 」
槍を向け凛々しく啖呵を切りました。
趙雲の横に彼女と同じ年端の女の子がいます。
「不肖、この夏侯蘭も助太刀いたす!」
彼女も片に掛けていた大剣を抜き放ちます。
これはチャンスです。
山賊達の視線が彼女達に向いています。
彼女達に当たらない様に振雷・零式の出力を押さえます。
前方の地面を山賊ごと陥没させては私達も逃げれません。
「振雷・零式」
私は双天戟の切っ先を中年の男がいる前方に向け、必殺の一撃を放ちました。
私の攻撃により全面の山賊は胴から上が消し飛んでいます。
「前面を突破するぞ!」
私は大声を上げ麗羽達に檄を飛ばしました。
麗羽達が突破を終えるのを確認して私は囲みを抜けました。
山賊達は突然の異常な光景に呆然と立ち尽くしていました。
「お、御主。な、何をしたのです・・・・・・」
私が趙雲達の元に駆け寄り、前方の山賊に向き直ると趙雲が声をかけてきました。
彼女の表情は混乱しているようです。
対峙していた目前の山賊の上半身がいきなりなくなっているので動揺しているのでしょう。
「話は後だ。まずは生き残っている山賊を殲滅する。生かして逃がせば罪のない者に害をなすだけだ」
私は彼女の質問を遮り、敵中に斬り込みました。
私につづき麗羽達も攻撃にはいります。
動揺が解けていない山賊は私達に狩られるままです。
中には逃げ出そうとする者もいましたがもう遅いです。
「ギャァァ――――――!」
「貴殿が何者かは存じませんが、ここは山賊を討ち取るのが先決。加勢させていただく」
私達が賊を掃討していると趙雲も私の近くで山賊を狩りだしました。
あの夏侯蘭と名乗った女の子も一緒です。
武芸の腕はなかなかだと思います。
趙雲には劣るようですが。
夏侯蘭といえば趙雲の同郷で、三国志にも出ています。
でも、マイナーでしたね。
確か蜀漢で軍正を任されていたと思います。
「加勢ありがたい。礼を言う。私の名は劉ヨウだ」
私が素直に礼を言うと、二人とも私の名前に驚いたが直ぐに山賊との戦闘に戻った。
あれから数刻の後、私達は山賊を全て殲滅しました。
私達は趙雲の案内で彼女の住む村に案内して貰うことになりました。
趙雲と夏侯蘭が道すがら私をチラチラと見ていました。
私が名前を名乗ったときも凄く驚いていました。
まさか、『地獄の獄吏』と呼ばれている私を恐れているのでしょうか?
それはないと思いたいです。
私は山賊などの民を害す者以外に暴力を振るうことはしていません。
逆に、山賊の被害を受けた村に見舞金として金を渡したこともあります。
そんな私が一般の人に怖がられる訳がないと思います。
今もあの二人は私のことを見ています。
「あなた達、さっきから何ですの。正宗様に言いたいことがあるならはっきりいいなさい」
麗羽が趙雲と夏侯蘭に声をかけました。
「い、いえ特に何もござらんよ・・・・・・」
「な、何もないです・・・・・・」
二人は歯切れ悪く言いました。
「そうですの?そうは見えませんわ。まあ、あなた達には助けて貰った恩もありますし、あなた達の村に着いたらゆっくり話でもしましょう」
麗羽は彼女達に言いました。
私も彼女達とゆっくり話がしたいと思っていました。
できれば二人ともスカウトしたいです。
第52話 共闘
趙雲と夏侯蘭の二人に案内され、彼女達の村に来ました。
着いた早々私と麗羽達は村長の家に案内されました。
夏侯蘭は村長に私達を泊めて貰えるように頼みに行きました。
私は迷惑がかかると心苦しいので止めようとしましたが、私を無視して行きました。
この村には宿以前に店がなく、自給自足の生活のようです。
村長に泊めて貰えないなら、今日は野宿になります。
慣れているので別に構いませんが、できることなら雨風防げる場所で寝たいです。
私はこの村に入って気づいたことがあります。
血の臭いがします。
この感じからして数刻は立っていないと思います。
私を襲ったあの山賊の仕業でしょうか?
麗羽達も気づいているようですが何も言いません。
村の中は比較的被害が少ないので、山賊の襲撃は撃退できたのでしょう。
ここは僻地なので、こんな村を襲うのは山賊くらいです。
略奪を受けた直後の者達の表情ではないです。
その証拠に、この村の者の表情は疲労が見て取れますが、目に生気を感じます。
私の目の前には村長の家がありました。
村長の家は周囲の家に比べ比較的大きいですが六畳間が三部屋くらいの間取りです。
趙雲に案内され村長の家に入ると、好々爺然とした老人が私達を迎えてくれました。
「村長、劉ヨウ様を案内した」
「夏侯蘭から聞いておる」
趙雲にひとこと言い、村長は私の前に進みでて挨拶をしてきました。
「これは劉正礼様。あなた様の勇名はこの冀州でも聞き及んでおります。この辺りには宿はありません。宜しければ私の家にて体をお休めください」
ありがたい話だがここで皆と一夜を過ごすには狭いと思いました。
もう少し広い家と期待していたので迷惑を掛けるのではないかと気が引けます。
「村長、気持ちはありがたい。しかし、私達は人数も多い。迷惑を掛けるのも忍びない。本当に迷惑でないのか?」
私は村長に確認の意味でもう一度尋ねた。
この村の様子が少し気になるので出来ることなら滞在したい気持ちが少しあります。
それに、この村には趙雲と夏侯蘭がいます。
みすみす逸材を見逃す訳にはいきません。
「そのようなことお気になさらないでください。どうぞ中へ」
私と麗羽達は村長の家に泊まることになりました。
趙雲は後ほどと言って去っていきました。
後ほどということはまた尋ねてくるのでしょう。
そのときにでも士官の話を持ちかけてみることにします。
あれから数刻して村長に夕飯をご馳走になりました。
あまり美味しくはありませんでした。
しかし、久しぶりの暖かいご飯だったのでありがたかったです。
風呂がないのが残念ですが、贅沢は言えないです。
「劉正礼様、少々お話したいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
私達が繕いで談笑をしていると村長が真剣な顔で私に声をかけてきました。
「構わない。何です?」
私は快く返事をしました。
麗羽と揚羽、凪達も談笑を止め長老の話を聞くことにしました。
鈴々は麗羽の膝枕で寝ています。
「お前達、入って来なさい」
長老は家の入り口の方向に声を掛けると何人かの村人がぞろぞろと入ってきました。
入って来た村人は十数人です。
その中には昼間会った趙雲、夏侯蘭もいました。
気になったのが趙雲を大人びさせた感じの女性です。
趙雲の母親でしょうか?
この三人以外は大したことはないと思います。
一般的な村人です。
しかし、どういうことでしょうか。
私を脅迫する気でしょうか?
それはないと思います。
趙雲がそんな真似をするとは思いません。
彼らの行動がわかりません。
「劉正礼様、お願いがございます。我らにお力をお貸し願えないでしょうか?」
長老は私にいきなり平伏してきました。
「頭を上げてもらえないか?力を貸せと言われても内容を聞かなければどうしようもない」
私は長老に頭を上げるように言いました。
「実はこの村は賊の襲撃に悩まされています。先日、劉正礼様が皆殺しにした山賊もその悩みの一つでした」
長老は口を開き私に山賊の殲滅を願い出てきました。
彼に大まかな説明を受けました。
今日、私が殲滅した山賊はこの村を襲う賊の一つで、あと2つの山賊がいるとのことです。
賊の規模は300、1500の順です。
後の方の賊は随分と大所帯です。
そんな大所帯がこの村を襲うとはおかしな話です。
この村の住人の数はどう見積もっても600くらいでしょう。
彼らの腹を満たすには少々少ないと思います。
どこかの大守の軍に駆逐され逃げ延びて、この村周辺に住みついたというところでしょう。
「劉正礼様、お引き受け願えますか?私達はもう劉正礼様だけが頼みなのです。これまでは何とか撃退してきましたが、このままでは何れこの村は山賊達の餌食になります」
村長は私に再び必死な形相で懇願してきました。
「わかった。引き受けよう。・・・・・・困っているのであれば、もっと早く言って欲しかった」
私は村長の手を取り言いました。
この村に残って正解でした。
山賊は総勢1800人です。
私一人でも十分な数です。
「あ、ありがとうございます。劉正礼様、本当に感謝申し上げます」
「顔を上げて。困っている者を助けるのは力を持つ者の努めです。それにこの村には腕の立つ人間が何人かいるようだし賊の殲滅は問題ない」
私は趙雲、夏侯蘭を見ました。
「我らも劉ヨウ様と共に賊退治を参加させていただきます!」
二人とも拱手をして私に言いました。
昼間私をチラチラと見ていたとき印象が違います。
「二人とも期待しているぞ」
「少しいいかい」
趙雲に似た女性が私に声をかけてきました。
「あたしの娘と水蓮の話では相当の腕らしいね。そんな御仁が酔狂に何の見返りもなく私達に力を貸す理由はなんだい」
話し振りからして、この女性は趙雲の母に間違いないと思いました。
私を見定める目つきで見ています。
この手の視線は私は嫌いです。
何もやましいことは無いのに緊張してしまいます。
私を自称劉ヨウとでも思っているのでしょうか?
趙雲の母親は随分と疑り深いようです。
「理由が無ければ人を助けてはいけないのですか?あなたは自分の娘が死にそうなら助けるでしょう。私も同じです。確かに私の例は極端ですが、人が人を助けるなどそんなものでしょう」
私は随分無理のある故実けで答えました。
力を貸す理由と言われても困ります。
私は欲得で人を助けている訳ではありません。
この女性はなんて失礼なんでしょう。
趙雲の母親でも許せません。
「あなた何なんですの!正宗様は善意で力を貸していますのよ!あなたに何がわかりますの!」
麗羽が趙雲の母親に怒りをぶつけました。
「母上、口が過ぎますぞ!」
「趙覇さん、言い方をもう少し考えてください」
趙雲も怒っています。
夏侯蘭は趙雲の母親と同じ気持ちなのでしょうか?
私は少し傷つきました。
「全然、答えになっていないよ。人は多かれ少なかれ行動には理由が伴うものだ。確かにあなたの言う通りそんな奇特な人間もいるかもしれない。が、この世の大半の人間は前者の方が殆どだよ」
趙雲の母親は私を猛禽のような目つきで見ています。
彼女は私に喧嘩を売っているのでしょうか?
「・・・・・・わかりました。私は山賊というものが大嫌いです。理不尽な理由で罪の無い者を凶刃の餌食とします。私が山賊を狩る理由は私の目の前で不快な真似をさせないためです。それは山賊だけに限ったことではない。私の目の前で罪無き者を苦しめる者を誰一人して生かしておくつもりはない」
私はしつこく食い下がる趙雲の母親に本音を話しました。
この女性は私の本音を聞くまで諦めないでしょう。
「ちゃんと本音を言えるじゃない。その理由の方がよっぽど信用できるわ。劉正礼様、先ほどまでの無礼の段お許しください。そして、この村を救うべくお力をお貸しください」
趙雲の母は軽く微笑むと拱手し、私への失礼な発言を謝罪してきました。
こう下手に出られると私も強気に出れません。
彼女は私が信用できるか私を煽ったようです。
私もまだまだです。
でも、揚羽のような態度では彼女を信用させることはできなかったと思います。
「正直、頭に来ました。しかし、水に流しましょう。この村にとって私は素性の解らぬ者。私が劉ヨウと名乗ろうとそれを証明する術は持たない。あなたのように用心深くとも致し方ない」
私は溜息をつきいいました。
今後の山賊との戦いはこの村の住人全ての生命が関わることだ。
うかつなことはできないです。
彼女のような人がいたからこの村も何とか守れたのでしょう。
「寛大な計らい感謝いたします。私は趙覇と申します。趙雲は我が不肖の娘ですが、山賊討伐の末席にお加えください」
史実で趙雲の父と兄の名前は不詳になっています。
歴史のミステリーに触れ少し得した気分になりました。
兄もしくは姉がいるか山賊狩りが終わってから聞いてみましょう。
第53話 常山、山賊掃討戦 前編
翌日、趙雲の母と村人に組織された300人の自警団は賊300を討伐するために村を出発しました。
この一団には揚羽以下、凪、真桜、沙和の4人が同行します。
私は村に残ります。
麗羽と鈴々も一緒に村に残っています。
彼女に揚羽についていくように言ったのですが、私と一緒にいたいと言い張りました。
彼女の護衛に鈴々をつけるので大丈夫でしょう。
私が村に残った理由は揚羽の策に従ったからです。
この村の自警団の人数は350です。
この内、主力300を賊300を討伐するため村から遠ざけます。
そうなれば、防備の手薄な村を賊1500がこの村を襲うはずだと揚羽は言っていました。
彼女曰く、今日、討伐に出向くことに意味があります。
昨日、私達が遭遇した賊を全滅させたので、私達の情報は二つの山賊団の耳に入っていません。
彼らは趙雲達が賊を全滅させ、この村の者が調子に乗り賊300を討伐を企んでいると思います。
そこで、彼らは自警団の大半が山賊討伐に出発した時期を見計らい村の襲撃を行います。
彼らは村さえ押さえれば人質を盾に自警団を脅迫して屈服させることができると思っているはずです。
彼らは1500人で、この村に残る守備兵50人です。
数の暴力で一気に村を制圧できます。
欲にかられ村を襲撃しにきた賊を私が殲滅する寸法です。
「劉ヨウ様、この度は礼を申します」
私が村の入り口で山賊が来るのを監視していると趙雲が話しかけてきました。
彼女は私に対し凄く申し訳なさそうに礼を言ってきました。
「賊退治は日常のようなものだから気にしなくてもいい」
私は周囲への警戒を解かずに彼女に返事をしました。
「そのこともありますが、母上のことです。劉ヨウ様に失礼な物言いをしたにも関わらず、母上を許してくださいました。その上、村を救うために力まで貸してくださり、礼の言いようがありません」
趙雲は趙覇の私への無礼な行為を心底悪く思っているようです。
趙覇の件は凄く腹立たしかったです。
でも、村の件は別物です。
腹が立ったからといって村を見捨てることはできないです。
趙覇の行動も彼女なりに村を思ってのことだと思います。
「母上に悪気はないのです。本当に申し訳ありませんでした」
私が趙雲から謝罪を受けていると視線を感じました。
「正宗様、何をしていますの?」
「お兄ちゃん、何をしているのだ?」
麗羽は不自然な笑顔で私に話かけてきました。
鈴々と豚もいます。
「昨日の趙覇殿の件で彼女から謝罪を受けていところだよ」
「そ、そうでしたの・・・・・・。そ、そうですわよね。正宗様、山賊はまだですの」
麗羽は口ごもりながら私に山賊のことを聞いてきました。
麗羽の態度に違和感を覚えました。
私に嫉妬でもしたのでしょうか?
彼女は本当にかわいいですね。
「まだだと思う。今のところ山賊の来る気配はない。しかし、用心にしないとね」
「そうですわね」
麗羽は私に近づくと私の右腕を絡ませてきました。
彼女は頬を染め俯いています。
「ホオォゥ、劉ヨウ様も隅に置けませんな」
趙雲は私と麗羽を交互に眺め悪戯猫のような眼差しをしました。
「麗羽、急にどうしたんだい?」
私は麗羽の大胆な行動に動揺してしまいました。
彼女の胸の柔らかさと暖かみが腕に伝わってきます。
「何でもありませんわ・・・・・・。私達は許嫁なのですから、これくらい当然のことですわ」
麗羽は顔を真っ赤にさせながら私に言いました。
彼女は私に目を合わせられないようです。
「ホオ、ホオ、袁紹殿は劉ヨウ様の許嫁でしたか」
趙雲は面白そうに私の顔を見ています。
「劉ヨウ様をいじるのもこれくらいにしておきましょう。ところで劉ヨウ様にお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
趙雲は急に真面目な表情で私に聞きたいことがあると言ってきました。
「なんだい?」
「某が昨日、劉ヨウ様とお会いしたとき、山賊を一瞬で殺した技は何なのでしょうか?」
趙雲は私の振雷・零式のことを知りたいようです。
やはり武人の趙雲です。
「あれは私の必殺の奥義だ」
「必殺の奥義ですか?」
趙雲は興味深そうに私の顔を見ています。
「昨日の使ったのは振雷・零式といって、体の気を収束して槍の先から放つ技だ」
振雷・零式は私が硬気功に使用している気を一点に収束して敵に放つ技です。
「念のため言っておくけど妖術の類じゃない。あの技は見た目派手な攻撃だけど、見た目通り威力は凄いし、体力の消耗も激しい。常人が使用したら死ぬと思う」
今の私は10発が限度です。
この限界を超えるこは幸いなことに今までありませんでした。
これからも無いとは限らないので日頃の鍛錬は怠ることはできません。
「劉ヨウ様、私にも振雷・零式を習得できるでしょうか?」
趙雲は目を輝かせて私に聞いてきました。
追いそれと振雷・零式を伝授できる訳がないと思います。
私に取って振雷・零式は虎の子です。
そもそも私のようにチートでない者に使用できるかもわかりません。
彼女が士官してくれるなら指導を考えなくもないです。
「そもそも私は弟子を取ったことはないから、趙雲が使えるようになるかわからない。」
私は趙雲に正直に話しました。
「そうですか・・・・・・」
趙雲は一人考えこんでしまいました。
第54話 常山、山賊掃討戦 後編
前書き
ボリュームはいつもより多めです。
麗羽と趙雲、鈴々で村の入り口で談笑をしていると殺伐とした気配を感じました。
私は趙雲に指示し、麗羽達を村へ避難させ村の入り口の門を閉じさせました。
私一人、村の外に双天戟を携え佇んでいます。
ぞろぞろと山賊達が現れました。
略奪をしたくてウズウズしているのが見ているだけでわかります。
彼らには他人を思いやる気持ちはないのでしょうか?
考えるだけ無駄ですね。
「おい!お前、死にたくなかったらその門を開けるように言え」
山賊の頭が私の10m位前で止まり私に恫喝しました。。
「お前達がこの村に危害を加える賊で間違いないか?」
私は念のために彼らに村長の言っていた賊1500か尋ねました。
山賊の数は目算で1500で話と合致しますが、見た目の凶悪さだけで決めつけるのもいけないと思いました。
「だったらなんだ!今日からこの村の支配者は俺様だ!俺の命令に従えないなら死んで貰うしかねえな」
山賊の頭は不快な笑みを返しました。
周囲の山賊達は私を見て笑っています。
「そうか・・・・・・。じゃあ、お前等が死ね。私の名は劉ヨウだ。冥土の土産に取っておけ」
私は淡々と言いました。
「ハハハハハハ!お前が劉ヨウだと?笑わせるな!お前みたいな小僧が劉ヨウな訳ねえだろが」
山賊の頭は私を見て馬鹿にしたようにいいました。
山賊達も同様に私を嘲笑しています。
悪人に何故こうも侮辱されないといけないのでしょう。
腹が立ってきました。
「死ね」
私は山賊の頭との距離を一瞬で詰め、双天戟を彼の心臓に突き刺しました。
続けざま振雷・零式を全快で放ちました。
山賊の頭の体は振雷・零式の火力で完全に消滅しました。
彼の後ろにいた山賊達は放射状に消失しました。
全快で振雷・零式を放った結果、山賊の3割が消滅しました。
運悪く先ほどの攻撃で即死できなかった者は絶叫を上げ苦しんでいます。
山賊達は何が起こっているのか自覚できないようにです。
私は呆然としている賊に再度、振雷・零式をお見舞いしました。
私の攻撃で山賊達は阿鼻叫喚の地獄絵図の有様です。
「鈴々、麗羽を頼むぞ!趙雲、夏候蘭。私が先頭を切って斬り込むから、その後に続け!残りの者は弓で援護しろ!」
私は村の入り口に向け大声で趙雲と夏候蘭、村に残る自警団の者に言いました。
私の声とともに村の入り口の扉が開き、趙雲達がでてきます。
「一番槍は劉ヨウ様に譲りましたが、これからはこの趙雲が活躍しますぞ!」
「私も頑張ります!」
「正宗様、気を付けてくださいましね」
「お兄ちゃん、お姉ちゃんのことは鈴々に任せるのだ!」
村の入り口に佇む麗羽と鈴々に頷くと山賊の中に斬り込んでいきました。
既に山賊達は完全に統制を失っています。
戦闘開始直後に頭を失い、その数分後には6割の仲間を一瞬で失ったのだから当然です。
生き残った山賊達の中には逃げ出そうとする者もいます。
村の入り口では防柵越しに弓を射がけて、混乱する山賊を次々に仕留めています。
村の中に逃げ込もうとする山賊達は趙雲と夏候蘭の槍と大剣の餌食です。
私は振雷・零式を果断なく放ち次々に山賊達を殲滅しています。
彼らはこの結果を予想だにしなかったでしょう。
半刻もかからずに山賊の殲滅は終わりました。
昨日と違い戦闘の場所が挟所でなく開けた場所であったこと、味方が後方支援に徹してくれたことが功を奏しました。
お陰で周囲を気にせずに振雷・零式を放つことができました。
周囲を見渡すと重機で土木工事をした後のような惨状になっていました。
地面があちこち抉れています。
木々の生い茂っていた場所は台風が通り過ぎた後のようにそれらは薙ぎ倒されています。
後で片付けないといけませんね・・・・・・。
生き残った数十人の山賊達に私が近づくと恐怖に打ち震え体を動かせずにいました。
「お前達。死ぬ覚悟はできているか?まさか生き残りたいなどと思っていないだろうな」
私は鋭い視線で生き残った山賊を睨みつけました。
山賊達は涙を流し顔を必死に横に振っています。
彼らは恐怖で失禁しています。
「安心しろ。地獄でお前の仲間が待っている」
私はそう言い双天戟を力一杯に横凪して、次々に首を跳ねました。
後には賊の首なし死体だけが佇んでいました。
「劉ヨウ様、山賊の討伐終わりましたな。まさか本当に1500の山賊を我らだけで殲滅できるとは・・・・・・。今でも信じられませぬ」
趙雲はおびただしい山賊の死体を見ながら言いました。
「劉ヨウ様、趙覇さんは大丈夫でしょうか?」
夏候蘭は趙覇のことが心配なようです。
「頭数は同数位だ。人を殺し慣れているかいないかの違いはあるが、正規兵を相手にするわけじゃない。山賊は所詮寄せ集めの集団。一度、士気が乱れれば手こずることはない。揚羽と凪達を同行させたので賊程度に遅れを取るはずがない」
「司馬懿さん達も劉ヨウ様のようにお強いのですか?」
「夏候蘭、心配しなくても無事に帰ってくるさ。私ほどでなくても彼女達は十分に強い」
「信頼されているのですね」
夏候蘭は微笑んでいました。
「そんなこと当然だろ。信頼できなければ背中を預けることなどできない。万の兵より揚羽達の方が私には心強い」
「意外です。劉ヨウ様は鬼の如き強さなので家臣など必要ないと思っていました」
夏候蘭は私の言葉に驚いていました。
彼女は私を何だと思っているのでしょう。
彼女の中の私は『地獄の獄吏』を歪曲化した姿に描いていたのではないでしょうか。
「人は一人では生きてはいけない。私がいくら強くても一人の力ではこの世は変えることはできない」
私は泰山郡でのことを想いながら感傷に耽りました。
夏候蘭は私の言葉を黙って聞いていました。
「だからこそ、私は旅に出た。私の夢を実現するため人材を探しに」
「劉ヨウ様の夢は何なのです?」
夏候蘭は私に聞いてきました。
「私の夢は大したことじゃない。私には麗羽と揚羽の許嫁がいる。彼女達と幸せに暮らせる世を作りたい」
「それでしたら旅をせずとも叶うのでは」
「叶うだろうね。でも、今の世は人が生きるには過酷過ぎる。今後、今より世は乱れるだろう。民が苦しんでいる側で、私達だけ安寧を得ても私は決して幸せを実感できない。私は幼少のとき賊の被害に苦しむ民の惨状を目の当たりにしてきた。それを一度目の当たりにしたら無視などできない。私が幸せになるためには民が暮らし易い世を作る必要がある」
私は夏候蘭を真正面から見て言いました。
「ご、ご立派です。劉ヨウ様を誤解していました。劉ヨウ様が何故賊に誰よりも厳しくあられるのか得心しました」
彼女は私を見て顔を赤らめました。
パチ、パチ、パチ。
拍手の主は趙雲でした。
「劉ヨウ様、感服いたしましたぞ。このご時勢、他人より自分のことを大事と思うもの。あなたは自分だけでなくこの国の民を救いたいとは」
趙雲は私を真剣な顔で見つめていました。
「あなた様の夢を嘘偽りなくお教え願えませぬか?」
彼女の深紅の瞳は情熱的な輝きを放っており、私はその瞳に吸い込まれそうになりました。
趙雲は私がやろうとしていることを聞きたいのでしょう。
民の暮らし易い世は今の漢室では到底無理です。
ならば新たな国を起こさなければならない。
「私はいずれこの国を統一して民の暮らし易すき世を築く」
私のこの言葉は聞くものが聞けば漢室に弓引く逆賊の言葉と思うでしょう。
幸いなことに周囲には趙雲と夏候蘭だけです。
「あなた様がやろうとしていることは自覚しているのでしょうな」
趙雲は殺気を私に放ちました。
「この国の命脈は長くはない・・・・・・。誰かがやらねばならないなどと綺麗事をいうつもりはない。私は今の世の理不尽さを変えたい。そのためならばこの手を幾ら血で汚そうとも厭わない」
私は彼女の殺気に気圧されることなく言い返しました。
趙雲は目を瞑った後、刮目して私の前で膝をつき頭を下げました。
「劉ヨウ様、この趙雲をあなた様に仕えることをお許し頂けませぬか?私もあなたが観る世を一緒に見とうございます。私の真名は星と申します」
趙雲の瞳に一切の迷いは感じられませんでした。
「本当にいいのか?」
「主、武人に二言はございませぬ」
趙雲は頷きました。
「私の真名は正宗だ。受け取ってくれ」
「謹んでお受けいたします」
「お待ちください!劉ヨウ様、私もあなた様にお仕えさせてください。私の真名は水蓮にございます」
趙雲に続き、夏候蘭も私に士官を願いでてきました。
「星にも聞いたが私に士官することに迷いはないか?」
「この夏候蘭、劉ヨウ様の大望実現のため身命を賭して頑張ります!」
水蓮は私を強い意志を感じさせる目で応えました。
「わかった。私の真名は正宗だ。受け取ってくれ」
「この水蓮、ありがたくお受けいたします!」
私達は真名を交換したことを麗羽達に伝えにいきました。
趙雲の母である趙覇にも話を通した方がいいでしょう。
夕方、趙覇と揚羽達は無事に賊を討伐して戻ってきました。
村に帰って来た揚羽達の姿を確認したとき、なんとなく安堵した気分になりました。
第55話 龍と蘭の旅立ち
山賊討伐を無事終え一週間掛けて戦闘の後始末をしました。
主に賊の死体の処理と私が荒らした土地の修復です。
村の入り口付近で死体が腐乱すると疫病の発生要因になります。
流石に死体を野ざらしにしては衛生上良くないと思い、死体を火葬にしました。
村人からは「賊を弔うのか」と、抗議を受けましたが、私は彼らに火葬を行う理由を説明しました。
説明は芳しくありませんでしたが、趙覇が仲立ちしてくれたことで彼らも納得してくれました。
山賊討伐から帰ってきて以降、趙覇は気さくになりました。
私達への刺々しい態度も露とも感じませんでした。
私は今日、趙覇に星と水蓮が私に士官することを伝えました。
「劉正礼様に仕えることが出来てあの子達も幸せだね。私ももう少し若ければ士官したんだけどね」
趙覇は星と水蓮の士官を喜んでいました。
「趙覇殿、心配ではないのかい?」
「そりゃ心配だよ。子供はいつか巣立つものさ。それに、劉正礼様の口から聞く前に星達に聞いていたから気持ちの整理はとっくにできているよ」
趙覇は軽く笑っていいました。
「そうか・・・・・・」
彼女の顔を見てなんと言えばいいのか迷いました。
「元気出しなってっ!劉正礼様が気にすることじゃないよ。星達から士官を申し出たそうじゃないか。逆に私が恐縮しているよ。本当にあんな子で良かったのかい。腕っ節はなかなかだけどちょっと捻くれているところがあるからね」
場の空気を盛り上げようとしたのか彼女は私の背中を叩いて励ましてくれました。
彼女に気を使わせてしまいました。
これじゃ駄目ですね。
もっとしっかりしないと・・・・・・。
「趙覇殿、星はきっと私の力になると思う。水蓮のことも私は心強く思っている」
私は彼女に私の気持ちを伝えました。
「その言葉を聞ければ安心さ。劉正礼様、娘と水蓮のことよろしく頼むね」
彼女は私に軽く頭を下げました。
「ここは『まかせてくれ』と、言うところだろうけど・・・・・・。このご時勢だ。私は軽々しく言えない。だが、これだけはいっておきたい。私は星達を同志として大切に扱うつもりだ」
「ふふふ、ここは嘘でも『まかせてくれ』というものだろ。でも、劉正礼様の気持ちは十分分かったよ」
彼女は笑いを堪えながらいいました。
そこまで笑わなくてもいいじゃないですか?
私は真剣に気持ちを伝えたのに・・・・・・。
「ごめん、ごめん。劉正礼様、星達と真名を交換したんだってね。私とも真名を交換してくれない。私の真名は宙だよ」
「私の真名は正宗だ」
星の母親とも真名を交換しました。
趙覇に星達のことを伝えた私は麗羽達、星達に旅の仕度をするよう指示を出しました。
懸念したのが星達の馬がないことです。
仕方ないので当面は真桜と沙和の馬にそれぞれ相乗りして貰うことにしました。
旅支度を終えた私達は村人総出の見送りを受けました。
「劉正礼様、この度のご恩は終世忘れませぬ。趙雲、夏侯蘭よ。劉正礼様、しっかりお仕えするのだぞ」
村長は私に深く頭を下げ礼を述べると、星と水蓮を見て言いました。
「村長、この趙雲、わざわざ言われずともしっかりやりますぞ」
「村長、頑張って正宗様のお役に立ってみせます」
「それならばよい」
村長と星達が話ていると、趙覇が近寄ってきました。
「二人とも頑張るんだよ。まあ、寂しくなったら村に帰ってきな」
「母上、そのときはよろしく頼みますぞ」
「趙覇さんもお元気で」
その後、水蓮の両親が私に挨拶をしてきました。
両親は至って普通の人でした。
趙覇ほどインパクトはありませんでした。
彼女が両親との別れの挨拶を終えると私達は村を起ちました。
私達が馬で旅路を進んで数刻後、私はあることを考えていました。
大したことはありません。
猪々子達と別行動をとった時、彼女から頼まれたことです。
彼女から土産を沢山お願いされていました。
そろそろ用意して置かないといけません。
司隷州、エン州で土産を買うとあまり珍しい物はないので猪々子が拗ねそうです。
冀州にいる内に何か見繕いましょう。
猪々子が喜ぶのは食べ物でしょうが、食べ物は日持ちが悪いので悩みものです。
「星、水蓮、ちょっといいかい。土産を買いたいと思っているんだが、日持ちが良くて美味しい食べ物を知らないか?」
私は星と水蓮に聞いてみました。
「ふふふ、主。それでしたら最高の品がございますぞ!」
星は思わせぶりな態度で言いました。
彼女の態度に嫌な予感がしました。
恋姫の趙雲といえばアレです。
「主、これですぞ!」
星は拳大の壷を懐から出しました。
「それはなんだ?」
私は想像できましたが敢えて聞きました。
「よくぞ聞いてくださいました。これぞ人類の英知が作り出した。至玉の一品。メンマです」
星は自身満々に胸を張り私にメンマの入った壷を差し出しました。
予想していましたが、流石にこれを猪々子の土産にはできません。
「星、すまないがメンマ以外で良いものはないだろうか?」
「な、な、なんですと・・・・・・。メンマでは土産にならないというのですか!主、酷い、酷すぎますぞ・・・・・・」
星は雷を受けた様な表情をしました。
「別に、メンマが悪いと言っているわけじゃない。知り合いは大食らいでこの壷のメンマじゃ足りない」
メンマの件で星の相手をするのは疲れそうだったので、いい加減に答えてしまいました。
これが藪蛇になるとは・・・・・・。
「ほほ――――――。主、ならばこの私にお任せください。この道中を5里ほどいったところに街がございます。その街に私行きつけのメンマ職人が店を商っておりますので、樽で買うことができますぞ。できれば、私の分も一樽買ってくださいませぬか?」
星が興奮気味に私に近づいてきました。
「嫌、樽は流石に無理だろ・・・・・・」
「荷車を買えば良いではありませぬか?馬はあるのですから問題ないでしょう」
星は一向に引く気配がありません。
今更、メンマなんて買えるわけないだろと言えない空気です。
・・・・・・。
「分かった・・・・・・。星、お前に任せる。しかし、星のメンマの代金は給金から引くから、そのつもりでな」
私は渋々星に全てを任せました。
「畏まりました。流石、わが主!」
星はホクホク顔で喜んでいたのとは対照的に麗羽と揚羽は私を見て溜息をついていました。
第56話 洛陽帰還後の日常
私達が半年の旅を終え洛陽に戻ると榮奈、真希の出迎えを受けました。
榮奈が無事に逃げ仰せたか心配だった私は彼女の姿を見て安堵しました。
彼女の話によると臧戒殿は父上の処に身を寄せています。
泰山の大守は臧戒殿、父上、袁逢殿が協力して更迭に追い込まれ、現在はエン州刺史の元で厳しい取り調べを受けています。
袁逢殿を訪ねて榮奈の件の礼を言うと笑顔で「劉ヨウ殿、気にされるな」と言われました。
彼には本当に感謝しています。
彼が渡してくれた金や馬は旅の助けになりました。
袁逢殿に会ったついでに彼女の娘、袁術のことを聞きました。
袁術も自業自得とは言え、孫策の被害者です。
同じ被害者として彼女に親近感が湧きます。
袁逢殿は袁術を呼び、彼女に会わせてくれました。
袁術に会った時の感想はお人形さんみたいだなと思いました。
恋姫の袁術は知っていましたが、実物を見るとかわいらしいの一言でした。
張勲にも会うことが出来ました。
袁術とは一緒に遊んだら直ぐ仲良くなり、今では真名を交わしています。
彼女の真名は美羽です。
張勲は美羽が真名を交換したので、渋々私と真名を交換しました。
彼女の真名は七乃です。
その後、お土産タイムです。
私は憂鬱な気持ちで猪々子を訪ね土産を渡したとき、随分と恨み言を言われました。
お陰でいろいろと奢らせられる羽目になりました。
雑事を終えた私は旅の疲れを取るため自宅でのんびりと骨休めをしていました。
美羽が毎日、私の家に遊びに来る以外は特に変化はありません。
数日後、朝廷からの使者が来ました。
使者は私が茂才に推挙されたので試験を受けるように告げました。
推挙した人物は青州刺史だそうです。
試験を受けた私は無事に合格し、侍御史に任じられました。
お爺々様のスパルタ教育のお陰と、泰山での一件が評価されたようです。
まもなく私は御史中丞、司隷校尉に累進しました。
私の出世の背景には何進様、袁逢殿、司馬防殿の後押しがありました。
三人からは私が有能なので推挙しやすかったと言われました。
私だけでこの異例の出世は無理だったと思います。
何進様に会う前の私の彼のイメージはガタイの良い肉屋の親父という印象でした。
実際に会うと驚くことに男ではなく女で美人でした。
私は自分の属官である都官従事に揚羽を推挙しました。
麗羽は何進の掾になり、しばらくして侍御史になりました。
私の家臣の給金は未だ袁逢殿の支援でまかなっています。
私は現在の地位についてから、既に宦官と幾度と無く衝突しています。
最初、彼らとの衝突を極力控えようとしていました。
しかし、宦官絡みの汚職が多すぎて看過できないもだったので取り締まることになりました。
宦官達は私を排除しようといろいろ画策しているみたいですが、私は彼らと違い清廉過ぎて付け入る隙が無く困っているようです。
最近、彼らは何か企んでいるような気配があります。
十常侍の張譲がいつになく友好的だったような気がします。
普段、私を見ると露骨に嫌な顔をする彼がです。
朝議を終え自分の執務室に戻ると、意外な人物が居ました。
その人物は覇王様こと華琳です。
「正宗君、おひさしぶりね」
久しぶりに会う彼女は一物ある笑みを向けました。
彼女を相変わらず小柄で胸は・・・・・・、止めておきましょう。
「正宗君、何か失礼なことを考えていない?」
ジト目で華琳は私を凝視します。
鋭い……、女といのはこういった視線に敏感なんでしょうか?
「そ、そんなこと考えるわけないじゃないか?やあ、華琳さん・・・・・・。本当に久しぶりだね……」
何で彼女が私の執務室にいるのでしょうか?
「今日はどういった用事かな?」
「随分と他人行儀だわね。私達は友達ではなくて?まあ、いいわ」
華琳は言葉を一度切ると、話題を変えてきました。
「今度、尚書右丞の推挙で洛陽北部尉に任官されたの。それで、上司のあなたに挨拶に来たの。敬語にした方がいいかしら、司隷校尉様」
彼女の言葉には些か刺がありました。
私を敢えて『司隷校尉様』と呼ぶ理由がわかりません。
「華琳の直属の上司は河南尹じゃないのかい?」
私は素朴な疑問を言いました。
「河南尹には挨拶を済ませたわ。それとも司隷校尉様は格下の昔の友達と会いたくないのかしら?」
「別に・・・・・・」
「麗羽と許嫁になったそうね。彼女に会った時、戸惑ったわ。あれはあなたの仕業かしら」
華琳は私の返事を気にすることもなく話を続けました。
「彼女も頑張ったからね。でも、麗羽自身に元々備わったものだと思う」
麗羽が馬鹿だったのは袁逢殿が自由気ままにさせていたからです。
環境さえ整えて彼女が頑張りさえすれば平均レベルになると思います。
「麗羽はあなたが親身になって文武ともに教授してくれたと言っていたわ。そうそう、あなたが旅に出たとき、わざわざ私の住んでいる陳留を避けていたのはどういう了見なのか聞きたいわ。司隷校尉様、教えてくれないかしら?」
避けていたのは事実でしたが・・・・・・。
機嫌が悪いのは私が彼女を避けて旅をしていたためでしょうか?
・・・・・・。
どう言えば良いのか思い浮かびません。
「さ、避けていたというのは心外だな・・・・・・。麗羽と一緒の旅だったから、華琳を訪ねるのは気が引けたというか・・・・・・何と言うか・・・・・・」
気まずくなった私はしどろもどろに言いました。
「それを『避ける』というのではないのかしら?」
華琳は相変わらず淡々と済ました表情で言いました。
「アハハハ・・・・・・、そうだね」
場の空気が凄く悪いです。
彼女は相変わらず私を済ました顔で凝視しています。
「ああ、そうだ。茶でも淹れさせよう。おい、誰かいないか!」
私は部下を呼び、茶を頼みました。
「司隷校尉様、わざわざ気を付けてくださらなくて結構です」
「ごめん・・・・・・。別に・・・、否。そうだよ・・・・・・、私は華琳を避けて旅をしていた。華琳と麗羽の仲はあまり良くなさそうだったから余計ないざこざを起こしたくなかった」
彼女の無言のプレッシャーに負け本音を言いました。
もうどうにでもなれです。
「だから、陳留を避けたと?」
彼女は私の言葉を継ぎ、淡々と言いました。
「その通りだよ。華琳、本当にごめん・・・・・・」
「もう、いいわ。許してあげる」
彼女は嘆息して言いました。
「ありがとう。流石、華琳。懐が深いね!」
「調子に乗らないで頂戴」
彼女は少し怒った表情になりました。
「私は別にいいわ。あなたの行動で春蘭、秋蘭は落ち込んでいたわ。あの子達はあなたが陳留を通ると思っていたのよ。ちゃんと謝っておきなさいね」
彼女はくどくどと私に説教をしました。
「そう言えば、春蘭と秋蘭がいないね」
「あなたの所為よ」
「わかった。あやまりに行く序でに華琳達に食事をご馳走するよ」
「へえ、正宗君の奢りなのね。ちょうど行ってみたい店があったからそれは楽しみね」
彼女は意地悪な笑いを私に向けたので、一抹の不安を抱きました。
財布の中身大丈夫かな・・・・・・。
第57話 黄巾の乱勃発、原作の始まり
私は司隷校尉の属官を自分の配下で固めました。
司馬懿を「都官従事」
司馬朗を「録事門下」
司馬孚を「功曹従事」
臧覇を「武猛従事」
趙雲を「部群従事」
楽進を「主簿」
太史慈を「武猛従事仮左」
夏候蘭を「部群従事仮左」
李典を「功曹従事仮左」
于禁「省事記室」
以上が任官内容です。
私の配下に司馬朗、司馬孚が加わりました。
彼女達の真名は奈緒、彩音です。
彩音と真桜には密命を与えています。
いずれ私が拠点を持ったとき、兵器工場を開設しようと考えているのですが、その工場で働く人間を探させています。
移住する可能性もあるので、それも考慮して人材を探させています。
洛陽で私の火縄銃開発に関わった人物には全て声を掛けています。
私の名声と彼らの給金を高めに設定したので皆良い返事をくれました。
太史慈にはいずれ督軍従事に任じようと思っています。
現在、督軍従事の官職はないですが黄巾の乱が勃発すれば、督軍従事の官職が創設されるはずです。
この前会った華琳は法を破った蹇碩の叔父を殴り殺して、表向きは栄転ですが洛陽から追い出されました。
洛陽を去る時、華琳は私に別れの挨拶をする傍ら私に愚痴っていました。
今日は美羽を連れて洛陽の貧民街に足を運ぶことにしました。
私は美羽にせがまれ彼女を肩車しています。
「兄様。どこへ行くのじゃ?楽しい所かえ」
私の頭上から陽気な美羽の声が聞こえました。
「楽しい所じゃないな。美羽に見て欲しい場所があるんだ」
麗羽同様、美羽にも庶民の子供達と遊ぶ機会を作っています。
庶民の目線を持てることは美羽の為になります。
「嫌なのじゃっ!兄様、行きたくないのじゃ」
「美羽、私と一緒に行けば、後で、蛋を作ってあげよう」
「蛋っ!兄様、分かったのじゃ。楽しみなのじゃ。兄様、蜂蜜を沢山掛けてたも」
「ああ、美羽の言う通りにするよ」
美羽は機嫌を直して喜んでいました。
蛋はケーキの中国語訳です。
ケーキはこの時代ないので、ホットケーキを私が勝手にそう読んでいます。
砂糖はこの時代貴重品なので、ホットケーキの生地に砂糖を入れず代わりに出来上がったホットケーキに蜂蜜を多めに掛けました。
美羽はこれが大好物です。
私達は貧民街に着きました。
「兄様・・・・・・、何なのじゃ・・・・・・ここは」
美羽は怯えながら私の頭にしがみついています。
「美羽、洛陽がこの国の中心ということは知っているね?」
「分かっているのじゃ」
「洛陽は人と物が集まる。でも、洛陽に来た人全てに仕事にありつけるわけじゃない」
「それとこの者達と何が関係あるのじゃ」
「この人達がそうした人達だからさ。彼らは仕事がないから、何時も腹を空かせている。いずれ、空腹を満たすために犯罪者になる。もしくは、既に犯罪者になっている」
「兄様、食べ物はどこにでもあるのじゃ。何故、仕事がないと食べ物がないのじゃ」
「美羽・・・・・・。庶民は仕事をして、お金を手に入れ、そのお金で食べ物を買うんだ」
「・・・・・・仕事がないと食べ物を食べれないのかえ・・・・・・」
私の頭上から美羽の悲しい声が聞こえました。
「私は司隷校尉になって以来、貧民街の人々に炊き出しをしている。しかし、それでは何の解決にもならない。今日、明日の彼らの飢えを救うことが出来ても、彼らに仕事を与えることができなければ意味が無い」
宮廷の連中は闘争に明け暮れ、この状況を気にも掛けていません。
庶民出身の何進様ですら同じです。
やはり後漢は一度命脈を断つ必要があります。
そして、私が漢王朝、第二の中興の祖になってみせます。
全ては董卓が朝廷の実権を握り、少帝を毒殺し献帝を帝位につけなければ始まりません。
その後、献帝は折を見て偽帝として誅殺します。
これは前漢の皇族である私でなければできないことです。
後漢の皇族は既得権益を享受しているので、少帝毒殺の件をうやむやにするはずです。
そうはさせません。
「寒そうなのじゃ・・・・・・」
「美羽、この光景を忘れないで欲しい。私はこの者達を助けたいと思っている。だから、美羽がいずれ大守になったとき、彼らのような者達を守ってあげてくれないか?」
「兄様、分かったのじゃ!」
私の頭上からは美羽の凛々しい声が聞こえました。
これで美羽が南陽大守になったとき、彼女は民を慈しむ為政者になるでしょう。
孫策達のつけいる隙を作らなければいいのです。
もし、仁君となった美羽を排すような真似をすれば、この私は公然と孫策一党を賊として誅殺できます。
揚州を孫家の物とはばからない愚か者共と話し合うだけ無駄です。
どこをどう理解すれば揚州が孫家の物なのか理解できません。
私と美羽が貧民街を出て私の家に向かうと揚羽が血相を変えて私達の所に走ってきました。
「正宗様、大変です!早く宮廷に参内してください。民衆の反乱が起きたそうです」
揚羽は目で私に目配せをしてきました。
とうとう『黄巾の乱』が勃発しました。
さて、恋姫の原作が始まるわけですが、天の御使い北郷一刀はどの陣営に現れるのでしょうか?
