星河の覇皇


 

プロローグ一


                    プロローグ
 人類が宇宙に旅立つのは予想されていたよりも早いものとなった。
 コンピューター技術の画期的な進歩が宇宙船等にも応用されたのである。これにより飛躍的な進歩を遂げた宇宙技術はその速度を速めていった。
 まず人類は月を開発した。月はその予想通り資源の宝庫であった。これによりエネルギー問題は大きく変わることとなった。
 資源の枯渇という問題ではない。その取り合いである。これには人類全体の利害、そして生存がかかっていたのである。
 とりわけアメリカ、中国、日本等環太平洋諸国と欧州の対立は激しかった。その膨大な人口を背景に多くの取り分を主張する環太平洋諸国に対し欧州側は先に領土とした権利を主張して互いに譲らなかった。
 しかしこれを調停したのはロシアとインドであった。彼等は太平洋側につきその有利になるように調停を行なった。欧州側はこれに対し強い不満を露わにしたが太平洋側の圧倒的な力と自分達が必要な取り分は確保出来たことにより引き下がった。この調停は『シンガポール条約』と呼ばれる。
 よりによって環太平洋諸国の本拠地で結ばれたことがこの条約の性質を物語っていると言えよう。しかもこの条約はそれからの人類の宇宙進出に大きな影響を与えた。
 この条約を太平洋側に有利に進めたことによりロシアは環太平洋諸国の中で大きな発言権を持つようになった。それまで日米中三国と比べいささか弱い立場にあったがその三国を調停する役割を担うようになったのである。
 これは米中の専横を警戒するASEAN諸国や日本の支持もあった。その日本にとってもロシアは厄介な相手であったが北方領土問題の解決が彼等の関係を修復させた。ロシアにとっても今更北方領土など大した問題ではなくなっていたのだ。時代は宇宙へ向けて大きく歩もうとしていたのだから。
 これに中南米諸国も参加した。オセアニアはその盟主的存在であるオーストラリアとニュージーランドが既に環太平洋諸国の重要な一員であるから問題はなかった。韓国やモンゴル、メキシコ、カリブ海諸国等も参加した。後にはロシアの周辺諸国やEUの一員であったトルコも参加した。彼等はその圧倒的な人口と力を使い宇宙進出を積極的に広めていった。既に宇宙進出のノウハウを多く持っていたことも大きかった。
 インドは彼等に加わらなかった。そのあまりにも独特な文明風土が環太平洋諸国ともロシアとも合わなかったせいであるが彼等は独自路線を歩むことにした。これはアメリカや中国とそりが合わなかったことも大きくいまだに彼等とは疎遠であった。
 しかし日本とは友好関係を結びその技術で宇宙に進出していった。
 それを横目で歯噛みしつつ見ていたのが欧州諸国であった。月での資源獲得に敗れた彼等は人口や技術においても大きく遅れをとっていた。元々コンピューター技術においても遅れていたこともあり彼等の宇宙進出は太平洋諸国の後塵を帰する形となた。かつてのEUの面影は何処にもなく欧州は再び人類世界の辺境に甘んじることになるかと思われた。
 だがそこで彼等に幸運が訪れる。新たな指導者の誕生である。
 ハインリッヒ=フォン=ブラウベルク。オーストリアに生まれた公爵家を先祖に持つこの男は欧州議会の第一野党である革新政党から欧州議会の議員に立候補した。引き締まった長身、豊かな金髪、青く強い光を放つ瞳、そしてギリシア彫刻のような美貌を持つ二十五歳のこの若者はその弁舌でも欧州の市民達を魅了した。
 彼は議会に入るとまず演説を行なった。歴史に名高い『復活祭の演説』である。この当時欧州議会は復活祭に開始されることとなっていた。当時の欧州の宗教はギリシアや北欧の神々が復権しカトリックと融合しているものが主流であったのだ。古の神々の復権は十九世紀には既に見られていたがそれが現実のものとなるのに更に数百年必要であったのだ。
 この演説は閉塞状況にあった欧州の人々を熱狂させた。革新政党のリーダー達もそれに賛同し彼は忽ちその政党の若きリーダーとなった。
 ブラウベルクはその政策を次々と発表させた。宇宙への積極的な進出、科学者及び技術者の保護、教育の再編成、労働者達の権利保護。そのいずれも宇宙進出に絡めたものであった。
 すぐに与党の中にも彼に賛同する勢力が現われた。彼等は党を出て野党に合流した。これにより議会における勢力関係は一変した。
 そして議会は解散となった。それに伴う選挙により革新政党は圧倒的な勝利を収めた。彼は欧州議会に欧州議会議長、すなわち欧州のリーダーに選ばれた。
 彼は自らの政策を通していった。これにより欧州はその力を取り戻した。そして欧州も宇宙に大きく進出することとなった。
 これを面白く思わない勢力もある。環太平洋諸国だ。とりわけアメリカ、中国、ロシアといった面々は不快に思った。
 まず刺客を送った。だがそれは失敗した。しかも彼等の行動が明るみにされた。三国の諜報機関は批判の嵐に曝されその名声は地に落ちた。
 これで暫く大人しくしていたがその間にも欧州の進出は活発になる。だが今のところは何も出来なかった。暗殺事件の発覚により失脚した対欧州強硬派に替わり太平洋議会の主流になった穏健派にとってもブラウベルクは意識しなくてはならない存在であったからだ。
 しかし経済制裁も効果が期待出来なかった。彼等は既に独自の経済基盤を持っていたからだ。資源も手にしていた。
 彼等はシンガポール条約をたてにすることにした。それにより宇宙進出のいい部分は独占することにした。戦争を売ろうにも先に手を出したのがこっちであるとわかった以上支持者も期待出来なかったからだ。しかも太平洋諸国は諸国で問題を抱えていた。
 彼等の特徴は多くの参加国である。だがそれはかえって弱点ともなっていた。強力なリーダーシップを取る存在がいないのである。
 日米中露四ヶ国がそのリーダーである。だがそのリーダー間での衝突がことあるごとに起こるのだ。しかもそれに他の参加国も加わる。とにかく話が進みにくかった。
 これは利権争いもあった。彼等は決して一枚板ではなくそれが為に欧州に対して確固たる行動がとれなかった。
 それはブラウベルクもよく認識していた。彼は行った。
「船頭多くして船進まずとは彼等のことを言うのだな」
 と。わざわざ中国の諺を持ち出したのは彼一流の皮肉に富んだ言葉であった。
 だがその力の差は変わりがなかった。彼もシンガポール条約は何とかしたかったがどうにもならなかった。どうにかする為には戦争でもするしかない。しかしそれは出来ない。
 戦争になれば流石に彼等も団結する。そうなればこちらが負ける。彼は欧州の勢力を確立させることにした。 

 

プロローグ二


 これは成功した。欧州は環太平洋諸国に対抗し得る勢力を確立することが出来たのである。ブラウベルクは『欧州の新たな父』とまで呼ばれるようになった。
 後に欧州の人々はその進出を絞ることになる。そして独自の勢力を築き続けるのである。
 何はともあれ宇宙の進出は続く。アラブやアフリカ諸国もそれに続く。
 それから数百年が経った。環太平洋諸国はその名を『星間国家連合』と変えた。人類の過半数以上を擁する彼等はそのまま進出を続けていた。彼等はゆるやかな連合体の続いていたのである。
 当然その間に大きな衝突も度々あった。だがそれでも各国の調停等により戦争までには至らずここまできたのである。地球をその首都に置き参加国百以上、領有する星系は数万に達し、人口は三兆という人類最大の勢力であった。
 だが相変わらずまとまりには欠けていた。参加国同士の意見対立は多くしかも広い領土の開拓、治安に追われていた。連合議会と中央政府、星間裁判所があるが統制は弱かった。それぞれの国家の発言力が強く中世の欧州の領邦国家的な一面が強かった。
 議会はそれぞれの国の権利を強く主張し重要な法案は各国の利害が絡み合い容易には決定しなかった。裁判所も統制が弱く各国の法律の方が強かった。
 しかも各国の星系がモザイク状に入り乱れている場所もあったりする為一旦他の星系に逃げてしまえば犯罪者を拘束出来なかった。その為宇宙海賊が跳梁跋扈した。これは開拓地が多くそこに犯罪者が逃げ込むことも多かったことが影響している。
 中央政府も断固たる政策を実行できなかった。あくまで中央政府であり各国の存在を無視出来なかった。とりわけ日米中露といった大国の存在は大きく彼等の意向がしばしば連合の意志となった。救いはそのうちの一つ日本が連合政府に対して忠実なことが大抵でありその際に小国の大部分国がそれに賛同することが多かったことだった。
 中央軍も中央警察もなかった。各国がそれぞれ軍や警察を持っている為治安維持等も複雑であった。その為管轄地域についても入り乱れ宇宙海賊を満足に取り締まれないようになっていたのである。しかもその取り締まりをやり過ぎだ、と批判するNGO団体の存在も無視出来なかった。おまけに彼等の中には海賊との関係を噂される連中もおり全体的な治安は中々よくはならなかった。こうした状況が数百年以上も続いた。
 しかし連合は発展し続けた。確かに海賊もおり各国の思惑が複雑に絡み合ってはいるが彼等には豊富な資源と果てしない土地、そして技術があった。
「ここが駄目なら別の星に行け」
 こういう言葉も出来た。彼等は自分達の手で成功を掴む、そうした精神に満ち溢れていた。開拓地があればそこに移り住み農地を開墾し鉱山を掘る。そして産業を興す。こうして彼等はその勢力圏を大きく拡げていったのである。
 彼等にとって幸運だったのは心配された異星人の存在もなかったことである。その為開拓は容易に進んだ。
 医学や宇宙航行の技術の発展も大きかった。人口は増大し流通は進歩した。そして瞬く間に人口は三兆を越えたのである。
 確かに治安は悪く各国の勢力は複雑な状況にあった。だがそれがかえって各国の武力衝突も抑えていたのだ。
 戦争よりも海賊の掃討、それこそが重要課題であった。各国は海賊の取り締まりに追われ戦争どころではなかった。流通や宇宙航行の発達が海賊の動きをより速めていった。それに対処する必要があったのだ。
 種々雑多な寄り合い所帯、それが星間国家連合であった。宿敵欧州との対立もあったが彼等は自分達だけで独自の世界を形成していた。
 彼等の進出はまだ続いていた。開拓は辺境に及びその先にあると言われている未知の星系の存在についても調査されていた。彼等の進出はまだまだ続いていたのである。
 さて彼等と同盟関係にあるインドであったが彼等はその独特の文明体系をそのまま維持していた。進出した地は連合とは別の地域であった。
 連合と不可侵条約を結んでいたが彼等はそれをあまり信用していなかった。信用するにはあまりにも危険な国が多かったからである。
 彼等は出来るかぎり連合から離れた場所への進出を考えた。幸いその地はあった。
 長大なアステロイド帯の向こうに多くの星系があったのである。そこに彼等は進出した。そして一方的に領有宣言を行なった。
 これに対して連合も欧州も沈黙した。連合は彼等の星系の開発に忙しかったのである。欧州も同様であった。
 インドはそこにある多く星系に入った。そして最初に足を踏み入れたその星を『ブラフマー』と名付けた。彼等の神話の創造神から名をとったのである。
 そしてそこに地球からインド本土を持って来た。彼等はそこに完全に移り住むつもりだったのである。
 これには連合も驚いたが反対はしなかった。彼等にしても自分達の勢力圏から彼等が立ち去ることは好都合であったのだ。
 彼等は慎重に開発を進めた。そして一定のところで止まった。南方にはまだ開発可能な星系が多くあると言われていたがそこで一旦止まった。そして連合との境の防衛を固め海賊を締め出した。そして各星系の開発をさらに進めていった。人口は二千億程度で抑制をはじめ連合に比べ活気には乏しいが一つの勢力圏を築いていた。
 連合程ではないが緩やかな連邦制であり大統領制をとっている。今は国名を『マウリア』というかつての王朝の名にしている。平和を愛する穏健な勢力である。
 連合の宿敵欧州であるが彼等はその正式名称を『エウロパ』に変えていた。ギリシアの美しき少女、欧州の語源になった名であるがこの名を国名にしたのである。
 彼等もまた連合とは離れた場所に進出することにした。インドと同じく長大なアステロイド帯の向こうにその場所を見出していた。丁度人類の勢力圏を東西に分ける帯であった。 
 その帯の北側、そこが彼等の勢力圏であった。彼等はその中の中央にある星系に首都を置いた。その名は『オリンポス』。ギリシアの神々が住んでいた山の名である。
 彼等の勢力圏は小さかった。しかしそれぞれの星はどれも豊かであった。そして人口では劣りながらも連合に次ぐ勢力を形成した。これは彼等の結束が比較的強かったことも幸いした。
 彼等は連合やマウリアよりも強い中央政府のある国家であった。各国の主権は国家元首位でありその他は全て中央政府にあった。そのリーダーシップにより開発を進めていった。
 欧州本土はオリンポスに移された。連合の市民達は宿敵が一人残らず去り大いに喜んだという。
「今に見ておれ」
 そう言ったのは当時の欧州総統ヘンリー=スチュアートであった。彼は何時しかエウロパが連合を凌ぐ勢力になるとその死の間際まで言っていた。
 しかしそれは実現しなかった。あまりにも星系が少なく勢力圏が狭かった。
 これは誤算であった。エウロパの北と西には星系は何十万光年もなく太陽系の果てであったのだ。
 しかも東には連合がいる。彼等とはアステロイド帯を挟んでいるが唯一つの通り道があった。
 ブラウベルク回廊。欧州再興の父の名を冠したのはこの先に希望が広がっていると言われたからであった。
 だが今この回廊は人類の勢力圏の中でも最も緊張した地域の一つとなっていた。よりによってその向こう側は連合の中でも特に欧州の勢力を嫌う国の勢力圏であったのだ。
 彼等は各国の援助を得て回廊の出口、連合から見れば入口に要塞群を建設した。そしてそこから一歩も通さないつもりであった。
 エウロパにとってもそれは同じであった。回廊の入口にこちらも要塞群を築いた。そして睨み合いを続けたのである。
 彼等の進む方向は南しかなかった。だがそれは困難であった。
 南方はアステロイド帯だけでなくブラックホールや磁気嵐、超新星、彗星等がひしめく異様な地形であった。容易には進出出来なかった。連合やマウリア、当然エウロパの勢力圏にもこれ等はあったが質量共にその比ではなかった。
 しかしそこに進出した人々も既にいたのである。それでもエウロパはそこに進出せずにはいられなかった。最早どの星系も人口は限界にあった。一千億だというのに養える数は限界に達しようとしていた。スペースコロニーを築くのにも限度がある。しかも不経済であった。
 結果的に侵略になる。連合はそれを冷笑し批判した。だがそれでもやるしかなかった。
 だがここで一つの問題が生じる。以前よりここに住んでいた人々はどうなるのか。
 当然武力衝突となる。だが状況はエウロパにとって有利であった。
 何故か。彼等は一つの勢力ではなかったからである。 
 一つのまとまった勢力を築くことが出来なかったアラブや北アフリカ各国はそれぞれ独自に進出した。連合やマウリアに入る者も多かったし事実北アフリカ各国以外のアフリカ諸国はそうであった。彼等は全て連合に入った。だがそれでも彼等は進出した。
 だが進出する先はあまり残ってはいなかった。他の勢力に入ることを潔しとしなかった彼等はこの複雑に入り組んだ地域に入ったのである。
 彼らは宇宙でも統一した勢力を築かなかった。各国がいがみ合い抗争が続いた。そして戦っていた。
 そうした状況が何時までも続いた。この地域では多くの国が興亡したが栄枯盛衰を繰り返しそして血が流れた。それでも戦いは終わらなかった。
 そしてそこにエウロパが侵攻してきたのである。彼等は少しずつその勢力圏を拡げていった。
「これは我等の危機である。一刻も早く統一した勢力を!」
 こう主張する者もいた。だがそれは逆効果であった。
 有力な国が我が、我がと名乗りをあげ再び争いを激化させたのである。そしてエウロパを退けるどころではなくなった。
「これは神々が我々に与えた僥倖だな」
 エウロパの司令官の一人がこう言ったという。その通りであり彼等はいがみ合いに明け暮れ外に目を向けようとはしなかった。
 こうした彼等かってのアラブ諸国の末裔達にとっては再び嫌な時代が続いた。エウロパの侵略は続き連合も辺境の開発の他に彼等の勢力圏に眠るとされる多くの資源に関心を持ちはじめていた。
「奴等には有り余る程あるだろうが」
 しかしそれとこれとは別であった。人間の欲望には際限がないのだから。
 まさに危機的な状況であった。誰もが何とかしたいが何も出来ない状況であった。
「このまま他の奴等に食い散らかされてしまうのか」
 その中央にある星ムハンマドに移されたメッカを見て嘆く者もいた。彼等は最早他国と内部の戦乱に弄ばれる哀れな存在であった。
 しかしその惨状も幕を降ろす時が来た。人々が望むものは出て来るものなのである。
 英雄、指導者。彼等が欲していたのはそれであった。彼等を統べ護り戦う者。それが今出て来ようとしていたのである。 

 

第一部第一章 若き将星その一


                  第一章 若き将星
 多くの星間国家に分裂している旧アラブの人々を中心に構成されている地域、『サハラ』は人類の宇宙進出後千二百年を経てもいまだ統一した勢力とはならず小国家同士の対立、戦争が続いていた。多くの国家がありそこにエウロパが侵略しているという彼等にとってはまことに苦しい状況であった。そうした状況が百年近くに渡って続いていた。
 これは西暦三三四八年においても同じであった。尚宇宙進出後暫くして、西暦二五〇〇年を期に別の暦も制定されている。それを『銀河暦』という。
 今は丁度銀河暦八四八年である。この年の四月サハラの西方において一つの小規模な戦闘があった。
 サハラ西方もまた幾つかの国家に分かれていた。大小合わせて七つ程あった。互いに時には手を結び時には戦いといった群雄割拠の状況であった。
 オムダーマン共和国もそうした国の一つであった。この西方では第三勢力といわれるこの国は第一勢力であるサラーフ王国と局地戦を行なっていた。
 事の発端は領土問題であった。両国の境にあるカッサラ星系をめぐって両国の意見が衝突したのだ。
 このカッサラ星系というのはサハラ西方における交易の中心地であった。土地も豊かでありこの星系を押さえるということはその勢力に莫大な富と西方における確固たる地位を約束するということであった。
 その為この地を巡って何百年もの間戦いが続いていた。とりわけサラーフとオムダーマンの対立は激しく彼等の衝突の主戦場となっていた。
 この時もこの星系を巡って衝突があった。まずオムダーマンがこの地の一方的な所有宣言を行ない兵を派遣した。それに対し事前に兵を置いていたサラーフが応戦したのである。
 参加兵力はサラーフが百万に対しオムダーマンは百五十万、兵力的にはオムダーマンがやや有利であった。
 しかし戦局はサラーフ有利に進んだ。地の利を心得るサラーフは星系の中にあるアステロイド帯からオムダーマン軍に対し奇襲を仕掛けたのだ。
 これに対しオムダーマンもすぐに反撃した。しかし先手を打たれたのは大きかった。
 しかも艦艇の主砲の射程はサラーフの方が長かった。これにより戦局はサラーフに大きく傾いていった。今も戦闘が行なわれているが損害を受けるのはオムダーマン側の方が多い。次第に星系から追い出されようとしている。
「奴等の術中にはまったな」
 オムダーマン側の旗艦において司令官であるムスタファ=アジュラーンは苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
 彫が深く日に焼けた顔をしている初老の男性である。髪は黒く口髭を生やしている。その口髭には白いものが混じっている。がっしりとした長身を赤い軍服で覆っている。
「そのようですな。これ以上の戦闘は無意味かと」
 傍らに控える参謀の一人が言った。
「そうだな。撤退するか」
 彼は艦橋のスクリーンに映し出される双方の陣形の映像を見ながら言った。
「損害の酷い船から後退せよ。殿軍はわしが務める」
「ハッ」
 参謀はその言葉に対し敬礼した。そして伝令の船が旗艦から飛び立つ。
「だが」
 アジュラーンはその伝令の船達を見ながら呟いた。
「果たしてこの撤退上手くいくかな」
 既に包囲されようとしている部隊もある。事は一刻を争う状況であった。
「何っ、撤退だと!?」
 その話は最前線で戦う将兵達にも届いた。
「はい、損害の酷い船から随時撤退せよとのことです」
 艦橋のスクリーンに映し出された伝令が各艦の艦長達に対して伝えた。
「そうか、撤退か」
 戦局は彼等が最もよくわかっていた。それも致し方ないと思った。
「だがこの状況で退けと言われてもな」
 彼等のすぐ前には敵の艦隊がいるのである。しかも火が点いたように攻撃を加えてきている。
「損害の軽微な艦及び無傷の艦は友軍の撤退を最後まで援護して欲しいとのことです。司令官もこちらに来られます」
「まああの親父が来るのなら頑張ってやるか」
 アジュラーンはその面倒見の良い人柄から将兵達に好かれていた。また退却戦にも定評がある。
「おい、もう一踏ん張りするぞ。そしてサラーフの奴等をもう少し苦しめてやろうぜ」
 その艦長は部下達の方を振り向いて言った。艦橋は歓声に包まれた。
 これは巡洋艦アタチュルクにおいても同じであった。その艦の艦長は部下達に対して言った。
「よし、ここが見せ所だ。俺達の戦いをサラーフの奴等によく見せてやれ!」
 彼は高く張りのある声で叫んだ。部下達がそれに応える。
 黒い髪と瞳を持つ凛々しい顔立ちの若者である。高い鼻と少し切れ長の翡翠の様な瞳。唇は薄く炎の様に紅い。その顔は一目だけでは俳優か何かかと思える程整っている。黒く豊かな髪は整髪料でまとめられ光を反射し黒光りしている。顎は三角形で鋭利な印象を与える。引き締まっているが痩せ過ぎもしない顔である。それは身体全体に対しても言えた。
 背は高くもなく低くもない。筋肉質であるが鞭の様に引き締まっている。そしてその仕草は機敏でまるで狼のようである。
 彼の名はアクバル=アッディーン。この戦いの直前にこの艦の長に選ばれたばかりのまだ二十歳の若者である。
 オムダーマンの首都アスランに生まれた。幼い頃から銃や船が好きであった。両親は普通の公務員であったが彼は軍人になることを希望した。成績が優秀であったので担任に幼年学校への受験を薦められ見事合格した。この時十二歳であった。こうして彼は軍服をはじめて着た。
 幼年学校入学においては成績は常に上位であった。とりわけ歴史と艦艇運営の実践においては教授達も舌を巻く程であった。
 卒業後は同期達のように士官学校には進まずすぐに入隊した。教授達は彼のこれからを思い進学を薦めたが彼はそれを拒否した。立身出世よりも戦場に身を置きたかったからだ。
 まず彼は巡洋艦の砲雷士官となった。最初の戦闘で敵の三隻の戦艦を沈めた。これにより中尉となり次の戦闘で今度は戦闘機を五機、そして駆逐艦を一隻仕留めた。大尉になった。
 次に戦場に出た時は駆逐艦の艦長であった。その駆逐艦で敵の駆逐艦五隻を向こうに回したが無傷で全滅させた。そして少佐になった。 

 

第一部第一章 若き将星その二


 こうして彼は次々に武勲を挙げていった。前の戦いでは敵の防衛線を最初に突破している。これにより中佐になり今に至る。
 彼を同僚達は『若き狼』という。精悍で動きが速くしかも優れた能力を持っているからだ。その気性も熱く攻撃的である。そして同時に極めて冷静な思考を出来る人物でもある。
 この戦いにおいては中央艦隊にいた。だが戦局の悪化により最前線に送られたのだ。
「友軍の撤退状況はどうなっている」
 彼は傍らにいる副長に対して問うた。
 彼もまだ若い。といっても二十五である。茶色がかった髪に濃い茶の瞳、浅黒い肌を持つ長身の美青年である。名をイマーム=ガルシャースプという。アッディーンと同時にこの艦に配属された人物である。階級は大尉である。
 士官学校卒業後順調に進みこの艦の副長となった。温厚で堅実な人物といわれている。
「ハッ、既に損害の酷い艦は徐々に戦場を離脱しております」
 彼はモニターを手で艦橋の上部に映し出された指し示しながら報告した。
「それに対し敵軍は攻勢を強めております。駆逐艦及び高速巡洋艦の部隊がこちらに接近してきています」
「どうやら我が軍の数が減ったのを見て一気に攻めるつもりか」
 アッディーンはその駆逐艦及び高速巡洋艦の一群を見ながら言った。
「その様です。それも撤退する艦を集中的に狙うつもりのようです」
「我々は戦艦の主砲に任せてだな。成程、手堅い戦法だ」
 彼は不敵に笑いながら言った。
「だがそうそう上手くいくものではない」
 彼は口を引き締めてそう言った。
「今から敵駆逐艦及び高速巡洋艦部隊に対し攻撃を開始する。主砲及びミサイルを全弾装填せよ!」
「ハッ!」 
 砲術長が敬礼した。
「奴等の進行方向に行く。そして一斉攻撃を浴びせよ」
 彼は次々に命令を出した。アタチュルクはそれに従い大きく動いた。
 戦局は変わった。アタチュルクの攻撃により敵の駆逐艦及び高速巡洋艦はその動きを制止させたのだ。
「今だ!」
 これに対してオムダーマン軍は攻撃を仕掛けた。動きが止まったところに攻撃を仕掛けられたサラーフの駆逐艦、高速巡洋艦部隊は次々とビーム砲やミサイルを浴びた。
「敵の動きが止まっているな」
 それは前線に来たアジュラーンの旗艦からも確認された。
「ハッ、アッディーン中佐の艦が敵駆逐艦及び高速巡洋艦の部隊を止めたのです」
「一隻でか!?」
 彼は驚きの声で問うた。
「はい、敵の進行方向に向かい一斉攻撃を仕掛けたのです」
「そうか、それで動きを止めたのか。やりおるな」
 彼はそれを聞いて大きく頷いた。
「だがそれで戦局は変わったな」 
 見れば敵の駆逐艦及び高速巡洋艦部隊は殆ど壊滅してしまっている。戦艦、ミサイル艦部隊も彼等が前にいる為容易に攻撃出来ない。
 その間にオムダーマン軍は上下から回りこんだ。そして挟み撃ちにする。
 オムダーマン軍の艦艇の特徴はその火力にある。これはサハラ諸国の中でも特に際立っていた。
 その火力で攻撃を開始したのである。サラーフの艦艇は次々に炎に包まれ白い光となっていった。
「司令、もしかするとこれは・・・・・・」
 参謀は次々と破壊されていく敵の艦艇を見ながらアジュラーンに言った。
「うむ、勝てるかも知れんな」
 アジュラーンは薄く笑って答えた。彼は戦局が次第に自軍に傾こうとしていることを感じていた。
「戦場に残る兵力はどれ程だ?」 
 彼は別の参謀に問うた。
「ハッ、今退却せずこの場に残っているのは役百二十万程です」
 その参謀は敬礼をして答えた。右腕を胸の高さで肘を直角にし胸に対して水平にするオムダーマン式の敬礼である。
「そうか、思ったよりずっと多いな」
 アジュラーンはそれを聞いて笑みを浮かべて言った。
「作戦変更だ、一気に攻勢に転ずる。全軍突撃用意!」
 彼は右手を挙げて言った。
「このまま敵を押し潰す。そして勝利を我等が手にするのだ!」
 そう言うと旗艦を敵軍の方へ突入させた。他の艦もそれに続く。
 それはアタチュルクからも確認された。
「艦長、我が軍が攻勢に転じました」
 ガルシャースプはアッディーンに報告した。
「何、またそれは極端だな」
 彼はその報告を聞いて思わず苦笑した。
「ついさっきまで撤退しようとしていたというのに」
「戦局が変わりましたからね。我が艦の行動により」
 彼は表情を変えることなく言った。別に嬉しくもないような口調であった。
「そうか、ビームもミサイルも全て撃ち尽くしたらすぐに後退しようと思っていたのだが」
「そのわりには大胆な行動ですね」
「大胆!?別にそうは思わないが」
 アッディーンは不敵に笑って言った。
「連中は傷付いた艦を狙おうと躍起になっていた。そこに油断が生じていた。その前にいきなり出て斉射すればその動きが止められると思ったからやったんだ」
 彼はしれっとした口調で、しかし不敵に笑ったままの顔で言った。
「しかしあれだけの数の敵の前に一隻だけで出るのは自殺行為ですよ」
「死ぬとは思わなかったからな。奴等は俺を見ていなかったから」
 彼は視線をモニターに映る敵の残骸に移して言った。
「だからああなったのだ。戦場において油断はそのまま死に繋がる。それを教えてやったのだ」
「えらくきつい教え方ですな」
 ガルシャースプは言った。
「ああ。しかしガルシャースプよ」
「何ですか」
「それを表情を変えずに言うのは少し無気味だな」
「そうでしょうか」
 やはり彼は表情を変えなかった。アタチュルクも攻撃の中に加わっていった。
 戦局は完全にオムダマーン軍のものとなっていた。サラーフ軍は次々に撃沈され次第にその数を減らしていった。
 損害が二割を超えようとしていた。サラーフ側の司令官はそれを見て遂に退却を決意した。 

 

第一部第一章 若き将星その三


「司令、敵軍が撤退していきます」
 参謀はモニターに映る敵軍が退いていく姿を見て言った。
「うむ、どうやら勝ったな」
 アジュラーンもそれは見ていた。満面に笑みを浮かべている。
「追いますか」
 参謀は問うた。
「いや」
 彼はそれに対して首を横に振った。
「これでカッサラ星系は我等のものになった。これ以上の戦闘は意味がないだろう」
「ですね」
 参謀はそれを聞いて頷いた。
「あとは政治の問題だ。外交部の連中に任せよう」
「はい。連中のお手並み拝見といきますか」
 オムダマーンの外交部は特に無能と評判があるわけではない。むしろ他国からは有能であると認識されている。
 しかし軍部との仲は悪かった。やり方が手ぬるい、腰抜けだというのだ。
「軍人はいつもそんなことを言う。あまり突出しては他国の恨みを買うだけだ」
 外交部の者はことあるごとにそう言う。彼等にしてみれば勢力均衡こそが一番の関心であり勝ち過ぎることはあまり喜ばしいことではないのである。
「確かにその通りだが」
 アジュラーンは外交部の高官達の言葉を脳裏に思い出しながら呟いた。
「そんなことを言っていたら何時まで経ってもこのままだぞ」
 彼はそう呟き顔を顰めた。彼はサハラが統一されエウロパの勢力を追い出すことを願っていたのだ。
  やがて停戦となり両国の外交官がこの星系に到着した。そして交渉が行なわれた。
 カッサラ星系はオムダマーン共和国の領土となった。この星系の権益も皆共和国のものとなった。
 サラーフ共和国の軍はこの地より撤退することとなった。賠償金は支払わずこの星系の割譲と近隣十光年の軍隊の立ち入りを禁止するという内容となった。
「とりあえずはこれでよし」
 交渉を終えたオムダマーンの外交官達はそう言ってカッサラ星系を後にした。
「今回は上手くまとめてくれたな」
 軍部はそれを見ていささか皮肉混じりに言った。
「我々とて遊んでいるわけではない。それに戦いに勝ったのだからこれ位は勝ち取らないとな」
 じゃあ賠償金も欲しかったな、といいたいところだがそれは出来ないのもわかっていた。サラーフはこの地域で最も勢力の大きい国であるサハラ全体でも三強に入るのである。
「まああのサラーフ相手に勝てたからよしとするか」
 軍部はそれで満足することにした。
「それに結構危ないところだったしな。一時は撤退すら考えていたそうじゃないか」
 軍の上層部は軍務部の会議室でこの戦いについての検証を行なっていた。
「そのようだな。不意打ちに遭い一時は劣勢に追い込まれている」
 高級参謀の一人がパンフレット状にまとめられた資料に目を通しながら言った。
「だが一隻の巡洋艦の活躍で我が軍の戦局は一変した」
「アタチュルクだ」
 それを聞いた提督の一人が言った。
「そうだ。アクバル=アッディーン中佐が艦長を務めているあの艦だ」
 参謀はそれに対して言った。
「アッディーンか。またやったのか」
「ああ。しかも今度は戦局を一変させた。それも僅か一隻で」
「戦法も見事だな。血気にはやる敵軍の前に来て総攻撃を仕掛けて止めるとは」
 別の提督が資料を読みながら言った。
「そうだな。そうそう出来るものではない」
 参謀の一人が言った。
「アジュラーン司令は何と言っている」
「かなり評価しているようだ」
「・・・・・・そうか」
 彼等はそれを聞いて何か意を決したようだ。
「これからは彼には思う存分働いてもらうか」
「そうだな。サハラの大義の為に」
 現在の軍上層部は強硬派の牙城と言われている。彼等はサハラ統一を掲げており民衆からも人気は高い。
「それでは彼を大佐にするとしよう」
「このままいくとすぐに将官になるだろうな」
「そうだな。そうなった時が楽しみだ」
 彼等はそう言って会議を終えた。この会議でアクバル=アッディーンの大佐への昇格及びカッサラ星系での大規模な軍事基地の建設が決定された。
 カッサラ星系への軍事基地建設は議会も承認した。それにより一個艦隊がこの星系に駐留することとなった。
「流石に軍部の人気は議会も無視出来ないか」
 アッディーンはこの星系に駐留する艦隊に配属されることとなった。今度は戦艦の艦長である。
「今度は戦艦か。それにしても大きい艦だな」
 彼は港にある今から自分が乗る艦を見て言った。
「それはそうですよ。特にこの艦は最新鋭の大型艦ですからね」
 傍らにいるガルシャースプが言った。
「最新鋭か。そういえばまだ綺麗なのものだな」
 彼は艦を見て言った。
「この艦はこれまでの艦とは違いますよ。何しろ我が国の技術の粋を結集させたものですから」
「それはいいな。今までの艦は少し設計思想が古いんじゃないかと思っていたところだ」
 二人は艦に続く桟橋を登りながら話している。 

 

第一部第一章 若き将星その四


「ええ。射程も相当なものですよ。今までみたいにサラーフのアウトレンジに悩まされることもありません」
「そうか。それは有り難いな」
 アッディーンはそのビーム主砲を見て言った。
「連中の射程の長さには今まで悩まされてきたからな。実際に戦うまではわからないがそれは有り難い」
「はい。この技術はこれからの新造艦及び改修する艦全てに使われるそうです」
「とすれば戦術もかなり違ってくるな」
「そうですね。今までの我が軍の戦術は火力に頼った集中突撃ばかりでしたから」
 二人は入口で敬礼を受け艦の中に入った。
「中の設備も整っているな」
 アッディーンは艦内を見回して言った。
「はい。居住設備もいいですね」
 ガルシャースプもそれに同意した。
「士気に大きく関わるからな。こうした気配りは有り難い」
 そして艦橋に向かった。
「ハッ!」
 艦橋に将兵達が敬礼する。アッディーンはそれに敬礼で返した。
「艦橋はどうだ」
 彼は操舵手を務める壮年の曹長に対して尋ねた。
「素晴らしいです。特に電子関係がいいですね」
 彼は笑顔で答えた。
「特に通信関係が素晴らしいです。今までの艦とは比べものになりません」
 若い下士官が答えた。
「何かかなり凄い艦のようだな」
 アッディーンは微笑んでガルシャースプに対して言った。
「ですね。うちの技術班も頑張ったみたいです」
 彼は口元にほんの微かに笑みを浮かべて言った。
「それにしても不思議だな」
 彼はふと気付いたように言った。
「何がですか?」
 ガルシャースプはそれに対して問うた。
「いや、技術班のことだ。今まで我が軍の技術班はお世辞にも大したことはなかったからな。何処かの国の二番煎じばかりやっていたからな」
「それですが技術長官に関係があるようですよ」
「長官に!?」
 彼は語気を上ずらせた。
「はい。新任の長官ですが」
「確かルクマーン=ハイデラバート大将だったな」
 彼は長官の名を思い出しながら言った。
「はい。ハイデラバート大将が長官になられてから我が軍の技術班は大きく変わったのです」
 ガルシャースプはほんの微かに笑ったまま言った。
「それは聞いていたがどうせいつもの宣伝だけだろう、と思っていたぞ」
「それが今度は違うようですね。有望な若手をどんどん抜擢して開発をさせていますから」
「それの結集の一つがこの艦と」
 アッディーンは再び艦橋の中を見回して言った。
「そうです。しかもまだまだ序の口らしいですよ」
「というとまだ技術班はやる気なのか?」
 彼は左の眉を少し上げて尋ねた。
「はい。さらに改革を進めていくつもりのようです」
「そうか。ならいいがな」
 アッディーンはそれを聞いて微笑んだ。
「手強い敵よりろくでもない武器の方が頭にくる。強い兵器が次々にもらえるのならそれに越したことはない」
 そう言って嬉しそうに笑った。
「その通りですね。ところで艦長」
 ガルシャースプはアッディーンに対して尋ねた。
「何だ?」
 彼は言葉を返した。
「この艦の名前ですが」
「艦名か。そういえばまだ決めていなかったな」
 彼はふと思い出したように言った。
「はい。何にしますか」
 オムダーマンでは艦名は艦長が名付けることになっているのだ。
「そうだな」
 彼は考え込んだ。
「前の巡洋艦はアタチュルクだったしな。何か別の名にしたいな」
「では何に?」
 ガルシャースプは問うた。
「そうだなあ・・・・・・」
 彼は腕を組み考え込んだ。
「そうだ」
 そして明るい顔で顔を上げた。
「アリーにしよう。伝説の英雄アリーだ」
「アリーですか。確かにいい名ですね」
 ガルシャースプもそれを聞いて上機嫌な声で答えた。アリーとはムハンマドの娘婿で『神の獅子』とまで謳われた英雄である。また長い間イスラムの二大勢力の一つであったシーア派の開祖ともされている。
「そうだろう、これからの俺の戦いを共にするに相応しい名前だろう」
 彼は満足気に微笑んで言った。
「そうですね。神の獅子が艦長のこれからの武勲を守護して下さるでしょう」
「そうだな。まあ俺は誰かに頼るということは好きじゃないが」
 そう言って正面に身体を向けた。
「だがアリーよ、俺の戦いを見守ってくれよ」
 そう言って二人は艦橋を後にした。そして今度は艦内をくまなく見回りだした。 

 

第一部第二章 銀河の群星その一


                       銀河の群星
 カッサラ星系におけるオムダーマン軍の勝利の報はすぐに銀河中に伝わった。それはエウロペや連合においても同じであった。
「カッサラ星系がオムダーマンの手に落ちたか」
 エウロペの総統であるフランソワ=ド=ラフネールはエウロペの首都オリンポスにてそれを聞いた。
 麻色の髪を後ろに撫で付けている。目は茶色だ。中肉中背でその穏やかな顔立ちは何処か宗教家を思わせる。革新政党出身で温厚でかつ堅実な人物として知られている。かっては弁護士でありそこから政界に転身した。公正でバランスのとれた政策が支持を得ている。この時六〇歳であった。
「まあ兵力を考えると勝って当然だな」
 彼は秘書から報告を受けると資料を執務室の椅子に座りながら読んで言った。
「しかしオムダーマンも苦戦したようだな」
 彼は戦局の流れに目を通して言った。高めのバリトンの声がよく響く。
「はい、いきなり奇襲を受けましたから」
 秘書はそれに対して答えた。
「それからサラーフ得意のアウトレンジか。一時は撤退さえ決意しているな」
「それが急に変わったのです」
「この一隻の巡洋艦の動きによってか」
 彼は資料を机に置いて言った。
「はい、その巡洋艦がサラーフの駆逐艦及び高速巡洋艦部隊の動きを止めたのです」
「見事だな。油断している敵の前にいきなり出て一斉射撃で動きを止めるとは」
「それに勝機を見たオムダーマンは一気に攻勢に転じました。そして数を頼りに総攻撃に出たのです」
「そして勝ったと。彼等が得たものは大きいな」
「はい、カッサラ星系は要地ですから」
「甘いな、それだけでは正解は半分だ」
 ラフネールは秘書に対して言った。
「確かに彼等があの星系を手に入れたことは大きい。おそらく今後はあの星系を拠点に軍事行動を起こしていくだろう。その分あの星系を巡る抗争があるだろうがな。ただあの星系を軍事基地化するようだ。そうおいそれとは陥落出来んだろう。それにだ」
 ラフネールは言葉を続けた。
「一人の英雄があの場所にいる。そう、君が答えられなかった部分だ」
「と言いますと?」
 秘書は問うた。
「あの戦いでオムダーマンは一人の英雄を見出しているのだ」
「誰ですか、それは」
「その巡洋艦の艦長だ」
「ええっと・・・・・・」
 秘書はその言葉に対し資料を調べた。
「アクバル=アッディーン中佐、戦功により今は大佐ですね」
「そうだ。彼の存在はおそらく今後のオムダーマンの動向に大きく関わることだろう」
「そうでしょうか。一介の大佐ですよ。確かに資料を見る限りかなり有能な人物のようですが」
「今はな。ほんの一介の大佐だが」
 ラフネールはここで知的な笑みを浮かべた。
「すぐに将官になる。そしてそれから艦隊司令、そしてやがては軍の指導者となっていくであろう」
「そう上手くいくでしょうか」
 秘書は問うた。
「いくだろうな。もっともそれからはわからんが」
 彼はそう言って席を立った。
「まあ今はただ見ているだけでいいだろう。当分サハラの情勢は大きくは変わらん。相変わらず彼等同士の抗争が続くだけであろう」
 彼は顔から笑みを消して言った。
「西方もオムダーマンは大きく勢力を伸ばすだろうがまだまだやらねばならぬことがある。それにサラーフもこのまま黙ってはおるまい」
「第二勢力であるミドハド連合の存在もありますしね」
「そうだ。彼等もカッサラ星系は狙っているだろうからな。場合によってはサラーフと手を組むかもな」
「それは・・・・・・」
 秘書はその言葉に対しては疑問をあらわした。
「ほう、それは彼等が犬猿の仲だからそう思うのかな」
 彼は秘書に対して微笑んで言った。
「確かに彼等は建国以来の対立関係にある。だがそれも共通の敵が現われた場合に限り別だ」
「敵の敵は味方、というわけですか」
 秘書は言った。
「そうだ、共通の敵が出来たならば手を組む、それが政治だ」
 彼は顔を元に戻して言った。
「その証拠に連合がそうであろう。連中は宇宙進出の頃から我々に対しては団結する」
 彼はその知的な顔を少し嫌悪で歪ませた。
「普段はまとまりに欠くというのに」
 秘書は彼よりも露骨に嫌悪感を露わにした。
「そうだ。しかもここ二百年は中央政府の権限を強化してきているときた」
「その方が連中の開拓にとって有利ですからね」
「そう。あれだけの勢力を持ってまだ開拓するところがあるのだ」
 ラフネールは忌々しげにそう言った。 

 

第一部第二章 銀河の群星その二


 連合は西にはマウリア、エウロパ、そしてサハラの境ともなっている長大かつ高いアステロイド帯があり容易にはいけない。だが北、東、南そして上下には何処までも続く空間がある。彼等はそこへ向けて常に進出しているのだ。
「最近では中央警察を建設したしな」
「はい、高い武装と機動力を持っているようですね」
「そして聞いた話によると各国の軍を統合し連合独自の軍を建設するそうだ」
「また大掛かりな話ですね」
 秘書はそれを聞いて言った。
「名目上は宇宙海賊への対策らしいがな。だが信用は出来ないな」
「はい。軍事力の拡大にはおあつらえ向きの口実です」
 秘書は声にまで嫌悪感を滲ませていた。
「我々の連中に対する備えはアステロイド帯のブラウベルク回廊にあるニーベルング要塞群だが。あちらへの備えは抜かりはないな」
「ハッ、精鋭を配置しております。そうおいそれとは陥とせるものではありません」
 ニーベルング要塞群はニーベルング星系の唯一の惑星であるニーベルングを軸としその周りに十六の人口衛星を置いた要塞群である。その人工衛星全てに強力なビーム砲を装備させておりそれぞれに無数のビーム砲座やミサイル発射管もある。
「うむ。ならば良い。確かにあの要塞群はそう易々と陥とせるものではない」
 ラフネールは後ろに手を組んで言った。
「だがあの要塞群が抜かれたなら」
 彼はここで言葉を一旦区切った。
「我等にとっては最早連合を止める手立ては無い」
 深刻な声でそう言った。秘書はそれを暗い顔で聞くだけであった。
 そのエウロパの宿敵ともいえる連合であるが今彼等はその中央政府の権限を大きくしようとしていた。
 これは二〇〇年程前からの運動であった。それまで宇宙海賊の跳梁跋扈に悩まされてきた彼等だが遂にそれを連合の勢力から追い出そうと決意したのである。
 彼等の存在は最早黙ってみているわけにはいかなくなっていた。辺境の開拓地は彼等に怯え商人達も次々に襲われた。しかも各国の複雑な境界線とそれぞれ独自の法律により治安を司る警察や軍隊も容易に動けなかった。しかも少しでも強硬手段を採ろうとすれば人権派団体がうるさかった。彼等の中には呆れたことにその海賊達との関係を噂されるような者達までいる始末であった。
 そうした事態を何とかしようという声が各国で起こりはじめた。その為には中央政府の権限を強化すべし、との意見が主流を占めたのだ。
 まずは法律からだった。中央政府の法を上位に置き各国の法よりも優先させるとした。これにより法の適用がわかりやすく適用しやすいものになった。
 次に財政である。税制を改革し中央政府に金が集まるようになった。これにより政府の機能を拡大し優れた人材が集まるようになった。
 そして次は宇宙海賊の問題であった。まずは宇宙海賊への刑罰を厳格化し、そのうえで投降してきた者には過去は問わずそれぞれの国の軍へ編入したり職をあてがうといった硬軟両方の手段を採った。これにより海賊の数は大きく減り治安は格段に良くなった。
 その上で海賊達と結託していた団体を次々に検挙し裁判にかけた。その中には市民派を気取りやたらと正義を振りかざし他者を糾弾する議院もおり皆驚いた。正義派は仮面でその正体は海賊と裏で繋がる悪党であったのだ。
 こういった輩は次々と裁判にかけられた。そして重罪を科せられることとなった。
 そしてそれと前後して中央警察が設立された。これは中央政府の管轄にある連合全体の治安を司る組織であり彼等は宇宙海賊や星系をまたにかける凶悪犯達を取り締まった。この存在がさらに治安をよくしたことは言うまでもない。
 こうした状況が二百年に渡って続いた。その歩みは遅い。これはやはり連合の多様性と各国の主権及び個性の強さからくるものであるがそれでも連合は次第に変わっていた。
 今連合の首都地球はそれまでの名目上の首都ではなくなっていた。今や本当の意味での首都となっていた。
 かって『太平洋の真珠』と呼ばれたシンガポール。今そこには中央政府の元首である大統領の官邸及び連合中央議会、そして連合中央裁判所等がある。南洋のこの都市とその周辺は千年以上経ても今尚連合の心臓部であった。
 その官邸の廊下を歩く一人の若者がいた。
 その周りには多くの秘書官や護衛達がいる。そのものものしい様子から彼がかなり高い地位にいる人物であるとわかる。
「それにしても急に呼ばれるとは」
 その若者は少し首を傾げて言った。
 長身で細い身体をしている。切れ長の目に黒い髪と瞳、アジア系独特の顔立ちである。今や混血はかなり進んでいる。とりわけ多くの多様な国家から成る連合ではそれは特に顕著である。人種問題などというものはこの時代には既に愚かな過去の遺物となっていた。
 見ればその顔だけでなく物腰からも気品が漂っている。貴公子を思わせる高貴な美貌がそれを一層際立たせている。
 歩き方もまた優雅である。本来ならば武骨である筈の黒と金の軍服も彼が着ると豪奢なものとなってしまう。
「一体私に何のご用件であろう」
「閣下でなければならないと言っておられたそうですが」
 側に控える秘書官の一人が言った。
「私でなければ、か」
 彼はその言葉に対し再び首を傾げた。
「それにしては妙だな」
 彼は今度はその整った細く綺麗な眉を顰めて言った。
「二人で話がしたいと大統領から言われるとは」
「いや、こうしたことは結構あるものです」
 秘書の一人が言った。 

 

第一部第二章 銀河の群星その三


「閣下は日本の軍務大臣なのですよ」
「そう、連合の中でもかなりの重要人物なのです」
「そう言われると何か妙な気分になるな。私は総理に大臣に任命されただけなのだし」
 三百国ある連合の中でも日本は主導的な国の一つである。アメリカ、中国、ロシア、ブラジル等と並ぶ大国であるが米中露が大昔より変わらぬ覇権主義的思考で何かと自国の利益を優先させようとし中央政府にも従わないことが多いのに対して日本は連合設立当初より中央政府に対して友好的であり忠実であった。その為他の大国に比べて他の国々からの支持も高く中央政府からも頼りにされている。
 中央政府がその権限拡大についても日本を頼りにするのは当然であった。その資金の多くも日本から得ている。そして何よりも地球の位置は日本の勢力圏の側なのである。
「つまり我等の立場は魯かな。中国の大昔の歴史の」
 若者は少し微笑んで言った。
「またえらく昔の話ですな」
 秘書の一人が苦笑して言った。
「うん。学生時代に習ったことをふと思い出したんだ」
 彼は軍務大臣であるが士官学校を出ていない。日本のとある大学を出た後軍に入り将校となった。この時代でも大学を出ている者は軍では将校となった。これは最早伝統であった。
 そして政治家であった父の後を継ぎ若干二十五歳にして日本の衆議院議員になった。多くの政策、特に軍事関係においてそれを立案しそれが所属していた保守系の政党の総裁の目に留まった。そしてその総裁が総理になるとその能力に注目した彼に軍務大臣に抜擢された。それから二年経つ。今二十八歳、政治家としてはまだまだ若いがその才とカリスマ性から将来を渇望されている。
「そういえば閣下は歴史学を専攻されていたそうですね」
「うん、やはり面白いし何かと勉強になるからな。歴史から学ぶことは実に多い」
「成程、では今から行なわれる会談についても歴史から学んだことを活かして下さいね」
 秘書の一人が少し意地悪そうな声で言った。
「大統領は中々人が悪いですから」
 別の一人がいささか冗談をまじえて言った。今の大統領は小国の一開拓民から大統領になった人物である。軍人となり宇宙海賊討伐で軍功を挙げそこから出世した。そして遂には連合の大統領となった立志伝の様な人物である。
「おい、それは失礼だぞ」
 若者は周りにいる者達を窘めた。
「連合の元首である方だ。その様に言ってはならぬ」
「ハッ、これは失礼しました」
 周りの者達はその言葉に畏まった。
「言葉は慎むべきだ。口は禍の元となる」
「そうでした」
 彼等は若者の言葉に恐縮した。
「わかってくれればいい。さて、とそろそろ閣下がおられる部屋だな」
「はい」
 一向は赤い絨毯が敷かれた廊下を進んで行く。そしてある扉の前に来た。
「お待ちしておりました」
 その前にいた黒い軍服の衛兵達が敬礼をする。見れば若者が着ている制服と同じだ。
(どういうことだ。服を変えたとは聞いていないが)
 彼はそれを見て内心そう思った。だが口には出さなかった。
「閣下はおられますか」
 彼はそれを置いておいて衛兵に尋ねた。
「中におられます」
 衛兵は答えた。そして扉を開けた。
「閣下、日本の八条義統軍務大臣が来られました」
 そして部屋の中にいる人物に対して言った。
「はい、ご苦労さん」
 部屋の中にいる人物はいささか大統領に相応しくないのではないかというようなざっくばらんな言葉で答えた。連合の言語は多くの国家から成るが一つに統一されている。英語や中国語、スペイン語、アラビア語、日本語等多くの言語が混在した結果出来たもので『連合語』と言われている。若しくは『銀河語』ともいう。アルファベットと漢字その他の文字が混在しているがわかりやすい文法と発音のしやすさ、応用力の高さで知られている。多くの国家から成る連合にとって実によくあった言語だと言われている。尚エウロパはラテン語から発生した欧州各国の言語を再び統一させた新ラテン語と言うべき『エウロパ語』を、サハラは昔ながらのアラビア語を使っている。
 銀河語はフランクな表現が多いことでも知られている。だがこの人物の言葉は特にそれが凄い。元々開拓民の出身のせいもあるが彼は飾ったことを好まなかったのだ。
 彼の名はラゴス=キロモト。前述のとおり連合の大統領である。
 ケニアの開拓民に生まれた。彼の家は開拓された広い農場を持っておりそこの九人兄弟の七番目として生まれた。彼の住む開拓星は宇宙海賊もおらず平和な状況であった。彼はこのままいけばごく普通の農民として一生を過ごしたであろう。だが子供の頃にホノグラフィテレビで見た軍人の姿を見たことが彼の一生を変えた。
 彼は早速両親に軍人になりたいと言った。両親はそんな彼に対しなりたいならまずは身体を鍛えよく勉強し正しい心を身に着けろと言った。
 彼はそれに従った。学生時代は地元の学校でスポーツに、勉学に励んだ。後輩の面倒見もよく慕われていた。
 高校卒業後彼は軍隊に入隊した。士官学校を受けたが落ちたので下士官候補生となった。これは将校への道も約束された軍では地位の高いコースであった。
 彼はそこで頭角を現わした。それを見た上官達は彼に士官学校を再度受けるよう薦めたが彼は断った。彼はまず下士官で軍を知ることを望んだのだ。
 彼は陸戦部隊となった。そこで宇宙海賊達を相手に戦勲を挙げ士官に抜擢された。そして今度は陸戦部隊の指揮官となった。 

 

第一部第二章 銀河の群星その四


 そこでも功を挙げ彼の名は軍だけでなく世の者にも知られることとなった。そして彼は少将で軍を退き連合の議員に立候補した。
 一回落選したが二回目で当選した。彼は軍で身に着けた積極的な行動力と果断な判断力を発揮し連合議会の中でも知られるようになった。政府内の要職を歴任するようになりそして遂には大統領にまでなった。
 この時六十五歳、年齢を感じさせぬ若々しい顔立ちをした筋骨隆々の黒人の巨人でありその短く刈られた髪はまるで若者のそれである。
「ようこそ、八条大臣。お待ちしておりましたぞ」
 彼は満面に笑みを称えて八条に対して挨拶をした。
「いえ、こちらこそ。お招きして頂き恐悦至極です」
 八条はそれに対し畏まった態度でいささか形式的な挨拶を返した。そしてキロモトの方へ歩み寄る。
 二人は握手をした。キロモトはそれを終えると八条に席に座るよう薦めた。
「これはどうも」
 八条はそれに従いキロモトに続き豪奢な椅子に腰を下ろした。見れば椅子だけではない。この部屋の中も白を基調とした豪奢な装飾で飾られている。
「どうでした、ここまでの旅は」
 キロモトはまずここまでの旅順について尋ねてきた。
「旅といいましても。我が国からこの地球まではすぐ側ですし」
「おっと、そうでしたな」
 キロモトはそれを聞くと顔を崩して笑った。
 口を大きく広げて笑う。豪快な笑いだ。
「では話を変えるとしましょう」
 彼は笑い終えるとニコリと笑って八条に対して言った。
「はい」
 八条は態度をあらためた。そして再び畏まった。
 それからは日本の軍事関係に対する要望であった。一言で言うならば連合の治安の為にもっと貢献して欲しいというものであった。
「それはお約束します」
 そのことは総理からも言われていた。彼は快くそう言った。
「貴国にそう言って頂くと有り難いですな」
 キロモトは笑顔でそう言った。体制が整えられてきているとはいえ連合の権力基盤はまだ脆弱である。こうした大国の支持がやはり必要である。
「そして・・・・・・」
 彼は話を続けた。後は連合及び銀河の平和と友好の発展を支持するといったこれもまたありたきりな宣言で締めくくられる普通の会談となった。
 こうして会談は終わった。八条は宿舎に帰り休息をとった。明日は明日で仕事がある。連合の要人達との会合があるのだ。
「さてと」
 シャワーを浴びた彼はガウンを羽織りベッドに向かおうとした。その時鏡の前に置いていた携帯が鳴った。
「!?」
 見れば大統領からである。一体何事であろうか。
「今後の会談の打ち合わせか」
 彼は首を傾げてそう言いながら携帯を手に取った。
「はい、八条です」
 彼は電話に出た。すると大統領の声がした。
「こんばんは、閣下。実は早急にお話したいことがありまして」
 声が普段よりも真摯なものとなっている。
「なんでしょうか」
 八条は尋ねた。勘が彼に警告していた。
「今からそちらにお伺いしてよろしいでしょうか」
「いえ、それは」
 八条はそれをやんわりと拒絶した。
「閣下は大事なお身体です。何かあっては大変なことになります。私がお伺いしましょう」
「そうですか。それではお願いします」
 彼はそう言うと電話を切った。八条は携帯を直すと背広に着替えた。
「さて、一体何の用件か」
 彼は着替え終えるとホテルの扉を開けた。そこは私服の警備員達がいた。
「済まない、今から大統領官邸に戻る。何人かついてきてくれないか」
「わかりました」
 その中から二人やって来た。彼等の中でも特に腕の立つ者達である。
 八条はこっそりとホテルを出た。従業員達にも気付かれることなく裏口から出てそれからタクシーを拾って官邸に向かった。
「わかりました」
 運転手はそれに応えるとタクシーを官邸に向かわせた。十分程して到着した。
 タクシーを降りた。そして官邸に入る。
「お待ちしておりました」
 見れば警護兵は大統領が常に側に置いている者達だ。そして大統領の首席補佐官が彼を出迎えた。それだけ見てもかなりの用心をしていることがわかる。
 補佐官に案内され官邸に入る。そして大統領の私室に案内された。
「よろしいのですか?」
 八条は補佐官に尋ねた。幾ら何でも大統領の私室に入ることは躊躇いがあった。
「はい、大統領からの直接の指示ですから」
 補佐官はそう答えた。彼はその言葉を聞いて警戒をさらに強めた。 

 

第一部第二章 銀河の群星その五


(それ程重要な話か)
 彼は意を決して部屋に入った。キロモトは妻とは大統領就任前に死に別れている。子供もいなく孤独な男やもめだ。姉の子を一人養子にしている。彼は今祖国で畑を耕しているという。
(それがあの人らしいな。あくまで素朴に飾らずに、か)
 そう思いながら部屋に入った。そこにはその当人がいた。
「ようこそ、夜分遅くに呼び出して申し訳ありません」
 キロモトは八条に対して言った。彼は背広のままである。
「いえ。それよりも重要なお話とは何でしょうか」
 八条は単刀直入に尋ねた。
「はい。実は私は今考えていることがあるのです」
 彼は八条を見据えて言った。その声は重く慎重なものである。36
「考えていること」
 八条はその言葉を自分でも言ってみて尋ねた。
「はい、今連合はこの中央政府の権限を強化する方向に動いています」
「そしてそれはかなりの成果を挙げていますね」
 八条は言った。
「そうです、中央議会及び裁判所の権限を拡大し中央警察を設立しました」
「そしてそれにより宇宙海賊と彼等と結託する者達を次々と捕らえました。これにより我が連合の治安はかなりよくなりました」
「その通りです。しかしそれだけではまだ足りません」
「と、いいますと」
 八条はそこで尋ねた。
「もう一つ、この連合をまとめるのに必要なものがあるのです」
「それは?」
「閣下も軍におられたからおわかりでしょう。連合中央政府直属の軍です」
「え・・・・・・」
 キロモトのその言葉にさしもの八条も驚いた。連合では軍はそれぞれの国が独自で持つものだからだ。
「各国の軍を統合しこの中央政府の下に置くのです。そうすれば我々のまとまりもかなり良くなるでしょう」
「それはそうですが・・・・・・」
 確かに理想としては素晴らしい。この連合が長い間人類の中で最大の勢力を誇りつつもエウロパの存在を許しサハラに何も出来なかったのはひとえにこのまとまりの悪さからであった。まず動くには各国の利害を調整せねばならずそこをエウロパに付け込まれたことが度々あった。これはブラウベルの頃から何も変わってはいない。その為外部に勢力を向けることも出来ず開拓に専念するしかなかったのだ。またその開拓も各国の利害が複雑に絡み合い思うように進まなかった。
 連合設立の時より欧州の様な強力な統率力を持つ中央政府の設立が叫ばれていたがそれは叶わぬことであった。大国の力が強く多くの国からからなりその個性がどれも極めて強い状況ではどうしても緩やかな組織になるしかなかった。またその方が大国には都合が良かったしそうした緩やかな組織に親しみを持つ者も多かった。結果今に至るのでありそして今の連合の中央への権限集中も実は批判が多い。
「確かにそれは素晴らしいことですが・・・・・・」
 八条は口篭もりつつ言った。
「我が連合のまとまりはもう充分ではないでしょうか。設立と同時に経済及び貿易は自由化され関税や市場の統合も為されています。しかも共通の通貨までありますし」
 これは既に連合の設立の頃に為されている。連合の通貨は『テラ』という。地球からとったものだ。
 しかしこれは連合に住む者なら誰でも知っているようなことだ。彼も自分で口にして何を言っているんだ、と思った。
「そして中央警察も設立された、もうそれで充分ではないかと」
 キロモトは微笑みながらその話を聞いていた。
「はい」
 八条は答えた。
「成程、確かに一理あります。今の我等の中ではそれが意見の主流でしょう」
「そうですね。我々はあくまで互いの主権や個性を尊重し合うということを何よりも重要視していますから」
 連合の特徴の一つである。エウロパやマウリア、サハラ各国に比べてこの連合では個人主義的風潮が強い。自分のことは自分でせよ、相手の個性や考えにまで口を出すな。これは構成する各国の文化や風習の違いが凄い為にそうなったことである。大国も他の国のそうしたことには口出しはしなかった。何故なら彼等の中にも様々な風習や文化がありそれを言うととんだヤブヘビになるからだ。
「ですが私の考えは違います」
 キロモトはニヤリ、と笑ってそう言った。
「連合の中で統一された軍を持つことは我々の団結をより強いものにします。そして治安や国防も考え易くなります」
「確かにそうですが」
「我々に敵がいないというのは誤りです。今は遭遇していませんが人類以外の知的生命体との遭遇も考えられます」
「はい」
 これは誰もが一度は漫画やテレビ、本、ゲーム等で見ていた。攻撃的な侵略者。一千年以上も昔から変わらない他の知的生命体からの一方的な攻撃である。
「この宇宙は広い。我々の開拓地もさらに広くなります。そうすればさらに遭う可能性は高くなるでしょう」
 それもまた以前より言われてきている。むしろ今まで遭遇しちえないこのことが奇跡なのだとも言われている。
「まだ遭ってもいない、という話は通用しません。遭ってからでは遅いのです」
「それはその通りですが」
 八条は答えた。
「それにエウロパに対しても防衛は完璧ではありません」
 キロモトは目を少し険しくさせて言った。
「といいますと!?」
 八条はこの言葉には少し面食らった。エウロパとの唯一の国境であるブラウベルク回廊にはガンタース要塞群がある。これはガンタース星系の十五の惑星全てを要塞化したものでエウロパのニーベルング要塞群をも遥かに凌駕するものである。その強化は常に行なわれており陥落させることは不可能と言われている。 

 

第一部第二章 銀河の群星その六


「ガンタース要塞群が陥とされた場合の防衛はそうなりますか?絶対に陥ない要塞などないのですぞ」
「・・・・・・・・・」
 八条は何も言えなかった。エウロパは今はサハラに目がいっている。そして彼等には侵略の意図は無い。だが外交や謀略により連合の内部を撹乱したうえでガンタースを陥落させたなら・・・・・・。連合は敗れはしないまでもかなりの被害を受けるであろう。これも以前より危惧されてきたことだ。実際にエウロパからの撹乱はこれまで何度もあり中には彼等と結託していると思われる宇宙海賊や市民団体もあった。
「そうした時に最も有効に動けるのは統一された軍隊です。今までのような各国ごとに分かれたバラバラの軍ではなく」
 今までの連合は軍人や艦艇の数こそ多いが烏合の衆と呼ばれていた。それはエウロパやマウリアのような中央からの統制が無いからだ。
「おわかりでしょう、外部からの敵に備える為我々は強力な軍を持たなければならないのです」
「はい・・・・・・」
 八条はようやく頷いた。
「しかしいざ作るとなるとかなり難しいですよ」
 彼は言った。
「反対しないまでも難色を示す国は多いでしょうし」
「それは折込済みです」
 キロモトは言った。
「何せ我々は実に多様かつ雑多な集まりですから」
 彼は笑っていた。何処か自信のある笑いだ。
「しかしですね」
 彼は顔を引き締めた。
「困難だと思われることも実際にやってみないとわからないものなのです。そして実際には意外なところに解決方法があるものなのです」
「それは!?」
 八条は再び問うた。
「例えば最初に何処かの国が参加を表明するとかね」
 彼はそう言うと八条の顔を見てニヤリ、と笑った。
「それが発言権の強い国ならなおよし」
「大統領、貴方はまさか・・・・・・」
 八条はキロモトの顔を見た。その顔には笑みが戻っていた。
「そうです、まずは貴国に参加して頂きたいのです」
 彼は単刀直入に言った。
「貴国は中央政府に対し友好的です。しかも位置は丁度この地球の側にある。そして他の国からの評判もいい」
「しかしだからといって・・・・・・」
 彼は少し口篭もっていた。
「そちらの国内世論は大丈夫だと思いますが。中央政府に対しては比較的好意的ですから」
「それはそうですが」
「総理には私からもお話しておきます。それならば問題ないでしょう」
「いえ、そういう問題ではありません」
 彼は言った。
「閣下もご存知でしょう。確かにそれで設立は出来るかも知れません。しかし軍はそう簡単にはいかないものなのです」
「といいますと?」
 彼はとぼけたふうに尋ねた。
「設立してから暫くは柱となるものが必要です。軍を主導出来るような。それから指針をつければ後はシステムが動いてくれますが」
「つまり基礎を固めるべき指導者がまず必要であると」
「そうです、これはどの組織にも言えることですが」
「成程」
 キロモトは八条の言葉を最後まで聞いて頷いた。
「それならば最適の人材がいますよ」
「誰ですか?アメリカのマクレーン提督ですか。それとも中国の劉提督でしょうか」
 二人共名の知られた人物である。軍人としてだけでなく人物の評判もいい。
「確かにあの二人も悪くはないですね。ですが」
 キロモトは言葉を続けた。
「私は彼等以上の人材を知っているのです」
「それは誰ですか!?」
 八条はまた問うた。
「今私の目の前にいる方です」
 そう言って悪戯っぽく笑った。
「な・・・・・・」
 八条はキロモトのその言葉に対し絶句した。
「貴方ならば軍を主導出来ると信じています。期待していますよ」
「閣下、冗談は止めて下さい」
 八条は言った。
「私は若輩の身に過ぎません。それに軍歴があるといっても僅かです。そのような人物に新しく生まれた軍の統率が出来ると思われるのですか」
「はい」
 キロモトは答えた。 

 

第一部第二章 銀河の群星その七


「年齢は関係ありません。貴方にはそれだけの能力があります。私はそう見ていますよ」
「そんな筈は・・・・・・」
「おっと、謙遜は止めて下さいよ。私は謙遜はあまり好きではないのです」
 彼は言った。
「日本人というのは昔から謙遜したがりますね。ですがそれは自信が無いようにしか見えないのです」
「そう捉えて頂いても構いませんが」
「貴方は日本の政治家になられてから多くの軍事関係の政策を立案されました。そしてその全てが議会を通って施行される、またはされようとしております」
「運がいいだけです。私の政策を党の同志達も国民も受け入れてくれただけで」
「その誰もが受け入れざるを得ないような優れた政策を立てられる、その能力を買いたいのです。私から見ても貴方の政策は非常に優れたものです」
「有り難うございます」
 八条は礼を言った。
「その能力を今度は新しく設立される軍で使ってみたくはありませんか?貴方ならばこの軍を正しく導く指導者になれる筈です」
「・・・・・・・・・」
「よく考えて下さい。強制はしません。しかし私は貴方の能力を高く買っておりますよ」
「はい」
 八条は答えた。実際に彼の頭の中はかなり混乱していた。
「すぐに総理ともお話させて頂きます。それまでによく考えておいて下さい」
「わかりました」
 八条は官邸を後にした。そしてホテルに帰った。
 一ヵ月後日本の総理伊藤佐知子とキロモトの会談の場が設けられた。彼女は四十を越えたばかりの美人であり政治学者出身である。学者出身とは思えぬ程実務に優れた人物でその判断力の高さでも知られている。
 この会談には八条も同席していた。彼女はこの若者を何かとよく立てていた。彼女は結婚しているが彼との関係が何かとからかわれていた。中にはこの美貌の若者を総理の燕とまで揶揄する者もいた。
 だがこれは彼女が彼の能力を高く買っていただけである。彼女は男女関係にはかなり潔癖な考えの持ち主で異性問題をことのほか嫌う人物であった。
「八条君」
 会談を終えた伊藤は後ろにいる八条に対して声をかけた。
「はい、総理何でしょうか」
 彼は答えた。伊藤は小柄なことで知られているが長身の八条と一緒にいるとそれがさらに際立つ。
「大統領からお話は聞いたわ。いいお考えだと思うわ」
 彼女は中央軍設立の話について言っている。
「私は支持したいわ。そして日本軍が最初に参加する」
「そうですか」
 彼女は賛成する、彼はそう読んでいた。だから驚かなかった。
「そして君のことだけれど」
 どことなく姉が弟に語りかけるような口調である。彼女は上に兄や姉ばかりいた。だから八条の様な存在が以前より欲しかったようなのだ。振り向いた時黒いストレートのロンヘアーが波打った。
「折角の愛弟子を手放すのは私としても非常に残念だけれども」
 彼女は八条に微笑んで言った。
「行ってらっしゃい。健闘を期待するわ」
 彼女もまた彼の本心がどうであるかをを知っていた。
「わかりました。ご期待に沿えましょう」
 彼は答えた。それで彼の一生は決まった。
 それから数ヵ月後キロモト大統領は連合中央軍の設立構想を発表した。日本は最初にその発表に支持を表明し参加を希望した。そして早速それの是非を問う選挙が行なわれ圧倒的支持を得た。日本人の連合中心主義によく合ったものであったからだ。
 無論反対もあった。だがその旗振りをしている政党の党首及び幹部があまりにも稚拙な人物であった為支持はごく一部であった。しかもこれからどうするべきか、日本人は彼等が思うよりも遥かによくわかっていたのだ。
 その党首は落選後宇宙海賊との黒い関係を暴露された。マスコミの一部は彼を擁護したがこのマスコミも以前より海賊の人権を擁護しておりその関係もネット等で知られていた。そのマスコミは結果倒産し党首共々裁判にかけられ実刑判決を受けた。彼等は最後まで己が罪を認めずこともあろうに裁判の場やテレビの前で互いに責任を擦り付け合った。世の人々はそれをおおいに嘲笑したという。
 日本の参加は大きかった。日本に同調する国家が次々と中央軍に参加を申し出てきた。三ヶ月もした頃には中央軍に参加していないのは日本以外の主導的な大国達とそれに近い国々だけとなっていた。
「その国々においても区内世論が高まっております。いずれは参加することになるでしょう」
 キロモトは笑顔で八条に対し言った。
「はい、ですが問題もあります」
 八条は顔を引き締めて言った。
「それは?」
「各国それぞれの機関です。例えば士官学校や技術班等はどうしましょう」
「士官学校はそのまま置きます。教育機関は減らさないほうがいいでしょう」
「ですね。ただし教育内容は統一させたほうがよろしいかと」
「それは当然です。学校ごとに違う教育が行なわれていたら軍の編成や統制にも支障をきたします」
 この言葉は意外だった。キロモトはそこまで考えることが出来たのだ。
(悪く言えば大雑把というイメージの強い方だったが)
 八条は彼の顔を見ながら思った。
(これは案外細かいところまで見ていてくれているな)
 そう思うとこちらもやる気が出た。 

 

第一部第二章 銀河の群星その八


「そして技術班ですね。これはどうしましょう」
「技術班は統合します。ただし削減はしません」
「何故ですか?」
「それぞれの系列で競わせてみたいです。それから新たな兵器が開発されるかと」
「成程、そうなれば今までのよりも遥かに優れた兵器が期待できますね」
 八条はそれを聞いて笑みを浮かべた。
「はい。兵器開発も一つの系統だけではあまり進歩しませんから」
「そうですね」
 これは八条にも思い当たるところが多かった。日本では軍需産業は一つの兵器は一つの産業が扱う傾向にありその質は高いが今一つ進歩が見られていなかったのだ。
「閣下、これからはさらに忙しくなりますよ」
 キロモトは彼の顔を見て言った。
「何せ未曾有の軍が出来上がるのですから」
「それは覚悟のうえです」
 彼は答えた。
「むしろやりがいがあるというものですよ」
 彼は仕事が多く困難であればある程働きたがる性質の人間であった。
「それは頼もしい。私は仕事はなるべくしたくないという考えの人間でしてね。正直貴方のような人が側にいてくれると実に有り難いのです」
「それはどうも」
 彼は特に迷惑にも有り難くも思わず答えた。自分が仕事ができればそれでかまわなかった。
「ではお願いしますよ。連合軍のこれからは貴方の双肩にかかっているのですから」
「はい」
 それからすぐ米中露においても選挙が行なわれた。そして中央軍の参加が決定された。これはそれまで何としても己が権勢を保とうと腐心してきた彼等からは思いもよらぬ行動であった。
「まあそれでも何かと口は出そうとするだろうがな。連中の考えは嫌という程わかる」
 八条は新設された連合中央政府国防省の建物の執務室で呟いた。
 その部屋はあくまで実務を優先させた質素なものである。そして彼は椅子に座り窓から見える景色を眺めていた。国防省はシンガポールに置かれていた。彼は窓の向こうに見える椰子の木を眺めていた。
「連中とは長い付き合いだ。その間にどれだけ煮え湯を飲まされてきたことか」
 彼は少し怒気を含んだ声を漏らした。
「だがそれも全て折り込み済みだ」
 彼はそう言うと席を前に戻した。
「軍がなければ金を使ってくるだろうがな。しかしそれも昔から知っている」
 彼等の経済力は他国と比べてもかなり高い。経済力あっての大国であるのだ。
「しかしそれならうちにも対処方法が充分にある」
 そう言うと机の上にあるホットラインを手に取った。一千年前のそれと比べるとかなり小型でしかも光による通信で速い。
「あ、どうも八条です」
 彼はあるところに電話をかけた。
「はい、お久し振りです。一つお願いしたいことがありまして」
 彼はそうやら知り合いに電話をかけているようだ。
「そうですか、ご協力して頂けますか。感謝いたします」
 彼は電話からの返事を聞いて笑みを浮かべた。
「それではお願いします。あ、よろしいですよ、礼なぞ。お互い様ですから」
 彼はそう言うと電話を切った。そして来客を出迎えた。
「・・・・・・八条君も頑張っているみたいね」
 伊藤は首相官邸の自分の執務室で電話を切ると小さい声で言った。 

 

第一部第二章 銀河の群星その九


「それにしても彼等を経済面で牽制して欲しい、か。難しいことを言ってくれるわ」
 彼女は微笑みながら言った。
「けれどやるわね。軍事以外のところから攻めようと考えられるなんて。流石は私の愛弟子」 そう言うと再び電話を手に取った。
「もしもし、私だけれど」
 彼女は部下に電話をかけた。
「すぐに経済産業省と財務省、そして通産省、あと内閣調査局長官を呼んで。至急に話したいことがあるの」
 こうして首相官邸に三人の大臣が入った。
 それから暫く後米中露等を中心に金権スキャンダルが起こった。連合議会に対する不正献金疑惑だ。疑惑は疑惑であり確固たる証拠は遂に見当たらなかったがこれにより軍に対して悪い意味で何かと干渉しようとしていた中央議会の議員達は大人しくなった。
「一歩間違えたら軍部の横暴と言われかねないところよ」
 伊藤は日本に会談にやって来た八条に対して言った。
「それは私も危惧していましたよ」
 彼は微笑んで言った。このような話をする時でも気品を漂わせる笑みだ。
「しかし我が軍の最高司令官は紛れもなく大統領にありますから。それに対し侵害を計るような連中こそ問題でしょう」
「確かにね。もう連合軍は彼等の軍じゃないのだから」
 伊藤はそれを聞いて言った。
「軍の指揮権は確立されておかねばなりませんから。まあだからといって統制されなくてよいというものではありません」
「それは正論ね。文民統制、かなり昔からある言葉だけれど」
「私もこうやって軍服は着ていますが身分上は紛れもなく文民ですからね。しかしそれに付け込んで軍を自分達の意のままにしようとするのは見逃せません」
「けれど連中はそう簡単には諦めないわよ」
「でしょうね。議会は相変わらず大国の利害の衝突の場という一面がありますから」
 これはなかなかなおりそうにもなかった。議員がそれぞれの国から選ばれる以上仕方ないところもあった。
「政党よりも地域、というところがあるわね。我が国から出ている議員達もそうだけれど」
 伊藤は渋い顔をして言った。
「我々の弱点ですね。それがよいところでもあるのですが」
 長所が短所、というわけである。連合の多様性は時としてまとまりの悪さとなるのである。
「キロモト大統領も苦労しておられますよ。自分の政党の者達を説得するのが最も大変だと」
 政党にいる政治家達も各国ごとに入り乱れている。政党よりもその国の有力な議員の主張に賛同する傾向があるのだ。
「こういったところはアメリカや中国が羨ましいですよ。緩やかな連邦制なのに政党政治はとりあえずまともに機能しているのですから」
「それを言ったら我が国や台湾の方が普通の政党政治になってる気がするけれどね」
 アメリカや中国はそれぞれの星系の主張が強く選ばれる政治家もその星系の代表であるという意識が強い。政党は選挙の時だけ集まるといった形式である。
「それでも中央議会よりはましかと。とにかく機能しないのですから。その癖自分達の国の主張は無理矢理にでも通そうとしますし」
「それはもう強力な指導者がそれぞれの政党に出て来るしかないかもね」
 伊藤は八条の顔を見上げて言った。
「しかし一千年以上出てきませんでしたからね。今都合良く出て来るとは」
「あら、それはわからないわよ」
 彼女は微笑んで言った。
「人材は時代が必要とされる時に出て来るから。今までは別に国同士で喧々囂々やってても問題はなかったでしょ」
「それは異星人もエウロパやマウリア以外はこれといった対外勢力もありませんでしたから」
「けれどこれからは異星人がいるかも知れない。まあもう暫くは大丈夫でしょうけど」
 連合の辺境と異星人がいると推測される星系からは今数十万光年離れていると言われている。当分は安心だ。
「それに今は中央の力が強まり連合もまとまりを持とうとしている時だもの。ひょっとしたら出て来るかも知れないわよ」
「そんないうまくいきますかね」
「そんなことを言ったら連合軍だってこんなにすぐ出来なかったでしょ」
「それはそうですが」
 伊藤の話は後に見事に的中することになる。だが今はそれを誰も知らない。
「今君は連合軍の骨格を作ることを考えなさい。そして連合軍を本当の意味での私達を守る軍隊にしてね」
「わかりました」
「よろしい」
 伊藤は八条の返答に対し微笑みで返した。そして二人は別れ休息をとった。だが時間には休息はない。時代は刻一刻と動き続けていた。 

 

第一部第三章 海賊征伐その一


                  海賊征伐
 カッサラ星系を制圧したオムダーマン共和国はこの星系に軍事基地の建設を開始した。そしてアジュラーン大将率いる駐留艦隊を置きサラーフ等に備えた。
「確かにカッサラ星系を得たのは大きいな」
 アッディーンは自分の艦の艦橋にあがりつつ言った。
「そうですね。カッサラは交易の中心地でありますから」
 隣にいるガルシャースプが答えた。
「この地から得られる収入も莫大なものですが軍事的に見ても西方の要地ですし」
「そう。この地からサラーフやミドハドを攻めることも出来る。今我々は軍事的に見てかなり有利な状況にある」
「はい。これにより西方の小勢力が我々に帰参したいと申し出ておりますよ」
「いいな。戦わずしてその国力を併合出来るのだから」
 アッディーンはその話を聞いてニヤリと笑った。
「艦長は別に戦うのがお好きではないのですか?」
 ガルシャースプは彼のその笑みを見て言った。
「いや、そういうわけじゃないけれどな」
 アッディーンは答えた。
「ただ無益な戦いはしないにこしたことはない。無意味に血を流してもそれは無駄というものだろう」
「成程、それは良いお考えです」
 ガルシャースプはそれを聞いて言った。
「今俺達が従事している任務にしろそうだ。相手が降伏してくれればそれに越したことはないがな」
「そうですね」
 彼等は今カッサラ星系近辺に跳梁跋扈する宇宙海賊掃討の任務についていた。彼等は星系周辺にあるアステロイド帯に隠れ商人達を襲わんと常に息を潜めているのだ。
 彼の艦を長として巡洋艦五隻、駆逐艦十隻がその任にあたっている。彼等は周辺を哨戒しながら海賊達を探している。
「何処かおかしなところはないか」
 アッディーンはレーダー手に対し問うた。
「今のところはありません」
 レーダー手は答えた。
「そうか。奴等にとってこの辺りは遊び場のようなものだ。警戒を怠るな」
「ハッ」
 レーダー手は敬礼した。そして任務に戻る。
「そろそろ出て来る頃だろうがな」
 アッディーンは目の前に映し出されているモニターを見上げながら言った。
「だが一体何処から出て来るか」
 そのモニターには複雑なアステロイド帯が映し出されている。
「わかりませんね。ここの何処かに息を潜めているのは確かですが」
 ガルシャースプもモニターを見ながら言った。
「こんなことなら空母も連れて来れば良かったな。やはり航宙機の索敵能力は頼りになる」
「そうですね。しかし今更言ったところでどうにもなるわけではありません。今空母は余分に戦力を割けない状況にありますから」
「そうだったな。基地の建設が早く終わればいいんだが」
 今駐留艦隊の空母はその殆どを惑星防衛にあてている。今攻撃を受けたらもともこもないからだ。
「しかしだからといって退くわけにもいくまい。各艦からの報告はあるか」
「ハッ、今来ました」
 通信士が答えた。
「来たか。何処からだ」
「巡洋艦ムスタファからです」
 この艦は艦隊の先頭を進んでいる艦である。
「よし、何と言っている」
「前方のアステロイド帯のところに識別不明の艦隊反応があり、その数三十だそうです」
「来たな」
 アッディーンはその報告を受けて言った。
「あそこだな」
 彼はモニターに映るアステロイド帯を見て言った。
「他の場所には反応はないか」
「はい、一切ありません」
「よし、やるぞ」
 彼は不敵に笑って言った。
「各艦に伝えよ。駆逐艦部隊はアステロイドを大回りし奴等の後ろに回り込め。巡洋艦部隊は俺と共に奴等の正面に移動する」
「わかりました」
「いいか、見つかるなよ。一瞬で勝負を着けるからな」
「ハッ!」
 彼の言葉に従い艦隊は二手に分かれた。駆逐艦部隊は敵が隠れていると思われるアステロイド帯を大きく回り敵の後方に向かった。アッディーンは巡洋艦達と共に敵の前に向かった。
「お頭、オムダーマンの奴等が来ましたぜ」
 見ればかなり旧式の艦である。軍からの横流し、若しくは普通の船に無理矢理武器を備え付けただけのものである。しかし彼等は何ら臆するところはなかった。
「ヘッ、遂にきやがったか」
 お頭と呼ばれたその下品な顔立ちの男は下卑た笑いを浮かべて言った。
「正規軍だか何だか知らねえがここは俺達の縄張りなんだ。調子こいてるとどうなるかその身体で教えてやるぜ」
 彼はそう言うと周りの者達を配置に着けさせた。
「いいか、最初が肝心だ」
 彼は部下達に言った。
「まずは徹底的に痛めつけてやれ。そうすれば連中も俺達に手を出さなくなる」
「へい」
 手下達はそれに答えた。
「来たぜ、一気にやるぞ」
 アッディーンの艦隊が接近してきた。彼等は攻撃準備を整えた。
「お頭、来やしたぜ!」
 レーダー手がそれを見て叫んだ。見ればかなり旧式のレーダーである。
「よし、行くぜ!」
 海賊達はアステロイドの影から一斉に襲い掛かろうとした。だがそれより先にアッディーンの艦隊は攻撃を仕掛けて来た。
 既に主砲をこちらに向けていたのだ。その斉射が彼等を襲う。
 

 

第一部第三章 海賊征伐その二


「うわっ!」
 たちまち艦を貫かれる。そして何隻かは光に包まれた。
「クソッ、読んでやがったのか!?」
 衝撃で倒れた頭は起き上がりながら前を見て叫んだ。
「だが構うことはねえ。数はこっちの方がずっと上だ。一気にやっちまえ!」
 だがその時だった。後ろからも激しい衝撃が襲った。
「今度は何だっ!」
 彼は叫んだ。レーダー手がレーダーを見つつ青い顔で叫んだ。
「後ろからも来ました、光子魚雷を撃って来ました!」
「何っ!」
 見れば駆逐艦部隊がいた。魚雷を放ち終えた彼等はそのまま突っ込んで来る。
「そろそろいい頃だな」
 アッディーンは彼等が前後からの思わぬ攻撃でうろたえているのを見て言った。
「あれを出せ」
 信号手に対して言った。
「わかりました」
 彼は答えた。そして信号を出した。
「お頭、向こうから信号が来ました」
「何!?」
 彼は頭から血を流しながらもその信号を見た。それは降伏勧告であった。
「・・・・・・どうします!?」
 手下達は彼の顔色を窺いながら尋ねた。
「どうするって言われても・・・・・・」
 見れば命は保証し自軍に編入するとある。悪い条件ではない。
「食いっぱぐれねえみてえだしここは大人しく従ったほうがいいだろ」
 こうして彼等は降伏した。そしてカッサラ星系に連行されそこで正式にオムダーマンの軍隊に編入された。
 海賊達は次々とオムダーマン軍に加えられていった。彼等の艦艇は旧式なものや民間のものを改造したものばかりであったので全てオムダーマンのものに替えられた。そしてその艦艇に適応する為の訓練が施された。
「飲み込みが早いみたいだな」
 アッディーンは彼等の訓練を見て言った。
「元々船に乗っていましたからね。もっともそれを見込んで編入しているのですが」
 隣にいるガルシャースプが答えた。
「とりあえずこの辺りの海賊達はこうして編入していったほうがいいな」
「はい。かなりの戦力になりますよ」
 アッディーンの海賊討伐は続いた。やがて戦う前に帰参する者も現われやがてカッサラ星系のほぼ全ての海賊達がオムダーマンの軍門に降った。
「討伐は完了しました」
 アッディーンは司令室にいるアジュラーンに敬礼して報告した。
「早いな」
 彼はそれを聞くと微笑んで言った。
「はい。後半は自ら帰参してくる者ばかりでしたので」
 アッディーンは無表情で答えた。
「こちらの損害も殆どないしな。まさかこれ程うまくいくとは思わなかった」
「いえ、私はこうなると予想しておりました」
「ほう、何故だ」
 アジュラーンは問うた。
「海賊といっても装備は粗末なものばかりです。そして彼等はそれぞれ分散しておりました。地形に気をつければどうということはありません」
 彼はやはり表情を変えなかった。
「大した自信だな。それを実践するとはより凄いが」
 アジュラーンはそれを聞いて言った。
「だが貴官のおかげでこの星系の治安はかなり良くなった。そして軍も強化された。これは私からも礼を言おう」
「有り難うございます」
 アッディーンは敬礼して答えた。
「その功により貴官は准将になった。今日首都から連絡があった」
「私が准将ですか」
 彼はそれを聞いて思わず口にした。
「どうした?嫌なのか」
 アジュラーンはそれを聞いて悪戯っぽく口に笑みを浮かべた。
「いえ」
 アッディーンはそれを否定した。
「私も上級大将になった。ここに駐留する艦隊の規模も大きくなったしな」
「おめでとうございます」
「うん。そしてアッディーン准将、君は戦艦アリーの艦長の任を解くことにした。そして分艦隊の指揮官になってもらう」
「分艦隊のですか」
「そうだ。高速機動部隊を率いてもらう。戦いにおいては先鋒を務めてもらう。どうだ、やってくれるか」
「喜んで」
 彼は答えた。こうしてアッディーンは准将に昇格し分艦隊の指揮官に就任した。艦隊はアジュラーンの言葉通り高速戦艦及び高速巡洋艦から編成される部隊でありその数約千隻。小規模ながら精鋭揃いの艦隊であった。
「旗艦はアリーのままですね」
 新たにアリーの艦長となったソホラープ=ムラーフ大佐がアリーの艦橋においてアッディーンに問うた。歳は三十代後半といったところか。黒い髪に濃い顎鬚を持っている。
「ああ。この艦の速度はかなり速いしな」
 アッディーンはそれに対し答えた。
「それに電子設備もこの艦が一番いい。特に問題はないだろう」
「はい」
 ムラーフはそれを聞き答えた。
「それでは早速訓練を開始するとしよう。敵は待ってはくれないからな」
「了解」
 そしてアリーは港を後にした。その後ろを彼が率いる千隻の艦隊が従っていた。

 サハラ西部は多くの勢力が入り乱れている。大小合わせて七つ程だがその中でも大きい勢力は三つ程である。
 一つはサラーフ王国。西方の約半分を占めるこの地域最大の勢力である。その国力は高くサハラにおいてもかなり強大な勢力である。
 そしてアッディーンがいるオムダーマン共和国。第三勢力であったがカッサラ星系を手に入れたことによりその勢力はかなり強くなっている。今や第二勢力とさえなりつつある。
 その第二勢力がミドハド連合である。それぞれの星系の政府から成る連邦国家でありカッサラ星系から見て東にある。領土はそれ程広くはないが星系はそれぞれ豊かであり人口も多い。とりわけ資源が豊富なことで知られている。
 彼等もまたカッサラ星系を巡って争ってきた。そしてサラーフやオムダーマンと血みどろの戦いを繰り広げてきたのだ。彼等の艦艇はそれ程優秀ではないが数が多くそれによる物量戦と空母を使った戦いを得意としている。
 だがそれはオムダーマンには通用してもサラーフには通用しない。何故なら数は向こうの方が多いからだ。そして今その国力をオムダーマンに抜かれようとしていた。
「やはりカッサラ星系が連中の手にあるのが大きいな」
 ミドハド連合主席であるイマーム=ハルドゥーンは補佐官が持って来た資料を見て顔を顰めながら言った。
 六十を越えたばかりの白髪の老人である。ミドハドで二番目に大きな惑星に生まれ官僚になった。そして政治家に転身し国の要職を歴任した後選挙に立候補し主席に選ばれた。温和な外見とは裏腹に中々の策士と言われている。
「はい。しかもオムダーマンはあの星系に軍事基地を建設しようとしております」
 補佐官は彼に対して言った。
「その基地の建設は今どの位進んでいる?」
 ハルドゥーンは問うた。
「情報部の話ですと六、七分位とか」
 補佐官は答えた。
「そうか。破壊するのなら今だな」
 彼はそれを聞いて言った。
「といいますとやりますか」
 補佐官は再び問うた。
「当然だ。今手を打たないと厄介なことになる。すぐに艦隊を出動させよ」
 彼は席を立って補佐官に対して言った。
「わかりました。すぐに第一艦隊及び第二艦隊を出撃させます」
「よし。数では負けてはいない。すぐにカッサラをこの手に収めるぞ」
「はい」
 こうしてミドハド連合はカッサラ星系に兵を進めた。それはすぐにオムダーマンにも伝わった。
「やはり来たな」
 アジュラーンは司令室でその情報を聞いて呟いた。
「すぐに迎撃に向かいましょう」
 側にいた参謀はすぐにそう進言した。
「よし。動ける艦艇は全て出撃する。すぐに全軍に知らせよ」
「了解」
 参謀はそう言って敬礼した。
「数は向こうの方が多い。気をつけねばな」
「はい。敵は二個艦隊でこちらに向かっているようです」
「そうか。そして何処から来るのだ」
「ミドハド領からまっすぐにこちらに向かって来ております」
「数を頼んでそのまま来るか。あそこにもアステロイド帯があったな」
 アジュラーンは壁にかけてる星系の地図を見ながら言った。
「はい。ここでも特に複雑な場所です。しかも磁気嵐が出ております」
「そうか。ならばアステロイド帯と磁気嵐の間に布陣するとしよう」
 彼はニヤリと笑いながら言った。
「あとアステロイド帯には機雷を撒いておけ。あそこから突破されると面倒だ」
「ハッ」
「司令、よろしいのですか?」
 別の参謀がアジュラーンに対して問うた。
「何がだ!?」
 アジュラーンは彼に顔を向けて問うた。
「その布陣ですと正面からぶつかることになりますが」
 敵はまっすぐにこちらにやって来ている。その正面に布陣する形となっているのだ。
「それか」
 彼はそれを聞いて再び笑った。
「我が軍は一万隻、兵士数にして約百万。敵は二万隻、約二百万です。正面からぶつかるには不利かと」
「そうだな。正面から挑んではならん相手だ」
 アジュラーンはまるで他人事のように言った。
「だがそれは普通にやった場合だ」
 彼は不敵に笑って言った。
 こうしてカッサラ星系を巡るオムダーマンとミドハドの戦いが開始された。オムダーマンはアジュラーンの考え通り磁気嵐とアステロイド帯の間に布陣しミドハド軍を待ち構えた。
「アッディーン准将の方の準備は整っているか」
 アジュラーンは旗艦の艦橋において参謀に対し問うた。
「ハッ、既に布陣を終えているとの報告がありました」
 参謀の一人が敬礼して言った。
「そうか。ならば良い」
 アジュラーンはそれを聞いて微笑んだ。
「この戦いは彼にかかっているからな」
 やがて前方にミドハド軍が姿を現わした。
「来ました。数は約二万です」
「予想通りだな」
 アジュラーンはオペレーターの言葉を聞いて言った。
「正面から突っ込んで来ますね」
 参謀はモニターに映る敵陣のコンピューターグラフィックを見ながら言った。
「うむ。しかも巡洋艦や駆逐艦に護衛された空母が主力だ。これも予想通りだな」
 ミドハド軍の得意戦法である航宙機を使った戦術で来るようだ。
「良いか、こちらは守りを固める。対航宙機防衛に重点を置け。まずは徹底して防御する」
「ハッ」
 参謀達はそれを聞いて敬礼した。
「充分に引き付けろ。そうすればおのずと勝機が見える。我等が動くのはそれからだ」
 敵軍が戦艦の射程内に入った。こうして戦いが開始された。
 まずは両軍の一斉射撃で始まった。個々の艦の火力に勝るオムダーマン軍は二倍以上の兵力を向こうに回しながらも敵軍に少なからずダメージを与えた。
「だがそれは計算通りだ」
 ミドハド軍第一艦隊司令官であるスールフ大将は不敵に笑ってそう言った。
「数ではこちらの方が上だ。気にせずどんどん進め」
 彼は部下達に対して言った。艦隊はその言葉を受けて前へと突き進む。
 やはり数がものをいった。オムダーマン軍の攻撃をものともせずミドハド軍は接近して来る。 

 

第一部第三章 海賊征伐その三


「よし、今だ!」
 ミドハド軍は航宙機を発進させた。
「来たな」
 それはオムダーマン側も予想していた。こちらも航宙機を出す。
「良いか、砲座との連携を忘れるな」
「了解」
 航宙機は次々と飛び立つ。そして星の海の中で格闘戦を開始する。
「やはり数が多いな」
 オムダーマン軍のパイロットの一人が敵の航宙機の部隊を見て言った。
「良いか、決してこちらの砲座の射程からは出るなよ。あくまで連携して敵を倒せ」
 そこに部隊指揮官から通信が入った。
「了解」
 彼等は散った。そして敵に向かって行く。
 戦いは五分と五分だった。数の劣勢を航宙機と砲座の連携で補うオムダーマンに対しミドハドは数とパイロットの個々の能力で戦う。
「やはり航宙機の扱いは向こうの方が上か」
 アジュラーンは戦局を見詰めながら言った。
「はい。やはり彼等に一日の長がありますな」
 参謀の一人が答えた。
「こちらの損害は次第に増えております。このままいくと敵に押し切られるかと」
 その通りであった。やはり数の差が大きくものを言っていた。
「そうだな。ここままいくとだな」
 アジュラーンはモニターを見て呟く様に言った。
「だがこれも計算通りだ」 
 そう言うと不敵に笑った。
「そろそろ頃合いですね」
 アステロイド帯の機雷が撒かれていない場所に彼等はいた。
「ああ。どうやら敵さんはこちらの存在には全く気付いていないようだな」
 アッディーンはガルシャースプに対して答えた。
「よし、それでは全軍動くぞ」
 彼は部下達に対して令を下した。一千隻の艦隊がそれに従いアステロイド帯から姿を現わした。
「今から敵の後方に回り込む。そして一斉攻撃を仕掛けるぞ」
 艦隊はアッディーンの言葉に従い全速力で動く。
 敵軍はまだ気付いてはいなかった。彼等はその真後ろに達した。
「よし、今だ。全艦突撃!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされた。艦隊は矢の様な速さで突撃を開始した。
「後方に敵軍発見!」
 ミドハド軍のオペレーターの声は悲鳴そのものであった。
「何っ、まだいたのか!」
 後方で指揮を執っていたミドハド軍第一艦隊司令官はそれを聞いて思わず声をあげた。
「こちらにまっすぐに突っ込んで来ます。その数一千隻!」
 それは彼のいるところに突撃してきている。彼はそれを見て蒼白となった。
「いかん、何としても食い止めろ!」
 彼は絶叫した。
「駄目です、間に合いません!」
 そこに一斉射撃が襲い掛かった。司令の乗る旗艦は七条の光の帯を浴び爆発四散した。
 これで第一艦隊の指揮系統は混乱状態に陥った。アッディーンが率いる一千隻の艦隊はそのまま敵軍の中に踊り込んだ。
「よし、周りは敵しかいない。撃って撃って撃ちまくれ!」
 彼の指示が下る。艦隊は周りを手当たり次第に撃つ。そして光の爆発が辺りを包む。
 敵軍は混乱状態に陥った。今まで戦いを有利に進めていたのが嘘の様であった。
 それは前線においてもそうであった。自らの後方が混乱状態にあるのを知り彼等は浮き足立った。
「アッディーン准将、上手くやりましたな」
 参謀の一人が混乱する敵艦隊を見て言った。
「ああ。またやってくれたな」
 アジュラーンはそれに対して答えた。
「よし、今こそ勝機だ。一気に攻勢に転ずるぞ!」
 彼は全軍に対して指示を出した。
「全軍総攻撃だ!」
 オムダーマン軍は一気の攻勢に転じた。まずは浮き足立っていたミドハド軍の航宙機部隊が餌食になった。
「さっきまでよくもやってくれたな!」
 彼等はオムダーマン軍の航宙機と砲座の集中攻撃により次々と撃ち落とされていった。そして次はその母艦である空母、そしてやがて敵中央にまで進んでいく。
 それと呼応してアッディーンの艦隊も行動を速めた。一度敵艦隊を突き抜け再び後方に出る。
 今度は敵第二艦隊司令部に襲い掛かった。下からミサイルを浴びせる。
「いかん、かわせ!」
 第二艦隊の司令官は必死に命令する。だが間に合わなかった。彼は乗艦と運命を共にした。
 戦いは何時しか一方的なものとなっていた。ミドハド軍の艦艇は次々に沈められオムダーマン軍は敵軍を所々で寸断し各個撃破していった。
 やがてミドハド軍は壊走を開始した。皆それぞれ散り散りとなり戦場を離脱する。
「追いますか」
 それを見た参謀の一人がアジュラーンに対して問うた。
「当然だ。この際徹底的に叩いておく」
 彼は答えた。そしてそれがミドハド軍に止めを刺した。
 ミドハド軍は尚も攻撃を受け続けた。そして戦場に残るのはオムダーマン軍だけとなった。
 こうして戦いは終わった。劣勢にあったオムダーマン軍の知略による大勝利であった。
 参加戦力はオムダーマン軍百万、艦艇一万隻、ミドハド軍二百万、艦艇二万隻であった。損害はオムダーマン軍が一割強であったのに対してミドハド軍のそれは三割を越えていた。しかも両艦隊の司令まで戦死するという致命的なものであった。
 すぐに両国の間で停戦交渉が開始された。これによりオムダーマンは二つの星系の割譲とミドハドからの多額の賠償金を手に入れた。そしてそれにより小勢力二ヶ国がオムダーマンに帰順を申し出て来たのだ。これによりオムダーマンは西方で第二の勢力となった。
「とりあえずはいいことづくめだな。やはり勝利というのは気持ちがいい」
 アッディーンはムラーフと共に司令室に向かいながら上機嫌で話している。
「ですね。これで我々は西方で第二の勢力となりましたし」
 ムラーフも機嫌がいい。
「そうだな。あとは今回の勝利と得たものをどう生かすかだ」
「それですね。二つの星系を手に入れたのはやはり大きいです」
 カッサラ星系に隣接する二つの星系は豊かなことでも知られているのだ。
「そうだな。これから暫くの我が国の動きが西方の運命を決定するかもな」
 アッディーンは考える顔をして言った。
 司令室に来た。あくまで実務を重視した簡素な部屋にアジュラーンだけがいた。
「おお、よく来てくれたな」
 彼はアッディーンの顔を見て微笑んだ。
「閣下のお招きに応じ参りました」
 アッディーンは彼に対し敬礼して言った。
「うむ。今度の戦いのことでだが」
 彼はアッディーンを見詰めながら言う。
「君は少将となった。そして新たに新説される艦隊の司令官となった」
「私が艦隊司令ですか?」 
 アッディーンは思わず問うた。
「そうだ。艦隊といっても新設されたばかりでその規模は他の艦隊の半分程度だが」
 オムダーマンでは艦隊司令になるのは本来では中将以上とされているのである。
「そうですか。しかし艦隊司令に任命されたのは嬉しいですね」
「そうだろうな。最もやりがいのある仕事と言われているからな」
 アジュラーンは笑って言った。艦隊司令はオムダーマン軍の中では特に人気のあるポストなのである。
「さて、早速だが君に任務がある」
「何でしょうか」
 彼は問うた。
「君はカジュール公国についてどう考える」
 カジュール公国とはカッサラ星系にある小国である。西方では最も勢力が小さいがミドハドと友好関係にありそれにより国を保っている。いわば属国である。
「カジュールですか」
 彼はその名を聞いて思案した。
「これは私の仮定ですが」
 彼はそう前置きして話しはじめた。
「今後ミドハドとことを構える場合何かと邪魔な存在になると思います。それにあの地を押さえればミドハドに侵攻する際に二方向から攻めることが出来るようになり我等にとって好都合かと思います」
「ふむ、君はそう思うか」
 カジュールの兵はあまり多くはない。規模にしてオムダーマンの一個艦隊程度である。だがその後ろにはミドハドがいる。
「実はカジュールに侵攻しようという考えが軍の上層部から出ているのだ」
「よいお考えかと。ミドハドの兵が引き揚げている今は絶好の機会です」
「だが我々も余分な兵はない。サラーフの存在もあるしな」
 サラーフは今先の敗戦の借りを返そうと画策している。特にこのカッサラ星系を虎視眈々と狙っていた。
「だが君の艦隊だけは別だ。新設されたばかりだしな」
「はい」
 彼は答えた。そしてアジュラーンが何を言わんとしているか察した。
「今回のカジュール侵攻には君の艦隊にやってもらおうという話になっているのだ」
「失礼ですが閣下」
 彼はアジュラーンに対して口を開いた。
「カジュールは確かに小国です。しかしその軍の規模はわが軍の一個艦隊程度はあります。流石に半個艦隊では相手をするのは難しいかと」
「それはわかっている」
 アジュラーンは彼を見て言った。
「それにかの国にはその地形を利用した多くの軍事基地があります。攻略は容易ではありません」
「そうだな」
 彼は何かを待っているような態度である。
「それだけに攻略には時間がかかります。そして時間がかかればミドハドがやって来るでしょう」
「その通りだ。だが君にも何か考えがあるだろう?」
 アジュラーンは彼の顔を微笑みながら見て言った。
「そうでなければこの計画を支持したりはしない」
「はい、あります」
 アッディーンは答えた。
「では聞かせてもらおうか。その案を」
「はい、まずは・・・・・・」
 アッディーンはアジュラーンに対して自分の考えを話しはじめた。そして一時間後彼は司令室を後にした。
 二日後新設されたばかりのアッディーンの艦隊は出撃した。そしてカジュール公国に向かって進軍を開始した。 

 

第一部第四章 若き獅子その一


                  若き獅子
 サハラは多くの勢力に別れている。オムダーマンのある西方は大小七つの勢力に分かれており南方はそれ以上の多くの小勢力がある。東方にはサハラ最大の勢力であるハサン王国とその属国達がある。そして北にも別の勢力が存在している。
 サハラ北方にはエウロパが植民地を形成していた。人口増加に悩む彼等はこの地が多くの小勢力に分裂しているのに乗じ侵攻しその地を奪ったのだ。それはこの地のおよそ七割に達していた。そしてそれは日増しに伸張していった。北方の国々はその勢力拡大に怯える日々であった。
 無論これはこの地に住んでいた者にとっては迷惑以外の何者でもない。彼等は住むところを追い出され東方に流れるか遠い連合に逃れるかしていった。中にはエウロパの者に仕える者もいたがその様な者はサハラの恥とされた。
「だがこれも我々が生きる為に仕方のないことだ」
 赤と黒、そして金の豪奢なエウロパの将校の軍服に身を包んだ長身の青年が白亜の宮殿の中を進みながら行った。
「そうでなければ我等はこれ以上の人口を養えぬ」
 彼はその豊かな金髪をたなびかせながら言った。
 立派な体格をしている。引き締まっているが筋肉質ではない。瞳は青く湖の様である。その顔はまるで古代ギリシアの彫刻の様に整っている。彫りは深く鼻は高い。そして青い目は大きく唇は地球産の薔薇の様に紅い。
 彼の名をヴォルフガング=フォン=モンサルヴァートという。ドイツの有力な貴族である名家の嫡男として生まれた。幼い頃より活発で頭の良い子供として知られ長じて士官学校に進んだ。そして卒業後このサハラに赴任となり今まで大小無数の戦いを経てきた。そして若くして大将に任命されている。性格は勇猛で名誉を重んじる。そして苛烈にして清廉な人柄の持ち主と言われている。この地のエウロパ軍の柱とさえ称えられる若き名将である。この時二五歳、その武勲は歳に反比例してあまりにも高いものであった。
 この白亜の宮殿は彼の屋敷である。元々裕福な家で生まれ育った彼であるがこの宮殿は特に気に入っていた。
 かってはこの地を治めていた王の宮殿であったという。だが彼の国はエウロパに滅ぼされ王は東方に逃れていった。言うならば彼は奪い取った家に住んでいるのだ。
「サハラの文化は私には合わないと思っていたが」
 彼は側に従う美しい侍女に対して言った。
「この宮殿は別だな。実に素晴らしい」
 見れば内装は全てかつて欧州でその絢爛さを称えられたロココ様式である。煌びやかでありかつ装飾は様々な形であった。
「こうした宮殿に住むのは征服者の特権だと連合の者達は言うが」
 彼は連合政府に対して激しい敵意を持っていた。
「あれだけ豊かな領土と無限の資源があれば何とでも言える。我々にはそれがないのだ」
 彼は連合は自分達が豊かであるからそう言えるのだと考えていた。そしてそれはある意味において真実であった。
「我々には限られた土地と資源しかない。そんな状況ではこうするしかないのだ」
 エウロペは半ば追い出されるような形で今の星系にやって来た。この地は比較的豊かであり彼等は最初はこの地に進出出来たことを多いに喜んだ。
 だがそれは暫くの間だけであった。彼等がいる場所は北と西は何千、何万光年もの間何もない場所であった。恒星も何も無い。ただただ拡がる暗黒の空間があるだけであった。
 そして東は広く高く厚いアステロイド帯に阻まれている。ここは磁気も激しく彗星までが乱れ飛んでいる。変光星や超惑星、赤色巨星、ブラックホール等がひしめいていた。しかも全域に渡って重力も異様なものであった。それは事実上連合とエウロパを阻む壁であった。これは連合とマウリア、サハラとの境にもあったがエウロパの側にあるこれは一際長く高く厚いものであった。
 唯一の回廊には相互に要塞群を置いている。互いの侵攻を阻む為だ。そこからは誰も行き来することなど出来はしなかった。
 そうした閉塞した状況に彼等はあった。そんな彼等が多くの勢力が林立している南方のサハラに進出するのは当然の成り行きであった。
「スペースコロニーなどたかが知れているしな」
 エウロパにはスペースコロニーも多い。だがこれはかかる費用や資源の割には収容出来る人員が少なく甚だ不経済な代物であった。
 コロニーは巨大なものは作れない。技術的には可能でも資源がそれを許さなかった。コロニーを建造するよりも惑星を開発し居住可能にする方が余程効率が良かった。
 しかしエウロパにはそれが可能な惑星は残されてはいなかった。元々狭く惑星も一つ一つは豊かだが数は少ない。そして資源についてもそれは同じであった。
 連合の様に何処までも続く開拓地など無い。彼等はその狭い領土で人口を何とか抑制してその勢力を保っていた。
「連合の人口が三兆を越えているというのにな。我々は長い間一千億で抑制せざるを得なくなっている」
 それはエウロパにとって致命的な弱点となっていた。彼等は経済力、技術力において連合と比肩していたが人口において大きく水を開けられその国力差は覆せないものとなっていたのだ。
 だが連合がまとまりに欠くうちはそれでも気にならなかった。しかしここ二百年の流れは連合の中央集権に傾いていた。
「だが今までは特に気にする段階ではなかったのだ」
 しかしこの前遂に中央軍が設立された。各国の軍を連合中央政府の下に統合して置いた連合の統一軍である。
「奴等が中にいるうちはまだいい。しかしそれが外に向かったならば・・・・・・」
 真っ先に狙われるのは小勢力に分裂しているサハラとエウロパであろう。とりわけこのエウロパには致命的な弱点が存在していた。
 この領土は狭いだけではなかったのである。地形は単調でこれといった障壁は存在しない。ブラウベルク回廊を越えたならば護りはニーベルング要塞群だけしかないのである。
「若し連合がその全戦力を使ってニーベルング要塞群攻略に向かったならば・・・・・・」
 エウロパは忽ちのうちに蹂躙されるであろう。それは容易に想像がついた。
「最早一刻の猶予もないらん。今整えなければ大変なことになる」
 彼は心の中でそう呟きながら自身の執務室に入った。
 執務室はかってこの宮殿の主であった王が執務室にしていた。従ってその内装は見事なものであった。
 大理石を基調とし白銀やダイアで装飾されている。机はこの地では貴重なものとされるサハラ東方産の黒檀から作られている。ペン等机の上に置かれているものも見事な装飾が施されている。
「だが今私がこの場でどうこう言ってもはじまらないな」
 彼は机に座りそう思った。
「それに今はこのサハラ北方への殖民を進めていくことも重要だしな。連合が動くにしてもまだ時間がある」
 その通りだった。連合にとって最大の関心は開拓とその地の治安である。それがある程度まで進むまでは動くことはないと彼は見ていた。この予想は的中する。だが彼の予想を越えた部分もあった。そのことを彼は後に驚愕と共に知ることになる。
 机の上の電話が鳴った。彼はそれを手に取った。
「はい」
 電話の主は彼の直属の上司であるサハラ総督マールボロ元帥からであった。頭がすっかり禿げ上がった皺の多い人物である。
「これは閣下、お早うございます」
「うむ、お早う」
 マールボロは挨拶を返した。
「どうやら気分は良いようだね」
「少し悩んでおりますが」
 彼は冗談交じりに言った。
「どうした、また若い女の子に振られたのかね」
 マールボロも冗談で返した。モンサルヴァートは別に女好きというわけではない。だがその整った美貌の為女の子からは
人気が高い。流石に俳優やアイドル程ではないが。
「ええ。とびきりの美人に。おかげでこの宮殿で今まで沈み込んでおりました」
 これはこの地のエウロパ出身の女の子の間の格好良い男性ランキングで惜しくも二位になったことを言っているのである。一位は今大人気のアイドルだ。
「ははは、まあ彼には勝てはしないだろうな」
 マールボロはそれを聞いて笑って言った。彼は中々の芸能好きで知られている。
「確かに男前ですからね。それでも男色家という噂がありますが」
 この時代では同性愛はどの地域でも特に珍しいものではなくなっていた。同性の間でも結婚も認められていた。だがやはり異性同士のカップルが圧倒的に多いのは言うまでもない。
「それは彼の事務所の社長の趣味だろう。わしも彼とは会ったがごく普通の好青年だぞ」
「そうなのですか」
「ただ髭が濃いな。あれでは全身毛だらけだろう」
 一部の若い女の子が聞いたら幻滅しそうな言葉である。だが今この場には彼のファンはいなかった。
「まあその話はこれ位にして」
 マールボロは話を変えてきた。
「君に頼みたい仕事があるのだが」
「何でしょうか?」
 モンサルヴァートは表情を変えた。
「アガデス連邦についてどう思うかね」
 アガデス連邦とはサハラ北方にある国の一つである。エウロパの進出に反対する強硬派である。
「アガデスですか」
 モンサルヴァートの蒼い目が光った。
「今彼等は大統領派と首相派に分裂しております。好機かと思います」
 彼はそう言った。
「そうだな。ではそこにつけ入るか」
「そうすべきかと」
「よし、では早速手を打とう」
 それから暫く後でアガデスにおいて内乱が勃発した。首相派が突如としてクーデターを起こし大統領と彼を支持する者達との間で武力衝突を起こしたのである。
 彼等は確かに仲違いしていた。しかし武力衝突する程のものではなかったのにである。
 ことの発端は些細なことであった。首相と仲の良い軍の高官の一人を何者かが銃撃したのだ。
 銃弾は逸れた。だがそこに残っていたのは大統領直属である特殊部隊の使用する特殊な拳銃から放たれるビームの後であったのだ。
 これに首相と彼の近辺は激昂した。このままでは自分達の命も危ないと危惧もした。そして彼等はすぐに行動に移したのである。
 内乱はアガデス各地で起こった。とりわけ首都での騒乱は凄まじいものであった。アガデスは大混乱に陥った。
 ここでエウロパが動いた。彼等はアガデスにいるエウロパ市民の保護を口実に軍を派遣してきた。そしてそれに抗議するアガデス大統領に対し一方的に宣戦を布告した。そしてモンサルヴァート率いる艦隊がアガデス領内に入って来た。
 これに驚いたのは大統領である。首相とも争っているのにもう一つ敵が増えたのだから。
 彼は首相と手打ちをしようとした。だがそれより前に首相は急死した。夜青い色をしたコーヒーを飲んだら急に胸を押さえて倒れたのである。
 首相派はリーダーを失い瓦解寸前になった。エウロパは彼等を瞬く間に掃討し武装を解除させた。これで残るは大統領だけとなった。
 大統領は首都にて徹底抗戦を叫んだ。そして首都のすぐ側にまで進撃していたモンサルヴァートの艦隊に対して決戦を挑んできた。
「ほう、来たな」
 モンサルヴァートは旗艦リェンツイの艦橋でアガデス軍を見て言った。
 

 

第一部第四章 若き獅子その二


「正面から決戦を挑むつもりか」
 両軍の兵力はほぼ互角であった。双方共正面から楔形の陣を組んでいる。
「面白い。ならばこのモンサルヴァートの戦いをよく見せてやろう」
 彼は自信に満ちた笑みを浮かべそう言った。
 エウロパ軍はそのまま突っ込んで来た。
「来たぞ、全軍一斉射撃!」
 アガデス軍の司令官は全軍に指示を下した。艦隊はそれに従い主砲から一斉にビームを放った。
 だがそれは効かなかった。エウロパ軍は正面にとりわけ防御力に優れる戦艦部隊を置いていたのだ。そして彼等はそのエネルギーを正面のバリアーに集中させていた。
 それでも普段ならば幾らかは効いていたであろう。しかし今のアガデス軍は内乱で疲れきっていた。どの艦も大なり小なり損傷しておりエネルギーも減っていたそれがこの攻撃に出たのである。
「やはりな。彼等は普段の戦力を発揮出来てはいない」
 モンサルヴァートはそれを見て言った。
「今彼等は動揺している。すぐに決着をつけよ!」
 モンサルヴァートの左腕が振り下ろされた。それに従い全軍突撃した。
 戦いはこれで決まった。アガデス軍は瞬く間に蹴散らされた。そしてエウロパ軍は首都に再び進撃を開始した。
「そうか、敗れたか」
 大統領は敗戦の報告を聞くと肩を落としてそう呟いた。そして全軍に対し停戦及び武装解除を指示した。
 翌日エウロパ軍から降伏勧告があった。彼はそれを受け入れた。
 彼はその後で執務室に一人になった。そして机の奥にあった拳銃を取り出した。
 こうしてアガデスはエウロパの領土となった。アガデスの民衆は国を失いその殆どはサハラ東方や連合に流れていった。
「これでまた我等の地が増えたな」
 モンサルヴァートは国を去る民衆の船を見ながら言った。彼等の周りをエウロパの艦隊が監視している。大人しく出て行かせる為である。
「はい。しかしあまり気分のいいものではありませんな」
 傍らにいる幕僚の一人が晴れない顔で言った。サハラ進出と地域民追い出しはエウロパ内においても批判が多い。実際に選挙の時は世論を真っ二つに分け僅差で可決されている。今だに反対派が多く殖民よりも何万光年先の星系に移住した方がいいという意見が多い。
「だがこうするしかあるまい。あの何万光年もの先に強大な異星人がいた場合取り返しのつかないことになる」
 エウロパの人々はその何万光年にも及ぶ空白の宙域を『暗黒宙域』と呼ぶ。果てしなく何一つない空間が広がっているだけだからである。
「それに我々は彼等の命まで奪おうというわけではない。こうして艦艇まで与えて他の地域への移動をさせているではないか」
 一部にはそれでも残ろうという者もいるが実際に残るのはごく一部である。エウロパの者に仕えるようなことを好まない為である。
「ですがこれによりサハラ、そして連合において我等に対する批判が高まっております。これは憂慮すべきことかと」
「それはわかっている。だがサハラは小勢力に分裂している。反感は気になるが我等が生きる為には無視しなくてはなるまい。しかしな」
 モンサルヴァートはここで顔を顰めた。
「連合の者達に言われたくはないな」 
 その言葉には怒気を含ませていた。
「連中は数をたてに何かと宇宙開発で有利なように話を進めてきた。そして幾度となく我等の発展を妨害してきた。そして今の領土に追いやってくれた。もとはといえば奴等のせいではないか」
 シンガポール条約以降エウロパは何かと連合に遅れをとっていた。彼はこのことに対し強い不満を覚えていたのである。
「しかもあの者達には無限ともいえる開拓地と資源がある。持てる者に持たざる者の気持ちがわかってたまるか。その証拠にあの者達の人口を見よ」
 エウロパの人口は一千億である。それに対し連合の人口は三兆、約三十倍の差がある。
 サハラやマウリアの人口は二千億程度である。やはり連合の人口が圧倒的に多い。これには多くの原因がある。
 まずエウロパは移住した時より避妊具等を使い人口を抑制していた。これは将来のことを考えてのことだが先見の明があったと言えよう。実際に今彼等は人口問題に悩まされている。これは流石に辛かった。これにより今のサハラ殖民が行なわれるに至ったのである。
 サハラは土地はエウロパよりずっと広く南方や西方に開拓可能と思われる星系が多数存在するが戦乱に明け暮れ開拓は全く行なわれてはいない。特に南方は複雑な地形で知られるサハラにおいてもあまりにも複雑な地形の為人口も少なく惑星ごとの国家や海賊、軍閥等が乱立しているような状況である。彼等は特に人口を抑制したりはしないが戦乱の為人口はそれ程増えなかったのである。
 マウリアは領土が広く地形もそれ程複雑ではなかったが彼等は決して焦りはしなかった。独自の文明を持つ彼等は泰然自若とした行動を好みゆっくりと開発を進めていった。人口は積極的に増加させるような政策は採らず増えるに従い他の惑星に進出するといった方法を採った。彼等は別に平和主義でもなかったが連合やサハラとはアステロイド帯等で安定した国境があり外敵に悩まされることもなかった。その為穏やかな進出が可能となったのである。
 さて連合であるが彼等は元々の人口が多かった。当初の構成国である環太平洋諸国だけで全人口の約半分に達していたがそこにブラックアフリカの国々や中南米、トルコ、イスラエル等が入ったのである。これにより彼等全人口の大半を抱え込むこととなった。
 そして彼等が得た領土は広かった。なおかつ何処までも広がっていた。彼等は東に、北に、そして南に、次々と進出していった。
 そして多産を奨励した。これは開拓をより的確かつ迅速に進め国力を高める為であった。ただでさえ人口が多い彼等はこれにより爆発的に増加した。そして彼等は今の人口に至ったのである。
 人口増加政策は連合に合っていた。こうして彼等は人類の全人口の約七分の六、国力にして九割近くを占めるようになったのである。個々の星や人々の豊かさにおいてはエウロパの方が上であったが彼等には数があった。今までまとまりに欠いていたおかげで他の三国の脅威とはならなかったのである。
「だがそれも変わってきているからな」
 あまりにもまとまりに欠ける為治安上の問題が深刻であったのだ。そして跳梁跋扈する宇宙海賊を取り締まる為に中央警察を設置し中央政府の権限を強化した。そして今度は。
「中央軍が出来たとなると情勢は一変しかねないな」
 モンサルヴァートは危惧する顔をした。
「果たして上手くまとまるでしょうかね。あの連中が」
「指導者次第だな」
 彼は幕僚に対して言った。
「今の大統領キロモトは中々能力のある人物のようだ。それに国防省となった八条という男だが」
「日本の政治家だったのでしたな。何でも大学を出て軍に入ったとか」
「そうだ。あの男の行動により今後連合は大きく変わる可能性がある」
「今まで変わらなかった連中がですか?」
 別の幕僚が言った。
「そうだな。変わる時はあっという間に変わるものだ。連合がその時に来ているとしたら」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「この宇宙に及ぼす影響は計り知れないものになるだろうな」
 最後の船が出発した。モンサルヴァート達はそれを黙して見ていた。
 エウロパによるアガデス侵攻は幕を降ろした。エウロパはアガデス政府の降伏と領土の併合を宣言しアガデス市民のほぼ全てを国外退去させた。そしてこの地にエウロパ市民を移住させる計画を発表した。
 これに対し連合中央政府及び構成国全ては強く抗議した。そしてアガデス市民の受け入れを発表した。彼等の多くはサハラ各地に亡命するか連合の開拓地に入っていった。
 サハラ各国もマウリアも抗議した。とりわけサハラでは反エウロパの運動がさらに激化していくことになった。なおアガデス攻略の司令官であったモンサルヴァートはこの功績により上級大将となった。
「おめでとう、これで君もその背にそのマントを背負うことになったな」
 マールボロは司令室においてモンサルヴァートに対して笑顔で言った。エウロパでは少将以上は軍服の両肩にケープを着ける。大将になると黒いマントを着用するのだ。上級大将になると白いマントだ。今彼はそれを身に着けたのである。
「はい、有り難うございます」
 モンサルヴァートは微笑んで答えた。
「二十五歳で上級大将とはな。これはエウロパ軍設立以来のことだぞ」
 マールボロは上機嫌なままである。彼の昇格が余程嬉しいらしい。
「そして君は新たな役職に任命されたぞ」
「それは何でしょうか」
 彼は問うた。
「エウロパサハラ方面軍の艦隊司令だ。どうだ、やりがいのある仕事だろう」
「はい」
 この地には今だ多くの反エウロパの旗を掲げるサハラの国やレジスタンスが存在していた。そしてこの地には総督が置かれていた。彼の下に軍があり宇宙艦隊は彼等に対するエウロパの主力ともいえる存在である。
 その司令官ともなれば与えられる兵力及び権限は絶大なものである。事実上ここにいるエウロパの軍の司令官とも言える存在であった。
「卿にはやってもらうことが山程ある。期待しているぞ」
「お任せ下さい」
 モンサルヴァートは自信に満ちた声でそう言うと敬礼した。そして彼は颯爽とその場を立ち去った。
「将来が楽しみだな」
 マールボロはそんな彼の後ろ姿を見送ってそう呟いた。

 この時連合では一つの大きな騒動が起こっていた。
 アメリカと中国、そしてロシアで行なわれる総選挙である。三国共同時期に、しかも大統領を選ぶ選挙まで行なわれていたのである。
 選挙の争点は連合軍への参加であった。日本がまず参加を表明すると日本に賛同する多くの国がそれに従った。そしてオーストラリアやブラジル、そしてトルコといった他の影響力のある国々も次々に参加を表明した。それから暫く経った今連合軍に参加を表明していないのはこの三国と彼等に近い国々だけであった。
 三国共保守派は参加に反対の意向を示していた。連合の独自性に反するというのである。もっとも自分達の勢力を維持したいという考えもそこにはある。それに対し改革派は賛成であった。勢力の維持など最早関係なくこれは時代の流れであると彼等は主張する。そして連合の大義に従うべきだと。
 三国の世論は真っ二つに分かれていた。テレビでも雑誌でもネットでも議論は紛糾していた。中には暴動まで起こっているところもあった。
「果たしてどうなりますかね」
 連合の首相を務めるラフディ=アッチャラーンがキロモトに対し問うた。彼はタイ出身で若くして政治家となりそれから
今に至る人物である。やや小柄な痩せた身体つきの人物であり実務派として知られている。
「そうだな。おそらく賛成派が勝つだろう」
 キロモトはそのざっくばらんな笑顔を見せて言った。
「世論は何だかんだ言っても賛成派が多数を占めるしな。反対派で目立つのは一部の声が大きい者達だけだ。こうした時少数派はどうしても声が大きくなり目立ってしまうものなのだ」
 これは彼等が追い詰められているからであろうか。民主主義においてはよく見られることである。
「それに時代がそちらに向かっている。賛成派が言うようにな。これは人間には如何ともし難いものだ」
 彼は時代の流れも読んでいた。
「では閣下は今回の議論について何も心配はされていないのですね」
「うむ。今は吉報を待っているだけだ」
 彼は笑顔で言った。
「それでは食事にしないか」
 丁度お昼時であった。
「今日は地球産の鶏を焼いてスパイスで味付けしたものだ。マウリア風らしいぞ」
「ほう、マウリア風ですか」
 マウリアの料理はスパイスをふんだんに使ったものが多い。そして独特のカレールーは人気が高い。
「それでしたらご一緒させてもらいますか。私は自国のものとマウリアの料理が大好きでして」
 彼はとりわけ細長くサラサラした米が好きである。
「うん、では食堂に行こう」
 二人は食事を採った。そして午後も選挙に対する分析を行なった。
 そして選挙投票日となった。投票日まで激しい議論が交わされテレビやネットはこのことで話題がもちきりであった。
 投票結果が発表された。三国共僅差であったが賛成派が勝利した。
「これで決まりだな」
 キロモトはテレビでそれを見て満面の笑みを浮かべた。
 新たに発足した三国の政権はどれも中央軍への参加を公式に宣言した。そして残る国々もそれに続いた。こうして連合の各国の軍隊は全て中央軍に編入されることとなった。
「これで全ての国の軍が中央政府の中に組み入れられたわね」
 伊藤はシンガポールにある少し洒落た日本食のレストランで食事を採りながら向かいに座る八条に対して言った。
 内装は日本風である。二十世紀頃の日本の料亭をイメージしたらしい。木の椅子やテーブルは白っぽく料理は箸を使って食べる。連合の食事はフォークとナイフ、スプーン、そして箸を同時に使うことが多いが日本食は箸のみで食べるので非常にユニークな料理として知られている。
「はい。ようやく全員揃ったというところでしょうか」
 八条は地球の大西洋で採れた海老の天麩羅を天つゆに入れてそれを口に入れた。口の中に衣のカラッとした歯ざわりが満ち海老の弾力が歯に伝わる。
「そう、色々なメンバーがいるけれどね」
 伊藤はカルフォルニア産の鮭の刺身にワサビ醤油を漬けた。そしてそれを食べる。鮭のあの脂っこくそれでいてトロリとした味が口の中を支配する。
「これは大変なことよね。人類の歴史史上最大規模の軍隊が突然現われたのですもの。そしてその構成員はどれもこれも一癖も二癖もあるのばかり」
「はい」
 しかも装備も編成もバラバラであった。
「それを纏め上げて再編成するのは大変よ。これは骨が折れる仕事になるわよ」
 伊藤は八条を悪戯っぽい眼差しで見た。
「けれどだからこそやりがいがあるって思っているでしょ」
 彼女はそこで微笑んでみせた。知的でその中に優しさを含んだ笑みである。
「はい。今何から何まで私のところに仕事が来て目が回りそうですけれどね」
 それは嘘ではなかった。親切された国防省は今不眠不休で働いている状況である。
 

 

第一部第四章 若き獅子その三


「教育システムや後方任務、部隊編成、通信設備、そして装備・・・・・・。何から何まで違いますからね。それを一つに統一するのだけでも大変ですよ」
「これどこれが達成されたら連合にとって大きな力になるわね」
「はい。今までのまとまりの悪い国家連合ではなく中央の程良い統制の下まとまったものになるでしょう。中央軍はその柱となります」
「そうね。やっぱり統一された軍というものの存在は大きいわ」
 これは何時の時代も変わらない。それが無かった今までの連合は中央政府の権限はあまりに弱く各国の利害調整により運営されていたのだ。
「けれどもうそんなのは止めたほうがいいわね」
「そうですね。エウロパみたいにとはいかなくとももう少しまとまりのあるものにならなければ」
 エウロパは中央、それも元首である総統の権限が強い。各国の政府は国王や大統領等象徴的な元首が存在する程度である。法はエウロパ中央政府の法しかなく議会も中央議会の権限が圧倒的に強い。
「じゃあ期待しているわよ。私の愛すべき弟がどうやって軍を作り上げていくか」
 彼女はよく彼を自分の弟子とか弟とか冗談で言う。実際に彼は大学時代彼女の講義を受けたこともある。彼女にしても彼は本当の意味での愛弟子であった。
 食事は終わった。そして伊藤は連合の財務相との会談に向かった。八条は仕事だ。
「さて、と。やることはこれからもどんどん増えていくぞ」
 彼は執務室に戻ると苦笑しながら席に着いた。
「長官、お電話です」
 早速電話が鳴った。インドネシア政府の高官からだ。
「はい、それは以前お話した通りです」
 彼の仕事は続く。連合軍は今その産声をあげたばかりである。彼はその父となるのであった。

「そうか、連合も遂に統一された軍隊を持つに至ったか」
 マウリアの首都ブラフマー。ヒンドゥー神話の創造神の名を冠するこの星はマウリアの心臓とも言える存在である。
 この国は中央政府の権限はそれ程強くはない。といっても連合のような国家連合ではないから連合程いちいちもめたりはしない。彼等は地方にその権限の多くを委譲させていおるのである。
 その中央政府大統領官邸で一人の壮年の男性が部下からの報告を受けていた。マウリア主席マガバーン=クリシュナータである。
 インド風の白い服とズボンを着ている。頭にはターバンが巻かれている。これは古より変わらないインドの服装である。
 マウリアで最大の人口を擁する北方のヴィシュヌ星系の家に生まれた。この時代カースト制度は法律的にはなくなっていたが生まれはそれほど悪くはなかった。順調に大学に進み普通の企業に入った。そして独立したところで頭角をあらわしたのである。
 彼の経営センスは傑出していた。忽ち巨万の富を築き大富豪となった。そして政治家に転身しそこでも秀でた才を発揮した。そして遂に国家主席に選ばれたのだ。浅黒い肌に彫りの深い顔立ち、黒い肌に瞳を持つ痩身の男性である。背はマウリアの男性では普通位である。
「はい。その数九十億、艦艇にして三千万に達するこれまでにない規模の軍です」
 部下である若い男は姿勢を正し報告した。
「ふむ。それはまた凄い数だな」
 クリシュナータはそれを聞いて言った。
 彼は今主席の官邸にいる。見ればこの官邸もインドのものである。彼等は昔ながらの文化を固辞しているところがある。この官邸にも多くのそういった装飾品が置かれている。寺院に行けば多くの神々の色彩豊かな像がある。
「それ程までの規模の軍なぞ今まで見たとこも聞いたこともない」
 彼は他人事のように言った。
「閣下、お言葉ですが」
 部下はそんな彼の様子を見て心配そうな顔になった。
「あまり他人事ではありませんぞ」
 それだけの軍が誕生したとなるとその影響力は連合内にだけ留まるものではない。この人類社会全体に及ぶ問題である。
「今我々は彼等とは長年に渡る友好関係を保っておりますが」
「それでも彼等の存在を忘れてはならない、と言いたいのだな」
「はい、若しも彼等がその関係を放棄し我が国に雪崩れ込んで来たならば・・・・・・」
「その時は瞬く間に蹂躙されるな。数が違い過ぎる」
 クリシュナータは落ち着いた声で言った。その通りであった。
 連合の人口は三兆、それに対するマウリアの人口は二千億と言われる。だが彼等は連合各国やエウロパのように厳密な人口統計をとっているわけではないので実際はそれよりもずっと多いと言われている。だがそれでも大きな隔たりがあるのは事実である。
 それは軍の規模に直結する。マウリアの兵力は四億程度である。彼等は連合と友好関係にあり隣接するサハラは多くの小勢力に分裂しておりさ程軍備を必要としなかったのである。国境警備と治安維持さえ出来ればそれでよかったのである。
「そうです、今のうちに手を打たないと大変なことになります」
 部下は深刻な表情でクリシュナータに対して言った。
「そうだな。では軍の拡張と国境線の防衛の強化をするように」
「ハッ、他には!?」
「とりあえずはそれだけでいい」
 彼は落ち着いた声で言った。
「あの、連合は九十億の軍を持ったのですよ」
 部下は彼のその声に今度は呆然となった。
「だからといってすぐに動けるというものではあるまい」
 彼は部下に対して言った。
「今彼等はその膨大な軍を本当に統一された軍にする為に必死だ。今は積極的な行動に出ることは出来ない」
「そうでしょうか」
「そうだ。制服の生地から艦艇まで何もかもが全く異なるのだぞ。それを一つにするまでには時間がかかる。それまでは気にする必要はない。そして我々はその間に備えをしておけばよい」
「それでよろしいでしょうか」
「うむ。それに彼等はまず領内の海賊を一掃させるだろう。それからまずはエウロパだろうな。それに開拓をさらに進めたいだろうし」
 連合にはまだまだ開拓するべき星系が無限に広がっているのである。
「我々も南方に開拓すべき星系を多くもっておりますがな。しかし彼等のそれには遥かに及ばないでしょう」
「だろうな。それだけでも彼等は恵まれている」
 その通りであった。連合やマウリアはまだ進むべき場所がある。だからこそ戦争に入らなかったのだ。
 しかしエウロパにはそれがない。これ以上の人口を養うにはサハラへ進むしか道はなかったのである。
「連合に頭を下げるわけにはいきませんからな」
「それにお互いの交流を絶っている。だからサハラ東方が栄えるのだ」
 サハラ東方にはサハラでは最大の国がある。彼等は連合、エウロパ、そしてマウリアと国境を接しているという利点を活かし中継貿易で大きな富を得ていた。
「もし彼等がサハラ東方に進出したら大変なことになりますね」
「うむ。そうならない為に色々と手を打っておく必要があるかもな」
 二人は話が終わるとその場を後にした。そして別の仕事に取り掛かった。
 

 

第一部第五章 電撃作戦その一


電撃作戦
 アッディーン率いる艦隊は指令通りカジュール公国に向けて進軍していた。
 カジュール公国は西方で最も小さい国だる。領土も人口も少なくミドハドの属国のような存在であった。
 この国が今まで生き長らえてきたのはその地形によるところが大きい。あまりに複雑な地形の為他の国々が手出し出来なかったのである。大艦隊を動員して敗れた国も多い。
「そこで発想の転換だ。出来る限り少数の兵で奇襲をかけるというわけだ」
 アッディーンは艦橋でガルシャースプと共にいた。
「隠密に行動し一気に首都を衝く。そして瞬く間に敵艦隊を叩くのだ」
 彼等は敵艦隊の配置を既に知っていた。敵はオムダーマンとの国境に兵を重点的に配置していた。
 それに対し彼等は陽動に出た。アジュラーンが艦隊をその国境沿いに偏って移動させたのだ。
カジュールはそれに乗ってしまった。彼等は新設されたアッディーンの艦隊の存在を知らずアジュラーンの艦隊に対して兵の殆どを動かしたのだ。当然そこに隙が生じた。
「アジュラーン閣下のフォローが有り難いですね。これで作戦がやり易くなりました」
「ああ。だがそれでも危険はまだあるぞ」
 迂闊に行動して存在が知られれば全てが水の泡である。
「一気に国境を抜ける。そしてあとはわき目もふらず首都を衝く。いいな」
「はい、行きましょう」
 こうして彼等は作戦を発動した。道案内はこの星系出身であったかつての海賊がつとめた。彼は軍にもいたことがありカジュールのことには詳しかった。
 まずは国境を突破した。僅かな兵しか配置されておらず彼等は国境を何なく抜けた。
 そしてそのまま休むことなく首都を目指した。最短距離を突っ切った。
「行け、敵に追いつかれるな!」
 首都までには二つの軍事基地がある。まずは交通の要衝サダム星系にあるサダム要塞である。
 この基地は強力なビーム砲で装備していることで知られている。周りはアステロイド帯や磁気嵐が渦巻いている。避けては通れない。
 まず彼等は出撃してきた敵の艦隊を一蹴した。アッディーンは彼等の姿を認めると一気に接近しそのまま突撃を加えて蹴散らしたのだ。
 それを受けて算を乱して逃走する敵艦隊。彼等は要塞に向けて逃げた。
「追え、そのまま進め!」
 アッディーンはそれを見て指示を下した。オムダーマン軍はそれに従い敵艦隊を追う。
「来たな」
 要塞の防衛司令官はそれを見て言った。彼等が今ビーム砲の射程には入ったことを確認した。
「よし、撃て!」
 彼は命令を出した。だが撃てなかった。
「何故だっ!」
 彼の問いに対して参謀が答えた。
「駄目です、ビームの射程内に味方がおります!」
「何っ!」
 彼は慌ててモニターで確認した。その通りであった。
 これがアッディーンの狙いであった。敵の艦隊に紛れ込むことで敵にビーム砲を撃たせなかったのだ。
 敵が手をこまねいている間にもアッディーン達は突き進んだ。そして要塞に貼り付いた。
「よし、陸戦隊突入せよ!」
 その言葉に従い厚い装甲に身を包んだ兵士達が要塞内に切り込む。そしてその中を瞬く間に占拠していった。
 ビーム砲にその防御の殆どを頼んでいたうえに不意を衝かれた彼等はオムダーマン軍陸戦隊の敵ではなかった。彼等は戦うよりも降伏する方を優先させた。こうしてサダム要塞は陥落した。
 彼等はそのまま進んだ。そして今度は首都の前にあるリクード要塞の前に来た。
 この要塞は長大な壁を持つことで知られている。その壁で首都を守っているのだ。
 後方には敵艦隊が迫っている。領内を急襲された彼等は国境に最低限の兵を置いたうえで慌てて急行してきたのだ。
「閣下の軍への備えを最低限にしてか。また思い切ったことをするな」
 アッディーンは敵艦隊があと三日の距離まで達したという報告を聞いて思わずその言葉を口にした。
「その危険を冒してでも戻って来なくてはまずいでしょう。何せ首都が危ないのですから」
 ガルシャースプはアッディーンに答えるように言った。
「ほう、あの要塞があるのにか?」
 アッディーンの顔は目の前にある長大な壁の防衛線に向けられていた。
「そういう問題ではないでしょう。今我々がここにいることが問題なのです」
「どのみち一緒だがな」
 アッディーンはそう言って笑った。
「今から俺達は首都に突入するのだからな」 
 そう言うと全艦に突撃を命令した。
 彼等は突撃を開始した。といっても正面に突撃したのではない。
 まずは大きく迂回した。そして壁の一番下の端の部分に向かった。
「全艦一斉射撃!」
 アッディーンの命令が下される。彼等はそれに従い壁に向けて総攻撃を開始した。
 五千隻もの艦艇が一斉に攻撃を開始したのである。それも一点に。彼は敵の防御の最も弱い点を見抜きそこに総攻撃を仕掛けたのだ。
 壁は崩れた。アッディーンはそれを見逃さなかった。
「よし、入るぞ!」
 敵が守りを固めようとするのより早く動いた。そして要塞の中に侵入した。これで決まりであった。
 これでリクード要塞も陥落した。アッディーンはそのまま首都へ突入した。
 敵の姿を見たカジュール政府は肝を潰した。そして国民と彼等の身の安全の保障を条件に降伏を申し出てきた。
 アッディーンはこれを快諾した。こうしてカジュール公国は僅か二十日でオムダーマンの前に滅びた。
 この戦いの最大の功労者は当然アッディーンであった。彼は中将に任ぜられると共にこれまで彼が持っていた艦隊と旧カジュールの軍を新たに加えたカジュール駐留艦隊の司令官となった。
「これで遂に正式な艦隊の司令官になったな」
 アジュラーンはモニター電話でアッディーンに対して祝辞を送った。
「はい。ですがミドハドとの戦いがまだ控えていますからね。喜んでいる暇はありません」
 ミドハド政府はこの度の侵攻に対し激しい怒りを露わにしていた。そして再び軍を動員しようとしていたのである。
「その件だがまた君に働いてもらうことになりそうだ」
「こちらに攻めて来るのですか?」
「すこし違うな。今度は我が軍が攻めるのだ。悠長なことを言っていられる状況ではなくなってきたようなのだ」
「といいますと?」
 アッディーンは問うた。
「うむ。今回の勝利で危惧を覚えたミドハドは水面下でサラーフと接触しているようなのだ」
「ほう、犬猿の仲の二国が」
 両国の対立関係は昔からでありそれはオムダーマンとサラーフの関係よりも根が深かった。
「そうなのだ。我等の勢力伸張と敗戦の恨みを晴らす為にお互い手を組もうとしているらしい。そして我々を叩くつもりのようだ」
「よくある話であすね」
「そう言ってしまえばそれまでだがな。だが我が軍もそれに対して手をこまねいているわけにはいかない」
「そこでミドハドを徹底的に叩くと」
「そういうことだ。先んずれば人を制す、というしな」
 これは古代中国の覇王項羽が言った言葉である。
「今回の作戦においてミドハドを完全に潰す。そして後顧の憂いを完全に絶つということで決まった」
「その為の兵は既に決まっているのですか?」
「まずは君の艦隊だ。そしてカッサラ方面から六個艦隊を向ける」
「といいますと閣下も?」
「私は今回の作戦には直接参加はしない。カッサラ星系の防衛が任務だ。サラーフの動きが気になるしな」
「成程」
 当然といえば当然であった。
「今回君はカジュール方面からの侵攻を担当する。言わばカッサラからの主力とは別の陽動部隊だ」
「ですがかといって油断は出来ませんね。おそらく連中も必死ですから」
「そうだ、我が軍は今九個艦隊を持っている。そのうちの大部分を使う。それでも苦戦は必至かもな」
 対するミドハドは十個艦隊である。先日アジュラーンとアッディーンに敗北した二個艦隊はようやく再建されたばかりである。
「閣下の艦隊をカッサラ防衛に置き一個は予備ですか」
「そうだ。この戦いは戦力の劣勢を承知で行なうものだ。そして作戦成功は君の手にかかっている」
「私にですか?」 
 アッディーンは思わず問うた。
「そうだ。まず君はカジュール方面から進出し迎撃してくる敵軍を撃破した後敵主力の後方に回ってくれ。そしてカッサラから侵攻する我が軍の主力の援護を頼む」
「こちらに向けられる敵の戦力はどれだけですか?」
「一個艦隊程だと思われる。今カジュール方面に向かっている敵艦隊があるらしい」
「そうですか。ではカッサラから攻める我が軍にはかなりの戦力を向けてくるでしょうね」
「おそらく七個か八個だろう。一個は首都防衛だからな」
「向こうには地の利もあります。これはかなりリスクの高い戦いですね」
「そうだ、しかし今やらねば我々にとってより危険な状況になる。それだけは避けなければならん」
「そうですね。では素早く作戦を進めるとしましょう」
「うむ、頼むぞ」
 こうして二人は電話を切った。それから暫くしてオムダーマンは軍を動かした。そしてカッサラ星系から六個艦隊、カジュールからアッディーン率いる艦隊をミドハド領内へ侵攻させた。こうしてオムダーマンとミドハドの決戦の幕が開いた。

 先日行なわれた米中露の選挙においては連合軍への参加が争点であった。結果は参加賛成派が勝利を収め三国の軍は連合軍に参加することが決定した。
 そして態度を決めかねていた他の国々もそれに賛成した。こうして連合の全ての国の軍隊は連合軍に編入されることとなったのである。
「これで中央政府は絶対的な力を手に入れたな」
 白亜の宮殿の奥深くにある執務室から声が聞こえてきた。
「そうですね、おそらくこれまでとは比較にならない程の発言力を持つことになるでしょう」
 豪奢な机の前に立つ若い男が目の前に座る人物に対して話していた。
「我が国の連合内での発言力の低下は避けられないかと」
「それは承知のうえだ。しかし連合軍に参加しなくては我々は孤立してしまうからな」
 若い男に向かい合って座るその男は低い声で言った。
 金髪碧眼の黒人である。背は座っていてもわかる程の長身である。肌は褐色だがその顔立ちは白人のものに近い。鼻が高く唇は薄い。彼の名をヘンリー=マックリーフという。先の選挙でアメリカ合衆国の大統領に選ばれた人物である。
 農業の盛んなことで知られる星系の中流家庭に生まれた。幼い頃から頭がよく大学では法律を学んだ。そして弁護士となり辣腕を振るった。それを当時の改革派政党の党首に見出され政治家となった。彼の下で副大統領を務めた後大統領選に出馬したがこの時は敗れた。しかし今回の選挙で勝利を収め大統領となった。行動力に溢れた人物として知られている。
「それに我々は軍を失ったわけではないぞ」
「国軍ですか」
「そうだ」
 マックリーフは答えた。
 国軍というのは中央軍とは別にそれぞれの国が持つことを認められた軍隊である。地球にあった頃のアメリカの州軍のような存在であり小規模ながらそれぞれの国の治安を守ることを目的として保有が認められている軍である。当然中央軍に比べて規模も装備も微々たるものでありいわば予備戦力である。
「ですがそんな大した存在ではないですね。ないよりましという程度で」
「確かにな。だがないよりはましだ」
 マックリーフは無機質な調子で言った。
「しかし君は重要なことを見落としているな」
「といいますと!?」
 若い男はその言葉に目をパチクリさせた。
「何も影響力は軍事力だけではないぞ。それを忘れてもらっては困る」
「はあ」
「軍事力だけでどうこうするのなぞ一千年以上前に終わっている。それは我々が最もよくわかっている筈だがな」
 彼の言葉は正論であった。今の時代は衝突があった場合軍事力ではなく貿易や経済で手を打つことのほうが遥かに多いのだ。無論サハラのような地域もあるが連合内ではそれが主流であった。その調整の為に中央政府があり国同士の武力衝突は長い間絶えていたのである。
「それに議会がある」
 中央議会には政党というものは存在しなかった。それぞれの国から選出された議員が祖国の権利を声高に主張する場となっていた。
「我々は何といっても中国と並ぶ最大議席を保有している。この意味は大きいぞ」
「確かにそうですが」
 彼は口ごもった。
「まあ見ているのだ。軍事力など使わなくとも我々の力は保持出来る。私のやり方を見ているがいい」
 彼はそう言うと自信に満ちた声で笑った。そして執務室を出て隣国の外相との会談に赴いた。 

 

第一部第五章 電撃作戦その二


「キロモトと八条にしてやられたな」
 中国の首都星京の中央にある大統領官邸。ここは地名の名をとり『長春城』とも呼ばれる。中国の政治の中心地として知られている。
 そこの海が見える部屋に一人の年老いた男がいた。中国の大統領李金雲である。
 少し白い髪にやや広めの額、顔は少し四角いが結構整っている。黒っぽいスーツに身を包んでいる。
 彼は政治学者として名を知られていた。政治家に転身した時学者特有の空論ではないかと言われたが彼は実務も優れており、また現実主義者であった。そして激しい権力争いにも勝利し今回の選挙で大統領に選ばれたのである。親分肌で部下からの人望も厚い。
「はい。まさか中央軍を一気に作り上げるとは思いませんでした」
 傍らに控える秘書官が言った。
「これも時代の流れか。だが我々の存在は誇示しておかなくてはな」
 李は波を眺めながら言った。
「我々は連合において主導的な役割を果たしてきた、今までな。そしてこれからもだ。アメリカや日本に負けるわけにはいかない」
 彼の目が鋭く光った。
「国軍もある。そして何よりも我々にはこの豊かな国がある」
 中国の国力はアメリカ、日本と並んでいる。人口においてはアメリカと同じ位の数字である。
「これを使わぬ手はない。すぐに周辺国に手を回せ」
「ハッ!」
 秘書官は頭を下げた。そして彼等はその部屋を後にした。

「アメリカと中国が動いているようです」
 キロモトに下に彼等の動向に関する情報が入ってきた。
「やはりな。動くだろうとは思っていたが」
 キロモトは執務室でそれを聞くと口の両端だけで微笑んだ。
「如何いたしましょう」
 報告した官僚が問うた。
「こちらは今は動かなくともよい。少なくとも経済や貿易で動くのならこちらの望むところだ」
 経済関係での調整は連合政府の最も重要な仕事である。従ってそれに関しては彼等も自信がある。そうでなくては今までこの連合という雑多で広大な国家をまがりなりにもまとめていたわけではない。
「ですが議会のことになると厄介ですな」
「それはな。だがそれもすぐに変わる」
「変わるといいますと?」
「すぐにわかるさ」
 彼はそう言うと再び笑った。
 それから暫くしてこれからの連合の在り方についてこれまでにない議論が起こるようになった。
 一つはこのまま開拓地を開発していき何処までも進んでいくべきだと主張する派、もう一つは連合軍が設立されたのだしとりあえずは落ち着いて内部を固めるべきであると主張する派、その二つの派で議論が交あわされるようになったのである。
「これまではただ進んでいくだけだったしな」
 街頭演説を聞いた市民の一人がポツリと言った。
 まず開拓を主張する者達は保守派と呼ばれた。彼等はこれまで通りの連合であるべきだと主張していた。連合軍の設立で連合の中央集権を止め、あとは既存路線でいくべきだと主張した。
 それに対して内部を固めるべきであると主張する者達は連合派と呼ばれた。彼等は今のところは開拓を控え連合内部の整備を行い中央の権限をより強化すべきであると主張した。
 彼等の主張は連合全体を包んだ。そしてそれは先の連合軍設立の時よりも更に大きなうねりとなっていったのである。
「さて、面白くなってきたな」
 キロモトは新聞でその話を読みながら言った。
「連合の国を越えた話になっている。違う国の人間の間でも議論になっているな」
「はい、彼等は選挙においてもそれを争点としているようです」
「ほう、選挙においてもか」
「そうです。今やそれぞれ二つの派に分かれて議論をしているところです」
「ふむ、政党が出来るかも知れんな」
 キロモトはそう言ってニヤリ、と笑った。
「政党、ですか」
「そうだ。今までこの連合では中心にはなかったものだ」
 連合においては各国にはそれぞれ政党が存在していたが中央にはなかった。これも連合の強い地域性の特色であった。
「だがそれが出来るとなるとどうなる」
「連合の中の目が中央により一層集まりますね」
 秘書官は言った。
「そうだ。我々もようやく力を持つ中央政府を持つ事が出来るのだ」
「エウロパのようにですか?」
「ふむ、エウロパか」
 キロモトは秘書官の言葉に対し思わせぶりに笑った。
「少し違うな。我々はあそこまで中央が強くなる必要はない」
 エウロパにも各国政府があるが元首だけがいる事実上の象徴であり連合のようにそれぞれが強い権限を持っているわけではない。
「エウロパはエウロパ、我々は我々だ。意識する必要もないだろう」
「そうですか」
「ただし、ある程度は参考にすべきかも知れんがな」
 やがて朝食を知らせるベルが鳴った。キロモトは秘書官と共食事に向かった。

 連合のこの動きはエウロパにも伝わっていた。ラフネールはそれを執務室で聞いた。
「彼等が中央に政党を持つようになるとはな」
 彼はそれを聞くと静かな声で言った。
「まだそうなると決まったわけでは・・・・・・」
 それを伝えた補佐官は少し眉に陰を落としていた。
「いや、これは時代の流れだ。彼等は必ずや中央に政党を持つようになるだろう」
「そうなるでしょうか」
「なる。時代の流れだけでなく強力な指導者も出てきているしな」
「この二人ですね」
 補佐官はそう言うと持っていたファイルから二枚の写真を取り出した。
 それは二人の人物のそれぞれの顔写真であった。一人は若い白人の女である。白人といっても何処かポリネシア系が混ざっている。髪は茶色がかった金色であり瞳は黒い。
 もう一人はアジア系の男である。肌は黒めであり全体的にやや四角く眼鏡をかけている。その目は知的な光をたたえている。
「平面写真とはまた古風だな」
 ラフネールはその写真を見て苦笑いを浮かべた。
「申し訳ありません」
 補佐官は頭を垂れた。
「謝る必要はない。こういった写真はこちらのほうが見易いしな」
 彼はそう言うと写真を受け取った。
「こちらの女性がキリ=ト=マウイか」
「はい、ニュージーランド出身の保守政治家です」
「保守系か。一体どういう経歴かね」
「はい、ニュージーランドの法学校を卒業後とあるベンチャー企業を経営していましたがそこで政治家の夫と知り合い結婚、そして彼に影響を受け政界に入ったのです」
「だが彼女は連合議会の議員になったのだね。夫はニュージーランドの議員だったのに」
「それが彼女の一風変わったところです。どうも中央議会に理想を求めたようです」
「あの中央議会にか。確かに変わっているな」
 連合の中央議会といえば大国の利害の衝突の場である。それはエウロパにおいてもよく知られていた。
「法学校を卒業してすぐにベンチャー企業の経営を始める程ですからね。そして彼女は今は保守派の指導的な役割を任ずるようになっております」
「どういう経緯でだね?」
 ラフネールは再び尋ねた。
「あの連合軍の設立以降連合の在り方について議論が起こっておりまして」
「それは知っている」
「その中でとある総合雑誌に論文を発表したのです。連合はどうあるべきかという論題で」
「そして彼女はこのままでよい、と主張したのだね」
「そうです。そしてそれに反論したのが」
「このランティール=モハマドだね」
 ラフネールはここでもう一枚の写真に映る男を見た。
「彼はマレーシアの首相だったな」
「はい、ついこの前まで」
「かなりのやり手だったと聞くがな。あのアメリカや中国に対して一歩も引かなかったとか」
「連合一の寝業師とも呼ばれていましたな。日本に対して良いことを言いながらも牽制を忘れなかったりと」
「まあそうでなくてはあの連中を相手にはできないな」
 アメリカや中国、日本とマレーシアの国力差はかなりのものである。
「連合軍の参加にも最後まで最も強硬に反対していたそうじゃないか」
 連合軍の参加には反対していたのはアメリカや中国、ロシアだけではなかったのである。マレーシアは反対する国々の中でも特に連合軍の設立及び参加に強い反対の意見を主張し続けていた。
「それも外交上のテクニックだったというわけか」
「そうです。それで自国の意見と存在を連合の各国に誇示したのです」
「煮ても焼いても食えないな。そんな男は今まで聞いたことがない」
「イギリスには結構いそうですがな」
 ラフネールもこの補佐官もフランス出身である。両国の微妙な関係は今だに続いている。
「フフフ、確かにな。まあ我がフランスも言えた義理ではないが」
 フランスもそうだ、とよく言われる。しかもお高く止まっている、と。
「それは根拠のない誹謗中傷に過ぎませんがね」
「君も言うな、大人しい顔をして」
「これこそフランス流です」
 補佐官はそう言うとニコリ、と笑った。
「さて、そして彼はマレーシアの首相を退いたんだな」
「はい、連合軍参加と共に」
 これが連合軍設立の最後の決め手となったのである。
「そして今何故改革派のリーダーになっているのかね?」
 これはラフネールにとっても少し妙なことであった。
「マウイの主張に早速反論してきたのです。その考えは連合の動きを停滞させるものである、と」
「わからんな。彼は連合軍にも反対していたのだろう」
「それがポーズに過ぎないということはおわかりだと思いますが」
「・・・・・・確かにな」
 微笑んだ。ラフネールも伊達にエウロパの総統ではない。この程度のことは見抜くことが出来る。
「そして彼は改革派の指導者となった、ということか」
「はい」
「しかし連合も相変わらず妙なところだな」
「といいますと!?」
 補佐官はラフネールの言葉に首を伸ばした。
「うむ、開拓を更に推し進めていくべきと主張しているのが保守派で中央の権限を強め内部をまず整えるべきだと主張しているのが改革派とはな。普通は逆のことが多いのだがな」
「そういうものですね、政治とは」
 補佐官は少し感嘆したように言った。
「保守と革新の差なんてそんなものでしょう。どちらが善でどちらが悪とは政治の世界では絶対に言えませんしね」
「言ったらそれこそフランス革命か二十世紀の全体主義だな」
「はい」
 フランス革命のジャコバン派やナチス、ソ連といった存在は人類にとって魔女狩りと並ぶ忌まわしい流血の歴史として伝えられていた。
「例えば、だ」
 ラフネールは一言断ってから補佐官に話しはじめた。 

 

第一部第五章 電撃作戦その三


「革新派を絶対の正義としよう。ならば保守派は絶対の悪となる。そして保守派は一人残らず抹殺され革新派の悪行は正義の名の下に覆い隠されてしまう」
「ぞっとする話ですね」
「今でも市民団体はそうした傾向があるな。エウロパはまだいいが連合の市民団体の中には海賊や犯罪組織と結託している連中もまだいるそうだな」
「それは聞いております」
 連合の社会問題の一つである。
「我々のところにも多少はいるがな。だが連合程多くはない」
「連中のところには海賊等が多いですからな」
「その海賊だが連合内ではかなり減ったようだな」
 ラフネールは海賊に話を移した。
「はい。特に近頃は連合軍に投降する者が相次いでいるようです」
「そして投降した彼等を軍に組み入れているらしいな。おかげでその数はかなりのものになったというが」
「そうですね。彼等には軍律から教えているそうですが」
 新しく出来た連合軍の風紀は厳しい。特に一般市民への行動に関しては厳罰を以って処される。
「またそれは気の長い話だな。我々ならば問答無用で最前線に送り込むがな」
 実際にサハラの国ではそうしている国もある。
「そうもいかないのでしょう。連合はこと人権に関しては我々より五月蝿いですから」
 それが海賊と結託する市民団体の存在を許してきた。
「そうだな。つくづくエウロパに生まれてよかった」
 ラフネールは祖国への愛と連合への侮蔑を交えた笑みを浮かべた。
「エウロパ程の規模の国が一番ことをやり易い。連合程大きくては小回りが利かない」
「連合の連中は我々を一飲みに出来ると言っておるようですが」
「そう言って千年以上経っている。そうこうしている間に我々はサハラを完全に我がものにし奴等に正面から対抗する力を手に入れてやる」
「その時こそ我等がもう一度人類の頂点に立つ時」
「そうだ、欧州の黄金時代の再現だ」
 彼等は強い口調で言った。そして話を続けた。

 サハラ西方でオムダーマンがミドハドに対して大規模な攻勢に出たという情報はサハラ北方のエウロパ総督府にも伝わっていた。
「最近オムダーマンは何かと忙しいな」
 艦隊司令の一人ヴォルフガング=クライストが隣にいる男に対して言った。
 長身である。全体的に筋肉質であり陸上競技の選手を思わせる身体つきである。蜂蜜色の髪に青灰色の瞳を持っている。顔はやや童顔で年齢より若く見える。二十代に見えるが実は三十代で妻も子供もいる。用兵の迅速さには定評のある人物である。
「ああ。何でも一人凄い奴が出てきたそうだぞ」
 クライストに声をかけられた黒い髪に瞳の男が答えた。
 豊かな髪である。そしてその瞳は琥珀の様に輝いている。クライストに比べてやや小柄ながら均整のとれた身体をしている。その顔立ちは彫りが深く美男子と言ってよいものである。彼もまた艦隊司令の一人でルチアーノ=ステファーノという。勇猛果敢な人物として知られている。
「アクバル=アッディーンか?確かまだ二十代という話だが」
「ああ。だがその作戦指揮はかなりのものだという。カッサラ星系の戦いは聞いているな」
「オムダーマンが敗北の一歩手前から盛り返した戦いだな」
「そうだ、その盛り返すもとを作ったのがそのアッディーンという男だ」
「ほお、巡洋艦一隻で敵の正面に行きその進撃を止めたのはその男だったか」
 クライストは眉を上げた。
「そうだ、それから瞬く間に昇進し今や中将だ。そして今度はミドハド侵攻に参加するらしい」
「ほう、ミドハドにもか」
「そう、先に併合したカジャールから攻める艦隊の司令官だそうだ」
「カジャールか。あの進撃は見事だったな」
 クライストは感嘆の言葉を漏らした。
「二つの要塞を抜き首都を電撃的に陥としたからな。あれば見事だった」
「そして今度はミドハドとの決戦か。これは楽しみだな」
「うむ」
 そして二人はそれぞれの艦隊の司令部に戻っていった。
 モンサルヴァートは司令室で一人書類に整理にあたっていた。艦隊司令ともなればその決裁をあおぐ書類も膨大なものとなる。
「ふう」
 彼は一枚の書類にサインをし終え嘆息をついた。
「どうもこういう仕事は好きにはなれないな」
 彼はデスクワークはあまり好きではない。
「司令、仕事は終わりましたか?」
 そこにエウロパの軍服に身を包んだ一人の青年が入ってきた。
「貴官か」
 モンサルヴァートはその若者の姿を認めて言った。
「もうすぐ終わるところだ」
「それは何よりです」
 若者は微笑んでそう言った。
「しかしな」
 モンサルヴァートは顔を顰めて言った。
「こうしたデスクワークは私より貴官の方が得意だと思うのだがな」
「まあ私はそれが専門ですからね」
 彼は笑顔のままで言った。
 彼は後方参謀である。階級は大佐、二十代にしてこの地位にあるのは彼がこのサハラ北部で果たしてきた多大な貢献による。
 彼の名はプラシド=ベルガンサ。士官学校を優秀な成績で卒業し軍に入った。赤い髪と蒼い瞳で有名な美男子である。
 彼の能力は補給の運営及び管理にあった。それによりサハラにおけるエウロパの軍事行動はこれまで以上に迅速かつ的確に動けるようになっていたのだ。
 彼はその時に何がどれだけいるか、常に的確に把握しちえた。そしてそれに合わせて補給を行なう。その為のシステムも整備していたのだ。
『サハラのエウロパ軍はベルガンサにより支えられている』
 とも評される。彼はこの地のエウロパ軍にとって欠かせぬ存在であった。
「しかし私の仕事はもう終わってますよ。あとは閣下のぶんだけです」
「さらりと言ってくれるな」
 彼は苦虫を噛み潰した顔をした。
「私とて自分のやらなければならない仕事はわかっている。だがやはり好き嫌いはある」
「好き嫌いなど言えないのではないですか?」
 ベルガンサは笑みをたたえたまま言った。
「閣下の双肩には多くの者の命がかかっているのですから」
「確かにな」
 モンサルヴァートはその言葉に頷いた。
「仕事の好き嫌いなど言える身分ではないか」
「厳しいことを言えばそうですね」
「はっきりと言ってくれたな」
「閣下は的確かつ迅速なことを尊ばれるので」
「そうだが」
 しかしにこやかな顔をして言いにくいことを言う、モンサルヴァートはそう思った。
「それにしても今日は書類がやけに多いな」
「先の戦いのぶんがありますからね」
「そして次の作戦のぶんもか?」
「そうです」
「・・・・・・やれやれ」
 モンサルヴァートは嘆息をついた。
「だがこの苦労も勝利によって報われるようにしたいな」
「同感です」
「それには君の協力が必要だ」
 モンサルヴァートはベルガンサを見て言った。
「そして閣下の健闘も」
「それは任せておいてくれ」
 彼はそう言うとこの日はじめて笑った。そして彼に話した。
「ところでサハラの西が最近何かと騒がしいな」
「はい。オムダーマンが勢力を伸ばしていますね」
「今まではそんなに大きな勢力ではなかったがな」
「サハラの西方で第三勢力でしたね」
「うむ」
 東方は別にしてサハラは多くの勢力に分かれている。その中でオムダーマンは大きい方であったがそれでもエウロパから見れば小勢力に過ぎない。
「今のところは特に警戒する必要もないだろうな」
「はい、例えミドハドに勝てたとしてもサラーフもありますし」
「そうだな、それにミドハドとの戦いが長引けばサラーフも動くだろう」
 エウロパとサラーフは直接国境を接しているわけではない。間に数ヶ国存在する。だがサラーフの存在は意識している。
「まあ今は様子見ということですか」
 ベルガンサは言った。
「そうだな。ただ」
 モンサルヴァートはここで考える目をした。
「あのアッディーンという男だが」
「はい」
「興味があるな。これからの戦いでどうなるかはわからんが」
 彼は言葉を続けた。
「はい、もしかするとサハラを大きく変えるかも知れませんね」
「それは我々にとっては不都合だがな」
 モンサルヴァートは笑ってそう言った。なおベルガンサの言葉は近い将来に的中することになる。だがこの時神ならぬ二人はそのことを知るよしもなかったのである。

 オムダーマン軍はミドハド領内に侵攻していた。主力である五個艦隊はカッサラ星系から進撃しアッディーン率いる艦隊はカジュール星系から進撃していた。
「来たか」 
 その報告はミドハド政府にもすぐさま伝わった。ハルドゥーンはそれを聞き静かに言った。
「どうしますか?」
「決まっている、迎え撃つ」
 官僚の言葉に答えた。
「すぐにカッサラ方面に六個艦隊を向けよ。ビスクラ星系で迎え撃て」
「ハッ」
 ビスクラ星系はミドハドの地理上において最も重要な地である。この星系からミドハドの首都ハルツームにまでほぼ一直線に行くことも出来、各星系に睨みを利かすことも出来る。この地を押さえられることはミドハドにとっても危機を意味する。
「カジュールから来る敵に対しては如何致しましょう」
「カジュールからか」
 先のカジュール侵攻はオムダーマンのあまりにも迅速な動きの前に手を打てなかった。その為今二方向から攻められる事態に陥っているのだ。今度は何としても防がなければならない。
「あちらには二個艦隊を向けよ」
「二個ですか?」
「そうだ」
 ハルドゥーンは答えた。
「まずカジュール方面を叩いたならばすぐにビスクラに向かうよう指示しろ。そしてあの地でオムダーマン軍を倒す」
「わかりました」
 官僚はその言葉に対し頷いた。
「一個艦隊は予備戦力としてビスクラ後方に置いておけ。そして残る艦隊は首都の防衛だ」
「わかりました」
「数では負けてはいない。落ち着いて対処すればどうということはない」
「そうですね」
 実はこの官僚は侵攻にいささか動揺していた。しかし彼の言葉により落ち着きを取り戻した。
「ではすぐに各艦隊に伝えよ。そして吉報を待っている、とな」
「わかりました」
 官僚はそう言うとその場をあとにした。ハルドゥーンは部屋に一人となった。
「さて、と」
 彼は厳しい顔になった。
「上手くやってくれればいいが」
 彼は壁に映るホノグラフィーの地図を見ながら呟いた。実は彼は軍事のことにはあまり明るくはないのである。
 オムダーマンとミドハドの戦いははじまった。今は両軍共互いに兵を進める段階であった。


 

 

第一部第六章 疾風怒涛その一


疾風怒涛
 アッディーン率いる艦隊はカジュール方面から進撃していた。今のところ敵艦隊の情報はなく進撃はすみやかなものであった。
「敵の情報はまだないか」
 アッディーンは艦橋にて問うた。
「はい、今のところは」
 艦隊の主席参謀であるラシーク中佐が答えた。切れ長の瞳を持つまだ二十代後半の若い将校である。彼はこの作戦の直前にこの艦隊に配属されたばかりである。若いながらも優れた洞察力を持つことで知られている。
「おそらくこちらに来ていると思われますが」
「だろうな。我々を放っておくとは思えないしな」
 アッディーンはそう言うとモニターにミドハドの地図を映させた。それはホノグラフィーで浮かんでいる。
 この地図はカジュールで手に入れたものである。今はオムダーマン軍全てに行き渡っている。この地図が今回の作戦の計画及び立案に多大な貢献を果たしたことは言うまでもない。
「そうだな」
 アッディーンはその地図を見ながら言った。
「おそらく敵艦隊と遭遇するのはサルチェス星系になるだろうな」
 サルチェス星系はビスクラから二つ向こうの星系である。小惑星や衛星が多い。
「サルチェスですか」
「ああ」
 アッディーンはラシークに対し答えた。
「おそらくそこで遭遇する。規模は・・・・・・多分こちらより多いな」
「でしょうね」
 これはラシークも察していた。
「おそらく二個艦隊程か」
 それは見事に的中していた。
「分艦隊の司令官達を集めてくれ」
 彼は側にいるガルシャースプに対して言った。
「了解しました」
 ガルシャースプはその言葉に対して敬礼した。そしてすぐに各分艦隊の司令達が旗艦アリーに集められた。
「よく来てくれた」
 アッディーンはいささか形式的ながら彼等に挨拶をした。
 この艦隊には四人の分艦隊司令がいた。数字により四つの分艦隊に分けられている。
 第一はスライマン=アタチュルク、濃い顎鬚を生やした筋骨隆々の大男である。古くから艦に乗り込む歴戦の武人である。
 第二はハルーン=ムーア。痩せた顔付きの男で切れ者として知られている。
 第三はユースフ=コリームア。やや小柄ながら筋肉質である。用兵の速さで知られる。
 第四はバイバルス=ニアメ。整った口髭を持つ美男子である。若き名将と謳われる。
 この四人がアッディーンの艦隊の分艦隊司令である。皆アッディーンがその目で見て自分の艦隊に入れたオムダーマンでも名の知られた者達である。
 彼等はアッディーンに対して敬礼した。アッディーンはそれに敬礼で返すと話しはじめた。
「ミドハドの動きだが」
 分艦隊の司令達も幕僚達も黙って聞いている。
「今はバルガ星系にいるそうだな」
「ハッ」
 情報参謀が頷いた。そこは今彼等がいる宙域から少し離れている。
「だが敵は今我等を倒さんと躍起になっている。敵軍に領内を進まれるの程軍人にとって忌まわしいものはないからな」
 彼は珍しく落ち着いた声で言った。
「今我等は攻めている。これは攻撃地点を自由に決められるということだ」
 今更のような話であった。それは戦争においての常識であった。
「そこで私は今回敵を誘き出すことにした」
「何処にですか?」
 アタチュルクが問うた。低く重い声である。
「サルチェス星系だ。あの場所で敵軍を倒す」
 彼は強い声でそう言い切った。
「敵はおそらく我等より多いだろう。だがそこで彼等を殲滅する。そして我が軍の主力の援護に向かう」
「簡単に言ってくれますね」
 それを聞いてムーアが苦笑しながら言った。
「こちらより数が多く、しかも敵地において敵を殲滅してですか。そうそう上手くいきなすかね」
「いく。必ずな」
 アッディーンはそれに対して自信に満ちた声で言った。
「その為の私の考えを今から諸君等に言いたい」
 そして彼は再び話しはじめた。
「まず兵を二手に分ける」
「兵力が劣勢なのにですか?」
 これには皆驚いた。
「話は最後まで聞くようにな。まずはサルチェスには主力部隊が向かう。これは私が率いる」
 彼は皆を宥めてから再び言った。
「主力は一万だ。これはそのままサルチェスに入り布陣する」
「そしてもう一つの部隊はどうするのですか?」
 コリームアが問うた。
「そこだ。サルチェス星系の後方には大規模な補給基地があるのは知っているな」
「はい」
 これは地図にもある。ミドハドにおいてもかなり大きな補給基地である。
「敵がサルチェスに入ったならすぐに別働隊はここに襲撃を仕掛ける。そうすれば敵は進退が窮まる」
「そして戦場に誘き出すということですね」
 ラシークが尋ねた。
「そうだ。そして別働隊は主力部隊と敵軍を挟撃する。それが今回の私の作戦だ」
「戦場は何処なのですか?」
「それだ」
 アッディーンはアタチュルクの質問に頬を緩ませて答えた。
「この場所を考えている」
 彼はそう言うとサルチェスの第五惑星を指し示した。
 そこは巨大な惑星であった。周辺にリングを形成している。これは太陽系にある土星と同じものだ。こうした惑星を土星型惑星と呼ぶ。
「このリングの外側に布陣する。恒星サルチェスを右に見てな」
「問題は敵が何処から来るか、ですね」
「前から来る」
 アッディーンはムーアに対して答えた。
「今敵はバルガ星系にいる。そこは今この惑星とは一直線に正対している形になっている」
「敵はまっすぐにこちらに向かって来ると考えて折られるのですな」
「そうだ。兵力は敵の方が多い。ならば数を頼りに攻めてくる筈だ」
 彼はニアメに対し自信に満ちた声で言った。
「そして敵がこの星系に入ったところで補給基地を叩くのだ」
 その基地は第八惑星の衛星の中にある。今はバルガ星系から見て右手に位置している。
「敵が補給基地の辺りを通過したところで別働隊はその基地を攻撃する。そうすれば敵は選択の余地がなくなる」
「しかしそれならば別働隊を叩きに反転してきませんか?」
 アタチュルクが問うた。
「するだろうな」
 アッディーンは答えた。
「その時は別働隊はすぐに撤退してくれ。無理をする必要はない。それにそれが狙いなのだからな」
「狙い、ですか」 
 一同はその言葉に目を光らせた。
「そうだ。おそらく兵を分散させてくる。主力部隊はその分散された敵をまず叩く」
「それから基地の方にやってきた部隊を攻撃するのですね」
「そういうことだ。各個撃破していく」
 彼は皆に対し答えた。
「そしてすぐに友軍の援護に向かう。そして今回の戦いでミドハドを滅ぼすぞ!」
「ハッ!」
 一同はその言葉に対し敬礼した。そして各自それぞれの持ち場に戻っていった。
 数日後アッディーンの艦隊はサルチェス星系に入った。そして予定通り主力部隊を第五惑星のリングの外側に布陣させた。やがてミドハド艦隊がサルチェスにやって来たとの報告が偵察隊から入ってきた。
「来たな」
 アッディーンはそれを聞いて微笑んだ。
「アタチュルク少将とコリームア少将は今どうしている」
 別働隊はこの二人が率いることとなっていた。彼等の用兵の迅速さを買ってである。
「今第六惑星の辺りです」
 ガルシャースプが答えた。
「そうか、予定通りだな」
 アッディーンはそれを聞いて言った。
「それならば問題はない。あとはあの二人に任せよう」
「了解しました」
 ガルシャースプはその言葉に敬礼した。
「我々は作戦の準備だ。分かれた敵を一気に叩くぞ」
 そして彼は全軍に戦闘用意を命じた。
 ミドハド軍はアッディーンの予想通り第五惑星付近にオムダーマン軍がいると知ると全軍をもってそちらに向かってきた。二個艦隊で数はやはりアッディーンの軍より多い。
「よし、このまま叩き潰すぞ」
 その二個の艦隊のうち一個の艦隊の司令が言った。
「敵は劣勢だ。すぐにけりをつけて主力部隊に合流する」
 彼は艦橋で部下達に対して言った。
「そしてオムダーマンの奴等をこのミドハドから追い出す。返り討ちにするのだ」
 艦隊はそのまま第八惑星付近を通過した。それはオムダーマンの別働隊からも確認された。
「敵軍通過しました」
 アタチュルクはそれを乗艦の艦橋において聞いていた。
「そうか」
 彼はそれに対し頷くと航宙長に対し言った。
「予定通り進め」
「わかりました」
 航宙長は頷いた。そして艦隊は進路をその基地に向けた。
 ミドハド軍は第五惑星から一日の距離に達した。オムダーマンの艦隊の位置も確認した。
「明日は総攻撃だな」
 二人の司令は旗艦の司令室において食事を摂りながら話していた。
「うむ。敵将はアッディーン中将だったな」
 彼の名はミドハドにおいてもよく知られていた。苦杯を嘗めさせられているから当然である。
「ああ。これで奴も終わりだ」
 二人のうち髭を生やした方が杯を傾けながら言った。
「今度という今度は奴の首を獲る」
「そして武勲は我等のものだ」
 二人がそれぞれの艦橋に戻った時だった。急報が舞い込んできた。
「何事だ!?」
 それに対するオペレーターの声はひどく狼狽したものであった。
「大変です、補給基地が敵軍の襲撃を受けております!」
「何っ!」
 どうやらオムダーマンは別働隊を動かしていたらしい。彼等はそれをすぐに理解した。
 そして部隊を二つに分けた。基地を襲撃している。敵の規模はわからないので半分を向かわせた。
「予想通りだな」
 その動きはアッディーンからも確認された。
「はい、どうやらかなり狼狽しているようですね」
 傍らにいるラシークが言った。モニターには二手に別れる敵部隊の姿がはっきりと映し出されている。
「これで勝利は我等のものだ。明日は総攻撃を仕掛けるぞ!」
「ハッ!」
 翌日アッディーンの言葉通り敵軍に対し総攻撃が仕掛けられた。
 

 

第一部第六章 疾風怒涛その二


「ムッ、怯むな!」
 数のうえでは互角である。敵艦隊の司令官は自軍を叱咤激励して戦わせる。彼は後方で指揮を執っていた。
「攻撃を一点に集中させよ!」
 アッディーンは敵の動きの軸に攻撃を集中させた。全ての艦の攻撃がその地点に集まる。
 幾千もの光の束がその地点にいる敵軍を撃った。そしてそこに巨大な穴が開いた。
「よし、突撃だっ!」
 そしてその穴の中に突入する。彼は旗艦アリーを真っ先に突入させた。
 指揮官のこの行動に全軍奮い立った。皆それに続き敵軍に雪崩れ込んだ。
「いかん、防御を固めよ!」
 それに対し敵の司令は必死に体勢を整えようとする。
「空母だ、空母を出せ!」
 それに従い本来は決戦用であった空母部隊がそこへ向かう。だが遅かった。
「空母を狙え!」
 アッディーンの指示が下る。敵陣に踊りこんだ全艦は空母に襲い掛かった。
 ミドハド軍の空母の攻撃射程は短い。防御も薄い。それはより多くの航宙機を搭載する為である。それが仇となった。
 オムダーマン軍の砲撃が次々に炸裂する。ミドハド軍の空母はそれに耐え切れず爆発していった。
「司令、空母部隊が!」
 参謀が叫ぶ。だがどうにもならない。空母はその数を瞬く間に減らし最早部隊といえる数ではなくなっていた。
 突入した部隊がそのまま突き抜ける。そこに前面にいた部隊が広範囲に一斉射撃を仕掛ける。
 内部を掻き回され混乱状態に陥っていたミドハド軍にこれに対する力はなかった。その砲撃で大きく数を減らした。無数の白い光が銀河を照らしそして消えていく。
 そこに再び艦隊が突入する。今度は司令部に突撃する。
「旗艦を狙えっ!」
 アッディーンの腕が振り下ろされる。それに従いオムダーマン軍はミサイルを放った。
 そのミサイルが餓狼のように襲い掛かる。ミドハド軍の艦艇はそれを必死に逃れようとする。
「全艦退避行動に移れ!」
 だが間に合わない。忽ち数艦にミサイルが命中する。そして真っ二つに別れ銀河に消えていく。
 そして旗艦にも命中した。艦橋に衝撃が走る。
「総員退艦!」
 司令の指示が下る。
「閣下もご一緒に!」
 部下達が司令にも艦を脱出するよう言う。だが彼はそれに対し首を横に振った。
「私はいい。あと副司令はいるか」
「はい」
 副司令が前に出てきた。彼はこれから退艦するところであったのだ。
「指揮権を君に移譲する。そして全艦に伝えてくれ」
「はい」
「降伏せよ、と」
「わかりました」
 数分後ミドハド軍の旗艦は爆発した。そしてミドハド軍は降伏を伝えてきた。
「どうされますか?」
 ガルシャースプは艦橋においてアッディーンに対して問うた。
「決まっている」
 アッディーンはそれに対して微笑んで答えた。
「サハラの戦士は白旗に対しては攻撃しない。快く受諾する」
「わかりました」
 こうしてこの宙域での戦いは終わった。ミドハド軍は武装解除されオムダーマン軍の監視下に置かれることとなった。
 その監視に一部の兵を置くとアッディーンはさらに進撃を命令した。今度は残るもう一方の艦隊に対してである。
「このままの勢いで一気に叩き潰すぞ!」
 彼は全軍に伝えた。そしてそれに従い軍が動く。
 艦隊は補給基地に向かった。敵艦隊は陽動でそちらに向かった。ならばそこにいると考えられたからだ。
「敵艦隊は発見したか」
 アッディーンは進撃しながら艦橋で情報参謀に対して問うた。
「はい、今偵察艦より報告がありました」
 参謀は答えた。
「どうだ?」
「はい、今ここよりすぐの場所におります。進路は補給基地側です。そして我等の存在には気付いていない模様です」
「そうか。好都合だな」
 アッディーンはそれを聞くと不敵に笑った。
「アタチュルク提督とコリームア提督に連絡はとれるか」
「はい」
「そうか。ならば伝えてくれ。すぐにミドハド軍の攻撃に向かってくれとな。敵の側面を衝くように」
「了解しました」
 そして艦隊はさらに動きを進めた。やがて敵艦隊が見えてきた。
「まだこちらには気付いていないようですね」
 ガルシャースプはモニターを見ながら言った。
「ああ、好都合だな」
 アッディーンもそれを見て言った。
「よし、全艦砲門を開け、まずは一斉射撃だ!」
 全艦それに従い砲門を開いた。そして距離を詰める。
「全艦射程に入りました」
 参謀の一人が伝える。
「よし、撃て!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされた。それと同時に光の帯が集まり壁となり放たれる。
 それは敵艦隊の背を強烈に叩いた。瞬く間に敵はその数を大きく減らした。
「閣下、敵です!」
「何っ、第五惑星のところにいたのではなかったのか!」
 彼は敵の思わぬ襲撃に思わず叫んだ。
「どうやら我が軍を破ったようです、そうとしか思えません!」
「クッ、アッディーンめ・・・・・・」
 彼はその言葉に歯噛みした。
「すぐに攻撃に移れ、全艦反転!」
 反転しすぐに攻撃に移ろうとする。だが反転する時に隙が生じた。そしてそれを見逃すアッディーンではなかった。
「フン、隙だらけだ!」
 彼はそこにさらに攻撃を命じた。反転行動中で攻撃の出来ない敵艦隊にさらにビームが襲い掛かる。
 そして再び光の壁が打ちつけられる。それはミドハド軍にとっては死神の壁であった。
 それが終わるとアッディーンは全艦に突撃を命じる。そこに敵の横から新たな部隊が姿を現わした。
「右に敵艦隊!」
「クッ、補給基地を襲っていた連中か!」
 司令は舌打ちした。彼等はそのままミドハド軍の横っ腹に食いつかんと迫り来る。
「よし、全艦我に続け!」
 その艦隊の先頭を行くコリームアが叫んだ。彼は真っ先に敵の部隊の中に踊り込んだ。
「コリームア提督の部隊を援護せよ。全艦砲門を敵に向けよ!」
 アタチュルクは友軍を援護するように言った。そして彼の部下達はそれに従いコリームアの艦隊が突入するところに砲撃を浴びせた。
 後方と側面、両方から突撃を受けたミドハド軍は壊滅状態に陥っていた。最早それは戦闘と言えるものではなかった。
 撃沈される艦、降伏する艦が相次いだ。しかしその中でも果敢に戦う者達もいた。
「まだだ、まだ負けたわけではない!」
 突入するオムダーマン軍の前にいる一隻の戦艦の艦長が叫んでいる。
「敵の攻撃に耐えよ、そして反撃の時を窺うのだ!」
 彼は部下達に命令する。砂色の髪に鳶色の瞳を持つ均整のとれた身体つきの人物だ。顔は美男子といってもよいだろう。
「アガヌ艦長、司令からのご命令です!」
 オペレーターが叫んだ。
「何だ!?」
 彼は名前を呼ばれそれに顔を向けた。
「全艦退却せよ、とのことです」
「そうか」
 彼はそれに対し少し消沈した声で応えた。
「ことここに至っては止むを得んな」
「損傷の激しい艦から戦場を離脱するように、無傷の艦はその退却の援護をするように、とのことです」
「了解した。ならば一人でも多くの友軍を助けるぞ!」
「ハッ!」
 部下達はその言葉に対し敬礼した。
 ミドハド軍は撤退を開始した。まずは損傷の激しい艦から戦場を離脱していく。
「逃がすな、一兵残らず撃破せよ!」
 オムダーマン軍はそれを追おうとするが出来ない。ミドハド軍の防衛は思ったより固かった。
「特にあの戦艦の動きがいいな」
 ニアメは前線で友軍のフォローをしながら戦う一隻の戦艦を指差して言った。
「はい、敵ながら見事です」
 彼の副官もそれを見て言った。
「あの艦の艦長は誰だ」
 それはミドハド軍の司令からも見えていた。
「フラーグ=アガヌ大佐です」
 参謀の一人が答えた。
「そうか、アガヌ大佐か」
 彼はその名を聞いて頷いた。
「この戦いで生き残ることが出来れば名のある人物になるだろうな。見事な動きだ」
 彼の乗る旗艦も戦場を離脱した。そしてミドハド軍は戦場から完全に撤退した。
 サルチェス星系における戦いは終わった。参加兵力はオムダーマン軍が約一五〇万、ミドハド軍が約二二〇万、損害はオムダーマン軍が十万に達しなかったのに対してミドハド軍の死傷者は六十万を越えた。そして多数の捕虜を出しサルチェス星系をオムダーマン軍に明け渡す結果となった。
「敵は何処に撤退した」
 アッディーンはガルシャースプに尋ねた。
「ケルマーン星系に向けて撤退しているようです」
「そうか、ケルマーンか」
 彼はそれを聞いて頷いた。ケルマーンはサルチェスから見て北西、斜め下にある。前方にはミドハドの要地であり今回の侵攻において両軍の主力が激突すると考えられるジャースク星系が控える。
「あの地に逃げ込んだということは」
「おそらく予備戦力になるか、若しくは敵主力と合流するつもりであると思われますね」
「そうだな。では我々のとる方法は一つだ」
「はい」
 ガルシャースプはアッディーンの言葉に頷いた。
「ここに最低限の治安維持の為の兵力だけ置きそれ以外はすぐにケルマーン星系に向かうぞ。全軍進撃だ!」
「ハッ!」
 こうしてアッディーンの艦隊は再び進撃を開始した。そして幾多の星が彼等の動きを見守っていた。 

 

第一部第七章 壁と鉄槌その一


壁と鉄槌
「オムダーマンとミドハドの戦局はどうなっているか?」
 モンサルヴァートは近頃そのことばかり考えていた。
「ハッ、サルチェス星系がオムダーマンの手に落ちました」
 ベルガンサが答えた。
「そうか。速いな」
 彼はそれを聞いて顎に左の指を当てて言った。
「あの方面は確かアッディーン中将が受け持っていたな」
「はい」
「あの男、戦えば必ず勝っている」
「今のところは」
 ベルガンサは少しシニカルな声で言った。
「勝敗は戦争の常です。何時までも勝ち続けることは出来ません。何時かは負けるものなのです」
「そうだな。カール流星王もそうだったしナポレオンもそうだった」
「彼等は戦争に頼り過ぎましたから」
「戦争は政治の一手段に過ぎない、ということか」
「そうです、本来は物事の解決を図るにあたり戦争はその一つに過ぎません」
「それに頼り過ぎるのは危険ということか」
 モンサルヴァートは考える目をして言った。ベルガンサの言葉は十九世紀より欧州において常に言われていたことである。
「そうです。我々にしろ武力のみでこのサハラ北方を手に入れていっているわけではないですし」
 実際に彼等は武力でこのサハラに入り込んでいる。だがそれよりも政治外交に長けた彼等は巧みな外交政策によりこの地を侵食していっているのだ。武力侵攻をする方が少ない。
「あの連合を御覧になって下さい。彼等は内部であれだけいがみ合っていても武力衝突だけはしておりません」
「そうなったら交易も金融も何もかも破綻しかねないしな」
 彼等にとってそれは甚大な損害である。それよりも政治的、経済的に圧力をかけたりする方が遥かに効果的なのだ。これはアメリカや中国の常套手段であった。自分達の言う事を聞こうとしない小国にはこうして圧力をかける。だがそれに唯々諾々と従う国も当然ながら極めて少なく彼等は別の大国をバックにしたり小国同士で同盟を組みそれに対処する。彼等の行動は二十世紀後半の環太平洋地域におけるそれと殆ど変わってはいない。
「まあ彼等は内に宇宙海賊等を持っていて実戦経験は豊富なようですが」
「だが国同士の戦争は絶えてない、と」
「そうです。我々とも武力衝突には結局至っておりませんし」
 彼等にとってそれは幸運であったと言ってもよかった。
「今のところはな。彼等はまとまった軍すら持っていなかったし」
「ですが連合軍ができました」
「それだ。どうやらそのおかげで宇宙海賊は益々掃討されていっているらしいな」
「中には投降する者も出ている位らしいですね」
「そして戦力はさらに拡充されるということだ。ただでさえあれだけの戦力を持っているというのにな」
「彼等の動きが気になりますか」
「当然だろう。気にならない筈がない」
 彼は答えた。
「若し彼等がその兵をこちらに向けてきたらどうなる。ニーベルング要塞群が抜かれたとしたら」
「我々は窮地に陥りますね」
「そうだ。滅ぼされるだろうな」
「ですが彼等と我々が干戈を交えるにしても少し先のことになりそうですね」
「何故だ!?」
 モンサルヴァートはその言葉に対し問うた。
「今彼等は統一された兵制及び装備、システムの確立に必死です。とても外に目を向けられる状況ではありません」
「そうだったな」
 彼はその言葉に対し頷いた。
「それに彼等の中でも意見が分かれています。これまで通り開拓地を拡げていこうと主張する派と中央政府の権限を拡充させようと主張する派の二つに。どちらの意見が主流になるかで彼等の動きも変わりますよ。そしてそれから実際に動きを開始するでしょうし」
「エウロパの政党のようになっているのだな」
「はい」
 エウロパにおいては大小多くの政党が存在する。もっとも彼は軍人であるので政治のことを学んではいても積極的に関わろうとは思わない。選挙には行くが。
「政党政治が悪いは決して思わないが」
 彼は考え込みながら言った。
「やはり決定に時間がかかるというデメリットは否定できないな」
「それは一千年以上も前から言われておりますね」
「ああ。だが根本的な解決は一向に見られないな」
「ですが独裁政治なぞよりは遥かにいいでしょう。サハラの一部にまだ残っているような」
 サハラは群雄割拠の状況であり実際にそうした国もあるのだ。連合の中にもいささか強権的な国家元首がいないわけではないが彼等は独裁者ではない。
「我々も中央の権限はかなり強いがな」
「ですが独裁政治などではありませんよ」
「それはわかっている」
 彼は答えた。
「だが連合が我々に矛先を向けてきたら危険だぞ」
「まあニーベルング要塞群を粉砕しようとはするかも知れませんね」
「それだけで充分過ぎる程だがな」
「ですが結局それまででしょう」
 彼は静かな口調で言った。
「何故だ?」
「我々の領土は彼等にとってさして魅力的ではないからです」
 彼は冷徹ともとれる声で言った。
「我々の領土にあるものは全て彼等も持っています。個人所得こそは我々の方が多いですが」
「さして気にならないということか」
「確かに彼等と我々の対立は一千年に渡るものですがそれでも攻めるメリットがないのです。彼等は欲しいものがあれば開拓すればいいのですし。若しそれ以上のものが欲しいならば」
「サハラを攻めるか」
「そういうことです」
 ベルガンサは答えた。
「まとまっている我々を攻撃するより彼等を攻撃する方が容易ですしね。それに資源は彼等の方が遥かに持っておりますし」
 サハラは戦乱に明け暮れているがその眠っている資源はかなりのものだと言われている。エウロパの侵攻もそれを狙って、という一面もある。
「ですがそれも全て暫く後の話です」
 ベルガンサは再びそう言った。
「今は彼等の行動をシュミレーションし、その対策を考えているだけでよろしいでしょう」
「今のところはそれでいいか」
「はい」
「では上層部にはそう進言しておこう」
「お願いします」
「この件はこれでいいな。ところでサハラに話を戻そう」
 彼は話題を変えた。
「オムダーマンとミドハドの戦いだがな」
 モンサルヴァートの顔がさらに引き締まった。
「率直に聞きたい」
「はい」
「あの戦いはどうなると思う?」
「そうですな」
 ベルガンサは暫く考えた後口を開いた。
「兵力においては確かにミドハドが有利です。しかし」
「しかし?」
「勝敗はそれだけで決まるものではありません」
「そうだな」
 彼はその言葉に頷いた。
「オムダーマン軍は補給路も確保しております。アッディーン中将の艦隊にしてもサルチェスの補給基地を押さえております」
「あれは大きいだろうな」
「はい、彼の行動は迅速ですがその実補給を常に心がけております」
「そういえばカジュール侵攻においても補給路の確保は怠っていなかったな」
「そうです。あの作戦はそれを見抜けなかったかジュールが迂闊でしたが」
 あの戦いにおいてアッディーンは確かに疾風の様な動きを見せた。だがそれは補給あってのものだったのだ。彼はカッサラを起点としてカジュールの補給基地を陥落させていき二つの要塞を抜いたのである。
「そして今度はサルチェスを足掛かりにして攻めるというわけか」
「そのようですね。おそらく彼が次に向かうのは」
「ケルマーン星系だろうな」
 モンサルヴァートはベルガンサが言う前に言葉を発した。彼もサハラのおおよその地理は掴んでいる。
「おそらくは」
「そして後方から回り込み友軍を援護する。そう考えているだろうな、彼は」
「そうでしょうね。ですがそうそう上手くいくとは限りません」
「ミドハドにも意地があるだろうしな」
「そうです。しかしこの戦いで勝利を収めたならば」
「彼の戦功にまた一つ輝かしいものが加わるということだ」
 モンサルヴァートは言った。そして二人はその場を後にした。彼等も暇ではない。作戦行動がなくとも山の様な書類が彼等の決裁を待っているのだ。
 

 

第一部第七章 壁と鉄槌その二


 山の様な書類の決裁を抱えているのはモンサルヴァートだけではなかった。連合中央政府国防長官である八条もそれは同じであった。
「ではこれを広報部に渡してくれ」
 彼は決裁が終わった宣伝に関する書類を秘書官の一人に手渡した。連合軍は徴兵制ではない。連合を構成する国々はどれも徴兵制は連合設立と共に廃止している。これは二十世紀から軍の立場が相対的に弱まったこともあるが連合においては対外戦争は絶えてなく宇宙海賊に対するものであったから特に多くの兵を必要としなかったのである。そして元々人口が多い為志願制だけでもかなりの兵が期待できたのだ。
 だからといって何もしないのでは兵は集まらない。志願制の軍隊は常に自分達のことを宣伝しなくてはならない。何処が長所かということを。これは一般の企業と同じである。そうでなければ多くの優秀な人材は集まらないのだ。
「日本にいた時もこれは変わらなかったな」
 八条は部屋に残るもう一人の秘書官を前に苦笑した。
「とかく居住設備の充実や食べ物の質の向上にもうるさいしな。地位や待遇のことも考慮しなければならない」
「最早軍が粗末な環境で我慢していいという時代ではないですからね」
 そうした話は一千年程前に終わっていた。アメリカ軍がその先鞭をつけたと言われているがそうしなければ軍全体の士気に関わるのだ。
「だがそれにかかる費用も莫大なものになってしまうな」
「しかし徴兵制にしてもそれは変わりませんよ。しかも士気は期待できませんし」
「そうだな」
 連合では軍人はあまり人気がある仕事とは言えない。軍人や役人になるよりは開拓地に行って大農園を起こすなり鉱山や油田を掘り当てるなり会社を興す方がよっぽど儲かるからだ。文才や芸術の才能があるとそちらに向かうし想像力があれば作家や漫画家になる。こうした風潮が連合独特の大衆文化のもとにもなっている。
「これで人材が集まってくれればいいのだけれどな」
「人は集まりますよ。それも多量に」
「それに元々の数もあるか」
 八条は自軍のことを頭に思い浮かべて言った。
「数が確保できているのは有り難いな。それだけで大きな力だ」
「はい」
 軍はまず数である。それは何時の時代も変わらない。
「だがそれはそれで問題が出てくる」
 彼はそう言うと手元にある書類を手にとった。
「後方支持も大規模なものになる。情報部と補給部、そして経理部のことだが」
「それに技術部もですね」
「そうだ、予想はしていたがここまで規模が大きいとことあるごとに支障をきたす恐れがある」
「そうなった場合我が軍にとっては破滅的な事態になりますね」
「そうだ。システムの整備もさることながら運営する人材も選ばないとな」
「そうですね」
「衛生設備のこともある。課題はまだまだ山のようにあるぞ」
「それからですね、軍を動かせるようになるのは」
「そうだな、今はこれまで通り宇宙海賊の掃討しか出来ない。だが当面はこれでいい」
「はい」
「問題はその後だな」
 彼はそう言うと考える目をした。
「さて、この連合軍がこれからどう動くかだ」
 彼はそこで言葉を止めた。そしてその手にする書類の決裁をはじめた。

 舞台はミドハドに移る。サルチェス星系を手中に収めたアッディーンの艦隊は彼の言葉通りケルマーン星系に向かっていた。
「敵艦隊の情報は?」
 彼は情報主席参謀であるシャルジャー大佐に尋ねた。
「ハッ」
 痩せて学者のような風貌の人物である。三十代半ばであろうか。軍服よりは地味なスーツの方が似合いそうである。彼は司令の問いに敬礼をした後で答えた。
「ケルマーン星系に一個艦隊が確認されております」
「やはりな。そして今どうしている?」
「只今サルチェスより撤退した艦隊と合流し我が軍を待ち受けているようです」
「ふむ。おそらく彼等は予備戦力だったのだろうな。ジャースク辺りで行なわれるであろう戦いの為のな」
「そうであると思われます。そして我々への備えの意味もあったかと」
「そして今その備えになったというわけか」
「計らずもそうなったと言えるでしょう」
 シャルジャーは答えた。
「彼等を破りケルマーンを手に入れたなら友軍の大きな援護になるな」
「そうですね。敵の主力は後方を脅かされるのですから」
「今我が軍の主力は何処に展開している?」
「ジャースクに今入ろうとしていると思われます」
 鋭利な風貌の男が答えた。二十代後半であろうか。シャルジャーよりも長身である。
「ふむ、作戦参謀はそう見るか」
「はい」
 彼はアッディーンに対し答えた。
「ではシンダント大佐、貴官はジャースクでの敵の動きはどう予想するか」
 アッディーンはその作戦参謀の名と階級を呼んで尋ねた。
「おそらくはすぐに攻撃を仕掛けてはこないと思います。我が軍の主力の様子を見るかと」
「そうか。こちらに兵は向けては来ないと見るか」
「はい。ケルマーンにいる戦力だけで太刀打ちできると考えているでしょう」
「だろうな。数のうえから言っても」
 アッディーンは考える目をして言った。
「ケルマーンにいる艦隊もすぐには動かないでしょう。防御を固めているかと思われます」
「そして主力同士の戦いが終わった後に我等を叩く」
「おおよそはそう計画していると思われます」
「だが計画は計画だな」
 アッディーンはここで不敵に笑った。
「ケルマーンの敵艦隊の位置は確認できるか」
「はい」
 シャルジャーは答えた。
「よし、ならば我が軍は今より全ての交信を途絶する。そして識別信号も出すことを禁じる」
「ということはまさか」
「そう、そのまさかだ」
 アッディーンはシンダントの言葉に対して微笑んだ。
 そしてオムダーマン軍はアッディーンの指示通り動いた。そしてミドハド軍へと向かった。

 一方ミドハド軍はケルマーン星系の恒星ケルマーンを背に布陣していた。アッディーンの得意とする後方からの奇襲を避ける為だ。各惑星に索敵を徹底させ自らはそこで迎え撃たんとしていた。
「話は聞いている。見事な戦いだったそうだな」
 ミドハド軍の艦隊司令はアガヌに対し声をかけていた。サルチェスの戦いから逃げ延びた艦隊の司令は中将、彼は大将であるので艦隊の指揮は彼が執ることになっていた。
「いえ、私は何もしておりません」
 アガヌはそれに対して謙遜して言った。
「そんなことはない。貴官のおかげで多くの将兵が戦場から無事離脱することができた。これは貴官の功績だ」
「有り難き御言葉」
「これからの戦いでも期待しているぞ。ここで食い止めなければジャースクにいる我が軍の主力に危機が訪れるからな」
「ハッ」
 今ミドハド軍は恒星を背に防御を固めている。前方及び側方、そして上下の監視は怠っていない。
「相手はアッディーン中将だ、気は抜けないぞ」
「はい」
「おそらく今度も何かしてくるだろう。警戒を怠ってはいけない」
「そうですね」
 アガヌはその言葉に対し同意した。だが心の中で一抹の不安覚えていた。
「司令、御言葉ですが」
「何だ」
 司令は彼の言葉に対し顔を向けた。
「ここで布陣するにしても通信や識別信号は消され、場所を変えられた方がよろしいのでは?」
「オムダーマンに我が軍の存在を知られない為にか」
「はい」
 アガヌは頷いた。
「その必要はあるまい」
 だが彼はそれに対し首を横に振った。
「敵はおそらくここに向かって来るだろう。我々はそれを迎え撃てばいい。それに彼等が幾ら姿を消そうが我々のこの監視網の前には逃れられまい」
「そうでしょうか」
 残念なことにこの司令はオムダーマン軍の艦艇の隠蔽能力を甘く見ているところがあった。そしてアッディーンの能力も少し甘く見ていたかも知れない。
「我々は必ず彼等の存在を掴む。そして臨機応変に対処するだけでよいのだ」
「つまり防御に徹すると」
「そういうことだ」
 司令はそう言うと強く頷いた。
 

 

第一部第七章 壁と鉄槌その三


「心配は無用だ。恒星を背にしていては彼等も奇襲は仕掛けられない。そして兵力においても優勢にあるしな」
「はい」 
 だがアガヌは思った。それでもサルチェスでは負けたのだと。
 アガヌは司令の下を退いた。そして自分の艦へと戻った。
「危ないな、司令は油断されている」
 彼は艦長室に戻ると一人呟いた。
「アッディーン中将は必ず仕掛けて来る。おそらく我々の思いもよらぬところから」
 彼は壁に掛けられている立体地図を見た。それはこの星系のものである。
「そうやって今まで勝ってきたのだ。今度も必ずやって来るだろう」
 その目は強いが悲観した光を放っていた。
「だが問題は何処からか、だ」
 彼は恒星を見ながら言った。
「それがわからない限りはこちらとしても手の打ちようがないな」
 彼はその地図の上に駒を置いた。それは自軍の艦隊のものであった。
 それから二日経った。オムダーマンの艦隊の情報は一向に入って来ない。
「まずいな」
 アガヌは艦橋で一人呟いた。
「一体何処から来るかわからんぞ、これは」
 ミドハド軍は今前方を重点的に警戒して布陣している。左右及び上下には惑星がある為でもある。そちらの索敵を惑星の偵察基地に任せているせいでもある。
「確かに監視網に懸かった時点で対応しても間に合うが」
 彼は心の中に不吉なものが生じるのを感じていた。
「もし彼等がこの索敵網を既に潜り抜けていたならば」
 その時は恐ろしいことになると思った。
 それから数時間経った。やはり情報は何も入ってはこない。
「来ませんね」
 航海長が彼に対し言った。
「今のところはな」
 だが彼はそれに対しても厳しい表情のままである。
「だが必ず来る。それも思わぬところから」
 彼の言葉は当たっていた。アッディーンの艦隊はこの時彼等の右斜め下にいたのである。
「もうすぐ主砲の射程内に入ります」
 ガルシャースプがモニターを見ながら言った。
「よし、ここまでは上手くいったな」
 アッディーンはモニターに映る敵艦隊から目を離さない。
「他の艦艇はついてきているな」
「御心配なく。一隻の落伍者もありません」
「ならいい。では全艦に伝えよ、隠蔽をすぐに止めよ、通信も復活しろとな」
「ハッ」
 その指令は忽ち全艦に伝わった。全艦それに従い姿を現わす。
「よし、全艦一斉射撃。そしてそのまま一気に突き崩すぞ!」
「了解!」
 彼等はそれに従った。そして全艦の主砲からビームが一斉に放たれた。
「敵艦隊発見!」
 その艦影はミドハド軍にも発見された。
「何処だ!?」
 司令はそれを聞いて身を乗り出した。
「右斜め下からです、近いです!」
「何っ、まさか我が軍の索敵をかい潜ってきたというのか!」
「その様です、今膨大なエネルギー反応がしました!」
「何っ、まさか!」
 それが何か、わからぬ軍人はこの銀河にはいない。
「はい、駄目です、避けきれません!」
 最後の言葉は最早絶叫であった。オムダーマン軍の一斉射撃がミドハド軍を下から打ちつけた。
 忽ち数百の艦が撃沈された。エンジンを撃ち抜かれた艦が動きを制御できなくなりそのまま漂う。そして隣の艦にぶつかり共々爆発する。
 ある艦は艦橋に直撃を受けた。そしてその中を炎が荒れ狂い忽ち全ての乗員をその中に飲み込んでいった。
 オムダーマン軍は再び一斉射撃を仕掛けた。これは先制攻撃を受けたミドハド軍に対しさらに打撃を与えた。
「態勢を整えよ!」
 司令の指示が下る。ミドハド軍はそれに従い艦隊の編成を立て直し艦の向きをオムダーマンに向けた。
 だが遅かった。オムダーマン軍は二度の一斉射撃を終えるとそのまま突撃を敢行してきたのだ。
「全艦突撃せよ!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされた。それに従い全艦ミドハド軍にそのまま斬り込んだ。
 まずは光子魚雷を放った。魚雷は敵の間を跳ね回りその腹や背を撃つ。そして混乱したところにオムダーマンの艦艇が踊り込んだ。
「イエニチェリ発進!」
 アッディーンの指示が下る。そして新しく開発された航宙機イエニチェリが発進する。この出兵の前に配備されたものだ。攻撃力と機動性を重視した構造になっている。
 イエニチェリはミドハドの艦艇の間を編隊を組んで飛び回る。そしてまずは迎撃にやってきたミドハド軍の航宙機に向かう。
「よし、一機一機確実にやれ!」
 指揮官機から指示が下る。各機その言葉に従い散開した。
 そして編隊全機でもってまず先頭の機を撃つ。それから次の機を。見れば他の編隊とも協力している。
 ミドハド軍の航宙機は性能が高いことで知られている。だが先手を打たれているのと数の違いが出ていた。この宙域のミドハド軍には空母は少なかったのだ。その殆どをジャースクに向けていたのだ。
 それが裏目に出た。ミドハド軍の航宙機は忽ちその数を大きく減らし遂にはオムダーマン軍のイエニチェリに対抗できなくなってしまった。
「よし、今度は艦艇を狙え!」
 指示が下る。イエニチェリ部隊は敵のビーム砲座に対し散開しそれぞれ攻撃を仕掛ける。そして艦艇にダメージを与えていく。
「クッ、各砲座、何をやっている!」
 だが彼等とて必死だ。懸命に狙いを定める。しかし命中しないのだ。
「そうそう当たってたまるかよ!」
 イエニチェリの運動性能は極めて高かった。ビームを何なくかわし攻撃を仕掛ける。そしてミドハド軍の艦艇は次第にその戦闘力を減らしていった。
 戦局はオムダーマン軍に有利に進んでいた。ミドハド軍はやがて組織だった戦闘が不可能になっていった。
「クッ、ここでもアッディーン中将に遅れをとったか」
 アガヌはその数を減らしていく友軍を見ながら苦悶の声を漏らした。
「だがそうそう好きにはさせん。行くぞっ!」
 そう言うと自分の艦を敵の最前線に持っていかせた。
「まだ負けるわけにはいかん。主砲、一斉射撃!」
 それがオムダーマン軍の戦艦の一隻を撃沈した。
「ムッ、敵の反撃か?」
 それはアッディーンの旗艦からも確認できた。
「いえ、一隻だけです。どうやら組織立った反撃ではないかと」
 ガルシャースプがモニターを見ながら言った。
「だとしても骨のある奴だな。一隻だけで向かって来るとは」
「しかし一隻だけではどうにもなりませんよ」
「そうとは限らんぞ。カッサラでの俺のことを思い出せ」
「・・・・・・そうでしたね」
 彼は一隻で攻撃を仕掛けようとする敵の部隊の前に急行し一斉射撃でその動きを封じることにより戦局を変えている。戦局とはふとしたはずみで変わることもあるのだ。
「あの艦に攻撃を集中させろ、戦艦を数隻向かわせろ!」
 その言葉に従い数隻の戦艦が向かう。だがアガヌはそれに対しても善戦した。
「中々しぶといな」
 アッディーンはそれを見て思わず感嘆の言葉を漏らした。それ程までに見事な動きであった。
 しかし戦局はオムダーマン軍のものとなっていた。ミドハド軍は各所で寸断され各個撃破されていた。
「司令、これは最早挽回出来るものではないかと」
 旗艦の艦橋において副官が司令に進言した。
「・・・・・・そうだな」
 彼は腕を組み苦汁を舐めた顔で言った。
「全艦撤退だ。ジャースクまで撤退せろ」
「ハッ」
「そしてあの地で主力と合流することにしよう」
「わかりました」
 こうしてミドハド軍は撤退に移った。各艦反転し戦場を離脱していく。
「追え、逃がすなっ!」
 アッディーンの指示が下る。オムダーマン軍は追いすがり攻撃を仕掛ける。その前にアガヌの艦が立ちはだかる。
「そうはさせんっ!」
 そして友軍を一隻でも多く逃がさんと決死の援護攻撃を仕掛ける。そしてオムダーマン軍を寄せ付けない。
「またあの男か」
 アッディーンは彼の艦を見て再び感嘆の言葉を漏らした。
「敵ながら見事ですね」
 ガルシャースプもそれは同じだった。
「うむ。だがこれを放っておくわけにもいくまい」
 彼は右腕をゆっくりと挙げた。
「今度こそ確実に仕留めろ!」
 各艦の主砲が一斉に放たれた。その中の一つがアガヌの艦のエンジンの一部を撃った。これが決まりだった。
「行動不能です」
 機関長が報告した。アガヌはそれを聞いて黙って頷いた。
「ならばもういい。降伏しよう」
「はい」
 こうしてアガヌはオムダーマン軍に投降した。そしてこの星系にいるミドハド軍は彼の奮戦もありかろうじて戦線を離脱することが出来た。彼等はジャースク星系に向かって落ち延びた。
 ケルマーン星系での戦いも終わった。参加兵力はオムダーマン軍百万、艦艇一万隻、ミドハド軍は百六十万、艦艇一万六千隻であった。隠密行動を取り奇襲を仕掛けたオムダーマン軍の勝利に終わりミドハド軍は撤退した。この勝利によりアッディーンの艦隊はジャースク星系にいる友軍の主力部隊と合流することが可能となった。
「今回も勝ちましたな」
「当然だがな」
 アッディーンはシンダントの言葉に自身に満ちた笑みを浮かべて応えた。
「だがこれで終わりじゃない」
「はい、すぐにジャースクに向かいましょう」
「そうだ。ところで捕虜達はどうしている?」
 彼はそのことに対して尋ねた。
「今はカジュールにある捕虜収容所に送られていますが」
「そうか」
 後方参謀であるバヤズィト大佐が答えた。少し太めの大男である。
「この戦いが終わったらそちらに向かうとしよう。一人会いたい男がいる」
「そうですか」
「うむ。だがそれにはまず勝たなくてはな」
「はい。次に戦いで決まりますね」
 皆ガルシャースプの言葉に対し頷いた。
「よし、捕虜の護送部隊の他は全艦ジャースクに向かうぞ。そして友軍と合流だ!」
「ハッ」
 皆その言葉に対して敬礼した。そして一路ジャースク星系に向かった。

 ケルマーンの戦いのことはすぐにジャースクにいる両軍の間にも伝わった。これにオムダーマンの将兵達は歓喜しミドハド軍は消沈した。
「そして我が軍はどうなった?」
「いまこちらに向かっております。合流する為に」
 ミドハド軍の旗艦の艦橋では司令と参謀達は深刻な顔で軍議を行なっていた。
「そうか。その数はどのくらいだ?」
「八十万程です」
「随分手酷く痛めつけられたな」
「はい。そしてオムダーマン軍もこちらに向かってきております」
「そうだろうな。敵将はアッディーン中将か」
「その通りです」
「うむ・・・・・・」
 司令はその白いものが混じった口髭に手を当てながら考えた。そして決断を下した。
「布陣する場所を変えよう。バンプール星系との境だ」
 バンプール星系とは首都であるジャーハバードの一個前の星系である。そのを越えれば首都である。最後の防衛線と言ってよい。
「いざという時はあの場所に逃れられるようにな。そしてあの地を背にすれば奇襲を仕掛けられることもあるまい」
「そうですね」
 参謀達はその言葉に頷いた。
「こちらに向かっている友軍と合流が済み次第陣を移す。そしてそこで戦うとしよう」
「了解」
 皆その言葉に対し敬礼した。そしてミドハド軍は陣を移した。
 アッディーンは友軍と合流を果たした。二度の戦いに大勝利を収めた若き名将の合流にオムダーマン軍は喜びの声に包まれた。
 

 

第一部第七章 壁と鉄槌その四


「見事だ、よくここまで来てくれた」
 この侵攻の総司令官であるメフメット=マナーマ上級大将が笑顔で彼を司令部に出迎えた。頭の毛が少し薄い男である。長い間参謀畑を歩いてきており艦隊指揮の経験は乏しい。しかし慎重な性格がいい方向に向かい今回の侵攻においては的確に進めている。
「有り難うございます」
 アッディーンはその笑顔に対し敬礼を返した。
「貴官の合流は実に心強い。早速敵の主力を討つとしよう」
「はい」
 アッディーンは応えた。
「敵は布陣する位置を変えたそうだな」
 マナーマは参謀に対して尋ねた。
「はい、バンプール星系との境に移っております」
「そうか」
 マナーマはそれを聞いて頷いた。
「では我々も動くとしよう。そしてそこで彼等を叩く」
「それについて良い策があるのですが」
 ここでアッディーンが言った。
「それは!?」
 皆その言葉に顔を向けた。
「はい、それですが」
 彼は話しはじめた。一同それを聞くと大きく頷いた。

 ミドハド軍はバンプール星系との境に布陣した。オムダーマン軍はそれを追う形でやってきた。双方互いに向かい合って布陣している。
「やはりいるか」
 ミドハド軍はアッディーンの部隊を確認して言った。だが彼の部隊は後方に控えている。
「予備兵力ということでしょうか?」
「かもな。これまで三回の戦いを経ているし」
 ミドハド軍の司令官はそれを見て言った。
「だが彼の動きには警戒しろ。一体何をしてくるかわからんぞ」
「はい」
 彼等はオムダーマンの陣を見ながら話していた。
 戦いはまずはオムダーマン軍の前進からはじまった。ミドハド軍はそれに対し主砲を向ける。
「撃て!」
 指示が下る。それと同時に両軍は砲撃を開始した。
 最初は互角であった。だが数の差が次第にものをいってきた。
 オムダーマン軍はアッディーンの艦隊を入れて六個艦隊である。対するミドハド軍は合流した兵力を含めて七個艦隊になる。この差は大きかった。
「ここでは勝てるかもな」
 戦局はミドハド軍に有利に進もうとしていた。彼等はここぞとばかり攻勢を仕掛けてきた。
「主砲一斉発射!」
 司令の腕が振り下ろされる。それと共に光の帯が放たれる。
 オムダーマン軍はそれに対して徐々に退きはじめた。ミドハド軍はさらに攻撃を強めていく。
「よし、どんどんやれ!」
 勢いづいた彼等はそのまま押そうとする。オムダーマン軍はそれに対し退くばかりである。
「勝てるな」
 ミドハド軍はそう感じた。そして攻撃の手を緩めなかった。
「上手い具合に進んでいますね」
 それを見てほくそ笑む者がいた。アッディーンである。
「ああ。まさかこうまで順調にいくとはな」
 彼はガルシャースプ達の言葉に対し頷いた。彼等は後方で待機しながら戦局を見守っているのだ。
「動くとしたら今ですかね」
「いや、まだだ」
 アッディーンは獲物を見る猛禽類の目をして笑った。
「まだまだ引き付けてもらわなくてはな。動くのはそれからでよい」
「そうですか」
「だが動く時は一気に動くぞ」
 彼の目が光った。
「そして戦局を一気に決める」
「はい」
 彼等はまだ動かなかった。そして戦いを黙って見ていた。
「アッディーン中将の部隊は動きませんな」
 ミドハド軍の参謀は後方で沈黙している彼等の部隊を見て言った。
「うむ。どうやら本当に疲れきっているのかもな」
 司令もそれを見ながら言った。
「だがそれはこちらにとっては好都合だ。何しろ彼には本当に今まで散々やられたからな」
「はい」
「よし、総攻撃だ。このまま戦いを決めるぞ!」
「ハッ!」
 ミドハド軍は攻撃の手を更に強めた。オムダーマン軍はまたもや退きやがてアッディーンの部隊のすぐ前まで来ていた。
「よし」
 アッディーンはそれを見て頷いた。
「全軍動くぞ。右に行く」
「はい」
 艦橋に集まっていた幕僚達は皆頷いた。
「今こそ勝機、勝利は我が手に!」
「ハッ!」
 アッディーンの部隊は突如として動いた。友軍の後ろを右にかけていく。
「アッディーンの中将の部隊が動きました」
 それはマナーマの司令部からも確認された。
「そうか、遂にな」
 彼はそれを見て満面の笑みを浮かべた。
「よし、もうすぐ戦局が変わるぞ。もう暫く持ち堪えろ!」
「ハッ!」
 オムダーマン軍は活気づいた。そしてその守りをさらに固めた。
 これはミドハド軍も確認した。だが彼等はたかをくくっていた。
「フン、今更動いても遅いわ」
 彼等はアッディーンの部隊を見ながらせせら笑っていた。
「もう戦局はこちらのものだ。精々無駄なあがきをするんだな」
 彼等はアッディーンの部隊が友軍の援護に入るものだと思っていた。だがそれは違っていた。
 アッディーンの部隊は反時計回りに動いた。そして友軍と合流せずにそのまま前に出た。
「何!?」
 そしてミドハド軍の側面に来た。そこで艦首を一斉に左に向けた。
「今だ、撃て!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされる。そしてミドハド軍の横っ面をビームでおもいきり殴った。
「うわっ!」
 忽ち一千隻近い艦が爆発する。そして動きが止まった。
「大変です、側面から攻撃を受けました!」
 ミドハド軍はそれを受けて忽ち混乱状態になった。司令官もそれをはっきりと確認した。
「兵力を横に向けろ!」
 彼はすぐに指示した。そして兵の一部をアッディーンの部隊に向けようとする。
 だがアッディーンの動きは速かった。やはり反時計回りに動き攻撃を仕掛けながらミドハド軍の後方に回っていく。
「これは避けられまい」
 次々にビームやミサイルを放つ。そしてミドハド軍の艦艇を次々に沈めていく。
 これを見てオムダーマン軍の主力部隊も元気付いた。守勢から攻勢に転じ混乱するミドハド軍に突撃する。
「よし、今だ!」
「進め、今こそ勝機だ!」
 それに対し今度はミドハド軍が守勢に立たされた。次第に後ろに退こうとする。
 だが後方にはアッディーンの部隊がいる。彼は攻撃の手を一切緩めず彼等の背を撃ち続ける。
 やがて戦局は完全にオムダーマン軍のものとなった。彼等はミドハド軍を各地で寸断し各個撃破していった。
「これで決まりですな」
 オムダーマンの司令部で参謀の一人がマナーマに対して言った。
「うむ、流石だな、アッディーン中将」
 彼はアッディーンの名を呼んだ。事実この勝利は彼がもたらしたものだからだ。
 ミドハド軍は包囲されようとしていた。だが彼等はそれから必死に逃れようとする。
「横だ、横に動け!」
 司令が絶叫した。彼は挟み撃ちにされながらも逃げ道を咄嗟に見つけたのだ。
 そこは側面であった。そこはバンプールに続く。彼はそこに目をつけたのだ。
「全軍退却だ、バンプールまで退くぞ!」
 彼は指示を下した。そして自ら側面に飛び出た。
 後の艦もそれに続く。そしてミドハド軍は何とかオムダーマン軍から逃れた。
 オムダーマン軍はそれを追おうとしなかった。ただ彼等の逃げるに任せたのである。
「よろしいのですか?」
 幕僚の一人がマナーマに対して問うた。
「いい。もう勝負はついた」
 彼は謹厳な表情で言った。
「勝敗はついた。これ以上無益な損害を出すこともあるまい」
「ですがまだ首都での戦いが残っていますよ」
「首都か」
 彼は一言、呟くように言った。
「もう陥落したも同然だがな。我々はこれ以上の戦闘はなくミドハドの首都に入城することになるだろう」
「果たしてそう上手くいきますか?」
 幕僚達は皆首を傾げていた。
「必ずな」
 彼は答えた。
「さて、軍を集結させよう。まだ残敵がいるかも知れないし捕虜の処遇もあるしな」
「はい」
「よし、全軍集結だ、そして次の作戦に対して備えるぞ!」
 こうしてジャースク星系での戦いは終わった。参加兵力はオムダーマン軍約六〇〇万、艦艇六万隻、ミドハド軍は約七五〇万、艦艇七万五千隻であった。数に優るミドハド軍であったがオムダーマン軍の誘い込みと迅速な攻撃に対処しきれずこの戦いにおいても敗北した。兵力の三割以上を失いバンプールに退却することになったが最早士気も戦闘能力も絶望的なまでに落ちていた。それに対してオムダーマン軍は勝利により士気を高めただけでなく多量の物資も手に入れた。これにより彼等はミドハド軍の首都への進撃に向けて大きく動くこととなった。
「これでミドハドは我等の軍門に降りましたな」
 バヤズィトはアリーの艦橋においてアッディーンに対して言った。その顔は勝利でほころんでいる。
「おそらくな。だがまだ油断はできない」
 彼はまだ顔を緩めてはいなかったのである。
「首都は容易に手に入るだろう。問題はそれからだ」
「問題といいますと」
「主席のハルドゥーンだ。あの男は中々老獪だぞ」
 彼はどうやらハルドゥーンが何かしてくると考えているようだ。
「ゲリラ活動等ですか」
「その可能性も高いな」
 彼はバヤズィトの言葉に対し硬い表情のまま頷いた。
「首都は大人しく明け渡すだろうがな。おそらく故郷に帰りしつこく抵抗する筈だ」
「確か彼の出身地はブーシルでしたね」
「そうだ。ミドハドで二番目に大きな星系だ」
 ミドハドで最も大きな星系は首都星系である。ブーシルは土地も肥え資源も豊富な為首都星系の次に人口が多い。
「あの星系の首長はハルドゥーンとは密接な関係にあるしな。それに」
「あそこはサラーフと境を接していますね」
「そうだ」
 アッディーンはその言葉に対し頷いた。
「下手をすればサラーフが介入してくるぞ。彼等は今までミドハドとは犬猿の仲だったがな」
「近頃我等に対抗する為に接近しておりましたな」
「だからこそ警戒するのだ。今までは我等とミドハドの戦いを静観していたのだろうが」
「大局が決した今すぐにでも動きかねませんね」
「うむ。ブーシルに来られては後々面倒なことになるぞ」
 アッディーンは顔を顰めて言った。
「それだけは阻止しなくてはなりませんね」
「考えられるのはハルドゥーンがブーシルに臨時政府なり何なりを設立することだ。そしてそこにサラーフが彼等を助けるという名目で介入してくる」
「よくある話ですね」
「このサハラでは特にな。だからこそ警戒しなければならない」
 そこでシャルジャーがやって来た。
「司令、只今首都から司令に通達がありました」
「通達?何だ?」
 彼はそれを聞いて顔をシャルジャーに向けた。
「これをお読み下さい」
 シャルジャーはそう言うと一枚の書類を彼に手渡した。
「うむ」
 彼はそれを手に取った。そして封を切り読みはじめた。
「俺も大将になったか」
 彼は表情を変えず頷いて言った。
「えっ、大将ですか!?」
 艦橋にいた者はそれを聞いて皆ざわめきだった。
「特に驚くことでもないだろう」
 彼はそれに対し取り乱しもせず驚くこともなく応えた。
「何を言われるのですか、大将といったら凄いですよ」
「そうですよ、しかもその若さで」
 大将はオムダーマン軍においては元帥、上級大将に次ぐ地位である。その権限は中将と比べても比較にならず軍の最高幹部の一人と言っても過言ではない。
 しかもアッディーンはこの時まだ二十一歳である。その若さで大将というのは前代未聞のことであった。
「大したことではない、俺はただ戦いに勝っただけなのだからな。階級なぞ問題ではない」
「そうですか」
 彼等は司令官の落ち着いた様子に自らも落ち着きを取り戻した。そこにもう一つ通達が来た。今度はこの作戦の総司令官であるマナーマからだ。
「今度は何だろう」
 アッディーンはそれを受け取った。それはこれからの作戦行動であった。
「そうか、司令も気付かれていたか」
 彼はそれを読むと一言そう言った。そして艦橋にいる者達に対して言った。
「諸君、すぐにブーシルに向かうぞ」
「やはり」
 バヤズィトはそれを聞いて思わず言った。
「うむ。何やらあの星系で不穏な空気があるらしい。そして予想通り彼等も動こうとしている」
「サラーフですね」
「そうだ、連中は今ブーシルとの国境に集結中だという。一刻の猶予もならない」
「しかし今我等の艦隊は万全ではありませんよ」
 バヤズィトはいささか顔を暗くして言った。
「兵の三分の一がサルチェスやケルマーンにおります。それに物資の補給も必要です」
「我々の兵はすぐに交替させこちらに向かって来るそうだ。そして補給は今から至急行なわれるそうだ」
「またえらく急ですね」
「それだけ切羽詰っているのだろう。補給が済み次第すぐに向かうぞ」
「サルチェス等の兵は?」
「ブーシルで集結してくれとのことだ。とにかくすぐにあちらに向かってくれと言っておられる」
「そうですか。それでしたら」
「うむ。よし、全軍今から補給を受けるぞ、そしてそれが済み次第すぐにブーシルに向けて出撃だ!」
「ハッ!」
 こうしてアッディーンは大将になってすぐにブーシルへ向かうこととなった。そこにもやはり新たな戦いが待っていた。そして彼の戦いにまた彩りを加えることになるのであった。

第一部   完



              2004・4・27

 

 

第二部第一章 策略その一


                    策略
 オムダーマン共和国とミドハド連合の戦いはオムダーマンの圧倒的な勝利に終わった。ジャースクでの戦いに敗れたミドハド軍はこれ以上の戦闘は無意味と悟り武装解除、投降をはじめた。オムダーマン軍はそれを快く受け入れた。
 オムダーマン軍はミドハド連合の首都ハルツームに無血入城した。組織的な抵抗もなく彼等は悠然と降り立った。
 そしてそミドハド連合の降伏が調印された。オムダーマンの使者が到着し式は滞りなく行なわれた。結果ミドハド連合はオムダーマン共和国に吸収されその軍及び施設、官僚機構は全てオムダーマンに組み込まれることとなった。法も国家システムも段階的にではあるが全てオムダーマンのものとされることとなった。ここにミドハド連合はその歴史に幕を降ろすこととなったのである。オムダーマンはこれによりその勢力を大きく伸張することとなった。
 ただ問題があった。ミドハドの主席であるイマーム=ハルドゥーンの姿が見えないのである。今頃敵国の国家元首を裁判にかけたり処刑したりなぞはしない。その愚かさは二十一世紀でわかっていることであった。それに彼の国はもうこの銀河にはないのだ。
 しかし彼がまだミドハドを諦めていないなら話は別である。仮にもミドハドの元首であった男である。その影響は大きい。そしてその行動如何が混乱を起こす怖れもあった。
 オムダーマンの最も怖れることはそれであった。だからこそ彼の出身地ブーシルにアッディーンの艦隊を送ったのである。だが彼の所在はまだ掴めてはいなかった。
「問題は何処にいるかだな」
 オムダーマンは彼の所在について必死に捜索していた。
「首都に残ってはいないでしょうか」
 誰かがそう言った。
「それはないだろう。ここは彼の故郷ではない。隠れるには無理がある」
 ミドハドは多くの星系から構成される連合国家である。従って国民の帰属意識はそれぞれの出身星系に強く連合中央政府には弱かった。
「彼が首都に隠れることは出来ない」
 その通りであった。隠れるとすれば故郷であり地盤のあるブーシルしかないのである。
 しかしまだ見つからない。余程上手く隠れているようだ。
「こうなったら彼にも行ってもらうか」
 高官の一人がふと漏らした。
「彼といいますと」
 それを聞いた周りの者が言葉を止めた。
「特殊部隊に連絡を」
 その高官はそれには答えずそう言った。
「ハッ」
 すぐに一人が敬礼し部屋を出た。そして誰かが新たに呼ばれた。

「もう少し長引くと思ったがな」
 モンサルヴァートは司令部にある自らの執務室でオムダーマンとミドハドの戦争に関する資料を読みながら言った。
「ジャースクで終わりだとはな。もう一戦あると思ったが」
「将兵の士気が極端に下がっていたと聞いております」
 緑の瞳に金色の豊かな髪を持つ女性が答えた。
 見ればかなりの美貌の持ち主である。細長く形のいい顎を持つ整った顔立ちをしている。肌は白くまるで雪のようである。そして唇は薄く色は紅である。古の北欧の愛の女神フレイアの様な美貌である。
 その官能的で整った肢体を赤と黒の軍服で包んでいる。ズボンからでもそのスラリとした脚がわかる。
 彼女の名はエレナ=プロコフィエフという。エウロパ軍の中将にしてサハラ北方のエウロパ軍の参謀総長でもある。
 さる侯爵家の長女として生まれた。彼女の他に子はなく彼女は幼い頃より家の当主となるべき教育を受けた。この時代は相当保守的な家でも女子が家を継ぐ事を認めていたのである。
 士官学校に入り入学当初からその秀才ぶりを高く評価されていた。そして首席で卒業し参謀畑を歩んでいった。参謀本部等においてもその切れ者ぶりを遺憾なく発揮し瞬く間に昇進していった。そして先月このサハラのエウロパ軍に配属されたのである。冷静沈着にして広い視野を持つ人物として軍部では極めて評価が高い。
(私はさして女性に興味があるわけでないが)
 モンサルヴァートは彼女を見ながら思った。
 彼は特に女好きというわけではない。かといって男色家でもないが。普通に親同士が幼い頃に決めた許婚がいる。彼女はドイツの伯爵家の令嬢だという。彼はかっての名家とは爵位は持っていた。伯爵である。だから釣り合いのとれた婚姻であった。エウロパでは貴族制度が残っていた。これは容易には消せるものではなかったのである。
(やはり軍部で評判になるだけはあるな)
 それ程彼女の美貌は際立っていた。彼女はこのサハラの軍でも評判になる程の美貌であった。しかし彼女に声をかける者は実はいない。
「あれだけ完璧だとね」
 というのが理由だ。美貌の上に頭脳明晰、家柄もいい。隙がなさすぎるというのだ。人間とは完璧なものは案外好まないものなのである。
 人間的にも悪くはない。部下に優しく自分に厳しいと言われている。実際に彼女を慕う部下や士官学校の後輩は多い。
(まだ二十代後半だというがな。そのわりには人間ができている)
 そろそろ身を固めては、と言われる歳である。だが彼女はそれに対しては微笑みと共に断りを入れる。噂によると彼女も許婚がいるらしい。
(貴族の家にはよくあることだがな。結婚というものは元々は家と家を結ぶつけるものであったし)
 これはどの国においてもそうであった。とりわけエウロパは現在オーストリア王家として復活しているハプスブルグ家に代表されるように政略結婚が盛んであった。貴族達は常に家と家を結び付ける為に互いに婚姻を結んでいたのだ。
「士気の問題か」
 モンサルヴァートは軍事のことに思考を戻した。そして彼女に対して問うた。
「はい。三度に渡る敗戦によりミドハド軍の将兵の士気は著しく低下しておりました」
「だろうな。アッディーン提督にあれ程派手に破られてはな。だがまだオムダーマンに対抗できる戦力はあっただろうに。補給上の問題もなかった筈だしまだ挽回はできた筈だ」
「士気の他にもう一つ問題が起こったのです」
「それは何だ!?」
「上層部が早々と諦めてしまったのです」
「ハルドゥーン主席がか?」
「はい。彼はジャースクでの敗戦を知るとすぐに降伏を受諾するよう強く主張したということです」
 プロコフィエフは背筋を見事に伸ばしたまま言った。姿勢も完璧である。
「わからないな。彼はそんなに諦めのいい男ではない筈だが」
 彼は策謀家として有名である。執念深い一面もあるとも言われている。
 彼は何度か失脚している。選挙に敗れたこともあれば政争に敗れたこともある。しかしその度に甦り権力の座に返り咲いている。そして政敵に対し報復し裏切った者に対し復讐してきた。彼が主席の地位に着くまでに多くの生臭い政争や駆け引きがあったのである。
「今までの経緯があるからな。彼にしてはやけに諦めがいいな」
「姿もくらましましたし」
「そうだ。政府と軍に降伏を受諾するよう言ってな。それだけでも妙な話だ」
 普通は政府の首脳が条約に調印してはじめて降伏が成立する。だが彼はそれを首相に押し付ける形で何処かに消えてしまったのだ。これは外交儀礼上許されないことであった。
「あの男ならこの程度のことはやるにしてもだ。自軍を捨ててまで何故隠れたのだ?」
「それ以上の切り札があるのかと」
「切り札か」
 彼はプロコフィエフの言葉を聞き考え込んだ。
「軍以上の切り札か」
 少し考えられなかった。
「一体何だ」
「レジスタンスかと」
「レジスタンス!?」
 モンサルヴァートはそれを聞いて思わず声を上ずらせた。
「降伏したというのにか」
「認めなければよいかと。少なくとも彼は調印していないのですし」
「指示したとしてもそんな事は言っていないと言えば済むことだしな。あの男ならやりかねん」
 彼は顔を顰めた。
「しかしそれだと無害の市民まで被害に曝すことになる。まあそんなことを気にするような男でもないか」
 彼の権力志向の強さと今までの政敵へのやり方を見ているとそれはよくわかった。
「そうですね。それに彼等以上の切り札を持っていると思われます」
「それはまさか・・・・・・」
「はい、サラーフ軍です」
「やはりな」
 彼はそれを聞いて表情を暗くさせた。
「外国の軍を自らの権力維持の為に使おうというのか」
「歴史上よくあったことです」
「それはそうだが」
 それは売国奴と呼ばれてもおかしくない行為である。
「名目は何とでも言えますから。問題はありませんよ」
「しかし」
「彼には彼の言い分があるのでしょう。何を言っても無駄です。そしてそれにサラーフが乗った、それだけなのです」
「そしてミドハドはサラーフの属国になると」
「その時には彼はまた考えを変えるでしょうが」
「だろうな。食えない男だ」
 彼はそう言うと再び顔を顰めた。
「ですが国も人もそうして生き残る場合が多々あります」
「そうだったな」
 春秋戦国時代でもよくあったことである。とりわけ群雄割拠の状況においては。
「そうして生き残るか。だが上手くいくかな」
「そこまではわかりませんね」
「まあいい。それはあの男次第だ」
 モンサルヴァートはそう言うと席を立った。
「さて、これからの我が軍の行動だが」
「それについて私の意見をお聞きしたいとのことですが」
「うむ。何かしらよい提案があると聞いているのでな。悪いがわざわざ来てもらった」
 モンサルヴァートは態度をあらためて言った。
「各艦隊の司令官達にも来てもらっている。早速話をはじめたいのだが」
 その言葉と共に何人か入ってきた。
「長官、お呼びでしょうか」
 そこには八人の男がいた。
 まずはクライストとステファーノである。彼等はサハラ総督軍の第一及び第二艦隊の司令である。
 その後に六人いる。第三艦隊を率いるニコライ=ゴドゥノフ。顔を濃い髭で覆った筋骨隆々の大男である。くすんだ金髪に灰がかった青い瞳をしている。猛将として知られている。
 続いてホセ=ヴァン=マトク。砂色の髪に藤色の瞳をしている。かって僅か数百の艦で一千隻を越える敵艦隊と渡り合い守りきったことがある。防衛戦の名手である。彼はまだ二十代である。その名から貴族出身であるとすぐにわかる。
 トーマス=ターフェル。赤い髪の茶の瞳を持つこの男は歴戦の人物である。まだ三十代であるが多くの戦いを経てきた。彼はその経験に裏打ちされた指揮により勝利を収めてきた。
 シラノ=ジャースク。ダークブラウンの髪と瞳を持つこの人物はかなりの美男子で女好きでも知られている。だがその采配は意外にもバランスのとれたものである。
 ドミトリー=ニルソン。金髪碧眼の長身のこの男は勇将として有名である。かなり短気なことで知られ決闘沙汰も多く起こしている。だが家庭は大事にする。かなりの愛妻家である。
 最後にレナート=アローニカ。士官学校卒業後パイロットになりそこで活躍した。その経験からか彼は空母を使った作戦を得意とする。
 この八人が総督軍の艦隊司令である。彼等はそれぞれ名のある人物でありまた武勲も重ねている。
「諸君、よく来てくれた」
 モンサルヴァートは彼等が皆中に入ったことを確認すると彼等に対し言った。
「ハッ」
 彼等は一斉に敬礼した。皆階級は中将である。プロコフィエフと階級は同じである。
「参謀総長」
 彼はプロコフィエフに顔を向けた。
 

 

第二部第一章 策略その二


「はい」
 彼女はそれに対し敬礼した。
「皆集まった。それでは卿の話を聞きたい」
「わかりました」
 彼女は答えると手に持っていた一枚の地図を拡げた。そしてそれを執務室中央のテーブルに置いた。
 それはサハラ北方の三次元地図であった。ホノグラフィーで全ての星系が描かれている。
「まず今の我々の状況ですが」
 彼女は棒で赤く塗られたエウロパの勢力を指し示した。
「アガデス併合後その勢力はさらに大きくなっております。そして市民の入植も順調に進んでおります」
「それはいいことですな」
 ジャースクが言った。
「はい。ですが問題が一つ生じております」
 ジャースクの目が微かに光った。
「それにより北方のサハラ各国の反発が高まっております」
「それはいつものことだ。今更という気がするが」
 ゴドゥノフがその野太い声を出した。
「はい。それが一国ごとであれば問題はありません」
「一国ごとであれば、か」
 ターフェルはそれを聞くと顎に手を当てた。
「どうやら団結して我々に向かって来るということか」
「その動きが見られます」
 プロコフィエフはステファーノの言葉に対し言った。
「だが集まってもその総兵力は我等の半分程度。それ程怖れることもなかろう」 
 ニルソンはそれに対しいささか傲然と胸を張って言った。
「そうも言えないのではないか。もしここにハサンが介入してきたら」
 アローニカがニルソンに対して言った。ハサンは兵はあまり動かしたりはしない。交易に中心をおく彼等は無闇に兵を動かすことを好まないのだ。だがその兵力は決して無視できるものではない。その兵力はサハラにいるエウロパ総督軍を上回っているのだ。
「まさか。彼等が動くとは思えないぞ」
 クライストがそれに対して反論した。
「そうだな。今まで我々との交易に重点を置いていたのだ。今我々に刃を向けるとは考えられん」
 マトクもクライストの意見に賛同した。ここでモンサルヴァートが口を開いた。
「そう言い切ってよいとは思えないがな」
 彼はそう言うと一同を見回した。
「彼等もサハラの者だ。表向き我々を客として笑顔を向けていても内心ではかなりの敵愾心を持っている筈だ」
 サハラの者にとって彼等は侵略者だ。住んでいた星から追い出し自分達がそこに住む。忌むべき強盗である。
「彼等も思っている筈だ。いずれ自分達も侵略されるとな。これは事実だが」
 彼等はサハラ全土を自分達の植民地にすることを計画していた。これはサハラの市民達の権利を奪い蹂躙するものだという意見も多かったが結局はそれより僅かに大勢がこの植民の賛成した。
「そう考える彼等が我々に牙を剥いたとしても不思議ではない。むしろ今まで剥かない方が不思議だったのだ」
「・・・・・・・・・」
 彼の言葉を聞いた八人の提督達は沈黙した。
「そのことは常に念頭に置いて欲しい。さもないと急に足下をすくわれるからな」
「わかりました」
 彼等はその言葉に対し敬礼した。モンサルヴァートはそれを見て頷いた。
「わかってくれればいい。さて、参謀総長は続けてくれ」
「わかりました」
 プロコフィエフは頷き説明を再開した。
「その各国の動きですが」
 サハラ北方の北部、西部、東部は全てエウロパの領土となっている。本拠地は北部のアレクサンドリア星系に置かれている。かってこの星系はカイロという名でとある国の首都であったがエウロパに滅ぼされ彼等の領土となった。そしてアレクサンドリアに改名され総督府が置かれたのである。無論以前いたサハラの者達は追放されている。
「南部だな」
「はい」
 彼女はモンサルヴァートの言葉に対し頷いた。
 南部はその北方の残る三割程度である。アガデスも南部にあった。ここも次第にエウロパの手が伸びているのが現状である。
「アガデス併合に危惧を覚えた南部各国が団結しようとしているのです」
「今までは互いにいがみ合ってばかりだったというのにな」
 クライストが言った。彼の言葉通り南部各国もエウロパに対するよりも互いで争うことの方が多かった。これはサハラの特徴でありエウロパの侵攻もこれにつけ込んでいた。
「それが変わってきているのです」
「ふむ」
 アローニカはそれを聞いて思わず頷いた。
「我々の侵攻にようやく危惧を覚えたということか」
「人間は危険が目前に迫らないとわからないものだしな」
 ステファーノとジャースクが言った。
「そうした時は時既に遅し、という時が多いが」
 ニルソンは醒めた目で言った。
「そして今彼等はどう動いているのだ」 
 モンサルヴァートは再び尋ねた。
「今の段階では互いに連絡を取り合っている状況のようです。ですがその動きはかなり速いです」
「そうか」
 彼はそれを聞くと腕を組んだ。そして考える目をした。
「何かお考えだな」
 ターフェルはそれを見て思った。彼は考える時よく腕を組むのだ。
「マールボロ閣下は何と言っておられる」
 やがてモンサルヴァートは顔を上げた。そしてプロコフィエフに問うた。
「今のところは特に何も」
「そうか」
 彼はそれを聞くと頷いた。
「どうしますか?」
 マトクが尋ねた。
「動くのなら速いほうがよろしいかと」
 ゴドゥノフもそれにならった。それはモンサルヴァートもよくわかっていた。
「だが待て」
 彼は提督達を止めた。
「確かに敵は早く叩くにこしたことはない。だが速攻と拙攻を取り違えてはならない」
「ハッ」
「サッカーでも連合で盛んなベースボールでもそうだ。急ぐあまり雑な攻撃になっては無駄な損害を出してしまう」
 この時代でもサッカーやベースボールはある。細かいところは千年も経ているのでかなり違ってきているが。
「今は彼等の状況と地形を知ることの方が先だ。そして外交だ」
 ここで彼はプロコフィエフに顔を向けた。
「参謀総長」
「はい」
 彼女は落ち着いた声で答えた。
「卿はどう考えるか」
 彼女はその問いに対してその落ち着いて澄んだ声で話しはじめた。
「彼等が結託すれば確かに大きな勢力になります。おそらくその背後にハサン等が加わり我々にとって侮り難い勢力になってしまうかと」
「ならばすぐにでも」
「まあ話は最後まで聞け」
 モンサルヴァートはニルソンを窘めた。
「ハッ」
 彼女は話を続ける。
「ですがそれは確固たる連合になった場合です。一つ一つではさしたる脅威ではありません」
「ふむ」
 モンサルヴァートも提督達もそれはよく理解していた。
「よってこの場合まずは外交戦略により互いを対立させることがよろしいかと思います。そうすれば彼等は小勢力の集まり、一国ずつ倒していくのは比較的容易であると存じます」
「成程、外交で分裂させた後に各個撃破というわけか」
「はい」
「戦略の基本だな」
 モンサルヴァートはそれを聞き終えて言った。
「だがそれが一番いいな。よし、マールボロ閣下にそう進言しよう」
「お願いします」
「まずは同盟の動きを潰す。動くのはそれからだ、いいな」
「ハッ!」
 プロコフィエフと提督達はその言葉に対し敬礼した。モンサルヴァートはプロコフィエフの提案を彼女の名でそのままマールボロ提督に進言した。
「ふむ、流石はエウロパ軍きっての才女だけはあるな」
 彼はそれを聞いてニコリと微笑んだ。
「はい、私もそう思います」
 モンサルヴァートも彼に同意した。
「では本国の外交部と情報部にはそう打診しよう。すぐにスタッフが来るぞ」
「はい」
「彼女もこれに参加してくれるのだろうな」
「当然です」
「ならば良い。スタッフに美しい花がいるのは実にいいものだ」
 彼は頷きながら言った。
「私の妻と愛犬よりは落ちるがな」
「閣下、それは違うのでは」
 彼はそれを否定しようとした。
「ジョークだよ。私の国での嗜みだ」
 彼の国イギリスでは昔からウィットに富んだジョークが好まれる。これを解し操ることは知性のステータスシンボルの一つであり紳士としての嗜みであった。
「そうなのですか」
 モンサルヴァートの国はドイツである。昔からジョークには疎い。音楽や哲学に重きを置く。こうした文化風土はそうそう変わるものではなくいまだに残っていた。
「花といっても棘のある花だ。知性という棘のな」
「はい」
 これはわかった。今回の戦略においても彼女の存在は不可欠である。その洞察力と分析、状況判断力は大きな力になるだろう。
「その後は全て君に任せる。頼むぞ」
「わかりました」
 こうしてエウロパは再び動きはじめた。やがて南部に企業家やビジネスマン、船員達に混じって多くの工作員達が紛れ込んだ。彼等は闇に潜み暗躍を開始した。

 サハラの情報は連合にも伝わっていた。彼等はそれを新聞やネット、テレビニュースで知った。
「このアッディーンという人物は凄いようだな」
 時には冗談半分で、時には真面目に彼のことが語られるようになっていた。中には彼に断りなく刊行された研究本まであった。プライバシーというものを無視していい遠い国の人物の話なのでかなり好きなことを書いている。その内容はネットの書き込みと大差ないものであったが売れた。中々のベストセラーとなった。
「実際にはこの人はどういう人物なのですか?」
 八条も彼のことには関心があった。何しろ立て続けに武勲を挙げオムダーマンの力を増大させた人物である。興味がないと言う方が不思議である。
「私もよくは知らないのですが」
 八条の執務室にもう一人いた。黒と金の連合の軍服に身を包んだこの人物は壮年で口髭を生やしている。肌は浅黒いが黒人程ではない。サハラの者に似ている。
 彼はブワイフ=サルムーンという。トルコ出身の軍人であり階級は大将である。今は統合作戦本部にいる。
「幼年学校からすぐに軍に入りそのまま軍歴を重ねていたそうです。話によるとまだ二十を越えて数年程だとか」
「それで大将となったのですか。信じられませんね」
 連合においては階級の昇進はそれ程早くはない。戦争もないので当然であるがそんな彼等から見てサハラ各国やエウロパの軍人達の昇進の早さは信じられなかった。
「それだけ優秀であると見ていいのではないでしょうか。オムダーマンはご承知のとおり共和制でエウロパのように貴族制をとってはいません。それに戦う度に劇的な勝利を収めているのですから」
「カッサラでもカジュールでもミドハドでもですね。こうして見ると実に鮮やかですね」
 八条は手元にある資料を見ながら言った。
「はい。そのうえで補給や情報収集も忘れてはいません。そうしたバランス感覚も備えているようです」
「天才、ですかね」
「それはどうでしょう」
 サルムーンはそれに対しては異議を唱えた。
「まだわかりませんよ。彼は今のところ一提督に過ぎませんし。これからどうなるかわかりません」
 一瞬の煌きだけで終わることもよくある話である。そして以後は精彩を欠くということも。
「それはそうですが」
 八条は感じていた。この人物はより大きくなると。そしてこれ以上のことをすると。
「まあ今は遠いサハラの西の話ですね」
 サルムーンは言った。
「我々の影響になることは殆どありません。あちらの国々には中央政府の領事館さえ置いていませんし」
 連合はサハラの国とはあまり関係がない。東方のハサンとは国境を接しているだけあり交易も盛んで中央政府も各国も大使館や領事館を置いているがこの国だけである。他にはこれといって関係のある国はない。基本的に連合内だけで足りていた為これといって外に向けて積極的に外交や交易をする必要がなかったのである。
「ですね、今のところは」
 八条もそれに同意した。
「これからどうなるかはわかりませんが」
「そうですね。ただ」
 サルムーンは言葉を続けた。
「あらゆるパターンは考えていた方がいいでしょう。戦略として」
「はい」
 それは戦略の基本であった。
「サハラが彼のいるオムダーマンにより統一された場合も含め」
 八条が今言った言葉は後にある程度というレベルにおいて的中した。だがそれを知る者はいなかった。
「ですね。それもシュミレーションする必要があるでしょう」
 サルムーンはそれをあくまで起こりうる事象の一つとして考えていた。だがこれが後々になって生きる。
「今はハサンが健在であればサハラについては問題ありません。それを脅かすのはエウロパでしょう」
「ですね」
 彼等はここでもエウロパと対立関係にあったのだ。 
「しかしエウロパも何時まであのようなことを続ける気でしょう」
 サルムーンはここで顔を顰めた。
 

 

第二部第一章 策略その三


「あのようなこととは?」
「サハラ侵攻ですよ。幾ら人口が増え過ぎたからといって他国を侵略し住民を追い出しそこに移住するとは。あれではまるで強盗です」
「ほんの一千年前までそれが常識でしたよ」
 八条はそれに対して素っ気なく言った。
「しかしですね」
「それにより百億単位の難民が生じている、と仰りたいのですね」
「それもありますが」
 八条は比較的冷静だがサルムーンは何処か感情的である。普段は冷静な彼にしては珍しかった。
「それは彼等の身になって考えないとわからないことですよ。彼等は我々のように広大な開拓地など持ってはいないのですから」
「開拓地、ですか」
「はい。我々がこうして曲がりなりにも今まで武力による衝突も分裂もなく緩やかな連合体でこれたのはひとえに三方に続く未開の星系のおかげです。それがあるからこそ産業も科学も発達し人口も増えたのです」
 そうであった。衝突があっても別の星系に進出すればよく開拓を進める為に科学技術が発達し人口も驚異的な増加を果たしたのだ。連合の特徴はこの開拓地なくして語れない。未開の星系はまだ何十万光年も続いていると言われている。彼等にとってそこはあらゆる問題の解決口であり発展の源であったのだ。
「彼等にはそれがありません。もとはといえば我々の祖先があの場所に追いやったのですが」
「あの時彼等は歯噛みして向かったそうですね」
「はい。しかし個々の惑星はかなり恵まれたものでそれは喜んだらしいですが」
「しかしそれは限られていた、と」
「残念なことに」
 言葉は皮肉めいたものにも聞こえるが口調は淡々としたものであった。
「彼等にとってはあの地への侵攻は生きる為に仕方がないのです。それを道義だ何だので責めることは出来ませんよ。我々も同じ立場ならそうしたでしょうし」
「そうですか」
「残念なことですが。人間の歴史とはそうした一面もあります」
 八条は無表情のまま言った。
「それに我々も将来彼等やサハラの勢力と衝突する可能性もありますよ」
「そうですね。若しハサンが滅びそこにエウロパや我々にとって脅威となる勢力が現われたりしたら」
「その時は戦わねばならないでしょう」
 予防戦だ。あらかじめ脅威となり得る敵を強大なものとなる前に叩いておこうというものだ。
「たださしあたってはサハラ諸国との衝突はないでしょうが」
 八条は表情を穏やかなものにした。
「彼等は互いに争い、またエウロパに対抗しなくてはなりません。今のところは」
「はい」
「エウロパですがやはりブラウベルグ回廊が気になりますね」
 連合とエウロパの唯一の国境である。ここは長い間激しい睨み合いが続いている。
「ガンタース要塞群の防御をさらに強化しておきますか」
「そうですね、さしあたってはそうしましょう」
「わかりました」
 サルムーン大将はそう言うと退室した。八条はそれを見届けると電話を手にした。
「技術総監部へ」
 やがて技術総監部から誰かが出て来た。
「総監をお願いします」
 暫くして執務室に一人の男が入ってきた。
「只今参りました」
 少し浅黒いアジア系の痩せた四十代の男である。髪は黒く豊かである。顔も頬がこけ黒い目は知的な光を放っている。連合軍技術総監グエン=バン=チョム大将である。
 元々は軍人ではなく科学者であり技術者であった。大学院で工学の博士号をとった後ベトナムの兵器開発企業に入ったがそこで見込まれ軍にスカウトされた。そしてベトナム軍の技術将校となりそこで艦艇を主に開発していった。ベトナムの地理的状況に見事に適応した艦艇を積極的に開発しベトナム軍の兵器の発展に貢献した。連合軍設立にあたって彼の事を知る八条に招かれ技術総監となった。研究及び開発の為には寝食も忘れる程の熱心な男である。
「お待ちしていました」
 八条は席を立って彼を出迎えた。
「ではこちらへ」
 そして彼等は話をはじめた。国防省である八条は自身の椅子に座りチョムは机を挟んで彼と向かい合って立つ。
「艦艇の開発はどうなっていますか?」
 八条は率直に尋ねた。
「ハッ、まずは戦艦ですが」
 チョムは敬礼をした後答えた。
「索敵能力及びダメージコントロール、そして防御を重視した構造にしたいと考えております」
「宇宙海賊を重視してですか」
 八条は索敵及びダメージコントロールに注目して言った。
「そうです。彼等は何処から姿を現わすかわかりませんから」
 連合内における最大の脅威である。それは当然であった。
「巡洋艦も同じです。速度やワープ能力はこれまで通りですがやはり索敵やダメージコントロールを優先させた構造を計画しております」
「空母はどうなるのですか?」
「空母は艦載機の搭載を多くしたものにしていきます。今まではどの国の空母も多くて百機程でしたが二百機を考えております」
「それだとかなりの大型になりますね」
「はい。戦艦や巡洋艦もこれまでより大型なものにしていこうと考えております」
「火力はどうなるのですか?」
「火力も当然強化します。ただ空母は搭載を重視し正面に集中させます」
「ですね。空母の発着はどうしますか?」
「発着口を複数置きます。そこから十機単位で発着させます」
 それまで連合の多くの空母は後方に発着口を置き数機単位で発着していたのだ。
「砲艦やミサイル艦も同じです。大型化し火力と索敵能力、ダメージコントロールを強化していきます」
「駆逐艦もですね」
「当然です。そして各艦の速度を出来る限り統一させたいのですが」
「同時に行動できるようにですね」
「はい。そして補給艦及び揚陸艦の搭載量を増加させたいのですが」
「了解です。補給艦や揚陸艦もかなりの数が必要になりますね」
「はい。そして各艦には数機ずつ無人の偵察機を搭載できるようにします」
「念入りですね」
「敵の場所を知ってこその戦術ですから。索敵能力は高いにこしたことはありません」
「わかりました。他には何かお考えがありますか?」
「パトロール艦ですね。駆逐艦並の索敵能力にしこれまで一隻ずつであった行動を十隻単位で行動できるようにしたいです」
 パトロール艦は主に星系の防衛にあたる。他の艦艇が海賊の討伐にあたるのに対してこの艦は防衛が任務である。
「艦載機は今専門の開発チームを作っております。どうやら速度、火力及び装甲を重視したものになりそうです」
「重装備のものですか」
「はい。機動性よりも攻撃力と生存力を重視しているようです」
「成程」
 あくまでも連合の実情に合わせた開発である。彼等は海賊等を掃討するのを主な目的に置いている。そして速度を同一にすることにより同時に行動出来るようにしちえた。あらゆる事態に対応でき、数でも敵を圧倒することを考慮に入れていた。
「あと一つ考えがあるのですが」
「何でしょうか」
「破損した艦艇を修理する艦の事を考えているのですが。工作艦です」
 戦場で傷ついた艦艇を後方で修理する艦である。陸上戦における衛生兵のようなものである。
「個々の艦のダメージコントロールだけでは限度があります。こうした艦の存在は不可欠かと」
「わかりました。あとは後方基地の修理用ドックの増設もですね」
「はい」
 八条はやけにダメージコントロールにうるさい人だと思った。だがそれは正論であったので特に何も言わなかった。
「あとは・・・・・・これ位でしょうか」
「ですね。これだけでも連合の装備はかなり変わりますよ」
「陸上部隊のことはレイミー中将に聞いて下さい。私はあちらについては疎いので」
「わかりました」
「ところで私は一つ考えていることがあるのですが」
「何でしょうか」
「連合の象徴となるような兵器はないでしょうかね」
「象徴ですか?」
「はい。我が軍は設立されて間もないです。その心を一つに繋ぎとめるような象徴があればいいと思うのです」
「そうですね」
 彼はそれを聞いてふと考え込んだ。
「私の私見ですが」
 そう断ったうえで口を開きはじめた。
「戦艦か空母がよろしいかと存じます。それも巨大なものを」
「戦艦か空母ですか」
「はい。艦隊戦におけるこの二つの役割はかなり重要です。それを考えると妥当ではないでしょうか」
「確かに。それに電子、通信の設備を強化するのですね」
「そうです。艦隊全体の指揮及び統率が可能なように」
「成程」 
 八条はその言葉に頷いた。
「ですがそれはまだ進めなくてよろしいかと存じます」
「まずは他の艦艇及び艦載機ですね」
「そうです。全てが整ってからでも遅くはないかと」
「わかりました。それではそうしましょう」
「はい」
 次にレイミー中将が入って来た。黒に近い茶の髪のダークブルーの瞳を持っている。技術系とは思えぬ程の逞しい身体つきをしている。彼は陸上兵器の開発及び研究がその専門分野である。
「チョム大将からお聞きしたのですが」
 八条はそう前置きしたうえで話しはじめた。
「陸上兵器の開発はそうなっておりますか?」
「あまり順調とは言えません」
 彼は少し顔を顰めて答えた。
「全ての兵器において今何を重点に置き開発すべきか議論が別れているのです」
「といいますと」
「生存能力を重視すべきか機動性や攻撃力を重視すべきかで。今真っ二つに別れているのです」
「そうなのですか」
 これは兵器の開発においてはよくある話である。
「艦艇の場合は海賊を主な相手としておりますから用途がすぐに決まります。しかし陸上兵器となりますと」
「テロ組織はまた別ですからね」
「はい。特殊部隊の武装はまた別に開発しておりますが」
 この時代においてもテロ組織等に対しては専門の特殊部隊が必要であった。こうした狂気の輩にはそれ相応の対処が必要なのである。
「暴動の抑制は催涙弾で充分なのでこれは省きます。あらゆる地形に対応出来るような設計はもう同意しているのですが」
「生存性をとるか攻撃力をとるかですか」
「そうなのです。どうすべきでしょうか」
「そうですね」
 八条はレイミーに話を振られて考え込んだ。
「やはりここは」
 暫く考え込んで話しはじめた。
「生存能力を重視すべきであると思いますね」
「長官はそうお考えですか」
「はい。我が軍は志願制ですし。将兵の死傷者が多ければそれだけ志願者も減るというものです」
「志願者ですか」
「はい。志願者なくしては成り立ちませんからね。徴兵制は今更ですし」
 連合においてはどの国も志願制である。これはエウロパも同じである。
「そういったことを考えると生存性を重視する方がよろしいかと。我が軍は数はあるのですし攻撃力が多少不足してもそれは数で充分補えます」
「そしてその数を減らさない為にもですね」
「そういうことです。私はそう考えます」
「それではスタッフにそれを伝えましょう。おそらくそれで決まるかと思います」
「お願いします」
「わかりました」
 こうしてレイミー中将も部屋を去った。陸上兵器の開発もこれでおおよその開発方針が定まった。
 一人になった八条はあることを考えていた。
「入隊の年齢をどうするかだな」
 軍の入隊は若者が入るものである。従ってその年齢制限は他の職種と比べて遥かに厳しい。
「各国によって学制も異なるしな」
 これは致し方ないことでありあれこれと口出しできるものではなかった。
「今一般兵士は十八歳からか。これは問題ないな」
 彼はそれはすんなりと決めた。
「あとは士官学校か」
 連合各国にはオムダーマンや他のサハラ諸国のような幼年学校はない。これは軍事に対する考え方の違いである。
「学制の違いがあるからそうそう容易には決められないか」
 彼は各国の学制の資料を見ながら呟いた。
「ここは可変的にいくのが一番か」
 彼はあることを決めた。
 士官学校の入学年齢は下は十八歳からとした。これは各国の高校教育の終了年齢の一番下の年齢である。中には中学過程が五年で高校家庭が三年、二十歳になって終わる国もあるからだ。士官学校は大学扱いなので高校課程修了をその受験及び入学の最低条件としたのだ。尚各国の高校卒業の割合は何処の国も百に近い。
「そして上限だな」
 これは思い切って高くした。二十六歳までとした。
「これで志願者も増えるし多くの人材が集まるだろう」
 彼のこの士官学校の年齢制限は上手くいった。志願者が増えより多くの有望な人材が入って来たのである。
 連合軍は次第にその形を整えてきていた。だがそれはまだほんの序曲に過ぎなかったのだ。
 

 

第二部第一章 策略その四


 ミドハド軍を倒したオムダーマンは治安維持の艦隊を残しその殆どをオムダーマン本土に戻していた。カッサラには更に駐留する艦隊を増やした。
 ブーシル星系には特別に一個艦隊が留まっていた。アッディーンの率いる艦隊である。彼等はここでサラーフに備えると共にこの星系に潜伏しているであろうハルドゥーン元ミドハド連合主席を探していた。
「中々見つかりませんね」
 司令部を置いたブーシルの旧政庁でアッディーンの部下達は司令の前に集まっていた。
「どこにも見当たらないようだな」
 アッディーンも彼等の顔を見回して言った。
「はい。流石は狸親父と言われただけはあります」
 アタチュルクが顔を顰めて言った。
「一体何処に隠れたのか。本当に上手く隠れてますよ」
 シャルジャーの声は苛立っていた。情報参謀である彼にとって今の状況は我慢できないものである。
「苛立つ気持ちもわかるが」
 アッディーンはそんな彼等を宥めるようにして言った。
「ここは落ち着いて探してくれ。焦ると向こうの思う壺だぞ」
「はい」
 一同は彼のその言葉に気を少し落ち着けた。
「あと国境には気をつけておけ」
 アッディーンは表情を引き締めて言った。
「サラーフの動きが妙だからな」
「確かに。既に多くの工作員が入って来ているという報告もありますし」
 ガルシャースプが答えた。
「憲兵隊には抵抗組織と共に彼等にも警戒するよう伝えておけ。おそらく両者は繋がっている」
「はい」
 ガルシャースプはそれに対し敬礼して答えた。
「各惑星間の監視は厳重にしろ。おそらく奴は惑星間を転々としているぞ」
「わかりました」
 これに各分艦隊の司令達が敬礼した。
「とりあえずはこれでいいな」
 アッディーンは考え込みながら言った。
「はい」
 一同を代表してガルシャースプが答えた。
「だがこれだけではどう考えても不完全だ」
「ですね。これ位ではあの男は捉えることは出来ないでしょう」
「そうだ、やはり特殊部隊が必要だな」
 アッディーンは顎に手を当てて言った。
「今首都から派遣されようろしているらしいですけれどね」
「果たして誰が来るのやら」
「我が軍の特殊部隊はそれなりに優秀ですけれどね」
「それはそうだが」
 アッディーンはラシークの言葉に頷いた。実際にオムダーマン軍の特殊部隊は各国の間で定評がある。
「さて誰が来るか」
 アッディーンは考えた。ブーシルは陰の戦いの舞台となろうとしていた。

 当のハルドゥーンであるが彼は大方の予想通りブーシル星系に潜伏していた。
 市庁のある惑星である。その辺境の寒村である。
 そこは特にこれといった騒ぎもなくのどかで落ち着いた村であった。
 その中の一つの小屋。そこに彼は潜んでいた。
「オムダーマン軍はいないか」
 彼はその地下に息を潜めていた。
「はい、今のところは」
 彼の支持者であるその小屋の持ち主が言った。彼はこの村の出身で軍では将校をしていた。同郷のよしみで彼に取り立てられ大佐まで昇進したのだ。軍を退いて暫くは故郷で静かに暮らしていたがハルドゥーンが失脚し故郷に帰って来ると彼を匿ったのだ。
「ですが私の身元も調べられているでしょう。ここにも長くは」
「それはわかっている」
 彼は低い声で言った。
「今も警戒は厳しいが特殊部隊が到着するとこの比ではないだろう。今のうちに場所を移した方がよいな」
「そうされるべきかと」
「うむ。同志達は今どうしている?」
 ハルドゥーンは尋ねた。
「各地に潜伏しております。それぞれ時を窺っております」
「そうか、ぬかりはないな」
「はい」
 彼は頷いた。
「ではここから去るとしよう。今まで世話になったな」
 彼はそう言うと席を立った。
「では私も」
 彼はそれに従おうとする。
「駄目だ。君には家族がいる」
「しかし」
 彼はそれでもついて行こうとする。
「家族がいる者を入れるわけにはいかない。君に何かあれば奥さんや子供さん達はどうなるのだ」
「それは・・・・・・」
 彼は今は農業を営んでいる。家の重要な働き手だ。
「わかってくれたか。君の気持ちは受け取ろう。私は君のご家族が哀しむのを見たくはないのだ」
「わかりました」
 彼はそれに従った。ハルドゥーンはそれを見届けると階段に足を入れた。
「ではな。機会があったらまた会おう」
「はい」
 こうしてハルドゥーンはその村を後にした。変装し村を一歩出るとその左右を男達が取り囲んだ。
「行くか」
「はい」
 彼等は車に乗った。そして山の方に向かった。
「よろしいのですか?」
 彼を左右から警護する男の一人が問うた。
「何がだ」
「彼を連れて行かなくて」
「よい」
 ハルドゥーンはそれに対して素っ気無い声で言った。
「家族がある者は入れてはならぬ。いざという時にそれが足枷になる」
「そうですか」
「そうだ。何も失う者でなければ手駒にはならぬ。下手な愛情に縛られぬからな」
「わかりました」
「ところでサラーフは何と言っておる」
「協力を約束してくれました。まずは武器の供給です」
「そして特殊部隊の増援か」
「はい」 
 サラーフ特殊部隊は諜報部隊から入った者が多い。その為諜報活動に秀でている。
「これで幾らかは粘ることができるな。そしてその間にサラーフ軍がやって来る」
「そして彼等にオムダーマン軍を倒させるというわけですな」
「そうだ、そしてミドハドから奴等を追い出してわしが主席に返り咲く」
「その後でサラーフも追い出すと」
「よくわかっておるな、その通りだ」
 ハルドゥーンはその言葉を聞いてニヤリと笑った。
「ミドハドの復活はじきだ。そしてあのアッディーンという小僧に目にもの見せてやろうぞ」
「はい」
 彼等を乗せた車はそのまま山の方へ消えた。そしてそのまま何処かへ姿をくらました。 

 

第二部第二章 狐の登場その一


狐の登場
 アッディーンの艦隊がブーシルに駐留しハルドゥーンを血眼になって捜している頃カッサラに一人の若い男がいた。
 彼は港を降り立ちそのままミドハドに向かう船に向かおうとしていた。白い肌に黄色っぽい髪と黒い眼をしている。背は普通位でかなり痩せた身体をしている。顔は鋭利で引き締まり眼からは鋭い光を発している。
「ここからブーシルだとかなりの長旅になるね」
 彼は高めの鋭い声で隣にいる若い男に対して言った。
「そういうわけでもないですよ」
 その男は答えた。
「ブーシルは確かに辺境にありますがそこまでの道は開けていますから。案外速く到着することができます」
「そうだったのか。私は船旅を楽しめると思ったのだが」
「中佐、不謹慎ですぞ」
 彼はそれを聞いて顔を顰めた。
「そう怒るな、ウルドゥーン君」
 その黄色い髪の男はその男を宥めた。
「私もブーシルへ行く為に色々と準備をしておいたから」
「そうなのですか?私には遊んでばかりいたような気がしますが」
「それは君が私の一面しか見ていないということの証左だ」
 彼はウルドゥーンに対して言った。
「一面でそう見られるというのは人間として問題だと思いますが」
「人を一面だけで判断してはいけないよ」
「悪い一面だけで全てをぶち壊してしまう人もいますね」
「・・・・・・君も口が減らないな、相変わらず」
「中佐と一緒になってからです」
 ウルドゥーンは顔を顰めてそう言った。
「まだ士官学校を出たばかりだというのに世間ずれし過ぎている。それではいけないな」
「中佐と一緒になってからこうなったんですよ」
「何でも私のせいにするのはどうかと思うが」
「では何と言えばよろしいのですか?」
「やれやれ」
 彼はお手上げといった仕草をした後で彼に対して言った。
「例えば君の士官学校の時の先輩に悪いことを教えられたとか」
「私の期の上の方々は皆立派な方ばかりでしたよ」
「そうだったな。士官学校も落ちたものだ」
「中佐を反面教師としてらしたみたいですよ」
「それは心外だな、私みたいな真面目な人間を」
「何処が真面目なんですか。昨日の夜何処に行っておられました?」
「社会の勉強にね。軍人だからといって世の中を知らなくていいというものじゃないだろう」
「そう言っていつも夜の街に消えるんですから。ちょっとは慎んだらどうですか」
「大丈夫だよ、私をに害を為そうという愚かな奴はいないさ」
 彼はそう言うと不敵に笑った。
「油断大敵という言葉をご存知ですか?」
「いいや。実力がものをいうとは聞いているけれど」
「どうやら中佐は一度痛い目に遭われないとおわかりになられないようですね」
「私はそういった趣味はないのだけれど」
「冗談もいい加減にして下さい、さあ行きますよ」
「うん、ブーシルには可愛い女の子はいるかな」
「それしか考えられないんですか!?」
 二人は慌しく港に向かった。暫くしてブーシルに向かう便が宇宙に旅立った。

 サラーフ王国はサハラ西方で長い間最大の勢力を誇っていた。サハラ全体においてもその勢力は二番目にある。東方に勢力を張るハサン王国に次ぐ勢力で今まで西方の中心勢力として動いていた。
 その兵力も今までは他の西方諸国を大きく引き離していた。だが今は事情が異なる。急激に勢力を拡張してきているオムダーマンに並ばれようとしているのだ。
 首都アルフフーフ。ここには王宮の他政府の中枢が置かれている。この国は立憲君主制である。表向きは王の権限が強く王が首相を選ぶ制度になっている。といってもそれは形式的なものであり実際には議会が選んだ首相を王が追認している。
 その首相官邸に二人の男がいた。
「ブーシルに潜り込ませている者達からの報告はあったか」
 額の広い太った男が会議室で向かいにいる男に対し尋ねた。
「はい、今のところは順調のようです」
 サラーフの黄土色の軍服に身を包んだ男が答えた。
「今のところは、か」
「はい。問題は多々ありますから」
 軍服の男は言った。見れば髪も髭も銀である。彼は『サラーフの銀狐』と呼ばれる軍務大臣オストゥール=ハルージャである。もう一人の太った男は首相のムスタフード=サレム、サラーフ与党の領袖でもある。
「まずハルドゥーンの手中にある者達の規模がどれだけのものかいまだに把握できていないのです」
「多く見せている可能性もあるということか」
「はい。彼はそうしたことが得意ですから」
「そうだな。実際には全然いないということも有り得る」
「それは充分考えられることです」
 彼は目を鋭くして言った。
「あの男は信用なりません故」
「それは私もわかっている」
 サレムはそのたるんだ頬を歪めた。太ってはいあるが顔立ちはわりかし整っている。
「今まで我が国をどれだけペテンにかけてきたか。あの男は狡賢い」
「ですね。絶対に信用はできません」
 ハルージャもそれに同意した。サラーフはミドハドの外交に何度も煮え湯を飲まされているのだ。
「だからといって利用しないわけにはいかない。今はオムダーマンの方が脅威だ」
「はい、今や彼等は我々に匹敵する勢力を持つようになりました」
 彼は言った。
「人口及び兵力においてもほぼ互角です、まさかこんな短期間にここまで勢力を伸ばすとは」
「全てはカッサラからだったな。あの男が表舞台に現われてから」
「アッディーン提督ですね」
 彼の存在はサラーフにとっては今や目の上のタンコブであった。
「しかもそのブーシルにいるのはあの男だ」
「よりにって、というものです」
 二人は顔を顰めた。
「しかしあの男は艦隊戦には強いがゲリラ戦はどうなのだ?」
「今のところは何も。ただ宇宙海賊との戦いは見事だったようですが」
 カッサラ周辺の海賊掃討の情報は彼等にも届いていた。
「未知数というわけか。しかしオムダーマンの特殊部隊は手強いからな」
「はい、どのみちハルドゥーンにはより一層のテコ入れが必要です」
 ハルージャは言った。
「特殊部隊はそうして逐次潜り込ませていくか。ところで艦隊の方だが」
「はい、今二個艦隊をあちらに向かわせようと計画しています」
「国境にいる艦隊と合わせると三個だな」
「はい、ブーシルでハルドゥーンが蜂起した後隙を見て一気に侵攻させます」
「そしてそこからミドハドに入りハルドゥーンをハルツームに戻してやると」
「後は我々の傀儡政権です。思う存分こき使ってやりましょう」
「そこまで上手くいけばな」
 サレムはそれにはいささか懐疑的であった。
「さっきも言ったがあの男は狡賢い。それに向こうも我々を利用しようと考えている」
 元々そういった同盟である。オムダーマンの勢力が伸張した為互いに接近し敗れた後も彼等に対抗する為そうして兵を送ったりしている。ハルドゥーンとサラーフは完全に打算によって結び付いている関係であった。そもそもついこの前までは不倶戴天の敵同士であったのだ。
「それはお互い様ですけれどね」
 政治とはそうしたものである。
「実際には傀儡政権ではなくそのままミドハドを併合してもいいと思うのだがな」
「そうはなさらないのですか?」
「したいのだがハルドゥーンと約束してしまった」
「密約でしょう?破棄すればよろしいかと」
「陛下がお許しになられぬ」
 何だかんだ言ってこの国では国王の存在は無視できない。サラーフ国王は信義を破ることを好まなかった。それは国家の信用を落とすことになるからという理由からであった。
「陛下が。それは仕方がないですな」
「うむ。だがその後であの男がまた汚い手を使えば話は別だ」
「その時は何の躊躇もいりませんな」
「そういうことだ。では艦隊と特殊部隊は頼んだぞ」
「わかりました」
 こうして二人は会議室を後にした。そして暫くしてアルフフーフから二個艦隊がブーシルとの国境に向けて出撃した。
 

 

第二部第二章 狐の登場その二


 ハルドゥーンはブーシルの中枢に密かに潜り込んだ。そしてスラム街の木賃宿で密かに情報を収集していた。
「オムダーマン軍の動きはどうだ」
 彼は一室でノートパソコンを叩いている男に対して尋ねた。
「流石にこの一帯には目がいっていないようですね」
 男はモニターに映し出されたオムダーマン軍の警備状況や巡回の状況を見ながら言った。
「そうか。まさかわしがスラム街にいるとは夢にも思うまい」
 彼はそれを聞いて叶笑した。
「そうともばかり言い切れませんよ」
 後ろから声がした。サラーフから送られて来た特殊部隊の者である。
「ここにも鼠が数匹紛れ込んでおりました」
「本当か」
「はい、やり過ごしましたが」
「そうか、ではここも去った方がいいな」
 ハルドゥーンはそれを聞いて考え込んだ。
「おい」
 そしてノートパソコンを叩く男に声をかけた。
「同志達に伝えろ。場所を変えると」
「わかりました」
 男はキーボードを叩きながら答えた。
「何処にですか?」
「そうだな」
 ハルドゥーンはまだ暫く考え込んでいたがやがて顔を上げた。
「一先下水道に隠れよう」
「了解」
 下水道は昔からテロ組織や抵抗組織の有効な隠れ家であった。彼等はそこを拠点とし、複雑な迷宮を伝い奇襲を仕掛けてきた。
 それは今でも変わらない。連合にもエウロパにもテロリストは存在しこのサハラではそうした組織がモザイク状に入り組み存在しているが彼等は都市部においてはそうした下水道を使うことが多い。毒ガス等でいぶり出そうにもその前にそれを察して逃げてしまうことが多い為に効果はなかった。
 ハルドゥーン達は地下に潜伏した。以後彼等は一時的に活動を停止した。
「そして今もこのブーシルにいるということか」
 アッディーンは司令室で不機嫌な表情をして言った。
「我々が痺れを切らすのを待っているのでしょうか」
 ガルシャースプが首を傾げていた。
「だろうな。今サラーフの艦隊がこちらに向かってきているそうだ」
「国境には既に一個艦隊が配属されております」
「その艦隊と合流して侵攻してくるつもりだろうな」
「同時にハルドゥーン達も蜂起、ですか」
「そうだ。そしてこのブーシルからミドハドの復活が幕を開けるというわけだ。歴史的な名場面になるぞ」
 アッディーンの言葉はシニカルなものであった。
「俺達は忌むべき侵略者だ。それを追い出したハルドゥーンは堂々と凱旋する」
「救国の英雄として」
「そうだ、そしてその後サラーフとミドハドは盟友となりオムダーマンを征伐する。大方そんなところだろう」
「そしてその後はお決まりの内部分裂ですね」
「それを見る頃にはオムダーマンは少なくともこの旧ミドハド領から一兵残らず追い出されている」
 アッディーンは言った。
「今はハルドゥーンを先に始末するべきなのだがな」
「ですがその所在が掴めません」
「上手く隠れている。下手に強引な捜査や攻撃を仕掛けて民間人を巻き添えにしたら向こうの思う壺だしな」
「はい」 
 それはゲリラやテロリストの狙いの一つである。ナポレオンのスペイン侵攻においては農村を歩いていたら急に後ろから銃で撃たれる。そうしたことが続き疑心暗鬼になり一般市民をゲリラとみなし殺す。そうなると彼等はフランス軍を憎む。そしてゲリラに協力したり参加するようになる。最終的には彼等はフランスをスペインから追い出した。
 だがそれはナポレオンのロシア遠征の失敗とライプヒチの敗戦による失脚が要因であった。スペインでの泥沼の事態は確かにゲリラは彼を苦しめたが倒したわけではなかった。ゲリラによりスペインは大きな犠牲を払った。今エウロパの中央美術館に残されている当時のスペインの画家ゴアの絵にもそれは描かれている。
「ゲリラやパルチザンは同時に高度な外交や政治的センスを必要とする。チトーもそうだったな」
「ええ」
 チトーとは第二次世界大戦の時バルカン半島に侵攻したドイツ軍に対抗して戦った指導者である。彼はドイツへの抵抗組織を率いゲリラ戦術で彼等を苦しめた。彼は優れた戦術指揮能力を持っていたが同時に卓越した政治センスを併せ持っていた。
 連合国に侵略者ドイツと果敢に戦う自分達の存在をアピールしたのだ。それによりドイツ敗戦後は独立を勝ち取った。ソ連の介入に対しても強気でられたのはそれがあったからだ。そしてソ連に対しても臆することがなかった。離れていたことと大戦によるソ連の疲弊、そして自らの強さを陰に陽に主張したからだ。このチトーによりバルカン半島はユーゴスラビアという連邦国家として存在することができた。
「ハルドゥーンはそれも見越している」
「悔しいですがそうですね」
 アッディーンもガルシャースプもハルドゥーンの政治能力はよく知っていた。だからこそこのゲリラ活動に危機感を募らせていたのだ。
「もう暫くしたら各地でテロ活動が起こるぞ」
「ですね。将兵には警戒するよう通達しておきます」
 彼等の危惧は不幸にして的中した。数日後ブーシル各地で次々に突発的な爆発事故や将兵への襲撃が起こったのだ。
「早速きたな」
 アッディーンはその報告を聞いて顔を顰めた。死傷者も出ていた。
「現場の指揮官達から徹底した掃討を許可するよう要請が出ていますが」
「駄目だ」
 アッディーンはそれに対して首を横に振った。
「下手に民間人を巻き添えにすると事態はより悪化する。今は守りを固め自重しろと伝えよ」
「わかりました」
 そして数日が経った。被害は増える一方であった。
「現場の不満は頂点に達しております」
「そうか」
 彼はシンダントからの報告を受けていた。
「治安維持にあたる将兵達は精神的にも肉体的にも限界に達しようとしています。このままでは暴発するのも時間の問題かと」
「それはわかっている」
 彼はそう言うと席を立った。
「だがそれでも我慢をしてもらわなくてはならない」
 窓の方へ向かった。
「それにもうすぐ敵艦隊がこちらに到着する」
「はい」
「出撃の準備をしておかなければならないが」
「武器、弾薬及び燃料庫は厳重な監視のおかげで無事です。何度も襲撃を受けましたが」
「問題はこれからだ。運び出す時が最も危険だ」
「そうですね。特殊部隊の援助も頼みましょうか」
「特殊部隊はハルドゥーン達の捜索で手が一杯だろう。それは出来ない。そうだ」
 アッディーンはここであることを思い出した。
「特殊部隊の増援はどうなったのだ」
「それでしたら」
 シンダントはふと思い出し脇に抱えているノートを取り出した。
「予定でしたら明日到着ですね。約七千名」
「それだけいたらかなり心強いな」
「ですね。問題は指揮官ですが」
 シンダントじゃそこで顔を顰めた。
「誰だ!?」
 それはアッディーンも認めた。
「ハルヴィシー中佐です」
 彼は溜息を漏らすようにして言った。
「随分不満そうだな」
 アッディーンはそれを見て言った。
「閣下はご存知ないのですか」
「何をだ?」
「実は私は彼と同期なのですが」
「ではよく知っているな」
「ええ。悪い意味で」
 その言葉からは好感は全く感じられなかった。
「士官学校の頃から素行が悪い男でして。浪費家で女好きで有名でして」
「それ位何処にでもある話だと思うが」
「限度があるのです。門限破りもしょっちゅうでしたし美人と見れば誰彼かまわず口説きにかかるし」
「ドン=ジョバンニか?」
 モーツァルトのオペラである。演出はかなりおおがかりになっているがオペラは今でも上演される。モーツァルトはこの時代においても天才と称されている。
「そんないいものではありません。とにかく何に対してもいい加減な男でして」
「それでよく士官学校を退学にならなかったな」
「成績は良かったので。それも射撃や諜報活動は士官学校始まって以来だったとか」
「特殊部隊に入る為に生まれてきたような男だな」
「はい。ですが特殊部隊に入っても相変わらず酒と女に溺れているようです。全く同期の恥さらしですよ」
「だがそう言うわりには怒っていないな」
「まあ。彼には色々と世話になっていますし。一緒によく遊びましたし」
「ならいいじゃないか。で、ハルヴィシー中佐は何時来るのだ?」
「ええと・・・・・・」
 シンダントはノートを調べた。
「今日ということになっていますが」
「そうか。来ると思うか。どうも時間にはルーズなようだが」
「微妙ですね」
 その時ドアをノックする音が聞こえてきた。
「入れ」
 二人の男が入って来た。
「やっと来たな」
 シンダントは前にいるその男を見て顔を顰めた。
「おいおい、同期に対してやけに冷たいじゃないか」
 彼はそれに対して笑いながら言った。
「当然だろ。貴様を知っている人間で顔を顰めない者はいないぞ」
 シンダントは辛辣な言葉を出した。
「やれやれ。皆少しは内面というものを見て欲しいものだ」
「その内面を見て言っているのだが」
 シンダントの言葉は厳しさを緩めない。
「彼がハルヴィシー中佐か」
 アッディーンはそのやりとりを見てシンダントに尋ねた。
「はい。アスランより只今到着致しました」
 ハルヴィシーは敬礼して答えた。
「よく来てくれた。貴官の任務は聞いているな」
「はい。この星系にいるミドハドの抵抗組織及びそれと結託するサラーフ特殊部隊の一掃ですね」
「そうだ。わかってくれているようだな」
 実際アッディーンも不安であった。シンダントの話からは到底まともな人物とは思えなかったからだ。
「では早速取り掛からせて頂きたいのですが」
 ハルヴィシーの目が光ったのを見た。
「到着してすぐにか」
「はい。既にサラーフの艦隊がこの星系に向かっていると聞いていますし。彼等が来る前に倒しておきたいでしょう」
「それはそうだが」
 だが準備等もあるだろう、と言おうとしたその時だった。
「部下達に既に準備は整えさせております。要員は全て配置に着いております」
「もうか!?」
 これにはアッディーンもシンダントも驚いた。
「はい。ここに来る前に打ち合わせをしておきましたので。あとは私が現場に行くだけです」
「陣頭指揮をとるのか」
「そうです。連中を相手にするにはそれが一番ですから」
 ハルヴィシーは当然といったふうに言った。
「提督は敵艦隊に専念して下さい。ハルドゥーンは私が引き受けますから」
「頼めるか」
「はい」
 シンダントは一瞬アッディーンの顔を見た。そして彼の決断を知った。
「では頼む。貴官の言う通りこちらはサラーフの艦隊に専念させてもらう」
「わかりました」
 こうして彼等はそれぞれの敵へ向かった。ハルヴィシーはまずスラム街に入った。
「まずはここからだな」
 彼はその複雑に入り組んだ小路を見回して呟いた。
「ウルドゥーン中尉」
 そして隣にいるウルドゥーン中尉に声をかけた。
「ここにいるメンバーは誰だ」
「はい、サルダーン大尉とマナーム少尉、そして二人の部下十人程です」
「そうか」
 その声も表情もカッサラのようにふざけたものではなかった。、まるで全てを見抜くような鋭いものであった。
「彼等に伝えてくれ。まずはここを取り囲めと」
「わかりました」
 ウルドゥーンは携帯のメールを打った。
「あとは下水道だな」
 彼は考えた。
「チームを大きく二つに分ける。市街を固めるチームと下水道に入るチームだ」
「はい」
 彼はまたメールを打った。
「下水道に入る方は私が指揮を執る」
「中佐自らいかれるのですね」
「いつもそうしている筈だが」
「それはそうですが」
 ウルドゥーンは彼のその射抜く様な目に押されることはなかった。
「ではそれで問題ない」
「はい」
 ただ彼は指揮官自ら敵と対峙するのはいざという時指揮系統に問題が生じるのではないかと思ったのである。だがそういった心配を全く計算に入れないのがハルヴィシーである。
「ここを一通り洗ったら下水道に行こう。そして彼等を見つけ出すぞ」
「わかりました」
 二人はスラムを歩いて行く。そして多くの危険が迫って来るのを感じ、それを楽しんでいた。
 

 

第二部第二章 狐の登場その三


「サラーフが兵を動かしたか」
 それはエウロパにも情報が入っていた。
「はい、二個艦隊をブーシルに向かわせたようです」
 マールボロとモンサルヴァートが昼食を摂りながら話していた。
「サラーフも必死のようだな」
 マールボロはフォークとナイフでサハラ産の角牛のステーキを切りながら言った。
「このままですとオムダーマンが彼等に匹敵する勢力になってしまいますからね」
 モンサルヴァートはそう言うと同じくサハラでとれた紫葡萄のワインを口に含んだ。地球等にある葡萄で作ったワインよりもずっと甘い。
「そうだな。そうなっては彼等も何かとやりづらいだろう」
 二人はステーキを食べ終わった。そしてデザートが運ばれる。無花果のシャーベットだ。これは地球のものと同じである。
「それを阻止する為にハルドゥーンとも手を組んでいるらしいですね」
「相変わらずだな、奴も」
「はい。しかもミドハドの主席の座を諦めてはいません」
「その為には何でもするか。奴らしいと言えばそうだが」
 シャーベットを口にした。ザリッとした食感が歯に伝わる。そして甘さが口全体を覆う。
「かっての宿敵の手先になってまで権力が恋しいか。つくづく見下げ果てた男だ」
 マールボロは古い貴族の家で生まれ育っている為そうしたことを好まない。彼は古風な騎士道精神を重んじる男なのだ。それが如何にもイギリス人らしいと半分皮肉で言われようともだ。
「それは私も同意です」
 モンサルヴァートもそうした考えは持っている。
「しかしそれもまた人間の性ですからね」
「それは否定しない」
 だがマールボロはそれがわからない程人生経験が浅いわけでも愚かでもない。
「だが好き嫌いという観点から私が見ると」
「嫌いなのですね」
「そういうことだ」
 彼は口と目だけで笑った。
「私は世間知らずな男でね」
「そうは思えませんが」
 モンサルヴァートは彼の軽口に合わせた。
「軍に長い間いると世間とはどうしても乖離してしまう」
「閣下はそうは思えませんが」
「いやいや、この前一旅行先で切符の買い方を忘れていることに気付いてね」
 彼は趣味人でもある。旅行もその一つだ。
「御夫人がいつも買っておられたのですか?」
「いや、実はうちのも買い方を知らなかった。執事が全てしておったのだよ」
「それはまた」
「その執事がたまたま休暇でな。気付いたら私も妻も切符をどうやって買うのかわからなかったのだ」
 彼はその広い額に手をやりながら笑った。
「この禿頭は肝心なことは何一つ入ってはおらんのだよ」
「それとこれとは関係がないと思いますが」
 モンサルヴァートは苦笑した。実は彼はジョーク等には疎いのだが彼と会ううちにそれを解するようになってきていた。
「いやいや、物事を常に考え過ぎると髪の毛が抜けると言うじゃないか」
「単に遺伝の問題では」
「確かに我が家は先祖代々この頭だが」
「増毛とかはなさらないのですか?他にも治療方法はありますが」
 禿の治療方法は既に八百年前に確立されている。水虫もである。
「そういうのはあまり好きではないんだ」
 彼は苦笑した。
「髪の毛は先祖代々かからな。今まで誰も増やそうとしなかったし私もそういったことは好きじゃない」
「そういうものですか」
「うん。大体歳と共に自然と抜け落ちていくものだしな。個人差はあるが」
「とある役者は二十代から増毛していますがね」
「ハハハ、彼は見栄っ張りだからな」
 二人はエウロパで人気のとある二枚目俳優のことを話題にした。彼はデビュー当時から頭髪が薄かったが不思議と禿ない。だが髪の量が増えているので皆真相はわかっているのだ。本人もそれを知らないふりをしている。
「さて、と。私のこの眩しい頭の話はこれでお終いにしよう」
「はい」
「今回の作戦の進行状況はどうかね」
 彼はプロコフィエフが中心になって進めているサハラ北方各国に対する作戦の進行状況について尋ねてきた。
「ハッ、それですが」
 モンサルヴァートは敬礼をして答えた。
「只今プロコフィエフ中将が中心に各国の分断工作を進めております」
「そうか。それは順調かね」
「はい、今のところは」
「ならばいいがね。一つ気になる話を聞いたのだ」
「何でしょうか」
「メフメット=シャイターンという男を知っているかね」
「いえ」
 モンサルヴァートは首を傾げて答えた。
「そうか。私もよくは知らないのだが何でもサハラ南方からやって来た男らしい」
「サハラ南方からですか」
 南方はサハラにおいても特に複雑かつ障害の多い地形として知られている。そして各星系の勢力が強い。その為主導的な大国がなく多くの小国が互いにいがみ合っているのだ。
「そうだ。そこで傭兵隊長をしていたらしい」
「傭兵隊長・・・・・・」
 連合やエウロパにおいて傭兵というものは存在しない。志願制による市民兵を採用している。彼等の勢力を考えるとそれが最も妥当であった。
 だがサハラ各国は違う。殆どの国が徴兵制を採用し互いに争っている。それだけで足りない場合は傭兵を雇うのだ。
 オムダーマンやミドハド等の西方では傭兵はあまり使われない。これは彼等の国が傭兵を好まないからである。理由は徴兵した兵士達の方が信用がおけるという判断からである。それにそこまで兵士には困っていなかった。
 だが南方各国は違う。それぞれ小勢力で時には複数の敵を相手にする場合もある。従って徴兵された兵士達だけではなく傭兵を雇う場合もあるのだ。戦乱の続くサハラである。エウロパに追い出された者達もいる。傭兵のなり手には困らない。
 金は当然かかる。しかも彼等は忠誠心が薄く形勢不利となればすぐに逃走するか寝返ったりする。しかし背に腹は替えられず彼等を使うのだ。傭兵はハサンでも見られる。だが僅かである。
「何か歴史的な響きのある呼称ですね」
「そうだな。だが実際にサハラ南方ではいるからな」
「そしてその傭兵隊長が何をしているのでしょうか」
「彼等の存在価値は一つしかないさ。我々に対抗し戦う為だ」
「そしてその数は」
「二百万程だ。そこに正規兵を合わせると五百万程か」
「それならあまり怖れる必要はありませんね、戦力だけを考えると」
「問題はそこではないと」
「はい。そのシャイターンがどういう人物であるかが問題です」
 彼は目の光を鋭くさせて言った。
「私は今まで傭兵と戦ったことはありませんし。それにシャイターンという男がどういう人物か全く知りません」
「敵を知り己を知れば、という考えか」
 マールボロは孫子の言葉を引用した。この時代にも孫子の書は残っている。
「そういうことです。彼の情報を知りたいのですが」
「それだが少し待ってくれ。外交部も情報部も今データを集めているところだ」
「そうですか」
「一つわかっていることは彼もかなり若いようだ。まだ二十代だという」
「傭兵隊長としてはでしょうか?」
「そうだな。大体四十代か五十代の年期のある働き盛りがなるらしいからな」
「そうですか」
「彼については暫くしたら情報が入るだろう。悪いがそれまで待ってくれ」
「はい。作戦発動は各国を分断させてからと考えていましたし」
 モンサルヴァートは言った。
「ならばそれまでは訓練と物資の確保に専念してくれ。頼んだよ」
「ハッ!」
 モンサルヴァートは答えた。食事の席なので敬礼はしなかったが強い声であった。

 数日後シャイターンのデータがアッディーンに届いた。彼は自分の執務室でプロコフィエフ、ベルガンサ等と共にそれを開いた。
「さてと」
 まず顔写真であった。見ればかなりの美男子である。
「顔はいいな」
 古風な顔写真であるがそれからでもよくわかる。黒い髪を後ろに撫で付け顔の形は鋭利である。まるで古代ギリシア彫刻の様に彫が深く引き締まっている。黒い眼は細めで多少吊り上がっている。
「だが」
 モンサルヴァートはその顔に少し妙な感じを覚えた。何処か陰があり邪な感じがするのだ。
「妙だな。これ程整った顔立ちの男でこうした雰囲気を感じるのは」
「美形悪役というのは漫画でも小説でもよくありますが」
 参謀のひとりモナコ中佐が少しおどけた声で言った。
「中佐」
 生真面目なプロコフィエフはそれを嗜めようとする。
「いや、いい」
 モンサルヴァートはそれを制止する。
「気品があるが何か険があるなと思ってな」
「確かに。見たところ生い立ちもそれ程悪くはないですが」
 生まれはサハラ南方の宗教家の家である。この時代のサハラの宗教はイスラム教がベースであるが昔と比べると多くの宗派が存在している。エウロパにあるバチカンですらかなり変貌し古代ギリシアや北欧の神々を取り入れていることを考えるとそれも当然であるがその中には聖職者を設けているものもある。かってはシーア派にも存在していたがその宗派はスンニーの流れを汲んでいるようだ。それで聖職者が存在するというのも驚くべき変化であった。
「だが待て。この宗派は確か聖職者の妻帯を許していなかった筈だ。しかも彼の父は大司教だぞ」
「あ・・・・・・」
 一同はモンサルヴァートの言葉にハッとした。
「ということは・・・・・・」
「そうだな。私生児ということになる」
 そこでモンサルヴァートは別の資料を出した。
「成程な」
 それを見てまずモンサルヴァートが頷いた。
「聖職者の腐敗というのは大なり小なり何時でも何処でもあるらしい」
 彼の父は神学校を卒業後司教になったがそれは自らの栄達の為であった。そして彼は権謀術数の限りを尽くして出世し大司教にまでなったのだ。
 その間彼は贅を楽しんだ。美食と荒淫を好み多くの愛人を持った。
 その愛人の一人との間に生まれたのがメフメット=シャイターンであった。彼は形式上は大司教の弟ということになってはいる。
「そうした弟がこの大司教には何人もいるな」
 彼は長男ということもあり軍人になった。だが士官学校に入るのではなく傭兵となった。
「あの若さで傭兵隊長となったのは父の後ろ楯があったからでしょうか」
「そのようだな。裏で多くの金が動いたようだ」
 モンサルヴァートは資料を読みながらプロコフィエフに対して答えた。
「だがそれからは全て自分の力だからな。傭兵の世界はそうだと聞いている」
 その通りであった。正規軍と傭兵は違う。全ては金と隊長の力による。
「見たところその力もあるようだな」
 彼はそれなりに戦いを積んできているが敗北はまだない。それどころかその兵力は次第に増えていっている。
「父親の資金力も関係しているようですけれどね」
「確かにな。後ろ楯に宗教があると何かとやりやすい」
 それは昔から変わらない。
「だがそれを上手く活かすのはやはり実力だ」
 モンサルヴァートは言った。
「兵士は金で集められる。だがそれを繋ぎとめるには能力が必要だ」
「そして彼にはその能力があると」
「そういうことになる」
「事実参加した全ての戦いにおいて武勲を挙げていますね」
 サハラ南方も戦乱に明け暮れている。その中で彼は戦うごとに功績をあげている。
「それに謀略も得意なようだな」
 モンサルヴァートはふと目を停めた。
「他の傭兵隊長の部隊を乗っ取ることが多いが。その際に暗殺や買収を上手く使っている」
 それも傭兵の世界ではよくあることだった。権謀術数に長けていなくては傭兵隊長は勤まらないのだ。
「それで以って勢力を拡大していっている。褒められたものではないが」
 モンサルヴァートの整った顔が微かに歪んだ。
「ここには二百万の兵をもって来ていますがまだ多くの兵を持っているようです」
「そのようだな。五百万といったところか」
 彼等はシャイターンの持つ傭兵隊のデータを見ながら言った。
「さて、その二百万だが」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「それでどう戦うのかな。お手並み拝見といこう」
 今聖杯の名を冠した若き名将と砂漠に潜む魔王の対決がはじまろうとしていた。
 

 

第二部第三章 魔王その一


                  魔王
 モンサルヴァート達が情報を収集しているその男、メフメット=シャイターンは今サハラ北方諸国の一つブワイフ共和国にいた。
「ようこそ、ブワイフに」
 黒く装飾されたブワイフの大統領官邸で彼は大統領等政府要人達と会談していた。
「いえ、同じサハラの同胞の危機を見過ごすわけにはいきませんから」
 彼はありきたりの社交辞令で礼に応えた。
「それよりもエウロパの動きはどうなっていますか」
 低く、それでいて透明感のある声である。男らしいが何処か女性的な響きも含まれている。
「はい、それですが」
 大統領は話しはじめた。
 彼の話によるとエウロパは外交や謀略により同盟諸国の切り崩しを図っているという。既に一国同盟から切り離されようとしているという。
「動きが速いですね。もう切り離しが成功しようとしているとは」
「はい、残念なことに」
 ブワイフの要人達はうなだれて答えた。
「エウロパは昔から外交や謀略には長けておりました。だからこそ我々は彼等の進出を許してしまったのです」
「先のアガデスもそれにより倒されてしまったようですね」
「はい」
 アガデス滅亡の件はシャイターンもよく知っていた。
「エウロパは一千年以上前にアラブを侵略した時から謀略を得手としてきました」
 これはそのアラブの民を祖先とする彼等サハラの者にとっては忌々しい歴史であった。
「哀しいことに我々は今もそれに悩まされております」
 シャイターンの言葉は何処か宗教家めいていた。
(やはり大司教の息子であることはあるな)
 要人達の中の一人がそう思った。だがそれを口には出さなかった。
「しかしそうした屈辱の歴史も終わる時が来たのです」
 彼は厳かな口調で言った。
「今彼等を打ち破れば我等は再び我等の地に住むことが出来るのです」
 あえて誇張して言った。
「その為にはまずこの戦いに勝たなければなりません」
 ここで彼はブワイフの要人達の目を見回した。
「その為に何を為すべきか・・・・・・」
 言葉を一旦区切った。
「おわかりですね?」
「はい」
 彼等はまるで催眠術にかかったような様子で答えた。そしてこの会談によりブワイフは今回の作戦の全権を彼に委託することとした。

「ブワイフはこれでよし」
 ブワイフの港に泊めてあるシャイターンの旗艦イズライールの個室に彼はいた。
 見ればかなり大型の艦である。外装は漆黒でありながら豪奢であり一見軍艦とは思えない。だがその装備は重厚でありサハラの他の艦よりも遥かに重装備である。
 またエンジンがかなり大きい。それから見るにこの艦が攻撃力と機動力に秀でた艦であるということがわかる。
 彼の部屋は豪華な装飾で飾られていた。まるでオスマン=トルコのスルタン=カリフの部屋のようである。
 所々に宝玉がありベッドは絹の天幕である。椅子もテーブルも極めて高価なもので彼が手に持つ杯は水晶である。
 彼はそこで絹の服に身を包んでいた。軍服も似合うがこうした装飾の多い服も似合っている。
「あの国を抑えれば他の国も順調にいく。諸国の軍事を全て手中に収めるのはここ数日で出来るな」
 彼は杯をテーブルに置いて言った。そこに紅のワインが注ぎ込まれる。
「ご苦労」
 彼はそこにいる侍女の一人に声をかけた。
「エウロパを破れば私の名はさらに上がる。それからここに居つくのも悪くはない。いや」
 ここで彼はニヤリ、と笑った。
「ここに私の勢力を築いておくとこれからがやり易いな」
 まるで魔界の覇者の様な顔であった。整ったマスクにえもいわれぬ邪悪さが差し込んだ。
「閣下」
 不意に扉を叩く音がした。
「入れ」
 彼は部屋に入るよう言った。一人の少年兵が入って来た。
「ハルシーク様がお話したいことがると来ておられますが」
「そうか」
 彼はその言葉に頷いた。
「すぐに行こう。服を持て」
「はい」
 彼は侍女に服を着替えさせた。そして軍服に身を包むと少年兵に案内され艦の作戦室に向かった。
「よく来てくれた」
 彼はそこに立つ壮年の男を見て微笑んだ。
「はい」
 そこにいたのは鋭利な顔立ちのやや小柄な男であった。シャイターンと同じ軍服を着ているがマントは羽織っていない。彼はトゥース=ハルシークという。シャイターンの傭兵隊の最古参の一人であり彼の知恵袋でもある。
「まあ座れ。お茶でも飲みながらゆっくりと話そう」
「わかりました」
 シャイターンが席に着くのを確認してハルシークも席に着いた。シャイターンは席に着くと少年兵に向けて指を鳴らした。彼はそれに対して頷きその場を後にした。暫くしてコーヒーとお茶菓子を持って来た。
 コーヒーはブラックであった。砂糖は入れない。お茶菓子はチョコレート菓子である。ケーキに似ているが少し違う。何処かクッキーを思わせる。
「甘いものは好きだったな」
「はい」
 ハルシークは答えた。そしてシャイターンがコーヒーを口にしたのを見て自分もコーヒーを口にした。
「美味いな」
 シャイターンはコーヒーを口にして少年兵に対して言った。
「有り難うございます」
 彼は嬉しそうに頷いた。
「菓子もいい。ただし砂糖はもう少し控えてくれ」
「わかりました」
 彼はそれには少し残念そうに頷いた。
「折角チョコレートを使っているのだ。砂糖よりそちらを上手く使った方がいい」
「はい」
 彼の味覚はかなり鋭いようだ。しかも舌もかなり肥えている。
「こういったことも経験だ。よく学ぶがいい」
「はい」
 少年兵は敬礼した。そしてその場に控えた。
「いい。下がってくれ」
 シャイターンは彼を退かせた。そして部屋にハルシークと二人だけになった。
「さて、と」
 彼はコーヒーを再び一口口に含んだ後口を開いた。
「エウロパの動きはどうなっている」
「ハッ、それですが」
 ハルシークは主に促され話をはじめた。
「今は外交及び謀略に重点を置いているようです」
「そしてそれが既に功を奏してきている、と」
「はい。一国既に同盟から離脱しようとしております」
「マヤムーク王国だな」
「そうです」
 マヤムーク王国はサハラ北方の国の一つである。これといって特徴のない小国である。
「規模としてはそんなに大きくはないが」
「一国でも同盟から離脱されると士気に大きく関わります」
「問題はそこだ。彼等を繋ぎ止めるなり大人しくさせるなりしなければならないが」
「それにはこちらも謀略を使うのがよろしいかと」
「いつものようにだな」
 シャイターンはその言葉にニヤリ、と笑った。
「そうです。ではいつものようにやってよろしいですな」
「うむ。誰にも悟られぬようにな」
「それはお任せ下さい。慣れております故」
 ハルシークは悪魔の様な笑みを浮かべて答えた。
「ではすみやかに頼むぞ」
「わかりました」
 こうして二人は会議室を後にした。後日マヤムークの親エウロパ派の要人達が会食をしているレストランが謎の爆発により崩壊した。これによりエウロパと関係の深かったマヤムークの要人達は一掃された。
 シャイターンの動きは速かった。彼はすぐにマヤムークに向かい国王と会談し今回の作戦における統帥権を譲り受けた。これによりマヤムークの兵権は全て彼の手に握られることとなった。
「マヤムークはこれでよし」
 国王との会談を終えた彼はマヤムークで最も知られる高級ホテルのロイヤルスイートルームで昼食を摂った。
 見ればかなり豪勢な料理ばかりである。マヤムークでしか獲れないかなり貴重な魚や動物を希少価値の香辛料で味付けしている。そしてそれが数十品も並んでいる。
 その後ろに六人の将校達が並んでいる。階級は傭兵隊はそれぞれ独自の階級章を使用しているがシャイターンの隊ではそれは中佐をあらわすものである。
 彼等は皆屈強な身体つきをしている。だがそれよりも目を引くのは彼等が黒い鉄の仮面を被っていることである。
 シャイターンは彼等を後ろに従えたうえで悠然と食事を摂っている。そしてその前にはハルシークが控えている。
「はい、これで二ヶ国の兵権が閣下の手に入りましたな」
 ハルシークは立っていた。そして頭を垂れて言った。
「そうだな。だがこれだけではまだ不十分だ」
 彼は漆黒に近い赤の葡萄酒を口に含んで言った。
「全ての国の権限を私に集めなければな。この戦いは勝てぬ」
「その通りです」
 明確なリーダーを設けずしては勝てぬ。戦争における鉄則の一つである。
「そしてエウロパに勝つ。全てはそれからはじまる」
「というといよいよですな」
「そうだ、今まではしがない傭兵隊長に過ぎなかったがな。これから私の野望が現実となるのだ」
 彼は凄みのある笑みを浮かべた。その整った顔がまるで悪魔のそれのようになる。
「期待しております」
「うむ、このサハラが統べるに相応しい者に統べられる。今まで長きに渡って誰も為し得なかったことだがな」
 彼は笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「サハラ統一、それが遂に達成されるのだ、この私の手でな」
「はい、これでもう我々はエウロパや連合の後塵をきすることもありません」
 エウロパには侵略を受け連合からは下に見られている。彼等はそれを内心屈辱に思っていたのだ。
「そうだ、そしてここに私は我が理想国家を築き上げる。その為には・・・・・・わかっているな」
「はい。このハルシーク、その為には全てを捧げましょう」
 暫くしてサハラ北方諸国の兵権はシャイターンの手に握られることとなった。彼はそれを以ってまずは内部に潜伏しているエウロパの工作員達を炙り出した。
「かなりの被害が出ているようだな」
 それはエウロパ軍の上層部にも伝わっていた。モンサルヴァートはプロコフィエフに対して言った。
「はい、同盟諸国の兵権があの男のものになってからかなりの損害が出ております」
 彼女はその古代ギリシア彫刻のような官能的な顔を深刻なものにさせて言った。
「シャイターンによってか。どうやら謀略に強いというのは本当のようだな」
「はい。外交官達の周りにも不審な人物が動いているという報告があります。中には暗殺された者も出ております」
「そうか。外交官がそうだと工作員はより深刻な事態に陥っているのだろうな」
「既に各国で捕まる者や消息を絶った者が続出しております。内部に作り上げた諜報網もかなりの損害を受けております」
「壊滅と言っていいな」
「残念ながら。如何いたしましょう」
「諜報網まで損害を受けてはな。ここは退く方がいいだろう」
「撤収ですか」
「致し方あるまい。これ以上の工作はかえって危険だ」
「わかりました。それでは退かせるとしましょう」
「頼む。以後作戦を切り替える必要があるな」
「残念なことですが」
 こうしてエウロパの作戦は大きく軌道修正されることとなった。彼等は事前の外交や謀略活動を打ち切りそのままオーソドックスな侵攻作戦に移ることとなった。
「問題は何処から攻めるかだが」
 モンサルヴァートは提督や参謀達を集めて話をしていた。
「私はサンドリム連合から攻めるべきだと考えます」
 プロコフィエフが提案した。
「サンドリムからか」
 モンサルヴァートも提督達もそれを聞いて頷いた。
「確かにな。あの国は北方諸国の中では最も地形が平坦だ」
「ブラックホールも赤色巨星も少ないですし。それに北方を攻略していくには格好の拠点候補もありますしな」
「エマムルドだな、あの星系は物資の集積地だしな」
 提督達は口々に言った。
「閣下はどうお考えですか?」
 そして彼等はモンサルヴァートに対して問うた。
「サンドリムか」
 彼はまず地図を一瞥した。
「攻めるにあたってはここが最もいいだろう。エマムルドを陥落させることができたならばそこを拠点にして作戦を容易に進めることができるしな」
 彼は地図を机の上に戻した。
「しかし敵もそれは読んでいるだろう。おそらくこの星系に戦力を集結させてくるぞ」
「そこを叩けばいいのです。彼等の兵力は我々のそれより少ないですし一度勝利を収めれば以後の作戦がより楽になりますよ」
「確かにな」
 彼はベルガンサの言葉に頷いた。
「ではまずはエマムルドを陥落させよう。そしてそれからはそこを足掛かりとして同盟諸国を各個撃破していく。それでいいな」
「ハッ!」
 提督も参謀達も一斉に敬礼した。こうしてエウロパの作戦行動は決定した。
 彼等はすぐに作戦行動に移った。モンサルヴァート率いる艦隊がサンドリムに侵攻してきた。
 その報告はすぐにシャイターンにも伝わった。彼はその時既にエマムルド星系にいた。
「そうか、やはりサンドリムに来たか」
 彼もエウロパの動きは読んでいた。そして既にこの星系に主力艦隊と共に駐留していたのだ。
「規模はどの程度だ?」
 彼は傍らにいる同盟諸国の情報参謀の一人に対して問うた。
「ハッ」
 参謀は彼が所属する国の敬礼をした。
(これもすぐに統一しなければいけないな)
 シャイターンは密かに思ったが口にはしなかった。
「規模にして六個艦隊程のようです。そしてその後方に多数の揚陸艦が確認されております」
「そうか、明らかにこのエマムルドに侵攻してくるつもりだな」
 シャイターンはそれを聞いて言った。
「敵の指揮官はわかるか」
「モンサルヴァート司令自ら出撃しております」
「何っ、彼自らか」
「はい、旗艦リェンツィも確認されております故」
「そうか、彼自ら来たか」
 彼はそれを聞いてほくそ笑んだ。
「諸君、どうやらこのサハラ北方を完全に我々の手に取り戻す時が来たようだぞ」
 彼は艦橋にいる者全てに対して言った。
 

 

第二部第三章 魔王その二


「敵将自ら来ているからでしょうか」
 その中の一人が問うた。
「それは本質であるが正解ではないな」
 彼は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「モンサルヴァート提督により諸君等は今までどれだけ苦しめられてきた?」
「それは・・・・・・」
 エウロパのサハラ侵攻はモンサルヴァートがやって来てから余計に激しくなった。アガデスだけでなく彼に敗れ滅びた国は多い。
「その彼がいなくなることがどういう意味かはわかるな」
「はい」
 彼等を脅かす最大の脅威がなくなるだけではなかった。彼等もエウロパに勝てるということが心の中に植えつけられるのだ。シャイターンは後者は言わなかったが。
「今こそモンサルヴァート提督を討つ、そして我等の地を取り戻すぞ!」
「ハッ!」
 皆シャイターンの言葉に奮い立った。そして陣を整えはじめた。
「これでよし」
 シャイターンはその様子を見て笑った。
「彼等は皆私の下に戦う。私の思うがままだ」
 何処か悪魔的な笑みであった。

 彼は部屋に戻った。扉は例の六人の鉄仮面の将校達が守っている。
「護衛も完璧だな」
 それを他国の兵士が見て呟いた。
 それを聞いた仮面の男の一人が顔を向けた。兵士はそれに驚いて慌てて逃げ出した。
「閣下」
 ハルシークは部屋の中でシャイターンの前に立っていた。
「どうした、何か言いたいことがあるようだが」
 彼は私服に着替えくつろいでいた。保護種に指定されている貴重な鳥の羽毛で作られた白い服である。
「先程の発言ですが」
 それに対してハルシークの表情は真摯であった。くつろぎとは全くの無縁である。
「モンサルヴァート司令を倒すというあれか」
 彼は椅子に座り酒を口にしながら問うた。
「はい。実際に戦闘で彼を倒すのは困難であると考えますが」
 ハルシークは両軍の戦力を頭に入れながら言った。
「数は彼等の方が上です。そこで無理をして彼を討とうとすれば」
「かえって無理な突撃になりそこを付け込まれる恐れがある、と言いたいのだな」
「お言葉ですが」
 彼は謹んで言った。
「それよりもじっくりと防御に徹するべきであると存じます。我々には無駄な兵力がありません故」
「それは私も同じ考えだ」
 シャイターンは落ち着いた声で言った。
「やはり。では何故あのようなことを仰ったのですか?」
「わかっていると思うが。彼等の心を掴む為だ」
 彼はうそぶくようにして言った。
「雑多な軍を一度で纏め上げるには時として共通の強大な敵を指し示すことが必要だ」
「左様ですか。そして私はもう一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何だ」
 彼は察してはいたがあえて問うた。
「サハラ北方のことです。本当に手中に収めようとお考えなのですか」
「当然だ」
 彼は笑って答えた。
「北方だけではない。いずれサハラの全てが私のものとなる。それはいつも言っていることだろう」
「はい」
「だが北方を手中に収めるのはまだまだ先のことだ」
 彼の言葉は果たして何処までが真で何処までが嘘なのか、凡人には理解し難かった。だがハルシークにはよくわかっていた。
「まずは土地の基盤を持たなくてはな。父上のバックだけでは心もとない」
「はい」
「私自身がここに根付く必要がある」
「それにはどうお考えですか?」
「ハルーク家との縁組を考えているのだが」
「ハルーク家とですか」
「そうだ」
 ハルーク家はこのサハラ北方一の富豪である。鉱山を数多く保有しておりサハラ全土でもその富は屈指のものである。今は当主が世を去り彼の年老いた未亡人が当主代行を勤めている。
「あの家と結び付くことができればその基盤は確固たるものになる。そしてそれからの動きが楽になる」
「ですがその為にはまずは」
「この戦いに勝たなくてはならない、と言いたいのだろう。それは既に決まっている」
 彼はまたもやその悪魔的な笑みを浮かべた。
「私が勝つということがな」
「左様でしたな」
 ハルシークもそれに頷いた。
「今度の戦いは楽ではないか。引き分ければそれでよいのだからな。このエマムルドを守ればいいだけなのだからな」
「そういうお考えでしたか」
「私は常に最短で最良の計画を立案し実行する。その為の手段は選ばないだけでな」
 やはりその笑みは何処か悪魔めいている。これは彼のそうした性格によるものなのだろうか。
「だがハルシークよ」
 彼は表情を真摯なものとした。
「問題はそれからだ。どうやって私がここで権力を握るか」
「婚姻の後ですか」
「そうだ、まずは邪魔になる人間をリストアップしておけ」
「わかりました」
「その連中を全て消すのだ。私の邪魔をする者には死を以って消えてもらう」
 冷徹な声であった。そこには感情はなかった。
「言っておくがハルーク家の人間であってもだ。いや、ハルーク家の人間は他にも増して厳重に調べろ」
「はい」
「それから次の計画に移る。邪魔者を全て消した後で」
「それからサハラ北ですか」
「それはわからないな」
 シャイターンの口の端が歪んだ。
「モンサルヴァート提督の下にも刺客を送っておきたいがな。だが彼は切れる男だ」
「あまり期待はできませんか」
「そういうことだ。もし成功してもエウロパには切れ者が多いしな。そうそう容易には攻められまい」
「ではまずは彼等を凌駕する勢力を築かれると」
「それが先決だな」
 そう言うと酒を再び口に含んだ。
「狙い目は何処になるかな」
「そうですな・・・・・・」
 ハルシークは問われて考え込んだ。
「サラーフなど如何でしょうか」
「サラーフか」
 それを聞いたシャイターンの眉がピクリ、と動いた。サラーフと北方諸国の一部は国境を接しているのだ。
「あの国は西方で第一の勢力だが」
「今はそれも脅かされておりますな」
 ハルシークは言った。
「確かにな。今はオムダーマンの勢力が日増しに大きくなっている。今ブーシルで手こずっているようだが」
「ブーシルですか」
 ハルシークはそれを聞いて口の両端だけで笑った。
「閣下はブーシルについてどうお考えですか」
「あの星系でのレジスタンスとやらについて尋ねているのか」
「はい」
 彼は答えた。
「あのようなものすぐに鎮圧される。そしてサラーフの侵略も失敗に終わる」
「やはりそう見ておられますか」
「当然だ。最早ミドハドの命運は尽きている。今何をしようがそれは覆らない」
 彼はテーブルの上にグラスを置いた。そこに侍女が酒を注ぎ込む。
「ご苦労」
 彼はそれを見て侍女に言葉をかけた。
「そして近いうちにサラーフとオムダーマンの全面的な対決があるだろう。双方の戦力が均衡しているがな」
「どちらが勝つと思われますか」
「わからないな」
 シャイターンはその整った眉をピクリ、と歪めた。
「どちらが攻め込むかで事情が異なってくる。今までの経緯から察して先に兵を動かすのはサラーフだと思うが」
「でしょうな。カッサラのこともありますし今も現に兵を動かしています」
「それは撃退されるだろう。オムダーマンはそれから反撃に移る筈だ」
 彼はそう読んでいた。
「ですが地の利はサラーフにありますな」
「うむ、兵力がほぼ互角の場合これはかなり大きいな」
「長期戦になるかも知れませんぞ」
「それは双方にとっても避けたい事態だろうな」
 シャイターンは言った。
「国力を疲弊させてしまっては元も子もない。我々が付け入る隙は出来るだろうが」
「閣下は両国の戦闘が長期化するのをお望みですか?」
「まさか」
 それは否定した。
「いずれ私の領土となる地だ。疲弊させてしまっては意味がないではないな」
「そう言われると思っていました」
「相変わらず意地が悪いな」
「ふふふ」
 ハルシークは含み笑いを漏らした。
「短期決戦になってもらわなくてはな。そしてどちらか、恩をより多くくれる方につきたい」
「それでしたらオムダーマンでしょう」
「やはりそちらか」
 シャイターンはその言葉を予測していた。
「サラーフは守り抜けばいいのですがオムダーマンは完全に攻め落とさなければなりません。これは大きいです」
「我々がサラーフの後方から攻め込めばそれだけオムダーマンは楽になるな。向こうに割り当てられる兵力も減るし」
「はい、彼等にとっては一石二鳥の参戦になります」
 彼等は既にこの北方諸国は自らのものにあると考えていた。
「それでは今後の方針も決まったな。だがオムダーマンにも今後順調に勢力を拡大してもらっては困るな」
「ではその為に手を打っておきますか」
「時が来ればな」
 彼は意味ありげに笑った。
「いずれ彼等にも消えてももらわなければいけないのは事実なのだしな」
「はい、ではそれはサラーフとの戦いの後で」
「うむ、準備はしておこうか。頼むぞ」
「そちらはお任せ下さい」
「よし。では話をこちらに戻すとしよう」
 彼は酒で喉を潤して言った。
「エウロパの軍勢は持久戦に持ち込もう。そしてその間に色々と手を打つか」
「戦いは何も正面から剣で斬り合うばかりではありませんからな」
「そうだ。それでは私の戦い方を彼等に見せてやろう」
 ハルシークは席を立った。そしてシャイターンはそのまま休息をとった。

 数日後エウロパ軍がエマムルド星系に到着した。それに対しシャイターン率いる北方諸国連合軍は正対して布陣していた。
「攻撃に移りますか」
 旗艦リェンツィの艦橋でプロコフィエフがモンサルヴァートに対して尋ねた。
「うむ」
 彼は頷いた。まずは一斉射撃を加えた。
 だがそれは殆ど効果がなかった。北方諸国軍は前面に特殊合金による防壁を置いていたのだ。
「楯にするつもりか」
 そしてその間から攻撃を仕掛けて来る。モンサルヴァートはそれを見て顎に手を当てた。
「敵の将はシャイターン隊長だったな」
「はい、今は彼等の全ての軍の全権を委任されています」
 プロコフィエフが答えた。
「そうか。噂通りだな。中々考えている」
 モンサルヴァートはモニターに映し出されている敵の陣を見ながら言った。
「右に磁気嵐、左にはアステロイド帯。そして上下には機雷を撒いている」
「我々の動きを制限する為でもありますね」
「そうだ。我々は彼等を正面から打ち破らない限りこの星系を手に入れることはできないな」
「では一気に打ち破りますか」
「それも愚だ。わかるだろう」
「はい」
 彼女はそれを知りながらモンサルヴァートの考えを知る為にあえて問うたのだ。
「ここで彼等を打ち破ってもこうした防衛線を二重三重に置いている筈だ。下手に攻撃を仕掛けて戦力を消耗すべきではない」
「それでは予備戦力をこちらに呼びますか」
「そうだな。攻撃を仕掛けるのはそれからだ」
 彼は決断した。そして補給線を確保したうえで敵軍と向かい合って布陣した。
「さて、エウロパ軍は動きを止めたわけだが」
 シャイターンは会議室で諸国の提督や参謀長達を集めて軍議を開いていた。
「彼等は侵攻を諦めたわけではない。これはわかっていると思う」
「はい」
 ここにいる殆どの者はシャイターンより遥かに年長である。しかし彼はそれに対し全く臆することなく話をしている。
「今後方から予備戦力を呼んでいる。それが到着し次第すぐに攻撃を仕掛けて来るだろう」
 それを聞いた彼等の顔が暗くなった。
「だが心配する必要はない」
 シャイターンはそんな彼等を宥めるように言った。
「私がいる限り彼等はこのエマムルドを手に入れることは出来ない」
 かれはの声は自信に満ちていた。
「まずは彼等の後方を脅かす」
 彼はそう言うと指揮棒でモニターに映し出されている両軍の陣を指し示した。
「我が軍の中から少数を選び出し彼等に敵の後方を襲撃させる。これでまずは補給線を脅かす」
 それはオーソドックスな戦法といえた。
「そしてそれで彼等が疲弊したところで次の手を打つ」
 彼は地図を再び指し示した。
「この陣地を棄てる」
「えっ!?」
 これには皆驚いた。シャイターン直属の者達を除いて。
「話は最後まで聞くように」
 彼は学校の教師のような言葉を出した。
「既に次の陣地は決定している。そこに撤退してさらに敵を誘い込むのだ」
「成程」
 彼等はそれを聞いて一先納得したようである。
「だがそれだけではない」
 シャイターンは言葉を続けた。
「この陣地にはトラップを多数置いておく。機雷や無人攻撃砲座をな」
「そして彼等に少しずつ損害を与えていくと」
「そういうことだ」
 彼は言った。
「それを繰り返す。そして彼等の戦力が消耗しきったところで叩く。そうすれば如何に彼等の兵が多くとも怖れることはない」
「一気に戦いを決めるのではなく持久戦に持ち込むのですか」
「うむ。今まではエウロパに皆正面から挑んでいた。こうして正面からの戦いを避ける戦い方もあるだろう」
「はい」
 まるで目から鱗が取れたかのようであった。彼等は今までエウロパとの戦いは正規戦が多かったのだ。これは彼等の巧みな戦略に誘い込まれそう仕向けられた向きもあるが。
「よいな、まずは正面からの衝突は絶対に避ける。襲撃を仕掛ける部隊も敵が来たならばすみやかに撤退せよ」
「ハッ!」
 こうして北方諸国の作戦は決定した。そして彼等は守りを固め小部隊でエウロパ軍の補給線を襲撃していった。
「こうした戦い方をしてくるとは思わなかったな」
 モンサルヴァートは補給線が脅かされていることを見て言った。
「すぐにパトロール及び護衛の数を増やしましょう」
 プロコフィエフが進言した。
「そうだな。このままでは将兵の士気だけでなく物資の欠乏が起きてしまう」
 彼とて補給の重要性はよく認識している。そしてプロコフィエフの提案をすぐに採用した。
 これにより補給線への襲撃はかなり避けられるようになった。だが兵をそこに割いた為そこを北方諸国に衝かれる。今度は彼等は本陣に奇襲を仕掛けて来たのだ。
 奇襲といっても全軍を以って来るわけではない。不意を衝き攻撃を仕掛け去って行くのだ。被害は微々たるものだ。しかし何時攻撃を仕掛けられるかわからないので皆神経を尖らせていた。
「本陣の警戒態勢を強化しよう、そして陣を組み直すぞ」
 彼は攻撃用の突撃を意図した左右に拡がった陣を解体し方陣に組み直した。そしてそれで援軍を待った。
 援軍が来た。彼はそれを得てようやく前に進もうと考えた。
「お待ち下さい」
 プロコフィエフがそれを制止した。
 