どの陣営に現れようと天の御使いを名乗るのであれば逆賊として誅殺するつもりです。
宗教臭い風聞を垂れ流す者は危険です。
黄巾の乱の首領張角が良い例です。
恋姫の張角は歌手ですが、本人に悪意なくとも周囲を巻き込んで面倒なことをしでかしました。
私が乱世に打って出るとき、必ず目障りになるはずです。
「兄様、何を考え事をしておるのじゃ。妾のことなら気にせず早く宮中に行ってたも」
美羽は私に声を掛けてきました。
「わ、悪いな美羽。揚羽、美羽のことを頼めるか」
「お任せください」
「兄様、お気をつけてなのじゃ!」
美羽に笑顔で私を送り出された私は家に急いで戻ると正装をし宮中に参内しました。
第58話 黄巾討伐軍
宮中に取り急ぎ参内すると既に百官は中にいました。
皇帝の使者である司隷校尉の私はいつも最後に入るので問題はないです。
私は自分の席に着座し周囲を見渡すと玉座の一段手前に4人の女性がいました。
2人は私の顔見知りの人物で何進様と月華でした。
すると残りの2人が皇甫嵩、朱儁ということでしょう。
「皇帝陛下のおなーりー!」
私が参内して少しして霊帝が現れ玉座に座りました。
霊帝は痩せこけた爺さんです。
最近は病がちなのでそう長くないでしょう。
彼にはできるだけ長生きして貰いたいものです。
私が地盤を手に入れ力を貯めるための時間を作って欲しいです。
「何進、以下の者面を上げよ」
霊帝はしわがれた声で4人に言いました。
「はっ!」
4人が同時に返事をしました。
「何進、お前を大将軍に任ずる。洛陽を守備せよ。皇甫嵩、朱儁、盧植、お前達は朕に反逆せし逆賊共を成敗せよ」
霊帝は4人に対し勅令を出しました。
その後、皇甫嵩達にも官職を与えられました。
皇甫嵩は「左中郎将」
朱儁は「右中郎将」
盧植は「北中郎将」
月華は黄巾の乱を征伐中に宦官の左豊に濡れ衣を着せられ罪人にされます。
彼女を助けるのは史実では皇甫嵩ですが、私が代わりに助けます。
そのために事前に種を巻いておきましょう。
私は彼女を見つめながらこれからのことを考えていました。
緊急の朝議が終わり、私は最初に議場を後にしました。
こういうときは司隷校尉になったことを有り難く思います。
久しぶりに月華に会えたので積もる話もありますが直ちに揚羽に指示を出す必要があります。
私は早足で議場の階段を降りて行きました。
「待たれよ!正宗殿ではないか」
五月蝿いと思いつつ振り向くと階段の上のあたりに月華がいました。
月華は私が振り向くとこちらにいそいそと駆け寄ってきました。
「正宗殿、水臭いではないですか」
彼女は私に笑顔で言いました。
「これは月華殿。あなたに気づいておりましたが急ぎの用事がありまして。申し訳ありませんでした」
「別に気にしなくてもいいです。また、正宗殿に会えるとは嬉しいです」
彼女は本当に嬉しそうです。
「私も月華殿に再会でき嬉しいです。そうです!私の屋敷で盧植殿の出世祝いと壮行を兼ねた宴を開きたいので今からご一緒しませんか?」
こうなったら揚羽への指示は後回しにして、月華の友好を深めることにしましょう。
「お急ぎではなかったのか?」
「いえいえ、急いでいたのは確かですが、ここで月華とお会いした以上あなたとの友誼を大事にしたいと思います」
「本当によろしいのですか?私のことなら構いません。急ぎの用事を優先してください」
実直な月華らしく私の申し出を遠慮しています。
「良いのですよ。月華殿はこれから戦場に出られるのですから。友を送らせていただけませんか?」
「正宗殿、そうまで仰るならお招きを受けさせていただきます」
「それでは参りましょう」
私と月華は一緒に屋敷に戻りました。
私は屋敷に戻ると下人に麗羽と揚羽を呼びに行かせました。
宴会が始まると最初は私と話していた月華でしたが、姉上やお爺々様と意気投合したようです。
今、彼女は酔いつぶれて寝ています。
私は麗羽と揚羽を連れ自室に入ると、部屋の周囲の気配に気を配り、人の気配がないことを確認しました。
「麗羽、揚羽。等々、黄巾の乱が起きた。朝廷の者達はただの農民の一揆と思い込んでいる」
「正宗様のお話では黄巾の乱によって漢室の権威が失墜すると仰っていましたね」
「そうですわ。正宗様、これからどうされるのです?」
「基本的に何もしないが、できることはやる。まず盧植を助ける準備をしておく。彼女は宦官の左豊に濡れ衣を着せられ罪人におとしめられる。そこで揚羽には左豊の身辺を探って欲しい。やって貰えるか?左豊は戦場視察で堂々と盧植に賄賂を要求するような典型的な宦官だ。叩けば幾らでも埃が出るだろう」
「正宗様、お任せください」
その後、二刻程私達は密談を交わし今後の方針を決めました。
当面、私達は表向きは大人しくしていますが、水面下では左豊の内偵、黄巾賊と皇甫嵩達討伐群の動向の調査などを司馬家の情報網を駆使して行います。
用心のため皇甫嵩達の軍の中に私の息の掛かった者を送り込みます。
兵卒として送り込むので気づかれる心配はないでしょう。
本音を言えば董卓ことへう~君主に会ってみたいです。
彼女を将来利用することになるとはいえ彼女は名君であり、仕える武将は名将揃いです。
特に賈クは一級の謀臣です。
できることなら彼女達とお近づきになりたいと思っています。
私達は密談を終えると自室を後にして、宴会の場に行き飲みつぶれた月華達を介抱することにしました。
私もこの黄巾の乱で勲功を上げたかったのですが、なかなか上手くいかないです。
第59話 群雄割拠の時代への準備
皇甫嵩、朱儁、月華は黄巾の乱鎮圧のため出征しました。
総勢8万の軍勢は壮観なものでした。
私もいずれこれだけの軍勢を指揮する日がやって来るのでしょうか。
私は麗羽、揚羽と一緒に月華を見送り、水蓮に指示を出すために執務室に戻りました。
「正宗様、御用でしょうか?」
水蓮は拱手をして挨拶をしました。
「水蓮、楽にしてくれ」
「はい!」
水蓮は本当に良い子です。
私の嫁にしたいと思ってしまいます。
・・・・・・。
失言、失言。
「人材を探し連れて来て欲しい。探す人物の名前と出身はわかっているので頼まれてくれるか?」
私は水蓮に人材探しを頼みました。
美羽の身辺を私の息がかかった者達で固めたいと思っています。
七乃だけでは心配です。
「人材探しですか? 私で大丈夫でしょうか?」
水蓮は自身なさそうに私を見つめました。
「大丈夫。水蓮は真面目で仕事振りも卒ない。私の名代として問題ないと思っている」
私は水蓮を安心させるようにやさしく言いました。
彼女なら問題ないと思います。
探しにいかせる人材は真面目な人物達なので彼女の方がいいと思います。
揚羽でも良いかと思いましたが、彼女は切れすぎるので警戒されるかもしれません。
「正宗様、水蓮は頑張ります!」
水蓮は私の言葉に俄然やる気になりました。
「探す人材は三人。一人目は呂蒙、豫州汝南郡富陂の出身。二人目は周泰、揚州九江郡下蔡の出身。三人目は周瑜、揚州盧江郡舒の出身。詳しくはこの布に書いておいたので後で目を通しておいてくれ。私の調べでは三人供まだ誰にも士官していない。周瑜に関しては無理はしなくていい。駄目もとで士官の話をしてくれればいい。ただし、士官を断られた場合、周瑜にこの手紙を渡してくれ」
「周瑜というのは周家の方ですか?」
水蓮は荷物を受け取りながら私に質問をしてきました。
「ほう・・・・・・。水蓮は勉強熱心だな。その通り、周瑜の実家は二世三公の家柄だ。失礼のないようにな」
「正宗様、畏まりました!」
「忘れるところだった。水蓮、お前を昇格しようと思う。諸曹従事に任ずる」
「正宗様、ありがとうございます!この水蓮、粉骨砕身の覚悟で頑張る所存です」
水蓮は興奮気味に私に感謝しました。
私は水蓮が執務室から出て行くのを確認すると窓の外を見ました。
「周瑜は未だ孫堅、孫策とは会っていないはず。彼女が私の敵か味方か・・・・・・、楽しみだな」
私は水蓮に未来の呉陣営の切り崩しを担わせることにしました。
呂蒙、周泰は上手く行くと思います。
気がかりは周瑜です。
できることならあの手紙を使わずに済むことを祈ります。
「正宗様、ウチに何のようや」
私が外を見ながら物思いに耽っていると真桜から声をかけられました。
「真桜、良く来てくれたな。それで工場の職人どの位揃いそうかな」
「正宗様の指示通り口の固そうな連中を集めたさかい1000人位かな。後、袁逢様の計らいで洛陽の外れに土地を提供してもらったで。仮住まいつう話やからそのことも考慮にいれて作業しているから安心してや」
「そうか・・・・・・。職人の中には私が火縄銃製造に関わった人達もいると思う。真桜と彼らを中心に火縄銃ではなく、この銃の製造をやってくれないか」
私は私のチート能力で作成した銃の設計図を渡しました。
この銃は十三年式村田銃です。
「う―――ん、これは難しそうやな。でも、任しとき! 正宗様、袁逢様への資金の調達はお願いするで」
真桜は笑顔で出て行きました。
この銃の大量生産が叶えば、私は夢の第一歩となります。
後は火薬の材料が手に入り易い地を本拠地にすればいい。
月華が洛陽を立って二週間が立ちました。
私は殺伐とした戦場ではなく、自分の執務室で書類仕事の毎日です。
戦場から届く黄巾賊の討伐の知らせはあまり芳しくないようです。
何進様は日に日に機嫌が悪くなっているのが傍目からもわかります。
私は触らぬ神に祟りなしで彼女とは距離を置いています。
麗羽はそんな彼女を気遣っているようです。
麗羽は出来た嫁ですね。
まだ、結婚はしていませんけど・・・・・・。
変化と言えば華琳が洛陽に戻ってきました。
「早すぎないか?」と、思いましたがこの世界が恋姫なのでなんでもありなのだろうと無理矢理納得しました。
華琳は失業した訳ではなく、騎都尉に任官されて戻ってきました。
黄巾賊の鎮圧のために戻ってきたようです。
どうせ宦官経由でしょうね。
皇甫嵩によって党錮の禁が解禁され、宦官共は不安で堪らないのでしょう。
本当に朝廷はくだらない連中の溜まり場です。
国家危急のときに清流派、濁流派と争っているときではないと思います。
「劉司隷校尉、お客人ですが、いかがしましょうか?」
私の部下が客の来訪を告げました。
「客人は誰だ?」
「はっ!曹騎都尉と配下の方が二名です」
華琳が私に何の用でしょう。
黄巾賊の鎮圧に加わるので私に挨拶しにきたのでしょう。
彼女のことが羨ましい限りです。
「お通ししろ」
「正宗君、お久しぶり。この前はご馳走様。また、機会があればお願いね」
華琳は笑顔で私に挨拶をしました。
機嫌はすこぶる良好のようです。
春蘭も秋蘭もいます。
思い出したくもない記憶が甦ってきました。
以前、華琳に食事を奢らされて超高級店だったので、財布が空になりました。
大食いの春蘭は私にお構いなしに食べていました。
彼女に悪意が無いだけに虚しくなりました。
「御免被る。私を破産させるつもりか?」
「ふふ、あなたが奢るといったんじゃない。恨まれる筋合いはないわ」
華琳は小悪魔のような態度で私に言いました。
「うむ、確かにあれは凄く上手かった」
春蘭は私の神経を逆撫でするようなことを平然と言いました。
こいつら・・・・・・。
私はジト目で二人を見ました。
「ま、正宗様、この前はご馳走になりました」
突然、秋蘭は私に丁寧にお礼を言いいました。
彼女は苦労しているようですね。
「もう、そんなに拗ねないでちょうだい。あなたが黄巾賊の鎮圧に出れないから、沈んでいるんじゃないかと思って激励しに来たんじゃない」
華琳は私を見つめながら悪戯っぽく笑いました。
「それはありがとう。私はそれなりに楽しくやっているよ。華琳は騎都尉になったそうだな。黄巾賊の鎮圧頑張ってくれ」
華琳のペースに持って行かれない様に落ち着いて話すことにしました。
「月並みな台詞ね。でも、ありがとう。あなたの分も頑張るわ」
華琳は真剣な表情で私に言いました。
「ああ、頑張ってくれ。それで何時洛陽を立つんだ?」
「直ぐよ。皇甫嵩と合流することになったわ」
「そうか」
少し談笑した後、華琳達は急いで私の執務室を去って行きました。
そんなに急ぐ位なら私の所にわざわざ来なくても良いのに・・・・・・。
私は書類仕事に戻りました。
第60話 今日も平和な洛陽
華琳が都を立ち一ヶ月が過ぎました。
揚羽の報告によると皇甫嵩によって黄巾賊の武将波才が討ち取られました。
この戦闘で華琳も活躍したそうです。
彼女のことが本当に羨ましいです。
何が悲しくて私は洛陽に篭っていないといけないのでしょう。
私は快晴の空を眺めました。
「良い天気だな」
書類仕事に追われる私は久しぶりに麗羽と剣術の稽古をしています。
この場には猪々子と斗詩はもちろんのこと、美羽と七乃もいます。
鈴々は豚と一緒にどこかに遊びに行っています。
残りの者達は仕事です。
多忙な私に揚羽が気をきかせてくれました。
「兄様、妾もするのじゃ」
美羽は木剣をブンブンと回しています。
今日の美羽は動き易いそうな胡服のような服装をしています。
「お嬢様―――! 頑張ってください―――!」
七乃は美羽のことを応援しています。
「美羽は剣術はしたことがあるのかい?」
隙だらけなので剣術の嗜みはないと思いつつ敢えて聞きました。
「全然―――、無いのじゃ。兄様、教えてたも!妾も兄様のように悪人を成敗したいのじゃ」
美羽は満面の笑みで私に応えました。
端で涎を垂らしながら美羽を見ている七乃はスルーしました。
美羽が私に憧れ武芸に興味を持ってくれるとは素直に嬉しいです。
「なら、美羽は強くならないとな。まずは型をしっかりとやろうか」
「型?兄様、型とは何なのじゃ?」
美羽が不思議そうな顔をして首を斜めに傾けています。
「言葉より実践の方が早い」
私は美羽の背後に周り、彼女に手取り足取り剣術の基本を教えました。
それから美羽にマンツーマンで一刻ほど剣術の稽古をつけました。
「兄様、疲れたのじゃ」
美羽は息を切らしながら言いました。
「今日はこの位でいいだろ。初めにしてはよく頑張ったな」
私は美羽の頭をナデナデと撫でてあげました。
「美羽さん、だらしないですわね」
麗羽は美羽の顔を水で濡らした布で拭いてあげていました。
「冷たくて気持ちいいのじゃ。麗羽姉様、ありがとなのじゃ」
「どういたしまして」
麗羽は笑顔で美羽に言いました。
二人を見ているとほのぼのした気分になります。
洛陽の外では黄巾賊の討伐によって国土が荒れているというのに・・・・・・。
今の私は幸せですね。
「さて、麗羽。次は麗羽の番だな」
「正宗様、よろしくお願いしますわ」
私と麗羽は美羽の近くから離れ、立ち会いをしました。
私達の獲物は刃を潰した稽古用の鉄剣です。
彼女は本当に成長したと思います。
旅で実戦を経験したことで一皮けたように思います。
良い傾向です。
彼女は万夫不当である必要はありませんが、自分の身を己で守れるくらいになってくれればと思っています。
その意味では少々不安はありますが概ね大丈夫でしょう。
「主、楽しそうではありませぬか。私も仲間に加えてはくれませぬか?」
私と麗羽が立ち会っていると星が現れました。
星は彼女の獲物である槍を肩に担ぎながら期待するように言いました。
「麗羽達に剣術の指導していただけで、星が喜ぶ内容ではないと思うよ」
「主、何を仰います。主と立ち会えるとあらば、この趙子竜、幸福の極みですぞ!ささ、主、一合お願いできませぬか?」
星はしつこく私との立ち会いを求めてきました。
「わかった。星、始めるか」
「これは楽しみですな」
星は飄々とした表情を止め、真剣な表情になり槍を構えました。
私も稽古用の鉄剣を置き、双天戟を構えました。
このように星と立ち会う機会がなかったので気づきませんでしたが、攻撃の早さも一撃の重みも私が上でした。
私は振雷や振雷・零式のお陰で強いと思っていましたが、どうやら勘違いしていたようです。
星は初めの数合は私の攻撃をいなしていましたが、序々に押されています。
「主、流石ですな・・・・・・。ここまでとは・・・・・・思っておりませんでした・・・・・・。勝てそうな気がしませぬ」
息を切らしながら星が言いました。
どうやら星も私は振雷・零式という虎の子のお陰で強いと思っていたのかもしれません。
私は星の隙が一瞬出来た瞬間すかさず、踏み込んで双天戟を突きました。
「かかりましたな!」
星は私に攻撃を仕掛けてきました。
踏み込みが深いので避けれそうにありませんでしたが、私は更に深く踏み込み星との距離を一気につめました。
「なっ!」
私の場合、硬気功で絶対に怪我をしないという確信からこんな真似ができます。
星の槍の軌道を冷静に判断して避けると星に体当たりをしました。
彼女を双天戟で突き刺す訳にはいかないです。
「くっ、くは!」
星は私の体当たりで2m程吹き飛びました。
「はあ、危なかった・・・・・・」
「兄様―――!凄いのじゃ」
美羽がはしゃぎながら駆け寄ってきました。
「痛っ、主、痛いですな。乙女の玉の肌を何だと思っているのです。嫁の貰い手が無くなったらどうするのです」
星は服に付いた土を払いながら私に愚痴を言いました。
「悪いな。手加減できる状況ではなかった」
「まあ、いいです。もしものときは主に責任を取って貰います故」
星は先ほどまでと違いいつも飄々とした態度で私に言いました。
「星さん、何を言っていますの!この私が許しませんわ」
星の態度に麗羽が星に近寄ってきました。
「麗羽様、主の嫁は主が決めるのであって、あなた様が決めることではありますまい」
星は悪戯猫のような目つきで麗羽をからかい出しました。
「なぁんですって!星さん、もう許しませんわ」
麗羽と星の言い争いを見ながら平和だなとつくづく思いました。
「兄様、お腹が空いたのじゃ。お菓子を作ってたも」
美羽が私の袖をクイクイと引きながら言いました。
「そうだな何がいい?」
私は麗羽達を残し美羽と先に帰宅することにしました。
後から追って来るでしょう。
「蛋がいいのじゃ!」
「よし、わかった」
私は美羽を肩車してその場を後にしようとすると、私の行動に気づいた猪々子達も私の後を追ってきました。
第61話 火縄銃を超える銃
私は洛陽のはずれにある兵器工場に真桜を訪ねました。
真桜に頼んでいた銃が出来あがったそうです。
近代の銃を依頼して一月で製造するとは流石と言えます。
彼女の螺旋槍は明らかにオーバーテクノロジーなのでこの位できると思っていました。
それに旧式の銃とはいえ、銃の部品製造になれた職人もいたことも大きいでしょう。
後は大量生産に持って行ければと思います。
兵器工場は外からみると廃墟のように偽装していますが、内装は重厚なつくりをしています。
森が近いので製鉄に必要な炭も手に入り易いです。
「正宗様、こっちこっち!」
兵器工場に足を踏み入れると真桜が手招きして私を呼びました。
「銃が出来たと聞いて見せてもらいにきた」
「へへ。正宗様、これがご要望の品やで」
真桜は自慢げに両手で銃を持って渡してきました。
「弾はあるのか?」
「当然やろ。弾がなくて銃といえる訳ないやろ。しっかし、金属薬莢やったか?あれを作るのほんまに骨折れたわ」
真桜は苦労話をしつつもすこぶる機嫌良く言いました。
私は彼女から弾を受け取り出来を確認しました。
外見はもうし分ないと思いました。
後は実際に使い物になるかです。
「真桜、試し撃ちをしたいんだがつき合ってくれるか?」
「ええよ。そうやウチ等と一緒に班長を何人かつれいこうか。正宗様の意見を聞きたいといっていたさかい」
「構わない」
私は真桜と製造に関わっている班長数人を連れ山奥に移動しました。
一刻程山奥を移動して真桜達がいつも使用している射撃場に移動しました。
射撃場といっても山奥の開けていて見晴らしの良い場所なだけ人の手が入っている訳ではありません。
「正宗様、試し撃ちをしてみてんか?ウチ等も使用してみたけど、やっぱり依頼主の意見が聞きたいわ」
私は真桜に言われ弾を込め銃を構え撃つことにしました。
真桜と班長は耳を指で栓をして私が撃つのを待っています。
ズゴゴゴォ――――――ン。
射程距離、射撃精度ともに火縄銃より格段に上がっています。
この銃は近代日本で正式採用された銃で射程1800m、真桜達によって村田銃は完全に再現できています。
私はこの銃の出来に感動しています。
「どうや?正宗様、ウチ等とはしはイケてると思うんやけど」
「十分な性能だ思う。流石、真桜だな。お前達も良くやってくれた。そうだな・・・・・・、今日は目出たい日だ。後で、酒と旨い食べ物を届けさせるから楽しんでくれ」
私は真桜と班長達に労いの言葉を掛けました。
「それはありがたいわ―――。正宗様、気が利くやないか。みんなきっと喜ぶで」
「ところで真桜、これを大量生産することは可能か?」
これを大量生産できなければ意味がありません。
「できると思うで、ただし十分な資金と材料が不可欠やな。あと、人もやな」
真桜は真剣な顔で私に答えました。
「そうか・・・・・・。やはりしっかりとした地盤が必要ということだな。私は司隷校尉だが、ここは朝廷と近過ぎるので派手に動けない。もっと遠い場所に地盤を手に入れる必要があるな。良くわかった。真桜、いずれ大量生産できる場所を手に入れるつもだから、そのつもりで計画を立ててくれないか」
「構わへんで。それより正宗様、銃以外にもおもしろい設計図はないんか?銃の生産は金が掛かるさかい。もっと金のかからん弓とか弩とかの方が経済的やと思うわ。弓とかなら早い段階で大量に用意できると思うし、銃を大量生産するまでの繋ぎになるやろ」
真桜の提案に私は同感しました。
「わかった。数日中にでも用意する」
「正宗様、楽しみにしてるで!」
真桜は嬉しそうに笑いながら言いました。
その後、何度か銃の試し撃ちをした私は兵器工場に戻りました。
兵器工場に戻ると水蓮が大慌て近づいてきました。
「ハァハァ、正宗様、こちらにお出ででしたか」
水蓮が息を切らしながら私に言いました。
「そんなに慌ててどうしたんだ。ここにいるということは人材探しが終わったということだな。それで首尾はどうだった?」
「三人とも無事につれてくることができました。ただし、正宗様のご指示された人以外の方が一人いらっしゃいます。お名前を魯子敬といいまして、周瑜様の元を訪ねる道すがら彼女に頼まれまして仕方なく連れてきました。どうしても正宗様にお目通りをしたいといっていましたがどうなさいますか?」
水蓮の言葉に耳を疑いました。
魯子敬といえば周囲の人間からは変わり者扱いを受けた人物ですが有能な人物と思います。
わざわざ私の元に来てくれるとはありがたい話です。
「魯子敬には会おう。他の三人と同じく客人として持て成せ。ところで、周瑜にはあの手紙を渡したのか?」
水蓮が出発するとき、私が彼女に渡した手紙を使用したか聞きました。
「はい。正宗様、お預かりした手紙には何と書かれてらっしゃたんですか?周瑜様はあの手紙を見て顔色が青ざめていらっしゃいました」
結局、あれを使いましたか。
使わずにこしたことは無かったのですが・・・・・・。
「この話は他言無用だ。星にも内緒にできるか?」
「はい!」
「周瑜は不治の病を患っている」
「えっ!」
水蓮は驚きのあまり声を上げました。
「彼女は周囲の者に病をひた隠しにしている。彼女の病気を知っているのは極一部の人間だけだろう。彼女は名医と呼ばれる者の診察を幾度となく受けているが病状は一向に快方に向かっていない。だから、仕官を条件に私が彼女の病を治してやると書いたのだ」
「それは本当にございますか?正宗様、周瑜様への行いは脅迫ではないでしょうか?」
水蓮は自分の気持ちを私に打ち明けると押し黙りました。
彼女の言う通りこのやり方は卑怯だとは思いますが、周瑜を取り込むことで無用な血を流さずに済みます。
この方法では裏切りの可能性も捨てきれませんが、それならそれでも構いません。
少なくても彼女は私に貸しを返すまでは尽くしてくれると思います。
その間に彼女の信頼を勝ち取れるように努力するつもりです。
それでも裏切らるのであれば、戦場で堂々と彼女を討ちとるまでです。
「水蓮、言いたいことがあるならはっきりと言ってくれ」
「正宗様は周瑜様の命を天秤に掛けておられます」
「そうだな……。お前の言う通りだと思う。だから、お前に理解しろとは言わない。しかし、私を信じてはくれないか?私は周瑜を奴隷のような扱いをするつもりはない。彼女に相応しい待遇で迎えるつもりでいる。将来、彼女が私に仕官したことを後悔しないよう精一杯努力するつもりだ」
私は思いつめた表情の水蓮に目を合わせて言いました。
水蓮は私の表情をじっと見つめると数分程考えを纏めているようでしたが、気持ちの整理がついたのか頷いて応えました。
「水蓮、ありがとう。嫌な思いをさせてしまったな……」
私は水蓮の左肩に手を掛けて言いました。
「いえ、この水蓮は常山を出るとき、正宗様のために尽くすと誓いました。それに正宗様なら、決して間違ったことはなさいません」
水蓮はいつもの笑顔を見せながら私を慰めるように言いました。
「さて、急ぐとするか。客人を待たせては悪いからな」
「はい、正宗様」
私達は待たせている周瑜達に会いに行きました。
第62話 呉にゆかりの者達
私は自分の執務室に戻るとこの部屋の隣にある応接室に入って行きました。
「お待たせして申し訳ない」
私が一礼すると4人の女性も同じく一礼しました。
呂蒙、周泰の2人は凄く緊張している様子でゼンマイ仕掛けの人形のようです。
2人の服装は原作と違い農民の普段着そのものです。
2人も自分が場違いな場所にいると思っているのか落ち着かないようです。
揚羽が司馬家の情報網で調べ上げた限り、孫家との接点は全然ありませんでした。
史実でもまだだと思います。
でも、ある程度用心した方がいいでしょう。
「そんなに固くならなくてもいい」
私が2人に優しく微笑むと、2人は顔を真っ赤にして俯きました。
「劉司隷校尉、話を勧めてはくださらないか」
周瑜が私に声を掛けてきました。
彼女は原作通り赤いチャイナドレスを着ています。
彼女も未だ孫家の接点は見えませんでした。
ここに来るまでに水蓮に報告を受けたのですが、周瑜は呂蒙、周泰のことが気に入らないような態度だったらしいです。
まあ、周瑜は周家の者ですから、農民と一緒の旅が嫌だっただけではないでしょうか。
もしくは黄蓋のときみたいな苦肉の計・・・・・・。
念のため周瑜、呂蒙、周泰には気をつけて置きましょう。
「そうだな。では、まず私から挨拶をしよう。私は劉正礼、知っていると思うが司隷校尉の官職にある」
「私は周公瑾と申します。劉司隷校尉、私はまだあなたに士官するつもりはないです」
「『まだ』ですか?ええ、それで構わない。あなたの士官の条件は重々承知している」
「それならばいいです」
周瑜は私の言葉を聞いて納得しているようでした。
「あ、あの私はりょ、呂子明と申します。りゅ、劉正礼様、よろしくお願いいたします」
呂蒙は原作のような眼鏡を掛けていません。
揚羽の報告では周囲から「阿蒙」と呼ばれているとありました。
「私はしゅ、しゅう、周、よう、幼平です。りゅ、劉正礼様、よろしくお願いいたします」
揚羽の報告では農民そのもので、暇なときは山野で狩りをしているとありました。
この2人は教育が必要な気がします。
「私が最後ですね。劉正礼様、わざわざお会いしていただきありがとうございます。私は商人の魯子敬と申します」
魯粛は私に丁寧な挨拶をしました。
彼女の服装は落ち着いた服装で、実家が裕福という割には地味な格好でした。
「魯子敬、夏候蘭に聞いたがお前は私に会いたいと言ったそうだな。この私に何のようなかな」
私は先に魯粛が私の面会を求めた理由を聞きました。
「はい、私は商人をしておりますので、職業柄各地の情報に詳しゅうございます。私は劉正礼様のご高名を知りまして、どうしても懇意になりたくはるばる揚州よりまいりました。実際にお会いしまして、想像通りの人物でございました。この魯子敬、劉正礼様に私の全ての穀物倉を寄付したく存じます」
魯粛は周瑜に家族の保護をして貰う代わりに、穀物倉を差し出したと言います。
これは私に魯粛の家族を保護してもらおうと思っていることでしょうか?
確かにそれしか考えられません。
魯粛が周瑜を頼ったのは周囲に敵が多かったからです。
しかし、揚州から遠く離れた地にいる私を頼るとはどういうわけでしょう。
彼女はまさか美羽がちかじか南陽大守に任じられることを知っているのでは?
今や私と麗羽が許嫁というのはこの中原では知らない者はいないので、商人の魯粛ならそのことは知っていると思います。
魯粛が美羽の任官の話を知っているのなら、彼女の立場からして美羽の親族になる私とのパイプを強くしたいのでしょう。
美羽は袁家の一族といってもまだ幼いです。
対して私は中原、河北で知らぬ者がいないほど武名が轟き、賊からは恐怖の対象になっています。
美羽は揚州に近い場所に任官されるので、魯粛が身の危険を感じたら美羽の元に身を寄せればいいです。
私を恐れて美羽に近づくものはいないでしょうから、もっとも安全な場所になると思います。
後は心配の種の母親を私に保護して貰えば安心といったところでしょう。
しかし、嘆かわしいことです。
今の朝廷は金をちらつかせれば情報が簡単に手に入る状態です。
だから、私の身辺は司馬家の手の者に秘密裏に守らせています。
彼らに始末された者は私が司隷校尉になってから数知れずです。
揚羽が私の許嫁で本当に助かります。
「・・・・・・これはどのような意味かな?」
「他意などございません。私は劉正礼様を心服しております。心服するお方に尽くすのが私の心情でございます」
彼女は拱手し私に頭を垂れました。
他意はない?
大有りだと思います。
何処の誰が自分の全財産を何の見返りもなしに他人に差し出すと言うのでしょう。
とはいえ、魯粛を懐に組み入れたいので気が進みませんがこれを受けるしかないでしょう。
「分かった・・・・・・。ありがたく頂戴しよう」
「劉正礼様、ありがとうございます」
「魯子敬、寄付の礼という訳ではないが、私にお前の家族を保護させて欲しい。昨今、黄巾賊が跋扈してお前も大変であろうと思う。それと私に士官し、私の真名を預かっては貰えないか。私の真名は正宗。よろしく頼む」
私は魯粛に士官の話と家族の保護の話を切り出しました。
「なんと!劉正礼様、その話を本当にございますか?この魯子敬、幸福の極みにございます。日々、賊がはびこり母のことが心配でございましたがこの魯子敬安心いたしました。この私の真名は渚にございます」
彼女は私の申し出を喜んで受け入れました。
「茶番ですな」
周瑜は私と魯粛に文句を言ってきました。
茶番なのはいちいち言われずとも分かっています。
渚の望みを叶えただけです。
だいたい、本来なら茶番と言ったあなたが私の立位置でしょうが・・・・・・。
「周公瑾殿、手厳しいな。さてと呂子明、周幼平。お前達は私に士官してくれるのか?」
周瑜の言葉を軽く受け流し呂蒙、周泰に声を掛けました。
「ああ、あの!私のような者でいいのでしょうか?私は『阿蒙』と呼ばれる位に頭が悪いです。劉正礼様のお役に立つとはとても思えません」
「ならば勉強をすれば良いだろう。お前の周囲にはお前を理解できる者がいないから『阿蒙』などと言うのだ。それにお前は武の方はなかなかと聞いているぞ」
私は自身無さげな呂蒙にやさしく諭すように言いました。
「わ、私でも勉強をすれば頭が良くなるでしょうか・・・・・・?」
呂蒙は少し期待を込めた目で私を見つめました。
「ああ、私が見込んだのだから間違いない」
私は呂蒙に笑顔で応えました。
「あ、あのあの・・・・・・。呂子明、劉正礼様に士官いたします。私の真名は亜莎といいます。」
私と亜莎のやり取りを眺めていた周泰が手を上げました。
「あ、あ、はいっ!私も劉正礼様に士官いたします。私の真名は明命といいます。」
「そうか明命、心強いぞ!私の真名は正宗。よろしく頼む」
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします」
私が彼女の手を握ると明命は顔を赤らめて俯きました。
「もう我慢できない!私がこの者達と同列と言うのか!」
周瑜は拳を震わせながら激怒しました。
呂蒙、周泰は周瑜を怖がっています。
「周公瑾殿、落ち着かれよ。呂子明、周幼平は農民の身なれど才溢れる者達です。あなたは見かけのみで人を判断されるのですか?」
「ほう、劉司隷校尉はこの者達が才溢れる者と言われるのか?」
周瑜は呂蒙、周泰を一瞥しました。
「周公瑾殿、質問に質問で返さないでくれ。彼女達の才はおいおい分かる。それよりあなたの士官の条件の話だが後日にしましょう。あなたも他の3人も長旅で疲れていると思う。私が洛陽に宿を取るので、そちらで休むといい。あなたとは明日、2人だけで話す場を設ける。あなたも私と二人で話した方が気が楽ではないか?」
周瑜は私の申し出に頷きました。
私は水蓮に申し付けて、4人を宿に案内させました。
第63話 古き縁に導かれ
私は周瑜達と分かれた後、早めの家路につきました。
私が自宅の門前に来ると、見知らぬ女性が私の家の使用人から突き飛ばされていました。
「この野郎、二度と来るんじゃねえぞ!正礼様がお前みたいな農民に会うわけないだろが!」
彼は大声で女性を罵りましたが、私に気づくと驚いて平伏しました。
「正礼様、申し訳ございません。この女が正礼様に会わせろと聞かないもんで・・・・・・」
彼はバツが悪そうに私に頭を下げました。
「・・・・・・お前はもう戻っていろ」
私は使用人に下がる様に言いました。
「はい、申し訳ありませんでした」
彼は一言謝るとそそくさと家の中に戻って行きました。
私はそれを確認すると倒れている女性に近づきました。
「怪我はしていないか?」
「あ、あなた様が劉正礼様ですか!」
女性は私の方を見ると縋りつくように近づいてきました。
「劉正礼様、お願いいたします。どうか私を劉正礼様の元で働かせてください。下女でもなんでも構いません」
彼女は土下座をして必死に頼みこんできました。
私が虐めているみたいな感覚に陥ってきました。
「立ってくれないか。何故、私の元で働きたいのか教えてもらえないかな?」
私は居たたまれず服が汚れるのも気にせずに彼女を立たせました。
「わ、私はあなた様に助けていなければ死んでいました。だから、あなた様の元で少しでもお役に立ちたいのです!」
女性は涙を流しながら懇願してきました。
私は沢山の人々を賊から助けたので身に覚えがありすぎます。
「すまないが記憶にないのだが・・・・・・」
私は彼女に悪いと思いつつ、彼女と会った覚えがないことを正直に言いました。
「私はエン州の片田舎の生まれです。私が幼い頃、村が賊に襲われ、私は賊に瀕死の重傷を負わされたそうです。そのとき、劉正礼様が私の傷を治療してくださりました。私は意識が朦朧としていて覚えていませんでしたが、母がいつも言っておりました」
思い出しました・・・・・・。
この子があの時の女の子ですか・・・・・・。
私がまだ山賊狩りを始めたころ、酷い怪我をした女の子を救ったことがあります。
多分、私と同じ位の年端だったと思います。
それ以外、身に覚えがありません。
「あのときの女の子か!元気にしていたか?お前の母は息災にしているのか?」
私はなつかさしさから彼女に尋ねました。
「はい、母も私も元気です!母は日々、劉正礼様へのご恩を忘れたことはありません。母に私があなた様の元で働きたいと言ったら快く送り出してくれました。だから、どうかお願いいたします。私を劉正礼様の元で働かせてください」
そういう訳ですか・・・・・・どうしたものでしょう。
確かに、私は人材を求めていますが、彼女はただの農民の娘だと思うので、私の求める人材像とは違います。
しかし、ここまで私を慕ってくれる人物を無碍にするのも気が引けます。
私の家の使用人として雇って上げましょう。
「私の元で働きたいというなら、働かせてあげよう。だから、立ってくれないか。それと未だ名前を聞いていなかった。名前を聞かせてくれるかな」
私は手を差し伸べ、彼女に優しく言いました。
「あ、ありがとうございます!私は満寵、字は伯寧。真名は泉です!」
私は彼女の名を聞いて驚愕しました。
ま、満寵だ・・・・・・と・・・・・・。
「私の真名は正宗。泉、お前に預ける。お前は下女などではなく私の直臣として働いてくれ」
彼女の両肩を掴み言いました。
「えっ!私のような者を直臣にしてくださるのですか!この泉、正宗様のためならばいつでも命を投げ出す覚悟です!」
泉は感極まったのか天を仰ぎ見ながら両膝をつき手を胸で組んで号泣しています。
「泉、これから私に仕えるというなら命を祖末にするな。これは私からの最初の命令だ」
彼女のテンションに危険なモノを感じた私は彼女を諭しました。
「はい!この泉の命は正宗様だけの物でございます」
泉は涙を拭きながら私に言いました。
「そうか・・・・・・ほどほどにな」
私の言ったことを彼女は聞いていない気がします。
私は自宅の門前で立ち話もなんだと思い彼女を自宅に招きました。
自宅に入ると先ほどの使用人が出迎えましたが、私の隣に彼女がいるので驚いていました。
「彼女は満寵という。今日から、彼女は私の直臣となる。住まいが決まるまで、この家に住まわせるつもだから客人として丁重にもてなすように。もし彼女に無礼を働くようなら、この私への無礼と心得よ」
「はい、畏まりました!」
使用人は私の言葉に怯えているようでした。
「正宗様、居候は心苦しいです。家事でも雑用でも何でも申し付けください」
泉が私に心苦しいように言ってきました。
「勘違いするな。私はお前を使用人として雇うのではなく、武官として雇うのだ。雑事も大事なことだがそればかりに捕われていては困る」
「それでしたら大丈夫です。この泉は体だけは丈夫ですから。それに家事は母の手伝いをしていたので慣れています」
泉は爽やかな笑顔で言いました。
「ふぅ・・・・・・。わかった無理をするな。それとまずはその服装をなんとかしないとな。今日はもう遅いので、明日にでも私の知り合いに服を見繕ってもらうといい」
私は彼女の農民服を見ながら言いました。
「正宗様に服を買ってもらうなど、この泉には恐れ多いことです!」
「その服装では主であるこの私が侮辱されるのだ。だから、私のためと思って好きな服を買うといい」
私は泉に優しく言いました。
彼女の服選びは沙和に任せればいいでしょう。
「正宗様がそうまで仰るのなら・・・・・・」
泉は凄く申し訳なさそうに言いました。
私は使用人の方を向きました。
「女中に言って満寵の服を用意するように言ってくれ。今日のところは女中の服で構わないから持って来てくれるか」
「はい、畏まりました。急いでご用意いたします」
彼は駆け足で去って行きました。
少し言い過ぎましたかね。
後で彼に声を掛けることにしましょう。
「泉はお腹は減っていないか。私は空腹で死にそうだ。もう夕餉の時刻だからつき合ってくれ」
私は彼女を連れて食堂に移動し、夕食と会話を楽しみました。
私は泉との出会いを通して、人の出会いとは数奇なものだなとつくづく思いました。
第64話 周瑜の治療は命がけ? 前編
昨日、私に士官した泉を沙和に預けて、私は自宅の自分の部屋で周瑜が来るのを待っています。
彼女の病を治療する場所は人目を避け私の部屋にしました。
彼女を迎えに行ったのは水蓮です。
「正宗様、周公瑾様をお連れしました」
水蓮の声が戸越しに聞こえました。
「入ってくれ」
「はっ!失礼します」
水蓮は戸を開け入ってきました。
その後を周瑜が続いて入ってきました。
「劉司隷校尉、お人払いをお願いします」
周瑜から人払いを頼んできました。
私は水蓮に目配せをすると、彼女は意を察し部屋から出て行きました。
私は水蓮が部屋から完全に離れたことを気配で察すると周瑜に視線を戻しました。
「周公瑾殿、治療を始めましょう。そこに座ってくれ」
私は椅子に腰掛け、対面に用意した椅子に彼女が座るように促しました。
周瑜は緊張した表情になり、椅子に座ると上半身の服を開けました。
私の目の前に上半身裸の周瑜が恥ずかしそうにしていました。
私の脳は思考を一瞬停止していました。
「劉司隷校尉、ど、どうされたのです・・・・・・」
周瑜は恥ずかしい顔をしつつも私の挙動に不安を感じたのか話しかけてきました。
「周公瑾殿、服を着てもらえないか?」
私は意識を取り戻し、周瑜の上半身から目を反らしながら、彼女に言いました。
「服を着ていては治療はできないのではないですか?」
「あなたの服はそれほど厚くないので、服越しからでも構わない。申し訳ない。先に言っておくべきだった」
私は彼女に目を反らしながら言いました。
未だに彼女の上半身は目に焼き付いています。
「なっ!そ、それを早く言ってください!」
周瑜は声高に言うとゴソゴソと衣擦れが聞こえました。
「劉司隷校尉、も、もう大丈夫です・・・・・・」
周瑜が私に声を掛けて来たので彼女の方を振り向きました。
彼女は平静を装っているが顔を赤らめていました。
「で、では、始めます」
「お願いします」
私は周瑜の胸の真ん中当たりを服越し手で触れると、目を瞑り精神を集中して治癒の力を放出しました。
「これは・・・・・・」
周瑜の驚きの声が聞こえました。
「周公瑾殿、治療の最中なので落ち着いてください」
私が声を掛けると周瑜は何か言いかけましたが黙りました。
彼女に私の力を放出している最中、彼女と触れている手に妙な違和感がありました。
これが彼女の病巣なのか分かりませんが、時間がするごとにその違和感が小さくなっていることに気づきました。
私はこの違和感が完全に無くなるまで力を放出しました。
あれから半刻ほど経過しました。
周瑜と触れている手に感じる違和感がなくなったので力の放出をやめました。
酷く体がだるいです。
不治の病を直すのはこれ程体力を消費するのでしょうか。
振雷・零式を何度も放ってもこれほどの体力の消耗はありませんでした。
立つ気力すら湧かないです。
私が浅はかでした。
「周公瑾殿、治療は終わりました。多分、病は治っていると思います。私の言葉が正しいか医者に見てもらって確かめてください・・・・・・」
私は周瑜にそういうと意識が遠のいていきました。
周瑜が驚いて駆け寄ってきましたが、無性に眠くて堪りません。
次に、同じような機会があったら気をつけて使わないと・・・・・・。
私の意識は完全に無くなりました。
目を覚ますと私の周囲には麗羽、揚羽、美羽、周瑜がいました。
私はベットに寝ているようです。
「正宗様、大丈夫ですの!」
「良かった・・・・・・」
「兄ざま、良かったのじゃ―――」
麗羽、揚羽、美羽が涙を流していました。
「劉正礼殿、大丈夫ですか?」
周瑜は私の表情を伺うとほっとした表情になりました。
彼女達の声を聞きつけ、奈緒、彩音、猪々子、斗詩、七乃、榮奈、真希、凪、真桜、沙和、星、水蓮、泉、渚、亜莎、明命がぞろぞろと入ってきました。
その後、彼女達から説教を受け、何をやっていて私が倒れたのか説明をするように言われましたが、私は周瑜の手前黙っていました。
麗羽と揚羽と水蓮は事情を知っているのでそのことについて何も言いませんでしたが、私が意識を失ったことについては凄く怒っていました。
「正宗様、黙っていては何も分かりませんわ!」
「意識を失うなど尋常ではないです。何故、そのような危険な真似をなさったんですか!」
「私はこんなに危険なことであればお止めました!」
麗羽、揚羽、水蓮の怒りは収まりそうにありません。
それは彼女達以外も同様です。
「私も意識を失うとは予想がつかなかった。治療中、体力の消耗を感じはしたけど・・・・・・」
私は意識を取り戻して何度目になるかわからない台詞を口にしました。
「この私が説明いたします」
ずっと、傍観していた周瑜は私と彼女達の間に入ってきました。
「周瑜さんでしたわね。何を説明するというのですの?」
麗羽が周瑜を見て言いました。
「袁本初殿、全てです。劉正礼殿がこのような事態になったのは私の病を治療してくださったからです」
周瑜は迷いなく彼女の秘密を口にしました。
「周公瑾殿、話してしまって良かったのか?」
私は重い体を無理矢理起こして言いました。
すると揚羽が私の体を支えてくれました。
「揚羽、すまない」
「そう思うのでしたら無茶をなさらないでください」
揚羽は私の顔を心配そうに見やりました。
「劉正礼殿、私の病はもう治ったのでしょう?ならば、隠す必要はありません」
周瑜は軽く微笑みました。
「しかし、医者に見てもらわなければ証にはならない」
「劉正礼殿、自分の体のことは私が一番承知しているつもりです。あなたの治療お陰で私は普段より調子がいい。私はあなたの言葉を信じます」
周瑜は私の目を見てしっかりと言いました。
彼女のその瞳には一切の振れも感じられませんでした。
同時に私の心には彼女に対する後ろ暗い気持ちが去来しました。
「私は不治の病を煩っておりました。このことは私の親や一部者しか知らぬこと。そんなとき、あなたから手紙を受けました。手紙の内容は士官を条件に、私の治療をするとありました。当時の私はあなたが何故私の病について知っているのか疑問でしたが、私は藁をも縋る想いで、あなたの元に参りました。切っ掛けはどうであれ、あなたは意識を失い今も立ち上がれないほど衰弱してまで、私の病を直してくださいました。あなたが本当に卑劣な人物ならば、そこまでして私を救いはしないと思います」
周瑜は私を真っ直ぐと見つめながら話しました。
麗羽、揚羽、水蓮達以外は私と周瑜の間にあった事実に驚いています。
これでよかったのかもしれません。
いずれ麗羽達以外にもこのことは話さなければいけないと思っていました。
ですが、私は周瑜に持ちかけた取引を後悔はしていません。
手段など選んでいてはこれから訪れる国の乱れを正すことなどできないし、私の未来を変えることもできない。
第65話 周瑜の治療は命がけ? 後編
「劉正礼殿、お約束通り、この周公瑾はあなたにお仕えいたします。これよりは私のことを真名でお呼びください。私の真名は冥琳と申します」
冥琳は麗羽を押しのけて、私の元に来るとかしずきました。
「冥琳、ありがとう・・・・・・」
私は自分の愚かさに涙を流していました。
「何を泣いておいでなのです・・・・・・。劉正礼様は私に真名を預けてはくださらないのですか?」
冥琳は私の手を取り優しく声を掛けてきました。
「ありがとう・・・・・・、ありがとう・・・・・・」
私はただ感謝の言葉だけしか口にできませんでした。
その様子を麗羽達は黙って見ていました。
「もうっ!湿っぽいな!正宗様、泣くのは止めぇ。ウチ等の大将はそんなに情けない人やったんか」
真桜が口火を開き言いました。
「正宗様、元気だしてなの―――!」
他のみんなも口々に思い思いのことを言われました。
「すまなかった。これからは無理をしない。冥琳、私の真名は正宗だ。私の真名を預かってくれるか」
「正宗様、あなたの真名を謹んで預からせていただきます」
冥琳は拱手をして応えました。
彼女の目に嘘偽りは感じられませんでした。
彼女は私を本当に信頼して真名を預けてくれました。
私も彼女に応える必要があると思います。
「冥琳、今夜つき合っては貰えないか?」
私は真剣な表情で言いました。
「はっ、喜んでご一緒させていただきます」
冥琳は拱手をして私の申し出を受けました。
「私も一緒にご一緒しますわ」
麗羽は間髪入れずに言いました。
「麗羽殿、ここは遠慮なさってください。正宗様は周公瑾殿と話したいことがあるのでしょう」
揚羽は麗羽を遮りました。
「なっ!揚羽さん、何を言ってますの!」
揚羽は麗羽の両肩を掴み、目を瞑り顔を左右に数回振りました。
「・・・・・・分かりましたわ。揚羽さん、後で詳しく話して貰いますわ」
「正宗様、それではお体に触りますのでゆっくりお休みください」
揚羽は私に礼をすると麗羽達と冥琳を連れでて行こうとしました。
「麗羽と揚羽は残ってくれないか?眠るまで話し相手をしてくれ」
私は麗羽と揚羽に言いました。
「わかりましたわ」
「はい、喜んでおつきあいいたします」
麗羽は嬉しそうな、揚羽は全てを理解しているような表情でした。
麗羽と揚羽は私が話すのを黙って待っています。
「私は冥琳に私の秘密を全て話そうと思う」
「本気なんですの?一つ間違えば、離反の可能性もありますわ。もし、離反した場合、周瑜を生かしてはおけませんわ。それくらいなら何も言わずに、買い殺すせばよくてはなくて。近く美羽さんは南陽大守に任じられ任地に向かいますわ。彼女の元に榮奈さん、渚さん、明命さん、呂蒙さんを送りこみ、紀霊、文聘、諸葛玄を士官させる手はずになっているじゃありませんの。孫策の母、孫堅は随分と越権行為をして好き勝手にやっているので、これを利用すれば謀反の嫌疑をかけ孫策、孫堅を葬ることができますわ。わざわざ、正宗様が危険を犯す必要はありませんわ」
麗羽は厳しい表情で言いました。
「冥琳は私に信頼で応えてくれた。なら、私も応える必要があると思う」
「正論ですわね。相手は将来、正宗様と敵対する相手なのでしょう。裏切った場合のことを考えれば、孫堅達を始末した後で周瑜を始末する方がよくてなくて」
麗羽は腕を正面で組み、私に厳しい表情で言いました。
「確かに、正宗様が周瑜に二人で会いたいと仰らなければ、麗羽殿の仰る通りの結果になったでしょう」
揚羽は私と麗羽を見て言いました。
「どういう意味ですの・・・・・・。揚羽さん、はっきり仰っしゃいなさい。回りくどい言い方は嫌いですわ」
麗羽は揚羽に言いました。
「言葉の通りの意味です。私が正宗様を止めなかったのは周瑜の腹が決まっていたからです。彼女は正宗様を試したのです。本当に信頼できる人物であるかを見定めるために」
揚羽は淡々と話だしました。
「試したとはどういことですの?」
麗羽は揚羽を訝しむ表情をしました。
「正宗様は周瑜を治療した結果、気絶し未だ立ち上がることもできない。彼女の言葉を思い出してください。あなたが本当に卑劣な人物ならば、そこまでして私を救いはしないと思います、と。あの言葉には正宗様が敬意に値する人物と思っている証拠です。その上で、敬意に値する人物が何故、自分にあのような真似をしてまで士官させようとしたのかが知りたいはずです。にも関わらず、彼女は正宗様に何も尋ねずに士官を申し出ました。彼女は正宗様が自分を信頼して語ってくれることを待っております。あの場で、正宗様が判断し彼女と二人で会うと決めたことに意味があるのです。それ以後では意味がありませんでした」
揚羽は麗羽を見て、確信を持った目で言いました。
「揚羽さん、私はあなたが有能であることを知っていますわ。でも、周瑜が裏切らぬという確証が何処にありますの?正宗様にもし何かあったらあなたはどうやって責任を取るつもりですの!」
麗羽は揚羽を厳しい表情で睨んで言いました。
睨みつける麗羽に揚羽を目を瞑り、数分程思慮した後口を開きました。
「このことは言わずにいようと思いましたが・・・・・・周瑜は我らが彼女を調査していたことに気づいています。ただし、これだけは断言できます。周瑜は未だ孫家の者との関係はありません。だから、彼女は正宗様に敵意を抱いていたのです。事前にお伝えしなかったのは、そのことを知った正宗様が余計な真似をなさらないようにするためです。その敵意も正宗様の行いで良い方向に向かいました」
揚羽は話終わると目を開き私と麗羽を順番に見ました。
「な、なんですって!それは本当なんですの。何故、私達に黙っていたのです。正宗様、こうなっては周瑜を殺すしかありませんわ」
麗羽は揚羽を非難し、周瑜を殺しに行こうとしました。
「待て、麗羽、早まるな!」
私は麗羽を止めようと叫ぶと、揚羽は麗羽の体を羽交い締めにして止めました。
「こうなると思って言わなかったのです。周瑜は我らに監視されていることを承知で我らの招きに応じたのです。病をどうしても治したい気持ちが強かったのは事実と思います。しかし、正宗様に会って治療を受け気持ちが変化したのも事実です」
揚羽は麗羽を抑えながら、彼女を説得しました。
「放しなさい!揚羽さん、周瑜は私達に疑心を抱いているはず。洛陽に現れたのも、私達に組みしたと安心させ、離反する機会を狙ったものに違いありませんわ。後に禍根を残さないために、今夜、周瑜を殺しますわ」
麗羽は揚羽の戒めを解こうと暴れています。
「麗羽、落ち着いてくれ。私が二人を部屋に残したは言い争うだめじゃない。私の行おうとしていることの是非について、二人の意見を聞きたいと思ったからだ」
私は未だ重い体を無理に起こし麗羽に語気を強め言いました。
「正宗様・・・・・・。分かりましたわ。揚羽さん、放してくださいませんこと。もう、周瑜を殺しに行くとは言いませんわ」
麗羽が大人しくなると揚羽は彼女の拘束を解きました。
「正宗様、あなたが思うままに周瑜にお話ください。後のことは、この私にお任せください。周瑜を取り込む機会はこれが最後となるでしょうから」
揚羽は真剣な表情で私の目を見て言いました。
「揚羽さん、あなた何を考えていますの」
麗羽は揚羽を訝しむように言いました。
「私は正宗様が周瑜を取り込むことが叶わなければ、独断で彼女を今夜中に始末し、孫堅と孫策もこの黄巾の乱に乗じ始末するつもりでした。孫堅親子は所詮、海賊上がりの無頼者。戦場にて始末すれば、木っ端役人の死などどうにでもなります。ですが、孫堅親子は武人としては一流なので始末し損ねれば、禍根を残すものとなると思い最後の手段と考えておりました」
揚羽は怜悧な表情で麗羽に言いました。
「揚羽さん、そんなことを考えていましたの?」
麗羽は揚羽の言葉に驚いています。
「私は正宗様の夢実現のためならば、その障害をどのような手段を用いても全て取り除きます。逆に、正宗様の天下統一の夢実現のために働く人物ならば、この揚羽は命を掛けてでも推挙いたします」
揚羽は麗羽を見やり、私を見て言いました。
「揚羽さんは今の周瑜は信用に足ると言いいますのね」
「はい、今の周瑜ならば信用できます」
麗羽は目を瞑り考えこみました。
「正宗様、いいですわ。あなた様の思うになさってください」
麗羽は揚羽を一目見ると、私の方に向き直り言いました。
「二人ともありがとう」
私はそれだけいうと更に強い決意を胸にしました。
麗羽と揚羽は私に笑顔で応えてくれました。
第66話 断金の交わり
私は麗羽達と密談をした後、体を休めるために少し眠ることにしました。
床に就くと強い睡魔に襲われ深い眠りにつきました。
私は自分の名前を呼ぶ女性の声で目が覚めました。
起き抜けの私はまだ頭の中が完全に覚醒していないため、その声の主がわかりませんでした。
「誰だ?」
私は部屋を見渡し、人影がないことを確認すると戸口に向かって言いました。
「正宗様、冥琳にございます。お召しのお約束により参上しました」
「冥琳か・・・・・・。もうそんな時間なのだな。入ってくれ」
「はっ!」
部屋の戸を開け、冥琳が入ってきました。
冥琳は私の元に来るとかしづきました。
「冥琳、わざわざ来てもらってすまない。ここで話すのもなんだ・・・・・・。中庭に連れて行ってくれないか」
「正宗様、まだお体が優れないのではありませんか?ご無理をなされないでください」
冥琳は私を労るように言いました。
「いや、外の空気を吸いながら話したい。済まないが、肩を貸してくれるか?」
私は冥琳に重い体を起こしながら、言いました。
冥琳はそれ以上何も言わず、私に肩を貸し立たせ、中庭に移動しました。
中庭に人気はなく、静寂のみが支配していました。
空を見上げると満点の月が私と冥琳を照らしていました。
冥琳は私を椅子に座らせ、対面の椅子に腰を掛けました。
「さて、何から話すとしようか・・・・・・。冥琳、何が聞きたい?」
私は冥琳に質問を促すように言いました。
「正宗様、あなたの話したいことをお話ください」
冥琳はそれだけいうと優しく微笑みました。
「そうか・・・・・・」
私は冥琳の言葉を聞き、少し考えて口を開きました。
「私は・・・冥琳、お前を監視させていた」
冥琳はただ黙って聞いていました。
「その理由を話す前に、話さなければいけないことがある。私はこの世界の未来を知っている。それも、近い未来だけでなく、これから千年以上の未来も」
黙って聞いていた冥琳の瞳が一瞬驚きを表しましたが、直ぐに冷静さを取り戻していました。
「冥琳、私のこの言葉を信じるか?」
私は真剣な表情で、彼女を見つめました。
「今のあなた様が私に嘘をつく道理がございませんでしょう。先をお続けください」
冥琳は私の瞳を真っ直ぐに見て言いました。
「私は本来の歴史ならば揚州牧となり、孫策という人物と争った結果、戦に敗れて逃亡先で病に倒れ死ぬ。牧とは近い将来、今上皇帝により創設される官職で刺史に徴税権と軍事権を付加したもの」
私は体の疲れから話すのを止め、少し間を置いて話を再開しました。
その間、ただ黙って私を見つめていました。
「私の仇敵である孫策の片腕となる人物が冥琳・・・・・・お前だ」
私が決意に満ちた目で冥琳に告げると、冥琳はこの言葉に凄く動揺しているようでした。
私は彼女の動揺が落ち着くの黙って待ちました。
「私は・・・・・・正宗様の敵となるの・・・・・・ですか?」
冥琳は苦悶の表情で言葉を絞り出すように言い、顔を俯かせました。
「将来、お前は私の敵になる予定だった・・・・・・」
私は敢えて予定を付け加えて言いました。
「・・・・・・予定ですか。ふふ、正宗様。何故、監視をつけて置きながら、私を殺さなかったのです。如何に、私の実家が二世三公の家柄といえど、無位無官の私などいつでも殺せたのではないですか?」
冥琳は私の言葉を聞き、少し笑うと私に質問をしてきました。
「冥琳、お前は天下に於いて指折りの才を持っている。私には夢がある。その夢を実現するには、お前の力が不可欠と思い、仮に敵に寝返る可能性があっても、私の元でその才を発揮して欲しかった」
私は自分の気持ちを素直に冥琳に告げました。
「この冥琳は果報者ですな。正宗様にそこまで私を買って下さったとは・・・・・・」
冥琳は涙を流していました。
「私はお前の言うような人物ではない。私はお前を必要としながらも疑心を抱いていた。お前が私に本心から士官を申し出くれなければ、私は疑心を拭うことはできなかった愚かな人間だ・・・・・・」
私は冥琳から目を反らし、自嘲するように言いました。
「ですが、正宗様は応えてくださいました。仮に、私の将来がどのようなものだろうと、こうしてあなたに士官したことは天意だと思います。正宗様、面をお上げください」
私が顔を上げると冥琳は涙を流し微笑んでいました。
「私のことを許してくれるのか?」
「許すも何もございません。今日、あなたにこの場に呼ばれたとき、私の気持ちは決まっておりました。あなた様からどのようなことを聞こうともお支えするつもりでした」
冥琳は涙を拭きながら、真剣な表情で私に言いました。
「ありがとう」
「正宗様、ここまでお話くだったのであれば、あなた様の夢をお聞かせくださいませんか?」
冥琳は私が先ほど言った話の中で語った私の夢について聞いてきました。
「わかった。長い話になるが聞いてくれるか?」
「はい、喜んでお聞きいたします」
それから明け方まで私は冥琳に麗羽と揚羽にも話した内容とこれからの計画を話しました。
第67話 霊帝の勅命
冥琳を配下に加えて、6日間が過ぎました。
私は5日間に渡り療養をする羽目になり、その間の執務を揚羽に代行してもらいました。
私の決済が必要な場合、彼女が私の元を尋ねてくれたので、執務に支障はありませんでした。
麗羽は私が療養中に虎賁中郎将に昇進しました。
彼女は多忙な中、私を尋ねたときに、私に教えてくれたことがあります。
月華が左豊の讒言で洛陽に護送され、彼女の後任には東中郎将の董卓が就いたと言っていました。
董卓は史実通り、月華が抑えこんでいた黄巾賊を討伐するでもなく、のらりくらりと戦を長引かせているそうです。
宦官共も今頃、どうすれば良いか思案中でしょう。
私は早く月華を介抱してやりたかったのですが、麗羽と揚羽に止められ今日まで療養に専念していました。
今、私は揚羽を連れ議場に急いでいます。
議場に急ぐのはもちろん左豊を弾劾するためです。
あの宦官の汚職の数々を調べ抜いています。
もはや左豊には逃げ延びる手段はないです。
私は議場に向かうと衛士に止められましたが、中に無理矢理入りました。
「陛下!劉正礼、参上いたしました。ご報告したきことがございます」
私は議場に乱入し、拱手して平伏しました。
「き、貴様、この場は今、人払いの最中であるぞ!司隷校尉如きが粋がるでないぞ!」
張讓が私の乱入に激昂しています。
「張讓、まあよい。劉ヨウ、そちは病で療養していたはず。体調は大丈夫なのか?」
霊帝は張讓を諌めて、私に声を掛けてきました。
「陛下にこの身を心配して頂き、感激の極みにございます。体調は療養にて回復いたしました。今日、無礼を承知で参上いたしましたのは、陛下の権威をとぼしめる奸臣を弾劾するためにございます。その者の所為にて、逆賊討伐に支障が出ております」
私は平伏したまま霊帝に言いました。
「何じゃと?して、その者の名は何と申す」
「その者の名は左豊と申します」
「劉ヨウ、言葉には気をつけよ。妄言であれば許さぬぞ」
霊帝が怒りに満ちた声を言いました。
「死の覚悟ならばとうにできております。私は陛下の御為、日夜職務に励んでおります」
「言いがかりもはなはなだしい。この左豊が何故、逆賊討伐を拒まねばならないのです」
左豊が余裕綽々な表情で言いました。
「ならば、ご説明させていただきます」
私は揚羽に調べ上げさせた左豊の汚職の数々を上げ連ねました。
もちろん証拠を一部ですが持参しています。
私が汚職の内容を話す度に、左豊の表情が青くなっていき、対して霊帝の表情は怒りに震え真っ赤になっていきました。
「劉ヨウ、もうよい!聞くに堪えぬわ!この痴れ者の首を刎ねよ!」
霊帝は左豊を睨みつけて、声高に虎賁郎に言いつけました。
「へ、陛下、こ、これは何かの間違いで、ご、ございます」
左豊は霊帝に縋り付こうとしましたが、霊帝に払い除けられました。
「この無礼者が!朕に触れるでない!さっさと首を刎ねてしまえ!」
左豊は数人の虎賁郎に引きずられながらつれていかれました。
このとき張讓は苦虫を噛んだ表情で私を睨んでいました。
「劉ヨウ、あの痴れ者が何故、逆賊の討伐を邪魔したというのか説明せよ」
「はっ!謹んでご説明させていただきます。左豊は盧北中郎将の元に視察した際、彼女に賄賂を要求しております。しかし、彼女はそれを拒否した為に、左豊は腹を立て、陛下に讒言を上奏いたしました」
私は左豊が盧植について行ったことを霊帝に言いました。
「して、その証拠は?」
霊帝は厳しい顔で私に言いました。
「私は左豊を以前より汚職の嫌疑で監視し、盧北中郎将の視察の折も、私の手の者を送り込んでいました。左豊は彼女だけでなく、校尉以上の官職にある者にも賄賂を要求していました。その中で、黄巾賊討伐の暁の報償に手心を加えることを約束した念書を取り交わした者がいましたので、その者の念書を強奪し、ここに持参いたしました」
私は証拠の品である念書の布を霊帝に献上しました。
霊帝はその布の内容を読むと手を震わせて憤怒の形相をしていました。
「劉ヨウ、話を続けよ」
霊帝は私に話を続けるように促しました。
「盧北中郎将は黄巾賊を押さえ込み討伐は順調でしたが、左豊の愚かな欲望により、黄巾賊は息を吹き返しております。それというのも、後任の董東中郎将の黄巾賊の討伐が遅々として進んでいないためです」
「もうよいわ!おのれ、あの痴れ者めが!朕の顔に泥を塗り追って!」
霊帝の怒りは収まらないのか、玉座から立ち上げって調度品を蹴っていました。
「陛下、お待ちください。その念書のみで左豊が盧北中郎将を貶めたことの証拠にはなりませぬ」
張讓が霊帝に言いました。
「張讓殿、それは違います。左豊は賄賂を差し出さない者に濡れ衣を着せ、差し出し者には手心を加える。このようなことを繰り返している人物が盧北中郎将にのみ賄賂を要求しない可能性の方が低いのではありませんか?左豊は彼女と会談した後、周囲を憚らず悪態をついていたと報告もございます。良い機会です。それを聞いた者達をこの場に呼ばれますか?」
私は悠然と張讓に言いました。
張讓は怒りに満ちた表情で私を睨みました。
「二人とも控えよ!劉ヨウ、大義であった。お前に申し付ける。盧植を直ちに牢より出し、任地に戻るように命じよ」
霊帝は私に向かって言いました。
「陛下、それはなりません。今、盧北中郎将を開放しては、陛下の権威が損なわれます」
張讓が横槍を入れてきました。
「張讓よ、何故だ」
「仮にも、陛下は盧北中郎将を職務怠慢の罪で牢にいれたのです。それが朝礼暮改では臣への示しがつきませぬ。彼女には申し訳ありませんが、逆賊の討伐が済むまで牢にて形だけでも謹慎していただくべきかと存じます。もちろん、罪人としての待遇ではなく、女官達に相応の待遇で世話をさせれば、彼女とて陛下の胸の内を理解してくれるものと存じます」
張讓は意味不明なことをもっともらしく言っていました。
「陛下、盧北中郎将は罪を犯しておりませぬ。罪無き者を形だけとはいえ、罰するのは如何なものかと存じます」
私は張讓の上奏を批判しました。
「劉ヨウ、そち言い分も最もなれど、朕は張讓の上奏を採用しようと思う。張讓、盧植がいない以上、誰が冀州の逆賊を討伐するのだ」
張讓は私の一目見て、一瞬趣味の悪い笑いをしました。
「陛下、ここには賊を恐怖せしめる者がおりますではありませぬか?彼の者を盧北中郎将の代わりに立てればよいと存じます」
「ほう、彼の者とは誰だ?」
「劉司隷校尉でございます」
張讓はいけしゃあしゃあと私を推挙しました。
彼が私をこの洛陽から追い出したいのは前々から知っていましたが・・・・・・。
「劉司隷校尉は宮中に入る前は、諸国を周り山賊や盗賊を数多の数討伐してまいりました。彼ならばきっと陛下に仇名す逆賊共を見事討ち果たすものと存じます」
張讓はうやうやしく頭を垂れて言いました。
「うむ・・・・・・。劉ヨウ、今回の左豊を弾劾せし功を加味し、左将軍・冀州刺史に任じる。四万の軍を預ける故、現地の兵と合流し逆賊を見事討ち果たせ。将軍任命の儀式の日取りは急ぎ伝える故、屋敷にて待機せよ」
霊帝は私に威厳に満ちた声で勅令を下しました。
「はっ!この劉正礼、慎んで拝命させていただきます」
左将軍と冀州刺史を兼任ですか・・・・・・月華の件の口止め料込みにしては少々大盤振る舞いな気がします。
「へ、陛下、お待ちください!劉正礼殿を左将軍に任じた上、刺史を兼任させるのは問題でございます」
私が霊帝の勅命を黙って聞いていた張讓は慌てて霊帝に言いました。
「張讓、黙れ!朕の決めたことに異を唱えるつもりか!」
霊帝は張讓を怒鳴りつけました。
「め、滅相もございません!」
張讓は霊帝に平伏しながら謝罪をしましたが、彼は横目で私を悔しそうな目で睨んでいました。
霊帝は何を企んでいるのでしょうね・・・・・・。
第68話 政争の足音の予感
霊帝の勅命を受けた私は議場を後にすると、歩きながら周囲を確認し直ぐ後ろから付いて来る揚羽に目配せをしました。
「正宗様、何か?」
揚羽は私の横に付くと話しかけてきました。
「揚羽、お前は今回の私の任官をどう見る?」
「明らかに何か意図があると思います。陛下は一見暗愚に見えますが、あれは奸臣に惑わされているためにそう見えるだけです。左将軍は九卿に比肩する官職。それに、意味もなく反乱の危険性を孕む将軍位と刺史の官職を兼任させるわけがありません。十中八九、面倒事に巻き込まれるでしょう」
揚羽は真剣な表情で私に言いました。
「任官の際、私も嫌な予感はしていたが……。陛下は私に何をさせようとしているか想像はつく。多分、皇子の世継ぎ争いに私を巻き込む気だな」
私は顔を少ししかめながら、空を見やりました。
「正宗様、御明察です」
揚羽は軽く頷きました。
「ならば、宮中に私がいなければ意味がないのではないか?」
「陛下は正宗様を文武官に影響力を持つ人物にしたいとお考えなのでしょう。正宗様は司隷校尉としての行政手腕は評価されていますが、軍務の実績は皆無です。宮中に上がる前に山賊を討伐していたことは参考程度で評価にならないでしょう。張譲が正宗様を推挙したのが良い例です」
揚羽は前方を見て、大したことではないように言いました。
「私が黄巾賊の討伐に失敗すると思って、張譲は私を推挙したという訳か……」
揚羽から指摘を受け張譲が私を推挙した理由が得心いきました。
「張譲が誤算だったのは、陛下が正宗様に将軍位と刺史を兼任させたことでしょう。ですが、将軍位と刺史を兼任させるのはあながち的外れではないです。これで冀州での兵・糧食の調達はいくらでもできますから、黄巾賊の討伐は楽になると思います」
「だが、分からないことがある。何故、陛下は私に白羽の矢を立てたのだ。忠臣なら俺じゃなくてもいいだろう」
霊帝が私を見込んだ理由が分かりません。
「陛下が正宗様を見込む理由は簡単です。正宗様は正義感熱く、文武に優れていると世に評されています。その上、由緒正しき前漢の皇族です。陛下はこの点を重視されていると思います。後漢の皇族では帝位を脅かされる可能性がありますから。それに今の朝廷にいる前漢の皇族のうち、若く、有能、人格が清廉、荒事に長けた人物は正宗様以外にいません。陛下も正宗様が漢室を滅ぼし、新たな漢を興そうとお考えとは夢にも思っていないでしょう」
揚羽は私しか聞こえないような小声で言いました。
「陛下は今回の任官と黄巾賊の手柄で、私に恩を着せようとしているのか?」
「そうでなければ、左将軍ではなく、雑号将軍でも良かったはずです。軍務の実績のない正宗様に黄巾賊討伐の功を立てさせ、あなた様に貸しを作りつつ、取り込もうと考えるのが自然です」
揚羽の言葉を聴いて、うんざりな気分になりました。
私は宮中の勢力争いは御免被りたいです。
そう言えば史実で霊帝は暗愚な劉弁より、いくらかましな劉協を皇帝したいと思っていたはずです。
そして、霊帝が死ぬ前に宦官の蹇碩に次期皇帝を劉協にと遺言を残します。
彼の死後、蹇碩は彼の遺言を実行すべく動き、劉協即位の障害となる何進を誅殺しようとしますが逆に殺されます。
完璧過ぎる程、死亡フラグ確定です。
事が起きたら真っ先に私が蹇碩の首級を上げねば私の身が危険に晒されます。
「陛下の意図は知らないが、私はこの機会を利用させて貰うだけだ。今回の出征には冥琳を軍師として連れて行く。揚羽は別駕従事に任じておく。機を見て冀州入りして治所の地ならしを頼む。そのとき、兵器工場の職人とその家族、機材全てを星の故郷に秘密裏に運び込め。兵器工場の痕跡は残すことの無いよう十分に気をつけておいてくれ。詳細については帰って詰める」
私は揚羽にしか聞こえないように言いました。
「正宗様、畏まりました。それと先程の後継者争いについてご存知の事があれば、対策を練っておきますので、全て話して置いてください」
揚羽は私の顔を詰問するような目で見て言いました。
「そんな目で見なくても全て話すよ。しかし、同じ刺史であれば、青州刺史にして欲しかったな」
「陛下は正宗様を完全に信用していないのでしょう。青州は正宗様の本貫ですから、危険だとお考えになったと思います。しかし、正宗様は何故、青州に拘られるのですか?」
揚羽は無表情な表情で淡々と話していましたが、急に不思議そうに私に質問しました。
「私が青州に拘る理由は、あそこには火薬の原料となる硝石の鉱床があるからだ」
「そういう理由であるなら、頷けます。銃を使用するには火薬は欠かせませんからね。正宗様が渇望する理由が分かります」
揚羽はウンウンと納得いったように何回も頷いていました。
「大事なことを忘れるところでした。麗羽殿の件は正宗様にお任せいたします」
揚羽はボソッと私が憂鬱になることを言いました。
「確かに……、それは私にしかできないことだな……。揚羽、麗羽の件はお前に頼めないか?」
私は揚羽の表情を伺いつつ言いました。
「無理です」
揚羽は短く言うとソソクサと早足で私の先を行きました。
私が自宅の屋敷に戻ると冥琳が出迎えてくれました。
「正宗様、お帰りなさいませ」
「ただいま、冥琳。陛下から勅命が出て私は左将軍と冀州刺史に任官され、近々、冀州へ黄巾賊討伐に出向かねばならなくなった。お前も来てくれるか?」
「左将軍でございますか? おめでとうございます。従軍の件ですが喜んでお受けいたします」
冥琳は私の任官に驚いた表情になりましたが、直ぐにそのことを喜んでいました。
「冥琳、ありがとう。左将軍の就任の儀式は後日と言われているが、早めに従軍させる人間を決めようと思う。お前に軍師を頼みたいのだが引き受けてくれるか?」
「身に余るお役目ですが・・・・・・。私が司馬懿殿を差し置いて軍師で良いのでしょうか?」
冥琳は揚羽のことを気にしているのか、尻込みをしていました。
「冥琳、気にする必要はない。私が冀州刺史に任じられたので、揚羽には私の名代として引っ越しをやってもらうことにした。だから、このことは揚羽は承知している」
「そういうことでしたら、この冥琳、謹んでお引き受けいたします」
冥琳は凄く嬉しそうに言いました。
「冥琳、ところで揚羽は何処にいる?」
「袁紹殿を呼びに行くと言って出て行かれました」
「そうか・・・・・・」
麗羽にどう説明すればいいのでしょうか?
彼女は虎賁中郎将なので、洛陽を離れるわけにはいきません。
そこの所から攻めてみましょう。
「正宗様、どうされたのです。体の具合でもお悪いのですか?」
冥琳は私を心配そうに表情を伺いました。
「体調は大丈夫。暫く、洛陽を離れることになるので、麗羽が私を大人しく送り出してくれるか心配なんだ」
私の言葉に冥琳は納得したような表情になりました。
第69話 いざ冀州へ 前編
議場は霊帝が玉座に鎮座し、百官全てが居並び、厳粛な空気が周囲に漂っています。
私は霊帝の御前に平伏しています。
霊帝からの勅命を受けた日の夜に、皇帝の使者が現れ2日後に将軍の任命式を行うことを伝えていきました。
その後は、噂を聞きつけた袁逢殿と司馬防殿が将軍就任祝いにと鎧と涼州馬など色々な物を持参してきました。
後から聞いた話ですが、彼らはお互いの顔を立てるために、持参品の費用を折半で出したそうです。
私としては要らぬ争いをしないでくれてありがたいです。
姉上は「守り刀として持って行きなさい」と、私に私の家に代々伝わる家宝の短剣をくれました。
麗羽は意外にも私と一緒に付いて来ると言いませんでした。
「これより将軍の就任の議を執り行なう。劉正礼、前へ」
侍中が霊帝の斜め前に立つと彼は私に指示を出しました。
「はっ!」
私は短く返事をすると前に進みで平伏しました。
「劉正礼、面を上げよ。そちに持節・左将軍・開府・冀州刺史に任ず」
私が顔を上げると霊帝が玉座を離れ私に近づき、私に直接斧鉞を手渡しました。
「この劉正礼、謹んで拝命いたします」
「劉ヨウ、朕は御主の働きに期待するぞ。見事、朕に渾名す逆賊共を討伐せよ!」
霊帝は厳かな声で私に檄を飛ばしました。
「この劉正礼、必ずや陛下の期待に応えてみせます」
霊帝は私の言葉を聞き頷きました。
将軍の任命式はその後は何かあるでも無し、直ぐ終わりました。
任命式を終えた私は出陣の準備をしています。
袁逢殿と司馬防殿に頂いた真新しい軍装は気が引き締まる感じがします。
ところで、この軍装の色が深紅なのはどうにかならないでしょうか?
袁逢殿達に悪いですが、私は藍とか黒とか地味な色の方が好きなんですけど・・・・・・。
軍装から周囲に視線を戻すと、私の周囲では兵士達が慌ただしく動いています。
彼らの邪魔にならないように隅で様子を見ていた方が良いと思い、私は敷地の隅に移動しました。
先ほど、手持ち無沙汰だったので兵士達の作業を手伝おうとすると、「左将軍ともあろう御方が兵士混ざって荷造りなんてしてはいけません」と、兵士から大慌てで止められました。
凄く暇すぎます。
私は溜息をつくと、空を眺めながら、黄巾賊討伐に私と一緒に付いて行く者達のこと考えました。
それ意外の者達は揚羽と一緒に冀州入りすることになっています。
揚羽なら万事上手くやってくれるでしょう。
劉ヨウ組と司馬懿組に現地で困らないよう事前に官職を割り振っています。
<<劉ヨウ組>>
周瑜は「軍師」
司馬朗を「長史」
趙雲を「司馬」
太史慈を「営軍督」
満寵を「門下督」
夏候蘭を「刺姦督」
<<司馬懿組>>
司馬懿を「別駕従事」
司馬孚を「功曹従事」のまま据え置き
楽進を「主簿」のまま据え置き
李典を「功曹従事仮左」のまま据え置き
于禁「省事記室」のまま据え置き
榮菜には「従事中郎」の官職を与え私の家臣として、美羽と一緒に南陽郡に言ってもらうことになっています。
初め彼女にこの話を持ち込んだら渋い顔をされましたが、私が頭を下げて誠心誠意頼んだら快く聞いてくれました。
彼女には荊州で紀霊、文聘、諸葛玄の三人を最優先で士官させ、他にも有能な人材がいれば、美羽の家臣として取り込むように言っています。
それが、終わり次第、彼女は私の元に戻って来る手筈になっています。
念のため彼女には士官をさせてはいけない者のブラックリストを渡しています。
七乃に美羽を任せるのは心配だったので、渚を「丞」にするように美羽に言い、美羽の補佐を彼女に頼むことにしました。
そのことを知った七乃から抗議を受けましたが、美羽専属の侍女をしてくれないかと言うと借りてきた猫のように静かになりました。
亜莎、明命は当初の予定通り、美羽に同行してもらいます。
彼女達は美羽と年が近いこともあり、渚を先生にして勉強に武道に励んでいます。
美羽も友達がいれば、私の目が届かなくても暗愚になる心配はないでしょう。
「兄様――――――!はぁ、はぁ・・・・・・」
「美羽様、急ぎ過ぎです。怪我したらどうするんです」
「美羽様、もう少しゆっくり走って下さい」
美羽、明命、亜莎が私の所に駆け足で走って来ました。
「美羽、そんなに急いでどうしたんだ」
「兄様をお見送りに来ました」
美羽は太陽のような笑顔で私に笑いかけました。
「美羽、ありがとう。明命、亜莎も美羽につき合わせてしまって済まないな」
美羽の頭を撫でながら、明命と亜莎に言いました。
「正宗様、お気になさらないで下さい」
「はい、いつものことですので」
二人とも笑顔で言いました。
美羽と二人の関係は良好なようですね。
「・・・・・・しかし、美羽を見送ることができないのは残念だ。私が出征中に美羽が大守として南陽郡に向かうなんて・・・・・・」
私は寂しさを堪えきれず美羽の頭を撫でました。
「兄様、しばらく会えないのはさみしいのじゃ。でも、妾も兄様のように頑張るから、いつか南陽郡に来て欲しいのじゃ」
美羽は涙を貯めて必至に、私に笑いかけようとしていました。
「美羽、泣きたいときに泣いていいんだ。私もこの戦が終われば、南陽に遊びに行くからそれまで待ってくれないか」
私は美羽の頭を優しく何度も何度も撫でました。
「兄様、本当かえ?本当に、本当かえ?」
美羽は涙を流し、私に何度も同じことを聞いてきました。
「本当に決まっている。そのときは麗羽も連れて一緒に行く」
「あ、兄ざま、約束なのじゃ―――!」
美羽は私の胸に飛び込む泣きじゃくっていました。
「約束だ・・・・・・」
私は泣きじゃくる美羽の頭を優しく撫でてていると、明命と亜莎は貰い泣きをしていました。
しばらくすると渚が私達の所に現れ、美羽達を連れて行きました。
美羽が渚に連れられながらも、いつまでも私の方を名残惜しそうに見ている姿が私を感傷的な気持ちにさせました。
第70話 いざ冀州へ 後編
「アニキ――――――、美羽様との涙の別れは終わりましたか?姫が少し嫉妬してましたよ――――――」
現れたのは麗羽、猪々子、斗詩、鈴々です。
猪々子はニヤニヤしながら私と麗羽の顔を伺っています。
「もうっ!文ちゃん、そういうの止めなよ。正宗様に失礼だよ」
デリカシーの欠片もない猪々子には斗詩の爪の垢を飲ませてやりたいです。
「猪々子さん、いい加減におよしなさい。正宗様と私はあなたの玩具じゃありませんわ」
麗羽は剣の鞘の部分で猪々子を本気で殴りつけました。
「い、痛だぁぁ、姫ぇ―――、何するんですか」
猪々子は涙目で麗羽に抗議をしました。
「文ちゃん、自業自得だよ」
「猪々子は馬鹿だから仕方ないのだ!」
鈴々が大声で猪々子を笑っていました。
「鈴々、テメエ許さねえ!」
猪々子は鈴々に剣を抜刀して襲いかかりました。
「許してくれなんて、一言も言っていないのだ」
鈴々が猪々子に売り言葉、買い言葉で返すと彼女達は周囲を無視して乱闘をしだしました。
「あの二人は本当に好きですわね」
麗羽は頭が痛そうに眉間を指で押さえていました。
「麗羽様、ちゃんと言わないと」
斗詩は麗羽の耳元に小さい声で言いました。
「そうでしたわね。あの二人のお陰で忘れるところでしたわ」
麗羽は私に向き直ると背を伸ばして、深呼吸を数回しました。
「正宗様、左将軍の正式な就任おめどうございます」
麗羽は私に頭を下げて祝いの言葉を言いました。
「麗羽、わざわざ畏まってどうしたんだい」
「正宗様、戦地に夫になる方を見送りにきたのですから、畏まって当然ですわ。正宗様のことですから大丈夫だとは思っています。ですが、戦場では何が起きてもおかしくないですわ。だから、私の願いを聞いてくださいませんこと。必ず無事に私の元にお戻りください。これはお守りですわ」
麗羽は話の終わりに不意打ちの様に顔を近づけ接吻をしてきました。
前世から女性の口づけをしたことがなかった私は、ただ口をパクパクさせ、さながら酸欠状態の魚のようです。
「な、何をしたんだ?」
私は動揺しながら麗羽に言いました。
「何って、接吻ですわ。叔父様が男を戦地に送る時は妻がお守りに接吻をする習わしがあると聞きましたの」
麗羽は頬を染めながら、私をチラチラと見ています。
そんな習わしがあるのでしょうか?
前世では映画でそんなシーンを見たことがありますけど・・・・・・。
「そういう習わしあるとは初耳だな・・・・・・。でも、麗羽に接吻して貰って凄く嬉しかったよ」
私は素直な気持ちを恥ずかしい気持ちを押さえて麗羽に伝えました。
「え、そういう習わしはないんですの?」
麗羽はリンゴのように真っ赤な顔になりながら言いました。
「習わしなんか関係ない。麗羽のその気持ちは嬉しいし、できればもう一度して貰えないかな」
私は我ながら大胆なことを口にしました。
「次は正宗様がせ、接吻をしてくださいませんこと。私ばかり恥ずかしい想いをするのは卑怯ですわ」
私が麗羽に接吻の催促をすると、彼女は目を反らしながら言いました。
「えっっと、わかった」
私は勇気を振り絞って自分から麗羽に接吻をしました。
「アニキ―――、姫―――、もう少し周りを気にしてくれよ―――」
「麗羽お姉ちゃんと正宗お兄ちゃんが口づけをしているのだ」
いつのまにか猪々子と鈴々は喧嘩を止め、こちらをニヤニヤしながら見ていました。
「お前達、いつから見ていたんだ」
私は恐る恐る聞きました。
「麗羽様が接吻するところからだけど」
「なのだっ!」
猪々子と鈴々は二人仲良く元気に応えました。
「ふ、二人とも黙っていなさい。正宗様、ご武運をお祈りいたしますわ。さあ、あなた達帰りますわよ!」
麗羽は顔を真っ赤にして、私に見送りの言葉を告げました。
私の顔は先ほどから暑いので、麗羽同様、私の顔も真っ赤でしょう。
人前で接吻をするなど、私らしくないです。
「アニキ、ラーメン百杯で手を打つよ」
「鈴々もそれでいいのだ」
「あなた達っ!許せませんわ。折檻して上げます!」
麗羽は剣を抜いて、猪々子と鈴々に攻撃をしました。
「姫、あ、危ないじゃないですか!怪我したらどうすんですよ」
猪々子は大剣で麗羽の一撃を受け止め、彼女に抗議しました。
「猪々子さん・・・・・・、私達のことを面白がるなんて許せませんわ!」
麗羽はギリギリと猪々子を押しています。
「あははは、姫、冗談ですよ。冗談・・・・・・。鈴々、助けてくれよ―――。お前だって同罪じゃないか―――」
猪々子は麗羽の気迫に顔を引きつらせながら言いました。
「し、知らないのだ―――」
鈴々は愛馬じゃなく、愛豚に股がり逃げ出して行きました。
「ひでぇ――――――、アタイのことを見捨てやがったな!」
「何を無視してますの!」
猪々子が気を反らした瞬間、麗羽の剣が猪々子の耳元を擦りました。
「ひえええぇ――――――!」
猪々子は横方向に体を滑らし、麗羽から逃げ出しました。
「お待ちなさい――――――!」
麗羽は猪々子を追いかけて行きました。
「麗羽様、お強くなりましたね・・・・・・。はははっ・・・・・・」
斗詩は麗羽の走り去る後ろ姿を見ながら言いました。
「そうだな・・・・・・」
麗羽の剣術の腕が予想以上に上がっていたので驚愕しました。
「正宗様、私は麗羽様の元にいきます。このままだと文ちゃんが危ない気がするので。それでは、ご武運を」
斗詩は私に一礼すると去って行きました。
出陣の仕度が大体終わった頃、揚羽と今回私に同行しない者達が見送りに来ました。
登場人物紹介(作成中)
※名前は姓、名、字、真名の順です。
※オリ主のみです。
<<劉ヨウ陣営、黄巾賊討伐組>>
・劉 ヨウ 正礼 正宗
官位:左将軍、冀州刺史
武器:双天戟
備考:主人公
・司馬 朗 伯達 奈緒
官位:長史
武器:鉄扇
・太 史慈 子義 真希
官位:営軍督
武器:弓
・満 寵 伯寧 泉
官位:門下督
武器:戟
備考:
お団子型に纏めた髪が左右にある髪型で髪の色は藍色。
容姿はスレンダー系。
身長は160cm。
主人公を命の恩人としてだけでなく、
人としても凄く尊敬していて、
彼のためなら命を捨てる覚悟を持っている。
劉ヨウ陣営の中における彼への忠誠心は1、2を争う。
・夏候 蘭 [不詳] 水蓮
官位:刺姦督
武器:槍
△
<<劉ヨウ陣営、引越組>>
・司馬 懿 仲達 揚羽
官位:別駕従事
武器:片手剣
備考:主人公の許嫁
・司馬 孚 叔達 彩音
官位:功曹従事
武器:マンゴーシュ
△
<<無所属>>
・盧 植 子幹 月華
官位:北中将郎
武器:片手剣
△
<<袁術陣営>>
・魯 粛 子敬 渚
官位:南陽郡丞
武器:片手剣
△
<<袁術陣営出張組>>
・臧 覇 宣高 榮菜
官位:従事中郎
武器:槍
第71話 黄巾賊の幹部の足取り
私が揚羽に見送られ洛陽を起ってから一月が立ち、現在、私と将兵達は冀州広平郡を北上しています。
この間、私は練兵を兼ねて小規模の黄巾賊の集団を殲滅しながら進軍しました。
私の率いる軍は四万とはいえ、急ごしらえの編成軍のため、兵士の大半が農民です。
これでは満足に戦陣を組むなど無理です。
それで冥琳の献策を受け、数千人規模の黄巾賊の集団に的を絞り攻撃を仕掛けて練兵しています。
一月しか立っていませんが、冥琳、星、真希のお陰で士気、練度が最初の頃に比べ大分ましになりました。
この黄巾賊の討伐では、兵士の練兵以外にも目的があります。
それは情報収集です。
私は情報収集を兼ねて毎回十数人位の賊を捕虜にして、彼らから情報を引き出すため、討伐の度に有益な情報を提供した者の中から1名だけ死罪を免じています。
私は兵士達に大休止を取らせ陣幕にいます。
「お前達の中で最も有益な黄巾賊の情報を提供した者を一人だけ生かしてやろう」
私の目の前には先日討伐した黄巾賊達が縄に縛られ兵士に組しかれています。
「地獄の獄吏と言われるテメエが俺たちを開放する訳ないだろ!殺るなら殺りやが・・・・・・」
私はその賊が言い終わる前に、双天檄で頭を吹き飛ばしました。
「話す気がない者に用はない。これ以上下らぬ言葉を吐けば、連座でお前達全員を斬首に処す」
私は動かなくなった死体を一瞥して、他の賊を睨みつけました。
「お、お願いです。き、き聞きたいことがあるなら何でも話します。で、でですから命だけは!」
一人の賊が声を震わせ、必至になって私に言いました。
「て、テメエ!天和ちゃんを裏切るつもりか!」
ガタイの良い賊が私に話しかけた賊に怒りに満ちた表情で言いました。
「う、うるせえ!俺はただ生活に苦しくて参加しただけだ。なんで、死ななくちゃなんねぇんだ!」
「天和と言うのは誰だ。お前達の話し振りでは賊共の幹部と見たがそれで間違いないか」
私は自分で白々しいと思いつつ、彼らの会話に割り込みました。
「はい、そうです。天和は黄巾賊の首領で、張角が本名です。妹に張宝こと地和と張梁こと人和がいます」
賊はベラベラと話し出しました。
「クソ、テメエ許さねえ!」
ガタイの良い賊だけでなく、他の賊も兵士に取り押さえているのも気にせず暴れ出しました。
「そいつらにもう用はない。私に有益な情報を話したこの者以外の首を刎ねよ!」
私が賊を取り押さえる兵士に命令を下すと、彼らを引きずって連れて行きました。
「くそ、裏切り者、テメエを殺してやる!劉ヨウ、テメエも殺してやる!」
私は罵声を上げて暴れる賊達が連れ出されるのを確認すると残った賊との話を再開することにしました。
「話を戻すが、お前は張角の居場所を知っているのか?」
私は確信の部分を聞きました。
「い、いえ、知りません。で、でですが、仲間の皆が冀州鉅鹿郡広宗県に向かっていました。俺達の頭がそこに皆が集まって再起を図るって言っていました」
賊は震えながら私になかなか有益な情報を話しました。
多分、史実では張梁が広宗で皇甫嵩に討ち取られたはずなので、そこに人和がいるはずです。
恋姫原作では張角、張宝、張梁は一緒でした。
つまり、広宗に彼女達三人がいる可能性は高いです。
これで黄巾の乱も終わります。
私のいた世界には「政教分離」という言葉があります。
政治勢力と宗教勢力の邂逅は悪弊しか生まないので、彼女達を華琳の手で助け出させることを見過ごすことはできません。
この私の手で彼女達に引導を与えてやります。
もし、華琳が邪魔をするようなら、彼女を窮地に落としてでもあの三人を殺します。
「冥琳、今の話を聞いたな」
「はい、そこに黄巾賊の首領でなくても、かなりの大物がいると思われます。我々は冀州に入り、既に20日で7万前後の黄巾賊を討伐しており、黄巾賊達は危機感を抱いているのでしょう」
冥琳は薄く笑いながら私に言いました。
「お前の命は約束通り助けてやる。衛兵はいるか!」
私は冥琳から賊に視線を戻し言いました。
「はっ!劉将軍、何か御用でしょうか!」
衛兵は私に気合いの篭った返事をしました。
「こいつを開放してやれ。有益な情報を私にもたらしたので、この者の死罪を免ずる。それと褒美として五銖銭を千五百銭、一週間分の米を渡してやれ」
私は衛兵に指示を出しました。
「あ、ありがとうございます!」
賊は頭を地面に擦り付けて感謝していました。
「お前はお前自身のお陰で命拾いしただけ、お前に感謝される筋合いはない。それと忠告しておく、次は無いからそのつもりでいろ」
私はそれだけ言うと衛兵に目配せをして、その賊を連れて行かせました。
衛兵が去り誰もいない陣幕で、冥琳は周囲に誰もいないことを再度確認すると私に声を掛けてきました。
「正宗様、広宗では決戦が予想されるので、目的地に向かうまでにできるだけ敵の戦力を削ぎ取るべきです。現在の我が軍の練度を考慮して、二万程度の軍なら軽微な負担で討伐できます。今後の方針ですが、まず、あの賊の情報通りに鉅鹿郡広宗県に進軍しましょう。用心して、先方に斥候を多数放ち、警戒を怠らぬようにいたします」
冥琳は真剣な表情で言いました。
「それで構わない。これまでの黄巾賊の討伐で兵の練兵もそれなりの成果を出している。鉅鹿郡広宗県にいる賊の幹部の首級を必ず上げる」
「正宗様、この戦で功を立て、より高き官位と所領を得て、乱世への前哨戦といたしましょうぞ!」
冥琳は私の目を力強く見つめて言いました。
「冥琳の言う通り、この戦が私にとって重要な意味を持つ。決して、他の者に遅れを取る訳にはいかない。狙うは張角、張宝、張梁の首だ!」
私は冥琳に進軍の準備を速やかに行わせ、二刻程の後、軍を率いて広宗に向かいました。
第72話 廃城の賊
広宗へ向け進軍中、斥候から報告があり、ここより東に100里先の場所にある廃城に黄巾賊5万が駐留していると報告がありました。
私は主要なメンバーを招集して軍議を開くことにしました。
参加者は私、冥琳、奈緒、星、真希、水蓮、泉の6人です
「廃城に篭る賊を討伐する」
私は熟慮した後、その黄巾賊を襲撃することにしました。
「正宗様、お待ちください。廃城とはいえ、5万の軍が篭る城を攻撃するのは無謀過ぎます。斥候の話によれば、その廃城は後背を断崖に囲まれ、自然の要害に守られているというではないですか。そのような城を襲撃したら我々が不利になりますぞ」
冥琳は大慌てで私に進言しました。
「それは真正面から攻撃すればの話であろう。私が廃城の後背にそびえる断崖から潜り込み火計を施し、内側から門を破り、お前達を招き入れるので安心してくれ。このまま5万もの大軍を野放しにしていては周囲の住民への被害が甚大になる」
私は自分が考えていた策を冥琳に披露にしましたが、彼女は私の策に渋い表情をしました。
「正宗様・・・・・・。そのような無謀な策は認められません」
「冥琳殿、主ならば問題なくこの作戦を達成できると思いますぞ」
「はい、正宗様なら何とかなると思います。冥琳様は正宗様のことを過小評価されています」
星と水蓮は冥琳の言葉を否定しました。
「あの―――、正宗様が凄くお強いとは揚羽から聞いていますけど・・・・・・。流石に、無理ではないでしょうか?」
奈緒は私の表情を伺いながら申し訳なさそうに言いました。
「正宗様、私も危険だと思います!」
泉は奈緒の言葉に同調しました。
「いいんじゃないかな。大将が出来るって言ってるんだからさ」
真希はあっけらかんと言いました。
「私の意見に賛成の者と反対な者は半々か・・・・・・」
「当然です!城の中に篭っている敵兵は5万なんです。正宗様の武勇は揚州にていた頃に聞き及んでおりますが、流石に今回の策は無謀としか言いようがございません」
冥琳は必至になって私の策を否定してきました。
冀州入りしてから私は兵士の練兵を優先させ、前線には一度も出ず後方で指揮だけしていました。
そのため、冥琳は伝え聞く私の風聞しか知らず、私の力を目の当たりにしていません。
私の体は連続6時間であれば、硬気功によりあらゆる攻撃を防ぐことができますし、虎の子である振雷・零式があるので城の中で破壊活動を行うことなど児戯に等しいです。
相変わらず、手から気を放つことは未だに出来ていませんが・・・・・・。
旅から洛陽に戻って以来、多忙な毎日を送っていた私は修行の時間が取れませんでした。
この遠征では暇な時間がある程度取れるようになったので、これを機会に手から気を放つための修行に励んでいます。
「冥琳、私は冗談抜きに矢で射られようと、剣で斬られようと死なない。星、お前の龍牙で私を刺せ」
「主を私の龍牙で刺すのですか?刃こぼれするので兵卒が持っている槍でよろしいですか?」
星は自分の獲物である龍牙を手で撫でつつ難色を示しました。
「それでいいからさっさとしてくれ」
「主、そう急かされますな。おい、衛兵、兵卒の槍を持ってきてくれぬか?」
星は陣幕の外にいる衛兵に声を掛け槍を持ってこさせました。
「な、正宗様、何をなされようというのです!」
冥琳は狼狽して私に聞いてきました。
「何って・・・・・・、主を槍で刺すのです」
私に代わり星が応えました。
「星、お前何を言っているのか分かっているのか!」
冥琳は星の言葉に激昂しました。
「冥琳、黙って見ていてくれ。それでお前も納得すると思う」
「何を言われるのです・・・・・・。そのようなことをすれば怪我をするに決まっております」
「私が怪我すると承知して、星に槍で刺させると思っているのか。私はそこまで愚かではないぞ。言うより見た方が早いから言っている」
私が真剣な表情で冥琳の目を真っ直ぐに捉えて告げると、冥琳は何も言わず頷きました。
「では、主、準備は宜しいですかな?」
星は衛兵から槍を受け取り、私に尋ねてきました。
「やってくれ」
「それでは主、行きますぞ!」
星は槍を構え呼吸を整えるために瞑想をし呼吸を整え始め、瞳を見開くとともに槍を力一杯に一突きしてきました。
冥琳は目を瞑らず刮目し、その光景を見ていましたが、槍が私の体を突いた時点で驚愕の表情になりました。
星の放った槍の穂先は潰れて使い物にならなくなっています。
「な、どうゆうこです・・・・・・」
冥琳は私の元に駆け寄って来ると私の体を弄ってきました。
私の服は槍で突かれた所為で胸の辺りが破れています。
その部分を何度も何度も冥琳に触られ、その後、星の持つ槍を奪い取り、穂先を確認しました。
「ま、正宗様、ご説明願えませんか?」
冥琳は意味不明だと言わんばかりの表情で私を見ていました。
「私は気を使って体を鋼鉄以上の堅さにすることができる。だから、崖から飛び降りようと死なないし、矢・槍・剣だろうと私の体を傷つけることはできない。ただし、三刻という時間の制限はあるがな。しかし、三刻の間、私は無敵に等しい」
「なんと・・・・・・、正宗様は人外の如きお力をお持ちでいらっしゃるのか・・・・・・。正宗様ほどの気の使い手はこの大陸広しといえば二人とておりませんでしょう」
冥琳は驚嘆して、私の前に両膝をつき感服しているようでした。
「冥琳、私の策は無謀ではないことは分かってくれたか?」
私は冥琳に優しく微笑むと冥琳は眼光を強くし頷きました。
「正宗様の策に概ね賛成でございます。されど、我らは城を襲撃せず、火計によって城よりあぶり出された敵兵達を襲撃いたします。正宗様にご負担をお掛けするのは恐縮ではございますが、廃城を丸焼きにするつもりで火計を施しください。さすれば、賊達を討伐するなど獣を狩るが如くでございます」
冥琳は私の策に肉付けをした策を進言してきました。
「冥琳、お前の言う通り、好き勝手に暴れさせてもらう。私は冀州に入って以来、前線に出ていなかったので兵士達に申し訳なく思っていた」
「何を言われるのです。大将が後方にて控えるのは当然のことです。この策における正宗様の役目は大将のやることではありません。正宗様だからこそ可能なことなのです。個人的には、このようなこと正宗様に遣らせたくはございません」
冥琳は哀しい表情で言いました。
「冥琳には迷惑を掛けて済まないと思っている。しかし、民に危害を加える可能性のある者を放置はできない」
「わかっております。ですが、決してご無理を為さらぬ様にお願いします。もし、現地にて無理と思われたら、構わずにお戻りください」
冥琳は私に真剣な表情で言いました。
「わかった。無理は絶対にしない」
私も冥琳に真剣な表情で言いました。
第73話 伏龍と鳳雛
「劉将軍、至急ご報告したいことがございます」
先行させていた斥候が私のもとに駆け寄って来ると片膝を着き頭を垂れ言いました。
「全軍停止せよ!」
私は右手を上げ兵士達に行軍を停止するように命令し、斥候の報告を受けました。
「ここから東に十五里程先にて、一般人が黄巾賊に追われているのを確認いたしました」
「それで黄巾賊の数は?」
「500程です」
「真希、泉はいるか!」
「大将、御用ですか?」
「正宗様、何でしょうか?」
私が呼び声を聞いて真希と泉が私に近づいてきました。
「ここから東に十五里程先で一般人が黄巾賊に追われている。お前達に騎兵2000、弓騎兵1000を預ける。真希は主将、泉は副将として、直ちに一般人の救出と黄巾賊を討伐に向かえ」
「大将、黄巾賊は全て殲滅でいいですよね」
真希は指の関節をポキポキと鳴らしながら言いました。
「真希、それで構わない。目的の場所は敵の根城に近いから、賊を一人たりとも逃がすわけにはいかない。泉は真希に着いていき一般人の保護を優先するように」
「はい、わかりました!」
泉は拱手をして言いました。
真希達は出撃してから、半刻程で戻ってくると、二人の少女と老婆を連れていました。
二人の少女を見た時、何処かで見たことがある人物と思ったら、諸葛亮と鳳統でした。
「はわわわ、劉将軍、この度は危ない所を助けていただきありがとうございました」
「あわわわ、劉将軍、ありがとうございました」
「劉正礼様、本当にありがとうございました」
「礼なら、お前達を助けた太史慈と満寵に言ってくれ」
私は彼女達に優しく言いました。
「太史慈さん、満寵さん、ありがとうございます」
「ありがとうでしゅ。太史慈さん、満寵さん」
「太史慈様、満寵様、ありがとうございます」
「いいって、当然のことをしただけじゃない」
真希は爽やかな笑顔で言いました。
「全然、気になさらなくていいですよ。我らが正宗様は民の味方ですから」
泉は愛想よく笑顔で言いました。
「ところで、まだ名前を聞いていなかったな。私は劉正礼、冀州方面の黄巾賊討伐の責任者だ」
「はわわわ、丁寧なご挨拶ありがとうございます。私は諸葛孔明と申します」
「あわわわ、私は鳳統と申します」
「李千と申します」
諸葛亮と鳳統はペコリと頭を下げました。
「諸葛・・・・・・、もしや諸葛玄の親戚の者か?」
私は白々しく彼女に叔父の名前を出しました。
「叔父のことを知っておられるのですか?」
「知っているも何も、私の縁者が近く、南陽大守として任地に向かうので、諸葛玄を士官させるように勧めたのだ」
「え――――――!本当にございますか!きっと、叔父は喜びます」
諸葛亮は自分の事の様に喜んでいました。
「でも、何故、お知り合いに私の叔父の士官を推挙されたのです?私の叔父は真面目で平凡な人で、お世辞にも有能ではありません」
諸葛亮は私に不思議そうな表情で聞いてきました。
「私の知り合いとは袁術だ。彼女はまだ年若い。南陽郡は汚職官吏が沢山蔓延っている伝え聞いてたので、任地で最初に手を着けることになるのは、その者達の排除になるだろう。そのとき、実直な性格である諸葛玄は袁術を裏表なく支えてくれると思い推挙した」
諸葛亮は私の言葉をウムウムと言いながら聞いていました。
「劉将軍が私の叔父を推薦した理由を得心しました」
諸葛亮は満面な笑顔で応えました。
「朱里ちゃん、叔父さんが士官できて良かったね」
「うんっ!雛里ちゃん、ありがと」
二人とも諸葛玄の士官を凄く喜んでいます。
「三人はどこに向う所だったのだ。よければ私の部下を護衛につけて送らせる」
「孫の所まで連れて行っていただけませんでしょうか」
李千婆が申し訳無さそうに言いました。
「お易い御用だ。諸葛孔明、鳳統はどうする?」
私が二人に声を掛けると、彼女達はヒソヒソと暫く話し会っていました。
「私達は劉将軍にご同行させていただけませんか?私達は水鏡女学院で勉学に勤しんでいましたが、世の乱れを憂いて学院を去り、この乱れを正せる方を探しておりました。私は劉将軍様こそがその御方だと思います。まだ、私達は未熟者ですが、学院で学んだことは必ずや劉将軍にお役に立てるはずです」
「劉将軍、お願いいたします!」
諸葛孔明と鳳統は体の大きさとは裏腹に強い意志の篭った瞳で私に士官を申し出てきました。
これで彼女達を私に士官させたら劉備陣営は詰みますね。
「・・・・・・お前達の熱い想いしかと分かった。喜んで同行を許そう。水鏡女学院は司馬徽殿の私塾。あそこの出身ならば、能力は問題あるまい。私は家柄に関係なく才ある者を登用する方針だ。お前達の才を存分に発揮せよ。さすればその能力に相応しい待遇を与えよう」
「はわわわ、ありがとうございます。私の真名は朱里といいます。」
「あわわわ、ありがとうございます。私の真名は雛里です」
朱里と雛里は私に礼を言いました。
「礼には及ばない。逆に、私が礼を言わねばならない。私の真名は正宗。よろしく頼むぞ。そうだな・・・・・・。私はこの冀州の黄巾賊を討伐したら、袁術を訪ねようと思っているが、そのとき、一緒に同行しないか?」
私は朱里に戦後に諸葛玄に会いに行かないと暗に伝えました。
「よろしいのですか?」
朱里は凄く嬉しそうに言いました。
「構わない。雛里も同行するかな?」
「はい、朱里ちゃんと一緒に行きたいです!」
雛里も嬉しそうに言いました。
「李千、待たせて済まなかった。騎兵を100騎、護衛につけるので安心してくれ。荷馬車で申し訳ないが、それに乗っていくといい」
私は李千婆の方を向いて言いました。
「劉正礼様、わざわざありがとうございます。孔明ちゃん、鳳統ちゃん、あなた達のお陰で助かったわ。本当にありがとう」
李千婆は朱里と雛里に礼を言っていました。
「気にしないで下さい」
「当然の事をしただけです」
朱里と雛里は照れていました。
その後、私は李千婆を朱里と雛里と一緒に見送ると、廃城へ向けて進軍を再開しました。
第74話 廃城炎上
第74話 廃城炎上
朱里と雛里を新たな家臣にした私は廃城まで70里の時点で兵士達に大休止を取らせることにしました。
斥候から新たな報告があり、廃城近辺の地形について分かったことがあります。
この廃城の正面は開けた平原が広がっていますが、その左右には深い森が広がっています。
私は事前に予定していた策を話した上で、朱里と雛里に改善点を献策するように言いました。
冥琳には事前に二人の能力を見たいことを告げて、了解を得ています。
彼女は二人の献策を採用するかは内容を見た上で判断しますと言っていました。
「正宗様、お聞きした策は正宗様の働きに依存しており、正宗様への負担が大き過ぎるかと思います」
朱里はひと呼吸を置いて、また話し始めました。
「わざわざ、正宗様が敵の本拠地に入り込まなければいけない理由は何でしょうか?」
朱里は私に真剣な表情で聞きました。
「私が一番適任だからだ。理由を知らねばならぬか?」
私は朱里に冥琳に見せたことと同じことが億劫になり不機嫌そうに言いました。
「はい、お願いします」
「お願いします」
朱里と雛里は短く真剣な表情で言いました。
「正宗様、面倒がらずに説明してください」
冥琳は私を困った人を見るような目つきで言いました。
私は溜息をつきながら、衛視の持つ剣を寄越すように言いました。
「こういうことだ」
私は衛視から剣を受け取ると自分の首に斬りつけました。
朱里と雛里は私の行動にショックを受け両手で顔を覆いました。
「二人とも顔を隠さないで私を見ろ」
私が朱里と雛里に声を掛けると、顔を覆う指の間からこちらを恐る恐る見ていました。
「えっ!確かさっき正宗様は剣で首を斬りつけたはず・・・・・・」
「確かに正宗様は首を斬ったはずなのに・・・・・・」
朱里と雛里は私に不思議そうな表情をして聞いてきました。
その後、先日の軍議で冥琳に話した内容と同じことを彼女達に話しました。
「最初からそう言ってください!」
「そうです!凄く恐かったです」
朱里と雛里は私を批判しました。
「今日、冥琳に見せたので、何度も話すのが面倒になってな。すまない」
私は頭を下げて謝りました。
「別に構いません。正宗様が何故あのような愚策を用いようとしたか分かります」
「正宗様の不死身の能力を利用して、廃城を中から切り崩し、その虚を自軍が突くのですね」
朱里と雛里は感心したように言いました。
「不死身は語弊があるな。三刻の間は私の体に傷を付けることが出来る者はいないだけだ」
私は雛里の不死身という言葉が妙にひっかり、訂正しました。
「そうでしゅね。申し訳ありません。正宗様」
「分かってくれればそれでいい」
朱里と雛里はコソコソとまた相談を始めましたが、直ぐに話を纏まったのか私の方を向きました。
「正宗様、改善点を申し上げます。廃城の左右には森がございます。この森を火計にて燃やすべきです。実行の時期は廃城への火計が成功し、混乱した賊が城から出てきて、自軍と交戦が始まった頃が一番良いかと思います。我々と交戦を始めれば、混乱している賊の中から森に逃げ出す者が現れるはずです。火計を施す場所は森の中程が最適かと思います。この場所なら、森に逃げ込んだ賊は逃げることができず火計の餌食になると思います。それに我々が賊を討伐する際に炎に巻き込まれる心配もありません」
朱里と雛里は私と冥琳の策に恐ろしい策を肉付けしました。
かわいい顔をして何て恐ろしいことを考えるのでしょう。
「正宗様、私は良策と思います」
冥琳は私を見て言いました。
「朱里、雛里、私も二人の献策は良いと思う。その策を加え、廃城の黄巾賊を討伐することとする。人選は冥琳、朱里、雛里に任せる」
「畏まりました」
「お任せください」
「お任せください」
冥琳、朱里、雛里の三人は拱手をして応えました。
私は単独で廃城に潜入しました。
廃城の内部は本来5万もの人間を収容する程の広さではないので、あたりには人で埋め尽くされています。
隠れるまでもなく、直ぐに敵に見つかりました。
私は振雷・零式を乱発しました。
的を絞るまでもなく、打てば当たる状態なので楽です。
賊の絶叫があたり一面に木霊しています。
振雷・零式は熱量があるので、木材や藁、賊が強奪したと思われる食料に引火して盛大に炎上しています。
賊達は私を殺そうと弓、槍、剣などを手に襲ってきますが、弓で射られようと、槍で突かれようと、剣で斬られようと傷一つつかいない私に次第に恐怖の表情になっていました。
「ば、化け物だ――――――! こ、こんな奴に勝てるわけがねえ――――――!」
賊は悲鳴を上げ言いました。
「化け物とは酷い。私が名は劉正礼、お前達が恐れる『地獄の獄吏』とはこの私のことだ」
私は態とらしく大仰な素振りで名乗りを上げました。
「りゅ・・・・・・、劉正礼だと・・・・・・。じ、地獄の獄吏がぁ来たぞ――――――!」
賊達の恐怖の表情は更に恐怖に歪み、狂ったように城門がある方角に我先に逃げていました。
彼らは仲間を踏みつけて逃げる者もいれば、早く逃げようと仲間を斬り殺して前へ進もうと躍起になっています。
私は逃げる彼らに無慈悲に振雷・零式を放ちましたが、彼らは味方の死に目をくれず逃げ出しました。
私は当たりにある死体を踏みつけながら、周囲で逃げ惑う賊の命を振雷・零式で刈り取って行きました。
四半刻もしない内に賊達は城門を開け外へ逃げ出して行きました。
外で、冥琳達が待ち構えているとも知らずに・・・・・・。
廃城の中で私が手にかけた賊は1万人はくだらないでしょう。
城の外に逃げた賊は私の攻撃で半狂乱で冷静な判断などできないので、自軍の敵ではないです。
もし、森に逃げたとしても、水蓮と泉が火計の準備をしていますので、炎の餌食になるだけです。
私が城門に近づいていくと城の外から、けたたましい兵士達の声が聞こえてきました。
自軍と賊達が対峙していますが、黄巾賊は陣形などあったものではなく、自軍の兵士達に次々に殺されていました。
賊の中には敵のいない森へと必至に逃げて行く者達がいました。
私は彼らを無視にして、目の前にいる賊に対し、威力を落として振雷・零式を放ちました。
「賊共!今日がお前達の命日になる。今までお前達が己の手で殺めた罪な無き者達に詫びながら死んでいけ!」
私が大声で賊達に叫ぶと私の姿を確認した賊達は左右の森に必至に逃げ込んで行きました。
私は逃げ遅れた賊達に双天戟で命を刈り取っていきました。
「主、ご無事でなによりです」
星が馬を駆けて私に近寄り声をかけてきました。
「無駄話は後だ。賊を殲滅することに専念してくれ。広宗の黄巾賊と合流されては困るからな」
「主、お任せあれ! それに水蓮と泉も手筈通りに上手くやっている様ですな」
星を槍を森の方角を指し、軽く笑いながら言いました。
彼女の指した方角を見ると森の奥が赤々と燃えていました。
賊達が火に巻き込まれ踊っている様に見えるのがここからでも良くわかります。
反対側の森も同様です。
「全軍に告ぐ!賊は一人とて生かして逃がすな――――――! 民を害す獣共を全て狩るのだ――――――!」
「オオオオ――――――!」
私が双天戟を天に突き上げ叫ぶと自軍の兵士達はそれに呼応して賊達への攻撃を一層激しくしました。
「主、この戦が終わりましたら、皆で酒を酌み交わしましょう。それではもうひと働きしますかな!」
星は私の方を見て笑うと賊達の中に斬り込んで行きました。
二刻後、私の周囲には黄巾賊の兵士の死体で溢れかえり、血臭に満ちていました。
黄巾賊の兵士は全員討ち取り、自軍の被害は1000名の怪我人と400名の死傷者を出しましたが、戦の結果は大勝利に終わりました。
怪我人は私の力で救うことができますが・・・・・・。
死者を生き返らせることは・・・・・・。
味方の死は黄巾賊の討伐を初めてから、何度も味わっていますが胸が締め付けられる想いがします。
「是の故に百戦百勝は善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」
孫武は戦を下策と言ったそうですが、今度の出征で嫌というほどそれを実感しました。
大勝利を収めようと自軍には少なからず死人がでます。
死んだ兵士達の家族は絶望の縁に落とされ、私を恨むのでしょうか?
それとも黄巾賊を恨むでしょうか?