 

第二部第三章 魔王その三


「見たところ敵は撤退に取り掛かっております」
「本当か!?」
 これにはモンサルヴァートも驚いた。
「はい、これを御覧下さい」
 彼女はモニターを映し出した。そこには北方諸国軍が映っている。
「ううむ」
 見れば彼等の動きがおかしい。何か後ろに向かおうとしている。
「それだけではありません。よく御覧下さい」
 しかも陣地に何かを置いていこうとしている。機雷や無人砲座、その他の多くのトラップ等だ。
「退く時にも損害を与えようというつもりか」
「そのようです」
 彼女はモニターを見上げながらその美しい眉を顰めていた。
「ここは慎重に進むべきかと。補給線も長くなりますしトラップのこともありますし」
「そうだな。仕方ないか」
 彼は元々正面から大軍がぶつかり合う正規戦が好きなのである。そして戦いは短期決戦が信条であった。
 その彼にしてみればこういった補給線を厳重に守りながら少しずつ進んでいく戦いは性に合わなかった。だが好まないからといって必要に応じ作戦を変更しないような愚かな男でもなかった。
 彼は補給線を確保したうえで敵の撤退を確認し慎重にそのあとを追った。そしてトラップを少しずつ除去しつつ前に進み次の陣を組んだ。わざわざ守りに適した地を選んだうえでのことである。
「今度もまた厄介な場所にいあるな」
 北方諸国軍はエマムルド星系の一番外側の惑星のリングの中に布陣した。そこは隠れるのに適していた。
「誘き出すか」
 モンサルヴァートは苛立ちを覚えて集めた提督達に対して言った。
「それでしたら私が」
 早速ニルソンが名乗りをあげた。
「いや、卿は止めたほうがいい」
 ジャースクがそれを制した。
「何故だ、私に何か不満でもあるのか!?」
「不満とかそういう問題ではない。向いていない」
 ジャースクは激昂しようとするニルソンに対して言った。
「いや、はっきりと言わせてもらうとそうした行動は今は控えたほうがいい」 
 ジャースクはそう言うとモンサルヴァートに向き直った。
「閣下、ここはそうした行動は慎むべきかと存じます」
「意味がないか」
「それだけではありません。無駄な損害を出す怖れもあります」
「そうか」
 彼はそれを聞いて考えをあらためた。
「よし、それでは誘き出すのは止めだ。だが彼等を倒さずしてこの星系は手に入らないぞ」
「はい、それは敵もよく承知でしょう」
「だからか。我々との戦いを避けているのは」
「そうでしょうな。彼等は負けなければこの星系を守れるのです。しかし我々は・・・・・・」
「勝たなければならない、絶対に」
「そうです、心理的にこの差は非常に大きいものです」
 ジャースクはそう言い終えると頭を垂れた。
「それがわかっているから余計に正面からの衝突を避けるか。そしてその間に補給線を脅かし奇襲を仕掛ける」
「そうして我々の士気及び戦力を徐々に奪っていくつもりなのでしょう」
 ここでベルガンサが口を開いた。
「現に我が軍の士気は落ちはじめようとしておりますし」
「シャイターンという男」
 モンサルヴァートはそれを聞き彼の名を口にした。
「思ったよりそうしたゲリラ戦に長けた男のようだな。正規戦を好むと思ったのだが」
 彼はここで思い違いをしていた。そのことは後に知ることになる。
「ここは我々も守りましょう。先に痺れを切らした方が負けです」
「そうだな、ここは致し方あるまい」
 モンサルヴァートはあまり面白くはなかったがベルガンサの案を採用した。こうして両軍は睨み合いを続けた。

「さて、モンサルヴァート上級大将だが」
 焦り不快を感じるモンサルヴァートに対しシャイターンは余裕を以って陣中にいた。
「さぞかし焦っていることだろうな」
 彼は司令室で食事を摂っていた。士官用の食堂には行かない。彼はいつも司令室で食事を摂るのである。
 その食事は陣中とは思えぬものであった。巨大なテーブルの上に数十品程が並んでいた。
「はい、彼等は正規戦で決着を着けたいようです。ですが今は自重しております」
 彼に仕える傭兵部隊の将校の一人がその前に控えていた。
「だろうな。だが動かぬと」
 シャイターンはフォークとナイフを優雅な手つきで動かしながら言った。
「はい」
「先に動いた方が敗れるからな」
 彼は肉を口に入れる前に言った。
 そして肉を口に入れる。重厚な肉汁が口の中に満ちる。
「こちらも動く必要はない。ただ敵の動きをよく監視し時折襲撃を仕掛ける程度でよい」
「はい、ですが・・・・・・」
 将校はそこで顔を暗くさせた。
「我が軍にもそれに不満を持つ者があらわれはじめている、と言いたいのだな」
「は、はい」
 彼は自分が言おうとしていることをその前に言われてしまい内心焦った。
「君は命は惜しいか?」
 シャイターンは唐突に尋ねた。
「!?」
 将校はその言葉の意味がよく理解できなかった。
「命ですか!?」
「そうだ、惜しいかね、大事かね」
「それは・・・・・・」 
 軍人としての答えは決まっていた。
「何時でも国家の為に捧げる覚悟はできております」
「軍人としての答えではない。人としてはどうなのか。言っておくがその答えで君をどうこうするつもりはない」
 彼はそう断ったうえで尋ねてきた。
「では聞こう。惜しくはないかね?」
「はい、私にも家族がありますし」
「そうだろう、死にたくはない人間はあまりいないものだ」
 彼はそう言うと微笑んだ。
「それは私とて同じだ。ましてや徴兵で連れて来られた兵士はどうだ」
 サハラ諸国は徴兵制が主流である。
「それは当然ながら」
「そうだろう、故郷に残してきた両親や恋人のことが気にかかる。絶対に生きて帰りたいと思うだろう」
「はい」
「そういうことだ。彼等に伝えておけ。戦って勝つのと戦わずして勝つのとどちらがいいとな。答えは決まっているだろうが」
「わかりました」
 その将校は敬礼した。そしてシャイターンのもとを退いた。
 以後この状況に対して不満を漏らす者は大きく減った。そしてシャイターンの指示の下エウロパ軍と対峙を続けた。
 その間にもエウロパ軍に対する襲撃や様々な謀略は続けられた。モンサルヴァートもそれには頭を悩まされていた。
「こうした戦い方も確かにはあるが好きではないな」
 彼は不快感を露わにしていた。
「将兵の士気も落ちている。どうやら戦局は次第に我が軍にとって不利となりつつあるようだな」
 彼は次第に撤退を考えるようになった。それを見抜かぬシャイターンではなかった。彼は各国の政府首脳にひそかにエウロパと講和するよう促していた。
「今講和することができれば貴方達の功績になりますよ」
 という言葉も忘れなかった。
 やがて戦局不利を悟ったエウロパ総督府は撤退を決定した。軍をエマムルド星系から退かせた。
「これでエマムルドは救われましたね」
 各国の提督達はシャイターンを囲んで口々に言った。
「一時はどうなることかと思いましたが」
「戦わずして勝つ、ですな。お見事です」
 だがシャイターンはそれに対して口を開かなかった。本心からの言葉ではなく世辞であると見抜いていたせいもあるが他のことも考えていたのだ。
「これで終わりだと思われますか?」
 彼はふと居並ぶ提督達に対して問うた。
「?はい」
 彼等は暫しきょとんとしたがそう答えた。
「また来ますよ、新手が」
「新手ですか?エウロパは撤退しましたが」
「今サラーフ軍が不穏な気配を見せております」
「サラーフがですか!?まさか」
 否、一部の国にはそれは容易に想像がついた。サラーフはサハラ北方への進出の機会を常に窺っていたのだ。
「今こちらに大艦隊を向かわせる計画を進めているという話です」
「本当のお話ですか、それは」
 提督の一人が疑問を述べた。
「ブーシルで敗北したばかりだというのに」
 彼等はブーシルにおいてアッディーンの艦隊に大敗北を喫したのだ。
「だからこそ侵攻を決意したのでしょう」
 シャイターンは言った。
「ブーシルでの敗北はただの敗北ではありません。ミドハドへの介入の機会も失った戦略的に大きな敗北です。それの埋め合わせ、そして敗戦の批判を打ち消す為には」
「それ以外の地を獲得し、勝利を収めるということですか」
「そうです」
 シャイターンは彼等の言葉に頷いた。
「それが出来なければ政権の崩壊に直結しますしね。只でさえ王室や国民から今の政権の侵略政策には不満が多いというのに」
「成程」
 彼等は頷いた。
「ではすぐにサラーフとの戦いの準備に入りましょう」
「当然ですね。今回は早期戦になるでしょう」
「何故ですか!?」
「エウロパが再び変な気を起こさない為にです」
 シャイターンは答えた。そして彼等はサラーフとの国境にすぐに向かった。
 その動きは速かった。瞬く間にサラーフとの境であるアムド国のズアラ星系に到着した。
 そこには既にサラーフの艦隊が来ていた。七個艦隊、兵力にして約七百六十万、七万隻という大軍である。
 それに対するシャイターン率いる北方諸国連合軍は四個艦隊であった。一個はエウロパの備えにエマムルドに残しておいたのだ。兵力は四百二十万、艦艇は四万をかろうじて越えるだけであった。
 双方敵を発見するとすぐに動いた。まずは正面での戦闘である。これは数において有利に立つサラーフがそのまま有利に立った。シャイターンは一戦してすぐに兵を退かせた。
「逃げたか、追え!」
 サラーフ軍の指揮官は即座に追撃の指示を出した。全軍そのまま追撃する。
 しかしシャイターンの用兵は迅速であった。サラーフ軍を瞬く間に離していった。
「何という速さだ。だがいい」
 司令官は戦いに勝ったと思った。
「あとはこの星系を占領するだけだ」
 そして各惑星に艦隊を送った。揚陸艦を送り占領を開始する。有人惑星はないが軍事基地は複数存在する。それに対し攻撃を仕掛ける為だ。既に将兵は撤退していたが簡単なトラップや無人兵器が存在する為だ。
「敵は惑星占領に取り掛かったか」
 シャイターンは隣の星系でその報告を聞いた。
「はい、既に半分程を占領したそうです」
 参謀の一人がそう報告する。
「そうか、機は熟したな」
 彼はニヤリと笑った。
「全軍に伝えよ。すぐに反転しズアラに向かうとな」
「ハッ」
「そして敵艦隊を各個撃破していく。一兵たりとも逃すことなく」
 戦いを前にしたは異様に落ち着いた言葉であった。
「では行こう、勝利は我が手にある」
 そして北方諸国軍はズアラに向かった。敵に見つからないように通信を途絶し密かにズアラに入った。
 まずは一番外側の惑星を攻略していた艦隊を襲撃した。
「何っ、敵襲!?」
 その艦隊を指揮していた司令官は思わぬ敵襲に戸惑った。
 すぐに艦隊を出撃させようとする。だがそれより前に惑星への攻撃がはじまった。
「あの惑星には敵しかいない。遠慮なくやれ」
 シャイターンは言った。将兵はその言葉を待つまでもなく攻撃を仕掛けていた。
 その艦隊はあえなく壊滅した。シャイターンはすぐに次の惑星に向かった。
 そうして僅か一日で三個艦隊の通信が途絶した。司令は不思議に思い残る艦隊に連絡を入れた。
 彼が直率する艦隊を含め三個艦隊は無事であった。だが残る一個はそうではなかった。
「すぐに援軍を!」
 それが言葉であった。
「今敵の攻撃を受けております!すぐに援軍を送っていただけないと我が軍は・・・・・・」
 そこで通信が途絶した。あとは何の連絡もとれなかった。
 敵がこの星系にいて攻撃している、そう察した彼はすぐに全軍の集結を命じた。
 そうして二個艦隊が集まった。残る艦隊は来ない。
「まさか・・・・・・」
 そのまさかであった。僅か数隻がふらふらになりながらやって来た。
「移動中に後方から攻撃を受けました。艦隊は為す術もなく・・・・・・」
 生き残った将兵は力ない声でそう言った。
「そして壊滅したというのか」
 司令はそれを聞き震える声で言った。
「五個艦隊が壊滅するとはな。しかも僅か二日で」
「司令、ここは撤退されるべきかと」
 幕僚の一人がそう進言した。
「そうだな、こうまで戦力が減ってしまっては」
 彼はその進言を受け入れた。そして僅かに残った艦隊を撤退させることにした。
 サラーフ軍は撤退を開始した。だがその時だった。
 突如として後方から猛攻撃を受けた。
「まさか!」
 旗艦にも衝撃が走った。艦橋は大きく揺れ司令は倒れた。彼はそれから立ち上がると顔を上げて叫んだ。
 その危惧は当たった。シャイターン率いる艦隊が後ろから攻撃を仕掛けていたのだ。
「よし、このまま彼等を生かして返すな」
 彼は艦橋に立ち全軍に指示を出していた。
「追い詰めよ。そして一兵残らず倒せ」
 その指示は落ち着いているが内容はそうではなかった。将兵は逆にそれに奮い立った。
 北方諸国軍は攻撃を続けた。サラーフ軍はそれにより数を大きく減らしていく。
「司令、如何いたしましょう!」
 次第に破滅的な状況になっていく戦局を見て参謀の一人が問うた。
「クッ・・・・・・」
 司令は歯噛みした。反撃しようにもそれは焼け石に水である。
「全軍撤退だ!こうなっては止むを得ん!」
 彼は叫んだ。そして旗艦の艦長に言った。
「すぐに全速力で戦場を離脱せよ!このままでは我々も死んでしまうぞ!」
「は、はい!」
 艦長はその剣幕に暫し呆然としたがすぐに我を取り戻し敬礼した。
 旗艦はすぐに戦場を離脱しにかかった。司令自ら遁走したのである。他の艦もそれに続いた。
「逃げて行くな」
 シャイターンは艦橋でその有様を見ながら笑った。
「追いますか」
 ハルシークが問うた。
「当然だ」
 彼は言った。それが合図となった。
 諸国軍はさらに追撃を行なった。サラーフ軍はそれに対して逃げるだけで最早戦うどころではなかった。
 それでも何とか半数の将兵がサラーフ領に逃げ込んだ。シャイターンはそれを見てようやく追撃を止めた。
 結果としてサラーフ軍は参加兵力の殆どを失った。僅か数日で六個艦隊分の戦力がなくなったのである。これはそう簡単に取り戻せるものではなかった。ブーシルの敗戦と合わせてサラーフにとって大きな打撃であった。
「これでサラーフの力は大きく減退した」
 帰還したシャイターンを待っていたのは熱烈な賞賛の声であった。だが彼はそれに対しては涼しい顔をしていた。
「当然のことに賞賛の声をあげるのはどうかと思うが」
 彼は無表情のままそう言った。
「あれだけの大勝利だったのにですか!?」
 これには配下の提督達も驚いた。彼等は車に乗り市民達の歓喜の声を受けている。
「あの状況ではごく普通のことだ」
 だがシャイターンの表情は変わらない。
「いや、むしろ失敗したな。一個艦隊分逃がしてしまった」
「しかし僅か数日で敵の殆どを討ち滅ぼしましたし」
「サラーフの損害は今後に大きな影響を与える程ですよ」
「だからそれは当然のことなのだ」
 彼はまた言った。
「サラーフ軍は油断していた。そして兵力を分散させていた。そうした状況では勝利を収められるのは当然のことだ」
 だがそうした状況に導くのは容易ではない。
「だがこれで大きく変わったな」
 彼は一言だけ言った。
「はい、我々は救われました」
 提督達は笑顔で言った。
「これも閣下のおかげです」
「そうか」
 だが彼は北方諸国のことを言ったのではなかったのだ。
(この地での私の地位は確立されたな)
 彼はこれからのことを考えていた。
(ハルーク家との婚姻は容易に進みそうだ)
 そしてそれからのことも。
(まずはここからはじまる。そして)
 彼はニヤリと笑った。
(このサハラが私のものとなるのだ)
 後日彼はハルーク家の未亡人と会うこととなった。そして以後彼女との密接な関係が噂されるようになる。
 

 

第二部第四章 二つの戦いその一


                二つの戦い
 ブーシルは緊迫した状況にあった。今この星系に戦乱が起ころうとしていたのだ。
 まずはブーシルに向けて進撃してきているサラーフの艦隊である。三個艦隊である。
 そしてこの地に潜伏しているハルドゥーン達と彼等に協力するサラーフの特殊部隊、いずれも厄介な相手であった。
「レジスタンスと特殊部隊は彼に任せるしかないな」
 アッディーンは司令室で提督達と話していた。
「はい、こうしたことは正規の部隊ではなかなかできませんから」
 そうなのであった。特殊部隊に対抗できるのは特殊部隊だけなのであった。
「我々は敵艦隊のことに専念すべきでしょうな」
 バヤズィトが言った。
「そうだな、今ここであれこれ言ってもはじまらない」
 アッディーンは彼の言葉に頷いた。
「とりあえず今はサラーフの艦隊を打ち破ることを考えよう」
「ハッ」
 こうして彼等は軍議をはじめた。

 その頃ハルヴィシーは下水道の中を進んでいた。 
 彼は漆黒のスーツに身を包んでいる。共にいる部下達も同じだ。
「そちらはどうだ」
 彼は隣の通路からやって来た部下達に対して問うた。
「いませんでした」
 彼等は首を横に振った。
「そうか、そちらにもいなかったか」
 彼はそれを聞き考え込む顔をした。
「こちらにもいなかったしな」
「上手く隠れているようですね」
 ウルドゥーンが言った。
「そうだな、ここは彼等の庭のようなものだしな」
「地の利は向こうにあります」
「そうだ、おそらくは我々が探し疲れるのを待っているのだろう」
 ハルヴィシーの言葉は彼等が今最も恐れていることであった。
「そしてそこで彼等は姿をあらわす。我々を消す為に」
「レジスタンスやゲリラの常套手段ですね」
「そうだ、そして隙を見せてもいけない」
 語るハルヴィシーの顔は普段のそれとは全く違っていた。
「隙を見せたら襲い掛かって来る。彼等は今も牙を研いでいる。この闇の中でな」
「・・・・・・・・・」
 皆その言葉に表情を張り詰めさせた。
「それを防ぐには彼等を倒すしかない。見つけ出してな」
「ですね。しかし何処にいるのやら」
「それだが」
 ハルヴィシーの目が光った。
「この下水道にいるのは間違いない。だがこの下水道は果たしてここだけにあるかということだ」
「といいますと!?」
 部下達は問うた。
「この街は古い歴史を持っているようだ。一度地震で崩壊しその上に新たに都市を建設している」
「この下水道の下にもう一つ街があるのですか」
「そういうことになる。彼等はそこに潜んでいる可能性がある」
 ハルヴィシーはそう言うと下を見た。
「その為にはそこに行く道を探し出す必要がある」
「ですね。しかし」
 彼等はそこで顔を顰めさせた。
「問題はその道が一体何処にあるかです」
「それだな」
 ハルヴィシーは再び考える顔をした。
「彼等がそこから出入りしているとするならば必ずあるのだが」
「流石に容易には見つからないでしょうね」
「うむ」
 彼等は捜索の対象をその出入り口に変更した。だが数日経っても見つけることはできず次第に消耗していった。
「どうだ?」
「駄目です、何処にも」
 部下の一人が首を横に振った。
「上手く隠れているな、感心する」
 ハルヴィシーはそう言ったが目は笑ってはいなかった。
「こうなったら一芝居打つとしよう」
「何をするつもりですか?」
「うん、危険だがやってみる価値はあるぞ。協力してくれるか」
「はい」
 やがてハルヴィシーは数人の部下達と共に下水道の隅にへたれ込んだ。やがてそこに何者かが襲い掛かって来た。
「来たな」
 彼はそれを認めてすぐに立ち上がった。それはレジスタンスの者達だった。
「クッ、はかったな!」
「こういうのは化かしあいだからな!」
 ハルヴィシーは言い返すと同時に彼等を撃った。
「殺すな、出来る限り捕らえよ!」
「はい!」
 部下達はレジスタンスの手や脚を狙った。素晴らしい銃の腕前であった。彼等は次々に手足を打ち抜かれていった。
 逃げようとする。だがそこに前からも新手が出て来た。
「降伏せよ、そうすれば命まではとらん」
「・・・・・・わかった」
 彼等はこうしてハルヴィシー達に捕らえられた。そして歩ける者達は道案内をさせられることになった。
「嘘ではないな」
 彼等はそのうちの一人に銃を突き付けながら問うた。
「今更嘘なんかつくらよ」
 レジスタンスはふてくされた顔でそう言った。
「ならいいがな。だが」
 ハルヴィシーの目が剣呑な光を発した。
「もしもの時は・・・・・・。わかるな」
「あ、ああ」
 その目は本気であった。それを見たレジスタンス達は背筋に寒いものを感じた。
(何て冷たい目だ)
 彼等は今までそんな目をした者を見たことがなかった。もし偽りを教えたならばどうなるか・・・・・・。彼等は本能的にそれを悟った。
 やがてとある曲がり角に来た。そこでレジスタンス達は壁を横に引いた。
「そうか、隠し扉か」
「そうだ」
 そこから奥に続いているようだ。
「悪いが俺達はここで勘弁してくれないか」
「仲間達に見つかったら只じゃすまねえからな」
「ああ、わかった」
 ハルヴィシーは部下を数人連れ彼等を送り返させた。そしてトランシーバーで暗号を送った。
「これでよし、上に残っている部隊も援軍に来るぞ」
「それは有り難いですね」
「ああ、我々はその前に中に入り橋頭堡を築くぞ」
「ハッ!」
 こうしてハルヴィシー率いる部隊は中に入って行った。
 暗い道は下に向けて続いていた。かなり降りただろう。出るとそこは何か廃墟のようであった。
「隊長の予想は当たったようですね」
 隊員の一人が言った。
「ああ、下水道の下にこのようなものがあるのはいささか不思議だがな」
 ハルヴィシーはその廃墟を見回しながら言った。地震はかなり大規模なものだったのであろう。建物は全て破壊され瓦礫の山がそこかしこに散乱している。
「まずはここに陣地を築くぞ」
「はい」
 彼等はすぐに陣地を構築した。やがてレジスタンスとサラーフの特殊部隊がやって来た。
「早速来たな」
 彼等はその陣地を潰そうとする。だがそれは適わなかった。ハルヴィシーの構築した陣地は堅固であり彼等を寄せ付けなかったのだ。
 一日経った。上で下水道の出入り口を押さえていた部隊が到着した。
「よし、少しずつ進撃していくぞ」
 ハルヴィシーは部下達を率いて前に出た。そして廃墟を一つずつ潰し攻略していった。
「焦る必要はないからな」
 彼は部下達に対して言った。
「敵は既に我等の手中にある」
 彼の言うとおりであった。出口は既に押さえている。レジスタンスもサラーフの特殊部隊も袋の鼠であったのだ。
 彼は敵を炙り出し少しずつ倒していった。そして徐々に包囲していった。
「ハルドゥーンは何処だ」
 そして捕虜にしたレジスタンスに対し問うた。
「それは・・・・・・」
 だが彼は口を割ろうとしない。
「中尉」
 そこでハルヴィシーはウルドゥーンに声をかけた。
「わかりました」
 ウルドゥーンは頷くと一本の注射針を取り出した。
 そしてそれをその捕虜の腕に刺した。ハルヴィシーは暫く時間を空けてから問うた。
「ハルドゥーンは何処にいる」
「寺院の廃墟の地下に」
「そうか」
 それは自白剤であった。拷問による尋問は最早過去のものとなっていた。今は後遺症のない自白剤が発明されておりそれを使うのだ。もっとも使っているのは秘密警察や憲兵といった特殊な組織だけであるが。
「寺院は」
 ハルヴィシーは周りを見渡した。
「あそこか」
 彼はその寺院の廃墟を確認した。
「行くぞ、これでここでの作戦は終わりだ」
「ハッ」
 彼等は寺院を包囲した。だがそこにいあるレジスタンス及び特殊部隊の抵抗は流石に強力だった。
「流石に本丸は容易に陥とせないな」
「ええ、けれどあと一息ですよ」
 ウルドゥーンはビームライフルを放ちながら言った。前にいた特殊部隊の兵士の額が撃ち抜かれた。
「何と言っても数が違いますからね」
「そうだな。それに彼等に残された場所ももうあの寺院しかない。最早逃げられん」
 彼は総攻撃を命じた。バズーカや無反動砲が寺院を撃った。
 これでレジスタンス達は怯んだ。それを見た彼は一斉射撃の後突入を命じた。
「今だ、一気に占領するぞ!」
「ハッ!」
 これを押し留める力は最早レジスタンス達にはなかった。彼等は為す術もなく蹴散らされた。
 寺院は遂に占領された。そしてハルヴィシーは地下への階段を捜し出し数人の部下と共に降りていった。
「・・・・・・自身の手で決したか」
 そこにあったのはハルドゥーンの亡骸だった。口から大量の血を吐き床にうつ伏せに倒れ込んでいる。服毒自殺のようだ。
「もう少し大人しくしていればこのようなことにはならなかっただろうにな」
 ハルヴィシーは彼を冷たい目で見下ろしながらそう言った。
「だがそれは出来ないか。権力の為にはな」
「人間の悲しい性ですね」
 ウルドゥーンが相槌をうった。
「そうだな」
 こうしてレジスタンス達との戦いはハルヴィシーの勝利に終わった。オムダーマンはこれでブーシルの内憂を取り除くことに成功したのであった。
 

 

第二部第四章 二つの戦いその二


 だが外患がまだであった。今国境にはサラーフの三個艦隊が集結していた。
 それに対するはアッディーン率いる艦隊である。兵力にして一七〇万、一万七千隻、敵の約半分であった。
「さて、どう戦うかだな」
 アッディーンは会議室に提督や参謀達を集めていた。
「守りを固めていれば敵の侵攻は抑えられるが」
「ですがそうはなさらないでしょう」
「確かにな」
 彼はガルシャースプの言葉に口元を綻ばせた。
「守りを固めていても敵の増援が来る怖れがある。それにこちらの援軍は期待できないしな」
 今オムダーマン軍はミドハドの治安安定に手が一杯でとてもブーシルまで手が回せなかった。余裕ができるには暫くの時が必要であった。
「今彼等はブーシルに向けて侵攻を開始しています。迎え撃つのなら何処でしますか」
「そうだな」
 彼はラシークの言葉を聞きながら地図を見た。
「今敵は国境を越えたところらしいな」
「はい、今この辺りです」
 ラシークがその場所を指し示した。するとそこに駒が浮かび上がった。
「彼等はここからブーシルに一直線に向かって来ています」
「するとブーシルに入るのはこの辺りだな」
 アッディーンはブーシルの北東部を指で指し示した。
「おそらくそこから来るでしょう。偵察隊はそう読んでおります」
「そうか。ではまずは北東部に向かうぞ」
「はい」
 提督と参謀達は頷いた。
「彼等の前に布陣する。そうすれば彼等は我々と正面から戦おうとするだろう」
「兵力差を考えるとそうなるでしょうな」
「だがかなり前方に布陣することにする」
「何故ですか?」
 この言葉に皆顔を向けた。
「敵の動きを誘い出すつもりなのだ」
 彼はそう言うとニヤリと笑った。
「いつも俺がやっていることを今度は彼等にしてもらう」
「?」
 皆その言葉に首を傾げた。
「何、すぐにわかる。そして簡単なことだ」
「簡単なこと・・・・・・?」
「そうだ、諸君は二倍の兵力があったらどうするか」
「それは昔から決まっておりますが」
 孫子にもある。二倍の兵力の時は挟み撃ちにすべし、と。
「見ていてくれ。彼等はその兵力故に敗れ去るだろう」
 彼はそう言うと地図を叩いた。すると自軍の駒が浮き出た。
「一週間後この地図の上に浮かんでいるのは我が軍だけになるだろう」
 その言葉が一同の心に深く残った。半信半疑な一同であったがここは常に勝利を収めてきたこの若き将の言葉を信じるしかなかった。

 翌日アッディーン率いるオムダーマン軍とサラーフ軍はブーシル北東部で対峙した。世に言うブーシル会戦のはじまりであった。
 オムダーマン軍が地形を無視して四方八方に全く障壁のない場所に布陣しているのを見てサラーフ軍の司令は驚いた。
「どういうことだ、アッディーン提督といえば常に地形を利用して戦うと聞いていたが」
 サラーフ軍の司令はそれを見て不思議に思った。
「あれでは策も何も使えぬぞ。まるで挟み撃ちにしてくれと言わんばかりだ」
 彼はまずアッディーンの奇略を警戒した。だがそうした気配は全く感じない。
「そもそもあの場所では何も出来ませんしね」
 参謀の一人も首を傾げながら言った。
「伏兵の存在もないようです」
 偵察隊からの報告が入った。
「そうか。では何も策がなくてあの場所に布陣しているのだな」
 彼はその報告を聞いて頷いた。
「では兵を動かすとしよう。軍を二つに分けるぞ」
「ハッ」
 兵が二つに分かれた。一個艦隊が分かれオムダーマン軍の後方に向かった。
「よいか、後方にきたところで敵を攻撃せよ。同時に主力も向かう」
「ハッ」
 その一個艦隊はアッディーンに悟られぬよう慎重に迂回してその後方に向かった。
「気をつけろよ」
 だが同時にアッディーンも動いた。サラーフ軍の主力が気付いた時には彼等はそれまでいた場所にはいなかった。
「まさか・・・・・・」
 司令はそれを見て危機を悟った。すぐに後方に向かわせた艦隊の援軍に向かった。
 だが遅かった。後方を狙わせた艦隊はオムダーマン軍の側面からの総攻撃を受けていたのだ。
「撃てっ!」
 まずは一斉射撃が加えられる。無防備な側面にビームの帯が叩きつけられる。
 忽ち数百の艦艇が破壊される。そして再び一斉射撃が加えられる。
 これで敵艦隊の勢いは止まった。それを見過ごすアッディーンではない。すぐに突撃が指示された。
 横からオムダーマン軍の艦艇が一斉に襲い掛かる。既に混乱状態に陥っていたサラーフ軍にそれを押し留めることは出来る筈もなく突入を許してしまった。
 艦載機イエニチェリが襲い掛かる。そして艦と共同して敵艦を沈めていく。
 敵を突っ切った。そして反転して再び襲い掛かる。
 二度の突撃を受けサラーフ軍は壊走した。為す術もなく自軍の主力がいた方に逃げて行く。
「まずはこれでよし」
 アッディーンは逃げて行く敵軍の背を見ながら言った。
「今度は敵の主力の番だ」
 サラーフ軍は壊走してくる自軍を発見すると彼等と合流した。その数は半数にも満たなかった。
「優勢の敵に側面から急襲を受けたのだ、無理はないな」
 司令はその傷付いた艦艇を見ながら悔しげに呟いた。
「どうやら下手な小細工はかえって損害を増やすだけのようだな」
「するとやはり」
 参謀達が顔をこちらに向けてきた。
「うむ、正面から決戦を挑むぞ。兵力ではこちらの方がまだ上なのだしな」
「わかりました」
 彼等はこうしてこちらにやって来たオムダーマン軍の正面に布陣した。アッディーンもそれに対し正面で構えた。
「さて、正面からの戦いとなったわけだが」
 彼は旗艦アリーの艦橋に提督達を集めていた。
「おそらく敵は全戦力を正面にぶつけてくるだろう。かなり苦しい戦いになる」
「ハッ」
「この防衛戦の指揮官だが」
 彼はそこで指を鳴らした。
「入れ」
 そこで砂色の髪と鳶色の瞳を持つ男が入って来た。
「貴官は・・・・・・」
 提督達はその者を見て目を見張った。
「アガヌ提督だ。諸君達も知っていよう」
「はい・・・・・・」
 ミドハド軍においてアッディーンの攻撃に一人果敢に守ったあの人物である。確か捕虜になっていた筈だが。
「オムダーマン軍に入ることとなった。階級は少将だ」
「宜しくお願いします」
 彼はオムダーマン式の敬礼をした。国家の興亡の激しいサハラではよくあることである。滅亡した国の軍人が征服した国に再登用されたり他国に登用されたりすることは。これはサハラの特色でもあった。
 だから提督達もそれについては驚いていなかった。驚いたのはいきなり軍の指揮を任せたことであった。
「アタチュルク提督、ムーア提督、ニアメ提督は彼の指揮下に置く。異存はないな」
「はい・・・・・・」
 やはり新参者の下につくというのは不満があった。だがこれも命令である。
「コリームア提督は俺と共に三千隻を率いる。これは何に使うかはわかるな」
「ハッ」
 コリームアは敬礼でもって答えた。
「時が来れば動くぞ、その時に備えておけ」
「わかりました」
「諸君、勝利は我等が手にある。アッラーは偉大なり!」
 サハラの主な宗教はイスラムであった。他の宗教も存在しているがアラブ系の者が多い為必然的にイスラム教徒が多くなるのである。かって原理主義者等を生み出したが今はかっての寛容さを取り戻している。
 アッディーンのその言葉が合図となった。オムダーマン軍は戦闘態勢に入った。
 まずは数に優るサラーフ軍が動いた。そのまま押し潰さんとする。
「来たか」
 アガヌはその動きを冷静に見ていた。
「まずは動きを止めよう」
 彼はそう言うと敵の最も突出している部分を指し示した。
「あのポイントに火力を集中させよ!」
 すぐに砲撃が行なわれる。そして敵の進撃が阻まれる。
 だがサラーフ軍は再び進撃を開始する。今度は横陣を組んで向かって来た。包囲するつもりである。
「中央に火力を集中させよ!」
 再び指示が下る。敵の中央部が撃たれ陣が崩れる。
「ほう」
 それを見た提督達が思わず声をあげた。
「用兵が巧みだな。守りが上手いわけだ」
 彼等はすぐにアガヌの力量を認めた。
 敵は次第に苛立ってきた。そして今度は次々に波状攻撃を繰り出してきた。
「ならば」
 彼は前線に守りの固い戦艦を置いた。そして方陣を組みそれを防いだ。
 敵が引けば押し、押さば引いた。そしてその攻撃をよく防いでいた。
「ふむ、見事だな」
 アッディーンもそれを見ていた。
「思ったよりも遥かに見事だ。兵力差をものともしていない」
 彼はそれを左翼で見ていたのだ。
「司令、我等はまだ動かなくてよいのですか」
 艦長を務めるムラーフが問うた。
「ああ、まだいい」
 彼は鷹揚に答えた。
「今は動く時ではない。だが時が来れば」
 彼はそこで表情を変えた。
「一気に動くぞ」
 それは獲物を狙う猛禽の眼であった。
 戦局は完全に膠着していた。サラーフ軍は数に優りながらもアガヌの巧みな用兵と防御によりその優位を活かせてはいなかった。
 だがオムダーマンも数に劣り押しきれない。次第に両軍に焦りが生じてきた。
「司令、将兵が苛立ちはじめております」
 それはアッディーンも承知していた。
「まだだ、まだ動いてはならない」
 彼はそう言った。将兵はその言葉に従い落ち着きを取り戻した。
 だがサラーフは違った。数に優っているが故に次第に苛立ちを隠せなくなってきていた。
「おい、このままでいいのか」
 次第に将校達の間でもそう囁かれだした。
「機を逃すとまたアッディーンにやられるぞ」
 彼等はアッディーンの軍略を怖れていた。その為一気を勝負を着けたかったのだ。
 だがそれは出来ていなかった。戦いは膠着状態に陥っていた。
 次第に突出する艦が出て来た。しかしアガヌはそうした艦から沈めていった。
「段々統制がとれなくなってきたな」
 アッディーンはそれを見て言った。
「もうすぐこれが全体にまで及ぶぞ」
 彼の言葉は的中した。やがて敵の両翼が突如として突撃を開始した。
「よし、今だ!」
 彼はそれを見て叫んだ。
「今から敵の右翼を叩く、主力部隊は左翼に備えよ!」
 彼はそう言うと右手を挙げた。
「勝機は来た、この戦い我等がものだ!」
 右手が振り下ろされる。同時に彼が直率左翼部隊が動いた。
「よし、遂にはじまったな」
 その中にはコリームアが率いる艦隊もあった。
「司令に続くぞ、我等の動きを見せてやれ」
 彼は幕僚達に言った。そして疾風の様な動きで敵に向かっていった。
 アッディーンとコリームアが率いる部隊は闇雲の突撃してきた敵右翼の矛先をかわした。そしてその側面に回り込んだ。
「撃て!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされる。その攻撃により敵右翼の動きが止まった。
「今だ、突撃せよ!」
 そして突撃を敢行する。彼は自らの旗艦を真っ先に突入させた。
「遅れるな、続け!」
 この行動に皆奮い立った。そして彼に続き敵に向けて雪崩れ込んでいく。
 サラーフの右翼は瞬時にして崩壊した。左翼はアガヌの巧みな防御の前にその動きを完全に止められていた。その動きを見逃すアガヌではなかった。
「敵左翼に火力を集中させよ!」
 アガヌはすぐに攻撃を敵左翼に集中させた。それでサラーフの左翼は崩壊した。
 同時にアッディーン率いるオムダーマン軍左翼が崩壊したサラーフ軍右翼を追いその脇に攻撃を仕掛けてきた。それはサラーフの左翼も同じ状況であった。
 サラーフ軍は両翼から攻撃に曝されていた。統制はさらにとれなくなっていた。
「クッ、兵を少し退かせよ!」
 それを見たサラーフ軍の司令は部隊を少し退かせるよう指示した。だがそれは的確には伝わらなかった。
「撤退か!?」
 このような混乱した状況ではままあることであった。サラーフ軍の中にはそのまま戦場を離脱する艦もあらわれた。
「待て、逃げるな!」
 それを見た司令は慌てて彼等を止めようとする。だがそれは伝わらなかった。
 ようやく退き陣を再構築しようとした時には既にその数は大きく減っていた。最早オムダーマン軍の方が優勢であった。
「形勢逆転だな」
 アッディーンはその敵軍を見ながら言った。そして三日月型の陣を組み攻撃を仕掛けた。
 サラーフ軍も果敢に戦う。だが数を大きく減らしてしまっている為満足に対抗できない。次第に追い詰められていく。
「こうなっては仕方がない、戦いにはならん」
 サラーフ軍司令は忌々しげに呟いた。
「全軍撤退だ!すぐにこの星系から退却せよ!」
 退却の指示が下った。こうしてサラーフ軍は撤退を開始した。
 その退却も困難を伴うものであった。オムダーマン軍の追撃を受けようやくサラーフ領に逃げ込んだ時には半分程にまで減っていた。
「これで外患は始末したな」
 アッディーンはそれを見ながら満足した笑みで言った。それから間も無く彼のもとにハルドゥーンが自害したとの報告が入った。
 こうしてブーシル星系会戦は終わった。結果はサラーフ軍の大敗であり彼等は参加兵力の半数近くを失い自国領に逃げ込んだ。またハルドゥーンも自害したことによりこの星系での工作も水泡に帰してしまうという致命的な痛手も被った。これへの挽回の為北方諸国への侵攻を実行に移すこととなったのである。
「よくやってくれた」
 戦いが終わったあとアッディーンはアガヌに対して言った。
「今回の戦いの勝利は貴官によるところが大きい」
 アッディーンは満面に笑みをたたえていた。
「いえ」
 だが彼は首を横に振った。
「私の功績ではありません。私はただ指示を出していただけです。それよりも」
 彼は言葉を続けた。
「兵士達を称えて下さい、今回の戦いは彼等の奮闘なくしてはありませんでしたから」
 これが彼の性格であった。彼は自らの功を誇ったりはしない人物であった。これにより兵士達の間で彼の人気は不動のものとなった。 
 だがそれを誇るような彼ではない。それが軍内での信望をさらに高めることとなった。
「ふむ」
 アッディーンはそれを黙って見ていた。
「性格もいいようだな」
 彼はそれを素直に受け止めた。
 アッディーンの人となりをあらわすにあたって最も特徴的なのは嫉妬や羨望とは全く縁がないことである。これは彼が自身の能力に対して絶対の自信を持っていることと他人を素直に認めることの出来る資質からきていた。
 彼等は勝利の中帰還した。そして次の戦いに備えるのであった。 

 

第二部第五章 次なる戦いへの蠢動その一


                次なる戦いへの蠢動
「日本の動きだが」
 地球旧北米地区のある豪奢なホテルの一室である。その中に彼等はいた。
「皆さんはどう思いますか」
 見ればスーツ姿の男達が席に座っている。人種は多岐に渡っている。しかも顔立ちから察するにかなりの混血が見られる。これも連合の特色である。その中の中心的茶色い髪の黒人が言った。
「そうですな」
 アジア系であるが緑の瞳をした中年の男がまず答えた。
「正直に言わせてもらいますとまたか、という感じです」
「同感ですな」
 ここで大柄な白人の男が同意した。
「全く何時までも国連だの連合だの大義名分に弱い。ああしたことは事前に我々で協議すべきだといつも言っているのに。どうしてそれがわからないのか」
「それが彼等が未だに外交慣れしていないということの証明でしょうね」
 浅黒い肌をしたアジア系の男がそれに対して言った。彼等はアメリカ、中国、ロシア、オーストラリアの各政府の要人達である。他にはASEAN各国やカナダ、メキシコといった北米の国もある。見ればかって環太平洋地域に位置していた国々ばかりである。
 連合には一つの特徴がある。百以上の構成国があるがその中心は決まっているということである。
 それは構成国の力関係である。旧環太平洋諸国とトルコやイスラエル等の国々とその他の構成国、旧中南米や旧アフリカの国々との間では大きな差があった。これは当初の宇宙進出技術の関係もあったが次第に当初の参加国と中途の参加国との差が表われはじめたのである。
 これは致し方のないことであった。最初から国力に差があった。しかも宇宙への進出も彼等が欧州を退けそこにアフリカや中南米の国々を入れてやったということもあり進出も環太平洋諸国が優先された。だがアフリカ諸国も中南米諸国もこれといって反論しなかった。
 それはやはり宇宙進出は彼等にも大きく開かれそれによって今までとは比較にならない程の豊かな生活が手に入ったからであった。現状の不満は多いにあったがそれよりも今の豊かな生活をより豊かにする方が先であった。
 しかも連合の方針は巧みであった。確かに求心力に乏しい中央政府であったがその政策はどうして中々巧みであった。連合各国は法的には全て平等としたのである。彼等の票もまた一票であった。
 結果としてそれが彼等の助けになった。旧環太平洋諸国も彼等の存在は無視できなかった。とりわけ中南米諸国に対しては結果的に彼等と同じだけの開拓地等の便宜を図らなくてはならない状況であった。
 そうした状況にあるので環太平洋諸国もお互いに微妙な関係であった。元々日米中露といった大国が突出していた地域である。だがASEAN諸国がそれを取り纏めるといった関係にありそれはさらに複雑であった。多くの政権交代がどの国でもあったがそれは変わらなかった。
 中でも日本の位置は昔から特殊であった。米中に単独で対抗出来る数少ない国であっただけでなくその人気は昔から高く何かと中南米やアフリカ諸国から頼られていた。実際に中南米諸国の地位向上には日本の存在が大きかった。
「確かに道理ではいい」
 アメリカ代表が言った。
「エウロパに対抗するには連合中央政府の権限強化が何よりも望ましい」
「それは既に連合内の一致した考えですしね」
 ベトナム代表が言葉を入れた。
「しかしだ」
 ここでオーストラリア代表が苦い声を出した。
「急な権限強化はどうかというわけですな」
 中国代表が言葉を入れた。
「急なことはよくありませんから」
「それは貴国の権益を考えての発言ですか」
 タイ代表が一見良識的な発言をした中国代表に対して言った。
「それはどの国も同じだと思うが」
 インドネシア代表がその指摘に対してさらに指摘を入れた。
「我々の今までの主導的な役割や権益が損なわれては何もならない」
 銀の髪のニュージーランド代表の言葉は渋い。
「それを日本、いや伊藤首相と八条長官はわかっているのだろうか」
 日本とて環太平洋諸国である。しかもその地位はかなり高い。だがここでも日本は昔から異質であった。
 地球の近辺にその領土の大部分があるせいであろうか。彼等は常に連合中央政府寄りの行動や発言を繰り返してきた。そして今度もである。
「中央軍はいい。規模は定められながらもそれぞれの国が軍を持つことは了承してくれたしな」
「しかしそれで充分ではないのか。我々の主導体制を崩すことになりはしないだろうか」
 マレーシア代表とフィリピン代表の危惧も同じであった。
「まだそう決めるのは早いと思うが」
 ブルネイ代表が彼等を宥めるように言った。
「そうだな。一度日本の意志を確かめよう。それからでもいいではないか」
 カナダ代表がそう言うと皆それに頷いた。やはり日本の存在は大きかった。彼等の経済や技術も縁の下で日本に支えられている状況であった。
 話を終えると彼等はホテルを後にした。それは伊藤の耳にも入っていた。
「如何いたしますか?」
 外相である東宗久が官邸の執務室において伊藤に対して尋ねた。見れば長身痩躯の美男子である。髪も瞳も黒いが顔立ちはいささか彫が深く肌は白めだ。ルーツの一つにカナダ人があるせいか。
「また相変わらずね」
 伊藤はそれを聞いて微笑んだ。知的な顔が悪戯っぽく笑った。
「我が国には我が国のやり方があるのを本当に理解しないのね、彼等は」
「はあ」
 東は予想した言葉とは違うその言葉にいささか拍子抜けした。
「確かに我が国は連合中央政府に対して親密な態度をとってはいるわ」
 それは事実であった。否定する理由はない。
「けれどね」
 彼女は言葉を続けた。
「国益まで度外視する程愚かではないわよ」
 真理はそれであった。日本もまた国益を考えていたのだ。
「連合中央政府の権限強化は日本にとって大きな利益になるわ。地位をさらに固め治安の好転により貿易や商業活動も活発になる。けれどこれは彼等も一緒なんだけれど」
「それよりもアフリカ諸国の地位向上につながり彼等の権益が脅かされることを警戒しているようです」
「あら、そんなことだったの」
 彼女はそれを聞いて笑った。
「元々の取り分があれだけあるしそれが減るということはないのに」
「他の人間の取り分が多くなれば不満に思うものですから」
 それも人間の性の一つである。
「じゃあ彼等に伝えて頂戴。これまで以上の開拓地や資源があれば文句はないでしょうって」
「わかりました」
 東は頷いた。
「それにアフリカ諸国がもっと豊かになれば彼等もより豊かになるのだけれどね」
 これは経済の循環である。時としてよく忘れられるものである。
「まあそれは後々わかることでしょう」
「そうね。それに」
「それに!?」
 東は伊藤の表情が僅かに変わったことを見逃さなかった。
「すぐに彼等も連合の権限強化を諸手を挙げて喜ぶことになるわ」
「それは当然です」
(あら、東君はまだわかっていないようね)
 伊藤は彼の顔を覗き込んで思った。
(筋はいいけれど。まだまだ若いわね)
 彼も八条と同じく伊藤の弟子である。議員になりたての頃から側におり政治のノウハウを教わっている。
(まあすぐにわかるわ)
 彼女は東にわからぬ程の微かな笑みを浮かべた。
「ところで八条君はどうしているかしら」
「長官ですか?」
 今彼は地球において軍制を整えるべく辣腕を振るい続けている。
「そうよ、何でも最近は自分が任命した将軍達と常に話し合っているらしいけれど」
「はい、かなりお忙しいようですね」
「それは何より」
 彼女はそれを聞いて安心したように微笑んだ。
「けれど今からもっと忙しくなるわよ」
「今よりですか」
「当然よ。何といっても連合軍はまだまだこれからですもの」
 実際に連合軍は産声をあげたばかりであった。やるべきことはまだまだ山積みである。
「まあそちらは彼が上手くやってくれるでしょう。私達は別の仕事が待っているわよ」
「わかっております」
 東はニコリと笑った。
「貴方が中心になるわよ。頑張ってね」
「はい」
 かくして日本は環太平洋各国に自身の考えを述べ彼等の権益を保証した。これにより彼等の不満も一先は解消されたのであった。
「けれどまた不満が募るでしょうね」
「それは当然よ。不満は解消されない限り募るものよ」
 伊藤は官邸に戻って来た東に対して言った。
「問題はその不満を上手く解消し爆発させないこと。人間だってストレスがたまれば駄目でしょう」
「はい」
「国家もそれと同じ。それを忘れると大変なことになるの」
 何処か医者を思わせる言葉である。東はそれを教師から教えられるようにして聞いていた。
「内政でも外交でもそれは同じ。ほら、エウロパだって不満が募っているからサハラに侵攻しているじゃない」
 この場合の不満とは人口問題である。
「まあ連合は人口問題は関係ないけれど」
 彼等には広大な開拓地がある。その為人口や食糧、資源の問題とは無縁である。
「けれどそれなりに問題があるのよね。それをどうしていくかが政治なのよ」
「そういうものですか」
「そうよ、そう考えればやり易いでしょ」
「まあ」
 東は生真面目な性質の持ち主であり何かと複雑に考える傾向がある。
「物事はわかり易いように考える。そうすれば問題について考えるのも解決するのもやり易くなるわよ。ほら、文章だって
わかりにくく書いていたら駄目でしょう」
「それはそうですね」
 実際に何を書いているかわからないものを有り難がっているのは愚かである。これは二十世紀の日本において実際にあったことであるが何を書いているかわからない時は思想界のリーダーであったのが普通の文章を書くと凡百の人物に過ぎなかったということが知れ渡ったことがある。いや、この人物は権力欲の塊である醜悪なテロリストを偉大な宗教家と絶賛していたので普通の人間よりも遥かに稚拙で劣悪な知性と思想の持ち主であったのだ。
 この時代の文章は官庁の書類においてもわかり易いように書かれている。業務の円滑化及び誰にでもすぐに理解できるようにとの配慮からだ。
「それは徐々に身に着けていけばいいわ。私も時間がかかったことだし」
 伊藤は優しい微笑みを浮かべた。この笑みだけでもかなりの支持者を集めている。
「それじゃああとは各国の情報を収集しておいてね。事態の変化があればすぐに私に知らせて」
「わかりました」
 東はそう答えると部屋をあとにした。伊藤はそれを見届けるとペンを手にとった。
「さて、と。外交は彼にかなりの部分を任せていいわね」
 そう言うと書類にサインをした。
「財政は今のところ問題はないし」
 今日本の財政は潤っていた。貿易収支がかなりの黒字なのである。
「あとは軍事かしら」
 今日本も軍制改革を行なっている最中である。連合軍に参加すると共に国軍を新たに設立したのである。
 この国軍の規模は各国の人口により規制されていた。従ってその役割は治安維持及び連合軍の補助、予備戦力であった。
「これは佐藤君に頑張ってもらわないとね」
 佐藤とは日本の防衛大臣である。かってラグビーで身体を鍛えていた筋骨隆々の大男である。
「本当に政治というのは問題が尽きないわね。まるで人間の身体みたい」
 彼女はそう言うと今度は苦笑した。
「けれど諦めたらそれでお終いなのよね。細かく見ていかないと」
 その口調はやはり医者のそれに似ていた。
 彼女は書類にサインをし続けた。こうして深夜まで仕事は続いた。
 官邸の私室に戻る。そこには夫が待っていた。
 

 

第二部第五章 次なる戦いへの蠢動その二


「お帰り」
 見れば銀の髪を持つわりかし整った顔立ちの男性である。歳は彼女と同じ位か。
「ただいま、あなた」
 彼女は部屋着に着替えていた。そして夫に対し笑顔を向けた。
 彼女の夫は有名な法学者である。とある国立大学で教授を務めている。
「いつも御苦労様だね」
「いえ、そんなことはないわ」
 伊藤は夫の言葉に対して微笑で返した。
「仕事疲れる程やわじゃないし」
「おやおや、もうそんなことを言える歳ではないだろう」
 彼は安楽椅子を揺らしながら言った。
「それはお互い様でしょ。貴方だって昨日も徹夜で論文書いていたじゃない」
「ははは、確かにそうだがね」
 彼は速筆で知られていた。一月もあれば論文の一つや二つは書いてしまう。そしてそれは国際的にかなり高い評価を受けていた。
「だが学問と政治はまた別だと思うのだが」
「あら、あおうじゃないというのは貴方が一番よく知っていることだと思うけれど」
 伊藤は夫の言葉に反論した。
「それはそうだがね。優秀な経済理論や技術はどんどん利用されているのが現実だし」
「だったら認めるのね」
「だがそういうわけにもいかないだろう」
 彼は顔を難しいものにした。
「あまり学者が政治に積極的に関わるというのもどうかと思うんだ。往々にして学者は象牙の塔に閉じこもっているから現実のことを知らない」
「それは人それぞれじゃないかしら」
「だが多くはそうだろう。まして我が国の歴史を見ると」
 これも二十世紀後半のことであるがこの時代の日本の知識人及びマスメディアの腐敗ぶりはいまだに研究対象となっている。無能で無責任、かつ厚顔無恥な彼等は共産主義というこの時代では邪教の一種とさえみなされている思想に心酔しそれによる暴力革命を引き起こし彼等が権力を握る為に外国やテロリストと結託した。無論その様な卑しい行いが何時までもできるものではないく彼等はやがて裁かれることとなった。裁判の場や処刑場においても彼等は皆言い逃れや責任転嫁を繰り返しその醜さは人というものの醜悪な一面を知るうえで重要なテキストとさえなっている。今では日本の最も恥ずべき輩達として名を残している。
「あれは例外よ。あんな醜い連中はそうそう出ないわよ」
 伊藤は顔を顰めさせた。今では彼等の卑しさは子供でも知っている。卑しい人間というのは何処までも卑劣になれるということの証明なのだから。
「確かにね。けれどああした事態を避けるようにはしなければならない」
「それならまともな学者の意見を政治家がとり入れればいいだけよ。違うかしら」
「問題は政治家にあり、か」
「そう、そしてその政治家を選ぶ国民にね」
 それは真実であった。その醜い知識人やマスコミと結託した政治家が多くいたのもこの時代の日本であった。後に彼等は多くの劇や小説で卑しい醜悪な悪役として描かれ続けている。
「国民は自分の目を養わなくてはならない、君の著書にあったね」
「そうよ、政治家になった今では絶対に言えないことだけれど」
 これは真実であろう。そうした知識人やマスコミ、政治家に踊らされないようにする為には勉強しなくてはならないのだ。だが政治家がこれを言うと問題なのも事実である。
「これは賛成するよ」
「有り難う」
 彼女はそれに対しては素直に礼を言った。
「つまり学者は現実を直視して語り政治家はそれを判断しなくてはならないのか」
「国民もね」
 簡単そうでかなり難しい話である。その証拠に人類は今まで何千年もこの問題を解決できていない。
「学者は現実を見なくてはいけないの」
「極端な理想主義は空虚だと」
「そうよ。理想主義もいいけれど政治は現実の世界なの。現実主義でなくては話にもならないわ」
「その現実主義だが」
 彼はそこで顔を引き締めた。
「あまりにも現実とかけ離れたものである場合悲劇を生み出すわ」
 それは歴史が証明していた。
「現実にそぐわない政治は悲劇しか生み出さない」
「しかしさっきから現実、現実ばかり言うが」
 彼はここでまた言った。
「理想なくしては政治もないだろう。政治家は理想を求めないと駄目だ」
「それはわかってるわ」
 伊藤は夫に言葉を返した。
「けれどその理想は極端なものであってはならない。そして現実にそったものでなければ」
「そういうものか」
「ええ。それは政治家になればわかるわ」
 彼女は自信をもって答えた。
「政治家、か」
 彼はここで言葉を濁らせた。
「私は政治家には向いていないからな。ここでこうして何かについて考える方がいい」
「あら、それは残念ね」
 伊藤はそれを聞いて悪戯っぽく笑った。
「貴方はいい政治家になれるのに」
「ははは、それはよしてくれ」
 彼はそれを聞いて苦笑した。
「私は単なる書生だ。一介の書生が政治に入るよりは君の弟子達がやった方がいい」
 伊藤の部下達のことを言っているのだ。
「特に今中央政府にいる彼、ええと・・・・・・」
「八条君ね」
 伊藤は言葉を入れた。
「そうそう、彼だ。彼の方が私なぞよりずっと政治家に向いているよ」
「謙虚なのね」
「現実を語っているのさ。君と同じようにね」
「あら、じゃあ現実主義が正しいと認めるのね」
「違うな。分をわきまえているだけだよ」
 彼はそう言って笑った。そして二人はやがて休息に入った。

 だがまだ休息をとらず仕事にとりかかっている者もいた。先程名前が出た八条である。
「それにしてもやるべきことが一向に減らないな」
 もう真夜中になっている。だが彼はまだ書類の山に取り囲まれている。決裁を終えたその場から新しい書類がファックスで送られて来る。
「今度は憲兵本部からです」
 秘書官がその書類を持って来た。
「そちらに置いてくれ」
 彼はサインをしながら秘書官に指示した。
「わかりました」
 彼はそれを聞くと書類を指定された場所に置いた。するとまたファックスが動きだした。
「やれやれ」
 八条はファックスを見て苦笑した。
「よく壊れないな。人間でもここまで働くと過労で倒れてしまうけれどね」
「機械ですから」
「残念だけれどそれは答えにはなっていないよ」
 八条はいささか的外れな返答をした秘書官に対して言った。
「ところで憲兵本部からの書類か」
 彼はまたサインを終えた。まだ決裁を待つ書類は机の上に積まれているがふと声をかけた。
「はい」
 秘書官は答えた。
「憲兵本部も何かと忙しいですから」
「だろうな。何しろ軍といえば荒くれ者も多いからな」
 これは変わっていない。どうしても血の気が多い者が集まってしまう。その為物騒な事件も起こってしまう。そういったことを取り締まるのが憲兵だ。軍隊内の警察と言ってよい。
「まずはその書類を見たいな」
「わかりました」
 秘書官はそれを聞くと憲兵本部からの書類を彼に手渡した。
「ふむ」
 彼はそれを手に取ると中身を見た。
「軍律についての決裁か」
 彼はそれを見て考え込んだ。
「どうなさいますか」
 秘書官は読み終えた彼に対して問うた。
「これは厳しくすべきだな」
 八条はやや素っ気なく言った。
「軍律は厳しくなくては。間違っても民間人に危害が及んではいけない」
 そうしたこともままあることである。軍人が民間人に危害を加える怖れは戦時だけでなく平時においても常に危惧されていることである。
「そうした事件に対しては厳罰で挑め。そして徹底的にやるべきだ」
「わかりました」
「そのかわり他のところの待遇はよくする。給料も高くして厚生もよくしよう」
「はい」
「そうでないと志願者もいなくなるし士気にも関わる。金はかかるがこうしないと本末転倒だ」
「こうしたことを考えると軍というのは何かとお金がかかりますね」
「仕方ないさ。これも軍事の重要な環境整備だ」
 環境整備、それは何も兵器だけではないのだ。後方のことも考えなければ軍は機能しない。
「サハラのように徴兵制にすればこうした問題もないが今更徴兵制というのもな」
「そうですね。時代遅れかと、いや」
 秘書官はここで口調を変えた。
「連合の国情には合っていません」
 連合はエウロパやサハラ諸国とは人口も国力も違っていた。それだけにもとの兵力も隔絶しているのである。だから特に兵を無理をしてでも集める必要はないのである。
 しかもエウロパ以外とは緊張した関係にはない。宇宙海賊やテロリストの掃討がその主な仕事であった。
 そうした作戦行動は専門的な技能が要求される。従って連合はどの国も志願制を採用していた。そして連合軍もそれを踏襲したのだ。
 エウロパも志願制である。彼等はサハラに侵攻しているが断続的な侵攻であり兵力差もサハラ諸国とは開いていた。しかも貴族達は『高貴な者の義務』として軍に入ることが多く特に将校の数には困っていないのである。マウリアは連合と状況が似ていた。彼等も特に軍事的緊張はなかった。
 サハラの多くの国が徴兵制なのは当然であった。彼等は四分五裂した状況であり互いに覇を競っていた。そのような状況下では少しでも多くの兵が欲しい。それだけでは足らず南方では傭兵まで存在していた。
「サハラの一部では傭兵もありますね」
「あれは止めた方がいいな」
 八条は言った。
「何故ですか?」
「彼等は報酬によって動く。その額も馬鹿にはならないし忠誠心も薄いしな」
「ですね」
「それはサハラの状況を見てもわかるだろう」
 傭兵はサハラにおいては嫌われていた。戦いが不利になると逃げ出し勝った場合は報酬と称して掠奪を行なう。民衆にとっては災厄そのものであった。実際にシャイターンの傭兵隊が人気が高いのは掠奪等を一切行なわないからである。
「ああした輩は使わないに限る」
「ですね。やはり市民兵に限ります」
「将兵は質が高いにこしたことはない。この場合はモラルに関してだ」
 ここで彼は表情を変えた。
「いいか」
「はい」
 秘書官は八条の真剣な顔に自らも神経を研ぎ澄ました。
「我々はまずモラルの高い将兵を育てなければならないのだ。強い兵士よりモラルの高い兵士だ」
「そうした意味での優れた兵士ですね」
「そうだ。我々は少なくとも兵器や数には困ってはいない。精鋭を作る必要はそれといってない」
「全体を平均的に強くすると」
「その通り。あとは後方支持と生存能力を上げる。そうすれば戦いは物量で押し切れる」
 芸がないと昔から言われるがこれころ最も重要なのである。物量とそれを支えるロジスティック、それを確立した軍隊が覇権を握ってきた。ローマ帝国然りオスマン=トルコ然り。
 大兵は少兵に勝る。三十年戦争の傭兵隊長ヴァレンシュタインも常に敵よりも多くの兵を以ってあたるようにしていた。そして勝利を収めてきた。
「オーソドックスで構わない。オーソドックスにことを進めていけばいかなる場合にも対処がし易い」
「成程」
「将兵達にも伝えてくれ。まずはモラルを守ることから身に着けろ、とな」
「わかりました」
 こうして今度は将兵のモラルについて指示が下された。それは徹底されたものであり違反者は些細なことでも厳罰に処された。こうして連合軍の軍規は厳粛なものとなった。
 連合軍は次第にその形をなしていった。そして本格的な軍となっていった。

 連合軍が産みの苦しみを味わっている時サハラ西方は再び風雲急を告げていた。
「私を上級大将にですか?」
 アッディーンはカッサラ星系に呼び出されていた。
「そうだ、ブーシル星系での勝利とハルドゥーン派を一掃した功績でな」
 彼に昇進を伝えたのはアジュラーンであった。二人は司令室にいた。
「しかしハルドゥーンのことはハルヴィシー中佐の功績ですが」
「無論彼も昇進したよ。今彼は大佐だ」
「そうですか」
「君の下にいる提督達の昇進も決まった。皆中将になった」
「中将ですか。それでは彼等は私の下を離れますね」
 分艦隊の司令官は少将が就くのがオムダーマンの軍制である。艦隊司令は中将、若しくは大将が就く。
「彼等は新設された各艦隊の司令に着任することが決定している」
「艦隊の新設!?まさか」
「そうだ。旧ミドハド軍から成る艦隊だ。これで我が軍は十六個艦隊となる」
「壮観ですね。一気にそれだけの戦力が加わるとなると」
 アッディーンはそれを聞いて思わず笑みを漏らした。
「既に艦艇も我々のものへの交代が行なわれている。もうすぐ本格的に動き出すだろう」
「それは楽しみですね」
「そしてすぐに次の戦いだ」
「サラーフですね」
 ここでアッディーンの目が光った。
「そうだ、今彼等は我々と北方諸国との戦いに敗れ戦力を大きく減らしている。叩くのなら今のうちだ」
「はい」 
 サラーフの衰退はかなりのものであった。ブーシルで参加兵力の半分を失いハルドゥーンを死なせただけでなくシャイターンの軍略の前に一敗地にまみれた。その痛手はそうそう容易には癒せるものではなかった。
「今彼等を倒し西方を我々のものとするのだ。これは議会でも軍議でも決定したことだ」
「そうですか。遂に」
 アッディーンは口の両端で笑った。彼にとってもサラーフは宿敵であった。サラーフは常にオムダーマンを脅かしてきた強敵であったのだ。
「そしてその作戦の総司令官だが」
 アジュラーンは言葉を続けた。
「君に決まった」
「光栄です」
 彼はそれを聞くと軽く頷いた。
「全ては君に一任される。十四個艦隊を以って今回の侵攻作戦の指揮をとってくれ」
「わかりました」
 アッディーンはそれを了承すると敬礼した。
「この戦いに勝てば我々は西方を統一したことになる。そしてハサンとも対抗できるだけの国力を身に着けることになるのだ。全ては君の双肩にかかっている」
「大きいですね」
「それだけにやりがいがあるだろう」
 彼はアッディーンの性格をよく知っていた。
「はい」
 アッディーンは不敵に笑って答えた。
「ならば頼むぞ。そして我々に栄光を」
「ハッ!」
 これによりオムダーマンのサラーフ侵攻計画が発動された。アッディーンは総司令官に着任しその司令部をカッサラ星系に置いた。そして戦いの準備が着々と進められた。 

 

第二部第五章 次なる戦いへの蠢動その三


 その頃シャイターンはハルーク家の老未亡人と会っていた。
「奥様、今申し上げました様に私の心は貴女にのみ捧げられております」
 シャイターンは彼女の前に跪いていた。
「その様なたわむれを・・・・・・」
 その奥方は言葉ではその求愛を退けた。
 見ればかなりの美貌の持ち主である。齢六十を優に越えている筈であるが三十代前半にしか見えない。皺もなく肌には艶があり髪も黒々としている。
 艶かしい美貌の持ち主である。その豊満な容姿は余分な肉なぞなく髪の先から足の爪先まで妖艶な美貌を漂わせている。まるでかつてフランス王の寵妃であった伝説の美女のようであった。
「嘘だと言われるのですか、私のこの偽らぬ想いを」
 シャイターンはここで顔を上げた。その黒い眼に熱意を込めさせて彼女を見上げる。
「それは・・・・・・」
 彼女はそれを拒めなかった。拒むにはあまりにも美し過ぎた。
「貴女さえ手に入れることができるのならば私は他には何もいりません。アッラーに誓って」
 彼女の篤い信仰心を心に入れたうえでそう言ったのだ。
「アッラーの・・・・・・」
 彼女の心が揺れ動いた。そして彼はそれを見逃さなかった。
「奥様」
 ここで立ち上がった。
「ここでお会いしたのも運命です。今こそその運命に従おうではありませんか」
 そしてその手を握った。体温が伝わる。
「しかし・・・・・・」
 まだ躊躇いがあった。
「また来ます。その時こそは私を受け入れて下さい」
 彼はそう言うと踵を返した。そこでマントが風の中颯爽と翻る。
 彼は自らの館に戻った。そこは漆黒と黄金で彩られた宮殿であった。新たに建築させたものである。
「如何でしたか、ハルーク家の奥様は」
 館に入ると執事が尋ねてきた。古くから彼に仕えている老人である。
「悪くはないな。もう一度尋ねれば篭絡できる」
 彼は妖しげな、何処か悪意を感じさせる笑みを浮かべて言った。
「それに歳を心配したがそれは要らぬ心配であった。まるで熟れた果実の様に味わいがありそうだ」
「このようにですか」
 執事はここで銀の皿の上に置かれている果実の山を差し出した。
「そうだな。例えばこの無花果の様に」
 彼はそう言うとその北方産の無花果を手にとった。そして口に含んだ。
「私が食するに相応しい果実だ。果実はやはり熟れたものでなければならぬ」
「青い果実は駄目でしょうか」
「それはそれで味わいがあるがな。だが熟れたものの味は一度覚えると病みつきになる」
 無花果を食べ終えると執事に顔を向け言った。
「そして同時に私の立場も確固たるものにしてくれる」
「ということはやはり」
「当然だ。昔からよくあることだ」
 シャイターンの笑みは何処か邪なものを秘めていた。
「ハルーク家の中で今回のことに関して何か動きはあるか」
「何人か反対している者がおります」
「そうか」
 彼はここで再び邪な笑みをたたえた。
「いつものようにやれ」
「わかりました」
「それからだ」
 彼は切られた梨を手に取りながら言った。
「北方諸国内で私に不満や不信を持つような勢力を調べておけ。すぐにな」
「それはもうとうに完成しております」
「早いな。ではそれを見せてもらおうか」
 彼は梨を食べ終えると私室に向かった。
 歩きながら周りの者が彼の服を着替えさせている。すぐに彼は豪奢な絹の服に着替えていた。
 私室に入った。そこは多くの高価な装飾が為された書で囲まれた本棚であった。これは彼の私室の一つである。
「では見せてもらおうか」
 彼はその中に置かれている黒檀の椅子に座ると執事に声をかけた。
「はい」
 執事は一つのファイルを差し出した。
「ふむ」
 彼はそれを手にとった。そしてその中をパラパラと見た。
「如何いたしますか?」
「そうだな」
 彼は暫し考えたがやがて決断を下した。
「黄金を贈れ。そうでなければ・・・・・・」
 その眼が剣呑に光った。
「毒だ」
「わかりました」
 それもまた何処か儀式めいていた。彼等はこうした陰謀の密議も何処か儀礼のように執り行なっている。
「これでこの地における私の地位は万全のものとなるな。大衆の支持は既に得ている」
「まずはそれが最大の後ろ楯となりますな」
「そうだ、そしてハルーク家。最早この地で私に逆らえる者はいなくなる」
「出て来たらどうしますか?」
「それもいつものことだ」
 彼はファイルを執事に返しながら言った。
「芽は出て来ないうちに摘み取る」
「お流石です」
「内はこれでよいな。ところで外のことだが」
 彼はここで話題を変えた。
「サラーフとオムダーマンの間でまた何かあるようだな」
「はい、どうやらサラーフの力が弱まったのを好機としオムダーマンが侵攻を計画しているようです」
 普通ならばオムダーマンの一部の高官しか知らない話である。議会も極秘にこれを決定している。衰えたりとはいえ西方第一の国を侵略するのである。ことは慎重にいく必要があった。
「成程な。成功すればオムダーマンは西方の覇者となる」
「そしてすぐに東方のハサンと肩を並べる勢力となるでしょう」
「ハサンとか」
 彼はそれを聞いて考える目をした。
「それは何かと面白くなりそうだな」
「如何致しますか?」
 執事は考える目をしている主に対して問うた。
「サラーフとオムダーマンの戦力は現時点においては拮抗しているな」
「はい。サラーフはまだ二度の敗戦から立ち直っておりませぬ」
 どうやらこの執事は政治戦略のことにも長けているようだ。只の執事ではない。
「そこで我々が動けばどうなるかな」
「状況は一変しますな」
「そうだ。果たしてどちらに恩を売るべきか」
 彼は悪魔的な笑みをまたしても浮かべた。
「それは御主人様が最もよくおわかりだと思いますが」
「フッ、確かにな」
 シャイターンはここで口の端を歪めてみせた。
「機が来れば動くとしよう。その時まで英気を養っておく」
「わかりました」
「ところで一つ聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「オムダーマン軍の司令官は誰なのだ」
「オムダーマンですか」
「そうだ、今回の侵攻は勢力が拮抗しているだけに将の質が戦局を大きく左右するだろうからな」
「誰だと思われますか?」
「フッ、相変わらず底意地が悪いな」
 シャイターンは意地悪そうに笑った執事の顔を見て苦笑した。
「いえいえ、もう既におわかりでしょうから尋ねているのです」
「私がオムダーマンの指導者ならば」
 彼はそうことわったうえで言った。
「アッディーン提督以外の者にはしないな」
「その通りです」
 執事はその答えを聞き頭を垂れた。
「アッディーン提督が今回の作戦の総司令官に任命されました」
「やはりな」
 彼は楽しそうに笑った。
「面白くなるな。彼の用兵は見ていて実に鮮やかだ」
「御主人様がそう言われるのは珍しいですな」
 執事は彼の性格をよく知っていた。
「誤解するなよ、私は優れた者は率直に認める」
 彼は席を立った。そして執事を横目で見ながら言った。
「ただ私に比肩し得る者がいないだけでな」
 彼はここでベルを鳴らした。すぐに一人のメイドが入って来た。その手には銀の杯と氷の中に入れられたワインのボトルが二本入っていた。
「ご苦労」
 メイドがそれを空けようとする。だがシャイターンはそれを止めた。
「待て、久し振りにそなたが空けたのを飲みたくなった」
 執事に顔を向けて言った。
「いいか」
「有り難き幸せ」
 彼は微笑んで頷くとワインに向かった。そして見事な手つきでコルクを空けた。
「ふむ、相変わらず見事な手並だな」
「いえ、私などはとても」
「謙遜する必要はない。美味い酒を飲ませるのも才能だ」
 彼はそう言うと杯に入れられたその紅い酒を飲み干した。よく冷えた甘美な宝玉が喉を伝わり落ちる。
「美味いな。アレクサンドリアの二年ものか」
「その通りです」
 アレクサンドリアはサハラ北方にあるワインの有名な産地である。今はエウロパの領土となっている。
「いずれこのアレクサンドリアのワインを好きなだけ飲みたいものだ」
 その言葉の意図するところは明白であった。彼はあることを胸に秘めていた。
「エウロパの者はエウロパのワインを飲んでいればよいのだ」
「全くです」
 執事はその言葉に同意した。彼もまた同じ考えであった。
「サハラのワインを飲むことは許さん。ましてやサハラの地に足を踏み入れるなど」
 杯を持つ指が微かに白くなった。
「断じて許されんことだ」
 感情が少し垣間見えた。
「その通りでございます」
 執事もそれに賛同した。
 これはサハラの者なら大方が持っている考えであった。彼等にとってエウロパは憎むべき侵略者であり彼等をサハラ北方より放逐することがサハラの民族主義者達にとっての悲願であった。そういう意味でこのシャイターンもまたサハラの者であった。
「今は我等のはそこまでの力はない。だが力は増えるものだ」
「はい。そして力を増やしたならば」
「その時こそ動く時だ」
 その黒い瞳が光った。それは大地ではなく彼の戦場である銀河を見ていた。銀河は戦乱を見守りながらその無限の輝きをたたえていた。



第二部    完



                  2004・5・28 

 

第三部第一章 侵攻作戦その一


                   侵攻作戦
 西方の要地であるカッサラ星系。貿易で栄え各国の争奪地となってきた場所である。
 この星系を巡ってれまで多くの血が流れてきた。血を血で洗い屍が積み重ねられてきた。それがこの栄えてきた星系のもう一つの歴史であった。
 それも人類の歴史の一面であった。人類は銀河に進出しても争いは止めなかった。
 サハラ内、そしてエウロパとサハラの戦いだけではない。連合も内部に宇宙海賊やテロリストといった内憂を長年に渡って抱えてきた。そしてそれ相応の血を流してきた。人類の歴史において血が止まるということはなかった。
 戦争さえなければ平和なのではなかった。この場合は武力における戦争である。連合内は武力を用いず経済、通商、貿易における戦争が頻発しておりそれは今も変わらない。これも平和かというと謀略が渦巻き到底そうは言えなかった。
 政争は常である。何処の国でもある。結局人類の歩みはそうしたものとは切っても切れないものである。
 それは何故か。神話を見ると神々も互いに争い時として血を流している。我々が信仰する神々もそうなのである。それならば我々がそれから逃れられる筈はないのではないだろうか。
 だが人類が愚かであるかというとそうではない。一面に過ぎない。光もあれば影もあるのである。そうした影だけでなく光もまたそれ以上に人類の歴史を照らしているのである。
 文化がある。芸術がある。愛がある。人類はそれを常に愛で追い求めてきた。そして様々な美しい話、作品が誕生し無数の美が生まれてきた。まるで銀河の星達のように。
 また人類の不思議なところはその血を血で洗う戦争においてもその美を求めるところである。
 かつて多くの戦場が詩となり絵画となった。トロイアの戦争は盲目の詩人ホメロスによって詠われ今も残っている。数千年経てもまだ人の心を支配しているのだ。
 そしてそれを行なう武器も人類は飾ってきた。剣に斧、槍、鎧に兜。そこにも多くの美しい装飾が施されてきたのである。
 それは今も変わらない銀河を進み星の戦場を駆ける艦もその姿は美しい。
 今カッサラに多くの艦艇が向かっていた。流線型でスマートな外見である。これはオムダーマンの艦艇独特の形であった。
 この流線型のシルエットは美しいと評判であった。軍艦に相応しくなく優美であると言われている。
「それは機能性を重視した結果なのだがな」
 その中の一艦に乗る男が呟いた。
 黒い髪を短く刈っている。四角い顔立ちをしており全体的にがっしりした体格をしている。彼はオムダーマンの艦隊司令官の一人ヌーフ=ハルシメルである。
 その軍歴の最初から今に至るまで空母を中心とした機動艦隊に置いていた。その為かイエニチェリの運用には定評があり空母の運用のスペシャリストとして知られている。
「空母にしろそのシルエットは流線型になっている」
 これもオムダーマンの艦艇の特徴である。空母は往々にして武骨な形になり易い。
「ですね。こうしたことは珍しいでしょう」
 傍らに控える参謀の一人が答えた。
「我が軍は機動性を重視していますから」
「そうだな。そして攻撃力だ」
 ハルシメルは腕を組んだまま言った。
「どれも艦にとっては必要なものだ。その分防御力は弱いがな」
「それでもかなりましになりましたね」
「多少はな。まあそのままよりはずっと有り難いな」
 彼は自身の艦艇をそのままの姿勢で見ていた。艦隊は整然と並び銀河を進んでいる。
 その隊列は河の様であった。そして虚空の中を進む。
「防御に関してはサラーフも大体同じだがな。サハラの艦艇の特徴か」
「ですね。ところで連合の艦艇ですが」
「おい、あんな別世界のことは言ってもはじまらないぞ」
 彼はそう言って苦笑した。彼等にとって連合は全くの異境であったのだ。
「それはそうですが」
 参謀はそう断ったうえで話した。
「ですが参考にはなると思いますが」
「確かにな」
 それは事実だった。それを否定する程ハルシメルは愚かではなかった。
「そして連合の艦艇はどういったものなのだ」
「何でも防御力を重視しているようです。そしてダメージコントロールにかなり力を入れているとか」
「生存能力を第一に置いたか」
「はい。そして艦を大型にし全体的に火力も強いようです」
「そうか。大型か」
「ええ。何でもどの艦種も我が軍の艦艇の倍の大きさはあるとか」
「そして数を頼みにして戦うのか。宇宙海賊はそれで一蹴できるな」
「ですね。海賊を相手にするにはいささか過ぎるかと思いますが」
「そういえばそうだな」
 彼は参謀に言われてふとそう思った。
「そこまでの性能だと我々やエウロパの艦艇も楽に倒せそうだな」
「そうですね。まさかとは思いますが」
 参謀の顔が暗くなった。
 彼等サハラの者が口には出さないが一つ怖れていることがある。それは連合の侵攻であった。
 今彼等は北方をエウロパに侵略されている。だが所詮数が違う。多くの者はサハラが団結すれば彼等を容易に追い出すことができると考えていた。団結できるかどうかは別として。
 

 

第三部第一章 侵攻作戦その二


 だが連合は違った。人類の約七分の六を擁しその力は圧倒的なものがある。そしてそれをもしサハラに向ければ。彼等は持つ者である。持たざる者ではない。無限とも思える開拓地がある。だがそれに目を向けず何かしらの事情でサハラに向ければ。それは死を意味していた。
「その可能性は全くないのが救いだな」
「そうですね。とりあえず今はサラーフのことを考えましょう」
「だな」
 彼の艦隊は入港した。そして彼自身も司令部に向かった。
 道行くところ兵士で溢れかえっている。オムダーマンとしてはじめてと言ってもよい規模の作戦であるからそれも当然であろう。
「こうして見ると壮観だな」
 彼は車の中でその将兵の姿と港に並ぶ艦艇を見ながら満足気に言った。
「はい、我が国はじまって以来の作戦に相応しいですね」
 参謀もいささか頬を緩ませていた。二人はやがて司令部に到着した。
「ハルシメル中将ですね」 
 門を護る衛兵が身分を確かめてきた。
「そうだ」
 彼は軽く微笑んで頷いた。
「身分及びボディーチェックをさせて頂きます」
「わかった」
 中々厳しい。将官といえとチェックを怠らないとは。彼は数人の衛兵によりチェックを受けた。
「ハッ、失礼しました」
 衛兵達を指揮する将校が彼に対して敬礼して言った。
「うむ、ご苦労」
 彼は穏やかに笑って敬礼を返した。こうしたチェックに気分を害する者がいないわけでもない。だが彼はそうしたことには気をとめる人間ではなかった。むしろ自らの職務を忠実に行なう衛兵達に対して賛辞を送る人間であった。
「ああした者がいるということは有り難いな」
 彼は車から出て司令部のビルに入りながら参謀に対して言った。
「ええ。多少厳し過ぎるかと思いましたが」
「それは違うな」
 彼は参謀に顔を向けた。
「あれ位でなくてはいけない。さもないとこの司令部に何かあってしまうだろう」
「それはそうですが」
「ああした仕事は厳しいにこしたことはないのだ。そしてそれを忠実に執り行なう者がいる。これは我が軍にとっての宝だと思うが」
 彼の言葉は謹厳なものであった。
「まあそう深く考える必要もないが」
 だがここで参謀を宥めるように微笑んだ。
「そうした真面目なことがどれだけ重要か、それだけわかってくれればいい」
「はあ」
「君はまだ若い。そうしたことを知るのも軍人として必要だ」
 そう話しているうちに会議室に入った。入口にいる兵士が彼を認めて敬礼した。
「暫くお待ち下さい」
 彼はそう言うと会議室に入った。そしてすぐに出て来た。
「お待たせしました」
 そしてハルシメルを案内する。彼は兵士に案内され部屋に入った。 
 部屋にはまだ誰もいなかった。彼は自分の席を見つけそこに座った。
 やがて他の提督達が入って来た。今回はオムダーマンの基幹戦力である宇宙艦隊十六個のうち十四個が参加する大規模な作戦である。ミドハド併合により拡充した戦力を投入するというものだ。
 参加する艦隊とその指揮官は以上の通りである。
 第二艦隊   ハルシメル中将
 第三艦隊   マトラ中将
 第四艦隊   カーシャーン中将
 第五艦隊   ラーグワート中将
 第六艦隊   ベニサフ中将
 第七艦隊   サリール中将
 第八艦隊   ナクール中将
 第九艦隊   アルマザール中将
 第十艦隊   カトラナ中将
 第十一艦隊 アタチュルク中将
 第十二艦隊 ムーア中将
 第十三艦隊 コリームア中将
 第十四艦隊 ニアメ中将
 第十五艦隊 アガヌ中将
 以上の艦隊により行なわれることとなっている。総司令官はアッディーン上級大将であり彼は既にこのカッサラにいた。なおカッサラに駐留する第一艦隊はカッサラ防衛司令官であるアジュラーン上級大将が司令を兼任しているが彼はカッサラ及び本土の防衛にあたることとなっていた。それだけでは当然足りず第十六艦隊も防衛にあたっていた。この艦隊は主にサラーフとの国境にあるブーシル星系にあった。
「これだけの艦隊を投入するというのも我が国では例を見ないな」
 ハルシメルはあらためて思った。参加兵力にして五千万、艦艇は補助艦艇も入れて二十万に達した。これ程の兵力を一度に動かすのはサハラでは他にハサン、そして侵攻相手であるサラーフだけであった。
「だが大兵力には大兵力の問題がある」
 そうであった。それだけ多くの武器、食糧、燃料の補給や調達も必要である。そしてその用兵もそれだけの苦労が伴うのだ。
「アッディーン司令は確かに今まで鮮やかな勝利を収めてきたが」
 彼は言った。
「それは少ない兵力いおいてだった。大兵力の運用は違ってくる」
 適正という問題もあった。少ない兵を率いる方が適している将もいるのである。
「どうなるかが問題だな。一歩間違えればオムダーマンの滅亡に直結する問題だ」
 もしこの作戦で致命的な敗北を喫したならば。その時はサラーフの反撃を受け今度はオムダーマンが侵攻を受けることになるのは明白であった。
 だからこそ今回の作戦は万全を期さなければならない。それはハルシメルも同じであった。
 やがて各提督達が入って来た。皆真剣な顔立ちである。
 そしてアッディーンが来た。提督達は彼の姿を認め一斉に席を立った。
 そして敬礼する。アッディーンはそれに対し敬礼で返した。
「諸君、今日はよく集まってくれた」
 彼は提督達を席に座らせた後自らも座り言った。
「今回の作戦だが」
 彼もまたその顔は真摯なものであった。
「サラーフ領侵攻作戦だ。そして一気にかの国を併合する」
 提督達はそれを黙して聞いていた。それはわかっていることである。
「敵は勢力を弱めているとはいええまだその戦力は侮れない。心してかかるように」
「司令」
 ここで提督の一人が手をあげた。ベニサフ提督である。
「何だ」
 アッディーンは彼に顔を向けた。
「敵艦隊の配置及び基地の状況はどうなっているでしょうか」
「それだが」
 彼はここでブザーを鳴らした。すぐに参謀達がやって来てモニターを映し出す。そしてそこにはサラーフの地図があった。
「今我々はカッサラにいる。これは言うまでもないな」
「ハッ」
「そして彼等の予想防衛ラインだが」
 彼は指揮棒を取り出した。そして地図で指し示していく。
「まず敵は我々の矛先を避ける作戦に出ると思われる」
「戦力が弱まっておりますからね」
 マトラがそれを聞いて言った。見れば隻眼である。これは戦闘の際艦艇が攻撃を受けこうなったのだ。その目には機械の義眼を入れている。
「そう、そして我々の疲れを待つだろう」
「そしてその疲れが頂点に達したところで、ということですか」
 マトクが問うた。
「そうだ、よくあるが極めて有効な戦略だ」
 かってナポレオンがロシアに侵攻した時もそうであった。彼は冬のモスクワで冬将軍により戦力を消耗しそして退却する時にコサックに襲われその軍の多くを失った。そしてこれがナポレオン没落の直接の引き金となったのである。あまりにも有名な事件であった。
「それに対して我々はサラーフに拠点を設けることにしたい。そしてそこを足掛かりにしてサラーフを侵略していく」
「その拠点とすべき場所はどこにするのですか?」 
 ラーグワートが問うてきた。見れば他の将達よりも年長である。その豊富な実戦経験はオムダーマン軍においても定評がある。
「その拠点だが」
 彼はここで指揮棒を動かした。
「ここに置こうと考えている」
 そこはサラーフ星系の一つムスタファ星系であった。交通の要地であると共に物資の集積地でもある。
「この地を抑えることによりサラーフでの戦略はかなり優位に立てる。そしてここからはサラーフ各地に兵を送ることが可能になる」
「将に戦略上の要地ですな」
 提督達がそれを見て口を揃えた。
「この地はこのカッサラからも比較的近い。距離もいい」
「確かに」
「ここで問題が一つある」
 彼はここで提督達を見回した。
「おそらく彼等はここで一度目の防衛ラインを敷いてくるだろう。この地を容易に手渡さない為に」
 これは充分予想できた。焦土戦術を行なうにしても守らねばならない場所や戦わねばならない時がある。先のナポレオンのロシア戦役においてはロシア軍はスモレンスク等で大きな戦いをしている。これは敵をさらに誘い込む為の戦術でもある。
「これに勝たなければならない。まあおそらく少し戦って彼等は撤退するだろうが」
「しかしそれですとムスタファ星系にある物資は」
「おそらく何もないだろう。施設も全て破壊されている筈だ」
「でしょうね」
 それは焦土戦術の常識であった。
「そして戦線が延びきるのを彼等は期待している」
「それに対してお考えはありますか?」
 ここでナクールが尋ねてきた。彼はまだ若い提督である。
「当然だ。その為の補助艦艇だ」
 アッディーンは落ち着いた声で答えた。
 

 

第三部第一章 侵攻作戦その三


「この艦艇を使いすぐに基地を修復する。そして素早く基地としての機能を回復させる」
 それには皆頷いた。
「そしてそこを侵攻拠点に作り変えると」
「そうだ、敵の裏をかく」
 アッディーンは不敵な笑みを浮かべた。
「作戦の第一段階はそこまでだ。それから第二段階に入る」
「第二段階?」
 提督達が尋ねた。
「そうだ。それは後々話そう」
 彼はそう言うと指揮棒を収めた。
「何か異論はあるか?」
「いえ」
 皆異存はなかった。アッディーンはそれを見て会心の笑みを浮かべた。
「ならば行くぞ、まずはムスタファ攻略だ」
「ハッ!」
 皆席を立ち敬礼した。こうしてサラーフ侵攻作戦が開始された。

 オムダーマン軍がサラーフに雪崩の如き侵攻を開始したとの情報はすぐにサハラ全土、いや人類全体にまで伝わった。
『どちらが勝つか』
 連合においてもネットやテレビにおいてそのテーマで話が行なわれた。多くはオムダーマンの今回の侵攻は失敗に終わると見ていた。
『補給はどうするのか』
『戦力が足りないのではないか』
 失敗を主張をる人々はその根拠としてそういった点を指摘した。
 逆に成功すると主張する人々はその根拠を人に求めた。
『アッディーン提督ならやる』
 彼等はアッディーンの卓越した能力に期待していた。
「最近サハラの動きが活発になってきているな」
 八条は朝に届けられた新聞を見ながら呟いた。テーブルの上には朝食は置かれている。
 彼の朝の食事は昔ながらの和食である。豆腐と若布の味噌汁にメザシ、少量の漬物に白米、そして茶である。他には納豆までついている、
「西方と北方がですね。特に西方は急激に動いております」
 食事を共にする秘書官が言った。
「そうだな。では食事にしよう」
「はい」
「いただきます」
「いただきます」
 二人は手を合わせると箸をとった。そして食事に入った。
「やはり朝は味噌汁がいいな」
「ですね。私はコーヒーよりこちらの方が好きです」
 秘書官は味噌汁の中の豆腐を口の中に入れ飲んだあとで言った。
「我々は何かと料理の種類も多いけれどね。それでも日本人は朝は味噌汁といきたいね」
「同感です。しかし長官、そうした考えは若い女の子には好かれませんよ」
 秘書官は彼に対して笑って言った。
「女の子の好みはあまり気にはしないが」
 大体風の中の羽根の様に移ろい易く変わり易いものである。それに彼は元々その容姿と落ち着いた人柄により若い女の子からは人気が高かったので特にそれを気にすることもなかったのである。
「それよりも気にしなくてはいけないのは君の方だろう」
 八条は笑って秘書官に対して言った。
「な、何がですか!?」
 秘書官はそれを聞いて急に慌てだした。
「聞いているよ、最近妹さん達と上手くいっていないそうだね」
「ど、どうしてそれを!?」
 実は彼には妹が五人もいる。美少女揃いという評判だ。
「い、いえ」
 彼は急に畏まった。
「そのようなことは一切ありません」
「ではさっきの言葉は何だい?」
 八条は彼をからかうように笑った。
「こ、言葉のあやです」
 彼は顔を赤らめながらも謹厳な態度を必死に作った。
「たまには妹さん達にプレゼントでも買ってあげなさい。それに今日から休暇なのだろう」
「はい」
「ゆっくり休めばいい。骨休みも必要だ」
 彼だけでなく秘書官も最近不眠不休で働き詰めだった。こうした休暇も必要なのだ。
「申し訳ありません。仕事に穴を空けてしまいますが」
「それは気にしなくていいよ」
 八条は言った。あえて優しい口調で言った。
「これは私からのプレゼントだ」
 彼はそう言うと側にあった可愛く包装された箱を取り出した。
「妹さん達にね。君からのプレゼントだと言って渡したらいい」
 そこにはレターが挟んであった。『妹達へ』と書かれている。
「・・・・・・すいません、これ程までに」
「礼はいいよ。さあ、朝食が終わったらすぐに行った方がいい」
「わかりました」
 こうして彼は休暇に入った。八条はそれを笑顔で見送った。
「さて、と」
 彼は秘書官の姿が見えなくなると再び机に戻った。
「とりあえず私は仕事だな。休暇まで頑張るとするか」
 机には山の様な書類があった。増えることはあっても減ることはない。
 彼はその書類にサインを続けた。そして仕事を一つ一つ片付けていった。
 連合においてはこの戦いは遠い場所のことであり特に気にかけるものではなかった。交易のあるサハラの国といえばハサン位でありそれも左程大きな交易ではなかった。今後のサハラ情勢を考えるにあたってどうか、という意見もあったがやはり戦いのシュミレーションを楽しんでいる者達の方が多かった。
 だがエウロパでは事情が違った。彼等にとってはごく身近で起こる戦いでありそれによる影響を深く考察する必要があったのだ。
「どちらが勝っても国境を接することはないが」
 モンサルヴァートは自身の司令室で地図を見ながら呟いた。
「この戦いにオムダーマンが勝った場合はサハラの勢力図が大きく変わることになる」
 彼の前にはプロコフィエフが立っていた。
「はい、そして彼等の勢力はサハラにおける我々のそれを凌駕することになります」
 彼女はいささか鋭い声で言った。
「そうだな。ただでさえハサンという大国もあるというのに。二つもそうした国が誕生すると厄介なことになる」
「既に北方においても我等の侵攻は停滞しておりますし」
「シャイターン司令か。あの男が来てからだ」
 彼は顔を顰めさせた。
「サラーフの艦隊も殲滅したそうだな」
「はい、それによりオムダーマンが動いたのです」
「サラーフにとっては痛い敗北だったな。まあ自業自得だが」
 彼はサラーフのホノグラフィの地図を拡げた。
「この戦い卿はどう見ている?」
 彼はプロコフィエフに意見を求めた。
「そうですね」
 彼女は地図を見ながら口を開いた。
「兵力はサラーフの方がまだ有利にはあります。ですがそれはあまり問題ではありません」
「では何が問題となる?」
「距離です。まずオムダーマンはサラーフの首都を陥落させなければなりません」
「アルフフーフをか」
「はい。ですがカッサラからアルフフーフの距離を考えますと一直線に向かうのは不可能です」
「そうだな。すると何処かに足掛かりを築かなければならない」
 それはモンサルヴァートもわかっていた。
「問題は基地を置く場所です」
「何処がいいと思う?」
「ムスタファ星系です。カッサラにも近くまた交通の要地でもあります。ここを押さえるとオムダーマンはかなり優位に立つことができます。しかし」
「しかし?」
「サラーフも愚かではありません。何らかの手を打っているでしょう」
「そうだな。卿は彼等はどうした作戦を立てると思う?」
「そうですね」
 プロコフィエフは問われ暫し考えた。
「焦土戦術ではないでしょうか」
 そして表情を元に戻し答えた。
「焦土戦術か」
「はい、オムダーマンの矛先をかわし戦力を消耗させるにはそれが最も有効かと思います」
「アッディーン提督と正面から戦うのは危険だからか」
「それもあります」
 アッディーンの名はエウロパにおいても広く知られるようになっていたのだ。
「ですが焦土戦術を執る理由はそれだけではないと思います」
「ほう、では何だ?」
「戦力の回復を待っているのではないかと思われます」
 本来サラーフは二十四個艦隊を擁している。西方においては他を圧倒する戦力であった。だがオムダーマンがその勢力を急激に拡大させ敗戦によりその勢力は翳りを見せている。
「まずはオムダーマンの侵攻から消耗を避け彼等を兵糧攻めにしている間に兵を集めます。そしてオムダーマン軍が疲弊しきったところでその整え終えた戦力で攻撃を仕掛けるのではないかと」
「ふむ。まるでかつてのロシアの様な戦い方だな」
 モンサルヴァートはそこまで聞いて口に手を当てて言った。ロシアは地球にあった頃敵が侵攻して来ると焦土戦術をとりその矛先をかわし敵の疲弊を待つのを常套手段としてきたのである。これによりナポレオンもヒトラーも敗れたのである。
「はい、雪こそありませんが戦い方はほぼ同じです」
「そうか。それではオムダーマン軍の苦戦は免れないな」
「おそらく」
「アッディーン提督は常に敵を即座に叩くのをよしとしている。おそらくそうした戦法には弱いだろうな」
「サハラの者には多いですね。かなり早急な人物かと存じます」
 二人はアッディーンの今までの戦歴も考慮に入れていたのだ。そのうえで話している。
「オムダーマンにとってはかなり不利な戦いだな」
「はい、敗北した場合彼等は今度は自らが侵攻を受けることになるでしょう」
 彼女の指摘は当たっていた。オムダーマン側もそれを最も怖れているのだ。
「どちらにしろこれだけは言えるな」
 モンサルヴァートはここで言葉を一旦とぎらせた。
「この戦いに勝った方がサハラ西方を完全に手に入れる」
「はい、それは間違いありません」
 プロコフィエフはその言葉に頷いた。
 彼等の指摘は当たっていた。だが一つのことを読み違え一つのことを忘れていた。
 読み違えはアッディーンであった。確かに彼は早急な性格で戦いを一気に決めることを好む。だが彼は常にそれを追い求めるような頭の固い人物ではなかった。
 真の名将とは臨機応変にことに応じるものである。必要とあればどのような戦い方も出来る。そうでなくては戦いに勝てはしない。アッディーンは真の名将であった。
 そして忘れていたことはシャイターンの存在である。
 この人物のことはまだ誰もが戦上手の傭兵隊長位にしか思っていなかった。だが彼は一介の傭兵隊長に収まるような人物ではなかったし彼自身もそのようなことは全く望んでいなかった。
「サラーフは魔王の夕食となった」
 後にある劇作家が自分の作品の中で登場人物にこう言わせた。この戦いにおいてシャイターンの存在はそれ程までに重要であったのだ。
 だがそれをまだ誰も知らない。シャイターンのみが無気味な笑みをたたえていた。 

 

第三部第二章 緒戦その一


                     緒戦
 アッディーンに率いられたオムダーマン軍十四個艦隊はカッサラを発った。そしてそのままサラーフ領に侵攻していった。サラーフ軍の反撃はなかった。彼等の姿は何処にもなくオムダーマン軍は無人の荒野を行くが如く進撃していた。
「今のところは何もありませんね」
 ガルシャースフがアッディーンに対して言った。
「ああ、予想通りだな」
 彼は順調に進む自軍を見ながら言った。
「だが問題はこれからだ」
 彼は前を見て呟いた。強い声だった。
「側面及び後方は大丈夫か」
 そしてガルシャースプに対して問うた。
「はい、敵影の存在は確認されておりません」
「ならばいい」
 彼はそれを聞いて安堵の声を出した。
「補給路の確保だけは完全にしておけ。今度の戦いではそれが生命線になる」
「わかりました」
「それから全軍に伝えよ、敵が逃げたからといって無闇には追うなとな。血気にはやることのないよう」
 彼の言葉もまた落ち着いたものであった。
「まずはムスタファ星系だ。それから全てがはじまる」
 オムダーマン軍は進撃を続けた。そして惑星を一つ一つ占領し星系をその勢力圏に収めていった。
「オムダーマンの動きは順調のようだな」
 その話はシャイターンのところにも届いていた。
「ハッ、既に幾つかの有人惑星をその勢力下に置いた模様です」
 彼の前に立つハルシークが答えた。彼等は今シャイターンの宮殿にいた。
「速いな。流石はアッディーン提督といったところか」
 シャイターンは絹の豪奢な服を着ていた。赤紫で丈の長い上着とそれと同じ色のズボンを身に着けている。
「だが今度の戦いは速さが求められるものではない」
 彼は思わせぶりに言った。
「それはわかっているな」
 そしてハルシークに対して問うた。
「はい」
 彼はその問いに対して頷いた。
「ならばよい。それでこそ私の部下だ」
 彼は微かに満足感を含んだ声で言った。
「さて、アッディーン提督にもそれはわかっているかな」
「それは何とも」
「わかっていればよし、わかっていなければ」
「敗戦ですな」
「そう、そして西方はサラーフのものとなる。彼の武名もこれまでだ」
 彼は冷たい声でそう言った。
「今までの彼の戦いは見事なものであった。だが今回もそうとは限らない」
「問題はこれからですか」
「そうだ、戦いとは何も正面から激突するだけではない」
 彼はここで身を翻した。
「時には逃げるのも戦いなのだ」
「はい、それが理解出来ない愚か者も多いですが」
「そうした者は敗れ去る、そして歴史にその愚かさを永遠に曝し続けることになる」
 まるで氷の様に冷徹な言葉であった。そこには一変の温もりもない。だがそれでいて甘美で危険な誘惑を秘めた不思議な声であった。
「アッディーン提督もそうなるかな。それはやがてわかることだ」
 彼はそこまで言うと身をハルシークの方に戻した。
「我等が動くのはそれを見極めてからだ。焦る必要はないぞ」
「ハッ」
 ハルシークはその言葉を聞き姿勢を正した。
「だが動く時は・・・・・・。わかっているな」
「勿論でございます」
 彼はその言葉に対し不敵に笑った。
「ならばよい。その為の備えは怠らないようにな」
「何時でも閣下が仰ればすぐにでも」
「フフフ、それでいい。優れた部下を持ち私は幸福だ」
 彼はそう言うとハルシークを下がらせた。そして自室に戻って行った。
「さて、アッディーン提督よ」
 彼は階段を登りながら一人妖しげな笑みを浮かべ呟いた。
「私を楽しませてくれよ」
 そして部屋の扉を開けその中に入った。そのまま気配は扉の中に消えていった。

 アッディーン率いるオムダーマンの大艦隊は敵と遭遇することなく迅速に兵を進めていた。そして星系を次々に占領していった。
「住民の反応はどうか」
 彼は参謀の一人に問うた。
「今のところ問題はありません。援助物資を供給しその生活の安定を約束しております故」
 その参謀は答えた。
「そうか、ならいい。くれぐれも彼等の生活に支障をきたすようなことは起こすな」
「わかりました」
 彼は住民の反発を恐れていた。そこからレジスタンスの蜂起が起こる可能性がある。そうなれば後方が危うくなる。
「司令、一つお聞きしたいことがあるのですが」
 ここでバヤズィトが尋ねてきた。
「何だ」
「この作戦において用意した補給艦及び工作艦のことですが」
「それか」
「はい、やはりこうしたことを考えてのことだったのでしょうか」
「そうだ、だがそれだけではない」
 彼は答えた。
「それもすぐにわかる。すぐにな」
 彼は思わせぶりに言った。
 やがて彼等は目標であるムスタファ星系まだ残り僅かの場所まで到達した。
「やはりここにはいるか」
 アッディーンはサラーフの艦隊がムスタファ星系の前に布陣しているとの報告を聞き思わず呟いた。
「その数は?」
「およそ十万です」
 ラシークが答えた。見れば魚燐型の陣を組んでいる。
「そうか、ではすぐに叩くとしよう」
 アッディーンはそう言うと右手をゆっくりとあげた。
「全軍上下左右に広く陣を組め。そして敵を三日月型に包囲せよ!」
「ハッ!」
 アッディーンの指示の下オムダーマン軍は動いた。そしてその言葉に従い敵を囲むように陣を組んだ。
 こうしてムスタファ星系での戦いははじまった。まずはオムダーマン軍の一斉攻撃からである。
 忽ち数百の艦艇が破壊される。サラーフ軍はこれを受け一瞬怯んだ。
「今だ、進め!」
 アッディーンがそれを見て右手を振り下ろした。オムダーマン軍はそれに従い前に進んだ。
 これに対しサラーフ軍は退いた。そして陣を整え反撃に移ろうとする。
 だがそんな隙を与えるアッディーンではなかった。彼はそれよりも早く彼等の前を塞ぎそこに集中攻撃を加えた。
 これで戦いは決した。サラーフ軍は勝算がないと見たかすぐに退却を開始した。
「追いますか?」
 ラシークがアッディーンに対し尋ねた。
「いや」
 だが彼はそれに対し首を横に振った。
「追う必要はない。これで我々は第一の作戦目的は達した」
 彼は静かに言った。
「まずはムスタファ星系に入ろう。そしてあの星系を確実に掌握するのだ」
「ハッ!」
 オムダーマン軍は退却したサラーフ軍を追わなかった。かくしてムスタファ星系の戦いは両軍にさしたる損害を与えることなく終了した。オムダーマン軍は素早くムスタファ星系を占領した。
 ムスタファ星系はサラーフ南方の交通の要所であり物資の集積地でもあった。ここには大規模な補給基地と港湾施設が存在していた。
 だが今はそれはなかった。全てサラーフ軍により破壊されてしまっていた。
「・・・・・・これは厄介ですね」 
 アッディーンと共に惑星に降り立ったガルシャースプが顔を顰めて言った。
「そう思うか」
 アッディーンはそれを聞いて尋ねた。
「当然です、これでは基地としての役割を果たせません。我々はこの星系を足掛かりにはできないのですから」
「そうだな、今のままではな」
 アッディーンはそれを聞き言った。
「だがこれは予測していた」
 彼はここではじめて言った。
「工作艦に伝えよ、すぐにこの星系の基地の修復に取り掛かれとな」
「では工作艦は・・・・・・」
「そうだ、この時の為に連れて来たのだ」
 彼はニヤリと笑って答えた。
「敵が焦土作戦でくるなら我々はそれに対抗して基地を作る。そして敵の誘いには乗らず腰を据えることにする」
「敵が戦力を拡充させるのは構わないのですか?」
「それよりもまずは確固たる戦線、後方基地の建設だ。ましてやサラーフは広い。そうそう用意に制服できるものではない」
「成程」
 ガルシャースプはそれを聞いて頷いた。
「そして補給艦にも働いてもらう。カッサラとムスタファを往復して物資をどんどん運び込んで欲しい。これから忙しくなると伝えてくれ」
「わかりました」
「その時に敵の襲撃も予想される。常に護衛の艦隊をつけておこう。これはローテーションだ」
「補給路の確保はどうしますか?」
「それにも艦隊をつける。そうだな、ラーグクート提督に頼むか」
「あの方でしたら問題はありませんね」
 ラーグクートの熟練の作戦指揮はよく知られている。その慎重な用兵には定評がある。
「まずはここに万全の足掛かりを築くぞ。作戦の第二段階はそれからだ」
「ハッ!」 
 ガルシャースプはそれを聞き敬礼した。こうしてオムダーマン軍はムスタファ星系の軍事施設の修復及び基地化に取り掛かった。
 これに対しサラーフ軍は予想通り補給路の襲撃を開始した。だがそれはラーグクートの的確な用兵と補給艦隊を守る護衛の艦隊によりことごとく阻まれた。
「よいか、決して深追いはするな」
 ラーグクートは部下達に対し命令を下した。
「我々は補給路を確保すればよいのだ。そして敵を補給艦および勢力圏に近付けなければよいのだ」
 彼は部下達に無理はさせなかった。そして敵の襲撃に対し数十隻を単位としたパトロールでもって対応した。これによりサラーフ軍はゲリラ的な襲撃を行なえなくなっていた。
 そして補給艦を守る艦隊の存在も大きかった。彼等はオムダーマンの補給艦隊が通るのを指をくわえて見ているしかなかったのである。
 こうしてムスタファ星系は瞬く間に基地としての機能を回復させた。そしてオムダーマン軍はこの星系に駐留しアッディーンの次の作戦指示を待った。
「ふむ、アッディーン司令も考えたな」
 オムダーマンの首都アスランにおいてマナーマはサラーフ侵攻の状況を聞いて言った。
「はい、一気にサラーフ全土を席巻すると思ったのですが」
 幕僚の一人が言った。
「流石にそれは無理だろう。そこまでの物量も補給も一度には持っていけない」
「はい、それにしても焦土戦術でくるとは思いもよりませんでした」
「それだけサラーフも必死なのだろう。最早存続の為にはなりふり構っていられない」
 彼は考える目をして言った。
「それに対して足掛かりを建設して腰を据えて戦うとは思わなかったがな」
 マナーマもこれは予想していなかった。
「彼のことだから一気に首都まで陥落させるものだと思っていたのだがな」
「確かに。アッディーン司令はいつもそうして勝利を収めてこられましたから」
「それをしないとはな。案外柔軟な思考の持ち主のようだ」
 彼は地図を拡げさせた。
「これを見てもムスタファを足掛かりにしたのは大きいな」
 見ればここから南方、いやサラーフの首都アルフフーフまでの道もある。西や東にも行くことができる。すなわちサラーフの喉元に刃を突き付けた形だ。
「しかし十四個艦隊ではいささか少ないかな」
「今新たに編成させている旧ミドハドの四個艦隊を援軍とするのはどうでしょう」
「それはいいな」
 彼はその提案を受け入れることにした。
「もう一つあるのですが」
「何だ?」
「サラーフ軍内部のことですが」
 彼はここでその目の光を一層強くさせた。
「ナベツーラとミツヤーンという男達をご存知でしょうか」
「いや、どのような連中だ?」
 マナーマは少し不覚に思った。サラーフ軍内のことはあらかた知っているつもりであったがその者達のことは知らなかったのだ。 

 

第三部第二章 緒戦その二


「ナベツーラはサラーフの高官の一人です。非常に権力欲が強くまた独善的で全く人望がありません。しかもその政治能力は皆無ときております」
「よくそれで高官になれたな」
「出自がよかったので。ですが本人はそれに満足しておりません。自分こそがサラーフを治めるに相応しい者であると自負しております」
「よくいるタイプだな。決して国の中枢には置きたくない」
「はい、そしてミツヤーンは軍の高官です。ヒステリックで小心者、貪欲で陰険、しかも非常に嫉妬深いと言われております。そのうえ賄賂には目がありません。そして兵士達からの評判も最悪です。実はナベツーラの腹心でもあります」
「ほほお、よくそんな人間がいるな。絵に描いたような無能な人物のようだな」
「その通りです、兵を率いれば私腹を肥やすことばかりに腐心し戦いなぞそっちのけです」
「そうした連中がよく国の中枢にいるな。サラーフの政府はそれ程愚かだとは思えないが」
「ナベツーラがマスコミと仲がいいので。サラーフはマスコミの力が非常に強いのです。俗にサラーフ最大の権力と言われるまでに」
「それは結構なことだな」
 マナーマはそれを聞いて苦笑した。この時代既にマスメディアが権力を持った場合の弊害はよく知られるようになっていた。その為連合やエウロパにおいてはネットが極めて発達している。サハラは国家が大小に分裂して争っている為そうしたことが時として起こすのだ。
「で、彼等のことを知ってどうするつもりなのだね」
「かの国のマスメディアに囁くのです。この国難を救うのはナベツーラとミツヤーンしかいないと」
「そして彼等に作戦の指揮を執らせるのか」
「その通りです」
 彼はそう言うと言った。笑いはしない。まるで鉄仮面の様に表情を変えない。
「あの国のマスメディアはナベツーラとミツヤーンの提灯持ちに過ぎません。少し鼻薬を嗅がせてやればすぐに動き出します。当然我々の存在を疑われては駄目ですが」
「ふむ、有能な味方よりは無能な敵の方が有り難いというがな」
「ええ、古来より」
「そして彼等の取り巻きはどうした連中かね」
「それはもう。碌に補給や経理を知らない精神論だけの参謀や幼女趣味の提督、酒に酔って市民に暴行を働いた提督などばかりですよ。文官の方はナベツーラのゴマすりにしか過ぎません」
「面白そうだな、そうした連中がサラーフの中枢に入ると」
「そう思われますか」
「ああ。よし、わかった」
 マナーマはそこで大きく頷いた。
「その工作を許可しよう。すぐにサラーフのマスコミに働きかけてくれ」
「ハッ」
 その参謀はそれを受けて敬礼した。
「しかし面白いことを考えてくれる。ところで私からも一つ聞きたいのだが」
「何でしょうか」
「君の氏名及び階級を聞きたい。悪いがまだ覚えていないのだ」
「ムアーウィア=タルジークです。階級は大佐です。参謀本部におります」
 彼は自分の名、及び階級を答えた。静かで低い声である。それでいてよく澄んでいた。
 見れば全体的に細く血色の悪い顔立ちをしている。頬はこけ髪は多いが細い。
「そうか、タルジーク大佐か。覚えておこう」
「はい」
「では早速取り掛かろう。スタッフと費用は好きなだけ使ってな」
「わかりました」
 こうしてオムダーマンの工作は開始された。これは外交部も参加する大規模なものであった。なおタルジークはその中心的な役割を担うこととなった。そして彼は准将に昇進した。

 その頃ムスタファ星系はアッディーンの用意した工作艦によりその機能を急激に回復させていた。今ではその機能の五〇パーセント以上を回復させ駐留する艦もあった。
 そして物資は次々と運び込まれていた。その流れは河のようであり度重なるサラーフ軍の襲撃を退け順調に集まっていた。
 アッディーンはその運び込まれてくる物資を見ていた。それが自軍の生命線となるのだ。
「補給は順調に進んでいるな」
 アッディーンは後ろに控えるバヤズィトに対して言った。
「ハッ、全ては滞りなく進んでおります」
 彼は敬礼をして答えた。
「やはりここを補給基地にしたのは正解だったな」
 彼の目の前を補給艦隊が通り過ぎていく。そして惑星に次々と降り立つ。
「はい。やはり交通の要衝だけはあります」
 カッサラからここまでの距離、そして基地の規模を考えるとここは最適であったのだ。
「基地の修復状況はどうか」
「既にその機能の五〇パーセント程を回復させております。このままいけば一週間後にはその機能を全て回復させることになるかと」
「早いな。もう少しかかると思ったが」
「工作艦と乗組員達が頑張ってくれていますので」
「彼等には感謝せねばならないな。特別に報酬を弾むとしよう」
「わかりました」
 こうした信賞必罰は軍にとっては絶対である。そうでなくては軍規は定まらず士気も上がらない。
「ところでだ」
 アッディーンはここで話題を変えてきた。シンダントの方を見た。
「ミドハド方面から援軍があるそうだな」
「はい、四個艦隊が予定されております」
 シンダントは敬礼をして答えた。
「四個艦隊か。指揮官は誰だ?」
「一人は決定しております。ムラーフ提督です」
「おお、懐かしいな」
 かってアッディーンの旗艦アリーの艦長を勤めた男である。その将としての能力は期待できる。
「あとの三人についてはまだ聞いておりません。ですがそれなりの人物が就任するそうです」
「だろうな。かりにも艦隊司令だ。無能な人物をあてられたら困る」
 彼は言った。実際に艦隊を指揮する者として実直な意見であった。
「あとサラーフ内に潜入していく工作員の数が増えているな」
「はい、どうやら何か謀り事があるようです」
 情報参謀であるシャルジャーが答えた。見ればこの三人の階級章は少将のものになっている。
「そうか。それについて聞きたいのだが」
「それでしたら今外交部の者がこちらに来ておりますが」
 ガルシャースプが答えた。彼は中将である。
「よし、会おう。司令室に通してくれ」
「わかりました」
 アッディーンは参謀達を連れ司令室に入った。そしてすぐにスーツの男が入って来た。
「閣下、お招き頂き有り難うございます」
 その外交部の者は部屋に入ると頭を下げた。
「細かい挨拶はいい、早速話を聞きたい」
 アッディーンは彼に頭を上げさせ話を聞くことにした。
「近頃サラーフに対して何かと工作をしているようだな」
「はい」
 彼は答えた。
「一体何をしているのだ?是非教えてくれ」
「政権交代を画策しております」
「政権交代!?」
 彼はそれを聞き思わず声をあげた。
「はい、サラーフの高官であるナベツーラを首班とする内閣を組閣させる為の工作です」
「ナベツーラか」
 アッディーンは彼のことを少し聞いていた。
「はい、ですが彼はやはりサラーフのマスコミの支持は高いです」
「そしてその取り巻きも無能揃いだな」
「はい、まるでヤクザかゴロツキのような者ばかりだそうです。しかしサラーフのマスコミは彼等を侠気のある豪傑と評しております」
「狂気の間違いではなく、か」
 彼は珍しく皮肉を口にした。
「どうせ軍律を無視して蛮行の限りを尽くすのを英雄的行為とでも賛美しているのだろう」
「その通りです」
「・・・・・・どうやらサラーフのマスコミというのはサハラでも選り抜きの愚か者ばかり集めているようだな」
「マスコミというのは非常に狭い世界ですから。それに情報を独占して権力が集中し易いのです。しかもそれをチェックする機能がネット等しかありません」
「そのネットがない場合はそうなるのか。悪夢だな」
「少なくとも一千年前はそうでした」
 これは事実である。マスコミの作り出した幻想に騙されていたのが二十世紀後半の世界であったのだ。その中でも最も悪質な幻想は全体主義が理想社会であるというものえあった。これにより多くの人々が騙され血が流れた。だがマスコミは報道の自由、言論の自由を楯に責任を逃れた。後にそれが追求されマスコミの力を大きく衰えるとこになるのだ。それも道理であった。
「そういう意味ではサラーフは一千年遅れているというわけか」
「あながちそうとは言えません。単にマスコミの力が強過ぎるだけでして」
「それであのような輩共が大手を振って歩けるというのか。マスコミというのは怖ろしいな」
 彼はあらためてその影響を感じた。
「はい、そして今回は彼等を利用します」
 ここで外交官は口の端を歪めて笑った。
「わかったぞ、彼等にナベツーラ一味に政権、そして軍部の中枢を握るよう言わせるのだな」
「はい、サラーフの国民はマスコミに扇動されそれを支持するでしょう」
「今の政府及び軍のやり方では国が潰れる、ナベツーラやミツヤーンでないとサラーフを救えないのだ、と」
「そうです」
 外交官は嬉しそうに答えた。
「おあつらえむきに選挙間近です。サラーフの世論は我々の侵攻で今沸騰しております」
「ナベツーラ達は何と主張している?まあ大体予想はつくが」
「徹底した強硬路線です。退却なぞ恥だ、すぐさま大兵力を以って討つべしと」
「そうだろうな。おそらく連中は我々のことどころか戦争のことも知らないのだろう」
「はい、ナベツーラは軍歴がありません。家の力を利用して徴兵逃れをしたようです」
「話を聞けば聞く程嫌な男だな」
 アッディーンだけではなかった。その場にいた参謀達も皆顔を顰めた。
「ミツヤーンもその取り巻き達も戦場においては全くの無能です。碌に補給も経理も知らないのですから」
「それで掠奪や暴行は人並以上なのだな」
「はい」
「軍人というより人間の風上にも置けない連中だな。本当に思うがサラーフのマスコミには常識がないのか?」
 アッディーンは嫌悪感で顔を歪めていた。その整った顔が歪むのはいささか奇妙である。
「マスコミには良心は不要です。自分達の存在こそが絶対であり正義なのですから」
「・・・・・・それを普通独善というのだがな」
 怖ろしい話である。だが二十世紀はそれが本当の話だったのだ。サラーフにおいても本当の話である。だが人々は幻影に騙されているのだ。
「まあいい。そうした連中が権力を握るのは我々にとって好都合だ。有能な味方より無能な敵の存在の方が有り難いという言葉もある」
「それが今回の工作の趣旨です」
「そうか、では頼む」
「わかりました」
 外交官はそう言って頭を垂れると司令室をあとにした。あとにはアッディーンと参謀達が残った。
「確かにいい考えだな。これを考え出した人物は政戦両略の人物のようだな」
「はい、これが成功したならばサラーフとの戦いはかなり楽になりますね」
 ガルシャースプが答えた。
「そうだな。だが」
 アッディーンはここでもやはり顔を歪めた。
「俺としてはあまり好きにはなれないやり方だな」
「何故ですか?」
「正々堂々と正面から戦って勝ちたい。戦争はそうそう綺麗なものではないとしてもな」
 これは彼の気性そのままであった。彼は元々精悍な人間性の持ち主であり戦場での勝利を最も尊ぶ。そうした性格であるから策略を好まないのだ。
「ですがそれもオムダーマンの為です。この戦い勝たなくては意味がありません」
「ガルシャースプ参謀長の言われるとおりです」
 他の参謀達も言った。
「勝利にあたってはどのような策も用いるべきです。正面からの戦いばかりでは損害も増えましょう」
「それはそうだが」
 アッディーンはそれでも顔色を悪くした。
「閣下」
 参謀達はそんな彼に対し言った。
「閣下のお気持ちはわかります。軍人ならば正々堂々と戦い美しい勝利を手に入れたいというのは大なり小なり殆どの者が持っております。しかし」
 彼等は続けた。
 

 

第三部第二章 緒戦その三


「それ以上に戦場ひいる者達のことをお考え下さい。彼等は命をかけて国家の為戦場にいるのです」
「・・・・・・そうだったな」
 他のサラーフの多くの国々と同じくオムダーマンも徴兵制を敷いている。厳密には選抜徴兵制であるがそれでも義務として定められているのは事実である。
「そうした兵士達のこともお考え下さい。我々は彼等の命を預かっているのですから」
「彼等を生きて帰す義務もあるということか」
「そうです。それも指揮官の務めです」
 彼等は一様に言った。アッディーンは決して冷酷な男ではない。感情豊かであるが兵士達にとっては寛容で気前のいいことで知られている。そして体罰を厳しく取り締まり威張った行動を戒めている。よく古参兵などに見られるが部下を虐待する愚か者は何処にでもいある。アッディーンはそうした弱い立場の者をいたぶることを特に嫌った。
「弱い者虐めは自分が弱い者であるということを公言しているのに他ならない」
 彼はそう考えていた。幼年学校においても理不尽な要求をした上級生に反抗している。下級生に対しては面倒見がよく優しい先輩であった。同級生に対しては公正であった。それを兵士に対しても同じ態度で接しているのだ。こうした時に出るのが人柄である。
「個人の好き嫌いは言ってはいられないか」
「そうも言えますね」
 ガルシャースプが答えた。
「勝利を収める為にはあらゆる手段を尽くさなくてはなりません。国家の為、そしてその中にいる国民や兵士の為にも」
「多くの命の為にか」
「はい、我々が預かっているのはそれだけ大切なものなのです」
「・・・・・・・・・」
 アッディーンは沈黙した。今まで彼は戦争に勝てばいいとだけ思っていた。だがそれだけではなかったのである。
 戦争は一人で行なうものではない。多くの者が命をかけて争う。そしてその者達の人生もそこには内包されているのである。それを忘れた時独善となる。
 だがそれを忘れる指揮官もいる。そうした者は将としても人間としても失格だ。彼はそのことを今知った。
「おそらくナベツーラもミツヤーンも他の者の命なぞ塵芥程にも思ってはいないでしょう。ですが閣下は違います。決してあの様な連中のようにはならないで下さい」
「将としてではなく人としてか」
「はい、そんな閣下でなければ我々も今までついてきませんでした」
 彼等は口を揃えて言った。彼等はアッディーンの下にいるのは軍務だからである。だがそれ以上にアッディーンの人柄と将としての才に惹かれているのだ。
「そのおとは忘れないで下さい。閣下の手には多くの者の命がかかっているということを」
「・・・・・・わかった」
 彼は頷いた。それを理解した彼は将としてまた一つ大きくなったのである。
「ところでだ」
 アッディーンはその話が終わると話を元に戻した。
「選挙は何時行なわれるのだ?」
「あと二ヶ月後です」
「そうか、近いな」
 彼はそれを聞いて少し考えを巡らせた。
「その間に援軍は到着しそうか」
「それは微妙ですね。着くか着かないかといったところでしょうか」
「そうか。もしかするとサラーフはそれまでに一度攻撃を仕掛けてくるかも知れないな」
「何故ですか?」
 今度は参謀達が問うた。
「それだけナベツーラ達の追い上げがあっては今の政権も選挙前に何か功績をあげなくてはいけないだろう。さもないと選挙に敗れる」
「成程」
「ましてやナベツーラ派にはマスコミの全面的なバックアップがあるのだろう?只でさえ形勢は不利な状況にある」
「そうですね、今の政権も失脚したくはないでしょうし」
「そうだ、ならばどうして功績を挙げるか。最も手っ取り早いのは今ここにいる我々を破ることだ」
「はい、外敵を打ち破るのは最も宣伝し易い功績ですからね」
「それも大々的なものを狙ってくるだろうな。最低でも一個艦隊を殲滅といったところか」
「それはまた」
「当初は焦土戦術を執るつもりでもそうした状況では止むを得んだろう。彼等にとっては失策だがな」
 その通りであった。焦土戦術は相手の疲弊を誘う戦法である。こちらから仕掛けるのはまず敵が疲弊しきってからだ。そうでなくては効果がない。
「問題は何処に攻撃を仕掛けて来るかだ」
「補給路ではないでしょうか」
「それはないな」
 アッディーンはバヤズィトに答えた。
「おそらくそのような地味なものではなく宣伝になるようなものだ。確かに補給路には常時二個艦隊を配属させているが」
「ではこのムスタファに攻撃を仕掛けてくるのでしょうか」
「それも考えられるな」
 彼は答えた。
「だがそれよりも効果的な方法がある」
「何でしょうか?」
「援軍を叩く。ミドハド方面からやってくる援軍をな」
 彼は言った。ミドハドからカッサラを経由するのは時間と距離がかかる。それよりもブーシルからミドハド領を進む方がずっと速いのだ。しかもその道筋はすでにアッディーンが押さえている。
「二月でのここまでの到着は微妙なのだろう?だがサラーフ領に入るのは確実だ」
「はい」
「その彼等を待ち伏せする。そして叩く。戦果は期待できる」
「しかしこちらの援軍もそれなりの備えはしておりますよ」
「地の利は彼等にある。油断してはいけない」
「ハッ、そうでした」
 参謀達はアッディーンの言葉に姿勢を正した。
「ブーシルからここまでの航路の偵察を強化しろ。そして時が来たら動く」
「はい」
「これは援軍を救うだけではない。サラーフを自壊させる為の戦いであるということも忘れるな」
 どうやら彼は政治的なセンスも備えているようである。外交官から説明を受けただけでここまで発展させて物事が言える者はそうはいない。
「次の戦いがこの戦いの行方を左右する、それを忘れるな!」
「ハッ!」
 参謀達は一斉に敬礼した。そして彼等は解散した。

 アッディーンはムスタファ星系の有人惑星の一つに置かれたホテルにいた。この星系は有人惑星が二つあり同じ軌跡を一八〇度離れて動いているのだ。
 彼はそのホテルの一室にいた。ロイヤルスイートである。
 しかし彼はその部屋をもてあましていた。どうも過ごしにくそうである。
「閣下、何かお困りですか?」
 鞭の様にしなやかな身体を持つ白い肌の男が問いかけてきた。黒い髪と鳶色の眼を持つこの青年もまた軍人である。アッディーンの秘書オマーム=ハルダルトである。階級は大尉である。
「そういうわけではないが」
 彼はやはりあまり晴れない顔で答えた。
「どうもロイヤルスイートというのは落ち着かないな」
「そうでしょうか。私には心地良い部屋に思えますが」
「それは君の感性だろう。俺はどうもこうした部屋は馴染まないんだ」
「そうなのですか?それは意外ですね」
「もっと普通の部屋はとれなかったのか?こうした豪奢な部屋は俺の性に合わない」
「そうは言いましてもこの作戦の総司令官であすから。それなりの部屋にいてもらわないと」
 総司令官以上の部屋には泊まることができない。これは止むを得ないことであった。
「それはそうだが」
 アッディーンはまだ不満そうである。そこでチャイムが鳴った。
「誰だ?」
 ハルダルトは呼び出し鈴の前に行き部屋の前に立っている兵士達に問うた。ホテルの中とはいえその警備は厳重である。
「ホテルのボーイです。食事を持って来ております」
「そうか。ボディーチェックの後で私が行く」
 彼はそう言うとアッディーンの方へ向き直った。
「閣下、食事が届きました。暫くお待ち下さい」
「ああ」
 ハルダルトは敬礼し部屋をあとにした。アッディーンは一人になると窓の外に顔を向けた。
「全く、こんな無駄に贅沢なところにいて何になるというのだ」
 彼は再び顔を顰めて呟いた。
「俺には似合わん。それよりもごく普通の部屋にいたいものだ」
 彼は公務員の両親の下に生まれた。そしてそのままごく普通の家庭で育った。幼年学校に入ってからは隊舎で生活していた。そして今は官舎と艦内の往復である。カッサラにいた時も官舎住まいであった。そしてブーシルでは殆ど艦内で暮らしていた。
 従ってこうした豪奢な部屋にいることは慣れていないのだ。それよりも艦内の居住区や官舎の方がずっと落ち着くというのが彼である。
 従ってその生活は派手ではない。将官として忙しいこともあるが私服も質素であり趣味も読書やスポーツ、それも一人でもできるランニングや陸上競技といったものばかりである。オムダーマンが誇る若き名将もその私生活はごく平凡なものであった。
「せめて食事は普通のものを頼んだが」
 そこで呼び鈴が鳴った。
「閣下、私です」
 ハルダルトの声であった。
「入っていいぞ」
 彼は言った。暫くして護衛の兵士がドアを開けハルダルトがボーイを連れて入ってきた。
「ご苦労、では食事にするとしよう」
「はい」
 彼はフォークとナイフを手にとった。サハラの食事はエウロパと同じくフォークやナイフ、スプーンを使って食べる。連合のように箸も使ったりマウリアのように手で食べたりはしない。だがその作法はエウロパのものとはかなり違っている。
 エウロパは料理を一つずつ出すがサハラでは一度に出す。そして食べる順番も自由である。
「そこのボーイにチップを渡してくれ」
 彼は食事前にハルダルトに対して言った。
「わかりました」
 彼は兵士達に命じてボーイにチップを手渡した。普通のより多めである。
「有り難うございます」
 そのボーイは笑顔で言った。彼にしても思ったより多かったらしい。
 彼は上機嫌でその場をあとにした。アッディーンは食事に向かった。
 料理もまたごくありふれたものであった。小麦のポタージュと香辛料をきかした若鶏の焼いたもの、野菜の炒めたものにチーズ、そしてパンとワインであった。サハラでは酒には五月蝿くない。イスラムがその信仰であるがこの時代は酒は飲み過ぎなくてはいいという教えになっている。
 意外にもイスラムにおいては酒もよく飲まれている。時代により違うだけである。時代によって飲んでよい時とはばかれる
時がある。ムハンマドはあくまで目標であり厳格に定めるような頭の固い男ではなかった。彼は生真面目で思慮深い反面意外な程話のよくわかる男であった。
「ではいただくとしよう」
 彼はまずポタージュを口にした。それから野菜を口にし鳥を食べた。そしてチーズとバターを食べ終えたあとでワインを飲んだ。こうして食事は終わった。
「閣下は食事もあまり派手なものを好まれないのですね」
「ああ。軍での生活が長いこともあるが」
 実際軍の食事は普通のレストランと比べて美味しくはない。給養員の腕もあるがこれは仕方がない。アッディーンも幼年学校から軍の食事を食べているが実家での母の食事の方がずっと美味しいと思っている。
「あまり豪華な食事に興味はないな。俺は腹が満たされればそれでいい」
「そうですか」
「だがここの料理は美味いな」
 どうやら味音痴というわけではないようだ。
「香辛料の使い方がいい。それにパンもワインも上等のものだな」
 意外と細かい。舌は鋭いようだ。
「シェフに伝えてくれ。いい味だったと。流石にこれだけのホテルにいることはあると」
「わかりました」
 ハルダルトは答えた。
「しかし注文されたメニューを聞いてシェフは驚いていましたよ」
「何故だ?」
「あまりにも質素だからです。以前このホテルに来たサラーフの提督とは大違いだと」
「サラーフの提督?誰だ」
「キヨハームとペタシャーン、モトキーラム、そしてエトンという連中だそうです」
「どういった者達だ?」
 連中というからには碌な人物ではないだろうと思った。
「ミツヤーンの一派です。何でもこのホテルを僅か四人でいきなり借り切ったとか」
「他の客はどうなった?」
「追い出されました。反論しようとする者はキヨハームとペタシャーンが殴り飛ばしたそうです」
「まるでヤクザかゴロツキだな」
「はい、そして四人ではメイドを押し倒そうとしたりホテルのものを破壊したりして暴虐の限りを尽くしたそうです」
「軍人とは思えぬな。まるで犯罪者だ」
「まるで、ではなくそのものだとホテルの者は言っております。かなりの損害が出たそうです」
「よくそれで軍の高官をやっていられるな」
「マスコミが握り潰しますから。何度も言いますがマスコミにとって彼等は既存の軍の存在や価値観の捉われない英雄なのです」
「・・・・・・どうやらこの国のマスコミというのは狂人の集まりのようだな」
「元々マスコミというのはそうしたものですが」
 ハルダルトはいささかシニカルに答えた。
「マスコミは自分達の思いのままに情報をコントロールできる状況にある場合幻影を作り出します。そしてその幻影で世界を支配するのです」
「それは一千年前の話だろう?」
 それはアッディーンも知っていた。だが昔の話であった筈だ。
「それが今サラーフに甦っているのです。この国は実質的にマスコミのその幻影に支配されています」
「奴等が作り出した紛い物の英雄を崇拝してか。愚かな話だ」
「それが滅亡への道とは露程もわからずに。いえ」
 彼はここで言葉をとぎらせた。そして少し考えたあとで言った。
「連中は今度は我々にでも媚び諂うかも知れませんね。解放者とでも言って」
「断る。我々は解放者ではない」
 アッディーンはその言葉に憮然とした。
「同じサハラの者だ。何が解放者だ」
 サハラの者の特徴として連帯意識がある。これは同じ宗教を信仰していることがもとになっているがその為にそれぞれの国に所属しているという意識と共に『サハラの者』という意識が無意識のうちにあるのだ。これはかってのアラブ人としての意識と同じである。
 だからこそアッディーンはそうした言葉を胡散臭く思った。嫌悪感を露わにしたのだ。
「もしもの話ですよ」
 ハルダルトはそれを見て苦笑した。
「そえでもいいそうだな、実際に」
 しかしアッディーンの表情は変わらない。
「それはそうですが」
 ハルダルトも顔を引き締めた。
「話を聞いているだけだが」
 アッディーンはその表情のままで話を続けた。
「そうしたマスコミは何かしらで潰しておいた方がいいな。サラーフを腐らした後はオムダーマンも腐らせてしまうだろう」
「ですがそれは言論弾圧になりますよ」
「それはそうだが」
 オムダーマンは共和制である。そして議会は普通選挙により選ばれる。言論や表現の自由も憲法で保障されているのである。
 従って彼等はそうした言論弾圧には敏感である。無論賛成なぞしない。
「よく考えるとオムダーマンではネットも発達している。その心配はないか」
「はい、それに連中の末路は私には容易に想像がつきますし」
「というと!?」
 アッディーンは尋ねた。
「それはこの戦いの最後にわかりますよ」
 ハルダルトはそう言うと満面に笑みをたたえた。
「そうか」
 アッディーンはそれがどういう意味かわからなかった。ただ秘書の話を聞くだけであった。
「我々が何かする必要はないということか」
「はい、連中はアッラーが裁きます」
 ハルダルトの言葉は的中する。そしてアッディーンは彼の才に大きなものを見ることになる。

 サラーフとオムダーマンの戦いは直接剣を交えるものではなくなっていた。だがそれは今のところではあってそれがすぐに剣を交えたものになるのは誰の目にもあきらかであった。
 サハラ各国はそれを注意深く冷静に見守っていた。特に北方にいるあの男は。
「そうか、ナベツーラ派が出て来たか」
 彼はその情報を訓練中の艦橋で聞いた。
「はい、今度の選挙の結果次第では政権を握りかねない勢いです」
 参謀の一人がそう報告した。
「選挙の結果では、か。では今の政権担当者達は相当焦っているな」
「はい、何とかして得点を稼ごうと躍起になっているようです」 
 その参謀はそう言った。
「ふむ、では近いうちに会戦があるな」
 シャイターンはそれを聞いて言った。
「得点を稼ぐには外敵を叩くのが最も効果的だ。そして丁度その外敵が領内にいる」
「それが一番でしょうね」
「そうだ。だがそれに失敗したら今の政権は確実に崩壊する」
 シャイターンの声は冷徹であった。
「そしてナベツーラが政権を掌握する。奴のことだ、軍も自身の息のかかった者達で固めるぞ」
 彼はナベツーラのことをよく知っていた。勿論いい話は聞いていない。
「そうなればこの戦いの行方は決まったも同然だ」
「つまり今度の会戦がサラーフの命運を決するのですか」
「そういうことになる」
 シャイターンは答えた。
「我々が動くのはそれからでいい。まずは」
 シャイターンはここで窓の外を見た。そこには幾千万の銀河の星々が瞬いている。
「ここでの基盤を固めなければな」
 訓練から帰ると彼はハルーク家の未亡人との婚約を発表した。これにより彼は北方での揺るぎない地位を手に入れることとなった。 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その一


                  獅子身中の虫
 この時サラーフは混迷した状況にあった。オムダーマンの侵攻を受けて焦土戦術をとってはいるものの彼等がムスタファ星系に足掛かりを築いた為それが期待するような効果をあらわしていないのである。
 だが彼等はオムダーマン軍と正面から戦おうとはしなかった。敵将アッディーンの将としての資質はよく知られており彼が率いるオムダーマン軍の強さも身に滲みていたからである。やはりカッサラとブーシルでのことが彼等の脳裏には強くあった。
 従って彼等は焦土戦術を執り続けた。それと同時に戦力を回復させることに努めていた。要するに持久戦に持ち込んでいたのである。戦略としては間違ってはいない。
 だがマスコミにそれがわかる筈もなかった。特にサラーフのマスコミは目先のことしか考えられず常に世論をミスリードしてきた。そして今もそうであった。
『何故逃げるのか』
『弱腰がもたらしたこの惨状』
『すぐにオムダーマンを叩け』
『侵略者を追放せよ』
 こうした扇情的な報道が連日繰り返された。彼等はことあるごとに今の政府及び軍の首脳の弱腰を批判しナベツーラ派を持ち上げた。
 これに気をよくしたのがナベツーラであった。彼はマスコミの支持を背景に口をきわめて今の政府を批判した。それを批判と呼んでいいのだろうか。最早それは罵倒そのものであったがマスコミはそれを『見事な反論』『与党を論破』などと賛美した。
 そして軍ではミツヤーン派が台頭していた。彼等もまたナベツーラ派であり今の軍首脳部の戦略を批判していた。そしてさかんに強硬策をぶちまけていた。
「どうだ、軍の方は」
 ナベツーラは自らの率いる政党のビルの党首の部屋において取り巻き連中と話していた。
 葉巻を吸っている。かなり高価なものなのだろう。その香りは普通のものより遥かに強い。
 その目は鋭い。いや鋭いというよりは禍々しい嫌な光を放っている。マフィアの首領の目に近いだろうか。そしてブルドッグをさらに醜くしたような顔をしている。髪は黒々としているが何を考えているのかアフロにしている。当然全く似合ってはいない。
 この醜悪な老人がナベツーラである。マスコミの寵児にして野党の党首である。
 鋭い弁舌と確かな識見で知られている。その判断は果断にして素早く今やサラーフの次の指導者である。
 というのがマスコミの評価である。だがそれは幻想に過ぎない。
 実際のこの男には識見なぞ存在しない。政治家になったのは家の豊かな資金とコネの為であり政治家になってからは権力闘争にのみ執着していた。彼の政治とは権力に他ならなかった。
 そしてその過程で数多くの政敵を葬ってきた。彼と党の幹部を争った議員が不審な死を遂げたこともある。そして袖の下にも極めて貪欲である。だがマスコミはそうしたことを今まで一切報道してこなかった。ただひたすら彼を褒め称えるだけであった。
 そうした人物の取り巻きといえばまともな人物がいる筈もない。実際は彼の周りは腐敗しきっていた。だがマスコミは例によって全く報道しなかった。
「そちらも順調です」
 彼の前にいる軍服の男もその一人であった。出っ歯で異様に大きな眼鏡をかけている。そしてその顔の形はまるでひしゃげたスプーンである。この男の名をホリーナムという。マスコミの評価では『天才軍師』である。階級は大将である。
「ミツヤーン閣下の工作は既に軍の首脳の殆どに対して成功しております」
 この工作とは要するに買収である。ホリーナムは臭い息を撒き散らし下卑た笑い声を出しながら報告した。
「そうか。ではいずれ奴を元帥にしてやらなければならんな」
 それを聞いたナベツーラは口の端を歪めて言った。
「オムダーマン征伐軍の総司令官には元帥が相応しいだろうしな」
「ごもっともです」
 ホリーナムは諂いの言葉を出した。
「そして御前は参謀総長だ」
「有り難うございます」
 彼は碌に磨いておらずオレンジになった歯を見せた。
「キヨハーム達は艦隊司令だ。これで我々が功績を独り占めすることができる」
「はい、喜ばしいことです」
「あのアッディーンという若僧だがな」
 彼はここでようやくその敵であるアッディーンの名を口にした。
「俺が見たところ大した奴じゃない。どうせ運だけで勝っているような奴だろう。そんなに怖れることもない」
「はい、私もそう見ています」
 これは本心からであった。彼はアッディーンのことは碌に調べてはいない。そもそも彼は机の前にある書類を自分でサインしたり目を通したりはしない。全て部下に押し付けている。仕事が上手くいけば自分の手柄であり失敗したら部下に全てを押し付けている。
「俺が政権をとったらすぐにやってもらうからな。さっさとこのサラーフから追い出してしまえ」
「そしてその勢いで奴等自体も滅ぼしてしまいましょう」
「当然だろうが。いいか、容赦はするなよ」
 ナベツーラは机で葉巻の火を消して言った。
「途中何をしてもいいからな。徴収でも何でもやって勝て」
「わかりました」
 要するに掠奪を認めているのである。しかも自国領で。それがナベツーラやホリーナムの戦争であった。
「徴収したやつはいつも通り俺のところへ持って来い。そして山分けだ」
「はい、勿論ですとも」
「いいか、捕虜もとるなよ。宇宙へ蹴り出してしまえ。どうせオムダーマン軍には女なんていないんだ」
 これはサラーフもである。サハラでは女性は戦場には立たない。それどころか軍にすら入れないのである。これは女性差別ではなくサハラの者達の思想であった。戦争とは男がするものという考え方である。これは古来よりあったものである。とりわけイスラムでは。
「それは承知しております。キヨハーム達にもよく伝えておきます」
「もっとも奴等ならその前にやってくれるだろうがな」
 ナベツーラはそう言って新しい葉巻を取り出した。そしてその先を口で切った。
「どうぞ」
 ホリーナムは火を差し出した。ナベツーラはそれで火を点けた。
「ご苦労」
 礼なぞ言わない。当然と考えているからである。
「じゃああとはミツヤーンとよく話せや。俺は政治の方をやっておく」
「わかりました」
 ホリーナムは敬礼をすると部屋をあとにした。そして車に乗り参謀本部に向かった。
 参謀本部は軍の司令部にあった。彼は司令部に着くとそのまま参謀本部に入った。
「ミツヤーン閣下は何処だ」
 彼は敬礼をした若い将校に返礼することなく聞いた。
「ご自身の部屋におられます」
「そうか」
 彼はそれを聞くとそのままミツヤーンの部屋に向かった。ミツヤーンは今は軍の統帥本部長をしている。
 ドアをノックする。するとやたらかん高い声で入れ、という声が聞こえてきた。
「入ります」
 彼はそう言って部屋に入った。そして敬礼する。
「おお、話は聞いているよ」
 目の前の机には一人の男が座っていた。軍人とは思えない程肥満した小男でありその険しい目は何やら偏執狂めいている。肌の色は不自然に黄色く身体全体が脂ぎっている。まるでサハラ南方によく生息する毒蝦蟇だ。
「参謀総長になるらしいな」
 あのかん高い声であった。聞いているだけで不愉快になるような耳に障る声である。
「はい、閣下が総司令官です」
「いいな、何度聞いても」
 ミツヤーンはそれを聞いて目を細めた。
「ええ。今まで我々は何かと冷や飯を食わされてきましたから」
 軍の首脳部は今まで彼等を要職に就けようとしなかった。何故か。簡単である。無能なうえにその職権を乱用して私腹を肥やすからである。そうした人間を好んで使う者はまずいない。
「だが遂に時が来た。これからは思うがままだ」
 この男は戦争のことも祖国のことも何一つ考えてはいない。
「はい、さしあたっては前祝といきますか」
 それはホリーナムも同様である。自分達のことしか考慮に入れていないのである。
「うむ。まずはこれから出撃する連中の敗北を祈ってな」
 しかも友軍の敗北まで願っている。そうした連中なのである。
「では今日はハメを外しましょう」
「ああ。他の奴等も呼んでな」
 二人は勤務時間だというのにその場を離れた。そして取り巻き連中と共に朝まで騒いだ。彼等の為行きつけの店ある店は甚大な被害を受けたという。
 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その二


「オムダーマン軍の動きは止まっているようね」
 大統領との会談の為地球に来ていた伊藤は八条と会っていた。
「はい、どうやらムスタファ星系に留まっているようです」
 二人は国防省の八条の執務室にいる。そこで話し込んでいるのだ。
「ムスタファで何をしているのかしら」
「どうやらそこを拠点にするつもりのようですね」
 八条は答えた。
「成程ね。アッディーン提督は今までの戦い方を見ていると迅速な動きんばかり好むと思っていたけれどそうでもないようね」
「はい、私もこれは意外でした」
 八条は答えた。
「サラーフの首都アルフフーフを一気に衝くと思ったのですが」
「距離があまりにも遠いのじゃないかしら」
「彼もそれはわかっていたようです。だからムスタファに拠点を築いたのでしょう」
「焦土戦術を敷かれながらもね」
「はい、多量の工作艦及び補給艦であの星系の昨日をあっという間に戻したそうです」
「考えたわね。その話を聞くとどうやら事前にある程度サラーフの焦土戦術を予想していたみたいね」
「はい、私もそう思います」
「戦略も見事だけれど勘もいいわね。政治家になっても通用しそう」
「待って下さい、彼はサラーフの人間ですよ」
「あら、それは私もわかっているわよ」
「どうでしょうか」
 微笑んだ伊藤に対して八条は苦笑で返した。
「けれどこれでサラーフの焦土戦術は頓挫したわね。このまま自国領へ引き摺り込むつもりだったようだけれど」
「それができないですからね。必然的に今サラーフでは焦土戦術の是非を巡って意見対立があるようです」
「そうでしょうね。で、どっちが優勢なの?」
「反対派が強いですね。マスコミの支持も受けていますし」
「そうなの。だとすると今の政権も軍の上層部も焦っているでしょうね」
「はい。どうやら軍を動かすようです」
「やっぱり。まさかムスタファ星系奪還とか?」
「それは無理でしょう。今あの星系には常時十二の艦隊が駐留しておりますから」
 八条はそう言うと三次元地図を机の上に広げた。
「私はサラーフが動くのは別のところにおいてだと思います」
「どこだと考えているの?」
「そうですね。どうやらオムダーマン軍はブーシル方面から援軍を送るらしいですし」
 八条はそう言いながら指でブーシル星系を指し示した。
「その援軍を狙うのではないかと見ています」
「成程、それならムスタファ星系を直接攻めるより戦果は期待できるわね」
「はい、それに地の利もありますし」
 彼等はサラーフの側に立って戦略を検証していた。
「それで戦果を得たら政権争いにも優位に立てます」
「そうすれば今の作戦を継続できるしね」
「はい。正直今のサラーフではオムダーマン軍の侵攻をまともに受けられはしないでしょう。勝てたとしてもそのダメージは甚大なものとなります」
「やっぱりカッサラを奪われたのと二度の敗戦が響いているわね」
「そうですね。やはりカッサラを奪われたのが全てのはじまりでした」
「そういえばあの戦いでオムダーマン軍は苦戦していたそうね」
「ええ。ですが一隻の巡洋艦の活躍により戦局は逆転したそうです」
「その巡洋艦の艦長は誰かわかるかしら」
「アッディーン中佐です」
「あら、じゃあサラーフはまた彼にやられているのね」
「そういうことになりますね」
「中々凄いわね。それにしてもまだ若いそうだけれどそこまで活躍するなんて」
「連合、いや日本にいないのが残念のようですね」
「わかるかしら」
「そのお顔を見れば」
「ふふふ」
 彼女は笑っていた。学者出身であるせいか彼女は部下を育てることを好む癖がある。それは政策にも出ており教育にかける情熱は並々ならぬものがある。
「今の子達も期待しているけれどね。けれど生徒は多い方がいいわ」
「彼等は生徒ですか」
「あら、君だってそうだったじゃない」
「確かにそうですが」
 八条は苦笑した。その整った顔は苦笑の表情も美しい。
「ところで日本に一度戻らない?」
「今は駄目ですよ、連合軍を作らなければなりませんから」
「嫌ね、入閣してくれとかそういうのじゃないのよ。実は陛下からお呼びがあって」
「陛下がですか?」
 皇室はこの時代においても存続していた。この時代もやはり立憲君主国は存在しておりエウロパにおいても復権したハプスブルク家をはじめとしてイギリスやオランダ、スペイン等があるがこの連合においても存在している。マウリアのように藩王といったものはおらず皆その国の元首となっている。
 だが皇室の位置は特殊であった。他の君主達は『王』である。『皇室』と『王室』は似て非なる部分がある。
 それは格であった。皇帝は王よりも上位の存在である。中国では王は皇帝が承認するというものであった。皇族、若しくは特別な功績のある者しか王の位は与えられなかった。属国は王であった。これは皇帝の臣下であるということに他ならない。欧州でも同じである。欧州の皇帝はローマ帝国皇帝の後継者という位置付けであるが神聖ローマ帝国皇帝は王の上に君臨していた。フランス皇帝を名乗ったナポレオン=ボナパルトも諸国の王をその足下にひれ伏させた。
 だが欧州ではこうも言われる。
『皇帝には誰もがなれるが王には誰もがなれるというわけではない』
 この言葉は皇帝というものを考えるうえで重要である。今だにアメリカや中国の大統領を皇帝と陰口を叩く声がある。これは当然皮肉であるがその彼等も王とは呼ばれない。それも当然である。
 王はその血筋故に王となる。その血筋の者でなければ王とはなれない。ローマ皇帝は簒奪していようが推挙されようが帝位に就けば皇帝であった。神聖ローマもハプスブルク家が独占する状況においても尚選帝侯というものが存在していたことからわかるように(これは空位時代への反省であったが)選挙で選ばれるものであった。イギリス王家はインド皇帝となってもイギリス王であった。ドイツ帝国ができた時プロイセン王ヴィルヘルム一世は泣いたという。愛すべきプロイセン王の位から離れるからだ。彼は戴冠式では彼を皇帝にした決闘好きな大食漢の大男、鉄血宰相ビスマルクに声をかけることはなかったという。中国では皇帝は天命を受けた者であった。易姓革命の国である。要するに誰もが皇帝になれるのである。
 そうした意味で日本の皇室は王家である。だが同時に皇帝でもあった。それは全ての国が認めている。皇帝は複数の民族及び宗教の上に立つものだという条件もあるがそれも満たしていた。日本は古来より多くの宗教が並存し民族も多岐に渡っていた。単一民族というにはあまりにも混血した歴史がありそう言うには無理もあった。それにアイヌ系や沖縄系といった民族は銀河に進出してからも存在していた。その血はかなり混血してしまっていたが名は残っていたのである。言葉はもう文献の中にあるだけであったが。
 そうした存在でありこの連合においてもその位置は複雑であった。連合は緩やかな国家連合でありその中には多くの国家が存在する。中央の力が弱かったこともあり『神聖ローマ帝国』と揶揄する声もあった。だが国家元首は明確に存在していた。大統領である。
 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その三


 しかし皇室を持つ国があるのだ。話というか見方が複雑になる。
『連合大統領と日本の天皇はどちらが上位にあるか』
 そうした議論が長きに渡って繰り返された。
 天皇は日本の国家元首であり連合政府とは関係がない。だが皇帝という位置にある。大統領より皇帝は上位という位置付けが二十世紀より為されてきた。アメリカ大統領もローマ法皇や天皇に対しては特別な対応をしてきた。中国もアメリカ大統領を皇帝としてもてなしたことがあったが日本の天皇は明確に皇帝だと認識し常に対応してきた。それは他の国々も同じであった。王と呼び失笑を買った国まであった。
 だがいつもこう言われた。天皇は日本の国家元首であるが連合政府の大統領ではない。連合政府は連合を取り纏める中央政府であり全ての国家の上位にある。だが人として大統領と皇帝は対等にある、と。
 これがおおむねの意見であった。だが諸国家の国家元首では天皇は第一の位置に置かれた。あとエチオピア皇帝がそれに同列となっていた。タイ、ブルネイ、マレーシアといった君主達が続く。それから大統領だ。つまり連合の中の国家の元首の一人という位置付けが為されていたのである。序列は第一であるが。
 連合は確かに全ての構成国の地位も発言力も平等であると定められている。だがやはりそうした序列はある。これは国連の頃から一千年連合でもエウロパでも変わらない。幾度政権が変わってもだ。ちなみにエウロパでの序列はまずハプスブルク家ことオーストリア王家が筆頭である。その次にイギリス王家である。
「そうよ、君に是非お渡ししたいものがあるとか」
「陛下が私に。一体何だろう」
 彼はふと考えた。この時代女帝は復活している。日本は元々その神話の主神が太陽神であるアマテラスオオミノカミであったことからもわかるとおり女帝に対して抵抗のない国であった。エウロパの主要国の一つであるイギリスのジンクスとして『イギリスは女王の時に栄える』というものがある。これはエリザベス一世の頃から言われているのであるがどうも実際はそうではないようだ。エリザベス一世の頃は確かに彼女の卓越した政治手腕はあったがあまりにも内憂外患に悩まされ続けしかも財政は慢性的な危機にあった。シェークスピアという偉大な作家だけで語れるものでもない。アン女王の時は先にジェームス一世というスコットランド王兼イングランド王がいたのでその統一は既にあった。ビクトリア女王の時もその晩年には翳りがあった。エリザベス二世の頃はさらに精彩がなかった。これはマスメディアが面白おかしく書きたてたせいでもあるが元々悪人とは到底言えない人物ばかりの当時の王室ファミリーを変に思い過ぎた。元皇太子妃の謎の死もあったがこれは既に真相がわかっているということになっている。あれは事故だったということに。ただし信じている者は少ない。
 その後もイギリスには女王が出てきた。十人程だろうか。しかしかっての勢いは戻らなかった。エウロパの一国として存在するだけである。それでもエウロパでの地位はかなり高いのであるが。
 さて日本の女帝であるが十九世紀後半から二十一世紀前半にかけて皇室典範で皇位継承は男子のみに限るとあった。だがそれは時代の流れと共に変わった。というよりは元に戻っただけであったが。
 世論は女帝を容認した。そして国会の決議もあっさりと通った。反対派は不思議な程少なかった。前例が既に十代八人もおられまた男女同権の意見にもあっていたからである。
 それから女帝が何人も誕生された。宮内庁、後に宮内省となったこの頭の硬い役所もそれまでの騒ぎは何処へ行ったのやらこれまで通り儀礼を行なった。
「それは行ってみたらわかることよ」
 伊藤は微笑んで彼に言った。
「何かご存知ですね」
 彼は伊藤のその微笑を見て本能的に悟った。
「ええ。ただしそれは行ってからのお楽しみよ」
「そうですか」
 どうやら大統領の方には話が既についていたらしい。彼はすぐに地球を発ち日本へ向かった。いや、この場合は戻ったといった方がよいのかも知れない。
 日本の首都は京と名付けられていた。天皇の座す都として存在している。政治の中心は議会のある八幡、経済の中心は美原星系にある。この京は国家元首の鎮座する、そういった意味での首都であった。いや帝都と言うべきか。
 不思議な風景であった。近代的なビルが立ち並ぶがそれと共に古風な、日本の平安時代や江戸時代を思わせる建物も並んでいる。これは主に儀式の際に用いられる建物だ。
「何かここへ来ると懐かしい気持ちになるな」
 八条は空港を降り立って車に向かいながら思った。そして車の中からその古風な建物を見ていた。
「いつも思うけれどこうした建物を見ると心が和むね」
 彼は運転手に対して言った。
「はい、何といっても我々の古来の建築様式ですから」
 彼は運転しながら答えた。彼の肌はやや黒い。アフリカ系の血が入っているのだろう。だがその心は日本にあるようだ。
 やがて皇居に着いた。所謂宮殿であるが他の国々の君主達の宮殿とは違う。それ程大きくはなく木造である。木は檜を使用しているようだ。そしてその装飾も極めて質素である。
「これが世界のエンペラーの家だとはな」
 八条は皇居を見て心の中で呟いた。皇帝の宮殿と言うにはあまりにも小さい。別荘といってもまだ足りない程だ。装飾もなく中にいる侍従達の服装もかっての平安期の服を復活させており極めて慎ましやかである。これがこの皇室の伝統であった。
 本当に歴史と伝統があるならば無闇に飾る必要はない、代々の天皇はその生活をもって無言でその意思表示をしてきた。かって明治という日本の危急存亡の時に若くして即位しその象徴であり続けた明治天皇は粗食で知られ軍服の裏が破れていても替えることなく縫ってまた着た。
 その後日本の皇室の在り方を今尚指し示す天皇が即位した。
 昭和天皇。明治天皇が『大帝』と称されるのに対してこの帝は『賢帝』と称されている。
 若くして当時世界の政治、経済、そして文化の中心であった欧州を訪問した。そこで彼は立憲君主制に触れ生涯その立場を守り続けた。君主はどうあるべきか、それを最もよくわかっておられた方であった。
 常に国民(陛下は最後まで臣民だと考えていたが)のことを案じ続けておられた。そして日本は世界においてどのようにあるべきか、そして皇室とはどうあるべきか。それを常に考えそれを行動により示し続けてこられた。その思慮深く慎重な性格と誠実な人となりが国民に愛され世界の尊敬を集めた。その彼が皇室の在り方を定めたのである。
 帝の生活は質素であった。崩御の際その寝室をはじめて見た時の首相が大いに驚いたという。
 帝の示された皇室の在り方はそれから皇室の範となった。そして今も残っているのだ。
「流石というか何というか。それ程偉大な方だったのだな」
 彼はその昭和天皇について考えていた。前には案内役を務める侍従が歩いている。
 廊下も檜である。一見火の回りが速そうであるがどうやらコーティングは為されているようだ。
 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その四


「暫くお待ち下さい」
 侍従は謁見の間の前の部屋に彼を案内してそう言った。
「わかりました」
 彼は頷くと勧められた席に座った。ここも和風の部屋である。椅子はなく座布団が置かれている。
 彼はその一つに座った。そして侍従が戻って来るのを待っていた。
「お待たせしました」
 侍従が戻ってきた。そして彼を謁見の間に案内した。
 そこは不思議な部屋であった。下は木であるが和洋折衷の感じがした。それ程広くない部屋の左右に侍従達が控えている。彼等もやはり昔ながらの古風な服装である。
 そして中央に玉座がある。二段程高くしたところにあるその玉座はやはり質素であった。普通の黒い木造の玉座である。
『玉座はその座る者によってその価値が決まる』
 誰が言ったのか八条はこの時は忘れていた。だがふとその言葉を思い出した。
 その質素な玉座の上に天皇が鎮座していた。
「連合中央政府国防大臣八条義統殿でございます」
 天皇のかたわらに控える侍従長が天皇に上奏した。
「はい」
 天皇は答えられた。その間八条は頭を垂れたままである。
「八条殿、顔をお上げ下さい」
 天皇は八条に声をかけた。静かで澄んだ若い女性の声である。
 八条はそれに従い頭をゆっくりと上げた。そして天皇を見た。
 玉座には一人の小柄な少女が座っておられた。
 礼服を着、頭には小さな冠がある。髪は長く黒く後ろに垂らせている。化粧は薄くあまりそれを感じさせない。
 幼さが残っているが非常に整った顔立ちをしている。気品が溢れ何処となく威厳も感じられる。
 彼女が今の日本の天皇後明正天皇である。歳は二十二、昨年崩御した父帝の後を継ぎ即位したばかりである。天皇となってまだ日は経っておらず即位の礼もまだである。
(まだお若いというのに)
 八条は彼女を見てふとそう思った。彼は彼女の歳にはよく遊んでいたものだった。
(遊びたいと思われる時もあるだろうに。けれどこうしてご自身の責務を務めておられる)
 彼は皇室を深く敬愛していた。そしてこの女帝のことも敬愛していた。
「八条殿、よく来られました」
「陛下のお招きに応じまして」
 彼はそう言って頭を垂れた。彼は日本人である。その心はやはり日本にあり天皇にある。だが今は連合にいる。だからこそこうしていささか他人行儀に呼ばれているのだ。
「地球はどうですか」
 帝は尋ねてこられた。
「温かく過ごし易いです。ですがやはり住み慣れた場所が一番ですね」
 彼は微笑んで答えた。
「そうですか。ではこの京はどうですか」
「素晴らしい星です。何と言いますか故郷に戻って来たようです」
「それは何よりです」
 帝はそれを聞いてにこりと微笑んで答えられた。当然彼女も八条が日本人であることを知っている。前の国防大臣であったのだし。
「八条殿は寒いと感じられますか?」
「?いえ」
 彼はその言葉に少し驚いた。
「胸が寒いとかは」
「そうは思いませんが」
「見たところその服装では胸が少し寒そうです」
 彼はスーツを着ている。だが本当に寒いとは思っていない。
「陛下御言葉ですが」
 彼は帝の真意がわかりかねていた。そして言おうとしたその時である。
「あれを」
 帝は侍従長に対して言われた。
「わかりました」
 侍従長は頷くとその場を退いた。そして黒い箱を恭しく持って姿を現わした。
「あれは・・・・・・」
 漆塗りの箱であった。かなり古風である。
「これは私からの贈り物です」
 帝はそう言うと玉座を立たれた。そして侍従長から箱を受け取られその中身を取り出された。
「陛下、そのようなことは」
 君主は無闇に玉座を立つものではない。如何に若いといえども君主なのである。
 だが帝は八条の制止にも関わらずその箱の中身を持たれ八条の方へ歩み寄られた。その手には金色の勲章があった。皇室の紋章である菊をかたどってありリボンは紫である。
「それは・・・・・・」
 彼もその勲章は知っていた。日本で最も位の高い勲章である大勲位である。
「八条殿、貴方の功績を称えこれをお渡しします」
 帝はそう言って八条の左胸に大勲位の菊を御自身の手で着けられた。
「陛下・・・・・・」
 これには流石の八条も驚きを隠せなかった。この若さで大勲位を授けられたという話は聞いたことがない。ましてや帝御自らの手で。
「連合軍設立と今までの働きはこの連合の平和にどれだけ貢献したかわかりません。その功績を称えこれを授けます」
「しかし私はまだこのようなものを頂く程のことは・・・・・・」
「八条殿」
 ここで帝は言われた。
「これからの功績もあるのです。それを考えるならば当然です」
「そうでしょうか」
「はい。連合軍の設立はそれだけの大きな意義があると聞いています。その存在が連合三兆の市民にとってどれだけ有り難いかということも」
 どうやら総理が陛下に何か言上したな、と察した。
「これからも頑張って下さい、連合の平和の為に」
「わかりました」
 こうした若い女性に頼まれるとやはりいささか弱い。八条は半ば条件反射的に答えた。
 こうして会談は終わった。八条は帰り道に八幡の首相官邸に立ち寄った。
「あら、珍しいわね」
 伊藤は彼の姿を見ると微笑んで答えた。
「何言ってるんですか、私が来るということはわかっているでしょう?」
 八条はすこし苦笑して問うた。
「ふふふ、確かにね」
 伊藤は笑って答えた。
「何故ここへ来たのかはわかっているわ。大勲位のことでしょう?」
「はい。陛下にそのことを言上したのは総理ですね」
「そうよ」
 伊藤は答えた。
「君の今の功績を考えると当然じゃないかしら。大統領にも渡されているわよ」
「それは初耳です」
 八条は言った。
「まあまだマスコミには発表していないけれどね。ネットでもまだ出ていない話だし」
「私が授けられる前にですか?」
「そうよ。大統領より先に渡される筈がないでしょう?まずは大統領、そして首相に陛下御自ら御渡しされたのよ」
「そうだったのですか。そういえば一週間前陛下が大統領と会談されていましたが」
「ええ。表向きは宮中晩餐会だったけれどね」
 やはり晩餐会はこの時代でもある。とりわけ皇室の晩餐会は格式が高いことで知られている。ここで失敗した場合元首だけでなくその国自体の器も見られてしまう。それだけに気の抜けない重要なイベントである。
「その時に渡されたのですね」
「そうよ。君が地球に戻ったら発表される予定よ」
「そうだったのですか。ところで」
「何?」
 八条はさらに問うた。
「何かお考えがありますね。我々に大勲位を授けるよう陛下に申し上げたのは」
「当然よ」
 伊藤はその質問に対し笑みで答えた。
 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その五


「どのようなお考えでしょうか」
「権威ね」
 彼女は答えた。
「権威ですか」
「そうよ。この前根回しした旧太平洋諸国だけれどね」
「はい」
「やっぱりまだ不満に思っているのよ、連合軍の存在を」
「やはりそうですか。実際旧中南米やアフリカ諸国の方が連合軍には協力的でしてね。我々も手を焼いているというのが現状です」
「でしょう?だから私は陛下に申し上げたのよ。貴方達がやり易いように箔をつけようって」
「箔ですか」
 実は八条はあまり箔というものが好きではない。そんなものより実力をつけることを優先させようという考えの人物なのである。軍人出身特有の考えだ。
「君はあまりそうしたものは好きではないようだけれど」
「はい」
 隠す必要はない。彼は率直に答えた。
「けれどね、政治の世界はちょっと違うのよね。ほら、権威主義ってあるじゃない」
「はい」
「そういうのに弱いところがあるのよ。実際に権威に弱い人も多いし」
 その通りであった。人はやはり権威があるとそれに対し身構えるところがある。権威主義を無視できる人も当然いるがそうでない人も多いのだ。
「そうした人達にはね、こうした勲章ってかなり効くのよ」
 実際に日本の天皇が与える勲章は連合各国でもかなり位が高い。アメリカや中国、ロシアといった国の勲章よりもだ。やはり大統領に渡されるより古い歴史を持つ皇室からもらった方が嬉しいものだ。
「それが胸にあるだけでも引く人はいるわ。それだけでかなり違うわよ」
「そんなものですかね」
「流石にアメリカや中国の大統領には無理だけれどね。けれど提督や省の次官クラスにはかなり効果があるわ」
「はあ」
 八条は珍しくわかったような、わからないような返事をした。
「そうしたクラスへの仕事がすんなりいくだけで今までとは全く違うわよ。まあこれからそれはよくわかるわ」
「そこまで仰るのでしたら」
 八条は納得してみせた。そして彼は首相官邸をあとにし地球へ戻った。
 すぐに大勲位を授けられたことは発表された。マスコミは殆どがそれをトップニュース扱いにした。雑誌やネットでも様々な議論が交あわされ多くの意見が出た。中にはこれは連合内での地位の向上を図る日本の深謀遠慮があると言った者もいた。
「合っているといえば合っているが」 
 八条は仕事の合間にネットを覗き込んで呟いた。
「そうしたことを考慮に入れない政治家はまずいないしな」
 その通りであった。やはり政治家は国益を第一に考えるものだ。ごく稀に例外もいるが。
「しかし我が国の地位はもう磐石たるものだが」
 そうであった。日本は連合設立以来のメンバーでありその国力も高い。アメリカ、中国、ロシア等と肩を並べる。その発言力もかなりのものであった。
「これ以上は望んでも上はない。まあ他の国を牽制する必要はあるが」
 彼はそう言いながらパソコンを叩いた。
「それよりも今回は日本から連合へのプレゼントという意味が大きいな」
 彼はそこで棚に置いている大勲位へ目をやった。
「総理の言われる通りだ。提督や次官クラスなら確実に言う事を聞いてくれるようになった」
 実際に非協力的な人物も多きそれが悩みの種だったのである。
「これで仕事は今までよりずっと順調に進むようになった。面白いように話が進む」
「これが大勲位の力でしょうか」
 側で仕事をサポートする秘書官が言った。
「だろうな。まさかこれ程までとは」
「嬉しいようですね」
「それでもこうした勲章は好きではないがな」
 彼はそう言って少し表情を暗くさせた。
「胸を飾るものは好きではないし。それに」
「それに・・・・・・!?」
「私は権威主義は好きではないんだ。どうもそれで人の評価を見誤ってしまいそうだからな」
「確かにそれはありますね」
 秘書官もよく話がわかっている。
「君も同じ意見か。軍人は案外権威に弱くてな。階級社会のせいだろうが」
「それは仕方ありませんよ。階級があってはじめて指揮系統が成り立つのですから」
 軍とはそうしたものである。統率がとれ、的確に動くには命令系統が整っていることが前提である。そうでなければ近代国家の軍は動かない。それは一千年前に確立されたものである。
「そうした意識が権威主義へ繋がるのか。一種の職業病だな」
「ですね。閣下はやはりよくおわかりのようですね」
「ああ。仮にも軍にいたからな」
 彼はそこで日本軍の将校を勤めていた頃を思い出した。
「あれで軍人というのも大変だがな。来る日も来る日も訓練と事務仕事に追われる毎日だ。気の休まる暇がない」
「案外これでデスクワークも多いですからね」
 秘書官は苦笑してチェックを終えた書類を八条に手渡した。
「軍人には二つの戦争相手がいると言われるからな。一つは目の前の敵。そしてもう一つは」
「書類の山」
「そういうことだ。全く、今の我々の敵は宇宙海賊やテロリストだけじゃない。こうした書類の山も敵だ」
「どちらが厄介かは中々断定できませんね」
「ああ。あの勲章は紙の敵に対する強力な援軍となっているな」
 彼はそう言うと微笑んで勲章をもう一度見た。
「では使わせてもらうか。戦いを有利に進める為に」
「はい」
 以後連合軍の業務は以前に比して比較にならない程順調に進む。そして彼等はその戦力を急激に整えていった。
 これを快く思わない者達も当然いる。連合国内の各国にもそうした国々は多い。だが彼等は少数で装備も劣るが独自の軍を持つことを許され経済や貿易には何ら統制を受けなかったので表面的には好意的であった。それにどの国も選挙で結果が出ていた。これが覆るにはもう一度選挙をしなければならない。だが今や連合国内の治安を大幅に向上させた連合軍の支持は高く、また時代の流れもある彼等の支持は高かった。それに連合中央政府の軍の必要性は連合設立当初より言われてきたことであった。一千年も設立されなかった方がおかしかったのである。
 設立されなかった事情は各国がそれぞれ軍を持っていたからである。ことあらば彼等が一致団結すればよい、という意見も根強かったのである。またその軍の数だけでもエウロパやサハラ各国には充分な脅威であり外敵の心配はなかった。そう、外敵の心配がなかったのである。ここに連合軍不要論の根拠があった。
「エウロパもサハラ各国も我々を攻める力はない。各国の軍があればそれでいいではないか。宇宙海賊の取り締まりもそうだ」
 こうした意見であった。だが各国の軍はそれぞれの領域でしか動けなかった。連合は条約で各国の軍の相互の領域の交通を認めていたがそこで使用する設備の基準や補給の関係でトラブルが頻発した。各国はそれぞれの事情に合わせ兵器を開発していたのだ。これは当然のことであったが。
 だがそれが厄介な事態を招いた。兵器の互換性がないというのは致命的であった。徐々にそれも整備していったが時間がかかった。そしてやはり各国の縄張り意識というものが影響し連合内で軍は容易に自由に通行できなかったのだ。
 これが結局宇宙海賊の跳梁跋扈を許した。彼等は軍が来ればその軍の勢力圏外に逃げればよかったのである。その為海賊は中々根絶できなかった。
 連合が経済や貿易を優先させるということも影響した。軍港は普通の港とは違う。まず整備は港からで軍港のそれは遅れた。経済や通商、貿易のことは迅速に解決が計られるのに対して軍事はなおざりになりやすかった。こうして一千年もの間連合国内は軍事にあまり関心を持たずにいられた。宇宙海賊やテロリストの存在はあるが連合国内は食べるものにも職にも困らなかった。一旗あげたければ開拓地に行けばそれでよかった。少なくとも大規模な農園は持てる。こうした状況が軍の整備を遅らせる原因となった。
 宇宙海賊にしろ時代により増えたり減ったりする。これは当然である。事業に失敗して借金に追われたり何をしてでも大金持ちになりたいといった邪な考えを持つ者がその主流であった。もしくは他にいられる場所のない者か。そうした連中は何時でも何処でもいるものである。問題はこうした連中が正義やもっともらしい言葉を振りかざした場合である。
 そこに賛同する愚か者も出てくる。市民団体の一部である。厳密には彼等は真っ当な市民ではなく海賊と結託し彼等に金を貰っている犯罪の共犯者である。テロリストと結託している者もいた。
 こうした連中も連合軍の設立に反対し続けた。言う大義名分は見事なまでに美しかった。
『連合各国の自主性を汚すな』
 確かにそうした意見もあった。だがそれは本心から連合の自主性を尊重した言葉であり彼等は連合のおおらかな気風を愛していた。だがこの連中が愛していたのは海賊から貰える金であり自分達が正義の味方をして世の中に出られるという虚栄心であった。こうした連中が長い間連合の中にいたのである。
 その問題は長きにわたって指摘されてきた。だが彼等も狡賢く容易に尻尾は見せなかった。時として海賊が捕まり彼等との関係が暴露されることはあったが全てがそれで終わるわけではなかった。一つ潰せばまた一つ、といった具合にこうした輩は出てきた。そして潰えることがなかった。
「要は宇宙海賊がいなくなればよいのだ」
 言うのは容易かった。だが連合において宇宙海賊は宿唖でありそうそうおいそれとは解決できるものではなかった。それでも次第に法整備から進められていきキロモトが大統領になった時にようやく連合軍が設立された。実に一千年の時をかけてである。
「経済や貿易に費やす努力の百分の一でも向けてくれればすぐに設立されたものを」
 こう言う者もいた。だがそれもまた連合の事情をよく知らない言葉であった。
 連合は各国の自治、発言力が強い。その為その調整に多大な労力を費やす。そして経済や貿易だけではないのだ。教育や保健、通信等やるべきことは多い。何しろ広大で今は二兆の市民がいる。その生活を守る為にはどうしても軍のことは後回しになってきた。治安も宇宙海賊に対してだけではない。それぞれの星の治安も重要であった。もっぱら宇宙海賊は通商船を狙う。星はまた別だ。星の治安も重要であったのだ。
 宇宙海賊は確かに厄介だが彼等は個々の力は微々たるものだ。それに出る宙域も限られている。そこをどうにかすればよい、という発想であったのだ。
 だがこの考え方では限度があった。先にも述べたが一つ潰せばまた一つである。各国が自分達のテリトリーに海賊が出没したならばこれを叩くということをしてきたのだ。それで通商は一応は守られる。経済もだ。だが根本的な解決ではない。やはり統一され迅速に動ける中央軍の必要が強く錦されるようになってきていたのである。
 そして遂に連合軍が設立された。これにより海賊は連合全域において極端にその数を減らした。これには海賊の投降と連合軍への参加を呼び掛けた戦略も大きく効を為した。当然彼等は規律から厳しく叩き込まれたがそれにより彼等は海賊から軍人へと大きく変貌を遂げた。そして海賊に怯える人々は減っていった。
 だがこれを快く思わない者達もいた。
「これでは我々の裏の顔がいずれ白昼の下に晒されることになるぞ」
 密かにこう考える者達がいた。その海賊達と結託していた市民団体の構成員達である。
 彼等は今まで口では連合の自主性だの海賊の人権だのを主張してきた。だが実は海賊と組んで私腹を肥やしていたに過ぎなかったのだ。
 無論そうした連中であるからテロリストとの関係もあった。今現在テロリストの掃討も進められており彼等の勢力は大きく減少しようとしていた。
 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その六


「どうすればいい?」
 彼等のある者達は密室で会談していた。
「どうすると言われても」
 だが誰もよい案が思い浮かばない。だがここにある者がやって来たのである。
「そういう時にはうちの力を使えよ」
 見ればテレビ局に勤めている構成員の一人である。こうした団体はよくマスコミに顔を出す。何故ならマスコミにも彼等の仲間がいるからである。
「うちのテレビ局、いや系列会社を総動員してキロモトや八条を叩く。これはかなりの効果があるぞ」
「そうか、マスコミの力を使うのか」
 彼等はそれを聞いて顔を明るくさせた。
「そうだ、サラーフみたいにな」
 サラーフのマスコミの力は彼等も知っていた。連合のマスコミは各国ごとに分かれているがつながりはある。もっともその企業の考え方や契約によるものであり全てが同じというわけではないが。中にはセンセーショナルなスキャンダルを好むところもあればおかたいところもある。ある政党に好意的なところもあれば別の政党に好意的なところもある。スポーツのチームにしても然り。企業家向けのところや農家向け、商人向け、ビジネスマン向けと職種ごとにも分かれていたりする。こうしたふうに連合国内のマスコミは複雑に分かれ繋がっている。なかにはこうした市民団体向けのところもあるのである。だがこうした市民団体向けのマスコミの発言権はマスコミの中では強い。やはり『良識』というものを標榜しているからであろうか。人々はこの文字に弱い。だがサラーフと違うのはネットの存在も強くマスコミだけが発言し、情報を持っている
というわけではないことである。だが彼等もまたネットを使う。
 ネットにおいても彼等は暗躍した。こうした謀略はお手のものである。
「八条の黒い関係」
「軍での八条」
 こうした匿名の中傷記事を流し続けた。そして彼の失脚を図ろうとした。
 だがそれは全て失敗した。それ等は全て根拠のない捏造であるとすぐに論破されていった。
 軍の中にも八条をよく知る人物が多くいた。彼等はその人となりをよく知っていたのだ。
「あまり面白みのない男だが」
「女性の話がやけに少ない。あれ程の男前が」
「もしかして男色家ではないかと思ったことはあるが」
 そうした話は出ることはあったがおおむね彼の評判はよかった。彼は軍人としても真面目で有能であったのだ。
 そして黒い関係もなかった。彼は意外にも資金には困っていなかったのだ。
 彼の家は名家である。代々大きな土地を持ち企業も幾つか持っている。政治活動をするうえでも一向に差し支えない程にあったのである。
 それに彼は軍事畑を歩いていたのでそうした裏の世界には疎かった。軍需産業というのは技術投資の割にはあまり採算がないのである。特に日本の軍需産業というのは他の大国と比べるとあまりに勢力が小さかった。
 それはよく識者達から指摘されていた。費用のわりには性能は落ちるのではないか、と。
 実際は日本の兵器の質は高かった。だが少数生産でそのうえ他国に輸出もしないのであまり需要がなくほぼ手作りだったのである。今彼等は連合中央政府の受注した兵器を製造している。兵器の開発は連合においては国防省の技術部が行なっている。統一された兵器を開発する為だ。
 結局ネットによる中傷は失敗した。次に連中が仕掛けたのはマスコミによるネガティブキャンペーンである。これも実に古典的な方法である。
 印象操作や記事の捏造、改竄を行い放送を編集して流した。これにより八条を不当に貶めようとしたのである。マスコミの常套手段でありサラーフのマスコミもよく行なっている。
 だがこれも失敗した。その捏造や改竄が暴露され逆に糾弾されるようになったのである。
 今度は彼等に疑念が降りかかってきた。
「何故ここまで八条を攻撃するのだ?」
 ちなみに当の八条は意に介さず、であった。彼は元々マスコミにどう思われようが気にしない人物であった。そしてただ自分の仕事を進めていくだけであったのだ。
 これが逆に効いた。マスコミだけがムキになりその異様さが浮き彫りになったのだ。
「おかしくないか?」
 ネットで彼等はそう指摘された。
「八条にいられると何か不都合でもあるのか?」
 そして誰かが調べはじめた。そのマスコミの構成員と人物関係を。そして驚くべきことがわかったのである。
 彼等はとある市民団体と密接な関係にあった。これは以前より指摘されそれを批判されてきていた。そしてその市民団体のメンバーの交友関係もわかった。
 何と彼等のメンバーの多くはテロリストのメンバーと交遊であった。これは彼等が学生時代に知り合った関係でありその資金もテロリストからによるものが多かった。テロリストはよく密輸や麻薬の密造で資金を得ていた。反権力や革命を唱える者達の正体は犯罪者であったのだ。
 そして宇宙海賊ともつながりがあった。彼等の中に海賊と親戚の者がいたのだ。
「何だこりゃ、テロリストや海賊と関係があるのかよ」
 そうした意見がネットに集まった。
「よくあることだ」
「むしろ充分考えられたことだろうが」
 ネットでそうした意見がまじあわされることになった。そしてそのマスコミと市民団体は次第に追い詰められていった。
 そして彼等は遂に警察の捜査を受けた。この時代マスコミは聖域ではなかった。そうした風潮がその権力集中と腐敗を招いたことを皆知っていたのである。
 捜査の結果そのマスメディアと市民団体、そしてテロリストや海賊との関係が暴露された。彼等は裁判にかけられ実刑判決を受けた。
「私をやけに攻撃してくると思っていたら彼等が自滅したな」
 八条はテレビを見ながら半ば他人事のように言った。彼にとっては歯牙にもかけない連中だったのである。
 八条はテレビを見終わると仕事に取り掛かった。彼にとってはそうした輩よりも目の前にある多量の書類の決裁の方が遥かに重要だったのである。
 連合はこうしてその軍を着々と整備していっていた。それをエウロパは苦々しげに見ていた。
「奴等は次にはどう動くか」
 こうした議論がよくなされるようになった。そのまま連合内から動かないか、サハラに進むか。それともマウリアを併合してしまうか。
「マウリアはないだろう」 
 そうした意見が主流を占めた。マウリアとは長年に渡る盟友関係があり互いにその交流は深い。経済的にも密接な関係にある。それにマウリアの国力も意外と高くその地形も複雑である。連合が無理をして攻める理由も見当たらなかった。
 ではサハラか。これも今のところ考えられなかった。サハラ東方の大国ハサン王国とは同盟関係にある。それに彼等を通じて三角貿易も行なっている。彼等にとってハサンは重要な相手であった。
 従ってサハラも今のところ考えられなかった。サハラに連合の脅威となるような政権が誕生するか何か特別な資源が多量に発見されないかぎりは。
 では残る連合が取り得る道は二つである。
 まずは連合国内に留まる。今まで一千年に渡って動かなかった。今更動くとは考えられない、というものである。最も可能性の高いケースとして考えられた。連合は基本的に満ち足りており特に他国を攻める理由はない。しかしこれは確証がない。断言はできなかった。そして問題は最後のケースである。
 エウロパ侵攻。その整えた戦力で以ってエウロパに侵攻を仕掛けてくるというものである。連合とエウロパの国力差は人口、経済力共に三十倍の開きがある。その差は圧倒的であった。宿敵といっても最早その差は歴然たるものであった。やはり当初の人口の差と宇宙開拓での遅れが今だに響いていた。
「しかし我々にはニーベルング要塞群があるではないか」
 こう主張して安心しようとする者もいる。だがそれは不安の裏返しであった。
 実際にエウロパの者達が今まで最も恐れてきたことは連合の侵攻であった。だがそれは一千年の間なかった。しかし常に潜在的な脅威としてあった。
 ニーベルング要塞群がもし陥落したならば。その時はもう連合を止める手立てはなかった。エウロパの地形は平坦でありブラックホールもアステロイド帯も磁気嵐も殆どない。ただ星系が連なっているだけである。
 そこを大軍が雪崩れ込んで来たならばどうなるか。それは子供でもわかることであった。
「そのことで今本土は騒然としているようだ」
 マールボロは司令室においてモンサルヴァートに話した。
「当然ですね。もしそうなればエウロパは忽ち連合により蹂躙されてしまいます」
 モンサルヴァートは落ち着いた声で答えた。実際彼はそうしたケースを以前より考えていた。だからこそ冷静でいられたの
である。
「そうなるも最早サハラに進出どころではない。本土が危ういのだからな」
 十字軍の時の欧州に似ている、モンサルヴァートはそれを聞き思った。
 十字軍もアラブへ進出している時に東からモンゴルの襲来を受けた。欧州はその騎兵の前に風前の灯火となった。ドイツやポーランド、ハンガリーの騎士団は瞬く間に壊滅し東欧はモンゴルのものとなった。欧州全土がその蹄の下にひれ伏すのは時間の問題かと思われた。
 だがここでモンゴルであることが起こった。モンゴルのハーンであり最高司令官でもあるオゴタイ=ハーンが死去したのである。これによりモンゴルは兵を引き上げ二度と欧州を攻めることがなかった。あの時オゴタイが死ななければモンゴルは欧州を席巻していたことは間違いない。そうなれば歴史は大いに変わっていた。
「君はニーベルング要塞群についてどう考えているかね」
 マールボロはモンサルヴァートに問うた。
「ニーベルングですか」
 古の邪な小人が作り出した呪われし指輪の名を冠した要塞群である。一個の惑星を要塞としその周囲に十六の人口惑星を配置している。その防御は固く難攻不落と呼ばれている。
「確かにニーベルング要塞群の守りは固いです」
 モンサルヴァートは率直に己が意見を述べた。
「ですがあまり頼り過ぎるのは問題かと思います」
「どうしてだね?」
「あの要塞群に頼りきるあまり他の防御が弱くなってしまいます。そうなれば若しニーベルング要塞群が陥落した場合エウロパを守るものはなくなります」
「つまり他の防衛力をも整備すべきであると考えているのだな」
「その通りです。何しろ連合と我等の国力差は歴然としています。そうそう簡単に守れるとは思わないほうがよろしいかと」
「そうだな。私もそう考える」
 マールボロはそこまで聞いて自分の考えをようやく述べた。
「今のエウロパの備えはあの要塞群しかないのが実状だ。確かにそれだけでは心もとない」
「はい」
「他の整備もしておかなくてはならない。そしてこれは急を要する」
 そうであった。連合が若し動けばどうなるか。それはもう明らかであった。
「艦隊も必要だな。その他の港湾施設や基地の整備も」
「やはりそうした整備が不可欠です」
「そうだな、あの圧倒的な国力を考えるとそれでも心もとないが」
 やはり人口の差が出ていた。三十倍もの開きは覆しようもないものであった。
 しかもエウロパにはこれ以上の余剰人口は養えなかった。その為にサハラに侵攻し植民をしているのだ。東にはその連合が存在する。北方と西方は星系が一つもない。人の居住可能な星系までは数十万光年もあると考えられている。おいそれと行けるものではない。
 従って戦力を拡大させるにも限界がある。それをどうすべきか。
「この総督府の軍を一部本土へ戻そうかという考えも出ているのだが」
「致し方ありませんね」
 モンサルヴァートもそれを考えていた。それでも守れるかどうかというと心もとないが。 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その七


「ところで私は一つのことを考えているのだが」
「何でしょうか」
 モンサルヴァートは問うた。
「徴兵制を意見してみようと思うのだ」
「徴兵制ですか」
「そうだ、あれなら兵力をかなり増強できる。そうすれば連合にも何とか対抗できるのだが」
「それはあまり意味がないかと思います」
 モンサルヴァートは首を横に振ってそう進言した。
「何故だ?」
「今でさえ兵力は限界にまで保持されています。徴兵してもあまり意味はない程に」
「・・・・・・そうだったな。最近は我々も傭兵を使いだしている」
「はい」
 彼等はあまり嬉しそうではなかった。傭兵はサハラの傭兵達のことを知っている為あまり使いたくはなかったのだ。だがこの前連合軍の設立に危惧を覚えた中央政府と議会がそれを承認したのだ。
 この時に徴兵制度の導入を主張する者もいた。だがこれはそこまでする必要はないのではないか、という多くの意見により下げられた。ここには軍務に就くのを嫌う若年層の意見もあった。今まで一千年もの間徴兵制度はなかった。今すぐそれを言ってもやはり誰も動かなかった。
「それよりもプロを使った方がいいだろう」
 そうした意見により傭兵が使われるようになった。エウロパの者だけでなく連合やサハラから流れてきた者もおりその出自も言語も様々であった。
「だがやはり規律で問題がある」
「そうですね。元々戦争をビジネスと考えている者達ですから」
 傭兵にとって掠奪は当然の報酬であった。シャイターンの傭兵隊が人気がある理由は将兵に極めて多額の報酬を支払いそれにより掠奪を防ぎ、かつ軍律が厳しいからである。
「我々の軍律に当てはめてはいるがな」
「隙があらば破ろうとしますね」
「その通りだ、抜け目もない」
 前線の指揮官達にとって傭兵達はあまり歓迎すべきものではなかったのである。
「それにこれからの軍備増強案が具体的にどういったものになるかはまだわかりませんがおそらくエウロパの財政が許す限りのものになるでしょう。やはり徴兵制の導入による多大な兵を維持するのには無理があるかと」
 戦争は兵士の数だけでするものではない。装備や基地、補給、情報通信等そうしたものの整備も必要なのである。そうしたことを整えてはじめて戦争が可能となるのである。
「選抜徴兵制も駄目か。これも意見が出ていたな」
「わりかしいい考えだとは思いますがそれも市民の反発により下げられましたね」
「うむ。こうしてみると我々の置かれた状況は苦しいものがあるな」
「はい」
 今エウロパは連合、マウリアに次ぐ第三の人口を有している。確かに個々の惑星は豊かであり生活水準も高い。環境は連合よりもいいと言える。その為貴族達は優雅な生活を楽しみ市民達も落ち着いた暮らしができる。こうしたところはあくせく働いている感じの強い連合とはまるで違っていた。人口問題はあるが彼等は比較的いい生活をしていたのである。
 だが人口の差は如何ともし難い。連合との差と限界に達した領土の開拓、そして余剰人口、こうした相矛盾する問題が
彼等を悩ませていたのである。
「北方や西方に行けたらいいのだがな」
「流石に何十万光年も移動は出来ませんね」
「そうだな。それが出来れば最初から苦労はしない」
 マールボロは半ば溜息混じりに言った。
「実はそれで君に中央政府から話が出ているのだ」
「中央政府からですか?」
「そうだ。本土に戻って来て欲しいという話だ」
「本土にですか」
「うむ、そして防衛計画の総責任者になってもらいたらしい」
「そうですか」
「異論はあるかね?今なら断ることができるが」
「いえ」
 モンサルヴァートは首を横に振った。
「私はただ自分の与えられた任務を忠実に行なうのみです」
「そうか、では行ってくれるな」
「はい」
 こうしてモンサルヴァートは総督府から本土へ戻ることとなった。彼の新しい肩書きはエウロパ中央軍統帥本部長であった。これは軍の作戦等を統括する組織である。
 彼の移動に伴ってサハラ総督府のスタッフも大幅に変わった。各艦隊の司令や参謀本部の上層部はのきなみ本土へ移った。これはモンサルヴァートが彼等の意見を求めたからであった。
「統帥本部に来るのも久し振りですね」
 ベルガンサは本部長室で部屋の中を見回しながら言った。
「そうだな。私も一度ここで勤めたことはあったが」
 彼も以前ここにいたことがある。その時は大佐である部門の責任者であった。
「そしてここに戻って来られたというわけですね。栄達して」
「栄達という言葉は余計だ。私は軍の一つの職務に就いているだけに過ぎない」
 彼はそうした言葉が好きではなかった。
「ところで閣下、早速ですが」
「うむ、仕事だな」
「いえ」
 ベルガンサは微笑んで首を横に振った。
「私は今は書類を一枚も持っておりませんよ」
「では何だ?てっきりサインするべき書類を持って来たのかと思ったが」
「伝言がありお伝えに来たのです」
「伝言!?」
「そうです、総統からです」
「総統から」
 ラフネールである。エウロパの元首である。
「はい、是非閣下にお会いしたいそうです」
「一体何の用だ」
「そこまでは。もしかすると結婚を勧められるとか」
「おい、私は既に婚約しているぞ」
 ベルガンサの冗談に口を挟んだ。
「どうされますか?」
「断る道理もないな」
 彼は言った。
「では行かれますね」
 こうして彼はベルガンサを連れて総統官邸に向かった。
 官邸は宮殿であった。ロココ様式をもととした優雅な造りとなっている。オレンジをもととしており内部には様々な装飾品や芸術品が置かれている。
「前から思っていたのだが何処かで見たようだな」
「この宮殿はサンスーシーをモデルにしているらしいですからね」
 ベルガンサが答えた。サンスーシーとはプロイセンのフリードリヒ大王がポツダムに建てた宮殿である。かってのフランス語で『憂いなき宮殿』という意味のその宮殿はロココ芸術の代表的なものである。
「サンスーシーか。そういえば似ているな」
 エウロパが地球から持って来た欧州にもある。幾度か改修されているがその外観は残っている。
「そういえばサンスーシー自体はまだ見たことがないな」
「そうだったのですか?」
「うむ。忙しさにかまけて。一度見てみたいとは思っているが」
「でしたら一度欧州各地を見られてはどうですか?他にも色々とありますし」
「そうだな。暇になった時にでも」
 二人はそんな話をしながら宮殿の中に入った。
 宮殿の中も豪奢な装飾で彩られていた。多くの芸術品がありそれがみらびやかに飾っていた。二人は案内されながらその中を進んでいった。
「こちらです」
 やがて総統の執務室の前に着いた。
「では私はここで」
 ベルガンサは扉の前で立ち止まった。
「あ、大佐はこちらへ」
 彼は案内役に導かれ待合室に向かった。モンサルヴァートの前で別の案内役が扉を開けた。
「モンサルヴァート上級大将が来られました」
 案内役がその部屋の主に言った。
「お通ししてくれ」
 ラフネールの声がした。案内役はそれを聞きモンサルヴァートに言った。
「どうぞ」
 案内役に導かれ彼は部屋の中に入った。中ではラフネールが部屋の中央に立っていた。
「招きに応じよく来られました」
 彼はそう言って自分の方に歩いてきたモンサルヴァートに手を差し出した。
「これはどうも」
 彼も手を出した。そして握り合った。
「ご苦労。席を外してくれ」
 ラフネールは握手を終えると案内役に対して言った。
「わかりました」
 案内役は頷くと礼をして部屋を去った。部屋には二人だけとなった。
「今回卿を呼んだ件ですが」
「本土の防衛計画についてでしょうか?」
 モンサルヴァートは早速問うた。
「はい。卿はどうお考えですか?」
「まずは艦隊を増強したいと考えております。やはり戦いの主力ですから」
「やはりまずは艦隊ですか」
「そうなるかと。それに伴い港や後方基地の整備も行ないます。当然軍事基地も各地に置きたいと考えております」
「つまり本土全土の防衛をさらに強化するのですね」
「はい。やはりニーベルング要塞群だけではいざという時心もとないですから」
「ニーベルング要塞群にはあまり信頼を置いていないように見受けられますが」
 ここでラフネールはあえて尋ねてきた。
「そういうわけではありません」
 モンサルヴァートはそれを否定した。
「ニーベルング要塞群は確かに強力です。エウロパ本土防衛の要であることは言うまでもありません」
 それはモンサルヴァートもよくわかっていた。
「ですがそれに完全に頼りきるのはよくありません。他がおろそかになってはもしもの時に対処できません」
「成程」
 ラフネールはそれを聞き頷いた。
「当然ニーベルング要塞群の増強も考えています。しかしそれだけではならないのです」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「この首都オリンポスを中心とした防衛システムを完成させたいと考えています。そして有事には何としても敵の侵攻を防ぎます」
「敵とは連合のことですか?」
「はい」
 それは言わずもがな、であった。
「連合とは一千年もの敵対関係にあります。そして彼等と我々の国力差を考えますと最大の脅威です」
「卿は連合がこのエウロパに侵攻して来ると考えているのですか?」
「その可能性はあります。もし中央政府にそうした好戦的な政権がつく可能性が」
「あらゆるケースを考えておく必要があると」
「その通りです、そうでなくては国は守れないかと」
「成程、よくわかりました」
 ラフネールはそこまで言うと大きく頷いた。
「今回の計画は貴方に一任しましょう。予算の件は議会に話しておきます。おそらくかなりの額が必要になるでしょう」
「申し訳ありませんが」
「いえ、いいです。国防の為には止むを得ません」
 軍事関係はかなり金がかかるものである。しかも出費ばかりで収入はない。経営という点から考えるとこれ程不健全なものもないだろう。
 だが金をかけずにはいられない。さもないと国が守れないからだ。それがわかっていない者は政治を語る資格がない。軍事不要の政治、それは最早宗教的な話である。
「それでは期待していますよ」
「有り難うございます」
 モンサルヴァートは礼を述べた。
「あともう一つお話しておきたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「はい」
 ラフネールは机の前に向かった。そしてその上にあるものを手に取った。
「これを卿に」
 そう言うと彼にそれを手渡した。
「これは・・・・・・」
 それは階級章であった。元帥のものである。
 エウロパの軍制度において元帥は第二位の階級である。軍においては数十人、時には百人程存在する。
「卿は統帥本部長なのです。元帥になるのも当然でしょう」
「しかし私は元帥になるにはまだ」
 早いのではないか、と言おうとした。年齢的な問題である。
「いえ」
 ラフネールはそれに対して首を横に振った。
「卿のこれまでの功績を考えても、今の職務を考えても当然です。これは既に私が決めたことなのです」
「総統が・・・・・・」
「はい、これからも期待していますよ」
「わかりました」
 モンサルヴァートは敬礼した。そして彼は元帥の階級を有り難く受け取った。
 彼の防衛計画は的確であった。これによりエウロパの国防は大きく変わることとなった。

 この頃サラーフでは睨み合いが続いていた。ムスタファ星系に足掛かりを置くオムダーマン軍とサラーフ軍が対峙していたのである。
 対峙といってもサラーフはいまだに焦土戦術を行なっていた。だがこれは国内のマスコミには甚だ不評であった。
「何故逃げるのか!」
「今の軍は腰抜けだ!」
 こうした言葉が新聞の一面やテレビに次々と出た。
 そしてそれに便乗するようにナベツーラ派が威勢のいい言葉を言う。マスコミは彼等を英雄視して政権に相応しい、とまで言った。
「マスコミの公共性はどうなったのだ」
 こうしたことを言う人もいた。だがそうした心ある言葉はマスコミの大声と偏向した報道により掻き消された。最早サラーフはマスコミに完全に牛耳られていたのだ。
「馬鹿者共が」
 サラーフの首相であるサレムは自身の執務室で新聞を読みながら忌々しげに呟いた。その一面には政府と軍焦土戦術を激しく非難する言葉が羅列していた。
 それだけではない。そこにははっきりと書かれていた。
『ナベツーラを政権に』
 と。何処までも公共性を無視していた。
「全くです。あの連中に政治や戦略がわかる筈もありませんが」
 サレムの前に立つ男が同意した。軍務大臣のハルージャである。
「それはわかっているつもりだが。しかし連中はナベツーラがサラーフを救うと本気で思っているのか!?」
「どうやらそのようで」
「何もわかっとらん」
 サレムはそう言って首を横に振った。
「あの連中にサラーフを救うつもりなどない。あるのは権力を手にすることだけだ」
 無論彼等も権力への執着はある。だがナベツーラ達程ではなかった。そして責務もあった。
「ですがマスコミの突き上げは日増しに強くなっております。しかもそれに乗じてナベツーラ達が」
「それもわかっている」
 サレムの表情は晴れなかった。
「止むを得ん。兵を動かすとしよう」
「はい」
「確かムスタファに援軍が送られているそうだな」
「そのようですね。ブーシル方面からですが」
「そうか、ブーシルからか」
 サレムはそれを聞くと考え込んだ。
「今どれだけの艦隊が動けるか?」
「二十個艦隊程です」
「まだまだ二十四個艦隊に戻すには時間がかかるな。動くのはそれからにしようと考えていたが」
「残念ですが」
 二人は口惜しげに呟いた。
「だが仕方がない。まずは些細なものでも勝利を得る必要がある。マスコミとナベツーラ達を黙らせる程度のな」
「ですね。では七個艦隊程用いて援軍を叩くとしましょう」
「そうだな。では今すぐに動ける艦隊を選んでムスタファ星系とブーシル星系の間に向かわせよう。すぐにな」
「わかりました」
「おそらく今度の戦いで決まるな」
「我々が勝つか、ナベツーラが勝つか」
「それもあるがな」
「他にもあるのですか?」
「それは・・・・・・」
 サレムは言おうとしたがそれを止めた。
「いや、ない」
 そして顔を下に向けて首を横に振った。
「その話はいい。まずは勝とう。そうすれば焦土戦術を続行出来る。オムダーマン軍を疲弊させる為のな」
「ですね。やはり今回の戦いはあの戦術が最も効果があるかと。我が国の国土を考えましても」
「君の意見だったな。それは感謝している」
 サラーフの領土は広い。そしてカッサラから首都アルフフーフまでかなりの距離があった。その距離を利用してハルージャは焦土戦術を提案したのだ。
 これは確かに効果的であった。だがアッディーンはその意図を見抜きムスタファ星系に足掛かりを築き長期戦に入った。これは彼等の誤算であった。
「あの男が足掛かりを築くとは思わなかったしな」
「ですがそれでもアルフフーフとの距離はかなりのものがあります。それを考えますと」
「わかっている。そうして疲弊を待ち、機を見て攻勢を仕掛けるという君の考えは間違ってはいない」
「有り難うございます」
「ただそれはあの愚か者共にはわからんだけだ」
 これで幾度目だろう。ハサンはまたもや顔を顰めた。
「だからこそ勝たなければならん。サラーフを救う為にもな」
「はい」
 二人は頷き合った。そして数日後七個艦隊が首都アルフフーフから出撃した。オムダーマンの援軍を叩く為に。 

 

第三部第四章 命運は決するその一


                  命運は決する
 サラーフの艦隊が動いたということはすぐにムスタファ星系にいるオムダーマン軍にも伝わった。それを聞いたアッディーンはすぐに各艦隊の提督達と参謀達を集めた。
「諸君、遂にサラーフが動いた」
 アッディーンが席につく提督や参謀達に対して言った。
「やはり来ましたか」
 参謀達は予想通りだといった態度で答えた。彼等とて馬鹿ではない。こうしたことは考えていた。
「ブーシルから援軍に来る我が四個艦隊を叩くつもりのようだ。ブーシルとこのムスタファの間に向かっている」
「問題は何処で襲撃を仕掛けて来るか、ですね」
 副司令となっているガルシャースプが言った。
「そうだ、問題はそこだ」
 アッディーンはその言葉に対し頷いた。
「シンダント准将、貴官はどう見るか」
「ハッ」
 主だった参謀達は皆将官に任命されていた。シンダントはアッディーンに問われ席を立った。
「おそらくはオーレフ星系の辺りで攻撃を仕掛けて来るものだと思われます」
「オーレフか」
「はい、この星系が最もアルフフーフからの交通が容易ですし。そのうえアステロイド帯も多く襲撃を仕掛け易いかと」
「アステロイド帯か」
 アッディーンはそれを聞いて考え込んだ。そして言った。
「今高速艦隊はどれだけあるか」
「高速艦隊ですか?」
 アステロイド帯の話をしていたのにいきなり高速艦隊の名を出されたので皆戸惑った。
「そうだ、高速艦隊だ」
 アッディーンはそれに構わず問うた。コリームアがそれに多少戸惑いながら答えた。
「私の艦隊がいけますが」
「あと私もです」
 マトラが名乗り出た。
「そうか、二個艦隊か。あとは俺の直率艦隊もあるな」
 アッディーンはそれを聞きながら言った。
「よし、すぐに発つぞ。行き先はオーレフ星系だ」
「は、はい」
 提督達はそれを聞いて答えた。
「他の者はムスタファに留まっていてくれ。その間の指揮はガルシャースプ中将が執る」
「わかりました」
 ガルシャースプはそれを聞き頭を垂れた。軍帽を被っていないので敬礼はしない。
「ではすぐに行くぞ。コリームア中将、マトラ中将、いいか」
「はい」
「わかりました」
 二人は答えると席を立った。
「ではこれで決定だ。おそらくこれに勝てばサラーフで大きな動きが起こる」
 それは政変を指し示していることは言うまでもなかった。
「これで軍議を終わる。アッラーよ、我等に勝利を!」
「アッラーフアクバル!」
 彼等もムスリムである。アッラーのことは常に心の中にある。
 その名を叫んで勝利を祈った。そしてそれぞれの任務に戻った。
 すぐに艦隊が動いた。アッディーンは自らの率いる艦隊とコリームア、マトラの両艦隊を率いてオーレフへ向かった。

 さてサラーフであるが会戦があることはもう皆知っていた。その結果を見守るだけである。
「御前はどっちが勝つと思う?」
 ナベツーラは自らの事務所に自分の取り巻き連中を集めていた。そして彼等に尋ねた。
「それは決まっているではありませんか」
 醜く太り重い瞼を持つ色の黒い男が答えた。ナベツーラの狂信者と言われるトクンである。慈善家という触れ込みだがその実は福祉を利権にしている男である。
「オムダーマンが勝ちますよ」
「というかあの連中に負けてもらわなくてはね。我々が政権に就くことはできません」
 スキンヘッドにした痩せたガチャメの小男が下卑た笑いを出しながら言った。この男の名はテリームという。感情的な暴論を以って反対派を罵倒することがこの男の得意技である。普通の者ならその出鱈目な論理と浅はかな思考、そして愚劣そのものの言葉に閉口するのだがマスコミでは『正義を愛する毒舌家』である。
「まあ奴等は負けてもらわなくては。何なら情報を流しましょうか?」
 薄く汚い髪を持つ顔中疣だらけの男が言った。トクンやテリームも醜悪な顔立ちだがこの男の醜さは際立っている。この男の名はエジリームという。ナベツーラを賛美するマスコミ達の頂点に立つ男である。
「いいな、それは」
 ナベツーラは葉巻をふかせながらその言葉に対し頷いた。
「どんどん流せ。何処に向かっているかまでな。オムダーマンの方にもよくわかるようにな」
「わかりました」
 エジリームは無気味で醜い笑顔で答えた。
「選挙の方は上手くいっているのだろうな」
「はい、それはもう」
 トクンが答えた。
「資金は豊富にありますし。サレムへのネガティブキャンペーンも順調です」
「そうか。ならいいんだ」
 ナベツーラはそれ以上聞かなかった。どうやら選挙には自信があるようだ。
「いいか、勝つ為には手段を選ぶな」
「それはもう」
「どんな汚いことをしても構わん。スキャンダルを次々とでっち上げろ」
「はい」
 それにはエジリームも頷いた。
「人を貶めるには下半身からだ。たとえ嘘でもそいつの名声は確実に落ちる」
「ですね」
「下手な汚職より効果がある。そうだな、サレムが幼女を犯しているってのはどうだ」
「それはよろしいですね」
 トクンとエジリームはそれを聞いて太鼓判を押した。サラーフにおいては幼児虐待が最も忌まわしい悪行の一つと考えられている。殺人と並ぶ程である。
「そしてテリームはこれまで通りテレビで相手を攻撃しろ。容赦はするな」
「お任せ下さい」
 テリームは下卑た笑いで答えた。
「どんどんやれよ、買収も怠るな。それはトクンがやれ」
「はい」
「工作はエジリームだ。マスコミを総動員しろ」
「わかりました」
「これでいい。いいか、政権についたら俺達の思うがままだぞ。その時を楽しみにしていろ」
「はい!」
 こうして四人はその場をあとにした。そしていかがわしい店で朝まで過ごした。 

 

第三部第四章 命運は決するその二


「何という醜い番組だ」
 ムスタファ星系に残りアッディーンのかわりに指揮を執るガルシャースプはサラーフのテレビ番組を見て思わず顔を顰めてそう言った。
「あのテリームという男は頭がおかしいのか?」
 そう言って側にいるシャルジャーに対して問うた。見ればテリームは下品な言葉で相手を罵倒している。
「御前等が無能だからそうなったんだよ、この屑!」
「黙れ、阿呆が!」 
 テリームは吠えている。ガルシャースプはそれを見てまだ顔を顰めている。
「あれがサラーフを代表する論客なのです」
 シャルジャーは答えた。
「論客!?精神病院の患者ではなく、か」
「はい」
「・・・・・・信じられんな。しかもさっきはハサン首相の下半身のスキャンダルまで喚いていたぞ。あれは立派な名誉毀損ではないのか!?」
「少なくともサラーフではそうではないようです」
「何故だ」
「この男がナベツーラの腹心の一人だからです」
「どうやらあの国のマスコミは相当腐敗しているようだな」
「はい、その証拠にこれを御覧下さい」
 シャルジャーはそう言うと新聞をガルシャースプに手渡した。
「サラーフの新聞か」
 ガルシャースプはそれを手にしながら言った。
「はい」
 シャルジャーは再び答えた。
「ふむ」
 ガルシャースプはそれに目を通した。するとその顔色がみるみるうちに変わっていった。
「・・・・・・何だこれは」
 そしてシャルジャーに対して問うた。
「サラーフの最も質が高く売れている新聞です」
「これでか」
 普段の冷静な様子とはうってかわって怒りを露わにした顔になっている。
「私は何処かの醜悪なイエローペーパーかと思ったが」
「私もそう思いましたよ」
 シャルジャーは言った。
「しかし他はもっと酷いですよ。よろしければ御覧になりますか?」
「いや、いい」
 ガルシャースプは首を横に振った。
「あまり不快な気分は味わいたくはない。読む価値のないものを読んでな」
 そう言うと新聞を机の上に投げ捨てた。
「あながち読む価値がないとは言えませんよ」
 シャルジャーはそれを手にしながら言った。
「それはどうしてだ!?」
 ガルシャースプはシャルジャーの言葉に顔を向けた。
「ここを御覧下さい」
 彼はそう言うと新聞の政治欄を開いた。
「これは・・・・・・」
 見ればサラーフ軍の動向が書かれている。軍の今の高官の考えや発言、スケジュールまで。そして軍の展開等も。
「何故こんなものがマスコミに載るのだ!?」
 どれもこれも軍事機密クラスのものであった。それを見たガルシャースプは思わず目を点にした。
「ナベツーラ達が故意にマスコミにリークしているようですね」
 シャルジャーは言った。
「リーク!?」
「はい。報道の自由を楯にね。政府もそれを出されて何もできないそうです」
「馬鹿な。こんなことをしたら敗戦は確定的ではないか。サラーフのマスコミは何を考えているのだ!?」
「敗戦こそが彼等の願いです」
「それはどういうことだ!?」
 ガルシャースプには訳がわからなかった。自国が敗れて喜ぶ者がいるということなど信じられなかった。
「敗れればナベツーラ達が政権に就きますから」
「・・・・・・そういうことか」
 ガルシャースプはそれを聞いて忌々しげに言った。
「つまり連中にとっては多くの兵士や国家のことよりも自らのことの方が大事だということか」
「ええ。少なくともナベツーラとマスコミは」
「・・・・・・わかった。どうもサラーフという国は根本から腐っているようだな」
「マスコミは少なくともそうですね」
「・・・・・・しかしわからないな」
 ガルシャースプは首を傾げて言った。
「何故サラーフのマスコミはここまで腐敗しているのだ?」
「おそらく他に情報を伝える手段がないからでしょう」
「そうか、この国にはネットがなかったのだな」
「はい。情報を独占したらどういうことになるか」
「それはわかっている」
 ガルシャースプも歴史のことはよく知っていた。二十世紀の世界ではそのマスコミの力が異様に増大していた。中にはその力をもって思うがままに振る舞っていた者達もいた。
「まさか今ここで見るとはな」
「私も正直驚いています」
 シャルジャーは言った。
「ですがこれは我が軍にとっては有利なことですね」
「そうだな。敵の動きをわざわざ教えてくれるのだからな。これ程有り難いことはない」
「ではアッディーン司令にはすぐにお伝えしましょう」
「ああ、頼む」
「ハッ」
 シャルジャーは敬礼してその場をあとにした。ガルシャースプはそれを見送りながら呟いた。
「この国のマスコミは放っておいては危険だな」
 再びその新聞を手にとった。
「今度はオムダーマンを腐敗させかねない。それだけは許さん」
 そう言うとその新聞を部屋の脇にあるシュレッダーにかけた。新聞跡形もなく千切られた。
 テレビを見る。まだテリームが喚いていた。
「消えろ」
 そう言ってテレビを消した。
「この男の顔は二度と見たくはないな」
「同感です」
 シャルジャーは顔を顰めて言った。
「この連中生かしておいたらどうなると思う?」
「我々がサラーフに勝ったあとでですか?」
「そうだ。貴官の考えを聞きたい」
「おわかりだと思いますが」
 シャルジャーはそれに対して言った。
「それはそうだが」
 ガルシャースプはそれに言葉を返した。
「碌なことにはならないでしょうね。何かしらの形で我が国に必ず害を与えるかと」
「今ああしてテレビで喚いているようにな」
「はい。消すべきですね」
「やはり」
 ガルシャースプはそれを聞いて頷いた。
「ですがそれはあとでいいですね」
 シャルジャーは怒りから戻って答えた。
「戦いが終わったあとの戦後処理でやればいいことです。もっともそれは我々の仕事ではないでしょうが」
「そうだな。政府に任せよう。しかし」
 ガルシャースプはここで口調を変えた。
「連中がどういう者達かはよく知らしておいた方がいいな。我が国の今後の為にも」
 その声は深い怒りに満ちたものであった。
「はい」
 シャルジャーは頷いた。彼の声にも深い怒りがあった。 

 

第三部第四章 命運は決するその三


「この連中はすぐに消す。何はともあれサラーフとの戦いが終わったらそれだけは確実にしなければならない」
「ですね」
「だがやはりそれはまだ先の話だ」
 ガルシャースプは話を戻した。
「まずは戦いに勝たなくてはな。そう、奴等がサラーフの政権に就くように」
 彼はそう言うとニヤリ、と笑った。
「そしてそのあとで、ですね」
 シャルジャーも言った。二人はそう言うと席を立った。
「司令には事細かにお伝えするとしよう」
「ええ、サラーフのマスコミの報道を」
「それだけで今の戦いは勝てる。確実にな」
「はい、よく考えたらこれ程戦い易い戦いもありませんね」
「全くだ。それにしてもよく言ったものだ」
 ガルシャースプは消したテレビに目を向けた。
「有能な味方より無能な敵の方が有り難いとはな」
「はい」
 二人は頷くとその場をあとにした。
 以後ムスタファ星系に駐留するオムダーマン軍はサラーフのマスコミの報道を逐一知らせていた。
「そうか、どうやらサラーフのマスコミというのは相当今の政権に負けて欲しいのだな」
 それを見たアッディーンが言った。
「それにしても信じ難い。自国の軍の動きを公表するとはな」
「それが彼等の狙いなのでしょう」
 コリームアが言った。
「今こちらに向かっているサラーフ軍には負けて欲しいのです」
「ナベツーラが政権に就く為にか」
「はい」
「腐っているな。これは完全な利敵行為だ」
「そうですがサラーフでは全く問題になっておりません」
「マスコミが行なうからだな」
「その通りです。サラーフではマスコミが絶対なのですから」
「・・・・・・呆れた話だ」
 アッディーンはそれを聞いて嘆息した。
「しかしわからないことがある」
「何でしょうか?」
 コリームアはアッディーンの問いに対して尋ねた。
「何故サラーフではこれ程マスコミの力が強いのだ?ネット等はないのか?」
「それはサラーフの建国からはじまります」
 コリームアは言った。
「建国から!?」
「はい。当時サラーフでは電力不足が懸念されていまして」
「それは聞いたことがある。当初領土とした惑星のどれもが資源に乏しかったそうだな」
「はい。それの節制の為にネットを禁止したのです。そして情報にはマスメディアに一任したのです」
「だがその後資源の豊富な星系を次々と手に入れたが」
「それでもマスメディアは一度握った権益を二度と手放そうとはしませんでした。そして今に至るのです」
「そうしたことがあったのか。止むを得ない事情からだったのだな」
「はい」
 こうしたことはサラーフだけでなく多くの国でもあった。連合でもそうである。だが連合は各地にネットを回線させることを積極的に推進させたのでサラーフのような事態には陥らなかった。サハラの他の国々の場合はそうした国は滅ぶか新領土を手に入れた時点で変わったのでそうしたことはなかった。サラーフ独特の問題であった。
「それがナベツーラの様な輩を跳梁させてしまうことになるとはな」
「マスメディアの恐ろしいところですね」
 コリームアは言った。
「ああ。、情報を独占し時には捏造する。かつてそれにより多くの悲劇が起こった」
 その為マスメディアに対して懐疑的な者も多いのがこの時代の人々である。
「ネット等の普及によりそれは大分抑えられるようにはなりましたが」
「ネット等がない場合には繰り返される、か」
 アッディーンは噛み締めるようにして言った。
「はい、人間というのはやはり繰り返してしまいます」
「それも歴史か」
 アッディーンはそれを聞いて司令室の椅子に座った。彼等は今旗艦アリーの中にいる。オーレフに向かう途中である。
「残念ながらそうですね」
 コリームアは答えた。
「今回のこのサラーフのマスコミの行動もそうです。こうした自らが権力を維持する為に自国の者を陥れるということは何度も見られました」
「それにより国が潰れたことも」
 アッディーンは言葉を返した。
「そうですね」
 コリームアはそれを聞いて表情を暗くした。
「それを行なう連中はいつもそれがわかっていない。不思議なことだな」
「それも人間です。自分のことは案外目に入らないものなのです」
「そうだな。俺もそれはわかっているつもりだ」
 アッディーンはそれを聞いて席を立った。
「皆俺をやれ若き名将だオムダーマンの獅子だの呼ぶがな」
「名誉なことではないですか」
「確かにな。他の者はそう言うだろう」
 アッディーンはコリームアを横目で見ながら言った。
「だが俺はその時にどう戦えばいいか、それを考え動いているに過ぎない。確かに勝つ自信は常にある」
「それだけで充分だと思いますが」
「それはそうだ。だが俺は戦いに勝ちたいが別にそうした名声にはあまり興味がない」
「意外ですね」
 コリームアはそれを聞いて思わず目を丸くさせた。
「軍人になりたくて幼年学校に入った。そしてすぐに戦場に行きたいから士官学校には進まずにそのまま軍人になったのだがな。知らなかったか」
「いえ、幼年学校を出てすぐに軍に入られたのは知っていましたが」
 コリームアは答えた。これはオムダーマンの軍人では珍しいことであった。
 普通幼年学校から士官学校へ進む。それから少尉に任官して軍役に就くのだ。
 幼年学校からだと准尉からはじまる。そしてその昇進もやはり士官学校卒業者よりは遅い。
「それでもよかった。とにかく戦場に行きたかったのだ」
「何故ですか?」
 変わっていると言えば変わっている。自ら死地に赴きたいとは。それが軍人の務めだとしても。
「幼い頃から戦争の話を見たり読んだりしていてな。それでそうしたんだ」
「そうだったのですか」
 どうやら子供の頃からの夢であったらしい。
「そして戦場にはじめて来た時思った。俺の性に合っている、とな」
「ですか」 
 おそらく彼は軍人としての適性があったのだろう。そして元々戦場が好きだったということも幸いした。
「どんな状況でも死ぬなどということは考えられなかった。そして勝つことだけを考えていた」
「そして今まで戦ってこられたのですね」
「ああ」
 アッディーンは答えた。その言葉に迷いはなかった。
「カッサラの時もそうだった。我ながら思いきったことをしたとは思うが」
「あれで戦局が変わりましたからね」
 カッサラの戦いにおいてのアッディーンの行動は最早伝説にまでなっていた。側面に攻撃を仕掛けようとするサラーフ軍の部隊の前に急行し総攻撃を仕掛けたのである。一艦でその動きを止め戦いの流れを引き寄せたのだ。
「しかし死ぬとは全く思わなかった。絶対にこれで勝てると思ったのだ」
「凄いですね」
「そういうわけではない。あの時サラーフ軍は攻撃を正面から受けるなど思いもしなかった。だからそこを衝いたのだ」
「そうだったのですか」
「相手の思いもよらぬところをつく。それが戦争だ。そして勝つことがな」
「それはわかっているつもりです」
 コリームアは言った。
「ですがそうそうできるものではありません」
「そういうものなのか」
「そうです。それが出来るからこそ閣下は凄いのです」
「俺はそうは思わないがな」
 アッディーンはその言葉を否定した。
「俺は戦争が上手いだけだ。他には何もないぞ」
「果たしてそうでしょうか」
「それはどういう意味だ?」
 アッディーンはその言葉に反応した。そしてコリームアに顔を向けた。
「人間には隠れている能力があります」
「俺にはまだその隠れている能力があると言いたいのか」
「はい。それはその時にならないとわからないものです」
「そういうものかな」
「ええ。まあ今閣下は軍人として優秀ですからそれでいいと思います。しかし」
「しかし!?」
 アッディーンは問うた。
「それだけでも素晴らしいことだと思いますよ」
「そうなのか」
「ええ。それでオムダーマンに貢献されているのですから」
「ならいいがな」
 アッディーンはそれを聞くとフッと微笑んだ。
「やはり役に立たないより役に立つ方がいいものだ」
 それは誰もが同じである。アッディーンもそうであった。
「はい。閣下は軍人として存分に活躍して下さい。ですが」
「ですが!?」
 アッディーンはコリームアの言葉に顔を向けた。 

 

第三部第四章 命運は決するその四


「閣下には隠れた能力がまだあるかも知れないということはよく覚えておいて下さい」
「わかった」
 話はこれで終わった。数日後アッディーン率いる高速艦隊はオーレフ星系に到着した。
 そして敵軍が来るのを待った。やがてオーレフ北方にサラーフの艦隊が姿を現わしたとの報告が入って来た。
「来たか」
 それを聞いたアッディーンの目が光った。
「援軍は今何処にいる?」
 そして参謀の一人に対し問うた。
「今オーレフに入った頃です」
 その参謀は敬礼して答えた。
「そうか」
 アッディーンはそれを聞くと口に手を当てて考え込んだ。
「すぐに援軍に連絡しろ、サラーフ軍が来るとな」
「わかりました」
 参謀はそれを聞き敬礼した。
「サラーフ軍をオーレフの中に誘き寄せるように伝えよ」
「はい」
「我々はそれに動きを合わせる。そして前後から挟撃するぞ」
「挟撃ですか」
「そうだ、そして一気に勝利を収める」
 これはアッディーンの得意戦法であった。それは周りの者達もよくわかっていた。
「ですが敵もそれはわかっているのでは」
 それを知る参謀はそう尋ねた。
「だろうな」
 アッディーンは微笑んでそれに答えた。
「だが場所が違えば状況も変わってくる。挟撃といっても何通りもある」
「それはそうですが」
「見ていろ。我が軍は必ず勝つ。そして勝利を手にする」
 それは強い声であった。参謀もその言葉に納得した。
「わかりました」
 そして敬礼で答えた。
「わかればいい」
 アッディーンはそれを見て満足気に微笑んだ。
「勝利は我が手に既にある。必ずや勝利を収めるぞ!」
「ハッ!」
 周りの者達は一斉に敬礼した。アッディーンはそれを見て会心の笑みを浮かべていた。
 オーレフに来たサラーフ軍であるがその士気は低かった。やはりマスコミの報道によりこちらの行動が敵にも全て筒抜けであるというのは痛かった。特に上層部のそれは深刻であった。
「敵はおそらく既にここに来ているだろうな」
 サラーフ軍の司令官ハラス大将は暗澹たる表情で副官に尋ねた。
「おそらく。こちらの動きは全て敵に筒抜けです」
 副官は暗い表情で答えた。
「だろうな。あれだけ報道してくれると」
 ハラスは首を横に振ってそう言った。
「これで勝てという方が無理な話だ。それがあの連中にはわからないのだろうか」
 彼はマスコミに対して批判の言葉を口にした。
「わからないのでしょう。連中はいつも何一つ知らないことをさも知っているかのように言うのが常ですから」
「そしていつもミスリードする。それでいて謝罪も反省もしないな」
「それがマスコミというものです」
 副官の声も表情も苦々しげであった。
「連中は責任やそういう話になると言論の自由や報道の自由を楯にとります。自分達が幾ら法や人権を蹂躙してもそれさえ言えば許されると思っているのです」
「それは私もわかっているつもりだ」
 ハラスはサラーフ軍においては良識派として知られている。まだ四十代だが実直で真面目であり部下を大事にする人物として評判がいい。マスコミ以外には。
 マスコミの彼の評価は柔弱な将である。優柔不断で育ちがいいだけで大将になった無能な人物だという。
 しかし彼は今までオムダーマンやミドハドとの戦いで功績を重ねてきている。そして後方任務においても的確にこなしその事務処理能力も高く評価されている。バランスのとれた人物である。
 だからこそ彼は軍内でもミツヤーンやホリーナムの存在を許せなかった。公然と批判こそしなかったものの明らかに嫌悪していた。その為にマスコミからは嫌われたのである。
「別にマスコミに嫌われようと私自身は構わないがな」
 ハラスはそうした考えの持ち主だった。彼はマスコミを心底軽蔑していた。
「だが家族のことまで中傷してくれるとはな」
 そこで顔を顰めた。彼はマスコミに家族や親戚のことまで捏造され攻撃に晒されていたのである。それには流石に我慢ができなかった。
 その黒幕がナベツーラやミツヤーンであることは明白であった。彼は陰に陽にナベツーラ一派の攻撃を受けていたのである。
「私もですよ」
 副官が同意するように言った。
「焦土戦術を決定した会議でミツヤーンが呼ばれもしていないのにズカズカと入り込んで来たのはご存知でしょうか」
「それは聞いている。何でもすぐに全軍を以って迎撃すべし、と喚き散らしたそうだな」
「はい、私はその場に丁度いたのですがね」
 彼の顔がみるみる不機嫌なものになっていく。
「滑稽な場面でしたよ。誰も相手にしないのに一人だけ狂人の様に喚き散らしているのですから」
「あの男は本当に軍人なのか、と思う時があるな」
「士官学校でもコネで入ったという噂がありましたね。ろくに勉強もせず成績も人物としての評価も士官学校開設以来最低だったそうですが」
「それは凄いな」
「はい。そのうえ前線にろくに出ず後方で私腹を肥やしてばかりいたそうです。出世したのは他でもない、ナベツーラに取り入ったからです」
「聞けば聞く程嫌になる奴だ。そんな奴が軍を掌握したらどうなると思う」
「それは閣下もよくご存知だと思いますが」
 彼はあえて答えなかった。
「そうだがな」
 ハラスはそこで口をつぐんだ。
「そうならない為にもこの戦い、勝たねばなりませんが」
「難しいだろうな。敵はおそらく既に迎撃態勢を整えているだろうしな」
 彼等の当初の作戦計画ではムスタファ星系に向かうオムダーマン艦隊の側面を急襲し戦果が得られたならすぐに帰るというものであった。だがそれはマスコミの報道により筒抜けである。だが当初の予定通りにいくしかなかった。若し正面から戦いを挑んでも勝利は期待できなかったからである。
「敵艦隊を発見しました」
 偵察に出していた部隊から連絡が入った。
「そうか」
 ハラスはそれを聞いて頷いた。
「では側面に回るぞ」
「わかりました」
 サラーフの艦隊はオムダーマン軍の側面に向かって動きはじめた。
 オムダーマンの艦隊はオーレフの奥深くに向かおうとしていた。それを見たハラスは危惧を覚えた。
「罠か」
 だが引くわけにはいかなかった。引いたらそれがすなわち敗戦である。少なくともマスコミはそう大々的に報道するであろう。
「行くぞ」
 周りの幕僚達に対して言った。
「わかりました」
 幕僚達もそれに頷いた。サラーフ軍はオムダーマン軍を追った。
 オムダーマン軍の動きは遅かった。そしてある惑星の輪の中に入ろうとしていた。
「今だ」
 ハラスはそこで攻撃を指示した。艦隊が急行しオムダーマン軍の側面に襲い掛かろうとする。
 その時だった。輪の中からオムダーマン軍の新手が姿を現わした。
「やはりいたかっ!」
 ハラスはそれを見て思わず叫んだ。オムダーマン軍の新手はサラーフ軍の後方に姿を現わしてきたのだ。
「よし、そのまま進め!」
 アッディーンが指示を下す。オムダーマン軍はそれに従いサラーフ軍の後方に一斉に突き進んだ。
 それと同時に前方のオムダーマン軍も方向を転換した。そしてサラーフ軍に攻撃の矛先を向けて来た。
「いかん、退け!」
 それを見たハラスはすぐに指示を下した。艦隊を右に動かしオムダーマン軍の左右からの攻撃をまずかわした。
 そして態勢を建て直しこちらに向かって来るオムダーマン軍に正対する。彼等は左右から襲い掛かって来た。
「兵を二手に分けろ!」
 ハラスはまた指示を下しオムダーマン軍に対してそれぞれ兵を向けた。
「サラーフの将はなかなかの男のようだな」
 それを見たアッディーンが思わず言った。
「はい、少なくとも無能ではないようですね」
 参謀の一人がそれに同意した。その艦隊運動と作戦指揮は確かに決して無能なものではなかった。
 両軍は二つの場所で戦いをはじめた。ハラスは右側から来た軍に対し向かっていた。アッディーンが左側にいた。
 ハラスはこう考えていた。まずは右側の兵を叩きそれから左側を叩こうと。兵力においては僅かに優勢であるのでそう考えたのだ。
 だがその目論見は不幸にして外れた。アッディーンの率いる艦隊に向かったサラーフ軍は瞬く間に壊走したのだ。
「クッ、あの軍を率いているのはまさか・・・・・・」
 ハラスはそれを見て思わず呻いた。
「ええ。アッディーン提督のようです」
 副官が答えた。
「彼の旗艦アリーが確認されています」
「そうか。道理で強い筈だ」
 ハラスは半ば彼を称賛する言葉を漏らした。アッディーンの艦隊はそのままこちらに向かって来ている。
「如何なさいますか?」
 それを見て副官が問うた。
「ううむ」
 ハラスは一瞬考え込んだ。だがすぐに顔を上げた。
「こうなっては致し方ないな。前後から攻撃を受けては到底耐えられん」
 それは撤退の言葉であった。
「わかりました。残念ですが」 
 副官はそれを聞き敬礼した。負ければどうなるか、彼にもそれはよくわかっていた。
「すぐに撤退する。そして全軍アルフフーフに帰還するぞ」
「ハッ!」
 アッディーンの艦隊が来るより早く彼等は退却した。そしてオーレフ星系から離脱を開始した。
「追いますか?」
 それを見たコリームアがアッディーンに対して問うた。
「いや、いい」
 アッディーンは首を横に振った。
「今回は勝利を収めたこと自体が重要なのだからな」
「そうですね、これで今後かなりやり易くなりますね」
「ああ」
 アッディーンはコリームアの言葉にニヤリ、と笑った。
「ところでブーシルからの援軍は無事か」
「はい、これといった損害は受けていません」
「そうか。ならいい。ところで」
 アッディーンはここで話を変えた。
「この星系に残っているサラーフ軍はいるか」
「はい、ですがその殆どが既に投降しております」
「よし、その捕虜達を全員保護したならばすぐにムスタファ星系に戻るぞ。そして次の戦いの準備だ」
 アッディーンはムスタファ星系の方に顔を向けて言った。
「おそらく選挙の後すぐに奴等は動くだろう。それに備えなくてはな」
「はい」
「そして今度の戦いで奴等の滅亡が銀河に知れ渡る」
 彼はそう言うと不敵な笑みを漏らした。
「捕虜の保護を急げ、そしてすぐにムスタファに帰還するぞ!」
「ハッ!」
 コリームアだけでなくその場にいた参謀達が一斉に敬礼する。アッディーンはそれを向かい合って受けた。
 オーレフ星系の戦いはこれで終わった。参加兵力はオムダーマン軍約六五〇万、約六万五千隻、サラーフ軍は約七〇〇万に七万隻であった。
 サラーフは兵力において有利であったが士気の低下、そして何よりその行動が自国のマスコミによりオムダーマン側に筒抜けであったことが致命的であった。ハラスの冷静かつ的確な指揮により損害は少なかったがこの敗戦はその損害よりも遥かに甚大な影響を及ぼすことは誰の目にも明らかであった。
 それからすぐにサラーフで選挙が行なわれた。結果は言うまでもなかった。 

 

第三部第五章 雑軍その一


                    雑軍
 選挙はナベツーラ派は圧倒的な勝利であった。ハサンはそれを受けて首相の座を退きナベツーラが首相となった。マスコミはこれでサラーフは救われた、と提灯記事を書き連ねた。
「これが首相の椅子か」
 ナベツーラはまず官邸に入ると首相の執務室の椅子を見た。
「貧乏臭い、とっとと捨てろ」
 そして別の豪華な椅子を持って来させた。
「やっぱり椅子は座り心地のいいものに限るな。そうでないと腰を痛めちまう」
 彼はそう言って口を大きく開けて笑った。
 後にこの行動や発言もマスコミに大いに取り上げられることはわかっていた。
『これこそ首相の在るべき姿』
『サラーフの今までの閉塞した状況を打破する改革者』
 おそらくこうした記事が出て来るだろう。ナベツーラはそれを考え一人悦に入った。
「ところでだ」
 彼は葉巻を吸いながら連れて来た秘書に言葉をかけた。
「閣僚はまだ決まってなかったな」
「はい」
 秘書は答えた。サラーフにおいて閣僚は首相が直接任命するのである。
「よし、じゃあ決めてやる」
 彼はそう言うとペンを取り出した。高級な万年筆である。
 そこに紙で書き込んだ。瞬く間に二十人近くの名と職が書かれる。
「これでどうだ」
 彼はそう言ってその職と名を秘書に見せた。
「素晴らしいです」
 秘書はお世辞で応えた。彼は長年ナベツーラの秘書を務めている。だからこの彼の好みもよくわかっていた。
 ナベツーラは媚び諂いや世辞を好む。そして袖の下はもっと好きだ。それを知らない秘書は辞めさせられただけでなくサラーフにいられないようにされた。
「そうだろう、今パッと思いついたんだ。俺は何でもすぐに決めちまうからな」
 彼はあまり考えて行動する男ではない。感情で何もかも決めてしまうのである。
「それでこそサラーフの首相です。決断力がなくては勤まるものではありませんから」
「よくわかってるじゃねえか。御前もちょっとは政治がわかってきたようだな」
「お褒めに預かり光栄です」
 この秘書も本心から言っているのではなかった。彼が秘書を務めているのは何もナベツーラを敬愛しているからではない。ただおこぼれにあずかりたいからである。
 その閣僚の名は心ある者が見たならば眉を顰めずにはおれないものであった。トクンやテリーム、エジリームといった札付きの輩達が要職にあった。それだけでこの内閣の性質がわかる程であった。
「次は軍だな」
「はい」
 秘書は頷いた。
「まあそれも大体決まっている」
「お流石です」
 そして再び心にもないことを言う。
 その人事も酷いものであった。ミツヤーンが元帥、宇宙艦隊司令長官となりホリーナムは上級大将で参謀総長、そしてキヨハームやペダシャーンといった粗暴な者達が艦隊司令となった。それを見てアッディーン達がほくそ笑んだことは言うまでもない。
「まずはオムダーマンの奴等をここから追い出すことが必要だ」
 ナベツーラは所信表明演説でまずこう言った。
「その為には兵隊がいなくちゃいけねえんだ」
 それは正論ではあった。
「まずは傭兵でも何でもいいから掻き集めろ。そしてそれで一気にオムダーマンを叩く」
 これまでの焦土戦術を否定した。そして決戦を主張したのだ。
 すぐに兵力の総動員が行なわれた。徴兵された兵だけでなく職のない者や浮浪者までもが強制的に入隊させられた。そして傭兵まで集められた。こうして瞬く間に三十個艦隊が編成された。
「どうだ、凄い数だろう」
 彼はマスコミを前にしてそう豪語した。
「はい、まさかこれだけの数をすぐに集めるとは思いませんでした」
「これが首相のお力ですね」
「そうだ」
 彼は葉巻を吸いながらその醜い顔を歪めて笑った。
「俺じゃなきゃここまで集めることはできねえよ。ほら、何といったかな、前の冴えない前任者だ」
「サレムですね」
 記者の一人が言った。
「そうだ、サレムだ。あいつみたいなことやってたら勝てるもんも勝てやしないんだ。こうして圧倒的な兵力で一気にやらねえと戦争は勝てないんだ」
「その通りです」
 なおナベツーラもこの記者達も軍事のことは全く知らない。戦艦と空母の区別すらつかないのだ。それどころか階級すらも碌に知らない。
「これで一気にいくぜ。連中のいるムスタファに一気に雪崩れ込む」
「いきなり敵の本拠地にですか。それは素晴らしい」
 またもや歯の浮くようなことを言う。
「そうだ、こうしたことは徹底的にやらねえとな。その為の艦隊だしな」
「はい。ではすぐに軍を向けられるのですね」
「当然だ。おい、今から言うぞ」
「はい」
 記者達は書く準備をした。
「三日後全軍を以ってムスタファを取り戻す為に出撃させる。派手にやるぞ!」
「おお!」
 これはすぐに各誌の一面となった。マスコミはもうサラーフの勝利が決まった、と囃し立てた。
 それを冷静に見ている者がいた。それは生憎サラーフの者ではなかった。
「成程、ここに全軍を以って向かって来るのか」
 アッディーンは新聞を読んでそう言った。
「正気ですか?まさか自軍の行動をここまでおっぴらに公表するなんて」
 それを見たアガヌが思わず首を傾げた。
「おそらく勝つ自信があるのだろう。兵力だけでな」
「信じられませんね。こんなことははじめて見ました」
 オムダーマンもミドハドも軍の動きは非常時においては極秘である。これは当然のことであった。
「だがこれで戦い易いといえばそうなる。すぐに会戦の準備をするか」
「罠かも知れませんよ。こちらの兵をムスタファに集める為の」
 アガヌはそこで言った。
「あの男が罠を張れる程高度な知能の持ち主とは思えないがな」
 アッディーンはそう前置きしたうえで言った。
「ブーシル、そしてカッサラへの路にはそれぞれ一個艦隊を置こう。そしてムスタファ防衛にも一個艦隊を予備として置きたい」
「十五個艦隊で敵にあたるのですね」
「そうだ。兵力は敵の二分の一だがな。それでも絶対に勝てる」
 彼は強い口調でそう言った。
「大した自信ですね」
 アガヌは苦笑して言った。
「では貴官はどう見るか?」
「それは決まっていますよ」
 彼はその顔を微笑みに変えて答えた。
「行く先も行動もわかっていてはこれ程楽な戦いはありません」
「そうだな。そして問題は敵の装備や兵の質、そして武装だな」
「どのようなものでしょうね」
「いきなり三十個艦隊も集めたのだ。おおよその予想はつくだろう」
「はい」
 それはアガヌにもわかった。
「かなり質は酷いだろうな」
「でしょうね。おそらく単なる数合わせのガラクタばかりでしょう」
「ああ、聞いたところによると博物館から引っ張り出したりもしているらしい。動くのなら一緒だろうということでな」
「本当ですか!?」
 アガヌもそれを聞いて耳を疑った。
「本当だ」
 アッディーンは即答した。
「新聞にも載っていた。例によって提灯記事だが」
「よく軍の良識派が許しましたね」
「良識か」
 アッディーンはそれを聞いてシニカルに笑った。
「どうやらこの国では良識はマスコミが作るらしい」
「例によって、ですね」
「ああ、あのような連中がオムダーマンにいなくて本当によかったと思うな」
「同感です」
 それはアガヌも同じ意見であった。
「正気とは思えない男がテレビに出て喚き散らす。それだけでも許せんが」
「しかもその男がサラーフの良心とまで言われるのですからね」
「少なくとも我が国では即座に病院行きだろうな、あのような男は」
 彼等はテリームのことを言っていた。
「ところでこちらの準備は整っているな」
「はい」
 アガヌは敬礼して答えた。
「既に出撃準備は整っております」
「ならいい」
 アッディーンはそれを聞いて満足気に頷いた。
「敵が来たらすぐに出撃するぞ。そして勝つ」
「はい」
 それは力強い声であった。
「この勝利でサラーフは間違いなく崩壊する。あとは首都を陥落させるだけだ」
「わかりました」
「全将兵に伝えよ。出撃の指示が出次第すぐに敵を倒しに行く、とな」
「ハッ!」
 アッディーンはそう言うと部屋をあとにした。そして旗艦アリーに向かって行った。 

 

第三部第五章 雑軍その二


 サラーフの動向はサハラ周辺各国にも知れ渡っていた。当然シャイターンの耳にもそれは入っていた。
「またナベツーラはえらく強気だな」
 彼は新聞を読み終えるとそれをテーブルの上に置いて言った。
「見たところ到底勝てるようには思えないがな」
「閣下も同じお考えですか」
 傍らに控えるハルシークが問うてきた。
「ああ。戦争は数だけでするものではないからな。確かに重要であるが」
 彼はその細い目でハルシークを見ながら言った。
「他にも色々な要素がある。それが全て合わさらないと戦力にはならない」
 流石に彼にはそれがよくわかっていた。
「今のサラーフの上層部にはそれがわかっていないようだがな」
「その通りです」
 ハルシークはそれを聞いて答えた。
「まさかここまで愚かな男だとは思いませんでした」
「ナベツーラがか?」
「いえ、彼と彼に関わる者全てです」
 ハルシークは答えた。
「閣僚達も軍の高官達もあまりに愚劣です。しかも相手を完全に侮っております」
「そうだな。ナベツーラはアッディーンを若僧と罵っていたな」
「それも公の場で。品性を疑います」
 ハルシークはそう言って顔を顰めた。
「だがそれがサラーフのマスコミには受けているようだな」
「マスコミは盲目の荒馬ですから」
「盲目の荒馬、か」
 シャイターンはその言葉を繰り返した。
「はい、彼等は何も見えません。そしてその保持する権力はあまりにも強大になり易いのです」
「情報を独占しているからな。だからこそそれを抑える為にネットが発達した」
「はい」
 ネットにそういう一面があったのは事実である。それが二十一世紀以降マスコミの暴走を抑える大きな力となったのであるから。
「だがサラーフにはネットがありません」
「そうだったな。そしてこう言える」
 シャイターンはそう前置きしたうえで話しはじめた。
「マスコミが暴走したらどういう事態に陥るか、サラーフは今身を以ってそれを人類の歴史に伝えようとしている、とな」
「シニカルですね」
「私は元からこうだが」
 シャイターンはそう言って微笑んだ。
「「だがアッディーン提督に今回のこのマスコミの暴走は好都合だろうな」
「ええ、何せ情報は向こうが教えてくれるのですから」
「そして戦い易い相手を選んでくれた」
「これはアッディーンの勝利になりますかね」
「間違いなくそうなるだろうな」
 シャイターンは言った。
「だがまずは様子を見たい」
 彼は言った。
「万が一、ということもある。いや、この場合は億が一、という可能性だがな」
「アッディーン提督が敗れる怖れは、ですね」
「ああ。まさかあの様な愚劣な者達に彼が敗れるとは思わないが」
「戦争は何が起こるかわかりませんからな」
「そうだ。だがもう準備はしておいた方がいいな」
 シャイターンはそう言うと席を立った。
「私の部隊だけでいい。出撃準備をしておけ」
「わかりました」
 ハルシークは答えた。
「アッディーン提督が勝利を収め次第動くぞ。そしてサラーフ領内へ侵攻する」
「はい」
「おそらく敵は我々が動くとは露程にも思っていないだろうからな。しかしそれが命取りになる」
 彼はそう言うとニヤリ、と笑った。
「愚か者を選んだ結末、サラーフはとくと味わうだろう」
「はい、ですがそれがわかった時には」
「あの国はこの銀河にはない」
 彼はそう言うと部屋を出た。そして車を出させハルーク家の邸宅に向かった。
「ようこそ、愛しき人よ」
 シャイターンは出迎えた例の未亡人に笑顔で声をかけた。
「またそのような」
 彼女はそれを聞くと頬を赤らめた。
「心にもないことを仰る」
 だが彼女もまんざらではないようだ。
「いえ」
 シャイターンはそれを首を横に振って否定した。
「間も無く私は貴女の夫となる身。偽りを申し上げて何になりましょう」
「それは・・・・・・」
「今日は貴女に差し上げたいものがあり参上しました」
「差し上げたいもの!?」
「はい、これです」
 彼はそう言うとマントの中から一つの小箱を取り出した。
「これは・・・・・・」
 それは指輪であった。真紅のルビーの指輪である。
「婚礼の印に。些細なものですが」
 シャイターンは跪きそれを差し出した。見ればかなり大きなルビーである。
「よろしいのですか?」
 夫人は彼に対し問うた。
「何がですか?」
「見ればかなり素晴らしい指輪です。私もこれ程のものは見たことがありません」
「いえ、私はこの指輪ですら貴女には釣り合わないと思ってもります」
「またそのような・・・・・・」
 彼女は世辞とは知りながらも気分をよくした。
「けれど嬉しいですわ」
 やはり指輪を差し出されて悪い気はしなかった。
「お受け取りしてよろしいでしょうか」
「是非とも」
 シャイターンは言った。
「勿論これだけではありません」
「まだあるのですか?」
「はい、これです」
 彼は今度はサファイアのネックレスを出した。
「そしてこれも」
 今度はエメラルドのブレスレットである。どれも細部まで装飾されたものである。
「他にもあります。私のものは全て貴女のものです」
「閣下・・・・・・」
「そしてこの心も」
 彼は立ち上がり自分の胸に手を置いて言った。
「貴女の夫となったならば貴女の為に全てを捧げましょう。当然この命も」
 サハラはイスラムの戒律を今まで守ってきている。元々柔軟な思考の宗教であるからこそ二千年以上も教えが残ったのだ。かっての原理主義のような偏執狂的な者達は姿を消していた。
 そしてイスラムの特徴として独自の女性の人権への配慮である。一見女性蔑視に捉えられかねないがその実は細かい配慮が為されている。
 妻は四人まで持ってもよいのはこの時代でもそうである。だがその四人を平等に愛さなければならず養わなければならない。そして戦争による未亡人や孤児を救済する意味もあった。戦争で夫を亡くした妻じはこうして救われてきたのだ。これはこの時代でも変わらない。
 そして離婚も簡単にできるがその後でもその妻を養わなければならない。そうしない場合は罰を受ける。
 こうした戒律が今でも生きている。そして婚礼にもそれは見られるのだ。
 彼女の夫は数年前病に倒れている。もう六十に近いからという理由で再婚はせずそのままでいたのだ。子供もいなかった。彼女自身が再婚はしないと言ったので誰も声をかけようとしなかった。六十にはとても見えぬ美貌であっても。
 それだからこそシャイターンも声のかけがいがあったのだろう。何度も断られながらもようやく婚姻にこぎつけたのであった。そして今こうして婚礼の印の贈り物をしている。 

 

第三部第五章 雑軍その三


「これ等もお受け取り頂けますね」
「はい・・・・・・」
 彼女は素直にそのネックレスとブレスレットを受け取った。そして手にした。
「よく似合っておられます」
「またそのような」
 やはり世辞だとわかっている。だが悪い気はしない。
「閣下」
 そして今度は彼女の方から声をかけた。
「何でしょうか」
「今度は私が貴方にお礼をする番です」
 そう言うとシャイターンの手をとった。
「こちらへ」
 そして彼を屋敷の中へ導いて行った。
 数時間後シャイターンは屋敷から出て来た。そして一言こう呟いた。
「予想以上だな。まさかこれ程までとは」
 彼は女性関係はかなり派手な方である。裕福な家に生まれ顔立ちも整っていた為昔から女性には不自由しなかった。妻を一人も持っていないのはただこれという相手がいなかったせいだ。
「まずいな。どうやら本気になってしまいそうだ」
 彼は不敵に笑ってそう言った。
「だがそれも良いか。ああれだけの美貌の持ち主はそうはいない」
 彼の好みでもあったようだ。
「これからが楽しみだ。婚礼の暁には彼女の全てが私のものだ」
 そして屋敷の方を振り返った。
「このハルーク家もな」
 そう呟くと屋敷をあとにした。そして自らの宮殿へ帰って行った。
 それから暫くして彼はその未亡人と正式に結婚した。華やかで豪華な式の後二人はシャイターンの屋敷に入った。
「ここが今日から貴女の家です」
 シャイターンは彼女に対して言った。
「我が妻シャハーダよ」
 そして彼女の名を呼んだ。
「はい」
 シャハーダは名を呼ばれ答えた。
「これから私の全ては貴女のもの。そして貴女の全ては私のものです」
「ええ。そしてそれは永遠に」
 シャハーダはそう言うと彼の胸に身を預けた。
「これからは何時までもこうしていたい」
「はい。二人が共にアッラーの御前に行くその時まで」
 そして固く抱き合った。そのまま二人は寝室へ消えて行った。
 これによりシャイターンは北方で一番の富豪ハルーク家の当主となった。この意味は大きく彼は北方では最大の勢力を持つダルファヤ共和国の市民権を手に入れることができた。
 この国では市民権を持つことの意味は大きかった。市民権を持つ者は誰でも大統領に立候補することが出来るのである。
「だがそれにはまだ時間がある」
 シャイターンは言った。
「選挙までにやらねばならないことがある」
 彼はそう言うと自室にあるサハラの地図を見た。
「兵を動かさなくてはならん。もうすぐな」
「はい、そろそろはじまる頃ですな」
 そこにいたハルシークが言った。
「そうだ。どうやらかなり大規模な戦いになるぞ」
 彼はムスタファ星系を見ていた。
「戦いの結果がわかり次第すぐに出兵するぞ」
「開戦の理由はどうしましょうか」
「理由、か」
 かれはそれを聞きふと顎に右の指を当てて考えた。
「そうだな。前の北方侵攻への復讐ということにしておこう。あの時は大勝利だったがな」
「それはよろしゅうございます」
「それから選挙だ。その準備もしておこう」
「はい」
 選挙は二年後の予定である。だが彼等は準備をしておく、と言った。この意味は何であろうか。
「これで私も土台を築くことが出来たな」
「はい、思えば長い道のりでありました」
 ハルシークは遠いものを見る目で言った。
「長い道のりか」
 彼はそれを聞きハルシークの顔を向けた。
「私はそう思ったことはないがな」
 その顔は不敵な笑みに満ちていた。
「ここまでは予定通りだ。別に長いとは思わない」
「左様ですか」
「うむ。それにここで長いと言ったらどうなる」
 彼はここで顔を地図に戻した。
「私の夢、それはわかっているだろう」
「はい」
 ハルシークは答えた。
「このサハラを統一すること」
「そうだ。今まで我々はエウロパの侵略に為す術もなく連合やマウリアには無視される存在でしかなかった」
 シャイターンの言葉には怒気が含まれていた。確かにそれは真実であった。彼等の長い歴史は戦乱の歴史であった。それが為に辺境の開拓もろくに行なわれず人口も増えなかった。そして産業も連合のように発達しなかった。ただ軍事関係のみが異様に発達するという歪な形で発展していた。
「そうした歴史に幕を降ろす時が来たのだ」
 シャイターンは言った。
「これまでの歴史は屈辱の歴史だった。それが私により変えられる」
 その声には明らかに野心もあった。
「私がこのサハラの主となる。そしてこの国を連合やエウロパに比肩する国にするのだ」
「その為には及ばずながら」
「うむ。ハルシークの力、使わせてもらおう」
「有り難き幸せ」
 ハルシークはそう言うと恭しく頭を垂れた。
「まずはサラーフとの戦いからだ。そして次は北だ」
「はい」
 シャイターンは再び地図に目を移した。
「それからも道はある。よいな、私はその道を進んで行く」
 彼はそう言うと腰の剣を抜いた。
「立ちはだかる者はこの剣で消す。手段は選ばん」
 それが彼の道の進み方であった。
「全てをこの手に入れるまではな」
「はい」
 シャイターンはその場を去った。そして自室に引き揚げて行った。

 アッディーン率いるオムダーマン軍に対し全軍を挙げて決戦を挑むことを決定したサラーフ軍は首都アルフフーフを出撃した。総司令官はミツヤーン、参謀長はホリーナムでありその下に三十個艦隊があった。
 その数約三十万隻、兵力において三千万、かつてない規模の大軍であった。
「これだけの兵があればどのような連中でも勝てんだろうな」
 ミツヤーンは艦橋で自信に満ちた声で言った。
 その左右には女達がいる。途中で買った娼婦達だ。何と彼は艦橋に女を引き込んでいるのだ。
「はい、最早我等の勝利は決まったも同然です」
 ホリーナムもであった。それを見た軍の心ある者達はその信じられぬ行動に思わず眉を顰めた。
 だがそうした常識を持つ者はこの時のサラーフ軍、とりわけ上層部においては少数派であった。多くの者が大なり小なりこうした状況であった。 

 

第三部第五章 雑軍その四


 キヨハームは途中寄港した星の酒場でホステスを犯した。モトキーラムも一緒であった。
 エトンは女子大に車で乗りつけるとそのまま二人の学生を拉致した。そして今だに自分の艦の自室に監禁し慰み者としている。ペタシャーンは酒を飲みながら指揮を執っている。そして誰から構わず部下達を虐待していた。
 こうした者達が軍を率いているのだから風紀などとうの昔に崩壊していた。元々この軍は傭兵や罪人等を入れた混成軍である。統率をとるのが困難であると予想されていた。
 だがミツヤーンもホリーナムも兵士を取り締まるようなことは一切しなかった。その為彼等は寄港先でトラブルを起こし側を通る商船から通行料として金を巻き上げたりしていた。
 これを批判する者はいなかった。それどころかマスコミは彼等を『勇者』として称えその行いも既存の軍の在り方を打ち破る『英雄的な行い』と評価していた。
「ところで、だ」
 ミツヤーンは娼婦達の胸をまさぐりながらホリーナムに尋ねた。
「ムスタファまではあとどれ位だ」
「はい」
 ホリーナムは娼婦に自分の股間をまさぐらせている。すぐにでも部屋に消えてしまいそうな勢いである。
「十日程です」
「そうか」
 ミツヤーンは葡萄酒を瓶に口を当てて飲んでいた。仮にも将校とは思えない品のなさだ。
「ならばそれまではゆっくりできるな。そしてムスタファ星系を陥落させたら」
「ええ、そこで宴といきましょう」
「酒に女でな」
 彼等はそう言うとそれぞれ自室に消えて行った。それを見送る心ある将兵達の目は嫌悪に満ちていた。
 だが彼等はその直後とんでもない目に遭うことになった。
「何を見とるんじゃ」
 そこにキヨハームが来たのである。
 全身筋肉の固まりである。だがそれはおそらくウェイトトレーニングや薬で作られた筋肉だ。すぐに見ただけでわかるようなものであった。
 顔はまるで犯罪者かチンピラのようである。極めて獰悪な人相である。
「御前等ミツヤーン閣下のやられることに不満でもあんのか」
 そして彼は先程ミツヤーン達を嫌悪の目で見た将兵達を前に引きずり出して来た。
「とんでもない奴等だな、上官をそんな目で見ているなんて」
 モトキーラムが言った。これまた軍人というよりは夜の街の男の様な格好である。軍服を着崩しそこに色々なアクセサリーを着けている。その顔は気色悪い化粧をしている。
 彼は何と側に幼女を連れている。歳は五歳程であろうか。真っ裸にして首に鎖を着けて引いている。
「おい、こいつ等どうすべきじゃと思う?」
 キヨハームはモトキーラムともう一人の男に対して問うた。
「潰すべき」
 色の黒い大男が言った。ブランデーを瓶に口をあて飲んでいる。この男がペタシャーンである。
「ペタシャーンの言うとおりですね、キヨハームさん」
 モトキーラムが言った。
「御前もそう思うか」
 キヨハームは残忍な笑みを浮かべてそう言った。
「そやがこのまま普通に殴っても面白くないと思わんか」
「はい」
 モトキーラムは底意地の悪そうな笑顔で応えた。
「おい、あそこ行こうか」
 彼等はその将兵達をトイレに連れて行った。そして彼等の顔を大をたす便器に突っ込んだ。
「おら、これでも飲めや」
「グググ・・・・・・」
 彼等はジタバタともがき苦しむ。キヨハームはその尻に思いきり蹴りを入れた。
「これでも飲んで目を覚ませや。上官の悪口言う奴は酔うとる証拠じゃ」
「そうそう、ただそれだけじゃ酔いは醒めませんよ」
 モトキーラムはそう言うと箒を持って来た。
「こうでもしないとね」
 そしてそれを尻の穴に突っ込んだ。
「ググッ・・・・・・!」
 その兵士は思わず苦悶の声をあげた。キヨハームはそこに肘を入れた。
「黙らんかい、折角こうして酔いを醒まさせてやっとるんじゃ」
 その隣ではペタシャーンが他の将兵達を殴り飛ばしている。床に顔を打ち付けるとそれを脚で踏みつける。
「おら、有り難うございます、って言わんかい」
「そうだぞ、こうして提督様達が直々に世話をしてやってるんだからな」
 モトキーラムは箒をさらに突っ込んだ。その先に血が出てきた。
「礼はどうしたんじゃ、礼は」
 キヨハームはその兵士の顔を便器から取り出して問うた。
「あ、あうあわああああ・・・・・・」
 その兵士は最早苦痛で何も言えない。キヨハームはその兵士の顔をまた便器に突っ込んだ。
「まあええ。今日はこれ位で許したる。酔いも醒めたやろ」
「有り難く思うんだな」
 二人はその兵士の腹に最後にそれぞれ蹴りを入れて行った。
「ところでエトンはどうしとるんじゃ」
「救護船に向かいましたよ」
 モトキーラムが答えた。女性兵士は原則としていないサハラ各国であるが例外もある。
 通信兵には女性もいる。そして看護婦もいるのだ。
「ほう、あいつもお盛んやのお」
 キヨハームはそれを聞くと下品な笑い声をあげた。
「今頃は思う存分やっているでしょうね」
 モトキーラムもそれを聞いて似たような笑い声を出した。
「じゃろうな。全くあいつの趣味は変わらんわ」
 その頃救護船では実際に阿鼻叫喚の地獄絵となっていた。
「わし等もそっちへ行くか」
「ええ、いいですね」
 モトキーラムが頷いた。
「ペタシャーンはどないするんじゃ」
「そうだな」
 彼は兵士達を脚で蹴飛ばしながら言った。
「俺は酒があればそれでいい」
「あるぜ。たっぷりと」
「なら行こう」
 こうして三人も救護船へ向かった。彼等はこうした醜悪極まる行動を繰り返しつつ進軍を続けていた。

 この動きはマスコミにより大々的に報道されていた。美辞麗句と媚び諂いに満ちた文章が新聞に載りテレビを賑わせていた。
「こんなに動きがわかるとかえって怖いな」
 アッディーンはテレビを観ながら思わず呟いた。
「はい。それにしても今日はトクンですか」
 隣に立っていたガルシャースプは顔を顰めて応えた。
「ああ。いい加減こうも毎日毎日テレビに出ていると顔を覚えるな」
「それがテレビの持つ力の怖ろしさです」
「成程な」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。テレビではトクンが盛んにナベツーラやミツヤーンを礼讃していた。
「あのテリームの下劣さには嫌気がさしていたが」
 彼は腕を組んで言った。
「この男はああしたきちがいじみた発言をしないだけだな。中身は全く一緒だ」
「ええ。そのかわり聞いていて歯の浮くような賛辞ばかり言いますね」
「これはこれで腹が立つものだな」
 彼は不機嫌そのものの顔になっていた。
「はい、何の根拠もなく礼讃ばかりですから。こんなことは恥をほんの少しでも知っていれば言えないでしょう」
「この連中に恥という概念があるかどうかだな」
 アッディーンの顔は顰められたままであった。
「あとエジリームというのもいるな」
「ええ。あの男がマスコミを仕切っているようです」
「それでか。サラーフのマスコミ連中の発言や文章が異様に汚いと思ったら」
 サラーフのマスコミの文章や発言の汚さには定評がある。もっともそれはサラーフ以外での話でありサラーフの国民は知らない。
「読んでいてここまで不快になる文章も珍しい」
「本当ですね。まるで人間性の卑しさが滲み出ているようです」
「人間性か。それで一つ聞きたいのだが」
「何でしょうか」
「サラーフのマスコミ連中の人間性だが」
「はい」
 ガルシャースプは顔を前に出した。
「どうしてあのように卑しい輩ばかりなのだ?そういえば昔、そう二十世紀のマスコミもああした人間が多かったと聞くが」
「情報と権力を独占しているからでしょう」
 ガルシャースプは答えた。
「人間権力を独占し何でも意のままにしていると自然とああなります。そしてその中に溺れているうちにああいったふうになってしまうのです」
「全ては権力のせいか」
「はい。マスコミの権力は絶大なものですから」
 この時代でもマスコミには権力があった。ネットが発達していた一千年前のような行動はできなくとも、である。ネットがないサラーフでは言わずもがな、であった。
「全ては権力のせいか」
「はい」
「権力は腐敗するというのは昔からのことだが」
「絶対的な権力は絶対に腐敗するとも言われますね」
「サラーフではそれがマスコミだったわけか」
 アッディーンは腕を組みなおし言った。
「我々も肝に命じておかなくてはな。権力は腐敗するということを」
「はい。そしてマスメディアの危険性を」
「うむ」
 二人はそのあと会議室に向かった。そして翌日サラーフ艦隊を迎撃すべく十五個艦隊をもって出撃した。 

 

第三部第五章 雑軍その五


 両艦隊はムスタファ星系の前で対峙した。サラーフ軍の編成を見てアッディーン達は顔を顰めた。
「・・・・・・こう思うことはここへ来て何度目かもうわからないが」
 いい加減彼もうんざりした顔で言った。
「あの艦隊編成は何なのだ」
 そう言って前に展開するサラーフ軍を指差した。
「あれですか」
 参謀達も呆れ顔である。
「あれは最早戦陣ですらないぞ」
 そこにあるサラーフ軍は最早隊列すら組んでいなかった。
 ただ三十万の艦艇が無造作に並んでいるだけである。戦艦の横に補給艦があるかと思えばミサイル艦の横に掃海艇、巡洋艦と砲艦が並列し空母はバラバラである。
「戦闘力のない艦艇まで入れているとはな。あれで戦うつもりなのだろうか」
「どうやらそのようです」
「・・・・・・わからんな」
 アッディーンは首を傾げた。
「あのような出鱈目な陣は今まで見たことがない。素人ですらもう少しましな陣を組むぞ」
「連中はおそらく素人以下なのでしょう」
 シンダントが言った。
「なまじマスコミにおだてられているから有頂天になっているのです。そして革命的だか何だか知りませんがああした陣を組み得意になっているのです」
「そういうことか」
「はい。まあおそらく敵将はどれも愚劣な輩ばかりなのでしょう。ですから今もこうしてこんなものを送りつけてくるのです」
 彼はそう言うと一枚の文書を取り出した。
「電報か」
「はい、サラーフ軍からです」
 アッディーンはそれを手にとった。そして読んだ。
「馬鹿馬鹿しい」
 それを読み終えたアッディーンの感想はそれであった。
「何ですか?」
 参謀達がそれに対し問うた。
「読んでみるか」
「ええ」
「なら」
 参謀達はアッディーンに手渡されたそれに目を通した。
「何と・・・・・・」
 それを読んだ彼等も皆一様に不機嫌な顔になった。それは何と降伏勧告であった。しかもこのうえなく尊大な文章で書かれていた。
「まさか我々が降伏するとでも思っているのでしょうか」
「そのようだな」
 アッディーンは参謀の一人の言葉に対して答えた。
「まさかこんなものまで送りつけてくれるとは思わなかったがな」
「如何いたしますか?」
「それは決まっている」
 彼はそう言うとその降伏勧告の電報を参謀達から貰い受けた。そしてそれにライターで火を点けた。
「こうするだけだ」
 紙は床に落ちた。そして燃えて消えていった。
「これはこの紙だけの運命ではない」
 彼はこう言った。
「今前にいる愚か者共の運命でもある」
 そう言うとそのまま前に出た。
「勝つ、それも徹底的にだ」
「はい」
 参謀達はその言葉に敬礼した。そしてそれぞれの持ち場についた。こうしてムスタファ星系外の戦いがはじまった。まずはサラーフ軍の進軍である。
「どうやら敵は我等の威容に怖れをなしているようですな」
 旗艦においてホリーナムはミツヤーンに対して言った。
「うむ、そのようだな」
 ミツヤーンは酒を瓶にそのまま口をつけ飲みながら答えた。
「戦いは数で決まるものだ。それをあの若僧に教えてやれ」
「もう既に教えていますが」
 ホリーナムは下卑た笑いを浮かべて言葉を返した。
「フフフ、確かにな」
 ミツヤーンは汚れた歯を見せて笑った。
「では徹底的にやるか。折角送ってやった降伏勧告も無視したようだしな」
「はい、捕虜はとらずに」
「当然だ。ただし看護婦は例外だ。あれは戦利品とする」
「いいですな。私も何人か」
「うむ、戦いのあとが楽しみだな」
「全くです」
 彼等はその薄汚い歯を見せて下卑た笑いをあげた。そしてそのまま全軍を進ませた。
「動きがバラバラですね」
 サラーフ軍の動きを見た。ガルシャースプが呆れた顔で言った。
「そうだな。速度が異なる艦艇を出鱈目に組んでいるせいだろう」
 アッディーンはモニターに映るサラーフ軍の陣形を見てそれに応えた。
「エネルギー反応を見ると火力もバラバラだな」
「まさかここまで酷いとは」
 ガルシャースプの声は完全に呆れ果てたそれであった。
「戦術は決まったな」
 アッディーンは敵の動きを見て言った。
「兵を分ける。いつも通りな」
 彼はすぐに指示を下した。
「まずは火力の大きい艦艇が一斉射撃を浴びせろ。敵の突出した部分を徹底的にな」
「わかりました」
「そして機動力の高い艦艇は左右から斬り込め。そして敵の中で暴れ回ってやれ」
「はい」
「これは間違いなく勝てる。だがな」
 彼はここで言葉を一旦とぎった。
「ただ勝つだけではない。ここでサラーフの戦力を完全に壊滅させるぞ」
「はい」
「ではすぐに行動に移れ。そして奴等をこの銀河の塵に変えてやれ!」
 それが合図となった。オムダーマン軍はまず近付いて来るサラーフ軍に一斉射撃を浴びせた。
「そんなものが効くかい!」
 キヨハームは次々に炎の塊となり消えていく自軍の艦艇を見ても臆することなく言った。
「おい、どんどんいけ。退く奴は撃ってしまえ!」
「え・・・・・・」
 この指示にキヨハームの乗艦の砲術長やミサイル長達は一瞬言葉を失った。
「聞こえんかったか、今現に逃げとる艦があるな」
 見れば前に損傷し戦線を離脱しようとする巡洋艦があった。
「ああいう奴を撃つんじゃ。逃げるような奴は死んでしまえ」
「しかし閣下、あれは」
 周りの者はそれを止めようとする。だがキヨハームとその取り巻き達が彼等を殴り飛ばした。
「うっさいわあ!」
 殴り飛ばされた彼等はそのまま足腰が立たなくなる程までリンチを受けた。そしてキヨハームとその取り巻き共が指揮権を完全に掌握した。
「やれや」
 そしてキヨハームはその取り巻きの一人に対して言った。
「はい」
 その取り巻きは残忍な笑みを浮かべると射撃ボタンを押した。そしてその後退しようとしている友軍の巡洋艦めがけ砲撃を加えた。 

 

第三部第五章 雑軍その六


「攻撃です!」
 その巡洋艦のオペレーターが悲痛な声をあげた。
「何、何処からだ!」
 艦長は咄嗟に問うた。見れば彼は負傷している。彼だけでなくその他の多くの者も負傷している。どうやらかなりの損害を受けたようだ。その証拠に船足が遅い。
「味方からです、前から来ます!」
「そんな馬鹿なことがあるか!味方が撃ってくるなど・・・・・・」
「いえ、事実です。駄目です、避けられません!」
 そしてその巡洋艦は真っ二つに折られた。そして忽ち火球となり宇宙の中に消えた。
 キヨハームに撃たれたのはその艦だけではなかった。退こうとする艦艇は皆損傷を受けた艦艇であった。だがキヨハームはそれに構わず攻撃を仕掛けてきたのである。
「容赦すんな、どんどんやったらんかい!」
 彼だけではなかった。モトキーラムやペタシャーンも友軍の艦艇に対して攻撃を加えさせた。エトンはその時は自室に引っ張り込んだ看護婦達の相手をしていて指揮などそっちのけであった。
 それは督戦隊そのものであった。それを見て先に嫌悪感を露わにしたのはオムダーマンの方であった。
「あそこまで醜いとは思いませんでしたね」
 参謀の一人がアッディーンに対して言った。
「そうだな。今まで多くの戦場を回ってきたがここまで酷いのははじめて見た」
 アッディーンも嫌悪感を露わにしていた。
「これは個人的な考えだがな」
 彼はこう前置きしたうえで話はじめた。
「あの連中だけは許せんな。この戦いで一人残らず消してやる」
「はい」
 皆頷いた。それは賛同の返事であった。
「容赦するな、そして叩き潰せ!」
「ハッ!」
 珍しく感情のこもった指示であった。それはオムダーマン軍全将兵の感情でもあった。
 オムダーマン軍の攻撃は一層激しさを増した。サラーフ軍は容易に進めない。退く艦はキヨハーム達により容赦なく沈められていった。
「逃げる奴はまず撃て!」
 ミツヤーンもそう言った。そして彼等の一派はその通りにした。作戦指揮よりもそちらを優先させた。
 それが仇になった。碌に指揮する者もなく友軍に撃たれサラーフ軍は混乱状態になっていった。そこへ左右からオムダーマンの機動艦隊が突入してきた。
「行け、周りは敵しかおらん、ただ撃ちまくれ!」
 アタチュルクが指示を下す。敵陣に突入したオムダーマンの将兵はそれに従い攻撃を続けた。
 これによりサラーフの両翼は壊滅状態に陥った。それを見たアッディーンは次の指示を下した。
「よし、機動艦隊に敵の後方及び斜め後ろに向かうように伝えよ」
「わかりました」
 すぐに伝令が飛ぶ。そして機動艦隊はそれに従いサラーフ軍の後方及び斜め後ろについた。
 アッディーンはまた指示を下した。
「前方の部隊はそのまま三日月型の陣を作り前進せよ」
「ハッ」
 すぐに陣が汲みかえられる。そしてサラーフ軍を包み込んだ。
 これで包囲は完成した。サラーフ軍は完全に包囲された。
「フン、それで囲んだつもりか」
 ミツヤーンはまだ状況を理解していなかった。酒に酔った頭でモニターを見上げた。
「そんなもの我が軍の数の前には何の役にも立たんわ。構わぬ。逆に全方向に攻撃を仕掛けよ!」
 それは最早作戦の指揮ではなかった。ただ闇雲に攻撃せよ、と言ったに等しかった。
 無論それがまともな攻撃に繋がる筈もなかった。サラーフ軍は囲みを崩すことが出来ず次第にその数を減らしていった。
「さて、どうするつもりかな、連中は」
 包囲は上からも下からも行われていた。最早何処にも逃げ場はなかった。
「まさかまだ兵力を頼みにしているわけではあるまい」
 だが彼等はまだそれを頼みにしていたのである。
「小賢しい真似をしてくれますな」
 ホリーナムは完全な包囲下にあってもまだ自分達の置かれた立場をわかってはいなかった。
「そうだな。どのみち兵力では大きな差があるというのに」
 ミツヤーンもである。彼等は既に泥酔しており自分達の兵力がどれだけ消耗しているのかわかっていなかった。
 それはキヨハーム達も大体同じであった。彼等は部下に適当に指揮を任せ食事と称して自室で酒を飲み淫らな宴に興じていたのである。
「ここで一つお返しをしてやるか」
 アッディーンは意地悪く笑ってこう言った。そして側にいるシンダントに対して顔を向けた。
「ミツヤーンの電報を送るぞ」
「電報ですか」
「そうだ。文は俺が書く。すぐに用意してくれ」
「わかりました」
 そしてアッディーンはミツヤーンに宛てて電報を打った。それはすぐにミツヤーンの許にも届いた。それを見たミツヤーンは酒に酔った頭で怒り狂った。
「ふざけるにも程があるわ、若僧風情が!」
 彼は酒瓶を床に叩きつけそこらじゅうを踏ん回った。そして意味のわからないことを延々と喚き散らしている。
「どうしたのですか」
 ホリーナムはそんな彼に酒臭い息を出しながら尋ねた。
「これを見ろ」
 ミツヤーンはその電報を見せた。それを見たホリーナムもその顔を見る見るうちに真っ赤にさせた。
「何と・・・・・・。我々を馬鹿にするにも程がある!」
 その場にいた心ある者達は当然だ、と思ったが口には出さなかった。
「許さん、すぐに連中を成敗してくれる!」
「はい、総攻撃しかありません!」
 それは妥当な命令であった。ただし彼等も知能ではそれも妥当なものにはできない。
 彼等が下した命令は驚くべきものだった。
「奴等を瞬時に殲滅する。全方位に一斉攻撃を仕掛けよ!」
 それは先程と全く同じ命令であった。それを聞いた者は皆絶望した。
 だが彼等に意見を言う者はいなかった。何か言えばその場で射殺されかねなかった。実際に彼等は手に銃を持って喚いているのだ。
 その命令はすぐに実行に移された。それを見たアッディーンは思わず笑ってしまった。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたがこれ程までとはな」
 鈍重な動きでこちらに向かってくるサラーフ軍を見て嘲笑した。
「せめて一方向に攻撃を仕掛けるという考えにはならないのか」
「どうやらそのようですね。ここまでの愚か者も珍しい」
 ガルシャースプが言った。
「そうだな。そもそも火力も速度もバラバラに編成された艦隊で一斉攻撃を仕掛けて来るというのも馬鹿げているが」
 アッディーンはモニターから目を離さない。
「ここまでくると喜劇だな。愚劣にも程がある」
「そうですね」
 ここでシンダントが前に出て来た。
「愚か者共の愚かな戦いですから」
 その口調は辛辣そのものであった。
「しかし単純に喜劇と呼べないところもあります」
「それは何だ?」
 アッディーンは問うた。
「我々にとっては輝かしい勝利であるということです」
「それは少しキザな言葉だな」
 アッディーンはそれを聞いて苦笑した。彼はあまりそうした芝居がかった言葉は好きではない。元々演劇を観ないせいもあるだろうか。
「だが確かにそうなるでしょうね、このままですと」
 ガルシャースプが言った。
「閣下のご命令一つで」
「俺のか」
 アッディーンはその言葉に顔を向けた。
「はい、是非勝利の為のご命令を」
「勝利の、か。どうもそうした芝居がかった言葉は好きにはなれないが」
 そう断ったが今こそ命令を下す時であるのはわかっていた。
「全軍まずは一斉射撃を浴びせよ。そしてそのあとは波状攻撃を休むことなく行え!」
「ハッ!」
 ガルシャースプと参謀達が一斉に敬礼した。そしてそれはすぐに実行に移された。
 オムダーマン軍のビームとミサイル、そして魚雷が一斉に放たれる。それはサラーフ軍の前面の艦艇を激しく撃ちすえた。
「そんなものが通用するかい!」
 キヨハームはすっかり泥酔した様子で艦橋に来るとその攻撃を見て言った。
「構わん、前進じゃあ!」
「しかし・・・・・・」
 周りの心ある僅かの者がそれを制止しようとする。しかし。
 そこに拳がきた。彼はそれを顔面にまともに受けた。
 右の眼球が衝撃で飛び出る。そして壁に後頭部を叩きつけられた彼はそのまま床に崩れ落ち動かなくなった。
「わしに指図できる程の身分なんかい、御前は」
 彼は血に塗れた拳を軍服で拭きながら言った。
「行くぞ、何か言う奴は今のこいつみたいになるぞ」
「はい、わかってますよ」
 取り巻き達は嬉々としてそれに従った。他の者も無残な屍を見て仕方なく従った。
「おら、行けや!」
 キヨハームは自身の艦を前に進ませた。
「わし一人であいつ等全部やっつけたるわあ!」
 どうやら彼は臆病ではないらしい。しかしだからといってそれが戦上手とは限らない。
「前に飛び出してきた艦に攻撃を集中させろ!」
 アタチュルク達各艦隊司令の指示が飛ぶ。それに従いオムダーマン軍は攻撃する。
 忽ちキヨハームの乗艦は十発のミサイルを受けた。そして瞬時に炎の塊となり宇宙の塵となった。キヨハームが自身の無様な死を知ったのはジャハンナムにおいてであった。
 エトンは作戦指揮などせず看護婦達を相手に淫らな行いを続けていた。その司令室に旗艦の若い将校達が入って来た。
「何だ貴様等、俺は忙しいのだ!」
 見れば彼は全裸で看護婦を押し倒していた。それを見た将校達は黙ってビームガンの引き金を引いた。
 エトンの頭をビームが貫いた。そして彼は看護婦の上に崩れ落ちた。見れば看護婦には意識がない。どうやら首を絞めて殺してそれを死姦していたようだ。
「こんな奴が指揮官だったのか・・・・・・」
 彼等はエトンの屍を蹴り飛ばしながら言った。
「だがこれでお終いだな。こいつはジャハンナムへ行った」
「ああ。そもそも生まれてきたのが間違いだったがな」
 彼等はそう言いながら司令室を出た。そして艦橋に戻った。 

 

第三部第五章 雑軍その七


 艦橋では多くの死体が横たわっている。どうやらいざこざがあったようだ。
 見れば倒れているのは人相の悪い者ばかりである。どうやらエトンの部下達のようだ。
「サラーフの誇りを汚した愚か者共が」
 彼等はその屍を見ながら吐き捨てるようにして言った。
「暫くそこで転がってろ。あとで処分してやる」
 そう言うと電報をオムダーマン軍に対して出した。投降の電報であった。
 こうした艦が次々に出て来た。そして彼等がまず行ったことはミツヤーン派の者達への攻撃であった。
 モトキーラムはとりわけ無残な最期を遂げた。艦橋において彼に今まで虐待されていた兵士達が襲い掛かりまず全裸にされた。そして全艦艇に実況されながら寸刻みにされた。それはオムダーマン軍からも見られた。既に艦橋は占拠され投降が受諾されていたからこそ出来たのであった。モトキーラムの部下達は生きながらダストボックスから宇宙空間に放り出された。
 それを見たペタシャーンは激昂した。すぐにモトキーラムの乗艦に攻撃を仕掛けようとしたがその前に兵士達に後ろから撃たれた。彼等もペタシャーンにはいつも些細なことで虐待を受けていたのだ。その死体はバラバラにされ晒しものにされた。
 最早オムダーマン軍による攻撃よりもサラーフ軍の心ある者達がミツヤーン一派を攻撃する方が苛烈になっていた。彼等は今までその横暴を指をくわえて見ているだけしかできなかった。だが遂にそれに立ち上がったのだ。
 まずオムダーマン軍に投降を打診する。そしてそれが認められるとすぐにミツヤーン派の連中に襲い掛かったのだ。こうしてこの戦いは新たな局面を迎えた。
「何か話が変わってきたな」
 次々とやってくる投降の打診にアッディーンは面食らっていた。
「はい。こうなるとは思いませんでした」
 ガルシャースプが答えた。
「それだけあの連中が憎まれていたということか」
「でしょうね。まあ心ある者ならそうでしょう」
 サラーフ軍にも心ある者は多かった。その代表とも言えるのがグルド=スマラであった。
「ミツヤーンは何処だ!」
 彼は自らの下にある艦隊全てを率いてオムダーマン軍に投降した。そしてミツヤーンを探して戦場を荒れ狂っていた。
 彼もサラーフを愛していた。だがそれは正常なサラーフであり今のような異常なサラーフではなかった。その為サラーフを極限まで腐敗させたナベツーラ、そしてその下にいるミツヤーン達が許せなかったのだ。
 彼だけではなかった。その他の多くの者がミツヤーン達を狙いオムダーマンについた。彼等はこの戦いに負ければサラーフの滅亡が確実なのはわかっていた。だがそれは最早包囲された時点で確定していた。彼等にとって第一の敵はそういう状況にしたミツヤーン達であったのだ。
 次々とミツヤーンに与する者達が惨殺されていく。そしてオムダーマンに投降する者はあとを絶たなかった。オムダーマン軍は最早攻撃を加えてはいなかった。ただサラーフの投降を認めその援護をしているだけであった。
 ミツヤーンは戦場を逃げ回っていた。そして軍の一部がかろうじて包囲の隙を見つけそこから逃げて行くのを見た。じつはこれはアッディーンが意図的に用意した罠であった。
「奴は必ずそこに引っ掛かる。あの男を倒せるのなら少し位の取りこぼしは構わん」
 アッディーンは言った。ミツヤーンとホリーナム達はそれに気付かずそこへ突入しようとした。
 その時だった。彼等の前にオムダーマンの艦隊が一斉に現われた。
「な・・・・・・」
 こちらは僅か数隻しかない。まともにやって勝てる筈もない。彼等は慌てて他の逃げ道を探す。
 だがそれはなかった。上も下も、右も左も塞がれていた。そして後ろからは別の者達が迫っていた。
「いたぞ、逃がすな!」
 サラーフ軍の者達であった。彼等はミツヤーン達を後ろから取り囲んだ。
「もう逃げられんぞ」
 そこでアッディーンの旗艦アリーからモニターで話がきた。
 アッディーンはミツヤーン達の艦のモニターに顔を出した。そして彼等に対し言った。
「私はオムダーマン軍の総司令官アッディーン上級大将だ」
 彼はまず自らの階級や氏名を名乗った。
「ミツヤーンとかいったな」
 彼はあえて侮蔑を込めてその名を呼んだ。
「貴様とその取り巻き共のことは聞いている」
 彼はあからさまに侮辱を込めていた。
「まず言っておくが降伏は認めぬ。貴様は死ぬべきなのだ」
 そう言うとさらに冷酷な言葉を浴びせた。
「貴様等を裁くのは我々ではない。後ろにいる者達だ」
 そこにはサラーフ軍がいる。かって自分達が顎で使い散々蔑視していた者達だ。
「死ね、私が言うことはそれだけだ」
 そしてモニターの回線を切った。それを見てミツヤーンとホリーナムは怒りで身体を震わせた。
「おのれ、若僧が・・・・・・」
 彼等はまだ自分達だけ助かろうと考えていた。そして周りの者達を見回した。そして自分達にほんの少しだけ似た顔立ちの者を二人程見つけた。実際には全く似ておらず彼等が酒に酔った目と頭で選んだ者達だった。
「おい、貴様等」
 ミツヤーンとホリーナムはその二人を前に引き出した。
「我々の身代わりになれ。いいな」
 何と彼等をかわりに人身御供にし自分達は逃げるつもりなのだ。だがその二人は冷たい声で言い返した。
「お断りします」
「何っ!?」
 二人はそれを聞きさらに激昂した。
「貴様等上官の命令がきけんのかあっ!」
「そうだ、それが軍人としての勤めだろうが!」
「上官!?軍人!?」
 彼等はそれを聞いて口の端を歪めて笑った。それは彼等だけではなかった。ミツヤーンやホリーナムを嫌悪する心ある者達全てがそうであった。
「一体どの口で言うやら」
 彼等はミツヤーンとホリーナムを取り囲みながら言った。
「御前達が一度でも軍人らしく行動したことがあったか」
「上官!?何の敬意も払うに値しない奴をそう思ったことは一度もない」
 彼等は既にミツヤーンやホリーナムの取り巻き達を拘束していた。
「そんなふざけたことを言う口はこうしてやる」
 まずはその口を拳で殴った。
「アググ・・・・・・」
 歯が折れていた。鮮血が飛び散る。二人は倒れ込み思わず口を押さえた。
「これだけじゃないぞ」
 そう言うと今度は股間を蹴り飛ばした。流石にこれには悶絶する。
「まだだ、今までの恨み晴らしてやる」
 誰かが何本かナイフを持って来た。そしてミツヤーン一派を取り囲んだ。
 その様子はモニターでオムダーマン、そして投降したサラーフの将兵全てに送られた。彼等はモトキーラムやペタシャーンと同じようにゆっくりと寸刻みで処刑されていった。
 この二人の処刑をもってムスタファ星系外の戦いは終わった。結果はオムダーマン軍の圧勝であった。
 サラーフ軍で戦線から離脱できたのは一割程度、四割近くが戦死した。その中には味方により殺されたミツヤーン派も入っている。そしてその他は皆オムダーマン軍に投降した。何と彼等は自軍と同じ位の大規模な捕虜を得たのだ。
「まさかこんなことになるとはな」
 流石にアッディーンもこの事態には閉口した。
「どうするべきかな」
 そしてバヤズィトに対して問うた。彼が後方参謀であるからだ。
「そうですね」
 バヤズィトもこうした事態は予想していなかった。暫し考え込んだ。
「まずは武装解除しましょう。そうすれば暴動等が起こっても心配はありません」
「うむ」
「それから」
 彼はまた考え込んだ。そして言った。
「捕虜はまず後方に送りましょう。殺すわけにもいきませんし」
「そうだな。それは論外だ」
 アッディーンは戦場での勝利を追及こそすれ捕虜や非戦闘員に対して危害を加えることはしない。それは彼にとっては最も卑しむべきことなのだ。
「カッサラまで送るとするか。それからは軍の上層部に任せよう」
「そうですね。おそらく上手くやってくれるでしょう。少なくともアジュラーン閣下なら悪いようにはしません」
「だな」
 アジュラーンも捕虜に危害を加えるような人物ではない。その点は安心だった。
「あとはサラーフを倒したあとですかね。おそらく彼等も我が軍に編入させるでしょう」
「問題は忠誠心か」
「そうですね。しかしそれは今のサラーフに対してでしょうか」
「それはないだろう」
 アッディーンは言った。
「あんな状態の国を誰が支持するというのだ。支持するのはそれこそ骨の髄まで腐り果てた者共だけだ」
「でしょうね」
 バヤズィトはその言葉に頷いた。
「ですが本来のサラーフに対しては、ですね」
「そうした者は仕方ない。こちらが無理に服従を強いても無駄だろう。かえって逆効果だ」
「はい」
 ここには後々火種を抱えてしまうのではないか、という危惧もあった。
「それにナベツーラは出鱈目に兵を集めたようだな。問題のある者が多いと聞く」
「そうした輩は既にあらかた死んでおりますが」
「だがまだ僅かながら生き残っているだろう。一人残らず見つけ出して軍事裁判にかけよ。そして然るべき処置をとれ」
「わかりました」
 それは処刑という意味であった。
「彼等のオムダーマン軍への編入は急ぐ必要はないな」
「はい、むしろ早急に行っては危険な問題だと思います」
 バヤズィトは言った。
「何しろ膨大な数です。旧ミドハド軍の編入もそれなりに手間がかかりましたし」
「今回の規模はその比ではないからな」
「その通りです」
 バヤズィトはその言葉に頷いた。
「それに最早サラーフに軍を回復させることはできまい。これだけの損害を受けてはな」
「あとはアルフフーフを攻略するだけですね」
「いや、それはまだ先だ」
 アッディーンはそれに対しては首を横に振った。
「急いではならない。まずは星系を一つ一つ我々のものにしていこう」
「このムスタファを拠点としてですね」
「そうだな。だがすぐに拠点を移すことになる」
 彼は言った。
「その場合はアルフフーフとムスタファの中間点がいいな」
「それならいい場所がありますが」
「何処だ?」
 アッディーンは問うた。
「アルマザール星系はどうでしょうか」
「アルマザールか」
 その星系のことはアッディーンも知っていた。交易の中心でありアルフフーフに次ぐ人口を誇る星系である。
「あそこなら各地に兵を送ることも容易ですしね」
「そうだな。それに物資も集まりやすい」
 アッディーンは考えながら言った。
「よし、まずはアルマザールに進むか」
「それがよろしいかと」
「よし、全軍に伝えよ」
 アッディーンは参謀達の方を振り向いた。
「この戦いの処理が終わり次第アルマザールに進軍する。そしてそこからサラーフ各地に兵を送る」
「わかりました」
 参謀達が応えた。
「そしてアルフフーフを攻略する。ナベツーラの首は最早我等が手にある!」
「ハッ!」
 艦橋にいた全将兵が敬礼した。そして彼等は戦いの傷を癒し次の行動に備えるのであった。


第三部  完


                 2004・7・3 

 

第四部第一章 欺瞞の国その一


                 欺瞞の国
 ムスタファ星系外の戦いでのオムダーマン軍の大勝利の情報はすぐに各国に伝わった。
 それはサハラ各国だけではなかった。連合やエウロパにも知れ渡っていた。
「これでサラーフは終わりだな」
 こう見る者が殆どだった。最早サラーフには戦力はなくあとはオムダーマンの侵攻に為す術もなくやられるだけだというのが大方の予想であった。
 だが当のサラーフはそう思ってはいなかった。
 何とこの戦いはサラーフ軍の大勝利だと報道されたのだ。
「名将ミツヤーンの知略冴えわたる」
「名軍師ホリーナム颯爽と登場」
「見よ、これが猛将キヨハームの戦いだ」
 こうした歯の浮くような賛辞が全くの捏造記事と共に新聞やテレビで乱れ飛んだ。そしてサラーフの市民達はそれを信じた。
 そして死んだ筈の彼等がインタビューを受ける。俳優を使ったのだ。
「今度はどうなさるおつもりですか?」
 アナウンサーがテレビに出演した死んだ筈のミツヤーンに対して尋ねた。
「決まっていますよ」
 彼は自信に満ちた声で言った。
「オムダーマン全土を一気に併合するまでです」
「おおっ、流石は稀代の名将です!」
 そうした臭い芝居がテレビで行われた。八条はそこまで見るとテレビのスイッチを切った。
「いい加減精神衛生上悪いですね」
 彼は不快感を露にしてそう言った。
「ですね。まさかこの時代にここまで酷い捏造報道が見られるとは思いませんでしたよ」
 側にはチョムがいた。彼は仕事の打ち合わせで八条の官邸に来ていたのだ。
「我が国もかつてはこうしたマスメディアの弊害に悩まされたのですが」
 八条はチョムの方に顔を移して言った。
「それは一千年以上も前のお話でしょう?」
「そうですけれどね。一度それで戦争に突入しそれから半世紀以上もの間彼等は専横を欲しいままにしました」
 日本の歴史の汚点とも言われる。この時代の日本のマスメディアは彼等がどれだけ権力を握り易く、そして腐敗し易いかということを世に伝えている。
「ネットがなければそのままだったでしょうね」
「そんなに酷かったのですか!?」
 チョムは思わず顔を顰めてしまった。
「はい。何度捏造しようが犯罪を繰り返そうが一向によくならないかったのですからね」
「それは私も歴史で学びましたが」
「結局マスメディアとはそうしたところがあります。自浄能力に欠けるのです」
「そのようですね。どうやらそれは政界や官界よりも酷いようです」
「情報を独占して密閉してしまいますからね」
 八条の言うとおりであった。マスコミはこの時代においてもそうした傾向があった。
 下手に警察や公権力が介入すればそれは報道の自由や言論の自由への侵害となる。また彼等はそれを常に楯にとる。なお彼等が幾らその報道の自由や言論の自由、人権等を侵害してもそれはお構いなしである。
「彼等へのチェックは行き届きにくいです。本当にネットが発達しなければ大変なことになっていたでしょうね」
 ネットはネットで問題がある。だが非常に有益なものであることは確かだ。
「少なくとも今のサラーフのようにはなりませんね」
「はい」
 チャムはその言葉に対し頷いた。
「サラーフにはネットがありませんから」
「だからあのようにマスコミが権力を握ると」
「それにしても酷いものですが」
 チャムも顔を顰めさせた。
「ナベツーラのような者に権力を握らせるのですから」
「おそらくあの国のマスコミとナベツーラは同じ程度の人間なのでしょうね」
 八条は表情を変えずに言った。
「だからこそあのように礼賛できるのです」
「成程」
 チャムは頷いた。
「人間というのは同じ程度の者しか理解できませんからな」
「残念なことに。結局それはどうしようもありませんね。それは人間の本質ですから」
 八条は寂しそうな顔をして言った。
「どれだけ素晴らしい思想や宗教、哲学でも人間自体の本質を変えるかというと。残念ながらそうではないというのが現実ですね」
「はい」
「それは仕方ないです。結局それは変えようがありません。しかし」
 八条はここで顔を引き締めさせた。
「律することはできますがね」
 それは彼の持論であった。結局人間の本質は変えることができない。だが自らを律し努力することで自身を高めることができるのだ。
 実際に彼は紳士として知られている。これは彼の常日頃の心がけと努力から得た評価だ。
 軍においては軍律がある。八条は軍律を厳しく定めた。それは彼等が軽挙妄動に走らないようにする為であった。
「まあこの話はそれ位にしましょう」
 彼はここで話を変えることにした。
「本来は別の理由でこちらに来てもらいましたし」
「おっと、そうでした」
 チャムは思い出したような顔で笑った。
 

 

第四部第一章 欺瞞の国その二


「今開発中の艦艇のことですね」
「はい、進行状況はどうでしょうか」
「順調です」
 彼は自信に満ちた声でそう言い切った。
「もうすぐ試作の艦艇が出来上がってきます。それの試験運用までもうすぐです」
「おっ、それは早いですね」
 八条にとってもそれは意外だった。こうした開発はどうしても遅れがちになってしまうからだ。
「ええ。色々と試行錯誤はありましたが」
 チャムは言った。
「ですが期間が長かったですしじっくりと考えることができましたから。防御力と生存能力には今までとは比較にならない程優れた艦艇になっていますよ」
「それは何よりです」
 八条はその報告に満足した笑みを浮かべた。
「高速戦艦等はどうなっていますか」
 そして機動部隊について尋ねた。
「こちらはあまり防御は考慮に入れませんでした」
 機動力を維持する為にはどうしてもあそうなるものである。防御力より速さを優先させる用兵思想だからだ。
「ただやはり生存能力は考慮しました」
「それはいいことです」
 八条は言った。
「結局将兵が死んでは何にもなりませんからね」
 彼は頬に手を当ててそう言った。
「折角育てた将兵に死なれては。しかも志願兵にも影響が出ますし」
 これは志願制の軍隊の悩みの一つだった。質も士気も高い兵を維持できるがその分待遇や安全性を考慮しなければならない。そうしたデメリットもあるのだ。
「そうですね。実は開発スタッフもそれを念頭に入れていました」
 チャムは言った。
「肝心の将兵に何かあっては元も子もありませんから」
「全くです」
 八条はそこで頷いた。
「兵器は幾らでも調達できますがね。少なくともこの連合の国力では。ですが」
 そこで言葉を続けた。
「将兵はそうはいきません」
 死んだ将兵は帰ってはこない。損害が大きければ先に述べたような事態が危惧される。
「結局彼等あってのものですから」
「その通りです」
 チャムは満足気な声で頷いた。
「今まで連合はとかく軍を軽視する傾向にありました」
「それは仕方ないです。海賊退治が仕事でしたから。エウロパ以外にこれといって脅威もありませんでしたし」 
 そのエウロパも睨み合いの状況であった。そして干戈を交えた戦いはしていない。
「待遇もそれ程いいとは言えませんでしたしね、どの国も」
 とかく給料だけはずめばいいという風潮が蔓延していた。それで将兵の士気が上がるかというとそうはならない。
「やはり真っ当な地位を約束するというのは重要ですね」
 八条の言う通りであった。人間というのはそれ相応の尊厳が与えられないと動かないものなのだ。長い間連合各国はそれを忘れていた。
「俗に言う平和ボケというやつでしょうか」
「それはあまり好きな表現ではありませんがね」
 八条はそう付け加えたうえで言った。
「残念ながらそうでしょう。我々は今まで海賊やテロリスト以外には特に脅威はありませんでした」
 所詮海賊は海賊である。そしてテロリストはごく一部の狂人達である。そうした連中が世の中を変えることなどできはしない。従って彼等は良識ある市民から憎悪こそされ一大勢力にはなりえないのだ。
「開拓を進め経済を発展させることだけを考えていればよかった。ですがこれからはそれだけではやっていけないかも知れません」
「といいますと」
「こうして連合軍が出来て動きはじめたのも」
 八条は落ち着いた声で話しはじめた。
「もしかするとこれから起こる銀河の潮流の一つかも知れません」
 今サハラ西方ではオムダーマンが日の出の勢いで伸張している。そしてシャイターンという男も出て来た。
 エウロパにおいてはサハラ総督府で勇名を馳せたモンサルヴァートが元帥になりその本土防衛計画を進めているという。明らかにこれまでとは何かが違っていた。
「こうしたことは過去にもありましたが」
 エウロパがサハラの侵攻した時もそうであったしサハラで大規模な戦争が起こったことも一度や二度ではなかった。この程度のことは過去には吐いて捨てる程あった。
「しかし今回は何かが違います」
 八条は顔を引き締めた。
「例えばです」
 そしてそう前置きしたうえで言った。
「サハラの強力な統一政府ができたなら」
 それは誰もが一度は考えるが所詮は夢物語と一笑にふしてきた話だ。
「どうなるでしょうね」
「どうと言われましても」
 チャムはそれを聞き考え込んだ。
「その政府が我々に対して友好的か敵対的かで状況は異なりますが」
 それは技術畑の彼にもわかることであった。技術者といっても軍人である。最低限こうしたことを考えられる戦略眼が要求される。
「いずれにしろ意識しなければならない相手になりそうです」
「ですね」
 八条はそれを聞いたうえで頷いた。
「もしこちらに何かしらの武力攻撃を意図するならば」
「その時は脅威ですね」
「はい」
 八条はその言葉に対し頷いた。
「その時に備えて開発を進めていきましょう」
「そうですね。そして長官が仰っていたあれのことですが」
「あれですね」
 彼はそれを聞いてニヤリと笑った。
「そちらの開発はどうなっていますか」
「やはり難しいですね」
 チャムはここで深刻な顔をした。
「何分あれ程までの巨大な艦艇となりますと」
 どうやらかなりの大型艦を開発しているらしい。
「装備や装甲、そしてエンジン等の開発も一からはじめておりますし」
「電子関係もですね」
「はい。ですが完成した時はかなりの戦力となるでしょう」
「頼みますよ。連合軍の象徴となる艦艇なのですから」
 八条は言った。
「今まで軍にはその象徴となる兵器がありました」
 それは二十世紀の軍隊においてよく見られたことである。
「ドイツ軍やソ連軍は戦車を開発しました」
 彼等はそれで荒野を突き進み敵を踏み潰してきたのだ。
「アメリカ軍は空母を持っておりました」
 その巨大な姿と艦載機が見る者を圧倒した。それがアメリカの覇権の象徴であったのだ。
「そして今我々は超巨大戦艦を持つのです」
「それもかなりの数を」
「はい。一個艦隊に旗艦として一隻ずつ。それで問題はないでしょう」
「ですね。火力も他の艦とは比較になりません」
「主砲の開発はどうなっていますか?」
「そちらも難航しています」
「やはり」
 彼はそれを聞くと頷いた。
「要塞すら攻撃できる主砲となりますと尋常なものではありませぬ故」
「難しいですか」
「はい。しかし今のところ設計だけは出来上がっています」
「どんなものですか?」
「ガンタース要塞群の巨砲をモデルにしたものです」
 連合のエウロパとの境にあるガンタース要塞群は十五の要塞星により構成されている。
 この要塞星には無数のビーム砲座やミサイルランチャーが装備されている。そして周りには小惑星があるがこれも完全に武装されている。将に鉄壁の要塞だ。
 それだけではない。基幹戦力である十五の星には主砲が備えられている。
 この破壊力は絶大なものがある。一撃で数千隻の艦を消し飛ばせる程である。
「幾ら何でもあれ程の破壊力はないでしょう」
「はい、それは流石に無理です」
 チャムは笑って言った。
「ですがかなりの破壊力があることは約束できます」
「そうですか。どうやら期待できそうですね」
「数千隻を一度に倒すのは無理でしょうけれどね」
「いやいや、仮に一千隻を倒す程度の破壊力でも」
 八条は言った。
「数隻で砲撃すればかなりの威力になりますから」
「そうでしたね。それが主砲の使い方でした」
 チャムはそれを聞いて言った。
「その艦をそれぞれの艦隊の旗艦にしようと考えているのです」
 八条はまた言った。
「それで電子関係もかなり充実したものにされたのですね」
「そうです」
 八条は頷いた。
「艦隊を編成する各艦を統制するには旗艦の電子や通信関係を充実させるのが最も効果的ですからね」
 勿論旗艦だけでは駄目だ。他の艦艇にもそれは欠かせない。連合の艦艇の電子及び通信の設備はかなり整っていることで知られている。これは海賊達への対策の結果だ。
「それだけにこの超巨大戦艦の役目は大きいものになります」
「艦隊の中心ですからね」
「そう、そして連合軍の象徴でもあります」
 八条の目が光った。
「この戦艦こそがこれからの連合軍の象徴。国内の平和を司るものになります」
「多分に政治的な意味合いもありますね」
「はい。元々軍というのはそうしたものですから」
 連合では長きに渡って忘れられていたことだ。
「これからエウロパにもガンタース要塞群だけでは心許ないですしね」
「エウロパだけですか?」
 ここでチャムは問うた。
「おわかりのようですね」
 八条はその言葉に対して微笑んだ。
「どうもサハラの動きが気になります」
 八条の目が考えるものになった。
「アッディーン提督ですか。オムダーマンの」
「はい」
 今や彼は連合においても知らぬ者のない程であった。
「彼によりサハラは大きく変わるかも知れません」
「少なくとも西方は大きく変わりましたね」
「はい」
 最早オムダーマンは西方を掌握したも同然であった。サラーフの崩壊は最早知らないのはサラーフの者達だけであった。そして今彼等はアルマザール星系に向かっているという。
「アルマザールを陥落させれば最早サラーフ全土を併合したも同然です」
 そこから各地に兵を進めることが出来る。その中には当然サラーフの首都アルフフーフも入っている。
「それがわかっていないのはサラーフの者だけですか」
「そうですね。しかし彼等もすぐにわかることになりますよ」
 八条はいささか冷淡な声で言った。
「亡国と、そしてマスメディアの害毒と共に」
 彼はシニカルな言葉や表情は作らない。だがそこには僅かにそれが感じられたように思えた。
 二人はそれで別れた。八条は官邸を出て国防省に向かった。
 

 

第四部第一章 欺瞞の国その三


 途中で農園が目に入った。
「また古風な農園ですね」
 八条は車中からそれを見て言った。
「そうですね、どうやら趣味でやっておられるようです」
 隣に座る秘書官が言った。
「昔ながらの農法ですね」
 見れば鍬を使い畑を耕している。そして水田には一つ一つ手で植えられたと思われる苗が並んでいる。
 この時代の農園は皆機械とコンピューターを使って作業し管理するようになっている。それだけでかなりの大規模な農場が経営できるようになっている。
 そして家畜や酪農も二十世紀のものとはかなり違っている。品種改良により大型化した家畜達は放牧を中心として育てられている。かっての人口飼料は問題があり廃止されたのだ。
 そして農家が個々で製造及び販売をしていることが多い。大規模なアグリビジネスを営む企業もあるが彼等もそうした農家と競合しているのである。
 それが連合の農業であった。今八条が見ている農園は最早連合では稀少価値であった。
「こうした農園もいいですね」
「はい、今の大規模な農園もいいですけれど」
 やはり何処か余裕がないのである。商業を意識しているせいであろうか。これは一面においては正しいがどうしても余裕をなくしてしまいがちになる。
 二人はそれを見ながら国防省に向かった。そして執務室に入った。
「また山の様な仕事が待っていますね」
「それは仕方ないですよ」
 そんなことを話しながら部屋に入った。そしてその山の様な仕事と向かい合うのであった。

 エウロパでも仕事の山に囲まれている男がいた。モンサルヴァートである。
「予想はしていたが」
 彼は書類のサインを終えると言った。
「一向に仕事が減らないな。これは一体どういうことなのか」
「それは仕方ないですよ」
 前に立つ若い男が言った。
「何しろ本土の防衛を一から組みなおすのですから」 
 その声は高く澄んでいた。見ればその顔も細く整っている。黒い髪と瞳を持っている。
 エウロパの軍服を着ている。長身である。
「そうだな。それは仕方ないか」
 モンサルヴァートは少し溜息を出して言った。
「それを少しでも和らげる為に私をお呼びしたのですね」
 その若者は微笑みを浮かべてモンサルヴァートに対して言った。
「お任せ下さい。私は事務仕事は得意ですから」
「タンホイザー中将」
 モンサルヴァートはここでその若者の官職及び氏名を呼んだ。
「私は卿を事務の問題で呼んだのではない」
「そうだったのですか!?」
 タンホイザーはそれを聞いて意外そうに言った。
「うむ。実は卿に頼みたいことがあるのだ」
 モンサルヴァートは顔を上げた。そこにはタンホイザーの顔がある。
「何でしょうか」
 彼は問うた。
「総督府だが」
 モンサルヴァートは言った。
「実は今これといった人材がいないのだ」
 モンサルヴァートと彼が指揮していたスタッフは全て本土に戻っていた。各艦隊の司令や参謀達もである。
「マールボロ閣下がおられるではありませんか」
「閣下に全て押し付けるつもりか!?」
「いえ」
 流石にそれをしようという者はいなかった。
「今はシャイターンも大人しいようだが」
 先の戦い以後シャイターンはエウロパにとって最も危険な男とみなされるようになっていたのだ。
「だがあの男は油断できん。我々を倒したその返す刀でサラーフ軍を壊滅させたような男だ」
「あの戦いは私も資料を読みました」
 タンホイザーは言った。
「見事ですね。頭ではわかっていても中々できるものではありません」
 そこには純粋な賛辞が込められていた。
「将に天才の戦い方です」
「あの男をやけに褒めるな」
「そうでしょうか」
 彼はモンサルヴァートの言葉に対し笑って誤魔化した。
「例え敵とはいえ人を素直に褒められるのはいいことだがな」
 モンサルヴァートはそれ自体を咎めるつもりはなかった。
「だが過大評価になるのならそれは危険だ」
「それはわかっておりますよ」
「どうだか。卿はどうも常に敵を求めるところがある」
「宿敵との絶え間ない戦いこそが騎士を育てるのですよ、閣下」
「騎士か」
 エウロパには騎士道が色濃く残っている。軍人は如何に汚い策を弄しても戦場においては常に正面から正々堂々と戦うのをよしとする。これはモンサルヴァートも強く持っている考え方である。実際に彼はアガレスとの戦いでは正面からアガレス軍と対峙した。これがとかく実利主義に走り勝利のみを求める傾向にある連合とは違う点である。
「私も騎士道は素晴らしいものだと思っている。それなくしては軍人ではない」
 モンサルヴァートも幼い頃よりそれを叩き込まれていた。
「だが卿の騎士道は私の騎士道とは違う」
「どう違うのですか?」
「私の騎士道は現実を見るようにしているつもりだ。時には策略も必要だ」
 だがモンサルヴァートの評価は戦術家である。戦略家ではない。このことからもわかるように彼もまた戦場での勝利を求め政治でのことは他者に任せる考えの持ち主なのだ。これは軍人特有の考えだろうか。
「政治は政治家や官僚の仕事だ」
 そういう考えは特に連合に強い。だが連合の軍人がそう考えるのはそれが彼等のビジネスだからである。連合の場合は政治に参加したければ選挙に行けばいい、発言したければ文民になれ、影響を誇示したければ政治家に立候補しろ、ということである。これは民主主義国家の基本的な考えであり実際にそうして政治家になった者も多い。今の大統領であるキロモトも軍人出身である。こうした軍人出身の政治家が特に差別されるということはない。確かに連合では軍人の地位はお世辞にも高いとは言えないがそれでも軍事の専門知識は貴重なものであることは事実だからだ。マウリアにおいてもそれは同じだ。だがマウリアは僅かながらカーストの考えが残っているようだ。
 だがエウロパは違う。貴族がいるが彼等は軍務は所謂『高貴なる者の責務』と考えている。だからこそ貴族が士官学校に入る例は多い。そして彼等は軍人はすなわち騎士であると考える。
「騎士は軍事のことだけを考えよ、政治は政治家に任せておけ」
 政治的な発言はことの他嫌われる。ただ政治家に転身するのはよかった。そうした柔軟性は持っていた。
 だからこそ軍事における謀略も本来ならあまり好まれるところではない。プロコフィエフのような人物もいるにはいるが戦争は戦場において敵を打ち破るものであるという考えが根強い。
「戦争とはそうではないのですか?」
 タンホイザーは爽やかな微笑みを浮かべて言った。
「戦争は政治の延長だという言葉は知らないのか」
 モンサルヴァートは少し苦虫を噛み潰して彼に対して言った。
「政治家にとってはそうですね」
 彼の言葉は相変わらずであった。
「それが将官の言葉か」
 モンサルヴァートの言葉は少し呆れ気味であった。実際には将官ともなればやはり政治のことも視野に入れなければならない。そうしないと広い視野による的確な判断はできない。
「私は騎士ですから」
 彼の言葉は相変わらずであった。
「確かに私はエウロパの中将の官を頂いております。しかし」
 ここでその目が光った。
「それよりも騎士です。騎士は戦場で勝利を収めることだけを考えるべきかと思います」
「つまり政治や謀略には関わるつもりはないということだな」
「はい。それは他の者に任せていればいいと。どのみち私には向きません」
「そうか、わかった」
 モンサルヴァートはそこまで言うと首を縦に振った。
「卿にはそうしたスタッフをつけるようマールボロ閣下にお伝えしよう」
「お願いします」
「だがシャイターンには気をつけるようにな。あの男は狡猾な男だ」
「はい」
 タンホイザーの顔から笑みが消えていた。
「戦場においても手強い。戦場で戦うつもりなら覚悟しておけ」
「わかりました」
「そして私からの餞別だが」
 彼は立ち上がった。そして後ろの窓のブラインドを上げた。
「見たまえ」
 そこからは港が見える。その中央に一隻の戦艦があった。
 

 

第四部第一章 欺瞞の国その四


 見ればモンサルヴァートの旗艦グラールと同じ型である。だが細部が少し違っている。
「新造艦だ。名前はグングニルという」
「グングニルですか」
 かって北欧の神話において嵐と魔術、そして戦いを司った隻眼の神、今はエウロパの信仰に戦いの神の一人として知られているオーディンの持つ槍である。その名に相応しく鋭利な形をしている。
「そうだ、いい名だろう」
「はい」
 タンホイザーは頷いた。
「この艦でサハラを頼むぞ。全ては卿の双肩にかかっている」
「わかりました」
「マールボロ閣下もおられるがな。だが」
 ここでモンサルヴァートの顔が曇った。
「選挙の結果次第ではすぐに戻ってもらうかも知れないが」
 エウロパでは総選挙の季節が近付いてきていた。今はラフネールが優勢だ。
 しかし反対派が追い上げてきているのである。彼等は保守派である。だがその主張はあまり保守的とは言えなかった。
 別に福祉や内政で革新なのではない。そんなものは時代と共に変わるものだ。現に今のエウロパにおいては内政は労働者優位、福祉は拡大が保守派の主張であった。革新派はそれよりも企業にも配慮した政策を執っていた。
 彼等の政策で最も重要なのは軍事であった。何と彼等はサハラ侵攻を抑え、縮小させるべきであると主張しているのだ。
 その根拠は東にあった。連合軍の設立を見て彼等に備えるべしと主張しているのだ。
「サハラなぞ分裂した小国の集まりに過ぎない」
 彼等はそう言う。
「だが連合は違う、確かに彼等は寄り合い所帯だ」
 その後に続く言葉はもう決まっていた。
「しかしその力は大きい。そして今武器を手にした!」
 言うまでもなく連合軍のことである。その存在が彼等を刺激しているのだ。
「だからこそ私も本国に呼び戻されたのだがな」
 モンサルヴァートは言った。
「それだけでは不十分だそうだ」
「閣下、私は政治のことには」
「ああ、さっき言ったばかりだったな、済まない」
 モンサルヴァートは今しがた行われた話に対して謝罪した。
「連合か。今まで睨み合いのままいられたのが不思議な位だ」
 モンサルヴァートは窓の向こうを眺めながら言った。
「いずれ彼等とも矛を交えるだろう」
 そう言いながらタンホイザーに顔を戻した。
「それはすぐかも知れない」
「だと面白いですね」
「面白い、か」
 モンサルヴァートは少し呆れた顔になった。
「はい、敵は強ければ強い程戦いがいがありますから」
「戦いがい、か」
「はい。軍人として生まれたのならやはり強い敵を倒したいものです」
「あっさりと言ってくれるな。相手はこちらの二十倍の国力、人口を擁しているのだぞ」
「だからいいのです」
 タンホイザーの声と表情はまた朗らかなものになっていた。
「閣下もそう思われませんか?強敵と正面から戦い打ち破る喜びのかけがえのなさを」
「戦争はスポーツではないぞ」
 ここで彼は釘を刺すことにした。
「そうでしょうか」
 だがタンホイザーは反論した。
「スポーツのはじまりはスパルタからですよ」
「それは知っている」
 知らない者もいないだろう、内心そう思ったがそれは言わなかった。
「ですから戦争も楽しむべきなのです」
「違うのは命をかけるか、そうでないか、か」
「はい」
 タンホイザーは頷いた。
「そもそもスポーツは戦争に備えて身体を鍛える為のものですし」
「それはそうだが」
 だがやはりタンホイザーのいささか軽薄ともとれる考えには賛同できなかった。
「少なくとも私にとってはスポーツも戦争も同じものです」
 彼はスポーツマンとしても知られている。士官学校時代はサッカーや体操で知られていた。成績も良かった。
「そういう考えだと何時か足下をすくわれるぞ」
「その時はすぐに立ち上がるだけです」
 やはりあっけらかんとした態度である。
「謀略に屈するようならそれまでだったということです」
「そこまで覚悟があるのならいいがな。まあいい」
 彼は話をここで止めることにした。
「すぐに総統に提案しよう、卿を総督府宇宙艦隊司令長官にするようにな」
「ハッ」
「責務は重大だ、心してかかるように」
 こうしてタンホイザーは総督府に向かった。そして以後エウロパはこの若き将でもって魔王と対峙することになった。
 歴史においてタンホイザーはよく便利屋だったなどと言われる。何かというと強敵と対峙させられたからだ。そしてそれが今はじまったのであった。

 連合とエウロパはそれぞれの計画にむけて行動を続けていた。それはサラーフでも同じであった。
「おい、あの会社へ渡す記事は出来ているか」
 首相官邸においてナベツーラはエジリームに対して問うていた。
「はい、こちらに」
 エジリームは頷くと懐に持つ書類をナベツーラに手渡した。
「おう」
 彼は葉巻を吸いながらそれを見た。
「よし、いいぞ。これなら問題ない」
 そう言うとそれをエジリームに返した。それはサラーフ軍の大勝利を伝える内容の偽の記事であった。
「まあどのみちマスコミに関しては心配してねえがな」
「テレビではトクンとテリームが頑張っておりますし」
「おお、あいつ等は本当によくやっているよ」
 アッディーンやガルシャースプが嫌悪感を露わにしたあの番組であった。それ以外にもこの二人はテレビに出てはナベツーラの歯の浮くような賛辞と敵に対しての容赦のあに罵倒を繰り返していた。良識ある僅かな人々は彼等がテレビに出るとチャンネルを替えてしまう。
「おかげでミツヤーンが勝ったと馬鹿共は思い込んでくれている」
 そうであった。サラーフのマスコミはサラーフ軍が大勝利を収めムスタファ星系を奪還したと報道しているのだ。これは全くの捏造であった。
「それは御前のおかげだな」
「有り難うございます」
 ナベツーラに言われエジリームは恭しく頭を垂れた。醜く黄色い歯が見える。
「総理」
 ここで秘書の一人がやって来た。
「何だ」
 ナベツーラはそちらに顔を向けた。
「お客様ですが」
「誰だ?」
「クマラ様です」
「おお、あの人か」
 ナベツーラはその名を聞いて思わず顔を綻ばせた。
「すぐにお通ししろ。失礼のないようにな」
「わかりました」
 傲慢なナベツーラとは思えない程の細かい気配りであった。
 やがて秘書に案内されクマラがやって来た。小柄で腰と顔の曲がった醜い老人である。
「おお、よく来られましたな」
 ナベツーラはその老人を笑顔で迎えた。
「何、親友のことを思えば」
 クマラは醜悪な笑みを作って言った。
 じつはこの二人は大学の頃からの同級生である。そしてナベツーラは政治家になりクマラはマスコミに入った。彼等は二人三脚で今までやってきたのだ。
 これを癒着ではないのか、と言う者もいた。だがそれは黙殺された。彼等の癒着は『美しい友情』なのである。この二人がなすことはどのようなものであっても善であった。それがサラーフであった。
「ミツヤーンが死んだようですな」
「はい、あの馬鹿者は愚かにも失敗しました」
 実はクマラの方が一歳上である。だからナベツーラも同級生とはいえ低姿勢なのだ。
「まあそんなことはどうでもいい。要はそれが国民に気付かれなければな」
「はい」
 ナベツーラは頷いた。
「エジリーム殿からお話は既に聞いております。こちらは任せて下され」
「お願いします」
「貴方はすぐに国会で威勢のいい演説をなさって下さい。そしてこちらにある兵力でオムダーマンを倒せばいいだけです」
「わかりました」
 この二人は軍事の本なぞ読んだこともない。兵を送れば勝てると思っているのだ。
「それでオムダーマンは終わりですぞ。そしてあとは我等の思うがまま」
「そうですな。二人でこの国を骨の髄までしゃぶってやりましょうぞ」
 ナベツーラも汚い笑みを浮かべた。
「その時は私共も」
 ここでエジリームも出て来た。この連中は結局私利私欲によって繋がっているのだ。
「わかったえおる。そなた等にもたっぷりと与えてやろう。権力の甘い蜜をな」
「有難き幸せ」
 今までもかなり甘い汁を吸ってきただろう。だがそれでも足りない。醜い人間の欲には限りがないのだ。
「では今日はこれで」
 クマラは挨拶をし踵を返そうとした。
「もうお帰りですか?」
「フォフォフォ、妾の相手をせねばなりませんから」
 クマラの女好きは有名である。彼は若い娘を手篭めにするのが好きなのである。家の使用人には全て手をつけ時には通り掛かりの女子学生を車の中に連れ込んだこともある。その多くは今も彼の屋敷で監禁されている。
「お若いことで」
「何、貴方も同じでしょう」
 その通りであった。ナベツーラも多くの妾がいた。それを毎夜虐待し、それを無上の喜びとしているのだ。
「ではお楽しみ下さい」
「貴方も」
 二人は下衆な笑みを浮かべたあとで別れた。ナベツーラはエジリームに向き直った。
「さてマスコミはこれでよし。あとはだ」
「はい」
 エジリームは頷いた。
「オムダーマンの連中を倒すぞ。一気にやる」
「わかりました」
「すぐに兵を送れ、そしてあの若僧の首をとるぞ」
「はい」
 二人は官邸から議会に向かった。そして出兵を密かに決定したのであった。
 

 

第四部第二章 愚か者の戦いその一


                愚か者の戦い
「そうか、懲りずにまた兵を動かすか」
 シャイターンは自身の屋敷の庭でサラーフの動向を密偵から聞いていた。
「はい、どうやら三万隻をもってオムダーマン軍の現在の本拠地アルマザール星系を攻撃するつもりのようです」
 漆黒の服に身を包んだその密偵は片膝をついて報告した。
「三万か。兵力にして三百万といったところか」
「はい」
 密偵は頷いた。
「勝てるはがない。ナベツーラもつくづく愚かだな」
「少なくとも軍事に関しては全くの素人です」
「それは知っているが」
 シャイターンは密偵に顔を向けて言った。その手で真紅の薔薇を触っている。
「それでも少し考えたらわかるだろう。三万で十五万に勝てるかどうか。ましてや敗残兵で」
「それがわからないようです」
「理解できんな」
「兵を送ればそれで勝利だと思い込んでいますから」
「そうか、兵を送り込んだら、か」
 シャイターンはそれを聞いて不敵に笑った。
「いいことを聞いた。他に情報はあるか」
「いえ、私が聞いたのはそれだけです」
「わかった、ではよい。下がれ」
「ハッ」
 密偵は影の中に消えていった。そしてシャイターンが残った。
「ふむ」
 薔薇を取りその香りをかいでいる。
「どうやら時が来たな」
 そう言うと鈴を鳴らした。
「お呼びでしょうか」
 程なくしてハルシークが姿を現わした。
「サラーフ軍が動いた」
「またですか。あれだけ痛めつけられておきながら」
 その声はいささか呆れたといった様子であった。
「うむ。三万でオムダーマンを倒すそうだ」
「ほう、それは面白いですな」
 シニカルに言った。
「我々のことには一切気付いていない」
「それはそれは。見事な戦略です」
 彼はシャイターンが何を考えているのかわかっていた。
「では我々も勝てるな。兵を動かすだけでよいというのなら」
「はい」
「準備はできているな」
「閣下のご命令を待つだけです」
「よし」
 シャイターンは薔薇を胸に飾りつけると妖しく笑った。
「すぐにサラーフへ向けて進軍する。三個艦隊でもってな」
「はい」
「エウロパとの国境に残る艦隊を回しておけ。どうやら新しい将が着任したようだ」
「誰ですか!?」
「私もはじめて聞く名だが」
 シャイターンはそう断ったうえで言った。
「ロギ=フォン=タンホイザーというらしい。かなり若い人物のようだ」
「タンホイザーですか」
 ハルシークはその名を聞いてふと考え込んだ。
「知っているのか!?」
 シャイターンはそんな彼に対し問うた。
「タンホイザーという名は聞いたことがあります。確かエウロパにおいて代々高名な音楽家を輩出した家です」
「音楽家か」
 シャイターンは音楽にもよく通じている。だがそれはサハラのものでありエウロパのものについては詳しくなかった。
「はい。軍人になる者がいるとは思いませんでしたが」
「異端児というわけか」
「そうですね、音楽家の家から見ると」
 彼は答えた。
「面白い奴のようだな。最近どうも私が興味を持つに値する者が多くていい」
 まるで危険を楽しむ悪魔のような笑みだった。
「楽しみなことだ。私の夢は強い者と共にあるのだからな」
「そうですな。世界は強き者によって治められるべきですし」
「いや、それは違うな」
 シャイターンはそれに対して首を横に振った。
「強い者、美しい者しか生きることは許されていないのだ。歴史においてもな」
「そうでしたな、これは迂闊でした」
「わかればいい、フフフ」
 シャイターンはまた妖しく笑った。
「仲間にいるもよし、敵にいるのもよし、だ」
「いずれにしろ閣下の覇道の華となるのですからな」
「そうだ。そうでなければサハラを統一しても面白くとも何ともない」
「強き者がいてこそのサハラですからな」
「その通り」 
 シャイターンは言った。
「行くぞ、サラーフの領土を幾らか手中に収める」
「ハッ」
「そしてそれを我等が力にする。次なる行動の為にな」
「次なる行動は」
「それはどうなるかな。東に行くもよし、北にいくもよし」
 彼は面白そうに笑った。
「どちらにしても私の辿り着くところは同じだ」
「サハラの王者」
「そういうことだ。そして今まで我等を嘲ってくれたエウロパの者達に鉄槌を加える。アッラーの鉄槌をな」
 彼もまたアッラーを信じていた。神を信じない者はサハラの者ではないのだ。
「その時こそ私の野望が達成される時だ。あの高慢な連中を一人残らずこの地から追い出す時がな」
「はい」
「その為にもハルシークよ」
 ハルシークに言った。
「そなたの力を借りる」
「喜んで」
 ハルシークは片膝を折った。シャイターンはそれを見て微笑んだ。まるで子供のように無邪気な笑みであった。
 こうしてシャイターン率いる北部諸国連合軍はサラーフへ向けて進軍を開始した。これもマスコミにより隠蔽されサラーフの民衆は何一つ知らなかった。