それは黄巾賊の兵士達の家族にも言えますが・・・・・・。
苛烈な刑罰が正しいのかは分かりませんが、ここまで国が乱れた以上、少なくとも国をまとめあげるまでは必要なことだと思っています。
ですが、そう断ずることができない自分がいるのも事実です。
ときどき、自分のやっていることが正しいのか分からなくなるときがあります。
ですが、私に付いてきてくれる身内や家臣がいる以上、前に進むしかないです。
もはや私は後戻りなどできないです。
この手を血で汚してしまった以上、死んでいった者達の家族のために民が暮らし易い世を実現することが少しでも償いになれば・・・・・・。
・・・・・・。
私のこの言葉は結局のところ自己弁護なのでしょうね。
私は己を嘲るかのように唇を歪め、拳を強く握り締めました。
第75話 董卓陣営に会うも、へぅ~君主は居らず
廃城の戦を終えた私達は死者を火葬にして弔うことにしました。
自軍の兵士達の遺体を火葬にする前に、彼らの遺髪を一人ずつ小袋の中に入れさせ、その袋に兵士の名を書かせました。
この遺髪は彼らの遺族に渡すつもりでいます。
黄巾賊の兵士達の死体は効率的に処理するため10人位ずつ死体の山を作り纏めて火葬にし、自軍の兵士達の遺体は一人ずつ火葬にしました。
黄巾賊の兵士達の遺体は野ざらしにすべきという将兵達もいましたが、私が周囲に疫病が発生することを将兵達に丁寧に説くと納得してくれました。
本音言えば私も黄巾賊の兵士達の遺体は野ざらしにしたい気分ですが、5万人の死体を野ざらしにしたら間違いなく疫病が発生すると思います。
私達は遺体の火葬を全て終えると広宗に向かって進軍しましたが、広宗まで後50里を切ったところで、前方に砂塵が立ち上っているのを確認しました。
「敵襲か?冥琳、用心して陣立てをしておいてくれ」
「正宗様、畏まりました」
冥琳は馬を翻して将兵達に指示を出し始めました。
前方を見ていると先行していた斥候がこちらに向かって馬を駆けてきました。
彼は私の元に来ると下馬し、片膝を着き拱手をして報告をしました。
「劉将軍、董東中郎将の名代を名乗る者がお目通りしたいと申しております」
「董東中郎将・・・・・・。わかった、その者を通せ」
董卓の名代ということは賈駆の可能性が高いですね。
「冥琳、陣立ては不要だ! 味方の官軍だ」
私は後方で陣立ての指図をしていた冥琳に声を上げて言いました。
前方の砂塵の中を進軍してくる官軍の牙門旗は「賈」、「張」、「呂」の3つです。
自軍から300尺位の地点で前方の軍は進軍を止め、賈駆、張遼、呂布が馬を駆けてこちらにくると、下馬して私に挨拶をしてきました。
「劉将軍、遠路はるばるご苦労様です。私は董仲穎の名代、賈文和と申します。後ろに控えるは董卓配下の張遼、呂布でございます」
ツンデレな賈駆が私に敬語を使って丁寧な挨拶をしてきたことに違和感を覚えました。
良く考えてみたら、私は左将軍でした。
それなら、彼女の態度は当然ですね。
「賈文和、ご苦労。董東中郎将の姿が見えないが・・・・・・。何かあったのか?」
董卓がいないのは何となくわかりますが、そのことを聞かないとそれはそれで変なので聞くことにしました。
「董仲穎は体調を崩しまして、先に涼州へ帰還いたしました。劉将軍にお目通りせずに帰還したこと謹んでお詫び申し上げます」
賈駆は私に平伏して謝りました。
「賈駆、面を上げよ。体調が優れぬなら仕方が無い。董東中郎将には十分養生するようにと伝えてくれ」
私は下馬すると賈駆の前で膝を着き、優しく声を掛けました。
「りゅ、劉将軍の寛大なお心に感謝いたします。これは董仲穎より預かりし印綬にございます。お預かりください」
賈駆は私の行動が意外だったのか、動揺しながら私に軍の印綬を手渡しました。
「確かに受け取った。ところで、今回の引き継ぎの兵数は?」
「はっ! 2万でございます」
「2万か・・・・・・」
「黄巾賊との戦で損耗してしまい・・・・・・。申し訳ございません」
賈駆は頭を下げて謝っていました。
彼女ならもっと損耗を押さえることが出来たでしょうに・・・・・・。
敢えてしなかったのでしょう。
「気にすることはない。勝敗は兵家の常だ。お前達が悪いのではない。後のことは私達に任せて、涼州へ帰還してくれ」
私は立ち上がり、賈駆、張遼、呂布の顔を順番に見ると呂布と視線が合いました。
彼女は私を凝視していましたが、私は視線を賈駆に戻しました。
「劉将軍のご武運をお祈り申し上げます。それではこれにて失礼させていただきます」
賈駆は私に挨拶をすると、張遼も頭を下げましたが、呂布だけ私を凝視していました。
「恋、あんた何をやっているの!劉将軍に失礼でしょ!」
私を凝視する呂布に気づいた賈駆が彼女を怒りました。
「お前、強い・・・・・・」
呂布は私に無表情のまま言いました。
「はっ?」
私はつい素っ頓狂な声を出してしまいました。
「劉将軍、申し訳ございません!この者の無礼をお許しください。このバカは変なんです。それでは失礼いたします。アンタ達さっさと帰るわよ!」
賈駆は張遼と呂布を引っぱりながら帰って行きました。
「正宗様、董仲穎は無礼極まりませんな!」
冥琳は私に近づいてくるなり開口一番に言いました。
「あれは賈文和が董卓を思ってのことだろう。それに私は気にはしていない」
「病であったとしても左将軍である正宗様に一度は面を通すのが筋ではありませんか?正宗様からお聞きした董仲穎の印象とは思えません」
冥琳は董卓が直々に印綬を持ってこなかったことが許せなかったようです。
「そう言うな。当の本人が良いと言っているのだから、これでこの件は終いするぞ。賈文和が董仲穎をあまり表に出したくないのは、彼女を表に出すことで要らぬ争いに巻き込まれることを心配してのことだ」
私は冥琳の目を見て言いました。
「ならば、涼州に引きこもっていれば良いではありませんか」
冥琳は私が董仲穎を庇うのが気に入らないような表情をしました。
「そうだな・・・・・・。多分、本人はそれを望んでいると思うぞ」
「正宗様、どういう意味です?」
「言葉の通りだ。董仲穎自身は出世しようなどと思っていない。だが、賈文和は董仲穎の出世を望んでいる。董仲穎は非力だが、聡明で心根がしっかりした娘だ。いざというときは人の為に命を投げ出すことも厭わぬだろう」
私は賈駆達が去っていた方角を見て言いました。
「正宗様は董仲穎を随分と買っているのですね。妬けてしまいます」
冥琳は軽く笑っていました。
「この先、私の手で董卓のことを救ってやりたいと思っただけだ。心配しなくても、私は冥琳を買っている」
私は冥琳を目を見て言いました。
「正宗様、ありがとうございます」
冥琳は微笑みました。
劉備陣営から張飛、趙雲、諸葛孔明、鳳統を引き抜いた状態では、反董卓連合時に彼女達が董卓を助け出すのは無理でしょう。
そうなれば、董卓に待っているのは悲惨な末路が待っています。
彼女は難癖をつけられただけです。
私は別に気にしないですが、中央の実権を涼州の田舎者が握れば、朝廷の内外で彼女に不満を抱く者が出て来るのは自明の理です。
それが分からない賈駆ではないと思います。
多分、董卓を相国に押し上げたのは、劉協が一枚関わっている可能性があります。
董卓は相国の就任を拒否できない状況だったというなら理解できます。
劉協のように知恵はあれど度胸はない愚者なら考えそうなことです。
どうせ、涼州の田舎者なら御しやすいという安易な考えで任官したに違いないです。
董卓達は中央に後ろ盾がないですから、拒否など選択肢にはなく受け入れるしかなかったんじゃないでしょうか。
もしそれが事実なら、しわ寄せを全て董卓に被せる劉協は救いようの無い馬鹿です。
それは追々分かって来るでしょうから、まずは目先のことを解決することにします。
「冥琳、朱里、雛里はいるか。董仲穎から引き継いだ兵の編成を早急に行ってくれ。それが終わり次第、広宗へ向かう」
「畏まりました」
「お任せください」
「お任せください」
冥琳、朱里、雛里は拱手をすると、足早に兵の編成作業に入りました。
第76話 広宗決戦前夜
前書き
知人に不幸がありお通夜に行かなければならず、更新が遅れてしまいました。
すいませんでした。
広宗の城に篭る黄巾賊は10万、自軍の兵数は6万で兵力差は二倍ほどあります。
この戦局を覆すのはかなり難しいと思います。
賈駆の置き土産に怒りを覚えつつ、私はまず周辺に斥候を放ち情報収集をさせました。
数日後、斥候の報告で、ここ最近、旅芸人風の女3人を見かけたという付近の住人の話を聞くことができました。
その住人達は3人の内の青い髪の我が侭そうな女が古びた汚い本を大事そうに持っていたと証言していたそうです。
私はその本が「太平要術の書」であるとにらみ、その旅芸人達が張角、張宝、張梁で間違いないと確信しました。
私はこの広宗で必ず黄巾賊を討ち、張角達を捕らえるべく、冥琳、朱里、雛里を私の陣幕に呼びました。
そして、私は彼女達に「釣り野伏せ」の戦法を提案しました。
彼女達はこの戦法を聞くと驚いた顔をしていました。
「正宗様、この作戦を成功の正否は中央部隊の撤退する時期が重要になってきます。指揮官の指揮能力の高さ、兵士の練度・士気の高さ、そして指揮官と兵士の強い絆、このいずれかが欠けても失敗いたします」
「朱里の言う通りです。その上、正宗様が中央部隊を指揮しなければ意味がないでしょう。他の武将の場合、黄巾賊が警戒して深追いしないと思います」
朱里と冥琳は難しい表情で言いました。
「私は正宗様のこの作戦に賛成いたします。正宗様と兵士の絆は我が軍一です。兵士の中から精鋭を選りすぐり実行すれば不可能ではないと思います。このまま、こまねいていても敵に利するだけです」
雛里は迷い無く私の作戦に賛成しました。
「朱里、冥琳。どうやっても私達と黄巾賊の兵力差を埋めるのは無理がある。黄巾賊に時間を与えれば兵力差は開き続け手に終えない状況になりかねない。ここは寡兵でも黄巾賊を討伐できる可能性があるこの戦法を採るしかない」
私は真剣な表情で2人に言いました。
「正宗様・・・・・・。あなた様の仰ることはわかります。しかし、前回といい、今回といい。あなた様は最も危険な役目を担っております。確かに、あなた様は超人的な能力を持っておられます。ですが、このようなことを続けていてはいずれ死ぬことになりますぞ!」
冥琳は私を厳しい目付きで声を荒げて言いました。
「正宗様、冥琳さんの仰る通りです。正宗様が死なれた場合、私達はどうすればよいのです。もう少し、ご自分の事をご慈愛ください」
朱里は自分の胸に手を当て心配そうに言いました。
「・・・・・・二人の気持ちは分かっている。ここに集まる黄巾賊は冀州方面の主力、これを叩き潰せば、残りの黄巾賊は各個撃破できるし、張角達を捕らえることもできるかもしれない」
私は冥琳と朱里を必死に説得しました。
「例の旅芸人ですね?しかし、その旅芸人が何故、張角達と思うのです」
冥琳は冷静な表情で言いました。
「私も気になっていました。何故、正宗様はその3人が張角達と思われるのですか?」
「私も凄く気になります。何を根拠にそう思われるのです」
朱里と雛里は私に不思議そうに言いました。
「それは・・・・・・」
私が冥琳の方に視線を向けると、彼女は軽く頷きました。
う・・・・・・、冥琳は二人に事情を話した方がいいと思っているようです。
話すしかないんでしょうか?
「実は・・・・・・、私は朱里と雛里に隠していることがある。このことは冥琳を含め、麗羽と揚羽だけが知っていることだ。二人はこの秘密を守る覚悟はあるか?」
私は冥琳の視線に観念して、朱里と雛里に事情を話すことにしました。
「秘密・・・・・・ですか。正宗様、私のあなた様への忠誠は何があろうと揺らぐことはありません。正宗様の秘密をお聞かせくださいませんか?」
「正宗様、お話しください。この鳳統は例え死ぬことになろうと正宗様を裏切ることはございません」
二人とも神妙な表情で私の問いかけに応えました。
彼女達の態度を確認した私は全てを打ち明けました。
「俄に信じられませんが・・・・・・正宗様の仰ることを信じます」
「私も信じます!」
朱里と雛里は強く頷きました。
「正宗様が提案された作戦は未来を知る知識から得た物ということですね」
「私はあらゆる未来の情報を知っている。政治・経済・軍事・医療・農業、知らぬことはない」
「正宗様、私はそのような話は初耳ですが・・・」
冥琳がジト目で私を凝視しています。
「聞かれなかったら気にも留めていなかった・・・・・・」
私は冥琳の視線に耐えれず、バツが悪そうに目を反らして言いました。
「先ほどの話で合点がいきました。正宗様が時々珍しい物を作られるのはその知識のお陰という訳ですね。良い機会です。この戦が終わりましたら、私達に正宗様の知識をご教授していただけませんか。その知識があれば領国経営に必ず役に立つと思います。ただし、知識の活用はしばらく正宗様の所領内だけにとどめたほうがいいでしょう」
「冥琳さん、それは良い発案ですね」
「正宗様、楽しみです!」
冥琳、朱里、雛里は3人で意気投合していました。
「3人とも軍議の最中なんだが・・・・・・」
「コホンッ。正宗様、失礼しました」
冥琳は咳払いを一回するとバツが悪そうに謝りました。
「正宗様、申し訳ありません・・・・・・」
「正宗様、ごめんなさい・・・・・・」
朱里と雛里も謝りました。
「随分、話がずれてしまったが、私の作戦に賛成してくれるか?」
「そうですね・・・・・・。確かに正宗様の仰る通り、このまま座していても敵の兵力差が広がるばかりと思います。それで、張角達のことはどうされるおつもりです?」
「泉と水蓮に1000ずつの兵を与え、周囲を警戒させ、旅芸人を見つけたら捕らえるように命令しておく」
「・・・・・・悪い案ではありませんが、二人に預ける兵の数が多過ぎます。敵に目立ち過ぎますので200ずつに兵を減らしてください。最後に確認しておきたいのですが、正宗様は張角達を捕らえた後どうされるつもりですか?」
冥琳は私を意味深な目付きで聞いて来ました。
「張角達を条件付きで保護しようと思う」
「どうような心境の変化です?」
冥琳は表情を崩さず、短い言葉で聞いてきました。
「前回の戦で沢山の死人が出た・・・・・・。あの光景を見た時、避けれる戦なら回避すべきだと実感した。張角達が起こしたことを鑑みれば死罪が相応しい。しかし、彼女達は黄巾賊の抑えになることも確かだ」
「だから、張角達を無罪放免にすると?」
「そんな気はない。彼女達にはちゃんと罪を償わせるつもりでいる。もし、彼女達がそれを拒否したら、その場で彼女達の首を撥ね、それを洛陽に送る」
私は冥琳、朱里、雛里の目を順番に見て言いました。
「正宗様のお考えも一理あると思います。では、黄巾賊は如何に扱われるつもりですか?」
朱里は指で顎を支えながら言いました。
「広宗での決戦は私達の武威を示す為に、敢えて黄巾賊を殲滅する。しかし、これ以後に降伏をした黄巾賊には10年間の賦役を課し、その間に問題を起こさなければ死罪を免ずるつもりだ。もちろん、労働への対価として賃金を払うつもりでいる。決して奴隷のように酷使するつもりはない」
「正宗様のお気持ちはわかりました。しかし、張角達は逆賊です。彼女達を救うことは正宗様の危険に直結します」
雛里が心配そうな表情で私を見て言いました。
「正宗様、そのお気持ちは一時の感傷ではないでしょうな?」
冥琳は私を真剣な表情で見て言いました。
「まるっきり感傷ではないとは言い切れない。しかし、今のままではいけないと感じたんだ。私はこれから多くの戦を経験することとなるだろう。その度に、敵を殲滅していては私はただの殺戮者になってしまう。それでは民を恐怖で支配しているに過ぎない。私は民が暮らし易い世を創りたいのであって、民が為政者に恐怖する世を創りたいのではない」
私は冥琳に真剣な表情で言いました。
「わかりました・・・・・・。もう、何も言いませぬ。正宗様、その想いをどうかいつまでも忘れずにおいで下さい」
冥琳は私の顔を見ながら軽く微笑みました。
「私も正宗様に協力させてください。張角達を保護するのでしたら、泉さんと水蓮さんに直ぐ指示を出し、直ぐにでも彼女達を我が軍とは別行動してもらいましょう」
「正宗様、私を泉さん達と一緒に同行させてください!正宗様の身に危険を及ばさないように細心の注意を払って張角達を捕らえてまいります」
朱里と雛里も拱手をして私の考えに賛同してくれました。
「冥琳、朱里、雛里。ありがとう」
「正宗様をお支えするのが私の役目です」
「冥琳さんの仰る通りです。私は正宗様の志を実現できるようお支えいたします」
「私も正宗様の志のためにお役に立ってみせます」
冥琳、朱里、雛里は真剣な表情で言いました。
第77話 広宗決戦
私が精鋭1万5000の兵を率いて、広宗の城の前に着陣しましたが、黄巾賊は城から出ようとしませんでした。
城から黄巾賊を引きずり出すことが出来ず、攻めあぐねた私は部下に命じ、闇夜に乗じ城内の食料庫を全て燃やし、井戸に大量の下剤を入れさせました。
数日後、黄巾賊は全軍総出で城を出てきました。
私達は10万の軍勢と衝突し、1万程度の賊を殺した後、兵を撤退させました。
黄巾賊を釣るため、振雷・零式の威力は普段の半分以下にしました。
「くっ! 全将兵に告ぐ! 一度撤退し態勢を整えるぞ!」
私は四半刻の戦闘の後、計画通りに全将兵に撤退を命じました。
黄巾賊は私が撤退を始めると私を殺そうと殺気に満ちた目で追いかけてきました。
撤退中にも黄巾賊の凶刃に倒れた将兵達がいましたが、私は脇目を振らず撤退行動を遂行し、冥琳達が伏兵を配す場所まで兵を撤退させました。
私と将兵達、そして黄巾賊が目的の場所に辿り着くと、星と真希が2万ずつ率いて黄巾賊を左右から挟撃してきました。
「全将兵、撤退するのはこれで終わりだ! 今こそ、黄巾賊の息の根を止めるとき、敵を殲滅するぞ――――――!」
「オオオオオオ――――――!」
私は黄巾賊を左右から挟撃する自軍を確認すると、反転して黄巾賊に攻撃を仕掛けました。
私は敵陣に向けて振雷・零式で一撃を当てると、そのまま敵陣に乱入しました。
「ヒヒヒィィ――――――! これはどういうことだ・・・・・・」
遠目に悲鳴を挙げ狼狽する敵軍の将を見つけた私は振雷・零式で彼の息の根を止めました。
私はそのまま振雷・零式を乱発し敵陣奥深くまで斬り込んで周囲の黄巾賊の命を狩って行きました。
「賊共死ね――――――!」
私の通った後を自軍の兵士達が怒声を上げながら敵兵に斬りこんできました。
黄巾賊は態勢を整える暇もなく、私の率いる将兵達と左右から攻めて来る自軍によって成す術も無く次々に殺されていきました。
「嫌だ――――――! 死にたくねぇ――――――!」
二刻後、生き残った黄巾賊は三万に減り、戦場から逃げ出す者達がいましたが、自軍が周囲を囲んでいるために、その者達は成す術もなく殺されていきました。
「全将兵達、黄巾賊は一兵たりとも逃がすな! 黄巾賊は殺し尽くせ――――――!」
私は黄巾賊を囲む将兵に最後の指示を出しました。
「オオオオオオオ――――――! 劉将軍に勝利を――――――!」
将兵達は頼もしい大声を挙げ、黄巾賊に斬り込んで行きました。
それから一刻後、黄巾賊の全滅で勝利は決しました。
私は戦勝に湧く陣中を抜け、自分の陣幕に急ぎ戻り、泉と水蓮の戻りを待ちました。
「正宗様っ! 泉と水蓮が戻りましたぞ。お前達はしばらく下がっていろ」
冥琳は陣幕に慌ただしく入って来ると、陣幕のいる衛兵に下がるように命令を出しました。
衛兵達は私と冥琳に敬礼すると去って行きました。
「それで首尾は?」
私は張角達の捕獲が上手くいったかどうか気になり、動悸が激しくなりました。
「正宗様、お喜びください。 張角達は問題なく捕らえることができました」
冥琳は真剣な表情で言いました。
「張角達はどこだ? 直ぐに連れてきてくれ」
「畏まりました。直ぐに連れまいります」
冥琳は一礼して、私の前を去って行きました。
私は冥琳が張角達を連れてくるまで落ち着き無く陣幕の中を歩き回りました。
「正宗様、連れてまいりました。何をぐずぐずしている。さっさと中に入らないか」
「ちょっと、何よ。乱暴にしないでよ!」
冥琳と誰かが言い争う声が聞こえました。
私が椅子に座り直すと張角達は足と手に鉄の鎖を繋がれ泉と水蓮に連れられてきました。
その後に、冥琳、朱里、雛里が陣幕に入ってきました。
「お前達が張角、張宝、張梁だな」
「わ、私はそんな名前なんかじゃないわよ!」
張宝が怒り気味言いました。
「張宝、黙れ! お前は天下の大罪人。今直ぐにでも殺しても良いのだぞ」
私は怜悧な目で殺気を放ち張宝を睨みつけました。
「ヒッ!」
張宝は私の殺気に恐怖を覚えたのか黙りました。
「正宗様、この女がこのような本を持っておりました」
泉が私の斜め前に進み出て、古びた本を私に手渡してきました。
「太平要術の書だな。これで人心を乱した訳だな」
私は怜悧な目で張角姉妹を見て言いました。
「な、何であんたがそんなこと知っているのよっ!」
張宝は驚愕の表情で私に言いました。
「黙れッ! 正宗様に無礼な口を聞くな!」
泉は怒鳴りながら張宝を殴りつけました。
「泉、程々にしておけ。私は彼女達と大事な話がある。怪我をされては困るではないか」
「正宗様、申し訳ございません」
泉は私に向き直ると殊勝に謝りました。
「分かればいい。さて、まずは自己紹介からするとしよう。私は劉正礼。この軍の総指揮官であり、皇帝陛下より左将軍と冀州刺史に任じられている。お前達は張角、張宝、張梁で相違ないな」
「じ、じ・・・・・・地獄の獄吏・・・・・・」
張角達は肩を震わせながら私を恐怖の表情で見ていました。
「お前の罪状を鑑みれば車裂きの上、斬首が適当だと思う。そうは思わないかお前達」
私は張角達に向かって質問をしました。
「りゅ、劉正礼様・・・・・・。私達は何も悪くない・・・・・・です。皆が勝手に村とか町とかを襲ってただけです。だから、助けてください」
天和は震える声を堪えて、私に涙を流して必死に懇願してきました。
「その者達の略奪してきた物に手を出したのではないか」
私は感情の篭らない能面のような表情で天和を見ました。
「そ、それ・・・・・・は・・・・・・」
「図星のようだな・・・・・・。お前は罪の無い者達から略奪した品で良い思いをしていたのだろう」
私は張角に対して冷たく言い放つと、彼女は俯き泣き出しました。
「だ、だから何なのよ! 私達は太平要術の書を使って有名になりたかっただけよ・・・・・・。こんな大事になるなんて思ってもいなかったわ・・・・・・」
張宝が逆切れして私に怒鳴りましたが、直ぐ力なく俯きました。
「・・・・・・思わなかった・・・・・・か。それをお前は黄巾賊の被害にあった者達に同じ事を言えるのか?」
「私達にどうしろというんですか?」
ずっと黙っていた張梁は私に恐怖を抱いている様子でしたが、私を真っ直ぐに見つめて言いました。
「条件次第では、お前達の命を救い、保護してやろう」
「本当なんですか? 条件ってもしかして・・・・・・」
張角が自分の体を両手で抱きしめ、私を怯えた目で見ています。
「あ、あんた最低ねっ!」
張宝は私を悔しそうな表情で言いました。
「張角、張宝・・・・・・、お前達は死にたいのか・・・・・・」
私は勘違いをしている張角を殺気を込めて睨みつけました。
「ヒィ! すいません。すいません」
「はは、冗談です・・・・・・よ。そ、そんな恐い顔しないでください」
張角と張宝は二人で寄り添って震えています。
「本当に助けて下さるんですか? 条件を教えて下さい」
張梁は姉達を無視して、私に質問をしてきました。
私は張梁を見て条件を告げました。
1つ、名前を捨ててもらう。
2つ、2年間、張姉妹を我が領内で幽閉する。
3つ、幽閉が終わった後、張姉妹に10年間の賦役を課す。賦役の内容は我が領内で戦で傷つきし領民を歌で慰問せよ。
4つ、張姉妹に抵抗せし黄巾賊の説得を行うこと。
5つ、折りをみてお前達に巡業する機会を与えるので、そこで得た収益を黄巾賊によって被害を受けた領民の為に使うこと。
この条件を告げた時、張角達は目を点にして私を見ていました。
「あ、あの・・・これを守れば保護してくれるんでしょうか?」
張角は私を怖ず怖ずとした態度で言いました。
「これを飲めば保護してやろう。それと、給金はちゃんと払うので安心しろ。しかし、幽閉と賦役の期間に、お前達が問題を起こしたら、理由如何を問わず斬首にする。これは降伏した黄巾賊にも言えることだが」
「ほ、本当にこの条件を飲めば助けてくれるんですか? 後でやっぱ殺すとか嫌ですよ」
張宝は私を疑うような表情で言いました。
「劉正礼様の利は何なんですか?」
張梁は私に真剣な表情で言いました。
「利か? 利ならある。お前達を通して黄巾賊に降伏を促し、無駄な血を流す必要が無くなる。その上、降伏した者達に賦役を課すことで労働力が手に入る。他にもいろいろな利があるが、それを知る必要はお前達には無いだろう。それで返事はどうなんだ?」
私は怜悧な目で張梁を見て言いました。
「・・・・・・劉正礼様が掲示された条件を全て飲みます」
「そうか・・・・・・。では、今直ぐ名前を捨ててもらおう。お前達の真名を教えろ。今日からはそれがお前達の名前だ。偽名でも良いかもしれんが、お前達がボロを出すとも限らないからな」
「別に気にしないで下さい。私達、芸名を真名にしているので大丈夫です。私は天和です」
「地和です」
「人和です。これからよろしくお願いいたします」
張姉妹は私に頭を下げて、自分の真名を言いました。
「私の真名は正宗だ。これ以後は私のことを真名で呼べ」
私が張姉妹に真名を預けると言うと、彼女達は驚いた表情になりました。
第78話 広宗決戦終結
張姉妹に真名を預け、泉に彼女達の面倒を見させようと彼女の方を見ると彼女は私の前に進み出てきました。
「正宗様、張角達に何故、真名を預けられるのです!」
泉が激昂して張姉妹を指差しながら言いました。
「泉は不満か? 心配しなくても真名を預けるかは各々に任せるつもりだ」
私は泉の態度に冷静に対応しました。
「私の真名などどうでもいいです。正宗様の真名をこんな下賤な賊達に預けるなんて考えられません!」
泉は張姉妹を今にも殺さんと言わんばかりに睨みつけました。
彼女の剣幕に張姉妹は怯えています。
「お前は何故、私が彼女達に真名を預けたか分かるか?」
私は泉の瞳を真っ直ぐ見て言いました。
「わかりません!」
「そうか・・・・・・。人和、お前はどう思う」
人和もわからないという表情で私の方を伺いました。
「私の覚悟を示したまでだ」
冥琳、朱里、雛里、水蓮は私の方を黙って見ていました。
「正宗様の覚悟ですか? ヒィ!」
天和が私の言葉に反応して、私の真名を口にすると泉が天和を血走った目で睨みつけました。
「泉、話を折らないでくれるか・・・・・・」
「申し訳ございません・・・・・・」
私が泉に注意すると彼女はションボリとしていました。
「私は張姉妹を保護する証として、彼女達に私の真名を預けた。彼女達を保護するということは私の身を危険に晒すことになるかもしれない」
私はひと呼吸置いて話を再開しました。
「しかし、彼女達を保護することで流さずに済む血を減らすことができ、乱で荒れ果てた農地を復興できる。泉、死んでいった者達のことを思うのは尊いことだと思う。しかし、私達は生き残った者達のことも考えなくてはいけない。お前は兵士達や罪のない者達を無駄に死なせたいのか?」
私は泉を真剣な表情で見ました。
「こいつらは沢山の人々を苦しめた元凶です! それに、正宗様を裏切ったらどうなされるのです」
泉は私を泣きそうな表情で言いました。
「そうだな・・・・・・。だが、天和達がこれからやることは私が彼女達を信頼してことにあたらねば成功しないと思う。でなければ、黄巾賊は素直に降伏すると思うか? 私は犯した罪を無かったことにするつもりはない。黄巾賊の降伏を許しても罪は償わせるつもりだ。それを拒む者達は私が容赦なく罰を下す」
私はそういって泉の頭を撫でました。
「正宗様、わかりました」
泉は涙を拭きながら、私の考えに賛同してくれました。
「この場にいる者で反対する意見の者はいるかな」
私が冥琳、朱里、雛里、水蓮と順に表情を伺うと頷いて肯定の返事をしました。
ここにいない者には後で伝えましょう。
「さて、天和、地和、人和よ。私の想いは分かってくれたか。お前達が私の為に働くというなら、私はお前達を全力で守ろう。だが、私を裏切れば命はないと思え」
私は張姉妹に真剣な表情で言いました。
「姉さん達、手間を掛けさせないで! 正宗様のご厚情に感謝いたします。このご恩は私達の行動にてお示しします」
天和と地和は泉を怖がっていましたが、人和が彼女達の頭をむりやり平伏させて感謝の言葉を言いました。
「お前達を約束通り保護してやろう。冥琳、朱里、雛里に張角達の身代わりはどうすればいい」
私は張姉妹から視線を反らし、冥琳、朱里、雛里を見て言いました。
「間を置かずに全軍で広宗の城を囲みましょう。泉と水蓮は我らが広宗の城の囲む前に中に潜入して、我らが城を囲むと同時に城主の部屋に火を放ち火事を引き起こしてもらいます。事前に城主の部屋には死体を3体入れて置き、張角達はその部屋で焼身自決したことにします。正宗様は最初にその部屋に向かえば良いかと思います。泉と水蓮はそのときに合流すればいい」
冥琳は既に考えていたのか、私へ即座に献策してきました。
「私も冥琳さんの策で問題はないと思います」
「私も同感です。下手に首を用意するとどこから露見するか分かりませんし」
朱里と雛里は冥琳の献策に賛同しました。
「泉、水蓮。戻って直ぐで悪いが広宗の城に向かってくれるか?」
「正宗様、お任せください!」
「正宗様、お任せください!」
泉と水蓮は拱手をして元気良く返事をしました。
「では、直ぐにでも立ってくれ。私達は四半刻後に広宗の城に向かう」
「ハッ!」
「ハッ!」
泉と水蓮は顔を引き締めて、陣幕を出て行きました。
張姉妹を見ると脱力して3人肩を寄せ合って支え合っていました。
「正宗様、ご英断感服いたしました」
「正宗様、本当にご立派です」
「長い目で見れば、正宗様の今回の判断は民の為になると思います」
冥琳、朱里、雛里は私を褒めていました。
「この先どうなるかまだわからない。まずは、無事に偽装工作を成功させないとな」
私は難しい表情で言いました。
「とはいえ、大変な爆弾を抱えることになりましたな。正宗様、今後は身辺を重々にお気をつけくださいませ」
「冥琳さんの言い分も最もです。そろそろ司馬懿さんが、星さんの故郷に到着しているんじゃないでしょうか? 広宗の城攻めが終わり次第、彼女の元に張姉妹を送りましょう」
冥琳と朱里は私に張姉妹の今後のことを話出しました。
四半刻後、私は全軍を率いて広宗の城を取り囲みました。
城を取り囲むと同じくして、城の方から煙が上がりました。
私はそれを確認するや自軍に総攻撃の命令を下し、一騎駆けで城門へ突撃をしかけ、振雷・零式で城門を粉砕して城内に入って行きました。
私の後を追い兵士が雪崩のように城内に入り込んできます。
私が脇目も振らずに城主の部屋に向かうと、先に潜入していた泉と水蓮が私を待っていました。
「正宗様、この先です」
「既に、死体を3体運び込み火をつけています」
泉と水蓮に案内され、城主の部屋へ後少しという場所に着くと前方は火が激しく燃えこれ以上進めない状態でした。
しばらくそこに佇んでいると、兵士達が遅れてこちらに向かってきました。
「劉将軍、こんなところでどうされたのです。ここは危険です。直ぐに立ち去りましょう」
一人の兵士が前方の火の手に見ながら言いました。
「この先に張角達が逃げて行ったのだが・・・・・・」
私は悔しそうな表情で言いました。
「なっ! 張角がですか!」
兵士達が驚きの声を上げています。
「ですが、この火ではもう生きてはいないのではないですか」
「しかし・・・・・・陛下に逆賊の首を献上できぬとは口惜しい!」
私は本当に悔しそうな表情をして、拳を強く握りました。
「劉将軍、そんな残念な顔をしないでください。広宗の黄巾賊10万を破ったんですから。後は、雑魚ばかりですよ」
兵士達は私の周囲を囲んで励ましてくれました。
私は少し彼らに罪悪感を覚えましたが、心の中で詫びる事にしました。
前方に広がる火の手が酷くなったので、私は泉と水蓮、兵士達を連れその場を後にしました。
第79話 冀州で戦後処理
冀州の黄巾賊の主力軍10万を私が討伐したことは一気に周辺地域に広がりました。
この事実は冀州に残存する黄巾賊に動揺を与えたようで、黄巾賊の勢いは下火になりました。
時を同じくして、私は冥琳、朱里、雛里に命じ、冀州各地に黄巾賊への降伏勧告の触れを出しました。
冀州にいる黄巾賊は速やかに投降すれば、10年間の賦役を全うすれば死罪を免ずる。
ただし、賦役の期間に問題を起こせば死罪を言い渡す。
黄巾賊と関係ない者まで投降すると困るので、賦役に従事した者に給金を支払うことは伏せておきました。
この触れに対し、黄巾賊はなかなか投降してきませんでした。
私が出した触れであるので彼らは二の足を踏んでいるのかと思い、数千人規模の黄巾賊の元に一度だけ天和達を送り込みました。
すると、その黄巾賊が素直に投降してきました。
それを皮切りに、他の黄巾賊も次々に私に投降してきましたが、投降せずに反抗する黄巾賊がおり、その場合は軍を派遣して討伐しました。
広宗の決戦から一月で冀州の黄巾賊の勢いは完全に失いました。
散発的に黄巾賊が村や町を襲撃することがありますが、時間の問題と思います。
私が朝廷に黄巾賊の討伐に目処が立った旨を報告しようとしていたとき、揚羽から突然の文が届きました。
文の内容は朝廷への報告を粉飾するようにと書かれていました。
1つ、冀州の治安が落ち着かないので、軍を解散せず、冀州に駐留する。
2つ、冀州に駐留する者達の内、帰郷を望む者は帰し、代わりに現地で兵の補充をする。
3つ、常山郡の大守が黄巾賊に殺されたので、後任に司馬孚を推挙する。
私は揚羽の指示通りに朝廷に報告の文を出しました。
揚羽がこんな指示を出してきた理由は冀州で私の地盤を固めるためです。
揚羽は冀州入りするとき、策を弄して黄巾賊達に常山大守を始末させ、仮の大守として彩音を据えました。
常山大守を謀殺した理由は私達が黄巾賊と交戦しているにも関わらず日和身を決めていたからだそうです。
そういえば、周囲の大守からの援軍は全然ありませんでしたね。
いずれ報復人事をしないといけないと思いました。
私の軍を解散しないのは、帰郷せずに残った兵達を私の主力軍にするためです。
今日は冀州での戦後処理がようやく目処がついたので揚羽達と合流することにしました。
留守番は冥琳と太史慈に頼みました。
私は星、泉、水蓮、朱里、雛里、張姉妹を連れ、常山郡の高邑県に入ると、揚羽、凪、真桜、沙和が出迎えてくれました。
星と水蓮を同行させたのは久しぶりに里帰りをさせてあげたかったからです。
「正宗様、お久しぶりですね」
揚羽は私に優しく微笑みました。
「正宗様、お久しぶりです」
「正宗様、本当に久しぶりやな」
「正宗様、お久ッ――――――!」
凪、真桜、沙和は笑顔で言いました。
「みんな、本当に久しぶりだな。それで首尾の方はどうだ?」
「滞り無く無事完了しました」
揚羽は強く頷きました。
「ご苦労だったな」
「ホンマや。特別報酬貰わんと適わんわ」
「そうなの――――――!」
「沙和はサボってばっかりじゃないか!」
凪が沙和の言葉に噛み付いていました。
「沙和は給金を減俸した方がいいみたいだな」
私がジト目で沙和を見ました。
「そ、そんな――――――! 今月は欲しい服があるから許してなの――――――!」
沙和は目をウルウルして懇願してきました。
「正宗様、沙和には良い薬になります。ここは厳しくしてください」
「ということだ。沙和、悪いが3ヶ月間、2割減俸する」
「正宗様、酷すぎるの――――――!」
沙和は私に縋りついてきました。
「沙和が真面目に働けばいいだけだろ」
凪は嘆息しながら、私に縋り付く沙和を引き剥がしました。
「正宗様、ところであの者達は誰です」
揚羽が朱里、雛里の方を向いて言いました。
「冀州に入って暫くたったとき、黄巾賊に追われる彼女達を助けたんだが、彼女達が士官を申し出てきたので受け入れたんだ」
「役に立つのですか?」
揚羽は興味深そうに聞いてきました。
「冀州の黄巾賊討伐で良い献策をして私を助けてくれた」
「それは助かります。これから冀州に地盤を作るにあたり、人材が足りないと思っておりました。彼女達は内政の手腕はどうなのでしょうか?」
「本人達に聞く方が早いだろう。朱里、雛里。こっちにきてくれないか」
私は朱里と雛里を手を振って呼びました。
「正宗様、御用でしょうか。この方はどなたですか?」
朱里は揚羽を見て言いました。
雛里は朱里の後ろに隠れ顔だけ横から出しています。
「私は正宗様の許嫁で司馬懿、字を仲達といいます。これからは正宗様を共に支える仲なのですから真名で呼んでください。真名は揚羽です」
「はわわわわ、ご丁寧な挨拶痛み入りましゅ。私は諸葛亮、字を孔明といいます。真名は朱里でしゅ」
「あわわわわ、初めましてでしゅ。鳳統、字を士元といいましゅ。真名は雛里です」
朱里と雛里はペコっと揚羽に頭を下げました。
「固い挨拶はこれ位にしましょう。二人のことは正宗様から兵法に通じていると聞いていますが、内政の手腕は自信がありますか? できれば、あなた達に手伝って欲しいのです」
「内政ですか?私と雛里ちゃんは水鏡女学院で一通り学びましたので大丈夫だと思います」
「あなた達は水鏡女学院の出身なのですか。司馬徽殿の教え子とあらば期待が持てますね」
揚羽は上機嫌な表情で私を見ました。
「忘れるところだった。まだ、朱里と雛里に官職を与えていなかったな。朱里は主簿、雛里は録事門下に任じよう。これで凪を書類仕事から開放してやれるな」
「ふふ、凪は真面目なので主簿をよく頑張っていましたが、かなり苦労をしていましたからね。正宗様の方からもちゃんと労ってあげてくださいね」
揚羽は軽く笑って言いました。
「揚羽、わかった。凪への褒美は後で考えておくよ。それと、朱里と雛里のことを今夜開く酒宴の席でまだ会っていない家臣に紹介しようと思う」
「はい、ありがとうございます!」
「はい、ありがとうございます!」
朱里と雛里は私に元気良く返事をしました。
第80話 洛陽へ凱旋
冀州で霊帝宛に報告書を送って、一ヶ月後に霊帝の勅使が私の元に来て、至急洛陽に来るように伝えてきました。
これから領地経営を始めようとしている矢先に迷惑な話です。
愚痴の一つも言いたい心境でしたが、勅使に文句を言う訳にもいきませんでした。
しかし、勅使が彩音の常山郡大守就任の詔を持ってきていたので腹立たしさは半減しました。
霊帝が私に何の用なのか疑問に思いましたが、私は揚羽を連れ洛陽に向かいました。
洛陽に着くと、私と揚羽は姉上の屋敷に厄介になることにし、身なりを整え霊帝に謁見するために宮中に参内しました。
「陛下はこの度の召還で正宗様に後継者の話をすると思います。くれぐれも言葉には気をつけてくださいね。何進様には麗羽殿を通して、正宗様が協皇子側に立たされそうであることは伝えています」
揚羽は真剣な表情で言いました。
「揚羽、手際がいいな」
私が左将軍就任した日の夜に私から今後の歴史を熱心に聞いていたのはこのためだったのですね。
「それが私の役目です」
揚羽は嬉しそうに微笑んでいました。
「冀州に来る前に手を回したのか?」
「兵器工場の解体作業の傍ら、麗羽殿に訳を話して頼んでおきました」
「それで、何進様から私に言づてはあるのか?」
私が表向き劉協側に立つことに対して、何進様がどういう心境なのか気になりました。
「陛下の思し召し通りに動き、今後は、私と一切連絡を取るなと。最後に、私を裏切るなよと仰っていたそうです」
揚羽は淡々と言っていました。
「私に間者になれということか?」
「有り体に言えばそうですね。しかし、何進様も仰っていたそうですが、陛下は正宗様が何進様に通じていることを承知していると思います。正宗様を引き込むのは何進様への牽制でしょう」
揚羽は空を遠目で見ながら言いました。
「私はどうなるんだろうな・・・・・・」
私は凄く不安になりました。
「今日のお召しは黄巾賊討伐の褒美の件でしょう。そのついでに、協皇子の話をすると思いますが、謀議ではないでしょうから、肩の力を抜いてください」
揚羽はそういうと私の背中を叩いてきました。
「揚羽、少し気分が楽になった。じゃあ、行ってくるか」
「行ってらっしゃいませ」
揚羽は微笑んで言いました。
私が議場に入ると霊帝、張譲、ガタイの良い宦官が一人いました。
私は霊帝の前に進み出て平伏しました。
「劉正礼、陛下のお召しにより只今参りました」
「劉ヨウ、黄巾賊討伐の戦果は聞き及んでおるぞ。10万の逆賊を6万の兵で殲滅したそうではないか。その上、お前に恐れをなした逆賊共が降伏してきたそうだな」
霊帝は上機嫌に言いました。
「私の実力など大したものではございません。全ては陛下の徳のなせる業と存じます」
私はうやうやしく言いました。
「劉ヨウ、そちは謹み深いのう・・・・・・。そちの叔父劉寵も本当に欲のない男であったな・・・・・・」
霊帝は染み染みと感慨に耽っているようでした。
「そうであった。お前を冀州より呼んだのは他でもない。そちに此度の褒美を取らせようと思ってな。蹇碩、あれを劉ヨウに渡せ」
霊帝はガタイの良い宦官に声を掛けました。
蹇碩の見た目は髪を黒くしたシュワルツネッガーそのもので、言い知れない凄みがありました。
「陛下、畏まりました」
蹇碩は陛下に一礼すると小箱を持って私の前に進み出て、その箱を私の前に置き元居た場所に戻りました。
「劉ヨウ、そちを清河王に封じ、左将軍に代わり車騎将軍と鉅鹿郡大守に任ずる。冀州刺史はそのまま据え置く。それは王の印綬と大守の印綬じゃ。受け取るが良い」
霊帝は厳かに言いました。
「陛下のご厚情感謝いたします。私のような若輩者に王の爵位を与えてくださり感涙の極みでございます」
おいおい、これはどういうことです。
黄巾賊討伐の成果とはいえ、王の爵位は奮発しすぎでしょう。
「劉ヨウ、そちはたった二ヶ月で冀州に巣食う逆賊を討伐したのだぞ。その上、逆賊を降伏させ、その者達を労役に服させているそうではないか。皇甫嵩、朱儁などとは比べるもない。そちのお陰で朕の威光は天下に鳴り響いたものと思うぞ。この位の褒美は当然のことであろう。ふはははははっ――――――!」
霊帝は上機嫌に大声で笑って言いました。
「陛下、劉車騎将軍にあの話をしてはいかがでしょう」
上機嫌に笑う霊帝にうやうやしく張譲が声を掛けるのを見て、彼の態度に一抹の不安を覚えました。
「おお、そうであったな。劉ヨウ、朕はそちに相談したいことがあるのだが、聞いてくれるか?」
霊帝は急にこめかみに指を当て、難しい表情をしました。
「私でお役に立つか分かりませぬが、微力ながら陛下の力にならせていただきます」
「劉ヨウ、朕は弁のことで悩んでおる」
劉弁の名前を口にした霊帝は機嫌の悪い表情になりました。
「弁皇子のことでですか?」
揚羽の言う通りになりそうです。
「弁は頭が悪く引きこもりがちで、とても朕の後継者には指名できぬ。されど何皇后と何進は弁を後継者にしたがっておる。確かに、弁が年長ゆえ、弁が後継者になるべきなのだろう。だが、朕は納得ゆかん! なぜ、あの愚鈍な者を後継者にせねばならん!」
霊帝はいらいらした態度でしたが、何皇后と何進の話をし始めると激しく興奮し、大声を張り上げました。
こんな感情的な霊帝は初めて見ました。
「劉ヨウ、そちはどう思う?」
霊帝は息を乱しながら、私に後継者について意見を求めてきました。
臣下の私が好き勝手に言えるわけないです。
心の中で溜息をしつつ、重い口を開きました。
「陛下、臣下の身で陛下の後継者について意見を申しあげるのは君臣の道に外れます。どうかお許しください」
私はうやうやしく平伏して明言することを避けました。
「劉ヨウ、そちの態度が臣下あるべき姿ぞ! 何進の奴め、表向きは朕に服従しておるが、裏では弁を皇子に据えようと画策しておる!」
霊帝は声を荒げて何進様を罵りました。
「劉車騎将軍、陛下は後継者のことで日夜胸をお痛めになっております。ここはあなたも陛下にご協力願えませんかな。おお、なんとおいたわしいのでしょう」
張譲は目頭を抑え、うやうやしく態とらしい態度で言いました。
「張譲殿は協皇子を擁立しようとお考えなのですか?」
「私は陛下のご意志に従うまでです」
張譲は明言せずに、「陛下のご意志」を強調して言いました。
「ならば、私も陛下のご意志に従います」
私は張譲に倣って霊帝への協力の意思を伝えました。
「劉ヨウ、朕の力になってくれるのだな。朕は忠臣に恵まれ嬉しい限りぞ!」
霊帝は笑顔で言いました。
「微力ながら、この劉正礼が陛下に協力させていただきます」
「劉ヨウ、これからよろしく頼むぞ! 蹇碩、これからこの者と協力することになるであろうから挨拶をせよ」
霊帝は蹇碩の方を向き言いました。
「劉車騎将軍、私は蹇碩と申します。以後、お見知りおきください」
蹇碩は鋭い眼光で私を凝視すると、ドスの聞いた声で言いました。
番外編 桃色天然娘と黄巾の乱
前書き
劉備、曹操、孫策の黄巾賊討伐((討伐?近況?))を番外編にて書こうと思います。
1話完結で、時期は劉ヨウが冀州を制して、霊帝に会いに洛陽に下る時期です。
因に、北郷一刀は劉備陣営で、主人公補正は掛かっていない普通の高校生です。
好評なら、3人意外も書こうかと思います。
他は、公孫賛、董卓あたりでしょうか。
「ぼ、暴力、暴力反対っ! 愛紗、死んだらどうするんだよ!」
北郷さんがいつものように愛紗ちゃんにボコボコにされちゃって、北郷さんは本当にしょうがないな。
懲りもせず、愛紗ちゃんの着替えを覗くんだから、いい加減学習した方がいいと思う。
「はぁ・・・・・・。これからどうしよっかな」
一月前に、白蓮ちゃんに送り出され、義勇軍の皆と一緒に黄巾賊の討伐に出たんだけど・・・・・。
冀州に私達が入った頃には、もう黄巾賊の一番悪い人が倒されちゃった。
幽州を出てしばらくは順調に黄巾賊の人達を懲らしめて、沢山の人から感謝され充実した毎日でした。
「劉備様、黄巾賊の首領を討伐した人物がわかりましたよ」
周辺を調査しに出かけていた兵隊さんが私に声を掛けてきました。
「それで誰が討伐したの?」
「左将軍の劉正礼様らしいです。1日で10万の黄巾賊を6万の兵で殲滅した上、広宗の城を落としたらしいです。流石は地獄の獄吏ですね」
「何だと! その話は本当なのか?」
私が兵隊さんから報告を受けていると、愛紗ちゃんがボロ布のようになった北郷さんを打ち捨てて、こっちに駆け寄ってきました。
「はい、劉正礼様が冀州の主だった黄巾賊を討伐したらしいです。でも、不思議なことに、劉正礼様は広宗での戦を境に、黄巾賊に対して降伏を促しているそうです。これが降伏勧告のお触れです」
兵隊さんは布を私に渡してきました。
「桃香様、何と書いているのです」
「ちょっと待ってね」
布には黄巾賊の人達に降伏を促す内容と降伏に際して条件が書かれていました。
「逆賊である黄巾賊の者達は本来は極刑が適当であるが、黄巾賊に加わりし者達の中には生活に窮し、止む終えず乱に加担した者も少なくない。よって、条件付きで降伏を認める。降伏を行う者は戦禍によって荒廃せし町、村落の復興のために10年間の賦役を課す。これを真面目に全うすることができれば死罪を免ずるものとする」
私は正宗さんが黄巾賊に対し掲示した、降伏勧告の内容に驚きを隠せませんでした。
正宗さんは罪を犯した者を決して許さない人でした。
それが・・・・・・こんな情けを掛けるなんて・・・・・・。
でも、10年間の賦役は酷過ぎます。
「自分で破壊した物は自分達で直せということですか・・・・・・。 桃香様、劉正礼様はご立派な方ですね。この変態男とは大違いです」
愛紗ちゃんは正宗さんの行為に感心しながら、北郷さんを侮蔑に満ちた表情で見ていました。
「まあまあ、愛紗ちゃん、そんなに言っちゃ可哀想だよ。北郷さんも頑張って・・・・・・ないか・・・・・・」
初めて、北郷さんに会った時、彼が天の御使いと確信したんだけど、私の勘違いだったのかな。
スケベだし、仕事しないし、女の子に声を掛けばっかり・・・・・・。
最初はカッコイイかなと思ったけど・・・・・・。
この人とだけは結婚しちゃいけないなと思う。
それより、正宗さんは凄いな。
私と会った時はまだ無位無官だったはずなのに、あれから1年もせずに左将軍に出世していたなんて。
私はみんなが笑える世の中を作ることが夢だったのに、その道筋すら見えてこないよ。
北郷さんじゃなくて、正宗さんが天の御使いなんじゃないかなと疑っちゃう。
「桃香。さっき、劉正礼って言ったよな!」
北郷さんが凄く驚いた顔で私に声を掛けてきた。
「兵隊さんが言っていたけど、何?」
「何で劉正礼が冀州の黄巾賊を討伐するんだよ。ありえないだろ」
本郷さんは凄く動揺した表情で言いました。
「北郷、お前の妄想話につき合ってられるか! 失せろゴミ! 役立たずのお前は掃除でもしてろ」
愛紗ちゃんは青龍偃月刀を北郷さんの顔に近づけていた。
「愛紗、け、怪我するだろうが!」
「愛紗ちゃん、北郷さんの話を聞いて上げようよ。 あんまり虐めちゃ可哀想だよ」
「桃香様が仰るなら・・・・・・。さっさと話せ!」
愛紗ちゃんはイライラしながら北郷さんに怒鳴りました。
「あのさ、俺の知っている知識によると、劉正礼は黄巾の乱で功名は立てていない。もっと後に、揚州牧になって、孫策に倒されて逃亡先で病気になって死ぬはずだ」
北郷さんは真剣な表情言っているんだけど、あの正宗さんが誰かに負けるなんて想像できない。
逆に相手が殺されちゃうと思う。
「北郷、お前は馬鹿か! 劉正礼様が幼少の頃から賊狩りに明け暮れた方で、河北一帯で劉正礼様の勇名を知らぬ者はいない。だいたい、孫策とは誰だ。どこの馬の骨か分からない奴に劉正礼様が負けるわけがないだろう。お前のような貧弱な変態と違うんだ! 分かったか?」
愛紗ちゃんは怒って北郷さんを殴り飛ばしました。
愛紗ちゃんは正宗さんに憧れて山賊狩りを始めたらしいから、北郷さんの言葉が許せなかったんだと思う。
正宗さんと私は考え方はかなり違うけど、戦に敗れて病で死ぬという発言は酷い。
「でも、北郷さんの未来の知識では私達は男で中年のおじさんなんでしょ。あまり信用できないんじゃないの」
「うっ! それは・・・・・・。で、でも、黄巾の乱は起ったじゃないか。確かに、俺の知っている歴史とはかなりズレているからなんとも言えないけどさ・・・・・・」
北郷さんはいじけて地面に字を書き始めた。
「はあ、本当にこれからどうしよう。白蓮ちゃんのところに戻るわけにもいかないし。黄巾賊討伐で困っている人達を助けようと思っていたんだけど・・・・・・。食料も心もとないしどうしよう。正宗さん、冀州にまだいるのかな」
私はいじける北郷さんを無視して、空を見上げました。
「桃香様、その御仁誰なのことなのです。真名のようですが・・・・・・」
愛紗さんは私に声を掛けてきました。
「昔、盧植先生の所で勉強をしていた頃、一度、劉正礼さんに会ったことがあるの。そのときに真名を交換して貰ったの」
「え――――――! 桃香様、私はそんな話聞いていませんよ。お知り合いなら、どうして教えてくださらなかったんですか?」
愛紗ちゃんは私に詰め寄ってきた。
「だって、それを話したら、愛紗ちゃんはきっと正宗さんに紹介してくれって言うだろうと思って・・・・・・、そしたら私と一緒に来てくれなかったよね?」
私はバツが悪く俯きながら言った。
「・・・・・・そ、そんなことはありませんぞ・・・・・・」
愛紗ちゃんは口篭りながら言いました。
「やっぱり、正宗さんのところに行くんだ! 愛紗ちゃん、酷いよ!」
私は涙目になって愛紗ちゃんに猛烈に抗議した。
「あははは・・・・・・、それで他に劉正礼様の情報はないのか?」
愛紗ちゃんは私の抗議を軽く無視すると、兵隊さんに声を掛けた。
「劉正礼様は左将軍と冀州刺史を兼任しているらしくて、常山郡の高邑県にて政務を行っているらしいです」
「桃香様、ここは旧知の仲のよしみで劉正礼様を頼ってはどうです」
愛紗ちゃんは兵隊さんの言葉を聞くと、私の方を向いて言った。
でもな、私はあまり正宗さんと仲が言い訳じゃないし、正宗さんは白蓮ちゃんのことを気に入っていた気がするんだよね。
私と真名を交換したときも嫌々交換した感じがした。
私がお願いしたら、助けてくれるかな・・・・・・。
ここで悩んでいても始まらないよね!
「うん! 愛紗ちゃんの言う通りだね。正宗さんに力を貸してくださいってお願いするね」
私は気合いを入れて愛紗ちゃんに返事しました。
番外編 覇王様と黄巾の乱
前書き
番外編 第二弾です。
番外編に公孫賛編、董卓編を追加しようと思います。
私は自分に割り当てられた部屋で春蘭、秋蘭と一緒に時間を潰している。
「城に篭って2ヶ月になるわね。皇甫嵩は何をしているのかしら」
波才が率いる黄巾賊に攻め立てられ、潁川郡の長社の城に篭っているわ。
このままじゃ、いずれ城が落ちるわね。
とはいえ、主将は皇甫嵩だから、この私にはどうしようもない。
「ア――――――、もうっ! イライラするわね。秋蘭、お茶を次いで頂戴」
「華琳様、少々お待ちください」
秋蘭は部屋の隅でお茶の準備をすると、手際良くお茶を入れてくれた。
「秋蘭、ありがとう。心が落ち着くわね。お茶を飲んだら、皇甫嵩のところへ行くわ。二人とも私と一緒に来なさい」
「華琳様、畏まりました」
「華琳様、畏まりました」
お茶の香りで冷静になった私は皇甫嵩に意見しに行くことにした。
私はこんなところで死ぬ訳にはいかない。
黄巾の乱は漢室が民の信認を失った証、もう漢室に未来はない。
私の手で国の混乱を治めて見せる。
できれば、正宗にも協力して欲しいけど・・・・・・。
無理な話ね。
彼もきっと私と同じことを考えている。
いえ、私なんかよりずっと前から、このことを予見していたのだと思う。
今思えば、彼の人材集めの旅はこれから訪れる戦乱を生き残るための準備だったのね。
彼は間違いなく天下を狙っている。
私は彼に出遅れてしまったけど、この私にも矜持があるわ。
彼に何も抗いもせず、跪く気はない。
私は彼に跪くことになったとき、私はどうするのかしらね・・・・・・。
駄目ね・・・・・・。
こんな状況に陥って、気弱になっているのね。
私は曹猛徳よ!
私は何者にも負けない!
正宗、あなたを屈服させて、天下を手中にしてみせるわ!
だから、ここで黄巾賊の手に掛かり、死ぬわけにはいかない!
私は気を引き締めて、秋蘭と春蘭を引き連れ皇甫嵩を探しに行った。
皇甫嵩を探すと城壁の上の方が騒がしくなっていた。
「この騒ぎ何事なの」
私は何事かと城壁に昇り近くの兵士に声を掛けた。
「黄巾賊の野郎、捕まった仲間を鼻そぎの刑にしやがったんです! それに・・・・・・、許せねえ。墓を荒らしやがっているんです!」
兵士は黄巾賊への怒りで拳を握りしめていた。
「何ですって・・・・・・」
破才は私達への示威行為でこんな真似をしているのかしら。
でも逆効果ね。
こんなことしたら、城に篭った兵士は降伏するどころか、死ぬ物狂いで戦う。
賊ながら良将の破才がこんな馬鹿な真似をするなんて・・・・・・。
「秋蘭、春蘭、皇甫嵩の所に行くわよ!」
皇甫嵩が何かしたんじゃないのかしら。
私が皇甫嵩を探してしばらくして、当の本人から声を掛けられた。
「曹猛徳、どうしたのだ。そんなに急いで」
「皇甫嵩、あなたのことを探していたの。あなた何かしたわね」
「流石、曹猛徳だな。黄巾賊に偽情報を流した」
皇甫嵩は私に感心したように軽く笑うと、城壁の外を囲む黄巾賊を見て言った。
「流した情報は2つ。捕虜になると鼻そぎの刑になると恐怖している。城内では城外の墓を荒らされるではないかと恐怖している」
彼女は周囲を気にしながら、私にだけ聞こえるような小さな声で言った。
「田単の故事ね・・・・・・」
「1週間後に黄巾賊を叩き潰す」
私の言葉に皇甫嵩は私を見て頷くと言った。
皇甫嵩は翌日、黄巾賊に見える場所を女子供や老人に守らせ、黄巾賊に降伏の使者を送った。
破才は主戦派を説得する期間として5日をくれたらしい。
官軍が降伏することを聞いた、城内の民は我先に黄巾賊に金品を差し出した。
これに、破才は私達の降伏を確信したようで、黄巾兵に警戒を解かせた。
それから3日後、黄巾賊の兵士達は私達が降伏するものと信じ込み校規がかなり緩んでいるようだった。
ついにこのときが来た。
当初より3日繰り上げになったが、皇甫嵩は手間取ることなく総攻撃の指示をだし、既に攻撃の準備は出来ている。
私は皇甫嵩の指示を受け、秋蘭に数百の兵士を預け、彼女に夜陰に紛れて黄巾賊の陣中に火を放たさせた。
半刻しない内に黄巾賊の陣から火の手が上がったのを確認した。
「兵士諸君! 城に篭るのもこれで終いだ! 憎っき逆賊共を皆殺しにしてしまえ!」
皇甫嵩は城門を開門し、全ての兵士に対し鼓舞した。
「オオオオオオオ――――――!」
兵士達は彼女の言葉に心を震わして雄叫びを上げると黄巾賊達を襲いかかった。
「曹猛徳、私達も兵士達に遅れはとっていられない。行くぞ!」
「言われなくても分かっているわ! 春蘭、先行して道を切り開きなさい!」
「華琳様、お任せください! この春蘭、華琳様の前に立ちふさがる者は誰であろうと切り捨ててみせます。お前達、私に続けぇ――――――!」
春蘭は意気揚々に大剣を振り上げると黄巾賊の群れに勇猛に突き進んだ。
「我が精兵達、春蘭に遅れを取るな!」
春蘭に遅れ、皇甫嵩と私は黄巾賊に斬り込んだ。
突然の敵襲に黄巾賊は動揺して、彼らは混乱していた。
兵士達は皇甫嵩の策によって黄巾賊への恐怖を植え付けれているので、死にものぐるいになって黄巾賊に襲いかかり、寝込みを襲われた彼らは成す術も無く斬り殺されていった。
私は人の恐怖心がここまで人を変えるのかと戦慄した。
夜襲は三刻で決着がつき、私達の勝利で幕を閉じた。
戦況が落ち着いてから、朱儁が遅れて参戦してきたけど、そんなことどうでもいい。
破才の首は私が獲りたかったけど、皇甫嵩に奪われたわ!
春蘭、秋蘭共に頑張ってくれたから、なかなかの武勲を上げたと思うけど・・・・・・。
大将首を獲れなかったのは残念だわ。
でも、無い物ねだりをしても意味ないわね。
私は殺伐とした周囲を一瞥すると、空を見上げ漆黒の闇に煌めく星々を眺めた。
まあ、いいわ。
この作戦が成功したのは皇甫嵩の手柄だから、彼女に華を持たせてあげる。
それより、朱儁は情けない爺ね。
私達が前線で血を流しているというのに、後方で戦況を伺ってから参戦するなんて。
朱儁のところにいた孫堅だったかしら、あんな臆病者の所になぜいるのかしら、でも彼女みたいなのは春蘭だけで十分ね。
そう言えば、彼女は今回の戦で功名を焦って、大怪我を負ったそうね。
彼女の武は一流だけど、血の気が多くて粗暴な上、短慮な性格だから、この先、長生きはしないわね。
「私もこの乱を平定したら、人材探しを始めないと・・・・・・。正宗・・・・・・、私はあなただけには負けたくない」
私は誰にも聞こえない声で独白した。
番外編 バトルジャンキーと黄巾の乱
前書き
孫策編です。
潁川郡の長社の城に篭って、早二ヶ月、体が鈍って苦しい毎日だったわ。
それも今日で終わりと思った矢先・・・・・・。
やっと、戦闘ができると思ったのに朱儁の糞爺、臆病風に拭かれて尻込みするし、頭にくる!
朱儁は態勢が決まってから、参戦したからあんまり旨味がなさそうだけど、この怒りを賊にぶつけてやるわ!
「ふふ、獣共はこの孫伯府に大人しく殺されなさい!」
私は剣の刃をひと舐めすると、賊達を斬り殺していった。
所詮、農民や夜盗あがりの賊ではこの私の相手じゃないわ。
ホラ、ホラ、もっと抵抗しないさい。
あまり歯応えがないんじゃ、私が楽しめないじゃない。
私は演舞の如く剣を振り回し、斬り掛かってくる賊達を次々にもの言わぬ人形に変えて行く。
「ヒィィー! なんなんだこの女!」
私の周囲を囲む賊の後ろで身なりが整っている男が私を見て怯えていた。
「ふふ、あなたがこいつらの頭なわけね」
私は猛禽の目つきでその男を一睨みすると、周囲の賊を飛び越え彼の元に斬り掛かった。
「ガハッ! な、何が・・・・・・」
私が斬り殺そうとした男の首に矢が刺さっていた。
「誰よ! 人の獲物を奪ったのは!」
私は後ろから襲いかかってきた賊達をナマス切りにしながら、矢を射った人物に向け悪態をついた。
「策殿、すまん、すまん。手元が滑ってのう。うっかり、射殺してしまったわい」
矢を射った人物はうちの古参の祭だった。
「祭、あなたねぇ。何すんのよ。すっごく消化不良な気分になっちゃたじゃない」
祭をジト目で見つつ言った。
「ほれ、危ないぞい。文句は戦の後に幾らでも聞いてやるわい」
祭は矢を3本一度に放ち、私に斬り掛かってきた賊を絶命させた。
「まあ、いいわ。お酒、奢ってくれれば、チャラにして上げるわ」
私は祭に軽く笑って言った。
「お易い御用だ! 堅殿の名でつけて飲みあかそうではないか。ハハハハハハ――――――!」
祭は豪快に笑って、賊共を射殺していった。
「お前等、誰の奢りで飲むって・・・・・・」
いきなり目の前にいた賊5人が斬り殺された。
「こ、これは堅殿・・・・・・。ご機嫌麗しゅう」
祭は駆け足で賊達の中に乱入していった。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! ずるいわよ・・・・・・。あの、紅蓮母様、目が恐いよ。さっきは祭の冗談なんだからさ・・・・・・。あ、危ない!」
私が紅蓮母様に言い訳をしていると賊が襲ってきた。
「五月蝿い!」
紅蓮母様は南海覇王でその賊を頭から真っ二つにして斬り殺した。
ちょ、何なの・・・・・・。
私の母ながら凄過ぎ・・・・・・。
「話は後だ。今から、私と一緒に破才を殺しにいくぞ」
紅蓮母様は真剣な表情で私に言った。
「破才? それ誰だっけ」
「今、戦っている黄巾賊の頭だろうが! あいつの首があれば大守も夢じゃないぞ」
紅蓮母様は猛禽の目つきに黄巾賊が密集している奥を見た。
「その・・・・・・、あの中に行く訳? 無理じゃないかな」
流石に無理でしょ。
軽く見積もっても5000人は居ると思う。
「お前は黙ってついてくればいいんだよ!」
私は紅蓮母様に手を掴まれ引っ張られた。
「わかったわよ! やればいいんでしょ」
私と紅蓮母様は黄巾賊の厚い壁を突破するべく、無謀にも斬り込んだ。
何か凄く嫌な感じがするのよね。
紅蓮母様に言っても聞く耳持たないだろうけど・・・・・・。
「ハハハハハハッ――――――! 退け、退け! お前等、雑魚が孫文台の前に立ちはだかるなんて、百年早いんだよ!」
紅蓮母様は狂気に満ちた表情で笑いながら、賊を草を刈るが如くに殺して言った。
「楽しまなきゃ、損だよね! アハハハハハハ――――――! 賊ども死んじゃいなさい!」
私は血の臭いに当てられ、押さえられない高揚感を賊達に叩きつけた。
「ギヤァァア――――――!」
「い、痛でぇ、痛でぁ――――――!」
私と紅蓮母様は血飛沫舞う戦場でただひたすら賊達を殺し続けた。
「お前達、怯むな! 如何に強いといっても所詮は2人。密集して息を会わせて斬り掛かれ!」
時間を忘れて賊を殺していた私達の前に、いつの間に現れたか分からないが馬に乗る黄巾の将校が兵に指揮を出していた。
その将校が指揮を初めてから、私達は徐々に窮地に追い込まれた。
賊は一糸乱れぬ動きで密集陣形を組んで私達に襲いかかってきた。
「く、糞が――――――! 私は孫文台だ。貴様、名を名乗れ!」
紅蓮母様は賊の動きに苛立ちながら、将校に名前を聞いた。
「我が名は破才。この軍の将軍だ」
「フハハハハハハ――――――! お前が破才だと。この私と勝負しろ!」
紅蓮母様が破才に南海覇王を突きつけ一騎打ちを申し出た。
「生憎だが、その申し出を受ける気はない。下らぬ誇りの為に兵士達を危険に晒す訳にはいかない。お前にはここで死んで貰う。この2人を殺せ」
破才は一騎打ちを断ると、兵士達に命令を出した。
「破才、卑怯者――――――! 部下共々、皆殺しにしてやる!」
紅蓮母様は目を血走らせ、前にも増し激しく賊に斬り掛かった。
「紅蓮母様、危ない!」
紅蓮母様が深く敵陣に斬り込んだのを狙ったように、兵士達は後方に一段下がった。
そこに紅蓮母様は飲み込まれるように引き寄せられると同時に、賊に痛撃を浴びせられた。
「かはっ・・・・・・」
紅蓮母様は脇腹に刃を受け膝を着いた。
「お前等、よくも紅蓮母様を――――――!」
私は紅蓮母様を助けるために斬り込んだけど、賊達が邪魔で上手く進めない。
「策殿、今の内に堅殿を担いで逃げるのじゃ!」
祭の声が聞こえたかと思うと矢が賊達を殺していった。
私は兵士達が怯んだ隙に母様を抱えて、その場から撤退した。
私達が撤退しようとしたら、皇甫嵩率いる騎兵が破才の賊達に一斉に襲いかかっていった。
「くっ! もう少しだったのに」
私は舌噛みしながら、紅蓮母様を抱えて城に向かった。
「策殿、堅殿の容態はどうじゃ」
祭が私に近寄ってきた。
「わからない。でも早く医者に見せないと。祭、手伝ってくれる」
「糞っ! 皇甫嵩の奴に手柄を横取りされたじゃないか。雪蓮、何で破才を殺さなかったんだ!グハッ・・・・・・」
紅蓮母様は苦しそうな表情をしながら私に愚痴を言った。
「紅蓮母様、傷が開くから黙っていて」
「さっさと、治療しろ」
「堅殿、それは無理じゃよ」
祭はヤレヤレという表情をしながら紅蓮母様の左肩を持った。
城に戻って紅蓮母様の傷を見せたら、相当深い傷だったので、暫く安静にしなくてはいけなかった。
後から聞いた話だが、破才を討ち取ったのは予想通り皇甫嵩だった。
紅蓮母様がその話を聞いたら怒り心頭で機嫌が凄く悪かった。
酒を持ってこいって叫んでいたけど、流石に病人に飲ませるわけにはいかない。
宥めるのに一苦労だったわ。
番外編 ハムの人と黄巾の乱
前書き
残るは董卓編ですね。
番外編の方が何気にハイペースで更新しちゃっています。
「大守様、この書類こちらに置いておきますので今日中に決済をお願いしますね」
部下がうず高く積まれた竹巻の山に、更に竹巻を積んでる。
私はそれを呆然と眺めた。
はは、これ明らかに一人でやる仕事量じゃないよね。
「桃香達が出て行って、また元の仕事量に戻ってしまった。愛紗だけ残って欲しかったな」
叶わぬ夢を一人ごちた。
「でも、桃香達に奮発しすぎたな・・・・・・。はあ・・・・・・、いくら親友だからといって、餞別に3000人の兵士と、その兵士の糧食3ヶ月分は辛いな。い、胃が痛い」
私は今日何度目か分からない胃痛に襲われた。
「はあ、それに疲れた・・・・・・」
私は机に突っ伏した。
桃香と北郷は役に立たないが、愛紗が居てくれて随分助かった。
愛紗が残ってくれていれば・・・・・・。
だれか、良い人材が士官してくれないかな。
何故、私の元には誰も士官してくれないんだよ――――――。
「今日中に、この書類を決済しなくちゃいけないのか・・・・・・」
山のように積まれた竹巻に目を遣ると私は憂鬱な気分なった。
桃香のことで思い出したけど、北郷という男は本当に馴れ馴れしかったな。
凄く軽薄そうだったし、正宗君とは雲泥の差だな。
いつも北郷から嫌らしい視線を感じて不快な思いをしていたんだけど、桃香の知り合いだし我慢していた。
そのくせ、妙に気が利く時がある。
愛紗はいつも北郷をボロ雑巾にしていたな・・・・・・。
桃香と一緒に北郷が出て行ってくれて、枕を高くして寝ることが出来るよ。
そう言えば、正宗君はどうしているかな・・・・・・。
風の便りで聞いた話では司隷校尉に任じられて、洛陽で頑張っていると聞いた。
司隷校尉は三品官、郡大守の私は五品官。
正宗君は中央官、私は地方官。
やっぱり、凄いな正宗君。
以前、大守の任官で洛陽に行く機会があったけど、正宗君の家を訪ねる勇気がなくて蜻蛉帰りをした。
今更ながら、正宗君に会いに行けば良かったと後悔している。
あの時は、麗羽や揚羽みたいな美人の許嫁がいる正宗君に、私みたいな冴えない普通の人が堂々と会いにいくのが、なんとなく気後れしたんだよな。
はぁ・・・・・・。
正宗君、どうしているんだろ。
愛紗のお陰で幽州の黄巾賊の討伐が捗っていたんだけど、これからは私だけで黄巾賊を討伐していかなくちゃいけない。
粗方は片付けたから気合いをいれればなんとかなると思うけど、やっぱり人材が足りなさ過ぎだよな。
このままだと、私は間違いなく過労で死ぬと思う。
「誰か・・・・・・助けてください・・・・・・」
私はそのまま深い眠りにつきました。
「大守様、起きて下さい!」
私を呼ぶ声が聞こえ、その声の主が私の体を揺すりました。
「眠いんだ・・・・・・。頼むから、後半刻眠らせてくれ・・・・・・」
私は睡魔の誘惑に負け、その声の主の言葉を無視した。
「大守様、冀州の黄巾賊が討伐されたそうです!」
「えっ! それは本当なのか? 董東中郎将が討伐したのか?」
私はびっくりして、目を覚ましました。
「違います。劉左将軍です。冀州刺史も兼任されているので、冀州にそのまま駐留されるそうです」
声の主の官吏は私に討伐した人物の名前を話した。
「劉左将軍って、劉備じゃないよな?」
「アハハハハハハ、何を仰ってるんです。劉正礼様ですよ」
官吏は私の言葉に素っ頓狂な表情になると、腹を抱えて笑い出した。
よく考えれば、桃香が左将軍なんてありえないな。
さっき、この官吏はなんて言ったんだっけ?
劉正礼って言ったよな?
劉正礼!
「それは本当なのか!」
私は驚いて、その官吏の胸ぐらを掴み問いただした。
「大守様、痛いです。本当です。劉正礼様が賊を討伐したそうです」
「す、済まない」
私は官吏を解放すると謝った。
「それで劉左将軍は今どこにいるんだ?」
「えっとですね・・・・・・。正確なことは分かりませんが、劉左将軍は冀州刺史を兼任されていますので、多分、常山郡高邑県に滞在されていると思います」
官吏は指を顎に当てて、考えながら答えた。
「常山と言えば、そんなに遠くないな」
「そうですね。劉左将軍とお知り合いですか?」
「えっと、友達なんだ・・・・・・」
私は照れながら官吏に答えた。
「え――――――! 本当なんですか」
官吏は私のことを尊敬の目で見ていた。
「会ったのは一度だけなんだけど、劉左将軍から私と友達になりたいと言われて、真名を交換したんだ」
「大守様、それなら劉左将軍に会いに行かなくちゃいけませんよ!」
「そうかな・・・・・・。正宗君は迷惑じゃないかな?」
私は官吏の言葉に後押しされて、会いに行こうかと悩んだ。
「当然じゃないですか! 大守様は劉左将軍の友達なんですよね。最低でも戦勝祝いの使者を送らないと不味いです」
「そうかな。でもさ、私は忙しいし・・・・・・」
私が忙しいから会いに行くのは無理と言いかけると、官吏が自分の顔を指差していた。
「それでしたら、この私が行きますよ」
官吏の顔は満面の笑みでした。
「お前のことが無性に憎くなってきたよ・・・・・・。やっぱり、私が行く――――――! 私が絶対に正宗君に会いに行く!」
私は官吏の表情が許せなくて、生まれて初めてわがままを言った。
番外編 へぅ~君主と黄巾の乱
前書き
董卓編です。
次回は本編に戻ります。
私は東中郎将の職を解任され、故郷である涼州隴西郡に戻ってきました。
冀州に跋扈する黄巾賊の討伐に失敗したのは私の所為です。
詠ちゃんは黄巾賊を倒したところで、世の乱れは収まらないと言って、兵士達を損耗させつつ積極的に討伐しようとしませんでした。
私が詠ちゃんにそのことを止めて欲しいと言っても、「月の為にやってるの!」と、言って取り合ってくれませんでした。
私はそんなこと願っていないのに・・・・・・。
後任の方が来てくれて、内心ホッとしました。
詠ちゃんは腹立たしそうだったけど、私が責任者であるより、よっほど良いと思います。
後任の方は劉左将軍です。
劉左将軍は黄巾賊を討伐してくれたのでしょうか。
詠ちゃんはあまい人物と言っていたけど、恋ちゃんは強いと言っていたから、きっと冀州の民を救ってくれていると思います。
私の気がかりはそれだけです。
私は冀州の方角を見て、冀州の民が劉左将軍に救われるようにお祈りをしました。
「ああ、もうっ! あの男には騙されたわ!」
私がお祈りをしていると、詠ちゃんがイライラしながら私の部屋に入ってきました。
「詠ちゃん、どうしたの。そんなに怒って」
「どうもこうもないわ! あの劉正礼が私達が冀州を去って、1週間もしないうちに黄巾賊を討伐したのよ。あの男、善人ぶっていたけど、かなりの切れ者だわ。私がわざわざ兵士達を損耗させたというのに」
私は劉左将軍が黄巾賊を無事討伐してくれたことに感謝しました。
これで冀州の民も救われます。
「詠ちゃん、劉左将軍のことを呼び捨てなんて失礼だよ!」
私は詠ちゃんの態度が許せなくて、怒りました。
「別にいいじゃない。本人の前じゃないんだから」
詠ちゃんは不貞くれされたように言いました。
「へぅ~、詠ちゃん・・・・・・」
「月、そんな目で見ないでよ・・・・・・。分かったわよ。劉左将軍と言えば良いんでしょ」
詠ちゃんは項垂れながら言いました。
「それで劉左将軍は黄巾賊を討伐してから、どうしているの?」
私は本来自分のやるべきことを代わりに実現してくれた、劉左将軍のことが気になりました。
「劉左将軍は黄巾賊を討伐した後、黄巾賊に降伏を促しているわ。死罪を免ずる代わりに、10年の賦役を課すらしいんだけど、意外にも黄巾賊は素直に降伏しているらしいわ」
詠ちゃんは納得いかない様子でした。
「10年の賦役は大変かもしれないけど、死罪よりましだと思ったんじゃないのかな」
「月は甘いわね。黄巾賊は賊なのよ。そんな素直に労役に従事するわけないじゃない。確かに、死罪よりはましだろうけど・・・・・・。なんか、納得いかないのよ」
詠ちゃんは顎に指を当て、難しい表情になりました。
「詠ちゃん、冀州の民が安心して生活できるなら、そんなことどうでもいいよ」
私は胸に手を当て、神様に感謝しました。
「月、わかったわよ! でも、これで冀州の民が救われたとは言えないわよ。別に冀州に限ったことじゃないけど」
詠ちゃん、私を真剣な表情で見つめた。
「分かってる・・・・・・。黄巾賊を討伐しても、悪徳官吏が蔓延る限り、民は苦しい生活を送るしかない。でも、私に出来ることは限られている。私は私に出来ることを精一杯やるだけ」
私は沈痛な面持ちで詠ちゃんに言いました。
「月、あなたなら、きっと大陸中の民を救うことが出来るわ。だからこそ、出世しないといけないの。力が無ければ、正しいこともできないのよ。月は平気なの。今も何処かで、悪徳官吏に苦しめられている人々が各地にいるのよ」
詠ちゃんは厳しい表情で私に言いました。
「詠ちゃん・・・・・・、詠ちゃんの言いたいことは痛い程分かる。でも、大き過ぎる力は身を滅ぼすわ。自分の分を弁えて行動するべきだと思う」
私は詠ちゃんに毅然と言いました。
「月は欲が無さ過ぎ・・・・・・。天下を獲れる器を持っているのに、何でそんなことを言うのよ」
詠ちゃんは凄く悔しい顔をしていました。
私は詠ちゃんに近づき、彼女の手を握りました。
「私は詠ちゃん、霞さん、華雄さん、恋ちゃんと一緒に楽しく暮らしたいだけだよ。それ以外は何もいらない」
「月・・・・・・。月の気持ちは十分に分かってる。でも、私は諦めないから」
詠ちゃんは私を真剣な表情で見て言いました。
「へぅ~、詠ちゃんも強情だね。そうだ!今日は良い天気だし、みんなでお茶会を開こうよ。私が腕によりをかけてお菓子をつくるから」
私は気分転換にみんなでお茶会を開くことにしました。
「そうね・・・・・・。私がみんなを呼んでくるわ。月のお菓子楽しみにしているね」
詠ちゃんは笑顔で私に応えると、部屋を出て行きました。
みんなの為に美味しいお菓子を作らなくちゃね!
私は腕まくりをして、厨房に向かいました。
厨房に向かう道すがら、私は劉左将軍に会う機会があったら、今回のお礼をちゃんと言いたいと思いました。
番外編 名門袁家のお嬢様と黄巾の乱
前書き
袁紹編です。
リクエストにお答えして袁紹編、袁術編を書かせてもらいます。
とうとう主人公と麗羽、揚羽の婚礼の日取りが決まります。
私は正宗様が冀州に向け出征したのを見届けると、人材探しを始めましたわ。
今までは、正宗様の配下のお陰で支障はありませんでしたが、これからのことを考えると人材不足は否めませんわ。
正宗様から人材の情報をいただいたので、斗詩さんと猪々子さんを遣いに出しましたの。
手始めに、田豊、審配、沮授、荀溿、麹義、張コウの6名を招くことにしましたわ。
この他にも候補がいるのですが、その人物の名は淳于瓊といい、いずれ私の同僚になるので、洛陽を去るときに誘えばいいと但し書きがされていました。
荀溿は彼女の従姉の忍さんに頼んで、士官の話を伝えて貰っていますの。
忍さんは潁川荀家の名門の出自で凄く慎み深い人で、私もお手本にしなくてはと思っている人物ですわ。
それに、私の同僚で黄門侍郎の官職についていますの。
できれば、彼女も私の陣営にお招きしたいですわね。
正宗様からいただいた人材情報の中に、私を破滅に追いやる可能性がある人物が2名いましたわ。
逢紀と許攸ですわ。
逢紀は自分のことしか考えない小人物だそうですの。
逢紀のことより、許攸の名を聞いたときは驚きましたわ。
まさか、咲さんが私を破滅に追いやる人物とは思いませんでしたわ。
でも、正宗様にご指摘をいただくと、思い当たる節はないではないですの。
正宗様に会うまでは咲さんは良い友達と思っていましたけど、正宗様の薫陶のお陰で彼女が守銭奴のような人物であることがわかり、最近は交流を避けていますの。
咲さんの方はしつこく私に付きまとってきますけど、彼女は私が名門袁家の出自だから媚を売っているのが有々ですの。
本当に、目障りな人ですわ。
それに品行もあまりよろしくないようですし、正宗様の情報を元に調べさせたら、咲さんは性格に問題ありすぎですわ。
私の臣下にはとても迎えることはできませんわね。
そういえば、もうそろそろ斗詩さんと猪々子さんが戻ってもいいころですわ。
荀溿さんは忍さん経由で渡りをつけて、黄巾の乱が収まったら洛陽に来てくれるらしいですの。
忍さんの姪ということは優秀な方だと思うので、凄く楽しみですわ。
「麗羽お姉ちゃん、これが分からないのだ」
鈴々さんが声を掛けてきました。
「どこが分かりませんの? 用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。これは分かり易く言うと、鈴々さんに10人の敵が居たとしますわね。鈴々さんがその人達を叩きのめして従わせれば、お腹も減るし、怪我をするかもしれない。それは駄目だよと言っているんですの。10人の敵を倒すなら、お腹が減らなくて、怪我しない方法を考えなさいと言っているの」
私は鈴々さんにも分かり易いように説明しました。
正宗様は私に良く噛み砕いて説明してくれましたわね。
「お腹が空くのは嫌なのだ・・・・・・。でも、それは難しいことなのだ。なんでいけないのだ?」
鈴々さんは理解できないという表情をしました。
「お腹がへれば、ご飯を食べなくちゃいけないでしょ」
「でも、喧嘩しなくてもご飯を食べるのだ」
「そうね。でも、喧嘩したらいつもより沢山のご飯を食べるでしょ。そのご飯の材料は誰が作っているのかしら」
私は微笑んで言いました。
「農家のおじさん達なのだ。あっ! 分かったのだ。食べ物を沢山用意しないといけないから、おじさん達が大変なのだ。喧嘩はあまりしないようにするのだ」
「ええ、そうよ。でも、悪い奴とは喧嘩をして良いですわ。弱い者虐めは持っての他ですからね」
「うん、分かったのだ。麗羽お姉ちゃん、ありがとうなのだ」
鈴々さんは満面の笑顔で言いました。
「どういたしまして。それじゃ勉強を続けましょうか」
私は鈴々さんの頭を撫でて、彼女に勉強を促しました。
「分かったのだ」
鈴々さんは武は一流なのですが、学が無さ過ぎですわ。
それで、この私が彼女の勉強を見て上げることにしました。
私は秀才とまではいいませんけど、正宗様のお陰でそこそこの知識は知っていますわ。
知識を身につけることでより広い視野で物事を捕らえることができ、逆に無知では狭い視野しか物事を捕らえることができませんわ。
鈴々さんにも正宗様が私にしてくれたことをしてあげたい。
そうすれば、きっと立派な人物になってくれますわ。
「麗羽お姉ちゃん、これはどういう意味なのだ」
「どこがわからないのかしら」
その後、鈴々さんの勉強を二刻程見てあげましたわ。
鈴々さんの勉強が終わると、私は何進様の執務室に伺うことにしましたわ。
「おお、麗羽ではないか! 中に入ってくりゃれ」
「何進様、失礼いたしますわ」
私は礼をすると、何進様の進める席に座りましたわ。
「良い話を陛下から耳にしたぞ。麗羽、聞きたいか?」
何進様は悪戯っぽい表情で私を見ていましたわ。
「良い話ですとななんですの?」
「う――――――ん、乗りの悪い奴じゃな。御主の未来の旦那様のことじゃよ」
何進様は愉快そうな目付きで言いましたわ。
「ま、正宗様のことですの! 教えてください」
「御主は分かりやすの。そう慌てずとも教えてやる。劉正礼は冀州の黄巾賊を討伐したそうだ。戦後処理で忙しかったようだが、洛陽に近々戻ってくるじゃろう」
何進様は真面目な表情で語り始めましたわ。
「戻ってきますね・・・・・・」
私は両手を胸の前で組んで、心の底から安心しましたわ。
正宗様がお強いのは承知していますけど、心配で眠れない日が何度もありましたわ。
その心配からやっと解放されますのね。
「洛陽に戻ったら、劉正礼は陛下から褒美を貰うことになるじゃろう。それで、少し早いかもしれないが、劉正礼と御主の婚礼を執り行なおうと思っておる。揚羽の婚礼は御主の婚礼の数日後じゃ。既に、劉家、袁家、司馬家の者達とは内々に応諾をいただいておる。御主の気持ちは一応聞いておきたい」
私は何進様の言葉に心臓の動悸が止まりませんわ。
「まさかと思うが嫌なのか?」
何進様は私が黙っていたので、拒否している思っているようでしたわ。
「そ、そんなことあるわけがないじゃありませんの!」
私は椅子から立ち上がり、大声で何進様の言葉を否定しましたわ。
なんで、私が正宗様との婚礼を拒否しなくちゃいけませんの!
「ああ、そうか・・・・・・。そんなに恐い顔をせんでもいいではないか・・・・・・」
何進様は私の剣幕に引いていましたわ。
「やっと、正宗様と正式に結ばれますのね・・・・・・。オホホホホホ――――――、この日をどんなに待ちわびたことでしょう」
私は心が高揚して、何進様の前にも関わらず高笑いをしてしまいましたわ。
「ところで、麗羽。初夜の作法は心得ておるのか? 最初が肝心と思うぞ。もし、粗相をしては劉正礼に嫌われるかもしれぬ」
何進様は意地の悪いニヤケ顔で言いました。
「オホホホホ、この私、それくらい知っていますことよ」
私は顔が灼けるように熱いを手で扇ぎながら、平静を装いました。
新婚初夜・・・・・・。
密かに手に入れた本で勉強をしていますが・・・・・・自信がありませんわ。
「くく、麗羽は愛いのう。同じ女として、御主に教授してやらんでもないぞ」
「えっ! 本当ですの」
私はつい何進様の悪魔の囁きに耳を貸してしまいましたわ。
「何進様、見返りは何でしょう?」
私は不安気な表情で何進様に尋ねました。
「そうじゃの・・・・・・。御主は私の娘みたいな存在じゃ。そう値の張るものは要らぬ。初夜の結果をこっそり教えてくれぬか?」
何進様は冒頭心温まる言葉で私を感動させましたが、終わりは最悪の言葉でしたわ。
この人、頭がおかしいんじゃありませんの?
「なっ! なんで私がそんなことを話さなくちゃいけませんの」
私は顔を紅潮して何進様に抗議しましたわ。
「そんなに怒ることもないではないか・・・・・・。私はこの年になっても良い伴侶に巡り会って居らぬのじゃ。哀れな妾に潤いを与えてくれても良かろう。うううう」
何進様は急に泣き崩れて、目の端を絹の布で拭いましたわ。
「で、ですけど・・・・・・、恥ずかし過ぎますわ・・・・・・」
私は紅潮した表情をして、顔を俯き、消え入りそうな声で言いましたわ。
「揚羽は司馬防から初夜の作法の指南を受けるであろうな・・・・・・。劉正礼は揚羽の手練手管により、寵愛を一身に受けるかもしれぬ。そのようなことになれば、妾は麗羽が不憫でならぬ。ううううう」
何進様はわざとらしく涙を流しながら、声高に言いましたわ。
「何進様! わ、わかりましたわ。その取引のみますわ。で、でも、このことは絶対――――――に秘密ですわよ」
私は女の意地から、何進様に指南を受けることにしましたわ。
「心得ておる。この何進にお任せあれ。ホホホホ、劉正礼など私に掛かれば赤子じゃ」
何進様は私の言葉に機嫌の良い表情をして私に微笑みました。
番外編 蜂蜜を愛するお嬢様と黄巾の乱
前書き
袁術編です。
南陽郡に入った妾がまず目にしたのは荒廃した田畑、民は生気を感じさせない目をしている有様だったのじゃ。
渚は南陽郡は本来、豊かな郡だと言っておったが、豊かな郡の民が何故、こんなに酷い状態なのだと憤ったのじゃ。
渚の話では汚職官吏が民から苛烈な搾取を行っているからと言っておったのじゃ。
この妾がこの地の大守になった以上、そんな真似を見過ごすことできぬのじゃ。
渚、榮奈、明命、亜莎、そして南陽郡に向かう道中に士官した紀霊、文聘、諸葛玄に汚職官吏のことを調べさせたのじゃ。
榮奈は本来3人を見つけたら、兄様の元に帰る予定じゃったのじゃが、南陽郡の酷さに心を痛め、汚職官吏を排除するまでいてくれることになったのじゃ。
新しく加わった紀霊、文聘、諸葛玄の真名は菜々、涼、鉄心じゃ。
菜々は長い髪が印象的な女性、涼は勝ち気な感じの女性、鉄心は真面目なおっさんなのじゃ。
皆の助けも会って、やっと大物を捕まえたのじゃ。
しかし、袁江とはのう・・・・・・。
同じ袁家の一族でありながら、汚職に関与するとは死罪じゃな。
力を持った悪党は殺さねば、欲を捨てることは出来ぬ。
生かしておけば、いずれ、また牙を向くに決まっておるのじゃ。
「は、放さぬか! この儂が誰か知っておるのか!」
ブクブクと太った男を涼が縄で縛って連れてきたのじゃ。
袁江は何とも悪人面した男じゃな。
「袁公路様、これはいかなる存念だ!」
袁江は私に不満げに抗議してきたのじゃ。
「涼、縄を解いてやるのじゃ。さて、お前は南陽の民から本来の税率に上乗せした税を徴収し、その差分を貴様の懐に入れるそうではないか! それは、本来国庫に入るべきものではないのか?」
妾は袁江に問いただしたのじゃ。
「それは何のことでございます。この袁江、そのようなことは全く預かり知りません」
袁江は白々しく知らぬと言ったのじゃ。
「明命! あれを袁江に見せてやるのじゃ」
「畏まりました」
明命は袁江の前に進みでると裏帳簿である竹巻の束を袁江の前に置いたのじゃ。
「袁江、それを見てみるのじゃ。なかなか面白いことが書いておるぞ」
妾は袁江を小馬鹿にするように言ったのじゃ。
「それでは拝見させていただきます。こ、これは・・・・・・」
袁江は冷や汗を流して、竹巻を握ったまま黙っていたのじゃ。
「それを見て沈黙したということはそちの汚職の罪を肯定したと取ってよいな」
「こんなもの知らぬ。袁公路様、濡れ衣を着せこの儂を貶めようとは、あまりに酷過ぎますぞ。あなたの父上に抗議せねばなりません。今、謝罪されれば、許してさしあげましょう」
袁江は不快を覚える表情で私を見て、父上様に言いつけると言ったのじゃ。
この者は妾が幼いと思って舐めておるのか。
「罪を認めぬとは、お前はこの私を何と思っておるのじゃ。この南陽郡の大守じゃぞ」
「はい、存じております。この南陽郡にはここのやり方がございます。それを曲げようとすれば、袁公路様の御身が気がかりでございます。昨今は賊が増えておりますのでお気をつけください」
袁江は開き直って、妾を脅迫してきおったのじゃ!
もう・・・・・・、許せぬ!
こんな下衆が妾の一族にいるとは!
「汝南袁家の者なれば恥を知れ! 民は国の柱じゃ。それを虐げるとは天に唾を吐くも同罪、その行為は漢室に弓引くも同然じゃ。涼、この者とその家族を斬首にするのじゃ!」
妾は頭に血が上って、袁江を罵倒したのじゃ。
「そんなことしてどうなるか分かっておるのか? 他の豪族は黙っておらんぞ!」
袁江は妾を嘲笑するように言ったのじゃ。
「望むところじゃ! 民を苦しめる者は賊と同じじゃ。賊を狩るのに理由など要らぬわ! 妾の前に立ちふさがる賊は何人とて生かしてはおかぬ。涼、直ぐに袁江の家族を全て捕らえてまいれ。明朝、民の前で処刑を執行するのじゃ」
妾は袁江を睨み言い放ったのじゃ。
「な、ちょっと待ってくれ、儂は袁公路様と同じ袁一族ではないか・・・・・・。話し合おう。い、命ばかりは勘弁してくだされ! 汚職をしている者は儂だけじゃない。は、話す。汚職をしている者達の名を明かすから、見逃してくだされ!」
袁江は妾の態度が脅しでないと感じとり、血の気の引いた表情で必死に助命を願いでてきたのじゃ。
「お前は他にも汚職をしている者を知っておるのか?」
「知っている。知っている。儂は袁家の人間だぞ。この南陽で汚職している者なら全て知っておる」
袁江は私の態度に命が助かるかもしれないと淡い期待を感じたのか、必死な形相で応えたのじゃ。
「ふむ・・・・・・、ならばお前の知っている者達の名を全て挙げよ。助命の話、考えてやらなくもない」
妾は助命する気などなかったが、袁江から情報を引き出すために言ったのじゃ。
「話します。この袁江は袁公路様に忠義を尽くします」
袁江は恭しく頭を垂れたのじゃ。
「鉄心、袁江に筆と竹巻を用意してやれ。袁江、お主はそこに汚職を行いないせし者の名を書くのじゃ」
妾は横に控えていた鉄心に命じ、袁江に汚職官吏の名を書かせたのじゃ。
「はっ! 直ぐに用意いたします」
鉄心はそそくさと袁江の前に筆と竹巻を用意したのじゃ。
「袁公路様、こ、これを書けば見逃してくださるのか?」
袁江は筆を取る前に、不安気な表情で尋ねたのじゃ。
「書きたくないのなら、別に構わぬぞ。妾はお主に強要はせぬ。妾の気が変わらぬ内に書いた方がいいと思うがの。妾はお前が死のうが一行に構わぬ」
妾は気にも止めずに玉座に座ると、袁江は慌てて竹巻に汚職者の名前を書き始めたのじゃ。
袁江が書き上げた汚職者の数はざっと200名にも上ったのじゃ。
こんなにも南陽にはゴミが巣食っておったとは、道理で風通しが悪いはずじゃな。
「あの・・・・・・、袁公路様、お約束通り見逃しください」
袁江は最初とは違って卑屈な態度で話かけてきたのじゃ。
「助命を考えてやる話じゃったな」
「はい!」
袁江は期待に膨らませた表情で妾の顔を見ていたのじゃ。
「そちには褒美に死をくれてやるのじゃ。汚職をせし袁家の者を家族皆殺しにすれば、良い見せしめとなるはずじゃ。貴様を処刑した後、お前が密告した汚職官吏に不正に貯めた財を吐き出せば、死罪を免じてやると伝えるつもりじゃ。無論、逆らう者もおろうが、その者達は皆殺しにして、全ての財を没収するのじゃ。豪族とはいえ、大守に弓引くは朝廷に歯向かうことと同義じゃ。当然、その者達は逆賊、生かしてはおけぬ。生きて不正な財を差し出すか、死んで全てを失うか。賢いものなら、どちらを選ぶべきかわかるであろう」
妾は袁江を侮蔑に満ちた表情で睨んだのじゃ。
「わ、儂を騙したのか――――――!」
袁江は怒りの形相で妾を睨んだのじゃ。
「騙してなどおらぬ。妾は助命を考えてやるといっただけじゃ。熟考して、お主を生かしてはおけぬと結論が出たのじゃ。それに、お主は袁家の名を汚した愚か者じゃ。死してご先祖様に詫びるがよい。涼、この者を連れて行くのじゃ!」
「はっ! 畏まりました。この者を牢屋に入れておけ」
翌日、袁江とその家族を城の前で斬首に処したのじゃ。
これに豪族達の一部が反発したが、榮奈と渚が大守配下の軍3000を率いて、逆賊として皆殺しにしたのじゃ。
妾の容赦ない行動に対し、豪族は表向き反抗を止め汚職で貯めた財貨を差し出したのじゃ。
汚職を働いた官吏や豪族から取り上げた財貨は一度国庫に入れ、後ほど飢えに苦しむ民の食料を買うために使用したのじゃ。
これで民の飢えを当面は救うことができると思うのじゃ。
政とはほんに大変なのじゃ。
第81話 三国一の花嫁達 前編
私が霊帝に褒美を貰って屋敷に戻ると、袁逢殿とお爺々様が庭で談笑をしていました。
「これは婿殿ではないか! ささ、婿殿、司馬懿殿、席に座られよ」
袁逢殿は上機嫌に私と揚羽に席を勧めてきました。
私と揚羽は勧められるままに席に座りました。
「袁逢殿、本当にお久しぶりですね。今日は、随分と上機嫌ですが、何か良いこともあったのですか?」
私は席に座ると、袁逢殿が上機嫌な理由を聞きました。
「お前と麗羽の婚礼の日取りが決まったのじゃ。揚羽との婚礼もじゃぞ。正宗、正に両手に花じゃな。ハハハハハハ、本当に目出たいの」
お爺々様は笑顔で言いました。
「婿殿、婚礼は1週間後に決まりましたぞ。揚羽殿はその2日後です」
「寝耳に水なのですが・・・・・・」
揚羽は淡々と言いました。
「それは当然じゃよ。何進殿と儂等、お主の母上で決めたのじゃから。安心してくれ。親戚には既に声を掛けているでな」
「麗羽殿はご存知なのですか?」
「最近、そわそわしていたので、何進殿から聞いていていると思いますぞ。本当に、若いというのはいいですな」
袁逢殿は嬉しそうに言いました。
「婚礼には美羽も呼んでいただけませんか? それと美羽の臣下、諸葛玄。私の臣下の司馬孚、司馬朗、諸葛亮、鳳統も」
私はこの婚礼の機会に諸葛玄と朱里を会わせてあげようと思いました。
雛里にも約束していたので彼女も呼びましょう。
「諸葛玄、諸葛亮、鳳統? それは誰です」
袁逢殿はよくわからないといった表情をしていた。
「私の配下に美羽の臣下の親類がいるのです。それで、できればこの度の婚礼の場で会わせてやりたいと思いまして。ご迷惑でなければお願いできませんか」
「ハハハハハハ、そういうことなら構いませんぞ! 婿殿は家臣想いですな。直ぐにでも早馬を出しましょう。冀州は遠いので、婿殿の臣下には申し訳ないが夜通し馬で掛けないと婚礼当日に間に会わないでしょう。美羽と司馬姉妹は心配なさらずとも呼んでいます」
「正宗、お前は本当に優しいの。儂はお前のことが誇らしいぞ」
本音は臣下全員を呼びたいところですが、冀州を留守にするのは流石に問題があります。
彩音は今、常山郡大守ですが、彼女のことなので留守の間の代理は抜かりないでしょう。
気づいたのですが外征組と内政組の人材確保が急務です。
今回は婚礼だったので、支障がそれほどないですが、人材が足りない気づかされました。
婚礼に諸葛玄と朱里を呼ぶので、朱里を通して諸葛瑾、諸葛誕に声を掛けてもらいましょう。
揚羽には司馬八達で私の元に仕えてくれそうな人物を呼んでもらいましょう。
「正宗、忘れるところじゃった。清河王に奉じられたそうじゃな。大出世ではないか? おめでとう」
お爺々様は好々爺然とした表情で言いました。
「婿殿、私からもお祝いを申し上げる」
袁逢殿は微笑んで言いました。
「袁逢殿、お爺々様、ありがとうございます。婚礼が終わりましたら、お二方には清河国にて余生を過ごしてほしいのですが」
私は反董卓連合時のことを考え、この2人には私の封地である清河国に住んでもらいたいと思いました。
姉上はもう少しすればエン州刺史になるので心配ないでしょう。
「婿殿は孝行者ですな。私にまで声を掛けてくれるとは」
「正宗、儂は構わぬぞ。のんびりと過ごすのも一興じゃ。袁逢殿もいかがじゃな」
「そうですな。儂もそろそろ引退の頃合いですし、良い機会です。陛下にお伺いを立ててみますな。婿殿、悪いが半年位後に清河国に厄介することにする。劉本殿と囲碁三昧の日々を送れるとは本当に楽しみですな」
「袁逢殿、儂も楽しみしているぞ」
袁逢殿とお爺々様は意気投合して、2人でまた談笑を始めました。
「正宗様」
揚羽は私の服の袖をクイ、クイと引っぱりました。
「なんだい、揚羽?」
「正宗様は私との婚礼は嬉しいですか?」
揚羽は凄く真面目な表情で聞いてきました。
「薮から棒に何だい? 嬉しい決まっているだろ」
私は揚羽に優しく微笑みました。
「私は正宗様に士官を条件に婚姻を無理強いしたので、私のことをあまり好きではないのかなと・・・・・・」
揚羽は物憂げな表情に呟いた。
「馬鹿だな・・・・・・。揚羽は私の心の支えだと思っているよ。そんなお前を嫌いなわけないだろ」
私は揚羽を抱き寄せました。
「正宗様・・・・・・」
揚羽は私の腰に手を回してきました。
「おいおい、人の居る前に乳くり合うのは寄してくれ。見ている儂等まで恥ずかしいじゃろ」
「本当に若いとは良いですな。婿殿は出征前に兵士達の前で麗羽と口づけをしていたそうですぞ」
袁逢殿とお爺々様は微笑みながら言いました。
「はは・・・・・・」
私がバツを悪そうにしてると、揚羽は恥ずかしそうに私の後ろに隠れました。
前世では結婚していなので、結婚までの段取りを知りませんが、この時代の結婚式は随分と面倒ですね。
段取りのほとんどは代理人を介してやるとは・・・・・・。
袁逢殿、司馬防殿、お爺々様達で段取りはほぼ消化して、残すは親迎のみです。
親迎は私が新婦の家に新婦を迎えに行き、私の家に新婦を連れて帰ってくるというものです。
結婚式はその後です。
それにしても感慨深いです。
麗羽と出会ってから、目紛しく年月が経過した気がします。
そして、麗羽と揚羽と結婚をすることになるとは・・・・・・。
前世では結婚をしていないので、良くわからないのですが、夫婦になれば・・・・・・。
ハハハハ・・・・・・、なんとかなるでしょう。
「正宗様、何をお考えになっているのです?」
揚羽が声を掛けてきました。
「私は麗羽と揚羽の夫になるのだなと思って・・・・・・。まだ、あまり実感が湧かなくて」
「私もです」
揚羽はクスッ、と笑いました。
その後、揚羽は婚礼まで実家で過ごすと言い、実家に帰って行きました。
私はそのときに揚羽の姉妹で私に士官してくれそうな人物がいたら誘ってくれないかと言いました。
揚羽は私をジト目で見て、「こんなときまで、政務のことをお考えなのですか?」と、愚痴を言い、溜息をついていました。
それでも、揚羽は「惚れた者の弱みですね」と、悪戯っぽく笑って、この私の頼みを受けてくれました。
第82話 三国一の花嫁達 後編
婚礼を終えた私は麗羽、揚羽、美羽を連れ、馬で遠出をしました。
私達は洛陽より出て数刻程駆けた後、小高い丘にて馬上より平原を見渡しました。
「兄様、何故こんな場所に妾達を連れてきたのじゃ?」
美羽は疑問を私に打つけてきました。
「大事な話があるから、こんな人気のない場所に来たんだ。ここなら人に聞かれることもないだろ」
私は美羽に真剣な表情で言いました。
「大事な話とは何なのじゃ?」
美羽は不思議そうな表情になりました。
「美羽は南陽郡で悪徳官吏を排除したらしいな。それで美羽はどう思った?」
「許せんのじゃ! 妾の一族まで汚職に手を染めていたのじゃ!」
美羽は過去の記憶を思い出したのか、手をわななかせながら怒っていました。
「美羽はそれが南陽郡だけで起こっていると思うかい?」
「あのようなことは南陽郡意外でも起こっているのかや?」
美羽は真剣な表情で聞き返してきました。
「あんなこと珍しいことじゃない。この大陸のそこら中で日常茶飯事だ。全ての官吏が汚職を働いている訳ではないだろうが、大半は汚職を少なからずやっているだろう」
「父上達は何をやっているのじゃ!あんなゴミ共放置しているなど許されることじゃないのじゃ」
美羽は拳を握りしめ怒りに震えていました。
「美羽殿、袁逢殿は好きで放置しているのではありません。全ては、宦官や皇帝の外戚達が闘争に明け暮れ、地方を返り見ないからです。彼らにとって、世界は洛陽だけなのです。それは、皇帝陛下にとっても同様でしょう。民のことなどどうでもいいのです」
揚羽は美羽に真剣な表情で言いました。
「・・・・・・何じゃと。それでは民はどうなるのじゃ・・・・・・。今も重税で苦しんでいる民がいるのじゃぞ。兄様、どうして陛下は苦しむ民を見捨てるじゃ」
美羽は哀しい表情をして、私に聞いてきました。
「後漢の天命が尽きようとしているということだ。今の皇帝が存命の間は後漢は滅びることはないだろう。だが、死ねば後漢の命脈は尽きたも同然。後継者の劉弁、劉協、いずれも傀儡にしかなれぬ皇帝とは言えぬ道化でしかない。腐り果てた後漢は砂上の楼閣のように崩壊していく」
私は厳しい表情で美羽を見つめながら言いました。
「兄様、何を言っているのじゃ。そのようなことを聞かれたら逆賊として処断されるのじゃ。兄様は仮にも漢の皇族なのじゃぞ」
美羽は慌てて私に言いました。
「皇族だから言っているのだ。後漢を再興した光武帝は民の為の政治に尽力された名君。この私も尊敬する人物だ。光武帝がこの荒廃した有様をご覧になったらどう思う。決して見過ごしにはならないだろう」
私は美羽を説得するために光武帝のことを持ち出しました。
「兄様・・・・・・、まさか、民の為に新たな漢を起こす気なのですか? 光武帝は王莽という逆賊を打ち倒すという大義名分があったからできたのじゃ。今、兄様がそのような真似をしても逆賊になるのじゃ」
美羽は動揺を感じている表情で私を見ていました。
「今直ぐことを起こす気は毛頭ない。これから5年後、反董卓連合が結成され、洛陽は火の海になる。そのとき、劉弁が毒殺されて即位した劉協は洛陽を逃げ出す。そこで、後漢は滅びる。私は劉協をもり立てる気など毛頭ない。劉表、劉焉も同様だろう。劉協に皇帝の権威があれば諸候が洛陽に兵馬を引き連れるような蛮行を行うなずがない。劉協は所詮道化でしかない。良くて、諸候に祭り上げられ、御輿になった挙げ句、最終的には禅譲を迫られるだけだ」
私は美羽にこれから起こる未来の話をしました。
「あ、兄様、何故そのようなことを知っているのじゃ? もしや!」
美羽は動揺しつつも私に口を開きました。
「美羽、お前の考えているようなことは絶対にないぞ。私はこの先の未来を知っているだけだ」
「未来を知っている・・・・・・。 兄様、妾をからかっておるのか?」
美羽は怒った表情で言いました。
「嘘などついていない。何故、私が美羽が南陽に下るとき、榮奈をつけたと思う。全てはお前の悲惨な未来を回避するためだ」
私は美羽を哀しい表情で見ました。
「妾の未来とは何のことなのじゃ! 兄様は何を知っているのじゃ」
美羽は私に駆け寄ってきました。
私はその後、美羽に麗羽達にも話した内容を語りました。
「信じられないのじゃ! 妾が、妾が民を苦しめるなんて・・・・・・」
美羽は体を震わせながら言いました。
「私が美羽を洛陽の庶民の子供と交流を持たせ、貧民街にいる民の姿を見せる前ならどうだ?」
私は真剣な表情で美羽を言いました。
このことは反董卓連合前に話す必要がありました。
今の美羽では正義感が強過ぎて、董卓に合力しかねません。
そんなことになったら、私が美羽の為にしたことが水の泡になります。
「兄様・・・・・・、妾は悪人なのかえ?」
美羽は俯きながら言いました。
「美羽が無知なままなら、そうなっただろう。美羽、無知は罪だ。特に支配する側の者にとってはな。そして、もっとも罪なのは知りながら何もしない者だ。一般の民には支配者に抗う術はない。あったとしてもそれは命がけだ。だから、支配者は無知ではいけない。美羽が過ちを犯す前に私はお前を導いた」
私は美羽を抱きしめ優しく語りかけました。
「ひ、ひっく、兄様はだから新たな漢を起こすのかえ?」
美羽は涙で一杯の目で私を見て言いました。
「そうだ。腐りきった王朝は民を苦しめるだけの存在。支配者の為に民がいるんじゃない。民に必要なのは彼らを守り導く存在だ」
「わかったのじゃ。妾も兄様の夢の為に働くのじゃ」
美羽は涙を拭きながら、強く決意した表情で言いました。
「美羽さん、正宗様の話は当分誰にも話さないように。このことを知っているのはこの場にいる私達と周瑜という人物だけですわ」
麗羽は真剣な表情で美羽に言いました。
「麗羽姉様、心配しなくても、このような話は誰にも話せないのじゃ」
美羽は憮然とした表情で麗羽を見て言いました。
「兄様は反董卓連合側に立つ気なのじゃろ。罪無き董卓はどうするつもりなのじゃ。それに洛陽を焼くのは誰なのじゃ?」
美羽は私を厳しい表情で私に言いました。
「我らが最初に洛陽に入城し、董卓は死んだことにして、彼女を保護する。洛陽を焼くのは董卓配下の者達だ」
「美羽殿、正宗様は死体を用意して董卓の死を偽装するおつもりです」
揚羽は私の言葉に補足しました。
「兄様は本当にずっと前から準備をされていたのじゃな。妾が遊び惚けているその時も・・・・・・。世を憂いていたのじゃな」
美羽は私と揚羽の言葉を聞いて、私を哀しい表情で見ていました。
「兄様、これからは妾も共に苦労を分かち合うのじゃ。妾はまだまだ未熟じゃが、兄様の為に働きたいのじゃ」
美羽は私に凛々しい表情で言いました。
「当然だ。私は美羽に期待してこの話をしている」
私は美羽の両肩を強く掴んで言いました。
第83話 冀州清河国
私はお爺々様、奈緒、揚羽、彩音、朱里、雛里、新しく仕官した者達と一緒に洛陽を旅立って一月程して清河国に入りました。
清河国傅に揚羽、清河国相に朱里、清河国長史に雛里を上奏済みです。
新しく仕官した者は4人です
諸葛瑾、真名は美里。
諸葛誕、真名は慶里。
司馬馗、真名は真悠。
司馬恂、真名は紗綾。
清河国につくと私達は自分の居城に入り、各々の部屋に別れ休憩をとることにしました。
数日後には、常山郡に移動するつもりでいます。
私が自室の窓から外の風景を眺めていると、揚羽が私の部屋に入ってきました。
「正宗様、お時間大丈夫ですか? お話したいことがあります」
揚羽は周囲を気にしながら、私に声を掛けてきました。
「構わないよ」
私は揚羽を見て頷きました。
「反董卓連合の件でお聞きしたいことがございます。正宗様が歴史へ介入されたことで、反董卓連合が発生しない可能性があるのではありませんか?」
揚羽は疑問の言葉を投げかけてきました。
「それはないな。揚羽は私が知っている歴史が正しいと思い込んでいるとでも思っているのか?なら、それは浅慮というものだな。私は歴史を今のところ行動の指針にしているだけだ。いずれ私の知る歴史と決定的にズレが出るだろうが、それはまだ先のことだろう。現在と未来は川の流れと一緒で、今まで私が介入した内容程度で大幅にずれることはないさ。もし、ズレると思うのならそれは人の奢りでしかない」
「何故、確信できるのですか?」
揚羽は真剣な表情で言いました。
「反董卓連合が発生したのは董卓が中央の権力を握ったからに他ならない。そうなった理由はわかるか?」
「いいえ」
揚羽は無表情で私に答えました。