 シャイターンが兵を動かしたその時サラーフ軍三万はアルマザールに向かっていた。
「これだけ傷付いた艦を出撃させるとはな」
 その艦隊を率いる司令は顔を顰めて言った。
「最早我々に死ねということでしょうか」
 側にいた副司令が言った。
「だろうな。あいつにとっては我々の命なぞどうでもいいことだ」
「でしょうね」
 副官は納得したように言った。
「連中の頭の中にあるのは保身と権力、そして利権のことだけですしね」
「それだけでろくでもない連中だということがわかるな」
 司令は顔を顰めたまま言った。
「それがわからないのはマスコミの連中だ」
「あれがわからないのです」
 副官は怪訝そうな顔をして言った。
「すぐにでもわかりそうなものですが。私は連中の人相だけでわかりましたよ」
「奴等も同じだからな」
 司令は吐き捨てるようにして言った。
「奴等も権力に群がる蟻に過ぎん」
「そんな連中しかいないのですかね、我が国のマスコミは」
「残念ながらな。それに騙される方もどうかと思うが」
 彼はマスコミに踊らされるがままの世論を憂えていた。
「今ここで言っても何にもならないことはわかっているがな」
「ですね」
 副官も顔を暗くして言った。
「今は戦いのことを考えよう。どうするべきかな」
「はい」
 彼等は会議室へ向かった。だが戦力差は明らかである。結局何の解決法もなく会議は終わった。
 この時アッディーン率いるオムダーマン軍は既に布陣を終えていた。そしてサラーフ軍を待ち受けていた。 

 

第四部第二章 愚か者の戦いその二


「また来るとは思わなかったな」
 アッディーンは意外だと言わんばかりの顔をして言った。
「それだけあのナベツーラが無能だということでしょう」
 ガルシャースプが言った。
「そう言われると納得がいくな」
 アッディーンはそれを聞いて答えた。
「だがそれにしても酷い」
 彼はまた言った。
「この程度のことは誰にでもわかりそうなことだが。今は到底戦える状況ではないと」
「最早まともな判断力をなくしているのでしょう」
 ガルシャースプは言った。
「元々家柄とマスコミのバックだけであそこまでなった男ですから」
「それでもあそこまで酷いとな」
 アッディーンは顔を顰めていた。
「最早狂人の域に達している」
「そうですね」
 ガルシャースプは答えた。最初からわかっています、と言わんばかりの顔で。
「マスコミは狂気に走りやすいです。それは歴史が証明しています」
 ここでもかってのマスメディアの横暴と腐敗の話が出た。
「それを後ろ楯に持つ者もまた同じです。人は自分と同じレベルの者と結び付くものです」
「確かにな」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。
「それはどこでもそうだな」
 人間は社会的な存在である。であるからグループを組む。それは気の合う者同士によってなされる。そうでなくては不必要なトラブルが起こるからだ。
「そのような連中が支持する者などたかが知れています。だからこそあそこまで愚かなのです」
「その愚かさにも限度があるが」
 アッディーンは言った。
「我々にとってはよいことだと言っても見ていると見苦しくて仕方がない」
「それは同意です」
「しかもそれによって多くの者が命を失い傷を負うというのも嫌な話だな」
 彼は不必要な血を欲する男ではない。戦場で戦うことは好きだが決して残忍ではない。ましてや勝敗が決している状況では無意味な流血は許さない。
「それもまた歴史ではよくあることですけれどね」
 ガルシャースプの声が沈んだものになった。
「今もそうですが」
「こんな愚かな会戦はすぐに終わらせるにかぎるな」
「ええ」
 二人は頷き合った。そして敵を待ち受けた。
 やがて前からサラーフ軍が来た。かなり損傷が激しいのかその動きは遅い。
「来たな」
 アッディーンはそれを認めてすぐに指示を下した。
「囲め」
「わかりました」
 参謀達が敬礼する。そして各艦隊に伝令が飛ぶ。
 最初は重厚な陣を組んでいたオムダーマン軍は正面に来たサラーフ軍の包囲に取り掛かった。動きの遅いサラーフ軍はすぐに取り囲まれた。
「さてと」
 アッディーンは完全に包囲されたサラーフ軍を見て言った。
「来てくれ」
 そして参謀の一人を呼び寄せた。
「はい」
 若い参謀が彼の側にやって来た。
「この電報をサラーフ軍に届けてくれ」
 そう言うと一枚の紙を彼に手渡した。
「わかりました」
 その参謀は頷くとすぐに通信室に向かった。
「さて、どうするかな」
 アッディーンはサラーフ軍を見ながら呟いた。
 その電報はすぐにサラーフ軍に伝えられた。司令はそれに目を通した。
「何ですか?」
 副官が尋ねてきた。
「見たまえ」
 彼はそう言うとその電報を手渡した。副官はそれを見て言った。
「降伏勧告ですか」
「どう思う?」
 司令は彼に問うた。
「そうですね」
 副官は考える顔をした。
「最早サラーフの命運は尽きています」
 彼は言った。
「これ以上の戦闘は無意味から。未来がある若者達の命を無駄にするだけです」
「君もそう思うか」
 司令はそれを聞いて言った。
「はい、閣下と同じ考えです」
 彼はそこで言った。
「そうか」
 司令はそれを聞き艦橋にいる者を見回した。
「君達はどう考える?」
 そして全員に対して問うた。
「司令、副官と同じです」
 艦橋にいる全ての者がそう言った。彼等もナベツーラ達には愛想が尽きていたのだ。
「そうか、よし」
 司令はそれを見て頷いた。
「では決まりだ」
「わかりました」
 副官は敬礼した。そしてサラーフ軍三百万はオムダーマン軍に降伏した。アッディーンは一兵も失うことなくこの戦いに勝利を収めたのであった。こうしてサラーフ軍の戦力は殆どなくなってしまった。アッディーンは心おきなくサラーフ領を占領することが可能になった。
 

 

第四部第二章 愚か者の戦いその三


 三百万の捕虜を武装解除し後方へ送ったアッディーンは次の作戦を発動した。
「各地に兵を進めろ」
「わかりました」
 そしてサラーフ各地に兵を送った。
 兵もなく中央から切り離された形になっていたサラーフ各地は次々に陥落した。そしてオムダーマンは占領地を次々と拡大していった。
「首都アルフフーフにも兵を進めるぞ」
 各地の占領状況が順調なのを見てアッディーンは言った。
「俺が直接行く」
「わかりました」
 こうしてアッディーンは旗艦アリーをサラーフの首都アルフフーフに進めた。その後ろに一万隻の艦隊が続く。
「アルフフーフの防衛はどうなっているか」
 アッディーンはシャルジャーに対して尋ねた。
「それですが」
 問われたシャルジャーは前に出て来た。
「元々サラーフはその防衛を艦隊に頼ってきました」
 彼は言った。
「従って要塞基地は殆どありません」
「首都近辺にもか?」
「いえ、首都には流石にあります」
 シャルジャーは答えた。
「ブラークが」
「ムハンマドの愛馬か」
 コーランにある人頭馬身の神獣である。信じられない速さで空を駆ける。将に神の馬だ。
「はい、その名が示す通り信じられない速さで首都の周りを回っています」
「そして近付いた敵を攻撃すると」
「そうです、形は彗星に近いそうです」
「彗星か」
 アッディーンはそれを聞いて考える顔をした。
「はい、首都の周りを軌道に沿って動いています。それは衛星というより彗星です」
「ふむ」
 アッディーンはそれを聞いて考える顔をした。
「彗星ということは軌道は楕円状だな」
「はい、そうです」
「そして絶え間なく動きながらアルフフーフを守っていると」
「ナベツーラ達はブラークさえあれば心配はないと思っているようですが」
「相変わらずだな」
 アッディーンは冷笑をもって応えた。
「要塞一つで守りきれると思うか」
「どうやらそのようですね」
 シャルジャーは答えた。
「どこまでも愚かな」
 その声には侮蔑があった。
「それはもうご存知だと思っておりましたが」
「あらためて知るとな。おそらく今も自分達だけは安全だと思っているのだろうが」
「そうでしょうね」
 シャルジャーは言った。
「だからこそ平気なのですよ。軍が壊滅しても」
「どうやって攻めるかだな、問題は」
 アッディーンは言った。
「どのみち生かしておくつもりはない」
 彼もまたナベツーラ達のような輩を生理的に嫌悪していた。
「持久戦をとるか」
「兵糧攻めにするか」
 アッディーンは言った。
「それはどうかも思います」
 だがシャルジャーはそれに対して疑問の声を出した。
「何故だ?」
「一般市民にも犠牲が出ます故」
「そうか、そうだったな」
 アッディーンはハッ、と気付いた。彼は一般市民に危害を加えることをよしとしない。
 首都は一大消費地域である。その為補給路を絶てば効果はかなり期待できる。しかしそれだけ餓死者が多く出ることにもなるのだ。
「やはりブラークを陥落させるか」
「それがよろしいかと」
 シャルジャーは答えた。
「だが問題はどうするか、ですね」
「ああ」
 アッディーンは頷いた。口で言うのはたやすいが実行するとなれば難しい。
「問題はどうするか、だな」
 彼は地図を開いた。
「これがアルフフーフのある星系の地図だな」
「はい」
 シャルジャーはアッディーンの取り出した地図を見て答えた。
「見たところ攻めるのは容易いな」
「そうですね」
 アルフフーフ以外に七つの惑星がある。その間にはこれといった軍事基地はない。そしてアステロイド帯もなければ重力や磁気が複雑な場所もない。
「だからこそブラークを置いたのでしょうが」
「首都への備えとしてか」
 アルフフーフのところに彗星に似た軌道上でブラークが描かれていた。それはアルフフーフを完全に包んでいる。
「これはかなり厄介なものだな」
 アッディーンはその軌道を見て言った。
「そうですね」
 シャルジャーも頷いた。
「アルフフーフを完全に守っていますし。それに」
 彼はそこでブラークを指差した。
「動きもかなり速いです」
「そんなにか?」
 アッディーンは問うた。
「はい。艦隊とほぼ同じ速さでアルフフーフの周りを回っています」
「艦隊とか」
「ええ、高速戦艦と同じ速さで」
「それ程か」
「はい、信じられないかも知れませんが」
 シャルジャーは言った。
「そこまで速いとはな」
 アッディーンはあらためて考え込んだ。
「火力は正面に集中しています」
「だろうな、それはわかる。おそらくスピードと火力で攻めるのだろう」
「はい」
「そして傷ついたところをさらに攻める。違うか」
「その通りです。実はブラークは無人兵器でして」
「無人兵器か」
「はい、アルフフーフから遠隔操作しているのです」
「では止まることも可能だと」
「その通りです、敵に遭遇した場合は容赦なく最後まで攻撃が可能です」
「そうか」
 アッディーンはそれを聞いてまた頷いた。
「その火力はどの程度のものだ?」
「六個艦隊程だそうです」
「かなりあるな」
 アッディーンはそれを聞いて言った。
「こちらから迂闊に攻めることはできない」
「ですね」
「しかし攻めないわけにもいかんしな」
 それが要塞攻略戦のジレンマであった。
「どうしますか?」
 シャルジャーは問うた。
「そうだな」
 アッディーンは考えた。
「アルフフーフを陥落させるにはやはりブラークを陥落させるしかない」
 首都を守る要塞である以上それは仕方なかった。
「しかし艦隊で攻めては下手に損害を出してしまう」
 それが問題であった。損害は仕方ないが無駄に出す必要はない。
「どうするべきかな」
 アッディーンは地図を見ながら考えた。この星系は複雑な地形ではない。そしてアステロイドも少ない。だがその一つ一つは大きい。
「アステロイドは大きいな」
 アッディーンはその面積及び質量を見ながら言った。
「中には小さな衛星クラスのものまである」
 だがそれ等は交通上あまり重要な場所にはない。だから特に問題ではないのだ。
「こんな大きいのは滅多にないぞ」
 そう、大きい。彼はここで気付いた。
「ム!?」
「どうしました!?」
 シャルジャーが表情を変えたアッディーンに対して問うた。
「少将、これは使えるかも知れないぞ」
 彼の表情は明るいものになっていた。
「どうされるおつもりですか!?」
「聞いてくれ」
 アッディーンはそう言うと彼に対し話しはじめた。聞き終えたシャルジャーの顔も明るいものになっていた。
「それは面白いですね」
「貴官もそう思うか」
「はい、成功したらこちらの損害は皆無です」
「そうだろう、こうした戦い方もあると思う」
 どうやらかなり奇抜な戦法を考えついたらしい。
「やってみる価値はあるだろう」
「ええ」
 アッディーンは艦橋の前方を見たそちらはアルフフーフのある方である。
「見ていろ、ナベツーラ」
 彼は自信に満ちた声で言った。
「自分だけは安全だと思うな。この世に攻略されない要塞なぞ存在しない、そう」
 言葉を続ける。
「要塞とは後略される為にあるものだ。それをよく覚えておくがいい」
 なおエウロパは後にこの言葉を苦悶と共に知ることになる。
「よし」
 彼はここで艦橋を見渡して言った。
「全軍まずはアルフフーフまで兵を進めよ。そしてそこから作戦を発動だ」
「ハッ」
 シャルジャー他参謀達が敬礼する。
「アッラーは我等に勝利を与えられる。アルフフーフは一兵も損なうことなく我々の手に落ちる!」
「ハッ!」
 こうしてアッディーンの直率する艦隊はアルフフーフに向けて進撃を開始した。だがそれもサラーフのマスコミは報道せず偽りの報道ばかり繰り返していた。
 かってレーニンという流血の革命家が言った。
「その国のマスメディアを占領することは十個師団を駐留させるのに匹敵する」
 今風に言うと十個艦隊か。かなりの規模である。大規模な会戦が行える程の。それ程まで彼はマスメディアの力を高く評価していたのであった。
 そしてそれは間違ってはいなかった。彼の建国したソ連は実際にマスメディアを使って各国に自らの宣伝を行った。
 それだけではなかった。ソ連は共産主義という新しいユートピア思想により多くの国の知識人やマスコミの心を支配した。それにより彼等を自分達の陣営に取り入れたのだ。
「共産主義は全体主義に他ならない」
 当時からこう指摘する者がいた。だがそれは少数であった。まだ共産主義の正体は殆どの者が知らなかった。いや、知っていてもその上で賛美する者もいた。来るべき未来に自分達が支配者になる為に。
 そうした醜い輩が特に多かったのが八条の祖国である日本であった。日本は第二次世界大戦の敗北と共に連合軍の管轄に入った。この時共産主義者も牢獄から解放されたのだ。
 そこで問題が起こった。マスコミや知識人が今までのイデオロギーに替わって共産主義を選んだのだ。そしてそれは麻薬の様に日本を覆った。
 当時満州等でソ連軍の暴虐を知る者は多かった。彼等は軍律なぞなく犯罪者の集団であった。それがソ連軍の正体であった。
 だがこれは世間、とりわけ新聞等では出なかった。何故か。この当時共産主義勢力は『平和勢力』とされていたからだ。
「この時程日本の知性が地に落ちたことはなかった」
 ある歴史家はこう苦々しげに書き残している。
「奴等にとっては平和とは冒涜する為にあった」
 その通りであった。この者達は平和を口では叫んでも平和を愛してなぞいなかった。ただ自分達の主張を押し通す為の道具でしかなかったのだ。
 

 

第四部第二章 愚か者の戦いその四


 この連中の支配は四十年以上続いた。哲学やマスメディアだけでなく教育、歴史学、経済学等にもその害毒は及んだ。日本の知性はその間全く進歩しなかった。
 特に経済と歴史に与えた影響は甚大であった。二十世紀末期から二十一世紀初頭にかけて日本は長い不況にあったがこれは真っ当な経済学が発達しなかったのとマスコミが不況を煽り続けたからだった。彼等にとって経済とはマルクスしかなく資本主義経済など認められるものではなかったのだ。
 結果としてこの不況は長引いた。だが彼等の勢力が完全に壊滅した時この不況は終わった。
「マスコミが煽っていた部分が多かった」
 当時からこう指摘はされていた。だがマスコミはそれでも煽り続けていただけであった。
 結果として日本はこの不況から学んだ。マスコミに踊らされるな、と。結果として日本ではマスコミの力は極端に低くなった。知識人もそれまでのように無条件で尊敬されるようにはならなかった。
 特に教師の質が改善されるようになった。当時はびこっていた無能な教師や精神異常の教師は全て教壇から追放された。そして若い有能な教師がそれにとってかわった。教育も大幅に変わった。
 こうして日本は共産主義とその呪縛から解放された。だがその残照は日本だけでなく連合各国に今だに残っている。それが怪しげな市民団体である。マスコミの一部も彼等と結託している。
 だが連合では比較的ましである。ネットが発達しておりマスコミの欺瞞を見破られるようになっている。だがサラーフでは違うのだ。この国ではその十個艦隊が支配を続けていた。それがサラーフの不幸であった。
「マスコミは盲目の荒馬だ」
 こう言った哲学者がいた。
「それも何ら統制を受けない荒馬だ。誰も彼等を裁くことはできない」
 それはサラーフで見られた。後世の者は言う。サラーフはマスコミにより滅ぼされたと。そして今その崩壊の最後の幕が開いたのであった。

 サラーフの話は既に各国に伝わっていた。進軍中のシャイターンにもそれは伝わっている。
「そうか、アルフフーフまで行くのか」
 彼は旗艦イズライールの艦橋でその報告を聞いていた。
「はい、もうすぐ包囲すると思われます」
 若い将校が報告した。見ればシャイターンよりも少し若い。
「速いな。流石はアッディーン提督だ」
 彼はそれを聞いて言った。
「おそらくもうアルフフーフの包囲がはじまっているな」
 彼は言った。
「もうですか!?」
「うむ、その情報が入る頃にはな。そうしたものだ」
 情報のタイムロスである。
「そうでしたか。ですが閣下、アルフフーフには」
「言いたいことはわかっている」
 シャイターンは微笑んで答えた。
「ブラークだな」
「はい」
「あれは問題ない」
 シャイターンは素っ気なく言った。
「この世にアッラーの定めたもうた摂理以外に絶対のものはない。コーランに書かれていることは何だ」
「真理でございます、この世で唯一の」
「そうだろう」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「だがコーラン、そして我々ムスリムは寛容を以ってこれを為す」
 それは真実であった。イスラムは寛容を尊ぶ。都会の宗教、商人の宗教であるイスラムは強制を好まない。他の宗教の存在も認める。今では連合、エウロパの信仰と統合されたキリスト教や今もイスラエルに残るユダヤ教と異なり彼等はジズヤさえ納めればそれでよいとする。ただこの時にムスリムになった時の特典を提示して誘うのが彼等の賢明なところである。
 またその戒律もあくまで『目標』である。占いにしろムハンマドは好まなかったが実際にはイスラムでは占星術が発達した。飲酒は時代によって異なる。飲み過ぎないようにというのが本来の教えなのだと言う人もいる。人類史上に残る古典『アラビアン=ナイト』にしろ酒を飲む話が多い。そして非常時には豚肉を食べる場合もあったという。今は完全に食べないが。食べなかったのはこれは豚肉が傷みやすいからであった。犬の唾は狂犬病である。合理的な宗教なのである。そうでなくては広まらなかった。
 そうした信仰が今尚サハラでは生きている。連合にもムスリムはいるが彼等のイスラムとサハラでのイスラムは最早同じ宗教とは思えない程変わってしまっているのが現実である。
「その寛容なる教えは無謬はない。そう、コーラン以外に無謬の存在はないのだ」
「ではブラークも」
「当然だ。今まで陥落しなかった難攻不落の要塞があったか」
「いえ」
 その将校は首を横に振った。
「セバストポリもマジノ線陥落しましたし」
 両方共ドイツ軍の名称マンシュタインによって陥落させられた。セバストポリは重砲の射撃で、マジノ線は戦車部隊でアルデンヌの森を突破して後方に回り込んだ。こうしてフランスとソ連の要塞は為す術もなく陥落したのである。
「そうだ」
 シャイターンはそれを聞くと満足そうに頷いた。
「ブラークなぞ飾りに過ぎない。アッディーン提督なら何なく陥落させられる。当然私にもな」
 彼はここで不敵に笑った。
「あの要塞は一定の軌道を動いている」
「はい」
「その動きは非常にわかりやすい。そして攻撃方向も単純だ」
「では前方で引き付けて後方から回り込むというのはどうでしょうか」
「それは無理だろう」
 シャイターンは言った。
「後方にも攻撃が可能な筈だ。そうでなくては意味がない」
「そうでしたか」
 将校は残念そうに言った。
「だがいいアイディアだな。それは評価する」
「有り難うございます」
 彼はそれを聞き顔を綻ばせた。
「私なら別の攻め方をする」
「どうなさるのですか?」
「要はブラークを無力化すればいいだけだ。そう考えるとやりやすい」
「といいますと」
「何かをぶつけて破壊する。そうすればいい」
「無理に艦隊を送って攻略、占領する必要はないと」
「そうだ。元々無人の人口惑星だしな」
 彼は話を続けた。
「中にコントロール設備もない。だから占領してしまえばそれでいいというわけではない。むしろ破壊した方がいい。それにだ」
 シャイターンはここで顔を顰めさせた。
「あのようなものを楯にして自分達だけ生き残ろうとするその考えが好きになれない」
 整った顔を嫌悪感が次第に支配していく。
「ナベツーラとは一体何だ!?利権を漁り私利私欲と権力のみに生きている男ではないか。あの様な汚らわしい存在はこの世界にいる必要はない」
 彼は自身の美的感覚をも出して言った。
「私の理想とする世界には卑しい者は不要だ。汚らわしい者もな」
「それは心が、ですね」
「そうだ、容姿なぞは人それぞれだ。例えば私を好きになれない顔だと言う者もいるだろう」
「はあ」
 将校はそれには賛同しかねた。シャイターンの容姿は俳優顔負けであり北方諸国では下手なアイドル達よりも人気があるのだ。
「別にそれは構わない。人が私を好もうが嫌おうが」
「そういうものですか」
「いずれ私の前に跪くからだ、皆な。私はそれを黙って見下ろすだけでいい、何も言わずな」
 彼は他の者を抑圧する考えを持ってはいなかった。ただ自身の能力により心服させるだけでよいと考えていた。それだけ自分自身に自信があるのだ。
「だが卑しい者は別だ。そうした連中は必ず国を食い潰す」
「サラーフのように」
「そうだ。そうした輩は必ず取り除かねばならない。獅子身中の虫はな」
 彼はナベツーラ達をそう見ていた。そしてそれは当たっていた。
「かって内憂により滅亡の元を作った国は多い」
 人類の歴史の常である。
「内憂を取り除いていかねば国は成り立たないのだ」
「さもないとこうなると」
 そう、彼等もまたサラーフのその内憂のおかげで今こうして侵攻をすることが可能になっているのである。そうした意味では彼等は内憂を歓迎している。
「敵の内憂は好都合だ。しかし」
 シャイターンの目が光った。
「こちらは絶対に許してはならない」
「それが鉄則ですね」
 若い将校は顔を引き締めて言った。
「そうだ。サハラ西方一の大国サラーフもこの有り様」
 アッディーンは少し遠くを見るようにして言った。
「敵の内憂は焚き付けこちらの内憂は排除する。それも戦略だ」
「はい」
「敵を滅ぼす為なら手段は厭わぬ。こちらの滅亡の芽は早いうちに摘み取る。口で言うのは簡単だが行うのは難しい」
「ですね」
「もっとも人の世はすべてそうだが」
 彼は哲学を語るようにして言った。
「アルフフーフは陥落する。そしてオムダーマンは西方のほぼ全てをその手中に収めるだろう」
「アッディーン提督の手により」
「そうだ。それにしてもアッディーン提督か。まだ若いと聞くが」
「はい、閣下と同じ位の年齢だと聞いていますが」
「そうか、私と同じ位か」
 彼はそれを聞くと面白そうに笑った。
「一度会ってみたいな」
「え!?」
 将校はそれを聞くと思わず声をあげた。
「兵を三つに分ける。三方向にそれぞれ進軍せよ」
「三方にですか」
「そうだ、左右、そして中央だ。中央は私が率いる」
 シャイターンはすぐに指示を出した。
「左右の軍は各星系を進撃しろ。そして占領していくのだ」
「わかりました」
「言っておくがその際一般市民への掠奪、暴行はその場で銃殺とする」
 それがシャイターンの軍規であった。彼はことの他軍律に厳しかった。
「はい、全軍に伝えます」
「よし、あとはだ」
 彼は前を見た。そこには無限の星の海が広がっている。
「アルフフーフまで進軍だ、そしてアッディーン提督と会ってみよう」
「やはりそうされるのですか」
 彼は主君のそうした性格を知っていた。
「うむ。どういう人物か、一度見てみたいと思ってな」
 彼は微笑んで言った。その微笑みは何処か不敵さが漂っている。
「もしかするといずれは・・・・・・」
 彼は何か言おうとした。だが止めた。
「いや、止めておこう。楽しみはあとにとっておくことにしよう」
 彼は笑ってそう言った。
「よし、アルフフーフへ向けて進軍だ」
「わかりました」
 若い将校は敬礼をして答えた。
「ところで」
 シャイターンはここでその将校に声をかけた。
「君の官職氏名を教えてくれないか」
「はい」
 彼は頷いて話しはじめた。
「サンドリム連合大尉チラフト=ラーグワートです」
「そうか、覚えておこう」
 シャイターンはそれを聞いて言った。
「いずれ貴官の力を必要とする時が来る。その時は頼むぞ」
「はい」
 彼は答えた。シャイターンは前に出た。
「これからさらにサハラ、いや銀河は動く」
 彼は星の海を見ながら言った。
「そう、私の望んでいた世界がやって来るのだ」
 彼は笑っていた。まるで獲物を見つけた狼の様な笑いであった。
 北方諸国連合軍もサラーフ領を次々と占領していった。こうしてサラーフは南北から次第にその領土を失っていった。そしてそれを防ぐ手立てはもうなかった。
 

 

第四部第三章 愚か者の楯その一


                     愚か者の楯
「それにしてもだ」
 カッサラにてオムダーマンの後方支持を管轄するアジュラーンは自身の執務室で思わず声を出した。
「まさかアッディーン上級大将がここまで勝つとは思わなかった」
「そうですね」
 彼の側にいた秘書がその言葉に頷いた。
「ましてやこんなに捕虜を得るとは」
 目の前にある書類を見て言った。
「全くだ。十個艦隊単位での捕虜なぞ見たことも聞いこともないぞ」
 歴戦の将である彼でもそうであった。ましてやこの若い秘書なぞは。
「収容する施設だけでも大変だ。ましてやそこに食事や衣服まで考えなければならない。頭の痛い問題だ」
「捕虜は少しずつ故郷に帰しているのでしょう?見たところ数は次第に減っておりますが」
「それでも数が多過ぎる。到底一度にできるものじゃない」
 アジュラーンは顔を曇らせた。
「だからといって殺すわけにもいかない」
「はい、それは絶対に許されません」
 秘書は顔を締まらせて応えた。
「我がムスリムは捕虜に対しても寛大であらねばならない、アッラーの御教えです」
「そうだ、ましてや彼等もまた同志なのだしな」
 これはサハラの特色であった。彼等は多くの国に別れ対立しているがその信仰は同じである。イスラムだ。これが実に多くの宗教が混在している連合とは違う。従って彼等にはまずムスリムとしての意識がある。
「同じムスリムではないか」
 よくこう言われる。ここにサハラ各国が集合離散する理由の一つがあるのだ。
 例えどのように分裂していても彼等は同じなのである。皆アッラーの下に平等だ。時には愛国心よりも先立つ。
「ある程度の捕虜が出ることは予想していたが」
 彼は首を少し横に傾げて言った。
「ここまで出ると本当に頭痛の種だな」
「それは同意します。治安も考慮せねばならないですし。行政の方は我々よりも頭を悩ませておりますよ」
「それは知っているよ」
 アジュラーンはそれに対して言った。
「本当に戦争とは面倒なものだ。ただ戦うだけでは済まないからな」
「はい」
 秘書は頷いた。そして彼らは休息をとることにした。
 彼等はコーヒーを飲んでいた。そして蜜をたっぷりとかけた揚げ菓子を口にする。
「こうした簡単なものが美味しいな」
「はい」
 彼等は軍人である。だから自然とその舌は質素なものとなるのだ。
「どうも私はエウロパのような華美な料理は好きにはなれない。連合はまた違うようだが」
「連合の料理はまた種類が多過ぎます。あそこの料理本をご存知ですか?」
「いや」
 アジュラーンはそれを聞くとふと目を向けた。
「辞書位の太さの本が数冊ですよ。到底読めるものではありません」
「あそこはまた多くの国や文化があるからな」
 彼はそれを聞いて言った。
「自然と料理の種類も多くなる。それに食材もこのサハラと連合では違う」
「ですね。だからといって食べたいか、といえばそうはなりませんね、不思議と」
「そうだな。チラリと連合の料理をテレビで見たことがあったがどうも我々の舌には合いそうもないな」
 サハラの料理は香辛料を効かせたものが多い。連合の料理にもそうしたものが多いがやはり作り方が違うのだ。
 やはり気候が大きく左右していた。サハラは乾燥した惑星が多い。それに対して連合は果てしない開拓地や鬱蒼と茂った森林にジャングル、複雑に入り組んだ水路、大草原と様々な地形がある。そういうところでは料理の様々な種類が出てくるのである。
「むしろエウロパの料理の方が我々の舌に合うかもな」
「そうですか?私はマウリアの料理の方がいいと思いますが」
 マウリアの料理は昔から変わらない所謂カレーである。様々な香辛料を混ぜ合わせて作るルーをベースにしている。また彼等の宗教の関係から牛肉は食べない。
「牛が食べられないのが残念だがな」
 アジュラーンはそれに言及した。彼は牛肉が好きなのである。
「そうですね。しかし羊は食べられますよ」
 サハラで最もポピュラーな肉は羊である。ここでは肉といえば羊をさす。またサハラの風習として客人に出す料理にはランクがある。羊が最も上とされている。
「羊が食べられるのは殆ど全ての国でだろう」
 アジュラーンは言った。
「いえ、それが」
 秘書はそれに対して反論した。
「日本では今もあまり食べないそうですよ」
「そうなのか!?」
 実は彼は料理には疎い。長い間軍にいるせいであろうか。
「はい、何でも魚や海老、貝を食べることが多いそうですから」
「それは聞いている。何でも生で食べるのを好むらしいな」
「刺身ですね」
 この時代も刺身はある。連合ではかなりポピュラーな料理だ。日本の料理といえば天麩羅や寿司、うどん等と並ぶ有名な料理だ。
「そう、そういう名だったかな。生で魚を食べるなど私には考えられないが」
「それでも彼等はまず魚が手に入ると生で食べたがるそうです。時には肉もそうして食べます」
「肉もか!?」
 彼は顔を嫌悪感で歪ませた。
「はい」
 秘書は答えた。
「流石に連合内でも日本の奇習として知られていますが。馬が一番多いそうですが牛や鳥、山羊、そして豚でさえ生で食べたがります」
「信じられん。誰も止めないのか!?」
「彼等にはそれが最も美味しい食べ方だそうです。醤油というソースに漬けて食べます」
「醤油ならサハラでも使われているぞ」
 醤油はサハラでも人気のある調味料である。魚料理によく使われる。
「こちらの醤油とは少し違いまして」
「違うのか!?」
「はい、こちらのは魚から作りますね」
「ああ」
 所謂ナムプラーやしょっつると呼ばれるものである。
「日本の醤油は大豆から作るのです」
「大豆からか」
「はい」
 サハラでは大豆はあまり食べない。米やパンが主食である。
「魚から作った醤油とまた違った味がするのです」
「そうなのか、それは知らなかったな」
「日本ではそちらの方が好まれます。美味しいらしいですよ」
「そうか、しかしそれでも豚まで生で食べるとはな。日本人というのはよくわからない。連合には変わった料理が多いとは聞いているが」
「アメリカや中国、アセアン諸国は蛙や鰐を食べますね」
「動物の内臓や血もだな」
 モンゴルでは羊のあらゆる部分を食べる。
「ええ、戒律の違いで食べられるようです」
「ゲテモノが多いな。話していてあまり気分がよくない」
「しかし面白い話だとは思いますが」
「それはそうだが」
 彼等はイスラムの戒律に従い鱗のない魚や動物の内臓は食べないのだ。従って地球から持ち込んだ家畜による料理をよく食べる。
「しかし幾ら何でも肉を生で食べるのは驚いたな」
「他にも色々変わった魚も平気で食べますよ。何十メートルもある鯨や海栗なんかも大好物と聞いております」
「海栗!?ああ、海にいるあの機雷みたいなやつか」
 彼は海栗を踏んで痛い思いをしたことがある。大嫌いであった。
「はい、その中身を美味しそうに食べます。これも他の国の者に奇異の目で見られています」
「当然だな、ところで海栗も生で食べるのか?」
「はい、醤油で」
「わからん、本当にわからん」
 アジュラーンは顔を顰めさせた。
「何故そう魚にこだわるのだ!?しかも生で食べるとは。日本人は繊細な料理を好むとは聞いているがそれは繊細ではないと思うが」
「彼等は素材のそのままの味を好むそうです」
「素材のか」
「はい」
 アジュラーンはそれを聞いて再び考え込んだ。
「料理もその国によって本当に違うな。難しいものだ」
「だからこそ面白いのではないかと」
「ううむ」
 彼等はそんな話をしながらコーヒーと揚げ菓子による休息の時を楽しんだ。その時連合軍のある部隊では昼食が採られていた。
「何だ、この料理は」
 テーブルについたある兵士が眉を顰めた。
「アメリカ産オオツメガエルの刺身だそうだ」
 別の兵士がそう説明した。
「御前確かアメリカ出身だろう?知っていると思うが」
「それは知っているけれどよ」
 アメリカ出身のその兵士は眉を顰めたまま答えた。
「何で蛙が刺身で出て来るんだ!?」
「あれ、蛙ってそうやって食べるんじゃ」
 日本出身の兵士がそれを聞いて声をあげた。
「おめえの国は何でもそうやって生で食べるな」
 アメリカ兵はかなり呆れた顔でそう言った。
「蛙は普通塩焼きだろう?そしてそこにレモンをかけて食べるんだ」
「いや、唐揚げにすべきだ」
 中国出身の兵士がそこで反論した。
「蛙といえば油で揚げるだろう、他の料理もあるがそれが一番美味しい。鶏肉に似てな」
「鶏肉に似ているというのは同意するよ」
「うん」
 アメリカと日本の兵士はそれには同意した。
「だが唐揚げには同意しねえな」
 アメリカの兵士はそこでまた顔を顰めた。
「油っこくなっちまう。何か違うんだよな」
「アメリカでも鳥は揚げて食べるだろう?」
 中国の兵士はそれを聞いて逆に不思議だ、と言わんばかりの顔をした。
「フライドチキンか?まあな」
 アメリカの兵士は答えた。
「しかし蛙はフライにはしないがな」
「いや、こっちではフライにするぞ」
 別の国の兵士が言った。
「中国の料理とは違うがな」
「どう違うんだ!?」
 アメリカと中国の兵士がそれに対し問うた。
「うんと辛い味付けをするんだ。香辛料をきかせてな」
「タバスコとかでか!?」
「その通り」
 その兵士は得意満面の顔でそう答えた。
「一度食べると病みつきになるぜ」
「生では食べないのかい?」
 そこで日本の兵士が問うた。
「悪いけどな。こっちでは肉や魚は生では食べない。あたると怖いから」
「そうなんだ」
 日本の兵士はそれを聞いて少し寂しい顔をした。
「おい、何をそんなに揉めているんだ!?」
 そこへ給養の古参下士官がやって来た。
「あ、いや何も」
 古参下士官だけありかなりおっかない人物として知られている。彼等はその姿を見て思わずかしこまった。
「早く食べろ、文句を言う暇があったらな」
「わかりました」
 彼等はその下士官に怖い顔で言われ仕方なくその蛙を食べることにした。日本の兵士以外は。
「これが美味しいんだよね」
 日本の兵士は笑顔で箸をとりながら言った。
「どういう味覚してるんだ」
「日本人のこういうところだけは理解できん」
「これさえなければ和食は完璧なのに」
 他の三人は内心そう思いながらも箸を手にした。そして醤油に漬け口に入れた。
「おや」
 彼等は表情を変えた。目を皿のように丸くさせた。
「美味しいでしょ」
 日本の兵士はそれを見てにんまりと笑いながら問うた。
「あ、ああ以外とな」
「何か不思議な味だ」
 彼等は舌でその生の蛙を味わいながら答えた。
「刺身ははじめて食べたけれどいいな。これはいけるよ」
 彼等はそう言いながら御飯に手をつけた。今日の主食は白米であった。連合の主食は米にパン、コーリャン、芋、とかなりバラエティに富んでいる。
「米にも合うな。本当に意外だ」
 彼等は口々にそう言った。
「だろう?刺身ってのは米とよく合うんだ」
 日本兵は得意そうに言った。
「で、また米の酒か?」
 ここで他の三人がからかうようにして言う。
「そうだよ、何か悪いか?」
「いや、別に」
 三人はそれに対し首を横に振った。
「俺達は米の酒を飲まないからあまりわからないがな」
 そう前置きしたうえで言う。
「この蛙の刺身は美味い」
「そうだな、それには皆同意するよ」
 四人は和気藹々と話をしながら食事を採った。こうした話が八条の下にも届いていた。 

 

第四部第三章 愚か者の楯その二


「どうやら食事の評判はいいようだな」
 彼は昼食を採りながらその話を聞いていた。
「はい、バラエティに富んだ料理が将兵に好評です」
 共に食事を採る秘書官がそう報告した。
「それは何よりだ」
 彼は箸を動かしながらそれを聞いていた。
「食事も将兵の士気を維持する為には欠かせないものだからな」
「そして軍の魅力をアピールすることにもなります」
「そう」
 彼は何か変わった麺を食べながら言った。
「例えばこのビーフンにしろそうだな」
 汁に入っているその麺は異様に細い。そして麦の麺とは何か違った感じがする。
「ビーフンは結構どの国でも食べられますがね」
「特にベトナムでは」
 八条は麺を喉に流し込んでから言った。
「連合は何処にも多くの国の料理を出す店があるが軍の食事となるとそうではなかったからな」
「ですね。どうしてもその国の基本的な料理になってしまいます」
「そうだな。軍の食事はお世辞にもいいものではない」
 八条も軍人であった。だから軍の食事には詳しい。
「それではあまり人気も出ないしな。こうして多くの国の料理が食べられるようにするのはいいことだと思う」
「はい」
「実際試食する方は時々驚かされるが」
 彼はここで苦笑した。
「蛙の刺身はともかく羊の脳味噌には驚いたな」
「おや、食べられたことはないのですか!?」
 秘書官はそれを聞いて逆に尋ねてきた。
「普通食べないだろう。少なくとも私ははじめてだった」
「そうなのですか、結構色んな店で出ていますが」
「知らないぞ」
 彼は眉を顰めさせた。
「それは長官が羊料理をあまり召し上がられないからです。羊料理の店なら結構出ますよ」
「そうだったのか?私は羊といえば」
「焼肉とかジンギスカンとかそんなものでしょう」
「ああ。それもあまり食べない」
 彼は実は羊よりも魚介類の方が好きなのである。
「匂いがね。どうも好きになれない」
「そうですか?あの匂いがたまらないですよ」
「オーストラリアやニュージーランドの人にもそう言われたがね」
「彼等はそれだけじゃないでしょう?」
「ああ、生の魚を喜んで食べる方が変わっていると言われたよ」
 彼はここでまた苦笑した。
「そんなに変わっているかな。サハラの方では日本の奇習と言っているそうだが」
「はい、本当に言ってますよ。信じられないとまで」
「やれやれ。あんな美味しい食べ方は他にないというのに」
「肉まで生で食べるのが余程奇妙に映るようです」
「それがいいんじゃないか」
 彼はここで反論した。
「馬刺しなんてかなりいいと思うのだが」
 彼は珍しく強い声でそう主張した。
「生姜醤油で食べる、あれがいいんだよ」
「私は大蒜醤油ですが」
 秘書官はそこで反論した。
「・・・・・・まあ生姜や大蒜はいいとしよう」
 彼はその重要な問題を一時棚上げすることにした。
「馬はああして生で食べるのが一番美味しい」
「そうですね、それは同意します」
 この秘書官も日本出身である。それについては同じ意見である。
「しかしそれが他の国には異様に移るのです」
「残念なことだ。連合ができて一千年、人種の垣根などとうの昔に消え去ったというのに」
「味覚はそうはいかないようで」
「そうだな。生肉がそんなに食べられないか」
「今だに刺身や寿司に抵抗を露わにする人達もいますよ」
「味の嗜好というのはそう簡単には変わらないものなのかな」
「そのようですね。アメリカ人はやはりマスタードやケチャップを好みますし」
「中国は地域によってかなり違うな」
「あの国はかなり料理には五月蝿いですからね」
 中国人の料理へのこだわりはこの時代でも変わらない。なおメキシコやベトナムの料理が辛くパプワニューギニアやキューバといった国で果物が好まれるのも変わっていない。
「よく言われるな、我々は醤油の匂いがすると」
「タイ人がコリアンダーの匂いがすると言われるのと同じで」
 味も香りもかなり癖のある香草である。人気はかなりある。
「私はコリアンダーは結構好きだが」
「日本では賛否両論ですね、タイ料理はよくてもあれは駄目だと」
「これも残念だな、コリアンダーこそがタイ料理を最も強く引き立てるのに」
「それでも駄目なようですね。タイ出身の財務省の役人がぼやいてましたよ。何故日本人はあの素晴らしさがわかっていないんだと」
「ああ、彼か」
 八条も知っている者である。朗らかで気さくな青年である。
「そういう彼はキムチが大嫌いだったな」
「この前山葵を食べて仰天していましたよ」
 秘書官は笑いながら言った。
「本人曰く辛くて食べられたものじゃないと」
「あの瞬時にくる辛さがいいのだろうに。大体辛いというのならタイ料理も相当なものだが」
「トムヤンクンとか」
「あとあちらの魚料理にしろ。山葵よりずっと辛い気がするがな」
「ところが彼等はその辛さは苦にならないのです」
「それで山葵の辛さが気になるのか。これも舌の違いかな」
「それこそ将に、でしょうね。彼等と我々では嗜好が異なるのです」
「コーヒーが好きな者と紅茶が好きな者の差よりあるな」
 これもまたこの時代においても続けられている論争である。
「そうですね。ちなみに私は緑茶が一番好きです」
「裏切ってくれたな、私は麦茶だ」
 八条は苦笑して言った。
「そこに答えが出ましたね」
「ああ」
 二人は笑みを浮かべ合って言った。
「人によって、国によって嗜好が違います」
「当然食べ物も」
「そうですね」
 秘書官は頷いた。
「どの国でもそうですが結局自分の国の食べ物が一番だと考えています」
「私もそうだしな」
 八条は笑みを浮かべたまま言った。
「やはり日本の料理が一番いいと思っている」
「私もですね」
「日本に行くとやはり他の国の料理は異国の料理に過ぎない。和食ではない」
「そう考えると和食も他の国ではそうなります」
「だろうな。だが軍では事情が違うからな」
 連合軍でありそれぞれの国の軍ではないのだ。従って特定の国の料理だけ出すわけにはいかない、そういう事情もあった。
 

 

第四部第三章 愚か者の楯その三


「彼等には様々な国の料理も楽しんでもらおう。それが宣伝にもなるし各国の相互理解にも繋がる」
「そうですね、これは続けていくべきだと思います」
「うむ」
 彼等は食事を終えた。八条はナプキンで口を拭くと秘書官に対し尋ねた。
「昼の予定はどうなっている」
「はい、アナハイム社のオーナーとの会合となっています」
「食べ物の話をしてすぐに出てくるとはな」
 八条は思わず苦笑してしまった。この社長は無類の大食漢かつ大酒飲みとして知られている。
「そうですね、ここで出てくるとは思いませんでした」
 秘書官も笑っていた。
「では休憩のあと向こうへ行きましょう。今このシンガポールに来ているそうですし」
「うん」
 八条は頷いた。
「じゃあ少し休んでから行こう。麦茶を飲んでからな」
「私は緑茶を」
「こうした時は麦茶だと思うが」
「これこそ嗜好の問題です」
 二人はそうささやかな衝突を楽しみながら食後の茶を飲んだ。そして休息のあとアナハイム社のシンガポール事務所に向かった。

 アナハイム社は連合の大手造船企業の一つである。ロシアに本拠地を持ちその従業員は一千万にも及ぶ。連合でも有数の大企業である。
 連合の企業の特色は各国によって多少違うが多くはオーナーの権限が強い。その収入も莫大なものである。だがエウロパと比較して従業員の給料も高い。そのかわり労働者としての権利は薄い。エウロパでは労働者としての意識及び権利が強いのとは対照的である。
 連合ではあまり労働者という意識がない。オーナーと社員は使う側と使われる側の関係であるがそれは契約によるものである。オーナーは社員の能力を買って採用し社員は自分の能力を売り込む。そして雇わせる、個人主義の強い連合独特の考えである。
 その企業や職種が気に入らないのなら他に行く。他にも仕事は山のようにある。極論を言えば開拓地で自分の土地を手に入れればいい。誰もそれを邪魔する者はいない。実際にこうした発想、経緯で開拓地に行き大成功を収めた者も多い。
 オーナーにしろそうである。社員とはあくまで対等関係である。もし自分に不都合があれば社員に逃げられる。酷い場合には弁護士に訴えられる。流石に訴訟を仕事とするような弁護士はこの時代では警戒され殆どいないがそれでも一歩間違えれば訴訟となる。だから社員に対しても理不尽な要求はできないのだ。
 それが連合の企業における考え方であった。徹底的なギブアンドテイク、そして契約の意識。かなりドライである。大金持ちになりたいか人を使いたければ企業家になれ、ただし失敗は自分持ち、理不尽な要求をすれば弁護士に追われる、だがそうした考えが今まで多くの成功者を生んできた。
 アメリカン=ドリームという言葉がこの時代にも残っている。貧しい、若しくは困難な状況から身を起こし成功を収める。実力、そして運さえあれば誰もが瞬く間に大金持ちになれる。連合ではそのアメリカン=ドリームの思想が各国の奥底にまで浸透していた。良いか悪いかは別としてそれが連合の経済を今まで発展させてきた。
 アナハイム社のオーナーであるアレクサンドル=ベニョーコフの父もそうした人物であった。彼は一介の造船会社の従業員から一念発起して会社を立ち上げ一代で一千万を数える社員を持つ大企業のオーナーとなった。まさしく夢の実現者であった。
 かなり個性的な人物であった。港町育ちで酒が好きだった。飲むのは安い酒ばかりであった。背広よりも作業服の方が似合う男だった。だが機を見るに敏でチャンスを逃さなかった。そして精力的で常に闘志をみなぎらせていた。だからこそアナハイム社をここまで大きくすることができたのだ。
「親父はよく言ったよ、逃げるよりもまず立ち向かえ、ってな」
 白髪の中年の大男が笑いながら言った。そのアレクサンドル=ベニョーコフ本人である。
 白髪はかなり多い。色が白いのはどうやら元々であるらしい。瞳は黒い。これは彼の母がアジア系の血を濃く引いていたからだ。彼の母は先代の従妹であった。幼い頃から一緒で成人に達するとすぐに結婚したのだ。
 夫唱婦随の夫婦だったがこの妻は夫をよく支えた。決して美しくはなかったが肝が座っていてしっかりした女性であった。そして夫をよく支えたのだ。ロシアでは今だに母親はああなるべきだ、と言われている。
「お袋はよく言ったよ、何をするにも身体が強くなくちゃ駄目だと」
 この母は自分にも息子にも贅沢はさせなかった。だが食べ物はいつも豊富にあった。そして厳しく喧嘩に負けようものなら勝つまで家には入れようとしなかった。
「親父もだったよ。おかげで見てくれ」
 彼はそう言いながらよく額の傷を他の者に見せる。
「中学の時にできたものだ。他にも一杯あるぞ」
 彼の武勇伝である。親の血を引き彼も喧嘩っぱやい男だ。
「だが弱い者虐めはするなと言われたな。喧嘩はしても弱い者には売るな、と」
 彼はそれを忠実に守った。決してひもじい思いだけはさせなかった両親に対してはこのことも感謝している。
「親父もお袋もわしも学校は高校までしか出ていない」
 彼もまたすぐに父の会社に入った。そして一緒に働いた。
「しかし経営とは何かわかっているぞ、要するに喧嘩だ」
 ここでいつも豪快に笑うのであった。
「相手と競り合い勝つ、仁義も必要だ。そうでなくては何時かは絶対に負ける」
 彼の両親も彼自身も喧嘩屋だが情深い人物として知られている。だからこそここまでこれたという一面がそこにある。
「わしの夢はそんな親父とお袋が大きくしたこのアナハイムを連合一の造船会社にすることだ。その為には」
 ここで目を光らせる。
「このチャンスは逃さん。どんどんやるぞ」
 彼は今アナハイム社のシンガポール事務所にいた。そこの視察と共にもう一つの目的があった。
 八条との会談である。彼は今国防省とビジネスのことで話があるのだ。
「今までロシア政府とは客船のことで話をしたことがあったが」
 ロシアの宣伝及び国力誇示の為の豪華客船の建造である。それは大成功を収めアナハイム社の株は大いに上がった。
「中央政府との話ははじめてだな。さて、どうなるか」
 既に連合中に支社及び営業所を持つアナハイム社であるが連合中央政府との商談は今までなかった。彼はこれを大きなチャンスだと考えていた。
「ここで成功したらまた我が社の株があがるな」
 彼はニヤリ、とい笑った。
「常に前へ向かえ、悲観的になると成功しない」
 彼の父の言葉である。彼もまたポジティブな孝えの持ち主であった。彼は今それを呟いた。
「親父もいいことを言った。この考えで今まで失敗したことはない」
 彼は面会室のテーブルに座っていた。そして側に立つ彼と同じ白髪の秘書官に対して言った。
「おい」
「はい」
 実はこの秘書官は彼の息子である。
「八条長官は御前と同じ歳だったな」
「はい、若いですがかなりできる人のようですね」
「そうか」
 彼は息子からそれを聞くとニヤリと笑った。皺一つない精悍な顔に精気がみなぎっている。
「ウラジミル」
 そして息子の名を呼んだ。
「よく見ておけよ、八条長官は何かと御前にとってもいい勉強になる」
「はい」
 小ベニョーコフは父からそう言われ頷いた。
「御前には親父とわしよりもさらに上に行ってもらう」
「連合一の造船業よりもですね」
 蛙の子は蛙と言われる時がある。彼もまたそうであった。
「そうだ、まだまだ敵は多いがな」
 父はまた笑った。
「だが御前ならばできる筈だ、このアナハイム社をしょって立つことがな」
「お任せ下さい」
 息子もニヤリと笑った。自信に満ちた不敵なものであった。
「ベニョーコフファミリーの家訓には逃亡の二文字はない、それだけは忘れるな」
「はい」
 そうこう話しているうちに八条が来たとの連絡があった。二人は事務所の門まで彼を出迎えに行った。
「ようこそ」
 車から出て来た八条を笑顔で出迎える。明るく陰のなさそうな笑顔だ。こういった笑顔もできるのだ。
「はじめまして、ベニョーコフ社長」
 八条は右手を差し出して言った。
「連合中央政府防衛長官の八条義統です」
「こちらこそ、アナハイム社のオーナーベニョーコフです」
 ベニョーコフも手を出した。そして二人は握手した。
 見れば周りには狙撃できそうな場所はない。ベニョーコフはそういったところを選んでこの事務所を建てたようだ。
(豪快な人物だと聞いていたが)
 八条は握手をしながら考えていた。
(こうしたところにも考えが及んでいるんだな)
 その通りであった。伊達に連合でも屈指の造船企業のオーナーをやっているわけではない。彼は敵も多い。従って暗殺や暴漢に対しては細心の注意を払っている。
(ふむ)
 ベニョーコフの方も八条を見ながら思うところがあった。
(噂に違わぬ男のようだな)
 彼もまた八条の人となりを監察していた。
 企業家という職業柄人と接する機会は多い。そこで彼は人を見抜く目を養ってきた。
 八条はそのメガネに適う人物であった。彼はまず目を見ることにしている。
(まず目を見ろ、と言ったのは孟子だったか)
 中国春秋時代の思想家である。性善説で有名だがその言わんとしていることは実に単純であった。
 単純なのはこの場合悪いことではない。むしろ多くの者に理解しやすい為よいことである。
 彼の主張の本質は『信なくば立たず』である。人も国も信頼がなければ駄目だ、その信頼を得られるようにすべし、というのである。
 これは至極当然の主張であった。企業家も政治家も信頼がなくてはならない。個々の人の付き合いもだ。
 国家もである。信頼のない国家では駄目だ。例え力があっても信用のない国家はいずれ破綻する。ヒトラーやスターリンという他者を欺き陥れ、虐殺や粛清を得手とする狂気の独裁者に率いられたナチスやソ連が破綻したように、だ。
 孟子は三千年以上も前にそれを主張していたのだ。ベニョーコフは高校で学んだそれをふと思い出したのだ。
(まさかこんな時に思い出すとはな)
 彼はここで内心苦笑した。彼は学校教育にはあまり重点を置いていない。
『学校の教育は最低限のものさえあればいい』
 彼の父の言葉だった。彼も父も高校を出てすぐに働いている。そしてアナハイム社を立ち上げ成長させてきた。彼等は学校の学士号よりも現場で得られる知識やセンスを重要視しているのだ。
(奇妙なことだ。まあ役に立つのならいいが) 
 そういうフランクな考えであった。二人は握手を終えた。
「どうぞこちらへ」
 彼は八条を建物の中に案内した。八条と秘書官はそれについて行く。
「こちらです」
 そして面会室に入った。秘書官と息子は外で待っている。 

 

第四部第三章 愚か者の楯その四


 二人は席に着いた。ベニョーコフは単刀直入に尋ねてきた。
「ご用件は軍艦のことですな」
「はい」
 八条は臆することなく答えた。彼はベニョーコフの目から視線を外さない。
「そちらで建造して頂きたい艦艇がありまして」
「軍艦ですか」
 実はアナハイム社では軍艦は建造していない。タンカーや商船、観光船等を建造している。今まで造ろうと思ったことすらないのだ。
「軍需産業は費用がかかり過ぎる」
 彼の父は常にこう言っていた。
「研究に金を注ぎ込まなくちゃならんのに買ってくれるところは軍しかない。しかも高く売ったら叩かれる、政府共々な」
 日本で特に顕著であった問題だが兵器の値段は高いと国民から批判がでるのだ。費用の分だけ能力があるのか、と。識者だけでなくミリタリーファンからもそうした批判が出る。彼等は趣味で語っているだけありかなり細かく詳しい知識を持っている。だから反論するのも一苦労だ。嘘などつこうものならそこを暴かれてさらに叩かれる。そうなれば社の信用にもかかわる。
「設備投資もばかにならない。しかもその設備が使えるのはその兵器だけだ」
 とかく兵器の開発、製造には費用がかかる。アナハイム社はそれよりも商船等の建造を選んだのだ。
「長官、お言葉ですが」
 ベニョーコフは口を開いた。
「我が社は軍需産業の開発及び製造には関わっておりませんが」
「わかっていますよ」
 彼は言った。
「それであえてこちらにお伺いしたのです」
「それは何故ですか?」
 彼は問うた。
「実は我々が貴社にお願いしたいのは戦艦や空母の建造ではないのです」
「そうなのですが」
 彼はそれを聞きながらだとしたら何だ、と考えた。
「補給艦や工作艦の建造をお願いしたいのです」
「後方支援の艦艇ですか」
 それ位は彼も知っていた。伊達に造船業をやっているわけではない。
「そうです、特に補給艦の建造についてお願いしたいのです」
「補給艦ですか」
「はい」
 ベニョーコフは話を聞きながら頭の中で考えていた。補給艦なら自分の会社の技術でも開発、建造できるかも知れない。だが即答はできない。彼はもっと話を聞くことにした。
「どのようなタイプの補給艦でしょうか、まずはそのことについてお聞きしたいのですが」
「こちらです」
 八条は手に持っていた封筒から書類を差し出した。
「これは」
 ベニョーコフはそれを見た。
「設計図ですね」
「はい、その補給艦の設計図です。うちの技術部で設計したものです」
「もう完成していたのですか」
 早い、と思った。そしてその設計図に目を通した。
「ううむ」
 彼はその設計図の細部まで目を通した。彼は確かに大学は出ていない。だが会社の経営に携わる中で船のことにも精通していた。その眼でもって見ていたのだ。
「よくできていますな」
 彼は言った。
「かなりの大型ですね。ここまでの大型の船はタンカー位のものでしょう」
「はい、しかしそちらのドッグで開発可能だと思います」
「う・・・・・・」
 ベニョーコフはそれを聞いて思わず喉を詰まらせた。その通りであった。
「確かにそうですが」
 彼は戸惑いこそ見せなかったが明らかに驚きがあった。
「おそらく何十万隻と建造されると思われます。流石に我が社だけでは」
「ええ、他の会社にもお話していますよ」
 八条はここで微笑んでそう言った。
「やはり貴社だけでは全てを建造するのは無理でしょうから」
「え」
 その言葉に驚いた。ベニョーコフは感情を露わにした。
「ちょっと待って下さい」
 彼はここで身を乗り出した。
「そこまで言われるのでしたら」
 八条はそれを見て内心笑った。
(乗ってきたな)
 そしてまた言った。
「では引き受けて下さるのですね」
「当然です」
 元々引き受けるつもりだったからこう言った。
「では何万隻程建造しましょうか」
「そうですね」
 彼は考えるふりをした。実は既に固まっている。
「十万隻は欲しいですね。追加もあるかと」
「十万ですか」
 ベニョーコフはそれを聞き内心ニヤリ、と笑った。
(これはいい)
 それ位は建造できる力がある。そしてそれを理由に設備投資もできる。かなりの波及効果が期待できる。
「お任せ下さい」
 彼は答えた。
「それは有り難い。では引き受けて下さいますね」
「はい」
 ベニョーコフは頷いた。これで話は決まりであった。
「よし」
 二人は固く握手した。そして八条は事務所をあとにした。
「何か上手く乗せられた感じだな」
 彼が去ったあとベニョーコフは少し苦笑して言った。
「けれど引き受けるつもりだったんだろう」
 そんな彼に息子が言葉をかけた。
「当然だ。十万隻なんて滅多にない注文だぞ」
「十万隻か。そりゃ凄いな」
「ここで話している暇はない、すぐに本社に連絡するぞ」
「ああ」
「そしてわしが陣頭指揮をとる。全社員をフル回転させろ。給料をたっぷりはずんでな」
「そうこなくちゃな」
「御前にも働いてもらうからな。そこで経営者として必要なものを学ぶんだ」
「よし」
 息子は父の言葉に頷いた。
「ではロシアに戻るとしよう。これから忙しくなるぞ」
 二人は電話を入れるとすぐに地球をあとにした。そしてロシアに戻った。
 補給艦だけでなくその他の艦艇が次々と受注された。そして次々に出来上がっていく。
「まさかこれ程速く建造が進むとはな」
 八条は次々に上がってくる建造の進行状況のデータを見ながら呟いた。その進み具合は彼の予想以上であった。
「しかし嬉しい誤算なのでは」
 秘書官はそんな彼に対し笑顔で尋ねた。
「確かにな」
 彼はそれを聞いて微笑んだ。
「建造してからもテストや実戦配備に時間がかかる。改良するべき点もあるだろうしな」
 そうであった。船は造って終わりなのではない。それからが大変なのであった。
「建造してから少なくとも一年半はそうした時期が必要だ。全く軍というものは時間が必要なのに時間がかかるものだ」
「それは仕方ありませんね」 
 秘書官はそれに対して言った。
「あと陸上兵器の開発状況の報告もきていますよ」
「そちらはどうなっている?」
「こちらも順調ですね。戦車も装甲車も次々に完成されています」
「それはいい。ところで陸上兵器といえばあれはどうなっている?」
「移動式要塞ですね」
「そうだ。移動要塞はこれからの我が軍の陸上兵器の主軸になる。丁度巨大戦艦と同じように」
「そちらも順調ですよ」
「そうか」
 彼はそれを聞いて安堵の笑みを浮かべた。
「テロリスト対策には何かと活躍してくれるでしょう」
「そうでなくてはな。その為に開発しているのだからな。もっとも」
 八条はここで言葉を一旦とぎった。
 

 

第四部第三章 愚か者の楯その五


「他のことにも活躍することになるかも知れない」
「それはどういうことでしょうか?」
「うん」
 八条は秘書官に問われて表情を引き締めさせた。
「将来はテロリストや宇宙海賊以外の勢力とも戦う可能性があるということだ」
「エウロパですか?」
「エウロパか」
 彼はふと考える顔をした。
「確かに彼等の存在は常に気にかかるが」
 八条の心には別に引っかかるものがあった。
「まさかな」
 だが彼はそれは打ち消した。
「彼等と戦う理由は何もない」
「長官」
 そこで秘書官の声が聞こえてきた。
「ん!?」
 八条はそれで我に返った。
「ああ、済まない。少し考え事をしていた」
「しっかりして下さいよ」
 秘書官はそんな彼を見て苦笑した。
「今長官にうっかりされては困りますから」
「申し訳ない。まあエウロパとは干戈を交える可能性があるな」
「やはり」
「今エウロパ強硬派が台頭してきているしな」
「モハマド氏ですね」
「そうだ。改革派のな」
 今連合は二つの勢力が盛んに議論を交あわせている。キリ=ト=マウイ率いる保守派とランティール=モハマド率いる改革派での間である。
 保守派の主張は現状維持である。このまま適度に連合中央政府の権限を集めたまま今まで通り辺境地の開拓等を進めていくべきだという考えである。
 これに対し改革派はより中央政府の力を強めるべきだという考えである。そして開拓はもうかなり進んだとして対外政策に積極的にあるべしという主張だ。
 実際に開拓地は進んでいるといえば進んでいるしまだだといえばまだである。そもそもまだ何十万光年もの距離において拡がっているこの膨大な開拓地なぞ百年や二百年で開拓できるものではない。それが為に連合はエウロパのように人口や食料、資源の問題で悩むことはないのだが。入植された惑星では開拓は進んでいる。すなわち着眼点の違いの問題である。問題はこれが外交問題、そして各国の意見の相違にまでなっていることだ。
 保守派は日本やアフリカ諸国に多い。彼等は連合においては中央政府の権限集中を主張したがそれ今の時点以上のものは望んでいない。連合軍が設立された時点でよし、とするものだった。
 改革派はアメリカや中国、ロシア、環太平洋諸国であった。彼等は中央の権限強化には反対であったが今では主張を変えていた。彼等は今こそエウロパを倒すべし、と考えたのだ。これは歴史の問題よりも野心があった。エウロパの資源や領土も自分達のものにしたいからだ。
「そして改革派はエウロパを併合したらどするつもりなのでしょう」
 秘書官が尋ねた。
「おそらくその領土や資源を分割するつもりだろうな」
「それでしたら開拓地に行けばいいだけでは」
「どうも彼等はそう考えてはいないらしい」
「わかりませんね」
 秘書官はここで首を傾げた。
「わざわざ戦争してまでものを得ようとは」
「もっともそれだけではない。予防戦争という意味もある」
「予防戦争!?」
「そうだ」
 八条は答えた。
「エウロパと連合には三十倍の国力差がある」
「はい」
 人口比及び総生産量、国力からしてそう考えられるのだ。実際にもそれ位の開きはある。
 だが生活水準はエウロパの方が高いと言われている。これは彼等の生活にゆとりがあるからだ、と一部の識者は主張する。
 だがこれはまやかしだと言われる。実際には大差はない。むしろ彼等は人口問題や資源の問題に悩まされている。それに比べて連合にはその心配はない。
 よく海賊やテロリストの問題があるがこれも別問題である。エウロパも戦争をしている。
 それにこう主張する者は貴族達を引き合いに出す。貴族は所得が最初から大きく違う。彼等は特権階級である。連合には特権階級は存在しない。表向きだと言われようと。
 連合の全ての国では教育は完全な義務教育である。そして高校、大学、若しくは専門学校へ進むのも本人の意思によるものだ。だがエウロパでは違う。
 やはり貴族と平民の教育の環境の差がある。これは二十世紀でも残っていたし今でもある。むしろ今の方が昔よりもさらにそうした貴族主義的傾向が強くなっている。
 高貴なる者の努め、と言われる。それを無批判に評価して連合の社会を批判する者がいる。だがそれは愚かな過ちなのである。
 連合は機会均等主義である。本人が望み、運と機会、そして何よりも本人の努力で富も名誉も得られる。一介の下士官ですら連合中央政府の大統領になれる、それが連合である。皇室や王室も多くあるが彼等はあくまで象徴である。
 だがエウロパは違う。厳然とそうした貴族社会がある。彼等と平民は違うのだ。軍人や高級官僚を貴族がほぼ独占しているのもエウロパの特徴である。だが識者はそれを見ようとはしない。ただ貴族達の優雅な生活を手放しで絶賛し、連合のあくせくした生活を批判するのだ。なお彼等の多くは大学の教授や学者であり彼等のいる連合の大学や連合の国民達に自分の本を買ってもらい生計を立てている。
「おとぎ話としては面白い」
 ある政治家がそのエウロパの貴族の生活について書かれた本を読んで一言そう言った。
「連合にとっては全く意味のないものだ」
 その通りであった。連合の国情には全く合っていない生活習慣であったのだ。
「働いて金を稼ぎ、食べて遊ぶ。それが人生だ」
 こう豪語する者もいた。連合においては優雅でゆとりのある生活なぞ不要だった。時間があれば金を稼ぎ、多量の食べ物を胃に流し込み、遊ぶ。連合の者は一千年もの間そうやって人生を楽しみ生きてきた。エウロパの生活に憧れる識者の一人もついこう漏らしている。
「しかし私はそれでも連合から離れようと思ったことはない。この雑多な雰囲気が何よりも好きだ」
 彼はこう言った時軽食の店でラーメンとハンバーガーを食べ、ジャワティーを飲んでいたらしい。遊園地に行くのが大好きでよく子供とムキになってゲームをしていたそうだ。彼にとってエウロパの生活とは単なる夢物語であった。実際には連合での寸暇を惜しんで働いて遊ぶそんな生活を愛していたのだ。
 すなわち連合にとってはエウロパは最早理解し難い存在であった。ファンタジーの世界そのものであった。そんな彼等に怖れを抱くのも当然であった。
「だが我々に対し何かしてくる怖れがあるのはエウロパだ、と」
「少なくともほとんどの者がそう考えているだろうな」
「長官もですね」
「まあな」
 八条は頷いた。彼もまたエウロパのそうした貴族主義は腐敗に思えるところがあった。
「今のところは、な」
「といいますと」
 秘書官はそこに尋ねた。
「まあそれはいいとしてだ」
 だがあえてはぐらかした。話を単純にする為だ。
「エウロパ本土にモンサルヴァート提督が帰ってきたそうだな」
 彼の名は連合においても知られていた。若き名将と噂されている。
「はい、元帥、統帥本部長になったそうです」
「元帥か。あの若さで」
「エウロパにおいても前例のない昇進だそうです」
「幾ら彼が名門の出身であってもか」
「はい。イギリスやオーストリアの王家の者でもあそこまでの昇進はなかったそうです」
「それは当然だな。彼等は適度なところで軍務を離れなければならない」
 そして王家の本来の職務に就く、それが王家の者の努めだった。日本では皇室に軍に就く義務はない。そのかわり生まれた時からその責務を果たさなくてはならない。日本の宮内省の頭の硬さは数千年の歴史がある。おいそれとは変わらない。国内においても批判があるが政治家がどうこうできる問題でもない。何かを言うにはあまりにも歴史の古い問題であり言えないのだ。下手に言えば失脚するのは確実だからだ。女帝にしろ以前の前例を出しただけに過ぎない。国民が言うしかないがこれも意見が分かれる。やはり伝統の重みがあった。
『連合において絶対に破られないものが二つある』
 とある野球チームの監督が銀河シリーズで負けなしの十連覇を達成した時に言った言葉である。
「そちらのチームの記録ですか」
 記者の一人が問うた。
「馬鹿を言っちゃいけない」
 彼は笑って言った。
「スポーツの記録は破られる為にあるのだ。二千盗塁しようがホームランを千本打とうが何時かは破られる。むしろそうでなくては面白くない」
 実際にこの十連覇も後に破られることになる。
「一つはガンタース要塞群」
 連合の誇る難攻不落の要塞である。
「そしてもう一つは」
「これはおそらくガンタースとは比較にならないだろうな」
 彼は記者の問いに対し不敵に笑って答えた。
「それは何ですか?勿体ぶるなんて意地が悪いですよ」
「聞きたいかね?」
「是非」
 記者達は答えた。
「では答えよう」
 この監督はとにかくもったいぶることで有名な人物であった。
「竹のカーテンだ」
「竹のカーテン!?」
「そうだ」
 彼はここでニイ、と笑った。
「伝統にはおいそれと勝てんということさ。ガンタースが破れても竹のカーテンだけは絶対だ」
 その竹のカーテンとは皇室の伝統、そして宮内省の頑固さについて言ったのであった。前者は賞賛で、後者は皮肉で、
である。
『難攻不落』
 皇室の伝統はそこまで言われていた。これは皇室について語るのが非常に困難なことも関係していた。
 何千年もの歴史がある国家である。エチオピアとどちらが古いかで議論すらある。
「シバの女王の子孫ではないのか」
「ギリシア神話のアンドロメダの家ではないのか」
 エチオピア王家もそう言われていた。一時断絶したがそれを悲しむエチオピア国民により復活した。その時皇室を断絶させた独裁者の一味は後に一人残らず裁判にかけられ絞首台に登った。
 

 

第四部第三章 愚か者の楯その六


 その継承した人物も最後の皇帝の曾孫か何かだったという。正直その血筋は怪しいと言われる。だが言い換えるとエチオピア皇室の血はエチオピアの国民全員に流れている。何とでも言えるところがあった。ここまで長い歴史があると流石にそういう見方もできた。
 日本もそうであった。神武天皇はやはり実在した、という主張はこの時代にもある。おそらく実在したであろうが年代は合わない、という主張もある。
 やはり少なく見積もっても三千年程の歴史があるのだ。その間多くのことがあった。二つに分かれたこともある。
 そうしたものについて語るのである。中途半端な学識では到底語れるものではない。単純に皇室の存在について反対するのは一千年前に終わった。今ではそのような当たらないところから石を投げて自慢しているだけの行為は論理にも何にもならない。馬鹿にされるだけである。
 そうしたことがあるからおいそれとは語れないのだ。イギリスやオーストリアの王家と比べても比較にならないものがあった。日本がアメリカや中国、ロシアといった他の大国に対して国力で劣るところがあってもその権威で勝るのはその伝統を持つ皇室の存在があるからだ。そこまで伝統は強いものであった。
 連合においてもそうである。貴族主義の強いエウロパではどうか。言うまでもない。
「あの権威主義者の集まりでよくそこまでなれたものです」
 秘書官は皮肉を込めて言った。
「権威主義は何処にでもあるが」
「失礼、では言い替えましょう」
 彼は一旦言葉を引っ込めた。
「貴族主義です」
 そう言うと口の端を歪めてみせた。
「あまり変わらないと思うが」
「ふふふ」
 秘書官は大のエウロパ嫌いである。それが表面に出たのだ。
「確かモンサルヴァート元帥はサハラ総督府で艦隊司令をしていたのだったな」
「はい」
「そして部下達と共に本土へ戻ったのか。本道防衛の為に。すると今の総督府にはマールボロ元帥しかいないことになるな、知られた人物は」
「いえ、新たに一人赴任したそうです」
「誰だ?」
「ロギ=フォン=タンホイザー上級大将です」
「知らないな」
 八条にとってははじめて聞く名前であった。
「ご存知ありませんか」
「残念だが。どういう人物だ?」
「ドイツのある公爵家の嫡男だそうです」
「貴族か」
「はい」
 これは八条にもわかっていた。『フォン』は貴族、それもドイツ系の者に授けられる呼称だからだ。イタリア系だと『デル』、フランス系だと『ド』になる。
「だとするとかなりの若さでそれなりの地位に就いているな」
「はい。まだ二十代前半だそうです」
「また凄い昇進の速さだな。家柄だけではないな」
「はい、軍人としての能力も卓越したものだという話です。ただ」
「ただ?」
 八条はそこに突っ込みを入れた。
「かなりの夢想家だと言われています」
「どんな様子だ?」
「何でもいまだに騎士がどうとか言うようです。戦いは騎士道を見せる為の場だと公言しているようです」
「エウロパにはそうした者が多いがな」
 これも連合とエウロパの端的な違いの一つであった。連合では軍人は職業の一つに過ぎない。だがエウロパの者、特に貴族達はそうは考えないのだ。
 彼等は軍務に就くことを『高貴な者の責務』と考えている。青い血を持つ者として彼等は軍人となり戦場で戦う事を選ぶ。そして戦場においては卑怯、未練を卑しむ。敗れた敵に対しても寛大であるべきと考える。それこそが貴族として、いや騎士としての在るべき姿と考えているのである。
「所謂騎士道ですね。我が国にも武士道がありますが」
 これはこの時代でも使われている言葉である。
「今ではスポーツの場位でしか使われないな」
 八条は苦笑して答えた。だが日本の選手達の国際親善試合や国際競技、オリンピック等におけるマナーの良さ、潔さはよく知られている。それが『サムライ』だと言う人も多い。
 ちなみにこの時代オリンピックは二つに分裂している。連合で行われるものとエウロパで行われるものの二つがある。連合でのオリンピックにはマウリアも参加する。かなり巨大な大会となっている。
 エウロパのものはそれに比べて小規模だ。だがこちらは自分達こそ正統なオリンピックだと主張している。これは歴史に根拠がある。それにエウロパのオリンピック委員会は頑固な老貴族達が仕切っている為プロ選手や商業主義の入り込む余地はない。ここが連合と違うところであった。なお両者が分裂して一千年が経とうとしている。こんなところにも連合とエウロパの対立の構図があった。
「エウロパの連中はスポーツでもかなり五月蝿いそうですよ。フェアにやるべきだ、と」
「とするとドーピングも審判買収もないのか」
 これはこの時代にも問題になっていることである。連合においては野球やバスケ、ホッケー、格闘技等で審判の誤審がもとで乱闘に至るケースが多い。つい先日中国で国内のプロ野球チームのリーグ戦においてストライクの判定を巡って乱闘が起こっている。騒ぎは球場全体に及び中国では新聞の一面を飾った。
「一つのチームに偏った判定をする審判なぞ殺してしまえ!」
 あるファンは激昂してそう叫んだ。これは至極正論である。公平な判定をしない審判なぞは有害でしかない、そのような審判は自害してでも責を負うべきである。
「乱闘もなければいいな」
 八条はふとそのことを思い出した。そして言った。
「残念ながらどれもあるようです」
「何だ」
 やはり人間の世界ではそうしたことはつきものである。
「ただ連合に比べてずっとましなようですね」
「それはいいな。やはりスポーツはフェアにやらなければな」
「はい」 
 それはこの秘書官も同じ意見であった。大きく頷いた。
「そしてタンホイザー上級大将だが」
 八条は彼に話を戻した。
「どのような人間だ?」
「人間的には邪気も悪意もない人物のようです」
「ふむ」
「恵まれた環境に育ったせいか欲はないようです。趣味はフェシングと乗馬、そして読書だとか」
「意外とまともな趣味だな」
「ただ読むのは中世の騎士物語や恋愛詩集、妖精の話ばかりだそうです」
「またわかりやすいな」
 八条はそれを聞いて思わず笑ってしまった。
「つまり自分は騎士であると、そう考えているのだな」
「はい」
「成程、だからフェシングと乗馬をするのか。よくわかった」
 八条はそれを聞き頷いた。
「戦い方も予想できるな」
「正攻法を好むようです」
「だろうな。さて、サハラに行きどんなことをするかな」
 彼はここで悪戯っぽい笑みにした。
「お手並み拝見といこう」
「はい」 

 さて、そのタンホイザーであるが国境を接するサハラ東方の小国であるマガバーン王国の軍と対峙していた。
 マガバーンはハサンの同盟国の一つである。だが実質的には属国である。
 この国はこの度政権が交代しハサンに対して反旗を翻した。そしてシャイターンのいる北方諸国連合への参加を宣言したのである。
「また厄介な時に宣言してくれたものだな」
 サラーフ領内でそれを聞いたシャイターンは思わず顔を顰めた。
「どうしますか?」
 問うた壮年の分艦隊司令の一人に対し彼は首を横に振って答えた。
「今はどうにもできない。だが何かあったらこちらに来るように行っておけ。後々何かに使えるかも知れぬ」
「わかりました」
 その分艦隊司令はそれを聞き敬礼した。シャイターンはそれを見届けると正面に向き直った。
「今は少しでも力をつけなければならない」
 彼が今侵攻しているのもその力を得る為であった。
「大事の前には小事を捨てなければならない時もある」
 彼は独白した。
「だが拾っておいて損はないな。これが思わぬ奇貨となる場合がある」
 ここでニヤリ、と笑った。
「奇貨置くべし、か。中国の政治家が言った言葉か」
 呂不偉である。春秋時代末期の政治家であり商人でもある。『呂氏春秋』を編纂させたことで知られている。
「今は奇貨を貯めておくとしよう。何かの役に立つ」
 彼は顔を引き締めさせた。そして目の前に広がる銀河を見た。
「この星の大海を手に入れる為だ。多いにこしたことはない」
 彼はそのまま進路をアルフフーフに向けさせた。そして退くことはなかった。

 さてそのタンホイザーであるが一個艦隊を率いてマガバーン軍と対峙していた。
「向こうの兵力は?」
 彼は後ろに控える参謀の一人に尋ねた。
「向こうも一個艦隊です。ただ我が軍とは編成が違いますが」
「というと」
「マガバーン軍の艦隊はあの艦隊しかないのです。従って宇宙艦隊全てが入っております」
「兵力は我が軍のそれより多いのかな」
「そうですね。若干多いようです。百三十万程かと」
「そうか、結構いるな」
 タンホイザーはそれを聞いて言った。
 両軍はマガバーンの国境に布陣していた。そして睨み合っている。
 どちらも互いの隙を窺っている。隙を見せた方がやられる、そういった状況であった。
「閣下、如何致しましょう」
 その参謀が問うた。
「決まっているさ」
 タンホイザーはにこやかに笑って答えた。
「全軍進撃だ、敵の正面に向けてな」
「え・・・・・・」
 その参謀だけではなかった。他の者もその言葉に思わず呆然となった。
「全軍を以って敵の一点に集中攻撃を仕掛ける。そしてそのまま雪崩れ込むんだ」
「閣下」
 そこで先程の参謀が進み出てまた言った。
「お言葉ですが口で言うのは容易いです。しかし」
「実行するのは困難だ、と言いたいんだね」
「はあ」
 相変わらず自信に満ちた微笑みをたたえるタンホイザーを見て不安を覚えた。
「大丈夫だよ、絶対に勝てる」
「そうでしょうか」
「まあここは私に任せてくれ」
 人の話を聞いているのかいないのか、彼の態度は相変わらずであった。
「では全軍進撃だ、敵陣に向けてな」
「はい」
 スタッフはとりあえず頷いたが不安は隠せない。それは声にもあらわれていた。
「心配する必要はないよ、勝利は我が手にある」
 そんな彼等に対して言った。
「では進め、そして勝つ!」
 彼の指示によりエウロパ軍は進撃を開始した。向かうは敵の正面である。
「敵が来ました!」
 それはすぐにマガバーン軍にも確認された。
「何処からだ!?」
 マガバーン軍宇宙艦隊司令はそれを聞いて問うた。
「正面からです」
「おい、いい加減なことを言うな」
 彼はそれを聞いてまず否定した。
「幾ら何でも正面から来る筈がないだろう」
「いえ、それが」
 オペレーターの声は明らかに戸惑っていた。
「実際にモニターを御覧になられればおわかりかと思いますが」
「映せ」
「はい」
 こうしてモニターのスイッチが入れられた。それを見て司令は絶句した。
「本当だったのか」
「はあ」
 オペレーターの声は相変わらず戸惑ったものだった。
「全軍守りを固めよ」
 司令はそれを見てすぐに指示を下した。
「数においてはこちらの方が優勢にある。守りさえ固めれば問題はない」
「はい」
 こうしてマガバーン軍はすぐに防御を整えた。それは進撃するエウロパ軍からも確認された。
「閣下どうなさいますか」
 参謀の一人がタンホイザーに問うた。
「決まっているよ」
 彼は素っ気なく答えた。
「このまま前進だ」
「やはり」
 参謀は頷いた。彼も軍人である。もう腹はくくっていた。
「射程はこちらの方がある」
「は、はい、その通りです」
 タンホイザーのその言葉に周りの者は驚きながら答えた。マガバーン軍の艦艇はハサンからの旧式兵器ばかりである。やはり射程は短い。それに対してエウロポ軍は最新鋭の兵器であり射程も長い。タンホイザーはそのことを知っていたのだ。
「私が指示を下したら一斉射撃だ」
「はい」
「一点を集中してな。そこから切り込む」
「成程」
 奇しくもアッディーンが得意とする戦法だ。だが彼はそれを意識してやるのではない。あくまで勘で行うのだ。
 次第に間合いが詰められていく。タンホイザーはそれを見て右手をゆっくりと上げた。
「あのポイントだ、いいな」
 そして敵陣の中央を指し示した。そこに指揮系統の中枢がある。
「わかりました」
 周りの者は答えた。タンホイザーはそれを横目で見ながら言葉を続けた。
「射程に入るのはもうすぐだね」
「はい、あと十秒」
 参謀の一人が腕の時計を見ながら答えた。
「よし」
 彼は頷いた。すぐにその時が来た。
「撃て!」
 右腕を振り下ろす。それと同時に光の帯がエウロパ軍から放たれた。
 それはマガバーン軍の中央を撃った。あまりの衝撃に一瞬隙が生じた。
「よし、突入だ!」
 タンホイザーはすぐに指示を下す。それに従いエウロパ軍は敵陣に雪崩れ込んだ。
 すぐに外側に向けて一斉攻撃を行う。それが終わるとすぐに艦載機を出した。
「エインヘリャル、出撃!」
 エウロパの艦載機はエインヘリャルである。攻撃力と速度が高い。
 そのエインヘリャルが敵艦に群がる。そしてマガバーンの艦艇を次々と沈めていく。
 エウロパ軍はマガバーン軍を突っ切った。そして反転して後方から攻撃を仕掛ける。
 また突入する。これでマガバーン軍は総崩れとなった。
「今兵力はどの程度ある」
 マガバーン軍司令は参謀の一人に尋ねた。
「各部で寸断されていまして・・・・・・」
 問われた参謀は言葉を濁した。
「どの程度だ」
 だが司令はそれでも問うた。
「今統制がとれるのは半数程ですが」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「降伏するしかあるまい。最早勝敗は決した」
「はい」
 参謀はその言葉に頷いた。
「敵に電報を送れ。降伏したいとな」
「わかりました」
 これで全ては終わりであった。 

 

第四部第四章 楯砕きその一


                     楯砕き
 アッディーンはその時アルフフーフを完全に包囲下に置いていた。
「降伏勧告への返答は?」
 ガルシャースプに問うた。
「黙殺しています」
 彼は首を横に振り答えた。
「やはりな。予想されたことだ」
 アッディーンはそれを聞き頷いた。
「どうせ自分達だけは安全を確保できると甘い夢を見ているのだろう」
「そうでしょうね」
「だとすればその甘い夢から醒まさせてやろう。とっておきの目覚ましでな」
 アッディーンはそう言うと後ろに控える参謀達に顔を向けた。
「用意はできているか」
「はい」
 参謀の一人が敬礼して答えた。
「何時でも動かせる状態です」
「ならばいい」
 彼はそれを聞き頷いた。
「ではすぐに作戦を実行に移すとしよう」
「わかりました」
 スタッフはそれを聞くと皆それぞれの持ち場についた。
「いいか」
 アッディーンはコンピューターの前についたスタッフに尋ねた。
「はい」
 そのスタッフは答えた。
「よし」
 アッディーンは顔に笑みを浮かべた。そして右手をゆっくりと挙げた。
「それでは作戦を発動するぞ。スイッチを入れろ」
「わかりました」
 別のスタッフが頷き何かのボタンを押した。
「よし、あれの道を空けろ」
 彼の指示の下艦隊は包囲の一部を解いた。
 数時間後艦隊の後ろに何かが姿を現わした。
「来たな」
 アッディーンはモニターを見てほくそ笑んだ。
「これでブラークは終わりだ」
 やがてそれの姿が見えてきた。それは巨大な隕石であった。
「コントロールはいいな」
「はい」
 スタッフの一人が答えた。
「万事抜かりなしだな」
 アッディーンの声は自信に満ちていた。そこには勝利の確信があった。
「ではゆっくりと見るとしよう。これからあの愚か者共の惰眠のもとが壊れる様を」
「はい」
 ガルシャースプはその言葉に頷いた。
 隕石は次第に速度を速めていく。そしてそこにブラークがやって来た。
「どうやら隕石に攻撃はしないようだな」
「隕石に対しては別の防衛手段がありますからね」
 これは川にある堤防のようなものだ。この時代はどの惑星にもそうした隕石に対処する為の防衛用の人工衛星が惑星の周りを回っている。危機を察したならばレーザービームですぐにその隕石を撃つのだ。
 ブラークはそうしたものではない。あくまで敵に対するものである。それが裏目に出たのだ。
「よし」
 隕石はブラークに向かっている。それを防ぐことはもうできない。
「アルフフーフの管制室の驚く様子が目に浮かぶようだ」
 彼は満面に笑みをたたえながら言った。その瞬間光が発せられた。

「そうか、ブラークが破壊されたか」
 その時シャイターンはアルフフーフから一日の距離にまで達していた。
「これでナベツーラも終わりだな」
「はい」
 それを報告したラーグワートは頭を垂れた。
「どのみち破壊されるとは思っていたがまさか隕石を直撃させるとはな。面白いことを考えたものだ」
 彼は詳細を聞くと楽しそうにそう言った。
「これでサラーフの命運は完全に終わりましたな」
「既にナベツーラが政権に就いた時にな」
 シャイターンは言った。
「あのような男を選んだサラーフの者も愚かだが」
「マスコミに踊らされたせいもありますが」
 ラーグワートは彼等を擁護するように言った。
「それで目が曇っては駄目なのだ」
 シャイターンは冷然とした態度でそう言い切った。
「マスコミが全てを報道しているわけではない。必ず何処かに真実が転がっているのだ」
「そういうものでしょうか」
「そうだ。これを読んでみるがいい」
 シャイターンはそう言うと懐にあった新聞をラーグワートに渡した。
「これは」
「サラーフの新聞の一つだ。ナベツーラとは対立する立場にある新聞さ」
「そんな新聞社もあったのですか」
「ナベツーラ派には徹底的に誹謗中傷を浴びていたがな。それでもサラーフ全土に発行している新聞だ」
「サラーフ全土にですか。では影響も大きいのでしょうね」
「いや、そういうわけでもない」
 彼はそれに対しては首を横に振った。
「発行部数はかなり落ちているそうだからな。ナベツーラの圧力で」
「そうなのですか」
「理由は内容を読めばすぐにわかる」
 そう言って彼に読むことを勧めた。ラーグワートはそれに従い新聞を拡げた。
 まず一面からナベツーラへの批判だ。その政策と腐敗ぶりを徹底的に糾弾している。
 続いて戦況の報告である。相次ぐ敗戦を伝えている。
「全て真実ではないですか」
「サラーフ以外の国ではな」
 シャイターンはここであえて意味ありげに言った。
「サラーフでは真実ではないのだ」
「何故ですか?」
「サラーフではナベツーラの下にあるマスコミの言葉だけが真実なのだ。それ以外は虚言だ」
「何と」
 ラーグワートはそれを聞き絶句した。
「驚くことはない。一千年前はそうだったのだ」
「しかし」
「サラーフはそうした状況にあるだけだ。その他は何らおかしなところはない」
「マスコミのみが真実であるというだけで異常ですが」
「ネット等がないとどうしてもそうなるのだ」
 シャイターンは答えた。
「情報を一部の者が独占すると怖ろしいことになる。彼等はそれを利用して権力を独占するからだ」
「そしてその情報を己の意のままに流すのですね」
「そうだ」
 ラーグワートの言葉に対し頷いた。
「かってはそうやって全ての国がマスメディアの軍門の下にあった。とりわけ日本はな」
 二十世紀後半の日本のマスメディアへの権力集中とその腐敗は以前に述べられた通りである。
「そうした状況を打破するのにネットは大きな役割を果した。だがこのサラーフでは違ったのだ。電力を確保する為にネットを規制したのだ」
「それがかえってマスコミの権力集中を助けたと」
「意図したわけではなかったのだがな。今はその弊害が一度に出てしまっただけだ」
「それより前からあったのですね」
「そうだ。それがナベツーラだ」
 シャイターンはそこで言った。
「ナベツーラのような者が権力を握ることができるのもマスコミの力があってのことだ。日本ではテロ支援国家と結託した政党や知識人が良識派としてもてはやされていたではないか」
「はい」
 マスコミの弊害を語るうえで必ず述べられることである。この時の日本では軍隊を全廃し、テロを平然と行う危険な独裁国家を民主的な平和勢力として絶賛することが良識なのであった。これを以って当時の日本の知的レベルの絶望的な低さを指摘する識者も多い。確かにそれは一理ある。この時代日本は経済的に繁栄していたが何と日本から名の知られた経済学者は全く出ていないのである。それどころか二十一世紀になってもマルクス主義経済を教える経済学者が残っており『経済学の化石』とまで言われていた。彼等は経済は生物であるということを全く理解しておらず十九世紀中頃の古典的な経済をその時代に当てはめていただけなのだ。それでまともな経済学が発達するわけがなかった。日本は漫画がこの時から有名であったがとある漫画家は働くのが嫌でマルクスにのめり込んだ。そしてそこから見事なまでに一歩も出なかった。彼等に進歩や発展などという言葉はなかった。そのような連中に常に動く経済を理解しろと言っても無駄であった。むしろ株で食べている人間の方が経済を理解していた程であった。
 それもこれもマスコミがマルクスばかり言っていたからである。当時共産主義国家であるという建前であった中国人が日本に来てまだ大学でマルクスを教えているのを聞いて驚いたという話がある。
 

 

第四部第四章 楯砕きその二


「これは経済史を学ぶ場ですか?」
 その中国人は学生に尋ねた。
「いえ」
 日本人の学生は首を横に振った。
「これからの経済について学んでいるのです」
 こう言われてその中国人は開いた口が塞がらなかったという。
 後には彼経済学をやめスポーツの世界に入った。そしてサッカーで名フォワードとして中国に入りオリンピックで金メダルをもたらすことになる。
 その彼が金メダルをもらった時に言ったことである。
「日本では経済学は学ばなかったけれどスポーツマンシップとサッカーは学んだよ」
 彼は日本のプロチームでも活躍していたのである。
 こうしたことは二十一世紀前半まで尾を引いた。結局日本は二十一世紀中頃までアメリカや中国の後塵を拝することになり常に第三の勢力でしかなかったのはこうしたマスコミのマルクス的経済学や歴史観、今もなおある歪んだ市民主義によるところが大きかったのだ。
 そうした歴史は今では連合だけでなくエウロパやサハラでも学ばれている。その反動だろうか、今も日本ではマスコミの力はかなり制限されネットの力が大きいのだ。
「あれと全く同じことなのだ」
「そしてそれによりサラーフは滅んだのですか」
「うん。我々にとっては好都合だったがな」
 シャイターンはうっすらと笑みを浮かべて言った。
「こうして多くの領土を手に入れることができたのだから」
 彼等はこの時点でサラーフ北方を中心としてその約四分の一の領土を占領していたのだ。
「問題はこの領土をどのように各国に分配するかですね」
「それは心配ない」
 シャイターンはすぐに答えた。
「どうしてですか?」
 ラーグワートは怪訝そうに尋ねた。
「それもやがてわかる」
 彼は不思議な笑みを浮かべて答えた。
「すぐにな」
 その笑みは何処か悪魔的であった。
「話題を変えよう」
 シャイターンはここで言った。
「アッディーン提督率いる艦隊との距離はどれだけある」
「あと一日です」
 後ろに控える参謀の一人が答えた。
「そうか」
 シャイターンはそれを聞き目を不思議な色にした。
「ではすぐにオムダーマン軍のところへ向かうとしよう」
「まさか」
 彼等はシャイターンの言葉にいろめきだった。
「誤解しないでほしい」
 彼はそれに対して言った。
「彼と会ってみたいだけだ」
 悪戯っぽく笑ってそう答えた。
「お会いしたいだけですか」
「そうだ。オムダーマンとは何の対立関係もない。問題はないだろう」
「しかし」
 それだけで済むとは思えなかった。彼等もシャイターンの性格は知っている。その彼がただ会いたいという理由だけで会談をするとは思えなかったのである。
「いいか」
「それは」
 彼等は口篭もった。
「心配は無用だ。ただ会うだけなのだからな」 
 笑顔でそう言った。
 嘘だ、彼等は皆そう思った。だがそれは口には出さなかった。
「異論はないようだな」
「は、はあ」
 彼等はそれを了承するしかなかった。結局それを決めるのは司令官であるシャイターンなのだから。
「ではオムダーマン軍に電報を打ってくれ」
「わかりました」
 アリーの通信士が敬礼して答えた。
「然るべき場でアッディーン司令と会いたいとな。拒むことなきよう、と」
「はい」
 彼は敬礼するとすぐに通信室に向かった。
「これでよし」
 シャイターンはそれを笑顔で見送った。
「楽しみだな。オムダーマンの誇る若き名将と会えるのだから」
「はあ」
 ラーグワートや幕僚達はそれを不安気な顔で見ている。
「どうした、浮かない顔をして」
 シャイターンはそんな彼等に対して言った。
「私が何かするとでも思っているのか」
 答えない。だがこれまでシャイターンは謀略も厭わなかった。そうして傭兵隊長を務めてきたのだ。今回ももしかしたら。
「安心しろ。私は今はよからぬことを考えてはいない」
 彼はそれを打ち消すように言った。
「ただこれからの出会いに期待しているだけだ」
 しかし何処か虚言に聞こえる。
「アッディーン提督」
 彼は不敵に笑いながら彼の名を口にした。
「さぞかし見事な男なのだろう。この私と釣り合うようなな」
 そこには戦いを求める男の顔があった。まるで狼の様な顔になっていた。

 ブラーク陥落の情報は連合やエウロパにも伝わった。
「そうか、サラーフもこれで終わりだな」
 連合の感想は淡々としたものであった。
「サハラ西方は完全にオムダーマンのものになったな」
 皆そう見ていた。だがシャイターンの存在は過小評価していた。
「所詮一介の傭兵隊長だろう?今までの戦いも運がよかっただけだ」
「今も火事場泥棒をしているだけだ。ハルーク家に入ったにしてもそんなに大したことじゃない」
 識者もネットでの意見も大体こうしたものであった。
「そのうちエウロパに潰される。もうサハラ北方はエウロパのものになることが決まっている」
 こうした醒めた意見が主流を占めていた。そもそもシャイターンを知らない者すら多い状況であった。
 これは連合中央政府においても各国の政府においても同じであった。
「傭兵なぞ無用の長物だ」
 連合の軍制度から見ればその通りであった。
 彼等は傭兵を軽蔑していた。正規兵とは違い単なる寄せ集めだと考えていた。
「それも未亡人をかき口説いてハルーク家に入ったのだろう。何か卑しい行いだ」
 そうした意見もあった。彼等はシャイターンという人物に何か胡散臭さを感じていたのだ。
「確かに胡散臭い人物ですね」
 八条の執務室に二人の男が来ていた。二人共連合の軍服を着ている。
「今までの経歴を見ると不可思議な行動が多いです。それに生活も異様に華美ですし」
 右にいる金髪碧眼の長身の男が言った。ローラン=マクレーン大将である。アメリカ出身だ。
「生活はこの場合関係ないのでは」
 八条は彼に言った。
「その財源が問題なのです。とある宗教団体のリーダーの息子と聞いていますが」
「その彼が何故傭兵隊長をしているか、わからないのですね」
「はい」
 マクレーンは八条の言葉に頷いた。
「私もマクレーン大将と同じ考えです」
 左にいる黒髪のアジア系の男が言った。劉白鳳大将である。彼は中国出身だ。
「それに何故南方からわざわざ北方にやって来たのでしょう。それがわからないのです」
「そうですか」
 八条は劉の話を聞き考える顔をした。
「お二人共シャイターンという人物にはあまりいい印象を持ってはおられないようですね」
「え、ええまあ」
「そう言われればそうですが」
 二人はキョトンとした顔になり答えた。
「確かに軍人から見ると好きにはなれません」
 八条も軍人だったからよくわかるのだ。
「しかし非常に優れた人物であるというのは疑いようがないと思うのですが」
「それはまあ」
 二人もそれは認めた。
「二度の戦いに鮮やかな勝利を収めていますし」
「それに今回のサラーフ侵攻も見事です。まるで事前に流れを知っていたかのようです」
「流れですか」
 八条は劉の言葉に眉を動かした。
「はい」
 劉はそれを見て少し不思議そうな顔をした。
(長官は何かに気付かれたかな)
 彼は心の中でそう呟いた。
「だとしたら戦略にも秀でているようですね。私は戦術だけを見て言ったのですが」
「戦略も、ですか」
 マクレーンが言った。
「はい。それはオムダーマンとサラーフの戦いの趨勢を見極めることができないと動けなかったものです」
 八条は二人を見上げた。
「それをあらかじめある程度予想して今回の準備をしていたとすると」
「シャイターンという人物、かなりの戦略眼がありますね」
「はい」
 彼はここで二人に頷いた。
「彼が北方に来たのは何かの理由があるのかも知れません」
「といいますと」
 今度は二人が八条に尋ねた。
 

 

第四部第四章 楯砕きその三


「彼が何かを得るのに容易い場所であるとか」
「そういえば」
 シャイターンはここで北方諸国の危機を救いここでの支持を得た。そして北方で最も力のあると言われるハルーク家に入った。そして今回の侵攻だ。彼はまるで北方に何かを築こうとしているかのようである。
「もし彼に野心があるとすれば北方は格好の場所でした」
 八条は考える顔をしたまま言った。
「そして今彼は北方どころかサハラでもとりわけ人気のある存在になろうとしている」
 そうであった。二回の戦いの勝利とハルーク家との結び付きにより彼はサハラでも有数の権勢と評価を手に入れたのである。
「それにより彼はそれ以上のものを目指す地盤を手に入れることができるでしょう」
「それ以上のものといいますと」
 マクレーンが問うた。
「例えばですが」
 八条はそれに対してこう前置きしたうえで言った。
「サハラを統一しその元首になるとか」
「まさか」
 劉はそれを聞いて思わず苦笑した。
「あのサハラが統一される筈がありませんよ」
「そうですね、私も劉大将と同じ考えです」
 マクレーンもそれに同意した。
「何故そう言えるのですか?」
 八条はそんな彼等に対して問うた。
「一千年もの間分裂し互いに争ってきた者達ですよ、今更統一なぞ」
「そうです、そんなことは神にだってできません」
 二人はそれを頭から否定した。だが八条は違っていた。
「あながちそうとは言えませんよ」
 彼は二人に対してこう言った。
「何故ですか」
 二人はそんな彼に尋ねた。
「我々にしろ多くの国家の集合体ではないですか」
「それはそうですが」
 それは否定できなかった。連合は中央政府こそあるものの百以上の国家がその中にある。そしてそのそれぞれが自治権及び連合内での外交権を持っているのだ。今まではそれぞれの国家が軍を持っていた程である。
 かっての国際連合と似たような部分が色濃くあった。その為国家としての統制は弱く国家連合に近い面があった。エウロパと比べてもそこは大きく遅れをとっていたのだ。
 それから次第に権限を中央政府に集めようという考えが実際に行動に移されたのは二〇〇年程前からであった。それまでは中央政府は構成国の貿易や開発の保証、利害調整等経済面、貿易面でも行動のみであったのだ。
 外交はエウロパとは敵対関係にありマウリアとは友好関係にあった。この二国との関係のみでありそれ程重要ではなかった。サハラ各国とは何処か疎遠であった。
「それが変わったのもつい最近です」
 八条は二人に言った。彼等はそれに反論することができなかった。
「我々もそうでした。彼等ももしかすると、ということがあります」
「そうでしょうか」
 しかし二人はまだ懐疑的であった。
「あれ程激しい戦乱が続いていたというのに」
「しかし彼等はその反面連帯意識が強い」
 そのもとがイスラムであった。
「やはり信仰しているものが同じだと団結にも変化がでてきますね」
「それはわかります。やはり信じている神を同じくするとそこに連帯意識が生じますから」
 二人は八条に応えた。
「またそれだけの力がイスラムにはあるということですね」
「はい」
 二人はやや渋々ながらもそれは認めた。
 アメリカも中国もかってイスラムと干戈を交えた経験がある。今連合にはムスリムは少ない。トルコやインドネシアといった一千年前にイスラム教国であった国々は今は違う宗教を信仰している。それは雑多で一概には言えない。連合の宗教は多様であり多くの宗教団体が存在する。キリスト教の流れを汲むものもあれば仏教もヒンズーも入っている。ゾロアスターもあるしそこから無数に派生している。それぞれの国にかってあった土着の宗教もいまだに存在している。シャーマニズムもそこにはある。エウロパのように北欧とケルト、そしてギリシアの神々が混ざり合った信仰とはまた違うのだ。だが一神教は少ない。あるにはあるがそれは厳密には一神教ではない。キリスト教がそうであったように。
 サハラは違った。ムハンマドがガブリエルから授けられたコーランの教えを今も信じているのだ。コーランに誤謬はなく文字はアラビア文字である。当然文化や生活も全てそこからはじまる。
「彼等の全てがイスラムにあります」
 アラブの時代からそれは変わっていなかった。
「戦いもまたそうです。彼等はジハードを戦っているのでしょう」
「でしょうね。だからあれだけ勇敢なのかも」
 マクレーンが言った。彼はサハラに行ったことはないがその戦いについてはよく研究していた。
「そして敵に対しては団結する」
「この場合はエウロパがまさにそうですね」
 八条は劉の言葉に乗った。
「そこにシャイターンの大義名分もあったのでしょう。同じムスリムとしてサハラを脅かすエウロパを許すことはできない、と」
「やはりそれですか」
 劉はそれを聞いて言った。
「大義名分としてはいいものだと思いますよ」
 八条は応えた。
「少なくとも反対意見は出にくい。それに兵士も集め易い」
「でしょうね、何しろジハードなのですから」
 これのもとにムスリムは団結する。シャイターンはそれを利用したのだ。
「そう考えるとシャイターンという男はかなり頭が切れますな」
「でしょうね」
 八条はマクレーンの言葉にも頷いた。
「しかしそれだけではないでしょう」
「といいますと」
 今度は二人が尋ねた。
「それだけであそこまでの人気はありません」
「カリスマですか」
 流石にこの巨大な連合軍で大将を務めるだけはある。彼等はカリスマの重要性も理解していた。
 ちなみに連合の軍制度においては艦長は中佐が努める。十隻規模の部隊は大佐が率いる。百隻だと准将、千隻だと少将。一万隻で一個艦隊となるがこれは中将が率いる。連合軍の基本的な軍の単位は艦隊からなる。そして大将はそれをまとめた十個艦隊を統括する。すなわち大将にはそれだけの権限があるのだ。そしてその上には元帥しかない。だが連合の軍制度では元帥はあまり置かないようにしている。元帥に与えられる権限は大きいがそれだけにシビリアン=コントロールに支障をきたしかねないからだ。連合軍はあくまで文民統制下の軍隊であるのだ。
 しかしそれでも大将に求められるものは大きい。その程度のことはわかっていなければならないことであるのだ。
「そうです、どうも彼にはそのカリスマ性が備わっているようなのです」
「写真を見るかぎりかなり整った顔立ちですしな」
 マクレーンが言った。シャイターンの写真や映像は連合にも出回っている。女性からの評価はかなり高かった。
「確かに。サハラの男性にしてはやや線が細いですが」
 八条も彼の顔立ちについては知っていた。
「それがかえって人気を集めているようですね、我が軍の女性兵の間でも評判ですぞ」
「それはまた」
 劉の言葉に他の二人は苦笑した。
「由々しき問題ですね。連合軍の誇る女戦士達が敵に惚れるなどとは」
「一応達は出しておきました。彼は所帯持ちだと」
 この劉という男は案外洒落のわかる人物のようだ。
「それは何より。しかしそれでもいいという情熱的な娘がいたら考えものですな」
 マクレーンもその洒落に乗った。
「長官のお国では彼はかなりの人気なのではないですか?大和撫子のお気に入りの優男ですぞ」
 日本の女性の好みはこの時代よく知られていた。彼女達は筋肉質の大男や精悍な男性をあまり好まないのだ。それよりも中性的な顔立ちや色白の美少年を好む傾向がある。これはどうも平安時代からのようだ。日本においては在原業平や光源氏といった貴公子や弁天小僧、白井権八といった女装の似合う少年や美少年を好む傾向がある。これは日本の文化においてごく普通のことであった男色とも関係があるのだが女性も嗜好もそれと同じであった。従って他国の男性にとっては日本の女性の趣味は不可思議なものにうつる時がある。伝統的に男権社会で筋肉質の男や大柄な男が好まれるアメリカや中国の男性にとってはそれが少し残念なのだ。何故か、日本の女性は可愛いので有名だからである。ちなみに八条も日本の女性の間でかなり人気がある。そのスラリとした長身と整った貴公子然とした顔立ちが女の子達に人気なのだ。もっともアイドルに比べれば落ちるが。ちなみに日本のアイドルや俳優達も他の国から見ればひょろっとした優男ばかりだ。弱々しい、という意見もある。
「それはどうでしょうか」
 八条は二人のそんなからかい半分のジョークに苦笑して右手を横に振った。
「少なくとも私はそのような話を聞いていませんが」
「そうですか!?」
 二人はそんな彼に対してさらに突っ込んだ。
「もてないとはとても思えませんが」
「いや、これが全然もてないのですよ」
 彼も女性に興味がないわけではない。
「しかし変な噂がたっていましてね」
「どのような噂ですか?」
「いや、私が男色家だと。そのような趣味はないのですが」
 彼は苦笑して言った。
 これも日本の変わった習慣の一つである。どうも美男子は男色家でもあるという設定がつけられることがままあるのだ。確かに八条は外見的にそうした噂を立てられかねないところがあるが。
「それは厄介ですな」
「また変な噂を」
 二人はそれに対しては顔を顰めた。この時代同性愛にはどの国も昔に比べてはかなり寛容になっている。だが個人としての嗜好であり嫌悪感を持つ者も多い。だからといって法律的、社会的に差別なぞはされないがそれでも嫌な者は嫌なのである。二人は嫌悪感を持つ派であった。
「気にしなければいいだけですが」
 彼は困ったような顔をした。
「我が国はそうしたことには昔から寛容なのですがね」
 日本の歴史において同性愛で咎を受けた者は一人もいない。歴史上でも織田信長はじめ多くの男色家がいたが彼等がそれで批判されたことはない。ごく普通のこととして歴史に書き残されている。平安時代の貴族には日記に自身のその恋愛のことが書かれている。無論同性とのだ。彼もそれを読む者もそれが異常なことだとは全く思っていない。それもまた日本の風俗文化の特色であった。先に述べた歌舞伎のそうした少年役もそうした同性愛が根幹にあるのだ。時として風俗を乱すとして幕府に取り締まりの対象となっても男色自体が取り締まりの対象となることはなかった。
 こういう話がある。かって日本にキリスト教を伝えたフランシスコ=ザビエルは中国地方の多くの領地を治めていた大内義長に対してこう言った。
「この国は非常に素晴らしい国です。しかし一つだけ恐るべき悪徳がはびこっています」
「それは何か」
 悪徳と言われ大内は狼狽した。そして慌てて彼に問うた。
「それは男色です。この様な恐るべき悪徳は早急に根絶しなければなりません」
 ザビエルは力説した。しかしそれを聞いた大内の顔は急に紅潮していった。
 彼は激怒した。何故か、彼はこの時とある美少年を寵愛していたからだ。彼にとって男色は恋愛であった。それを悪徳とまで罵られ怒らない筈がなかった。
 江戸時代も同じである。そうした土壌があるからこそそうした話も出るのだ。
「女の子達のおもしろおかしい作り話ですが」
「大和撫子にはそうした想像をする趣味があるのですか」
「それはまた妙な趣味ですな」
 二人はこれは理解できなかった。
「これも昔からあることですが」
 一千年前からある。そうした同性愛の小説や漫画が日本ではそれなりに人気があったりする。なお女性同士のものも人気がある。
「ごく一部ですよ、皆がそうではありません」
「それはわかっています」
 だが往々にしてそれが全体だと思われるものである。人の世の中とはそうしたものだ。
「それにしても日本の漫画やアニメですが」
「はい」
 マクレーンの言葉に顔をあげた。
「どうも線が繊細ですな。私にはそれがいささか物足りません」
「私もそれは感じました」
 劉もマクレーンの言葉に同意した。
「全体的に綺麗さを求め迫力を重視していない漫画家が多いように思えます」
「一千年前から言われていることですね」
 八条もその評価は知っていた。
「はい」
 マクレーンはそこで頷いた。
「あくまで私個人の趣味ですが」
 そう断ったうえで話しはじめた。
「もっと派手に、かつ豪快な絵柄の方がいいですね。効果音も痛快に」
「マクレーン大将、それは貴国の漫画ではないですか」
「ははは、確かにそうですが」
 彼は劉の指摘に思わず笑った。
「では劉大将はどうお考えですか、漫画やアニメに対して」
「私は筆で描いたものがいいですな」
 劉は得意顔で応えた。
「あれこそが本当の漫画であると思います」
「つまり貴国の漫画がいいと」
「否定はしません」
 マクレーンに答えた。
「私は昔からそうした画風の漫画で育ってきました故」
「結局二人共自分の国の漫画が一番だと仰りたいのですね」
 八条がそれを聞き終えて言った。 

 

第四部第四章 楯砕きその四


「はい」
「とどのつまりは」
「やれやれ」
 八条はここで今日何度目かの苦笑をした。
「まあ文化とはそうしたものかも知れませんね。自分のものが一番だと思う。しかし他国の文化も意識する」
「食べ物なんかは特にそうですね」
 ここで劉が言った。流石に中国人だけはある。料理には五月蝿いようだ。
「私は上海料理が好きですが広東料理も食べます。そして刺身やハンバーガーも好きです」
「この前トムヤンクンを美味しそうに食べてましたな」
 ここでマクレーンが言った。
「マクレーン大将もホットドッグと四川料理を同時に食べていたことがありましたな。サラサもお好きなようで」
「そうですな。タコスも好きですぞ」
 マクレーンはあっさりとそれに対し切り返した。
 連合ではこうした食べ物の混雑もよくある。確かに自国の料理を最もよく食べるのだが他の国の料理も互いによく食べる。しかしエスニック料理として区別はされている。人によっては全然食べない。
「私もハンバーガーやラーメンは好きですが」
 八条はここで話に入ろうとした。だが二人はここで彼に対し共同戦線を張った。
「お言葉ですが長官の食べられているものは本物のラーメンではありません」
 劉がそう言うとマクレーンが続いた。
「ハンバーガーもあれでは本当のハンバーガーと言えません」
「そうなのですか!?」
 八条はその言葉にキョトンとした。
「日本人はどうも他の国の料理を自分の国の感じにアレンジしてしてしまいます。それでは本当にその料理を食べたとは言えません」
「私はそうは思いませんが」
 八条は劉に反論した。これも昔から日本人が言われていることである。
「日本の料理は味が薄い。しかも繊細さにこだわるあまりその料理を極端に変えてしまうことがままあります」
「それは貴国の料理の味付けが全体的に濃いせいではないですか?」
 今度はマクレーンに反論した。
「違いますな。日本人はその舌にこだわるあまり味を変えすぎなのです」
「それが悪いとは言いませんがそれで本当のラーメンやハンバーガーを食べているとは言いがたいですね」
 八条はどうも納得がいかなかった。そしてこう言った。
「では日本人は和食のハンバーガーやラーメンを食べている、と。お二人はそう言いたいのですね」
「ええ」
 二人はそれに対し同時に頷いた。
「我々から見たあれはアメリカのハンバーガーではありません」
「同じく中国のラーメンではありません」
「そうなのですか。よく考えたらこれも昔から言われていることですね。そういえば我が国の料理も他の国ではかなりアレンジされている」
「私は寿司が好きですな」
 マクレーンはここで胸を張った。
「アメリカのスシは日本の寿司とは違いますね」
 八条はここで反撃に転じた。
「う・・・・・・」
 マクレーンはそれに対し対抗することができなかった。
「私はうどんを良く食べますが」
「劉大将、うどんとは鰹や昆布からだしをとるものです。豚骨やトリガラでだしをとるものではありません」
「それはそうですが」
 劉もバツが悪そうな顔をした。
「どの国も同じですね。他の国の料理を食べたつもりでも自分の国の料理にしてしまっている」
「どうもそのようで」
 二人は渋々ながらそれを認めた。
「けれどそこから新しい料理が出てきますからね。スシにしろトリガラのうどんにしろその中の一つです」
「はい」
「これが連合らしいといえばらしいですね。互いに影響し合って新しいものができあがる。こうして一千年もの間我々は多くのものを生み出してきました」
「単に雑多でまとまりのないだけとも言われますがな」
 マクレーンがここでややシニカルに言った。
「食べ物にしたら雑多に煮たスープというところでしょう」
 劉は料理にたとえた。
「しかし中々味わいが深く底の知れないスープです」
 八条はそれに合わせた。
「今はそのスープの味をまとめる段階ですね」
「はい」
 二人はここで真摯な顔をした。
「お二人は軍のスープをまとめる調理師になって下さい」
「長官がチーフとなり」
「ええ、それはわかっています」
 八条も真剣な顔でそれに頷いた。
「連合軍は本当の意味で一つになる段階になりました。制度ではなく心で」
 すなわち一人一人が連合軍の将兵である、という意識だ。今はまだそこまで達していない。
「そうでないとエウロパにも遅れをとります。そして・・・・・・」
 何故かここで八条の脳裏にシャイターン、そしてアッディーンのことが浮かんだ。
「そして!?」
 二人はここで突っ込んだ。
「いえ、何も」
 だが八条はそれを打ち消した。首を横に振った。
「今は連合軍の心を一つにまとめましょう。守るべきものを定めて」
「連合の国土ですね」
「はい、連合の国防軍であるべきだと私は考えます」
 八条はここで言った。
「国防軍ですか」
「そうです、元々国内の宇宙海賊やテロリストへの対策に重点が置かれていますしね」
 八条は二人に答えた。
「どう思われますか」
 そしてあらためて尋ねた。
「いいと思いますよ」
「極めて妥当だと思います」
 二人は答えた。
「ただそれだけではないでしょう」
 ここでマクレーンが尋ねてきた。
「どうしてですか」
 八条はそれに対して尋ねた。
「装備を見ますとね。単なる国防軍とは思えません」
「私もそう思います。海賊やテロリストに対処するにはあまりにも重装備ではないですか」
 劉も言った。
「どうしてそう思われますか」
 八条はあえてとぼけてみせた。
「連合の各艦隊の旗艦になるという超巨大戦艦ですよ」
 二人はここは口が揃った。いまだその全貌は明らかになっていないが噂になっているのだ。
「あれですか」
 八条はそれに対ししれっとした態度で答えた。
「あれではありません」
 二人はそれに対して言った。
「何でも今までにない、そう要塞のような艦だと聞いていますが」
「それはまた大袈裟な」
 八条は笑ったが大袈裟ではなかった。だが全貌はまだ八条もスタッフの計画を聞いただけである。それでもその巨大さは途方もないものであった。
「あれだけの戦艦をどうして海賊やテロリストに使うというのです」
「抑止力ですよ」
「マスコミや知識人、ネットではそう言われているようですが」
 そこでも抑止力としてはあまりにも巨大なものではあった。噂でもそこまで広まっていたのだ。
「要塞を一撃を破壊するような主砲を装備しているそうですね」
「艦載機は一万をゆうに越えるとか」
 空母で艦載機は百を越えるか越えないかである。それを考えると桁外れである。
「そこまでの艦は私は聞いたことがありませんが」
「しかし今それが出来上がろうとしている」
「長官、隠し事はよくありませんよ」
 二人は八条に対し半ば詰め寄るようにして言った。
「まあまあ」
 だが八条はそんな二人を宥めるようにして言った。
「確かに連合軍は国防軍ですが」
 彼は反論をはじめた。
「そこには外敵への対処もあります」
「エウロパですか」
「はい」
 彼は二人の問いに対して答えた。
「警戒するにこしたことはありません。それに仮想敵国は国防にあたって不可欠なものです」
「それはそうですね」
 それには納得した。
「しかしエウロパだけを仮想敵国とするのはあまりにも近視眼的です」
「といいますと?」
「どういう意味ですか?」
 今度は二人が八条に問うた。
「マウリアやサハラのことも考えておかなくてはなりませんね」
「マウリアをですか?」
「ええ。これも当然でしょう」
 八条の言葉は二人にとっては思いもよらぬものであった。今まで連合とマウリアは盟友関係にあった。まさかここで仮想敵国として考えるとは。
「マクレーン大将のお国にあったカラープランを参考にしようと考えています」
「カラープランをですか」
「はい」
 八条はマクレーンに対して頷いた。
 

 

第四部第四章 楯砕きその五


 カラープランとはかつてアメリカが他の国との戦いを想定してシュミレーションした戦略計画である。アメリカをブルーとして他の国をブラックやゴールド、パープルと色をあらわす暗号で呼び計画を考えた。なお日本のもありオレンジ=プランと呼ばれていた。
「サハラの場合は各国になりますね。そして」
 彼は言葉を続けた。
「統一されたサハラに対する戦略も計画しておきましょう」
「わかりました」
 二人はそれに対して頷いた。
「長官がそう言われるのなら」
 彼等も文民統制下の軍人である。長官の命には喜んで従う。
「頼みますよ」
 八条は二人を見上げて言った。
「お二人にはそれをお伝えする為にここへ来てもらいました」
「そうだったのですか」
「はい」
 彼は真摯な顔で頷いた。
「マクレーン大将にはエウロパを、劉大将にはマウリアをお願いします」
「了解」
「わかりました」
 二人は敬礼して答えた。
「サハラはどうするのです?」
 そしてそのうえでこう尋ねた。
「サハラには各国ごとにスタッフを割り当てます」
 八条は静かに言った。
「そのスタッフとは?」
「一体誰ですか?」
 二人はそれに対して尋ねた。
「ハサンにはシンドル=チャクラーン大将、オムダーマンにはプラシド=アラガル大将のスタッフにやってもらいます」
 二人共連合軍において切れ者で知られている。
「北方諸国連合にはアルバート=オーエル大将、そしてエウロパの総督府にはキリト=コアトル大将です」
「エウロパの総督府にもあてるのですか」
「ええ。彼等がサハラをさらに侵略した場合に備えまして」
 劉の問いに応えた。
「そしてサハラが統一された場合のケースですが」
「はい」
 二人は固唾を飲んだ。
「私自らがあたります」
「長官がですか!?」
 二人はそれを聞いて思わず声をあげた。
「そうです。何かおかしいところはありますか」
「いえ」
 二人は八条の意を決した目に息を飲まされた。
「サハラが統一された場合二千億の人口を擁する大国が誕生します。それは我が連合にとって最大の脅威となるでしょう」
「エウロパといえど一千億ですからね」
 劉が言った。
「問題はその統一サハラがどのような外交戦略を採るかのよって変わりますが」
 八条はあくまでサハラが統一された場合を考えていた。
「我々と敵対関係になった場合、エウロパ以上の強敵となります」
「それは兵力において、だけではありませんね」
「はい、サハラの指導者によっても変わります。もし指導者が・・・・・・」
 彼は言おうとしたが止めた。
「いえ、それはまだわかりませんね。そもそもサハラが統一されるということもまだわかりませんし」
「あくまで国防計画のシュミレーションですしね」
「しかしそうした計画を考えておくというのはいいことだと思います」
 二人はフォローするように言った。
「しかし統一サハラですか」
 だが劉はここで顎に手を当てて考えた。
「何か」
 八条は問うた。
「いや、おそらく統一されたとしても敵が多く前途は多難だろうな、と」
「確かにそうですな」
 マクレーンもそれに同意した。
「エウロパとは相変わらずでしょうし、それにマウリアもどうなるかわかりません。おまけに我々がもし敵対政策を採ると」
「かなり難しそうですね」
 それは八条にもわかった。
「しかし統一できるだけの人物だとそれを乗り越え怖ろしい国家を築き上げるかも知れません」
「ですね」
 二人にもそれはわかった。
「しかしそれには少なくともあと数年かかります。それまでには我々の軍備も整っています。いえ」
 彼はここで言葉を一旦おtぎった。
「終わらせなければなりません」
「はい」
 二人は頷いた。そして彼等はそれぞれの仕事に戻った。

 ブラークを破壊されたサラーフの首都アルフフーフだがナベツーラ達はまだそのことを知らなかった。
「おい、あれは何処だ」
 ナベツーラは自分の屋敷でプールの中にいた。
 プールといってもそこに水が入っているわけではない。そこにはコインや札束が入れられている。
「あれですね」
 トクンもいた。彼はプールから上がるとテーブルの上にあるものを持って来た。
「こちらに」
「おお」
 ナベツーラは上機嫌でそれを受け取った。
 それは葡萄だった。だが普通の葡萄ではない。
 黄金色をしている。どうやら遺伝子操作で作った特別な葡萄のようだ。
 この時代多くの国で遺伝子操作による作物が植えられている。特に連合では多い。
 遺伝子操作は二十世紀に問題になった。倫理や宗教の面からだ。だがこれまでの作物もそうではないのか、という意見によりある程度は認められた。野菜や果物、穀物には大幅に認められた。なお動物に対するそれは厳しかった。ある程度の大型化や乳、卵を多くする等はあったがそれ以上はなかった。やはり危険だからである。
 ナベツーラが今食べているのはそうして作られた葡萄だ。どうやらかなり味がいいようだ。
「美味いな」
 その証拠に彼はそれを満足そうに食べている。
「左様ですか」
 見ればトクンの他にエジリーム、テリーン、ヨネスーケ、クマラ等もいる。
「クマラさんもどうかね」
 ナベツーラはクマラにも薦めた。
「いや、私は」
 ビーチに寝転ぶ彼はそれを断った。
「それよりもこっちがいい」
 そう言いながら傍らにいる幼い少女の胸を貪る。
 腹が大きい。孕んでいるのがすぐにわかる。
「フフフ、相変わらず精が出ますな」
 ナベツーラは下卑た笑みで彼に言った。
「何、この程度。どうせ慰めものですしな」
 彼等にとって少女なぞその程度だ。
「閣下」
 ヨネスーケがプールの中を泳ぎながらナベツーラに言った。
「我々もその葡萄を相伴に預かりたいのですが」
「いいとも」
 彼はその葡萄のうち一房を彼等に与えた。彼等はそれを争うようにして手にとった。
「では」
 彼等はそれを口に含む。そしてとろけそうな顔になった。
「美味いですなあ。信じられない位です」
「ははは、どうだ、凄いだろう」
 ナベツーラは満足そうに言った。
「これは俺が特別に作らせたんだ。選ばれた人間しか食べられないものだ」
 彼はその葡萄を食べながら語った。
「他にもあるぞ、見ろ」
 彼が手を叩くと淫らな格好をした女達が現われた。その手には銀の盆がある。
 そこには黄金が乗っていた。いや、黄金ではない。黄金色の果物であった。
 見れば葡萄の他に林檎もある。オレンジもだ。どうやら全て遺伝子操作で作らせたもののようだ。
「たんと食え、伝説の食べ物だ」
「おお!」
 見れば古代のギリシアや北欧の神話にも出てくる食べ物である。彼等はビーチにあがると女達を押し倒しながらそれにむしゃぶりついた。
「美味いだろう」
「ええ」
 彼等は女達の上に乗っかりながら答えた。
「これを作るのには結構金がかかったからな」
 遺伝子操作による作物の改良はこの時代でも国家機密レベルである。費用も莫大でとても個人ができるものではない。倫理的にもそれは危険視されている。
 だがナベツーラはあえてそれをやった。これはこの男の倫理観のなさと資産の莫大さを示すものであった。
「他にも色々と作るつもりだ」
「流石はナベツーラ様」
 彼等は女達を味わいながら追従を言う。
「御前達は幸せ者だ、俺の下にいるから思う存分いい目を見られる」
「全くです」
「これからもだ。永遠に楽しませてやるからな」
 高らかに笑った。その時だった。
「!?」
 彼等はハッとして周りを見回した。すると屋敷の外から怒号が聞こえて来る。
「出て来い!」
「殺してやる!」
 何やら殺気だった声である。
「何事だ」
 ナベツーラは使用人の一人を呼びつけて問い質した。
「はい、何でも一般市民の暴動だそうです」
「民草のか」
 彼は市民をこう呼んでいた。無礼千万の呼称であるがマスコミにかかるとこれも豪放磊落ということになる。
「はい、今回の責任をとれ、と騒いでいます」
「馬鹿者共が」
 ナベツーラはその醜い顔をさらに歪めて言った。
「俺の責任だと!?そんなものを問うて何になるというのだ」
 彼には責任感というものがない。
「俺は連中にも分け前を与えただろうが。それで何が不満なんだ」
「ブラークが陥落したのはどういうことだ、と言っております」
「フン、陥ちたのか。では首都防衛軍を敵に向けろ」
 彼は事情がわかっているのか、いないのか的外れなことを言った。
「あの、既にアルフフーフはオムダーマン軍に包囲されていますが」
 使用人もそれは知っている。恐る恐る意見を申し上げた。
「だから何だというんだ、連中が戦っているうちに俺は逃げる。金を持ってな」
「国民を捨てて逃げられるのですか!?」
 使用人は弱々しい声で尋ねた。
「当たり前だ。俺は自分の身が助かればそれでいい」
 心の中で思っていてもそうそう口には出せないことを平然と言ってのけた。それだけでも信じられないことであった。
「あの、それはあまりにも」
 その使用人が呆れながら言った。
「俺が間違ってるというのか、ああ!?」
 ナベツーラはそんな彼に対し凄んでみせた。
「俺に逆らうとどうなるかわかってるのだろうな」
「ですが」
「ですがも糞もねえ!わかったらとっとと金とか用意して逃げる準備をしろ!さもないと連れて行ってやらねえぞ!」
「あの、御主人様」
「何だ!?」
 彼は荒々しい声で問うた。
「お言葉ですが私は」
「そうか、ならいい。ここで屋敷の外で騒いでいる連中の相手をしていろ」
 ナベツーラはプイ、と後ろを向いて言った。その後ろで何が起こっているか一切知ろうともしないで。
 不意に銃声がした。それはナベツーラの脳天を撃ち抜いていた。
「な・・・・・・」
 トクンやヨネスーケ達はそれを見て絶句した。その使用人が発砲したのだ。
「今まで我慢してきたがもう限界だ」
 彼は怒りに震える声で言った。
「貴様等も死ね」
 そしてまだ全裸で女達の上にいる彼等を次々に撃ち殺していった。
 皆死んだ。女達は血塗れになった彼等の屍の下で恐怖におののいている。
「君達には申し訳ないことをした」
 使用人は彼女達に謝罪の言葉を述べた。
「だがこうしなくてはならなかった。この連中を消す為にはな」
 彼はそう言うと人を呼んだ。
「ゴミを始末してくれ」
「え・・・・・・」
 呼ばれた男は血の海の中に息絶えた主を見て絶句した。だが使用人は彼に対してまた言った。
「ゴミを始末してくれ」
「わかりました」
 男もこれでようやく納得した。彼等もまたナベツーラに時として虐待されていたのだ。彼は使用人に対しても暴君であったのだ。
「ゴミはどうしますか」
 男は問うた。
「そうだな」
 使用人は問われ暫し考え込んだ。
「道にでも捨てて置け。丁度いい」
「わかりました」
 そしてナベツーラ達の死体は怒り狂った群集の前に放り出された。彼等に処断が任されたのだ。
 群集は彼等の死体を切り刻んだ。バラバラになり細切れになった死体が辺りに散乱し、それはビデオに撮られた。そして彼等はそれを持ってマスコミに殴り込んだ。
「あいつ等が全部悪いんだ!」
 ようやく彼等は全てを理解した。そして国を滅ぼした連中に鉄槌を加えに行ったのだ。
 マスコミは逃げることができなかった。彼等はもうほぼ全ての市民を敵に回していたのであった。
 新聞社もテレビ局の虐殺の場と化した。首や胴が窓から放り捨てられ今まで特権を欲しいままにしていた者達が八つ裂きにされていく。それ程までに彼等の怒りは凄まじかったのだ。
 全てが終わり、彼等が落ち着いた時にオムダーマン軍がアルフフーフに降下してきた。国王はそれを聞くと全軍に武装解除を伝え降伏を伝えた。アッディーンはそれを快く受け入れた。こうしてサラーフはオムダーマンの前に滅亡したのであった。処罰されるべきナベツーラ達がもういないこともあり、戦後処理は穏やかであった。国王は財産の保護を約束され彼等は大人しく国外に立ち去った。そしてそのまま連合へ亡命したのであった。
 この戦いの勝利でオムダーマンは遂に西方を統一した。そしてサハラにおいても東のハサンに比肩し得る大国となったのであった。 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その一


                   英雄と梟雄
 サラーフが滅亡したこの時、エウロパでは大規模な祭典が行われていた。
 復活祭である。キリスト教の時代からある祭りであり、かつてはイエス=キリストが十字架にかけられ、そこから復活したことを祝う祭りだと言われてきた。
 だがこれはキリスト教以前からあった祭りである。太陽の復活を祝う祭りなのである。
 こうしたことはエウロパでは昔からよくあった。クリスマスにしろそうである。
 クリスマスでは巨大なモミの木を飾る。ここに一つの矛盾があるのだ。
 キリスト教はシオンの地で生まれた。裁くと岩山に覆われた荒涼とした大地で、である。
 ここには緑豊かな木は少ない。しかもモミの木なぞあろう筈がない。だが何故クリスマスでモミの木を飾るのだろうか。
 これは北欧の信仰からきている。そうした説があるのだ。
 世界を支える大樹ユグドラシル。あのモミの木こそそうなのだと言われているのだ。
 そしてツリーに飾られている多くのもの。これは世界にある様々なものを現わしていると言われている。このようにかってのキリスト教の世界にも北欧やその他の神々への信仰の名残が生き残っていたのだ。
「それに完全に気付くまでは長くかかったな」
 オペラを観終わったラフネールは同席していた閣僚の一人である財務長官ウォルター=ローズマンに言った。
「そうですね。私は神話のことにはあまり詳しくはないですが」
 彼はその青灰色の目をしばたたせて答えた。彼は財務官僚出身で何かと倹約に五月蝿いことで知られている。特に軍部とはギクシャクしていることで有名だ。
「君は少し財政のことだけを考え過ぎだ」
 ラフネールはそんな彼をたしなめた。
「私の仕事ですので」
 だが彼はそれを悪いとは思っていない。むしろ誇りだと感じている。プロ意識の強い男なのだ。
「やれやれ、相変わらず堅苦しい」
 ラフネールはそんな彼に苦笑した。
「まあいい。だがそうしたことを知っていて損はないと思うぞ」
「子供の頃から聞かされた分は知っていますが」
「それだけの知識があれば充分だ」
「ですが閣下はそれ以上をお求めになられる」
「私が!?」
 彼はそれを聞き驚いたような顔になった。
「はい。いつも神話の解釈やオペラの演出についてお話っされますがこれは専門知識のない者にはいささか苦しいです」
「そうだったのか。どうもそういうことには気付かなかったな」
「どうも閣下は趣味にのめり込まれるようですな」
「否定はしない」
 彼は言った。
「私は趣味の多い人間だしな」
「私も趣味にはのめり込むほうですが」
「君の趣味は何だ」
「サッカーの観戦と」
 彼は実は熱心なサッカーファンとしても知られている。
「仕事です」
「そうか、だからいつもあれ程熱中しているのか」
「はい、数字を数えるのも中々楽しいものですよ」
 ローズマンは笑顔でそう言った。
「私はあまり好きではないが」
 彼は財政的なことはあまり得意とはしない。だからこそ所属する政党の中で最も財政に明るいと言われるこのローズマンを財務長官にしたのだ。
「だが君の手腕は高く評価しているつもりだ」
「有り難うございます」
 彼は頭を垂れた。
「で、戻ったらまた仕事かね」
「いえ、今日はサッカーの試合がありますので」
「復活祭での親善試合だな」
「はい。イングランド対スコットランドです。これは目が離せません」
 彼はイングランド出身である。
「そうか。私はラグビーを観るとしゆ。フランスの試合があるからな」
「それもいいですな」
「うむ。では今日はこれでお別れだな」
「はい。よい試合を」
 二人は挨拶をして別れた。そのサッカーとラグビーの試合はどれも手に汗握る名勝負であった。
 サッカーはモンサルヴァートも観戦していた。彼は競技場へ行って観戦した。
「いい試合でしたね」
「はい」
 彼は婚約者と共に観戦していた。見れば小柄で金髪碧眼の可愛らしい女性である。小柄だが年相応の顔をしている。見ればモンサルヴァートと同じ位の年齢のようだ。
「これから貴女の家にお邪魔してよろしいですか?」
「喜んで」
 彼女は微笑んで答えた。
「ではフロイライン」
 彼はここで古いドイツ語の呼称を使った。この時代もドイツ系の貴族達の間ではこの呼称が使われている。『お嬢様』という意味だ。
「こちらの車へ。私が送らせて頂きます」
 彼は自分の車へ彼女を案内した。
「では」
 彼女はそれに乗った。続いてモンサルヴァートも乗った。
「ヴァンフリート家へ」
 モンサルヴァートは運転手に言った。
「わかりました」
 その運転手は頷くと車を発進させた。手馴れたものである。彼は代々モンサルヴァート家に使えているお抱えの運転手である。
 三十分程進むと庶民の住宅街を抜け高級住宅街に来た。そこも抜けると城の様に巨大な屋敷がポツポツと立っていた。その中の一つの白い屋敷の前に来た。まずは左右にユニコーンを飾っている正門を潜り抜けた。
 そして庭を左右に分ける道を進む。庭は綺麗に整えられ左右対称となっている。
 広い庭だ。色とりどりの花が夜の中にも栄えている。
 屋敷の前に来た。運転手はそこに停めた。
「ご苦労、帰っていいよ」
 モンサルヴァートは車を降りると運転手に優しい声で語りかけた。軍服を着ている時とは全く違う声だった。
「お迎えは明日の朝でよろしいでしょうか」
「うん。まずは朝食を採ってからね」
「わかりました」
 運転手は頷くと車に戻った。そしてそのまま去って行った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
 門の前に数人のメイドが来ていた。
「ただいま」
 彼女はそれに笑顔で答えた。
「ようこそ、モンサルヴァート閣下」
「うん」
 モンサルヴァートも微笑んで彼女達に応えた。どうやら顔見知りらしい。その物腰には慣れたものがあった。
 二人はメイド達に案内され屋敷の中に入った。中は何処か十九世紀のドイツの建築を思わせる。
 そして奥の部屋に入った。そこは食堂だった。
「お帰り、エルザ」
 その中央にいる口髭を生やした上品な風貌の初老の男性が彼女の姿を認めて声をかけた。
「只今、御父様」
 エルザは頭を垂れて挨拶をした。
「お邪魔しております」
 モンサルヴァートも頭を垂れた。背広なので敬礼はしない。
「ようこそ、婿殿」
 その男性は微笑んでモンサルヴァートに言った。
「婿殿とはご冗談を」
 モンサルヴァートはそれに苦笑した。
「冗談ではありませんよ、閣下」
 その男性の隣にいた気品のある老婦人が笑って彼に言った。見れば男性と同じ位の年齢だ。
「婚約してもう二十年も経っているではありませんか」
「それはそうですが」
 モンサルヴァートはその言葉に少し顔を赤くさせた。エウロパにおいては婚約についての年齢制限はない。結婚は男女共に二十歳からと定められている。従って貴族達の間ではまだ幼いうちから親達が婚約を結ぶということがよくある。所謂政略結婚である。
 実はモンサルヴァートとエルザもそうである。エルザの家も由緒ある家柄である。彼の父は伯爵の称号を持ち彼女の兄が後継者となっている。彼女の家ヴァンフリート家は芸術家の家系であり幾つかのオペラハウス等を経営している。彼女の父であり今目の前にいるヴィーラント=フォン=ヴァンフリートはオペラハウスを経営しながら作曲も手がけている。育ちのよい温厚な人物として知られている。今はバイオリン奏者でもあり演出家でもあるエルザの兄ヴォルフガングに会社の経営を任せ悠々自適の生活を送っているのだ。 
 何故軍人の家と音楽家の家が結ぶかというとモンサルヴァート家も音楽に造詣が深いからだ。モンサルヴァートの妹はピアノ奏者でありヴァンフリート家の企業からCDを出し、コンサートを開いているのだ。実はモンサルヴァートの母はソプラノ歌手であり軍人である彼の父が見初めたことから結婚となったのである。彼はたまたま婚約者が事故で死んでおり結婚することができたのだ。そうでなければとても結婚なぞできない関係だった。
「母上も貴族出身だったが」
 モンサルヴァートはその話を思い出しながら心の中で呟いた。彼の母はさる男爵家の末娘であった。だからその家との結び付きの意味でも結婚することができたのだ。
「こうした家のしがらみの中で生きるのも貴族の務めか」
 彼はそう思っていた。貴族には貴族の責務があるのだと思っていた。 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その二


 だが彼はエルザを嫌いではなかった。むしろ幼い頃からの馴染みでありかっては同じクラスで学んだこともある。だから悪感情はない。
 そしてこの家の人々にも。彼等はおっとりした人柄の人物ばかりで芸術家によくある風変わりなところもない。いたって温厚で穏やかな人達ばかりなのである。
「これがこの家の家風なのかも知れないな」
 モンサルヴァートはいつも思うのである。そして彼はこの家の感じが気に入っていた。
「閣下、ではお座り下さい」
「はい」
 主人に促され彼は席に着いた。エルザがその隣に席に座る。
 食事はシャリアピンステーキをメインにしたメニューだった。シャリアピンステーキとはロシアの伝説的なバス歌手シャリアピンの名を冠したステーキである。細かく刻んだオニオンの中に入れて柔らかくしたものである。
 デザートはピーチ=メルバだった。これはソプラノ歌手メルバとワーグナーの楽劇ローエングリンをイメージしたものである。
「如何ですかな、今夜のメニューは」
 食事を終えると主人はワインを手にモンサルヴァートに尋ねてきた。
「面白い趣向ですね」
 彼は紅いワインを入れたグラスを前に応えた。
「音楽家らしいというか」
「ハハハ、復活祭ですから」
 主人は笑って答えた。
「あえてああした料理にしたのです」
 二十世紀から復活祭には音楽の祭典も行われるようになっている。音楽史にその名を残す天才モーツァルト生誕の地ザルツブルグが有名であった。
 今でもエウロパでは復活祭にオペラやコンサートが開かれる。そして神々を祝うのである。
「音楽家達に敬意をあらわして、ですね」
「はい」
 彼は微笑んで言った。
「かなり古いメニューを出してしまいましたが」
「いえ、美味しかったですよ。シャリアピンステーキは少し砕けた感じでしたが」
「ええ、あれはかなり砕けた料理でしてね。本来はどのようなソースをかけてもよい程なのです」
「それはまた凄いですね」
「こうした場には不向きかな、と思ったのですがソースをあえて凝って作らせてみました。どうやらそれは成功だったようですね」
「ええ、そう思います」
 ヴァンフリートのこの当主は美食家として有名である。
「ただオニオンがやはり強いかな」
 味覚はかなり鋭い。
「しかしシェフは頑張ってくれてますね。ここまでのステーキはそうそうありません」
 彼は自分の家のシェフを褒めた。
「それではあとはゆっくりとくつろぐとしましょう。音楽は何がよろしいですか」
「そうですね」
 モンサルヴァートは問われて考えた。
「ピアノをお願いします」
 妹の関係から彼もピアノをよく聞くのだ。
「わかりました」
 彼は頷くとベルを鳴らした。すると一人の若い男性が姿を現わした。
「我がアカデミーの期待の星です」
 彼はアカデミーも持っているのだ。
「はじめまして。エフゲニー=コズイレフ=ブーニンです」
 その白髪で長身の若者は頭を垂れた。
「ではブーニン君、あの曲を」
「わかりました」
 ブーニンは主人に促され席に着いた。そして手に持っていた楽譜をピアノに置きめくった。
 曲を弾きはじめる。それはゆったりした優雅な曲であった。
「これは」
 モンサルヴァートも知っている曲であった。
「マリーの金婚式ですね」
「はい」
 主人はその言葉に答えた。ある老貴族の夫婦の金婚式を祝って作られた曲である。
 モンサルヴァートは静かな様子でその曲を聞いていた。彼はこうした曲が好きであった。
「お気に入りの曲のようですね」
「はい」
 それを否定しなかった。
「それはよかった。実はこの曲は彼の得意とする曲なのですよ」
「そうなのですか」
「はい。他にもありますよ」
「今日聴くことができますか」
「ええ。よろしければ」
 金婚式が終わるとブーニンは楽譜をめくった。そして次の曲を弾きはじめた。
 今度はベートーベンの曲であった。田園である。
 それからも続いた。彼の曲は中々に多彩でかつ繊細であった。
 全ての曲の演奏が終わると彼は席を立った。そして拍手に応え頭を垂れた。
「お見事です」
 モンサルヴァートも拍手をしていた。彼もこうした場には慣れている。
「特に最後がいい。やはり締めが肝心です」
「有り難うございます」
 ブーニンは恭しく頭を垂れた。
「音楽は常に気を張り詰めていなければなりません」
 ブーニンは言った。
「最後で気を抜いては何にもなりません」
「その通りです」
 モンサルヴァートもそれには同意した。
「何事においてもそれは言えます」
「戦いにおいてもそうですね」
 ブーニンは彼に対して言った。
「え、ええ」
 意外な言葉に少し戸惑った。
「最後で油断して敗れた事例は何度もありますから」
「そうですね」
 モンサルヴァートは少し驚いていた。まさかこのようなことを言うとは。
「音楽もそれは同じなのです。音楽もまた戦いなのですから」
「ほほう」
 彼はそれを聞き眉を少し上げた。
「面白いお考えですね」
「そう思われますか」
 ブーニンもここで微笑んだ。
「はい。かってそうした考えの人物が多くおりました。音楽もまた戦いである。それに同意します」
「そうです。最近そうした考えの者が少なくなりまして」
 ブーニンにはそれが不満なようである。どうやら外見や得意とする音楽に似合わずかなり激しい音楽的思考の持ち主であるようだ。
「いささか残念に思っているのです。しかし」
 彼はここで言葉を明るくさせた。
「閣下が私と同じお考えの持ち主だったとは。嬉しいかぎりです」
「そうでしたか」
 モンサルヴァートは内心戸惑っていた。彼は実際にはそこまで強い考えを音楽には持っていない。音楽家でもないしそこまで持たなくていいと思っていた。
 だがそれは軍人だから言えることであり音楽家となると話は別だ。彼にもそれはわかっていた。
「どうやらかなり激しいお考えを持たれているようですね」
「否定はしません」
 彼は言った。
「そうでなくてはピアノは弾けません。そして音楽を愛することは出来ません」
「そうですか」
「どうです、かなり激しい気性の持ち主でしょう」
 ここで主が笑いながら言った。
「それが彼のいいところです。普段は至って物静かな若者なのですが」
「音楽になると別というわけですか」
「はい」
 モンサルヴァートに答えた。
「それがいい方向に向かっていますので私はそれを否定しません。時として他の者とも激論を展開します」
「それは」
 やはりその外見からは思いもよらないものであった。
「意外ですか」
 ブーニンは優しい目をして言った。
「そうですね。私が見る限りとてもそうは」
「音楽は私にとっての全てですから」
 彼は言った。
「全てを捧げるもの、それには一切の妥協もありません」
 強い炎が彼の灰色の瞳に宿った。
「そしてそれは閣下も同じだと思います」
「はい」
 モンサルヴァートはそれに頷いた。
「私はまた違う道ですが」
「はい」
 彼は軍人である。軍人は音楽家とは違うものに命を捧げるものだ。
「ですが私と閣下はあるものに命を捧げるということで同じだと思います」
「そういう考え方もできますね」
 それを否定する程彼は狭量ではなかった。
「私もそれに同意します」
「それは有り難い」
 ブーニンはその言葉に顔を綻ばせた。
「では同志に会うことができた喜びに」
 彼はここで右腕を差し出した。
 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その三


「はい」
 モンサルヴァートもそれにならった。二人は固く手を握り合った。
「如何ですか、あの若者は」
 宴も終わり主は屋敷のテラスでモンサルヴァートに話しかけた。夜の空に満月の黄金色の光が輝いている。
「そうですね」
 モンサルヴァートはエルザと同じテーブルに座っていた。主も一緒だ。
「面白い人物だと思います。それに」
「それに!?」
「私に近いものを感じました」
「閣下にですか」
「はい」
「ふむ」
 主はそれを聞き考える顔をした。
「昔から戦いはよく音楽にもなっています」
「はい」
 それは事実である。十九世紀のイタリアの作曲家ヴェルディは特にそうであるが昔から戦いは音楽に多大な影響を与えてきた。行進曲なぞは特にそうである。
「そう考えると音楽と戦いは似ているところがあるのかも知れません」
「そうなのですか」
「そして当然音楽家と軍人も」
 変わったことを言う、と思った。今までそういうふうに考えたことは一度もなかった。
「変なことを言う、と思われているでしょう」
「えっ」
 やはり鋭い。モンサルヴァートはその心の中を見透かされていた。
「これはあくまで私の私見ですがね」
 主はそう言って悪戯っぽく微笑んだ。
「音楽は芸術です、命を賭けるもの」
「そう言われていますね」
「そして戦いも命を賭けるものです。その意味で両者は同じと言えます」
「成程」
「それだけ言えばおわかりだと思います」
「はい」
 主はそう言うと杯を手にした。
「堅苦しい話はこれ位にしましょう。ではこの美酒を」
「はい」
 モンサルヴァートとエルザも杯を手にした。
「ディオニュソス産のロゼです。それも年代物の」
 ディオニュソスはギリシア神話の酒の神である。中世的な美少年に描かれることが多い。今はエウロパにおいてギリシアの時と同じように酒の神として信仰されている。その神の名を冠した星系はやはり酒造りが盛んであった。
「それは素晴らしい」
 モンサルヴァートも葡萄酒は好きだ。それも年代物とくれば尚更である。
「ではどうぞ」
 彼は乾杯の音頭をとった。そして三人は美酒を味わった。

 翌日朝食を馳走になるとモンサルヴァートはヴァンフリート家をあとにした。丁度運転手が迎えに来た。
「お待たせしました」
 運転手は車から出ると恭しく挨拶をした。
「いや、待ってはいないよ」
 モンサルヴァートはそんな彼に対し優しい声で言った。
「丁度いい時間だ」
「そうでしたか」
 モンサルヴァートは運転手が開けるドアに入った。そして車に乗車した。
「では行きましょう」
「うん」
 こうして彼は自宅に戻った。
 彼の自宅もかなり大きい。やはり城のようである。
 彼は自室に入った。そこは静かな作りの書斎であった。
「さてと」
 彼は一冊の本を取り出した。
「たまには音楽の本でも読むか」
 そう言うと読書に耽った。そして数時間が過ぎると昼食になった。
 昼食は質素なものであった。鳥をサッと焼いたものとボイルドベジタブルにパン、そしてデザートのフルーツである。酒は白ワインであった。
 食事を終えると今度はスポーツをはじめた。乗馬に使用人達を相手にテニスを楽しむ。
「もう一セット頼む」
 彼はテニスが好きであった。使用人達が汗だくになり立てなくなるまで続けた。
 そしてシャワーを浴びると今度は夕食だ。ディナーは今度は魚が主体だ。
「父上と母上は」
 モンサルヴァートは側に控える執事に問うた。
「今は旅行中でございます」
 彼はいささか機械的な動作で答えた。
「そうか。今度は何処へ行かれたんだい」
「フレイアまでです」
「フレイアか。前にも行っていたね」
「はい。これで四度目でございます」
「そうか。余程気に入られたのだろうな」
 フライア星系はエウロパの保養地の一つである。観光で栄えている。
「暫くぶりに帰ってきたら誰もいないとはな」
 彼は普段は官舎に住んでいる。妹は独立して高級アパートにいる。
「残念ですが」
「いや、残念とは思っていないよ」
 執事の言葉に微笑んで応えた。
「仕方ないさ。今は復活祭なのだし」
 エウロパでは復活祭になると各地で祭典が開かれる。当然フライアでも大規模な祭典がある。
「それよりも明日からまた仕事だ。今日は早く寝ないとな」
「既にお部屋の用意はできております」
「相変わらず手際がいいね」
 彼も自宅ではやはりくだけた調子である。
「それが私の仕事でございますから」
 やはり執事は機械的な声で答えた。
「では食事を終えたらすぐに休むとしよう。爺達もゆっくり休むようにね」
「畏まりました」
 彼は家の使用人には優しくいい若様であった。彼は目下の者や使用人を虐める趣味はない。それは貴族達においては最も嫌われることなのである。
 彼もそれはよくわきまえていた。幼い頃より貴族としての在り方を厳しく教えられてきたのだ。
「高貴なる者の義務と礼儀を忘れるな」
 それは物心ついた時から言われる。もし貴族が平民に何かした場合その処罰は平民同士、貴族同士に対するものより重いのだ。
 だから皆それを守る。不心得者もやはりいる。そうした者を取り締まるにはそうしたことも必要であった。これは軍において将校への処罰が下士官や兵士に対するのより重いのと同じだ。なおエウロパでは貴族は皆将校となる。
 モンサルヴァートは程なく天幕のベッドに入った。そしてすぐに眠りに落ちた。
 朝になると彼は乗馬で汗を流した後シャワーを浴び身支度を整え朝食を採ったあとで仕事に向かった。こうしてまた激務と戦うのであった。

 連合では復活祭はない。キリスト教を信仰していた国でも今ではそれは廃れている。そのかわりにクリスマスや新年の催しが有名である。
 連合で有名な祭典はバレンタインである。これは二月一四日に行われる祭りである。
 最初はこれもキリスト教関連であった。聖バレンタインが殉教した日である。
 だがこれが日本で変わった。何故か女の子が好きな男の子にチョコレートをプレゼントする日になったのだ。これは菓子メーカーの宣伝のせいだという。だがそれでもよく考えたものである。
 それがやがて大規模な祭りになった。連合ではこの日は女の子が男の子にチョコレートを贈る。男の子はその見返りとして女の子をデートに誘うのだ。かってはホワイトデーもあったが統一された。ただし、女の子は昔よりもいい目を見る。何故ならその日一日チョコレートの見返りに好きな男の子にちやほやしてもらえるからだ。
「私にはそうした経験はないが」
 八条はいつも通り執務室で仕事をしながら言った。
「またご冗談を」
 そしていつものように周りにいる者がやっかみを多少入れて声をかける。
「いや、本当に」
 八条はいつものようにそれに対して反論する。
「実は貰うチョコレートは多かったのですが」
「それは何より」
「しかし本命ではないそうなのです」
「どういうことですか!?」
「もっといい人がいるんじゃないか、一人でいるなんて嘘でしょう、と」
 八条程の美男子が彼女も一人もいないというのが誰も信じられなかったのだ。
「それはそれは」
 周りにいる者達は面白そうに声を出した。
「またご冗談を。私でも毎年貰っておりましたのに」
 日に焼けた顔の屈託のない顔立ちの男が笑って言った。
「チャクラーン大将は幼馴染みの方がおられましたね」
 八条は言った。彼こそランドル=チャクラーン大将その人であった。
「ええ。今は私の妻ですが」
 彼は愛妻家として有名である。
「しかし毎年チョコレートを貰っていたことは事実ですぞ」
 そう言って胸を張った。
「けれどチャクラーン大将はお一人にしか貰っておりませんな」
 隣にいる男が言った。
「一人だけで充分ではないですか」
 チャクラーンは彼に反論した。
「私は妻の他にも多くの美女から貰っておりますよ」
 彼は自慢して言った。
「アラガル大将、それは貴方の娘さん達でしょう」
 チャクラーンは突っ込みを入れた。
「私の自慢の娘達です」
 プラシド=アラガルは子沢山で知られている。妻との間に八人の子供がいるが、その八人全員が女の子である。
「私はバレンタインデーになると九人の美女からチョコレートを貰えるのです」
 彼は回りに思う存分自慢した。
「ただ」
「ただ!?」
 ふと落ち込んだ顔をしたアラガルを見て周りの者は問うた。
「九人から一向に増えないのです。残念なことに」
「それはまあ」
 実は彼の娘達は既に何人か結婚している。そして孫も何人かいるが、皆男の子なのである。
「私になついてくれるのはいいですがチョコレートはくれない。これだけは寂しいですな」
「九つも貰えたら充分でしょう」
 チャクラーンが言った。
「そうですな、それ以上食べたら糖尿病の危険があります」 
 周りの者は面白そうに言った。
「私は常に健康に気をつけておりますので」
 アラガルは不満そうな顔をした。
「糖尿病にも気をつけて糖分控えめのチョコレートにしてもらっています」
「ブラックですか?」
「ええ。それが一番チョコレートの本来の味でしょうし」
「確かに。ただ、それは本当のチョコレートの味を知っているとは言えません」
 今度はアラガルと似た肌の色の眼鏡をかけた男が言葉を出した。
「私の薦めるのはやはり砂糖も入っていない本来の味のチョコレートです」
「それはちょっと・・・・・・」
 周りの者はそれにはいささか閉口した。
「コアトル大将、昔はそうだったらしいですが」
「ええ、私の国では今それが復活しているのです」
 キリト=コアトルの出身地ペルーではかってチョコレートは飲み物であった。そして砂糖を入れずに飲んでいた。かつてアンデスに栄えたインカ帝国での風習である。
「美味しいのですか?」
 他の者にとってはそれが気懸りであった。
「ええ。なかなか」
 コアトルは答えた。
「最初は苦くて仕方ないですが慣れるとこれがまた」
「そうなのですか」
「あお苦味が忘れられなくなりますよ。皆さんもどうですか」
「いえ、我々は」
 他の者は首を横に振った。
「長官はどうですか?」
 それを見ていささか困ったコアトルは八条に話を振った。
「私もちょっと」
 八条もやんわりと断った。彼は甘いものは好きだが苦いものは好きではないのだ。
「日本人は色々と食べるものへの開拓が盛んだと聞いていますが」
「それはそうですが」
 八条は内心よく知っているな、と思った。
「しかしチョコレートはやはり甘い方がいいです。それに慣れ親しんできましたし」
「確かに。甘いものは一度味あうと忘れられませんからな」
 銀髪に黒い肌の男が言った。
「私はチョコレートも好きですがもう一つ好きなものがありますぞ」
「ミツアリですか?」
 チャクラーンが問うた。
「はい」
 銀髪の男は答えた。
「あれはかなりの美味です」
「確かにあれはなかなかいけます」
 周りの者はそう言って頷いた。実は連合では虫もよく食べる。アメリカでは菓子に入れたりするし、中国ではゲンゴロウを食べる。チャクラーンのタイでは蠍の唐揚げまである。八条の国日本でもイナゴを食べる。実は案外ポピュラーな料理の一つであったりする。
 従ってミツアリも不自然な食べ物ではないのだ。むしろかなり有名な料理である。
 オーストラリアの先住民族であったアボリジニーの食べ物であった。ちなみにこの銀髪の男アルバート=オーエル大将はアボリジニーの血を濃く受け継いでいる。 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その四


「そうでしょう、けれど私もチョコレートは好きですぞ」
「やはり」
「可愛い女の子にもらえるものなら何でも、ですが」
 オーエルは笑顔で言った。
「私は妻と妹達から貰っています」
「それはいい」
 姉妹からももらえるのだ。こういう時は姉妹は有り難い。
「私はそうしたことが本当にありませんね」
「失礼ですが長官」
 ここで四人が同時に尋ねた。
「本当にチョコレートを貰えないもですか?」
「ええ、義理チョコ以外は」
「その義理チョコが何百もあるとか」
「それはそうですが」
「ならばよいではありませんか」
「そうそう、世の中その義理チョコでさえ一つも貰えない男もいますし」
 これは悲しい事実である。中には貰えなくても平気だという本当の意味での変人もいるが。
「それを思えばずっといいのではないですか?」
「それはそうですけれどね」
 八条は何処か不満そうである。やはり彼も本命のチョコレートが欲しいのだろうか。
「けれど、たまには。そう、アイドルやスポーツ選手のような立場でチョコレートを貰えるのも非常に有り難いことですが」
 彼はいささか物憂げな顔をして言った。
「本命だというチョコレートが欲しいのも事実です」
「それはそうですが」
 贅沢な悩みといえばそうなる。
「まあ何時かいい人が出て来ますよ」
 四人はそう言って慰めるしかなかった。
「そうそう、長官でしたらきっと見つかりますよ」
「そうだといいのですけれど」
 彼はいささか不安であった。
「バレンタインだけではないですからね、他のことでもどうもそういう話はないのです」
「それは縁ですよ」
 ここでチャクラーンが言った。
「いい人が見つかればもらえるようになります。これは運命ですよ」
「若し見つからなかったら」
「その時はその時ですね。残念ですが」
「そうですか」
 八条は暗い顔になった。
「そんなに落ち込まれることはありませんよ」
 オーエルが言った。
「私は顔相を見ることができるのですが」
「ほう」
 これには他の者も思わず声をあげた。
「長官の相は非常にいいです。特に女性に関しては」
「そうですか!?」
 八条はその言葉に声を明るくさせた。
「はい。近いうちに素晴らしい女性と巡り合うことでしょう。いや」
 ここで言葉を一旦とぎった。
「既に巡り合っているかも知れません。長官が気付いておられないだけで」
「そうだといいのですけれどね」
 その声は明るいものだった。まるで高校生のものである。
「待っていればすぐに吉兆が長官のことろに舞い込んで来ますよ。楽しみにしておいて下さい」
「はい」
 これでバレンタインの話は終わった。やがてその運命の日がやって来た。
 八条はその日相も変わらず仕事に励んでいた。四人と話したことはその時には既に忘れていた。
「長官」
 執務室で一人仕事する彼のところに秘書官が入って来た。
「何だい、新しい書類かい?」
 八条は彼の姿を認めるとそう言った。彼は部屋に入ってくる度に新しい仕事を持って来るからだ。
「いえ、今日は違います」
「その脇にあるのは違うのかい?」
 八条は彼が持つケースに目を向けて言った。
「これは私の仕事ですので」
 彼は微笑んで答えた。
「珍しいな。君が新しい仕事なしでこの部屋に来るなんて」
「そうですか?仕事は最近それ程多くはありませんよ」
「一時期に比べればね」
 八条はややシニカルな香料を言葉に含んだ。
「それでも多いことに変わりはない。中央政府の省庁で最も多いのはここなんだよ」
「それでも中央軍設立当初に比べれば」
「あの時のことは思い出したくないな」
 二人は顔を見合わせて笑った。あの時は連日徹夜の状態だった。幾ら仕事をしても終わらなかった。今思えばよく身体がもったものだ。
「まあ話を戻そう」
「はい」
 秘書官は八条に言われそちらに戻った。
「それで用件は何だね」
「はい、実は」
 秘書官は一呼吸置いてから口をまた開いた。
「今日は何の日かご存知ですね」
「今日!?」
 そう言われて八条は壁にかけてあるカレンダーに目を向けた。
「ああ、二月一四日か。バレンタインだね」
「はい」
「こう言ったら何だが」
 八条は秘書官に顔を戻すと少し顰めさせた。
「今は仕事中だ。そういう話は後にした方がいい」
「私も最初はそう思っていました」
 秘書は断りの言葉を述べた。
「ではそうするべきではないのかな。君らしくもない」
 この秘書官の真面目さは彼もよく知っている。だから今の行動は軽率に過ぎると思った。
「それが」
「どうやら特別な事情があるようだね」
 秘書官の態度が妙なのにようやく気付いた。
「はい。チョコレートですが」
「誰か特別な方からのかい?」
「はい」
「誰だい?」
 彼は秘書官に問いながら自分も頭の中で考えた。
(一体誰か) 
 今カナダで話題のあの美人女優だろうか。パーティーで話をしたことはある。
 それとも台湾のアイドルか。日本で人気があり自分のファンだと公言している。
(違うな)
 だが彼はすぐにそれを打ち消した。それ位でこの秘書官がこれ程狼狽する筈がない。仕事の後で持って来て冷やかしはするだろうが。
(企業家や大農園の主の令嬢・・・・・・。これもないな)
 それも同じだ。仕事の後で済む話だ。
(既婚者にしろ同じだ)
 彼は人妻に言い寄る趣味はない。大体それなら義理チョコになる。例え何処かの大統領夫人からのチョコレートでもやはりこの秘書官はここまで驚かない。やはり義理チョコに入れるだろう。
「わからないな。一体誰なんだい?」
 幾ら考えてもわからなかったので彼は再び問うた。
「驚かないで下さいね」
「うん」
 彼はまだわけがわからなかったが頷いた。
「まさか総理じゃないだろうね」
 彼女からは毎年義理チョコを貰っていた。
「それでこれだけ驚いたりはしませんよ」
「それはそうだね」
 大体毎年貰っている。
「では誰なんだい?私にはちょっとわからないが」
「はい、実は」
「実は!?」
 ここに至っても八条は誰からのものかよくわからなかった。
「陛下からです」
「マレーシアの?それともタイ?」
「両方共国王陛下ですよ」
「御免、そうだった」
 ぼけてしまった。確かにこの時代男が男に、女が女にチョコレートを渡すことはあってもまさか国家元首がするとは思えない。だがこれで数が限られてきた。
「だが今連合に女王は」
 いないのだ。女王といってもエウロパにも数える程しかいない。
(今のイギリスも国王だったな。先代の女王の息子で)
 ビクトリア四世の後をウィリアム一二世が継いでいる。
(大体エウロパの者が連合の人間にチョコレートを渡す筈もないか)
 それもそうであった。
「一人おられるではありませんか」
 女王のことを口にした彼に秘書官は言った。
「一人!?」
 彼はその言葉にハッとした。
「まさかとは思うけれど」
 彼の言葉もいささか震えてきた。
「はい、そのまさかです」
 秘書官は言った。
「馬鹿を言ってはいけないよ」
 だが八条は彼の言葉を否定した。
「幾ら何でもそんな作り話」
「信じておられないようですね」
「当然だよ」
 八条は複雑な顔をした。怒りもあったし苦笑もあった。どういう顔をしていいかよくわからなかったのもある。
「君は冗談の下手な男だと思っていたがセンスがなさ過ぎる」
「そう思われますか?」
「当たり前だよ。現実に考えればわかるだろう」
 顔を顰めさせた。
「陛下がチョコレートを下さるなぞ」
 そう、天皇からのチョコレートだったのだ。
「有り得ないだろうに」
「御覧になられますか?それでしたら」
「是非見たいね」
 彼はたかをくくってそう言った。
「もし本当になるのなら」
「わかりました」
 彼はベルを鳴らした。すると一人の男が入って来た。
「え・・・・・・」
 その男の姿を診て八条は絶句した。何と宮内省の侍従の一人が入って来たのだ。
「長官、お邪魔します」
 彼は優雅な仕草で挨拶をした。宮内省の仕事は祭り事である。他の省庁は行政が仕事だが、彼等は違う。昔から皇室の祭り事を補佐していたのだ。
 かっては政と祭は同じであった。だが近代国家の発展と共にそれは分離していった。政治は議会や政治家が行い、僧侶はそこから排除されていった。こうした動きは欧州からはじまったが、その背景にはローマ=カトリック教会の腐敗があったのだ。
 そして各国の王室もその役割を変えていった。彼等は政治から遠ざかるようになり、国家の象徴となっていった。この動きはイギリスの清教徒革命、名誉革命からはじまり、そしてナポレオン以降劇的に変わった。一次大戦までは自ら政治を見ようとする国王や皇帝もいたドイツのヴィルヘルム二世やロシアのニコライ二世等である。日本の明治天皇もこれに入れることができるが明治天皇は少し違う。明治憲法では意外と天皇の権限を制限していた。昭和天皇はこの時代においても理想的な立憲君主として名を残しているが、その下地が明治憲法において既にあったのだ。ドイツの憲法を参考にしていてもこの憲法は少し違っていたのだ。
 そのドイツもロシアも滅んだ。二次大戦以降は共産主義という怪物の跳梁跋扈により王室、皇室の滅亡が多かった。だが共産主義が崩壊すると彼等の中には再び象徴としての王家を持とうとする国もあらわれた。
 欧州第一の名門ハプスブルグ家を戴いていたオーストリアがそうであったし、世界最古とすら言われるエチオピア皇室もそうであった。なおエチオピア国王は時には皇帝と呼ばれる時もある。日本の天皇と並んで連合内のニ帝とされる。各国の序列においてはこのニ皇室は第一とされている。
 主にこの運動は欧州で起こった。国家としての権威、象徴はやはり必要だとみなされたのだ。
 だが彼等はかってのように政治を見るわけではない。あくまで儀礼のみを行う存在であるのだ。祭り事を行う、それが王室の仕事となっていた。 
 従ってその祭り事を補佐し、場を整える宮内省の者の動きも自然とそれに添うものとなる。彼等の動きはあくまで優雅であり、穏やかであった。
「あれだけどうしようもない石頭が揃っているんだ、動き位優雅でなくては話にもならん」
 国民からのこうした意見もある。とかく彼等の守旧主義、頑固さは有名である。伊達に『竹のカーテン』を守っているわけではないのだ。だが、それだけに儀礼的なものには強かった。
(おそらくこれだけの動きをできる者はエウロパの貴族達にもそうそういないだろうな)
 八条はその侍従の動きを見ながら思った。
(私もそれなりに幼い頃から教えられたが)
 彼はかっての華族からはじまる家柄である。摂関家の血を引く名家だったという。
(それでもここまでには至らないな)
 最早彼等の動きは完全に自分達のものとなっている。儀礼はそこまでならないと駄目なのだという。
「ようこそ」
 八条も彼を迎えた。
「今回はどのようなご用件でしょうか」
 わかっていたがこれも儀礼にあるのでこう問うた。
「陛下から長官にお渡しして欲しいというものがありまして」
「陛下からですか」
 聞いていたがやはり顔が強張るのを感じた。
「はい」
 侍従は頷いた。
「ここでは何ですね」
 やはりやんごとない方からの贈り物は執務室で受け取ることはできない。
「場所を変えましょう」
「はい」
 彼等はこうして応接室に向かった。国防省で最も格式のある部屋で他国の国家元首達との会談に使われる部屋だ。 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その五


 見れば二十世紀の派手なつくりとはまた違う豪奢なつくりである。金や銀で飾られ、床は白亜である。
(あまり好きではないのだけれどな)
 そのつくりは八条の好みではなかった。だが彼の一存でこの部屋が決定されたわけではないのだ。
 多分に建築家に任せた。連合で特に名の知られた建築家であった。彼は豪奢な建築を得意としていたのだ。
(しかしそれにしてもやり過ぎだ)
 八条は金や銀で飾り立てるようなことはあまり好きではない。
「ベルサイユやサンスーシーではないのだし。もう少し今の連合に合った建築にできなかったのだろうか)
 実はこの建築家は昔の欧州の建築に深い影響を受けていたのだ。
「とにかく豪奢にしないと駄目だ」
 そう言ってこの部屋をつくった。とにかく彼はかっての西欧の建築をこよなく愛していたのだ。
 だが家はアメリカ風であったりする。そして着物を着て中華料理を食べる。
「芸術と生活は別だよ」
 彼はこう公言している。これもまた連合の芸術に対する考え方であった。
(この部屋だけだからいいが)
 その建築家が国防省で担当したのはこの部屋だけであった。他の部屋は軍が造った。やはり軍の建物なので機密保持や安全上の都合があったのだ。
 ともあれこの部屋で侍従と正対した。天皇からの授かり物を持っているので侍従が上座になった。
「では陛下から長官へのお渡しものです」
「はい」
 わかってはいるがやはり緊張する。
(まさか陛下から頂くとは)
 まだ信じられない。
(こうして各国の元首にお配りしているのだろうか)
 だがそんな話は聞いたことがない。
(何故私なぞに下さるのだろう。それがわからない)
 頭を垂れながらもそう考え続けていた。頭を上げてもまだ考えていた。
「あの、長官」
 ここで侍従の声がした。
「あ、はい」
 見れば侍従は既にチョコレートを彼に差し出している。見れば深紅の絹に覆われ、ピンク色の同じく絹のリボンで飾られている。
(何か思ったより少女趣味だな)
 天皇の趣味はあまり知られていない。世間ではよく若いながらしっかりした方だと言われている。だが、これを見る限りやはり年相応の方のようだ。
「どうかお受け取り下さい」
「はい」
 八条はそれを謹んで受け取った。
「ではとくとご賞味下さい。陛下の手作りです故」
「手作りですか」
 これを聞いて余計わからなくなった。当然ながら天皇のみにならず王というものは自分で料理をする必要はない。出された料理を食べるのも彼等の仕事である。
(陛下はそもそも料理をされたことがあるのだろうか)
 儀礼としてあるだろうがあくまで儀礼である。ましてやチョコレートなぞ作られるとは思えなかった。だが、それを顔に出すわけにもいかない。
「謹んで食べさせて頂きます」
「わかりました、陛下にはそうお伝え致します」
「お願いします」
 こうしてチョコレートの拝領は済んだ。八条はまずそれを冷蔵庫に入れさせた。
「丁重にな。陛下からの授かり物だ」
「またそんな」
 受け取った官僚の一人は笑って言った。
「本当なのだが」
「はいはい、わかりました」
 彼はまだ信じてはいなかった。そして冷蔵庫に入れた。
 仕事が終わると彼はそれを取り出させた。そして会食の間でそれを待った。
「こちらです」
「うん」
 やがて秘書官がそのチョコレートを運んで来た。八条は銀の皿に置かれたそれのリボンを解いた。
「中身はどのようなものか」
 赤い絹を拡げると一個の箱が出て来た。木製である。
 それを開けると中には白と黒の珠が二十個近く入っていた。どうやらホワイトチョコもあるようだ。
「これは意外だな」
 黒いチョコレートだけだと思っていたらまさかホワイトもあるとは。彼はまずはホワイトを一つ手に取った。
「ふむ」
 どうやら手作りらしい。これも信じられない。
「陛下は料理を嗜まれるのか?」
「初耳ですが」
 秘書官は答えた。
「そうだな。私もそんな話は聞いたことがない」 
 儀礼では別の料理を作る。こうしたお菓子は作らない筈だ。
「だがこれはシェフに作らせたものではない」
 その証拠に形が不揃いだ。まるで小さい女の子の作ったもののように。
「これは」
 八条はそれを見て思わず苦笑した。本当にぎこちない作りだ。
「まさか手作りとは」
 常識で考えて一国の君主が手作りの菓子を渡すなぞ考えられない。八条はそれにおおいに驚いていた。
「そう思うと私は本当に幸せ者だな」
 彼はそう言ってチョコを口に入れた。
 中にはチェリーが入っていた。ほんのりとした甘さが口の中を包み込む。
「これは」
 かなり上等のチェリーだ。シロップが芯にまで浸かっている。そしてチョコも。
「ふむ」
 美味かった。八条は今度は黒のチョコを口に入れた。
 今度はブランデーが入っていた。ボンボンである。
「細かいな」
 ここまでやるとは思っていなかった。ブランデーにも甘さが残っていた。
 あとは夢中で食べた。気が付くと全て食べ終えていた。
「御馳走様」
「お味は如何でした?」
 秘書官が食べ終えた八条に問うた。
「いい。まかさここまでとは」
「満足されたようですね」
「うん。お世辞ではなく本当に美味しかったよ」
 彼は真顔で語った。
 実は彼は隠し事が苦手だ。政治家は駆け引きに時と場合によっては隠し事をしなければならない。だが彼はどうもそれができなかった。
 顔に出るのだ。こうした政治家も案外多い。
「八条長官は何かあったらすぐわかるな」
 マスコミでは日本の議員であった頃からよくそう言われた。
『八条切れる』
 別に切れてもいないのにネットの掲示板でこう書かれた時もある。顔色が変わるとそう書かれるのだ。
『また八条か』
『あいつもこんなことじゃ大成しないな。いい加減それ位できるようになれよ』
 そう無責任に書かれる。八条はそれを見て苦笑するのであった。
「本当に好き勝手言ってくれるな」
 だが彼はこれが案外楽しみであったりする。
「いい、八条君」
 伊藤はよく彼に言った。
「政治家は書かれてナンボよ」
「書かれてですか」
「そうよ」
 伊藤はここでいつもニコリと笑った。
「話にも出ない、漫画にも描かれないっていうのはそれだけ知られていないことでしょ」
「ええ、まあ」
 しかし何かタレントみたいだと思った。
「そういうところではタレントと似ているわね」 
 伊藤は彼のそうした考えを見透かしたように言った。
「結局は人気がないと駄目なのよ」
 彼女はそう言って微笑んだ。
「幾ら口ではいいことを言ってもそれが口だけじゃ人気が出ない。動かなくても一緒」
「それはわかっているつもりですが」
「皆シビアよ。君が政治家として何をしているか。ちゃんと見ているわ」
「それもわかっていますよ」
「わかってたらそれが人気に繋がるというのもわかるわね」
「はい」
 八条はその言葉に頷いた。
「そういうことですね」
「そうよ」
 伊藤も頷いた。
「そういうことが話になったち漫画になったりするのよ。けれど人気がないと書かれもしないし見向きもされないわよ」
「はあ」
 幾ら地盤があってもそれだけでは駄目なのだ。選挙民はシビアである。駄目だとすぐに落選する。
「それをよくわかって行動しなさい。いい、書かれない、描かれない政治家は駄目よ。幾らそれが格好悪くてもね」
「はい」
「もっとも」
 彼女はここで八条を見上げて微笑んだ。
「君ならそうそう格好悪くは描かれないか」
 そう言って八条の容姿を褒めた。
 そうした経緯があり彼は実は書かれるのも、描かれるのも好きである。だが癖はそうそう容易にはなおらない。
「そもそも私は別に隠し事をしなくてもいいと思っているんだよ」
 彼は自分のスタッフにこう言ったことがある。
「といいますと」
 スタッフ達はそれに問うた。
「いやね」
 彼は話した。
「そうした策略とかよりも正々堂々と正攻法でいけばいいと思うんだよ。特に私が今やっているのは軍事行政だ」
「はい」
「それは別に隠し事は必要ない。それに隠す必要もない」
「それはそうですが」
「無論軍事機密は別だよ。ただ私が言っているのは策略においての隠し事だ」
 彼が嫌うのはそれであった。
「策略はあまり必要ないのではないかと思う。もっとも必要な場合もあるけれど」
 その程度のことはわきまえていた。彼も政治家である。
「必要でない場合は無闇やたらに使うべきじゃない。それはかえって自らにとってもよくない」
「といいますと」
「策士策に溺れる、だよ」
 彼は一言そう言ったという。
 そうした考えも持っており、彼は別に感情が表に出ることを気にはしていなかった。ただ、無闇に激昂するのはよしとしていなかった。今回も感情が表に出ていた。
「ここまで美味しいとは思わなかったよ。陛下は料理上手であらせられる」
「羨ましいですね」
「君にも彼女がいるだろう?今年も貰える筈だが」
「私の彼女はボンボンよりもケーキが好きでして」
 秘書官は少し恥ずかしそうに言った。
「それでバレンタインはいつもチョコレートケーキなのです」
「それもいいね」
「まあボンボンとどちらがいいかは趣味の分かれるところですけれど」
「私はどちらも好きだよ」
 八条も秘書官もチョコレートケーキもまた好きであった。
「私もです。ただ」
「ただ?」
「陛下の手作りを頂くとは。それだけでも羨ましい限りです」
 天皇は美貌でも知られていた。気品だけでなく容姿も併せ持っていたのだ。
「手紙も入っているな」
 箱は二重になっていた。下には手紙があった。
「どれ」
 八条はその手紙を開いた。文は万年筆で書かれていた。
「陛下が自らお書きになられたのか」
 見れば若い女性らしい繊細な文字であった。
「ふむ」
 八条は読んだ。そこにはこう書いてあった。
『親愛なる八条殿へ』
「何と」
 八条も秘書官もまた驚かされた。
「長官、先程から思っていたことですが」
「有り難い、陛下にここまで気遣ってもらえるとは」
 八条は感激したように言った。
「え!?」
 秘書官は『ハア!?』とした顔になった。
「あの、長官」
「陛下は私のことを気遣って頂いておられるのだ。これは異国にいる私に対しての励ましなのだ」
「・・・・・・・・・」
 秘書官は沈黙してしまった。そして何故彼が今までチョコレートを貰えなかったのかよくわかった。
(この人はもてなかったんじゃない)
 普通い考えて八条程なら寄って来る女の子は大勢いるだろう。
(ただ、鈍感なだけだ)
 そうとしか思えなかった。ここまで鈍感なのも珍しかった。
「陛下のお気持ち、しかと受け取りました」
 八条はそんなことを知りもせず満足したように言った。
「これからはより一層精進していきます」
「これはかなり遠い道のようだな」
 秘書官はふと呟いた。
「こればかりはどうしようもない。まあ誰にでも不得意な分野はある」
 八条にとっては恋愛がそのようである。どうやら天皇の心が彼に届くにはかなりの時間と努力が必要だと思った。

 連合やエウロパでそうした話が進んでいた前後である。アッディーンはアルフフーフに入城していた。
 将兵達が彼を出迎える。彼はその列の中央を司令や参謀達と共に進んで行く。
「降伏の調印は終わっているな」
「はい」
 ガルシャースプが答えた。
「ならいい」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。
「これでサラーフの大部分は我々の手に落ちた」
「全てといかなかったのが残念です」
「仕方ないな」
 それは諦めざるを得なかった。
「とりあえずはサハラ西方をほぼ手中に収めたところでよしとしなければならないだろう。議会も政府も同じ考えのようだ」
「はい」
 オムダーマンは議会制である。大統領と首相のいる政府、そして裁判所との三権分立により運営されている。大統領も選挙で選ばれ、その大統領が閣僚を任命する。比較的オーソドックスなスタイルにより国家が運営されている。
「僅かな間でミドハドもサラーフも滅ぼすことができたのだ。これで満足するのも悪くはないだろう。それに行政の関係も
あるしな」
「そうでした」
 西方をほぼ掌握したことにより彼等の行政はかなり肥大化することになった。今はそれを整備するだけでも大変であった。
「まずはそれからだ」
 アッディーンは言った。
「軍の編成もある。当分は大きな戦争もない。そう、当分はな」
「ということはお受けになるのですね」
「断る理由もないだろう」
 彼は言った。
「向こうから提案してきたのだしな」
「では行きますか」
「うん、俺としても興味があるしな」
 アッディーンはそこで好奇心を目に宿らせた。
「シャイターンか。以前から噂を聞いていたが」
「あまりいい噂ではありませんね」
 ガルシャースプは顔を曇らせた。
「策士というか何というか。そうした話はよく聞きます」
「俺はそうは思わないがな」
 アッディーンはそんな彼に対して言った。
「逆に凄いと思うぞ。異国にやって来て二度の戦いに勝利をおさめてあそこまでなったのだからな」
「そういう考えもありますか」
「少なくとも俺はそう思う」
 アッディーンは不思議と彼に悪い感情は持っていなかった。
「時として策略も必要だ。彼はそれを使う時が多かったのだろう」
 シャイターンは傭兵隊長時代暗殺や謀略も駆使していた。
「政略結婚を批判する声もあるがそれも今まで多くの者が行ってきた。彼だけが責められる筋合いではない」
「はあ」
「そして将として彼を見るとだ」
 アッディーンの目の光がさらに強くなった。
「素晴らしいものがあるのは事実だ。俺でもあそこまではできない」
「そうですか」
「ああ、将としても人としても興味がある。是非会いたい」
 これで決まりだった。翌日サラーフの旧首相官邸にて二人は会うことになった。
「悪趣味な建物だな」
 アッディーンは官邸を見てまずそう言った。
「ナベツーラという男は美的感覚もなかったようだな」
 アッディーンも芸術には詳しくない。だがそんな彼でもこの建物の無気味さはよくわかった。
「大体何だ、この極彩色の壁は」
 壁はどれもラメが入った様々な色で塗られていた。
「よくもこんな色に塗ったものだ。普通はしない」
「そうですね」
 シャルジャーもそれに同意した。
「あの男は単に悪趣味だっただけではありませんでした」
「それは聞いている。心底軽蔑に値する下衆だったようだな」
 アッディーンも彼のことは聞いていた。
「はい、その取り巻き連中も酷いものでした」
「あのような連中を国政の中心にしたサラーフの者は何を考えていたのだろうな」
「マスコミに操られていましたから」
「だがそれにも限度があるだろう」
「マスコミのかっての通称をご存知ですか」
「盲目の荒馬か」
「はい。制御ができないものなのです。しかも極めて腐敗し易い」
「それは知っているつもりだが」
 アッディーンもマスメディアの危険性については知っていた。オムダーマンにもネットがある。これでマスコミの弊害はかなり和らげられている。
「かっての日本と同じことが起こっていたのは知っている」
 やはりここでも一千年前の日本のことが出て来た。マスコミの腐敗を語るうえで欠かせないのだ。
 ただ腐敗していただけではなかったのがこの時代の日本のマスコミであった。呆れたことに他国と結託し祖国を滅亡させようとすら考えていたのだ。
『ソ連は平和勢力だ』
『北朝鮮は地上の楽園だ』
 こうした事実とは全くかけ離れたことを言ってきた。あげくの果てには北朝鮮が自国民を拉致していたという犯罪行為すら隠蔽していた。あろうことかその犯罪国家と手を組む犯罪政党を良識と評してきたのだ。
 その犯罪国家が崩壊した時に犯罪政党は一斉に逮捕された。同時にマスコミにもメスが入れられた。
「言論弾圧だ」
 彼等は叫んだ。だが国民はそれに耳を貸さなかった。狼少年を信じる者はいない。ましてやその狼を導き入れ、村を滅亡させようとした者なぞは。
 マスコミ関係者は芋蔓式に捕まった。そして外患誘致罪により次々と死刑となった。ここまでなるのに六〇年以上かかっていた。この時代日本の知性は目を覆いたくなる程であったという。何しろ教師までが北朝鮮という人類の歴史に永遠に名を残す汚らわしい恥を礼賛していたのだから。
 そのことは一千年経ってもよく知られていた。マスコミの危険性を教えることとして。
「あの時日本はかろうじて助かった。だが」
「サラーフでは駄目だった。そしてこの様な呆れた行いが平然と行われていたのです」
 ナベツーラ一派の腐敗を支えたのはマスコミであった。だがそのマスコミももうない。全てサラーフの市民によって殺されてしまったからだ。
「もうあのマスコミ連中は残っていないな」
 アッディーンはそれに言及した。
「はい、皆リンチにより惨殺されました」
「そうか、自業自得だな」
 アッディーンは素っ気なく言った。
「リンチは認められないが」
「そちらは犯人は全くわからないそうです」
「多過ぎてだな」
「はい」
 いささかシニカルな言葉だがその通りであった。
「永久に犯人が見つかることはないだろう。それに警察も本気で捜すつもりもないだろうし」
「でしょうね。この国のマスコミは警察に対しても誹謗中傷を繰り返していましたから」
 その大義名分は『警察は権力の犬だ』である。これもあの時の日本と同じであった。
 何故このような批判、いや誹謗中傷をするか。理由は簡単である。警察の存在、力が邪魔だからだ。
 マスコミは権力をその手に集中させようとする。だがそれは公の権力ではない。公をコントロールすることができても。
 警察は公の権力である。それも取り締まる側である。マスコミが『何か』をすれば彼等を取り締まる。これは警察の当然の仕事である。『何か』をするには彼等の存在は邪魔なのだ。
 当時の日本ではマスコミが贔屓する、若しくは裏で手を結んでいた北朝鮮の様な犯罪国家、犯罪政党、テロリスト達にとって警察は邪魔である。だからその権力を弱めようとしていたのだ。実際に犯罪政党の『人権派』弁護士出身の党首はテロリストと結託していた。怖ろしい話であるがこの時代の日本にはテロリスト出身の弁護士もいた。市民活動家もその正体がテロリストであるのは今の連合でも見られる話だ。 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その六


 サラーフにおいても同じだった。マスコミの犯罪行為、ナベツーラ一派の腐敗を隠す為に警察の弱体化を計ってきた。そしてそれはかなりの成功を収めていたのだ。
「そうしたことがあるからな。警察も真面目に捜査したりしないだろう」
「権限もかなり制限されていますからね」
「それが格好の理由になる」
「はい」
 ここでもややシニカルであった。
 アッディーンは官邸の応接室に来た。そしてそこで立ったまま待った。
「そろそろか」
「はい」
 シャルジャーは腕の時計を見て答えた。
「閣下」
 そこに若い将校が入って来た。
「シャイターン司令が来られました」
「わかった」
 アッディーンはそれを聞き頷いた。
「では出迎えに行こう」
 彼は周りの者を従え官邸の正門に向かった。
「お待ちしておりました」
 彼等はシャイターンの前に来た。
「はい」
 シャイターンはそこにいた。赤い軍服に黒いマントを身に着けている。
(これがシャイターンか)
 アッディーンは彼を見てまずその全身を上から下まで一瞥した。
(噂に違わぬ美男子だな)
 見ればまるで十九世紀の欧州の彫刻の様である。整った顔に身体をしている。
(だが)
 アッディーンは他のことに気付いた。
(神や英雄の彫刻ではないな)
 そう言うにはあまりにも陰があった。シャイターンは確かに美しい。だがその美貌は夜の世界の美貌であるように彼には感じられた。
 例えればルネサンス時代きっての策略家チェーザレ=ボルジアであろうか。彼もまた陰のある美男子として知られていた。
 シャイターンもまたアッディーンを見ていた。
(成程な)
 彼はアッディーンの持つ気まで見ていた。
(流石に若くしてここまでなったわけはある)
 均整のとれた身体に覇気のある顔立ち。まるで若獅子のようであった。
(獅子のようだな。その身体も心も)
 アッディーンの精悍な気性をも一目で見抜いていた。
(あくまで正道の人物のようだな。才覚はあるが)
 彼にはそれしか道はない。だがシャイターンは違う。
(だが今はそこまで考えなくともよいな)
 そう、少なくとも今は。
(とりあえず今この男とは何もない。こちらから牙を剥く必要もないな)
 彼はそう考えた。そしてあえてにこやかな顔で言った。
「以前よりお会いしたいと思っておりました」
「こちらこそ」
 アッディーンも笑顔になった。二人共社交辞令であった。
「この度の戦い振り、お見事でした」
「いえ、それ程では」
 アッディーンは謙遜の言葉を出した。
「それよりも貴殿のエウロパ、サラーフとの戦いですが」
「あれはアッラーが味方して下されたのです」
 シャイターンは何事でもないように言った。
「アッラーのご加護があれば何でもありません」
「アッラーのご加護ですか」
「はい、他に何がありましょうか」
「いえ」
 アッディーンもムスリムである。それを否定するつもりはない。
「貴方にもそれはありますね」
「私にもですか」
 アッディーンは驚いたように言った。
「はい、だからこそ勝ち続けることができるのです」
「そういうものでしょうか」
 アッディーンはシャイターンの言葉に少し首をかしげそうになったが公の会見の場であるのでやめた。
「人それぞれの資質もありますが」
 なおこれに重点を置くのが連合である。
「ですがそれだけで勝利を収め続けることはできません」
「アッラーの加護なくしては勝てないということですか」
「その通りです」
 連合やエウロパではそれを『運』と呼ぶことも多い。だがサハラではそうした考えはあまりない。運も全てアッラーの思惑によるものなのだ。
 こうした考えはムスリムに昔からあある。この世の全てはアッラーの考えるところによる。その人の一生も。天国へ行くか、ジャハンナムへ行くか、それすらもアッラーが決めていることだ。だが戦い、聖戦で死んだ者は必ず天国へ行くことができると教えている。
「アッディーン司令にもまたアッラーの加護があるのですよ」
「そういう考えは今までありませんでしたが」
 彼はイスラムは信じていたが、戦いにおいてはアッラーの加護を願ってはいなかった。
「アッラーは自ら動く者を導かれる」
 そうした考えであった。
 だがこのシャイターンという男は違うようだ。彼はあくまでアッラーが全てを司っているという。
(それは間違いではない) 
 アッディーンもそれには同意する。
(だが戦いに勝つのはそれによるものではない。それはあらゆる要因が加わる)
 彼の考えはそうであった。
「司令の仰りたいこともわかりますよ」
 だがシャイターンはその思いを察したように言った。
「ん!?」
 まさか自分の考えが読まれているのでは、そう思わざるを得なかった。
「ですがそうした要因をもアッラーは決められているのです」
「そうした意味でこの世の全てを司っている、と」
「はい」
 何処か宗教家めいた言葉である。そういえば彼はある宗派の家の出である。
 本来いイスラムでは僧侶といったものは存在しない。法学者がいるだけである。
「私は預言者に過ぎない」
 ムハンマドはこう言った。
「イスラムには僧侶や神官は不要だ。あくまで市井の宗教なのだ」
 これは僧侶や神官達の腐敗と特権を知っていたからだ。この時代キリスト教世界では早々と腐敗の兆候が見られていた。後にはその腐敗が極限にまで達し様々な問題を起こした。法皇にしろ宗教家というよりは封建君主であり、政治家であった。何しろ神を信じず、この世の酒と美食、栄華と美女こそが天国であると言った法皇すらいた位なのだ。
 イスラムがそれを禁じたのは正解であった。この宗教はそうした厄介な問題から解放されていたのだから。
 それでも宗派によっては僧侶が存在する。それでも他の宗教に比べればその腐敗も特権もかなりましである。ムハンマドのこうした考えが生きているからだ。
 シャイターンはそうしたある宗派の僧侶の子である。今では父はリーダーとなっているらしい。
(何でもあの宗派は南方に大きな勢力を持つというが)
 彼の家のことはアッディーンも聞いたことがある。
 彼の父はその宗派で長い間要職を歴任し、今では法皇だという。
(かなりのやり手だと聞くが)
 宗教家でもあるが謀略家としても南方では有名であった。『右手に奸智、左手に謀略』というのがそのもっぱらの評価である。
 その調子がこのシャイターンである。話によるとその父の気質を最も色濃く受け継いでいるらしい。
(それだけではないようだがな)
 アッディーンは確かにシャイターンに宗教家めいたものを感じていた。だが、彼にはそれ以外のものが明らかにあった。
(例えていうのなら)
 彼は言葉を捜した。
(梟雄の匂いがするな)
 その外見からは考えられないが、彼には確かにその風格が感じられた。
 実際に彼の経歴を見ているとそれは当てはまった。
 まず父の宗派の要職に就いた。今でもそれに就いたままである。そして父の力と宗派の財力を背景に傭兵団を作りそれで南方で戦いを続けた。悪魔的に冴え渡る謀略で鮮やかな勝利を収め続け北方に風のようにやって来た。そしてエウロパとサラーフを退け、権門ハルーク家に入った。鮮やかでいて、そこには常に謀略の香りが漂う。
 アッディーンはすぐにそこに考えを巡らせた。そして彼に言った。
「つまりアッラーの御意志により我々は戦いに勝ち続けていると」
「はい、我々が今ここで会っているのもそうです」
 シャイターンは落ち着いた声で言った。
「私と貴方は今日ここで会う運命だったのです」
「そうだったのですか」
 これにはあまり賛同できなかった。
「ではこれからの私達の運命も既に決まっていることでしょうか」
「当然です」
 彼はアッディーンの言葉に対しさも当たり前のように答えた。
「それも既にアッラーが決められていますよ。そう」
 彼の整った彫刻の様な唇が微かに歪んだ。
(ん!?)
 アッディーンはそこに何か邪な気配を感じた。だがそれは顔には出さなかった。
「これからの私の歩む運命も。貴方の運命も」
「そうなのですか」
 どうもこれはアッディーンにはどうしても馴染めない考えであった。
「おわかりになられませんか」
「残念ながら」
「まあいいです。これはそのうちおわかりになると思います」
 シャイターンは不敵に笑った。
「ところで旧サラーフ領ですが」
「はい」
 本題に入ったな、と思った。
 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その七


「現時点の互いの占領地で分割というのはどうでしょう」
「私の一存ではそれはわかりませんが」
 アッディーンはまずそう断った。
「ですが暫定的にはそれでいいと思います」
 司令官としての権限においてそう答えた。
「わかりました」
 シャイターンはそれを聞くと満足したように頷いた。
「これで私のこの会談での責務は果されました」
(それだけではないな)
 アッディーンはその笑みの裏に何かを感じたがやはりそれは口には出さなかった。
「ではお話を変えましょう」
(来たか)
 そう思った。
「実はこれからの北方諸国連合の在り方ですが」
「はい」
 アッディーンは内心警戒を強めた。
(このサラーフ領のことか)
 まずはそれを考えた。だが違った。
「今エウロパと隣接しておりまして」
「既に北方の七割が侵略されていますね」
「はい、これは由々しき事態です」
 シャイターンはここで深刻な顔を作った。
「エウロパの勢力はこのサハラより完全に駆逐しなければなりません」
「それは私も同じ考えです」
 これは彼の本心であった。
「あれは十字軍だ」
 こう言う者もいる。サハラにとってこのエウロパの侵攻はかっての十字軍と全く同質のものであった。
(十字軍か)
 サハラ、いやこの銀河にいる全ての者が知る忌々しい歴史である。
 二百年に渡るイスラム教とキリスト教の戦いであった。聖地エルサレムの奪還を大義名分としてアラブに雪崩れ込んで来たキリスト教徒達は悪逆の限りを尽くした。中には人を食う者すらいた。
「十字軍は悪魔の集団だった」
 この言葉に頷く者は今も多い。彼等はまさにその言葉の通り破壊と掠奪、そして虐殺を行く先々で繰り広げた。
 虐殺されたその中には同じキリスト教徒もいた。彼等にとってはイスラム教徒の中にいるだけで罪であったのだ。当然ユダヤ教徒も例外ではなかった。
『啓典の民は特別に扱え』
 ムハンマドの教えである。イスラムはユダヤ教、キリスト教と同じ流れをくむ一神教だか当然である。コーランにおいてはモーゼもキリストもムハンマドと同じ預言者であった。
「私は最後にして最高の預言者である」
 ムハンマドはこう言った。彼は自分自身をモーゼやキリストと同じ存在だと言っていたのだ。
 異教徒であっても認める、そうした考えがイスラムにはあった。今もそうである。
『ジズヤさえ納めれば信仰は許す』
 それがイスラムの教えである。だがキリスト教は違っていた。
『いい異教徒は死んだ異教徒だけだ』
 こうした考えがあった。そしてその言葉の通りに異教徒は殺戮された。同じキリスト教徒ですら。
 これに対してイスラムはあくまで文明的であった。エルサレムを奪還した時彼等はエルサレムの者達の命を保証した。
「無闇に血を流してはならない」
 エルサレム奪還の英雄サラーフ=アッディーンは言った。サラディンの名で知られるクルド人出身の男である。
 彼は軍人、政治家として優れていただけではなかった。その人格もまた優れていた。策略は使っても約束は絶対に破らなかった。
 だが十字軍は違った。あろうことか、ジェノバの商人達に唆され同胞である筈のビザンツ帝国まで攻め、ラテン帝国という背信の国まで作る程であった。
「連中はただ欲に目がくらんだ悪党の群れに過ぎなかった」
 こうした意見まであった。そしてそれは真実であった。
 今のエウロパのサハラ侵攻はまさにその十字軍であった。サハラの民の命や財産こそ奪わないがその地から追放する。彼等は難民となり、サハラ各国や連合に逃れていく。その数は百億を越えていた。
「確かにエウロパには止むに止まれぬ事情があるのだろう」
 それはわかる。だが。
「だからといって我々の地に足を踏み入れることは許さん」
 サハラの者の考えはそうであった。従って彼等への敵愾心は頂点に達していた。
「これを一刻も早く何とかしなければなりません」
 シャイターンは言った。
「それはわかりますが」
 アッディーンは一先ずそれに賛同した。特に反対する理由はなかった。
「ですが容易ではありませんよ。彼等もまたかなりの戦力がありますし」
「十字軍はどうなりました」
 シャイターンはここで思わせぶりに言った。
「十字軍ですか」
 アッディーンはまたか、と思った。
「はい。彼等の最後はどうなりましたか」
「欧州に追い返されました。二百年余の戦いの後」
「ですね。十九世紀、二十世紀にも彼等は来ました」
 アラブ世界を支配していたオスマン=トルコの衰退に乗じて彼等はまた来た。そしてアラブの植民地化を進めていったのである。その後は石油を狙ってアメリカが来た。中国やロシアも介入してきた。
「ですが彼等も最後には帰らざるをえなかった」
「はい」
「それと同じです。ただ」
「ただ!?」
「彼等はすぐに帰ってもらう運命にありますが」
「運命ですか」
「そうです、それがアッラーの思し召しです」
 ここでもアッラーの名を口にした。
 イスラムにおいては神の名をどれだけ口にしても構わない。ユダヤ教のようにみだりに口にするなかれ、とは言われないのだ。
「それは私の手によって為されます」
「閣下の手によって」
「はい、確実にね」
 彼はここでにこりと笑った。
(かなりの自信があるようだな)
 アッディーンは思った。確かに彼の将としての力量だと普通の軍ならば破るのはたやすいだろう。だが。
(それは普通の軍であるならばだ)
 エウロパにはモンサルヴァートがいる。今はエウロパ本土にいるが何かあればすぐにこちらにやって来るだろう。そしてもう一人、怖ろしい男が今サハラにいた。
(確かロギ=フォン=タンホイザーといったな。マガバーンとの戦いにおいて鮮やかな勝利を収めたそうだが)
 彼の耳にもそれは入っていた。
 アッディーンはこのタンホイザーという男にも只ならぬものを感じていた。モンサルヴァートとはまた違ったタイプの名将であるようだ。
 モンサルヴァートはどちらかというと戦術家である。戦略眼も備えているようだが前線での指揮を執ることを好む。そして要塞よりこ艦隊運営、用兵を好む。これは彼がサハラにいる時でのことを見ればわかることであった。
 タンホイザーは戦略眼はないようだ。だがその戦い方を見る限り天才的なものがある。
(天性の戦術家というやつか)
 中国漢代の霍去病や日本の源平の戦いにおいての源義経、同じく日本の戦国時代の上杉謙信、三十年戦争の時のスウェーデン国王グスタフ=アドルフ等がそれにあたる。時としてこうした特異な人物が出て来るものだ。
 彼等の特色は生まれながらにして戦争のやり方を知っているということだ。兵法や軍事に関する書なぞ碌に読んでいない者すらいた。
 そして怖れるものがない。上杉謙信は鎧兜を身に着けず僅か四四騎を連れ一万を優に超える敵軍に突入した。敵はそれに恐れをなし自然と道を開けたという。
 源義経は何と馬で崖を下った。鹿で行けるのならば馬でも行ける、という理屈でである。ここには戦争の常識はなかった。ただ天才的な勘だけがあった。
 そうした者に勝つのは容易なことではない。戦争の常識が通用しないのだから。だがシャイターンはそれでも尚余裕を見せている。
「これはどういうことだ」
 彼はそれを不思議に思った。
「司令」
 ここで彼が声をかけてきた。
「はい」 
 アッディーンはそれを聞き考えるのを一旦止めた。
「我々の願いですが」
「何でしょうか」
 本題に入ったと思った。
「実は我々北方諸国連合はオムダーマンと友好条約を結びたいのですが」
「友好条約ですか」
「はい」
 シャイターンは穏やかな顔をしてみせた。
 これが後方の安全を計るものであることは自明の理であった。それにしても軍の総司令官であるが外交のことにまで話ができるとは。
(ハルーク家との婚姻がそれだけの効果があるということか)
 シャイターンは今や北方で最大の権勢を誇る。しかも圧倒的な支持もあった。最早英雄といってよい程であった。
(その二つを上手く利用しているな)
 アッディーンはすぐにそう見抜いた。
「詳しいことは互いの政府によるものですが」
 シャイターンはそう前置きを置いた。
「しかし北方は大体その方向で話がつくと思われます。各国の首脳には私からも話をしておきますので」
 これこそ今の北方における彼の力を示す言葉であった。
「そうですか。では私も政府に話をしておきましょう」
 断る理由もなかった。オムダーマンと北方はこれといって利害関係もないからだ。
「ではお願いしますね。サハラの平和の為に」
「はい」
 これで会談は終わった。あとは二人での個人的な話になった。
「ところで司令」
 シャイターンは花園に場所を移していた。
「何でしょうか」
 当然アッディーンもそれについている。
「今後サハラはどうなっていくと考えておられますか」
「サハラですか」
「はい」
 シャイターンはここで頷いた。
「難しい質問ですね」
 流石にこれには答えに窮した。
「西方は我々の手により統一されましたが」
「まだ流動的だと仰りたいのですね」
「はい。何しろ一千年に渡って戦乱が続いておりますし」
「そうですね。ですがこれまでとはかなり違う流れになっていると思われませんか」
「といいますと」
 アッディーンはその言葉に顔を上げた。
「今まで西方が一つの勢力の下にほぼ統一されたことはありません。いえ」
 シャイターンはここで思わせぶりな口調にあえてした。
「そもそもサハラにおいては一つの勢力に一つの地域が統一されているのは東方だけです」
「はい」
 サハラは北方、西方、南方、そして東方の大きく四つの地域に分けられている。そのうち人口が最も多いのが東方である。従ってハサンはサハラで最大の勢力を擁しているのだ。
「他の地域は多くの小国家に分裂して互いに争っていました。そう」
 彼は言葉を続けた。
「この西方のようにね」
「否定はしません」
 オムダーマンもこれまで多くの戦いを経ている。その中心にいたのが他ならぬアッディーンである。
「それがこのようにハサンの様に一つの地域をまとめる国家が誕生した。それだけでも大きな流れです」
「西方だけの問題ではないのですか」
「はい。これはサハラ全域に影響を及ぼすでしょう。そしてそれのもとが」
 シャイターンの目がここで不思議な光を発した。
(むっ)
 アッディーンはその光を認めた。まるで夜の空に輝く赤い星のようであった。
(赤い星は凶兆だと言われるな)
 アッディーンは幼い頃に言われた話を思い出した。
 銀河を行く時でも言われることであるが星には人の運命を司る力があるという。これは古代の占星術なのであるが
イスラムにも占星術はあった。
「占いは当たらない」
 ムハンマドはこう言ったがイスラム世界においても占星術は発展した。やはりそうそう容易には禁止できるものではなかった。そもそも占星術はそれだけで成り立っているものではないからだ。
 魔術とも関係付けられていた。イスラム世界では魔術はこれといって迫害の対象ではなかった。むしろ錬金術などは奨励されていた程だ。
「金を生み出すことの何が悪いのか」
 という論理であった。これにより科学が大いに発展した。
 そうした中で占星術も学ばれていた。それは当時のキリスト教世界の占星術よりも遥かに進歩していたものであった。
「占いもまた科学である」
 この時代にもこう主張する者がいるがこれもまた真実である。占いはいうものはどの時代にもあるものなのだ。
 アッディーンはそれをシャイターンの目の中に見ていた。彼はこれを不思議に思わなかった。
(目の光はしばしば星の瞬きに例えられるが)
 それが根幹にあった。だがそれだけではない。
 何故かこのシャイターンの目に禍々しいものを感じたからだ。これは先程から気になていたことだ。
(梟雄か)
 さっき彼を見て思ったことを思い出した。
(この目の光を見るとそうかも知れないな)
 ここでシャイターンがまた声をかけてきた。
「司令」
「はい」
 アッディーンは考えることを止めて彼に目を向けた。どうやら暫く目が泳いでいたようだ。
「そのもとですが」
「はい」
 どうやらシャイターンも話を暫く中断させていたようだ。見れば右手にダリアの花をまさぐっている。赤い、まるで炎の様なダリアである。
「貴方なのです」
「まさか」
 アッディーンは笑ってそれを否定した。
「私はただ命令に従い戦っていただけです」
「それは違います」
 シャイターンは言った。
「今回のオムダーマンの西方統一は全て貴方がいたからこそなのです。それはサハラどころか連合やエウロパの者も認めていることでしょう」
「皆私を買い被っているだけです」
「ですが貴方は自分の軍人としての能力には自信がある」
「否定はしません」
「そうですか」
「しかしですね」
 彼はまた言った。
「私は単なる一軍人に過ぎません。それ以外の何者でもありません」
「今のところは」
 シャイターンはまた思わせぶりに言った。
「しかし人には多くの隠された能力があるものです。それに気付いていない時があまりに多過ぎる」
「私は少なくとも自分の力はわきまえております」
「いえ、貴方はまだご自身の力を完全には把握してはおられない。失礼なことを言うようですが」
「では私にはどのような力があると」
「それは追々わかることです。すぐにでも」
「まあそれは期待しましょう」
 いささか社交辞令的に言った。
「貴方がそれに気付いた時また動きますよ」
「サハラがですか」
「はい」
 シャイターンは頷いた。
「そしてこのサハラが大きく変わります」
 ここで一陣の風が吹いた。風が花々を揺らした。
 アッディーンとシャイターンにも吹きつけた。二人の髪と軍服が風で揺れ動いた。
「今まで我々は戦乱と侵略の中に喘いでおりました」
 シャイターンはここで透き通る様な赤い光をその目に宿らせた。
「しかしそれも終わろうとしています」
 彼は言葉を続けた。
「今までの散り散りになったサハラではなくなるのです。そう」
 言葉に何やら妖しげな力が宿ったように感じられた。
「ムハンマドの時以来長らく分裂していた我がアラブの民が一つになるのです」
 イスラム世界はごく初期、そうアッバース朝と後ウマイア朝に分裂して以来一つにまとめられることはなかった。セルジュク朝やオスマン朝のような強大な勢力は誕生したが彼等もイスラム世界を一つにまとめることは出来なかった。彼等もそこまでは考えていなかったふしがある。
 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その八


「それが誰の手によって為されるか」
 アッディーンはそれを聞き思わず息を呑んだ。シャイターンの言葉はまるで麻薬の様に彼の耳に残った。
「それは私だけが知っています」
「貴方だけが」
「ふふふ」
 シャイターンは不敵な笑みを漏らした。
「これはほんの戯れ言ですが」
 だがすぐにそれを否定した。だがアッディーンはそう思わなかった。
(おそらく本気だ)
 彼にもその程度は察知できる勘があった。伊達にここまで戦いに勝利を収めてきたわけではない。
「ただ時代は確実に変化してきているということはご了承下さい」
「わかりました」
 アッディーンはとりあえずは頷いた。
「では夕食なぞ一緒にしませんか」
「では好意に甘えまして」
 べつに断る理由もなかった。
 夕食はエウロパ風のメニューであった。二人は食事を終えると別れた。
「また会える日を」
「楽しみにしておきます」
 こうして二人は別れた。後日オムダーマンと北方諸国連合の間で正式に話し合いの場が持たれ両国は互いの勢力圏を定めた条約を結んだ。こうしてオムダーマンは旧サラーフの大部分をその領土とした。
 すぐさまサラーフ各星系に対してオムダーマンの法及び行政区分が施行された。そしてサラーフの軍もオムダーマン軍に新たに編入されることとなった。
「これでまた我が国の勢力が強くなったな」
 カッサラ星系に帰る途中でアッディーンは艦橋の中にいながら呟いた。
「はい。これで我が国はハサンに対抗できる大国となりました」
 傍らにいるガルシャースプがそれに応えた。
「しかしハサンはまだまだわが国とは比較にならない力を持っている」
「はい」
 ガルシャースプはアッディーンのその言葉に頷いた。
 これでオムダーマンの人口は五百億を超えた。だがハサンは九百を優に越えている。
 それだけではない。連合やマウリアとの貿易によりかあんりの利益を得ている。その国力はオムダーマンとは比較にならないものであった。
「およそ二倍の国力差がある」
 アッディーンは言った。
「今連戦で疲れきった我が国にとっては辛い相手だな。ましてや彼等は連合やマウリアとの関係も深い」
「彼等が介入してくると」
「その可能性は否定できないだろう」
 アッディーンは率直に言った。
「ハサンとことを構えるにしてももう少し先のことになるだろう。政府が今後東方に進出しようとしてもな」
「政府はそこまでは今のところ考えていないようですね」
 オムダーマンの国家目標は西方の統一であった。今はそれがようやく果されたところである。
「数年はこのままだと思います」
「そうだろうな。その間に為すべきことはかなりある」
 アッディーンの言う通りであった。オムダーマンはミドハド、サラーフをようやく倒したばかりでありその為に国力もかなり使っていた。
 それだけではなかった。西方をオムダーマンの統治方式でまとめなくてはならない。比較的地方分権を執っているオムダーマンにしろこれは厄介な問題であった。
「当初からわかっていたことにしろだ」
 アッディーンはそのことを考えながら言った。
「やはり実行する段階になると多くの問題が出て来る。予想していなかった問題も含めてな」
「そうですね。げんに軍の編成でも多くの問題が起きることが予想されています」
「軍の規模はどうなるのだ」
「かなり増強されると聞いています」
「そうか。大体四十個艦隊といったところかな。暫定的には」
「ええ、大体それ位だと聞いています」
「そうか。ハサンと比べるとかなり少ないな」
 ハサンはおよそ七〇の艦隊を擁している。兵力においてサハラ随一である。
「それは仕方ありませんね。しかし兵や艦艇の数だけで戦争をやるわけではありませんし」
「それはわかっている」
 アッディーンも補給や通信の重要性については熟知していた。
「国力に合った規模の軍でなければ何にもならんしな」
 そしてこのこともよくわきまえていた。
「まあ暫くは大きな戦争もないでしょうね」
「そうだろうな」
 アッディーンは頷いて答えた。
「その間に軍を整備しておかなくてはな」
「それですが閣下」
「どうした」
 彼はガルシャースプに顔を向けた。
「どうやら閣下にかなり重要な役職が任されるという話が出ております」
「重要な役職!?」
「はい、宇宙艦隊総司令官の役職です」
「まさか、それはないだろう」
 アッディーンはそれを全面的に否定した。
「あれは上級大将がなれる役職ではない」
 宇宙歓待司令長官はオムダーマンにおいては国防大臣、統合作戦本部長、参謀総長等に並ぶ要職である。軍の基幹戦力である宇宙艦隊を統括し、その指揮を執る言わば実戦部隊の長とも言える役職である。その為責務も大きく、オムダーマンにおいては元帥でないと就くことができない。なお国防大臣は原則として文民が就くことになっている。制服組では統合作戦本部長、その参謀総長に並ぶナンバー3の要職であった。
「はい、どうやら今回の功績で閣下は元帥に任命されるそうです」
「元帥か」
 彼はそう聞いても今一つピンとこなかった。
「夢のような話だな。ついこの前まで大佐だったのに」
「サラーフ攻略の功績によるものかと」
「サラーフのか」
「はい、どちらにしろ正当な武勲で手に入れたものです。誇りに思われてよろしいかと」
「うむ」
 アッディーンはとりあえず頷いた。
「しかし二十代で元帥というのはそうそうない話だぞ」
「昔なら高貴な出身でなければ有り得ない話でしたな」
 オムダーマンには貴族はいない。
「それは特に思わないがこうも昇進が早いと流石に自分でも信じられない」
「ミドハドとサラーフを倒したことを考えると当然だと思いますが」
「それでもだ」
 ガルシャースプに言われてもまだ戸惑っていた。
「喜んで受けられるべきだと思いますよ、私は」
 ここでラシークが口を挟んできた。
「ラシーク少将」
 アッディーンは彼に顔を向けた。
「自らの功績によるものは喜んで受けるべきです。それが邪なことにより得たものでない限り」
 彼は言った。
「アッラーもそれを否定したりはしません。それに閣下にはまだやるべきことが山のようにあります。元帥になるのはまだその途中の些細なことに過ぎません」
「やるべきことか」
「はい、これは私の予想に過ぎませんが」
 ラシークはそう断ったうえで言葉を続けた。
「閣下はこれからも戦い続けることでしょう。このサハラにおいて」
「それは俺も望むところだ」
 やはり彼は戦いを愛していた。
「元帥になったからといって戦場に立つのを止めるつもりはない。それぞれの考えがあるだろうが俺はやはり戦場にいたいのだ」
「それはわかっております」
 ラシークも上司のこうした性格は熟知していた。
「そうでなくては閣下は閣下たりえませんから」
「よくわかっているな」
 アッディーンはそれを嬉しそうに聞いた。
「やはり俺にはそれが性に合っている。戦場にいることがな」
 彼は機嫌をよくした。
「それはわかります。しかし」
 ラシークは言葉を続けた。
「それだけでは何時かは駄目になってしまうこともご承知下さいね」
「それもわかっているつもりだが」
 アッディーンは少し不機嫌な顔になった。
「ナポレオン然り」
 ラシークはここで十九世紀のフランスに現われた英雄の名を出した。彼はコルシカの貧乏貴族に生まれフランス軍の士官学校に入った。ここではごく平凡な学生であった。だが数学と歴史には強かったという。
 砲兵将校になり革命の中で頭角をあらわした。そして遂に皇帝にまで登りつめたのだ。
 皇帝になってからも彼は戦争を続けた。彼にそって戦場とは己の名誉と栄光を手に入れる場所であった。
 だが最後には負けた。ロシア遠征で、ライプヒチで、ワーテルローで。そしてセント=ヘレナ島で遂に死んだ。一代の風雲児としては寂しい最後であった。
「ナポレオンのことは知っているが。しかし」
 アッディーンは口を少し尖らせた。
「俺はナポレオンとは違う。ましてや皇帝なぞではない。一介の軍人だ」
「それは私もわかっております」
 ラシークは言葉を返した。
「しかし要職に就くとそうそう軽率な行動もとれないのも事実です」
「それもわかっているつもりだ」
 アッディーンは反論した。
「だが戦場のことは戦場にいないとわからないものだ。それはわかっているだろう」
「はい」
「ならいい。俺は必要な時には戦場に出る。それはいいだろう」
「ええ。ただしご自身の責務はよくお考え下さい」
「ああ」
 やはりアッディーンは不機嫌な顔で答えた。こうした話は好きではない。
 彼はやはり戦場に身を置くことが好きだ。そしてそれを最後まで続けたかった。だがそれも時と場合を選ばなくてはならないようだ。
「難しいものだな。役職というものは」
 彼は言った。
「仕方ありませんよ。職務には責任が伴うものです」
「それを理解するのもまた難しいものだな」
「しかし閣下は今それがおわかりになったようですね」
「恥ずかしい話だが」
 そう言って苦笑した。
「しかし遅い話ではありません」
 ガルシャースプが言った。
「それを何時までも理解できない者も多いのですから」
「ナベツーラ達のような連中か」
「例えとしては最悪ですが」
 しかしガルシャースプはその言葉を肯定した。
「ですが格好の反面教師ではあります」
「そうだな。そうそうあの様な輩はいないと思うが」
 アッディーンは最後までナベツーラ一派を嫌悪していた。
「だが副司令の言う通りだな。俺もあのようになっては駄目だ」
「はい」
 アッディーンは前を見た。そこには星の大海が拡がっている。
「この大海を進むにはまだ俺は学ばなければならないことが多い。それも心に留めておかなければならない」
 ガルシャースプとラシークはその言葉に頷いた。
 アリーは彼等を載せたままカッサラに戻る。そしえ新たな戦いに備えその翼を休めるのであった。


第四部   完


                 2004・8・22 

 

設定資料集一


               星河の覇皇  設定資料集
 星間国家連合
 人類最大の勢力。人口にして三兆を誇りその国数は三百に達する。中央政府や議会、裁判所の他に各国の政府や議会も存在している。保有星系は三百国、そして中央政府で数百万に達する。
 中央政府は大統領制を敷き、その下に内閣が存在する。また議会は上下二院であるが実質的には三院である。上に各国の国家元首達の議会がある。
 全体的に中央政府の力は弱く長い間各国の政府や各国政府の権限を重視する地方分権派と中央集権派との意見対立が存在している。これは連合の宿命的な悩みである。
 三百の国が存在するがその国力の差は大きい。伝統的に大国の力が強く日米中露の他にブラジルやトルコ、オーストラリア、旧ASEAN各国、メキシコ等の発言力が強い。この為小国は常に合従連衡し彼等に対処する傾向がある。また大国同士に対立があればそれぞれの利益に従って動く。武力衝突こそないが貿易や通商、経済における摩擦は頻繁にある。これを調整するのが中央政府の大きな仕事となっている。なおバランサー的な国も存在する。
 長い間中央警察や中央軍といったものは存在しなかったがキロモト政権下において遂に誕生する。これはこの二百年あまりの中央政府の不断の努力と宇宙海賊やテロリストの行動が活発化しだしたことがその理由である。
 設立は国際連合が母体になっており、APECやASEAN地域フォーラムに参加していた環太平洋諸国に中南米諸国を軸としており、そこにロシア圏の国々やサハラ以南のブラックアフリカ諸国等を加えたものである。トルコやイスラエルといった中東の国の一部も参加している。これ等の国々は法的には平等であるとされている。
 人種構成はアジア系やヨーロッパ系、アフリカ系だけでなくアボリジニー達も存在する。極めて混血が進み肌の色が黒かったり黄色かったりしていても目や髪の色が様々だったりする。また違う国の間であろうとも婚姻は多い。そうした意味で人種問題はかなり解決している。
 それぞれの国の独自性、自主性が強く、文化もまた各国で持っているがそれはどちらかというと地域性といったものに近い。料理や服装、風俗といったものにそれが現れている。また言語も公用語として銀河語が存在するが方言のようなものが存在する。食事や箸とフォーク、ナイフ、スプーンを同時に使う。
 設立以来惑星開発に力を入れてきておりそれにより力を大きくつけている。北と東、そして南に何処までも続くのではとも思える果てしない開拓地があり、そこに向かって開発を行っている。
 元々大国の存在等を考慮した領域の割り当てが行われており、設立当初の国はそれぞれ相応の領域を持っている。例としては第一の人口を持つ中国は十兆を養える領域を持っている。その他の大国にもまず優先的に広大な領域を当てたができるだけ辺境に置いている。これは当時の連合中央政府の英断であり、これにより大国が中央において発言力を増すのを抑えている。だがこれにより辺境において小国を抱き込もうとそれぞれ工作を繰り返してきた歴史があり、痛し痒しの状況である。
 設立と同時に経済及び貿易は自由化されており関税や市場の統合も為されている。通貨はテラ。地球からとられている名前である。
 風土的に個人主義的風潮が強く各人の自立心も強い。開拓者精神も強く何処かで成功すればよいという考えがある。また各種産業において活発な企業活動もありアグリビジネスや資源のビジネスも盛んである。資源は極めて豊富な状況にある。その為か各人はそれぞれの得たいものを求める。それは各人によって違うが自主性が強いのは変わらない。また階級社会ではなく、スタート地点が公平であればよいという考えである。生まれや経歴はそれ程問題ではない。また宗教も多彩である。宗教人口は十三兆に達し、古代の神々も信仰されている。ケルトやメソポタミア、エジプト、中南米の神々が復権している。またそれと同時にフェニキアやアッシリア、インカ、ヒッタイトといった古代の民族の国家もある。イスラム教やキリスト教もある。だが戒律は厳しくない。特にイスラムは酒や豚もまあ許されている。だがユダヤ教はこうはいかない。
ユダヤ教徒だけは他の宗教も同時に信仰もせず、戒律も厳しいままである。これは彼等の末裔だと主張する者達が建国しているのである。他にはアイヌや琉球、チベット等の国も存在する。またブルボン家が王家を務める国まである。それぞれの国は大統領制だけでなく君主制の国もある。国家元首の席次は細かく、まずは皇帝、王、そして大統領等となっている。皇帝は二人おり日本の天皇とエチオピア皇帝である。両者は互角とされているがエチオピア皇室は途中断絶していた時期があることから日本の皇室の方が上とされる場合が多い。
 文化的には大掛かりでかつワイルドなものが好まれるが日本のように繊細な文化も存在する。実際はかなり多様であると言っていい状況である。食文化や音楽、服装も極めて多様。またファーストフードも多い。酒はよく飲まれる。ワインやビール、ブランデー、ウイスキー等の他にカクテルも好まれる。他に馬乳酒も。主食は米と麦、芋、コーリャン。他には大豆もよく食べられる。野菜や果物も実によく食べられる。宗教的なタブーが少ない為か肉類は牛や豚、羊、山羊、馬の他には魚等の魚介類、鯨等。その他には鳥や爬虫類、両生類、昆虫も好まれる。特に爬虫類は人気が高く鰐や蜥蜴、蛇、恐竜も食べられる。煮たり焼いたりとメニューも豊富であり各国のそれぞれの料理方法で食べられる。その為連合全体の食文化は極めて発達している。香辛料や調味料も実に豊富である。嗜好品としてコーヒーや茶、煙草が多い。麻薬は全ての国において禁止されている。だが犯罪組織が密売していることが多い。ネットはかなり発達しマスメディア以上の発言力を持っている一面もある。そのマスコミも複雑に分かれており各種の業種ごとのメディアもある。また同性愛に関しては極めて寛容な土壌がある。
 軍は設立間もないがかなりシビリアン=コントロールが念頭に置かれている。だが政府による一方的な統制ではなくそこには議会の意見も入る。議会が軍の意見を聞き、政府をチェックするという形になっている。またそれぞれの国も小規模ながら軍を持っている。主に治安維持用でありこれは国軍と呼ばれている。
 議会は基本的に二大政党制であるが出身国の意向がそれぞれの議員に影響することも多い。設立から中央集権か、地方分権かで対立がある。双方の綱引きが連合の歴史であると言える。だがここで重要なのはこれは開拓にも大きく影響しているということである。開拓にも波があり、積極的に行われる場合とそうでない場合がある。時代によってこれは大きく違ってきているのである。
 流さの尺はメートル、キログラムである。これは全ての国で共通である。
 法律は中央政府の方と各国の法があるが中央の法が優位であるとされている。
 外交は中央政府に外務省が存在し各国と交渉を行っているが各国政府もそれぞれ外務省を持っている。だがこれは連合内の国々の間で行われている外交である。中央政府は時としてこれの調整も行う。なお連合は時として神聖ローマ帝国と揶揄されるがこれは中央の力が弱く諸国の力が強い為である。
 連合の者の体格は他の勢力と比してかなり大きい傾向にある。これは彼等が豊富な食べ物がある中におり、かつ多量に栄養をとる為である。その為全体として一メートル九十を越す者が多い。
 スポーツは様々なものが執り行われており野球も盛んである。だが競技人口が多い為野球やサッカー、バスケ、バレー、ラグビー、アメフト等のプロスポーツリーグは実に多くの団体が存在する。また格闘技も盛んである。剣道や柔道といった武道もある。オリンピックは連合だけで行われている。エウロパの国々は除外され、エウロパはエウロパで行っているのである。マウリアは参加している。だがサハラ各国は参加していない。戦争中だからである。
 軍隊も含めてその技術力、科学力は高い。これはその豊かな国力と人材が背景にあると言っていい。これにおいてエウロパは大きく劣っている。 

 

設定資料集二


連合中央政府
 議会、裁判所と三権分立の関係にある。特徴としては議会とは緊張関係を保ち、その政策をチェックされるというところである。大統領が閣僚及び主要なスタッフを任命するスポイルズ=システムをかなり採用している。これは連合全体に顕著である。だが同時にメリット=システムも採用しバランスを保っている。
 閣僚は総理府にいる首相の他に厚生省、商務省、財務省、国防省、外務省、内務省、開拓省、交通省、労働省、教育省、エネルギー省、科学省、農業省、環境省がある。省庁もこれに准ずる。なお大統領府も存在する。このうち国防省は新設である。席次も決められている。国防省の位置はその中でも高い。

連合議会
 二院制である。だが実質的には参加各国の首脳会議が上にある為3院制となっている。下院は二千人、上院は一千人となっている。各国から選挙により選ばれる。下院は人口により、上院はそれぞれの国から一定の割合で区分され選ばれる。保守派と改革派の二大政党があり、その中でも細かい勢力区分が存在する。そこに参加各国の思惑も入りかなり複雑な状況が続いている。ロビー活動も盛んである。

中央裁判所
 連合中央政府の裁判所である。その法は中央法と呼ばれ各国それぞれの法に優越する。権威は各国の裁判所より上位であるとされている。また連合の刑罰はかなり厳格である。とりわけ凶悪犯に対する処刑は酸鼻を極めることで知られている。過失犯には寛大だが確信犯に対しては容赦がない。死刑も極めて多く公開処刑や実況中継も普通である。

中央軍 
 新たに設立された連合政府直轄の中央軍である。その規模は九十億人、三千個艦隊を擁する人類史上最大の軍隊である。各国の軍隊を合併して作られたものであり急激な各種の整備が急がれている。最高司令官は大統領であり極めて厳格なシビリアン=コントロールに置かれている。だがそこには議会のチェック等政府の暴走を止める機能も備わっている。また軍人の地位も保証されており給料や各種の保険、保養も整っている。また艦内や営内での設備も充実が図られている。これは人材を確保する為の魅力化対策である。完全な志願制である為そうしたことに気配りをしなくてはならないのである。制服は兵士は黒地のセーラー服、下士官は黒いスーツにネクタイ、白いカッターと帽子、将校は下士官の軍服に裾に金色のモールが付き帽子の顎止めが黒から金色になる。また戦闘中は戦闘服を着る。これは兵士及び下士官は青、将校は紫である。言うならば作業服であり動き易くなっている。兵士及び下士官のものはつなぎのものも存在する。
 この軍服及び戦闘服は連合軍設立以前より殆どの国で採用されていたものである。軍服のデザイン自体は連合各国の間でそれ程変わりはなかった。ただ階級やそれを表す階級章の違いがあった。だが細部以外の違いはそれ程なかった。ただし日本等数国はそのデザインも大きく違った。かっての日本軍は黒に金であったが詰襟であった。これは君主制の国家ばかりでありこれで共和制と君主制を分けることもできた。なお連合各国において上級大将がいた国はない。そうした意味でおおむね連合各国は統合できる土壌があったと言える。なお連合軍設立の際今の軍服に統一された。詰襟の軍服はこの時になくなった。



連合軍の階級
兵士
三等兵
二等兵
一等兵
上等兵
兵長

下士官
伍長(四等〜一等)
軍曹(四等〜一等)
第一軍曹(四等〜一等)
曹長(通常、上級、最上級、連合軍付最上級)

将校
准尉(士官候補生はこの階級に遇せられる)
少尉
中尉
大尉
準佐
少佐
中佐
大佐
准将
少将
中将
大将
元帥

 特徴としては下士官の階級が細かい。また上級大将は存在しない。元帥は非常に少なく三十人程と定められている。

艦隊編成及び艦種
 ティアマト級巨大戦艦がそれぞれの艦隊の旗艦を務める。その下にそれぞれの艦艇が配属されている。一万隻を基準として編成されている。
 戦艦、高速戦艦、空母、重巡、軽巡、砲艦、ミサイル艦、護衛艦、駆逐艦、パトロール艦が戦闘用である。このうちパトロール艦は艦隊には組み込まれず領域の巡回や護衛が任務である。補助艦艇としては以下のようなものがある。
 掃海艇、掃海母艦、揚陸艦、補給艦、輸送船、病院船、工作艦等がある。艦載機は他の国のそれに比べて多い。
 艦載機は戦闘機、攻撃機、爆撃機、そして無人の偵察機がある。全体的に連合軍の艦艇及び艦載機は攻撃力、防御力、生存力、ダメージコントロール、電子設備等に重点が置かれている。艦載機はこれに加えて運動性能も重視されている。船足は速くはない。これは陸上戦力にも言える。
 陸上戦力は装甲車、戦車、砲、ミサイル車等がある。これを率いるのが移動要塞である。

軍の教育体系
 士官学校は各国にあったものをそのまま使っている。よって無数に存在する。また入隊経路は士官学校の他に一般大学から入る幹部候補生、二年で下士官になれる各種専門下士官候補生、三年から七年で下士官になれる下士官補、一般兵士等がある。なおパイロット候補生は士官に任命される。

軍の単位
 一個艦隊約一万隻を基準とする。それぞれの艦の艦長はおおむね中佐が務める。大佐は十隻からなる部隊の指揮官、准将はそれが十個集まった百隻からなる小艦隊の指揮官、少将はそれが十個、すなわち千隻の分艦隊司令官である。中将が艦隊司令を務める。
 艦隊が十個集まったものを軍団という。これは大将が指揮する。これが十個で軍、百個艦隊である。これも指揮は大将である。大将といっても順位があり、これに基づく。それが三つで一個の区の軍となる。三百個艦隊でその単位となる。これの総指揮官は元帥である。
 連合軍はその防衛区分を十個に分けておりそれぞれに三百個艦隊を配している。そしてそれぞれの地区に艦隊司令長官と各軍管区の司令を置いている。これの階級は共に元帥である。
 連合軍の元帥は制服組のナンバーワンである統合作戦本部長をその第一とする。それから宇宙艦隊司令長官、参謀総長、統合作戦本部次長、後方支持部長、情報部長、教育総監、技術部長、陸戦総監、航空総監と各軍管区の艦隊司令長官と司令が任じられる。計三十人と決められている。大将の数に比して元帥の数は少ない。その為ここでも大国の強引な人事への介入が見られる。
 また連合軍の元帥は単なる階級なのであり特に特典等はない。エウロパの様に腰に剣を帯びたり元帥府を開いたりできるようなものではない。

連合軍の軍律
 かなり厳格なものとなっている。違反者にはそれなりの罰が待っている。だがそれ以外は往々にしてゆるやかである。また訓練も何処かのどかであると言われることが多い。ここでも志願制の軍隊ということが影響し激しい罵声や体罰といったものは禁止されている。軍律以外はかなりゆるやかであると言っていい。だが規律のとれた軍隊であり、一般市民への不心得な行動は殆どないと言っていい。
 だが武士道や騎士道といったものはない。あくまで職業倫理である。連合では軍人は職業の一つに過ぎないとの考えが強い。
 また食事は兵士も提督も同じものを同じ食堂で食べている。こうした面での差別化はない。食事は無料である。また食べ放題でもある。営内及び艦内は禁酒である。また一人一人に個室も用意されている。居住環境にも気を使っている。ただし三等兵と元帥ではその部屋にはそれなりの差がある。また若い兵士は士官室係をやらされる場合もある。だがこれは原則としてそのマークが存在する。人が少ない場合の当番のようなものである。先任下士官室といったものもある。

参加国
アメリカ、中国、日本、ロシア、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ニュージーランド、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、ミャンマー、カンボジア、ラオス、パラオ、モンゴル、ウクライナ、リトアニア、ラトビア、エストニア、ブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルー、ベネズエラ、キューバ、南アフリカ、エチオピア、イスラエル、トルコ、韓国、台湾、ツバル、二ジェール等三百国。

中央警察
 内務省の管轄下にある。各国に立ち入り捜査が可能である。

連合の学校制度
 各国で義務教育が施されている。幼稚園は義務教育ではないが小学校から高校までが義務教育とされている。大学と大学院がその上にある。大学院に通うのは研究者が多い。また各種の専門学校も存在する。軍の士官学校は大学扱いとなっている。学制は国によって異なる。六・三・三の国もあれば六・五・三の国も存在する。その辺りは国によって違う。一年のはじまりも国や星によって違う。識字率は一〇〇となっている。これはエウロパやサハラ各国でも同じである。だが大学進学率は五〇にいくかいかないか位である。大学の学費は決して高くはないがそれぞれの進路の選択によって行くか行かないかが決められるのである。

連合の人種構成
 かなり雑多でありかつ混血が進んでいる。純粋な白人や黒人、黄色人種といったものは殆ど見られない。その為目の色が青いアジア系の者や肌が黒くとも白人の顔を持つ者も普通にいる。フェニキアやヒッタイトといった古の国家の末裔であると主張する人々もかなり混血が確かなのも事実である。そうした意味で人種差別の問題はクリアーされている。というよりも差別のしようがないまでに混血が進んでいるのが現状である。

連合の家族制度
 一夫一妻制が原則。イスラム教徒も存在するが諸般の事情で一夫一妻の場合が殆どである。これにはイスラム社会独特の結納の豪奢さや現実的に公平に複数の妻を愛することの困難さ等がある。
 離婚もある。また共働きもある。この辺りはその家庭による。ただし二十世紀と比べてかなり男女同権の意識がはっきりとしており法整備も整っている。ただしそれは女尊男卑でなければ男尊女卑でもない。これにクレームをつける女尊主義者や男尊主義者もいるにはいるが。
 それぞれの家庭には子供が数人いることが多い。恋愛結婚や見合い結婚が殆ど。核家族である場合が多いがそれでも子供は多くなっている。育児費は二十世紀のそれと比べると産業の発展等でかなり安くなっている。その為子供を多く持つことも可能になっている。共働きでもベビーシッター等に任せる場合が多い。これもまた産業となっている。連合は多産が多く各国で多産に対して奨励が為されている。これは開拓地への開拓や国力の伸張の為の政策の一環である。なお社会保険制度は二十一世紀からのそれをさらに発展させた形となっておりそれを主とする企業も多い。
 例外的に連合内の王室は恋愛結婚や見合い結婚は殆どない。とりわけ日本のように歴史が長く宮内関係が堅い国では毎回それで揉め事となっている。結婚相手にも困るのである。多くはそれぞれの王家や名家から迎える。

連合の娯楽・風俗
 実に多い。各種スポーツの他テレビゲーム、音楽、遊園地等のレジャー施設、スポーツ観戦、そしてギャンブルや風俗等もある。女性や同性愛者向けの風俗も存在する。他には漫画や小説等も多い。インターネットもかなり発達している。なおマウリアの映画も入ってはいるがカルトな評価に留まっている。理解不能という意見が多い。
 音楽は多彩である。クラシックもあればロックやバラード、パンク、ヘビメタ、ジャズもある。またそれぞれの国の音楽もよく知られている。古楽器を使ったものもある。

治安
 宇宙海賊やテロリストに悩まされている。またこれ等の犯罪組織を一部市民団体やマスメディアが擁護していたり、最悪の場合結託していたりという事態が起こっている。これへの対処が連合中央警察や連合中央軍設立の理由ともなった。この為惑星それぞれの防衛は堅いものとなっている。人工衛星や基地等である。宇宙空間の航行に際しては中央軍設立までは用心棒を雇うことすらあった。危ない宙域は徹底的に危なかった。これは時代によっても、場所によっても違っており一概には言えないことではあった。
 中央警察と連合軍の設立以後は治安がかなりよくなったと言える。やはりそれぞれの国家の警察や軍だけでは治安の維持に限界があったということになる。また災害救助等にも軍は役に立っている。 

 

設定資料集三


エウロパ
 かってのEU諸国をそのはじまりとする。欧州諸国により結成されておりその人口は一千億となっている。人種構成はその全てが白人となっている。ハンガリーやフィンランドはアジア系にルーツがあるがそれでももうその骨格等がコーカロイドのものとなっている。ただしかってのソ連圏の国々、バルカン半島の多くの国、そしてフィンランドは参加していない。理由は後述。
 建国以来連合とは激しい対立関係にありブラウベルグ回廊を挟んで対立関係にある。だがバチカンがエウロパにあることから連合への工作は続けている。またこれにより多大な成果も挙げている。
 そのはじまりはハインリッヒ=フォン=ブラウベルグにある。オーストリア生まれのこの人物によりそれまで環太平洋諸国に押されっぱなしであった欧州は息を吹き返した。そしてかっての自信を取り戻したのである。彼はEUを根本から作り変え、それまでの合議制の強いものから国家元首への権力が強いものへと変えさせた。これによりそれぞれの国々の政府は形だけのものとなり国家元首である総統の力が強くなった。同時に貴族制度もそれまで弱まっていたのが復活していった。これには元々根強く残っていた貴族主義がかなり影響している。首都はオリンポス、かってギリシアの神々がいた山の名をその首都に冠したのであった。なお議会は二院制である。平民の庶民院と貴族の貴族院である。
 宗教はキリスト教がある。カトリックとプロテスタント、そしてギリシア正教がある。ギリシア正教の一派であるロシア正教はロシアが連合に参加している為存在しない。そしてギリシアと北欧の神々が復権し同時に信仰されている。バチカンはこの時代も存在する。勢力はやはりと言うべきかかなり大きく政治的な地位もある。
 信仰であるがギリシアと北欧の神々への信仰はわりかしはっきりとしている。ゲルマン系が北欧の神々を信仰し、ラテン系がギリシアの神々である。星系の多くもこの神々の名が冠されている。スラブ系はその人によって違う。ゲルマンの血が濃い者は北欧の神々を信仰していたりする。ユダヤ系はイスラエルが連合に入った時に全員そちらに行ってしまっている。それまでの差別や迫害を考えるとこちらの方がよかったという考えもないわけではない。だがロマニは存在している。彼等の国は連合に存在している。
 オーストリア等にかっての国王が復権しているが皇帝はいない。強いて言うならばエウロパ総統が皇帝か。連合の皇帝とエウロパの皇帝はまた違うのである。彼等は自分達をローマ帝国の復権者と任じているふしがある。その為皇帝は存在しないのである。エウロパにおいて皇帝とはローマ帝国の継承者なのである。連合のように二人もいていいものではないという考えである。そうした意味で西ローマ、東ローマといった概念は消えている。正確な意味での欧州の後継者となっているのである。
 生活は豊かであると言っていい。ただし貴族と平民では食べるものが違っている。その為平均寿命等は同じでも体格が違っている。貴族の方が大きい。食べるものは二十世紀の欧州のそれからあまり変わってはいない。連合のように昆虫や爬虫類、両生類等は食べない。ただし魚類はよく食べられる。食事はフォークとナイフ、スプーンを使って食べる。
 資源も豊かであるがその領域が限られている為常に資源や人口の問題に頭を悩まされている。サハラ北方への侵攻もこうした問題を解決する為である。
 北と西は何十万光年も続く果てしない空間地帯である。従ってそちらへの進出は不可能となっている。そして東にはブラウベルグ回廊を挟んで連合がある。南はサハラとなっている。そこに総督府を築き進出を進めている。そこにいるサハラの者達を追い出しエウロパの者を移住させる。これにより難民問題も起こっておりサハラ各国からは目の敵にされ、連合からは批判の口実とされている。
 法治主義国家であるがその刑罰は連合のそれと比べるとかなり穏やかである。死刑も縛り首か電気椅子となっている。死刑廃止論も起こっている。これを根拠に連合を批判する場合も多い。
 科学力、技術力は連合と比べるとかなり劣っている。それが彼等のコンプレックスの一つともなっている。だが極端なレベルではない。しかしそれが兵器にも表われているのも事実である。

貴族制
 エウロパの特色の一つである。各国の王室等が爵位を与えている。大公から公爵になり候伯子男の五つの爵位がある。その下に騎士や紳士等も存在する。他には辺境伯といった爵位もある。
 元々ヨーロッパであった時代から貴族主義は根強く残っていたがそれが復活したのである。イギリスではサー、フランスではド、イタリアではデル、スペインではドン、ドイツではフォン、オランダではファン等とそれぞれの貴族を現わす冠称がある。
 貴族には身分の他にも特典があるが彼等に対しては法はより厳しく適用される等の処置がある。また彼等は平民に対して法の根拠なくして危害を加えることは許されていない。法治主義は徹底している。
 そして貴族が貴族である所以として『高貴なる者の義務』『騎士道』という考えがある。どちらも貴族達に厳しく教育されているものであり彼等はこれを以って貴族となっている。

政治制度
 連合と同じく議会制民主主義であるが貴族制と混ざりいささか独特のものとなっている。また総統の権限が強く中央政府の閣僚は総統が任命する。そして総統の発言力が非常に大きい。時として議会を超える場合もないわけではない。
 各国にも政府があるが連合程強くはない。また軍は中央政府に直轄している。最高司令官は総統であり軍務大臣は文官がなる場合もあれば武官がなる場合もある。だが現役武官が閣僚となれるのはエウロパの大きな特色の一つとなっている。

エウロパ軍
 その数は通常は二百個艦隊、人員にして三億かその程度となっている。将官の階級が多いのが特色である。貴族は必ず将校となっている。また士官学校も貴族が多い。だが平民に対して門が閉ざされているというわけではない。エウロパにおいては責任ある仕事は貴族がその責を負うべしという考えがある。それに従っているだけである。
 総督府にも軍が派遣されており常に戦っている状態である。また騎士団も存在する。
 軍服は兵士や下士官は黒地に赤い軽い装飾が入ったものである。将校は黒地に赤と銀の装飾が入っている。詰襟型であり首をカラーで守る形となっている。貴族のそれはどちらかというと外見を重視していると言っていい。これは階級によって大きく変わる。尉官の間でも変化があり、佐官、そして将官になるにつれ豪奢になっていく。とりわけ元帥、エウロパ元帥のそれは極めて豪奢なものとなっている。

エウロパ軍の階級
兵士
三等兵
二等兵
一等兵
上等兵
兵長

下士官
伍長
軍曹
曹長

将校
准尉
少尉
中尉
大尉
準佐
少佐
中佐
大佐
准将
少将
中将
大将
上級大将
元帥
エウロパ元帥

 将官の階級が連合よりも多い。また将官はケープが着用される。大将以上はこれがマントになり元帥以上には腰に剣を帯びることも許される。元帥は連合と比べてかなり多く時として百人近くいる場合もある。これも貴族制故である。だがエウロパ元帥は数人しか存在しない。

軍の単位
 連合軍と同じく約一万隻を以って一個艦隊とする。艦種は戦艦、高速戦艦、空母、駆逐艦、巡洋艦等。連合と比べるとあまり多くはない。そして輸送艦や揚陸艦等も連合のそれと比べるとかなり小型である。全体的に艦艇は連合のそれと比べるとかなり小さい。これは連合の艦艇がかなり大型であり駆逐艦でエウロパの軽巡と同じ位の大きさと装備を持っているせいでもある。攻撃力や防御力、電子設備等でも連合が圧倒している。だが速度だけはエウロパ軍の方が勝っている。また陸上戦力として戦車や装甲車もあるがこれも連合のそれと比べると攻撃力、防御力、生存能力でかなり劣っている。
 艦長は連合と同じく中佐が務めることが基準である。十隻単位であると大佐、百隻で准将、以後は連合とおおよそ同じとなっている。
 上級大将及び元帥がかなり多く彼等が複数の艦隊を指揮する場合も多い。エウロパは元帥が多くそれだけ将官も多い。ここが連合とはかなり違う点である。

エウロパ軍の軍律
 騎士道をその規範としている。主に将校を念頭に置いたものであるが兵士にも当然ながら適用される。だがエウロパ軍は貴族の軍隊であり彼等が主役である。彼等はあくまで騎士道をその心の拠り所としているのである。

治安
 連合等と比較してかなりいいと言える。宇宙海賊やテロリストもいるにはいるがその数はかなり少ない。社会的には熟成しており、また中央政府の権限が強いせいでもある。少なくともこの面においては他の勢力にひけをとらない。

バルカン問題と連合による買収事件
 共に連合とエウロパにとってその仲がさらに険悪化した事件である。かってバルカン半島、とりわけ旧ユーゴスラビア地域の扱いに苦慮していた欧州各国であったが、それを太平洋各国が取り仕切り瞬く間に収めてしまった。そしてなおかつアルバニアやブルガリア、トルコまでをその勢力圏に組み入れてしまったのである。また当時のフィンランドが連合寄りであったのを見て彼等を買収して連合に取り込んでいる。これに対して欧州は何もできなかった。その結果がブラウベルグの誕生と連合とエウロパの対立となったのである。またこの際マルタやキプロス等の地中海の島国も連合に入った。そしてロシアの自治共和国がそれぞれ名目上は独立して国連に入りその数で欧州をさらに追い込んでいっていた。 

 

設定資料集四


マウリア
 かってのインドを母体とする。極めて独特な文化と文明を持っている。その人口は二千億と公表されているが実際はこれより三百億は多いと言われている。これはこの国が人口統計等にあまりとらわれていないせいでもある。インドの頃からあまり変わっていない考えではある。
 人種構成は一応は白人ということになってはいるがこれもインドの頃から変わらずアジア系との混血が見られる。だがその骨格や顔立ちは白人のそれである。ただし肌や目、髪の色は違っている。黒くなっている。服装もインド時代の頃から変わってはいない。食事もそうである。やはりカリーと言われる香辛料を大量に使った独特の味付けである。ただしこの時代はスプーンやフォーク、ナイフ等を使う。牛肉はあまり食べられない。マウリアに多いヒンズー教徒達が牛を聖なる動物としているからである。ただし水牛は食べてもよい。乳製品も多い。その他にはジャイナ教徒は完全なベジタリアンであり、イスラム教徒は豚を食べない。そうした戒律は連合と比べると厳しい。だが基本的には戒律に触れないものは食べてもよいとされる。その為カンガルーや爬虫類、両生類、魚類等といったものもよく食べられる。だが味付けはマウリアのカレーである。また鶏肉が好まれる。
 国家形態は大統領制であり二院制の議会もあるが藩王もおり、それぞれの部族の長といったものも存在する。連合やエウロパと比べるとかなり複雑になっている。またカースト制は廃止はされたがそれでも影響は残っている。その為軍人になるのはクシャトリア階級にあるとされる者がなる場合が多い。言語はヒンズー語。ただし他の言語もある。
 カースト制が残っているのは事実であるがこれが秩序の維持にもある程度は役立っている一面がある。職業等の分化といった側面である。おおよそ連合やエウロパとは全く違った概念が動いている。また彼等の時間の概念もかなり特殊と言えば特殊である。その為か連合の者の多くはマウリアを異次元空間のように思っている。
 宗教はヒンズー教が多い。だがイスラム教もあればジャイナ教、ゾロアスター教もある。なおゾロアスター教は連合においても存在する。マウリアにおいては神々は連合やエウロパのそれよりもかなり身近にある存在と考えられている。そして信仰心も篤い。といってもやはり連合やエウロパから見れば特殊に映る。
 礼装はドーティ。女性はサリー。また動物の皮は不浄とみなされることが多い。マウリアは穢れの思想が強く、様々な宗教的制約が存在する。
 領土は広いがあまり積極的に惑星開発等は行ってはいない。南方に広大な未開発の宙域があるがそこへの進出もそれ程積極的ではない。発展は連合と比べると緩やかなものである。だが人口は多く人類の国家では最大である。この為マウリアを人類社会で最大の国と評価する者もいる。実際に国力では連合のどの国よりも高い。また軍事力も一国家としては最も高い。ただし技術では連合にやや劣る。ただしエウロパよりは上である。
 マウリアは連合との境を無数のアステロイド帯や磁器嵐、超惑星等によりその道の多くを阻まれている。この為通商はそれぞれの道を使って行われる。だがここには海賊も出ておりそれで問題も起こっている。またサハラ各国との国境も大体同じようなものである。この為防衛にはあまり警戒を払ってい及び主要な官僚は主席が選ぶ。ただし連合中央政府や各国と比べるとメリットシステムが強い傾向にある。とりあえずはカーストにとらわれない人材登用を心がけてはいるがそれでも偏りがあるのもまた事実である。

カースト制
 マウリアの象徴の一つとも言われている独特の制度である。二十世紀から否定されてはいるが今でもその名残は残っている。バラモン、ヴァイシャ、クシャトリア、シュードラ、そしてアウトカーストであるダーリット、所謂ハリジャンの五つから成る。バラモンが僧侶、ヴァイシャが騎士、クシャトリアが商人、シュードラが平民と考えるとよいと言われている。だが実際には三千ものカーストがありかなり複雑となっている。またこれにより職業の分化、棲み分けも行われており一概に悪とは言えないのが実情である。

マウリア軍
 総兵力にして二百個艦隊、そして四億人と人口比から見れば決して多くはない。これはマウリアの治安が比較的安定しているせいでもある。最高司令官は国家主席であり国防省の下にある。やはりシビリアン=コントロールが為されており国防相は文民、そして制服組のトップは統合作戦本部長である。これは連合軍と同じである。志願制であるがカースト制の影響で旧クシャトリア階級からの志願が多い。その為士官にはクシャトリアの者が、下士官及び兵士にはその従者達といった状況になっている。ただし志願制であるのは事実であり他の階級の者も軍に入ることは可能である。だが主流ではないのもまた現実である。
 施設や設備は連合程ではないが整備が計られている。しかし連合のように派手ではない。ここには文明的な相違というバックボーンの違いが存在している。
 制服は緑のツーピースにネクタイである。将校には腕に白いモールが巻かれる。これにより階級も示される。これは下士官も兵士も同じツーピースとなっている。また戦闘服も存在するがこれは将校も下士官、兵士も同じダークグリーンとなっている。当然のように繫ぎのものも存在する。


マウリア軍の階級
兵士
三等兵
二等兵
一等兵
兵長

下士官
伍長
軍曹
第一軍曹
曹長

将校
准尉
少尉
中尉
大尉
準佐
少佐
中佐
大佐
准将
少将
中将
大将
元帥

 おおむね連合と同じである。ただし下士官は細分化されていない。元帥は数人程度である。やはり数はそれ程多くはない。

艦隊編成及び艦種
 おおむね連合と同じであるが巨大戦艦といったものは存在しない。これは技術や戦術思想の相違故である。艦隊の旗艦は戦艦や高速戦艦が務めることが常である。
 編成はやはり一万隻からなる艦隊を基準とし、十個艦隊で軍団、十個軍団で軍となる。軍は二つ存在するということになる。連合と違うのは軍司令官が元帥であるということである。
 陸上戦力の兵器の種類も連合と同じであるがやはり移動要塞は存在しない。

軍の教育体系
 やはり士官学校が各地に存在する。入るのはクシャトリア階級が多い。また各種学校も存在している。幹部候補生や下士官候補生、下士官候補士、一般兵士といった区分も存在している。やはりパイロットは士官候補生となっているのも同じである。士官学校は上級のクシャトリア出身者が多く、下士官候補生や下士官補、そして一般の兵士になるにつれカーストが低くなっていくといったことが見られる。無理強いはないがここでもしきたりが生きていると言っていい。

マウリア軍の軍律
 おおむね連合軍と同じなようだが根幹となるものが違う。マウリア軍はクシャトリアとしての意識がある為武人としての考えが連合と比べて強い。またそこには宗教的な色彩も強いものとなっている。この場合ヒンズーとしてのクシャトリアの意識とムスリムのアッラーの戦士としての意識等実に多くの意識が見られる。多宗教国家であるマウリアならではの事態となっている。連合も多くの宗教があるが彼等と比較して宗教意識が強い為にこうした状況となっているのである。
 食事は将校も下士官兵士も同じものを同じ食堂で採る。ただし営内飲酒は不可である。ただ先任下士官の力はそれ程ではなく士官室はあっても先任下士官室はない。

中央政府と地方政府
 統一国家であるが実質的に連邦制となっている。国家主席と二院制による議会からなる中央政府の他にも地方政府が多数存在する。ただしそれぞれの地方政府は権限は連合各国程ではない。また中央警察も存在している。連合中央政府よりも中央政府の統制は強い。特色としてはマハラジャという藩王がいる政府と知事がいる政府があることである。また部族の長もいる。そうした意味で非常に多彩な地方政府を多数持っている。

学校制度
 全体的にエウロパのものに似ている。ただし貴族制度は存在しない。これは十九世紀から二十世紀にかけてイギリス統治にあったのと宇宙進出期に連合のものをモデルにしようとしたがどうにも多様でありどれを学んでよいのかわからず、仕方なくしたとも言われている。ただし誰でも学校に入られる。そうした意味では連合とエウロパの折衷であると言える。学校ではカーストは存在しない。だがこれも建前であり実際にはやはり残っていたりする。
 識字率は一応は一〇〇パーセントとされているがこれはあくまで統計上の人口においてである。統計にのっていない者のことまではわかってはいない。

家族制度
 大家族が多い。家で最年長の者を頂点とする大家族主義である。一応一夫一妻制とはなっている。だがムスリムはまた別の場合もある。宗教によって違う場合もある。基本的に法律では一夫一妻とはなっているがマウリアでは宗教の戒律が法よりも優先される場合が多くあながちには言えない状況となっている。
 結婚は家同士のものであるという意識が強い。また婚姻の際の妻の家から夫の家への結納もある。ただしこの時代では夫の家から妻の家にも結納が贈られる習わしとなっている。お互い様というわけである。離婚は連合やエウロパと比べて少ない。共働きは多い。
 宗教的な理由からか連合から見れば男尊女卑な面が多い。しかしこれもやはり連合から見た一方的な視点である場合が多く連合から来たフェミニズムの団体の発言や行動が問題となる場合も多い。これは一見すると連合側が正しいが実際には一概には言えない状況となっている。連合側のマウリアの文化や文明への無理解が顕著に見られることの一環でもある。何もわからない者達が自分達の狭い価値観で騒いでいるということも見られる。ここに異文化との接触の難しさの一つが現れていると言ってもよい。
  マウリアの婚姻の特色として同じカーストの間でしか婚姻は許されていないという考えがまだ根強いということである。これもまたマウリアの特色である。交際も許されてはいない。法律ではこれも否定されているがやはり残っているのである。そうした意味でカースト制度は根深いものがあると言える。
 社会保障制度は連合より少し落ちる程度である。それを専門に扱うカーストもまた存在する。

治安
 連合と比べるといい。やはり安定している社会であると言える。宇宙海賊もかなり少ない。だが連合との境にあるアステロイド帯等に多くの海賊が潜伏しておりこれが問題となっている。サハラとの境にも多少の兵が置かれているがそれ以外は極めて落ち着いている。

警察組織
 中央警察と各地方政府の管轄下にある地方警察から成る。かなり効率的に機能しておりその治安維持に大きく貢献している。警察官にもカースト制が大きく影響しており世襲的なところがあるのもまた事実である。 

 

設定資料集五


                    サハラ
 かってのアラブ諸国がそのはじまりである。だがこの地域は地球にあった頃から戦乱が絶えず、宇宙に進出してもそれが続いていた。結果最初にあった国々は姿を消し多くの国が割拠し興亡する戦乱の歴史を歩んできた。
 この結果惑星の開拓や産業の発展は他の地域と比べやや歪な形になっている。軍事関連が突出し、戦争に関する技術ばかりが発展してしまっている。人口は二千億である。だが長く続く戦乱の為人口は伸び悩んでいる。
 人種構成はかってのアラブ人達そのままである。彫の深い顔立ちに黒い髪と瞳、そして浅黒い肌である。連合やエウロパから見ればそれは美貌に見えないこともない。精悍な顔立ちの者が多いとされている。身体つきは連合のそれと比べると低いがエウロパと同じ位と言ってもいい。決して体格では劣ってはいない。
 服はアラブのものが残っている。そして同時に軍服や背広もある。女性は国によってはヴェールを被っている場合もあるが大抵はスーツ等普通の服を着ている。礼服としてはヴェールは残っている。宗教は言うまでもなくイスラム教である。だが連合のそれと比べるといささか原理主義的であり厳格なものとなっている。長い歴史の間でそれぞれ変質が見られる。しかしサハラのイスラムは本来のイスラムの正統後継者と思っていい。ただし様々な派がある。おおまかにスンニー派とシーア派があるが一概には言えなくなっている。だがムスリムであることには変わりがない。
 国家は無数にあり、その数は時代によって違う。主に戦争の勝敗と権力闘争により国家が増減してきた歴史を持っている。それが一千年続き終わる気配はない。大国と小国の差は大きく、大抵大国が小国を属国としたり、武力併合したりしている。連合のそれと比べて小国の立場は遥かに過酷である。だがその大国も決して油断、安心できる状況にはないのがサハラなのである。あくまで弱肉強食の世界となっている。
 国家形態は共和制の国家もあれば王制の国家もある。だがサハラを統一したものは皇帝、スルタン=カリフになることが半ば暗黙の了解となっている。これはある預言者の言葉である。だがこれはムハンマド以前の名もない預言者の言葉でありその信憑性は薄い。だがそれでもサハラをまとめる者は皇帝になるべきと考えられている。
 地理的には東西南北の四つのエリアに分けられている。東部はオムダーマンやミドハド等七つの国により構成されている。南部は小国が割拠している。東部が最も安定しておりサハラきっての大国ハサン王国が治めている。その下に多くの属国が存在している。北部は小国が割拠しており、そこにエウロパが侵攻し総督府を築いている。これはサハラにとって由々しき問題となっている。
 文化、風俗はイスラムのままである。だがこの時代は飲酒は認められている。そしてナイフやフォークを使って食べる。食事は羊が最も高級なものとされ、豚は食べられない。連合各国のムスリムの多くがアッラーに謝罪してから食べるという形をとるのに対してサハラではそれはない。またコーランにないものは食べない。その為昔ながらの料理が残っている。香辛料をふんだんに使った料理で知られており、シーフードはあまり使われない。特に鱗のない魚は見向きもされない。こうしたところはユダヤ教と通じるものがある。なおユダヤ教徒は連合にいるが彼等との交流もある。ファーストフードやそうした食事は一般ではない。スローフードの風潮があると言える。そして動物の内臓は決して食べない。嗜好品は酒の他は煙草やコーヒーである。時としてこれ等に関して法学者達の間で論争が起こることもある。酒はワインが多い。
 なおサハラでは同性愛はタブーとされている。これはイスラムの戒律による。その為連合やエウロパの同性愛を見て卒倒する者すらいる。
 娯楽や風俗は基本的には連合やマウリアと変わりはない。だが他の文明圏に比べてストイックな傾向がある。スポーツも盛んだが商業化はそれ程ではない。
 法律もイスラムのものが基調となっている。全てはイスラムにその規範がある。法学者も存在している。だが聖職者は多くの宗派で存在しない。シーア派の一派には存在する。
 憲法はそれぞれの国によって異なる。その為一概には言えない。だがイスラム教の教義が根本にあるので基本は変わりはしない。王制であっても共和制であってもまずアッラーが存在するのである。
 経済活動や貿易、開拓等は戦乱の為進んではいない。サハラは豊かな資源と土地に恵まれており、その潜在力は高いとされているが戦争のせいでそれを生かしていない。東部はハサンが比較的安定し、連合やマウリアとも交易を行い、サハラ各国との中継貿易で栄えているがこれは例外と言ってもいい。技術力や科学力は軍事にのみ突出せざるを得ない状況となっている。
 言語はアラビア語である。これは全ての国で使用されている。その為意思の疎通は容易な状況となっている。これとイスラム教が彼等の文明の象徴となっているのである。
 また連合やエウロパ等と比べて宇宙地理は複雑な状況となっている。アステロイド帯やブラックホール、磁気嵐、超新星等がひしめいている。その為航行には非常な危険を伴う場合がある。その為サハラの宇宙船乗り達はかなりの技量を持っているのである。

 

 

設定資料集六


軍隊
 サハラにおいては軍は非常に大きな意味と存在を持つ。戦乱に明け暮れるサハラにおいては軍こそが最も重要な存在なのであり、その質と量こそが最も重要とされる。その為軍部が政権を担うこともある。多くの国で最高司令官は国家元首と定められている。だが中には軍を私物化している輩もいる。
 軍服は各国によって異なる。詰襟のものもあればスーツのものもある。そして装飾がある軍隊も存在している。殆どの国で徴兵制が敷かれており、その数を維持する為に多大な努力が費やされている。だが実質的には選抜徴兵制である。優秀な人材はまず軍へ、というのがサハラの思想である。
 そしてその訓練も連合と比べるとかなり厳しく、居住環境や待遇もかなり劣る。これは義務と考えられているからである。また軍に優秀な人材が集まり、そして発言力が大きいことからここから身を立てる者も多い。軍はそうした意味で登竜門ともなっている。
 兵制自体は連合やエウロパと変わりがない。やはり一個艦隊、一万隻を基軸とし、そこから軍が考えられている。軍の力が強い国が多いせいか軍国主義的風潮も強い。これは全てサハラの置かれた事情からの必然であった。
 また兵を求めるあまり傭兵が存在する。彼等は金で雇われており、その忠誠やモラルには疑問点が多い。その為時として掠奪や虐殺に走る。これが戦乱をさらに陰惨なものとしている。また宇宙海賊を兵に取り入れる場合もある。

軍の階級
 国によって違いがある為一概にこれであるとは言えない。ここではオムダーマン共和国軍の階級を載せるものとする。

兵士
三等兵
二等兵
一等兵
上等兵
兵長

下士官
伍長
軍曹
上級軍曹
曹長

将校
准尉
少尉
中尉
大尉
準佐
少佐
中佐
大佐
准将
少将
中将
大将
上級大将
元帥

 階級制度はどちらかと言えばエウロパのものに近い形となっている。オムダーマンは西方にある国でありそこでは第三勢力であった。だが近年アッディーン元帥の活躍によりその国力を著しく伸張させ、今では西方と南方を掌握している。サハラにおいてかなりの勢力を持つに至り、その動向が注目されている。

軍の教育体系
 士官学校や教育隊、各技術学校等をその規範とする。その規律はイスラム教の教えが根本にある。そしてそこから軍人としての教育が行われている。
 またか士官候補生や下士官補士といったものがある国もある。幼年学校がある場合も多い。これは多くの国で連合等と同じである。だが中にはそうした教育機関をあえて置かず、皆一兵卒からはじめ、そこから優秀な者を選抜していく国家もある。これもまた国によって違う。

軍規
 コーランからはじまる。それに相応しくない行動はどの国でも厳罰の対象となる。戦乱が続く為かその軍律もまた厳格なものとなっている。それは連合のものと比べても遜色ない程である。むしろより過酷であるとすら言える。職業倫理というよりはかってのマムルークの様な武人としての意識が強い。ただしこれはイスラム世界独特のものであり、連合やエウロパにおいてはあまり理解されてはいない。
 軍人としてのモラルは高い国が多い。だが傭兵隊はそうではない場合が多い。これが戦争における問題の一つともなっている。とりわけ傭兵の多い南部では深刻な問題を引き起こしている。

イスラム教
 サハラをサハラたらしめていると言っていいものである。ムハンマドによってはじめられた宗教でありこの時代においてもアラブをルーツとする者達の全てとなっている。
 ユダヤ教、キリスト教とルーツを同じにする一神教でありその信仰形態は先の二つよりさらに純粋になったものと言っていい。アッラーを全ての中心に置き、コーランを絶対なものとしている。信仰は生活に順応したものであり、他の宗教の存在も認めている。だがイスラム教徒になった時の特典も示しており、ここで信者を増やしてきた。
 戒律は正確には目標と言っていいものであり、決して厳格ではない。飲酒や豚肉に対してもである。豚肉が食べられないのは傷み易い為、犬の唾は狂犬病への恐れとその根拠は存在している。また妻は四人まで持ってもいいがこれは公平に愛さなければならず、また同時に戦災未亡人や孤児への救済策であった。妻を離婚することも容易であるが別れた妻の面倒は一生見なければならない。ムハンマドは女性の権利も認めていた。
 連合においてもムスリムは多いが彼等はかなり寛容で、悪く言うならば本来の教えとはかなり世俗的でいい加減になってしまっているとも言われている。その証拠にムスリムであるが他の宗教の信者にもなっていたりする。キリスト教徒でもこれは見られるがこの場合は『最も信じている宗教』『第一に思う宗教』『心に本当にある宗教』と方便が取られている。サハラではこれはまず認められない。こうした連合の宗教観はサハラにおいては異常なものと映っている。だが一応神は信じているということで認められている。サハラで最も恐れられているのは無神論者である。最低限宗教を信仰していればよいとされている。
 暦もムスリムのものが使われている。その為銀河暦よりもイスラム暦が使われる。
 偶像崇拝はない。そしてメッカはハサン王国領に移されている。そこに一生に一度礼拝するのがムスリムの夢とされているのはこの時代でも同じである。
 法律や刑法もコーランが基準である。死刑もコーランに乗っ取って行われる。その為古風な処刑が多いが連合のそれの様に意図的に残虐なものではない。連合の処刑はサハラから見てもやり過ぎとの意見がある。少なくともコーランのものではないとされている。


 サハラではヒジュラ暦が使われている。連合では銀河暦である。銀河暦は連合の他にマウリアでも使われている。エウロパでも銀河暦である。長さや重量はメートル法となっている。

学校制度
 これも各国によって違う。ただ階級制度は無い為基本的に連合のものと似ている。小学校から高校までが義務教育であり、そこから大学、大学院となる。だが大学進学率は連合のそれ程高くはない。兵役に就く場合も多く、そこで技能を身に着けて職に就く者もいる。また士官学校や幼年学校が立身出世の登竜門とされている。
 基本的に連合のそれと似ておりあまり際立った特徴はないと言える。だが学校で軍事教育が行われるケースが多く、それが大きな違いとなっている。

人種構成
 アラビア人である。二十世紀のまま保たれている。これは彼等が独自で世界を築いてきたからである。連合に入った者もいるが連合から入った者はほぼいない。マウリアも同じである。その為アラブの血がそのまま残っているのである。黒い髪と瞳、彫の深い顔に浅黒い肌がその特徴である。

治安
 残念なことに決してよくはない。これは戦乱のせいである。長引く戦乱がサハラ全体の治安を悪化させてしまっている。宇宙海賊が跳梁跋扈し、傭兵達が掠奪を働き、それに便乗する輩もいる。彼等がサハラ全体の治安を著しく悪化させてしまっているのである。
 また時と場所によっては異常な独裁者が出現していた国もある。そうした国では治安以前に異常な状況となっている場合が多かった。圧政や弾圧といったことも見られた時も多い。サハラはそうした意味で非常に不安定な状況が続いていると言って過言ではない。

家族制度
 イスラムの教えに基づく大家族制である。妻は四人まで持ってもよいとされている。だが実際は富の関係で一夫一妻である場合が多い。だが夫のない者はすぐに妻に勧められるのがサハラのしきたりである。とりわけ戦災未亡人はその対象となっている。
 夫を中心とする家族であるが、妻の存在は思った以上に大きい。四人いる場合はそれが公平となっているのである。嫡子は何番目の妻の子供かという問題ではなくその夫の何番目かの子供かという場合が多い。この時代は長子が家を継ぐ場合が多い。
 育児は連合程産業化されていない。昔ながらの家族がマウリアと共に色濃く残っている社会である。
 結婚は個人と個人のものというよりは家と家の繫がりであるとみなされている。これもまたかってのアラブの部族社会やイスラム社会の名残である。

地理
 サハラの宇宙地理は独特のものがあり、大きく四つに分かれている。東西南北の四つである。それぞれに地域性と言うべきものが存在している。
 東部はサハラ第一の大国であるハサン王国が多くの属国を従えて治めている。サハラにおいては最も安定した地域であり、地形も他のエリアに比べて穏やかである。その為交易も盛んなのである。サハラでは豊かな地域でもある。
 西部は大小七つの国家に分かれている。だが今はオムダーマンが大きく勢力を伸ばし統一せんとする勢いである。地形は東部よりは険しい。オムダーマン西方に広大な未開発の星系が多数存在している。だが戦乱によりそれには手がつけられてはいない状況である。
 南部は最も地形が複雑となっている。まるで迷路の如くアステロイド帯等が入り組み、そしてブラックホールや超新星、超惑星がひしめいている。小国が乱立し、群雄割拠と言っていい。ゲリラ戦も盛んでここに攻め込んだ小国はその多くが地形とゲリラに悩まされ撤退している。南部には豊富な鉱産資源が眠っているがやはり戦乱により手がつけられてはいない状況となっている。やはり戦乱はサハラ全体の正常な成長の妨げになっていると言える。
 北部はエウロパと境を接している。また地形も東部程ではないが比較的穏やかであり、そして小国が林立していた。エウロパはそこを衝いて侵攻し、総督府を築いて植民を行っている。これに対してサハラ各国は有効な手段を打てないでいる。サハラにとって深刻な問題となっている。

 

 

設定資料集七


連合、エウロパ構成国一覧

連合構成国

 旧太平洋圏  六十四国
アメリカ  モンゴル     インドネシア    メキシコ       パナマ     アルゼンチン  ドミニカ   中国    ベトナム     フィリピン     グアテマラ      コロンビア   チリ        グレナダ
ロシア   タイ        シンガポール  サンサルバドル  ベネズエラ   ブラジル     バハマ   日本    ラオス       ブルネイ     ホンジュラス    ボリビア     キューバ    スリナム   韓国    カンボジア  マレーシア ニカラグア      エクアドル   ハイチ   ガイアナ   台湾    ミャンマー    カナダ       コスタリカ パラグアイ ジャマイカ    ベリーズ   オーストラリア キリバス  ソロモン      ツバル     トンガ      ナウル   サモア   ニュージーランド バヌアツ パプワニューギニア フィジー    マーシャル   ミクロネシア  パラオ  アンチグア=バーブーダ  セントクエリストファー=ネイビス  セントビンセント及びグレナディーン  セントルシア  バルバドス  ドミニカ共和国  トリニダード=トバゴ  バルバドス 

アフリカ・中近東・インド圏  六十国
トルコ    イスラエル   モルジブ      モーリシャス    セイシェル   マダガスカル  コモロ   ジンバブエ   キプロス  スリランカ    バングラデシュ  アンゴラ   ウガンダ    エチオピア    ガーナ   スーダン   カーボベルデ ガボン   カメルーン     ガンビア       ギニア     ギニアザビオ  ケニア  スワジランド   コートジボアール コンゴ ザイール   サントメ=プリンシペ ザンビア   シエラレオネ  ジブチ 赤道ギニア   セネガル ソマリア     タンザニア  チャド  中央アフリカ チュニジア    トーゴ    ナミビア   ニジェール ブルキナファソ ブルンジ     ベナン   マラウイ    マリ     南アフリカ  モザンビーク   ボツワナ  モーリタリア   リベリア ルワンダ      リソト      モロッコ   エリトリア コンゴ民主共和国   セーシェル ネパール   ブータン      西サハラ

ロシア圏・中国圏・アメリカ圏・日本圏  四十二国
ケベック王国  ビッグリバー連邦 チェチェン連邦  アステカ=マヤ連合王国 ウイグル回教共和国   チベット教国   満州王国    アイヌ連邦     沖縄王国     イロコイ共和国    プエルトリコ   リトアニア   ラトビア     エストニア      ウクライナ     カザフ   ウズベク    トルクメン   カレリア  モルダビア  白ロシア   アゼルバイジャン      グルジア アルメニア   キルギス     タジク    ロマノフ公国   ヤクート  ブリヤート  ツバン  コミ   バシキール タタール  モルドバ   ウドムルト   マリー   カルミク  タゲスタン  コワンシー共和国 スー王国  ケルト合衆国   シャイアン共和国

バルカン・欧州系国家  十一国
フィンランド  ブルガリア  マルタ   アルバニア  マケドニア  コソボ セルビアクロアチア ボスニア=ヘルツェゴビナ  モンテネグロ  スロベニア

上記の国で君主制の国家  二十一国
日本・タイ・マレーシア・ブルネイ・カンボジア・トンガ・エチオピア・レソト・モロッコ・スワジランド・ウガンダ・ブータン・ネパール・スー・ロマノフ・琉球・満州・ケベック・チベット・アステカ=マヤ


新興国家
ビッグリバー連邦  アッシリア連邦  ヒッタイト王国  フェニキア  アルム王国  パルミラ連邦  カルタゴ共和国
                                                          他多数
かっての古の民族の末裔を自称する者達の国や完全な新興国家もある。

 これ等の国々から編成される。合計三百国。





エウロパ構成国  二十八国
アイスランド   アイルランド  スコットランド  イタリア  オーストリア  オランダ  ギリシア   イギリス  サンマリノ スイス スペイン チェコスロバキア デンマーク  ドイツ ノルウェー  ハンガリー ウェールズ フランス ルクセンブルグ ベルギー    ポーランド ポルトガル  マルタ  モナコ  リヒテンシュタイン ルーマニア スウェーデン  

王国
イギリス  スコットランド  オーストリア  オランダ  スペイン  デンマーク  ノルウェー  ルクセンブルグ  ベルギー モナコ   リヒテンシュタイン  スウェーデン


 連合、エウロパは以上の国々から構成される。マウリアは一国からなり、サハラは多くの国家が出来ては滅んでいっている。戦国の世の習いであろうか。


 

 

設定資料集八





                          第一部設定資料
人物編
アクバル=アッディーン
 オムダーマン軍の若き軍人。黒い髪と瞳を持つ凛々しい顔立ちの青年。幼年学校卒業から軍に入りそこで頭角を現わしていく。後にサハラ、そしてアラブ人の歴史において最大の英雄の一人となる。

ムスタファ=アジュラーン
 オムダーマン軍の将官。オムダーマンの宿将の一人。白い髪と口髭を持っている。バランスのとれた優秀な軍人。また人望も篤い。

イマーム=ガルシャースプ
 アッディーンの副官。長身に茶色がかった髪と茶色の瞳を持つ美青年。安定感のある常識派。アッディーンの幕僚の首座として一同をまとめている。士官学校卒業。

ルクマーン=ハイデラバート
 オムダーマン技術大将。彼の技術長官就任によりオムダーマンの軍事技術は飛躍的に上昇した。

フランソワ=ド=ラフネール
 欧州総統。フランス出身。弁護士出身の革新政党からの政治家。何処か宗教家を思わせる外見の持ち主。政治家として事務処理能力に定評がある。ただし独創性には乏しい。

八条義統
 連合初代国防長官。日本出身。純粋なアジア系の顔立ちの美男子。スラリとした長身の持ち主でもある。名門の出身であり軍人から日本の政界において活躍し若くして国防相となっていた。だが中央政府に招かれそこで初代長官に就任する。戦略と財政、政治的配慮と気配りに長けた政治家。ただし女性関係には疎い。歴史学を学んでいた。

ラゴス=キロモト
 連合大統領。下士官候補生から軍に入り政治家、そして連合中央政府大統領にまでなった人物。豪放磊落であり懐の大きい人物として知られている。筋骨隆々の黒人の巨人であり歳よりも若く見える。連合軍を設立し、八条を招いた張本人である。妻とは死に別れ家族は姉からもらった義理の娘だけである。

伊藤佐知子
 日本首相。学者出身の政治家。小柄で黒く長い髪を持つ美人。学者出身ながら優れた実務処理能力と判断力を持っており連合内では『女狐』とさえ言われている。八条の師にあたり弟子を育てることを得意としている。政治家としてはかなり強かだが人間としては温和であり潔癖な人物である。

ソホラープ=ムラーフ
 アリー艦長。黒く濃い髪と頬髯を持っている。武骨な武人。

イマーム=ハルドゥーン
 ミドハド連合主席。六十過ぎの白髪の老人。老獪な政治家で権謀術数を得意とする。しかし軍人出身ではないので軍事には疎い。

スールフ
 ミドハド連合の提督の一人。

ヴォルフガング=フォン=モンサルヴァート
 ドイツの貴族の家の嫡男。金髪に青い湖の様な目、ギリシア彫刻の様に整った顔立ちの持ち主。エウロパ軍の若き名将。戦略家というよりは戦術家であり正面からの戦いを好む傾向にある。自らを軍人であり騎士であると考えるタイプの人物である。性格はプライドが高く高潔。よい意味で貴族主義者である。

マールボロ
 イギリス出身。エウロパ軍元帥。禿げ上がり、皺の多い顔立ちの人物。温和調整型の軍人である。軍人としての能力はどちらかというと軍政家のそれである。

ラフディ=アッチャラーン
 タイ人。連合中央政府首相。実務派の政治家。痩せた小柄な人物。性格は温厚であるが時として峻厳な手段を用いることも厭わない。

マガバーン=クリシュナータ
 マウリア国家主席。経営者から政治家になった壮年の男。浅黒い肌に彫の深い顔の持ち主。政治家としてはかなりしたたかであり自国の位置を認識したうえで動いている。

ヘンリー=マックリーフ
 アメリカ合衆国大統領。金髪碧眼の黒人。弁護士出身であり革新政党から政治家となり副大統領を経て大統領となった。その顔と身体つきから容易に察することのできる行動型の政治家である。

李金雲
 中国大統領。白い髪にやや広い額、そして四角い顔をしている。学者出身であるが現実主義者として知られている。性格は親分肌で人望が篤い。

キリト=マウイ
 ニュージーランド出身の連合中央議会議員。ベンチャー企業の経営者であった。ポリネシア系の血が入った白人である。夫はニュージーランド議会議員。保守派の指導者の一人。

ランティール=モハマド
 マレーシア出身。連合中央議会改革派の中心人物の一人。少し黒い肌のアジア系の人物。強硬な意見を得意とするがその実はかなり柔軟でもあり連合きっての寝業師とも呼ばれている。

ヴォルフガング=クライスト
 モンサルヴァート指揮下の提督の一人。蜂蜜色の髪に青灰色の目を持っている。機動戦を得意としている。

ルチアーノ=ステファーノ
 モンサルヴァート指揮下の提督の一人。黒い髪と瞳のやや小柄な人物。その身体に似合わず勇敢でありエウロパ軍では勇将として知られている。

プラシド=ベルガンサ
 モンサルヴァートの後方参謀。赤い髪に蒼い瞳の美男子。補給の運営及び管理に秀でている。

メフメト=ラシーク 
 アッディーンの艦隊の主席参謀。

スライマン=アタチュルク
 アッディーン配下の提督。濃い顎鬚を生やした筋骨隆々の大男。歴戦の武人。

ハルーン=ムーア
 アッディーン配下の提督。痩せた顔付きの男。切れ者。

ユースフ=コリームア
 アッディーン配下の提督。やや小柄で筋肉質の男。用兵が速い。

バイバルス=ニアメ
 アッディーン配下の提督。整った口髭の美男子。若き名将。

フラーク=アガヌ
 元ミドハド軍。後にアッディーン配下となる。砂色の髪に鳶色の瞳。退却戦、防御戦が上手い。

シンダント
 アッディーン配下の作戦参謀。鋭利な顔立ちの男。セリム=ハルヴィシーとは士官学校において同期であった。

シャルジャー
 アッディーン配下の情報参謀。痩せて学者の様な風貌をしている。

バヤズィト
 アッディーン配下の後方参謀。少し太めの大男。

メフメット=マナーマ
 オムダーマン軍の司令官の一人。参謀畑出身であり後に参謀総長となる。髪が薄い。

地理・国家編
オムダーマン共和国
 アッディーンの所属するサハラの国家。西方において第三勢力であったがアッディーンの活躍によりサハラにおいて強大な勢力を誇る国家へと成長していく。
 大統領を国家元首とする共和制であるが軍の力は強い。徴兵制が敷かれているが実質的には選抜徴兵制である。
 サハラにおいては中級の国家であったが幾多の戦いを経て強大な国家へとなっていく。

サラーフ王国
 サハラ西方において最大勢力を誇る。勢力こそ大きいがマスメディアが歪な程力を持っておりその害悪に悩まされている。その為マスコミが後押しする無能で下劣な人物が権力を握っていたりする。
 勢力こそ大きいがそうした問題を抱える国家である。

カッサラ星系
 サハラ西方の要地の一つ。ここを巡っての争いでアッディーンが勇名を馳せた。後にオムダーマン軍の重要な軍事拠点となる。土地も豊かでありかねてより各国の争奪地となっていた。また交易の中心地でもある。

ミドハド連合
 サハラ西方の国家の一つ。第二勢力であり戦争よりも謀略や外交を好む傾向にある。カッサラを巡ってオムダーマンと激しい戦いを演じる。

ニーベルング要塞群
 エウロパが連合との境、ブラウベルグ回廊の出入り口に築いた要塞群。惑星ニーベルングを要塞化し、その周囲に十六の軍事用人工衛星を置いたもの。

ブラウベルグ回廊
 連合とエウロパの境となっている長大な回廊。エウロパの者達はここを越えて移住した。広く長大であるが連合とエウロパを繋ぐ道はここしかない。十個艦隊が並んで通れる程の広さである。だがその周りは様々な障害がありとても通ることができない。ワープも危険なのでできない程である。

ガンタース要塞群
 エウロパとの境にあるブラウベルグ回廊の出入り口に連合が築いた要塞群。ガンタース星系の十五の惑星全てを軍事要塞化したもの。恐るべき防衛力を持っている。また軍事基地としても隔絶したものである。

シンガポール
 地球の一都市。かってここで太平洋諸国とEUの条約が結ばれた。今はここに大統領府や国防省が置かれている。連合中央政府の首都地球のさらに心臓部である。

サハラ北方
 エウロパの侵略により設けられた総督府とそれに対抗する多くの小国からなる。だがサハラ諸国はエウロパの国力と巧みな謀略により劣勢を強いられている。

アガデス連邦
 サハラ北方の国家の一つ。共和制であり大統領と首相の争いに付け込まれる形でエウロパの侵略を招き滅亡する。その国民は放逐され難民となった。

ブラフマー星系
 マウリアの首都。マウリアの心臓部である。その名はヒンズー神話の創造神からとられている。

ヴィシュヌ星系
 マウリアの星系の一つ。マウリアの人口密集地帯の一つで最大の人口を誇る。クリシュナータの出身地でもある。

カジュール公国
 サハラ西方の国家の一つ。西方においては最も小さな国でありミドハドの属国の様な立場にある。アッディーンの軍の急襲により滅ぼされる。

サダム星系
 カジュール領の一つ。サダム要塞が置かれ堅固な宙形となっている。

リクード要塞
 カジュールの首都の手前にある。長大な壁を持っている。

ビクスラ星系
 ミドハドの星系の一つ。ミドハドにおいては交通上の要地の一つでありここでオムダーマン軍との戦いが行われた。結果はアッディーンの活躍によりオムダーマンの勝利であった。

サルチェス星系 
 ミドハド領。ここにおいてアッディーン率いるオムダーマン軍とミドハド軍の交戦があった。かなり大規模な後方基地も置かれている。

ケルマーン星系
 ミドハド領の星系の一つ。ここにおいてもアッディーン率いるオムダーマン軍とミドハド軍の戦闘があった。アッディーンはここを通過しビクスラに向かった。

イェニチェリ
 オムダーマン軍の艦載機。

バンプール星系
 ミドハド領。そのすぐ後ろにミドハドの首都ジャーハバードがある。ミドハドの最終防衛ラインとなっている。ミドハド軍はここにおいてもオムダーマン軍に敗戦してしまいその滅亡を確実なものとした。

ジャーハバード星系
 ミドハド連合の首都。

ブーシル星系 
 サラーフとの境にあるミドハド連合の星系。ハルドゥーンがここに逃れ再起を期す。


 

 

第五部第一章 新たなる幕開けその一


                  新たなる幕開け
 サラーフを滅ぼし西方をほぼその手中に収めたオムダーマンはその矛を収め内政に専念することにした。この度の一連の戦いの最大の功労者アッディーンは元帥に昇進すると共に宇宙艦隊司令長官に任命された。そして彼は首都アスランに戻りその職務にあたった。
「久し振りに戻って来たな」
 彼はアスランに降り立つとまずこう言った。
「思えばカッサラの戦い以降戻ってはいなかった」
 彼は車に乗り込んで辺りを見回しながら話している。
「そうですね。ミドハド、サラーフとの戦いが続きましたから」
 隣に座るハルダルトが言った。
「そうだったな。気がつけばかなりの時間が経っている」
 彼はいささか感慨を込めた言葉を口にした。
「だがこのアスランはそれ程変わってはいないようだな」
「そうですね」
 ハルダルトも周りを見回した。
「街が変わる程の時間ではなかったということでしょうか」
「そうかもな。サハラでは街はあまり姿を変えない。連合では違うようだが」
 エウロパもそうだがサハラでは街の建築物はそう頻繁に建て替えたり、新たな建物を建てたりはしない。ここがどちらかと言うと発展を優先させる連合各国との違いだ。
「それがいいか悪いかは別として俺はこちらの方がいいな。やはり街の姿が頻繁に変わるのはどうも好きになれない」
 こう言うと保守的になるが彼は産業に対しては自由な考えの持ち主である。ただ連合の様にあまりにも急激かつ産業を優先させるのが好きではないだけだ。
「やはりバランスが大事だ」
 彼は産業についてはこう考えていた。
「急激な発展もいい。時と場合によっては。だがそれにより歪が出る。それを直すのは簡単じゃない」
 あまり産業のことには詳しくないがそうした考えであった。
 連合においては貧富の差や労使関係は少ない。契約の概念や敗者復活の思想が強いからだ。今貧しくとも何処かで成功を収めて大金持ちになる、そうした考えが強かった。
「ああした生命力は尊敬すべきだが」
 彼はそれは素直に認めていた。
「だがあまりにも余裕がないな。戦争と変わらん」
 こう思ったところでいつも苦笑するのであった。
「軍人も同じか」
 と。確かにそれはある意味において真理であった。
 軍人は命を賭ける。彼等は金を賭ける。命と金は違う、と言われそうだが連合の人間とっては違う。金は命と同じ位大事なものなのだ。
「拝金主義!?上等だ」
 ある農園のオーナーはエウロパの時の総統が連合をそう批判したのを聞いて平然とこう言ったという。
「金がなくては何もできない。そして無意味に貯め込むこともできないのだ」
 彼はそう言った。
「金ができる。そしてそれをまた投資に使う。そうしなければそれ以上の発展はないんだ」
 そうして彼は新たな農園の開拓及び肥料、器具の購入に金を回した。
 そして彼は農園をさらに拡大させた。その時にはエウロパの総統は代わっていた。次の総統はこう言った。
「連合の人間は金を人生を愉しむ為には使わない。ただ働く為に使うだけだ」
 と。そのオーナーは今度はそれを冷笑を以って迎えた。
「俺達だって人生を愉しんでいるさ」
 そして自分の後ろにある広大な農園を指差した。
「俺の生きがいはこれだよ。この農園は俺が一代で切り開いたものだ」
 そしてその隣の葡萄園を次に指差した。
「これには苦労させられたがな。だが遂に成功したよ。ここでワインを造っている」
 そして彼は言った。
「こうして農園を開拓することが俺の人生の愉しみなんだ。お貴族様にはわかりもしないだろうがな。それに」
 彼は言葉を続けた。
「余裕だのゆとりだの言っている暇があったらその時間に遊ぶさ。俺だって働きづめじゃない。それにな」
 次第にその言葉が荒くなる。
「人それぞれの人生の愉しみ方、金の使い方があるんだ。それもわからないでよく総統なんてやってられるもんだな。エウロパが何で俺達に勝てねえかよくわかったよ」
 そして最後は痛烈にそう言い返したのであった。
 これは連合の人間の考え方をあらわした有名な話である。アッディーンはそれを思い出していた。
「それも一つの考え方だ」
 彼はそれは認めていた。
「少なくともエウロパの貴族達よりは遥かにいい」
 エウロパではやはり貴族達の方が全てにおいて恵まれていた。屋敷に住み特権を与えられている。それは紛れもない事実であった。
 アッディーンはそれを嫌悪していた。特権なぞ人を腐敗させるだけのものと考えていた。
「そんなものは何にもならない。ましてや産業にとっては有害以外の何者でもない」
 それが彼の考えであった。彼もまた一市民の出身であるから当然といえば当然である。だがここでもイスラムの教えがあった。
「人はアッラーの前では全て同じである」
 これは彼だけでなくサハラの者全てにある考えだ。
 連合における機会平等主義とはまた違う。イスラムでは人の力をあまり高く評価はしていない。
「人の力はアッラーのそれと比して微々たるものである」
 こう考える。そして全てはアッラーの思う処に拠るのである。
 シャイターンはそうした考えが特に強い。アッディーンにもやはりある。
「そう考えるとこれからのサハラの命運もアッラーの思われる処に拠る」
 それもまた一つの考えである。だが彼の考えは少し違っていた。
「アッラーは自ら動く者を導かれる」
 そう考えていた。だから彼は動くのだ。
「産業もそれは同じ」
 そしてこうも考える。
「急激なものはよくないが発展はアッラーの望まれることである」
 イスラムは商人の宗教である。従って富は悪いことではない。
 彼もまたそれは理解していた。経済には明るくなくとも。
 今オムダーマン軍は大規模な軍拡を行っている。併合したサラーフの軍を組み入れているのだ。
 その数はかなりの規模になる。これで四十個の艦隊を持つことになった。
「最初の頃と比べると五倍か」
 彼はその数を見て呟いた。
「増えたものだ。かっては一個艦隊ですら動かすのに苦労していたというのに」
 オムダーマンはそこまで勢力を大きくさせていた。だが急激に大きくなった為多くの問題もまた抱えていた。
「これが歪か」
 アッディーンはそう思った。
「だが軍の歪は直さなくてはな」
 そうでなければまともな編成、運営なぞできはしない。
「とりあえずは艦艇か」
 今は便宜上サラーフの艦艇も使っている。だがそれでは正常な運営はできない。
 オムダーマンの艦艇とは火力も機動力も航続距離も違うのだ。とても同じ艦隊に入れることなぞできはしない。
 アッディーンは電話を手にした。そして誰かを呼び出した。
「はい」
 バヤズィトが出た。彼は宇宙艦隊後方参謀長に任命されていたのだ。
「俺だ」
 アッディーンは彼に対して名乗った。
「少し聞きたいのだが今艦艇の補充はどうなっている」
 彼は単刀直入に尋ねた。
「全ては順調です」
 彼は答えた。
「サラーフの艦艇は次々に退役させその替わりにオムダーマンの艦艇を入れております」
「それ位かかる?」
「全て交代させるには一年程かと」
「そうか」
 妥当だと思った。それ位なら問題はない。
「遅いでしょうか」
「いや」
 アッディーンはそれを否定した。
「丁度いいと思う。それならいい」
「わかりました」
「あともう一つ聞きたいのだが」
 彼はまた尋ねた。 

 

第五部第一章 新たなる幕開けその二


「はい、何でしょうか」
「後方基地の建設だが」
 これも艦隊運営及び戦略には欠かせないものである。
「これはどういう計画が出ている?」
 彼はそのことについて尋ねた。
「はい、それでしたらまずカッサラを中心に置くことが既に決定しております」
「やはりな」
 当然この星系を外すことは出来ない。ミドハド及びサラーフとオムダーマンを繋ぐ場所にあるからだ。
「ミドハドはそこからサルチェスに伸びます。そしてサラーフですが」
「あそこが重要だな」
「はい、北方やハサンと国境を接していますから」
 バヤズィトは電話で答えた。
「二つ置こうと考えているのです」
「二つか。まずは何処だ」
「はい、まずはムスタファ星系です」
 かってアッディーン率いるオムダーマン軍がサラーフ侵略の拠点とした場所だ。今も交通の要地であることに変わりはない。むしろその重要性は高まっている。
「ここにまず置きたいと考えています。それもカッサラに匹敵する大規模なものを」
「あの星系にか」
「そうです。如何でしょうか」
「いいと思う」
 アッディーンは答えた。
「やはりムスタファに置くのが一番いいだろうな」
「閣下もそう思われますか」
「ああ。サラーフとの戦いでそれはよくわかった。是非ともそれで進めてくれ」
「わかりました」
「そしてあと一つは何処だ」
「あと一つですか」
「そうだ。まだ計画にもあがっていないか?」
「いえ、既に一つ挙がっています」
 バヤズィトはすぐに答えた。
「何処だ?」
「アルフフーフを考えています」
 言うまでもなくかってサラーフの首都であった場所だ。
「あの星系もまた交通の要地ですし。それに」
「それに?」
「軍の施設にはこと欠きませんし。どうでしょうか」
「そうだな」
 アッディーンはそれを聞いて暫し考え込んだ。
「アルフフーフは少し北方、ハサンとの国境に遠い気がする。それではいざという時の補給に難が生じるのではないか」
「そうでしょうか」
「そう思う。もう少し東にあった方がいいと思う。ただアルフフーフにも基地は置いておくべきだな。用心にこしたことはない」
「わかりました」
 バヤズィトは答えた。
「では第二の後方基地は暫く検討します」
「頼むぞ。そして前線基地も置いておきたいな」
「それなら既に候補が挙がっております」
「早いな。何処だ?」
 アッディーンは尋ねた。
「スルが宜しいかと」
「スルか」
 彼はそれを聞き言葉を出した。
 スルは北方と東方を結ぶ位置にある星系である。鉱産資源にも恵まれサラーフにおいても重要な工業地帯の一つであった。そして交通の便もよかった。
「はい、あの星系なら宜しいかと」
「確かに」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。
「ではそれは国防省に話をしておこう。おそらく通る筈だ」
「有り難うございます」
 バヤズィトは敬礼して応えた。
「ただ一つ気になることがある」
「何でしょうか」
「アスランからの距離だ」
 アッディーンは言った。
「かなり離れているな」
「それは否定できませんね」
「首都から離れているとそれだけで問題が起こる。補給も通信も」
 首都はその国の中心である。言うまでもなく行政、軍事の中枢が集中し、そこから主な命令が出される。これは何時の時代でもあまり変わらない。
「我が国もかなり大きくなった。アスランはその国土と比べて西に寄り過ぎている」
「今となってはそうですね」
 元々オムダーマンは西方においても最も西にあった。その為首都も西方においてはかなり西にあるのだ。
「今まではカッサラを前線基地にしていたがあの星系はアスランからそれ程離れてはいなかった」
「はい、ですから前線基地として絶好でした」
「アルフフーフにしろスルにしろアスランどころかカッサラからも離れ過ぎている」
 距離はそれだけで問題であった。
「今後東方や北方とことを構えるとなると首都がアルフフーフのままでは何かと支障をきたしかねないな」
「それは我々も危惧していることです」
「だが首都はアスランのままでいくつもりのようだな、政府としては」
「首都機能の移転にはまだ時期尚早ですし」
 西方を統一したばかりである。ミドハド、サラーフの新たな領土はまだ完全に治まってはいない。
「少なくとも落ち着くまではアスランのままでいくでしょう」
「そうだろうな。だが時期が来れば議論して欲しいな、国会には」
「そうですね」
 二人はそんな話をしていた。首都の位置はそれだけ重要だからである。
 これは連合やエウロパにおいても変わらない。特に多くの国が互いに対立しているサハラや各国の権限が大きい連合と比べてエウロパの首都の重要性は大きい。これはこの勢力が他の勢力に比べて中央集権的傾向が強いせいでもあるのだ。
「オリンポスの防衛計画が完成しました」
 プロコフィエフはモンサルヴァートに分厚い計画書を差し出して報告した。
「そうか、遂にか」
 彼はそれを手にとって言った。
「首都が陥落しては何もならないからな」
「はい、ましてや我々の防衛計画は首都を基軸にしておりますし」
「そう、だからこそまずは首都の防衛を万全にしておかなければな」
 ここが連合とエウロパの違いであった。連合は広大な国土のせいもあり各地に行政機能が拡散している。首都機能にしろ各国が持っているといっても過言ではないのだ。
 だがエウロパは違う。構成国それぞれに首都があろうとも彼等にとって首都とはオリンポス星系のガイアただ一つであった。このガイアに何かあればそれだけでエウロパにとっては致命傷である。
「まずはガイアの周辺に人工の防衛用小型衛星を置きましょう」
「小型衛星か。どのようなものだ」
「直径にして五キロのものを考えております。それは二十四個。常にガイアの周辺を回らせます。コントロールはガイアから行います」
「中々いいな」
「そしてオリンポス星系の全ての惑星にこれを置きます」
「全ての惑星にか」
「はい、もし一つでも惑星を陥落されたらそこを足掛かりにすることが考えられますので」
 彼女の声は冷静であった。
「それを考えると当然の処置かと存じます」
「そうだな。他にはあるか」
「駐留艦隊をこれまでの一個艦隊から三個艦隊に増員します。西方の部隊から移動させようと考えております」
「西方か」
 モンサルヴァートはそれを聞き壁にかけてある立体地図を見た。
「確かに西方はそれ程の脅威はないな」
 連合からもサハラからも遠い。精々治安維持が妥当かと思われた。
「ならばそれで宜しいでしょうか」
「いいと思う。兵員も多いにこしたことはない」
「有り難うございます」
 プロコフィエフはそれが了承されて安堵した息を漏らした。
「そして次に星系全体の防衛ですが」
 そして次の説明に移った。
「それぞれの惑星の砲座、ミサイル発射基地を増加させます」
「どれ位だ」
「今までの二倍を考えております。今ガイアにはそれぞれ一万の砲座、ミサイル発射基地がありますが」
「それでは不十分なのだな」
「そう思います」
 プロコフィエフは率直に答えた。
「連合が中央軍を設立したことを考えますとこれまでの防衛では心もとないと言わざるを得ません」
 今回の本土防衛計画もそれが根幹にあった。エウロパにとって連合はそれだけ脅威であるのだ。
「今までニーベルング要塞群にだけ頼っていましたが若しそれが破られたら」
「今までだと終わりだったな」
「はい」
 頷く彼女の顔はいささか蒼ざめていた。
「それを考えますとそうした備えも必要かと存じます」
「同意する。だが二倍で足りるかな」
「と言いますと」
「連合は三千の艦隊を持っているという。我が軍の三十倍だ」
「はい」
 そのことはエウロパにも伝わっていた。それを聞いた者の多くは青くなった。
「若し彼等がエウロパに侵攻してきたら。そしてニーベルング要塞群を攻略したならば」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「すぐにでもこのオリンポスに向かって来るだろう。もっともそれを防ぐ為に今防衛計画を立てているのだが」
「首都以外の各星系、宙域の防衛計画も進めなければいけませんね」
「そうだ。だがやはりまずは首都の防衛を完了させてからだ」
 中央集権的なエウロパの軍人らしい考えであった。
「そこから四方八方に伸びていく防衛を考えているのだが」
 彼は自身の考えを述べた。
「宜しいと思います」
 プロコフィエフはそれに対して言った。
「それを考えてまずは首都の防衛計画を持って来たのですから」
「そうだったのか」
 モンサルヴァートはそれを聞きやはり切れる、と思った。
「首都から拡がる防衛計画なら何事もやり易いですね」
「そう思うか」
 彼はそれを聞き微笑んだ。
「はい、それに理に適っておりますし」
 少なくともエウロパには合っていた。
「それではまずこの計画を練りましょう。全てはここからはじまります」
「そうだな。では各部の長を呼んでくれ」
「わかりました」
 こうして各部門のリーダーが召集された。ベルガンサやモナコ等がやって来た。
「よく来てくれた」
 モンサルヴァートは彼等が来たのを見て席を立って迎えた。
「いえ、その様な」
 ベルガンサもモナコもそれを受けて謙遜した。
「閣下に呼ばれたのですから当然です」
 だが彼等も悪い気はしなかった。
「では話をはじめましょうか、早速ですが」
 モナコが言った。彼等はそれを受けてモンサルヴァートの席の前に集まった。
「卿等を呼んだのは他でもない。首都の防衛計画だが」
「プロコフィエフ参謀総長のですね」
「そうだ」
 モンサルヴァートは頷いた。
「参謀総長」
 彼はプロコフィエフに顔を向けた。
「それでは説明を頼む」
「わかりました」
 そして彼女は先程モンサルヴァートに話したことを今度は彼等に話した。話が終わるとモンサルヴァートは彼等に問うた。
「どう思うか」
 参謀達は暫し考えていた。だがやがて口を開いた。
「非常にいいと考えます」
「流石といったところでしょうか」
 ベルガンサもモナコも口々に言った。モンサルヴァートはそれを見て納得した様に軽く頷いた。
「そうか、ならいい」
「そして話は全てここからはじめるのですね」
「そうだ」
 モンサルヴァートは答えた。
「首都ガイアを中心に全土を防衛する。何か考えがあれば遠慮なく言ってくれ」
「そうですね」
 ベルガンサはその言葉に口を開いた。
「各地にも補給基地等を充実させたらどうでしょうか。中央に重点を置くのもよいですが」
 やはり後方参謀らしい考えであった。
「そうだな」
 モンサルヴァートはそれに対し頷いた。
「そうすれば何かあった時に物資に困ることもありませんし」
「よし、それも計画に入れよう。参謀総長、それでいいな」
「はい」
 プロコフィエフもそれに頷いた。
「私の考えですが」
 今度はモナコが口を開いた。
「通信も重要ですね。防衛には情報の伝達も欠かせません」
「よし、ではそれも検討しよう。それにしてもだ」
 モンサルヴァートはここでエウロパの立体地図に目をやった。
「どうも今までニーベルング要塞群にばかり防衛を集中させ過ぎていた様だな」
「それは否定できませんね」
 他の者もそれに頷いた。
「確かにあの要塞群は堅固ですが」
 プロコフィエフがまず言った。
「もし破られたならば以後は為す術がありません」
「少なくとも今は」
 アッディーンはここで応えた。
「はい」
 彼女はそれに頷いた。
「防衛上それでは非常に不安です。そうしたことを考えますとやはり国土全体を守れる様にしなければなりません」
「うむ」
 アッディーンも頷いた。
「今まではそれでも大丈夫でしたが」
「これからは違うな」
 やはりここには連合軍の存在があった。
「若しあの膨大な戦力がこちらに向けられたならば。そして要塞群が破られたならば」
「そう考えると怖ろしいものがある」
 これはエウロパにいる全ての者が思っていることであった。
「それを考えますと明らかに今のままでは問題があります」
「わかっている、その為のこの防衛計画だからな」
 これは他の者も同じ考えである。
「本土の方は全土を要塞化するつもりでないと駄目だな。かなりの戦費の負担になるが」
「はい、今までの三倍以上になるかと思われます」
「凄いな。だがやらないわけにはいかない。財務省の者達が嫌な顔をするだろうが」
「それは総統次第ですね。あとは選挙の結果です」
 エウロパも民主制である。やはりこうしたことは選挙にかなりの影響を与える。
「市民はこの計画をどう思っているのだ」
 モンサルヴァートはここでプロコフィエフに問うた。 

 

第五部第一章 新たなる幕開けその三


「はい」
 彼女はすぐに答えた。
「おおむね好意的です。やはり連合の脅威を感じているからだと思われます」
「そうか、それならいい」
 モンサルヴァートはそれを聞いて安心したように首を縦に振った。
「支持があるに越したことはないからな」
「ですがそれによりサハラ北方に割り当てられる国費はかなり削られそうです」
「サハラ北方のか」
「はい、やはりこの計画を進めるには費用が幾らあっても足りませんので」
「そこまで話が進んでいうのか、財政面では」
「軍事費自体が今までの三倍以上になりますから。当然かと」
「その費用は他にどうして調達している」
「増税が予想されます。そして他には」
「他には?」
「足りない部分は他の費用を削って割り当てられます」
 これが現実であった。
「我々の考えでは仕方ないことだが」
 モンサルヴァートは溜息混じりに言った。
「多くの者に負担がかかっているな」
「そうですね。今後暫くはかなりの緊縮財政になるかと」
「サハラ北方の侵攻計画もかなりの遅れが予想されます」
 モナコが言った。
「おそらくは当面は現状維持かと」
「シャイターンは油断ならない男だが」
 モンサルヴァートはここで彼に言及した。
「ここはマールボロ閣下とタンホイザー上級大将に任せるしかありませんね」
 ベルガンサが苦い顔で言った。
「あの二人なら問題はないでしょう」
 プロコフィエフも納得した様に言った。
「タンホイザーは少し性格的に難があるがな」
「いえ」
 プロコフィエフはモンサルヴァートの言葉を否定した。
「シャイターンの様な人物に対抗するにはあれ位の性格の方が必要かと思います」
「能力の問題か」
「それもありますが個性もあります」
「個性か」
「はい」
 プロコフィエフは頷いた。
「少なくともタンホイザー上級大将はシャイターンに勝るとも劣らぬカリスマも併せ持っております」
「言い得て妙だな」
 モンサルヴァートはカリスマという言葉に反応した。そして苦笑いを浮かべた。
「だが彼の軍事的才覚は期待できる」
 すぐに顔を引き締めさせた。
「あのシャイターンに対抗できることは事実だ」
「はい」
 プロコフィエフもそれはわかっていた。
「もしかすると連合の大軍を前にしても・・・・・・いや」
 モンサルヴァートはここで言葉を一旦句切った。
「何でもない」
「そうですか」
 だがプロコフィエフはその言葉を聞き逃してはいなかった。そして心の中で考えた。
(タンホイザー上級大将はいざという時の切り札になるわね)
 彼女は今後のことにも思いを馳せていたのだ。
「北方はあの二人に任せるとしよう。マールボロ閣下なら少ない予算でも問題なくやって下さる筈だ」
「はい」
 マールボロの軍人、総督としての能力は誰も疑ってはいなかった。それだけ彼は信頼があった。
「とりあえずは防衛の話はここまでにしよう」
 モンサルヴァートは話を終わらせることにした。
「それぞれの仕事に戻ってくれ」
「わかりました」
 参謀達は答えた。
「第一の敵を連合とする。それを念頭に進めてくれ」
「ハッ」
 彼等は一斉に敬礼をした。そしてそれぞれの仕事に戻って行った。
 部屋にはモンサルヴァート一人となった。彼はふと後ろの窓の外を見た。
「問題はこれからだな」
 おそらく実際に話を進めるとこれまでとは比較にならない程問題が起こってくるだろう。だがそうだからといってそれを止めることはできなかった。
「やるしかない、このエウロパを守る為には」
 彼もまたこの国を深く愛していた。
「連合の者達も来るなら来るがいい。追い返してやる。そして」
 その目を細くさせた。強い光が宿った。
「一千年に渡る因縁を断ち切ってやる」
 彼は何時の日か連合を超えることを考えていた。そしてその為に何をしなければならないのかもわかっていた。
「まずは奴等に攻め込まれても防げるようになることだ」
 やはりエウロパと連合の国力差は絶望的なものがある。しかしそれに屈するつもりはなかった。
「必ず勝つ。そしてかっての栄光を取り戻す」
 十九世紀の。この時代欧州は世界そのものだった。二十世紀になると翳りが見え、そして二十一世紀には環太平洋諸国に完全に主役を奪われていた。
「日米中枢軸か」
 彼等はそれぞれの意図を含み、太平洋の覇権を意識しながらもロシアや欧州に対しては協力していた。欧州に対してはそれぞれ関係を持ちながらもその心の奥底にあるものを彼等はよくわかっていた。
「我々をあの時代から過去の遺跡だと考えていた。舐めてくれる」
 モンサルヴァートにはそれが我慢できなかった。そして三国を中心とした太平洋諸国と欧州月等の資源を巡って激しく対立するようになった。
 だがそれはロシアが太平洋に入ったことで変わった。それだけロシアの存在は大きく、また三国の宿敵と思われたこの国が太平洋諸国についたことはそれだけ衝撃的だったのだ。
「あれは迂闊だったな。ロシアと彼等の経済的結びつきを考慮に入れていなかった」
 ソ連崩壊後ロシアはそれまでの欧州一辺倒の外交から徐々にアジアにシフトさせていた。これはロシアの伝統として軍事力も伴っていた為三国との対立を引き起こしたのだが一方でその交易は今までとは比較にならない程盛んになった。
 これによりロシアの極東地区、そしてシベリアは発展した。欧州はそれを見過ごしていたのだ。
「情報戦においても負けていた。我等はあの時井の中の蛙だった」
 そうであった。やはりここでも国力差が出てしまった。気がついた時には三国と関係の深い東南アジアやオセアニア、中南米諸国の他にアラブ以外のアフリカ諸国まで三国の側にいた。
「・・・・・・まさかトルコやイスラエルまでつくとは思わなかったが」
 これは三国の切り崩しによるものであった。それまで欧州の一員だったトルコまで彼等についたのは欧州にとって深刻な事態であった。
 三国とロシアはその数と国力を背景に欧州に迫った。宇宙の資源の配分を彼等に圧倒的に有利にすることを。欧州はそれを飲むしかなかった。
「それが屈辱のはじまりだった」
 そして彼等は宇宙進出に遅れをとることになった。そしてこのエウロパに逃げ込む様にして移住した。
 最初は思いの他豊かなこの一連の星系に満足した。だが気付けばここはあまりにも狭かった。
「それにひきかえあの者達には無限とも思える広大な銀河が与えられた」
 それが連合とエウロパの決定的な差となってしまった。
 エウロパはやがて人口抑制政策を採るしかなくなった。そしてそれでも間に合わなくなった。それがサハラ北方への侵攻と移住になったのだ。
「北と西には何もない」
 何万光年も星一つない暗黒の宇宙が拡がっている。そこを越える技術はない。到底無理だと考えられていた。
 東には連合がある。問題外だ。
 そして南に向かったのだ。そこにいたサハラの者を追い出し彼等は移住した。当然サハラの憎しみを買った。連合はここぞとばかりに非難した。
「わかってたまるか、無限の土地と資源を持つ者達に」
 これはエウロパの者の本音であった。
「それをしなければ今の暮らしを捨てなければならない。それは絶対にできない」
 人はその生活水準を下げることはできない。上げることはできても。連合においてはプラスに考えられることでもエウロパでは全く逆になるのだ。
「それができていれば苦労はしない」
 スペースコロニーは一つ作るだけでもかなりの費用がかかる。甚だ不経済なのだ。そのうえ収容できる人数も少ない。
 だからこれはもう作っていない。それでも百億人程がここに住んでいる。
 サハラ北方には二百億人が住んでいる。エウロパの人口はそこも含めてよくやく一千億に達するのだ。
「エウロパの人口は一千億が限度」
 本土でそれなのだ。それはすぐに越えることは誰の目にも明らかだった。幾ら人口を抑制しても増えるものは増えるのだ。エウロパの人口は一千年で二〇〇倍に増えている。連合の六〇〇倍と比べると遥かにましだがこれはエウロパも初期には人口を抑制していなかったせいだ。迂闊だった。
「その時はわかっていなかった。この地の全てを」
 これは迂闊だった。それに資源の問題もあった。
「新たな星系の開拓はもうできない。そうなれば運命は決まっている」
 エウロパにとってそれも恐怖であった。もし資源が枯渇したならば。それを作り出す技術もあるのはあるがこれも費用がかかる。
 結局彼等はこのままいけば枯死する運命なのだ。それが何時かはわからないが運命はそう決まっていた。
「座して死を待つよりは」
 こう考えるのは当然であった。彼等も生きなければならないのだ。
 貿易をしようにも連合とはできない。サハラともそれ以前から関係が悪かった。北方の諸国とは以前から領域等において度々衝突していた。
 結果として侵攻になった。そうするしかなかったのだ。彼等の論理では。
 それにより何が起こるかもわかっていた。しかし生きる為にそうしたのだ。
「連合に屈するよりは」
 そうした考えもあった。エウロパが枯死したならばそこに連合が我が物顔で乗り込んでくることは確実であった。
 それも我慢できなかった。彼等にも意地があった。
「あの者達は元々我等の使用人だったのだ」
 エウロパの者は連合の者を見下してよくこう言う。十七世紀から二十世紀前半までの歴史を言うのだ。
 アメリカはイギリスの植民地であった。中国は阿片戦争以後列強の草刈場となっていた。日本に技術や文化を教えたのは彼等だった。ロシアにしてもそうであった。ピョートル大帝の欧化政策がその発展のはじまりであったのだ。だがそれが今はこの状況であった。最早彼等はエウロパなぞ取るに足らぬ存在だと考えていた。東南アジアや中南米、アフリカの国々もだ。殆どがかって欧州の植民地であった国々だ。
「使用人の分際で」
 エウロパの者達はそう思ってもどうにもならなかった。最早力関係は変わっていたのだから。だがエウロパにとってはそれは認めたくとも認めざるを得ない忌まわしい現実であった。
「そう思っているから駄目なのだ」
 モンサルヴァートはそうした考えには賛同していなかった。彼には差別思想はない。
 貴族出身であるが幼い頃から両親にそうした考えを否定されて育ってきた。『高貴なる者の勤め』は教えられたが。だからこそ連合の者だからといって差別はしなかった。
「連合に多くの分野で負けていることは事実だ。悔しかろうがな」
 まずそれを認めることが重要だと考えていた。
「敵は強い。それを見誤ると大変なことになる」
 彼はエウロパの地図に目をやった。
「エウロパの領土よりも遥かに広大な領土と資源を彼等は持っている。そしてそれを使ってくるのは間違いない」
 連合の勢力はエウロパのそれとは比較にならなかった。
「果たしてどの様な攻め方でくるかだ。だがどの様な攻め方でも防いでやる」
 その目に強い光が宿った。
「このエウロパは渡さん、絶対にな」
 そして彼は机に戻った。また仕事をはじめた。

 その連合は今加盟各国の代表者会議が開かれていた。場所はアメリカの首都ニューワシントンである。
 実は連合の意思決定はかなり複雑である。中央議会の上下二院だけでなくこうした各国の代表者会議もその意思決定に深く関わる。彼等の会議は上下二院の話し合いの後で行われることから実質的には三院制のようなものである。
 巨大な円卓が置かれている。そこのそれぞれの席に各国の首脳が座っていた。中央には連合中央政府大統領もいる。一目でこの会議が連合政府主導であるとわかる。
「先程のマックリーフ大統領の見解ですが」
 大柄で金髪の男がアメリカの席に座る金髪碧眼の黒人に目をやった。
「私はそれには賛同できません」
「それはどういうことでしょうか、グリーニスキー大統領」
 その黒人は席にいるだけでわかる程の長身だった。彼はグリーニスキーに顔を向けて尋ねた。
 アレクサンドル=グリーニスキー。ロシアの大統領になって二期目である。豪放磊落で酒好きな人物として知られている。もう連合各国の首脳達の間ではそこそこの古株になっている。選挙等による政権交代で入れ替わりが激しいせいだ。
 尚この会議には皇室や王室は呼ばれない。それが置かれている国は首相が替わりに出席している。日本からは伊藤が出席している。
「あまりにもアメリカの利益のみを優先させているからです」
 グリーニスキーは素っ気無い様子で答えた。
「こうしたことは各国それぞれに利益がいくようにしなければなりません」
「利益ですか」
 マックリーフは眉をピクリ、と動かした。
「我々は常に各国の利益を考えて行動しておりますが」
「それは初耳ですな」
 グリーニスキーは少し皮肉を込めて言った。
「今回の軍港の配分にしてもアメリカが一番多いのはどういうことですかな」
 今回の議題は中央軍の軍施設の配分等であった。これは中央政府の招集で行われている。当然全ての国が参加している。
 今は軍港の話をしていや。これはかなり紛糾していた。
 それは当然であった。港の建設でかなりの金が動く。そしてそこに軍人が入れば安定した収益が得られる。各国が誘致するのも当然であった。
 だがここで問題が生じていた。参加各国がそれぞれに都合のいい意見を出し、一向にまとまる気配を見せていなかったのだ。
「我々としましてはアメリカにはそれだけの軍港は不要だと考えています」
「ではどうなさるおつもりですか?」
 マックリーフは先程の皮肉に返した。だがグリーニスキーの方が皮肉は一枚上であった。
「まさか貴国に優先的に建設して欲しいとおっしゃるつもりではないでしょうな」
「それはどうですかね」
 意外にもマックリーフも皮肉は上手い。グリーニスキーは顔を顰めさせた。
「どちらともお止めなさい」
 中国の席から声がした。中国大統領李金雲である。
「その様なことで争っていても何の意味もありません。ここは我が国の提案が一番かと」
「ほお」
 グリーニスキーは彼に対しても皮肉の目を向けた。ロシアはこの時代でも中国とは相性が良くない。
「中国に最も港が多い案ですかな」
「だとしたらどうなのでしょうか」
 李も顔を顰めさせた。
「ですがこの案は連合全体の利益に適うと思います」
「確かに中国は多くの人口をお持ちだ」
 中国の人口は連合で最も多い。それに次ぐのがアメリカ、ロシア、インドネシア、日本、メキシコ等だ。やはり旧太平洋諸国ばかりである。
「しかしだからといって港の施設の優先を決めていいものではない」
「確かに」
 ここでタイやベトナムの首相及び国家元首が出て来た。
「そもそも三国ばかりで利害を決めて欲しくはありませんな」
 旧東南アジア諸国はこの時代でもまとまり、大国の利害への監視及び調整を行っている。
「大体そうやって自分達の利益ばかり言っていては他の国にとってはたまったものではありません」
「うっ」
 三国の首脳はこれで言葉をとぎらせた。もう一つの大国日本の伊藤はその様子を黙って見ていた。
(ここは何も言わない方がいいわね)
 彼女は冷静にその場の状況を観察していた。とりあえず日本の案は懐に閉まっていた。
 中南米諸国は東南アジア諸国に賛同した。それを見てアフリカも従った。これで三国の自国に有利な案は引っ込められた。
「止むを得ないな」 
 彼等は仕方なくそれを抑えた。ここでマレーシアの首相サラーヌ=モハマドが伊藤に話を振ってきた。
「日本はどうお考えですか?」
 実は彼は日本と関係を深めている。それは自国の利益になるからであった。
 それは伊藤も承知だ。しかし友好国があるというのはそれだけで有り難いものである。
「そうですね」
 伊藤はその時出番が来たわね、と心の中で呟いた。
「我が国の考えとしましては」
 ここで彼女は日本の案を発表した。それは意外にも各国にバランスよく港を配置している案であった。三国にも満足のいくようにしてある。
 だが日本には少なかった。これには理由があった。
 日本はそれ程軍需産業には力を入れていない。そして港にできる星系も少なかったのだ。それ等の星系には既に普通の港を置いている。軍港を作れる場所はそれ程空いていなかったのだ。
(我が国とってはこれで充分だわ)
 彼女はそれがわかっているからそうした案が出せたのだ。実際に国民の支持も高かった。これはやはり日本の軍需産業
が盛んでないことも関係していた。
「ふむ」
 東南アジア各国の首脳達はそれを見て歓心した様に首を振った。 

 

第五部第一章 新たなる幕開けその四


「よくできておられます」
 これはいささか社交辞令であった。
「有り難うございます」
 彼女もそれで返した。
「我々としてはこれが一番いいと思いますが」
 モハマドはここでキロモトに顔を向けた。
「中央政府大統領はどう思われますか」
「そうですな」
 彼はここでにこりと笑って応えた。いい笑顔である。よく『最高の微笑』と言われる。
「私も日本の案でいいと思います」
 これで決まりであった。残る一つの大国が公平な案を出せばそれで決まるものだ。ここには力関係も大きく存在しているのは言うまでもなかった。
 かくして採決となった。三国の自案を放棄し日本の支持に回った。これ以上頑なに主張しても何も利益がないことがわかっていたからだ。
 こうして満場一致で日本の案が認められた。日本と伊藤にとっては大きな得点となった。
「よくあの状況であっさりとまとまりましたね」
 その会議のあと伊藤は八条と会食をとっていた。その席で八条が言った。
「あれはあらかじめシナリオが決まっていたのよ」
 伊藤は微笑んで答えた。二人は懐石料理を食べていた。見れば日本風の座敷の間であった。いささか二十世紀の政治家の話し合いであった。
「シナリオがですか!?」
 八条はその言葉の真意が掴めなかった。
「そうよ」
 伊藤は悪戯っぽく笑って言った。
「あらかじめああなるってことは世論でもわかっていたでしょ」
「はい」
 既に連合の世論では使えそうな港等の調査が終わっており、大体の配置は予想されていた。日本はそれを出しただけに過ぎないのだった。
「それはあの三国の首脳もわかっていた筈よ」
 それも当然であった。その程度を認識できていなければ到底国家の元首なぞ務まらない。
「けれどね。国内世論もある程度ああした場で言わなければ駄目なのよ」
「それはわかっておりますが」
 八条もそれは理解していた。
「しかしそれはあまり多数派ではなかったような。少なくとも三国においても日本の案と大体同じ様な提案が支持されていた筈ですが」
「けれどその少数派が問題なのよ。わかるでしょ」
「あっ」
 伊藤に言われハッとした。
「わかったようね」
 伊藤はようやく気付いた八条を見て微笑んだ。
 三国においてそれぞれの利益を強硬に主張していたのは急進的な組合や一部の大企業であた。彼等にとってみれば雇用や利潤をあげるにあたって絶好のものだったからだ。
「けれど一国の一部の人だけではそうそう動かないものなのよ、政治は」
 政治は様々な要因が重なり合うものである。陰謀史観のように一部の黒幕の様な存在だけで話が進むものではない。フィクサーがいても彼等もアクター、アクトレスの一人に過ぎないのである。
「けれど彼等の意見も代弁しておかなくちゃいけない、国際的な場でね」
「例えそれで自分が恥をかいてもですか」
「あら、それも政治家の務めよ」
 国家の利益を考えるにあたって泥をかぶることも時には必要なのだ。
「私だって時と場合によってはそうするわ。八条君もでしょ」
「はい」
 彼にもその覚悟はある。今は連合中央政府の政治家であるが中央政府の為なら喜んでそうするつもりである。
「そして最後には日本の意見に賛同したわね。これは三国も連合の一員であることをアピールしたのよ」
「本当にそう考えると映画の様ですね」
「面白いこと言うわね」
 彼女はその言葉に微笑んだ。
「けれど案外そんなものかもね。人の世界なんて」
 いささか哲学的な言葉を口にした。
「映画も人がつくるものだし。政治も人が行うものなのだから。ある意味漫画も映画もそうした意味では現実なのかも知れないわね」
「そうですね。昔夢の世界こそ現実だと言った作家もおりましたし」
 探偵と多くの顔を持つ怪盗の攻防を書いた作家である。その探偵ものは今では連合の多くの子供達に読まれている。何度もテレビになり演じる役者達も代替わりを重ねている。
「ある意味真実ね」
 伊藤はその言葉に頷いた。
「だから政治の場も何処かそうしたものになるわ。そう考えると別の意味で面白いわね」
「はい」
 八条もそれに同意した。
「人間の世界なんてそんなものかも知れないわね。皆何かを演じている。そう」
 伊藤は言葉を続けた。
「私は政治家、学者を演じているのかも知れないわね。その考えだと」
「じゃあ私は軍人から政治家に役を変えたというわけですね」
「そうなるわね。その人ぞれぞれの役があってそれを演じる」
「役者の数は多いですけれどね。この連合だけでも三兆の役者がいます」
「そうね、ふふふ」
 二人はこうした話をしながら食事を終えた。そして食事が終わるとその場で別れた。
 この二人の師弟関係は有名である。だが二人の間を話の種にする者はいなかった。
 それは伊藤は男女関係に極めて厳格だったからである。元々彼女は潔癖症の気質を有しておりそれも大いに関係していたのだ。
 また八条は祖国の女の子達に冗談半分で男色家にされそれが結構噂になっていた。誰もが真相はわかっていたがそれを止める者はいなかった。話として面白いからだ。美男子が同性愛者だと絵になると考えている者もこの時代には多い。こうした同性愛を受け入れるのも日本からであった。
「何度同性愛に興味はないと言ってもわかってくれないな」
 八条はそうした話を聞く度に顔を顰めさせた。
「この前バーで飲んでいたらそちらの筋にお兄さんに声をかけられた。一晩付き合わないか、とね」
「それはまた」
 秘書官はそれを聞いて破顔していた。
「貴重な経験ですね」
「笑い事じゃない」
 だが八条の顔は笑ってはいなかった。
「同性愛についての知識はあるつもりだがだからといって好きなわけじゃない」
「長官はノーマルなのですね」
「そうでなければチョコレートをもらって喜ばないだろう」
「それはそうですね」
 秘書官は少し彼をいじっているのだ。こうしてみると本当にそうしたことに疎いのがわかる。
「そうした無駄話はそれ位にしておこう。続きはお茶の時間にだ」
「はい」 
 秘書官はそう言われて姿勢を正した。
「各艦艇の試作型が全て完成したそうだな」
「はい」
 秘書官は頷いた。
「資料は何処にある。見てみたい」
「こちらに」
 秘書官は懐に持っていた厚いファイルを八条に差し出した。
「これか」
 八条はそれを受け取った。そしてすぐにそれを開いた。
「ふむ」
 そこにはまず戦艦の図面とデータが載っていた。写真もある。
 戦艦だけではない。高速戦艦や重巡、軽巡、砲艦、空母、ミサイル艦、駆逐艦の他に揚陸艦や補給艦、工作艦等の補助艦艇のものもある。護衛艦やパトロール艦等防衛を主体にした艦艇のものまである。艦載機のデータもある。
「かなり充実しているな」
「はい、技術部ではこれを決定にしたいようです」
「ふむ」
 八条は秘書官の説明を聞きながらデータに目を通し続けた。
「これでいいと思う。あとは次の段階に移ろう」
「わかりました」
「まずはテスト運用を行う。そしてそれが終わったら」
「観艦式ですね」
「そうだ」
 八条は口だけで笑った。
「大々的にやらないとな。連合軍の戦力をこの銀河に知らしめる為に」
「はい」
 軍の強さを誇示するのもまた政治である。彼等はそれで連合の力を見せておこうと考えていたのだ。
「あと陸上兵器はどうなっているかな」
「そちらは明日完成するそうです」
「ならいい。では観艦式と同時にパレードも行おう」
「わかりました」
「そしてだ」
 八条はそれまでの満足した顔を変えた。
「あれの開発はどうなっている」
「あれですか」
「そうだ」
 二人の目が光った。
「御心配なく。あちらも順調に進んでおります」
「ならいい」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「連合軍を象徴するものだ。あれは絶対に出さなければいけない」
「わかっております」
 秘書官は何時になく真面目な物腰で答えた。
「その日を楽しみにしておいて下さい。観艦式のその日を」
「うん。これは連合だけに見せるものじゃない。銀河全土に見せるものだ」
 この国威を見せるのである。古代からよくあることだ。パレードやこうした式は自国の勢威を見せる意味が強いのである。
「議会には予算でもう通過している。艦艇の内容もおおよそ伝わっている」
 予算の関係は既に終わっていたのだ。
「あれの予算もですか」
「そうだ。重装備の指揮艦艇と伝えてある。詳しいことは軍事機密だが」
 ここに軍事関係の難しさがある。国家機密に関わることであり議員といえどそうおいそれとは教える時ではまだない場合があるのだ。これもある程度は致し方ないことであった。
「ではそのれに向けての調整を進めていこう。各国の首脳も出席することが決まっているしな」
「マスメディアも」
「あとは知識人だな。他にもこうしたことに興味のある市民の席も用意しておこう」
「はい」
 所謂マニアである。軍事に興味を持つ者は連合においても多い。特に彼等は今まで連合の兵器といえば各国にそれぞれある小規模なものばかりだったので不満だった。戦術戦略に興味のある者も含めてその目はどうしてもサハラに向いていたのだ。これは戦争や新兵器がサハラで多いことに関係している。
「あとはだ」
 彼は考え込んだ。 