「何進様が暗殺されるからだ。辺境の董卓がなんで中央にいたと思う。今上皇帝が死んで宦官と何進様の後継者争いが激化し、何進様だけではどうにもならなくなり、地方の軍閥を招集してその力で何皇后に圧力をかけるためだ。私もそのときに召集されるだろう。だが、私は積極的に行動するつもりはない。歴史の本流を変えない為にな。これでわかっただろう。反董卓連合の結成と、今まで私が介入したことと因果関係など何もない。そもそも未来とは必然の積み重ねによって成り立つ。火の中から水が湧かないように、未来もそんな突拍子も無いものではない」
「その口ぶりですと、正宗様は何進様をお見捨てになると」
「そうだ。彼女が死んだとき、洛陽で一番の兵力を握っていたのは董卓。だから、彼女に抗える者はいなかった。私は敢えて少ない兵力で洛陽に駐留し、ことがおきたら冀州に麗羽とお前の母親を連れ速やかに撤退する。揚羽は司馬家の者を早めに清河国に疎開させておけ」
「董卓は武力を背景に、中央を席巻したということですね。董卓の謀将賈は必ず私達の抑えとして、麗羽殿と私の母親を拘束しようとするはずです。私もその心づもりで準備いたします」
揚羽は私の考えに得心したように頷きました。
「この世界の状況は私の知っている歴史とは明らかにずれがあるが、本筋は同じだ。差異があると思うのは本質を見ず、ただ表面だけしか見ていないからだ。仮に、変わるとしても、それは役者の立位置が変わるだけだ。私はより有利な立ち位置を望んでいる。そして、私が歴史を本当の意味で塗り替えるのは」
「正宗様が他国に対し侵略行動に出るときですね」
揚羽は怜悧な笑みを浮かべました。
「飲み込みが早いな。歴史を変えるとはそういうことだ。それまでは予定調和。私と同じく歴史を知る北郷は私のように歴史を捉えていないだろう。私の行動は歴史の支流の流れを変えただけで、その本流の流れを変えたわけじゃない。現時点で歴史の本流とは朝廷の権威が失墜し、零落することだ。その流れを破綻させない限り、歴史の本流への影響は些細なもの。麗羽にはこのことは伏せて置いてくれ、彼女は何進様を救おうとするはずだ」
「畏まりました。一つご忠告します。麗羽殿にはそのことは決して口にせぬようにしてください」
揚羽は私を真剣な表情で言いました。
「ことが済めば話した方が良いのではないのか?」
「はあ……。正宗様、相手に包み隠さず話せば良いというものではないです。その行為は誠実でもなんでもないです。自分が楽になりたいからでしょう。もし、思っていなくても人とは無意識に楽な方を選ぶものです。そのことは墓場まで持っていってください。私も墓場まで持っていきますから」
揚羽は溜息をついた後、厳しい表情で言いました。
「分かった言う通りにする。どうせ何進様の死は避けられない。揚羽は何進様が劉弁を後継者に押すのを諦めると思うのか? 彼女の暗殺を一度防ぐことができても、後継者争いをする限り、いずれ死ぬのは目に見えている。それに彼女が死ななければ、歴史がズレてこれから先のことが読めなくなる。逆に彼女を救ったら、下手をすると私達が董卓の立ち位置に置き換わる可能性すらある。そんな危険な橋を私は渡るつもりはない」
「何進様は諦めないでしょうね。宦官達も劉協を押すのを諦めないでしょうけど。何進様と宦官達は変革の為の生贄といったところですか……」
揚羽は指を顎にやり考えこみながら言いました。
「宮中の権力闘争はやりたい奴にやらせればいい。あんなものは自らを滅ぼす行為でしかない」
私は遠くの空を眺めながら言いました。
「正宗様、先程話されていた北郷とは誰のことでしょうか?」
「天の御使いは知っているか?」
「最近、巷で噂になっていますね。もしやその人物ですか?」
揚羽は鋭い目で私を見ました。
「そうだ。でも、私ほど歴史の情報を持っていないし、武は文官に毛が生えた程度の人間だ。それに人を斬った経験もないだろう」
「人の癖に天の御使いを名乗っているとは、その者は朝廷に弓を引く気なのでしょうか?」
揚羽は警戒感を持った表情で言いました。
「何も考えていないと思うぞ。天の御使いと名乗ることが、どれほど危険なことなのかなど、露とも思っていないだろう」
私は素っ気無く言いました。
「その者は馬鹿なのでしょうか?」
揚羽は呆れた表情で私に言いました。
「根は悪い人間じゃないだろうさ。しかし、色を好む。中山靖王、劉勝とそう変わらないと思うぞ。案外、桃香のところにいるかもな」
揚羽は私の話を聞いて、嫌悪感が表情に表れていました。
第84話 桃色の人と再会
前書き
インフルエンザの熱が引きましたので更新再開しました。
今年は予防接種を自費で受けたのですが、それが良かったみたいです。
「桃香が訪ねて来ているだと?」
私がお爺々様、朱里、雛里の3人を清河国に残し、冀州刺史の治所に帰還したら、望まぬ来客の報告を冥琳から受けました。
どうせ私にたかりにきたのでしょう。
「はぁ・・・・・・」
私は思わず深いため息をしました。
「正宗様、不味かったでしょうか? 真希や凪達から、劉玄徳と正宗様はあまり仲良くないと耳にしておりましたが、面会もせずに無碍に帰しても体裁が悪いと思いましたもので・・・・・・」
冥琳は申し訳なさそうに言いました。
「冥琳は気にすることはない。お前の言い分も最もだと思う。気が進まないが桃香と面会をしよう。それで彼女は今何処に?」
私は冥琳を気遣いつつ、桃香の居場所を聞きました。
「劉備は3000の義勇軍を率いておりまして、城下の者に対し悪戯に混乱を招きかねないと考え、私の独断にて城より西に100里の場所に駐屯するように手配いたしました。事後報告で申し訳ございません」
冥琳は頭を下げました。
「そんなことは気にするな。私もそれで問題ないと思う」
「ありがとうございます。それと、遅ればせながら、正宗様、揚羽殿、ご婚礼お目出度うございます」
冥琳は私に婚礼の祝辞を述べました。
「冥琳、ありがとう。本来なら、皆を婚礼に呼びたかったのだが、何分私の預かりしらない処でことが進んでいたし、冀州を留守にするのも問題と思い、参加者を勝手に決めてしまって済まなかったな」
「いえ、お気になさらないでください」
冥琳は笑顔で応えました。
「冥琳、桃香を呼んできてくれないか?」
「畏まりました」
私は新たに士官した者達の紹介は後回しにして、一先ず桃香と面会することにしました。
私は謁見の間で玉座に座して、揚羽と一緒に桃香達を待っていました。
ほどなく、冥琳は城外から桃香、北郷、関羽を連れてきました。
「正宗さん! 車騎将軍、冀州刺史、鉅鹿郡大守の就任。そして、王の爵位に奉じられたそうですね。おめでとうございます」
桃香は私の出世のお祝いを述べた後、頭を下げました。
北郷と関羽もそれに倣って頭を下げました。
「あのさ、ちょっと聞いて、ぐふっ・・・・・・」
桃香の後ろにいた北郷が私に声を掛けて来たので、そちらを振り向くと関羽が青龍偃月刀の石突きで北郷の後頭部を突いて昏倒させていました。
「桃香、その者が私に声を掛けてきた気がするんだが・・・・・・。良かったのか・・・・・・」
私は北郷をヘマをさせて、桃香達を体よく追い出そうと思っていたので、出鼻を挫かれてしまいました。
北郷の桃香陣営での扱いもなんとなくわかりました。
どうやら、原作通り「ご主人様」とは祭り上げられていないようです。
「アハハ! 正宗さん、全然気にしないでください。」
桃香は北郷の行動に少し焦った表情をしましたが、私に笑顔を返してきました。
「桃香がそう言うなら、そういうことにしておこう」
「正宗様、お待ちください!」
私が話を先に進めようとすると、私の直ぐ横に控えていた揚羽が声を上げ私を制してきました。
「揚羽、どうしたんだ」
揚羽は北郷を見やり厳しい視線を送っていました。
「あの・・・・・・。あなたはどなたです?」
桃香は揚羽の剣幕に動揺しながらも揚羽に尋ねていました。
「私は正宗様の妻で、司馬懿と申します。劉玄徳、その男はさきほど正宗様に『あのさ』と、場を弁えぬ無礼な言葉で声を掛けましたね。それに、その男の服は一見してこの大陸では見たことの無い生地です。もしや、先頃、この大陸に蔓延している占い師管輅の占いに出てくる天の御使いではあるまいな? もし、事実ならこの場でお前達を極刑にせねばならない」
揚羽は何時にも増して、凍り付くような厳しい視線を桃香達に向けました。
「あの・・・・・・なんのことでしょう? 私にはよくわかりません。でも、なんで天の御使いだったら私達は極刑なんですか? 私は頭悪いから教えてくれませんか?」
桃香は揚羽の言葉にビクリと一瞬体を震わせましたが、彼女は動揺を必死に隠そうとしながら、私の方をチラチラと見て揚羽に返答していました。
「正宗様は朝廷の重臣だからです。天の御使いを名乗るということは、己が皇帝であると宣言しているに等しいです。そのような者とそれに加担する者達は天下に弓引く大罪人です。生かす道理はありません」
揚羽はきっぱりと言いきりました。
「桃香様、そのような不届き者は誅殺せねばなりませぬな」
「えっ! そうだね。そんな悪い人は成敗しなくちゃ」
関羽は揚羽の話で脳内停止している桃香を無理矢理覚醒させてましたが、桃香は落ち着き無く話を合わせようとしていました。
桃香の反応を見た揚羽は私に視線を合わせ、一度瞬きをしました。
揚羽は北郷のことに気づき、用心のために桃香から「私達は天の御使いとは関係ない」という言葉を確認したかったのでしょう。
揚羽は私に気を使ったのかもしれませんが、ここで北郷を始末した方がいいでしょう。
この一件を朝廷の宦官共の耳に入ると言いがかりをつけられる恐れがあります。
「桃香、嘘は良くないな・・・・・・」
私は底冷えする声で桃香に言いました。
「ま、正宗さん、急に恐い顔をしてどうしたんです」
桃香は私の表情の変化に気づき、少し体を震わせています。
「お前の反応を先ほどから見ていたが明らかに不自然だ。何をそんなに怯えている。その男が天の御使いなのであろう」
私は小細工をせずに桃香に聞きました。
「えっと・・・・・・。違います・・・・・・」
桃香は言葉少なく返答しました。
「桃香、その男をお前の手で殺せ。そうすればこの一件は見なかったことにしてやろう。これは白蓮との知り合いであるお前への温情と思え」
私は拒否を許さないと言わんばかりの態度で言いました。
「正宗さん、何を・・・・・・」
桃香が発言しようとするのを私は殺気を放って止めました。
「お前がやらぬなら、この私が殺す。だが、その場合、お前達も生かしてはおかない」
「劉将軍、お待ちください。桃香様は何も悪いことはしておりません。民の笑顔を見たいと義勇軍を立ち上げただけです。この私が北郷を殺します」
愛紗が青龍偃月刀を強く握り、覚悟を決めた表情で応えました。
「お前の名は?」
「私は関羽、字は雲長と申します」
「ならば、お前が朝廷に弓引く逆賊に天誅を加えよ。特別に褒美をやろう」
私は殺気を納め、関羽の目を見て言いました。
「褒美ならば、桃香様にお与えください」
「愛紗ちゃん、勝手に何を進めているの!」
桃香は関羽に掴みかかって、抗議をしました。
「別に、良いではありませんか? 北郷が死んでも影響は別にありません。逆に清々します」
関羽は意外なほど北郷を殺すことに対し、拒否感がないようでした。
「何いっているのよ! 皆でこれまで頑張ってきたじゃない。そりゃ駄目な人だけど、仲間じゃない」
桃香は関羽の態度が許せないようでした。
「正宗さんの言う通り、北郷さんは天の御使いを一時期名乗ってました。最近は全然名乗っていません。だから、許してあげてください」
そういうと桃香は私に土下座をしてきました。
「劉玄徳、そのような真似をして正宗様のお心を乱すつもりか?」
揚羽は桃香を厳しい表情で見据えました。
「では、お前は私達に死ねと言っているのか?」
「それはどういう意味ですか?」
桃香は正座したまま、頭を上げて聞いてきました。
「揚羽も言っていただろう・・・・・・。私はお前と出会った頃の無位無官の私とは違い、朝廷の重臣。その私がその男を見逃せば、心ない朝廷の家臣はきっと私を貶める材料として利用するだろう。そうなれば、この私が逆臣となるだろう」
私は無表情で桃香に応えました。
「えっ・・・・・・」
桃香は私の話に顔を伏せ黙りました。
やるせない気分です。
私が悪人みたいじゃないですか・・・・・・。
桃香に言った通り、このことが張穣の耳にでも入ったら予想通りの結果になりかねないです。
ですが、霊帝が死ぬまでは大丈夫・・・・・・。
と言いたいところですが、張穣ならやりかねないです。
北郷は確かにある意味不幸な人物です。
「桃香・・・・・・。その男の件は不問にしてやる。ただし、条件がある」
私は胃痛を感じつつ、目を瞑って桃香に言いました。
「ほ、本当ですか!」
桃香の表情は分かりませんが、声色からして喜んでいるようです。
「条件はその男に半年の労役を課す。これが私の最大の譲歩だ。彼には労役の間、賃金は支給しない。食事と寝る場所は用意してやる。ただし、彼が問題を起こせば厳しいぞ」
私は話すほどに胃痛が増していきました。
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます。その条件で構いません」
私が目を開けると、桃香は涙目でしたが満面の笑顔を私に向けていました。
揚羽は私の側で溜息をついていました。
「その男の件は置いとく。本来、桃香は私の元に何をしにきたのだ?」
私は胃痛を感じながら項垂れました。
「あの・・・・・・。助けて欲しくて、正宗さんに頼っちゃいました。てへっ」
桃香は冒頭言いずらそうでしたが、最後は悪戯ぽっく舌をチロッと出しました。
一瞬、私は彼女に言い知れない殺意を覚えました。
「私は罪人の助命をしてやった上に、お前の頼みまで聞かなくてはいけないのか?」
私はジト目で桃香に言いました。
「桃香様・・・・・・。少々、図々しいです。いえ・・・・・・、かなり図々しいですよ・・・・・・」
関羽は先ほどの緊迫した空気と違った、のほほんとした空気と桃香の行動に頭が痛そうに自分の額に手を当てていました。
「愛紗ちゃん、しょうがないじゃない。もう糧食が少なくなって、背に腹は変えられないの・・・・・・」
関羽は桃香を「言うだけ無駄だ」という表情で見ると、それ以上何も言いませんでした。
「正宗さん、お願いします。食料を分けてください」
関羽が黙ると桃香は立ち上げって、私に頭を下げて言いました。
「私の元にある食料は冀州の民の物であって、私の物ではない。お前にただでやれる訳がないだろう。はぁ・・・・・・」
「正宗様、よろしいでしょうか?」
私は桃香のごり押しに癖癖して、頭を押さえていると冥琳が話に割り込んできました。
「冥琳、何か言いたいことがあるのか?」
「劉玄徳は黄巾賊討伐に携わっていたと聞き及んでおります。ならば、未だ黄巾賊の残党の所為で緊張が続いている幽州の国境にて警備を任じてはいかがでしょう。その対価として、糧食を都合してやっては」
私は冥琳の献策に乗ることにしました。
幽州との国境ということは上手くすれば桃香は冀州から出て行ってくれるかもしれないです。
適当な官位をやればいいでしょう。
そういえば、劉備は黄巾賊討伐の論功行賞で安喜県の県尉に任じられたんでしたね。
「桃香、安喜県の県尉に任じるので、義勇軍を率いて任地に向かうといい」
「正宗さん、ほ、本当ですか! ありがとうございます」
私は今回の件で、白蓮がどれだけ桃香の所為で苦労したのか、まざまざと理解しました。
第85話 ハムさん冀州に現る
劉備が関羽と義勇軍を率いて幽州と冀州の国境に向けて出立しました。
桃香が赴任する安喜県は私が本拠地にしている常山郡の隣の郡の中山郡内の県です。
私の目がある程度届く範囲なので、桃香が問題を起こせば直ぐに対処できます。
北郷の労役場所は考えた末、私の勢力下である常山郡、清河国から遠ざけて、鉅鹿郡に決めました。
特に、常山郡は兵器の開発を行っている場所なので、彼を近づけるわけにはいきません。
鉅鹿郡は常山郡と清河国の間にあるので、彼が問題を起こしても直ぐに対処できます。
北郷の労役内容は女っ気の全く無い石切り場での肉体労働です。
私の所領内の賦役、労役はその人物にあった内容を担当させることになっていますし、衣食住も整備しているので、他領に比べれば随分、快適な環境だと考えています。
もちろん労務内容によって賃金の額は変わりますが、彼の場合は無給なので関係ないでしょう。
他領の賦役や労役を調査したのですが、それらは過酷かつ劣悪な環境での労働を強いられている状況でした。
いずれ私の息の掛かった者を大守に据えるつもりなので、そんな行為も長くは続かないでしょう。
桃香の必死の懇願で彼を殺すの取りやめましたが、殺すべきだったのではと悩むことがあります。
彼を生かしたことが後の災いにならないかと心配でなりません。
桃香と約束した以上、卑劣な真似で殺すつもりはありません。
ですが、彼が問題を起こせば話は別です。
揚羽に命じて司馬家の者を監視役として送り込んでいます。
真面目に労役を全うすれば、無事に桃香の元に帰しますが、問題を起こせば容赦なく息の根を止めます。
桃香と北郷の件に一先ず目処が立ったので、人事を一部変更することにしました。
趙雲を「鉅鹿郡丞」
太史慈を「司馬」
楽進を「常山郡都尉」
榮奈から近く帰参するという文を貰いました。
彼女が帰参したら、美羽のために骨を折ってくれた彼女に鉅鹿郡都尉の地位を与えようと思っています。
星、凪、榮奈の任官の上奏文は朝廷に送付済みなので、後日正式な内示が来るでしょう。
美里、慶里、真悠、紗綾は私の知識を元に領地改革を行うための補佐をして貰おうと思っています。
とはいえ、官位がないと彼女達もいろいろ不便だと思い、現在熟慮中です。
領地改革の財源は常山郡、鉅鹿郡、清河国の税収の中から捻出しようと思っています。
そうこうしている内に桃香と出会ったあの日から、1週間を過ぎました。
労役に就いている北郷の近況報告は逐次入ってきています。
北郷が目を覚ましたとき、彼には「天の御使い」を語った罪で労役につくように命じてあります。
半年の期間を向かえれば、桃香の元に帰してやると彼に伝えたら、彼は呆然自失の状態でした。
彼は石切り場に送られても数日間は労役をさぼっていたそうです。
そのためにかなり手ひどく現場監督に絞られたそうですが、今は真面目に労役に従事しているそうです。
執務室で仕事をしていると、揚羽が部屋に入ってきました。
「正宗様、幽州の郡大守が面会を願い出ておりますが、如何なさいますか?」
揚羽が来客を伝えてきました。
「郡大守が私に何の用なんだ?」
私は訝しむ表情を揚羽に向けました。
「白蓮殿ですよ」
揚羽は軽くと微笑んで言いました。
「白蓮? 通してくれ。白蓮に相談したいことがあったから調度良い。長話になると思うから中庭に通してくれ。茶の用意も頼む。揚羽と冥琳も同席してくれないか」
「畏まりました。それでは冥琳殿に伝えておきますね」
揚羽は礼をすると執務室から出て行きました。
私が中庭に移動して、しばらくすると揚羽、冥琳、白蓮がやってきました。
「正宗君、久しぶりだね。それに王の爵位に奉じられたそうじゃないか!」
白蓮は満面の笑みで私の出世を祝ってくれていました。
「白蓮、ありがとう。君も大守に出世していたんだね。おめでとう」
私は心の底から白蓮の出世を喜びました。
「アハハ、正宗君に比べたらまだまだだよ」
白蓮は照れて私から視線を反らしました。
「正宗様、立ち話もなんですから、席につきませんか」
揚羽が私と白蓮の話に割り込んできました。
「そうだな・・・・・・。白蓮、揚羽、冥琳、席に座ってくれ」
私は3人に席を勧めると自分も席に座りました。
「あのさ・・・・・・。正宗君、桃香の件、ありがとう」
白蓮は席に就くなり、彼女はバツが悪そうに言いました。
彼女の任地は郡なので、私の城に向かうには桃香の任地を通るはずです。
もしかしたら桃香に会ったでしょうか?
「桃香の県尉の件のことを言っているのかい。それなら、白蓮が礼を言うことじゃないだろ」
私は優しく言いました。
「ここに来る途中、桃香が正宗君に仕事を世話して貰ったと聞いたんだ。本当は私が世話して上げなくちゃいけなかったんじゃないかなと思っててさ・・・・・・」
白蓮は顔を俯いて小声で言いました。
「白蓮も桃香の件では苦労しただろう。だから、気にしなくていいよ」
「正宗君は優しいね・・・・・・」
白蓮は頬を染めて私を見ていました。
「桃香の話は止めないか。胃痛がしてくる」
「正宗君、もしかして桃香が迷惑かけたのかい」
白蓮は不安そうな表情で言いました。
「色々とね。北郷は半年の労役の刑を課したよ」
「北郷って! あいつ何かしたのかい?」
「天の御使いを語っていたので本来は死罪なんだが、桃香の懇願と最近は名乗っていないというので労役で見逃すことにした」
私は胃を擦りながら言いました。
「あいつ・・・・・・、な、なんてことを。ごめん。ごめん。正宗君、本当にごめん!」
白蓮は頭を何度も頭を下げました。
「白蓮、君があやまることじゃないだろ。ほら、頭を上げて。桃香の件より、今日、私のところにわざわざ尋ねてくれた件を教えてくれないかい」
私は白蓮を慰めながら、優しく言いました。
「そうだね・・・・・・。痛っ、桃香の件は忘れるよ」
白蓮は胃が痛いのか数分程、胃の辺りをさすっていました。
「正宗君のところを尋ねたのは黄巾賊討伐の戦勝祝いをしにきたんだ」
顔色の悪い白蓮は私に言いました。
「胃が痛いのかい。白蓮、私に少し診せてくれないか」
「正宗君は医術の心得があるのかい。できればお願いできるかな」
私は白蓮が可哀想になり、彼女の側にくると屈んで、彼女の胃の辺りに手を当て、治癒能力を使いました。
「えっ、あ、あの、正宗君、何を?」
私の行動に白蓮は顔を紅潮させ酸欠状態の魚のように口をパクパクさせていました。
「黙っていてくれ。直ぐに良くなるから」
私は白蓮を制止して、力を流し続けました。
「あれ、胃の痛みが取れた・・・・・・。正宗君、何をしたんだい?」
「特別な治療方法だから、白蓮にも教えれないな」
私は微笑みながら言いました。
「秘密の治療方法? 何にせよ。正宗君、ありがとう」
白蓮は笑顔で応えました。
「どういたしまして。それより幽州からわざわざ戦勝祝いに来てくれてありがとう。ゆっくりしていけるのかい」
「私が来たかったから来たから、正宗君は全然気にしないでいいよ。ゆっくりしたいのは山々なんだけど、仕事が溜まっているから直ぐに帰らなくちゃいけないんだ」
白蓮は凄く残念そうにいいました。
「良い人材はいないのかい?」
「幽州の田舎に来てくれる優秀な人物はそういないから」
私は白蓮の言葉を不憫に感じ、提案をしようと思いました。
「直ぐにとはいけないけど、私が人材を何人か紹介しようか?」
「そんな悪いよ」
白蓮は私の申し出を断りました。
「そう言わずに。私は白蓮のことを家族と同じに思っている。それに幽州の人々は異民族との戦闘で、土地は荒れているんじゃないのかい。私は少しでも幽州の人々の生活が楽になれば思っている」
私は真剣な表情で白蓮に言いました。
「正宗君・・・・・・。う、うう、ありがとう」
白蓮は私の言葉に感動したのか泣きじゃくっていました。
揚羽と冥琳は白蓮の反応に同情の目を送っていました。
「白蓮、私はその異民族と交渉をし交易を行いたいと思っている。彼らが漢の領土に侵入して略奪を行っている行為は私達が田畑を耕すのと同義だと考えている。だから、彼らは簡単に略奪を止めないだろう。それで、略奪より交易の方が旨味のある話だと思わせる必要がある。この話が上手くいけば、白蓮の治める郡にも交易による利益と、田畑の収穫を幾ばくか向上させることができると思う」
私は涙を流す白蓮に話を続けました。
「ぐす。正宗君、それは無理なんじゃないかな。烏桓族が大人しく略奪を止めるわけがない。あいつらは殺し尽くさないと無理に決まっているよ」
「何も私は彼らに融和策を説くつもりはない。彼らは力こそ正義と思っている連中だ。なら、彼らの流儀で話を進めるだけ。白蓮、この私と同盟して烏桓族を叩き潰さないか? 彼らも私達が力を示せば、交渉に乗ってくると思う」
私は白蓮に同盟の話を持ちかけました。
「それは本当なのかい。正宗君が烏桓族討伐に協力してくれたら心強いけど・・・・・・。本当にいいのかい。迷惑なんじゃないかな」
白蓮は人差し指を自分の胸の前でツンツンしながら言いました。
「さっきも言っただろう。私は最終的に烏桓族と交易を望んでいるんだ。それは私にとっても利益なる。だから、気にしなくていい」
私は白蓮に諭すように優しく言いました。
「正宗君がそんなに言うなら、お願いします」
白蓮は頭を下げました。
「白蓮、何を言っている。私と白蓮で協力するんだ。白蓮、私に力を貸してくれ」
私は白蓮に握手を求めました。
「うん! 正宗君、力を合わせて烏桓族を倒そう」
白蓮は涙を拭くと私の手を握り、握手をしました。
これが上手くいけば、私が欲しい物を烏桓族を介して入手できるかもしれません。
それに私と白蓮の関係が良好なら、彼女は私の側の人間になってくれる可能性が高まります。
恋姫のように、麗羽と争って落ち延びる羽目になったら、彼女が可哀想です。
私は彼女のことを高く買っています。
できれば、幸せになって欲しいです。
登場人物紹介 第二弾(作成中)
※名前は姓、名、字、真名の順です。
※オリ主のみです。
<<劉ヨウ陣営>>
・劉 ヨウ 正礼 正宗
官位:車騎将軍、鉅鹿郡大守、冀州刺史
爵位:清河王
武器:双天戟
備考:主人公
・司馬 懿 仲達 揚羽
官位:清河国傅、別駕従事
武器:片手剣
備考:主人公の側室
・司馬 朗 伯達 奈緒
官位:長史
武器:鉄扇
・太 史慈 子義 真希
官位:司馬
武器:弓
・満 寵 伯寧 泉
官位:門下督
武器:戟
備考:
お団子型に纏めた髪が左右にある髪型で髪の色は藍色。
容姿はスレンダー系。
身長は160cm。
主人公を命の恩人としてだけでなく、
人としても凄く尊敬していて、
彼のためなら命を捨てる覚悟を持っている。
劉ヨウ陣営の中における彼への忠誠心は1、2を争う。
・夏候 蘭 [不詳] 水蓮
官位:刺姦督
武器:槍
・司馬 孚 叔達 彩音
官位:常山郡大守
武器:マンゴーシュ
・諸葛 誕 公休 慶里
官位:清河国中尉((任官予定))
・諸葛 瑾 子瑜 美里
官位:主簿((任官予定))
・司馬 恂 顕達 紗綾
官位:録尚門下((任官予定))
・司馬 馗 季達 真悠
官位:常山郡丞((任官予定))
△
<<無所属>>
・盧 植 子幹 月華
官位:尚書
武器:片手剣
備考:冤罪で牢屋に投獄されていたが、
主人公のお陰で冤罪がはれる。
△
<<袁術陣営>>
・魯 粛 子敬 渚
官位:南陽郡丞
武器:片手剣
△
<<袁術陣営出張組>>
・臧 覇 宣高 榮菜
官位:従事中郎
武器:槍
備考:冀州に帰参後は鉅鹿郡都尉に任官予定。
第86話 電波少女と眼鏡委員長 前編
白蓮と同盟を結んで半年が過ぎ、北郷は既に刑期を終え、桃香の元に護衛をつけて返しました。
ただ、彼は思い詰めた様子をしていたと部下の報告がありました。
彼のことは気になりますが、刑期を全うしたのなら、私がとやかく言うことじゃありません。
この半年の間に美里達の官職の任官が決まりました。
諸葛瑾を「主簿」
諸葛誕を「清河国中尉」
司馬恂を「録尚門下」
司馬馗を「常山郡丞」
以上が任官内容です。
つい先日ですが、清河国にいるお爺々様から袁逢殿が隠居しにきたと文がありました。
司馬家の者達は揚羽が説得して河東郡から清河国に引っ越してくれました。
後は、揚羽の母親の司馬防殿だけなのですが、まだ隠居の歳じゃないからと頑として洛陽から離れようとしません。
ことが起きた時に、彼女を救い出すしかないですね。
私は烏桓族討伐に向け、現在、真桜に武器・武具を用意させています。
・轡、鞍、鐙の設計図を渡し、1万頭分の馬具
・6mの長槍2万本
馬具に加え、袁逢殿の伝手を利用して、涼州産馬を3000頭買い付けることにしました。
烏桓族討伐と平行して、領地改革を私の封地である清河国で行うことにしました。
私の封地なら税制をどう改変しようと朝廷から干渉を受けることはありません。
これには元黄巾賊の者達を積極的に活用しました。
商業政策として、楽市・楽座と商業振興のために街道を整備しました。
農業政策としては、清河国内の耕作放棄地、森林を切り開き新耕作地の確保し、耕作させました。
この作業には兵士達の一部を屯田兵として従事させいます。
この3年後に農民に課す税率を四公六民に変更し、税率変更前に、戸籍簿の作成と農地の検地を行わせ、正確な税収を把握しようと考えています。
戸籍簿の作成と農地の検地は毎年行うつもりでいます。
これで不作の年でも迅速に減税措置を講じることができるでしょう。
税制変更にあたって、人頭税を廃止、土地税を所有面積に応じ最大100分の1だったのを免除から最大5分の1にすることにしました。
農産物の生産力向上のために、私は自分の知識を元に5冊の農書を模写しました。
・南北朝時代の北魏王朝の賈思が編纂した「斉民要術」
・元王朝の王禎が編纂した「農書」
・明王朝、清王朝の張履祥が編纂した「沈氏農書」と「補農書」
・明王朝の徐光啓が編纂した「農政全書」
正直、私の領地でどんな農法が合うかよくわからないので、この農書を朱里と雛里に役立て貰うことにしました。
この農書の管理について、城内に堅牢な建物を建設して保管し、2人には厳重に管理するように命じてあります。
これの閲覧は揚羽、冥琳などごく一部の者に制限しました。
人権政策としては売人法と略人法を厳格に行うように令を出しました。
この施策に対し、積極的に協力しない者は処断しました。
有力豪族が私に非協力だったので、1万の軍勢で一族封滅を行い、その財産を全て没収すると、私の恫喝に恐怖した豪族によって解放された奴婢が生活に困窮することを防ぐために、3年の免税とその間の食料を保証し、耕作放棄地を彼らに与えました。
3年後は税率を五公五民にして、彼らに支給した食料分を返済させ、返済後は税率を四公六民に変更します。
医療政策としては、各県に診療所を設置しました。
今後、診療所の数を増やすに伴い医者の数が足らなくなると考え、官費で医術を学ぶための学校を創設しました。
後、私事ですが、私は家督継承に置いて、正室を重んじ、長幼の序を重んずることを公式に家臣達に述べました。
家督争いで骨肉の争いをしては国が滅ぶ原因です。
この国での成果を乱世になったら、他領までに広げるつもりでいます。
反董卓連合までに、この冀州の全ての郡は私の勢力下におくつもりです。
狙い目は霊帝が死亡して混乱した時期でしょう。
その時期に一気に他の郡に私の息の掛かった者達を大守に据えます。
多忙な日々を送っていた私に面会を求める者が2人訪ねてきました。
私は玉座に座って平伏するその者達を段上より見ています。
この場には私達以外に揚羽と冥琳がいます。
「面を上げよ」
「はっ!」
「はい~」
その2人は直接の面識はありませんが私が知る人物でした。
「劉将軍、面会の機会をいただき感激の極みに存じます。私の名は戯志才と申します」
「程立といいます~」
郭嘉と程昱です。
「遠路、この冀州までよく参られた。して、この度の来訪はどのような理由かな」
私は社交辞令を言いました。
「劉将軍の名声を聞き及び一度お会いしたくまかりこした次第です」
郭嘉が拱手しながら言いました。
「風も劉将軍にお会いしたくて来たのですよ~」
程昱は間延びした声で軽薄な感じに言いました。
程昱の態度に揚羽と冥琳が額に青筋を立てています。
「アハハ、そうか・・・・・・。それで我が領内を見た感想はどうかな?」
揚羽達が切れそうなので、私は話を進めることにしました。
「劉将軍はなかなかおもしろい方なのです~。一見して、降伏した黄巾賊を労働力とし冀州を復興しているようにしていますが~。実の処は彼らの受け皿を用意してあげているように見えますね~。その証に、彼らに賃金を払っているのです~。罪人への待遇とは思えませんね~」
程昱はアメを舐めながら淡々と言いました。
「劉将軍は『罪を許さず』と風聞より聞き及んでいましたが、何故、降伏した黄巾賊を救われるのですか?」
程昱の話を継ぐように、郭嘉が言いました。
「許したつもりはない。冀州は現在、黄巾の乱により荒れ果てている。それを復興させ、民の生活を元の状態にすることが私の役目だと思っている」
私は自分の素直な気持ちを言いました。
「つまり、降伏した黄巾賊が冀州を復興するために働くことが罪を償うことと仰るのですね~。なるほど。なるほど」
程昱は感情の篭らない表情でアメを舐めていました。
「劉将軍の考えに感服いたしました。地獄の獄吏という風聞を耳にしておりましたので、恐ろしい方かと勘違いをしておりました」
郭嘉は私の話に感動したような表情をしています。
「程立と戯志才よ。よければこの常山郡に逗留していかないか?」
2人は路銀稼ぎにこの地に寄ったと思い、気を利かせて言いました。
上手くいけば彼女達も引き込めるかもしれないです。
「本当なのですか~。それはありがたいです~」
程昱は淡々と言いました。
「真ですか? 劉将軍、実は路銀が心もとなかったもので。ただで逗留するのは何ですので、客将として使っていただけませんか?」
郭嘉は私の申し出に本当に感謝しているようでした。
「劉将軍、風も客将でお願いするのです~」
「そうか・・・・・・。見た処、お前達は文官のようだな。ならば、知恵を貸してはくれないか」
「私でよろしければどうぞ」
「良いのですよ~」
郭嘉と程昱は私の話を了解してくれました。
「私は幽州の郡大守と組んで烏桓族の討伐を行おうと考えている。それで妙案は何か無いか」
揚羽と冥琳は私が郭嘉と程昱に提案したことに興味深そうな表情になりました。
「前もって言って置くが、良い献策であればお前達を従事中郎に取り立ててやろう。お前達が望めば討伐にも同行させる」
「えっ! ほ、本当でございますか?」
郭嘉は私の申し出に驚いています。
「劉将軍、申し上げにくいのですが、風は士官するとは一言も言っていないのですが~」
程昱は飄々と言いました。
「風、あなた何を言っているんです! 劉将軍は従事中郎の官職に任官してくださると言っているのですよ」
郭嘉は程昱の不躾な発言に対し慌てて程昱を嗜めようとしました。
「稟ちゃん。でも、私達は客将で働かせてくださいとお願いしたじゃないですか~」
程昱は郭嘉の顔をボーとした表情で見て言いました。
「そ、それは言いましたけど・・・・・・」
程昱の言葉に郭嘉は元気無く口を閉じました。
「程立、深く考えることはない。烏桓族討伐までお前達が居なくとも構わない。私はお前達の献策の内容を鑑みて、その地位に相応しいと判断した上で任官するつもりだ。その後、官位を辞して私の元を去ろうとも咎めはしない」
私は真剣な表情で言いました。
「それで、劉将軍は良いのですか~? あなた様の風評に傷が付くかもしれませんよ~」
程昱は私を感情の篭らない目で凝視していました。
「去るという者を引き止めても意味がないだろう。無理に引き止めたとしても良い結果は生まない。だが、才ある者を官吏として召し上げることは民の為になる。そのためならば、風評など傷つこうが構わない。そもそも真に才ある者が風評如きに惑わされるとは思わない。そのような者を私は必要としない」
私は程昱の目を真っ直ぐに見て言いました。
「そうですか~。劉将軍、それでは謹んで献策させていただきますね~」
程昱は私をしばらく凝視した後、口を開き言いました。
「ちょっと、風。私からじゃ・・・・・・」
郭嘉は程昱と私の会話に無理矢理入ってこようとしました。
「稟ちゃん、誰が先でもいいじゃないですか~。劉将軍はちゃんと判断してくれるはずですよ~」
「はぁ・・・・・・。風が先でいいです」
郭嘉は顔を項垂れて言いました。
「劉将軍、烏桓族を討伐されると言いますが、その目的は何なのでしょうか~」
程昱は急に真剣な目つきになり私に尋ねてきました。
第87話 電波少女と眼鏡委員長 後編
私は程立に烏桓族を討伐する目的を話しました。
「ふむ、ふむ、烏桓族と交易ですか~。劉将軍、烏桓族との交易で得られる物なんてあるんでしょうか?」
程立はアメを舐めながら言いました。
「私も同感です。恐れながら申し上げます。劉将軍、烏桓族と交易をしても大した物は得られないと思います」
郭嘉も合点がいかない表情をしています。
「烏桓族と交易をすれば馬、羊毛が手に入るだろう。それに交易が主目的ではない。彼らと経済的な関係を築くことで争いを緩和するのが主目的だ」
本当の私の目的は烏桓族、鮮卑族を使って、幽州より北の場所から硫黄を精製するための黄鉄鉱を運ばせるのが目的です。
長沙郡の当たりにでも黄鉄鉱が採れると思いますが、あそこはいずれ孫堅が大守になります。
それに長沙郡から黄鉄鉱を運ぶのは骨が折れますし、孫堅に目を付けられても困ります。
「伏儀図」、「神農本草経」の模写が終わり次第、真桜に渡すので、材料さえ揃えれば硝石と硫黄を精製でき、火薬の大量生産が可能になります。
烏桓族を武力で威圧して私と同盟を結ぶのを手始めに、鮮卑族とも同盟を結ぶつもりでいます。
程立と郭嘉はまだ私の家臣ではないのでこのことは伏せる必要があります。
「ふむ、ふむ、そうなんですか~」
程立は私を凝視してアメを舐めながら言いました。
「兄ちゃん、それマジな話なのか? 嘘臭くて、プンプン臭うぜ」
程立の頭に乗っている宝慧が言いました。
「そうですね~。宝慧の話も最もなのです」
「風、劉将軍に無礼じゃないですか」
郭嘉が程立に注意をしました。
「稟ちゃん~、違うのですよ~。先ほどの発言は宝慧が言ったのです」
程立はアメを舐めるのを止め、自分の頭の上の人形を指差しながら、私を凝視していました。
「何故、私が嘘を言わなければいけない」
私は表情を変えずに淡々と言いました。
「劉将軍、風は少し変わり者でして、無礼の段、お許しください」
郭嘉は私に頭を下げ、謝りました。
「戯志才、気にすることはない」
「劉将軍、ありがとうございます」
郭嘉はホッとした表情で言いました。
「まあ、良いのですよ~。最終的に烏桓族と交易を行うということが分かればいいです」
程立は郭嘉を見ながら言いました。
「劉将軍、烏桓族を討伐するには、元中山郡大守の張純を殺すのが最良です~」
「張純が死ねば、青,徐,幽,冀の四州での烏桓族による略奪行為は当面押さえることができるということか?」
「そうなのです~」
「進出機没の烏桓族をどうやって捕捉する」
「捕捉する必要はないのです。烏桓族に張純を殺させるのですよ~。張純の首に恩賞を掛ければ喜んでやると思います」
「そんなに上手くいくものなのか?」
同じことを劉虞がやっていましたね。
「足下を見られるかもしれないですね~」
「私は烏桓族に対し下手にでるつもりはない」
私は程立にきっぱりと言いました。
程立の案ではどの位の金が必要か見当がつきません。
劉虞はどの位の金を使ったのでしょう。
「確か、烏桓族には大人が4人いる。規模が大きいのは上谷郡の難楼率いる9000、遼西郡の丘力居率いる5000。後は、規模は小さい遼東郡の蘇僕延率いる1000、北平郡の烏延率いる800。私の討伐目標は上谷郡の難楼であり、上谷郡の烏桓族を徹底的に叩き潰す。漁陽郡,広陽郡,代郡,雁門郡にも烏桓族が居住しているが、彼らは漢に対して友好的なので、無視して構わない」
私は烏桓族への見せしめとして、最大勢力を誇る上谷郡の烏桓族を討伐することに決めました。
「劉将軍、烏桓族は黄巾賊とは全然違いますよ~」
程立はアメを舐めるのを止め、溜息を付きました。
「そんなこと言われずとも分かっている。烏桓族に無策で挑むほど馬鹿ではない」
私は程立の瞳を見ながら言いました。
「烏桓族について、随分とお詳しいので変に思っていましたけど・・・・・・。そういう訳ですか。劉将軍の中では滅ぼすための方策は既に出来上がっているのではありませんか?」
程立は真剣な表情で私の瞳を凝視しました。
「私は勝利を確かな物にしたいだけ。だから、お前達の意見を聞きたいのだ。程立、お前が張純を烏桓族に殺させるように献策したのは、私に烏桓族を滅ぼすだけの力がないという前提だろう。確かに、私が与えた情報の中で導き出したお前の献策は最良なものだと思う。程立、約束通り、お前を従事中郎に任ずる。烏桓族討伐で参謀として従軍してくれないか?」
「劉将軍、即断されてよろしいのですか~?」
程立はアメを舐めながら言いました。
「お前の才は見て決めたのだから、即断だろうと後日であろうと関係ない」
「そうですか。でもですね~、官職をお引き受けして、従軍した場合、劉将軍は私を無事に解放して下さるのですか?」
程立はアメを舐めるのを止め、口元に笑みをうかべ言いました。
「程立、お前の想像している通りだ。従軍は強制ではない。嫌なら鉅鹿郡で文官仕事をしているといい」
私は程立の同じく口元に笑みをうかべ言いました。
「劉将軍は意地悪な方なのですね~。ふふ、良いのですよ~。従事中郎の官職を謹んでお引き受けいたします。私の真名は風なのですよ~」
程立は私の顔を興味深そうに見ると、拱手をして言いました。
「そんなに即断しても良いのか~。烏桓族討伐まで、まだ間がある。ゆっくり考えても良いのだぞ」
「劉将軍と同じ理由です。あなた様が烏桓族を如何に討伐するのか興味があるのです~」
風はアメを舐めながら言いました。
「私の真名は正宗だ」
「正宗様、謹んで真名を預からせていただきます~」
「さて、戯志才。次はお前の番だ。私は烏桓族討伐までに、彼らの機動力と互角に争えるだけの騎兵を用意できるという前提で策を献策してくれないか? 先ほど私がお前達に言った烏桓族の情報も加味にしてくれて構わない」
私は風から目を放して、郭嘉の方に向き直り言いました。
「はあ、風に一番美味しいところを持っていかれたような気分です」
郭嘉は深い溜息をしました。
「劉将軍、上谷郡の烏桓族を討伐するとなると、北平郡・遼西郡の各烏桓族から援軍が来る恐れがあります。特に、北平郡は目と鼻の先なので後背を突かれる恐れが有ります。郡大守の騎兵は精強と呼び声が高いので、烏桓族の援軍に備え、防備を備えていただくのが良いかと思います。それと、漁陽郡,広陽郡,代郡,雁門郡の烏桓族にも上谷郡の烏桓族討伐の助力を頼むべきかと。助力と引き換えに交易の話を持ちかけては如何でしょう。助力を得ることが出来た烏桓族には張純討伐をご命じになれば良いかと思います」
郭嘉は自信に満ちた表情で私に言いました。
「戯志才、見事な策だ。お前の策を採用しよう。約束通り、お前を従事中郎に任ずる」
私は郭嘉に官職を与える旨を伝えるとひと呼吸置きました。
「戯志才、お前は烏桓族討伐で参謀として従軍してくれるか? 私と風の会話で分かると思うが、私の烏桓族討伐の秘策はあまり人の目に晒すつもりはない。だから、従軍を無理強いするつもりはない」
「劉将軍、お詫びせねば成らぬことがございます」
私が言い終わると郭嘉は表情を暗くして私の顔を見て言いました。
彼女は従軍を拒否するつもりでしょうか?
でも、郭嘉はそんな素振りを見せませんでしたが・・・・・・。
・・・・・・。
分かりました!
「戯志才、私に偽名を騙っていたことか?」
「・・・・・・分かっておられましたか」
「偽名を騙るなど、大したことではない。私もお前を試したのだ。お互い様だろう」
私は郭嘉に微笑みました。
「お許しいただけるのですか。私の本当の名は郭嘉、真名は稟と申します。従事中郎の官職と従軍の件は謹んでお引き受けいたします」
郭嘉は私の言葉を聞いて笑顔になり、拱手をして応えました。
「稟、私の真名は正宗だ。これからよろしく頼む」
「はっ!」
「風、頑張るのですよ~。それと正宗様、烏桓族討伐の秘策を教えてくださいね~」
風は私の顔を見てニヤリと笑いました。
上手く烏桓族を取り込むことに成功したら、彼らを使って幽州遼東郡を私の影響化に置くつもりです。
第88話 立つ鳥跡を濁す
風と稟を家臣に加えてから、3ヵ月が過ぎました。
現在、私の保有兵力は黄巾の乱後に冀州で残留した兵5万5000に加え、兵3万が加わりました。
この兵3万の中には元黄巾賊の者が2万人含まれています。
黄巾賊の中で人格的に問題がなく、武官として一定の実力のあるものを選別して、彼らの希望を聞いた上で動員することにしました。
黄巾賊で私の軍に動員された者は実績に応じ賦役期間を最大で5年軽減し、実績と能力を加味して出世する機会を与えることにしました。
彼らは賦役の期間を満たしたら、除隊しても良いことになっています。
そのため、今回の烏桓族討伐は黄巾賊討伐時の兵だけで行うことにしています。
現在、私の元には騎兵1万がおり、彼らに新調した轡、鞍、鐙を既に支給しています。
彼らの調練は真希、泉、水蓮の3人に任せることにしました。
この騎兵の調練は人目を避け、常山郡の山奥を切り開いた調練場で行わせています。
この3人には調練とは別に、騎兵候補となる者を3000人選抜するように命じています。
この他に、凪、沙和に命じて、歩兵2万に長槍を持たせて、長槍の扱いに慣れさせるべく調練させています。
騎兵1万3000、歩兵1万に支給するコンパウンドボウの設計図を真桜に渡し、この弓の名は「滑車弓」と名前を変更しました。
真桜には弓の設計図だけでなく、模写した「伏儀図」、「神農本草経」も渡しました。
今後、兵器製造や耕作で森林伐採が進みすぎると将来の砂漠化、防衛面で問題が発生する可能性を考慮して、並行して植樹作業を賦役の中に組み込むことにしました。
燕山山脈が横断する鉅鹿郡と清河国で養蜂場を運営し専売にすることしました。
運営方法は私の能力を使用して、関係書籍を模写をし、清河国の書庫に保管してあります。
責任者は私で補佐に紗綾を据えました。
税収不足を補うためにもっと専売品を増やす必要がありますね。
この辺りは養蜂に適している以外に、石炭と石灰が豊富に産出できるので、これらを利用して、いずれは蒸気機関とセメントを製造しようと思っています。
責任者には揚羽と冥琳を据え、採掘のための下調べを始めています。
領地の経営方針もある程度落ち着いてきたので、冥琳、朱里、雛里と約束したことを実現することしました。
私が口伝で教えても良いのですが、私の時間が制約されるので竹巻に纏めることにしました。
これらは清河国の私の城の書庫に保管することになっています。
揚羽、冥琳、朱里、雛里の要望もあり、経済関係、軍事関係、政治関係、土木・治水・建築関係の書籍を中心に寝る間も惜しんで模写しています。
この模写の作業中は揚羽と冥琳が私の側で書き上がるのを待っています。
さながら、缶詰になった作家の心境です。
私が執筆地獄に気が滅入りそうになって、揚羽に休憩を願いでようとしたとき、誰かが執務室の扉を開いて入って来ました。
「正宗様、大変です。冀州入りしていた督郵が正宗様に面会を求めてきています」
美里が大慌てで言いました。
「何故、督郵が私に用があるのだ。その督郵の名前は何という」
私は気怠さを我慢して、美里に言いました。
「督郵の名前は許攸です。それに・・・・・・顔に酷い怪我をなさっています」
「許攸だと・・・・・・」
何で、許攸が冀州に督郵として赴任しているんです。
私が麗羽の夫だから胡麻をすりにしたのでしょうか。
「正宗様、その者は督郵の権威を傘に冀州の官吏より賄賂を徴収しております。正宗様の影響下の郡でも堂々と賄賂を要求しておりました。もちろん、正宗様の御名に傷がつかぬように要求は拒否させています。督郵の顔の怪我は何とも言えません」
「苦情を言いに来たという訳か?」
私は図々しい許攸の対応にうんざりな気分になりました。
「とにかく許攸に会うことにする。美里、許攸を謁見の間に通せ。揚羽と冥琳も同席してくれ」
冀州に来た督郵が私の元に来たことに、桃香の件で来たのではないか思いました。
「督郵、面を上げよ。私の元を訪ねるとは何か用なのか」
平伏する許攸は右腕に包帯を巻き、痛々しいものでした。
「私は今回、督郵を任じられた許攸と申します。劉車騎将軍につかれましては、ご面会の機会をいただき恐縮に存じます」
平伏していた許攸は顔を上げ、拱手をして挨拶をしました。
私は彼女の青あざだらけの顔を見て驚きました。
「その傷はどうしたのだ? 随分と手酷くやられたようだが」
私は表向き彼女を心配するように言いました。
なんとなく想像がついてきました。
多分、安喜県にはもう桃香達はいないでしょう。
「劉車騎将軍は劉玄徳を知っていらいますでしょうか? 私が中山郡安喜県へ監察に赴いた際、その者の配下に半殺しにされまして・・・・・・」
許攸は私と目を反らし、辛そうな表情をしました。
「それは不幸なことだな。私の元に来たのは、劉玄徳を推挙した私の責任を問うためという訳か?」
私は許攸の腹づもりが分かりましたが、冷静に言いました。
「滅相もございません。私は名声高き劉車騎将軍の御名を汚した不届き者のことをご報告に参った次第です」
許攸は私に態とらしい態度でうやうやしく言いました。
桃香の件を黙っておく代わりに、口止め料が欲しいのでしょう。
その手に乗るつもりはありません。
この女は既に賄賂を要求するという罪を犯しています。
発言の内容次第では、この場で処刑してやります。
「許攸、手間を取らせてたな。傷の治療代に1万銭を渡してやる」
私は「傷の治療代」という言葉を強調して言いました。
「劉車騎将軍、そのようなお心遣いは結構でございます。できれば、あなた様のお側に置いていただけないでしょうか?」
許攸は一物ある表情で私の瞳を見て言いました。
桃香の件をちらつかせて、自分を士官させて欲しいと言っているのでしょう。
「許攸、何故にお前を側に置かねばならぬ」
私は無表情で言いました。
「このことが宮中に報告されれば」
「冀州で賄賂を貢がせたお前が首が飛ぶということか?」
私は底冷えする声で許攸を睨みつけました。
「聞けば、お前は私が大守を勤める鉅鹿郡でも堂々と賄賂を要求していたそうだな」
「な、何を・・・・・・お、仰っているのか・・・・・・。りゅ、劉車騎将軍、こ、この私が朝廷に劉玄徳のことを報告してもよろしいのですか?」
許攸は私の態度に顔が恐怖で引きつっていました。
「ほざくな! やってみるが良い。お前の悪事は斬首ものだ。お前が私に舐めた真似をするというなら、私にも考えがあるぞ」
私は許攸を睨みながら、濃厚な殺気を放ちました。
「りゅ、劉車騎将軍・・・・・・。わ、私の勘違いでございました・・・・・・。こ、ここれにて失礼させていただきます」
許攸はカタカタと肩を震わせて、辛そうに頭を下げ去っていきました。
「正宗様、許攸には監視を付けて置きます」
揚羽は許攸の立ち去るのを確認すると、私を見て言いました。
「それでいい。もしも、朝廷に今回の一件を報告したり、麗羽に脅迫するような真似をしたら」
「始末すればよろしいのですね」
揚羽は私に怜悧な笑みを浮かべ言いました。
私は彼女の瞳を見て、うなずきました。
第89話 桃色注意報
許攸が私の元を訪ねてから、1週間程して桃香、愛紗の2人が私の元に訪ねてきました。
私は玉座に腰掛け、2人を黙って見ています。
北郷が居ませんがどうしたのでしょう。
この場には、揚羽、冥琳が同席しています。
「桃香、督郵の許攸から仔細は聞いているが、お前の言い分を聞かせて貰おうか?」
私はだいたい想像がついていますが、一応、桃香達の言い分を聞くことにしました。
「正宗さん、ごめんなさい!」
私が桃香に詰問すると、彼女は頭を深々と下げました。
「謝罪するということは、許攸を半殺しにしたことは認めるのだな」
私は冷静な態度で言いました。
「劉将軍、お待ちください! 許攸を半殺しにしたのは、桃香様では無く、北郷です」
関羽は桃香の横に進み出て、腹立たしそうに言いました。
「愛紗ちゃん、いいの。私が県尉なんだから、北郷さんの行為を止めれなかった責任は私にあるの・・・・・・」
桃香はいつになく元気がありませんでした。
「北郷が許攸を半殺しにしたのか?」
「そうです! 許攸は桃香様が賄賂を拒否したことを逆恨みして、冤罪を陥れようとしました。北郷は自分に罪が及ぶのではと考え、許攸が逗留する宿を兵士達を唆して襲撃し、彼女を亡き者にしようとしました。私達が北郷の行動に気づいた時は、時既に遅く、許攸は北郷の襲撃で半殺しの状態で、強姦されかけておりました。その後、桃香様は許攸に取り繕うにも会話にならず、私達は少数の兵のみを引き連れ、山野を通って劉将軍の元に参りました」
この話を聞いて、強欲な性格とはいえ許攸に悪いことをしたなと思いました。
彼女は金に汚く傲慢な性格ですが、それ以外を除けばそれなりに役に立つ文官です。
どうしたものでしょうか?
「先ほどから気になっていたが北郷は何処にいる」
今回の事件をしでかした本人が居ないので、2人に尋ねました。
「劉将軍に許攸の件を釈明しに行ったら、更に酷い労役を課されると憤って、襲撃を行った兵士を連れ逃亡しました」
関羽は青筋を立て声高に私に言いました。
「逃亡した兵の人数は? それと何故、北郷を取り押さえなかった」
私は厳しい表情で桃香と関羽に言いました。
「逃亡した兵は30人です。北郷を捕らえなかった理由ですが・・・・・・」
関羽は私の言葉に口を噤み、バツが悪そうに桃香を見ました。
「私が逃がしました」
桃香は関羽は黙ると覚悟を決めた表情で言いました。
「桃香、お前は何を言っているのか分かっているのか? 北郷の行動のお陰で私は危うく破滅したかもしれないのだぞ」
許攸が汚職官吏だったので、彼女を脅迫するだけで済みましたが、そうでなければどうなっていたか。
その場合、このようなことは起こらなかったでしょう。
しかし、北郷の暴走は看過できる限度を超えています。
許攸を襲撃し半殺しにして、未遂とはいえ強姦を働こうとは賊と同じです。
男だけの石切り場に押し込めていた反動でしょうか。
「北郷さんは最低の行為をして、正宗さんに凄く迷惑を掛けました。本当なら罪を償うべきだと思います。でも、正宗さんのことだから、北郷さんも襲撃に加担した兵士さんも死罪にするんじゃないかと思って・・・・・・」
桃香は頭を俯けて、私に言いました。
「それで北郷や襲撃に加担した兵士達に恩を売ったつもりか? 許攸の件を収拾したのはこの私だ。お前が彼らを逃がすなら、許攸の件はお前が収拾すべきだった。違うか?」
私は桃香の言葉に激怒して、桃香を怒鳴りつけました。
「正宗さん、ごめんなさい・・・・・・」
「申し訳ございません!」
桃香と関羽は深々と頭を下げました。
「桃香、不始末を起こした以上、安喜県の県尉の官職を返上し、印綬を渡して貰うぞ。北郷を逃亡させた件は私は知らなかったことにしてやる。だが、情けを掛けるのもこれが最後だ」
私は桃香の所行に怒りを覚えましたが、冷静に言いました。
「分かっています。これが県尉の印綬です」
桃香は腰袋から印綬を出しました。
「冥琳、その印綬を預かってくれ」
私が冥琳の声を掛けると、彼女は桃香から印綬を受け取りました。
「あの・・・・・・。正宗さん、厚かましいお願いなんですが、私の義勇軍の皆を預かって貰えないですか? もう、私の力じゃ義勇軍の皆を養うのは無理なんで」
桃香は私に申し訳なさそうに言いました。
「義勇軍を預かってくれということはいずれ返してくれということか? お前は自分の兵士を私に養わせる気なのか?」
桃香の願いに胃痛を覚えましたが、私は声をひねり出して言いました。
「先ほどから聞いていれば、貴様は何様のつもりだ! 本来ならば、罪人を逃がした罪で貴様を罰するところを正宗様はお見逃しなされるのだぞ」
冥琳は厳しい表情で桃香に言いました。
「それを分かっています。でも、私じゃ義勇軍を維持するのは無理なんです」
桃香は俯きながら言いました。
「劉玄徳、あなたは分かっていません。何故、正宗様があなたの兵を養わなければいけないのです。兵というのは金食い虫です。あなたはそのことを自覚なされていますか? あなたの兵を正宗様が預かるということは、3000人の食客の面倒を見るということと同じです。それもいつ出て行くか分からない人達です。正宗様のために命を捨てる覚悟がある兵士達ならいざ知らず。あなたの為に命を捨てる兵士達を面倒見るのはどう考えてもおかしいでしょう」
揚羽は怜悧な瞳で桃香を凝視して言いました。
「揚羽殿の仰る通り、面倒を見れぬというなら、義勇軍を解散しなさい。解散するというなら、治安維持の観点から、兵士達が故郷に帰れるように資金を出すことを考えても構わない」
冥琳は揚羽の発言に同調して意見を言いました。
「桃香、義勇軍を解散するか、維持できる規模に縮小しろ。私とて金が湯水のようにある訳ではない」
私は暗に義勇軍は預からないことを桃香に伝えました。
「わかりました・・・・・・。義勇軍の規模を縮小することにします。残りの兵士さん達のことは故郷に帰れるようによろしくお願いします」
桃香は俯いていて表情は伺えませんが、泣いているようでした。
彼女を見ていると言い知れぬ罪悪感を感じるのですが、これが劉備マジックでしょうか?
関羽も今回のことは仕方なしという表情をしています。
関羽が哀れに感じてきました。
「桃香、今後はどうするのだ。伝手は無いのだろう?」
私は桃香達の今後が少し心配になり、今後どうするのか尋ねました。
「ま、正宗さんに・・・・・・、こ、これ以上・・・・・・迷惑を掛けれないので・・・・・・」
桃香は涙を拭きながら言いました。
「洛陽に行き盧植殿を訪ねるといい。彼女は朝廷で尚書の官職にあるから、仕事を紹介してくれるだろう。私からも添え状を書いてやる」
私は月華に申し訳ないと思いましたが、彼女の名前を出すことにしました。
洛陽にいれば武官の仕事があると思います。
「盧植先生をですか?」
桃香は顔を上げ、泣き腫らした目で私を見ました。
「桃香、お前の恩師だろう。彼女なら仕事を紹介くらい、してくれると思うぞ。洛陽までの路銀は私の私費で面倒を見てやる」
桃香は教え子ですし、同郷なので、月華も悪し様にはしないでしょう。
「あ、あの・・・・・・。正宗さん、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」
桃香は涙を拭きながら頬を染めて私を見ていました。
「今回のことは首謀者が北郷であるし、お前だけに責任があるわけではない。それに援助はこれが最後だ。私に感謝する気持ちがあるなら、早く出世をしろ」
私は痛む胃を擦りながら言いました。
「はい、正宗さん。頑張ります! そして、正宗さんにきっと恩返しをします」
桃香は頬を染めたまま私に元気良く言いました。
「私も劉将軍のご厚恩に感謝いたします」
関羽も私の申し出に喜んでいるようです。
はぁ・・・・・・、私は甘いですね。
私は力無く項垂れました。
「桃香、洛陽への仕度があるだろう。兵数は維持できる人数を連れて行け、分かったな」
「はい!」
桃香は凄く嬉しそうに私に応えました。
揚羽と冥琳は私をジト目でしばらく凝視すると、2人揃って溜息を付きました。
第90話 烏桓族諜略 前編
桃香と愛紗は義勇軍の中から精鋭だけ選び10人を連れ洛陽へ発ちました。
桃香達が去るとき、関羽は私に真名を預けてきました。
彼女は、これまでのことと、桃香を罪を免じた上に就職先の斡旋をした私に感謝の気持ちを示したいと言っていました。
私は幽州の烏桓族を諜略するために直接出向くことにしていたので、桃香の義勇軍を一緒に同行させ郡まで送り届けました。
この諜略には揚羽、冥琳、風、稟と騎兵3000、歩兵2000を連れています。
現在、郡を離れ代郡の烏桓族の元を訪ねています。
「正宗様、北郷と逃亡した兵達の件でお話があります」
揚羽は私の右側に馬を寄せてきました。
「勝手ながら、北郷と逃亡した兵達を討伐する部隊を編成し、冀州各地に展開させました。それと、司馬家の者も動員し、見つけ次第殺すように命じております」
揚羽は私を怜悧な瞳で私を見ました。
「手際がいいな。確かに、北郷を放置したら、領民を襲いかねないからな。揚羽、ありがとう」
私は揚羽の心遣いに感謝しました。
「正宗様、劉玄徳の件でご忠告したいことがございます」
冥琳は私の左側に馬を寄せてきました。
「桃香のことか・・・・・・。私の裁定が甘いと言うのだろ」
冥琳の言いたいことがなんとなくわかり面倒臭い感じに言いました。
「分かっておいでなら話が早いです。正宗様、劉玄徳は厳罰に処罰すべきでした。彼女は罪人を逃がしたのです。彼女達が北郷を拘束しておけば、討伐隊を編成するなどの余計な出費は掛かりませんでした」
冥琳は私に厳しい表情で言いました。
「でも、幽州に送り返した義勇軍は私に感謝をしていたではないか? 彼らはきっと私の慈悲深さを幽州の民に喧伝してくれると思うぞ。そうなれば、その話は烏桓族の耳にもいずれ入るだろう。私は只でさえ、『地獄の獄吏』などと民の間で語られているのだからな」
私は揚羽と冥琳の突き上げに、苦し紛れの言い訳をしました。
「正宗様、それは結果論でございましょう。費用対効果を考えてください。明らかに費用の割に、得られる効果が小さいです。まあ、正宗様が幽州に影響力を持たれる際に役には立つでしょう」
揚羽は目を瞑り、溜息を付きながら、私に苦言を言ってきました。
「劉玄徳は正宗様の優しさに甘えているだけの愚か者でございます。あの場で彼女を斬首に処すべきでした。それが秩序を守ることでございます」
冥琳は桃香を処刑しろと言いますが、ああ見えて人徳だけはある子です。
もし、私が彼女を処刑していたら、義勇軍の者達は私を恨み命を付けねらうかもしれません。
・・・・・・。
言い訳ですね。
あの時の私は桃香と愛紗に同情して甘い裁定をしてしまいました。
「揚羽と冥琳の言い分は善く分かった。だが、一度下した裁定を覆す訳にはいかない。だから、これからは桃香をどう遇すればいいと思う」
私は遠く空を眺めながら、揚羽と冥琳に意見を求めました。
「劉玄徳は今後も正宗様に厄介事ばかり持ってくると思いますので、彼女を暗殺するべきです。洛陽ならば暗殺する機会は多いと存じます。ただ、月華殿の目には重々気をつけねばなりません」
揚羽は私に淡々と桃香暗殺を献策してきました。
「揚羽殿の意見に同感です。劉玄徳は能力は高くはありませんが、人徳だけは目を見張る物がございます。あのような者が正宗様の周囲をうろついては正宗様の足下を乱しかねません」
冥琳も揚羽同様に暗殺を献策してきました。
「どうしても桃香を殺さねばならないのか? 彼女は迷惑な人物だが、善人だ。殺すのは忍びない」
私は揚羽と冥琳の顔を順に見て言いました。
「正宗様、甘いです」
揚羽は厳しい表情で私に言いました。
「正宗様は悪人にはとことん冷酷無慈悲ですが、善人にはとことん情けをお掛けになさいます。それでは政は立ち行きません。政は清濁を合わせ持たねばならないのです。民の安全を守る為ならば、例え善人を殺すことになっても、覚悟して実効せねばならないのです」
「だから、桃香を殺せと言うのか?」
私は心の中で葛藤がありましたが、己に自答するかの如く揚羽に言いました。
「正宗様、その通りです」
揚羽ではなく、冥琳が応えました。
「あの~、白熱しているところ申し訳ないのですが、少しよろしいですか?」
私達の会話に風が割り込んできました。
「私は劉玄徳という人物のことは知りませんが、別に殺さずとも良いと思います~」
風はアメを舐めながら、揚羽と冥琳の顔を順に見て言いました。
「風、それはどういうことだ。妄言ならば許さぬぞ」
冥琳は厳しい表情で風に言いました。
「ふふ、妄言とは酷いのですね~。正宗様、劉玄徳は人徳があり、あなた様が大恩を施された人物とお聞きしました。ならば、それを利用されればいいと思うのですよ~。その人物が一勢力を作る手助けを影ながら行えば、正宗様側の影響下にある諸候が誕生するのです~。仮に、大恩ある正宗様に弓引けば、それを理由に滅ぼし、その領地にあなた様の息を掛かった者を送り込めばいいのです。正宗様はただでさえ、力をお持ちなので、これ以上は力をあまり誇示されない方が良いと思います」
風は謀臣の片鱗を見せる発言を私達に披露しました。
「風、悪知恵が善く働くな・・・・・・」
冥琳は風の献策に少し引いていました。
「冥琳様、褒め言葉と取っておくのです~」
風は機嫌良くアメを舐めていました。
「風の献策はなかなか良いですね。ですが、劉玄徳が正宗様に逆らったときに、正宗様が彼女を殺せるかが重要になります。正宗様、そこのところはどうなのですか?」
揚羽は風の策に同意しながら、私に桃香を殺す覚悟があるか聞いてきました。
・・・・・・。
戦となれば話は別です。
殺したくなくとも殺さなければいけません。
それが生き残る道です。
「そのときは私が桃香を殺す」
私は覚悟を決めて言いました。
「そうですか・・・・・・。ならば、これ以上、私は何も申しませぬ。冥琳殿も良いですね?」
揚羽は私をしばらく凝視していましたが、私が目を反らさずに彼女の瞳を凝視したら、軽く頷き言いました。
「正宗様が覚悟されたのならば、私も何も言うことはございません」
揚羽の言葉に、冥琳は一度、私を見て言いました。
「やれやれ、やっと夫婦喧嘩から解放されるぜ」
風の頭上の宝慧が言いました。
「そうなのですね~。おお、正宗様、あそこに見えるは烏桓族の集落ではないのですか~」
風はアメを舐めながら、前方を指さしました。
確かに、目の前に村らしき物が見えました。
桃香の件は風の案を採用する方向で考えておきましょう。
それより今は、烏桓族討伐の準備が重要です。
烏桓族を出来るだけ多く取り込みたいと思っています。
烏桓族討伐後に彼らと友好的な関係を築くにはこれは欠かせないことです。
第91話 烏桓族諜略 後編
私は村の手前20里程で進軍を止め、兵士達に大休止を取らせると、私と揚羽、冥琳、風、稟の5人で村に近づきました。
私達が村の入り口に近づくと、1人の老人を中心に武装した村民10人が私達を出迎えました。
「私は車騎将軍、劉正礼である。この村の代表者と話がしたい」
私は馬上より、村の入り口にいる村民達に声高に言うと、1人の老人が進み出て、両膝を地面に着き拱手しました。
「劉車騎将軍に拝謁いたします。私がこの村の代表であり、代郡の烏桓族を束ねます大人、巣厳と申します。本日は、どのような御用でございますか?」
巣厳は平伏して挨拶をしました。
彼の後方にいる村民達に目をやると、明らかに私に対して怯えと不安を抱く表情でした。
「今日、お前の元を訪ねたのは他でもない。代郡の烏桓族と交易をしたくて来たのだ」
私は極力友好的な表情で巣厳に言いました。
「こ、交易でございますか? 私達の村々はご覧の通り貧しく、劉車騎将軍がご満足いただけるような大した品はございません」
巣厳は私の言葉に安堵した様子でしたが、直ぐに要領を得ない表情になりました。
「巣厳、立ち話も何だ。詳細はお前の家で話をさせてくれないか?」
「これは気が利きませんで申し訳ございません。ささ、粗末な家ですがどうぞ」
巣厳の案内され私達は彼の家に案内されましたが、彼の家は本当に祖末でした。
大人なのでもう少しまともな家に住んでいると思ったのですが・・・・・・。
漢に帰属しているといっても、異民族ということで酷い差別を受けているのでしょうね。
現代でも人種差別がありますが・・・・・・。
本当に遣る瀬無い気持ちになります。
「湯ですがどうぞ」
巣厳の家に案内されると、彼の妻である老婆が私達に木製の碗に注がれた湯を出してくれました。
「奥方、手間を掛けて済まない」
私は巣厳の妻に笑顔で礼を言いました。
「いえいえ、大したことではございません」
巣厳の妻は頭を下げて、家から出て行きました。
「劉車騎将軍、それで交易の話とは?」
巣厳は少し不安気な表情をしていました。
「巣厳、お前達は馬を育成に長けているな。それで、お前達から駿馬を50頭ほど購入したいと思っている」
「恐れながら、50頭もの駿馬をご用意するなど無理にございます。せいぜい3頭が限度でございます。それ以上は村が立ち行きません。どうかご容赦ください」
巣厳はうやうやしく平伏し懇願してきました。
多分、彼は私が官吏や商人達のように買い叩くと思っているのでしょう。
経済的に苦しくて、売れる馬が少ないのは事実でしょうが・・・・・・。
「巣厳、私は不公平な商売をしに来たのではない。市価で購入するつもりだ。稟、ここに五朱銭を10万銭、歩兵達に運ばせろ」
「はっ!」
稟は私の命令を聞くと、足早に巣厳の家を去っていきました。
「あ、あの・・・・・・、劉車騎将軍・・・・・・」
巣厳は私の言葉が理解できないという表情をしていました。
「巣厳、駿馬50頭分の代金を持ってこさせるので少し待て」
私は巣厳に優しく言いました。
1刻程後、駿馬50頭分の代金を巣厳の家の前に持ってこさせました。
私達と巣厳は彼の家を出て、詰まれた五朱銭で一杯の箱の前に来ました。
村民達も周囲から、こちらを伺っています。
「劉車騎将軍、これは・・・・・・」
巣厳は不安気な表情で聞いてきました。
「駿馬50頭分の代金だ。巣厳、私はお前達と交易をしに来たと言っただろう。お前達は漢の民だ。ならば、お前達に対し理不尽な差別をするのは道理に反する。私の叔父、劉寵は太守として、会稽郡に赴任した際、漢民族と山越族を差別なされなかった。私もその姿勢は正しいと思っている。故に、お前達の取引は適正な価格で行う。この金はお前達の物であり、もし、お前達から理不尽な理由で金を搾取する者があらば、この私に申し出よ」
私の言葉に巣厳は涙を流していました。
「劉車騎将軍、あなた様のお気持ちは有り難いのですが、今の私達には3頭の駿馬のみしかお売りすることはございません」
「ならば、その3頭のみで構わない。残りの47頭の駿馬を納入するまで、10年の猶予を与える。その金は前払いにしておくので、必ず残りの駿馬を納めよ。良いな」
私は巣厳を見て厳しい表情で言いました。
「はは! この巣厳、必ず、あなた様に駿馬50頭をお納めいたします」
巣厳は感涙しながら、深々と平伏をしました。
巣厳につられるように村民達も私に平伏をしました。
「巣厳、そんなに畏まらなくてもいい。お前は代郡の烏桓族を束ねる大人なのだぞ」
「いえ、劉車騎将軍にそのような真似はできません。劉車騎将軍のように私達を差別なく扱って下さった方はございません」
巣厳は更に深く平伏をしました。
「巣厳、私はお前達と交易を行いたくて来たのだ。返事を聞かせてくれないか?」
「交易の話はお引き受けしたいのは山々ですが、一つだけお聞かせ願えませんか?」
巣厳は顔を上げ真剣な表情で私に聞いてきました。
「何でも聞いてくれ」
「私達と交易をする対価として、劉車騎将軍は何をお望みなのでしょう」
巣厳は不安と期待がない交ぜになった表情で私を見ていました。
「対価か・・・・・・。私にとって、烏桓族との交易を行うことが目的の9割、後の1割は烏桓族との交易にとって障害となる者の排除だ」
私はそこで一度言葉を切りました。
「私は好戦的な上谷郡の烏桓族を束ねる大人、難楼を討伐し、他の好戦的な烏桓族を押さえ込み、代郡、漁陽郡,広陽郡,雁門郡の4郡の烏桓族には漢の逆賊、張純の首を取って欲しいと考えている。私は烏桓族だけでなく、多くの漢に住まう異民族が差別的な扱いを受けていることは承知している。だから、この私に時間を与えて欲しい。必ず・・・・・・、いや。少なくともお前達が理不尽な扱いを受けずに済むように心血を注いでみせる」
私は膝を着き、巣厳の手を取り、真剣な表情で彼の目を見て言いました。
「劉車騎将軍・・・・・・。あなた様のお気持ち確と分かりました。交易と張純の首の話は謹んでお引き受けいたします」
巣厳は真剣な表情で私の目を見て言いました。
「その言葉、嬉しいぞ。今後何かあれば、私を頼ればいい。幽州と冀州は離れているが、必ず力になってみせる。急ぎとあらば、郡大守である公孫賛を頼るといい。この私が話を通しておく」
その後、二ヶ月をかけて、代郡と同様に漁陽郡,広陽郡,雁門郡の烏桓族を諜略しました。
しかし、漁陽郡の烏桓族だけは色良い返事をしませんでした。
彼らは交易の話に興味を持っていましたが、私と通じるとなれば、遼西郡、北平郡の烏桓族の攻撃の矢面に晒されると思っているのでしょう。
その後も漁陽郡の烏桓族と交渉を重ね、最終的に彼らと不戦の密約を交わすことができました。
第92話 司馬の猟犬
前書き
この話では司馬季達サイドでお送りします。
私は司馬季達、姉上の命令で司馬家の手練を50人率いて、北郷と逃亡兵を捜索中だ。
揚羽姉上の推測では距離的に北郷達は并州に逃げ込もうとしているはず。
私もそれには同感だ。
北郷は兎に角、冀州を出ることを優先するはず。
そうなった場合、安喜県から近い州は幽州、その次に并州。
幽州に逃げた場合、義兄上の盟友、公孫賛がいるので、逃げ切れる訳がない。
北郷が仮に義兄上と公孫賛が盟友と知らずとも、公孫賛が冀州入りしたとき、劉玄徳に会ったと言っていたそうだから、義兄上との関係を知っている可能性は高い。
仮に全く知らずとも、幽州の方は公孫賛に任せればいいと思う。
なら、私は并州で北郷を捜索するべきだ。
私と司馬家の手練50人が森の中を潜行していると、3里位先に光を確認したので、周囲に気をつけ光がある場所へ物音を出さないように進んだ。
「北郷、お前の所為だ! 俺達はお尋ね者じゃないか!」
「別に、俺は付いてきてくれなんて言ってないぞ」
「逃げなくちゃ行けなくなったのは、お前があの官吏を犯そうとしたからだろうが! お前の所為で、桃香様の下にはもう戻れないんだぞ」
「じゃあ、戻ればいいだろうが! そしたら、劉ヨウの野郎に首を刎ねられるぞ」
光の正体は焚き火のようで、近づくにつれ男達の口喧嘩をしていた。
その話の内容に「北郷」という言葉を確認した私は、この先に逃亡兵がいると確信した。
私は部下に目配せと手で合図を出し、何時でも戦闘に移行できるように指示を出し、戦闘準備が整ったのを確認した後、逃亡兵の前に姿を出した。
「こんなところで仲間割れなんてお目出度いわね」
北郷は私を確認すると、周囲に気を配っていたが、暫くすると安心して、私を挑戦的な目付きで見ていました。
「脅かしやがって。女1人でこんな処で何してんだ」
北郷は嫌らしい目付きで私を舐め回すような視線を送ってきた。
こいつ、本当に盛ることしか頭にないのかしら……。
「私は司馬季達。大人しく縛につけば、公正な裁きを受けさせてあげるわ」
私は上から目線で北郷達に言った。
「ふざけるな! 何で俺が捕まらなくちゃいけない。……司馬季達と言ったな。ということは司馬仲達の姉か妹だな。この俺をあんな野郎ばかりのむさ苦しい場所で働かせやがって。毎日、毎日、石ばかり運ばされてどんなにキツかったと思うんだ」
北郷は私の名を聞くと、憎悪に満ちた表情で私を睨みつけました。
自分のやったことを棚に上げて、義兄上と揚羽姉上を恨むのは筋違いもいい。
「三食白米と副菜の食事があって、寝る処も雨漏りしなくて、そこらの農民よりましな生活だと思うわよ」
「うるせえ、うるせえんだよ! 俺があんな飯食えるか!」
北郷の言葉に逃亡兵達は白けた表情を彼に向けていた。
「調度いい。お前を犯して憂さを晴らしてやるぜ!」
北郷は何か思いついた表情をすると、不快感を覚える笑みを浮かべた。
確認するまでもなく、北郷は屑だったわね。
でも、周囲を囲まれていることも気づかず、自分が優位と思い込んでいるなんて滑稽ね。
「もう嫌だ! 北郷、お前の言うことなんか聞けるか! 俺は賊になるために義勇軍に入ったんじゃない」
逃亡者の一人が声を上げると、それに釣られるように、10人の逃亡者が北郷に剣を向けた。
「お前等、その人数でどうやって戦うんだ。その女を会わせても11人、こっちは21人だぞ。くくっ、くく、今からでも遅くないぞ。一緒に楽しもうぜ」
北郷は歯向かった兵士達に下卑た笑みを浮かべ言いました。
「う、うるせえ! お前なんかとこのまま行動したら、俺たちは山賊か盗賊が関の山。北郷、お前を殺して、劉将軍に助命を願い出てやる」
10人の兵士は北郷の誘いに乗ることなく、剣を更に深く構えた。
「お前等……。後悔しても遅いぞ」
北郷は優越感に浸っている表情をしていた。
「殺れ」
私は北郷の下品な表情が見る絶えず、怜悧な瞳を北郷達に向けると右手を上げ、戦闘開始の合図を出した。
「な、何……」
私の部下は闇夜より現れると、あっという間に北郷を除く全ての逃亡者を斬殺した。
北郷に抵抗した10人には悪いけど、北郷を生かすことに決定した以上、目撃者は生かしておけない。
「ひ、卑怯だぞ!」
北郷が自分の周りでもの言わぬ死体になった逃亡兵を狼狽した表情で見ていた。
「ふふ、安心しなさい。北郷、お前を見逃してやるわ……」
私は満面の笑顔で言いました。
「ほ、本当か!」
北郷は安堵の表情をしつつ、周囲で剣を構える私の部下をチラチラと見ていた。
「ただし、条件があるわ」
私は無表情で口元だけ笑みを浮かべた。
「条件って何なんだよ……」
北郷は私の笑みに不気味さを感じたのかたじろいでいた。
「ふふ、お前の右目を貰うとしようか? 義兄上にも体面が立つ」
私は口から出任せを言うと、部下に目配せをし、北郷を押さえつけさせた。
「はは、冗談だろ? や、やめろよ……」
北郷は私の部下に押さえつけられながら、怯えた表情をした。
「片目で命が助かるなら安いものでしょ」
私は酷薄な笑みを浮かべ北郷を見た。
「や、やめろ、止めてくれ------!」
北郷は声高に叫んだが、私は彼の懇願を無視して、彼の右目を情け容赦なく抉りだした。
「ギャア------! 痛でぇええ------!」
北郷は右目を抉り出された痛みで転げ回っていた。
私は北郷の目玉を捨て、懐から布を出し、血を拭き取るとそれを捨てた。
北郷が痛みに苦しむ姿を四半刻ほど眺めていた。
「ぜ……絶対許さねえ……。お前も、劉ヨウも必ず殺してやる!」
北郷は肩で息をしながら、私に憎悪に満ちた視線を向け、痛みで震えた声で怨嗟の言葉を吐いた。
「くくっ……。やれるものならやって御覧なさい。何の力も持たないお前に何ができるのか楽しみにしているわ。どうせ、劉玄徳を頼るくらいしか能がないんじゃない」
私は胸の前で腕組みをし、態と北郷を小馬鹿にするように言った。
「どいつも、こいつも、俺のことを馬鹿にしやがって!」
北郷は更に興奮したように怒りを表情に表すと、彼は自身の剣を拾い、西の方角に走り去っていった。
私は北郷が走りさった先をずっと凝視していた。
「真悠様、北郷を見逃してよろしかったのですか?」
部下の1人、王克が私に言った。
「揚羽姉上の指示だから良いのよ。姉上は表向きは北郷を始末しろと言ったけど、どうしようもない屑なら見逃せと言ったわ」
私は王克を見て、薄い笑みを浮かべ、また、北郷の去った方角を見た。
「揚羽様が本当にそのようなことを仰ったのですか? このことが劉将軍のお耳に入ったら大問題ですぞ」
王克は慌てた表情で言いました。
「このことを知っているのは私とお前達だから大丈夫。北郷が口を割っても、私の名が出ても、姉上の名は出ないわ」
「それが問題ではありませんか? 劉将軍の真悠様への心証を害し、あなた様を遠ざける可能性がございます」
「王克、あなたは想い違いしているわよ。もし、そのような事態になれば、姉上は自身の命令で行わせたと告白するはず。今回の件で義兄上が姉上に死罪を下したとしても、姉上は黙ってその罪を甘んじて受けるつもりでいる」
「揚羽様がそのようなことを仰ったのですか!」
王克は青ざめた表情で言った。
「ふふ、あの揚羽姉上が話す訳無いでしょ。揚羽姉上は義兄上に真の英雄になって欲しいと思もっているのよ。だから、情に流された判断がどのような結果を招くかを知って欲しい。義兄上は暗愚ではない。きっと、分かって下さるわ」
「北郷の粗暴さを目の当たりにしましたが、あの者はこの先の逃亡で必ず非道を行いますぞ」
王克は険しい表情で言った。
「だから、良いんでしょ。北郷が非道を行えば行うほど、義兄上は固く決心されると思うわ」
私は自信に満ちた表情で、漆黒の森の木々の狭間から覗く、闇に煌めく星々を見つめた。
第93話 甘さの代償
幽州での諜略を終え、私は急ぎ冀州常山郡にある私の城に戻りました。
現在、私は北郷と逃亡兵の討伐状況について、執務室で真悠から報告を受けています。
この部屋には私と彼女以外に、揚羽、冥琳が同席しています。
「逃亡兵は全て処刑しましたが、北郷は寸での処で取り逃がしてしまいました。恐らく、既に北郷は并州州境を越境したものと存じます。義兄上のご帰還を待たずに、幽州、并州の各郡に討伐依頼の手配書、内々ですが麗羽殿、美羽殿、公孫賛殿に討伐の旨を記した書状を送っております」
真悠は恭しく拱手をして、私に言いました。
「真悠、逃亡兵を全て殺したの何故だ。北郷は兎も角、投降する者は一人も居なかったのか?」
私は真悠が逃亡兵を全て殺したことに怒りを覚えました。
「義兄上、私も当初は彼らに投降を勧めました。しかし、彼らに投降の意思が無く、私は仕方なく殲滅の決断を下しました。北郷は乱戦の最中、夜陰に紛れ逃亡致しました。ですが、無傷ではないでしょう」
真悠は淡々と言った後、私の顔をほくそ笑んだ笑みを浮かべ言いました。
「どういう意味だ」
私は真悠に厳しい視線を向けました。
「夜陰の中でしたが、私の手の者が北郷に矢を射ました。その矢の鏃には血痕がついておりました」
「北郷は手負いにも関わらず、逃げ切ったということか?」
私は真悠の言葉が信用できませんでした。
「私の力が至らぬばかりに申し訳ございません」
真悠は拱手をして、頭を下げました。
「分かった。北郷が逃がしたのなら仕方が無い。それより、北郷の行方はどうなっている」
真悠への不信は一先ず置いておき、次への備えをしなければいけません。
まだ、烏桓討伐まで時間があります。
北郷の件はそれまでに決着をつける必要があります。
「并州には追手を放っておりますが、未だ討伐はできておりません。されど、并州近隣で先頃、若い女が誘拐され、暴行をされた挙げ句、殺されるという事件がございました。鮮卑族の仕業という可能性がございますが、北郷と戦闘した場所から、そう遠くない場所なので、北郷の仕業とも言えなくはございません」
「正宗様、北郷のことは一先ず置いて、烏桓討伐のための計画に専念されてはいかがでしょうか?」
冥琳が私と真悠の会話に入りこみ言いました。
北郷がこの時代の人間なら放置しますが、こうなった以上、私の手で息の根を止めなければいけません。
ならば、手段は一つです。
「それはできない。元はと言えば、私が蒔いた種だ。北郷を討伐するために、私が并州に出向く。揚羽、騎兵100騎連れて行くので、直ぐに準備を頼む」
「正宗様、并州は鮮卑族の略奪による被害が横行する地です。それでも、行かれるのですか?」
揚羽は私を真剣な表情で見つめると言いました。
「そんなことは百も承知だ。自分で蒔いた種を自分で刈り取りに行く。烏桓討伐までに戻るので、揚羽は準備を頼む」
「分かりました。後事のことは、この私にお任せください」
揚羽は優しい微笑みを浮かべ言いました。
真悠の報告は最もらしいですが、違和感があります。
逃亡兵が抵抗するのは当たり前ですが、彼ら全てが抵抗するとはとても思えません。
私のことを恐れたとも言えなくもないですが、私が黄巾の乱後の投降した賊への施策を鑑みれば、主防犯である北郷は別として、他の者達は死罪になる可能性が低いと思うのが自然です。
それでも、彼らが敢えて抵抗したというなら、それなりの理由があるはずです。
彼らは世を善くしようと、桃香の元に集った兵達です。
だからこそ、納得いかないのです。
私の考え過ぎなのかもしれませんが……。
「義兄上、この私を同行させていただけないでしょうか? 北郷を逃亡させた責任は私にございます。私に是非、汚名返上の機会をお与えください」
真悠は拱手をして、真剣な表情を私に言いました。
彼女は北郷が并州逃亡しきった経緯を知っているはずです。
その当人が北郷討伐に加わりたいとは……。
良いでしょう。
どのような了見かは知りませんが、この私があぶり出してやります。
真悠と一定の距離があり、知恵が回り、尚かつ現在動ける者も連れて行きましょう。
風と稟のいずれかでしょうが、稟には幽州の諜報活動を任せたいと思っているので、ここは風にします。
「真悠、あなたは北郷討伐の責任者でありながら、失敗したのですから自重しなさい。あなたが同行しては、正宗様が親族に甘いという風聞が立ってしまいます」
揚羽は真悠を厳しく睨んで言いました。
「姉上、私は兵卒で構いませぬ。だから、問題ございませんでしょう。義兄上も私のことは兵卒としてお扱いください。義兄上のことも、正宗様と呼ばせていただきます。これならば、周囲の者に示しがつくのではないでしょうか」
真悠は厳しい表情を浮かべる揚羽に微笑を浮かべました。
「分かった……。真悠、お前を兵卒として、連れて行く」
揚羽は私の決定に黙っていましたが、真悠のことを終止、厳しい表情で見ていました。
真悠は彼女に軽く微笑み返していました。
「揚羽、3ヶ月以内に帰還する。冥琳も頼んだぞ。それと……、風を参謀として連れて行く」
「は!」
「は!」
揚羽と冥琳は拱手をして応えました。
私は数日後、真悠、風と騎兵100騎を連れ、并州へ旅立ちました。
第94話 并州入り
私はまず、真悠が北郷と逃亡兵達と交戦した場所に向かった後、女の誘拐があった村に向い聞き込みを行いました。
その後、誘拐された女の死体が打ち捨てられていた場所に出向き、周辺の調査が終わる頃には空は赤くなっていました。
私は今後の方針を決めるため、野営可能な場所を見つけると準備を行わせてました。
野営の準備が終わると真悠、風、兵士達を集めて、私は北郷討伐の件で兵士達に話をすることにしました。
「今回、私達は北郷討伐のために来ているが、一つ注意しておくことがある」
彼らは私の言葉に耳を傾け黙っていました。
「北郷を見つけても必ず生かして捕らえよ。この命令に背いた者は理由如何無く斬首に処すから心しておけ」
私は厳しい表情で彼らを見て言いました。
「正宗様、討伐対象を何故に生け捕りにする必要があるのです。たかが、義勇軍崩れの賊ではありませんか?」
真悠は私を見て言いました。
「北郷は私の温情を無碍にした上、中央の官吏を襲うという無法を行った。その上、この私自ら討伐に出る事態になったのだ。この私の手で北郷に死を与えるのが筋だろう。この私の命を聞けぬと言うなら、この場で首を刎ねることになるぞ」
私は殺気を彼女に向けました。
「分かりました」
彼女はそれだけ言うと口を噤みました。
「正宗様、賊の生け捕りの件にする件は納得なのです~」
風が場の空気を読まずにアメを舐めながら言いました。
私は北郷から事の真相を知りたいのです。
その上で、処断するべき者を処断します。
私の予想通りなら、揚羽と真悠は間違いなく北郷を逃がしたことに関わっているはずです。
真悠は揚羽の意を組んで動いただけでしょうが、等しく罰を下すつもりです。
2人とも命を取るようなことをしません。
揚羽の存念は何となくわかります。
この私が不甲斐ないから、こんな真似をしたんでしょう。
「風、この後、北郷の捜索の方針を立てるので、私の陣幕まで来てくれないか」
私はこれ以上、この話を長引かせたくなかったので、話を打ち切りました。
「正宗様、捜索の件は畏まりました~。後ほど、お伺いするのです~」
風はアメを舐めながら間延びした返事をしました。
私は自分の陣幕に戻り人払いをすると、椅子に腰掛け目を瞑り揚羽と真悠の処分のことを考えました。
私は揚羽を妻にすると決めた時、彼女を信じ抜くと心に誓いました。
ですが、北郷を故意に逃亡させたことは許すわけには行きません。
今回の件で、私の彼女への信頼が揺るぐことはありません。
彼女を信頼するからこそ、罰すべき時に罰さなければ、私と彼女との関係は壊れるでしょう。
身内を裁くことがこんなにも悩むものとは思いませんでした。
為政者だからこその悩みでしょう。
裁かねば周囲への示しがつきません。
北郷を処刑して、冀州に戻った後のことを考えると憂鬱になります。
「正宗様、まかり越しました~」
私が苦悩していると風が陣幕の外から、声を掛けてきました。
「風か? 入ってくれ」
「失礼いたします~」
私が中に入るように促すと風はそそくさと陣幕の中に入ってきました。
「立ち話もなんだ。そこに座るといい」
私は風に椅子を勧めました。
「ありがとうなのです~」
彼女は椅子に座ると私を向き直りました。
「それで正宗様、今回の討伐はいかなるご存念なのですか~」
風はアメを舐めながら、言ってきました。
「あの時の話で納得できなかったのか?」
「当然なのです。たかだか義勇軍崩れの賊如きに、正宗様が直々に手を下す道理がないのです~。ただ、仮にも中央の官吏である督郵を襲撃した賊を見逃した事態を考慮すれば、正宗様が自ら動き、その手で賊を誅殺されることは中央へ示しになるのです~」
彼女は私を興味深そうな表情で見つめました。
「北郷を取り逃がした張本人である真悠殿はあの場で黙るしかありませんでしたね。でも、一つ腑に落ちないことがあるのですよ~。正宗様、何か分かりますか~」
彼女はそういうと私をアメを舐めるのを止めました。
「お前を北郷討伐に同行させたことだろう」
「はいなのです~」
「兄ちゃん、流石だぜ!」
彼女の頭の上の宝慧が言いました。
「もともと、話すつもりでここに呼んだ。お前は私に士官して日が浅いから、私の家臣とも一定の距離間がある。それに、知恵が回る。最初、稟も人選に入っていたが、彼女だと表情にでる可能性があるので、いつも沈着冷静なお前を選んだ」
「ふむふむ、機密性が高く、正宗様の陣営内部の問題なのですね」
風は腕組みをしながら聞いていました。
私はそんな彼女を見て、ひと呼吸置いた後、話を再会しました。
「実は真悠が故意に北郷を逃がしたと思っている。だが、真悠は実行犯で、彼女に指示を出した人物が別にいるだろう。真悠が全てを考え行動したとは思えない。彼女は合理的な女だ。徳にもならないことを実行するわけがない。誰かの指示に従ったというのが自然だ。そうなると、揚羽が一番怪しい。彼女は劉備と北郷に対する私の遣り方に不満を抱いていた。彼女の指示なら、真悠は黙って従うだろう。だが、証拠がない。だから、私は北郷を捕らえ、その真偽を確かめるつもりでいる。その後で、北郷の息の根を止める」
風は私の告白に絶句しました。
「おいおい、兄ちゃん。話が直球すぎるぜ!」
宝慧が私を非難するように言いました。
「宝慧の言う通りなのですよ~。随分と重い話なのです。正宗様のお身内が賊の逃亡を手助けするなんて前代未聞なのです。でも、大した賊ではないのですから、賊を殺して幕を引いても良いのでは?」
風は口とは裏腹にアメを舐めながら、落ちついた口調で言いました。
「それでは駄目だな。今後、このような独断専行をされては、この私だけでなく、私の家臣の身にも危険が及ぶような事態があるかもしれない。だから、今回のことを有耶無耶にしてはいけない」
私は真剣な表情で風を真っ直ぐに見据えて言いました。
「分かったのですよ」
風はしばらく私を凝視していましたが、深いため息を吐きながら言いました。
「正宗様の仰る通り、それが事実であれば揚羽様と真悠殿は許してはいけないのですよ~。信賞必罰、これを徹底しなければ、組織などたちまち崩壊するのです。それで、正宗様は賊から真相を暴いたら、お二人を如何に処断されるおつもりなのですか」
風は私の顔を窺うような目付きで凝視しました。
「今回のことは、賊の逃亡幇助だ。本来なら斬首だが、揚羽はこれまで私の為に必死に働いてくれた。それを鑑みて、棒叩き百回の刑に処す。真悠は揚羽の指示を受けて動いたとはいえ、その罪は重いので、棒叩き五十回の刑を処す」
私は自分が考え抜いた末の答えを言いました。
「棒叩き百回・・・・・・、無難だと思うのですよ~。ですが、暫く2人を謹慎に処すことをお加えになった方がいいと思うのですよ。少なくとも、烏桓族を討伐するまで」
風は頷きながら言いました。
「分かった。お前の献策を採用しよう」
「正宗様のご決断は正しいと思いますよ」
風は私の顔を真剣な表情で見つめて言いました。
「元はと言えば、この私の甘さが招いたことだ・・・・・・。私がもっとしっかりしていれば、あの2人の行動は無かった」
私は自責の念を感じながら、力無く言いました。
「そうですね。しかし、それに気づき改められようとしているのなら良いのはありませんか~。正宗様は私達の主君なのですよ。仮に主君に落ち度があろうと、それに不満を抱き暴走することは家臣のすることではないのです~。だから、正宗様が罪悪感に感じられる必要はないのです。それでも、納得できなければ、良き主君に成ることを心掛けられることなのです~。でも、無理は禁物なのですよ~。あなたに付いてきた家臣はあなただから付いてきているのですから」
風は真剣な表情で私に言い終わると、軽く微笑みました。
その後、私と風は夜更けまで、北郷討伐の方針について話し合いました。
第95話 賊に身を落とした者の末路
前書き
更新が遅れすいませんでした。
冀州を出立して二ヶ月が過ぎ、ようやく北郷の居場所を発見しましたが、寸での処で逃げられました。
「劉将軍! 北郷は近くの森に逃げ込み、山の方角に逃げようとしていると思われます」
兵士が私に駆け寄ってくると、片膝を着き報告をしました。
「我々も北郷を追って、森に入るぞ。必ず北郷を生け捕りにしろ。小隊を編成して直ちに先行させろ。残りは私と共に行くぞ」
私は周囲に控える兵士達に下知を出しました。
「正宗様、私と真悠殿はここで馬の番をさせていただくのです~」
風は間延びした声で私に言いました。
「なぜ、私がお前と一緒に馬の番をせねばいけない。正宗様、私も北郷討伐に同行させてください」
真悠は風の話に抗議をして、私に不満を言いました。
「山狩りとなれば、馬を連れて行くことはできない。ここに300騎残すので、馬の番をしていろ。それに、風は私の従事中郎、お前は兵卒であることを忘れるな。お前は軍令に背くつもりか?」
「北郷討伐の為に、兵卒に身を落としてまで、同行したのです。これでは約束が違います!」
真悠は尚も私に食い下がりました。
「いいだろう。ただし、私の命には絶対に背くな。もし、背けば揚羽の妹であろうと、その場で首が飛ぶと思え」
私は厳しい表情で真悠に言いました。
「わかりました」
真悠は私の剣幕から私が本気であると感じたのか、大人しく私の言葉を受け入れました。
北郷を追って山の奥深くに分け入り、数刻が過ぎました。
そろそろ先行している兵士から定時報告が来る頃ですが・・・・・・。
「劉将軍、北郷を見つけました」
私が報告を待っていると、先行していた兵士の1人が戻ってきました。
「北郷を捕らえることはできたのか?」
「はっ! 現在、北郷は子供を人質にして山小屋に立て篭っています」
想像もしなかった報告を受けました。
「子供だと・・・・・・、こんな場所に子供が何でいる? その子供は北郷が我々から逃げる途中、誘拐したのか?」
私は兵士の報告が理解出来ませんでした。
ここは既に人里からかなり離れた山奥です。
常識的に考えて子供がいるとは思えません。
「劉将軍、それはないと思われます。我々は休み無く、北郷に追撃を掛けておりました。また、北郷の逃走経路は人が近寄ることのない場所でした。子供を人質にして徒歩で逃亡をするには無理があります。これは推測ですが、賊の襲撃で親を無くした孤児で、人里離れた山奥で暮らしていたのではないでしょうか? いずれにせよ、子供を盾にされ、北郷を取り押さえることが出来ない状況です」
報告する兵士は本当に困っている表情をしています。
「正宗様、何を悩まれる必要があります。たかだか、子供一人。その子供は孤児なのでしょう。天涯孤独の身の上なら、その死を悼む者もいないと思います。可哀想ですが、その子供には北郷共々死んで貰いましょう」
人質の子供への感情はまるで無いかのように、淡々と言いました。
なんて女なんでしょう。
孤児だろうが人です。
私は真悠の言葉が理解できません。
「その子供は必ず助け出す。この私が自ら子供を解放するように北郷を説得する」
「兄上が前面に出ては逆効果です。他の者に任せては如何です」
「駄目だ。この私が出て行く」
私は短く言うと、報告に来た兵士と共に、北郷が立て篭っている山小屋に向かいました。
これまでの経緯を見る限り、北郷を説得など誰にもできないでしょう。
他の者に任せては人質の子供が死ぬことになります。
子供を救う為に必要なことは北郷の隙を突いて、彼を確実に瞬殺する能力を持っているかどうかです。
この場で、そんな真似が出来るのは私だけです。
私なら振雷・零式を使いそれを可能にできると思います。
私は自分が手にしている双天戟を見やりました。
北郷を説得しに行く時は、これを持っていっては警戒されます。
警戒されずに近づくにはこれしかないですね。
私は自分の腰に差している短剣に手を触れました。
姉上、父上、お爺々様、ご先祖様に申し訳ありませんが、他に目立たない武器を持っていません。
皆、子供の命を救う為なら、許してくれるでしょう。
家宝の短剣を失うことになるとは・・・・・・。
「近寄るんじゃねぇ! このガキがどうなってもいいのか!」
私が一人で山小屋の近づくと、子供を盾のようにして、北郷が戸口に姿を現しました。
彼は私を睨み10歳位の子供に刃こぼれした剣を突きつけています。
真悠と兵士達には北郷を刺激しないように、距離を取って山小屋の周囲を包囲するように布陣させています。
彼らには私が合図をするまで、一切手出しをするなと厳命してあります。
「大人しく子供を解放しろ。北郷、どのみちお前がここから生きて逃げ仰せることはない。死に際位、人として正しいことをしろ」
私は態と彼の気持ちを逆撫でするように言いました。
子供を救い出すことが一番重要ですが、可能であれば真悠の逃亡幇助の証拠を手に入れたいです。
それが無理ならば、子供の命を優先します。
その為には彼と話をしなければいけません。
私は彼との会話の糸口を見つけようと、彼を凝視して違和感を覚えていました。
彼は右目を隠すように、頭にボロ布を巻いています。
そう言えば、真悠は彼に手傷を負わせたと言っていました。
その時の傷でしょうか?
「北郷、右目をどうして布で隠している」
私は率直な感想を北郷にぶつけました。
「どうして・・・・・・、か、隠しているだと!」
北郷は私の言い方が癇に障ったのか、目を血走らせて激昂しました。
「お前の義妹、司馬季達が俺様の目をえぐり出したんだろうが!」
北郷は興奮しながら、人質の子供の首を二の腕で首を絞めました。
子供は苦しそうに呻きました。
「子供に乱暴を働くな」
私は咄嗟に彼に言いました。
「くくっ、お前さ。こんな汚らしい形をしたガキがそんなに大事なのか?」
彼は私の言葉に反応して、優越感に満ちた表情をしました。
「子供に罪はないだろう。それに、司馬季達がお前の右目をえぐり出したとはどういうことだ?」
私は真悠が北郷に行ったことを詳しく知りたく尋ねました。
「知らないなら教えてやる。あの女は俺を殺してお前に投降しようとした義勇兵を殺したのさ。その上、俺を逃がす条件に俺の右目をえぐり出しやがった。どれだけの痛みだったかお前に分かるか? 俺は絶対にあの時の恨みを忘れねえぞ!」
彼は興奮し怒りに内震えていました。
「そうか・・・・・・。だが、仮にそれが事実であろうと、お前に情状酌量はない。お前は殺人未遂とはいえ、督郵を半殺しにした上、暴行を加えようとした。その上、逃亡中に女を暴行し、殺しただろう。こんな真似を行った以上、お前が死ななければ治まりがつかない」
私は真悠が北郷と逃亡兵に行った所行を耳にして心が動揺しましたが、平静を装い冷静な対応をしました。
真悠・・・・・・、お前は何て事をしているんだ!