 

第五部第一章 新たなる幕開けその五


「テロリストへの対策は十二分にしておこう。連中の存在が最も怖い」
「ですね」
 秘書官もそれに頷いた。各国の首脳が勢揃いし、そのうえ重要な艦艇が次々に現われるのだ。テロリストが狙わない筈はなかった。
 各国の首脳を狙う者だけではない。こうした軍事を忌み嫌う者達もいるのだ。
「兵器なぞ必要ない。そんなものがあるから戦争が起こるのだ」
 というのが彼等の主張だ。だがこれは大きな誤りである。
 国際社会においては各国が軍を持っていなければとても侵略やテロに対処なぞできない。特に連合では宇宙海賊やテロリストへの対策を考慮して軍が編成されている。これは今の連合軍もそうであるし、かっての各国の軍や今のそれぞれの国の軍も同じである。侵略戦争がなくともそうした戦乱の火種は常にあるものなのだ。
 それをわかっていない者もいる。所謂平和教徒だ。彼等はまだいい。
 問題はそれをわかっていて主張している者達である。彼等には別の意図がある。
 それは何か。至って簡単である。彼等はテロリストや宇宙海賊の行動をやり易くする為にそうした主張をしているのだ。
 実際に連合軍が設立されてから宇宙海賊、テロリストの行動は激減した。まだ仮の港に停泊し、艦艇も兵器もバラバラの状況でこれなのである。それが正規の港を持ち、決まった艦艇を持てばどうなるか。結果は見えている。
 だからこそこうした団体は主張するのだ。彼等は海賊やテロリストと思想的、若しくは利益によって繋がっている。もしそれが公になれば当然彼等は犯罪者として裁判にかけられる。
 実際に前のとあるマスコミ企業が怪しげな市民団体と結託した事件もあった。そしてついこの前にも同じ様な事件が起こっている。
 キューバのとある自称正義派の女性国会議員である。彼女は何でも市民の為の政治家であり、汚職や腐敗を絶対に許さない、そして民主主義の為に戦っているという触れ込みだった。キューバの一部メディアには女神の如く崇められていた。
 だが実像はそれとは全く逆であった。当初から市民団体にいたことが看板となっていたがネットではよくこの団体の胡散臭さが言われていた。海賊と関係があるのでは、と。
 そして彼女自身もこの団体を自身の錬金術の道具にしていたのだ。人は良い行いをしたいものだ。従ってそういうことをする団体に資金援助をする者も多かった。団体の広告には子供達と楽しく談笑したり、地震等の災害が起こった場所で積極的に働くこの女の写真があった。
 しかしそれは嘘であった。この女は震災地ではまず自らの団体の宣伝を行った。そして救助活動をする軍を侮辱する発言を繰り返し、その施設に無断で入り込むと避妊具や酒を見つけて救助活動なぞせずに遊んでばかりいる、と中傷した。
 この時の酒は被災した市民達に無料で送る為のものだった。人はパンと水のみで生きるのではない、せめて心を安らげてもらう為に、というキューバ軍高官達の心配りだったのだ。
 避妊具なぞ誰でも持っている。財布にはまず入っているだろう。何とこの女は兵士の財布をひったくり、そこから抜き出していたのだ。
 これを批判する者も多かった。当然である。だが一部マスコミの報道によりそれは隠されていた。話はどうしてもネットにしか出回らなかった。
 だが収賄で捕まったのを機に話は動いた。この女の今までの悪行が白日の下に曝される時が来たのだ。
 悪事は次々と出て来た。学生時代から海賊の恋人がおり、また市民団体の船も海賊のものだった。そしてその政策は常に海賊達のことを考慮してのものだった。
 特に軍の力を弱める様な法案を立て続けに出したのはそれが狙いであった。軍よりも社会保障に回すべし、と主張したのはこの女が社会保障にも黒い利益を持っていたからであった。
 この女は当然裁判にかけられた。そして海賊を使って政敵を暗殺したことがわかり遂に死刑を宣告された。ネットでは大騒ぎとなった。
 こうした事件も起こっていた。それだけ連合においては海賊やテロリストの根が深いのだ。
 それを考えるととても安心はできなかった。警備は極めて厳重でなければならない。
「この地球、いや太陽系全体を警護しなくてはな」
「はい」
 秘書官はその言葉に頷いた。
「それだけでは足りないかも知れません。既にこの地球にテロリストが潜り込んでいる可能性もあります」
「地下にか」
「はい。見つけ出すのは困難かと思われますが」
「だが必ず見つけ出さなくてはならないな。何かあってからでは遅い」
「憲兵隊にも話をしておきましょうか」
「憲兵だけでは足りないな。特殊部隊も動員しよう」
「わかりました」
 連合の特殊部隊は各国の特殊部隊から入った者が多い。アメリカでグリーンベレーと呼ばれる特殊部隊はこの時代においても存在していたが彼等を参考にしている。
 その他にもテロリスト専門の対策チームがある。彼等は言わば連合軍のテロリストへの切り札であった。
「各部隊を総動員することになるな。そうでないととても心もとない」
「ですね。用心に用心を重ねないと」
 二人は何時になく真摯な顔で話し合っていた。
「海賊は流石に来ない。テロリストに専念した警備にしよう」
「特に危険な組織のリストアップは既にできております」
 秘書官はそう言って一枚のディスクを差し出した。
「こちらに。暗号を入力すると開きます」
「ほう」
 八条はそのディスクを受け取った。
「では早速見せてもらう。そしてすぐに行動に移ろう」
「わかりました」
 秘書官はまた頷いた。
「まずは太陽系への出入をチェックしよう。そしてそこから太陽系内の大掃除だ」
「かなり大掛かりなものになりますね」
「なるな。しかしそうでもしないと連中は防げない」
 これがテロの怖ろしいところである。完全に抑えないと駄目なのだ。一人でも逃がしたらその逃げた者がテロを行うからである。
 八条はそれはよくわかっていた。軍にいた時に叩き込まれたことだ。
「では今からその話をしよう。ところで」
 八条は自分のパソコンにディスクを入れていた。
「暗号のパスワードは何だい?」
 顔を上げ秘書官に尋ねた。
「私の一番下の妹の生年月日です」
 彼は微笑んで答えた。
「そうか。教えてくれないか」
「わかりました」
 彼はそれを伝えた。八条はそれに従って入力する。そしてディスクの中を開いた。
「ふむ」
 そこにはテロリスト達のデータが細かく書かれていた。八条はそれに目を通していった。
「こうしてみると多いな」
「一人一人、組織を一つずつ載せているからそう思われるだけですよ。実際はそれ程多くはありません」
 テロリストは常に少数派である。何故か、彼等は人に受け入れられることのない思想や信条を掲げていることが多いからである。
 そして反対派は絶対に排除する。例え誰であろうと。そうした者達が幅広く支持を集められる筈がなかった。だからこそ卑劣なテロに走るのだ。
「だが少数であっても危険であることには変わらない」
 八条の顔は硬いままだ。
「テロは一人でも成功させればいい。それで目的が達成される。それに対して」
「はい、我々は彼等全員を防がなくてはなりません。この差は大きいです」
 それが昔から変わらぬテロの恐ろしさであった。守る方はテロは全て防がなければならない。だが彼等は一人でも成功させられればそれでいいのだ。
「これについても話し合いたいな。特殊部隊と対策チームの長官を呼んでくれ」
「わかりました」
 特殊部隊は幾つかある。その中でも地球に駐屯する部隊は精鋭で知られている。彼等はかってのアメリカの特殊部隊グリーンベレーの名を受け継いでいる。グリーンベレーといっても緑の帽子は被っていない。これはあくまで部隊名に過ぎないのだ。
 その隊長はアサム=ンガバである。ケニア出身で中肉中背の黒人である。だが髪は赤い。これは彼の父方の祖母がカナダ出身の白人だったからである。
 今の階級は大佐である。ケニア軍でも特殊部隊におり、その冷静沈着さと卓越した戦闘能力及び統率力には高い評価がある。
「入ります」
 彼は敬礼をして部屋に入った。中には既に一人の男が座っていた。
「どうも」
 男は席を立って応えた。やや小柄なラテン系の男である。
 だが肌はあまり白くない。彼もやはり混血しているのだ。
「これが連合だ」
 昔ある作家が連合の人間の肌や髪、目の色が人種に関わらず様々なのを誇らしげに言った。連合はかってのアメリカ大陸、アジア、アフリカ、そしてオセアニアの国々から構成される。人類の大部分を占め、かつ多くの人種で構成されている。従ってその恋愛も多岐に渡るのだ。
 かっては白人と黒人の結婚なぞ考えられはしなかった。差別があったからだ。
 しかしそれは二十世紀の人種差別撤廃の動きから大きく変わった。そして二十一世紀以降は人種に関わらず開かれた恋愛が行われるようになった。
 しかしこれに国際社会の対立がいささか関係したのは残念なことであった。連合とエウロパは激しい対立関係に入り、マウリアは連合と協調路線をとりながらも独自の道を歩んだ。サハラはそのどこにも属さず、彼等同士で争っていた。従ってそうした恋愛が進んだのは連合に限られたことになってしまった。
 その結果が混血であった。日本人の父とオーストラリアのアボリジニーの母を持つある歌手は終生自分の黄色い肌と銀の髪を自慢していた。それが彼女の人気の秘密でもあったからだ。
 その他にも国に捉われず恋愛と結婚が進んだ。こうして連合では昔には考えられなかった様々な容姿の者が現われたのであった。
 ンガバもそうであるしアラガルもだ。あの鉄壁のガードを誇り頭の硬いことでは連合一とまで言われる日本の宮内庁も皇室の他の国々の者との婚姻は認めている。彼等の主張ではかっての皇室は他の王室、皇室との婚姻を認めていた、というのがそれである。これは事実であった。といっても併合した琉球王家や満州皇室との婚姻である。あまり例はない。だが彼等は前例には従うのを基としているので問題はなかった。その婚姻は当然の様に結婚されるご本人達の御意志は尊重されない。やはりそれなりに由緒正しいい者でないと婚姻は認められなかった。なおこの時代でもご成婚は議論の対象になっている。しかも今では日本国内に留まらず連合全体を巻き込む話になってしまっている。今の天皇陛下のご成婚も既にどうなるかという話が為されている。
「どうせ宮内庁が押し切るさ」
 という者もいる。彼等は宮内庁を好ましく思っていない。伝統や格式にこだわらない連合らしくないというのだ。だがこれにはでは他の王家はどうなのだ、という反論が用意されている。王家というものは伝統と格式の象徴であり、こうしたことは守らなければならないものであるのだ。
 こう言う者もいる。
「いや、陛下がご自身の意思を通されるだろう」
 実際にこうしてご成婚が決まったことも多い。現在の日本の皇室について考えるうえで非常に重要な天皇である昭和天皇にしてもそうであった。以後もそうしたご成婚が実に多い。
 だがこれは宮内庁にとって思わしくないのである。皇室に由緒正しくない者や考えを入れたくはないのだ。
「あそこの宮内庁の石頭は一千年の間全く変わらなかったな」
 誰かが宮内庁を揶揄した。すると宮内庁から反論が来た。
「我々は常に皇室の在り方を考え、皇室をお守りしているのです」
 と。彼等も彼等で皇室のことを真剣に考えているのだ。独善が入っているにしろ。
 これには言った者も苦笑した。だがこれで宮内庁が変わるかというとそうではない。彼等はこれで闘志をさらに燃やし、皇室の伝統と格式を守ろうと奮闘するのであった。
 これを見て連合の多くの者は思った。
「連合にも一つ位こういうものがあってもいい」
 彼等はこうした考えも受け入れることにしたのだ。結局伝統と格式も必要なのものであるからだ。なおエチオピア皇室も事情は大体同じである。この皇室は一度断絶しているがそれでも気の遠くなるような歴史がある為それを守らなければならないからだ。
「エチオピア皇室の歴史は何千年か」
 これは今だにはっきりしていない。今では連合の多くの宗教の一つであり、また影響を与えているキリスト教の経典によるとシバの女王の子孫だという。だがギリシア神話にも名前が出ている。これはシバの女王よりも前ではないのか、という説がある。なおこの家も混血している。何代か前の皇帝は日本の皇室から皇后を迎えている。それ以前にも例はあった。
 こうした国々である。今更肌や髪、目の色で誰も驚いたりはしない。気にもとめない。ただ、容姿の人気には多いに関係する。アメリカ大統領のマックリーフはその容姿でも人気があった。肌は黒いがその顔は白人のもので金髪碧眼であったからだ。
 ここにいるンガバやアラガルも同じであった。彼等はそれにこだわることなく挨拶を交わした。
「長官はまだですか」
 ンガバはアラガルに尋ねた。
「もう少ししたら来られると思います」
 彼は隙を見せない声でそう答えた。
「そうですか」
 ンガバはそれを聞いて納得したように頷いた。そして自分の席に着いた。アラガルの向かい側の席だ。
 ンガバには軍人としてだけでなく、何か野生動物の様な独特のしなやかな動きが備わっていた。例えるなら虎に似ているだろうか。動作はしっかりとしているがその中にしなやかさを含んでいた。
 それに対してアラガルは豹に似ている。だがその顔は常ににこにこと微笑んでいる。
(いつも思うが不思議な男だ)
 ンガバはアラガルを見て心の中で呟いた。彼とは何度も会っているが常にそう思う。
 かっては探偵としていたという。それもよくある浮気調査といったものではない。
 凶悪犯罪の捜査をその仕事としていたという。それも時には犯人を自身の銃で射殺することもあったらしい。
「まるでドラマに出てくる探偵だな」
 誰かがそれを聞いて言った。アラガルはそれに対して言った。
「ドラマではなく事実だ」
 まるで二十世紀後半に流行ったハードボイルドの主人公であった。今でもこのジャンルは健在だが彼の様に実際にそうした人生を送っている者はいない。
 テロリストの捜査にも協力するようになった。そこでも常人とはかけ離れた勘と運動能力を発揮して捜査を進めていった。そして連合軍が設立されると国防省のスタッフに招かれたのだ。当然テロ対策チームとして。
 そうしたかなり変わった経歴を持っていた。彼がかもし出す雰囲気はそれも関係しちえるのだろうとンガバが見ていた。
「どうやら我々を今回ここに呼んだのは観艦式の警護についてでしょうね」
 ンガバが口を開いた。
「そうでしょうね」
 アラガルは笑みをたたえたまま答えた。とてもそうした激しい人生を歩んできた男には見えなかった。まるでコーヒーショップの気のいい親父である。
(経歴は本当なのだろうか)
 この笑顔を見てンガバだけでなく多くの者がそう思う。だがそれは問わない。
「やはりテロリストですか」
「おそらく。この地球に潜伏しているか、やって来る者達についででしょう」
「ふむ」
 ンガバがそれを聞き考えるように腕を組んだ。
「要人暗殺を狙ったものでしょうか」
「他にもあります。連合軍自体に反対する組織とか」
 彼等の反対する理由は平和を害するというものだ。
『戦争が起こるのは軍隊があるせいだ』
 こうした主張はかっての二十世紀の日本を思わせる。当時の日本は『平和憲法』と呼ばれるものがあった。ここには軍隊や戦争の放棄が謳われていた。
 かなり理想的な理念ではあった。だが空想的でもあった。国家や国民を自らの手で守ることを放棄しているからだ。その様な国家は今まで存在していなかった。崇高な理念を持っていなかったのではない。常識を持っていたからだ。その様なことをしたらどうなるか、誰でもわかることであった。
 結果としてこの憲法は全く何の役にも立たなかった。むしろ当時の日本の政治、外交にとって足かせに過ぎなかった。だが意外とその寿命は長かった。
 これにはやはり理由があった。この憲法を狂信的なまでに信奉する者達がいたのである。
「この憲法は日本が世界に誇るものだ」
「この憲法さえ守っていれば平和は守れる」
 この憲法を作ったのはアメリカ人である。当時戦争に敗れた日本に対しアメリカの都合がいい憲法を押し付けたに過ぎない。だがそれには目を閉じていた。
 そしてこの憲法が平和を守るというのは単なる信仰に過ぎなかった。実際にはこの憲法に制約を受け当時の日本は政治外交に大きな障壁を持っていた。その弊害は無視できるものではなかった。だが信奉者達はそれにはまたもや目を閉じていた。
 凶悪なテロ支援国家に自国民を拉致されてもろくに手出しができなかった。これは普通なら戦争に至る極めて非道な行為であることは言うまでもない。
 信奉者達はあろうことかこの拉致は嘘だと主張した。何のことはない。彼等の言う平和とはその程度のものであったのだ。しかもこのテロ支援国家と結託までしていた。結局彼等もテロリストの一派であったのだ。
 この連中は最後はこのテロ支援国家が崩壊した時に道連れになる形で裁判にかけられた。そして外患誘致罪で殆どは死刑になった。同時に日本もこの憲法の呪縛から解き放たれたのであった。
 平和主義を唱えているからといってその者が平和を愛しているとは限らないのだ。中世のローマ=カトリック教会の僧侶達も口では神への信仰を唱えていても、やっていることは神への冒涜であったことからもこれはわかる。
 これは連合にとって大きな教訓となっていた。『平和を唱えるテロリスト』それは連合の内憂そのものであった。
「あの者達も当然やって来るでしょう」
「やはり」
 ンガバはアラガルの話を聞き顔を曇らせた。
「いつも思いますが連中は自分の主張と行為の矛盾について何も思わないのでしょうか」
「思わないでしょうね」
 アラガルはやや素っ気無く言った。
 

 

第五部第一章 新たなる幕開けその六


「彼等にとっては自分達こそ正義なのですから。そう」
 ここでややシニカルな笑みを浮かべた。
「彼等だけが絶対の正義なのですから」
「独裁者と変わりありませんね」
「本質的には全く同じでしょう。独裁者もテロによる支配を行いますから」
 ナチスやソ連等がいい例である。彼等は虐殺による恐怖でも支配を狙っていたのだ。
 恐怖は人の心を萎縮させる。気の弱い生徒が暴力教師に何もできないのと同じである。
 ナチスもソ連もそれがよくわかっていた。これはロベスピエールに倣ったものであった。ギロチンによる支配を二十世紀に再現したのであった。
 だがこれができるには一つの条件がある。当の独裁者に力があるか否か、である。
 力、とりわけ人を屈服させ、崇拝すらさせるカリスマがなければできないことである。ヒトラー、スターリンにはそれがあった。なければ失脚する。ロベスピエールが最後に失脚し、自らもギロチンに送られたのもそれがあったかも知れない。彼もカリスマは備えていたがヒトラーやスターリン程のものではなかった。後のナポレオンの方がこのロベスピエールよりも遥かに強烈なカリスマ性を持っていたと言えるだろう。
 カリスマのない独裁者は失脚する。他の政治力や指導力もない場合はテロリストになる。結局テロリストは独裁者の尻尾に過ぎないのだ。
「だからこそ彼等は危険なのです。世界は自分の世界だけですから」
「他の世界は破壊しても構わない」
「そういうことです。連中にとっては他の人間の生命や人生なぞ塵と同じものなのです」
 ンガバはここでもアラガルに違和感を覚えた。
(どうも経歴とは合わないな)
 また思った。
 話を聞く限り彼はハードボイルドだ。しかし今彼が話していることはハードボイルドではない。どちらかというとかなり理知的だ。しかもシニカルな香料も含んでいる。
 どちらかというとシャーロック=ホームズか。
(違うな)
 ンガバは推理小説が好きである。古典的な作品は大体読んでいる。
(バージル=ティッブスかな)
 黒人の刑事である。当時の差別のあるアメリカ社会において颯爽と活躍した誇り高き刑事だ。理知的で教養のある人物であった。
(これも違うかも知れないな)
 かといってマイク=ハマーでは決してない。剥き出しの猛々しさなぞ何処にもなかった。
 それに明るい。これはラテン特有のものであろうか。ちなみに彼はウルグアイ出身である。
 元々陽気なカラーが好まれる連合においてもやはりラテン系の明るさは際立っていた。これは一千年前から変わらない。特に音楽の世界ではそうであった。
 そう考えると非常にユニークな人物であった。ンガバはアラガルにあらためて興味を持った。
「さて」
 アラガルはここでまた腕時計を見た。
「そろそろ長官が来られる頃ですね」
「そろそろですか」
 ンガバがそう言った時だった。部屋の扉が開いた。
「ハッ」
 二人は同時に席を立った。ンガバは敬礼し、アラガルは頭を垂れた。武官の礼と文官の礼であった。
 八条も礼を返した。こちらは文官の礼であった。かって軍人であっても今の役職は文官のものであるからだ。
(成程)
 八条は二人の礼を見てあることに気付いた。
 武官と文官の違いではない。それならばとうの昔にわかっている。彼が気付いたのは二人の動きの違いであった。
 やはり動きが違うのだ。ンガバの動きは噂通り虎のそれを思わせる。そしてアラガルは豹だ。
(とすると私は何かな)
 彼はふと思った。
(猛獣使いと言えばこの二人に悪いな)
 確かにいささか失礼だがこの二人にとっては猛獣に例えられるのは悪いことではなかった。むしろ勲章と考えていた。
 八条は席に着いた。二人はそれを確かめて八条に促され席に着いた。
「今日君達二人をここに招いたのは理由がある」
 彼は静かに切り出した。
「これから行われる観艦式の警護についてだ」
 二人はそれを聞きやはり、と思った。
「各国の首脳が一斉に集まるだけありその警護は重要だ。特に注意すべきは」
「テロリストですね」
「そうだ」
 アラガルの言葉に頷いた。ここまでの話は何処か台本の様に進んでいる。
「外から来るものと既に潜んでいると思われるものの二つが考えられる。この際彼等の主義主張はいい」
「やることは同じですから」
「そういうことだね」
 アラガルの言葉に苦笑した。
「ではすぐに本題に入ろう。そのテロ対策だが」
 八条はまずンガバに顔を向けた。
「外から来るぶんについてはンガバ大佐にお願いしたいのですが」
「グリーンベレーにですね」
「はい。できますか」
「お任せ下さい」
 ンガバはにこりと微笑んで言った。
「連中を一人たりとも入れはしません故」
「ではお願いしますね」
 八条は次にアラガルに顔を向けた。
「既に潜伏している者達についてはアラガル部長にお任せしたいのですが」
「わかりました」
 アラガルもまた微笑んだ。こちらはいささか朗らかであった。
「では一人残らず捜し出すとしましょう」
 なお連合中央政府の法においてはテロ行為と死刑となる。連合構成国各国の国内法においてもそれは同じである。テロリストの人権を擁護するような愚か者もいるが常識としてテロリストを許すような者は普通はいない。
 ただし裁判は行われる。抵抗した場合以外は逮捕することが求められる。そう、抵抗した場合以外は。実はこのアラガルは探偵時代テロリストを数多く殺しているという。理由は抵抗したからだという。
(本当なのか)
 誰もがそれを聞いて一度はそう思った。当然といえば当然である。何しろ時には捕まえたその場で射殺したこともあるという。理由はそこに同僚の死体があったからだ。
「仇は取る主義でね」
 彼は射殺した理由を聞かれ涼しい顔でこう言ったという。この笑顔とはまた違った顔である。
 彼が国防省に入ったのはその手腕を買われてのことだが性格的なものもあった。テロリストには徹底的に冷酷でなければならない、そうした面で彼は適任であった。
「頼みますよ」
 八条は彼に声をかけた。
「潜伏しているテロリスト達はアラガル部長のチームにやってもらいますから」
「はい」
 彼は相変わらずにこにことして返す。だがそれは一面に過ぎないのだ。
「では決まりですね。外から来るものについてはグリーンベレー、中にいるものはテロ対策チームにそれぞれ対処してもらうことにします。それでよろしいですね」
「はい」
「お任せ下さい」
 二人は頷いた。
「では細部は専門家である貴方達に全て委任します。責任は私が請け負います」
 こうした場合責任を引き受けることが必要だ。そうでないと部下は安心して仕事ができないからだ。
「頼みましたよ。テロリストを一人残らず掃討して下さい」
 こうして会議は終わった。ンガバとアラガルはすぐに行動に移った。
「これでテロリストへの対策は万全ですね」
 そのことを八条に報告した秘書官は安心しきった顔でこう言った。
「それはどうだろうか」
 だが当の八条は今一つ安心しきった顔をしていなかった。それが秘書官には不思議だった。
「まだ心配なことでも?」
「うん」
 彼はその問いに頷いた。
「テロリストはこちらの裏をかこうと常に考えている。だからこそ危険なんだ」
 二十一世紀初年のアメリカニューヨークで起こったテロには全世界が驚愕した。あの様な方法があったのか、と。
 それからもテロリスト達はあの手この手でテロを行ってきた。ガードをかいくぐりテロを遂行する為にだ。
「今回も何をしてくるかわからない。出入国の管理や太陽系での調査だけで足りるかどうか」
「警護の兵士も今までの三倍に増やしておりますが」
「だからといって完全に防げる保証はない」
「はい」
 秘書官はそう指摘され顔を俯けさせた。
「市民の身元は全てわかっているね」
「それは最初に調べました。住民台帳等で」
 連合やエウロパでは住民台帳や戸籍等で国民の住所や職業がある程度までわかるようになっている。これによりそれぞれの国の人口が容易にわかるのだ。
「怪しい人物もやはり何人かいました」
「そうだろうな」
 テロリストの侵入の手口の一つとして『成りすまし』がある。ある人物の個人情報を入手し、その者になり替わるのだ。時にはその為に顔や指紋を整形までする。なお成りすまされた方は暗殺されたり誘拐されたりしていることが多いが時には成りすまされた本人が全く別の場所で働いており、偽者がいることを知らない場合もある。
「そうした人物は既にアラガル部長の極秘捜査により正体を突き止められ、場合によっては逮捕されているそうです」
「早いな」
「はい」
「しかし部長には彼の任務に専念してもらおう。そちらは・・・・・・そうだな」
 八条は暫し考え込んだあとで言った。
「警察にやってもらうか。そうした細かい仕事は得意だからな」
「わかりました。では警察にはそのように要請しておきましょう」
「頼むよ」
「はい」
 秘書官は八条の言葉に頭を垂れた。これで警察への件は決定した。八条は話を続けた。
「とりあえず手は打てるだけ打たないと話にならないな」
「そうですね。抜かりは許されません」
「他には・・・・・・民間にも頼むか」
「アラガル部長のかっての同業者にですか?」
「それはちょっと」
 八条はそれには苦笑した。
「幾ら何でもテロリストと戦う探偵は滅多にいるものじゃない。ガードマンも使おうかと思ってね」
「それはいいですね」
「そう思うか。ではそれで決定だ」
「はい」
 こうして民間のガードマンを雇うことも決定した。
 話は次々に進められていった。こうして彼等は来るべき観艦式に備えていたのであった。
「連合は最近何かと警備が厳重らしいな」
 シャイターンはこの時選挙戦の最中であった。マヤムーク王国の首相選に出ているのだ。マヤムークでは首相は選挙により選ばれる。大統領のそれに似たシステムとなっているのだ。
 この選挙においてシャイターンは妻の家であるハルーク家の力と民衆の圧倒的な支持を背景にしている。対抗する候補は既に半ば戦いを諦めており勝利は確実だと言われている。
 その為選挙活動も比較的大人しかった。彼はそちらは主に部下達に任せ各国の情報収集に力を入れていた。
「ハッ、観艦式を行うと聞いております」
 ハルシークが敬礼をした後そう報告した。
「観艦式か」
 シャイターンはそれを聞いて一言漏らした。
「それにしては警護が厳重過ぎるな」 
 サハラ各国においても観艦式は時々行われる。確かにその警護は厳重だがここまでではない。
「何か別の意図があるのではないか」
「意図といいますと」
「わかっていると思うが」
 シャイターンはここでハルシークに微笑んだ。
「はい」
 ハルシークも微笑んでそれに返した。
「どうやら連合中央政府はここで何かを見せたいようですね」
「それも銀河全土にな」
 シャイターンは笑みをたたえたままそう言った。
「それが何かまではわからないがな。おそらく連合独自の兵器なのだろう」
「主要艦艇が考えられますが」
「それだけではないだろうな、絶対に」
「ですな」
 ハルシークはまた頷いた。
「一体何を出してくるのか」
「それは楽しみにしておくとするか。何を出してくるか。もっともどの様な兵器でも私の前には敗れ去る運命だが」
 シャイターンの笑みが自信に満ちたものになった。
「完全な兵器なぞこの世に現われたことは一度もない。必ず弱点があるのだ」
 これはこの世の揺るがぬ摂理であった。今まで多くの戦いが繰り広げられそれと同じ位多くの武器や兵器が姿を現わした。だがそれ等は全て人間の作り出したものであり、必ず何処かに弱点があった。それは何故かと言われるとそれを作り出した他ならぬ人間が不完全で弱点を多く持っているからである。
「連合がそれをわかっているかどうかは知らぬがな」
「わかっていなければ敗れるだけです」
「どの道私に敗れる運命にある。若しこのサハラに来たならばな」
 彼は不敵な声を口にした。
「このサハラはサハラの者だけのものだ。他の国の者が入ることは許されない」
 これは侵略という意味である。シャイターンは貿易や交流を否定する程愚かではない。
 サハラはイスラム教が支配している。そのイスラムは商人の宗教とさえ呼ばれている。その彼等が貿易や交流を否定することは自らの否定に他ならないのだ。
 だからこそシャイターンもそれは大いに奨励うべきことであると考えている。だが侵略者に対しては別だ。侵略を許しては自らの命を守れないからだ。
「連合もこのサハラに侵攻してくるということでしょうか」
 ハルシークは少し戸惑いながら言った。
「私にはとても考えられませんが」
「今の時点ではな」
 シャイターンは彼に対し言った。
「ただ今後はわからない。ただ用心はしておくべきだ」
「用心ですか」
「そうだ。例えばの話だが」
 彼は話をはじめた。
「このサハラのレアメタルが多量に発見されたらどうなる?」
「レアメタルですか」
「うむ」
 シャイターンはハルシークに頷いた。
「かっての石油の様なものがな」
「それはないでしょう」
 ハルシークは微笑んで言った。
「そう言い切れるか?」
「はい、連合は資源には全く困っておりません。他の勢力に比べその点でも遥かに恵まれています」
「確かにな」
 やはりここでも国土の広さがものを言った。連合は資源にも非常に恵まれているのだ。
「特にワープに使用する資源については」
 ワープには様々な資源が使われる。純濃度のウランやプルトニウムも使用されるが他の資源も使用される。その多くは放射性物質だ。
 その中でも特に多く使用されているのがプルトニウムである。やはりこの時代においてもそのエネルギーは重宝されていた。この時代のプルトニウムは一千年前と比較して遥かに安全でかつ合理的に使用されている。その為僅かな量で銀河を航行し、ワープすることも可能なのだ。
「プルトニウム以上に効率のいい資源が発見されたとしたらどうだ」
「その様なものがあるのでしょうか」
「あるかも知れない」
 シャイターンは言った。
「こればかりはわからないが」
「あくまで仮定の話ですか」
「ああ。連合は確かに全てにおいて満ち足りている。嫉妬の対象となる程にな」
 これは事実であった。やはり広大な勢力圏がものを言っていた。内部にはそれなりの諸問題を抱えていても連合においては人口問題も戦乱もなかった。
「だがもしこのサハラで彼等が持っていない資源が発見されたなら」
「結果は火を見るより明らかですね」
「仮定だがな」
 シャイターンはここでもまだ仮定であることを強調した。
「連合には野心的な国も多い」
「アメリカに中国、ロシアが特に」
 この時代においてもこれ等の国々のスタンスに大きな変わりはない。連合内部においてもことあるごとに自分達の主張を押し通そうとする。国力が高い分だけ始末に終えないのだ。これを抑えるのが日本やASEAN諸国の役割であった。
「連中は言うまでもないな。二十世紀の頃から全く変わっていない」
「あそこまで変化がないというのも見事ですな」
「そんな連中だ。それで一千年の間やっていけたのだから特に変えるつもりもないのだろう」
「周りにいる国々にとっては迷惑な話ですが」
「そうだな。連合内部に留まっていてくれればそれに越したことはない」
「はい」
「だがこちらに来た場合を考えておかなければならないのは事実だ」
 仮定のケースとしてそうした戦略を立てておくのも戦略の常である。シャイターンはそれを忠実に守っているに過ぎない。
「エウロパだけではなく」
「そうだ。今まで思いもよらぬ敵に攻め込まれ滅亡した国は多い」
 敵とは思わぬところから現われるものである。それも世の摂理であろうか。思えば皮肉な節理である。
「だからこそ警戒を怠ってはならない。ましてや連合は銀河の七分の六を占める巨大な勢力だ」
「はい」
「彼等がもし動いたなら・・・・・・わかるだろう」
「・・・・・・・・・」
 ハルシークはその問いには沈黙した。それは言われずともわかっていることであった。
 連合とサハラでは例えサハラ全土を糾合しても国力差があり過ぎる。人口だけでも十五倍の開きがある。資源も経済力も比較にならない程である。
「対立は避けなければならない、可能な限り」
 シャイターンは連合とことを構えるつもりはなかった。彼の敵はまずはあくまでエウロパであった。
「だが対立した時は我々も戦わなければならない。絶対にな」
「このサハラはサハラの者だけのものですから」
 彼等は多くの国々に分裂し、争っていてもそうした意識はあった。彼等はまずサハラの民であるのだ。ここが連合たエウロパとは違うところだ。
 エウロパではエウロパ市民であると考える。各国の市民であるという考えはその次だ。
 連合では逆だ。連合は各国の主権が強い為まずそれぞれの国の国民と考える。市民ではなく国民なのである。そしてその次に連合市民であると考える。彼等はそれぞれの国への帰属意識が強いのだ。
 サハラはサハラの民だ。それ以外でもそれ以上でもない。アッラーの経典を信じるサハラの民なのである。それぞれの国ことは認識しているが彼等はそれでもサハラの民なのである。
 マウリアになるとこれがかなり厄介になる。彼等はあまりにも独特の考えを持っており他の国の者にとっては極めて理解し難い。彼等にとっては常識であってもだ。
 こうした意識は当然ながらシャイターンにもあった。彼もまたサハラの民なのであるから。
「そうだ。だからこそエウロパも取り除かなければならない。絶対にな」
「はい」
 ハルシークはまた頷いた。
「選挙が終わり、他の国々とあの条約を結び次第動くぞ」
「遂にですな」
「うむ、長い時がかかってしまったが」
 シャイターンは不敵な笑みを浮かべた。
「まずは私がこの北方諸国を完全に掌握しなければならないがな」
「そしてそれからですな」
「そうだ。だが動くとなればすぐに動くぞ」
 それがシャイターンであった。
「エウロパの貴族達よ、精々今のうちに贅沢を楽しんでいるがいい」
 彼等の総督府における優雅な暮らしぶりはサハラにおいてはよく知られていた。それが彼等に対する反発をさらに強めていた。
「すぐに祖国に逃げ帰らなければならなくなるのだからな。身一つで」
「そしてあの者達の汚した地は全て我等のものに」
「そう、サハラは全て我が手に帰する運命なのだ。この手にな」
 シャイターンはまだ不敵な笑みを浮かべていた。そして右手を掲げた。
「この手の中にサハラが入る。麗わしのサハラよ、そなたは私のものとなるのだ」
 そう言うとマントを翻しその場から去った。あとにはハルシークが続いた。
 

 

第五部第二章 狩りその一


                     狩り
 マウリアはその独特の文化を長年に渡って保持している。文明は受け入れてもその根幹となるものに変化はない。それはかってのインドの文化をそのまま残しているのだ。
 マウリアの文化は他の国々の文化とは大きく違う。香辛料を多量に使った料理に独特の化粧や服装、丸みのある建物が有名であるがそれだけではないのだ。
 マウリア文化もまた宗教と密接な関係がある。多くの文化がそうであるように。
 インドで最も勢力の大きな宗教はヒンズー教であった。かつてのバラモン教にインドの風習等を取り入れたこの宗教は極めて独特な宗教観を持っている。
 輪廻転生の思想に想像、調和、破壊のサイクル。多くの神々に魔族。それ等が混在しているのだ。 
 かっては仏教にも影響を及ぼした。仏教はこの時代においてもマウリアでは大きな勢力ではない。連合においては大きな勢力であり続けてもだ。
 このヒンズー教は今も残っている。そしてマウリアの主要な宗教であり続けているのだ。
 所々に神々を祭った寺院がある。その中にはそれぞれの神の像が置かれている。
 その中の一つヴィシュヌの寺院。マウリアにおいては三大神の一人であり創造神ブラフマー、破壊神シヴァと共に篤く信仰されている神である。
 ヒンズーの教えはそのまま残っているが細部はやはり時代と共に変わっている。それは神々への信仰にも関係している。
 このヴィシュヌに対する信仰でもだ。かつては最も広く信仰されていたが今は違う。この時代で最も信仰されているのはこのヴィシュヌでもシヴァでもない。ブラフマーなのである。
 かってはその創造神という位置から理解され難く半ば忘れられた存在となっていた。時にはヴィシュヌやシヴァよりも下位に考えられていたこともある。だが教理が深く研究されるにつれその信仰が復活したのだ。
 今ではブラフマーの地位は回復された。それどころかヴィシュヌやシヴァよりも上位であるという考えまであった。
 この三柱の神々への考えは複雑である。創造、調和、破壊、この三つのいずれかに重点を置くかで考え方が大きく変わってくるのだ。かってのヴィシュヌとシヴァの勢力争いもここにあった。
 どの神がより高位にあるか、という問題はどの神話でもある。ギリシア神話においてはゼウスとポセイドン、ハーデスは兄弟でありそれぞれ天界、海界、冥界を支配している。世界を三分しているのだ。だが兄弟であり、世界を分割統治しているからといって仲が良いわけではない。むしろその逆だ。
 北欧神話においてもそれは同じである。今では違うが雷神であり農耕の神であるトールは嵐と戦の神オーディンの息子とされていた。これはオーディンを信仰する戦士階級によるものであった。かってトールは北欧において主神であり、またオーディンの正妻フリッカの兄であった。その為この二人の神もあまり仲が良くない。ここに謀略と炎の神ローゲも加わるから余計話が複雑になる。
 こうしたように多くの神話においてこうしたことがある。だがインドではこの三柱の神々が基本的に同位にあるところが独特でもある。
「インドは一つの世界である」
 よくこう言われる。事実そうであった。インドはそれで一つの完全な世界であった。
 このマウリアにおいてもそれは変わらなかった。その為に彼等は連合にも参加しなかったし、当然サハラやエウロパとも違っていた。
「マウリアだけは全く理解できない。あそこは完全に別世界だ」
「この世には二つの世界がある。マウリアとそれ以外だ」
 こうした言葉まで出て来る程である。古代よりインド世界は他の世界とは全く異なっていた。そしてそれはこの時代においても変わらない。
 ビジネスで来た連合のある企業家は言った。
「何か時間の流れが別のようだ」
 『悠久の時』と呼ばれることもある。マウリアの者にとって時間は他の者の時間とは違う。
 時は永遠に流れる。例え死んでも次の転生までの休息に過ぎない。その為今の人生での時間はほんの些細なことなのである。
 これには誰もが面食らう。特に寸暇を惜しんで働き、遊ぶことを人生と認識している連合の者にとっては理解できないことであった。
「あれだけは理解できない」
 一体どれだけの者がマウリアをこう評したであろうか。
 マウリアに魅かれる者は多い。だがそれ以上に理解できないと言う者は多い。
 マウリアの映画もまた独特である。異様に長く登場人物も多い。アクションもラブロマンスもコメディーも何でも入れる。一つの作品にだ。しかもそれだけではない。
「何故いきなり踊りがはじまるのか」
 マウリア映画を見て戸惑うのはまずこれだ。
 何の予兆もなしにいきなり人々が踊りをはじめる。人が何処からともなく現われる。
 音楽はいい。だがそこには確実にマウリア人以外には理解できないものがある。
 踊りが終わる。すると話は何事もなかったかのように再開する。しかもそれで話は終わらないのだ。 
 映画の途中で出て来た悪者が先回りをしようとする。彼の出番はそれで終わりだ。最後まで出て来ない。
「あの悪役は何処に行った」
 そういう議論まで出て来る。アメリカの壮大なスペースオペラや中国の雄大な歴史もの、日本の繊細な人間ドラマ、タイやベトナムの派手なアクションとはまた別だ。そんなものは既に全て一つの映画にまとめて入れている。
 つまり銀河の真ん中で戦争をしつつ格闘をし、歴史の中で繊細な恋愛をしつつ皆で踊るのだ。連合の映画ファンにとってこれは流石に斬新であった。だがそれは大きな誤認であった。
 一千年前からそうであったのだ。インド映画は昔から変わってはいない。少なくとも踊りも一つの作品に全てのジャンルを入れることもその頃から変わってはいない。
 だからといって一千年前からポピュラーであったかというと決して違う。その頃から異彩を放っていた。
 そして今もである。これがマウリアの文化の特徴の一つでもあった。雑多さと独特の色彩である。
 銀河の時代になり宇宙に移っても彼等は変わらない。むしろその独特の世界観は宇宙に行き更に磨きがかかった。これはマウリア人の宗教観が宇宙のそれを意識したものであったからでもある。 
 その中心である首都ブラフマーにおいてもそれは同じである。むしろ創造の神の名を冠したこの星にこそその真理はあると言ってもよかった。
 この日ブラフマーでは祭典が開かれていた。商業の神ガネーシャを祭るものである。
 ガネーシャとは象の頭に四本の手を持つ神である。その親しみ易い外見と神格から今でも人気が高い。彼は破壊神シヴァの長子でもある。
 シヴァの子の祭典が創造の神の名を冠した星で開かれるのに違和感を覚える者も多いかというとそうではない。むしろそれは喜ばしいことであった。
 何故か。それはブラフマーの度量を示すものでもあるからだ。
 確かに司るものは異なる。だがブラフマーもシヴァも同じサイクルを司る神である。その長子であるガネーシャの祭典を妨害する理由は彼等にとってはなかった。
 このブラフマーにはブラフマーの信仰者だけがいるのではない。ヴィシュヌやシヴァの信者も多くいる。ガネーシャの信者の他にも多くの神々の信者がいる。それを排他することは決してないのだ。
 ヒンドゥーの神々は連合でいうと日本の神々に似ているかも知れない。多くの神々がいて並存している。だからといって特に争うことはないのだ。
「日本人の考えは比較的理解できる」
 マウリア人はそういうことも踏まえてかよくこう言う。だが日本人は全く逆のことを言う。
「マウリアの人達の考えていることは理解しにくい」
 これは文化の違いよりも複雑な事情があった。マウリアはマウリアで一千年、いや何千年もの間その独自の文化の中にいた。日本も日本であったが彼等は日本独自の思想、宗教の他にも多くのものを受け入れて来た。
 仏教だけではない。道鏡や儒学、キリスト教もだ。日本人の哲学はそれ等をミックスさせたものであるのだ。
 だからマウリアの思想を理解し難いのだ。彼等のそれとは違っているからだ。同じ多くの神々を信仰していてもそれは似て非なるどころか全く異なるものであった。
 こうした差違がある。それが結局マウリアが連合に入らなかった理由だ。彼等はそれにより独自の世界を宇宙でも築いていったのである。
「近頃連合の動きが活発だな」
 クリシュナータは主席官邸で休憩をとっていた。昼食の後の束の間の休息である。スーツではなくマウリアの白い服を着ている。
「はい、どうやら大規模な観艦式を執り行なうそうです」
 口髭を生やした長身の男が答えた。マウリア国防省のクマラ=ラーンチである。見れば彼もマウリアの服を着ている。だが彼の服は白ではなく青である。特に服装によって何かあるわけではない。ただ個人の好みでそうした服を着ているのである。
「それは聞いている」
 クリシュナータは答えた。
「かって連合では頻繁に行われていたが」
「はい」
 ラーンチは頷いた。確かに連合では今まで数多くそうした観艦式やパレードが執り行われてきた。
「だがそれはそれぞれの国で行われてきた。中央政府が行ってきたのではない」
 クリシュナータの言う通りであった。問題はそこであった。
「今回の観艦式は今までのとは全く異なったものだ。どうやら連合が各勢力に自分達の力を誇示するつもりのようだな」
「といいますとやはりかなりのものを見せるつもりですね」
「確実にな」
 クリシュナータはその言葉に頷いた。
「今まで連合はそうしたことはしなかった。いや、出来なかったと言うべきだろう」
「内部のまとまりに欠けておりましたからな」
「それが違うということも見せたいのだろう。中央軍の存在だけではない」
「はい」
 ラーンチもそれはよくわかっていた。
「確かに連合はここ暫く中央政府の権限を強化させてきました」
 暫くといっても二三百年程である。やはり時間のスタンスが違う。
「そうだな。だがそれでもエウロパはおろか我々程にも中央政府の力は強くはなかった」
「それが中央軍の出現で大きく変わりましたね」
「軍の存在はそれだけ大きいということだ」
 それでも各国の権限は大きい。それを否定するつもりは当の連合政府にもないが。
「今や中央政府は連合各国を指導する力も身に着けだしております」
 これはキロモトの政治力、統率力もあった。やはり彼はそう言った意味でも優れた人物であった。並の政治家ではないことは確かである。
「それは大きいな。実際にそれにより行政はかなり順調に進んでいると聞いている」
「治安はかなりよくなったようです」
「そのようだな」
 それまで連合各国の内憂であった海賊やテロリストは激減した。それだけでも連合軍は価値のあるものであった。
「もっとも彼等の思惑はそれだけではないだろう」
「と言いますと」
 異星人の存在はこの時は考慮になかった。
 この銀河の向こう何十万光年に渡って人類以外の知的生命体の存在はいないことが確認されている。おそらくこれより遥か彼方には存在するであろうが彼等と遭遇するのはどう考えても今よりずっと後のことである。これはマウリアの者の時間においても同じである。
「軍のもう一つの役割だ」
「侵略ですね」
「うむ」
 ラーンチの言葉に頷いた。
「今まで連合は動くことはなかったがな」
「それは我々もですね」
「そうだ。精々国内の犯罪組織を掃討する位しかなかった」
 それは連合もマウリアも侵略戦争を行う必要がなかったからである。
 連合は北、東、南に何処までも拡がる広大な開拓地があった。資源が必要になったり、人口が多くなればそこに移住し開拓すればよいのである。土地も資源も無限と思える程ある。領土問題も新たな領土を開拓すればそれで帳消しになった。各国での星系の取り合いはあったが、それは中央政府の仲介でどうとでもなった。またこういう話にはアメリカや中国、ロシアは積極的に介入した。分け前が得られるからである。
 大国の存在も結局必要なのだ。発言力の強い存在がいないと話は進まないものだからだ。
 領土問題で敗れたら別の星系に進出すればいいいだけだ。こうした考えが連合を多くの問題があるにしろ爆発的な人口増加と発展、そして少なくとも国家同士による武力衝突、紛争は避けていたのだ。
 マウリアは南方に開拓地がある。だが彼等は連合とは違いその進出はゆっくりとしたものであった。
「急ぐ必要はない」
 彼等はそう考えていた。これはやはり彼等の独特の思想によるものであろうか。
 マウリアの開拓地もかなり広い。だが彼等は連合の様に積極的に進出することはなかった。人口の増加もゆるやかであった。その人口は一応二千億となっているが昔からマウリアの人口統計は全くあてにならない。もう三百億程いるのではないのかとも言われている。
「それは大した問題ではない」
 マウリアの者のこの発言には連合もエウロパもサハラ各国も耳を疑う。どの国もかなり正確な範囲で人口は把握している。少なくとも三百億もの漏れはない。
 これもマウリアの世界観によるものであった。かつてインドは二十世紀一説には世界最大の人口を擁しているとも言われていた。二十一世紀にはそれが現実のものとなった。だが正確な人口は誰も知らなかったのだ。インド政府ですら、である。
 人口統計すらするつもりはなかった。納税者は全人口の僅か一パーセントだという説もあれば、裏のGNPは表のそれの三倍あるという説もあった。そしてそのまま宇宙開拓に進出したのだ。そしてマウリアとなった。
「インドを一言で言い表せると言う者は一度あの国へ行ってみるといい。確実にその考えは変わる」
 誰かがこう言った。その通りであった。
 まさに混沌であった。そこには全てがあった。
 戦車の横を牛が通り掛かる。マハラジャが優雅な生活を楽しんでいるその側で先祖代々由緒正しいと言われているれっきとした立派な身分である乞食がにこにこしながら質素な食事に舌づつみを打つ。これは皮肉でも差別でもない。このマハラジャも乞食も彼等の人生を楽しんでいるのだ。
 だから今もその人口統計はアバウトなところが多かった。それを彼等は悪いこととは誰も認識していない。
「マウリアは国家を無事経営することができている。何の問題があろうか」
 彼等の主張に首を傾げながらも他の国の者は頷く。やはり彼等と他の国の者の間には理解できないものが存在しているのだ。
 その動きが緩やかなのもそれが為である。連合の進出はおそらく他の知的生命体の勢力と遭遇しない限り続くだろう。その知的生命体の勢力が存在する可能性がある星系まではまだ気の遠くなる距離がある。おそらくそれは一千年は大丈夫だった。
 マウリアはそこまで進出はしていない。一つずつ、確かに進んでいた。彼等は決して焦らない。そうしてこの一千年歩んできているのだ。これは外敵がいないからでもあった。
「ですが連合は内部に深刻な矛盾も特に存在しておりませんが」
 ラーンチが言った。内部の矛盾を外部に向けるのはよくあることだ。そもそもエウロパのサハラ侵攻も内部の人口や資源の問題の解消があった。
「そもそも連合はその矛盾を解消することにかけては他の勢力よりも遥かに有利であります」
 やはり開拓地の存在が大きかった。
「確かにそうだ」
「では何故侵略の可能性を指摘されるのですか?」
「資源だ」
「資源なら連合は星屑よりも多く持っておりますが」
「今わかっている資源はな」
 クリシュナータは思わせぶりに言った。
「だがまだ知られていない資源もある筈だ。それがどの様なもので何処に姿を現わすかで話が大きく変わる」
「かっての石油の様に」
「わかり易く言うとそうなる」
 二十世紀の戦争はこれの争奪によるものが多かった。この時代文明は石油なしでは成り立たなかったからだ。
 今は常温核融合まで使われている。だがこれでも流石に広大な銀河や超空間通信の様な膨大なエネルギーを使用するものの前では無限ではなかった。星系の電気等をかなりの長期に渡って維持できてもだ。
「より効率のいいものに魅かれるのは人の習性だ」
 クリシュナータは目の色を知的なものにさせた。
「かって石炭から石油、そして原子力にシフトしたように」
 人類はそうして進歩してきたのを知っているからこそ言える言葉であった。
「そうでなければ我々は今もあの地球にいただろうな」
「そうでしょうな」
 ラーンチはその言葉に頷いた。 

 

第五部第二章 狩りその二


「ですが今の常温核融合よりも更に効率のいいものといいますと」
 常温核融合は人類を救ったとまで言われている。これにより銀河の進出が飛躍的に伸び、そしてエネルギー問題もかなり解決されたのだ。今では改良に改良を重ね平均して初期のそれの三十倍のエネルギーを誇るまでになっている。それ以上のものとなると少し創造がつかなかった。
「それはわからない」
 クリシュナータは言った。
「私でもそこまでは読めない。だが」
「だが!?」
「それが出るとしたら何処で出るかだ。連合の中で出るのなら問題はない。おそらく中央政府が直轄して話は済むだろう」
「そうでしょうな。下手に各国に預けたならば内戦につながります」
「問題はそれが他の勢力で発見された場合だ。おそらく彼等はその国力を背景にそれを渡すよう要求してくる」
「それは容易に想像がつきますな」
 連合がどれだけ資源を持っていようともだ。より多くのものを欲するのも人間の性であった。
「当然その勢力もそれは断る。そうすれば連合は武力に訴えるだろう」
 今までの人類の歴史でよくあったことである。
「それが問題なのだ。もしこのマウリアに出たならば我々は彼等に膝を屈するか干戈を交えるしかない」
「主席はそれについてどうお考えですか」
 ラーンチはここであえて尋ねた。
「私か」
 クリシュナータはその言葉に対し顔を向けた。
「はい」
 ラーンチは頷いた。
「決まっている」 
 クリシュナータはそこで表情を硬いものにさせた。
「例え長年の盟友であっても渡せないものもある」
「そうですな。国家の誇りにも関わります」
 ラーンチはそれを聞いて安心した様に頷いた。
「国民を巻き込むことだけは避けなければならないが」
「彼等の支持があれば、ということもありますね」
「ああ」
 マウリアも民主制である。内部にマハラジャや多くの半ば独立したような勢力を持っていてもマウリアもまた民主国家なのである。民主制においては国民の意思が非常に大きな役割を果すのは言うまでもない。
「その場合彼等がどう判断するかだ」
「それによって大きく変わりますね」
「だが連合については今からある程度考えておいた方がよいな」
「はい」
 丁度そこで休憩時間が終わった。クリシュナータは席を立った。
「そろそろ行くか。充分休憩にはなった」
「はい。では午後は丁度国防問題について話し合う予定となっておりますし」
「それについても話し合おうか。いい機会だしな」
「それが宜しいかと」
「よし」
 こうして二人は部屋を出た。そして閣議室に向かった。

 閣議室では既に他の閣僚達が待っていた。彼等はクリシュナータとラーンチが入室すると席を立った。
「うん」
 彼はそれに手で応えた。そして座らせると自身の席に着いた。ラーンチもである。
「この閣議で話したいことだが」
 彼は閣僚達を見回しながら言った。
「連合の観艦式についてだが」
 一同はそれを聞きやはり、という顔をした。彼等もそれについて考えていたのだ。
「諸君はこれについてどう思うか。これで連合はおそらく彼等の力をこの銀河に誇示するであろうが」
「それだけではないでしょう」
 クリシュナータの側に座る男が言った。見れば頭にターバンを巻いた老人である。マウリア首相クベーラ=ムルワーラである。
「おそらく彼等は今後その力を背景に対外政策を積極的に行っていくものと思われます」
「何故そう思う?」
 クリシュナータはあえて彼に尋ねた。
「彼等の国力を考えますと。やはり連合の力は強大です。伊達に人類の約八割を擁しているわけではありません。それで以って一気に銀河を制圧することも考えられます」
「それはどうでしょうか」
 だがここで異を唱える者が現われた。
「ん!?」
 妙齢の女性である。マウリアの服に身を包んでいる。その容姿は艶やかでありまるで古代の女神の彫刻の様である。マウリア外相ヴァティ=エルールである。
「連合は今頃銀河を統一しようと考えているとは思えませんが」
「外相がそう考えられる根拠は何ですかな」
 ムルワーラは問うた。
「若しそうならば今までにそうした動きがあってもおかしくはありませんでした。一千年もの時間があったのですから」
「それまで連合は内部でのまとまりに欠けましたからな」
 ムルワーラはそれに対して答えた。
「ですからしなかったのです。言い換えるならば出来なかった」
「それは軍事においてですね。少なくとも経済や政治においては違いました」
「それはそうですが」
 ムルワーラは反論されてやや顔を曇らせた。
「その証拠に我々は今もこうして独自の勢力を持っております」
「文化や風習の違いも大きかったな。それに考え方も」
 ここでクリシュナータが言った。
「はい。ですがそれだけではないでしょう。実際に連合は今まで我々に対して自由貿易協定も連合への参加も呼び掛けたことはありません。連合内での会談にも一度も呼ばれたことはありません」
「サハラの会合には何度か出席していたがな」
「はい」
 クリシュナータに答えた。
「それよりも彼等の関心は国内でのことでした。そしてそれは基本的に今後も変わらないでしょう」
「外相はそう見ているか」
「はい。ですが例外もあります」
「例外!?」
 そこにいた全ての閣僚が彼女の言葉に目を向けさせた。
「はい。まずはエウロパに対してです。彼等の間には長年に渡る敵対関係があります」
 それが為に人類はこの銀河で多くの勢力に分裂したようなものであった。連合とエウロパの対立は国連を瓦解させ、そして今の人類の勢力地図を作ることになったのだ。そして武力衝突こそないもののその対立は今も続いている。彼等の間には交易なぞ全く無く、あるのは対峙と批判の応酬だけであった。
「まずはエウロパに対して大規模な武力侵攻に出ることが予想されます。そしてそこでかなりの成果を狙うでしょう」
「エウロパの滅亡をか」
「そこまではわかりません」
 エルールはそれに対しては首を横に振った。
「ですがエウロパに対してそれなりのことはすると思われます」
 それなりのこととは何か、それまでは言おうとしなかった。だがそれだけで閣僚達は顔を引き締めさせた。それ程重要な話であった。
「そうか、まずはエウロパか」
 ムルワーラはそれを聞き腕を組んで考えた。
「その時の連合の政権の政策にもよりますが」
「ふむ」
 エルールの前置きにも彼等は顔を暗くさせたままであった。
「そしてもう一つは」
 閣僚達はさらに尋ねた。
「連合はまだ何かする可能性があるのですね」
「はい」
 彼女はそれに対し頷いた。
「今度は資源の問題です」
 クリシュナータとラーンチはそれを聞きやはり、という顔をした。
「仮定の話ですが若し他の勢力において何かしらのレア=メタルが多量に発見された場合です」
「レア=メタルですか」
「そうです。それの用途によっては連合はそれを手に入れる為に動くでしょう」
 クリシュナータはそれを黙って聞いていた。そして自分と同じ考えなのに驚愕していた。
(まさか私と同じ考えとはな)
 だがそれは顔には出さない。ただ話を聞いている。
 エルールは話を続ける。真摯なものであった。
「それによっては我々も連合と戦わなくてはなりません。その準備はしておくべきであると思います」
 彼女はそう言うと他の閣僚達を見回した。
「皆さんはどう思われるでしょうか」
 彼等は何も語らない。連合と対峙するにはそれなり以上の覚悟が必要だからだ。クリシュナータはそれを見ながら憮然としていた。
(ここで誰か言って欲しいが)
 彼自身が言うのには抵抗があった。ここは他の者を立てたいからだ。
(いないか)
 それが残念だった。彼はそれを見て意を決した。
(やはり私が言おう)
 だがここで一人の男が口を開いた。
「外相」
 それはラーンチであった。
「国防相、何かお考えが」
「はい」
 彼は微笑んで答えた。クリシュナータはそれを見て内心会心の笑みを浮かべていた。
(よくぞ言ってくれた)
 ラーンチはそれを知ってか知らずか言葉を続ける。 

 

第五部第二章 狩りその三


「外相の御意見ですが」
「はい」
 一同彼の次の言葉を待ち固唾を飲む。
「私は賛成致します」
(よし)
 クリシュナータはそれを聞き内心笑った。
「我がマウリアでそうしたものが発見された場合連合はすぐに力づくでも手に入れようと行動に移すでしょう。そうなった場合今のままでは到底対処できるものではありません」
「国防相もそうお考えですね」
「当然です。これは国防省の総意と受け取って頂いてもいいです」
 そう言い切った。
「すぐに新たな防衛計画、戦略計画を立案すべきです。対連合用の。外相もそうお考えでしょう」
「はい」
 エルールは笑顔で頷いた。
「首相はどうお考えでしょうか」
 二人は同時にムルワーラに尋ねた。見れば彼は腕を組んで考えている。
「私ですか」
「はい」
「そうですな」
 彼は腕を組みながらまだ考え続けた。そして口を開いた。
「私も外相と国防省に賛成致します」
 これで決まりであった。マウリアは国防計画の見直しとマウリアへの備えを決定して午後の閣議を終えた。クリシュナータはそれから自身の執務室に戻った。
 ペンを取りデスクワークに取り掛かっている。暫くして電話に手をかけた。
「情報本部に頼む」
 そして情報本部長に電話をかけた。やがて本人が出て来た。
「まだ残っていてくれたか。もう帰ったかと思ったが」
「何かあるかな、と思いましたので」
 本部長は答えた。彼は勘がいいことで知られている。
「そうか。では私が言いたいこともわかるな」
「はい」
 本部長は答えた。
「情報部員を何人か出してくれ。いけるか」
「はい、すぐにでも」
「そうか」
 クリシュナータはそれを聞き微笑んだ。
「では早速出そう」
「今度はオムダーマンですか」
 マウリアの情報部員の活動先はサハラである。やはり隣の戦乱に明け暮れる地域からは目が離せなかった。だが今回は違った。
「いや、連合だ」
 彼は言った。
「連合ですか。やはり例の観艦式で」
 本部長は特に驚かなかった。情報に携わる者として各国に情報部員を送り込むのは常識だからだ。
「それもあるがそれだけではない」
 クリシュナータは答えた。
「恒常的に送っておきたいのだ。そうだな、できれば連合の主要各国にもだ」
「それはまた大掛かりですな」
 本部長もそれには驚いていた。だが声には出さない。
「何かあったのですか」
「何かあってからでは遅い。そうではないか」
「確かに」
 事前に防ぐに越したことはない。何事も。
「では頼むぞ。中央政府に重点を置く」
「はい」
「そして日米中露だ。あとは旧太平洋諸国、そしてブラジルやアルゼンチンだ」
 送る先を次々に言っていく。
「他にはイスラエルにトルコ、とりあえずはそれでいいな」
「わかりました」
 本部長は答えた。電話越しに頷く。
「気付かれないようにな、くれぐれも」
「それは心得ております」
「ならいい。頼むぞ」
「はい」
 こうしてマウリアの連合への諜報活動が開始された。それは迅速にして徹底したものであった。
「友好関係にあるからといって油断してはいけない」
 クリシュナータはそう考えていた。
「この銀河は生き馬の目をくり抜いてでも生きていく世界だ。とりわけ政治は」
 極めて現実的な視点からそう見ていた。
 彼はそういう意味で現実主義者であった。そしてそこに妥協はなかった。
「これからどうなるか誰にもわからない。神々以外は」
 そう考えていた。そしてその考えのもとに動いているのだ。
「だが我々は我々のできる限りのことをしなければならないのだ。それが今の人生でするべきことだ」
 彼もまた輪廻転生を信じていた。それはマウリアの者にとって永久不変のものである。
 夜になっている。街の灯りが見える。
「美しいな」
 クリシュナータは夜景が好きだった。それを見て仕事の疲れを癒すのが常だった。
「この夜景を守る為にもな。手を尽くさなくてはならない」
 そしてまた仕事に戻った。彼はそうして深夜まで仕事を続けた。

 マウリアの諜報部員が入ってきているという情報は連合中央政府にも入っていた。八条はキロモトからそれを聞いた。
「マウリアからですか」
「そうだ。おそらく今回の観艦式の件でだろう」
 キロモトは電話で彼に対して言った。
「彼等にとっても今回の観艦式は関心があるのだ。当然といえば当然だが」
「そうでしょうね。元々そうした宣伝も兼ねていますから。他の勢力への」
「うむ。だが彼等が諜報部員を送り込んできたのはおそらくそれだけではないだろう」
「といいますと」
 八条は問うた。
「我々の今後の行動も監視したいようだ」
「まさか我々がマウリアに侵攻するとでも考えているのでしょうか」
「おそらくな。我々の軍事力を警戒しているようだ」
「それは当然ですが」
「しかし我々には彼等に対して武力行使を行う意図はない、と言いたいのだろう」
「はい」
「だが彼等はそう考えないこともわかっているね」
「はい」 
 それがわからぬ八条ではなかった。
 隣により国力の高い国があった場合それを警戒するのは常である。連合内でも政治的経済的にそうしたことはある。言うならば国際情勢の常識である。
「そういうことだ。だからこそ彼等は動いた」
「どうなさるおつもりですか」
「とりあえずは彼等にある程度の警戒をしておこう。だが緩めにしておくべきだ」
「何故ですか」
「特に警戒する必要もない。国家機密に触れるならばその時点で捕らえるなりしたらいい。そして送り返す」
「送り返すということは荒立てるつもりはないということですね」
「そうだ。私は彼等に対して何かするつもりはない。例えマウリアに何があろうとな」
「それは何故ですか」
「そこまでして手に入れるものがあるかね。我々は今でも資源には困ってはいない」
「私もそう考えます」
「少なくともマウリアに対しては」
「マウリアには、ですか」
「そうだ。マウリアの地形は複雑だ。それに彼等との交易で得られている利益も大きい」
 連合各国にとっても中央政府にとってもマウリアは重要な交易相手である。そこから得られる利益は無視できない。
 だからこそ彼等は今まで友好関係を維持できたのだ。貿易摩擦は起こってもそれが深刻な問題に発展することはなかった。
 これが重要であった。利益が得られる相手に戦争を仕掛ける国はない。だからキロモトもそう言ったのだ。
「もし資源が必要なら交易で手に入れればいい。マウリアに対してはそれができる」
「はい」
「だがエウロパやサハラ各国に対してはどうかわからないがな」
「ですね。特にエウロパは」
 ここでも仇敵関係が深く影響していた。
「そうだな。だがエウロパには出ないだろう。ただでさえ資源の問題でも悩んでいるというのに」
「ええ」
「サハラだとわからないな。彼等の行動次第だ」
 サハラについては連合はエウロパやマウリアのそれ程詳しくはない。ハサンとは交易を行い友好関係にあるがそれ以外とは疎遠である。オムダーマンについても対岸のこととしか考えてはいないのが実状だ。
「マウリアの諜報部員のことが出たが我々もマウリアには既に送り込んでいる」
「はい」
「エウロパにもな」
 これはハサンからのルートで入っている。宗教家や企業家等と身分を隠して入るのだ。
「ただエウロパに送り込むのは人を選ばなくてはならないから大変だ」
「そうですね。我々が人種で悩むのは皮肉なことです」
 エウロパは白人の勢力である。これは彼等が欧州をルーツとしているから当然といえば当然である。
 連合は極めて多くの国家、民族にそのルーツがある。アジア系にヨーロッパ系、アフリカ系、アボリジニーと人種は全ているようなものである。そしてそれに加えて混血が進んでいる。純粋な白人は極めて少ない。その格好の例がアメリカである。今の大統領マックリーフは金髪碧眼の黒人である。他の国々も事情は同じである。青や緑の目を持つアジア系もいれば黒い縮れた髪の白人もいる。連合らしいと言えばそれまでだが時として問題も生じる。
 それがこのスパイの人選である。サハラたマウリアに送り込むのには比較的困らないがエウロパに対しては困る。純粋なヨーロッパ系の者が極めて少ないのだ。
「ロシアも違いますしね、どうも」
「そうだな。彼等も今ではかなり混血が進んでいる」
「歴史的にそういうところがありましたし」
 ロシア人がモンゴル人の血が入っていることを言っているのである。
「おかげで一人潜り込ませるにもまずは人選で四苦八苦だ」
「整形も限度がありますし」
 例え肌や目の色を変えても限度がある。純粋な白人ではないのだ。
 またこれがエウロパの機密保持に大いに役立っていた。何しろスパイが限られるのだから。
「あちらの人間をダブルスパイにするのも難しいな」
「それも順調には進んでおりません」
 エウロパ中央政府や各国の官僚や軍人を買収したりしてこちらに取り込むこともしている。だが上手くはいっていない。警戒が強いのだ。
「もっとも彼等もこちらに仕掛けておりますが」
「わかっている」
 キロモトは答えた。
「そちらの調査も調べるよう指示を出している」
「内務省にですね」
 各国の権限が強くとも内務省は一応ある。その役割は限られたものであるが。
「向こうもそれはわかっているがな。しかしこうしたことはどうしてもイタチゴッコになってしまう」
「仕方ありませんよ。向こうも必死ですから」
「ははは、それはそうだな」
 キロモトはそれを聞いて笑った。
「そう考えると何かスパイ小説のようだな」
「あそこまで激しくはないですが。しかしスパイ戦というのはこうしたものでしょう」
「確かに。まあ今のところは破壊工作までは考えていないようだがな」
「だとすれば脅威は少ないです。テロリストよりは」
「そうだな。ところでそのテロリストの方はどうなっているかね」
 ここでテロリストに話を向けた。
「はい、それですが」
 八条は応えた。
「二つの部署に対策を命じました。今活動中です」
「二つか。何処と何処かね」
「グリーンベレーと国防省のテロ対策チームです」
「テロ対策チーム・・・・・・。確かアラガル長官の」
「はい。既にこの太陽系に潜伏していると思われる者達には彼を当たらせます」
「そして外部から来る者にはグリーンベレーを当てるというわけだね」
「そうです。二段の備えでいきます」
「そして首都の防衛、警護にあたる軍の数を大幅に増やす」
「その通りです」
 彼は答えた。
「これなら問題はないと思います。どう思われますか」
「それもいいと思うよ」
 キロモトはそれを了承した。
「元々国防のことは君に殆ど任せているからな」
「はい」
 これがキロモトのやり方であった。彼は部下に仕事を任せるのだ。そして自身はそれを監督し余程のことがない限り口は出さない。それが彼の大統領としてのあり方だった。
「仕事を任せてもらわないと人は働かない」
 彼は自著でそう書いている。
「だが上司は放任すればいいのではない。常に見守り、危ない時には助けることが必要である」
 そしてその持論通りにやっているのである。責任は彼が負う。部下にいい仕事をしてもらう為に。それが部下達の厚い信頼のもとにもなっていた。
 八条もそれは同じであった。生真面目で学者肌の伊藤とはまた違いおおらかで度量の広い彼の下につけたことを彼は幸運に思っていた。
「よろしく頼むよ。私が言うことはそれだけだ」
「はい」
 失敗は許されない。今回の観艦式は連合の威信がかかっているのだ。
「何としても成功させなければならない」
 中央政府の誰もがそう考えていた。そして彼等はその為に働いているのだ。
 キロモトとの話を終えた彼は国防省に戻った。そしてグリーンベレーの本部に電話をかけた。
「ンガバ大佐はどうしていますか」
 彼は電話に出た将校にそう問うた。
「隊長は今作戦会議室におられます」
 その将校はそう答えた。
「作戦会議か。どれだけかかります?」
「そうですね」
 おそらく時計に目をやったのだろう。暫く間があいた。
「あと一時間程だと思います」
「そうですか。では会議が終わったら私に電話するよう伝えて下さい」
「わかりました」
 それで電話を切った。次に対策チームに電話をかける。
 アラガルはいなかった。出た事務員がこう言った。
「長官は既に自ら調査に当たっておられます」
「長官自らか」
 彼が実戦派なのは知っていた。だが今回動くとは思わなかったのだ。
 長官という役職のせいであった。普通は中央に留まりそこから指示を出すものだからだ。
「陣頭指揮か」
「はい。そちらの方がやり易いということで」
「そうか」
「何かお考えですか。宜しければお伝えしますが」
「あ、いや」
 意外と勘のいい事務員である。八条はその言葉に少し戸惑いを感じた。
「いいです。長官にお任せします。専門ですし」
「わかりました」
「くれぐれもね」
「何でしょうか」
 八条はここでその事務員に伝言を頼んだ。
「必ずやテロリスト達を一掃してくれ。だが無茶な行動はしないでくれと」
「それについては長官から伝言があります」
「私に!?」
 八条は思いもよらぬその伝言に思わず声をあげた。
「はい、実は長官は国防相が電話されることをもう予想しておられました」
「そうだったのか」
 流石に探偵をやっていただけはある、そう思わざるをえなかった。
「そして私に伝言を残して下さいました」
「何と」
「テロリストは一人残らず絶対に捕らえると。ただし荒っぽい行動は目を瞑って下さいと」
「何と」
 先程彼が伝えるように言った伝言に対する答えそのままであった。彼はそれを聞いて思わず苦笑した。
「どうやら長官は私が何を考えて何を言うかわかっていたようだね」
「そのようで」
 事務官も笑っていた。案外面白い者のようだ。
「ではここは長官に全てを任せるとしよう。私が口を挟むとかえってよくない。長官に伝えて下さい」
「はい」
「全て任せると。責任は私持ちです」
「わかりました」
「よろしく頼みますよ」
 こうして電話は終わった。そして八条は時間を空けてグリーンベレーに電話をかけた。
「はい」
 出て来たのは若い士官であった。先程の者とは違っていた。
「ンガバ隊長はいるかな」
「はい、こちらに」
 見ればもう一時間経っている。暫くしてンガバが出て来た。
「お待たせしました」
 その力強い声で言った。
「いやいや。ところでそちらの作戦の進行状況はどうですか」
「はい、かなり順調に進んでおります」
「そうか。それはよかった」
「ただ一つ気になることがあります」
 ここで彼の声が曇った。
「気になることとは」
「はい、それですが」
 彼は話をはじめた。それによるとどうやらテロリスト達は市民団体を装って入ろうとしているらしい。
「いつもの手口か」
「はい。彼等とつながりのある団体が協力しているようです」
「協力ではないですね。おそらく彼等の表向きの名前が違うだけです。中身は同じだ」
「そうのようですね」
「懲りない連中だ。そんなものに騙されると思っているのか」
「少なくともマスコミの一部は騙せているようです」
「ごく少数だけでしょう。それにそのマスコミとやらも連中と結託している」
 今だそういった市民団体やマスコミは存在していた。彼等も多くの利権を持ち、それを背景にして動いているのだ。
「そういった怪しげな団体には前もってマークはつけていますが」
「はい、それをもとに今現在かなりの数のテロリストを拘束しております」
「しかしそれでもまだ足りないかも知れませんね」
「そうですね。連中も整形したり身分を偽造したりしています。実際にそうした者も捕らえております」
「指紋や手形もやっていますね」 
 連合においては指紋や手形で照合することが多い。それで空港の出入のチェックも行っているのだ。
「はい、それはもう。ただそれも整形している場合がありました」
「それでよくわかったね、その者がテロリストだと」
「犬が教えてくれました」
「犬が」
 連合軍も軍用犬を使っている。ドーベルマンとシェパードから品種改良した犬だ。黒く引き締まった大型犬である。賢くかなりの体力と瞬発力を誇る。嗅覚も優れている。
「匂いで感じたようです。そしてそのテロリストを拘束しました」
「匂いか」
「はい、調べてみたところ小型の爆弾を携帯しておりました。危ないところでした」
「そうですか。だが捕まって何よりです」
「それもあり犬の数を増やしました。すると検挙数が飛躍的に上がりました」
「それは何よだ。まさか犬が活躍するとは思いませんでした」
「ええ。ですが嬉しい誤算でした」
「嬉しい誤算ですか」
 軍事においても時としてこういうことがある。思わぬところから成果が現われたりするものなのだ。
 無論これには逆もある。事前にそれに気付くか、気付かないかという問題は所謂センスが大きく関わってくる。それはどのジャンルでも同じことかも知れない。
「今では科学面と合わせて使っています。その結果テロリストの中には諦めた者もいるようです」
「ふむ、それはいいことです。だが彼等はまた来るでしょうね、隙を見て」
「その時こそ捕らえてやります。こちらも逃がすつもりはありません」
「よし、頼みますよ」
 八条はそれを聞いて強く頷いた。 

 

第五部第二章 狩りその四


「ところで」
 ここで話題を少し変えた。
「既に侵入してしまったテロリストに対してはどうしていますか」
 監視網をかいくぐった者について言及した。
「ハッ、それですが」
 ンガバはここで言葉を厳しくさせた。
「首都防衛部隊及び警察と密接に関係をとり人員を回しております。こちらでも軍用犬を使いかなりの成果を挙げています」
「そうか。それならいいですが」
 八条はそれでも言葉を付け加えた。
「だが油断をしてはいけないと言わせてもらいます。我々は彼等を一人残らず捕らえなければならない。しかし彼等は一人でも逃れることが出来れば目的を達成することができます」
「わかっております」
 テロの怖ろしさは彼が最もよく知ることであった。そうでなければ特殊部隊の隊長は務まらない。
 だからこそテロは脅威なのだ。そして対策には万全の注意を払わなくてはならない。
 八条もそれはわかっている。ンガバに慎重に話をするのもそのせいだ。
「一人残らず捕らえて下さい。さもないと大変なことになりかねません」
「はい」
 ンガバが電話の向こうで頷いた。
「観艦式を狙う者は一人残らず捕らえます。必ずや」
「頼むよ」
「お任せ下さい」
 こうして電話による話し合いは終わった。八条は電話を切るとまず一息ついた。
「さてと」
 彼は前を見た。
「大変なのはこれからだな。おそらく敵もこれまでよりも多くなる。そして」
 彼の目が怪訝の色を宿した。
「何をしてくるかわからない。だが絶対に防がなければならない」
 彼は次には首都防衛軍に電話をかけた。こうして担当部局全てに対策を打った。これも国防相の任務であった。

 アラガルは自らテロリストの摘発に当たっていた。黒いスーツの上にクリーム色のコートを着て雨の夜の街を歩いている。
 彼は一人だった。周りに人の気配は全くない。
 狭い道だ。左右には古いコンクリートの建物がある。アスファルトの端からは雑草が顔を出している。
「こんなところにも生えるのか」
 アラガルをそれを見て呟いた。
「信じられない生命力だな。人間より上だ」
 素直に賞賛の言葉をかけた。
「だが私もこの草と似たようなものだな」
 自嘲を込めてそう呟いた。
「何度倒されても立ち上がらなくてはならない。この草と違うところは自分の意志でそうしなければならないことか。いや」
 言葉を替えた。
「この草も同じだな。自分でアスファルトを突き破らなくては顔を出して生きることもできない」
 その通りであった。草は陽の光を浴びて生きている。生きる為には陽を見なければならない。
 だがこうしたところではそれは容易ではない。固い舗装された壁を突き破らなくてはならないのだ。
「人の一生も同じだ。前の壁を突き破らなくては生きていけない。そのうえそれで自分で食べる方法を見つけなくちゃいけない」
 ドライな言葉であった。彼はそうした言葉を呟きながら道を進む。
 雨は決して強くはない。だが降り続け彼の肩を濡らしていた。
 それに構わず進む。そしてあるビルの前に来た。
「ここか」
 彼はそのビルを見上げて言った。見れば上の方に光が灯っている。弱い光だ。
 ビルの周りを調べる。すぐに入口が見つかった。上に続く階段がある。
 アラガルはそこに足をかけた。そして上に昇っていく。
 思ったより高いビルである。だが彼は息一つ切らさず一歩一歩進んでいく。
 コツーーン、コツーーンという音がする。そして扉の前に来た。そこには看板がかけてあった。こう書いている。
『連合の平和と人権を守る会』
「絵に描いた様に胡散臭い名前だな」
 アラガルはそれを見て思わずそう言った。まさにその通りであった。
 こうした団体の特徴としてもっともな名前をつけるものだ。その実態がどれだけあやしげなものであってもだ。
 アラガルは扉を叩くようなことはしなかった。まずは扉に耳を近付けた。
 何やら話をしている。ヒソヒソと声が聞こえる。
「どうするのだ」
「やはりすぐに動くべきか」
 扉の向こうがどういう構造になっているかわからない。だが扉のすぐ向こうにいるのは確かだ。
「よし」
 アラガルはまずは身体を引いた。そして銃を取り出した。レーザーガンだ。
 それを放つ。扉は瞬時にして破壊された。
「!」
 中にいた者達の気配がした。どうやらかなり焦っているようだ。
 アラガルは破壊された扉をくぐった。そして中にいる者達に発砲した。
「うわっ!」
 頭の禿た中年の男だった。彼は胸を撃ち抜かれその場に崩れ落ちた。
 部屋の中は事務所だった。簡素な部屋に幾つかの椅子と机がある。そしてその中央にはソファーが置かれている。
 禿た男はそのソファーのところにいた。側にも何人かいる。
「中央政府の者か!」
 その男の側にいた若い男が懐から銃を取り出そうとする。だがアラガルはそれより前に彼の額を撃ち抜いた。
「答える必要はない」
 彼は言った。そして奥に逃げようとした男の背中を撃った。
「テロリストは一人残らず消す。それだけだ」
「我々が行うのはテロではない!」
 机に座っていた。髭面の男がそう叫んだ。
「我々が行うのは連合を正しい道に導くことだ!」
 ヒステリックに叫ぶ。どうやらこの男なりの理想を持っているようだ。
「我々は連合軍に反対する。それは連合の平和を願ってのことだ!」
 だがアラガルはそれには耳を貸さない。演説をよそにライフルを持って来た女を射殺した。彼にとってテロリストの性別は関係ない。テロリストは皆倒すべき敵なのだ。
「連合軍は強大な力だ。その力は各国を圧するものに他ならない!」
 髭の男は同志達が次々とアラガルに撃ち殺されているというのに逃げるわけでも戦うわけでもなく一人演説を続けている。その様子が正常でないことは誰にもわかった。どうやら何か麻薬を打っているらしい。その証拠に目の光が異常だった。狂気が見てとれた。
「そして連合軍は各国に侵略を開始するだろう。サハラにもマウリアにも。そしてエウロパにも」
「エウロパ」
 アラガルは逃げようとした中年の女の後頭部を撃ちながらその言葉を呟いた。
「そうか、そういうことか」
 そして彼は全てを理解した。
「我々はそれを食い止めるものである。断固として連合軍の観艦式を阻止する!」
「もう言い。黙れ」
 アラガルはそう言うと彼に銃を向けた。そしてその胸を撃った。
 男は心臓から血を噴きだしながら後ろに倒れた。即死であった。
「この者達の後ろにはエウロパがいるようだな」
 そして事務所の中を探った。もう誰も残ってはいない。皆彼に射殺されていた。
 机の中や金庫を調べる。金庫を開けるのは慣れていた。これもテロリストを相手にする探偵の仕事の一つである。彼等の秘密を探る為だ。時にはこうした一歩間違えれば盗賊の様なこともする。
「ふむ」
 金庫の中には金の他にも幾つかの書類があった。彼はそれを開いた。
 そこにはこれからの計画のことが書かれていた。観艦式の最中に空港でテロを起こすというものであった。
「やはりな何が平和と人権だ」
 アラガルは顔を顰めてそう呟いた。やはり看板は偽りであった。
 他にも調べる。死体も調べた。その結果書類や手紙が幾つか見つかった。
 その殆どがこれからの計画に関するものであった。だがそれだけではなかった。 
 その中に驚くべきものがあった。それは彼等の資金源であった。
 麻薬もあった。髭の男を見てもそれはわかる。だがそれだけではない。
 何とエウロパの諜報部員の名前もあった。ミカエラ=ステッラという名だ。
「あの女か」
 アラガルもその名は知っていた。当然これは偽名であろうがそれでも連合の諜報関係者の間では非常によく知られた名前であった。
 何故彼女の名が知られているか。数年前連合内で各国や中央政府の情報が漏洩しているのではないかという嫌疑が出て来た。
 調べてみると一人の連合中央政府の職員に当たった。その女の名がミカエラ=ステッラだったのである。
 連合諜報部は極秘に彼女の身辺を洗った。だが彼女はそれより前に姿を消してしまったのだ。
 姿を消した後彼女が住んでいたマンジョンに行くと誰もいなかった。そして何も残っていなかった。コンピューターにも記録は一切残っていなかった。
 だが綿密な調査の結果彼女が各国や中央政府の情報を巧みにハッキングしてそれをエウロパに流していたことがわかった。そして彼女がエウロパの諜報部員であることもわかった。
 彼女は実は成りすまされていたのだ。本物のミカエラ=ステッラはニカラグアの農場にいた。夫と共に牛や馬の相手をする大柄で立派な体格の女性であった。
「あたしが中央政府の職員だったって?嫌だねえ、そんなの」
 彼女はその話を聞いて豪快に笑い飛ばした。
「あたしの柄じゃないよ。あたしはこうやって畑仕事をしているのが一番性に合ってるんだよ」
 そう言ってその話を否定した。調べると血液型やデータ上での出身地は一緒だったがあまりにも顔立ちや体格が違っていた。中央政府のステッラは小柄でほっそりとしていた。そして赤い髪を持つ美女であった。
「その赤い髪も本当の髪かどうかわからないが」
 染めることも可能だ。今では染髪料もかなり進歩している。ごく自然に、しかも髪や頭皮を傷めることもなく染めることができる。昔の様に髪を染めたからといって後々禿ることを心配しなくてもよいのだ。
 眼の色もだ。データでは緑となっていたがこれもカラーコンタクトや整形で変えることが可能だ。
 ステッラの正体はここまでであった。それ以上は何もわからなかった。だがその名だけは連合内において残り続けたのだ。
「まさかな」
 アラガルはその名を見てそれまで以上に顔を曇らせた。まさかとは思うが。
「これは調べる必要があるな」
 全ての書類を収めるとそこから立ち去った。そしてビルを出た。
 雨はまだ降っていた。だが彼はそれに構わず道を歩いていった。
 この話はすぐに八条やキロモトにも伝わった。彼等はそれを聞いて顔色を変えた。
「あの女が今回の件にも関わっているのか」
 まだ連合にるということですら信じられない。とうの昔にエウロパに脱出したと誰もが思っていたのだ。
「断定は出来ませんが」
 アラガルは八条の執務室で彼に対して言った。
「しかしこの名前が出たのは事実です」
「そうですか」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「テロリストを裏で操っているというのか、今度は」
「可能性は否定できません。エウロパも今回の観艦式を快く思ってはいないでしょうし」
「そうでしょうね。彼等にとっては腹立たしいことです。連合の権威を見せつけられるというのは」
「それを妨害、あわよくば潰す為の行動でしょうか」
「今の状況では何とも言えませんね。だが」
 彼はここでそれまでアラガルの持って来た手紙に目を通していたがそこから顔を上げた。
「可能性はあります」
「はい」
 それには彼も頷いた。
「どうやら今回はさらに厳重な捜査と防衛が必要なようですね」
「そうですね、あの女が関わっているとなると」
「これはさらに捜査の手を拡げるか」
「それには反対です」
 ここでアラガルは反論した。
「何故ですか?」
 八条はそれに対して問うた。
「ここは私にお任せ下さい。既に主立った者は殆ど始末しています。残るはあと僅かです」
「その僅かの中に彼女がいるかも知れないですね」
「それはわかっております」
 彼は言った。
「むしろそれを願っています」
「強気ですね」
「強気ではありません」
 ここで彼は言った。
「私にとっては獲物なのです。テロリストや敵のスパイは」
 そしてニヤリ、と不敵に笑った。
「言うならば私は狩人です。獲物を狩る」
「そしてステッラもその中の一人」
「はい、美しき獲物です」
 彼はそう答えた。
「彼女は私が仕留めます。例え何があろうと」
「他のテロリスト達もですね」
「そうです。連合のテロリストは私の獲物です。何があろうと捕らえます」
「そうか」
 八条はそれを聞き終えて納得した様に頷いた。
「ならば彼女のことも貴方に任せるとしましょう。実は他の部署を当たらせることも考えていましたが」
「有り難き幸せです」
 彼はここでもまた笑った。
「必ずやステッラを捕らえて御覧に入れましょう」
 こうして彼はエウロパの謎の女スパイ狩りに身を投じた。
 彼は単身怪しいと思われる場所を虱潰しに探していった。その間部下達と共に既に太陽系に潜伏しているテロリストや胡散臭い市民団体を潰していった。そして徐々にステッラの影を掴んでいった。
「どうやら木星にいるようだな」
「はい、その様ですね」
 本部に戻ったアラガルに対して部下の一人がそう答えた。彼等もまたステッラを探しているのだ。
 最早ステッラの捜索とテロリストの掃討は同じになっていた。彼等は太陽系中を探し回っていた。
 木星はこの時代は既にその役割をあらかた終えていた。宇宙開拓初期にはその豊富な資源の発見及び発掘で賑わっていたが今ではその資源はあらかた掘り尽くしてしまっている。リングの小惑星群の資源もである。今ではごく少数の者が残っているだけだ。
「本当に木星にいるのでしょうか」
 その部下が不思議そうな顔をしてアラガルに言った。ダークブラウンの髪を七三に分けている。黒い瞳の銀行員の様な外見の男だ。趙虎という。台湾出身である。ダークブラウンの髪はイスラエル出身の母方の祖母からきている。
「普通に考えて有り得ませんが」
 とても人の住める環境ではない。ましてや潜伏するなどとは。
「いや、有り得るぞ」
 だがアラガルはそれに対して言った。 

 

第五部第二章 狩りその五


「むしろ隠れるには好都合だ」
「そうなのですか」
「ああ。木星にいるのはごく少数の監視員等だけだな」
「はい」
 彼等は中央政府から派遣されている。木星に逃げ込んだ犯罪者に対処する為である。
 他にも任務はある。気候や災害への監視もある。だがおおむね仕事は少ない。ここに派遣された者は往々にして一日の大半をコンピューターゲームやカード、読書、スポーツジム等において時間を費やす。そうしたことが好きな者にはいい職場と言える。
「その中にいる可能性が高い」
「またですか」
 以前も彼女はそうして潜り込んでいる。彼はそれについて言及したのだ。
「そうだ。いや、言い換えるか」
 アラガルはここで言葉を変えた。
「それしかない。木星に隠れるには」
「それはそうですが」
「芸がない、と言いたいな。あれだけのことをした大物スパイにしては」
「はい」
「趙君」
 アラガルは彼の名を呼んだ。
「人は一度したことはあまりしようとしない。この場合は」
「はい。やり方が知れ渡っていますから」
「だがそこに盲点がある」
「といいますと」
 アラガルにはもうわけがわからなかった。上司が何を言いたいのかわかりかねていた。
「発想の転換だよ。それはしそうにない。ならば人はそこには注意を払わない」
「ステッラはそこに目をつけたのですか」
「そういうことだ。こう言うと何だか推理小説のようだがね」
「確かに」
「ただし普通の推理小説と違うのは我々が直接手を下さなくてはならないことだ。探偵は謎を解くだけだけれどね」
「長官、お言葉ですが」
 ここで趙は突っ込みを入れた。
「何だい」
「そうした推理小説もありますよ。ハードボイルドで」
「おっと、そうだった」
 アラガルは自分の迂闊さに思わず苦笑した。
「それに長官もご自身で手を下されているではありませんか。探偵の頃から」
「そうだったな、どうも自分のことは棚に上げてしまう」
「それはよくないですよ。特に女性関係においては」
「そういえば最近そうした店にも言っていないな。また行きたいな」
「長官」
 趙虎がそこで怖い顔をした。
「そうしたことは任務が無事終わってから仰って下さい。不謹慎ですよ」
「済まん済まん。まあ話はそれ位にして」
 彼は趙虎を宥めたあとで言った。
「早速木星に向かうか。そして今度こそステッラを捕らえよう」
「はい」
 何はともあれアラガル達は木星に向かった。表向きは監視員の研修としてだ。
「あれ、そんなの聞いていないよ」
 木星監視の責任者はそれを聞いてすっとんきょうな声をあげた。
「中央政府の突然の決定でして」
 アラガルはそう作り話をした。
「そうだったの。じゃあいいや」
「よろしくお願いします。期間は二週間です」
「うん。短い間だけれど宜しくね」
「はい」
 彼等はすぐに捜査を開始した。まずは関心全員の身元を洗った。これは案外楽であった。
 木星の監視員は総員で百人程だ。その中で女性は四割程。僅か四十人程の中から探し出せばいいのだ。
「さて、誰かな」
 アラガルは趙虎の叩くコンピューターを覗き込みながら言った。
「思ったより早く見つかりそうですね」
「そうだな。今回は隠れ場所を発見したことが大きかった。木星だということをな」
「それが彼女にとって失態でしたかね。いい隠れ場所だとは思いますが」
「木の枝を隠すには森がいいとはよく言ったものだ」
 ここでアラガルは古い言葉を口にした。
「潜伏うるには人の多い場所の方がいいな」
「そうですね。確かに木星は誰もがまさかと思いますが」
「しかし一度察知されたらそれで終わりだ。人が少ないのが仇になる」
「そのうえ身元もわかりやすいですし」
「そういうことだ。ステッラもドジを踏んだな」
「かも知れませんね。けれどこれは我々んとっては大きいですよ」
「ああ。遂にあの女を捕らえられる」
 二人はそんな話をしながらコンピューターで検索していく。そして遂に彼女と思われる者を断定した。
「こいつだな」
「はい」
 そこには眼鏡をかけた黒髪の地味な女の写真があった。名をローザ=オーティスという。ジャマイカ出身の黒人だ。
「まさか黒人とはな」
「肌の手術でも行ったのでしょうか」
「かもな。いや、違うな」
 アラガルはホノグラフィー写真を見ながら言った。
「何か塗料を使っているな。それもかなり特殊な」
「成程、それなら問題ありませんね。塗るのが大変そうですが」
「変装にはよく使われる。よくあることだ」
 アラガル自身も使ったことがある。だからそう言えるのだ。
「ともかくこれでステッラの尻尾を掴むことができた」
「はい。後は捕まえるだけです」
「慎重に行こう。あの女は悪賢い」
「そうですね。ここで取り逃したら今までの苦労が水の泡です」
「そうだ。絶対に逃がさん」
 アラガルは強い声でそう言った。そして彼等は部屋を出た。
 すぐにステッラに網を張り巡らせる。そして彼女を少しずつ包囲していく。
「逃がすなよ」
「はい」
 彼等は次第に彼女を追い詰めていく。彼女の知らないところで。そう考えていた。
 三日後彼等は彼女の部屋の前にいた。その手には銃がある。
「出来るだけ生かして捕まえたいな」
「自白させる為ですね」
 趙が問うた。
「そうだ。エウロパのことを聞き出したい」
 スパイに対する当然の処置であった。この時代では拷問による自白は行われない。自白剤を使う。自白剤も進歩し、脳等への悪影響はなくなった。そしてその効果はより強くなったのだ。
「ことと次第によっては今後エウロパと揉めるな」
「今更という気もしますがね」
 彼等は小声で囁いている。当然ステッラに気付かれないようにする為である。
 一際大きな男が扉の前に来た。そしてその扉を思いきり蹴った。
「動くな!」
 彼等は一斉に部屋に入った。そして銃を構える。
「連合テロ対策チームだ。これだけ言えばわかるだろう!」
「ステッラ逃げられないぞ。覚悟しろ!」
 口々に叫ぶ。だがその部屋には人の気配は全くなかった。
「!?」
 彼等はそれを見て不思議に思った。いぶかしみながら部屋の中を探る。
 調べてみたが彼女は何処にもいなかった。どうやら逃げてしまったらしい。
 後でわかったことだが車とシャトルが一つずつなくなっていた。何故なのか言うまでもない。
「逃げられましたね」
 調べ終わり趙は渋い顔でアラガルに言った。
「そうだな。相変わらず足が速い女だ」
 アラガルも渋い顔をしていた。朗らかな普段の表情はそこにはなかった。
「今もこの太陽系の何処かにいるでしょうね」
「そうだな。だがもうテロリスト達を裏で操ることは出来ない。当分身を隠さなくてはならないからな」
「ですね。とりあえずはあの女の今回の観艦式への攻撃を防いだということでいいのでは」
「そういう考えもできるか」
 アラガルはそれを聞いて表情を和らげた。
「そうです。それだけでも大きいですよ。他のテロ組織は既にその殆どを潰していますし」
「あの女の手が切れたならその関連の組織も終わる」
「はい。後は小さな組織だけです。それはもう全て首に縄をかけてあります」
「その連中を捕らえていけばいいか。これで観艦式はとりあえずは無事に行えそうだな」
「ええ。しかしその為には苦労しましたよ」
「そういうものだ」
 アラガルは言った。
「一つの行事を行うにあたって色々と準備が必要だ。我々はそのうちの一つを行ったのだ。仕事として」
「大変な仕事でした」
「そうか?」
 アラガルはそれに対して不敵に笑ってみせた。
「私にとては実にいいゲームだったが。多くの獲物を狩ることができた」
「長官にとってはテロリストは獲物でしたね」
「そうだ。最高の獲物だ」
 その顔にいつもの笑みが戻っていた。
「これは止められない。一度覚えると癖になる」
「狩りの愉しみですね」
「ああ。私はこれからもこの狩りを続ける。テロリストとスパイを狩ることをな」
 ニヤリと笑う。そしてボルサリーノをかぶる。
「では戻るか、シンガポールに。ここの所長には既に事情を話してある」
「驚いていたでしょう。まさかここにステッラがいたとは夢には思いませんから」
「呆然としていたよ。まあ当然か」
 これは無理のないことであった。
「とりあえず扉の修理費を国防省の会計部に話をしておきましょう」
「そうだな。かなり骨が折れるが」
 会計部はかなりのしまり屋で知られている。軍や国防省の一般会計を取り扱っている。とかく出費の多い軍にあってはそれも当然であった。
「それが一番辛い戦いになりそうだな」
「狩りではないのですね」
 趙がここで突っ込んだ。
「残念だがな。私はそうしたお金の話は苦手だ。只でさえ無駄な出費が多いとあちらからは言われている」
「長官は何事も派手にやり過ぎるからですよ」
「だがそうでなくては狩りは面白くない」
 彼は不平を露にして言った。
「地味にやるのは私の性に合わないんだ。やはり派手にやらなければ」
「かといって不必要に火器を使うのは」
「私にとっては不必要じゃないんだ」
「それは会計部に言って下さい。私に言わずに」
「趙君」
 彼はしかめっ面で趙に顔を向けた。
「君も案外冷たいな」
「今頃気付かれたのですか」
 彼はそれをあっさりと受け流した。
「ですがこれは冷たいのではありませんよ」
「では何だ?」
「ごく当たり前のことを申しているだけです。常識を」
「常識をふりかざすのは嫌いだ」
「長官は度が過ぎます」
「やれやれ。では君は私が直接会計部と話をするべきだと思っているのか」
「はい」
「その結果対策チームが不利益を被ってもいいのだね」
「チームは不利益なぞ被りませんよ。長官が始末書を書かれて扉のお金を払わされるだけで」
「それが対策チームの不利益なのだが」
「長官とチームはまた別です。責任はご自身でどうぞ」
「ではいつも通りか」
「はい。始末書を書かれるのはもう慣れておられる筈です」
「ふう」
 アラガルはそれを聞き溜息をついた。
「何か作戦の度にこうして始末書を書いている気がするな」
「自業自得です」
 趙の言葉が締めとなった。彼等は観測所を後にした。そして地球へと戻っていった。
 何はともあれ彼等とグリーンベレーの活躍によりテロ組織は今回の観艦式への妨害を防がれた。そして観艦式は無事行われることとなった。 

 

第五部第三章 巨大戦艦その一


                   巨大戦艦
「ステッラ!?」
 モンサルヴァートは連合で起こったスパイ事件を聞き思わずそのヒロインの名を言った。
「ご存知ですか」
 それを報告したプロコフィエフは表情を変えることなく問うた。
「一応はな」
 その名は彼も知っていた。以前の連合の事件のことは彼も聞いていた。
「私は諜報部にはこれといて知り合いもいないので詳しくは知らないが」
「かなりの腕を持つエージェントなのは間違いないようですね」
「そうだな。それはまだ連合にいたことでもわかる。よく今まで捕まらずに済んだものだ」
 彼は感心したように言った。
「ただテロを操るというのはあまり褒められたことではないが」
「確かにそうですが」
 二人はあくまで軍人である。そうしたことは好まない。
「結局それは失敗したようだがな」
「はい」
「問題はそれが誰の指示で行われたか、ということだが」
「おそらくは彼女の独断でしょう」
「何故そう断定できる?」
 モンサルヴァートはプロコフィエフの言葉に思わず顔を上げた。
「私が聞いたところによると彼女は本部から連合内部の活動には全て委任されているそうです」
「そうだったのか」
「前の中央政府及び各国に対する行動が高く評価されたそうです」
「ふむ」
 モンサルヴァートはそれを聞き考え込んだ。
「だがそれだけではないだろう」
「といいますと」
「それだけで全権を任されるとは思えない。ましてや相手は連合だ」
 彼の疑念は当然と言えた。三兆の人口と圧倒的な国力を擁する連合である。そこにおける諜報活動の全権を任されるには相当なことがない限り難しいのは言うまでもないからだ。
「他にも功績があったのではないか。我々の知らないところで」
「確かに」
 プロコフィエフもそれを聞いて頷いた。
「諜報部の活動は表には出ない。出たら困るものだ」
「はい」
 これは昔から変わらない。情報を収集、分析にるにあたってそれが外部に漏れたら何の意味もないからだ。それにより敗北した国家は星の数程ある。
 だからこそどの国もそれの隠蔽、保持には細心を払ってきた。それを漏洩することは万死に値するのは言うまでもないことである。
「それは我々に対してもだ。何処に目や耳があるかわからないからな」
「連合の手の者ですか」
「他にもいるがな。だが彼等が我等の中に最も入り込み易い」
 人種の問題でだ。サハラ各国やマウリアは肌や髪、目の色があまりにも違い過ぎる。彼等のルーツがアラブ、インドであるからそれは仕方のないことであった。かなりの多民族から構成された連合とはここが違うのだ。
「それでも比較的少数だろうが」
「変装はやはり限界がありますから」
 ステッラ程上手く変装できる者はそうそういないものである。それが現実だ。
「その点では我々の方が恵まれているな」
「ええ。実際にかなりの数の諜報部員を送り込むことに成功しているようですし」
 エウロパから連合にスパイを入り込ませるルートは総督府を使う。そこからサハラ東方のハサン王国を経由して入り込むのだ。当然観光客やビジネスマン、企業家等身分を偽ってである。
 もう一つルートがある。宗教を使ったものだ。
 この時代もバチカンは健在である。今では他の宗教、ギリシアや北欧の神々も復活しているがキリスト教の存在が忘れられたわけではない。エウロパの者もこの時代では複数の宗教を同時に信仰するようになっている。
 すなわち古代ギリシアや北欧の神々への信仰とキリスト教への信仰を並立させているのだ。中にはカトリックとプロテスタントの一派を同時に信仰する者もいる。信徒の人口だけで見るとエウロパは三千億になる。連合は十三兆だ。これは宗教の数が異なるからである。
 そのキリスト教の最大勢力はこの時代においてもカトリックである。ローマ=カトリック教会はローマからエウロパに拠点を移してもその権威は変わることがなかった。
 流石に軍隊は持ってはいない。かってのように。バチカンに誤謬はない、とも言わない。これは言う必要がないからであるが。だがその権勢は二十世紀から衰えてはいなかった。
 やはりキリスト教はエウロパにとっては絶対のものであった。古代の神々が無意識下にある存在とすればキリスト教は意識の存在である。彼等の信仰と精神は二段になっているのだ。
 そのバチカンの武器は信者である。彼等は聖書や聖歌の売り上げや信者達の浄財で生きている。その収入は途方もないものだ。バチカンが財政に困ることなど有り得ないことであった。
「バチカンは永遠に絶対の存在である」
 連合の国の一つカナダのある哲学者がこう言った。彼もまたキリスト教徒でもあった。でもあったとするのは彼が仏教徒でもあったからだ。連合においてもキリスト教徒は多い。当然イスラム教徒も存在する。連合の宗教は極めて難解なパズルとなっている。
 ここが極めて重要である。連合にはカトリックの信者もいるのである。極めて多くの国家、人種、民族から構成されている連合において宗教を規制することなぞできはしない。中央政府も各国も信仰の自由は認めている。何度かこれについて規制の意見も出たがその度に強烈な反対に遭っている。その中には怪しげな宗教が存在していても、である。
 エウロパはそこにも目をつけた。カトリックの信者が存在する以上司教達も行かざるを得ない。連合にも神父や枢機卿が存在する。実際にはエウロパにいるカトリックの宗教家より連合各国にいる彼等の方が圧倒的に多い位である。
 エウロパ本土からカトリックの司祭達の往来もある。この場合に限りガンタース要塞群とニーベルング要塞群の堅い門は開かれる。時には法皇自ら行くこともある。
 そうした宗教家達の中にスパイを紛れ込ませるのである。相手が宗教家であるならば敵もチェックが緩やかになる。下手に厳しくしようものならば信者達から何を言われるかわかったものではない。実際にとある枢機卿の法衣に触れてチェックしたガンタースの兵士が後で連合内部のカトリック信者達の吊るし上げに遭った。これはこの兵士がプロテスタントでありメソポタミアの神々と道教を信仰していたことから事態はさらに深刻化した。
「カトリックの枢機卿だから厳しくチェックしたのではないか」
 こうした意見もあった。だが多くは枢機卿様を侮辱した、ということであった。紅の法衣の権威は変わることがなかった。ましてや法皇なぞ触れたならばその場で信者達に処刑されそうなものであった。やはりバチカンは触れてはならない絶対的な存在であった。
 ましてや彼等は対立を謳ったりはしない。最早政治のことには介入しない方針となっている。ただ信仰の世界に生きているのだ。だが影響力があるのは否定できない。
 そして信頼もあった。権威と信頼は時として同じものだ。バチカンはエウロパにありながら連合からも信頼されている唯一の存在であった。
 だからこそ連合各国も表だっては行動できなかった。そこに工作員が紛れ込んでいることがわかっていてもだ。自然と戦いは陰にこもったものになっていた。
 だが表立って行えない以上行動には制限がある。結果としてこちらのルートがエウロパのスパイにとっては最も安全で効率のいい道であった。
「あまりバチカンを利用するのは感心しないが」
「手段を選んでいいものではありません」
「それはわかっている」
 だがそれが好きだということにはならない。モンサルヴァートは不快感を露わにしていた。
「バチカンは何も言わないがな」
「連合と我々の関係も熟知しているでしょうし」 
 バチカンが政治について発言しなくなったのはこれも関係していた。言及するにはあまりにも危険だからである。それ程までに連合とエウロパの対立は深刻であった。
「知っていて黙認するしかないということか」
「でしょうね。連合も表立って批判はできませんし」
 バチカンを批判すればそれだけで失脚は確実である。例えどの国の政治家であっても。中には命を狙われた者すらいる。信者の中には過激な者もいる。バチカンこそ絶対の正義であると確信する者もいるのだ。
「それを諜報部は利用しているところもあるな」
「はい。そしてそれは比較的上手くいっています」
 ただし連合側もこれは利用している。お互い様と言えた。
「ステッラはどのルートで入ったのだ」
「それはわかりません」
「そうだったな。そんなことを言う愚か者はいない」
 彼は自分の言葉を引っ込めた。
「話を変えよう。彼女は今姿を隠しているのだな」
「はい。テロの扇動が失敗に終わりましたから」
「ふむ。今回の観艦式にはもう動けないか」
「そのようです。今は追っ手から逃れるだけで手が一杯でしょうし」
 プロコフィエフは冷静な声で答えた。
「捕まる様な者ではないみたいだがな」
「はい」
 モンサルヴァートもプロコフィエフもそう見ていた。
「彼女はおそらく逃げ切れるでしょう。ただ」
「ただ!?」
「連合が今回のことで警戒を強めるのは確実かと思われます。何らかの手を打ってくるかと」
「そうだろうな」
 それはモンサルヴァートも察していた。
「どういう手を打ってくるかだな」
「まずは彼女が使用した侵入ルートを調べると思われます」
「それによって対策が変わってくるか」
「はい。サハラからのルートだとおそらくそちらの監視が強まるだけでしょうが」
「バチカンのルートだと下手をすれば厄介なことになりかねないな」
「私はそれを危惧しています」
 プロコフィエフは答えた。
「特にこれは宗教が絡んでおりますし」
「そう、それが問題だ」
 軍人であるモンサルヴァートもそれを心配していた。宗教に関わると如何に厄介な話になるかは彼もよくわかっていた。その程度の政治感覚がなければ元帥にはなれない。
「バチカンに文句は言えない。責任はこちらの諜報部にある」
「はい。バチカンに隠れて諜報部員を送り込んだということになりますから」
 バチカンの責任は問えない。彼等は政治には表向きは関わっていないのだから。どれだけ影響力があろうとも。
「完全にエウロパの責任になってしまう」
「それを連合がどう口実にして来るかですね」
「そうだ。卿はどう見るか」
 モンサルヴァートはここでプロコフィエフに問うた。
「はい」
 彼女は一呼吸置いて答えた。
「少なくとも聖職者へのチェックは今までのようにほぼノータッチというわけにはいかないでしょう」
「それは最低限だな」
「はい。これでは済まないと思います」
 彼女はそうなった場合に予想される事態をより深刻なものだと予想していた。
 

 

第五部第三章 巨大戦艦その二


「最悪の場合バチカンの本拠地を連合に移すよう要求してくるものと思われます」
「教皇のバビロン捕囚か」
「はい。その再現もあるかと」
 かってフランスカペー朝が行った事件である。教皇ボニファティウス八世との対立に際してフランスの美顔王フィリップ四世は兵を送り教皇を捕らえた。これによりボニファティウス八世は憤死している。
 だからといってこの教皇に同情する者はいなかった。ボニファティウス八世は教皇にありながら無神論者であり強烈な権力欲と物欲を持っていた。そして好色であり天国はこの世にこそあるのだと主張し、貧困や病気を地獄だと言った。気の弱い政敵を謀略で蹴落とし法皇になった札付きの人物である。もっとも当時の教会においてはこうした宗教家というよりは政治家というべき人物が数えきれぬ程存在した。枢機卿位になるとそうでなければやっていけなかった。紅の法衣は一国の君主に匹敵する名誉と権威があった。それを手に入れるのは容易ではなかったのだ。
 それだけ当時の教会の力は強かった。今尚連合とエウロパに影響力を持っていることからもそれは容易に窺える。教会に逆らうことは死を意味した。
 だがフィリップ四世はあえてそれをした。フランスでは王権が強かったからこそ出来たことであった。そして自国の領内に教皇庁を置いた。彼はあくまで強気であった。教会に勝ったことは国内における彼の権威を知らしめることにもなった。
 だがデメリットも存在した。これに対しフランスの宿敵であるイングランドと神聖ローマ帝国が反対したのだ。彼等も彼等で教皇を置いた。教会の大分裂である。
 それは長い交渉によりようやく収まった。教皇は一人となりローマに戻った。だがsこれにより教会の力はかなり落ちた。それでもルネサンス期においても依然として最大の封建君主であり、神聖ローマ帝国や富豪でありメディチ家、フッガー家と結び付き権勢を欲しいままにした。教会の力はやはり絶大なものがあった。なおフィリップ四世であるが彼は実に奇妙な最期を遂げている。テンプル騎士団の莫大な経済力に目をつけた彼はこれをフランスのものにしようと画策した。彼もかなり狡猾であった。
 様々な謀略や捏造によりテンプル騎士団を陥れた。そして拷問と処刑により彼等を抹殺しその財産を手に入れた。だが彼はその頃から何者かに怯えるようになった。
 そして衰弱死した。一説には騎士団員達の呪いだとも言われているが真相は一切不明である。それは誰にもわからない。だが誰もそれを不思議には思わなかった。こうして梟雄フィリップ四世は死んだ。悪名と業績の双方が彼には残った。歴史においては法皇との対立は結局はよくある権力争いであると言われている。
 そうしたことは過去にあった。サルディニア王国も普墺戦争のどさくさに紛れる形で教皇領に進駐しローマを強引に自らの首都としている。これでイタリア半島は統一されたのだ。
 法皇はそれに強硬に反対した。だがどうにもなるものではない。この時代教皇は『バチカンの囚人』と呼ばれた。これはカトリックが特に多いイタリアにとってはかなり頭の痛い問題であった。この問題はムッソリーニの登場まで解決しなかった。彼は確かに多くの問題はあったがヒトラーやスターリンとはまた違っていた。ユダヤ人を守り、カトリックのことにも配慮していた。少なくとも指導力や政治力は備えていた。決して無能ではなかった。ただ自国の軍隊の力を全く把握してはいなかったのが問題であった。
「歴史上何度かそうしたことはあったが」
「あくまで最悪の場合です」
 プロコフィエフはそう断ったうえで言った。
「その場合は深刻な問題に発展するかと」
「確実にな」
 それはモンサルヴァートにもよくわかっていた。
「そこから戦争に発展する可能性もあるな」
「はい。スパイを送り込まれる禍根を断つ為にも」
「それだけではない。バチカンを向こうに持っていくことは彼等にとって大きな意味がある。カトリックの権威を彼等がその手に収めるのだからな」
 今までそれはエウロパにあった。それが連合にとってはいささか不満であった。
 連合にもカトリックの信者は多い。フィリピンや中南米諸国を中心としているがその他の国々にもいる。彼等はバチカンに行くことは出来ない。連合とエウロパの対立がそれを許さない。行くにはかなり高位の司祭にでもなるしかない。これは熱心な信者にとっては長い間不満の種であった。
 だがそれはどうにもなるものではない。バチカンを動かすことはできない。エウロパにあることは動かないのだ。
 信者はバチカンに詣でることを望む。それが連合にあるとどうなるか。
「金が動く」 
 如何にも連合らしい考えだがその通りだ。
 まず信者達の旅でのシャトルや宇宙船の移動。その中継地となる多くの街での宿や食事。途中の遊興。旅はそれだけで大きな産業になるのは昔から変わらない。連合は宇宙海賊という悩みの種も抱えているがこれの問題は今はかなり減少している。テロリストはその前に信者達にやられる。法皇を傷つけるなどという行為は将に悪魔の所業であるからだ。流石にこれは容易ではない。法皇は信者により護られているのだ。
「そうしたことを考えるともしその経緯で入ってきたならばそれを口実に何かとこちらに圧力をかけてくるかと」
「全ては利権か」
 それから起こる戦争は実に多い。これも昔からだ。
「連合はそうしたことには特に敏感だが」
「今までバチカンにも何度か連合に来るよう誘ってはいますね」
「信者も向こうの方が多いことだしな。そういえばだ」
 彼はここで話を変えた。
「信者の数だが連合の宗教人口は十兆を超えているらしいな」
「はい、連合の宗教は多岐に渡っておりますから」
「あれだけの多様な文化や人種を擁していれば当然か」
 そこが連合とエウロパの違いであった。
「連合らしいといえばらしいな」
 プロコフィエフはあらためて言った。
「実は今回私がここに来たのは閣下にお知らせしたいことがあり参ったのです」
「はい。それだけでも充分脅威ですが」
「何だ。言ってみてくれ」
 モンサルヴァートもただならぬものを感じていた。
「連合の艦艇ですが」
「最近新型を一斉に開発しているというのは聞いている」
 今までは各国の艦艇をそれぞれ使用していたがそれを統一したのだ。
「はい。その中に恐るべきものがありました」
「それは諜報部からの報告か」
「はい。ステッラとは別の」
「そうか。そしてどのようなものだ」
 モンサルヴァートの顔も暗くなってきた。
「戦艦か空母か。だがそれならばそれ程顔を暗くはさせないな、卿は」
「はい」
 彼女は暗い顔のまま頷いた。
「問題は彼等の旗艦となるべき艦です」
「普通の戦艦や空母ではないのだな」
 艦隊の旗艦は戦艦や空母が務めることが多い。そうした艦は電子や通信を特に強化しているのが通例だ。
「どの様な艦だ」
「これを御覧下さい」
 プロコフィエフはここで一枚のディスクを取り出した。
「そこにデータはあります」
「ふむ」
 モンサルヴァートはそれをすぐに自分の机の上のコンピューターに入れた。そしてその中身を見た。
「・・・・・・何だこれは」
 それを見た最初の一言はそれであった。
「これは本当に艦か」
「はい」
 プロコフィエフは頷いた。
「人口要塞ではないのだな」
「大きさだけを見ればそうかも知れませんが」
「よく見れば形が異なるな。れっきとした艦艇の形だ」
「おわかりいただけましたか」
「ああ」
 モンサルヴァートは頷いた。
「これは一隻ではないな」
「はい」
「見たところこれ一隻だけで我が軍の一個艦隊に匹敵する戦力を持っていそうだな」
「おそらくその程度の戦力は擁しているでしょう、実際にはまだ戦っていないのでよくわかりませんが」
「由々しき事態だな。国防計画を根本から見直す必要がある」
「はい。どうやら連合軍は我々が当初考えていたよりも遥かに強大なようです」
 二人の顔はさらに暗くなった。
「早急に手を打たなければな。最悪の場合総督府の戦力を本土防衛に回さなければならないかもな」
「それはあくまで非常時ですが」
「わかっている。だが本土を失っては何にもならない。エウロパ一千億の市民の命を守らなくてはならない」
 彼の顔は強張っていた。自らの責務の重さを痛感していた。
「参謀総長」
 そしてあらためてプロコフィエフに顔を向けた。
「すぐに計画の全面的な見直しを開始せよ。そしてこの艦の詳細なデータを送るよう諜報部に伝えてくれ」
「わかりました」
 プロコフィエフは敬礼して答えた。
「早くしなくてはな。もし彼等がその矛先を我等に向けてきたならば」
「今のままでは忽ち全土が蹂躙されてしまうでしょう」
 二人はそれで沈黙した。モンサルヴァートは敬礼し部屋を後にした。
「では私はこれで。プランが整い次第すぐに参上いたします」
「うむ」
 モンサルヴァートも返礼した。そして彼女が部屋の扉を閉めると彼一人になった。
 彼は机に座していた。そして連合のその艦艇のデータを詳しく見ていた。
「まさかこれ程の艦艇を開発するとはな。つくづく連合の国力は底知れぬ」
 その顔はやはり強張ったままであった。
「これに対するにはどうするかが問題だが今の状態では情報がなさ過ぎる」
 そうであった。やはり情報がなくては何にもできない。しかもこの艦艇の詳しい情報はこのディスクだけでも全くわからないのである。まだ入ったばかりの情報であり不確かなものも多いであろう。
「だがそれでもこの艦が恐るべき力を持っていることがわかる」
 見れば各部に無数の砲台、ミサイルランチャーがある。そして飛行甲板まであった。
「戦闘空母の様だがまるで要塞だな」
 先程モンサルヴァートが言った言葉は決して誇張ではなかった。彼は思うところを言っただけであった。
 それ程までにこの艦は巨大であった。そしてその装備は信じられないものであった。
「特に艦首部分だな」
 そこには一門の巨砲が備え付けられていた。
「この巨砲がどれだけの力を持っているのか今はわからないがこの大きさからすると」
 それは要塞の主砲に匹敵する巨大さであった。要塞の主砲は一撃で一千隻を撃沈することが可能だ。ニーベルング要塞群の十二の人工衛星のそれはそれ位の破壊力が備わっている。連合のガンタース要塞群のものはもとが惑星であるだけにそれより破壊力は遥かに大きいようであるが。
「やはり相当な破壊力を備えているな。安心はできない」
 彼の顔は硬くなる一方であった。
 モンサルヴァートはここで電話をとった。そして秘書官を呼び出した。
 

 

第五部第三章 巨大戦艦その三


「すぐに来てくれ」
「わかりました」
 やがて秘書官のベニチャコヴァー大尉が入って来た。モンサルヴァートの秘書官である。茶の髪に青い瞳を持つ美青年である。高い鼻が印象的だ。
「閣下、お呼びでしょうか」
 彼は部屋に入ると敬礼した。
「うむ」
 モンサルヴァートは返礼して頷いた。
「すぐに今ここに来られる艦隊司令を集めてくれ」
「全員ですか」
「全員だ」
 彼は言った。
「わかりました。それでは」
 こうして各艦隊司令に召集がかけられた。彼等は会議室に集められた。
「閣下、何か緊急の事態でも」
 ゴドゥノフが問うた。
「緊急の事態ではないが諸君等に見てもらいたいものがありここに来てもらった」
 モンサルヴァートは長の席に座り彼に対して言った。
「見てもらいたいもの?」
「それは何でしょうか」
 司令達は首を傾げた。
「まずはこれだ」
「といいますと」
「これを見てくれ」
 モンサルヴァートはここでベニチャコヴァーに合図をした。彼はそれを受けてモニターを切り換えた。
 それは三次元モニターであった。それを見た司令達は思わず絶句した。
「どうやら信じられないようだな」
「はい」
 誰もが肝を潰していた。
「見たところ艦艇の様ですが」
「そうだ」
「それにしてはあまりにも大き過ぎませんか。側にあるのは見たところ戦艦と空母ですが」
 戦艦や空母が他の艦艇に比べて大型なのはこの時代でもそうである。火力や艦載機を考えるとどうしても大型になってしまうのである。
 大体エウロパの今までの戦艦で四〇〇メートル程である。これでもかなり大型だ。空母も大体それ位である。
「戦艦の優に三十倍はあります」
「最早これは艦艇の大きさではありません。小型の人口惑星です」
「信じられないだろうがこれは事実だ。どうやら連合はこれを量産しているらしい」
「これを」
 流石にそれには絶句した。
「益々信じられません」
「幾ら連合の国力があるとはいえそれでもこの様な巨艦を量産するなどとは」
「本当だ。私の予想では各艦隊に一隻ずつ配備する。それも旗艦としてな」
「各艦隊にですか」
「あくまで予想だが」
 モンサルヴァートはそう断った。だがそれは確実だと予想していた。
「連合はそこまでの力がある。我等のそれとは比較にならない」
「確かに」
 残念だがそれは事実だった。否定しようがなかった。
「問題はこれが我々に向けられた時だ」
 モンサルヴァートは本題に入った。
「その人口による圧倒的な兵力とこの巨艦、これ等をどのようにして防ぐかだ」
「難しいですね」
 ターフェルが言った。
「ただでさえ圧倒的な差があるというのに。これを防ぐのは困難であると言わざるを得ません」
 歴戦の将である彼の言葉はそれだけに重みがあった。
「しかしやらなければならない」
 だが彼はこう言った。
「本部長もその為に我等をここへ集められたのでしょう」
「その通りだ」
 モンサルヴァートはその問いに対し頷いた。
「まだ詳しい情報は入っていない。だが卿等には前もって知らせておきたいと思ってな。事前にある程度知っておいた方が今後何かとやり易い」
「確かに」
 司令達は彼の言葉に頷いた。
「今後この艦の詳しい情報が入るだろう。それまでにこの艦について考えてくれ」
「どの様な能力を持っているか、どの様に運用されるか、ですね」
「そうだ。これだけは言える」
 ここで彼は声を引き絞らせた。
「どの様な強大な艦でも絶対に沈められないということはない。人間が作ったものにおいて完璧なものはこの世に一つもないのだ」
 それは真理であった。不完全な存在でしかない人間の作りしものが完全な筈がないのである。神々ですら欠点がある。ましてや人間なぞ言うまでもない。
 それはどの時代においても変わることがない。宇宙に進出しても人間は不完全なままであった。そしてそれが為に日々を努力して生きるという面もあった。だからこそ人間は進歩するのである。思えば人間は不完全だからこそ進歩し、そして宇宙に進出したのだ。今の人間の姿があるのは彼等が不完全な存在だからだ。完全な存在ならばオリンポスからも楽園からも出る必要はないのだ。
 これは古代より論じられてきたことである。そしてこの時代も。エウロパでは特に哲学が発達している為こうした話には花が咲く。モンサルヴァートも嫌いではなかった。実学を重んじる連合とはここで違いがあった。
「だからこそ考えて欲しい。この艦の姿を。そして弱点を」
「わかりました」
 提督達は頷いた。
「必ずやこの怪物の弱みを掴んでみせましょう」
「頼むぞ」
「ハッ!」
 こうして会議は終わった。エウロパはまだその全貌すら現わさぬ巨大な怪物の影に警戒していたのであった。

 この巨艦の情報はエウロパだけではなかった。連合内部においても囁かれていた。
『今回の観艦式の目玉か!?』
『この巨大な艦の正体は』
 マスコミにおいてもネットにおいても話題になっていた。そして例によって軍事専門家やファンの議論の的となっていた。中にはこれは人口惑星だと言う変わった意見もあった。だが大抵はこれは軍艦だと見ていた。
 しかしこれに対して中央政府は一切コメントしなかった。観艦式まで一切秘密としていた。議会からの要求に対してはキロモトが答えた。彼は戦艦の一種とだけしか答えなかった。他は一切語らなかったがそれでとりあえずの説明にはなった。だがそれ以外はわからなかった。
「焦らすつもりか?」
「キロモトも八条も案外狸だな」
 ネットではこうした言葉が出た。面白半分で書く者もいて議論は白熱した。そして観艦式を首を長くして楽しみに待っていた。連合においてはそうであった。だが他の国々もそうだとは限らない。
 エウロパではかなりの危機を持たれていた。他の国々でもそれは変わらずやはり警戒されていた。
 マウリアは友好関係にある為それ程問題にはならなかった。だがその三兆もの人口とそれに基く国力は問題視されていた。
 サハラにおいてはより深刻であった。それでもエウロパ程ではなかったが。それでも脅威として受け止められていた。
「ハサンではとても食い止められるものではない」
 東方に覇を唱えるハサンですらそう思われていた。ハサンですらその人口は一千億には遠く及ばない。ましてや兵力は言うまでもない。だが彼等の救いは連合とは同盟関係にあるということだ。
「この同盟がある限りとりあえずは安心だ」
「連合は満ち足りている。おそらくサハラには積極的に出ることはないだろう」
 そうした意見が大勢を占めていた。だが安心はできなかった。
 もし彼等が野心を持ったならば、その時はひとたまりもない。それは誰もがわかっていることであった。
 西方のオムダーマンにおいてもそれについては色々と話されていた。彼等にとっても重要な懸念であったのだ。
「詳しいデータはまだ出ていないというのにもうこれだ」
 アッディーンも司令室において顔を顰めていた。
「連合と我々は今のところこれといって関わりがないというのにな」
「そうですね」
 秘書官であるハルダルトが応えた。
「国境と接しているわけでも経済的に密接な関係にあるわけでもありませんし」
「そうだな。だから今のところは騒ぐ必要もあるまいと思うが」
 アッディーンはここで手許にある例の巨大戦艦の写真を見た。
「俺も興味がないと言えば嘘になるな。ここまでの巨艦は今まで見たことも聞いたこともない」
「はい」
 それはハルダルトも同じであった。
「ここまでの艦は今までありませんでしたから」
「まるで小さな惑星だ。しかも外観からすると極めて重装備だ」
「おそらく要塞並の装備を持っていると思われます」
「だろうな。こんなものを量産出来る連合の力というのはつくづく恐ろしいものがある。だが」
 ここで口調を少し変えた。驚嘆から確信のそれに変わった。
「どれだけ強大な艦でも弱点は必ずある。それだけは確かだ」
「そうですが」
 ハルダルトはそれには表情が暗かった。
「まあ今のうちに情報は色々と確保しておくべきだな。話はそこからだ」
「では今はこれといって対策を立てなくてよいと」
「オムダーマンと連合には利害関係はない」
「それはそうですが」
「あくまで今のところは、だがな」
 アッディーンはここで釘を刺した。
「今後はどうなるかわからないが」
 サハラ各国と連合の関係は殆どが中立にある。ハサンの様にその地理的関係から有効を保っている国もあるがその殆どの国にとっては何の関係もない異国であった。連合の方も彼等には特に何の感情もなかった。
「それに今はそれよりも優先させるべきことがある」
「はい」
「まずは我が軍の編成だが」
 今のオムダーマン軍は四十の艦隊を基幹戦力としていた。それを整備中であった。
 これはサハラにおいては第二の勢力であった。第一はハサンであり七十の艦隊を擁している。兵力に大きな差があるのは否定できなかった。
「これでハサンと衝突した時勝利を収めることができると思うか」
「それは」
 困難であるということはハルダルトにもよくわかることであった。
「難しいな。例えハサンに勝てたとしても後が問題だ。ダメージを受け過ぎているだろう」
「はい」
「その回復の為に余計な力を使ってしまう。それにそこを他国に付け入られる」
「その時に連合の介入があるかも知れませんね」
「それも考えられるが可能性は少ない。むしろエウロパだ」
「エウロパですか」
「そうだ。連中はサハラ全土を自分のものにしようと考えている。そのサハラで最大の勢力を持つハサンが倒れ、そして我々が深刻なダメージを受けていたならどうする。すぐに行動に移るぞ」
「そうですね。奴等は狡猾です」
 サハラの者にとってはエウロパとは狡猾な侵略者であった。連合の者が思うエウロパとはまた違う姿であった。
「そうだ、こういう時には抜け目なく動く。いや」
 アッディーンはここで目を細くして考え込んだ。
「むしろそうなるように煽るだろうな、奴等の今までのやり方からすると」
「そして我々が疲れたところで攻撃に出る、ですか。変わりませんね」
「要はそれには乗らないことだ」
「はい。しかし連中もそう簡単には尻尾を出しませんよ」
「今言えることはハサンとは衝突しないことだな。後でいい」 

 

第五部第三章 巨大戦艦その四

「軍の編成が終わった後で宜しいということでしょうか」
「いや、それでもまだ駄目だ」
 アッディーンは首を横に振った。
「それから別のところに動くべきだ」
「何処にですか?」
「南方だ。まずはあの地域を併合するべきだ」
「南方ですか」
「そうだ。そしてそこで勢力を増強する。東に向かうのはそれからでいい」
「閣下のお考えは南方ですか」
「ああ。それが最も労少なく功多いと思うがな。貴官はどう考える」
「私個人の考えですか」
「そうだ。遠慮はいらん、言ってくれ」
 アッディーンは部下に対して奢らない。率直に意見を求める。そしてそれがいいと思ったなら躊躇することなく受け入れる。思考の柔らかい男であった。
「それでは」
 ハルダルドはそう言われ自分の考えを述べることにした。
「南方もいいですが私はそれよりもまず北を何とかするべきかと」
「北か」
 アッディーンはそれを聞き眉をピクリ、と動かせた。
「はい。南方は小勢力が分裂しており外交や占領後の統治が困難であります。それに地形が複雑であり地の利を心得る現地の勢力に思いも寄らぬ損害を受ける恐れがあります」
「攻めるには適していないと」
「はい。ですが北方はサハラにおいては比較的地形が単純です。ブラックホールやアステロイド帯も少ないです」
「確かにな」
「それに北方の勢力は小規模です。彼等を破ったならば後はエウロパの総督府だけです」
 彼は話を続けた。
「奴等は我々にとっては不倶戴天の敵。戦うにあたっては大義名分が手に入ります」
「かっての十字軍に対した時のようにか」
「はい。奴等をこのサハラから追い出したならば我々の評価はさらに上がるでしょう」
「そうしたことを考えても北を攻めるべきというのだな」
「そうです。総督府は十個艦隊、それに北の諸国もようやくシャイターンの手で一つになったところです。それに兵力も少ないです」
「確かにな。だが一つ問題がある」
「?何でしょうか」
「あのシャイターンという男だ。貴官はどう見るか」
 彼はここで尋ねた。
「シャイターンですか」
「そうだ。俺はあの男は只者ではないと思うが」
「確かに今までは見事なまでに勝利を収めていますが」
「それも圧倒的な勝利をな。エウロパもサラーフも彼の前に敗れた。特にサラーフは兵力の六分の五を失っている。凡将ではないことだけは確かだ。いや」
 彼はここで言葉を変えた。
「名将だ。それも政戦両略のな。北方の権力を一手に握ったことからもそれはわかる」
「ハルーク家と結びついていますし」
「あの家の当主であった未亡人と結婚してな。そこに目をつけたことからもそれは窺える。俺はあまり好きなやり方ではないがな」
「はい」
 アッディーンは婚姻政策などといったは好まない。彼はそれより力を重視するタイプであった。この場合の力とはオーソドックスな外交戦術による交渉術等である。オムダーマンの外交はそれに基づくものであるからそれは当然と言えるものであった。
「だが非常に有効なものであるのは確かだな」
 アッディーンもそれは素直に認めた。
「それにより国家同士の結びつきを強めたり勢力を持つことができる。それにより泣く者がいたとしてもそれ以上の利益をもたらす」
「はい」 
 婚姻政策は人質の意味もある場合が多い。乱世においては特にそれが顕著である。日本の戦国時代や中世の欧州等でもそうであった。
「その泣く者のことを考えるといたたまれないというのは少し甘いかな」
 ここでアッディーンは少し自嘲するように笑った。
「俺はそうしたことを考えると婚姻政策は好きにはなれないのだ」
「お気持ちはわかります。やはり軍人好みのものではありません」
 ハルダルトもそれに同意した。
「ですが外交ということを考えるとこれ程ローリスクハイリターンなものもありません。ハプスブルグ家を御覧下さい」
 現オーストリア王家である。二十世紀初頭の戦争により一度は王位を失っていたが復活を願う声により約一世紀の空白の時を経て王冠を再び戴くことになった歴史を持つ。家である。かって神聖ローマ帝国皇帝として権勢を奮ったこの家が勢力を伸ばしたのは婚姻政策によるものであった。
「戦争は他国の者にやらせておけ。幸運なるハプスブルグ、汝は結婚せよ」
 そうした言葉が残っている。ハプスブルグ家は戦争は不得手であった。度々惨敗し、その度に窮地に陥っている。だがそれでも彼等はしぶとく生き残り敵が去るか死ぬとすぐに外交政策で権勢を取り戻している。その根幹が婚姻政策であったのだ。
 もっともハプスブルグ家は欧州きっての名門である。その権勢は長い間揺るぎないものであった。しかし権勢は一つとは限らない。複数ある場合がある。
 ハプスブルグのライバルはフランスであった。ヴァロア家でありブルボン家であった。フランスの王冠を戴くこの家はことあるごとにハプスブルグと衝突した。フランス王家もまた伝統的に外交に長けていた。
 ここに他の勢力が介入する。イングランド、統一された後はイギリスであり、ロシアであり、オランダであった。オランダは独立の歴史から最初はハプスブルグ家と激しく対立していたが後にはフランスとも対立した。ロシアはオスマン=トルコとの関係もありオーストリアとは盟友関係にあった。その反面フランス文化に心酔し、貴族達はフランス風の服を着てフランス風の建物に住み、フランス語を話していた。特にロシア最高の名君の一人エカテリーナ二世はフランスの思想家ヴォルテールとも親交がある程であった。
 このエカテリーナ二世と同じ時代に生きていたのがオーストリア中興の名君マリア=テレジアである。冷徹でありながら革新的な思想も持っていたエカテリーナに対してマリア=テレジアは寛容であり保守的な一面があった。だがこの二人はタイプこそ違えその政治家としての力量は傑出したものであった。この二人は互いを意識することもあっただろう。だがそれは表には出さなかった。エカテリーナ二世はドイツのしがない侯爵家出身であり本来は女帝にはなれなかった。例え皇帝の縁者であったとしても。それに対してマリア=テレジアは名門の直系である。欧州においてこの差は大きい。しかし
エカテリーナもマリア=テレジアも互いについてこれといって言うことはなかった。非常に興味深いことであるが両者共極めてスケールの大きい人物なのでそうした話はない。
 問題はイギリスである。だがこの国の伝統は反仏であった。ドーバー海峡を挟んで睨み合う両者もまたことあるごとに対立していた。フランスは東と北に二つの不倶戴天の敵を持っていたのだ。
 だがフランスは欧州屈指の農業国でありその国力も高い。やはり一筋縄ではいかない相手である。
 これに対してハプスブルグは搦め手で対処した。フランスの周辺の国や自国の側にある勢力を次々と取り込んでいくことにしたのだ。それが婚姻政策であった。
 そして生まれた子がそこの主となる。そうしてこの家は欧州にその血脈を築いていったのだ。そして欧州全土に影響力を誇示することになった。復活を果すことができたのもそれが大きかった。
「日本の皇室もそうしたことが多いな」
「そうですね。他の王家との婚姻が」
 皇室の御成婚の特色となっていた。かってはその度に宮内省、一時は宮内庁が対応に追われ揉め事の種となっていたことだが他の家との婚姻を進めることによりそれはある程度は解消された。ある程度は、である。
 特にエチオピア皇室との結び付きが強い。やはり同じ皇帝の待遇を受ける家としてつながりは深いものになっていったのである。
「俺は日本の皇室もエチオピアの帝室のこともよくは知らないのだが」
 アッディーンも歴史を知らないわけではない。日本のこともエチオピアのこともそれなりに知っている。その皇室のこともある程度は知っている。だがあくまである程度である。
「あれだけ長いと流石に勉強するのも一苦労ですから」
「コーランの成立より遥か前からある。一体何千年前から存在しているのだ!?」
「日本の皇室は実際は三千年位だと聞いております」
「確か最初の方の皇帝は実在しないのだったな」
 サハラにおいては天皇とはあまり呼ばれない。皇帝と呼ばれる。連合には皇帝が二人いるという認識である。
「そのようです。これも諸説ありはっきりはしませんが」
 ハルダルトも詳しいことはよく知らないのだ。何しろあまりにも古い家の為学ぶべきことが多過ぎるのだ。
「それでも三千年か。俺が知っているのは明治という皇帝と昭和という皇帝位だが」
「十九世紀、二十世紀の皇帝でしたね」
「そうだ。偉大な帝王だったと聞いているが」
「そのようですね、タイプこそ違いますが」
「ああした君主はそうそう出るものではない。肝心な時期にそうした君主を戴くことができた日本は幸福だ」
「あの国の皇室への教育は極めて厳格ですからね」
 これについては一千年前から批判がある。時代にそぐわないだの閉鎖的だの皇室の方々のお考えを無視しているだの色々ある。だがスキャンダルにまみれるよりは遥かにいい、という意見もあるうえにそれを確固たるものとしたのがこの二人の天皇である為に反論は乏しかった。結果として竹のカーテンは連合において最も堅固なバリアーとなっていた。これを切り開くことの出来る人物はいなかった。挑むとそこから果てしない皇室についての議論がはじまる。政治家も官僚もそれだけは避けたかったのだ。もしそれに足を踏み込むと下手をしたら一生それについて学び、議論しなくてはならない。それに入って政治家から歴史学者に転向した者もいる位だ。彼は四十代で政治家を辞め学究の道に入り九十で死ぬまで遂にそこから出ることはなかった。彼は死の間際にこう言い残した。
「皇室について学ぶことは日本史を学ぶことだ」
 と。確かにそうした一面がある。だがここまで深く入り込んでも答えはなかったのだ。そもそも歴史学自体がそうであるが彼はそこに深入りし過ぎたのかも知れない。
 こうした例もある。下手をすればそこで不見識を責められる恐れもある。従って学者以外は誰もこの問題に積極的に踏み込もうとはしなかった。火傷で済まないことはわかっているからだ。これはエチオピア帝室にも言えることであった。
「教育は厳しい方がいいな、やはり」
「そうですね。私もよく親に叱られたものです」
 サハラ各国は子供の教育は厳しい部類に入る。どちらかというと放任的で子供の頃から自立、自身の考えを求められる傾向にある連合やややもすれば過保護なエウロパとはここが違っていた。彼等はアッラーとコーランの教えに基づき教育を行っているのだ。
「それは俺も賛成だ。連合の者は少し考えをあらためた方がいい。ましてや一国の君主ともなれば立場というものがあるからな」
「はい」
「それはエチオピア帝室も同じだったな」
「その様ですね。あの家はさらに歴史が深いですが」
「コーランにも出ている程だからな」
「スレイマーンの話ですね」
 聖書でいうソロモンである。彼の性格や役柄は聖書のそれとは少し異なる。これはコーラン独自のものである。コーランにおいてはキリストも死んではいないのだ。サハラの者は聖書においてキリストが処刑され、甦ったのを誤ったことであると認識している。
「その前から存在していたような気もするがな」
「確かギリシア神話にも出ていましたね」
「ああ」
 アンドロメダの話である。かってエチオピアにはペルセウスが石にした巨鯨が残っていたという伝説がある。
「ここまでくると本当の話か伝説かわからないな」
「ローマ帝国の時代も我々がアラブにいた時も存在していましたから」
 エチオピアの歴史はそこまで古いのだ。この帝室が悪辣で愚劣な独裁者によって廃されながらも復活した理由はその存在そのものが歴史であり、文化遺産であったからだ。なくなるには非常に惜しい家であったからだ。
「それを考えるとあの断絶はほんの一時だったな」
「ですね。一族も何とか残っていましたし」
 遠縁の者が帝位に就いて復活している。これは世界から祝福された。
「そうした古い家が存在するのも連合か。そして婚姻政策も行われる」
「その中は我々が思っているよりも遥かに複雑なものがありますね」
「そうだな。我々は何だかんだといって同じサハラの民だ」
 そうした意識を支えているのがコーランとイスラムの教えであるのは言うまでもない。
「それでいて一千年もの間互いに争っている。皮肉なものだな」
「ウマイヤ朝が崩壊してからアラブが統一されたことはありませんが」
「そうだったな。それまで入れると非常に長い」
「はい。我々は二千年以上もの間互いに争ってきました。十字軍との戦いの時においてすら一つではありませんでした」
「嘆かわしいといえば嘆かわしい。同じアッラーの使徒である筈なのに」
 サハラにはその二つの考えがあった。ムスリムであるということとそれぞれの国への帰属意識。それにより一千年前からモザイクの様に分裂しているのがサハラの者の意識である。
 これは今尚続いている。彼等は同じムスリムという強固な同胞意識を持ちながら、こうして互いに争い続けているのである。
「仕方ないですね。やはり国益を最優先して考えるものですから」
「俺達もだな」
「はい」
 それはオムダーマンも同じことであった。
「むしろ国益を求めない軍人や政治家などいる必要はありませんが」
「確かにな」
 そうした意味で二十世紀の日本の自称リベラルと称していた政治家とその賛同者達は奇怪な存在であった。もっとも彼等は悪名高きテロ支援国家と結託していたのであるから彼等の国益を追求していたと言えばそうなる。それにより彼等は裁かれ、後世に汚名を永遠に残すことになったが。
「国益を考えるという当然のことをしない政治家なぞ有害でしかありません。ナベツーラ達がその絶好の例ではありませんか」
「そうだったな。あの連中は酷いものだった」
 ナベツーラ一派は自らの私利私欲しか考えようとしなかった。今彼等は怒り狂った大衆に制裁を受けた後も批判を受け続けている。墓すらない程だ。
「反面教師とすべきです」
「反面教師か」
「そうです。他に何の用途がありましょう、彼等に」
「ないな。おそらく連中はこれからも人類の歴史が続く限り汚名を残すだろうな」
「腐敗した醜悪な一派として」
 それがナベツーラ達の評価であった。サラーフはマスコミの腐敗によって滅びた、とまで言われている。
「ところで旧サラーフ領だが」
「はい」
 アッディーンはサラーフの名が出たところで政治の話に戻した。
「かなり落ち着いてきたようだな」
「そうですね。一時はマスコミの残党がかなり騒いでいましたが」
「軍で鎮圧したのは正解だったか」
「ええ。あの資金でもってテロでもされたら適いませんでした」
「連中は自分達では決してテロに走らないがな」
 彼等はそれよりも陰で煽ることが本業である。
「主立った者は全て銃殺となった様です」
「そうか。それならいい。自由や平和を標榜しておきながらそれと正反対のことを平然と行っている連中だ。処刑にしても問題はない」
 軍人の論理であった。学者や知識人なら別の意見であろうが彼はそう考えていた。
「そしてその陰には誰がいるのだ」
 実はアッディーンはこの残党掃討には関わってはいない。これは新たに統合参謀本部長となったアジュラーンの立てた作戦であった。
 オムダーマン軍においては要職は三つある。一つは参謀総長、一つはアッディーンが今就いている宇宙艦隊司令長官、そして統合作戦本部長である。特に統合作戦本部長は制服組のナンバーワンであり先の二つの役職をまとめる極めて重要な職にある。
 アジュラーンがそれに就任したのは今までの軍務が評価されたからである。彼は今やオムダーマン軍にとってかけがえのない歴戦の将であった。
「アジュラーン長官の予想では単なる残党に過ぎないそうです」
「ならいいのだがな。ここにハサンやエウロパの陰があると問題はかなり厄介になる」
「ハサンやエウロパですか」
「そうだ。彼等ならやる。それ以上に危険な存在もいるかも知れないがな」
 彼はそう言いながら脳裏にある男のことを思い浮かべた。
「む」
 彼はそこで不思議に思った。
(何故あの男のことが思い浮かぶ)
 魔王の名を冠したあの男。何も関係ない筈なのに不意に思い出した。
(考え過ぎか)
 アッディーンはその男の姿を脳裏から打ち消した。そして再びハルダルトに顔を戻した。
「早いうちに今後のことを長官及び参謀総長と話をした方がいいな」
「はい、御二人共それを望んでおられるようです」
「ならばいい。早いうちに戦略を決めておかなければな。国内が安定したならばすぐに動けるように」
「閣下のお考えでは南方ですね」
「そうだ。それが最も功多いだろう」
「まだハサンとは戦うおつもりはありませんね」
「俺はな。御二人がどう考えておられるかは知らないが」
 宇宙艦隊司令長官は席次としては三番目である。他の二つの役職よりは下である。実戦部隊の最高指揮官にあたるが総合的な視点からそう定められているのだ。なお軍を統括するのは国防大臣であり最高司令官は大統領である。これは他の国と一緒である。
「とりあえず今度の最高会議ではそれを話してみる。今後の我が国に関わる重要な話だ」
「はい」
 最高会議とは国防大臣を議長に三長官が揃うオムダーマン軍にとっては極めて重要な会議である。これで軍の戦略が決定され、それを大統領が承認するという形である。軍の力が強いオムダーマンにおいてもやはりシビリアン=コントロールが行き届いているのである。
「しかしおそらくはハサンとの今の時点での戦いはないだろうな。国力が違い過ぎる」
「そうですね。やはりあの国は強大ですから」
 ハサンは貿易により潤っている。その財を軍にも回しているのだ。それがサハラにおいて最大の兵力を保持する源となっているのである。
「北か南か、だな」
「やはりそうなりますか」
「そこからハサンとの戦いだ。だがこれはかなり後になる。まずはどちらに進むのか決めなければならない」
「ですね。戦略なくして軍はありません」
 これもまた政治の基本である。将となれば政治の知識も求められる。昔からそうであるがこの時代では軍人は政治への参加は選挙以外の活動は、例えば政党の設立や個人的なコメントは認められていないがそうした知識はかっての時代よりも遥かに求められるようになっている。そうでなければ広範囲な戦略を考えることができないからだ。もっとも軍を退けば文民であるから政党を設立しても個人的なコメントもよい。
「北方も問題は多いが南方も南方で進出するにはかなりの問題点がありますね」
「そうだな。何といっても南方は地形が複雑だ」
 サハラにおいても南方の複雑な地形は特筆に値した。大小無数のブラックホールや磁気嵐、超惑星と多くの難所が存在していた。それは軍の進撃において重大な懸念材料となっていた。
 それが為に南方では小国が乱立した。そして互いに小競り合いを続けていたのだ。
「むしろ外交で少しずつ抱き込んでいった方がいいかも知れませんね」
「それも話すつもりだ」
「そうですか、それはいい」
 ハルダルトはそれを聞いて顔を明るくさせた。 

 

第五部第三章 巨大戦艦その五


「我が国の外交官は腕利き揃いですからかなりの効果が期待できますよ」
「それを考えると今度の最高会議には外務省の参加も必要かもな」
 これは時々あった。外務省はそれだけ戦略においても重要な位置を占めているのだ。
「有能な外交官程有り難いものはない。無能な外交官程有害なものはない」
 オムダーマンではよくこう言われる。
「一方に進出している間もう一方への備えも必要ですね」
「そうだな。それについても話し合うとしよう」
 アッディーンはそれを頭の中に入れていった。彼はあまりメモ等をとらない。それよりもそのズバ抜けた記憶力で頭の中に叩き込む。そして決して外部には漏らさないのだ。
「南方にはあまり艦隊は必要ないのではないかと思います」
「地形のせいでか」
「はい。むしろ少数精鋭でいくべきであると私は考えます」
「そうだな。南方進出案が通ったならばそれについても上奏するか」
「そのかわり北方には多くの兵が必要です」
 これも地形のせいであった。
「そういうことを考えてもやはり南方に行くべきだな、今の我々の国力からしても」
「そうですね、北方諸国を併合してサハラの総督府を攻撃した時にはエウロパ本国から援軍が来る可能性がありますし」
「そう、それが問題だ」
 アッディーンの懸念はそこにあった。
「エウロパ本土には五十個艦隊がある。それだけで我々の兵力を上回っている」
「それが向けられたらまずいですね。今の我々では勝てません」
 アッディーンもそれがよくわかっていた。だから警戒しているのだ。
「今はエウロパとの衝突は避けるべきだ。それには我々の力はまだ足りない」
「そうですね。それを考えるとやはり南方に進むべきです」
「そうだ。だから俺もそれを主張するつもりだ。だが」
 彼はここで一呼吸置いた。
「問題は会議の他の参加者がどういう考えを持っておられるかだ」
「長官に参謀総長ですか。御二人共識見も確かですから大丈夫でしょう」
「御二人には俺も信頼している。必ず俺の案に賛同して下さるだろう。だが問題は」
「国防大臣と首相、そして大統領ですね」
 この会議には首相も参加するのである。
「そうなのだ。どうしても政治家は軍事の知識が疎い人が多い。仕方ないことだがな」
 ある程度は知っていても専門的なことまでは詳しくないのだ。軍事のことだけに注意を払ってはいられないのだから当然といえば当然であるが。
「首相も国防大臣もそれ程軍事に疎いとは思いませんが。当然大統領も」
「そうだな。だが政治家の考えとして一つのことがある」
「一つのこと!?」
「そうだ、これは政治家ならば仕方のないことだがな」
 アッディーンは暫く間を置いた。
「戦略よりも時として政治的効果を優先させるのだ」
「政治的なものですか」
「そうだ、もし政治的効果が北によりあると判断された場合には厄介なことになるぞ」
「そうですね、確かに北には絶好の宣伝材料がありますし」 
 それが総督府であるのは言うまでもない。
「南方よりも遥かにそうした意味で効果は大きい。だがエウロパ正規軍には勝つのは困難だ。勝てたとしてもその後のダメージを受けた状態でハサンに後ろからやられかねない」
「はい。そうなっては元も子もありません」
「どう判断するかだな、大統領が。とりあえず会議がはじまってからだ」
「期待しています」
 二人はそれから話題をデスクワークの方に変えた。実はアッディーンはデスクワークは好きではない。だがそれも軍人、しかも高官にとっては避けて通れない仕事であった。
「書類がまるで山の様だな」
 彼はサインをしながらぼやいた。
「宇宙艦隊司令長官ともなれば当然ですよ」
 ハルダルトもそれを手伝っている。秘書の仕事も大変だ。
「これも仕事か」
「そういうことです、指揮を執るだけが軍人の仕事ではありませんよ」
「それはわかっているつもりだが」
 それでも彼は面白くなさそうであった。
「俺がこうした仕事を好きじゃないのはわかっているだろう」
「好き嫌いを仰っては仕事はできませんよ、閣下」
「それはわかっているつもりだが」
「わかっているなら仕事です、仕事」
「ああ」
 彼は嫌々ながらデスクワークに取り掛かった。そして一枚一枚確実に書類にサインをしていくのであった。

 連合には実に多くの国が存在する。元々アジア、アメリカ、アフリカの国々から構成されている為その数も多いのだ。
 彼等はかっての国際連合の後継者を自認していた。事実連合の設立母体は国連であった。
 この国際連合はあまり力のない組織であった。常任理事国の専横が目立ち、それに小国は振り回されることが多かった。
 常任理事国の数は後にアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの五カ国から増やされることになった。日本、ドイツ、インド、エジプト、ブラジルの五カ国が新たに加わった。
 これで多少変わるかというと事態は更に悪化した。宇宙に進出して資源を巡って太平洋諸国とEUが対立すると完全に二つに別れた。
 まずはアメリカ、中国、日本、ブラジルの太平洋側の国とイギリス、フランス、ドイツのEU側。インドはどちらかというと太平洋に寄っておりエジプトは中立であった。当初ロシアはEUの側にいた。
 ここで太平洋側は常任理事国以外の他の国々にも働きかけた。これによりアフリカ諸国が彼等に賛同した。そしてイスラエルやトルコもそれに加わった。
 ロシアはそれでもEUの方に近かった。だがウクライナやベラルーシ等かって自らの勢力圏にあった国々が太平洋側に加わったのを見て次第にEUと距離を置くようになった。そして遂には太平洋側についたのだ。
 これでEUの劣勢は決定的となった。既に欧州以外の国々は太平洋側についていた。あとはアラブ諸国だけだが彼等はあくまで自分達の路線を貫いていた。ましてやかっての長い対立関係があるので彼等に協力を期待することなぞできはしなかった。
 それが欧州諸国の孤立と国連の分裂を決定付けた。彼等は追われるように今のエウロパの地に向かった。アラブ各国もまた国連から離れ今のサハラに移った。インドは国連に留まっていたがやがて距離を置き今のマウリアとなった。
 こうした歴史からもわかるように連合は国際連合の後継的な存在であった。だがその権限はやや強化され、中央政府として作り替えられた。それが今の連合であった。
 だがその統制力は弱かった。各国の発言力が強く中央政府は調整役に過ぎなかった。
 そうした状況が長く続いた。その間連合各国は周辺の星系への開拓を進め国力を伸張させていった。連合の一千年の歴史は開拓と発展、そして利害調整の歴史であった。多くの者は中央政府に調整役以外の役割を期待していなかったのだ。
 攻め込んでくる勢力はない。異星人はいるとしてもまだまだ遥か彼方である。エウロパにはガンタース要塞群がある。マウリアとは友好関係にあり、サハラは各国で争っている。とてもこちらにまで攻め込んでくる余裕はない。だからこそ彼等は今まで気兼ねなく開拓に専念してきたのだ。
 だが宇宙海賊やテロリストの存在が次第に問題になってきた。それに対処する為もあり中央政府の権限を強化するべきだという声が徐々に大きくなっていったのだ。
 その声を受けて中央政府はその権限を少しずつ拡大していった。それは長くかかった。だが確実にそれを進めていき遂に軍を持つに至ったのである。
 これにより長年連合の頭痛の種であった海賊やテロリストは大幅に減った。そして今遂に観艦式が行われることになったのである。
「長かったな、本当に」
 観艦式は太陽系で行われる。キロモトは月に設けられた席で隣にいるアッチャラーンに対して言った。
「まず中央警察が設立され、そこから二百年ですからな。今まで中央軍の設立に必要性はよく言われてきたことですが」
「そうだ、だが設立されるまでに二百年もかかった」
「連合の歴史も考えると一千年、まあその間は各国の軍がありましたが」
 だが彼等は協定により他国には許可なく入られない。そこに海賊達が付け込んだのは言うまでもないことであった。だから今まで彼等は頭痛の種だったのだ。
 彼等はその機動力を使い商船等を襲撃する。そして軍が来たならば素早くそこから逃げる。他の国のところに逃げ込んでしまえばそれでもう安心だ。
 連合は各国の所有する星系が複雑に入り組んでいる。その為彼等が逃げるのには適していたのだ。こうして彼等は海賊行為を繰り返していた。
 これに対処するには中央軍しかなかった。中央警察も効果がないわけではなかったが、彼等は犯罪者に対するものであり海賊を相手にするにはいささか武装が弱かった。やはり軍が必要だったのだ。
 だがそれには各国が反対した。その様な得体の知れない軍に自国を通過されたくはなかったし、防衛の不安もあった。自らを守るべき軍がなくてどうして防衛ができようか。彼等は連合に属していながらもやはりそれぞれの国に属していた。連合では連合市民という言葉は必ず二番目に来る。まずはそれぞれの国の国民と呼称する。それだけ各国への帰属意識が強いのである。
「アメリカ国民であり、連合市民である」
「中国国民であり、連合市民である」
 ここを日本に替えてもベトナムに替えても同じである。連合はやはり各国の権限が強かった。そしてその個性もまた強烈なものであった。
 そうしたこともあり中央軍は中々話が進まなかったのだ。だがキロモトの手によりようやく設立された。
「大国程ごねてくれたな、本当に」
 彼はその時のことを思い出して苦笑した。
「あの時日本が参加を表明してくれたのは大きかった」
 そう言って貴賓席にいる日本の天皇と首相である伊藤を見る。日本だけでなく連合にいる全ての国の元首や主席閣僚が揃っている。
「さて、連合軍の全容が遂に公開されるな」
「はい、まずは地上兵器ですね」
「ああ、ではじっくり見させてもらうとしよう」
 

 

第五部第三章 巨大戦艦その六


 まずは歩兵部隊の行進である。迷彩服に特殊プラスチックによるヘルメットを着用している。このヘルメットは軽量ながら極めて硬質であり、ビームコーティングまで施されている。これと同じプラスチックで作られた宇宙や真空状態での戦闘の為の戦闘服もあるが今回はそれは着用していない。
 連合軍の行進は大なしめであることで知られている。エウロパの様に手足を大きくあげいかにもキビキビとした動作の行進とは違う。かってのアメリカ軍の行進に近い。
 迷彩服であるがこれは特殊な塗装が施されている。周囲に隠れ、体温を消す。姿を消すことに長けている。また赤外線や紫外線に対する耐性も強い。
 そのビームライフルは連射と射程に優れている。連合軍らしく集団戦を想定して考えられている。
 続いて狙撃兵部隊だ。服装は歩兵と同じであるがライフルが違う。狙撃用に開発された命中と射程をより重要視された銃である。
 ミサイル兵、ロケット兵も来た。その装備は他の国々よりも遥かに秀でていた。
「歩兵達だけでこれか」
「では主力兵器はどうなるのだ」
 こうした声が漏れてきた。来賓席にいる各国の首脳達も驚きを隠せなかった。
 装甲車が来た。六輪で主砲は一門だ。左右にそれぞれ四門ずつミサイルポッドを装着している。空陸両用のミサイルだ。
 この装甲車は底辺に防水処理が施されている。またタイヤも特別仕様だ。実は水陸両用なのである。
 その主砲も違っていた。まるで戦車の主砲の様であった。ビームガンである。
 対空砲、自走砲、ミサイル車、兵員輸送車等が来た。どれも大型で重装備であった。見たところ装甲もかなり厚いようである。
「どうやら火力と生存能力にかなりの重点を置いているみたいだな」
「ああ、それも今までになくな。あんなのははじめて見た」
 特別にチケットを手に入れて観戦に来ていたマニア達も噂していた。彼等にとっては一生に一度あるかないかという程の大イベントであるからこれも当然であった。
 大砲部隊も来た。軽砲、中砲、重砲、どれをとっても他の国々のそれよりも遥かに重口径であった。まるで怪物の様な大きさであった、それ等は軍用トラックに引かれやって来た。
 そしていよいよ陸上部隊の主力戦車である。キャタピラの音を立て巨象の群れがやって来た。
「何だあれは」
 皆その異様な姿を見て絶句した。
 巨大なだけではなかった。主砲は何と二門あったのだ。それだけではない。副砲として車体の左右に一門ずつ備えられていた。
「おい、あの主砲って」
 観衆達がそれを見てヒソヒソと話をした。
「ああ、間違いない。さっきの装甲車の主砲だ」
 何と装甲車の主砲を副砲にしているのである。
 見れば前方と砲塔の上にはビームマシンガン、砲塔の左右にはミサイルポッド、まるで要塞の様な装備であった。二十世紀後半の戦車を思わせる角張ったデザインにその武装はよく合っていた。違うのはその頃の戦車よりも二倍以上の大きさを持っているということであろう。
 そして指揮用の移動要塞が来た。巨大な砲と無数のミサイルランチャー、機銃で装備したとてつもなく巨大な戦車であった。いや、戦車の様なものであった。
 全高は優に二十メートルはあった。重砲の二倍はあろうかという巨大な主砲を二門砲塔に搭載している。砲塔の四角にはそれぞれ対空砲座が設けられている。
 そして車体の左右は三段になっている。一番上には対空砲座と対空ミサイルランチャー、二段目にはビーム砲座、三段目には戦車のものと思われる砲塔がそれぞれ四つずつ備えられていた。対空砲座とミサイルランチャーは二つずつ交互であった。何とも言えぬ威圧的な姿であった。
「あれが指揮用の兵器か」
「ネットで噂には出ていたがあれ程とはな」
 マニア達は必死に写真を撮っていた。それを中央政府の高官達は満足そうに眺めていた。
「やはりこうしたことに興味のある人達の反応は素直だな」
「そうですね、こうした反応が一番わかりやすくていいです」
 キロモトとアッチャラーンはにこやかに笑っていた。
「ただ財政的にはかなり悩まされましたけれどね」
 財務大臣であるケマル=トラブゾンが苦笑しながら言った。彼はトルコ出身であるが珍しく髭を生やしてはいない。トルコでは昔から口髭を生やす風習であったが最近それが変わってきているのだ。
「髭なんてもう古い」
「これからは古いしきたりにとらわれてはいけない」
 こうした意見からだ。こうした事は過去何度もあった。人々はその度に髭を剃り、時が経てばまた生やす。要するに流行という一面が非常に強いのである。
 このトラブゾンもそれは同じである、かというとそうではない。彼は当初この運動にどちらかというと否定的であった。
「髭がないと寒くて仕方ない。私は寒いのは嫌いだ」
 と言うのである。実は彼は温かい星系の出身であった。
 だがある日急に髭がなくなっていた。彼は真相を話そうとしなかった。
「気分が変わっただけだ」
 憮然としてそう言うだけであった。それ以上は話そうともしない。
 話そうとしないと噂になる。人々は色々と話をした。
「煙草で焦がしたのじゃないか」
「髭を剃る時に間違ってザックリといっちまったか」
 だが真相はわからず終いであった。結局彼の髭はなくなった。それは今でもそうである。
「疑惑の髭」 
 こう笑い話にされていたが彼は財務相としては有能であった。無駄な出費を省き、効果的な運用をすることで知られていた。
「髭と私の能力に関係はないだろう」
 マスコミのインタビューに対しては苦笑いしてこう答えるのが常であった。
「ですが急に髭がなくなったので」
「一体何故でしょうか」
 こうした質問に対しても言葉を濁した。結局真相本人以外にはわからなかった。
「しかし八条君やレイミー中将とよく話し合ったのだろう」
「はい、それでも色々と苦労しましたよ」
 キロモトの言葉にも苦笑して答えた。彼はよく苦笑することでも有名である。
「まあ財務省と国防省は何処でも仲が悪いものですが」
 この言葉はいささかシニカルであるがその通りであった。財務省は出費を嫌う。国防省は出費しかしない。これで仲が良くなる筈がないのだ。
 ちなみに彼と八条は特に仲が悪いわけでもない。個々のスタッフもそうである。友人としての付き合いを持っている者も多い。だが職務上よく意見が対立するのである。
「まあそれでこれだけの兵器が開発されたのならよしとしよう。財政的な制約も色々とクリアーしたのだろう?」
「はい。まあ細かいお話はここでは出来ませんが」
 やはり周囲の目や耳が気になった。何処にそれ等があるかわかったものではない。
「とりあえずそういった幾度かの激論がこれ等の兵器の開発に至ったということだけはおわかり下さい」
「うん。いずれその話を聞くことを楽しみにしているよ」
 キロモトは笑ってそう応えた。次は飛行機である。
 

 

第五部第三章 巨大戦艦その七


 まずは花形の戦闘機だ。連合の戦闘機は汎用性が高い。大気圏内でも外でも全く同じように使用出来る。当然宇宙空母の艦載機にも使う事が出来る。
 やはり大型であった。そしてエンジンは二つある。機体の後ろに備え付けられている。
 武装はビームガトリングガンニ門とミサイル十発である。大型ながら翼の大きな可変翼からするとどうやらスピードよりも運動性能を重要視した設計であるようだ。
「あのミサイルが主要武器の様だな」
「それの射程次第で戦い方が違ってくるな」
 マニア達はそう話し込んでいた。
「チョム大将、レイミー中将」
 八条は中央政府の高官達の席にいた。そこで技術部のリーダーの二人に声をかけた。
「あの戦闘機、タイガーキャットのミサイルですが」
「はい」
 二人はその言葉に頷いた。
「射程はどれ位ですか」
「今までのミサイルの六倍程です」
 二人は答えた。
「六倍か」
「はい。そして十発同時に発射出来るようにしました」
 開発は主にチョムのチームが行った。宇宙のことを考えると彼のチームが主体になるのは当然であった。
「十発・・・・・・。そのコントロールはどうなっていますか」
「それは搭載されているコンピューターで制御されます。標的に狙いを定めるとコンピューターの誘導に従い敵を捕捉、追撃します」
「運用は」
「当然大編隊です。それで押し切ります」
「ふむ」
 八条はそれを聞いて暫し考え込んだ。
「一機の敵機を無数のミサイルで狙い、撃墜していくのですね」
「はい」
 彼等は答えた。
「一発のミサイルでは逃げられる可能性が高いですが無数のミサイルで狙うとそれは容易にはいきません」
「確かに。おそらくそれはかなりの腕利きでも不可能でしょうね」
 彼は考えながら言った。
「やはり数ですか」
「そうですね。戦闘機もそれがまず肝心です」
 チョムが答えた。
「これは他の機種にも言えることですが」
「攻撃機や爆撃機もですか」
「はい」
「それもこれから説明させて頂きます」
 チョムとレイミーが言った。するとパレードは戦闘機から攻撃機に移っていた。
 攻撃機はそれ程大型ではなかった。だが攻撃機として見た場合であり、先程のタイガーキャットと同じ位の大きさがあった。
 攻撃機は翼が十字であった。そしてあちこちに武装を備えていた。
「また重武装だな、大きさの割に」
「それを考えました。艦艇や基地を攻撃する為です」
「名前は何といいますか」
「炎龍です。こちらは中国風の名前にしました」
「何故中国風に」
 それを少し不思議に思った。
「戦闘機がアメリカ風なので。趣向を変えまして」
「それ程悪い名ではないと思いますが」
「まあ。結構いいと思いますよ」
 少なくとも攻撃機には合う名前だと思った。
「かなり攻撃時間が長そうだな」
 八条はやはりその重装備に注目せざるを得なかった。それは今まで見たことがない程のものであった。
「はい、それを念頭に置き開発しました」
 今度はレイミーが発言した。
「そして装甲、コーティングを特に強化しました。戦車の様にね」
 彼はそう言って不敵に笑った。
「まさか。それは言い過ぎでしょう」
 流石に八条もそれは本気にしなかった。
「いえ」
 だがここでチョムが首を横に振った。
「それは本当です。おそらくビーム高角砲の直撃を受けてもそうそう墜ちはしません」
「本当ですか、それは」
 彼はそれを聞き思わず声をあげた。
「はい、実際に試してみました」
 テスト飛行や耐久のチェックはパレード前に入念に行われた。その結果この炎龍は予想を上回る防御力を持っていることがわかったのだ。
「我々もこれ程までとは思いませんでした」
「そうか。それだけパイロットの生存が高まりますね」
「はい。それに長く戦うこともできますよ」
「うん」
 続いて爆撃機であった。
 爆撃機は二十世紀にあったような大型ではない。艦載機としても運用される為小型である。戦闘機や攻撃機と同じだ。
 ややずんぐりした形で翼が鴎のそれの様になっている。どうやらその胴に兵器を搭載するようだ。
「これは一撃離脱を考えました」
 チョムが言った。
「まず敵に急接近し、攻撃を仕掛けます。そして高速で離脱します」
「では速度はかなり速いのですね」
「はい、戦闘機に匹敵するものにしました」
「成程。ところで一つ聞きたいことができたのですが」
「何でしょうか」
「戦闘機と攻撃機、爆撃機の巡航速度は同じなのでしょうか」
「当然です」
 二人はそれに対して胸を張って答えた。
「それは設計当初から考えていたことです」
「そうでなくては何の意味もありません」
「それはよかった」
 八条もそれを聞いて安心した。護衛がなくては攻撃機も爆撃機も満足に敵に接近することはできない。それを考えるとこれは戦術として当然のことであった。
 そして偵察機や電子機等も来た。これも今までの機体より電子装備や偵察機能が格段に上昇しているようだ。そして大きさも艦載機に相応しかった。
「それにしても数が多いな」
 それはもうパレードの数ではなかった。空を覆わんばかりの数であった。
「これも宣伝ですけれどね」
 八条は笑って言った。数を多くしたのは彼であった。それにより連合の物量を多く見せる為なのだ。
「はい。我々の物量を知らしめる意味でもこれは大きいですよ」
 ここでサルラムーンが言った。彼もこのパレードに列席していたのだ。
「我々がどれだけ膨大な物量を誇っているか、他国はそれを見ただけで考えるでしょう」
「国内の不穏な勢力も」
「はい、これはそうした宣伝では実にいいですな」
 彼は満面に笑みをたたえて言った。
「さて」
 ここで一同姿勢を正した。
「いよいよ艦艇ですな」
「そうですね」
 八条は顔を上にあげて頷いた。そして彼は来るであろう連合の新型艦船を待っていた。
「来たぞ!」
 観客達が声をあげた。 

 

第五部第三章 巨大戦艦その八


「まずは駆逐艦だな」
 何処か魚を思わせる形であった。艦腹にそれぞれ小さな翼を持ち艦橋は小型である。そして砲塔は前に三つ、後ろに二つ、そして下部に一つ同じ口径のものが備えられている。前方には左右四門ずつの魚雷発射口があり艦橋の左右には対空砲座やミサイルランチャーが備えられている。
「大きいな」
 それを見た観衆の中の一人が呟いた。
 確かに駆逐艦とは思えぬ大きさであった。軽巡と言っても差し支えなかった。それは装備においても言えることであった。
「駆逐艦にはそれぞれ無人機を一機配備させています」
 チョムが八条に対して言った。
「露払いにか」
「はい。敵の艦載機や海賊の小型の船に対処する為です」
「それならもう少し艦を小型にした方がよかったのではないですか」
「いえ、あれで丁度よい大きさです」
「やはり運用でですか」
「その通りです。この駆逐艦も一隻では行動しません」
「艦隊か」
「はい。一隻では限度があります故」
「しかし一隻でも中規模の海賊程度なら楽に壊滅させられる火力がありそうですね」
「いざという時にはそれも可能ですが」
 だがそれは本来の運用目的でないのはすぐにわかることであった。
「海賊に対しても複数で対処することを前提に設計されています」
 よく見れば運動性能にも秀でているのがわかる。左右の翼はその為である。
 それに装甲やビームコーティングもあった。これは駆逐艦には本来ないものだ。
 駆逐艦は機動力と運動性を最も重要視する。その為に装甲やコーティングはないのだ。それ等が弱まるからだ。
「あくまで集団で戦う為にですか」
「はい。それに速度や運動性自体も今までの駆逐艦と変わりがありません」
「それは画期的な設計だな」
 八条はそれを聞き素直に自分の考えを述べた。駆逐艦という主力艦艇とは言えない艦種なのであまり目立たないがこれは確かに画期的なことであった。
「駆逐艦でこれだと他の艦艇はどうなるのかな」
「それはすぐにおわかりになることです」
 チャムとレイミーはやはり自信に満ちた声でそう言った。見ればもう次の艦達が姿を現わしていた。
「護衛艦です」
 今度は細長いタイプの艦が姿を現わした。見たところこの艦は機動力に優れているようだ。
「先の駆逐艦とセットでお考え下さい」
「セットとは?」
 八条はそれを聞き眉を少し動かした。
「駆逐艦は攻撃用ですがこの護衛艦は防御用です」
「防御用」
「はい。この二種の艦は巡洋艦と並び艦隊の主軸となります」
「どういう使われ方をするのですか」
「駆逐艦は敵を攻撃に当たります。しかし護衛艦は空母や補給艦を護衛する任務に当たります」
「成程」
「その為索敵能力やコーティング、バリアーは駆逐艦より充実させたものにしました。そして武装も対空砲やミサイルを多くしました」
 対空とは敵の艦載機や小型艦艇に対することを差す。二十世紀に使用されていた言葉をそのまま使っているのだ。
「そうか、だから護衛艦には魚雷発射口はないのですね」
「はい。その分を対空に回しました。ただし主砲は同じ口径です」
 その主砲の形もかなり違う。駆逐艦のそれが円形で砲身がなかったのに対し護衛艦は砲身が備えられている。三連砲である。前に三つ、後ろに二つ。そして下部に一つある。魚雷発射口は左右に一門ずつしかないがその分を対空砲座やミサイルランチャーを装備していた。全体的に武装の高さは変わってはいないようだ。
「やはり攻撃力はかなりありそうですね」
「火力がなくては例え防衛用といっても話にはなりませんから。この二つは艦隊において運用されます」
「補助戦力もかなり整っていますね」
「ええ。これだけでエウロパやサハラ各国の巡洋艦程度なら楽に相手に出来る程には」
 彼等は笑った。次には先の二種に比べてやや軽装備の艦が来た。
「あれはパトロール艦ですね」
「はい」
 二人は答えた。
「これは速度と機動力を重視しました。十隻程で決められた宙域をパトロールします」
「戦場の後方や連合の領内をですね」
「はい。それを考え機動力や運動性、そして各種電子能力を駆逐艦や護衛艦よりもアップさせました。ただしその分装備や防御は弱いです」
「それでいいのでは。艦隊に入って戦うのではないですし」
「はい」
 当然ながら海賊やゲリラと正規軍では装備がまるで違う。また戦い方も違う。この艦が海賊やテロリストを相手にすることを念頭に考えられていることは明らかであった。
「海賊を相手にする時はそれなりの艦隊を組むこともあるでしょうがとりあえずは十隻程を一単位として運用することを考えて設計しました」
「あくまで前線に立つ為ではないもです。だがそれもいいでしょう」
「有り難うございます」
「こうした補助艦艇なくしては戦いにならない。よくこれだけのものを開発してくれました」
 そしてミサイル艦が来た。円盤に近い形をしている。艦橋は小型で主砲は前方と後方、下部に一門ずつあるだけだ。
 だが各部にミサイルポッドやランチャー、左右に魚雷発射口を装備している。対空砲座もあるが主な武器はあくまでミサイルである。
「またえらく極端だな」
「はい。これは集中攻撃用です」
「集中攻撃か」
「敵艦隊、若しくは惑星に対して。その最大の武器があれです」
 チャムはそう言うと艦首を指差した。
「艦首がか」
 見たところ縦ニ列に艦首がなっている。変わっている形といえばそうなる。
「あれは二つのミサイルです」
「あれが」
「はい。敵のところに行くとそれだけで爆発を起こします。一撃で巡洋艦十隻程は撃沈出来ます」
「それを一度に打つ」
「はい。使いようによっては敵艦隊を瞬時にして殲滅することも可能です」
「そうですか。だがあまり長期戦に向いているとは思えませんね。あくまで集中攻撃用ですか」
「それは我々もわかっております」
「そいうことは長期戦用の艦も用意してありますね」
「はい。あれです」
 次に入って来たのは艦首が巨大な砲となっている細長い艦であった。それを中心にし艦橋は後方にある。そして前方に三連の砲塔を四つ、下部にも四つ備えている。対空砲座やミサイルも備えている。
「砲艦ですね」
「ええ」
 レイミーが答えた。
「あの艦首の主砲が主な武器です。あれで一斉射撃を加えます」
「そこに駆逐艦や巡洋艦が雪崩れ込むことも可能ですね」
「そうです。それも運用に考えました」
 昔からある基本的な戦術である。砲撃による射撃の後で突撃を敢行する。それは宇宙でも行われているのだ。
「ですがその火力が今までとは格段に違います」
「一撃で敵に致命的なダメージを与えることを考えております」
「砲撃だけで」
「はい。言わばこの艦は重砲です。その一斉射撃はミサイル艦のそれに匹敵します」
「だが短期決戦には向いていませんね」
 見たところ船足は遅い。ミサイル艦の方がかなり速そうだ。
「ミサイル艦と併せて少し考えた方がいいですね」
「といいますと」
「両方共艦隊で使うのでしょう。砲艦の機動力もそうだがミサイル艦の装備をもう少し考えて下さい。やはりミサイル艦も長期戦に使えるようにするべきです」
「わかりました」
 二人は答えた。
「理想としては両方を同時に使いたいです。それでもう一度考えて下さい」
「ハッ」
 今回観艦式で進んでいるのはテスト艦艇である。その為これから訂正がきくのだ。それを踏まえての観艦式でもあるのだ。観艦式は軍の威容を誇示するだけが目的ではない。
 そして軽巡が来た。葉巻にやや近い形をしているが全体的に細長めだ。艦首の下方に巨大なビーム砲を搭載し前方に三門、後方に二門、そして下方に三門三連の砲塔がある。
 艦橋の周りはやはり対空砲座があり魚雷発射口は艦の艦首に近い部分に左右五門計十門備えられている。そのすぐ後ろにはミサイルランチャーもある。これは左右に二つずつだ。
「一つは対艦、一つは対空です」
「ふむ」
 八条はそれを黙って聞いていた。
「この艦は装甲やビームコーティングよりも機動力を優先させました」
「軽騎兵といったところか」
「そうですね。そうした使い方がいいと思います」
「後方や側方に回り込むとか機動力で撹乱するとか」
「そうした使い方が合っていると思います」
「そうですか。だがそれにしてもこの艦も大きいですね」
 見ればとても軽巡という大きさではなかった。かなり大型の重巡と言っても差し支えなかった。
「それだけエンジンは高出力のものを搭載しております故」
「武装も」
「ふむ」
 確かに駆逐艦、護衛艦もこの軽巡も装備は凄い。口径も他国の同じ型のものより大きく武装も砲塔にして前も後ろも下もかなり程違っている。細かい武装は言うまでもない。そのうえ防御まで違うのだ。これはかなりの戦力と言って差し支えなかった。
 次はその重巡だ。形は先の砲艦に似ていなくもない。艦橋はやや後方にある。だがその大きさと装備は砲艦よりもさらに上であった。
 艦首には砲艦のものよりやや小型の砲と魚雷発射口が左右にそれぞれ五門ずつある。主砲は軽巡のそれよりも二回り程大きいであろう。それの三連の主砲が前方に三門、後方に二門あった。下部には三門だ。
 ミサイルランチャーも対空ビーム砲座も軽巡よりも多かった。装甲もビームコーティングも堅そうだ。
「軽巡が軽騎兵ならこちらは重騎兵といったところでしょうか」
 チャムが言った。
「こちらは正面への攻撃をメインに考えました。言うならば打撃戦力です」
「主戦力の一つですね」
「はい、戦艦と共に」
「速度は軽巡程ではないですがいざという時にはかなりものが出せます」
 レイミーも説明に加わった。
 確かに速度は先の軽巡よりは遅そうであった。だがその巨体と武装は異様な程であった。これが戦艦と言ってもおそらく誰も疑わないであろう。
「それにしてもどの艦もかなりの大型だな。駆逐艦ですらかなり大きかったが」
「あえてそういう設計にしました」
「ほう」
 八条はチャムの言葉に顔を向けた。
「大きめの方が後々装備を新たに備え易いですから。乗組員の居住の関係もありますし」
「居住ですか」
「はい、これだけは充実させませんと。士気にも関わります」
 連合は志願制である。エウロパもマウリアも志願制であるが連合のそれは他の二国とは軍に対する考え方がかなり異なっているのだ。
 エウロパには『高貴なる者の義務』という言葉がある。貴族等高い身分にある者はそれなりの責務を果さなければならない。彼等はそれに従い軍に入るのだ。当然将校であるがそれにより少なくとも軍の指揮官は確保できている。下士官や兵士は彼等に仕える者も多い。主が入るなら自分も、である。中世の騎士のそれに似ていると言えばそうなる。
 マウリアはインド文化であるせいか何処かにカーストの思想の名残があった。かってクシャトリアと呼ばれていた戦士階級の者にあったとされる者が軍に入る傾向がある。彼等も軍の維持にはさ程困ってはいなかった。カーストの名残は確かに困ったものであるが軍の維持という点では役には立っていた。
 連合には貴族もカーストもない。軍人は職業の一つとして捉えられている。だから待遇が悪ければ来ない。他に職業は幾らでもある。大金持ちになりたければ企業を興すか株でもうけるか大農園を開くか。はたまた鉱山を掘り当てるか。そうした考えである。普通に暮らしてもよい。軍での扱いが悪ければそれはすぐに人手不足に直結する。志願制の軍隊の難しいところであった。
 従って艦内の居住設備も充実したものにしなければならなかった。娯楽の為のテレビゲームや書斎、スポーツジム等も備え居住区もこれまでのものより良くした。シャワールームもトイレも設計の段階から一新し数も多くした。これは将兵の健康の維持の為でもあった。
「それは当然ですね。将兵を確保する為に」
「はい。少なくとも大航海時代の様なことはありません」
「あんなふうにしたら志願者は一人もいないでしょうね」
 八条はそれを聞き思わず苦笑した。あの頃の船乗りは餓えや疫病と常に隣合わせであった。
「はい。それは極論ですが陸上にいる時と変わりない状況に近づけるようにはしました」
「なら問題ありません。将兵の士気の維持は不可欠ですから」
「はい」
 チャムは頷いた。それを考えるとそれぞれの艦の大きさは納得がいった。
「ところで乗組員の数ですが」
 彼はそこで将兵の数に対して問うた。
「はい」
 レイミーが応えた。
「これまで通りやはり一隻にあたり多い艦で百人程でしょうか」
「ええ」
 どうやらこれは変わらないようである。
「そうか。それは変わらないですか」
「ですね。いざとなればどの艦も五十人程でも動けるようにコンピューターによるコントロールを強化しておりますが」
「そうか、用意がいいですね」
「何が起こるかわかりませんから」
「確かに」
 不測の事態が起こるのが戦争である。あらゆるケースを想定しておくのは当然と言えた。
「それにしてもどれも大きな艦だ。これが百人で動くのですか」
「もっと大きい艦もありますよ」
 ここでチャムが微笑んで言った。
「いよいよですね」
「はい」
 会場がざわめきだした。いよいよマニア達が最も待ち望んでいた艦達が姿を現わすのだ。
 

 

第五部第三章 巨大戦艦その九


「まずは空母です」
 チャムが自信に満ちた様な声で述べた。それが姿を現わすと歓声が起こった。
「おお!」
 それはこれまでの空母とは違っていた。あまりにも独特の姿をしていた。
 長方形をしている。空母だけあって他の艦よりも大きい。だが違いは他のところにあった。
 何と飛行甲板が四つあるのだ。上中下と縦に四段並んでいる。
 艦橋は右側にある。武装は左右にミサイルランチャーと対空砲座が少しある程度である。どうやら武装よりも艦載機の搭載に主眼を置いているようだ。
「まさか多段の甲板を持つとは」
 これには八条もいささか驚いていた。
「ちょっと趣向を変えてみまして」
 レイミーが答えた。
「今までは空母は着艦と発艦を同じ甲板でしておりましたね」
「ああ」
「それを増やしてみました。これですと一度に多くの艦載機の発進と帰還が可能です」
「だが大変そうですね」
「いえ、そうでもありません」
 レイミーは笑顔で答えた。
「甲板はそれぞれ着艦、若しくは発艦に専念できますから。今までの様に片方をやりながらもう片方、とやる必要はなくなったのです」
「そうですか」
 八条はその言葉にハッとした。
「それなら艦載機の運用がかなり楽になりますね」
「はい」
 今まで艦載機の離着陸はかなり面倒なものであった。艦隊同士が接近した時に艦載機は活躍するがその離着陸はかなり危険が伴うものであった。
 その瞬間には多くの神経を使う。そしてその時は艦は無防備になり易い。それを護るのも大変であった。
 従って接近戦は一瞬の油断が命取りであった。艦載機を使おうとしてその隙を衝かれ敗北した例も多い。
 ましてや着艦と発艦を同じ甲板でやるのは恐ろしく危険な仕事であった。一歩間違えばそこで衝突し事故を引き起こす。そうなれば死者が出るだけでなく甲板も使用不能になる。その間その空母は行動が全くとれなくなる。そして艦載機は下手をすればエネルギー切れで宇宙空間を漂う羽目になる。
 このことを連合の技術班は深刻に受け止めていた。そしてそれを解消するのがこの四段空母であった。
「これなら一度に多くの作業がこなせますよ」
 レイミーはまた言った。
「着艦は二つ、離艦は二つで。今までとは比較にならない程効率は上がっています」
「それに安全性も。飛行甲板の間もそれを考慮に入れて設計しました」
 チャムも言った。
「奇抜な外見だけではないのですね」
「当然ですよ」
 二人は笑顔で答えた。
「どの艦もあくまで機能を追及した結果です。それでこうした外見になったのです」
「そうなのですか、それにしてはまた変わっているな」
「まあ確かに」
 苦笑した。それは二人も認めざるを得なかった。
「けれどこれから出て来る艦はデザインはこの空母程ではありませんよ」
「そうなのですか」
「はい、まあそれもゆっくりと御覧下さい」
 観衆の歓声がさらに大きくなった。最も人気の高い戦艦が来たのだ。
 戦艦は二種類ある。通常の戦艦と高速戦艦だ。まずは高速戦艦が来た。
 高速戦艦はエンジンの強化により速度を通常の戦艦より更に速めたものである。その分装甲等はやや弱いが火力は変わらない。機動戦に使用する。
 先端は流線型になっている。その先にはやはりビーム砲がある。重巡のそれよりも大きい。だが砲艦のそれ程ではない。そして艦首にはそれと並んで魚雷発射口が左右に六門ずつ並んでいる。主砲はやはり重巡のそれよりもさらに大きい。砲塔も四連になっている。
 それが前に四っつ、後ろに三つある。下にも三つ存在する。
 対空砲座やミサイルランチャーもあるが思ったより少ない。重巡と同じ位である。
「やはり機動力を意識してか」
「はい。防衛よりも急襲を念頭に置いた艦ですから」
 チャムが答えた。高速戦艦は普通の戦艦とは運用が違う。正面から戦うことは少ないのである。
 それよりも迅速な行動による機動戦の方が主であった。敵の後方や側方に回り込み攻撃を仕掛けるのだ。普通の艦隊の運用とは少し離れる場合が多い。
「それを考えますと対空砲座等はそれ程要らないものかと思いまして。防御も軽巡のそれよりもやや上の程度で抑えました」
「その分を機動力に回したのですね」
「その通りです。それによりかなりのスピードが出ました。それは保障します」
「よし」
 高速戦艦は汎用性はやや落ちる。軽巡が通常の艦隊においても空母の護衛や主戦力の補助に使われるのとは異なるのだ。従ってその数もあまり多くはない。だが必要不可欠な艦であることに変わりはない。
「いよいよだな」
 場は一旦静かになった。
「ああ、遂に出て来るぞ」
 マニア達はカメラを構えた。そしてその艦がやって来るのを待った。
「来たな」
 そしてその威容が遂に明らかとなった。
 戦艦が姿を現わした。言うまでもなく艦隊の主幹戦力である。
「おお!」
 誰もがその姿を見て思わず声をあげた。その姿は巨大であり、そして美しさすらあった。
 艦首の下方に巨大な砲が横に二門備えられていた。先の高速戦艦のそれと同じものであった。
「横に二門かよ」
「ありゃかなりの破壊力があるぞ」
 彼等は口々にそう言った。そして武器はそれだけではなかった。
 主砲はやあhり四連であった。装備の構造は高速戦艦のそれと変わらない。やはり戦艦だけあってそれなり以上の装備が求められる。魚雷発射口も同じ数であった。
 だが対空砲座やミサイルランチャーの数は違っていた。重巡や高速戦艦のそれよりも五割程多かった。そしてその分姿も大きくなっていた。
「また凄い数だな」
「主戦力ですからね」
 チャムは微笑んで答えた。
「やはり戦艦は装備が充実しておりませんと。話になりません」
「それはそうですが」
 だがその姿はそれまでの艦の常識を覆すものであった。
 あまりにも大きかった。これまでの戦艦の倍はあるのではないか、と思える程である。
 そして装備もだ。主砲だけでなく艦の左右には副砲まであった。これは前後に向けて一つずつ、計四つあった。それは軽巡の砲塔であった。
「まるで一隻で星を破壊しそうな装備ですね」
「ははは、それは言い過ぎですよ」
 チャムはそれには声を出して笑った。
「いや、本当にかなり凄い装備です。これは画期的ですよ」
「そうですかね」
 彼は少しとぼけてみせた。
「防御はどうなっていますか」
「それもご安心下さい。かなりの堅固さを持っていますから」
「そうですか」
 八条はそれを聞きさらに機嫌をよくさせた。
「かってドレッドノートや大和という画期的な戦艦がありましたが」
 ドレッドノートは日本海海戦を見てイギリス海軍が建造した戦艦である。それまでの戦艦のあり方を根本から変えた革命的な艦であった。大和は日本海軍が第二次世界大戦直前に建造した巨艦である。大戦中の日本海軍の象徴とも言える艦であった。最後の戦艦と言ってもよい程であった。
 チャムは今それ等の艦に匹敵するとまで言っているのである。その自信の程が伺い知れた。
「まあこれからわかることですよ。それに」
「それに」
 八条はそこに突っ込んだ。
「これからもっと凄い艦が姿を現わすのですから」
「そうでしたね」
 これには彼も不敵に笑った。二人だけでなくレイミーもそれに加わっていた。
「凄い艦だな」
「ああ、全くだ」
 マニア達は感激すら覚えていた。彼等もこれだけの艦を見たことは今までなかったのだ。
 その後は揚陸艦や輸送艦、補給艦、工作艦等の補助艦艇が続く。掃海艇もある。
「また滅茶苦茶大きいな」
 ここで注目を集めたのが輸送艦であった。以前八条がアナハイム社に直接発注したものだ。
「アナハイム社製らしいな、あれは」
 情報に詳しいマニアの一人が言った。
「だからか。あんなに大きいのは」
 アナハイム社の艦の大きさはよく知られていた。彼等はそれに大いに納得した。
 その艦は戦艦よりもまだ遥かに大きかった。各部にタンクを搭載し艦橋は後方に四角く巨大なものがある。どうやら輸送力に極端に比重を置いたらしい。
「フフフ、どうやら皆わしの社の船に驚いているようだな」
 ベニョーコフもそこにいた。そしてどの者も驚いているのを見て満足そうに笑っている。
「苦労したからな、ここまでのものを開発するのに」
「その苦労の分だけはありましたね」
 隣には息子もいた。
「ああ、だがいい仕事になる」
「はい、最終チェックが通り次第すぐに量産に入りましょう」
 二人はこれからの仕事について話し合った。その間にも艦はやって来ていた。
 掃海艇は四角い構造をしていた。どうやらこれは防御の比重を置いているらしい。
「機雷の撤去だからな」
 機雷は極めて有効な兵器である。コストも安く足止めにもなる。そしてその撤去は危険で手間暇もかかるのだ。
 連合もそれには悩まされてきた。海賊達が機雷を撒くのだ。従って各国では掃海作業は極めて重要な任務の一つであった。
「これも戦争です」
 レイミーが言った。
「機雷も満足に処理できずに何が軍ですか。そう思い開発しました」
「そうですか」
 八条もそれはよくわかった。彼も軍にいた頃は機雷に悩まされたからだ。
「防御とコーティングに重点を置きました。そして作業用のロボットをこれまでの倍搭載しました」
「念入りですね、また」
「はい。その為大きさはやはり大きくなってしまいましたが。あと母艦もあります」
「あれですね」
「はい」
 そこに先の輸送艦に匹敵する巨大な艦が姿を現わした。形は輸送艦に似ていなくもないがタンク等はない。
「あの母艦を中心に十隻単位でチームを作って行動します」
「そうか」
 掃海作業の基本は守っている。彼はそれを聞いて大いに納得した。
「これで海賊の機雷への対処は飛躍的に上昇しますよ」
「よし、これで宙域の安全は更に上がりますね」
「はい」 
 病院船もあった。やはりこれも大型であった。
「こうして見ると戦闘以外の艦艇が多いな」
「はい、それは当初から念頭に入れました」
「当初からですか」
「そうです、戦闘は後方で決まるものですから」
「確かに」
 これは連合各国に共通した考えであった。海賊やテロリストとの戦いにおいては実戦部隊は少ない。それよりも情報や補給、通信がどれだけ充実しているかが勝負の分かれ目であった。
「私もそれを考え開発を命じましたが」
「それ程までとは思わなかった、ですね」
「はい」
 チャムに自身の言葉を言われ少し苦笑した。
 

 

第五部第三章 巨大戦艦その十


「だがこれは頼もしい。いざという時にはこれ等の艦艇が力になってくれるでしょう」
「ええ、それを期待しています」
「ところで」
 彼はここで話題を変えた。
「先程空母が出ましたが」
「はい」
 艦載機と聞き二人は顔を引き締めさせた。
「あの空母は一体どれだけの艦載機を搭載できるのですか。あの巨体からするとかなりの数を期待できますが」
 大体駆逐艦や護衛艦、パトロール艦が三〇〇メートル超であった。軽巡や砲艦、ミサイル艦が四〇〇近く。重巡で五五〇程か。それで普通の国の戦艦よりもずっと大型であった。掃海艇は二〇〇位である。戦艦で七〇〇程だった。高速戦艦も同じだ。
 だが空母はそれよりもさらに大きかった。優に一〇〇〇には達していた。ちなみに輸送艦や病院船、揚陸艦や工作艦等は特別であり三五〇〇を超えている。だがこれは戦闘用ではない。多くの人員や陸上兵器を収容する為である。後方にいる為装備といったものもない。
「はい、二〇〇機です」
 レイミーが答えた。
「二〇〇ですか」
 それは今までの空母の倍程の数だった。
「それだけではありません、他の艦種の艦載機の搭載量も多くしました」
「どの位ですか」
「はい、まずは駆逐艦や護衛艦で三機、ミサイル艦や砲艦も同じです」
「駆逐艦等にも搭載しているのですか」
「はい、大きめに設計したのはそれもあります」
「また凄いですね」
 これには素直に驚きを覚えた。まさかここまでとは思わなかったからだ。これも彼の予想以上であった。
「軽巡で六機、重巡で九機、戦艦で十二機です」
「かなり多いですね。接近戦で活躍してくれそうです」
「元々我々は数で戦うことを念頭に置いていますから。これ位は当然かと」
「そうです、それに驚かれるのはまだ早いですよ。あれがありますから」
「そうでしたね」
 八条はそれを聞き表情を一旦元に戻した。そしてあらためて笑った。
「いよいよあれが来ますよ」
 チャムは彼に笑って言葉をかけた。
「我が連合軍の象徴とも言える艦が」
「もうすぐ姿を現わします」
 レイミーの声はいささか興奮したものであった。彼もまた緊張と喜びを隠せなかった。
「いよいよか」
 八条もそれは同じであった。上を見上げそれを待っている。
「さあ来い」
 彼等は呟いた。
「そしてその巨体を見せるんだ」
 だが観衆や中央政府及び各国の首脳達は観艦式はもう終わったものと思っていた。
「帰るか」
「ああ、よかったな」
 帰り支度をはじめている者もいた。その彼等の上に何やら巨大な影がやって来た。
「!?」
 ふと上を見上げた。その瞬間彼等の顔は凍りついた。
「な、何だあれは!」
 それを見た誰かが叫んだ。
 それは艦とは思えない程巨大なものであった。輸送艦なぞ問題にならないものであった。
 優に十キロは超えていた。艦体は六つあり中央に巨大なメインと思われる艦体がある。その左右にそれぞれ戦艦のそれを思わせる艦体があり、そのすぐ下に重なる形でに四段の巨大な艦体がある。これは空母のものであった。上に三つ、下に三つつ並ぶ形になっていた。重なっている為一番上の甲板はなくなっており三段になっている。中央のメインと思われる艦体は他のそれよりも遥かに大きく段になっていた。艦橋は上の三つは上部にあったが空母のそれには下にあった。上のそれがまるで城塞の様に聳え立っているのに対して下のそれは比較的小さく、艦体の端にあった。
 艦首の部分にはやはり巨砲があった。それは砲艦のそれと比するのが馬鹿馬鹿しくなる程の大きさであった。
「化け物か」
 それは上の艦体に一つずつあった。その他にも装備は恐るべきものであった。見ればそれを意識してか甲板は巨砲よりもずっと奥にあり上下の距離もあった。おそらく互いに影響があるのを避けたのであろう。
 おそらく砲艦の巨砲をそのまま使っているのだろうか。いや、それよりも遥かに巨大なものであった。主砲は三つの艦体の上と横、そして空母体の下にあった。しかもそれは六連であり前に八つ、後ろに七つずつあった。下の空母体のそれも同じであった。なお中央のそれには前に十、後ろに九あった。そしてその体が一際大きい為砲塔は回転が可能であった。
 副砲もあった。それは他の五つの艦体の左右にあった。見れば戦艦の砲塔である。それは主砲の優に倍の数が備え付けられている。
 見れば艦の各部に監視塔があった。それで巨大な艦の見張りをするのだろう。その周りには夥しい対空ビーム砲座とミサイルランチャーがあった。
 主砲、副砲の上にもあった。他にも各部にビーム砲座やランチャーは備え付けられている。最早艦というよりは要塞であった。
「何なんだあれは」
「要塞じゃないのか」
 実際にそうした声も聞こえていた。
「いや、あれは艦だろう。姿形を見る限り」
「そうか?それにしては大き過ぎると思うが」
「いや、間違いない。あれは艦だ。ただ巨大なだけで」
 観衆も各国の首脳達もそれをようやく認識できるようになった。それでもまだ信じられなかった。
「長官」
 中国の李大統領が八条を呼んだ。チャムとレイミーを従えるように彼はキロモトのところへ行った。
「何でしょうか」
「あの艦だが」
 豪放磊落な気質の李も驚きを隠せないでいた。
「一体何なのかね。あれ程の艦は今まで見たことがないが」
「あれですか」
 八条はあえて悪戯っぽく笑ってみせた。
「ああ。どうやら要塞ではないようだが」
「はい、あれは艦艇です」
「そうか。一体何という艦かね。見たところ戦艦の様だが。いや」
 李はその艦の下の空母の部分を見て考えを改めた。
「空母かな。それにしては装備が凄いが」
「閣下、あれは超巨大戦艦です」
「超巨大戦艦」
 李はその小説で聞く様な言葉に一瞬だが表情を変えた。見たことも聞いたこともないようなことをはじめて感じた様な顔であった。
「はい、あれは連合の象徴とも言える艦です」
「そうか。私は戦艦がそうだと思っていたが」
 彼も事前に話を聞いていた。連合軍の象徴とも言える艦を開発しているというのは聞いていた。だがそれは大型の戦艦であり、これ程のものとは夢にも思わなかったのだ。
 それも当然であった。この艦の開発は連合大統領であるキロモトと八条、財務長官トラブゾン、そして一部の軍の高官しか知らなかったのだから。
「それにしても凄い装備だな。艦載機だけでもどれ位あるのやら」
「一万機程です」
 レイミーが答えた。
「そうか、それ位はあるだろうな」
 普通なら一笑に付す話だが今回は信じることができた。それだけの大きさがあったからだ。
「それだけでかなりの戦力だが」
「それで終わりではありませんよ」
「そうだろうな。これ程までの武装だと嫌でもわかる」
 巨大戦艦は威容を見せ付ける様に空を飛んでいた。そしてその姿を連合、いや全銀河の者達に焼き付けたのであった。
 観艦式は成功に終わった。連合はその目論見通り連合軍の力を内外に誇示することができた。その多くの艦、特に巨大戦艦は各国の注目を集めることとなった。 

 

第五部第四章 神の名その一


神の名
 連合の観艦式がエウロパ等各国に与えた衝撃はかなりのものであった。特に巨大戦艦の存在は大きかった。
 今までは一部の者だけの話であったがこの式により全ての者が知ることになったのだ。話はそれで持ちきりとなった。
「あの戦艦は一体どれだけの力があるか」
「どれだけ建造されるか」
 数はすぐにわかった。連合中央政府が各艦隊の旗艦とすることを発表したからだ。
 連合の艦隊数は三千、すなわち三千隻建造されるのだ。
「あれが三千隻か」
 それだけで他国、とりわけエウロパの者にとっては脅威であった。
 脅威に感じたのは彼等だけではなかった。連合軍の設立以降急激に沈静化していた連合国内の海賊達だがそれを聞いてさらに弱体化した。更に投降する者が増加したのである。
 こうしてこの戦艦はその存在だけで連合国内の治安に役立った。それだけでも恐るべき存在であった。
「連合の治安が良くなると厄介だ」
 エウロパにはこうした意見を持つ者もいた。
「その分国力を向けなくて済む。そして治安の好転により経済活動が更に活発になる」
 連合にとっていいことづくめだがエウロパにとっては違う。彼等にとっては宿敵の伸張程腹が立ち、なおかつ危険なものはないからだ。
 この一千年何時連合が攻めてくるか、それが何よりの恐怖であった。彼等と連合の国力差はあまりにも大きいからだ。
 一千億対三兆、領土も資源も比較にならない。それだけでも脅威であったが今までは連合内のまとまりがないので助かっていた。中央軍すらなかっらのだ。
 だがそれが設立され、今こうして巨大戦艦が姿を現わした。エウロパは最早恐慌状態であった。
「予想していたが」
 モンサルヴァートは首都オリンポスに残っている各艦隊の司令達を集めて軍議を開いていた。
「やはり混乱状態になってしまったか」
 巨大戦艦の情報を手に入れた時からそれは予想していた。だが実際に起こってみるとそれは彼の予想を上回っていた。
「あれ程の巨大なものですからな」
 まずターフェルが口を開いた。
「致し方ないかと。やはり目に見える脅威ですから」
「確かにな。数字で見るのよりも遥かに効果的だ。連合の狙いはそれもあるのだろう」
 モンサルヴァートにもそれはわかっていた。だからこそ彼等はあえてあれ程までの巨大な艦にしたのだ。
「あの姿だけで連合内の海賊達は雪崩を打って投降しているようです。そして彼等のうち罪の比較的軽い者は軍に編入されているそうです」
「それだけではありません」
 今度はジャースクが口を開いた。
「それまで商船を護衛していた用心棒といった治安の好転で存在も仕事がなくなったので連合軍に入っているそうです。彼等もまた大きな戦力増強になっているそうです」
「彼等にとっては将にいいことづくめだな」
 モンサルヴァートは面白くなさそうに小さな声で言った。
「こちらにとっては脅威以外の何者でもないというのに」
「全くです」
 これはこの場にいる全ての者の意見であった。
「ただすぐにこちらに侵攻してくるかというと疑問ですが」
 マトクが自分の考えを述べた。
「それは何故だ」
 実はモンサルヴァートもそう考えていたがそれはここでは出さなかった。あえて彼に問うた。今エウロパでは連合の大艦隊があの巨大戦艦を筆頭を雪崩を打ってエウロパに侵攻してくるのではないか、とまことしやかに話されていた。その恐怖で一千億の市民は震え上がっていた。
「まずあの戦艦だけでなく軍備が整っておりません。まだ観艦式によりお披露目が終わっただけです」
「そうか。それで」
 彼はマトクにさらに言うよう促した。
「まずそれが整わなければ。三千個の艦隊とあの巨艦を三千隻建造するにはかなりの時間と労力が必要です」
「ふむ」
 それは彼も同じ意見であった。しかしやはりそれは口には出さない。
「そこから議会で話し合う。それに連合はエウロパと比べてもかなり各国の発言力が大きいです」
「各国の意見調整等も必要だというのだな」
「そうです、侵攻してくるのならばそれ等の手順を全て済ませてからでしょう。今すぐにということは有り得ません」
「だが無理をして攻め込んで来る可能性もあるのではないか。やはり彼等には数がある」
 ゴドゥノフが言った。
「数ですが」
 マトクはゴドゥノフの言葉に正対するようにして言った。
「数にはそれなりの費用がかかります。兵士それぞれを動かす為だけでも。それに燃料や食糧、兵器等も必要です」
「補給の問題か」
「そうです。彼等は大軍であるだけにそれが大きな課題になりましょう。それの整備もしなければなりません」
 マトクはモンサルヴァートに答えた。
「連合領内を動かすだけでもかなりの設備、費用が必要です。彼等はそれはまだ整備中だと聞いております」
「確かにな」
 それは軍事を知っている者なら容易に想像がつくことであった。連合は今軍港や航路等の整備を急激に進めているという情報も入っていた。
「そうしたことを全て終えてから行動に移るでしょう。そうですね」
 マトクは考えながら意見を述べた。
「まずは設備の整備を補給及び通新体制の確立、そして軍備を整える。それからどうするか連合内での議論でしょうね」
「それだけでもかなりかかるな」
「はい、時間はまだまだあります。我々はその間に防衛体制を整えておけばいいのです」
「彼等が動かないうちに、か」
「そうですね。彼等が動く頃には我々は既に防衛体制を整えていなければなりません。逆に言いますと」
「油断はできないと」
「ええ。何しろ三十倍の敵と戦うのですから」
 それが最大の問題であることに変わりはなかった。
「では今は軍備に専念することにするか」
「はい、それが賢明です。下手に彼等を刺激すればそれこそ問題です。彼等も整備をより早めようとするでしょう」
「その分我等にとって危機になる」
「それを防ぐ為には今は無視しておくべきです。表面上は」
「よし」
 マトクの言葉に大きく頷いた。
「では諸卿はこれまで通りそれぞれの任務に専念してくれ。私もそうすることにする」
「ハッ」
 司令達はその言葉に敬礼した。
「今は将兵の動揺を抑えてくれ。そして然るべき時に備えるのだ」
 こうして軍議は終わった。モンサルヴァートは軍議が終わるとその足ですぐに総統官邸に向かった。
「そうか、軍でも動揺があるか」
 ラフネールはモンサルヴァートからの話を聞きそう呟いた。
「あえて名は出しませんが高官の中にも連合の侵攻を恐れている者がおります」
 彼は軍の内部の動揺を伝えた。
「やはりあの巨大戦艦の存在は大きいな」
「はい、やはりあの存在が決定的だと思います。今までは単に物量差の問題でしたが」
「それでもかなりの脅威だったというのに」
 エウロパはやはり数が少なかった。そんな彼等にとって連合の数は脅威であることはこの一千年の間変わることはなかった。 

 

第五部第四章 神の名その二


 その脅威はエウロパの者にとっては無意識下にまで染み込んでいた。だがやはり直接目に見えるものではなかった。あくまで数字上のことであり直接見たものではなかった。ましてや連合とエウロパに交流はなかった。全くの異世界と言えばそうであった。宗教家やスパイのみが連合に行き来したり、潜伏し情報を収集するだけであった。だから脅威とはいっても実際に目に見えるものではなかった。無意識下にまで浸透していてもそれはいささか宗教的な漠然としたものであった。中世の人間の地獄の様なものと言えばわかり易いか。ネットや報道で見てもそれ程感じなかった。少なくとも巨大には見えなかったからだ。
「目に見える存在というのがこれ程大きいとはな」
 ラフネールの言葉がそれを見事に現わしていた。
「そうですね、今までは映像では我々の世界とあまり変わりはなかったですが」
「そこであのような巨大戦艦を見せられてはな。混乱が起こるのも当然か」
「はい、残念ながら。ただ連合が動くのはまだまだ先だということをわかっている者もいます」
「そうか、それは私も同じ考えだ」
 ラフネールはその言葉に頷いた。
「連合はまだまだやらなければならないことが多い。それに我々に攻め入るにしろ事前に色々と議論が行われる筈だ。彼等とて民主制なのだからな」
「その国よって形態は違いますがね」
 連合には王国、共和国、連邦国家等色々な国家形態がある。そしてそれをまとめる形で中央政府と中央議会があるのだ。
 エウロパは個々の政府の力は弱い。象徴に過ぎない。エウロパ政府が全てを司っているのである。ここには国家規模の関係もあった。
「それを考えると彼等とことを構えるのは暫く先だ。だが」
「だからといって軍備を怠ってはなりませんね」
「そういうことだ」
 ラフネールはその言葉に対し頷いた。
「私は今の艦隊を大幅に増やそうと考えているのだが」
「防衛計画とは別にですか」
「うん。今は八十個だったな、総督府のものも入れて」
「はい」
 エウロパは原則的に少数精鋭である。これはニーベルング要塞群に守られているせいもあった。
「それをニ百個に拡大しようと考えているのだが」
「ニ百個ですか」
「そうだ。だが徴兵制は施行するつもりはない。質は維持したいからな」
「成程」
 徴兵制は兵士を安定して確保できる。だがその質は志願制と比べて落ちる。士気の低い兵士も混ざってしまうからだ。
 だからこそ連合もエウロパもマウリアも志願制なのだ。サハラ各国の様に常に戦乱に明け暮れ、ている地域ではないからそれも当然であった。だがサハラはこれ等の国々とは事情が違っていた。
 国々が乱立し互いに争う状況が続いていた。そしてイスラムでは何よりジハードの思想がある。その為徴兵制であっても兵士の士気は高いことが期待できる。
 その為彼等は強かった。そしてモラルもまた高いのである。徴兵制にした場合モラルの低い兵士が来る場合がある。入隊の際あまりそうしたことが厳密に調査されない場合があるからである。
「それで将兵は集まるだろうか」
「そうですね」
 モンサルヴァートはラフネールに問われ暫し考え込んだ。
「予備役に回っている者もおりますし彼等も復帰させましょう」
「うむ」
 エウロパでは予備役の者が多い。少数精鋭の軍であるからポストは少ない。その為退役して予備役に回る者も結構多いのである。
「そして志願を募りましょう。それでかなりの貴族がやって来る筈です」
「そうか。それによりどれ程集まるかな」
「予備役が結構いますからね。それだけでもかなり」
「だがニ百個には届かないだろう」
「そうですね、予備役を全て戻して百七十個でしょうか」
「志願を募るしかないか」
「はい、今何もすることもなく暇と金を持てあましている貴族達も多いですから彼等にも来てもらいましょう」
「大丈夫かな」
「大丈夫でしょう、彼等の多くもかっては軍人だったのですし」
 エウロパでは貴族が一度は軍務に就くことは半ば義務となっているところがあった。その為士官学校も貴族出身者が圧倒的に多いのである。連合の者はこれを階級社会の証左だとこれ見よがしに批判することが多いのだが。
「そこに彼等に従う者が入りますから。それで将兵は維持できます」
「そうか。それでだ」
「はい」
 ラフネールは話を変えてきた。
「防衛計画は順調にいっているな」
「はい」
 モンサルヴァートは率直に答えた。
「そうか、ならばいい。だがそこに付け加えてくれ」
「何をでしょうか」
「ニ百個艦隊を的確に運用できるようにしたい。その為の整備だ。いいかね」
「はい」
 それは当然であった。ニ百個艦隊あればそのニ百個艦隊を運用しなければならない。その為の整備は不可欠である。
「それで国防はかなり違ってくると思う。少なくとも連合を食い止めなければ成らない」
「やはり彼等ですか」
「うむ。衝突は先にしてもだ」
 連合の存在なくして彼等の国防計画は有り得ないのもまた事実であった。
「すぐに取り掛かってくれ。そして一刻も早い防衛システムの完成を」
「ハッ」
 モンサルヴァートは敬礼した。そして部屋を出るとすぐに参謀達を集め軍議を開くのであった。

 エウロパは次第に落ち着いていった。マスコミも比較的冷静でありネットでも連合との衝突はあるにしてもまだかなり先の話だということで決着がついたからだった。エウロパでは幸いなことにこうした事態を扇動する悪質なマスコミは少なかったのだ。
「それは彼等にとって幸いだな」
 アッディーンはエウロパのマスコミのことを聞きそう言った。
「マスコミの弊害は時として国を滅ぼす」
 それは彼がサラーフとの戦いで知ったことである。彼はそれ以来マスコミというものに不審を抱くようになっていた。
「歴史で学よりも実際に目で見た方がわかるものだ」
 彼は現場主義でり見たものをまず第一に信じる男であるが今回は特にそれを痛感していた。
「サラーフはマスコミにより滅びた。その報道と腐敗によりな」
 マスコミとは腐敗し易いものだ。情報を独占する。そしてそれを思うがままに捏造し、隠蔽することができるからだ。
 それによる弊害の酷さは二十世紀以来のものであった。やはりこうしたことを語る場合日本は外せなかった。
「だが一つ疑問があるのだ」
 アッディーンはここで首を傾げた。
「何故日本ではそこまでマスコミが特権を握り腐敗したのだ?これではあまりにも極端だ」
「それですか」
 そこにいたガルシャースプが答えた。
「おそらく敗戦が原因でしょうね」
「敗戦」
「はい、第二次世界大戦はご存知ですね」
「うむ」
 この時代ではこの戦争は二十世紀の時程あまり重要視されていない。後の資源を巡る対立の方が遥かに重要視されている。この対立により今の人類の構図が出来上がったのだから当然といえば当然であった。
 第二次世界大戦はアジアやアフリカが独立するきっかけとなった戦争ととらえられている。日本がそうした旗印を掲げたせいもあるが実際にそれにより植民地を持っていた国々がその力を弱めたからであった。民族自立という観点においては第一次世界大戦と並ぶ戦いである。
 だがそれよりも歴史においてはやはり月等における資源を巡る争いの方が重要であった。あれがなくては連合も誕生せずエウロパも誕生しなかったのだから。当然サハラもどうなっていたかわからない。
 だが第二次世界大戦のことは歴史によく残っている。ヒトラーやスターリンといった人類史に名を残す独裁者のことでも出て来るからである。
「あの敗戦により日本のそれまでの指導者達は皆失脚しました」
「極東軍事裁判でか」
「はい」
 この裁判は悪名高い裁判である。事後立法であり、しかも戦争犯罪を人道に関する罪で裁くという全く的外れな法の適用をし、尚且つ罪状を捏造し、弁護側の意見をほぼ退けた法律的には異常な裁判であった。今ではこの裁判は単なるリンチとして認識されている。
「そういえばあの裁判を支持した日本人の法学者とやらがいたな」
「横田喜三郎ですね」
「ああ。その男はそれから栄達し勲章まで貰ったそうだな」
「はい。そして天寿をまっとうしました」
「信じられん話だ。普通ならば碌な死に方をせずにジャハンナムへ行くところだ」
 おそらくサハラ各国ならば間違いなくそうなるであろう。怒り狂った群集が許さないからだ。
 だがこの時代の日本では違っていた。この男は進駐軍の威光を考慮してこの様な発言を続けたのだ。
「結果としてこの裁判で多くの者が無実の罪で処刑されました」
「裁くべき法がないのに有罪も無罪もないだろう」
 このことは後々に大きな問題となった。この裁判による被告人達はすぐに名誉が回復されたがこの裁判が非合法なものでありそれが認められたのは二十一世紀半ばのことであった。百年近くも認められなかったのだ。
「むしろ戦争よりもその後の裁判の方が問題だった」
 以後こう言われるようになった。確かに戦争はあった。だがそれとは全く関係のないことで戦争の際に起こることを裁くというのはあまりにも出鱈目であった。これを理解できる知識人はこの時代の日本には殆どいなかったというのはある意味で驚くべきことである。二十世紀後半の日本には思想家や歴史学者、教育者、経済学者といったものは今では業績とは全く異なることで歴史に残っている。そのあまりにも卑しい発言と性格で歴史に残っているのだ。
「シェークスピアですらこの様に卑しい連中は書くことはできなかっただろう」
 後にとある詩人が彼等を評してこう書いた。そこまでこの連中は卑しかった。
「あの時代の日本は明らかに異常だったな」
「少なくとも知識人は」
「彼等は今でもそれを恥だと思っているそうだが」
「当然ですね。よくもあんな連中が長い間大手を振って歩けたものです。敗戦よりもそちらの方が遥かに問題です」
 戦争があれば勝者と敗者が必ず出る。オムダーマンもその歴史において幾度も敗れている。それ自体はどうということはない。問題はやはりその後なのだ。
「当時の日本の価値観と今の我々の価値観は違うにしろ、だ」
 その時の話を今の価値観で語ることはできない。それはアッディーンにもわかっていた。だが嫌悪感を拭い去ることとはまた別である。
「それにしても人間とは卑しくなろうとすれば何処までも卑しくなるものだな」
「残念ながら」
 ガルシャースプもそれに頷いた。これも人間の残念な一面であった。
「日本というのはそうしたイメージはあまりないがな」
 サハラ各国においては日本はそれ程悪いイメージはない。連合においては米中露に対して穏健派という印象がある。実際に日本の外交は彼等とASEAN諸国、その他の国々の間に立つことが多い。立場上そうせざるを得ない事情もあるにしろだ。
 そして国民性もサハラからは好かれていた。温厚で控えめというイメージがある。
「どの国にも例外はいるものです。卑しい者もどの国にもいます」
「そうだな」
 よくよく考えればそうである。サハラにもナベツーラの様な者がいるからだ。
「そういえば日本は連合軍の設立にはかなり積極的だったな」
「はい、彼等の参加が連合軍の設立を決定的なものにしました。日本の全軍を挙げての参加がなければ今の連合軍はなかったでしょう」
「そうだな。それを考えるとあの巨大な戦艦は彼等が作ったと言える」
「ですね。あれが三千隻ですか」
 連合軍の規模は彼等も知っていた。そして計画も聞いていた。
「今のところ我々とは衝突することはないだろうがな。それでも連合の存在が今までよりも更に強くなったのは間違いない」
「それは間違いありませんね。彼等とは特に利害関係のない我々ですら意識せざるを得ないですから」
「うむ」
 アッディーンはそこで頷いた。
 

 

第五部第四章 神の名その三


「エウロパはかなりの軍拡に踏み切るようだしな」
「それが総督府にも影響しそうですね」
「そうだな。本土と総督府の移動もさらに用意なものにするらしい」
「やはりいざという時の為にですか」
「だろうな。そうでないと守りきれるものではない。何しろエウロパと連合の差はかなりのものだ」
 三十倍の差はやはり大きかった。
「それに連合の第一の敵ですからね。一千年に渡る」
「そうだ。連合がことを興すとすればまず彼等に対してだろうな」
 それは誰もが予想していることであった。
「マウリアや我々に対しても行動に出る可能性もないわけではないがな」
「ですがそれはまだ先のことでしょうね」
「ああ」
 この認識はエウロパと同じであった。こうしたことについてはサハラ各国はエウロパよりも鋭い。彼等は長い間戦ってきているからそうしたことには敏感なのである。
「今は彼等のことはそれ程考える必要はあるまい。それよりもやはり目先のことだ」
「はい」
 アッディーンはそこでカレンダーに目をやった。
「会議までもうすぐだ。意見の調整も進めておかなくてはな」
 今オムダーマンは今後の戦略を巡って軍内で色々と議論がある。それで彼も忙しいのだ。
「今はどちらが優勢だ」
「南進派です」
「やはりな」
 彼はそれを聞いて頷いた。彼はその先頭にいると言ってよい。
「まだ北方に進むのは早いからな」
 彼はそう考えていた。エウロパの総督府があるオムダーマンの国力を考えると北への進出はまだまだリスクが高かった。
 それよりも小国が乱立している南方に兵を進めるべきだというのが彼の考えである。そしてそこで力を蓄えるべきだと主張している。
「それからだな、北に進むのは。いや」
 ここで脳裏にある男の顔が浮かんだ。
「北に行くのは最後になるかも知れないな」
「どうしてですか」
 ガルシャースプはそれに問うた。
「根拠はないが。ただそんな気がするだけだ」
「そうですか」
「ああ」
 現実に考えて南の次は北だ。ハサンはそれ程積極的に動く国ではない。これは彼等がかなりの規模を持つ国であるだけでなく交易を第一に考えている為ことを荒だてるのを好まないからだ。
「とりあえずは南方に進みたいな。各個撃破していきながら」
「外交も重要になってきますね」
「そうだな。おそらく南方では外交がこれまでよりも大きな意味を持つだろうな」
 それはわかっていることであった。小国が多くある為調略も必要になる。おそらく外交の成否がことを決することになる。
「やはり外交部には出てもらうことになるかな」
「大統領や首相はそれについてはどうお考えでしょうね」
「今のところはわからない。だが外交部には出てもらうよう要請しておくか」
「そうですね。それがよろしいかと」
「よし。では外交部には後で俺から電話しておこう」
「はい」
 オムダーマンでは次の行動に向けて話が進んでいた。その頃北方においてもあの男が次の行動に考えを巡らせていた。
 シャイターンは北方諸国を統合する主席に就任することが決定した。彼はその就任式に出ていた。
「シャイターン万歳!シャイターン万歳!」
「アッラーの加護があらんことを!」 
 彼は絶大な人気を誇っていた。北方の危機を二回も救ったから当然であった。そしてハルーク家との結びつきがそれに加わっていた。
 この家はサハラにおいても屈指の権門である。やはりそうした存在はどの国にもある。そうした家と関係があるということは大きな後ろ楯であるのは事実であった。
 シャイターンはそれを大いに活用した。各国の実力者達に呼び掛け彼に協力を要請した。その際ハルークの財が絶大な効果を発揮した。
 彼がこの国々をまとめる主席に就任することができたのもこれがあったからなのは言うまでもない。そもそも主席という存在を言い出すことも出来なかっただろう。
 シャイターンはそれを全て踏まえた上でハルーク家に接近したのだ。そしてその当主である未亡人と結婚した。これにはイスラムの考えも役立った。
 イスラムでは妻は四人まで持ってもよい。この時代でもそうだ。ただし公平に愛さなくてはならないが。
 これは戦災未亡人への救済の為にムハンマドが考えたことであった。彼は実は結構なフェミニストであり女性の権利も大切なものとして認められていた。あくまで当時の人間としてだがそうしたことからもこの預言者が一時期キリスト教世界で言われていた様な人物ではないことがわかる。
 未亡人はあまり好ましくはない。すぐに妻に迎える方がよい。シャイターンにはそうした宗教的な大義名分もあったのだ。
 そして彼は彼女と結婚した。歳よりずっと若く美しかったので容姿では不満はなかった。それに穏やかな性格も気に入っていた。
「私はああした女性は好きだ」
 彼はよくこう言った。実際に彼は彼女を大事にしている。妻として信頼に足る存在だと認識していた。
 彼はその容姿から女性に不自由したことはない。容姿に加えて地位も財産もあるから余計だ。それなりにその道には精通している。これはどちらかというと朴念仁と見られがちなアッディーンとは違う点である。
 今は妻はいない。だがこれまでに多くの女性と浮名を流している。彼はそうしたことでも知られていた。
「だがアッラーの戒律は破ってはいない。私とてムスリムだ」
 彼はそれについて指摘されるといつもこう反論する。その通りであった。彼はイスラムの戒律には何ら反することはしていないのである。
 だからこそ彼には人望があった。強烈なカリスマが備わっていた。そして誰もがそれを、認めていた。
 シャイターンは今や北方の雄であった。その勢いは誰にも止めることはできなかった。
「諸君」
 シャイターンは赤い軍服と黒のマントに身を包んでいた。今ではこの服が北方諸国連合軍最高司令官の服であった。
「私は今ここに宣言しよう。北のサハラの民の幸福と安全を」
 その声を聞くと熱狂的な歓声が聞こえてきた。
「そしてこのサハラの永遠の繁栄を。今我々は危機に瀕している」
 それを聞き皆顔を引き締めた。
「エウロパという異教を信じる者達が来ている。彼等はあの二千年前の十字軍の悪行を再び繰り返している」
 それは多くの者が主張していた。エウロパの侵攻は彼等にとってみれば十字軍そのものであった。この狂信者達により多くのムスリムが殺され、食われた。そして聖都エルサレムは血で膝まで塗れた。それが十字軍の正体であった。彼等は殺戮集団であったのだ。少なくともイスラム世界ではそう考えられている。
「我々はそれを阻止しなくてはならない。そうでなければサハラは滅ぶだろう」
 重みのある言葉だった。皆沈黙していた。
「その為に私は誓おう。エウロパの者達をこのサハラから一人残らず追放することを」
 次第に民衆がざわめきだした。
「それこそが私の最初の使命だ。私はサハラをサハラの者の手に完全に返そう!」
 自信に満ちた言葉であった。他の者が言ったならばここまでの重みはなかったであろう。
 だがシャイターンの言葉にはその重みがあった。高いテノールであるのに信じられない位の重みがあった。声域を超えた、人間としての重みを感じさせる言葉であった。
 民衆は暫くザワザワとしていた。だがそれはやがて熱狂的な歓声に変わった。
「シャイターン万歳!シャイターン万歳!」
「サハラに栄光あれ!」
 彼等は口々に叫んでいた。シャイターンはそれに対して手を振って答える。こうして彼は北方諸国の民衆の支持を完全に得た。
 それは北方諸国だけには留まらなかった。サハラ全土で彼に対する支持が集まりだしていた。
『北方に英傑現わる』
『シャイターン、エウロパとの対決を決意』
『天才が今立ち上がった』
 そうした記事や報道がマスコミに氾濫した。マスコミだけでなくネットでもやはり大きな反響を呼んでいた。
『果たして本物か』
『本気でエウロパと戦うつもりか』
『勝算はあるのか』
 ネットはマスコミよりも率直な意見が交じあわされる。誰もが己の考えをストレートに述べていた。
 それだけに中には品のない表現や誹謗中傷もある。当然シャイターンへの誹謗中傷もあった。
 だがそれは無視される。それは彼を語ることにはなっていないからだ。
 こうした事はマスコミにもよくあった。いや、むしろマスコミこのその本家本元であった。ナベツーラの手の者達がその見事な証明であった。この者達はナベツーラの力の秘密は一食だけで途方もない費用がかかる食事にあるとかホリーナムを天才軍師とかミツヤーンを史上最強名将などと書き連ねたのだ。恥も外聞もなければ到底書けない様な文章であった。およそ人間が書くものではなかった。
 マスコミ、とりわけその最下層には卑しい人間が集まる。権力者に媚びる存在はやはり卑しいものであるがこの者達はとりわけそうであった。
 マスコミは権力である。これは誰もが認めることである。情報が集まり、かつてはそれを独占することができた。今でもそれが可能である。
 だがその分だけ腐敗し易いのだ。報道の自由や言論の自由を楯に何をしても良い、という風潮さえ生まれる場合がある。秘密厳守として情報を隠蔽することも可能だ。それを捏造してもよい。ばれた時はシラを切る。政治家や官僚には『筆誅』と称して圧力をかける。弱味すら握る。民衆は騙し放題だ。これで腐敗しない方が不思議である。マスコミはこの世で最も腐敗し易く、それでいて自浄能力が全くない存在なのだ。
 だからこそこの時代ではマスコミにはかなりの責任が問われるようになっている。
 まず捏造記事が発覚した場合には上層部は逮捕、多額の罰金が課せられる。スポーツや文化には資金援助のみ許される。間違ってもチームを持つことは許されない。一方的な偏向報道をするに決まっているからだ。恐喝には厳罰、汚職に対してもそうである。マスコミはネットによっても常に監視されている。マスコミもネットに注意を払っている。こうしてマスコミは常に監視されるようになっているのだ。
 連合やエウロパにおいてはそれが特に顕著である。連合ではやはり二十世紀後半以降の日本におけるマスメディアの弊害が参考になっていた。エウロパはイギリスの所謂パパラッチが問題となった。こうした反面教師があれば実に対処はし易い。とりわけ日本のマスコミの腐敗ぶりは歴史に残っている。今尚研究する者達は人間とはここまで卑しく、愚かな存在になれるものかと嘆息する程である。
 それがない場合はサラーフの様になる。だからこそ多くの国はマスコミに注意を払っているのである。彼等は決して偉い存在ではない。むしろとりわけ卑しい者が集まり易い場所なのだ。それはよく肝に命じておかなければならないとこの時代では認識されている。当然そうした者達ばかりではないが。
 それでシャイターンの人気は確かなものであった。彼のもとには各地から援助が集まり資金で国庫は満ちた。そして志願兵が殺到した。こうして北方諸国は急激に国力を拡大していくのであった。
 それに合わせてシャイターンは次々と政策を打ち出した。北方諸国の間の経済障壁を撤廃し、関税をなくした。そして各地の港湾や航路を整備し流通を強化した。権限を自分に集中させ、行政を簡略化させた。それにより政策をスムーズなものとした。そのうえで福祉や労働の権利をより確固たるものにした。彼は政治家としてはかなりバランスのとれた男であった。これは誰もが予想しなかったことであった。こうして彼は北方の国力を急激に高めていった。
 それはエウロパ総督府にもサハラ各国にも伝わっていた。彼等はそれぞれ違う反応を示した。
 エウロパは当然の様に警戒した。彼が総督府を公然と敵だと宣言しているからこれは当然であった。彼等は軍備を固めその侵攻に備えることにした。これは本土防衛計画ともリンクしていた。そして総督であるマールボロを中心に軍備が整えられていった。
 サハラ各国においてはとりあえずは歓迎するところであった。彼等が強くなりエウロパの侵攻を食い止めてくれればそれだけで有り難い。エウロパの脅威を感じなくて済むからだ。民衆はまた彼のカリスマに心酔するようになっていた。
 ハサンはとりあえずは歓迎した。どうなるかわからないにしろエウロパの勢力伸張は彼等にとっても憂慮すべき問題であるからだ。若し北方が全て彼等の手中に落ちたならハサンの身も危険になってくる。
 南方諸国にとってはこれといって関心を持てる話ではなかった。やはり遠い場所での話でしかなかった。だがシャイターンに共感する者が資金援助し、志願兵となって馳せ参じるのはあった。 
 そしてオムダーマンであるがこれを聞いて安堵する男が一人いた。
「これで北へ進むことはできなくなったな」
 アッディーンであった。彼はシャイターンの演説と政策により北方が強くなるのをことの他喜んでいた。
「これでいい。これで我々の進む道が決まった」
 彼はそう考えていた。そして今後の戦略を確かなものにしていた。
「やはりまずは南だ」
 その考えに変わりはなかった。
「だがそれだけではまだ不十分だな」
 彼は会議室に向かいながら一人そう考えていた。
「今は北方と手を結んだ方がよいな。何かと」
 そこには彼自身の戦略があった。
「それも主張するか。今が絶好の機会だ」
 大統領や首相にも言うつもりであった。そして会議室の前に来た。
「お待ちしておりました」
 扉の左右にはそれぞれ衛兵が一人ずつ立っていた。彼等はアッディーンの姿を認めるとサッと敬礼した。
「ご苦労」
 彼もそれに対して敬礼で返した。そして左右に開かれた自動扉をくぐり部屋の中に入った。
「おお、暫くだな」
 そこには既に人がいた。統合作戦本部長に就任したアジュラーンである。
「お久し振りです、閣下」
 アッディーンは彼に敬礼して答えた。馴染みの間柄なので挨拶も何処かいつもとは違い柔らかかった。
「そうだな。暫く会う機会がなかったからな」
「同じ場所にいるのにそれはそれで奇妙なことですね」
「それは仕方ない。仕事が重ならなかったからな。それでは会う機会も減る筈だ」
「ははは、確かに」
 アッディーンは彼の言葉に笑った。
「宇宙艦隊の方はどうかね。かなり厄介な仕事だろう」
 宇宙艦隊司令長官の仕事が激務であるのはつとに有名である。基幹戦力のトップであるだけにその仕事の量はかなり多い。それは統合作戦本部長や参謀総長のそれよりも多いとまで言われている程だ。
「いえ、それ程でも」
 だがアッディーンはそれには悪戯っぽく答えてみせた。
「それが責務ですから」
「ははは、デスクワークに苦労していると聞いているが」
「ご存知でしたか」
 アッディーンはそれを言われてバツの悪い顔をした。どうも彼がデスクワークを好まないというのは結構知られていることのようだ。
「まあな。色々と聞いているよ」
「そうでしたか」
 いささか面白くなかった。事実だがそれが知れ渡っているとあまりいい気はしない。
「まあ君は確かにそうした仕事への適正は少ないが」
「はあ」
 これはすぐにわかることであった。彼はあくまで実戦向きなのである。デスクワークを好まないのはすぐにわかることではあった。
「だが避けては通れないものであることは確かだ」
「はい」
 それはアッディーンもよくわかっていた。
「戦争は机の上でも行われるものだ」
 そうであった。単に戦場で戦い勝利を収めるだけではないのだ。それは古代の戦争である。 

 

第五部第四章 神の名その四


 近代以降戦争の在り方は大きく変わった。戦場以外での作戦及び行動が非常に重要になっているのだ。
 後方の通信、補給、整備。それ等がなくては戦えない。
 そして資金。そういったものを全て処理する事務も考えなくてはならなかった。
 それにとりわけ力を入れているのは今では連合である。彼等は新設軍ながら大軍を効率的に運用する為にそうしたことにも力を注いでいるのである。
 あの巨大戦艦や輸送艦もその一環である。あの戦艦には最新鋭の通信及び電子設備が満載されている。輸送艦の巨大さは収容量を多くする為である。
 その他にも後方の基地や港湾の整備にも全力を注いでいる。そして事務も大幅に増やしていた。連合軍は前線部隊よりも後方部隊の方が遥かに充実しているという見方すらある程である。
「我々もそれなりに充実しているとは思うが」
「ええ、それは確かに」
 実際オムダーマン軍は補給や通信には困ったことはない。ミドハドやサラーフとの戦いにおいてもオムダーマン軍は補給路を上手く確保し、中継基地を効率的に使用していた。これはアッディーンの戦略やカッサラ星系の存在が大きかったからもあるにしろだ。
「幾ら何でも食糧や燃料、弾薬がなくては話にならない」
「そうです、まずはそれを充実させないと。幼年学校でも言われました」
 オムダーマンではまず補給と通信を教える。この時代の軍の教育においてはどの国もそれは変わらない。それ程重要視されているのだ。
 だが連合のそれは彼等の遥か上をいっていた。流石にオムダーマンも彼等には遠く及ばなかった。
「山の様な食糧と弾薬が常にある。それだけでも有り難い」
 海賊達との戦いにおいてある艦隊司令がこう漏らしたという。それだけ連合の補給システムは万全のものであった。そしてその後方支持により彼等は海賊を殲滅していった。連合軍は海賊達との戦いにおいては物量戦を常としているがそれを支えているのは後方であるのは言うまでもないことであった。
「そうでなくては彼等は兵が集まらないのだろうな。後ろがしっかりしているという保障もないと」
「それもあるでしょうね」
 これにはやはり連合軍が完全志願制という事情も関係していた。
 連合においては様々な職業がある。学びたければ学者になればいい。学者で食べるのが困難なら教師も兼業する。金持ちになりたければ会社を興すか開拓地で資源でも掘り当てる。運がよければ一発でもレアメタルが手に入る。大きな牧場や農場が欲しければ開けばいい。あまり資金がなくとも強靭な肉体と根性があれば何とかなるかも知れない。探検家になりたければ好きなだけなれる。ただし未開地で恐竜やわけのわからない位に不思議な進化を遂げた獣と死闘を繰り広げるリスクはある。これはこれで冒険になる。そうした話は連合においてはつとに人気のある話である。普通の暮らしがしたければサラリーマンになればいいい。公務員もある。目立ちたければ歌手や芸能人でもいい。異性にもてたければ散髪やコーディネーターという道もある。コックもあれば個人商店もある。要するに連合では他に職は幾らでもあるのだ。好きなのになればいいという考えが強い。自分のなりたい職業で成功すればいい、連合はそうした意味で極めて活発な国々であるのだ。
 つまりこれは軍に魅力がなければ入る者が少なくなるということであった。
 それは困る。徴兵制なぞ誰も支持しない。そもそもそこまでやる必然性すらない。無駄に金がかかり、各産業を無意味に圧迫するだけである。
 連合の国情には志願制こそ相応しい。軍人になりたい者はなればいい、そこでまた連合独自の考えが出て来るのだ。
 そういう状況で将兵が来るにはどうすればいいか。軍に魅力があればいいのだ。
 その為にはまず生きることが出来る状況になければ駄目である。死ぬ可能性の高い軍にはそうそう誰も入らない。中には愛国心の強い者もいるだろうがそれは連合ではあまり期待できないところがある。
「まずはその国の国民である。それから連合市民という考えが出る」
 連合においてはそうであった。連合市民という考えはあくまで二番目である。まずは所属している国々への帰属意識があるのだ。
 だからこそ問題なのである。エウロパの様に高貴なる者の義務といった考えは最初からない。そもそも連合においては貴族程馬鹿にされるものはない。
「特権階級なぞいざという時には何の役にも立たない」
「エウロパの御貴族様は精々狭い場所で閉じこもってろ。その間に俺達は銀河系全てを開拓してやるさ」
 こう言うのが常であった。実際連合は銀河のかなりの部分を開拓してはいる。
 サハラの様に戦いにおける宗教的な意識も希薄である。連合においてはかなり多くの宗教が存在する。それだけ信仰されている神は多い。中には戦いの神も存在する。
 キリスト教の天使から発展した炎の翼神ミカエル、太陽神ラーの護衛でもある剛力の神セト、かっては豪傑であった大柄な関羽、荒ぶる神スサノオ、巨人の血を引く美しき神ブレス、血に酔う女神アナト、ジャガーの姿をしたテスカトリポカと実に多い。連合においてはかっての神々も復権しているのである。
 メソポタミアやエジプトの神々も彼等に受け入れられた。ケルトの神も受け入れられたのは主要国の一つであるアメリカにケルト系の者が多いからである。
 アメリカは当初はアングロサクソンと言われていたが実際は一概に言えないところがあった。最初からアイルランドやスコットランドからの移民も多かったのである。
 例えば第二次世界大戦で活躍したマッカーサーである。陸軍士官学校はじまって以来の秀才と謳われた彼は傲岸不遜でありながら人種的偏見はないといった二面性のある人物であった。彼は終生自分がスコットランドからの移民の子孫であることを誇りにしていた。
 大統領ではケネディ、ニクソン、レーガン、クリントン等がそうである。彼等はむしろアメリカにいる方が多かった程であった。
 彼等はカトリックを信仰していた。だがその心の奥底には古の神々が宿っていたのであった。
 それが長い歳月を経て復権したのだ。エジプトやメソポタミア、中南米の神々と共に復活した。そして再び人々に信仰されるようになったのだ。
 ここにギリシアや北欧、インドの神々がいないのはギリシアや北欧の神々はエウロパで信仰されているからである。インドの神々はその後継国家であるマウリアにそのまま生きている。さしもの連合においてもマウリアのあの独特の宗教観と思想を受け入れることは困難であった。
「前世のことまで知っている筈がないだろう」
 連合の者がマウリアの者と話をしてよく言う言葉はこれである。マウリアの者にとって今生きているこの人生は輪廻転生の中の一つに過ぎないのだ。
 それはこの宇宙ですらそうである。世界は全てその創造、調和、破壊のサイクルの中で動き人間はその中のほんの一つに過ぎないのだ。
 こうした考えにはあまりなれないのが連合の者である。彼等は現実的である。神々を信じていてもそこまでスケールの大きい話にはどうしても及びつきにくいのだ。
 それが結局連合の者がマウリアを『敬して遠ざける』状況の要因となっていた。幸か不幸かそれが両国の友好関係にも関わっていた。理解し難い相手とは互いに距離をおきたがるものだ。衝突もその分少なくなるからだ。
 そう、連合の者の信仰心はマウリアやサハラ各国のそれと比べて実に稀薄なのである。連合から見れば彼等こそが異常に見えるかも知れないが。ユダヤ教を今でも信仰するイスラエルの様な国もあるが概して連合の者は信仰心はそれ程篤くはない。エウロパの方が遥かに高いであろう。
 それは戦争に対する考え方にも深く関わっていた。つまり軍人はあくまで多くの仕事の中の一つに過ぎないのだ。
 だから魅力がなければ来ない、死ぬ可能性が高いと来ない。待遇が悪いと尚更だ。従ってそうしたことに注意を払わなくてはならないのだ。
 それが将兵の居住設備及び福祉の充実、高い給料等に繋がっている。娯楽施設にまで注意を払っている。
 そして生存能力の強化にも力を入れる要因ともなっていた。連合軍の兵器の防御の高さもそこに理由があった。そして今話のもととなっている後方の充実にもだ。
 こうしたことは全て連合の国情が要求しているものなのだ。そして八条もキロモトもそれを十二分の考慮したうえで政策を進めているのだ。
「国情の違いがやはり大きいな」
「ええ。彼等はまず人気が必要です、軍自体の」
 オムダーマンの後方の充実は単に作戦進行の円滑化と将兵と兵器の無駄な損傷を防ぐ為からであった。ここが連合とは少し異なる点だ。
「軍に入れるのにも人気が必要か」
「そこが我々と彼等の異なる点ですね」
「そうだな。確かにサハラとはそこが違う」
 サハラでは兵はわりかし容易く手に入る。徴兵制のせいもあるにしろだ。
 オムダーマンも徴兵制だがその査定は厳しい。実際にはかなり厳密な選抜徴兵制である。これは将兵の数よりも質を重要視しているからだ。
 

 

第五部第四章 神の名その五


「それで彼等の艦の防御力もかなり高くなっているのはまた皮肉なことだが」
 それは思わぬことではあった。だがよくよく考えれば予想できることであるのだ。
「あの巨大戦艦はその中でも最大の脅威だろうな」
 アジュラーンもあの戦艦のことは脳裏に焼き付く程の衝撃を感じていた。
「あんなものは今まで見たことがない」
「はい」
 アッディーンもそれは同じであった。
「本音を言わせてもらうと彼等とは戦いたくはないな」
「同感です」
 戦いを避けるのもまた戦略である。彼等はそれをよくわかっていた。
「今のところ彼等とは特に利害関係はない。国境を接していないから当然だが」
「戦うとなれば徹底的にやるしかありませんけれどね」
「そうだな。その時は。しかし」
 アジュラーンはここで言葉を変えた。
「もしそうなるにしてもかなり先のことになるだろう。連合はまだまだ遠い」
 彼等はサハラ西方である。連合どころかマウリアとも境を接していないのだ。東方のハサンのみ彼等と境を接している。
 これが彼等が連合について然程考える必要のない要因となっていた。彼等はとりあえずは今やるべきことに専念すべきでありそう考えていた。
「やはりまずはこれからだな。どうするかだ」
「はい」
 それを今から話し合うのである。ここで新たな人物が入って来た。
「どうも」
 マナーマである。彼はこの度参謀総長に就任したのだ。本来参謀畑を歩いて来た彼にとっては適任と言ってもよい職であった。
 制服組のトップはまずは統合作戦本部長だ。そして参謀総長。宇宙艦隊司令長官は三番目だ。元帥といってもその役職には階級があるのだ。
 見ればマナーマはアジュラーンには敬礼をしている。アジュラーンはそれに対して返礼した。アッディーンは彼の後ろにいる形になっているので敬礼はしていなかった。
「他の方はまだのようですね」
「はい」
 アッディーンが答えた。二人はミドハドとの戦いで共に戦っている。知らない仲ではない。
「まあ今は待つとしましょう」
 マナーマは席に着いてゆっくりとした声でそう言った。彼は穏やかな人柄で知られている。鋭利な人物の多いオムダーマンの参謀本部においては珍しいと言えた。
 彼は手に持っていた鞄から何やら書類を取り出した。見ればサハラ全土の立体地図とファイルである。
「これだけはないと話になりませんね」
 彼は地図を拡げながら二人の方を向いて笑いながら言った。
「確かに」
 二人はそれに対して応えた。やはり顔は穏やかなものになっていた。
 三人は地図に目を移した。見ればオムダーマンの首都アスランはサハラのかなり西の端に位置している。
「ふむ」
 アッディーンはそれを見て思うところがあった。
(こうして見るとアスランは西に寄り過ぎているな)
 それがまず思ったところであった。これまではそう感じたことはなかったのだが。
 それには理由があった。ミドハドやサラーフを滅ぼし彼等を併合したからである。
 これにより領土は大幅に増えた。そして東に大きく進出した形になったのだ。
 その結果首都も西に位置するようになった。こうして見るとかなり偏っている。
(これは問題があるな)
 彼はそう考えた。首都はあまり一方に偏った位置では不都合が起こる場合がある。それは首都は行政や経済、交通の中心地であるからだ。
 その為に首都を自国の中央に置く例もこれまで多々あった。オムダーマン自身もアスランに首都を置いたのはその地が領土の丁度中心にあったからであった。
 アッディーンはこの時これからの首都としてのアスランに疑問を覚えた。実際彼はミドハドやサラーフと戦う時にはカッサラ星系を拠点としていた。それはカッサラが両国に対して侵攻することが可能な地理的に優れた場所であったからに他ならない。
 今まで多くの戦いを経てきた。それによりそうした地理的な重要性も深く認識している。アスランはその考えに基づくとこれからの戦略にいささか困難な首都であった。
(だがこれはそうそう容易には言えないな)
 流石に首都の移転は一軍人がおいそれと言えるものではなかった。
 首都の移転といった重要なことは国家元首の思いつきで決められるものでもない。何しろその国の中枢である。それを別の場所に移すということは言わば頭脳を移すことである。かなりの時間をかけた議論が必要であるしその為のチェックも欠かせない。非常に慎重に行うべき問題なのである。
 だが首都としての機能に限界がきつつあることはわかってきた。それはよく認識した。
(これもいずれ議題にあがるだろうな)
 アッディーンはそう考えていた。これからのオムダーマンを考えるとそれは避けて通れぬことであると確信していた。
 ここで大統領達が入って来た。アッディーン達はすぐに席を立ち敬礼した。
「うん」
 先頭に立つ濃紺のスーツの男性はそれに対し手で応えた。中肉中背の壮年の男性である。彼がオムダーマンの大統領シャービル=ブワイフであった。
 この国の大統領に就任して五年になる。政権政党のリーダーでもある。彼は若い頃は農園で働いていた。
 だが思うところあって都会に出た。そしてそこで農産物の商いをはじめとある政治家のお得意様となった。
 この政治家は若く溌剌とした彼をえらく気に入った。そして彼を一人娘の婿にしたのだ。これが彼の運命の分かれ道であった。
 程かく彼は養父の跡を継ぎ政治家となった。ここでもその前向きさと体力を武器に活動していった。
 彼はまた努力家でもあった。活動的な彼は学ぶことを厭わなかった。そして次第に政治家としての力量を磨いていった。やがて彼は所属する政党の若手議員の中でもホープと目されるようになった。
 彼にしてみればただ今目の前あることをひたむきにやるだけであった。それが彼の生き方であり考え方であった。それが結果として彼を成長させていったのである。
 次第に頭角を現わしていった。遂には政党の領袖達にそれを見込まれ閣僚を任されるまでになった。そしてそこでも持ち前の活動力と学んできた識見を発揮した。
 こうして彼は次第に国民にもその名を知られるようになった。能力的にも容姿にも派手さはないがその活発さと意外な程のそつのなさを知られるようになったのだ。そして彼は大統領に立候補した。
 そして当選した。対立候補はもう八十近い老齢であり年齢や体力の点で彼が有利に立てたのだ。彼はこうしてオムダーマンの大統領となった。
 大統領となっても彼の動きは変わらなかった。やはり活発に動き回り政策を立てていった。彼の任期中のミドハドやサラーフとの戦いとその併合、戦後処理もそつなくこなしている。単に元気のいいだけの人物ではないのである。
 そんな彼だがブレーンとなるスタッフは落ち着いた参謀タイプの者が多い。首相であるメガワティ=ハラーイブや外相であるウダイ=アッバース等がそうである。見れば二人共ブワイフの後ろにいる。
「おお」
 アッディーンは二人の姿を認めて思わず小声をあげた。彼等が来ることを何よりも期待していたのは彼であるからだ。
 ハラーイブは国立大学を主席で卒業した才媛として知られている。黒い髪と瞳が似合う鋭利な顔立ちの美人である。まだ三十代になったばかりであるが国際法の権威として知られその知識は多くの分野に及んでいる。博士号を三つ持っている。法学と文学、経済学だ。
 これで現実に疎いのであればおそらく首相にもならなかっただろうが彼女の指摘はあくまで現実的でありシビアであった。それを見たブワイフが彼女をわざわざ自ら出向き首相にしたのだ。それ程の人物であった。
 黒い眼鏡の奥の瞳は何も語らない。彼女は感情を表に出すことはない。鉄の女とも呼ばれている。
 彼女は誰に対しても臆することがない。言うべきことは容赦なく言う。軍部に対してもそうであるし大統領に対してもだ。これにはブワイフも苦笑するしかなかった。
「いやはや、うちの妻よりも手強い」
 彼は実は恐妻家でもある。その彼をしてこう言わしめるのである。
「言うべき時に言い、やるべき時にやる。そうでなくては何が首相でしょうか」
 彼女はよくこう言う。首相はナンバー2である。ナンバー2としてどうあるべきか、彼女はよく認識してもいた。
 だからこそ言うのだ。そこに妥協はない。彼女は妥協を徹底的に嫌った。
「あくまで最後まで話をしてそこから結論を出さなくてはなりません」
 そう主張する。とかく手強い女性であった。
 そのせいか彼女を敬遠する者は多い。幾ら美しくともあまりにも隙がないからだ。
 案外完璧過ぎる人間というのは人気がないものだ。そのせいかまだ独身である。
「私は結婚したいわけではありませんから」
 一説によると同性愛だともいう。これは特に驚くことではない。この時代ではごくありふれたことである。
 実際に年下の学生と同棲している。彼女の従妹だ。こういうとさらにあやしい。
 だがこれも単なる風聞の様だ。彼女は同性愛でもないらしい。
 潔癖症なせいかそうしたことには抵抗があるらしい。何でも口説こうとしたそうした趣味の女性がこう言われたという。
「私はそういった趣味はありませんのだ」
 実に固い。まさに鉄の女であった。浮いた話もなくただ仕事を完璧にこなすのである。
 だが不思議と嫌う者はいなかった。それは彼女はあくまで公平だからだ。
「公平でなければ首相をやる資格なぞありません」
 そう言いたげだが流石にそうは言わない。ただ仕事でそれは示している。
 こうした女性であるから信頼はされているし頼りにされている。オムダーマンの政治は彼女のその優れた事務処理能力と広く、かつ冷静なビジョンがあってのものであることは言うまでもないことであった。
「お久し振りです、アッディーン元帥」
 彼女は不意にアッディーンに声をかけてきた。
「は、はい」
 思いも寄らぬ挨拶にさしもの彼も一瞬戸惑った。
「あの書類は届きましたか」
 だがそれは仕事のうえでの話であった。
(やっぱりな)
 そうであった。彼女が仕事のこと以外で彼に話しかけることなぞないのだ。そしてその話といえば。
「届いていますよね」
「ええと」
 だが彼には思い出せない。宇宙艦隊司令部には書類が山の様に送られているのだ。一日に決裁する書類だけで優に普通の艦隊司令の三倍以上はある。
「艦隊編成に関する報告要請の書類です」
「ああ、あれでしたか」
 アッディーンは実際に言われてハッ、と気がついた。そういえば昨日受け取った。
「届いていますね」
「はい。まあ」
 彼はいささか力ない声で答えた。
「まあとは」
 だが相手は鉄の女である。早速そこを突っ込まれた。
「一体どういう意味ですか」
「まあその」
「はい」
 誤魔化しは全く通用しない。さらにまずいことになりかねない。アッディーンはここで腹をくくった。
「もう暫くお待ち下さい。今日中に終わらせますので」
「そうですか」
 ハラーイブはそれを聞いてようやく視線を下にした。見ればそれ程背は高くはない。むしろ小柄と言ってよい。軍人であり体格には不自由していないアッディーンから見ると頭の頂上まで見えてしまう程である。
 しかし迫力があった。えも言われぬ強い気が彼女にはあった。
 だからこそアッディーンも押されたのだ。彼ですら引かせる強いオーラがあった。
「明日には必ずお願いしますね」
「はい」
 どうも彼女には勝てない。宇宙艦隊司令長官に就任した時にもまずこう言われていた。
「首相は厳しいぞ」
 と。噂には確かに聞いていたがこれ程とは流石に思わなかったのだ。
 おかげで好きではないデスクワークにも励まなくてはならなかった。もっともそのせいか事務処理能力は以前より上達しているが。
(好きで身に着けたわけではないのだが)
 それでも役には立った。おかげで宇宙艦隊司令部の事務の遅延はなかった。これもこの鉄の女の狙いではないのかとさえ思える。
 そう考えているうちに彼女はアッディーンから視線を離し自分の席へ移った。そしてアッバースもそれに続いた。
 やや太めの男である。背はそれ程高くはないがそのせいか実際より大きく見える。ブワーイフとはまた違った意味で大きく見えるのだ。
 彼は元々外交官である。オムダーマンの外交官は全て同じ試験を受けて選ばれる。高級官僚になるのは全て実績に基づき選ばれるようになっている。これは他の国とはまた違う点だ。
 エウロパではやはり貴族が高級官僚、外交官となる。やはりここでも階級社会となる。平民もなれるがまず貴族が優先されるのだ。
 

 

第五部第四章 神の名その六



 連合は二つに分けられる。まず高級官僚登用の試験。だがこの時代ではそうでなくとも能力があればなれる。その前に転職する者も多いし中途採用も多いが。
 試験による登用は日本等だが実はかなり少数派だ。連合ではそれよりもその国のトップが直々に任命する場合の方が目立つ。所謂スポイルズ=システムだ。ちなみに試験による登用はメリット=システムという。こちらはアメリカや中国、ASEANやアフリカ諸国等だ。つまり連合の殆どの国で主流である。
 これは官僚の硬直化や専横を防ぐにはいいが問題もある。トップの人選なので時として適任でないポストに就任することもある。それによる事務の停滞の可能性も否定出来ない。そしてトップの独裁や腐敗を引き起こす可能性もある。実際にはメリット=システムも併用している。どちらかというとスポイルズ=システムの方に重点を置いているという意味だ。なお日本等もスポイルズ=システムは採り入れている。
 サハラはメリット=システムが主流である。その中身はそれぞれの国によって異なりこそすれだ。
 オムダーマンでは高級官僚採用のシステムはあまり採りいれてはいない。強いて言うのなら士官学校がそうであるがこれにしろやはり叩き上げの軍人も多い。アジュラーンは実は下士官あがりだ。アッディーンも幼年学校しか出ていない。結局は本人の実力次第なのである。これは乱世の中で得た経験からこうなったのだ。
 戦いにおいてはその経歴なぞ何の役にも立たない。生きるか死ぬか。勝つか負けるか。それしかないのだ。それを考えるとどうしても能力主義になるのだ。
 それがオムダーマンを支えている。そして勝利を収めてきた。アッディーンの率いる精兵達にしろそうした思想がなければとても育たなかったであろう。
 それはアッディーンもよく認識していた。彼はこの考えに深く賛同していた。なおマウリアはカースト的な思想が今尚ないわけではない。流石に三〇〇〇も分かれてはいないにしろだ。これは一概に悪いとは言えず各国はそれについては何も言わない。言うと内政干渉になるし言っても話が複雑になるだけだからだ。
 そうした中で外交部長にまでなった。その能力は確かである。
 オムダーマンの外交は昔から定評がある。だがその中でもこのアッバースの能力は傑出していると言われている。
 ミドハドやサラーフとの戦いの際他の勢力の介入が噂されたりもした。だが彼はそうした動きを察知し事前にそうしたことがないように動いたのだ。その結果オムダーマン軍は後顧の憂いなく戦いを進めることができたのである。
 それは陰の仕事であった。しかしそれがなくてはこれ程容易には勢力を拡充させることはできなかった。外交部の働きは実に大きいものであった。
 アッディーンはアッバースを見た。彼はいつもそれを知らないといった顔である。陽気で人なつっこい顔である。
「何か私は場違いですかね」
 彼は席に着いてもそう言ってにこにこと微笑んでいた。
「いえ」
 ここでアッディーンが言った。
「長官には是非出席して頂きたいと考えておりました」
 彼は言った。強い声であった。
「何ともはや」
 そう言われたアッバースは困った様な顔をした。
「私なんかが役に立てればいいですが」
 そう謙遜する。しかしアッディーンはそれとは全く別の意見であった。
(彼が来てくれただけでもこの会議は意義がある)
 そこまで思っている程であった。
 それ程彼はアッバースの能力を高く買っている。そしてその発言がこの会議、そして今後のオムダーマンの戦略を決するとさえ読んでいた。
「さて」
 これで会議の出席者は全て席に着いた。議長でもあるブワイフはそれを確かめてからまず一同を見渡した。
「これからこれからの我が国の軍事戦略についての会議をはじめるとするか」
「はい」
 ハラーイブが答えた。それがはじまりの言葉となった。
「まずは我が国の現状だな」
 彼はそれから話に入ることにした。
「首相」
 会議がはじまった。こうしてオムダーマンの今後の戦略を決する運命の舞台が開いた。

 観艦式を終えた連合はとりあえずは安堵の息に包まれていた。式は大成功であり、また収穫も多かった。
 だが八条に休息はなかった。次の仕事が早速やって来ていたのである。
「ふむ」
 彼は会議室にいた。そこで将官達に囲まれていたのである。
「そういえばこのことについては全く考えていなかったな」
 彼は腕を組みそう呟いた。今彼の前には各兵器及び艦艇の写真、データが並べられていた。
 今彼はこれ等の兵器、艦艇の名を決めるべくこの席にいるのである。これはこれで重要なことであった。
「普通に戦艦とか戦車とかしておくのも味気ないことだし」
「その通りですな」
 同席していたマクレーンが言った。
「そのまま戦艦と呼んでも迫力も何もあったものではありません」
「そうです、やはりそれに相応しい名がないと。士気にも関わります」
 劉もそれに同意した。二人はこうしたことにはよく意見が合う。
「そうですね。しかし」
「しかし?」
 レイミーもいた。チャムと共に開発部を代表して出席しているのだ。
「いざ名付けるとなると。どうも思いつく名がありませんね」
「ははは、それなら」
 チャクラーンが笑いながら言った。
「閣下のお好きな名をつけられればよろしいのでは」
「そうですな。あまりにもおかしなものだと我等が止めますので」
 コアトルも言った。どうやら彼に一任されそうである。
「それでしたら」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「私が今から名付けさせてもらいます」
「異議なし」
「それが長官の仕事ですから」
 諸将は口を揃えてそう言った。こうして命名者は決定した。
「ですが」
 そこで八条はふと思ったことを口にせずにはいられなかった。
「何か私のネーミングセンスに疑問があるようですね」
 苦笑しながら皆にそう問うたのだ。
「何故ですか」
 だが彼等はそうは思っていない。
「私共は別にその様なことは思っておりませんが」
 アラガルが言った。何やら意外そうな顔をしている。
「いえ」
 八条はそれに対して口を開いた。
「何か皆さん不安そうで。気のせいならいいのですが」
「ははは、それは気のせいですよ」
「そうです。閣下はまずご自身で決められて下さい。我等はそれをサポートするだけに徹しますから」
「そうですか。それなら」
 八条はこれでようやく納得した。そして名前を決める作業に入った。
 実は諸将は不安であったのだ。それは日本人のネーミングセンスに対する偏見から来ていた。
(まさかとは思うが)
 彼等は皆同じことを思っていた。
(古典からたおやめぶりとかいう言葉は用いられぬよな)
 八条が日本の古典に詳しいことはよく知られている。特に古今和歌集や源氏物語を愛読していると聞き彼等はかなりの
不安を覚えているのだ。
(平家物語や太平記という書からならまだよいが)
 それでも何だか不安である。
(間違っても戦艦に光源氏などとつけられたら恥ずかしいぞ)
 要らぬ節介であったが彼等は本当にそう考えていた。
  

 

第五部第四章 神の名その七


 日本人のネーミングセンスには定評があった。漢字と平仮名を上手くミックスさせ日本独自の雅びさを出していると言われている。
 それは艦艇にも現われていた。かっての日本軍では日本古来の地名や川の名前を使ったりしていた。少なくとも源氏物語の主人公の名なぞはそれ等には付けない。だが彼等がそこまで日本文化に詳しいかというと流石にそこまでは至らない。そもそも日本文化は難解なことで有名である。おいそれと学べるものではない。これはどの文化にも等しく言えることであるのだが。だが日本文化が多くの種類の文字を使い、その変遷も複雑で多くの他文化の影響を受けていることから学ぶのは特に困難なのは事実であった。
 そういうこともあり彼等は何処か日本文化に対して誤解していた。これは当の八条にとってみれば少し残念なことではあったが。
「この宇宙で最も理解するのが困難なもの」
 こういう議題があがると連合ではいつも日本文化とマウリアの文化が挙げられる。最早マウリアのそれは別世界のものと認識されているところがあるが日本は連合の一員である。しかも誰もが知っているような国だ。
 それでこうした言われ方をするのだから不思議といえば不思議である。だがそれも日本の魅力からくるものと言えばそうなのであるが。事情はかなり複雑である。
「では」
 そうしたことを脳裏に思い浮かべながら八条はその兵器や艦艇の写真、そして諸将と正対していた。いよいよ運命の決する時である。
「まずは陸上兵器からいきますか」
「はい」
 諸将は頷いた。最初は装甲車からであった。
「これは大虎とします」
 中国の名を使った。これには諸将は少し意外に思った。
(日本風の名ではないのだな)
 これは八条の気遣いであった。連合は百以上の国々から成る。一国の名から選んではそれ等の国から来た兵士の士気に関わるからであった。
 その為そうして各国の名を採り入れることにした。これは政治的な意味合いも含んでいることは言うまでもない。
「戦車はイーゴリとします」
 ロシアの名将の名である。ロシアの長年の宿敵である東の騎馬民族と果敢に戦った男だ。将に戦車に相応しい名に思われた。八条の命名は続いた。対空砲も決められた。
「対空砲はヨーク、そして移動要塞は富嶽とします」
「富嶽ですか」
「はい」
 かって地球に人類がいた頃日本を代表する山であった。この名はやはり日本人に心に今でも残っていた。彼等は今でも大きく立派な山にはこの山の名を冠するのである。
「この巨大な要塞にはこれこそ相応しいと思いますが」
「確かに」
 皆妙に納得できた。だから余計不思議であった。この山の名にはそれだけのものがあるのだ。
 こうして陸上兵器は全て名付け終わった。重砲や自走砲には〜〜式という名が付けられた。これは各国の大砲の伝統に即したものであった。
 次は各艦艇である。まずは駆逐艦からだ。
「これはミレトス級とします」
 トルコの都市から名付けた。以後駆逐艦の名は都市から付けられることになった。
 護衛艦はロブソン。カナダの山だ。護衛艦は山からである。パトロール艦は川からである。メナム級だ。
「砲艦とミサイル艦は」
 まず砲艦は港湾からである。トミニ級だ。
 ミサイル艦は島から。タスマニア級となった。
 軽巡は平野や盆地から付けられることとなった。コラート級である。
 重巡は山脈や高原からである。アンデス級となった。
「空母は広いですからね。やはりこれでしょう」
 海からつけられた。カスピ級がその名となった。
 次はいよいよ戦艦である。これは各国の州や郡、省の名が冠されることとなった。
「高速戦艦は流星にしますか」
「流星ですか」
「はい。それが相応しいかと思いますが」
「ううむ」
 言われてみればそうである。
「それでよろしいですか」
「はい」
 皆異論はなかった。こうして戦艦と高速戦艦も決まった。それぞれベリーズ級、ケフラー級となった。
「さてと」
 ここで彼は一息ついた。
「いよいよ巨大戦艦だな」
「はい」
 諸将もそれに対して頷いた。
「これの名前はどうするべきかな」
「何といっても我が軍の象徴とも言える存在ですから。それなりの名前でないといけませんね」
 オーエルが言った。
「そうですね。あの巨体に相応しい名でないと誰も納得しないでしょう」
 コアトルもそれに同意した。見れば他の者も同じ意見である。
「そうか。ではどういったものにするべきかな」
 八条はそれを聞いて考え込んだ。
「そうだな」
 暫し考えた。そして口を開いた。
「これは私の考えですが」
「はい」
 諸将は彼に視線を集中させた。視線だけでなく思考も。
「神々の名を冠するというのはどうでしょうか。伝説や歴史上の英雄などもいいかと」
「神や英雄ですか」
 諸将はそれを聞いて皆考える顔をした。
「どうでしょうか。いいと思うのですが」 
 あくまで今の段階では提案である。こういったことは実は長官の一存でどうにかなる。連合中央政府においては各長官の権限は大きい。少なくとも兵器や艦艇の名は彼が一存できる。
 だが八条はあえてそれをしなかった。それはこの話は独断で決めるには繊細な話だと認識したからだ。
「名前は命を授けるのと同じことだ」
 かって日本のある作家がこう言った。言葉には力がある、これは日本独自の思想かも知れない。
 彼はそれが念頭になったかも知れない。だから今こうして諸将と話し合い名前を決めているのだ。
「よろしいのでは」
 最初に言ったのは劉であった。
「我々の象徴に相応しいかと」
「確かに」
 マクレーンも続いた。
「出来るだけよく知られ、かつ格好のいい名前にこしたことはありませんからな」
「ははは、確かに」
 他の将達がそれを聞いて笑い声をあげた。
「あれだけの巨艦には将に神や英雄の名こそ相応しいでしょう。それに彼等に率いられていると思うと実に気分がいい」
「そうですな。我が軍の威容にも大きく影響するでしょう」
 技術系であるチャムとレイミーも賛同した。
「そうですか」
 八条はそれ等の発言を聞き終えて頷いた。
「ではそれでいいでしょうか。異論はありますか」
「いえ」
 皆首を横に振った。
「長官のお考えに賛同致します」
「わかりました」
 彼はそれを聞き微笑んでそう言った。
「では神々や英雄の名を冠することに決定します」
「異議なし」
 こうしておおよそのことは決定した。次は最初の艦の名である。これで殆どのことが決する。
「どの様な名にするべきか」
 八条は考えた。
 連合で信仰されている神々や英雄は多い。ゾロアスター教のものもあれば道教、仏教、ケルト、エジプト、メソポタミア、中南米、日本、アボリジニー、そしてスラブやキリスト教の天使や聖人と実に多岐に渡る。
 ないのはエウロパやマウリアで信仰されている神々だけであった。ギリシアや北欧、ヒンドゥーの神々は信仰されてはいない。尚連合にもムスリムはいるがサハラ各国のそれとはかなりかけ離れたものとなっている。イスラムといっても多様なのだ。
「ここは一つ強大な神の名にするべきだな」
 彼はそう考えた。そしてここでとある神の名が脳裏に浮かんだ。
「これだな」
 彼は思った。そして諸将に対してその神の名を言った。
「いい名が見つかりました」
「何ですか」
 諸将は彼の言葉に耳を傾けた。
「この艦に相応しい名です」
「それは」
 彼等は思わず息を飲んだ。
「はい、それは」
 八条はその名を言った。普通の速さである筈なのに異様にゆっくりとした口調に聞こえた。
「ティアマトです」
 メソポタミアの神である。海を象徴する神々の母である。巨大な竜がその正体であり、その身体から世界が作られた。連合の宗教においては慈愛に満ちながらも時として厳しい神々の祖である。夫アプスーと共にその宗教の主神として篤い信仰を受けている。
「あの神ですか」
 その名を知らぬ者は連合にはいない。それ程名の知られた神であった。
「はい。これならばあの艦にも相応しいかと思います」
 八条は自信をもった声でそう言った。
「あの艦の威容を考えるとあの巨神の名は相応しい」
「どの者も納得するでしょう。これ以上の名はありません」
 諸将も頷いていた。これで巨大戦艦の名が決定した。
 ティアマト級巨大戦艦。その存在は連合だけでなく銀河全体に響き渡るのにそう時間はかからなかった。 

 

第五部第五章 次なる戦いの幕開けその一


                 次なる戦いの幕開け
 連合が巨大戦艦の名を正式に決定したその頃マウリアでは一つの問題が沸き起こっていた。不況に陥ろうとしていたのであった。
 この時代も不況というものはやはりある。これは経済のシステム上での問題である場合もあれば経済の循環上で起こる場合もある。マウリアの今回の場合は後者であった。
 これはある程度致し方のないことであった。経済は生き物だと言われる。それが為に好不況の波があるのだ。かってはこれは神の見えざる手に委ねられているとさえ言われていた。
 これに対するアンチテーゼ的な存在であったのがマルクス主義的経済学である。だがこれは無残な失敗に終わった。経済はそうそう容易にはコントロールできはしなかった。むしろ下手に手を加えてしまったことにより共産主義国家の経済はどこも破綻してしまったのである。
 そもそも経済は人間の欲望からはじまることが多い。それを考慮に入れないことが問題であった。人はパンと水のみで生きているのではなにのだから。人は良しにつれ悪きにつれ心を持っているのである。
 二十世紀はむしろケインズの経済学が好評であった。しかしそれもやはり限度がある。経済学というのは予想が難しいものだ。やはりある程度はコントロールできてもそれ以上はできなかった。
 連合の経済は積極的な開拓地への投資による金の循環をよく利用していた。過去幾度も経済危機にみまわれかけながらもその度に開拓地への進出を盛んにし、失業者のコントロール及び資金の循環をよくしてそれを乗り切っていた。だがこれは連合だからこそできることであった。無論他の対策を採った場合もある。緊縮財政や市場のコントロール。為替の変更等がそれであった。だがおおむね連合はそうした進出により不況をかわすことが多いのだ。
 マウリアも南方に開拓すべき星系が多くあるが積極的に進出したりはしていない。自然とゆっくりと進出していたのだ。
「焦る必要はないのだ」
 彼等は常にそう認識していた。
「星はまだmだある。それに今ここにいる場所を確かにしてからでも遅くはない」
 それが彼等の考えであった。よって彼等は不況の際には連合の様な方法はあまりとらなかった。
 ではどうしていたか。やはり彼等も指を咥えて見る様なことはしない。その都度対策を講じてきた。
 設備投資や財政の緊縮及び拡大。その都度行ってきた。むしろそれは連合のやり方よりも更に多岐に渡ったのである。
 今回はどうするべきか。それについて今閣僚会議が開かれていた。
「今回の不況の兆候ですが」
 財務省であるアナンタ=アジメールがクリシュナータをはじめとする閣僚達に対して話をしていた。見れば浅黒い肌に白い口髭を生やした三十代前半の男である。まだ若いのに髭もターバンから覗く髪も全て白かった。だがそれがかえって彼を知的に見せていた。
「好況であった時期が長かっただけありその期間は長い可能性があります。対策を誤ると恐慌の危険すらあるでしょう」
「そうだな。それが問題だ」
 クリシュナータもそれはよく認識していた。だからこそ今この場で深刻な顔をしているのだ。
「どういった対策を採るかだな」
「それですが」
 アジメールが言った。
「今回は設備投資等で資金を活性化させるのがよろしいかと思います」
「ケインズ的にか」
「はい。今回の不況の兆候は主に失業率の増加と購買の冷え込みにあります」
「それで金を動かすのか」
「そうです。そうすれば今回の不況は乗り切れると思います」
「ふむ」
 クリシュナータはアジメールの言葉を聞き暫し考え込んだ。そして口を開いた。
「わかった、それでいこう」
「はい」
「だが問題はまだあるな」
 彼は言葉を続けた。
「一体何処に資金と人材を投入するかだ。それを見誤ると結果は同じだ」
「それでしたら」
 ここで国防省であるラーンチが出て来た。
「丁度軍備の整備を行っておりますしこちらに投資しては如何でしょうか。今艦艇の建造及び防衛ラインの設立に人手が足りない状況でして」
「おお、そうだったな」
 マウリアは今軍備の拡大を行っていたのである。これは連合軍の拡充を受けてのことであるがこれは誰も言わない。
 クリシュナータはそれを聞き再び腕を組んで考え込んだ。そして決断の言葉を出した。
「よし、軍備に回そう。まずはそれで金を動かす」
「ハッ」
 閣僚達は一礼した。
「そしてそこで景気が上向いてきたならばそこから別の方面に人材を振り当てていく。そしてこの不況を乗り切るぞ」
「わかりました」
 これで景気対策の話は終わった。だがまだ話すべきことがあった。
「ところで連合だが」
 クリシュナータは首相であるムルワーラと外相エルールに顔を向けた。
「今どういった動きになっている」
「それですが」
 それに対してムルワーラが口を開いた。
「今は兵器の生産、製造及び軍港、後方基地の整備に忙しいようです。また中央議会も各国政府もとりあえずは今はこれといった動きはありません」
「そうか」
 クリシュナータはそれを聞き頷いた。
「やはり動くにはまだまだ時間がかかりそうだな」
「そうですね、まずは兵備を整えてからでしょう」
「そしてそれから意思決定か。そこからまた時間がかかるな」
 連合中央政府はまだ行政府の権限は強くはない。この二百年でそれなりに強くはなっているものの他の国や連合内の各国のそれと比べるとまだまだ弱いのが実状だ。
 そうなるとどうしても意思決定及び行動に時間がかかってしまう。連合は一人のリーダーの決断ですぐに動くことのできる国ではないのだ。
 まずチェックシステムが多い。立法府である議会もあれば中央裁判所もある。だが連合はそれだけではないのだ。各国も中央政府の力が過度に強くなるのを好まなかった歴史がある。各国も中央政府を常にチェックしていると言っても過言ではない。
 また各国の意見調整もある。これをどうにかしないと連合は動くことが出来ないのだ。それぞれの国々の領域がまたモザイク状に入り組んでいることが事情をさらに複雑にさせている。
 議会にしても上下の二院制であるがその上に各国の国家元首達による会議があるような状況である。また最近では現状を維持し、辺境星系の開拓をさらに推し進めていくべきだとする保守派と開拓は程々にして中央政府の権限を強化すべきという改革派の二つに分かれてきているが中央議会も各国の思惑が複雑に絡み合っていた。それで中々動くことができなかったのだ。
「中央政府は弱い方がいい」
 こうした意見も多かったのも事実である。それよりも所属しているそれぞれの国々の利益の方を優先して考えていた。中央政府はあくまで調整機関としてあればよい、というのが長い間連合において支配的な考えであった。
 その名残は今でも強く残っている。だからこそ連合はそうおいそれと迅速に動くことはできないのだ。
「話が出てから動いても遅くはないだろうな」
「そうですね」
 だが彼等も連合がその圧倒的な力を使う危険性を忘れたわけではなかった。やはり警戒は怠ることはできなかった。
「ですが事前にそういったことを見せておくと向こうも考えるかと」
「そうした考えもできるな」
 クリシュナータはムルワーラの言葉に再び頷いた。
「どのみち軍備の整備は必要か。そうでないといざという時に困る」
「はい」
 これはやはり避けられぬ道であった。彼等はそれをよく認識していた。
「だが連合だけではない」
 クリシュナータはここで言った。
「やはり西も気になるな」
「はい」 
 それはサハラ各国のことであった。
「今あちらの動きはどうなっている」
 クリシュナータはそれをエルールに問うた。
「はい、それですが」
 彼女は高い声で話しはじめた。
「まず東方のハサンですがやはりこれといった動きはありません。いつも通り連合や我が国とサハラ各国、そして陰では総督府との中継貿易で得られる利益を最優先させて考えているようです」
「そうか」
 それは予想していた通りであった。
「南方も変わりはりません」
 エルールは報告を続けた。
「相変わらず各国は集合離散を繰り返しております。統一などといった動きは全く見られません。ただ」
「ただ!?」 
 クリシュナータはその言葉に対し突っ込みを入れた。
「西方を統一したオムダーマンが南方への進出を考えているという情報もあります。彼等の動き次第で何か起こる可能性があります」
「ふむ」
 クリシュナータはそれを聞き顎に手を当てて考える顔をした。
「これは今のところ即断はできませんが」
 エルールはとりあえずはそう断った。
「ですが今のサハラの情勢を見てこれは充分に考えられることです」
「そうだろうな。東のハサンはやはり強大だ。それに北方は」
「はい、総督府とシャイターン主席がおります」
 シャイターンが北方諸国を統合しその元首となったことは既にマウリアにも伝わっていた。彼等は当然のように彼が非凡な人物であると見抜いていた。
「彼等の存在を考えると北にも行くことはできないな」
「そうだと思われます」
 これはエルールも考えていた。
「おそらくオムダーマンが次に動くとすれば南方であると思います」
「南方か」
「はい、あの地は小国が乱立し外交戦略次第ではかなり進出が容易です」
「だがかなり複雑な地形の様だな」
「そのようですね」
 全体的にサハラは地形が複雑なことで知られている。ブラックホールやアステロイド帯、磁気嵐、超新星等があちこちに存在している。その中でも南方は特に複雑なことで知られている。だからこそ小国が乱立する状況となっているのだ。
 ここでは正規軍同士による戦いは少ない。それよりも地形を利用したゲリラ戦が圧倒的に多いのである。
「だからこそ今まで大国の侵入も少なかったのです」
「侵入してもすぐに退けられていたな。地形を利用した戦いの前に」
「はい」
 そして各国の集合離散が続いた。南方はサハラの中でも異質の場所であったのだ。
「そこに進出するのか。オムダーマンは苦労しそうだな」
「ですがハサンや北に進むよりは楽かと」
「それはどうかな」
 マウリアとしては即断のしようがなかった。正直どうなるか全く読めない。
「また彼等のお手並み拝見といくか。ミドハドやサラーフを滅ぼした時のように鮮やかにいくか」
「それとも失敗するかだ」
 彼等は口々に言った。こうしてサハラに関しては様子を見るということで落ち着いた。
 会議は終わった。この時の会議で決定された経済政策によりマウリアは不況を免れた。だがまだ予断を許さない経済状況が続いているのも事実であった。

 連合はこの時艦艇及び兵器の大量生産に入っていた。莫大な予算が投入され各地で建造、生産されていた。
 その状況は逐一中央政府にも報告されていた。キロモトも八条もそれに一喜一憂する状況であった。
 だがそれについての議論も為されていた。中央議会である。
「あの艦は流石に不要ではないのか」
 こうした意見が相次いでいた。主に保守派からである。見ればティアマト級巨大戦艦についての議論が為されていた。
「要は海賊やテロリストを相手にすればいいのであろう。あれ程の巨大な戦艦はそうそう必要ないと思うが」
 保守派の領袖ランティール=モハマドもそうした意見であった。彼は議会の中央でそう演説していた。
「私は連合軍の存在には賛成だ。しかし過度な軍備には反対だ」
 彼はそう主張する。
「あの様な巨艦まではいらないと思うのだが」
「いや、それは違う」
 議員達の中からそうした声が挙がった。
「指揮艦としてはあの艦は必要ではなかろうか」
 見れば改革派の議員の一人であった。
「あの艦が巨大なのは装備や艦載機の理由からだけではない」
「それはわかっているつもりだ」
 モハマドはそれに対して切り返した。
「だが通信や電子ならばそうした艦で事足りるのではないか。何もあそこまでの艦は」
「財政的には問題もない筈ですが」
 ここで別の改革派の議員を口を挟んできた。 

 

第五部第五章 次なる戦いの幕開けその二


「確か軍事費の決定の際にはモハマド氏も賛成されていましたね」
「確かに」
 モハマドはそれは認めた。
「指揮艦を建造するというのもご存知だった筈ですが」
「それも認めます」
 どうやら彼はそれについては認めるらしい。
「それでもあの艦は好ましいとは思っておりません」
「何故ですか」
「確かに今は建造するだけの費用はクリアーしました。ですがこれからあの艦を維持するのにもかなりの費用がかかりますし果たしてそれだけの費用に見合うだけの役割が果せるか。それが疑問なのです」
「必要か不要か、それとは別の意味でですね」
「そうです」
 彼は答えた。
「兵器も艦艇もすべからくそれを考えなければなりません」
 彼も軍事について知らないわけではない。むしろかなり詳しい方と言ってよいかも知れない。だからこそ今ティアマト級について自説を主張しているのである。
「あれだけ大きいと狙いを定められ易い。指揮艦を潰されては話にもならないでしょう」
「確かに」
 皆それに対しては頷いた。
「あの様に巨大な艦は不要なのです。それよりも各艦の充実に費用を当てる方が宜しいのではないでしょうか」
 彼の意見はそうしたティアマト級不要論であった。これはすぐに連合全土に流れあの巨艦についての議論が為されるようになった。
「あの戦艦は使えるのか」
 そうした議論が主流であった。だが中には他のものもあった。
「維持費は大丈夫か」
 だがこれは国防省の発表ですぐに消えた。既にそれは考慮に入れられていたのである。
 だが役に立つかどうかという議論は続いた。流石にあそこまでの巨艦だと防御も難しいだろう。揚陸艦で内部に突入すればすぐに陥とすことができるのではないか、いやそれはあの巨艦の装備の前に防がれるだろうと多くの議論が飛び交かった。だが結論は出なかった。
 結局この艦はまだ実戦に投入されていないのである。ようやく各艦隊に配備されだしたところであった。これはどの艦も同じであったがやはりこの巨艦はかなりの注目を浴びていた。
「話題になっているようね」
 伊藤は電話で八条にこの艦について話をしていた。
「ええ、まあこれは予想通りです」
 八条にとってはこれは予想されたことであった。そして歓迎すべきことでもあった。
「ここまで議論が為されているとは嬉しいですね」
「あら、どうして」
 伊藤はそれに対して問うた。
「いえ、ここから何かと改善策が考えられますから」
「ふふふ、成程ね」
 電話越しであるが笑っているのがわかった。
 今二人は超高速通信の電話で話をしている。テレビ電話もあるがそれは使用していなかった。
「考えたわね。そうして改善策を出していくなんて」
「我々だけで出すと限りがありますから」
「じゃあこれからもあの巨艦の建造は色々と考えていくのね」
「はい、三千隻のティアマト級はこれからも進化していきますよ」
 艦の建造とはそうしたものであった。そうして次に建造される艦は更によくなる。そうでなければ建造される意味もないのである。
「そしてそこからもありますから」
「あら、まだ何か考えているのね」
「おっと、これは失言でした」
 八条は苦笑して答えた。
「今の言葉は忘れて下さい」
「ふふふ、いいわ」
 伊藤は笑って答えた。
「ところで話は戻るけれど」
「はい」
 八条は思わず身構えた。
「あの艦にはかなり自信があるようね」
「当然です」
 彼は珍しく不敵な声を出した。
「そうでなくてはそもそも建造しませんし」
「そうなの」
「はい、あの艦はかなりの力がありますよ」
 彼は自信に満ちた声で言った。
「あの艦一隻で一個艦隊に匹敵する戦力はあるでしょう」
「それはオーバーじゃなくて?」
「いえ」
 だが彼はその言葉に対して首を横に振った。
「決して誇張ではありません。それだけの破壊力を持っています」
「日本にも一隻来ているけれど」
「はい」
 既に配備ははじまっているのである。
「確かに大きいわね。あんなに大きな艦は本当にはじめてだわ」
 伊藤も観艦式に出席していた。だがその彼女ですら間近に見るとその巨大さをあらためて実感したのであす。
「日本でも色々と話題になってるわよ」
「そうでしょうね」
 やはり彼の声は自信に満ちたものであった。そして面白そうであった。
「まあ賛否両論だけれど」
「結構なことです」
「まるで要塞だ、っていう人も多いわね」
「要塞ですか」
「ええ。まああの巨体じゃ当然でしょうけれどね」
「そうですね」
 それは彼も認めるところであった。
「そうした意図もありますから」
「単に指揮艦としてだけでなく」
「はい、あの艦は我が軍の象徴でもあります」
 彼は落ち着いた声で語った。
「それだけにその役割も重要なのです」
「戦力としても」
「はい。それは近いうちにおわかりになるでしょう」
「海賊にでも投入するのかしら」
「その予定はあります」
 彼は言った。
「それにはやり過ぎだと思われるかも知れませんが」
「私はそうは思わないけれどね」
 だが伊藤はそれに賛同する言葉を述べた。
「海賊には容赦してはいけないわよ。彼等は凶悪犯なんだから」
 連合においては宇宙海賊はテロリストと同じ犯罪者として扱われる。掃討や取締りの際殺害してもよい。彼等も頑強に抵抗することが予想されるからだ。
 それだけでなく逮捕、若しくは投降した者に対しても厳重な処罰が下される。厳密な取調べの末罪がなければよい。だが有罪であった場合は基本的に死刑である。連合の死刑は極めて酸鼻なことで知られている。
 これは凶悪犯への見せしめの意味がある。そして悪行への報いだ。テレビやネットによる実況中継の下機械でゆっくりと切り刻まれたり全身を粉々に砕かれたりする。獣の餌や生体実験に使われるのもよくあることだ。
 人の人権や命を踏み躙る者に対してはそれは一切保障しない、そうしたシビアな考えも根底にあった。これはかっての行き過ぎた人道主義への反動でもあった。
 連合ではこの処置は広い支持を得ていた。エウロパでは死刑廃止論が起こる時も多い。サハラ各国はあくまでコーランに乗っ取った処刑が行われる。彼等は過度に残酷なことを好まない。殺す時はできるだけ苦しまないようにするべしという考えがある。ナベツーラやミツヤーンへのリンチはあくまで例外的なことである。
 連合は人権に対する考えが彼等とは違うのである。罪は罰を以って償うべし、これはどの国でも同じであるが連合は悪事を決して許しはしないのだ。
 過失犯に対しては温情が示される。むしろこれはエウロパやサハラよりも遥かに甘い。間違いは誰にもあるからだ。だが確信犯に対しては別なのである。
 そうした考えから海賊も罪を犯していれば容赦なく血も凍る様な恐ろしい刑に処される。ついこの前もさる海賊のドンが獣に生きながら貪り食われ八つ裂きにされる有様がテレビで中継されたばかりである。
「連合は血を好む」
「人としての在り方を忘れている」
 これは主にサハラ各国からの批判である。だがここで一つ奇妙な問題が起こる。連合もまたサハラの人権意識について快く思っていないのである。
「サハラの考えは古い」
 という言葉もよく出る。
 他には女性への配慮だ。サハラでは女性が軍に入ることのできない国も多いのだ。中には今もヴェールに顔を覆う女性もいる。連合はそれを指摘するのだ。
 だがこれはサハラの女性への配慮である。軍に入ることができない国があるのは彼等が子供を産むのでそれで激しい軍務で身体も胎児も壊さないようにとの配慮からだ。ヴェールで覆うのは暑さへの対策である。サハラには砂と暑い日差しに支配された星も多いからだ。
 連合の酸鼻な死刑もこれと同じかも知れない。凶悪犯をそうして処罰することによりこれ以上の凶悪犯罪を防ぐ。罪への報いの恐ろしさと悪は必ず裁かれるということを教える為に。実際こうした刑罰が適用されるのは凶悪犯に対してのみでありその凶悪犯罪も割合でいえばエウロパよりずっと少ないのだ。
 人権は一括りにしてはとても語れない問題である。連合とサハラの意見対立にはそうした複雑な事情もあった。
 そうした事情がある。連合では海賊の掃討に対しては徹底的にやる。だが人権派団体もあるから話はまた複雑になる。
「死刑廃止」
「海賊も人間だ」
 彼等が海賊と結託している者も多いのはもう言うまでもないが中には狂信的な者達もいる。彼等は実際は極めて少数派であるが声が大きいので目立つ。一部のマスコミも取り上げる。
 だが連合市民の殆どは海賊に対しては徹底的やるべきでると考えている。だからこそ厳罰が容認されているのである。
 海賊も凶悪犯罪を過去に行っているならば当然そうなる。戦いにおいては降伏するか、死しか認められてはいない。だが降伏して凶悪犯罪を行っていない場合は改悛の見込みありとして軽い処罰で許されるのが普通だ。
 だからこそ投降した海賊が軍に入ることができるのである。これにより連合軍が人員を増やしたことも事実である。
「まあ投降した者で罪を犯していない場合は軽い処罰の後軍に編入していますが」
「かなり多いそうね」
「はい。彼等は彼等で中々役に立ちます」
 操鑑技術や地理に詳しいからである。中には今まで公にされていなかった航路まであった。
「これで治安もかなり良くなりましたし」
「そうでしょうね」
 海賊退治は何も力だけでするものではない。頭も使うことが必要だ。
 

 

第五部第五章 次なる戦いの幕開けその三


 連合は対立関係にある海賊達がいる場合は互いを煽って戦わせたりして勢力を弱めさせたり海賊の中から内通者を出して彼等から情報を提供してもらい海賊を討つこともよくしていた。八条はこうした策を好まないが投降した者達から内部事情や航路を聞いてそれを作戦に反映させることはよくしていた。これは戦略の常識であった。
 こうして海賊のやり方を学びそれに対処していく。連合の治安は海賊の知恵を借りることで大幅に回復したというのも因縁めいたことであった。
「ですが一つ大きな勢力が残っていまして」
「彼等ね」
「はい。海賊といっていいのかどうかすらわかりませんが」
 連合の広大な領域の端に彼等はいた。マウリアとの境である。
 彼等は自らを解放軍と名乗っていた。連合に反対するレジスタンスだという。
 だがその実状は単なる犯罪者の吹き溜まりであった。連合、そしてマウリアで罪を犯した者達が逃げ込む場所であった。
 両勢力の境にある複雑なアステロイドと磁気嵐のある場所に彼等は潜んでいた。そしてそこに立て篭もり連合とマウリアの交易路を隙があれば狙っていた。
 その数は一千万、艦艇は十万を超えていた。長い年月を経てそこにいる言わば独立勢力であった。
 今では殆ど国となっている。首領である存在はリーダーと呼ばれ彼等を取り纏めていた。
「一人も投降しなかったそうね」
「全員その罪はかなり重いですから」
 投降すれば惨たらしい死が待っているのは明らかだったからだ。
「これまでの討伐隊は全く歯が立たなかったし」
 連合も各国の政府、とりわけマウリアと深い関係にある国々にとっては解放軍は忌々しい存在であった。思い出したようにその交易路を狙って来るからだ。彼等の存在を嫌い中にはハサンまで回りこんで交易を行う場合もあった。かれはマウリアにとっても頭の痛い問題であった。
 その為幾度も連合、マウリア双方から討伐隊が派遣された。だが成果をあげることはできなかった。
 理由は三つあった。彼等がよくまとまっておりその兵も装備も良かったことだ。普通の海賊とは思えぬ程のその装備は幾度も討伐隊を撃退しているうちに分捕ったものや横流しのものばかりであった。彼等は資源も持っておりそれで闇商人達と交易もしていたのである。
 兵がまとまっているのは彼等の組織が代々強力なリーダーに恵まれ他に居場所もなかったからだ。凶悪犯達ばかりである彼等は投降しても死が待っているだけである。ならばここにいるしかないのだ。
 そして二つ目の理由は彼等の勢力圏の地形の複雑させである。その地形を利用して彼等は戦う。その地形の前に攻めあぐねているのだ。
 三つ目の理由は両勢力の境にあること。下手に動けば連合もマウリアも互いの勢力圏を侵害することになる。その為自由に動くことができなかったのだ。
 彼等はこうした条件をフルに活用した。そして連合とマウリアの境に独自の勢力を保っていたのだ。
「どのみちいずれは取り除かなければならない存在でした」
「そうね」
「今討伐しても問題はないでしょう」
「ということはすぐにでも取り掛かるのね」
「プランは出来ています」
 八条は強い声でそう言った。
「ですがまだ準備がありますので」
「後方基地ね」
「はい、そちらの整備はまだまだ途上にあります」
 八条も補給の重要性はよく認識していた。
「国境に近いだけあってマウリアを刺激しないようにはしていますが」
「賢明な判断ね」
「はい」
「幾ら同盟国でも下手に刺激するとあとが厄介よ」
「それはわかっています」
 その程度がわからぬ八条ではなかった。
「今彼等は我々の軍備に警戒しているようですし」
「そのようね」
 マウリアの軍備拡大は連合にも伝わっていた。そしてその目的もおおよその想像がついていたのだ。
「それで補給はどうなっているの」
「今整備しているところです。主に各国のそれまでの基地を整備拡大することをメインにしています」
「それ等の基地を繋いでいくのかしら」
「それもあります」
 彼はそれを認めた。
「ですがそれだけではありません」
「というと」
「航路の整備も進めています。港湾や基地を効率的に繋ぐことができるように」
「軍の進行や補給を円滑にする為ね」
「はい。解放軍を討つのはそれが整え終わってからだと考えています。今回の作戦はまずこうした補給や航路の整備を見る意味もありと思います」
「成程ね」
 電話越しに頷いているのがわかった。
「かなり先のことになりそうね」
「はい。焦ってはかえって逆効果かと」
 彼は急ぐあまり全てが失敗に終わることを恐れているのだ。
「それよりはまず全てを整えてからにしたいのです。その間マウリアとの道が脅かされるのは残念ですが」
「仕方ないわね。解放軍は連合の喉元に突き刺さった棘だし」
 何よりもマウリアとの道を脅かしているのが脅威であった。これをどうにかするのが今ままでの中央政府の課題であったが上手くはいっていないのが実状である。
「抜かなくてはならないけれど複雑に突き刺さっている」
「はい。抜くのには慎重を期さなければいけません」
 それを誰よりもよくわかっていた。
「そして抜いたからには永遠に突き刺さらないようにしなければ」
「その為の手術ね」
「そうですね」
 八条は手術と言われそれに頷いた。
「今はその為の準備の段階です」
「さしづめ君は医者ね。オペを担当する」
「ははは、言われてみれば」
 そうも捉えられる。彼は笑って応えた。
「けれど私はブラックジャックではないですよ」
 一千年以上前の日本の漫画のキャラクターである。異才と言われた手塚治虫が描いた漫画の主人公であり免許を持たないが天才的な腕を持っている。法外な報酬を要求するがその心は温かい。一千年以上も残っている不朽の名作だ。他に残っているのはドラえもん等位である。今では古典とさえなっている。
「まあ君はあんなにクールでも斜に構えてもいないからね」
「はい」
「タイプも違うわね。残念だけれど」
「どういう意味ですか」
「あら、私はブラックジャックのファンなのよ。あんな男の人に何時か巡り合えたら、って思っていたけれど」
「初耳ですよ」
「当然よ。今初めて話すんだから」
 何となく八条をからかうような声であった。実際彼女は八条の対応を楽しんでいるのだ。
 こうしたことはよくあった。八条はスマートな美男子であるが女性には疎い。その為よく高校生やこうした少し年のいった女性からからかわれるのだ。
「そうだったんですか」
 流石にからかわれ慣れているので落ち着いて対応した。
「ええ。けれどああしたタイプは実際にいないものね」
「だからこそ漫画の主人公になるんですよ」
「それはそうだけれど」
「どうせ私は面白みや陰には欠ける人間ですから」
「確かにね」
 伊藤は笑いながら言った。
「けれど面白みはあると思うわ」
「そうですけね」
 八条はいささか憮然として言った。
「少なくとも私はそう思うわ。だから今回も頑張りなさい」
「はい」
 逃げられた、と思った。流石にそれなりの人生経験を積み学者として政治家として成功を収めているだけはある。やはり手強かった。実際彼女は各国の首脳からは手強い女だと認識されている。『女狐』だとか『御局様』だとか呼ばれることもある。御局様とは江戸時代初期の大奥を取り仕切り三代将軍徳川家光の乳母であった春日局からとられている。近世まで日本でのみ知られていたが日本の歴史の研究が広まるにつれその女傑ぶりと切れが知られるようになった。タイプは全く違うが日本の女性の権力者としてそう呼ばれるのだ。
「幾ら何でも他にいい呼び方はないのか」
 だが日本人はいささか不満であった。
「じゃあどう呼べというんだ」
 他の国の者はそれに対して決まってこう返す。これ以上インパクトのある言葉を思いつかないのだ。
「そう言われても」
 実際困ってしまうのが実状だ。
 こうして彼女の通り名は決まってしまった。だが当の本人はそれを聞いて至って上機嫌だったという。
「結構なことじゃない。御局様なんて」
 何処となく意地の悪そうなこの仇名を笑って受け入れていた。
「仇名がないよりある方がいいわ。名前が知られている証拠なんですもの」
 政治家は名前が知られてないとまず話にならない。それを知っているからこその言葉であった。
 こうして彼女の通り名は決まった。もう一方の女狐も使われないわけではないが実際は後者の方が使われることが圧倒的に多いのだ。
「それじゃあね。活躍期待してるわ」
「はい」
 伊藤はそれで電話を切った。受話器を置いた八条はあらためて考え込んだ。
「さて」
 彼は腕を組んでいた。
「どうしたものか」
 まずはやらなければならないことが山の様にある。
「それを何とかしてからだな」
 彼はそう言って仕事にとりかかった。まずは机の上の書類を決裁することだ。
「仕事は増えることはあっても減ることはないな」
 それは世の摂理であった。
「文句を言ってもはじまらない。一つずつ終わらせていくか」
 彼はこうして仕事に没頭した。後の為に今やらなければならないからだ。

 サハラ最高会議は意外な展開を見せていた。
「宇宙艦隊司令長官の御意見ですが」
 首相であるハラーイブはアッディーンに視線を集中させていた。
「はい」
 アッディーンも彼女から視線を外さない。だがハラーイブの方が優勢にあるのは誰の目から見ても明らかであった。
 彼は彼女が苦手である。それも隠しようがない事実であった。
「一体どの様な根拠がおありなのでしょうか」
「根拠ですか」
 彼はここで南方への進出を提案した。そこで彼女に突っ込みを入れられたのだ。
 予想していたこととはいえ緊張する。頭の切れのいい彼女だ。少しでも問題があったならば大変なことになるだろう。
(それにしてもだ)
 アッディーンはハラーイフから視線を外すことができなかった。
(何故自分の意見をここで言わないのか)
 それが不思議でならなかったのだ。
(普段はあれ程主張しているというのに)
 ハラーイフは言うべきことは言わなければならないと考えているタイプである。またその主張が強くそれが彼女をさらに潔癖かつ完ぺき主義に見せているのだ。
(さて)
 アッディーンは彼女を見た。
(一体何を考えているのか)
「はい、根拠です」
 ハラーイブは言った。
「どの様なお考えで南方への進出を述べられているのでしょうか。お答え下さい」
(ほう)
 アッディーンはそれを聞いて心の中で眉を吊り上げた。
(説明させる気か)
 再びハラーイフを見る。その目は何も語ってはいない。だが何かを考えていることは確実だ。
「わかりました」
 アッディーンは答えた。
「では私の考えを説明致しましょう」
「はい」
 そこでまたもやハラーイフを見た。やはり表情は変わってはいない。
(腹の底は見せないつもりか)
 やはり食えない女だと思った。もっともそうでないと首相は務まらないが。
「それでは」
 彼は立ち上がった。そして説明をはじめた。
「まず今の我々は四つの道があります。現状維持か東に進むか北に進むか。そして南に進むか。この四つの道があります」
 彼は言った。
「そのうち現状維持ですがその時はもう終わりました。ミドハド、サラーフの旧領の併合及び再編成は済んでおり兵も既に充分な状況になっております」
「ですな。装備も軍の編成ももうかなり整っている」
「あとは動かすだけだ」
 参謀総長であるマナーマと統合作戦本部長アジュラーンがそれに対し言った。ハラーイフはその時二人をチラリ、と見た。
「そこで進出案ですがまずは東について述べさせてもらいます」
「ハサンか」
 国防相であるヤシーム=シカールがそれに反応した。当然この会議には国防相も出席している。
「はい」
 アッディーンはそれに頷いた。
「今のところ我が国とハサンの国力差は大きいと言わざるを得ません」
「艦隊にして向こうは七十。それに対してこちらは四十でしたね」
「はい」
 外相アッバースに答えた。
「戦力はかなり差があります。今彼等と事を構えるのは得策ではないと考えます」
「確かにな。サラーフの時の様に内部に問題があるわけではないしな」
 大統領ブワイフも言った。
「おそらく内部からの自壊は期待できないかと思われます」
「少なくとも今のところは難しいでしょう」
 アッバースの目が一瞬光ったように見えた。
「それを考えると今のハサンと戦うべきではありませんね」
「はい、私もそう考えます」
 アッバースの助け舟の様な言葉に頷いた。
「皆さんはどうお考えでしょうか」
 ここでブワイフを見た。だがその直前に一瞬だがハラーイブを見た。
(どうでる)
 彼女の反応を窺ったのだ。目が合った。
「大統領」
 だが彼女はそれに気付かないふりをしてブワイフに顔を向けた。
「司令のお話についてどう思われますか」
「うむ」
 彼はそれにまず頷いてから口を開いた。
「私も司令の意見に賛成だ。少なくとも今は現状維持もハサンとの衝突も避けるべきだ」
「わかりました」
 ハラーイブはその言葉に頭を垂れた。見れば他の者もそれに頷いている。これでハサンとの戦いはなくなった。
(よし)
 彼は次の話に移った。
「そして次の案ですが」
「北か南かだね」
 アジュラーンが言った。
「はい。まずは北ですが」
 アッディーンは説明を開始した。
「北はこの度諸国が統一されました。シャイターン主席の下に」
「あの男ですか」
 アッバースが言った。
「はい。彼はこれまでの戦いを見ているとかなりの戦術眼の持ち主です。そして政戦両略も備えていると聞いています」
「彼のもので北方の国力は急成長しているそうだね」
「はい。これは見過ごすことができないでしょう」
 ブワイフに答えた。
「艦隊にして十個規模だがな。だが彼は数をものとしてこなかった」
 シカールも言った。
「その彼の力ですが今は有効に使うべきであると思います」
「というと」
 それまで資料に目を通していたマナーマが顔を上げた。
「今も北にはエウロパの総督府があります。彼等への防波堤となってもらうのです」
「防波堤か」
「はい。エウロパの勢力をサハラから放逐するのは我等の悲願ですが」
「それは今ではないのだな」
「私はそう思います」
 アッディーンはブワイフに対して述べた。
「それは是非我がオムダーマンの手で成し遂げるべきですがそれにはまだ力不足です。それに北方諸国連合との戦いでダメージを受けている状況が予想されますので」
「とてもじゃないが不可能だな」
「はい、その時をハサンに衝かれる恐れがあります。そうなってしまっては何にもなりません」
 戦略の常道であった。アッディーンはサハラの情勢を冷静に認識していた。そのうえで述べているのだ。
 だからこそ説得力があった。皆彼の言葉に耳を傾けていた。
 

 

第五部第五章 次なる戦いの幕開けその四


「こうした理由から北への進出も止めるべきであると考えます」
「わかった」
 ブワイフはそれを聞いて言った。
「では北方への進出もない」
 そしてこう言った。これで北への進出もなくなった。
「それで残る南方ですが」
 アッディーンはそれを受けて再び説明を開始した。
「今南方は多くの小勢力に分かれております。個々の力は我が国と比べて極めて脆弱です」
「それを各個撃破していくということか」
 アジュラーンが言った。
「それが基本ですがむしろ他の方法で各国を取り込んでいくべきかと存じます」
「というと」
 アジュラーンは不思議そうに眉を動かした。
「それがこの会議に外相をお招きした理由です」
 アッディーンはそう言ってアッバースに顔を向けた。
「私ですか」
 当の本人はいささかキョトンとした仕草をしていた。だがそれはよく見るとあくまで仕草だけであった。少なくともアッディーンはそれを見抜いていた。
「はい」
「今回の作戦は外交の駆け引きが大きく関わることが予想されますので」
「何故ですか」
 アッバースはあえて問うた。
「南方は小国が乱立しているからです。そうした地域に進出するには各国の協調を防ぎ各個に併呑していくことが必要だからです」
「軍の動きと合わせてですね」
「はい。当然武力による侵攻も必要ですがそれだけでは損害も無闇に大きくなります。それを防ぎたいのです」
「成程」
 アッバースはここで頷いた。
「時には武力で、時には外交戦略で南方の各国を併合していくわけですね。一つずつゆっくりと」
「その通りです」
 アッディーンは答えた。
「それには外交部の力が何としても必要なのです。ご協力して頂けますか」
「そうですな」
 アッバースは暫し考え込んだ。だがその答えはもう決まっていた。
「わかりました。外交部は今回の作戦において軍部への協力を約束しましょう」
 彼は微笑んで答えた。
「有り難うございます」
 アッディーンも礼を返した。これで次の作戦の進路は決まった。
「大統領」
 ここでハラーイブがブワイフに顔を向けた。
「そろそろ決裁をとるべきだと思うのですが」
「そうだな」
 ブワイフはその言葉に対して頷いた。
「諸君」
 そして会議に出席する者全てに対して言った。
「宇宙艦隊司令長官の提案した今回の作戦について議決をとりたい。賛成ならが手を挙げてくれ」
「わかりました」
 一同は答えた。こうして裁決がはじまった。
 まずはアッディーンが手を挙げた。これは当然であった。
 続いてアジュラーンとマナーマも。彼等はアッディーンの提案は戦略のうえからも当然と考えていた。
 国防相であるシカールもだ。彼は元々南進論であったから当然だ。
 そして協力を約束したアッバースも。これで絶対的な数は確保した。
「だがまだ決まったわけではない」
 アッディーンは残る二人を見た。
 首相であるハラーイブと大統領であるブワイフ。特にハラーイブの動向を注視した。
「どう判断するかな」
 それが問題であった。彼女はオムダーマンきっての切れ者である。その彼女が異議を唱えれば話はまた大きく変わる可能性がある。
 彼女が動いた。その手がゆっくりと動く。
 手を挙げた。何と賛成である。
「長官の話された提案に賛同します」
 彼女はその硬質の声で言った。どうやら彼女は元々アッディーンの提案した作戦に同意だったようである。
(だからあの時俺に話をさせたのか)
 彼はこの時ようやくそれを悟った。
(だが首相という立場上語ることはできない。それで俺に話させる)
 彼女の深謀遠慮について思いを馳せた。
(伊達に鉄の女と呼ばれているわけではないか)
 彼女はどうも苦手だがその能力は認めるとこりである。アッディーンは一人心の中で頷いた。
「大統領」
 彼女は彼のその様な考えを知ってか知らずかブワイフに顔を向けた。
「大統領はどうお考えですか」
「私か」
 彼はいささか鷹揚ともとれる声で答えた。
「はい。残るは大統領だけですが」
「うん。もう決まっているよ」
 彼は微笑んで答えた。
「賛成だ。南方の勢力を併合して力をつけるのが最善の道だな」
 彼は手を挙げた。こうして全員が賛成した。
「これで決まりですね」
 ハラーイブは場を見渡して言った。
「では今回の作戦を了承したとみなします。以後この作戦の責任者をアッディーン宇宙歓待司令長官とすることで宜しいでしょうか」
「はい」
 一同はそれに答えた。
「ではこれで議決しました。長官は以後アッバース外相と協議のうえ作戦の細部を決定して大統領府及び首相府、そして国防省に概要をお送り下さい」
「わかりました」
 アッディーンは答えた。これで会議は終了した。
 会議が終わり彼は一人自分の執務室でくつろいでいた。束の間の休息である。
「これからすぐに忙しくなるな」
 それはわかっていた。だから今のうちにくつろいでおきたかった。
「アッバース外相とのお話していかなくてはならないし本部長や参謀総長とも色々打ち合わせがある。国防相にもお話しておかなければならない部分があるな」
 これまでは精々一方面軍の司令官に過ぎなかった。命令に従うだけといえばそうなる。だが今は違った。
 宇宙艦隊司令長官である。命令する立場なのだ。将校は本来そうしたものであるが本当に命令する立場というのは限られているものなのだ。
「元帥ともなれば当然だが」
 オムダーマン軍に三人しかいない階級である。言うまでもなく軍を動かす立場にある。
 そうした役職に就くとこれまでにはない仕事が出来る。少なくとも艦隊司令や司令官の比ではない。
「デスクワークにも慣れてきたからいいか」
 今ではそう割り切って考える時もある。そして一つずつ仕事をこなしていく。
「さてと」
 予定表を見る。とりあえず今日は何もない。
「早いうちに帰ることができるのも今のうちか。もっとも官舎に帰ってもすることもないが」
 彼は基本的にあまり趣味を持たないタイプである。読書とスポーツはラクロスや乗馬を好むがそれ以外はこれといってない。
 本は何処でも読める。歴史関係の本が好きだ。乗馬の他にも身体を動かすことは好きだが格闘技はあまりしない。軍にいるならば最低限のものは身に着ける。彼はボクシングをする。だがその他はこれといってしない。
「連合は何やら色々とあるようだがな」
 やはりここでも連合の多様性が出るのだ。連合軍の格闘技は柔道に空手、古武術、拳法、マーシャルアーツ、ムエタイ等と多岐に渡る。そのスポーツも多い。だがアッディーンはそれをさして羨ましいとも思わない。
「やるものは一つだ。それができればいい」
 彼にとってはそれは乗馬でありラクロスであった。ポロもすることはあるがあくまで乗馬の一貫であった。
 他には軍人の義務としてのトレーニングだ。これは毎日やらされることなのでまた別だ。
 音楽も聴かないわけではない。だがあまり激しい曲は苦手だ。
「結局俺は戦場にいる時が最も楽しいのかもな」
 そう思うと自然に頬笑みが出た。どうやら自分は根っからの軍人であるようだ。
「それもよいか」
 彼はそうしたことに不満はなかった。むしろ満足している。
「俺はあくまで軍人だ。それ以外の何者でもない」
 それでいいと思っている。だから不満もないのだ。
 だがこれからはそれだけでは駄目なのもわかっていた。やはり元帥となると責務が違う。
 政治的な判断もこれまでより要求される。将校には政治感覚も要求され、それは士官候補生どころか幼年学校の頃から言われ同時に広い視野も要求されるがどうしても軍人にとっては政治感覚を身に着けることは難しい問題であった。 
 やはり軍人であり専門職なのだ。そこから抜け出ることは非常に難しい。また軍人である以上政治に介入することも憚れる。だが意見を具申しなくてはならないのも事実だから話は余計複雑なのである。
 サハラにおいては文民統制を採っていない国も多い。だがオムダーマンはそれには比較的厳格である。
「それが本当に厄介だな」
 先程の会議のように会議にも参加することができ裁決にも加わることができる。だがそれも憚れるところがあるし具申しなくてはならないという矛盾もある。
 それが極めて難しい問題であった。その為アッディーンも何かと考えることが多いのである。
「軍人としての限界か」
 最近はそれについて思うこともある。
 やはり軍人としての権限で何かをするには限度があった。元帥になりそれがようやくわかってきた。
「政治家とはやはり違うな」
 そうであった。首相や国防大臣の権限とはやはり比較にならない。今回も説明にかなりの気力を割くこととなった。
 これ以上の作戦や戦略の提案には限度がある。彼は軍人としてこのまま終えるのに疑問を感じだしていたのだ。
「どうするべきか」
 軍人を辞して政界に転身するか。確かにそれはいい。
 だが問題があった。彼はあくまで軍人であり政治家となるには人脈がなかったのだ。
 これでは選挙に勝つことができてもそれで終わりである。ただの議員では何の意味もないのだ。
「やはりこのまま軍人で留まるべきか」
 そうも考える。考えているとドアをノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
 彼は入るように言った。すると一人の女性が入って来た。
「ここで休んでいたのね」
 それはハラーイブであった。
「首相」
 アッディーンは彼女の姿を認めて思わず立った。そして敬礼をした。
「どうしてここに」
「一つお話したいことがありまして」
「お話」
 アッディーンはその言葉に目を向けた。
「はい。長官に内密にお話したいことがあるのですが」
「内密にですか」
 アッディーンはその言葉と口調にただならぬものを感じた。そしてすぐに机の上にあるスイッチでドアの鍵を閉めた。
「これでよし」
 アッディーンはドアがロックされたのを確認して言った。
「どうぞ」
 彼は続いてハラーイブに席を勧めた。
「どうも」
 彼女はそれに従い席に着いた。アッディーンと向かいになるように座った。
「それでですね」
 座ったのを確認すると言葉をかけた。
「そのお話とは何でしょうか」
「はい」
 ここでハラーイブの目が光った。
「長官は南方での作戦が終わったらどうなさるおつもりですか」
 彼女はそう問うてきた。
「ははは、何を言われるかと思えば」
 アッディーンはそれには笑って言葉を返した。
「何も変わりませんよ。もしかすると今のとは別の役に就くかも知れませんが」
「そうですか」
 彼女はここで一息置いた。
「では軍人を続けられるのですね」
(ムッ)
 彼はそれを聞き目を一瞬だけだが光らせた。
「それはどういう意味ですか」
 そして逆にこちらから尋ね返した。
「政界に進出されるおつもりはありませんか」
「政界にですか」
 丁度今さっきまで考えていたことだ。彼はそれを聞き内心驚きを隠せないでいた。
(まさかそれを尋ねてくるとはな)
 それだけでも驚くべきことであった。だが彼女はさらに言った。
「長官には我が内閣で重要なポストに就いて頂きたいのですが」
「ご冗談を」
 だが彼はまたそれを笑って否定した。
「私はその様な器ではありません。戦うだけが取り得の男ですよ」
「いえ」
 だがハラーイブはそれを否定した。
「長官にはまだまだ秘められたお力があります。それはまだ使われていないだけです」
「秘められた力」
「そうです。先程の会議ですが」
「はい」
「南方進出の戦略は軍人としての戦略ではありませんでした。高度に政治的なセンスも感じられる戦略でした」
「まさか。買い被り過ぎですよ」
 彼は笑って言った。
「私はただ最も効果があるであろう方法を主張したまでです」
「それです」
 ハラーイブはそれを指摘した。
「そこで武力のみならず外交まで駆使した戦略をそうそう主張できるものではありません。その能力をこのオムダーマンの為により効果的に使いたいとは思いませんか」
「オムダーマンの為に」
「ひてはサハラの為にです」
「サハラの」
 それを聞いたアッディーンの顔が考えるものになった。やはりサハラの者としてそれを出されると心が動く。
「無論ご返事は今でなくともいいです」
 彼女は静かな、低い声で言った。
「ですが何れはお答えを頂きたいです」
「そうですか」
 彼はそれを聞いてまた考える顔をした。
「長官には国防相をまず用意しましょう」
「しかしそれは」
「御安心を。シカール長官は副首相になって頂くので。それについては御心配は無用です」
 オムダーマンにおいては副首相は常に置かれるものではない。時と場合により置かれることもあるポストだ。
「いや」
 だがここでハラーイブは考え直した。
「長官に副首相になって頂くのも悪くはありませんね」 
 ここで口元が微かに笑ったように感じられた。
「まさか、またそんな」
「私は冗談を言わないことはご存知の筈ですが」
 一転して強い声になった。
「長官には是非我が国の為に働いて頂きたいのです。そしてこのサハラの為にも」
 アッディーンは答えることができなかった。確かに彼女は冗談なぞ言わない。そしてその目が今の言葉が本気であることを教えていた。
「よろしいでしょうか」
「・・・・・・・・・」
 彼は考えた。だが到底即答できるものではなかった。
「考える時間を下さい」
 そう言うだけで一杯であった。ハラーイブはそれを聞くと頷いた。
「わかりました」
 そして席を立った。
「それでは失礼しました」
「はい」
 こうして彼女は部屋を後にした。アッディーンは一人部屋に残った。
「まさか首相から声がかかるとはな」
 彼は笑ってはいなかった。その顔は悩むものであった。
「どうするべきか」
 深く考えてみる。だが結論は出ない。
 いざ話が出て来るとやはり考えてしまう。軍にも愛着はある。
「じっくり考えるしかないか」
 彼にしては珍しい結論であった。だがそうするしかないのも事実であった。
「それに今は作戦の方が重要だ」 
 そうであった。まずはそれを何とかしないとは話にもならない。
「よし」
 彼は外交部に電話をかけた。思うと即座に動く。
「宇宙艦隊司令長官だが」
 そしてすぐに話を切り出した。こうして作戦がはじまった。



第五部   完


               2004・10・21 

 

第六部第一章 星河の海その一


                   星河の海
 人類が銀河に進出してから長い年月が経った。その間それぞれが歩んだ歴史は実に対象的であった。
 まず連合であるがその歴史は開拓の歴史であった。
 彼等は新たな土地を目指してより遠くへ進んだ。そしてそこに根を張り開墾していく。産業を興す。そうして発展していったのである。
 人口が増加すると別の星系に進出する。そしてそこを開拓する。それが連合の歴史であった。
 加盟諸国の間で星系を巡る争いが生じた場合は連合中央政府が仲介する。それは主にどちらが先にそこに辿り着いたかで決めた。
 負けた国には別の星系への進出を約束する。その場合他の国々はそこへの進出はできない。こうしてバランスをとってきたのだ。
 彼等は宇宙海賊やテロリストといった問題がありながらもかなり順調に発展を成し遂げてきたと言ってよいであろう。それは人口の増加にもはっきりと見てとれた。
 二十世紀終わりには全人類で五十億であった。二十一世紀には百億に達した。その人口増加を解消する為に宇宙進出が進められたのである。
 それを考えると人口の増加がさらに促進されるのは当然であった。宇宙に出れば新たな土地が手に入る。そしてそこに人が住む。こうして人は増えていった。
 連合はそれが極めて顕著であった。新たな開拓地は無限と思える程広がっていた。彼等はそこに進めばいいのである。
 こうして二十世紀の終わりには今現在の連合の加盟国の総人口は三十五億程であったがそれが三兆にまで達した。爆発的と呼ぶべき増加であった。
 それはやはり順調な発展、そして戦乱がなかったからである。彼等は懸念された他の知的生命体の存在もなく外敵もなかった。星系の領有を巡る争いはあってもそれは別の星系に行くことで紛争や戦争は程無く回避されてきた。こうして彼等は順調に国力を発展させてきたのだ。
 これが今の連合を形作っていた。彼等はまとまりにこそ欠ける寄り合い所帯ながらも人類で最大の勢力を誇っていた。
 それを取り纏める中央政府であるがこれの母体は国連であった。
 第二次世界大戦の後設立された国連であるがその力はあってないが如きであった。
 最高の権限を持つ常任理事国の思うがままでありその運営は遅々として進まなかった。それを改善すべく改革が決定されたのは二十一世紀初頭のことであった。
 これによりまずは常任理事国が増やされた。新たに日本、ドイツ、ブラジル、インド、そしてエジプトが加わった。特にエジプトの参加が大きかったと後の歴史家は言う。
 そして同時に各機関の強化も推し進められた。まだまだ甚だ不充分ながらこれで国連はかなり権限が強化された。これでよいかと思われた。だがそれが大きな誤解であることは人類がまず月に進出してから起こった。シンガポール条約にまで至る一連の動きである。
 これにより人類社会の分裂は決定的なものとなり欧州は太平洋諸国と袂を分かった。そこにはアフリカ諸国や南米の諸国も含まれていた。
 アラブもまた独自の道を歩むことにした。インドも。国連は太平洋諸国及びアフリカ、中南米の国々のものとなった。
 ここで国連の権限のなさを痛感した各国はその権限を強化することにした。再びこうしたことが起きないようにする為である。それは全く別のものに作り変えるようなものであった。
 まず常任理事国を廃止し大統領制に移行させた。そして各国の理事会ではなく議会を置いた。ここで話し合いをするようにした。
 そして行政府、裁判所も設置した。こうして各国の上に置く中央政府というふうにしたのであった。
 これにより権限は大きく拡大された。だがそれでもまだまだその力は弱く今まで長い間そうした中央の力が弱い状況が続いてきた。良く言えば各国の自由が強いことになるがそれが結果としてまとまりを欠くこととなった。そして今の長い権限強化への動きに繋がるのである。
 連合はこうして中央の力が弱いながらも極めて順調に発展した。だが他の国々は違った。
 マウリアは落ち着いた発展をした。連合やサハラ各国と友好関係を続けつつ徐々に進出していった。そしてその国力の伸張も緩やかであった。
 彼等が連合に加わらなかったのは多くの事情があった。連合の中心となる国家であるアメリカや中国と疎遠だったせいもある。アフリカ諸国は国連に依存し、また過去の植民地時代のことから欧州に反対したのだが彼等はまた事情が違っていたのだ。
 日本やロシアは参加を促した。マウリアの方もそれに賛同するかと思われたが結局選挙でそれは否決された。そして彼等は独自の勢力となったのである。
 欧州はエウロパと名を変え連合から離れた場所に移った。西欧及び東欧の諸国から成る彼等は連合との衝突を忘れたことはなかった。そして何時の日か彼等を凌駕することを誓って当時の銀河の果てに来た。後にブラウベルグ回廊と呼ばれる細長い道をくぐって。
 ここが連合と彼等の境となった。連合は彼等が一人残らずそこに渡ったのを確認すると即座に連合の境界をブラウベルグ回廊の入口とすると一方的に決定した。事実上のエウロパの締め出しであった。
 こうして彼等は最初の惑星に降り立った。最初の首都は回廊の出口近くに置かれた。それはエリュシオンと名付けられた。
 その惑星は地球よりも豊かな惑星であった。これに幸先のよさを感じた彼等はすぐに開拓を開始した。そしてめざましい発展を遂げた。だがそれはすぐに終わった。
 一帯を調査してみると彼等の勢力となる領域はそれ程広くなかった。南にはもうアラブ人達が進出していた。今彼等と戦うことはできなかった。人口が違っていた。
 従ってまず彼等と協議の末国境を定めた。黒い色をした衛星の上で調印されたのでダークムーン条約と名付けられた。これでまずは開拓するべき土地が決まった。北と西は何十万光年も何もない空間だけが広がっていた。そこを踏破することはどう考えても不可能であった。
 調べてみるとその領域で養うことができるのは精々三百億程であった。それなりに惑星の数はあり住むことのできる星系は極めて豊かな星ばかりであった。だが数があまりにも少なかった。
 その後必死の努力により一千億まで養えるようになった。血の滲むような食物の研究と進歩、惑星の開発の結果であった。スペースコロニー等も作られた。だがそれが限度であった。
 それが今のサハラ侵攻に繋がったのだ。これを連合は待っていたかのように批判する。だがこれは彼等にとってみれば生きる為に仕方のないことであった。
 エウロパは豪奢な貴族文化で知られる。だがそれも富があってのものだ。それがなくなった時彼等は死ぬしかない。それが分かっているからこその侵攻なのであった。
 それは無論サハラ各国にとっては災厄以外の何物でもない。実際に多くの難民が発生しその問題で各国は頭を悩ませている。だがこれはサハラの事情もそうさせていた。
 アラブはムワイア朝以降統一されたことはなかった。
 今もであった。まとめるような強力な国家が出たことはあったがそれでも統一されたことはなかったのだ。
 それが戦乱を招くこととなった。サハラでは最も多い時で百近い国に別れ争ってきた。栄枯盛衰と集合離散を繰り返してきたのであった。
 そして戦雲が絶えることはなかった。その為人口も容易には増えなかった。
 産業も連合程発展することはなかった。エウロパの様に先が見えているものではなかったが彼等は落ち着いてそれを作り上げることはできなかったのだ。 
 まずは兵器が造られる。それに多くの費用と人材を回さなくてはならない。軍事関係は発展するがそれが民間に回されるのは後回しであった。こうして各国は互いに争っていた。
 エウロパもそこに付け込んだのである。とりわけ北部が戦乱が激しかったのを見てそれに介入していった。そしてそこに総督府を置いたのである。
 サハラの者はそれに対して激しい怒りを覚えたがそれを退けることは不可能であった。だがいずれは退けることを心から願っていた。
 だがそれにはまずそれが出来るだけの勢力を築かなければならない。今はそれが可能な勢力がようやく姿を現わしだしたところであった。
 それは三つあった。まずは東のハサン王国。連合やマウリアとの貿易で栄えるこの国は早くから東方を掌握し、サハラでも最大の勢力となっていた。
 そして北方諸国連合。傭兵隊長であったシャイターンによりまとめられたこの国々は今ではサハラでひとかどの勢力となっていた。まだその国力は総督府に対して不利であったが主席に就任したシャイターンの天才的な軍事及び政治の手腕によって鮮やかな程の発展を遂げていた。
 そして西方のオムダーマンであった。かっては西方で第三勢力であった彼等だがミドハド、そしてサラーフとの戦いに勝利し西方を統一した。それによる勢力の拡大は目を瞠るものがあり今最もサハラで活発な勢力といえた。
 今彼等は新たな動きをはじめていた。それは南方に向けられようとしていた。
 そのオムダーマンの首都アスラン。今ここで多くの艦艇が出撃準備に入っていた。
「各艦隊の状況はどうか」
 アッディーンは国防省の玄関に置かれている車に乗り込みながら傍らにいる者に問うた。
「ハッ、全て順調であります」
 その者は敬礼をして答えた。
「そうか」
 アッディーンはその言葉を聞き頷いた。
「では問題はない。すぐにでも兵を進めることができるな」
「はい。そして外交部のスタッフも既に軍港へ」
「用意がいいな」
「そうでなくては外交はできないでしょう。今回は特に政治的な駆け引きも要求される作戦ですから」
「そうするようにしたのは俺だがな」
 彼は言った。
「力で攻めるのもいいが技で攻めるのも一つの方法だ。違うか」
「いえ」
 出迎えの将校はそれに対して頷いた。
「私は政治のことはよくわかりませんが」
 そう断ったうえで話をはじめた。
「確か昔の軍事の本であった言葉でしたね。人を責めるのが上で国を攻めるのが下だと」
「孫子だったな」
「はい」
 実は彼は知っていた。孫子を知らずして軍事は語れない。
「それを考えますと今回の作戦は非常によろしいかと思います。損害も少なくて済みますし占領地のダメージも最低限にすることが可能です」
「そうだな」
 アッディーンはそれに頷いた。
「俺の考えは間違ってなかったということか」
「それはどうでしょうか」
 だが彼はそれには否定的であった。
「ん!?」
 アッディーンはそれに反応した。
「全ては作戦が全て成功してからです。今それを仰るのは早急かと。いえ」
「いえ!?」
 今度はアッディーンが問う番になっていた。部下の言葉を無闇に退けるようなアッディーンではないがこの将校の言葉にはどうしても反応してしまうのであった。
 

 

第六部第一章 星河の海その二


「それだけでもわからない場合がああります。政治にしろ本当の成果がわかるのは政策が施行されてから数年後の場合もあります」
「うむ」
 アッディーンはそれに頷いた。
「そうだな。だからこそ難しいのだが」
「はい。それを見極めていかなければなりません。作戦も政治も」
「よくわかっているな。ところで」
 アッディーンは問うた。
「貴官の官職氏名を知りたいのだが。なかなかいいことを言うからな」
「ハッ」
 彼は敬礼をして答えた。
「参謀本部付将校ウスマーン=ハワージャ大佐です」
「ウスマーン=ハワージャ大佐か」
「はい、ついこの間まで連合中央政府大使館に駐在武官として赴任しておりました」
「成程、だからか」
 アッディーンは納得するものがあった。
「政治的な感覚が備わっているのは」
 連合はその内部でも複雑な外交の駆け引きが存在する。銃を突き付けあってはおらず、紛争も衝突もないが彼等は別の戦争を常に行っているのである。
 それは銃弾の代わりにコインが飛び交い、要塞ではなく札束のシェルターがある戦いである。経済や流通を巡って常に激しいやりとりがあるのだ。
「連合は常に内戦状態にある。経済ではあそこは全ての国が敵同士だ」
 かってサハラのある経済学者がこう評した。そもそも開拓と発展こそが連合の一千年前から変わらぬ国是であり、それを求めて各国が経済的に衝突するのは当然であった。そしてそれを仲裁するのが中央政府の仕事である。
 そこには外交の駆け引きもある。どの国も自分達の経済がかかっているから必死だ。武力こそ使えないが時には経済制裁を含めた恫喝もある。実際にそれが発動されるのは稀だがそうした剣呑な事態も存在するのだ。
 それを見てきたからであろうか。このハワージャの考えはかなり政治的なセンスが備わっており、かつドライであった。
「大佐」
 アッディーンは彼に声をかけた。
「貴官も来るか、南方へ」
「私もですか」
「そうだ、今は参謀本部付だろう。マナーマ参謀総長には俺から話をしておくが」
「それは私の一存では」
「そうだな。では参謀総長には俺から話をしておく。その結果次第で頼むぞ」
「はい」
 ハワージャは頷いた。いや、頷くしかなかったと言うべきか。
「ではな。まあどうなるかはわからないが」
 だが半ば決まったようなものであった。マナーマにとっても断る話ではないからだ。
「南方で会おう。先に待っている」
 そう言って敬礼をした。ハワージャもそれに返す形で敬礼した。アッディーンの方が上官であるがこの場合は仕方がなかった。
 アッディーンは車に乗った。そして軍港に向かった。
 軍港では既に多くの者が集結していた。そして次々と船に乗り込んで行く。
「活気があるな」
 アッディーンはそれを見て満足そうに笑った。
 見れば家族や恋人との別れを惜しむ者もいる。彼等は抱き合い、そして別れ言葉を口にしている。
 実際に彼等のうち幾らかは生きて帰っては来れないだろう。それが戦争だからだ。
 その中にはアッディーンも当然入っている。彼も戦場に立つからだ。
 だが彼を出迎える者はいない。両親には来ないように言っている。何かあったら親にとって辛いことになるからだ。
 少なくとも彼はそう考えている。だが他の者が別れの挨拶をしていてもそれについてはとやかく言うつもりはない。人それぞれだからだ。
 アリーの前に来た。既に幕僚達が総員で立っていた。
「お待ちしておりました」
 ガルシャースプが彼等を代表して敬礼をして言った。アッディーンはそれに返礼した。
「外交部のスタッフは来ているか」
「ハッ、既に艦内に全員入っております」
「そうか」
「もうこれからのことについて仕事をはじめているようです。私が朝来た時にはもう全員いました」
「アッバース外相もか」
「ええ。外相は昨夜のうちに来られたそうです。当直士官から聞きました」
「またえらく気合が入っているな」
 アッディーンもこれには少し驚かされた。
「外交部も真剣だという証拠でしょう。いいことだと思いますよ」
「そうだな」
「では漢へ。もうすぐ出港の時間ですよ」
「わかった」
 彼は幕僚達を連れ艦内に入った。艦内では既に船員達が各自の持ち場についていた。
「司令が乗艦されました」
「わかった」
 艦橋に報告が入る。艦長はそれを聞いて了承して首を縦に振った。
 アッディーン達が艦橋に入ると持ち場に就いている者以外が総員で敬礼をした。アッディーンも機敏な動作でそれに返した。
「では今から南方に向けて兵を進める」
 アッディーンは言った。
「ハッ」
 幕僚達がそれに答える。
「全軍まずはカッサラに向かう。そしてそこから南方に侵攻する。いいな」
「わかりました」
「よし」
 アッディーンは了承したように頷いた。そして言った。
「南方侵攻作戦、ハッティーン作戦発動!」
 これが戦いを告げる笛の音となった。こうしてアッディーンに率いるオムダーマン軍は南方に向けて侵攻を開始した。三十個艦隊、総兵力五千万による一大侵攻作戦のはじまりであった。

 

 

第六部第一章 星河の海その三


 オムダーマンが南方への兵を進めている頃北方では別の動きがあった。
 彼等は今大規模な軍事訓練を行っていた。場所は首都星系から近いある宙域である。
 そこには北方の主な将官が集まっていた。当然そこにはシャイターンもいる。
 彼等はそれを軍事用宇宙ステーションから見ていた。特にシャイターンは最もよい場所から見ていた。
「ふむ」
 彼はその訓練の光景を見て一言言った。
「悪くはないな」
 見れば各艦の動きも流れもスムーズである。そしてその攻撃も迅速である。
「だが」
 しかしシャイターンはその顔に不満の色を宿らせた。
「まだ足りないな」
「足りないといいますよ」
 傍らにいたハルシークが問うた。
「うむ。兵士個人個人の動きはいい」
「ハッ」
「それは艦の動きでわかる」
「問題はそこではないと」
「そうだ。一隻一隻の動きはいいのだが全体の動きが悪い」
「そうでしょうか」
 ハルシークにはそうは思えなかった。だがシャイターンは違う考えであった。
「艦隊運動がまだ未熟だ。攻撃に移る動作もやや鈍い。指揮官に問題があるとも思えないな」
「では何でしょうか」
「通信だな。旧式化していないか確かめてくれ」
「わかりました」
 ハルシークはその言葉に敬礼で答えた。
「通信がなくては戦争にはならない。旧式化していたならばすぐに換装するようにな」
「ハッ」
 彼は再び答えた。そして後ろに下がった。
 シャイターンは訓練を見守り続けていた。そして一隻一隻の動きを緻密に見ていた。
「連度は上がっているな」
 彼はそれは認めていた。
「だがまだ足りない」
 しかしそれで満足してはいなかった。
「これからの戦いにおいては強い兵でなければならない。このサハラを手中にする為にはな。そして」
 ここで北を見た。
「彼等をこの地から追い出す為にもな。まずはこのサハラをサハラの者だけのものとしなければならない」
 彼はあくまで総督府に対して激しい敵意を抱いていた。それはサハラの者ならば当然であった。
 彼は艦隊に目を戻した。陣を組んでいる。
 そして互いに攻撃を仕掛ける動作に入る。やはりその動きは彼にとってみればやや緩慢だ。
「やはり通信だろうな」
 彼はそれを見て呟いた。そしてそれは的中していた。
 この訓練の後北方はすぐに全艦の通信機能を換装することになる。シャイターンの目は確かであったのだ。
 やがて訓練は終わった。彼は首都の自身の官邸に戻った。
「今後の予定はどうなっている」
 彼は旗艦イズライールの司令室でハルシークに問うた。
「ハッ」
 彼はそれに敬礼をした後で答えた。
「まずはこの度のこの連合国家の正式名称を決める会議となります」
「国名か」
「はい、今までは単に北方諸国連合と呼ばれていましたがそれでは収まりが悪いかと」
「そうだな」
 彼はそれに同意した。
「それについて閣下のお考えはどうでしょうか」
 この国では主席の発言権が大きい。シャイターン自身がそうしたのであるがこれは隣にエウロパという強大な勢力が控えている為の必要な処置であると説明させていた。実際にそうであったがシャイターン自身が己が政策を実行し易いようにという意図もあった。
「私の考えは既に決まっている」
 彼はそれに対して答えた。
「それはどうしたものでしょうか」
 ハルシークは問うた。
「ティムール連合というのはどうだ」
「ティムール連合」
 ティムールとはかってサハラを席巻した一大勢力の名将の名である。この北方出身で知られている。
「あの英雄の名を冠する。悪くないと思うが」
「そうですね」
 ハルシークはそれについて反論はなかった。
「ではそれを会議で最初に伝えますか」
「そうするように頼む」
「わかりました」
 ハルシークは頷いた。これが北方の正式名称となった。
「予定はそれだけか」
 シャイターンはここでまた問うた。
「いえ、あとは今後の戦略についてですが」
「それはもう大体決めてある」
 シャイターンは言った。
「まずは勢力を蓄える。今主な敵は総督府だ」
「総督府ですか」
「そうだ、何か問題はあるか」
「問題といえば」
 ハルシークはそれに考える顔をした。
「やはりハサンとオムダーマンでしょうか」
「あの二国か」
「はい。とりわけオムダーマンは動きが活発ですし」
 それは彼等にとっても頭に入れておくべきことであった。
「オムダーマンは今南方に進出しゆとしている。問題はないと思うが」
 こえはシャイターンの耳にも入っていた。
 

 

第六部第一章 星河の海その四


「それはそうですが」
「今彼等は残った艦隊だけで国防の任を果たしていかなければならない。とても我が国に攻め入る余裕はないだろう」
「そうですか」
「うむ。あとはハサンだな」
「既に不可侵条約を結んでおりますな」
「そうだ。これがあれば当分はハサンとは何もあるまい。少なくとも当面はな」
「はい」
 ハルシークはそれに頷いた。
「では後方は今のところ大丈夫ですね」
「そういうことだ。安心して総督府と対峙できる。だが」
「だが!?」
「やはり今はまだ彼等を倒すには力不足だ」
 国力が足りないことは彼も認識していた。
「我々だけでは彼等を倒すのは容易ではない」
「それは私も同じ考えです」
 ハルシークもそれに対して言った。
「やはり国力にも兵力にも大きな開きがあります」
「そうだ。それをどうするしかないが」
 シャイターンは考える顔をした。
「やはりすぐには覆せるものではない」
「はい」
 ハルシークは再び頷いた。
「エウロパで何かあれば話は変わってくるがな」
「何かとは」
 ハルシークはまた問うた。
「そうだな。さしあたっては連合との衝突か」
「まさか」
 ハルシークはそれには否定的だった。
「幾ら対立しているといっても今衝突する危険はありません」
「それはどうかな」
 シャイターンはそんな彼に対して言った。
「何が起こるかはわからない。確かに今まで連合とエウロパは対立しながらも直接的な衝突はなかった」
「月での資源争奪の時もそうでしたね」
「あれは直前でロシアが寝返ったせいもあるがな」
「しかし武力衝突をしてもどちらにもメリットはないでしょう。特にエウロパにとっては自殺行為です」
「エウロパにとってはな。だが連合は少し事情が違う」
「といいますと」
 ハルシークはまた問うた。
「連合には一つの厄介ごとがある。法皇だ」
「バチカンですか」
「そうだ。その存在が彼等にとっては一つのネックになっている」
 宗教家の父を持つだけあってそれはよくわかっていた。
「連合とエウロパを行き来することができるのはバチカンの司教だけだ」
「はい」
 ブラウベルグ回廊は常時連合とエウロパ、二つの勢力によって常に厳しい監視下に置かれており、その通行は禁止されている。だがバチカンの司祭達の船だけは通行が可能なのである。
 これは連合にも多いバチカンの信者達の為であった。如何に両勢力の対立が厳しくともバチカンだけは断ることができなかったのだ。
「だがここに問題がある」
 シャイターンは言った。
「行き来できるのは宗教家だけだな」
「はい」
「その中に宗教家の皮を被った密偵が入り込んでいたらどうなる」
「エウロパがよくやっていることですな」
 これはかなり有名な話であった。サハラでもよく知られている。
「ほぼ素通りだな。ましてや司祭のチェックなどは」
「恐れ多くてできないでしょうな。やはり」
「そうだ」
 これはサハラの多くの者には理解し難いことであった。何故ならイスラムは原則的に聖職者を置かないからだ。いるのは法学者等市井の者だけである。ムハンマドですら市場を歩き回り妻子を持ち、食事を採る一人の人間に過ぎなかったのだ。ただし中には例外もある。シャイターンの家の宗派等がそれである。
「彼等はそれを利用している。そうして連合内の情報収集や工作を行っているのだ」
「それは知っていますが」
「今までは知りながらもそれに中々対処することができなかった。やはり彼等を捉える機会もなく、そしてそうしたことに有効な機関もなかったからだ」
「ですが今は連合軍がありますな。そして連邦警察も」
「そうだ」
 連邦警察は連合領全ての地域で調査が可能な警察組織である。各国の警察とはまた違う連合中央政府直属の組織である。
「今実際にエウロパのスパイの摘発を大規模に行っているというな。その調査結果次第では」
「エウロパに対して何らかの制裁に出る、ということですか。しかし連合とエウロパは経済的には何の関係もありませんし
また両勢力の間にはガンタース、ニーベルングのそれぞれの要塞群があります」
「武力衝突も考えられない、と言いたいのだな」
「はい。連合がスパイのその侵入ルートを消す為にバチカンを連合内に移転させようとすることも考えられますがそれも不可能でしょう。バチカンはそれに気付きながらも政治のことですので表立っては口にしませんしエウロパもそれは否定するに決まっています。例え確かな証拠が出ても。バチカンを移転させるのならばエウロパに侵攻するしかないでしょう」
「だがそれは要塞群により不可能だと言いたいのだな」
「はい。ニーベルング要塞群は難攻不落です。抜くのは無理でしょう」
「それはどうかな」
 シャイターンはそれに対して笑みで応えた。
「連合のあの巨大戦艦ならば可能かも知れないぞ」
「まさか」
 ハルシークはそれを否定した。
「確かに恐ろしい艦ですが流石に要塞までは無理でしょう」
「一隻では無理だな、確かに」
 彼はここでまた笑った。
「だがそれが増えてはどうだ。如何にニーベルングといえど陥落するのではないか」
「・・・・・・・・・」
 ハルシークは沈黙した。言われてみればその可能性はある。あの巨大戦艦の巨砲ままるで要塞の主砲であったからだ。
「もっとも今エウロパは全土の防衛計画を見直している。連合が要塞を抜いて領内に侵攻してきても滅亡までには至らないだろう」
「そうでしょうか。領内に雪崩れ込まれたらもう終わりだと思うのですが」
「それは国力の差を考えてのことだな」
「はい」
 ハルシークは頷いた。
「三十倍もあると流石に。無理でしょう」
「兵力や経済力だけではな。だが戦争はそれだけでするのではない」
「ゲリラ戦ですか」
「そうだ。エウロパの市民全員が敵に回ったならどうなる。最早対処しきれまい」
「蜂起した惑星ごと掃滅するわけにもいきませんからね」
 一般市民への攻撃は国際法により厳しく禁じられていた。ゲリラと認められる場合は例外であるがそれでも都市やスペースコロニー、惑星等に攻撃を仕掛けるというのは流石に無理がある。 
 ましてや連合は民主制である。その様なことをしては軍や政府が支持を失う。連合においては凶悪犯の処罰は極めて酸鼻であるべきだがそうした無差別攻撃や罪のない者に対する蛮行は最も忌み嫌われることなのである。これはエウロパやサハラにおいても同じである。
「それはエウロパもわかっている。そうして連合軍をジレンマに追い込む可能性がある」
「ゲリラ戦の基本ですね」
「そうだ。それをとられたならば連合も戦いを続けることは出来ない。連合軍は九十億」
 各国の国軍を入れると百億を超える。
「エウロパの総人口は一千億。勝負は見えておりますな」
「そうだ。おそらく両勢力が戦ってもエウロパの敗北に終わるだろうがその滅亡までには至らない。その勢力は大きく減退してもな」
「バチカンは連合に渡るでしょうね」
「そうだな。それが戦略目的の場合」
 シャイターンは冷徹な声で答えた。
「スパイの進入ルートも消すことができるし領内の信者の支持も得られる。それに」
「それに!?」
「バチカンへの巡礼により金も動く。連合にとってはかなりの利益になるな」
「それを聞くと今にも問題を起こしそうですね」
「物騒なことを言う」
 シャイターンの顔は笑っていたが目は笑っていなかった。
「確かに何かきっかけがあれば動くかもな。きっかけがあれば、だ」
「それがスパイの摘発でしょうか」
「かもな。だが彼等はことを構えるのはおそらく先だ。攻めるのは連合だが彼等はまだ軍備が整っていない」
「かなりの速さで進めているらしいですけれどね」
「それでもあれだけの大艦隊だ。まだ時間がかかる。連合の軍需産業を総動員してもな」
「はい」
「それからだな。動くのは。その頃にはエウロパの防衛計画も整備し終えている。我々はそれまでに兵を整えておけばよい」
「焦る必要はないと」
「そうだ、時間はある。今は将兵の練度を整えその数を増やす。そして装備の質を上げることだ」
「わかりました」
 ハルシークは答えた。
「では今後の方針はそれでいくことにします」
「うん」
 シャイターンはそれを了承した。
「頼むぞ。時間はあるが確実に行っていかなければならないからな」
「はい」
 彼等はすぐにそれに取り掛かった。そして牙を磨くのであった。 

 

第六部第一章 星河の海その五


 かって城は国に例えられた。これは古代の中国での話だが欧州においてもそうであった。
 これ等の地域の城は街そのものであった。城壁で取り囲まれ防御され、兵士がそこを守った。古代には都市国家がありそうした意味でも城は国家そのものであると言えた。
 だが火器の発達により城壁が意味をなくしそれはかっての街の歴史を教えるものとなった。それも人類が宇宙へ進出するとまた変わった。
 進出は当然ながら星に対して行われる。人は星に住み、そこで生活をする。こうなると星が国となる。
 実際に連合でもエウロパでも一つの星系は一つの国家が所有することとしている。領土問題を避ける為である。
 こうして星はかっての城と同じ存在となった。従って防衛も為されるようになった。
 当然守備兵が駐屯し、軍事衛星が星の周りを飛ぶ。まさに宇宙の城であった。
 それを攻めるとなるとかなりの苦労が必要となる。アッディーンがサラーフの首都攻略の際ブラークを撃破したのもその一つであった。
 首都だけありその防衛が堅固であったのだが他の惑星も大体において同じである。防衛を施していない惑星はないと言って過言ではない。
 その為正規軍ですら苦戦することがままある。これが海賊ならどうか。言うまでもない。
 連合での大きな問題となっていた宇宙海賊であるが一つ一つだと比較的小規模な存在であるのは否定できない。星一つを攻められるような組織は滅多にない。
 防衛がまだ整っていない辺境の惑星が狙われることはよくあるがそこにも大抵軍が一緒にいるものである。彼等も馬鹿ではない。それ位のことはわかっている。その為星にいると比較的安全なのだ。
 スペースコロニーは連合には居住用のものはない。だが資源開発用のものがある。これが狙われる場合が比較的ある。各国軍も連合軍もその警戒を怠らない。
 そして商船だがこれが問題であった。星やコロニーが難しいならば比較的容易な存在に向かうのが常である。だが商船の方も用心棒を雇ったり軍に守ってもらう。時として大きな問題になることがあり、常に頭を悩ませる存在ではあったが実害は少ないのであった。これは彼等の数も結局は極めて少数であったこともあるが。国家単位でこうした行為をしない限りそうそう多くはならない。
 だが被害はゼロでなくてはならないのだ。一つでもあればそれが問題となる。テロリストの問題と全く同じ問題であった。
 だから頭を抱えるのだ。そして彼等は時には怪しげな団体と結託する。そして政治や社会を混乱させようとする。こうして話は複雑になっていたのだ。
 連合中央政府の断固たる処置、そして中央軍、中央警察の設立によりそれはかなり減った。だが連合において最大の勢力がまだ存在していた。
 それが解放軍であった。解放軍と名前だけはよいがその実態は単なる凶悪犯の集まりである。連合各国、そしてマウリアで罪を犯した者や海賊が集まってできた組織でありその数は一千万に達する。
 彼等は連合とマウリアの境に勢力を持っていた。この辺りは複雑な地形であり攻めるに難しい。そして通商の要地である為に見入りもある。噂によると独自の資源発掘も行っているという。闇商人との関係もあり無視できない存在であった。
 彼等をどうするかは連合中央政府にとって厄介な問題であった。今までは取り除くことが困難でありまさに喉元に突き刺さった棘であった。それが連合とマウリアの交易に重大な影響を及ぼしていることは言うまでもなかった。
 彼等は解放軍を避ける為ハサンを仲介するルートをとることが多かった。これがハサンにとっては莫大な利益のもとでもあった。
「ハサンが彼等の黒幕だったら面白いな」
 不意にこうしたことが言われることもあるが実際には有り得ない話である。ハサンはそれ以外にも確かな収入源があり連合とマウリアを敵に回すようなことはしない。ハサンとて馬鹿ではないのだ。
 だがこのハサンの首都ブルジルトのあるホテルに今何人かの外国人達が来ていた。交易の盛んなこの国では特に珍しくもないことなのでこれ自体は驚くことではない。問題は彼等が何者なのか、である。
 見ればマウリアの服を着た者達とスーツ姿の者達二つの種類の者達に分かれている。彼等はホテルの最上階にあるロイヤルスイートに入って行った。
 

 

第六部第一章 星河の海その六


 その豪奢な部屋の中に今二つの服の者達が互いに分かれて位置していた。見事なまでに対照的である。
 対照的なのは服装だけではなかった。彼等の髪や瞳の色、顔立ちもであった。
 マウリアの服の者達は褐色の肌に黒い髪と瞳、そして彫のある顔立ちをしていた。それに対してスーツの者達は褐色の肌もあれば黄色い肌も白い肌もある。黒い肌の者も当然いる。髪や瞳の色はまちまちであるし顔立ちも一人一人まるで違う。これを見て彼等の互いの属している組織がわかった。
 一方はマウリアである。そしてもう一方は連合。連合の多民族さがここでもわかることとなった。
「そちらの方はまだでしょうか」
 マウリアの者達の中央にいる口髭の男が連合の者達に対して問い掛けた。マウリア国防相であるラーンチである。
「ハッ、それですが」
 見れば八条の秘書官もいた。彼がそれに応える。
「間も無く来られます。今しばらくお待ち下さい」
「わかりました。それでは」
 ここでラーンチは隣にいるエルールに顔を向けた。
「外相、お茶でも飲みながらゆっくりと待つとしましょうか」
「はい」
 エルールは優雅な笑みでそれに答えた。マウリアの要人が二人も来ているのだ。これはすぐに只事ではないとわかった。
「それでは紅茶でも飲みながら」
「そうするとしましょう」
 彼等は怒るわけでもなく待っていた。実際に茶を飲むわけではないが。
「ところで。ええと」
 エルールは秘書官の名を言おうとした。だが記憶に思い浮かばない。
「水口です。水口賢雄と申します」
 彼は自らの名を名乗った。
「国防相の秘書官を務めております」
 ここで微笑んだ。いい笑みであった。
「そうでした、申し訳ありません」
 エルールは謝罪の言葉を述べた。
「名前を忘れてしまいまして」
「ははは、それはいいですよ」
 水口はそれを笑ってないことにした。
「私は一つの特徴がありまして」
「それは何でしょうか」
 エルールだけでなくラーンチもそれに問うた。
「よく忘れられるということです。どうにも存在感がないものでした」
「ふふ、ははははは」
 これには彼等だけでなくそこにいた者全てが笑った。自分をネタにこの場でこうしたことを言えるとはまた凄いことではあった。
「中々面白い方だ」
「日本人はよくジョークに疎いと言われますので」
 水口はそこでまた言った。これは悲しきかな事実であった。
「少しでもこの場を盛り上げようとしたわけです」
「それにしてはまた強烈なジョークですな」
「本当に」
 ラーンチもエルールもまだ笑っていた。そこで扉を開ける音がした。
「カバリエ外相と八条国防相が来られました」
「おお」
 彼等はそれを聞いて声をあげた。
 程無くしてその二人が入って来た。
 一人はでっぷりと太った中年の女性であった。黒い髪と瞳で彫の深い顔をしている。太ってはいるがその顔立ちは整っている。メリハリのある目鼻立ちに高い鼻と切れ長の瞳をしている。彼女が連合中央政府外相の二キータ=カバリエであった。メキシコ出身でメキシコの外交官出身である。白いスーツとスカートに身を包んでいる。
 その後ろには長身でスラリとした容姿を持つ美青年がいた。切れ長の黒い瞳が印象的である。一目でアジア系であるとわかる。ライトグレーのスーツに身を包んでおり一目で女性の関心を引き付けずにはいられない。まるで映画スターかトップモデルの様であった。
(彼が八条ね)
 エルールもまず彼に目を向けた。
(噂に違わぬ容姿ね。マウリアでも話題になる程だわ)
 彼の女性人気は彼女も知っていた。彼女自身彼の容姿を一目で気に入っていた。
(貴公子と言うのかしら。連合では貴族はいないけれど)
 連合の特色として貴族的なものを徹底的に嫌う傾向がある。これはエウロパに対する対抗意識からくるものであるがその他にも理由はある。やはり連合独自の活力に溢れる機会均等主義がそれを好まないのだ。
 連合側では特に思うことはなかった。八条も女性には疎いのでそれ程思うことはない。
「ではまず食事にしましょうか」
 カバリエが提案した。
「はい」
「よろしいかと」
 マウリア側もそれに賛成した。あらかじめ予定されていたことなので断ることもなかった。
 彼等は程なく食事のテーブルに着いた。当然外交交渉は既にはじまっている。
 サハラの料理が運ばれてくる。最初はポタージュだ。
「これは何処でも同じですね。最初はまずスープから」
 カバリエは笑いながら言った。彼女は連合では健啖家として知られ料理の腕もいいことで知られている。その本も何冊か出している程である。ちなみにその内容はどうしたら美味しくなるか、そして何が美味しいか、が実に細かく書かれている。美味しさをあくまで追求し、美容等には一切触れないのが彼女の本の特徴である。従ってこう言われている。
「カバリエの本を読むな。あんな体型になるぞ」
 かなり失礼な言葉である。だが彼女はその言葉をいたく気に入っている。
「つまり私みたいな体型になりたければ私の本を読めばいいのです」
 彼女の自慢はその体型である。従ってそれについて言われることは実に喜ばしいことなのである。
 こうしたことから彼女は今テーブルに運ばれてくる料理一つ一つに注意を払っていた。ポタージュの次はピスタチオの入った若鶏の丸焼きである。
 フォークとナイフで切る。するとそこから肉汁が溢れ出てくる。
 そしてそれを口に運ぶ。口の中全体に鶏の肉と皮の味、そして香辛料の風味が漂う。
「これは中々」
 カバリエは目を細めて感想を述べた。彼女の舌に合ったようである。
「連合でも鶏はよく食べられるそうですね」
 ここでエルールが彼女に尋ねた。
「はい」
 カバリエは笑顔で答えた。
「かなりポピュラーな食材ですね」
「そうですか」
「マウリアでもそうだとお聞きしておりますが」
 彼女はここでマウリアに聞き返した。
「ええ、まあ」
 彼等はそれに答えた。
「我が国では一番食べられることの多い肉でしょうね」
「そうらしいですね」
 カバリエは当然の様に各国で何が食べられているかよく知っている。マウリアでは鳥がメインの肉料理なのも当然知っている。ヒンズー教徒が多いこの国では牛肉の類は食べられない。無論この席にも牛類のメニューはない。
 八条はそのカバリエの横で黙々と食事を採っている。フォーク一つ扱う仕草にも気品と優雅さが感じられた。
(絵になるわね)
 エルールは彼を見て心の中で思った。
(我が国にいたら今頃どれだけ人気が出たかしら)
 実際彼は連合でも若い女の子や主婦、そして老婦人にまで人気が高かった。東洋的な洗練された美貌と理知的でバランスのとれた能力、そして穏やかな性格で女性の人気の的なのであった。だがやはり当の本人はそれには興味があまりない。むしろ男色家とのいわれなき噂がついていささか辟易している程である。
 鶉の料理に三角のドーナツににた揚げパンが続く。ここでマウリアの側が一つのことに気付いた。
「そういえば内臓を取り扱った料理がありませんね」
「サハラでは動物の内臓は食べないのですよ」
 カバリエはそれに対して言った。
「イスラムでは動物の血や内臓は食べませんので」
「それが少しわからないのです」
 ラーンチは怪訝そうな様子で言った。
「確かイスラムは遊牧民の宗教であった筈ですが。商人の宗教であると共に」
 ヒンズーでは元々肉料理よりも野菜類が多い。これはインドが農耕主体であるせいであったが、アラブは彼等とはまた事情が違うのである。そうなれば当然その戒律も違ってくる。
「確か連合では動物の内臓は極めてポピュラーな料理でしたね」
「ええ」
 カバリエはラーンチの言葉に答えた。
「蹄も耳も尻尾も食べますよ」
「魚の内臓も良く食べられるそうですね」
 エルールは八条に対して問うた。八条は彼女に話しかけられ一瞬戸惑ったようだがすぐに答えた。
「はい。海鼠の内臓も人気がありますよ」
「海鼠?」
 これにはラーンチも目を丸くさせた。
「海に住む軟体動物です。固い歯触りがいいですよ」
「そうなのですか」
 二人はそれが一体どういう生き物なのか、そしてどういう食べ方をするのかわからなかった。ただ首を傾げるだけであった。
「日本では生でよく食べます。内臓はこのわたといって珍味として人気があります」
「はあ」
 二人にはやはりわからなかった。八条の説明にもただ首を傾げるだけだ。
「どうも日本の料理はわからないところが多いですね」
「そうですか?」
 今度は八条が首を傾げる番であった。
「私はそうは思いませんが」
「マウリアでは生のものは食べませんし」
 ラーンチが言った。
「それに内臓もあまり食べることはないですしね」
「はあ」
 八条もそれはわかっているつもりだ。だが海鼠を不思議がられるのは少し以外であった。
「長官」
 鶉を食べ終えたカバリエが八条に声を向けた。
「海鼠は連合でしか食べられませんよ」
 実に楽しそうな顔であった。彼女は食べ物の話になると目の色が変わるのである。
「それもわかっているつもりですけれどね」
 だが八条はどうしても納得できないようである。
「連合でも結構苦手な人が多いですし。そもそも生物を駄目だという人も案外多いですし」
「私は違いますけれどね」
 カバリエはまずそう断ってから話をはじめた。
「それはそれぞれの風習なのですよ。日本では昔から海の幸をよく食べていましたね」
「はい」
 八条は答えた。和食はそれで知られている。刺身にしろ寿司にしろそうだ。海の幸を使わない和食もあるがやはりメインであるのは事実だ。
「だから生物を食べることが多かったのです。けれど海から少し離れた場所だとそうはいきません。長官も日本人ならば鱧のことはご存知でしょう」
「ええ」
 鱧は昔は京都でよく食べられた。夏の名物料理であり京都の有名な祭り祇園祭りは通称鱧祭りと呼ばれていた。歯が鋭く、獰猛な魚であるがその味はあっさりとしていて食べ易い。
「京都で何故鱧が食べられていたのかもご存知ですね」
「はい」
 八条は答えた。京都は山の中にある。従って海の幸はない。これは京料理の弱点であった。
 だが鱧は瀬戸内から運んでくることができる唯一の魚であった。だからこそ京都では鱧が人気であったのだ。
 海から離れていると生物は食べられない。海の幸は当然海の側でしか食べることが出来ない。自明の理であるがこの時代ではそれが中々わからない。他の星の食べ物も容易に手に入る時代なのだから。
「それでおわかりだと思います」
「だから海鼠も生物もあまり食べられなかったということですね」 
 ラーンチがカバリエに尋ねた。
「そういうことです」
 彼女はそれに対してコメントした。
「内臓や血もそれと同じでしょうね」
「傷み易いからですね」
「おそらく」
 やはり彼女は食べ物にはかなり詳しい。伊達に食べているわけではなかった。
「そういえばそちらのカレーですが」
「はい」
 八条はエルールの問いに顔を向けた。
「いつも思うのですがあれは一体どういう和食なのでしょうか」
「和食ですか」
「はい。何でも私共の料理だとそちらでは考えられているそうですが」
「ええ」
 八条は答えた。
「そちらの国の料理ではないのですか?」
 一千年以上も前から続いている議論がここでも起こった。
 

 

第六部第一章 星河の海その七


 カレーというのは実に不思議な料理である。インドで食べられていた米にかける多くの香辛料を使った汁だがこれがイギリスに伝わったものである。
 この時将兵に健康にいいものを食べさせようと必死になって考えていた日本海軍がこれに目をつけた。その時イギリス海軍はパンにこの汁、即ちルーをかけていたのだ。
 だが日本では米である。パンにつけるものは汁気が多い。この汁気を減らして日本の米に合うようにしたのがカレーである。カレーは海軍から広まったものである。
 日本人はこのカレーをインド料理だと信じて疑わない。だがインド人が実際にそのカレーを食べて評した言葉は次のようなものであった。
「変わった和食ですね」
 これを聞いた日本人は目が点になったという。インド人はこれが自分達の料理だとは全く思わなかったのである。
 同じことは日本人の料理においては実によく起こる。ハンバーガーにしろラーメンにしろだ。アメリカ人や中国人は日本で食べられるこれ等の料理を和食をみなしているのである。
(彼等と同じことを言うな)
 八条はそれを聞きながら思った。マクレーンも劉もかって彼に殆ど同じことを言っていたのを思い出したのだ。
「少なくとも私はそう考えていますが」
 八条は心の中で色々と考えながらエルールに答えた。それを聞いたエルールはまた実に不思議そうな顔をした。
「そうなのですか」
「はい」
「私にはちょっとそうは考えられないのですが。いえ」
 彼女は言葉を続けた。
「マウリアの者でそう考えている者は多いと思いますよ」
「はあ」
 八条にはこれが不思議でならなかった。ハンバーガーには海老や烏賊を、ラーメンも鰹節でダシをとるものがある。だからこれを和食としてもまだ説明がいく。だがカレーは流石に違うのではないかと考えているのである。
「私にはそれがどうしてもよくわからないのです」
 八条は答えた。
「あれは確かにマウリアの料理だと考えていますので」
「そうなのですか」
 エルールはやはり納得がいかなかった。首を傾げながらカバリエに顔を向けた。
「外相はどうお考えですか」
「私ですか」
 話を振られたカバリエはフォークとナイフを止めた。
「ここは外相のお考えをお聞きしたいのですが」
「そうですね」
 彼女は暫し考え込んだ。そして口を開いた。
「八条長官の言われることもエルール外相の言われることも真実であると思います」
「といいますと」
 八条もエルールも彼女の次の言葉に注目した。
「確かにあれはインドの料理です。あのルーは」
「はい、その通りです」
 八条はそのコメントに大きく頷いた。彼も幼い頃よりカレーを食べてきている。だからそれについての考えには譲れないものもあるのだ。
「ですが日本のアレンジも到底無視できない程入っているのも事実です」
「仰るとおりです」
 エルールは満足したように頷いた。
「それ等を考えますとあのカレーは二つの見方ができるのです」
「二つの見方」
「はい。即ち日本のアレンジが入ったマウリア料理、そしてもう一つはマウリア風の和食です」
「どちらがどちらとは言えないわけですね」
 八条もエルールもそれを聞きわかったようなわからないような顔をした。
「そういうことになりますね」
 カバリエはそれに対して答えた。
「これはカレー自体のその時の調理の仕方によっても大きく変わります。実際にかなりマウリアのカリーに近い、若しくはそのもののカレーもあります」
「はい」
 これには八条が頷いた。
「逆に極めて日本的なカレーもあります。汁気が少なく大豆から作られた醤油を使っているものです」
「はい」
 これにはエルールが頷いた。
「そうしたふうに一概には言えないと私は考えます。そうして一括りに出来る程料理というものは簡単ではありません」
 カバリエは優しい笑みを浮かべながら言った。
「それに私はどちらに寄っていても好きですよ、カレーは」
「成程」
 二人はそこまで聞いて大いに頷いた。
「そうですね。目から鱗が落ちました」
 八条は頷きながら言った。
「私もです。そう考えると分かり易いですね」
 エルールもであった。彼女はようやくカレーとカリーについて悟ったようである。
「カレーとは奥が深いものです。いえ、料理自体がそうですね」
 カバリエはここで真理を語った。これがこの食事の決まりの言葉となった。
 こうして食事は終わった。流れはカバリエが料理、とりわけカレーの話題でまとめたこともあり連合に流れていた。
(こうした流れの作り方もあるのだな)
 八条は会議がはじまるとその場の空気を読みながら思った。
(軍や国防省ではこうしたことはないな)
 彼等は戦場、そして閉じられた会議室で全てを決める。だからこうした話の流れの持って行き方は新鮮なものであった。
 軍事においてはまずは知識だ。そしてそこから識見である。流れはそれをぶつけ合ってそこから生まれるものだ。
 だが外交の交渉は違う。正規のテーブルに着くその前から既にはじまっているのである。
「我々の考えですが」
 カバリエが口を開いた。
「この度の海賊の掃討に際してそちらの領域を通過する権限を頂きたいのです」
 解放軍の掃討に関してであるのは言うまでもない。
「我が国のですか」
 ラーンチがその言葉に眉を少し動かした。
「はい、彼等は貴国の領域も侵犯する場合もありますし」
「それは確認しています」
 彼は答えた。
「ですが我等との間には相互の領域に軍を進める場合には多くの制約があるのですが」
「それはわかっております」
 カバリエは答えた。連合とマウリアは昔から軍事条約を多く結んでいた。
 例えば通過する際には常に識別信号や通信を発さなくてはならない。そして事前に何時何処に来るかも通報しておかなければならない。これは国際法の常識に添って決められていた。
「しかし軍事行動となるとそれ等は不可能でしょうね」
「はい」
 それには八条が答えた。
「残念ながらそれは出来ません。ですから今回こうして交渉の場を設けさせてもらったのです」
「ふむ」
 ラーンチはそれを聞き考え込んだ。既にわかっていたことだが実際に交渉の場で話を聞くとやはり考えてしまう。
「つまり今回は特例として認めて欲しいということですね」
「はい」
 カバリエと八条はほぼ同時にそれに答えた。
「あの解放軍と称する海賊達は連合、マウリア双方にとって害となっております故」
「一時的なもので宜しいのです」
「ふむ」
 二人はそれを聞いて考え込んだ。そしてそれから口を開いた。
「期限付きということでどうでしょうか」
「期限ですか」
 カバリエはエルールの提案に反応した。
「はい。三ヶ月程なら宜しいと思います。あくまで私見ですが」
「三ヶ月」
 カバリエはそれを聞き八条に顔を向けた。
「長官はこれについてどうお考えですか」
「三ヶ月ですか」
 八条も考えていた。確かに期限としては悪くはない。だが若し海賊を掃討できなかった場合は問題が残る。彼等に逃げられてしまうからだ。
「そうですね」
「私としてはこの期間で問題はないと思いますが」
 そう言うカバリエの目が光った。彼女はどうやらそれが手の打ち所だと思っているようである。
 それは八条にもわかった。彼はそれを見て内心思った。
(それがいいかも知れないな)
 彼もそれに傾いた。
(三ヶ月は海賊の掃討としては充分過ぎる時間だ。それにそれ以上の期間をかけると人員や費用の無駄だ)
 戦いは起こったならば早急に終わらせるべし、この時代も変わることのない兵法の鉄則であった。
 八条が国防長官に就任して以降海賊の掃討は迅速に行われていた。作戦発動から一ヶ月をかけたものはない。事前に準備を整え補給を万全にしてから大軍を以って一気に決めていた。彼は作戦発動までにそれよりも遙かに多くの時間をかけていた。
 戦争は一朝一夕で為すものではない。その前に多くの動きがある。軍事行動を起こすにあたっては一人の兵士、一隻の艦艇が動くのにそれ以上の人員、艦艇、そして費用が必要なのである。古代の戦争にしろ為政者の思いつきで起こるわけでは決してないのである。無論例外もあるが。
 それを考えると三ヶ月は充分過ぎる期間であった。だが今回の敵は今までの海賊達と比べるとかなり強力である。果たして三ヶ月でことを収めることができるのか。八条は実際には長期戦も覚悟していたのだ。
「ふむ」
 彼は考え続けた。そしてようやく決意した。
「わかりました。それでいいと思います」
「ご理解していただき有り難うございます」
 それを聞いたラーンチとエルールは笑みを浮かべた。
「作戦発動から三ヶ月でよろしいですね」
「はい、それでよろしいかと」
「わかりました。ならばこちらにも問題はありません」
 彼はここで決めた。今後の作戦のおおよその予定を。彼は既に頭の中で幾つかのプランを考えていたのだ。スタッフと話し合い幾つか案を出させていたのだ。
 

 

第六部第一章 星河の海その八


 ならばこの期間で終わらせるに相応しい作戦がある。彼はそれを実行に移すことにした。
 それから細部の詰めに入った。マウリア領内を連合の艦艇が自由に通過する権限、基地の借用、行動に対する機密の保持等が決められた。ただし連合軍がマウリア領内で犯罪行為を犯せばすぐにマウリア軍に引き渡されることとなった。これはやはり同盟国に対する配慮であった。これはカバリエも八条も当然のこととして認識していた。
「あとお聞きしたいのですが」
 一通り話が終わったあとでラーンチが口を開いた。
「何でしょうか」
 八条がそれに尋ねた。
「今回は連合軍だけで動くようですが我が軍の直接の協力は必要ありませんか」
 すなわち共同作戦である。八条もカバリエもそれを聞き表情を変えた。
「そうですね」
 八条が答えることになった。やはりここは軍事のトップの出番であった。
「先程のお話で決めた後方支援だけでいいです。彼等は元々連合の領域にいますし」
「しかし我が国の領域にも侵犯しますし我が国からも構成員が入っているようですしね。それで言わせて頂いたのですが」
「そうなのですか」
 実はこれは駆け引きであった。八条はある程度これを読んでいた。
 そして次の言葉も用意していた。彼はその言葉を出した。
「では陽動の兵をお願いします。彼等が逃げ込むような場所に布陣させて頂くだけでいいです」
「彼等を追い詰める為にですね」
「はい、その際の指揮権ですが」
「それはニューデリー条約に倣うことにしましょう」
「そうですね。それが一番問題がないでしょう」
 ニューデリー条約とは連合とマウリアが同盟を結び共に宇宙に進出する際に結ばれた軍事条約である。主に指揮権について定められたもので両軍が共同作戦を実施する際は階級、任期が上の者が指揮を執ることとなっていた。これは両軍の関係が対等であることを示していた。
「我が軍は中将クラスの人物を派遣するつもりです」
 ラーンチは言った。
「わかりました」
 八条はそれを了承した。連合においては艦隊司令は大将である。その上で総指揮を執るのは元帥しかいない。連合においては上級大将は存在しない。元帥は巨大な軍であるが案外少ない。これは連合の兵制の関係である。連合軍設立の前は国ごとに少し違っていたがそれをまとめたのだ。上級大将はサハラやエウロパに存在する。サハラとはまた兵制が異なる。エウロパは貴族が存在するので彼等のポストを考慮して必然的に将官の階級が多くなるのだ。
 連合各国の特徴としては下士官の階級が非常に多いことであった。エウロパやサハラ各国においては伍長、軍曹、曹長と三階級しかない場合が多いが連合は違うのだ。これはやはり彼等の軍隊が皆一般市民による志願制であるせいであった。
 将校が尉官、佐官、将官それぞれ準、少、中、大の四つである。それは袖の金モールで現わされる。これはかっての海軍のものを踏襲している。
 准尉は二つある。准尉と准尉長。准尉長になるのは准尉の中でも古い者がなる。
 下士官であるがかなりややこしい。兵士が二等兵、一等兵、兵長の三つだけであるのに対して何と伍長だけで四階級存在する。一等から四等まである。軍曹もだ。その上に第一軍曹がある。その十二階級の上に曹長が存在する。これも四つある。
 まずは普通の曹長。そして上級、最上級と上がっていく。最上級で終わりかというとそうではない。何と連合軍付最上級曹長というものまであるのだ。ここまで達する者は流石に僅かである。軍内においては主の様な存在であった。
 そうした事情があるが元帥は少ないのだ。エウロパと比して三十倍程の差がある規模であるのにその数はむしろエウロパのそれより少ない。エウロパが五十人を超えるのに対して連合は三十人程である。貴族の有無も大いに関わっているのは言うまでもないにしろかなりの差があるのは歴然としていた。
 それぞれの国によって軍の在り方は違う。連合の軍編成はそれが最も顕著に出ていた。
 ちなみにマウリアは下士官は四つである。伍長と軍曹、一曹、そして曹長である。将校は大中小三つずつに准将が存在する。元帥もあるが四人までと定められている。
「これで決まりですね」
「はい」
 会議は終わった。こうして連合は解放軍掃討に対して作戦発動から三ヶ月のマウリア領内での通行の自由と基地の使用、そしてマウリア軍の支援を得られた。彼等にとって満足すべき結果であった。
 双方はホテルから撤収にかかった。席を立ち部屋を後にしようとする八条に後ろから声をかける者がいた。女性の声であった。
 見ればエルールであった。彼女はにこやかな顔で八条を見ている。
「どうしました」
 八条は穏やかな物腰で彼女に言葉をかけた。
「いえ」
 彼女はまだ笑っている。何やら思わせぶりな笑みであった。
「お時間はおりでしょうか」
「ええ、まあ」
 彼は答えた。実際に時間はある。ハサンを発つのは明日の夕刻だからだ。
「少しお話をしたのですが。宜しいでしょうか」
「はい」
 彼は彼女の笑みが何故なのかよくわからなかったがそれを了承した。エルールはそれを受けるとまた笑った。そして二人は別室でお茶を飲みながら話をはじめた。
 二人は紅茶を飲んでいた。サハラではコーヒーが主流だが茶も飲まれないわけではないのだ。ハサン北方のある星原産の高級茶であるらしい。
 それにミルクを入れて飲む。熱いミルクである。
「ロイヤルミルクティーですね」
「はい」
 エルールは答えた。
「本来はイギリスの飲み物ですが気に入っておりまして」
「ほう」
「朝や休憩の時にはいつもこれなんです」
「中々いいご趣味ですね」
「長官もお好きですか?」
「紅茶はどれも好きです。連合でも紅茶はよく飲まれていますよ」
「そうなのですか」
「まあ我々は他にも色々と飲みますが。コーヒーも飲みますし」
「そういえば日本ではお茶は昔からよく飲まれていますね」
「ええ。緑茶ですけれどね」
 八条もお茶は好きである。話に身が入ってきた。
「紅茶とはまた違った美味しさがありますよ」
「そうなのですか」
 マウリアでは緑茶は飲まれない。料理に合わないせいだ。
 お茶は案外食べ物を選ぶ。緑茶には和菓子が合うが紅茶にはケーキが合う。とりわけ菓子は選ばれる。何故なら菓子は茶と共に発展してきたからだ。
「他にも麦茶や玄米茶もありますよ」
「何か色々とありますね」
「我が国だけでもかなりありますね。中国やインドネシアもかなりの種類のお茶がありますよ」
「そうなのですか」
 話を聞くエルールの目が輝いていた。
「一度全部じっくりと飲んでみたいものですね」
「輸入はされていないのですか?」
「ええ。我が国は食べ物や飲み物に関しては非常に保守的で」
「ほう」
 連合ですら他の国の料理はエスニック料理と考える傾向がある。これも当然であった。
「そうしたものは輸入してもあまり売れないのです。貴方達にとっては残念なことかも知れませんが」
「ははは、確かに」
 八条はそれを聞いて笑い声をあげた。
「各国の通商部や商務部はかなり頭を抱えていますよ。マウリアには食べ物が売れないと」
「そうでしょうね」
 これで交渉にあたっても上手くはいかないのだ。連合とマウリアではあまりにも価値観が違い過ぎるのだ。
 これはその中のほんの一例であるがチリの企業家がマウリアに発注した商品の納品が一年遅れた。流石にたまりかねた彼はその受注先の企業に抗議したのだ。だが彼はこう言い返された。
「期日があっていますからよいのではないですか?」
 見れば品物が届いたのは予定された月日であった。一年遅れていただけであった。
「一年も遅れて何が期日だ!」
 彼は当然の様に烈火の如く怒った。だがそのマウリアの企業家は平然として答えた。
「一年なぞ大したことではありませんよ」
「一年の何処が大したことがない!」
 彼はさらに怒った。だがそのマウリア人は全く焦ることなくこう言った。
「宇宙の時の流れに比べれば些細なことです」
 流石にそのチリの企業家も言葉をなくしたもう怒る気も失せてしまった。
 マウリア人にとって時間は悠久のものである。今生きている時間もだ。輪廻する為時間は永遠のものであると考えているのだ。
「私と貴方は前世の巡り合わせが悪かったからこうなったのです。気にしてはいけませんよ」
 マウリア人はよくこう言う。そして連合の者の怒りを宥めるのだ。だがそれは宥めるというよりも呆然とさせる類のものであった。そして連合ではマウリアは完全に異文化地域であった。
「異種人と大して変わらないのじゃないか」
 こうした意見もある程だ。無論冗談であるが。
「異種の知的生命体の方がわかりあえるのではないか」
 そしてこういう意見も出る。彼等と連合はそれ程かけ離れているのだ。だからこそ彼等は連合に加わることがなかったのである。連合とマウリアが同盟を保ちながらも何処か疎遠なのはこうした事情があるのだ。
 それが食べ物にも出るのだ。彼はそれについて言ったのである。
「代表的な例では牛類は駄目ですね」
「ええ」
 ヒンズーの教えである。牛は神の使いなのだ。だから食べてはいけない。日本のカレーが何故マウリアの者に自分達の料理とみなされないかというと牛肉が入っているからというのもその理由の一つであった。
「他にも色々と戒律がありまして」
「はい、それは知っています」
 アッディーンは答えた。
「私もよくは知りませんが」
「けれどミルクを飲むのはいいのですよ」
「そうなのですか」
「神聖な飲み物です」
 マウリアでは紀元前よりミルクを飲んでいた。釈迦もミルクで味付けをした粥で命を永らえている。
「日本では食事に対するタブーはあまりありませんね」
「ええ、昔は肉食は基本的に禁じられていましたから」
「それで大豆を食べていたのですね」
「ええ」
 豆腐やそういったものである。肉食も禁じられているとはいえ鳥や魚はよかった。四足のものも色々と抜け道があった。牡丹鍋なぞがその例である。かって猪はモモンガの仲間とされていた。モモンガは空を飛ぶので獣とは認識されていなかったのである。
「まあそれでも食べていましたけれどね」
 八条もそれに言及した。
「ただその影響で羊は食べられませんでしたね。山羊は沖縄で食べていましたが」
「羊ですか」
「ええ。今ではかなりポピュラーになっていますけれどね。昔は匂いがするといって好かれていなかったそうです」
「あの匂いがいいという人が多いのに」
「私もそう思います。他の国の料理ではよく使いますね、特にモンゴルやオーストラリアで」
 モンゴルは主に煮る、そしてオーストラリアは焼く。オーストラリアのラガーマンはその巨体は羊の肉でできている、とまで言われている。実際に彼等は練習でも羊を使う。両脇にそれぞれ一匹ずつ抱えそれでダッシュをするのだ。これはかなりハードな練習である。
「私はラムが好きですね」
「匂いもきつくないし」
「いえ、柔らかいからです」
 彼は微笑んで答えた。
「それに刺身にもできますし」
「えっ」
 エルールはそれを聞き一瞬言葉を詰まらせた。
「刺身でですか」
「ええ。美味しいですよ」
「魚だけでなく」
「はい。他にも蛙もそうして食べますが」
 彼は別段変わったところはなく話した。
「美味しいですよ、豚もそうして食べますし」
「豚は流石に危ないのでは?」
「新鮮なものだけです。古いのは食べられませんよ」
「それはそうでしょうけれど」
 彼女は言葉を失っていた。あらためて日本人の食生活に驚きを覚えていた。
「和食というのは奥が深いですね」
「そうでしょうか」
 八条はそう言われいささか意外だというような表情を作った。
「よく言われますが他の国の料理と変わりませんよ」
「はあ」
 だが彼女の驚きは収まらなかった。やはり信じられなかった。マウリアでは生の肉は食べない。ましてやそれを喜んで食べるとは。彼女の理解の範囲を超えていた。
「まあ飲みましょう」
 だがそれは心に納めた。そして八条に茶を勧めた。
 二人は茶とケーキを楽しみながら談笑を続けた。そして話を終え別れた。
 エルールはマウリアに帰る時ふとラーンチに漏らした。
「外相、日本人というのは変わったものを食べますね」
「!?」
 不意に言われた彼は戸惑いを覚えるのであった。
 何はともあれ両国の交渉は終わった。連合はマウリア領の航行の自由と後方支援を受けることになり解放軍征伐の準備を着々と整えるのであった。

 

 

第六部第二章 害虫その一


                    害虫
 マウリアとの交渉を含め解放軍と討つ準備を着々と進める八条であったが彼には今一つの悩みが生じていた。
「またあの男か」
 中央政府議会の放送を見ながら苦い顔をした。そこには一人のアジア系の男が演説をしていた。
「何故今中央政府はこの様に性急な軍備拡大を執り行うのか私は深い疑念を覚える」
 かん高い声でまるで喚く様に言っている。アジア系の顔だが肌は白い。髪は灰色だ。ドブ鼠の色そのままのスーツに身を包み、卑しそうな顔立ちに血の気のない顔色をしている。
 この男の名を山口義彦という。日本出身の中央政府議員である。所属する政党はない。
 おそらくこの男程評判の悪い男もいないであろう。金融業を営んでいるがその本質は闇金融である。規格外の利子で貸し付け、暴利を貪っているらしい。裏での話なのでそれは誰にもわからない。あくまで噂である。だがこれで多くの者が首を吊ったと言われている。他にも色々と営んでいるがどれも極めて汚い商売で知られている。職業ではない、やり方が汚いのだ。金の亡者とまで言われている。
 手癖も悪く採用したばかりの女性の秘書を個室で押し倒したとも言われている。社員へのセクハラの日常茶飯事だという。
 議員になったのも金を使ったと言われている。以前から買収や癒着の噂が耐えなかった。今も闇商人の大元締めとまで言われている。
 そうした男だが今どういうわけか八条の解放軍への掃討作戦を批判している。しかも軍備拡張まで叩いているのだ。
「この男は確か裏で武器の密売もしているのだろう?」
 後ろに立っている秘書の木口に問うた。
「あくまで噂ですよ」
 木口は答えた。
「証拠はありません」
「そうだったね、証拠はない」
 八条は不機嫌そのものの顔で言った。
「限り無く黒でも黒だという証拠はない。悔しいことだが」
「ただ一つ不思議なことがあります」
「何だい?」
「彼は何故解放軍との戦いをここまで頑強に反対するのでしょう。理由がわかりません」
「そうだな」
 八条はそう言われ考え込んだ。
「その解放軍とでもつながりがあるのじゃないかな。これも証拠がないが」
「まあそんなところでしょうね。しかしそれでよくもまあ正義面ができるものです」
「悪人程正義の仮面を被りたがるというけれどね」
 八条は憮然とした顔で述べた。
「それも卑しい悪人程」
 彼はこの男が嫌いであった。同じ日本人であるがそれだからこそ許せないと考えていた。
「第二次世界大戦の後日本には卑しい人物が知識人やマスコミ、社会主義政党に雨後の筍の様に姿を現わしたそうだけれど」
「はい」
 木口もそれは知っている。
「恥ずべき歴史ですね。敗戦はどの国でもあることですが」
「うん」
 八条はその言葉に頷いた。
「むしろああした輩共の跳梁跋扈を許した方が問題です。おかげで我が国は今だにマスメディアの横暴と腐敗、知識人の危険性について語られるうえで不可欠の存在になっています」
「それはおそらく今後も続くだろうね。人類の歴史がある限り」
「残念なことです」
「だがその時はそうは思われなかった。マスコミは正義で政府は悪だった」
「またえらく単純な二元論ですね。そんなもの子供でも笑い飛ばしますよ」
「マスコミとは本来そうしたものだろう。自分達に絶対の正義があると確信して報道する。しかし」
「それが腐敗のもとなのですね」
「そういううことになるね」
 八条は答えた。
「彼等は自分を疑うことがない。そうすればそこに驕りが生じる。しかも情報を独占し、僅かな者達の間に金が集中する。そのうえそれをチェックする存在はない」
「腐敗しない方が不思議ですね」
「我が国のあの時のマスコミは特にそうだった」
 彼はさらに苦い顔になった。
「しかもリーダーは老害と化していたしね」
「確か独裁者とまで揶揄されていたそうですね」
「仇名まで貰ってね」
 本来民主主義の砦である筈のマスコミの、しかもそのトップが独裁者とまで揶揄されていたのである。ある異常な独裁国家の国家元首と比較され『将軍様』とまで呼ばれていた者もいた。この男はあらゆる分野に介入し、己の私利私欲に邁進した。最後は真の意味で正義に燃える者達に裁かれ、生きたまま八つ裂きにされた。そして死体は曝され、彼の汚い仲間共も同じようにされた。国民はこの男の死を祝い、大規模な祝賀会を開いた程であった。それまでに犯した星の数よりも多い罪をそうして償わされたのである。
「私はそれについて読む度に不思議に思います」
「何故だい?」
「いえ、確かに敗戦の反動という事情があるにしろ何故マスコミや知識人がここまで権力を握ったかです。彼等に力や権威があるのは事実ですがあまりにも肥大化し過ぎです」
「それだけ当時の我が国は民主主義として未熟だったのかな。いや、違うな」
 八条は考えをあらためた。
「当時はそうした状況だったんだ。情報を彼等だけが独占する。知識もね」
「神の様な存在だったのですか」
「権力はね。だがそれだけの権力を持つとどうなるか。神ならざる我々が」
「それに溺れます」
「そういうことだね。だから彼等は腐敗した。そしてそれは何時の時代でも言えることだ」
「はい」
 木口は頷いた。実際に今でも力のある場所には腐敗がつきまとう。これは人間の悲しむべき宿命の一つである。
「当然我々もね。それは人それぞれだけれど」
 少なくとも八条にはそうした腐敗はない。元々裕福な名家に生まれ軍人として育ったせいだろうか。そうしたこととは無縁であった。
「中には彼のような者もいるのも事実だ」
 そう言ってテレビに映る山口を指差した。
「それも世の中だ。だからといって彼が許される存在ではないとは思うが」
「その通りです」
 木口もそれに同意した。
「まあ今は彼は無視していよう。それよりも彼が嫌う作戦を進めなくてはね」
「はい」
「マウリアとの交渉も終わった。そして議会だが」
「彼とその一派を除いて殆どが賛成しそうですね」
「ああ。それと並行して補給、後方支援の準備を整えておこう。どのみちそちらは整備しておかなくてはならない」
「そうですね、これからのことを考えると」
「火急の際に連合内のあらゆる場所で即座に対応できる、そうでなくては駄目だ。だからこその整備だ」
「はい」
「戦いは戦場だけで行われるものじゃない。後方でも行われるものだから」
「常に万全の状況で戦うことのできる状況を確立しておかなくてはなりませんね」
「うん。これからそのことでまた会議だよ」
「後方支持部長達とですね」
「ああ。また頭の痛い問題ができるかもね」
「それはわかっていることでしょう」
「確かにね」
 その笑みは苦笑が混じっていた。
「これも国防長官の務めなのかな」
「その通りです」
 木口は素っ気無い声で答えた。
「またあっさりと答えてくれたね」
「当然のお話ですからね」
「まあそれもそうだが」
 八条の苦笑は止まなかった。
「時間になったら行くか」
「はい。それにしても」
「それにしても・・・・・・何だい?」
「いえ、我が軍も色々と役職があるものだと思いまして」
「軍隊とはそういうものさ」
 今度は八条が素っ気無い声で答えた。
 

 

第六部第二章 害虫その二


 連合軍の役職はまずトップとして統合作戦本部長がある。制服組のトップだけではなく連合軍の最高司令官である大統領、そしてその代理を務めることもある首相や実質的な権限者である国防長官を補佐する。
 連合の特色としては文民統制であることである。各艦隊や軍管区、そして統合作戦本部にもかなりの権限が与えられてはいるが最終的な決断は彼等が下す。軍人はそれから動くのである。
 統合作戦本部長は当然ながら元帥が務める。連合における元帥はあくまで軍の階級の最高位のものであり特権等はない。エウロパの様に元帥府を開き幕僚達を集めることは出来ないのである。
 統合作戦本部次長も存在する。これは本部長を補佐し、非常時には本部長代理を務める。やはり階級は元帥である。
 そして参謀総長、宇宙艦隊司令長官が存在する。彼等は幕僚、実戦部隊の総指揮にあたる。彼等の階級も元帥である。
 他に元帥が就任する役職は各軍管区の総監である。全部で十の軍管区に分けられその下に三百の艦隊が存在する。彼等はその軍管区の艦隊及びその他の部隊を統括する。その他にその三百の艦隊をそれぞれ指揮する司令もいるがこれも元帥である。
 そして後方支持部長、教育総監、情報部長、技術部長等後方を司る役職にも置かれている。他の国ではそれ程重要視されていないこれ等の役職だが連合においては元帥が置かれる程重要視されている。これが連合軍の特色であった。
 最後に陸戦部隊、航空部隊の総監がいる。連合軍の最高幹部は三十人の元帥で構成されているのだ。
 軍の巨大さを考えるとそれ程多くはない。むしろかなり少ない。これは連合軍の特色であった。
 エウロパは連合軍より遙かに多い。これはエウロパの国家元首である総統の権限が大きく、各国の王室との関係、そして貴族達の存在から元帥が多くなるのだ。元帥府があるのも貴族制の故であるが流石に軍閥化を防ぐ為文民統制、移動はある。
 連合とエウロパはその国家システムの違いから軍の編成までまるで異なっていた。これは彼等が互いを蔑視する原因の一つともなっていた。こんなところまで彼等は互いを批判する材料になっていた。
 連合はエウロパを貴族主義の弊害の集大成だと言う。それに対してエウロパは連合こそ大統領や国防長官ばかりが権限を握る硬直化した軍だと言う。両方共そういった見方ができるのも事実であるし否定することもできない。それもまた事実であった。
「結局我々は単にエウロパを批判したいだけなのだ」
 軍の幹部の一人がこう言ったこともある。
「我々にだって問題はある。それは否定できない」
 彼は続けてこうも言った。
「しかしな」
 だがここで何故か不敵に笑った。そしてこう言った。
「エウロパを批判することは止められないな。我々にとって彼等は批判する材料なのだから。常に存在する反面教師だ」
 それが結論であった。連合とエウロパは互いを批判しながらも学び合い、そこから何もかもを作っているのだ。彼等はまさしく双子であった。そういう意味からは。
「我々と彼等は案外似ているのかもな」
 八条もそう考える時がある。彼は連合においては非常に珍しい貴族的な雰囲気を持つ人物とされていた。連合においては多くの王国、そして所謂帝国が存在するが貴族的な感じを残しているのは日本位である。
 ロシアもそうした雰囲気を残せたのだが二十世紀の共産革命で妙な方向に流れた。今ロシアは力自慢の国とみなされている。ロシアのそうした一面が異様にクローズアップされる状況となってそのまま定着してしまった。アメリカや中国にはその様なものはない。他の国にでもある。元々欧州から独立した国や苦しめられた国が殆どである。彼等にとって貴族とはそうした意味でも忌まわしいものであった。
 だが日本は違う。欧州の勢力の支配下にあったことはない。そして皇室の存在があり、独特の文化があった。その為貴族的な文化も僅かながら継承されたのである。
 二十世紀後半から二十一世紀初頭には絶滅寸前であったがそれが見直されたのだ。それが今の日本の文化風俗に影響したのだ。
 それが日本をして連合内でも一種独特な雰囲気を持つ国にしていた。その為時には『連合の中のエウロパ』と呼ばれたり『連合の異端児』と揶揄されることもあった。当然爵位などというものは存在しないがそうした雰囲気だけでも連合においては異様なものなのである。
 その象徴が皇室である。だがあまりにも一言で語るには複雑なのでこれについて言及する者はあまりいない。八条は今では日本のそうした一面の代表者の様に言われていた。
「そんな貴族的かな」
 八条はそうしたことを聞くと時々そう思ってしまう。
「私はそうは思っていないのだけれど」
 だが他の者、特に異性からはそう認識されているのだ。これも難しい問題であった。
 しかしそれが彼の評判に影響しているかというとそうではなかった。連合内でもエウロパの貴族的なものを真似てみたりそのゆるやかな生活に何処か憧れを持つ者もいた。その底ではやはり連合市民であっても。人は時としてそうした異質なものに憧れるものなのである。
 そう、異質であった。日本も八条もそうした意味で何処か異質であった。だが連合においては異質な存在は実に多い。個性を重要視するこの勢力においてはそうでないと目立つことはできないし自己主張もままならないのだ。その視点から考えると八条の貴族的な外見は有利であり、日本の異質さもいいことであった。話はそうそう単純なものではないのである。
「さて」
 彼は考えを止め席を立った。時間が来たのだ。
「行って来るよ。連絡があったらよろしく」
「わかりました」
 木口は答えた。そして彼は会議室に向かった。
「ようこそ」
 会議室に入ると既に他の者は皆来ていた。統合作戦本部長並びに今回の作戦に関係のある軍の最高幹部達である。
「長官、お待ちしておりました」
 青い目に蜂蜜色の髪をした中背ながらがっしりとした筋肉質の男が彼に声をかけた。連合軍統合作戦本部長であるスブタイ=バール元帥である。モンゴル出身である。
 本来遊牧民であるモンゴル人は姓だけで名はなかった。だが宇宙に進出し、他の国々の文化を知るにあたって姓を持つべきであるという考えが定着した。そしてモンゴル人達も姓を持ったのである。
 スブタイが名でバールが姓である。アジア系だが名前の付け方は西洋風となった。これはロシアの影響もあった。
 彼はモンゴルにおいて海賊との戦いで功をあげた実戦派である。連合軍設立にあたって八条が彼を統合作戦本部長に任命したのだ。アメリカや中国、そしてロシアとの意見調整が大変であったが彼はあくまで自分の考えを押し通した。ここで退いてはこれからのことにも影響があるのは明白であったからだ。
 彼はあくまで能力や適正を考えて人事を行った。そうでなくては本当に意味で強い軍隊になれず、今後も何かと各国の介入を受けるからだ。
 そして彼の人選は正解であった。バールは統合作戦本部長として実に有能であった。
 鷹揚で人に驕らず、決断力も状況判断力も戦略眼も備えていた。彼にとって優秀な補佐役でもあった。
 そして参謀総長。これは劉が就いた。宇宙艦隊司令長官はマクレーンであった。これも適正を考慮してのことである。彼等も連合軍元帥に昇進していた。
 彼等もこの席にいた。そして統合作戦本部次長、後方支持部長も出席していた。
 後方支持部長はコアトルが就任していた。彼は補給関係の専門家でもあるからだ。
 そして次長であるが黒い日に焼けた肌に小柄な身体の男である。彼の名はスワラム=マナドという。インドネシア出身である。彼もまた八条が選んだ。
 そして最後に情報部長であるスティーブン=ディカプリオである。この会議の出席者の中では八条を除けば最も若い。まだ三十代後半である。
 

 

第六部第二章 害虫その三


 連合軍の役職はまずトップとして統合作戦本部長がある。制服組のトップだけではなく連合軍の最高司令官である大統領、そしてその代理を務めることもある首相や実質的な権限者である国防長官を補佐する。
 連合の特色としては文民統制であることである。各艦隊や軍管区、そして統合作戦本部にもかなりの権限が与えられてはいるが最終的な決断は彼等が下す。軍人はそれから動くのである。
 統合作戦本部長は当然ながら元帥が務める。連合における元帥はあくまで軍の階級の最高位のものであり特権等はない。エウロパの様に元帥府を開き幕僚達を集めることは出来ないのである。
 統合作戦本部次長も存在する。これは本部長を補佐し、非常時には本部長代理を務める。やはり階級は元帥である。
 そして参謀総長、宇宙艦隊司令長官が存在する。彼等は幕僚、実戦部隊の総指揮にあたる。彼等の階級も元帥である。
 他に元帥が就任する役職は各軍管区の総監である。全部で十の軍管区に分けられその下に三百の艦隊が存在する。彼等はその軍管区の艦隊及びその他の部隊を統括する。その他にその三百の艦隊をそれぞれ指揮する司令もいるがこれも元帥である。
 そして後方支持部長、教育総監、情報部長、技術部長等後方を司る役職にも置かれている。他の国ではそれ程重要視されていないこれ等の役職だが連合においては元帥が置かれる程重要視されている。これが連合軍の特色であった。
 最後に陸戦部隊、航空部隊の総監がいる。連合軍の最高幹部は三十人の元帥で構成されているのだ。
 軍の巨大さを考えるとそれ程多くはない。むしろかなり少ない。これは連合軍の特色であった。
 エウロパは連合軍より遙かに多い。これはエウロパの国家元首である総統の権限が大きく、各国の王室との関係、そして貴族達の存在から元帥が多くなるのだ。元帥府があるのも貴族制の故であるが流石に軍閥化を防ぐ為文民統制、移動はある。
 連合とエウロパはその国家システムの違いから軍の編成までまるで異なっていた。これは彼等が互いを蔑視する原因の一つともなっていた。こんなところまで彼等は互いを批判する材料になっていた。
 連合はエウロパを貴族主義の弊害の集大成だと言う。それに対してエウロパは連合こそ大統領や国防長官ばかりが権限を握る硬直化した軍だと言う。両方共そういった見方ができるのも事実であるし否定することもできない。それもまた事実であった。
「結局我々は単にエウロパを批判したいだけなのだ」
 軍の幹部の一人がこう言ったこともある。
「我々にだって問題はある。それは否定できない」
 彼は続けてこうも言った。
「しかしな」
 だがここで何故か不敵に笑った。そしてこう言った。
「エウロパを批判することは止められないな。我々にとって彼等は批判する材料なのだから。常に存在する反面教師だ」
 それが結論であった。連合とエウロパは互いを批判しながらも学び合い、そこから何もかもを作っているのだ。彼等はまさしく双子であった。そういう意味からは。
「我々と彼等は案外似ているのかもな」
 八条もそう考える時がある。彼は連合においては非常に珍しい貴族的な雰囲気を持つ人物とされていた。連合においては多くの王国、そして所謂帝国が存在するが貴族的な感じを残しているのは日本位である。
 ロシアもそうした雰囲気を残せたのだが二十世紀の共産革命で妙な方向に流れた。今ロシアは力自慢の国とみなされている。ロシアのそうした一面が異様にクローズアップされる状況となってそのまま定着してしまった。アメリカや中国にはその様なものはない。他の国にでもある。元々欧州から独立した国や苦しめられた国が殆どである。彼等にとって貴族とはそうした意味でも忌まわしいものであった。
 だが日本は違う。欧州の勢力の支配下にあったことはない。そして皇室の存在があり、独特の文化があった。その為貴族的な文化も僅かながら継承されたのである。
 二十世紀後半から二十一世紀初頭には絶滅寸前であったがそれが見直されたのだ。それが今の日本の文化風俗に影響したのだ。
 それが日本をして連合内でも一種独特な雰囲気を持つ国にしていた。その為時には『連合の中のエウロパ』と呼ばれたり『連合の異端児』と揶揄されることもあった。当然爵位などというものは存在しないがそうした雰囲気だけでも連合においては異様なものなのである。
 その象徴が皇室である。だがあまりにも一言で語るには複雑なのでこれについて言及する者はあまりいない。八条は今では日本のそうした一面の代表者の様に言われていた。
「そんな貴族的かな」
 八条はそうしたことを聞くと時々そう思ってしまう。
「私はそうは思っていないのだけれど」
 だが他の者、特に異性からはそう認識されているのだ。これも難しい問題であった。
 しかしそれが彼の評判に影響しているかというとそうではなかった。連合内でもエウロパの貴族的なものを真似てみたりそのゆるやかな生活に何処か憧れを持つ者もいた。その底ではやはり連合市民であっても。人は時としてそうした異質なものに憧れるものなのである。
 そう、異質であった。日本も八条もそうした意味で何処か異質であった。だが連合においては異質な存在は実に多い。個性を重要視するこの勢力においてはそうでないと目立つことはできないし自己主張もままならないのだ。その視点から考えると八条の貴族的な外見は有利であり、日本の異質さもいいことであった。話はそうそう単純なものではないのである。
「さて」
 彼は考えを止め席を立った。時間が来たのだ。
「行って来るよ。連絡があったらよろしく」
「わかりました」
 木口は答えた。そして彼は会議室に向かった。
「ようこそ」
 会議室に入ると既に他の者は皆来ていた。統合作戦本部長並びに今回の作戦に関係のある軍の最高幹部達である。
「長官、お待ちしておりました」
 青い目に蜂蜜色の髪をした中背ながらがっしりとした筋肉質の男が彼に声をかけた。連合軍統合作戦本部長であるスブタイ=バール元帥である。モンゴル出身である。
 本来遊牧民であるモンゴル人は姓だけで名はなかった。だが宇宙に進出し、他の国々の文化を知るにあたって姓を持つべきであるという考えが定着した。そしてモンゴル人達も姓を持ったのである。
 スブタイが名でバールが姓である。アジア系だが名前の付け方は西洋風となった。これはロシアの影響もあった。
 彼はモンゴルにおいて海賊との戦いで功をあげた実戦派である。連合軍設立にあたって八条が彼を統合作戦本部長に任命したのだ。アメリカや中国、そしてロシアとの意見調整が大変であったが彼はあくまで自分の考えを押し通した。ここで退いてはこれからのことにも影響があるのは明白であったからだ。
 彼はあくまで能力や適正を考えて人事を行った。そうでなくては本当に意味で強い軍隊になれず、今後も何かと各国の介入を受けるからだ。
 そして彼の人選は正解であった。バールは統合作戦本部長として実に有能であった。
 鷹揚で人に驕らず、決断力も状況判断力も戦略眼も備えていた。彼にとって優秀な補佐役でもあった。
 そして参謀総長。これは劉が就いた。宇宙艦隊司令長官はマクレーンであった。これも適正を考慮してのことである。彼等も連合軍元帥に昇進していた。
 彼等もこの席にいた。そして統合作戦本部次長、後方支持部長も出席していた。
 後方支持部長はコアトルが就任していた。彼は補給関係の専門家でもあるからだ。
 そして次長であるが黒い日に焼けた肌に小柄な身体の男である。彼の名はスワラム=マナドという。インドネシア出身である。彼もまた八条が選んだ。
 そして最後に情報部長であるスティーブン=ディカプリオである。この会議の出席者の中では八条を除けば最も若い。まだ三十代後半である。
 

 

第六部第二章 害虫その四


 彫刻を思わせる整った顔立ちをしている。鼻は高く、彫りが深い。口元もきりっとしており見事な金髪も豊かであった。だが彼の特徴はそれだけではなかった。
 彼の最大の特徴はその眼であった。左右で色が違うのだ。
 右目は青で左が緑であった。ごくごくまれにいるフェアリー=アイズであった。それが彼の美貌を更に引き出していた。
「右目は父の、左目は母のものです」
 彼はそれについて聞かれるといつもこう言う。彼の両親はカナダ人であり彼の国籍もそうである。
 確かに彼の父の目は青かった。そして母の目は緑であった。二人共コーカロイドに血が強く、彼の肌も白く、顔立ちもそれであった。だがやはりアジア系の雰囲気もあった。体毛が薄いのである。連合の者はエウロパの者と違い微妙に肌の色が濃かったり、体毛が薄かったりする。これも混血の影響であった。
 そのせいか連合においては毛深い男はあまり好まれない傾向にある。中にはそれがいいという人もいるがどちらかというと好まれない。それが不服な者もいるが。
 彼はその混血の成功といってもよかった。整った顔にその二つの眼は異性の心をとらえずにはいられなかった。彼もそれを拒まず色々と浮名も多い。
「カナダ人というのは大人しいイメージがあるが」
 軍の中では彼の派手な女性遍歴に戸惑っている者が多かった。
「あれではまるでエウロパのイタリア人じゃないか。よくもまああれだけ続くものだ」
「未婚の女性としか付き合っていないからいいじゃないですか」
 ディカプリオはしれっとしてこう反論する。ちなみに彼の父方のルーツはイタリアにあるという。この姓はそこから来ているのである。
「イタリア人か」
 八条も彼等の気質については知っていた。
「羨ましいな。ああした生き方も」
 女性には極めて奥手な彼はそう思う時もある。だがそうはなれないのが人間というものだ。急に変わることは極めて難しいのだ。
 だから今も独身であった。人気があるのに、だ。パーティーでも常に女優やモデルが側にやって来る。だがそんな花達にも何もしない。ディカプリオとは正反対であった。
「情報部長には情報部長の付き合い方があるな。私には私の」
 そしてこう結論付ける。結局話はそれで終わってしまうのだ。
 彼は席に就いた。そして一同を見回した。
「さて皆さん」
 その場に集まった連合軍の最高幹部達の目が彼に集中する。彼はそれを感じながら言葉を続けた。
「今回集まって頂いたのは他でもありません。解放軍と自称する海賊達についてです」
「はい」
 元帥達は一様に頷いた。
「先の閣僚会議で彼等に対する対処が決定しました」
 彼はあえてゆっくりとした声で言う。
「それは」
 そしてその調子のまま言葉を発する。
「征伐です。彼等を除くことになりました」
「はい」
 皆驚くことなくそれに頷いた。それは既にわかっていたことであった。
「そしてそれについての戦略ですが」
 八条は話を続ける。
「百個艦隊を派遣することになりました。その際マウリアの全面的な協力も得られます」
「全面的にですか」
 後方支持部長であるコアトルが問うた。
「はい。領域内の航行の自由、作戦行動の許可、補給の援助、そして軍の派遣の約束を得ました」
「そうですか。それはまた」
「大きな協力ですな」
 マナドも声を発した。彼等の予想を越える協力であった。彼等はマウリア領内の航行の自由が得られれば御の字だと考えていたのだ。
「しかしこれで作戦の幅が大きくなりましたね」
「ええ。私もそう考えています」
 八条はマナマに答えた。
「カバリエ外相が頑張ってくれましたから」
「おお、あの方が」
 皆それを聞いて微笑を浮かべた。だが完全に喜んではいない。何処か苦笑があった。
「あの人ならやってくれるでしょう」
「女傑ですから」
 カバリエは豪腕としても知られているのだ。いいと思った考えはあくまで通そうとする。時として妥協すらしない。その巨体を生かして一直線に突き進むのだ。
「さぞかしマウリア側も困ったことでしょう」
「まあそれは置いておきまして」
 流石に食べ物から入ったとは言い出せなかった。彼もあれには驚いているのだ。
「しかしこれで彼等をマウリア側からも攻めることが可能になりました。これは大きいですな」
「ええ。今までは何かというとあちらに逃げられましたから」
 バールの言葉に劉が答えた。
「そしてマウリアが攻めるとこちら側に逃げる。実に巧妙でした」
 マクレーンも言った。苦虫を噛み潰した顔になっていた。
「ずるい連中です。だからこそ海賊なのでしょうが」
「しかし今回でそれも終わりですね」
 マクレーンの言葉が終わるとディカプリオが口を開いた。
「既に彼等の動向は掴んでおりますし」
「もうですか」
 八条だけでなく他の者も皆それに声をあげた。
「はい。これを御覧下さい」
 彼はす言いながら会議室の三次元モニターのスイッチを入れた。するとそこに解放軍の潜んでいる連合とマウリアの国境が映し出された。
「ここが彼等の本拠地です」
 彼はレーザーでアステロイド帯の中の大きな星を指し示した。
「そしてこの辺りが彼等の行動範囲です」
 そして次にその周りに拡がる円を指し示した。
「彼等はこの一帯で活動しております。連合とマウリアにまたがって」
 その円はかなり大きかった。中には星系も幾つか入っている程である。時としてこれ等の星系に出没することもあった。流石に防御が堅く星が狙われることはなかったがコロニーへの襲撃はあった。
「その規模は一千万、艦艇にして約十万です」
 それは連合内の海賊でも飛び抜けて多いものであった。
「そしてその地形もまた厄介なものであると言わざるを得ません」
 彼の説明は続く。確かに彼の言う通りであった。
 だからこそ今まで彼等の征伐を果せなかったのだ。複雑な地形に隠れてゲリラ戦を展開して来る。地の利は彼等にありとても相手にならなかったのだ。
 大軍を差し向けてもそれは同じであった。そして連合もマウリアも悪戯に損害を出していたのだ。
「彼等は比較的小規模の艦隊に分かれて行動します」
「多くても五十隻程度のな」
「はい。外に出れば大艦隊を組みますがこの中の戦いではそうしてゲリラ戦を展開します」
 彼はバールに答えた。
 

 

第六部第二章 害虫その五


「それがこの地形に合っているのです。大艦隊はこの中では容易に展開できません」
「例え百個艦隊でも」
「はい。恐れながら」
 八条にも臆することなく答えた。その端正な顔は彫刻の様に動かない。
「しかしそれ位の規模でないと彼等を討つこともできないのは事実であると考えます」
 ディカプリオはここで言った。
「彼等は強力です。その操艦技術は極めて高いものがあります。そして戦い方もこの地形に適したものです」
「少兵では相手になれず、多兵では戦えず、ですか。難しいですね」
 八条はそれを聞いて言った。
「ですがその小規模で行動する艦隊ですが」
「はい」
「我々もそれを採用するべきだと考えますが。今回は」
「我々もですか」
 元帥達はそれを聞いて声をあげた。
「はい。戦艦、空母を中心に置き巡洋艦、護衛艦、駆逐艦でチームを編成しまして。そして砲艦やミサイル艦はアステロイドの外に配置します」
 彼は言葉を続けた。
「そして主力部隊の後方にはパトロール艦を展開させます。そうすれば後方を脅かされることもありません」
「成程」
 彼等はそれを聞いて頷いた。
「そしてパトロールには高速戦艦等も使います。機動力を活かして早急に対応がとれるように」
「慎重ですな」
 彼等はそれを聞いて言った。
「その円の外から四方八方から徐々に進めていこうと考えています。こうすれば彼等を逃がすこともありません」
「そして追い詰めていくのですね」
「はい。かなり大規模な包囲作戦を考えています」
 八条はここではじめて包囲を口にした。
「この際問題となるのは後方の連絡及び補給です」
 そう言いながらコアトルへ目を見た。
「後方支持部長」
「はい」
 コアトルはそれに答えた。
「それについてお考えはありますか」
「はい」
 かれは即答した。
「本来ならば補給艦や輸送艦を使いたいところですがこれは今回は困難であります」
「地形のせいですか」
「はい。これが問題です」
 コアトルは眉間に皺を寄せた。
「何しろ我が軍の艦艇は大型です。とりわけ後方の艦艇は」
「揚陸艦もですね」
「ええ。敵の本拠地への降下の際も問題になるでしょうが」
「その前の補給でかなりの困難が予想されると」
「はい。おそらく小規模ならば航行も可能ですが」
「それだと敵に狙われる」
「そうです。何しろ地の利は彼等にありますから」
 コアトルの不安はそれであった。彼は補給の途絶を何よりも危惧していたのだ。そして問題はそれで終わりではなかった。
「他にも問題はありますね」
 今度はマクレーンが口を開いた。
「他にも」
 八条は彼に顔を向けた。
「そうです。この地形を利用して彼等が機雷を撒くことです。これはかなり厄介です」
「それは充分考えられますな。これは掃海艇を使うしかありませんが」
 劉も口を開いた。
「やはりそこを狙われると」
「はい」
 二人は八条に答えた。
「無駄に損害を出す怖れがあります。それだけはあってはなりません」
「そうです。今後の我が軍の在り方にも大きく関わってきますし」
 マクレーンと劉はとあることに指摘した。これは円業軍が抱える宿唖とも言うべき問題であった。
 それは戦死者の増加により志願者の減少である。連合軍はその為に兵器の防御や生存能力を十二分に考慮しているのである。戦死者が多い軍隊に志願する者なぞいないからだ。
 これは彼等にとって最も恐ろしいことであった。下手をすると軍そのものの存在にも関わるものであった。
「包囲をしたところで彼等の運命はもう決まったものです。後は日干しになるのを待てばよいかと」
「私も参謀総長の御意見に賛同します」
 劉とマクレーンは言った。コアトルもそれに同意した。
「私もです。囲んでおけばいずれ彼等は自滅するでしょう。これも戦略かと」
「そうですね。それも確かに」
 所謂兵糧攻めである。その有効性がわからぬ八条ではなかった。
 彼はそれに傾いた。そして頷こうとしたその時であった。
「ただこれを何かという外野が出てきそうですね」
 ふとマナドが思い出したように言った。
「例えば市民団体とか」
「それもありますが今一番厄介なのが一人いますな」
 バールがそう言いながら顔を顰めさせた。
「残念なことに長官の御国の者ですが」
「ああ、彼ですね」
 八条おその整った顔を顰めさせた。
「あの男は何かと黒い噂が絶えませんが」
「しかし尻尾は出さない。中々」
 当然山口のことである。彼は今回の作戦についてことあるごとに反対の立場をとっていたのだ。
「しかし妙なのです」
 ここでバールがまた言った。
「何故彼はあそこまで今回の作戦に反対するのですか?確か金融業である筈なのに」
「裏で繋がっているという噂があります」
 ディカプリオがそれに答えた。
「軍の調査外ですので何もわかりませんがそういう噂は私も聞いております」
「ふむ」
 八条はそれを聞いて考え込んだ。口に左手をあてている。
 

 

第六部第二章 害虫その六


「だとするとまずは彼を何とかしないといけませんね。彼が解放軍と結託しているとなると問題は複雑になります」
「しかし証拠がない」
 ディカプリオ以外の元帥達は口惜しそうに言った。
「ですから何も出来ません」
「今のところは」
 八条はそれに対して言った。
「ですが今後はわかりません」
「といいますと」
「国務省に協力を仰ぎますか」
「国務省ですか」
「はい。彼等ならこうしたことは得意でしょうし」
 中央政府内務省のことである。連合内の自治や領域を調整するのがその業務である。連合は各国の自治権が強いがそれでもその調整をする機関として必要なのである。そうした連合の内政を司る機関としては他に厚生省、商務省等が存在する。
 連合中央政府は大統領の下に首相が存在し、そして各省がある。八条が長官を務めるこの国防省の他にカバリエがその巨体でもって統括する外務省、髭のないお洒落なトラブゾンのいる財務省、その他に法務省、厚生省、商務省、内務省、教育省、科学省、環境省、農業省、エネルギー省、労働省、交通省、開拓省、そして大統領府と首相府がある。二府十五省である。連合独特の省として開拓省がある。これは各国の開拓の調整やその星系の事前調査等を担当する。連合にとって極めて重要な省庁である。
 連合は各国の権限が大きく、個人主義的傾向が強い為各省庁の権限は小さい。自由主義に基づき、基本として監督するだけである。流石に国防省は少し違うが。
「あの内相ですか」
 八条は顔を曇らせた。
「骨が折れますね」
「ご愁傷様と言いたいところですが」
 マナドは少し苦笑しながら声をかけた。
「これも長官のお仕事です。頑張って下さい」
「はい」
 八条はそれには力なく答えた。
「これも仕事ですから」
「そういうことです」
 元帥達は口々に言った。八条はそれを溜息を心の中で出しながら聞いていた。
「それはいいですが」
 彼は話を元に戻すことにした。
「とりあえず作戦は長期戦でいくということで宜しいでしょうか」
「はい」
 今度は全員が頷いた。
「それが一番宜しいかと」
「損害も少なくて済みますし」
「決定ですね」
 彼はそれを見て再び頷いた。
「では解放軍掃討作戦は包囲し、彼等の疲弊を待つこととします。そしてその疲弊と合わせて少しずつ包囲の輪を狭めていくこととします。異存はありますか?」
「いえ」
 誰も反対しなかった。戦略として間違いはなかった。
「では事前の準備が全て整い次第兵を動かします。そして彼等を一人残らず捕らえます」
「ハッ」
 元帥達は頷いた。作戦了承の頷きであった。
「作戦の総司令官はマクレーン宇宙艦隊司令長官とします。よろしいですか?」
「はい」
 マクレーンはそれを受けた。
「そして副責任者として劉参謀総長。二人には前線で指揮を執ってもらいます」
「わかりました」
 こうした作戦において宇宙艦隊司令長官及び参謀総長が前線の指揮を執るのは当然であった。彼等は実戦部隊の最高責任者でもあるからだ。
「それではこの会議を終わります。皆さん今回はお疲れ様でした」
「ハッ」
 元帥達は一斉に席を立ち八条に対して敬礼した。これで会議は終わった。

 八条は会議室を出た後自室に戻った。既に木口がそこにいた。
「お疲れ様でした」
 彼は頭を垂れて彼を出迎えた。
「作戦の方針は決まりましたか」
「うん。そちらはね。ただ」
「ただ?」
「内務省と少し話をしなくてはならなくなった。はっきり言って憂鬱だよ」
「憂鬱ですか」
「それ以外に言う言葉がないね」
 彼はあからさまに顔色を暗くさせていた。どうやらかなり嫌なようである。
「どうも私は彼女には好かれていなくてね」
「あの人はいつもそうですよ」
「いつもかな」
「ええ。誰に対しても」
「それも凄いな」
 彼はそれを聞いて溜息混じりに言った。
「私だけじゃなかったのか」
「長官に対しては特に厳しいようですね」
「それがわからないんだ」
 八条は表情を変えた。顰めさせた。
「私は国防省に入るまで彼女とは面識がなかった。はじめて会ったのも私が国防長官となって最初の閣僚会議からだったというのに」
「確かその会議でいきなり言われたのですね」
「うん。何故だか今でもわからない」
「今でもですか」
「当然だよ。会議で口を開いたらいきなり私の態度を批判しだしたんだよ」
「長官のですか?」
 八条は育ちがいいせいか動作に気品が漂っていることで知られている。礼儀作法等で褒められたことはあっても批判されたことはない。
「何でも女性より先に席に座るのは何事かと。同時に座るのがああした会議でのマナーだろう」
 まず大統領が座りそれから閣僚達が一斉に座る。それがマナーであった。
「それで文句をつけてきたのですか」
「うん。それからもことあるごとに。それは知っているだろう?」
「ええ」
「たまらないな。何故私に対しては特にああなのか。全くわからない」
「国の関係ではないでしょうか」
「国の。ああ、確かにね」
 八条はそれを聞いて大いに頷いた。
「一千年以上前から変わらないな、我々の関係は」
「全くです。普通は政権が変わったら変わるものですが」
「それが彼等なのかもな。ライバル視されてもこちらは困るのだが」
「向こうはそうは思ってはおりませんよ」
「やれやれ」
 八条はまた溜息をついた。ふう、と息を出す。
「そう言われても困るな。我々は彼等とは特に利害関係もない。第一同じ連合の一員だというのにいがみ合ってどうするのだ」
「ですから彼等にとってはそういう問題ではないのでしょう」
「貿易赤字や力関係なぞは言っても仕方ないぞ」
「彼等にそれを言っても仕方ないです」
「歴史のこともカタがついている筈だが」
「それはもう宗教のようなものですから」
「余計にわからなくなってきたな。彼等が何故我々をああまで嫌悪するか。おかげで閣僚会議の度に困っているのだが」
「傍目にはカップルの痴話喧嘩に見えるようですよ。長官も彼女も独身ですし」
「悪い冗談だね」
 彼の顔がいよいよ暗くなった。
「向こうもそれを聞いたら本気で怒るだろう。誰がそんなことを言っているんだい?」
「日本スポーツ新聞です」
「あの新聞は一面で堂々と嘘を書く新聞だよ」
 八条は少し笑みを戻した。苦笑ではあったが。
「何かというと宇宙人だの未知の知的生命体だのタレントの有り得ないスキャンダルだの。膨大な資料を綿密なチェックと考証により笑い話を書いているところじゃないか。読むとかなり面白いけれどあの新聞はあくまでその嘘を楽しむ為のものだよ。これは君も知っているだろう」
「長官はあの新聞の最も恐ろしいことをご存知ないようで」
 木口はニヤリ、と笑った。場違いな程自信に満ちた笑いであった。
 

 

第六部第二章 害虫その七


「それは一体?」
 八条も気になった。そして彼に問うた。
「たまに当たるのです。それもとんでもない内容で」
「馬鹿馬鹿しい。あの新聞は日付まで次の日のものだから全部作り話なんだよ」
「それがそうも言えないようでして」
「それが私と彼女の話だって!?冗談じゃないよ」
 彼はいささかムキになっていた。
「閣議でも話す時以外はそっぽを向いているし会っても無視してくれる。挨拶にも返さない。それでよくそんなことが言えるものだね」
「話としては面白いからでは」
「話としてはね。可能性はないけれど」
 彼は渋い顔で言った。
「よりによって私と彼女が。何故そうなったのか不思議だ」
「ゴシップですから」
「そう言ってしまうと楽だね」
「まあ。面白おかしく書くものですから」
「やれやれだ」
 彼は溜息をついた。
「私にとっては迷惑以外の何者でもないな」
「しかしそうもばかりは言っていられないのでしょう?」
「そうだった」
 彼はさらに顔色を悪くさせた。
「内務省に要望があるのだった。すぐに先方に電話をかけてくれないか」
「わかりました」
 木口は頷き電話を手にした。そしてすぐに電話をかけた。
「あ、内務省でしょうか」
 彼は話を続けた。そして暫くして頷き挨拶をして電話を切った。
「わかりました。では後程」
「どう言っているんだい?」
 八条はすぐに彼に尋ねた。
「今すぐお会いできるとのことです」
「内務大臣直々に、か」
「はい。そう言っておられました」
「やれやれ。あの人と卵豆腐は勘弁してもらいたいな」
 彼は卵豆腐が食べられなかったのだ。昔から好きではない。
「卵豆腐は食べなくてもいいがあの人とは会わなくてはいけませんよ」
「わかっているよ」
 木口に対して苦い顔で答えた。
「だから嫌なんだよ」
「それにしてもいつも思うのですが」
「何だい?」
「長官がそこまで嫌がられるのも珍しいですね」
「向こうも私を嫌っているからね」
「はあ」
 木口は八条の顔を見て応えた。
「それにしてもあの人のあれは異常ですね」
 八条は少なくとも女性からは嫌われるタイプではない。それでここまで嫌われるというのも木口にとっては実に不思議なことであったのだ。
「人には好みというものがあるけれど」
「でしたら運がなかったというだけですね。たまたま相性が悪い人が側にいたということで」
「そう思うことにするよ」
「それが宜しいかと」
 こうしたやりとりの後八条は国防省を後にした。そして車で内務省に向かった。
 内務省は国防省から少し離れている。その距離が彼をかえって彼を憂鬱にさせた。
「何か会うまでの時間がかかるというのも嫌なものだ」
 運転手に気付かれないような小声で言った。
「仕事とはいえ気が進まない」
「?長官、何か仰いましたか」
 隣にいた秘書が声をかける。彼の秘書は一人ではないのだ。
 今横にいるのは由良美一という。大柄で筋骨隆々の身体をしている。だが顔は眼鏡をかけ知的な印象を与えている。
「あ、何も」
 八条はそれに対して打ち消しの言葉を述べた。彼は木口とは違い秘書になってから日が浅い。ここは慎重に対応した。
「そうですか」
 彼はそれを受け安心したように微笑んだ。大柄だが怖い印象はない。むしろ優しい印象である。
 そして内務省に着いた。彼は車から降りると由良を伴ってその中に入っていった。
 入口で向こうの者の出迎えに遭う。そしてそれに案内され中を進む。エレベーターに乗り上へ昇る。辿り着いた階の奥にその部屋はあった。
「こちらです」
 そこが内務長官の部屋であった。八条はそこまで来ると息を飲んだ。
「では私共はこれで」
 案内してくれた役人は後ろにさがる。由良もである。
「はい。御案内有り難うございます」
 彼は礼を言うと扉の前に来た。そしてその扉をゆっくりと開けた。内務省では扉は怪我等の事情がない限り自分で開けるものと決まっている。これも長官が決めたことであった。
(地獄への扉だな)
 彼はその扉を開けながら思った。そして中に入った。
「入ります」
 部屋に入る時そう言った。
「はい」
 そこはあまり広くないオフィスルームであった。こじんまりとして内装はあくまで機能的なものであった。冷暖房やコンピューターの他に目立つものはない。机も極めて質素なものであった。とても三兆の人口を擁する勢力の中央政府の閣僚とは思えないものであった。
 そこに一人の女性が座っていた。黒い髪を後ろで束ね背中の中央まで垂らしている。黒い瞳は大きくまるで琥珀の様である。それは銀縁の眼鏡により知的な印象を与えていた。その顔は面長で白く二重の瞳とあって実に美しかった。知的な印象がその顔からも伺えた。だが何処か余裕がなく刺々しい印象も与えていた。
 薄い紫にさらに白を混ぜた様な大人しい色のスーツを着ている。それは堅苦しく、一目で動きにくいとわかる。だがその堅苦しいスーツも彼女にはよく似合っていた。
 だがやはりきつい印象は否定できなかった。身体全体から刺々しい印象を与えているのである。
 彼女の名は金桃姫。韓国出身である。祖国では女性達の希望の星だという。
 韓国で最も権威があるという国立大学の政治学部を主席で卒業している。そして韓国内務省に入り忽ち頭角を表わす。特に風紀に厳しく彼女の手で首を切られた汚職役人やセクハラをした者は男女問わず実に多かった。
 風紀だけでなく政策にも長けていた。次々と政策を立案し、それを内相に上奏する。受け入れられない場合はあくまで説き伏せる。その粘り強さと気迫に内相も認めざるを得なかったという。事務処理能力も卓越しており他の追随を許さなかった。韓国においては百年に一度の逸材とまで謳われた。内務省に入って二年で事務次官になり、そして翌年には内相に抜擢された。韓国では大統領が自分の政権の閣僚を自由に任命できる。スポイルズ=システムが最も顕著な国だからこそ出来ることであった。
 そしてそこでも辣腕を振るった。緩んでいた韓国の内政を完全に復活させ首相にも匹敵する力を見せた。このままいけば韓国の長い歴史でも最年少の大統領になるのは確実と思われた。
 だが内相就任後一年程で彼女はキロモトにスカウトされたのだ。この時前任者が急な病で政界を退いたのだ。困った彼が金に白羽の矢を立てたのだ。だが韓国政府もそれだけの逸材をむざむざ手放すわけにはいかない。結果として韓国政府と中央政府の間で激しいやりとりがあったが結局キロモトが韓国政府を説き伏せた。そして彼女は連合中央政府内相に就任した。八条とほぼ同時期であった。実は年齢も近い。彼女の方が一つ上であるが。
 中央政府内相に就任してもその仕事は変わらなかった。的確な分析と判断により政策を立案、決定し実行に移す。風紀にはことの他厳しく汚職やセクハラには極めて厳しい。これは連合においては実に珍しいことであった。
 連合はセクハラには厳しい。この時代のセクハラは異性に対してのものだけでなく同性間のものも含まれる。女性が男性に対して行うものも当然入る。
 だが汚職等にはエウロパと比べると比較的ルーズだ。当然罰則はあるがある程度までは容認される風潮があった。これは別に政治家や企業家だけでなく個人同士の付き合いでも見られることであった。贈り物等そうしたお目こぼし的なものが多かった。そうしたことには連合は寛容なのである。それが個人の能力と関係あるか、というとそうではない。もらえるものなら受け取るのは本人の自由だ。あくまで贈り物や謝礼なら良いだろうと殆どの者が考えている。政治や経営、業務に差し支えなければいいのだ。流石に極端な腐敗は批判されるが程度というものがある連合においてはその程度を見極めることも重要なのだ。これをエウロパは腐敗と批判するがここでも連合は反論する。
「エウロパではそうしたことがないのか」
 と。当然ある。それで逮捕される話も多い。エウロパの自慢は『綺麗な政治』だが元々特権を認められている貴族達が多いのでこれは説得力がなかった。連合においてはそうした特権階級は一切存在しないからだ。
 こうした風潮があり連合ではそうした話にはあまり過敏ではないのだ。八条はそうしたことはないがこれは彼の家が裕福であり、そうしたことをする必要がないからである。
 だが金は違った。彼女はあくまで潔癖さを追及していたのだ。
 その為内務省はいつもピリピリとしていた。部下虐めなぞはしないが極めて厳格であった。彼女はどの様な役職の者にも等しく接していた。厳格に、ではあるが。
 八条に対しても厳しかった。それが為に彼等は中央政府内でことあるごとに対立しているのだ。最も金が一方的に攻撃を加えているのであるが。
「ようこそ、長官」
 金は立ち上がって彼を出迎えた。
「わざわざ来ていただき感謝しております」
 高く、澄んでいるがやはり硬い声であった。何処か機械的な響きすらある。
「いえ、こちらも重要な用件でお伺いしたので」
 八条は言葉を返した。そして立ったまま話を続けた。
「実はこの度マウリアとの境に勢力を持つ解放軍を討伐することになったのですが」
「その様ですね。それは聞いております」
「そのことで内務省にお願いしたいことがありまして」
「こちらに」
 金の細く整った形の眉がピクリ、と動いた。
(まずいか)
 八条は危険を感じた。だがそれは杞憂であった。
「内務省の管轄のお話のようですね。先程のお電話ですと」
「はい、そうなります」
 彼は言った。
「どうやら彼等と繋がっている闇商人がいるらしくて」
「闇商人」
「はい。既にこれは商務省にも話をしています」
「早いですね」
「ええ、まあ」
「そしてあちらからは何と言っていますか」
「既に関係があると思われる組織のリストアップに入っているようです。ただそれに内務省の協力が必要だと」
「というと連邦警察ですか」
「はい。今日はそれをお願いに来たのです」
 八条はあらためて言った。
「解放軍と結託しているであろう組織の調査をお願いしたいのです」
「そうしたルートからも彼等を攻めるわけですね」
 金も戦略を知らないわけではなかった。
「ええ」
 八条はそれを認めた。
「彼等の存在を考えるとそれも一つの戦略かと思いますが」
「確かに」
 金はそれに頷いた。
「では協力して頂けますね」
「はい」
 彼女はそれを了承した。
「解放軍と関係のある組織の調査を連邦警察に命ずることにします」
「それは有り難い」
 本音からの言葉だった。思ったより遙かに順調に進み安心していた。何か言われるかと内心ヒヤヒヤしていたのだ。
「では早速お願いします」
「ただし条件があります」
 ここで金の声が急に険しいものとなった。
(来たか!?)
 八条は心の中で呟いた。
「何でしょうか」
「シビリアン=コントロールの原則をお忘れなく。彼等のこの作戦における指揮は貴方に委任致しますがそれだけは忘れないで下さい」
「わかりました」
 軍に対して釘を刺してきた。だがこれは予想されていたことなので驚きはなかった。
 ただこれで終わるとは思えなかった。
(どうでる)
 次の言葉を待った。だが彼女の言葉はそれで終わりであった。
「御用件はそれだけでしょうか」
「!?」
 流石に声には出さなかったがこれにはいささか驚いた。
「他にはありませんね」
「え、ええ」
 これには頷くしかなかった。
「では私からのお話はこれで終わりです。長官からはありませんか」
「私もこれで」
 それだけで話は終わりであった。後は商務省等との調整だがそれはまた別であった。
「ではお話は終わりですね。御苦労様でした」
「は、はい」
 八条は頷いた。そして半ば追い出される様な感じで内務省を後にした。
「意外と呆気なく終わりましたね」
 車内で由良が彼に対して言葉をかけてきた。
「ああ、意外とね」
 八条自身が最も驚いていた。
「まさかあの金内相が殆ど何も言わないとは」
「何かあったのでしょうか」
「そうだな。もしかすると既に何か掴んでいるのかも知れない」
「何かとは?」
 由良はそれについて問うた。
「解放軍と関係のある組織をだよ。既にある程度察しているのかも知れない」
「だとしたら流石ですね」
「うん。だとしたらだけれどね。今はあくまで仮定の段階だ」
「はい」
 由良はそれに頷いた。
「だとするとどういった組織が関係があるかだ」
「また自称市民団体では」
「いや、彼等ではないだろう」
 八条はその考えを否定した。
「もっと力のある存在だろうね」
「では何でしょうか。普通の闇商人でもないですね」
「うん。おそらく連合でも特に黒い者達だな」
「それは一体」
「そうだな。例えば」
 ここで彼の脳裏にある男の姿が浮かんだ。
「・・・・・・有り得るな、大いに」
 彼は一人呟いた。
「何かおわかりなのですか!?」
 由良はその独り言に気を向けた。
「うん、まだ断定はできないが可能性は高い」
 八条はそれに対して答えた。
「帰ったらすぐに連邦警察のスタッフを招き会議を開こう。いいね」
「はい」
 由良は頷いた。そして次の会議が早速開かれることとなった。 

 

第六部第二章 害虫その八


連合において次の作戦行動が進められている頃サハラ南方ではアッディーンが兵を進めていた。
 まずは隣接しているアイユーブ王国に向けて兵を進めた。これを見たアイユーブは忽ち恐慌状態に陥った。
 彼等にオムダーマンに対抗できる力はなかった。オムダーマンが三十個艦隊を派遣してきているのに対してアイユーブは二個艦隊しかない。戦力差は歴然としていた。
 戦っても勝ち目はなかった。ましてや相手はアッディーンである。完膚なきにまで叩き潰されるのは誰が見ても明らかであった。
 彼等はどうすべきかわからなかった。降伏しても命の保障はない。やはり戦うべきなのか。議会も紛糾したが結論は出ない。そこにオムダーマン外交部から使者がやって来た。
「オムダーマンから?」
 アイユーブの議員、閣僚達はそれに顔を向けた。そしてすぐにその使者を招き入れた。
 使者はアッバースであった。彼はオムダーマン側の提案を持って来たのだ。
 それはアイユーブへの無条件降伏であった。そして王族及び全市民の身の安全を保障するものであった。当然財産も安全が保障されていた。つまりオムダーマンに組み込むということであった。
 アイユーブにとってはどのみち勝ち目はない。それに身の安全が保障されるのならばそれでよかった。一部徹底抗戦を主張する者もいたがそれはごく僅かであった。
 そしてアイユーブはオムダーマンの軍門に降った。すぐにオムダーマン領に編入され王族は一市民となった。だがその財産は保障されアイユーブ市民もオムダーマン市民として公平に迎え入れられた。
 アッディーンは何なくその旧アイユーブ領に兵を進めた。そしてそこを足掛かりとし次の作戦行動に備えた。
「次はどこに兵を進めるかだ」
 だがここでアイユーブ周辺の国々で動きがあった。
 何と数ヶ国がオムダーマンへの帰順を願い出てきたのである。条件としてその安全の保障とオムダーマンの市民権であった。
「またえらく急な動きだな」
 アッディーンはこれには戸惑った。
「いえ、予想された展開ですよ」
 傍らにいたアッバースはにこやかに笑って彼に言った。
「長官」
 アッディーンはそれを受け彼に顔を向けた。
「それは一体どういうことですか」
「はい、アイユーブはこの辺りでは大国でした」
「はい」
 それはアッディーンも把握していた。そしてこの国は言うならば南方への入口であった。侵攻するならばここから攻めるものと当初から決まっている程であった。
「その国を一兵も失うことなく降したとしたらどうなりますか。しかもその際身の安全、今後の権利を完全に保障する」
「他の国々もそれに惹かれますね」
「そういうことです。ですから私は今回の長官のアイユーブ侵攻に賛成したのです」
「そうだったのですか」
 実は作戦前の会議において最初の侵攻対象及び外交交渉の対象としていささか議論があった。外交部の一部がアイユーブの周辺国から外交を展開すべきであると考えていたのだ。
 だがそれに対してあくまでアイユーブからの交渉を主張したのがアッバースであった。丁度アッディーンもアイユーブからの侵攻を考えていただけにこれは両者にとって都合のいいことであった。
「これでまず第一段階は終了ですね」
「はい。橋頭堡を築くことができました。次の段階です」
 アッディーンはそう言いながら机の上に地図を拡げた。それはサハラ南方の地図であった。
「我々はまだ南方の入口に来たに過ぎませんから」
 見ればアイユーブは南方の入口である。そして今回帰参した国々もその入口にあるに過ぎない。
「次の侵攻予定地はここですね」
 アッディーンが指差したのは今彼等が手中に収めた範囲の南にある場所であった。
「ムワッハド連合ですか」
「はい」
 彼は答えた。丁度ここから各地に進める交通の要地であった。
「ここを勢力圏に収めるのが次の作戦です」
「はい。それは私も同じ意見です」
 アッバースは言った。
「ですが中々手強そうですよ」
「それはわかっています」
 ムワッハドは南方においては屈指の強国である。五個艦隊を擁しその地形は南方でも特に複雑である。そして彼等はゲリラ戦に秀でていた。
「私が行きます」
 アッディーンは言った。
「長官自ら」
「はい。十個艦隊を率います。留守はガルシャースプ副司令に任せます」
 彼は既に上級大将に就任していた。そしてアッディーンの副将として揺るぎない信頼を得ていたのだ。
「十個艦隊ですか」
「ええ。外相はその間他国との交渉に当たって下さい。おそらく彼等は我々とムワッハドの戦いの動向を見守っているでしょうが」
「わかりました」
 彼は答えた。
「ではそのようにしましょう」
「お願いします」
 アッディーンはそう言うと席を立った。そして後ろにかけてあるマントを手にとった。
「すぐに軍事会議を開きます。長官も出席をお願いします」
「はい」
 彼はそれを了承した。そして部屋を出ようとしたその時であった。
「入ります」
 誰かが部屋の扉を開けた。
「ん!?」
 するとオムダーマンの制服を着た男が入って来た。
「貴官は」
「ハッ」
 見ればアスランを発つ時に話をしたあの将校である。
「ウスマーン=ハワージャ少将です。この度宇宙艦隊司令部に配属されました。宜しくお願いします」
 彼は敬礼してそう答えた。
「おお、来たのか」
 アッディーンはあの時の話を思い出した。
「それにしても早いな。まさかもう来るとは」
「マナーマ参謀総長が動かしてくれました」
「そうか、総長には礼を言わないとな」
「そうですね。総長らしいと言えばそうですが」
 アッバースもそれに同意した。
「しかし貴官が来てくれると有り難い。早速働いてもらうぞ」
「はい」
「本日付けで宇宙艦隊首席参謀だ。いいな」
「わかりました」
 ハワージャはそれに応え再び敬礼した。
「では会議に行こう。長官、行きましょう」
「はい」
 こうして彼等は次の作戦に向かった。戦雲が南方を支配していた。 

 

第六部第三章 奸物その一


                         奸物
 アッディーンとアッバースはすぐに会議を招集した。そしてそこにはスタッフ及び各艦隊司令が集められた。
 二人とハワージャが部屋に入るとそこには既に他の者達が揃っていた。彼等はアッディーンが入室すると一斉に席をたって敬礼した。
 アッディーンはそれに返礼すると自らの席に着いた。外交部長であるアッバースが首席であり彼は次席であった。
「さて今回の臨時会議だが」
 アッディーンは席に着いた。参加者を見渡しながら言った。
「作戦の第二段階についてだ」
「はい」
 諸将はそれに対して頷いた。
「侵攻対象は南のムワッハド連合としたい。それについて意見を聞きたい」
「それで問題はないかと思います」
 ラシークが言った。
「彼の国は交通の要所です。次にあの地域を抑えると今後の作戦行動がかなり楽になります」
「そうですな。私もラシーク准将の考えに賛成です」
 シンダントも口を開いた。見れば彼も階級はラシークのものと同じになっていた。
「あの地域は四方八方に行くことができます。あそこを抑えれば次の作戦にかなり有利になります」
「ふむ、貴官達はそう思うか」
 アッディーンはそれを聞いて考えながら言った。
「他の者はどう思う」
 彼は他の将達の意見を求めた。見れば彼等の目は泳いではいなかった。
 アッディーンはそれを見て決まりか、と思った。誰もそれには反論はなかった。
「では二人の言葉通りムワッハドを攻める。それでいいな」
「はい」
 皆それに頷いた。これでムワッハド侵攻が決定した。
「それでは次の話に移ろう」
 アッディーンは言った。
「ムワッハド侵攻には十個艦隊を以って当たりたい。指揮官は私だ」
「長官がですか」
 ムーアがそれを聞き口を開いた。
「そうだ。何か不都合があるか」
「いえ、ただ」
「ただ、何だ?」
「はい、今回は敵のゲリラ戦が予想されます。それには各艦隊に指揮を委ね閣下はこのアイユーブから指揮を執って頂きたいと考えているのですが」
「各艦隊の裁量を優先させるのだな」
「はい、これが普通の正規戦なら問題はないですが何しろゲリラ戦です。正面から戦うのではありません」
「成程、確かにな」
 アッディーンは彼の言葉に頷いた。
「おそらく敵は比較的小規模の軍で我々を奇襲したり後方を脅かしたりしてくるでしょう。それに対しては今までの様な指揮系統では支障が出ます。やはりここは臨時にそうした処置をとるべきだと考えます」
「ふむ」
 彼はそれを聞いて腕を組み考え込んだ。そして口を開いた。
「他の者はどう思うか」
「そうですね」
 まず口を開いたのはナクールであった。
「ムーア中将のお考えに賛成です。やはりゲリラ戦に対してはそうした特殊な処置が必要だと考えます」
「そうですな。それに占領していく惑星に対しても対応は慎重にする必要があります」
 カーシャーンも口を開いた。
「おそらくそこでもゲリラ戦を仕掛けてくるでしょうし」
「古典的なゲリラ戦だな」
 アッディーンはそれを聞いて呟いた。十九世紀にスペインがナポレオン率いるフランス軍に対して行った戦いであり以後大国の侵攻に対して小国が行う戦い方の一つとなった。ベトナムが有名である。
 強大な敵に対しては確かに有効である。これに対しては徹底的な掃滅戦しかない。だがそれは敵国の感情をさらに刺激しかねない。一般市民も巻き添えにするからだ。
「これは武器の解除を進めていくしかありません」
「地味だがそれが一番か」
「はい。銃火器は全て没収させます。そして軍に対しては降伏したならば寛大な処置を約束させます」
「降伏しなかったならば容赦なく処刑だな」
「ええ。それしかないでしょう」
 カーシャーンは言った。
「そもそも制服を着ていない者は降伏することすら許されないのですから」
 これはこの時代の戦時法でも同じであった。国際法でも定められている。
「それを考えると彼等にとってもかなり都合のいい考えだと思いますが」
「そうだな」
 アッディーンはそれを聞きながら答えた。
「では地上のゲリラに対してはこんごもそれで行こう」
「はい」
 諸将がそれに頷いた。
「そして宇宙でのゲリラ戦だが」
「閣下は十個艦隊で進まれると仰いましたね」
 ハワージャが問うてきた。
「ああ」
「それではあまりにも少ないと思います」
「少ないか」
「はい。単に前線を進むだけならばよいのですが相手がゲリラ戦を仕掛けてくるとなりますと。後方を守る艦隊も必要です」
「敵の後方への襲撃に備えてか」
「はい」
 彼は答えた。
「地の利はあちらにあります。おそらく我々の予想もしない場所から攻撃を仕掛けて来るでしょう」
「それに備えてだな」
「はい」
 ハワージャは答えた。
「少なくとも十個艦隊では足りません。二十個艦隊は送るべきかと」
「倍か」
「はい。すなわち前線を進み占領していく艦隊と後方を固める艦隊を置きます。そして少しずつ占領していくべきかと」
「ふむ」
 アッディーンはそれを聞き腕を組んで考え込んだ。
「閣下、どう思われますか」
「そうだな」
 彼は考え続けた。そして口を開いた。
「それでいくか。今回の作戦は二十個艦隊を送ろう」
「ハッ」
 ハルージャはそれを聞き頷いた。
「指揮は私が執る。だが今回は後方で執りたい」
「ゲリラへの対策ですね」
「そうだ。普段の戦いならば前線に出るのだが」
 ここで渋い顔をした。彼は本来前線で指揮を執るのが好きなのである。だがそれも時と場合による。
「今回は事情が違う。後方から全体を見たい」
「わかりました」
 諸将はそれに頷いた。
「ではこれより作戦を開始する」
 全てが決まりアッディーンは立ち上がって宣言した。
「第一艦隊から第二十艦隊までは進撃する、そして第二十一艦隊から第三十艦隊はここに残り予備兵力とする。そして外交部には引き続きここで各国との外交交渉に当たってもらいたい。よろしいでしょうか」
「はい」
 アッバースは微笑んでそれに頷いた。
「そちらはお任せ下さい」
「はい」
 これで全ては整った。後はアッディーンの言葉だけである。
「今回の作戦名をハッティーンとする。それは今から発動される」
「ハッ」
 諸将も立ち上がった。そしてアッディーンに顔を向けた。
「ではここに宣言する。ハッティーン作戦、発動!」
「ハッ!」
 諸将がそれに敬礼した。こうしてムワッハドとの戦いの火蓋が切って落とされたのであった。
 オムダーマン軍はすぐにムワッハドに向けて進撃を開始した。それは普段のアッディーンの用兵とは違い慎重でかつ静かなものであった。

 

 

第六部第三章 奸物その二


「南方ではかなりの動きがあるな」
 シャイターンの宮殿の豪奢な一室で一人の老人がシャイターンに対して語っていた。
「はい、そのようですね」
 赤と黒の絹の豪奢な服を身に纏った彼が答えた。見ればその老人も豪奢な服を着ている。金と黒の丈の長い服だ。
「どうやら知っているようだな」
 その老人は低い声でシャイターンに対して言った。見れば皺こそあるが端整な顔立ちをしている。髪と目はシャイターンのそれと同じ色である。その顔立ちも何処かシャイターンに似ている。いや、シャイターンが彼に似ているというべきか。背丈も体型もそっくりであった。
「父上」
 シャイターンはその男を父と呼んだ。
「父上は今回のオムダーマンの南方侵攻をどのようにお考えですか」
「そうだな」
 彼は邪な雰囲気の漂う微笑みを浮かべてからシャイターンに語った。
 彼の名をムシュタ=シャイターンという。イスラムのシーア派に属する宗派の法皇にある男でありサハラにおいてはかなり名の知られた男である。
 彼は宗教家としてより政治家として知られていた。
『右手に奸智、左手に謀略』
 かってローマ法皇としてルネサンスにその悪名を轟かせたアレクサンドル六世という法皇がいた。法皇でありながら愛人を持ち子供までいた。そのうちの一人がルネサンスのイタリアにおいて最大の梟雄と謳われたチェーザレ=ボルジアである。彼等はその奸智と謀略によりイタリアを支配せんとしていた。毒殺も巧みでありカンタレラという毒薬を使って多くの政敵を暗殺してきたと言われている。
 婚姻政策でも彼等は奸智を駆使した。その美貌で知られた妹ルクレィツア=ボルジアは何度か結婚している。その中の夫の一人は政局が変わりチェーザレに用済みとみなされ消されている。彼は妹すら己が野心の道具としていたのである。あくまで冷酷な男であった。
 その父もまた同じであった。彼はボローニャ大学創設以来の天才と言われており哲学、法学、神学の三つの博士号を持っていた。しかしその心は野望に燃えていたのである。当時のバチカンはそうしたところであった。宗教よりも政治の場であったのだ。そう、彼は法皇という名の一級の政治家であった。
 このムシュタはそのアレクサンドル六世と同じだと言われている。謀略を好み、それにより今の地位を得た。彼の政敵は原因不明の死を遂げた者が多い。暗殺が噂されているがそれを確かめる術はない。
 多くの政敵を葬り法皇となったがそれからも彼は陰謀を駆使した。そうして着々と力をつけていったのだ。長子であるメフメットも彼の力を後ろ楯の一つにしていた。だからこそ傭兵隊長になることができたのである。そのことから彼は時として『法衣を纏った軍人』と称されることもある。
「あのオムダーマンの将は若いながら優れた人物のようだな」
「アッディーン元帥ですね」
「ああ。今までの戦いを見ても見事なものだ」
 その陰のある瞳が光った。
「メフメット、そなたに匹敵するかも知れぬな」
「ふふふ」
 メフメットはそれを受けて笑った。
「私に比肩し得る者ですか」
「そうだ。まさかこの世にいるとは思わなかったがな」
 ムシュタは自らの子を見ながら言った。
「我が子よ、これはどう思うか」
「そうですね」
 メフメットは不敵に笑った。
「面白いことだと思いますよ」
「ほう、面白いか」
「ええ。私はこのサハラを統一する為にこの世にいますがライバルがいないとつまらない」
「余裕があるな。つまらない、か」
「そうです。このままだと何もなくサハラを手中に収めてしまいます。全ては予定通りですが」
「ハプニングも必要ということか」
「そういうことです」
 彼はまた笑った。あくまで余裕に満ちた笑みであった。
「ところでそちらはどうなっていますか」
「法皇庁の方か」
「はい」
 彼等の宗派はイズライール派というシーア派の一派である。イスラムであるが聖職者が存在しローマ=カトリック教会のそれに酷似した体制となっている。
「フラームは元気ですか」
「うむ、そちらは心配無用だ」
 ムシュタはニヤリとした顔で答えた。
「法皇になったばかりだが無事にやっておる。あれで中々大した男だ」
「それを聞いて安心しました」
 メフメットは答えた。
「しかしフラームにお伝え下さい。法皇たる者一時たりとも気を緩めてはならないと」
「宗教家に対する言葉ではないな、それは」
「何を仰いますやら」
 彼は父に悪戯っぽく笑ってそう言った。
「法皇が一体どういう存在か、父上が最もよくご存知の筈ですが」
「そうだったかな」
 彼はそれに対してはとぼけてみせた。
「確かに人々の心を救わなくてはならないからな。そうした意味ではそうかも知れん」
「ご冗談を」
「法皇としての当然の勤めを言っただけだが」
「法皇としてですか」
「そうだ。違うかな」
「ふふふ」
 メフメットはそれに対しては笑うだけで答えなかった。心の中ではそれに対する答えは出ているが。
「父上も人が悪い」
「そなた程ではない。ところでだ」
「はい」
 二人はここでまた話題を変えることにした。
「そろそろマルヤムも年頃だが」
「おお、そうでしたか」
 メフメットはその言葉に声をあげた。
「何処かによい婿がおらぬかな」
「婿ですか」
「そうだ、我々にとって都合のいい婿だ」
「そうですね」
 メフメットはそれを聞き暫し考え込んだ。
「どうしたものか」
 だがやがて顔を上げた。そして父に対して言った。
「いい考えがありますよ」
「それは何だ」
 ムシュタはそれに顔を向けた。
「アッディーン元帥と結ばせるというのはどうでしょうか」
「またおかしなことを言うな」
 そう言うムシュタの顔は何故か笑っていた。
「今そなたのライバルだと言っていたではないか」
「だからですよ」
 メフメットは楽しそうに笑って答えた。
「面白いではありませんか。妹の夫と覇を競うというのも。まるでエウロパの小説の様で」
「シェークスピアか」
「少し違いますがね。実際に彼とは今のところ結んでおくのは得策だと存じますが」
「確かにな。それでオムダーマンも無視はできないだろうし」
 サハラは連合よりも遙かに血の繋がりが重視される。それはアラブの頃から変わらない。
「今我等は力不足です。このサハラを手中に収めるには」
「だがそれもそなたの考え通りだろう」
「ええ」
 彼は答えた。
「どのみちこの辺りで有力な勢力と婚姻で結ぶつもりでした」
「では決まりだな」
「はい」
 メフメットは頷いた。
「可愛いあの娘を嫁に出すのは父として心が痛むがな」
「父上、それは私も同じです」
「だがそなたは私のそれとは少し違うな」
「おわかりでしたか」
「当然だ。私はそなたの父でもあるのだぞ」
「ふふふ」
 シャイターンはその言葉を受け再び笑った。
「確かにマルヤムは可愛いです。しかし」
 彼はここで言った。
「役に立つからこそ可愛いのです。クイーンだからこそです」
「我が子とはいえ恐ろしいな、そなたは」
 ムシュタは表情を消してそう言った。
「だがその冷酷さと頭脳があればこそだ。シャイターン家がこのサハラを手中に収めることができるのは」
「フフフフフ」
 彼は笑い続けていた。その背にあるマントはまるで悪魔の翼の様に彼の動きに合わせてなびいていた。 

 

第六部第三章 奸物その三


 連合では解放軍征伐に向けて国防省が動き続けていた。その一方で商務省もまた仕事に追われていた。
「遂に彼等が来るのか」
 連合商務相はシギット=フンプスという。インドネシア出身である。金色というよりは黄色に近い髪に灰色の瞳を持つ五十代の男である。インドネシアの富豪の家に生まれ大学を卒業後父の企業の重役を務めた後中央政府の議会に立候補した。そしてキロモトの政党で貿易において力量を発揮し商務長官に任命された。ちなみに彼が家の総帥とならなかったのは彼が次男であったからである。今家は兄が継いでいる。ちなみに母はユダヤ系であり髪と瞳は彼女から受け継いで
いる。そして肌の色は父から受け継いでいる。褐色の肌に不思議と黄色い髪が合っていた。
「何かえらく深刻そうですね」
 側に控える秘書官がそれを見て怪訝そうに尋ねた。
「彼等を知っているだろう」
「ええ」
 上司の問いに答えた。
「しかしいつものことですし。特にそう警戒することはないでしょう」
「それは普通の企業家が相手だった場合だ」
 彼は言った。
「彼等は普通の経営者ではないのだ。言うならば巨人だ」
「しかし閣下のご実家もそうなのでしょう?」
「それはそうだが」
 彼の家のことはもう誰でも知っている話であった。
「だが規模が違い過ぎる。それに」
「それに?」
「彼等の人としての器だ。とても私なぞの及ぶところではないのだ」
「またえらく弱気ですね。閣下らしくもない」
「君にもすぐにわかる」
 彼は憮然としてそう言った。
「この連合の真の企業家達というものがどの様なものかをな」
「真の企業家ですか」
「そうだ。案外少ないがな」
「はあ」
 そういった話をしているうちに三台の車がやって来た。
「来ました」
 官僚の一人がフンプスに伝えに来た。
「そうか」
 彼は頷いた後でその官僚に対して指示を下した。
「応接室に案内するように」
「わかりました。ただ」
「ただ?」
 フンプスはその言葉に問いを入れた。
「思ったよりずっと質素な車でした。アメリカのノース=ウエスト社の高級車にでも乗って来るかと思ったのですが」
「普通の企業家ならな」
 フンプスは彼に言った。
「だが彼等は普通の企業家ではない。さっき君にも言ったな」
「はい」
 傍らに控える秘書官が答えた。
「彼等は真の企業家だ。あれは自身の会社の車なのだ」
「そうだったのですか」
「それも標準モデルの車だ。彼等はいつもそれに乗っている。時には自分で運転することもある」
「それはまた」
「そうでないと何処が良くて何処が悪いかわからないだろう。彼等はそこまで見ているのだ」
「何と」
 これには秘書官も官僚も驚いた。
「さて」
 ここでフンプスは立ち上がった。
「行くか。彼等より先に部屋に入っておきたい」
「わかりました」
 二人はそれに従った。そして執務室を出た。
「君達もかなり多くの企業を見てきただろう」
 フンプスは歩きながら後ろについて来る二人に対して話し掛けていた。
「はい」
 二人はそれに答えた。
「だがまだ若い。時にはその中に巨人もいる」
「巨人ですか」
「そうだ。一度それを見ておくといい。アナハイムのベニョーコフ社長も凄いがまだ若い」
「ベニョーコフ社長ですらですか」
「そうだ。かって二十世紀のアメリカにはロックフェラーという大企業家がいた」
「ええ、それは知っています」
 一代でアメリカ最大のグループを築いた男である。慈善家としても知られその存在は生前から伝説的存在となっていた。
「そして日本の松下幸之助」
「彼も有名ですね」
「うむ」
 丁稚奉公から身を起こし、やはり一代で日本を代表するグループを築き上げた。『経営の神様』と呼ばれ奇跡とまで言われた第二次世界大戦後の日本の復興の象徴の一人であった。
「そうした伝説的存在に匹敵すると言ってもいいな。そう、あのリー=チャクラーンに近いかもな」
「チャクラーンにですか」
 一介の商店街の店長から身を起こし瞬く間に連合最大の財閥を築いた男である。やはり伝説的な経営手腕で知られ今でもその築き上げた財閥は連合の財界において大きな力を持つ。彼の祖国タイにおいては英雄視されている程である。経営者もまた英雄なのが連合である。まさに立志伝中の人物であった。
「それだけの人物達だ。本当に見ておくといい」
「わかりました」
 二人は答えた。そしてフンプスに従い応接室に入った。南方調の暖かそうな配色の部屋である。
 やがて三人の老人達が入って来た。彼等は皆スーツに身を包んでいた。
 一人は面長で一重瞼と厚い唇を持つ男であった。姿勢はよく、威風堂々としていた。彼の名はフェリペ=カレーラス。フィリピン出身で船舶会社を中心にホテル、旅行、レジャー各産業で知られるバイソングループの総帥である。一度低迷していたこのグループを連合屈指のグループに戻した中興の祖として知られている。
 次に入って来たのは豊かな白髪を持つ黒人の老人であった。大柄で筋骨隆々とした身体を持っている。彼はチバチ=マウムという。カメルーンにおいて偉人とすら讃えられる人物である。やはり彼も船舶会社を中心にしているが演劇や百貨店で有名である。彼の持つグループはファランクスグループという。彼は演劇の世界で特に知られその世界でも讃えられている。
 そして最後に来たのは眼鏡をかけた小柄な男であった。彼は白人であったが少し顔立ちが違う。肌も少し黒い。彼はパプワニューギニア出身であり父がニュージーランド人なのだ。マオリ=ポートという。姓は父のものである。彼の企業はイーグルグループといいやはり船舶会社中心だ。だが彼はレジャーに力を入れている。やはりその世界で大いに名を知られている。
「ようこそ」
 フンプスは笑顔で彼等を迎えた。彼等はそれに対して笑顔で返した。
「いやいや」
 彼等もそれに対して笑顔で返した。そして手を差し出してきた。
 フンプスは彼等の手をそれぞれ握った。どれも歳の割に温かく、力強い手であった。
 握手を終えると彼等は席に着いた。見れば椅子に座るその姿も堂々としていた。
「ところで」
 フンプスは雑談から入ることにした。まずは雰囲気をほぐしておきたかったからだ。
「カレーラスさんのところの野球チームは昨年は凄かったですね」
「ははは」
 カレーラスはそれを聞くと上機嫌に笑った。
「いや、これが。マウムさんのところと最後までもつれましたからな、前期は」
「そして後期はポートさんところと」
「はい」
 実は彼等はそれぞれ野球チームも持っているのだ。しかも同じリーグでグループで、である。
「両方共実に強いですからな。けれど何とか勝つことができました」
 連合におけるスポーツで人気がある球技は野球、サッカー、バスケットボール、アメフト、バレーボール、ソフトボール、ポロ、ホッケーと極めて多彩だ。他にも色々ある。どれもプロリーグがありそれぞれのリーグ、グループに分かれている。これはあまりにも競技人口、そして地域が広い為とても一つに出来ないからだ。おおむね半年かそれ前後の期間でペナントを行い、そしてそこの優勝チームが地球に集まりそこで総当り戦をする。そしてそこで上位のチームがさらに争いようやく連合一のチームが決まるのである。もっともそれも複数の系列があるのでそこからまた戦いがある。連合はスポーツにおいても極めて競争が激しいのである。そして実は企業といえどそのチームを簡単に手放すことはできない。合併は許されていない。それぞれの地域にチームがなければならないとの考えからだ。最悪でも身売りしなければならない。間違ってもオーナー達の都合で縮小なぞ許されないのだ。若し企んだ場合は死ぬ。これは冗談ではない。以前とあるマスコミの大企業の総帥がそれを企んだところ忽ち義憤に燃える民衆により会社ごと虐殺された。これ以降マスコミがスポーツ経営に関わることは連合中央政府及び各国政府の法律で厳禁とされた。マスコミの腐敗し易さと自浄能力のなさを考えるとこれは極めて当然であった。
 ちなみにコミッショナーと言われる存在も一つのスポーツで一人ではない。複数の系列があり、そこにそれぞれいるのである。一人の筈がなかった。
 流石に三兆もの人口がいるとそれだけの競技人口が存在する。だからこそかなりの規模になるのだ。
 大体一リーグの一グループで八チームである。彼等はその中の一つに存在しているのである。
 

 

第六部第三章 奸物その四


「うちのチームが勝ったのはやはりウェスト君を監督にしたからだな」
 カレーラスは誇らしげにそう言った。
「おっとカレーラスさん」
 今まではカレーラスの独壇場であったがここでマウムが入って来た。
「ウェスト君は元々うちの監督でしたぞ」
「おっと、そうでしたな」
 このウェストという監督は連合においても知られた監督である。闘将として知られシンガポール出身の白髪の男である。選手育成でとりわけ有名である。
「あの時はかなり苦しめられました」
「ふふふ」
 マウムはそれを聞き満面に笑みを浮かべた。
「彼でうちはようやく連合一になれましたからな」
「うちも遂にそれを達成しましたぞ」
 だがここでカレーラスが反撃に出た。
「これからは野球でも負けはしませんぞ」
「望むところです」
「そういうことはうちに勝ってから言いなさい、野球においては特に」
 ここでポートも入ってきた。
「うちはこと野球に関しては連合で一番ですぞ」
「それは確かに」
「今年も苦しめられました」
 二人は思わずポートに頭を下げるようにして言った。
「ふふふ」
 ポートはそれを受けて誇らしげに笑った。
「我がチームの監督は連合一の名将ですからな」
「ドン=ファチリーニ監督ですね」
 フンプスが尋ねた。
「左様」
 ポートは胸を冗談めかして思いきりふんぞりかえらせた。
「彼には全てを任せてある程です」
「しかしですな」
 ここでマウムが口を挟んできた。
「幾ら何でも乗船の際お金は払うべきでしょう、彼の場合は」
 ファチリーニは堂々たる風格の人物であり下手なヤクザ者ですら逆らえない程の男である。移動の際は当然イーグルグループの船等を使用するが彼はここではフリーパスであった。アメリカ出身で現役時代はサードであった。ちなみにウェストはファーストである。
「よう、御苦労さん」
 その挨拶だけで船員が通してくれるのである。これは彼の力がそれだけ大きいということであった。
「おかしいですかな」
 ポートはそれに対して平然と返した。
「そちらの上監督も同じだった筈ですが」
 そうマウムに返した。ファランクスの監督は上春利という中国出身の監督である。元々はキャッチャーであり知将として有名である。
「彼の場合はフリーカードを提供しているだけです」
「しかし彼にはそれだけの価値はあると認めておられますな」
「はい」
 マウムはそれに答えた。
「彼程の知将はいないでしょうからな」
「知将もいいですが」
 ここでカレーラスも入ってきた。
「やはり闘将が一番ですぞ」
「カレーラスさん」
 だがここでマウムは反撃に出た。
「ウェスト君は元々こちらの監督でしたぞ」
 実はウェストはかってファランクスの監督を務めていた。その育成能力でもってチームを建て直し、五回の連合制覇を果たしている。そして今バイソンで連合制覇も果したのである。
「おっと、そうでしたな」
 カレーラスはそれにとぼけてみせた。
「ですが今は我がチームの監督です」
「むうう」
 マウムはそれに対して苦い顔を作るしかなかった。
「まあ来年も楽しくやりましょう。カレーラスさん」
 ポートが言った。
「今年はそちらに花を差し上げる形になりましたが来年はそうはいきませんぞ」
「それはこっちもです」
 マウムもである。
「この雪辱、晴らさせてもらいますからな」
「それは有り難い」
 カレーラスは二人を前に悠然と微笑んでいる。
「では喜んで受けて立ちましょう。野球で勝つことがころ程楽しいとは思いませんでしたからな」
「ふふふ、これは病みつきになりますからな」
「その通り、どうやら我々はやっとカレーラスさんにその愉しみを教えることができたようですな」
 マウムとポートは笑った。こうして野球の話はつつがなく終わった。
「さて」
 彼等は一息置いてフンプスに顔を向けた。
「本日我々が長官に御会いする為にここへ来た事情ですが」
「はい」
 フンプスはそれを受けて顔を引き締めさせた。
「連合軍と航路の関係です」
 船舶会社といっても色々ある。アナハイム社の様に造る会社もあれば流通を扱う会社もある。彼等は造ってもいるが流通に重点を置いているのである。
「連合軍とですか」
 あらかじめそれはわかっていた。彼は三人に顔を向けた。
「我々の航路は今まで民間用のものばかりでした。これは御存知だと思います」
「ええ、それはわかっております」
 カレーラスにそう答えた。
「我々は船舶会社ですが軍用のものは取り扱ってはおりません。ですから軍用の港湾施設も航路も用意はしていないのです」
「はい」 
 マウムにも答えた。
「おわかりだと思いますが間違っても軍艦が交通できるような状況ではないのです。それはおわかりですね」
「無論です」
 ポートにも返した。
「それを聞いて安心致しました。では我々が最近懸念していることですが」
 彼等はいよいよ本題に入ってきた。
「連合軍の港湾施設が最近急激に整備されておりますがこれは我々の施設や航路とは何も関係はないのでしょうか」
「もし重なったりした場合は何かと不都合が生じますので」
「それを長官にお伺いしたいのです」
「それですか」
 フンプスは一呼吸置いて彼等に言葉を返した。
「それは問題ないと思います」
「何故でしょうか」
「ティアマト級巨大戦艦は御存知ですね」
「はい」
「あの化け物の様な艦ですな」
「国防省は今あの艦を使用することが可能な港湾施設及び航路を整備していると聞いております。あの艦は民間の港湾や航路では支障が出るでしょう」
「確かに」
「航路はともかくあの艦を収めることのできる施設は民間では無理です」
 軍艦と民間の艦船では構造が根本から異なる。彼等にとってみればあの巨大戦艦は全く未知の部類の存在と言ってよいものであった。
「それでは港湾施設は問題ありませんな」
「それを聞いて安心致しました」
 彼等はそれを聞いて納得した様に頷いた。
「そして次の問題ですが」
 すぐに別の話題に入った。
「航路ですね」
 フンプスがそれについて問うた。
「はい」
 彼等はそれに対して頷いた。
「我々も連合軍の航路を拝見させて頂いたのですが」
「それまでの各国の軍の航路を整備し、より効率的な航路に整備していっておりますな」
「そのようですね」
 それはフンプスも知っていた。だからすぐに答えることができた。
「そちらも順調に進んでいるようです」
「それは何より」
 三人はそれに対して満足した様に頷いた。
「ですがまだまだですな」
「といいますと」
「合理的な交通にはまだ至っていないということです」
「少なくとも交通の視点から見るとそうなります」
「交通からですか」
「はい」
 三人はそれに答えた。流石にこの世界での巨人達と言われるだけはあった。確かな眼であった。
「これは意図的だと思われますが民間の交通ルートと混ざるのを避けておりますな」
「はい、それは八条長官からもお聞きしております」
 フンプスはそれに答えた。
「何でも民間人に迷惑がかからないようにと」
「はて迷惑とは」
「連合軍は少なくともかなり規律正しい軍ですが」
 これは八条が軍律を徹底させているからである。精々飲酒でのトラブルや風俗店での金銭でのトラブル位だがそれに対してもかなり厳しく対処している程である。その為彼等に対する市民の信頼は高い。
『まずは紳士であるように』
 そういった訓示も出されている。当然ながら将校に対しては特に厳しい。
「それとはまた別の問題です」
「別の問題ですか」
「はい、交通の邪魔になりかはしないかと。八条長官はそれをいたく気にしておられますな」
 そのことについて実際に八条とフンプスの間で色々と議論があった。結果として軍用の航路と民間用の航路は完全に分けられた。これは戦略としてはまずい場合も多々あったが民間人への配慮を重視した為こうなったのである。
 

 

第六部第三章 奸物その五


「またえらく大袈裟ですな」
 三人はそれが不思議でないようであった。
「軍事のことは国家の一大事といいますぞ」
「それではいざという時に支障が出るのではないですかな」
「多少の支障は致し方ないと考えておられますね、国防省は」
 フンプスはそれにも答えた。
「やはりまずはトラブルを避けておられるようです」
「トラブルトラブルといいますが憲兵もいるでしょうに」
「それに連合軍の将兵はかなりの数。その移動に支障があってはあちらも困るでしょう」
 それがわからぬ彼等ではなかった。話はさらに続いた。
「それはあちらもよくわかっておられるようですが」
「それでもできないと。ふむ」
「政治の難しいところですな」
 彼等は瞑目し頷いてこう言った。それはまるで哲学者のようであった。
「ですが民間から要請があったらどうですかな」
「民間から」
 フンプスがカレーラスのその言葉に顔を上げた。
「そうです。それならば軍としても問題はないでしょう」
「港湾施設や航路の利用はやはり難しいですが中継地の相互利用ならできるのではないですかな」
 マウムもそれに続いた。
「一時停泊してそこで休憩するなり。それでかなり違うと思いますぞ」
「ということは」
「ええ、おわかりだと思いますが」
 ポートがフンプスに対して答えた。
「中継の港への停泊ならば我々も喜んで協力させて頂きたいのです。今回はそれを申し上げに来たのです」
「そうだったのですか」
「ええ。我等とて連合の者」
「その軍の効率的な運用を心から願っております故」
 だが彼等もやはり経営者である。ここには港湾施設に停泊っすることによるその料金、そして将兵が落とす金等も考慮に入っていた。これを求めるのは経営者として至極当然のことであった。
「それを商務長官にまずお話しておきたいと思いまして」
「そうだったのですか」
「はい。当然これは八条長官にもお話する予定です」
「商務省としてはそれでよろしいですかな」
「はい」
 フンプスには断る理由がなかった。だがもう一つ話をしておくべき場所があった。
「それは交通省にはお話していますか?」
「勿論」
 三人はそれに対して即答した。
「既にナル=サン交通相にはお話してあります」
「あちらは快諾してくれました」
「そうですか」
 ナル=サンは現中央政府の閣僚の中では長老格に当たる。ミャンマーでは大統領も務めたことのある大物政治家である。老練の政治家として知られている。
「それでは産業の世界では問題はありません。交易にもいいでしょう」
「はい、何しろ九十億の市場ですからな」
「軍事に携わっていなくともこれは見逃せません」
「ははは、流石ですね」
 フンプスはそれを聞いて思わず笑ってしまった。わかっていたこととはいえやはり彼等は一代の経営者であった。それには素直に感心せざるをえなかった。
「では承諾を頂きたいのですが」
「わかりました」
 フンプスは笑顔で三人が差し出した書類にサインをした。それは交通省のものであった。
「これでよし」
「御苦労様でした」
 こうして三人とフンプスのここでの仕事は終わった。その後暫し茶を楽しみながら談笑もしたがそれで四人は別れた。
「終わりましたか」
 秘書官は三人を見送った後でフンプスに対して話し掛けた。
「いや、これからだよ」
 だが彼はそれに対してはこう答えた。
「これからとは」
「仕事はサインをして終わりじゃないということだよ。全てはそこからはじまるんだ」
「そこからですか」
「そうだよ。まあそれもすぐわかる」
 彼はそう言うと踵を返して省庁の中に入った。
「行こう、早速仕事が待っているだろう」
「ええ、それはもう」
 秘書官である彼が最もよくわかっていることであった。
「山の様になっておりますよ。すぐにはじめないと日が暮れてしまいます」
「そうだな。最近家族サービスも怠っているしたまには早く帰らないとな」
 彼は子沢山で知られている。何と九人の子供がいるのだ。それでよく野球チームの監督になれるだの次はサッカーの監督だの言われている。既に上の子供の何人かは結婚して孫がいる。それももう何人もいるのである。
「下の子はまだ小学校に入ったばかりなんだ」
「それはまた」
 難しい年頃であった。もっとも子供で難しくない年頃なぞないのであるが。
「だから余計に顔を見せておかないとな。うちのにも言われているんだ」
「それはそうでしょうね」
「だからはじめよう、すぐに」
「わかりました」
「夕食には皆帰られるようにするぞ。さあ仕事仕事」
「はい」
 こうして彼等は事務室に向かった。そしてその言葉通り仕事に励むのであった。

 程無くして彼等は国防省にも訪れた。そして八条との話し合いの場が設けられた。
「本当ですか!?」
 彼はそれを聞いた時思わず声をあげた。
「ははは、こんなことで嘘は言いませんぞ」
「是非協力させて下さい」
 三人は笑顔で彼に対して言った。
「しかしそちらにも迷惑が」
「いやいや」
 だが彼等はここで首を横に振った。
「実際我々もこの商売柄色々なお客様がおりまして」
「その中にはやはりマナーのよろしくない方もおられます」
「はい」
 これは事実であった。マナーの悪い客はどこにでもいるものである。犯罪を犯す者もやはりいる。
「そうしたお客様と比べたら軍人さんはかなり紳士的です」
「常に外の目を意識しておりますからな」
「ええ、それはもう」
 八条自身元軍人であるからそれは当然であると考えていたが実際はそうではない。やはり外の目を意識していると人の物腰は変わるものなのである。
「ですから我々としては構わないのです」
「長官は少しそれを意識し過ぎではないですかな」
「そうでしょうか」
「ええ。少なくとも我々はそう思います」
 実は八条の出身である日本は軍人の数がかなり少なかった。比較的治安もよく、海賊も少ない為それで充分であったのだ。そしてその規律は極めて厳しく連合一であった。とりわけ民間人とのトラブルは警戒されていたのである。それも彼の意識にはあったのは否定できない。
「ですから我々は反対しません」
「むしろお願いしたい位です」
「わかりました」
 彼はそれを受けて頷いた。
「ではあらためて国防省としてもお願いできますか」
「はい」
「喜んで」
 こうして話は決まった。連合軍はこの三グループの港への停泊が認められたのであった。
「これは他の会社にも影響しますな」
 三人はそれを見計らったように言った。
「これで連合軍の動きもより効率的になるでしょう」
「はい、有り難うございます」
 八条はそれに答えた。実際にこれは連合軍にとって実に有り難いことであった。そして有り難いことはもう一つあった。
「ところで」
 三人の老人達は口調を変えてきた。
「今連合軍は解放軍を討とうとしておられますな」
「はい」
「どうやら軍をそちらに向けようとしておられるようですが」
「否定はしません」
 彼はそれに対しそう返した。
「ですがこれ以上は機密に関することなので」
「おっと、そうでしたな」
 三人はそれを受けて応えた。
「ですが彼等はそうそう容易には倒せませんぞ」
「それもわかっております」
「何しろ闇商人とも結託しておりますからな」
「残念なことに。今それについて調査中です」
「その闇商人ですが」
 彼等はここで目を光らせた。
「実は一人大物がいるのです」
「大物!?」
「はい」
 彼等は思わず顔を上げてきた八条に答えた。
「山口義彦です」
「あの男が」
「はい。あの男が裏でかなりのことをしているというのは聞いておりますな」
「はい」
「我々も商売柄それなりに裏の話も聞きます」
 これだけ巨大なグループを持っていると当然ながら色々と情報を手に入れる。それで彼等は知ったのある。
「そこで聞いたのです」
「それは本当ですか。山口が彼等と結託しているとは」
「ええ。マウリア方面への闇商人の元締めが彼ですから」
「それはあの男の出身地からもおわかりでしょう」
「確かに」
 山口は日本国籍だがその生まれは日本ではない。南アフリカの辺境の星系出身である。マウリアのすぐ側の星系であった。
 

 

第六部第三章 奸物その六


「そして実は解放軍にも南アフリカ出身が多いのです」
「それは聞いております」
「その仲介のブローカーもまた南アフリカ出身のムノウム=ネゴロツキーです」
「確か人権派弁護士でしたね」
「そういう経歴の者が一番怪しいのは連合では常識ですが」
「それはよくわかっております」
 八条は少し苦い顔をした。それを最もよくわかっている連合中央政府の部署の一つが他ならぬ国防省であるからだ。
「その裏の顔はやはり海賊と結託して私腹を肥やす悪徳弁護士なのです」
「そのうえで山口と海賊の仲介をしているのです。実際に彼は山口の顧問弁護士でもあります」
「そうだったのですか」
「これは洗っておいた方がよろしいかと」
「おそらくとんでもない話が出て来ますぞ」
「わかりました」
 八条は話を聞いたうえであらためて頷いた。
「では連合警察に話をしておきます」
 既にこの作戦における指揮権は彼に委ねられている。安心して指示を出すことができた。
「そうするべきでしょう。何しろ我々は内務省が苦手でして」
「長官程ではありませんが我々はあの大臣にどうも嫌われておりましてな」
「おや、そうなのですか」
「はい、幸か不幸か」
 彼等は少し悲しそうな顔を作って答えた。
「どうも我々の港にいかがわしい店があると。何かと目をつけられているのです」
「それはまた」
 八条はそれを聞いて苦笑した。
「確かに風俗関係の店もありますがな。ですがこれはその」
「人の世というものは清濁あるものでして。我々はそうした方面には手をつけてはおりませんが」
 それはまた別系統の産業である。
「それでも関係はやはりあると」
「それを否定したら嘘になりますな」
 彼等は苦笑してそう言った。
「実際にあるものはあるのですから」
「はあ」
 八条はそうした方面には疎い。元々興味がないのだ。
「言うならば社会の必要悪でしょうか。だからといって蔑視もできぬものでしょう」
「それはわかっているつもりですが」
 八条でもそれはわかる。世の中というものは決して杓子定規にはいかないものである。
「ところがあのお人は違いまして」
「そうしたものも決して許すことは出来ないと考えておられるのです」
「そうでしょうね」
 金桃姫はそういう女性であった。彼女はそうしたいかがわしいものの存在を決して許しはしないのだ。内務省として議会に風俗の厳格かつ大がかりな規制及び取り締まりの強化を定めた法案を提出したこともある。流石にこれは厳し過ぎるとして通過しなかった。この時は連合を巻き込んだ論争となっていた。
 ここで一つ複雑な問題が議論になった。風俗というと男性の為のものというイメージが強いが実際はそうともばかり言えないのである。女性が利用するものもあるし同性愛のものも存在するのだ。一概にはとても言えない。
 だから議論になったのである。純粋に不要なものならばこの世からとうの昔になくなっているものだ。だがこうした産業は人類の歴史ある限り存在するものだ。男性だけでなく女性も利用する。多くの趣味の人間が利用する。連合においては十八歳以下の者はそうした産業には就くことはできないが裏にはやはりそうした幼女や少年を対象としたものもある。だがこれは当然ながら厳しく取り締まられている。
 問題は金はそれを異常に厳しくしようとしたのである。最早それは連合の風俗産業に止めを差しかねない程のものであった。だがそれをしてしまうとやはりまずい。
「普通の恋愛さえあれば不要な筈です」
 彼女のそれに対するコメントはこのようなものであった。あくまで『良識的な意見』を主張した。確かに正論である。だが世の中は正論だけで動くものではない。
 その為にこの法案は否決された。かなり薄められたうえで裏の風俗への取り締まりを強化する法案に替えられ議会に送られ通過した。実際にこれでよかったという意見が主流であった。
「非常に残念なことです。まだ連合には良識が足りないということでしょうか」
 金はその結果に対して憮然とした顔でそう答えるだけであった。そうした彼女を世間では『鉄の処女』とまで揶揄した。だが彼女はそれを受けても怯まなかったのは言うまでもない。
「ですから我々に対しても実に厳しいです」
「彼女ならそうでしょうね」
「困ったことですが。我々は直接は関係ないというのに」
「間接に関係があるというのが問題なのでしょう、彼女にとっては」
「それを言ったらお終いですぞ」
 三人は相変わらず顔を苦いものにさせていた。
「そもそもこうしたことに全く縁のない者も殆どいないでしょうからな」
「そうしたものですか」
 実は彼はその全く縁のない例外である。
「少なくとも我々自身はそうです」
 彼等は若い頃はそちらでも名を知られている。今では流石に衰えてはいるが。
「ですからあの方には少し寛容になって頂きたいですな」
「折角綺麗な顔をしておられるのに」
「綺麗な薔薇には棘があるといっても」
「棘しかありませんね」
 八条は彼にしては珍しくジョークで返した。
「仰るとおりです。長官は話がわかっておられますな」
「軍には縁の深い話ですから」
 軍とこうした産業は切っても切れない関係にある。かっては軍と一緒に娼婦が同行していたりもしていた。第二次世界大戦の頃の日本軍でも同じである。当時は公娼制度があったので問題はなかった。間違ってもごく普通の少女を強制的に娼婦にするようなことはなかった。そうする必要すらないのであった。
 この時代でもそうである。軍の高官は将兵がそうした犯罪を犯さないように気を配らなくてはならない。従ってそうした産業が発達する。丁度男の多い江戸で吉原が栄えたように。
 本質的に男社会であるからそうした問題は必ずついて回るものなのだ。連合軍は女性もかなりいるがやはり少数である。
もっとも中には同性愛もあるがこれは少し例外といってよいだろう。
「少なくとも軍がそちらの港を利用させて頂く場合にはそうした産業をあって欲しいですね」
 これは軍を預かる者としての意見であった。
「さもないと不安なのは事実です」
「わかりました」
 彼等はそれを受けて頷いた。
「それは御安心下さい。ありますので」
「我々も何処にそれがあるかは把握しております」
「それはつまり貴方達も関係があるということでは?」
 八条はそれを聞いて思わず問うた。
「先程も言いましたが」
 だが三人はそれに対してはしれっとした顔で返してきた。
「あくまで間接的に、です。おわかりでしょうか」
「はい、まあ」
 やはり金に目をつけられるのも当然だと思わずにはいられなかった。清濁併せ呑むとはいうがこれは少しやり過ぎという気もしないではなかった。
 だがこの話もつつがなく終わった。そして三人は国防省を後にした。
「まさかあの御三方がここまで来られるとは思いませんでしたね」
 木口は執務室に帰ってきた八条を出迎えて言った。
「まあ私は予想していたけれどね、ある程度は」
 八条はそれを受けながら言った。
「ただ思いもよらぬ話も聞けたよ」
「思いもよらぬとは」
「解放軍のことでね。これついて今から話をしたい」
「わかりました」
 八条は自分の執務用ディスクについた。木口はその前に椅子を持って来てそこに座った。
「解放軍と闇商人と繋がっていることは聞いているね」
「はい」
 木口はその言葉に対して頷いた。
「その元締めについての情報を聞くことが出来たんだ」
「誰ですか」
「山口だ。山口義彦」
「あの男ですか。胡散臭い男だと思っていたらやはり」
「そしてその仲介ブローカーがネゴロツキーという男だ」
「ネゴロツキー、申し訳ないですがその男は知りません」
「山口の顧問弁護士だよ。これだけでわかるね」
「ああ、成程」
 木口はそれを聞いて頷いた。
「大体はわかりました」
「うん。彼等は裏で彼等と繋がっているらしい。それで巨万の利を得ているという」
「いかにも、という話ですね、本当に」
「そう思うか、君も。ではこれからの対策はわかっているな」
「勿論です」
 木口は即答した。迷ってはいなかった。
「よし、ではすぐにスタッフを集めようか」
「アラガル長官とンガバ准将ですね」
 ンガバは前のテロリスト掃討の功績を受け准将に昇進していたのであった。
「そう、そして連合警察長官も呼ぼう」
「わかりました」
 こうして二人はすぐに行動を開始した。そして捜査がはじまったのであった。

 連合中央政府内務省は常にピリピリとした空気が漂っていると言われている。それは長官である金桃姫のせいであるのは言うまでもない。
 多くの者は彼女のそのあまりもの融通の利かなさと厳格さに辟易している。だが上司としては有能かつ公平で清潔な為彼女を嫌う者は皆無であった。畏怖すら受けていた。
 それでもその厳格さに馴染めるものではなかった。人には限度というものがある。彼女はその限度を遙かに越えた存在であったのだ。
 だがここに一人その空気をも適用させている男がいた。
 黒い髪を持つ長身の男であった。日に焼けた肌に紫の瞳をしている。その顔付きは険しくまるで猛禽の様である。そして漆黒のスーツに身を包んでいる。
 彼の名をフィデル=ドトールという。キューバ出身であり今は連合警察長官を務めている。
 彼はまるで猫科の生物の様に足音を立てることなく進んでいく。硬い床に皮の靴なので音がする筈だが不思議な程それはなかった。
 そしてそのまま進んでいく。やがて彼は長官部屋に辿り着いた。
 その扉をノックする。すると中から返事が返ってきた。
「どうぞ」
 それを受けてドアに手をかけた。
「入ります」
 そう言って中に入る。そこには金が待っていた。
「只今戻りました」
「はい」
 金は頭を下げて報告する金に対して返礼した。
「御苦労様でした」
「はい」
 ドトールはそれに対して言葉を返した。低く重い声であった。
「今後連合警察はどう動くことになりましたか」
「特別対策チームが作られることになりました。国防省のスタッフと協同です」
「国防省とですか」
「はい、そしてその責任者は私になりました」
「長官ご自身がですか」
「はい。今回は規模が違います故」
 ドトールは淡々とした口調で語った。
「私が陣頭指揮を執らないとならないでしょう。少なくとも連合警察のチームに関しては」
「しかしドトール長官が陣頭指揮を執られるとなると暫く連合警察も人手が足らなくなりますね」
「そのことに関しては御心配なく。既に副長官に全権を全て委任しております」
「副長官に」
「はい」
「彼なら問題はないでしょう」
 連合警察副長官はベニョーコフ=コレイスキーという。実務派の人物として知られ、その安定感のある仕事ぶりには定評がある。
「そうですか、それならいいです」
 金はそれを認めた。
「あの方なら問題はないでしょう」
「はい」
「ではお願いしますね。容赦する必要はありませんから」
「それはわかっております」
 彼はことは徹底的にやる人物として知られていた。
「それでは早速取り掛からせて頂きます」
「はい」
 金はそれを了承した。
「では宜しくお願いします」
 それからドトールはその足で国防省に入った。そしてすぐに八条等と会談し対策チームを編成した。スタッフも連合警察から何人か連れて来ていた。
 仕事が一段落つくと国防省をあとにした。そして酒場に向かった。
「どうも」
 そこに赤い髪に濃い青の瞳を持つ男が待っていた。
「では早速一杯やりますか」
「うむ」
 ドトールはそれに頷いた。そして二人は酒場のカウンターに向かった。
「では乾杯」
 ドトールが音頭をとった。二人は杯を打ちつけあった。
 そして杯の中の酒を飲む。見ればオレンジの色をした酒である。
「スクリュードライバーはやはりいいな」
 ドトールは酒を飲み終えてにこやかな顔で言った。
「そうですね。私もこれは好きです」
「コレイスキー君はウォッカが好きだったな、確か」
「ええ。他の酒もいける方ですけれどね」
 彼がコレイスキーであった。
「ただ一番好きなのはやはりウォッカです。これが一番馴染みがあります」
 彼はもう顔が赤くなってきていた。どうやらこのスクリュードライバーはウォッカの割合がかなり多いらしい。
「長官もお好きでしょう」
「うん、確かに」
 ドトールの口調も普段とは違い明るいものとなっていた。
「ただ今は長官じゃない。ドトールという一人の男だ」
「おっと、そうでした」
 コレイスキーはそう指摘され思わず恐縮してしまった。
「申し訳ありません」
「いや、わかってくれればいいさ。それよりも」
 彼はここで朗らかな笑みを作った。
「今日は飲もう。心ゆくまでな」
「はい」
 すぐに次の酒が来た。今度はジントニックだ。
「これもいいな」
 ドトールはそれを一気に飲み干した。
「スクリューとはまた違った味がある。柑橘類を使っていても」
「そうですね」
 コレイスキーもそれに同意した。
 

 

第六部第三章 奸物その七


「カクテルとはいいものです。こうしてカウンターでゆっくりと語らいながら飲めるのですから」
「そうだな、我々はどうも酒の場となると大勢でガヤガヤと飲むのが多いが」
「たまにはこうして落ち着いた雰囲気でゆっくりと飲むのもいいものです」
 ここでジャズの音楽が聴こえてきた。
「こうした場所にはジャズが一番だな」
「ええ」
 二人はそちらに顔を向けた。
「私はどちらかというとラテンミュージックが好きだけれどな」
 そう言う彼の顔は見事に綻んでいた。
「だがしっとりと飲む時の音楽はやっぱりこれだよ」
 どうも音楽にはわりかし造詣が深いらしい。人は外見によらない。
 ここでサックスの演奏がはじまった。彼の目はさらに細くなった。
「いいな、一見地味だけれど確かな演奏だ」
「ピアノと息がよく合っていますね」
「そうだな。あの二人の奏者は見ればよく似ているな」
「兄弟ですかね」
 黒人の二人であった。確かによく似ている。
 二人は見事なまでに息の合った演奏をきかしていた。そして演奏が終わった時彼等に対して客から惜しみない拍手が与えられた。
「うん、それだけの価値はある」
 ドトールはその拍手を聞きながら頷いていた。
「それだけでは足りない位だ」
 そう言いながらカウンターにいるバーテンに声をかけた。
「あの二人だけれど」
「はい」
 バーテンはそれを受けて顔を近づけてきた。
「何というグループ名かな」
「ミッチェルブラザースといいます」
「ミッチェルブラザース」
「はい」
 バーテンはそれに答えた。
「最近売り出し中のジャズのグループですよ」
「そうだったのか」
「ええ。アメリカ出身の従兄弟のコンビです」
「兄弟じゃなくて」
「はい。彼等自身がそう言っています」
「ふん」
 ドトールはそれを聞いてふと考えた。
「ちょっとあの二人を呼んでくれないか」
「カウンターにですか」
「ああ。演奏が終わってからでいいから。いいかな」
「はい。それでしたら」
 そして暫くして演奏は終わった。ミッチェルブラザースはバーテンに案内されてカウンターに呼ばれてきた。
「こちらのお客様からです」
 見ればカウンターに二つの杯が置かれていた。それはブラッディマリーであった。
「これは」
「先程の演奏へのお代です」
 その隣にいるドトールが彼等に対して言った。
「お代」
「ええ」
 彼はにこやかに笑って答えた。もう顔が真っ赤になっている。かなり酒が入っている。
「素晴らしい演奏でした。そのお礼です」
「そうなのですか。ところで貴方達は」
「私達ですか」
「はい。見たところサラリーマンの様ですが」
 ここでドトールとコレイスキーは一瞬目を合わせて合図をした。そして決めた。
「ええ、証券会社に勤めております」
「証券会社ですか」
「はい。中々休みがとれなくて。この仕事も大変です」
「そうらしいですね」
 二人はコレイスキーの説明を疑うことなく聞いていた。二人が連合警察の長官と副長官であるとは夢にも思ってはいない。
「僕達はそちらの世界には詳しくないですが。元々そうした世界には無縁の世界で暮らしていましたし」
「そうなのですか」
「ええ。僕達はアメリカの労働者の家に生まれましてね」
「僕の親父もこいつの親父も工場に勤めていたんですよ」
「工場に」
「はい。何だったかな。確か自転車を造る工場で」
「バイクじゃなかったか」
 二人は従兄弟同士で話をはじめた。
「確か自転車だったと思うけれど」
「そうだったかなあ」
 二人は互いに以前の職場について話をはじめた。だがそれはすぐに打ち切られた。ドトール達がいたからだ。
「あ、すいません」
「いえいえ」
 ドトールとコレイスキーは温厚な表情で返した。
「アメリカ出身なのですか」
「はい、シカゴ星系出身です」
 アメリカ有数の工業地帯として知られている星系である。
「そこで小さい頃から楽器を演奏するのが好きでして」
「僕がサックス、そしてトニーがピアノでした」
「トニーと仰るのですか」
 ドトールは二人のうち奏者を紹介した方に問うた。
「はい、僕はサミュエルといいます」
「御二人共よい御名前ですね」
「そうですか?」
 二人はそれを聞いて照れ臭そうに笑った。
「名前なんて皆同じだと思いますけれど」
「まあこの名前が連合の皆が知っている名前になればいいですけれどね」
「ミッチェルブラザースとしてですね」
「はい」
 ドトールの問いに笑顔で答えた。
「今にやりますよ。今度コンサートがあるんです」
「ほう」
「ここで」
 そしてチケットを二枚取り出して二人に渡した。
「是非来て下さいね。お待ちしていますから」
「わかりました」
 この後四人は心ゆくまで杯を交わし合った。そしてそれから店を何件か回り酒を飲み続けた。
 翌朝ドトールは普段と全く変わらない様子で国防省に向かった。
 昨日の大酒の影響は全くない。どうやら酒にはかなり強いらしい。
「八条長官は来られているかな」
 彼は入口に立つ衛兵に問うた。
「はい、今しがた来られたばかりです」
「わかった」
 彼はそれに頷くと中に入った。そしてそのまま八条の執務室に向かった。
 そして二人は話をはじめた。全ては戦いの為であった。

 連合とマウリアの国境にあるアステロイド帯に彼等はいた。解放軍である。
 解放軍と名前だけはいいが実際は海賊そのものである。彼等は連合の中でもとりわけ大きな勢力を持つ宇宙海賊である。
 その数は一千万、艦艇は十万程である。殆どが連合各国やマウリアの旧式艦や改造した艦艇であるがその複雑な地形に適応したものであり彼等もまた地の利を心得ていた。そしてその操艦技術も優れたものであった。
 彼等の首領は田代勝広という。南アフリカ出身だが日本に不法入国してそこから人権派を自称する悪徳弁護士と結託して日本人国籍を習得した。この弁護士こそネゴロツキーであった。
 黒い髪に卑しい顔立ちの小柄な男である。原色を適当にまぶした悪趣味な軍服を着ている。彼は今本拠地である
アステロイド帯の中の一際大きな星の中にいた。
「連合軍が来るのか」
「はい、どうやらそうのようで」
 傍らに控える柄の悪い男が答えた。
「規模はどの位だ」
「そこまではわかりやせんがかなりの数を送り込んでくるようですぜ」
「フン、性懲りもなく」
 田代は下卑た笑いを浮かべながら言った。
「なあ、小泉さんよお」
 そして隣にいる薄汚い蛸の様な顔をした頭の禿た中年の男に声をかけた。
「山口さんのルートさえ知られてなきゃどうとでもなるんだが」
「それは安心しろ。知られる筈がない」
 その男は酒瓶を口から離して答えた。彼の名は小泉哲也、山口の腹心である。
「あのルートは誰にもわかる筈がない、例え連合軍でもな」
「それならいいんだ」
 田代はそれを聞いて安心したようである。
「いざとなったらそこから逃げればいいだけだしな」
「その後は任せておけ」
 小林は空になった酒瓶を床に放り投げて言った。
「山口先生が全てフォローして下さるからな」
「持つべきものは友達だな。山口には昔から世話になっている」
 彼等は同郷出身であり昔から交遊がある。山口の悪事の実行部隊を率いていたのが彼であり山口の裏の仕事を斡旋したのも彼であった。二人は持ちつ持たれるの関係なのである。
「ネゴロツキーもいるしな」
「ああ。あいつはこうしたことには本当に頭が回る」
 彼は山口だけでなくこの解放軍のブレーンでもあるのだ。
「とりあえず考えることはあいつに任せておこう」
「ああ。俺達は動けばいいだけだからな。ところで」
 田代は小泉に顔を向けた。
「まだ飲み足りないだろう。一緒に飲まねえか?ブランデーのいいのが入ったんだ」
「ブランデーか」
「ああ、密輸でな。とびきりの上等のやつだぜ」
「美味いか?」
「この前一本飲んだがいける。御前も飲んでみたらいい」
「わかった。じゃあ飲ませてもらうか」
「おう、遠慮する必要はねえぞ」
 そして彼等は奥に入って行った。そして二人でそのブランデーを楽しむのであった。
 飲んでいると手下が一人入ってきた。
「どうした」
 二人は赤い顔でその手下に顔を向けた。
「山口社長からです」
「社長から」
 小泉がそれにすぐに反応した。
「はい。どうやらこちらに向けられてくる連合軍のことでお話があるとか。すぐに指令室に来て下さい」
「わかった」
 二人はすぐに指令室に向かった。そこには各種の通信機器が揃っており、巨大なモニターも置かれていた。そのモニターに山口の姿が映っていた。
 目付きの悪い男であった。白い肌がまるで病人の様である。そして歯並びの悪い口を見せていた。その歯には煙草のヤニまで付いている。
 彼が山口義彦であった。表向きは正義派の連合議員であり連合政府の暴走に目を光らせている、と言われているがその素性は闇金である。それで巨大な利益を貪っているのだ。
 また土地転がしも得意である。そして株を操作し、そこからまた利益を手に入れる。手癖も悪く新入社員に手をつけたり裏の風俗で幼女を相手にしたりと非道の限りを尽くしている男である。
「おう、久し振りだな」
 田代は彼に対して声をかけた。
「そうだな。暫くそっちにも行っていないが元気そうじゃないか」
 山口はそれに返事を返した。
「おかげさまでな。ところで話ってのは」
「ああ、わかってるとは思うが連合軍のことだ」
「やっぱりな」
 田代はそれを聞いて酒で赤い顔を歪めさせた。
「それでどうなんだ?奴等の動きは」
「どうやら連合警察まで動かしているらしい」
「あそこなら怖くはないだろう。金が八条に手を貸す筈がねえ」
 八条と金の関係は連合においては誰でも知っているとこであった。
「確かにな。まあそれは大丈夫だろうが」
 山口もそう信じ込んでいた。彼はそのことには全く疑いを持っていない。
「ただ連合軍はそちらにはかなりの数を送り込んでくるようだぞ」
「フン、どれだけ来ても同じだよ」
 田代はあくまで強気だった。
「ここは俺達の庭だ。他の奴等には戦うことすらできねえよ」
「ほう、自信があるようだな」
「勿論だ。それはあんただって同じだろう」
「フフフ、確かに」
 山口はその下卑た顔をさらに下品なものにさせて笑った。実に卑しい顔であった。
「そう簡単には捕まるつもりはないからな」
「それは俺もだ」
 田代はそれに応えた。
「もっともっと楽しまなければな。折角生きていることだしな」
「それは私も同じだ」
 山口はそれに対して言った。
「金が欲しい、今よりもな」
「それだけ儲けていてまだ欲しいのかい、御前さんは」
「それは君も同じだと思うが」
「違いねえ。だが俺はちょっと違うぜ」
「女か」
「まあな。それもあるし酒もある。やりたい放題やれりゃあいいんだよ」
「他の者がどうなろうとな」
「おう、これからもそうやって生きようぜ、楽しくな」
「うむ」
 二人はモニターを通じて下品な笑みを浮かべ続けていた。そして品のない笑いが部屋の中に木霊していた。 

 

第六部第四章 ゲリラその一


                 ゲリラ
 オムダーマンの南方侵攻は続いていた。今彼等は予定通りムワッハド連合に侵攻していた。
 その数は二十個艦隊、アッディーン自ら指揮を執っていた。
 だが彼はいつものように前線にはいなかった。後方で全軍の指揮を執っているのだ。
「ムワッハド軍の動きはどうだ」
 彼は旗艦アリーの艦橋でタルジークに問うた。
「今のところこれといった動きはありません」
 彼はそれに応えた。
「前線でも目立った動きはないようです」
「そうか」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。
「やはりゲリラ戦を考えているとみてよいな、前線でそれだと」
「はい」
 タルジークはそれに同意する返事を返した。
「おそらく彼等は我々のすぐ側に潜んでいるでしょう」
「側にか」
「はい。この地図を御覧下さい」
 彼はここで艦橋のモニターのスイッチを入れた。そこにムワッハド星系の立体地図が映し出された。
「今我々がいるのはここです」
 彼は軍服のポケットからレーザーを出して説明をはじめた。
「御覧の様に周囲は極めて複雑な状況となっております」
「うむ」
 見れば上下左右にアステロイドが存在している。そして道が複雑に入り組んでいる。
「今我々はこの中を細長い列で進んでおります」
「進むだけでもえらく苦労させられているな」
「はい、そしてその周りには敵が潜むに適した場所が多々あります」
 その為今彼等は慎重に哨戒を続けながら進んでいるのだ。
「彼等は間違いなく我等の動きを監視しています。それを忘れてはなりません」
「そうだな。何時何処から来るかわからない」
 アッディーンはそれを受けて頷いた。
「彼等は彼等だけが知る道を持っているだろうからな」
「そうです。おそらくそれを使って攻撃を仕掛けてくるでしょう。そしてそれを使って逃げるでしょう」
「そして我々の消耗を待つ」
「はい、今までは首都を陥落させるなりして戦争は終わりましたが今回は違います」
「彼等がいる限り戦いは続くということだな」
「彼等が諦めない限りは」
「ふむ」
 アッディーンはそれを聞いて考え込んだ。
「ムワッハド政府との交渉はどうなっている」
「相変わらずです。徹底抗戦を主張しています。外交部も困っています」
「そうだろうな。彼等とて必死だ」
 政府との交渉で戦いを避けることは期待できなかった。あくまで戦いによって併合するしかないようである。
「市民の反応はどうだ」
「ムワッハドのですか?」
「そうだ。彼等は今どう考えている」
「それ程強硬ではないようです」
「穏健なのか?」
「どちらかというと、ですが」
 タルジークは答えた。
「市民としては戦いで自らの生活が脅かされるのだけは避けたいようです。彼等もムワッハドの市民でありそれなりに抗戦の意志はあるようですが」
「それでも生活が最も大事か。そうだろうな」
 人として当然であった。そしてゲリラ戦はその市民の生活を巻き込む可能性が高いのだ。
「では手段はあるな」
 アッディーンは言った。
「それは」
「すぐに全軍に伝えよ。一般市民に対しては何があろうとムスリムとしての誇りを忘れるな、同じムスリムとして扱え、とな」
「ムスリムとして、ですか」
「そうだ。それなら文句はあるまい」
 彼はそう言いながら言葉を続けた。
「そして何があろうとも市民の生活を保護せよとな。絶対に危害を加えてはならん。もし加えたならば軍法会議にかけ、階級を剥奪したうえで銃殺にする」
 極めて厳しい処罰であった。オムダーマン軍での最も重い処罰であった。
「階級を剥奪したうえでですか」
 それは軍人にとって最も残酷な刑罰の一つである。
「そうだ、それだけの重罪だということだ」
 アッディーンは真剣な顔でそう言った。彼は元々軍律には厳しかったが今回はとりわけそうであった。
「よいな、市民には何があろうと危害を加えるな。そして今まで通りの生活を保護せよ」
「わかりました」
「それから全軍に伝えよ。投降した将兵はこれまで通り武装解除したうえで迎え入れよと。捕虜として丁重に扱え」
「ハッ」
 タルジークはそれを受けて敬礼した。
「そして進撃は急ぐ必要はない。宙域を一つ一つ完全に掌握していくようにな。哨戒及び防衛を怠るな」
「そして補給路の確保もですね」
「そうだ。決して急ぐ必要はないからな。急いては事を仕損じる」
「わかりました。では全軍に伝えます」
「頼むぞ。ムワッハドを陥落させれば後の戦いがかなり楽になる」
 ムワッハドは南方の要地の一つである。この地から東、西、南と三方に向かうことができるのだ。
「では進撃を続けよ。宙域を完全に掌握するまでは決して動くことのないようにな」
「ハッ!」
 こうしてオムダーマンの作戦は決定した。彼等は何時になく慎重に軍を進めていった。そしてアッディーンの言葉に従い宙域を確実に掌握していった。それはこれまでの迅速な用兵からは考えられないものであった。
 それは北のシャイターンにも伝わった。
「これは考えたな」
 彼はその侵攻状況を資料で見て言った。
「どうやら彼は迅速に兵を進めるだけではないらしい。実に的確な用兵だ」
「的確ですか」
 側にいた若い将校がそれを聞いて言った。
「うむ、実にな。御前もこれを見て思うことは多いだろう」
「はい」
 その若い将校は彼の言葉に頷いた。
「兄上もそれは同じでしょう」
「否定はしない」
 シャイターンは弟に対して答えた。
「だが御前にはかなり学ぶべきことが多い筈だ」
「それはわかっております」
 見れば黒い髪と瞳の中性的な顔立ちの美少年である。背は高い方でありスラリとしている。
「あのアッディーンという方には只ならぬものを感じますから」
「御前もそれはわかっているか」
「ええ。今までの戦いを見ていると」
「ならばよい」
 シャイターンはそれを聞き微笑んだ。
「それならば言うことはない。兄としてはな」
「有り難うございます」
「だがアブーよ」
「はい」
「御前はまだ若い。学ぶべきことはまだまだある」
 見れば彼はまだ十代の後半といったところである。シャイターンの言うことはそれから見ても妥当と言えるものであった。
「このシャイターン家の三男としてやるべきことはわかっているな」
「無論です」
 彼はそう言って頭を垂れた。
「私はシャイターン家の剣となる定めですから。兄上がシャイターン家の主」
「そしてフラームが法」
 法皇である彼には当初からそれが求められていた。
「最もあの男は宗教家や政治家にしか向いていないか。戦場には立てぬ」
「人には向き不向きがあるということでしょうか」
「そうだな。私に法衣が似合わないように」
「私が軍服しか着ることができないように」
「そうだ。我々はそれぞれの果すべき役割がある。御前には私の下で思う存分働いてもらう」
「ハッ」
 アブーはそれを受けて敬礼した。
「シャイターン家の剣として」
「では姉上は」
「マルヤムか」
「はい」
 アブーはシャイターン家の末弟であった。彼と次兄フラームの間に姉がいるのである。
「そうだな」
 メフメットはそれを受けて暫し考えた。そして答えた。
「クイーンといったところか」
「クイーンですか」
「そうだ、クイーンだ」
 メフメットは笑いながら答えた。その笑みは妹に対して語る場合の笑みではなかった。
「わかるな、その意味が」
「はい」
「問題はこのクイーンを何時使うかだ」
「もう既にそれは決められておられるのでしょうか」
「いや、まだだ」
 彼は弟の言葉に首を横に振った。
「父上とフラームにも話をしておかねばな。クイーンは大事な宝だ」
「はい」
「使い方を誤れば我等にとっても危うい。いや、誤ってもそれはそれで面白くなるかもな」
「といいますと」
「何でもない。こちらの話だ。忘れろ」
「わかりました」
「ところで話は変わるが」
 メフメットは話題を変えてきた。
「はい」
「エウロパの軍拡はかなり大規模なもののようだな」
「はい、これまでの兵の倍以上を集めているようです。目標は二百個艦隊、そして三億を超える兵を揃えているとか」
「またかなり大規模だな。一度に二倍以上にするとは」
「おそらく連合を意識したものかと」
「そうだろうな。それ以外は考えられぬ」
 それはメフメットにはすぐにわかった。
「だがそれだけではないだろうな」
「はい」
「総督府の軍もかなり増強しているそうだな」
「ええ、これまでの十個艦隊から二十個艦隊になりました。そして本土との航路を整備しております」
「いざとなったらその航路で一挙にこちらへの侵攻も可能だ」
「動くでしょうか」
「いや、それはないだろう」
 だがメフメットは弟の危惧を否定した。
「そこまでの余裕は今の彼等にはない」
「そうでしょうか」
「国力の問題ではない。精神的な問題でだ」
 彼は弟に対して語った。
「今彼等の目と心は連合に向けられている。とても我々に向ける余裕はないだろう」
「そうでしょうか」
「その証拠に最近総督府の目立った軍事行動はないだろう」
「それはそうですが」
「今はそれどころではないのだ、彼等も。だが我々がそれで気を抜いていいわけではないぞ」
「はい」
「わかっているな、軍備は常に備えておかなければならない。そしていざという時に動かすのだ」
「わかっております。既に傭兵の募集に当たっております」
 アブーはにこやかに笑って答えた。
「早いな。だがそれでいい」
「はい」
「だがそれだけでは足りない。徴兵の方はどうなっているか」
「そちらも順調に集まっております。このままいけば二十個艦隊は組めるようになるかと」
「そうか。ではあとは艦艇だな。そちらはハルシークに任せてあるが」
「参謀総長には私からお話しておきましょうか」
「いや、それには及ばない」
 メフメットはアブーを制止した。
「私が話そう。だがその場には御前も同席するようにな」
「わかりました」
「これも勉強だ。近い将来の為にな」
「ハッ」
 アブーは再び頭を垂れた。
「やることはまだまだある。事を進めるのはそれからだ。その時にはアブー」
 メフメットは弟をその黒い目で見た。琥珀の様でいてその中に深い闇をたたえた瞳であった。
「御前には十二分に働いてもらうぞ。我が軍の将の一人として」
「承知」
 彼は兄の前に片膝を折った。
「この命、我がシャイターン家に捧げましょう」
 そして頭を垂れる。メフメットはその弟を琥珀の瞳で見下ろしていた。 

 

第六部第四章 ゲリラその二


 連合の首都地球に近い日本の播磨星系の惑星の一つ神戸に彼等はいた。
 この星系は日本の中では重工業及び商業で知られている。各国の船や人が行き交い、そして工場から活気が聞こえてくる。そうした賑やかな星系であった。その繁栄は日本においては美原星系に次ぐものであった。
 その中で神戸はこの星系に複数ある人の居住している星の中では商業都市として有名であった。連合でも屈指の交易都市であり、多くの企業の本社もここにある。
 その中には山口の会社である『ニアー=オリエント社』もある。表向きは厚生や金融を取り扱っている企業だがその実は闇金である。
 社員は暴力団出身かそれに近い者が多い。山口自身もその経歴は胡散臭いものだという噂がある。
 今そこに入ろうとする男がいた。白髪に異様に醜悪な顔をしている。人のものとは思えない。まるで仮面劇の悪役の仮面の様な顔だ。警衛の柄の悪い男が彼に頭を下げる。
「うむ」
 彼はそれをふんぞりかえって受ける。そしてビルの中に入っていく。
 エレベーターを使い上にあがる。そして最上階に来た。
「ようこそ」
 いきなり銃で武装した男達に呼び止められた。
「山口さんはいるか」
 男は彼等に問うた。
「はい。お待ちしております」
 彼等はそれに答えた。男はそれを受けると彼等に言った。
「よし、じゃあ案内しろ」
「はい」
 そして武装した男達に案内されて社長室に来た。武装した男の一人がそのドアを開ける。
「ネゴロツキー弁護士が来られました」
「おう」
 中から男の声が気負えてきた。
「お通ししろ」
「わかりました」
 男はそれを受けて来訪者、すなわちネゴロツキーに顔を向けて言った。
「どうぞ」
「おお」
 彼はそれに鷹揚に頷き部屋の中に入った。そこは下品に装飾された執務室であった。
 悪趣味な部屋であった。やたらと金で飾り置かれている彫刻も裸婦の淫らな格好のものばかりでおよそ品性とは無縁であった。おまけに後ろにはヌードポスターまで貼られている。女性が見たらすぐに胸を悪くしそうな部屋であった。
 その奥にある金で作られた机に彼はいた。言わずと知れた山口である。
「来てくれたか、久し振りだな」
「地球はどうだった」 
 ネゴロツキーは彼に尋ねた。
「おう、まあまあといったところだな」
「そうか」
「ただ田代から連絡があってな」
「何と言っていた?」
 彼はそれに尋ねた。
「連合軍は安心して任せろといったことを言っていたな。今までと変わりがないと」
「だといいのだがな。今までの討伐軍と同じだと」
「ああ。どうやら八条は本気なようだからな。百個艦隊を差し向けるらしいぞ」
「海賊相手に百個艦隊か」
 エウロパの全艦隊に匹敵する戦力である。それを海賊討伐に使うなぞ前代未聞であった。
「俺は下院の軍事委員も兼ねているのだがな」
「先月なったんだったな」
「ああ。それによるとマウリア軍と共同して包囲するつもりらしい」
「兵糧攻めか」
「そのつもりらしいな。そしてゆっくりと消耗を待つつもりらしい」
「そうか。それなら問題はない」
 ネゴロツキーはそれを聞いて安心したように笑った。
「あの道があるからな」
「ああ。俺もそう考えている」
 山口もそれに頷いた。
「あの道がある限り幾ら他の道を塞いでも同じことだ」
「そういうことだ。奴等はどうやらそれには気付いていないらしいな」
「連合軍にはわからねえだろうな。俺達が秘密の道を通って動いていることには」
「それはそうだろう。奴等の領内でないしな」
 その道はどうやらマウリア側にあるらしい。
「マウリアにしてもその道は知らないしな」
「海賊だけの道だ。思いきり利用させてもらおう」
「うむ。では別の話に入るか」
「おう。何だ」
「今度の商談だがな」
 二人は今度は裏の世界の商談に入った。そっれについて話す二人の顔は極めて醜悪なものであった。彼等は話が終わるとさらに下卑た笑いを浮かべた。
 話を終えるとネゴロツキーはニアー=オリエント社を後にした。その時にはもう日が暮れていた。
 彼はそのまま夜の街に向かった。そしていかがわしいバーに向かった。そこは山口の直営店である。
「おう、今日は俺の奢りだ」
 彼はホステス達に囲まれてご満悦であった。
「どんどん飲め、そして踊れ!」
 ホステスの胸に札束を押し込んだり太腿にむしゃぶりついたりしている。店は貸切なので彼の他には客はいない。それをいいことにやりたい放題であった。
 たらふく飲み食いした後で店を後にする。彼はもう骨まで酔っていた。
「ふうう、随分飲んだな」
 泥酔しきっていた。迎えを呼ぼうと携帯を取り出す。
「ん!?」
 だが携帯のバッテリーは壊れていた。つかない。
「ちっ、やっぱり安物は駄目だな」
 彼は舌打ちをしてその携帯を地面に投げつける。そしてそれを足で砕いた。
「大丈夫ですか?」
 そこに制服を着た警官が姿を現わした。日本の警察の制服であった。
「ああ、大丈夫だよ」
 彼は赤い顔でいささかロレツが回らなくなってきた声で答えた。
「いいから放っておいてくれ」
「いえ、そういうわけにはいきませんから」
 だがその警官は彼を無視しなかった。
「酔いを醒ます為にこちらへ」
「おい、待て何処へ連れて行くつもりだ」
 トラバコに連れて行かれるのでは、と酔った頭で思った。だが実は違っていた。
「いいですからこちらへ」
「おい、離せよ。俺を誰だと思ってるんだ」
 そして彼は交番に連れ込まれた。
「さあ、ここに入って下さいね」
「おい、出せよこの野郎」
 彼はまだ喚いていた。だが警官は彼を部屋に入れるとそこに鍵をかけた。そしてその場を後にした。
 それから交番の奥に向かった。そこには一人の男が座っていた。
「ネゴロツキーの身柄を確保しました」
 彼は敬礼してその男に報告した。
「御苦労」
 それはドトールであった。彼は制服の警官に答えると立ち上がった。
「では水を与えよ。自白剤を入れたものをな」
「ハッ」
 この時代では拷問はない。う二十世紀のそれとは比較にならない程の性能を持つうそ発見器や後遺症のない自白剤が開発された為それを使用するのだ。これにより冤罪も殆どなくなりスパイの摘発も楽になっている。
「それから待機しているスタッフ全員に集合をかけろ。アラガル長官とンガモ准将にも連絡してな」
「わかりました」
 彼はキビキビとした動作で次々と指示を出す。
「自白剤はとりわけ強力なのをな。あの男程の悪党になると容易には口を割らないだろうから」
「はい」
「ではすぐに尋問を開始しよう。用意はいいな」
「今準備しているところです」
「よし。ではそれが整い次第すぐに取り掛かるぞ」
 こうしてネゴロツキーへの尋問が開始された。彼は自分でも気付かないうちに全てを告白してしまっていたのだ。
「これでよし」
「はい。ところで」
 警官がドトールに尋ねた。
「何だ」
「今この男はどうしますか」
「そうだな。今は離しておこう」
「わかりました」
 そして酔いが醒めたところを見て放された。彼は悪態をつきながら交番を後にした。
「何も疑ってはいませんね」
 警官はそれを見送りながらドトールに対して言った。
「そうだな。愚かな奴だ」
 ドトールはその後ろ姿を見送りながら笑っていた。
「自分のこれからの末路も知らないで」
「はい。ですがこれであの男も山口も終わりですね」
「ああ。では早速明日から強制捜査に入るぞ。証拠は全てここにある」
 彼はそう言いながら手に持っているメモを警官に見せた。
「はい、思う存分やりましょう」
 そして夜が明けた。ネゴロツキーは二日酔いの頭で自分のオフィスに向かった。
「まだ頭が痛みますか?」
 机に頭を抱えながら座り込むネゴロツキーに秘書が尋ねた。見れば如何にも、といった感じの柄の悪い男であった。
「ああ、薬と水を持って来い」
 彼はそれに対してこう答えた。すぐに秘書は薬と水を持って来た。
 それを飲む。次第に頭の痛みがとれてくる。そして冴えてきた。
「ふう」
 彼は大きく息を吐き出して自分のオフィスを見回す。そこは何処から持って来たのか悪趣味な飾り物で埋め尽くされていた。あの山口の執務室と全く同じであった。
「今日も金が入る仕事をしないとな」
 彼はそう呟いた。そして電話を手にした。取引先に電話をかける。そこは山口と関係のある貿易会社だ。裏では麻薬を取り扱っている。
「俺だ」
 顔見知りなので気軽な言葉をかけた。だが返事をしようとしたその声が急に消えた。
「!?どうしたんだ!?」
 彼はそれを聞いて一瞬向こうで何が起こったのかわからなかった。だが次の瞬間には自分の身でもって何が起こったのかわかった。
 

 

第六部第四章 ゲリラその三


「動くな!」
 何者かがオフィスに入って来た。それも一人ではない。
 彼等はすぐにオフィスを占領した。そして一斉にネゴロツキーに銃を突きつける。
「ネゴロツキーだな」
 その中央にいるやや小柄な男が彼に対して問うた。
「そ、そうだが」
 彼はいささか怖気づきながらも返答した。
「貴様等は何者だ!?マフィアか!?」
「私達がそう見えるか」
 だがその小柄な男は彼に不敵に返した。
「クッ、じゃあ」
「そうだ。予想通りだ」
 男はそれに答えた。そして名乗った。
「連合国防省テロ対策部部長アラガルだ。この名は知っているだろう」
「国防省が何故俺のところに」
「連合警察と共同作戦を採っていると答えようか。これだけ言えばわかるな」
「クソッ・・・・・・」
 ネゴロツキーはそれを聞いて歯噛みせずにはいられなかった。だがそうしたところで今更どうにでもなるものではない。
「既に貴様も山口もその一派のところにも全て手は回っている。観念するんだな」
 ネゴロツキーはそれには答えられなかった。後ろでは秘書達が連行されている。
「よし、これより捜査を開始する。すぐに取り掛かれ」
「ハッ」
 アラガルの指示が下る。周りの者達はそれを受けて動きを開始した。
 これは山口のところも一緒であった。ニアー=オリエント社及びその関連企業は一斉に連合警察の一斉捜査を受けた。罪状は詐欺、密売、密造、偽造、違法取引と様々であった。特に解放軍のとの繫がりを重点的に捜査された。
 これを受けてニアー=オリエント社の株は暴落した。そして捜査開始から三日後には関連企業、傘下の企業も含めて上場廃止となった。
 山口はこれまでの罪状を徹底的に捜査された。そして議員としての資格を全て剥奪され留置所に入ることになった。そしてネゴロツキーや小林共々裁判にかけられることとなった。死刑は確実と言われていた。
 また解放軍の秘密の道も発見された。連合軍は早速その道を押さえた。これにより彼等は完全に袋の鼠となった。
「これでよし、といったところかしら」
 伊藤は電話で八条に対して言った。
「いえ、まだです」
 だが彼はそれに慎重な様子で答えた。
「まだこれからですよ」
「あら、慎重ね」
 伊藤はそれを聞いて笑って返した。
「まだ彼等は健在ですから。一千万もいると流石に対処に困ります」
「サハラだとちょっとした国の軍程の規模だからね」
「はい。今のところマウリア軍と共同して兵糧攻めにしていますが」
「それでいいと思うわ」
「そう思われますか」
 彼は電話の向こうで彼女の言葉を受けて微笑んだ。
「ならばいいのですが」
「攻め込むつもりはないのね」
「はい。当初は少しずつ攻め込むつもりでしたが」
「地形を考えて止めたのね」
「ええ。地の利は彼等にありますから。このまま彼等が疲弊するのを待つことにします」
「けれどそれで市民が納得するかしら」
「市民が」
「そうよ。彼等はいつも戦いが早く終わることを願っているわ。特にマウリアとの交易をしている人達はね」
「それはわかっております」
 八条は答えた。それがわからぬ彼ではなかった。
 実はこの解放軍の討伐はマウリアとの交易を行っている貿易商や企業からの要望もあったのだ。中にはそれで生計を立てている者も多い。彼等にとってはマウリアとの通商の回復は命そのものである。
 だが今は交戦中である。これでは通商も交易も不可能である。それは彼等にとっては死活問題である。
 彼等にしてみれば生活がかかっている。家族や従業員のこともある。だからこそ早期の解決を望んでいるのだ。
「ですが下手に攻め込んで損害を出すのもどうかと思いますし。企業や貿易商には中央政府から補償金を出しておりますし」
「それでも限度があるでしょう?中央政府だってそんなに潤沢ではないし」
「はい」
 中央政府の収益は黒字である。だが楽観視できないのが国家の財政だ。今は潤沢でもすぐにそれは赤字に転落するものなのである。
「そうそう長い間交戦状態にあって通商をできなくしていてはまずいのじゃないかしら」
「はい」
 八条はそれに頷いた。
「ではそれを今からの会議で話し合うことにします」
「それがいいわね。けれど無理は駄目よ」
 伊藤はそう忠告することも忘れなかった。
「損害を出しても同じだから」
「難しいですね」
「戦争はそういったものよ。特に民主主義国家の戦争はね」
 他の政治形態の国家よりも市民の支持や声を意識しなくてはならない。一歩間違えればそれが作戦の失敗や敗戦にも繋がる。そうして敗戦した例もある。また無益な戦争に走る怖れもあるのだ。有権者の声は時として危険な刃にも成り得ることの証左の一つでもある。
「けれどそれを巧く処理してこそ政治家というものよ」
「はい」
「だからこそ面白いと言えば暴論かしら」
「そうでしょうね」
 八条はその言葉に苦笑せざるをえなかった。
「民主政治では戦争は難しいものだけれど」
「海賊との戦いも戦争ですか」
「そうね。戦闘ではあるわね」
 戦争と戦闘はまた違うものではあるが。
「どちらにしろ損害を出すのは好まれないわね」
「はい、それが難しいところです」
「時間をかけるのも駄目、さあどうするつもり?」
「何とかするしかないですね。このまま時間をかけてもマウリアとの通商が滞り支障をきたしますから」
「そうね。けれど貴方なら何とかできると思っているわ」
「それは買い被りですよ」
「そうじゃないと思うわ、うふふ」
「また。からかわないで下さいよ」
 こうして二人の電話での会話は終わった。暫くして木口が入って来た。
「会議のお時間です」
「うん」
 彼はそれに頷き立ち上がった。そして部屋を出て会議室に向かった。
「今回は南西地区の艦隊司令も来ているのだったな」
「はい、作戦の実行段階の詰めの会議ですから。特別に来てもらいました」
「よし。あの地区の艦隊司令はカーロス=クラウス元帥だったな」
「はい」
 カーロス=クラウスはベネズエラ出身である。背はそれ程大きくはないが茶色の髪を整え口髭をたくわえた気品のある老紳士である。ベネズエラ出身であるが名がラテン系でないのは彼の祖先のルーツがオーストリアにあるからだ。そのせいか彼はよく『老貴族元帥』と仇名されるが彼は自らがベネズエラ国民、そして連合市民であることに対して強い誇りを持っている。
「あと地区司令もお呼びしています」
「ハリアム=モハマド元帥か」
「はい、あの方も出席されています」
「そうか。ううむ」
 八条は彼の名を聞いて難しい顔をした。
「どうかされたのですか?」
「いや、あの人は難しい人だから」
「ああ、成程」
 木口はそれを聞いて納得したように頷いた。
「確かに。昔の我が国でいう薩摩隼人といった方ですからね」
「マレーシア人というのはそうした人が多いな。剛直というか何というか」
「昔からですね。二十世紀の終わりからでしたか」
「ああ。あの頃からアメリカにも中国にも強硬に主張する。当然我が国にも」
「東外相もぼやいておられたそうで」
「この前マレーシア首相と会談したそうだな」
「はい、そこで日本との貿易を巡ってかなり激しいやりとりがあったとか」
「で、東外相はどうされたのだ」
「何とか踏み止まられたそうですがかなり譲歩されたそうです。あんなに手強いのはアメリカにも中国にもいないと仰っていたそうです」
「まああの人は元々中南米各国との交渉にあたっていた人だからな。中南米にはああいったタイプはあまりいない」
「いや、他の国にもいませんよ」
「そう言えばそうだけれど。それにしてもマレーシア人、特にモハマドという姓にはそうした人が多いような気がするな」
 ただしこの二人のモハマドには血縁関係はない。マレーシアには多い姓であるだけである。
「そういえばそうですね」
「連合にいる元帥の中であの人が一番頑固だ」
「頑固ですか」
「それだけじゃない。剛直だしそれでいてバランス感覚もとれている。手強いよ」
「長官でも苦手な方がおられるのですね」
「いや、あの人は特別だよ」
 こうした話をしながら廊下を進んでいく。そして会議室の前に来た。
「どうぞ」
 衛兵が敬礼をした後扉を開ける。木口は入口に残り彼を見送る。八条はそれを受けて会議室に入った。
 

 

第六部第四章 ゲリラその四


 すぐに中にいる制服の男達が席を立ち彼に敬礼する。彼はそれを受けて返礼すると彼等を席を着けさせた。
 それから自分の席に着く。そして言った。
「今回の会議ですが」
「はい」
 元帥達が彼に顔を向ける。
「新たに発見された解放軍の秘密の道です」
 ここで彼は三次元モニターのところにいる士官に合図を送る。すると彼はモニターのスイッチを入れた。
 そこに解放軍の勢力圏のアステロイド帯の地図が映し出される。そこには新たにマウリア側から続く一つの道が書き込まれていた。
「この道が新たに発見されたことは大きな意味を持つと言っていいでしょう」
「そうですね。やはりまず山口達を押さえたことは大きいと思います」
 マナドが言った。
「そうでなければその道を発見することはできなかったでしょうから」
「はい。これには連合警察との共同作戦が功を奏しました」
「ドトール長官ですね」
「ええ。あの方の独自の捜査から発見されました」
「流石ですね」
 ドトールの捜査能力は有名である。
「流石は敏腕刑事で鳴らしたことはある」
 バールが称賛の言葉を述べた。
「確かかっては名刑事だったそうですね」
「そうらしいですね」
 八条がそれに応えた。ドトールは刑事として名を馳せそこからキューバ警察長官となり、連合中央警察長官に抜擢されたのである。あくまで刑事であったのだ。
「おそらくその能力を生かされたのでしょう。しかしそのおかげでこうしてこの道を見つけることができました」
「はい」
 元帥達は頷いた。だが内心では別のことを考えていた。
(内相との話し合いでは相当苦労されただろうな)
(よく話がまとまったものだ、あの鉄の女と)
 彼等も自分達の長官と内務省の女教皇の仲は知っていた。金はそのあまりもの潔癖さと厳格さから『内務省の女教皇』とまで呼ばれていた。タロットカードからとられているが実際のカードの意味とは全く違っている。ちなみに八条は若き皇帝とされている。こちらは例によって若い娘達によって名付けられている。
「さて、問題はこの道をどう使うかです」
 八条は彼等の心の中はおおよそわかっていたがとりあえずはそれを置いておいた。そして話を続けた。
「今までの作戦計画に倣うと封鎖するのが妥当ですが」
 既に連合軍はマウリア軍と協同して解放軍の包囲に取り掛かっていた。この道はマウリア側にその入口がある。
「それについては皆さんはどう思われますか」
「はい」
 まずはモハマド元帥が手を挙げた。
「それについて考えがあります」
「はい」
 八条は彼が手を挙げたのを見て内心やはり、と思わずにはいられなかった。
「地の利は彼等にあります。それを考えるとこの道を封鎖し長期に渡って兵糧攻めにするべきであると思います」
「つまり現状の作戦通りにするべきだと」
「はい、私はそう考えます」
 彼はそれを受けて頷いた。
「時間こそかかりますがこれが最も確実な方法ではないでしょうか」
「ふむ」
 八条はそれを受けて考える顔をした。
「わかりました。ではまずはこの意見を第一案と致します」
 彼は元帥達を見回してそう伝えた。
「他に意見はありますか」
「はい」
 ここでクラウスが手を挙げた。
「私はモハマド司令とは別の考えです」
「といいますと」
「はい。発言して宜しいでしょうか」
「どうぞ」
 他の者の発言を禁じるような八条ではない。当然それを認めた。
「では」
 クラウスはそれを受けて席を立った。そして口を開いた。
「まずは兵を増やして頂きたい」
「現在の百個艦隊よりもですか」
「はい。倍は欲しいです。それをまずお願いしたいのですが」
「ふむ」
 八条はそれを聞いて口に手を当てた。
「まずはその理由をお聞かせ下さい。それ次第です」
「はい」
 クラウスはそれを受けて話をはじめた。
「攻め込む為です。まずは今回発見された道に主力を向けます」
「はい」
「そして他の道からも軍を向けます。道を確保しながら少しずつ兵を進めていきます」
「当初の侵攻計画と同じですね」
「はい。ですが主力をマウリア側からの道に向けていると事情がかなり違ってくると思います」
「といいますと」
「解放軍の目がそちらに向かわざるを得ないからです。そして彼等はその道に多くの伏兵を配するでしょう」
「そうでしょうね」
 これは当然予想される事態であった。ここにいる全ての者が容易にそれを予想できた。
「そこで他の道からも兵を向けるのです。ですがそれは今までの百個艦隊では不十分であると考えます」
「それは何故でしょうか」
 八条はそこでまた問うた。
「地の利は彼等にあります。おそらく後方の撹乱に出て来るでしょうから。その為に兵はより多く欲しいのです」
「成程」
 これは奇しくも今南方でアッディーンが採っている戦略と同じであった。だが彼等はそれは知らない。
「そしてジワリジワリと進んで行きます。そして彼等を包囲の中に包み込むのです」
「心理的にも圧迫を加えていくのですね」
「はい、それも考えています。そうすれば内部分裂も誘うことができましょう」
「そうなれば討伐はより容易になりますね」
「そうですね。そしてこちらに向けられる兵も減ります」
「ふむ」
 八条はその整った眉を微かに動かした。
「長官はどう思われるでしょうか」
 クラウスはその眉の動きを見て彼に問うた。八条はそれに答えた。
「悪くはないと思います。ですが中には狭い道も多い。ティアマト級戦艦が通過出来ないような道もありますね」
「はい、そこは他の艦艇で押さえていかなければなりません。また後方の航路確保にはパトロール艦も有効であると考えます」
「元々そうした任務の為の艦ですからね」
「後は個々のアステロイドに配備されている砲座やミサイルに注意して進めていけばよろしいかと。そして彼等の本拠地を目指すのです。それでどうでしょうか」
「私としてはそれで反論はありませんね」
 八条は落ち着いた声で答えた。
「他の方はどうでしょうか」
 ここで彼は列席者見回した。見たところ反論する者はいない。
「モハマド元帥もそれでよろしいでしょうか」
「はい」
 ここで一同は反論が出るものと思っていたがその予想は外れた。意外にも彼はそれに同意したのだ。
「私もクラウス元帥の考えに賛成致します」
「そうですか」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「では裁決をとります」
 彼は立ち上がって一同に言った。
「今回の解放軍討伐はクラウス元帥の案に基づいて進めていくことにします。それで宜しいでしょうか」
「ハッ!」
 皆一斉に席を発った。そして八条に向けて敬礼をする。これは反論んし、ということであった。
「わかりました」
 彼はそれを受けて頷いた。
「ではそれで進めていくことにします。作戦の総司令官はクラウス元帥」
「ハッ」
 彼はそれを受けて敬礼した。
「スタッフは南西地区の者よりクラウス元帥が選ぶものとします。参加兵力は二百個艦隊、四億」
 これだけでマウリアの全兵力に匹敵する。連合軍の巨大さがわかるものであった。
「攻撃目標は解放軍及びその本拠地、目的は海賊掃討」
 あくまで正規戦ではないと規定した。これには政治的意味合いもあった。
 海賊を正規軍と認めるわけにはいかないのだ。そこにまたゲリラ等とみなしてもいない。あくまで犯罪者として取り扱う必要があるのである。これはそこに付け込もうとする怪しげな団体の介入を排除する為でもあった。現に彼等は山口率いるニアー=オリエント社と結託していたのであるから当然であった。
「では作戦発動は三ヵ月後とします」
「はい」
 時刻も決定された。いよいよ全てが整ってきた。
「ではこれで会議を終わります。勝利を我等が手に」
「ハッ!」
 元帥達が最後に再び一斉に敬礼した。こうして会議は終わった。
 会議が終わった後モハマドとクラウスは二人で食事を採っていた。場所は国防省の食堂である。
 連合軍においては食堂は一つになっている。将校も下士官も兵士も関係ない。皆一つの場所で同じような食事を採っている。時には八条もここで食事を採る。
 これも連合軍の特徴の一つであった。連合軍には階級は確かに存在するがその居住や食事には区別はなされてはいないのだ。
 ここには一つの事情がある。やはり待遇であった。
「連合軍では一兵士も昔の将校と同じ待遇が得られる」
 そう宣伝しているからにはこうしたことになるのも当然であった。またここには断絶しがちな将校と兵士の関係を結び付けるという意味もあった。
 

 

第六部第四章 ゲリラその五


 元々連合は階級社会ではない。だからこうしたこともすぐに受け入れられた。エウロパとは根本から違う。
 エウロパでは将校と下士官、兵士の差は極めて顕著である。食事も居住環境もまるで違う。当然給与もだ。連合も将校と下士官、兵士ではかなり違うがエウロパはその比ではない。連合においては新兵と大学、若しくは士官学校を卒業し研修を終えて少尉となった者の給与は二倍程度である。責務が違うからこれは当然であると考えられていた。そもそもその新兵の給与も他の職の給与と比べればかなり高く設定されている。そうしなければ人が来ないという志願制のジレンマもあるが。
 だがエウロパでは何と五倍になる。当然将校には貴族が多い。連合の将校が士官学校や大学だけでなく下士官候補生や少年兵出身者、叩き上げのベテラン等から幅広く登用しているのとはかなり事情が違う。連合軍設立前であるがキロモトは下士官候補生から将校になり、八条も一般大学から日本軍の少尉になったのとは違うのである。貴族は兵士になることはない。平民とは違うのである。
 そしてその待遇もやはり違ったものになる。他の職や社会よりも軍ではそれが顕著になっている。軍は階級社会の象徴そのものであるからだ。
 これが連合にとっては格好の批判材料になる。彼等は口々にこう言う。
「差別そのものの象徴に他ならない」
「軍を支える連帯意識の放棄だ」
 と。だがエウロパの将校の質はかなり高いので昔から定評がある。これは連合の者も渋々ながら認めている。
 連合軍では将校も下士官も兵士もバランスよく能力を整える考えだ。軍律は非常に厳しいが教育や訓練は比較的穏やかなものとなっている。特殊部隊は別にしても鉄拳制裁も禁止されているし罵声も極めて少ない。やはり志願制である、そして紳士を育てる為でもあった。
 精兵を育てる必要はないというのが連合軍、そして八条の考えであった。バランスのとれた平均的な将兵を必要と考えているのだ。連合軍で必要とされているのは一人の名将や僅かな精兵ではなく多くのバランスのとれた普通の将兵であった。それ以外は求めてはいなかった。
 だがエウロパでは違うのである。下士官や兵士よりも彼等を指揮する将校に重きを置く。そしてその求められる責務や能力も非常に大きい。従ってその給与や待遇も違ってくるのである。
「その立場に相応しい能力や行動を持て」
 これがエウロパの考えである。所謂高貴な者の責務であった。だからこそ彼等は積極的に軍に入り、そして死地にも赴く。考え方が連合のそれとは違うのであった。
 連合では軍人はあくまで職業の一つである。これは将校も兵士も変わりはない。だがエウロパでは軍人になることは高貴な者の責務と考えられている。貴族はそこで正しき行動をとり、部下を指揮することが求められる。従って求められるものも大きくなっていく。
 軍人は職業であるから食堂も食べているものも同じになるのが連合である。だがエウロパでは職業とは認識されてはおらず言わば騎士なのである。彼等はこの時代においても騎士であるのだ。
 連合とエウロパの軍人に対する考え方はこのようにかなり違う。サハラはさらに異なる。多くの国は徴兵制を採り、そして士官学校がなく全て一兵卒からはじまるかってのイスラエルの様な軍制の国家もある。絶えず戦争が行われている為一兵卒から提督になるケースも多い。また彼等は信仰によってその意義が認められている。彼等は軍人である前にアッラーの戦士であるのだ。
 マウリアは連合と似た感じである。ただしカーストの名残が見られる。このように各国でかなり違っているのだ。
  二人はこの時アドボとシニガン、そしてヒープンギザドに米を食べていた。どれもフィリピンの料理でありアドボは鳥に大蒜やローリエを入れた煮込み、シニガンは酸味を効かせた玉葱やトマト、魚のスープ、ヒープンギザドは海老のココナッツ煮である。二人は向かい合って食事を採っていた。
「ふむ」
 モハマドはアドボの鳥肉を口にしながら呟いた。
「柔らかいな。よく煮込まれている」
 彼はイスラム教徒なので豚肉の入っていないアドボを食べていた。
「そうだな。ここの給養員は腕がいい」
 クラウスもアドボを口にしていた。見れば彼等の隣には私服の少年達がいる。見学の学生らしい。
「美味しいね、これ」
「うん」
 見れば彼等もこの料理に舌づつみを打っている。二人はそれを横目で見た。
「子供にも評判がいいな。これはいいことだ」
「そうだな。軍の食事はまずいという認識が何処かになるからな。これはいいことだ」
 クラウスは箸を手にした。そして白い飯を口に入れる。
「この米もいい。あっさりしていてな」
「そうだな。米はやはりあっさりしたのがいい。こうした料理には特にな」
 二人はどちらかというと細長い米が好きである。八条とは趣向がまた違っている。
「長官はどうやらあの粘りのある米がお好きなようだがな」
「そうか。流石は日本人だな」
 モハマドはそれを聞いて思わず苦笑した。
「日本人の趣向は昔から変わらないな。生の肉や魚を好んで食べるし粘りのある米が好きだ」
「食べてみるとあれも案外美味いがな」
「だが最初見た時は驚いたぞ。寿司にしろな」
「外国でも魚を食べたがる。この前のことを覚えているな」
「ああ、あの時のことだな」
 モハマドはそれを聞いて端を止めた。
「あれは凄かったな。まさか生で食べるとは思わなかった」
「レシフェ星系産のピラルク。食べられるとは思わなかったな」
 レシフェ星系は北西地区にある星系である。ブラジル領でありその中の惑星の一つは熱帯雨林の星である。ピラルクはそこにいる。
 地球のピラルクよりも遙かに大きく十メートルを超える。だがその性質は大人しくこの星の者には親しまれている魚である。
「寄生虫の心配がなく、しかも食べてもいいと聞いたらすぐに鱗を落として包丁で切りだしたからな。私も相伴したが」
 クラウスがあの時のことを思い出しながら語る。
「私は食べていないんだ。美味しかったのか?」
「ああ。癖がなくてな。醤油とよく合った。その日本人が持って来た山葵と一緒に食べた」
「そうか」
「早速店が出来たからな。あれは繁盛するな」
 クラウスの予想は当たった。それから暫くしてこのピラルクの刺身はレシフェ名物となる。
 彼等はそうした話をしながら食事を採った。そしてそれを終えると席を立ち国防省を出た。それから車中の人となり空港に向かった。
 そこの一室に入った。予約していた部屋だ。彼等はそこに入ると向かい合って座った。
「ところでだ」
 今度はクラウスが口火を切った。
「私の案通りに行くことになったがそれでいいのだな」
「無論だ」
 モハマドはそれに応えた。
「それが一番だと思っている」
「では何故あの時持久策を出したのだ?確かに今までだとあれが一番だが」
「貴官の次の案が受け入れられ易いようにと思って出したのだが」
「私の!?」
 クラウスはそれを聞いて眉を動かした。
「そうだ。私の案に対抗する形で出せばそれだけ通り易いだろう。そう考えたのだが」
「成程な。そういう考えがあったのか」
「そうだ。解放軍の急所が見つかった以上そこを衝かない手はない。最早彼等の命運は尽きているのだ。ならばすぐにその命を絶つべきだ」
「そしてマウリアとの航路を回復させる、か」
「そうしないと色々とまずいからな。今回の作戦は迅速さが要求される状況になってきた」
「財界から要求があるからな、南西地区の」
「私のところにもその話は届いていたからな。おそらく中央にも来ているだろう。それに財界だけの問題でもない」
「労働界にもか。話は複雑だ」
 連合では労働組合の力は比較的弱い。だが個々の労働者の権利は保障されなければならないのは言うまでもない。マウリアとの航路の回復は彼等にとっても早急に果されるべき事柄であるのだ。
「だからな。あえて貴官の案が通り易いようにあの案を出したのだ。今この時期に慎重案を出しても受け入れられないのはわかっているからな」
「そうだったのか」
「後は貴官が前線で指揮を執るだけだな。後方支持は私に任せてくれ」
「わかった、頼むぞ」
「うむ、任せてくれ」
 二人は話を終えると部屋を後にした。そして乗艦し南西地区に戻った。戦場に赴く為に。
 それからすぐにクラウスの指揮の下解放軍への全面攻撃が開始された。その侵攻は着実に彼等を追い詰めていった。
 連合、マウリア共同軍の損害は全くと言っていい程なかった。彼等は防御に徹しながら兵を進め宙域を確保していく。それに対して解放軍の損害は増える一方であった。 

 

第六部第四章 ゲリラその六


「おい、昨日出した連中はどうなった」
 旗艦の艦橋で田代は吠えていた。既にこの艦も何度かの戦闘で激しく傷ついている。
「駄目です、連絡がありません」
 側にいた部下が首を振って答えた。
「どうやらやられたようです」
「そうか。で、今敵は何処にいる」
「前の宙域に進出を開始しています。かなり多いようです」
「そうか。あの道にはあの化け物みてえな戦艦がウヨウヨいやがるしな」
「ティアマト級戦艦ですね」
「ああ、あれはどうしようもねえ。何であんなのがいやがるんだ」
 彼は苦渋に満ちた顔で言葉を吐き出した。
「あれ一隻でこっちの艦隊一個分の戦力がありやがる。おまけに索敵能力もハンパじゃねえ」
「昨日も奇襲を仕掛けた部隊が返り討ちに遭っていますからね」
「千隻のな。あれはいけると思ったんだが」
 彼の顔はさらに苦渋で歪んでいく。
「全滅しちまいやがった。あの戦艦の巨砲の前にな」
「あれは凄いですね」
 部下の顔も苦渋に満ちたものになっていた。
「あの一撃で百隻単位で消えますからね」
「それも三つもついていやがる。何なんだあれは」
「しかも他の装備も艦載機も多いですからね。手に負えません」
「だが何とかしねえとこっちが危ないぞ」
「はい、今それが一斉にこちらに向けてやって来ていますから。何とか対処法を考えないと」
「前からも来るんだろうな」
「おそらく。あっ」
 そこで彼等はモニターに映る艦影を見た。
 見ればそこには連合軍の艦艇があった。かなりの数である。そしてその中にあの艦もあった。
「チッ、あの化け物もいやがるか。やっぱりな」
「どうしますか?」
「おい、今ここにはどれだけいる」
 彼はそこで部下に問うた。
「二個艦隊程ですが」
「そうか、殆ど残存戦力全てだな」
「はい」
「で、向こうも同じ位か」
「どうしますか?」
「決まってるだろうが。もう逃げることもできねえ」
 彼は覚悟を決めていた。
「イチかバチかやってやる。こうなりゃやけっぱちだ」
「わかりました」
 彼は全艦隊に攻撃を命じた。その二個艦隊はそれを受けてすぐに陣を整えた。それは連合軍からも確認された。
「来ますね」
 その艦隊を指揮する二隻のティアマト級戦艦のうち一隻の艦橋で艦隊司令と参謀が話をしていた。
「ああ、もう破れかぶれになっているようだな」
 司令はそれを見ながら言った。
「すぐに攻撃に移れ、巨砲の射撃準備はできているか」
「ハッ、何時でも」
 艦長がそれに答えた。見れば普通の艦の艦橋よりも遙かに大きい。百人以上のスタッフがそれぞれの場所で任務にあたっている。
「そうか。では巨砲射撃用意」
「了解」
 戦艦はそれを受けて前に出る。他の艦は後ろに下がる。
 もう一隻の艦も前に出て来た。巨砲に光が集まる。
「射撃用意完了」
「目標捕捉」
「照準セットしました」
 次々と報告が届く。司令はそれを聞いて頷いていた。
「よし、前方に友軍はいないな」
「はい、確認済みです」
 再び報告が入る。司令はまた頷いた。
「巨砲発射」
「巨砲発射」
 命令が繰り返される。艦橋内の動きがさらに活発になる。
 司令がゆっくりと右手を掲げた。場を緊張が支配する。
「撃て!」
 そして振り下ろされた。
「ファイアーーーーーッ!」
 三つの巨砲から光が一斉に放たれた。それは巨大な光となり解放軍に襲い掛かる。
 そして艦隊を貫いた。その直撃を受けた艦艇が消える。そしてその周りの艦も衝撃により次々と爆発していく。
「巨砲掃射終了!敵の損害は甚大です!」
「どれだけだ!?」
「一千隻程です!僚艦の斉射と合わせて敵の一割程が消失しました!」
「よし、次は砲艦及びミサイル艦の攻撃だ!敵に隙を与えるな!」
「はい!」
 再び指示を下す。それを受けて二隻のティアマト級戦艦が後ろに下がる。そしてまず砲艦が前に出て来た。
「撃て!」
 その艦首の巨砲、そして前面の主砲が火を噴く。それにより先程の攻撃でダメージを受けていた解放軍の陣にさらなる攻撃が加えられる。
 それが終わると次はミサイルであった。この三段の攻撃により解放軍の戦力は四割近く減少していた。だが連合軍の攻撃はこれで終わりではなかった。
「戦艦及び巡洋艦、駆逐艦を前に!」
「戦艦及び巡洋艦、駆逐艦を前に!」
 今度は主力艦艇が前に出る。そしてまずは主砲の斉射を加える。
 そのまま前に突き進む。そして陣を崩していた解放軍にさらに攻撃を与える。
 解放軍も反撃を加える。だが三度の一斉射撃でかなりのダメージを受けているうえにこの主力艦艇の攻撃で戦力を失っており組織的な反撃にはなっていなかった。そして連合軍の艦艇の防御力の前にその攻撃も殆ど功を奏していない状況であった。
 突撃を許した。連合軍の艦艇は戦艦を先頭にそのまま敵陣に雪崩れ込んだ。
「艦載機発進!」
 次の指示が下される。それを受けて護衛艦を周りに従えた空母の甲板から艦載機が発進する。空母のものだけでなく他の艦艇からも発進している。
 艦載機は主力艦のミサイルや砲座と連動して敵艦に襲い掛かる。一隻の艦に一個中隊、十二機を単位として四方八方から襲い掛かり一隻ずつ的確に沈めていく。解放軍の戦力が殆ど消滅するまでに然程時間はかからなかった。
 やがて降伏勧告が出された。最早彼等にそれを拒むことはできなかった。こうして解放軍の最後の主力は壊滅した。その損害は九割を越えていた。
 連合軍はそのまま進んだ。そして小規模な戦闘や掃討戦を行いながら敵の本拠地に達した。ここでもまずティアマト級戦艦が前に出て来た。
「あの中に一般市民はいるか」
 司令はまずそれを問うてきた。
「奴等に拉致された人々がいるようですが」
 情報参謀の一人がそれに答えた。
「そうか、ならば巨砲の使用は控えよう。巻き込むわけにはいかないからな」
「はい」
「揚陸艦を前に出せ。他の艦はミサイル砲座等を狙え」
「わかりました」
「護衛として空母、護衛艦も同行させよ。この艦も行くぞ」
「はい」
 この戦艦には揚陸能力も備わっている。中には揚陸部隊もいるのである。
「では攻撃開始。一気に攻め落とすぞ」
「ハッ!」
 こうして惑星への攻撃が開始された。まずは主力艦によるミサイル、ビーム砲座への集中攻撃が行われた。
 黒い星が光に覆われる。そして砲座が次々と爆発していく。
 それが終わると揚陸部隊等が前に出て来た。それを迎撃する為に惑星から僅かな航宙機が出撃する。
 しかしそれは連合軍の艦載機により次々と撃ち落とされる。数があまりにも違い過ぎた。
 その中でも活躍するパイロットが何人かいた。彼等は次々に解放軍の航宙機を撃墜していく。
「こりゃ七面鳥撃ちだな!」
 一機のタイガーキャットが他の十一機のタイガーキャットを率いて暴れ回っている。見ればそのタイガーキャットの翼には星のマークが描かれている。それもかなり多い。
 

 

第六部第四章 ゲリラその七


 その操縦席にいるパイロットは黒い髪に藤色の目をした若い白人の男であった。ただし顔立ちは白人でも肌は黒い。彼はヘンリー=スタンフォードという。アメリカ軍で戦闘機のパイロットをしていた。その頃から名うてのトップガンであった。
それは連合軍に編入されてからも変わらない。連合でも屈指のエースパイロットである。
「隊長、待って下さい!」
 後ろの機から通信が入る。だがそのタイガーキャットは止まらない。
「黙って俺について来い!戦場で待つ奴なんているか!」
 彼はそう言ってさらに突き進む。その前に六機の解放軍の戦闘機が姿を現わした。
「来たな」
 その敵機を見てニヤリと笑う。すぐに操縦席のコンピューターのあるスイッチを入れた。
『ミサイル発射用意完了』
 コンピューターから音声が発せられた。彼は右手でコンピューターのキーワードを入力する。左手は操縦桿を握っている。
 モニターの六機の敵機にそれぞれ照準が当てられる。そこでコンピューターがまた音声を発した。
『照準完了。射撃準備完了』
「よし」
 彼はそれを受けて頷いた。そして右手を元に戻しボタンの一つに指をやる。
「いけ!」
 そのボタンを押す。するとまた声が聴こえてきた。
『ミサイル発射!』
 すると左右の翼からミサイルが放たれる。それは炎を発しながらその六機の敵機に襲い掛かった。
 敵はそれを見て逃げようとする。だがそれは間に合わず全てミサイルの餌食となった。
 六つの爆発が起こる。彼のタイガーキャットはその中を潜り抜けた。
 その後を部下達がついて来る。彼等の前にも敵機が姿を現わした。
「よし」
 スタンフォードは操縦桿を大きく動かした。そしてその敵機の後方に回り込む。
 敵はそれに気をとられた。そこで動きが乱れた。
「かかったな!」
 スタンフォードはそれを見てニヤリと笑った。そこに部下達の機の攻撃が仕掛けられる。
 敵機は全てミサイルに撃たれた。そして爆発となり消えた。
「これでよし」
 彼はその爆発を見て呟いた。そこに通信が入る。
「隊長」
「何だ」
 部下達からの通信である。彼はそれに応えた。
「有り難うございます」
 それは感謝の言葉であった。だが彼はそれには特に表情を変えてはいなかった。
「気にするな」
 それだけであった。そして敵を探し彼等を引き連れ戦場を駆けるのであった。
 揚陸艦がついた。そしてその入口が開く。
「よし、行け!」
 そこから陸戦部隊が雪崩れ込む。歩兵だけでなく戦車等もある。
 すぐに解放軍の者が銃を手に迎撃に出て来る。しかし圧倒的な数と装備の前に相手にならない。忽ち追い詰められていく。
 全ての地域が連合軍の手に落ちるのに大して時間はかからなかった。こうして解放軍は壊滅した。
 終わってみれば彼等の約九割が戦死していた。生き残った者は全て逮捕され裁判にかけられることとなった。そこには山口や小泉、ネゴロツキーもいた。
 連合の刑法は凶悪犯に対しては極めて厳格である。過失犯に対しては寛容であるが確信犯には厳しい。死刑もかなり多い。これは刑務所の収容人数も考慮されてのことである。
 連合においては強制労働といったものはない。通常の犯罪者に対しては人権も考慮されているのである。
 だが人としての道をあきらかに誤った輩に対しては何処までも厳しいのだ。その為死刑も多い。
 死刑といってもサハラ各国の様にすぐに殺すものではない。時間をかけて、それも酸鼻を極めるやり方で殺していくのだ。
 車裂きや八つ裂きもあるし火炙りもある。中には鋸引きや生きたまま内臓を取り出すといったものまである。猛獣に生きながら食われることもある。
 これはその時の状況によって違う。コンピューターが選ぶのだ。そして刑が施行される。無論それまでには有罪か無罪か極めて厳密な裁判が行われる。無罪であればよい。だが有罪ならば刑が施行されるのは言うまでもない。
 その処刑は実況中継される。そしてその死に様を晒されるのである。
 これは連合独自の人権に対する考え方に基づくものである。他の者の人権を侵害する者にはそれに相応しい刑罰が与えられる。加害者の人権なぞといったものは連合においては存在しないのだ。当然ながら少年法も存在しない。
 死刑執行人も職業として認められている。彼等は悪人を成敗する存在とみなされている。中にはその酸鼻な処刑を批判する者もいるがおおむね彼等は尊敬される立場にある。悪人を成敗するのは当然だからである。
 今回は極めて厳しい判決が予想されていた。解放軍の今までの悪行は有名である。そして山口やネゴロツキーの汚さも知れ渡ることとなっていた。よって死刑執行人もかなりの数が予想されていた。
「裁判はどうなるかしら」
 金は作戦終了を報告しに来たドトールに対して語った。
「どう考えても有罪です。証拠が揃い過ぎていますから」
 ドトールは落ち着いた様子で答えた。彼女の前に姿勢を正して立っている。
「そうね。どうやらかなり大掛かりな裁判になるようだけれど」
「その後も大掛かりなものになるかと」
「でしょうね」
 それはもう言うまでもなかった。
「死刑執行人の方から志願者がかなり来ているらしいわね」
「はい、そのようですね」
 これは司法の話なのでまだ彼等にも詳しい話は伝わってはいない。だがおおよその情報は入っていた。
「自業自得ね。この中継はまた騒ぎになるわよ」
「そうですね。エウロパがまた批判して来るでしょうが」
「彼等が何と言おうと気にはしていないでしょう、誰も」
 金の目が一瞬細くなり光った。
「どうせ遠くでさえずっていることしかできないのだから。御貴族様というのは気楽でいいわね」
 彼女の声はシニカルなものではなかった。そのかわりに辛辣なものであった。
「自分達もサハラで侵略して住民を追い出しているというのに。人権ならそちらの方が問題でしょうね」
「同意です」
 これはドトールも同じ考えであった。
「今の様子だと大丈夫でしょうけれど、今まで通り」
「状況が変われば」
「その時はわからないわね」
 金の目が光った。
「例えばサハラで何かしらの貴重な金属や資源が発見された場合は違うかも知れないわ」
「かっての石油の様に」
「ええ」
 金はその言葉に頷いた。
「ましてやこの連合には色々とそうしたことに熱心な国もあることだし」
「彼等ですか」
 ここでドトールの顔が少し歪んだ。
「彼等のあれは本当に昔からですから」
「貴方の国も苦労しているわね」
 金もそれは同じであった。
「はい。全くあれだけ持っているのにまだ欲しいと言う。満足することを知らないのでしょう」
「だから大きくなれたのでしょうけれどね」
 ドトールはキューバ、金は韓国出身である。いずれも連合内ではそれ程大きな国ではない。韓国は二十番目位に大きな勢力であるとされているがそれでも存在感が薄い。やはり他の国の後塵を拝する状況なのは変わりがない。
「アメリカ、中国、ロシア」
 ドトールはそれ等の国々の名を挙げる。
「困ったものです、本当に」
「日本もよ」
 ここで金が言った。
「日本ですか」
 だがドトールはここで意外そうな顔をした。
「あの国は少し違うような。他の国に対しても色々と便宜を図ってくれますし」
「それは外見だけよ」
 金は露骨に嫌悪感を露にしてそう言った。
「私はそう思うけれど」
「はあ」
 彼はここで彼女が韓国人であることを心の底から認識した。
「彼等はああ見えてしたたかよ。それで何度も煮え湯を飲まされていているし」
「我々にはそうではありませんが」
「キューバはね。中央政府も」
 日本は中央政府には受けがいい。大国の中で最も中央政府に忠実な国であるからだ。
「けれど我が国に対しては違うわ」
「そうでしょうか」
 少なくともドトールにはそうは思えないのだ。韓国も日本との通商によりかなりの利益を挙げているからだ。それは連合の誰もが知っていることである。
「どうやら長官はそれに関しては私と違う御考えのようですね」
「残念ですが」
「それならいいです。ではこのお話は終わりにしましょう」
「はい」
 話が気に入らなかったようである。だからといって遠ざけるような金ではない。彼女は確かに厳格で潔癖症の気質を有してはいるが私情で人事を行ったり差別したりする人物ではないのだ。そうでなくてはこの若さで中央政府の閣僚に就任なぞしない。
「それに時間になりましたので」
「時間ですか」
「はい、次の仕事の時間です」
「といいますと」
「会談です」
 ここで金の唇の端が微かに揺るんだのをドトールは確認した。
「その日本の方とです」
「わかりました」
 それが誰かは最早言うまでもない。
「では私はこれで」
「はい。私も出発しなければなりませんので」
「長官が行かれるのですか」
「はい、そうですが」
 金は問われて意外そうな顔をした。
「それが何か」
「いえ、別に」
 ドトールはそれには答えなかった。心中思うことはあったがそれは伏せておいた。
「ではこれで」
「はい」
 一礼して部屋を去った。そして彼は警察本部に戻った。

 

 

第六部第四章 ゲリラその八


 国防省に一台の車が到着した。そこから一人の美しい女性が姿を現わした。
「遂に来たか」
 国防省の者は彼女の姿を認めて戦慄を覚えずにはいられなかった。
「ゴミはないな」
「整理整頓は済んでいるな」
 彼等は彼女が来る直前まであれこれと動き回っていた。国防省でも彼女の厳格さと潔癖症は知られているのだ。
「しかし大丈夫ですかね」
 ここで若いスタッフが年配の同僚に言った。
「何がだ」
「いえ、内相ってうちの長官と仲が悪いですし。また批判されるんじゃないかと」
 彼女は的外れな批判や誹謗中傷なぞは一切しない。あくまで実際のことを指摘するのだ。だがそれがあまりにも辛辣なだけである。とりわけ国防省への批判が多い。
「確かにその危険はあるな」
 彼は後輩の考えに頷いた。
「あの人はまた特別だからな」
「ですね。本当に思いますよ」
 彼はここで言った。
「あの人が国防相でなくてよかったって」
「俺もだよ」
 またここで同意した。
「八条長官は穏やかでおおらかな方だからな。我々にも優しいし」
「はい。それに対して内務省は大変なようですね」
 内務省は現在胃潰瘍等をわずらっている者が多いので有名となっている。金は決して部下虐めなぞはしないがその厳しさから部下達が参っているのだ。
「そうらしいな。実は内務省に知り合いがいるんだが」
「はい」
「凄いらしいぞ。規則から仕事まで何から何まで。日本の宮内庁に匹敵する程チェックが厳しいらしい」
「あの域にまでですか」
 日本の宮内庁の頑固さは連合でつとに知られている。そしてそのチェックの厳しさも有名である。これはやはり色々な事情があるのだがこれにより『竹のカーテン』が維持されているのは事実である。
「それにひきかえ我が国防省は」
「まるで天国でしょうね」
「そういうことだ。天国と地獄だな、まさに」
「はい」
 金は国防省の中を進んで行く。行く先々でも周囲への目を怠らない。
「成程」
 彼女は廊下等を見ながら考えていた。
「風紀がまだまだですね」
「といいますと」
 後ろにいる女性の秘書官がそれに気付き声をかけた。小柄で赤い髪と濃い青の瞳の美しい女性である。全体的に丸い顔立ちをしている。歳は二十代後半といったところか。だが実際の年齢よりも若く見える。
「待ちなさい」
 ここで金は彼女に厳しい声を浴びせた。
「は、はい」
「ミスハルーシャ」
 金は彼女の名を呼んだ。
「はい」
「まずは少し速く歩きなさい。いいですね」
「は、はい」
「宜しい」
 金は歩く際の位置にも厳しい。
 金にハルーシャと呼ばれた秘書官は本名をサリー=ハルーシャという。ブルネイ出身で内務省では将来を期待されている若き才媛である。
「では風紀についてです」
「はい」
 金は話をはじめた。
「どうやら私が来る前に清掃等を必死にやっていたようですね」
「そうなのでしょうか」
 彼女にはそれはわからなかった。
「御覧なさい」
 金はここで廊下の片隅を指差した。
「ゴミが落ちていますね」
「はい」
 言われてみれば確かに落ちている。だがほんの小さなものである。
「そしてゴミ箱はどれも綺麗になっています。これはゴミを捨ててすぐだからです」
「そういえば」
「そして慌てて掃除をした為にゴミを見落としています。これが何よりの証拠です」
「そうなのですか」
「はい。仮にも連合中央政府の省庁がこれではいけません」
 彼女は強い口調でそう言い切った。
「いつも言っていますね。僅かな気の緩みから全てがほつれていくと」
「はい」
 これが彼女の持論である。
「そして腐敗は全て上からはじまっていくのです。これは常に念頭に置いておかなければなりません」
 彼女にとって汚職なぞは論外である。意外とそうしたことには無頓着な傾向がある連合であるが彼女は例外と言える程厳しい。内務省では汚職も腐敗もない。彼女に見つからない筈がないからだ。
「国防省でそうしたことがあるとは聞いていませんが」
 八条は汚職やスキャンダルとは無縁な存在である。彼の場合は実家が裕福なので政治資金にも困らないのと女性に疎いせいである。後者はその為に同性愛説が流れているが。
 連合の汚職は実は複雑な事情があるのだ。厳密に言うと汚職と言ってよいかも微妙なものもある。
 とりあえず女性問題や男性問題は本人の下半身の事情なので詳しく触れても仕方がない。その人それぞれの嗜好というものもある。同性愛者や俗に言う変態趣味の者もいる。それを何から何まであげつらっていくのは魔女狩りのようなものである。
 汚職というと賄賂等が真っ先に出る。これにしろあいまいなものと言えばあいまいである。謝礼や贈り物もこれに含まれる場合もあるからだ。
 政治家への資金援助は認められている。問題はその透明性だとされる。そもそも政治家の選挙には金がかかる。運動の為の資金だけでなくスタッフへの給料もある。政治家は自分の力だけで政治家にはなれないのだ。
 そこで資金が必要となる。金のかからない選挙が理想なのは事実だが宣伝等に使うのでなかなかそうはいかない。ましてや連合の様な膨大な人口を擁し複雑な社会構成だとなおさらである。惑星の一都市の議員になるにも色々と動かなくてはならないのだ。本を読んでいて選挙活動もせずに当選する程連合は甘い世界ではない。
 ここで支持者や支援団体から資金援助が行われる。これが汚職と言えばそうなる。だがこれは結局政治家一人の責任ではない。支援者や支持団体の責任でもある。ましてや連合は企業や特定の政治団体のみで動く世界ではない。企業にしろ多くの職域がありその範囲も様々である。個人の大農園の主もかなりの発言力があるケースがある。弁護士もいれば医者や職人もいる。伝統工業等零細ながら重要なものもある。日本の様に古い国に行けばそうしたものは実に多い。
 そして政治家の経歴も様々である。キロモトのように中流の農民の家に生まれ下士官から大統領にまでなった者もいれば八条の様に裕福な名家に生まれ若くして栄達した者もいる。金の様に官僚からなった者もいる。当然組合出身者もいるし元の職業が弁護士であったり労働者であったりする。その収入や置かれている状況も実に様々である。エウロパのように貴族が大半を占める世界ではないのだ。
 従って複雑な事情が生じるのだ。政治家もそうしなければ破産する。政治資金を調達できないからだ。政治資金も調達できず破産するような政治家では話にもならない。これはどの職業でも言えることである。
 結局は透明性でないか、という結論に至り易い。だがそれでも話は簡単にまとまらない。そうそう簡単な問題ではないのである。
 無論エウロパ等から金を貰うのは論外である。サハラ各国にしてもだ。そうした勢力圏外の国や勢力からのものは厳しく禁じられている。
 そしてそうした献金で私腹を肥やせるかというとそうでもない。それはすぐに選挙活動や宣伝、スタッフへの給料、謝礼や贈り物となる。政治家の手許に残るのはまずない。結局彼等は議員の給料で食べるか、それが足りなければ本を書くなりテレビに出るなりしてお金を稼ぐしかない。だが政治家としての活動もしなければならないのは言うまでもない。
 その点金は困ってはいない。本も出せばテレビにも出る。厳格かつ辛辣でそれでいて間違いのない彼女の主張はわりかし受け入れられている。また美人なのでそれも幸いしている。彼女に言わせれば人を容姿で選ぶのは失格なのだそうであるが。
 こうした事情があるから連合では汚職にはわりかしおおらかである。見つかれば相応の責任が待っているにしろ。そうしたやり方で彼等は少なくとも一千年以上の間それなりに安定した政治を各国、中央政府共行ってきている。
「八条長官は本当にお甘い」
 金はまた言った。
「部下の風紀も完璧にしてこそです。国防相ともあろう人が」
 これにはハルーシャは何も言えなかった。
「しかし国防省の風紀が乱れているとは聞いたことがありませんが」
「今のところは」
 金はそこでそう反論した。
「しかしそれでは駄目なのです。まずはその芽を摘んでおかなければ。腐敗は何時でもはじまる可能性があるのです」
「そうしたものなのですか」
「貴女はまだそれがわかっていないようですね」
「申し訳ありません」
「謝る必要はありません。人はそう簡単に謝ってはなりません」
 これも金の哲学であった。
「日本人は比較的よく謝りますが」
「そういえばそうですね」
「しかしそれでは駄目なのです。人は常に毅然とした態度をとっていなくてはなりません」 
 彼女の場合はそれが過ぎているとも批判されている。だが批判するとその三倍もの反論が返ってくるので面と向かって批判する者は少ない。
「八条長官も然り」
「長官もですか」
「はい。今からそれについてもお話しなければなりませんね。長官には」
「はあ」
 八条と金の関係は内務省でも有名である。と言っても金が一方的に八条に対して言うだけである。当事者同士である国防省と内務省にとってはいささか頭が痛い問題である。
「お待ちしていました」
 やがて長官の執務室の前に辿り着いた。木口が彼等を出迎えた。
「はい」
 金は彼を少し見上げて返礼した。
「御苦労様です。長官はおられますか」
「はい、八条は中で待っています」
「そうですか。では」
 金はそのままドアの前に向かう。そしてその扉を自分の手で開けた。
 木口は横でそれを見るだけである。以前開けようとして叱責された経験があるのだ。金は扉は自分の手で開けなくてはならない、という考えの持ち主であるからだ。これも内務省では徹底されている。
(厳しい人だからな)
 木口は内心そう思った。彼も金の厳しさは身を以って知っている。
 金は一人で入った。ハルーシャと木口は控え室で待つことになっている。
「じゃあ行きますか」
「はい」
「たまにはゆっくりとお茶でも飲みませんか?」
「いいですね」
 二人はこうして束の間の安らぎの時に向かった。ハルーシャにとっても金は実に厳しい上司であるのだ。
 そして金であるが八条の執務室の扉を閉めた。そして机の前に立ち自分を待っている青年と正対した。
「お待ちしておりました」
 八条は手を差し出して彼女に挨拶をする。
「はい」
 金も手を出す。そして二人は握手をした。
 それから席に着き話をはじめる。まずは金が口を開いた。
「この執務室に来るまでに国防省の中を拝見させて頂きましたが」
「はい」
 八条は話を聞きながら小言が待っているのを予感していた。そしてそれは当たった。
 中身は国防省の風紀のことであった。彼女は実に細かいことまで指摘したうえその責任は長である八条にあると批判した。
「長官には一刻も早い的確な善処をお願いします」
 彼女は最後にそう締めくくった。これで暫くの間国防省はいささか堅苦しくならざるを得ない。彼女が来たところは常にそうした状況になるのだ。
 当然八条もだ。彼自身は風紀には特に乱れた点はないがそれでも注意しなければならないのは事実である。長官といえどそれを怠ってはならないのは言うまでもない。
「そして話の本題ですが」
「はい」
 そして本題に入った。二人の間に緊張が走った。 

 

第六部第五章 処刑その一


                  処刑
 八条と金は国防省の八条の執務室で正対して座っていた。二人はまずは風紀について話をした後金が本題を切り出した。
「そしてその本題とは」
「はい」
 金は一呼吸置いて口を再び開いた。
「先の解放軍との戦いで逮捕した海賊達の引渡しですが」
「それならすぐにでも」
「それならば問題ありません」
 今のところ彼等は軍が拘束している。そして今地球に向けて護送中である。
「今回の作戦成功おめでとうございます」
「いえ、それは軍人達の活躍です」
 八条はそう言葉を返した。
「祝福の言葉は彼等にお願いします。私は何もしておりません」
 彼は部下達へ言葉を向けてくれるよう言った。
「わかりました」
「はい。それでは海賊達は地球に到着し次第引き渡しますので」
「はい。ではドトール長官にはそう伝えます」
「お願いします」
 こうして犯人引渡しの件は終了した。
「次の話ですが」
 だが金はまた言った。
「次の話とは」
「そちらの警察権のことです」
「そちらというと軍のですか」
「はい。そちらには憲兵がおりますね」
「ええ」
 憲兵とは言うならば軍の警察である。軍内の風紀や治安を取り締まる。時として嫌悪されることもある職種である。
「彼等の警察権ですが確か今のところは軍の中でしたね」
「はい。特例ということになっています」
「やはりそうでしたか」
 金はそれを聞いてあらためて頷いた。
「ではそのとこについて提案があるのですが」
「はい」
 八条は話を聞きながら何を言い出すのかと思っていた。
(この人は間違ったことは言わないのだが)
 しかし非常に手厳しいことを平然として言う。中には劇薬もある。と言うよりは彼女自身が劇薬なのでそれはもう今更といった感じである。
「その憲兵隊の警察権ですが」
「はい」
「あくまで非常時に限ってのことですが警察権を通常においても適用されることにしたいのですが」
「よろしいのですか?」
「はい。いざという時は軍の力が最後の砦になるますから」
「ふむ」
 八条はそれを聞いて考え込んだ。確かに非常時には軍の存在は頼りになる。金の言うとおり最後の砦だ。だがそれに対しては問題もある。
「しかしそれを理由にして中央政府の横暴などと批判もされかねませんし」
「あくまで非常時と申し上げましたが。例えば大規模な自然災害が起こった時などです」
「それですか」
「はい。これは戦争よりも頻発して起こり、かつ深刻な被害をもたらします。地震や台風はどの星でも起こりますし」
「地震ですか」
 八条はその言葉に反応した。日本の所有する惑星はどれも地震が多いので知られているからだ。彼も震災に遭ったことがある。
「そうした時にすぐに行動をとれるのは軍だけです。そして治安にもあたれるのも」
「つまりそうした時に限って警察権を適用されるようにしたい、ということですね」
「そうです。それならば問題はないでしょう。元々テロリスト等にも適用されていましたし」
「彼等とは戦闘という形でしたがね」
「ですが今後はそれでは何かと制約があるかと思いますが」
「それはまあ」
 八条はそれを認めた。
「少なくとも災害派遣には。実際にそれで支障をきたした例がありますし」
「やはり」
「先のバロン星系の地震においてもそうでした」
「あの地震ですね。確か被災者が百万を越えたとか」
「はい、あの時は法律的な制約がある為何かと行動に問題があったと反省しています。すぐに要請がありそれで行動に移せたのは幸いでしたが」
「そうした際に最も役に立つのが軍ですからね」
「はい」
 それはもう言うまでもないことであった。
 

 

第六部第五章 処刑その二


「そうした時に備えても必要だと私は思いますが」
「それは私もです」
 八条は金の言葉に同意した。
「そうした際により迅速かつ的確に行動出来るよう法整備を進めていくべきだと考えています」
「しかしそれには内務省との調整も必要ですね」
 金はここで自らの省の名を出してきた。
「お願いできますか」
「長官」
 金はここで手厳しい声を出した。
(まずったか)
 八条はそれを聞いて内心舌打ちした。
(まさか今の発言が逆鱗に触れたか)
 しかしそれは杞憂であった。
「私はそれについてお話する為にここへ来たのですよ。そう、実現の為に」
「といいますと」
「はい、私もそれに賛成です。よろしければ協力させて頂きませんか」
「よろしいのですか」
「はい、全ては連合の市民の安全の為です。喜んで協力させてもらいましょう」
「それでは」
「ええ。では今からその法整備についてお話をしましょう。それから」
「大統領とも話を進めていかなければなりませんね」
「そうですね。しかしまずは」
「おおよその構想を立てておきましょう」
 こうして二人は会談の入った。それから内務省と国防省の者の密接な会合が行われた。そしてキロモトや他の閣僚達との話し合いの末この非常時における軍の行動を規定する法案は金の名で議会に提出された。
「この法案は連合軍及び中央政府の権限を強化するものではないのか。これでは連合各国の自主性が侵害される怖れがある」
 こうした意見もあった。だが大半はこの法案に賛成であった。連合軍創設以来そうした法案の制定が求められていたからである。今までは各国の軍が行っていたが連合軍の創設によりそうしたこともなおざりになっていたのだ。従ってこの法案は程無く議会を通過して制定されることとなった。
「これでいいですね」
 金は八条の執務室に来ていた。そして法案の制定を祝っていた。
「はい。これで今夜は美味しい酒が飲めますね」
 八条はにこやかに笑ってそう言った。だが金はやはり笑ってはいなかった。
「私はお酒は飲まないのですが」
「そうなのですか」
 これは少し意外であった。韓国人は連合の中では酒好きで知られているからである。ちなみに最も酒が好きなのはロシア人である。
「体質ですか」
「はい。それよりも甘いものの方が好きです」
「そうですか」
 八条はそれを聞いて顔を少し綻ばせた。
「ではケーキなぞはどうでしょうか。丁度おやつの時間ですし」
「ケーキですか」
 それを聞いた金の目が一瞬光った。
「ええ。チーズケーキですよ。そして飲み物はウィンナーコーヒー」
「いいですね」
 目がまた光った。どうやらケーキやコーヒーには目がないようだ。
「よろしければどうでしょうか。私も一緒に食べる人が欲しいですし」
「よろしいのですか?」
「喜んで。如何でしょうか」
「では御言葉に甘えまして」
 その仮面の様な顔が一瞬であるが綻んだ様に見えた。そしてケーキが運ばれるまで彼女は何処かそわそわしているように感じられた。
(これは意外だな。あの金内相が)
 八条はそれを見て内心驚いていた。それ程までに衝撃的なことであったのだ。
 そしてケーキとコーヒーが運ばれてきた。彼女はそのケーキを見て確かに微笑んでいた。
「お砂糖はいりますか」
 八条は彼女に尋ねた。
「あの」
 彼女はここで言った。
「宜しければシロップとクリームもお願いします」
「シロップもですか」
「はい」
 見ればある。八条はシロップとクリームも彼女に手渡した。
「どうぞ」
「有り難うございます」
 そして彼女はまずシロップをケーキにかけた。それもケーキ全体が濡れる程である。
(えっ)
 八条はそれを見て思わず心の中で叫んでしまった。かろうじて口には出さなかったが驚かずにはいられなかった。
 そしてそれだけではなかった。ウィンナーコーヒーの上のクリームを食べた後でその残りのクリームだけでなく手許のクリームまでコーヒーに入れた。それもかなりの量をである。
 それに飽き足らず砂糖も入れる。角砂糖を十個も入れた。
(ううむ)
 八条はそれを見て内心唖然とする他なかった。甘党の者はそれなりに見てきたが彼女程のものは今まで見たことがなかったからだ。
「どうしました?」
 金は八条が驚いた顔をしているのを見て尋ねてきた。
「コーヒーもケーキもとても美味しいですよ。ただ」
「ただ!?」
「少し甘みが足りないような気がします。上品に仕上げているようですね」
「はあ」
 さらに驚かずにはいられなかった。どうやら彼女は普通の甘党ではないようである。
 そしてそのケーキもコーヒーも何事もないように食べ終えた。それから残りの話を終え彼女は内務省に帰った。
「木口君」
 八条は彼女が帰った後木口に尋ねた。
「はい」
「女性のことだがね」
「何でしょうか」
「甘いものが好きな人が多いとは聞いているが本当のところはどうなんだろうね」
「甘いものですか」
 彼は上司の思いも寄らぬ問いに少し面食らった。だがすぐに答えた。
「まあ世間ではそう言われていますね、確かに」
「そのようだね。ところで」
「はい」
 何か変な質問だと思わざるを得なかったが答えた。
「コーヒーに角砂糖を十個も入れたりケーキをシロップ漬けにして食べるのは最近では普通なのかな」
「まさか」
 彼はそれを笑って否定した。
「それだけ食べたら糖尿病になりますよ」
「そうだよね」
 八条も頷いた。わかっていることではあった。
(だが金長官は至って健康だ)
 それどころか内務省では健康維持の為に毎日の適度な運動まで求められている程である。
(では他で調整をしているのであろうが。ううむ)
 どちらにしろ彼にはもう一つ謎ができた。これは女体の神秘というものであろうか。

 

 

第六部第五章 処刑その三


 その頃地球では一つの儀式が行われていた。解放軍への処罰である。
 解放軍の今までの罪状は事細かに調べ上げられた。そしてそのかなりの数が死刑を宣告された。
 連合においては凶悪犯に対する処罰は極めて厳格である。特に山口や小泉、田代、ネゴロツキーには極刑が宣告された。
 その内容に市民達は噂話をしだした。
「猛獣の餌にされるんじゃないか」
「いや、串刺しだろう」
「逆鋸引きかも知れないぞ」
 いずれも凶悪犯に対して行われる処刑方法である。これ等の処刑は公開で行われるのである。
 判決は当然死刑であった。そして裁判官は彼等に対して全財産没収の末稜遅刑を宣告した。稜遅刑とは少しずつ寸刻みにしていく刑罰である。古代中国において最も過酷な処刑方法であった。
 処刑はまずは下っ端からはじめられた。彼等は串刺しや猛獣の餌にされた。断末魔の叫びが刑場に木霊した。山口達はまずはそれをまじまじと見せつけられた。
 それが全て終わってから彼等の番であった。まずは彼等の財産を没収する光景からはじめられた。
「お、俺達の金が」
 彼等は自分達の今まで溜め込んだ金が没収されていく様を見て涙を流した。何よりも大事なものを奪われる苦しみを今味あわされていた。
 それで終わりではなかった。彼等の家や会社のビルも爆破された。悪行への処罰は徹底されなければならない。連合はそれを忠実に守っているのだ。
 爆破された後はすぐに片付けられ後には空き地だけとなった。それから彼等への処刑執行であった。
 数人の刀を持った男達が姿を現わす。そしてそれぞれの罪人につきおもうぞんぶん刀を振るう。連合においては死刑執行人は大切な職である。悪人を成敗する職業として尊敬されている程だ。
 後には細切れになり八つ裂きにされた山口、小泉、田代、ネゴロツキー達の屍が転がっていた。彼等は最後まで命乞いをし、互いの責任を擦り付け合ったあげくこうして処刑された。悪人に相応しい末路であった。
 その屍は糞尿と共にゴミ箱に入れられブラックホールに捨てられた。悪人に墓なぞ必要ないからだ。
 こうして連合の中に巣食う悪虫達は成敗された。その光景は全て実況中継された。連合市民達はそれを見て悪が成敗されたことを喜び喝采を送った。

「連合の処刑は何時見てもすごいな」
 それは他の勢力、国々からも見ることができる。エウロパはこれを連合の残虐性、異常性だとして批判する。マウリアは特に何も言わない。
 サハラにおいてもそれは同じである。だが彼等はそこに自分達とは相容れぬものを感じていた。
「処刑はコーランにのっとってするべし」
 それがサハラの考えであった。彼等は極端に残酷な処刑を好まないのだ。
「だが俺にはどうもわからない」
 アッディーンはそれを旗艦アリーの司令室で見ていた。
「何がでしょうか」
 そこにいたラシークが尋ねた。
「いやな」
 そして彼はそれに応えた。
「ここまでする必要があるのかと。幾ら何でもやり過ぎではないかと思うのだが」
「それはサハラの者殆どの考えだと思います」
 ラシークはその言葉に賛同した。
「私もそうした考えです」
「やはりな」
 アッディーンはそれが当然のように感じられた。
「俺も同じ意見だ」
「そうですね。彼等があそこまで徹底的にやるのか私にはよくわからないです」
「犯罪を減らす為だというがな。実際に連合の凶悪犯罪は少ない」
「そのようですね」
「つまり見せしめなのだろう。それがいいか悪いかは別としてな」
「それも治安の為ですか」
「少なくとも彼等はそう考えているようだな」
「そうなのですか」
「そしてそれは成功しているようだ」
「一概にどれがよくてどれが悪いかは言えませんね」
「そうだな。一つの事柄に対しての対処の仕方も人それぞれだ。そしてその結果もな」
「言い換えると対処を誤ると大変なことになりかねない」
「何事も。それは今の俺達もそうだ」
 アッディーンはここで目の光を変えた。
「今の戦況はかなり有利なようだがな」
「はい」
 ラシークはそれに頷いた。
「今我が軍はさしたる戦闘もなく敵の首都に向けて順調に進んでおります。そして外務省も彼等と交渉をはじめております」
「降伏のか」
「はい。地位や財産は保障し、オムダーマンの市民の権利を約束するとのことで交渉を行っているようです」
「そうか。それで話が進めばいいな」
「進むでしょう。実際に彼等の戦力の大部分が我等に投降しているのですから」
「そうだったな。やはり俺の採った方法は正解だったようだな」
「同じサハラの者ですから。それで充分だと思います」
「ふふふ」
 アッディーンはそこで笑った。
 

 

第六部第五章 処刑その四


「それを考えるとゲリラとは戦うよりもいい方法があるのだな」
「はい。ですがそれは同じサハラの者に対してだけですね」
 ラシークはここで口調を変えた。
「他の勢力に対してはまた別の方法を採らなければならないでしょう」
「そうだな」
 それはアッディーンもわかっていることであった。
「例えばエウロパですが」
「彼等はあまりそうした戦い方を採るとは思えないがな」
「ですが一般市民はわかりませんよ」
「一般市民か。惑星においてだな」
「はい。そうした場合の対処も考えておきませんと」
「だが一般市民に銃を向けるのは駄目だぞ」
 それは言うまでもないことであった。アッディーンはそうしたことを事の他嫌う。
「それはわかっております。ここでやったように全市民の武装解除等を進めていくのがいいかも知れませんね。占領地において」
「そうした地道なやり方が一番か」
「本来戦争とはそうしたものです」
 彼はここで苦笑混じりに微笑んだ。
「緻密でなければ戦争は務まりませんよ」
「確かにな。それは俺も同意見だ」
 彼もそれに同意した。
「それではそれは今後の対策案に入れておこうか。ゲリラ戦に備えてな」
「はい。それがいいと思います」
 そうした話をしながら彼等は進撃を続けた。そして遂に敵の首都を包囲した。
 それまでに受けた損害は微々たるものであった。オムダーマン軍はほぼ完全な戦力でムワッハド連合の首都星系を包囲した。
 すぐに外務省と彼等の政府の間で交渉が詰めに入った。そして彼等の降伏が正式に決まった。
 これでムワッハド連合との戦いは終わった。アッディーンは時間こそかけたが何ら損害を被ることなく一つの国を占領することに成功した。
 それは彼等に大きな成果をもたらした。それによりムワッハドの周辺諸国が彼等に帰参を申し出てきたからである。
 そしてそれは全て受け入れられた。
「アイユーブの時と同じですね」
「はい」
 アッバースがアッディーンに答えた。彼は今アリーの艦橋にいた。
「まさかここまで上手くいくとは思いませんでした」
「そうですね。それは私も同じ考えです」
 アッディーンが言葉を述べた。
「最初はかなりの損害も覚悟していたのですが」
「そうだったのですか」
「ええ。ゲリラ戦は他の戦いとは違いますから。何かと厄介なのです」
「それは知っているつもりでしたが」
 彼も軍事に関して全くの素人ではない。兵役の経験もあるのだ。
「しかしそれ程まで損害を覚悟しておられたのですか」
「ええ。二割は覚悟していました」
「二割」
 軍の損害としては致命的なレベルである。三割で全滅とされている。
「まさかそれ程までの損害は」
「有り得ます」
 アッディーンはそこで言った。
「軍の損害はそれだけではないですから」
「といいますと」
「はい、後方での補給の途絶や市民の蜂起等も考えられますから」
「あっ」
 アッバースはここで思わず言葉を出した。
「そうでしたね、それがありました」
「はい」
 アッディーンはそれに対して頷いた。
「そうしたことを考えると二割は有り得ると思っていました。ですから兵力も倍に増やしたのです」
「そうだったのですか」
「そして政戦両略で攻めることにしたのです」
「だから侵攻もこれまでと比べて遙かに遅かったのですか」
「はい、まずは宙域の確保を優先させました。そして防備を固めながら進みました」
「成程」
「補給路も確保しながら。それはどうやら正解だったようですね」
「そのようですね。それが結果としてこのムワッハドをほぼ無傷で手に入れられることになりました」
「はい。成功して何よりです。正直この戦いは疲れました」
「ほう」
 アッバースはそれを聞いて意外といったような声を出した。
「それは何故ですか。さしたる損害もなかったというのに」
「損害の問題ではないです。ゲリラ戦には撹乱の他にそうした心理戦もあるのです」
「心理戦ですか」
「はい。これはまた厄介でして。例えば敵が何処から来るかわからないと恐怖を感じますね」
「ええ」
 それはアッバースにもよくわかることであった。
「そして誰が敵かもわからない。市民や商船がいきなり襲い掛かってきたらやはり怖いでしょう」
「確かに。普通はそのようなケースは考えていませんから」
「だからです。私は今回の戦いで将兵のそうした不安を取り除こうと腐心していました」
「だから疲れられたのですね」
「はい、それに私もはじめてでしたし。苦労しましたよ」
「そうだったのですか。そして苦労のかいはありましたか」
「そのようですね。おかげでムワッハドだけでなく多くの国がオムダーマンに帰参してきました。これで我が国の力はさらに強くなりました」
「そして貴方の地位も」
「それは関係ありませんよ」
 だが彼はそれについては笑って否定した。
「私はもう元帥です。これ以上望むものはありませんよ」
「そうですか」
「はい。それに私は戦場にたいですし。もうこれで満足です」
「国民、いえサハラの者がそれ以上を望んだとしても」
「サハラの者が!?」
 彼はその言葉にキョトンとした。
「何を私に望むというのですか」
「いや」
 アッバースはここで言葉を濁した。
「サハラが一つになるか、それが確実となった時にわかるかも知れませんね」
「?お話の意味がよくわかりませんが」
 アッディーンはそれを聞きながら首を横に振った。
「大統領になるというのならお門違いですよ」
 やはりアッディーンは笑って否定した。
「私はそうしたことに興味はありませんから。あくまで軍人でしかありません」
「貴方が望まれなくとも」 
 アッバースはここで小声で呟く様に言った。
「サハラがそれを望んでいるのなら違うでしょうね」
「何かおっしゃいましたか」
 それはアッディーンにはよく聞こえなかった。思わず問うた。
「いえ、何も」
 アッバースはそこで誤魔化した。
「独り言です。気にしないで下さい」
「そうですか」
 彼はそれ以上聞こうとしなかった。そして話を変えた。
「では今後についてお話しましょうか」
 話を戦いに向けることにした。アッバースもそれを受けた。
「はい。次の侵攻計画ですね」
「ええ。まずはここに全艦隊を移動させようと考えているのですが」
「戦える全ての艦隊をですね」
「そうです。それから軍を然るべき勢力に進めようと考えております」
 彼はここで三次元地図を開いた。開かれた地図から惑星達が浮かんできた。
「まずはここに戦力を集中しまして」
 ムワッハドの首都星系を指差す。
「それからですね。兵を実際に向けるのは」
「何処に向けるべきと御考えですか」
「ううむ、まずは」
 アッディーンは地図を見ながら考え込んだ。それから口を開いた。
「ここでしょうか。そしてそこから」
「ふむふむ」
 アッバースは頷きながらその話を聞いていた。そして彼等は今後のオムダーマンの南方侵攻計画について軍事及び外交の両面から話を進めていった。

「南方でオムダーマン軍の動きが顕著なようだな」
 その話はサハラ全土に伝わっていた。それはエウロパが占拠、移住を進めている北方でも同じであった。
 総督であるマールボロはそれを執務室で聞いていた。秘書官が報告を続ける。
「はい、彼等はムワッハド連合及びその周辺国をその勢力圏に収めました。そしてその国々はオムダーマンに併合されることが決定しております」
 男の若い秘書官である。彼はいささか機械的な口調で報告を続ける。
「そうか。ではオムダーマンは南方にかなり攻め込んでいるな」
「はい。既に三分の一程をその領土としました。そしてその間の損害は皆無に等しいです」
「多大なる戦果だな。普通に戦っていてはこうはいかない」
 マールボロは顎に手を当ててそう答えた。
「外交もかなり駆使しているようだな。まずは軍を向けてそれで戦意を萎えさせそこで外交交渉を開始する」
「はい、最初はそれで南方に侵攻しました」
「ゲリラ戦には政戦両略で攻めるか。それも慎重に進みながら。巧みとしか言いようがないな」
 素直に賞賛の言葉を述べた。
「そうですね。確かに普通に軍事力のみで攻めるとかなりの損害を出しているでしょう」
 秘書官はやはり機械的な口調であった。
「そして彼等は今どうしている」
「ムワッハド連合の首都星系に戦力を集結させているようです。その数は三十個艦隊です」
「防備はどうなっているかな」
「本土から増援の艦隊が向かっているようです。その数は詳しくはわかりませんが」
「オムダーマンによくそこまでの余裕があったな」
「再編成し旧ミドハド、サラーフの兵にも艦艇を回せるようになったかと。その兵力を向けていると思われます」
「そうか。それなら納得がいく」
 彼は頷いてそれに応えた。
「それを考えるとオムダーマンの軍事力はかなりのものになっているな」
「はい」
 秘書官はそれに対して頷いた。
「それは間違いないでしょう。今の時点でオムダーマンには五十個艦隊を動員できる国力が備わりつつあります」
「五十個かい」
「はい、そして南方を制圧したならば七十、いえ八十に達するかと」
「ついこの前まで八個艦隊程だったがな。国力の伸張が鰻上りだ」
 マールボロは素直に感嘆の言葉を漏らした。
「このままいくと南方はほぼ間違いなく完全に掌握するだろうな。問題はそれからだ」
「といいますと」
「それによりサハラの勢力は完全に三つに統合されるということだ」
 マールボロはここで壁にかけられているサハラ全土の立体地図に目をやった。
「まずはそのオムダーマンだ。西方と南方を掌握する、な」
「はい」
「そして東方のハサン。その属国も合わせるとやはりサハラで最大の勢力となるな」
「そうですね。ただ彼等は現状に満足しておりますから積極的には動いておりませんが」
 これはハサンが連合やマウリアとサハラ各国の交易の中継により多大な利益をあげているからである。むざむざ利益のもとを潰すような者もいない。オムダーマンや北方も彼等を仲介として連合やサハラと交易を行っている。本音では彼等と直接交易をしたいが地理的な状況がそれを許してはいない。
 

 

第六部第五章 処刑その五


「そして我々ですか」
「いや」
 だがマールボロはここで首を横に振った。
「我々はその勢力には入らない」
「何故ですか」
「今わしが言っているのはサハラの者の間でのことだ。我々は彼等から見れば異邦者、そして侵略者だ」
「それはそうですね」
 秘書官はやはり機械的な声で答えた。
「第三勢力は北方だ。ティムール連合だ」
「ティムールですか」
「うむ、彼等がその第三の勢力だ」
「今の国力ではとても第三の勢力と言える状況ではないと思いますが」
「確かにな、今のところは」
 マールボロはここで思わせぶりに言った。
「だがこれからはわからないぞ」
「国力の発展ですか」
「それもあるがな。今彼等は大規模な軍拡を行っているそうだな」
「はい」
 それは事実であった。
「規模としては倍程度に増やすようです。現在の十個艦隊から二十個艦隊に増設するつもりかと」
「徴兵だけでなく傭兵達まで集めているようだな」
「はい、シャイターン主席が彼の実家や妻の実家の力も使ってそれを行っています」
「シャイターン家か」
「そうです、彼の弟である法皇フラームが信者達にも呼びかけているようです。北に集えと」
「信仰まで使うか」
 マールボロはここでやや不快な顔をした。彼は信仰と政治を一緒にすることを好まないのだ。
「ですがそれによりかなりの義勇兵がティムールに集まっております」
「そして急激な軍拡を支えている、か」
「元々北方の艦艇は優秀です。そしてそこに精兵が加わればかなりの戦力になるかと」
「そうだな。彼等にはこれまで以上の警戒が必要だ。ハサンやオムダーマンが控えている今の状況で動くとは思えぬがな」
「はい」
 それは大方の者が予想していることであった。そしてそれは事実であった。
「他に何か報告することはあるか」
「いえ」
 秘書官は首を横に振った。
「ならばいい。休んでくれ」
「わかりました」
 彼は敬礼をして部屋を後にした。彼が立ち去った後マールボロは執務室の豪華なソファーに座る男に顔を向けた。
「どう思うか」
「ティムールのことですか」
 その男タンホイザーは彼に顔を向けて応えた。
「うむ。私は彼等を油断ならない存在と見ているがな。先程の話でもそれはわかると思うが」
「そうですね」
 彼は考えながらそれに答えた。
「私は政治のことはあまり興味はないですが軍事のことだけを見るとあのシャイターンという人にはかなりの能力を感じますね」
「卿もそう思うか」
「はい、あのモンサルヴァート閣下ですら勝利を収められることができませんでした。その能力はかなりのものかと」
「そうだな、それはわしも同じ考えだ」
 マールボロは我が意を得たと思い頷いた。
「これからのあの国を考えるとかなりの脅威になるだろうな」
「少なくともシャイターン主席の軍事的才能は脅威ですね」
「倒せるか」
 マールボロはここでタンホイザーに問うた。
「あの男を。いざという時には卿の力を借りなければならん」
「私にとっては目の前の敵を倒す、それだけです」
 彼は笑って答えた。この場に相応しくない程清々しい笑みであった。
「そうか」
 マールボロはそれを受けて首を縦に振った。
「では期待しているぞ。丁度この総督府の兵も増強されてきているしな」
「はい。ですが今は積極的にこちらから動くことはできませんね」
「サハラ各国も勢力を伸ばしてきているからな」
「それに彼等の存在もあります」
 ここでタンホイザーの目の色が変わった。
「うむ」
 そしてそれはマールボロも同じであった。
「ただ彼等も今のところは動く気配はないがな。この一千年の間外には兵を向けてはいない」
「あくまで勢力圏内の海賊やテロリストに対してだけでしたが」
「それでもあれだけの兵力を持っているのは脅威ではあるな」
 それが連合であるのは言うまでもないことであった。
「これは正直に聞きたいが」
 マールボロの顔が深刻なものとなった。
「今の我々の国力で彼等に勝つことができると思うか。いや、こう言っては語弊があるな」
 彼はここで言い直した。
「彼等が攻めて来た時防ぎきれると思うか」
「難しいかと」
 タンホイザーはそれに答えた。
「力の差は歴然としています。それに彼等の軍備もかなりのものです」
「あの巨大戦艦か」
「それだけではありませんがね。他の艦艇や艦載機、陸上兵器もかなりのものです。それ等だけで我が軍の艦艇の質をかなり凌駕していると思います」
「攻撃力と防御力はかなりのようだな。先の海賊との戦いにおいても損害は殆どなかったそうだが」
「そのようですね」
 解放軍との戦いである。その戦いの詳細は彼等にも伝わっている。
「ただ機動力はそれ程でもないようです。それについては我が軍の方が上かと」
「ふむ」
「ただ閣下も仰ったように攻撃力と防御力は我等の艦艇等と比較にならない程ですが」
「そして数もな。それが最も問題だ」
「はい」
 タンホイザーはそれに頷いた。
「三十倍の差は流石に如何ともし難いかと思います」
「そうだな。正面から当たって勝てる相手ではないか」
「いえ、それでもそれは違うかと」
「どういう意味だ」
 タンホイザーの言葉に俯きかけていた顔をあげた。
「要は戦い方ということです。沈まない戦艦なぞ今までこの世にはなかったでしょう」
「それはそうだが」
「もし連合と戦う時になったらですが」
「うむ」
「その時はお任せ下さい。必ずや彼等を退けるなりしてみせましょう」
「頼めるか」
 彼の力はよく知っている。だからこそこう言えた。
「はい」
 そしてタンホイザーはそれに応えた。その顔には不安な様子なぞ欠片もなかった。
「おそらく彼等はこちらとは比較にならない程の物量で攻め込んで来る。今までの戦いとはまるで違うぞ」
「はい」
 それはタンホイザーもよくわかっている。
「だがそれでもあえて正面から戦うというその気概も必要だ。エウロパの騎士の力見せてやろうぞ」
 マールボロはここで騎士と言った。これは彼だけでなく他のエウロパの軍人も同じ考えである。彼等は自分達をまず戦う騎士だと考えている。実際にそうした爵位もある。だがこれは他の爵位においても同じ認識である。
「連合の軍人達がどういう者達かはよく知りませんが」
 タンホイザーは言った。
「我等の剣裁きを彼等に心ゆくまで披露してあげましょう。エウロパの騎士の剣を」
「うむ」
 マールボロは頷いた。そして窓を見る。
「雨か」
 見れば外は雨が降っていた。しとしとと静かに降っている。
「珍しいですね。こんな雨は」
「ああ」
 サハラでは雨自体が少ない。降る時は一度に降ることが多い。だからこの様に静かに降る雨は珍しいのである。
 二人は別れた。タンホイザーは部屋を出る。後にはマールボロだけが残った。
「戦いの前の雨かな」
 彼は窓から見える雨を見て呟いた。雨はそんな彼に対して何も語らずただ降り注いでいた。

第六部    完


              2004・12・9 

 

第七部第一章 流浪の民その一


                  流浪の民
 エウロパのサハラ侵攻は多くの影響を各勢力に与えていた。まずエウロパ自身にとっては植民活動を起こしていた。住むべき場所がなくなりつつあった彼等はこのサハラ北方に積極的に移住し、そこに生活圏を築いていた。今サハラ北方に住むエウロパの者は二百億人近くにまでなっていた。エウロパの人口は一千億程でありその約五分の一が移住していたのである。彼等にとってはこのサハラへの進出は最早死活問題であったのだ。これにより彼等は救われたと言っても過言ではない。彼等にとっては生きる為にはこうするしかなかった。
 だがこれはサハラの者にとっては憎むべき侵略であった。これによりその地に住んでいた者達は追い出され難民となったからだ。その数はかなりの数に達していた。
 彼等の多くはサハラ各地に散った。難民としてである。彼等はそこで難民として自分達が生まれ育った地に帰ることを訴える者もいる。中にはその為に傭兵になった者もいる。そしてその国に入りそこで生きる者もいる。それはそれぞれであった。そして連合に流れていった者達もいた。
 連合中央政府及び各国の政府は彼等を受け入れた。そして辺境の惑星に移住させ、そこで各国の国民、連合市民としての地位を保証した。彼等は法律上では連合市民であった。だがその心は違っていた。
 彼等はあくまでサハラの民であった。無論中には連合に入る者もいた。だがその多くは何時の日かサハラの入る日を夢見ていた。そしてその運動も行っていた。
 これは連合政府の支援もあった。エウロパとは長きに渡って対立関係にある。そのエウロパにより祖国を失い、追われた者達を助けるということは彼等にとって格好の政治的な宣伝であるからだ。
 だが実際にどうにかできるわけではなかった。まず彼等はエウロパに攻め込むつもりはない。そしてサハラに干渉する気もなかった。だからその援助もあくまで表面的なものだけに過ぎなかったのだ。
 それを批判する者もいた。難民達の急進派と彼等を支援する者達だ。だがどうにもならないのは彼等にもわかっていた。従って彼等は日々を悶々として過ごすだけであった。この世に万能の者なぞいはしない。三兆の人口を擁し圧倒的な力を誇る連合もどうにもならない問題があるのだ。
 そうした日々を何とかしたい者達の中に彼はいた。彼はその時は多くの難民の中の一人に過ぎなかった。
 彼の名はロスタム=グーダルズという。かってはアガデス軍に所属する軍人であった。士官学校を卒業してすぐにエウロパとの戦いに参加した。そしてそこでモンサルヴァート率いるエウロパ軍により敗北する自軍と滅亡する祖国、そして故国を追われる自分達を見せられた。それは今もはっきり覚えている。
 彼は家族と共に難民となった。そして連合に流れ着き辺境の惑星に移り住んだ。そしてそこ連合の市民として生活していた。今は農場で雇われて働いている。
「御苦労さん」
 働いているとたまたまそこを通り掛かったオーナーに声をかけられる。
「どうも」
 彼は顔を上げて挨拶を返した。黒い髪に瞳を持つ精悍な顔立ちをしている。痩せていてかつ筋肉が発達している。そしてその黒い髪は直毛であり太い。その浅黒い肌と合わせて何処か黒獅子を思わせる外見をしている。
「今日も頑張っているね」
 オーナーは笑いながら彼に声をかける。このオーナーの名はナルサス=ハルドゥーンという。彼もまたかっては難民であった。だが今は完全に連合の市民となっている。二ジェール籍である。これはグーダルズも同じである。よく太った気さくな人物として知られている。
「有り難うございます」
 グーダルズはそれに対して挨拶を返した。表情はあまり変わらない。
「うん、君がいるおかげでうちの農場は大助かりだよ」
「いえ、私だけではありません。他の皆があってこそです」
「それはそうだね」
 ハルドゥーンはそれを受けて頷いた。にこやかな顔であった。
「ではその謝礼をしたいのだが」
「それは」
「いや何、大したことじゃないけれどね。もうすぐお昼だし今日は私が皆のお昼をご馳走させてもらうよ。大したものは出せないけれどね」
「いえ、そんなことはないです」
 彼はそう言って謙遜した。ハルドゥーンは気前のいいオーナーであった。よくこうして従業員達にご馳走したりするのだ。
「オーナーにはいつもお世話になっていますから」
「ははは、褒めたって何も出ないよ」
 彼はそう言って笑った。
「この腹からはね」
 そして腹をさすりながらそう言った。
「まあお昼は任せてくれ。今うちの奴に作らせているから」
「はい」
「ではお昼にまた合おう。皆にもそう伝えておいてくれ」
「わかりました」
 ハルドゥーンは車に乗るとその場を後にした。そしてグーダルズがそこに残った。
「もうそんな時間か」
 彼は上を見上げてそう呟いた。見れば日はかなり高くなっていた。
 それから辺りを見回す。周りには人参や大根の畑が広がっている。そこに彼の他に多くの者が働いていた。彼等もまた難民達である。
「難民といっても職もあるし食べ物もある。そして市民権もある」
 彼は自分と同じ境遇の者達を見てそう呟いた。
「それを考えると我々は恵まれているか。少なくとものたれ死ぬ心配はない」
 サハラ各地に散った者達は彼等のように恵まれているとは限らない。中にはその地の戦乱に巻き込まれる場合もある。日々の生きることすらままならぬ者達もいるのだ。それを考えると彼等は天国にいるようである。こうして職も食べ物も家もある。当然グーダルズも家はある。彼は両親や兄弟達と共に一軒家に住んでいる。質素だが困ってはいない。
 そして連合市民として完全に生きる道もあった。彼等は実際に法律上では連合の者である。だから溶け込もうとすれば何時でもできるおだ。そうして連合に根付こうという者もいる。
「だがそれでもサハラに戻りたい」 
 彼はそう考えていた。この地はあくまで彼にとっては故郷ではない。彼等が住むべき場所は故郷であるアガデスなのだ。それ以外の何処なのであろうか。
 

 

第七部第一章 流浪の民その二


 かってシオンの地を追われたイスラエルの者達は気の遠くなる程の歳月を経て祖国を取り戻した。そしてこの宇宙の時代においても彼等はシオンの地を愛しているのだ。それは彼等も同じであった。
「サハラに戻るにはどうすればいいいか」
 彼はいつもそのことを考えていた。だがどうしたらよいかはまだわからない。結局今は働くしかなかった。そして日々の糧を得るのだ。
「おっと」
 彼はここで先程のハルドゥーンとの会話を思い出した。
「皆に言っておかないとな」
 お昼のことを話しておかなければならない。そして彼は実際にそれを皆に話した。そして他の者も皆ハルドゥーンのところに集まった。
「おう、皆来てくれたな」
「はい」
 グーダルズ達は出迎えてきたハルドゥーンに答えた。
「じゃあ中に入ってくれ。早速食べよう」
 そしてハルドゥーンは彼等を快く中に入れた。彼等はそれに従って中に入った。
 中は室内バーベキュー場であった。そこではもう肉が焼かれていた。
「バーベキューですか」
「ああ。羊のな」
 ハルドゥーンは答えた。
「うちの牧場の羊だ。どんどんやってくれ」
 彼は牧場も経営しているのである。
「はい」
「喜んで」
 彼等は喜んでそれに従った。そしてそれぞれの焼き場に着くと肉を食べはじめた。
 肉だけでなく野菜も焼かれていた。玉葱やキャベツがいい匂いを出している。
「どうだ、美味いだろう」
「はい」
 彼等はハルドゥーンの言葉に頷いた。
「こうした料理もいいですね」
「そうだろう、連合ではよくこうして食べるからな。ちょっとやってみたんだ」
「成程」
「このソースもいいですね。玉葱のソースですか」
「ああ、そうだ」
「そしてパンもありますね。中々豪勢だ」
「そうだろう、肉はたっぷりあるからな。皆思う存分食べたらいい」
「いいんですか?」
「当たり前だ。その為に用意したんだからな。それもこれもよく働いてもらう為だ」
 ハルドゥーンはにこやかに笑いながらそう言った。
「午後からまた仕事だ。頑張ろうな」
「はい」
 彼等はハルドゥーンの言葉に従い心ゆくまでそのバーベキューを楽しんだ。そして午後も働き夕刻になるとそれぞれの家に帰った。
「只今」
 グータルズは家の扉を開けた。そして家の中に入った。
「まだ誰も帰っていないのか」
 家の中は静まり返っていた。テレビの音も料理を用意する音もしない。
 彼はリビングに向かうと椅子に腰を落とした。固い木の椅子である。
 テーブルの上にあるポットを手に取った。そして茶を飲む。日本風の玄米茶である。
 玄米茶はアガデスにいた頃は名前も知らなかった。連合に来てはじめて知ったものである。最初は何かと思ったが飲んでみると中々良かった。今ではいつも飲んでいる。
 一息ついた。それからトレーニングウェアに着替えた。準備体操の後でトレーニングをはじめた。
 トレーニングといっても器械を使ったものではない。腕立て伏せや腹筋等そのままで出来るものであった。それで軽く汗を流した後でランニングに向かった。
 一時間程走ったであろうか。家に帰る時にはもう日が暮れていた。
「おかえりなさい」
 家には彼の姉が帰っていた。名をビルギースという。彼に似た細い顔に長く黒い髪を持っている。
「只今姉さん」
 グータルズは彼女に挨拶を返した。
「早かったのね、今日は」
「いつもこんな時間だよ」
「そうだったかしら」
「うん。まあ今日は走る時間が少し短かったからね。そう思えるのかな」
「そうなの。じゃあ夕食の支度はじめるわね」
「わかったよ。じゃあ僕はお風呂を用意しておくよ。今から入るし」
「お願いね」
 彼は風呂場に向かった。そして入口のボタンを押す。するとすぐに浴槽に湯が入った。
 身体を洗った後で湯舟に浸かる。身体の疲れが一気にとれていく。
「只今」
 入っていると外からまた声がした。それも一人や二人ではない。家族が次々と帰ってきているのである。
 彼の家族は多い。両親と姉の他にも弟や妹が二人ずついる。上にももう一人姉がおり一番上の兄はここに来てから結婚して今は独立している。八人兄弟の四番目というわりかし複雑な環境にいるのである。
 軍に入ったのは士官学校からだ。兄も軍人でありそれについていくような形で軍人となった。卒業してすぐに巡洋艦に航海士として配属されたが配属後一週間目で戦闘に参加することとなった。エウロパとの戦いである。なお航海士とは艦の航行にあたる士官である。かっての海の名残でこう呼ばれているのである。航宙とあらわす場合もあるにはある。
 そこでモンサルヴァート率いるエウロパ軍に敗北した。そして祖国が滅亡すると難民となり連合にまで逃れたのだ。
 それまでの路は大変なものであった。餓えの危険もあった。海賊にも怯えていた。それでも難民同士で固まり団結して乗り切った。何とか連合に辿り着くとこの星に案内された。そして今ここにいるのだ。
 風呂からあがる。するともう弟や妹達、そして両親が帰ってきてテーブルに着いていた。
「じゃあ食べるか」
「うん」
 大柄で白髪の初老の男が彼に声をかけてきた。彼の父である。
 テーブルに着く。魚の煮物であった。
「魚なんだね、今日は」
「ええ」
 ビルギースは答えた。
「鯉よ。それを中華風にやってみたの」
「ふうん」
 見れば確かにあんかけであり生姜や人参も入っている。もう湯気と香りに負けそうになる。
 だがグータルズはそれを抑えた。そして食事の前のいただきますを終えてから食べはじめた。
 食事を終えると自分の部屋に帰った。そしてパソコンのスイッチを入れる。
「メールは来ていないかな」
 何通か来ていた。どれも商品の宣伝やキャンペーンばかりであった。
 そんなものはどうでもよかった。軽く見た後で全部消した。
 だが一通それ等とは違うものがあった。募集案内であった。
「?何だこれは」
 それは軍の募集であった。どうやら難民達を対象にしたものであるらしい。
「連合軍からか」
 連合軍のことは知っている。これまでにない数と装備を持っているということは聞いている。だが今の彼にとっては関係のないことだと思っていた。 
 今の彼は軍人ではない。農業で働く一介の労働者に過ぎない。少なくとも自分ではそう思っている。そして将来は土地を買って自分も農場を経営するつもりであるのだ。
 消そうかと思った。だが心に引っ掛かるものがあり詳しく見てみた。
「待遇はかなりいいな」
 給与はかなりのものだ。そして身分もかっての所属の階級をそのまま保証するとある。住居も提供してくれる。アガデス軍とはかなり違っていた。
 これは志願制の為であった。徴兵制であったアガデスでは軍に就くことは義務であった。従って軍も彼等の待遇はそれ程考慮しなくてよかった。数は確保できるからだ。
 だが志願制だとこうはいかない。待遇がよくなければ人材が来ないのだ。そしてその確保も常に念頭に置かなければならない。そうした事情の違いがあったのだ。
「こんなことまで」
 見れば有給休暇まである。アガデスにはなかったものだ。
 

 

第七部第一章 流浪の民その三


 軍服のデザインも気に入った。黒のスーツの様なものに金のモールがある。どちらも彼の好きな色であった。
「元帥までの昇進もあるのか。だがこれはどうでもいいな」
 所詮自分達は難民である。しかも連合にとっては余所者だ。どれだけ昇進しても中枢に就くことができないのはわかっている。言うならば傭兵であるからだ。
 だがそのアガデス軍とは比較にならない程の給与と待遇が気になった。これについては考えさせられた。
「入ってみるのも悪くないか」
 そう思った。だが今は決断を下すのはやめた。
 見れば募集の期限はまだまだ先だ。ゆっくり考えてもいいと思った。
 その日はそれからネットをした後でベッドに入った。翌日の仕事に備えて早めに眠りに入った。
 起きて朝食、そして身支度を整えて仕事場に向かった。作業服に着替えて早速仕事に入る。
「おうい」
 今日の仕事場であるオリーブ畑に来ると後ろから誰かが声をかけてきた。
「おお、あんたか」
 見れば同僚の一人である。彼はまた別の国の軍人であった。やはり難民である。やけに大きな武骨な感じの男だ。
「昨日メールが来なかったか?」
「あんたもか。こっちもだよ」
 グータルズは答えた。
「連合軍の募集のやつだな」
「ああ、かなり待遇はいいな」
 彼もそちらに目がいったようである。
「連合軍ってのは太っ腹だ。あれだけもらえるなんて俺のいた国じゃ夢みたいな話だ」
「こっちでもだ。普通軍人ってのは財布は軽いものだからな」
 これはサハラ各国の特徴である。軍人は名誉を食べて生きていると言われている。生活に必要なだけあればよいという考えもある。
「で、どうするんだ?」
 彼はここで尋ねてきた。
「どうする、というのは?」
「いや、志願するかどうかだよ。例えば俺だと軍曹になるがあんたは少尉からだろ、階級は」
「ああ」
「軍曹でもかなりいい暮らしができる。ここでの生活も悪くないがな」
「そうだな。少なくとも今の生活に不満はない。難民とは思えない位だ。だがな」
 グータルズはここで目の色を変えた。
「待遇よりも銃を持ちたい理由がある」
「それは俺も同じだ」
 彼はここで頷いた。
「あいつ等に復讐して祖国に帰る為にな」
「そうだ」
 グータルズはそれに頷いた。
「サムディさん」
「ああ」
 彼はここで目の前の同僚の名を呼んだ。
「あんたは確かマラケシ共和国の出身だったな」
「ああ、そうだ」
 彼はそれを認めた。
「陸戦部隊にいた。この体格を買われてな」
「そうらしいな」
「俺の祖国もモンサルヴァートの軍にやられたよ。ある時急に攻め込まれてな」
「こっちは謀略で内戦を起こされてからだ。どちらにしろ同じだが」
「そうだな。俺達は奴等に国を追われた。それは同じだ」
 その大男トゥース=サムディは言った。
「そしてここまで流れ着いた。死ぬような目に遭ってな」
「ここにいる者は皆そうだな」
「連中のせいでな」
 サムディは吐き捨てるようにして言った。
「その恨みは忘れられるもんじゃない。それは国に帰るまで変わらないだろうな」
「こっちもだ」
 グータルズはそれに同意した。
「帰りたいな、サハラに」
「そうだな。その為なら何だってするぜ、俺は」
「こっちもだ」
 これはここにいる者の多くが同じ考えであった。
 彼等はやはりサハラの者であった。連合にいても心はここにはなかった。やはりサハラで生き、サハラで死にたいと思っているのだ。
「だが入ったからといって帰れるとは限らないな」
「それはわかっている」
 グータルズは答えた。
「これは多分連合の宣伝だろう、エウロパ向けの。そして何らかの理由でより多くの兵が欲しい」
「正規軍とはまた違った意味でか」
「そうだろうな。言うならば正規軍が楯や鎧、兜で剣となる軍が欲しいのかもな」
「つまり使い捨ての部隊ということか」
「悪く言うとな。何かあったら先頭に行ったり後詰をしたりする。そうした部隊が欲しいのだろう」
「あの長官はそうしたのを求めるタイプだとは思わないがな」
「八条長官か。日本出身の」
「ああ」
 彼のことは彼等も聞いていた。悪い印象はない。
「確かにあの人にはそうした考えはないだろう。だが軍としてはどうだ」
「成程、そういう意味か」
 サムディはそれを聞いて頷いた。
「軍としてはそうした部隊も必要ということか」
「言うならば二十世紀のアメリカの海兵隊みたいな存在なのかもな」
「海兵隊か。あの」
 アメリカ海兵隊は連合軍の統合まで存在していた。また今も海兵部隊は存在する。独自の機動力と豊富な火力を誇り有事の際には最初に動く部隊である。常時戦闘状態にある精鋭部隊だ。
「そうした部隊が欲しいのだろう、何かあった場合に」
「それを俺達に任せるということか」
「そういうことなのかもな。これはあくまで予想だが」
 グータルズはそう語った。
「だからこそそうした話を我々に持って来たのだろうな」
「そうか。宣伝の他にもそうした狙いがあってか」
「俺はそう考えるがな。普通に宣伝だけでやるとは思えない」
「ふうむ」
 サムディはそこで考え込んだ。
「入ったからといって国に帰れるというわけでもない」
 それは彼にもよくわかることであった。
「だが奴等に一泡吹かせることはできるかも知れないんだな」
「これからの状況次第ではな。殆ど可能性はないにしろ」
「待遇はいい」
「それも魅力ではあるな」
「どうするかだな。ここでの生活も悪くはないが」
 二人はそう話し合い考え込んだ。そうしているうちに昼になった。
 食堂に向かう。そして同僚達と食事を採る。
「おい、そっちにも来たのか」
「ああ」
 どうやらここにいる者全てにメールが送られてきたようである。連合軍はどうやら本気のようだ。
「間違いないな」
「ああ」
 グータルズとサムディはそれを横目で見ながら頷き合った。そして連合の考えがわかった。
 午後の仕事も終わり家に帰る途中で二人は喫茶店に入った。コーヒーを飲みながら話をする。
「どうする、これから」
 グータルズが話を切り出した。
「どうするか、か」
「そうだ。入るのか入らないのか」
 彼は単刀直入に入ってきた。
「ここで平和に生きるか、それともまた銃を手にするか」
「二つに一つか」
「今サハラではシャイターンという男が北で勢力を築いている。彼ならエウロパの連中をサハラから追い出せるかも知れない」
「そうしたら俺達は国に帰ることができる」
「そうだ。だがそれは自分達の手で勝ち取りたい」
「つまりエウロパを倒したいということか」
「さっきも言ったが可能性は殆どないにしろな」
 彼はそこで言った。
「この手でサハラに帰りたい、その気持ちはあるだろう」
「当然だ」
 サムディは強い声で答えた。
「一日たりとも忘れたことはない」
「それは俺も同じだ」
 タルジークは言った。
「それならばサハラに帰るか」
 サムディは問うてきた。実際にそうする者もいる。そして傭兵になるのだ。難民は傭兵の供給源でもあるのだ。
「悪くはないな」
 タルジークは答えた。
「しかし俺は別の方法を取りたい。そちらの方が明るい気がする」
「つまり連合軍に入るということか」
「そうだ。そちらの方がエウロパに確実に復讐を果せる気がするからな」
「気がする、か」
「あくまで直感でしかないがな」
「ふむ」
 サムディはそこで考え込んだ。この様な外見であるが彼は思慮深いのである。
「ではそうすればいい。俺も入ろうと考えていたところだしな」
「そうか」
「ああ、今のサハラではエウロパと正面きって戦える国はない。ハサンでも役不足だ」
「エウロパに対抗したいのだな」
「そうだ、あの時にはっきりそう思った」
 彼はここでアガデスにいた頃を思い出した。あの時彼は為す術もなく敗れ国を追われた。その屈辱は今でも忘れてはいない。
「何時の日かこの連中を倒してやると。連合ならばそれが可能だ」
「確かにな。連合の力ならば」
 連合とエウロパの力の差は歴然としていた。圧倒的なものでありタルジーク達もそれはよく認識していた。
「では志願するか」
「ああ」
 タルジークは頷いた。
「連合軍に入る」
「よし」
 これで決まりであった。後日彼等は連合軍に志願した。そして連合は彼等を受け入れた。こうして多くの難民達が連合軍に参加したのであった。
 

 

第七部第一章 流浪の民その四


「難民達の志願状況はどうなっていますか」
 八条は統合作戦本部長室に行き本部長であるバール元帥と話していた。
「順調に進んでおります」
 バールはその問いに対して快く答えた。
「このままいけば目標である百個艦隊は楽に到達できるかと思われます」
「それは何より」
 八条はその答えに満足した声を出した。
「最初話を聞いた時はどうかと思ったのですが」
「どういうことですか」
「いえ。所謂外人部隊というのはどうかと思いまして」
 彼はここでその整った顔をやや曇らせた。
「そうした部隊は軍の差別化を招くのではないかと思ったのですよ」
「確かにそれはありますな」
 バールはそこでこう言った。
「実際に彼等にはかなり過酷な任務が向けられるでしょうし」
「やはり」
 それは充分予想されたことであった。これは八条の好むと好まざるによらず。
「元々そうした任務を請け負う部隊を欲しての募集でしたから」
「そうそう奇麗事ばかりではいかないということですか」
「長官には申し訳ありませんが」
 バールはやや表情に影をささせた。
「ですが軍とはこうした一面もあることはご承知だと思います」
「それは確かに」
 八条もかっては軍人であった。だからそうしたこともよくわかる。だからこそ頷かざるを得なかった。
「具体的には有事の際の先遣隊や後詰ですが」
「戦いの際にはなくてはならないものですね」
「そうですね。だからこそ彼等の訓練もかなり過酷なものとなるでしょう」
「それは教育総監のお仕事ですね」
「はい」
 そこでソファに座っていた黒い肌に東南アジア系の顔をした男が声をあげた。連合軍教育総監ハイメ=ラビルヘン元帥である。コスタリカ軍の士官学校の校長を務めていた人物である。祖国では教育者として有名である。むしろそちらの方で名が知られている程だ。
「彼等の教育メニューは普通の将兵達とは異なるものになるでしょう」
「具体的にどういったものですか」
「まずは戦闘向けの訓練が多くなります」
 八条の問いに答えた。
「そしてその内容もかなりハードなものに。彼等は常時戦闘態勢に置かれますからね」
「常時ですか」
「はい。何かあった場合はすぐに彼等が向かいます。今までの宇宙海賊達への対処もかなり楽になるかと思われます」
「そしてテロリストに対してもですね」
「はい」
 ラビルヘンはまた頷いた。
「そうした対テロリストへの訓練も行っていかなくてはならないでしょう。既にそうした訓練メニューもスタッフに考えさせています」
「そして装備や補給はどうなりますか」
「補給は他の正規軍と同じでよいでしょう」
 ラビルヘンと同じくソファーに座っていたコアトルが答えた。
「ただその装備は考えていなかくてはなりませんね」
「はい」
 八条にもそれはよくわかっていた。
「やはり戦闘に強い装備でいかなくてはなりませんね、普通の軍と比べても」
「はい」
 三人の元帥はそれに頷いた。
「通常の艦艇をさらに強化させたものにしていくべきですね」
 ここでバールが提案した。
「とりわけ機動力を強化させたものに」
「機動力ですか」
「はい、彼等は常に他の軍と比べて迅速な動きを要求されます。それを考えますと機動力かと」
「ふむ」
 八条はそれを聞いてまた考え込んだ。
「攻撃力や防御力も必要なのではないですか」
「それも当然考慮されなければなりません」
 バールは答えた。
「今使っている艦艇のそうした部分を改造した強化タイプを使用していけばいいと思います」
「わかりました、ではチョム総監に伝えておきましょう」
「お願いします」
 チョムは技術総監に就任していた。その階級も元帥に昇進している。
「各艦隊の旗艦はティアマト級でよろしいですね」
「それしかないでしょう」
 これは既に決まっていることであった。
「やはりあの艦の存在は大きいです。それに能力も相応しい」
「火力も防御力も隔絶しています。何よりも通信能力が違います」
「それが一番大きいですね」
 コアトルが答えた。
「あの艦の通信能力や内臓されているコンピューター等電子関係は他の艦のそれとは比較になりません。あの艦だけで一個艦隊に匹敵する力があります」
「それは少し言い過ぎでは」
 八条はその言葉には少し苦笑した。
「いえ、必ずしもそうとは言えませんよ」
 バールがそこで言った。
「この前の解放軍との戦いでも絶大な力を示しましたし。あの艦は我が軍の象徴ともなりつつあります」
「そこまでですか」
「ええ。少なくとも将兵にはそう認識されつつあります。もっともそれは最初からの狙いでしたが」
「確かに」
 彼はそれに頷いた。
「これからもあの艦が主軸になっていきますか」
「それは間違いないでしょうね。難民達で構成される部隊にも配属させるべきです」
「当然ですね」
 これは八条も最初から考えていた。
「では百隻新たに用意しますか」
「はい」
「彼等には何かあれば働いてもらわなければなりません。その装備も充実したものでなければ」
 コアトルは考えながらそう言った。
「また悩みが増えますな」
「しかし戦力は整ってきています」
 ラビルヘンがそこでこう答えた。
「既に艦艇は全て配属し終えました。ティアマト級も三千隻の建造を終えましたし」
「遂にですか」
 八条はそれを聞いて顔を引き締めさせた。
「観艦式からようやくといった感じですね」
「軍備は一朝一夕にはできませんからな」
 バールが答えた。
「ええ。だからこそ難しい。しかし整えておかなければならない」
「はい」
 それは彼等自身が最もよくわかっていることであった。
「では彼等の部隊の整備の計画も進めていきましょう。そして同時に部隊の配属も」
「はい」
 八条はここでふと気付いた。
「そうだ、部隊名を考えておかなくてはなりませんね」
「何にしますか」
「そうですね」 
 彼は三人の元帥に問われて考え込んだ。
「そうだ」
 ここでふと思いついた。
「義勇軍にしましょう。サハラ義勇軍。これならいいでしょう」
「いいですね」
「悪くないかと」
 三人はそれに対しておおむね賛成であった。
「では決まりですね。早速計画を進めていきましょう」
「はい」
 三人はそれに頷いた。
 こうして新たな動きが進みはじめた。連合はまた新たな力を加えていくことにしたのであった。 

 

第七部第一章 流浪の民その五


 連合が利用しようとしている難民達であるがこれはサハラのとっては深刻な社会問題の一つであった。それは最早どうしようもないのではないかとすら思われていた。
 彼等はサハラにおいては主に北方の残りの国々、そしてハサンに亡命していた。そこでコロニーを形成しかろうじて生きていた。
 そうした彼等を各国の為政者達はもてあましていた。確かに何とかしなければならないがすぐにどうにかできるものではなかった。それにはまずエウロパ総督府を何とかしなければならないからだ。
 だが彼等の力は強大であった。二十個艦隊が駐留し守っていた。守っているどころかつい最近までは逆に彼等の侵攻に怯える状態であった。
 それはシャイターンの登場によって終わった。彼が北を統一したことによりその侵攻は進められなくなっていた。だがそれでも脅威であることに変わりはなかった。
 この時東方の覇者ハサンはこれといった動きを示していなかった。彼等は西方での戦いにも介入しようとせずただ現状を維持することにだけ努めているようであった。
 ハサンは言うまでもなく東方を支配する大国である。その勢力はサハラ随一でありオムダーマンやティムールをも凌駕するものである。
 この国の歴史は古い。七百年前にワシード家によって建国させ中継貿易によって力を蓄えた。そして軍備を整え主に傭兵の力で勝利を収めてきた。彼等は最初はそれ程人口は多くなく軍備については不安があったが傭兵を雇うことによりそれを補ったのである。
 勢力が大きくなると徴兵に切り替えた。そして小国を次々と併呑し東方の大国となった。そして遂には東方を統一したのである。
 その軍備は百個艦隊に達していた。これはサハラでは最大であり他の追随を許さない。だが彼等は東方を統一するとそれ以上動こうとはしなかった。むしろ防衛に回るようになった。
 これは彼等の要である中継貿易の為であった。彼等は東方を抑えるとそこから連合、マウリアとサハラ各国との中継貿易を中心とし富を蓄えることに専念した。従ってそれを害されなければよく積極的に戦争を行う必要はなかったのである。彼等はサハラ統一を考えていなかったからそれでもよかったのである。
 そのハサンの首都はブルジルトである。この中央に一際大きな黄金色の宮殿がある。そこが王家であるワシード家の宮殿であった。
 この家の歴史は古い。それだけに多くの逸話がある。
 その逸話の多くは血生臭いものである。特に王位継承では何かと陰惨な話が多い。
 王妃が王の寵愛する侍女を虐殺したという話もある。そしてその侍女の霊は夜な夜な宮殿を徘徊するという。それを見た王妃が狂死したと言われている。
 兄が弟を殺す。その遺体は地下に埋められた。だがそこから地の底に入り込み魔物と化したという伝説もある。
 こうした話は古い家には多い。とりわけ王家というものは王の座や王の寵愛を巡って多くの争いが起こってきた。従ってそうした話も多くなるのである。これはイギリス王家の幽霊話を見ればすぐにわかることである。連合においてもとりわけ長い歴史を誇る日本の皇室にそうした話がある。怨霊の存在をことの他怖れてきた歴史があるのだ。
 そうしたことからこの黄金色の宮殿は『血塗られた宮殿』と仇名されていた。今その王座には一人の年老いた男が座っていた。
 長く白い髭と髪を持っている。彼はハルジャ五世という。齢七十に達する老人であり四十年に渡ってこの国の王を務めている。
 彼は先王である父の長子として生まれた。母は王妃であったので珍しく何の波風もなく王太子となった。そして父王の崩御により程なく王となった。
 それからは特に何もするわけではなかった。国政は議会に任せ彼はただ宮殿にいて儀礼にのみ専念していた。彼は国政はあくまで家臣が行うべきであると考えていたのだ。
「王の仕事はより重要なものがある」
 彼はそう考えていた。それこそが儀礼なのであった。
 それは王でしかできないことであった。王はその政事によって成り立っているのではない。祭事によって成り立っているのだ。連合やエウロパの各皇室及び王室を見ればそれはわかることであった。
 ハサンは複雑な政治システムにある。王の権限が強いが議会にも内閣にもそれなりの力が存在する。国王がその気になれば国政を司ることができる。だが彼はそうした考えではなかったのだ。
 彼はあくまで儀礼にのに携わった。政治は内閣及び議会が行った。それでさして支障はなかった。
 だが王族の存在もあった。ハサン摂政であるルクマーン=ワシードである。彼はハルジャ五世の長子であり王位継承者第一位である。ようやく三十になったばかりの美男子であるが彼の指導によりハサンは的確に動いているのである。彼と内閣、そして議会によりこの国の政治は安定していた。
「連合の動きがまた激しくなってきたな」
 彼は政治についての話は自身の書斎においてすることが多い。ここで彼は首相であるシャービル=ラージーと話をしていた。
「どうやら難民達を兵に迎え入れているようです」
 痩せた小柄な男がそう答えた。顔も痩せておりその目はくぼんでいる。だがその光は強かった。
「そうか。どういうつもりなのか」
 ルクマーンはそう言いながら自身の形のよい顎を撫でた。見れば舞台俳優の様に整った顔立ちをしている。
「あれだけの軍備でまだ足りないというのか」
「どうやら精鋭部隊を欲しているようですが」
「精鋭部隊」
 ルクマーンはそれを聞いて首を少し傾げた。
「それを難民達に求めるというのか」
「どうやら有事の際に火急に動ける部隊を求めているようですが」
「そうか、それなら納得がいく」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「今連合にはそうした部隊はなかった筈だからな」
「はい」
 シャービルはそれに頷いて答えた。
「連合も連合で色々と問題がありますからな」
「うむ」
「ただとりあえずは我々に対しては動いては来ないかと」
「何故そう思う」
 ここで問うてきた。
「どうも火急の際に動ける部隊を置いただけのようですから。さしあたっての脅威となる可能性は低いと思われます」
「そうか。では国境の部隊も増強する必要はないな」
「かえって連合を警戒させるだけでしょうな」
「よし、では連合に対しては今まで通りでいこう」
「ハッ」
 シャービルは頭を垂れた。
「次はエウロパだが彼等は今大人しいようだな」
「そうですな。ただ諜報部の動きが活発になってきております」
「諜報部か」
「はい。ただ我等の領内に入り込んではおりません」
「ティムールか」
「そちらもありますが」
「オムダーマンか?今も戦争状態にあるが」
「そちらにも入り込んでいるようです」
「我等の領内を経由してか。御苦労なことだ」
 それで問題にもなっている。エウロパは総督府からハサンを経由して諜報部の者を各国に潜入させているのだ。とりわけ連合がこれに対して警戒している。
「取り締まりを強化しておくか」
「そうですな。では憲兵隊にはそう伝えておきます。そしてまたエウロパの諜報部ですが」
「まだ何かあるのか」
「ステッラですが」
「あの女がどうかしたか」
 彼女の名は二人も知っていた。
「また動きはじめたようです」
「連合の領内でか」
「はい。既にその諜報網を完全に修復し連合の情報を収集に入っているようです」
「流石だな。一時は自身の命まで危うかったというのに。もう整えるとは」
「そうですね。最初はエウロパに帰ったと思っていたのですが連合に留まっておりましたし」
「連合は隠れる場所が多い」
「それを利用したようですな。それで連合は彼女を捉えようと躍起になっているようです」
「捕らえられるかな、果たして」
「それで我が国にも要請が出ております。国境に向かう者に対して注意してくれと」
「出口を塞ぐか」
「そのようで。それからあの女を追い詰めていくつもりのようです」
「ステッラをか。難しいだろうな」
「ドトールやアラガル、ンガモといった人材を使うと思われますが」
「ふむ。警察に軍のそうした部隊をか」
「それに憲兵隊かと。大掛かりな捜査になりそうですな」
「狐狩りだな」
 ルクマーンは微笑みながらそう呟いた。
「女狐狩りだ。連合全土を狩猟場にした狩りだ」
「獲物は一匹ですかな」
「一匹とは限らないな」
 彼はそこでこう言った。
「他にもかかるかも知れない」
「女狐の持つ目と耳」
「それもあるがな」
「他にも」
「そうだ。女狐を操る皇帝が捕まるかもな」
「皇帝とは」
 シャービルはそこで首を捻った。
「皇帝とは一体」
「いずれわかることだ」
 彼はそこで微笑みの形を変えた。
「いずれな。皇帝と教皇が捕まるかも知れないぞ」
「教皇」 
 シャービルはそこで眉を顰めさせた。
「それはバチカンのことでしょうか」
「さてな」
 だがルクマーンはそれには答えなかった。
「だが面白いことになるかも知れないぞ、今後の連合とエウロパは」
「戦争でしょうか」
「可能性はある」
 彼はそう答えた。
「その場合エウロパにとっては国家存亡の危機となるでしょうな」
「そうだな。だがそれは我等にとっては好機だ」
 彼はここでそう言った。
「彼等の力が弱くなるということはそれだけで利益となる」
「はい」
「その為に手を打っておくとするか」
「具体的にはどのようなものを」
「そうだな。とりあえずは総督府との国境の兵を増強しろ。いざという時の為にな」
「わかりました」
「時が動くかも知れないな」
 彼はここで部屋を出た。そしてテラスに向かう。シャービルもそれに従う。
「見ろ」
 彼は空を指差した。空には星が瞬いていた。
「この星達を」
 そうシャービルに対して言った。
「この星達が教えてくれる。これからの我々の進むべき道を」
「はい」
「そしてこの星達、サハラの星は全てサハラの者のものだ。他の誰のものでもない」
「そう、そしてその東は我等がものですな」
「そうだ。だが首相はそれで満足か」
 彼はここでこう言った。
「といいますと」
「サハラは一つになるべきだと思わないか」
 笑いながら彼に顔を向けてきた。
「我等のことは我等で決めるべきではないのか。そしてそれは一つの勢力の下にまとまるべきだ」
「それは」
 シャービルはやや口篭もったが答えた。
「私も同じ考えでございます。ですが今オムダーマンやティムールとの衝突は避けるべきかと」
「わかっている。それはな」
 今のサハラの事情は彼にもわかっていた。
「今オムダーマンを攻めるとティムールやエウロパが何かしてくる危険があるな」
「はい。あのシャイターンという男には警戒すべきかと」
「そうだな。ティムールを攻めても同じだ。むしろ彼等をエウロパに向けさせるべきか」
「それが得策かと」
「ではあちらに話を持ちかけるか」
「総督府への攻撃ですか」
「そこまでは考えていない。軍事同盟程度だ」
「わかりました」
 彼はそれを聞き答えた。
「ではあちらにはそう使者を送っておきます」
「うむ、頼むぞ」
「はい」
「だが今後のことはよく考えておかなければな」
「兵を動かしますか、やはり」
「そうだな。さしあたっては邪魔者の排除から進めていこう」
「ハッ」
 彼等は星の海の下で話を続けた。黄金色の宮殿は星達の光の中で輝いていた。 

 

第七部第一章 流浪の民その六


 ハサン上層部の予想は当たっていた。エウロパはこの時確かに連合に対する諜報を強化させていた。
「ステッラからの報告があがってきているか」
 総統官邸でラフネールは情報部長であるチェーザレ=デ=シリアーニと会っていた。
「はい。ハサンを経由して届いております」
 アイスブルーの瞳に金色の髪を持つエウロパの将官の軍服を着た男が敬礼の後そう報告した。
 顔立ちはまるでルネサンス時代の絵画の戦士の様に整っている。背も高いがそれ程筋肉質ではない。均整のとれた身体をしている。
 彼の名はチェーザレ=デ=シリアーニという。三十代の若さにしてエウロパの情報部を統括する男である。その能力はエウロパだけでなく連合やサハラ各国においてもよく知られている。
「アイスブルーの悪魔」
 それが彼の通り名であった。これは連合のある国の情報部の者が名付けたものである。
 士官学校を卒業後情報部に入った。そしてすぐにサハラ担当に配置されたのだ。
 サハラ北方のある国に潜入するとそこの軍の上層部の一人を買収して軍事機密を次々に入手していった。そしてそれをそのままエウロパ総督府に回し軍の侵攻を促した。これによりこの国はエウロパに滅ぼされた。一人で一国を滅ぼしたのである。
 それを伝え聞いた連合の情報部員がそう言ったのだ。その他にも彼は多くの功績を挙げ今に至る。時として姦計も用いる油断ならない男とされている。だがそれは情報戦においてだけであり普段の彼は乗馬やポロを愛するごく普通の貴族の男であった。子爵の爵位を持ち裕福な暮らしを送っている。妻や子供達に対しては良い夫であり優しい父であった。部下や使用人達に対しても寛容であり穏やかな良い上司であり主人である。教養も高く公平な人物としても知られている。その姦計はあくまで軍人としての責務であり本人の人格とはまた別であったのだ。
「今現在彼女は地球に潜入しているようです」
「地球にか。また大胆だな」
 ラフネールはそれを聞いて思わず声をあげた。
「彼女の行動は我々をよく驚かせるな」
「本当に優秀な情報部員とは死地に入っても落ち着いたものです。彼女もそうです」
 シリアーニはここでこう言った。
「ですからそれについては特に驚かれることもないかと思いますが」
「そういうものか」
 ラフネールはそれについては今一つ納得できなかった。彼は情報部に勤めたことはないのである。
「だがここは彼女に任せるか」
 しかし本当に能力があるかどうかを見抜く目は持っていた。そしてその者に思い切って任せることもできた。その時彼はそうした。
「そして卿にも」
 ここでシリアーニにも声をかけた。
「ハッ」
 シリアーニはそれに敬礼でもって返した。
「それではお任せ下さい。必ずや連合の細部まで調べて参りましょう」
「頼むぞ。ところで今のところ連合軍のことでわかっているのはこの数枚のディスクにあるだけか」
 彼の机の上には数枚のディスクが置かれていた。ステッラの入手した連合軍の情報が入っているのは言うまでもない。
「はい」
 シリアーニはそれに答えた。
「ですがそこにかなりの情報が入っております」
「どの程度だ」
「どの艦隊が何処に配置されているか。その艦隊の編成と艦長クラスまで」
「またえらく細かいな」
「それでもまだ足りないかと。連合軍の規模は何しろ巨大ですから」
「そうだな。今の時点で我が軍の二十倍だ。軍備を急がなくては」
 モンサルヴァートの進める軍備増強は認めていた。今エウロパはそれにならい急激な軍備増強を行っているのだ。
「そうですね。ですが幾ら増強してもやはり限界があります。三百個艦隊程が限度かと」
「そうだな。財政を考えてもそれが限度だ。それ以上は」
「はい」
 軍にだけ金を回すことはできなかった。福祉や教育、インフラにも回さなくてはならないのは言うまでもないことであった。今の時点でエウロパの財政はそれ等に加えて軍備の増強がかかり余裕のない有様であった。財相であるローズマンが頑張っている為赤字だけは避けられているが余裕のないことは変わらなかった。
「十倍の敵に如何にして対抗するかだ。普通に戦ってはとても太刀打ちはできない」
「連合軍は装備もかなりのものですし」
「とりわけあの巨大戦艦だ」
「ええ。やはりあの艦はかなりの脅威です」
 ティアマト級巨大戦艦のことは彼等も念頭にあった。
「あれだけではない。艦艇や艦載機、陸上兵器の質は我々のものより遙かに上のようだな」
「そうですね。それは前の報告の通りです」
「あれは見た。あそこまで強力な兵器を造るとは思っていなかった」
「特に攻撃力と防御力に優れています。通信及び探索能力も我が軍のものより遙かに上です」
「我が軍の艦艇や兵器が勝っているのはどうやら機動力だけしかないな」
「そのようです。これ等は将兵の質でカバーするしかないと思われます」
「連合の将兵の質はどうか」
「そちらはごく普通のようです。訓練もさして厳しくはないようです。軍律は極めて厳しいですが」
「そうか」
「彼等にとって軍人というのはあくまで職業の一つに過ぎないものですから」
「それは昔からだな。我々とは違う」
「はい」
 連合においては『高貴なる者の義務』として考えられている。従って貴族は軍に入ることが多いのだ。このシリアーニもそうであった。
 

 

第七部第一章 流浪の民その七


「軍そのものに対する考え方が根本から違います。それに状況も」
「最低限の守りだけ整えておけばよいからな、連合は」
「はい。それが何よりも大きいかと。その最低限の数だけであれですから」
 連合は外敵は存在しない。エウロパに対してはガンタース要塞群があり守りは万全である。マウリアや国境を接するハサンとは友好関係にある。だからこそ一千年の間開拓に専念していられたのである。
 だがエウロパは違う。人口問題を解決する為にサハラに侵攻しているからだ。
「だが彼等のその最低限の数だけで我々にとっては恐るべき脅威となっていることも事実だ」
「だからこそ情報部も何かと忙しい状況です」
「卿等には苦労をかけるな」
「いえ、これが仕事ですから」
「それはステッラも同じか」
「はい」
 シリアーニはそう答えた。
「義務であります故」
「そうだったな。そして私の義務はエウロパを守り繁栄させることだ」
 彼はそう言った。
「その為にはどの様な苦労も厭わなくてはならない。出来ているかどうかは疑問だが」
 彼はそれなりに評価を得ている。高慢なところがあり今一つ芸術のセンスが欠けていると批判されることもあるが総統としては悪い評価を受けてはいなかった。
「連合への備えもしておかなくてはな。卿もこれからも何かと頼むぞ」
「ハッ」
 シリアーニはここでまた敬礼した。
「お任せ下さい。と言っても私はこの件に関してはステッラからの報告を受けるだけですが」
「いや、今の情報部があるのは卿の功績だ。これからも頼むぞ」
「わかりました」
「ではこれからも頼むぞ宜しくな」
 こうしてシリアーニとの話を終えた。シリアーニは下がりラフネールは一人となった。
「さて」
 彼は自分の机のパソコンのスイッチを入れた。そしてそこにディスクを入れた。
「連合軍のことについてのデータを見るとするか。敵のことも知っておかなくてはな」
 パスワードを入れ開く。そしてデータを見はじめた。
「ふむ」
 彼はそれを見て腕を組んで考えはじめた。
「中々考えて配置されているな。隙がない」
 どの場所にもすぐに兵が向けられるような配置となっていた。補給基地等の場所も的確であった。
 彼はそれを見終わった後で電話を手にした。そして出て来た者に対して言った。
「統帥本部長を頼む」
 そう言うと切った。やがてモンサルヴァートが部屋に入って来た。
「御呼びですか、総統」
「うむ」
 入って来て敬礼したモンサルヴァートに対して答えた。
「以前より進めてもらっている本土防衛計画だが進行状況はどうかね」
「順調に進んでおります」
 彼は即答した。
「既に防衛システムは全て整いました。このオリンポスを中心に各星系の防衛体制が整いました」
「そうか」
「そして補給体制、艦隊の編成も順調です。二百個艦隊への移行も進んでおります」
「それは何よりだ。だが一つ問題がある」
「何でしょうか」
 モンサルヴァートはそう言いながらも彼が次に言う言葉はわかっていた。
「防衛計画が全て整ったとしてそれで連合との戦いに勝てるだろうか」
「総統」
 そして彼はそれに対して用意していた反論を述べた。
「勝たなければならないのではないでしょうか」
「そうなるか」
 ラフネールはそれを聞いて難しい顔をした。
「もし戦いとなったら苦しいものになるだろうな」
「はい」
 彼はそれに答えた。
「戦力差は圧倒的です。おそらく」
「うん」
 さらに難しい顔になった。
「やはりな。ここで言うまでもないことだったな」
 顎に手をやる。そして歩きながら考える。
「その連合だが新たな軍を編成しているのは聞いているな」
「それはもう」
 既にモンサルヴァートの耳にも入っていた。
「かなり強力な部隊のようだがやはり我等との戦いがあった場合は動かしてくるだろうか」
「軍の先頭に立ってくると思いますが」
「それはどうしてだ?」
「彼等は厳密には連合の市民ではありません。そうした者達をまず戦場に送ることは昔からありましたから」
「確かにな。それは昔からあった」
 正規軍以外の外人部隊や傭兵達を自分の軍の先頭に立てることは古来よりあった。自軍の正規軍の消耗を防ぐと共に不穏分子の勢力を削ぐ為だ。連合の今回の場合は前者にあたる。後者の意味合いはなかった。
 こうしたことをよくしたのはモンゴル帝国であった。彼等は占領地の民を軍の先頭に立て生きた楯としてきたのだ。非道と言えば非道なやり方だが有効であるのは事実であった。
「おそらく彼等は他の連合軍とはまた違った部隊になるでしょう」
「精鋭部隊になるかも知れないな」
「それは充分考えられます。ただでさえ兵力差があります。注意すべきかと」
「わかった」
 ラフネールはその言葉に対して頷いた。
「では二百個艦隊ではまだ足りないな。予備兵力も用意しておくか」
「それが宜しいかと。いざという時には志願兵達が期待できますが」
「うむ。それでも兵力差は覆せそうにないがな」
「今ある戦力で戦うしかないでしょうね。ですがそれでも負けるわけにはいきません」
「そうだな。いざという時は」
「どうなさるおつもりですか」
 モンサルヴァートはラフネールのその語調に辛い決断を見た。
「総督府を捨てる覚悟も必要かもな。総督府の兵を本土への救援に向かわせることもな」
「残念ですが」
 それは彼も考えていた。だがその際懸念すべきことがあった。
「総督府の市民達の安全のこともありますが」
 彼等はサハラにとっては侵略者である。侵略者に対して容赦しないのが常識である。守ってくれる軍がいなくなったなら彼等はどうなるか、それは火を見るより明らかであった。
「まずは彼等か」
「はい」
「だが火急の場合に迅速な行動が可能だろうか」
「それでも果たさなければならない問題です」
「そうだな。そうした事態も考えておこう」
「そうされる方がよいかと。それに連合は大軍です。その移動はどうしても目立ったものになります」
「つまり彼等が動いてから総督府の軍や市民を動かしても間に合うか」
「問題は彼等を収容する施設ですが。流石に二百万もの市民を収容するのは困難かと」
「廃棄してあるコロニー等はどうだろう」
「それも使用すべきですね。ですがそれだけではとても足りません」
「そうだな。他にも必要だな」
 彼はそう言いながら再び考え込んだ。
「居住性の低さから移住が進んでいない惑星への収容も考えるか。色々あるが」
「そうですね。それも必要かと思います。費用は莫大なものになりますが」
「収容施設だけでなく居住の整備もあるからな。だが市民の命にはかえられない」
「はい、その通りです」
 モンサルヴァートはその言葉に応えた。
「市民達の安全の確保をまず優先させましょう。話はそれからです」
「そうだな」
 ラフネールはここで顔を意を決したものにさせた。
「ではそちらの計画も進めておこう。これは内務省や開発省にすぐに回しておく」
「お願いします」
「連合との戦い、何としても負けるわけにはいかない。そして市民の安全も何としても守らなければならない。我々にかかっている責任は極めて重いな」
「ですがそれから逃げることはできません」
「うん。これからも宜しく頼むぞ」
「ハッ」
 モンサルヴァートはそれを受けて敬礼した。そして話は終わった。
 ラフネールは一人になった。そこでふと窓の外を見た。
「この美しい大地も空も全てエウロパのものだ」
 彼は強い声でそう呟いた。
「連合には渡しはせぬ。他の者にもな」
 表情も強いものになっていた。そして一歩前に出た。
「負けはせん。例え何があろうとな」
 彼はそのまま窓から目を離さなかった。そして強い表情のまま窓の外に見える美しい庭園を見ていた。 

 