「じゃあ、お前の義妹はどうなんだ! あの女だって、俺を逃がしただろうが!」
彼は私の言葉に腹を立てて叫びました。
「心配しなくても司馬季達には罪を償って貰う。だが・・・・・・、その前にお前が罪を償え」
私は怜悧な視線を北郷に向け、濃密な殺気を放ちました。
「来るんじゃねぇ――――――! お前、分かってんのか! コイツがどうなってもいいのか?」
彼は私の殺気に触れ、震える声で喚きながら、子供の首に剣を添わせました。
子供は恐怖で何も言えずにいました。
「これが最後通告だ。その子を大人しく渡せ」
私は感情の篭らない声で彼に言いました。
「お前・・・・・・、頭が可笑しいんじゃないか・・・・・・?」
私の要求に彼は顔色が青ざめています。
私は彼の言葉を無視して、洛陽を出る時に姉上に貰った家宝の短剣を抜き放ち、北郷に突きつけました。
「はぁ? はははは――――――、そんな短剣で何をするってんだ。ははははは、傑作だぜ!」
彼は私の挙動に一瞬ビクリとしましたが、私が懐から短剣を抜くと高笑いをしました。
私はその隙を逃しませんでした。
「姉上、すいません」
私は短く呟き、短剣に気を集中すると振雷・零式の要領で光弾を彼の頭部目掛け放ちました。
彼は私の突然の攻撃を避けること適わず、彼の頭部はトマトが吹き飛ぶように弾け、その反動で背中から倒れました。
私は急いで子供に駆け寄り、北郷の躯から子供を助け出しました。
「大丈夫か?」
私は子供に声を掛けましたが、子供は何も言わず、ただ震えてました。
「もう大丈夫だ。何も心配することはない」
私はそう言って子供を強く抱きしめ、右手に握る短剣を確認すると、柄の部分を残し、刃の部分は吹き飛んでいました。
分かっていたこととはいえ、やるせない思いになりました。
第96話 糾弾
北郷を討伐した私達は、彼の死体を麻袋に詰め、山を降りました。
私達が残した兵達と合流すると、その場で野営をすることにしました。
北郷から助け出した子供は山に放置する訳にもいかず、一緒に連れてきてます。
私はその子供のことを兵士の一人に任せると、真悠と風に声を掛け、私の陣幕に移動しました。
私は陣幕に入ると椅子に腰を掛け、立ったままの真悠と対面する形で向き合いました。
風は私の左隣に立っています。
「正宗様、何かご用でしょうか?」
口火を開いたのは真悠でした。
彼女は至って冷静な表情で私を見ています。
「お前を呼んだのは他でもない。私は北郷を殺す前、彼から興味深いことを聞いた。何だか分かるか?」
私は敢えて意味深な言い方をしました。
「興味深いことですか? 賊が語る事など、この私には皆目見当がつきません。北郷は何と言ったのです」
真悠は要領を得ない表情で私に言いました。
「北郷は『お前が自分を見逃した』と、言っていた。その上、北郷と行動を共にしていた逃亡兵を全員惨殺したとも言っていた」
「これが事実なら、無視することはできませんね~」
風は私の言葉を継ぎ、真悠を凝視すると、間延びした声で言いました。
「正宗様、賊如きの戯言に耳を貸されるのですか? 仮に、この私が北郷を逃がしたとしましょう。それで私に何の得があるのしょうか?」
真悠は表情を崩さず、淡々と応えました。
「そうですね~。真悠殿の仰ることには一理あるのです~」
風はアメを舐めながら真悠の言葉に同調しました。
「話はこれだけでしょうか?」
真悠は淡々と言いました。
「真悠殿、話は終わりではないのです」
風がアメを舐めるを止め、真悠を凝視しました。
「お前に得が無くとも、お前が誰かの指示で動いたというなら関係ないだろう」
私は風と同じく真悠を凝視しました。
「誰が賊如きの逃亡を手助する指示を出すというのです。北郷は自暴自棄になり、戯言を言っただけです。私は北郷討伐の責任者でしたから、彼は私を恨んでいたのでしょう」
「私の目は節穴ではない。真実を語っているか見極める位の目は持っている。お前の話をする時、北郷は怒りに内震えていた」
私は真悠の態度に苛立ちを覚えましたが、それを抑え言いました。
「それは私を陥れようとする演技ではないのですか?」
真悠は私の追求の言葉に面倒臭そうに言いました。
「お前は北郷がそんな手の込んだ真似をできる男と思っているのか?」
北郷があの緊迫した状況で、感情を制御して演技ができる訳がないと思います。
そんな計算高いことができる男なら、こんな事態にはならなかったでしょう。
真悠が北郷を逃がした証拠がないのは痛いです。
「北郷の人と也は知る由もありません」
真悠はきっぱりと言いました。
「あの時の北郷の態度が演技なら、彼が一時の感情で督郵を襲撃するなどなかった。私も彼との面識は多くはないが、これまでの彼の行動を見る限り、自分の思うままに行動していると思うぞ」
「そうですね~。私も正宗様のご意見に同意するのです。私は北郷という人物と直接の面識はないですが、正宗様が彼を説得している様子を私は遠目から拝見していました。その行動を見る限り、聞き及んでいる彼の経歴を加味しても、短慮な人間の域を脱しませんね。真悠殿のような人物ならいざ知らず、彼にそんな高尚な真似はできないでしょう」
風は私の言葉を援護するように言いました。
「風殿、何が言いたい」
真悠は苛立ちを覚えた表情で風に言いました。
「真悠殿、白を切るのもいい加減にしてはどうですか? 元々、不自然なのですよ~。逃亡兵は北郷に唆されたとはいえ、悪徳を働く督郵を襲撃するような気骨のある者達です。あなたが本気で説得すれば、全員とは言わずとも最低数人は大人しく投降するはずです。しかし、あなたは逃亡兵全員を皆殺しにした。そんな状況で最も戦闘能力の劣る北郷が逃げ切れる可能性など皆無です」
風は真悠の態度など気にせず、真悠の表情を凝視して言いました。
真悠は風の言葉にしばらく押し黙っていました。
「ふぅ……。正宗様、私が北郷を見逃したことをいつお気づきになったのです」
真悠は小さく溜息を吐くと口を開きました。
「確証があった訳ではない。お前の報告を受けた時だ」
私は真悠に短く言いました。
「だから、風殿をこの討伐に連れてきた訳ですか」
真悠は誰に言うでも無く、自問自答するように言いました。
私と風は真悠が話し始めるのを待ちました。
「正宗様のお見立て通りです」
「何故、逃亡兵を皆殺しにした?」
多分、口封じの為に言ったのでしょう。
「北郷を見逃す以上、それを知る者は生かしておける訳はありません」
真悠は予想通りの言葉を口にしました。
「北郷の右目を何故、抉り出した?」
「北郷の肩を押してやったのです」
「どういう意味だ?」
「屑を更に、最低の屑にしてやっただけです。正宗様、私が北郷と会った時、あの男は私に何と言ったと思います?」
真悠は北郷のことを口にすると、面白そうに私に質問してきました。
「お前と談笑するつもりはない」
私は厳しい視線を真悠に向けました。
「残念……」
真悠は本当に残念そうに言いました。
「北郷は私のことを下卑た視線で、私のことを犯してやると、言っていました。周囲を私の兵に囲まれているとも知らず。正宗様、滑稽でしょう。自分の命が風前の灯火であるにも関わらず、盛っているんだもの」
真悠は北郷のことを嘲笑しました。
「それとお前が右目を抉ったことと、どう関係がある」
「だから、屑を最低の屑にしたと言っています」
真悠は淡々と応えました。
彼女の余計な行為が北郷の凶行の一端に関係しているのでしょう。
「正宗様、北郷は私の行動が無くても、遅かれ早かれ、同じことをしていたと思います」
真悠は悪びれもせず、私に言いました。
「お前が北郷を見逃さなければ、被害者が出ることは無かっただろう!」
私は真悠の態度に激昂しました。
「正宗様、落ち着いてください。それより、あなたに北郷を見逃すように指示を出したのは誰ですか?」
風は私を制止すると、真悠へ質問しました。
「私に指示を出したのは揚羽姉上です。ですが、最初から、北郷を見逃すつもりはありませんでした」
真悠は私と風を見て言いました。
「回りくどいことを言うな」
私は真悠に厳しく言いました。
「私は揚羽姉上から、北郷がどうしようもない屑なら見逃せと指示を受けていました。彼を見逃したのは正真正銘の屑だったからです」
「揚羽様は何故そのような指示を出されたのです?」
風が真悠の言葉に反応して言いました。
「北郷が英雄の資質を持ち合わせていたら、生かして見逃したら正宗様の脅威になります。ですが、彼が屑なら程よく悪事を働いて、いずれ野垂れ死ぬのは目に見えています。そうなれば、正宗様は今後、賢明な判断をされる良い切っ掛けになります」
「揚羽がそう言ったのか?」
「ええ。正宗様が賢明な判断をなさるという下りは私の推測です。揚羽姉上はあまり想いを口にされる方ではないです」
真悠は両手をお手上げのような仕草をして言いました。
私は真悠の言葉を聞いて、動機が激しくなりました。
「お前と揚羽には罰を与える」
私は俯きながら、重い口を開きました。
「その前にお聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「今回、正宗様は揚羽姉上に直接、北郷討伐の指示を出されたのですか?」
真悠は私に言いました。
ふふ……。
この女は本当に狡賢い性格をしています。
私は揚羽の北郷討伐の報告に同意しただけです。
北郷討伐の件は揚羽に全て任せていました。
「真悠殿、正宗様の直接の指示が無くとも、賊を逃がすなどあっては成らぬことです」
「風殿、ならば私と姉上は賊一人を逃がした罪で罰を受けるのだな」
真悠は風に念押しをするかのように言いました。
「賊一人とはいえ、正宗様の顔に泥を塗った者を逃がすことは不忠なのです」
風が声高に言いました。
「それは道義であって、軍令ではない。正宗様、違いますか?」
真悠は風に反論し、私の意見を求めました。
「そうだな……。だが、お前の意見は正論であるが、筋は通らない。私がもみ消したが、北郷は朝廷の使者を半殺しにした事実は変わらない。その使者が悪徳官吏であることを差し引いても、許されることではない。違うか?」
私は冷静な表情で真悠を見つめました。
「正宗様の仰る通りです。真悠殿、もう少し自分の仕出かしたことを反省してはどうです」
風は私の意見に同調して言いました。
「わかりました。その罪はこの私一人で被ります」
真悠は私と目を反らさず言いました。
「なっ!」
風が真悠の発言に言葉を失いました。
「この一件は正宗様と風殿しか知らないのでしょう」
「何故、お前が全て罪を被る必要がある」
真悠は風に罪の範囲を確認した上で、罪状があまり重くないと踏んでいるのでしょう。
彼女が揚羽を庇う理由はよく分かりません。
彼女が揚羽を庇うつもりなら、揚羽の名を決して出そうとしなかったはずです。
「私一人が罰せられれば、揚羽姉上は今後自重なさります。ああ見えて、家族想いですから……。姉上は常に沈着冷静で、本来このような真似をしません。感情が先行するのは正宗様のことが発端だからです」
「揚羽様の罪を見逃しては筋が通らないでしょう」
風が真悠に言いました。
「正宗様と風殿が口裏を合わせればいいだけです。世の中、正しき事だけがまかり通る訳ではないでしょう。そう思うのは子供だけです。万事の為に小事を切り捨てることも肝要と思います」
「当事者のあなたが言う言葉ではないです」
風が真悠を批判しました。
「風、お前の意見が聞きたい」
「正宗様、揚羽様を特別扱いするべきではありません。今後、このことが露見する方が問題です。揚羽様には折りを見て、汚名を注ぐ場をお与えなさればいいのです」
風は真剣な表情で私を見て言いました。
「真悠、お前を賊の逃亡幇助の罪で棒叩き50回の罰を言い渡す。揚羽への罰は改めて言い渡す。罪の執行は城に戻ってからだ」
私は真悠を真っ直ぐ見て言いました。
「正宗様、ご賢明な判断です」
風は私を見て言いました。
「わかりました。謹んで罰を受けます」
真悠は私の裁決が下ると、表情を変えずに拱手をして応えました。
第97話 罰と誓い
冀州の私の居城に戻った私は主要な部将を招集し、揚羽と真悠に対して、罰を与える旨を伝えました。
家臣の皆は2人が北郷を并州へ逃亡させたことに驚愕していましたが、それ以上に私の判断に猛烈に抗議してきました。
「正宗様、今回の裁定は合点がいきません!」
冥琳は私に厳しい視線を向け声高に言いました。
「冥琳、これは決めたことだ」
彼女が言いたいことは分からなくもありません。
「揚羽殿達を罰せられるなら、何故に劉備をお許しになったのです。北郷が揉め事を犯したのは、元はと言えば劉備が彼を見逃したからではありませんか? その元凶である劉備を無罪放免で放逐したにも関わらず、揚羽殿のみを罰するのは道理に反します」
冥琳は私の言葉には耳を貸さず、矢継ぎ早に言いました。
「う・・・・・・」
私は冥琳の追求に口を噤みました。
揚羽を許しては今後、綱紀が緩んでしまう気がします。
こんな事態になって、私の甘さの問題点に気づくとは情けない話です。
劉備を罰して、話を納めておけば良かったと今更ながら後悔しています。
「何を黙って御出でなのですか!」
「まあまあ、冥琳様、落ち着いてください~」
冥琳の剣幕にたじろぐ私と冥琳の間に風が入ってきました。
「風、どういうつもりだ?」
「どうもこうおもないのです~。冥琳様は正宗様の裁定にご不満なのですか?」
風はどこ吹く風という様に、飄々と冥琳に言いました。
「不満は大有りだ」
冥琳は胸の処で腕を組み言いました。
「正宗様の意見に不満があろうと、それに従うのが家臣の道ではございませんか~? それに、正宗様は北郷の件で、ご自分の甘さにお気づきに成られ、自身の不備を改めれようとされているのです~。ここで揚羽様と真悠殿は許して、次回からは許さぬでは臣下への示しがつかぬでしょう。落ち度に気づいた以上、その日より改められるべきはないでしょうか~?」
風はアメを舐めながら言いました。
「う・・・・・・う~むぅ」
冥琳は風の発言に不満気な表情を浮かべつつも黙りました。
「冥琳殿、お気遣いありがとうございます。ですが、心配には及びません」
揚羽は冥琳を押しのけて、前へ進みでました。
「正宗様、謹んで罰を受けさていただきます」
揚羽は私の顔を真っ直ぐに見て言いました。
「一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
揚羽はひと呼吸置くと表情を真剣にして言いました。
「何だ?」
「正宗様のご改心を私は嬉しく思っています。この私を罰すると決意された以上、劉備に施した多大な恩に見合う物をいずれ返して貰うおつもりだと思っていますが、それに相違ございませんか? 真逆、貸しを貸したままなどと世迷い言を言わないでしょうね」
揚羽は淡々に無表情で言いました。
劉備への貸しを返せって・・・・・・。
借金取りじゃないんですから・・・・・・。
でも、桃香から貸しをいずれ返させるのは避けて通れないでしょう。
「正宗様、ご真意をお話くださいませんか? 冥琳殿も正宗様のご真意を聞く事が適えば、あなた様の御心に沿うと存じます」
黙る私に揚羽は発言を求めました。
「当然です~」
風、ナイスフォローです。
「風、あなたに聞いていません」
揚羽は憮然とした表情で風に言いました。
「揚羽、心配するな。劉備への貸しは必ず返して貰う」
風のお陰で揚羽に冷静な回答をすることが出来ました。
「その言葉、信じて良いのですね。天に誓うことが出来ますか?」
揚羽は私の神妙な表情で見つめました。
周囲に目を向けると冥琳以下、他の家臣も私を凝視しています。
私は彼らの視線が気まずくなり、揚羽に視線を戻しました。
「天に誓うまでもない。貸したモノは返して貰うのは当然のこと。だが、揚羽が望むなら、天に誓おう。この私は劉備に貸しを返して貰う」
私は桃香に対し、苛烈な要求を行うことができるのでしょうか?
善人、悪人問わず淡々と己の進む道の障害になる者を排除していく・・・・・・。
これが私の進むべき道、選んだ道です。
私の優柔不断な判断の為に、揚羽に心配させていたのですね・・・・・・。
そう考えると揚羽と真悠に罰を加えることが心苦しくあります。
「正宗様、私はその言葉を決して忘れません」
「不満はございますが、正宗様の方針に従います」
冥琳も納得したようです。
私は肩の力が急に抜けました。
その後、時を置かずにして、揚羽と真悠への罰が執行されました。
私は揚羽達の罰が執行される間、その場所で彼女に下される罰から目を背けずに見ていました。
棒叩きと思って甘く考えていましたが、その光景を見て考えを改めました。
拷問の間違いじゃないでしょうか?
揚羽と真悠は苦痛に顔を歪めながらも黙って痛みに耐えていました。
途中から、見ていられずに目を反らしそうになりましたが、風が私に目を反らさぬように言ってきました。
「自分の命じたことから目を背けてはいけません」と言われました。
風の言葉は最もなのですが、見ていられません。
女の子をあんな凶悪な棒で殴りつけるなんて・・・・・・。
永遠とも感じられた揚羽達への棒叩きの刑は一刻程で終わりました。
私が叩かれていた訳ではありませんが、憔悴してしまいした。
私は罰が終わると、誰の目を憚ることなく、一目散に揚羽の元に駆け寄りました。
「あ、揚羽! 大丈夫か! 今直ぐ傷を直すから」
私は大慌てで彼女の血で汚れた着物の箇所に手をやりました。
「ま、正宗様・・・・・・、そ、その・・・・・・ように、直ぐに傷をい、癒され・・・・・・ては罰の意味が・・・・・・ありません。ほ、骨が折れたかもしれませんが・・・・・・命別状はありません」
揚羽は力無く頭を上げることなく、途切れ途切れの声で言いました。
「揚羽、何も言うな。私にはお前が必要なんだ」
私は揚羽の言葉を制止して、治療を施しました。
「ま・・・・・・正宗様・・・・・・お気持ちは嬉しいです・・・・・・。ですが、後のことは家の者に任せ、あなた様は・・・私のことは捨て置いてください」
「そんなこと出来る訳ないだろう」
私は揚羽の言葉に拒否感を抱きました。
「ま・・・・・・正宗様は・・・・・・変わられるので・・・・・・ご、ございましょう?」
「変わるが、こんなお前を放っとくことなんか出来る訳ないだろう」
私は狼狽した表情で言いました。
自分でやっておいて何を言っているんだと自分に言ってやりたいですが、それどころではありません。
揚羽だけでなく、真悠にも治療を施さなければ・・・・・・。
私は完全にパニック状態に陥っています。
「正宗様、治療は・・・・・・明日の朝に・・・・・・でもお願いいたします。今日は・・・・・・」
揚羽はそれだけ言うと意識を失いました。
「お、おい、揚羽は何も言わないぞ!」
私は揚羽が気絶したのを確認すると周囲を見渡しました。
「正宗様、落ち着いてください。揚羽様は気絶しているだけです。棒叩きと言っても、この刑罰で死ぬ場合もありますからね。この刑罰をまとも受けるから、揚羽様達はこのようになったのです。普通は金を掴ませて、刑の執行役に手心を加えて貰うものですから~」
「風、何を暢気に言っている」
「揚羽様も言われたではないですか? これは罰なのです。刑の執行は終わりました。正宗様は政務にお戻りください。後の事はこの風にお任せなのです」
風は私にアメを突きつけ、ポーズを決めました。
「そ、そんなこと」
「揚羽様のお言葉をお忘れなのですか?」
風は私の言葉を制止するなり、真剣な表情で見つめ言いました。
「分かった」
私は風にそれ以上何も言わず、後ろ髪を引かれる想いを抱きつつ踵を返しました。
第98話 姉妹 前編
前書き
私がエタったと思った方すいませんでした。
随分と遅くなりましたが、更新します。
今回は揚羽視点にてお贈りします。
後、1話または数話は揚羽視点だと思います。
気づくと周囲は漆黒の闇に包まれていた。
月明かりもなく情緒的な雰囲気など皆無。
棒叩きの刑に処された場所でないのは周囲の雰囲気から察することができた。
少なくとも野外ではないだろう。
「くぅ、痛っ」
体のあまりの痛み低い声で呻いてしまった。
覚醒したことを恨めしく思った。
このまま気絶したまま朝を迎えればどれだけ良かっただろう。
眠りたいのは山々だが、痛みの所為でそれを許さない。
体は疲労困憊にも関わらず辛い。
だが、私の自業自得だから致しかたない。
願わくば、幾らかでも正宗様が成長なされれば幸い。
「姉上、起きていらっしゃいますか?」
突然、どこからともなく誰かの声が聞こえた。
傷の痛みと疲労感からか、私は声の主に言葉を返さなかった。
声音からして、真悠だと思う。
「姉上、起きていらっしゃいますか?」
真悠は再度私を呼んだ。
「真悠、何です」
五月蝿い真悠に、私は億劫な気持ちを抑え短く応えた。
「起きていらっしゃいましたか? 姉上からお応えがなかったので、死んでしまったのかと慌てました」
真悠は言葉とは裏腹に無味乾燥に言った。
「痛みが酷い」
私は率直に自分の気持ちを吐露した。
「私も同感です。でも、話をしていた方が幾らか気が紛れると思います」
真悠の言い分も最もだと思った。
しかし、真悠の声音を聞く限り、妹の体が思った以上に丈夫なように感じた。
妹は私より荒事に慣れているからかもしれない。
まだ、正宗様が治療してくださるまで、時間がある。
「そうですね」
私は真悠に肯定の返事をした。
「あなたはどこにいるのです」
「姉上の死角に寝ています。私からは姉上の姿がよく見えます」
言われてみれば、私の後ろの方向から声が聞こえる。
ただ、間断なく襲いかかる痛みで思考は鈍っているせいか、正確な方向はわからない。
私はしばらく真悠と何気ない会話をしていたが、あることが頭に浮かんだ。
「真悠、あなたに聞きたかったことがあります」
ふと、私は真悠に『あること』を尋ねました。
「『何故、正宗様に同行し并州に向かったか?』ですか?」
真悠は間髪入れず、私の聞きたいことを言った。
「ええ」
「賊の逃亡を促した件を内々に収拾し、あわよくば賊を口封じするつもりでした。結果はご覧とおりです」
「余計なことを・・・・・・、罪は全て私が被ると言ったはずです」
私は真悠の独断に頭を押さえたくなった。
「姉上がそう仰ってもそういう訳にもいかないでしょう。姉上はそれで良くとも、姉上が罪に問われれば、司馬家の沽券に関わります。それが分からぬ姉上ではないでしょう?」
真悠に指摘され、自分の落ち度に気づいた。
私としたことが冷静さを失っていた・・・・・・。
正宗様のことばかり口うるさくは言えぬな。
「では、どうして私の命令に従った」
「思い詰めた姉上を見て見ぬふりはできないでしょう。あの状況で姉上の密命を私が断ったとしも、他の者に出されたでしょう。他人に大きな借りを作る位なら、身内が泥を被った方がましです」
真悠は淡々と言った。
「しかし、何故に北郷に必要以上に挑発することをした」
「姉上が危ない橋を渡ってまで、兄上を正そうとしたのに、不発では危険を犯す意味がない。北郷が何もせず、ただ逃亡したのでは、兄上が并州に出張らなかったかもしれない。それでは姉上が傷を抱えたままになります」
真悠はそれ以上は言わなかった。
北郷の件を内々に納めるのであれ、それが出来ずとも早めにこの件の裁きの結論は出すべき、妹はそう言いたいのでしょう。
もし、それを司馬家に悪意を持つ者が利用する事態になれば面倒なことになったかもしれない。
私の行動は本当に軽卒でした。
でも、後悔はしていない。
「真悠、ごめんなさい」
「善いのですよ。それに、姉上が全てを公の罪を被って下さっても、母上と奈緒姉上の私への怒りは消えないと思います。だから、可能な限り穏便に済まそうと思ったのです。母上と奈緒姉上は今回のことお冠だと思います。姉上、一応覚悟して置いた方がいいです」
確かに、あの2人は面倒・・・・・・
謹慎中は毎日、奈緒姉上にいびられるだろう。
母上と奈緒姉上は典型的な士大夫の鏡ですからね。
母上は漢室に忠誠を示し、奈緒姉上は正宗様に仕えた以上は漢室を立てるとはいえ、一旦ことが起きれば正宗様への忠義を優先するだろう。
そんな2人からすれば、私の今回の所行は万死に値すると思っているはず。
今更ながら、気が重い。
「だいたい、兄上が劉備への温情と同様に姉上を許されれば話は丸く収まったはずです。それなのに、頑固の一つ覚えに『絶対に罰する』と言い張るものですから」
真悠は正宗様の愚痴を吐いた。
「それでは意味がない」
私は真悠の愚痴を制し、ひと呼吸置くと話を続けた。
「今後、劉備の如き、理想論者が正宗様の元に現れるかもしれない。見た目が善人だからと情に絆され、罪を犯した者を罰すことに躊躇すれば、正宗様は遠からず自滅するだろう」
そう、劉備のような理想論者は毒でしかない。
周囲に実現できぬ理想を振りまき、乱すだけだ。
叶うなら、劉備を始末したい。
あの者は乱世になれば、田舎の役人として大人しく引っ込んでいる訳がない。
世に毒を撒き散らし、必ず正宗様の前に現れるだろう。
敵だろうと味方だろうと正宗様にとって良い影響などない。
正宗様の志を叶えるには天下を手中にする他ない。
その為には綺麗事など構ってはいられない時がきっとやってくる。
敗者に正義を語ることなどできない。
正義を語ることが許されるのは勝者のみ。
力無き者の言葉など誰も耳を貸さない。
貸したとしても強者の気にそぐわぬ言葉なら無視される。
正宗様は勝者で有らねばならない!
正宗様が志半ばにして、死ぬようなことは私がさせない!
「はぁ・・・・・・。姉上は兄上を本当に慕っておいでなのですね。突然、姉上が兄上の妻になると言い、家を出た時は何か一物がおありなのかと勘ぐりもしましたが・・・・・・。しかし、果報者の兄上はそれに確り応えられるのでしょうか」
真悠は私の言葉に諦めたように言いつつも、私に忠告した。
「私はあの方を信じている」
「くすっ」
私の言葉に真悠は小さい声で吹き出した。
私が真剣に話しているにも関わらず、笑うとは不愉快な気分になった。
「何です」
私は真悠を訝しむように詰問しました。
「いえ、兄上と同じようなことを仰るものですから。兄上も姉上のことを『信じる』仰っていました。信じるという割には姉上を罰しておいですけどね。く、痛っ」
真悠は傷が痛むのか、笑いを堪えつつ応えた。
正宗様も私を信じると言って下さったのか・・・・・・。
私は心が暖かくなるのを感じた。
その感覚は未だかつて無い感覚だった。
第99話 姉妹 中編
壁際から日の光が差し込む確認した私は朝を迎えたことに気づいた。
真悠は話疲れたのか傷が痛むのか分からないが、黙っていった。
私も疲れと傷の痛みで口数が減っていた。
それから暫くしない内に、正宗様が私達の居る場所に駆け込んで来た。
「揚羽、大丈夫か!」
その後、息切れしながら風が現れたが、その場に膝と手を着いていた。
「ぜぇ、ぜぇぇ・・・・・・。正宗様、もう少しゆっくり・・・・・・走ってくださいのです~」
正宗様は風の言葉を無視して、私の元に駆け寄って来た。
「揚羽じっとしていろよ。今、傷を治療するからな」
正宗様は私にそう言うと、彼の手が私の腰から足の方に向かって触ってきた。
少し恥ずかしく感じたが治療と思い我慢した。
正宗様に傷の治療をしていただくのはこれが初めてだ。
私は負傷した兵士達を治療される様子を見ていたが、体験してみて気づいたことがある。
これは湯浴みするより、気持ちいい。
正宗様の手が触れる部分を中心にとても暖かく心地よい。
そして、体中から疲れが抜けていき、逆に力がみなぎってくる。
気がつくと、治療前まで感じていた激痛が無くなっていることに気づいた。
これなら、正宗様に付き従う兵士達の士気が上がるはずだ。
負傷や死は兵士にとって恐怖を抱かせるものでしかない。
逆に、それを利用して士気を上げることもできるが、それを可能にするには実戦慣れした練度の高い兵士が必要になる。
黄巾の乱の折、皇帝陛下が正宗様に与えた兵士は農民兵と新兵ばかりの弱兵の寄せ集めが主力の軍だった。
戦力となる兵士は先発隊が連れていったのだから、仕方がない話だが・・・・・・。
正宗様はあの陣容でよく冀州の黄巾賊主力を打ち破ったといえる。
以前、正宗様は腕をもがれても、その腕があれば繋ぐことができると言っていた。
これは正宗様が死人でない限り、粗方の傷を治療できるということだ。
正宗様は戦場に出る兵士達の恐怖を全て消すことはできないが、その気持ちを緩和してやることはできる。
彼の治療を受け強く実感した。
死を恐れず敵に立ち向かう兵士は最悪の脅威となる。
しかし、負傷を恐れず敵に立ち向かう兵士もまた脅威となる。
そのお陰と正宗様の武力が合わさって、弱兵を使い物になるようにできたのだろう。
冥琳殿の話では道すがら練兵をやっていったという話だが、それだけで上手くいくものではない。
正宗様の威光があったお陰だと思う。
とは言え、それを頼みに天下を取れるとは思っていない。
如何に、正宗様が凄かろうと、今後、兵数が増えれば、その力を十分に発揮することなどできない。
一軍の将は最後尾でどっしりと構え、武将達が組織戦にて敵を屈服させるようにしなくてはならない。
今後、正宗様には自重していただかないとな。
私は烏桓族討伐に着いていくことは叶わないだろうから、そのことを釘に差して置かねばならない。
兵士達は正宗様が居なくても使い物になって貰わないと困る。
正宗様の力は威光として利用していくのが一番だろう。
武神の如き力ー
全ての傷を癒す力ー
そして、正宗様の力ではないが
高祖の血筋ー
正宗様が天下に号令を掛ける時、彼の存在を天意と思う民衆は少なくないだろう。
民衆を卑下する気はないが、彼らは分かり易い英雄を求めている。
『自分達の苦しい日々を解放し、自分達に希望を与えてくれる英雄』
幸いなことに正宗様は民政を重視する御方。
その点は大丈夫だろう。
後は君主としての心構えを持っていただくのが急務になる。
「揚羽、大丈夫か?」
私が今後の事を熟考していると、正宗様が心配気な声を掛けてきた。
「は、はい。心配には及びません。少し考え事をしていました」
「そうか」
正宗様は安心した声音で返事した。
正宗様の治療は四半刻位掛かった。
昨夜、激痛に苛まれた時間が嘘のようだ。
「揚羽、傷の治療は終わったが、痛むところがあるなら言ってくれ」
正宗様は私をゆっくりと抱き起こすと、私の表情を心配そうな面持ちで窺ってきた。
「正宗様、傷の方は大丈夫です」
私は正宗様の心配を取り除くように優しく微笑んだ。
この方は本当に私のことを心配してくださっている。
私は悪い女。
正宗様に出会う前にはこんな心持ちになることはなかった。
正宗様を導くためにしたこととはいえ、今は彼に罪悪感を感じている。
以前の私なら面倒なことに手は染めず、我関せずを貫徹していただろう。
人は人と関わると、理屈のみでは生きていけぬものね。
でも、こんなことは今回で最後にする。
以後は、私の本来の姿に戻らなくてはいけない。
私は司馬懿。
正宗様に天下を獲られるまで、何事にも心は乱さない。
「良かった!」
正宗様はいきなり私を抱きしめて来た。
「あ、あっ! 正宗様、何をなさるのです」
正宗様の不意打ちに私は動転してしまった。
前言撤回。
正宗様の前では心を乱されそう。
私が正宗様の強い抱擁を受けていると恨みがましい声が聞こえた。
「兄上、姉上と乳繰り合うのは後にしてください。姉上の治療が終わったのでしたら、私の傷の治療もしてくださいませんか?」
私が声の方を振り向くと真悠は恨む目でこちらを凝視していた。
「ああ、すまなかった」
正宗様はばつの悪そうな表情を浮かべ、真悠に駆け寄っていった。
「正宗様、真悠のことよろしくお願いします」
「任せておけ」
正宗様は笑顔を浮かべ、私に返事をした。
真悠の傷の治療は当然のことながら、私のときより時間が掛からなかった。
時間にして私の半分の時間だった。
真悠は傷が言えると両手を頭の上の方で組み、力一杯背伸びをしていた。
「う―――ん、やっと解放されました」
「真悠殿、反省しってらっしゃるのですか~? 私の前だから良いですが、少しは自嘲してください」
風はアメを舐めながら真悠に言った。
「十分反省している。ここを出たら気をつける」
真悠は風の言葉をさらりと交わした。
態度を見る限り、反省の色はないでしょうね。
多少は反省しているんだろうけど、風のことが苦手なようね。
「風、私と愚妹の所為で迷惑を掛けてごめんなさい」
私は風に素直に謝罪をした。
「あ~。揚羽様、顔をお上げください。私は正宗様に補佐をしただけなのです~。謝罪なら、正宗様にお願いするのですよ」
風は私に少し挙動不審ぎみにアメを舐めるのを止めて言った。
「そうね・・・・・・。正宗様、今回のことは妻として、家臣として許されざることでした。申し訳ありませんでした」
私は風の言葉に納得して、正宗様に謝罪した。
「もう、そのことはいい」
正宗様は優しい表情で応えた。
その後、私達姉妹に正宗様から謹慎の命令が下った。
「揚羽、真悠には自室にて参ヶ月の謹慎を言い渡す」
「謹慎、申し受けいたします」
私は正宗様の命に拱手して応えた。
「謹慎、申し受けいたします」
真悠も私に倣って、正宗様の命に拱手して応えていた。
「正宗様、私は烏桓族討伐には着いていけませんが、ご助言したきことがございます。今夜、私の元をお尋ねくださいませんか」
私は烏桓族討伐で私が考案した計画を伝えることにした。
この討伐で彼らを根こそぎ狩っては不味い。
正宗様が冀州にて軍を展開しつつ、幽州への遠征を続けるための口実がいる。
冥琳殿にも概要は離しているので問題ないだろうが、正宗様に納得していただかなくてはいけない。
「分かった。今夜にでも訪ねる」
「あの~。できれば、私も混ぜて貰えないですか~。できれば、稟ちゃんも~」
風が私と正宗様の会話に乱入してきた。
風と稟にこの話をするのか?
「これは今後の我軍の行動に絡むことだ。烏桓族討伐だけでなくな。もし、これを知れば、我が軍を去るようなことがあれば死体になって出て行くことになるぞ」
私は風を睨みつけた。
「了解なのです~。そもそも烏桓族討伐に同行する以上、正宗様の元を去る選択肢はないと思うのです~。それに、以前にもそれはお応えしたではないですか~」
風が面倒臭そうに応えた。
「念には念を、という奴だ。いいだろう。風と稟の同席を許すので、今夜、私の部屋に来なさい」
私は風に軽く笑って言った。
「感謝するのです~」
風はアメを舐めるのを止め、拱手をした。
第100話 姉妹 後編
前書き
次回、烏桓族討伐編です
日が沈み私の部屋を一番最初に訪れたのは冥琳殿だった。
彼女を呼んだのは私だ。
謹慎になった私が城中を歩き回る訳にもいかず、私の侍女に文を渡して、今夜、私の部屋に足を運んで貰えるように頼んだ。
今夜の会合には彼女も居て貰った方がよいだろう。
「揚羽殿、体の方は大丈夫なのですか?」
冥琳殿が開口一番に言った。
「正宗様のお陰で傷の方は大丈夫です」
私は腰に手を当て、問題ないように数度叩いた。
「あのような真似は今回限りにしてください。あの時、揚羽殿の傷口からは骨が露出していて・・・・・・、思い出すだけで寒気がします。正宗様がいなければ、傷が元で死んでいたかもしれません」
冥琳は自分の肩を抱きしめうんざりな表情をしていた。
「冥琳殿にも迷惑をかけました。今回のような無鉄砲はこれで最後です」
私は彼女を見て微笑んだ。
「そうですか・・・・・・。しかし、劉備は本当に疫病神です。あの女が正宗様の元に現れなければこのようなことにはならなかった」
「確かにそうですね。ですが、彼女のお陰で、正宗様にご自分の至らなさを気づかせることができたののも事実」
「憂鬱な話題はこれで終いにしましょう。そういえば、いただいた文には今夜、正宗様、私達、風、稟を交えて話したいことがあるとか?」
冥琳殿を俯き気味に頭を軽く左右に振って言った。
「烏桓族討伐の件です」
「話の件はあのことですか? 確かに事前に正宗様と話しておいた方がいいですね。幽州の民には悪いですが、幽州が政情不安の方が正宗様にとって都合がいいです。実際のところ、我らが本腰をいれても烏桓族討伐は骨の折れる仕事です。仮に勝利を得ても、戦後処理の負担が大き過ぎます。それなら、初めから積極的にせず、示威行為のみに抑えた方が経済的です」
冥琳殿は真剣な表情で眼鏡の位置を直しながら言った。
「問題は正宗様がそれを容認くださるかです。あの方のことですから、単騎で烏桓族の本隊を潰すなどと言い出さないとも限りません。それでは意味がありません。正宗様頼みの戦はいい加減終わりにしないといけません。とはいえ、討伐できる賊達を敢えて、見逃すなど正宗様の矜持が許さないでしょう」
私は目を深く閉じ口を開いた。
そこだ。
あの方は民を愛している。
民を害す者達を絶対に許さない。
それは今まであの方を側で見ていたからこそ分かる。
「受け入れていただくほかありません。そうせねば、いつ冀州を去る勅命が下るかどうか分からないではありませんか? この冀州は10万の軍を維持することが可能な肥沃な土地です。それに正宗様の施策により、押し進めている事業もあります。天下を狙えるこの地を捨てるなどありえません」
冥琳殿は真剣な表情で熱く語ってきた。
「正宗様には10年、20年先を見据えていただかなければいけません。今の我らが勢力を築きつつ、地盤を確固たるものにするには選択肢は多くはない」
私は正宗様のことを考え、しみじみと口にした。
私とてできることなら、時間を掛けずに烏桓族を討伐したい。
だが、それでは幽州どころか冀州を失いかねない。
冀州と幽州が正常不安であればこそ、皇帝陛下は正宗様を中央に招聘なされない。
現皇帝がお隠れになるまでに、この地の地盤を盤石なものとし、幽州へ影響を広げなければいけない。
私と冥琳殿が会話をしていると、正宗様と風、稟が部屋を訪れた。
「冥琳も来ていたのか?」
正宗様は私の部屋に冥琳殿がいることに少し驚いていた。
それは、他の2人も同様だった。
「これは驚いたのです~」
「冥琳様もこちらにいらしゃっておいでだったのですね」
「正宗様、先に来て居りました。今日の話には私も参加させていただきます。風、稟もよろしく頼む」
「いえいえ~、こちらこそ~」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私は各々に椅子を進め、侍女にお茶と茶菓子を頼んだ。
侍女は手際良くお茶を各人に配膳すると去っていった。
私は侍女の気配が完全に無くなると同時に口を開いた。
「それでは烏桓族討伐の戦略の概要に説明させていただきます」
その後、半刻程掛け、烏桓族討伐の戦略の概要を説明した。
その間、風と稟から矢継ぎ早に質問を受け、それに私と冥琳殿が応えた。
正宗様は私達の話をただ黙って聞いていた。
沈黙を守っていた正宗様が口を開いた。
「幽州の民が苦しむのをただ見ていろというのか?」
正宗様は感情の篭らない視線を私に向けた。
「それは違います。漢の民を襲う烏桓族の息の根を止めずに、程よく叩くと言っているのです」
「正宗様、これは必要なことなのです。この冀州を我らの地盤にするためには、幽州を政情不安とし、正宗様が彼の地に不可欠と民だけでなく、中央にも思わせなければいけないのです」
私と冥琳殿は間髪いれずに、正宗様に説明をした。
「そのために、民を苦しめる烏桓族を見逃せというのか! 戦費とてただではない。戦時となれば、各郡に戦費の拠出を強要させることができるといっても、その戦費は結局のところは民が拠出するものになる。何故、民を苦しめる為に民の金を使わねばならない!」
正宗様は私達の考えに腹を立て、大声を張り上げた。
「将来、正宗様が幽州を納め豊かな土地にすれば、民はその恩恵を受けることができるのです。それとも、凡庸な官吏に彼の地を納めさせ、飢えに苦しむ民をただ傍観なさりますか?」
私は感情的になる正宗様を制するように淡々と言った。
「飢えるとは限らないだろう」
正宗様はなおも食い下がった。
「幽州はただでさえ貧しい土地なのです。その上、烏桓族に限らず異民族の脅威により、更に酷い状況にあるのです。仮に我らが遠征して、大規模な戦闘を行えば、その貧しい土地は更に荒れ、結果、大勢の餓死者が発生するでしょう。我らが積極的に攻めようと、消極的に攻めようと死ぬ人間の数はそうは変わりません。早く死ぬか遅く死ぬかの違いです」
冥琳殿が正宗様に厳しい口調で言った。
「くっ、・・・・・・」
正宗様は冥琳殿の言葉に言い返すことができないようだった。
幽州の民には酷なことですが、いずれの方策でも死人が大勢でるなら、利の高いの方を選ぶのが上策です。
「長城外での戦闘に持ち込めばいいのではないか?」
「それではこちらの戦費が一気に増大します。仮に勝利を納めても、莫大な金を失った上、平和になった幽州、冀州から私達は去ることになります。政情不安だからこそ、この地で好き勝手ができるのです。それは、正宗様も分かっているでしょう」
私は正宗様の言葉を封殺した。
「まあまあ、正宗様も冷静にお考え下さい~」
「正宗様の気持ちもわかりますが、ここは揚羽様達の意見を採用された方が無難だと思います」
風と稟は正宗様を諌めた。
「風、稟。お前達も民を見捨てろというのか?」
正宗様は2人の言葉が信じられないという表情で応えた。
「揚羽様も冥琳様も民を見捨てるとは言ってはいませんよ~」
「遠征軍になる以上、我らの戦費はかさむと思います。また、烏桓族のような遊牧民が敵となれば、有利に戦闘を進めることができても、そう容易く殲滅できないです。それは優れた武器を持って、挑もうともです」
稟は正宗様が会話に割り込むのを許さず、話を続けた。
「遊牧民は定住していないため、烏桓族をの居場所を捕捉するのは難しく、小規模な戦闘になりやすいためか?」
「ええ、正宗様が仰る通り、彼らの居場所を捕捉するのは容易ではないでしょう。私達に出来るのは、彼らが村を襲撃するのを予想して、攻撃をしかけ、その行動から彼らの本拠地を捕捉する地道なものになると思います」
「そうなると、自ずと持久戦になります。ただ、幽州の民が安心して暮らせるようにするには、大軍を率いていく必要はあると思うのです~」
「大軍を率い幽州に駐屯すれば、好戦的な烏桓族の行動に一定の歯止めをかけることはできます」
「分かった」
正宗様は沈黙して、深く考え込んでいる様子だったが、腹を括ったのか短く一言だけ言った。
「よくぞ決心なされました」
冥琳殿は正宗様を見つめながら強く頷いていた。
彼女とて好きで今回の策を押し進めている訳ではない。
全ては正宗様の陣営を確固たるものにするために頑張っているのだ。
それは風も稟も同じだろう。
軍師にできるのは自軍にとって最善を選ぶだけだ。
「これで私も静かに謹慎をすることができます」
正宗様の表情を察するに渋々、今回の策を受け入れている様子だった。
だが、渋々でも今回の策を受け入れて下さった。
「正宗様、今回の烏桓族討伐は消極的なものになりますが、難楼は可能ならば討ち取ってください。ですが、無理は禁物です。難楼を討伐できずとも、戦力を削れば上々です。難楼を討伐すれば、周囲で略奪行動をする烏桓族は大人しくなるはずです」
私は正宗様に今回の討伐で重視していることを告げた。
「分かっている。当初の目的通り、難楼の首は獲るつもりだ。だが、首を獲るかは難楼に会ってから決める」
正宗様はもう迷いを払ったのか、私を真っ直ぐに見つめて言った。
「そうですか。お任せいたします。ですが、正宗様が飼えぬ犬と少しでも思われたら、情けは禁物です」
難楼がただの賊でないなら、自軍に引き込む気なのだろう。
それならそれでもいい。
難楼が正宗様に忠誠を誓うと言うなら、上谷郡周辺の烏桓族を恭順させるのは容易くなる。
第101話 幽州派兵
北郷の一件から二ヶ月、幽州への派兵準備が整った私は彼の地に向け出立しました。
今回、私が動員する兵数は六万三千です。
兵数の内訳は、
・騎兵一万三千
・長槍兵二万
・弓兵一万
・輜重兵二万
です。
冀州の守りには二万の兵を残します。
騎兵は表向きで、実際は弓騎兵です。
彼らは鐙を使用すれば、馬上で弓を操ることができます。
難楼との決戦までは鐙の使用を控えるつもりでいます。
私が今回の派兵に連れて来た武将は、
・周瑜(冥琳)
・趙雲(星)
・臧覇(榮菜)
・太史慈(真希)
・程昱(風)
・郭嘉(稟)
・楽進(凪)
・夏候蘭(水蓮)
・満寵(泉)
です。
烏桓族は補給線を断とうするはずなので、真希と凪を中心に夏候蘭をその補佐に据えることにしました。
彼女達の軍師を風にしたのですが、彼女は私にブーイングの嵐でした。
補給線の維持は戦前の日本でも軽く見られていましたが、かなり重要なことです。
これを立たれれば戦線は維持できず、今回の派兵も失敗してしまいます。
だからこそ、信用が置け、戦闘能力の高い武将と軍師が不可欠と思いました。
仕方なく、稟と風の交代で任務につくよう手配しました。
輜重隊の任務を稟に了承させるに当たり、褒美を要求されました。
私はその褒美の内容が気になったので、そのことを尋ねると秘密だと言われ、微妙に気になっています。
幽州へは一月程で到着し、上谷郡の国境に向かうと白蓮と程なく合流しました。
「お――――――い、正宗君――――――!」
白蓮は馬上より、笑顔で私の方を向いて手を振っていました。
彼女が率いる兵は目視で五千程でした。
その内、三千は全て白馬の騎兵です。
あれが有名な白馬義従でしょう。
しかし、あれだけの白馬を揃えるのは大変だったでしょうね。
「白蓮、久しぶり。少し疲れてそうだが、ちゃんと寝ているのかい」
私は白蓮との再会を心から喜びました。
久しぶりにあった白蓮は少々疲れているようでしたが、表情は凄く明るく元気そうでした。
彼女は人材で随分と苦労していると聞いたので、冀州を去る時に朱里に人材探しを頼んでおいたので、烏桓族討伐が一段落して、冀州に帰える頃には目ぼしい人材が集まっていることを祈ります。
「アハハハ、大丈夫! 大丈夫! 正宗君もわざわざ幽州まで、こんな大軍を率いて貰って、本当にありがとう。迷惑じゃなかったかな・・・・・・」
白蓮は私が率いて来た兵を見ながら、申し訳無さそうな表情をしていました。
「気にする必要はない。烏桓族の略奪行為は人ごとじゃない。最近では幽州と冀州の国境でも烏桓族によるそれが確認されている」
「そう言って貰えるとありがたいよ・・・・・・」
「白蓮殿、ひとまず兵を休めたいので、陣を置く場所に案内してくださいませんか?」
私と白蓮が会話をしていると、後ろに控えていた冥琳が会話に割り込んできました。
「そうだな・・・・・・。白蓮、済まないがそうして貰えないか? 陣を置いたら今後のことを話したいので、その時は白蓮も来て貰えるかい」
「正宗君、じゃあ私達に着いて来てくれ。上谷郡の大守には既に話をつけている」
私達は促されるまま白蓮と彼女の兵達に着いていきました。
白蓮に案内された場所は上谷郡の国境に近い場所で、周囲に遮蔽物がなく、見通しの良い場所でした。
水場は近くなかなか良い場所でした。
この場所に陣を置けば、難楼だけでなく、彼(彼女?)に従う上谷郡の烏桓族の部族長に対し一定の示威行為になるでしょう。
さて、まずは難楼のお手並みを拝見するとします。
陣を置く作業は冥琳が手動して、手際よく行われました。
「正宗君のお陰で、忌々しい烏桓族をやっと潰せる! 彼奴等のお陰でどれだけの幽州の民が苦しんでいるか・・・・・・」
私の隣にいる白蓮は悔しいそうに下唇を噛みながら言いました。
「私は烏桓族全て滅ぼすつもりはない。可能な限り、彼らを取り込みたいと思っている」
私は白蓮の方を向いて言いました。
「本気なのかい! 正宗君は分かってない! あの連中に話なんて通じる訳ないだろ! 彼奴等は略奪だけでなく、罪なき女子供を誘拐して、犬畜生以下だ!」
温厚な白蓮には珍しく、彼女は怒りに満ちた表情で私に語気を強めて言いました。
漢に反抗的な烏桓族がどんなことをしているかは想像がついています。
正直、彼らは山賊となんら変わらない。
ただ、山賊と異なるのは彼らは獲物である無辜の民を生かさず殺さずというこでしょう。
「生殺し」という言葉が合っています。
私も本当は白蓮と同じく、彼らは皆殺しにしてやりたい。
だが、それは私に服従の姿勢を示す烏桓族の信頼を失う可能性があります。
彼らは難楼に非であることは理解できても、同族である彼((彼女?))を惨たらしく殺せば良い気分はしない。
「私は白蓮の気持ちを理解できても、それに同調することはできない。烏桓族の中には穏健な者達もいる。彼らの立場を守ってやるには、烏桓族を滅ぼすようなことがあってはいけない」
「それは正論だろう! 現実に彼奴等の所為で苦しんでいる民が沢山いるんだよ」
白蓮は私に訴えるように言いました。
「そうだな・・・・・・。白蓮の言う通りに、烏桓族を滅ぼし、長城の外に彼らを追い出せば、苦しめられた民は救われる。だが、そのために流す血は計りしれない」
私は自分に言い聞かせるように言いました。
「幽州の民はそれを望んでいるだ!」
白蓮は心の底から叫ぶように言いました。
善良な烏桓族がいても、感情が勝り、その点を理解したくない。
いや、見ようとしない。
私がその立場なら、白蓮と同じことを言ったと思います。
烏桓族を皆殺しにしないと気が済まない。
自分の住む土地に烏桓族は居て欲しくない。
憎しみが人の正しい判断を狂わせるか・・・・・・。
私の前世でも、その命題は解消できていないです。
白蓮のような人間ですら、烏桓族を憎んでいるのに、幽州の民と烏桓族の協和を実現でるのでしょうか?
私は自分の描いた将来に自信が持てなくなりました。
いずれにせよ、今回の派兵では難楼を討ち取る、もしくは上谷郡の烏桓族の力を削ぐのが目的です。
彼女の期待には添ってやれません。
私が苛烈な方法で烏桓族を御したとして、私の代は良くても、子孫の世代に彼らを抑えつけれることができるかわかりません。
だからと言って、私は烏桓族に弱腰な態度を取るつもりはありません。
劉虞のように金で肩をつけると後々面倒なことになると思います。
なんとかして、お互いの妥協点を探る必要があります。
「白蓮、君の気持ちはよく分かった・・・・・・。烏桓族を最終的にどう扱うかはこの私に一任してくれないか?」
私は白蓮から顔を反らしたい感情を抱く気持ちを抑え、彼女を直視して言いました。
「正宗君・・・・・・。私の方こそ御免・・・・・・。でも、幽州の民は烏桓族に長い間苦しめられているんだ。それだけは気持ちの隅に置いておいてくれないかな」
白蓮は少し考えてから、私を直視して真剣な表情をして言いました。
第102話 白蓮の従妹
幽州入りを果たした私達は陣の建設作業を終えると、主だった者を集め軍議を開くきました。
この軍議には私達以外に白蓮とその配下武将が加わっています。
白蓮は私が面識のない女性を二人連れて来ました。
多分、彼女配下の武将なのでしょう。
二人とも白蓮同様純白の鎧に身を包み、髪色も綺麗な桜色です。
彼女達の外見上の違いは、顔と髪型が違う位です。
一見して、二人が白蓮の親族なのは理解できました。
一人はショートカットで快活そうな表情をしています。
残りの一人は肩上まで髪を伸ばし、白蓮より少し大人びて見えます。
「白蓮のその二人は?」
「ああ、紹介が未だだったね。二人は私の従妹で、右から公孫越、公孫範。私が仕事で苦労しているのを見かねて、助けてくれているんだ」
白蓮は頭を掻きながら言いました。
「へぇ、これが白蓮の王子様な訳ね」
ショートカットの女性が前に進みでて、白蓮と私を交互に見て茶化すように言いました。
「王子様・・・・・・?」
「わぁああああ――――――! 白椿、お、お前、何を言っているだ――――――」
白蓮は動揺したように公孫越に言いました。
「アハハハ、ごめん、ごめん。つい、口が滑っちゃた」
白椿は頭の後ろに手をやり、全然悪びれることなく、白蓮に笑って返しました。
「はじめまして、劉将軍。私は公孫越、真名は白椿です」
彼女は白蓮から私に視線を戻し、私に拱手をして挨拶をしてきました。
「こちらこそはじめまして。今後、長丁場になると思うが、よろしく頼む。私は劉ヨウ、字は正礼だ。それより真名を預けて良かったのか?」
「白蓮と真名を交わす間柄だから、私も真名を預けるのが筋です。劉将軍は気にされなくてもいいです。それより、劉将軍は真名を預けてくだされないのですか?」
白椿は爽やかな微笑みを浮かべ言いました。
「私の真名は正宗だ」
「正宗様、真名を謹んで預からせていただきます」
「白椿、挨拶はもう終わったでしょ。あなたは無用に無駄話が多いわ」
公孫範が私と白椿の会話に割り込んできました。
「白藤、無駄話が大事なの」
白椿は白藤をジト目で見つつ言いました。
「劉将軍、お初にお目にかかります。公孫範と申します。真名は白藤です」
白藤は白椿の言葉を無視し、私に拱手をして挨拶しました。
「こちらこそはじめまして。白椿にも言ったが、今度の戦は長丁場になると思うが、よろしく頼む。私は劉ヨウ、字は正礼、真名は正宗だ」
「正宗様、真名を謹んで預からせていただきます」
白椿、白藤との自己紹介を終え、私は彼女達に自軍の武将を紹介しました。
互いの自己紹介を終え、今後の方策を話し合うことにしました。
軍議は三刻に渡り、いろいろと紛糾したが私達と白蓮達双方の烏桓族討伐の方針が決まりました。
白蓮達は難楼率いる烏桓族を滅ぼすことに注力したい様子でした。
とはいえ、遊牧民の特質というか・・・・・・。
彼らは基本定住はせず、移動式住居を持って、どこにでも移動します。
烏桓族の中には定住しているものもいますが、多数派ではないです。
私に服従の意思を示しているのは、定住、半定住をしている烏桓族が中心です。
彼らにしてみれば、わざわざ危険を犯して略奪をせずとも暮らせればそれに越したことはないのです。
難楼率いる烏桓族の捕捉は一筋縄でいかない現実を彼女達に突きつけると、彼女達も冷静さを取り戻し、意見を軟化してくれました。
「我々は当面、難楼率いる烏桓族による略奪から可能な限り民を守ることに注力しつつ、それと並行して、難楼の居場所を捕捉していく方向でよろしいか?」
冥琳は私達と白蓮達を見回しながら言いました。
「私達も烏桓族の力はよく分かっている。彼奴等は大軍を率いるなんて、目立つ行動をする連中じゃない。冥琳の策が一番現実的だと思う。正宗君が率いてきた騎馬と私の騎馬を合わせれば、一万六千。それに歩兵三万二千、これだけの兵力があれば、上谷郡の烏桓族を封じ込むことは可能だと思う」
口火を開いたのは白蓮でした。
「そうね・・・・・・。腹立たしいけど、ちょこまかと彷徨くあの連中を追いつめるにはそれしかないわね」
白椿は不満があるような表情をしていましたが、無理矢理納得しているようでした。
「難楼の拠点には非戦闘員がいると思います。彼らを襲撃すれば、難楼は私達に報復を行うため、正面から戦を仕掛けてくると思います。今までは、私達の兵力が少なくて、その手を使えませんでしたが、正宗様のご加勢で、それが叶います」
白藤は私に恐ろしい作戦を提言してきました。
「白藤の言う通りにすれば、難楼を御すのは早いだろう。だが、そんな真似をすれば、私が抱き込んでいる烏桓族の信頼を裏切ることになる」
私は白藤の方を向き言いました。
「白藤殿、非戦闘員を襲撃するなど、私の矜持が許さない」
星が白藤を厳しい表情で言いました。
「上谷郡の烏桓族は全て、長城の外に追いやればいい。彼奴等を潰せば、幽州の西半分の烏桓族など恐るるに足らず。残りの東半分の烏桓族も彼奴等を潰した後なら、力押しで潰すことができる。仮に、正宗様に服従の姿勢を示した烏桓族が反乱を起こせば、問答無用に潰してしまえばいい。烏桓族は我らのやり方に文句があるなら、漢の土地から出ていけばいいのだ」
白藤は腕組みをすると、厳しい表情で星に言いました。
「な、なんだと貴様! お前の行為は悪鬼、そのものではないか! 我らが主、正宗様はそのような非道に手を貸すはずがなかろう」
星は白藤の発言に激昂しました。
「白藤、少し言い過ぎだぞ!」
白蓮は白藤の過激な発言を注意しました。
「お二人とも落ち着いてください」
稟が星と白藤を宥めました。
「いい加減にしろ! あなたは幽州を焦土を化すおつもりか?」
冥琳も白藤に厳しい表情を向けました。
「冥琳殿、私は別に幽州を焦土と化すつもりは毛頭ない。心配しなくても、あなたの策に従う。私が言っているのは難楼の居場所を特定した後のことだ。早く難楼を潰せば、それだけ早く戦力を幽州の東半分に注力できると言っている。その結果、幽州から烏桓族の脅威を取り除ける。そもそも、幽州の東半分は焦土も糞もない。今でも十分に荒れ果てている」
白藤は冥琳に噛み付くように言いました。
「白藤、悪いがお前の策には乗れない。折角築いた烏桓族との信頼関係を崩す訳にはいかない」
「烏桓族との信頼関係など信用できるのですか? あの連中は所詮、知恵なき野蛮な獣と一緒です。直ぐに、約束など忘れ獣の如く、襲ってくるでしょう。それとも彼奴等に定期的に貢ぎ物でも贈るつもりなのですか?」
白藤は烏桓族を侮蔑するような表情で言いました。
「貴様――――――! 正宗様を侮るつもりか!」
泉が白藤の言葉に激昂しました。
「泉、落ち着け。白藤、私は烏桓族に貢ぎ物などやるつもりはない。確かに、彼らを懐柔するために金を使った。だが、それは彼らの経済状況があまりに酷かったからだ」
私は白藤を見据え、真剣な表情で言いました。
「正宗様は分かって居られませんね。彼奴等の性分は獣なのです。正宗様が懐柔された烏桓族は力が無いから、大人しくしているだけです。獣がより強い獣に従うのは必然です。強い獣に逆らうことは死を意味する。それが彼らの論理なのです。正宗様が与えし恩など直ぐに忘れます。彼奴等に恩義に報いるなどの思考は持ち合わせていません」
白藤は私の言葉に呆れたように言いました。
「白藤、お前の意見は略奪を行う烏桓族を全ての烏桓族に当てはめているだけだ。漢の民にも賊はいるだろう。お前はその賊を持って、漢の民が賊とは言わないだろう」
私は白藤の発言に不愉快になりましたが、冷静に受け答えました。
白藤の意見は真近で烏桓族の凶行を見ている者の発言なのでしょう。
白蓮も私と最初にあった時に、似たような発言をしていました。
幽州の民と烏桓族との間には深い溝があるようです。
私が出会った烏桓族の生活が困窮しているのもこの辺りから来るのでしょう。
烏桓族を根絶やしにする方法が、解決策として一番楽なような気がしてきます。
所詮、漢の土地に住む烏桓族は余所者です。
どちらかが出て行かなければいけないなら、余所者が出るのが筋です。
とはいえ、白藤の考えを受け入れる訳にはいきません。
白藤の言う様に、どちらかが上にならねば治まりは着かないでしょう。
和気あいあ