第七部第二章 老将その一


                 老将
 アッディーン率いるオムダーマン軍は順調に南方侵攻を進めていた。ムワッハドを降伏させた彼等はまずムワッハドに集結し、そこから新たな侵攻を計画していた。
「作戦は次の段階に移った」
 彼は各艦隊の司令及び中枢の幕僚達を集めて話をしていた。
「ムワッハドを降伏させた今我々は南方のかなりの地域をその手中に収めたことになった」
「ハッ」
 その場に居合わせている提督や幕僚達がそれに頷いた。
「だがまだ作戦は終わってはいない。進むべき場所はかなり残っている」
 彼は言葉を続ける。
「今後我等はさらに南下を続けていくことになる。そしてその最大の目標は既に決まっている」
 ここで後ろのモニターのスイッチが入れられた。そこに南方の地図が浮かび上がる。
「我が軍が次に戦うべき相手は」
 彼は指揮棒を手に地図のある部分を指差した。
「ここだ」
 そしてムワッハドに隣接するある星系をそれで指差した。そこは青く塗られていた。
「リヤド王国だ。言うまでもなくこの南方で最大の勢力を持つ国だ」
 彼の言葉は落ち着いているが強いものとなっていた。
「この国を攻略することがこの南方進出で最大の目標であることはもうわかっていることだと思う」
「はい」
 提督達も幕僚達もそれに同意する返事を返した。実際にこの国は南方で最大の国家でありその攻略は南方侵攻における最大の課題であるのだ。
 リヤド王国の歴史は古い。八百年を超える歴史を誇りその産業や資源も南方では随一である。そして地形も複雑であり兵力も南方では最も多い。
「この戦いに勝つかどうかで今回の作戦の如何が決定するのだ」
「わかっております」
「ならば話は早いな」
 アッディーンは提督達の声を聞いてそう頷いた。
「これよりリヤド王国への侵攻を開始する。参加兵力は二十五個艦隊とする、参加する艦隊はおって指示するものとする。全軍次の戦闘に備えるように!」
「ハッ!」
 その場にいた全ての者が起立した。そしてアッディーンに敬礼した。
 こうして会議は終了した。アッディーンはその足でアッバースの部屋に向かった。
「閣下」
 後ろに控えるハルダルトが声をかけてきた。
「何だ」
 彼はそれを受けて後ろを振り向いた。
「二つ程お知らせしたいことがあるのですが」
「俺にか」
「はい。宜しいでしょうか」
「ああ。秘密の話でなければな」
「わかりました。まずは連合のことです」
「連合の?」
「ええ。難民を軍に編入しているのです」
「難民をか。外人部隊や傭兵みたいなものかな」
「どうやらそのようです。既に募集を行っているそうです」
 このことは既にオムダーマンにも伝わっていた。そしてその数に彼等もいささか驚嘆していた。
「これも連合の人口故か。恐ろしいな」
「はい」
 この時代においても人口というものはその国の国力の重要な要素の一つであった。エウロパのように問題を引き起こすケースがあるのも事実であるがやはり多いとそれだけの力となるのは事実であった。三兆の人口は彼等にとっては夢の様な話であった。
「彼等はその部隊を有事に即座に動かすべき存在としていくようです」
「将に外人部隊に対する扱いそのものだな。それだけを言うと」
 アッディーンはそれを聞いてこう答えた。サハラでは外人部隊も多いのである。
「そうですね。ただ待遇等は他の将兵と変わらないようです。彼等もまた志願により入ってきておりますから」
「連合の志願制はまた徹底しているな」
「戦争というものがありませんからね。必然的にそうなるのでしょう」
「そして徴兵をしなくとも兵力は他の勢力と比べて圧倒的だからな。他にも理由はあるが」
「はい」
 アッディーンはこの時軍人の目から見て語っていた。
「そして装備もいい。連合と戦う場合には存亡をかけたものになるな」
「連合と戦うことが有り得るのでしょうか」
「可能性はゼロではない」
 彼はここでそう答えた。
「これから何があるかわからない。そうした意味ではな」
「そうですか」
「だから連合の情報は常に手に入れておきたいな。情報部にもそう要請してくれ」
「わかりました」
「話の一つは終わったな。そしてもう一つは」
「はい。マウリアのことです」
「マウリアの。何かあったのか」
「解放軍が連合に倒されたことにより連合との交易がさらに活発になったようです。そしてそれによりかなりの利益を得ているそうです」
「交易でか」
「それに伴いハサンとの間で行っていた三角貿易は減少しております。ハサンはそれを受けて連合及びマウリアとのそれぞれ個別の交易に切り換えていっているようです」
「ハサンも馬鹿ではない。それ位は考えるか」
「はい」
「ところでそのハサンだが」
 彼はここで逆に問うてきた。
「軍の動きはどうなっている」
「特に派手に動かしてはいません。エウロパ総督府との国境の兵を増強させただけです」
「そうか」
「それにこれは今までと変わりありません。やはり積極的に動くつもりはないようです」
「いつもと同じか。だがそれはかえって好都合だな」
「そうですね」
 ハルダルトはそれに頷いた。
「この作戦に専念できますから。彼等の介入があったならばここまで順調にはいかなかったでしょう」
「うむ」
「しかし油断はできないのも事実です。アジュラーン閣下もマナーマ閣下も増強した兵は次々とハサンとの国境に送っておられます」
「いざという時の為だな」
「はい。ですから我々もそれは考慮に入れなくてはならないかと」
「腰を据えてやるのもよいが、というわけだな」
「そう受け取って頂いても構いません」
 彼はここであえてこう答えた。
「先程閣下が仰った通り何が起こるかわかりませんから」
「確かにな」
 アッディーンは微笑んでそう言った。
「だが南方の地形は知っての通り複雑だ。敗れては何もならない」
「はい」
「ここは慎重にいきたい。我が軍の勝利の為にもな」
「勝利の為に」
「そういうことだ。勝利を得る方法は一つではないしな」
「わかりました」
 ハルダルトはそう答えた。そして二人はアッバースの部屋に着いた。
 そして中に入る。部屋の中央にあるテーブルに彼は座っていた。
「どうも」
 アッバースはアッディーンの姿を認めてすぐに立ち上がった。そして礼をした。
「はい」
 いつもなら制するところだが間に合わなかった。アッディーンはそれをいささか残念に思いながら彼に声をかけた。
「長官、そちらの方の会議はどうでしたか」
 そして彼に外交部の会議のことを尋ねた。
「おおよそのことは決まりました」
 彼はそう答えた。
「まずは残る各国との交渉を進めます」
「はい」
「当然リヤドにも」
「あの国にもですか」
「一応は。ただあの国は首を縦に振るとは思えませんね」
「そうでしょうね。私もそう考えて作戦を立てています」
「それはよかった。では今までと同じようにいけますね」
「はい」
 外交交渉と並行させ、従わない場合に攻め込む。南方侵攻の際のパターンであった。
「ではまず交渉をスタートさせましょう」
「私はその間に戦いの準備に取り掛かります」
「目標はリヤドですね」
「はい、何にしろあの国を抑えなくてはなりませんから」
「そうなりますか。ではあの国の周辺を抑えていきましょう。その方が確実です」
「是非お願いします」
「わかりました。ところで」
「はい」
 アッバースは表情を変えてきた。
「ティムールが何やら動いているようですよ」
「ティムールが」
「ええ。北の総督府に向けて色々とやっているようです」
「そうですか」
 彼はそれを聞いて暫く考え込んだ。
「我が国に対してではないのですね」
「はい」
「とりあえずそちらは様子見ということでいいでしょうか」
「そうですね。我々もそういう方針で進めていこうかと思っています」
「ではお願いします」
 アッディーンはそれで話を終わらせた。
「ところで」
 そして話を別の方向へ持って行った。
「そろそろ昼食の時間です。ご一緒しませんか」
「いいですね」
 アッバースはその言葉を聞いて顔を綻ばせた。
「丁度お腹がすいてきたところですし」
「では行きますか」
「ええ」
 アッバースはそう答えて席を立った。
「今日のメニューは何でしょうか」
「確かムワッハドの牛の料理だった筈ですよ」
「ああ、確か味がいいということで評判でしたね、ムワッハドの牛は」
「ええ。牛はお好きですか」
「勿論。では行きましょう。牛が私達を待っていますよ」
「面白い言い方ですね。本当に牛が待っているかも知れませんよ、そんなことを仰ると」
「それも面白いですね」
「見たら見たで皆驚くでしょうけれどね」
「ははは」
 二人はそんな話をしながら士官室に向かった。そしてそこで食事を採るのであった。
 

 

第七部第二章 老将その二


 その頃シャイターンはティムールの首都アレキサンドリアにいた。この星系は建国と同時に彼が首都と定めた場所でありかなり北東に位置さひている。総督府とも隣接している。
 当初ここに首都を置くことについて多くの反対意見があった。だがシャイターンはそれを全て跳ね除けここに首都を置いたのである。
 反対する理由には根拠があった。やはり敵に近いからであった。防衛上これは非常に由々しき問題であるからだ。
 だがそれでもシャイターンはここに首都を置いた。そしてそこから政治及び軍事の指揮にあたっていた。
 今この星系では防衛計画が進められている。惑星ごとに防衛衛星が配置され艦隊基地が建造されていた。そして前線基地としての役割もつけられようとしていた。
「エウロパはどうしている」
 シャイターンは乗艦であるイズライールの艦橋においてハルシークに問うた。彼は今艦に乗りながら防衛基地や前線基地の建造状況を見ているのだ。
「今のところ彼等は本土の防衛計画だけで手が一杯のようです」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「それだけ連合の存在が脅威ということか」
「はい。また新たに百個艦隊を新設するそうですし」
「難民達を使ってな。恐ろしい数ではある」
「人類の歴史史上最大規模の軍ですな」
「そうだな。だがそれだけではない」
「といいますと」
「連合軍の怖ろしさはそれだけではないのだ。だからこそエウロパもあそこまで警戒している」
「装備でしょうか」
「それもある。だがそれだけではない」
「補給、そして情報でしょうか」
「鋭いな。その三つは確かに連合軍の脅威の一つだ」
 やはり彼等もティアマト級巨大戦艦のことはよく知っていた。彼等もあの艦を脅威とみなしていた。
「そして人」
 ハルシークはここでこう答えた。
「その通りだ」
 シャイターンはそれを聞いてニヤリと笑った。
「この場合は数としての人ではない。個人としての人だ」
「といいますとやはり」
「そうだ。国防長官である八条義統。彼の存在が大きい」
「彼なくしては連合軍はなかったでしょうからな」
「そうだな。そして今彼の手により連合内の海賊やテロリスト達は次々と潰されていっている。国内での脅威は残り僅かだ」
「問題はそれからどう動くか、ですな。しかし」
 ハルシークはここで言葉を続けようとした。だがシャイターンはそれより前に言った。
「何が起こるかはわからないな、これから」
「はい」
 ハルシークはそれに頷いた。
「当然そこにはエウロパとの戦争も入るかと思われます」
「そうだな。それは否定できない」
「エウロパはそれを恐れているのですね」
「長年の対立関係があるからな。なおさらだ」
「戦争になればやはりエウロパ本土での戦いになりますな」
「そうだ。その時には動くかも知れないな」
「動く」
「そうだ」
 シャイターンはここでニヤリと笑った。
「我々も同時に動く」
「北にですね」
「そうだ。ここに首都を置いた理由はわかるな」
「はい」
「そういうことだ。その時に備えておけ。どのみちいずれは動くからな」
「わかりました。それでは」
 ハルシークはそう答えて頭を垂れた。
「引き続き軍備を整えておきましょう」
「そうだ。そしてすぐに動けるようにしておけ」
「わかりました。ところで」
 ハルシークはここで口調を変えてきた。
「何だ」
 シャイターンはそれに気付き問うた。
「マルヤム様がこちらに来られておりますが」
「マルヤムが」
 シャイターンはそれを聞いて眉を少し上げた。
「はい。御会いになられますか」
「そうだな」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「通してくれ」
「わかりました」
 ハルシークはそう言って敬礼して返した。彼は退き暫くして小柄で美しい女性を連れて来た。 

 

第七部第二章 老将その三


 歳の程は二十を少し越えた程であろうか。豊かな黒い髪と黒檀の様な澄んだ瞳を持っている。その眉は細く、まるで虹の様に美しい線を描いている。肌はマウリアの者とはとても思えぬ程白くまるでエウロパの者のようである。そして身体つきは小柄ながら胸は大きくまるで桃の様である。爪と唇は薔薇の色をしておりその手足も長い。顔立ちといいその身体といいまるで天界にいる天使のようであった。
「お兄様、ごきげんよう」
 彼女、マルヤム=シャイターンはそう言って頭を垂れた。
「うむ」
 シャイターンは妹の挨拶を受けて頷いた。
「元気そうで何よりだ。今日は一体どの様な了見でここに来たのだ」
「はい、単なる顔見せなのですが」
「顔見せか」
「御父様に言われましたので。たまには顔を見せて来いと」
「父上がな」
 彼はそれを聞いてすっと笑った。
「一体何を考えておられるのやら」
「何かあったのですか?」
「いや」
 だが彼は妹にその心の裏をあかしはしなかった。
「何でもない。これは御前の問題ではない」
「左様ですか」
「うむ。ところでだ」
「はい」
「父上はお元気か」
「それはもう」
 マルヤムは朗らかな笑顔でそう答えた。
「何時にも増してお元気です、この頃は」
「そうか」
 彼はそれを聞いて満足そうに頷いた。
「先日はオムダーマンに行かれました。何でも旅行とかで」
「オムダーマンに」
 それを聞いた彼の瞳が光った。鋭い光であった。
「はい。そして楽しそうに帰って来られましたよ」
「そうか」
 彼は表情が険しいものになっていくのを止められなかった。考えるものになっていく。
「そしてオムダーマンの何処に行かれたのだ」
「首都であるアスランだとか。とても嬉しそうでしたよ」
「そうか、アスランか」
 彼はさらに考える顔をした。
「お兄様」
 ここでマルヤムが言葉をかけてきた。
「ん?何だ」
「どうしたのですか、そんなに怖い顔をなさって」
「ムッ」
 彼はここでようやく自分がどんな顔をしているのか気付いた。そして慌てて顔を戻した。
「いや、何でもない。気にするな」
「そうですか」
「そして父上は今何処におられる」
「お屋敷におられますよ」
「屋敷か」
「はい」
 シャイターン家はこの宮殿の他に屋敷や多くの別荘を持っている。中には隠れ家的なものもある。政敵に備えてのものであることは言うまでもない。その屋敷は本来の彼等の邸宅だがいつもそこにいるとは限らないのである。無論暗殺や襲撃に備えてのことである。
「わかった。それさえわかればいい」
「はい」
「他に何かあるか」
「いえ」
「そうか。ならば丁度食事の時間だ。久し振りに一緒に食べよう」
「わかりました」
 こうして二人は二人で食事を採ることになった。メニューは牛肉を主体としたものであった。やはり三十程の料理がテーブルに並べられる。
「牛肉ですのね」
「ああ」
 シャイターンはそれに答えた。
「ジェルファ星系の産だ」
「ジェルファの」
「そうだ」
 ジェルファは農業や放牧で有名な星系である。ここにいる牛は長い角を持ち大きいことで知られている。そしてその肉は極めて美味なことで知られている。
 その牛の肉を煮込み、そこにトマトと香辛料をきかしたソースをかけている。添え物には同じくジェルファ星系で採れた野菜がある。
「一度食べてみたらいい。さあ早く」
「はい」
 マルヤムは兄に言われるままフォークとナイフを使いその牛の肉を口に入れた。
 噛む。柔らかい。そして肉汁が口の中に満ちる。これまで食べたどの肉よりも味わいが濃かった。
「どうだ」
 シャイターンは肉を一口食べ終えた妹に対して問うた。
「美味しいですわ」
 彼女はすぐにそう答えた。
「こんな美味しいお肉ははじめてです。柔らかくて肉汁が多くて」
「そうだろう」
 シャイターンはそれを聞いて頷いた。
「味も凄くいいですし。他の牛肉とは比較にならない程ですね」
「私も最初食べた時には驚かされた」
 彼は微笑んでそう言った。
「これは煮ているが焼いてもいい」
「そうなのですか」
「ソーセージにしてもハムにしてもな。丁度今ここにもある」
 彼はここでテーブルの上にあるハムとソーセージを指差した。
「食べてみるといい。他のものとは全く違う」
「はい」
 彼女は兄に薦められるままそれ等を口に入れた。やはり味は他の牛のそれとは全く違っていた。
「美味いだろう」
「はい。本当に他のものとは全く違いますね」
 彼女はもうその整った目元を綻ばせていた。本当に美味しそうであった。
「こんなに美味しいハムやソーセージははじめてです」
「そうか。それはよかった」
 シャイターンも妹の喜ぶ顔を見て満足そうであった。
「フラームもアブーもこれを食べて満足そうだった。御前も気に入ってくれたようで何よりだ」
「はい」
「オムダーマンにもこんな美味いものがあればいいがな」
 彼はここでふとそう呟いた。
「オムダーマンに!?」
 彼女はそれを聞いてふと顔を上げた。
「あ、いや何でもない」
 だがシャイターンはその言葉を打ち消した。
「まあ食事を続けよう。この星系は他にもいいものが多くあってな」
「そうなのですか」
「このキノコのスープもいいぞ。どんどん食べたらいい」
「わかりました」
 こうして二人は食事を心ゆくまで楽しんだ。マルヤムはその後で満足な顔で兄のもとを去った。
「どう思うか」
 食事を終え妹と別れたシャイターンは執務室で再びハルシークと話をはじめた。赤を基調とし、絨毯や絹のカーテンで飾られた豪奢な部屋であった。
「御父上のことですか」
「そうだ」
 彼はそれに頷いた。
「ただ旅行だけでわざわざオムダーマンに行ったとは誰も思わないだろう」
「はい」
 これはハルシークにもわかっていることであった。
「何かお考えがあってのことだと思います」
「そうか。やはりな」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「何かあるな、絶対に」
「そう思われるのが普通ですな」
 ハルシークもそれに同意した。
「ふむ」
 換えはまた考え込んだ。そして口を開いた。
「父上に御会いしたい。今はあちらにおられるのだな」
「はい」
「では今すぐ屋敷に向かうじ。とにかくお話をお聞きしたい」
「わかりました。それでは留守の間はお任せ下さい」
「ああ、頼む」
 こうして彼は父のもとへ向かった。その心の中には様々な考えが混ざっていた。 

 

第七部第二章 老将その四


 連合は多くの国家から成り立っている。設立当初には百四十程であったがそれぞれの事情により増加し、今では三百に達する。連合においては星系は一つの国家が完全に掌握するものと定められており、新規の星系に降り立った者達がそこに新国家を興すこともある。実際にそうして独立する者もいた。 
 この際彼等が元いた国家とのトラブルが起こる場合もある。その星系が豊かであった場合は尚更だ。だがそうしたさいに仲裁するのが連合中央政府であり、その機能はとりあえずは維持されてきていた。そうした場合には旧国家に新しい星系の開拓と領有を優遇するのが常であった。やはり新国家設立にはそれなりのデメリットも存在していた。
 中には一つの星系のみの国家もある。それは連合の国家のかなりの割合になる。新国家も最初はそこからはじまり、そこでとりあえずは満足する場合もあるのだ。
 大国は星系の開拓を次々と進めていく。とりわけアメリカ、中国、ロシアといった国々は積極的である。日本は所有している星系が豊かなものばかりであるのでそれにはあまり積極的ではない。だが開拓をしていないというわけではない。
 こういった状況で連合は続いてきた。だがこの百年程は新国家の設立はなかった。やはり三百もあると自分の考えに近い国家もある。また生まれた国への愛着もある。定住するにしろ移り住むにしろそれだけ選択肢があれば悩むこともなかったのである。
 そんな中で特殊なのがやはり難民達である。彼等はその殆どがどの国家に入ることもなくあくまで独自のテリトリーを持っていた。そしてそのまま生活していた。
 それは今軍に組み入れられても変わることはなかった。彼等はその星系において生活し、訓練を受けていたのだ。
 その訓練は過酷であった。他の連合軍のそれとは比較にならなかった。だが彼等はそれに不平を言うことなく黙々と訓練を受けていた。
「今日の訓練も凄かったな」
 夕方、ようやく訓練を終えた難民達はシャワーを浴びた後食堂で自分達の訓練について話をしていた。
「あの教官の野郎思い切りやってくれやがって」
 陸戦部隊の迷彩服を着たサムディが顎をさすりながらそう呟いた。見ればそこに青い痣がある。
「折角将校になったと思ってもこれだ。容赦ってのがねえな」
 見れば階級は少尉のものである。彼は任官した時にその能力を買われ将校にされていたのだ。
「連合じゃあ将校はライフルを持たずにピストルだけだと聞いていたしな。それが普通の兵隊と全く変わらない装備だ。何か違うぜ、ここは」
「俺達がそれだけやばい仕事をやるってことだろ」
 サムディの向かいにいる顔中髭だらけの男がここでこう言った。
「俺だって今かなりしごかれてんだぜ」
「おやっさんもかい」
 彼はここでこの髭の男をこう呼んだ。
「ああ、炎龍のパイロットとしてな。ついさっきもどやされたばかりだ」
「それはまた。おやっさんでもそうかい」
「そうだよ。下手クソってな」
「おやっさんが下手なら誰が上手いんだよ」
「わからねえな。俺もかっては腕利きだったんだぜ、こう見えても。それで下手ときたもんだ」
 彼は笑いながらそう言った。彼の名はイブン=ウダイ。サムディと同じマラケシ出身でありかっては攻撃機のパイロットとして名を知られていた男である。
「これでも戦車や敵艦をかなりやっつけてきたんだがなあ」
「それは知ってるよ。見事な活躍だったよ、あれは」
 彼はエウロパとの戦いで侵攻して来る敵の地上部隊に向かいその戦車や装甲車を次々と撃破していった。その功により大尉から大佐にまでなった程である。だがそれは敗戦前のほんの仇花に過ぎなかったのだ。
 敗戦し国を追われた彼はここまで逃げ延びてきた。彼の家族と共にここまで来たのだ。
「それでも負けたら意味はねえな。こうして異国で訓練を受けるだけだ」
「そうだな」
 サムディはそれを聞いて急にしんみりとしだした。だがそれはほんの一瞬のことであった。
「そういえば」
「どうした」
 ウダイは彼が顔を上げたのを見てそれにすぐに反応した。60
「グーダルズの奴がいねえな。何処へ行ったんだ」
「あいつなら今地球に向かっているぜ」
「地球に!?」
 サムディはそれを聞いて思わず声をあげた。
「ああ。今この部隊には司令官クラスの将校がかなり少ないのは知っているな」
「おお」
 サムディはそれに答えた。連合に落ち延びてきた者にはかって将軍であったりした者がかなり少ないのだ。その他にも行政を司っていた者も少なかった。その為彼等が今いる行政はここを管轄する国がスタッフを派遣しているのが現状である。
「だからその司令官候補を探しているらしい。あいつはその中の一人に選ばれたのさ」
「それはまた意外だな」
「意外か?あいつなら選ばれるだろう」
 グーダルズの能力は二人もよく知っていた。だからウダイはそう言ったのだ。
「いや、あいつが選ばれたことが意外なんじゃない」
「じゃあ何だ?」
「俺達の中から司令官を選ぶってのがな。ほら、普通は違うだろ」
「まあな」
 こうした外人部隊や傭兵部隊は通常正規軍より一段下に見られる。その為司令官や高級将校等は正規軍から派遣され彼等はあくまで消耗品として扱われるのだ。
「それが俺達の中からってことは。やはり俺達は正式に連合軍に入っているってことだよな」
「それはまだわからねえぞ」
 彼はここでこう釘を刺した。
「ポーズだけってこともあるからな。名前だけは正規軍でも扱いは違うとかな。実際に訓練は他の奴等と全然違うだろ」
「それはそうだな」
「どのみち俺達は火事場に飛び込む為にいるのは変わらねえよ。それはよく覚えておけ」
「わかってるさ。ただ」
「ただ。何だ!?」
 ウダイはサムディの言葉をとらえて問うた。
「それでも俺達の部隊を俺達に任せてくれるってのは有り難いなって思ってな。この軍にいたくなってきたよ」
「まあな」
 それはウダイも同じであった。やはり自分達の軍は自分達で動かしたいものであるからだ。
「軍服も連合のものだしな。地位や待遇もだ」
「それだけでもよしとすべきだがそうしたことにまで気を配ってくれるとはな。ほら、何つったっけな。中央政府の国防長官」
「八条とかいったな。日本の」
「おお、あの兄ちゃんだ。いいのは顔だけじゃないようだな」
「おいおい、おやっさんはあんな優男がいいのかよ。男はやっぱり筋肉だぜ」
 彼はここで腕に力瘤を作ってみせた。
「あん!?それなら俺にだってあるぞ」
 ウダイもそれに負けずに作った。そしてそれを見せつける。
「中々すげえな、おやっさんも」
「フン、若いモンには負けねえぞ。こっちもな」
「けれど頑張り過ぎて神経痛ぶりかえさないようにな」
「そんなもんねえと言ってるだろうが。俺はまだ四十だ」
「おっとそうだった、ははは」
「年寄り扱いもいい加減にしろってんだ」
 彼等はそんな話をしながら羊のハンバーグにカレー、サラダにミルクといった夕食を楽しんでいた。グーダルズはその頃一隻のティアマト級巨大戦艦に乗り宇宙にいた。
「まさか地球に行くとはな」
 彼は窓から星の大海を眺めながらそう呟いた。そこには無数の星達が瞬いている。
「どうしました」
 それを聞いた兵士の一人が問うた。見れば水兵の服を着たまだ十代の兵士だ。グーダルズ達を迎えに来たこの艦の乗組員である。
「ああ、ちょっとな」
 彼はそれには答えず言葉を濁して誤魔化した。
「凄い艦だと思ってな」
「ははは、そうでしょう」
 その水兵はそれを聞いて大いに笑った。
「こう言っては何ですがこれ以上の艦はありませんよ。連合の誇りですから」
「誇りか」
「ええ。この前の海賊との戦いですけれどね」
「解放軍とのか」
「はい。その戦いにおいても大活躍しましたから」
 彼は上機嫌でそう語った。
「一隻も沈むことなく。どんな攻撃にもびくともしませんでしたよ」
「そうだろうな。ここまで巨大だと。それに」
「それに!?」
 水兵は彼のその言葉に突っ込んだ。
「装備も凄い。それに艦載機の数も半端じゃないな」
 彼は飛行甲板や巨砲、そして主砲を見てそう言ったのだ。
「これだけの装備があると多少の敵が相手でも心配ないな」
「そうですね。あの海賊との戦いでも一隻で一千隻の敵を殲滅させていますから」
「一千隻を!?」
「はい。移動中に側面より狙われまして。それを撃退したのですよ」
「そうなのか。一千隻を」
 サハラにおいては無視できない戦力である。特に彼のいた北方では人口や国力の関係からそうであった。連合とはここでも違うのだ。
「砲撃とミサイルで。あっという間だったそうですよ」
「あっという間か」
 彼はその言葉を聞き問い直した。流石に信じ難かった。
 

 

第七部第二章 老将その五


「一千隻を瞬時に破ったというのか」
 それだけの力は確かにこの艦には備わっているだろう。だが彼にはやはり信じられない話であった。連合の国力、そして技術に感嘆する他なかった。
「俺には夢のような話だ」
「そういうものですか」
 水兵はそれを聞き不思議そうに問うた。彼はドミニカ出身でありサハラのことはよく知らない。あくまで連合を基準として考え、話をしているのだ。
「俺にとってはな。この艦の存在自体がまだ信じられない」
「はあ」 
 彼はそれを少し呆然となって聞いていた。
「だがこの艦があれば出来るな」
 グーダルズは満面に笑みをたたえて口調を変えながらそう言った。
「何をでしょうか」
「決まっている」
 彼はその水兵に対して答えた。
「あの連中を倒すことをだ。エウロパの奴等を」
「エウロパですか。恐らく敵ではないでしょうね」
 水兵はやはり楽観的な言葉を述べた。
「我々にとっては赤子の手をひねるようなものですよ」
「いや、それはどうかな」
 だがグーダルズはそれに対してやや慎重であった。
「君はまだエウロパと戦ったことはないだろう」
「はい。実はついこの前教育隊を出たばかりでして」
 見れば初等兵の階級である。セーラーにまだ着られているという感じからしてもそれには納得できるものであった。
「航宙も今回がはじめてです。旅行でならありますが」
「そうか」
 グーダルズはそれを聞いて頷いた。
「では当然戦争というものは知らないな」
「具体的には。子供の頃の本や教育では聞きましたが」
「現実には知らないか。だが知っていると思う」
「何をでしょうか」
 彼は問うた。
「本や話の中の戦争と現実の戦争の違いを。これはわかっているな」
「はい」
「ならいい。それならばな」
 彼はここで一瞬遠い目をした。
「現実の戦争は違う。そしてエウロパもだ」
「違うのですか」
「今後エウロパと戦うことになるかも知れない。その時に私の言葉を思い出してくれればいい」
「はい」
「エウロパは強い、ということをな。ただ強いだけではない」
「といいますと」
「本当の意味での戦士達だ。戦いを知っている。そういうことだ」
「はあ」
 水兵はそれに対してやはり少し呆然と答えることしかできなかった。
「我々も宇宙海賊やテロリストとの戦いならかなり経験していますが」
「それが違うのだ」
 彼はここでこう言葉を返した。
「正規軍と海賊達とはな。私も海賊とは何度も戦ってきた」
「そうだったのですか」
「そうだ。そして正規軍ともな。やはり全く違う。そう」
 ここで一旦間を置いた。
「エウロパの軍は騎士の軍だ。海賊は所詮海賊、テロリストは単なる犯罪者共だ。これでわかるだろうか」
「騎士!?」
 水兵はその言葉に目をパチクリさせた。
「騎士といいますとあの」
 彼は騎士というと小説や漫画、ゲームの世界の中だけの話だと思っている。連合においてはファンタジー小説もそれなりに流行っているが騎士はその中でも重要なキャラクターの一つなのである。それ以上でもなくそれ以外の何者でもない。
「小説やゲームではなく」
「騎士団と言うとわかり易いか」
「はあ、まあ」
 彼はそういわれてようやく納得したような気分になった。
「つまり円卓の騎士の様なものではなく中世の騎士団のようなものなのですね」
「そうだ。よく知っているな」
「まあ。これでもそうした小説とかはよく読む方でして」
 彼は右手を頭の後ろに置き苦笑しながらそう答えた。
「アーサー王だけでなくローランの詩なんかもよく読みました」
「連合でもエウロパの話が読めるとは思わなかったな」
「エウロパの話といいますか古典ですね」
 彼はここでこう答えた。
「少なくとも我々はそう考えています。白人も多いですし。私自身その血が入っています」
 見れば彼の顔はやや白い。髪はパーマで黒人のものだが顔立ちはポリネシア系である。
「母方の祖母がエストニア出身でしたので」
「ほお、エストニアか」
「はい。父方の祖父がドミニカ出身でして。それで私の国籍もドミニカなのです」
「ご両親はドミニカの方か」
「そうです。ただ母は先祖にポリネシア系の血が入っておりまして。それが顔に出ました」
 彼はそう言いながら笑みを屈託のないものにした。
「ふむ、それは面白いな」
 これはグーダルズにとっても興味深い話であった。サハラにいた彼にとってそうした様々な混血というのは非常に関心をそそられるものであったのだ。
「そして君も今後結婚すると他の国の者となる可能性があるな」
「それは否定しません」
「また血が混じるのだな」
「ええ」
「そうして連合は一千年の間交流してきたのか。我々とは違うな」
「違うのですか」
「ああ。我々はムスリムとしか結婚しない。それが戒律だからな」
「そういうものなのですか」
「ああ」
 連合にもイスラム教は存在する。だがそれはサハラのそれのように厳格なものではなくあくまで緩やかなものである。そして異なる宗教の者とも結婚が可能である。
「そして元々我々はルーツが同じだ。従ってそうした白人や黒人との混血といったこともない」
「はあ」
 水兵はその話を興味深そうに聞いていた。
「そういうものなのですか」
「そうだ。そこが連合と違う。もっとも混血はタブーとはされてはないが」
 サハラの世界においては宗教が同じならばよいのである。価値観はあくまでムスリムのものであり、ムスリムであるかどうかが問題なのである。二十世紀までの人種主義は少なくとも存在しない。
「しかしそもそも我々はアラブの民だけであり彼等は少ないがな」
「あ、それは聞いています。サハラの人達はアラビアがルーツだと」
「そうだ」
 彼は答えた。実際にサハラの者は中近東の者達が進出したのがそのはじまりである。そして一千年の間彼等は独自の文化や宗教を守って生きてきているのだ。
「私もだ。私の身体にはそうした意味でアラブの血が今も流れている」
「そうなのですか」
「君達連合の者にはわからないだろうがな。これは侮辱ではないが」
「はい」
 これは彼にもわかった。
「我々には我々の、君達には君達の世界があるということだ」
「それなら話はわかりますね」
「ほお」
 グーダルズはそれを聞いて眉を上げた。
「では連合にもそれぞれの世界があるということだな」
「ええ、その通りです」
 水兵はそう答えた。
「ご承知の通り連合は多くの国家がありまして。それだけ独自の世界も存在します」
「そうなのか」
「はい。例えば日本がありますね」
「ああ、何でも天皇という皇帝が存在しその下に昔からの文化と最新の科学技術が存在しているという国だな。確かこの連合においてもかなりの発言力と国力を持っている筈だが」
「はい。しかし日本だけが連合に存在するのではないのです」
「というと」
「アメリカもあれば中国もあります」
「また派手な国を出したな」
 グーダルズはその二国の名を聞いて思わず苦笑した。この二国の羽振りは彼もよく知っている。
「そしてロシアも」
「バレエや音楽はあまり詳しくはないがやること為すこと大雑把な印象があるな」
「タイやベトナムのような国もあります」
「バランサーとしてか。彼等の文化もそれぞれ独特だな」
「はい。そしてアフリカにルーツのある国々もありますしその中にはエチオピアもあります」
「エチオピア・・・・・・。ああ、何でも人類の歴史で最古の皇帝家があるのだったな。コーランにも出て来る」
「そうです、そして私の祖国のような中南米諸国も存在します」
「そうなのか。実に多いな」
「おわかりになりましたか。連合はその中に実に多くの世界を内包しているのです」
「しかし連合はそれを全て包み込んでいるのだな」
「そういうことになりますね。連合自体も宇宙ですから」
「そういうことか。サハラとはそこが違うな。サハラは多くの国に分かれていてもサハラだ。これは変わらない」
「連合とはどう違うのですか?」
 水兵にはその言葉の意味がよくわからなかった。
「御言葉ですが連合とはあまり変わらないように思えるのですが」
「中にそれぞれ独自の世界を持っていないと言えばわかるかな」
 彼はここでこう言った。
「我々はあくまでサハラの中にいるのだ。サハラという巨大な世界に」
「ううむ」
 水兵はそれを聞いてさらに考え込んだ。
「私にはまだよくわかりませんが」
「それならそれでいい。考えてみることもな」
「そうでしょうか」
「そうだ。考えればそれを解きたいと思うだろう。そしてそこから何かが生まれる」
「はあ」
「今私が君に言えるのはそれだけだな。人生の先輩としては」
「人生の先輩としてですか」
「祖国を追われたしがない難民でもいいぞ」
 グーダルズは自嘲した笑いをここで浮かべた。
「いえ、そのような」
 水兵はその言葉を聞いて口ごもった。
「いいさ。事実なのだからな」
 だがグーダルズの自嘲は終わらなかった。
「ところで君の名は何というのかな。まだ聞いてはいないが」
「ハッ」
 彼はここで姿勢を正し敬礼した。やはち軍人としての身のこなしはつこうとしていた。
「ビバーチェ=オセアノ初等兵であります」
「そうか。オセアノ初等兵」
「はい」
「君はこれから何になりたい」
「はい・・・・・・」
 彼はそれを受けて語りはじめた。
「まずは軍でお金を貯めてそれから農場を買おうかと考えております」
「農場をか」
「ええ。家は農家でして。果樹を栽培しています」
「葡萄や林檎をか」
「ちょっと違います。グレープフルーツやパイナップルをです」
「ああ、暑いところのものをか。そういえばドミニカはそういう場所が多いそうだな」
「はい。昔からの家業でして。一家全員でやってきました」
「ならばそれに入ればいいのではないのかな。私はそう思うが」
 彼はここで疑念をふと漏らした。
「別のことをやってみたくなりまして」
 オセアノはここでにこやかに笑ってこう返した。
「別のこと」
「何しろ子供の頃からパイナップルやグレープフルーツばかり見てきましたので。他の新しいものを栽培しようと思っているのです。それが高くて。その資金を調達する為に軍に入隊したのです」
「そうなのか。そういった理由で入隊することもあるのだな」
「ええ。実入りがいいですからね、軍は」
「確かにな。待遇もいいしあっという間に金は貯まるだろうな」
「はい。それが狙いですから」
「そういうものなのか。ううむ」
 グーダルズはそれを聞いて考えずにはいられなかった。こういった話もサハラにおいては考えられぬことであった。
「軍とはあくまで職業の一つでしかないのだな」
「少なくとも私のような者はそうですね。ですから任期制の兵士として入ったのです」
 

 

第七部第二章 老将その六


 連合の将兵の採用は全て志願制だが色々な門が存在する。士官学校もあれば大学で単位をとり、そこから将校になる場合もある。パイロットや陸戦部隊の専門課程に入る者もいれば下士官候補生から入る者も存在する。だがやはり一般兵士への募集が最も多く採用人数も多い。彼等は言うならば臨時雇いである。三年の任期で入隊し、任期終了の都度続けるか辞めるかする。その度に退職金ももらえる制度である。
「収入はかなりいいですよ」
「そうしたものなのか。そしてその金で何を買うつもりかな」
「花です」
 彼は笑顔でそう答えた。
「花!?」
「はい。かなり特殊な花でして。私の住んでいる星にしか咲かないんです」
「どんな花なのかね」
「巨大な薔薇の様なやつでして。大きさはラフレシア位で」
「ラフレシア!?ああ、あれか」
 グーダルズはそれが何なのか最初わからなかった。だがそれが連合にある巨大な花だと思い出した。サハラにはその花はないのである。
「あの花みたいなものか」
「ええ。茎とかはありますがね。花自体がかなり巨大なのです。花びらが虹色で人気があるんです」
「その花を栽培したいと。だが難しそうだな」
「そうなんです。おまけにすごく高くて。けれどとても綺麗なんですよ」
 彼はにこりと笑ってそう言った。
「子供の頃から絶対にこれをいつも側で見たいと思っているんです」
「成程。それにその花で商売したら売れると」
「まあそれもあります」
 その笑みがはにかんだものとなった。
「けれど本当に綺麗ですから。是非一度御覧になって下さい」
「面白そうだな」
 これは彼の本音の言葉であった。花は嫌いではない。薔薇は好きな方だ。興味がある。
「では機会があったら一度見せてくれ。私の名はロスタム=グーダルズ。階級は少尉だ」
「グーダルズ少尉ですね。わかりました」
「君の花、是非見せてもらおう。いいな」
「喜んで」
 彼は満面に笑みを作って答えた。

 そのティアマト級巨大戦艦ブリージットは順調に地球に向かっていた。この巨大戦艦は神々や英雄の名がつけられる。
一番艦であるティアマトを筆頭としてそれぞれ神々や英雄の名を持っている。それはこの巨艦に相応しい威厳のある名前となっていた。
 そして予定通り地球に辿り着いた。その巨体は地球の中央議会からも見られていた。
「相変わらず怖ろしい巨大さだな」 
 金髪碧眼の黒人の男がそれを見て呟いた。アメリカ大統領ヘンリー=マックリーフである。
「あれ程の巨艦は我が合衆国ですら想像しなかったものだ」
「それは我が国でも同じですぞ」
 見れば彼は円卓に座っていた。その隣にいるアジア系の男がそれに合わせるようにして言った。中国大統領李金雲である。
「かって始皇帝が万里の長城を作り煬帝が大運河を作りました。しかしあれ程の巨艦を作ったという話は寡聞にして知りません」
「幾ら大きいといっても限度がありますからな」
 マックリーフはそこでこう言った。
「それは貴国でも同じでしょう」
 そして彼はロシア大統領アレクサンドル=グリーニスキーに話を振った。
「おや」
 グリーニスキーは話を振られてその薄い唇を一瞬歪めさせた。それから口を開いた。
「それは我が国への皮肉ですかな」
 ロシアは何でも巨大なものを好む傾向にある。この国で建造される車にしろ船にしろそうであった。そしてそれは邸宅や電化製品においても同じであった。それは連合においては非常によく知られている。時としてこれは大雑把だのロシア人気質だのと言われる。無論良い意味ではない。
「いえいえ」
 マックリーフはそこで言葉をはぐらかしてきた。
「そう受け取られたのなら謝罪致しますが」
「謝罪は結構」
 グリーニスキーはそれに対してすぐにそう返した。
「それよりもバーボンのいいものを欲しいですな」
「おやおや」
 マックリーフはそれを聞いて思わず肩をすかした。
「ウォッカ専門ではなかったのですか」
「ロシア人は博愛精神の持ち主ですぞ」
 グリーニスキーはここでこう言った。
「とりわけ酒には。勿論老酒も好きです」
「桂花陳酒はどうですかな」
 李は笑いながらそう問うた。
「悪くないですな。ただアルコール度が低いのが難点です」
「ではテキーラはどうですかな」
 同じく円卓に座る髭を生やした筋肉質の大男がここでにこやかな笑みと共にグリーニスキーに言葉をかけてきた。メキシコ大統領ファン=クーラである。
「テキーラですか」
「はい。飲まれたことはあるでしょう」
「勿論。悪くはないですな」
 彼は笑いながらそう答えた。
「味は非常に素晴らしいです。ですが飲んでいると身体が冷えます」
「冷えますか」
「はい。やはりあれでも私、いやロシア人にとってはアルコールが足りないのです」
「あれでですか」
 これにはクーラも絶句した。テキーラは強い酒であるから無理もないことであった。
「ウォッカと比べますと。あれをストレートで飲むのがロシア流です」
「ストレートで」
 これには誰もが言葉を失った。
「少なくとも私はそうしておりますが。カクテルもいいですがそれが一番美味い」
「そういうものですか」
「はい。一度やって御覧下さい。病み付きになりますよ」
「いえ」
 だが誰もそれに賛同しなかった。
 ウォッカのアルコール濃度は九〇パーセントを超える。それをストレートで飲むなぞ普通では中々できるものではないのだ。何せ火を点ければ炎となるのであるから。
「誰も飲まれないのですか?是非一度飲まれてはいいのに」
「それは・・・・・・」
「遠慮させて頂きます」
 その場にいた各国の首脳は皆謹んでそれを辞退した。これも当然のことであった。 

 

第七部第二章 老将その七


「それは残念ですな」
 彼は何時になく落胆した顔でそう言った。
「総理はどうですか」
 ここで総理とは日本の総理のことを指す。首相と呼ばれることもあるがこうした場では日本の首相は総理と呼ばれることが多いのである。
「はい」
 伊藤はそれを受けてにこやかに笑ってから答えた。
「私はやはり日本酒が一番好きですが」
「ほう」
 実はこのグリーニスキーは和食が好きなので有名である。寿司がとりわけ好きで柔道も嗜んでいるのだ。それで日本酒のCMに出たこともある。ロシアの国でだが。
「それはいい。私はあれも好きでしてな」
 やはりその目の輝きが変わってきた。
「ではウォッカはどうですかな」
「やはりそうきたか」
 その場にいた者は皆内心でそう呟いた。
「ええ」
 伊藤はそれに対してやはりにこやかに答えた。
「あれはやはりストレートでしょう」
「何っ!?」
 それを聞いたグリーニスキー以外の全ての者が内心絶句した。
「身体が冷えた時にはあれが一番だと思います」
「全く。同感です」
 彼は満面の笑みをもってこれに同意した。
「まさか総理がこれ程お酒に造詣が深いとは思いませんでした」
「主人の実家が造り酒屋ですので」
「何と羨ましい。一度紹介して頂けませんか。是非作りたての日本酒を飲ませて頂きたいです」
「はい。宜しければ次の訪日には」
「楽しみにしていますぞ」
 これは心からの言葉であった。その証拠に目の光が違っていた。グリーニスキーは何時になく楽しい気持ちとなっていたのであった。
「さて」
 ここで議長役を勤めるシンガポールの第一首相ゴー=シェイロンがそこにいる全ての者に対して声をかけてきた。ふくよかな外見の老人である。
「皆さんお酒のお話はそれ位にしましょう。会議に入ろうではありませんか」
「おっと、そうでしたな」
 まずはグリーニスキーが話に戻ってきた。
「いかんいかん、酒の話になるとつい」
「グリーニスキー閣下の悪い癖ですな」
「全く。お恥ずかしい」
 彼は照れ臭そうにそう答えた。他の者もその間に席に戻っていた。
「ではよろしいですな」
 ゴーはそれを見届けて一同に再び言った。
「はい」
 彼等はそれを受けて答えた。見ればアジア太平洋各国の首脳達が一同に会していた。それだけ見ても何やら重要な会議であることは一目瞭然であった。
「さて、今あのティアマト級巨大戦艦に乗ってこの地球にやって来たサハラの兵士達ですが」
「はい」
 皆ゴーの言葉を受けて頷く。
「彼等についての皆さんのお考えをお聞きしたいのですが」
「それは各国の考えと認識してよろしいのですか?」
 モハマドがそれに問うた。
「ええ、勿論」
 ゴーはそれに答えた。
「皆さんもそのおつもりでしょう」
「確かに」
 これは彼等もあらかじめわかっていることではあった。念を押す為に聞いたのである。
「ではあらためて各国の御意見をお聞きしましょうか」
 ゴーはここで再度こう言った。そして円卓に座る各国の首脳達を見る。見れば大統領や首相等その国を代表する者達ばかりである。だが彼はそれでも臆するところはなかった。
「我が国としましては」
 まずはマックリーフが口を開いた。
「彼等の存在は賛成です。連合軍の先鋒として思う存分活躍してもらいたいです」
「そうですな。いざという時の為の精鋭部隊というのは必要であるかと存じます。連合軍にはそれがない」
 李もそれに同意した。アメリカと中国がまず賛成の意を唱えた。
「しかしですな」
 だがここでタイの首相ティアン=ホア=チャクラーンが手を上げた。見れば長身の痩せた男である。元軍人でありかってはタイ軍の大将を務めていた。
「彼等は異国の兵士達です。その彼等を兵士にするというのはどうかと思いますが」
「彼等の国籍は連合のものですよ」
 オーストラリア大統領ダグラス=ワイルドが彼にそう言った。黒い髪にアジア系の肌の色をしておりその青い目はかなり大きい。この人物は連合においてはかなり有名である。
 何故有名であるかと言うとまずオーストラリアという国の存在が大きい。この国はかってはイギリスの植民地であり長い間イギリス連邦の一員として存在していた。そういった意味ではカナダも同じである。
 だが二十一世紀中頃にイギリス連邦から脱退し、正式に独立国となった。それまでにかなり激しい議論があったのである。カナダはそれにならってイギリス連邦から脱退している。
 そしてそれからは日本等と協力してそれまでの地位をさらに強固なものにしていった。元々南太平洋の盟主的存在であり、その地位は高かった。だがイギリス連邦からの脱退によりそれをさらに顕著なものにしたのだ。
 それからは環太平洋諸国のメンバーとして重要な役割を果たしてきた。連合においてはそれがさらに高まり、今ではバランサー的な存在となっているのだ。
 このワイルドという男も有名であった。他の国の首脳に対しても言いたい事を思う存分言い、それでいて内政及び外交に大きな成果をあげており連合においてもかなり有名な人物となっていた。その彼が今口を開いたのだ。各国の首脳達は彼の意見に注目した。
「彼等は連合市民として待遇を受けております。何ら問題はない筈ですが」
「しかしですな」
 チャクラーンも大将まで務め、一国の宰相になっている男である。だからといって引き下がるつもりもなければ彼の考えも持っていた。
「彼等はあくまで難民です。そうした者を軍に入れるというのは少し後ろめたいのではないかと思うのですが」
「道義的にはそうですね」
 ワイルドはそれを受けてこう言った。
「ですがそれだけでは国は成り立ちません。そして軍にはそうした部隊も必要です。それはチャクラーン首相が最もよく御存知の筈ですが」
「確かに」
 チャクラーンはそれを渋々ならがも認めた。
「あまり好きではないですがな」
「ですが必要なのは認めておられますね」
「はい」
 彼はあくまで道義といった視点から見てそう言ったのである。そして政治には時としてそうした道義といったものを捨てなければならないのもわかっていた。そして彼は軍人として視点からこうした部隊が必要なのはよく認識していたのだ。所謂正規軍の前に立つべき部隊をである。
「問題は彼等が果たして望みどおりの活躍をしてくれるかどうかですね」
 ここでゴーがこう言った。
「チャクラーン首相はそれも御心配なのではないでしょうか」
「ええ、その通りです」
 そしてチャクラーンはそれを認めた。
「彼等はやはりサハラの者です。果たして我々の為に戦うかどうか。それも不安なのです」
「ならば彼等が戦う状況にすればいいのですな」
 ワイルドはやはり突き放した様子でこう語った。
「色々と方法はありますが」
「それは一体何でしょうか」
 ゴーがそれに質問した。
「例えば彼等の待遇をさらに良くするとか。給料を上げるのがその最たる例でしょうね」
「しかしそれだと他の将兵との間に溝ができますぞ」
 チャクラーンはそれに反論した。
「そうなれば元も子もありません」
「危険な任務に対する当然の報酬です。パイロットや特殊部隊がその分の報酬を別に受けているのと同じではないですか」
 やはりワイルドは落ち着いてそう返した。
「むう」
 チャクラーンはそれを受けて考え込んだ。彼も頑迷なわけではないのだ。
「そういう考えもありますな、確かに」
「そうでしょう、こう考えるとやりやすいのではないですかな」
「そうですな。ただ彼等にはその分頑張ってもらわなければならなくなりますが」
 彼等が火事場に飛び込むのは最早規定路線であった。それを踏まえての発言であった。
「その分の装備は充実させる予定らしいですがね」
「まあそれは当然でしょう」
 彼には彼等も納得した。
「損害は軽微に抑えなくてはなりませんからな。それで連合国防省も動いているようです」
「それは何よりですな。ところで」
 ここでゴーは話題を変えにかかった。話が大体済んだと見たからだ。
「近頃またあの女が動き出したようですぞ」
 彼の目の光が変わった。先程までの温厚なものとは違っていた。
「あの女ですか」
 それを聞いた一同もすぐに態度を変えた。
「やはりエウロパに逃げ帰ってはいなかったのですな」
「はい。どうやらそのようで」
 ゴーは暗い声でそう答えた。
「この連合領内で再び活動を活発化させようとしております」
「懲りませんね、あの女も」
 李は不快感を露にしてそう言った。
「今度は何をしてくるやら」
「それですが」
 ここでゴーは机の下から何か取り出した。それはファイルであった。丁度人数分あった。
「これを御覧下さい」
 そしてそれを円卓にいる一同に渡させた。皆それに目を回した。
「ふうむ」
 彼等はそれを見て考え込んだ。深刻な顔であった。
「これは本当ですか!?ここまで調べているとは」
「ええ。本当です」
 ゴーは答えた。それは連合軍の細かい配備状況、部隊状況等であった。主要な指揮官の名前まで記載されている。それがエウロパに渡ったという証拠であった。
「まさか」
 と誰もが思った。しかしこれは事実であった。
「あの女らしいと言えばそうなりますが」
「しかしそれでも信じられませんな」
「はい。私もそう思います」
 ゴーはこれに答えた。
「問題はまだ調べられているということです。このデータは中南米の他の国々やアフリカ諸国、新興諸国にも渡す予定です」
「そうですな。それがいい」
 これには誰もが賛成した。
「しかしステッラが動いているということをよく見つけられましたね。一体どのようにして」
「ふふふ」
 マックリーフの言葉にゴーは微笑んでみせた。
「シンガポールの司祭からお聞きしたのですよ」
「司祭から」
「ええ、カトリックの。これだけ言えばおわかりでしょう」
「確かに」
 そうであった。カトリックの本拠地バチカンはエウロパにある。連合にはないのだ。司祭等高位の聖職者の任命はバチカンが行う。そして連合とエウロパの間の直接の移動は司祭のみが行える。その為カトリックの関係者に化けて連合に潜り込む者が多いのだ。
「その司祭様が仰ったのでう。とある人の懺悔として」
「まさかその人物がステッラと関わっていたと」
「そのようで。司祭様が私に仰ったのですよ。彼女が動いている、とね。それで私は捜査を命じまして。結果としてこれだけのことがわかったのです」
「左様でしたか」
「はい。残念ながらその懺悔をした者が誰かはわかりませんが」
「そうでしょうな。その者自身が何かある可能性がありませ」
「それは否定できません。ですがこれだけのことがわかったのは事実です」
「はい」
「最早放ってはおけないでしょう。至急にステッラを排除すべきです」
「ええ」
「そうですね」
 皆それに賛成した。これで彼等の考えはまとまった。
「我が国のFBIやCIAを使うべきでしょうか」
 マックリーフはここでふと呟いた。
「彼等ならあの女を捕らえることができますよ」
「それなら我が国の中央警察でしょう」
 李がまるで対抗するようにこう言った。
「数も違いますし」
「それは有り難いですが」
 だがゴーはそれには賛同はしなかった。
「それだけではあの女を捕らえることはできないでしょう」
「何故ですかな」
 マックリーフも李もこの言葉に不快感を少し見せた。
「今まで各国の警察や軍が彼女を追跡しました。ですが一度たりとしてその影すら掴むことはできませんでした」
「はい」
 それを聞いた各国の首脳達は苦虫を噛み潰した顔になった。事実だからである。
「これは中央政府に協力しましょう。それでいいですね」
「わかりました」
 それを言われるとこう言うしかなかった。ゴーはそれを見てにこやかな笑みを戻した。
「それではこれで決まりですね。皆さん宜しいでしょうか」
「はい」
 彼等は答えた。これで会議は終了した。 

 

第七部第三章 狐狩りその一


               狐狩り
 環太平洋各国の会議の結果はすぐにその他の諸国の首脳達にも伝えられた。これを受けて中南米やアフリカ各国も会議を開いた。そして義勇軍の地位の承認とステッラの排除が決定された。
 義勇軍のことは中央議会でも可決された。だがステッラのことはあくまで極秘であった。
「それも当然だな」
 話を聞いたキロモトは迷うことなくそう答えた。
「スパイの排除をわざわざ議会で言うような者はいない」
「はい」
 隣に座るアッチャラーンがそれに同意した。
「自らの行動を伝えていては何にもなりませんからな」
「そういうことだな。だがかなり厄介な獲物だな」
「そうですね。今まで捕まえるどころか尻尾すら中々掴ませなかった女です。いや、そもそも女であるかどうかすら疑問ですぞ」
「変装、か」
「その可能性はあるかと。変装にも長けておりますから」
「ますます厄介だな。どうやって捕まえるか」
「それはもう内務省と国防省の話になりますな。総理府としても出来る限りのことはしますが」
「そうか。では今回のことは首相に任せたいのだがいいか」
「喜んで」
 アッチャラーンは鋭い目をしてこう答えた。
「ステッラには我が祖国も痛い目に遭っておりましてね」
 彼の目はさらに険しいものとなった。
「何としても捕らえたいと思っていたのですよ」
 タイはかってステッラに潜入されていたことがある。国家の中枢にまで入り込まれ国王の側にまで近寄られたことがある。そしてタイの機密を全て掴まれたのだ。
 気がついた時には逃げられていた。自分の側にまでいたことを聞いた国王は絶句し、時の政権は責任をとって総辞職した。タイの政界は暫く混乱状態に陥ったのは言うまでもない。
 その時のことが彼の脳裏にあった。だからこそこう言ったのである。
「では頼むぞ」
「お任せ下さい」
 アッチャラーンは頭を下げた。そして部屋から退出し総理府に帰った。
「お帰りなさいませ」
「おう」
 出迎えた職員に彼はにこやかに手を振って応えた。彼は上司としては気さくで飾らない、鷹揚な人物として知られている。部下には優しいことで有名である。
 執務室に入るとすぐに電話を手にした。まずは内務省、そして国防省にかけた。
 暫くして二台の車がほぼ同時に総理府に到着した。そして一台からは八条が、もう一台からは金が出て来た。
「また来たよ」
 総理府の者は金が来たのを見て溜息をついた。総理府の者にとっても彼女は厳格で融通の利かない人物であった。彼等の怖れる未来として彼女が総理になることであった。
「大統領になるよりましだろ」
 こうした意見もある。それも恐怖である。だが大統領府は総理府ではない。これだけで充分であった。総理府に彼女が降臨したならばそれだけで総理府は鉄の城になってしまうと言われているのだ。
 金は車から降りると挨拶を受け中に進んだ。やはり案内役はいなかった。彼女自身がそれを拒否するのだ。
「一人でできることは一人でしなければなりません」
 これが彼女の持論であるのは言うまでもない。従って内務省ではお茶にしろコピーにしろ雑用はそれを必要とする者がするようになっている。それは彼女自身もである。
 その彼女が総理府に入ったらどうなるか、言わずとも知れたことであった。そして誰もがそれを恐れていたのだ。
「八条長官ならいいのだが」
 これは全ての者の統一見解であった。
 八条は自分自身の服装や行動はしっかりとしているが周りの者には多くを求めない。最低限のことだけしていれば服装や行動には文句を言わないのだ。その為国防省の空気は比較的穏やかなものであった。無論それは金の批判材料であった。
「八条長官は甘過ぎます」
 それが彼女の意見であった。だが宗教家ですら辟易するような厳格な彼女の基準なのでこれはあまり納得できるものではないのが多くの者の意見であった。
 だからといって彼女が嫌われているわけではない。彼女自身の人間性は清潔であり、公平であった。そして人を褒める時は褒める。それもあくまで公正であった。その為嫌われるということはなかったのである。ただ怖れられているだけである。
「あれで結婚できるのだろうか」
「旦那さんは大変だな」
 そう噂されることもあった。とかく彼女はそうして厳格な女性として見られていた。無論甘いものには目がないことも有名であった。連合でもう一人甘党といえばグリーニスキーであったが彼は菓子を酒のつまみとするだけであるので少し違っていた。彼の場合は近いうちに成人病になるという説もあった。
 金はそれに対して均整のとれた身体をしていた。常に地味で面白みのないスーツを着ているが彼女の美貌は確かなものであった。それはどちらかというと女性に好かれる容姿でありそれにまつわる噂もあった。だが実際には彼女は同性愛者ではない。これについても彼女はコメントしている。
「噂は噂、真実ではありません」
 それだけであった。あまりにも生真面目と言えば生真面目であった。これがかえって女性達の支持を受けているのである。
 これに対して八条の人気は違っていた。連合らしくないと言えばらしくない貴族的な容姿と物腰に加えてその穏やかな性格である。そして次々に仕事を的確にこなしていることからも高い評価を受けていた。金がロシアの女帝エカテリーナや女裁判官だとすれば彼は光源氏や貴公子であった。
「あれは貴族だよ」 
 誰かがこう言った。するとすぐにこうした反論がやって来た。
 

 

第七部第三章 狐狩りその二


「貴族!?馬鹿を言え」
 その者はシニカルにそう言った。連合では貴族は存在しない。エウロパの階級社会の象徴、特権階級として批判と侮蔑の的であるのだ。連合においては貴族はエウロパの象徴であり、それ自体を忌み嫌う者も多かった。その生活に憧れる者がいてもそれはあくまで憧れであり、そうした者自身も連合の様々な文化や食事に骨の髄まで漬かっていた。
「この場合は違う」
 彼はそれに対してこう言葉を返した。そして答えた。
「日本の昔の貴族だよ、彼は」
「華族か!?」
 明治から戦前に存在したものである。ただ爵位を持っているだけで特権はこれといってない。あくまで飾りの存在であった。その証拠に欧州では殆ど上がらない爵位が頻繁に上がった。とりたてて特筆すべきものではなかった。
「違う、もっと昔だ」
「大名か!?」
 その者は日本の長い歴史を完全に把握してはいなかった。だからこう言ったのである。
「あれは武士だろう。そうではなくて」
「では何だ」
「公家は知らないか」
「知っているぞ、一応」
「それだ。光源氏がそれだっただろう」
「うむ」
 彼もそれは知っていた。だが完全に読んだことはない。あまりにも長く複雑な話だからだ。
「ああした貴族なんだよ。こう言えばわかるだろう」
「成程、確かに」
 その男はこう言われてようやく納得した。だが一つ問題があった。
「光源氏というわりには浮いた話が少ないな」
「そういえばそうだな」
 光源氏は名うてのプレイボーイである。側にいる女性は全て陥落させる。そうした男であった。だが八条に浮いた話がないのは誰もが知っていることである。とある週刊誌などは彼が同性愛者であると決めつけている程である。
 しかし八条自身はそれを知っていてもコメントしたりはしなかった。結局彼の意中の相手は誰かでも議論があるがそれは今だにわかってはいない。いるのかどうかさえ不明であった。これについては金も一緒であった。
「金内相と八条長官だとどうかな」
「馬鹿を言え」
 こうした話にはすぐに反論が来る。
「完全に水と油だぞ。しかも二人の国を見ろ」
「あっ」
 彼はそれを聞いてはっとした。日本と韓国の関係は連合において何かと問題になる関係であった。と言っても韓国が日本を一方的に意識しているのである。
 過去の歴史ではなかった。その真相は既にわかっている。ただ韓国人は何かと日本、そして日本人を見なければ気が済まないのだ。
「連合で最もよくわからない関係」
 こう評する者もいた。とかく両国の関係は妙であった。
 韓国はことあるごとに日本を批判する。経済や教育、文化の何から何までであった。だがこれはかえって他の国の人間から見れば驚嘆すべき日本への研究であった。
「何であんなことまで知っているんだ!?」
 そう驚く者も多い。韓国は日本のことを非常によく知っているのだ。
 そのうえ本屋には日本関係や日本の本が立ち並び日本の服を着て日本の歌手の音楽を聴き、何が何でも日本の出席する会議には出ようとする。韓国は連合においては二〇位程の国である。日本はアメリカ、中国、ロシア等と並んで連合の頂点にいると言って過言ではない。連合におけるトップ一〇はこの四国とオーストラリア、カナダ、ブラジル、トルコ、そして新興国であるケベックとコンゴロ共和国であった。ケベックはカナダにいたフランス系の者が建国した国であり王国である。建国時に大統領制か王制かで議論となり、王制となったのである。その国王はかってフランス王家であったブルボン家の流れの者であった。何とブルボン家の傍流がケベックに移住していたのだ。今の国王はルイ三十五世。芸術を愛し、健啖家として知られている。そしてごンゴロ共和国は豊かな資源と土地を持つ国である。建国してからまだ二百年程であるがその成長は著しい。黒人が多い国である。
 韓国は残念ながらこれ等の国々程恵まれた立場にはない。だからこそトップになれないと言えばそれまでである。それでもかなり上の方であるが彼等の目指すものはあくまで『日本より上』なのである。
「それは幾ら何でも無理だ」
 韓国人以外の誰もがこう言う。トップといっても日米中露と他の国々では差があった。そして韓国と日本の差も当然ながら同じであった。
「国力差はどれだけあるのかわかっているのか」
 そうした反論に対して彼等は言う。
「絶対に乗り越えてみせる!」
 と。しかしそれは誰が見ても不可能であった。
 そして彼等は現況を何とかしようと動いている。だがそれはやはり困難であった。実際には差は縮まってはいない。それが彼等のジレンマとなっていた。
 そうした状況を見て他の国々の者は言う。彼等が日本ばかり見ているのは日本が嫌いだからではないと。むしろ好きだからそうしているのだと。
「しかし彼等はそれにはこれからも気付かないだろう」
 実際に韓国人にそれを言うと本気で怒る。韓国人が感情的なのは連合随一である。怒ると手がつけられないのだ。
 それ程頑強に否定する。しかしそれでも日本を見ることは止めない。そしてアピールは常に日本向けであった。何と大統領自ら自国の観光産業のCMに出るのだ。それも日本向けに対してのみである。
 

 

第七部第三章 狐狩りその三


 これ程日本、いや他国の特定の国ばかり見ている国はない。これは明らかに韓国の国益に影響しているが彼等はそれでも止めようとしない。そういう関係が一千年も続いているのだ。
 最初は金と八条もそうした関係であると誰もが思っていた。だがどうやら事情が違うのだ。
「金内相は誰かを特定して批判するような方ではありませんよ」
 内務省の金専属秘書はこう語る。彼女は日本出身でありその側に常にいるからこそ言える言葉であった。
「むしろ個人としましては本当に公平で潔癖な方です」
 流石に厳格だの融通が利かないだのは言わない。しかしそれは真実であった。八条に対して色々と言ったのもやはり中央政府に入って間がなかったのと国防省の雰囲気がいささかまとまりを欠いているように見えたからである。だがそうではないとわかると批判は減った。それでもあることにはあるが。
 金はとりたてて日本に対する感情はない。八条をどう思っているかどうかは不明であるが。彼女自身が言う筈もない。結局この二人のことは憶測、いや妄想のうえで語られるだけであった。
 八条も中を進む。彼は案内を穏やかに断り首相の執務室に向かっていた。
 扉をノックする。そして中には入った。
「おお、来たか」
 アッチャラーンは彼を笑顔で出迎えてきた。その微笑は穏やかでありこれに魅かれる者も多い。
「でははじめるとするか」
 見れば金は既に来ていた。彼が来ると腕時計をチラリと見た。時間通りだ、と見たようであり何も言わなかった。
 三人はテーブルに着いた。ここでアッチャラーンは二人に言った。
「ステッラのことは覚えているね」
「はい」
「ええ」
 金と八条はそれぞれ答えた。
「なら話は早い。彼女がまた動いているという話が各国の首脳から出ているんだ。これも聞いているだろうか」
「小耳には挟んでいます」
「私のところにも来ています」
 少し金の方が返答が早かった。
「どうもまた動きを開始しているらしい。何を企んでいるかまでは詳しくはわからないが」
「やはりあの時取り逃したのが痛かったですね」
 八条は観艦式の前の捜査及び追跡で彼女を取り逃したことを悔やんだ。
「だがあの時は仕方がない」
 しかしアッチャラーンはそれを宥めた。
「あの時はそれよりも式を成功させることを優先させるべきだったし彼女を追い払うことには成功したからよしとすべきだ」
「有り難うございます」
「だが今回は事情が違う。そろそろ彼女を捉えたいのだ」
「そしてエウロパのスパイ網も一掃するのですね」
 金はアッチャラーンが次に言うであろう言葉を先にとってこう問うた。
「そういうことになるな」
 そして彼はそれを肯定した。
「今のエウロパのスパイ網に彼女の存在が大きいことはもうわかっていると思う」
「はい」
 今度は二人同時に答えた。
「頭を潰さないと何度でも甦るからな。今回はその頭を潰す」
「頭をですか」
 八条はそれを聞いてふと呟いた。
「そうだ」
 アッチャラーンはそれに答えた。
「君の国の神話にあるヤマタノオロチの話と同じようにな。まずは頭を切る」
「今度はその頭が一つであるのが救いですね」
 八条はそう言って微笑んだ。
「もっとも本当に一つなのかどうかはわかりませんが」
 ただしここでこう付け加えた。ステッラは変装の名人である。そしてその影武者もいる可能性も否定できなかった。全てが謎の存在であるからだ。
「そうだな。しかもその頭は恐ろしく狡猾だ。それもヤマタノオロチとは違うな」
「はい、その通りです」
 八条はそう答えた。
「しかも今回はオロチを誘き出す酒もありません」
「グリーニスキー大統領ならすぐに来るだろうがな」
 アッチャラーンはそれに合わせてこう言った。顔は笑っていたが目はあまり笑えなかった。
「それに彼女は蛇というよりは」
 ここで金が話に入ってきた。
「狐ですね。これも八条長官のお国に出ていますね」
「はい」
 八条はそれに頷いた。
「九尾の狐ですね。あれは本来中国の妖怪ですが」
「そうらしいですね。何でも王に取り憑き惑わしたとか」
「それから我が国に来て帝を惑わしたのです。恐ろしい妖怪だったと言われています」
 殷、そして周を滅亡、そして衰退に導きインドを混乱に陥れたと言われている伝説の九尾の狐である。我が国においては鳥羽天皇に憑いたと言われている。帝の御身体が悪くなられたのを見た周りの者はそれに対して陰陽道等を使い彼女の影を突き止めた。そして武士の力により遂に討ち滅ぼしたのだ。だがそれでもその魔力は残り石となってその上を飛ぶ鳥を落としたと言われている。
「狐か。ならばさらに厄介だな」
「そういうわけでもありません」
 しかし金は平然としてこう答えた。
「狐にしろ弱点はあります」
「それは何だね」
「蛇と同じです」
「蛇と!?それは一体」
 アッチャラーンと八条はそれを聞いて首を傾げさせた。
「まさかとは思うが酒ではないだろうね」
「はい、それではありません」
 金は微笑みもせずそう答えた。そして言った。
「狐もまた好物がありますね」
「狐の!?それは一体。鳥とでも言うのかね」
 アッチャラーンには言葉の意味がよくわからなかった。タイは地球にあった頃からあまり狐とは親しくはないのである。どちらかというと温帯や寒帯に住む生き物だ。今もタイの領有する星系はどちらかと言うと暑い星ばかりである。従って狐やそういった類の生き物にはあまり縁がない。
「いえ、違います」
「ううむ、わからないな。狐というと何だ」
「それは八条長官ならよくお解りだと思いますが」
 ここで八条に話を振った。嫌味のない口調であった。
「成程」
 彼はここで頷いた。そしてそれから微笑んだ。
「それならわかりました。揚げですね」
「はい」
 金はその問いに頷いた。アッチャラーンはそれを聞きようやく理解した。
「揚げ!?ああ、あれか」
 和食の一つである。豆腐を油で揚げたものだ。非常にポピュラーな和食の一つとして知られている。
「あれは狐の好物だったのか」
「はい。日本では狐はあれに目がないと言われています」
 八条はここで説明した。
「これがあると聞くと他のものは目に入らなくなrます。それでの失敗する話や笑いものにされる話は数多くありますよ」
 どちらかと言うと日本の狐は恐ろしい存在ではない。頭の回転が早くよく悪戯をするが何処か間が抜けていて愛される存在である。これは狸も同じであるが彼等は人間に勝てずよく懲らしめられるのである。
「ふむ、そうだったのか」
 アッチャラーンはそうした話は知らなかった。狐にあまり縁がないのでこれは無理もないことであった。
「それにしても金長官はよくこんな話を知っていたな」
「いえ」
「どうしてこの話を知ったのかね。よかったら教えてくれないか」
「子供の頃本で読んだのです」
「本でか」
 アッチャラーンは金の言葉に頷いた。
「はい、日本の話だとはその時は知りませんでしたが」
 ここで二人に気付かれないようにちらり、と八条を横目で見た。
「面白い話だと思いましてよく覚えているのです」
「そうだったのか。だがこれでやり方が決まったな」
「といいますと」
 二人はここで同時に尋ねた。
「誘い出すんだ。その揚げでな」
「揚げで」
「そうだ。スパイが最も好きなものは何だ」
「機密」
「そう、それも新しくて大きなものをな。これだけ言えばわかるだろう」
「はい」
 二人はそれに頷いた。
「ではすぐにその揚げを作ってくれ。そして猟師も用意してくれ。狐に悟られないようにな」
「わかりました。それでは」
 八条と金はここで互いを見やった。
「すぐに取り掛かりましょう」
「うむ、頼むぞ」
 こうして三人の会談がはじまった。それによりおおよその計画が決められた。
 だがこれで終わりではなかった。今後もアッチャラーンを中心として話し合いが進められることとなり総理府と内務省、そして国防省はステッラに対して特別捜査チームを作ることも決められた。アッチャラーンが責任者となり、内務省からはドトールが、国防省からはアラガルとンガバが派遣されることも決められた。こうしてステッラを捕らえる猟師達も決められたのであった。 

 

第七部第三章 狐狩りその四


「さて」
 話が終わるとアッチャラーンは二人に顔を向けた。
「今夜は何か予定がありますかな」
「ええ」
 二人はそれに対してほぼ同時に答えた。
「今夜はパーティーに出席しなければいけませんので」
「私もです」
「おや、二人共」
「あっ」
 二人はアッチャラーンの言葉を聞き互いに顔を見合わせた。
「もしかして場所も同じだとかはないですな」
「ええと」
 二人はそれを受けてそれぞれ場所を言うことにした。
「船の上です。ガルーダという船で」
「おお、あの豪華客船ですね」
 アッチャラーンは八条の言葉を聞いて思わず声をあげた。地球で有名な客船である。所有者はバイソングループである。
「私もです」
 金も答えた。何と同じ場所であった。
「おお」
 それを聞いたアッチャラーンは思わず声を漏らさずにいられなかった。
「これはまた。同じ船の上とは」
「私もはじめて知りました」
「私もです」
 二人はやはりほぼ同時にそう答えた。
「何でも環太平洋諸国の親睦の為のパーティーらしくて。首相は出席されないのですか」
「私ですか」
 彼はそれを受けてまずはにこやかに微笑んだ。
「とりあえずは招待券が来ておりますが」
「では参加されますね」
「そうしたいのですがね。料理が気になります」
「またその様な」
 八条はそれを聞いて苦笑した。金の顔はやはり変わらない。
「うんと辛いタイの料理があるといいのですがね」
「あの船はバイソングループの所有ですからね。フィリピンの料理がメインになるのでは」
「ううむ」
 アッチャラーンはそれを聞いてまず考え込んだ。
「ただ太平洋諸国の親睦パーティーですからタイの料理も出ると思いますよ」
「それならいいですけれどね。ただ」
「ただ!?」
「味まで美味くやってくれているかどうか。タイの料理もまた独特ですから」
「そういうものですか」
「ええ。八条長官は和食についてはよく御存知ですね」
「ええ、まあ」
 知らない筈もなかった。
「では日本以外の国の和食がかなり違っているのも御存知ですね」
「はい。それはよく」
 日本の方もよく言われることである。だからこそわかることであった。
「そういうことです。私にとって他の国のタイ料理はあまり舌に合わないことが時々あるのです。言わせて頂きますとあくまで『タイ風の料理』なわけでして」
「成程」
「あれはあまり好きになれないのです。味はともかくとして」
「そのお気持ちはよくわかります」
「そうでしょう。ですがここはカレーラス会長の御顔を立てなくてはなりませんし。行きますか」
「そうされた方がよろしいでしょうね」
 ここで金が言った。
「やはり」
「はい。それに料理も悪くないと思いますよ」
「それは何故ですかな」
「バイソングループの誇るお菓子が出るからです」
「お菓子」
「はい」
 金はすぐに答えた。
「あのグループの系列のお菓子はどれも美味しいのですよ」
「そうだったのですか」
 これにはアッチャラーンも少し驚いた。まさか金がお菓子の話をするとは思わなかったからだ。
「ですから楽しみにして頂いて宜しいかと思います」
「わかりました」
 まだ驚きが残っているがそれに答えた。
「では今夜のパーティーに出席することにしましょう」
「はい、それが宜しいかと」
 こうしてアッチャラーンのパーティーへの出席が決まった。そして夜になった。
「ふむ」
 アッチャラーンはまずはパーティーの場にあるタイ料理を食べた。無論その服はタキシードである。
「如何ですか」
 それを同じくタキシードを着た八条が問う。
「いいですな」
 その声と顔は喜びの中にあるものであった。
「よく再現されている。いやはや、これは美味しい」
「それはよかったですね」
「うん、流石はバイソングループの総帥といったところですかな」
「カレーラス会長がそれを聞かれたら喜びますよ」
「ははは、確かに」
 見ればカレーラスもこの場にいた。そしてマウムやポート等と何やら話をしている。その関係かアフリカ各国の重要人物達もいる。
「また野球の話でもしているのかな」
 皆三人が何やら話をしているのを見てふとそう思った。何故ならそれぞれの監督達もいたからだ。
 だがそれは違っていた。今は演劇について話をしていた。
「やはり演劇ならば我がファランクスのものですな」
 マウムは得意気に他の二人にそう語っていた。
「連合でもその素晴らしさは知られています。女優の登竜門としても」
「いやいや」
 だがポートはそれをやんわりと否定した。
「我がイーグルグループも負けてはおりませんぞ。我が緑鷲歌劇場は御存知ですな」
「ええ」
「あれがある限りファランクスさんの一番は容易ではないですぞ」
「おやおや、イーグルさんの悪い癖がはじまりましたな」
 ここでこの船のオーナーであるカレーラスが口を開いた。
 

 

第七部第三章 狐狩りその五


「我がバイソングループはそちらでも名を知られておりますが」
「初耳ですな、それは」
 だが他の二人はそれに対して皮肉で返した。
「まあ大きさだけは認めて差し上げますが」
「お客さんの入りも上々ですが」
 だからといってカレーラスも負けてはいない。こう切り返してきた。
「しかし演劇の質が。この前の上演は酷評されてませんでしたかな」
「さあ」
 カレーラスはこれには少しムッとした顔になった。
「私はそうした批評の類は読みませんので。知りませんな」
「ほう、それは」
 やはりマウムの目が笑った。
「私のところは専門の雑誌まで出してもらっておりますし。批評もあれでいいものですよ」
「そうですかな」
「ええ。役者の育成にも力を注いでおりますしね。おっと、これはバイソンさんもイーグルさんも同じでしたな」
「そうですがね。まあいずれはこちらが勝ちますぞ。野球と同じように」
「望むところです。昨年もバイソンさんには痛い目に遭っておりますからな」
「ふふふ」
 これを聞いてカレーラスはようやく機嫌を戻してきた。
「来年も連合一を目指しますか」
「おっと、それはどうですかな」
 だがここでポートも入って来た。
「我がチームも力をつけてきております。来年は暫くぶりに勝ってみせますぞ」
「それはどうですかな」
 だが二人はそれに対抗してきた。
「そちらの投手陣を我がチームは今年結構打っていますぞ」
「こちらも」
 バイソンのチームとファランクスのチームはそれぞれ打線のチームとして知られている。だがイーグルのチームは投手を主体とするチームである。攻撃力に乏しそれがここぞという時での敗戦に繋がっているのだ。
「ところが今とびきりのキャッチャーが育っておりましてな」
「ほう」
「初耳ですな」
 二人はキャッチャーと聞いて顔色を少し変えた。
「バイソンさんの二人のキャッチャーよりも上でしょうな」
「おや、うちのキャッチャーよりも上だと。ウェスト監督が手ずから育て上げた我がチームもキャッチャーが」
「自信を持ってそう言えますぞ」
 彼は胸を張ってこう答えた。
「リードだけでなくバッティングも凄いですぞ。近いうちに三冠王を獲得するでしょう」
「では楽しみに見せてもらいましょう、その時を」
「同じく」
 マウムはここではあまり話に乗って来なかった。彼のチームはキャッチャーが弱点と言われているからである。
「打線は軸があればかなり変わりますからな」
「来年のイーグルさんに期待するとしましょう」
「是非とも」
「また野球の話をやっているみたいですね」
 八条はそれを遠くから見ながらアッチャラーンに囁いた。
「そのようだね。本当に好きなんだな」
 アッチャラーンはどちらかと言うと球技より格闘技の方が好きである。特に打撃系の格闘技が好きだ。
「私も見ないわけではないがね。それにしてもあの三人の野球好きは少し凄過ぎる」
「ですが本当に好きなのがわかります」
「それでも度が過ぎているが。グループ同士の宣伝合戦の意味合いもあると思うが」
 実際にそれぞれのグループの広告には選手達が頻繁に出る。劇団の役者達と並んで重要な看板であるのだ。これを無視することは出来ない。そうした宣伝効果も見ているのが彼等が真の経営者であるということの証でもあるのだ。
「ですがそう考えるとわかりますね」
「ふうむ」
 アッチャラーンは自らの発言を受けて考え込んだ。
「そういうものかな」
「確かにそうした一面はありますね」
 ここで若い女の声がした。
「その声は」
 二人は声がした方に顔をやった。するとそこには金がいた。
「おお」
 アッチャラーンは彼女の姿を見て思わず声を漏らした。白いドレスに身を包み、黒い髪を上げて整えた彼女は普段のそれよりもさらに美しく見えたからであった。
 化粧はやはり薄くドレスも背中も肩も見せないガードの固いものであった。だがそれがかえって気品を醸し出し、えも言われぬ美しさをあらわしていた。
「ですがそれでもあの方々が野球、そして御自身のチームを心から愛しておられることには変わりはありませんよ」
「それはそうですね」
 八条は金の言葉を受けてそう答えた。
「それは長官に同意します」
「有り難うございます」
 金もそれを受けて感謝の言葉を述べた。
「私も野球はよく見ますから」
「おや、そうだったのですか」
 アッチャラーンはそれを聞いて意外そうな顔をした。
「はい」
 金はそれに普段と変わらない物腰で答えた。
「あの方々のリーグとはまた違ったリーグのチームですけれどね」
「そうなのですか」
「ええ。野球も面白いものです。感動もそこにありますから」
「ふむ」
 アッチャラーンはそれを聞いて再び考え込んだ。
「では一度私も野球の試合をよく観てみることにしますか。そう言われると観たくなりました」
「ええ、どうぞ」
 二人は同時にそう薦めた。
「やはり球場で直に観るのはいいですよ」
「テレビでゆっくりと観戦なさるのがよろしいと思います」
 だがここでは考えが違っていた。八条は球場を、金はテレビを主張したのだ。
「むっ」
 二人はここに思うところがあったがそれはとりあえずは収めた。そして金はテーブルの上にある料理に目を移した。そこには菓子や果物が置かれていた。
「首相」
 そしてアッチャラーンに問うた。
「はい」
 彼はすぐにそれに答えた。
「テーブルの上の料理ですが」
「おや、これですか」
 アッチャラーンはそれを受けてテーブルの上に置かれている菓子や果物に目を移した。
「はい。宜しければ頂いてもよろしいでしょうか」
 金は何時に無く物欲しそうな声であった。見ればその目も普段のそれとは違っていた。
「ええ、どうぞ」
 元々パーティーの会食である。止めるいわれもない。アッチャラーンは笑顔でそれを薦めた。
「有り難うございます。では」
 金は皿とフォークを手にした。そして菓子や果物を皿に入れ口に運ぶ。まるで子供の様に屈託のない朗らかな顔になった。
「やはりここのお菓子は美味しいですね。それに果物も」
「え、ええ」
 はじめて見るその顔にアッチャラーンはいささか驚いていた。
「私もそう思います」
「そうですね。果物も新鮮で」
 そう言いながら洋梨をかじっていた。
「本当によく選んでありますわ。それにこのアイスクリームも」
 バニラのアイスクリームも皿に入れられていた。
「とてもよろしいです。カバリエ外相も褒められていただけはあります」
「はあ」
 アッチャラーンは肝を抜かれた様な声を漏らした。だが金はそれに気付かずお菓子や果物を食べていた。
「八条長官」
 彼はそれを横目に見ながら八条に囁いた。
「はい」
「彼女はもしかして甘党なのか。何時になく楽しそうに食べているが」
「ええ、そのようですね」
 そして彼はそれに答えた。
「ケーキもお好きなようですよ。この前も美味しそうに食べておられましたから」
「それはまた意外だな」
 アッチャラーンはそれを聞いて言った。
「だがいいな」
「宜しいのですか」
「うむ。こういったところに人間味が出て来るからな。いいことだ」
「はあ」
「首相、長官」
 菓子を食べ終えた金はここで二人に声をかけてきた。
「ん、何だね」
 これを受けてアッチャラーンはすぐに顔を向けた。当然話は中断となった。
「シェフはどちらにおられるでしょうか」
「シェフ!?ええと」 
 問われた彼はすぐに辺りを見回した。だが会場にシェフがいる筈もなかった。
「キッチンだと思うが」
「わかりました。では暫く席を外します」
「あ、うん。どうぞ」
 アッチャラーンにそう言われると彼女は席を外した。そして何処かへ向かった。
「何処に行くのかな」
「キッチンでしょう」
 八条はそれに答えた。
「まさか」
「いえ、本当に。あの人は自分で出来ることは何でもしなければならないと考えておられるのは御存知でしょう」
「ああ」
「だからこそです。御自身で謝礼を述べに行かれたのですよ」
「それはまた」
 普通はないことであった。今は休憩中とはいえこうしたパーティーの席での食事でシェフに直接謝礼を述べるとは。しかも本人が行ってである。
「それが違うのでしょうね。あの人は他人を呼びつけることは好まれません」
「それは聞いているが」
「自分から行かれるのです。それだからこそあの厳格さでも多くの人に慕われるのでしょう」
「成程」
 アッチャラーンはそれを受けて頷いた。
「だからか。ふむ、納得した」
「でしょう。私も驚いていますよ。少なくとも傲慢ではありません」
「そうだな。しかしだ」
「はい」
 アッチャラーンの声の色が変わったのを聞いて八条もその声の色を変えた。
「その几帳面さと気配りがかえって彼女にとってマイナスになるかも知れないぞ、今後は」
「何故ですか」
「あくまでそういうケースもあるということだがな」
 アッチャラーンはそう前置きしたうえで話しはじめた。
「それを付け込まれかねないということだ」
「ですがあの人にはこれとってスキャンダルもありませんし。付け込まれる要素は」
「そういう話ではない。また別だ」
「と言いますと」
「そのうちわかるかも知れない。それを逆手にとられかねないということだ」
「はあ」
「だがもっとも」
 彼はここでにやりと笑ってみせた。
「あの彼女に付け込むというのは相当な能力があっても無理だろうがな。そんな人間はそうそういない」
「ですね。あのステッラでさえ」
「そうだな、あの女でさえ。ところで」
「はい」
 アッチャラーンの声の色がまた変わった。今度は仕事の時の色になった。
「あの女のことは宜しく頼むぞ。そこから何が出て来るかわからないからな」
「わかりました」
 八条は答えた。そしてそれからはパーティーを心ゆくまで楽しんだ。金はキッチンに姿を現わしシェフ達を驚かせた。そしてこの話は女性誌でも話題になった。 

 

第七部第三章 狐狩りその六


 連合がそうして一人のスパイの捜査に躍起になろうとしている頃サハラではオムダーマンの南方進出が最後の段階に入ろうとしていた。
 リヤド王国。南方で最大の勢力を誇る国であり、南方の最深部に位置している。この国の攻略なくしてはオムダーマンの南方制圧は終わらなかった。
 今オムダーマン軍はアッディーンの指揮の下この国へ攻め込もうとしていた。それはリヤド側も察知しており既に迎撃態勢を整えようとしていた。
 首都カブール。今ここにリヤドの主力艦隊十個艦隊が集結していた。彼等は今王宮に程近い軍港に集結していた。
「果たして勝てるだろうか」
 王宮のテラスからそれを見る二人の老人がいた。二人共リヤドの濃緑の軍服を身に纏っている。そのうちの前に立つ白髪の男が後ろの男に対して問うていた。
「陛下」 
 後ろに控えるその男が口を開いた。
「勝てるだろうかではありません。勝つのです」
 彼は強い声でそう答えた。
「勝つか」
 リヤド国王コサイン七世はそれを聞いて呟いた。目はやはり軍港を向いている。
「はい、勝つのです。必ず」
 彼はまた強い声でそう答えた。
「勝たなければ何も守れません」
「国もか」
「その通りです。このままオムダーマンに屈することはできません」
「そうだな。あの国から国土と民を守らなければならない」
「はい」
 その老将はまた答えた。
「オムダーマンの侵略から国と民を守りましょう。それこそが我等の使命」
「それはわかっている。だが」
 ここでコサイン七世の顔色が急に悪くなった。
「私は最早戦場に立てぬ。いや」
 彼は顔色が悪いまま言葉を続けた。
「最早長くもないだろう。あとどれだけ生きていられるか」
「陛下」
「そなたが案ずることはない。だが」
「はい」
「ソホラーズ=ハイヤーンよ」
 そして彼の名を呼んだ。
「そなたにこの国のことを託した。頼むぞ」
「わかりました」
 彼はそれに頷いた。そして再び顔を上げた。
「必ずやオムダーマン軍を退けて御覧に入れましょうぞ」
「頼むぞ」
 その声も土気色になっていくようであった。二人はそのままテラスから軍港に集結する艦艇を眺めていた。その艦艇が出撃したのはそれから数日後のことであった。攻撃目標はもう言うまでもなかった。

「リヤド軍が動いたか」
 それはオムダーマン軍にも伝わった。アッディーンはその時リヤドの国境に入ろうとしているところであった。
「はい、今十個艦隊を率いて首都星系を発ったそうです」
 ハルダルトが報告する。彼等は今艦橋にいた。
「そうか、遂にか」
 アッディーンはそれを聞いて腕を組んだ。そしてまた問うた。
「そして今彼等は何処に向かっているのだ。攻撃目標は間違いなく我々だろうが」
「はい」
 今度はハルシークが答えた。
「ですが彼等は我々に攻撃を仕掛けるのではなく迎え撃つつもりのようです」
「何処でだ」
 アッディーンは問うた。
「今彼等はフェルダウス星系に向かっております」
「フェルダウス星系か。一体どの様な場所だ」
「はい、ブラックホールや超新星、赤色巨星等が入り混じったかなり複雑な星系です。地形の複雑さ、危険さではこの南方でも随一と言われています」
「つまり地形を利用して戦うつもりだと」
「そのようで」
「そうか」
 アッディーンはそれを聞いて考え込んだ。
「わかった。すぐに各艦隊司令と参謀達を集めてくれ」
「わかりました」
 こうしてアッディーンの指示通り司令と参謀達が集められた。艦隊司令はシャトルで来た。通信も出来るが盗聴を恐れて集めたのである。
「よく来てくれた」
 アッディーンは旗艦アリーの作戦会議室で彼等を迎えた。
「ではすぐに会議に入るとしよう」
「はい」
 提督と参謀達は頷いた。こうして話がはじまった。
「いよいよこの南方における作戦も最終段階に入った」
 アッディーンはまずこう切り出した。
「リヤド王国が外交ではなく軍事による解決を選んだことはもう聞いていると思う」
「はい」
 彼等はそれに頷いた。これはもう知っていることである。
「既にこちらに十個艦隊を派遣してきている。リヤドの主力と言っても過言ではない」
「ではその十個艦隊を退ければ南方における作戦は全て終わることになりますな」
 ここでナクールが言った。
「そうだ」
 アッディーンはそれに答えた。
「後は外交交渉に入るだろう。そして我がオムダーマンは南方を完全に手中に収めることになる」
「おお」
 それを聞いた一同が声をあげる。
「だがそれには勝たなければならない」
 アッディーンは声を引き締めた。
「そう、勝たなければな」
「はい」
 皆それに首を縦に振った。彼等の顔も引き締まった。
「兵力においては我が軍は彼等の三倍だ。しかし」
 アッディーンは言葉を続けた。
「彼等は戦場を選んできた。フェルダウス星系だ」
「フェルダウス星系」
 それを聞いた何人かが声をあげた。
「そうだ。かない厄介な場所だそうだが。知っている者はいるか」
「いえ」
「かなり複雑な地形だとは聞いておりますがそれ以外は」
 皆首を横に振った。西方にいる彼等がこの南方の奥のことを詳しく知っている筈もなかった。
「そうか。ならば仕方がない」
 アッディーンはそれを受けてこう言った。
「既にリヤド軍はフェルダウスに向かっている。我々よりも先に到着することは明らかだ」
「はい」
「地の利は彼等にある。そして防衛態勢も整えているだろう。だがわかっているな」
「無論です」
 アッディーンの言わんとすることはわかっていた。それがわからぬ彼等ではなかった。
「退くわけにはいかない。そしてだ」
 彼の目が光った。
「まずは先に到着するのを彼等にしてはならない」
「はい」
 彼等はその言葉に頷いた。
「進撃速度を速める。いいな」
「わかりました」
「そして彼等より先にフェルダウス星系に到着する。コリームア中将」
「ハッ」
 名を呼ばれたコリームアが席を立つ。
「貴官はその艦隊を率いて先発せよ。そしてフェルダウスを抑えるのだ」
「わかりました」
「後のことは気にするな。あの星系に到着することだけをまず考えよ。いいな」
「了解」
「ベニサフ中将」
 続いてベニサフの名が呼ばれた。彼も席を立った。
 

 

第七部第三章 狐狩りその七


「貴官は別行動をとってくれ」
「といいますと」
「陽動を行うのだ。情報戦を仕掛けてくれ。細部は任せる」
「わかりました」
 彼はそれを受けて敬礼した。
「我が軍の動きが複数あるように思わせてくれ。よいな」
「ハッ」
「マトラ中将とアタチュルク中将も先にフェルダウスに向かうように。よいな」
「わかりました」
 二人はそれを受けて席を立って答えた。
「他の艦隊は私と共にフェルダウスに向かう。だが進軍は通常のそれよりも速くする。よいな」
「わかりました」
 皆それを受けて答えた。
「この戦いで全てを終わらせる。諸君の奮闘を期待するぞ!」
「ハッ!」
 全ての者が席を立ち敬礼して答えた。こうして南方における最後の決戦がはじまった。
 アッディーンの作戦通りまずはコリームア達の三艦隊が先発した。彼等は一路フェルダウスに向かった。
 そしてベニサフとその艦隊は本隊とは別行動をとった。彼等は別のルートからフェルダウスに向かいその途中様々な情報を流した。
 これによりリヤド軍の下に入るオムダーマン軍の動きに関する情報は膨大なものになった。彼等はそれに少なからず混乱した。
「どうした、そんなに多いのか」
 それは総司令官であるハイヤーンにも伝わっていた。
「はい」
 情報参謀は苦い顔でそれに答えた。
「通信妨害も多く。彼等の正確な動きが掴めない程です」
「それ程までか」
「はい、中には撤退をはじめているだの外交交渉を再開したというものもありまして。将兵の士気にも影響が出ております」
「そうか、それはまずいな」
 彼はそれを受けてそう答えた。
「だが両方共今の時点では有り得ない話だ」
「はい」
 これはわかっていることであった。オムダーマン軍が南方を完全に制圧するにはリヤド軍を破るしかないからであった。
「彼等は間違いなくフェルダウスに向かっている。それはわかるな」
「はい」
「その状況がわからないのが問題だ。しかし」
 彼は言葉を続けた。
「先に到着するのは我々だ。ならば勝機は我々にある」
「はい」
 彼等には地の利があった。それがある限り負ける気はしなかった。
「フェルダウスに入ったらすぐに迎撃態勢を整えるぞ。よいな」
「わかりました」
 参謀は敬礼した。そしてその場の話は終わりリヤド軍は進軍を続けていた。だがここで新たな問題が起こった。
「それは本当か!?」
 ハイヤーンは思わず問うた。
「はい、残念ながら」
 副官が答える。今度は後方で民衆の反乱や特殊部隊の工作活動が見られるというのだ。
「如何致しますか」
「ううむ」
 彼は暫し考えた。そして決断を下した。
「止むを得ん。まずは情報を集めよ」
「ハッ」
「それから決める。まずは進軍速度を緩めよ」
「わかりました」
 こうしてすぐに情報収集が開始された。結果民衆の反乱も特殊部隊の工作もなかった。
「虚報であったか」
 それが完全にわかったのは二日後であった。ハイヤーンはそれを知り落胆を覚えた。
「これはオムダーマンの情報工作でしょうか」
「有り得るな」
 彼は参謀の疑念に答えた。
「だとしたら一杯食わされたわけだ。この二日のロスは大きいかもな」
「はい」
「だがまだ取り戻せる。進軍速度をさらに速めるぞ」
「わかりました」
 こうしてリヤド軍は進撃速度をさらに速めた。だが二日のロスはやはり大きかった。そしてそれだけではなかった。
 進撃する彼等に新たな情報が入った。同盟を結んでいたエクバル王国がオムダーマンに降ったのである。そしてその全軍がオムダーマン軍に組み入れられることとなったのだ。
「予想はしていたが」
 それでも厄介な話に変わりはなかった。何故なら彼等は今の彼等の進行路の側方に位置していたからだ。そこを衝かれる怖れもあった。
 そしてその危惧は当たった。エクバル軍はオムダーマン軍としてリヤド領に侵攻を開始したのだ。その数は僅か二個艦隊であったがそれでも侵攻して来たのに変わりはなかった。
 それを見たハイヤーンはすぐに動いた。兵をすぐさまエクバル方面に差し向けたのである。
 戦闘かと思われたが旧エクバル軍はすぐに兵を退いた。ハイヤーンはそれを見て兵を戻した。しかしこれは更なる時間の浪費となった。これが致命傷になった。
「閣下、大変です」
 フェルダウス星系に進行を再開したリヤド軍にさらに都合の悪い情報が入って来たのだ。
「何だ」
 ハイヤーンはそれでも落ち着いていた。静かに報告に来た若い士官に顔を向けた。
「オムダーマン軍がフェルダウス星系に来ました」
「そうか」
 しかしそれでも彼は落ち着いていた。静かにそう答えた。
「その数は」
 そしてそう問うた。
「三個艦隊。約三万です」
「先遣部隊か。どうやら全速力で来たな」
「どうやらそのようで。如何致しましょう」
 彼等はこの時フェルダウスの入口にいた。星系への到着はもうすぐであった。
「決まっている。行くぞ」
 彼はそう答えた。そうするしかなかった。
「わかりました。そしてオムダーマン軍は如何致しましょうか」
「攻撃するかどうかか」
「はい。我が軍は十個艦隊、対してあちらは三個艦隊です。勝算は充分にありますが」
「そうだな。今彼等はどうしている」
「第十三惑星ハイヤッドにて守りを固めに入っている模様です」
「そうか。では決まりだ」
「といいますと」
「放っておけ。今彼等に手出ししても無意味に損害を出すだけだ」
「左様ですか」
「そうだ。おそらく彼等は守りに徹するだろう。そうなれば我等も彼等の殲滅に時間を食う」
「はい」
「そしてそこに彼等の本隊が来る。そうなればどうなるか・・・・・・言うまでもないだろう」
「はい」
 若い士官は頷いた。それは彼にもわかることであった。
 

 

第七部第三章 狐狩りその八


「ここは我等も守りを固める。よいな」
「わかりました」
「場所は第十惑星ハルーンだ。ここに集結するぞ」
「ハッ」
 ハルーンはフェルダウス星系においては最も大きな惑星である。軍事基地も充実しておりこの星系では人の居住も可能である。その為それなりに人口も多い。そして今現在の位置はハイヤッドと正反対の場所にあった。それが最も大きな要因であった。
「そしてそこから彼等の動向を注視する。よいな」
 ハイヤーンは言葉を続けた。
「先に到着されたとはいえ地の利は我等のものだ。案ずる必要はない」
 彼はここで部下の不安を取り除くことにした。
「時が来れば攻める。よいな」
「わかりました」
 その若い士官は再び答えた。
「では進軍を再開する。目標はハルーンとする」
「ハッ!」
 士官だけでなくその場にいた者全員が敬礼した。こうして彼等の方針は決定した。
 翌日彼等はフェルダウス星系に入った。そしてすぐにハルーンに向かいそこに集結した。そしてオムダーマン軍の先遣隊と睨み合いをはじめた。
「彼等は動かないか」
 それを見たコリームアは同僚の提督達と共に自らの乗艦マムルークの司令室で話し合っていた。
「そのようだな。どうやら無理な攻撃は避けているらしい」
 マトラがそれに応える。
「流石は歴戦の将と言うべきかな」
 アタチュルクは賞賛も含んでいた。
「だがこのままで行くとは思えんな」
「それはそうだな」 
 コリームアはマトラの言葉に答えた。
「おそらく機を見て攻撃を仕掛けようとするだろう。だがそれが何時かだ」
「とりあえず今の攻撃はないと」
「それは間違いないだろう」
 今度はアタチュルクに答えた。
「我々は今は守りを固めているだけでいい」
「ああ」
「それはわかっている」 
 アタチュルクだけでなくマトラもそれに頷いた。勇猛で知られる彼であるが攻撃するべきかどうかということはわきまえている。ただ勇猛なだけでは一軍の将は務まらないのだ。
「では今は長官が来られるのを待つしかないな」
「そうだな」
 マトラとアタチュルクはコリームアの言葉に頷いた。
「では今はこの星の陣を固めよう」
「ああ、わかった。分担してな」
「よし」
 こうして三人は守りを固めた。そして彼等はアッディーン率いる本軍の到着を待った。そのアッディーン率いる本軍が到着したのはそれから一週間後であった。その時には陣はある程度完成していた。
「来たか」
 ハイヤーンはそれを聞いて一言そう呟いた。
「そして今彼等はどうしている」
「集結後徐々にこちらに向かって来ております」
 副官がそう報告した。
「動いたか」
「はい」
「まさかとは思ったがな」
 彼の呟きは少々驚きが入っていた。地の利がない以上今動くとは思わなかったからだ。
「だがそれならかえって好都合だな」
「好都合ですか」
「そうだ。こちらもすぐに動くぞ」
 そう副官に言った。
「一個艦隊をここの守り、そして予備兵力として置く。九個艦隊で攻める」
「わかりました」
「彼等から目を離すな。隙を衝いて一気に撃破するぞ」
「ハッ」
 副官は敬礼で応えた。そして彼等もまた行動を開始した。これはアッディーンにも伝わった。
「やはり動いたか」
 彼はそれを聞いて笑った。
「ハッ、予想通りですな」
 後ろに控えるシンダントが彼に対して言った。
「ああ、これでいい」
 アッディーンはモニターに映し出される三次元地図を見ていた。それはこのフェルダウスの地図であった。ハイヤッド占拠の際に入手したものである。
「確かに我が軍には地の利はない」
「はい」
「だがそれならそれで戦い方があるのだ。今それを彼等に見せよう」
 そう言いながら目はモニターから離れない。
「予定の場所に到着したならば待機する。よいな」
「わかりました」
 シンダントはそれを受けて敬礼した。
「では全軍進撃だ。作戦通りに行くぞ」
「ハッ!」
 シンダントだけでなくその場にいた全ての者が敬礼した。そして彼等は勝利を目指し進軍を続けるのであった。

 南方で最後の戦いがはじまろうとしていた頃八条は自らの執務室においてディカプリオ元帥と話し合っていた。
「長官、その揚げですが」
 ディカプリオは彼の机の前に立ち報告をしていた。揚げとはステッラを誘い出す情報のことに他ならない。既に彼等の間でもそうした呼び方となっているのだ。
「これならどうでしょうか」
 そして彼は懐にあるファイルを差し出した。八条はそれを受け取り中を見る。
「ふむ」
 読みながら一言漏らした。それから顔を上げた。
「面白い揚げですね」
「はい」
 ディカプリオはそれに答えニヤリと笑った。
「これならあの女狐は絶対に来ますよ」
「そうでしょうね。何しろ以前躍起になって調査していたものの流れを汲んでいるのですから」
 見ればそのファイルは艦艇のものであった。しかもかなり大型のものである。
「そこを捕らえると。ンガバ少将とアラガル部長にもお話しましょう」
「是非とも。猟師にも知ってもらいたいですから」
「囮のことは」
「そういうことです。そしてドトール長官にも。ただあちらは内務省の管轄なので私からは何も言えませんが」
「それなら私からお伝えしておきますよ」
「お願いします」
「あと首相と内相にも。それはこちらでやりますから」
「はい」
「そして彼女の動きはまだ掴めていませんか」
「残念ながら」
 彼はここでその彫刻の様に整った顔を顰めさせた。するとその顔がまるで苦悶に歪む古代ギリシア彫刻の様になった。
「今何処にいるのかさえ。この連合にいるのはわかっているのですが」
 青と緑のその目からも苦悶の光が出されている。情報部長である彼にとっては悔しくて仕方がないことのようだ。
「仕方ないですね」
 彼のそうした感情は八条にもわかっている。彼はここでは宥めることにした。
「とりあえず今は彼女を捕らえることを考えましょう」
「はい」
 ディカプリオはそれを受けて頷いた。
「ではそうさせて頂きます」
「はい」
 今度は八条が頷いた。
「ではこれで失礼します。すぐにンガバ少将、アラガル部長と作戦会議に移ります」
「お願いしますよ」
「わかりました」
 彼は敬礼して部屋を後にした。そして八条だけが残った。
「とにかく今はステッラを捕らえることを優先させないとね」
 そう呟きながら先程ディカプリオから手渡されたファイルを再び手に取った。
「このままでは我が国の内情が全てエウロパに筒抜けだ。それだけは何とかしないと」
 呟きながらファイルの中を再び見る。そしてそこにある戦艦のデータに目を通す。
「ふむ」
 それはかなり精巧なものであった。技術部の協力を得て作り上げたものであるらしい。ティアマト級巨大戦艦の没になった設計図を改良して作り上げたものだという。ただしサイズはその巨大戦艦のそれも遥かに凌駕している。
「ここまで大きいと一見御伽話だな」
 その巨大さは八条も苦笑する程であった。
「しかしそれだからこそまさか、と思ってします。そうしたスパイの心理を読むのは流石と言うべきか」
 ディカプリオも伊達に情報部長を務めているわけではない。そうしたことも考えているのだ。
 八条はそのファイルを読み続ける。そしてある考えが浮かんだ。
「いや」
 だがここではそれを打ち消した。そしてファイルは自分の机の中にしまった。
 そして彼は仕事に戻った。ここでは彼はその戦艦のことを脳裏から消したのであった。 

 

第七部第四章 名将と老将その一


                                 名将と老将
 ディカプリオが技術部と協同して作成したその偽の戦艦に関するデータは意図的に流された。それは何時しかエウロパの上層部にも届いていた。
「あのティアマト級をも凌駕する巨大戦艦だと」
 ラフネールはそれを最初に聞いた時思わず眉を顰めさせた。
「本当の話か」
「はい、ステッラからの報告です。間違いはないかと」
 豪奢な軍服とマントに身を包んだ白いものが混じった黒髪に豊かな頬髯をたくわえた姿勢のいい初老の男が彼に答えた。エウロパ国防相であるルードヴィッヒ=ヨアヒム=フォン=シュヴァルツブルグである。階級は元帥である。エウロパでは現役の軍人であっても大臣に就任することができるのである。ここが連合と違う点である。連合はあくまでもシビリアン=コントロールの中にある。従って国防長官も大統領も文民である。
「そうか」
 ラフネールはそれを受けて頷いた。
「ならば確かな話だな」
 彼はステッラを完全に信頼していた。だからこそこう言ったのである。
「如何致しますか」
 シュヴァルツブルグはここでまた問うた。
「調査させますか」
「無論だ」
 ラフネールの言葉に迷いはなかった。
「すぐに指示を出すようにな」
「わかりました」
「そしてこれは彼女だけではない」
「と言いますと」
「今連合に入っている殆どの情報部員にも伝えるようにな。この巨大戦艦に対して全力で以って情報を収集せよと」
「わかりました」
 シュヴァルツブルグはそれを受けて頷いた。
「連合がまだ巨大戦艦を建造にかかるとは思わなかったがな」
「はい」
 それはシュヴァルツブルグも同じ考えであった。
「一体何の目的で建造するか、その真意まではわからない。しかしそれが我々にとって脅威であることには変わりがない」
 脅威である、それこそが問題であった。やはりそこには連合とエウロパの如何ともし難い国力差があった。彼等はそれを嫌という程感じ取っていた。
「出来れば建造途中に破壊したいが」
「それではそう伝えますか」
「うん、頼むぞ」
 ラフネールはそれを認めた。
「それでは決定だ。すぐにステッラ他全ての連合内に潜伏している諜報部員に指令を出すように」
「ハッ」
 巨大戦艦についての調査を行えと。そして必要とあらば破壊せよ、とな」
「わかりました」
 シュヴァルツブルグは敬礼した。こうして彼等の方針は決定した。すぐにステッラ達に指示が下された。
 それを受けたステッラ達はすぐに行動に移った。そして調査を開始した。
「最近国防省へのハッキングが多いそうですね」
 八条は統合作戦本部長の執務室でバールに問うていた。
「はい」
 バールはそれを認めた。
「ハッキング元はわかりませんが」
「そうでしょうね」
 それは至極当然のことであった。八条はそれには驚かなかった。
「しかしこれで一つはっきりとわかったことがあります」
「はい」
 バールはそれに応える。
「エウロパの工作員達が行動を開始したということです」
「我々の超巨大戦艦の建造計画についての調査ですね」
「そうです。どうやら揚げの香りに誘われたようですね」
「確かに」
 バールはその言葉を聞いて笑みを浮かべた。
「狐が揚げを好むというのは本当だったんですね」
「日本の狐は。エウロパの狐はむしろ鳥だと思っていましたが」
「ははは、確かに」
 バールはまた笑った。
「しかし狐は頭がいい。そう簡単には捕まえることはできませんよ」
「わかっておりますよ」
 八条はにこやかに笑ってそれに応えた。
「だからこそ優秀な猟師達を用意したのですよ」
「成程」
「それだけではありませんがね。トラップも用意してあります」
「狩りには細心の準備が必要ですからね」
 バールはここで感慨深そうに言った。
「そういえば」
 八条はここで気付いた。
「本部長はモンゴルでは昔ながらの遊牧生活をしてられたそうですね」
「ええ」
 バールはそれに頷いた。
「昔ながらといっても学校なんかには通っていましたが」
「そうですか」
「ただ基本的な生活は昔ながらのものでした。遊牧民の」
 モンゴルはやはり遊牧民であった。遊牧民の生活は昔から変わらない。馬に乗り羊達と共に生きる。宇宙に進出していてもそうした昔ながらの生活を送る者もいるのだ。
「いいものですよ。馬に乗り羊達と共に生きる。そして草原が家なのですよ」
「本当に昔ながらですね」
「学校といってもコンピューターでの通信でしたね。おかげで軍に入った時には驚きましたよ」
「宿舎にですか」
「はい。何から何まで生活様式が違いましたからね。けれどすぐに慣れました」
「そうですか」
 彼は通信教育で大学まで出ている。そして軍に入隊したのだ。入隊したのに深い理由はない。彼は長男なので家を出て独立しなくてはならない。モンゴルでは末っ子が家を継ぐ習わしである。兄達は次々に家を出て独立する。だが末っ子は残る。従って家を継ぐのは彼となるのである。
 家を出るにあたって彼は深くは考えていなかった。遊牧生活を送ろうかとも考えていた。だが通信教育先の大学の教授に他の職も薦められ軍はその中の一つにあったのである。
 受けたら合格した。元々連合では人気のある職業とは言えないので競争率は低かった。流石に名前を書いたら合格するということはなかったがそれでも彼は無事軍の入隊試験に合格したのである。それも幹部候補生としてであった。やはり大学卒業者ということが大きかった。
「そのまま遊牧民になってもよかったのですが」
「それでは何故軍に」
「いやあ」
 彼はここでまた笑った。
「星の中を動くのもいいかと思いまして。深い理由はなかったのです」
「そうだったのですか」 
 そして彼は実際に星の海を進むことになった。モンゴル軍の艦艇に将校として乗り込むことになったのだ。 

 

第七部第四章 名将と老将その二


「そうしたらその生活が合っていまして。軍隊というものが私に合っていたのでしょう」
「それは何より」
 どうしても適性というものがある。軍というものは特にそれが大きい。彼が軍に合っていたというのはそれだけで幸運なことであった。
「気がついたら今ここにいるわけです。いやあ、運がよかった」
 彼は軍人としては有能であった。海賊退治で功を挙げこうして連合軍統合作戦本部長にまで昇り詰めたのであるから。もっとも彼をその職に就けたのは八条であるが。各国の軍人達を調べている時にモンゴル軍元帥である彼のことを聞きすぐに統合作戦本部長に決定したのだ。
「運ですか」
「ええ」
 彼は答えた。
「何事も運がないと。実力だけではどうにもならない時があります」
「それは確かにありますね」
 八条もそれはわかっていた。
「しかし運に頼るつもりはありません」
「ほう」
 バールの言葉に目の光を変えた。
「運はあくまでプラスアルファです。それ以外のものではありません」
「つまり重要なのは実力であると」
「そう、そこにその運が加わるのですよ。少なくとも私はそうしたものだと考えています」
「それはわかります」
「ですが長官の御考えは少し違うようですね」
「わかりますか」
「ええ」
 それはバールにもわかっていた。
「どの様な状況においても必ず勝てる、そして損害は最小限に。そうした戦いを望まれているようですな」
「はい」
 八条はそれを肯定した。
「その通りです」
「やはり」
 バールはそれを聞いて納得したように頷いた。
「軍の編成や後方支援、兵器等を見るとそうですね」
「確かに戦争において運は大きな要素ですが」
 八条は自説を述べはじめた。
「それは不運もあります。その不運がこちらに来ても勝てる状況にしておかなくてはなりません」
「それは私も同意です」
 だが二人は根本で何かが違うようである。それは何か。
「ただ、いざという時に運がないと大変なことになる場合もあります」
 これであった。バールはあくまで戦場を見ている。そして八条は政治のうえでの戦争を見ているのだ。これはバールが軍人であり、八条が政治家となっていたからである。軍人と文民では戦争に対する見方も違ってくるのである。
 その為バールは運を重要視する。戦場において欠かせないものであるから。
 八条はそうした要素があまりかからないような状況を目指す。それが政治家の考えであった。だが八条は元々は軍人でありそのこともわかっていた。それが他の政治家とは一味違っていた。
「それはわかります」
 ここで同意する言葉を述べた。
「その辺りは本部長にお任せします」
「はい」
 バールはそれを受けて微笑んで応えた。精悍な笑みであった。
「ステッラへの作戦ですがあの二人で大丈夫だと思います」
「運という点から見ても」
「そういうことです」
「わかりました。それでは安心して取り掛かるとしましょう」
「ただステッラの悪運もかなりのものでしょうからね」
「彼女自身も」
「だからこそ今まで生きてこられたのではないかと思います」
「ふむ」
「それについても用心しておくべきかと」
「わかりました。それでは」
「はい」
 こうして二人の話し合いは終わった。八条は本部長室を去り自らの執務室に戻った。そして彼はアラガル及びンガモに指示を出した。そして彼等はまた動くのであった。
「国防省の動きはかなり速いな」
 それはアッチャラーンにも伝えられていた。
「そのようですね」
 そこには金がいた。彼女はそれに頷いた。
「我々は彼等に協力するという形をとっておりますが。作戦等はドトール長官にかなり委任しております」
「長官にですか」
「はい、やはり専門家ですから。問題はないかと思いますが」
「それは私も同じですぞ」
 アッチャラーンはそれには反対しなかった。
「ただ連携が上手くいっているかどうか不安なのは確かです」
「それは御安心下さい」
 金はそんな彼に対して言った。
「長官は肩肘を貼る様な人ではありません。そしてスタッフもそうした者を選びましたから」
「ほう、それは」
 これはアッチャラーンも意外であった。
「そこまで考えておられたのですか」
「当然です」
 彼女は少しきつい声でそう答えた。
「今回の作戦は細心の注意を払わなければなりませんから。ステッラだけではありません」
「はい」
「エウロパが持つ連合内の諜報網を完全に破壊する。その為には用心し過ぎるということはないかと思いますが」
「それは私も同じ考えです」
「そうですか」
「ただ一つ気になることがあるのです」
 アッチャラーンはここで深刻な顔を作った。
「それは何でしょうか」
「彼等の侵入元です。それも何とかしないと話になりません」
「侵入ルートですか」
「左様です。おおまかに二つありますが」
「サハラやマウリアを経由するルート」
 まずは総督府に入り、そこからサハラに潜伏して潜入するのである。中にはサハラやマウリアの者に変装している場合もある。だがこちらは入国チェックを厳格化させて対処している。これによりこちらの侵入ルートはかなり押さえられている。しかしそれだけではないのである。
「そしてもう一つ」
 アッチャラーンはそれについて言及した。
「こちらの方がより問題ですな」
「はい」
 金もそれを受けて顔を険しくさせた。
「バチカンです」
 アッチャラーンの顔と声も金のそれと同じものになっていた。
「これを何とかしたいのですが」
「ですが今までは何もできませんでした」
 彼女のその声は暗ささえ帯びていた。
「流石に宗教に手を出すのは憚れますから」
「貴女もそう御考えですか」
「はい。人の心には容易に手をつけることはできません」
 そう答えた。
「これは信教の自由だけでなく思想の自由にも大きく関わりますから」
「そうです。彼等がテロ活動等をしていない限りは」
 この時代にもカルト教団というものは存在する。連合においては今まで多くのカルト教団が出現している。彼等の中には反社会的行動をとる者達も多い。そうした団体との戦いも今まで多くあった。宗教や思想がとりわけ問題なのではない。問題なのは彼等の行動である。如何に素晴らしい思想であろうがそれを実現する行動がテロであるならば彼等はテロリストとなる。これは他の市民団体等も同じである。
「そうです。ましてやバチカンとなると」
「テロなどする必要もありませんから」
「諜報員が紛れ込んでいるといってもそれは今の時点では憶測に過ぎません」
「バチカンには諜報員のことを伝えてるのですが」
 これはかなり前から行われている。連合にとっても由々しき事態であるからだ。
「効果がないでしょう」
「残念なことに」
 金は悔しそうな声でそう答えた。
「やはりバチカンは一筋縄ではいきません」
「伊達に長い歴史を歩んでいるわけではありませんからな」
「権謀術数の歴史という点では我々より上かもしれませんから」
 連合も各国の間で色々と綱引き、駆け引きがある。ちなみにアッチャラーンの祖国タイはそうしたことにかけてはベトナムと並んで連合屈指とされている。だがバチカンのそれは別格であった。 

 

第七部第四章 名将と老将その三


 宗教の世界は政治の世界と密接な関わりがあった。とりわけ中世の欧州においてはそうであった。その中心であったのがバチカンである。法皇だけでなく枢機卿にもかなりの権威が存在し、緋色の法衣には一国の君主に匹敵する栄華と名誉があった。それだけにその座を巡る争いも熾烈であったし法皇や枢機卿になってからの政治への影響もかなりのものであった。彼等は聖職者という名の政治家であったのだ。その謀略は宗教が絡んでいるだけにより陰惨で血生臭いものとなっていた。
 そうした歴史があった。流石に二十世紀以降そうした表立った話はないが今だにバチカンといえば権威であった。欧州総統ですら無下には出来ず、永遠の存在であった。
「誰もバチカンに意見を言うことは許されません」
 アッチャラーンはここでこう言った。
「はい。バチカンには誤謬はありませんから」
「そういうことです」
「だから彼等はエウロパのスパイとは直接関係はない。表向きは」
「そうですね。証拠を前に出しても彼等は認めないでしょう」
「対策はないものですかな。こちらは」
「対策ですか」
「そうです。聖職者の移動を禁ずるわけにもいかないですぞ」
 アッチャラーンは困った顔をしていた。
「ありますが」
 だが金はここできっぱりとした口調でそう答えた。
「何とっ」
 それを聞いたアッチャラーンは驚かずにはいられなかった。
「内相、それは本当ですか!?」
「はい」
 彼女はやはり素っ気無い声で返答した。
「問題はバチカンがエウロパにあるということですね」
「ええ」
「でしたら」
 ここで一呼吸置いた。
「バチカンがこちらにあればよいのです」
「ということは」
「過去に歴史でありましたね」
 金は語りはじめた。
「教皇のバビロン捕囚です」
「バビロン捕囚」
「そうです」
 彼女の声は強いものとなった。
 かってフランス国王フィリップ四世と教皇ボニファティウス八世が聖職者の課税問題において衝突した時フランス王は兵を送り教皇を捉えた。その際三部会を開き国民の支持を取り付けているのが狡猾ながら優れた政治手腕を持っていた彼ならではであった。テンプル騎士団を陥れたことからもわかるように彼は目的の為なら手段を選ばない人物であった。だがそれはフランスにとって幸運であった。
 教皇はローマ郊外のアナーニにおいて捉えられた。老齢であった彼はそこで憤死した。彼自身狡猾で貪欲な人物であり、前任者を陥れて幽閉したうえで教皇になった人物であり左程同情することもなかった。
 だが問題は教皇を捉えたことである。中世において絶対の権限を持っていた教皇を捉えるということは当時の欧州においては天地がひっくり返るような話であった。フランス王は教皇を自国領のアヴィニョンに移した。これが教皇のバビロン捕囚である。以後教皇はフランス王の干渉を常に受ける状態となった。話はそれで終わりではなかった。
 それに反発したフランスと敵対するイングランド、そして神聖ローマ帝国がローマにも教皇を立てたのである。所謂シスマ=教会大分裂である。この状態は百年以上続き教会の権威は地に落ちた。中世の終わりのはじまりと言うべき話であった。
「それを行えばよいのです。元々カトリックの信者は連合の方が多いですし」
「確かにそうですが」
 だがアッチャラーンはあまりもの話にまだ戸惑っていた。
「教皇をこちらに移すというのは不可能です」
「いえ、可能です」
 だが金はそれに反論にかかった。
「外交交渉という手段があります。エウロパがバチカンを通じて諜報員を送り込んでいるということがわかれば」
「ステッラを捕まえてからの話ですね」
「ええ。それからの話ですが」
「そしてその交渉ですが」
「はい」
「若し彼等がそれを認めなかったとしたらどうすべきでしょうか」
 あえて問うてみた。
「彼等が認めなかったならば」
「当然考えられる事態です」
 それは考えられる事態というよりは規定事項のようなものであった。
「その時も決まっております」
 金はやはりすぐに答えを返してきた。
「といいますと」
「戦争です」
 その声はさらに強いものとなった。
「スパイの侵入を許してはなりません。彼等がそれを認めないというのならこちらも武力に訴えるまでです」
「戦争ですか」
 それを聞いたアッチャラーンの顔色が変わった。
 連合は設立当初から内部では海賊やテロリストとの戦闘があった。だが国同士の戦争は久しく絶えていた。利害が衝突した場合は速やかに他国、とりわけ連合中央政府の仲裁があり代替のものが与えられたからである。そうしたことができたのはやはり連合が果てしない開拓地を抱えているからであった。奪い合う必要がなければ人も国家も衝突することはかなり減少するのであった。
 だからこそ彼等は戦争をすることがなかった。中央軍設立までは各国が軍隊を所有していたが、これは自衛の色彩が強かった。エウロパやサハラに兵を送ることもなかった。エウロパとは睨み合いが続いていたがそれでも彼等と武力衝突することはなかったのだ。
「はい」
 金は頷いた。 

 

第七部第四章 名将と老将その四


「既にこれは二十世紀までですと充分に宣戦布告の理由となります」
「確かにそうですが」
 ちなみに連合内においては産業スパイが主流である。各国は自由貿易協定や通貨統合の中で互いの科学や産業に対して水面下で情報収集を行っている。発見された場合には当然多額の賠償金等の重いペナルティが課せられる。だが大国はこうした事態には知らぬ存ぜぬを貫く例が多い。そうした産業スパイを好むのが大国であるので話はより困難なものとなっているのが現状ではある。
 しかしエウロパのスパイはまた話が違う。彼等は敵対勢力のスパイであり、連合内部の問題ではない。到底賠償金等で済む話ではないのだ。
「勿論彼等も頑強に抵抗するでしょう」
「それはそうでしょうな」
 バチカンといえば絶対の権威である。それはこの時代においても変わることがない。連合と比して圧倒的な国力差があるエウロパの誇りの一つでもあるのだ。連合のカトリック教徒達はその総本山に行くことが出来ない。そうした状態は連合にとっては歯軋りすべきことの一つであったのだ。
「ですがバチカンを連合内に移動させることができれば」
「少なくともエウロパはその諜報員を侵入させるルートを確実に失います」
「そして連合内のカトリック教徒達は満足する結果を得られる。そして彼等の移動で観光、旅行業界も盛況することでしょう」
「そこまで考えておられたのですか」
 これにはアッチャラーンも目を瞠った。
「はい、当然です」
 彼女の様子は相変わらずであったが。
「彼等もその後で独自に教皇を立てるでしょうがそれはあちらの問題です。それについては我等は関知することはできは
しません」
「はい」
「ただエウロパとの戦争になっても彼等を滅ぼすことは得策ではありません」
「それは何故ですか」
「彼等とは長い対立の歴史があります。最早互いに相容れぬ仲となっております。今彼等を連合に組み入れたところで」
「一千億の不穏分子を抱え込む結果になると」
「そういうことです。そうなれば問題は容易ではありません。勝利を収めたとしてもエウロパの領土は一寸たりとも手に入れるべきではありません」
「わかりました。そういうことでしたら」
 彼はそれに同意した。実は彼も彼女と同じ考えであったがここはあえて彼女の聞き役に徹したのである。それも彼のやり方の一つであった。
「ステッラの後の計画も考えておきますか」
「是非とも」
 金はそれに同意した。
「お願いします」
「わかりました」
 アッチャラーンは快諾した。これで話は大体終わった。
「それではこれで」
「あ、お待ち下さい」
 彼はここで呼び止めた。
「何でしょうか」
「そろそろ三時ですが。如何なさいますか」
「そうですので帰らせて頂きます」
 金はそう切り返した。
「帰って内務省のスタッフとお茶をしなければならないので」
「そうでしたか」
「はい。今日はパンケーキだとか。これでも楽しみにしております」
 やはり甘いものには目がないようである。答える声が普段のそれとは全く違っていた。
「それでしたら」
 アッチャラーンも引き止めることはしなかった。
「はい」
 そして金は別れの挨拶を済ませ内務省に戻った。やはり甘い物となると様子が変わるのであった。 

 

第七部第四章 名将と老将その五


 連合がステッラを捕らえる用意とその後の国家戦略を練っている頃サハラ南方ではいよいよ最後の戦いが行われようとしていた。
 戦っているのはアッディーン率いるオムダーマン軍とハイヤーン率いるリヤド軍であった。彼等は陣を置いた互いの惑星からの睨み合いを止めそれぞれ軍を動かしていた。
「オムダーマン軍の動きはどうなっているか」
 ハイヤーンは乗艦であるホラズムの艦橋において周りの者に問うた。
「ハッ」
 参謀の一人がそれに答える。
「今はハイヤッドからかなり離れているようです。一路こちらに向かって来ております」
「そうか」
 彼はそれを聞くと頷いた。
「ではこのまま決戦を挑むつもりのようだな」
「そのようで」
「ふむ」
 それを聞き終えると暫し考え込んだ。
「数のうえでは我が軍は圧倒的に不利だ」
「はい」
 今彼等は九個艦隊である。一個はハルーンに置いている。
「敵はおそらく我等の三倍近くはいるだろう」
「三倍ですか」
「そうだ。幾ら地の利があるといっても正面から戦っては勝ち目は薄い。オムダーマンの兵は強く、しかもアッディーン司令の力量も確かだという」
 彼は今までのアッディーンの戦いについて知っていた。何も学ぼうともせず数を頼んで戦場に向かったサラーフの愚かな提督達とは明らかに違っていた。
「やはりここは地の利を生かした機動戦を仕掛けるとしよう」
「はい」
 これで彼の考えは決まった。
「各艦隊に伝えよ。それぞれ独自のルートを通り敵に攻撃を仕掛けよと」
「ハッ」
「敵が反撃して来たならばすぐに退却せよ。そしてそれを繰り返せ」
「わかりました」
 その参謀はそれを受けて敬礼した。
「そして彼等が戦力を消耗した後に全面攻撃を仕掛ける、よいな」
「はい」
 これは彼のいつもの戦い方であった。まず敵に戦力、精神両面から消耗を強い、そしてそれが極限に達した時に攻勢に出て破る。そうして今まで勝利を収めてきたのである。
「それでは作戦を開始する。我々も行くぞ」
「はい」
「敵が誰であろうと負けるわけにはいかぬ。負けるわけにはな」
 その声には強い決意が宿っていた。そしてその言葉が兵を動かしたのである。
 対するオムダーマン軍の動きはあまり速くはなかった。彼等は周囲に警戒を払いながら慎重に動いていた。
「まさに迷路だな」
 アッディーンは旗艦アリーの作戦室で三次元地図を眺めながらそう呟いた。
「今はここか」
 そして地図のある部分を指差した。
「随分な場所にある。近くにはブラックホールと赤色巨星が存在している。少しでも艦隊の動きを誤ると大変なことになるな」
「はい」
 それに同席しているハリージャが頷いた。
「将に迷宮です。我々はその中を進んでいるのです」
「そう、迷路だ」
 彼はそれを受けてこう言った。
「エウロパの神話であったな。ラビリンスだ」
 古代ギリシアに実在した地下迷宮である。そこには牛頭人身の怪物ミノタウロスが棲んでいたという。この怪物は人を喰らい、毎年多くの若者がこの怪物の生け贄となっていた。クレタにある話である。
「我が軍はその中にいるのだ」
「ではミノタウロスがリヤド軍ですね」
「そういうことになるな」
 彼はそれに応えた。
「だが一つ違う点がある」
「といいますと」
「我々は生け贄の若者達ではないということだ」
 そして続けてこう言った。
「テーセウスなのだ」
 そのミノタウロスを倒した英雄である。糸を使い迷宮を潜り抜けた知恵者でもある。ギリシア神話においてはヘラクレスやペルセウス等と並ぶ英雄である。
「ミノタウロスを倒したあの英雄だ」
「成程」
「そしてその為の剣もある」
「それは」
「これを見てくれ」
 彼はそこで地図のある部分を指し示した。今彼等がいる場所から少し行った地点である。そこは珍しく何もない平坦な空間であった。だが四方八方に路がある。言うならば交差点である。
「ここには我々が先に辿り着くことは間違いない」
「はい」
 既に目と鼻の先である。リヤド軍の予想現在地点からはかなり離れている。
「まずはここを押さえる」
「それからまた動くのですね」
「そうだ。各艦隊をそれぞれ分散して各地に派遣する」
「えっ!?」
 それを聞いたハリージャは思わず声をあげた。
「各艦隊をですか」
「そうだ」
 アッディーンは微笑んでそれに頷いた。
「各方面にな。だが私と数個艦隊はその地点に留まる」
「何故ですか?」
「囮だ」
 彼はいささか素っ気ない声でそれに答えた。
「囮」
「そう、囮だ。我等がここにいるとなると敵はどう動く」
「勿論集中して攻撃を仕掛けるでしょう」
「それを迎え撃つ。そしてここで各艦隊を呼び戻す。これならどうだ」
「面白いことになるでしょうな」
 ハリージャも彼の作戦を理解した。
「わかったようだな。では各艦隊の提督達と参謀達を集めてくれ」
「はい」
「会議を行う。そして作戦を開始するぞ」
「ハッ!」
 こうしてアッディーンはリヤド軍を斬る剣をその手に握った。そして程なくその予定された地点に到着し、そこから各方面に向けて移動を開始した。アッディーンと数個の艦隊がそこに残った。偽の情報を流しながら。
「オムダーマン軍も動いたか」
 それはハイヤーンの下にも届いていた。
「それも各方面に向けてか。おそらく我々のゲリラ戦術に対抗してのようだな」
「そうやらそのようですね」
 副官がそれに応えた。
「数個艦隊ずつ行動しております。ただ船足は遅いですが」
「そうだろうな。我等の動きを警戒しているのだからな」
 ハイヤーンはそう睨んでいた。
「そして司令部は残っていると」
「はい」
 副官はまた答えた。
「そうだ。これはどういうことだと思う」
「そうですね」
 彼はハイヤーンに問われて考え込んだ。
「統制をとっているのではないでしょうか」
「統制か」
「ええ。あの場所は丁度四方八方に道が開けていますから。それぞれのルートを通る艦隊へ指示を出すには好都合だと思われます」
「ふうむ」
 ハイヤーンも考え込んだ。
「これはチャンスだと思いますが」
 副官はここで気付いていなかったが彼は勝利に焦っていた。
「オムダーマン軍を討つ」
「はい」
 それはハイヤーンも一緒であった。従ってオムダーマン側の意図には気付かなかったのだ。
「すぐさま攻撃を仕掛けるべきです。奇襲で」
「ここにいる全ての艦隊でか」
「はい、勿論です。頭さえ潰せば後はどうにでもなります」
「そうだな。アッディーン司令を倒せば彼等の指揮系統は崩壊する」
 これは事実であった。
「では攻撃を仕掛けるとするか」
「ええ、そうなさるべきです」
「よし、わかった」
 彼は意を決した。
「すぐに各艦隊司令及び参謀達を集めよ。そして作戦を決定するぞ」
「ハッ」
「それからすぐに動く。よいな」
「わかりました」
 副官は敬礼した。そしてすぐに艦隊司令と参謀達が招集された。彼等も異論はなかった。やはり焦っているか、ハイヤーンに絶対の信頼を置いていたのだ。
「ハイヤーン提督なら問題はない」
 彼等はそう信じて疑わなかった。その信頼はよい。ハイヤーンもそれを嬉しく思っていた。だがそれが仇となる時もあるのだ。そして今がそれであった。 

 

第七部第四章 名将と老将その六


 アッディーンは数個艦隊を置きその開けた地点に留まっていた。一見統制をとっているように見える。だが実際の活動は違っていた。
「リヤド軍はまだか」
 彼は情報参謀であるシャルジャーに問うた。
「ハッ」
 彼は敬礼をしてから答えた。
「後方に何やら多くのエネルギー反応が確認されております」
「後ろからか」
 アッディーンはそれを受けて頷いた。
「得意のゲリラ戦術、そして奇襲を仕掛けてくるつもりのようだな」
「そのようです」
「彼等は何日後にこちらに来るか」
「速度が速いです。おそらく二日後には」
「よし」
 アッディーンはそこで意を決した。
「各艦隊に伝えよ。二日後だと」
「わかりました」
「そして我等も備えるぞ」
 彼は続けて指示を出した。
「彼等から見て奥に陣を敷く。守りを固めてな」
「はい」
「敵をこの空間に深く誘い込め。そしてその背と腹を撃つのだ。予定通りな」
「わかりました」
 彼は再び敬礼した。
「この戦いで南方が手に入る」
 アッディーンは言葉を続けた。
「一気にいくぞ。そして勝利を手にするのだ!」
「ハッ!」
 そこにいた全ての者が敬礼した。こうして彼等はアッディーンの言葉通り兵を動かした。
 二日後リヤド軍は来た。そしてアッディーン率いるオムダーマン軍を発見した。
「敵艦隊発見」
 彼等は通信を遮断し隠密行動をとっていた。これだけの規模の艦隊の動きを隠密裏に済ませることができるのもハイヤーンの将としての力量故であった。この報告も参謀の一人の言葉だけであった。
「規模は」
 ハイヤーンは問うた。
「四個艦隊程です」
「わかった」
 彼はそれに頷いた。
「では全軍攻撃開始だ。よいな」
「わかりました」
 そして彼等はそのままオムダーマン軍に向かう。発見されていないと信じて疑わなかった。
「来たな」
 だがそれは違っていた。アッディーンは彼等の位置を正確に掴んでいたのだ。そのうえで陣を整えていた。しかし今は彼等はリヤド軍に背を向けていた。
「よいな、全ては予定通りだ」
 彼は周りにいる参謀達にこう言った。
「はい」
「わかっております」
 彼等は皆それ答えた。そしてアッディーンの次の指示を待っていた。
「敵艦隊、間も無く我等の攻撃範囲に入ります」
「よし」
 アッディーンの目が光った。
「全軍反転!そして攻撃を開始せよ!」
「ハッ!」
 アッディーンの指示に従いオムダーマン軍は一斉に艦首を回した。そしてそこから攻撃を仕掛けた。
「ムッ!」
 それを見たハイヤーンは思わず声をあげた。
「いかん、全軍弾幕を張れ!」
「ハッ!」
 すぐに指示を下す。それに従いリヤド軍は隠れるのを止めビームを斉射した。そしてそれでオムダーマン軍の攻撃を凌いだ。
「気付かれていたか」
 ハイヤーンは敵の攻撃を防ぎきったのを見てそう呟いた。
「どうやらそのようですね」
 参謀の一人が苦渋に満ちた顔をしていた。彼にとっても思いもよらぬことであった。
「だが負けたわけではない」
 しかしだからといって戦意を喪失するハイヤーンではなかった。
「数において我等の方が有利にある。わかるな」
「はい」
「全軍攻撃を仕掛けよ!そして押し潰せ!」
「ハッ!」
 すぐさまリヤド軍は進撃を再開した。数に劣るオムダーマン軍を包み込むような形で攻め立てる。それを見たアッディーンは全軍に指示を出した。
「退け」
「ハッ」
 そしてオムダーマン軍はその言葉に従い後ろに退いた。
「逃げるのか?」
 ハイヤーンはそれを見てまずそう考えた。だが様子が違っていた。
 艦首はこちらに向いている。そして間合いを見計らって動いているのがわかった。
「有利な場所で戦うつもりか」
 ここで地図を見る。彼等の真後ろに道の一つがある。そこに入れば取り囲まれることはない。だがそれを許すハイヤーンではなかった。
「そうはさせんぞ」
 彼はすぐに指示を出した。高速部隊に命令を出す。
「オムダーマン軍の後ろに回れ」
「わかりました」
 それを受けて一個艦隊が離れる。そしてオムダーマン軍の後方に回ろうとする。それはアッディーンにもわかっていた。
「来たな」
 アッディーンはそれを見て呟いた。敵の意図はわかっていた。
 彼等は迂回しつつ左からオムダーマン軍の後方に回ろうとする。そしてその時道の前に出る。
「あちらはどうなっている」
 彼はシンダントに問うた。
「ハッ」
 シンダントは答えた。
「そろそろかと」
「そうか」
 アッディーンはそれを聞いてニヤリと笑った。それは勝利を確信した笑みであった。
 リヤド軍別働隊はそのようなことは知る由もない。彼等はただオムダーマン軍の後方を目指していた。
「さあ、どう出る!?」
 ハイヤーンはアッディーンの動きに注視した。このまま動かないとは思えなかったからだ。
 必ず動く、そう確信していた。だが彼はアッディーンの脳裏までは知らなかった。それが問題であった。
 別働隊が道の前に来た。その時であった。
 

 

第七部第四章 名将と老将その七


「撃て!」
 カーシャーンの声が轟く。それと同時に道から無数のミサイルが放たれた。
「ヌッ!」
 次の瞬間にはそのミサイル達は別働隊に向けて襲い掛かって来た。そして別働隊の艦を火球に変えていた。
「伏兵か!」
 ハイヤーンはそれを見て思わず叫んだ。別働隊は側面から思わぬ攻撃を受け混乱状態に陥っていた。
「如何致しますか」
 副官が青い顔をして問うてきた。
「別働隊をすぐに退かせよ。彼等の援護に回るぞ」
「ハッ」
 友軍を見捨てることはできなかった。リヤド軍は彼の指示の下に別働隊の援護に向かった。そして攻撃を終えカーシャーンと合流したオムダーマン軍の左に来る。オムダーマン軍は彼等の艦首を向ける。
 ここでリヤド軍はカーシャーン達が出て来た別の道の前を通ろうとする。しかしそれが間違いであった。
「今だ!」
 そこにはラーグワート達の艦隊がいた。後方からその一斉射撃を受ける。
「うわっ!」
 至近弾がホラズムを襲う。それにより艦が大きく揺れた。
 ハイヤーンはそれでバランスを崩した。艦橋の壁に叩き付けられる。そして床に崩れ落ちた。
「ウググ・・・・・・」
「司令、御無事ですか!」
 副官が駆け寄ってくる。彼もまた打ったのか頭部から血を流していた。
「大丈夫だ」
 ハイヤーンはそう答えてゆっくりと立ち上がった。そして問うた。
「被害状況を知らせよ」
 彼は司令である。この場合は艦隊全体の被害である。
「ハッ」
 すぐに報告が入った。そしてそれが伝えられる。
「五千隻程が撃沈、もしくは大破された模様です」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「敵はどうしているか」
「我が軍への攻撃を終えた後そのまま突撃を仕掛けようとしております。如何致しますか」
「すぐに退け」
 ハイヤーンは指示を下した。
「一個艦隊でその後方の敵を食い止めよ。そしてその間に主力は退き態勢を整える。それからその一個艦隊も合流せよ」
「わかりました」
 その指示に従い動く。そしてオムダーマン軍主力から見て左斜め上に移る。ここで新手が姿を現わした。それは一つではなかった。
「何と!」
 全ての道からオムダーマン軍の艦隊が姿を現わした。ハイヤーン達が通ってきた道以外の全ての道から姿を現わす。そしてそのままリヤド軍に向かって来る。
「下方よりエネルギー反応多数!」
「上からも来ます!」
 敵からの攻撃が矢次早に伝えられる。そしてその直後に艦艇が炎に変わる。
「後方を敵が塞ぎました!」
「右もです!」
 そして敵の動きも。それは包囲の形であった。
「司令、如何なさいましょうか!」
 ハイヤーンに決断を問う声が艦橋にまで伝えられる。彼の目から見ても戦局は明らかであった。
「こうなっては致し方ない」
 彼は苦渋に満ちた声でそう語った。
「撤退だ。後方の敵を突破するぞ」
「はい」
 皆それに頷く。
「先鋒、そして後詰は私が務める。よいな」
「わかりました」
「では行くぞ。そして態勢を整え再び戦いを挑む!」
「ハッ!」
 ハイヤーンの言葉はすぐに全軍に伝えられた。そしてそれに従い軍が動く。
 ハイヤーンの直率する艦隊を先頭にリヤド軍は後方にいたオムダーマン軍に突撃する。そこにいたのはカトラナとラーグワートの艦隊であった。
「これはいかんな」
 ラーグワートはその突撃を見て呟いた。
「道を開けよ。そして逃がしてやれ」
「退却させるのですか」
 艦橋にいる参謀の一人が問うた。
「そうだ。勝敗は既に決した。今無駄に損害を出す必要はない」
 見ればリヤド軍は全軍決死である。彼等の前に立ち塞がればどういうことになるか明らかであった。
「わかりました」
 参謀はそれに頷いた。そしてラーグワートの艦隊はわざと道を開けた。
「あの場所だ!」
 それを見たハイヤーンは全軍に再び指示を下した。そこにリヤド軍は雪崩れ込むようにして入る。そこから敵陣を突破する。
「全速力だ!一気に突っ切れ!」
「はい!」
 ハイヤーンの指示が再び下る。リヤド軍は陣を突破してからもなお突き進む。そして彼等が来た道に入った。
 後方にはオムダーマンの大軍が迫る。勝敗が決し、無駄な損害を防ぐ為に道は開けた。だが、だからといって追撃戦を止めるというわけではない。
 少しでも敵を減らす、それは戦争において常識であった。追撃戦こそはその絶好の好機なのである。
「来たな」
 この時既にハイヤーンは軍の最後尾に回っていた。
「よいか」
 そして残る艦艇に指示を出す。
「最後まで彼等を止める。そして機を見て我等も退くぞ」
「わかりました」
 残る数千隻の艦から了解の言葉が返って来る。
「我等の命、司令にお預けしました。存分に使って下さい」
「すまんな」
 ハイヤーンはそれを聞き目を伏せた。
「だが命を粗末にはするな。生きて帰るのだ、カブールまでな」
「わかっております」
「ならばよい。ではやるぞ!」
「はい!」
 彼等は入口に陣取る。そして後方に下がる友軍の状況を見つつオムダーマンの大軍に立ちはだかった。
「撃て!」
 両軍のビームが放たれる。二つの光の束がぶつかり合い、そして戦場を彩る。
 オムダーマン軍の攻撃も数を背景に激しいものであった。だが死兵と化していたリヤド軍の士気はそれにも勝っていた。彼等はオムダーマン軍を寄せ付けなかった。
 それでもやはり限界があった。オムダーマン軍はその激しい抵抗にもかかわらず次第に距離を詰めてきた。
「司令、このままでは」
「わかっている」
 ハイヤーンにもわかっていた。今どうするべきかを。
 そして彼は動いた。一斉射撃を仕掛けたのだ。
「撃てっ!」
 そこに留まる全艦に攻撃を仕掛けた。そしてそれでオムダーマン軍を退かせた。
「ムッ!」
 オムダーマン軍はそれに動きを止めてしまった。そしてそれを見たリヤド軍は行動に出た。
「全艦撤退!」
 急速反転を仕掛ける。そしてそれで戦線を離脱する。
 その中にはハイヤーンもいた。だが彼は指揮官の務めか最後尾に陣取り指揮にあたっていた。そしてそれが裏目に出た。
 オムダーマン軍が攻撃を再開する。そしてその中の一撃がホラズムを直撃した。
「グワッ!」
 艦内に衝撃が走る。エンジンにダメージはなく、損傷こそ受けたが機動力は落ちてはいなかった。だが別のダメージを受けてしまっていた。
 衝撃は艦橋も襲っていた。そしてハイヤーンはそこで再び全身を激しく打ちつけられてしまっていたのだ。
「グウウ・・・・・・」
「司令!」
 艦橋の中は爆撃を受けたようになっていた。多くの負傷者が転がっていた。
 副官がやはり来た。彼も右腕を骨折していた。
「大丈夫ですか!?」
「と言いたいのだがな」 
 ハイヤーンは口の端を歪めて笑ってそう答えた。
「残念だがそうもいかないようだ」
「えっ・・・・・・」
「これを見てくれ」
 見れば破片が彼の胸に突き刺さっていた。そしてそれは左胸にあった。
「心臓だ。もうどうしようもない」
「司令・・・・・・」
「指揮権を副司令に委ねる。よいな」
「わかりました」
「私の最後の指示だ。是非頼むぞ」
「はい・・・・・・」
「そして陛下にお伝えしてくれ」
 そこで大きく血を吐いた。だが彼は話を続けた。
「申し訳ありませんと」
「わかりました」
 副官は頭を垂れていた。ハイヤーンはそれを見届けるとゆっくりと目を閉じた。そしてそのままゆっくりと息を引き取った。
 こうしてリヤドの古将はこの世を去り天界へ旅立った。フェルダウス星系の戦いはそれで幕を降ろした。
 ハイヤーンの死によりリヤド軍はこの星系から撤退した。三割程減らし、そしてそのまま兵を退いた。
 勝利を収めたオムダーマン軍はそのまま兵を進めた。そして遂にその途上でリヤド側からの降伏の使者を受け入れたのであった。 

 

第七部第五章 新たなる戦雲その一


                  新たなる戦雲
「そうか、やはりな」
 シャイターンは自身の宮殿のテラスにおいて南方でのオムダーマンの勝利の報告を聞き頷いた。
「予想通りだったということですか」
 ハルシークがその側にいる。そしてそう問うた。
「そうだ」
 彼は黄色の薔薇を手にしながら答えた。
「負ける筈がない」
「どうしてでしょうか」
「戦力も確かにある」
 彼は言った。
「そしてもう一つ重要な要素がある」
「アッディーン提督ですか」
「彼の存在が最も大きい」
 そこでこう言った。
「いや、むしろ彼でなければ出来なかったと言うべきかな」
「やはりそうですか」
「そしてその功績はこれまでにも増して大きくなった」
 シャイターンはまた言った。
「今後どうなるか楽しみだと思わないか」
「といいますと」
「彼の今後だ。最早一国の宇宙艦隊司令長官に収まる状況ではあるまい」
「それはそうですが」
 それはハルシークにもよくわかっていた。
「それでは彼はその功績によりさらに上にあがると」
「そうだ」
「ですが彼にはあれ以上の野心はないようですが。元々そうした意識が稀薄な人物のようですし」
「彼自身はな」
 シャイターンはそれにはそう答えた。
「しかしアッラーがそれを御許しにはならない」
「御導きがあるということですか」
「どういう形になるのかまではわからないがな」
 彼は答えた。
「今の地位に留まってはいないというのはまず間違いない」
「そうですか」
 シャイターンはここで薔薇の一つを手にとった。そしてそれを胸にさした。白い服によく似合っていた。
 椅子に座る。そしてそこに置かれているワインを一口飲んだ。白であった。
「ふむ」
 彼はそれを飲んだ後で呟いた。
「白はあまり飲まないのだが」
「そういえばそうでしたね」
 彼がよく飲むワインは赤、そしてロゼである。白は普段から飲むことが少ない。魚介類に合うのだがサハラではそれはあまり食べられない。とりわけ鱗のない魚は食べない。だから彼も白ワインはあまり飲むことがないのだ。これはサハラ全体で言えるかも知れないことであった。
「だがこうして飲むと美味いものだな」
「はい」
 ハルシークもそれに同意した。彼も白ワインは嫌いではない。
「どこの産だ」
「エウロパ総督府のハッサン星系のものだそうです」
 彼はラベルを見てそう答えた。
「商人達の献上品と思われますが」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「この様な酒を造れる場所があちらにはあるのだな」
「はい」
「そこを我等の地にしたいものだな」
 シャイターンはそう呟いて微笑んだ。悪魔的な匂いのする笑みだった。
「いや、違うな」
 言葉を言い換えた。
「我等の土地を奪回しようか」
「そうですな」
 ハルシークもその言葉に笑った。
「本来は我がサハラの土地なのですから」
「そういうことだ」
 彼は頷いた。
「返してもらうだけだな。それを拒めば」
「力づくで」
「そういうことになる」
 彼は不敵な笑みに変えた。
「どちらにしろ機が熟せばこちらから出向こう」
「はい」
「その時は近い。整えておくようにな」
「わかりました」
 ハルシークはそう答えて敬礼した。
「総督府は今も手強いがな」
「マールボロ元帥が健在ですし」
「それだけではない。タンホイザー司令もいる」
「彼ですか」
 ハルシークはそれを聞き意外そうな顔をした。
「どうした、何か思わしくないことでもあるのか」
「いえ」
 とりあえずは首を横に振った。それから答えた。
「モンサルヴァート提督と比べるとやや落ちるかと」
「少なくとも彼には政治的なことはない」
 シャイターンはそれを聞きそう語った。
「そういったことには一切興味がないようだな」
「そのようで」
「だが軍人としてはまた違う。タイプこそ違うが彼も有能であることに変わりはない」
「はい」
「むしろその才はモンサルヴァート元帥より上かも知れないな。軍人としては」
「軍人としてはですか」
「私はそう思う、彼の軍事的才能は天才の域にあると思う」
「天才ですか」
「あれは独特のものだ。まさに軍事的才覚だけで戦っている。正面から戦っては私も勝てはしないだろう」
「それ程ですか」
「ああ」
 シャイターンはそこで頷いた。
「だから彼が総督府にいる間は攻撃は控えたい」
「左様ですか」
「彼を相手にせずに他の戦線で勝利を収めることも可能だがな。だがやはり彼の存在が大きい」
 シャイターンはタンホイザーの将としての力量を正確に把握していた。だからこそこう言えた。そしてそれを純粋に脅威と受け止めていた。
「では以後は牙を研ぎつつ待ちますか」
「そうだな」
 彼はまたワインを一口飲んだ。
「この美酒を味わうのに焦りは禁物だ」
「はい」
「今は待とう。そして機が来たならば」
「来たならば」
「動く。その時までは雌伏だ」
「わかりました」
「総督府はこれでよいな。ところで」
「はい」
「アッディーン提督は今どうしているか」
 彼は質問を変えてきた。
「アッディーン提督ですか」
「そうだ」
 シャイターンの目が光った。
「まだ南方に留まっているのか」
「彼でしたらもう本国への帰路についていると思います。戦いは終わり南方は完全に併合されたのですから」
「そうか」
「戦後処理には多くのスタッフが派遣されているようです。これから本国と南方の一体化が推し進められていくことだと思われます」
「ミドハドやサラーフの時と同じようにか」
「はい」
「これでオムダーマンはこの西方でハサンと比肩する大国になったな」
「はい」
 そうであった。西方と南方を完全に掌握した今オムダーマンはサハラにおいて屈指の国家になったのである。
 気がつけばサハラは三国となっていた。オムダーマンとハサン、そしてこのティムールである。ついこの間まで多くの国家に分裂していたサハラが三国にまとめられてきたのだ。
「これからどうなると思う」
 シャイターンはまた質問を変えた。
「これからですか」
「そうだ。面白くなると感じないか」
「面白くですか」
「これから時代が動く感覚があるのだ」
 シャイターンの笑みが凄みを増してきている。何かを楽しんでいるようであった。
「だが私が動くのはまだ先だ。そしてサハラが大きく動くのもな」
「全ては閣下の思われる次第」
「そうなる。そして動く時は・・・・・・わかっているな」
「はい」
 ハルシークは頷いた。シャイターンはそれを聞き終えるとまたワインを飲んだ。そしてボトルを一本完全にあけた。
「実に美味かった。勝利の際にはより美味いのだろうな」
「勝利の美酒ですか」
「勝利の際に飲もう。そしてそれは」
 言葉を続けた。
「次への勝利への迎え酒となる」
 その整った顔がまるで悪魔の様な顔になる。邪悪ではなかった。知性を感じる。しかしその知性こそが悪魔的なものであった。
 彼等はその場から去った。後には黄色い薔薇と空けられたボトルが日の光を浴びて輝いていた。

 

 

第七部第五章 新たなる戦雲その二


 連合の首都太陽系の地球では今不穏な空気が流れていた。
 街中を制服姿の警官達が動き回る。そして何かを探していた。
「あっちにはいたか!?」
「いや」
 そうしたやりとりが展開されている。
「ではそちらに回ろう」
「うむ」
 そして別の道に向かう。その顔は険しいものであり明らかに普段の警官達ではなかった。
 首相官邸では三人が集まっていた。そして何やら話し込んでいる。
 それが終わると離れた。そしてそれぞれの場所に帰って行った。
 その中の一人が帰って来た。すぐに出迎えの者が来た。
「お疲れ様でした」
「有り難う」
 それは金であった。彼女は出迎えたスタッフの一人に感謝の声を送った。
「すぐに仕事に戻るわよ」
「はい」
 そしていつも通り足早に執務室に向かう。中に入りディスクに着く。
「総理から御聞きした話だけれど」
 彼女は共に部屋に入って来たスタッフに声をかける。そのスタッフは男である。蜂蜜色に灰を混ぜたような色の髪をした白人の若い男であった。
「あ、座って」
 ここで彼に座るように言った。
「はい」
 彼はそれに従い椅子に座った。金は相手を立たせて自分は座って話をすることは好まないのだ。
「では話を再開するわね」
「はい」
 彼女はその言葉を受けて話を再開した。
「エウロパのスパイのことだけれど」
「どうなりましたか?」
 彼は問うた。
「おおよその居場所はわかったわ。ドトール長官にも後で私から伝えるわ」
「そうですか。そしてそこは」
「ステッラの居る場所ね」
「はい」
 彼は頷いた。
「この地球よ。北米エリアにいるらしいわ」
「詳しい場所は」
「そこまではわからないわ。けれど彼女の他のエウロパの情報部員をかなり抑えたわ。最後の大物ね」
「最後の。ですがその最後が」
「捕まえられないわね」
 ここで扉をノックする音がした。
「どうぞ」
 金は入るように促した。するとドトールが入って来た。
「長官」
 彼だけではなかった。八条もいた。
「国防長官も」
 彼は二人の男を引き連れていた。アラガルとンガモである。ンガモは連合の将校の服を身に纏っていた。
「急のお邪魔で申し訳ありません」
 八条は彼女にそう言って頭を垂れた。
「いえ」
 金は突然頭を下げられていささか謙遜した。彼に頭を上げるように言った。
「顔をお上げ下さい。如何なさったのですか」
「状況が変わりまして」
 八条は答えた。
「状況が」
「はい。ステッラの詳しい居場所が掴めました」
「本当ですか」
 こんな時でも彼女の冷静さは変わってはいなかった。
「はい。ニューヨークです」
「ニューヨーク」
 かってアメリカが地球にあった頃に最も繁栄した都市の一つであった。今では地球のごく普通の一都市という位置に置かれている。道が複雑に入り組み迷路の様になっている。隠れるにはもってこいの場所と言えた。
「そこに潜伏している模様です」
「我々の捜査により判明しました」
 ドトール達三人がそう答えた。
「今あの街の奥深くに潜伏している模様です」
「そうですか」 
 そこまで聞いて金の目が光った。
「それではいよいよ最後の詰めに入りますか」
「はい」
 八条は声を合わせた。
「チェックメイトです」
 ドトールが言った。まるで岩の様に表情を変えない。彼はチェスを嗜むことでも知られているのだ。
「では最後の詰めはドトール長官達にお任せしましょう」
「はい」
 三人は金の言葉に頷いた。
「お任せ下さい」
「わかりました」
 金と八条はそれを認めた。こうして狐狩りの最後の一手が打たれた。

 エウロパの諜報員はその数を大幅に減らしていた。そして彼等はドトール達の捜査通りニューヨークに集結していた。
「あの戦艦の情報は一体何だったのだ」
 古ぼけたビルの地下室でヒソヒソと囁く声が響いている。
「偽りだったというのか」
「まさか」
 裸の豆電球の下に数人いた。彼等はそれぞれ異なった服を着ており顔もそれぞれであった。だが皆白人でありそれだけが一致していた。連合ではあまり見られない光景である。
「いや、今思うと充分考えられる話だったな」
 その中の一人がこう言った。
「そうだな」
 そして別の者がそれに同意した。
「おそらく我々を誘き寄せる罠だったのだろう。撒き餌だ」
「撒き餌か」
 他の者がその言葉を繰り返す。
「我々、そして特に貴女を狙ったものだったのでしょうね」
 彼等はそこで奥に座る一人の女性を見た。そこには金色の髪に黒い瞳を持つ中年の女がいた。特に美しいわけでもないが細面で凛とした顔である。その顔は何処か狐に似ている。服は地味で動き易いズボンであった。
「私を」
 彼女はそう言われて一言ポツリと漏らした。
「今まで彼等に地団駄を踏ませてきましたからね」
「はい」
 皆その言葉に頷いた。
「ステッラ大佐、これからどうしますか」
 その中の一人が彼女の名を呼んだ。彼女がステッラであった。噂の女狐である。
「これから」
「はい、どうしますか」
「逃げますか」
「情報部員が追い詰められた時にすることは一つ」
 ステッラは静かな声で語った。
「姿を隠すだけ」
「わかりました」
 彼等はそれを聞いて首を縦に振った。
「ではここを去りますか」
「すぐにも」
「了解」
 こうして彼等はその場から姿を消した。そしてビルを出た。
 外はもう夜であった。底冷えしていた。
「寒いな」
「ああ」
 そう話しながら外に出る。辺りへの警戒は怠らない。
「待て」
 一人があることに気付いた。
「どうした!?」
「気をつけろ」
 先頭の男が小声で仲間に囁いた。
「何かおかしい」
「何か」
 周りを見回す。だが何もなかった。
「いつもと変わりはないが」
「いや」
 ここでステッラが出て来た。
「気をつけろ。いるぞ」
「いますか」
「いる、それもかなりの数だ」
 ステッラには周りの真の姿が見えていた。彼女は先頭に出てこう言った。
「散開してここを去る。いいな」
「はい」
「落ち合う場所はわかっているな」
「無論です」
 彼等は答えた。
「ではいいな」
「はい」
 そして彼等は散った。それを上から見る一人の男がいた。ンガモであった。
「散ったか」
 彼はそれを見下ろしながら呟いた。そしてトランシーバーを手にした。
「私だ」
 彼は電源を入れた後でこう言った。
「散った。それぞれの配置で待ち伏せしろ」
「了解」
「わかりました」
 トランシーバーの奥からそれぞれ声がした。ンガモはそれを聞くとトランシーバーを切った。
「よし。私も行くか」
 彼はそこから姿を消した。その目は獲物を狙う狩人の目であった。

 諜報員達はそれぞれ別れ何処かへ向かっていた。その足取りは走ってはいなかったが、速く、そして目や耳は周囲への警戒を怠ってはいなかった。
 何も語らない。二、三人でそれぞれ道を行き、歩く。彼等はある場所へ向かっていた。
 その中の一人がニューヨークにある一つの教会の前まで来た。そして辺りを見回した後でその中に入った。
「俺だけか」
 彼は礼拝堂の中で周りを見回して呟いた。だが彼は一人ではなかった。
「違いますよ」
 奥から声がした。そして年老いた神父が姿を現わした。そう、神父である。
「貴方でしたか」
 彼は神父の姿を見て胸を撫で下ろした。
「まさか奴等にここを知られたかと思いますよ」
「それは御安心下さい」
 神父は優しい微笑みを浮かべてそれに答えた。
「彼等もここには手出し出来ませんよ」
「そうでしたね」
 彼はそれを聞き緊張を解いた。
「教会でした、ここは」
「はい、教会です」
 神父は思わせぶりにそう答えた。
「連合が手出しを出来ない唯一のエウロパの組織です」
 ローマ=カトリック教会は長い間特殊な位置にあった。エウロパにあり、多くの信者を擁しているが、連合にもその信者を多く抱えていた。むしろ連合の方が遥かに多い程であった。宗教人口は十兆に達すると言われる連合であるがその中でもカトリックの信者は多い。当然彼等にも教え導く役割を担う聖職者が必要である。だが、それは連合の中では選ぶことはできないのだ。
 彼等の総本山はエウロパにある。従ってエウロパで選ばれた者が連合に派遣されるという形になる。神父等は実際には連合にいる者が選ばれるのだが枢機卿クラスになるとそうはいかない。緋色の法衣はかっては一国の君主に匹敵するとまで言われた権勢があった。彼等はエウロパで教皇自身により選ばれ、そして派遣される。事前に派遣される場所について調べられるのは言うまでもない。こうしたことからバチカンは連合に最も詳しいエウロパの中の勢力となっていた。当然彼等は信仰の保護等を理由にあくまで表向きはエウロパ政府にそうしたことを伝えはしない。だがそれは派遣される聖職者の中に諜報員を紛れ込ませれば済むことであった。バチカンはそれに気付きながら言わなかった。下手に政治的な問題を避ける為なのが表向きの理由であるが実際には多くの政治的な理由があった。バチカンは中世においては極めて世俗的、政治的な組織であった。この時代にもそれは残っていたのだ。
「そうでしたね」
「はい。ですから彼等もここには入っては来れませんよ」
 教会に公の組織が入ることはやはり好まれなかった。政教分離もあるが信仰は人の心である。だからエウロパから連合に入る聖職者のチェックも緩くなるし教会にも監視が向かわなくなるのだ。エウロパがそこに付け込んでいるのはもう言うまでもないことであった。
「ところでロマーニ枢機卿はおられますか」
「はい、こちらに」
 奥からもう一人姿を現わした。いや、二人であった。
 一人は緋色の法衣を着た白人の老人であった。そしてもう一人は彼に従う形でやって来た。シスターであった。
「シスターミカエラに今案内されて来ました」
 緋色の法衣の男はにこやかに笑ってそう答えた。
「シスターに感謝致します」
「いえ」
 その尼僧はにこやかに微笑んだ。見ればステッラであった。
 

 

第七部第五章 新たなる戦雲その三


「私が案内したのではありません。神が導かれたのです」
「ふふふ、そうでした」
 枢機卿は腹に何かあるような笑みを浮かべた。
「我々が今ここにいるのも神の御導きですな」
「そういうことになりますね」
 神父はそれに応えた。
「もうすぐここに神に導かれた僕達がやって来ますよ」
 そう言うと扉がまた開いた。
「ほら」
 神父はそちらに顔を向けた。するとそこにはエウロパの諜報員の一人が立っていた。
 彼等は次々にやって来る。そして中に入って来た。やがてかなりの数が集まって来た。
「これで全員ですか」
「はい」
 ステッラは教会に入った者達の顔を見回してから枢機卿に答えた。
「これで全員です」
「ならばよろしい」
 やはり腹に何かあるような笑みであった。
「さて皆さん」
 枢機卿は彼等に語りかけた。
「全てはよろしいでしょうか。箱舟に乗ることは出来ますね」
「はい」
 彼等はそれに頷いた。
「その為にここに来ました」
「ならばよろしい」
 枢機卿はまた微笑んだ。
「それでは行きましょう。いいですね」
「はい」
 彼等は枢機卿に導かれ奥に向かおうとする。だがその時であった。
「何処に行くのですか?」
 誰かが問うた。
「はて、おかしなことを」
 枢機卿はそれを聞きおかしそうに答えた。
「我等の行く場所は決まっております。そう、それは」
「エウロパだと言いたいのだな」
 その声は急に険しいものとなった。その時であった。
 教会の扉が開いた。そしてそこから多くの制服及び軍服に身を包んだ男達が入って来た。
「なっ・・・・・・!」
 エウロパの諜報員も枢機卿達もそれを見て驚きの声をあげた。彼等の先頭にはあの男がいたのだ。
「ドトール長官!」
「私がここにいる理由はわかっているな」
 彼は冷静な声で彼等にそう語った。その顔も冷静であった。
「ウヌヌ・・・・・・」
 それに対してエウロパの者達は冷静さを失おうとしていた。その顔が歪んできた。
「さあ、答えてもらおうか」
 ドトールはまた彼等に言った。
「ここに枢機卿殿と諸君がいる理由をな」
「クッ・・・・・・」
「逃げようとしても無駄だ」
 彼は枢機卿と諜報員達に対してそう言った。奥から今度は軍服の一団が出て来た。ンガバとアラガルである。
「これで逃げ道はない」
 ドトールは詰めるように前に出る。
「さあ、どうする」
「どうするか」
 彼等は血走った目をドトールに向けた。
「もう逃げる場所はない。大人しく手を上げれば捕虜として扱う」
「枢機卿、貴方も聖職者として扱わせて頂きます。よろしいでしょうか」
「・・・・・・わかりました」
 彼は止むを得ず頷いた。そして手を預けた。
「行くか」
「はい」
 ドトールの指示に従い出ようとする。だがここでステッラは手錠をかけられる寸前で逃げた。
「しまった!」
 彼女はすぐに逃げる。囲みを突破して裏から逃げる。
「追え!」
「逃がすな!」
 すぐに追う。だが彼女の足は速い。そう簡単には捕まりそうにもなかった。
 彼女は教会を出た。追う連合の警官や軍人達もだ。その先頭にはンガモがいた。
 捕まりそうになる。だがステッラはここで法衣を脱ぎ捨てた。そしてそれを警官や軍人達に投げつける。
「うわっ!」
 ンガモは咄嗟にそれを避けた。だが他の者は違っていた。それいとらわれ足が鈍った。ステッラはその間に逃げ去っていく。信じられない速さであった。
「まずいな」
 ンガモはそれを見て呟いた。
「こうなったら切り札を出すか」
 彼はそう言った。そして走りながら腰のトランシーバーを取り出した。
「私だ」
 トランシーバーを口元にあてる。
「今ステッラが逃げている。わかっているな」
「はい」
 トランシーバーの向こうから返事が返って来た。
「丁度そちらに向かっている。いけるか」
「お任せ下さい」
 トランシーバーの向こうの声が答えた。ンガモはそれを聞いて締まった顔で頷いた。
「頼むぞ」
「はい」
 これでトランシーバーを元に戻した。そして前に目を戻す。
「どうなる」
 ステッラはやはり速い。そのまま彼等を引き離すかと思われた。こちらの銃撃は照準が定まらない。それを見越して彼女は道をジグザクに歩いていた。
 そのまま逃げられるかと思われた。しかしその時であった。
 不意にその動きが止まった。そして前に転がり倒れた。
「やったか」
 ンガモはそれを見て言った。それから後ろにいる者達に顔を向けた。
「捕まえるぞ」
「はい」
 彼等はそれに従い前に出た。そして倒れるステッラを取り囲んだ。だが彼女はもう事切れていた。
「死んでいます」
「何っ!?」
 ンガモはそれを聞いて声をあげた。
「どういうことだ」
 彼はステッラの側に来た。見れば銃撃を受けたのか負傷している。しかしそれは右足であった。急所は外れている。
 警官達が警戒しつつステッラを見る。口を開ける。そこには黒い液体があった。
「毒のようですね。おそらく口の中にカプセルがあったのでしょう」
「カプセルか」
「はい。よくある話です。諜報員には」
「そうだな」
 彼もそれはよく知っていた。二十世紀にはとりわけよくあった話である。
「おそらくこれからの取調べで情報が漏れるのを怖れたのでしょう」
「そして自ら死を選んだのか」
「そのようです」
「ふむ」
 ンガモはその精悍な顔を考える顔にさせた。
「敵ながら見事という他はないな。自らの命を絶って情報を守るとは」
「はい」
 警官や軍人達もそれに頷く。
「だが既に他の諜報部員達は抑えている。これでかなりの情報がわかるぞ」
「そうですね」
 周りの者はそれに答えた。
「苦労した介はありました。今まで」
「ああ」
 ンガモはその言葉に頷いた。
「これでとりあえずは終わりだ。だが」
 彼は言葉を続けた。
「次のはじまりなのだろうな。軍人の仕事はいつもそうだ」
 そう言うと教会に戻った。ステッラの亡骸は部下達により教会に運び込まれた。
 こうして戦艦の調査を行ったエウロパの諜報員達はその全てが捕らえられた。また、それに協力にしていたロマーニ枢機卿も拘束され、取調べを受けることになった。その結果恐るべきことがわかった。
 

 

第七部第五章 新たなる戦雲その四


エウロパはやはり連合にバチカンのルートで諜報員を送り込んでいたのだ。そしてそれには枢機卿までが関わっていた。これは一大政治スキャンダルであった。
 連合の者の多くはこれに激昂した。そしてエウロパへの敵愾心をさらに高くした。エウロパはそれを事実無根だと主張したが証拠はあった。それにバチカンは口をつぐんだ。結果としてエウロパが連合と対立する関係となってしまった。
 元々犬猿の仲であった両国の関係はさらに悪化した。今までは対峙する程度であったが最早それは一触即発の状態であった。今にも戦争が起こりそうな状況となっていた。
「大変な状況になりましたね」
 八条は電話で伊藤と話をしていた。当然各国も安穏としている状況ではなくなっていた。
「そうね。中央議会は凄いことになっているでしょう」
「ええ、それはもう」
 八条は答えた。
「強硬派が勢力を持っています。エウロパを討つべしと。政党に関係なく」
「そうなの、それはこっちもよ」
 伊藤はそう答えた。
「閣僚の間でも強硬派の意見が強いわね。私はそれを抑えているけれど」
「抑えておられるのですか」
「ええ。まだ準備も何もできていない状況だし」
「準備が」
「そうよ。戦争準備はまだ何もしていないでしょう?」
「ええ」
 八条はそれを認めた。
「まだ何も決まってはおりません」
「そうでしょうね。けれどそっちでも強硬的な意見が強いでしょう」
「はい。特に金内相が強く主張しておられます。エウロパと戦うべきだと」
「彼女が」
「そうなのです。これは由々しき事態だと。エウロパを討つべきだと主張していますよ」
「金内相が考えもなしにそんなことを言うとは思えないわね」
「はい。おそらく何か考えがあってのことでしょう。おそらく連合にとって何かメリットがあることかと」
「メリット」
 伊藤はそれを聞いて暫し考え込んだ。
「こう言っては何だけれどエウロパと連合の戦力差はかなりのものがあるわよ」
「はい」
 彼は答えた。
「それで得られるものといえば何かあったかしら」
「彼女はバチカンについて色々と話していますね」
「バチカン!?」
「はい、教皇がエウロパにあるから今回の事件は起こったのだと。それをなくすにはどうすればいいか」
「バチカンをこちらに持って来るしかないわね」
「はい。内相はそれを強く主張しています。まずは外交交渉を行うべきだと言っていますが」
「エウロパがそんな要求飲む筈もないわね」
「それはわかっております。その時に軍を動かすべきだと」
「そちらではそれに対しての支持あどうなの?金内相の考えには」
「高いですね」
 八条は答えた。
「バチカンが利用されたのは事実ですし。閣僚の殆どが彼女に賛同しています」
「君はどうなの?」
「私ですか」
「ええ、そうよ」
 伊藤は電話の向こうで頷いた。
「この件についてはどう考えているのかしら」
「そうですね」
 八条は一呼吸置いてから話をはじめた。
「私はやはり今回の件は由々しき事態だと受け止めています。至急に何らかの対策を講ずるべきです」
「じゃあ金長官とは大体同じなのかしら」
「それは少し違います」
 しかし彼はそれには首を横に振った。
「私は彼女とは少し考えが違います」
「というと」
 伊藤はここで問うた。
「戦争は避けたいと考えております」
「あら、意外ね」
 金はそれを聞いてくすりと笑った。
「国防相が穏健派だなんて」
「職務は関係ありませんよ」
 八条はそう返した。
「これは私個人の考えです」
 彼はそう断ったうえで話をはじめた。
「今我々にはエウロパに関する情報があまりにも少な過ぎます」
「エウロパの地理や内情に情報が少ないということね」
「はい。例え幾ら国力差があろうともこのまま侵攻しても苦戦は免れません。地の利は彼等にありますし」
「当然彼等もそれを利用してくるでしょうね」
「ええ。ですから外交交渉が決裂してすぐの開戦は止めるべきです」
「わかったわ」
 彼女はそれを聞いてまた頷いた。
「君の考えはよくわかったわ」
「有り難うございます」
「ただね」
 だが伊藤はここでまた言った。
「情報は集め方が色々あるわよ。確かに私達はエウロパについての知識は少ないけれど」
「何か御考えが」
「ないわけじゃないわね」
 伊藤はここで微笑んだ。
「エウロパに近い国なら結構知っているんじゃないかしら」
 電話の向こうでそう言って微笑んでいたのだ。
 

 

第七部第五章 新たなる戦雲その五


「これだけ言えばわかるでしょ?」
「はい」
 八条にはよくわかった。彼も笑みを作った。
「ではあちらに使者を送るよう首相や外相にお願いしてみます」
「そうね、それがいいわ」
 伊藤は彼が自分の意を汲んだのを聞いて喜んだ。
「けれど話はそれからが全てのはじまりよ」
「はい」
「気をつけてね。何といっても連合にとってこうしたことははじめてだから」
「はい」
 八条はまた頷いた。
 連合は設立当初から戦争というものがなかった。各国間の利害の衝突は別の土地への進出等で防いでいた。資源や食糧、場所があれば人は戦争にまでは至らないということであった。エウロパは遮断していた。対外的にも対内的にもそうした面では安定していたのである。確かに海賊やテロリストには悩まされてきたが、戦争とは無縁の歴史を歩んできたのである。従ってその兵器も海賊やテロリストに対処したものであった。
「失敗は許されないわよ」
「わかっております」
 八条は伊藤の言葉に強い声で返した。
「その時は見ていて下さい。必ずやり遂げてみせましょう」
「頼むわよ」
 伊藤はそう言葉を返した。
「連合にとってもね。貴方にかかっているのよ」
「はい」
 八条はまた頷いた。
「まずはあちらからの情報ですね」
「ええ、そうよ」
「わかりました。それでは」
「健闘を祈るわ」
 それで電話は終わりであった。電話が切れると八条はすぐに顔を上げた。そしてまた電話を手にした。
「私です」
 彼はアッチャラーンに電話をかけていた。
「はい、すぐにお願いします」
 彼は何やら話をしていた。
「ええ、わかりました」
 話は順調に進んでいるようである。
「ではそれで」
 そして切った。だが電話はまだ終わりではない。
「どうも」
 今度はカバリエのところであった。また話をする。そして彼は少しずつ準備を進めていった。連合とエウロパの間の浪が高くなろうとしていた。

 南方を完全に掌握したアッディーンは首都アスランに戻っていた。彼はそれまでの道のりを長く感じていた。
「長かったな」
 久し振りに司令室に戻るとそう呟いて席に着いた。
「長かったですか」
「ああ」
 ハルダルトにそう答えた。
「アスランがこんな端の方にあるとは思わなかったな」
 そう言いながら後ろにある三次元地図を見る。そこにはサハラ全土の地図がある。
 見ればオムダーマンはサハラの西の端である。こうして見ると僻地にあると言ってよい。アスランはその中でもさらに西の方にあるのである。
「瞬く間に広くなったが」
「はい」
「その分首都は端に行った感じがあるな。何かと不都合だ」
「そうでしょうか」
 だがハルダルトはそれには懐疑的であった。
「私はそうは思いませんが」
「それはアスランに慣れているからだろう」
 アッディーンは彼にそう反論した。
「こうして見るとわかる。そろそろ首都機能についても考えなくてはな」
「はあ」
「だがそれは今すぐでなくてもよい」
 しかし彼は焦ってはいなかった。
「これからどうなるかわからないところもあるしな」
「といいますと」
「とりあえずは首都はオムダーマンの奥にあるな」
「はい」
「言い換えるとそれだけ安全な場所にあるということになる。戦争の時にはな」
「成程」
 ハルダルトはそれに大いに納得した。
「それは確かに防衛上有り難い話ですね」
「政務を行ううえでは支障が出る怖れもあるが。今だとギリギリといったところか」
「ギリギリですか」
「そうだ、これ以上領土が増えると考えなくてはいけないかも知れないが」
 その目は単に軍事のみを見ている目ではなかった。何時しかより広いものを見ていた。
「今の国土だとな。そこまでは至ってはいない。だがこれ以上広くなると真剣に検討する必要があるな」
「わかりました」
「この話はよく考えていてくれ。意見を求める機会があるかも知れない」
「はい」
「そしてだ」
 彼はまだ考えていた。
「次の敵だな、問題は」
「次ですか」
「そうだ。流れは大きく変わってきている」
 アッディーンはそう語りはじめた。
「サハラは今まで多くの国に別れていたな」
「はい」
「だが今ではそれは三国にまでなった。ここまでくると自然と流れも変わる」
「といいますと」
「統一だ」
 アッディーンはそう言い切った。
「今まで願っていても果たせなかったことだ、我々がな」
「統一ですか」
「ああ」
 彼は答えた。それはサハラの者達が一千年に渡って求めながら果たせなかったものだ。それが成しえるのはアッラーだけとさえ言われていた。
「遂にそれを考える時に来たのかもな」
「それは我々の手で」
「それはわからない」
 だがアッディーンはそんな彼を制した。
「ハサンかティムールか。それはわからない」
 彼は決して過信してはいなかった。オムダーマンの国力も冷静に見ていたのだ。それに基づいてハルダルトにそう語った。 

 

第七部第五章 新たなる戦雲その六


 その声も顔も落ち着いたものであった。
「だが我々がやらなければどうなるかはわかるな」
「はい」
 それは容易にわかることであった。オムダーマンがサハラを統一しなければ滅亡しかないのだ。最早生き残りの意味も含んでいた。
「生き残りたいな」
「はい」
 それを否定する者もいなかった。
「無論です」
「よし」
 アッディーンはそれを聞いて満足そうに頷いた。
「それならばよいのだ。近いうちにまた戦う時が来る」
 彼は静かな口調でそう語った。
「サハラを統一するのは我等だ。わかっているな」
「はい」
「その為に私がするべきことは」
 彼は言葉を続けた。
「勝つことだけだ。それ以外には何も必要はない」
 軍人として語った。彼はあくまで軍人であった。しかし最早それだけではなくなってきていた。最早アッラーは彼に軍人以上のものを求めていたのである。
「憲法の改正案はどうなっているか」
 ブワイフは自身の執務室においてハラーイブに質問していた。
「はい」
 ハラーイブは一呼吸置いたうえで話しはじめた。
「国民の世論調査によりますとかなりの高支持率であります。七割を優に越えております」
「そうか」
 彼はそれを聞いて満足そうに頷いた。
「ならば問題はないな」
「はい」
 ハラーイブはまた頷いた。
「この副大統領制ですが」
「現役武官にも道を開く。非常時の為にな」
 ブワイフはそう語った。
「だがそれはあくまで非常時の為だ」
 だがその口調は普段のそれとは違っていた。
「これからはハサン、そしてティムールが相手だ。これまでの相手とは違う」
「はい」
「強国だ。油断はできない、決してな」
 険しい声であった。どちらかというとざっくばらんな普段の様子は何処にもなかった。
「その為の補佐官の意味もあるのだ」
「そうだったのですか」
「うむ」
 ブワイフは頷いた。
「シビリアン=コントロールは確かに優れたシステムだと思う」
 彼は文民統制について語りはじめた。
「しかし硬直させていいものではないのだ。軍人の考えも取り入れなくてはな」
「はい」
 ハラーイブもそれには賛成であった。だが彼女の考えは少し違う。
「しかし軍人はあくまで専門職です。軍人だけでは偏りが生じるかと」
 彼女の懸念はそれであった。だがブワイフはまだ考えがあった。
「わかっている」
 すぐにそう答えを返した。
「副大統領はもう一人置く。二人だ」
「二人ですか」
「そうだ。もう一人は」
 ここでブワイフはハラーイブを見据えた。強い視線であった。
「君だ」
 そしてその強い視線を浴びせながら彼女にそう言った。
「私ですか」
「そうだ」
 彼はそう答えた。
「首相には副大統領も兼任してもらう。席次は軍人より上とする」
「わかりました」
「それならば問題はあるまい。政治と軍事、両方の意見が出る。大統領はそれをまとめるのだ」
「成程」
「そして軍事の副大統領だが」
 ブワイフは視線を動かさせた。
「誰がいいと思うか」
 そして再びハラーイブを見据えた。問う目であった。
「それはもう答えが出ているかと思います」
 彼女はそれに対してそう返した。
「彼しかいないでしょう」
「そうか」
 ブワイフはそれを聞いて頷いた。
「やはりそう思うか」
「はい」
 ハラーイブは答えた。
「他に適任者は思い当たらない程です」
「わかった」
 彼は答えた。
「では法案が通過したらすぐ彼に要請するとしよう」
「それが宜しいかと」
 彼女は薦めた。
「全てはこれからのオムダーマンの為です」
「オムダーマンの為だけではない」
 だがブワイフはここでそう反論した。
「といいますと」
 ハラーイブはその言葉に少し疑念を感じた。
「サハラの為になるかもな。彼の力は」
「サハラですか」
「そうだ」
 彼は答えた。
「最早一司令官に留まっていいものではなくなっているからな。存分に活躍してもらおう」
「わかりました」
「どのみち私はそろそろ引退だ」
 ブワイフは悟った声で呟くようにして言った。
「後を受け継いでくれる者も必要だ」
「はい」
「それは君にとも思ったのだが」
「残念ですが」
 だがハラーイブはそれを拒絶した。
「私は国家元首には向いてはいないかと存じます」
「そうなのだ」
 ブワイフは残念そうに答えた。
「君は確かに優秀だ。しかしそれだけではないのだ」
「はい」
 国家元首には政治家としての能力以外のことが求められる。それはハラーイブ自身が最もよくわかっていた。
「何かあったら彼が」
「うむ」
 ブワイフはまた頷いた。
「彼の補佐を頼むぞ」
「わかりました」
 二人はこうして来たるべき時に備えていた。やがて新しい憲法が出された。副大統領を二人置くといったものであった。それは国会及び国民の投票を経て通過した。そして施行されることになった。
 アッディーンは副大統領に任命された。軍の最高司令官は大統領、そしてその代理が国防長官であるのには変わりはなかったがその権限は国防長官に次ぐものとなった。そしてその地位はオムダーマンにおいては第二となった。遂に彼は政治家にもなったのである。
「難しいな」
 新しく設けられた副大統領に執務室に座るとこう言った。服装は軍服のままである。
「軍事担当の副大統領とはな。今まで聞いたことがない」
「そうでもありませんぞ」
 参謀総長であるマナーマは彼に対して笑いながらそう言った。
「中世には結構そういった官職がありました」
「しかし今は」
 時代が違うのでは、と言おうとした。しかしマナーマの方が先であった。
「いや」
 彼は言った。
「根幹は同じです。人の作ったものなのですから」
「そうでしょうか」
 今ではアッディーンの方が役職は上である。だがそれでも対応は変えることはなかった。マナーマに敬意を払っているのだ。これはアジュラーンに対しても同じである。なお彼は宇宙艦隊司令長官の役職をそのまま兼任している。その権限はかなりのものであった。
「それに指揮権は大統領、国防長官の下になっていますね」
「系統上では」
「シビリアン=コントロールは徹底されています」
 そうであった。確かにその権限も地位も高いがそれはあくまで文民統制の中においてであった。むしろオブザーバーといったところであった。
「ですからそれについては特に気にやまれることはありません」
「はあ」
 アッディーンはそれに頷いた。まだいささか納得していなかった。
「そういうものですかね」
「それはすぐにわかってきますよ」
 マナーマはまた笑った。
「さて、今閣下が為されることは」
「はい」
「お仕事です。山の様な書類が閣下の決裁を待っておりますぞ」
「やはり」
 それを聞いて顔を顰めた。デスクワークは好きではないのだ。
「早速取り掛かって下さい。よろしいでしょうか」
「わかりました」
 宇宙艦隊司令長官の頃からデスクワークには奔走していた。だが今執務室に運ばれてくる書類はその時よりさらに
多かった。しかも宇宙艦隊司令長官の仕事はそのままであった。
「これも仕事ですね」
「そういうことです」
 彼は溜息はつかなかった。ただ目の前に次々と運ばれて来る書類に目を通しサインをはじめた。彼には休んでいる暇は
なかったのである。そして彼の休息は何時訪れるのかわかったものではなかった。


第七部    完



                                2005・1・22
 

 

第八部第一章 軍人と騎士その一


                               軍人と騎士
 エウロパがバチカンを利用して諜報部員を連合内に送り込んでいた事件が明るみになって以降双方の関係はさらに悪化していた。それは最早開戦前夜であった。
 そうした中で双方は互いに準備を整えていた。それは幾つかあった。
 まずは戦争の回避である。これは双方共無駄な被害を嫌ったからである。ハサンを通じてその交渉は密かに行われていた。だがそれは期待薄であった。
 そして情報収集。これは連合が顕著であった。彼等は戦争の準備を整えながらエウロパの情報収集を行っていたのである。
 だがそれは容易ではなかった。元々エウロパに潜伏している連合の諜報部員の数は少なかった。これは人種が関係していた。混血が進んでいる連合においてはエウロパの様に比較的純粋な白人は非常に少なかったのである。整形や変装により潜伏することもあったが、それにも限界があった。結局そうした理由でエウロパに潜伏している連合の諜報部員はごく僅かであった。逆はあってもそれはなかったのである。
 こうしたことから連合に入るエウロパの情報は少なかった。地形はおおよそのことがわかっているだけであり、各惑星や軍事基地等についての知識は絶望的な程であった。これは深刻なことであった。
 それを打開する為に彼等はサハラ各国に情報の提供を依頼していた。ハサン、そしてティムールがその対象であった。
「連合がか」
 ハサン国王ハルジャ五世にもそのことは耳に入っていた。それを息子であるクシードから聞いていた。
「はい」
 クシードは答えた。彼は人柄はよいが国王としては凡庸と評される父の補佐役としてこの国においては絶大な権限を持っているのである。
「既に使者が来ておりますが」
「そうか」
 父王はそれを受けて頷いた。
「どうするべきだと思う」
 彼は息子に相談してきた。
「連合に我等が持っている情報を渡すべきかどうか」
「それは決まっております」
 クシードは即答した。
「連合と我等の関係を考えますと」
 連合とハサンは密接な交易を結んでいる。それによってこの国は莫大な利益を得ているのだ。それだけではない。連合と国境を接している。何かあれば連合の脅威をまともに受ける状況なのだ。そうした状況では答えも決まっていた。
「喜んで提供するべきです」
「そうか」
 彼等は今王の寝室にいる。ここには誰も入ることができない。実質的に密室での会談であった。
「ただし条件を提示するべきです」
「条件」
 それを聞いた父王の目が動いた。
「それは一体何だ」
「貿易で優遇処置をとってもらうなり技術提供なり。連合には優れたものが多くあります故」
「ふむ」
 父王はそれを聞いて考え込んだ。彼は今ベッドの側の椅子に座っている。クシードはその横に立っている。
「交渉は私が行いますが」
「頼めるか」
「はい」
 彼はそれに頷いた。
「お任せ下さい」
「では頼むぞ」
 それで決まりであった。王は彼の提案をよしとした。これはいつも通りであった。彼は息子にその権限のかなりを委ねていた。ただ祭務だけは違っていたが。
 クシードは父王に挨拶を済ませた後その場を退いた。そして王太子宮に入った。ここは今やハサンの実質的な最高意思決定機関であった。
「お帰りなさいませ」
 従官達が彼を出迎えた。彼は愛想のよい笑顔でそれに応えた。
「うむ」
 彼の笑顔には定評がある。ハサン一の笑顔とさえ言われる程である。その笑顔が今こぼれた。それだけで従官達は心を癒された。
「殿下」
 そのうえで彼に声をかけた。
「どうした」
「実は」
 従官達の中の一人がそっと彼に耳打ちをした。
「連合の使者が来ております」
「そうか」
 彼はそれを受けて頷いた。
「何処だ」
「宮殿の奥です」
 彼は答えた。
「どうぞこちらに」
 そしてクシードを案内した。やがて彼は王太子宮の奥にある応接室の一つにやって来た。そこには連合の軍服を着た男が一人いた。
「どうも」
 左右の瞳の色が異なる美男子である。彼は立ってクシードを迎えた。敬礼をする。
 

 

第八部第一章 軍人と騎士その二


「連合のディカプリオです」
「貴方が」
「はい」
 ディカプリオは答えた。彼は連合の元帥の一人としてその名を知られているのだ。
「今回は連合の使者として参りました」
「武官がですね」
「はい」
 その返答には複雑な意味があった。
 連合はシビリアン=コントロールが常識である。どの国においてもそれは変わらない。最高司令官は国家元首である場合が殆どであるがそれは文民である。国王や大統領は軍人ではない。国王は多分に儀礼的な一面が強いがそれでもやはり軍人ではないのだ。尚連合の二人の皇帝であるがエチオピア皇帝は軍の最高司令官である。だが日本においては天皇は軍の最高司令官ではない。首相が務めている。これもまた文民であるのは言うまでもない。そして国防相等軍事を統括する閣僚もまた文民である。時として軍事には全く不向きな人物が就任する場合もある。これもまた政治の複雑な事情の一つである。なお八条は元軍人であるが文民にあたる。彼はもう軍を退役しているからだ。軍を離れればもう文民なのである。
 従って武官が使者に来ることは普通はない。通常は外務官僚がその任を果たす。それは例え元帥であっても同じことである。
 だが今はディカプリオが目の前にいた。それだけでかなり異様なことであった。
「今回は特別な任務で参りました」
 彼はそう答えた。
「それは何でしょうか」
「はい」
 クシードの問いにキビキビと答える。
「そちらにあるエウロパの情報ですが」
「はい」
 来た、と思った。予想通りである。
「どうなっているのでしょうか」
「はい」
 クシードはそれを受けて答えた。
「お知りになりたいのですね」
「勿論です」
 その為に来たのであるから当然であった。
「成程」
 これは心の中の言葉であった。何故彼が今ここに使者として来たのかよくわかる。情報部長を。
「どういったものでしょうか」
「はい」
 クシードはそれを受けて頷いた。
「かなりの情報が集まっております」
「ほう」
 ディカプリオの二色の目が光った。
「どのような」
「まず地図ですが」
 彼は話しはじめた。
「エウロパの星系及びその惑星の細かい部分までわかったものを持っております」
「ほう」
 その目がさらに光った。
「そして国力ですが」
「ある程度までは認識しておりますが」
「それだけではありません」
 彼はここでこう言った。駆け引きである。
「兵力がどのようなものかまでは御存知でしょうか」
「二百個艦隊程でしたな」
「ええ」
 クシードは頷いた。
「しかしそれは通常戦力のみです」
「まだあるのですか」
「予備の兵力が。彼等は貴族制ですから」
 貴族について言及した。
「彼等の持つ兵力も入るのです」
「それがありましたか」
 貴族の中にはかなりの財産を持つ者もいる。そしてその財により私兵を持っているのである。その兵力もかなりのものとなっていた。
「それだけではないのです」
「といいますと」
 ディカプリオは完全に聞き役に回っていた。
「志願兵もあります。危急の際の」
「志願兵」
「はい」
 彼は答えた。
「貴族達には独特の意識がありまして」
「高貴なる者の義務ですね」
「はい」
 この時ディカプリオの顔が微かに嫌悪感に歪んだ。これは連合の者の特色であった。
「エウロパの貴族達はかなりの特権を持っております」
「そうですね」
 声にも嫌悪感が出ていた。
「何の為なのかは理解し難いですが」
「それはまあ」
 クシードはここで言葉を濁した。
「しかしそれには義務が生じます」
「当然のことです」
 ディカプリオは辛辣に答えた。
「特権に貪っている者など連合においてはおりません」
 特権があればそれを活かすべし。それは色々ある。何も権力だけではないのだ。様々な状況に応じて優遇処置等もある。それもまた特権なのである。連合においてはそうしたことも複雑にあった。
「それは彼等も同じ考えなのです」
「そうなのですか」
 やはりその彫刻の様な顔が微かに歪んだままであった。
「それに基づいて彼等は志願するでしょう」
「どれ程になりますか」
「そうですね」
 クシードは考えた。
「おおよそですが十個艦隊程には」
「そうですか」
「少なくとも、ですよ」
 そう付け加えた。
「かなりの戦力が集まると思われます。総勢で三百個艦隊は優に越えるでしょう」
「そこまで」
「ええ。彼等も必死ですからね。それでも少ない程でしょう」
「わかりました」
 ディカプリオの顔は嫌悪感から真剣なものになっていた。
「それで話は戻りますが」
「はい」
「地図は何処にありますか」
「ええ。それは」
 彼はそれについての話をはじめた。こうして連合はエウロパの地図及び軍事基地の情報を入手したのであった。
 

 

第八部第一章 軍人と騎士その三


 使者はシャイターンのところにも来ていた。それは参謀総長である劉と宇宙艦隊司令長官マクレーンであった。ここには二人が来ていた。
「ようこそ」
 シャイターンは自ら二人を出迎えた。だがあくまで非公式の会合である。
「はい」
 二人は敬礼した。それで答礼とした。
「お話はわかっております」
 シャイターンはすぐにそう切り出した。
「エウロパのことですね」
「はい」
 二人はまた答えた。
「既に地形及び軍事基地のことはわかっているのですが」
「ほう」
 それを聞いたシャイターンの目が微かに細くなった。
「それは凄い」
「まあ色々とありまして」
 ハサンから入手したことは伏せている。だがシャイターンはそれを知っていた。だがあえてここでは口には出さないことにしたのである。
「我々からは何を欲しいのでしょうか」
「人についてです」
 劉が答えた。
「人」
「はい。エウロパのどの艦隊が何処にあるのか。そしてその編成及び高官達の配置等です。それについての情報を欲しいのですが」
「かなり細かいですね」
「はい。ですが」
 マクレーンが言う。
「必要な情報であります。我々にとっては」
「わかりました」
 シャイターンは頷いた。
「ですが一つ疑問に思います」
「と言いますと」
 密室で二人の声が響いた。
「それを我々が持っていると思っておられるのですか」
 シャイターンは二人を見据えながら問うた。
「このティムールが」
「はい」
 二人は即答した。
「そう確信しているからここに来たのです」
「シャイターン主席」
 二人は言った。
「貴国の情報網については知っているつもりです。そしてその殆どがエウロパに向けられていることも」
「ふむ」
 シャイターンは答えなかった。否定はしなかった。だがここで三人は互いにあることを隠していた。シャイターンは確かにその諜報網をエウロパにかなり向けている。だがそれはエウロパだけでなくハサンやオムダーマンに対してもである。連合やマウリアにはまだ必要がない故向けていないだけなのである。
「では知っている限りのことをそちらにお伝えしましょう」
「おお」
 二人はそれを聞いて喜びの声をあげた。だがシャイターンはまだ笑ってはいなかった。
「ですが一つ条件があります」
「条件」
「はい」
 彼は答えた。
「その条件とは」
 ハサンは交易に際するさらなる優遇処置であった。これはハサンにとって至極当然な要求であった。交易国家たる所以である。
「同盟です」
「同盟」
「はい。連合と不可侵条約を結びたいのですが」
「不可侵条約ですか」
「そうです。我々は連合に対して非常に好意を持っておりまして」
 外交上でのリップサービスである。
「それで今後共友好関係を結びたいのです」
「そうなのですか」
「お願いできますか」
「お待ち下さい」
 だが二人はこの場ではそれを断った。
「何故でしょうか」
「我々の一存でできるものではありません」
「左様ですか」
「はい。これは国防省及び外務省と話をしてからになります。暫くお時間を頂きたい」
「確かハサンとの交易に関する条約はすぐに済んでおりますが」
「ええ、それは」
 流石によく知っていると思った。だが二人はそれを顔には出さなかった。
「あの時は事前にそうした話もありましたので」
「そして使者の中に外務省や商務省の者もいたのです。それと合わせての話でした」
「そうだったのですか」
「はい。ですから今ここで条約を結ぶことを約束は出来ません」
 二人はそう答えた。
「わかりました」
 シャイターンはそれに頷いた。
「それではとりあえずはそちらの返答待ちということで」
「ええ、それで」
 二人はそれに頷いた。
「それでは情報の提供もそれまで保留ということで」
 情報を持っているということを告白した。撒き餌であった。
「よろしいですね」
「はい」
 二人の答えは決まっていた。そして彼等はこの話をまず八条にあげた。マクレーンが電話をした。
「そうだったのですか」
 遠距離用通信電話でそれを受けた彼は頷いた。
「はい。これは政治的な話になるものと思いまして」
 極秘の情報用電話である。持っているのはごく一部の者達だけだ。彼等はそれを使って話をしていた。
「長官にお話しました」
「わかりました」
 彼はそれを受けて答えた。
「よい判断だったと思いますよ」
「有り難うございます」
「条約となると一存ではできませんからね」
「はい」
「後は私が大統領や外相にお話をしておきます。御苦労様でした」
「といいますと我々はこれで帰国ですか」
「そうなりますね」
 彼は答えた。
「政治的な問題です。それに」
「それに・・・・・・?」
「シャイターン主席が何を考えておられるのか、見極めたいと思います」
「彼がですか」
 それを聞いたマクレーンの目の色も変わった。
「どういった印象を受けられました?」
 八条はマクレーンに問うた。
「危険な香りがしますね」
 マクレーンはそう答えた。
「一見美男子ですが」
「はい」
「それはあくまで仮面の様な気がします。その裏にはとんでもない野望があるものかと」
「野望ですか」
「はい。おそらく我々との同盟もそれが為でしょう」
「わかりました」
 八条はそう答えた。
「それではこちらも対処の方法があります」
「どうなさるおつもりですか?」
「それは御二人が帰られてからお話します」
 そしてこう語った。
「宜しいですね」
「異存はありません」
 マクレーンはそう言うしかなかった。彼も軍人である。上官の命令には従う。
「それではお待ちしています。ハンバーガーでも食べながらお話しましょう」
「豆腐バーガーは駄目ですよ」
「わかっております」
 最後は軽い話で締めた。そして八条は電話を切った。
「どうでしたかな」
 電話の向こうにいた劉がマクレーンに話の結果を問うてきた。
「やはり大統領にまでいきますな、この話は」
「当然でしょうな」
 これはわかることであった。
「では我々は後は本国で詳細を報告するだけですね」
「ええ」
 マクレーンはそれに頷いた。
「ではすぐにここを経ちますか」
「長官がハンバーガーを用意して待っておられるそうですよ」
「ほう」
 それを聞いた劉の目が変わった。
「私は豚肉のハンバーガーが宜しいですね」
「少なくとも長官のお好きな豆腐のハンバーガーは勘弁して欲しいと申し上げておきましたぞ」
「それは何より」
 劉はそれを聞いて笑みを浮かべた。
「私もあれは少し・・・・・・ですからな」
「全くです」
 特にマクレーンは遠慮したいようである。
「日本人はいつも思わぬアイディアを出しますが」
「それが他の者にもいいとは限らないのです」
 そういうことであった。彼等は豆腐のハンバーガーは好きではないのだ。ただ八条は好きである。これも好みの問題であった。 

 

第八部第一章 軍人と騎士その四


 二人は地球に帰るとすぐに国防省に来た。そして八条の前に来た。
「只今帰りました」
「はい」
 八条は執務室で二人の敬礼を受けた。
「サハラはどうでしたか」
「はい」
 二人はそれを受けて説明をはじめた。
「やはり砂の星が多いですね。独特の風景です」
「しかも星系自体が複雑な地形です。ブラックホールや磁気嵐等が連合よりも遥かに多いです」
「そうですか」
 八条はそれを聞いて思うところがあった。
「話には聞いていましたがかなり険しい場所のようですね」
「そうですね」
 二人はそれに答えた。
「少なくとも連合の比ではありません。ハサンはまだましでしたがティムールに入りますと」
「より険しくなっていったというのですね」
「その通りです」
「ハサンは私も行ったことがありますが」
「はい」
「その時もかなり険しい場所が多いと思いましたが。それ以上だとは」
「南方はさらに凄いようですね」
 ついこの前アッディーンが併合した場所である。
「通るのは困難かと思われます。まあ我々がサハラに兵を送ることは殆どないでしょうが」
「ですね」
 少なくとも彼等はこの時点ではそう考えていた。
「ただ何かと参考にはなりました」
「それは何より」
 八条にとってはそれもよいことであった。
「そして条約ですが」
 ここで話を本題に持って来た。
「はい」
「シャイターン主席が申し出て来たのですね」
「その通りです」
 二人は答えた。
「おそらく何かしらの思惑があるものと思われます」
「ふむ」
 それを聞いて考え込む。
「シャイターン主席についても少し聞いたことがありますが」
 天才的な戦術と政治、そしてカリスマ性。若き英雄というのが連合における彼の評価である。アッディーンと並んで人気のあるサハラの者であった。
「ただそれだけではないと」
「そうですね」
 二人は答えた。
「少なくとも我々はそう思いました。彼と会って」
「わかりました」
 八条はそれに頷いた。
「シャイターン主席についてもよく調べておきましょう」
「お願いします」
「そして条約は電話でお話した通りです」
「はい」
「ただ、シャイターン主席ですが」
 ここで二人の目の色が再び変わった。
「彼が?」
「はい。近い将来ですが」
「何かありそうですか」
「おそらく。彼は今後サハラにとって最も重要な人物の一人となっていくのではないかと思います」
「その根拠は」
「勘でしかありませんが」
 マクレーンが答えた。
「私もそれは同じです」
 劉も同じ意見であった。
「ただそれに値する能力はあります」
「そうですか」
 八条もそれはわかっているつもりであった。
「では今後のサハラは彼を注視していきますか」
「それが宜しいかと。それにティムールの国力の伸張は目覚しいものがあります故」
「そうですね」
 これは既に連合でも伝わっていることであった。
「今はまだ第三の勢力ですが」
「これからもそうとは限りません」
「それでは今後はサハラにも目を向けていくのがいいのですね。サハラがこれ以上動くとなれば我々にも影響があります」
「それが宜しいかと」
「わかりました。それではそちらも」
「はい」
 サハラへの政策も決められていった。これも当然の流れであった。
 条約の話はすぐにキロモトにあげられた。彼はそれを聞くとすぐにアッチャラーンとカバリエを集めた。そしてそこには八条も呼んだ。
「今の我々のサハラにおける状況だが」
「はい」
 三人は一室で四つの椅子にそれぞれ向かい合って座っていた。そして互いに顔を見合わせていた。
「承知の通りハサンと不可侵及び通商条約を結んでいる。これは皆知っていると思う」
「はい」
 他の三人は答えた。これは常識の範疇であった。
「そして今ティムールから条約を結びたいとの話が出て来た。エウロパの情報と見返りでな。これにはやはり何かしらの意図があると思う」
「そうでしょうな」
 アッチャラーンがそれを聞いて怪訝そうな顔をした。
 

 

第八部第一章 軍人と騎士その五


「只善意で条約を結びたいと申し出るとは思えません。やはり何か思うところがあるのでしょう」
「私もそう思います」
 カバリエもアッチャラーンに同意した。
「条約を結んだ場合今後それをバネに何らかの動きを起こすものと思います」
「それが何か、だな。問題は」
「はい」
 キロモトの言葉に二人は頷いた。
「国防長官」
 ここでキロモトは八条に話を振ってきた。
「はい」
「君はこれについてはどう考えているかね」
「私は」
 彼はそれを受けて自説を述べはじめた。
「おそらく我々と条約を結んだ後で軍事行動に移るものと思います」
「相手は」
「まずはエウロパの総督府でしょうか。しかしそれで終わりとは思えません」
「というと」
「ハサンかオムダーマンを狙うものと思います」
「まさか」
 それを聞いたアッチャラーンとカバリエが声をあげた。
「ティムールにはそんな国力は」
「北方を統一したとしてもそこまでは」
「だからこそです」
 八条は二人に対して述べた。
「彼は自国の国力をよく認識しています。それ故我々との同盟を望んでいるのです」
「遠交近攻というわけだな」
「はい」
 キロモトに答えた。
「外交で言えば常道かと」
「成程」
「確かに」
 アッチャラーンとカバリエもそれを聞いて納得した。二人も伊達に首相や外相を務めているわけではないのだ。
「しかしだ」
 だがここでキロモトが懐疑的な顔になった。
「我々はサハラには介入するつもりはないぞ」
「ですがその確証はありません」
「それはそうだが」
「確証を得られるだけで大きいかと思いますが」
「例えばです。ハサンとの戦いをはじめるにあたり我々がティムールと友好関係にあればどうなりますか」
「当然我々は介入は出来ない。ハサンとも不可侵条約があるしな」
「それかと。彼等はまずこれからの戦略において我々の勢力が及ぶことを避けたいようです」
「そしてそれからのこともね」
「ええ」
 カバリエに答えた。
「ハサンとオムダーマン、どちらかを倒すと残る一方も討つのは当然の成り行きでしょう。そして統一した後も我々との条約
を出すでしょう」
「不可侵だと」
「そうです。彼はそうして我々がサハラに介入するのを防ぎつつ、独自の勢力を維持する考えだと思われます。無論交易等についても考えているでしょうが」
「深いわね」
「ですがそれだけの考えがあるかと」
「そうだな。シャイターン主席ならな」
 アッチャラーンも頷いた。
「大統領はどう考えられますか」
「私か」
「はい」
 三人はその目をキロモトに集中させた。裁決する権利は彼にあるのであるから当然であった。
「そうだな」
 彼はそれを受けて暫し考え込んだ。
「どちらにしろ我々はサハラに介入するつもりはない」
「はい」
 議会にもそうした主張をする者はいなかった。彼等にとっては開拓地やこれから起こるであろうエウロパとの衝突、そして連合内における通商や経済等が優先課題である。サハラは遠い異国のことという認識が強かった。少なくとも文化も何もかもが全く違い、かつ地形も複雑なこともあり興味の対象外であった。少なくとも一千年に渡りサハラに兵を送った国はなかった。
「条約を結んでもデメリットはない。メリットはあるがな」
「ですね」
 ティムールが統一した際の保険であった。
「ただ彼等が条約を破った場合はどうするか」
 万が一連合に宣戦布告してきた場合である。
「その時はこちらも迎え撃つまでです」
 八条は即答した。
「その為に国境に兵を置いているのですから」
「確かにな」
「だがあちらには彼等を置いておきたかったな」
「はい」
 サハラ義勇軍のことである。
「まあいいか。彼等にはこれから働いてもらうかも知れないからな」
「そうですな、その為にも鍛えておりますし」
 アッチャラーンもそれに同意した。
「ですがその話はまだ先に致しましょう。問題は条約です」
「ティムールとの」
「はい」
 カバリエは話を出した後で頷いた。
「締結して問題はないかと思いますが」
「そうだな」
 キロモトはそれを認めた。これで決まりであった。
「条約を結ぼう。すぐに議会にも話をしよう」
「はい」
 こうして話し合いは終わった。議会としても同盟に反対する理由はなかった。ハサンやオムダーマンが内心どう思っていようが表向きには反対することはできない。こうして連合とティムールは同盟を結んだ。これはエウロパにも伝わった。

 

 

第八部第一章 軍人と騎士その六


「彼等が手を結んだか」
 シュヴァルツブルグはそれを軍務省において聞いた。とある大貴族から寄贈された宮殿を利用したものであり、その壮麗さはエウロパにおいてもよく知られている。
「はい」
 モンサルヴァートはその前に立っていた。そしてそれを報告して頷いた。
「これで我々は東と南から包囲された形となりました」
「そうだな。表面上は不戦同盟であるようだが」
「実質的には軍事同盟と見て宜しいかと思います」
 少なくともエウロパにとってはそうであった。
「司令」
 ここでシュヴァルツブルグはモンサルヴァートの横にいるマントを羽織った男に声をかけた。彼の名はキーン=バルバロッサ=ローズという。栗色の髪に緑の瞳を持つ細面の美男子である。イギリスにおいて公爵の爵位を持つ大貴族であり、代々名のある軍人を輩出している武門の家の嫡男である。彼もまた騎士道精神を尊び、能力にも恵まれた人物でありまだ三十代半ばながら宇宙艦隊司令長官という要職に就いている。階級は元帥である。
「はい」
 ローズはそれを受けて応えた。
「艦隊の方はどうなっているか」
「ハッ」
 敬礼をした後で答える。
「既に三百個の艦隊の配置は終えております」
「そうか」
「その武装も整っております。連度、士気もかなりのレベルにまで達しております」
「何時でも戦うことができるということか」
「はい」
「ならばそちらはよいな。統帥本部長」
 今度はモンサルヴァートに声をかけてきた。
「ハッ」
「防衛計画の進展はどうなっているか」
「全てを整え終えました」
「そうか」
「首都を中心として。迎撃態勢は万全です」
「それではそちらも問題はないな」
「はい」
 彼は力強い声でそう答えた。
「それでは迎え撃つ態勢は整ったということだ。だが」
 シュバルツブルグの声はここで変わった。
「彼我の戦力差はよく認識しているな」
「無論です」
「はい」
 二人はそれぞれの言葉でそれに頷いた。
「手強い相手であることに変わりはありません。ですが」
「我等もエウロパの武人、逃げるわけにはいきません」
「そうだ」
 シュヴァルツブルグは強い声で頷いた。
「わかっているならいい。若し彼等がブラウベルグ回廊を越えここに来たならば」
「はい」
「私も戦場に向かう。よいな」
「わかりました」
 エウロパでは国防相が現役の軍人である場合も多い。だからこそ認められることであった。連合においては文民である。こういったことは出来ない。
「この度の戦いはエウロパの存亡を決する」
 シュヴァルツブルグの声はやはり強いものであった。
「だからこそ卿等にも一層の奮闘を期待する」
「はい」
「頼んだぞ」
「お任せ下さい」
 二人の声も強いものとなっていた。双方は来たるべき戦いの日に備えて着々と矛を磨いているのであった。
 モンサルヴァートはシュヴァルツブルグの部屋を出ると自身の執務室に戻った。暫くするとプロコフィエフが入って来た。彼女は敬礼をした後で答えた。
「連合の者がハサンとティムールにいたようです」
「やはりな」
 これはモンサルヴァートも予想していた。
「それも軍人が行っていたようです」
「連合にしては珍しいな」
「はい。しかも元帥クラスが行っていたとか」
「誰かわかるか?」
 連合には元帥は二十人しかいない。容易に特定できるのだ。
「そこまでは」
 だがプロコフィエフにもそれはわからなかった。
「ただそれにより我々の情報が彼等に伝えられた可能性があります」
「だろうな」
「それには防衛計画も入っていると思われますが」
「それは計算済みだ」
 だが彼は落ち着いていた。
「連合も馬鹿ではない。その程度は掴んでくるだろう」
「ですね」
「問題はそれでも彼等を防ぐことだ」
 その声が強くなった。
「わかるな」
「はい」
 プロコフィエフもそれは同じであった。
「では計画の最終段階も予定通り進めて宜しいですね」
「うむ」
「タンホイザー上級大将は何と言っていますか」
 彼女は元帥に昇進していた。タンホイザーとは階級が上になったのである。
「不平はないらしいな。マールボロ元帥も」
「それは何より」
「だがこれはいざという時の切り札だ。わかるな」
「はい」
 彼女は答えた。
「それまでに防がなくてはいけない」
「それはわかっております」
「では他の部分を詰めていこう。いいな」
「はい」
 彼女は頷いた。そして彼女は部屋を後にしようとする。だがここでモンサルヴァートが呼び止めた。
「待ってくれ」
「何でしょうか」
 彼女はそれを受けて振り向いた。
「式は何時だったかな」
「一週間後です」
 彼女は既に婚約者がいるのである。貴族の家らしく幼い頃から決められていた許婚である。
「そうか。相手は確か」
「ヤゲロー家です」
「そう、ヤゲロー家だったな」
 ポーランドの名家の一つである。侯爵の爵位を持ち学問の分野に大きな影響を持っている。
「夫君は確か学者だったな」
「はい。大学の教授です」
 彼女は答えた。
「そうか。幸せにな」
「はい」
 また答えた。いささか事務的と言えば事務的な返答であった。
 プロコフィエフも部屋を出た。モンサルヴァートはそれを見ながら考えた。
「私もそろそろだが」
 彼もまた婚約者がいるのである。
「だがどうなるかな」
 それが問題であった。戦争が近いのだ。
「終わらせてからだな、全ては」
 彼は式の延期を申し出ていた。理由は明白である。
「避けられないとすれば」
 彼は呟いた。
「勝つまでだ」
 そう呟くと机に向かった。そして仕事を再開するのであった。

 エウロパ軍はこの時全軍激しい訓練を行っていた。それは総督府においても同じであった。
「よし、行け!」
 タンホイザーは自ら陣頭に立ち訓練にあたっている。今は艦載機による攻撃の訓練だ。
 二つのチームに分かれそれぞれを攻撃する。だが実際に攻撃をするわけではなく、あくまで訓練である。だがその内容はかなり激しいものであった。
 艦載機が入り乱れる。そして互いに動く。その中で一際素晴らしい動きをする機があった。
「ムッ」
 タンホイザーはすぐそれに気付いた。
「あれに乗っているのは誰だい?」
 そして傍らにいる参謀の一人に尋ねた。
「あれは」
 問われたその参謀はモニターに映る赤いエインヘリャルを見ながら答えた。
「あれはエリザベート=デア=アルプ少佐の機ですね」
「エリザベート=デア=アルプ」
 それを聞いたタンホイザーの顔が考えるものになった。
「彼女がか」
 そしてこう呟いた。彼女のことを知らない者はエウロパ軍にはいなかった。
 エウロパ軍での伝説的なエースである。赤いエインヘリャルを駆り、多くの戦場で活躍してきた。まだ若いながらその撃墜機数は既に百を越えている。総督府軍においても右に出る者はいないとまで言われるパイロットである。
「はい。そういえばこの訓練に彼女の乗る母艦が参加しておりましたな」
「そうだったのか」
 タンホイザーはそれを聞いて頷いた。
「本人がエインヘリャルを駆るのははじめて見るな」
「そうなのですか」
「うん。こうして見ると」
 アルプの機の動きに目をやる。まるで流星の様である。
「素晴らしいな。まるで芸術だ」
「芸術ですか」
「うん。彼女の様なパイロットが増えることを期待するよ」
「わかりました」
 訓練は順調に進み終わった。タンホイザーは自室に戻りそこで一人くつろいでいた。そこに扉をノックする音がした。
「どうぞ」
 彼は素っ気無い声でそれに応えた。それに応えて一人のエウロパの軍服を着た女性が入って来た。
「んっ」
 それを見たタンホイザーは思わず声をあげた。小柄で金髪碧眼の美しい女性であった。金髪は長く後ろに波打っていた。
「エリザベート=デア=アルプ少佐です」
 彼女は敬礼をしてそう名乗った。
「この度司令の呼び出しに応じ参りました」
「呼び出し?」
 彼はそれを聞いて一瞬不思議そうな顔をした。だがすぐ元に戻した。
「ああ、うん。よく来てくれたね」
 彼は席を立ってそう答えた。
「では座って。話したいことがあってね」
「はい」
 彼女はそれに従った。タンホイザーに薦められるまま席に座った。
「今日の訓練のことだが」
「はい」
「凄かったね。いつもああなのかい?」
「今日ですか」
 だがアルプはそれを聞いて急に不機嫌になった。
「今日のあれは全く駄目です」
「全く!?」
「はい」
 彼女は素っ気なく答えた。
「あれでは戦死してしまうでしょう」
「戦死か」
「はい。パイロットは常に死と隣り合わせです」
「死か」
 だがタンホイザーはその言葉に反応した。
「それは戦場に立っていれば誰でも同じではないかい」
「はい」
 彼女もそれは認めた。
「ですがパイロットはそれが一際高いのも事実です」
「確かにね」
 彼もそれは認めた。
「では聞きたい」
「はい」
「卿は何故パイロットになろうと思ったんだい?」
 タンホイザーは事前にアルプについてある程度調べていた。その結果彼女は志願してパイロットになったという。それを知ったうえで問うたのだ。
「私の家は代々軍人でした」
「それも知っているよ」
 エウロパの貴族の家ではよくある話である。
「そしてその家訓にあります」
「家訓」
「はい。アルプ家の者は戦場においてっは常に死地に赴け、と」
「それがパイロットだったということか」
「それもあります。ですが他にもう一つ理由があります」
「それは」
「私の宿命だと思うからです。エインヘリャルに乗ることこそが私に定められた宿命だったと」
「宿命か」
「はい。これははじめて乗った時に感じました。私は乗るべくして乗ったのだと」
「そして戦場にいる、と」
「少なくとも私自身はそう考えます」
 彼はそう返した。
「私はワルキューレの生まれ変わりだとも思っています」
「ワルキューレか」
 タンホイザーはワルキューレという言葉を聞いて微かに笑った。エウロパの神話にある戦を司る乙女達である。嵐の神オーディンに付き従い、共に戦い、死者を運ぶ者達だ。
「それはいい。では卿は我が軍にとってのブリュンヒルデか」
「そうなりたいと考えております」
 そのワルキューレ達の中でも一際名のある者である。
「ではこれからも奮闘を期待する。近いうちに我がエウロパは未曾有の戦いに入る」
「はい」
「その時には」
 彼は言葉を続けた。
「加護を頼むよ。敵を思う存分屠ってくれ」
「期待通りに」
 彼女はそう答えて敬礼した。こうして話は終わった。
 エウロパもまた牙を研いでいた。そして連合にその牙を向けようとしていたのであった。 

 

第八部第二章 議会その一


                               議会
 連合とエウロパの対立が激化の一途を辿る中連合の中央議会においても対立が深まっていた。この議会は各国から選出された議員達によって構成されている。二院制である。
 ただ連合議会はエウロパとのことにおいて紛糾していたのではない。それは既に意見がまとまっていた。開戦しかないというのが結論であった。
 では何に対して紛糾していたのか。それは難民のことであった。今彼等に新たな国家を新設させてはどうかという意見が出ているのだ。問題はその場所である。
 候補となる星系は多い。だが何処にするかでもめていた。そしてそれより前に彼等に国家を新設させてよいものかという意見もあったのだ。
「彼等の多くはサハラに故郷がある」
 まずこうした意見が出た。
「彼等の多くの本意はやはり帰国である。それよりも帰国の際に協力するべきではないのか」
「エウロパが相手ならそれは不可能だ」
 反論はこうであった。
「エウロパは彼等を追い出した。迎える筈がない。それならば新たな場所を提供するべきではないのか」
 そしてこう主張するのである。
「彼等の中にも連合への帰属を望んでいる者もいるではないか」
 それが根拠であった。しかしこれに対しても反論があった。
「それならば今までそれぞれの国で受け入れてきたではないか」
 こう反論されるのである。
「だがもう数が多過ぎる」
 しかしすぐにこう返ってくる。
「難民達は既に十億を越えている。彼等にはもう新しい国家を建設する力もある」
「それは否定しない。だが」
「だが、何だ!?」
「これはサハラの問題だ。我々が深入りすることではない。難民を受け入れるだけで充分ではないのか」
「それでは人道上に問題があるのではないか」
「人道ということでは連合は責務を果たしているのではないのか」
「まだ不十分だ」
「私は決してそうは思わない」
 二つに別れてそう議論し合っている。だが結論は出てはいなかった。こうした状況がもう何日も経っている。それでも話は解決するめどがたたなかった。
「やれやれといったところだな」
 それをナウルの政治学者キンム=ペリはテレビで見ていた。その顔は苦笑したものであった。
「話はそうそう単純にはいかないのが政治じゃな」
 見れば黒い肌に銀色の髪に紫がかった青の瞳を持つ老人であった。その目は穏やかな光を放っている。
「サハラのことはサハラの者に任せればいいというのが連合の方針じゃったが」
 これは一千年の間変わることがなかった。そうして彼等はサハラとは距離を置いて交流してきたのである。そしてそれは上手くいっていた。
「これからどうなるかの。そもそも」
 彼はここで自室の窓の向こうに目をやった。そこには青い海と緑の木々がある。彼の星は熱帯で豊かな海と緑があるのだ。
「サハラにはこういったものがあるのかという話もあるからのう」
 連合にあってサハラにないもの、逆にサハラにあって連合にないものもある。だが連合は今まで不足に思ったことはない。サハラもそれは同じである。
 それを不足に感じた時にどうなるのか、彼はその時それについて考えた。
「争い、かの」
 そしてそう呟いた。それから彼は席を立ちキッチンに向かった。それからそこで彼の住む星の魚料理を楽しむのであった。

 中央議会の紛糾は各国の間でも同じであった。彼等もまた難民と彼等により新国家設立に議論を重ねていた。まずはその場所についてである。
「何処にするのか」
 それは辺境の星系の中から選ばれることになっていた。しかし大国はここで彼等に影響力を行使するべきかどうかをまず考えたのだ。
 彼等に影響力を行使しようと考えているのは彼等と同じ宗教を信仰する者が多いインドネシアやマレーシアであった。連合のイスラム教はサハラのイスラム教徒はかなり変質し、同じ宗教とは思えない程にまでかけ離れてしまっているがそれでも同じムスリムであった。彼等は宗教を利用して彼等を自分達の勢力に取り込もうとすら考えていたのだ。だがこれには当然のように反対する意見があった。
 同じアセアンのメンバーであるタイやベトナムがこれに反対したのだ。彼等の多くは仏教徒である。またそれだけでなくインドネシアやマレーシアがこの新国家を抱き込むことによって勢力伸張を狙っていることを見抜いていたのである。彼等にしてみればそれは面白くはない。反対するのも当然であった。アセアンもまた一枚岩ではないのである。
 しかもこれに別の大国が肩入れをはじめた。まるで規定事項であるかのようにアメリカや中国も出て来たのである。彼等はタイやベトナムの方についた。彼等の国にはムスリムはあまりいないのである。そしてインドネシアやマレーシアにはカザフスタンやウイグル等ムスリムの多い国がついた。こうしてまず何処に国を置くべきかという段階で早速衝突がはじまった。
「そもそも建国するかどうかすら決まっていないというのに」
 実際にはそうであったが話はもう進んでいた。問題は何処に国を置くかという段階にまでなっていたのだ。少なくとも連合の各国の間ではそうなっていた。中央議会よりもそれについては進んでいた。
 それが為に話は紛糾していた。結論は容易には出そうにもなかった。だがここで思わぬ仲介者が出て来た。
「それならば我々の側に置いてはもらえないだろうか」
 こう申し出て来た国が出たのである。それは何処か。
 日本はこの件については積極的に動かなかった。中立であった。ロシアはアメリカ等に近い立場であった。オーストラリアもそうであった。では何処か。
 ブラジルであった。旧中南米諸国の間では随一の大国であるこの国が仲介に乗り出したのである。同時にその新国家に対して恩を売ったのだ。これにはどの国も納得した。
「ブラジルなら」
 ムスリム側とも仏教側とも関係が少なかった。大国もそれに同意した。こうして新国家は建国された場合ブラジルのすぐ側の星系にその領土が置かれることが決まった。あくまで非公式にではあるが。
「あとは議会の仕事となるな」
 それを見て誰かが言った。後はその新国家の建設を認めるかどうかであった。しかしこれはそう簡単にはいかなかった。
「わかった、認めよう」
 反対派の領袖達が頷いた時話は終わったと誰もが思った。しかしそれはやや早計であった。
「しかし条件がある」
 彼等はここで条件を提示してきたのだ。
「それは」
 皆それに対して問うた。


  

 

第八部第二章 議会その二


「問題は彼等が連合市民かどうかだ」
「それならもう問題はない筈だ」
 既に彼等は連合の市民権を得ていた。だが反対派の領袖達はここでこう答えた。
「我々が今言っているのはそういう簡単な問題ではない」
「どういうことだ?」
「見方を変えればより単純な話だが」
「それは」
 こう言われて賛成派は思わず首を傾げた。
「彼等が連合の市民というならば」
「いうならば?」
「その証を見せてもらいたいのだ」
 彼等はこう主張したのだ。
「証拠といっても」
 それに困惑する者も多かった。
「一体何を見せろというのか」
 今までは連合の市民権を得ればそれでよかった。そしてそれで連合の市民となった。だがそれだけではないというのだ。それは国を興すからである。
「国を作るのは連合の者に限る」
 これは連合の不文律であった。連合においては連合の者が国を作る。そう決められていたのである。
 だが彼等は市民権こそ持っているとはいえ難民である。サハラの者なのだ。サハラの者が連合において国を作ってよいのかという問題であった。
「別に国なぞ欲しくはない」
 難民達にはそう主張する者もいた。
「俺達はサハラに帰られればそれでいい」
 彼等は問題はなかった。だが問題はそう単純ではなかった。やはりそれと異なる考えの者達も多かったのだ。これが問題であった。
「ここにいたい」
「ここに俺達の国を作りたい」
 そう考えるようになった者達もいたのである。それはサハラ義勇軍の中にもいた。
「もう生活の基盤はこちらにある」
 それが第一の理由であった。それに連合自体を気に入っていたのである。
 連合のそのおおらかな空気に彼等は魅せられた。そしてそこに住みたいと考えるようになってきていたのだ。
 そうした者達をどうするかということであった。彼等は国も欲していた。だがそれには連合の者であるという証が必要だと言われたのだ。
「ならば見せてやればいい」
 サハラ義勇軍にいるある将校がこう言った。
「場所はもう決められている。ならば後はその証を見せるだけだ」
「どうやってだ」
 これに異論も出た。当然である。
「戦いで見せるんだ。俺達は軍人だ」
 彼はそう主張した。そう、彼等は軍人であった。軍人ならばそうする他ないのだ。
「戦いが来る。俺達はその時に見せればいい」
「そうだな」
 他の者もそれに頷いた。彼等はエウロパとの戦いがはじまるのを待つようになっていた。それは八条にも伝わっていた。
 八条はそれを聞いて考え込んでいた。
「そうですか」
 サハラ義勇軍がその為に連日激しい訓練を行っているということも聞いていた。
「ならば彼等には戦ってもらいましょう」
「はい」
 木口はその言葉に頷いた。
「それでは彼等を先鋒にしますか」
「そうだね」
「戦いの際には」
 まだ戦うと正式に決まったわけではないのだ。あくまでそういったことも考慮される、ということになっていた。
「少なくとも彼等には参加してもらわなくてはならなくなったよ」
「ですね」
「そして外交の方はどうなっているかな」
 密かに水面下でエウロパとも交渉を行っているのである。
「そちらの方は進展がありません」
 木口は首を横に振った。
「向こうも態度を硬化させています」
「そうだろうね」
 予想されたことであった。
「議会はもう開戦が大勢らしいですね」
「うんん」
「では後は議決されるだけですか」
「兵の集結等はまだこれからだけれどね」
 連合は広くその兵も多い。だから兵を集めるのも大仕事なのである。
「それをどうするかだよ、これからの我々の仕事は」
「どれだけの兵力を参加させるおつもりですか」
「そうだねえ」
 彼はここで自分の考えを述べた。
「二千個艦隊程か」
「総兵力の三分の二ですか」
「それにサハラ義勇軍百個艦隊。計二千百個艦隊だ」
「今までそれ程の戦力を動員した例はありませんよ」
「わかっているよ」
 彼は答えた。
「だからこそやるんだよ」
 そしてそう答えて笑った。
「兵力でまず彼等に心理的プレッシャーを与えていきたいんだ」
「そういう御考えでしたか」
「勿論それだけじゃない。彼等も兵力を総動員してくるだろう」
「はい」
「ならばこちらもそれ相応の兵力が必要だ。違うかな」
「いえ」
「それだけでも足りない可能性もある。油断はできないよ」
「二千個艦隊でもですか」
「対外戦争だしね。敵はエウロパ軍だけじゃない。市民達も敵になる可能性がある」
「ゲリラ戦ですか」
「その危険もある。これは占領地での政策如何だが」
「それについても何か御考えですか」
「そうだね。とりあえずは彼等の武装解除と治安の維持、そしてこちらの風紀の徹底だね。それだけやればかなりましだと思う」
「わかりました」
「後は宣戦布告が行われてからだな。それまでにおおよその作戦を立てておかないと」
「はい。それですが」
「もう会議が予定されているんだね」
「ええ」
 木口は答えた。八条はそれを見て苦笑した。
「この仕事は次から次に仕事が来るな」
「閣僚はどれもそうですよ」
「そう言われればそれまでだけど。それにしても」
「ぼやいている暇はありませんよ、長官」
「わかったよ」
 彼はそれに答えて席を立った。そして会議室に向かうのであった。そこにはもう軍の高官達が集まっていた。彼等は八条が入ると一斉に席を立ち敬礼した。八条はそれに応えて返礼した。
「それでははじめましょうか」
「はい」
 高官達を席に座らせた。それから話をはじめた。 

 

第八部第二章 議会その三


「今日の会議はエウロパとの戦争におけるおおよその計画です」
「はい」
 軍服だけでなく背広を着た男達も八条の言葉に頷いた。
「まずはどのルートで侵攻するかですね」
「それですが」
 まず参謀総長である劉が席を立った。
「やはりブラウベルグ回廊からの侵攻が望ましいと思います。そしてそこからオリンポスを目指します」 
 敵の首都攻略に重点を置いたものであった。
「あの回廊からですか」
「はい」
 彼は頷いた。
「やはりここからの侵攻が最もよいと考えます」
「距離や補給を考えるとそうですね」
「はい」
 だがここで異論が出て来た。
「それですが」
 一人の長身の浅黒い肌のアジア系の男が立った。目は緑である。階級は大将であった。
「ボブ=フィアート大将」
 劉は彼を見てその名を呼んだ。
「はい」
 彼はそれに答えた。
「その作戦について異論を述べさせて頂きます」
「それは」
 八条だけでなくそこにいた全ての者が彼に注目した。
「どの様なものかね」
「はい」
 彼は話しはじめた。
「まずブラウベルグ回廊からの侵攻ですが多くの問題があります」
「問題」
「はい。道が狭く大軍の行動には不向きです。それに出口で敵が待ち構えていることが予想されます」
「ふむ」
「それだけでなくエウロパに入った後も補給路を狙われる可能性も高いです。それを考えるとブラウベルグ回廊からの侵攻は多くの問題をはらんでいると言ってもよいでしょう」
「成程な」
「補給が途絶えては勝てるものも勝てません。それについては十二分に考慮されるべきかと思いますが」
「では貴官に聞きたい」
「はい」
「それに対して何か対策はあるのかね」
「二つあります」
 彼は答えた。
「二つ」
「はい。まずは侵攻路自体を変えること」
「ふむ」
「ブラウベルグ回廊ではなくサハラから侵攻するのです。ハサン、ティムールに道を借りて」
「そして総督府から侵攻するのだね」
「そうです。そしてもう一つあります」
「それは」
「劉参謀総長と同じですがブラウベルグ回廊からの侵攻です」
「それならば異論ではないのではないか?」
「お話は最後まで御聞き下さい」
 どうやらわりかし鼻っ柱の強い者のようである。
「確かに道は同じです。ですが」
「ですが」
「まずは先遣部隊を派遣します。そして彼等にニーベルング要塞群を陥落させます」
「ふむ」
「そのすぐ後ろに後続部隊を置いておきます。そして彼等はニーベルング要塞群陥落後にエウロパの各方面に展開します」
「成程な。首都を積極的には狙わないと」
「最初は。それよりも補給路の確保の方が重要です」
「だがそれでは戦力が分散するのではないか」
 こう反論があった。だがフィアートの答えは淀みがなかった。
「それについても考えています」
「ほう」
「エウロパの北から南まで達するのです。そしてそこから西へ進む」
「オーソドックスといえばオーソドックスだな」
 古来よりある戦略である。第一次世界大戦の西部戦線や第二次世界大戦の東部戦線と似たものであろうか。
「ですがこれならば補給路も守れます。それに戦力も均等になります。我々と彼等の戦力差を考えるとかなりの効果があると思いますが」
「確かにな」
 これには多くの者が頷いた。
「ではそれでいくとするか。どちらかを選んでな」
「はい」
 フィアートはそれを聞いて満足気に頷いた。
「長官」
 皆八条に顔を向けてきた。
「決裁をお願いします。どれを採用されますか」
「そうですね」
 まずはブラウブルグからオリンポスを一直線に狙うルート、そしてサハラから侵攻するルート。最後はブラウベルグから侵攻し、じわりじわりと進んでいくルート。この三つである。判断は八条に委ねられた。
「それでは第三の案でいきましょう」
 ブラウベルグからの侵攻ルートであった。
「オリンポスをすぐに狙うのは確かに危険です。サハラのルートは外交上さらに複雑な問題に発展する恐れがあります」
「はい」
 他国の軍が入るのをよしとしない者も多い。それに後でどのような要求をされるかわかったものではないからだ。
「ですからサハラのルートも現実的ではないと思います」
「わかりました」
「それを考えると」
 ここで一呼吸置いた。
「やはり第三の案しかないと思います」
「わかりました」
 一同それに頷いた。
「今回の最高責任者は」
「はい」
「マクレーン元帥とします。宜しいですか」
「ハッ」
 マクレーンは席を立って敬礼して応えた。
「次席として劉元帥。二人には侵攻作戦の指揮も執ってもらいます」
「ハッ」
 劉も席を立った。そして敬礼する。ちなみに軍の席次においては宇宙艦隊司令長官の方が上である。
「参加兵力は二千個艦隊、六十億を計画したいと思います」
「六十億」
 それを聞いて息を飲まない者はいなかった。人類史上かってない規模の参加兵力であった。
「はい。それにサハラ義勇軍百個艦隊を加えたいのですが」
「彼等を」
「そうです。彼等を先鋒として。その方針で戦略を計画して頂きたい」
「わかりました」
「合わせて二千百個艦隊程になります。宣戦布告が為されたならばすぐに動員をかけます」
「はい」
 これだけの規模である。宣戦布告と同時に侵攻を仕掛けるのには無理があった。
「ですが今からもう準備だけは整えておかなくてはなりません」
「はい」
「全軍に第二種警戒態勢を発動して下さい。宜しいですね」
「了解」
 次々に指示が下る。
「以後は参加する艦隊の選定、そして作戦計画の詳細を詰めていくこととします。そして時が来たならば兵力を集結させ侵攻します。いいですね」
「ハッ」
 軍人達も文民達も皆一斉に立ってそれぞれ返礼した。こうして彼等の方針はおおよそが決定した。 

 

第八部第二章 議会その四


 また同じ頃に連合とティムールの条約も締結された。これにより連合とティムールは同盟関係となった。そして連合にエウロパの情報が渡されたのであった。
「兄上」
 中性的な顔立ちの美しい少年が宮殿の鏡がちりばめられた豪奢な一室でシャイターンに声をかけていた。彼の末弟であるアブー=シャイターンである。
「どうした」
 彼はそれを受けて弟に顔を向けた。
「連合が作戦方針を決定したそうです」
「そうか」
 彼はそれを聞いてまず頷いた。
「だが実際に動くのはまだだな」
「はい」
「議会において議決すらしていない。それまでにはまだ時間がある」
「そのようですね」
「だが方針が決定したというのは大きいな」
 鏡に映る無数のシャイターンがそう言った。
「連合は本気でエウロパと戦争をするつもりだということだ」
「本気ですか」
「本気だ。だがこれは前からわかっていたことだな」
「ええ」
「ならば」
 彼はまた言った。
「我々も動く時が来たということだ。その時のことはもうわかっているな」
「無論です」
 アブーは強い声でそう答えた。
「ですが彼等も動くかどうかですね」
「動く」
 シャイターンの声が鋭くなった。
「必ず動く。さもないと彼等は滅びる」
 そこには確かな洞察があった。
「滅びたくなければ動くしかないのだ」
「それしかありませんか」
「そうだ。おそらく彼等の中には我々の動きに気付いている者もいるだろう」
「はい」
「だがそれでも動かさなければならなにのだ。我々はその時を待っていればよい。そして」
 笑った。
「果実はその時に手に入る。熟れた果実がな」
 そう言ってニヤリと笑った。
「しかし我等が動いた時が問題です」
「それなら心配はない」
 彼は弟に対してそう答えた。
「あの者達は動かぬさ」
「動きませんか」
「あの者達は基本的に現状さえ維持できればそれでいい。現状さえな」
「それではもう一方は」
「既に手は考えてある」
 シャイターンはそれにも答えた。
「手を」
「そうだ。マルヤムはいるか」
「姉上ですか」
 アブーにとっては姉にあたるのである。
「今この宮殿にいるか」
「はい」
 彼は兄の問いに答えた。
「ならばここへ呼んでくれ」
「わかりました」
 アブーはその場を去った。そして程なくして姉であるマルヤムを鏡の部屋に連れて来た。
「御呼び致しました」
「御苦労」
 彼は弟に対して礼を述べた。
「下がってよいぞ」
「ハッ」
 そして下がらせた。後にはシャイターンとマルヤムだけとなった。
「兄上、どの様な御用件でしょうか」
「うむ」
 彼は妹に問われて口を開いた。
「御前ももう結婚してもいい歳になったな」
「はい」
「ならば縁談があるのだが。いいか」
「兄上の望まれるままに」
 そう答えるしかなかったと言えばそれが事実となる。シャイターン家は婚姻によっても勢力を伸張させてきた。それを考えると彼女だけがそれから逃れられるわけもなかった。
「そうか。ならばいい」
 そう答えがくるのをわかったうえで兄も答えた。
「それでは御前の嫁ぎ先だが」
「はい」
「アッディーンという男を知っているな」
「名前だけでしたら」
「知っていればそれでいい」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「彼と縁談を進めたい。いいな」
「はい」
「アッディーン提督は立派な男だと聞く。若いながら一軍を任せられ多くの武勲をたてている」
「はい」
「御前の婿として問題はない。安心して嫁いでくれ」
「わかりました」
 形式的にではあるが了承を得た。これでマルヤムの方は決まった。
「ならばよい。あとは」
 シャイターンは考えていた。
「あの男に話を持ちかけるだけだ。さて、どうするべきか」
 笑っていた。その笑みはやはり何処か悪魔的であった。その笑みが無数の鏡に映っていた。それはまるで地獄の中に浮かぶ魔王の笑みのようであった。

 連合とエウロパの間がキナ臭くなっているその頃オムダーマンにおいても大きな動きがあった。
 憲法が改正されたのである。これによって副大統領が置かれることが認められた。そしてそこには現役の軍人の就任も認められていた。
「そこでだ」
 ブワイフは官邸の自室にアッディーンを呼んでいた。
「貴官に副大統領に就任してもらいたいのだ」
「私がですか」
 彼はそれを聞いて意外といった顔をした。
「そうだ。頼めるか」
「私には」
 だが彼はそれには乗り気ではなかった。
「そこまでの力量はありません」
「それは違うな」
 しかしブワイフはそれを否定した。
「貴官はまだ自分の力を全てわかってはいない」
「そうでしょうか」
「そうだ。貴官は一軍人で終わるにはあまりにも惜しい。その力はよりオムダーマン、そしてサハラの為に使われるべきだと私は考えている」
「買い被りですよ、それは」
 アッディーンはそれを聞いて苦笑せずにはいられなかった。
「私はそこまでの器ではありません」
「今言ったな」
 しかしブワイフも引かなかった。
「それは貴官が自分のことをわかっていないだけだ」
「またそのような」
「いや、この際だ。言わせてもらおう」
 ブワイフは口調を変えてきた。
「アッディーン元帥」
「はい」
「貴官はその若さで元帥となった」
「アッラーの御加護です」
「そう、アッラーの御加護だ」
 ブワイフはそこに言及した。
「そこに全てがある。貴官の実力も」
「そうでしょうか」
「少なくとも私はそう考える。貴官はアッラーにある使命を頂いているのだとな」
「それがサハラの為なのでしょうか」
「違うだろうか」
 ブワイフはここで問うた。
「だからこそ貴官はここにいる」
「はい」
 答えはしたがあまり強くはない答えであった。
「そしてその使命を果たしてもらいたい。それが貴官の運命なのだからな」
「・・・・・・・・・」
 アッディーンはそれを聞いて暫し考え込んだ。それからおもむろに口を開いた。
「私などで宜しいでしょうか」
「無論」
 ブワイフは強い声で応えた。
「是非とも頼む」
「わかりました」
 もう断ることもなかた。彼は頷いた。
「是非ともお願いします。やらせて頂きたい」
「よし」
 ブワイフは満面に笑みを浮かべた。こうしてアッディーンの副大統領就任が決まった。これがサハラにとって実に大きな出来事であるとわかったのはこれからかなり経ってからであった。

 

 

第八部第二章 議会その五


「連合が騒がしいな」
 連合、エウロパ、そしてサハラにおいてそれぞれの動きがあったその頃マウリアでは特にこれといった動きはなかった。言うならば傍観者であった。クリシュナータはラーンチと共に夕食を採っていた。カレーであった。
 マウリアのカレーは連合で食べられるカレーとは違う。連合のカレーは十九世紀にイギリス海軍が食べていたパンにつけて食べるルーを見た日本海軍の者が米に合うように改良したものがもととなっている。そしてそれは日本においてかなりの人気となりすっかり国民食となった。それとインドネシア等のスパイスを効かせた赤や緑のカレーである。マウリアのカレーとはかなり異なっている。
「そのようですな」
 ラーンチはカレーを食べながら落ち着いた顔で答えた。
「まあそれも当然でしょう」
「うむ」
 クリシュナータはそれを受けて頷いた。
「君は今後どう見ているかね」
「連合のことでしょうか。それともエウロパのことでしょうか」
「両方だ」
 クリシュナータはカレーを一口食べ終えた後で答えた。
「この一千年の間実際に衝突こそなかったが対立してきた双方がどうなるか、面白くなりそうだと思わないか」
「確かに」
 ラーンチもそれは彼と同じ考えであった。
「双方共最早引くに引けない状況だと思います」
「言葉が少し違うのではないかな」
「ふふふ」
 ラーンチはクリシュナータの指摘を否定しなかった。
「では言い替えましょうか」
「うむ」
「双方共引くつもりはない、と」
「そういうことだな。そして起こるのは」
「戦争です。今までかってない規模の戦乱となるでしょう」
「そうだな。だが力の差があり過ぎる」
 連合の国力はエウロパの三十倍である。やはりそれが最も大きかった。
「それに連合にはあの巨大戦艦がある」
 ティアマト級のことだ。
「それだけではない。連合の艦艇はどれも大型で火力、防御力に優れているな」
「はい」
 解放軍との戦いでそれは立証されていた。哨戒能力も相当なものである。
「エウロパの艦艇のことは詳しくは知らないが」
「火力、防御力共連合のものには遥かに及びません」
「そうか。やはりな」
「はい」
「では彼等が勝っているのは何だね」
「機動力でしょうか。これだけは連合のそれとは比較になりません」
「ふむ」
「これを生かせればあるいは」
「そして兵力差を何とかすればな」
「ええ」
 彼は答えた。
「ただ士気と実戦経験は彼等の方が上です」
「サハラとの戦いと祖国防衛の為か」
「それに軍人としての意識です」
「そういえば連合とエウロパではかなり違うな」
「はい」
 ラーンチは答えた。
「それもかなりのものです」
「そうだな。連合では軍人はあくまで職業の一つに過ぎないが」
 これは連合らしいビジネスライク考えであった。彼等は軍人とはあくまで給料を得て生活する為の職業としか考えていないのである。
「エウロパでは騎士です」
「騎士か。確かにな」
「はい」
 エウロパでは軍人は貴族にとっては誇りであり義務であった。代々軍人という家も実に多い。彼等にとってはそれこそが貴族としての務め、そして誇りなのであった。
「軍人と騎士か。どちらが正しいと言うべきかわからないが士気にかなりの差があるのは事実だな」
「そうですね。連合の軍人達は命を惜しみますが」
 それは兵器の設計においても如実に現われている。彼等はとかく戦死者を出すのを嫌う。これは戦死者が増加することによって志願者が減るのを怖れる国防省や支持率の低下や責任を問われることを避けたい政治家の思惑、そして何よりも高給を約束されて入隊したというのにむざむざ死にたくはないという軍人達の本能、そこに軍人の人権や生活を主張する市民団体の主張によりそうなるのである。しかもここにはそうした生活環境を取り扱う企業も入るのだ。事情は複雑なものであった。連合はとかく一つのことを為すのに実に様々な勢力が顔を出すが軍事においてもそれは全く変わらなかった。
 だがエウロパはこの点においては違っていた。軍人であるということは誇りであり義務である。それならば命を捧げることも問題とはならないのである。これは実に大きな差であった。
「後一つ面白いことがわかりました」
「それは何だね」
「これでございます」
 ラーンチはここで今自分自身が食べているカレーを指差した。
「ほう」
 それを見たクリシュナータは面白そうに眉を上げた。
「連合においては実に色々な食べ物があります」
 そこにも国力差が現われていた。
「それは軍においても変わりません」
 これもまた志願者を集める為の待遇であった。
「我々も大してかわらないかも知れませんがね」
「いや、それは違うな」
 クリシュナータはそれは否定した。
「我々はこれを食べているではないか。普段でも戦場でも」
 そう言ってカレーを指差した。
「ははは、確かに」
 これにはラーンチも笑った。
「まあカレーにも色々ありますけれど」
「そうだな」
 実際一口にカレーといっても多くの種類がある。インド料理全般をさしているという指摘まである程である。
「明日は何のカレーだったかな。今日はチキンだったが」
「羊のカレーらしいですよ」
「そうか、それはいい」
 それを聞いたクリシュナータは頬をほころばせた。
「私は羊が好きでな」
「私もです」
 ラーンチもそれに答えた。
「あの匂いも消えますしね」
「うむ」
 どうやら彼は羊の匂いが好きではないらしい。
「では明日のカレーも楽しみにしていよう」
「はい」 
 こうして二人は食事を終えるとそれぞれの職場に戻った。そして来たるべき日に備えるのであった。 

 

第八部第三章 異邦人その一


                              異邦人 
 連合とエウロパの対立が深刻化している頃連合軍においては何時になく訓練が激しくなっていた。これは全ての部隊においてそうであったがとりわけこの部隊ではそうであった。
「まだだ、遅いぞ!」
 司令の叱咤が飛ぶ。
「敵は待ってはくれん。それを忘れるな!」
「はい!」
 それに応える声が響く。彼等サハラ義勇軍は今彼等の管轄する宙域において激しい訓練を繰り返していたのであった。
「やれやれ、司令もよく続くぜ」
 その中で展開する一機の炎龍で呟く男がいた。ウダイである。
「まあそうでなくちゃ戦いはできねえんだがな。訓練をしないと強くはならねえ」
 彼にもそれはよくわかっていた。歴戦の猛者としてそれは当然のことであった。
「ウダイ大尉」
 ここで通信が入った。
「おう」
 彼はそれに応えた。
「貴官の部隊は今どんな状況か」
「当然だが全機いるぜ。訓練で死んだりはしねえよ」
「そうか。それならいい」
 オペレーターはそれを聞いて安心した。
「おい、待ってくれ」
 その言葉にウダイは妙なものを感じた。
「訓練で死んだりはしねえだろ、普通」
「普通はな」
 オペレーターは答えた。
「だが今我々が行っている訓練は普通の訓練ではない。限り無く実戦に近い訓練だ」
「それはわかってるよ」 
 確かにかなり激しい訓練であった。実弾こそ使わないもののそれに準ずるものであった。
「だから気は抜いちゃいねえ」
「よし、流石だな」
 オペレーターはそれを聞いて満足した。
「ではこれからも頼むぞ」
「おうよ」
 彼は力強い声で答えた。
「任せとけ。サハラの男のやり方を見せてやろうぜ」
「ああ」
 そのオペレーターも当然サハラ出身である。難民であったのも同じだ。この部隊は皆サハラの者であるのだ。
 ウダイ率いる炎龍の部隊が宙を飛翔する。そして彼等は次の標的に向かうのであった。
 この時グーダルズも訓練に参加していた。彼はティアマト級巨大戦艦の中の一隻に砲術士官として乗り込んでいた。
「よし、撃て!」
 艦長の命令に従い指示を下す。それに従いティアマト級巨大戦艦の主砲が一斉に火を吹く。
「どうなった!?」
 彼はもう初老に達している先任下士官に問うた。見れば最上級曹長の階級章を着けている。
「ハッ」
 問われたその最上級曹長は返答した。
「全弾命中しました」
 モニターを見てそう報告した。
「そうか。それは何よりだ」
 彼はそれを受けて微笑んだ。彼等も訓練中であるから作業服を着ている。連合軍においては兵士や下士官は青、将校は紫の作業服となっている。
「それにしてもこの艦の主砲は凄いな」
「そうでうね」
 曹長はそれに頷いた。
「まるで要塞の主砲ですよ。巨砲なんか見たこともない程です」
「そうだな」
 グータルズも頷いた。
「こんな巨艦を建造するだけでも信じられないが一隻だけじゃないしな」
「はい」
「一個艦隊ごとに一隻ずつ旗艦としてか。サハラでは考えられない話だ」
「全くですな」
「ところでこの艦の名前は司令が決められたのだったな」
「ええ」
 曹長は答えた。
「メフメットといいましたな、確か」
「ああ、メフメットだったな。この艦は」
 実は名前がついてまだ数日しか経っていないのである。ティアマト級の中でも新造艦であった。かってコンスタンチノープルを占拠したオスマン=トルコの名君の名である。
「この艦の名にちなんでいきたいものだな」
「全くです」
「狙うはわかっているな」
「無論」
 曹長は頷いた。
「コンスタンチノープルではなく」
 グーダルズはニヤリと笑った。
「オリンポスです。憎きエウロパの首都」
「ああ」
 それこそが彼等の目標であった。彼等の目は遥かな敵の首都を見据えていたのであった。
「ふむ」
 サハラ義勇軍の資料を読みながらラビルヘンは考えていた。
「思ったよりもずっといいな」
「左様ですか」
 傍らに控える副官のリー=ミケンズがそれに問うた。大佐の階級を持つ黒人である。ハイチ出身である。
「うん。実は彼等の士気について懸念していたのだ」
「士気ですか」
「そうだ。果たしてサハラの彼等が我が軍に馴染めるかと思ってな」
「それでしたら面白いことになっています」
「面白いこと」
「はい」
 ミケンズは答えた。
「サハラ義勇軍に独特の風潮が生まれつつあります」
「ほう」
 それを聞いたラビルヘンは顔を上げた。
「一体どのようなものかね」
「はい。仲間意識ですが」
「サハラの者同士からくる」
「そうですね。互いに助け合い連帯意識が強まっております」
 本来軍にはそうしたものを育む土壌がある。そうでなくては戦争はできない。だが連合軍は軍そのものをビジネスであると考える風潮が強く、そのうえ連合の個人主義もありそれは弱かったのだ。
「それをもとにどのような困難な訓練にも励んでおります」
「それはいいことだ」
 ラビルヘンはそれを聞き頬を緩めた。
「本来はそうでなくてはならないのだがな」
「はい」
 ミケンズもまた連合軍のいささかドライな考えには不安を持っていたのだ。
「それでは彼等をより鍛え上げることもできる」
「はい」
「将に精鋭だな。我が軍にとって最大の」
「そうですね。そして極論を言えば」
「火事場に飛び込んでくれる存在です」
 少なくともそう見られてはいるのがサハラ義勇軍であった。彼等は連合の者ではないのだから。だがその装備や待遇は連合のものであり事情は複雑である。
「いざ戦いとなるとそうした部隊も必要だからな」
「はい」
「彼等がそれを果たしてくれるというのなら有り難い」
「そうですね。ただでさえエウロパ軍に比べて我が軍は将兵の質や士気では不安があります」
「うむ」
「物量においては圧倒的にあり、艦艇の火力や防御力、情報収集能力において勝っているといっても」
「そうだな。それだけで勝てるとは思わないことだ。それに我々は勝つことよりも優先させなければならないことがある」
「わかっております」
 ミケンズは答えた。連合特有の問題であるが戦死者を出さないことであった。戦死者を出せばそれだけ多くの批判が軍に来る。それだけではない。志願者も減れば今まで手塩にかけて育てた貴重な人材もいなくなる。それに遺族への補償もある。連合はとかく軍人の命が高い国であった。
「それだけは避けなければならないぞ」
「はい」
 ミケンズは頷いた。
「それだけにやはり彼等の存在は貴重なものとなりますね」
「そうだな。それだけに彼等の人材登用は大胆にやりたい」
「はい」
「彼等には通常の軍よりもさらに実力主義でいこう。まずは」
 彼はここで先の訓練のデータに目をやった。
「艦長クラスだが。まだティアマト級の艦長に空きがあったな」
「はい」
「それに人材を抜擢したいな。そうだな」
 ラビルヘンはそう言いながら資料を見ていた。
「このグータルズ少佐だが」
「はい」
「砲術士官としての能力が凄いな。全弾命中させているではないか」
「ええ。それにより中佐に昇進しております」
「早いな。だがそれではまだ不十分だ」
「と言いますと」
「もう一階級昇進だ。大佐になってもらう」
「大佐に」
「そしてティアマト級の艦長を務めてもらおうか。どう思うか」
「幾ら何でもそれは」
「早いかな」
 彼はそう言いながら副官に目をやった。
「そうではないでしょうか」
 ミケンズは上官のその問いに遠慮がちにそう答えた。
 

 

第八部第三章 異邦人その二


「彼はまだ二十代です。その若さで艦長というのは」
「さっき言ったように義勇軍は能力主義だ」
「はい」
「もっともこれは連合軍自体がそうなのだがな。少なくとも建前は」
 実際には完全にはいってはいない。ある程度年功序列もあれば各国の利害の衝突もある。どうしてもポストや階級が大国出身の軍人のものになってしまうのだ。大将、艦隊司令クラスまでは艦隊が多く、ポストもまた多い為それは顕著ではないが元帥となると違う。八条はそうしたことを嫌い、あくまで能力主義に徹しているのが救いであるがそれでもやはり限度というものがあった。特に連合においては二十人までと定められている元帥においてはそれが顕著に出る。アメリカ出身のマクレーンや中国出身の劉が元帥となっているのは彼等の能力故だが祖国の影響もやはりあるのである。アフリカ諸国や新興諸国に元帥のポストが少なく、太平洋諸国に多いのはやはり偶然ではないのである。日本人の元帥がいないのは長官である八条が日本人であるというのもやはり関係していた。ここにも連合の持つ複雑な利害関係があった。
「だが実際にはそうそう建前のようにはいかないものだ。何事もな」
「全くです」
「エウロパはエウロパで貴族主義でいっているがな。ああした階級社会とどちらがましなのかはわからんが」
「それはもうわかっていることです」
 だがミケンズはここでこう答えた。
「わかっていることか」
「はい。総監は確か猟師の家に生まれられたのですね」
「ああ。恐竜相手のな。かなり大変だぞ」
 それはもうさながら軍の攻撃のような狩りであった。巨大な恐竜を追い、そしてそれを仕留めるのである。重装備で動くかなりのハードな仕事であった。
「見入りがよくてな。代々それを営んでいる。親父も妹の夫婦も今もやっているよ」
「そうですか。私の家は銀行員です」
「ほう」
「一介のサラリーマンといったところです。父はようやく支店長になりましたが」
「いいのではないか。そちらの銀行のことを知っているわけではないが」
「まあ順調な出世ですね。しかし軍に入ると言ったらあまりいい顔はされませんでした」
「何故だね」
「サラリーマンになって欲しかったそうで。けれど私はたまたま大学の軍学部に合格しまして」
「それで軍に進んだと」
「はい。親は一浪して他に進んではどうかと言ったのですが。浪人するのも嫌でしたし」
「そして軍人になったか。人の人生はわからないな」
「全くです。しかし言い換えると誰でも軍人になれるのです」
「うむ」
 それは同意であった。
「そして将校になれる。無論他の職業にも就ける。エウロパにはないものでしょうね」
「階級社会ではな。どうしても制限される」
「そうした制限がないだけ連合はエウロパよりも遥かにいと思いますが」
「各国の衝突があってもか」
「エウロパでもありますし、それは」
 これは事実であった。エウロパも多くの国家で構成されており、それぞれの国の間での利害の衝突がやはりある。だが中央政府の権限が強い為連合のそれ程顕著ではない。だがあるのは事実である。
「各国の衝突があるといっても実力がやはり影響するのも事実です」
「それはそうだな」
「エウロパでは貴族以外の高級将校なぞ殆どいないではありませんか」
「政治家や高級官僚にもな」
「はい。それを考えるとやはり我が連合の方が何かとよろしいかと。少なくとも道は遥かに開けております」
「道か」
「はい」
「それが多くあり、開けているからこそよいのだとは限らないかも知れないがな」
「といいますと」
「いや、何でもない」
 だがラビルヘンはそれには答えなかった。
「まあ義勇軍は徹底的に実力主義でいこう。いいな」
「そうするのですか」
「そうだ。火事場に飛び込む部隊だ。精鋭主義でいくぞ」
「それならば」
 ミケンズも同意した。
「私には異論はありません」
「わかった」
 彼はそれを受けて頷いた。こうしてサハラ義勇軍はそれまでとは違った軍となるのであった。そして能力のある者は各国の利害関係や年功序列に関係なく取り立ててられていったのであった。それはグータルズもそうであった。
「まさかこの艦を与えられるとは思わなかったな」
 彼は新造されたティアマト級巨大戦艦の艦橋に入るとそう呟いた。
「感慨深そうですね」
「艦長になるとは夢だからな」
 艦艇に乗り込む将校にとっては皆そうである。
「やはり思うところああるさ」
「そうですか」
 傍らにいる部下はそれに応えた。
「ですがこれだけの巨艦となると動かすのはかなり難しそうですね」
「そうだな。それは今から実感している」
 艦橋だけでもかなり違っていた。まるでホールの様な巨大さであった。
「だからこそやりがいがあるが」
「この艦が動かしにくいか」
 ここで後ろから声がした。
「?」
 グータルズと部下は後ろを振り向いた。そこにはレイミーがいた。
「あ、閣下」
「この艦は特別でね」
 レイミーはにこにこしながら二人に語った。
「操艦にもコンピューターの技術をこれまでよりも使っているんだ」
「そうなのですか」
「そうだ。だから操艦もこれまでの艦とは全く違うよ。もっともこれは他の艦艇にも言えることだが」
 操艦も重要であった。それが容易ならば作戦や戦術がたて易いからである。
「だから艦艇の乗組員も連合のものはサハラやエウロパより少ないのですね」
「よくわかってるね」
 レイミーはそれについて問われさらに機嫌をよくした。
「そのそれだけ乗組員の居住についても考慮できる」
「居住ですか」
「そうだ。何か不都合があるかね」
「え、いえ」
「それは」
 二人はレイミーの不思議だと言わんばかりの言葉に言葉を詰まらせた。徴兵制であった彼等の祖国においては居住なぞは考慮されていなかったのだ。あくまで実戦の為である。兵役は義務なのであるから当然であった。
「貴官達も居住に対して不満はないかね」
「不満ですか」
「それは特に」
「そうか。それならばいいんだ」
「はあ」
「居住に問題があっては士気やモラルにも関わるからね。それには配慮しているつもりだ」
「そういうことにも配慮が為されているのですか」
「そうだ。貴官達も劣悪な状況に長くはいたくはないだろう」
「はい」
「誰だって同じだ。そういうことだ」
「わかりました」
 答えながらも別世界にいるようであった。やはり彼等にとっては全く次元の違う話であった。
「次にこの艦のことだが」
「はい」
「グータルズ大佐、貴官は前は砲術士官だったね」
「はい」
 グータルズはそれに答えた。
「これと同じ型の艦に乗っていたという。実際に砲を取り扱ってどう思ったかね」
「そうですね。コントロールが容易でした」
「ほう」
「そしてその火力に驚きました。まるで要塞です」
「要塞か。これはいい」
「しかも艦載機まで多いですし。あちらについては詳しいことは知りませんが」
 そちらは航空士官が取り扱っているのである。知らないのも当然であった。
「だがどれだけの数が搭載されているかは知っているね」
「はい」
「この艦は空母の側面もある。それはよく認識してくれ」
「わかりました」
「そして通信や電子も違うのだ」
「それもですか」
「この艦は艦隊の旗艦となる。通信技術も最新のものを多量に取り入れている」
「はあ」
「一個艦隊を統率する能力は優にある。だがそれだけではない」
「といいますと」
「相互に連絡を取り合うことが出来るのだ。それにより艦隊ごとで連携がとり易い」
「そこまで」
「どうだ、凄い艦だろう」
「はい」
 グータルズは感銘すら覚えていた。
「こんな艦は聞いたことがありません」
「それだけに造るのには苦労したよ」
 レイミーは感慨深そうにそう呟いた。
「しかしそれだけの介があった」
「はあ」
「これからも頼むよ。そしてこの艦を使って戦いに勝って欲しい」
「わかりました」
 グータルズはそれを受けて敬礼した。そして彼等はまた訓練の場に戻るのであった。
 レイミーは艦を降り地球に戻った。彼にもまた仕事があるのである。
「さてと」
 グータルズは艦長の椅子に座りあらためて艦橋全体を見渡した。
「この椅子を暖めている暇はないだろうな」
「はい」
 部下はそれに答えた。
「ところで貴官の官職氏名は何というか」
「ハッ」
 問われたその部下は敬礼をして答えた。
「ラシード=ウッディームです。階級は少佐であります」
「そうか。どの国の出身か」
「アガデスです。残念ながら今はもうありませんが」
「アガデスか」
「はい」
 モンサルヴァートにより滅ぼされた国の一つである。
「私もだ。立場は同じだな」
「はい」
「ならば共に戦おう。そして」
「彼等に復讐を」
「うむ」
 グータルズの目の光は強くなっていた。そしてその目は遥かなエウロパを見据えているのであった。 

 

第八部第三章 異邦人その三


「やれやれ、忙しい」
 連合の交通路は数多くある。その中でも地球への航路はとりわけ交通が多い。だが最近は事情が少し異なっているのである。
「今までここはそんなに人の往来が激しくなかったけれどなあ」
 宇宙ステーションの駅員がそうぼやいていた。彼は宇宙船の入港及び出港の業務でもう目が回りそうだったのである。見れば痩せたひょろ長い若い男であった。白人であるが肌はやや黒い。
「折角暇な場所に来たと思ったのに。災難だなあ」
「何を言っとるんだ、君は」
 ここで壮年の男の声がした。
「忙しいのは駅員として冥利に尽きるだろうが」
「あ、駅長」
 若い駅員は彼に声をかけた。見れば壮年で白い頬髯の男がそこに立っていた。
「わしの若い頃はそれは凄かったのだぞ」
「それはもう何度も聞いていますよ」
 彼はうんざりした顔でそう答えた。
「けれど私は忙しいのが苦手なんですよ」
「軟弱なことを言うなあ」
 駅長はその言葉に呆れてしまった。
「忙しいとそれだけ働いたという意識があるだろう」
「給料は一緒ですよ」
「やれやれ」
 駅長は駅員のそんな言葉を聞いて溜息をついた。
「どうやら君は根本から鍛えなおさんといかんな」
「別にそうしてもらわなくて結構ですけれど」
「どやらそうしても無駄なようだな」
「はあ」
 もう完全に呆れてしまっていた。
「まあいい。それで今日の船は何処に向かっているのが多いかね」
「ガンタース星系ですね」
「ほう」
 駅長はそれを聞いて声をあげた。
「ガンタースにか」
「はい。これがそのデータです」
 駅員はここでその日入港した船の出港先を書いたデータを差し出した。
「その殆どがガンタースに向かっております」
「本当だな」
 どうやらこの若い駅員は怠け者ではあるが仕事はそれなりにできるようである。最もやる気は微塵も見られないが。
「そして貨物船ばかりでしたね。客船はありませんでした」
「そうだろうな」
 ガンタースが要塞群であることは連合にいる者ならば誰でも知っていた。
「戦艦等はなかったか」
「そうした艦はありませんね。もっとも別の航路はわかりませんが」
「ふむ」
 そちらは彼等の勤めている会社とはまた違った会社の航路である。だから彼等もすぐには知ることは出来ないのである。
「乗り入れはあったか」
「ありました。かなり多いです」
「それも全てガンタース行きなんだな」
「はい」
「そうか。どうやらかなりの物資が集められているようだな」
「そのようですね。けれど我々にはそんなことは関係ありませんよ」
「それはそうだ」
 彼等はあくまで駅員である。民間企業である。軍事関係だとしてもそれに首を突っ込む理由はない。少なくとも彼等の様な一宇宙港の駅員達の仕事ではない。
「わし等は船の出入港を満足にしておればよいからな」
「そういうことです」
 若い駅員の言葉は妙に説得力があった。
「自分の仕事をしていればいいんですよ。俺はそう思いますよ」
「じゃあ真面目にやれ。いいな」
「はいはい」
「はいは一回だ」
「はい」
「・・・・・・本当に不真面目な奴だな、君は」
 二人はそんなやりとりをしていた。とりあえず彼等の仕事は気楽なものであった。だが中にはそうそう気楽ではない者もいるのである。
「やれやれといったところだな」
 連合軍後方支持部長コアトル元帥は連日自分の下に送られてくる書類の山にいささか辟易していた。
「書類だけでもこれだけあるのか」
「残念ながら」
 背広を着た男がそれに応える。
「これからまだまだ増えますよ」
「勘弁してくれ」
 思わずそう言った。
「このままだと執務室が書類で埋まってしまうぞ」
「既にガンターズは物資で埋まっていますが」
「それでもまだまだこれからだそうだな」
「はい」
 背広の男は答えた。
「まだ艦隊の集結も為されておりませんし。話はこれからです」
「それに宣戦布告もまだだ」
「はい」
「それでこれか。実際に戦争になったら後が思いやられるな」
「それはそうですが」
「二千個艦隊の物資となるとまさに天文学的数字だな。その書類にサインするだけでも大変だ」
「企業ではそのおかげで潤っているところもありますけれどね」
「これだけの物資が調達されて動くのだ。それも当然だろう」
「保険業界が軍人に色々とアプローチをかけているそうですよ」
「何という奴等だ」
 これにはコアトルも呆れた。
「死ぬのを楽しみに待っているようだな」
「彼等にしてみればそれが仕事ですから。一概に悪いとは言えませんよ」
「それはわかっているつもりだ。そんなことを言ったら葬儀屋は全員極悪人だ」
「その葬儀屋も色々楽しみにしているそうですよ」
「我々が死ぬのがそんなに嬉しいのか」
「ですからそれが仕事なのです」
「そうだったな」
 コアトルは顔を苦くさせた。
「そのかわり彼等の無事を祈る者もいますよ」
「家族か」
「あと医者です」
「・・・・・・そうだろうな」
 彼等にとっては仕事が増えるからである。患者も多過ぎてはたまったものではない。
「あと宗教家。将兵のところに来てその心の平穏を導いているそうです」
「それはいいことだな」
「占い師も繁盛していますね。そうした関係のグッズが売れているとか」
「それは面白いな。だが国の財政は大変だ」
「国防費はもう火の車ですからね」
「ああ」
 国防省の財政も無限ではないのだ。予算の配分は厳しく決められているのだ。
「あれだけではとても足りないだろうな」
「それで長官も頭を悩ませておられるようです」
「当然だな。戦争は資金がなくては何もできない」
「はい。それは経営でも同じですが」
「全くだ。変なところだけ一緒だ」
 コアトルはそう言って溜息をついた。
「それで次官はかなり動いておられるようだな」
「そのようですね」
 彼等はここで国防次官について言及した。
「予算の獲得に必死になっておられるそうですね。最近あちこちを飛んでおられるようです」
「次官も次官で大変なのだろうな。それでどうなると思う」
「予算ですか」
「そうだ。獲得できないとなればえらいことだぞ」
「私からは何とも言えません」
 そう答えるしかなかった。
「そうか」
 それはコアトルもわかっていることであった。
「次官に期待するしかないか」
「はい」
 八条はこうした予算の獲得といった仕事は得意ではなかった。温厚で淡白な性格故か粘りに欠けるのだ。しかも育ちの良さ故か金といったものに対する執着もない。これは彼の基盤と実家がしっかりしており、選挙においても資金には困っていないからでもあった。普通連合の政治家といえば選挙資金の確保やスタッフへの給料等に常に頭を悩ませなければならない程なのである。利益を代弁している企業や市民団体、組合等から援助を受けたり支持者からの援助や自分の副業で得た金やそうしたものを使って何とかやりくりしている場合が多い。政治には何かと金がかかるものなのはやはり民主政治においては宿唖と言うべきものであるが連合においてはそれが顕著であった。だが八条はそれについては考慮する必要がないという極めて恵まれた立場にいたのだ。
 

 

第八部第三章 異邦人その四


「長官の唯一の欠点だろうな」
「本当に。まあ仕方ないですが」
 八条は得た資金をどう活用するかは上手い。しかしその資金の獲得の方法を知らないのである。それこそが問題なのであった。政治というものはやはり何をするにあたっても資金が必要なのであるから。
「そうした汚れ仕事を引き受けるのは次官しかいないか」
「そうですね。ここはあの人に全てを任せましょう」
「うむ。そうするしかないだろうな」
「はい」
「あと貴官に一つ言っておくことがある」
 コアトルはここで話題を変えた。
「何でしょうか」
「長官の欠点はもう一つあった」
「ありましたか?」
 ミケンズは怪訝そうな顔をした。
「ああ。女性の心理を読めないということだ」
「確かに」
 ミケンズはそれを聞いて頷いた。
「それもかなり極端にですね」
「本当にな。よくあれだけ鈍感でいられるものだ」
「何でも長官の母国の陛下からチョコレートを賜ってもそれが何故か今一つわかっておられなかったそうですから」
「そういう人なのだ、あの人は」
「最近ではもう一人ライバルが出たそうですよ」
「聞いているよ」
 コアトルはそう答えて笑った。
「あの甘いものが何よりも好きな才媛だろう」
「はい。相変わらず長官は気付いておられないようですが」
「不思議なものだ。あれだけのルックスであれだとは。普通美男子といえばプレイボーイなのだが」
「長官の母国の古典のように」
 源氏物語のことであるのは言うまでもない。連合においてはかなり知られた古典である。ただ原本は文章があまりにも難解なので現代語訳されたものが読まれる。それに古代の日本語を解読できる者は学者でもない限りいないのである。
「何でもかなりの漁色家の話だったな」
「ええ。総監は読まれたことはないのですか」
「平家物語と太平記ならあるが」
 軍記ものとして有名な二作である。
「特に平家物語はいいな。実は恋愛ものは読まないのだ」
「左様でしたか」
「そのかわり妻が好きだ。この前は源氏物語の舞台に付き合わされた」
「それはまた」
「何日も続くあれをな。通しというのか」
「はい」
 歌舞伎の用語である。一つの演劇の最初から最後までを一通り上演するのである。歌舞伎は一つの場を上演することが多いことからそういう呼び方となったのである。
「最初から最後まで付き合わされた。かなり疲れたぞ」
「ニーベルングの指輪みたいなものでしょうか」
 ドイツの音楽家ワーグナーの作り上げた大作である。四日かけて上演する。全十五時間にも及ぶ壮大な楽劇である。
「あれよりずっと長い」
「はあ、あれよりですか」
 これにはミケンズも面食らった。
「疲れた。それで休暇は消えてしまったよ。これも家族サービスだと諦めているが」
 実は彼は愛妻家としても知られているのである。
「それに少しは知識がついたかな、とも思っている」
「ですね」
「要するに一代の好色貴公子の話だ」
「一言で言うとそうなるかも知れませんが」
 これにはミケンズは異論があった。
「名作でありますよ」
「ふむ」
 それを聞いてコアトルは腕を組んで考え込んだ。
「そうなのだろうがやはり好きにはなれなかったわ。妻には済まないが」
「そうですか」
「まあ長官とは全く違う主人公だと思ったがな。さて、その長官だが」
「はい」
「予算の獲得はまた別の仕事だ。だがそれでも頑張ってもらわないとは」
「そうですね」
 これにはコアトルも同意した。やはりトップがしっかりとしていないと駄目であるのだ。

 国防省の次官はイリア=シャリアピンという。金の髪に黒い瞳の地味な外見の白人の男である。中肉中背で容姿もこれといって目立たない。黒ブチ眼鏡がよく似合っている。髪型も七三分けにしておりよく銀行員と間違われる。リトアニア出身でありかっては財務省にいた。だが国防省が設立されるとそこに移籍したのである。これは財政面を担当するスタッフが必要であるという大統領の決断からであった。財務省としても特に拒む理由もなく国防省にすんなりと移ることとなったのである。
 彼は次官となった。そして八条の仕事をサポートする立場となった。所謂裏方であり目立たないが彼はそれを不満とは思っていないようであった。
「人間色々な人生がある」
 よくこう言われる。
「中には日陰で裏方として生きている者もいるだろう」
 そしてこうも言われる。そうした者は実際に多い。
「しかしそうした者がいないと世間は動かない。そうした者もまた必要なのだ。そして裏方であることにはかなんではならない。何時か彼等にも日が差すのだから」
 あくまで理想であり空虚にも聞こえるがこれもまた真実の一面であろう。カレーラスが持っているバイソングループの野球チームの監督であるウェストが優勝する前にそう言ったがこれにより多くの者が元気付けられたものであった。
 次官は所謂裏方である。長官では出来ないような仕事も担当する。その中には長官の不得意な分野もある。それこそが予算の獲得であったのだ。
「ふむ」
 彼は次官室で一人資料に目を通しながら呟いていた。
「やはりこのままでは作戦の発動及び継続は不可能だな」
 低く抑制のきいた声であった。ややもすれば無機質に聞こえる。
 彼は電話を手にした。すぐに相手が出て来た。
「国防省のシャリアピンですが」
 彼は相手にまず名乗った。
「今からそちらにお伺いしても宜しいでしょうか」
 返事はすぐに返ってきた。
「わかりました。それでは後程」
 そして頷くと電話を置いた。だがすぐに電話をまた手にした。
「次官です」
 彼はそう相手に対して言った。
「ええ、すぐに出ます」
 口調はやはり変わらなかった。
「はい、もう準備はできていますか。それは何より」
 頷いていた。その頷き方は事務的なものがあった。
「それでは。今からそちらに向かいます」
 そして電話を切った。彼は立ち上がると席を立った。そして部屋を出て扉の札を外出中にしてから国防省を出た。
 駐車場に行くと車が一台待機していた。彼はそちらに向かった。
「行きますか」
「はい」
 運転手は頷いた。彼は後部座席ではなく助手席に座ると車を発進させた。扉も自分で開けた。
「財務省で宜しいですね」
 運転手は彼に行く先を尋ねた。
「はい」
 彼は答えた。その目は前のみを見ている。
「そちらにお願いします」
「わかりました」
 こうしてシャリアピンは財務省に向かった。彼は財務省に入ると長官室には向かわなかった。次官室に向かったのである。扉の前に来るとノックをした。
「どうぞ」
 中に入ると黒い髪の紳士が立っていた。
「お久し振りですね」
「はい」
 シャリアピンはそれに答えた。
「ご用件はわかっておりますよ」
「やはり」
 シャリアピンはそれを聞いてもさして驚かなかったようである。
「それでは話が早い。早速話に入りましょうか」
「少し待って下さい」
 だが紳士はここで彼を制止した。
「何故ですか」
「食事の時間です」
「おや」
 そう言われたシャリアピンは壁にかかっている時計に目をやった。見ればもう十二時である。
「そういえばそういう時間ですね」
「どうです、ご一緒しませんか」
「お話をしながらなら」
「いいでしょう。ではここで食事を採ることにしましょう」
「はい」
 こうして二人は次官室のテーブルに座った。紳士は電話で食事を部屋に持って来るように伝えた。
「メニューはどうしますか」
「今日のお勧めを」
 彼はそう答えた。そしてすぐにシャリアピンとの話に入った。
「さてと」
 紳士はまず前置きをした。
「財務省ではかなり予算に困っているようですね」
「否定はしません」
 シャリアピンはそう答えた。
「エウロパと戦端を開くとなるとかなりの戦費が必要です。しかし」
「戦争を継続するだけの予算がないと」
「そういうことです。まずは動員される艦隊等の移動やその補給でもかなりの費用がかかります」
「ふむ」
「そして戦うとなると。その戦費は途方もないものとなります」
「そうでしょうね。艦を一隻を動かすだけでも金がかかります」
「はい」
「宇宙海賊を征伐するだけでもかなりの費用がかかります。ましてや他国との全面戦争になると」
「おわかりですね」
「はい」
 紳士は答えた。
「私も以前は軍需産業におりましたから」
「そうでしたね」 
 この紳士の名はロンド=サックスという。ビッグリバー連邦出身でありかっては祖国のとある軍需産業において経理部門のトップを務めていた。だが財務省からスカウトを受け出向という形で次官に就任したのだ。
「ですからそれなりには理解しているつもりです」
「はい」
「八条長官は何と仰っておますか」
「長官は何も仰いませんね」
「そうですか、やはり」
 そうしたことには一切不平等を口にはしないのが八条である。
「それは私の仕事です。ですからこちらに参りました」
 ここで扉をノックする音がした。
「どうぞ」
 サックスは入るように言った。そして料理が二人の前に並べられた。メニューはベトナム料理であった。 

 

第八部第三章 異邦人その五


「ほう」
 二人はそれを見て思わず声をあげた。生春巻きとビーフンに大蒜を効かせた肉団子、ベトナム風のお好み焼きであった。それに白い御飯もある。米は細長い米であった。
「この米とは有り難いですね」 
 シャリアピンはその米を目にして目を細めた。
「長官は日本の方でして」
「それは知っていますよ。ならば」
「はい。長官は日本の米がお好きでしてね。私の舌には今一つ合わないのです」
「私もですよ」
 サックスはそれに相槌を打った。
「どうもベタベタしているような気がしますね」
「そうです。それがどうも苦手でして」
 彼はその顔を微かに苦いものにさせた。
「長官や秘書官の木口君はそれがいいのですけれどね。私は生憎」
「カレーなんかでもあの米ですよね」
「ええ。よく御存知ですね」
「日本に行ったことがありますから」
 サックスはここでそう答えた。
「あそこで日本のカレーを食べたことがあります。やっぱりあの米でしたよ」
「そうでしょうね」
「ところがあのルーにはあの米が合ったりします」
「そうなのですか」
「はい。まあ料理に合ったということでしょうね」
「そうですか」
「ベトナム料理にはこの米が一番ですが」
「はい」
「和食にはあの米です。国防次官もそうは思われませんか」
「言われみれば」
 彼はここで八条や木口達と共に食べた和食を思い出した。煮魚や野菜の煮付け等である。
「そうかも知れませんね。やはりあの米は今一つ好きにはなれませんが」
「米も料理を選ぶということですよ。では今は」
「このベトナム料理を楽しむとしますか」
「はい」 
 二人は箸を手にした。そして料理を口にしながら予算の話を再開した。
「この話八条長官は御存知ですよね」
「当然です」
 シャリアピンはそう答えた。
「ですからここに来たのです」
「ですか。ならいいです」
 サックスはそれを聞いて納得したようである。答えながら生春巻きを口に入れた。口の中に生野菜と海老の味が拡がっていく。
「私から提案して通してもらいました。とにかく今後エウロパと戦えるだけの戦費を調達しなければならないと。直訴でしたよ」
「直訴ですか」
 それを聞いたサックスの箸が一瞬止まった。
「はい」
 シャリアピンは眉一つ動かさずそれに答えた。
「直接申し上げなければ意味がないでしょう」
「確かにそうですが」
「長官は話のわかる方ですから。すぐに認めて下さいましたよ」
「よかったですね」
 やはりワンマンな上司やリーダーはいるものである。サックスは企業におりそうした者を多くみてきた。そしてそれに反論する者が更迭されたり追い出されたりするのを見てきたのである。
「言われましたよ。それならお願いがありますと」
「お願い」
「充分な予算を貰って来て下さいとね」
「成程」
 ここでサックスは肉団子を口に入れた。
「鳥、いや違うな」
「雉ですね」
 シャリアピンがそれに答えた。
「雉」
「ええ、この味は」
 シャリアピンも肉団子を口に入れていた。そして味わっていた。
「鳥と少し違うでしょう」
「確かに」
「そしてこれはカウナス星系の雉です」
「よくそこまでおわかりですね」
「私の出身地ですから。それに雉は好きで子供の頃からよく食べていました」
「そうだったのですか」
「はい」
 彼は淀むことなくそう答えた。
「他にも鴨や鶉等もよく食べました。何しろ鳥が多い星でしたから」
「そうだったのですか。道理で」
「次官の故郷でも鳥はよく食べられますね」
「ええ」
 彼はそれに答えた。
「鶏が主流ですけれどね」
「鶏ですか」
「はい。私はその中で軍鶏が好きですね」
「軍鶏。ああ、闘鶏で使われる」
 日本やタイにおいてよく行われる競技である。鶏同士を戦わせるのだ。当然のようにそこでは賭けも行われる。競馬や競輪、同じジャンルで言うと闘犬と同じである。
「はい。年をとり引退した軍鶏の肉が好きですね。少し固いですが」
「固い肉はヨーグルトに漬けてくとよいですよ」
「そうなのですか」
「はい。これはマウリアでよく行われることですけれどね。そうすれば肉がかなり柔らかくなります」
「ふむふむ」
 彼はまた団子を食べながら頷いていた。
「よい勉強になりました、それは」
「牛ならパパイアの酵素がいいそうです。アメリカ人でもなければ食べられないようなゴムの様な肉もそれで食べられるようになります」
「ゴムですか、アメリカ人の食べる肉は」
「私の顎にとってはそうです」
 どうやらこのシャリアピンという人物は外見に似合わず意外と食道楽のようである。
「もっとも私が一番お勧めの肉料理はパパイアを使ったものではありませんが」
「といいますと」
「私の名を冠したステーキです」
「あれですか」
 そう言われてサックスもすぐに気付いた。
「はい」
 シャリアピンは頷いた。それはシャリアピン=ステーキである。二十世紀初頭に活躍したロシアのバス歌手フョードル=シャリアピンは美食家としても知られ、彼が日本に来た際とある料理人が彼を唸らせる為に作ったという。玉葱を利かせたワイルドなステーキである。
「あれは最高ですね」
「そうですね、確かに肉と玉葱は合う」
「はい。玉葱の辛みと実によく合って」
「そう言われると食べたくなってきましたよ」
「ははは」
 二人はそんな話をしながら食事を進めていたが食べるものが少なくなってくると話をまた仕事の方に戻した。
「ところで予算の方ですが」
「わかっておりますよ」
 サックスはそれに答えた。
「そちらも大変でしょう。ましてや今回は国家の大事」
「ならば」
「私としては予算を回すことにやぶさかではありません。議会もおそらく承認するでしょう」
「左様ですか」
「長官もおおむね了承して下さるでしょう。後は大統領と首相の裁決だけです」
「ならば大丈夫ですね」
「ところがまだ問題がありますよ。額です」
「額」
「それの如何によっては認められない場合もあります」
「国民にも、ですね」
「そうですね。今は開戦すべきだという意見が支配的ですしそれにより予算も通ると思いますが」
「予算の額によってはそれも変わると」
「はい。ですから私としてはあまり多くの額を要求されることはお勧めしません」
 これは当然であった。国家の予算は軍事費だけに使われるものではない。連合のように多くの国家、市民で構成される国家において軍事費だけに予算を集中させるということは今までなかったことである。これは連合が長い間他国との戦争を行ってこなかったことも要因であるがやはり開拓やインフラ、植民、福祉に多くの資金を割く必要があるからである。それは連合にとって軍事より遥かに重要な事柄であるのだ。そしてシャリアピンも連合にいるからこそそれはよくわかっていた。 

 

第八部第三章 異邦人その六


「そうですね。やはり見積もりではエウロパ全土を占領、維持できるだけの額が必要だとのことですが」
「膨大なものになりますね、それは」
「実際に全土を制圧しなくともそれだけの資金は必要だとの見積もりです」
「そこまで出せるかどうかといいますと」
「難しいですか」
「残念ですが」
 サックスはそう言って断った。
「それの八割程ならいけると思いますが」
「八割ですか」
「そうです。それで妥協して頂けないでしょうか。申し訳ありませんが」
「そこを何とか」
「いや、しかし」
 ここから静かであるが熾烈なやりとりがはじまった。財務省にも財務省の計画があるし、国防省にも国防省の計画がある。従って双方共退くわけにはいかなかった。
 やがて話は終わった。双方は妥協案を出し合った。
「では要求の予算の九割ということでどうでしょうか」
 二人はほぼ同時に同じ提案を切り出した。
「ムッ」
 それを聞いてお互い眉を上げた。
「決まりですね」
「はい」
 二人は頷き合った。こうしてシャリアピンは予算を何とかかくとくしたのであった。そしてそれはすぐに八条に報告された。
「九割ですか」
 八条は執務室でその報告をシャリアピン本人から直接聞いた。
「はい、申し訳ありませんが」
「何、それだけあれば充分です」
 しかし彼はそれを咎めようとしなかった。
「むしろ私が予想したより遥かに多い額で嬉しい限りです」
「そうなのですか」
「ええ。私が以前日本軍にいたことは知っていますね」
「はい」
「治安がいいせいか軍にはあまり予算を回してくれなくて。やりくりにはかなり苦労していたのですよ」
「そうらしいですね」
 日本の軍事費にかける割合の少なさは連合においても有名であった。少数精鋭、清貧と言えば聞こえがいいが歴代政権が軍事に対していささか手を抜いていたという側面は否定出来ない。実際に予算は少ないのに兵器は全て国産にこだわり輸出もせず、少しずつ作っていくので異常に高い兵器となっていた。その皺寄せはしっかりと他の分野に及んでいた。
「時には要求した額の三割程しか貰えなかった時もあります」
「それで何か出来るのですか?」
「やらなければ仕方ないので。いつも何かしていましたよ」
「そうなのですか」
 彼はそれを聞いて何故八条が予算の配分に長けているかを知った。過去の経験からだったのだ。
「私は大尉で退官しましたがね」
「はい」
「それでも色々とやりくりには苦労しました。しかも補給担当でしたので」
「補給担当でしたか」
「ええ。経理とね。これは以前お話しなかったでしょうか」
「いえ」
 これは流石に初耳であった。
「そうですか。なら仕方ないですね。それで船の会計等を担当していたのですが」
「大変でしたか」
「ええ、それはもう。とにかく予算がなくて」
「しかしそうしたことはある程度裏帳簿があるものでしょう」
 軍にもそうしたものは存在する。褒められたものではないがそれを持っており、上手く使うのもまた補給関係の人間としての力量の一つであった。
「それが我が国の会計はそうしたことへの監視が厳しくて」
「できませんか」
「はい。それにそれは邪道ですよ」
 ここで八条の潔癖症が出て来た。
「そういうことをしても結局は同じですよ」
「そういうものですか」
「はい。そうした努力をするよりやはり限られた予算を上手く使うことですね」
 それは正論であった。
「それが出来ないと同じことですから」
「それはそうですが」
 だが彼のそうした生真面目さにやはり戸惑いを覚えずにはいられなかった。よくないことは事実であるがそれを上手くするのもステータスと見られる風潮が確かにあるからだ。
「それで私はそういう考えで補給長をやってきました」
「上手くいきましたか」
「何とか。やろうと思えばやれるものですよ」
「左様ですか」
 だが相当な苦労があっただろうと予想できた。しかも容易に。だがあえてそれを選んだのはやはり金銭に困ったことがないという彼の独特の金銭に対する考えからくるものであろうと思った。そして同時にやはり彼はそうした裏の道を歩くことはできない人間だと思った。
「九割もあれば充分ですよ。ここは私に任せて下さい」
「充分ですか」
 これは彼にとっては致命的なリスクであったが八条はそうは考えていなかった。
「充分過ぎる程です。まあお任せ下さい」
「わかりました」
 シャリアピンは頷くしかなかった。彼のその微笑を見てしまったからだ。
 八条の魅力の一つとしてその微笑みがある。整った顔で優美に微笑むのだ。これにより多くの者の心を捉え選挙にも有利に進めてきた。政策や演説以外にもそうした魅力も政治家にとって必要なのだ。彼はごく自然にそうしたことができる人間であったのだ。
「それではお願いします」
「はい」
 これでこの話は終わった。ここでディカプリオが部屋に入って来た。
「あ、次官もおられましたか。これは都合がいい」
「私も?」
「はい」
 ディカプリオは彼に対しそう答えた。
「今しがた面白い情報が入りました」
「面白い情報」
「それは一体」
 八条もそれに興味を覚えた。
「宜しければお話してくれませんか」
「勿論です。その為にここに来たのですから」
 彼はそう答えて二人に話をはじめた。
「ティムール連合のシャイターン主席に妹がいるのは知っていますね」
「そうらしいですね」
「しかも絶世の美女だとか」
 二人はそれに答えた。
「しかしそれが一体」
「あちらの芸能界にデビューでもしたのですか」
 確かにそうなっても不思議ではない美貌ではあった。
「残念ですが違います」
 だがディカプリオはその問いを笑って否定した。
「もっと面白いお話です」
「もっと」
「はい。何だと思われますか」
「ううむ」
 二人はそれを受けて考え込んだ。
「婚約したとか」
 八条はポツリと呟いた。
「だとしたら婚約された御仁はかなりの幸せ者ですね。あれだけの美人はそうそうおりませんよ。私の妻程ではないでしょうが」
 ここでさりげなくのろけているがこれは他の二人になかったこととされた。実際に彼の細君は中々の美人として知られている。
「ご名答」
 ディカプリオはまた微笑んでそれに答えた。
 

 

第八部第三章 異邦人その七


「婚約の話が出ております」
「それはそれは」
 シャリアピンはその話に目を細めた。
「よいお話ですね。そして相手は」
「アッディーン元帥です」
 今度は悪戯っぽく笑ってそれに答えた。
「えっ!?」
 それを聞いて二人は思わず声をあげた。
「それは本当ですか!?」
「驚くことがありますか」
 ディカプリオはわざとおどけた様子でそれに答えた。
「ムスリムと結婚できるのはムスリムのみですよ。しかし同じムスリムであれば相手はどの様な立場や身分であってもよいのです」
「しかしそれでも」
 相手が相手であった。驚かずにはいられなかった。
「御二人の仰りたいことはわかっております」
 ディカプリオはそれに答えた。
「この婚約が本当だとすると何かあるのではないかと仰りたいのですね」
「ええ」
「そう考えるのが普通でしょう」
 二人は彼にそう答えた。
「そして何かあるのですか」
 シャリアピンが尋ねた。
「婚姻政策とか」
「私はそれだと考えております」
 八条にそう答えた。その顔は真摯なものとなっていた。
「オムダーマンのナンバー2となったアッディーン元帥と結び付きを深める為だと思います。そして同時にオムダーマンとの関係を深める。かってはよくあった話です」
「それはそうですが」
 実際にはこの時代でもあることであった。エウロパの王家や上流貴族達は最早互いに親戚同士であるような状況であったし連合においても皇室や王家同士での婚姻がある。他にも有力者の家でもあったりすることである。これは少なくなってもどの時代でもどの国家でもあることであった。
「とりわけサハラでは多い話ではないでしょうか」
「はい」
 二人は頷いた。実際に一族の結束や繫がりの深いサハラではそうした婚姻により互いの一族の結び付きを深めることがよくあるのである。尚この時代においても妻は四人まで持ってもよいことになっている。だがそれに多額の結納が必要であり、しかも複数の妻を公平に愛さなければならないのもまた同じであった。世の中というものは男に都合よくできてばかりいるものではないのだ。
「しかし一つ気になることがあります」
 だが八条はあえてここでこう言った。
「何でしょうか」
「シャイターン主席の御家のことは知っているつもりです」
「はい」
 彼等とてサハラのことに関して全く無知なのではない。国防省の要職にある者としてそれは許されないことである。当然シャイターン家が教団の法皇がおり、その財力と権謀により勢力を強めていった家であることも知っていた。
「当然アッディーン元帥のことも」
 そしてアッディーンのことも知っていた。彼がごく普通の公務員の家に生まれ幼年学校から軍人になったことも知っていた。オムダーマンには権門の家がサハラの他の国に比べて少ないことも知っているのである。
「それを考えるとアッディーン元帥との婚姻は今一つわかりませんね」
「私も長官と同じ考えです」
 シャリアピンもであった。
「どうせならハサンの権門の家との婚姻の方がよいのではないかと思うのですが」
「私もそう思います」
 ディカプリオもそう述べた。
「アッディーン元帥は確かに一代の名将と呼ぶべき人物ですが」
「ええ」
「それだけで婚姻を容易に結ぶとは思えません」
「というと他に何かがあるのですね」
「私にはそう思えてなりません」
 ディカプリオはそう言って顔に疑念を漂わせた。
「それが何かまではまだ結論は出ておりませんが」
「それでも何かあると」
「はい」
 彼は二人の上司にそう答えた。
「むしろ何かないと思う方が不思議ではないでしょうか。シャイターン主席の心の中までは到底読めませんが」
 彼とて神ではない。神ならざる者がそこまで出来る筈もなかった。
「ましてやマルヤム嬢は彼等にとっては大切なクイーンです。それ程重要な存在を容易に嫁がせるとは思えません」
「そうですね」
 二人はディカプリオの言葉に同意した。ここでディカプリオはチェスの駒を例えに出していた。
「だとするとどういう意図か」
「さしあたって考えられるのはハサンに対して何かするつもりなのでしょうが」
「ハサンに」
「はい。彼等がより勢力を伸張させるというのならハサンを滅ぼすでしょう。まずはエウロパの総督府ですが」
「エウロパの総督府ですらどうこうも出来そうになりませんが」
「それは我々の今後次第ですね」
 ディカプリオのその言葉を聞いた二人の目の色が変わった。
「成程」
 そして頷き合った。
「だからこそ同盟を結びたがったということですか」
 八条は状況を理解しだした。
「どうやらシャイターン主席は並々ならぬ野心を持たれているようですね」
「そのようですね。それもかなりの」
 シャリアピンも理解した。
「まずは我々とエウロパとの戦いで漁夫の利を得る。そしてそれから」
「大魚を捕らえる。周到ではありますな」
「しかしそう上手くいきますかね」
 ディカプリオがここで言った。
「まず我々自体がまだエウロパと戦うと正式に決まったわけではありませんから」
 確定的である、としてもだ。まだ流動的な要素が入る余地があった。
「ならば争わせるように仕向けるでしょうね」
 八条は冷徹にそう述べた。
「彼にとっては起こってもらわなくてはならない戦争なのですから」
「戦争を作るのですか」
「そういうことになります」
 普段とは表情が変わっていた。貴公子から冷徹な分析者となっていた。
「ただ、彼は我々が彼自身をどう見ているのかもわかっていると思います」
「そのうえでも必要とあらばやる、と」
「それがシャイターン家なのでしょうね」
 そうでなければあそこまでなれる筈もなかった。一介の傭兵隊長が瞬く間に一つの国家の元首にまでなったのだ。これは運だけで到底なれるものではなかった。
「目的の為には手段も選ばない。権謀も使う」
「そしてそれがサハラにおいて生きるに正しい道でした」
 ディカプリオの言葉にそう付け加えた。サハラは連合とは違う。多くの国家に分かれ互いに争ってきたのだ。一千年もの間彼等は争いを繰り広げてきた。それ故そうした権謀術数も発達したのであった。これもまた生きる方法であった。連合において開拓や産業が発達したのとベクトルこそ違うが同じなのである。
「悪いことではありませんよ、少なくともサハラでは」
「そうですね。そうした世界なのですから」
 シャリアピンが八条の言葉にそう応えた。
「ですが我々がそれに乗る必要はありません」
「はい」
 八条はそれに頷いた。
「今後ティムールには注意が必要です。一体何をするか」
「はい」
 今度は他の二人が頷いた。
「カバリエ外相にお話しておきましょう。今後サハラにおける情報収集を強化して欲しいと」
「そうですね。これは外務省にとっても重要な仕事です」
 他国の情報収集は国防省の諜報員だけで出来るものではない。外務省の協力も必要であった。無論それだけではなく他の省庁の協力も必要なのであるが。
「どうやらエウロパとの戦いの後も色々とあるようですね」
「さしあたっては我々はサハラには介入する理由もないのですけれどね」
「難民が出ず交易さえ保障されればですが」
「それは彼等次第です」
「はい」
 三人はそう頷き合った。そしてこの場での話は終わった。そしてそれぞれの仕事に戻るのであった。時は確実に動く。そして彼等はその中で果たさねばならないことを山の様に抱えている立場にあるのであるから。 

 

第八部第四章 総動員令その一


                総動員令
 連合が戦争への準備を着々と進めているその頃エウロパにおいても戦争への準備が進められていた。むしろそれは彼等の方が進めていたといっても過言ではなかった。
 なぜならば彼等の国力は連合とは比較にならないからだ。人口、経済力、軍事力においてそれぞれ三十倍の差がある。軍事力は今のところそこまで開いてはいないがそれでも大きな差があるのは事実であった。やはりそれが彼等の心理に大きな影響を与えていた。
「どうすれば連合を防げるか」
 彼等はそれだけを考えていた。
「少ない国力や兵力で防げるか」
 それが課題であった。そしてそれをどう為すかどうか考えていた。しかしそれが容易ではないことは言うまでもないことであった。だからこそ彼等は苦悩していた。
 中央の総統政府だけでなく地方政府といってよい各国の政府も苦悩していた。そしてそれは国民も同じであった。彼等は貴族も平民も皆如何にして連合と戦うべきかを考えていた。
「開戦は避けられない状況となっているな」
 ラフネールは自身の官邸の執務室でシュヴァルツブルグ及びモンサルヴァートを前にしてそう切り出した。
「我々と彼等の戦力差は最早取り繕えるものではない。だが戦わなくてはならない」
「はい」
 二人はラフネールの言葉に頷いた。
「今のところ戦力はどれ位集まっているか」
「志願兵も入れて三百個艦隊程です」
 シュヴァルツブルグがそれに答えた。
「宇宙艦隊司令長官が彼等を訓練中です。練度は順調に上がっております」
「そうか。それは何よりだ。やはり彼を長官にしたのは正解だったようだな」
「はい」
 シュヴァルツブルグはそれに頷いた。今のエウロパの宇宙艦隊司令長官はキーン=バルバロッサ=ローズのことを言っているのだ。なお彼はエウロパ元帥に昇進した。これもシュヴァルツブルグやモンサルヴァートと同じである。
「艦隊の練度を上げるのは彼に任せていればいいな。だが」
「はい。やはり数がとても足りません」
 シュヴァルツブルグはそう言った。彼等にとって最大の懸念はやはりそこであった。
「三百個艦隊、五億ではまだとても足りない」
「おそらく連合は六十億を優に越える兵を送り込んでくるでしょう。それを考えますと」
「より多くの兵が必要だな。だがどうして集めるかだ」
 ラフネールは眉を歪めてそう言った。
「彼等に対抗できるような兵力を揃えることは不可能としてもだ。戦えるだけの兵が必要だ。今ではとてもその域まで達してはいないだろう」
「はい」
「どうするかだ。志願を募るのももう限界だ。他に何かあるといえば」
「徴兵制ですか」
 ここでモンサルヴァートがそれを口にした。
「これならば兵をより集めることも可能ですが」
「それしかないか、やはり」
 ラフネールの顔に苦渋が浮かんだ。
「非常時とはいえとりたくはなかったが」
「仕方ないかと。ただその兵は精鋭でなければなりません」
「選抜徴兵制にするということか」
「実質的には。技術者や身体能力の高い者を兵士にすればいいかと思います。これによりより多くの兵が入ることでしょう」
「そうだな。ではそうするか」
「それが宜しいかと」
 ラフネールにもそれはわかっていた。そして何よりも逡巡している時ではないことがわかっていた。ならばそうするしかなかったのである。
「よし。議会に徴兵制の法案を提出しよう。すぐにそれの書類作りにかかってくれ」
「ハッ」
 モンサルヴァートはそれを受けて敬礼した。
「だが徴兵制だけではまだ不完全ですな」
 ここでシュヴァルツブルグが口を開いた。
「といいますと」
 モンサルヴァートがそれに問うた。
「兵士だけでは戦争は出来ないということです」
「成程。そういうことですか」
 彼はそれを聞いてこの老齢の軍務大臣が何を言いたいのか即座に理解した。そして答えた。
「それでは産業の方もそれに合わせるべきですね。国の全てを戦争に向けなければならない」
「総動員か」
 ラフネールがそれを聞いて呟くように言葉を漏らした。
「そういうことになりますな」
 シュヴァルツブルグはそれに低い声で答えた。
「やはりそれだけしないと連合と戦うのは不可能であると存じます」
「問題は間に合うかだな、戦いまでに」
「間に合わせるのです」
 シュヴァルツブルグの声が強くなった。
「そうでなければ我々は滅びます。むざむざ滅んでよいものでしょうか」
「まさか」 
 ラフネールはその言葉に首を横に振った。
「そう考えているならば今この場に君達二人を呼んだりなぞはしないさ」
「それを聞いて安心しました。では決まりですな」
「うむ」
 ラフネールは強く頷いた。
「総動員令も発しよう。すぐにな」
「はい」
「エウロパは一千年の歴史がある。だが今まで外敵に侵攻されたことはなかった」
 ラフネールはここで語りはじめた。
「そしてこれ程までの危機に瀕したこともなかった。増え過ぎた人口に悩まされることはあっても連合の脅威を隣に置いて
いてもここまではなかった」
「はい」
 二人はその言葉に頷いた。
「だが今その危機にある。そしてその危機を乗り越えなくてはならない」
「わかっております」
 それに答えた。
「その為にはどんなことでもしよう。例えこの命をゼウスやヴォータンに捧げようともな。それは卿等の命もだ」
「もとよりそれは承知のこと」
 シュヴァルツブルグがそれに答えた。
「エウロパの武人として当然のことです」
「私もです」
 モンサルヴァートもそれに答えた。
「この命、喜んで戦の神々に捧げましょう。エウロパの為に」
 エウロパにおける戦いの神は何人か存在する。アテナにアーレス、ヴォータンにティール等である。とりわけアテナとヴォータンが篤い信仰を受けている。イタリアやフランス、スペインの者はアテナを信仰することが多くドイツやスウェーデンの者はヴォータンを信仰する。かってのギリシアと北欧の神話体系の名残であった。
「では頼む。私もいざという時にはこのオリンポスを枕に討ち死にする覚悟だ」
「総統もですか」
「私とてエウロパの者だ。その誇りはあるさ」
 そう答えて微笑んだ。彼はフランスの子爵家に生まれたあまり大きくない貴族の家の者である。代々学者であり歴史学において知られた人物であった。政治家になっのは偶然の産物であった。かっての生徒が政治家になった折にスタッフとして迎え入れられたのであった。その学識を買われてのことであった。そこで政党の党首に見込まれて彼自身も政治家となることになった。そして遂にはエウロパの総統に就任したのである。
「武器を手にしたことはないがね。ペン以上に重いものを持ったことはないにしろだ」
 そう自嘲めかして言うがその目の光は違っていた。

 

 

第八部第四章 総動員令その二


「逃げたりなぞはしない。それは理解してくれ」
「わかりました」
 二人は彼の覚悟を受けて応えるしかなかった。
「それでは我々は仕事に取り掛かります」
「うむ、頼むぞ」
 ラフネールはそれに応えた。
「エウロパは卿等にかかっているからな」
「ハッ」
 二人は敬礼してそに応えた。そして部屋を後にした。
 官邸の廊下を進む。壮麗な装飾が所々に見られる。その中に溶け込むようにしてエウロパの美麗な軍服が見られる。連合の軍服が機能性を重視しているのに対してエウロパのそれは華麗さを強調しているのである。これはとりわけ将官の軍服がそうである。
 准将以上の者の軍服は丈が長くなっている。くるぶしまでかかる程長く赤と黒だけでなく金や銀も入っている。そして大将以上になると身に纏うのは軍服だけではなくなる。マントも羽織るのである。大将は白、上級大将は黒、そして元帥は赤となっている。シュヴァルツブルグもモンサルヴァートも華麗な軍服の上にマントを羽織っている。
 見れば官邸にも最近軍服の者が増えていた。それも丈の長い軍服の者が。マントを羽織っている者もやはりいた。
 二人は彼等の敬礼を受けながら廊下を進んだ。そして車の中に入った。モンサルヴァートはそれからシュヴァルツブルグに対して言った。
「軍服の者が多くなりましたね」
「そうだな」
 彼はそれに答えた。
「今の状況だとな。致し方あるまい」
「はい。それだけエウロパが困難な状況に置かれているということです」
「ところで前の情報部長のことは聞いているか」
「フィレンツォ=ディ=シリアーニ大将ですか。確かステッラの件の責任をとり辞任したのでしたね」
「そうだ。彼はその後故郷に帰っていたが」
「はい」
「今日自ら命を絶った。朝にその報告を受けた」
「そうですか」
 モンサルヴァートはそれを聞いて暗い顔になった。
「優秀な人物でしたが」
「自責の念に負けたのだろう。気の毒だが」
「誰よりも責任感の強い者でしたからね」
 モンサルヴァートも彼をよく知っていた。
「後日彼の送別式が執り行われる。だが参加者は身内の一部の者だけに限るらしい」
「密葬ですか」
「本人の生前からの願いでな」
「そういうことですか。ですが我々も」
「わかっている。何時ヴァルハラに行くかわからないからな。その覚悟はしておいてくれ」
「はい」
 ここで軍務省に着いた。二人は車を降りた。
「さて」
 出迎えを受け中に入る。そして軍務相の執務室に入った。
「総動員令だが。一体どれだけの兵が集まるかな」
「無駄に徴兵しても意味がありませんからね」
「そうだ。一千年前ならともかくな」
 世界大戦の折には学徒動員や果てには中学生にまで銃を持たせて戦場に送った。ナチスやソ連などは中学生にまで銃を持たせていたのだ。無論女性の兵士もいた。そういった極限の状況であったのだ。
 これに対して総動員令を出しながら窮地に陥るまで学生や子供を戦場に送るのに躊躇していた国があった。日本であった。アメリカですら開戦と同時に学徒動員を行ったのだが日本は躊躇った。学生や子供を戦場に送りたくはないという考えが確かにそこにはあった。甘いと言えば甘い。日本軍も決して鬼ではなかったのだ。その甘さは常に何処かに現われていた。それが為に敗れることとなっても。
「今何も知らない若者を戦場に送ることは出来ない。ましてや平民達を」
「はい」
 ここで平民と言ったがシュヴァルツブルグには平民に対する差別意識はなかった。ここでは彼はそうした者達を守ることこそが貴族の務めであり一般市民を戦場に出したくはないという思いがあったのだ。
「産業は確かにそう移行されるべきだが。それでも人となるとな」
「無駄に数が多くとも戦力になるとは限りませんしね」
「そういうことだ。兵士になることができるのはやはり限られた者達だけか」
「でしょうね。そちらは実質的には選抜徴兵制になります」
「うむ。技術者やとりわけ屈強な者達だけを選ぶとしよう。それでどれだけ集まるか」
「五百個艦隊規模程かと」
「あとは地の利を生かすか。これで何とか守りきるしかない」
「はい。非常時には総督府の兵を本土に向けられるようにしておきましょう」
「それもあるな。いざという時にはな」
「動かさねばならない。これはマールボロ元帥の仕事だな」
「あの人ならそれについては心配ないですが」
 マールボロは温厚ながら冷静沈着な指揮bホならない。これはマールボロ元帥の仕事だな」
「あの人ならそれについては心配ないですが」
 マールボロは温厚ながら冷静沈着な指揮で知られていた。だからこそ総督府を任されているのである。伊達に元帥になったわけではないのだ。
「タンホイザー上級大将もいる。だが要塞の防衛も強化しておかなければならないぞ」
「やはりあの要塞群が最初の防衛ラインとなりますからね」
「サハラ方面から来ない限りはな」
 シュヴァルツブルグもそれを考えないではなかった。ハサンを通過し総督府から攻め入るルートだ。だがこれはいささか非現実的なのはもう言うまでもないことであった。
「あの要塞群には兵も集められるだけ集めておきたいな」
「はい。百個艦隊程が宜しいかと」
「うむ。それは卿に任せよう」
「ハッ」
 モンサルヴァートは敬礼してそれに応えた。
「まずはそこで食い止める。そしてだ」
「はい」
「その間に一般市民を安全な場所に避難させながら我々が戦う。そして最終的には然るべき場所で決戦を行いたい」
「それまでに出来るだけ敵に出血を強いていきたいですな」
「そうだな。決戦の場が何処になるかだ」
「そうですね。それはおそらくオリンポスの前になります」
「首都の前になるか。やはりな」
「このオリンポスだけは敵に譲り渡すわけにはいきませんから」
「その際は私も出撃する」
「はい」
「そしてそこで彼等を倒すぞ。よいな」
「わかりました」
 彼はそれを受けて再び敬礼した。
「無論私も戦場に赴きますので」
「そうでなくてはな」
「はい」
 彼はまた応えた。
「その前に卿はしなければならないことがあるな」
「それは」
「卿はまだ結婚していなかったな」
「それですか」
「うむ。戦場に行く前に式を挙げてはどうかと思うのだが」
「それには及びません」
 しかし彼はそれをやわらかに拒否した。
「何故かね」
「戦いが終わってからにしようと考えておりますから」
「戦いの後でか」
「はい。勝利の女神に祝福されながら式を挙げるのがよいかと思いまして」
「わかった。ならばそうするがいい」
「はい」
 彼は答えた。彼はこの戦いに勝つ自信があった。そして生きる自信があったからこそこう言えるのであった。
「敵は数で押してくるだろうな」
「それはわかっております」
「あとは敵の国防長官である八条義統だが」
「かなり優秀な男であるようですね」
「元々は軍人だったそうだな。それも補給担当の」
「そうだったのですか」
「だから戦略も補給を重視したものになるだろう」
「補給路を攻撃するのはあまり効果がないかも知れませんね」
「それはあるな。まして八条長官は慎重な男だと聞く」
 彼等も八条についてはおおよそのことは調べていた。
「侵攻は速度自体は緩やかなものとなるだろうがな」
「しかし的確に進んでくるでしょうね」
「うむ。その間に何度か攻撃を仕掛けるぞ」
「はい」
「もう一つ問題もあるが」
「彼等の装備ですか」
「かなりの重装備だそうだからな。とりわけ」
「ティアマト級巨大戦艦」
「それだ。我が軍の将兵達にもかなりの脅威を与えているのがわかるな」
「はい」
 これはモンサルヴァートもよくわかっていた。
「あの戦艦を何とかしたいのだが」
「一隻沈めることができれば違うのでしょうが」
「それすらも可能かどうかわからないな」
「はい。ですがやらなければなりません」
「うむ」
 その言葉には悲壮な決意すら漂っていた。
「あの戦艦は連合軍の象徴なのですから」
「それを沈めることが出来れば士気も大きく変わるということだな」
「はい。その通りです」
 彼は答えた。
「だができるか」
「やらねばなりませんが」
 モンサルヴァートの顔は深刻なものであった。
「要塞の主砲で何とかなるといったものでしょうか」
「ううむ」
「それを考えるとかなり難しいかと思います。後はコロニーレーザーで撃つ位です」
「将に要塞だな」
「はい」
「それが千隻単位で来る。よくもまあそんなことができるものだと感心すらするが」
「それを何とかしなければならないのも事実です」
「そうだ」
 シュヴァルツブルグも顔も深刻なものであった。
「我が軍の戦艦は連合の戦艦に比して小さい。いや」
 彼は言葉をあらためた。
「軽巡と同程度か、向こうの」
「少なくとも火力や防御力、艦載機のデータ上ではそうなっております」
「敵は速度よりも攻撃力、防御力に重点を置いた設計をしている。おそらく生存能力に重きを置いたのでしょう」
「だろうな。我が軍のそれとは設計思想が異なる」
「はい」
 エウロパの艦艇は速度、すなわち機動戦に重点を置いている。その為か艦艇の形も連合のそれのように武骨なものではない。優美なものとなっている。宇宙空間においては空気抵抗なぞなく形は関係ないのであるが速度を重んじるのが形になって現われたのであろうか。
「我々としては機動力で挑むか。そして」
「兵士それぞれの強さで対抗しましょう。最低限戦意を保ちながら」
「口では簡単でも言うには難し、だな」
「はい」
 それはモンサルヴァート自身が最もよくわかっていることであった。
「戦意は本土防衛ということもあり高いのが救いですが」
「それが何時まで続くかはわからないな」
「ですね。それに連合がどのような工作をしてくるかわかったものではありません」
「工作は彼等は得意ではなかった筈だが」
「今までは。これからはわかりません」
「連合内部では産業の分野において各国で熾烈な工作があるというがな」
 連合においては武力の衝突は絶えてないことである。設立当初から参加国間での武力衝突や紛争はなかった。だがそれは武力の面においてだけであり、産業や外交においては熾烈な争いが常にあった。裏では足を引っ張り合い、陥れ合うのもよくあることであった。これを調整するのもまた中央政府の仕事であった。連合は決して一枚岩の組織ではないのだ。とりわけ大国の間ではそうである。日米中露、トルコ、ブラジル等の大国の間では常に激しいやりとりが行われる。大抵は二国間の争いに他の国が仲裁し、その見返りを受けるという形になる。これは小国の間でも頻繁にある。とかく一つの絶対的な権力というものが強いて言うならば中央政府以外にないということが大きく関係していた。その中央政府にしろ設立からかなり長い間はそれ程権限が強くはなかった。それでもここまで連合がもったのはやはり紛争が起こっても当事者達を納得させられるものが連合にはあったからである。それこそが開拓地であった。領土や資源、産業、経済での問題は新たな開拓地を負けた側に提供することで収まるからだ。これはサハラやエウロパにはないものであった。そういう意味では連合は非常に恵まれているのだ。人というものは物が手に入ればそれで矛を収めるものであるからだ。 

 

第八部第四章 総動員令その三


「それをこちらに向けたら何が起こるか予想がつきませんよ」
「そうだな。彼等は一千年の間それで互いに争ってきたのだからな」
「武器を手に取らない戦争もあるということですね」
「それは我々も行ってきたことだが」
「はい」
 諜報戦であった。戦争というものは武器だけで行うものではないのだ。産業自体もそうであろう。戦争は政治の延長であり政治自体が戦争であるとも言えるのだ。これは産業にも言える。
「八条長官はあまりそうしたことは使わない正統派と見るが」
「他の人物はわかりません。とりわけ連合の情報部長は」
「ディカプリオ元帥か」
 ここで二人の脳裏に資料で見た二色の目を持つ男の顔が浮かんだ。それは何故か猫を連想させた。二色の目を持つ不思議な猫であった。
「はい。彼はどうやらかなりの策士のようですが」
「あの若さで元帥となったのだ。それはあるな」
「はい。ましてやカナダは連合においては地味な存在です。その国の出身で元帥になっただけでもかなりのものだと思われますし」
 カナダは連合においてはその国力はかなり高い方である。しかしこれといった個性もない為に目立たない印象が強い。人口も少なく地位は高いが発言力も小さいのである。カナダが地球にあった頃から残念なことに変わらないことであった。なおこの国はアメリカ建国当初にはアメリカのある政治家や学者達に併合しようとも狙われていた。これはアメリカという国の建国当初からの並々ならぬ野心や侵略性を表すエピソードの一つとなっている。この時代においてもアメリカは連合において最大勢力の国の一つであると共に最も横暴で独善的な国として知られている。宇宙においてもそうした国としての性格は変わらなかったのである。
「連合の元帥は大国出身が多いからな。小国出身の者もいるが」
「カナダは大国の部類ですがそれでも発言力等は弱いです」
 彼等は連合各国のことはかなり細かく知っていた。これも諜報の故である。
「そこまで考えると彼には警戒すべきと思われます」
「よし。ではそうした工作にも注意を払おう。よいな」
「ハッ」
 モンサルヴァートはその言葉に対し敬礼した。
「それには情報部及び憲兵隊に厳命するべきであると考えます」
「よし。ではそれはそれで決まりだ」
「はい」
「そしてだ。あとはニーベルング要塞群だが」
「はい」
 話がまた移った。
「あの要塞群の防衛はどうなっているか」
「整備は終了しました。そして艦隊の駐留も進めております」
「どれ程だ」
「五十個艦隊程です」
「それでは足りないと思うが」
「はい、もう五十個艦隊を派遣する予定であります」
「百個艦隊か。それで第一防衛ラインを築く必要があるな」
「はい。まずはあそこで敵にかなりの出血を強いましょう」
「防げたらそこで、防げなかった場合は徐々に内地へ誘い込むか」
「市民を避難させながら。そして敵を少しずつ減らしながらオリンポスの前で決戦を挑みましょう」
「勝たねばならん。それはわかっていると思う」
「無論です」
 彼は頷いた。
「その為に今ここにいるのですから」
「よし」
 シュヴァルツブルグもそれを聴いて頷いた。
「勝つぞ。それだけは頼む」
「はい」
 こうして二人の会談も終わった。それからも彼等の激務は続いた。そしてエウロパにおいて遂に総動員令が発動された。これによりエウロパは本格的に戦時体制に入ったのであった。

「そうか、エウロパがか」
 それはすぐに連合にも伝わった。キロモトはそれを昼食の場において聞いた。
「近いうちにくると思ったが」
「左様ですか」
 話を伝えた大統領府のスタッフは意外といった顔でそれに応えた。
「うむ。彼等も必死だ。ましてや我々とは国力差がある」
「はい」
「それを考えると充分考えられる話だ。まあ我々がそれを行う必要はないが」
「我々は総動員令を発する必要はないと」
「私はそう考える」
 彼はそう答えてフォークを置いた。見ればシーフードとトマトソースのスパゲティを食べている。パスタは連合においても比較的よく食べられるポピュラーな料理である。スパゲティだけでなくマカロニやフェットチーネ、ラザニア等もよく食べられる。そのソースは国によって違いかなりのレパートリーがある。
「これは彼等を侮っているのではない。国力を考えるとだ。市民は今まで通り普通の生活を送れることを約束する」
「はい」
「そして将兵達には無事に故郷に帰られることも約束しておこうか」
「わかりました」
 これは戦争が既に決まっていることを意味していた。だがこれは非公式の場でありキロモトとスタッフの他には誰もいないので知られることはなかった。
「少なくともスパゲティを普通に食べることはできる」
 ここでフォークを再び手にした。
「はい」
「ただ軍は第一種警戒態勢を続けるように。よいな」
「わかりました」
 これは至極当然のことであった。戦争に突入する寸前であるからだ。
「それ以外はこれといって戦争のことを気にかけることはないと思う。産業においてはな」
「はい」
「我々は戦争だけをしているわけではない。それはわかっていると思う」
「無論です」
「それならばだ。産業活動はこれまで通りでよい。軍需産業が動いて活性化しているようだしな」
 今連合では好景気となっている。軍需産業が動き他の産業にまで影響しているのだ。産業は生物であり互いにリンクしているからこそであった。
「あとは兵士達の安全だけだな」
「そうですね。それは八条長官が考えておられます」
「それについて彼と話がしたいが」
 ここでスパゲティを食べ終えた。そしてサラダが出される。アメリカ風のダイナミックなサラダだ。キロモトはフォークを手にしてそれを食べる。なおフォークは持ち替えている。
「後で時間をとれるか」
「はい。国防省と話をしてみます」
「頼むよ」
 彼はそれに答えてサラダを口にした。
「エウロパでは生野菜は食べるのかな」
 ふとそう質問をした。
「生野菜をですか」
「そうだ。エウロパと我々では食べるものがかなり違うようだからな。そこはどうなのか」
「食べると思いますよ」
 スタッフはそう答えた。
「元々サラダはあちらの料理ですし」
「おお、そうだったな。忘れていた」
 今食べているのはアメリカ風のサラダである。連合においてはサラダはアメリカの料理と考えられているのである。
 

 

第八部第四章 総動員令その四


「そういえばそうだったな」
「はい」
「ステーキ等もそうだったと記憶しているが」
「ええ、確かそうだったと思います」
 イギリス等ではわりかし昔から食べられていた料理である。スチューダー朝のヘンリー八世はとある司祭とステーキを食べていた時に司祭にこう言われた。
「見事な健啖家ぶりで羨ましいです」
「ほう」
 王はそれを聞いて興味深そうに顔を上げた。
「見ればあまり食べてはいないな」
「胃の調子が思わしくなくて。出来れば陛下の胃を買いたい位です」
「よし、では売ろう」
「えっ!?」
 司祭は思わぬ返答に驚いた。そして次の瞬間には問答無用でいきなり牢獄に叩き込まれたのだ。金は勿論取られた。王はその後でステーキに剣を当ててこう言った。
「美味かったうえに儲けさせてもらった。その褒美にそなたを騎士に任じよう」
 これがサーロインステーキの名の由来である。家臣や妻を次々と断頭台に送った問題の多い王であるがいささか面白いエピソードといえばそうなる。
 アメリカでは比較的よく食べられてきた料理である。シンプルであるがだからこそ美味い。連合においては牛肉だけでなく羊や豚、鳥、蜥蜴、鰐等のステーキがよく食べられる。星によっては恐竜をステーキにしたりする。この場合草食恐竜が人気だがティラノサウルスのような肉食恐竜も食べられないわけではない。イクチオサウルスやモササウルス、エラスモサウルスといった海の恐竜も食べられる場合もある。また魚のステーキもある。
 そして今キロモトのテーブルにもステーキが運ばれてきた。だがそれは肉のステーキではなかった。
「これは何の肉だね」
「肉ではありません」
 ステーキを運んで来たボーイがそう答えた。
「サボテンのステーキです」
「サボテンのか」
「はい。メキシコの料理ですが」
 メキシコではサボテンのステーキもあるのだ。テキーラもサボテンから作られる。
「これはまた面白いな。実はメキシコ料理はタコス以外あまり食べたことがなくてな」
「そうだったのですか」
「ああ。だから食べるのが楽しみだ」
 彼は目の前の湯気を出しているサボテンを見ながらそう言った。
「さて、どんな味かな」
 フォークで押さえてナイフで切る。そして口に入れた。そして食べる。
「ふむ」
「如何ですか」
 周りの者が尋ねる。
「美味いな」
 彼はそう答えた。満足していた。
「肉以外でもステーキができるだけでも意外だが。そのうえ美味いときてはな。これは嬉しい話だ」
「左様ですか」
 ボーイはそれを聞いて喜んだ。
「シェフも喜ぶと思います」
「うむ。ところでだ」
「はい」
 キロモトはここで話を移してきた。
「戦場に行く兵士達もこうしたものが食べられるのだろうな」
「勿論です」
 彼等はその質問の意味がよくわかっていた。キロモトは補給について聞いているのだ。
「八条長官ともよくお話下さい」
「わかった」
 ステーキを食べ終えた。そしてパン、デザートに移る。最後は抹茶アイスであった。
「そういうお話を」
 キロモトはこの時外の料理店で寿司を食べていた。所謂寿司バーである。
「はい。サボテンのステーキを食べながら仰っていましたよ」
「成程」
 彼は今しがた国防省に戻ってきたところである。
「そして長官と是非お話したいそうですが」
「喜んで」
 彼はそれを快諾した。
「こちらも色々とお話したいと思っておりました」
「左様ですか」
「ええ。ではすぐにこちらから電話するとしましょう」
 そして電話を手にとろうとする。だがそれより前に電話が鳴った。
「おや」
 それを受けて電話を手にした。そして出た。
「はい」
「私だ」
 それはキロモトの声であった。
「閣下」
「何故私が電話したかわかっているね」
「はい」
 八条はそれに答えた。
「この度の戦争のことについてですね」
「そうだ。聞いていたか」
「はい。それも補給のことで」
「うむ。今のところ補給は問題なさそうか」
「はい。予算についても。充分であると考えます」
 彼にとっては九割あればそれで充分であった。
「補給もその予算の中で充分やっていけますから」
「そうか」
「はい。お任せ下さい」
「わかった。だが一つ気になることがあってな」
「何でしょうか」
「将兵の食事だ。我々はエウロパの食べ物を知らない」
「はい」
「現地のものを下手に食べて身体を壊すようなことはあってはならない」
「それもわかっております」
 八条はすぐにそう答えた。
「連合のものを補給し食べさせることとなっております」
「そうか」
 将兵の食べる食糧は非常に大きな問題であるのは言うまでもなかった。慣れないものを口に入れて身体を壊したりすることは多い。そしてそれは将兵の士気を大きく損なうのである。古来これによる戦力を落とした例もある。二十世紀後半に八条の祖国である日本の軍隊、当時の呼称で自衛隊が海外に派遣された時レトルト食品やインスタント食品を主に食べていたのを見て軍事マニア達の中には彼等の健康を心配する者もいた。それに士気も心配された。そんなものを食べていて大丈夫なのか、と。だがそれでも現地の合わないものを食べて健康を害されるよりはいいという判断からこうされたのである。結果としてそれは正解であった。なおこの時その日本の平和団体の中には彼等のテントに無断で入り込みビールを盗んだり無礼千万な質問をしていた者もいた。この当時の日本ではこの様な心根の卑しい輩でも平和団体と自称すれば尊敬される場合もあったのである。なおこの団体の代表は女性国会議員になったが汚職で捕まっている。自分自身は汚職を厳しく追求し糾弾していたが正体はこれであった。なおかつこの団体は麻薬の使用やテロリスト、凶悪な犯罪国家との癒着も当時から噂されていた。平和の美名の下にある下劣な素顔はこの時代ではもうはっきりとしている。
「基本的にエウロパのものに触れることがあってはならないでしょう。掠奪を防ぐ為にも」
「そうだな。監督も頼むぞ」
「お任せ下さい」
 八条はまた答えた。
「エウロパの一般市民に対しては決して危害を加えません。それは特に御安心下さい」
「信じているぞ」
「はい」
 八条にも誇りがある。それだけは許すつもりはなかった。
「連合の誇りにかけて」
「うむ」
 こうして電話による会談は終わった。そして八条は仕事に戻った。すぐに憲兵隊に指示が下ったのは言うまでもないことであった。

連合とエウロパがそれぞれ矛を磨いている頃サハラにおいては一つの事件が起ころうとしていた。
「閣下、どうなさるおつもりですかな」
 ブワイフが面白そうな顔でアッディーンに問うていた。
「そう言われましても」
 問われたアッディーンは珍しく困惑した顔をしていた。
「私も悩んでいるところなのです」
「貴官がそうした答えをするのははじめてだな」
「はあ」
 彼は弱い声でそれに答えた。
「晴天の霹靂ですから」
 そしてはじめて口にする言葉を出した。彼にとってシャイターンからの縁談は思いもよらぬ話であったのだ。しかもそれが彼の妹であるからだ。
「貴官はどう考えているのかね」
「私ですか」
「そうだ。まずはそれだろう」
「そう言われましても」
 やはり返答に窮していた。
「そうした年齢だ。全く考えていなかったわけではあるまい」
「それはそうですが」
「では答え給え。どう考えているのかね」
「正直悩んでおります」
 困った顔でそう答えた。
「こんな話はまだまだ先だと考えていましたから」
「ははは、そうしたものだ」
 ブワイフはそれを聞いてそう言った。
「こうした話はよく突然降ってわいてくるものなのだ」
「そういうものですか」
「そうだ。だが一つ問題がある」
「はい」
 アッディーンが悩んでいる理由は一つではなかった。もう一つあったのだ。
 

 

第八部第四章 総動員令その五


「これが普通の婚約話なら何の問題もない」
「そうなのです」
「相手が相手だな。まさかシャイターン主席の妹君だとは」
「どうするべきでしょうか。やはり何かしらの政治的意図があると思いますが」
「間違いなくな」
 ブワイフは言った。
「おそらく彼は我々と手を結びたいのだろうな」
「我々とですか」
「おそらくな。今連合とエウロパが緊張状態にある」
「間違いなく戦争になるでしょうね」
 アッディーンにはそれが読めていた。だからこそそれに答えることができたのだ。
「そうなったらどうなる。エウロパの総督府は」
「戦局によりますが兵を本土に向けなければならない状況も起こり得るでしょう」
「そこが彼にとって狙い目だ。総督府をサハラから追い出しサハラを完全に回復する。我等にとって永遠の悲願を彼が果たすのだ」
「それだけで彼の評価は著しく上がるでしょう」
「それだけではないな。その広大な領土を手に入れることができる。そしてそこに難民達を戻し開拓させる。それで国力は飛躍的に上昇する」
「はい」
「彼にとっては悪いことは何一つない。ティムールにとってもだ」
「ティムールはそれによって我々やハサンと肩を並べる勢力になるでしょう。ですがそれをハサンが許すとは思えません」
「それだ」
 ブワイフはアッディーンを指差して言った。
「彼等にとっての最大の脅威はハサンなのだ、今はな」
「はい」
「彼等を牽制できる存在が必要だ。しかもサハラにおいて」
「連合ではなく」
 彼等は連合とティムールが接触しているとの情報も掴んでいたのだ。だがその詳しい内容までは知らなかった。
「連合はエウロパと全面戦争に入る。牽制は期待出来ないだろう」
「はい」
「だとすればだ。やはりサハラしかあるまい」
「それで我々を選んだのですか」
「私はそう思うが。貴官はどう思うか」
「戦略としては妥当だと思います」
 アッディーンはそう答えた。
「後顧の憂いを断つのは戦略において常識であります」
「そうだな。では彼が貴官に妹との婚姻を申し出た理由がわかるな」
「はい」
「それをどうするかだ。これは今後の我が国にも大きく関わってきかねない問題だ。悪いが貴官だけの問題ではない」
「はい」
「返答を聞きたい。どうする」
 彼は詰め寄るようにして問うた。
「婚姻を承諾するか否か。どうするかね」
「そうですね」
 彼は暫し悩んだうえで答えた。
「まだ暫く考えさせて下さい。即答するにはまだ」
「そうか」
 ブワイフは彼の目の色を見ていた。
「ではゆっくり考え給え。私は基本的に貴官の意思を尊重したい」
「有り難うございます」
「よい結論を期待する。頼むぞ」
「はい」
 そのよい結論が何かは彼にはよくわからなかった。だがいずれにしろ結論を下さねばならない問題であることはわかってはいた。
「さて」
 彼は官邸には帰らずに別の場所に車を向かわせた。そこはアスランにある彼の実家であった。


 彼の家はごく普通のありふれた公務員の家であった。それも中流の。彼の少年時代はいたってごくありふれた市井の少年であった。学校に通い、遊び、学ぶ。どこも変わったところはなかった。
 そうした中で彼は育ち将来は兵役の後は普通の市民として生活を送る筈だった。だが幼年学校に合格したことが彼の人生を大きく変えたのであった。
 彼は軍人に向いていた。成績はそれまでとは比較にならずトップクラスで卒業した。そして士官学校に上がらずすぐに軍に入った。そしてそこから武勲をあげ続け遂には元帥にまでなった。思えば信じられない話であった。
「今もここで仕事場に通っていたのかもな」
 彼は道を眺めながらそう思った。
「だが今は官邸住いか。人の一生とはわからないものだ」
「全てはアッラーの思し召しですから」
 隣に座るハリージャがそう答えた。
「アッラーか」
「はい。人の一生なんてわからないものですよ。少なくとも人の力でどうこうできるものではありません」
「そうかもな」
 アッディーンは不思議とその言葉に納得した。彼もアッラーを信仰していないわけではないのである。
「では私が軍人になったのもそうか」
「でしょうね」
「そして今度の婚礼も。全てはアッラーの思し召しか」
「はい。ですが閣下のことはアッラーもよく御存知です」
 アッラーは万能の神である。知らぬことも不可能もないのだ。
「そうか。ならば」
 それを聞いて彼は何か思ったことがあるようであった。
「いや、まだ早いか」
「?何か」
「あ、何でもない。さて」
 ここで彼は見慣れた道を眺めながらハリージャに言った。
「貴官もハルダルト中佐も残っていてくれ」
「宜しいのですか?」
「護衛は」
「護衛はいらない。実家に帰るだけだからな」
 彼は笑ってそう答えた。
「諸君等は何処かで時間を潰してくれればいい。喫茶店でも行ったらどうか。実はこの辺りの店は何処もなかなかいいコーヒーを入れてくれるのだ」
「そうなのですか」
「だからだ。まあ堅苦しいことはこの町では似合わない。ゆっくりしてくれ」
「わかりました」
 こうしてアッディーンは実家に着くと彼等にほんの一時の有給休暇を与えた。そして彼は一人実家に向かった。見ればごく普通の市井の家である。大きくはない。むしろ小さい方か。何も変わりはない。
 彼は家のベルを鳴らした。するとすぐに返事が返ってきた。
「はい」
「僕だよ」
 彼は微笑んでそれに応えた。するとすぐに返事がまた返って来た。
「おや、御前かい。早くおあがりよ」
 それは初老の女の声であった。アッディーンに家に入るように促していた。
「うん」
 彼はそれに従い家に入った。玄関の扉を開け中に入る。そこには先程の声の主と思われる初老の白髪が混じった女性がいた。
「お帰り」
「うん。只今」
 彼は笑みと共に挨拶を返した。そしてその初老の女にさらに声をかけた。
「母さん、元気そうだね」
 それは彼の母であった。見れば顔付きは彼に似ていた。いや、彼が母親似だったということだろう。だが髪の質は違っていた。彼女の髪は縮れているのにアッディーンの髪はストレートであるからだ。
「おかげでね。悪いところは何もないよ」
「それはよかった。父さんは?」
「奥にいるよ。会うのかい?」
「勿論だよ。その為に来たんだからね」
 彼はそれに答えて中に入った。そしてそのまま母と共に奥に入った。奥の部屋ではテーブルに座る黒いストレートの髪の初老の男がいた。彫の深い顔をしておりとりわけ高い鼻が目につく。サハラの男独特の顔であった。
「只今、父さん」
 アッディーンは初老の男にそう声をかけた。男はそれに応えて微笑んだ。
「おかえり、アクバル」
 息子の名を呼んだ。それは久し振りに呼ぶ名であった。アッディーン自身にとっても自分の名を呼ばれることは久し振りであった。サハラにおいては姓で呼ばれることが多い。名で呼ぶのは親やごく近い親戚だけである。
「何年ぶりかな、ここに帰って来たのは」
「悪いね、本当は毎年帰って来るべきなんだけれど」
「仕方ないよ、御前は仕事があるんだから」
 母はそう言って息子をいたわった。
「さあお座り。久し振りに美味しいものを作ってあげるよ。何がいい」
「そうだね」
 アッディーンはそれに応えて考え込んだ。
「カブサがいいな。あとサローナ。他にはサラタも」
 カブサは肉入りピラフ、サローナはサハラの野菜煮である。そしてサラタはサラダのことである。
「それでいいんだね」
「うん。三人で食べようよ。久し振りに」
「いいな。一過団欒といこう」
「うん」
 こうして母は台所に向かった。アッディーンは父と共にテーブルの上で色々と話をしていた。
「ここに来るのは中佐の時以来か」
「そうだろうね。確かカッサラでの戦いの前に帰ってきてからずっとだったから」
「思えばかなり長い間だったな。その間にまさか元帥にまでなるとはな」
「アッラーの思し召しだよ」
 さっき部下に言われたことを親に言った。
「僕はアッラーの御加護があったからここまでなれただけさ。全てはアッラーの思し召しだよ」
「やけに謙虚だな」
「そうかな」
「まあいいさ。確かにアッラーが御前を導いて下さったのだろう」
 彼もその妻も信仰は篤い方である。サハラにおいてはイスラムは絶対的なものでありその信仰心は連合などとは比較にならないものであるが彼等はその中においても信仰の篤い方であったのだ。
「僕は僕だよ。何時までも」
 確かにその通りであった。彼の生活は今も変わらず質素なままであった。軍人だから当然なのであるが。
 だが確かにその通りであった。彼の生活は今も変わらず質素なままであった。軍人だから当然なのであるが官舎に住み食事も兵士と同じものであった。エウロパの貴族達とは大きく違っていた。
「だから今もこうして父さんと話をしているんじゃないか。この家で」
「ははは、そうだな」
 父はそれを聞いて顔を大きく崩して笑った。
「その通りだ。わしもこの家から離れようとは思わんしな」
「この家でいいのかい?」
 彼はここで父に問うた。
「前も言ったけれど父さんや母さんに家を買ってあげる位の金はあるよ」
「何馬鹿なことを言っとる」
 しかし父はそんな息子の言葉を一笑に伏した。
 

 

第八部第四章 総動員令その六


「サハラでは子供は養うものだ。養われるものではない」
「それはそうだけれど」
「アクバル」
 そしてまた息子の名を呼んだ。
「わしも母さんもな、その気持ちだけで充分だ。家を買うとなれば自分で買う」
「そうなんだ」
「そうだ。だから御前は何も気遣う必要はないぞ。その気持ちだけで充分だからな」
「わかったよ。けれど何かったら何時でも言ってね」
「おう、まあ絶対にないことだがな」
 彼はそう言ってまた笑った。どうやら息子に対する考え方は一つ筋が通っているらしい。
「わし等はこの家が気に入っているんだ」
 そしてまた言った。
「それは御前もだろう」
「まあね」
 アッディーンは笑みを浮かべてそれに頷いた。
「生まれた時から暮らしている家だからね、ここは」
「それはわしも同じだ」
 父もそれに応えた。
「わしの曽祖父さんの頃に建てた家だからな、ここは」
「それは聞いたよ」
「そうだろ、これは御前が子供の頃から何かと話していたな」
「ああ」
「小さいながらもな。いい家だ、ここは」
「僕もそう思うよ」
 ここで母親が料理を運んできた。そのカブサとサローナ、サラタである。まずカブサがそれぞれ三人の前に置かれサローナとサラタがテーブルの中央に置かれた。そしてスプーンも出された。
 サハラでは本来は手で食べる習慣であった。だが宇宙進出と共に他の文化圏の影響を受けそれが一種の流行となってフォークやスプーンを使うこととなった。最初はイスラムの伝統を破壊するとして抵抗があったが徐々に浸透し、やがて定着した。これはかって欧州において手で食べる習慣がフォークやナイフを使うものに変わっていったのと同じであった。なおマウリアでは今も手で食べることも多い。フォークやナイフ、スプーンが普及していてもだ。長い間続いてきた風習はそうは消えないことの証明の一つであると言えた。なお欧州にしろ十八世紀頃までは手で食べるのが一般的であった。ピョートル大帝は焼肉を手掴みで食べていたしルイ十四世もフォークやナイフを使うよりは手を使って食べるのを好んだ。ナポレオンに至っては殆どそうしたものを使わなかった。驚くべき速さで手掴みで食べ、食べ終えた骨等は床に投げ捨てていたという。貴族の出であっても少し田舎とされる地域ならこうした具合であった。
 彼等はまずカブサを口にした。国の中に米と肉の味が広がる。
「どうだい」
 母は息子にカブサの味を問うた。
「美味しいよ」
 息子は笑顔でそれに応えた。
「やっぱり母さんの作るカブサは美味いね」
「そうかい、それはよかった」
 彼女もそれを聞いて顔を綻ばせた。三人はサローナやサラタも口にした。そして食事をしながら話を再開した。
「ところでだ」
 まず父が切り出した。
「うん」
 それにアッディーンが応える。
「今日ここに来たのは単に顔を見せに来たわけじゃないだろ」
「わかってるんだね」
「当たり前だ、わし等を何だと思っている」
 彼は息子に対してそう言った。
「御前の親だぞ、親が子供のことをわからないでどうするんだ」
 実際には全くわからない親もいるのだが彼等は違っていた。少なくとも無責任な親ではなかった。
「あれだろ、結婚の話」
「うん」
 アッディーンは父に対しそう頷いた。
「新聞とかで見たぞ。何でもティムールのお嬢さんと結婚する話が出ているのだな」
「ああ。それをどうしたらいいかと思ってね」
「それでうちに帰ってきたんだね。私達に相談する為に」
「その通りさ。どのみち結婚するとなったら父さんや母さんに話をしておかなくちゃいけないしね」
 サハラでは結婚は個人同士というよりは家同士の結び付きを強める意味合いが強い。これはエウロパの貴族達と似ているといえば似ているかも知れない。なお妻はイスラムの戒律に従い四人まで持ってもよい。だが公平に愛さなくてはならないのはこれも同じである。昔から何かと批判されてきたこの戒律であるが実は戦争による未亡人とその家族に対する救済策である。だからこそムハンマドが定めたのである。実際にはムハンマドは女性に対しては当時としては極めて公平な考えの持ち主であった。フェミニストであったと言っても過言ではないだろう。少なくともイスラム以前の部族社会の様に女の子ならば殺すということはなかった。彼はそれを厳しく禁じていた。男であろうと女であろうと子供は殺してはならない。彼はそう教えたのである。
「その通りだがな。だが」
「相手が普通の家の女の子だったらよかったんだけれどねえ」
「ああ」
 それが彼等にとって最大の悩みであった。シャイターン家は確かに悪名高いがサハラにおいては屈指の名門である。それに対してアッディーンの家はごく普通の市井の市民の家である。資産など最早比べることすら馬鹿馬鹿しい程であった。何もかもが違っていた。そもそも住む世界が違うのである。
「結納等は何とかなるのか」
「それはね」
 アッディーンは答えた。
「僕も給料はかなりもらっているし」
「そうか」
 元帥、副大統領ともなればその給与はかなりのものである。ましてやアッディーンは官舎住いであり贅沢はしていない。趣味も読書や映画鑑賞等でありこれといって金のかかる趣味は持っていない。だからその貯蓄はかなりのものとなっているのである。株や土地等資産を増やすことに興味はないが元帥だけあってその給与はかなりのものである。それで充分過ぎる程の資産があったのだ。だがそれでもシャイターン家のそれとは比較にもならないものであったが。
「それで結納の方は何とかなるよ」
「じゃあそっちは心配しなくていいんだね」
「うん。何とかやれるよ」 
 サハラでは結婚する男の家が女の家に結納を送る習わしである。それはかなり豪華なものとなっているのである。
「だがまだ問題はあるぞ」
「そうなんだ。やっぱり普通の結婚じゃないからね、これは」
 それであった。相手はティムールを統治する家の者である。それに対してアッディーンはオムダーマンの副大統領。これはかなり政治的な意味合いの強い結婚であるのだ。この時代においてもそうした政治的意味合いを持つ結婚はあった。とりわけサハラにおいては。ムハンマド、いやそれ以前の部族社会からの伝統である。
「大統領ともお話したんだろ」
「うん」
「それで何て」
「僕の考えを尊重したいってことだけれど」
「そうか」
 二人は息子の言葉を受けて頷いた。
「わし等としては御前の結婚は心から嬉しいんだ」
「けれどね、この結婚はよく考えた方がいいね」
「うん」
「こういっては何だがな、一度その娘さんと御会いしてみたらどうだ。政治とかそういうのを抜きにしてだ」
「そういうわけにもいかないだろうけれどね」
「直接会ってどういう人か確かめろってことだね」
「ああ」
 二人はそれに頷いた。
「それから結論を出しても遅くはないよ」
「わしも母さんと同じ意見だ」
「うん」
 それを受けて彼は決心した。
「じゃあそうさせてもらうよ。一度会ってみる」
「ああ、そうした方がいい」
 これはやはり政治的な意味合いもあった。直接彼女、そしてこの婚姻を持ち出してきたシャイターン家の者と会う為である。やはり政治の問題であるのは変わらなかった。
「ではこれで決まりだな、うちでは」
「うん」
「行っておいで、ティムールに。そしてそれから決めるんだよ」
「わかったよ」
 食事は終った。それで彼は席をたち家を出た。両親はそんな彼を見送った。これまでになく優しい顔であった。
「じゃあね。また帰ってくるから」
「ああ。今度はすぐに帰ってこいよ」
「それはわからないけれどね」
 苦笑してそれに応えた。
「けれどまた何かあったら連絡するよ」
「おう」
「きっとだよ」
 二人はそれを聞いて息子に対して声をかけた。
「気をつけてね、何事にも」
「そしてしっかりとな」
「わかってるさ」
 親にかかっては常勝提督も唯の息子であった。結局人間とはそうしたふうにちっぽけなものなのかも知れない。少なくとも親から見れば。永遠に自分の子供なのであるから。
「心配しないで、とは言えないけれど」
 アッディーンもやはり人の子であった。
「きっとまた帰ってくるから、ね」
「ああ」
 こうして彼は家を出た。そして携帯に電話を入れた。
「私だ。話は終わったぞ」
「おお」
 ハルダルトが電話に出た。
「では今からそちらに戻ります」
「うむ。そして副大統領府に戻ろう。色々と話したいことがある」
「はい」
 こうして彼は戻った。そして自らティムールに赴くことになった。 

 

第八部第五章 宣戦布告その一


                                    宣戦布告
 連合とエウロパの戦いが最早避けられぬものであることは誰の目にも明らかであった。双方は互いに矛を磨き戦いの準備を整えていた。
 だがまだ正式に戦いになると決まったわけではなかった。それには手続きが必要であった。
「中央議会では明日審議にかけられるそうですね」
「はい」
 八条にバールが答えた。彼等は今会議室で作戦会議を行っていた。エウロパ侵攻計画の最終的な確認の作戦会議である。
「可決は確実かと」
「そうでしょうね」
 彼はバールの言葉に頷いた。そして言った。
「反対意見はほぼないようですし。全会一致に近い形で可決されるでしょうね」
「そうでしょうね。上下両院だけでなく各国の首脳達も同じ意見のようですし」
「はい」
 八条はそれに頷いた。連合は上下両院だけでなくその上に各国の首脳会議まで設けられているのだ。実質的には三院制である。これは各国の利害も調整する為だ。参加刻々のそれぞれの力及び発言力の強い連合ならではの制度であった。
 連合は人口が多いだけあってその議員の数も多い。下院は二千人である。上院は一千人。彼等の過半数、若しくは三分の二の賛成を以って可決するという制度である。
 それから大統領の裁断が行われる。一度は拒否できるが二度目で三分の二以上の賛成があればそれは拒否できないことと定められている。連合は議会と大統領の行政府を明確に区分しているのである。
 それは当然ながら八条も知っている。それを踏まえたうえで言った。
「大統領は今回の戦いについて賛成です」
「はい」
 バールはその言葉に頷いた。
「では後はサインするだけですね」
「ははは、それはまだですよ」
「おっと、そうでした」
 バールはそう答えて謝罪した。
「これは申し訳ありません」
「いえいえ」
 八条はそれを手で宥めた。そして本題に入ることにした。
「エウロパの侵攻計画についてですが」
「はい」
 バールだけでなく今回の作戦に関わる全ての高官達がそこに集まっていた。彼等は円卓を囲みその中央に映し出されるホノグラフィーの映像を見ながら会議を行っていた。
「まずはニーベルング要塞群を陥落させることからはじまります」
「はい」
 一同八条の言葉に頷いた。
「そうでないと何事もはじまりません」
「確かに」
 それは最早言わずもがな、であった。
「エウロパはそこに百個艦隊を配置しようとしていると聞いております」
 ここでディカプリオが口を開いた。
「百個艦隊」
「はい。それで以って第一の防衛ラインとするようです」
「そうですか」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「やはりそれが常道ですね」
「はい」
 ディカプリオはそれに応えた。
「そして首都オリンポスまで何重にも防衛ラインを張り巡らせております。そのうえオリンポスを中心とした縦深な防衛システムも完成させております」
「すなわち全土が要塞と化しているということですね」
「ええ。ですがこれはもう何度も会議の俎上にあげられていますので今更言うことはないと思ったのですが」
「そういうわけではありませんよ」
 だが八条はディカプリオの発言を否定した。
「今は最終的な確認の会議なのですから」
「はい」
「むしろ言って頂かなくてはなりませんでした」
「そうですか」
「はい。ただそれへの対抗策は既に出されています」
「はい」
 ここで参謀総長である劉が頭を下げた。彼はそれから発言した。
「ニーベルング要塞群を陥落させた後一気にエウロパの南北及び上下に展開します。それから徐々にオリンポスを目指します」
「はい」
 連合の圧倒的な物量を利用した戦略であった。その物量で以ってエウロパ軍を押し潰すつもりなのだ。
「おおまかにはそうなっておりますね」
「はい」
 劉は頷いた。
「まずは要塞群の陥落とその周辺星域の速やかな確保が課題でありましたが」
「あれの準備はできていますか」
 八条は劉だけでなくマクレーンにも顔を向けた。
「はい」
 今度はマクレーンが彼に応えた。
「既に準備は整っております。あらかた集結を終えました」
「それは何より」
 八条はそれを受けてまた頷いた。
「ではそちらは開戦と同時に発動しましょう」
「はい」
 マクレーンと劉が首を縦に振った。
「それから先遣部隊ですが」
「サハラ義勇軍ですね」
「はい。彼等にまず要塞群の陥落と後続の主力部隊が来るまでの戦域の確保を任せたいですね」
「かなり困難な任務ではありますが」
「ですがやってもらわなくてはなりません。そして本格的な侵攻の折には」
「彼等がその先陣を務める」
「そういうことになります」
 八条はそれを認めた。
「彼等は今ガンタース要塞群に集結していましたね」
「はい」
 マクレーンがそれに応える。
「戦いがはじまるのを心待ちにしているようです」
「そうですか」
「彼等にとってエウロパは祖国の仇ですから。戦意は否応なしに上がっております」
「ふむ」
「まずは例の作戦の後十個艦隊単位でブラウベルグ回廊を通過します」
 ブラウベルグ回廊はかなり広い。十個艦隊単位で円のスペースを確保できる程である。
「そしてニーベルング要塞群を上下左右から攻撃します。それにより陥落させます」
「一気に」
「無論です」
 マクレーンの声は強いものであった。
「あの要塞群だけは一気呵成にいきたいところです」
「ただそれからは的確に、ですね」
「はい」
「兵は神速を尊ぶといいますが地の利はあちらにあります」
「それを考えますと的確にいきたいですね」
「はい」
 八条はまた頷いた。
「まずはエウロパの南北と上下を押さえまして」
「はい」
「そこからジワリとオリンポスに向かって進む作戦でしたが」
「それで間違いはないと思いますが」
「大筋においては。問題は補給です」
「今のところ計画において不備はありませんが」
「一つ問題があります」
「それは」
「彼等の行動です。焦土戦術を執る可能性があります」
「それですか」
「はい」
 八条はあらためて頷いた。
「それに対しては一体どうするかです。我が軍の補給に関しては問題はないでしょう。ですが占領地の市民のことを考えますとそれが問題になります」
「エウロパの市民のことですか」
「そうです。他に何がありますか」
「それは」
 皆返答に窮した。何故なら彼等はエウロパの市民のことまで考えてはいなかったからである。占領し、その武装を解除すればそれでよいと考えていたのだ。焦土戦術は何も食糧だけを持って逃げるだけではない。それは古代の戦術である。この時代の焦土戦術は工場や通信、そして電力等も全て破壊して撤退するというものである。その効果はかなり大きなものとなっている。
 

 

第八部第五章 宣戦布告その二


「食糧は何とかなるでしょう。ですが」
「他の生活必需品が問題ですね」
「それです。それについては一つ私案があるのですが」
「それは」
「工作艦です。そして陸上部隊の工兵隊です」
 そしてその二つを出してきた。
「彼等を使えばそれで市民達の生活をすみやかに回復させることが可能であると思います」
「成程」
「それだけではまだまだ足りないでしょうが。最低限のことは可能だと思います」
「わかりました」
 高官達はそれを受けて頷いた。
「それでは焦土戦術の際にはそのように」
「お願いしますよ」
「はい」
 こうしてこの話はこれで終わった。それでおおむねのことは終った。そして会議は終了した。
 八条は自室に戻った。そしてテレビのスイッチを入れた。連邦中央議会下院の審議会の実況中継である。
「さて」
 彼は今何について議論が行われているのかよくわかっていた。だからこそ見ているのだ。
「どうなるか楽しみだな」
「既に結果はわかっておりませんか」
 木口が彼に対してそう言った。
「それはそうだけれど」
 八条はその言葉に思わず苦笑した。
「それでも見ておきたいじゃないか。一体どうなるのかをね」
「そうですか」
「うん。いよいよ審議が終わったな」
 そして裁決が行われた。それぞれの議員の席のボタンが押される。それにより裁決が行われるのである。
 結果はすぐにわかった。それによりエウロパに対する宣戦布告が下院において可決された。八条はそれを見て何かを思ったような顔になった。
「後は上院、そして各国の首脳の裁決だけれど」
「はい」
「この結果と話を照合する限りまず開戦だね」
「そうですね」
 木口もそれを聞いて頷いた。
「ただこういう結果になるとは思いませんでしたね」
「何が」
「いえ、全会一致だったじゃないですか」
「確かに」
「それが意外でした。反対派も僅かにいると思っていたのですが。個人的には」
「議決まで時間があったからね」
 八条は言った。
「意見調整もできたろうね。けれどそれだけじゃない」
「といいますと」
「やはり歴史的なものがあるね。我々は一千年もの間いがみ合ってきた」
「それですか」
「やはりそれが一番だろう。何時かはこうなることがわかっていたと思うよ、皆」
「それを言われますと」
 木口も実はそう思っていた。
「私もいずれ連合とエウロパは戦う日が来るものと思っていましたが」
 実際にそれをテーマにした小説が連合においてもエウロパにおいても昔から多量にあった。面白いのはどちらも自分達が勝つというシナリオであったことだ。
「まさかそれが自分達の時代だとは思わなかった」
「はい」
「私もだよ。あと問題は」
「何でしょうか」
「オリンポスを陥落させるかその前の戦いに勝利してからだな。外交交渉に入ることになると思う」
「外交ですか」
「エウロパを滅ぼすことは問題外だ。そんなことをしたら大変なことになってしまう」
「そうでしょうね」
 それは容易にわかることであった。エウロパを滅ぼし併合した場合その一千億の市民が新たに連合市民となる。彼等がすみやかに連合市民となるとは誰も思ってはいないし歓迎もしていなかった。一千年の対立関係故だが問題はそれだけではない。彼等はこの一千年の間に文化どころか文明レベルで大きく異なる存在となってしまっていたのだ。それは貴族主義やそうした話だけではなかった。最早根本から異なる存在となってしまっていたのだ。
 それはとりわけ言語にあらわれていた。連合においては銀河語を使用している。英語と中国語、スペイン語、日本語、そしてその他の言語が合わさった言語である。当初は英語を公用語としていたのだが自然と出来上がった言語である。二十一世紀までの言語は残ってはいるが最早研究の対象でしかない。連合はそれを使い生活を送っているのである。それに対してエウロパでは公用語はラテン語とされている。だがそれぞれの国の出身者の名を見ればわかるように英語やフランス語、ドイツ語も残っている。これはラテン語自体が各国の言語の母体であるから残せたのである。言うならば方言である。
 貴族は称号をつける。例えばドイツでは『フォン』をつける。フランスでは『ド』、イタリアでは『デル』となる。モンサルヴァートが『フォン』という称号をつけているのは彼がドイツの貴族であるからに他ならないのである。これは各国で共通していることである。
 その他にも様々な問題があった。分裂し、戦争状態にあっても同じ文化、文明を共有するサハラとは全く異なっているのである。その為無理に併合しては深刻な問題を引き起こす危険すらあるのだ。それは八条にもよくわかっていることであった。
「今回の戦争の発端はバチカンだったね」
 八条は言った。
「バチカン経由でエウロパの諜報員が入って来ましたからね」
「それだ。それが問題となったことにより起こったことだった。では解決する方法としては」
「バチカンをどうするか、ですか」
「そういうことになるね」
 八条は我が意を得たように頷いた。
「しかしバチカンに対しては何もできませんよ」
「というと」
「法皇には誰も手をつけられないでしょう。影響を考えますと」
「そういうわけでもないよ」
 だが八条はそれに対して落ち着いて返した。
「教皇のバビロン捕囚は知っているね」
「ああ、あれですか」
 木口はそれを聞いて頷いた。
 フランス王フィリップ四世と教皇ボニファティウス八世との間で聖職者の課税問題で衝突があった。フランス王はそれに対して兵を派遣して教皇を捕らえた。『アナーニの屈辱』である。教皇はこれにより憤死した。一見教皇が被害者に見えるがあながちそうとも言えない。当時教会の腐敗は目を覆わんばかりでありこの教皇も政敵を次々と追い落としている。そして神を否定し快楽や富こそ正義であると説いていたのだ。これが教会の実態であった。言うならば教皇もフランス王も同じ穴の狢なのであった。フランス王の方が何枚も上手であったが。
 フランスはそれだけでなく法王庁を自国領であるアヴィニョンに移した。これが『教皇のバビロン捕囚』であった。さらにイギリスと神聖ローマ帝国がバチカンに教皇を立てたので教会は分裂してしまった。『シスマ』である。
 それは八条達も知っている。だからこそここで話を出したのだ。
「しかしあれは」
「問題があると言いたいのだな」
「そうです。宗教に政治が関わるのはどうかと思うのですが」
「確かにな。だが今回は話が別だ」
 彼は木口に対してそう言った。
「バチカンを放置しておくとまた諜報員が入って来る。バチカンの意思とは関係なくな」
「はあ」
「それを防がなくてはならない。ならば方法は一つだ」
「連合にバチカンを移動させるのがそれですか。それを行ったらどうなるでしょうか」
「まず連合内のカトリック信者は大喜びだろうな。自分達のところに教皇が来るのだから」
 まずはこう言った。
「今までは連合のカトリック信者達はバチカンに行くことができなかった。一千年もの間彼等は唯バチカンから派遣される聖職者達の声を聞くだけだった」
「はい」
「それが変わる。これからは彼等は直接バチカンに行くことができる。そしてそれにより人が動く」
「交通や他の産業にも影響すると」
「そうした話も出ているね。実際はどうなるかわからないけれど」
「それでもかなりの人や金が動くのは事実でしょうね。特に旅行産業が」
「彼等が一番躍起になっているという話は実際に出ているよ」
 八条はここでそう言った。
 

 

第八部第五章 宣戦布告その三


「バチカンの誘致にね。戦争そのものには何も言わないけれど」
「ぞれでも賛成のようですね。というか」
「連合の者は殆ど賛成しているのが実情だな。世論においても」
「はい」
 賛成派は実に九割を優に越えていた。エウロパでもそれは同じであった。
「それを考えますと。やはり彼等も賛成なのでしょう」
「そうだろうね。しかし」
「しかし。何でしょうか」
「さっき政治と宗教の話が出たけれど」
「はい」
「難しい話だ、本当に。連合は政教分離がかなり確立されているけれど」
 連合には実に多くの宗教が存在する。信教の自由が保障されている。政治が宗教に介入することは中央政府及び各国の法により禁じられているのだ。これはエウロパも同じである。これはそもそもキリスト教世界からはじまった。宗教が政治に介入するのを防ぐ為だ。近代国家はここから成立したとの見方もできるが確かに特定の宗教が政治に深く関わっていれば民主的な政治は行われにくい。そして幅広い政策もできなくなる。
「バチカンが相手となるとね。彼等は国でもある」
「はい」
 バチカンは国家でもあるのだ。これは教皇領かってからあるが今のバチカンが形成されたのはバチカン市国からである。教皇領をイタリア王国に奪われローマにおいて『バチカンの囚人』となったがムッソリーニによりバチカン市国となりイタリアとも和解した。ムッソリーニは確かに独裁者であり自軍の強さを考慮に入れず戦争をして惨敗続きであったが政治家としては優秀であったのだ。そうでなければあそこまではならなかった。弾圧や虐待もナチスやソ連に比べて遥かにましではあった。少なくともヒトラーやスターリンよりは人間味のある人物ではあった。
「彼等の承諾も必要だ」
「戦いの後ではそれが何処まで本意であるかどうかはわかりませんがね」
「確かにな。だが一応はそういう形になる」
「はい」
 外交においては表向きが非常に重要なのは何時でも変わらないことである。なおバチカンは歴史においては極めて外交が巧い。情報収集が優れており、謀略にも長けているからである。バチカンはその権力闘争故か謀略が絶えない一面があった。
「国の移籍ですか。連合はじまって以来ですね」
「人類の歴史でもなかったのじゃないかな」
 八条は木口の言葉に首を傾げながらそう答えた。
「私は記憶にないな」
「私もです」
「戦いに勝った場合エウロパにはバチカンの移籍と賠償金を求めることになると思う。他はこれといって要求するつもりがないというのが外務省の方針だ」
「カバリエ外相の」
「外相だけではなく省全体でそういう考えのようだね」
「そうなのですか」
「エウロパを併合するつもりはない。だからその辺りが妥当だと思うよ、現実には」
「それもそうですね」 
 木口はそれを聞いて納得した。
「やはりそうしたところで妥協ですが。ただ」
「ただ!?」
「賠償金をどれだけ手に入れられるかですね。問題はそこです」
「それか」
 八条はそこで考える顔をした。
「最低で我が軍が今回の戦いで使った軍事費位は勝ち取ってもらいたいな」
「はい」
「そうでないと話にならない」
「ですね。戦いには多額の費用がかかるもの」
「だからおいそれとはできないものだがやるとなればやるしかない」
「はい」  
 木口はまた頷いた。
「私もそう思います」
「サイはまずは一つ投げられた」
 八条はここでまたテレビに目をやった。
「あと二つ投げられるが既に結果はわかっている」
「ですね」
「ならば我々がやるべきことは一つ」
「戦争に勝つことです」
「うむ」
 八条はここでテレビを切った。そして木口にあらためて言った。
「これからだが」
「はい」
 彼等は話をはじめた。落葉が見える窓を眺めながら二人は話を続けた。

 アッディーンは自身の婚約について決断を迫られていた。マルヤムと結婚するかどうかである。これは彼にとって深刻な問題であった。
 何故なら彼だけの問題ではないからだ。これによりオムダーマンとティムールの関係が大きく変わる。だからこそ彼は悩んでいたのだ。
 大統領も両親も、そして外務省も彼に預けた。やはり彼の問題であるからだがもう一つ理由があった。それは彼の判断を皆信頼していたからだ。
「どうするかだ」
 彼はシャイターン家の者との会談の場を設けることをとりあえずは決めた。シャイターン家に打診したところ快諾の返事があった。会談場所はこちらで指定して欲しいとのことであった。
 それを受けて彼は会談の場をオムダーマンとティムールの境にあるカタール星系とした。ここは風光明媚な観光名所である。会談の場としては相応しいと思ったからである。
 彼はアリーに乗りそこへ向かった。そして入ると会談の場であるカタール宮殿に入った。ここは元々サラーフ領であり王室の別荘もあった。宮殿はその別荘であったものである。
 古風な作りの宮殿であった。円形のドームに白い大理石。モザイクで彩られ豪奢な絨毯が敷かれている。別荘だけありそれ程大きくはないが見事な宮殿であった。
「ナベツーラのあの宮殿とは大違いだな」
 アッディーンは中に入り周囲を見渡しながらそう言った。
「あの趣味の悪さは一体何だったのだ」
「人間としての品性が出たのでしょうね」
 すぐ後ろにいたハリージャがそれに答えた。
「あの男の品性たるや目をそむけたくなる程でしたから」
「確かにな」
 アッディーンもぞれに同意した。
「よくもあれだけ下劣な輩がいたものだ」
「全くです。その下にいた連中も」
「酷いものだったな。あの時の戦いのことは今でも覚えている」
 サラーフとの戦いのことはアッディーンの脳裏に焼きついていた。自軍を撃つ卑劣な者達のことを。それを見て呆れた
アッディーンは彼等をこそ攻撃したものであった。
「そして自分達は安全な場所に篭っておりました」
「そうした連中だったのだろう。あの時はティムールも参戦した」
「そうでしたね」
「あの時がはじめてだったな。シャイターン主席と会ったのは」
「主席もここに来られるですね」
「そう聞いているがな」
 アッディーン達は宮殿の謁見の間に入った。そしてそこでティムールの者達を待つことにした。やがて一人の将校がアッディーン達の下にやって来た。
「シャイターン主席御一行が来られました」
「そうか」
 それを聞いて姿勢を正す。そして彼等が来るのを待った。やがて赤い軍服に身を包んだシャイターンを先頭にシャイターン家の者達がやって来た。赤い壮麗な軍服のシャイターンの他にも皆それぞれみらびやかな服に身を包んでいる。その先頭にいるシャイターンがアッディーンに対してまず挨拶をした。
「どうも。サラーフとの戦い以来ですね」
「はい」
 アッディーンはそれに応えた。
「お久し振りです。お元気そうで何よりです」
「いや、貴公こそ」
 シャイターンはアッディーンの言葉に返事を返した。
「相変わらずのご活躍のようですね」
「私の力ではありません」
 彼はサハラの儀礼で返した。
「全てはアッラーの御意志です」
「はい」
 これがサハラの儀礼であった。自分の力ではなくアッラーの加護をまず言うのだ。シャイターンはそれを受けて間の中央に来た。そしてアッディーンにあらためて言った。
「閣下」
「はい」
「今回ここでお話することはもう御存知だと思います」
「はい」
 アッディーンは頷いた。
「貴方と我が妹マルヤムとの婚姻のことですが」
 シャイターンはそれを受けて話をはじめた。
「これについてどう御考えでしょうか。それをまず御聞きしたいのですが」
「私の考えですか」
「はい」
 シャイターンも頷いた。
 

 

第八部第五章 宣戦布告その四


「全ては貴方次第なのですから」
「私次第」
「そうです。何故ならマルヤムの心はもう決まっております」
「決まっているとは」
「貴方が望まれるなら喜んで妻になるとのことです」
 サハラにおいては恋愛結婚はあまりない。家と家との結び付きを強める為、未亡人の救済の為といった色合いが強いのだ。なおサハラにおいては寡婦は非常に少ない。理由は言わずもがな、である。妻を四人まで持ってよいからだ。元々そうした寡婦を救う為の戒律なのであるから当然であった。ちなみにムハンマドは十一人の妻がいた。妻が四人までとなったのは彼がその十一人の妻の調停に苦労したからだというジョークもある。
「そうなのですか」
「ええ。では返答を」
 シャイターンは詰め寄るようにしてアッディーンに対して言った。アッディーンはそれを受けてシャイターンの目を見た。何処となく赤さが混じった漆黒の瞳であった。それを見ているだけで彼に魅入られそうであった。不思議な目であった。
「待って下さい」
 だが彼はここで踏み止まった。
「何故でしょうか」
 シャイターンは顔を離してアッディーンに問うた。
「そのマルヤム殿ですが」
「はい」
「一度御会いしたいのですが。写真は見せて頂いておりますが」
「本人と会ってお話をしたいと」
「そういうことです」
 彼はそれに頷いた。
「私は彼女が一体どの様な方かまだ御存知ないですし」
「はい」
「それに一度御会いしたいと思っておりました。宜しいでしょうか」
「勿論です」 
 シャイターンは微笑んでそれに答えた。
「そう仰ると思いこちらにも呼んでありますよ」
「そうなのですか」
「はい。これ」
 彼はここで傍らにいる将校の一人に声をかけた。
「マルヤムをここに」
「ハッ」
 その将校は敬礼で応えた後部屋を後にした。そして暫くしてマルヤムが部屋に入って来た。
「おお」
 アッディーンは彼女を見て思わず息を飲んだ。その髪も顔も姿もまるで絵画の様であった。幻想的な美女がそこにいた。
「閣下」
 シャイターンはあらためてアッディーンに声をかけてきた。
「我々は暫く席を外します。マルヤムと二人でお話下さい」
「はい」
「邪魔者は去らなければ。それでは」
 彼はそう言うと他の者を連れて部屋を後ににした。アッディーンに従う者達も部屋を後にした。そしてアッディーンとマルヤムだけが残った。
「あの」
 アッディーンが最初に口を開いた。マルヤムに声をかける。
「はい」
 彼女はそれを受けて顔を上げた。見上げたその顔はまるで天界のペリのようである。ペリとはイスラム教でいう天使のことである。アッラーに光から作られたと言われている。なお人は土から、そしてジンは火から作られたとされている。
「何と言えばいいのか」
 アッディーンは言葉に詰まった。歴戦の名将も女性には決して強くはなかったのである。今まで軍務ばかりでこれといった交際はなかったのである。この点は何処か八条と似ているかも知れない。だが大きく違うのは八条は女性が周りにいて何をしても全く気付かないのに対してアッディーンはおそらくそこまで鈍感ではないということである。連合軍には女性の将兵も多く四割を越えているがオムダーマン軍には一人もいないのだ。サハラはムスリムの国々である為その将兵は皆男なのであった。女は戦場に出ることはまずない。そして軍服を着ることも稀だ。アラブにおいては女はヴェールでその身体を包まなければならない、ムハンマドの頃からある戒律だがこれを忠実に守っている国もまだ多くあるのである。サハラにおいてはイスラムの戒律は連合各国、そしてマウリアにいるムスリム達と比して遥かに厳格に守られている。豚肉が連合各国ではアッラーに許しを乞えばまあ食べられるのに対してサハラではそうそううまくはいかないのもこれの一つである。
「貴女の兄君が仰ったことですが」
 アッディーンはマルヤムに対して言った。
「はい」
「私との婚礼についてですが」
 話が何処かぎこちなかった。アッディーンは自分でも緊張しているのがよくわかっていた。だがそれでもそれをほぐすことが
できなかったのだ。
「貴女の御考えですが」
「それは兄上がもう申されたと思いますが」
「はい」 
 それは事実であった。彼女はそれを承諾しているのである。儀礼であっても。
「貴女の妻になりたくここまで参りました」
「そうですか」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。そしてまた口を開いた。
「それでは」
「はい」
「とりあえず外に出ませんか?ここでは何かとお話しづらいですし」
「外にですか」
「はい。この宮殿は庭園でも有名でして」
 アッディーンは彼女に説明をはじめた。
「そこを歩きながらお話したのですが。宜しいでしょうか」
「わかりました」
 マルヤムは頷いた。そして彼等は庭に出た。そこは左右均等に揃えられた緑の豊かな優美な庭園であった。何処か欧州の庭園を思わせる。
 連合とエウロパの庭園にはある程度違いがある。エウロパの庭園は左右対称である。これは常にそうである。イギリスの貴族もフランスの貴族もそれにおいては同じであった。かってフランスにあったベルサイユ宮殿なども庭園は左右対称であった。これに対し連合の庭園は必ずしもそうではないのである。
 中国や欧州からの移民が多いアメリカ等では確かに左右対称である。これは都市の設計にも現われている。だが日本では全く違う。そして日本文化の影響を受け連合では庭園も左右対称ではない場合が多いのだ。これも連合の文化の多様性であった。
 サハラにおいては元々アラブが砂漠が多いということもあり庭園自体があまりない。またサハラにある惑星は砂や岩の惑星が。その為庭園といったものが少ないのだ。だがこの宮殿には庭園があった。この宮殿を作らせた当時のサラーフ王カリム二世がエウロパ趣味であったせいである。その当時はエウロパとサハラは対立関係にはなかったのである。
 二人はその中を歩いていた。暫くは何も話さず庭園を見回っていた。だがここでアッディーンが口を開いた。
「あの」
「はい」
 マルヤムは何処かぎこちない彼をフォローするようにそれに合わせた。
「それでお話ですが」
「はい」
「貴女は宜しいのですよね」
「ええ。それは先程申し上げた通りです」
「そうですか」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。
「だとしたら」
「何か」
「いえ」
 だがアッディーンはここで言葉を打ち消した。
「それは」
「それは?」
 彼は何かを言おうとしているが言えないようであった。何かしら少し戸惑っているようであった。
「貴女の写真が私のところに送られてきました」
「はい」
 だが勇気を振り絞るようにしてそう言った。マルヤムはそれに応える。
 

 

第八部第五章 宣戦布告その五


「その時思ったことですが」
 アッディーンは戸惑いながらも言葉を続ける。
「何と美しい方なのだろうと。そして今貴女を目の前にして」
「目の前にして」
「私の目は曇っていたことがわかりました」
 アッディーンは何かしら場違いに近い言葉を出してきた。
「貴女を直接目にしまして。写真というのは所詮写真に過ぎないと思い知らされました」
「どういうことでしょうか」
「ええと」
 また言葉に詰まった。
「貴女御自身の方が」
「私の方が」
「写真なぞより余程お美しかった。そう言いたいのですが。すいません、どうもこうしたことは苦手でして」
 言葉がよく出なかった。こうしたことを言うのははじめてであるからだった。女性には疎いのは今までの人生で戦場にばかりいたせいであろうか。
「それでも言いたいのです」
 慎重に言葉を選びはじめた。
「それで私は今ここで言いたいのですが」
「はい」
「私は貴女を」
「私を」
 一瞬時が止まった。アッディーンはまず一呼吸置いた。マルヤムは彼の次の言葉を待った。
「妻としたいのですが。宜しいでしょうか」
「喜んで」
 それに対して微笑んで応えた。それで決まりであった。
 こうしてアッディーンとマルヤムの婚姻が決定した。そして同時にオムダーマンとティムールとの同盟も決定した。これによりティムールは後顧の憂いをなくしたことになった。

「これでよし」
 シャイターンは自国に戻り自身の宮殿においてそう言った。
「これで後ろは問題ない。ハサンもな」
「ハサンもですか」
 それを傍らで聞くハルシークが問うた。彼の後ろにはやはりシャイターンの近衛の仮面を被った六人の将校達がいた。
「そうだ。我等とオムダーマンは同盟を結んだ」
「はい」
「それがあるからだ。若しハサンが動けば」
 シャイターンは椅子に座った。象牙の白い椅子である。前のテーブルは水晶でできている。
「オムダーマンも動く。相互防衛関係だからな」
「確かに」
「ハサンも馬鹿ではない。その程度はわかっているだろう。そうなればダメージが大きい。今はおそらく軍備を増強させにかかるだろう」
「来たるべき時の為に」
「だろうな」
 彼は答えた。
「だがそれまでに時間がある。その間に我々は」
「総督府を叩く。それで宜しいですな」
「そうだ。総督府だ」
 彼はここで総督府のある方に顔を向けた。
「全てはそれからだ。まずはエウロパをこのサハラから排除する」
「はい」
「それからだ。何もかもな」
 彼はやはり総督府を見据えていた。その目が赤く光ったように見えた。

 シャイターンが見据える総督府、そしてエウロパにおいても動きがあった。連合に対する宣戦布告の決議案が議会において可決されたのである。上下の両院において満場一致で可決されたのであった。ネットの世界やマスコミの意識的な調査による満場一致ではなかった。ネットの世界において皆が、圧倒的多数がそう思っていると言えるのは他人の意見を認められない醜悪な全体主義者か狂人、若しくは工作を行える者である。どちらにしろ精神、人格共にこの世には存在してはならないレベルの存在であるので意に介するべきではない。なおこの世の中は実に奇妙なものでありそうした精神異常者共が大手を振って歩いていたりする場合もある。その末路は例外なくそれに相応しいものではあるが。猿は猿、人は人である。猿が人の真似をしてもいずれボロが出る。そして猿に相応しい処刑が待っている。それだけである。
「遂にと言うべきか、やはりと言うべきか」
 ラフネールはその可決された議案の書類を前にそう呟いた。
「はい。後は閣下のサインを待つだけです」
 書類を持って来た秘書官がそれに応える。
「ふむ」
 彼はそれを受けてペンを手にした。そして言った。
「それでは私が今この書類にサインすれば全ては決まるな」
「はい」
「それでは」
 彼はその書類にペンをつけた。そして自身の名を書き終えた。
「これでよし」
「はい」
 こうしてエウロパは連合に宣戦布告することになった。書類のうえでは。
「ところでだ」
 ラフネールはサインを終えると秘書官に問うた。
「何でしょうか」
「総動員令をかけたが。どれだけの戦力が集まっているか」
「はい、既に五百個艦隊が集結し終えております」 
 彼はそう報告した。
「そしてニーベルング要塞群には既に百個艦隊が集結し終えております」
「ふむ」
 彼はそれを受けて満足そうに頷いた。
「まずはそれで第一の防衛ラインとする」
「はい。ですがそれだけではありませんね」
 秘書官はそう言った。
「まだありますから」
「ふむ」
 ラフネールはそれを聞いて頷いた。
「ローゼンラインだな」
「はい」
 秘書官はそれに答える。
「それでもって第二の防衛ラインとします」
 ローゼンラインとはモンサルヴァートが作ったラインである。エウロパの東方に設けたものでありこれにより連合の侵攻を防ぐ予定であった。
「だがそれが破られた場合はどうなる」
「その時は決戦でしょうね」
 秘書官の声が強くなった。
「このオリンポスをかけて」
「まさに最後の戦いになるな」
「ええ。ですが敗れるわけにはいきません」
 秘書官の声はやはり強いままであった。
「このエウロパを守る為にはね」
「うむ」
 ラフネールはあらためて頷いた。こうしてエウロパの連合に対する宣戦布告が発布された。これによりエウロパは正式に戦時体制に入った。それまでは戦時体制に準ずるという状況だったのである。形式上は。
 モンサルヴァートはこれを統帥本部長官邸で聞いていた。部屋には宇宙艦隊司令長官であるローズもいた。
「遂にはじまりましたな」
 まずローズがモンサルヴァートに対して言った。
「はい」
 モンサルヴァートがそれに応える。その目はいつものものとは違っていた。決意が宿っていた。それは実に強い決意であった。
「既に総動員令も発されています。エウロパは国を挙げて戦闘体制に入りました」
「はい。既にニーベルング要塞群には百個艦隊を集結させております。これでまずは彼等を迎え撃ちましょう」
「そうですね。おそらく連合は精鋭を送り込んでくるでしょうが」
「何としても防がなければなりません。どの様な者が来ようとも」
 ローズの言葉も熱がこもっていた。
「このエウロパを守る為に」
「はい」
 ここでモンサルヴァートが頷いた。
「我等は数で劣りますがそれならそれで戦い方があります」
「そうです。そして」
 ローズは言葉を続けた。
「勝ちましょう、絶対に」
「はい」
 彼等もまた戦いを決意していた。そしてある者は戦場に赴き、ある者は銃後でそれぞれの任に就くのであった。皆それぞれの手段で国難にあたろうとしていたのであった。

 エウロパが連合に宣戦布告をした同じ時に連合もまたエウロパに宣戦を布告していた。そして既に連合においてもその軍が動員されていた。
「本部長」
「はい」
「ガンタース要塞群はどうなっていますか」
 八条は宣戦布告に関する閣議決定が終わるとすぐに統合作戦本部長室に向かった。そして統合作戦本部長であり制服組のナンバーワンであるバールに尋ねた。
「既にガンタース星系及びその周辺星系に艦隊の集結を終えております。後は大統領及び長官の御指示だけです」
「そうですか」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「では大統領と私の命令が出た後はお願いしますよ。おそらく明日にでも出されるでしょう」
「はい」
 バールもまたそれを聞いて頷いた。
「既に全軍に待機命令が出されています。攻め込むのを待っております」
「はい。そしてあれの用意はできていますね」
「無論です」
 バールは微笑んでそれに答えた。モンゴル人特有の屈託のない笑みであった。草原の匂いが漂う様な笑みであった。
「あれも御命令を待つだけです。何時でもいけますよ」
「それは何よりです」
 八条はそれを受けて安心したように笑った。
「それではそれでもってまずは攻撃を仕掛けまして」
「はい」
「次に本格的にいきましょう。義勇軍も攻撃の準備はできていますね」
「勿論です」
「彼等には先陣を務めてもらいましょう」
 エウロパ側の予想は当たっていた。やはり連合は先陣に精鋭部隊を派遣するつもりであった。だがこれは戦争の常道を考えればすぐわかることであった。
「そして目指すは」
「はい」
「決まっていますね」
「無論」
「ならbそこは」
「オリンポスです」
 その言葉が何よりも連合の意志を現わしていた。こうして連合もエウロパも軍を動かした。遂に双方の戦いがはじまったのであった。
 一千年の対立が本格的な戦いにまで発展した。今までなかったことが現実になる。だがそれが現実であった。小説なぞよりも遥かに奇怪で何が起こるかわからない、それが現実であるのだから。


第八部    完



                            2005・3・1 

 

第九部第一章 星の大海にてその一


                 星の大海にて
 連合とエウロパの関係は実に根深い対立関係にある。それは一千年以上前、そう連合とエウロパが正式に発足する前にまで遡る。
 かって地球には太平洋連合と欧州連合の二つの大きな勢力があった。他にもインドやアフリカ連合などがあったがインドは中立でありアフリカ連合は太平洋連合についていた。アラブはやはり四分五裂であり群雄割拠と言ってもいい状況にあった。その中で人類は穏やかな対立関係にあった。太平洋連合にはオセアニアや中南米諸国も入っていた。当時の人類の人口の大部分を占めていたのである。太平洋と欧州は経済や国際情勢において二つの軸としてあった。軸が二つならばどうなるかというのは言うまでもないことであり双方はすぐに対立関係に入った。両者の関係は次第に悪化しやがて敵対関係にまで発展した。
 人口においては太平洋側が欧州を圧倒していた。しかしその加盟各国の間の国力差が大きく、また同盟関係にあるアフリカ諸国もまた貧しい国が多く先進国のみばかりで構成されているといってもよい欧州とは差があった。そしてアメリカや中国、日本といった大国の発言力が極めて強く、小国がそれにそれぞれ手を結び合って対抗するといった状況であり連携も上手くいってはいなかった。まとまりに欠けるのはこの頃からであった。そうした点においても欧州に遅れをとっておりそこを付け込まれることも多かった。太平洋はまず欧州に対して何か言う前にまず自分達の中をどうにかしなければならなかったのだ。その為欧州は人口、そして総合の国力においては大きく差があろうとも太平洋と対抗していたのである。欧州は何かあると大国を煽った。それにより大国同士をいがみ合わせ自分達の方に矛先がいかぬようにしていたのだ。欧州の巧妙な外交の前に太平洋は翻弄されるといった情勢が長く続いていた。
 しかしここで大きな転換点が訪れた。月での開発である。太平洋は太平洋で、欧州は欧州で開発を行った。これが対立のはじまりとなった。
 月の資源の配分で太平洋と欧州は真っ向から対立した。太平洋側は自分達の人口の多さから月の資源の殆どを要求してきた。だが欧州にとってそれを認めるわけにはいかなかった。太平洋は月の資源の九割以上を要求してきたのだ。そんなものはとても飲めなかったのだ。両者は激しく対立し月では武力衝突も懸念されるような一触即発の雰囲気となっていた。だがここで一つの国が動いた。
 ロシアである。ユーラシアのかなりの部分を国土に持つこの国はアジア、ヨーロッパにまたがって国土を有していた。この国は太平洋連合にありながら欧州とも太いパイプを持つ特異な立場にある国であった。その為に太平洋にあってはいささか異端の立場にあり欧州にとっては有り難い存在でもあった。時として欧州寄りの発言をすることもあった。
 この時ロシアは完全に太平洋の側に入った。ここには情勢が太平洋に有利なのと後の資源の配分でロシアにかなりのものが約束されたからであった。それを勝ち取ったのは当時のロシア大統領イワノフ=グルーチンと外相であるセルゲイ=コリーニスキーである。彼等はロシア特有の力に頼った外交ではなく機を見て敏に動く外交を得意としていた。その為にこれができたのであった。
 ロシアが完全に太平洋側になったことで欧州の劣勢は明らかとなった。太平洋連合の本部があるシンガポールにおいて月の資源の配分を取り決めたシンガポール条約を結ばされた。これは太平洋の要求がそのまま条約となった欧州にとっては甚だ不公平なものであった。そもそも敵の本拠地で結ばされた条約であるというのがこの条約の性質をあらわしていた。欧州は敗れたのであった。
 暫くは太平洋にとって有利な状況が続いた。彼等は月だけではなく火星や水星、金星等でもその資源をほぼ独占した。インドは彼等についたので資源を得ることができた。欧州は僅かなものしか手に入れることができなかった。自然と国力に差ができそれは最早どうしようもないものになるかと思われた。だがこの時に欧州に一人の英雄が姿を現わしたのであった。
 彼こそブラウベルグであった。彼は欧州議長に就任するとすぐに精力的に動いた。まずは宇宙開発をこれまでの惑星ではなく小惑星に重点を置いたのであった。これはシンガポール条約の盲点をつくものであった。これにより欧州は小惑星からかなりの資源を手に入れることができた。
 これを太平洋側が快く思わないのは当然であった。彼等は何とかしてこのブラウベルグを排除しようと考えた。スキャンダルを調べたがなかった。最終的には暗殺が計画された。
 だがこれは失敗した。狙撃、毒殺、いずれも失敗した。そして逆に暗殺を計画したアメリカ、中国、ロシアの責任が問われた。これによりそれ等の国で政変が置き欧州に多額の賠償金が支払われた。これにより太平洋は彼に対して何もできなくなった。
 しかし彼等は欧州に対する対抗を諦めたわけではなかった。むしろその対抗心をさらに強め連合を形成した。国際連合を基とするこの組織は太平洋、ブラックアフリカ、旧ソ連諸国等から構成され全人類の殆どを占めていた。彼等はまずその数の力を以って欧州を排除しようとした。
 結果的にそれは成功した。彼等は宇宙開発のかなりの部分を獲得することに成功し、欧州を僻地に追いやることに成功した。そして彼等は今の連合を形成していったのである。
 これに対して欧州はエウロパと名を変えた。こちらはEUを基礎としている。ギリシア神話の少女の名を冠したこの国と連合は一千年の長きに渡って互いに睨み合ってきた。だがそれが武力衝突になることはなかった。それは彼等の国境がブラウベルグ回廊という一つの回廊によってのみ隔てられていたからであった。
 この回廊のそれぞれの出入り口に連合もエウロパもそれぞれ要塞を置いた。連合はガンタース要塞群、エウロパはニーベルング要塞群である。彼等はこの要塞群を以って守りとした。十個艦隊が上下に固まって通行が可能なこの回廊は双方にとって防衛上極めて重要であった。今この回廊を激しい緊張が支配していた。
「あちらからまだ反応はないか」
「はい」
 エウロパ側の出入り口にあるニーベルング要塞群。ニーベルング星系にあるこの要塞群は一個の惑星を中心として十六の人工衛星から構成されている。中心にあるニーベルング要塞は惑星を一つまるごと要塞としたものであり巨大な主砲と無数のビーム砲座、ミサイルランチャー、魚雷口を持っておりその周辺に攻撃用衛星十六個を配備している。そして星系全体が武装され百個艦隊の駐留が可能である。連合のガンタース要塞群には劣るがそれでも難攻不落の要塞として知られていた。
「ニーベルング要塞群がある限りエウロパに入ることは不可能である」
 数百年前のエウロパ軍務相ルチアーノ=デル=ライモンディはそう豪語した。この人物は多分に大言壮語癖があったが連合の者は誰もそれを否定することができなかった。実際にこの要塞の堅固なことは誰もが知っており、そして当時は連合には連合軍はなかった。各国で軍を持っている時代だったのだ。
 だからこそこのライモンディはこう豪語したのである。だが彼は決してこちらから攻め込もうとしなかった。連合が動かないのでよしとしていた。それはエウロパと連合の国力の差をやはり知っていたからであった。大言壮語癖の人物ながらそうしたことは冷静に見ることができたのだ。
 ガンタース要塞群はニーベルング要塞群の比ではなかった。連合側の回廊の出入り口にあるガンタース星系の十五の惑星全てを要塞としたものでありその衛星も全て要塞化していた。全ての惑星が主砲を持ち、その周辺には十二個ずつ人口の武装衛星があった。衛星にまでそれぞれ六つずつの武装衛星がある程であった。艦隊の駐留可能数もかなりのもので今ここに連合の艦隊の大部分が集結しているのだ。エウロパはこのガンタース要塞群から片時たりとも目を離すことができなかった。
「もう一度聞く」
 ニーベルング要塞群の防衛司令官であるドン=ファブリチーニ元帥は指揮所にてスタッフに問うていた。太い眉に彫の深い顔立ちの男であった。
「まだあちらは動いてはいないな」
「はい」
 そのスタッフはレーダーを見ながらそれに応えた。彼もまた真剣な顔であた。
「そうか。ならばいい」
 彼はそれを聞いてとりあえずは胸を撫で下ろした。だが彼はまだ完全に安心してはいなかった。
「だが来るのはわかっている」
「そうですね」
 スタッフの一人がそれに答えた。
「彼等は既にガンタース要塞群に集結しているのですから」
「ああ。だからこそここから離れることはできない」
 ファブリチーニはそう言いながら回廊に目をやる。その向こうには連合軍が集結して出撃を待っている。それは彼にもわかっていた。
「司令」
 ここで若い士官が指揮所に入って来た。
「どうした」
「シュヴァルツブルグ閣下からお電話です」
「軍務相から」
「はい。如何なされますか」
「出よう。さて」
 彼はここで隣にいる副司令官であるエレク=ヴァン=フランド上級大将に顔を向けた。
「暫く指揮を頼むぞ」
「ハッ」
 彼は敬礼してそれに応えた。今ニーベルング要塞群は二十四時間態勢で配置についていた。ファブリチーニもそれは同じであり三交替で配置についていた。彼がいない間は副司令やそれに次ぐ者が指揮にあたっていた。
 ファブリチーニは隣の部屋に入った。ここは通信室となっていた。彼はそこに置かれている電話を手に取った。そして出た。
「はい」
「私だ」
 電話の向こうからシュヴァルツブルグの声がした。低く重い声であった。
「連合軍はまだ来てはいないか」
「はい」
 彼はそれに答えた。
「既にガンタース要塞群に二千個以上の艦隊が集結しているようですが」
「そうか」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて電話の向こうで頷いた。
「それでは近いうちに来るな」
「それは間違いないかと」
「ふむ」
 シュヴァルツブルグはあらためて考えた。
「そちらの艦隊は戦闘態勢に入っているな」
「無論です」
「ならばいい。何かあったならすぐに援軍を送る」
「はい」
「ニーベルング要塞群が要だ。何としてもそこで防いでくれ、いいな」
「ハッ」
 ファブリチーニはそれを受けて敬礼した。そして言った。
「この命にかけても」
「頼むぞ」
 シュヴァルツブルグはそう言うと電話を切った。受話器を置いたファブリチーニは指揮所に戻った。そして指揮を再開するのであった。

 

 

第九部第一章 星の大海にてその二


「ニーベルング要塞群は既にかなりの緊張状態に入っております」
 プロコフィエフが作戦会議においてモンサルヴァートにそう報告していた。ここには彼だけでなくそのスタッフや艦隊司令達も集まっていた。
「そして連合の動きは」 
 モンサルヴァートは会議室の円卓において立体地図を指し示しながら立って説明するプロコフィエフに問うた。その顔も目も完全に戦場にあるものとなっていた。
「まだ何もありません」
 彼女はそれに対してそう答えた。
「ただガンタース要塞群に二千個以上の艦隊が駐留しております」
「そうか」
 彼はそれを受けて頷いた。
「それではニーベルングから攻め込んでくるのは間違いないな」
「はい」
「本部長」
 ここでゴドゥノフが口を開いた。
「他から攻めてくる可能性も考えておられたのですか」
「うむ」
 彼はそれに対して頷いて肯定した。
「道は何もニーベルングだけではない」
「といいますと」
「サハラもある。私はそれを考えていたのだが」
「あっ」
 彼はここで気がついた。連合とハサンは同盟関係なのである。そしてティムールとも同盟を結んでいたのだ。これが何を意味するかわからない者はいなかった。
「あのルートも有り得ると思ったのだがな。どうやらそれはないらしい」
「それはまずシャイターン主席が許さないでしょう」
 プロコフィエフがそれに答えた。
「ほう、何故だ」
「狩人は自らの獲物を他の者に渡したりはしません」
 彼女はモンサルヴァートの問いにそう答えた。その声はやはり落ち着いたものであった。
「おそらくティムールは総督府を狙っているでしょう」
「うむ」
「サハラ北方を解放したことによる功績を今後に利用する腹づもりだと思われます。そしてあの地の多くのものをその手に入れるつもりかと」
「それは全て自分の手で為さなければならない」
「はい。彼にとってはそうでなければなりません」
「それは何故でしょうか」
 ジャークスが彼女に問うた。ジャースク達かってアッディーンの下にいた艦隊司令達は皆上級大将に昇進していた。じきに戦時処置として元帥に任じられる予定である。だが今は上級大将であるので元帥であるプロコフィエフに対してそうした口調なのである。
「これはあくまで私の推測ですが」
 彼女はそう断ったうえで話しはじめた。
「彼は今後サハラにおいて大きな勢力を持つことを望んでおります。少なくとも今の北方の一部だけでは満足してはいないでしょう」
「ふむ」
「そしてその為には今の総督府を手に入れることが必要なのです。今のティムールでは限界があります」
「確かにな」
 モンサルヴァートはそれを聞いて頷いた。
「今サハラには三つの勢力が存在する。ハサンにオムダーマン、そしてティムールだ」
「はい」
「その中でティムールは最も勢力が小さい。これは動かせない事実だ。そしてそれを最もよく認識しているのは他でもない。シャイターン主席本人だ。そう言いたいのだろう」
「その通りです」
 プロコフィエフはモンサルヴァートの言葉に頷いた。
「それを打破する為に最も近いのは総督府を手に入れることです」
「ですがそれは」
 アローニカが入ってきた。
「我が総督府軍全軍を相手にするということですね。ティムールの国力では無理があるでしょう」
「今の時点ではな」
 モンサルヴァートはアローニカに対してまずそう前置きした。
「だがこれからはわからない。今の戦いの戦局次第では」
「戦局が危うくなった場合総督府軍を本土に向かわせなければならない場合も考えられます」
 プロコフィエフも言った。
「そうなった場合彼はすぐに動くと思われます。現にティムール軍は何時でも出撃できる態勢に入っているという報告が入っております」
「何と」
 これにはモンサルヴァートも驚いた。
「もうか」
「はい。やはり連合との同盟はそれが狙いであったと思われます」
 プロコフィエフはそれに答えた。
「彼は総督府に狙いを定めているのは間違いありません。そして総督府を解放したことにより」
「彼の名声は否が応にも高まるな」
「そうなるでしょう。彼が得る物はサハラにおいて限り無く大きいものとなります」
「そしてサハラでの英雄となるか。彼にとって悪いことは何一つない」
 ターフェルが言う。
「しかし我々を手をこまねているわけにはいかない」
 モンサルヴァートがここでこう述べた。
「参謀総長」
「はい」
 プロコフィエフは答えた。
「総督府も既に戦闘態勢に入っている。すぐに彼等にも知らせてくれ」
「わかりました」
「だがいざという時には・・・・・・わかるな」
「無論です。致し方ありません、その時は」
「うむ。だが市民は保護しなければならないぞ」
「わかっております」
 彼女は答えた。その顔は何時になく暗いものがさしていた。しかしモンサルヴァートはそれに気付きながらあえて気付かないふりをした。これも考えあってのことであった。
「それで連合軍だが」
「はい」
 一同話を変えた彼に顔を向けた。
「近いうちにニーベルング要塞群に攻撃を仕掛けてくる。おそらく最初から我が軍にとっては総力戦になる」
「でしょうな」
 マトクが言った。
「そうでなくては我等にとって勝利はありません」
「そうだ。今我が軍は五百個艦隊。それに対して連合は二千個艦隊、そこにサハラ義勇軍百個艦隊が加わる」
「計二千百個艦隊。口で言うと一口ですが」
「今までそれだけの規模の軍を動員した例はなかった。人類史上最大規模だ」
「ですね。それを迎え撃たなければなりません。例えどれだけの数であっても」
「うむ。それでは卿等には命を捧げてもらう。オーディン、そしてアテナに」
「はい」
 オーディンはエウロパで崇拝されている戦と嵐の神である。帽子を目深に被った隻眼の老人でありその手には神の槍グングニルがある。常に二羽の烏と二匹の狼を連れており魔術を使う。不和と争いを好み戦場で活躍する戦士達に加護を与える。だがそれは気紛れであり戦士達は何時彼の加護を失い命を落とすかわからないのである。戦場で命を落とした戦士達は彼の館に招かれる。そしてそこで最後の戦いに備えて腕を磨くのである。
 アテナもやはりエウロパで信仰されている神である。知恵と戦いの女神であり長身を鎧兜と楯、そして剣や槍で武装している。天空と雷の神ゼウスの長女であり気高く、それでいて慈悲深い心を持っている。戦いにおいては攻めるよりも守るのを得意としている。エウロパにおいてとりわけ人気のある女神でもある。
 本来オーディンとアテナは違う神話系列の神でありここでモンサルヴァートが同時に出したのは理由があった。それはエウロパの者はそれぞれの神を信仰しているからである。ここにいる者ではモンサルヴァートはオーディンを信仰している。プロコフィエフはアテナを信仰しているのである。またその他にカトリックとプロテスタントの区分もある。エウロパの信仰もかなり複雑であった。
「無論私もだ。それでは行こう、戦場に」
 彼はそう言うと立ち上がった。他の者もそれに続く。
「ヴァルハラ、そして神々の宮殿で会おう。我が軍に勝利を!」
「我が軍に勝利を!」
 皆一斉に敬礼した。こうして彼等も戦場に向かうのであった。 

 

第九部第一章 星の大海にてその三


「連合は今どうしているか」
 アッディーンと妹マルヤムとの婚姻の約束を済ませたシャイターンは自身の宮殿に戻りそこで末弟アブーに問うていた。アブーは兄に一礼してから報告した。
「ガンタース要塞群にて集結した後はこれといって動きはありません」
「そうか」
 彼は弟からの報告を聞いて頷いた。
「思ったより動きが遅いな。そろそろ動いてもいい頃だが」
「彼等にも考えがあるのでしょう」
「御前もそう思うか」
「はい。連合の国防長官八条義統ですが」
 兄に対し話しはじめる。
「かなりの切れ者です。やはりここは何か考えがあってのことと思われます」
「それは御前の考えか」
 しかしシャイターンはここで彼にそう問うてきた。
「といいますと」
「それは御前の考えかと聞いたのだが。聞こえなかったか」
「いえ」
 アブーは兄の言葉に首を横に振った。
「これは私の考えです。如何でしょうか」
「ふむ。いいと思う」
 兄は弟に対してそう述べた。
「かなりわかってきているな」
「有難うございます」
「御前を側に置いている介があるというものだ」
 シャイターンはそう弟に語った。
「近いうちに御前には先陣を務めてもらうことになる」
「はい」
「攻撃目標はわかっているな」
「無論です」
 彼は答えた。
「その大任、見事に果たして御覧に入れましょう」
「頼むぞ。そして」
 シャイターンはさらに言う。
「このサハラを我がシャイターン家の手中に収めるのだ。私は頭脳となりフラームは心となる」
「そして私は剣となる」
「そういうことだ。全ては我等がものだ。よいな」
「ハッ」
 アブーは兄に対して敬礼して答えた。
「そして姉上は」
「マルヤムか」
「はい」
「そうだな、あれは」
 シャイターンは考える目をしながら言葉を出す。
「国母になるか」
「国母に」
「そうだ。国母にだ」
 弟に対してそう語る。
「どちらにしろサハラはシャイターン家のものだ。よいな」
「はい」
 アブーは兄の言葉を最後まで理解できなかった。しかし兄が何かを考えていることはよくわかった。運命の輪は常に回っている。それはこのサハラにおいてもそうであった。

 連合とエウロパが戦争状態に入ったことは当然ながらマウリアにも伝わっていた。マウリアは連合と同盟関係にあるが彼等はこの戦争に関して中立を宣言していた。
 これには理由があった。マウリアは連合と国境を接してはおらず遠く離れていた。そしてかってイギリスに支配された歴史があるとはいえエウロパとはこれといって交流がなかった。その為彼等はエウロパに宣戦布告する理由もなかった。また連合も領内に他国の軍を入れることを好まず、また彼等に貸しを作りたくはないという政治的な配慮から彼等に協力を要請することもなかった。こうして彼等はこの戦争とはほぼ無関係であった。だが完全に無関係とはいかないのが政治というものであった。
「観戦武官の選定はどうなっている」
 クリシュナータは官邸の一室でラーンチにそう問うていた。彼等もこの戦争に関して全くの傍観者でいることはなかった。むしろ深い関心を持っていたのである。
「はっ」
 ラーンチはそれに答えた。
「既に選定は終えております」
「そうか。ならいい」
 クリシュナータはそれを聞いて満足そうに頷いた。
「それではすぐに送ってくれ。よいな」
「わかりました」
「彼等がどう戦うかだな、この戦いは」
「はい。おそらく彼等はその物量でもって戦うでしょうが」
「それだけではないだろうな」 
 クリシュナータは言った。
「彼等の艦艇を見る限り独特の戦い方を意識している。それはあの海賊との時でもそうだった」
「はい」
 解放軍との戦いである。クリシュナータはあの戦いの後すぐに国防省に指示して資料を集めさせ研究を命じた。その結果多くのことがわかったのである。
「連携が上手い。だがそれだけではない」
「はい」
「装備もいい。とりわけあの戦艦がな」
「ティアマト級ですか」
「そうだ。あの戦艦は間違いなくあの軍の要だ」
 その目の光が鋭くなっていく。
「連携にしろあの艦に秘密があるな」
「はい。あの艦の電子設備はかなりのもののようです」
 ラーンチは彼にそう説明した。
「それだけに艦隊の旗艦ともなっているのでしょう」
「あの戦艦に観戦武官達を乗り込ませたいが」
「それは既に手配済みです」
「そうか、ならいい」
 クリシュナータはそれを聞いて満足したように頷いた。
 

 

第九部第一章 星の大海にてその四


「あの艦については色々と知りたいからな。だが多くは見られないだろう」
「でしょうね」
 軍事機密をそうおいそれと渡すことは有り得ない。例え同盟国の関係であってもだ。
「装備だけでないからな、兵器というのは」
「はい」
「そうした電子設備等も重要だ。それに」
「それに」
「構造もだ。観戦武官の中に技術者は入れているか」
「いえ」
 彼は首を横に振った。そこまで考えは至らなかったのだ。
「それではすぐに入れておけ。それもかなりの数をな」
「わかりました」
 将校といってもその職種は色々あるのだ。パイロットもいれば技術者もいる。ただ戦場において指揮をするだけが将校の仕事ではないのである。
「彼等にはあの艦の技術について詳しく見てもらう。よいな」
「はい」
「そしてだ」
 クリシュナータの言葉は続く。
「補給についてもよく研究するようにな。これはとりわけ重視したい」
「補給ですか」
「あれだけの規模の軍を動かすとなるとかなりのものとなる。連合軍がそれをどうするのか。興味がある」
「そうなのですか」
「今後の我が軍の補給についても参考になるかも知れん。よいな」
「はい。ではそちらも」
「うむ」
 クリシュナータはラーンチの返礼を受けて頷いた。
「それにしてもだ」
 しかしまだ終わりではなかった。彼の言葉は続く。
「何でしょうか」
「連合では軍の人気はあまりないというが」
「職業としてはそうですね。他にも多くの職がありますから」
「それだ。彼等はカーストによって職が決まっているわけではない」
「はい」
「我々とはそこが大きく違うのだな」
「その通りです」
 ラーンチはそれに答えた。マウリアはインド文明を受け継ぐ国家であり、カースト制もまだ残っている。人の職業はそれによっておおむね決まるのである。軍人となるのはクシャトリアというカーストに属する者達である。カーストは大きく分けて司祭階級であるバラモン、貴族や軍人の階級であるクシャトリア、商人の階級であるヴァイシャ、そして奴隷とされるシュードラである。ここで奴隷となっているが実際には平民といった意味である。異なるカーストの間では結婚や交際が認められていなかった。だがそれは流石に今ではない。またその下にある不可触民であるアウトカーストの者達もいるが彼等も存在している。だがこれはヒンズー教での話でありマウリアにも多くの宗教が存在する。ジャイナ教やシーク教もあるのだ。だがその多くがヒンズー教徒でありクリシュナータ達もそうである。だから彼等はここではヒンズーのカーストに沿った考えをしているのである。
「彼等は完全な志願制です」
「我等もそうだがな」
 しかしマウリアのそれはクシャトリア階級に限定されたものであるのだ。ヴァイシャやシュードラも志願することは可能であり、無論バラモンもアウトカーストもそうであるが彼等は大抵志願しない。カーストの関係でだ。
「ですが彼等の社会にはカーストがありません」
「そういうことだ」
 クリシュナータはそれがわかってあえてそう言ったのであった。
「それがいいか悪いかまではわからんがな」
「はい」
 ラーンチは頷いた。そして言葉を続けた。
「そういうことも見ていかなければならないと思いますが」
「そうだな。しかし」
「しかし・・・・・・何でしょうか」
「膨大な数だ。連合の人口を考えると当然だが」
「はい」
「六〇億にも達する。それだけの数を相手にエウロパは何処までやれるかな」
「おそらく負けるでしょう」
 ラーンチは冷徹な声でそう答えた。
「敗れるか」
「戦力差は歴然としております。エウロパは今総動員令を敷き戦力を拡充しておりますが」
「それでも限度があるな」
「そうです。連合とエウロパの人口を考えましても。やはり限度があります」
「エウロパにとってはやはりそれが最も問題になるな。これは前から言われてきたことだが」
「戦争は兵士だけでやるものではありませんから。国と国の戦争なのです」
「国力差は如何ともしがたい。これは我々にも言えるな」
「はい」
 マウリアの人口は公表で二千億である。これは一つの国家としては最も多い。連合は多くの国家の連合であり、エウロパもまたそうである。連合において中国の人口は一千五百億、アメリカは八百億、ロシアは六百億、日本が三百億となっている。インドネシアやメキシコで四百億である。人口がすぐに国力となるわけではないが彼等でも人口はその程度である。中国の人口はかっては世界人口の約五分の一程であった。だが二十世紀後半から二十一世紀の人口抑制政策等でそれが変わり今では一千五百億となっている。アメリカやロシアは逆に多産を奨励し、人口が増加したのだ。とりわけアメリカは多くの移民を受け入れたことも大きかった。日本も二十一世紀は少子化に悩んだが今ではそれは解消された。これには子供の多い家庭に何かと経済的な便宜を図る政策と開拓により多産が奨励されたからである。連合において多産が奨励されるのは開拓政策の為多くの人手が必要なせいでもあった。エウロパがその領土の狭さ故に人口抑制政策をとらざるを得なかったのとは対象的であった。
 マウリアは二十一世紀に世界人口のトップとなった。それからも世界人口においては第一であり続け、それは今でも変わりはしない。今では実際の人口は二千億どころかそれに三百億、人によっては五百億は多いのではないかという説もある。正確な人口はわからないのである。
「一つの国家として我等が最も国力も人口も多いとしても」
「連合自体には到底適いません」
「そうだ。だからこそ我々は彼等と同盟を結んできた。今までな」
「そしてこれからも」
「それはどうかな」 
 だがクリシュナータはそれには首を縦に振らなかった。
「それはどういうことですか」
「同盟とは双方の合意において為されるものだ」
「はい」
「我々が望んでいても彼等が望んでいなくてはどうなる」
「それは・・・・・・」
 ラーンチはその言葉に声を失った。答えることができなかった。
「これは逆も言える。我々が同盟を望んでいないならば。彼等が同盟を望んでいても。それでも同じことになる」
「はい・・・・・・」
「最もそれは今のところ有り得ないがな。両方共」
 クリシュナータはそう言って微笑んでみせた。
「彼等もまず我々と対立する道は選ぶまい。エウロパですら併合するのは無理だ」
「はい」
 連合の三十分の一といっても一千億もいるのである。一千億もの全く文化も風習も異なり、しかも長い間敵対関係にあった者達を組み入れるとそれによる社会的混乱は深刻なものとなるのが確実であった。それを考慮するとなると併合は無理であった。

 

 

第九部第一章 星の大海にてその五


 エウロパですらそうなのである。連合が二千億以上も何もかもが違う者達を組み入れるとは到底考えられなかった。ましてやマウリアは文明であった。全く異なる文明を受け入れることはやはり不可能であったのだ。
「それでは我々は連合との関係を維持していけばいいですな」
「そういうことだ。だが彼等を下手に刺激してはならない」
「それはわかっております」
 ラーンチはそう言って頷いた。
「攻め込まれてはやはり相手にはなりませんからな」
「そうだ。だが連合の兵は強いのか」
「それはこれからわかることです。ただ」
「ただ、何だ?」
「個人的な見解ですが彼等は個々の強さはそれ程ではないと思います」
「何故だ」
「極限の状態にないからです。そして彼等はあくまでも生きて帰ることを前提としています」
「うむ」
「そうした兵はやはり強くはないでしょう。ですが」
 彼は言葉を続ける。
「戦争は強兵だけで勝てるものではありませんから。それを考えますと連合軍は強い軍と言えましょう」
「数と装備においてな」
「そしてもう一つ。補給です」
「補給ですか」
「そうです。それも見ていきましょう。先程お話したように」
「ああ」
 マウリアから観戦武官が多数送られたのはそれから数日後のことであった。連合はそれを快く受け入れることにした。そこには同盟関係の他にも理由があった。
「マウリアにも我々の力を見せておこう」
 こうした考えもあった。言葉には出さないが。同盟関係にあるとはいえ他国である。それを考えると安心はできない。そしてその力も見せておかなければならないのであった。
 彼等はすぐにガンタース要塞群に向かった。そしてそこでティアマト級巨大戦艦にそれぞれ乗り込んだ。彼等は客人として厚待遇を受けた。マウリアの緑と白の軍服が連合の黒と金の軍服に
 だが彼等は悩みがあった。それは連合の文化、風習との異質性であった。それはあまりにも大きかった。
「これは何という食べ物ですか?」
 ある日観戦武官の一人が食堂で連合の接待役の士官に尋ねた。その士官はそれを聞いて不思議そうな顔をした。
「カレーですが」
「カレー?ああ、カリーのことですか」
「はい」
 士官はやはり不思議そうな顔でそれに答えた。
「そちらの料理だと思いますが」
「はい、カリーは確かにそうです」
 彼はそれに答えた。
「ですがこれはカリーなのですか?本当に」
「はい。そうですが」
「そうなのですか」
 彼は首を傾げながらそのカレーを見ていた。それからまた言った。
「これで食べるのですよね」
「はい」
 スプーンを指して言う。士官はまた頷く。
「マウリアでは手で食べられるのでしたよね」
「はい、右手で」
 彼は答えた。
「しかしカレーはスプーンで食べるのですか。ふむ」
 彼はまだ首を傾げていた。だがそれを止めカレーを食べはじめた。
「如何ですか」
 接待役の士官は彼に尋ねた。
「美味しいですね」
「それは何より」
「ただ」
「ただ・・・・・・?」
 マウリアの士官の表情がよいものではないことに彼は危惧を感じずにはいられなかった。そして問うた。
「これはやはりカレーですね。カリーではないです」
「そうですか」
 それを聞いて少しガッカリした。ある程度覚悟していたとはいえそう言われるとやはり残念であった。
 給養員もそれは同じであった。カレーは連合においても人気のある料理であり彼等もその作り方には自信があったのだ。だがそれがあまりよい評価ではなかったので彼等も残念であった。
「ただ嬉しいことがあります」
「それは何でしょうか」
 マウリアの士官がここで顔を綻ばせたので連合の士官はまた尋ねた。
「このカレーは牛を使ってはおりませんね」
「はい、それはもう」
 これは当然であった。マウリアの者の多くはヒンズー教である。ヒンズー教では牛は食べないのだ。元々は農耕に使うからだったという。だが今では神の使いとして崇められている。ムスリム達は豚を食べないがこれは豚肉は傷み易く食中毒になることを懸念したからである。犬の唾が狂犬病のもとだから不浄としたのと同じである。だがヒンズーの牛はそれとは違う。彼等にとっては牛は聖なる存在であるのだ。
「鶏肉なのが有り難いです」
「それはよく気をつけていましたから」
 連合の士官はにこやかに微笑んでそれに応えた。
「全体的に野菜を多くしましたが。それで宜しいですね」
「はい。大変有り難いです」
 マウリアの士官は頷いた。
「ヒンズー教徒だけではありませんからね」
「はい」
 実は連合軍の食事には制限がある。それは豚肉を使う場合はムスリム用に羊を使ったものと分けることである。連合においてもムスリム達は多い。インドネシアやマレーシア、そしてトルコ等である。彼等のことを考慮して豚肉を使う場合は別に羊を使ったものを用意するのである。麺類においてもその際はスープに豚骨などは使われない。トリガラのみのものとなる。チャーシューも入らないのだ。またイスラエルのユダヤ教徒達も存在する。彼等はさらに難しい。そうした者達のことも考慮に入れられ食事が作られるのである。これがかなり難しいのだ。従ってこうしたことには色々と配慮が行き届くのである。
「ジャイナ教徒達は肉は一切口にしません」
「所謂ベジタリアンですね」
「そうです。彼等のことにも配慮して頂いているのですね」
「無論です。そうでないと連合はやっていけませんから」
 彼はそう答えた。
「私はカトリックですがね」
「ほう」
「同時に禅宗も信仰しておりまして。おっと、マウリアでそうしたことはないですね」
「そうですね」
 マウリアの士官はそれに答えた。
「一つの宗教のみですね、信仰するのは。それでカトリックと禅宗には何かあるのですか」
「カトリックはこれといってないのですよ。ですが禅宗の方は」
「何かあるのですね」
「はい。極めて禁欲的な宗派でして。仏教の一派ですが」
「あ、それは御聞きしています」
 元々仏教はインド発祥である。だから知っているのだ。
「何かと制約があるのですよ。まあそれはお坊さんだけと言ってもいいですが」
「では問題はないのでは」
「私の実家がその禅宗のお寺だったのですよ、これが」
「それはまた」
「それで子供の頃から色々とね。とりわけ食べ物のことでは苦労しました」
「かなり厳格な菜食主義らしいですね」
「そうなのです。玄米のお粥が多かったですね」
「それだけでやっていけるのですか」
「それはそれです」
 ところが彼はここで微笑んでみせた。
「今では意外とバリエーションがありましてね。蒟蒻や野菜のカレーとか」
「面白そうですね。蒟蒻とは昨日出たあの柔らかい食べ物ですね」
「はい。美味しかったでしょう」
「ええ。あれはおでんに入っていましたね」
「そうです。カロリーがなくてダイエットにも丁度いいですよ」
「成程。それでその蒟蒻カレーの他は」
「それなりにありますけれどね。ただ軍に入るまでは肉は食べたことがありませんでした」
「そうだったのですか」
「ええ。それで最初は苦労しましたね。今では平気で食べられますが」
 彼はにこやかに笑ってそう答えた。
「カトリックの方の戒律に従っています、そちらは」
「ところで何故カトリックになられたのですか。それを御聞きしたいのですが」
「妻の家がそうだからです」
 彼はそう答えた。
「私は台湾出身なのですが妻はブラジル出身でして」
「ふむ」
「それでそうなったのです。妻も禅宗の信者でもありますよ」
「そうなのですか」
「最初は結構色々ありましたけれどね。今では仲良くやっていますよ」
「それは何よりです。しかし」
「しかし。何でしょうか」
「いえ、複数の宗教を信仰するというのも面白いですな。マウリアではないことですが」
「はい」
「面白いお話を聞かせて頂きました。参考にさせて頂きます」
「はい」
 こうした朗らかな雰囲気でマウリアの観戦武官達は迎え入れられていることが多かった。だが人はそれぞれでありやはりトラブルもあった。人間性によるものならまだしも中には文化や宗教による摩擦もありこれがまたかなり複雑なこととなっていたのだ。
 例えばマウリアの者と連合の者では時間の感覚が違う。連合の者はその日の時間で考えるのだがマウリアの者は凄い場合には『その時の魂』の感覚で時間を考えるのである。これにより途方もないことが起こったりしていた。 

 

第九部第一章 星の大海にてその六


「あの、十時と言いましたよね」
「はい」
 ティアマト級巨大戦艦の一つバールにおいてそうした話が行われていた。バールとはメソポタミアで信仰されていた神の一人である。今では連合においてわりかし人気のある神となっている。その神の名を冠した艦の艦橋において連合の接待役の士官とマウリアの観戦武官との間で衝突があったのだ。
「ですから十時に来たのですが」
 マウリアの武官は落ち着いた顔でそう答えた。
「それは朝の十時だったのですが」
「そうだったのですか」
「そうだったって・・・・・・。あの、何時だと思っておられたのですか」
「夜の十時かと」
「はあ」
 これには流石に呆然とした。こうした時間の感覚であったのだ。マウリアの者は時間の感覚が違うのであった。彼等にとって今の一生は輪廻転生の一つでしかなく時間は悠久のものであった。一日のズレ等考慮するまでもないことであったのだ。
「私と貴方は前世の巡り合わせが悪かったからこうなてしまったのです。気にしてはいけませんよ」
 トラブルが起こり逆にこう窘められた者もいた。些細なトラブルで怒ろうとしたら逆にこう諭されたのである。諭された者は以後マウリアの者と喧嘩をすることはなかったらしい。マウリアはとかく連合にとっては全く異質の存在であるということも色々とわかってきだしていたのである。
「さてさて」
 この戦いの現場の総指揮官となったマクレーンは要塞の司令室において色々と話を聞きながら苦笑いしていた。
「マウリアとはここまで凄い存在だたっとはな。流石の思わなかった」
「同感ですな」
 劉がそれに同意する。彼もまたこの作戦に参加していたのだ。
「そもそもの根本が違いますからな」
「全くですな」
 マクレーンはアメリカ、劉は中国出身である。彼等はそれぞれ連合において多大な影響を持つ国の者であるがあくまで連合の中においてである。やはり連合という一つの大きな囲いの中におり、その中での思考に留まっているのである。
「文明の違いとも申しましょうか」
「はい」
「異質であり過ぎますな。ですがこれは」
「彼等も全く同じことを感じている筈ですな」
「そういうことです」
 劉はマクレーンの言葉に頷いた。
「しかしこれはマウリアだけではないでしょうな」
「エウロパもまた」
「はい。彼等との交流も一千年もの間ほぼなかったといってよいです。彼等の社会についてはある程度知ってはおりますが」
 エウロパといえば貴族社会、階級社会であった。貴族が優雅で満ち足りた生活を送っているというイメージが連合の者にはあった。だが当然それだけではないのだ。
「無闇な衝突は避けたいですが。戦闘以外の」
「少なくとも一般市民に関してはそうですな」
「はい」
 彼等の危惧はそこであった。市民に対して銃を向けるわけにはいかないのだ。相手がゲリラならまだしも一般市民を戦争に巻き込むことに彼等は強い抵抗があった。それは彼等が連合の軍人だからであった。
 連合において軍人の仕事とは海賊やテロリストに対するものであるのが今までであった。他には治安維持、そして災害救助であった。どれも一般市民を守るものであり時には暴徒に対して威圧行動をとることはあっても市民に銃を向けるということはなかったのである。そもそもの発想の時点でないものであった。
 だからこそ彼等もそうした事態を考えて苦慮しているのである。そして今話し合っているのだ。
「長官から指示がありまして」
「どのようなものですか」
「占領した惑星、基地は全て武装解除せよ、と。そして所属や籍の調査を全て把握せよ、とのことです」
「武装解除と所属、籍の把握ですか」
「はい。それによりゲリラ活動を防ぐようです」
「成程」
 マクレーンはそれを聞いて八条の考えがわかった。
「いない者を警戒すればいいのですからな」
「そういうことでしょう。そして武装の解除は拳銃一丁、弾丸一つに至るまで徹底的に行うようにと」
「ふむ」
「軍人は捕虜収容所に、一般市民にはこれまで通りの生活を。しかし捕虜収容所での待遇は一般市民に対するのと同じようにせよ、とのことです」
「何故ですかな」
「彼等は敵国の軍人でありあくまで犯罪者ではないからとのことです。犯罪者でないならば普通に扱われるべきだと」
「ふむ」
「それが長官の御考えです」
「長官らしいですな。確かにエウロパの軍人は確かに敵ではありますが罪人ではない」
「やはりこの処遇が当然でありますな」
「はい。私もそう思います」
「それではこれをすぐに全軍に達しましょう」
「はい」
 こうして八条の指示が全軍に伝えられた。これはとりわけ厳しく伝えられた。八条はそれを地球の国防省執務室にて聞いていた。そして満足したように頷いた。
「マクレーン長官も劉参謀総長もわかっておられるようで何よりです」
「はい」
 彼の前に立つシャリアピンがそれを受けて応える。
「あの御二人なら問題はないと私も思っておりましたが」
「ただそれが全ての将兵が従うかというと問題が違います」
「ですね」
 シャリアピンはそれを聞いて暗い顔をした。
「どの国、どの組織にも不心得者はいますから」
「そうです。そうした者に対しては厳罰で挑みましょう」
「厳罰とは」
「死罪も含めた。それでいってはどうかと思うのですが」
「厳しいですね」
「そうでもしないと軍律、そして軍の信頼は得られません。それが為に連合軍の軍律は厳しいものに定めたのです」
「それは私も知っております」
「ならばそれで問題はないかと思います。一般市民に危害を加えることもその財産に手をつけることも死罪とします」
「はい」
 軍のことに関しては国防省が統括する。だから本来ならば法務省の管轄になるようなことでも軍のことに関することならば国防省の管轄となるのである。
「捕虜に対してもそれは同じです。よいですね」
「わかりました」
 シャリアピンはそれを受けて頷いた。
「後方の部隊にもそれは徹底させましょう」
「無論です」
 八条の声は何時になく強いものであった。そこには決意が見てとられた。
「軍人としての誇りを忘れないようにね」
「わかりました」
 連合はこうして規律に至るまで細心の注意が張られていた。だがそれだけで戦争に勝てるかというと当然ながらそうではない。八条はまだ話を続けていた。
「そしてあれの準備はどうなっていますか」
「あれですか」
「はい」
 八条はシャリアピンの言葉に頷いた。
「まずはあれを成功させなければなりませんからね」
「それの準備はもうできております」
 彼はそう答えた。
「既に全艦ニーベルング要塞群に向かうように定められております」
「そうですか」
「はい。こちらはもう長官の御指示を待つだけですが。如何なされますか」
「サインは」
「今長官の目の前に」
 見れば八条の前に一枚の書類が置かれていた。サインする欄の一番上だけがあいている。それが何を意味するのかは言うまでもないことであった。
「わかりました」
 八条は頷くとペンを手にした。そしてそれでもって書類にサインをした。
「これでいいですね」
「はい」
 シャリアピンはそれを確認して応えた。
「ではこれにてエウロパへの侵攻作戦が発動されました」
「はい。作戦名は」
 八条は言葉を続ける。
「ハンニバルとします。よいですね」
「はい」
 かってローマと戦ったカルタゴの名将の名である。これはローマをエウロパに見立てて名付けたものであろうか。シャリアピンは作戦名を聞きながらそう考えていた。
「それでは全軍進撃用意」
 八条はさらに言葉を続ける。
「第一攻撃目標はニーベルング要塞群、攻略後はすみやかに作戦通りの行動をとるべし。よいですね」
「はい」
 シャリアピンは文官であるので敬礼はしない。言葉で頷いた。
 こうして軍の出撃が発動された。連合軍はニーベルング要塞群に向けて兵を進めはじめた。
「そうか、遂にか」
 ファブリチーニはその話を司令室で聞いていた。そしてすぐに指示を下した。
「総員戦闘用意、よいな」
「ハッ」
 報告に来た将校がそれを受けて敬礼した。
 両軍は本格的な戦闘に入った。遂に一千年の対立が現実に刃を交えるものとなったのであった。 

 

第九部第二章 虚の兵士達その一


                          虚の兵士達
 連合軍は遂に兵を動かした。そしてブラウベルグ回廊を通り一路ニーベルング要塞を目指していた。
 だがその先陣を行くのはサハラ義勇軍ではなかった。彼等はまだガンタース要塞群に留まっており、出撃準備をしているだけであった。
 それはエウロパの方からも確認された。彼等はそれを見て妙に感じていた。
「これは一体どういうことだ」
 ファブリチーニはそれを聞いて作戦会議室において腹心の部下であるゴンガーザ少将に問うていた。
「何故サハラ義勇軍を出さない。あれは彼等にとってこうした時に真っ先に来る軍ではなかったのか」
「何か事情があるのでしょう」
 ゴンガーザはそれに対してこう答えた。
「事情」
「はい。彼等はサハラの者です」
 それは最早言うまでもないことであった。だが彼はあえてそれを言った。
「それを考えますと何かったのかも」
「何か」
「そうです。軍の内部で彼等に対する運用で問題があったとか」
「問題が」
「暴動が起こり動かせない等。それで今は出て来ないのかも知れません」
「そうかな」
 だがファブリチーニはそれに対して懐疑的であった。
「連合軍は何か企んでいるのではないか」
「それは」
「今のところ私にもわからない」
 彼にもそれが何かまではわかってはいなかった。
「だがやはり何かあるだろう」
「はい」
「どちらにしろ兵がこちらに来ているのは事実だ。これは何とかしなくてはならないことに変わりはない」
「それはわかっております」
 ゴンガーザはそう答えた。
「既に前面に機雷を配置しておきました」
「早いな」
「これでまずは彼等の動きを止めましょう。そして彼等がそれを避けて回り込んだところを艦隊で叩くのです」
「その際の指揮はジェラール元帥だな」
「はい」
 フィリップ=ド=ジェラール、フランスの子爵家の出身であり階級は元帥である。このニーベルング要塞群の艦隊司令である。
「彼に任せるか。だが」
 ファブリチーニは自分で話をしながらふと考え込んだ。
「彼に直接話を聞きたいな。今から行くぞ」
「どちらにですか」
「彼のところへだ。決まっているだろう」
「わかりました」
 こうして二人はジェラールのいる港の艦隊司令部に向かった。彼はそこに待機している筈なのである。事前に確認の電話をとったところいるとのことであった。彼等はそれを受けてこちらに来た。
「司令はいるな」
「はい」
 出迎えに来た若い将校がそれに応えた。
「こちらです」
「うむ」
 二人は司令室に案内された。そこには黒い髪にやや黄色い瞳の中年の男がいた。綺麗に切り揃えられた口髭が印象的であった。
「ようこそ、我が司令部に」
 ジェラールは二人が部屋に来ると敬礼をして出迎えた。
「司令、お待ちしておりましたぞ」
 エウロパにおいてはニーベルング要塞群の司令はその駐留艦隊司令よりも地位が高い。同じ元帥の階級であるが席次によりそう決められているのだ。
「うむ」
 ファブリチーニはそれを受けて返礼した。後ろにいるゴンガーザは礼はしない。上官が返礼をしたからであった。これは連合でも変わらない敬礼の仕方であった。
「ゴンガーザ少将」
 ファブリチーニは彼に顔を向けた。
「はい」
「卿は少し席を外してくれ。いいな」
「わかりました」
 彼はそれを受けて敬礼した。そして部屋を後にした。二人の元帥が残った。
「さてと」
 ファブリチーニは二人になったところでいささかリラックスした声を出した。
「これで話し易くなったな」
「ああ」
 ジェラールもであった。彼等は和んだ顔になってまずは応接のソファーに向かい合って座った。
「コーヒーはいるか」
「そうだな」
 ファブリチーニはジェラールに問われて考え込んだ。
「お茶菓子によるな」
「クッキーがあるぞ」
「お、いいな」
 彼はそれを聞いて顔を綻ばせた。
「私の好みを覚えておいてくれたか」
「残念だが卿の好みに合わせたのじゃないぞ」
「というと」
「妻の好みだ」
「では私の好みと同じようなものだな」
「全く、兄と妹でそうした好みまで似るとは思わなかったぞ」
「そういうものだ。一緒のものを食べていたからな、子供の頃は」
 ファブリチーニは笑いながらそう言った。
「あれの焼いたクッキーは美味いだろう」
「それがこれだ」
 ジェラールはそのクッキーを見せながらファブリチーニに対して言う。
「わざわざこっちまで持って来たんだ。まあゆっくり話をしながら食べよう」
「ああ」
 実は二人は士官学校において同級生であった。同じ寄宿舎の同じ部屋で暮らしていたこともある。昔馴染みの戦友であったのだ。
 それだけではない。ファブリチーニ家とジェラール家は縁戚関係にあった。ジェラールの妻はファブリチーニの妹であるのだ。エウロパ貴族の特徴である婚姻により互いの結び付きを強めるというものであった。だがこれは双方の若き主達が互いに戦友であることも大きく関係していることから普通の貴族の婚姻ではなかったのである。それは二人の会話からも伺い知れることであった。
 二人はジェラールが入れたブラックに砂糖とクリームを入れ、それからクッキーを口にした。固い歯触りと甘い味が口の中全体に漂う。
「どうだ」
「うむ」
 ファブリチーニはクッキーを味わいながら答える。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その二


「また腕を上げているようだな」
「そうだろう」
 ジェラールはそれを聞いて微笑んだ。
「他にもケーキやパイなんかも美味くなったぞ」
「それは何よりだ」
 ファブリチーニはそれを聞いて顔を綻ばせた。
「あいつは子供の頃からお菓子を作りのが好きだったからな。あの頃から上手かったが」
「最近ではさらに磨きがかかってきているな」
「そう思う」
 ファブリチーニはそう言いながらクッキーをまた一つつまんだ。それをまた味わう。
「願うことならまた食べたいな」
「そうだな」
 ジェラールもその言葉に同意した。
「奴等が来ている。もう知っていると思うが」
「既にそれはこっちでも聞いている」
「ならば話が早い」
 ファブリチーニはそれを聞いてから頷いた。
「艦隊を率いて奴等を退けてくれ」
「ああ」
「何かあったらすぐにこの要塞に入れ。そして援軍が来るまで持ち堪える」
「全てはこれをまた食べる為だな」
「そうなるな」
 二人はここでもう一切れクッキーを口に入れた。そして甘みを味わう。
「だがそれが適わない時は」
「あの時に誓ったな」
「うむ」
 二人は士官学校を出る時に誓ったことがある。彼等はそれを受けて頷き合った。
「ヴァルハラで会おう」
 彼等の信仰する神はオーディンであった。二人共イタリア出身であるがオーディンを信仰していたのであった。これは戦を生業とする武人の家であるからであった。
「では奴等が回廊から出て来たならばすぐに出る」
「頼むぞ」
「任せておけ。そして」
「シャンパンを用意しておこう」
「あとクッキーもな」
「ふふふ」
 こうして二人の戦友達は挨拶を交わした後別れた。彼等は連合軍が回廊から出て来るのを今か、今かと待ち構えていたのであった。
 これに対して連合軍は落ち着いたものであった。ガンタース要塞群に集結する全軍に出撃命令が出ていたがそれでも彼等の殆どはまだ動いてすらいなかった。多くは艦に乗り込んでいたがそこで準備をしているだけであった。
「先に出撃した部隊は何なんだ」
 とある巡洋艦で乗組員達が昼食のスパゲティを食べながら話をしていた。ミートソースである。
「サハラ義勇軍じゃないのか」
 同僚がそれに応える。彼もフォークを手にパスタを口に入れていた。
「あれ、まだ出ていないと聞いたぜ」
 別の者がそれを聞いて言う。そう言った後で茶を口に入れた。紅茶、それもレモンティーであった。
 連合軍においては艦内での飲酒は禁じられている。エウロパ軍が艦内でも好きなだけ飲んでもいいのとは対象的であった。ここにも文化の相違があった。これは昔からの食文化の違いであった。
 エウロパではかって済んでいた欧州は水が悪かった。その為酒を水の替わりに飲んでいたのであった。ビールやワイン等がよく飲まれた。朝からビールに入れたパンを食べることもあった。
 こうしたことから今でも彼等は普通に水の替わりとしてワインを飲んでいるのである。これに対して連合では水が欧州程悪くはなかった国が多かった為酒を平時に飲む風習はなかった。よって今でも艦内では酒を飲むことはないのである。だがこれは原則的にであって時には内密に飲まれることもある。
「もうすぐ出るとは聞いているがな」
「そうなのか」
 三等伍長の階級章をつけた若い男がそれを聞いて頷いた。見ればアジア系の顔に金色の髪をしていた。やはり混血が見られる。
「じゃあ先に出た艦隊は一体何なんだ」
「偵察の艦隊じゃないのか」
「その割に規模が大きかったみたいだぜ」
 先程紅茶を飲んでいた男がそれに対して言う。
「そういえばそうね」
 女の兵士がそれを聞いて頷いた。連合軍にも女性の兵士はいる。連合軍において女性兵士の割合は大体四割を越えている。こうして前線部隊にも普通の配置されているのだ。
「何か通信室でも偵察みたいな話は出てはいなかったわよ」
「そうなのか」
 この女性兵士も三等伍長の階級章を身に着けている。マークは通信であった。
「じゃあ何なんだろうな」
「待った」
 ここで彼等の席の後ろから声がした。
「艦内とはいえそうした話をするのはよくないな」
「あ、申し訳ありません」
「うむ」
 見ればそこには連合軍の軍服を着た中年の女性がいた。赤い髪の緑の瞳をした浅黒い肌の女であった。階級は中佐のものであった。
「わかってくれればいい」
「はい」
「ところで席は空いているか」
「こちらに」
「そうか」
 彼女はそれを受けて示された席に座った。その手にはスパゲティがあった。やはりミートソースであった。
「何処に目や耳があるかわからないからな」
「そうですね」
「マスコミや市民の目や耳がある。そうした話は最低限出撃してから部屋でこっそりとやってもらいたい」
「わかりました」
「ならいい。さて」
 彼女はここでスパゲティを口に入れた。
「ふうむ」
「どうですか」
「何というか」
 彼女はパスタを口に入れながら答えた。
「味が薄くはないかな」
「えっ、そうですか?」
 それを聞いた黒い髪のアジア系の若者が声をあげた。
「丁度いいですよ」
「そうか」
 彼女はそれを聞いて納得したような、しないような顔をした。
「私はそうは思わないが」
「艦長は確かツバル出身であられましたよね」
「そうだが」
「あちらでは料理は濃い味付けなのでしょうか」
「別にそうではないが」
「では何故」
「それは御前が日本人だからだろ」
 ここで金髪の三等伍長が黒い髪の男に対して言った。
「日本人は薄い味付けを好むからな」
「別にそうは思わないけれど」
「俺から見たらそうなるぜ」
「同感」
 女の伍長もそれに同意した。
「和食って全体的に味が薄いのよね」
「そうだよな。何でも素材の味を楽しむってことで。単に調味料をケチっているだけなんじゃねえか、って思うんだけれどな」
「おい、それは暴言だぞ」
 黒い髪の男はそれを聞いて口を尖らせた。
「和食のよさがわからないからといってな」
「確かに美味いことは美味いよ。うどんも蕎麦も好きだよ」
「けれど薄味ってのは否めないでしょ」
「確かに」
「このスパゲティに関しては少し辛さが足りないな」
「どうぞ」
「あ、すまない」
 艦長はここで差し出されたタバスコを受け取った。そしてそれをかけてから食べる。
「如何ですか」
「これなら問題ないな」
 彼女は微笑んでそう答えた。
「どうも辛さが少し足りないと思っていたからな」
「左様ですか」
「といっても私個人の好みを艦全体に押し付けるわけにもいかない」
「はい」
「こうして味は自分で調整すればいいからな」
「艦長」
 ここで艦内放送が入った。
「艦橋にお戻り下さい」
「何だ」
 彼女はそれを受けてスパゲティを素早く腹の中に収めた。そして席を立ち皿を洗台に入れた。自動で洗われるのである。
 そして艦橋に向かった。階段と廊下を進み艦橋に着いた。そこでは士官達が既に何人か集まっていた。
「出撃か」
 彼女は艦橋に着くとまずこう問うた。しかしその答えは違っていた。
「いえ、違います」
「そうか。では何があった」
「艦隊司令からの達がありました」
「司令から」
「はい。出撃に関することで。一週間以内に出撃するとのことです」
「そうか、一週間か」
 彼女はそれを聞いて考える顔をした。
「思ったより長いな」
「その間に出撃すると思いますが」
「うむ。しかしだ」
 彼女は言葉を続けた。
「それでも遅いとは思わないか。サハラ義勇軍はどうしている」
「明日にも出撃するようです」
「そうか」
「しかしそれよりも前に百個艦隊規模で出撃しておりますね」
「うむ」
「あれは一体何なのでしょうか」
「あれか」
 それを聞いて顔を向けた。
「私にもわからない。どうやらかなり上の方で極秘にやっているらしいが」
「そうなのですか」
 連合軍のように巨大な組織ともなると艦長では末端に過ぎない。将官ですら軍のことを全て把握できているわけではないのだ。それだけ巨大な組織であった。
「しかし近いうちにわからことだ」
「はい」
「何が行なわれているのかはな。そして我々がやっておくことは」
「わかっております」
 士官達はそれに応えた。
「既に全て整っております」
「よし」
 彼女はそれを聞いて満足そうに頷いた。
「ならばいい。それでは艦長命令だ」
「はい」
「総員艦内にて出撃命令があるまで待機。各自英気を養っておくようにな」
「ハッ」
 彼等はそれを受けて敬礼した。そしてその命令に従い総員英気を養うのであった。

 

 

第九部第二章 虚の兵士達その三


 敵軍が迫っているのはエウロパも既に感知していることであった。駐留艦隊は出撃し敵に向かって移動していた。機雷が置かれている部分を左に迂回し敵の側面を叩く予定であった。
「連合軍は今何処にいる」 
 旗艦ガリバルディの艦橋に彼はいた。ジェラールはそこに立ちスタッフである参謀達に問うていた。
「まだ回廊の出口付近だと思われます」
 参謀の一人がそう答える。見れば中将の軍服を身に着けている。金髪碧眼で端整な顔立ちの美青年であった。
「そうか」 
 ジェラールはそれを聞いて頷いた。
「ならば少し足を緩めるぞ」
「はい」
 それに従い艦隊は速度を抑えた。そして回廊の出入り口に向かうのであった。
「この機雷源が我等の命綱だな」
 ジェラールは右手に拡がる機雷源を見ながらふとそう呟いた。
「これで防がなくてはならない」
「はい」
 参謀達はその言葉に頷いた。
「これは連合軍も突破出来ないでしょう」
「そうだな。しかし百億の機雷を撒くのには苦労したな」
「全くです」
 彼等はそれに同意した。
「しかしそれだけに壮観ではあります。そして今も捲かれています」
「うむ」
「これを抜くことはおそらく誰にもできないでしょうね」
「そうだな。だが油断はできないぞ」
「はい」
「彼等の最大の武器はその物量だ。それで一気に押し切るやも知れぬ」
「数でですか」
「そうだ。我等は総動員令をかけたとはいえその数は彼等には遠く及ばない」
「はい」
「それは認めなくてはならない。そのうえで作戦を立てているのだからな」
「わかっております」
「ブライベルグ回廊が広いといっても一度に通過できる艦隊の数は決まっている」
「はい」
「それが我等の付け入る隙だ。ならば」
 彼はさらに言う。
「それで入口を塞いでおけばよい。この要塞の本来の機能だ」
「本来の機能ですか」
「そういうことだ。ここから一歩も引いてはならないぞ。よいな」
「はい」
「それにはまず」
 彼はここで前を見据えた。
「今来ている敵を倒す。よいな」
「ハッ」
 皆それに頷いた。ジェラールは経験豊富な将として知られている。かってはサハラにおいて活躍し、数々の武勲をたてているのだ。だからこそ部下からの信頼を篤いのだ。
 機雷源と回廊の出口の間に隠れるようにして艦隊を置いた。そして敵を待った。暫くして敵艦隊が回廊から出て来たのを確認した。
「来たか」
「はい」
 部下達もそれに頷いた。すぐに動こうと提案する者がいた。しかしジェラールはそれを手で制した。
「まだだ」
「何故ですか」
「まだ早い」
 彼はそう答えた。
「敵が完全に回廊から出てからだ。よいな」
「はい」
 皆その言葉に従った。エウロパ軍はそれを受けて息を殺して連合軍が全て回廊を通り抜けるのを待った。やがて全ての艦隊が回廊を通り抜けた。それを見てジェラールはまた言った。
「機は熟した」
「わかりました」
 それを受けてエウロパ軍は動いた。そして連合軍の後方に回る。それまで連合軍の反応は一切なかった。
「?」
 ジェラールはそれを見て違和感を覚えた。
「司令、どうなされました?」
「おかしいとは思わないか」
 彼はそう参謀達に言った。
「おかしいですか」
「ああ。今まで何の反応もない。どういうことだ」
「そういえば」
 彼等もそれを受けて頷いた。
「幾ら我等が通信を切って隠密行動に徹しているとはいえ」
「確か連合軍の索敵能力はかなりのものだったな」
「はい、そう聞いております」
「それを考えるとな。おかしい」
「ううむ」
「そういえば彼等の艦艇も」
「そうだな」
 ジェラールはモニターに映し出される連合軍の艦艇を見てそれに応えた。
「やけに古いものだな。そうは思わんか」
「はい」
「それにティアマト級戦艦もない。どういうことだ」
「確か各艦隊の旗艦でしたね」
「そうだった筈だ。しかも全艦隊にある筈だ」
「はい」
「それを思うとな。おかしことだらけだ」
「まさか」
 その時彼等は回廊の出入り口の前を通過していた。ジェラールはそれを確認した後で艦隊を動かした。
「敵が後ろから来る怖れがあるな」
「はい」
 それは皆よくわかっていることであった。それを踏まえて彼等はさらに前に出た。そして敵艦隊の左斜め後ろに出た。それから攻撃を仕掛けるつもりであった。
「全艦砲門開け」
「了解」
 それを受けて砲門を開く。
「砲撃用意」
「砲撃用意」
 命令が繰り返される。そして距離がさらに詰められる。ジェラールはゆっくりと手をあげた。
「撃て!」
 そしてその手が振り下ろされる。一斉に砲撃が放たれる。
 砲撃を受けた連合軍が炎に包まれる。しかしそれでも反転等をして攻撃を仕掛けてはこなかった。それを見てジェラールはさらに不思議に思った。
「どういうことだ」
 そこで回廊の出口から敵が来た。それを見て彼はすぐに動いた。
「回廊付近にも兵を回せ!」
「はい!」
 それを受けて艦隊が派遣される。見れば回廊から出て来たのも古い艦であった。かって各国がそれぞれ軍を持っていた頃の古い艦であった。
「どういうことだ」
 ジェラールはそれを見てさらに首を傾げた。
「司令、前方の敵艦隊ですが」
 ここで先程の青年の参謀が彼に対し声をかけてきた。
「どうした」
「我が軍の攻撃を受けながらもそのまま要塞に向かっているのですが」
「何!?」
 見ればその通りであった。艦隊はそのまま前に進んでいる。どう見ても妙であった。
「奴等、どういうつもりだ」
「司令」
 ここでまた情報が入ってきた。
「先程回廊に出た艦隊ですが」
「どうしたのだ」
「我等の攻撃を無視してそのまま右手に迂回し要塞群に向かっております」
「何!?」
「後続艦隊もです。どうしますか」
「ううむ」
 この時彼の頭の中で一帯の地図が浮かんだ。今の自分達がいる位置と敵がいる位置が。それを見て彼は決断を下さざるを得なかった。
「止むを得んな」
 彼は言った。
「回廊の出口に向かっている艦隊を呼び戻せ。兵を一つにする」
「はい」
 それを受けて艦隊が呼び戻された。そして今要塞群の左手にいる連合軍に攻撃が集中された。
「ニーベルング要塞群に伝えよ」
「はい」
 またもやジェラールの指示が下った。
「右手は頼むとな」
「わかりました」
 こうして指示がまた下る。それを受けたファブリチーニは要塞群の砲やミサイルを回廊から見て右手、要塞群から見て左手に集中的に向けた。そして指示を下した。
「敵艦隊に攻撃を集中させよ!」
「ハッ!」
 それを受けて無数のビームやミサイルが放たれる。そしてそれが連合軍を撃つ。その間にファブリチーニは管制室に電話を入れた。
「あれの用意は出来ているか」
「はい」
 電話に出た管制室長がそれに答える。
「何時でも可能です」
「よし」
 ファブリチーニはそれを受けて頷いた。
「ならばすぐに撃つぞ。いいな」
「わかりました」
 室長はそれを了承した。そして彼に対して言った。
「発射は司令御自身の手で宜しいですね」
「うむ」
 それに頷く。
「是非ともな。それでいこう」
「はい」
 ファブリチーニは前に出た。そして司令の席に来た。そこにある一つのボタンに目をやる。
「これを実際に戦闘で押すのははじめてだな」
「はい」
 隣にいるゴンガーザがそれに応える。
「今まで演習やテストで撃ったことはありますが」
「戦闘でははじめてだったな。だがこれは運命のようなものだな」
「はい」
「連合を倒す為にはな。その為だけの為に今まで温存されていた」
 彼は言葉を続ける。
「それを今放つ。そして連合軍を退けるぞ!」
「ハッ!」
「発射!」
 ボタンが押された。そしてニーベルング要塞群の中央の惑星から巨大な光が放たれた。それは一直線に連合軍に向かっていく。
 光が連合軍を貫いた。そして光の周りを無数の炎が覆う。それはまるで神の裁きの炎であった。
「やったか!」
 管制室の士官がそれを見て叫ぶ。ファブリチーニも会心の笑みを浮かべていた。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その四


「これで左翼は安全だな。敵の動きも止まる」
「はい」
 主砲の威力を見せたうえでそう言った。これで動きを止める狙いもあったのだ。
 しかしそれでも動きは止まらなかった。連合軍はまだ進撃を続けていた。
「なっ」
「どういうことだ!」
 ファブリチーニもゴンガーザもそれを見て思わず叫んだ。まさかまだ進んでくるとは夢にも思わなかったのだ。
「司令、如何なさいますか!?」
「決まっている」
 だがそれでもファブリチーニはまだ冷静さを失ってはいなかった。指示をさらに下す。
「攻撃を続けよ!」
「ハッ!」
 それに従い攻撃が続けられる。そして無数のビームやミサイルが連合軍を撃つ。そして次々と薙ぎ倒していく。だがそれでも連合軍は止まらなかった。
「どういうことだ」
「連合軍は兵士の命を粗末にできない筈ではなかったのか」
 連合軍が志願制であり志願者の確保の為に苦心していることは彼等も知っていた。だからこそ今の彼等の進軍が異様に見えたのだ。そしてそこにまた報告が入った。
「回廊にまた敵軍が現われました!」
「またか!」
 モニターを見ればまた敵が現われていた。それはそのまま機雷源に向かっていく。
「今度はどういうつもりだ」
「まさかそのまま機雷源に突っ込むつもりでは」
「それは有り得ない」
 ファブリチーニは幕僚の言葉を即座に否定した。
「我が軍ですら出来ないことだ」
「常識で考えるとそうですが」
「常識外の行動をとるとどうなるか、だな」
「はい」
「まさかとは思いますが」
「ううむ」
 連合軍のその艦隊はそのまま機雷源に突っ込んでいった。そして砲撃を開始した。
「機雷源に砲撃!?」
「奴等、何を考えているのだ」
 だがそれにより機雷源は次々に破壊されていった。そしてそれにより大きな穴が開いた。その後ろにまた連合軍が姿を現わした。そして彼等も機雷源を攻撃する。
「何故機雷が砲撃で破壊されるのだ!?」
「まさかとは思いますが」
 ゴンガーザがそれを見ながらファブリチーニに答える。
「あれは普通のビーム砲ではないのでは」
「どういうことだ」
「機雷のスイッチを触発するものだと思われます」
「機雷の」
「はい。機雷処理に使われる粒子砲だと思われます」
「あれか」
「どうやら」
 ファブリチーニも掃海艇のこともよく知っていた。かっては掃海艦隊の司令も務めていたことがある。だからこそゴンガーザの話はよく理解できた。
「まさかそれを主力艦の主砲に置くとは思いませんでしたが」
「この時の為に改造したのかもな」
「そのようです」
 彼はそう答えた。
「そしてそれだけではないようです」
 彼は戦局を見ながらそう答えた。
「というと」
「あれを御覧下さい」
 見れば回廊付近にまた艦隊が現われていた。しかしそれは戦艦や空母ではなかった。掃海艇であった。
 それはすぐに機雷源に来た。そして機雷を次々と処理していく。先程機雷源に攻撃をしていた艦隊も同じく機雷を破壊していた。こうして機雷源は次々と破壊されていた。
「まずいな」  
 ファブリチーニはそれを見てそう呟いた。
「すぐに艦隊を向けよ!」
「ハッ!」
 それを受けて要塞群に残されていた艦隊が機雷源に向けられた。そして機雷源を破壊している連合軍に攻撃を仕掛ける。だがそれでも連合軍は攻撃を止めなかった。
 それは要塞群の右翼でも同じであった。ジェラールの艦隊に攻撃を受けながらも彼等は要塞群の右翼に展開していた。そして攻撃を仕掛けてきている。
 左翼も同じであった。要塞群からの攻撃を受けながらも向かって来る。そして徐々に距離を詰めてきていた。
「何故だ」
 それを見てファブリチーニは呻いた。
「何故彼等は死を恐れないのだ。これはどういうことだ」
「もう一つ不思議なことがあるのですが」
「何だ」
 ゴンガーザの声を受けて顔を向けた。
「動きが妙ではないですか」
 彼は迫り来る連合軍の動きを見ながらそう語った。
「動きが」
「そうです。人の動きではないようなのですが」
「むっ」
 ファブリチーニはそれを受けて連合軍の動きを注視した。見れば確かにそうも見える。
「機械のようだな」
「司令もそう思われますか」
「うむ。まるでロボットの様だ。しかも出ているのは全てかっての旧式艦ばかりだ」
「はい」
「確か連合軍は新型艦に全て換えているのだったな」
「そうです。そしてそのうえであの巨大戦艦を配備しているのですが」
「その巨大戦艦も一隻もいない」
「それどころか指揮艦すらいないようですが」
「おかしなことばかりだな。やはり何かあるか」
「そう考えるのが妥当かと」
 彼等の間に疑念が漂いはじめていた。その日はそのまま戦争に明け暮れた。そしてそれは翌日も続いていた。連合軍は疲れを知らないかのように攻撃を続けていた。
「まだ攻撃を続けているというのか」
 それを見てファブリチーニは苦い顔をした。
「連中は疲れを知らないのか」
「やはりおかしいですな」
 それを見てゴンガーザはまた言った。そしてそこで艦隊から通信が入った。
「どうした」
「うむ」
 モニターにジェラールが出る。彼はいささか憔悴した顔であった。
「何かおかしいとは思わないか」
「卿もそう思うか」
「連合軍の動きが機械的だ。しかもそれだけではない」
「うむ」
「疲れを知らない。本当に人間が乗っているのか」
「それだな」
 ファブリチーニはその言葉に対して頷いた。
「一度調べてみる必要があるな」
 彼はここで機雷源に向かっている艦隊に通信を入れさせた。すぐに指揮官であるグリルパルツァーが出て来た。見れば機雷源は既にかなり破壊されていた。連合軍もかなりの損害を受けていたが機雷源はそれ以上であった。ここでまた敵が現われた。
「またか!」
 今度はジェラールの艦隊に向かって来た。そして攻撃を開始しようとした。
「司令!」
「わかっている!」
 ジェラールはここで思い切った戦術に出た。つい先程まで攻撃を仕掛けていた連合軍への攻撃を止め新手に兵を向けた。そして彼等を押しはじめた。ジェラールの艦隊は六十個艦隊、それに対して敵はその半分程であった。数では有利にあった。それだけではなかった。やはり連合軍の動きは機械的であった。それを見たジェラールは動きを読みさらに攻撃を仕掛けた。そして彼等を回廊の出口まで押していった。
「他愛ないな」
 ジェラールは笑っていた。だがそれはあくまで表面的なものであった。将兵の士気を鼓舞する為にあえて笑っていたのであった。
(おかしいな)
 内心ではそう考えていた。
(やはり動きが単調だ。何かあるな)
 彼はここで破壊された連合軍の艦艇を一隻拿捕させた。そしてその中を調べさせた。暫くして部下から報告が入った。
「どうだった」
「中に人は全くおりませんでした」
 部下はそう報告した。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その五


「代わりにAIによる自動操縦が為されていました」
「そうか、やはりな」
 彼はそれを受けてそう呟いた。
「中に将兵は乗り込んでいなかったか。道理で動きが単調な筈だ」
「はい。他の連合軍の艦艇もそうでしょうか」
「おそらくな。試しに数隻調べてみる必要がある」
「わかりました」
 それを受けて連合軍の艦艇の調査がはじまった。そしてやはり結果は同じであった。連合軍の艦艇には人は全く乗っておらず、AIで操縦が為されていた。
「無人の旧式艦か」
「囮と考えて問題はありませんね」
「そうだな。だがそれは一体何の為にだ」
「おそらくは」
 ここであの青年将校が口を開いた。
「我等の消耗を狙っているのではないでしょうか」
「消耗をか」
「はい」
 彼はそれに頷いた。
「それから本軍が来るのではないでしょうか」
「ううむ」
 ジェラールはその言葉を受けて考え込んだ。
「ならば危険だな」
「はい」
「わかった、すぐに退くぞ。囮ならば相手をしてはならない」
「はい」
「全軍後退」
 ジェラールはすぐに全軍に指示を下した。
「以後我等は要塞群の防衛に徹する」
「了解!」
 それを受けてジェラールの軍は退きはじめた。そして要塞群右翼に展開する連合軍を叩くとそのまま要塞群に入った。その連合軍は後方からジェラールの軍が迫ると呆気なく道を開けた。
「やはりな」
「はい」
 ジェラールと青年将校はそれを横目で見ながら頷き合った。
「連中は我々と戦うようにはインプットされていない。あくまで要塞群への攻撃が目的だ」
「ですね」
「ところでだ」
「はい」
 ジェラールはここで問いを変えた。
「卿の官職氏名を聞きたいのだが。確か新着だったな、この前に」
「はい」
「一体何というのかな」
「マリオ=ディ=シリアーニです。階級は中将であります」
 彼は敬礼をしてそう答えた。
「シリアーニ」
「はい」
「まさかとは思うが卿は」
「はい。先の情報部長フィレンツォ=ディ=シリアーニは私の父です」
「そうだったのか、やはりな」
 ジェラールはそれを聞いて暗い顔になった。
「御父上は」
「わかっておりますよ」
 彼はそれだけ言っただけであった。
「父のことは残念でした」
「うむ」
「ですがそれでも父を尊敬しております。父は立派な武人でした」
「そうだな。私もかって卿の御父上と共に戦場にいた」
「そうだったのですか」
「素晴らしい軍人だった。卿もそれに負けない軍人となってくれ」
「はい」
 彼等はそう話をしながら要塞群に入った。そしてファブリチーニに連合軍のことについて話をした。ファブリチーニはフランドに防衛の指揮を任せジェラールとの話し合いに入った。
「それは本当か」
「ああ、これを見てくれ」
 そして部下に命じて作らせた資料を彼に手渡した。
「部下が作ったものだが」
「うむ」
「連合軍の艦艇には誰も乗ってはいない。動きもあらかじめインプットされている」
「そうだったのか、やはりな」
「思うところがあったようだな、卿も」
「うむ。道理で動きが単調な筈だ。しかも死を恐れないからな」
「それだな」
 ジェラールはその言葉を指摘した。
「それがまずおかしいと思った」
「そうか」
「連合軍は将兵の命を最優先させなければならない筈だ。だが彼等の用兵はそれを全く無視していた」
「ああ」
「それだけで変だと思っていた。こういう理由があったか」
「どうする、奴等は囮だ」
「それはわかっている」
「今は適当にあしらっていればいい。消耗は避けるべきだと思うが」
「そうだな」
 ファブリチーニはそれを受けて答えた。
「それでは卿の艦隊は要塞防衛に徹してくれ」
「うむ」
「要塞群はこれより専守に徹する。そして無駄な消耗は避けよう」
「そうだな。それがいい」
 こうして彼等は要塞群に入り込み専守に徹することにした。そして連合軍の単調な攻撃をしのいでいた。やはり連合軍の艦艇はどれも無人であり、動きもありきたりなものであった。エウロパ軍にとっては他愛もないものであった。
「楽な戦争ですね」
「今のところはな」
 ジェラールは部下にそう応えた。
「しかしこれからはわからん」
「と言いますと」
「見ろ」
 彼はここでモニターに映る要塞群の出入り口を指差した。そこには新たな敵が姿を現わした。
「また来たのですか」
「そうだ」
 ウンザリとした顔の部下に対して言う。
「おそらくまた無人艦隊だろうがな」
「そうでしょうね」
「機雷源はもう殆ど破壊されてしまっている。そして戦線は要塞群に縮小されている」
「はい」
「おそらく彼等は数でこの要塞群を消耗させるつもりだ。数でな」
「しかしそれは予想通りなのでは」
「中に人間がいた場合ではな」
「人間が」
「そうだ。今彼等は傷ついてはいない。だが我々はどうだ」
「・・・・・・司令と同じ考えです」
 彼はその言葉に対してそう答えた。
「今の損害は艦隊にして十パーセントに達しようとしている。要塞群のダメージも無視できなくなってきた」
「はい」
「それに対して敵は一兵も損なってはいない。この差は大きいぞ」
「ですね」
「だがそれに対して我々はあくまで受け身だ。敵であるのに変わりはないからな」
「それにこれは連合軍にとってもう一つの理由があると思います」
 シリアーニがここで言った。
「それは何だ」
「不要となった艦艇の処理です。おそらく連合軍には相当数の不要な艦艇があったのでしょう」
「だろうな」
 今要塞群に来ているのは全てかって各国の軍に分かれていた頃の艦艇であった。その為艦種はまちまちであった。奇妙といえば奇妙な艦隊であった。
「スクラップにされたものもあったでしょう。ですが何らかの事情でそれが不可能な艦艇も多々あったと思います」
「うむ」
「それの廃棄の意味もあるのでしょう、これは」
「だとしたら考えたものだな、本当に」
「はい」
「我々は廃棄の手伝いまでさせられているのだからな」
「そういうことになりますな」
「連合軍も案外策士がいるようだな」
「そうですね」
「その策に嵌ってしまったな。どうするべきか」
「今となっては戦うしかないですね、このまま」
「消耗を防ぐしかないか」
「そのようです」
「わかった。ならば我々はより防御に徹しよう」
「それしかないでしょうな」
「そして耐えるのだ。機が来るのを待とう」
「はい」
 結局彼等は守りを固めるだけであった。そして戦いを続けていた。やはり戦局はそのままであった。連合軍の無人艦隊はさらに数を増やしニーベルング要塞群に攻撃を仕掛ける。そして彼等を包囲していた。そして戦闘開始後二日が過ぎた。
 連合軍は艦艇をまた送って来た。その数は二百個艦隊に達していた。
「主砲、発射!」
「ハッ!」
 ファブリチーニの指示が下る。そして連合軍の艦艇を炎の変える。だがそれでも連合軍は要塞群に肉薄してきた。
「撃て!」
「了解!」
 それをジェラールの艦隊が防ぐ。一斉射撃でその敵艦隊を退ける。そしてさらに接近しエインヘリャルを出す連合軍も旧式の艦載機を出してきた。
「そんな旧式機で!」
「しかも人が乗っていないで来るか!」
 旧式なうえ動きも単調であった。エウロパのパイロット達の敵ではなかった。連合軍の艦載機は為す術もなく倒され、そして艦艇も攻撃を受けた。
 一隻、また一隻を沈められていく。そして連合軍の艦隊はその数を大きく減らしている。だがそれでも彼等は前に進んできた。だがそれを見てももうエウロパ軍は驚いてはいなかった。冷静に対処していた。
「所詮は機械か」
「そうですな」
 そう言葉を交わすだけであった。そして攻撃を続ける。こうして三日目の戦いも進んでいた。連合軍の損害は参加戦力の七割に達していた。だがエウロパ軍の損害もかなりのものであった。一割を遂に越え、そして将兵にも疲れが見えだしていたのだ。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その六


「何時まで続くんだ、一体」
「わからん」
 流石に士気にも影響が出はじめていた。それはファブリチーニやジェラールの耳にも入っていた。彼等はそれを深刻に受け止めていた。
「まずいことになってきたな」
「ああ」
 二人は要塞群防衛司令官の司令室で互いにそう話をしていた。座らずに立ったままであった。その余裕も最早なかったのであった。
 顔には焦燥が漂っている。この三日ろくに寝てはいないのだ。休めてすらいない。髭が顔を覆おうとしていた。エウロパの者は純粋なコーカロイドなのでそれはかなり濃い者が多いのである。
「燃料や武器、弾薬はまだ大丈夫だろうな」
「今のところはな」
 ファブリチーニはジェラールの問いにそう答えた。
「あと一月は満足に戦えるぞ」
「ならそちらは問題はないか」
「しかし将兵はそうはいかない」
「その通りだ」
 ジェラールが言いたいのではそれであった。彼は大きく頷いた。
「援軍は来るのだろうな」
「一週間先だ」
「そうか」
 ジェラールはそれを聞いて少し暗い顔になった。
「長い一週間になりそうだな」
「このままではその一週間すら危ういぞ」
「そうだな」
 それを認めるしかなかった。
「また敵が来たらしいしな」
「こちらの戦力は限られている。だが敵は無尽蔵か。ハンデはかなりのものだな」
「それは最初からわかっていたと思うが」
「フン、確かにな」
 戦友のその言葉に苦笑した。それからまた言った。
「だがゴーレムを相手にするとは思わなかった」
「ゴーレムか、連中は」
「そうだ。ゴーレムだ、奴等は」
 ジェラールはいささかシニカルな言葉尻でそう言った。ゴーレムとはユダヤ教徒達に伝わる土の巨人である。彼等を守る為に戦う古代のロボットであった。迫害を受け続けたユダヤ人達の心の支えの一つであったのだ。だが本当にあったかどうかは不明である。かってプラハに出たという話はあった。二十世紀にイスラエルが建国され、そして連合に参加してからはそうした話はなくなった。だがイスラエルの市民達もゴーレムの存在は忘れず、兵器の名に冠したりしていたのであった。
「ただし、守る程弱い相手ではないがな」
「それは言えるな」
「それに無人艦隊だけでこの要塞群を陥落させられると彼等が思っているとは思えない」
「うむ」
「必ず出て来る筈だ、敵の主力が」
「それを退けなければならないな」
「ああ」
 彼等が最もよくわかっていることであった。このまま無人の戦力だけで連合軍が戦う筈がないということは。
「また敵の援軍だ」
「旧式の無人艦隊だな」
「そうだ。これで今までで三百個艦隊を送り込んできている」
「ふむ」
 ジェラールはそれを聞いて顎に手を当てて考え込んだ。
「そろそろ・・・・・・かな」
「だろうな」
「主砲はまだ使えるな」
「何発でもいけるぞ」
「要塞群のビーム砲やミサイルは」
「かなり損傷を受けてはいるがまだいける」
「そちらの損害はどれ位だ」
「二割といったところか」
「そうか。まだ大丈夫か」
「おそらくな」
「それではこの一週間を耐え切るとしよう。事態はそれで好転する筈だ」
「うむ」
 苦境に耐えてこその勝利だと彼等は考えていた。それが為にここは踏み止まることを選択したのだ。彼等にもエウロパの軍人としての矜持があった。
 連合軍の援軍はそのまま要塞群に向かって来た。それを受けて他の連合軍の艦艇も動きをはじめた。要塞群に向けて突っ込んで来たのだ。
「!?何をするつもりだ」
 それを見たファブリチーニもジェラールも首を傾げた。連合軍の艦艇はエウロパ軍の攻撃にもかかわらずそのまま突撃してきたのだ。
「火力を集中させよ!」
 ファブリチーニもジェラールもすぐに指示を出した。そして連合軍の艦艇を次々に沈める。しかしそれでも連合軍の突撃は止まらなかった。
 艦艇はそのまま要塞群の惑星に肉迫するとそのまま体当たりを敢行した。そして艦をそのまま爆弾にして要塞群を破壊しにかかってきた。
「クッ、今度はそうきたか!」
「司令、如何なさいますか」
 ファブリチーニにゴンガーザが問うてきた。彼はそれにすぐに答えた。
「決まっている。攻撃を続けよ」
 それしかなかった。そして逡巡している暇もなかった。
「衛星の被害は」
「第一衛星が表面装甲及び砲座に損傷、ですが人員にはそれ程の損害はありません」
「そうか」
「第二衛星は表面装甲のみです。人員には損害はありません」
「今のところは大したことはないな」
「はい」
「ではこのまま攻撃を強めよ。よいな」
「わかりました」
 ゴンガーザはその指示に頷いた。
「それではこのまま攻撃を続行致します」
「うむ」
「あと敵の動きですが」
「まだ何かあるのか」
「はい。何かブラウブルグ回廊でエネルギー反応がありました」
「エネルギー反応がか」
「敵が動いているものと思われますが」
「本隊か」
「そこまではわかりませんが。如何為されますか」
「今の我が軍に彼等にまで兵を向ける余裕はない」
 ファブリチーニは苦い顔をしながらもそう答えるしかなかった。
「とりあえずは今攻撃を仕掛けている敵を退ける。よいな」
「わかりました」
 ゴンガーザはその言葉に頷いた。
「それではまずは敵の無人艦隊を何とか致しましょう」
「それしかないな」
「はい」
 この判断は正しかった。エウロパ軍は今目の前にいる敵に対処することで精一杯であった。彼等は兵力分散を避ける意味でも回廊にいる連合軍をさしあたって放置した。彼等がどれ程危険な存在であるのかを薄々ながら知りながらもであった。結果としてそれが命取りとなるのであるが。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その七


 連合軍の無人艦艇は体当たりを続けていた。十二の衛星全てがダメージを受け惑星にもダメージが及んでいた。だがそれでもエウロパ軍は戦闘を続けていた。
「グッ!」
 司令部がある惑星に連合軍の艦艇が百隻単位で体当たりを敢行してきた。司令部の側であった。それを受けて司令部が揺れた。
「うろたえるな!」
 ファブリチーニはその中踏み止まって周りにいる将兵達を叱咤していた。彼もバランスを崩そうとしていたがそれでも踏み止まったのだ。そして指示を出した。
「主砲の射撃を止めよ!」
「ハッ!」
「そして攻撃要員はビーム砲座及びミサイルに集中せよ。迫り来る敵艦隊を防げ!」
「了解!」
 接近してくる敵艦艇を撃破する戦術に切り替えた。そして次々に敵を沈めていく。それでも体当たりを敢行する艦艇はあったが大幅に減っていた。何とか凌げるかと思われた。だがそれはほんの僅かな間そう思われただけであった。
「第一衛星が戦闘不能に陥りました!」
「何っ!」
 見れば第一衛星が沈黙していた。とりわけ攻撃が激しく完全に戦闘能力を失ってしまっていたのであった。
 第二衛星も危険な状態であった。他の衛星も少なからずダメージを受けている。惑星への攻撃は衛星への攻撃への目を逸らす為のカモフラージュでもあったのだ。
「第一衛星のエリアには艦隊を向けよ」
 しかしそれでもファブリチーニは冷静に指示を出した。そして第一衛星の分の防衛を艦隊で埋めることにしたのであった。
「了解しました」
 それを受けてジェラール率いる艦隊が第一衛星のエリアに向かう。何とかそのエリアの防衛を維持した。しかしその分遊撃戦力がなくなってしまった。結果としてそれが全体の防衛の弱体化に直結してしまった。
 連合軍の攻撃はさらに激しくなってきていた。残る十一の衛星への体当たりもさらに多くなってきた。遂に第二衛星も沈黙してしまった。
「第二衛星を放棄」
 ファブリチーニはそう指示を出した。
「人員は第三衛星に入れ」
「ハッ」
 戦線がまた縮小された。残る十の衛星のダメージもさらに激しくなってきていた。機雷源は既に破壊され突破されている。要塞群は内部に深く入られようとしていた。
 そこに回廊から大軍が姿を現わした。連合軍の援軍であった。
「遂に来たか!」
 その先頭にはあの巨大戦艦が何隻もあった。見れば艦を漆黒に塗っていた。黒い艦隊であった。
「黒騎士か!?」
「どうやらそのつもりのようですな」
 シリアーニがジェラールにそう答えた。
「しかし連合軍にあのような独特のカラーリングの艦隊が存在していたか」
「正規軍ではありません」
「成程、正規軍ではか」
「はい」
 ジェラールにはその言葉の意味がよくわかっていた。
「やはり彼等が出て来たな」
「ですね」
 今姿を現わした漆黒の艦隊、それはサハラ義勇軍であったのだ。彼等は要塞群に向かって進んできた。その後ろからも黒い艦隊が続いていた。
「ふむ」
 その黒い艦隊の先頭にいるティアマト級巨大戦艦の艦橋に一人の老人がいた。連合軍の戦闘服を着ている。連合軍は戦闘中や作業中は戦闘服で活動する。将校は紫、下士官及び兵士は青い戦闘服となっている。階級は元帥のものであった。
 黒い肌に白い髭を顔中に生やしている。顔立ちからサハラ出身の者であるということがわかる。
「思ったより効果があるようだな」
「はい」
 隣にいる口髭の男が頷く。彼も同じく連合軍の戦闘服を着ていた。階級は中将である。
「あの要塞は難攻不落と呼ばれている」
 白い髭の男は言葉を続ける。
「だが今その名が終わる時が来ているのだ。我々の手によってな」
「我がサハラ義勇軍の手によってであります」
 口髭の男はそれに頷いた。
「そうだ。それでは我々がとるべき作戦はわかっているな」
「はい」
「全軍突撃、そして一気に陥落させる。それだけだ」
「ハッ」
 中将はその言葉に敬礼した。
「それでは閣下、お下がり下さい」
「下がるだと」
「はい。軍の先頭にいては指揮も執りづらいでしょうから」
「わしはそうは思わん」
 しかし彼はそれを断った。
「サハラにおいてもわしは常にこうして戦っておったぞ」
「はあ」
「ジャービル=ワフラ中将」
 そして今度は彼の官職氏名を呼んだ。
「はい」
「貴官はどの国にいたのか」
「マラケシですが」
「そうか」
 彼はそれを聞いてまずは頷いた。それから言った。
「貴官の国の軍人達は皆勇敢だったと聞いているが」
「はい、その通りです」
 それにすぐに答えた。
「我等にとって臆病、弱気とは最大の侮辱でありました」
「それはわしの国でもそうだった」
 白い髭の男は静かにそう言葉を返した。
「アッバース共和国でもな」
「それはよく存じているつもりです」
 アッバースもマラケシもかってはサハラ北方にあった国である。だがエウロパにより滅ぼされてしまったのだ。彼等もまた難民出身であったのだ。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その八


「アッバース共和国軍の奮戦は最早伝説になっております」
「マラケシのものもな」
「有り難うございます」
「エウロパの大軍を相手に一歩も引かず戦い抜いたと聞いている」
「その通りです」
 ワフラは誇らしげにそう答えた。
「あの時エウロパ軍は我が軍の十倍の数でもって攻めて来ました」
「うむ」
「しかし我々は祖国を背に一歩も退かず果敢に戦いました。それこそが誇りです」
「それはアッバースもだ。我等にもサハラの誇りがあった」
「サハラの誇りですか」
「アッラーの使徒としての誇りがな。侵略者、いや十字軍に敗れるわけにはいかなかったのだ」
「十字軍」
「違うか」
「いえ」
 ワフラは彼の言葉に首を横に振った。
「言われてみればその通りです」
「そうだろう」
 それを聞いて満足そうに首を縦に動かした。
 十字軍とはエルサレム奪還を名目に欧州各国が中東に侵攻したものである。ことの発端はビザンツ帝国がイスラム勢力との戦いに西欧各国に傭兵を依頼したことであった。それにローマ=カトリック教会が乗ったのだ。
 この時のローマ教皇がウルバヌス二世であった。優れた政治家であった彼はすぐにこれを大規模なものに発展されクレルモンの公会議で十字軍を送ることを決定した。こうして西欧各国から大軍が送られた。だが中東に向かったのは兵士達だけではなかった。
 移民や商人達もいた。これこそが十字軍の本質であった。領主達も中東に居座るとそこに国を築いていった。エルサレム奪還は名目に過ぎず、移民や利権、領地の獲得こそが本来の目的であったのだ。
 彼等は正義を旗印にしていた。それも名目に過ぎなかった。彼等が中東で行ったことは正義とは全くの正反対であったのだ。
 ムスリム達を虐殺し、その肉を食らった。カニバリズムであった。人肉食はよく中国の歴史書に出て来る。飢饉の際や戦乱において行われるのだ。城を包囲すると死人や自分の妻子を食べていくのだ。また猟奇的な嗜好により人を食らう場合や薬として食らう場合もある。処刑された者の血を饅頭に浸して食べたり切り刻まれた肉を食べるといったことがあったがこれは結核や吹き出物の薬になると言われたからであった。実はフランスの貴族達にも全く同じ話があった。彼等は人の血は強精の薬になると信じていた。その為夜遊びの後には処刑場で殺されたばかりの死刑囚の血を飲んでいたのであった。このことからも欧州でもカニバリズムがあったことがわかる。
 中国では歴史書にそれが載っている。だが欧州においては童話にそれが隠されている。中国よりもさらに貧しい地域であった欧州では飢饉が頻発した。その為人が人を食らうこともあったのである。一説にはアメリカ開拓史においても原住民達が食われていたともいう。
 グリム童話には人を食らう魔女の話がある。ヘンゼルとグレーテルだ。そしてキリストの聖餅の儀式にもそれが隠されている。赤いワインはキリストの血、パンはキリストの肉なのだ。古代にも欧州においてはカニバリズムの風習があったのである。ギリシア神話にもそれがある。
 そうした世界にいる十字軍の兵士達が人を食らうのは当然であったのであろうか。元々異教徒であるから人だと思わなくてもよかった。だからこそさらに残虐になったのだ。しかし彼等の残虐性はムスリムだけに向けられたのではなかった。
 彼等は同じキリスト教徒達も虐殺した。エルサレム陥落の折街は血で膝まで浸かったという。彼等はその際ムスリムだけを殺したのではなかった。同胞も殺戮の対象としたのである。当時中東にはイスラム教徒達に混じってキリスト教徒達もいた。イスラムは異なる宗教の存在を認めていた。税さえ納めれば彼等はその信仰を許した。この際ムスリムになった場合の様々な特典を啓示していたことが巧妙であったのだが。信仰は強制であっては何にもならないというムハンマドの考えであった。そして同じ啓典の民であるユダヤ教徒、キリスト教徒達を優遇した。その為エルサレムにおいてもキリスト教徒達がいたのであった。
「異教徒と混じっていることこそ罪だ」
 十字軍の考えはこうであった。それが為に彼等も殺された。そして後には同じキリスト教国のビザンツ帝国にも攻撃を仕掛けた。帝都コンスタンチノープルは陥落し三日に渡って掠奪が行われた。これこそが十字軍の本質であった。彼等は単なる野蛮で残虐な侵略者に過ぎなかったのだ。これに対してイスラムの英雄サラディンはエルサレム奪還の折キリスト教徒達の安全も保障している。彼等とは全く正反対の人物であったのだ。
 それを今この老人は口にしていた。確かに彼等にとってはそうであった。
「流石に掠奪や虐殺はなかったがな」
「はい」
「だが奴等が国を奪ったことは事実だ」
「そうですね」
「このハサン=マシュハド」
 そして自らの名を口にした。
「あの時のことは一日たりとも忘れたことはない」
「アッバースとエウロパの戦いは壮絶なものでしたから」
「そうだ」
 彼はそれに応える。
「わしはその時も戦場に立っていた。一歩も退かずにな」
「ええ」
「その結果がこれだ」
 そこで自らの左手を見せた。それは義手であった。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その九


「乗艦が撃沈された折左手が吹き飛んでしまった」
「機械の腕となってしまったのですね」
「まあそういうことだ。あの若者との戦いだったな」
「モンサルヴァート提督ですね」
「あの時あの若者は中将だった。わしは大将だった」
「そうだったのですか」
「今では両方共元帥になった。わしは客員だがな」
 連合とエウロパでは元帥というものの存在が異なる。連合においては軍人の最高階級である。エウロパ元帥というさらに上の階級があるにしろエウロパもそれは同じであるがそれと共に権限が大きく異なっているのだ。
 エウロパでは元帥府も開くことができる。そこで幕僚を集めることができる。エウロパは貴族制国家である為そうしたことが可能であるのだ。
「客員といっても元帥は元帥ですよ」
 ワフラはここでそう言った。
「私も中将ですし」
「そうだったな」
 彼はそれに頷いた。
「これはそれ程気にすることはないか」
「はい」
「それにしてもあの時は酷くやられた」
「そうらしいですね」
「我々は正面からぶつかった。そして見事に負けた」
 そう語る彼の脳裏にその時の戦いのことが思い浮かぶ。
「勝敗は戦の常といえどもな。国はそれでなくなった」
「我々もでした」
「だが今その恨みを晴らす時が来た」
 マシュハドはここで意を決した声を口にした。
「全軍このまま突撃だ。そしてあの要塞群を一気に制圧する。よいな」
「ハッ!」
 サハラ義勇軍は一直線に進撃を開始してきた。だがここで無人の艦艇達が一斉に動いた。
「邪魔をするか!」
 ジェラールはその動きを見て激昂した。そしてすぐに攻撃の指示を下した。
「蹴散らせ!」
「ハッ!」
 それを受けてエウロパ軍の艦艇が総攻撃を開始した。それにより連合軍の無人艦艇達を次々と沈める。だがそれでもやはり彼等は動きを止めない。
 衛星に体当たりを敢行していく。それにより衛星のダメージはさらに大きくなってきた。
 惑星にも損害が増えてきた。沈められることを恐れない彼等にとって敵の攻撃は何程のものでもなかったからだ。これによりエウロパ軍のダメージはさらに大きなものとなった。
「まだだ、まだ終わったわけではない!」
 ファブリチーニはそう叫んで全軍を叱咤する。そして踏み止まり作戦指揮を続けた。
「敵を惑星に近付けるな!」
「了解!」
 またもや攻撃が加えられる。連合軍の艦艇はその前に炎となって消えていく。しかしそれでも攻撃をかいくぐり体当たりを続けていた。それにより要塞群のダメージは蓄積されていった。
「まずいな、このままでは」
 ジェラールもファブリチーニも苦渋に満ちた顔でそう呟いた。
「損害は今どの位だ」
「はい」
 ジェラールにシリアーニが答える。
「艦隊の損害は二割を越えました」
「遂にか」
「はい。要塞群のダメージはさらに深刻です。三割近くになり、第二衛星及び第三衛星が停止しました」
「そうか」
 彼はそれを沈んだ顔で聞いていた。
「そして艦隊司令にも戦死者が出ております。またグリルパルツァー提督が重傷を負われました」
「無事か」
「命には別状はない模様です。ですが作戦指揮は不可能とのことで後方に下がられました」
「そうか。大事がないようにな」
「はい」
「他には何かあるか」
「機雷源が消滅しました。そして」
「そして・・・・・・?」
「惑星の主砲が使用不能になったとのことです」
「何かあったのか!?」
 それを聞くと流石に平静ではいられなかった。惑星の主砲は要塞群の防衛の要であるからだ。
「主砲の攻撃は止めておりましたね」
「ああ」
 これは接近してくる敵の無人艦艇に対してのものであったからだ。戦術としてはごく当然のことであった。
「そこを衝かれました」
「どういうことだ」
「主砲の中に敵の艦艇が入り込みまして」
「うむ」
「そして爆発したのです。そしてそれにより主砲が使用不能となりました」
「それが奴等の狙いだったのか」
「おそらく。また残りの衛星のダメージも深刻になってきております」
「そして今連合軍の本軍が来ようとしている」
「はい」
「一体どうするかだな」
「ここは戦線をさらに縮小させるべきだと思いますが」
「縮小か」
「はい」
 シリアーニは頷いた。
「惑星にのみ戦力を集中させるべきだと思いますが」
「惑星にか」
「既に衛星はどれもダメージが深刻です。機能を失うのも時間の問題かと。如何されますか」
「・・・・・・・・・」
 ジェラールはそれを聞いて考え込んだ。元帥とはいえ彼の一存ではそこまでは決められない。だがシリアーニの言葉に理があるのもわかっていることであった。
「わかった。暫く待ってくれ」
「はい」
 彼はここで艦の司令室に戻った。そしてファブリチーニに通信を入れた。
「何かあったのか」
「うむ」
 通信に出て来た僚友に声を向けた。
「今こちらの艦隊の参謀が提案してきたことだが」
「戦線の縮小だな」
 彼は言われる前にそう答えた。
「わかっていたか」
「戦局を考えるとな」
「そうか」
「卿もそれを考えはじめていたのではないかな」
「いや」
 しかし彼はその言葉には首を横に振った。
「戦局が劣勢になってきていることはわかっていたがな」
「そうか」
「だが戦線の縮小は理に適っているな」
「そうだな。ではそれで決まりだな」
「うむ。衛星に残っている戦力を引き揚げるのだな。援護はこちらでする」
「頼む」
 ファブリチーニは友にそう頼んだ。
「そちらも何かと大変だろうがな」
「何、それが仕事だ」
 ジェラールは疲れた顔に笑みを浮かべてそう答えた。
「それに大変なのはそちらもだろう」
 声だけでもファブリチーニがかなり疲れていることがわかっていた。だからこそそう声をかけたのであった。
「それはお互い様だ」
「済まないな」
 こうしてエウロパ軍は戦線を縮小させた。そして惑星に戦力を集中させてきたのだ。
「ほう」
 それを見てマシュハドは微かに笑った。
「戦力を一つにしてきたようだな」
「そのようですな」
 ワフラもそれに頷いた。
「それだけ追い詰められているということです」
「うむ」
 マシュハドもそう見ていた。そのうえで彼に同意した。
「それでは動くとするか」
「はい」
 ワフラはまた頷いた。
「それでは行きましょう」
「そうだな。だがその前に」
「わかっております」
 ワフラはそれに答え笑った。
「彼等に最後の働きをしてもらいましょう」
「そういうことだ」
 それを受けて無人の艦艇が一斉に動いた。そして惑星に急行する。
「フン、そうきたか」
 戦力の集中を終えたエウロパ軍はそれを見て不敵にそう呟いた。
「ならばそれを倒すまでだ、最初にな」
「ああ」
 彼等はそれぞれの配置に着いた。そして照準を定めた。
「撃て!」
「おう!」
 一斉に無人艦隊に攻撃を仕掛ける。それにより連合軍の艦艇がさらにダメージを受ける。だがそれでも突撃してくるのは変わらなかった。
「中に人がいないとなりゃ遠慮はしねえ!」
「後腐れがないってもんよ!」
 エインヘリャルも出撃していた。そして艦艇を次々と沈めていく。無人である為か反撃も単調であった。元々のAIの性能もよくないようであった。

 

 

第九部第二章 虚の兵士達その十


 こうして連合軍の無人艦隊はさらに数を減らした。だが完璧に防ぐというのは不可能である。やはり防衛網をかいくぐって惑星に激突してくる艦艇もあった。
「グッ!」 
 激突を受けた部分に衝撃が走る。そしてまた人員、兵器にダメージを受けた。
「まだだ、まだやれる!」
 司令部のすぐ側に突撃を受ける。それにより司令部にも衝撃が及ぶがファブリチーニはそれでも立って指揮にあたって
いた。
「敵はまだいるのだ、それを忘れるな!」
「はい!」
 彼が立っているのを見て周りの者も踏み止まった。彼はそれを見て内心頷いていた。
(こうでなければならない)
 彼はそう考えていた。
(指揮官が立っていなくてどうする。我等がいなくてどうする)
 彼はあくまで指揮官としての義務を果たさんとしていた。そしてそこにはもう一つの理念があった。それこそがエウロパ独特の『高貴なる者の義務』であった。
 エウロパは貴族社会である。各国の王や大公を頂点として公候伯子男の五つの爵位があり、その下に騎士や紳士といった階級が存在する。かなり複雑な構造になっているのである。
 エウロパにおいては教育も連合のそれとは異なり平民と貴族に別けられている。連合においてはそもそも階級といったものがなく各国によって多少の違いがあるとはいえ高校までの義務教育を受け、それからは本人の意志や状況等により就職したり進学したりする。だがエウロパでは貴族はまず大学に行く。士官学校も入れてである。平民は行く者もいれば行かない者もいる。そして義務教育での学校も平民と貴族では異なっているのである。そうした中で彼等は独特の貴族としての意識を育てていく。それこそが『高貴なる者の義務』であった。
「貴族ならばその責務を果たせ」
 そう教えられるのだ。そして今ファブリチーニはそれに従っていた。
「よいか」
 彼は司令部にいる者達に声をかけた。
「はい」
「我等はまだまだ戦うことができる。それはわかっているな」
「はい」
 皆それに応えた。
「ならばよい。敵がどれだけ来ようともこのニーベルング要塞群は陥落なぞしない」
「そうですね」
「ニーベルングは難攻不落でした」
「それは何故かわかるか」
「この装甲と装備があるからです」
「違う」
 だがファブリチーニはその言葉を否定した。
「残念だがそうではない」
「違うのですか」
「そうだ。何故このニーベルング要塞群が難攻不落かというと」
「はい」
「我等がいるからだ。エウロパ軍がいるからだ」
 昂然と胸を張りそう言った。あえて胸を張ることで彼等を奮い立たせる為であった。
「我等が」
「そうだ。エウロパ軍とは何だ」
「最強の軍です」
 彼等はファブリチーニの問いにそう答えた。
「最強の軍は負けることはあるか」
「いえ」
 その問いに首を横に振った。
「そしてこの戦い、負けると思ってはいるか」
「思っておりません」
 皆強い声でそう答えた。
「何故だ」
「我等の方が敵より強いからであります」
「そういうことだ」
 そこまで聞いてファブリチーニは満足したように頷いた。
「ではわかるな」
「はい」
「連合軍を退けよ、そしてこの要塞を守り抜け!」
「ハッ!」
 瞬く間に戦意が上がった。エウロパ軍の戦意は最早天を衝かんばかりであった。
「ほう」
 エウロパ軍の動きがよくなったのは義勇軍からも確認されていた。マシュハドはそれを見て笑った。
「どうやら気合が入ったようだな」
「そのようで」
 ワフラがそれに応える。
「ここが連合軍とは違うな。彼等は戦いというものを知っている」
「はい」
 連合軍は海賊やテロリストとの戦闘はあった。だが実際に他国の軍との戦争はなかったのである。これは連合軍設立以前の各国の軍に分かれていた頃からであった。
「戦争は違うのだ。海賊やテロリストを相手にするのとはな」
「そうですね」
「生憎我が戦友達はそれをまだ知らぬ。しかしな」
 マシュハドは言葉を続けた。
「我等は知っておるぞ。それもよくな」
 そう言ってニヤリ、と笑った。不敵な笑みであった。
「よいか」 
 ここで指示を下した。
「まずはティアマト級を前に出せ」
「ハッ」
 言われるままティアマト級巨大戦艦を前に出してきた。百隻程であった。
 そのまま進む。そしてある距離に来るとマシュハドは叫んだ。
「撃て!」
 巨砲が一斉に火を噴く。そして惑星を攻撃した。
 無人の艦艇も炎の中に包む。そしてそのまま惑星を撃った。
「ぬう!」
「連合軍の攻撃か!」
「はい!」
 フランドに参謀の一人が答える。今ファブリチーニは港で将兵の士気の鼓舞にあたっていたのだ。
「どうやらあの黒い艦隊の攻撃です」
「あれか」
 フランドはそれを受けてモニターに目をやる。見ればその前にはティアマト級巨大戦艦が列を作っていた。
「こちらの射程外から撃ってくるとはな」
「本来なら連中を主砲で撃つところですが」
「使えないとあってはな。仕方がない」
「はい」
 参謀は苦い顔でそれに応えた。
「この為の作戦だったのでしょうか」
「おそらくな」
 フランドはそれに頷いた。
「考えたものだ。まあそうでなくともこちらの主砲は使用不能にしようとしていただろうがな」
「そうでしょうね」
「艦隊の損害はどうか」
 彼はここで艦隊について問うた。
「今の攻撃でダメージを受けてはいないか」
 そこで通信が入って来た。艦隊からのものであった。
「どうだ」
「こちらの損害は軽微」
「そうか」
 それを聞いてとりあえずは安心した。だがそれはほんの一瞬のことであった。
 また砲撃が加えられてきた。それにより惑星全体が大きく揺れた。
「またか!」
「はい!」
 地震の様に揺れる司令室の中で彼等はそれでも立っていた。そしてモニターを見た。
「少しずつ近付いて来るな」
「ええ」
 フランドはここで辺りを見回した。既に負傷している者も多かった。
「司令は御無事か」
「お待ち下さい」
 それを受けて将校の一人が港に確認を入れた。暫くして彼はフランドに答えた。
「御無事です。しかし港にもかなりの損害が出ております」
「そうか。すぐに応急班を向かわせよ」
「はい」
 指示が下される。それを受けて応急部隊が動く場面がモニターに映し出された。
 彼等はすぐに港の消火及び復旧にあたった。だがそれは遅々として進まないようであった。
「司令は現場で指揮を執っておられるのか」
「そのようです」 
 フランドに先程連絡を入れた将校の一人がそう答えた。
「まずいな」
「まずいですか」
「そうだ」
 フランドの声は深刻なものとなっていた。
「司令にはすぐにこちらに戻って頂きたい。港には私が行く」
「何故ですか」
「司令には全体の指揮を執って頂きたいからだ。港は確かに重要だ」
「はい」
「だがそこだけではないのだ。他にも重要な場所はある。いや」
 ここで言葉を換えた。
「この惑星全てが重要なのだ。わかるな」
「はい」
「そういうことだ。司令には全体の指揮を執って頂きたい」
「わかりました」
 それを受けて港と司令部の指揮が交代した。結果的にこれがこの要塞における戦いに大きく影響することになるとは誰も知らなかった。知る由もなかった。
 艦隊は迫り来る連合軍に向かおうとしていた。既に無人艦隊は彼等の攻撃と先程の砲撃により殆どいなくなっていた。ジェラールはそれを受けて攻撃目標を連合軍の本軍に変えたのだ。
「よいか」
 彼は全軍の動きを見ながら指示を下していた。
「あまり前には出るな。惑星からの援護がある範囲で迎え撃つ」
「はい」
 全軍彼の指示に従い慎重に動いていた。徐々に間合いを詰めようとする。
 連合軍はそれに対してティアマト級を後ろに下げ砲艦とミサイル艦を出してきた。そしてそれで一斉攻撃を仕掛けてきた。
「来ました!」
「散開、そして前面にバリアーを集中させよ!」
「ハッ!」
 ジェラールの指示に従い全艦動く。そしてそれにより損害を最小限に抑えようとした。だが連合軍の攻撃は彼等が予想している以上のものであった。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その十一


 多くの艦が直撃を受けた。そして炎と化して銀河の中に消える。ジェラールの乗艦であるポンペイウスも攻撃を受けていた。艦が大きく揺れた。
「うわっ!」
「うろたえる必要はない」
 ジェラールは動揺する周りの者に対してそう言った。
「この程度でこの艦は沈みはしない。安心しろ」
「わかりました」
 皆それを受けて落ち着きを取り戻す。そして冷静さを取り戻した。
「救護班と応急班を損傷箇所に向かわせよ」
 艦長であるダミヤーノが指示を下す。それに従い救護班と応急班がすぐに動いた。
「これでとりあえずは安心かと」
「済まないな、艦長」
 ジェラールはそれを聞きダミヤーノに対して礼を述べた。
「卿にも何かと苦労をかける」
「いえ」
 だが彼はその言葉には首を横に振った。
「戦争ですから。当然のことです」
「そうか」
「それよりも司令」
 彼はここでモニターを指差した。
「敵はまだ来ますぞ。ご注意下さい」
「そうだな」
 見れば砲艦とミサイル艦は攻撃を終え後ろに下がっていた。今度は戦艦と巡洋艦が出て来ていた。
「いよいよ本格的に戦いを仕掛けるつもりか」
「まるでこれまでがほんの剣合わせに過ぎなかったような御言葉ですね」
 シリアーニがそれを聞いて答えた。
「そうだ、これからのことを思えばな」
 ジェラールはそう答えながらも笑っていた。
「それはこのニーベルングの戦いだけのことではないぞ」
「これからもですか」
「そうだ」
 彼はそれに応えた。
「まだ序の口だぞ」
「少なくとも数においては」
「数だけではない。数だけではな」
「といいますと」
「いずれわかるさ」
 そう言うと顔を前に戻した。
「全軍迎撃用意」
「了解」
 シリアーニはそれ以上問わなかった。そのまま顔をジェラールと同じく正面に戻していた。
「奴等を何としても惑星には近付けるな」
「ハッ」
 連合軍の戦艦の主砲が火を噴いた。その後ろから砲艦とミサイル艦の援護射撃も来た。そして駆逐艦や巡洋艦も攻撃に参加する。そして高速戦艦が側面に回ってきた。
「これが奴等の攻撃のやり方か」
「そのようですね」
 しかしそれでも逃げるつもりはなかった。彼等は黒い艦隊を前にしてもそれでも怯んではいなかったのだ。
 砲撃が艦隊に撃ちつけられた。それでエウロパ軍にはかなりの数の損害が出た。それでも彼等は背を向けようとはしない。
「側方に来る敵を防げ!」
 ジェラールがまた指示を下した。それに従い艦隊の一部が彼等に向かう。
「まだ来るぞ、油断するな!」
 ジェラールはまた指示を下した。それに従いエウロパ軍は迎撃態勢にまた入った。
 今度は巡洋艦と駆逐艦が接近してきた。その先頭には戦艦がいる。
「火力を集中させよ!」
「ハッ!」
 指示に従う。まずは戦艦を集中的に狙った。だがビームもミサイルもあまり効果がなかった。
「クッ、何という防御力だ!」
「落ち着け、沈まない艦はない。集中して攻めよ!」
 その防御力に怯む部下達を叱咤して戦場に留まらせる。そして戦線を維持させた。だがそれも怪物が姿を現わすまでであった。
「旗艦を突入させよ!」
 マシュハドの指示が下る。それに従いティアマト級巨大戦艦が敵の中に踊り込んだ。そしてその主砲を放つ。それは一直線に敵陣を切り裂き無数の光を作り出した。
「またあの怪物か!」
「司令、どうしますか!」
「ううむ」
 陣の中に踊り込み暴れはじめた巨艦を前にジェラールは唸った。だがそれでも彼は冷静さを失ってはいなかった。
「まずはあの巨艦を沈めよ。よいな」
「了解」
「あの巨艦はそれぞれの艦隊の旗艦だ。それぞ沈めれば艦隊の統制も効かなくなる。よいな」
「はい」
 それに従い今度はティアマト級に攻撃が集中される。だがそれはまるで効果がなかった。
 厚いバリアーと装甲の前に阻まれてしまうのだ。そして逆にティアマト級の攻撃でエウロパ軍は次々に倒されていく。圧倒的な力の差であった。
 彼等を先頭にして陣を切り裂いていく。だがそれを防ぐ手立てはなかった。
「このままではまずいな」
「ですね」
 それは彼等もわかっていた。だがどうすることもできなかった。彼等が目の前の敵を相手にしている間に連合軍は兵を二つに分けようとしていた。
「まさか」
 それを見たジェラールもファブリチーニも彼等が何を考えているのかすぐに察した。
「いかん、奴等を止めよ!」
 すぐに双方から指示が下る。だがそれは遅かった。連合軍の別働隊が惑星に集中攻撃を仕掛けてきたのだ。まずはティアマト級の巨砲が火を噴く。
「グワッ!」
 既に無人艦隊の攻撃によりかなりのダメージを受けていた惑星にそれを防ぐことはできなかった。それにより穴が開いた。連合軍はそこに入らんとしていた。
「艦隊を戻せ!」
 ジェラールの指示が下る。だがそれは適わなかった。
「敵の艦載機が来ました!」
 連合軍の空母、そして他の艦艇から艦載機が発進する。彼等は編隊を組んでエウロパ軍の艦艇に襲い掛かってきた。エウロパ軍も艦載機を出してきた。しかし数があまりにも違い過ぎた。
「来たな」
 黒いタイガーキャットに乗る一人の青年がエインヘリャルを見て笑った。浅黒い肌に黒い切れ長の目をした青年であった。彼の名をシマル=ザーヒダンという。やはりかってエウロパ軍と戦い、そして敗れたことのあるサハラの軍人の一人である。彼は今エインヘリャルを見て笑っていた。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その十二


「さて、やってやるか」
 彼は目の前にいる六機のエインヘリャルに照準をロックオンさせた。複数の照準が動き、そして固定される。
「いけっ!」
 ミサイルが放たれた。それは複雑な動きを示しつつそれぞれの標的に向かう。そして全て撃墜した。
「あの時の借りは返させてもらうぜ!」
 彼はサハラにおいてもパイロットであった。そしてその時は七十七機を撃墜したエースであった。だが戦いには敗れた。そして連合に難民として流れてきたのだ。その際年老いた両親や幼い兄弟達も一緒であった。
「あいつ等の分までやってやるか」
 彼は今度は三機をビームで撃墜してそう呟いた。彼等は生きている。だが連合に辿り着くまでにかなりの辛酸を舐めてきているのだ。
 弟や妹達は常に腹を空かせていた。両親は身体を壊していた。彼はそれに対して何も出来なかったのだ。出来る筈もなかったのだ。
 彼は軍人であった。戦うことしか知らなかった。そんな彼が彼等に対して何かをできる筈がなかったのだ。ただ餓え、病に苦しむ姿を見るだけであった。彼はその中で敗戦の軍人としての自らの無力さを呪った。そしてエウロパへの復讐を誓っていたのだ。
 彼は連合に着くとダイアモンドの採掘に携わった。実際に現場で働いた。そうして糧を得ていた。弟や妹達は飢えから解放され、両親の病も治った。だがそれでも彼は忘れてはいなかった。自身の無力さと復讐を。そして彼はその機会を待っていたのだ。
 遂にその時が来た。彼にとって今この瞬間は待ち望んでいたものであったのだ。彼は今目の前にいるエウロパ軍を前に興奮していた。
「まだだ!」
 また敵を一機撃墜した。そして次の敵に襲い掛かる。
「貴様等に受けた恨み、まだ晴れん!」 
 叫びながら攻撃を続ける。それはさながら戦場に舞う死の天使の様であった。黒い翼を持つ天使であった。
 タイガーキャットだけではなかった。炎龍もマトロフもいた。炎龍にはウダイもいた。
「さてと」
 彼はビーム砲のスイッチに手を向けて敵の戦艦を見た。
「悪いが死んでもらずぜ。これが戦争だからな」
 そう言うとミサイルを放った。そしてその戦艦のエンジンを破壊した。的確な攻撃であった。
 それでその戦艦は動きを止めた。そこから爆発が生じる。炎と変わるのに左程時間はかからなかった。
 やはり数であった。連合軍の艦載機の数はエウロパ軍のそれを遥かに凌駕していた。やはり元々の艦載数の違いが大きかった。エインヘリャルはその数を次第に減らし、艦艇も損傷を受けていた。
 惑星もそれは同じであった。艦載機の攻撃も受けその攻撃能力を大幅に低下させていた。最早組織立った攻撃は不可能な程であった。
「よし、揚陸艦を出せ」
 マシュハドは惑星の抵抗は弱まったのを見てそう指示を出した。
「了解」
 ワフラが頷く。それに従い揚陸艦が前に出て来た。
 揚陸艦達が惑星に貼りつく。それを連合軍の他の艦艇が援護する。もうエウロパ軍からの反撃はないに等しかった。
 陸上部隊が突入を開始する。そこには戦車や装甲車もいた。歩兵と共にまずは周辺を制圧していく。それから進撃をはじめた。
「敵の陸上部隊が来ました!」
 それは惑星の司令部にもすぐに報告された。ファブリチーニはそれでもまだ冷静さを失ってはいなかった。
「こちらも陸上部隊を差し向けよ」
「わかりました」
 すぐに地上部隊が動員される。そして惑星でも戦いがはじまった。
「重砲隊、一斉射撃!」
 こちらにやって来たエウロパ軍に連合軍の重砲が火を噴く。そしてエウロパ軍を叩いた。
「まだだ、怯むな!」
 地上部隊を率いるクリス=ローズマン大将が敵の攻撃の中でも怖気づくことなく部下達を叱咤激励していた。そして指示を下す。
「こちらもやりかえせ、撃て!」
「はい!」
 それを受けてエウロパ軍も攻撃を開始する。だがそれよりも前に敵の二撃目が来た。それでエウロパ軍の重砲部隊は壊滅した。
「空からも来ます!」
 兵士の一人がそう叫ぶ。すると空に連合軍の攻撃機及び爆撃機が来ていた。
「対空砲、ミサイル車前へ!」
 ローズマンは爆風の中ずれたヘルメットをなおしてまた指示を出した。そして彼自身も上を見上げていた。
「こちらの航空機はどうした」
「それが・・・・・・」
 問われた参謀は口ごもっていた。
「何かあったのか」
「はい。既に先の無人艦艇の攻撃でかなりの数を減らしておりまして」
「まことか」
「ええ。今残っているのは三割程です」
「ううむ」
 彼はそれを聞いて顔を歪めた。
「僅か三割か」
「はい。戦闘機に至っては一割を切っております」
「それでは制空権がなくなるぞ。対空砲やミサイル車だけでは防ぐことはできん」
「それはわかっておりますが」
「わかっている、いないの問題ではない」
 ローズマンはそれを聞いて吐き捨てるように言った。
「勝つか、負けるかの問題なのだ」
「はい」
 参謀は力なくそれに応えた。
「もっともそれを卿に今ここで言っても仕方のないことだが」
「はあ」
「だがこれはよく覚えておくことだ。よいな」
 彼は言い聞かせるようにしてそう語った。
「わかりました」
 その参謀は言われるままに頷いた。だがよくはわかってはいないようであった。
「卿は何時軍人になった?」
 ローズマンはその参謀にまた尋ねた。
「三ヶ月前です」
 彼はそう答えた。
「総動員令により召集されました」
「そうか。今までは何処にいたのだ」
「フランスのプロヴァンス大学の研究室におりました。そこで歴史を学んでおりました」
「ふむ、学者か」
「はい」
「見たところ確かにそう見えるな」
 ローズマンは彼を見ながらそう言った。見れば細身で背もそれ程高くはない。金がかかった赤い髪に緑の目をしている。ソバカスが顔にあった。
「階級は」
 ローズマンはまた問うた。
「少尉であります。名はエル=ド=ベルジュラックと申します」
「ベルジュラック・・・・・・何処かで聞いたな」
「父はブランデンブルグ大学で教授を務めております。機械工学です」
「そう、そうだったな。確かノーベル賞を受賞した」
 この時代にもノーベル賞はあった。だがそれはエウロパだけのことであり、連合やサハラにはない。サハラは国ごとにそうした賞がある。ない国もある。連合は連合中央政府主催にでそうした賞が設けられている。これにはマウリアも同盟国として参加している。
「はい」
「それで聞いたことがあるのだった。そして卿も学究の身となったのか」
「部門こそは違いますが。父の影響を受けたのは事実です」
「ふむ」
「私は将来歴史学において父を越える学者となりたいと考えております」
「それは何よりだ」
 ローズマンは目を輝かせてそう語るベルジュラックにそう応えた。
「だがそれにはまずやらなければならないことがあるぞ」
「それは何でしょうか」
「この戦いに勝つことだ。いや」
 彼はここで言葉を変えた。
「生きることだ。いいな」
「生きることですか」
「そうだ。何事も命があってのものだ。卿は元々軍人ではない」
「はあ」
 ベルジュラックは問われるがままに応えた。 

 

第九部第二章 虚の兵士達その十三


「戦わなければならんがな。それでも生きなければならん」
「矛盾していますね」
「何を言っているのだ」
 ローズマンはそれを聞いて笑った。不敵な笑みであった。
「何も矛盾はしておらんぞ。勝てばいいだけだからな」
「そうなのですか」
「そうだ。だからこそ戦え、よいな」
「わかりました」
「全軍前進、こうなれば空からの攻撃は対空砲とミサイル車で防ぐしかない」
「ハッ」
 ベルジュラックだけでなく他の将兵達もそれに頷く。見ればまだ軍服に着られている者が多い。
「そして敵をニーベルングから退ける、よいな」
「了解」
 皆それに頷いた。ローズマンはそれを見届けると指揮車に乗った。その隣にはベルジュラックが乗った。
「攻撃目標はあの化け物だ、よいな」
 ローズマンが指差した場所に巨大な獣がいた。連合の移動要塞であった。見れば揚陸艦からそれが次々と出て来ている。一両や二両ではなかった。
「陛下には丁度よい武勲の証になるな」
「陛下ですか」
「うむ」
 ローズマンはベルジュラックの問いに答えた。
「我が主ウィリアム十二世陛下へのな」
「閣下は確かイングランド出身でしたね」
「そうだ」
 彼は答えた。
「代々王家に剣を捧げてきた。生憎ロイヤル=ネービーではないがな」
「陸軍だったのですね」
「戦争は宇宙だけでするものではない」
 ローズマンはベルジュラックに対してそう述べた。
「陸や空でも行われるものだ。それは今も変わらない」
「はい」
「我がローズマン家は海軍には進まないと定められているのだ。家訓でな」
「代々ですか」
「それが定めなのだ。何故かわかるか」
「いえ」
「陛下は何処におられるか」
 彼はここで逆にベルジュラックにそう問うてきた。ベルジュラックは最初それに戸惑っていたがやがて答えた。
「城におられます」
「そうだ。城は陸にあるな」
「はい」
「我が家はその城を守ることを決めたのだ。だから今もここにいる」
「ニーベルング要塞群に」
「要塞は城だ。そこを守ることこそがエウロパ、そして国王陛下を御守りすることだ。違うか」
「いえ」
 ベルジュラックはその言葉に首を横に振った。
「私としては閣下の御考えが間違っているとは思えません」
「いささか学者の様な話し方だな」
「まだ卵ですが」
「ふふふ」
 それを聞いてまた笑った。
「ならば大成するんだ。いいな」
「はい」
「その為には生き残れ、よいな」
「了解」
 ベルジュラックは頷いた。ローズマンはそれを見届けると部隊に指示を出した。
「では行くぞ。そして敵を退ける!」
「ハッ!」
 それを受けて全軍進撃を再開した。連合軍に向かって行った。だがやはり連合軍の優勢は変わらなかった。物量、そして装備に勝る彼等は制空権も得て戦局を有利に進めていた。惑星の表面は刻一刻と連合軍のものとなっていた。そしてそれは内部にも浸透しようとしていた。
「地下の第十七エリアが敵の手に落ちました」
 ゴンガーザがファブリチーニにそう報告した。ファブリチーニはそれを聞いて暗い顔をした。
「あそこがか」
「はい。将兵は全員戦死、若しくは捕虜になったようです」
「そうか。あそこには私の甥がいた」
「はい」
「立派に戦ったのだろうな」
「マラケシ=デ=ファブリチーニ中佐は最後まで戦い名誉の負傷だということです」
「生きているのか」
「捕虜になったことが確認されておりますが」
「ふむ」
 それを聞いて僅かだがファブリチーニの顔色がよくなった。
「生きておればよい。また戦う時が来るだろう」
「はい」
「だがそれは我々にも言えることだ」
「そうですね」
 ゴンガーザはその言葉に対して頷いた。
「勝たなければなりませんが」
「それが不可能ならば・・・・・・。わかるな」
「無論です」
 彼はここでそう答えた。
「それならば我々のとるべき方法は一つです」
「うむ」
「それを決断するのなら今をおいて他にはないと思いますが」
「艦隊は今どうなっている」
「艦隊ですか」
「そうだ」
 ファブリチーニはゴンガーザに顔を向けてきた。
「今どれだけの戦力が残っているか」
「六割程です」
 ゴンガーザはすぐにそう答えた。
「撃沈及び損傷していない艦艇はそれ程です」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「かなり手痛くやられたな」
「残念ながら」
「ジェラール司令は無事だな」
「はい。乗艦であるダミヤーノは被弾こそしとえりますが行動に問題はないそうです」
「そうか。それならばいい」
 彼はそれを聞いて安心した顔をした。暗いままであったが。
「艦隊の援護を受けられるならばそれにこしたことはないからな」
「ですね」
「そして我等の戦力はどれだけ残っているか」
「地上部隊は七割程、その他の部隊は八割程となっております」
「そうか。思ったより多いな」
「まだ戦闘がはじまったばかりですから。しかしこれ以上戦いが進みますと」
「それはわかっている」
 ファブリチーニはそれに応えて頷いた。
「やはり今決めなければならんな」
「はい」
「全軍撤退だ。損害の激しい部隊から先に港に向かうぞ」
「わかりました」
「港の防衛はフランド副司令が続けていたな」
「はい」
「それでは彼に伝えてくれ。そこを死守してくれ、とな」
「死守ですか」
「そうだ。今あの港を失うわけにはいかない」
 ファブリチーニの顔と声に漂う深刻さが増した。
「失えば我々は一人残らずこの星で死ななければならない」
「一人残らず、ですか」
「若しくは捕虜になるか、だ。どちらがいい」
「捕虜になった方がいいのは事実ですが」
 問われたゴンガーザはそれに答えた。
「ですがまだ戦いたいですね。それが本音です」
「そうだろう。私も同じ考えだ」
「それならば決まりですな」
「ああ。港に援軍を送れ。精鋭をな」
「はい」
「そして最後の兵士が宇宙に出るまで守り抜くように伝えよ。よいな」
「ハッ!」
 それを受けてエウロパ軍は動きはじめた。まずは損害の酷い部隊から撤退をはじめた。無傷な部隊、損害の軽微な部隊は彼等の援護に回った。そして港に向かった。
 連合軍は当然ながらそれを追撃にかかる。各地で戦闘がさらに激しくなった。
「敵なぞ踏み潰してしまえ!」
 前線で指揮を執る顔中髭だらけの男がそう叫ぶ。サハラ義勇軍陸戦部隊総監マジュワーン=サチフ大将である。彼は移動要塞の艦橋から全軍にそう檄を飛ばしていた。身体だけでなく声も大きかった。
「一人残らずこの移動要塞で踏み潰すのだ。そしてエウロパの貴族達の血と肉でこのニーベルング要塞群を舗装しなおせ!」
「閣下、幾ら何でもそれは不可能かと」
 隣にいる若い将校が苦笑して彼にそう言った。この移動要塞の砲術長であるハルーン=ジナール少佐であった。
「砲術長」
 サチフはそれを受けてジナールに顔を向けた。 

 

第九部第二章 虚の兵士達その十四


「はい」
「それでは言い方を変えよう。この移動要塞の主砲で一人残らず吹き飛ばせ、よいな」
「そういうことでしたら」
 それに関しては彼も賛成であった。喜んでそれに応えた。
「主砲、発射用意」
「了解」
 艦長が言う。ジナールはそれを受けて指示を下す。
「主砲、発射用意」
「目標は前方の敵主力部隊、よいな」
「はい」
 サチフの言葉に従う。そして主砲がそれに従い向けられる。艦長の指示がまた下った。
「主砲発射」
「主砲発射」
 ジナールは言葉を繰り返す。そして主砲にエネルギーが充填される。
「後は貴官に任せる」
 サチフはここでジナールに対してそう言った。
「了解しました」
 ジナールは頷いた。やや事務的な受け答えであった。
「撃て!」
 彼がボタンを押した。それにより二条の光が放たれた。それが敵を撃った。
「やったか!」
 皆光が直撃した方に目をやった。そこにはまるで原子雲の様な爆発が起こっていた。そしてそれが消えるとそこには何もなかった。
「よし!」
「やったぞ!」
 皆それを見て喜びの声をあげた。ジナールはその中で会心の笑みを浮かべていた。
「凄い威力だな」
「はい」
 サチフにそう答えた。彼も同じ考えであった。
「だがこれで終わりではない。この星はまだ連中のものだ」
「それはわかっております」
 ジナールはその言葉に頷いた。
「それでは進撃ですね、引き続き」
「うむ」
 艦長の言葉に頷く。それはもう最初から決まっていることであった。
「それでは全軍進撃」
「ハッ」
「目の前に立ちはだかる敵は全て踏み潰せ。よいな」
「司令、ですからそれは」
「おお、そうだったな」
 彼はそれを受けて笑った。その大きな口を開けて笑った。
「それでは蹴散らせ。よいな」
「了解」
 それは可能であった。彼の指示に従い戦車、そして装甲車が一斉に攻撃をはじめ動きだした。


「撃て!そして我等の勝利をもたらすのだ!」
 それはサチフだけの言葉ではなかった。サハラ義勇軍全体の言葉であった。そして彼等は突き進んだ。目の前にいるエウロパ軍を文字通り蹴散らしながら。
 エウロパ軍はそのサハラ義勇軍の猛攻を耐えながら撤退を進めていた。そして港に少しずつ逃れてきていた。
「動きが遅いな」 
 フランドは港に入って来る部隊を見ながらそう呟いた。何日にも渡る戦闘でその顔は憔悴しきったものとなっていた。戦闘がはじまってから殆ど休息をとっていないのである。
「仕方ありません、負傷者はダメージを受けた兵器が多いのですから」
 隣にいるゴンガーザがそう答えた。彼もここで移ってきていたのだ。
「それだけ激しい戦闘を行っているということです」
「それはわかっているが」
 それはフランド自身が最もよくわかっていることであった。彼もこの港に迫り来る敵を退けるので何度も激闘を繰り広げてきているのだ。
「それでもな。この動きの遅さは致命的になりかねない」
「焦っておられますか」
 ゴンガーザはそれを聞いて彼に問うた。
「それは禁物ですぞ」
「わかっている」
 フランドも馬鹿ではない。焦りが戦闘においてどれだけ危険なものかはよくわかっていた。だが焦りが心の中にあるのも事実であった。それもよくわかっていた。
「わかってはいるがな」
「ならば御気をつけ下さい。お気持ちはわかりますが」
「うむ」
 彼は頷いた。
「ここは抑えて。宜しいですね」
「そうだな。私が焦ってはどうにもならない」
「そうです」
 ゴンガーザはここでは彼の焦りを取り除くことに力を注ぐことにした。だが今の戦局が彼等にとって深刻なものであることには全く変わりがなかった。いや、それは刻一刻と悪化していた。それは痛い程よくわかっていた。だがそれをどうすることもできないのも事実であった。
「このまま撤退させていくしかないが」
 フランドはここで呟いた。
「はい」
「だがそれはあまりにも困難だな。敵の攻撃がここまで激しいと」
「ですがやらなければなりません。これからのことを考えますと」
「うむ」
 彼はそれに頷いた。
「ファブリチーニ司令は今どうしておられる」
「司令部で指揮を執っておられます。そしてダメージの多い部隊から撤退させておられます」
「そうか。だが司令部も安全なのか」
「難しいですね。あのエリアの損害も馬鹿にならないものになっておりますし」
「だろうな。制空権もない。当然のことだ」
「はい。ですが司令はまだ留まっておられます。そして指揮を執っておられます」
「流石と言いたいが無理は禁物だな」
「禁物ですか」
「そうだ。頃合いを見てして司令部も撤退されるように申し上げてくれ。よいな」
「わかりました」
 彼はそれに頷いた。そしてフランドの側を離れた。
「行くのか」
「はい。元々こちらには伝令で来ましたし」
「そうか。ならば行ってくれ。ただし気をつけてな」
「わかっておらります。それでは」
「うむ」
 こうしてゴンガーザは司令部に戻った。そこでは揺れながらも指揮を執るファブリチーニが待っていた。
「む、早かったな」
 彼はゴンガーザを出迎えてそう言った。やはり彼の顔にも疲れが見えていた。だがそれについてはおくびも出すまいとしていた。それは態度でわかった。だがゴンガーザはそれについては何も言わなかった。
「港はどうなっていた」
「今のところは無事です」
「そうか、それは何よりだ」
 ファブリチーニはそれを聞いてとりあえずは安心した。
「だが今のところは、だな」
「はい」
 残念ながらそれに頷くしかなかった。
「そして部隊の動きも今一つだな」
「そうですね。やはりダメージの影響で思うようにはいっておりません」
「仕方ないな。だがそうも言ってはおられない」
「はい」
「撤退を急がせよ。ただ負傷者を優先させてな」
「わかりました」
 ゴンガーザだけでなく司令部にいた者がそれを受けて敬礼した。
「それではそう指示を出しましょう」
「うむ、頼むぞ」
 ファブリチーニはそれを受けて頷いた。
「そしてだ」
「はい」
 彼の指示は続いた。
「ここを引き払うのも考慮に入れた方がいい頃になってきたな」
「そうですね」
 それはゴンガーザが港でフランドに言われたことと同じであった。
「そろそろ頃合いだと思います」
「うむ。前線の将兵の状況次第だがな」
「はい」
「撤退の準備を進めておけ」
「了解」
 それを受けて司令部も撤退の準備をはじめた。だがそこにまた震動が来た。
「どうやら急いだ方がよさそうだな」
「はい」
 彼等は粛々と準備をはじめた。そこにまた震動が来る。彼等はその中動いていた。
「惑星での戦いはどうか」
 マシュハドは旗艦の艦橋においてワフラに問うた。既に宇宙での戦いは趨勢が決していた。連合軍の有利は最早動かぬものとなっていた。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その十五


「既にあちらも決しているようです」
 ワフラはそう答えた。それから言葉を続ける。
「彼等はもう撤退を続けています。そして港に向かっているようです」
「そうか」
 マシュハドはそれを聞いて頷いた。
「それではそろそろ詰めだな」
「詰めですか」
「うむ」
 彼はまた頷いた。
「おそらくエウロパ軍は撤退する為に必死になるだろう」
「はい」
「そこを叩く。陣を三日月形にせよ」
「了解」
 それを受けて陣が組まれる。そしてエウロパ軍を半包囲状態に置いた。それはエウロパ軍からも確認されていた。
「どうやら我々の意図を察したようだな」
 ジェラールはそれを見て呟いた。
「さて、どうするか」
「ここは守りに徹しましょう」
 シリアーニはそう意見を述べた。
「今は我が軍は惑星にいる将兵の撤退の援護をしなければなりません」
「うむ」
 それがわからぬジェラールではなかった。一言発して頷いた。
「それが完了するまで持ち堪えなくてはなりません」
「できると思うか」
「この場合できるか、ではありません。やらねばなりません。そして」
 彼はここでジェラールを見据えた。
「それは閣下が最も御存知でしょう」
「確かにな」
 彼はそれを聞いて不敵に笑った。疲れた顔であったがまだ笑うことはできた。そして彼はそれを受けて全軍に指示を出した。
「よいか」
「ハッ」
「艦隊はこれより撤退する味方の楯となる。だが命を粗末にはするな」
「いささか困難な命令ですね」
「それはわかっている。だがそうしなければならない」
 彼の言葉はさらに強くなった。
「全将兵に奮闘を期待する。そして生きて帰れ」
「ハッ!」
 エウロパ軍はそれを受けて半月形の連合軍の陣に対し長方形の密度の薄めの陣を敷いた。そしてそれでもって彼等に正対した。
「あの巨大戦艦には気をつけろよ」
 再びジェラールの指示が下った。
「了解」
 皆それを受けて頷く。そして敵を見据えた。
「前面に防御を集中、攻撃より防御に専念せよ」
「わかりました」
「敵を後ろには送るな、一兵だりとも」
「それ位なら死んでみせますよ」
「その意気だ。だがな」
 ジェラールはそれを聞いて顔を綻ばせた。だがそれでも一言言った。
「死ぬな。いいな」
「はい」
 皆それに頷いた。そして宇宙においても連合軍とエウロパ軍の命をかけたこの要塞群における最後の戦いが開始された。
 地上ではそれは既にはじまっていた。連合軍は撤退するエウロパ軍を火が点いたように攻め立てていた。
「撃て!撃ちまくれ!」
 指揮官の指示が下ると重砲、そして戦車の砲撃が炸裂する。それによりエウロパ軍の前線は破壊された。そしてそこに穴が開いた。
「今だ!」
 突撃命令が下る。戦車と装甲車が斬り込む。その先頭には移動要塞がいた。文字通りエウロパ軍を踏み潰していく。対するエウロパ軍はそれに対し為す術もないようであった。
「引け!引け!」
 それを受けてエウロパ軍は撤退を開始する。そして彼等は後方へ退いていく。だがそれは連合軍に追撃されている。こうして損害は増える一方であった。
 だがそれでもエウロパ軍は的確に撤退を進めていた。そして彼等は徐々に港へ集まっていた。そこには輸送船が停泊している。まずは負傷者から乗り込んでいく。
「やはり怪我人が多いな」
 輸送船の中で手当てする医師がそうぼやいていた。
「それだけ敵の攻撃が激しいということか」
「そうですね」
 傍らにいる看護婦がそれに同意する。彼女の白衣はもう血で真っ赤になっていた。
「私達も戦場にいるようなものです」
「その通り」
 医師はそれを聞いて応えた。
「我々は戦場にいるのだよ。ここは決して安全な場所ではない」
「ですね」
「実際に艦艇に乗り込んでいれば撃沈される怖れもある。野戦病院が爆撃されないという保障はあくまで戦時法のうえでの話だ。間違いは起こるものだ」
「はい」
「時には確信犯で攻撃する者もいる。全く何の保障も無い話だ」
「確信犯で、ですか」
 看護婦はそれを聞いて顔を青くさせた。彼女にとってそれは信じられない話であった。
「戦争とはそういうものだ。サハラ各国の軍は元々非戦闘員をあまり攻撃の対象とはしない」
 それは事実であった。彼等には彼等のモラルがある。刃を持たぬ者を手にかけるのは彼等の間では恥とされているのである。だが輸送船等を攻撃するのは戦争の常道でありそれは構わないことであった。彼等はおおむね戦時法に対して忠実であった。
「連合軍はどうかな」
「今のところそうしたことはない」
 手当てを受けている将校がそれに応えた。彼は頭と左手に包帯を巻かれていた。その包帯はもう血が滲んできていた。階級は中佐であった。
「思ったより紳士的な軍隊だ。非戦闘員やそうした施設には一切攻撃を仕掛けてはいない」
「そうですか」
 医師はそれを聞いて安心した顔になった。
「それは何よりです」
「だが安心はできないぞ」
 その将校はここで顔を真摯なものとした。
「戦争だからな。間違いは本当に起こるものだ。不心得者もいる」
「はい」
「戦場において絶対ということはない。そして安全なぞ何処にもないということはわかっておいた方がいい」
「そうですね」
 それは看護婦に向けた言葉であった。彼女はそれを聞いて頷いた。
「わかってくれればいい。戦いはまだはいzまったばかりだ」
 彼はここで自分の傷付いた左手を見た。血は何とか止まったが痛みはまだあった。
「この傷が癒えれば私もまた」
「戦場に復帰されるおつもりですね」
「ああ」
 彼は静かに頷いた。肯定であった。
「私は騎士の家に生まれたからな」
「騎士だったのですか」
「そうだ」
 彼は誇りを含んだ声でそれに答えた。
 エウロパは貴族制社会であるが騎士はその中ではあまり高い位にはない。公侯伯子男の五つの爵位がありその上に大公というものがある。大公は王族等にしか授けられない特別なものであり各国の王家に連なる者でしかなってはいない別格である。そして爵位を持つ貴族の下に騎士階級が存在する。その下には細かく分類されている。そして平民階級となる。流石に奴隷といったものは存在しない。エウロパはこのように貴族の階級が細かく決められている。騎士はその中で貴族社会の根本にあたるものである。彼等は位こそそれ程高くはないものの身分は貴族である。従ってその誇りも持っているのである。
「連合の者達に敗れるわけにはいかない」
「そのお気持ちわかります」
 医師はそれに応えて頷いた。
「私もエウロパの者ですから。生憎平民ですが」
「戦場にあっては雄々しく、そして卑怯な振る舞いをしない者こそが貴族だ」
 だが中佐はここで彼に対してそう言った。
「そうした振る舞いをする者は例え爵位があったとしても貴族ではない」
「そうなのですか」
「私はそう考えている。だからこそ卿と呼びたい」
「有り難うございます」
 医師はそれを受けて頭を垂れた。
「その御言葉謹んで御受け致します」
「感謝する」
 中佐はその言葉を聞いて微笑んだ。
「ところで卿の名を知りたいのだが」
 それからあらためて彼の名を問うた。
「よければ官職氏名を教えてくれないか」
「喜んで」
 彼は微笑んでそれに応えた。
「エルネスト=リストと申します。階級は大尉です」
「そうか。ドイツ出身か」
「はい」
「私はオーストリアだ」
 中佐はそれを受けて自身も名乗りはじめた。
「カール=グラッセ=フォン=マグデブルグという。覚えておいてくれ」
「わかりました」
 リストはそれを受けて頷いた。
「それではマグデブルグ中佐」
「うむ」
「手当ては終わりました。これから如何為されますか」
「そうだな」
 問われた彼は暫し考え込んだ。それから話しはじめた。
「傷はそれ程酷くはない。これで休ませてもらう」
「そうですか」
「ベッドは要らない。他の傷の深い者に回してくれ」
「わかりました」
「この程度なら立っていても大丈夫だからな」
「はい」
「私は軽傷で済んだがしかし」
 彼はここで周りを見回した。
「負傷者が多いな。当然のことだが」
「そうですね」
「この戦い・・・・・・」
「この戦い!?」
「いや、いい」
 マグデブルグはここで言葉を止めた。そしてリストに対して顔を戻した。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その十六


「大尉、他の怪我人も頼む。今彼等は手当てを待っている」
「わかりました」
「それではな。縁があったらまた会おう」
「はい」
「といっても当分この輸送船の中で一緒だが」
 彼はそう言って微笑んだ。リストもそれにつられて笑った。
「そうですね。それでは暫くの間ご一緒しましょう」
「ああ」
 彼等を乗せた輸送船も出港した。そして宇宙に出る。それを要塞群に駐留していた艦隊が護衛する。彼等はそれを受けて戦線を離脱していった。
 連合軍の攻撃は宇宙においても惑星においてもさらに激しくなっていた。とりわけ惑星のそれは熾烈なものであり彼等はもう司令部のあったエリアを制圧し港にも迫っていた。
「港を制圧せよ、あそこを陥落させれば勝敗は決する!」
 サチフの声が戦場に響く。義勇軍の将兵はそれを受けて港に向けて進撃する。だがそれをエウロパ軍の幾重もの防衛ラインが阻む。指揮はファブリチーニが執っていた。
「ここは何としても通すな!」
「はい!」
 バリケードを組み施設を利用した防衛ラインを組んでいた。道の要所に戦車や大砲を置き敵を待ち構えている。施設の窓には大勢の将兵が銃を向けて待っていた。
 ファブリチーニはそれを陣頭で指揮を執っていた。彼も銃を持っていた。
「司令も戦われるのですか」
「当然だ」
 彼はゴンガーザにそう答えた。
「私も軍人だ。それは当然だろう」
「それはそうですが」
「どうした、何か不都合があるのか」
「いえ」
 そう言うゴンガーザも手に銃を持っていた。それはライフルであった。ファブリチーニもライフルを持っていた。これはエウロパの将校では珍しいことであった。
 エウロパでは将校はライフルを持たない。拳銃を持つのである。ライフルを持つのは下士官及び兵士であった。これは将校は指揮を執るからであった。これは連合やマウリアでも同じである。
「まさかライフルを持つようになるとは思いませんでしたので」
「仕方ないことだ」
 彼はゴンガーザにそう言った。
「今のような事態だとな。これだけ逼迫していると」
「ですね」
「まだ武器があるだけましだ。エネルギーは大丈夫か」
「はい」
 ゴンガーザはそれに答えた。
「さっき充填しましたから。心配ありません」
「そうか、それは何よりだ」
 ファブリチーニはそれを聞いて微笑んだ。
「戦えるな。一人でも多くの連合の者を倒すぞ」
「はい」
 ゴンガーザの頷きは強いものであった。彼も前線で戦う覚悟はできていた。
「港は何としても死守しましょう。フランド副司令も同じ御考えです」
「副司令は今何処にいる」
「港の防衛を固めておられます。もうすぐ前線に来られるかと」
「そうか」
 彼はその報告を聞いて頷いた。それから考える顔をした。
「彼は引き続き港の防衛に回ってもらいたい」
「港のですか」
「そうだ。おそらくこの防衛ラインは単なる時間稼ぎにしかならない」
「時間稼ぎですか」
「それは卿もわかっていると思う」
「はい」
「だがなくてはならないものなのだ。戦争にとって時間こそが命だ」
 ここで彼はそう断言した。
「今は撤退する将兵達の為の時間を稼がなくてはならない」
「それには今ここにいる彼等も入りますね」
「当然だ。その際の撤退の指揮は私が責任を以って執り行う。今は」
 そう言うと目の前にる敵を見据えた。移動要塞を主軸にこちらにやって来ている。
「彼等の足を止める。何があってもな」
「ですね」
 ゴンガーザも頷いた。彼も銃を構えた。
「私も共に」
「感謝する」
 ファブリチーニはそう応えて笑った。彼もまた銃を手にしていた。
「後ろにいる者達はどうしているか」
「既に安全な場所にまで撤退した者達もいます」
「上手くいっているといっていいな」
「そうですね。もう一踏ん張りです」
「そうだな。ならばやるぞ」
「はい」
 彼等は連合軍を戦闘に入った。銃声とビームが交差する。それは連合軍のものの方が遥かに多かった。やはりエウロパ軍は劣勢であった。しかしそれはファブリチーニにとっては計算内のことであった。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その十七


「よし」
 彼は頃合いと見るや頷いた。そして指示を下した。
「次のラインまで下がれ」
「ハッ」
 それを受けてエウロパ軍の防衛隊は戦線を下がる。そしてそこでまた連合軍を迎え撃つ。
「港まで維持するぞ。いいな」
「了解」
 エウロパ軍は彼の指示の下戦線を縮小して戦っていく。その都度放棄した陣地にトラップを仕掛けておくことも忘れていなかった。これは連合軍への足止めの為であった。それは一定の効果を出していた。
「フン、小賢しい真似をしてくれるわ」
 サチフはトラップの報告を聞いて忌々しげにそう呟いた。
「そこまでするとはな。まあ奴等らしいと言えばそうだが」
「ですがそれが確実に効果を表しています」
 ここでジナールが言った。
「我が軍は足止めを受けております。如何致しますか」
「そうだな」
 サチフはそれを受けて考えた。豪放に見えるが彼も考える時は考えるのである。
「この移動要塞を使うぞ」
「移動要塞をですか」
「そうだ。これを使うのだ」
 彼はニイ、と笑ってそれに頷いた。
「前に出せ。突っ込むぞ」
「トラップはどうするのですか」
「知れたこと。これで踏み潰すのだ」
 彼はおくびもなくそう答えた。
「それだけだ。何か言いたいことはあるか」
「勿論です」
 ジナールは言うまいと思ったがやはりそう言った。彼にとってそれはあまりにも危険なことに思えたからだ。
「幾ら移動要塞といっても危険ではないですが」
「この移動要塞が敵のトラップでやられると思うのか。地雷など効かぬというのに」
「それはそうですが」
「安心しろ。よいな」
 サチフはそう言ってジナールを静かにさせた。そして指示を出した。
「移動要塞、前へ!そして敵の陣地を突破せよ!」
 すぐに指示が出された。それを受けて連合軍が突進する。エウロパ軍の放棄された前線が巨大なキャタピラによって踏み潰されていく。その中にはトラップもあった。だがそれも踏み潰されていった。移動要塞の前には何の効果もなかったのであった。
「どうだ、わしの考えは正しかっただろう」
「ですね」
 ジナールはサチフにそう応えた。見ればサチフの顔は満面の笑みであった。
「わしにはわかっておったのだ。エウロパ軍のトラップの威力がな」
「そうだったのですか」
「ジナール少佐だったな」
 彼はここでジナールの官職氏名を問うた。
「はい」
「卿はまだ若い。だからあえて言っておこう」
 そして彼は言った。
「敵の兵器とこちらの兵器をよく見ておくのだ、常にな」
「はい」
 それはわかっているつもりであったがまだ視野が狭いということであろうか。ジナールは彼の話を聞きながらそう考えていた。そしてどうやらその通りであるようだった。
「ここに来るまでもエウロパ軍のトラップは多くあったな」
「はい」
「わしはそれを見ていたのだ。そしてそれを見ていけると思ったのだ。移動要塞で突破できるとな」
「そうだったのですか」
「それを受けて進んだのだ。それでは行くぞ」
「はい」
 ジナールは頷いた。サチフはそれを受けて再度指示を出した。
「このまま進め。そしてエウロパの奴等の小賢しい罠を全て踏み潰せ。よいな!」
「ハッ!」
 それを受けて義勇軍の進撃の足は速まった。その先頭には移動要塞があった。それはまさに巨大な獣であった。神が創造した大地の獣ベヒーモスにも似ていた。
「ここでも化け物を前に出してきたか」
 その進撃はファブリチーニにも見えていた。彼はそれを見て顔を顰めさせた。
「連合軍というのはつくづく大きなものが好きなようだな。それで勝てると思っているようだが」
「ですがあれにより我が軍のトラップは全て破壊されてしまっております」
「わかっている」
 幕僚の一人にそう答えた。
「どうやら今の我が軍では止めることは困難だな。無駄な損害を出すだけだ」
「はい」
 それは幕僚達にもわかっていた。その言葉に頷いた。
「それでは戦線を縮小させますか」
「うむ。港まで撤退する。あれを前に出されては止むを得ない」
「了解しました」
 幕僚達はその言葉に頷いた。そしてすぐに指示を出した。
「全軍港まで下がれ。そしてそこで戦う」
「了解」
 全軍それに従い退きはじめた。ファブリチーニはそれを見ながら別の幕僚に問うた。
「撤退はどうなっているか」
「既に七割以上がニーベルングから撤退しております」
 その幕僚はそれを受けてそう答えた。
「そして残り三割近くも港に入ろうとしております。あともう少しです」
「そうか、ならばよい」
 彼はそれを聞いて安心したように頷いた。
「だがまだ時間が必要だな」
「まだですか」
「そうだ」
 ファブリチーニはここでそう答えた。
「我々が撤退する時間も必要だからな。それはわかっているな」
「はい」
 若い幕僚がそれに頷いた。
「死んではならないぞ。戦いはまだ続く」
「続きますか」
「そうだ。最後まで戦わなくてはならない。その為には」
「生きろ、ということですね」
「その通りだ」
 ファブリチーニはそう答えて頷いた。
「敵が来ました」
 ここで報告が入って来た。ファブリチーニ達は前を見た。そこに敵がいた。
「奴等を退けるぞ」
「はい」
「そしてそれが終わったならば我々も撤退する。よいな」
「了解」
 惑星における最後の戦いがはじまった。炎が燃えて大地を焦がす。戦いは火力と制空権において圧倒的な有利に立つ連合軍有利となっていた。
「司令、このままでは!」
「怖気づくな!」
 ファブリチーニはそう言って部下を叱咤した。
「最後の攻撃だ、火力を集中させよ!」
「ハッ!」
 それを受けて最後の総攻撃が開始された。それで連合軍は一瞬怯んだ。ファブリチーニはその一瞬を見逃さなかった。
「よし!煙幕を張れ!敵の通信を妨害せよ!」
「了解!」
 その指示に従い煙幕と妨害電波が流された。これで連合軍の動きを止めた。
「全軍撤退!」
 ファブリチーニの指示がまた飛んだ。それを受けてエウロパ軍は一斉に退いた。後にはもぬけの殻となったエウロパ軍の陣だけが残った。連合軍はまだ煙幕と妨害電波に悩まされていた。
「最後の最後にやってくれたようだな」
 サチフは艦橋の前に広がる煙幕を見て忌々しげにそう呟いた。
「だが効果はあるな。しかしだ」
 それでも彼は目の前にある港から目を離さなかった。そここそが彼の獲物だからだ。
「逃さぬぞ。全軍に伝えよ」
 彼は幕僚の一人に顔を向けてそう言った。
「進撃を続けよ、とな」
「了解」
 それを受けて連合軍は港への進撃を再開した。だがここで問題が残っていた。
「この煙幕と妨害電波はすぐに除去せよ、鬱陶しい」
「ハッ」
「電子車両があったな。あれを使え」
「わかりました」
 サチフも伊達に軍を率いているわけではない。戦いが前進のみでは成り立たないことはわかっている。彼はここで障害を取り除くことを優先させた。そしてそれを取り除くとあらためて進撃を開始した。目指す目標は言うまでもなかった。
 港から輸送船が次々と出港する。そして今ファブリチーニ達も港に到着した。彼をフランドが出迎えた。
「お待ちしておりました」
「今までよくこの港を守ってくれたな」
 ファブリチーニはまずフランドにそう礼を述べた。
「おかげでここに入ることができた」
「いえ、司令の御苦労に比べれば」
 彼はそう応えて微笑んだ。
「大したことはありませんから」
「言ってくれるな」
 ファブリチーニもそう応えて微笑んだ。
「それでは我々も撤退するか」
「はい、既に最後の輸送船の出港準備が整っております。行きますか」
「うむ」
 彼はそれに頷いた。既に最後の将兵達がその輸送船に乗り込んでいた。
「急げよ、敵はすぐ側にまで迫っている」
「はい」
 彼等はファブリチーニのその言葉に頷いた。そして次々に乗り込む。最後にファブリチーニとフランドが乗り込んだ。ここで桟橋が落ちた。
「残っている者はもういないな」
「はい」
「ならばよい。それでは出港せよ、よいな」
「了解」
 最後の輸送船が出港した。だがそこに連合軍がやって来た。彼等は宇宙に向かう輸送船に殺到する。見れば空にもいた。空を埋め尽くさんばかりである。
「あの輸送船を沈めよ!あれには敵の司令が乗り込んでいるぞ!」
「あれを撃沈した者には報償が出るぞ!」
 そう激励が飛ぶ。それを受けて輸送船に向かう。だがそれは一瞬であるが遅かった。輸送船は宇宙へと旅立ってしまったのである。
「フン、悪運の強い奴だ」
 サチフは宇宙へと消えた輸送船を見上げてそう呟いた。
「だが戦いはまだ続く。奴を仕留める機会はまだまだあるな」
「ですね」
 ジナールがそれを受けて頷いた。
「とりあえず我々の今の仕事は次の段階に入った。港を完全に占領するぞ」
「はい」
「そしてそれからだ」
 彼は言葉を続けた。
「惑星を完全に掌握する。残敵がいれば掃討する。よいな」
「わかりました」
「まだまだやるべきことは多い。いや、むしろ」
 彼はここで考える目をした。
「戦争というものは戦闘が終わってからだな、本当に忙しいのは」
「そうですね」
 それはジナールもわかっていた。彼もまたこれまで多くの戦いを経てきたからわかっているのである。これは勝ち戦でも負け戦でも同じであった。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その十八


「少佐、君にも色々と仕事が回ってくるぞ」
「はい」
「当然わしにもだ。山の様な書類が来るだろうな。わしは書類なぞ見るのも嫌だが」
「そうも言ってはいられませんよ」
「それもわかっている。残念なことだが」
「残念ですか」
「戦いたくて軍人になったのだからな。事務仕事をする為に軍人になったのではないつもりだ」
「ですが実際にはそうした事務仕事も多かった、と」
「そうだ」
 サチフの顔は不機嫌なものとなっていた。
「それに連合軍は事務仕事が変に多くないか。前から気になっていたのだが」
「そういえばそうですね」
 それはジナールも気付いていたことであった。実は彼も事務仕事は好きではない。
「私のいた国では事務仕事はそれ程多くはありませんでした」
「わしの国もだ。ここへ来て書類の量が一気に三倍に増えた」
「私もそれ位ですね」
「これが連合軍なのか。我々は軍人であり官僚ではないのだがな」
「どうやら連合では軍人は特別な存在ではありませんからね」
「そうなのか」
「はい。現に連合軍は志願制です」
「うむ」
「求人にはいつも苦労しておりますね。募集が大変だとか」
「そのようだな。サハラでは考えられぬことだが」
「我々の多くは徴兵制でしたし。その違いもあるでしょう」
「そもそも何故徴兵制ではないのか不思議なのだがな」
「連合の置かれた状況でしょうね、彼等は人口が多い」
 三兆の人口はやはり巨大であった。全人類の七分の六に達し今戦っているエウロパとは三十倍もの差がある。この差は実に大きかった。
 他国より多くの将兵を集めるのに徴兵制を採る必要なぞないのである。ここがサハラ各国とは事情が違うところであった。だが海賊やテロリストを相手にするには一定の数が必要である。その一定の数を集めるのに彼等は苦心しているのである。
「そういえば連合軍の主な仕事は災害派遣でしたな」
「そうだ。わしもこの前行ったぞ」
 サチフはそれにそう答えた。
「ヤルカンド星系の第七惑星でな。あそこで津波が起こったのだ」
「ああ、あれですね」
「大津波でな。万単位の被災者が出た。死者も百人を越えた」
「大きな被害が出たとは聞いておりましたがそこまで」
「行った時は酷かったな。あらためて津波の怖ろしさを知った」
 サチフはその髭だらけの顔を岩の様にさせてそう言った。その時彼の目にはあの時の破壊された街や災害から投げ出されてしまった被災者の姿が浮かんでいた。それは彼の脳裏からも離れなかった。
「わしがサハラでいた星は穏やかな海が広がっていてな」
「はい」
「あそこまでの津波は見たことがなかった。わしが来た時にも津波が起こった」
「そしてどうなりました」
「それは止めることが出来たがな。事前に堤防を作っておいたので」
「それはよかったですね」
 ジナールはそれを聞いて少し安心した顔になった。
「やはり被災者は少ない方がいいです」
「うむ。そして災害救助だが」
「はい」
「その時は上手くいった。わし等より連合軍の正規軍の方がそうした活動には慣れているようだったな」
「今までそれが彼等の主な仕事でしたからね」
 ジナールはそう答えた。連合軍は設立以前から災害に関しては各国であたっていたのである。中央政府の要請で災害派遣に赴くことが多かった。連合軍設立前から彼等は中央政府のある程度の統制下には置かれていたのである。だがそれは中央政府に属してはおらず国防省もなかった。そうした意味で彼等は連合軍ではなかったのである。
「そうだな」
 サチフはここでまた頷いた。
「やはり慣れということか」
「はい。あと宇宙海賊の征伐も彼等は慣れておりますね」
「そうだな。軍とは戦争の為以外にあるのではないのだな」
「そういうことですね。それにしても」
 ジナールはここでややうんざりした顔を作った。
「書類の多さには確かに参りますが」
「そうだな、本当に」
 彼等はそう言って顔を見合わせた。そして港に入った。既に占拠がはじまっていた。これで惑星は完全に連合軍のものとなったのであった。
 惑星は完全に連合軍のものとなったが宇宙はそうではなかった。連合軍はなおもエウロパ軍と戦闘を続けていた。
「しぶとい奴等だ」
 マシュハドは前にいるエウロパ軍を見てそう呟いた。顔に苦味が走っている。
「そうですね。ですがあと一押しかと思います」
 ワフラが彼に対してそう言った。見ればエウロパ軍はその数を大きく減らしている。まともに戦闘に参加できる艦艇は全体の半数程にまでなっていた。
 

 

第九部第二章 虚の兵士達その十九


「そうだな」
 マシュハドはそれを聞いて頷いた。彼にも今のエウロパ軍がどのような状況にあるかよくわかっているのである。
「それではケリをつけよう」
「はい」
 ワフラはその言葉に頷いた。
「ティアマト級巨大戦艦前に出よ」
「了解」
 それを受けて百隻のティアマト級巨大戦艦が一斉に前に出た。そしてエウロパ軍に狙いを定める。
「巨砲の一斉射撃に入る」
「了解、巨砲発射用意」
 指示が繰り返される。それを受けて巨砲の照準が定められる。
「撃て!」
 マシュハドの手が振り下ろされた。彼はここでアラビア語で叫んだ。それは彼等にとってごく自然な言葉であった。やはり彼等はサハラの者であるということであろうか。
 巨大なビームがエウロパ軍を襲う。そしてズタズタに切り裂いた。それによりエウロパ軍はその数をさらに減らした。
「クッ、まだだ!」
 しかしそれでもジェラールは怯まなかった。ダミヤーノもダメージを受けたがそれでも彼はまだ立っていた。
「後方の輸送艦隊はどうなっているか」
「ハッ」
 それを受けてシリアーニが報告した。
「既にその殆どが安全な場所まで撤退しました」
「そうか」
 ジェラールはその報告を受けて頷いた。
「そしてファブリチーニ司令はどうしたか」
「司令の乗っておられる輸送船も今しがた安全な場所まで退かれました。最早この星域に残っているエウロパ軍は我等だけです」
「そうか、わかった」
 彼はそれを聞いてまた頷いた。
「それでは我々もそろそろ潮時だな」
「はい」
「卿等も今まで御苦労だった」
 彼はここで周りの者、そして各艦の将兵達に対してこう言った。
「後は撤退だけだ。よいな」
「はい」
 彼等はそれに頷いた。そして前を見据えた。
「ですが今敵がすぐ側にまで来ております」
「わかっている」
 ジェラールはその言葉にも頷いた。
「ここが踏ん張り所だぞ、よいな」
「ええ」
 彼等は既に配置についていた。そのうえでジェラールの次の指示を待つ。 
 ジェラールは動いた。迫り来る連合軍を見据えながら命令を下した。
「全軍一斉射撃!」
「はい!」
 それを受けてエウロパ軍の艦艇の主砲、ビーム砲が一斉に火を噴いた。それにより連合軍の動きは止まった。だがそれは止まっただけであった。
「無駄なことだ!」
 マシュハドは得意気にそう言った。先頭に立つティアマト級巨大戦艦、そして連合軍の戦艦の厚い防御の前にはそれは殆ど効果がなかったのだ。特にティアマト級には全く効果がなく一隻も沈んではいなかった。
「この艦を沈めたくばコロニーレーザーでも持って来るがいい」
 彼はニヤリと笑ってそう語った。そしてそのまま進撃を再開するように命令した。
「この程度何ということはない、行くぞ!」
 彼自身の乗る艦を前に出させた。その後に黒い艦隊が続く。それはまるで死の翼のようであった。
 だが一瞬といてどもその動きを停止させたのはエウロパ軍にとって大きかった。彼等にとって何よりも貴重な時間ができたからだ。
「全軍撤退!」
 ジェラールはすぐに指示を下した。それを受けてエウロパ軍は一斉に反転し全速力で戦線を離脱しにかかった。最早攻撃などは考えていなかった。
「追え」
 マシュハドの今度の指示は短かった。そして静かなものであった。彼は最早戦いが最終段階に達していることがわかっていたのである。
 連合軍は追撃にかかった。だが速度はエウロパ軍の方が速かった。連合軍の艦艇はどれも火力と防御力に重点を置いている為速度はあまり速くはないのである。それはサハラ義勇軍のものも同じであった。彼等も連合軍の艦艇を使用しているのだ。
 元々エウロパ軍の艦艇は速度が速かった。彼等はここでその速度をフルに使ったのである。脇目も振らず戦場を離脱しにかかった。そしてそれが功を為した。
 エウロパ軍は無事戦場から離脱することができた。連合軍の追撃は間に合わず振り切られる形となった。それを見たマシュハドは全軍に指示を下した。
「この宙域を確保せよ」
「了解」
 それを受けて連合軍はニーベルング星系の宙域を掌握しにかかった。その際残っている敵を探すのも忘れてはいなかった。そこには大勢の負傷兵もいた。連合軍は彼等をまず保護した。
「どうしますか」
 参謀の一人がマシュハドに尋ねた。
「エウロパ軍の捕虜がかなり拘束されておりますが」
「保護せよ」
 彼は一言そう言った。
「連合軍の軍律にあるな。捕虜は武装を解除した後丁重に扱うようにと。決して非人道的な行為を加えてはならない、とな」
「はい」
「そういうことだ。まずは身柄を確保して傷の手当て等をしてやれ。そして頃合いを見て安全な場所にまで送るようにな」
「わかりました」
 その参謀は頷いた。これでエウロパ軍の捕虜の処遇は決定した。その時彼等の後ろに影が現われた。
「やっと来ましたな」
「ああ」
 サチフとマシュハドはモニターを見上げてそう話し合った。そこには友軍が映っていた。彼等は今ブラウベルグ回廊を出てこちらに向かっていたのである。銀河を埋め尽くさんばかりの大軍がそこにいた。
「戦いが終わった時に来るとはな。運のいい奴等だ」
「ですね。まあこの戦いにおける功績は全て我々のものとなりますからいいですが」
「彼等に伝えておけ。既にニーベルング星系は完全に掌握した、と。よいな」
「ハッ」
 サチフは敬礼してそれに応えた。それを受けて連合軍の本軍はニーベルング星系に入った。これも以ってニーベルング星系における戦いは集結した。連合軍とエウロパ軍のはじめての戦いは連合軍の勝利に終わった。だがそれはサハラの者の手によるといういささか複雑なものであった。
 参加兵力は連合軍百個艦隊、無人艦隊は三百個、人員にして一億五千万、その全てがサハラ義勇軍であった。対するエウロパ軍は百個艦隊、参加兵力は艦隊、惑星合わせて一億八千万であった。俗にニーベルング要塞群攻防戦と呼ばれるこの戦いはエウロパ軍の完全敗北であった。エウロパ軍は要塞群から撤退しただけでなく兵力の四割近くを失った。そして連合軍はエウロパ侵攻の足掛かりを手に入れたのであった。彼等はニーベルング要塞群に進駐するとその機能を修復させ、そこに物資を集結させた。そしてそこからエウロパの各方面への侵攻を開始したのであった。全ては予定通りであった。
 

 

第九部第三章 進撃その一


                   進撃
 ニーベルング要塞群を確保した連合軍はそこから進撃を開始した。彼等はそこから半円を描く様にしてエウロパ領内に進撃を行った。その先頭にはサハラ義勇軍がいた。
「前方に敵艦隊発見!」
 すぐに報告が入る。すると黒い艦隊は一直線に進むのであった。
「攻撃開始!」
「了解!」
 それを受けてティアマト級巨大戦艦の巨砲が火を噴く。そして砲艦、ミサイル艦の一斉射撃が続く。これによりエウロパ軍はその数を大きく減らした。だがそれで終わりではないのだ。
「戦艦、前へ!」
 戦艦や巡洋艦が前に出る。そして一斉射撃の後砲艦、ミサイル艦の援護を受けながら進む。駆逐艦も一緒である。
 エウロパ軍の攻撃は殆ど通用しない。先の攻撃で数を減らしており、また連合軍の艦艇のバリアーを貫けないでいた。そして彼等は為す術もなく突撃を受けたのであった。
 駆逐艦の魚雷が放たれる。空母から艦載機が出る。そしてエウロパ軍は総崩れとなった。
「反撃だ!こちらも艦載機を出せ!」
「ハッ!」
 その艦隊の司令の言葉を受けてエインヘリャルが発進される。だがそれは連合軍の圧倒的な数のタイガーキャットに阻まれる。彼等は同時に複数の目標にミサイルを放つことが可能なのだ。
「いけ!」
 ミサイルが放たれる。それで一度に複数の機が炎と変わる。それをかいくぐっても運命は同じであった。護衛艦が彼等の前にいた。
「対空射撃、はじめ!」
 護衛艦の対空ビーム、そしてミサイルが敵を撃つ。そして彼等はまたもや炎と変わった。そして気付いた時には彼等は全滅していたのであった。残る艦艇も次々と撃破されていく。連合軍の攻撃は執拗であった。エウロパ軍の艦隊は最早艦隊と呼べるものではなくなっていた。
「旗艦を狙え!頭を潰せば敵は混乱するぞ!」
 それでも諦めない司令は攻撃の指示を下し続ける。そして目の前にいる巨大戦艦に対し集中攻撃を命じた。
「撃て!」
 残った僅かの艦艇からビームが放たれる。少なくなったとはいえまだそれなりの数が残っていた。それがティアマト級に向けて攻撃を開始したのだ。これならいけると誰もが思った。だがそれは思っただけに終わった。
「なっ!」
 その攻撃は全て弾き返された。ティアマト級巨大戦艦のバリアー、そして装甲はあまりにも厚かったのだ。そして戸惑っている間に反撃が加えられた。
「今度はこちらの番だな」
「はい」
 その巨大戦艦の艦長が副長に対して言う。副長は微笑んでそれに応えた。凄みのある笑みであった。
「主砲、一斉発射!」
 艦長の指示が下る。艦のことに関しては艦長に一任される。基本的に司令は艦隊のことを司るのであるからこれは当然であった。
 その主砲が一斉にエウロパ軍に襲い掛かった。まるで光の帯の様であった。それがエウロパ軍を直撃した。
「うわあっ!」
 一撃で殆どの艦が消え去った。攻撃を命令した司令も光の中に消え去った。その艦も乗組員も皆消え去った。全ては巨大戦艦の攻撃に拠るものであった。
「引け!引け!」
 僅かに残った艦はそれを見て一斉に逃走を開始した。それは最早形のある撤退ではなく逃走であった。彼等は算を乱して戦場から逃げ出した。
「敵が逃げております。如何なさいますか」
「追え」
 先程攻撃を加えた巨大戦艦に乗っていた司令は幕僚の言葉にそう答えた。その顔には満面の笑みがあった。
 それを受けて追撃が開始される。彼等はすぐに全艦拿捕されてしまった。
「捕まえましたな」
「うむ」
 司令は鷹揚に頷いた。そして言った。
「連合軍大将マフメット=アッサルームの名において彼等に伝えよ」
「はい」
「降伏せよ、とな。よいか」
「わかりました」
 それを受けて降伏勧告が下される。それを受ける形でエウロパ軍は彼等に対し降伏した。それを見てアッサルームはまた笑った。
「これでよし。しかし」
「しかし?」
 若い幕僚が彼に尋ねた。
「エウロパの貴族というのも不甲斐無いな」
 アッサルームはそう言って勝利の笑みを浮かべていた。若い幕僚もそれを受けて笑った。
「全くです」
 彼等は難民となった恨みを忘れてはいなかった。それを今戦場で晴らしているのであった。彼等はエウロパの貴族達を追って戦場を駆け巡っていた。戦いは彼等の獅子奮迅の活躍ばかりが伝えられた。エウロパ軍はただ敗北を重ねるだけであった。
「義勇軍の活躍はいいことですが」
 八条はその報告をアメリカ領アラスカ星系で聞いていた。今ここで各国の首脳会議が行われているのだ。議題はエウロパとの戦争に関してであるので彼は中央政府の代表の一人として出席しているのである。キロモトも一緒であった。
 彼は今アラスカ星系の第四惑星の海岸にいた。この星系は人が住める惑星が三つある。そのうちの一つに彼は今いるのである。
 海には何やら巨大な海棲生物がいた。白っぽい背中を出してぷかぷかと浮かんでいる。時折鼻を出して呼吸をする。海岸にはペンギンに似た鳥が大勢動き回っていた。
「正規軍はあまり戦ってはいないようですね」
「どうやらそうみたいね」
 その隣には伊藤がいた。彼女も日本の首相として列席していたのだ。彼女は八条にそう答えながら海とそこにいる生物達を見ていた。
「ところでここにいる動物だけれど」
「はい」
「珍しい生き物ね。どれも地球ではもういないのに」
「そうですね」
 八条はその言葉に頷いた。
「どれもね。残念な話ですが」
「そうね」
 八条も伊藤も寂しい顔をした。
「あれは残念な話だわ」
「はい」
 今彼等の目の前にいるのはステラーカイギュウとオオウミガラスであった。どれもかっては地球にいたものと同じ種類である。星によっては地球と酷似している星もある。そういった星では地球にいる生物と同じ進化を遂げ、同じ種類の動物がいる場合もあるのだ。このアラスカ星系第四惑星は地球の寒帯、冷帯に生息する生物が多い。正式な名称は当然地球のそれとは異なるが生物の種類としては同じなのである。連合にはこの他にも恐竜がいる惑星や両生類ばかりの惑星もある。巨大な昆虫がいる惑星、マンモスやオオツノシカ等古い種類の哺乳類がいる惑星もある。当然アノマロカリスやそういった古代の生物がいる惑星もあるのである。
 このステラーカイギュウは十八世紀にロシアの探検隊がベーリング海峡付近で発見した海牛類の仲間である。普通海牛類といえば熱帯、若しくは亜熱帯の海や川に住むがステラーカイギュウは北方の冷たい海に棲む非常に珍しい種類の海牛であった。かなり大きく八メートルを超えるものまでいた。だが性質は極めて大人しく海岸に近い場所で藻を食べて暮らしていた。仲間意識が強く互いに助け合う性質も持っていた。そして人間も恐れなかった。人間というものに対して知らなかったせいであろうか。
 だがそれが禍いした。その肉と皮に目をつけた人々によって乱獲された。そして発見から僅か二十七年で絶滅してしまったのだ。だがそれ以後も発見は続いた。そして二十一世紀にはようやく生存が確認されたが彼等はすぐに全て水族館に送られてしまった。こうして野性のステラーカイギュウはいなくなってしまったのだ。
 オオウミガラスはより悲惨であった。その肉と卵に目をつけられ乱獲された。このかってはペンギンと呼ばれた愛嬌のある生き物もまた食料とされたのだ。そして個体数が減ると貴族や博物館にその剥製が求められた。希少だからという理由である。オオウミガラスは北氷洋近辺にいたがその当時のヨーロッパ人にはまだ環境保護という概念がなかったのである。人間とは経験してはじめて何かを知るものである。時には失ってからようやく気付く時もある。それを愚かと断言して終わるのは至極簡単なことだが人間はそれだけでは終わらないのである。愚かではあるが考え、常に前に進もうとするのもまた人間である。この当時のヨーロッパ人も同じであった。所詮その時の価値観で過去の人間を批判することは自らを優位に置き他者を貶める行為に他ならないのだ。
 話をオオウミガラスに戻す。この生き物の絶滅が確認されたのは十九世紀の中頃であった。人々が環境、生態系の保護について真剣に考え取り組むようになるのはそれからかなり後のことであった。あと一世紀遅ければ彼等は僅かながら生き残っていたかも知れないのだ。
「さっきあそこでイッカクがいましたよ」
「まあ」
 鯨の仲間で寒い海に棲む。オスは牙が発達した長い角を持っているのである。
「ここの海はいいですね。もう地球では滅多に見られない、もういない生き物がいるんですから」
「そうね」
 伊藤は八条のその言葉に頷いた。
「絶滅が確認されるとおもういなくなったって諦めるんだけれど」
「けれど別の星にいた。再会ってやつでしょうか」
「そうでしょうね。再会だわ」
 伊藤は前でのんびりと食事を採っているステラーカイギュウと前をヒョコヒョコと歩くオオウミガラスを見ながら静かに言った。普段の知的な様子はなく穏やかで優しい顔をしていた。そうした顔も持っているということである。 

 

第九部第三章 進撃その二


「地球にいる間は思いもしなかったことだけれどね」
「はい」
「また会うことができた彼等を今度は失いたくはないわね」
「そうですね」
 八条はそれに同意した。
「ただやはりバランスというものがありまして」
「バランス?」
「はい。数が増え過ぎたら他の場所に移動させたりはしていますね。ここにはシャチもいますからそういった心配はあまりありませんが」
「シャチもいるの」
「ええ。地球のものと同じものがね」
 シャチは鯨の仲間である。鯨科の中ではとりわけ獰猛な種類であり様々な海の生物の天敵である。イルカやクジラ、そして当然ステラーカイギュウやオオウミガラスも食べる。アシカやオットセイも食べる悪食な生物である。さらに鯨科なので頭もいいという厄介な生物である。身体も大きく、これで人間も食料とみなしていたならば海はより危険な場所となっていたであろう。だが鯨は人を襲わない。それが鮫や恐竜とは違う点である。
「それでかなりの数の調整ができています」
「それはいいことね。自然のサイクルは崩れては駄目だから」
「ですね。あと我々もそれに一役買っています」
「わかるわ」
 伊藤はそれを聞いてにこりと笑った。
「そろそろお昼だしね」
「はい」
「じゃあ行きましょうか。あそこのレストランだったわね」
 伊藤は遠くに見えるレストランを指差した。岩場の上にあった。
「ええ。予約しておりますので」
「それじゃあ行きましょ。あ、そうそう」
「何でしょうか」
 八条は伊藤の言葉に反応して声を送った。
「佐藤君の一緒だけれどいいかしら」
「ええ」
 八条はそれに頷いた。
「私の方は構いませんよ。将来の日本の首相との同席は」
「ふふふ」
 伊藤はそれを聞いて面白そうに笑った。
「マスコミやネットじゃ君達はライバルになってるわよ。将来の首相候補としてね」
「首相ですか」
 八条はそれを聞いておかしそうに笑った。
「私は柄ではないと自分では思っていますが」
「どうしてかしら」
「私はどちらかというと官房長官に向いていると思うのですよ。佐藤防衛相は首相向きで」
「あら」 
 佐藤は強力なリーダーシップの持ち主として知られている。アバウトなところもないわけではないが決断力に富み、そして行動的である。まず行動ありきという人物なのである。
 それに対して八条は考えるタイプであり、また慎重だ。そして事務仕事が得意である。安定感もかなり高い。二人はそうした意味で全く異なるタイプの政治家であるのだ。
「首相はどう思われますか」
「八条君に山下さんみたいなことが出来るかしら」
「官房長官みたいにですか」
「そうよ」
 伊藤はそれに対して答えた。現在の日本の官房長官は山下実盛という。銀行員に似た生真面目そうな外見の男であり
一見地味である。だが実際はかなり性格が悪いことで各国では有名な男である。
 他の国が経済や通商のことで日本に抗議をしてきたとする。そうした場合に出て来るのがこの男なのである。
「おや、またいつもの御言葉ですか」
 実際に会見でそう言うのである。口調はあくまで穏やかであるがその態度は馬鹿にしきったものであるのは言うまでもない。
「いつも飽きませんね、全く」
 そして鼻で笑う。こうして他国の抗議を一笑に付すのだ。そうしたあしらいの巧さで知られている。国民には人気があるが他国からは嫌われている。マックリーフは彼のそうした行動を見てこう言ったという。
「うちの特別補佐官に欲しいな」
「全くです」
 それに答えたのは当の大統領補佐官であった。彼ですらそう思ったのである。
 歳は伊藤よりやや上である。その為伊藤も敬意を払ってさん付けしているのである。政党の中でも重鎮として知られている。
「出来ないでしょ、あそこまでは」
「確かに」
 八条はその言葉は認めた。だが反論は忘れなかった。
「しかし官房長官にも多くのタイプがありますね」
「ええ」
「それでは私は私の官房長官を目指しますよ。なりましたらね」
「期待しているわ」
 伊藤はそれを聞いて微笑んでそう言った。その時風が吹いた。
「冷たい風ね」
「ええ」
 伊藤の黒く長い髪がそれに吹かれて動いた。八条はそれを見て黒い絹のようだと思った。
「総理」
「何かしら」
「もう行きませんか。そろそろ時間ですし」
「あら」
 伊藤はそれを受けて腕時計を見た。見れば確かにそうした時間であった。
「そうね。じゃあ行こうかしら」
「行きましょう。ここのメニューは面白いですよ」
「面白い・・・・・・。何が出るのかしら」
「ここでしか味わえない特別な料理だそうです」
「それは楽しみね」
「はい」
 こうして二人はレストランへ向かった。そこへ丁度佐藤も来た。当然彼等は車でありガードも一緒である。
「どうも、長官殿」
「こちらこそ、閣下」
 佐藤と八条は互いに笑みを浮かべて挨拶を交わした。二人は同じ歳であり政治家になったのも同じ選挙においてであった。そうした意味でも二人はライバルといえた。だがその関係は険悪といったものではない。言うならば同級生同士といったところであろうか。二人の笑みはそうした友人との挨拶の笑みであった。
「それでは行きますか」
「ええ」
 三人は個室に入った。これも警備の為である。そうした警備が必要なのは残念ながら事実であった。世の中にはよからぬことを考える輩もいないわけではないからである。こうした国際会議の場においてはとりわけそうであった。
 

 

第九部第三章 進撃その三


 三人はテーブルに着く。そして店のマスターが直々に出て来た。そしてメニューを紹介した。
「ところで御聞きしたいのですが」
 白いアメリカ風の造りのレストランであった。カーテンやテーブルもそうである。やはりアメリカの星系でありそれは当然と言えば当然であった。伊藤はそのテーブルでマスターに尋ねた。
「何でしょうか」
 白い髪を後ろに撫で付けたダンディな風采の男であった。鼻は高く肌はやや黒い。目は鳶色であった。
「ここでは面白いメニューがあるそうですが」
「はい、あれですね」
 彼はそれを聞いて答えた。
「ステラーカイギュウのステーキとオオウミガラスのテリーヌですね」
「ステラーカイギュウの」
「ええ」
 マスターはにこりと笑ってそれに頷いた。
「このレストランの人気メニューですが。如何でしょうか」
「ええと」
 つい先程海に浮かび足下を歩いていた生き物の料理である。流石にそれを聞いて驚かずにはいられなかった。
 八条はそれを知っていたようである。驚く伊藤を見て微かに笑っていた。
「それは本当でしょうか」
「ええ」
 少し的外れな質問をしてしまった伊藤に対してマスターはやはりにこやかに笑って応えた。
「ステラーカイギュウは子牛に似た味です。そしてオオウミガラスは卵も人気がありますよ」
「そうなのですか」
「ええ。どうされますか」
「ええよ」
 伊藤は珍しく困った顔をしていた。メニューを見せられたがやはり戸惑っていた。だがここですぐにいつもの冷静さを取り戻した。
「待って下さい」
「何でしょうか」
「このジャコウウシのステーキですけれど」
「はい。それもここにいるものです」
 マスターはそう答えた。
「これはどうなのでしょうか」
「肉は固いと言われますし癖のある匂いですがいけますよ」
「そうなのですか」
「どう為されますか。今でしたらTボーンステーキもできますよ」
「そうですね」
 伊藤は問われて考え込んだ。そして八条と佐藤に尋ねた。
「貴方達はどう思うかしら」
「私達ですか」
「ええ」 
 伊藤は答えた。
「どちらがいいと思うかしら。ステラーカイギュウやオオウミガラスとジャコウウシと」
「難しい質問ですね」 
 まず佐藤がそう言った。
「実はどれも食べたことがありませんでして。ちょっとお答えかねます」
「そう。じゃあ八条君はどう思うかしら」
「私ですか」
「ええ」
「そうですね」
 八条は問われて考え込んだ。そして言った。
「私はシーフードは好きですが」
 実際に彼は海にあるものは好きである。海老や烏賊、魚も好きである。とりわけ刺身や寿司は好物だ。天麩羅も嫌いではない。
「ただ今はステーキを食べたいと思っております」
「どうしてかしら」
「その時の気分ですよ。それに」
「それに?」
「このステーキのサイズを御覧下さい」
 彼はここで伊藤と佐藤にステーキのメニューを詳しく見せた。そこにはサイズまで書かれている。
「まあ」
「これは凄い」
 二人はそれを見て声をあげた。何と六百グラムもあるのだ。
「たまにはこうした厚い肉を食べてみたいですからね」
「そうん。日本ではあまりそうした肉は食べられないからね」
「どちらかというと上品ですな」
 日本においてはあまり量の多い食事が出ることはない。どちらかというと一つ一つの料理は少なく、数が出るのである。肉料理にしてもそれは同じであった。
「たまにはこうしたワイルドなものもいいと思うのですが」
「そうね」
「ではそれにしますか。当然Tボーンで」
「畏まりました。それではソースは如何致しますか」
 三人はそれぞれ別々のソースを頼んだ。伊藤は和風ソースを、八条はアメリカンソースを。そして佐藤はオニオンソースを頼んだのであった。
「三人共違うソースとはね」
「そうしたものですよ」
 伊藤に対して佐藤は笑ってそう応えた。
「けれどそちらの方がいいでしょう。シェフは大変ですが」
「そうね。個性が出て面白いかもね」
「そういうことです。それにしてもジャコウウシのステーキを食べることになるとは思いませんでしたね」
「まあ私はこうなるとは思っていましたけれど」
「何故かしら」
 伊藤は八条に問うた。
「いえ、あの時総理はステラーカイギュウとオオウミガラスを御覧になっておられましたね」
「ええ」
「その時に思ったのですよ。おそらくレストランではこのメニューは頼まないだろうな、と」
「読んでいたのね」
「僭越ですが。けれど当たってますね」
「私にとっては残念なことだけれどね」
 伊藤は今度は苦笑いをして言った。
「読まれるなんて。まさかとは思うわ」
「そうでしたか」
「ええ、そうよ」
 伊藤はそう答えた。
 三人はジャコウウシのステーキを食べた。ステーキを食べ終わると今度はデザートが出た。薔薇のプティングだった。
「薔薇の」
「そうみたいですね」
 三人はそれを見て互いにそう言った。それは深紅のプティングであった。
 スプーンでとり口に入れる。甘みと香りが口の中を支配した。三人はそれを味わい目を細めた。
「美味しいわね」
「ええ」
 彼等は口々にそう言い合った。そしてそれをまた口に入れた。
「プティングもいいわね。実はあまり食べたことがなかったのよ」
「そうなのですか」
 八条と佐藤はそれを聞いて言った。
「ええ。実はお菓子はあまり好きじゃなくて」
「そうでしたっけ」
「果物は好きだけれどね。お菓子はあまり好きじゃないのよ」
「けれど和菓子はよく食べられますよね」
「それはね」
 伊藤はそれに答えた。
「和菓子は別なのよ。何故かわからないけど」
「そういうものですか」
 佐藤はいささかわからないといた感じであった。
「私は和菓子もこうしたお菓子も好きですけれどね」
「好みってやつかしら。八条君はどうかしら」
「私ですか」
「ええ」
 伊藤はここで八条に話を振ってきた。彼はそれに応えた。
「和菓子はよく食べるわよね」
「はい」
「じゃあこうしたプティングとかはどうかしら。好き?」
「そうですね」
 彼はそれを受けて答えた。
「嫌いではありません。どちらかというと好きですね」
「そう」
 伊藤はそれを受けて頷いた。
「意外ね。そういえば君はあまり日本酒は飲まないわね」
「はい」
「ワイン派だったかしら」
「あとビールですね」
 彼はそう答えた。
「実は日本酒は口に合わなくて」
「そうみたいね」
「はい。ですから和食の時は白ワインですね」
「それって合うのかい?」
 佐藤が彼に尋ねた。
「和食には日本酒だろう」
「いや、これが結構合うのです」
 八条はそう返した。
「一度試されてはどうですか。いけますよ」
「ふむ」
 佐藤はそう言われ考え込んだ。そして答えた。
「わかった。一度やってみよう」
「是非どうぞ」
 そうこう話している間にプティングを食べ終えた。そして彼等はレストランを後にした。そこには薔薇と肉の香りがたちこめ漂っていた。
 

 

第九部第三章 進撃その四


 三人はそのまま会議場に向かった。そこはアラスカ星系議会の会議室であった。彼等はそこでそれぞれ首脳、そして閣僚に別れて話をすることになっていたのだ。八条は連合中央政府の代表として首脳会議に列席した。そこには連合三百国の首脳達が集まっていた。
「さて」
 今年の連合議長国であるザイール共和国の国家主席であるムワミ=サガモが最初に口を開いた。赤い髪の中肉中背の黒人である。彼は高い声で言った。
「それでは会議をはじめたいと思います」
「はい」
 一同それに頷いた。伊藤は円卓の中の一つ、そして八条はサガモの横にいた。彼は中央政府の代表として敬意を払われての席の場であった。
「まず議題について説明致します」
 サガモは説明を続ける。
「今回の会議の議題はエウロパとの戦争についてであります」
「はい」
 皆それに頷いた。
「只今戦争の流れはこうなっております」
 ここで円卓の中に立体映像が映し出される。それはエウロパの三次元立体地図であった。
「まず」
 サガモは席を立った。そしてレーザーでエウロパのある部分を指し示した。
「我が軍は最初にニーベルング要塞群を陥落させました」
「サハラ義勇軍と無人艦隊の力で、ですね」
「はい」
 サガモはアメリカ大統領マックリーフの言葉に答えた。見ればマックリーフの青い目が彼と八条を見据えていた。
「連合軍の本隊は戦いに参加しなかったのですか」
「彼等が戦場に到達した時にはもう戦闘は終了しておりました」
 八条がそれに答えた。
「それ故戦闘には参加することがなかったのです」
「それは聞いております」
 マックリーフはそう答えた。
「ですが一つ御聞きしたい」
「はい」
 やはり弁護士出身だけあってその質問は鋭いようである。また執拗であった。
「今回の作戦はかなりの部分を長官が立案されておられるそうですが」
「はい」
 八条はそれを素直に認めた。内心ではそこまで調べているアメリカの調査能力とそれを各国の首脳達の前で堂々という力の誇示にいささか思うところがあったがそれは言わなかった。
「それでは無人艦隊もサハラ義勇軍を軍の先頭に出すことを考えられたのも長官でしょうか」
「少なくとも決定したのは私です」
 彼はそう答えた。
「私がその作戦の方針を決定しました。これは事実です」
「そうですか」
 マックリーフはそれを聞いて頷いた。だが質問はそれで終わりではなかった。
「長官はサハラ義勇軍を連合軍正規部隊の楯にされているのですか」
「楯」
「はい」
 マックリーフは答えた。
「今も進撃の先陣を務めていますね、彼等は」
「ええ」
「そして主に戦っているのは義勇軍です。当然その損害は正規軍に比してかなり大きいものになります」
「実際にそうですな」
 李がここで言った。
「正規軍には今のところこれといった損害は出ておりません」
 これは事実であった。正規軍二千個艦隊は進撃を続けているがその前には義勇軍がいる。彼等は戦闘を殆どすることがなく実際の戦闘は義勇軍が行っていたのである。彼等は占領地の確保と後方支持が主な任務となっていた。
「それは本来喜ばしいことなのですが」
「ですね」
 李の言葉に隣にいたハシム=ジャネンドラ首相が頷いた。黒い肌の青年であった。
「連合の若者の血が最小限で済むに越したことはありません」
「それでは問題ないではありませんか」
 チェチェン連邦執政コリアノフ=ジリノフがそれに対して言った。
「戦争をしているといえど損害が出ないならば」
「ところがです」
 マックリーフはここで言った。
「損害は出ているのです。今のところ連合軍本隊には出ておりませんが」
「成程」
 皆彼の言葉を聞いて頷いた。マックリーフが何を言いたいのかよくわかっているのだ。
「彼等ですね」
「はい」
 マックリーフも頷いた。
「彼等の損害は既にかなりのものになっております」
「それは本当ですか?」
 彼等はそれを聞いて八条に顔を向けてきた。八条はそれを受けて答えた。
「はい」
 そしてそれを認めた。
「ふむ」
 それを聴いてまずはサガモが頷いた。
「そしてそれはどの程度の規模なのでしょうか」
「既に五パーセントに達しております」
 八条は静かにそう答えた。
「五パーセントですか」
「はい。艦艇の損傷はその程度です」
「人員は」
「それを少し下回る程度ですが。戦死者は多くはありません」
「ならばよいのですけれどね」
 サガモはそれでよしとした。
「戦死者が出なければ」
「いや、それは違いますな」
 だがそれに李がクレームをつけてきた。
「戦死者の問題ではないのです」
「では何なのでしょうか」
 伊藤が彼に問うてきた。李は彼女を見た。
「義勇軍に損害が集中していることです」
「それは致し方ないのでは」
 ロシア大統領グリーニスキーがここで出て来た。彼はここは日本につくことにしたようである。それを見て各国の首脳達のうち何人かが目の色を変えた。
「致し方ないと」
「はい」
 グリーニスキーは李にそう答えた。
「彼等は義勇軍ですね」
「ええ」
「ならば自ら進んで戦場に赴いているのです。それならば当然でしょう」
「それは違いますな」
 しかしマックリーフがここでグリーニスキーにクレームをつけてきた。首脳達はそれを見てまた目を動かさせた。
「違うと」
「そうです」
 マックリーフは頷いた。
「連合軍は志願制ですな」
「はい」
 これは各国の軍に分かれていた頃からであった。連合では海賊やテロリストへの対処、災害救助等が主な仕事であった為にそれ程数は必要なかったのである。その為に志願制でも充分であったのだ。それよりも個々の将兵の質を重要視したというのはお題目ではあるが。
「それならば正規軍も前線に立たなくてはならないのではないですかな」
「ふむ」
 だがグリーニスキーはそれを受けても平然としていた。
「違いますかな」
「残念ですが」
 まず彼はそう前置きをした。
「私はマックリーフ大統領とは異なる考えです」
「どういった御考えですかな」
 マックリーフはそう言ってグリーニスキーを見据えた。
「宜しければお答え願えますかな」
「はい」
 彼はそれを受けて答えた。
「志願制と義勇軍は違うのです。確かに彼等は連合の市民権を持っております」
「はい」
「ですが難民であることに変わりはありません。それは厳然たる事実ですね」
「否定はしません」
 それを否定することはできなかった。マックリーフは頷いた。
 

 

第九部第三章 進撃その五


「彼等が本当の意味で市民権を手に入れるのはそれなりの業績が必要ではないかと思います」
「その為に血を流すべきだと仰るのですか?」
「そう受け取られても構いません」
 グリーニスキーは自分の言葉を否定しようとはしなかった。
「ですがこれは事実です」
「それだけではないでしょう」
 ここでイスラエル大統領ヨブ=フェレスが口を開いた。
「彼等は進んで前線に赴いているのですね」
「はい」
 八条がそれに答えた。
「事前に本人達に確証をとております。義勇軍は常に臨戦態勢にある、と。そして有事には最初に敵に向かうということも」
「そうですか」
 フェレスはそれを聞いて頷いた。
「御存知とは思いますが」
 それから話をはじめた。
「イスラエルはかって彼等と長い戦いにありました」
「ですね」
 それを聞く首脳達が頷いた。その中にはムスリムの国もあるが彼等も同じであった。ムスリムだからといって必ずしもイスラエルと矛を交えてきたわけではないのである。
「その時の記録はまだ我々の中にあります」
「中東での戦いの記録ですね」
「そうです。その時彼等は勇敢でした。少なくとも臆病ではなかった」
 フェレスは話を続ける。
「何故なら戦いは聖なるものであるからです、彼等にとって」
「ジハードですね」
「はい。彼等は戦死したその時に天界へと行けるのです」
「それは知っています」
 皆それに頷いた。
「だからこそですね。戦場に赴くのは」
「そうです。ここにもイスラムの方はおられます」
「はい」
 インドネシアやマレーシアの首脳達がそれに頷いた。
「ならばおわかりだと思います」
「生憎我々は戦争とは離れておりましたがね」
「それはわかっております」
 フェレスはそれでも言った。
「我々とて同じですから」
 そう言ってニヤリと笑った。イスラエルはユダヤ人の国である。彼等は長い放浪と迫害を経て二十世紀にようやく国を持つことができた。だがそれが彼等の長い戦いのはじまりであったのだ。
 元々はイギリスに問題があった。彼等は第一次世界大戦の時にユダヤ人の国を作ることを約束しておきながらアラブ人の自治も約束していたのである。第一次世界大戦に勝利する為の方便であったのだがそれが元凶となった。第二次世界大戦の後でユダヤ人達はシオンの地にイスラエルを建国した。それが問題であったのだ。
 エルサレムはユダヤ人達にとって聖地である。だがそれはアラブ人達にとってもそうだったのだ。イスラム教はそのルーツがキリスト教、そしてユダヤ教にある。モーゼもキリストもコーランに出て来るのだ。ただしキリストは十字架にはかけられない。生きているのだ。
 だからこそ彼等もエルサレムにこだわった。そしてイスラエルの建国を認めるわけにはいかなかったのだ。そしてそこにはパレスチナの民達がいたのだ。
 ユダヤ人達は国を持つことができた。だが彼等のことはどうなるのか。それを見て憤ったアラブの者達は一斉に立ちあがった。そして中東戦争がはじまったのである。
 この戦いは幾度も行われたが結局イスラエルはシオンの地に残った。そして彼等は宇宙の時代になっても国を持っている。だがこの戦いを経てパレスチナも国を持つことが許されることとなった。サハラには彼等の末裔もいるのである。
「あの地はかねてより色々とありましたがな」
 アッシリア連邦執政ナブッコ=サドムがそれを聞いて言った。彼はかってメソポタミアにおいて一大帝国を築いた者の末裔である。その彼が言う事には説得力があった。
 アッシリアは古代に滅んでいるがその民は生き残っていたのである。二十世紀後半にはアメリカにも三万程のアッシリア系がいたのである。民族の命は時として非常に長いのである。
「ですが今我々は戦いというものを忘れてしまっているのは事実です」
「そう、それこそが問題なのです」
 フェレスはそれに頷いた。
「私は軍にいたことはありません。それはここにおられる殆どの方がそうだと思います」
 それは事実であった。連合において徴兵制の国はなかった。キロモトや八条のように軍人から政治家になる者もいるにはいるがそれはごく少数であった。
「ですから戦争というものを肌で知っているわけではありません」
「それは私も同じですよ、残念ながら」
 ここで八条がこう言った。
「私も実戦に参加した経験はあまりありません」
「そうでしたか」
「軍歴が短いのと経補将校でしたから」
「ほう」
 フェレスはそれを聴いて眉を少し動かした。
「ですが補給等のことはおわかりですね」
「ええ、まあ」
 それはわかっている。だからこそ今回の戦いにおいても色々と必要なものや予算の配分がわかるのである。
「専門分野でしたから」
「そう、専門分野です」
 フェレスが頷く。
「軍隊というものはとりわけそうした専門的な知識や技術が多いですな」
「ええ」
「だからこそどうしても不得意な分野になり易い。そして実戦の経験は特にそうです。実際に戦争がなければ経験も積めませんからな」
「海賊やテロリストを相手にするのとは違いますから」
 ジャネンドラがそれに応えた。
「結局は経験ということですか。それなら向こうの方が遥かに上です」
「それはそうですね」
「しかし」
 だがここでフェレスは顔を引き締めさせた。
「戦争は勝たなければならないし損害も出してはなりません」
「はい」
 そこにいる全ての者がその言葉に頷いた。
「矛盾しますが。どちらかを優先させるとならば損害を出さないようにしたいですね」
「全くです」
「そうした意味でサハラ義勇軍の存在は大きい」
「はい」
「やはり彼等にはそうした意味での先陣を切ってもらいますか」
「彼等がそれを希望する限りはね」
「そういうことですな」
 それをまとめるようにサガモが言った。
「ただ私は少し違う考えです」
「それは」
「彼等の今後です。今彼等は連合にとって多大な貢献を果たしております。それは否定できないでしょう」
「ですね。今戦局が有利なのも彼等のおかげです」
「そう。それは認められるべきです」
 サガモは静かにそう述べた。
「問題はその貢献に対して我々がどう報いるかです。これは戦いの勝敗に関係なく」
「サハラへの帰還をこちらで全てまかなうというのはどうでしょうか」
 それを受けてマックリーフが述べた。
「難民達を祖国へ帰すのですか」
「ええ。当然希望者だけですが。彼等の中にはサハラに帰りたい者も多いでしょうから」
「それはいいですね。ただ一つ問題があります」
「それは」
 マックリーフはグリーニスキーに顔を向けた。
 

 

第九部第三章 進撃その六


「帰還を希望しない者に対してはどうするか、です。それを望まない者も当然いるでしょう」
「確かに」
 それは予想されることであった。皆それに顔を向けた。
「彼等は既に市民権は持っています」
「はい」
「ですが今所属している国にそのまま留まるかどうかはわかりません。難民であるのは事実ですから」
「そうですね。全ては彼等が決めることです」
「そしてそれを我々は表立っては拒めないようですな。功績があるだけに」
「ふむ」
 それを聞いていた李がここで言った。
「一つ考えがあるのですが」
「何でしょうか」
 皆それを聞いて彼に顔を向けた。
「まだ我々には開拓されていない、若しくは開拓が進んでいない星系が多量にありますな」
「ええ、そうですが」
 連合の勢力圏は広い。そこに三兆もの人間がいる。だがそれでもまだ銀河を全て開拓してはいないのだ。銀河はあまりにも広大であり人々がまだ到達してはいない星系も多いのである。そして到達はしていても開拓が為されていない星系も多いのである。
「その中の一つを彼等に譲るというのはどうでしょう」
「新たな国家を築いてもらうということでしょうか」
「そうとられても結構です」
 李はジリノフに対してそう答えた。
「彼等にしても悪い条件ではないですが」
「ふむ」
 それを聞いて各国の首脳達は思案に入った。そしてまずは伊藤が述べた。
「李大統領」
「はい」
「その星系は何処がいいと思われますか」
「何処か、ですか」
「はい。何か候補地として相応しい場所は知っておられるでしょうか」
「それでしたら」
 ここでグリーニスキーが出て来た。だがそれを見たマックリーフ、李、そして伊藤の顔色が少し変わった。それを見た他国の首脳達も眉を動かした。
「ロシアに一つ相応しい星系があるのですが」
「何処ですかな」
 マックリーフと李がそれにすぐに反応した。
「オルシャ星系です」
 グリーニスキーはそう答えた。
「オルシャ星系」
「確か最近貴国の開拓地に指定さえた星系ですな」
「はい」
 彼はそれに頷いた。
「まだ入植も開発も行われてはおりませんがかなり良好な星系です」
「ふむ」
 マックリーフと李はそれを聞いて目を動かした。
「そこならばいいと思うのですがね」
「私はそうは思いませんな」
 だがマックリーフはそれを否定した。
「何故ですかな」
「理由は簡単です。オルシャが彼等には合わないと思うからです」
「ほう」
 それを聞いたグリーニスキーは内心どう思っているかわからないが眉を動かした。
「合わないと。何故なのか私にはわかりません」
「サハラは砂や岩の惑星が多いです」
「それは知っております」
「それです。あの星系は確か緑の多い星系でしたな」
「はい」
 調査によればオルシャは温帯の地域が多く、そして緑も多い。開拓も容易だとの見方が出ているのである。
「素晴らしい場所ですが」
「それは我々の感覚です」
 マックリーフはここでこう述べた。
「彼等がそう思うとは限らないのです」
「妙なことを仰いますな」
 グリーニスキーは今度はやや不快感を表に出してきた。
「まるでロシアが移住先を提示したのが気に入られないようだ」
「まさか」
 根幹を突かれはしたがマックリーフは全く動じてはいなかった。それをあっさりと聞き流した。
「そのようなことは考えておりません」
「ならば宜しいですがな」
「まあ御二人共落ち着かれてはどうですかな」
 李が間に入るふりをしてきた。
「私もオルシャは彼等に合わないと考えております」
「貴方もですか」
 マックリーフはそれを聞いて目の端だけで笑った。
「はい」
 李もそれは同じであった。彼も目の端だけで笑った。
「それでは御二人は何処がよいと考えておられるのですかな」
 グリーニスキーは彼等に尋ねた。
「そうですな」
 二人は互いに目配せをし合いながら話をはじめた。ここでオーストラリア首相エレナ=オーウェルに目をやった。彼は銀色の髪に青灰色の目、そして黒い肌を持つアボリジニーの血の濃い中年の女性であった。姓がアイルランド系なのは彼女の父方の祖父、そして名がスラブ系なのは母方の祖母のせいである。アボリジニーの血が強くとも彼女もかなり混血しているのである。
「オーストラリアに素晴らしい星系があるそうですな」
「はい」
 オーウェルはそれを受けて微笑んだ。オーストラリアは最近アメリカや中国と仲がよく、日本やロシアとは少し距離を置いているのである。それはグリーニスキーもよく知っていた。彼はオーウェルを見て少し不機嫌そうな顔を一瞬だけ見せた。
「パームバレー星系のことですね」
「そうです」
 マックリーフと李は彼女の言葉に頷いた。
「あそこはサハラの多くの星に酷似した気候にありますね」
「はい」
 彼女はそれに応えた。
「それでいて過ごし易いそうですから」
 それを聞いた各国の首脳達がまた動いた。伊藤以外の者が米中豪の三ヶ国の首脳達の方に顔を向けたのだ。しかし伊藤はそれを見てもまだ冷静なままであった。
「面白いジョークですな」
 そしてグリーニスキーはそれを一笑に付した。そしてこう言った。
「要はていのいい彼等の隔離ですな」
「おやおや」
 だがそれを受けてもマックリーフと李は冷静なままであった。これにオーウェルも加わっていた。
「隔離とはまた妙な言葉を使われますね」
「パームバレー星系が何処にあるかは御存知ですな」
「無論です」 
 三人はグリーニスキーの言葉に対して頷いた。
「連合の領土の北東の端ですな。それも開拓地の中でもとりわけ僻地にあります。しかも北東の数十万光年向こうにはかなり高度な知的生命体の勢力があるという話もあります」
「ええ」
「そこに彼等を押し込めたいだけにしか思えないのですよ、それを考えますと」
「確かに今は僻地ですな」
「それは認められますね」
「はい」
 李はグリーニスキーの言葉に対して頷いた。
「ですが僻地なのは今の時点では、です」
 そしてこう言った。
「それに知的生命体にしろ言われているだけで本当にいるかどうかすらわかりませんな」
「それはそうですが」
「我々はあくまで彼等の生活、文化に適合した場所を提示しただけです。閣下もそうは思われませんか」
「むむむ」
 返答に窮した。これで決まったと殆どの者が思った。三人はそれを見て内心ニヤリと笑った。だがここで三人はもう一人いることを忘れていた。
 

 

第九部第三章 進撃その七


「お待ち下さい」
 ここで伊藤が口を開いた。
「伊藤首相」
「御三方の言われることはわかります」
 彼女は静かな声でそう語った。各国の首脳達の目が彼女に集中した。三人はそれを見て流れが変わるのではないか、と思った。そして危惧を覚えた。
(しまったな)
(彼女の存在を忘れていた)
「ですがこれは強制になるのではないでしょうか」
「強制」
「はい」
 伊藤はその言葉に対して頷いた。
「彼等のことは彼等が決めるべきではないでしょうか」
「彼等がですか」
「そうです。彼等は確かに難民です」
 彼女はここであらためて彼等が難民であうrことについて言及した。
「ですが同時に連合の市民権も持っております」
「はい」
「連合においては連合市民である限りその移動は自由な筈です。これは中央憲法においても定められていることであります」
「確かに」
 それは連合憲法第九十七条に明記されていることであった。伊藤は政治学者出身であるが法についても明るいのである。
「それに従いますと彼等の建国先をこちらで勝手に決めるのはよくはありません。今まで新国家の建国は彼等がそれそれまだ誰もいない星系において行われてきましたね」
「ええ」
 その通りであった。連合においては新国家が建国される時はまず発見された星系でどの国も領有を宣言していない星系を指定してそこと中央議会において建国を宣言するのである。それが中央議会、そして各国の首脳の間で認められ建国となるのである。手続きはかなり複雑で根回しも必要な部分があるがそもそもそうしたこともクリアーできなくては国家の運営自体がままならないのである。だが何処に国を置くかどうかは彼等に任されるのである。それが連合のやり方であった。
「今回もそうすべきではないでしょうか」
「今回もですか」
「はい」
 伊藤は頷いた。
「そうした意味で私はグリーニスキー大統領にも御三方にも賛成することはできません」
「ふむ」
 各国の首脳達はそれを聞いて考え込んだ。
「ただ一つ問題があります」
 だがここでサドムが口を開いた。
「何でしょうか」
 伊藤はそれに対して問うた。
「今まで新国家が建国されたのは連合の中においてでした」
「それはわかっていますが」
 それを聞いて中にはサドムが何を言いたいのかわからない者もいた。それは連合にとっては至極当然のことであり最早言うまでもないことであったからだ。
「今回は少し事情が異なります」
「といいますと」
「はい。今までは連合市民が建国しておりましたが今回は少し事情が違います。彼等は難民なのですぞ」
「今までとは違うと仰りたいのですね」
「その通りです。今までは国家経営のノウハウも知っている者が国を興し、そして立ててきたということもありますが」
 ビジョンなくして国家の建国、そして経営はできない。それは企業においてもそうであるしどんな組織においてもそうであった。それは最早常識と言ってもよいことであった。
「果たして彼等にそうしたノウハウを持っているかどうか。それが問題です」
「軍人はおりますがね」
「軍人だけでは国家は経営できませんよ」
「おられますよ」
 だがここで伊藤が言った。
「それは!?」
 首脳達はそれを聞いて一斉に彼女に顔を向けた。
「伊藤総理、それは本当ですか!?」
「はい」
 伊藤は知的な笑みをたたえてその問いに頷いた。
「彼等の中一人建国のリーダーに相応しい方を知っております」
「それは誰なのですか」
「是非教えて下さい」
 彼等は口々にそう言った。そして伊藤に詰め寄らんばかりであった。八条はそれを見て心の中でふと思った。それは一体誰なのだろうと。彼にも心当たりはなかった。だが彼は伊藤がはったりを言うような者ではないことをよく知っていた。彼女が言うからには必ず何かしらの根拠があるのだ。だがその根拠が何か彼はわからないのである。
「宜しければ我々に教えて頂きませんか」
「わかりました」
 伊藤はそれに応えて頷いた。それから言った。
「ハールーン=マーシャル氏です」
「ハールーン=マーシャル氏」
「はい」
 殆どの者はその名を聞いても首を傾げていた。だがマックリーフ、李、そしてグリーニスキーの三人は違っていた。その名を聞いた時三人の目が微かに動いた。
(彼を担ぎ出すか)
(まさかとは思ったが)
 三人はそれぞれ同じことを考えていた。そしてそれを聞きながら伊藤に顔を向けた。
「それは一体誰なのですか」
 オーウェルが伊藤に尋ねていた。それを見て三人はそれぞれ頷いた。彼等自身が尋ねるとこの時は何かと不都合がありそうだからである。よい時に尋ねてくれたと思った。
「かってカリム王国で内務省におられた方です」
「内務省で」
「はい。連合ではあまり知られてはおりませんでしたがカリムにおいては名のある方でした」
「そうだったのですか」 
 だがオーウェルはそれを聞いてもまだ首を傾げていた。彼女もよくは知らない名前であったからだ。そもそもカリムと連合はこれといって深い関係にはなかったのである。連合と関係の深いサハラの国はハサンとその属国達、つまり東方の諸国に集中しているのである。だから北方については知識が乏しいのだ。
「それでその方はカリムの内務省において何をしておられたのですか」
「内務官僚として務めておられました。的確な判断と事務処理で将来を渇望されておりました。しかし」
「カリムが滅亡してしまたと」
「そういうことになります」
 伊藤はここで沈んだ声を出した。カリムもまたエウロパによって滅ぼされた国の一つであったのだ。
「そして彼もまたサハラを出ることとなりました。そして連合に流れてきたのです」
「その方を新国家の指導者に推されるのですね」
「はい」
 伊藤は答えた。
「私はマーシャル氏こそ相応しいと思いますが」
「ふむ」
 首脳達はそれを聞いて考え込んだ。考えると同時に伊藤とマックリーフ、李、グリーニスキーの四人をそれぞれ見た。見れば彼等は互いに表情を消していた。明らかに何か考えていた。
 だがそれは暫くして終わった。まずはグリーニスキーが口を開いた。
「伊藤総理」
「はい」
「そのマーシャル氏ですが」
「御存知でしょうか」
「いえ、残念ながら」
 彼はここであえてとぼけた。知らないふりをすることにしたのだ。これは伊藤へ探りを入れる為であった。八条はそれを見て目を光らせた。
「生憎サハラの北のことは詳しくありませんので」
「そうだったのですか」
 伊藤はそれに頷いたがそれが嘘であることはわかっていた。ロシアは北方各国と関係を深めていた時期があったのである。よく力技のみと言われ器用さに著しく欠ける外交を展開するロシアだが時折そうした細かい外交をできる人物が出て来るのである。だがそれは大抵一代限りであり殆どは力技のみの外交を展開する。尚このグリーニスキーも力を好むことで知られている。
「ですがあえて御聞きしたい。そのマーシャル氏は建国のリーダーに相応しいのでしょうか」
「私はそう見ております」
「そうですか」
「はい」
 伊藤は優雅に笑ってそれに応えた。知的な印象の強い彼女であるが優雅に笑うこともできるのだ。
 

 

第九部第三章 進撃その八


「わかりました。それでは貴女を信じることにしましょう」
「有り難うございます」
 こうしてロシアは日本につくことにした。それを見てマックリーフと李の目の色が少し変わった。首脳達はそれを見て動きがあると見た。これで連合の四大国が完全に二つに分かれたのだ。だが大国はまだある。マックリーフと李はすぐに動いた。
「ロベルト大統領」
 マックリーフはブラジル大統領プラシド=ロベルトに声をかけた。
「何でしょうか」
 黒い髪に瞳、そして低い鼻の白人がそれに応えた。彼の髪や鼻はアジア系のものであった。
「貴方はこれについてどう考えておられるでしょうか」
「私がですか」
「はい」
 マックリーフはそれに頷いた。
「何か御考えがあると思いますが」
「そうですな」
 彼はそれを受けて考えはじめた。ブラジルはロベルトの政権ではアメリカと関係が深いのである。マックリーフはだからこそ彼に声をかけたのである。そしてロベルトはここはマックリーフに応えることにした。恩を売っておくつもりなのだ。
「私はそのマーシャル氏という人物をよく知りませんからな。いきなりここで指導者に相応しいと言われても考えてしまいます」
「そうですか」
「はい」
 それを聞いたマックリーフの顔に笑みが浮かんだ。
「私もそれに同意です。どうもそのマーシャル氏という人物を知らないものでして」
「お知りになりませんか」
「はい」
 伊藤に対しそう答えた。
「残念なことですが」
「そうですか。ですがそれは今の時点では、ですね」
「はい」
 問われたマックリーフの顔色が変わった。
「それが何か」
「閣下はマーシャル氏を御存知ないだけだということを知り安心したのです」
 伊藤はそう答えた。実は彼等がマーシャルを知っているといことは気付いてはいる。
「違いますか」
「いえ」
 マックリーフはそれを否定してみせた。
「これは新たな国家の建設に関わることですので重要なお話だと考えております」
 伊藤はここで言った。
「ですからあらためてお話したいと考えております」
「何をでしょうか」
 皆伊藤の口調が変わったことを察していた。それを受けて話を聞く。
「マーシャル氏を連合中央政府に紹介したいと思います」
「その人物をですか」
「当然です。一国の首脳になられるかも知れない方なのですから」
「確かに」
 李がそれを聞いて呟いた。
「ですがそれは何処ででしょうか」
「中央議会です」
 伊藤はすぐにそれに答えた。
「そこで彼に演説をしてもらいたいと考えているのですが」
「我々の前でもですね」
「はい」
「ならば問題はありませんな」
 グリーニスキーがここでマックリーフや李より先に口を開いた。
「むっ」
 それを受けて二人は顔を一瞬顰めさせた。
「それでいきましょう。議長、それでよろしいでしょうか」
「私はそれで問題ないと考えております」
 サガモはグリーニスキーに対してそう答えた。ザイールは日本との関係がわりかし深いことも関係していた。それを知っているマックリーフ達は内心舌打ちしていた。
「それではこれで決まりです」
 グリーニスキーが議長を代弁するかのようにあえて大きな声で言った。
「この戦いが終わった後マーシャル氏の演説を連合中央議会そして各国の首脳達の前で行う。それで宜しいでしょうか」
「異議なし」
 アメリカ、中国と彼等と関係の深い国以外はそれに賛成した。それだけで過半数はあった。しかしグリーニスキーはそこでまた突っ込んだ。
「閣下」
 彼はマックリーフ達に顔を向けて来た。



「それで宜しいでしょうか」
「はい」
 何とか感情を押し殺してそれに答える。内心では思うところがあってもやはり出すわけにはいかなかったのだ。それは李も同じであった。
「わかりました」
 李も頷いた。彼等が頷けば他の者も頷くしかなかった。こうしてマーシャルの件は満場一致という形で決定した。伊藤はそれを見て優雅に微笑んでいた。
 会議はそれからも続いた。だが先の二つに比べるとそれ程重要なものではなかった。エウロパとの戦いにおける戦局とこれからの流れについての確認等であった。こうして会議は終わり皆その場から離れた。
「総理」
 八条は会議が終わると伊藤に声をかけた。
「何かしら」
「先程のお話についてですが」
 彼はそのマーシャルという男について聞くつもりだった。そして伊藤もそれを察していた。
「ここでは何だから場所を変えましょう」
「はい」
 誰かに聞かれる恐れもある。八条はそれを受けて伊藤と二人でホテルに戻った。それは伊藤が借りていたホテルの一室であった。
「ここで二人でいると不倫と思われても仕方ないわね」
 伊藤はホテルに戻るとそう呟いた。ロイヤルスイートルームであった。
「まさか」
 だが八条はそれを一笑に付した。
「考え過ぎです。そんなことありませんよ」
「確かに君の場合はそうした話がないけれどね」
 伊藤は少し苦笑しながらそう言った。
「けれど普通はそう勘ぐられるから。だからここで話すのも結構危ないことなのだけれどね」
「はい」
「まあいいわ。ここには主人もいるし」
「御主人もですか」
「そうよ。丁度学会があってね」
 伊藤は夫のことについても話をした。
「それで一緒のホテルに泊まってるのよ。おかげでここは自費よ」
「それはまた」
「本当はお金がかかるからロイヤルスイートは避けたかったのだけれど。ほら、私も一国の首相でしょ」
「はい」
「体裁ってものがあってね。ここにするしかなかったのよ」
「それはわかります」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「私もそうしたことがありますから」
「あら、けれど八条君はいつも結構なホテルにいるのじゃないの」
「まあそれはそうですが」
 裕福な育ちなのでそれは当然であった。伊藤のような学者出身とは違っていたのである。 

 

第九部第三章 進撃その九


「まあそれはいいわ。結局このホテルのホテル代でかなりの出費なのよね」
「どれ位ですか」
「首相としてお給料の半月分位かしら。痛いわよ」
「はあ」
「選挙資金なんかは本の印税でどうにかなるのだけれど。これはね、どうにも」
「大変なのですね、総理も」
「お金に困ってない政治家なんてそうそういないわよ」
 伊藤は少し厳しい声でそう語った。
「それは私の本にも書いていたわね」
「ええ」
 伊藤の著作は実に多い。彼女は現実主義の学者でありその主張も現実に沿ったものである。彼女は著作の中で政治にどれだけの金が必要なのかを書いているのである。政治家はふんぞりかえっているだけでは政治家になれないのである。まず当選しなければならない。その際の宣伝費用や活動資金、そしてスタッフへの給与等もある。中には破産しかねないような窮状の政治家もいたりする。汚職をする政治家も当然いるが発覚すれば罰せられるのは言うまでもない。資金の調達も政治家の力量の一つなのはよいか悪いかは別にしてこの時代においても変わらないのである。
「確か『民主政治の現実』でしたね」
「そうよ」
 伊藤は頷いた。
「あれを書いた時は本当に資金繰りに困っていてね」
「はい」
「それも踏まえて書いたのよ。あれで数冊分の印税が消えたわ」
「大変だったのですね」
「さっきのアメリカや中国のやりとりでもそうだたけれど政治は奇麗事では済まないところもあるしね」
「はい」
 八条もそれを知らないわけではない。中央政府国防長官として色々とあった。とりわけ人事においては様々な圧力や工作も経験しているのである。
「結局政治も人間が行うものだから。人間にそうした部分があると言えばそれまでだけれどね」
「人間ですか」
「そうよ。例えば今回の戦争にしろそうだけれど」
「今の戦争に何か」
「バチカン経由のスパイからだったわよね、発端は」
「はい」
「宗教にしろドロドロとしたものはあるわね」
「とりわけあの教会はそうですね」
「わかってるわね」
 伊藤は八条のその言葉を聞いて嬉しそうに笑った。
 ローマ=カトリック教会程陰惨かつ凄惨な裏の歴史を持つ存在もない。よく完全に潔白な人間なぞいないと言われるがそれはこの教会においてはとりわけそうであった。この教会は長い歴史と揺るぎない権勢を誇っているだけあってその裏では多くの闇を持っているのである。
 教皇になるには今でもそうであるがかなりの陰謀と流血がある。枢機卿同士での殺し合いや陥れ合いもあった。あの赤い法衣は血の色でもあるのだ。
 お世辞にも正しい信仰を持っているとは言えない教皇も多かった。ルネサンスの時代に君臨したアレクサンドル六世もシスマの原因となったボニファティウス八世にしろそうである。彼等は教皇である以前に政治家であったのだ。宗教家と政治家は両立するものである。少なくとも人類の歴史においては長い間、そして今もそうであった。教皇は完全に政治とは離れられない存在なのだ。何故なら教会の影響力はきわめて大きいものだからである。
「教皇は絡んでいないにしろ枢機卿が絡んでいたからね」
「しかしあれは予想通りでした」
 八条は冷静にそう答えた。
「あの枢機卿は昔から何かと言われていましたから」
「そうね」
 伊藤はそれに頷いた。
「教会は資金には困らないけれどね。思うところもあるのでしょう」
「知らないふしをするのもあそこはよくやってきていますが」
「それはこちらもよ」
 それにはこう答えた。
「だってそれも政治でしょ」
「否定はできませんね」
 八条はそれを肯定した。彼もそうすることがあるからだ。
「所謂隠し球というやつですね」
「そうよ。まあ野球ではあまり褒められた方法じゃないかも知れないけれど」
「あれは騙される方が悪いですよ」
「あら、そうかしら」
 伊藤はそれを聞いてまた笑った。
「人によってはやると嫌われるわよね」
「彼はね」
 ここで八条は口を苦くさせた。
「他にも色々やってくれていますから。所詮小手先だけの三流のプレーヤーですよ」
「確かに彼は三流ね」
 伊藤はそれを認めた。
「けれどそんな選手がレギュラーだということは否定できないわよ」
「あれは監督が悪いのですよ」
 彼はなおも言う。
「選手時代はどれだけ素晴らしい活躍をしたか知りませんが監督としては無能もいいところです」
 彼はタイタンズのことを言っているのである。タイタンズとは連合のプロ野球チームの一つである。かっては人気チームであったが様々なスキャンダルとオーナー会社の悪事により今では連合でも最もアンチの多い球団となっている。
「ブリックス監督が嫌いみたいね」
「はい」 
 それを認めた。
「そしてリョンも。足が遅くて守備範囲が狭い、チームプレイをしないショートなんていりませんよ」
「それは一理あるわね」
 伊藤も野球を観ないわけではない。だが彼女はどちらかというとラグビーやバスケットの方が好きなのである。これもプロリーグが存在する。
「あそこのオーナーも嫌いですしね」
「だからといってアンケートの嫌いな人の項目に堂々と書くのは褒められたものじゃないわよ」
「あれは学生の頃の話ですよ」
 八条はその話を出されると困った顔をした。
 

 

第九部第三章 進撃その十


「まさかテレビでそれが出るとは思いませんでした」
「テレビはそうしたものよ」
 伊藤は笑いながら言った。
「面白い話があれば飛びつくものなの。マスコミ自体がそうだけれどね」
「はあ」
 彼自身もそれでインタヴューを受けて返答に窮したのである。いきなり話を出されて最初はえらく戸惑ったのである。その映像を見て彼はその日はずっと憮然とした顔だったという。
「イメージは落ちてはいないわよ」
「あれで落ちるものでしょうか」
「場合によってはね。けれど笑い話で済んだからいいじゃない」
「ですね。これも政治家としては名が売れたということでしょうか」
「そう思えば安い宣伝だったでしょう」
「はい」
「政治家は結局名前が第一なのよ。まず人に知ってもらわないと駄目」
「ですね」
「それからお金。政策やビジョンも大事だけれどそれは名前と同時に知ってもらわなくてはなわないから。名前と政策は同じものなのよ」
「それは本当によくわかりました」
 彼は頷いてそう答えた。
「ただ君は地盤があるからね」
「はい」
 彼は裕福な家の出であり日本では名が知れていた。それが政治家となるのに大きかったのである。
「それは幸運だったわね」
「有り難うございます」
「それからは君の能力と努力の賜物だったけれど。育てた介があったわ」
「育てた介、ですか」
「他に何て言えばいいかしら」
「そう言われますと」
「ただ、一つ気になることがあるのだけれど」
「何でしょうか」
 ここで伊藤の目の色が少し変わった。八条はそれを見逃さなかった。
「そろそろ結婚したらどうかしら」
「結婚、ですか」
「ええ。まだ一人で暮らしているそうね」
「はい」
 彼は地球にある官邸で暮らしている。気ままな一人暮らしを楽しんでいると言えばそうなる。
「もういい年頃だと思うけれど。それに前に言ったわよね」
「政治家はよい家族を持つことが大事、ですね」
「ええ。まあどんな人にも言えることだけど」
 彼女の声が考えるものとなった。
「わかるでしょ。家庭がどれだけ大事かは」
「はあ」
 実際に家庭を持ってはいないせいかそれはあまりよくわからなかった。八条の父はいつも帰りが遅く母も華道の家元をしておりいつも女の弟子達に囲まれていた。そのせいか父にも母にも同性愛者の噂があったがそれはあくまで噂であった。八条の下にも弟や妹が何人もいるのである。会社はすぐ下の弟が継ぎ、華道の方は一番上の妹が継ぐことになっている。彼は弟が二人、妹が三人いるのである。家族の仲は決して悪くはない。だが家も広かったせいかあまり顔を会わせた記憶はない。よく使用人や執事と話をしていた記憶がある。
 今は一人暮らしであるから余計にそうである。彼はまだ家庭というものがどんなものか実感していないのである。これは無理もないことであった。
「中央政府の閣僚では君と金内相だけだったわね、独身なのは」
「はい」
「内相もそろそろいい年頃だと思うのだけれど」
「金内相は色々と考えておられるようですが」
「そうなの」
 伊藤はそれを聞いて意外といった顔をした。
「あれで料理や家事もお得意だとか」
「本当に意外ね」
「ただ」
 しかしここで八条はバツの悪い顔をした。
「ただ・・・・・・どうしたの?」
「料理の方の味付けが」
「辛いとか?」
 韓国料理といえば唐辛子をふんだんに使うことで有名である。連合においては韓国料理といえばかなりの辛さであることで有名なのである。
「いえ、その逆です」
「甘いということ?」
「はい」
 八条は答えた。
「一度内相にご馳走して頂いたのですが」
「あら、それは光栄ね」
 伊藤はそれを聞いて面白そうに笑った。
「女性の手料理をご馳走して頂けるなんて。よかったじゃない」
「それはそうですが」
「そこで味わったのね」
「そういうことです」
 彼はそう答えた。
「蜂蜜や砂糖をこれでもかという程使っておりまして。しかも最後のデザートが」
「異様に甘かったとか?」
「それもありますが量も。それまでの料理と同じだけ出て来るのですよ」
「聞いているだけで糖尿病になりそうね」
「食べている時にそう思いました。フルーツも山盛りでしたし」
「けれど内相は太ってはおられないし特に病気だとも聞いてはいないわよ」
「体質なのでしょうね」
 八条は言った。
「体質」
「はい。太らない体質なのでしょう。そして糖尿病にもなりにくい、と」
「羨ましい体質ね」
「そうでなければとても説明できません。普段から内相のお菓子好きは知っていましたが」
「お菓子だけではないかも知れないわよ」
「といいますと?」
 それを聞いてキョトンとした顔になった。
「わからないかしら」
「何がでしょうか」
「じゃあいいわ」
 伊藤はそれを聞いて話を止めた。
「わからないなら」
「はあ」
 やはり伊藤が何を言いたいのかよくわからなかった。伊藤はそんな彼に対して話を続けた。
 

 

第九部第三章 進撃その十一


「エウロパとの戦いは順調みたいね」
「ええ、それは」
 八条は明るい顔でそれに答えた。
「先程会議の場でお話した通りです」
「それならいいわ」
 伊藤はそれを聞いて笑みを作った。
「第一の攻撃目標はオリンポスね」
「はい」
 八条は頷いた。
「それも会議でお話した通りです」
「ただ戦線はエウロパの北から南まで、そして上から下まで広げているわね」
「戦線に穴を作らない為です」
 彼はそう答えた。
「そこから戦線に乱れが生じると危険ですので。サハラ義勇軍を先陣に少しずつ進撃させております」
「それでいいと思うわ。けれど地の利は向こうにあるということを忘れないでね」
「はい」
 彼はまた頷いた。
「それはわかっているつもりです」
「ならいいわ。ただ南方のあの要塞には気をつけてね」
「モントローズ要塞ですね。勿論です」
 モントローズ要塞とはエウロパ本土と総督府を結ぶモントローズ星系にある要塞である。サハラ北方侵攻の足掛かりになった場所だけでなく今も中継地として重要な場所となっている。エウロパの重要な軍事拠点の一つであるのだ。
「あの星系へは精鋭を向かわせております」
「義勇軍の中でもとりわけ精強な部隊のようね」
「はい。彼等ならやってくれるでしょう」
 八条は自身に満ちた声でそう言った。
「言い換えるならばやってもらわねば困ります」
「期待しているようね、彼等に」
「そうでなければ向けませんよ。ただ気になることがあります」
「何かしら」
「エウロパ総督府軍のことですね。彼等がどう動くか、です。今のところは総督府に駐留しているようですが」
「エウロパにとって貴重な戦力であることは事実ね」
「はい。彼等の行動が今後の戦局に大きく左右します。動いた時の事を考えておかなければ」
「ティムールはどうなのかしら」
「ティムールですか」
「ええ」
 伊藤は答えた。
「彼等の動きはまだ何も見られません。用意はしているようですが」
「そう、やっぱりね」
「やっぱり」
「そうよ。あのシャイターン主席だけれど私はあまり信用しない方がいいと思うわ」
「それは何故でしょうか」
「彼の今までの行動を見ているとね。確かに優れた政治家であり軍人であると思うけれど」
「それだけではない、と」
「そうよ。彼は天性のマキャベリストよ。目的の為ならば手段を選ばない」
「歴史では時折見られるタイプですね」
「ただ、彼の違う点はそれを正当化できることかしら。アッラーの名の下に」
「アッラーの名の下に」
「そう。嘉美が後ろにいるとね。強いわよ」
「あまりよくはわかりませんが」
 八条はそれを聞いて首を傾げた。
「そういうものでしょうか」
「君は確か仏教と神道を信仰していたわね」
「はい、それと天理教です」
「けれどイスラムのことは知っているでしょう」
「連合でのイスラムとサハラでのイスラムはかなり違うということは知っております」
「だったら話が早いわ。いい?」
「はい」
 連合のイスラムはかなり寛容なものである。一応豚肉や鱗のない魚、酒はご法度ということになっており軍においても分けられているが実際にはユダヤ教徒の方がそれに対して厳格であったりする。連合のイスラム教徒はアッラーに謝罪をしたならば食べたりもする。当然厳格な考えの持ち主もおりそうした者は口には入れないが多くは食べていたりするのである。連合は比較的そうした戒律には寛容な考えなのである。
 だがサハラでは豚肉も鱗のない魚も食べられない。酒は飲めるがそれだけである。そもそも砂漠において発展し、傷み易いという理由から遠ざけていたのであるから砂の多いサハラ各国においてはそれも当然であった。
「彼等は強烈な運命論者でもあるの」
「全てはアッラーが定めたこと」
「そう。だからシャイターン主席の行動も全てアッラーが定めたことなのよ」
「都合がよいと言えば都合がよいですね」
「確かにそうだけれどね。けれど自己を正当化するには都合がいいわね」
「ですね。ただ彼はそれでもかなりアッラーへの信仰は篤いように思えます」
「どうしてそう言えるのかしら」
「いえ、条約締結の時ですけれどね」
 八条は言った。
「話を聞くところによると礼拝を欠かさないそうです。そして常にコーランを側に置き読んでいるとか」
「連合ではあまりいないタイプね」
「ええ。だからこそ余計そう見えたのかも知れませんが」
「サハラの信仰心の篤さは今更ではないけれど。けれどそれでも印象的ね」
「はい。彼の実家のこともあるでしょうが。それでも意外と言えば意外ですね」
「人間はそうしたところもあるけれど」
 伊藤は考えていた。
「けれど彼の考えを読んでいくうえで重要になるかもね、これから」
「はい」
「さしあたっては今回の戦争にどう動くか、ね。問題はそこよ」
「ええ。信用はできませんがね」
 二人は話を終えると分かれた。そして八条は自分のホテルに戻った。そこでは木口が待っていた。
「お帰りなさい」
「待っていたかな」
「いえ、そうでもありません」
「そうかな。予定より三時間も遅れてしまっているのに」
「何、その間こちらも楽しませてもらいましたから」
 見ればテレビにゲーム機がついている。彼はテレビゲームを趣味としているのだ。
「かなり進みましたよ」
「今は何のゲームをしているんだい?」
「ロールプレイニングですね。宇宙を舞台にした」
「宇宙を」
 それを聞いて首を傾げた。普通ロールプレイニングといえば架空のヨーロッパやそうした世界を舞台とするからである。連合においてはそれぞれの国を舞台とした作品が多い。日本を舞台にしたものも西部を舞台にしたものも唐を舞台にしたものもある。中には核戦争後の世界を舞台とした荒涼としたゲームも存在する。
「またえらく変わっているな」
「そうでしょう、未来の連合を舞台にしたものです」
「未来の?」
「はい。千年後のです。宇宙人との戦いですよ」
「面白いかい、それ」
「ええ。一度やると病みつきになりますよ。シリーズで八作目まで出ていますし」
「九部作とかそういったものになりそうだね」
「ええ、この前九部の発売が決定しました。ただそれで完結ではないようですが」
「そうだろうね」
 八条はそれを聞いて納得した。
「ゲームは売れるだけ続くからね。売れるとなれば何時までも続編が出るものさ」
「クールですね」
「それなりにゲームも好きだからね。ネットのゲームもやるよ」
「そうなのですか」
「ああ。けれどね」
 八条の顔が少し曇った。
「ネットのゲームはね。マナーの悪い人がちらほらしているのが」
「それは仕方ありませんよ」
「わかってはいるけれど。この前やっていたら闇討ちを受けたよ。宝物を取る為にね」
「まるで夜盗ですね」
「ああ。それも十人、二十人で。あれには参ったよ」
「それがネットゲームの醍醐味でもありますけれどね。何が起こるかわからない」
「だから私はテレビゲームの方がいいね。最近はそればかりしているよ」
「長官はどんなゲームがお好きですか」
「そうだな」
 問われて暫し考えてから口を開いた。
「スポーツのゲームはよくやるね」
「成程」
「野球にしろサッカーにしろアメフトにしろ。それも育成ゲームが多いかな」
「面白いですか?」
「面白いよ。自分が育てた選手が活躍するんだ。見ていて飽きないよ」
「一度やってみようかな」
「やってみたらいいよ。何かと仕事の参考にもなるだろうし」
「仕事の、ですか」
「そうだね。それで今の仕事にも役立てているし。ゲームも色々と使えるものだね」
「確かに」
「けれどもう闇討ちには遭いたくはないな」
「ははは」
 二人はそうした話をしながら今度は野球ゲームをはじめた。対戦であり互いにチームを選んではじめた。
「野球はやはり攻撃と守備だね。特に守備のいいチームが勝つ」
「いやいや、戦術を駆使して勝つのが面白いんですよ」
 そう話をしながらゲームを続けた。ほんの一時の息抜きの時間であった。 

 

第九部第四章 婚礼その一


                婚礼
 連合とエウロパの戦いがはじまって二月が経過しようとしていた。その間連合の進撃は止まらずエウロパの星系を次々と掌握していった。数において劣るエウロパは押され撤退を続けていた。そしてジリジリと西へと退いていっていた。
 こうした状況を打開しようとあらゆる手段が講じられた。だがそれはどれも有効なものとはならずエウロパ軍は敗退を続けていた。そして損害ばかりが増えていたのである。
「参ったことになったな」
 ラフネールは自分の執務室にかけてあるエウロパの三次元地図を見てそう呟いた。
「また一つ星系が陥落してしまった」
「はい」
 彼の前に立つモンサルヴァートがそれに対して頷いた。
「由々しき事態なのは承知しております」
「それは私もだ」
 ラフネールは苦い声でそう言葉を出した。
「やはり物量の差は如何ともし難いか」
「それだけではありません」
「というと」
 モンサルヴァートの言葉に顔を向けさせた。
「兵器の質がこちらと比較してかなりの違いがありまして」
「技術はそれ程差はない筈だが」
「おそらく下地となる国力の差が出ているのでしょう。我が軍の兵器と比較しまして攻撃力、防御力がまるで違います」
「どれだけ違うのだ」
「敵の駆逐艦や護衛艦が我が軍の軽巡程だと言えばお解りになるでしょうか」
「そんなに違うのか」
「はい。陸上兵器もかなりの武装と防御力を持っております。その為一隻一隻、一両一両の撃破が困難な状況です。それが我が軍と比して圧倒的な差でやって来るのです」
「速度等はどうかね」
「それは我が軍の方が勝っております。ですが電子や哨戒においても大きく差がありまして」
「そこまでくると話にもならないな。どうやら連合の力は我々が思っていた以上だったようだ」
「残念ながら」
「それにあの巨大戦艦もいる。相当な力を持っているようだな」
「はい。先日のことですが」
「何かあったのか」
「先日補給の為に後方に退いていたあの巨大戦艦一隻をこちらの一個艦隊で急襲したのですが」
「その話詳しく聞かせてくれ」
「わかりました」
 彼はそれを受けて話をはじめた。それはこうしたものであった。
 連合軍の攻撃が続く中一隻のティアマト級巨大戦艦が後方に退いた。それは補給を受ける為であるその艦はその補給基地のある惑星へと向かった。その途中でそれを察知したエウロパ軍の一個艦隊が急襲を仕掛けたのである。
 その数およそ一万隻。対するは巨大戦艦とはいえ僅か一隻である。誰もがこれならば容易に沈めることができると思った。思っただけであった。
 一隻だけしかいないのを見たエウロパ軍の司令官はすぐに攻撃を命令した。すぐに一万隻の艦艇が巨大戦艦を包囲しようとした。しかしここでその巨大戦艦が動いたのであった。
 この艦の名をダーザといった。ケルト神話に出て来る神の名である。ケルトにおける神々の父とも言われる好色でありながら強力をも併せ持つ魅力な神である。オートミールを愛し様々な神の道具を持つ。この神が持つオートミールを出す釜がキリスト教、とりわけアーサー王等の騎士物語やワーグナーの楽劇に出る聖杯のもととなったと言われている。そのダーザの巨砲がまず火を噴いた。
 それによりまず一千隻近くの艦艇が破壊された。そして主砲の一斉射撃によりさらにダメージを受けた。それでもエウロパ軍の艦艇は進んできたがそれはブレスのミサイルと副砲により阻まれてしまった。そしてさらに近付くと艦載機の攻撃を受けた。一万隻の艦艇が一隻の戦艦により動きを阻まれてしまったのだ。
 そこに連合軍の援軍が来た。それを受けてエウロパ軍はやむなく撤退を開始した。巨大戦艦一隻で一個艦隊を退けたのであった。このことは連合においては広く宣伝されていた。
「ティアマト級巨大戦艦は一個艦隊に匹敵するとさえ言われているそうです」
「成程な」
 ラフネールは話を聞き終えて頷いた。
「いい宣伝になっているな、向こうにとっては」
「はい」
 モンサルヴァートは頷いた。
「結局その戦艦には傷一つつけることはできませんでしたから。今まであの艦の戦闘力は知っていたつもりでしたが」
「それでもやられたのか」
「そういうことになります。単なる局地戦では済まない衝撃を我が軍に与えております」
「しかし不沈戦艦なぞこの世には存在し得ない」
「はい」
「必ず沈める方法がある筈だが。一隻でも沈めることができればいいのだがな」
「あの艦の巨砲はコロニーレーザー以上の射程を持っておりまして。それによりコロニーレーザーも破壊されてしまっております」
「それはまた厄介だな」
「はい。我々もそれに頭を悩ましております。あの艦は完全に連合軍の象徴として存在しております」
「強力な連合軍のな、彼等にとってはよいことだ」
「ですね。しかし我々にとっては」
「言うまでもない。一隻でも沈められれば我が軍の意識も変わるだろうがな」
「今では彼等はあの巨大戦艦を先頭に軍を進めてきております。我が軍は退くことはありませんが」
「劣勢なのだな」
「否定しません。その通りです」
「わかった。それで今彼等は今北ではヴァルハラ、中央ではブレシア、そして南ではモントローズ要塞に迫ってきているな」
「はい。とりわけモントローズ要塞への進撃が迅速であります」
 地図を見ながら問うラフネールに対しそう答えた。
「その先頭にはやはりサハラ義勇軍がおります」
「全ては彼等が先陣か」
「そうです。彼等は正規軍と比べてもかなりの強さです。まあ連合軍正規軍は今のところ彼等に露払いを任せておりましてそれ程前線には出ては来ないのですが」
「だろうな。私でもそうする」
 ラフネールはそれを聞いて呟いた。
 

 

第九部第四章 婚礼その二


「卿もそうだろう」
「実際にはそうせざるを得ないと思います、連合軍というものを考えますと」
 彼は問いに対してそう答えた。
「連合軍は完全志願制です。これが大きいです」
「うむ」
 ラフネールはそれを聞いて頷いた。
「しかも我々とは違い貴族制ではありません。高貴なる者の義務もなく彼等にとって軍とは職業の一種に過ぎません」
「つまり危険が多ければ志願者が減るということになるな」
「ですね。それを考えると正規軍の損害をあまり出さない作戦を立てるのは当然だと思います。あの連合中央政府国防長官の八条という人物ですが」
「彼がどうかしたのか」
「かなりの戦略家であるようです。そして連合軍というものを完全に把握しております」
「だからこそ義勇軍を前面に出しているのか」
「そういうことになります。彼自身があまり好まない方法だとしても軍としてはそうせざるを得ないのです」
「ふむ」
 ラフネールはそれを聞いて考え込んだ。深く果てしない考えであった。
「それで義勇軍の将兵の損害ばかりが多いのか」
「でしょうね」
 モンサルヴァートも答えた。
「前線に出て、最初に攻撃を仕掛けるのですから。しかし戦死者は少ないようです」
「それだけ彼等の艦艇の防御力、生存力が高いということだな」
「はい、実際に一隻撃沈するのにもかなり苦労しております。あれだけしぶとい艦は見たことがありません」
「わかった。そして今彼等の攻撃はさらに強まっているのだな」
「先程申し上げた三つの星系を中心に」
「それが破られたなら脅威だな。特にモントローズ要塞だが」
「はい」
「あそこだけは渡すわけにはいかない。それはわかっているな」
「勿論です。あそこを奪われたなら総督府の運命が決まってしまいます」
「そうだ。総督府は我等にとって生命線だ。あそこがなくなれば我等はより困難な状況に追い込まれてしまう」
「それだけは避けねばなりませんが。しかし」
「しかし・・・・・・。何だ」
「最悪の事態も考えておかなければならないでしょう」
 モンサルヴァートは暗い顔でそう言った。
「最悪の事態、か」
「はい。総督府と本土、どちらをとるかも考慮すべきかと思います」
「辛いな」
 ラフネールはそれを聞いて一言そう漏らした。苦しむような声であった。
「お気持ちはわかります。ですが」
「わかっている」
 彼はそう答えた。
「当然そうなったならば本土を優先させる。しかしその為にもモントローズを彼等に渡してはならない。ところでティムール
の方はどうなっているか」
「今のところ動きはないようです。ただ気になることがあります」
「何だ」
「あの国に潜入させている情報部員が次々と行方を絶っているのです」
「それは本当か」
「残念ながら」
 モンサルヴァートは答えた。
「それを考えますと何か考えがあるようですが」
「あのシャイターンという男のことは私も知っている」
「はい」
「今は静かでもおそらく待っている筈だ。動く時をな」
「その時総督府をどうするか、ですね」
「市民達のこともある。決断は早いうちにした方がいいだろうな」
 モンサルヴァートはそれには答えなかった。彼も総督府にいた。だからこそあの地のことはよく知っているのである。
 総督府には二百億のエウロパの市民がいる。彼等は皆本土から移住した者である。人口増加を受けて移住したのであるがその彼等の安全を保障するのも軍人の務めであった。軍人、そして騎士の職務はまず武器を持たぬ者を守ること、彼等はこうした騎士道の基本もわきまえていた。そうした意味で軍人、そして騎士としては高潔であった。残念だがそれは勝利には直結はしないが。人格の良し悪しは軍人としての評価には関係しても勝利には直結しないのである。時として人間としては劣悪極まる輩が名将となることもあるのである。
「今は総督府には二十個艦隊が駐留しております」
 モンサルヴァートは言った。
「そしてマールボロ総督とタンホイザー上級大将がいます。そう簡単に彼等が敗れることはないと思いますが」
 ここではラフネールを安心させる為にそう言った。内心では最悪の事態も考えていた。
「彼等を信頼すべきか」
「私はそう思います」
「ふむ」
 ラフネールはそれを受けて考え込んだ。
「だが決断は早い方がいいな」
「はい」
「今この時期に二十個艦隊は貴重な戦力だ」
 彼は総督府を見ていた。
「だがそれを引き抜くとなるとティムールはすぐに動くだろうな」
「火を見るより明らかです」
「そうだな。だがその二十個艦隊を動かさないばかりに本土がなくなってしまえば本末転倒だ。それでは何の意味もない。違うだろうか」
「いえ」
「そうだな。では結論は出ている」
 ラフネールはここでこう言った。
「撤退だ。だが市民達も総督府から避難させる。それでよいな」
「致し方ありません」
 モンサルヴァートもそう答えるしかなかった。
「ですが問題があります」
「市民達の安全の確保か」
「はい。シャイターンは市民に危害を及ぼすようなことはありませんが」
「連合軍はわからないな」
「今のところ彼等は占領地においては比較的穏やかな態度ではあります。ですが」
「これからもそうだとは限らないな」
「八条という男は市民に害を及ぼすような男ではないようですが」
「末端の将兵になるとわからないな。ましてや彼等の先陣である義勇軍は我々を深く恨んでいる」
「はい」
「それが問題だ。二百億の市民達の安全をどう確保すえるかだ」
「モントローズには私が向かおうかと考えているのですが」
「卿がか」
「はい」
 モンサルヴァートは答えた。
「シュヴァルツブルグ閣下はブレシアに向かわれるおつもりです」
「今はその二つを優先させるか」
「ヴァルハラは一時放棄しても止むを得ないと考えますが」
「ううむ」
「閣下、どう考えられますか」
「今我が軍の艦隊はどれ位か」
「四百五十程です。やはりニーベルングでの損害が大きいです」
 全艦隊のおよそ一割を失ったということである。これは緒戦においてはかなり大きなダメージであると言えた。
「そうか。それでもそれだけいるか」
「はい。対する連合は正規軍二千個艦隊は健在です。ほぼ無傷に等しい状況です」
「そしてサハラ義勇軍の損害もそれ程ではなかったな。特にあの巨大戦艦は一隻も沈められてはいない」
「残念ながら」
「ここまで絶望的な戦いはないな。かっての独ソ戦の初期のソ連軍のようだ」
「閣下、それは違います」
 だがここでモンサルヴァートはラフネールに対してそう言った。
「どう違うのだ」
「我等にはソ連軍のような支援する勢力も国力もありません。今の連合にはありますが」
 マウリアのことであるのは言うまでもなかった。彼等も連合とマウリアの関係は知っていた。だがここで認識違いがあった。マウリアは同盟国ではあったが何処までも独自勢力である。これが後にこの戦争に大いに影響することをこの時は誰も知らなかった。
「さらにハンデがついたか。何処までも絶望的だな」
「それでも勝たなければなりません」
「勝てると思うか」
「はい」
 強い声でそれに応えた。
「エウロパの為に。違うでしょうか」
「どうやらエウロパは卿等そこ誇りに思わなければならないようだな」
 ラフネールは微笑んだ。
「それではモントローズと二百億の市民は卿に委ねよう。よいか」
「ハッ」
 敬礼してそれに応える。
「そしてブレシアはシュヴァルツブルグ元帥に任せる。私が行くことができないのが残念だが」
「閣下はこのオリンポスをお願いします」
「オリンポスをか」
「はい。最悪の場合ここも戦場となるでしょう。ですがその際は一歩も退かれないで頂きたいのです」
「首都と共に死んでくれということだな」
「いえ、それは」
「構わない。最初からそのつもりだ」
 彼は笑ってそう語った。
「総統になった時、いや議員になった時からその覚悟はできている。存亡の時にはこのオリンポスを最後まで守ろうとな。そしてそれが適わない時はヴァルハラに潔く行く。私は軍人ではないがな」
 ヴァルハラは戦と嵐の神ヴォータンの宮殿である。この城には戦場において勇敢に戦い、そして勇敢な戦士として死んだ者しか行くことができないとされている。戦士達はそこで最後の戦いラグナロク、即ち神々の黄昏に備えてまた武器を手にし、永遠とも思える長い時間を戦い続けるのである。それが彼等のとっての真の幸福なのである。かって冬と雪、そして氷が支配していた北欧ならではの過酷な、そして尚武の考えであった。

 

 

第九部第四章 婚礼その三


「閣下」
 モンサルヴァートはラフネールに対して言った。
「ヴァルハラへは軍人だけが行くものではありません」
「そうだったのか」
「戦い、名誉の戦死を遂げた者ならば誰でも行くことができるのです。例え軍服を着ていなくとも」
「それでは私でもいいのだな」
「はい。ですからそれは御安心下さい」
「わかった」
 彼はまた微笑んだ。
「それでは安心して戦おう。ピストル位しか扱えないがな」
「それで充分です。あとは心だけです」
「心か。戦う心だな」
「ええ」
「卿等にはその戦う心を期待するぞ。よいな」
「お任せ下さい。そして連合軍を必ずやエウロパの領土から退けてみせます」
「うむ、頼むぞ」
「ハッ」
 モンサルヴァートはまた敬礼した。そして総統の執務室を後にした。そしてその足で統帥本部へと戻った。そこには提督達とプロコフィエフ達が待っていた。
「もう皆揃っていたか」
「はい」
 プロコフィエフが一同を代表して彼に答える。
「ヴァルハラへの進軍の準備は整っております」
「生憎それは違う」
 モンサルヴァートはプロコフィエフに対して言った。
「違いますか」
「そうだ。我々は勝利の為に進軍する。そして」
 言葉を続ける。
「勝利を収めるのだ。いいな」
「わかりました」
 プロコフィエフはそれに頷いた。
「そうでなければ我々は今ここで全員閣下の下を去っていたでしょう」
「私を試したのだな」
「いえ」 
 しかしその言葉には首を横に振った。
「閣下がそう仰ることはもうわかっておりました。それを確かめたかったのです」
「そうだったのか。ではわかっているな」
「無論です」
 今度はゴドゥノフが答えた。
「閣下、行く先はどちらでしょうか」
「モントローズだ」
 一言そう答えた。
「そして二百億の市民を救う。いいな」
「ハッ」
 皆一斉に敬礼した。
「既に全艦出撃態勢に入っております」
「もうか」
「我々も今エウロパがどういった状況にあるのか知っているつもりですので」
「有り難いな」
 モンサルヴァートの頬が緩んだ。
「どうやらエウロパは優れた人材に恵まれているようだ」
「勿体ない御言葉。ですが今は」
「そうだな。話している時間はない。では行くぞ。そしてモントローズを死守する。よいな」
「ハッ!」
 こうしてモンサルヴァートはモントローズ要塞に向かった。その兵は三十個艦隊、それが星の大海を渡り戦場に赴くのであった。

 連合とエウロパの戦いは激しさをさらに増していった。だがその間サハラは平穏な状態に置かれていた。今までは最も戦火の多い地域であったのが今では逆となっていた。だがそれでも歴史の針は動いていた。この時サハラにおいては極めて重要な出来事が二つ起ころうとしていたのである。そのどちらにも深く関わっている人物がいた。その者は今オムダーマンの首都アスランに豪奢な礼服を着て立っていた。その者こそメフメット=シャイターンその者であった。彼は今妹であるマルヤムの婚礼の儀に立ち会っていたのである。彼は今宿泊先のホテルで一人たたずんでいるのであった。
「兄上」
 そんなシャイターンに次弟であるフラームが声をかけてきた。彼は僧侶の服を着ている。法皇だけあって彼もかなり豪奢な服を身に纏っていた。
「いよいよですね」
「ああ」
 シャイターンは弟に顔を向けて頷いた。
「だがこれは我々の布石の一つに過ぎないのはわかっているな」
「はい」
 フラームはそれに対して頷いた。
「勿論です。そしてマルヤムは我等にとってはクイーン」
「御前はビショップといったところか」
「ではアブーはナイトですかな、ははは」
「御前もチェスというものがわかってきたようだな。昔はいつも私に負けていたが」
「私はああした戦事は苦手なものでして」
 彼は笑って兄にそう答えた。
「ですからこの道に入ったのです」
「どうやらそれは正解だったようだな」
「そうですね。最初はこの服は好きではなかったのですが」
「その割には上手く着こなしているな」
「慣れというものです」
 微笑んでそう答えた。
「私もひとかどの聖職者になったということでしょう」
「聖職者、か」
 だがシャイターンはその言葉を聞いて笑った。
「どちらかというと法皇という名の政治家だな」
「おや、それは手厳しい。ですが歴史においてはそうだったのではないですか」
「バチカンのことを言いたいのだな」
「はい」
 また頷いた。
「宗教と政治は本来同じものでしたから。私は今それを心から感じております」
「アッラーの思われる通りに銀河が動くならばな。それは当然だ」
「はい」
 彼等は深くアッラーを信仰していることで知られている。法皇の家に生まれ物心ついた時からモスクにいたからそれも当然のことであった。だがその信仰は他の者の目からは決して純粋なものではないのもまた事実であった。
「そしてこのサハラはアッラーが我がシャイターン家に与えて下さったものだ」
「わかっております」
「それでは御前にはビショップとしての役割を期待する」
「はい」
「私はキングといったところかな」
「そうですね。いや、案外違うかも知れません」
「ボーンではないことは事実だと思うが」
「それはわかっております。ただ兄上だけがキングではないかも知れないと思いまして」
「?」
 シャイターンはフラームの言葉に眉を動かせた。
「それはどういう意味だ」
「兄上を黒のキングとしたならば」
「うむ」
「白のキングもいる筈です。チェスには相手がおりますね」
「そうだが。その白のキングとは」
「ハサンか。若しくは」
「彼か。だがその為の婚姻なのだぞ」
「それは承知のうえで申し上げたのです」
「マルヤムというクイーンが動いてくれるだろう」
「将棋というものを御存知ですか」
 だがフラームはそれでも言った。
「将棋・・・・・・。日本のチェスだな」
「言うならばそうです。これには独特のルールがありまして」
「知っている。獲った駒を自分の駒として使えるのだな」
「はい」
「御前の言いたいことはわかった。だがそれは安心していい」
「何故でしょうか」
「マルヤムもシャイターン家の者だからだ。シャイターン家の者は身内を決して裏切ったりはしない。そうだろう」
「確かにそうです」
「わかっているならいい。一体何を心配しているのだ」
「その身内です」
 フラームはまた言った。
「マルヤムにとって身内がどうなるか、です」
「私達ではないのか」
「今のところは私達です。ですが彼と結ばれることによりそれが変わるかも知れません」
「マルヤムを信用していないのだな」
「いえ、それは」
 兄にそう言われて狼狽を見せた。
「決してそうではありません。しかし」
「言いたいことはわかっているつもりだ。そう慌てるな」
 シャイターンはまずは弟を宥めた。
「だがな」
「はい」
 また言った。
「あの娘は御前が思っている以上にしっかりしている。安心していい」
「そうならばいいのですが」
「私もアッディーン副大統領のことは知っているつもりだ。一度会ったこともある」
「サラーフとの戦いの時ですね」
「ああ。やはりあれだけの功績をあげた人物だけはある。見事なものだ」
「そうですか」
「だがマルヤムの心をシャイターンから変えさせることは誰にもできはしない。御前はそれを見落としている」
「はい」
 思うところはまだあったがここは頷いた。
「私の取りこし苦労でしたか」
「私はそう思う。だがそれは考慮に入れておく」
「有り難うございます」
「もっとも」
 ここで彼はふと呟いた。
「そうなったらそうなったらで面白いかも知れないな」
「?今何と」
「いや、何でもない」
 だがシャイターンはそれを打ち消した。
「それよりも時間だ」
「あっ」
 時計を見ればもういい時間であった。フラームはそれを見てはっとした。
 

 

第九部第四章 婚礼その四


「行くか。マルヤムと婿殿が待っている」
「そうですね。では行きますか」
「ああ、行こう。父上とアブーはどうしているかな」
「父上はずっとマルヤムの側におられますよ。アブーは式場の警護も兼ねているので向こうにもうおります」
「そうか、ならいい。しかし父上も余程マルヤムが可愛いようだな」
「昔からですね、それは」
 フラームは言った。
「父上はマルヤムを子供の頃から本当に可愛がっておられましたから」
「そうだな。私達の中で最もな」
「はい。やはり父親にとって娘とは特別なものなのでしょう。それはわかります」
「そうしたものか」
「私には息子しかおりませんがね」
 まずはそう断った。
「ですが傍目で見ているだけで何となくわかるような気がします。それは兄上とて同じではないですか」
「私がか?」
「ええ。兄上にもおられるではありませんか」
「確かにな」
 シャイターンはあのハルーク家の夫人の他に三人の妻がいる。イスラムの戒律においてそれは認められているので問題はない。一人はまだ十代の娘、一人はかって彼の側にいた侍女の一人、そして最後は政略により結婚した良家の子女である。この良家の子女は北の有力者の家の娘である。それぞれの間に子をもうけている。五人おり侍女あがりの妻は双子を産んでいる。まだ赤子であり一方が娘なのである。
「この間産まれたばかりだ」
「でしたね。ようやく半年といったところでしょうか」
「確かに息子に対する感情とは異なるな」
「やはり」
「だがシャイターン家の娘の運命は決まっているからな。それはわかっているつもりだ」
「はい」
 フラームはそれを聞いて顔を引き締めさせた。
「それは私に娘が産まれた場合もですね。当然アブーにも」
「言うまでもないな」
「ええ」
 フラームは頷いた。
「アブーにもこの前息子が産まれましたが。どうもシャイターン家は男がよく産まれるようですね」
「男は男で使い道がある」
 彼はそれを聞いて一言そう言った。
「だが女はそれ以上だ。単に子供を産むだけではないのだ」
「はい」
「色々とやってもらうことはある。当然マルヤムにもな」
「シャイターン家に産まれた女は不幸ですね」
「不幸?それは違うな」
 弟の言葉を打ち消した。
「これは時代の宿命だ。アッラーが定められたことだ」
「時代の宿命ですか」
「そうだ。戦いの中にあっては男は武器を手にして戦う。だが女もまた戦わなければならないのだ」
「だからこそですか」
「うむ」
 シャイターンはここで頷いた。
「マルヤムにも戦ってもらう。シャイターン家の為にな」
 かって政略結婚は単なる家と家、国と国の結び付きを強めるだけではなかった。嫁いだ先への外交官でもあり時にはスパイでもあった。欧州においてはハプスブルク家が婚姻政策を多用したが彼等は婚姻先の王位等を継承することが多かった。不思議にその先の後継者達が世を去りハプスブルク家の者が後を継ぐのである。そこには謀略もあったかも知れないが婚姻政策の成功例である。
 日本においては織田信長がよく使った。彼は浅井長政に美貌で知られる妹のお市を嫁がせたが彼女は兄の危急を知らせたこともある。兄に似て頭の回転が早く、信長もそれを知って彼女を浅井家に嫁がせたのである。彼女も幸福とは言い難い一生を送ったがそれも戦国の世であったからであろうか。それは当然シャイターンも知っている。
「もっともシャイターン家の誰かの為に戦うかも知れぬがな」
「?それはどういうことですか。またそのようなことを」
「口が過ぎたな。これも忘れてくれ」
「はい」
 また言葉を打ち消した。
「話が過ぎたな。本当にもうこれで行こう」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 こうしてシャイターンとフラームはマルヤムの婚礼の式場に向かった。だがその頃当のマルヤムはまだ動いてはいなかったのであった。

 彼女は自身の部屋で侍女と父に囲まれていた。父ムシュタは妹の純白の婚礼の礼装を見て顔全体を緩ませていた。
「おお、何という美しさだ」
 彼は娘を前にして感嘆の声を漏らした。
「御前の母にも見せてやりたかったぞ」
「そんな、御父様」
 マルヤムは父にそう言われて頬を赤らめさせた。見れば彼女は白いダイヤが飾られた礼装に身を包みヴェールを被っている。その姿はまるで天界のペリのようであった。
「残念だった、本当に」
 ムシュタは口惜しそうに呟いた。
「あれがここにおればな」
 マルヤムの母はシャイターンやフラーム、アブー達の母でもある。ムシュタにも四人の妻がいたが子が産まれたのはこの妻だけであった。彼女は元々身体が弱く四人の子を産んだ後暫くしてこの世を去った。ムシュタはそれを今でも惜しんでいるのである。
「本当に母にそっくりになってきたな」
「またそんな」
「いや、本当だ」
 ムシュタは首を横に振って言った。
「私はずっとあれの顔を覚えている。一時たりとも忘れたことはない」
「御父様」
「御前は覚えてはいないだろうな。それも仕方ないか」
「はい」
 それに頷くしかなかった。母キョセムはマルヤムが幼い頃に亡くなっている。その顔は写真等でしか知らない。温もりも知らないのである。
「あれは本当に美しい女だった。今の御前のようにな」
「そうだったのですか。けれど私なんかはとても」
「マルヤム」
 ムシュタはここで娘の名を呼んだ。
「はい」
「御前はその美貌と才知には自信を持ってよいのだ。それはアッラーが授けられたものなのだからな」
「そうなのですか」
「そうだ。だから御前は今ここにいる。そしてアッラーが御前に婿を授けて下さる。それを心から感謝するように」
「わかりました」
 マルヤムはそれを受けて頷いた。
「御父様の御言葉に従います」
「うむ。そうしてくれ。そして」
 彼は言葉を続けた。
「幸せになってくれ。よいな」
「はい」
 見ればムシュタは今は完全な父親の顔であった。奸智と謀略を駆使してきた男とは思えない顔であった。これも彼の顔の一つであったのだ。
「それでは行こうか。いや、待ってくれ」
「どうしたのですか?」
「これを忘れていた」
 彼はそう言うと懐から一つのダイヤを取り出した。白い大きなダイヤであった。
「これを御前に渡そう」
「そのダイヤは一体」
「これはな、かって御前の母が持っていたダイヤだ。私が婚礼の時に渡したものだ」
「そうだったのですか」
「うむ」
 ムシュタはマルヤムにそれを受け渡しながら言った。
「御守り代わりに持っておくといい。これには御前の母の思いがこもっている」
「お母様の」
「そうだ。御前は一人ではない。常にアッラーと母がいることを忘れるな」
「はい」
「はっきり言えば私やメフメット達のことは忘れてもいい」
 彼は優しい声で娘に対してそう言った。本当に優しい声であった。
 

 

第九部第四章 婚礼その五


「だがな。母のことは決して忘れるな。御前にとってはアッラーの次に大切なものだ」
「アッラーの次に」
「そうだ。御前のアッラーへの信仰はわかっているつもりだ。それであえて言うのだ」
「わかりました」
 マルヤムは頷いた。
「それでは受け取らせて頂きます」
「頼むぞ」
 彼は娘に渡して頷いた。
「では行こうか。そして幸せになるのだ」
「はい」
 こうしてマルヤムは父と共に婚礼の場へ向かった。そこではもう彼が待っているのである。
 アッディーンもまた婚礼の準備を整え終えていた。彼はオムダーマン軍の元帥の軍服を身に纏っていた。そしてその上に普段とは違うマントを羽織っていた。礼装用のマントであった。
「このマントを羽織るのは久し振りだな」
「そうですか」
 隣にいるハルダルトがそれに応えた。彼も軍服を着ている。
「ああ。普段のマントはまだ動き易いな。色も地味だし」
「はい」
 オムダーマンの今の軍服は青い。そして上級の将官のみに着用が許されるマントは赤である。だが礼装の時はそのマントは白になる。そして赤いマントよりそれは大きなものとなるのである。
「ただこちらの方が見栄えがいいのは事実だな」
「そうですね。まあ普通の礼装よりもいいでしょう」
「ああ」
 アッディーンはその言葉に頷いた。
「確かにな。俺としてもこの服の方が好きだ」
「やはり」
「背広とかタキシードはな。どうも気苦しいものがある」
「普段からこの服を着ていますとね。そちらの方がよくなります」
「まあ慣れというものか」
 アッディーンは言った。
「だがな、それだけではないのだ」
「といいますと」
「軍服を着ていると常に戦場に身を置いている気持ちになる。引き締まるというかな」
「成程」
「それがいい。だから俺は軍服を着るのが好きだ。それは貴官もではないか」
「確かにそうですね」
 ハルダルトはそれを認めた。
「私も軍服を着ていると気持ちが違います」
「そうだろう。だがそれだけではない」
 アッディーンは言った。
「やはりな。これは我々にとっては特別なものだ」
「はい」
「誇りの象徴の一つと言うべきか。軍人にとって軍服とは誇りだな」
「そうですね。それを着て婚礼の儀に向かうというのはどうですか」
「悪くはない」
 彼は答えた。
「戦場に赴くと言うべきか。だが少し違うな」
「はい」
「これからの道を切り開く為に行くのだな。そう思うとまた気持ちが違う」
「気持ちがですか」
「そうだ。では行くか。道を切り開く為に」
「ですね。では行きましょう」
「うむ」
 アッディーンも向かった。そして婚礼の主役がそれぞれその場に向かった。こうして婚礼の儀がはじまった。
 アッディーンとマルヤムはそれぞれアッラーに婚礼を報告した。式はつつがなく行われその後は宴となった。
 サハラにおける婚礼の儀は華やかなものである。宴も当然華やかでありそこでは多くの者が列席していた。そして豪華な食事や音楽に支配された場で皆踊りに興じるのだ。その主役は当然アッディーンとマルヤムである。
「おお」
 皆マルヤムに注目した。その踊りがあまりにも美しいからである。
「これは」
「まるでペリのようだ」
 皆心の中でそう思う。口で褒めることはしない。いや、できなかった。サハラにおいては他人の妻を褒めることは失礼にあたると考えられているのだ。マルヤムがアッディーンの妻となった今ではそれは憚れるものであったのだ。彼等は心の中で彼女をたたえた。
 マルヤムの舞いは相手を務めるアッディーンを的確にリードしていた。生粋の軍人である彼はあまりパーティー等に興味がなく出席することは少なかった。その為ダンスにも通じてはいないのである。だがそれでも彼はそれをあまり感じさせない程度には踊っていた。彼はマルヤムに合わせて踊っていた。
「ほう」
 シャイターンは宴の場の端でそれを見て眉を動かした。
「マルヤムの動きに上手く合わせているな」
「はい」
 フラームがそれに頷いた。
「マルヤムの踊りに上手く合わせるとは。中々どうして」
「どうやらそちらの素質もあるようですな。いや、それだけではありませんね」
「そうだ」
「どういうことですか?」
 アブーが二人の兄に尋ねた。
「あの踊りに何かあるのでしょうか」
「アブー」
 シャイターンが末の弟の名を呼んだ。
「はい」
「御前はまだ若いな。あの踊りから何かわからないのか」
「?何でしょうか」
 それでも彼は首を傾げていた。
「私にはちょっと。申し訳ありませんが」
「そうか。それでは今よく見ておくがいい」
「貴方の姉と新しい兄の踊りをね」
「はい」
 何が何だかよくわからないままアブーは頷いた。そして踊りに目をやった。見ればマルヤムはアッディーンを上手く導いていた。そしてアッディーンは上手くそれに合わせていた。彼等は互いに息のあった踊りをしていたのである。
「どうやら我々はクイーンを動かした意味があったようだな」
「ですね」
 シャイターンとフラームはまた囁いた。
「これで彼は我々の中に入りました」
 フラームは言った。
「マルヤムの手の中落ちました」
「それはどうかな」
 しかしシャイターンは弟の言葉に対して疑問を呈した。
「どういうことですか」
「見ているといい」
 彼はそう言って踊りにさらに目をやらせた。
「はて」
 兄に言われて見てみるがやはりわからない。フラームは首を傾げたままであった。シャイターンはそれを見て心の中で思った。
(フラームですらわからないか)
 アブーを見る。やはり彼もわかってはいなかった。理解しているのは自分だけだとわかりシャイターンは少し眉を顰め
させた。だが宴の場でありそれも一瞬のことであった。
(彼と渡り合えるのはどうやら私だけのようだな。シャイターン家においても)
 そう思いながらアッディーンを見ていた。彼はマルヤムの踊りに合わせ、何時しか彼がリードするようになっていた。それはマルヤムも気付いてはいなかった。
 踊りが終わった。それを見計らってシャイターンはアッディーンとマルヤムの方に歩み寄ってきた。 

 

第九部第四章 婚礼その六


「お兄様」
「シャイターン主席」
 二人は彼に顔を向けてそれぞれ言った。彼はその言葉を受けて微笑んだ。
「踊りを楽しんだばかりのところ申し訳ない」
「いえ、そんな」
 マルヤムは兄のその言葉に首を横に振った。
「お兄様が来られたのにどうしてそのようなことが言えましょう」
「そうです」 
 アッディーンもそれに同意した。
「私の兄となられた方が来られたのです。嬉しくない筈がありません」
「そうか。それは何よりだ」
 彼はそう言ってまた笑った。だが今度の笑みは先程の笑みとは異なっていた。妖しさを漂わせた笑みであった。
「!?」
 アッディーンはその笑みを見て妙に感じた。婚礼の場で見せるような笑みではないからである。
(どういうことだ)
 彼は内心その笑みについて探らざるを得なかった。だがそれより前にシャイターンが先手を打つように言葉をかけてきたのであった。
「婿殿」
「はい」
 アッディーンはそれに応えた。
「妹を頼むぞ」
「わかりました」
 その言葉に頷いた。
「必ずや幸せにします」
「それは問題ではない」
「といいますと」
「それは貴方ならば確実にできることだ」
「またそのような」
 そう言って謙遜しようとする。だがシャイターンはやはり先手を打つようにして言った。
「いや、私は信頼している。私が言いたいのは別のことだ」
「別のこと」
「そうだ。だがそれは今ここでは言わないでおこう」
「?」
 それを聞いて首を傾げた。
「貴方もそのうちわかる筈だ。私がここで何を言いたかったのかをな」
「そうでしょうか」
「私はそう思っている。そしてマルヤム」
「はい」
 今度はマルヤムに声をかけてきた。彼女はそれに応えた。
「これからは私達ではなく彼に夫として共にあるようにな」
「わかりました」
 彼女はそれを受けて慎んで頭を垂れた。シャイターンはそれを確かめてからまた言った。
「それでいい。これから御前は婿殿と共に二人で支え合って生きるのだ。よいな」
「はい」
 彼女は応えた。シャイターンはそれを聞いて満足そうに笑った。
「それでは私はこれで」
「はい」
 シャイターンは礼を済ませると優雅に踵を返してその場を後にした。アッディーンとマルヤムはそれを見送った。そこに別の者の声がかけられてきた。
「アッディーン副大統領」
 今度はオムダーマンの者達からであった。ブワイフやアッバース等もこの式に参加していたのである。彼等も声をかけてきたのであった。
「閣下、外相」
 アッディーンは彼等に顔を向けた。当然マルヤムも一緒である。
「おめでとう。これでようやく君も一人前だ」
「はあ」
「人間は結婚してはじめて一人前になれる。この時を待っていたよ」
「結婚して、ですか」
「そうだ」
 ブワイフは大きな口を開いて笑ってそう述べた。
「人間というものは男と女があるな」
「はい」
「それは互いに支え合って生きていくものなのだよ。私はそう考えている」
 イスラムは決して女性を差別したりはしないのである。妻を四人まで持ってもよいというのは戦争等により生じた未亡人への救済策である。そしてそれぞれの妻を公平に愛さなければならない。イスラムにおいて寡婦を放置するのは許されないことなのである。ムハンマドはそうした者達への配慮を怠らなかった。彼は女性に対して極めて真面目で公平な考えを持つ男であったのだ。そして彼自身多くの妻を持っていた。だがそれは彼の好色を示すのではなく公平さと実直さを示すものであると言えた。何故なら彼はその多くの妻達に対して優しく、誠実でかつ公平な夫であったからだ。逆境に強く、生真面目であると同時に女性には紳士であったのだ。それが今でも彼がムスリム達の尊敬を集めている理由である。ただし銅像や絵画といったものはないが。イスラムでは偶像崇拝はとりわけ戒められているからである。
 それだけではない。離婚する時もその妻を離婚する、と三回言えばよいのであるがその元妻の面倒を一生みなければならない。そしてその権利も保障しなければならないのだ。また他人の妻へ色気を出すことはムスリムにとって最も恥ずべきことである。独身の女性ならばよいが他人の妻への色気はイスラム社会では他の文化圏よりもさらに罪深いこととされているのである。イスラムにおいては女性の権利についても厳しく保障されているのである。これは二千年以上も前に確立された考えであるが当時においては極めて先進的な考えであった。そしてこの時代においても女性達を守っていた。やはりムハンマドは偉大であった。
「私も妻がいるがね」
「はい」
「二人でいてよかったと心から思っているよ。残念だが今はここにはいないがね」
「ですね。一刻も早い回復を祈ります」
「有り難う」
 ブワイフはアッディーンにそう言われ頷いた。彼の妻は今病気で入院しているのである。
「副大統領もこれで何かと忙しくなりますな」
 今度はアッバースが言った。
「忙しく」
「結婚すると自分だけのことに携わってはいられなくなりますから」
「それは聞いていますがそんなにですか」
「はい。まあそれはおいおいわかりますよ。少なくとも今のように官舎に気軽に住んではいられなくなります」
「家、ですか」
「そうですね。今も官舎で御住まいでしたね」
「ええ」
「それはできなくなりますよ。家も建てないと」
「どうも実感が沸きませんね」
 彼はまた首を傾げてそう答えた。
「家を建てるというのは」
「ははは、私だってそうでしたよ」
 アッバースはそれには笑ってそう答えた。
「けれどすぐにおわかりになられると思いますよ。家が必要だと」
「そういうものですか」
「少なくとも官舎では駄目ですね」
 ここでこう言った。
「私も結婚して狭い部屋から出ましたから。閣下もそうなりますよ」
「わかりました」
 彼は首を捻りながらもそれに答えた。
「それではそれも考えておきます」
「是非そうされるべきかと。何でしたらよい不動産を紹介致しましょうか」
「いや、それには及びません」
 だがそれは断った。
「自分で選ぼうと考えております」
 

 

第九部第四章 婚礼その七


「左様ですか」
「はい。まあそんなに贅沢なものはいらないかな、と考えてはいるのですが」
「いや、それはできないでしょう」
 しかしアッバースはそれには疑問を呈した。
「どうしてですか?」
「元帥、そして副大統領ともなるとそれなりの家に住まなければならないということですよ」
「そうなのですか」
「ええ」
 アッバースは頷いてみせた。
「まあそれはよく御考え下さい。そういえば副大統領の官邸もありませんでしたね」
「はい」
「それを建てるということもありますし。それは閣下がお決めになることです」
「わかりました」
 今度はアッディーンが頷いた。
「それでは考えておきます」
「はい」
 こうしてアッディーンとブワイフ、アッバースの話は終わった。そうこうしている間に式は終わった。そしてアッディーンとマルヤムは晴れて夫婦となったのであった。
「さて」
 アッディーンは部屋に入るとマルヤムに声をかけた。
「これから宜しくな。一生を共にしよう」
「はい」
 マルヤムはその言葉に頷いた。
「これから私は貴方の妻になりましょう」
「ああ」
 今度はアッディーンが首を縦に振った。
「まさかこんな形で妻を迎えるとは思わなかったな」
「それはどういう意味でしょうか」
「いや」
 ここで彼は言葉を変えた。
「私はね。元々は普通の公務員の家の息子だったのだ」
「それは御聞きしております」
 式にはアッディーンの両親も列席していた。だが二人はこうした場には慣れてはいないので端の方で大人しくしていたのである。やはり生まれや育ちの違いは彼等にとっては大きなことであったのであろう。
「それがな。まさかシャイターン家の者を妻に迎えることになるとは。数年前には思いもしなかったことだ」
「あの」 
 それに対してマルヤムが口を開いた。
「全てはアッラーの決められたことですからそう思われることはないのではないでしょうか」
「アッラーの」
「はい」
 マルヤムはまた頷いた。
「貴方と私が今結ばれることはアッラーが定められていたことなのではないでしょうか」
「ううむ」
 それを聞いて考え込んだ。
「それは確かに」
 認めた。
「この世の全てのことはアッラーが定められているのだから」
「はい」
「しかしそれでも不思議なものだ。思えば数年前まで私はほんの一士官に過ぎなかったのだ。ようやく戦艦の艦長になったばかりの。オムダーマンのな」
「それが今では副大統領にまでなられております」
「そうだ。これからどうなるのかはわからない。それもまたアッラーの御意志なのだろうか」
「そうです」
 マルヤムは答えた。
「その通りでございます」
「そうなのか。それはわかっていたつもりだが」
 彼は言った。
「それでも不思議な気分だな。アッラーにここまで導かれていたとは」
「これからもそうですよ」
 彼女はここでこう言った。
「これからもか。そうだな」
 アッディーンはその言葉に応えた。
「アッラーの思われるままだ。だがそれは貴女に対してもだ」
「はい」
 マルヤムの返事はそれが当然であるかのようなものであった。
「私はそうであると思いますが」
「そうだな。それでは貴女が私を助け、私が貴女を守るのもまたアッラーの決められたことか」
「ええ」
 彼女は答えた。
「ですが貴方は一つ大切なことを忘れられております」
「それは」
 アッディーンは問うた。
「何なのでしょうか」
「心です」
 マルヤムはそう答えた。
「心か」
「はい。人は心を持っているが故に人なのです」
「ああ」
「私もまた心を持っております。そしてその心は今貴方に向けられています」
「私にか」
「はい。それは貴方も同じなのではないでしょうか」
「・・・・・・・・・」
 アッディーンはそれを受けて暫し沈黙した。だがやがて口を開いた。
「そうだ」
 そう答えた。
「私は今貴女を見ている。それが何よりの証拠だ」
「私も今貴方を見ています」
 マルヤムはそう返した。
「そしてこれからも見ていたいです」
「私は軍人だ」
 アッディーンはここでこう言った。
「戦場で倒れるかも知れない。それでもいいか」
「ええ」
 マルヤムは答えた。
「それで私の貴方への心が薄れると思われますか」
「わからない」
 素直にそう答えた。
「だが今はそうではないと思う。そしてそれが永遠に続いて欲しい」
「私もです」
 マルヤムはまた言った。
「貴方の目が常に私に向いていてくれることを祈ります」
「わかった」
 アッディーンは頷いた。
「それではこれからの長い旅を共に歩もう」
「はい」
 二人の心が結ばれた。こうしてアッディーンとマルヤムは本当の意味で夫婦になったのであった。
 副大統領の婚姻をオムダーマンの国民は祝った。彼等にとって自分達の若き英雄の婚礼は祝福すべきことであったのだ。皆アッディーンを讃えた。
「さて」
 それはティムールでも同じであった。自分達の愛しの姫の婚礼を心から喜んでいたのである。シャイターンはそれを見て会心の笑みを浮かべていた。
「これでオムダーマンとの結びつきは万全だな」
 シャイターンは官邸の自身の部屋で座りそう呟いていた。絹の豪奢なデザインの服に身を包んでいる。
「はい」
 それにハルシークが応えた。
「次の段階に進む用意は整いましたな」
「そう、次だ」 
 シャイターンの目が光った。
「エウロパは今どうしているか」
「連合との戦いに全力をつぎ込んでいるようです。戦力は全て連合との戦いに向けております」
「そうか」
 それを聞いて頷いた。
「総督府の兵も動かしているそうだな」
「はい」
 ハルシークが頷いた。
「二百億の市民も避難をはじめております。既に国境では無人の星系も出ております」
「時が来たようだな」
 それを聞いてまた言った。
「それでは動くか。兵はどうなっている」
「何時でも」
 彼は答えた。
「後は閣下の御命令を待つだけです」
「よし。では行くぞ」
 そう言って立ち上がった。
「北を手に入れる。そして難民達をそこに受け入れる」
「はい」
「迅速にな。だが我等はあくまで北を手に入れることだけを考える。エウロパ本土には手をつけるな」
「わかっております。それではモントローズは放置で宜しいですね」
「モントローズか」
 それを聞いて目の色を変えた。考える目になった。
「あれは連合のものではなかったのか」
 そう言って笑った。ハルシークはそれを見て目で頷いた。
「はい」
 そしてそれに答えた。
「そうでありましたな」
「よし」
 それこそがシャイターンの望んでいた返事であった。彼はそれを聞いてから言葉を続けた。
「北を回復する。よいな」
「ハッ」
 すぐにティムール軍が動いた。そして北に向けて進撃をはじめた。その行く先には彼の野心が広がっているのであった。そしてそれを阻むものは最早何も存在しなかった。 

 

第九部第五章 戦いの意義その一


                 戦いの意義
 エウロパ軍はブレシア、そしてモントローズに主力を向けていた。彼等はそこで連合軍と対峙するつもりであった。彼等は同時に決戦の覚悟を決めていた。
 ブレシアには軍務大臣であるシュヴァルツブルグ自ら向かっていた。その下にはエウロパ軍の精鋭である多くの艦隊があった。それ等の艦隊は全てそれぞれの色により艦艇を塗装されていた。赤い艦隊もあれば青い艦隊もあった。彼等は『竜騎士団』と呼ばれていた。この名には由来があった。
 竜は多くの種類があると言われている。赤い竜もいれば青い竜もいる。彼等はその色と吐く息により種類が分けられているのである。
 赤い竜は炎を吐き青い竜は雷を吐く。そうしたふうに分けられているのである。彼等はその竜のように勇敢に、誇り高く戦うことを意識してそうした色にし、名乗っているのである。彼等もまた武人でありその心意気を見せているのである。
 彼等が出撃するということはそれだけこの戦いがエウロパにとって重要なものであるということであった。シュヴァルツブルグは今決戦を挑むつもりであったのだ。
「閣下はあの場所に竜騎士団を送られた」
 モンサルヴァートはモントローズに向かう途中乗艦であるリェンツィにてそう語っていた。その周りには参謀達や彼自身が率いている艦隊の司令達が並んでいた。
「それが意味するものは決戦だ」
「はい」
 皆彼の言葉に頷いた。
「おそらくブレシアでの戦いは激しいものになるだろう。だがそれはモントローズでも同じことだ」
「今モントローズ要塞は連合軍の大軍が向かっております」
 クライストが口を開いた。
「その数四百個艦隊、そしてサハラ義勇軍が四十個艦隊です」
「合計四百四十個艦隊か」
「はい」
「それでも方面軍としては一番少ないのか」
「そうです」
 クライストは答えた。
「ですがそれでも」
「うむ」
 彼は呟く。
「それでも我等の優に八倍はいるな」
 モンサルヴァートはこう呟いた。そこには明るいものは感じられなかった。
「我が軍は今五十個艦隊だ。それで相手になると思うか」
「・・・・・・・・・」
 それを聞いて皆沈黙してしまった。相手になるとは誰にも思えなかった。それはもう言うまでもないことであった。だから沈黙してしまったのだ。
「モントローズ要塞には二十個艦隊程いたな」
「はい」
 ニルソンが答える。
「そして総督府軍として二十個艦隊です」
「合わせて九十個艦隊か。周辺にいる部隊を全て集めても百をかろうじて越えるといったところだ」
「数においての劣勢は否定できません」
 マトクの声は沈痛なものであった。
「ですがそれでも我等は目的を達成しなければなりません」
「目的と言ったな」
「はい」
 マトクはモンサルヴァートに対して応えた。
「今回は目的を達成することこそが重要なのです。違うでしょうか」
「いや」
 モンサルヴァートはそれに対して首を横に振った。
「その通りだ。この戦いは勝利を収めることが重要ではないのだ」
「どういうことでしょうか」
 ゴドゥノフが尋ねた。
「勝利を収める必要がないのですか」
「そうだ」
 モンサルヴァートは彼に顔を向けてそう答えた。
「要は総督府にいる二百億の市民を安全な場所にまで避難させればよいのだ」
「市民達をですか」
「そうだ。私の言わんとしていることがわかっただろうか」
「はい」
 ゴドゥノフはそれに答えた。
「ですがそれにはまず敵を何とかしなければなりません」
「それだ」
 モンサルヴァートはそこに言葉を入れた。
「時間もあまりないだろうからな」
「時間もですか」
「今サハラではティムールがいる」
「はい」
「彼等が動いてからでは遅いのだ。だから市民達はもう避難を開始しているのだ」
「その市民達の避難ですが」
 プロコフィエフがここで言った。
「今彼等は皆それまでいた星を離れました。そして随時モントローズに向かっております」
「そうか。思ったより早いな」
「総督府の艦隊はそれを護衛しております。彼等も徐々に北に逃れております」
「二百億の市民全てがモントローズを通過するまであとどれ位かかるか」
「二ヶ月程かと」
「二ヶ月程か」
 彼はそれを聞いて考える顔をした。
「難しいな、今の戦局だと」
「残念ながら」
 それはプロコフィエフだけの意見ではなかった。ここにる多くの者も同じ考えであった。
「連合軍がモントローズに到着するまであと一週間程ですから」
「我等が到着するのとほぼ同時になるな」
「はい」
 彼女は答えた。
「ですから戦いと援護を同時に行うことになるでしょう」
「問題は市民の安全だ」
 モンサルヴァートの目の光が変わった。深刻なものとなる。
「それは何としても確保しなければならない」
「はい」
 プロコフィエフだけでなく諸将がそれに頷いた。
「ですが困難ですな」
「いや、そういう問題ではない」
 腕を組み考え込むアローニカに対してターフェルが言った。
「例え我々の命がどうなろうと彼等だけは保護しなくてはならないのだ」
「ターフェル提督の言う通りだ」
 モンサルヴァートはそれをよしとした。
「閣下」
「諸君、我々は何だ」
 そしてそのうえで彼等に問うた。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その二


「軍人だ。いや、騎士だな」
「はい」
「騎士の務めは何だ。武器を持たない者を守ることではないのか」
「仰る通りです」
 それがわからない者はこの場にはいなかった。
 エウロパの軍人意識は連合やサハラのそれとは大きく異なる。連合は職業の一つとしか考えられていない。彼等は他によい仕事があればそこに就職する場合もある。彼等にとっては軍人とは特別な存在ではないのである。それは彼等が外敵を特に気にせずに済み、そして開拓や開発にのみ専念していればよかったからである。そうした意味で連合は非常に満ち足りた状況にあった。外敵への備えにそれ程気を配らずに済むということはそれだけで大きな幸福なのである。マウリアとの同盟、ブラウベルグ回廊、そしてサハラの戦乱は彼等にとって大きな祝福であったのである。
 サハラはイスラムのジハードという思想が大きく影響していた。彼等にとって戦うことは時として聖なることであった。とりわけ異教徒との戦いはそうであった。だがそれはサハラ各国間においても時としてそうなった。彼等にとっては戦いは天界へ行くことのできる最も確実な方法である。だから彼等の多くは戦いを聖なるものとして認識しているのである。これはムハンマドの頃から変わらないことであった。
 エウロパは彼等とは違う。エウロパの高級軍人の殆どは貴族で占められている。彼等は『高貴なる者の義務』を常に念頭に置いている。そしてそれに基づき行動する。彼等にとっては市民を守る為に戦うことこそそれであった。それが連合やサハラと違う点であった。彼等は騎士として、貴族としての意識が大きいのである。武器を持たない者を守るというのは昔から騎士に許された責務であり誇りであると考えているからこそであった。
「それでは結論は出ているな」
「はい」
 皆それに頷いた。
「二百億の市民達には指一本触れさせない。よいな」
「ハッ」
 それに敬礼して応える。
「例え我々がどうなろうともだ」
 その声には決意の色が出ていた。彼もまた覚悟を決めていたのだ。
「そして」
 話を続けようとする。だがここで若い士官が部屋に入って来た。
「どうした」
「オリンポスから電報です」
 若い士官は一言そう言った。
「オリンポスからの電報」
「はい。こちらです」
 一枚の紙を受け取る。そしてモンサルヴァートはそれに目を通した。
「何っ」
「どうしたのですか」
 諸将は眉を顰めた彼に問うた。
「連合中央政府外務省から申し出があったらしい」
「申し出!?」
「それは一体何でしょうか」
「うむ」
 彼は一呼吸置いてから答えた。
「総督府の市民に関してのことだ」
「総督府の市民達」
「今我々が保護しようとしている者達ですね」
「そうだ」
 彼は頷いた。
「彼等の身の安全について連合から申し出があったらしい。聞きたいか」
「是非」
 身こそ乗り出さなかったが是非共聞きたい話であった。皆モンサルヴァートに目を向けた。
「お願いします」
「うむ」
 それを受けて口を開く。モンサルヴァートは言った。
「総督府の市民達が安全な場所に避難するまでモントローズ要塞周辺では停戦したいとのことだ」
「停戦ですか」
「そうだ。信じられると思うか」
「それはどうでしょうか」
 まずマトクがそれに疑問の声をあげた。
「連合は内部でも様々な権謀術数が交差していると聞いております。彼等は経済や貿易を巡って常に内部の国家同士で抗争を繰り広げているではありませんか」
「それは知っている」
 連合のそれぞれの国の外務省の仕事は連合内の国々との外交である。それは連合に加盟していながら互いに敵同士であるように熾烈な場合もあるのだ。連合は決して一枚板ではない。それどころかそれぞれの国々、それぞれの組織が外交戦争や貿易戦争、経済戦争を繰り広げている複雑な世界なのである。銃による戦争をしていなくとも連合はその内部で常に激しい戦争が行われている勢力なのである。だがそれは消耗ではなく生産の戦争であり国力伸張に役立っているのであるが。戦争は一つではないということの証左でもあった。
 これはエウロパにも多少はある。エウロパも多くの国家からなる連合だからである。しかしそれは連合のものとは様子が違っている。言うならば地方政権同士のトラブルといったレベルである。連合のそれがまさしく戦争であるのに対してエウロパのそれはトラブルに過ぎない。それに強力な中央集権的である中央政府の力によりそれは速やかに抑えられるようになっている。エウロパと連合ではそうしたところも違っているのである。
「その彼等が、です。にわかにそんなことを言っても信じられません」
「それはどうでしょうか」
 だがベルガンサがそれに反論した。
「ベルガンサ中将」
「私はこの申し出は信頼してよいと思います」
「何故だ?」
「これには連合中央政府、そして連合軍の威信がかかっているからです」
 彼女は落ち着いた声でそう答えた。
「威信、か」
「はい。彼等がこう申し出をしてきてそれを破ったらどうなるでしょうか」
「当然信頼は地に落ちるな。もう誰も彼等を信用しなくなる」
「そうです。それは彼等にとっては著しい不利益です。ですからこの申し出は守られるでしょう」
「それでは信じてよいのだな」
「私はそう思います」
 そう答えた。
「違うでしょうか」
「いや」
 モンサルヴァートはそれに対して首を横に振った。
「私もそう思う。プロコフィエフ参謀総長の意見に賛成だ」
「有り難うございます」
「それでは連合のこの申し出を受け入れるのですね?」
「うむ」
 ゴドゥノフの言葉に応えた。
「ラフネール閣下にお伝えしてくれ。私はこの申し出を受け入れると」
「ハッ」
 モンサルヴァートの横に控えていたベニチャコヴァーがそれに敬礼で以って応えた。
「それでは電報を送らせて頂きます」
「頼むぞ」
 モンサルヴァートは彼にそう声をかけた。
「それで異論はないか」
「ううむ」
 提督や参謀達は考えた。だがここはモンサルヴァートの判断を信じることにした。
「わかりました。閣下の判断に従います」
「有り難う」
 彼はそれを聞いて礼を述べた。
「それでは我等はこのままモントローズに入ろう。そしてそこで停戦を見守る」
「はい」
 こうして彼等はモントローズに向かった。だがそれでも連合を完全に信用してはいなかった。敵をそう容易に信用する程彼等も愚かではなかったのである。

 その頃連合においてはこの停戦についての話が行われていた。八条とカバリエ、そして統合作戦本部長であるバール等が列席していた。そしてそこにはアッチャラーンもいた。
「さて」
 まずはアッチャラーンが口を開いた。
「モントローズでの一時停戦ですが」
「はい」 
 それを受けて八条が口を開いた。
「国防長官の提案によるもので間違いはありませんな」
「ええ」
 それに対して頷く。
「間違いはありません。私が提案しました」
「わかりました」
 アッチャラーンはそれを聞いて頷いた。
「それでは何故提案したのか御聞きしたいのですが」
「では」
 そして話をはじめる。彼は丁寧に言葉を続ける。
「今エウロパは総督府から市民を避難させております」
「はい」
 それは知っている。アッチャラーンもカバリエもバールもそれを受けて頷く。
「その数約二百億。少ないとは言えないでしょう」
「連合においても二百億といえばかなりの数になりますからね」
「はい、その通りです」
 カバリエの言葉に応える。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その三


「それだけの数を安全な場所にまで避難させるとなるとかなりの時間と労力が必要になります。それを受けて提案したのです」
「それはその二百億の市民の為ですね」
「はい」
 アッチャラーンに応える。
「彼等は武器を持ってはおりません。あくまで我々の相手はエウロパ軍なのですから」
「それはどうでしょうか」
 だがバールはそれに疑問の声を呈してきた。
「何かありますか?」
「はい。我々はエウロパと戦争をしております」
「はい」
「それならば市民も敵であります。今は武器を持ってはおりませんが今後はわかりません。それは理解しておられるのでしょうか」
「勿論です」
 彼はそれにすぐに答えた。
「それならば何故」
 バールは問うた。
「彼等の安全を保障するのですか。そのままモントローズを攻略してしまえばよいではありませんか」
「戦時法もあります」
 八条はここで戦時法を出してきた。
「我々はこれを遵守しなければならないのは言うまでもありません」
「それは私も理解しております」
 今度はバールがそれに答えた。
「ですがそれは攻撃しなければいいだけのこと。言うならば彼等の逃げ道を塞いでもそれは我々の責任ではないのです」
「はい」
「それは長官もおわかりのようですが。それでは何故」
「彼等とサハラの関係は御存知ですね」
「ええ」
 それを知らない者はここにはいなかった。バールだけでなくカバリエもアッチャラーンもそれに頷いた。
「ティムールは今総督府に向けて進軍をはじめたそうです。彼等の中にはエウロパに対して深い憎しみを抱いている者も多いでしょう。彼等がその二百億の市民に対して何をするかわかったものではありません」
「しかしそれは我等の責任ではありませんぞ」
「ですね」
 それは認めた。
「直接は」
「ならば構わないではありませんか。そもそもサハラに侵攻したのは彼等です。極論すれば自業自得です」
「そうだな」
 アッチャラーンもそれに同意した。
「サハラへの侵攻は我々も常に批判してきた」
「私も批判を言ったことがあります」
 カバリエが言った。
「何度言ったかわからない程に。どれだけ言ったやら」
「それは私もだ」
 連合とエウロパの関係は戦争になる前、いや宇宙への進出の頃から険悪なものであった。今では全く別の存在となってさえいる。お互いに最早決して相容れないものとなっていたのである。
 アッチャラーンもエウロパを批判したことがある。それも何度も。それは連合中央政府の閣僚にとって仕事の一つともなっていた。無論これはエウロパの方でも同じである。彼等は事あるごとに互いを批判し合い、対立していたのである。
「実は私もバール本部長と同じ考えなのだ」
「そうですか」
「長官、やはり彼等にとっては自業自得ではないか。そもそも彼等は連合の市民ではない」
「はい」
「彼等に対して危害を加えることはあってはならないが彼等がティムール軍に何をされようがそれは彼等の蒔いた種であって我々が手を差し伸べることではないと思うのだが。違うかね」
「確かにサハラへの侵攻は褒められたものではありません」
 八条はそれに対して述べた。
「ですが市民には直接の責任はないではないですか」
「決めた政治家を選んだのは彼等だが。それでも責任はないというのかね」
「ですから直接の、です」
 八条は反論した。
「それに彼等は今危機に瀕しています。それを放置しておくのは人道的に見て如何でしょうか」
「人道、か」
 アッチャラーンは表情こそ変えなかった。だがその声はいささかシニカルであった。
「政治には不要なものの一つかもな」
 それはある意味真実であった。政治の世界ではそれは時として無視されるべきものであるからだ。
「それを今言うのはどういうことか」
「総理、これは昔の中国の言葉ですが」
「中国の」
 それを聞いてアッチャラーンは八条に目を向けた。目を向けながら彼は考えていた。彼が何を言うのかを。
「信なくば立たず、です」
「その言葉は知っている」
 すぐに答えた。
「だが今使うべき言葉ではないと思うが」
「私は今使うべき言葉であると思いますが」
「わからないな。ではそれとエウロパの市民を救うことがどう関係があるのだ」
「そうです。むざむざ敵を増やすだけではないでしょうか。前線の兵士達のことを考えますと」
「兵士達にとってもようことだと思いますが」
「それは何故かしら」
 カバリエが問うてきた。
「彼等にとっては敵が増えること程嫌なことはないと思うけれど」
「これによって敵は増えません」
 八条はそう言い切った。
「むしろ減るものと思われます」
「それは何故だ」
 アッチャラーンは問うた。
「エウロパの市民の命を救ったとなれば彼等も表立って反抗する理由が減るからです」
「つまり現地でのゲリラ化等も防ぐのだな」
「ええ」
 それも八条の狙いであった。
「それに連合軍の信用を高める為にも。如何でしょうか」
「そうだな」
 アッチャラーンは考えながらバールに目をやった。見れば彼も考えていた。ここで彼はそのバールに声をかけることにした。
「本部長はどう考えるかね」
「私ですか」
「うむ」
 アッチャラーンは頷いてみせた。
 バールは彼の目を見た。彼もアッチャラーンが自分に意見を代弁させようとしているのがわかっていた。そして彼はここではそれに応えることにした。
「そうですね」
 一言置いてから彼は答えた。
「連合軍の損害、負担が減るのならばいいと思います」
「そうか」
 アッチャラーンはそれを聞いてまた頷いた。
「君はそう考えるのだな。そしてそれは軍部の意見と受け取ってよいのかな」
「軍部の、ですか」
「言い方を変えるか」
 そう言いながら八条を横目で見た。
「制服組の意見だ」
「それでしたらその通りです」
 バールも八条をチラリと見た。連合はシビリアン=コントロールが徹底している。連合軍設立前からそれはありどの国においても軍は文民統制の下に置かれていたのである。八条もそれはよくわかっていた。彼は日本の軍務大臣の時軍服を着ることもあったがあれは日本独自のものであり軍務大臣も時と場合に応じて軍服を着ることもあったのである。だが階級はなくあくまで儀礼的なものである。軍を統制する立場としての着用であった。なお首相にはない。また天皇も着られることはなかった。
「私はあくまで制服組として意見させて頂きます」
「そうか」
 それが賢明な返答であった。彼は統合作戦本部長、すなわち制服組のトップである。その彼の発言がかなり大きいのは言うまでもない。だが彼はあくまで制服組であり軍のトップではないのである。
「それでは本部長は長官の考えに賛成ということだな」
「はい」
 はっきりとそう断言した。これで決まりであった。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その四


「さて」
 それを受けてアッチャラーンは八条に顔を向けた。
「長官はそれでいいか」
「ええ」
 八条はそれに応えた。
「後は外相だけか」
「私は最初から長官の御考えに賛成です」
「そうか。なら問題はないな」 
 アッチャラーンはそれを聞いてまた頷いた。
「それでは停戦するとしよう。だが条件が欲しいな」
「それはもう考えてあります」
 八条は即答した。
「モントローズ要塞を。これで宜しいでしょうか」
「そうだな。それならば問題ない」
 アッチャラーンもそれを聞いて満足した。
「それではすぐに交渉に入りたい。外相には交渉にあたるスタッフを選んでもらいたいが」
「わかりました」
 カバリエはそれに応えた。
「それではすぐに人選に入ります」
「うむ」
 アッチャラーンはそれを認めた。
「それではそちらは頼むぞ」
「わかりました」
 こうしてスタッフの人選もはじめられた。彼等は同時に動きはじめた。
 連合はエウロパと南方において一時停戦することとなった。すぐに交渉にあたる外務省のスタッフが南方に派遣されることとなった。そこには八条も参加していた。
「長官も行かれるのですか?」
「はい」
 彼はエウロパに向かうティアマト級巨大戦艦の一つテスカトリポカの艦橋において外務省のスタッフの声に応えた。そこには艦長達軍部の者も当然いた。
「交渉ならば我々がしますのに」
「まあ色々とやっておきたいことがありまして」
 彼は微笑んでそう答えた。
「視察もありますしやはり軍事のことですから私が行かなくてはならないでしょうし」
「はあ」
「それに。彼にも会ってみたいです」
「彼とは?」
「おっと」
 八条はここで言葉を引っ込めた。
「何でもありません。失礼しました」
「そうですか」
 外務省のスタッフはそれ以上聞こうとはしなかった。何かあると思ったが今それを聞くつもりはなかった。
「わかりました。それではお願いします」
「ええ」
 彼等の乗るテスカトリポカは太陽系を出た。冥王星が彼方に見える。かっては太陽系において最も離れた場所にあると言われていた。だが今は違う。
「雷王星も遠くなりましたな」
「はい」
 八条はテスカトリポカの艦長である金青虎大佐に応えた。彼は韓国出身である。基本的にアジア系の顔立ちだが髪がやや縮れている。そこからアフリカ系の血が入っていることがわかる。
「そろそろワープに入るとしますか」
「ですね」
「よし」
 金はここで艦橋の制服の者達に声をかけた。
「副長、航海長」
「ハッ」
 隣にいる二人の軍人がそれに応えた。
「ワープに入る。準備はいいか」
「わかりました」
 こうして彼等もそれぞれの持ち場についた。そして指示を下した。
「本艦はこれよりワープに入る」
「ワープ航行開始準備」
 次々に指示が下る。そしてワープに入った。艦橋の前のモニターが暗黒に包まれた。異空間に入ったのであった。
「これから長い旅になりますね」
 八条はその暗闇を見ながらそう呟いた。
「宜しくお願いします。これから何かと大変でしょうか」
「いえ、そのような」
 金は長官のそんな言葉を聞いてかえって恐縮してしまった。
「むしろ長官の方が。艦内でも仕事があるのですよね」
「ええ」
 仕事は逃がしてはくれない。彼はここでも仕事に追われているのである。パソコンからメールで山の様に送られているのである。彼に休みはなかった。
「それでは少し部屋に行かせて頂きます」
「はい」
 八条は用意された自分の部屋に向かった。艦長他一同がそれを敬礼で送る。そして艦橋を出た。一人の士官に部屋まで案内される。女性の士官であった。階級は中尉である。
「こちらです」
「どうも」
 彼はその女性中尉に応えた。
「有り難うございます。案内して頂いて」
「いえ、これが任務ですから」
 彼女はそれににこやかに答えた。見れば金色の髪をした白人の女性である。目は青灰色であり背も高い。モデルとしても通用する顔立ちとプロポーションを持っていた。それは連合の軍服で包んでいた。
 連合の軍服はスーツ型である。黒い上着とズボンである。そして黒い靴を履く。ネクタイも黒である。そしてシャツは白だ。これは下士官及び将校のものとなっている。兵士は水兵の軍服である。やはり黒のセーラーである。連合軍においては男性も女性もズボンを履く。その方が動き易いからである。
 下士官と将校の軍服は大体同じだが違いがある。それはまず帽子にある。
 下士官のものにある徽章と将校の徽章は違う。そして顎紐は下士官は黒であるが将校は金色である。靴も下士官のものは動き易いものであるが将校のものは事務用のものとなっている。そして軍服の両腕の部分に金モールがある。これが最大の差であった。
 まず少尉は細いものが一本ある。中尉になると太いものが一本つく。大尉になるとその太いものが二本になる。こうして徐々に増えていくのである。それが階級を現わしているのだ。下士官、兵士は肩に近い部分に階級章を縫い付ける。連合軍は軍服ですぐに階級がわかるようにしているのだ。エウロパ軍が肩に階級章を付けているのとはかなり違っている。そしてさらに大きな違いがあった。それは機能性である。
 エウロパ軍のそれは儀礼を重視している。とりわけ将校、特に将官のそれはそうであった。これは彼等が貴族であるからであった。赤と黒に豪奢な装飾が施された軍服にはネクタイはない。胸は締められている。そしてマントもある。佐官はケープを着ける場合もある。それに対して連合軍のそれはマントなぞない。そしてデザインもまず動き易いかどうかを考慮されている。そして戦闘中には戦闘服を着る。エウロパではそれがない。両軍は軍服に至るまでその考え方が異なっていたのである。
「任務ですか」
 八条はそれを聞いて声を出した。
「お疲れ様です。何かと大変だと思いますが」
「いえいえ」
 だが彼女はそれに対して笑みで返した。
「甲板士官としては当然のことです」
「甲板士官ですか。懐かしい言葉ですね」
 八条はそれを聞いて目を細めた。甲板士官とは艦の風紀や雑用を統括する士官である。若いなりたての士官が勉強の為になることが多い。
「私もやりましたよ」
「長官もですか」
「はい。日本軍にいた時に。あの時は寝る暇もなかったですね。これは今もですが」
「おや」
 彼女はそれを聞いてまた笑った。
「私はまだ寝る暇がありますけれど」
「士官の数がそれなりにいますからね。それにこの艦ですと甲板士官も一人ではないでしょう」
「ええ」
 それは事実であった。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その五


「私の他にも何人か。私が親甲板ですが」
「いいですね。日本軍ではそこまで人手がありませんでした」
「そんなに人手不足だったのですか?」
「ええと」
 八条はそれを受けて彼女に尋ねた。
「貴方はどの国の生まれでしょうか」
「私ですか?」
「はい」
 彼は応えた。
「宜しければお答えして欲しいのですが」
「わかりました」
 彼女は高い声で答えた。ドラマティック=ソプラノであった。
「私はサロメ=クレンペラー中尉です。出身地はイスラエルです」
「イスラエルですか」
「はい」
 クレンペラーは頷いた。
「それならわかります。イスラエルは士官の充足率が我が国よりずっと高かったですからね」
「日本はそれ程士官の充足率が低かったのですか?」
「士官だけではないです」
 彼はそう答えた。
「将兵全体が。日本においては軍人はとりわけ人気のない職業の一つでしたから」
「何故ですか?確かに他に職業が多くあるのは事実ですが」
「産業のあり方ですかね。それにそれ程必要とされていませんでしたし」
 日本は連合の中ではとりわけ豊かな星系に恵まれ、そして治安もよかった。その為軍人はあまり必要とされていなかったのである。だが尊敬はされていた。しかし多少歪な尊敬ではあった。
 軍人が軍服でいるとマニアが来る。日本軍の軍服はそのデザイン性の秀逸さからマニア達には評判がよかったのだ。その兵器のデザインもであった。
 知り合いの軍人が街にいると声がかかる。その声は温かいものではあったが叱咤激励であった。
「こら!こんなところで遊んでいていいのか!」
「訓練せんか!訓練を!」
「その軍服が泣くような真似はするな!」
 スポーツ選手に送られるそれに近いものであった。彼等はそれを受けていささかスゴスゴとしていたのであった。
「兵器よりも人員の充足に気を配って欲しかったな、と。それに何故か士官にばかり仕事を集中させていましたし」
「それは大変ですね」
「実際の権限はそれで先任下士官に集中しているのは他の軍と同じでした。大変でしたよ」
「何か割に合いませんね」
「本当に好きでもない限りできない仕事でしたよ。何でも昔からそうだったといいますが」
「イスラエルではそんなことはありませんでしたね」
 クレンペラーは八条の話が終わるとそう答えた。
「確かに仕事は下士官や兵士に比べて多いですが」
「はい」
「そこまではありませんでした。充足率もほぼ百パーセントでした」
「本来はそれが理想です。まあ人気不人気の職業は国によって違いますから。そんな街を歩いていたら訓練はどうした、とまで言われるような仕事はちょっと、ね」
「それだけ市民の期待の目が高いとプラス評価されてはどうでしょうか」
 クレンペラーは笑いながらそう言った。
「だといいですが。何故かマニアが訓練の結果まで知っていてそれをネットで批評されるのは。あの国にこれで負けるのは許されないとか。うかうか合同訓練もできませんでした」
「何か日本の軍事マニアというのは深いですね」
「凝り性の国民性故でしょうね」
 八条の返答はそうであった。
「日本人の凝り性は私も聞いております」
「やはり」
「それが多くの発明を生み出したということも。それは有名ですね」
「プラスの方向に働けば」
 いささかシニカルな口調でそう述べた。
「ところが偏執さを帯びますと。確かに愛情があるのはわかるのですが」
「本当にスポーツのあれみたいですね」
「似たようなものかも知れませんね、彼等にとっては。ファンというものはそうなってしまうことが多いです」
「私もバレーボールは好きですよ。けれどそこまではいきませんね」
「バレーですか」
「ええ」
「どのチームのファンですか?」
「現地のチームですが。まああまり強くはないですけれど」
「そうですか」
 そんな話をしながら二人は部屋に向かった。そして八条は自分の部屋の前に来た。
「ここですか」
「はい」
 クレンペラーが答えた。
「どうぞおくつろぎ下さい」
「わかりました」
 軍艦の中でくつろぐも何もないものだと思ったがそれは口には出さなかった。そして彼は部屋に入った。士官室の一つであり中々居住性はいい。連合の艦艇では全ての者に個室が与えられている。士官室は兵士や下士官のものと大体同じであるが中身が少し豪華になっている。
「それでは私はこれで」
「あっ、ちょっと待って下さい」
 八条はここでクレンペラーを呼び止めた。
「何か」
「いえ、一つ気になることがあるのですが」
「気になること」
「はい。私の秘書官のことですが」
「秘書官といいますと彼のことでしょうか」
「はい」
 八条はそれに応えた。
「木口君の部屋はどうなっているでしょうか」
「彼でしたら隣に」
 クレンペラーはそう答えた。
「隣の部屋も空いておりましたから。それで宜しいでしょうか」
「ええ」
 八条はそれを聞いて安心したように頷いた。
「それならば問題はありません。やはり何かと仕事のことで話をすることになりますからね」
「大変ですね、長官も」
「何、それが仕事ですから」
 それはあっさりと受けた。
「デスクワークには慣れておりますから」
「そうですか。それでは」
「はい」
「あ、そうでした。一つ重要なことを申し上げ忘れていました」
 ここでクレンペラーは一つのことに気付いた。
「私の部屋は向かい側にありますので。何かあれば是非おいで下さい」
「向かい側ですか」
「はい。長官さえ宜しければ」
「残念ですがそれは辞退させて頂きます」
 しかし八条は彼女に対して微笑んでそう応えた。
「何故ですか?私の方は構いませんが」
「女性の部屋にそのまま入るのはどうかと思いますので」
 彼はそう言葉を返した。
「ですから何かあればお伝えさせて頂きますので。御心配は無用です」
「そうですか」
 クレンペラーはそれを聞いていささか残念そうであった。だがそれは顔には出さなかった。
「それでは」
「はい」
 こうして彼女は部屋を後にした。後にしながらふう、と溜息をついた。
「光源氏は女性には目がなかったけれど」
 溜息をつきながら呟く。
「今の源氏の君は女性よりお仕事の方が大事みたいね。残念だわ」
 呟き終えるとその場を後にした。そしてその場を去った。
 テスカトリポカはそのままエウロパに向かった。向かうはモントローズであった。 

 

第九部第五章 戦いの意義その六



 連合軍とエウロパ軍の戦いはそのまま続いていた。圧倒的な物量を誇る連合軍は北、中央、南の三方において果敢に攻撃を仕掛けていた。そしてエウロパ軍を徐々に追い詰めていたのであった。
 北ではヴァルハラ星系に向かって進撃が続いていた。彼等の行く先に立ちはだかるエウロパ軍は最早おらず連合軍は快進撃を続けていた。
 それは総司令部にも伝わっていた。彼等はニーベルング要塞群に総司令部を置きそこから戦線全体を統括していた。総司令官は宇宙艦隊司令長官であるマクレーン、副司令官は参謀総長である劉が務めていた。彼等は惑星において報告を受け取っていた。
「北が最も順調に進んでいますな」
 マクレーンはかってファブリチーニがいた司令室において劉と話をしていた。二人はファブリチーニ達が使っていた豪奢な椅子に座っている。
「そうですな。しかしこれは予定通りです」
 劉はそう答えた。彼の声は冷静なものであった。
「北は戦略的な価値は乏しいですから。占領していくだけで宜しいかと」
「ですな」
 マクレーンはそれに同意して頷いた。
「あの地域のエウロパ軍はそれ程多くはないですし。精々五十個艦隊程でしたな。旧式の装備の艦艇ばかりで」
「はい」
 劉はそれに答えた。
「それに対して我が軍は二百個艦隊。相手にはなりません」
「ヴァルハラ包囲は間も無くでしょうか」
「それについてはリバーグ司令次第ですね」
 リバーグとはコロンビア出身の連合の軍人である。本名をネルソン=リバーグといい北方方面軍の司令官を務めている。階級は元帥、慎重でかつ無駄な指揮のない人物として知られている。人間としても上司には忠実で部下の意をよく汲み、そして心優しいことで知られている。
「彼ならやってくれるでしょうが」
「ただやり過ぎてはいけないですが。彼の場合」
「敵を倒すにはいいでしょう」
「ふふふ」
 マクレーンはそれを受けて面白そうに笑った。どうやら二人は北方については何ら心配はしていないようである。
「南は停戦ということで長官御自身が行かれておりますが」
「まあ今は様子見ですね、南方も」
「ええ。それでは問題は」
「わかっておりますよ」
 二人はここで壁に掛けられている地図に目をやった。エウロパの地図であった。
「中央ですね」
「ええ」
 二人は頷き合った。
「あそこには軍務大臣であるシュヴァルツブルグエウロパ元帥自ら向かっております」
「軍務大臣自ら陣頭指揮を執るとは。エウロパもいよいよ追い詰められたというべきか」
「それはどうでしょうか」
 多少楽観的な見方をしようとしたマクレーンを劉が嗜めた。
「彼等はまだ力があります。そしてオリンポスへの守りはまだあります」
「それでは何故今」
 軍務大臣自ら兵を率いてやって来たか。マクレーンは問うた。
「それだけあのブレシアが重要な地であるということですが」
 ブレシアはオリンポスと北、中央、そして南を結ぶ重要な場所にあった。この地を抑えられるということは彼等にとって喉元に刃を突き付けられるということであった。
「あの星系だけはおいそれと渡すわけにはいかないのでしょう」
「それは私もわかっているつもりです」
 マクレーンはそう答えた。
「しかし軍務大臣自ら戦場に出て来るとは。普通は有り得ないでしょう」
「連合の考えではそうでしょう」
 劉はそれに対してはそう答えた。シュヴァルツブルグは元帥である。だが彼は普通の元帥ではないのだ。普通の元帥の上位にいるエウロパ元帥である。これはエウロパにおいても数人しかいない特別な階級であった。
 エウロパは貴族制である。軍においては将校は貴族が占める場合が多い。その階級も連合のそれと比べると将官のそれが多くなっている。これは貴族のポストの為でもあった。
 エウロパにおいて元帥が多いのもその為であった。連合では二十人と定められているがエウロパでは五十人以上存在する。エウロパ元帥とはその上に存在する階級である。軍の事実上の最高の階級であった。
 エウロパ元帥は三人しかいない。シュヴァルツブルグと宇宙艦隊司令長官であるローズ、そしてモンサルヴァートの三人である。彼等は軍の頂点にいるのである。
 彼等は軍人である。文官ではない。従って彼等が戦場に出るのは当然とも言えた。
「ですがエウロパでは違うのです」
 劉はそれについて言及したのであった。
「エウロパでは現役の武官でも閣僚になれますな」
「ええ」
 それはマクレーンも知っている。軍務大臣だけであるが。時には文官が軍務大臣になる場合もある。
「それで彼等は前線に立つのです。軍人なのですから」
「ふむ」
 彼はそれを聞いてあることに気がついた。
「我々も軍人であります」
「はい」
「それでは彼等の相手は我々がしても問題はないということですな」
「ええ」
 彼はそれを待っていたかのようであった。
「私はそう考えますが」
「わかりました」
 マクレーンは我が意を得たとばかりに頷いた。
「それでは我々も中央に向かいますか」
「シュヴァルツブルグ元帥と戦いに、ですね」
「はい」
 彼は答えた。
「今かれはエウロパの精鋭を率いております」
「その精鋭こそがエウロパの切り札」
「それを叩けば彼等の戦力は大きく減少します。やるべきかと」
「どうやら長官も御理解して頂けたようですね」
「いやいや」
 マクレーンは手を振って笑ってそれに応える。
「参謀総長に教えて頂くまでは。それでは行きますか」
「はい」
 こうしてマクレーンと劉は中央に向かった。そして彼等も戦場に赴くのであった。

 中央が緊迫し、北方での戦いが連合有利となっていく中南方ではある種の平穏が訪れていた。だがそれは厳密には平穏ではなかったかも知れない。
「目を離すな」
「了解」
 モントローズ要塞に立て篭もる将兵達はそう言い合いながら目の前に布陣する連合軍を監視していた。彼等は今武器を持って対峙していたのである。これには変わりがなかった。
「連合軍の動きはどうなっているか」
 モンサルヴァートはモントローズ要塞に入っていた。そしてベルガンサにそう問うていた。
「ハッ」
 ベルガンサは敬礼をした後でそれに答えた。
「今彼等はこの要塞を半円状に包囲しております」
「そうか」
 モンサルヴァートはまずそれを聞いて頷いた。
「彼等は臨戦態勢にあります」
「戦う気はなくしてはいないということか」
「そのようです」
 ベルガンサはまた答えた。
「ですが避難している市民達に対しては攻撃を仕掛ける素振りは一切見せておりません」
「ふむ」
 モンサルヴァートはそれを聞いて頷いた。
「それでは彼等は約束を今のところ守っているということか」
「そう判断されて宜しいかと」
「連合軍の軍律は厳しいと聞くが」
「そうですね」
 ベルガンサは今度はそれについて答えた。
「規律は確かにいいようですね」
「ふむ」
「今まで掠奪や一般市民、捕虜への暴行は殆どありません。あってもすぐに厳罰の処されております」
「それもあの男の考えなのだろうか」
 モンサルヴァートはそれを聞いてふとそう呟いた。
「あの男といいますと」
「彼だ」 
 それに対して一言そう述べた。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その七


「八条義統だ。彼の他に誰がいる」
「今こちらに向かっている連合の国防長官ですね」
「うむ」
 彼はまた頷いた。
「どうやら軍律にはかなり厳しい考えのようだな」
「それ以外は至ってのどかな状況だと聞いておりますが、連合軍は」
「守ることさえ守っていればいい、か」
「そう言うと案外寛容ですね」
「連合だからか。やはり我々とはかなり違うようだな」
「ええ」
 エウロパ軍も軍律は厳しい。サハラにおいても一般市民に対して危害を加えたり略奪等は厳しく禁じられていた。これは武人、いや騎士としての誇り故であった。
 だが連合のそれは彼等とは考え方の根本が異なるのである。
「連合のそれは職業倫理だと思われます」
「つまり基本としては軍人としての考えではないのか」
「ですが彼等は軍人です。ただそもそも軍人に対する考え方が我々とは異なるのです」
「何でも彼等にとって軍人は職業の一つに過ぎないそうだな」
「はい」
 ベルガンサは答えた。
「それが彼等と我々の大きな差です」
「わからないな、そう言われると」
 モンサルヴァートは首を傾げさせた。
「軍人とは我等にとっては義務の一つでもある」
「はい」
 所謂高貴なる者の義務だ。
「だが彼等はそもそも貴族というものが存在しないな」
「彼等にとって我々は特権に胡坐をかく卑しい連中ですから」
「好きなことを言ってくれる」
 それに対してモンサルヴァートの返答は一言それだけであった。
「我々の考えはどうやら彼等には理解できないもののようだな」
「所詮は連合です」
 ベルガンサはシニカルにそう答えた。
「彼等は貴族ではありませから。当然エウロパを知ってはおりません」
「そうだ」
 そこにモンサルヴァートの答えがあった。
「彼等は結局我がエウロパのことは何一つ知らないだろう」
「はい」
「その彼等が何を言っても。やはり容易に信じられるものではない」
「それでは今回の停戦も」
「深く信用してはいない」
 モンサルヴァートはそう答えた。
「少なくとも私はな」
「そうですか」
「大体軍人というものが職業の一つに過ぎないという考えがわからない。我等は騎士だ」
「はい」
「エウロパを、そしてエウロパの力のない者達を守る、な。そうではないのか」
「いえ」
 ベルガンサはそれに対して首を横に振った。
「私もそう考えております」
「そうだな。それが我々の考えだ」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「だが価値観は一つではない」
 それが理解出来ない程彼は愚かでもなかった。
「彼等には彼等の価値観がある」
「はい」
「それに従えば彼等も正しいのだ」
「そういうことになりますか」
「うむ。ただ理解できるかできないかは別だ」
 それはまた別の問題であった。
「私には彼等のそうした価値観が理解できない」
「戦場に赴くというのが職業の一つに過ぎないということがですか」
「彼等は傭兵ではないのだろう」
「はい」
「我々と同じ国の兵士だ。それは同じだ」
 連合軍とエウロパ軍はそうした意味においては同じであった。
「だが根本が違う」
「騎士とは違うと」
「あくまで我々は騎士だ。タンホイザー元帥の言葉を借りるようだがな」
 タンホイザーも元帥に昇進していた。彼もまた貴族であるので昇進は早いのであった。無論そこには彼の天才的な戦術の才が第一であるのは言うまでもないが。
「彼等は軍人ということか」
「そういうことになるでしょうね」
「我々の考える軍人とは違う意味で」
「はい」
「やはり理解できない部分が多い」
 異なる世界のものに対して人間はえてしてそうである。これはモンサルヴァートも同じであった。
「如何ともし難いことだがな」
「残念なことですが」
「だが彼等が約束を守るのならばそれでよい。今はな」
「ですね」
 ベルガンサはその言葉に頷いた。
「彼等にも彼等の誇りがある」
 そう言って前にいる連合軍の大艦隊を見据えた。
「それは見てみたいものだ」
 モンサルヴァートはそうした意味においても騎士であった。彼は相手を軽く扱うつもりはなかった。
「敵の国防長官、一体どのような者か」
「会うのが楽しみではありますね」
「うむ」 
 彼等は戦場を見据えながら話を続けた。そして来るべき男のことを考えるのであった。

 連合軍は占領地においては極めて規律正しく真面目であった。一般市民への暴行等は厳しく禁じられていたのでそれは当然であったがそれを考慮しても彼等の行動は賞賛に値するものであったと言えよう。
「連合の軍隊だからどんなとんでもない連中かと思ったが」
 エウロパのジャーナリストの一人が取材において驚きの声をあげた。彼の会社のあった星系は占領されており連合軍の取材をせざるをえない状況であったのだ。
「こんな規律正しい軍隊はエウロパ軍の他にはない。いや、彼等以上か」
 そう評価した。母国の軍隊よりも規律が上だとまで言ったのであった。そこまで連合軍の規律は正しいものであった。
 掠奪や暴行はないと言っても等しかった。あることにはあったがそこには法が行き届き見逃されることはなかった。彼等は占領地においてあくまで戦場の紳士であり続けたのであった。
 占領された地域の国の首脳や王室には危害は一切加えられなかった。これまで通りの政務を認められた。ただ軍事施設は接収されていたがこうしたことも手続きを踏まえて行われていた。
 財産や安全も保障されていた。貴族の邸宅に土足で上がりこんだりすることはなく美術館や博物館から絵画や彫刻品、宝石といったものが持ち去られることもなかった。これには博物館員達が胸を撫で下ろした。彼等は占領されたならば全て持ち去られると思っていたからである。
 また連合軍は一般市民に対して親切に接するようにしていた。これは八条の直々の指示で行われていた。これは彼の考えによるものであった。こうして連合軍のエウロパにおいける評価はさらに高まった。敵の軍隊であるという現実は確かにあったがそれでも彼等の評価は高いものであった。
 だがそうしたこととは別の面で色々な問題が起こっていた。
「まずい」
 連合の兵士達はドイツのレストランに入って注文したメニューを食べて一言そう言った。
「味が薄い」
「いや、ない」
 それが彼等の評価であった。彼等にとってエウロパの料理はあまりに味が薄く感じられるものであったのだ。これはドイツ以外の国においても同じであった。
 連合の料理は味付けが濃い場合が多い。そして香辛料も多く使う。唐辛子や胡椒、そして多くの香草を使う。調味料もだ。その種類もまたエウロパのそれとは比較にならない程多い。そうした意味で連合の兵士達はエウロパの料理を味気ないものと感じたのであった。
「しかも量が少ない」
 そうした言葉もあった。連合においてはレストランでも家庭でも料理の量が多い。エウロパのそれと比べると倍程も違っていたのである。
 それは庶民の使うレストランだけで言えることではなかった。貴族達の店においてもそうであった。
「こんなのじゃ食べたうちには入らない」
 エウロパの料理は彼等にとっては甚だ不評であった。味も量も彼等を満足させることはできなかった。そして彼等はエウロパにおいて驚いたことがまだあった。
 貴族と庶民では食べるものが全く違うのである。連合においては金さえ出せば誰でも同じものが食べられるからこれは彼等にとっては考えられないことであった。
 庶民がザワークラフトやソーセージ、オムレツ、ポトフ等を食べる。それに対して貴族達は聞いたこともないような料理を食べる。基本的に貴族は庶民の、庶民は貴族のものを口にはしない。幾ら金があってもそうであった。
「何故貴方達は貴族の食事を食べないのですか?」
「お金はあるのでしょう?」
 連合の兵士達はエウロパの市民にそう尋ねた。尋ねられたのは一人の老人であった。
「連合では違うのですかな?」
「ええ」
「お金さえ払えば誰が何を食べようと構わない。まあ国によって食べ物はかなり違ったりしますが」
「連合ではそうなのですか」
 その老人はそれを聞いて逆にそう呟いた。
「貴方達にとってはそれが当然のことでしょう」
「勿論」
「誰が何を食べようと構わないのではないですか?食べても罰せられるわけではありませんし」
 エウロパにおいてもそうした自由はある。誰が何を食べてもよい、悪いということを定める法はエウロパにはないのである。なおサハラでは豚等を食べず、マウリアでは牛を食べないのは宗教的な理由である。エウロパにおいても連合においてのその信条からベジタリアンであったりする場合があるがこれもまた別である。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その八


「身の程、というやつです」
「身の程?」
「はい」
 老人は静かに答えた。
「平民には平民の、貴族には貴族の身の程があります」
「そんなものがあるのですか」
「はい」
「ううむ」
 兵士達はそれを聞いて首を傾げて考え込んだ。
「私達はお互いにそれぞれの社会には入り込まないようにしているのです。まあ使用人として使われることもありますがそこでもお互いのことには入り込まないですね」
「貴族が平民を搾取しているとかそういうことはないのですか?」
「搾取?」
 老人は兵士の一人のその言葉に目を丸くさせた。
「私達が搾取されているのですか?」
「ええ」
 その兵士は答えた。
「貴族は自分達の為だけに貴方達を色々と使ったりしているのでしょう?」
「その財産まで取り上げることもあるとか」
「まさか」
 老人はその言葉を笑い飛ばした。口を大きく開く。
「そんなことは有り得ませんよ」
「本当ですか!?何でも貴族達は横暴で独善的で」
「貴方達を平民と蔑んでいるとか」
「確かに私達は平民です」
 老人は率直に答えた。
「ですがこれはちゃんとした身分ですよ。別に蔑まれているわけじゃありません」
「そうなのですか」
 兵士達はそれを聞いて意外といった顔をした。彼等は今まで貴族は悪そのものと思っていたのだ。そう考える連合の者も多かったのである。
「確かに身分があるのは事実です。連合にはありませんね」
「ええ」
「人間は皆能力とかそうしたもの以外は同じですから」
 これは連合の考えであった。あくまで連合の考えである。
「それは我々もわかっています」
「それでは何故」
「まあ国のあり方の違いですね」
 老人はそう答えた。
「国の?」
「はい」
「それはどういうことでしょうか」
 兵士達はそれを聞いてさらにわからなくなった。
「貴方達は二十世紀に建国された国が多いですね」
「ええ、まあ」
「中にはそうではない国もありますが」
 しかしそれは日本やエチオピア、タイ等少数である。かって植民地だった国、宇宙進出以後に建国された国が連合の大勢であった。
「そこに答えがあります」
「そこに!?」
「ますますわからないのですが」
「つまり貴方達の国のスタートはそこからですね」
「はい」
「価値観もそこからです。ですが我々はそれより前に価値観があるのです」
「フランス革命の時ですか?」
「残念ですが違います」
 老人は兵士の一人の問いに首を横に振った。
「あの時から価値観が戻りまして」
「はあ」
「議会政治はそのままでね。これは御存知ですね」
「勿論です」
 これは彼等も知っていた。エウロパにも議会があり選挙が行われる。ここでは平民出身の議員も大勢いるのである。
「貴族というのは決して悪ではないのです」
「そうでしょうか」
「ほら、人間の社会はやはりある程度はピラミッドになりますね」
「はい」
 彼等は軍にいる。だからこれはよくわかった。軍は大統領を最高司令官にその下に国防長官がおり、そして制服組の階級が続く。完全にピラミッド型の社会なのである。
「秩序を維持する為に」
「そう、秩序です」
 老人はその言葉を指摘した。
「秩序?」
「我々にとって貴族は指導し、守ってくれる存在なのです」
「そうなのですか」
「貴族に対する法と処罰は我々に対するものより遥かに重いのは何故だかおわかりでしょうか」
「何故でしょうか」
「それは彼等が責任ある立場にいるからです」
「責任ある立場」
「言い換えると高貴な者だからでしょうか」
「高貴な者だと刑罰なんかも重くなるのですか」
「はい」
 老人は言い切った。
「責任ある立場ですから。軍でも将校と下士官、兵士では処罰が違うでしょう」
「ええ」
 連合においてもサハラ各国の軍においてもこれは同じである。同じ不祥事が起こっても将校と下士官及び兵士とでは処罰が違うのである。下士官や兵士に対しては手心が加えられたりするが将校にはそれが一切ないのである。
「それと同じです。こう言うとわかり易いでしょうか」
「まあ」
「そう言って頂けると」
「確かに分けられていますしね。学校の教育の段階から」
「そうみたいですね」
 エウロパにおいては平民の学校と貴族の学校で分けられている。流石に大学ではそうではないがそもそも大学に入るのも色々と子供の頃から検定がある。テストに受かれば誰でもどんな大学に入れる連合とは違うのである。なお連合においてはどの国にいても連合にあるどんな大学もテストを受けることができる。条件は高校を卒業しているかどうかだけである。ちなみに連合もエウロパも市民ならば移動は自由であるし選挙権もある。連合内、エウロパ内にある全ての国への移動、選挙の自由が保障されているのである。
「そして納税とかも。貴族と平民では違うのですよ」
「やはり貴族の方が色々と多いのですか」
「はい。そうしたことに特権はありません」
「意外と貴族にも厳しいのですね」
「当然ですよ。貴族には責任がありますから。あと一番厳しいのは私達に対することですね」
「それですか」
「間違っても貴族は平民に害を及ぼしてはならない。これはエウロパにおいては最も恥ずべきこととされています」
「例えばですが」
 兵士の一人が尋ねた。
「貴族が平民を殺した場合はどうなりますか?」
「爵位や貴族としての身分、財産等を全て没収されたうえで死刑です」
「厳しいですね」
「当然ですよ。貴族は平民を守るのが仕事なのですから」
「はあ」
「高貴なる者には責務が伴うということです」
「それを聞くと本当に連合とは違いますね」
「食べるものが違うというのもそうした事情からでしょうか」
「そうでしょうね」
 老人は答えた。
「例えば軍においては貴族、すなわち将校は食費も服も全て自分持ちです」
「えっ、それは本当ですか!?」
 連合の兵士達はそれを聞いて皆驚きの声をあげた。
「ええ」
 老人は彼等が驚いたのを見て少しキョトンとしながら答えた。
「連合では違うのですか」
「勿論ですよ」
 彼等はそう答えた。
「それは国が支給してくれるものでしょう?」
 連合では兵士も下士官も将校も同じ食堂で同じものを食べる。従って食費も国の費用で、ということになるのだ。軍服も同じである。ただ官給品であるので質が今一つということで業者がいる。彼等は将兵に軍服や靴、階級章等を売ることでかなりの利益をあげているのだ。中には特注する者もいる。
「貴族に関しては違うのですよ」
「はあ」
「そもそも食べているものがまるで違いますし」
「そんなにですか」
「戦艦等では音楽を奏でながらの食事となりますよ。ワイン付で」
「贅沢ですね、それは」
「その演奏者の費用も彼等が負担します。かなりの高給で」
「何か放送かければいいような」
「ははは、それでは雰囲気は出ませんよ」
 老人はそこでまた笑った。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その九


「生の演奏だからこそいいのです。違いますか?」
「それはそうですが」
「コンサートも生の演奏だからこそ行われるのでしょう?」
「はい」
 兵士達はそれに答えた。
「それだからですよ」
「しかし贅沢と言えば贅沢ですね」
「我々では考えられない」
「あくまで軍艦のみですよ」
「軍艦といいますと」
「巡洋艦、空母、して戦艦ですね」
「あれ」
 それを聞いて連合の兵士達はあることに気付いた。
「あの」
「何でしょうか」
「駆逐艦や護衛艦、砲艦といったものはそちらでは軍艦には含まれないのですか?」
「はい」
 老人は当然といったようにそれに答えた。
「連合では違うのですか?」
「ええ」
「軍属にあるのは全て軍艦ですから。補給艦や揚陸艦も含めて」
「艦長は皆中佐待遇以上になります。まあ色々とありますが」
「そうなのですか」
「はい。どうもそこにも違いがありますね」
「そのようですね。私達も貴方達を見て色々と驚いていますよ」
「私達をですか?」
「ええ。何しろ大きい」
「大きい」
 ここで彼等は自分達を互いに見合った。見れば連合の兵士達とその老人とでは頭一つ違った。
「連合の兵隊さんは皆そんなに大きいのですか?」
「え、いや」
 彼等はそれを聞いて少しキョトンとした。
「これで連合では普通位ですよ」
「はい、まあ個人差は当然ありますけれどね」
「そうなのですか」
「見たところ我々と貴方達では背がかなり違いますね」
「それにエウロパの中でも。貴族と平民では頭一つ程違うような」
「やはりこれも個人差がありますが」
「食べているものの違いでしょうか」
「食べているものの」
「ここでもですか」
「そうですね。貴方達はやはり色々なものを食べられますね」
「ええ、まあ」
 彼等はまた答えた。
「恐竜なんかも食べますし」
「マンモスも」
「美味しいのですか?」
「美味しいですよ」
「恐竜は鳥に似ていますね。そしてマンモスは案外柔らかい」
「はあ」
 これには老人も驚いていた。
「そんなものまで」
「はい」
「意外とね。美味しいものですよ」
「他には鯨も。もっとも特定の国だけですが。これを食べるのは」
「ちなみに日本人は恐竜も鯨も刺身にして食べます」
「恐竜の刺身」
「これも美味しいそうです。日本の名物料理の一つです」
「アメリカだとフライドサウルス、中国だと唐揚げになりますよ」
「あとはカレーに入れたり。ブロントサウルスとティラノサウルスでまた味が違います」
「しかしそれでもモササウルスの刺身には驚いたな」
「ああ、あれはな。日本人の考えることはわからん」
「韓国だとキムチと一緒に鍋にしていたな。あれはあれでいい」
「そうか?タイ風の方があれには合っている」
「それは御前がタイ人だからだろ」
「まあそうだがな、ははは」
「ふうむ」
 老人はそれを聞きながら冷静さを次第に取り戻してきていた。だがまだ信じられなかった。
「我々はそうしたものはあまり食べませんで」
「そのようですね」
「エウロパの下士官や兵士の食事ですが」
「はい」
「あれがそちらでは標準的な食事でしょうか」
 エウロパの下士官及び兵士達の食事は彼等も知るようになっていた。これまでの戦いで捕虜を得ている。そこから彼等も情報を手に入れているのである。
 その食事の内容は極めて質素なものであった。朝はソーセージにパン、ジャガイモのバター煮と黒パンだけであった。それに対して将校は朝から多くの肉や果物に囲まれているのだ。そしてワインまでついている。
 昼も大体同じだ。ザワークラフトやオムレツ、パスタ等である。量こそはそれなりだが。そして将校達はフルコースである。音楽の中で食事を楽しむ。側には従兵までいる。
 夜は少しましになる。ハンバーグや肉料理である。だがそれも連合の者から見ればやはり質素である。彼等はそれを聞いて大いに驚いたのである。
「あれは軍隊だからですよ」
「そうですか」
「多分食べているものの内容の水準はそちらと変わりがありません」
「では何故体格に差が」
「混血もあるでしょうが」
 連合は言わずと知れた混血勢力である。アジア系もヨーロッパ系もアフリカ系も関係なく混血している。アメリカ大統領マックリーフのように金髪碧眼の黒人というのも多い程である。
「あとは食べている量。貴方達のあの食べる量には驚かされました」
「栄養の差、ですか。量における」
「ええ」
「そしてその内容ですね。恐竜とかマンモスとかそういうものを食べているせいでしょうか」
「動物性タンパク質、ということでしょうか」
「それはそちらも」
「同じ動物性タンパク質でも牛と鳥では栄養が違いますね」
「ええ」
「全く別物です」
「貴方達は我々のように羊や牛、豚等だけを召し上がられているわけではありません」
「はい」
「色々と召し上がられる。だからではないですか」
「ではそちらの貴族の方々は」
「もう我々と貴族は別の存在ですので。我々は決して混血しないのです」
「それはそちらになりますか」
「そう考えられています。まあ元々そうでしたから」
 欧州の貴族と平民は基本的に異なる民族である。イギリスにおいては平民はケルトの末裔やアングロサクソンであった。それに対して貴族達はノルマンであったのだ。
 貴族と平民は混血しない。そのまま民族的には異なるままであるのだ。
「あれは食べ物の問題はそれ程ではないかと」
「そうですか」
「我々もワインをいつも飲んでいますし。質こそは違えど」
「そう、それです」
 ここで兵士の一人が老人に対してそう言った。
「エウロパではごく普通に酒を飲んでいますね」
「どういう意味でしょうか」
 老人はそれに問うた。酒は連合でも広く飲まれているからだ。サハラにおいても今は同じである。
「それはそちらも同じ筈ですが」
「いや、これは失敬」
 彼はそれを受けてまずは謝罪した。
「朝や昼に、という意味です。将兵の食事にもついておりますね」
「はい」
 ただし下士官及び兵士はビール、将校はワインが普通である。
「あれはいいのでしょうか」
「何か悪いのですか?」
 老人は逆にそう問うてきた。
「私は別にそうは思いませんが」
「あの」
 話を聞きながら別の兵士が尋ねてきた。
「エウロパでは飲酒運転とかはないのですか」
「飲酒運転ですか」
「はい。連合ではアルコールを帯びて車に乗ってはいけないのですが」
「それはありませんね」
 老人はそう答えた。
「我々にとっては酒は飲み物の一つでしかありませんから」
「それもエウロパの伝統でしょうか」
「そうでしょうね。我々は昔からごく普通に酒を水の替わりとして飲んできましたから。それは今でも変わりがありません」
「だからですか。艦内でも酒をおおっぴらに飲めるのは」
「連合では違うのですね」
「勿論ですよ」
 兵士達は口を揃えてそう答えた。
「酒を飲みながら戦える筈がないじゃないですか」
「それはまた窮屈な」
「そう言われるとそうですが」
 ロシア出身の兵士がそれに同意した。
「何分快く飲むことができないのが連合軍でして」
「おい」
 それに他の兵士達が突っ込みを入れた。
「ロシアはまた特別だろうが」
「御前の国はまた飲み過ぎだ」
 ロシアは連合きっての酒の産出国として知られている。ロシア伝統のウォッカだけでなく今ではワインやビールもよく製造されている。そしてそれを真っ先に消費するのがロシアなのである。ロシア人の一人当たりのアルコール消費量は連合一であった。エウロパのどの国よりもそれは上であった。マウリアやサハラ各国よりも上なので実際には人類一のアルコール消費量であった。
「酒を飲めるのは健康な証拠だ」
 ロシアの兵士はそう反論した。
「御前等だってかなりいける方じゃないか」
「御前程じゃないぞ」
「一緒にするな」
 彼は同僚達にそう反論された。ロシア人は気が長く忍耐強いことでつとに知られているが酒がなくなれば即座に暴動を起こすとまで言われている。彼等にとって酒はそれ程にまで大切なものであるのだ。
「まあロシアのことは私も聞いております」
「おお」
 ロシアの兵士は老人の言葉を聞いて機嫌をよくさせた。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その十


「ご老人は本当に話がよくわかっておられる」
「ですが我々とロシアの方々のお酒の飲み方はかなり違いますな」
「そうなのですか」
「はい。ロシアの方々は食後に飲まれますな」
「ええ」
 ロシアの兵士はそれを認めた。
「我々は食事と一緒ですから。そこが違うのです」
「そうなのですか」
「ええ。あくまで酒は飲み物なのですから」
「ジュースと同じなのですね」
「簡単に言うとそうですね」
「ふむ。よくわかりました」
 兵士達はそこまで聞き頷いた。
「どうも連合とエウロパは本当に何から何まで違っていますね」
「そうですね。それは私も感じました」
 老人はそう言葉を返した。
「まさかここまで違うとは。いや、いい勉強になりました」
「ご老人」
 兵士の一人があらためて彼に尋ねた。
「かなり博識と見受けられますがそれだけの知識を何処で見に着けられました?」
「いえ、仕事で」
「仕事で」
「はい。学校の教師をしておりましてね。それで色々と勉強したのですよ」
「ふむ、学校の先生でしたか」
「今は校長をしておりますよ。ヘンリー=テューダー校でね」
「ヘンリー=テューダー校」
「はい。公立の学校でして。その地区の名前をそのまま学校の名前としたのです」
「そうなのですか。公立ではよくある話ですね」
「実は私も同じ名前です」
 老人は笑いながらそう答えた。
「えっ、それは本当ですか?」
「はい」
 彼は頷いた。
「両親が一番覚え易い名前がいいということで。それでつけられたのです」
「それはまた」
「両親には感謝していますよ。おかげですぐに名前を覚えましたし」
「そうでしょうな」
 自分の住んでいる街と一緒なのであるからそれは当然であった。
「また宜しければ学校においで下さい。また色々とお話しましょう」
「はい」
 それからも兵士達とテューダーの話は続いた。そしてこの戦いの後このテューダー先生は兵士達との話を一冊の本にまとめた。そしてそれは連合とエウロパの文化を比較研究するうえで重要な資料となったのであった。

 だがそうしたやりとりの中でも戦争は続いていた。連合とエウロパはエウロパの領土内で激しい戦闘を続けていたのである。だが南方だけは今は例外であった。
「敵の国防長官が到着したそうです」
 モントローズ要塞にいるモンサルヴァートにそう報告が入った。
「遂にか」
 モンサルヴァートはそれを受けて頷いた。
「はい」
 報告をした若い将校がそれに答える。見れば彼の顔は表情がなく締まったものとなっていた。
「それではいよいよ交渉の開始だな」
「停戦及び総督府の市民達の安全についてですね」
「そうだ。今総督府では遂にティムールが侵攻を開始した」
「シャイターン主席自ら兵を率いているそうですね」
「そのようだな。それを見ても彼等が本気で総督府を全て手中に収めようとしているのがわかる」
「はい。そして今我等は彼等を抑えることができません。それ故に総督府を放棄したのですから」
「残念だがな。その通りだ」
「今重要なのは市民の安全です」
 将校はそれを受けてそう述べた。
「私はそう考えますが」
「私も同じだ」
 モンサルヴァートもそれに同意した。
「それがわかっているから彼等も停戦を申し出てきたのだろう。しかし」
「しかし?」
「相手からその話が出て来たのがな。どうにも気に入らない」
「我等から出るべき話だったということでしょうか」
「我々からか」
「はい」
 その士官は頷いた。
「違うでしょうか」
「我々がそれを言い出すことができると思うか?」
 モンサルヴァートは答えるかわりにそう問うた。
「それは・・・・・・」
「言えないだろう」
 口篭もるその士官に対してそう述べた。
「そういうことだ。自国の市民の安全を他国、しかも敵国に要請する国が何処にある。それだけは何があってもできない」
「そうでした」
「だが敵からそれを申し出た時には受けることもできる。それは彼等が最もよくわかっていることだ」
「だからこそ申し出てきたのでしょうか」
「だろうな。これは連合、そして連合軍にとっては実にいい手だ」
「よいのですか」
「悪いと思うか?」
 モンサルヴァートは彼にそう問うた。
「市民に銃を向けない軍ということを宣伝できるのだ。そして連合中央政府は敵国の者といえど銃を持たない者に対しては決して危害を加えないということの宣伝なのだぞ」
「それだけで彼等にとっては大きな宣伝ということでしょうか」
「そうだ。そしておそらくそれだけではない」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「彼等は取引も要求してくるだろうな」
「取引ですか」
「丁度格好の材料がここにはある」
「この要塞ですか」
「そうだ。これ以上の取引材料はないだろう。彼等はそれをどうするか、だ」
「それですか。困ったことになりますね」
 士官は暗い顔になった。
「この要塞を彼等に明け渡すことになれば。南方の戦いは実質的に敗戦です」
「実質的に、か」
「はい」
 士官は答えた。
「違うでしょうか」
「半分は正解だ」
 モンサルヴァートはそれに対してそう答えた。
「だが半分抜けている」
「どういうことでしょうか」
「確かにモントローズを明け渡すだけで南方の戦いは我等の敗北になると思っていい」
「はい」
「だがそれでも我々はこの戦いには負けたことにはまだならないのだ」
「あっ」
 士官はそれを言われてハッとした。
「成程、そういうことでしたか」
「そうだ」
 彼は頷いた。
「南方を失うのは確かに痛手だ。総督府もな」
「はい」
「だがそれだけで戦いは終わったのではないのだ。それはよくわかってくれ」
「わかりました」
 彼はそれに答えた。
「そうなると問題は中央でしょうか」
「だろうな」
 モンサルヴァートは口に手を当てて考えながらそう述べた。
「今中央にはシュヴァルツブルグ閣下が精鋭部隊を率いて展開しておられる。だが連合軍もそこに主力を向かわせている。戦いは熾烈なものになるだろう」
「はい」
「既に北でも我等は撤退をはじめている。残念なことだがな」
「ヴァルハラ星系はやはり放棄せざるを得ないでしょうか」
「既に放棄は規定事項だ。これも止むを得ない」
「無念です」
「無念だと思うか」
「はい」
 彼は感情を隠そうとはしなかった。はっきりとモンサルヴァートに対してそう言った。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その十一


「私もエウロパの軍人です。それは否定しません」
「そうか」
 モンサルヴァートはそれを黙って聞いていた。
「それは閣下も同じではないでしょうか」
「否定はしない」
 一言そう答えた。
「私もエウロパの軍人だからな」
「ならば」
「臥薪嘗胆という言葉を知っているか」
「臥薪嘗胆?」
 士官はそれを聞いてキョトンとした。
「知らないか。中国の言葉だが」
「申し訳ありません」
「連合のことを知っている者は少ないな。だからこそ」
 モンサルヴァートはそれを聞いて顔を暗くさせた。だがそれは一瞬で消してその士官に対してまた言った。
「いや、いい」
「はあ」
「わかりやすく言おう。ブラウベルグのことだ」
「彼のことですか」
「そうだ」
 言わずとしれた今のエウロパの建国者であった。エウロパにおいては国父とさえ謳われている。
「彼が欧州のリーダーになった時欧州は完全に彼等の後塵を拝していた」
「彼等は力と数をものに横暴の限りを尽くしていました」
 これはエウロパから見方である。連合から見れば狡猾なエウロパに力を合わせて勝利したことになる。正義というものも立場によって変わるし勝利ならば尚更であった。
「それに対して彼は最初は耐えた」
「はい」
「何故だかわかるな」
「無論です」
 士官は強い声でそれに答えた。
「機を待っていたのです。力を蓄え、そして彼等に対抗できるようになるまで」
「そういうことだ」
 モンサルヴァートはそれに合格を出した。
「そしてヘンリー=スチュワートも」
「はい」
「彼もまた同じだった。その想いを胸にここに辿り着いたのだ。このエウロパの地にな」
「何時の日か彼等に打ち勝つ為に」
「勝つ為には時として耐えなければならない。辛くともな」
「それが臥薪嘗胆の意味だったのですか」
「そうだ。エウロパではもう使われなくなりだしている言葉だがな」
 モンサルヴァートはそう述べた。
「連合の諺だからといって忌避することはない。覚えておいて損はないぞ」
「はい」
「今が耐える時ならば耐える。それも軍人だ。屈辱にも忍ばなくてはならない時もある」
 言葉には血が滲んでいるようであった。モンサルヴァートも今の状況には不満がある。だがそれでも言わざるを得ない状況であったのだ。
「今は、だ」
 彼は続けた。
「耐える時だということはわかってくれればいい。機が来るのを待て」
「わかりました」
 士官はそれに応えて敬礼した。
「それでは閣下の御言葉に従います」
「うむ。ところでだ」
 話題を変えた。
「彼等は交渉の場を何処でしたいか、だ」
「我々が提案してもいいですね」
「そうだな」
 モンサルヴァートはそれに同意した。
「こうしたことも駆け引きだ。場所を何処に設けるかでまた異なってくる」
「はい」
「すぐにそれについて話そう。幕僚達を呼んでくれ」
「わかりました」
 士官が敬礼したその時にモナコが部屋に入って来た。
「閣下」
「どうした」
「今しがた連合の方から電報が入りましたが」
「連合から?」
「はい」
 モナコは頷いた。
「御覧になられますか」
「うむ」
 見ないではおられなかった。モンサルヴァートはそれに同意した。
「行こう。司令室だな」
「はい」
 モナコは頷いた。そしてモンサルヴァートに対して述べた。
「それではすぐに」
「うむ」
 こうしてモンサルヴァートはモナコとその若い士官を伴って要塞の司令室に向かった。そこには彼の幕僚達と要塞司令官であるオランケ=ヴァン=ホーリック元帥がいた。彼はオランダ貴族出身である。
「ようこそ、閣下」
「はい」
 かって彼はモンサルヴァートの上官であった。彼が軍務省にいた時の直接の上司であったのだ。そしてモンサルヴァートは伯爵家であるが彼は侯爵家である。国は違えど爵位は関係がある。だから彼もホーリックに対してはいささか腰が低いのである。エウロパの貴族社会では爵位は大きな意味を持っているのである。
「連合から電報が届いているそうですか」
「はい」
 それにはプロコフィエフが応えた。彼女もここに来ていたのである。
「こちらです」
「うむ」
 プロコフィエフから一枚の紙を受け取った。そこにはラテン語で文が書かれていた。
「ラテン語か」
 モンサルヴァートは最初にそれに気付いた。
「はい」
 プロコフィエフとベルガンサがそれに頷いた。
「どうやら我々に配慮したものであるようですが」
「結構なことだな」
 モンサルヴァートはそれに苦笑した。
「我々も銀河語は読めるが」
「それはそうですが」
 だがそれに対してターフェルが苦い顔をした。
「何分複雑な言語ですから。文字を覚えるのだけで苦労します」
「あれはな」
 それにはモンサルヴァートも同意した。
「アルファベットだけではない。漢字や平仮名まで使われている。キリル文字やヘブライ文字も入っていたな」
「ハングルやアラビア文字もありますよ」
「他にも」
「そうだ。一体どれだけの文字があるのかわからないが。不思議な言葉だ」
「どうもかっての日本語のように複数の文字を組み合わせた結果のようですね。長い歴史のうちにああなったのだとか」
「確かかっては英語を使っていたのだな」
「はい」
 プロコフィエフがそれに答えた。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その十二


「英語と中国語を。最初は連合の公用語はこの二つ程だったといいます」
「そうだったな、確か」
 これは普及に基づいて決められた。最初はそれをもとにそれぞれの国の言葉が使われていた。だが交流が進むにつれてそうした言葉も英語と中国語に混ざったのである。なお連合の英語はアメリカ英語である。エウロパでは英語と呼んでいたが連合においては米語と呼んでいた。カナダやオーストラリアの英語とはまた違う言葉であった。所謂キングス=イングリッシュとは違い砕けており、またスラングも多い。だがかってロンドンのダウンタウンで話されていたコックニーとも全く違う。そうした独特の言葉であった。文法や単語の殆どが同じであっても発音や表現が全く異なっているのである。
 この米語と中国語も融合した。そして遂には一つの言葉となった。話し手の多い日本語やロシア語も入った。こうして今の銀河語が誕生したのである。彼等にとってはこれが普通の言葉であった。エウロパのラテン語やマウリアのヒンドゥー語と同じものであった。彼等にとっては。
「それがあそこまで変わるか」
「歴史が変わるとね。そうなります」
「我々はまだ英語やドイツ語を使っているというのにな。わからないものだ」
 エウロパの各言語はラテン語から派生している。だから残ったのである。
「それで今ラテン語で送ってきた。ふむ」
 そう言いながら文章を読む。見ればかなり綺麗な文章である。
「連合の者のラテン語とは思えないな。いい文章だ」
 モンサルヴァートはそれを見ながら呟いた。
「よく勉強している。連合にここまで見事なラテン語を書くことのできる者がいたとはな」
「そして何と書いてありますか」
 アローニカが問うた。
「まあ落ち着いてくれ」
 モンサルヴァートは彼を嗜めながら読み続けた。
「もうすぐ読み終わるからな」
「はい」
 彼はそれを受けて気を鎮めさせた。そしてそれからすぐにモンサルヴァートはその電報を読み終えた。
「成程な」
「どのような内容でしたでしょうか」
「交渉についてだ」
 彼は一言でそう述べた。
「交渉の」
「そうだ。八条長官から直々にな。停戦について交渉したいと申し出の電報だった」
「八条長官からですか」
「どうもこの電報自体が彼が直接打ったもののようだ。文章もな」
「ううむ」
 エウロパの将達はそれを聞いて考え込んだ。
「敵の将自ら申し出てきたのですか」
「何かあるのでしょうか」
「いや、それはないだろう」
 モンサルヴァートは企みの可能性を一蹴した。
「何かあるのならわざわざ自分の手で電報の文章まで書いたりはしない」
「はい」
「だが駆け引きはある。それも踏まえて自分の手で電報を打ったのだろう」
「駆け引きですか」
「そうだ」
 モンサルヴァートは応えた。
「これが一士官が打った電報ならば問題はない」
「しかし連合中央政府の国防長官ともなれば話が違う、と」
「そういうことだ。だからこそ彼はあえて自分の手で打った」
 モンサルヴァートはそう述べた。
「そういうことですか。そして交渉の場は」
「彼等の艦においてだ」
「彼等の」
「ティアマト級巨大戦艦テスカトリポカにおいて行いたいそうだ。私に対して来て欲しいと書いてある」
「閣下に」
「そうだ。見てくれ」
 ここで周りの者にその電報を見せた。そこにははっきりと新ラテン語でヴォルフガング=フォン=モンサルヴァートの名が書かれていた。そして確かに彼に来るように書いてあった。
「ここに確かに書いてあるな」
「はい」
 皆それを見て頷いた。
「確かに私に来て欲しいと書いてある。さて、これについてどう思うか」
 あらためて問うてきた。
「どう思うか、ですか」
「そうだ。これに対してどうするべきか」
「それですが」
 意見を求めてきたのである。それに対してゴドゥノフが答えようとする。だがそれよりも先にプロコフィエフが述べた。
「行かれるべきだと思います」
「参謀総長はそう思うか」
「はい。彼等も呼んだからにはそうそう無体なことはしないでしょう。ましてやそれは国防長官の直筆の電報です」
「うむ」
「何かあればそれがすぐに彼等の信用に関わります。おそらく彼等は何があっても閣下の御身を守るでしょう」
「そうか。確かにな」
 モンサルヴァートはそれを聞いて頷いた。
「その通りだ。よし」
 これで意を決した。
「それでは彼等の招待に応えよう。それでは行くぞ」
「はい」
 まずはプロコフィエフが頷いた。そして他の者も頷いた。
「それでは参りましょう。我等も御供致します」
「有り難う。それではその間の要塞の防衛はホーリック元帥にお願いしたいですが」
「わかりました」
 ホーリックはそれを受けて敬礼した。こうしてモンサルヴァートは敵陣に赴くこととなった。彼に従う多くの幕僚達が彼の周りを固め同行した。

 彼は乗艦であるリェンツィに乗り込み出港した。そしてモントローズ要塞を離れ敵陣に向かった。前には星の大海を埋め尽くさんばかりの大軍が展開していた。
「ふむ」
 モンサルヴァートはそれを見て目の光を変えた。
「見事な布陣だな。理に適っている」
「はい」
 傍らにいたモンサルヴァートがそれに同意した。
「敵ながら見事です。寸分の隙もありません」
「確かにな。そして艦がどれも大きい。見よ」
 そう言いながら目の前に映る駆逐艦を指差した。
「あれは駆逐艦だな」
「はい」
 ベルガンサがそれに応える。
「我が軍の軽巡程はある。武装もなl。我が軍ではあれは駆逐艦とは言わない」
「それだけではありませんな」
 アローニカが言った。
「あれは空母ですが」
「うむ」
 彼は四段の独特の形をした空母を指差した。
「あれには我が軍の二倍もの艦載機が搭載されております」
「そして一度に出撃させるそうだな」
「ええ。そしてその艦載機もかなりの強さです。特に火力と防御力に秀でております」
「それは連合の艦艇にも言えます」
 ゴドゥノフが述べた。
「恐ろしいまでのしぶとさです。あの駆逐艦にしろ戦艦の主砲の一撃だけでは沈みません」
「まさか」
 それを聞いた幕僚の一人が驚きの声をあげた。
「嘘だと思うか」
「駆逐艦がそこまでの生存力を持っているとは」
「あれは我が軍では軽巡だな」
「はい」
「ならばわかるだろう。そういうことだ」
「むむむ」
 その幕僚はそれを聞いて唸った。実際に見てみなければわからないがあの駆逐艦がエウロパにおいては到底駆逐艦とは言えるような代物ではないことはよくわかるからだ。
「砲艦やミサイル艦もあるな」
「あれの一斉攻撃には苦しめられました」
 ターフェルが述べた。
「まずは巨大戦艦の攻撃とあれ等の一斉攻撃からはしまりまして」
「そうらしいな」
 連合軍の攻撃はかなりオーソドックスなものである。まずはティアマト級巨大戦艦の巨砲の射撃からはじまり、そして砲艦とミサイル艦が攻撃を仕掛ける。その後戦艦と重巡が主砲で攻撃し軽巡や駆逐艦を伴って突撃する。この時砲艦やミサイル艦は援護射撃に徹する。そして側面や後方には高速戦艦の部隊が周り込む。敵を陽動すると共に彼等を挟撃するのである。こうしてかなりのダメージを与えたところで止めをさす。
 空母のそれを主とした艦載機を出撃させるのである。それで徹底的に叩く。彼等の戦術はある意味機械化されておりセオリーに従ったものでしかない。だがそれだからこそ威力があった。連合軍の艦艇の性能及び物量を考慮したものであり、最良の戦術だからである。それに対処できるような数はエウロパにはなく、だからこそ彼等は敗北を重ねていたのである。
「そして最後に空母が。ですが我が軍にとっての最大の脅威はそれではないです」
「それは精神的な意味で、だな」
「はい」
 ジャースクが答えた。
「やはりあの巨大戦艦が問題です」 
 そう言いながら目の前にいる巨大戦艦を指差した。そこにいるティアマト級巨大戦艦はその巨体を宙に浮かべていた。それだけで周囲を圧していた。
「あれの巨砲及び主砲の威力もさることながら」
 彼は言葉を続けた。
「存在だけで脅威となっております。あの威容が将兵に与える影響はかなりのものです」
「そのようだな」
 それはモンサルヴァートも聞いていた。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その十三


「あの巨大戦艦一隻で一個艦隊に匹敵する戦力もあるとも聞いている」
「はい」
 ジャースクは答えた。確かにそれだけの戦力があの巨大戦艦にはあった。一個艦隊が退けられたこともあった。それ程までにあの巨大戦艦の戦闘力は大きなものであるのだ。
「そして精神的な影響は一個艦隊の比ではありません」
「そう、それこそが問題でして」
 マトクも述べた。
「あの巨大戦艦が姿を現わしただけで戦意を喪失するような者まで出ております。おそらくそれも考えてあれを開発したのでしょうが」
「だとすれば連合軍もさるものだな」 
 モンサルヴァートはそう呟いた。
「最初情報部からの報告を聞いた時にはまさかと思ったが」
「こうした心理的な効果も狙ったものだったとは。ですがそれを何とかしませんと」
「我等に勝利はない」
 一言そう言った。そして唇を固く引き締めさせた。
 そうした話をしているうちに八条が乗艦するテスカトリポカのいる陣の最深部に辿り着いた。そこにも連合軍の艦艇が集結していた。
「やはりな」
 モンサルヴァートはその艦艇を見て呟いた。
「ここに巨大戦艦を集結させている」
「はい」
 見ればここにティアマト級が特に多かった。そしてその中央に一隻あった。それがテスカトリポカであるのは言うまでもないことだった。
「確かアステカの戦いの神だったな」
「え!?」
 皆モンサルヴァートのその言葉を聞いて声をあげた。
「いや八条長官の乗る艦の名のもとになっている神のことだ」
 モンサルヴァートは諸将が何のことかわからないのを見てそう説明した。
「ああ、それのことですか」
 皆それを聞いて納得する。だが中にはまだよくわかっていない者もいた。
「あの」
 その中の一人ニルソンがモンサルヴァートに問うてきた。
「神ですか」
「そうだ」
 モンサルヴァートはそれに答えた。
「アステカというのはかって中南米にあった文明の一つだ」
「それは知っていますが」
「その文明にも神話があり神々がいた。テスカトリポカはその神の一人だ」
 そう説明した。
 アステカ文明は中南米に発展した文明の一つである。マヤ文明と時として並び称されかなり高度な文明であった。その特徴としては高度な数学や天文への知識であった。残念なことにスペインの侵略でそれはかなり破壊されてしまったが今ではそれでもかなりのことがわかっている。破壊されても残るべきものは残り、何時の日か人々の前に姿を現わすのである。
 テスカトリポカはその中の神の一人である。時として魔神と呼ばれる。戦いの神であると共に恵みを台風に飼え人々に与える。生け贄を好む等残虐な一面もあるが七面鳥の変装を好み全ての階層に対して親しかった。主に戦士階級に信仰されていた神であるが他の階級にも信仰されていた。アステカの神々の中ではとりわけ有名な神であり今の連合においては戦いと台風の神として信仰されている。
「そして今連合では戦いと台風の神とされている。アステカの神々の中でな」
 モンサルヴァートもそれについて言及した。
「そうなのですか」
「うむ」
 そして頷いた。
「連合では信仰されている神も多い」
 そしてまた言った。
「アステカだけでなくエジプトやケルト、スラブのかっての神々も信仰されている。当然日本や中国の神々もその中にはある」
「多いですね」
「それだけ多様な文化を持っているからな。ゾロアスター教も信仰されているしな」
「あ、それは知っております」
 ニルソンが声をあげた。
「ツァラトゥストラですね。ニーチェの本に出ていた」
「そう。音楽にもなっていたな」
「はい」
 ニルソンは頷いた。楽劇『薔薇の騎士』で知られるリヒャルト=シュトラウスが作曲したものである。彼は楽劇で有名であるがこうした曲も残しているのである。
「誰かが死ななくても常に何かが死んでいく、か」
 ここでモンサルヴァートはふとそう呟いた。
「?それはどういう意味ですか」
 また周りの者がそれに問うた。
「ああ。これは何時か指揮者の一人が言ったことだ」
 彼はそう説明をした。
「エーリッヒ=クナッパーツというのだが」
「ああ、彼ですね」
 ニルソンはすぐにそれが誰かわかった。
「彼の指揮は実にいいですね」
「知っているのか」
「はい。ただ滅多に指揮棒を持たないのが欠点ですが」
「そうだな。おかげで私も直接聴いたのは数える程しかない。後はテレビかDVDだ」
「私もそれは同じです」
 ニルソンもそうであった。
「あれだけの才能を持ちながらあれでは。残念なことです」
「そうだな。だが音楽家というものはえてしてそうした独特の考えを持つ者が多い。これは音楽家に限ったことではないのかも知れないが」
「そうかも知れませんね」
 それには皆同意した。
「だからああしたものが生み出せるのかも知れない。だがそれも命があればこそ、だ」
 そしてそこで顔を引き締めさせた。
「また彼の指揮する曲が聴きたい。ならば」
 そう言いながら前を見据える。
「行こう。そして話をしなければならない」
「はい」
 皆頷いた。そして目の前にある巨大戦艦に向かった。戦いの魔神は周りに無数の艦艇を従えてそこにいた。その姿はまさに魔神そのものであった。

 リェンツィはテスカトリポカの横に接舷した。そして艦内に入った。
「ようこそ」
 そこに一人の妙齢の女性の士官が姿を現わした。
「連合軍のサロメ=クレンペラー中尉です。案内役を仰せつかっております」
「うむ」
 モンサルヴァートはそれに対し鷹揚に頷いた。皆礼装になっている。モンサルヴァートも新しいマントに身を包んでいた。
「それでは案内してもらいたい」
「わかりました」
 クレンペラーはそれを受けて連合の敬礼をした。
 モンサルヴァートも返礼する。それはエウロパ式の敬礼であった。
 そして中を進む。艦内は白く塗装されていた。
 一向はその白い艦内を進む。モンサルヴァートは進みながらあることに気付いた。
(やはりな)
 それは彼にとって当然のことであった。
(重要な場所は通らないな。道も考えているらしい)
 これは当然であった。重要な部分は敵に対しては見せるわけにはいかないからだ。所謂軍事機密というものである。
 廊下には連合の将兵が整列していた。やはり彼等も礼装になっていた。皆軍服に身を包んでいる。黒い軍服が立ち並んでいる。その中には金も混じっていた。それが将校であるのは彼も知っていた。
 モンサルヴァートはその中を進んでいく。かなり長い道であった。
 それも当然だと思った。これだけの巨艦である。元々軍艦というものは外見からは想像もつかない程その内部は複雑で広いのである。ならばこの艦も外見以上に内部が広いのは当然であった。
 どれだけ歩いただろうか。いい加減足に疲れを感じた時に前を進むクレンペラーが立ち止まった。その前には一つの扉があった。
「お待たせしました」
 そして振り向いてモンサルヴァート達に対してそう述べた。見れば宴会室銀河語で書かれている。長い従軍の間に将兵の心を慰める為に宴が設けられることもある。その為の部屋である。
「こちらです」
 どうやらこの扉の向こうに八条がいるらしい。モンサルヴァートはそれを受けて一度息を飲んでから答えた。
「ここか」
「はい」
 クレンペラーは頷いた。
「ではどうぞ」
 そして扉を開ける。そこに彼がいる筈だった。
 扉はクレンペラーの手によって開かれた。するとモンサルヴァートの目の前にまず赤い世界が入ってきた。
 それは赤絨毯であった。その周りには多くの者が並んでいた。皆連合の軍服に身を包んでいる。
「ようこそ、テスカトリポカへ」
 男の声がした。澄んで高い声だ。それに目を向けると広く豪奢な部屋の奥に一人の若者が立っていた。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その十四


 若者は気品のある眉目秀麗な顔立ちのアジア系の若者であった。黒い髪に黒い瞳をしており、そしてスーツに身を包んでいた。それで彼が文官であるとわかった。
 モンサルヴァート達は赤絨毯の中を進んだ。そしてその若者の前に来た。左右には軍服を着た男達が立ち並んでいる。八条の周りにもいた。彼等の腕を見ると彼等が連合の将官であることがわかる。
 連合においては将校の階級は腕の金色のモールからわかる。これはかってイギリス海軍が将校の軍服に実際に金モールを巻いていたことからはじまったのであるが連合軍はこれをそのまま使っているのである。エウロパ起源のものであるがそれが連合で生きているのである。これはかって世界の海軍がイギリス海軍に倣ったものがそのまま生きているからである。宇宙の時代になり、エウロパと連合が敵対関係になっても連合にはこれが残った。思えば因果な話であった。
 まず准尉は細いモールが一本ある。士官候補生も同じだ。そして少尉はそれが太くなる。中尉にはその細いモールが一本つく。大尉は太いモールが二本になる。少佐にはまた細いモールがつく。中佐は太いモールが三本である。大佐になると四本になる。
 佐官まではこうなっている。だが将官になると違ってくる。まずはその太いモールを二本合わせた太さのモールが付く。これが准将である。
 少将には准尉の細いモールがそこに一本つく。中将になるとそれが少尉のものになる。大将はそれが二本になる。そして元帥は准将の太いモールが二本である。見れば若者の側にも一人いた。どうやら彼がこの方面の作戦の総指揮にあたっているらしい。
「連合中央政府国防長官八条義統です」
 若者はそう名乗った。
「どうぞお見知りおきを」
「連合軍ホー=ウェン=チョムです。階級は元帥です」
 その元帥の男が連合の敬礼してモンサルヴァートに対して言った。カンボジア人である。
「エウロパ元帥ヴォルフガング=フォン=モンサルヴァート閣下ですね」
「はい」
 モンサルヴァートはそれに答えた。
「私がそのモンサルヴァートです」
「わかりました」
 ホーはそれを聞いて豊かな頬を引き締めさせて頷いた。
「招きに応じて頂き感謝しております」
「はい」
 モンサルヴァートはそれに頷いた。
「今回おいで頂いた理由ですが」
 八条が話しはじめた。
「わかっております」
 それにモンサルヴァートが答える。
「停戦のことでしたね」
「はい。それでは早速お話に移りたいのですが宜しいでしょうか」
「ええ」
 こうして彼等は会談の場に向かった。そこはテスカトリポカの会議室であった。そこに連合の者とエウロパの者が向かい合って座った。見れば連合側には背広の者もいる。だがエウロパの者は全て軍服であった。それに両者の大きな違いが見られた。
(ふむ)
 モンサルヴァートはそれを見てふと思った。
(これが連合というものか)
 それが思ったことであった。連合についてはシビリアン=コントロールが徹底していることで知られている。だがそれを実感したことはなかった。しかし今この目で見てそれが実感できた。
 しかし八条は何処か違っていた。背広を着てはいてもその動きは軍人のものと同じであったからだ。
(そういえば)
 ここで彼は思い出した。
(彼は元々は軍人であったな)
 そうであった。そこに秘密があったのだ。
 文官と武官では動きが異なってくる。武官は独自の訓練を受けているからそれは当然であった。見れば彼の動きは武官のそれであった。
 会談がはじまろうとしていた。連合とエウロパは断交状態にあったので今回の会談は実質的に両者がはじめて話し合いの席を設けた歴史的な会談でもあった。モンサルヴァートはそれを受けていささか緊張していた。そして機を待った。まずは何を言うべきか。そしてそれを決めて口を開こうとした。その時だった。
「さて」
 八条が口を開いた。その時の口調も姿勢もやはり軍人のものであった。
「それではお話をはじめましょうか」
「はい」
 モンサルヴァートがそれに頷く。そして会談がはじまった。八条が最初に口を開いたことがまず重要であった。エウロパの者の中にはこれに気付いている者もいた。モンサルヴァートもそうであった。
(しまった)
 彼は心の中でそう呟き舌打ちした。
(先手をとられたか)
 八条に目をやる。彼は穏やかな笑みを浮かべていた。だがそこに余裕が見られた。先手をとったことを彼自身もよくわかっていたのである。それ故の余裕であった。
 八条は話を続けにきた。そしてまた言う。
「今我々は南方においては停戦状態にあります」
「はい」
 モンサルヴァートはそれに対して頷いた。
「これは我々が申し出たものでした。市民達の安全を確保する為に」
「はい」
 モンサルヴァートはまた頷いた。八条のペースに入ろうとしていることがわかった。
(まずいな)
 これを感じて危惧を覚えた。このままでは一方的にやられてしまう。そう思い反撃に転じることにした。
「そのことですが」
「はい」
 八条はそれを受けて応えてきた。
「妙なことがあります」
「何でしょうか」
 八条はそれを聞き首を少し傾げさせた。
「彼等はエウロパの者です。それを何故」
「彼等は武器を持っているでしょうか」
 八条はそう答えてきた。
「武器を」
「はい。連合軍の敵はあくまで武器を持っている者達だけです」
 八条は毅然としてそう答えた。その声には重みがあった。彼の歳からは信じられない程の重みがった。モンサルヴァートはそれを受けて一瞬怯んでしまった。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その十五


(むっ)
 見れば彼と同じ程の歳である。それでここまでの重みのある言葉を出せるとは。それが不思議ですらあった。
「我々は市民に銃を向けることは決してありません」
「決して、ですか」
「はい。例えそれがエウロパの市民であってもです。それは軍人のすることではありません」
「軍人の、ですか」
「はい」
「少し妙なことですね」
 モンサルヴァートはややシニカルにそう返した。
「といいますと」
「軍人というのは敵を倒すものです」
「ええ」
 それは八条も同じ考えであった。
「我々は敵です。それをどうして助けられるというのでしょうか」
「それは先程申し上げた通りです」
 八条はそう返した。
「彼等は我々にとって敵ではないからです。武器を持っておりませんから」
「それでは市民は敵ではないと」
「はい。我々の敵はあくまで貴方達エウロパの軍人だけです」
 そしてそう言い切った。
「市民は最初から攻撃の対象とは考えていないのです」
「そうだったのですか」
「はい」
 八条は答えた。ここでモンサルヴァートはあることに気付いた。
 それは八条の使っている言葉である。それは流暢なラテン語であった。
 流暢なだけではない。実に丁寧な表現であった。そこからは気品や優雅さも感じられた。
(ふむ)
 彼はそれを聞きながら思った。
(連合にもこうした者がいたのか)
 それは彼にとっては意外なことであった。彼は今まで連合といえば粗雑なイメージがあったのだ。これは連合の多様性と表裏一体と言えるものであり確かに連合にはそうした印象が強い。だがそれはあくまで一面的なものではある。だが彼にとってはそれが連合に抱いている第一の印象であった。
 だからこそ八条のような者は意外であった。何故なら彼はどちらかというとモンサルヴァート達連合の貴族に近いものも感じるからだ。
 だがそれだけではなかった。やはりそこには連合の者の空気があった。八条は連合の香りの中に微かにエウロパの貴族に似たものを漂わせた、そんな男であるように感じられた。
(確か日本の由緒正しい家に生まれたそうだな)
 それは当たっていた。八条は日本の名家の出身である。だがそれを鼻にかけるところはなかった。ごく自然な姿であった。それがまた彼の魅力でもあるのだ。
「長官」
 モンサルヴァートは彼に対して言った。
「何でしょうか」
「市民に対しては感謝致します」
「はい」
「彼等の安全を保障するという貴方達の武人としての心意気は深く感じ入りました。それは本当に深く感謝致します」
 まずはそう礼を述べた。
「これは総督府の全ての市民が安全な場所に避難するまで続けます。ですから御安心下さい」
「はい」
 今度はモンサルヴァートが頷いた。
「しかし」
 だがここで彼は突っ込みを入れた。
「それだけではないでしょう」
「といいますと」
「いえ」
 ここで一呼吸置いた。
「我々は交戦中である。これは揺るがしようのない事実です」
「はい」
「それ故に。貴方達は我々に何かしらの見返りを欲しているのではないか、と思いまして」
「見返りですか」
「はい。違いますか」
 そう言いながらモンサルヴァートを直視した。彼の反応を待った。
「ふむ」
 八条は少し間を置いてから答えた。
「モントローズ要塞ですが」
「はい」
「市民達が全員避難した後に譲り受けたいのですが」
「モントローズをですか」
「ええ」
 八条はにこやかに笑ってそう答えた。
「宜しいでしょうか」
「・・・・・・・・・」
 これにはエウロパの全ての者が沈黙した。連合が全くの善意で市民の安全を保障しているとは流石に誰も考えてはいなかった。だがそれは彼等にとってはあまりに大きな取引材料であった。
「ただ一つ述べさせてもらいます」
 ここで八条はまた言った。
「エウロパの市民の安全はこれまで通り保障します。それは御安心下さい」
「そうですか」
 これは八条の本心であった。だがそれと同時に彼はこの言葉がこうした場合圧力にもなるということがわかっていた。暗に市民を人質にとっているということになるからだ。これも計算のうちであった。
「そのうえでお話をしたいのです」
「わかりました」
 エウロパの者達は頷きながらも内心では警戒を強めていた。
「それで」
「お待ち下さい」
 八条の言葉を遮るようにしてモンサルヴァートが言った。彼はここで反撃に転じることにしたのだ。
「モントローズのことですが」
「はい」
「それは割譲ということでしょうか」
「割譲ですか」
「はい」
 その目は八条を見据えていた。一歩も退くつもりはなかった。
「違いますか」
「それは違います」
 八条はそれに対してそう答えた。
「違うのですか」
「はい。言うならば一時占拠です。戦いが終わるまでの」
「ではモントローズは貴方達の領土ではない、と」
「ええ。従ってそこにいる市民に対しても危害を加えないことを約束します」
 モントローズ要塞にも市民達はいる。将兵を相手にした商いを扱っている者達や将兵の家族達である。彼等の数もかなりのものになるのだ。
「そして貴方達に対しても」
「我々に対しても、ですか」
「はい」
 八条はそう答えた。
「モントローズは平和裏に占拠させてもらいあちのですが。宜しいでしょうか」
 そう語る八条の顔を見た。やはり邪な気配はなかった。モンサルヴァートはそれを見ながら考えていた。
「暫く時間を頂きたいのですが。宜しいでしょうか」
「勿論です」
 八条はその申し出を快諾した。
「よく御考え下さい。よい決断をお待ちしておりますよ」
「わかりました」
 彼はそう答えて頷いた。
「それではこちらの艦に一時戻らせて頂きます。それも宜しいでしょうか」
「ええ」
 八条はそれも認めた。
「どうぞ。我々は何時でもお待ちしておりますよ」
「はい」
 こうして会談は一時休会となった。そしてモンサルヴァート達はリェンツィに戻った。モンサルヴァートは艦に戻るとすぐに司令室に同席していた将官達を入れて話をはじめた。
「先程の交渉のことだが」
「はい」 
 彼等はそれに頷いて答えた。
「モントローズを要求してきた。これについてはどう思うか」
「予想通りではないかと思います」
 プロコフィエフがそう答えた。
「予想通りか」
「はい。彼等も戦争をしております。それだけのものを要求するのも当然ではないかと思います」
「当然か。確かにな」
 モンサルヴァートはその言葉に見るべきものを見出していた。
「その通りだ。だがそう易々とモントローズを明け渡すわけにもいかない」
 モントローズは南方の要衝である。ここを失うということをエウロパにとって南方での戦いにおいて敗北したということを意味しているのだ。それだけは認めるわけにはいかなかった。
「我が軍の威信に関わることだからな」
「はい」
 それは皆わかっていた。だからこそ退くわけにはいかなかったのだ。
「要塞を守り抜く自信はある」
 モンサルヴァートはここでこう述べた。
「敵の兵力がどれだけあろうとな。だがそれだけではない」
「市民のことですか」
「そうだ。彼等のことがある。あの八条という男市民を人質にとるような男ではないと思うが」
「それでも完全に信用はできませんね。彼が敵であることに変わりはないのですから」
「そういうことだ。さて、どうするかだ」
 モンサルヴァートはここでまた言った。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その十六


「退くわけにはいかない。だが戦うとなると」
 それは容易に結論が出そうにはなかった。皆沈黙してしまった。だがその沈黙を破る者が姿を現わしたのであった。
 ドアをノックする音がした。モンサルヴァートも諸将もそれに顔を向けた。
「入れ」
「はい」
 それに従い一人の士官が入って来た。それはタンホイザーであった。
「タンホイザー提督」
 モンサルヴァートも諸将も彼の姿を認めて驚きの声をあげた。
「何故卿がここに」
 彼はまだサハラにいる筈であったのだから。誰もが驚くのも当然であった。
「おや、驚かれているようですね」
「それはそうでしょう」
 クライストが彼に対してそう述べた。クライストは上級大将、タンホイザーは元帥となっていたのだ。
「確かまだサハラにおられる筈ですから」
「市民の避難及び誘導が容易にいきましてね」
 彼はにこやかに笑ってそう答えた。
「皆安全な場所に避難させることができましたよ」
「もうか」
 それを聞いてモンサルヴァートが声をあげた。
「二百億の市民をか。何時の間に」
「戦闘が行われていませんでしたから」
 タンホイザーはそれに対して涼しげな言葉でそう答えた。
「ですから容易でした。狼に襲い掛かられる心配のない羊の群れを誘導するのは容易いことです」
「ううむ」
 口で言うのは容易い。だが実際に行動し、それを実現させるのは容易ではない。諸将はタンホイザーの言葉を聞きながら内心その能力に驚嘆していた。
「皆モントローズを越え安全な場所にまで避難させました。これでサハラに残っているエウロパの者は一人もおりません」
「そうか。一人もか」
「はい」
 タンホイザーは答えた。
「マールボロ閣下もモントローズに入られております。総督府の軍隊も全て撤退を完了しました」
「そうか。ならいい」
「はい」
 タンホイザーはモンサルヴァートの言葉に頷いた。
「だがもう一つ気になることがある」
「何でしょうか」
「よく卿がここに来れたな」
「火急の用件でしたので」
 彼は険しい声になった。
「火急の?」
「はい。北方と中央のことですが」
「押されているのか」
 モンサルヴァートには出る前に何の話のことなのか予想がついていた。
「はい」
 そしてタンホイザーはそれに頷いた。
「北方ではヴァルハラを明け渡しそのまま撤退を続けております。連合軍の勢いを止めることができないでおります」
「そうか。やはりな」
 これはモンサルヴァートにとっては想定の範囲内のことであった。深刻な顔で応えながらも予想していたことなので特に驚きはしなかった。
「そして中央部ですが」
「そこはどうなっているのだ」
「危機的な状況となっております」
「それはまことか」
「はい」
 タンホイザーは頷いた。
「連合軍は宇宙艦隊司令長官であるマクレーン元帥と参謀総長である劉元帥が前線で指揮にあたっております。その数約千四百個艦隊」
「義勇軍も合わせてか」
「はい。それにより一気に攻勢を仕掛けてきたのです」
「まずいな」
 それを聞いてゴドゥノフが呻くような声を漏らした。
「そこまでの数だと。如何に我が精鋭達といえど」
「はい。今シュヴァルツブルグ閣下は危機的な戦場を何とか立て直そうと必死です。ですが」
「それもままならないのだな」
「はい」
 それが問題の本質であった。タンホイザーの顔にもいつもの明るさは弱まっていた。
「我が軍は彼等に対して二百個艦隊。数においては大きく離されております。それが大きな影響を与えております」
「そうだ」
 それを聞いたモンサルヴァートが頷いた。
「全ては数なのだ。彼等の攻勢はな」
「はい」
「数は力だ。だがその数を押し留めなければ」
 彼は言葉を続ける。
「我等に勝利はない。違うだろうか」
「その通りです」
 プロコフィエフがそれに応えた。
「閣下、中央での我が軍の壊滅は今後の戦局に大きな影響を与えるものかと思われます」
「うむ」
 それはわかっていた。中央にいるエウロパ軍は精鋭騎士団も擁し、その数もエウロパ軍の主力と言えた連合軍が彼等の殲滅も考えているのはわかっていた。そしてそれにより一気に首都であるオリンポスを衝こうと考えていることも。中央での敗北はそのままエウロパの敗北に直結するのだ。
「今我々の総戦力は総督府の艦隊を入れて百五十程になっております」
「うむ」
「今向かえば中央の戦線を立て直すことも可能ですが」
「選択の余地はないか」
「そう思います」
 プロコフィエフはそう述べた。
「南方を明け渡してもそのまま首都に向かうにはまだ距離がありますが」
「中央は違うな。彼等もそれがわかっている」
 中央にはエウロパの交通の要地であるブレシア星系があった。そこを抑えられると首都への道が確保されると共に北方、南方も抑えられる。そこを渡すのだけはならなかった。
「おそらくシュヴァルツブルグ閣下の艦隊はブレシアに向けて撤退をしておられると思います」
「北方の艦隊もな」
「はい。ですから我々も急がなくてはなりません。ただブレシアに入るのではなく」
「わかっている」
 モンサルヴァートは答えた。
「ブラショブ星系に向かうべきだな」
「はい」
 それがプロコフィエフの考えであった。
 ブラショブ星系はブレシアの前方にある星系である。多くの惑星と衛星を持つ星系として知られている。
「おそらくあそこで合流できると思います」
「ふむ」
 モンサルヴァートはそれを聞いて再び考え込んだ。
「向かうとしたらそこか」
「はい」
「それでは閣下」
「こうなっては致し方あるまい」
 モンサルヴァートはマトクにそう答えた。
「モントローズを明け渡す。よいな」
「はい」
 中央での敗北はそのままエウロパの危機となる。それは何としても避けなければならなかった。モンサルヴァートは決断したのであった。
「おそらくそれは連合の方もわかっている筈だ」
「でしょうね」
 それはも全ての者がわかっていることであった。
「それならば行きますか」
「ああ」
 モンサルヴァートは頷いた。こうして彼等は再び会談の席に着くことを決意した。その頃八条はテスカトリポカの艦橋にいた。
「ふむ」
 彼は艦橋において戦争全体の流れを聞いていた。
「どうやら流れは我が軍に傾いているようですね」
「はい」
 それにホーが応えた。
 

 

第九部第五章 戦いの意義その十七


「北方はヴァルハラ星系を占領しました。そして敵軍を追撃中です」
「この南方では停戦中ですが中央では」
「はい」
 ホーはまた応えた。
「いよいよ我が軍の攻勢がはじまります」
「はい」
 八条はそれに頷いた。
「そのままオリンポスを目指すとしますか」
「そうですね。しかしそれだけではないです」
 ホーは言った。
「北からもこの南からも攻め上がりたいものです。予定通り」
「ええ。しかしそれにはまだ問題があります」
 彼は前方のモントローズ要塞を見ながら言った。
「まずはあの要塞を何とかしないければ」
「はい」
「それこそがこの南方の戦いの意義。あの要塞を手中に収めることこそが南方の戦いにおける勝利なのです」
「問題は彼等ですね」
 ここでホーはエウロパの者達について言及した。
「彼等がどういった反応を示すか、です」
「それですか」
 それを聞いた八条の顔が笑みとなった。
「彼等の動きならばわかりますよ」
「といいますと」
「今しがたまた艦艇が一隻こちらにやって来ましたね」
「タンホイザー元帥のものですね」
 艦長である金がそれに応えた。
「はい。彼が来たのはおそらくどうしても伝えなければならないことがあるからでしょう」
「それはまさか」
「そのまさかだと思いますよ」
 八条はホーにそう答えた。
「今重巡ロッキーの艦長であるメアリー=ボニング中佐が彼の接待にあたっておりますが」
「メアリー=ボニング中佐ですか」
「はい。御存知ですか?」
「ええ。ツバル出身の女性艦長でしたよね」
「はい」
 金が答えた。
「何でもここまでの戦いでかなりの武勲をあげたとか」
 かって食堂で自分の艦の乗組員達とスパゲティについて話していた女艦長である。彼女はこの戦いにおいて今までエウロパの七隻の艦を沈めているのだ。
「はい。彼女はかなり優秀な艦長ですよ」
「女性とは思えない程の勇敢さでして」
「そうですか」
 八条はそれを聞きながら思索に入った。
「女性といっても軍人に向かないわけではありません」
「はい」
 これはこの時代においては言うまでもないことではあった。連合においてもエウロパにおいても女性の軍人はかなりの割合になっている。女性の将官も珍しくはないのだ。
「ですから優れた人材もおります」
「はあ」
 ホーも金も八条が何を言いたいのか今一つわからなかった。首を傾げざるを得なかった。
「そうした人材を有効に使うことこそが重要ですね」
「そういうことですか」
 それを聞いて納得した。
「はい。ボニング中佐にお伝えして下さい」
 彼は言った。
「この戦いに生き残ったならばよいことがあると」
「わかりました」
 二人はそれに頷いた。そして話を元に戻した。
「そしてタンホイザー元帥の来訪ですが」
「はい」
 二人はそれに応えた。
「彼が伝えたい話しはおそらく戦局のことでしょう」
「中央のことですね」
「おそらく。我等にとっての好機は彼等にとってはそのまま危機ですから」
 彼は言った。
「それをどうするべきか。おそらく答えは一つしかありません」
「成程」
 彼等にもその答えが何であるのかよくわかった。
「それでは彼等はすぐにでも」
「ええ」
 八条は頷いた。
「すぐにでも会談の申し入れがありますよ」
 そう言ったその時だった。艦橋にクレンペラー中尉が入って来た。
「長官」
「はい」
 八条は彼女の声を聞いて来た、と思った。だがそれは顔には出さなかった。
「モンサルヴァートエウロパ元帥から会談の申し入れがあるのですが」
「わかりました」
 彼はそれに頷いた。そして言った。
「それではこちらも。喜んでその申し出をお受けするとお伝え下さい」
「わかりました」
 クレンペラーは敬礼で応えた。そして彼等は再び交渉の席に着くことになった。
「再びこうしてお話する機会が得られて嬉しく思います」
 まず八条がそう述べた。これは儀礼的な挨拶であった。
「いえ」
 モンサルヴァートがそれに返した。そして彼も言った。
「こちらこそ。それではまた宜しくお願いします」
「はい」
 こうして会談が再開された。両者は互いに向かい合った。
「さて」
 八条が再び口を開いた。
「これからのことですが」
「そちらの仰りたいことはわかります」
 モンサルヴァートはそう述べた。
「モントローズのことですね」
「そうです」
 八条は答えた。
「どういった御考えでしょうか」
「はい」
 モンサルヴァートは一呼吸置いてから答えた。
「市民の安全と引き換えです。喜んで」
「そうですか」
 八条はそれを受けて頷いた。
「それではそれで宜しいですね」
「はい」
 モンサルヴァートはまた頷いた。
「それではそれで」
 こうしてサインがされた。そしてモントローズ要塞は連合のものとなった。彼等は南方の要衝に無血入城を果たしたのであった。
「これは一時のものだ。あくまでな」
 モンサルヴァートはモントローズを去り、彼等の入城をリェンツィの艦橋から見ながら呟いた。
「いずれ返してもらう」
「はい」
 傍らに控えるベニチャコヴァーがそれに応えた。
「ですがそれより先に我等は勝利を収めなければなりません」
「うむ」
 それはモンサルヴァート自身が最もよくわかっていることであった。
「中央部だな。問題は」
「はい」
 そこにいるのはベニチャコヴァーだけではなかった。プロコフィエフもいた。彼女が口を開いた。
「あの地域での戦いを何とかしなければなりません。その為に我等は退くのですから」
「そうだな」
 モンサルヴァートの声は重くなった。
「それだからこそ何とかしなければならない」
「はい」
 プロコフィエフも頷いた。
「その策はあります」
「期待しているぞ」
「お任せ下さい」
 答えるプロコフィエフの目が光った。
「必ずや中央の友軍を救ってみせます。そして」
 言葉を続けた。
「エウロパも。負けるわけにはいきません」
「うむ」
 モンサルヴァートもそれは同じであった。彼はモントローズから中央に目を移した。
「この撤退は一時の撤退に過ぎない。だが今度の戦いは」
「はい」
 プロコフィエフもベニチャコヴァーもそれに応えた。
「退くわけにはいかない。そして負けるわけにはいかないのだ。頼むぞ」
「お任せ下さい」
 二人は敬礼をして応えた。それで決まりであった。
「一時の別れだ」
 モンサルヴァートはまたモントローズ要塞を見た。既にそこには連合軍が入ってきている。
「だが必ず我々は帰って来る。それまで待っていてくれ」
 エウロパ軍はその場から姿を消した。そして次の戦場に向かうのであった。
 彼等が姿を消したモントローズはもう連合軍が完全に掌握していた。最後にテスカトリポカが入城してきた。その巨体が要塞に入る。
「中々見事な港ですね」
 八条は艦から降り港を見回してそう言った。
「そうですね」
 艦長である金もそれに同行していた。そして同意する。
「もっと小さな港かと思っていましたが。これは中々」
「やはりここがサハラ侵攻の拠点のせいでしょうね」
 八条は一言そう言った。
「ですね」
 金はそれに頷いた。
「それだけに設備もいいのでしょう。連合の港にも劣りません」
「はい」
「ダメージコントロールにも優れているようです。その証拠にドックも立派です」
 そう言いながら向こう側を指差す。そこには見事なドックが並んでいた。
「見事なものですね」
 それは八条も認めた。
「まさかこれだけのものをエウロパが持っているとは」
「はい」
 金は頷いた。
「意外でしたね。しかしこれは使えますね」
「ええ」
 それが主題であった。
「今後の戦いにおいて有効に使わせてもらいましょう。ただ気になることがあります」
「何でしょうか」
「ティムールのことです」
 八条は述べた。
「ティムールですか」
「はい。彼等もこのモントローズのことに目を向けている筈です」
 彼は答えた。
「使用を求めて来る可能性もあります」
「ですね」
 それは充分考えられることであった。金は頷いた。
「それについてはどうなされますか」
「我々の手の中にあるうちはよいでしょう」
 八条はとりあえずはそれを認めた。
「この戦いの間は。ただ」
「ただ?」
「それ以後はわかりません。あくまで今後次第です」
「そうですか」
「それも当然だと思いますが」
「ですね。ただこの要塞はモントローズも渡したくはないでしょうね」
「それはそうでしょうね。本来ならどのような犠牲を払ってでも守り抜くつもりだったのですから」
 彼は言った。
「しかしそれよりも重要な戦いに向かわざるを得なかったのですから」
「中央ですか。今あの地域での戦いはかなりのものとなっているようですね」
「我が軍の主力が向けられていますから」
 八条は述べた。
「当然それは激しい戦いになるでしょう。また彼等も精鋭を向けております」
「はい」
「戦いも激しくなるのは当然です。ただ」
「ただ?」
 金はそれに問うた。
「数においては我が軍の方が上です。冷静に作戦を進めていけば問題はないでしょう」
「ですね」
 ホーがそれに同意した。
「それでも油断してはなりませんが。彼等も必死です」
 八条はそう言いながら銀河を見る。
「この星の大海においては真理はありません。ましてや絶対ということも」
「はい」
 それがわからぬホーではなかった。それにも頷いた。
「我々は我々の戦いをしましょう。そして勝利を」
 八条は最後にそう言うと銀河から目を離した。そして次の行動に移るのであった。


第九部    完


                  2005・5・17
 

 

第十部第一章 神々の銀河その一


                   神々の銀河
 人類が銀河に進出して以降その歴史は地球から銀河に舞台を移した。だがそれでもその基本的なものは変わりはしなかった。
 それも当然であった。人間というものの本質が変わらないからであり、そしてそれは所詮一千年やそこらで変わるものではないからである。人類は銀河においても地球にいた頃と同じ歴史の歩みを続けていた。
 サハラでは飽くなき戦いが続きエウロパがそれに介入していた。連合やマウリアにおいても戦いがないというわけではなかった。結局人類は戦いというものから離れることはできなかったのだ。
 ここでいう戦いとは決して武力を用いてのものだけではない。連合においては銃やミサイルではなくコインや札束が乱れ飛ぶ戦いが一千年に渡って繰り広げられてきた。そしてそれにマウリアが入っていたのである。連合内では互いに激しい貿易や開拓競争が各国で行われていた。そしてそれが外交に発展するのである。
 それにより連合では常に国同士の対立があった。そしてそれを調停するのが中央政府の役目であった。彼等はこうしてその一千年の歴史の殆どをそうした激しい経済戦争で彩っていたのである。
 そうした中で彼等は独自の文化を歩んできた。そしてそれはかなりの成熟を見せていたのである。それは最早一つの文明と言える程のものであった。
 だがそれはエウロパにおいても同じであった。一千年の対立を経て遂に武力衝突に至った両者の戦いはある意味文明の衝突でもあったのである。
 これは戦いがはじまった時から言われていることであった。そしてそれについて連合、エウロパ双方から様々な意見及び考えが出されていたのである。
「これは文明の衝突というだけではない」
 連合ヒッタイト王国の文化人類学者であるサラム=フットがこう述べた。尚ヒッタイト王国は自分達を古のヒッタイト人の末裔と考える者達が建国した国である。鉄器を使い、強盛を誇りながらも海の民という謎の民族により瞬く間に滅亡してしまった彼等だが長い時を経て彼等の末裔が姿を現わしたのである。その真相はともかく末裔が人類の歴史に姿を現わしたのは事実であった。そして彼等は国を作ったのである。サラム=フットはそのヒッタイト王国の中でもとりわけ有名な学者の一人であった。博識なことで知られている。
「異なる存在同士の戦いでもある」
 彼はそう述べた。最早連合とエウロパはあまりにも何もかもが違う存在となっていた。彼はそれを踏まえてそうした発言をしたのであった。これに対してエウロパではこれとはまた異なった意見が出た。
「宗教の対決なのだ」
 と。これを言ったのはハンガリーにいるフス=サント枢機卿である。ハンガリーはマジャール人のの国家でありその民族性はルーツ的にはアジアでありその名もアジア風である。すなわちフスが姓でサントが名である。彼はその為フス枢機卿と呼ばれている。彼はバチカンの重鎮の一人として知られている。
 彼は宗教家としての立場からこう発言したのである。連合とエウロパのそれぞれの宗教の衝突なのだと。
「神と神の戦いだ」
 彼はそしてこう述べた。エウロパの神はキリストの神だけではない。ゼウスやオーディンもそうであった。かってギリシアや北欧で信仰されていた神々が彼等の神であった。長きに渡ってヨーロッパ人の無意識下に幽閉されていた神々が復権を果たしたのであった。そしてエウロパ各地にゼウスやトールを祀る神殿があった。これは教会と共にエウロパの者達の信仰の象徴であったのだ。中には炎の神ローゲを信仰する者達もいる。ローゲはかっての名をロキといい巨人族の血を引く北欧神話のトリックスターであった。特にこれといった司るものはないとされていたが十九世紀の音楽家ワーグナーが作り上げた壮大な楽劇、舞台祝典劇『ニーベルングの指輪』で炎の神とされてからこれが定着した。
 連合においても多くの宗教、そして神々が存在する。それはエウロパのそれと比してかなり多かった。
 彼等の信仰は多岐に渡った。キリスト教やイスラム教だけではなかった。ユダヤ教もあれば仏教、道教、ヒンドゥー教もあった。そしてそれ以外にもあるのである。
 古代のケルトやエジプトの神々も信仰されていた。ケルトはアメリカやカナダにかってアイルランドやスコットランドからの移民が多かった為である。彼等もまた心の奥底に彼等の神々を幽閉していたのである。その彼等が神々を思い出したのである。
 エジプトはこれとはまた違っていた。エジプトの神々は言うならば移住であった。イスラム圏となっていたエジプトから移ってきたのである。連合においてはオシリスやホルスが深く信仰されている。なお彼等の敵とされていたセトは本来の任務である太陽神ラーの護衛とされている。彼はトトと共に日々太陽神を守り暗闇の象徴である邪蛇アピスと戦っているとされている。連合においてはセトも復権していたのである。この他には猫の頭を持つ女神バステトやオシリスの妻でありホルスの母であるイシス、そして太陽神ラーも広く信仰されている。
 ケルトやエジプトだけではなかった。彼等の他にも多くの神々がいた。
 道教の神々もいれば日本の神々もいる。そしてマヤやアステカの神々もいるのである。例えば八条がエウロパに赴く時に乗艦していたテスカトリポカはアステカの戦いの神の名である。彼の神殿もまた連合にはあった。
 その他にも北米でかって信仰されていた神々やメソポタミア、ブラックアフリカの神々もいた。スラブの神々もあった。連合はその巨大な勢力と同じくあまりにも多岐な信仰を持っていたのである。
 フス枢機卿はその連合とエウロパの神々の戦いだと評したのである。そしてそれはある意味において事実であった。
 連合はその巨大戦艦に彼等の神々の名を冠していた。この艦がティアマト級とされていることからもそれがわかる。そしてエウロパもそれは同じであった。彼等もまたそれぞれの戦艦等に彼等の神々の名を冠していたのである。それからも両者の神々の戦いであることがわかった。
「そういえばこのテスカトリポカはかってスペイン人達に滅ぼされたアステカの神々の名前でしたね」
 モンサルヴァートとの会談を終えた八条は帰路艦橋において銀河の星達を眺めながらふとそう呟いた。
「あ、そうでしたね」
 それにクレンペラーが気付いた。
 

 

第十部第一章 神々の銀河その二


「私はユダヤ教徒ですが」
「はい」
 イスラエルは今もなおユダヤ教を信仰していた。ユダヤ人とはユダヤ教を信仰する者達のことであり彼等はそれを以って自分達のアイデンティティとしていたのである。それはクレンペラーも同じであり彼女は幼い頃から旧約聖書を読みその戒律に忠実に従って生きてきたのである。そうした意味で彼女はユダヤ人であった。
「それはかって学校の授業で学びました」
「スペイン人達はあの時全てを破壊しました」
「そうでしたね」
 八条の言葉に頷く。
「しかしそれでも神々は生き残った。そして今銀河の時代になって復活しました」
「それがわからないのです」
 クレンペラーは言った。
「何故彼等は復活できたのでしょうか」
「心の中にいたからでしょうね」
「心の中に」
「ええ」
 八条は答えた後でそう頷いた。
「それはユダヤにおいても同じでしょう」
「ユダヤにおいても」
「貴方達はかって二千年の間放浪されておられましたね」
「はい」
 クレンペラーの顔が硬くなった。
「あれは我々にとっては忘れることのできない苦難の道でした」
 そしてこう言った。彼等はローマ帝国にエルサレムを陥落させられた後でヨーロッパ各地に散った。そしてそこで彼等は様々な迫害を受けてきたのである。
 それはナチスやソ連だけではなかった。彼等はことあるごとに迫害され、虐殺されてきた。そしてそれが彼等の歴史であったのだ。
「かって我々は金融業を主な生業としてきました」
 クレンペラーは言った。
「それもまた迫害の為だったのです」
 教会が彼等にそうした職以外に就くことを禁じていた為である。当時金融業はキリスト教の世界においては卑しいものとして蔑まれていた。スコラ哲学を大成させたトマス=アクィナスは商業は容認しながらも金融業に対しては極めて強く反対していた。それが現実であった。また彼は同時に強烈な反ユダヤ主義者でもあった。彼の金融業批判はこれとも密接に関わっていた可能性が高いと言えよう。
 彼等だけではなかった。多くの者達がユダヤ人を迫害し、差別していた。それがヨーロッパの歴史の一面であった。人類の歴史においてこうしたことは多々あったがこれもまたその一部であったのだ。
「そして苦難は国を持ってからも変わりませんでした」
 クレンペラーはまた言った。彼等はイスラエルという国を持ってもまだ苦難の道を歩まなければならなかったのである。
 中東戦争であった。イギリスの二重外交により起こった問題によって彼等は周りのイスラム諸国と長きに渡って戦いを繰り広げなければならなかったのである。この戦いは何度も起こり多くの血が流れた。最終的に戦いが終わったのはイスラエルという国が銀河に移った時であった。これを無駄な血だったという者もいる。だが歴史は彼等にそれだけのものを要求しただけかも知れない。これは誰にも断言できないものであった。
「あの時は全ての者が銃を持たなければなりませんでした」
 唇を噛んでそう言った。
「我々はこの銀河に出るまでに多くの犠牲を払わなければなりませんでした。それでもヤハウェを忘れはしませんでした。決して」
「それだからこそです」
 そこで八条が述べた。
「貴方達は神を忘れなかったのですね」
「はい」
 そしてクレンペラーはそれに答えた。
「少なくとも我々はそうでした」
 それからこう述べた。
「そうですね」
 八条はそれに頷く。
「ユダヤにおいては神は一人」
 ヤハウェしかいない。何故一神教になったかというと彼等は荒野の放牧民であった。周りには身を守るものは乏しく、獣や異民族達が多くいる。荒涼した地に彼等はいたのだ。その彼等が生き残るには強力なリーダーシップが必要であった。それにより一神教となったのである。
「ですが連合には多くの神が存在します」
 この時代においては流石に連合やエウロパにおいては複数の宗教が認められていた。だがユダヤ教徒達はユダヤ教とヤハウェ以外は信じなかった。それこそが彼等をしてユダヤ人たらしめているからであった。これは一部のキリスト教原理主義者も同じであった。かっての異端審問の時代と比べてかなり寛容になったキリスト教は他の宗教の神々を聖人に入れて一応はその存在を認めるようになっていた。天使に入れる場合もある。これはキリスト教の独自性の一つであった。とりわけローマ=カトリック教会はそうした傾向が強かったがこれは仏教や日本の神道を見て学んだことである。
 ローマ=カトリック教会はかって自らをこう言っていた。
『バチカンは決して過ちを犯さない』
 と。バチカンには誤謬はない、と言っていたのだ。だが過ちを犯すことは彼等自身が最もよくわかっていた。何故ならバチカンは陰惨な政争の場でもあったからだ。とりわけ中世、そしてルネサンス期はそうした宗教家というよりは政治家と言うべき教皇が多かった。中には信じられないことに神すら信じぬ教皇までいた程である。
 ローマ教皇はキリスト教の最高指導者であり最高の司祭であるだけではなかったのである。多くの領地を持ち、そして軍まで持っていた。ローマにサン=タンジェロ城という城があったがこれは教皇の要塞であった。教皇達は危機に陥った時にここに逃れて難を避けたりしていた。スイス人の傭兵達も多く雇っていた。すなわち教皇とは封建領主でもあったのだ。そこに宗教という衣を被ったに過ぎない時代もあったのだ。これが現実であった。
 贅沢と女色に耽り、寺院には背徳と陰謀がはびこっていた。教皇といえど娼婦や貴婦人達と関係を持ち、多くの子をもうけていたのだ。そして毒や刃により邪魔な者を始末していく。消された方には一方的に神の敵というレッテルが貼られる。教会を批判する者にはこの上ない惨たらしい結末が待っている。それは何故か。無謬であるバチカンを汚した異端だからである。だが彼等もわかっていた。バチカンといえど過ちを犯すということが。
 そうした時は何時の間にかそれを訂正しているのである。だが過ちは認めない。ヨハネ=パウロ二世という革命的な教皇の誕生までバチカンは自らの過ちは公には認めなかった。それがバチカンであったのだ。
 今のバチカンは過ちを認める。そして非常に寛容なものとなっていた。彼等もまた暗黒時代、そして中世までの長い狂気から目覚めていたのである。かっての異端審問の時代ではなかったのだ。だからこそ八条もこう述べたのだ。聖人や天使は神の従者、半神とみなすことも可能である。現に彼等と対立する悪魔達は魔神と称されることもある。これは余談であるがキリスト教でいう悪魔達も信仰の対象となっている宗教が連合には存在する。だがこれは決して異端なのではない。
 彼等はキリスト教徒は根本から異なる宗教となっていた。そもそものはじまりがキリスト教における悪魔、とりわけサタンは本当に悪なのか、という問いからはじまってはいるが。  

 

第十部第一章 神々の銀河その三


 正義とは複数あるものである。また悪も複数あるものだ。人それぞれの正義があり悪がある。そして自らに敵対する者が悪とみなされる場合が多い。それが世界であった。 
 それを踏まえて悪魔達を見る。とりわけミルトンの失楽園が検証された。これはアダムとイブが楽園を追われた話である。しかし実際はサタンが主役といってもいいものである。この中でサタンは蛇に化け人間に林檎を食べさせる。知恵の実だ。これが問題なのである。
「サタンは人類に知恵と自分で考えることを教えたのではないのか」
 ある者がこう考えたのである。それは文明のはじまりに他ならなかった。
「それならばサタンはギリシア神話でいうプロメテウス、アステカでいうケツアルカトルと同じだ」
 ケツアルカトルとはアステカの神の一人である。知恵や農耕を司り、翼を持った白い蛇の姿で描かれる。時には長い髭を生やした白い肌の男になる時もある。その者は最初にこう考えたのである。
 彼の名はイサム=アリトウ。日系アメリカ人であった。彼はプロテスタントの牧師であったが神について考えるうちにそうした考えに至ったのであった。
 それから彼はさらに悪魔に対して研究を続けた。そして遂にキリスト教とは異なる結論に達した。それは悪魔とは単に異なる立場の神なのだ、と。それが彼の結論であった。
 すなわち彼等は神なのだ。そして彼等の考えもまた正義なのである。彼等の価値観や考え方も実際はキリスト教の神と同じものであり立場が違うだけだ。そして何よりも人類に知恵を与えた。つまり今の人類はサタンがいなくては何もならなかったのだ。彼はそう考えたのだ。
 それから彼は牧師を辞し、キリスト教の信仰を捨てた。自らの考えがキリスト教のそれとは大きく離れていることを自覚したからに他にならなかったからだ。そして彼は新たに宗教を起こした。これを異神教という。連合においてはそれなりの勢力を持つ宗教団体である。教義自体は友愛や知恵を尊ぶものであり他の宗教の価値観とは変わりはしない。これは失楽園等におけるサタンや悪魔達があまりに人間的であり、かつ勇敢で信念を持って行動しているからであった。彼等もまた善なのである。
 最高神はサタンである。彼は知恵の神であり神々のリーダーとされる。そしてその下に同志達が揃っている。彼等は翼を持つ美男子達でそれぞれの責務を担っている。皆勇敢であり正義感が強い。そして人間に対して正面から向かい合う神々であった。
「連合だからこそ生まれた宗教だ」
 ある者が異神教を評してこう言った。その通りであった。様々な価値観が存在する連合だからこそ生まれた宗教であった。キリスト教原理主義者からは嫌われていたが大筋において間違ってはいないので連合の宗教として認められた。バチカンも彼等に対しては何も言わなかった。それはアリトウがキリスト教から離れることを宣言していた為異端と定義もできずまた確かにそういう解釈も可能だと心の中でわかっていたからだ。だが彼等は決して異神教とは交じろうとはしなかった。これは仕方のないことであった。
 彼等もまた連合の神々の中にあった。現にティアマト級巨大戦艦に名付けられてもいる。サタンやベルゼブブ、ベリアル、アスモデウス、モロク、アモンといった神々の名が冠されている。しかしこれに少し疑問を呈する宗教学者も存在するのが連合の複雑なところであった。
「そもそもベルゼブブはバール神であった筈だが」
 フェニキアの豊穣神である。連合にはフェニキア人の国も存在しており彼等の神もまた存在しているのである。フェニキア人だけでなく他の国の人々にも彼等は信仰されている。バールもその一人であり連合においてはよく知られている神の一人でもあった。それをふまえて言ったのだ。これは事実でありベルゼブブは元々はこのバール神であったのである。キリスト教が彼を悪魔にしていたのだ。
「そういえばそうだな」
 それに他の学者も頷いた。またアモンやモロクもそうであった。アスモデウスも同じである。ベリアルやサタンといったルーツが天使である異神教の神の方が少なかった。しかもこの異神教においては他の悪魔達まで信仰の対象とされていた。ソロモン王のレメゲトンに書かれている七十二柱の魔神達がそれである。ここではミルトンだけでなくソロモンの系列の悪魔学までが混同していた。アスタロトは科学の、ベールは剣の神である。なおベリアルは炎の、アスモデウスは芸能の、モロクは力の、そしてアモンは金の神とそれぞれ位置すけられている。ベルゼブブは豊穣の神だ。なおベールが剣、即ち武術の神であるのは彼が魔界においては随一の剣の達人であるとされていたからである。これがさらに話を複雑にさせた。
「ベルゼブブとバールは元々同じ神なのだしどちからの名の艦はなくてもよいのではないのか」
 その宗教学者はそうした考えを述べたのであった。これが軍の上の方にも届いたのだ。この宗教学者の名をベリサル=コワッカという。チャド人であり宗教的にはアニミズムに位置している。精霊の信仰者であった。こうしたキリスト教やメソポタミアの神々についての専門家であった。自身の宗教とは離れているだけにそうした客観的な意見となったのであった。また彼は言った。
「それにアスタロトもまた元の姿はイシュタルであった。これはイシスもそうだが」
 エジプトの女神であるイシスにも言及した。これは事実でありアスタロトもイシスも元の姿はイシュタルであったのだ。イシュタルがエジプトに入りイシスとなり、キリスト教に悪魔であるアスタロトとされたのだ。キリスト教においては男になっており性別まで変わっていたが。
「また剣の神ベールもまたベルゼブブと同じであった筈だ」
 これも事実であった。ベールはキリスト教においては蜘蛛の身体に人、猫、蛙の三つの顔を持つ異様な姿の悪魔として描かれている。だが異神教においては剣を持つ年老いた天使となっている。宗教が異なれば姿も変わるのであった。
「ベールもまたどうか」
 これに対して異神教の方から反論があった。既にイサム=アリトウはこの世を去り数百年が経っており今は当然ながら別の者が代表となっていた。マサモ=イブランというニジェール出身の男であり白い肌に黒人の短い髪を持っていた。その髪をさらにアフロにしていた為アフロの宗教家と呼ばれ親しまれていた。彼はコワッカに対して反論した。
「そのことは知っている」
 と。まずはそう前置きした。
「だが最早異なる神になっている」
 次にこう述べた。彼は主張した。
「神話においてそうしたことは多々見られる。ギリシアのアフロディーテもそうであった」
 ヴェーヌスとも呼ばれ古来より人気のあったこの神もまたそのルーツはフェニキア、バビロニアの金星と愛の女神イシュタルにあったのだ。彼はそれについてまず言及したのだ。
 

 

第十部第一章 神々の銀河その四


「だが彼等はエウロパにおいては普通に戦艦に名を冠されている」
 そしてこう反論したのだ。
「アフロディーテとイシュタルは最早異なる神となっている。イシスとイシュタルも同じだ。従ってコワッカ氏の意見には賛成することはできない」
 彼はそう主張したのだ。これにより連合の宗教界も巻き込んだ論争が起こった。連合の宗教誌、宗教関連のサイト、そして総合雑誌までもがこれに話題を独占された。そうした話が数ヶ月続いた。
 軍の上層部にもその影響があった。艦艇の名に関わっていたからである。だがこちらはすぐに解決だれた。
 解決したのは八条であった。彼が一言こう言ったのだ。
「宗教が異なれば違う神でしょう。宗教的にはともかく艦艇の名においてはそうです」
 彼は一言そう述べたのだ。これで決まりであった。
 軍においてはそれで決まりであった。少なくとも命名権者である八条がそう判断を下したのであるから。だが宗教界の方は論争が続き結局結論が出ないまま両者は和解した。こうした宗教論議というものは複雑であり、しかも信仰が絡む為結論が容易に出ない。従ってそういう結果になることがままあるのだ。
 これが連合の宗教界であった。神は数えられない程存在するのだ。ましてや八条の祖国である日本なぞ八百万の神と言われる。神の数で言えば最も多いのではないかとさえ言われているのだ。
「ですが神の数はここではあまり問題とするべきではありませんね」
「はい」
 クレンペラーはそれに頷いた。
「問題は敵の神に勝利を収めることです」
「そうですね。敵の神は我等が神でもありますが」
「ヤハウェですね」
「ええ」
 クレンペラーはまた頷いた。
「私にとってはそうです」
 そしてこう答えた。ユダヤの神はヤハウェでありキリスト教の神もそうである。しかし八条はそれに対して言った。
「信じる神が同じでも戦いは起こります」
 それは歴史が証明していることであった。欧州ではキリスト教徒同士で血生臭い戦いを繰り広げてきた。カトリックとプロテスタントの戦いであった三十年戦争がその例に挙げられるかも知れないがこの戦いは最終的にはカトリックである神聖ローマ帝国と同じくカトリックであるフランスとの戦いになってしまっていた。これは欧州の覇権争いとなっていたからでありフランスは覇権を手に入れる為に神聖ローマ帝国に戦争を挑んだのである。参戦するまでにも陰に日向にプロテスタント諸国を援助してきており、彼等は最初から欧州の覇権を狙っていたのだ。またこの戦いはハプスブルク家とブルボン家の伝統的な対立も背景にあった。宗教よりも覇権、権益であったのだ。とりわけハプスブルク家のオーストリアとブルボン家のフランスの対立は当時の、いやそれ以前、そうマクシミリアン一世の頃からの対立関係であり欧州の政治の一つの軸となっていた。フランスはヴァロア家の頃からハプスブルク家を仇敵としていたのである。フランスの宿敵と言えばよくイギリスが挙げられるが実際にはこのハプスブルク家の神聖ローマ帝国、そしてオーストリアとの関係もそれに勝るとも劣らぬ程深刻な状況が気の遠くなる程続いていたのである。
 こうしたことは事例が多い。イギリスも同じプロテスタントの一派のオランダと戦い海の覇権を手に入れており後には新生ローマ帝国皇帝家ハプスブルク家が勢力を伸ばしてきたプロイセンのホーエンツォレルン家を封じ込める為に長年の宿敵であったフランスのブルボン家と同盟を結び、同時にロシア正教であるロシアのロマノフ家と同盟を結んでいる。この対プロイセン三国同盟を『三枚のペチコート』という。これは当時それぞれの国の実権を握るのが女性であったからだ。オーストリアはハプスブルク家の女帝マリア=テレジアであった。彼女は夫に神聖ローマ帝国皇帝フランツを持っていたが実質的には彼女がオーストリアを統治していた。この夫は善良であり経済的な手腕もあったが皇帝というにはいささか荷が重かった。広範囲な意味での政治、そして軍事の才能は備わっていたとは言えなかったのだ。それ故にその実権はマリア=テレジアが握っていたのだ。そのうえ彼女はハプスブルク家の実質的な当主であった。直系は彼女しかいなかったのであるから。
「ハプスブルク家とは妻と子供達であり朕は余所者に過ぎないのだ」
 この皇帝は親しい者に対して笑いながらそう言ったという。彼は自分の立場をよくわかっていた。そしてそのうえでマリア=テレジアの夫であり飾り物の神聖ローマ帝国皇帝となったのであった。意外にもこの夫婦はおしどり夫婦として知られている。だが実態はこの優れた妻は夫のことなら何でも知っており浮気心を起こしてもそれを夫に知られないうちに、そして恥をかかせぬようにそっと浮気を防いでいたのであるが。極めて優れた君主であった。
 フランスはポンバドゥール侯爵夫人であった。彼女は国王ルイ十五世の愛人であった。端整でかつ流麗な顔を持ち幼少から晩年までフランス一の美男と讃えられたルイ十五世であるが国王としての資質には欠けていた。
「その性は善だが責任を取ろうとはしない。不正を知っていたが正そうとはしなかった」
 こうした評価がある。彼は政治家としての技量に欠け、また遊興を好んだ。とりわけ女色に溺れていたのだ。
 その国王を篭絡したのが彼女であった。彼女は平民出身ながらその政治手腕を発揮しフランスの実権を握った。そしてそのうえでプロイセンと対抗してオーストリアと同盟を結ぶことを決意したのであった。
「女なぞ子供を産ませる道具でしかない」
 プロイセン王フリードリヒの言葉である。彼は大王とも称された人物であるが冷徹で女性に対して冷たかった。そんな彼を彼女が好む筈もなかった。唯でさえプロイセンはフランスにとって厄介な存在になろうとしているのに彼はこの侯爵夫人の最も嫌う言葉を口にしたのだ。それは何故か。
 彼女は不感症であった。それ故か国王との間に子供はいなかった。ルイ十五世は正妻や多くの愛人達だけでは飽き足らず彼女がその一部を用意した鹿の苑というハーレムにおいて美少女達の何人かに子を産ませているというのに。子供を産むしか価値がないのなら自分はどうなるのか。彼女がこの王を許せる筈がなかったのだ。
 またこのプロイセン王はマリア=テレジアにも激しく嫌われていた。カトリックの擁護者であるハプスブルク家の者らしく心からカトリックを深く信仰するマリア=テレジアに対して彼は無神論者であった。そもそもの価値観が違い過ぎたのであった。そしてこれはさらに悪いことにロシアのエリザベータ女帝もそうであった。
 このエリザベータ女帝のプロイセン王嫌いは徹底していた。元々彼女は父であるピョートル大帝が西欧文化を取り入れた時にフランス文化を大幅に取り入れた影響からかフランス語を愛し、フランスの詩を口ずさみ、フランスの宮廷料理を食べ、フランスのファッションを常に追っている程のフランス贔屓であった。またオーストリアとは伝統的に友好関係になったせいか最初からプロイセンが好きではなかった。そのうえでこの人物が王なのである。嫌わない方が不思議であった。
 彼女は自分の前で彼の話を出すことさえ嫌っていたのだ。それはタブーであった。そして死ぬその瞬間までこのプロイセン王を討つべしと主張していた。この戦いはプロイセンという国を倒す為に宗派を越えて三国が、また言い換えるならばこの女性嫌いの王を滅ぼす為に三人の女性が手を結んだのである。これが欧州であった。
「人間というのは結局そうした一面もあります」
「否定はしません」
 八条はクレンペラーの言葉を否定はしなかった。
「それも歴史ですからね」
「そうですね。ただ同じ神を信じている方が憎しみは深いような気もします」
「それはそうでしょう」
 八条は言った。
「近親憎悪というものですよ」
「近親憎悪ですか」
「はい」
 八条は答えた。
「同じ神を信仰していますからね。余計に」
「あまりいい話ではありませんね」
「それもまた歴史なのです」
 八条はまた歴史を口にした。
「人間というのはね。嫌な部分もあります」
 艦橋の向こうの銀河を見ながらそう言う。銀河は漆黒の世界の中に色取り取りの星達の光をたたえてそこに広がっていた。人の世界の醜さなぞ知らぬように。
「しかしそれから目を離していてはね。どうにもならないのですよ」
「そういうものですか」
「中尉」
「はい」
 顔を向けてきた八条に応える。思わずドキリとした。
「貴女はまだお若い。といっても私とあまり離れてはいないようですが」
 実際十も離れてはいないであろう。
「は、はい」
 そう言う八条も政治家としては信じられない程若いのであるが。
「まだ知るべきことは山程ありますよ。その中には知りたくはないものもあるでしょう」
「はい」
「それでも知らなければなりません。それが人というものですからね」
「そうなのですか」
 彼女にはそれはまだよくはわからなかった。だが八条は言った。
「それもいずれわかると思いますよ」
「はい」
 クレンペラーはまた頷いた。そして八条に連絡が入った。
「大統領からです」
「わかりました」
 彼は頷いた。そして自室に戻った。
「それでは」
「はい」
 彼は自室まで八条を送った。それからまた艦橋に戻った。
 艦橋までの廊下を歩きながら思った。自分自身について。
「諦めた方がいいわね」
 それは八条に関してであった。
「どうやら私はあの人にはまだ」
 自分自身の力量を知った時であった。これはこうしたことにおいてもあるのだ。
 そして彼女は艦橋に戻り勤務に戻った。何事もなかったように。そう見せるだけの分別には彼女にはあった。これは軍人というよりは女性としての分別であった。 

 

第十部第一章 神々の銀河その五


 テスカトリポカは地球に戻った。八条はエウロパから無事帰還したのであった。
「地球に帰るのも久し振りだな」
「はい」
 木口がそれに答える。
「帰ったらまた仕事ですよ。楽しみにしておいて下さい」
「仕事ならテスカトリポカでもかなりあっただろうに」
 それを聞いて苦笑した。
「新しい仕事ですよ」
 彼はそう答えた。
「山のように来ていますよ」
「やれやれだ」
 それを聞いたうんざりとした顔をしたふりをした。
「どうやら仕事というものは何処に行ってもあるみたいだな」
「その通りです」
 木口は答えた。
「ですから仕事を。さあ早く」
「やれやれ」
 うんざりしたふりを続けながら国防省に向かうことにした。見ればもう迎えの車が来ている。
「行くか」
「はい」
 こうして彼等は車中の人となった。車は一路国防省に向かうのであった。
 車の後部座席にいる時八条の携帯に電話がかかってきた。すぐに出る。
「私ですが」
「おや」
 その声を聞いて心の中で少し驚いた。金内相の声であったのだ。
「今地球に戻られたところでしょうか」
「はい」
 八条はそれに正直に答えた。
「今車の中でして。国防省に向かっております」
「そうですか。それでは都合がいいですね」
「都合?」
「ええ」
 金は応えた。
「今からそちらにお伺いさせて頂きたいのですが。宜しいでしょうか」
「こちらにですか。何か都合でも?」
「少し」
 一言そう答えた。
「お話したいことがありまして」
「ふむ」
 彼はそれを受けて考える顔をした。だが携帯ではそれは金にはわからない。
「わかりました。どうぞおいで下さい」
「はい」
 金は電話の向こうで頷いた。そして電話を切った。
「内相からですか」
 隣にいる木口が尋ねてきた。
「ああ。何か話したいことがあるらしい」
「また何かあったのですかね。我々が地球にいない間に」
「だろうな」
 彼はそれに応えた。
「何かまではわからないが。だが重要な用件なのは間違いないだろう」
「そう思われますか」
「そうでないと内相が直接来られることもないだろう。違うか」
「いえ」
 木口は表面上はそれに同意した。だが心の中では違っていた。
(この人は)
 八条に呆れるところがあったのだ。
(何故わからないのだろうな)
 それが木口にとって不思議でならなかった。とにかくこの八条は異性に関してはあまりにも朴念仁であった。悪く言うと鈍かった。金が何故自ら国防省に赴くのかわかっていなかったのだ。金も妙齢の女性でありそうそう国防省に自分から出向くのもないのだ。それが何故出向くか。八条はそうしたことに気付かないのだ。政治や軍事においては鋭い彼だがこと異性のこととなるとそうでもないらしい。
「長官」
 木口はそんな八条に対して再び声をかけた。
「何だい」
「急ぎますか。内相が来られますし」
「そうだな。お菓子を用意しなくてはいけないし」
 金が無類の甘党であることは連合の誰もが知っていることであった。辛いことで有名な韓国料理であるが彼女はその中において比類なき甘党であったのだ。彼女の手料理は食べたならば普通の者はすぐに糖尿病で倒れる、とまで言われている。医学が進歩しているとはいえやはり糖尿病はまだあるのだ。当然痛風もある。何でも食べ過ぎ飲み過ぎはよくないのである。
「お菓子だけでしょうか」
「?ああ、紅茶もか」
 八条は気付いた顔をした。金は紅茶やコーヒーも大好きなのである。当然そこにも砂糖やクリームを信じられない程入れる。クリームの方が多かったり砂糖が底でザラザラ音を立てる場合もある。それでも金はそれを美味しそうに飲むのである。時にはホットミルクも飲むがやはり砂糖を多量に入れる。緑茶にも当然入れる。飲み物ならば何でも砂糖やクリーム、そしてシロップを入れる。これを見て腰を抜かしたお茶の師匠すらいる程である。
「内相は飲み物もお好きだから」
「いえ、そうではなくて」
「他に何かあったか?シロップは」
「いえ、いいです」
 そこまで聞いて木口は言うのを諦めた。今の八条にはわからないことだからだ。
(参ったな)
 木口は困った顔をした。
(これだからうちの長官は)
 連合の女の子達、とりわけ日本の漫画やアニメを愛する少女達に普通とは少し違った意味で人気が出てしまうのだ。ボーイズラブ、つまり同性愛の雑誌では彼がモデルと思われる登場人物が出ている作品もあるのだ。貴公子と美少年の恋愛ものであり彼がモデルと思われるその貴公子は美少年を愛でる耽美な人物となっている。
 これは当然八条の耳にも入っている。だが彼はそれを一笑に付しているのだ。そんなことを過剰に意識するような八条ではなかったのだ。
 実は同じようなことが金にも起こっている。彼女もまた連合のそうした女性達に人気があるのだ。抱かれたい大人の女の人で一位に輝いている。なお選んだのは皆うら若き女性達である。金は潔癖症であり女性の権利についても厳しい。そのうえ頭の回転が早く切れる。そのうえ頼りになる。そうしたところが女性達に好かれているのだ。
 八条と金は連合中央政府においては水と油とされている。彼等はそれぞれそうしたことが好きな者達の話の種にもなっているのだ。中にはゲイやレズの雑誌にも取り上げられている。そこでも人気があるのだ。
 木口にはそうした趣味はない。ノーマルである。女性の好みは小柄で清楚な女性だ。この前幼馴染みと会ったがその雰囲気に心を奪われたばかりであった。
(まあ仕方ないか)
 とりあえずは諦めることにした。そして八条にまた言った。
「とりあえずお菓子は何にされるのですか」
「そうだな」
 彼は少し考えてから述べた。
「今日は和菓子がいいかな、と考えているのだけれど」
「じゃあそれでいきましょう」
 彼はそれに同意した。
「それでは飲み物は緑茶ですね」
「ああ」
「砂糖は和風のやつでいきましょう。普通の砂糖は緑茶には合いません」
「そうだね。そうしよう」
 これには八条も同意した。
「それでは帰ったらすぐ用意しましょう」
「頼むよ」
 そうした話をしているうちに国防省に戻って来た。程なくして金がやって来た。
「早いな」
「流石ですね。すぐに用意していてよかったです」
 木口は彼女が来たのを聞いてそう言った。
「それではすぐに」
「うん」
 こうして八条と金は八条の執務室のソファーで向かい合って話をはじめた。和菓子を前にして話をはじめる。
「これは」
 金は目の前にある和菓子について八条に問うてきた。見れば柿を寒天で包んだものであった。
「我が国のお菓子でして」
 八条はそれについて説明をはじめた。
「和菓子ですね」
「はい」
 八条は答えた。
「柿を寒天で包んだものです。見たままですが」
「そうなのですか」
 見れば金の目は物珍しそうなものであった。どうやらはじめて見るらしい。
「和菓子はお嫌いですか」
「いえ」
 金に限ってそれはなかった。首を少し横に振って否定する。
「まさか。好きなお菓子の一つですよ」
「それはよかった」
 八条はそれを聞いて顔を綻ばせた。
「どうぞ。他のお菓子に比べて甘みはないと思いますが」
「ええ」
 金は楊枝で菓子を切りながら答えた。
「和菓子はそうですよね」
「はい」
「甘みはそれ程出さずに素材の味を生かしています」
「そうですね。大体和食はそうですが」
 彼は言った。
「砂糖もそれ程使ってはいないのです。それよりも素材の味です」
「ですね」
 答えながら一口口に入れた。柿の甘みとその中の微かな苦味が口の中を支配した。金はそれをゆっくりと味わった。
「これは」
「如何でしょうか」
 金はそれを飲み込んでから答えた。
「いいですね。柿の甘みと苦みをよく生かしています」
「それはよかった」
 八条はそれを聞いて満足した。
「私は甘いものが好きでして」
「ええ」
 それはもう言うまでもないことであった。八条はそれでも頷いた。
「甘ければ甘いだけ好きなのですが果物の甘さも好きです」
「そうですね。内相は果物もお好きと聞いております」
 実際にパーティーの場で果物を喜んで食べているのを見ている。
「はい、そうですね」
 そして彼女はそれを認めた。また一口食べた。
 彼女はただの菓子好きではなかったのである。果物もよく食べる。彼女の食事にはお菓子の他に果物も多量に出るのだ。梨も林檎もバナナも食べる。柑橘類も好きなようだ。
「ライチなんかが特に」
「ライチですか」
「はい」
 彼女は答えた。かって地球において中国の名産であった果物だ。固く赤黒い皮の中に白くみずみずしい果肉がある。これがかなり甘く美味いのである。世界史にその名を残す美女である楊貴妃の好物としても知られている。今は連合においてはポピュラーな果物の一つである。
「あれはいいですね」
「ですね」 
 八条もライチは嫌いではなかった。それに頷く。
「あとイチゴやスイカも好きです。野菜ですけれど」
「ほう」
 それを聞いて興味深そうに声を出した。
「イチゴもですか」
「はい。やはりあれは外せないでしょう」
「まあそうですね」
 菓子にもよく使われる。イチゴはこの時代においても代表的な甘物であるのだ。
「スイカは夏に限りますが」
「通ですね」
 これは八条も同意であった。この時代はスイカも一年中食べることができるがやはり夏のスイカが最も美味しいのである。これはもう言うまでもないことであった。
 二人はそんな話をしながらその柿の菓子を食べ終えた。そして最後に緑茶を飲んだ。
「結構なお味でした」
「はい」
 金の言葉に頷く。
「こうした素材を生かしたお菓子もいいものですね」 
 彼女は甘いものならどれだけ甘くても平気なのである。シロップで色まで変わったパンケーキも喜んで食べる。それが彼女であった。八条もそれは知っていた。
「それでですね」
 だが菓子の話はそれまでにすることにした。八条は話題を変えてきた。
「はい」
 金もそれに顔を向けてきた。
「今回のご来訪ですが。何かあったのですか」
「ええ」
 彼女はそれに答えた。
「占領地のことですが」
「占領地ですか」
 エウロパとの戦いでは既にかなりのエウロパ領を占領している。そのことについて話をしに来たようである。
「今我々はエウロパ領のかなりの部分を占領しております」
「はい」
 彼はそれに応えた。
「その治安は軍だけで大丈夫でしょうか」
 要するに軍の独善や暴走を危惧しているのである。これは文民統制下の軍においても懸念されることであった。金はそれを考慮しているのであった。
 

 

第十部第一章 神々の銀河その六


「あ、いや」
 だがここで少し言葉を穏やかにすることにした。まずは一呼吸置いた。
「軍や長官を信頼していないというわけではありませんよ」
「はい」
 それはわかっていた。不機嫌になることもなくそれに頷いた。
「ただ中には不心得物もいますね」
「ですね」
 それは当然ながらあった。どれだけ規律正しい組織にあってもその規律を守ろうとしない者はいるのである。どれだけいい林檎や蜜柑の箱にも必ず一個は腐ったものがあるのと同じである。
「そうした輩への対処です。そして占領地自体の治安です」
「今のところそれは良好ですが」
「軍だけで大丈夫でしょうか」
「そう言われますとね」
 八条は少し眉を動かせた。
「占領地より気になる地域があるのですが」
「連合の領内ですか」
「はい」
 流石に金は切れ者であった。それにすぐに気付いてそう答えてきた。
「今連合軍はその約三分の二がエウロパに出ております」
「はい」
「その為領内のことが。宇宙海賊等は大丈夫でしょうか」
「そちらは今我々で責任を以って対処しております」
 金はそう答えた。
「ドトール長官がおりますので。彼が奮闘しております」
「彼がですか。では大丈夫ですかね」
「さしあたっては大きな問題は起こってはおりません。連合領内においては」
「ですね」
 それは八条も知っていた。今連合領内は戦争をしているとはいえ彼等の領内自体はきわめて平穏であったのだ。
「それでは内地はこちらに今まで通りそちらにお任せします」
「はい」
「ですがエウロパは我々で。それで宜しいでしょうか」
「そうなりますか」
「占領地ですので」
 彼は言った。
「やはり軍が戦争中は管轄することになります。それで宜しいでしょうか」
「ううん」
 だがそれを聞いて金は考える顔をした。
「つまりそちらの憲兵隊を信頼してくれと」
「はい」
 八条は答えた。
「駄目でしょうか」
「やはりチェックが欲しいです」
 金はそう言った。治安を預かる者としてこれは当然の考えと言えばそうであった。
「そうですね」
 八条はそれを受けて再び考え込んだ。
「それでしたら私に考えがあります」
「何でしょうか」
「ええ。これは以前から考えていたことですが」
 八条は言った。
「相互の人間の交流を深める意味でもお互いに人員を派遣し合いませんか」
「相互にですか」
「はい。これならそちらの御考えも通りますね」
「ええ」
 金は頷いた。内務省と国防省でそれぞれスタッフを交換派遣するというものである。これならば金の要求も通る。そして八条にはもう一つの目的があった。
「そして私からもお願いしたいことがあります」
「何でしょうか」
 金はそれに顔を向けた。
「軍の憲兵のことです」
「彼等のことですか」
「彼等も警察に派遣したいのですが。研修の為に」
「今後の軍の治安、秩序の維持の為ですね」
「はい」
 八条は答えた。
「その通りです。宜しいでしょうか」
「ええ、こちらは」
 金はそれを認めた。
「ドトール長官と話し合って正式に決めたいと思います。ですが通ると思いますよ」
「それは何よりです」
 八条はそれを聞いて顔を綻ばせた。
「それでは宜しくお願いします」
「はい、こちらこそ」
 金も応えた。こうして国防省と内務省の人材交流が決められた。これは後にキロモトに話が為され正式に決定した。後には各省でそれが行われることとなった。

 

 

第十部第一章 神々の銀河その七


 すぐに内務省から派遣された文官達がエウロパに派遣された。治安の維持と将兵の監視が目的であることは言うまでもなかった。これは将兵にはいささか不評であった。
「軍のことは軍がやる」
 これが彼等の考えであった。要するに余所者に何か言われたりしたくはないのである。これは大体どの世界でも同じである。そして連合軍もそうした考えがあったのは事実である。それが出たのである。
 だがそれはもう決められたことであった。これにより連合軍の監視はさらに厳しくなり、規律はさらによいものとなった。これは事実であったのだ。
 ただ八条は内務省の者には規律のことに口は出させてもそれ以外のことには決して介入させようとはしなかった。作戦やそういったことに彼等は全く触れることができなかったのである。これは当然と言えば当然であった。かってソ連にあったような政治将校のような存在になることがないように配慮したのである。これは金も同じ考えであった。内務省の者達は言うならば警察官であった。あくまでそれに専念するだけであったのだ。これは金も了承していた。
「慧眼と言うべきかな」
 ドトールはそれを聞き自身の執務室でそう呟いた。
「流石は八条長官と言うべきか」
「珍しいですね」
 それを聞いた前に立っているコレイスキーが言った。
「長官がお酒が入っていない時に人を褒められるなんて」
「そうかな」
 ドトールはそれを聞いて微かに笑った。
「私はそうは思わないが」
「そうなのですか」
「自分ではな。他の者がどう思っているかは知らない。ただ君がそう思っていることだけはわかった」
「ははは」
「まあいいことだ。だがこれは妥当だな」
「はい」
 それに関してはコレイスキーも同意であった。
「政治将校はな。軍にとって害毒だったのだ。それは知っているな」
「はい」
 コレイスキーは頷いた。それは彼も歴史で学んだことであった。
 政治将校は元々フランス革命の時にジャコバン派が設けたものであった。当時は委員であった。当初からかなり政治的な存在であり軍の指揮官達の目付けであった。彼等の造反を防ぐのがその目的であったのだ。同時に思想や発言のチェックも行う。そして彼等に何か思わしくないところがあればすぐに上層部に報告する。将軍といえど彼等の機嫌を損ねることはできなかった。非常に厄介な存在であったのだ。
 ナチスと並んで彼等の正統な後継者と言えるソ連にもこれはあった。そしてその役割は同じであった。それによりソ連軍は指揮官の行動が制限され硬直し、腐敗した組織になってしまった。政治将校の発言権が肥大化し、彼等に利権が集中した為であった。八条はそれを知っており最初からそうしたのであった。
「シビリアン=コントロールというな」
「はい」
 これはもう今更言うまでもないことであった。
「あれは単に文民が威張っていればいいというものではないのだ」
「それはわかっているつもりですが」
「君はわかっていても多くの者がわかっているとは限らない。残念なことだがな」
 ドトールはそう述べた。
「軍人は政治家や官僚の奴隷ではないのだ」
「勿論です」
 選挙で選ばれた市民の代表である政治家が地位的に軍人よりも優位に立ち、そして暴力機関である軍部をコントロールする。簡単に言うとそれだけである。
 政治家、そして政府は彼等をコントロールすることが重要であり、軍人はそれに従わなくてはならない。だが国防や作戦に関しては彼等の地位、発言権はあくまで対等なのである。それがシビリアン=コントロールであった。そしてそれぞれの専門分野には介入はしないのである。それも重要なことであった。
「連合においては軍人の地位は決して高くはない」
 ドトールの言葉は事実であった。連合において軍人とは数多い職業の一つでしかなかった。連合は他に多くの収入を得られる職業も社会的地位が高いとされる職業も極めて多い。軍人の地位は低くは思われてはいないし尊敬もされていることはされているが高くもなかった。あくまで職業の一つであった。マニアには好かれているがそれだけであった。今ではかっての日本軍のように街を歩いていれば訓練はどうした、だの真面目にやれ、だの厳しい愛の鞭の言葉を受けることもなかった。だがそれでも国防における発言権も立場も軍人と文民は差がなかったのである。そういうことであった。
「ナチスやソ連のことだが」
「はい」
「あれは軍のせいだと思うか。お互いの戦争でのあの異常な損害は」
 独ソ戦は人類の歴史に残る凄惨な戦いであった。双方共夥しい犠牲者を出した。ドイツは敗れ国家は分断された。勝ったソ連は半ば国の運命が決したとさえ言える程の損害であった。そうなってしまった原因は何故か。
「ヒトラーもスターリンも文民だったのだ」
 ドトールはそう言った。
「そうでしたね」
 コレイスキーはその言葉にハッとした。
「彼等は軍服こそ着ていましたが」
「そもそもヒトラーは伍長だった。スターリンも革命に参加するまで、そして参加してからもそれ程軍に精通していたわけではなかった。彼等はあくまで政治家であったのだ」 
 彼等は軍人であるよりも政治家であった。そして軍事的なものよりも政治的な配慮を優先させて戦略を立てた。反対する軍人は罷免、粛清すらあった。彼等は独自の暴力組織をも持っていた。秘密警察に党の私軍とも言える親衛隊であった。彼等に逆らうことは死を意味していたのだ。
「結果があれだ」
 ドトールはまた言った。
「彼等が軍人であればあそこまで損害は出なかったかも知れないな」
「はい」
「誰もヒトラーやスターリンを止めることはできなかった。だが連合では違う。政府が軍をコントロールしているが」
「その政府は議会のチェックを受けておりますね」
「そういうことだ」
 ドトールはコレイスキーのその言葉に対して頷いた。
「これが重要なのだ」
 彼はそう言った。
「シビリアン=コントロールと言うのは容易い」
「はい」
「要するに軍服を着ない者が軍を統制する。それだけだ」
「一言で言うとそうなりますね」
 その通りであった。ただそれだけではないのである。それが現実であった。
「しかし政府だけがそれを行うものではないのだ」
 その為にも議会があるのだ。
 かってアメリカ等で問題となったことであるが政府が軍を統制する。悪く言うならば政府が軍を恣意的に動かすのである。人事や作戦も統括したのだ。これによりベトナム戦争が長期化し、そしてアメリカの敗北に繋がった。そうした経緯からシビリアン=コントロールは政府だけでなく議会も入るようになったのである。
 政府が軍部をコントロールする。そして議会が軍の考えを聞きその政府をチェックする。こうしてシビリアン=コントロールは軍部だけでなく政府もチェックされるようになったのだ。問題は軍部だけのものではなかったのである。
「確かに軍人は文民の統制下にある」
「はい」
 ドトールはまた言った。そしてコレイスキーは頷いた。
「だがその人としての身分は対等だ。ましてや」
 口調がきつくなった。
「一方的に見下されるようなことはあってはならないのだ」
「難しいですね」
「そもそも民主政治というもの自体が難しい」
 彼はそう答えた。
「この軍事にしろまず基礎がある」
「文民も軍事をよく知らなければならないということですね」
「そうだ」
 彼は答えた。
 

 

第十部第一章 神々の銀河その八


「そしてこれは政治にも言える」
「市民がまず政治を知らなくてはならない」
「知らなくては衆愚政治に堕してしまう。これは何も単なる汚職やそういったものだけではない」
 政治の腐敗は汚職だけを言うのではないのだ。政治家や市民の劣化こそ本当の意味での腐敗なのである。
 極論を言うならば汚職や収賄はどの国にもあるのだ。だがこれは極端にならない限りは国の運営に支障はない。問題とすべきは極端な利権や特定の勢力の専横、そしてそれに対して誰も何も異常と思わなくなった時である。また政治家や市民がその能力を著しく低下させた場合が特にそうである。
「かって連合も幾度となくそういったことがあった」
 連合は中央政府も多くの国も高級官僚の登用の主流はスポイルズ=システムである場合が多い。これは選挙で選ばれたトップが閣僚や高級官僚を任命するというものである。閣僚は基本的に大統領や首相が任命するものでありこれは問題ないと言えば問題ない。かというとそうでもないのだ。
 とりわけ高級官僚はそうである。トップが自分の腹心や身内を任命するケースもあるのである。スタッフを任命するという視点から言えばこれは問題ではない。だがそれが適材適所か、また任命された者に能力があるかどうかはまた別の問題であるのだ。
 もし任命された者に能力がなかったり人間的に問題があればどうなるか。言うまでもないことであった。そしてそれにより腐敗が生じる。これが問題なのであった。
 官吏の登用にはもう一つある。メリット=システムである。これは試験により官僚を登用するというものだ。だがこれも行き過ぎると問題なのである。結局連合はスポイルズ=システムとメリット=システムを併用しているがどうしても各国も中央政府もスポイルズ=システムが優勢になってしまう。ここでもシビリアン=コントロールと同じ問題が生じるのである。
 官僚は政府の統制下にある。だがその政府のチェックを議会が行う。議会は官僚の答弁を聞く。こうした相互のチェックが生じている。だがそれでも問題があるのだ。これは軍に対するものより深刻であった。
 このスポイルズ=システムの問題である。官僚主義を抑える効果があるのは事実だが選ばれる人間によって問題が生じてしまうのである。そのバランスが大きく崩れた時に腐敗が生じる。実に複雑な問題であった。
「連合というものを考えたならば」
「はい」
 ドトールの話はまだ続いていた。
「政治家の力が大きくなるのは当然だ」
「ですね。我々はエウロパのそれとは根本が違いますから」
「そうだ。我々は一から全てを作った国が多い。アメリカ然りな」
 アメリカはイギリスから独立した。他の国々も植民地や欧州の侵略から脱した国が多い。そうした意味では中国も同じであった。中国もかって欧州諸国の侵略を受けたことがある。また北方の異民族の征服王朝もあった。決して漢民族だけの国ではないのである。その漢民族という定義もかなりあいまいなものであり以前より様々な人種との混血が見られていた。アメリカ人という概念と似ている。漢民族もアメリカ人も人工的な要素の強い民族概念である。すなわちアメリカや中国はかなり人工的に作られた国家なのである。自然に熟成された要素は少なくとも最初はなかったのだ。これはまた連合の多くの国家にも共通していた。アッシリアやフェニキア、ヒッタイトといったかっての古の民族の復活国家は実際にはかなり強引に主張している一面があるからである。連合は全体としては人工的な要素の強い勢力なのである。
 長い歴史を持ち人工的な色彩の弱い古い国といえば日本やタイ等であろうか。連合においてはごく少数であった。また宇宙に進出してから建国された国もまた多いのである。またこうした国には王政が多いのも特色である。
 それに対してエウロパは古来の伝統を受け継ぐ国家が多い。そもそもの基盤が違うのである。
 独立し、そこから何かをはじめるにあたってはリーダーが必要である。星の開拓にしろ。民主政治においてはそれは選挙で選ばれた政治家が司る。こうして政治家の権限が官僚のそれに比して強くなったのである。あくまで政治に限ってのことであるが。連合は他にも企業等多くの権力が存在するので政治家だけで全てが行えるものではないのであるが。
「官僚が儀礼的にやっていては駄目な場合もある。それが最も出るのが連合において最も重要な開拓だな」
「はい」
「今も続いている。しかしバランスが重要だ」
 それが崩れた場合が問題なのである。
「その都度議会や選挙によって抑えられてきたな。議会が危ない場合は選挙で」
 連合もチェック機能は存在している。それによりあらゆる問題を防ぐことができているのは事実なのである。
「問題はあることは事実ですが」
 コレイスキーがここで言った。
「とりあえずは機能しておりますね、一千年の間」
「そう言っていいだろうな」
 ドトールはそれを認めた。
「だが」
 しかし言葉をつけくわえた。
「完全というわけではないな」
「はい」
 今度はコレイスキーが頷いた。
「そもそも政治に完全というものはないのだが」
「いえ」
 コレイスキーが反論した。
「何かあるのか」
「はい。完全というものはないのは政治だけではないかと」
「そういえば君はグノーシス主義を信じていたな」
「ええ」
 彼はそれを認めた。グノーシス主義には世界は完全ではない神が創造したものであるからその世界も決して完全ではないというものがあった。キリスト教から見ればかなり異端でありその為に迫害されてきた歴史も持っている。
「世界自体がそうなのですから」
「否定はしない、いやできないな」
 ドトールは呟いた。
「私はグノーシス主義には詳しくはないが」
 彼はケツアルコアトルの信者である。他にもコアトリクエも信仰している。どれもかって中南米で信仰されていた蛇の神である。彼は蛇の神の信者であるのだ。
「何事も完全ではないのですから。政治もまた」
「だが少しでもましなものを目指さなくてはならない」
「はい」
「努力はしなくては。結局何にもならないのだ」
 ドトールの目の光が強くなった。
「それはわかっていると思うが」
「勿論です」
「ならいい。そうでないと警官は務まらないからな」
「はい」
 彼等は警官である。それは忘れたことはない。
「さて」
 ドトールは一呼吸置いてから言った。
「この戦いは何かと色々あってからはじまったな」
「そうですね。ステッラのあれから」
「あれには随分手こずったな。そしてそれから戦争がはじまった」
 ドトールは少し感慨を込めてそう述べた。
「戦争というのははじめるのは容易いが終わらせるのは難しい」
 そしてこう言った。
「落としどころなのだ、問題は」
「エウロパを併合するのが目的ではありませんからね」
「それはかえってマイナスだな」
 彼はそう述べた。
「一千億もの不穏分子を抱え込むのはどうか。それに彼等とは今後もサハラと噛み合ってもらいたい。そうすればお互いの目がこちらに行かずにしかも漁夫の利も狙えるしな」
「はい」
 コレイスキーは頷いた。これは政治家としての見方であり警官である二人にはそぐわないものである。だが政治的な見方としては正しいと言えた。対立する二つの勢力を争わせてその矛先を逸らし、尚且つ漁夫の利を狙うのは古来政治の世界においてはよく見られたことである。連合においては貿易や金融でこうした駆け引きが多く行われている。とりわけこれを得意とするのがASEAN各国でありイスラエルであった。とりわけイスラエルの卓越した手腕には定評があり連合でも突出していた。
「そういったことを考えますとやはりエウロパには賠償金と他に幾らかのものを貰うだけで宜しいですね」
「そうだな」
 ドトールは答えた。
「問題はその権益だ。まあ戦争の原因を考えると求めるものははっきりしているか」
「信仰ですか」
「そうだな」
 彼はあらためて頷いた。
「彼等が信仰を利用したのだ。ならば我々もそれを獲らせてもらおう」
「はい」
 彼等は話をしながら夕刻を過ごした。仕事が終わり帰路につくまでのほんの一時の話であった。だがそこから得られたものは多かった。そして彼等は帰路につき警官から普通の家庭人になるのであった。彼等も制服を着ていない時はごく普通の人間であった。ドトールは妻と共に二人で作った自家製カクテルを飲み、コレイスキーは子供達におみやげをプレゼントするのであった。そしてそれぞれ次の仕事に向けて英気を養うのであった。 

 

第十部第二章 北の戦いその一


                    北の戦い
 モンサルヴァートがモントローズ要塞を明け渡し中央へ急行していた頃北方でも決定的な出来事が起こっていた。それは連合の勝利とエウロパの敗北であった。彼等は南方も北方も失うことになったのである。
 事は一つの戦いであった。ヴァルハラ星系の南方にあるイバロ星系で起こった戦いであった。これに敗れたことによりエウロパは北方から退かざるを得なくなったのである。これはその戦いの経緯である。
 ヴァルハラを引き渡したエウロパ軍はそのまま撤退を続けていた。彼等は五十個艦隊、対する連合は二百個艦隊である。戦力差は歴然としており彼等に対することは困難であったからだ。
 そして地の利も彼等には味方しなかった。エウロパは元々障害の少ない地形でありブラックホールや小惑星群もない。そうした場所で戦うこともまた困難であったのだ。
 エウロパ軍の司令官は宇宙艦隊司令長官であるローズエウロパ元帥であった。彼は五十個の艦隊と共に連合に対して反撃の機会を狙っていた。だがそれは中々見つからなかった。
「参ったな」
 イバロ星系の第七惑星であるニンゲにて彼はそうぼやいた。ここはイバロ星系の代表的な軍事基地であるのだ。
「このままでは機を逸してしまう」
 彼は会議室で幕僚達を前にしてそう言った。
「どうしたものか」
「戦うしかないでしょう」
 彼のすぐ側にいた赤と黒の軍服の女がそれに応えた。赤い髪を後ろで束ねている。白く鼻の高い顔を持っている。その目は茶色である。そして細い長身である。何処か男性的な印象を受ける。エウロパの軍服が似合っていた。それはプロコフィエフとはまた違った意味での美しさであった。
「確かに撤退を重要ですが」
 彼女は言った。ローズはそれに顔を向けた。
「うむ」
「それでも機を見なければなりません。これ以上彼等の進撃を許してはならないでしょう」
「そうだな」
 彼はあらためて頷いた。
「それではイデラ=カーネルキン上級大将」
「はい」
 その軍服の女は名を呼ばれて頷いた。
「卿には何か考えがあるのか」
「無論です」
 カーネルキンはそれに応えた。
「今彼等は全軍を挙げてこちらに向かってきております」
「うむ」
「それを叩くのです。彼等をひきつけて」
「このニンゲに立て篭もるというのか」
「そうです。これは彼等を引き留めることも同時にできます」
「連合の二百個艦隊をか」
「そして義勇軍の十個艦隊も。彼等を引き留めることができれば戦局に大きな影響が出るでしょう」
「確かにな」
 ローズはそれに頷いた。
「彼等をこちらに足止めできれば大きい。だが」
「だが?」
「果たして彼等がそれに乗るかだ。ここには足止めの戦力だけ置き彼等はそのまま南下してもいいわけだ」
「それは有り得ますね」
 それを聞き一人の男が声をあげた。見れば赤がかった蜂蜜色の髪に紫の瞳をしている。その瞳から見るにケルト系らしい。紫の瞳はケルト人に見られるものである。もっともケルト人でも紫の目はそれ程多くはないのであるが。かなり特殊な目の色であった。少なくともエウロパではそうである。連合では混血の結果結構ありきたりに見られる目の色ではある。だがエウロパでは連合と比して混血の度合いが遥かに薄いせいかケルト人特有の目の色となっているのだ。ローズはその紫の瞳の男を見た。見ればまだ若い。二十代後半であろうか。美男子といってもよい風貌であった。
「ジョージ=ウェリントン中将か」
「はい」
 ウェリントンはそれに頷いた。ローズは彼を見て少し複雑な顔をした。
 実はこの二人は縁戚関係にあるのである。ローズはイギリスの侯爵家の当主である。代々続く名門の出身であり彼もまたその中に生きてきた。ウェリントン家もまたそうであった。ウェリントン家はアイルランドの侯爵家であり爵位も同じであった。そしてローズ家はそもそものルーツがスコットランドにあった。イングランドの北にあるこの国はイングランドに比べてケルトの血が濃い。当然ローズ家もそうであった。彼等のルーツはケルトであったのだ。
 ローズの母はウェリントン家の者である。同じケルト系の貴族ということで両家は昔から代々婚姻を繰り返してきたのである。その結果両家は濃い縁戚関係になったのである。
 ローズとウェリントンは従兄弟の関係にある。二人は幼い頃から付き合いがありローズにとってウェリントンは弟のようなものであった。それ程仲がよかったのである。
 だが今は上司と部下の関係であった。従兄弟でありながら上下関係になるという状況が彼の顔を少し複雑なものとしたのである。
「そうした場合はどうすべきでると考えるか」
「はい」
 ウェリントンはそれに答えた。
「打って出るべきだと思います」
「出撃すべきか」
「はい」
 彼はまた答えた。
「だがそれだと勝てるかどうか」
 カーネルキンがそれに疑問の声を呈した。
「数が違い過ぎる」
「それはわかっております」
 ウェリントンはそれに反論した。
「それをわかったうえで申し上げているのですから」
「戦力差はわかっているのだな」
「はい」
 彼はローズにも答えた。その声と顔は従兄弟の間のものではなかった。
「確かに敵の数は圧倒的です」
「うむ」
「ですがそれは一つになっている場合です。分散させればよいでしょう」
「分散させるのか」
「そのうえで個々に撃破すればよいのです。それならば私に策があります」
「策が」
「はい」
「言ってみてくれ。どのような策だ」
「はい。それでは」
 彼はあらためて自説を述べた。それを聞き終えた時ローズも他の者達は頷いていた。
「成程な」
「成功すればかなり効果が期待できる」
「如何でしょうか」
「悪くはない」
 ローズもそれに頷いた。
「だが問題がある」
「何でしょうか」
「危険が多い。それを実行するとならばな」
「ですから提案したのです」
「どういうことだ」
 胸を張ってそう言うウェリントンに問うた。
 

 

第十部第二章 北の戦いその二


「危険な作戦さからこそ敵もまさかと思うでしょう」
「うむ」
「それにこの戦力差です。生半可な方法では対処できないかと」
「確かにな。しかし」
「しかし?」
「その作戦を行うには実行部隊はかなり危険な状況に追いやられる。それはどうする」
「私がやります」
 ウェリントンは胸を張ってそう答えた。
「卿が」
「はい」
 彼は頷いた。
「自分が提案したならばそれは当然だと思いますが」
「そうだが」
「命をかけることになる。それでもよいのか」
 カーネルキンもそれに問うた。
「はい」
 ウェリントンは彼女にもそう答えた。
「もとよりそのつもりです」
「そうか」
「それならば問題はないでしょう。将兵も志願者のみを募ります。命を捨ててもいいという者達ばかりを」
「決死隊か」
 ローズはそれを聞いてそう呟いた。その名こそ今の彼等の置かれた状況をよくあらわしていた。まさに決死であったのだ。
「はい。如何でしょうか」
「断ってもやるだろう」
 ローズはウェリントンを見据えてそう言った。
「卿は昔から・・・・・・いや」
 言いかけたところで止めた。今は従兄弟同士ではないのだ。
「今はおそらくそれしかないだろうからな」
「はい」
「それでは頼む。すぐに将兵を選んでくれ」
「わかりました」
 こうして将兵が集められた。そしてすぐに選抜された。
 まずは年老いた親や幼い兄弟、妻子のある者達は外された。これは平民、貴族に関わらずその対象とされた。
 そしてその中からさらに志願者だけを募った。結果としてウェリントンには一個艦隊規模の将兵と艦艇が集められたのであった。
「これだけあれば充分ですね」
 ウェリントンは港に集まった将兵達を見てそう言った。
「充分か」
「はい」 
 彼はローズに対してそう答えた。
「だがよいのか。これは本当に命を落とす可能性が高いのだぞ」
「司令」
 ウェリントンはあらためてローズに顔を向けた。
「戦争においては命なぞ何時消えるかわかりません」
「確かにそうだが」
「ですから今更。何を恐れることがありましょう」
「それではいいのだな」
「はい」
 彼は頷いた。
「元より覚悟のうえです。それに私も身内はおりませんし」
 彼の両親はまだ若い。妻子もいない。そして兄弟も皆成長している。条件は充分に満たしているのである。
「そうだったな」
 ローズもそれは知っていた。頷くしかなかった。
「憂いはないということか」
「ええ。ですから行けるのです、死地に」
「わかった。だが一つだけ言っておく」
「何でしょうか」
「死ぬなよ、いいな」
「死ぬな、ですか」
 ウェリントンはそれを聞いて意外そうな顔をした。
「軍人であるというのに、我々は」
「命を粗末にするなと言っているのだ」
 ローズはそう反論した。
「軍人だからこそだな。命を粗末にしてはならないのは」
「軍人だから、ですか」
「そうだ」
 彼は答えた。
「生きていればまた戦える時もある。死ぬべき時も確かにある」
 言葉を続けた。
「だが生きなければならない時もある。その時は」
「生きろ、ということですか」
「そうだ」
 そして頷いた。
「いいな、この戦いは北方だけで終わるものではない」
「はい」
「おそらくまだ続くだろう。いいな、まだ死ぬ時でないのなら生きろ」
「わかりました」
 ウェリントンもまた頷いた。
「その御言葉、肝に命じておきます」
「うむ」
「ですが思う存分戦ってみせましょう。エウロパの騎士の力、見せてやります」
「頼むぞ」
 それはローズも同じであった。
「戦わなければならないのは事実だからな」
「はい」
「戦え。だが死ぬな。私が言うのはそれだけだ」
「ハッ」
 それを受けて敬礼した。
「それでは行って参ります」
「うむ」
 こうしてウェリントンは出撃した。ローズはそれを見送った。
「相変わらずだな」
 彼は港を出て姿を消すウェリントンの艦隊を見送ってそう呟いた。
「子供の頃からだ。あの蛮勇は」
 彼等は幼い頃から互いを知っていた。その頃からウェリントンはよく言えば勇猛、悪く言えば無鉄砲であった。そして今はそれがどうでるかが問題であった。
 子供の頃ウェリントンはそれがいい方向に出た場合は弱い者を助けたり仲間内から讃えられるような勇敢な結果になった。だが悪い方向に出れば大怪我をしていた。決闘においても彼はそれを拒むことなく受けた。そして無数の決闘をくぐり抜けた結果その身体は傷だらけとなっているのである。それは幼い頃からの彼の生き方の証明でもあった。
「私もあいつとは色々あったな」
 彼の昔のことを思い出していると自分のことも思い出した。そしてそう呟いた。
「本当にな。あいつには色々と困らせられた」
 苦笑した。幼い頃の思い出は色々とある。だがどれをとっても今ではいい思い出だ。
 付き合って山の猪を捕まえようとしたことがある。何とか捕まえることができたが結果として大怪我を負ってしまった。住んでいる街の不良グループと喧嘩したこともある。その時はローズが仲裁に入ろうとしたが結局彼も騒動に巻き込まれることとなった。だがウェリントンは最後はその不良グループを一人で潰してしまった。
 他にも色々とあった。どれも危険なものでありそれをくぐり抜けてきた。結果としてローズも身体に多くの傷を負ってしまっていた。
 だがそれでもこの従兄弟を憎むことも嫌うこともなかった。彼等はそれだけ深い繫がりがあり、強い絆で結ばれていたからだ。それを最もよくわかっているのは他でもない彼等自身であるからだ。
 それを悪く言うつもりはない。そして批判するつもりもなかった。彼等にとっての繫がりはそんな弱いものではなかったからである。
 ローズは港を離れた。そして自身の司令室に戻った。そして後は自らの仕事の準備に取り掛かった。彼もまた戦いに備えるのであった。

 

 

第十部第二章 北の戦いその三


 北方の連合軍を率いるのはネルソン=リバーグ元帥である。南アフリカ出身であり黒い肌と金褐色の髪に藍色の瞳を持っている。鼻はやや低い。やはり混血が見られている容姿である。
 中背で痩せた身体をしている。綺麗に切り揃えた口髭が印象的である。
 彼は連合軍において一ニを争う清廉な人物として知られている。生活は質素で不正を激しく憎む。そして将兵の生活の向上に常に腐心しているのである。
「軍人だからといって生活環境が劣悪であってはならない。それは士気にも大きく関わる」
 彼は常々こう主張していた。そして南アフリカ軍に所属していた頃は自ら歩き回って視察し生活環境の改善に大きく貢献してきた。南アフリカ軍は彼の活躍により飛躍的に環境がよくなったと言われている。
 それは連合軍になってからも変わらず彼は積極的に動き回った。そして連合軍の環境整備に貢献していた。
 そしてそれだけではなかった。彼は精錬な人物であり軍律にも厳しかった。彼の名を聞いただけで不真面目な兵士は襟を正したと言われている。とかく真面目であった。連合軍の良心とも言える存在であった。
 だが将としては面白みに欠ける凡将というのが一般の評価であった。可もなければ不可もない。作戦指揮はあくまでオーソドックスなものでありこれといって目立ったものはなかった。そのかわり部下の意をよく用いることで知られていた。だがいささか狭量なところもあると言われている。これは几帳面さの裏返しであった。リバーグとはそういった人物であった。
 彼は今北方方面軍の旗艦アンマにいた。これはアフリカのとある部族の神話に出てくる神の名である。今はアフリカ系の国々に創造神として深く信仰されている神である。アフリカの神話もまた連合においては信仰されているのである。
 その艦橋において彼は前方を見ていた。そして見ながら考え事をしていた。
「そろそろだな」
 そしてポツリとこう言った。
「何がでしょうか」
 それを聞いた参謀の一人が彼に声をかけてきた。
「いや、イバロ星系に入るのがだ」
 リバーグはそれに対してそう述べた。
「あそこは北方のエウロパ軍が集結していたな」
「はい」
 その参謀はそれに答えた。
「北方のほぼ全ての艦隊がそこに集結しているようです」
「そうか」
 それを聞いてあらためて頷いた。
「そこで決戦を挑むつもりかも知れないな」
「ですね」
 参謀も頷いた。
「それは充分考えられることです」
「それでだ」
 リバーグはそれを受けて話を進めさせた。
「我が軍とすればどうすべきだと思うか」
「決まっているのではないでしょうか」
 別の参謀がそう答えた。
「戦うだけです。他に何がありましょうか」
「一言で言えばそうなるな」
 リバーグはそれを聞いてそう述べた。
「今我等は二百個艦隊の戦力を擁している」
「はい」
「戦力だけでは彼等の四倍だ。だがそれで油断してはならないな」
「仰る通りです」
「圧倒的な戦力を持ちながらも敗れた例もある。そしてそれは実に多い」
 ベトナム戦争においてはアメリカ軍は圧倒的な戦力を誇りながらもベトナムのゲリラに負けた。フランス軍も中国軍もだ。彼等は外交においてベトナムに大きく遅れをとり、それにより侵略者のレッテルを貼られてしまったことが大きいがそれと共にやはり戦場で彼等に負けていたのである。彼等は粗末な武装しかないベトナム軍に敗れ続けた。そして結果として敗れたのであった。こうしてことは戦史にも非常に多い。
「地の利は彼等にある」
「はい」
 参謀達は頷いた。
「それが最大の問題だな。一応は事前に調べてあったな」
「はい」
 地理参謀が敬礼をして応えた。
「既にイバロ星系の地形は全て掌握しております」
「だがそれだけでは不充分だ」
 それでもリバーグは首を縦には振らなかった。
「といいますと」
「実際に人が入っているのかね」
「それは」
 地理参謀は口篭もった。
「占領の過程で手に入れた地図があるだけでして」
「そうだろう」
 彼はそれを聞いて見当がついたように頷いた。
「それでは完全とは言えない。実際に中が見られないとな」
「はあ」
「無人の偵察艇を派遣するように」
 彼はそう命じた。
「多量にな。そして細部まで調査するように」
「わかりました」
 如何にもリバーグらしい指示であった。あくまでオーソドックスである。
「それが終わるまでは我が軍は星系には入らない。そしてそれが終わったならば入る」
「戦いですか」
「それもまだわからないな」
 彼はそう答えた。
「相手が退くならそれでいい」
「はあ」
「我々は今は彼等と戦う必要はないのだからな」
 実際にバールはまず占領を優先させるように指示を出していた。敵に対しては向かってくるならば迎撃せよと命じただけである。その他には取り立てて命じてはいなかった。リバーグはそれに従っただけである。
 

 

第十部第二章 北の戦いその四


「どちらにしろ最後は戦うことになるでしょうが」
「だがこの北方ではそうだとは限らない」
 言葉を返した。
「戦わないのならばそれだけ戦死者が減る。それに越したことはない」
 連合軍が最も嫌うのは戦死であった。これが多くなれば志願者、そして軍の人員に大きく影響するからであった。これは連合軍の悩みの一つであった。戦争をしながらも少しでも戦死者を抑えなければいけないからである。
「違うだろうか」
「いえ」
 参謀達は首を横に振った。
「その通りです」
 彼等にもそれはよくわかっていた。
「そういうことだ」
 リバーグもそれに頷いた。
「何時までも義勇軍に頼るわけにもいかないからな」
「はい」
 サハラ義勇軍はこの北方においても活躍していた。彼等の獅子奮迅の戦いぶりにより連合軍はその戦いを優位に進めていたのである。そしてその損害もまた義勇軍に集中していたのも事実であった。彼等は常に先頭にいたからである。言うならば先鋒であった。
「といっても彼等にはまだ活躍してもらわなければな」
「ですね」
 だが彼等の力が必要なのも事実であった。戦力であると共に正規軍ではない。だから思い切って使えるという一面があるからだ。これもまた事実であった。
「今彼等の状況はどうなっているか」
「変わりありません」
 参謀の一人がそう答えた。
「損害も今のところ軽微であります」
「そうか。それは何よりだ」
 リバーグはそれを聞いて頷いた。
「では今度の作戦行動に参加させることも可能だな」
「はい」
 参謀達はそれに頷いた。
「だがまずは情報が必要だ」
 そこでリバーグは目を細くさせた。
「偵察艇は普段より多く出せ。いいな」
「ハッ」
「それと同時に・・・・・・機雷は置いておくか」
 彼は考えながらそう言った。
「後で使うかも知れないからな」
 連合の偵察艇は機雷を撒くことも可能なのである。これは撹乱の為の能力であった。
「まずはイバロの地理を完全に把握するぞ」
「はい」
「それから動く。それまでは各員英気を養っておくように。いいな」
「わかりました」
 皆それに対して敬礼する。
「それではこの場は解散。当直士官以外は休んでよし」
 リバーグはそう周りの者に言い渡すと自らも部屋に戻った。司令室である。
 司令室といっても他の者の部屋と何ら変わりはない。身の周りにあるものも見れば全て官給品ばかりであった。彼は贅沢を好まなかったのだ。
 自分のノートパソコンを開いて打ちはじめる。何やら文章を書いているようだ。
『親愛なる我が娘よ』
 文章はそこからはじまっていた。どうやら家族にあてた手紙であるらしい。
 彼もまた家族がいる。見合いで結婚した妻との間に息子が一人、娘が三人いる。息子が産まれた後は娘ばかり三人続いた。彼はこの娘達をいたく可愛がっていたのだ。
「子供は大事にしなければならない。特に娘は」
 これは彼が常々周りの者に対して言っていることであった。彼は家庭的にもよき夫であり優しい父であった。とりわけ娘達に対しては優しい父であった。
 手紙は三通書いた。娘達それぞれにあてたものであった。彼はそれを書き終えるとまずは一息つくことにした。丁度そこで扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
 彼は入るように言った。するとセーラー服の少年がそこにいた。士官室係の少年兵であった。
「おお、君か」
 彼はその少年兵に顔を向けるとにこりと笑った。優しいが何処か神経質そうな笑みであった。
「今日の私の受け持ちは君だったのか」
「はい」
 その少年兵はリバーグの言葉に頷いた。
「閣下、失礼致します」
「うむ」 
 そして部屋に入る。だがリバーグは兵士に対して言った。
「掃除等はいいぞ」
「えっ」
「もう自分でしてある。他のこともな」
「そうなのですか」
「自分で出来ることは自分でしておくのが私の流儀だ。だからいい」
「わかりました」
「私のことはいい。他の仕事に向い給え」
「はい」
 少年兵は敬礼してその場を後にした。士官室係は若い兵士の持ち回りである。これは当番制となっているのだ。リバーグは彼等にとってはいい上官であった。何でも自分で済ませるので彼等の仕事がなくなるからである。その分休むこともできるし他の仕事に行くこともできる。リバーグはそう言った意味で非常にいい上官であったのだ。
 実際に彼は部下に対しては気配りを欠かさず親切であった。上官に対しても忠実でありそうしたことでも評判が高かった。だがやはり細かいとの評価を受けていた。そして何処か器が小さかった。評価としては大人物ではなかったのである。
 それは彼自身もよくわかっていた。だから彼は連合軍の元帥の中ではあまり評価が高くないのも自覚し分をわきまえていた。八条の命には静かに従っていた。
「兵士なら元気がいいで済ませられることも提督がやると造反になる」
 こういう言葉がある。彼はそれを踏まえて八条の言葉には忠実に従った。そしてそれ以上に軍規に従うのであった。それが彼であった。
 彼はいつも仕事をしていた。その事務処理能力は極めて高い。だがやはり独創性がなかった。
「これでよし」
 彼はメールを娘達に送り終えるとそう呟いた。それから自分の机の前にある写真を見た。そこには彼と家族達の二次元写真があった。
「待っていてくれ」
 彼はその写真に対してそう語りかけた。
「帰ってくるからな。そしてまた皆で楽しく食事を採ろう」
 それが彼にとって最大の贅沢であった。他のことは望んではいない。ただそれだけが彼の望みであった。
 彼は仕事にとりかかった。デスクワークである。それを次々と終わらせていく。司令しかも元帥ともなるとその仕事は膨大なものであるのは言うまでもない。
 そしてそれが終わってから眠った。束の間の休息である。戦いの前のほんの休息であった。

 

 

第十部第二章 北の戦いその五


 ウェリントン率いるエウロパ軍は連合軍が何処にいるかを把握していた。そしてどういった状態になっているのかもわかっていた。そのうえで動きを決定した。
「引き込むぞ」
 彼は部下達に対して一言そう述べた。
「イバロにな」
「引き込むのですか」
「そうだ」
 彼は答えた。
「奥深くにな。それから倒す」
 そしてそう言った。強い声であった。
「その為に我等は命を捨てるのだ。よいな」
「勿論です」
 部下達もまた強い声で頷いた。
「我等もまたその為に志願したのですから」
「そうだったな」
 ウェリントンも部下達も皆目から強い光を放っていた。そしてその光は鋭かった。
「頼りにしているぞ」
「お任せ下さい」
 彼等は答えた。
「この戦い、必ず勝ちましょう」
「その為に命を捨てることがあってもな」
「はい」
「では行くぞ。よいな」
 ウェリントン率いる艦隊はまた動きはじめた。そしてイバロ星系を出て連合軍の前に姿を現わしたのであった。
「敵艦隊が出現しました」
 それはすぐにリバーグに報告された。
「数は」
 彼はまず数を問うてきた。
「一個艦隊規模です」
 報告した若い士官がそう答えた。リバーグはそれを聞くと一言こう言った。
「守りを固めるように」
 それだけであった。そしてそれは忠実に実行された。
 連合軍は守りを固めた。そして動きはしなかった。
 それを受けてウェリントンは動きを変えた。イバロに引き返したのである。
「追いますか」
 参謀達がリバーグに問う。だが彼の返答はこうであった。
「まだだ」
 彼は偵察が終わっていないことをその理由とした。そしてやはり動きはしなかった。
 偵察艇は次第に戻ってきた。それによりイバロ星系の事情はおおよそがわかってきた。彼はそれを聞きながら地図を見ていた。そこに答えがあるからである。
「敵はイバロで何をしているか」
「ハッ」
 情報参謀が答える。
「あの一個艦隊でしきりに我々を挑発しております」
「相変わらずか」
「はい」
 彼はそれに答えた。
「そして敵の主力はどうしているか」
 今度は敵の主力部隊について問うた。
「只今イバロの第七惑星であるレンゲから出たようです」
「出たか」 
 リバーグの目の光が変わった。
「そして何処に向かっているか」
 そう言いながら地図を情報参謀に見せた。その参謀はそれを見た。
「今ここにいます」
 彼はそう言って指差した。そこはイバロの恒星のすぐ北であった。
「そしてここに向かうと思われます」
 そのまま指を動かす。そこはイバロの西にある磁力嵐の一帯であった。リバーグはそれを見てふと呟いた。
「地の利を利用して迎撃するつもりか」
「どうやらそうだと思われます」 
 彼はそれに頷いた。
「数は我等が圧倒的に優勢です。それを考えますと」
「道理だな」
 そしてリバーグはこう答えた。
「数において劣るのならば策を用いる。これは戦いの基本だ」
 あくまで士官学校で習った言葉を復唱しているに過ぎない。彼はやはりマニュアルを重視する人間でありそこから離れることはあまりないのだ。
「それでは彼等はここに何らかの策を用意しているな」
「おそらくは」
 参謀はまた答えた。
「あの辺りの偵察艇が戻ってきてからにするか。詳しい作戦の立案は」
「はい」
 こうして作戦の立案はとりあえずは見送られた。だがすぐにそれを立てる時がやって来たのだ。
 そこに向かわせている偵察艇は一隻も帰って来なかった。他の宙域に向かわせている偵察艇は帰ってきているのに、である。これで何かがないと思わない方が不思議であった。
「どう思うか」
 リバーグは今度は主だった参謀達を会議室に集めたうえで問うた。
「あの宙域に向かわせた偵察艇だけが戻って来ないのだが」
「やはり何かあるのでしょう」
 主席参謀であるフェリペ=ジェリオ大将がそれに答えた。白い肌に低い鼻を持っている。彼はアルゼンチンの農家の生まれでありそれを思わせるがっしりとした体格が印象的である。鼻が低いのは彼の母方の祖母と父がそれぞれアジア系であるからである。母方の祖母は日本人、父はインディオの血を引いている。
「そこに罠があると考えるのが妥当です」
「そうだな」
 リバーグはそれを受けて頷いた。
「それではその宙域には向かわないでおこう。それでいいな」
「ハッ」
 皆それに異存はなかった。頷くだけであった。
「だがどちらにしろ彼等は我々と一戦交えるつもりのようだな。そこまで用意しているとなると」
「そうでしょうね」
 またジェリオが答えた。
「おそらく彼等は乾坤一擲の勝負を挑んでくると思われます」
「決死戦か」
「ですからあの一個艦隊を出したのでしょう」
 ウェリントンが率いるあの艦隊のことである。だが彼等は今はその艦隊を率いるのがウェリントンであるとは知らない。
「我等を誘い出す為に」
「はい」
 ジェリオは頷いた。
「ですが我々はそのような挑発に乗る必要もありません」
「うむ」
「むしろこちらが仕掛けてもよいと思っております」
 そう言ってニヤリと笑った。リバーグはそれを見て彼にさらに問うた。
「何か考えがあるな」
「はい」
 その通りであった。彼はニヤリと笑ったままその問いに答えた。
「閣下、兵を二つに分けられてはどうでしょうか」
「兵をか」
「はい。それでまず一方をイバロの東に回らせます」
 彼は言った。
「そしてもう一方はそのまま南下します。そして等距離になったところで同時にこの場所に向かいます」
「そこか」
「はい」
 そこはイバロに入って暫く経った場所であった。そこには障害となるものが何もなくただ開けた宙域が広がっているだけであった。
「ここに向かうのです」
「言い換えるとそこに敵を誘き寄せるのだな」
「はい」
 ジェリオは答えた。
「ただ東に向かわせる艦隊の行動が問題です」
「どうするのだ」
「彼等にはレンゲに向かってもらいます」
「レンゲにか」
「はい。それならば彼等も引き返さざるを得ないでしょう。そして我等の誘いに乗ります」
「そう簡単にいくかな」
「問題はあの場所に彼等を向かわせないことです」
 ジェリオはリバーグの問いに対してそう答えた。
「あの場所に入られてはおそらく厄介なことになるでしょう」
「だろうな」
 それは彼にも容易に想像がついていることであった。
「それだけは何としても避けなければならない」
「はい。若し他の宙域で戦闘になるとしても」
 彼は言った。
「それぞれ戦い方があります。そしてそれは」
 ここで自分の頭を指差した。
「ここにあります。お任せ下さい」
「期待しているぞ」
 リバーグはそれを見て笑った。彼を信頼している微笑みであった。
「それではすぐに作戦立案に移るか」
「はい」
 ジェリオだけでなく他の参謀達もそれに頷いた。
 そして彼等は会議に入った。こうして連合軍の作戦は決定した。連合軍はこうして動きをはじめた。
 連合軍の動きはすぐにエウロパ軍にも伝わった。それを聞いたローズの目の色が変わった。
「レンゲにか」
「はい」
 カーネルキンがそれに答えた。
「百個艦隊が向かっているようです」
「敵の戦力の半分か」
 ローズはそれを聞き考えに入った。
 

 

第十部第二章 北の戦いその六


「まずいな」
「如何なされますか」
 カーネルキンはそこで問うた。
「今あの星に残っているのは僅かな戦力しかない」
 ローズの声が深刻なものとなっていく。
「答えは決まっているな」
「はい。それでは」
「うむ。すぐに引き返す。いいな」
「わかりました。ところで」
 カーネルキンはさらに問うた。
「ウェリントン中将に関してはどうなされますか」
「彼か」
「はい」
 やはりここでも上官としての顔であった。あくまで従兄弟としての顔ではなかった。
「呼び寄せよう。今は少しでも戦力が必要だ」
「わかりました」
 こうして方針が決まった。エウロパ軍はレンゲに向けて引き返した。ウェリントンにもそれが伝えられた。
「引き返すのか」
 彼はそれを聞いて不満そうな顔になった。
「何か不都合でも?」
 部下の一人が彼に尋ねた。
「あくまで個人的な見解だがな」
 そう断ったうえで述べる。
「今連合軍に対して勝利を収める方法は限られている」
 その声は大きいが苦渋が見られた。まるで振り絞るようにして言う。
「戦力差があり過ぎる。それをカバーするには色々としなければならない」
「はい」
「その為に動いたのだがな。だがこれは」
「危険ですか」
「これもあくまで個人的な見解だ」
 またそう断った。それからまた言った。
「敵の罠かも知れないな。もしそうだとすれば」
「数において大きく劣る我々の劣勢は否めませんね」
「うむ」
 ここで頷いた。
「だが決まってしまったことは仕方がない。行くしかないな」
「流石にレンゲが狙われましては」
「おそらく彼等は我等が来ない場合レンゲをそのまま陥落させるだろうな」
「それは考えられますね」
「だからだ。やはり行かなければならない。しかし」
「しかし?」
「いや。やはり数の差というのは大きいな」
 彼は一言そう言った。
「それをどうするかだったのだが。どうしようもなかったな」
「後は出来るだけ我々の有利な場所に敵を誘い込むだけですね」
「それが今出来れば、な」
 ウェリントンの声はいささか沈んだものとなりそうであった。
「出来ると思うか」
「やらねかればならないでしょう」
 その部下の答えはそれであった。
「勝利の為には」
「そうだな。だがそれは敵も同じだ」
 一言そう言った。
「彼等もな。それは覚えておけ」
「わかりました」
 ウェリントンも胸に思うところがありながら呼び掛けに応じた。そしてエウロパ軍はレンゲに向かった。レンゲに近付くと連合軍が動いたとの報告があった。
「レンゲから離れた!?」
 ローズはそれを聞いて声をあげた。
「それは本当か」
「はい」
 カーネルキンがそれに頷いた。
「それでは何処に」
「彼等は今こちらに向かっております」
「我々にか」
「如何なされますか」
「決まっている」
 ローズの返答は簡潔なものであった。
「我々を狙っているのならばこちらも受けて立つしかあるまい」
「ですね。それでは場所を移りましょう」
「そうだな。よし」
 ローズはここで参謀の一人を呼んだ。彼はその手に地図を持っていた。
 それを受け取る。そしてそれを開き言った。
「ここに移動しよう」
 そこは第一惑星と第二惑星の間であった。この間はかなり拡がっており、アステロイド帯もあったのである。アステロイド帯を使えば防御はかなり容易であることが考えられる。戦うには容易であった。
「わかりました」
 カーネルキンにもそれがわかっていた。それに頷く。
「それではそこに」
「うむ」
 彼等は決めた。そしてすぐに移動を開始した。それは連合軍にもわかっていた。
「動いたか」
 リバーグはそれをイバロ星系の外で報告を受けていた。
「予想通りだな」
「はい」
 ジェリオがそれに応えた。
「それでは我々も予定通り動きましょう」
「よし。別働隊にもそれを伝えてくれ」
「わかりました」
 これは彼等にとっては予想通りであったようである。リバーグは特に慌てたところはなく冷静に艦隊を動かした。興味深いのはその際の連絡役が帰って来た時である。
「御苦労さん」
 わざわざ自ら出向き連絡役の将校に対して声をかけた。優しい声であった。
「は、はい」
 その将校は若い黒人の女性であった。赤い髪に緑の目をしている。何でも大学を出て入隊したばかりだという。彼女はまさか司令に自ら声をかけてもらえるとは夢にも思っていなかったのである。
 彼女は感激した。だがリバーグはそれだけではなかった。
「暫くゆっくり休みなさい。疲れているだろうからな」
 さらにいたわりの言葉を述べたのだ。一言ではなかった。
 彼はそうした人物であった。部下に対する気配りも忘れてはいない。そうしたところにも繊細であった。
 部下の家族に対しても心配する。そうした男であった。器が小さい、芸がないといった声もあるがこうした気配りが彼の人望の秘密であった。
 将は一つのタイプだけではない。こうしたリバーグのような者がおり、そして充分に活躍できるのもまた連合軍であった。それだけ懐が深い組織であった。
 その女性士官はリバーグの言葉を忘れたことはなかった。後に彼女は連合軍大将となるがその時にこう述べている。
「私の理想とする軍人はリバーグ閣下です」
 と。彼女は軍人としては几帳面であり堅実であった。そしてその根底にはやはりリバーグへの敬愛の念があったのは言うまでもないことであった。
 人として尊敬される人物であった。軍人としても。彼の幸運は連合軍にいたそのことであろうか。リバーグはそうした意味で幸運な人物であった。
 そのリバーグが率いる艦隊のイバロに入った。そしてそのまま南下する。
 ローズはそれを聞いた時顔を顰めさせた。そして言った。
「ここではまずいな」
 彼等は既に予定の場所に移動していた。それをまずいと言ったのである。
「何故でしょうか」
 若い参謀がそれに尋ねた。
「まず敵の数だ」
 彼は言った。
「四倍だ。これは生半可な戦力差ではないぞ」
「ですね」
 その参謀にもそれはわかったいた。頷く。
「ですがそれで何故場所を変えられるのでしょうか」
「ここでは四倍の敵の相手をすることはできない」
「できませんか」
「おそらく彼等は数で押し立ててくる」
 ローズは言った。
「それを正面から受けるにはこの場所では駄目だ。よりよい場所がある」
「それは何処でしょうか」
「ここだ」
 彼はその問いに対してある地点を指差すことで答えた。そこはレンゲのすぐ側であった。
「閣下、ここは」
「ここならば四倍の敵を相手にすることが可能だ」
 彼はそう答えた。
「レンゲの援護も期待できる。そしてこの場所は我々の防衛施設も多い。損傷を受けてもその都度修復が可能だ」
「つまり長期戦を挑むと」
「おそらく敵は短期決戦を考えている」
「でしょうね」
 カーネルキンがそれに同意した。
「だからこそ彼等はここへ入って来たのでしょう」
「うむ」
 ローズはそれに頷いた。
「敵将はリバーグ元帥だったな」
「はい」
「彼はオーソドックスな戦術を使う。今までそうだったな」
「そういえば」
 北方での戦いの総指揮はリバーグが執っていた。彼の指揮については彼等もよく知っていた。確かに彼の戦い方はオーソドックスなものであった。それしかないと言っても過言ではない。
「だからだ。まず情報を集める」
「はい」
「そして戦闘となれば早く終わらせることを好む。戦術の基本だな」
「ですね」
 それも多量の物量を使ってである。これが彼の戦い方であった。やはり定石通りである。だからこそ読み易くもあり、そして手強かった。オーソドックスだからこそ隙がないのだ。
「今回もそうだろう。ならば腰を据えたいのだが」
「私はそうは思いません」
 だがカーネルキンはそれに反論した。
「何故だ」
「彼が長期戦を嫌っているのは無駄な損害を出さないようにする為です」
 そしてこう述べた。
「確かに長期戦になれば敵の損害は増えるでしょう」
「うむ」
「ですがそれは我等も同じこと。元々の戦力が違い過ぎることを考えますと」
 彼女は考えながら述べる。
「結果的には我等にとって不利な状況となります。私はそう考えますが」
「言われてみればそうだな」
 ローズもそれに頷いた。
 

 

第十部第二章 北の戦いその七


「それではレンゲの近くで戦うのは止めた方がいいかと」
「私はそう考えます」
「レンゲの市民にも無用な損害が出る怖れがありますし」
 別の参謀がそれに付け加えた。市民の安全も守らなければならないのだ。
「そうだったな。市民のこともある」
「はい。それを考慮しますとやはりレンゲの側での戦いは止めましょう」
「うむ」
 それによりローズはレンゲ近辺での戦いを止めた。そのうえで別の場所を求めた。
「それでは何処に誘い込むか」
「それが重要です」
「閣下」
 ここで若い情報将校が司令室に入って来た。
「どうした」
「二手に別れていた連合軍が集結を開始しております」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。これもまた予想されたことであった。
「そしてその場所は」
 それこそが重要であった。そしてローズはそれについて問うた。
「北西部のアステロイド帯の前方です」
 その参謀はそう述べた。
「北西の!?」
「はい」
「馬鹿な。あそこは」
 只のアステロイド帯ではなかった。そこは複雑な磁気嵐もありかなり厄介な場所であった。本来の航路から外されている程であった。場所は広いがお世辞にも彼等にとって戦いに適しているとは言えない場所であった。
「何故あの場所に」
「ですが我々にとっては好機ですね」
 カーネルキンが述べた。
「我々は戦力においては大きく劣っているのはもう言うまでもありません。ですが彼等があの場所にいるならば」
「地の利を利用して勝つことも可能だな」
「はい。閣下、どうなされますか」
「うむ」
 ローズはその問いに対してまず頷いた。そして答えた。
「行こう。そして雌雄を決する」
「はい」
 カーネルキンだけではなかった。他の者達もそれに頷いた。こうして彼等はそこへ向かうこととなった。すぐに艦隊が行動を開始した。
 その中にはウェリントンもいた。だが彼はそれを聞いた時あまり浮かない顔をした。
「あの場所か」
「何かあるのですか」
 部下の一人が浮かない顔をする彼に対して問うた。
「何かあると思わないか」
 彼はそれに対してこう答えた。
「わざわざ自分達にとって戦いにくい場所に布陣するとは。一体どういうことだ」
「そうでしょうか」
「リバーグ元帥は今までつとに芸のない戦いをしてきたな」
「はい」
 悪く言えばそうなる。実際にリバーグは芸がない、華がないとよく言われる。戦いにそのようなものが必要かどうかは別の問題としてだ。
「それが何故急に。何かあると思わないか」
「そうでしょうか」
 だが彼はそれには懐疑的であった。
「連合軍はこれといって策を弄する必要もないかと思いますが」
「むしろその必要があるのは我々だな」
「私はそう思います」
 部下はそう答えた。
「戦うとなるとかなり厄介なものになると思います」
「正面からぶつかった場合はな」
「それは避けた方がいいでしょうね」
「うむ」
 ウェリントンはここで頷いた。
「さて、どうするか、だな」
「策はおありですか」
「残念だが今のところはな」
 彼は首を横に振った。
「何も思い浮かばない。どうしたものか」
「私に一案があるのですが」
 ここでその部下は言った。ウェリントンはそれに顔を向けた。
「何だ」
「敵を後方から狙うというのはどうでしょうか」
「後ろからか」
「はい。急襲して。それも敵が移動している時にです。連合軍の進行速度は遅いですし」
「確かにな」
 実際に連合軍の進行速度は遅かった。彼等の艦艇は索敵及び攻撃防御においてはエウロパ軍のそれを遥かに上回っていたがその船足は遅かった。高速戦艦や巡洋艦にしろエウロパ軍のそれと比べるとかなり遅いものであった。彼はそれについて言及したのだ。
「そこを衝くのです。如何でしょうか」
「いいな。だが一つ問題がある」
「何でしょうか」
「連合軍の索敵能力だ」
 ウェリントンが心配していたのはそれであった。
「彼等の偵察艇は優秀だ。それにその数も多い」
「はい」
「そのうえ個々の艦艇の索敵能力もな。そして電子能力も彼等の方が上だ。それをどうする」
「こちらも徹底して隠密行動に徹するしかないでしょう」
 彼はそう答えた。
「見つかれば全てが終わりですから」
「まさに賭けだな」
 ウェリントンはそれを聞いて言った。
「乾坤一擲だ。だがそうするしかない」
「はい。我等が劣勢にあるのは事実です。それを考えますと」
 彼はそれでも言った。
「私には他には思い浮かびませんが。如何でしょうか」
「ううむ」
 ウェリントンは腕を組み考えた。そして暫くして言った。
「わかった。一度ローズ司令に具申してみる。それでいいな」
「有り難うございます」
「勝利を収めるには時として賭けも必要だ」
 本来ならばあってはならないことである。だが今のエウロパ軍にはそんな悠長なことを言っていられる余裕はなかったのである。致し方のないことであった。
「ところでだ」
 ウェリントンはさらに問うた。
「何でしょうか」
「卿の官職氏名を知りたいのだが」
「私のですか」
「そうだ。つい最近私の下に赴任してきたな」
「はい。それまではオリンポスにおりました」
 彼は答えた。
「参謀本部におりまして。そこからこちらに赴任しました」
「参謀本部からだったか」
「はい」
 彼はまた答えた。
「道理で。センスがあると思った」
「有り難うございます」
「それであらためて聞きたいのだが。いいか」
「はい」
 彼は一呼吸置いて答えた。
「ミヒャエル=フォン=カイザーリングです。階級は大佐です」
「カイザーリング大佐か。よし、覚えたぞ」
「有り難うございます」
「今回の戦い、卿の作戦が通るといいな」
「そして勝利を収めることができれば」
「うむ」
 こうしてウェリントンはカイザーリングの提案をローズに上奏した。
「卿の部下の策か」
「はい」
 ローズの旗艦フッドの司令室にて彼等は向かい合っていた。そして話をしていた。
「カイザーリング大佐のものです」
「カイザーリング大佐」
 ローズはその名を呟いた。
「はじめて聞くな。どうやら貴族のようだが」
「デンマーク出身だそうです。子爵だとか」
「ふむ。そしてそのカイザーリング子爵の策だが」
「はい」
「悪くはない。むしろこれでやってみたいな」
「それでは」
「待て」
 だがローズはここでウェリントンを嗜めた。
「まだ決定したわけではない。私の一存では決められない」
「はい」
「艦長や参謀達と話し合おう。全てを決めるのはそれからだ」
「わかりました。それではお願いします」
 ウェリントンはあらためて頷いた。
 こうしてカイザーリングの策は作戦会議にかけられた。ローズはまずはカーネルキンに問うた。
「どう思うか」
「そうですね」
 問われた彼女は少し考えた後で答えた。
 

 

第十部第二章 北の戦いその八


「いいと思います」
「そうか」
「今我が軍が劣勢にあるのは事実です」
「うむ」
「それを打開するには思い切ったことをしなければなりません。今はその時ではないかと思います」
「では卿はこの案を指示するのだな」
「荒削りな部分もあると思いますが大筋においてよいと思います」
「わかった。他の者はどうか」
「私も異存はありません」
 艦隊司令の一人がそう答えた。
「私もです。やはり勝利を収めるには時として奇襲も必要です」
 参謀の一人もそう述べた。見れば多くの者が彼と同じ意見であるようであった。
「他にはないか」
 誰もいなかった。こうして大筋は決まった。カイザーリングの案は採用されることになった。
 その後で細部に検証や訂正が加えられた。だが実質的にカイザーリングのものとなった。こうして彼の作戦は採用されることとなった。エウロパ軍はすぐに行動を開始した。その際通信等を一切遮断し素早い動きでその場から消えた。そして連合軍の方へ向かったのであった。
「エウロパ軍が消えたと」
 それはリバーグの許にも耳に入っていた。彼はそれを聞いてまずは地図を開いた。
「ふむ」
「何かありますか」
「今我々はここにいるな」
 尋ねたジェリオに地図の一地点を指差しながら問うた。
「はい」
「敵が今までいた場所はここだった」
 そして別の場所を指差した。
「おそらく彼等は何かをしてくる筈だ」
「ですね」
 姿を消す。それが何を意味するのかわからない程彼等は軍人として無能ではなかった。
「こちらも場所を変えるとしよう。何処がいいと思うか」
「そうですね」
 ジェリオはそれを受けて考え込んだ。そしてある地点を指差した。
「ここがいいでしょう」
 そこは今彼等がいる場所と程近い場所であった。四方が開けている。
「そこか」
「そこならば索敵も用意です。それに」
 さらに言う。
「敵を誘い込むには適していると思いますが」
「ふむ」
 リバーグはそれを聞いて笑みも浮かべず顎に手を当てた。それから言った。
「誘い込むのか」
「はい。そこにいればおそらく彼等も攻撃を仕掛けてくるでしょう。そこを叩くのです」
「成程な。それではそれでいくか」
「はい」
 こうして連合軍はまた動いた。彼等はジェリオの言う場所に移動してそこに布陣した。まずは上下と後方に機雷を施設させた。そのうえで前方に向けていた。
「機雷を撒いているのか」
 それはエウロパ軍にも見られていた。ローズはそれを聞いてあらためて地図を見た。
「上下と後方に撒いているそうだな」
「はい」
 カーネルキンがそれに答える。
「移動するのを止めるとはな。誘い込もうとしているのか」
「おそらくは。機雷を撒いたのもその為でしょう」
「我々を防ぐ為にか。だがそれならそれでやり方がある」
「はい」
 既に連合軍の陣は掴めている。彼等はすぐに動いた。

 二手に別れた。左右から奇襲を仕掛けるつもりだったのだ。だが彼等の作戦は既にカイザーリングの提案したものとはかなり離れていた。それが仇となりかねない状況であったがそうも言っていられない程彼等に余裕がないのも事実であった。戦局は彼等に味方してはいなかったのだから。
 それに対して連合軍には余裕があった。まだ一戦も交えておらず弾薬にも余裕があった。食糧もまだ充分にあった。
 しかしそれでもリバーグは食糧の減り方にいささか不満であった。彼はこっそりとゴミ箱を覗き込んで補給参謀達にぽつりと漏らしていた。
「どうにも無駄が多いな」
「多いですか」
「うむ。何というか。林檎の芯にもまだ食べられる部分があったりする」
「はあ」
「肉もな。そうそう捨てるのはどうかと思うのだが」
「しかし我が軍は補給路も確保しておりますし。食糧はまだ大丈夫だと思いますが」
「それは油断だ」
 リバーグはそう言ってその参謀を嗜めた。
「もう少しきちんと無駄なく使うように言っておいてくれ。全将兵にな」
「はい」
 参謀達は少し弱い声で頷く。
「第一我々の食事にしろ市民の税金から出ているのだぞ」
「あっ」
 彼等はそれを言われてハッとした。
「それを頭に入れていればそうそう無駄使いはできないものだと思うが」
「は、はい」
「覚えていてくれ。それだけはな」
「わかりました」
 ここであらためて敬礼した。目から鱗が落ちたような気分であった。
 こうしてリバーグ指揮下の連合軍にあらためて達が出された。食べ物を粗末に扱うな、とのことであった。
 これは賛否両論あった。リバーグの生真面目さと細かさを褒める声もあれば狭量さや司令としての仕事を逸脱しているとの批判もあった。結局これに関しては色々と話がありネットにおいてもマスコミにおいても彼を擁護する声や批判する声が交あわされた。だが結局は結論は出なかった。
 後でこの話を聞いた八条もそれは同じであった。
「リバーグ元帥らしいですが」
 彼の感想はまずはそれであった。
「ただ、何と言いますかね。些細なことです」
 それだけであったが結論は出さなかった。国防長官として妥当な判断ではあった。敗戦ならば批判も多かったであろうが。リバーグはそういう意味でも幸運ではあった。
 戦局はそうした食べ物の話が行われている中でも動いていた。二手に分かれたエウロパ軍はそのまま連合軍に向かっていたのである。
「そろそろだな」
 ローズは目の前に布陣する連合軍の大軍を見据えて言った。
「彼等を倒す時が来た」
「そうですね」
 カーネルキンがそれに頷く。
「かなり色々と動きましたが。それもここまでです」
「うむ。それでは行くぞ」
「はい」
「別働隊もいいな」
「そちらも大丈夫だと思います。それでは」
 彼等はほぼ同時に動いていた。そして連合軍に接近する。
 連合軍は相変わらず正面を向いて布陣していた。エウロパ軍に気付いている感じはない。だが防御は固めているようであった。
「今のところは気付いてはいないな」
 ウェリントンは敵軍を見てそう言った。
「大丈夫か、今のところは」
「いえ、油断はなりません」
 だがカイザーリングは上司の言葉に首を横に振ってみせた。
「まだ干戈すら交えていないのですから」
「そうだったな」
 彼はそれを聞いてあらためて気を引き締めさせた。
「油断は禁物だ。特に我々は」
「はい」
 戦力に劣る方がさらに失態を防がなければならないのは常識であった。そして今の彼等がまさにそれであった。そう、それであった。
 

 

第十部第二章 北の戦いその九


 別働隊の艦隊のうちの一隻であった。急にエンジンの調子がおかしくなったのだ。それはスポレッタ中将の乗艦であった。彼は一艦隊の司令官であった。
「エンジンの調子がおかしいのか」
「はい」
「参ったな」
 彼はその報告を受けて顔を曇らせた。
「今は大変な時だというのにな」
「どうされますか」
「とりあえずは機関科員に頑張ってもらおう」
 彼は自力で何とかすることを判断した。
「何とかまともに動ける状態を維持してくれるように言ってくれ。この戦いが終わるまでな」
「わかりました」
 妥当な判断と言えた。今は停止するわけにはいかなかったからだ。
 しかしそれが裏目に出てしまった。ここは停止してゆっくりと修理するべきであったのだろう。だが今はそうも言ってはいられない戦局であった。戦争というものはまことに複雑なものであるから。そうした意味でエウロパ軍には運がなかったと言えよう。
 エンジンが暴走した。そしてスポレッタ提督の艦は突如として奇妙な動きをはじめた。
「何事だ!?」
「エンジンが暴走しました!」
 艦長が報告する。
「エンジンが」
「はい」
 艦は隠密行動をとている艦隊から離れようとしていた。スポレッタはそれを見て顔を青くさせた。
「何とかならないか」
「今しておりますが」
 艦長の顔も蒼白となっていた。
「今がどういう状況かわかっているな。頼む」
「はい」
 機関科員達が必死に修復にあたる。だがそれでもそれは適わなかった。
 エンジンが暴走をはじめた。そして艦隊から離れた。
 そして今まで制御していたエンジンのエネルギー反応に連合軍の偵察艇が気付いた。それはすぐにリバーグの下へと届けられた。
「エウロパ軍の艦艇が」
「はい」
 ジェリオが応えた。
「どう思われますか」
「奇襲するつもりか」
 やはり最初に考えたのはそれであった。
「ただ一方向だけとは限らないな」
「はい」
 それはジェリオも同じ考えであった。
「おそらく前からは来ないでしょう。後ろも上下も機雷を施設し防いでおりますし」
「側面か。左右同時に来る可能性があるな」
「如何為されますか」
「左右に護衛艦を集中的に配置させよ」
 リバーグはまずはそう命じた。護衛艦の索敵能力は連合の艦艇の中で最も高いからである。同時にティアマト級巨大戦艦も配された。この巨大戦艦は実は索敵能力も高いのである。
 それにより情報が収集された。結果としてあることがわかった。
「いいか、敵には決して悟られるな」
 リバーグの声は小声になっていた。
 密かに連合軍の艦艇の主砲が動いた。そしてそれを側面に向ける。
「距離は」
「そろそろかと」
 ジェリオがリバーグにそう報告する。
「よし。それでは全艦砲撃用意」
「全艦砲撃用意」
 全艦の主砲にエネルギーが装填される。
「あと十秒だ」
 リバーグはここで時計を取り出した。自分で測る。
「十、九、八、七」
 数も数える。艦橋を緊張が支配する。
 その中で連合軍の将兵達は息をこらしていた。攻撃する直前に力を溜めているようであった。
「六、五、四、三」
 沈黙が支配する艦橋にリバーグの声だけが響く。その声もまた緊張そのものであった。
「ニ、一」
 いよいよその時が来た。リバーグの目を光が一閃した。
「撃て!」
「撃て!」
 命令が繰り返される。そして連合軍の主砲が左右に向けてそれぞれ火を噴いた。
「うわっ!」
 それは隠密行動をとっていたエウロパ軍の艦艇を打ち据えた。そしてそれによりえうろぱ軍の艦隊の先頭が次々に火球と化して宇宙の闇の中に消えていった。
「クッ、気付かれたか!」
「何故だ、何故わかった!」
「私のせいか」
 驚愕が支配する中スポレッタは一人愕然として呟いた。
「エンジンの暴走を止められなかったからか」
「司令」
 そんな彼に艦長が声をかけてきた。
「今はそんなことを言っている場合ではありません。ご指示を」
「指示を」
「はい。戦いはもうはじまっております」
「そうか。そうだったな」
 その言葉に我に返る。そして冷静さを取り戻した。
「全艦迎撃態勢に入れ」
「ハッ」
 参謀達がそれを受けて敬礼した。
「我が艦隊はこれより敵の攻撃に対して反撃を開始する」
「わかりました」
 すぐに指示が通達される。そして艦艇が動きはじめた。
 スポレッタは普段は冷静な指揮官として知られている。今彼はその冷静な指揮官に戻ったのであった。
 艦隊は守りを固めながら進む。彼はここで艦長に問うた。
「エンジンはどうなっているか」
「何とか復旧しました」
「そうか」
 彼はそれを聞いて硬い顔で頷いた。
「災厄だとしか思えないな」
「はい」
 それは将に災厄であった。彼等だけでなくエウロパ全軍にとっても。
「だが今はその災厄の分を取り戻そう。連合軍の動きに気をつけろ」
「はっ」
「数だけでは勝てないということを教えてやる。行くぞ」
 こうしてスポレッタは普段通りの指揮を開始した。彼は決して無能な人物ではない。彼の艦隊は的確な動きにより統制を取り戻していた。
 エウロパ軍は最初の一撃の後は素早く陣を整え連合軍の攻撃を防ぎにかかった。連合軍はそれに対してまずは右翼に戦力を集中させた。ここにはローズがいた。左翼は最低限の艦艇を置き防衛に専念させている。
 砲艦及びミサイル艦が一斉射撃を加える。それがエウロパ軍のビームの壁やバリアーを突き抜けて彼等を打ち据えた。
「うわあっ!」
 それにより無数の命が銀河の闇の中に永遠に消えた。残骸すらも残らない艦もあった。
 次は戦艦と重巡が前に出る。その攻撃により浮き足立っていたエウロパ軍はさらにダメージを受ける。
 駆逐艦の水雷攻撃の直後に多くの護衛艦を伴った空母艦隊が接近する。艦載機が次々と出て来てエウロパ軍をさらに痛めつける。そして彼等の先頭にはあの巨大戦艦が常にいた。
 その主砲が敵陣を切り裂く。光の帯の周りでさらに無数の光の球が生じる。それはエウロパの将兵達の命の光でもあった。 

 

第十部第二章 北の戦いその十


 ティアマト級巨大戦艦の攻撃の威力は圧倒的であった。その一隻で一個艦隊、即ち一万隻に匹敵するというのはあながち嘘ではなかった。巨砲と主砲によるその砲撃によりエウロパ軍はさらに戦力を減らしていた。
「まずいな、このままでは」
 ローズは連合軍の攻勢を見て唇を噛んだ。
「すぐに陣を再編成せよ」
「どうなさるのですか」
 カーネルキンがそれに問うた。
「方陣だ」
 ローズはすぐにそう答えた。
「方陣」
「そうだ、まずは守りをさらに固める。そして攻撃を凌げ」
「わかりました」
 エウロパ軍はそれに従い守りを固めはじめた。これに対して連合軍は固める前の方陣を集中的な攻撃により潰していったが完成した方陣についてはまずは攻撃を控えた。
「さて、どうしたものか」 
 リバーグはそれを見て顎に左手をあてて考え込んだ。
「考えている時間もあまりないようだがな。どうすべきか」
「巨大戦艦及び砲艦による集中攻撃です」
 ジェリオがそう提案した。
「守りを固めているのならばそれを崩せばよいのです。敵の手の届かない場所から」
「成程な。ではそれでいこう」
「有り難うございます」
 すぐにティアマト級巨大戦艦及び砲艦が前に出た。そして砲撃を開始する。
 一つ一つの光が合わさり巨大な柱となっているように見えた。そしてその柱がエウロパ軍の方陣一つ一つに向かっていく。
 エウロパ軍の艦艇がその圧倒的な光の柱の前に消え去っていく。火球となり消え失せ、真っ二つになり銀河の塵と化していった。
 美しいといえば美しい光景であった。だがそれは破滅の美であった。多くの将兵達の死を伴うものであった。ヴァルハラの光であった。まるでワルキューレ達が見せる様に。
「そうきたか」
 ローズはその攻撃を見て苦い顔をした。
「これでは我が軍も抑え切れぬか」
「まだ諦めるには早いかと」
 ローズは焦りを覚えはじめていた。だがカーネルキンはそんな彼を思い止まらせた。
「ここは策があります」
「どうする気だ。敵はあの数と火力だぞ」
「我が軍が唯一勝っている機動力を使いましょう」
「機動力か」
「はい」
 カーネルキンはそれに頷いた。
「まずは的と化している方陣を解きましょう」
「うむ」
 方陣が解かれた。そしてすぐに一つの陣にされた。魚燐形の陣であった。
「今度は機動戦を挑むつもりのようですな」
「考えてはいるな」
 リバーグはジェリオの言葉に応えた。
「だがそれでも数は覆せません。今度は我等が守りを固めましょう」
「うむ」
 連合軍はここでそれぞれ方陣を敷いた。それぞれの方陣が互いに連携をとれるように配置された連合軍独特の方陣である。十個艦隊、すなわち一個軍団を基準としていた。
 そこにエウロパ軍の魚燐が襲い掛かる。それは獲物を狙う鮫の様に見えた。
 鮫は多くの星に生息している。連合のある星にはメガロドンまでいる。四十メートルに達する巨大な鮫である。鯨でさえ食らってしまう程である。
 その他にも鮫には凶暴な種類のものが多い。人食い鮫はこの時代においても海水浴客等の脅威であった。鮫は恐るべき存在であった。星系によってはあのメガロドンやカルカロドンすらいた。メガロドンとか四十メートルを越える怪物の様な鮫である。かっては地球にも生息していた。それが星系によってはまだまだ生息しているのである。恐竜やアロマロカリスがいる星系もあるからこれは当然のことであった。
 だが一つ弱点があった。鮫は止まることができないのだ。これも種類によるが凶暴な種類の鮫は殆どがそうである。その巨大さを誇る凶暴な鮫メガロドンにしろ止まることはできない。動きが止まったならばそれで死んでしまうのである。
 鮫は止まったその時が終わりだ。そしてこの時もそうであった。
「前面にバリアーを集中させよ!」
 リバーグがエウロパ軍が襲い掛かって来た方陣にそう指示を下す。その方陣の指揮官はそれに従いバリアーを前面に集中させた。そこにエウロパ軍の攻撃が来る。だが連合軍のバリアーと弾幕の前に殆ど効果はなかった。
 そこへ周りの方陣から攻撃が来る。それによりエウロパ軍は動きを止め、逆に攻撃を受ける立場となった。
 少しずつその数を減らしていく。ローズはそれを見て一人呻いていた。
「またしてもか」
 そしてカーネルキンに顔を向けた。
「どうやら彼等は我々が思っていた以上のようだな」
「はい」
 カーネルキンも硬い顔でそれを認めた。
「残念なことですが」
「だがそれはいい。問題はこれからだ」
 ローズはとりあえずはそれを不問にした。
「どうする」
「はい」
 カーネルキンはその問いに対して答えた。
「撤退すべきかと」
「そうか」
 ローズもそれはわかっていた。沈んだ声で応える。
「それでは一刻も早い方がいいな。被害が大きくならないうちに」
「別働隊にも連絡しますか」
「当然だ。それではすぐに撤退に移るぞ」
「はい」
 まずは損害の大きな艦艇から戦場を離脱していく。その間無傷な艦が足止めをする。そしてダメージを受けた艦艇から少しずつ戦場から退いていく。
 

 

第十部第二章 北の戦いその十一


「撤退戦が上手いな」
 リバーグにもそれは見えていた。彼は素直にそれを認めた。
「だがそう易々と退かせるわけにはいかんな」
「はい」
 戦いであった。撤退する敵を掃討するのはその常道であった。そしてリバーグはそれに従った。
 追撃を仕掛ける。圧倒的な火力で攻撃を仕掛ける。だがここはエウロパ軍の機動力が勝った。
「よし、最後に全てのミサイルを放て!主砲も一斉発射だ!」
「ハッ!」
 ローズの指示が下る。エウロパ軍の艦艇はそれに従い最後の攻撃を仕掛ける。
 それを素早く終わらせると艦首を返して戦場を離脱した。その際機雷を撒くことも忘れてはいなかった。
「ここまで理想通りやってくれるとはな」
 リバーグは機雷を見て思わず苦笑した。
「かえって見事にすら感じる。それでは我々もそれに従おう」
 そう言いながら掃海部隊を派遣した。そして機雷の処理に当たらせた。
 その間に反転してもう一方の敵軍に向かう。見ればそこでの戦闘も終わろうとしていた。戦局は思ったより早く動いていると言ってよかった。
 こちらの部隊は義勇軍を主な戦力にしていた。北方にいるサハラ義勇軍は十個艦隊だがそれを全てこちらに向けたのである。
 正規軍は二十個艦隊であった。リバーグは一方を精鋭部隊で抑えると共に主力でもう一方をまず叩くという作戦を執ったのだ。これもまた戦いの常道であった。彼はあくまで戦いの常道だけを採っていたのである。
 義勇軍の強さは軍を抜いていた。エウロパ軍もそれに太刀打ちすることができず押される一方であった。
「司令」
 その中の一人ウェリントンのもとに参謀の一人が報告にやって来た。
「どうした」
「ローズ閣下より指令です。即座に撤退せよと」
「わかった。致し方あるまい」
 戦局を見れば充分に考えられることであった。彼はそれに従った。
 次第に連合軍の主力部隊が近付いてきていた。これはエウロパ軍にとっては死が近付いてきているということであった。彼等はそれを前にしては決断するしかなかった。
 こちらのエウロパ軍も撤退を開始した。だがただ一隻だけ戦場に残る艦があった。
「あれは!?」
 見ればスポレッタの艦である。彼の同僚でもあるウェリントンは驚いて彼に声をかけた。
「スポレッタ提督、卿も撤退しろ!」
「そういうわけにはいかない」
 だが彼は首を横に振った。
「この戦いの責任は私にある」
「違う」
 ウェリントンはそれを否定した。
「勝敗は戦の常だ。何を言っている」
「私の艦の暴走のせいでこうなってしまった」
 それでも彼はこう答えた。
「こうなっては是非もなし。この命を以って責を負う。他の者は既に退艦させた」
「馬鹿な」
「愚か者にはこうした死こそ相応しい。それではな」
「誰かいるか」
 ウェリントンは左右の者に言葉を振った。
「スポレッタ提督を救出するんだ、早く」
「閣下」 
 だが皆それに首を横に振った。
「もう間に合いません。それに」
「スポレッタ提督もそれを望んではおられないでしょう」
「クッ」
 それは彼にもわかっていた。歯噛みするしかなかった。
「閣下、致し方ありません」
 別の部下もそう言った。
「このままでは我等の兵も」
「わかった」
 ウェリントンは苦い決断を下した。そして彼も戦場を後にした。
「凄い数だな」
 スポレッタは前にいる連合軍の大軍を見て一人そう呟いた。
「これだけの戦力を揃えるとは。連合の国力は素晴らしい」
「確かに」
 ここで誰かの声がした。
「誰だ」
「私です」
 後ろからこの艦の艦長が出て来た。シャルオーネ大佐であった。
「総員退艦を命じた筈だが」
「後は副長に任せましたので」
「ならん。これは命令だ」
「ロイヤル=ネービーのかっての伝統を御存知ですか」
「あれか」
 船に乗る者ならば知らぬ者はいなかった。かって世界にその名を馳せたあのロイヤル=ネービー、すなわち大英帝国海軍では艦が沈む時は艦長はその艦と運命を共にする。この時代において伝説とさえなっている強さを発揮した日本海軍もそれに倣っていた。今では廃れてしまった伝統である。エウロパでもそうであるし連合ではもってのほかの考えである。
 八条は国防長官として将兵に対して命を粗末にすることのないよう厳命していた。戦場において死ぬなとは言えない。だが無駄に死ななくてもいい状況においてはそういったことがあってはならないのである。これには将兵の生命の重視と共に志願制故に彼等の死をできるだけ避けたいという考えもあった。連合はとかく志願制の軍隊故のジレンマに悩まされていた。エウロパにおいても今はこうした考えは殆どない。イギリスにおいてもである。
「古い伝統だな」
「はい。それに今回の失態は艦長である私の責任でもあります」
 エンジンの暴走のことを言っているのである。
「卿だけの責ではないが」
「艦のことは全て艦長の責任ですから」
 その通りであった。だからこそ艦長の責務は重要なのである。
「もう一度言うぞ」
「はい」
「本当によいのだな」
「無論です。だからこそ残りました」
「わかった。ならいい」
 それ以上言うつもりはなかった。それで話は終わった。
 二人は並んで艦橋に立った。誰もいないがらんとした状況であった。
「こうなるとかえって清々しいな」
「ですね」
 シャルオーネはスポレッタの言葉に苦笑した。その前には連合軍の無数の艦がいた。
「一撃だろうな。全てはそれで終わる」
「はい」
 これまでの戦いで連合軍のそれぞれの艦の攻撃力はよくわかっていた。たとえ戦艦といえども一撃であった。
「どうだ」
 スポレッタは懐から煙草を取り出しシャルオーネに薦めた。
 

 

第十部第二章 北の戦いその十二


「最後にな」
「有り難うございます」
 シャルオーネはそれを受け取った。そして豪奢な装飾が為された古風なライターで火を点ける。
「いい煙草ですね」
「プロヴァンス産だ」
 エウロパでの煙草の名産地として知られている。
「私はここのが気に入っていてな。美味いだろう」
「はい」
 シャルオーネもその煙草を美味そうに吸っていた。
「生まれ変わったらここの煙草を贔屓にしたいですね」
「そうだな。私もまた吸うとしよう」
 連合軍が近付いてきた。いよいよであった。
「さて」
 煙草を消した。覚悟を決めた。
 もうすぐ無数の光の柱が迫ってくる。それで全ては終わる筈だ。筈であった。
「ムッ!?」
 だが光は来なかった。かわりに光の信号が彼等に放たれてきた。
「これは」
 見れば降伏勧告であった。連合軍北方方面軍の総司令官であるリバーグ元帥の名義となっていた。
「降伏勧告か」
「どう為されますか」
「・・・・・・・・・」
 スポレッタは暫し考え込んだ。ふと胸に収めてある拳銃の存在に気付いた。
「拳銃は持っているな」
「はい」
 それはシャルオーネも同じであった。この場合拳銃は何の為に使うものなのか言うまでもなかった。
「それならばそれで天界へ旅立つことができるが」
「どうされますか」
「そうだな」
 二人はまだ考えていた。だがその間にも連合軍は近付いてきている。
「攻撃をするつもりはないようだな」
「はい」
「エウロパの騎士は攻撃を仕掛けて来る気のない者に対して剣は向けない」
 そしてこう言った。
「彼等が攻撃して来ないのならば戦う必要もない」
「では」
「そうだ。ここは素直に彼等に従うとしよう。運命を彼等に任せる」
「わかりました」
 彼等は頷いた。こうして二人は連合軍の捕虜となった。そしてこの将二人の投降を象徴としてイバロの戦いは終わったのであった。

 この戦いを振り返るとやはり戦力の差が如実に現われたと言えよう。エウロパ軍はしきりに連合軍を誘い込もうと策を弄したが戦力に勝る連合軍はオーソドックスな戦術戦略で以って話を進めた。主導権を握ろうにも握ることができず結局は連合軍に引き摺られる形で戦いに入った。そして些細な失策により敗北した。戦力の二割近くを失いこの敗戦と中央の戦局悪化により北方から撤退せざるを得なかったがそもそも連合軍にまともに対抗し得る戦力があればこうしたことにはならなかったと思われる。戦力差はそこまで影響していたのであった。
 勝利を収めた連合軍はすぐにイバロ星系の完全掌握に取り掛かった。そしてリバーグは戦後処理をはじめた。
「今回の戦いでは多くの捕虜を得たそうだな」
「はい」 
 ジェリオがそれに答える。
「貴族出身者と平民出身者がおりますが」
「いつも通りだな」
 既に何回か捕虜を手に入れたことはあった。リバーグは特に困った顔を見せなかった。
「それではいつも通り後方の捕虜収容所に送れ。よいな」
「ハッ」
「貴族は貴族用の、平民は平民用のな」
「わかりました」
「しかし」
 ここでリバーグは言った。
「こうして分けるというのがよくわからないのだ。将校や平民だけの差ではないのだな」
「それがエウロパの特徴といえば特徴ですね」
 ジェリオはそう答えた。エウロパ軍においては貴族の士官はいても貴族の下士官や兵士はいない。逆に平民の士官はいても、である。高級軍人になるとその違いはもっと顕著である。その殆どが名門とされる貴族達なのだ。元帥、そしてエウロパ元帥等は特にそうであった。
「それが階級社会というものです」
「最初普通に一緒に扱って問題になったそうだな」
「はい。貴族と平民双方から抗議の声が出ました」
 それは事実であった。平民は平民で貴族と同じ部屋にいて、貴族と同じものを食べるのに違和感を覚えた。貴族もである。双方それに大いに戸惑ったのである。そして連合軍の担当者達に対して双方が抗議したのである。
「貴族と同じものが食べられるということを嫌がるのが意外だった」
「はい」
「それ程彼等の間には垣根があるということか」
「閣下」
 ジェリオはここであることについて言った。
「征服王朝というものを御存知ですね」
「中国の北方の遊牧民族が立てた王朝だな」
「はい」
 中国の北方には伝統的に遊牧民族達がいた。馬を駆り生活をする彼等は時として南下し中国に脅威を与え続けていた。これは春秋戦国時代、いやそれ以前からであり漢民族は常に彼等の対処に追われていた。秦の始皇帝が万里の長城を作らせたのも彼等に備えてであった。秦は漢民族の血が薄いと言われてきたがその彼等ですらこの遊牧民族の存在を脅威と感じていたのだ。この長城を作り上げる為に多大な費用と労働力を必要とした。以前からあったものを繋ぎ合わせてものであったがそれでも多大な費用と労力を要したのであった。
 次の漢王朝では高祖劉邦自ら出陣したが勝つことはできなかった。そして彼等にとって屈辱的な条約を結ばざるを得なかった。彼等に対して反撃に転じるには武帝の登場を待たなければならなかった。
 この時代の遊牧民族は匈奴という。時代が下がり突厥になってもそれは変わらない。漢民族とはいっても鮮卑という遊牧民族の一つをルーツとする唐も彼等には悩まされていた。宋になるとさらにそうであった。この時代は北の遊牧民族の力がとりわけ強く彼等は漢民族を支配して王朝となるようになった。これを征服王朝というのである。
 漢民族は支配される立場であり遊牧民族が支配する。異民族支配そのものであった。モンゴル民族の元や満州民族の清もこれにあたる。清は後に皇族ですら満州語を忘れ漢民族に同化してしまったがそれでも満州民族であることに変わりはなかった。そのシンボルが辮髪であった。これは遊牧民族の風習であった。
 こういったことは欧州ではさらに顕著であった。漢民族にしろ遊牧民族にしろ混血するが彼等は決してしようとはしなかった。平民と貴族の間の婚姻がないのは昔からであった。血を維持する為であったのであろうか。
 イギリスの貴族はノルマン人達である。ヴァイキングの血を引く。そしてフランク王国はゲルマン人の国である。彼等の下にあったケルト人やアングロサクソン、そしてラテン人等は支配される立場であった。それが欧州の貴族の現実であった。元々民族が違うのである。
「あれと同じ理由ですよ」
「そう言われるとわかりやすいな」
 リバーグもそれに納得した。
「だが彼等はあくまで混ざり合おうとはしないな」
「はい」
「それが違う点か。征服王朝とは」
 そして連合と欧州の違いであった。それが何よりの違いであった。
「だがそれはよく頭に入れておこう」
「ですね。これからの捕虜の取り扱いについて考慮する点においては」
「最初私は人道上問題のない取り扱いをしていればそれでいいと思っていた」
 リバーグはそう述べた。
「だがそれだけでは駄目なようだな」
「ええ、私もそれを実感しております」
 ジェリオもそれに同意した。
「我々は三〇〇程の国で構成され民族といったものはそれより遥かに多い」
「ええ」
 アメリカ、中国、ロシアや東南アジア諸国だけではなかった。アフリカ諸国にもかなりの民族が存在する。彼等は適度に住み分けたりして生活している。中には新たに国を興して独立する民族もある。新興国家はその殆どがそうである。アッシリアやフェニキアにしろそうである。ケベックもだ。
 連合の民族はそれこそ星の数程存在する。そうしたことにあまり縁がないとされる日本においてもアイヌ系や沖縄系といった存在がある。両方共国も持っている。アイヌ連邦と沖縄王国である。アイヌ連邦はアイヌ人による国であり沖縄はかって琉球王家であった尚氏の末裔を国家元首とする国である。双方共日本と友好関係にあることで有名である。独立しても彼等は元の日本のことを決して忘れてはいないのだ。経済的関係も深い。とりわけ沖縄王国は王室自体がかって日本の皇室に組み込まれかなり高い地位にいたということもあり今でも皇室との関係が深い。両家の間では婚姻も盛んである。他にもイヌイットやチベット、ネィティブアメリカン、満州人の国もある。この時代は独立しようと思えば新たな星系で独立を宣言し、それを中央政府に報告したうえでそれが認められれば可能なのである。後の国家経営はかなり大変なものではあるが。だがかってのように独立する為に銃をとり血みどろの戦いを繰り広げなければならない時代ではなかったのである。それが連合であった。
 

 

第十部第二章 北の戦いその十三


 また彼等も連合の中にありその中で生きている。そして他の民族との混血もやはり多かった。血という意味では連合は民族的なものは薄かった。少なくともエウロパのそれとは比較しようのないものであった。
「だが混血は多い。私にしろそうだ」
 リバーグは肌は黒いが髪は金褐色で目は藍色だ。混血の何よりの証拠であった。
「私は南アフリカの黒人の生まれということになっている」
 その黒い肌を指し示しながら言う。
「だが髪は違う。曾祖母かその辺りにアジア系もいた記憶がある」
「私もですよ」
 ジェリオも言った。
「肌が少し黄色いでしょう」
「うむ」
「これが証拠です。一応スペインからの移民がルーツになってますがね。祖父はアステカ=マヤ連合王国の人間でした」
 インカ人の末裔達の国だ。アステカやマヤといった失われた国の文化を受け継ぐ立場の国である。彼等もまた混血しているがそれでも彼等の心はアステカ、マヤのものであった。
「かっての滅ぼした者と滅ぼされた者の血だな」
「そうですね。祖父と祖母は恋愛結婚でした。今でも祖母は祖父と喧嘩する際箒を持って追い掛け回すような仲ですよ」
「また随分と元気のいい祖母殿だな」
「ははは、矍鑠たるものですよ。曾孫どころか曾々孫までいるのに」
「ううむ。またそれは」
「祖父もね。この前アイドルのビデオに見入っていましたから。かなり熱心なファンですよ」
「老いてなおさかん、か。いいものだ」
「いやいや、そういうわけでも。そのアイドルというのが日本の十代のアイドルでして」
「まさかあの黒いショートヘアの娘か?」
 神崎亜矢という。今人気急上昇中のアイドルである。日本ではデビューしてすぐに人気アイドルになった。そして今では連合にその名を知られようとしている。
 この時代でもアイドルは存在する。日本のアイドルは小柄で可愛らしい子が多いとよく言われる。混血が進んでいても日本では小柄な女の子が人気がある傾向にある。もっと簡単に言えば何処にでもいる感じの女の子が人気がある。金の様にある意味現実離れした女性が人気がある韓国とは正反対とされている。だが面白いことに韓国の若者が一番好きなのは日本のアイドルである。建前と本音の違いであろうか。
「はい」
 ジェリオは答えた。
「最近売り出し中の。確かに可愛いですが」
「あれは十代には少し見えないな」
「閣下もそう思われますか」
「こんなことを言うと娘達によく思われないがな。女の子の年を言うのはよくないとな」
 そう断ったうえであえて言う。
「やはり十代ではないだろう、どう見ても」
「はい」
「話し方といい服の着こなしといい。写真集が出ていたな」
「水着のあれですね」
「息子が持っていたのを覗いたが。どうも、な」
「私もそう思います。ですが祖父はその娘が出る番組から離れません。それで家事もしないので祖母が怒ったのです」
「そうした事情があったか」
「はい。まあその話はそれ位にしまして」
「うむ」
「とにかく捕虜の扱いですね。私もこれ程厄介になるとは思いませんでした」
 連合においては将校も下士官も兵士も同じ材質の軍服を着て同じ場所で同じものを食べている。そして部屋も同じ構造となっている。しかしエウロパは違うのだ。貴族と平民の歴然たる差がそこにあった。
「だがよくあれで平民達は不満を持たないな」
「その分彼等には負担はありませんから」
「負担か」
「はい。貴族に求められるものと平民に求められるものはかなりの差があります」
 ジェリオはそう述べた。
「我々とはそれが大きく違うかと思います。貴族は平民を守り、正しく指導しなくてはならないとされています」
「お題目ではなく、か」
「ですね。少なくともそれは彼等の戦いから見てもわかります」
 エウロパ軍は勇敢であった。とりわけ貴族達は如何に戦力差があろうと果敢に立ち向かってきた。今回の戦いでもそうであった。まずは自分達が先陣を切って戦う、それがエウロパの貴族達であった。戦死者、負傷者の割合を見ても平民達よりも貴族のそれは遥かに高かった。息子達を全員戦場に送り、その全員が負傷した貴族がいた。彼はその命だけはもらった息子達に対してこう言ったのである。
「傷がなおったら全員すぐに戦場に戻って死んで来い」
 と。これがエウロパの貴族であった。
「それに彼等の殆どは潔い。そして平民達に対しても危害を加えようとはしない」
「はい」
「それだけを見ると彼等は自分達の責務を果たしていると言えるな」
「だからこそエウロパは今までエウロパでいられたのでしょう」
 ジェリオの答えはそうであった。
「そうでなければとっくの昔に革命でも起こっています」
「フランス革命みたいなものがか」
「あそこまで極端なものは起こらないでしょうけれどね。今は食べ物がありますから」
「そうだな」
 フランス革命の原因はアンシャン=レジームへの不満ではなかったのである。寒波によりセーヌ河が凍り、麦の運搬が困難になったのがその発端であった。
 当時のフランスは欧州において最大の農業国であった。だからこそブルボン王家の途方もない職道楽を支えることができたのだ。だがそれでもフランスの豊作の時と日本の凶作の時ではフランスの方が餓死者が多かったという。そしてその時は寒波で麦をパリに運べなくなった。これでは不穏な情勢になるのも当然のことであったのだ。なおその時の日本の将軍家の食事はブルボンいえと比べると比較にならない程質素なものである。その上呆れる程食事の規制も多かった。
「人間は衣食住があれば大抵のことが我慢できます」
 パンのみによって生きるのではないがパンがなければ生きることができない。ジェリオのこの言葉はそういった意味で正しいと言えた。
「ですがあまりもの横暴には耐えられません」
 これはどの組織でも言えることであった。いじめを苦にして自殺する者もいる。時として異常なまでの暴力によって生徒を支配しようとする教師もいるがこれもまた同じである。何時の日か報いがあるものだ。実際にこの時代でも生徒を虐待して教育委員会や警察にメールで通報されて報いを受ける愚かな教師が存在している。教師になってはならない輩が教師になるからこうなったと言えば簡潔に過ぎるであろうか。だが実際にこうした愚か者はこの時代でも存在するのである。ある意味教師という職業は最も難しい職業である。
「それは少なくともないようですね。それどころか彼等は節度を保っています」
「支配する者としての節度だな」
「はい。どうやら我々はそれを認めなければなりませんね」
 ジェリオの言葉はかなり哲学的な雰囲気を漂わせるものとなっていた。
「そうだな」
 リバーグもそれに頷いた。
「これまで我々は彼等を特権の上にあぐらをかくだけの腐敗した連中だと考えていましたが」
 連合には貴族に対してそうした認識を持つ者も少なくはない。やはり革命直前のフランスやロシアの貴族達の誤った姿が伝わっているせいだ。それにしろかなり脚色されたものであり彼等の多くも自らの責務を知り、信念に基づいて行動していたのであるが。だが後の歴史書や当時の『革命の兵士達』『民衆の闘士』達の手により口により変えられてしまった部分がある。連合もそれに多少なりとも影響を受けているということであろうか。実際にはその貴族達を滅ぼしたジャコバン派や共産党の方が遥かに恐ろしい組織であった。フーシェは平然と都市の人口の一割を数値目標を定めて殺戮した。その中には当然ながら革命に反対しない者達もいた。だが彼はそれをあえてした。この時代のフランスにおいてタレーランと並ぶ怪物でありある意味ナポレオンよりも恐ろしい男であった。タレーランもそうであるが上司にも部下にも持ちたくはない男、それがフーシェであった。ただ彼は賄賂を貪り、好色でもあったタレーランとは違い私人としては尊敬される教師でありよき夫であった。だが革命下、そしてナポレオン以後の政治家、革命家としての彼は魔物であった。恐るべき魔王であったのだ。
「違うようですね。それはよく覚えておかなければならないと思います」
「うむ」
 リバーグは頷いた。そして彼は捕虜への待遇を決定した。
 貴族と平民を分けた。そしてそのうえで彼等の待遇を決めた。貴族も平民もそれに対して不平は言わなかった。何故ならそれが彼等にとって当然のことであったからだ。これが連合とエウロパの違いであった。連合の者達にとっては常識ではなくともエウロパの者達にとっては常識であったのだ。とりわけ平民達にとっては。これもまた文明の違いと言うべきであろうか。
 

 

第十部第三章 苦悩その一


                            苦悩
 連合軍は南方を無血占領し、北方においても決定的な勝利を収めていた。戦局は彼等にとって圧倒的に有利な状況となっていた。彼等はさしたる損害もなく進撃を続けていた。最早憂いは何もないようであった。
 だがそれは裏返すとエウロパ軍の苦悩であった。連合にとって憂いがなければ彼等にとっては苦悩しかないのである。状況というものは立場によって変わるものなのである。
 とりわけエウロパ首脳部にとっては深刻な状況であった。オリンポスにおいて全てを統括している彼等のもとに届けられるのは破滅的な報告ばかりであり彼等は眠れぬ日々を過ごしていた。ラフネールの部屋の灯りも消えることはなかった。彼もまた眠れぬ日々を過ごしていたのであった。
「総統はまだお休みになられぬのか」
 それを聞き深刻な顔で前にいる部下の一人に問う男がいた。
「はい」
 その部下は頷いて答えた。
「そうか。それも当然だな」
 彼はそれを聞いて自身も頷いた。
「私もそうなのだからな」
 見ればかなり憔悴した顔をしていた。茶の髪は乱れようとしているのを整髪料で誤魔化している。肌は土気色になりまるで蝋の様な状況となっている。濃い緑の目の光も消えようとしている。まるで死人のような姿であった。
「閣下」
 部下は彼に対して言った。
「閣下も少し休まれては如何でしょうか」
「それはできないさ」 
 彼は力のない笑みでそれに応えた。
「今がどういう時かわかっているだろう」
「ですが」
「今はな。いい」
 声にも生気がない。今にも倒れそうな声であった。
「ところで今日の報告はそれで全てだね」
「はい」
「ならいい。下がってくれ」
「わかりました」
 部下はそれを受けて退室した。彼はそれを見届けた後質素な椅子に一人崩れ落ちる様に座りなおした。
「一体どうすればよいのだ」
 彼はその崩れ落ちたままの姿でそう呟いた。
「このままではエウロパは滅んでしまう。何とかしなけてば。だが」
 彼はここで目の前にある書類の山を見た。
「ここにあるのは全て我々にとって破滅的な報告ばかりだ。全てが」
 そうであった。今彼のもとに送られてくるのは全て彼等にとってよくないものばかりであった。それが彼の神経をさらに消耗させていたのである。
 彼はエウロパ首相の地位にある。名をクルシラ=ペーチという。ハンガリーの子爵の家の嫡男である。彼の家は代々政治家を出す名門であった。子爵であってもその声望はかなり高いものであった。
 彼もまた政治家となった。だが政治家としては凡庸だと評されていた。血筋だけで政治家になったと言われ個性に乏しいとさえ言われていた。要職を歴任しても地味だと常に言われてきた。
 だが彼はそれをとりあえずは気にしないように務めてきた。そして地道に仕事をこなしてきた。それがラフネールの目には好意的に映ったのである。
 ラフネールは政権に就くと彼を首相に任命した。これには多くの者が驚いた。
「単なるイエスマンではないのか」
「調整役としての首相か」
「実際の職務は全て総統が統括するのか」
 どれもペーチの政治家としての能力について言ったものではなかった。だが彼はそれも笑ってすませた。
「家柄と人柄で政治家になったからね」
 そう言うと黙って自分の執務室に入った。そして早速仕事に取り掛かった。これがペーチという男であった。
 そして今まで黙々と仕事をこなしてきた。存在感がない、影だの言われながらも首相としての仕事を続けた。そんな彼が急に脚光を浴びたのは連合との戦いからであった。
 連合と一触即発の事態になるとすぐに軍備の整備に取り掛かった。これはモンサルヴァートやシュヴァルツブルグが提案したものだが実際の事務の殆どは彼が取り仕切った。そして恐るべき速さで五百個の艦隊とそれを維持する後方支援体制を整えたのであった。
 これには多くの者が驚いた。今まで稀薄な存在と言われていたのが嘘のようであった。今では彼をただ家柄や人柄だけで政治家になったという者はいなかった。今更ながらにラフネールの慧眼に驚くばかりであった。
「首相は優れた方だ」
 モンサルヴァートは常々そう部下に対して言っていた。
「あの方が首相であってくれて本当に有り難いと思っている」
「本当ですか!?」
 だが部下達はそれによくそう疑問の声を呈したのであった。それだけペーチが軽く見られていたのである。しかし彼は違っていたのである。
「それがわかる時が何時か来る」
 モンサルヴァートの返答はいつもこれであった。
「それが何時かはわからないがな」
「そうですか」
 その言葉を信じる者はいなかった。少なくとも平時においては。だが今その言葉を噛み締める者は多かった。
 今ではペーチの下に仕事が山の様にやって来る。彼はそれを黙々とこなしていた。今ではエウロパにとってなくてはならない人物となっていた。
「ふう」
 彼は机の上にある書類を全て処理し終えてから一息ついた。
「今日はこれで終わりかな」
 そう言いながら時計を見る。もう朝方近くになっていた。
 ふと電話を手にする。そしてかけた。
「はい」
「私だけれど」
 総統官邸にかけた。若い男の官吏が電話に出て来た。
 

 

第十部第三章 苦悩その二


「総統はお休みになられたかな」
「いえ、まだです」
 彼はそう答えた。
「そうか。では一刻も早く休まれるよう伝えてくれ。まだ先は長い」
「ですが」
「私でできる仕事は私に回してくれ。今後もな」
「宜しいのですか?」
「私は首相だ」
 彼はここでこう言った。
「首相は総統を補佐するものだ。違うかね」
「確かにそうですが」
「そういうことだ。総統が何か言われたら私に言われたと答えればいい。わかったね」
「はい」
「それでは頼むよ。総統にはできるだけ身体を大事にされて欲しいからね」
「わかりました」
 電話を切った。そして彼は再び正面を見た。そして考え事に耽っていた。
「まだ長い、か」
 自分の言葉を噛み締めていた。苦い味がした。
 苦みを味わいながら考え続けていた。だが答えは出ない。そしてそのまま夜が明けた。そしてまた仕事に取り掛かるのであった。彼は一日の殆どをこうして過ごしていた。殆ど休んではいなかった。
 次の日も仕事であった。山の様な書類が彼のもとに送られてくる。それに一つずつ目を通し決裁をしていく。
「まだあるか」
 彼は書類を持って来た部下の一人に問うた。昨夜の部下とは違う部下であった。
「いえ、今日はこれだけです」
 その部下はそう答えた。
「そうか。珍しいな、これだけで済むとは」
「はあ」
「だがそれでもやらなければならないことはある。今の戦局だが」
「はい」
「どういう状況になっているのか詳しく知りたい。いいか」
「それでしたら軍務省に御聞き下さい」
 その部下はそう答えた。
「残念ですが我々には詳しいことはわかりかねますので」
「わかった」
 それを聞いて頷いた。そしてその部下を下がらせた後まずは机の上にある書類を全て処理した。それから軍務省に電話をかけた。彼は非常にこまめに多くの者に対して電話をすることでも知られていた。彼の仇名の一つに電話魔というものがある。これは彼の電話の多さを揶揄したものであった。
 軍務省にかける。すぐに誰か出て来た。
「はい、軍務省ですが」
 すぐにモニターに軍服の男が出て来た。大佐の服を着ていた。
「首相だが」
 まず彼から名乗った。
「首相」
 大佐はそちらのモニターに映るペーチの姿を認めてすぐに敬礼した。
「堅苦しい挨拶はいい。それよりだ」
「はい」
「今の戦局を詳しく知りたい。そちらに行っていいか」
「こちらにですか」
「そうだ」
 彼は答えた。
「何か不都合でもあるのか」
「いえ」
 大佐は一息置いてから述べた。
「こちらからお伺いしようかと思うのですが」
「今一番忙しいのは卿等だ」
 彼はここでこう言った。実際に軍務省は戦争がはじまってから昼も夜もない状況となっている。戦争の作戦指揮から艦隊運用、後方支持まで何もかもを立案、実行しているのだからそれも当然であった。むしろそうでないならばそちらの方が異常であろう。戦時に何もしていない軍務省なぞ常識では考えられない。
「それならばこっちから出向いた方がいい」
「はあ」
 これもペーチの気配りであった。
「参謀本部の作戦参謀を一人手配してくれ。その参謀から話を聞きたい」
「わかりました」
 こうして彼は軍務省に向かった。そしてすぐに会議室の一つに入った。そこではもう少将の軍服を着た男が待っていた。
 少将はサッと敬礼した。それに周りにいる者達が続く。ペーチもそれに返礼した。
「それでは早速はじめてくれ」
「はい」
 ペーチが席に着くとすぐに説明がはじまった。まずはモニターにエウロパの三次元地図が浮かび上がる。
「今の戦局ですが」
「うん」
「首相も御存知の通り我が軍にとって芳しくはありません」
 それは否定できなかった。芳しいという段階ではないというのもわかっていた。
 それでも話は続く。ペーチはそれを黙って聞いていた。
「今我が軍は南方、そして北方から完全撤退せざるを得ない状況となっております」
「そうだね」
 ペーチはその言葉に頷いた。
「それについては私も知っているよ。書類での決裁をしたばかりだ」
「はい」
「南方はともかく北方ではかなりの損害が出たようだが」
「十個艦隊程です」
 少将はそう答えた。
「参加戦力の五分の一を失いました」
「そうか」
「今までの戦いで我が軍の戦力はかなりの数が消耗しております」
「それだ」
 ペーチはここで問うた。
「もう四百個艦隊程しかないね」
「はい」
「それで大丈夫だと思うかい?」
「残念ですが」
 少将は首を横に振った。
「ニーベルング要塞群での戦いからもわかる通り連合軍は大規模な戦力で以って向かって来ます」
「うん」
「しかもその先頭には常にサハラ義勇軍がおります。彼等の強さは圧倒的なものです」
「申し訳ないが私は実際の戦場についてはよく知らないのだが」
「はい」
 そう断ったうえで言う。
「彼等の戦いぶりはそれ程凄いのか。話には聞いているが」
「私も何度か前線に出ておりますが」
 少将はまずこう言った。
「彼等は死を恐れません。その攻撃はまるで炎の様です」
「炎か」
「はい、黒い炎です。彼等の艦艇は全て黒く塗装されていますから」
「黒い艦隊か」
「かって我等に倒された時の怨みを表わした色だそうです」
「そうか」
 ペーチにも納得がいった。サハラ義勇軍の将兵は皆難民出身である。エウロパのサハラ侵攻により追い出され、連合にまで逃げ延びてきた者達なのである。それはペーチもよく知っていた。
「それで黒なのか」
「はい。彼等は正規軍よりも遥かに強力です」
「そういえば敵は正規軍を危険な場所に出さないそうだね」
「はい」
「そうした場面では義勇軍を使っているのか」
「その通りです。言うならば彼等は火事場に飛び込む役です」
 少将はそう述べた。
「まずは彼等が突入し道を切り開きます」
「そして次に正規軍が入るのか。正規軍にとっては非常に都合のいい存在だな」
「そうですね。しかしそれは彼等自身が望んだことです」
「義勇軍の将兵がか?」
「はい。彼等は連合において自らの立場を確固たるものにする為に必死です」
 少将は言った。
「少なくとも今は戦うことしかできません」
「自らが生きる為に、か」
「はい」
 その通りであった。サハラ義勇軍の将兵は難民であった。持っているものは自分達の命しかない。何かをするにはその命を以ってするしかないのである。
 今彼等の故郷であるサハラ北方はシャイターンによって解放されつつある。だがそれでも遠い連合にいる彼等にはそこに帰る手段はない。帰る為には彼等自身が功績をあげ、それを連合に認めさせてそれでもって帰るしかない。彼等の立場は実に弱いものであるのだ。難民故の悲しさであった。
「生きる為に戦う、皮肉なものだ」
「傭兵にしろそうです。そうした立場の者もおります」
「今の私達もだな」
 ペーチはここでポツリと漏らした。
「といいますと」
「生き残る為には連合と戦い、勝つしかない。違うか」
「いえ」
 その通りであった。それに頷くしかなかった。
「その通りです」
「そうだ。それならば答えははっきりしている」
「はい」
「勝つしかない。そうだな」
「ええ」
 少将は答えた。そしてあらためて地図を見た。
「今戦局は中央に集中しようとしていますが」
「うむ」
「その中央でも大規模な攻勢がはじまろうとしております」
「あそこには連合軍の主力が展開しているのだったな」
「そうです。その数約一四〇〇個艦隊、義勇軍はそのうちの五十個艦隊です」
「空前絶後の規模というべきか」
「それが中央の我等の主力部隊に対して一斉に攻撃に転じようとしています。サハラ義勇軍を先頭に」
「サハラ義勇軍を先頭にか。そしてこちらの艦隊数は」
「約二五〇です」
 少将は答えた。
「戦力差は六倍近いか。どうしたものか」
「今南方からモンサルヴァート本部長、北方からローズ司令の艦隊が向かっておりますが」
「間に合えば何とかなるな。いや、間に合わせよう」
「はい」
「それでは総統には私から申し上げておく」
 彼は少将に対して言った。
「中央に戦力を集結させようとな。それでいいな」
「お願いします」
 こうしてエウロパ軍の方針について総統であるラフネールに上奏することとなった。ペーチは軍務省を離れるとすぐにその足で総統官邸に向かった。少なくとも彼は怠け者ではなかった。

 

 

第十部第三章 苦悩その三


 ラフネールは官邸にいた。そして自身の執務室にいるとのことだった。
 彼はすぐに執務室に向かった。そこでは憔悴した顔のラフネールが待っていた。
「よく来てくれたな」
「はい」
 頬はこけ目だけが突き出ている。肌は荒れ髪も乱れ気味である。あのスマートでダンディな普段の印象は何処にもなかった。一見すると幽鬼のように見える。
 ペーチはそれを見て心を痛めたが彼自身はさらに凄い姿になっているのには気付いていなかった。彼は今ではすぐにでも死ぬのではないのか、と言われる程疲れきった姿であったからだ。
「総統」
 彼は挨拶の後ラフネールに対して言った。
「お話したいことがあり参上致しました」
「それは何だね」
 彼はその土気色の顔を向けてペーチに問うた。
「どうやら火急の用件のようだが」
「戦局のことです」
「やはりそれか」
 ラフネールはそれを聞いて小さな声で応えた。声は小さかったが目の光は違っていた。爛々と輝いていた。ペーチはそれを見て少し安堵した。目の光が強いうちは大丈夫だからである。とりあえずは、であるが。
「知っているよ。中央で敵の大規模な攻勢がはじまろうとしているのだな」
「はい」
「それについてどうするべきか。答えは出ている」
「では北と南の兵を」
「そうだ。ローズ司令は敗戦の直後で申し訳ないがね。そうも言っていられないだろう」
「ですね。それではそう指示を出しますか」
「そうしよう。ところで首相」
「何でしょうか」
 ラフネールに問われ顔を向けてきた。
「最近休めてはいるか」
「・・・・・・・・・」
 答えることはできなかった。彼は嘘がつけない性分であったからだ。政治家であってもそうした者はいるのである。それが彼であった。
「答えられないか。実は私もそうだ」
「ですが」
「言いたいことはわかっているさ。だがね」
 彼はうっすらと笑った。唇にも血の気はない。
「今はね。どうしても休めない」
「ですが休まなければならないでしょう、少しは」
「そう思うか」
「ですから昨日も電話したのです。総統に何かあっては困りますから」
「有り難いな」
 やはり力のない笑みを浮かべた。
「だが今はそう言っていられる状況なのだろうか」
「総統」
 ペーチはあえてラフネールに対して言った。
「総統に何かあってはどうされるのですか」
「私がか」
「国家元首というものはそう容易に自身を粗末にするものではありません」
「確かにその通りだが」
「ですからご自重下さい。私はそう思います」
「そうか」
「はい。お願いできますか」
「卿にそう言われるとな。聞かないわけにもいくまい」
「有り難うございます」
 彼は今や政府の重鎮であった。その彼の言葉にかなりの重みがあるのを最もよく知っているのは他ならぬこのラフネールであったのだ。頷くしかなかったのだ。
「それでは後で睡眠薬でも」
「そうだな。だが用心してくれよ」
「何がでしょうか」
「それで卿が私を暗殺しようとしているのでは、と邪推する者もいるからな」
「まさか」
「いや、わからんぞ」
 ラフネールは笑いながら言った。
「ここにも潜んでいるかも知れぬ」
「連合の者がでしょうか」
「若しくは私が死んで得をする者だな。まあ卿ではないことは確かだ」
「はあ」
「それは安心している。だがな」
「何でしょうか」
 ラフネールの言葉に顔を向けさせた。
「きょうの場合はそれ以前かも知れん。大丈夫か」
「といいますと」
「身体がだ。見たところ私より疲れているようだが」
「まさか」
 否定しようとしたができなかった。彼の顔はすぐにわかる程痩せこけていたからである。それだけではなく妙に生気がなかった。疲れが極限にきているのは明らかであった。
「責任感が強いのはわかる」
「はい」
「だがそれ以前の問題もある。無理をしてはいかんぞ」
「無理と仰いましても」
 彼は笑いながらそれに応えた。その笑いにも生気がなかった。
「私は今までこうでしたから。無理なぞしてはいませんよ」
「そうかな」
 しかしラフネールはそれには疑問の言葉を呈した。
「少なくとも他の者はそうは見てはいないが」
「他の者は他の者です」
 言い返しはあまり上手くはなかった。ペーチはお世辞にも弁の立つ政治家としては知られてはいなかったのである。
「私は私です」
「ならばいいがな」
 しかしラフネールの言葉はあくまで彼の言葉を信じたものではなかった。しかし言葉にそのまま出したりはしない。
「少なくとも私にはそうは思えない、そう仰りたいのですね」
「わかるか」
 ラフネールはここでペーチを見据えた。
「その通りだ。それで大丈夫なのか。また問うぞ」
「大丈夫です」
 ペーチの答えも二度目であった。
「ですから今こうやって総統の前にいるのです」
「あくまでそう言うか。ならばよい」
 彼はそれ以上言おうとはしなかった。
「好きなようにするがいい。だが一つ言っておく」
「何でしょうか」
「ご家族や他の者を悲しませるような真似はしゅるな。死んでも何にもならないからな」
「心得ておきます」
 だがその言葉も何処か空虚なものであった。彼の言葉自体が半ば生気を失ったものとなりつつあったのだ。それに気付かないのは当人だけであった。
「頼むぞ。戦いを進めるには卿の力が必要だ」
「はい」
「そして終わらせるのもな。はじまるのは容易だが終わらせるのはそうではない」
 人間の世界における全てがそうであった。開幕はよくても結末がお粗末な劇は幾らでもある。そしてそれは戦争においてもそうであった。人間の歴史を彩るものの一つであるからにはそれも当然であった。
「それはわかっているな」
「はい」
「ならばいい。では帰ってくれ。そして自分の仕事に取り掛かってくれ」
「わかりました」
 こうしてペーチは総統官邸を後にした。彼を見送った後でラフネールは側にいる者の一人に問うた。若い官僚であった。
「どう思うか」
「といいますと」
「あの顔だ。どうなると思う」
「残念ですが」
 彼は首を横に振ってそう答えた。
「この戦いが終わるまで大丈夫かどうか」
「そうか、やはりな」
 ラフネールはそれを聞いて表情のない硬い顔を作って頷いた。
「今更言ってももう無駄だとは思ったが」
「どうされるのですか」
 側の者はラフネールに問うてきた。
「というと」
「首相に休養を命じられては如何でしょうか」
「それはもう以前考えたことがある」
 彼はそう答えた。
「だがな、それを言えると思うか」
「いえ」
 彼はまた首を横に振った。今度は別の用途に対してだ。
「そうだろう。そういうことだ。今の彼を止めることは私にはできない」
「ではこのまま」
「見守るしかあるまい」
 血を吐き出すような声でそう答えた。
「このままではな。彼もそれを望んでいるだろう」
「ですが」
「言うな」
 ラフネールは彼には似つかわしくない沈痛な声でそう言葉を告げた。普段の彼はいささかシニカルで思わせぶりな言葉が多いことで知られているのである。皮肉屋の総統とも揶揄される。フランス人らしいとも言われる。最も彼や彼等に言わせれば違うそうである。ラフネールはともかくフランス人達は言う。それはイギリス人のことだろうと。当然ながらイギリス人はこれに対して全く正反対のことを言って返すのである。つまりフランス人こそが最も皮肉屋で口が悪いと。他にもイギリスとアイルランドだのフランスとスペインだのがある。どちらにしろ身内同士で言い合っているのである。これもこの時代においても健在であった。なお連合はエウロパよりさらにきつくなっている。悪口の質量では銀河語はこれまであった言語の中で最も多いとも言われている程である。
 

 

第十部第三章 苦悩その四


「軍人が死ぬのは戦場だな」
「はい」
「では政治家は何処で死ぬか。考えたことはあるか」
「政治家の死に場所ですか」
「そうだ。それは何処だ」
「政治の場でしょうか。例えば議会」
「うむ」
「そして交渉の場。政治家の戦場はそういったところでしょうか」
「他にも選挙や演説もあるがな。政治家という職業が経験する戦場は多いぞ」
 いつものシニカルな言葉でそう告げた。戦場とは何も銃やビームが飛び交う場所だけではないということだ。戦争もまた一つの場所だけで行われるものではない。
「だがそれでわかるな。彼は今戦場にいるのだ」
「あっ・・・・・・」
 彼はラフネールに言われて思わずハッとした。
「そうでしたか」
「やっとわかったようだな。だがこれでわかっただろう」
「はい」
「彼は今戦場にいる。そして戦っているのだ」
「だからだったのですか。それで」
「そうだ。だがそれは我々も同じだ」
 ラフネールの目の光と声が強いものになった。
「我々も戦場にいるということを忘れてもらっては困るぞ」
「は、はい」
 彼はゼンマイ仕掛けの人形のような動きで頷いた。いささか機械的で形式ばったものである。貴族の礼ではあり様式美はある。だがそれ以上のもののない礼であった。
「そうでした。迂闊でした」
「わかってくれればいいがな。だが彼はその中でも違う」
 再びペーチについて述べる。
「本当に全てを賭けている。自分自身の命までもな」
「命までも」
「賭けたいと思うか」
 彼はまた問うてきた。
「覚悟が必要です」
「その覚悟はあるか。もっともこういった場合は普通はあると答えるものだが」
「ええ」
 その通りであった。そして彼は頷いた。
「それでいい。だが首相にはまだ及ばないな」
「あの人程にはやはり」
「いい。実は私もだ」
 ラフネールはそう語った。
「私も彼程にはいけない。とてもな」
「正直驚くものがあります。あれ程だったとは」
「そうだな。特にそれまでの姿しか知らない者はな」
 かってペーチは凡人と評されていた。政治家としての力量はなくカリスマ性にも乏しいと評価されていた。確かに地味な外見であるしこれまで派手で目立つような貢献もなかった。だがそれでもラフネールは首相に抜擢したのであった。それまでも所属政党の重役や閣僚を難度か経験してはいるが首相になるとは当のペーチですら夢にも思わなかったことだ。当然この人事はエウロパにおいて大きな騒動となった。本命が他にいたこともありそれを差し置いて首相に任命されたからである。
「単なる調整役だ」
 こう言い切る者もいれば他の意見もあった。
「飾りに過ぎないだろう」
 酷評そのものであるがそれもまた意見の一つであった。とかく彼はそう言われ易い人物であった。言い易いという見方も可能ではあるが。
 連合各国はとりわけ酷評した。エウロパにとって悪いこと、不利なことならことさらに騒ぐのが彼等であるが今回もそれは同じであった。彼等は嬉々としてこう囃し立てた。
『エウロパの失敗人事』
『何の面白みもない人事』
『所詮家柄のみによって人を選ぶ連中だ』
『貴族の実態がまた明らかに』
 連合の書き方もまた偏見があるのは事実である。彼等は自分の目に映るエウロパしか見てはいない。このペーチに対しても同じであった。彼等の目にはペーチ首相は失敗にしか見えなかった。なお彼等は強敵が出ると人格攻撃まで行う傾向がないわけではない。そうなると卑劣だの狡猾だのいった言葉がイエローペーパーに載る。この時代もイエローペーパーは存在する。そして時として害毒を垂れ流している。
 とかくそうした評価であった。ラフネールにも記者等から様々な質問があった。だが彼はそれに対して胸を張ってこう答えたものである。これは自信家である彼らしいと言えば彼らしいといえる行動であった。だがここには常に根拠があるのもまた彼の特徴である。少なくとも彼は虚栄を張る様な人物ではない。
「私の人事に失敗はないのだよ」
 自信家の彼らしいが今回ばかりは誰も信じなかった。ペーチにそんな力量があるとは誰も思わなかった。思えなかったと言ってもよかった。結局それが彼への世間の評価であった。温厚で人柄はよいがそれだけである、こまめに働くだけの事務処理だけの人間だと思われていたのだ。つまり凡人というのが彼のこれまでの評価であった。だがそれはここにきて大きく変わろうとしていた。何がそうさせたのか、やはり時代であろう。時代が彼の隠された能力を引き出したのであった。
 ラフネール以外は戸惑った人事であった。そして当のペーチも。彼は最初これを固辞しようとした。しかしラフネールはそれを頑として認めなかった。
「まあ一度やってみたまえ」
「しかし」
「ペーチ君」
 彼はそれでもなお引き下がろうとするペーチを強い目で見据えて言った。
「君はあまりにも自分を知らなさ過ぎるな」
「私はそうは思いません」
 彼はそう答えた。
「自分のことは自分が最も知っていますから」
「それは自惚れだ」
 ラフネールはそう返した。
「人間というものは案外自分の事は知らなかったりするものなのだ」
「そうも言いますが」
「私から見れば君はまさにそれだ。だからあえて言おう」
「はい」
「君は首相になるべきだ。そしていずれはなっていただろう。それが今なのだ」
「今、ですか」
「そうだ。私は君の力を必要としている。いや、私だけではない」
 彼は言った。
「エウロパが必要としているのだ。どうだ、受けてくれるか」
「エウロパ、がですか」
「そうだ。その命をエウロパに捧げて欲しい。どうだ」
「・・・・・・・・・」
 彼は暫し沈黙した。そして間を置いてから答えた。
「わかりました。この命喜んでエウロパに捧げましょう」
「有り難う」
 ラフネールはそれを聞いてにこりと笑った。それで全てが決まった。彼はエウロパの首相となった。
 だが首相になってからも評価は変わりはしなかった。やはり影が薄いと言われてきた。しかし彼はただ己が責務をまっとうし、仕事に専念していた。そして連合との戦争がはじまると急に八面六臂の活躍を見せるようになったのであった。これには誰もが驚いていた。ラフネール以外は。
「だがあの時の言葉は言ってはならなかった」
 後日彼はこう回想した。ペーチを慰留した時の言葉である。
「命を捧げるというのは容易には使ってはならない言葉なのだ」
 自伝にもそう書いた。彼の自伝は連合とエウロパの戦いについて研究するうえで非常に価値のあるものとされた。一方の、しかも敗戦の元首でありながら冷静かつ流麗な文体で書かれたそれは文学的評価も高かった。エウロパにおける名著の一つとされている。
 その自伝の中でこう回想しているのである。彼はその時の言葉を一生後悔していたのだ。
 だが今はそれを知る由もない。過去のことはどう影響していくのか、こればかりは人間という限られた存在にはわからないものなのである。時の糸を紡ぐノルン達でないとわからないものなのだ。人の力には限界があるのもまた事実であるのだから。だから人間なのである。人間は決して神ではない。
 ペーチは官邸に戻るとすぐに仕事に取り掛かった。既に机の上には書類の山が置かれていた。
 それを一枚ずつ的確に処理していく。そしてそれが終わるとすぐに次の仕事に取り掛かった。電話機を手にとったのである。
「私だけれどね」
 彼は前線に電話をかけていたのだ。高級将校の一人がその電話に出て驚きの声をあげていた。
「首相ですか」
「そうだよ。何をそんなに驚いているんだい」
「いえ、それは」
 彼は声だけで笑ったペーチの言葉を聞き少し冷静さを取り戻した。それから答えた。
「まさかこのような場所にまでご自身が電話をかけられるとは夢にも思いませんでしたので。何のご用件でしょうか」
「督励と言ったら困るかな」
「督励ですか」
「うん。今戦局は思わしくないのは事実だ」
「はい」
 その高級将校は沈痛な声で頷いた。否定はできなかった。
「だがそれでも卿等には頑張ってもらいたいんだ。前線に出ていない私が言えた義理ではないがね」
「いえ、そんな」
 かえって畏まってしまった。
「首相には首相のお仕事がありますから」
 その程度のことがわからなくては将校は務まらない。政治家には政治家の軍事に関する仕事があるのである。
「わざわざこうしてお電話をかけて頂くだけでも」
「それでは簡潔に済ませたい」
「はい」
「頑張ってくれ。そして特別に前線にいる将兵全てにボーナスを支給しよう」
「ボーナスですか」
「一人の月収の三ヶ月分だ。少ないかな」
「ま、まさか」
 また恐縮してしまった。
「そこまでして頂くとは」
「これは当然のことだからね」
 彼はそう述べた。
「当然のこと」
「そうだ。君たちは前線でエウロパの為に戦っている。そんな君達に何の報償もなしでは酷い話だろう」
「・・・・・・・・・」
 彼等にとってはそれが義務である。貴族達はエウロパの危機には自ら銃をとってエウロパの為に戦う。それが貴族の務めであると考えている。だがそれにねぎらいの言葉と報償を与えてくれるような人物がいてくれるとは思わなかったのである。これは義務だから当然だとも考えていた。だがそれでもねぎらいの言葉と報償は嬉しいことに変わりはないのである。
「どうかな。命と金は替えられるものではないが」
「滅相もありません」
 その高級将校は少し大きな声でそう答えた。
「これは将兵にとって大きな励みになるでしょう」
「そうか。だったらいいけれどね」
 そう答えるペーチの声が明るいものになった。
「だけれどね」
「はい」
 彼はまた言った。
 

 

第十部第三章 苦悩その五


「命を賭けているのはわかっている。だが粗末にはしないで欲しい」
「粗末には、ですか」
「そうだ。命がある限り何度でも戦うことができる」
「何度でも、ですか」
「だが死んではそうはいかないな。一度死ねば全てが終わる」
 この時代平均寿命は九十を越えている。医学の進歩は目覚しいものがある。これが連合の人口増加を支えてきたという一面もある。それでも人は不老不死、不死身には今のところなることはできないでいた。それはやはり夢物語なのではないかという意見も多い。所詮人間もまたこの世にある存在である。この世にあるものは全て壊れ、死ぬ運命である。人間もまたその一つである以上何時かは必ず死ぬ。それから逃れることは出来ないのだというのはマウリア的な考えであるがやはり連合やエウロパにもある。
「そうではないかな」
「はあ」
 高級将校はそれに応えた。
「言われてみるとそうですが」
 軍人としては少しどうかという発言ではあった。だがそれは本音であった。
「そうだろう。どうしても戦死者は出る」
「はい」
「しかし少しでもそれを抑えることはできる筈だ」
 正論であった。ペーチは軍歴がない。一般の大学を卒業した後で政界に入った。彼の家は代々文官の家であるのだ。こうした文官の家、武官の家といったのもエウロパの貴族の一つの考えであった。
「そうではないかい」
「否定はしません」
 将校の答えはそれであった。
「我々は連合より数において大きく劣ります」
「うむ」
「それならばなおさら将兵の命を粗末にはできません。それは我々も同じ考えであります」
「そうか、ならいい」
 ペーチはそれを聞いて目を細めた。それは将校からも見られた。
「今我が軍の損傷はかなりのものになっているな」
「はい」
 彼はそれを認めた。
「既に全軍の二割近くを失っております」
「二割か」
「はい。今は四〇〇個艦隊程にまでなっております」
「四〇〇か」
 全兵力の約五分の一を失ったことになる。深刻と言わずしてどう言うのか、という程のダメージであった。
「先の北方の敗戦でも兵を失いましたし。中央の戦いも激化しております」
「敵の損害は殆どないそうだね」
「残念ながら。どうやら全滅した艦隊は一つもないようです」
「それも数所以か」
「そして武装ですね。彼等の艦艇も艦載機も陸上戦力もその攻撃力と防御力はかなりのものです」
「それは聞いているよ」
 彼のもとにも報告が山の様に来ていたのだ。連合軍の艦艇の強さはとりわけ凄いものであったのだ。一隻一隻で既にエウロパ軍の個々の艦艇を凌駕していた。連合の駆逐艦は最早エウロパの軽巡に匹敵するものであり、連合のその軽巡はエウロパの戦艦に匹敵する攻撃力及び防御力であったのである。艦艇一隻でそこまでの差がひらいていた。巨大戦艦に至ってはそれ一隻で一個艦隊に匹敵するというのもあながち誇張でなかったのだ。
「技術力の差か」
「おそらくは」
 将校は言葉を返した。
「国力の差がここでも出ているかと思います」
「そうだな。ひとえに国力の差だ」
 それはペーチ自身が最もよくわかっていることであった。彼は首相の席にいる為多くのことを見ることができる。その中には当然連合とエウロパの違いもあった。三十倍という圧倒的ともいえる国力差は科学力、技術力にも現われていたのである。それが連合の艦艇を作り上げていたのだ。艦艇は単に一つのことだけで決まるものではないのである。建造され、完成に至るまでに実に多くの事柄が関わるのである。
「ただたんに人口の問題ではない」
「はい」
「それが嫌になる程出ているな」
「そうですね。駆逐艦や護衛艦ですら我が軍の巡洋艦に匹敵する力を持っています」
「巡洋艦は戦艦に匹敵するそうだな」
「少なくとも攻撃力と防御力では。そして索敵能力、電子能力も高いです」
「それも聞いているよ。厄介なことばかりだ」
 ペーチの声が苦いものとなった。軍人ではないがそれでもわかることであった。
「国力差というものは全てにおいて出て来るものだな」
「ですね。将兵の訓練度は我が軍と比べてそれ程ではないですが」
「そうなのか」
「はい。ただ彼等は数とその艦艇の性能が高いですから。それで戦っている部分が大きいです」
「戦術自体はオーソドックスと聞いているが」
「オーソドックスですか」
「それ故に苦しいとも聞いているよ」
「ですね」
 その通りであった。
「だからこそ怖いです。こちらのミスには容赦なく付け込まれますから」
「数に差があるだけにそれは辛いな」
「はい。それで我が軍は何度も敗戦しております」
 これもまた事実であった。エウロパ軍の些細なミスに付け込む。そして一気に数で潰す。こうして連合軍は戦いを有利に進めてきたのである。圧倒的な物量差がその前にある。そのうえで攻め込んで来るのだ。勝つのはやはり容易なことではないのである。
「悔しいことですが」
「今までは、ね」
 ペーチはここでこう言った。
「だがこれからはどうだ」
「えっ!?」
 将校はそう言われて思わず声をあげた。
「これからはどうかと聞いているのだけれど」
「は、はい」
 それで我に返った。
「無論これからはそうしたことはありません、決して」
 それが答えであった。
「必ずや祖国の危機を救ってみせましょう」
「うん、頼むよ」
 それがペーチの待っていた言葉であった。彼はそれを聞いた時心の中で笑っていた。流石にこれは顔に出すわけにはいかなかった。彼も政治家でありその程度のことはわかっていたのである。もっともこれは政治の世界にいるのならば身に着けていて当然のことであるが。
「エウロパは卿等にかかっている」
「はい」
「だからこそ命を大事にし、戦ってもらいたい。全ては卿等の双肩にかかっているのだからな」
「わかりました」
 将校はここで敬礼した。
「必ずやご期待に添います」
「頼むよ。エウロパの為に」
「ハッ」
 彼は答えた。
「エウロパの為に」
 こうしてモニターから彼の姿は消えた。ペーチは消えたモニターを見ながら一人微笑んでいた。
「命を大事にしろ、か」
 だがその笑みは力のない笑みであった。生気に乏しかった。まるで冥界にいるかのようであった。
「私自身以外は、だな」
 ここで腹や胸に鈍い痛みが走った。
「うっ」
 右手で押さえる。だがそれはまだ続いていた。鈍いが確かな痛みであった。まるで命を削り取るような。
「もう少しもってくれよ」
 彼は自分の腹を見下ろしながらそう呟いた。
「もう少しでいいからな」
 言いながら必死に痛みに耐える。そして机から錠剤を取り出した。それが何か。言うまでもないことであった。
 それを口に放り込む。水もなしに飲み込む。暫らくして痛みがひいてきた。例えそれが一時的なものであっても。
「ふう」
 落ち着いた。だがそれが一時的なもので凌ぎにしかなっていないのは彼自身がもっともよくわかっていた。
 前を見る。何故か人以外の存在が見えるような気がした。
「まだだ、まだいなくてはならない」
 小さいが強い声でそう言った。そこに彼の秘められたものが見えたがそれは人には見えはしないものであった。
「この戦いが終わってからほんの少しまででいいからな。頼むぞ」
 そしてまた仕事を再開した。彼もまた戦っていたのであった。孤独な戦いであった。しかし逃れることはできなかったし彼もまた逃れるつもりはなかった。それが彼の戦場であり死に場所であるとわかっていたからであった。 

 

第十部第四章 観客達の舞踏その一


                         観客達の舞踏
 連合とエウロパの戦いは他の者達に対しても影響を与えていた。これはマウリアやサハラ各国においても同じであった。彼等もまたこの戦いに注目していたのである。
 まずマウリアであるが彼等はこの戦いに関してはいちはやく中立と同時に大筋において連合支持を宣言した。宗教を利用して諜報員を送り込んでいたエウロパに非があるというものである。これは道理であった。
 外交や政治において道理とは建前に過ぎないものである。今回もそうであった。だがそれを上手く使うこともまた政治である。この時のマウリアはそれを上手く使ったといえる。
「今回のことでエウロパを支持するのはエウロパの人間だけだろうな」
 クリシュナータの言葉である。彼は今回の戦いは全てにおいて連合に分があると見ていた。そのうえでの判断と言葉なのであった。
「今戦いは連合軍に有利となっております」
 隣に立つラーンチがそう言及した。彼等は今国家主席の執務室にいた。そして立って窓の外を眺めながら話をしていたのである。
「当然だな」
 クリシュナータはラーンチのその言葉を聞いて頷いた。彼にとってそれはもう言うまでもないことであった。だがあえて聞いたのである。
「あの戦力差ではな。確か最初の時点で四倍だったな」
「はい」
「それだけではないしな」
「双方の国力差も大きく影響しております」
「それだ」
 クリシュナータはラーンチのその言葉に反応した。
「連合とエウロパの国力差は三十倍だ」
「はい」
「それは単に人口の差だけではないのだ」
 人口の差は確かに大きい。だが国力差というのはそれだけではないのである。
 資源や施設、経済規模、産業、そうした様々なものにそれは出て来る。そして科学力や技術力、人材にもそれは出るのである。
 それは連合とエウロパにおいてもそうであった。科学力、技術力がこの戦いにも大きな影響を与えていたのである。その最たるものが艦艇であった。
「やはり艦艇の質も大きいかと思います」
「特にあの巨大戦艦か」
「はい」
 ティアマト級のことであるのは言うまでもない。
「あれ一隻で一個艦隊に匹敵する戦力がありますから」
「実際に一個艦隊を退けたこともあったな」
「ええ」
「エウロパにとっては忌々しい話だろうな。連合にとっては正反対になるが」
「そうなりますね」
 対立する双方において一方が有利ならばもう一方は不利となる。これは自明の理であった。
「他の艦艇もかなりのもののようだが」
「はい。エウロパ軍が勝っているのは速度だけです」
「それだけか」
「連合軍の艦艇は重装備、重装甲である為か速度は遅めです」
「どの程度だ」
「艦によって多少の差はありますが」
 ラーンチはそう述べたうえで説明をはじめた。
「大体エウロパの艦艇の七割か八割程の速度のようです」
「高速戦艦や巡洋艦もか」
「はい」
「そうか。確かに速いとは言えないな」
「彼等は速度よりも攻撃力や防御力に重点を置いているようです」
「それはわかる」
 クリシュナータはそれに頷いた。
「彼等の軍ではな。それも当然だ」
「といいますとやはり志願制だからですか」
「そうだ。我等もそうだが我等と連合では国のあり方が違うからな」
 カーストはなくなったとはいえ多少の残滓はあった。その為マウリアでは軍人になるのは旧クシャトリア階級にある者が多いのである。だが連合にはそもそもカーストというものがない。その為に志願制といってもかなりの違いが出ているのである。
「彼等は様々な出自の者からなる」
「はい」
「国が違うのは常識だ。そして職も連合には実に多くのものがある」
 これはマウリアも同じであるがやはりカーストの影響が残っているのである。その為職というものは先祖代々といったことが多い。バラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラといった四つのおおまかな階級がある。司祭、武士、平民、そして奴隷と訳されることが多い。だが実際にはヴァイシャは商人と認識していい。シュードラは平民である。彼等はカーストの中にある存在だ。だがその下にもいる。所謂不可触民である。二十世紀の独立運動家であり民族の指導者でもあったマホトマ=ガンジーは彼等をハリジャンと呼んだ。神に祝福された者達という意味だ。これは差別を否定したいせいであったが所詮名前だけで差別意識なぞ変わりはしないのだ。そえは何故か。
 これには穢れの思想があるという。日本の神道において実に重要なキーワードの一つになっているこれはインドにもあるのだ。それがこのハリジャンというものである。日本でも被差別部落の問題があった。流石にそれはこの銀河の時代ではもうなくなってしまっているが。
 だがこの時代でもハリジャンの残照はある。そして今もマウリアの社会的問題となっている。あまり表には出ないが根は深く深刻な問題であった。
「軍というのは命をかけるものだ」
「はい」
「だがそう易々と命をかける者がいるだろうか」
 クリシュナータはそう問うてきた。
「どう思うか」
「少なくとも彼等の宗教ではそれ程多くはないと思います」
「そうだな」
 それに頷いた。
「仏教もあったと思うが」
 古代インド発祥の宗教である。今でもマウリアにそれなりの信者がいるが彼等の中では少数派である。むしろ連合の
タイ等に多い。日本でも様々な宗派が存在する。
「はい」
 ラーンチはそれに答えた。だが一言付け加えた。
「ですが他にも色々とあります」
 キリスト教にしろ実に多くのものがある。道教や神道もある。天理教もある。そしてケルトやアステカ、メソポタミア、エジプト、旧ネィティブアメリカン、オセアニア、アフリカといった国々の神々も信仰されている。連合の宗教は極めて多彩なのである。ユダヤ教やイスラム教もあるのだ。とかく数が多いのだ。
「彼等の宗教の多さは尋常ではありません」
「我々が言えた義理ではないがな」
「それはそうですね」
 クリシュナータもラーンチもそう言って互いに笑い合った。
「我々の宗教も多彩ですから」
「そうだな」
 ヒンズー教や仏教だけではない。ジャイナ教やシーク教、拝火教もある。なお拝火教は連合にも存在する。ゾロアスター教のことである。火を崇拝しこの世界と光の神アフラ=マツダと闇の神アンリ=マンユとの対立の世界と認識している。このアフラ=マツダは連合にて復活しているミトラ教では主神だるミトラとなり、仏教では弥勒菩薩となっている。だがヒンズー教ではアスラとなり神の敵とされている。アスラは厳格で生真面目な性格であるがそれが故にヒンズーの神々であるディーヴァ達と対立しているのである。言うならば異なる系統の神々なのだ。
 なおこのゾロアスターは西洋にも大きな影響を与えている。ニーチェの代表作である『ツァラトゥストアはこう語った』であるがこれはこのツァラトゥストアはゾロアスターのドイツ語読みである。キリスト教的価値観が崩壊していく中でこうした異教の存在も注目されたのである。音楽家リヒャルト=シュトラウスも曲を残している。
「だがその根本にあるものは連合のそれとは違う」
「はい」
「彼等の多くはこの世も我々も何度も転生するとは認識していないのだな」
「仏教徒は違うようですけれどね」
 ラーンチはそう答えた。
「あれは元々我々の世界で出来上がったものだからな」
「はい」
「違うのも道理だ。だが彼等はあまりこの世について理解してはいないようだな」
「理解していないというより認識の違いでしょうね」
「認識か」
「はい。彼等の認識している世界と我々の認識している世界の違いです」
 ラーンチの見解はそれであった。
「我々は世界を創造、調和、破壊のサイクルの中で考えております」
「うむ」
 これがインド哲学の根幹であった。万物は一つのサイクルの中にある。それぞれを三柱の最高神達が司る。ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの三柱である。彼等の活動により世界は動くのである。
「それは永遠に続くものである。少なくとも我々の時間においては」
「果てしない時間だがな」
「そうです。ですが彼等の時間の捉え方はその多くが異なるのです」
「つまりだ」
 クリシュナータは答えた。
「一つのサイクルで全てだと思っているのだな」
「どうやらそのようです」
 彼はそう答えた。
「彼等は時間を輪廻転生するものだとは思ってはいないのです」
「やはりそうなのか」
 クリシュナータはそれを聞いて頷いた。
「道理で彼等の言う世界と我々の言う世界に差があると思っていた」
「はい」
「どうやら私は我々の世界を基準に考え過ぎていたようだな。これでは彼等の一面しか見えない」
「そうなりますね」
「それでは視野に問題が出て来るな。これではいかん」
「それを考慮に入れられるといいですよ」
 だがラーンチはそう言って彼をフォローした。
「彼等のことを宗教面から知ることもよいことです」
「うむ」
 クリシュナータはまた頷いた。だがその頷きは先程のものとは異なっていた。
「どうやらそのようだな。よくわかった」
「それでは主席」
「そうだな。やはり彼等は一つではない」
「はい」
「一つではあるがその中に多くのものがある」
「それはマウリアとて同じ」
「だな。それをよく認識しておかなければならないな」
「その通りです。ですがエウロパは少し違います」
「我々や連合と比べて中にあるものが多様ではないな」
「ええ。そこが連合とエウロパの大きな差であると思います」
「おおまかには言えないが」
 クリシュナータは考え込みながら述べた。
 

 

第十部第四章 観客達の舞踏その二


「多様性と同一性ということか」
「そうなりますね」
 ラーンチはそれに頷いた。
「この場合連合はその多様性を上手く利用したのではないでしょうか」
「異なる個性同士が上手く衝突し合い影響し合った」
「ええ」
「だからこそ連合はあそこまでなれたのかもな」
「紆余曲折は多かったですが。そうなります」
 彼等はこの数年ではなく千年単位で語っていた。これがマウリアの者の時間の感覚であった。彼等の時の感覚、認識は連合やエウロパのそれとは大きく違っているのだ。
「幸運もあったが」
「はい」
 広大な開拓地のことを示している。
「エウロパにはそれがなかったということか」
「技術や科学に関しては確かにそうでしょう」
 ラーンチはそう述べた。
「彼等には影響し合い、衝突し合う存在は連合しかありませんでした」
「うむ」
「しかもその連合は一つの連合でした。中にある多くのものを見てはいませんでした」
「彼等を一つの存在として認識していたということだな」
「そういうことです。政策としては彼等の中にある多くのものを利用していましたが」
 時として構成国同士を謀略により仲違いさせてきた。こうしてエウロパは圧倒的な力を持つ連合に対してきたのである。力に差があれば知を使うのは常識であった。
「彼等は中にあるものが連合と比べて乏しかった」
「うん」
 人的資源の差もここにはあった。
「影響し合うものが連合に比べて乏しかった。その結果として技術や科学に差が出てしまったのです」
 ベニョーコフのアナハイム社にしろそうであった。彼等は連合内の激しい競争に勝ち抜く為に絶えまぬ努力を続けてきた。その結果があの艦艇なのである。そこまでなるのに競争と影響があるのはもう言うまでもないことであった。これも連合の特性の一つであった。
「皮肉なものだな」
 クリシュナータの感想はそれであった。
「エウロパは連合と比べてまとまりが強い」
「はい」
「それが裏目に出るとはな。それも今になって」
「裏目はここぞという時にこそ出るものです」
 ラーンチはそれに対してこう答えた。
「それが運命なのですから」
「運命か」
「ええ」
「神々というものは時として残酷なことをするな。エウロパはどうなるか」
「負けるでしょう」
「というと滅びるか」
「いえ、そこまではならないでしょう」
 しかしラーンチはエウロパの滅亡は否定した。
「何故だ」
「連合は確かに多様的です」
「うむ」
「しかしその多様性はエウロパとは決して相容れないものなのです」
「どういうことだ」
「連合は市民社会です」
「それはエウロパもだな」
 実はクリシュナータは話がわかっていた。しかしあえてこう答えたのだ。ラーンチの次の言葉を引き出す為であった。これもまた話のテクニックであった。
「ですが連合になくエウロパにあるものがあります」
「貴族か」
「その通りです」
 その言葉が強いものとなった。
「連合はあくまで階級のない社会です。職や国籍、経歴といったものはありますが」
 エウロパと同じく王もいる。またエウロパにはない皇帝と言うべき存在も日本とエチオピアにある。だが階級はないのである。それが連合の社会の特色であった。
「階級はありません。彼等はその身分は全て市民なのです」
「だがエウロパは違うな。それも大きく」
「はい」
 ラーンチは答えた。
「彼等は大きく分けて貴族と平民となります。これは歴然たるものです」
「連合にそれが受け入れられないと」
「はい」
 やはりその答えは同じであった。実はクリシュナータの予想通りである。
「彼等にとって貴族社会とはあまりに異質な存在であり過ぎます」
「連合の中に入られないものか」
「そうですね。少なくとも彼等にとっては理解の範疇にありません」
「そうか。ではどうするかな」
「おそらく多額の賠償金と他に何かを手に入れて終わりでしょう。併合も領土の割譲もないかと」
「領土もか」
「ええ」
 ラーンチの見解はそれであった。
「私はそう見ております」
「そうか」
 だがクリシュナータはどうやら違う意見であるようだ。
「私はそうは思わないが」
「閣下はどうお考えですか」
「ニーベルング要塞群の割譲位はあるだろう」
 彼の予想はそうであった。
「後周辺の星系か。そういったところか」
「それでは彼等との接点ができてしまいますが」
「接点が」
「はい。連合とエウロパは今まで直接に接することはありませんでした」
 実際はそうであった。彼等はブラウベルグ回廊を挟んで対峙しているだけであった。諜報や工作はあったがそれ以外はなかったのであった。ただ睨み合いを続けていただけであったのだ。
「今はこうして戦争になっておりますが」
「戦争が終わればそれが元に戻るというのか」
「連合の多くの者もエウロパの領土を幾らかは欲しいと思っているかも知れません」
「それは当然だろう」
 戦いに勝った側が負けた側から領土を得る。戦争の常識の一つであった。
「ですがそれにより災厄を招く結果になれば」
「災厄」
「はい。接点ができればそれからエウロパは動くでしょう」
「工作か」
「今まではブラウベルグ回廊がありましたが」
 ラーンチの答えはそれであった。
「それがなくなり直接対峙することになるのです。侵入はし易くなりますね」
「成程な」
 クリシュナータはその言葉に頷いた。
「確かにそうだな。そうなれば連合にとって厄介なことになる」
「問題はそれに連合、エウロパの者達が気付いているかです」
「エウロパがか」
 彼はそれに疑問の声を呈した。
「彼等が気付く必要があるというのか」
「それはおいおいおわかりになられると思います」 
 そう思わせぶりに答えた。
「彼等が気付いていれば、ですが」
「後のお楽しみといったところか」
 クリシュナータはそれを聞いてとりあえずはそこまでとした。
「では待つとしよう。どうやらこの戦いは終わってからも色々とあるようだからな」
「戦いは矛を収めてそれで終わりではありませんから」
 ラーンチは今度はそう述べた。
「それからもまた戦いなのです。武器を手にするだけが戦いではありません」
「それはわかっているつもりだ」
「ではお楽しみを」
「うむ」
「舞台はまだまだ続きます故」
「これで踊りがあれば完璧なのだがな」
「ははは、確かに」
 ラーンチはクリシュナータのその言葉を聞いて大笑した。マウリアの映画は踊りも入ることで有名なのである。他の文明圏の者達にとっては何の脈絡もなく踊りがはじまるように見える。いきなり何処からともなく人々が現われ主人公達と共に踊りをはじめる。他にもアクションもロマンスも何でも入れなければならないのだ。そしてハッピーエンドが常である。ちなみに時間は平均して七時間程ある。連合のある映画評論家はこう評している。
「マウリア人そのものだ。我々の理解の外にある」
 それがマウリア映画であった。それでもカルトな人気を博している。キラリと白く輝く歯がいいという人もいる。敵役が先回りしようとしてそのままいなくなるのもまたマウリアの映画ではよくあることなのである。そのようなことは彼等にとっては些細なことなのである。
「いや、最後にあるな」
「といいますと」
「会議は踊る、だな」
「おお」
 ラーンチはそれを聞いてさらに笑った。
「いや、その通りでした」
「大切なことを忘れていたな」
「はい、全くです」
 二人はそう言って話を続けていた。彼等にとってはある程度蚊帳の外の話であり気楽といえば気楽であった。当事者でないという強みであろうか。 

 

第十部第四章 観客達の舞踏その三


 しかしこれはサハラになると少し違う。とりわけティムールでは事情が大きく違っていた。
 彼等は連合と呼応する形でエウロパの総督府に進撃していた。既にそこは無人地帯であった。
「素早い動きだったな」
 シャイターンは旗艦イズライールの艦橋にいた。そして目の前に拡がる無数の星達を見てそう呟いたのであった。今それは彼のものになろうとしていた。
「エウロパ軍もあながち無能ではないらしい」
「はい」
 それに彼の末弟であるアブーが頷いた。彼もまたこの作戦に参加しているのである。
「撤退こそが最も難しいとされていますから」
「その通りだ」
 兄は弟のその言葉に正解を出した。
「それがわかるとはな。よく勉強しているな」
「有り難うございます」
「彼等は既にエウロパ領に全員避難しているようだな」
「はい」 
 今度はハラーイブがそれに答えた。
「モントローズ要塞の無血開城を条件に連合に市民達の安全を保障してもらったうえで」
「連合にか」
「はい」
「彼等にとっては屈辱だろうな。敵に情をかけられるとは」
「ですがそうせざるを得なかったでしょう」
 ハラーイブは冷淡にそう返した。
「さもなければ市民達は我等に捕らえられるか連合との戦いに巻き込まれておりましたから」
「連合もそれを知っていたからこそ話し合いを申し出てきた」
「最初はエウロパも戸惑っていましたが」
 しかし事情が突如として変わってしまったのだ。中央部で連合軍主力の大攻勢がはじまったからであった。戦局の変化は全てを変える時もあるのだ。
「しかし結局は無血開城に同意致しました」
「それにより南方は完全に連合のものとなった」
「はい」
「そしてサハラ北方もな。まさかこれ程容易に話が進むとは思わなかったが」
「閣下」
 しかしここでハラーイブは気を引き締めた声を出した。
「好事魔多しといいますぞ」
「おっと、そうだったな」
 それに応えて笑った。
「こうした時こそ気を引き締めなければな」
「そうです。少なくとも我等はまだ北方に兵を進めている段階です」
「うむ」
「まだこの広大な宙域が我々の手中に収まったわけではないのはご了承下さい」
「そうだったな。油断大敵だ」
 シャイターンはその言葉に従い気を引き締めさせた。
「オムダーマンは既に手を打っているがな」
「はい」
 アッディーンとマルヤムの婚姻のことである。彼等はその他にもオムダーマンに対して有利な条約を結んでいるのである。シャイターンの巧妙な外交の一つであった。
「ハサンはこれといって有効な手を打ってはいない」
「それです」
 アブーはそこで問うた。
「何だ」
「何故ハサンとは条約を結ばなかったのですか?我等にとって彼等こそが最大の脅威であるというのに」
 ハサンはサハラで第一の大国である。オムダーマンもティムールも彼等と比してその国力は大きく劣るのが現実であった。アブーはそれについて言及しているのである。
「それか」
「はい。何故でしょうか」
「アブー」
 彼はここで弟の名を呼んだ。
「獲物に餌をやる狩人がいるだろうか」
「獲物にですか」
「そうだ。罠以外にな。どうだ」
「それは」
 彼はその問いに躊躇した。
「少なくとも私はそのようなことはしません」
「そうだろう。それが答えだ」
 彼はそれに対してそう答えた。
「私もそれは同じだ。我々はまだ目的を完全に達してはいないのを忘れるな」
「は、はい」
 それを聞いて慌てて答えた。
「我がシャイターン家の目的は何だ」
 そして兄は弟に対してそう問うた。
「言ってみよ。それは何だ」
「サハラの統一にございます」
 アブーは頭を垂れてそう答えた。
「このサハラを我がシャイターン家のものとすることです」
「そうだ」
 兄はそれに答えた。
「それを忘れるな。サハラ、いやウマイアより一つになることはなかったアッラーの民を一つにまとめるのは我々なのだ」
「はい」
 これは事実であった。イスラムが興り正統カリフ時代を経てウマイア朝になった。だがこれがアッバース朝によって倒されるとウマイア朝の生き残りはイベリアにまで逃れてそこでウマイア朝を再興した。これ以後イスラム世界は一つになることはなかった。アッバース朝の極盛期もかなりの強大さと富裕を誇ったが一つではなかったのだ。サラディンもバイバルスも一つにすることはできなかった。あのオスマン=トルコですらイスラムを一つにすることはできなかったのである。そして二十世紀はイスラエルを前にして団結したがそれは真の団結ではなかった。その証拠に彼等は敗れイスラエルは残った。そして宇宙の時代にも今も彼等は一つではなかった。
「思えば長い分裂だった」
「はい」
「我等は一つになることを望んでいた。だが今も一つではない。それは何故だ」
「それを統べる者がいなかったからです」
「そうだ」
 シャイターンはそれに答えた。
「アッラーに選ばれたその資格がある者がな」
「はい」
「だがそれが遂に現われたのだ。それこそが我がシャイターン家だ」
「そしてその指導者こそが兄上」
「うむ」
「全ては運命でございました」
 ハラーイブもシャイターンに対して言った。
「これを言ったのはどの預言者かはわかりませんが」
 イスラムの預言者はムハンマドで最後である。だが彼の前に無数の無名の預言者達がいたのである。知られているのはその僅かな者だけであるのが現実である。
「啓典の民は一度分かれる。バビロンの塔の様に」
「うむ」
「だがそれは必ず一つになる。英雄の名を冠した男によって」
「そう、それが私なのだ」
 シャイターンは自信に満ちた声でそう言った。
「私の名はメフメット」
「はい」
「かってキリスト教徒達の都を陥落させた偉大なる帝王の名だ」
 オスマン=トルコのスルタンメフメット二世である。彼はビザンツ帝国の都コンスタンチノープルを陥落させそこをオスマン帝国の新たな都としたのである。これには他ならぬムハンマドが一つの予言を残していることでも知られている。
「キリスト教徒の偉大な都は一人の預言者の名の男により陥落させられるだろう」
 と。そしてメフメットこそがそうだったのである。
 そしてシャイターンの名はその英雄の名であった。それが彼の野心を決定付けているといっても過言ではない。
「私以外にこのサハラを統一できる者はいるか」
「いえ」
「私の名がそれを教えている。だがそれだけではない」
 彼は遥かな銀河を見据えていた。
「私のこの力。アッラーより授けられたこの力もまたその証なのだ」
 彼は自身の能力にも絶対の自信を持っていたのだ。
「アッラーは全てを司っておられる」
「はい」
 唯一の神にして絶対の存在、それこそがアッラーなのである。
「そのアッラーは私にイスラムの民を一つにする運命を委ねられた。そしてシャイターン家に」
「そう。全ては閣下の御手の中に」
「兄上の下に」
「それが達成される日は近い。アブーにハラーイブよ」
「ハッ」
 二人はシャイターンに対して頭を垂れた。
「その為にはそなた等の力も必要だ。頼むぞ」
「ハッ」
 そして敬礼した。彼等はその星の大海を順調に一つずつ自分達のものとしていった。無人の野を阻む者は結局いそうにもなかった。

 

 

第十部第四章 観客達の舞踏その四


 これに対してハサンもオムダーマンも傍観しているだけであった。それには事情があった。
 オムダーマンには彼等との条約があった。それを見越したシャイターンの外交的勝利といえた。馬上からだけでは天下を手に入れることはできはしないのである。
 だがそれだけではなかった。それはハサンも同じであった。彼等は一つの事情によりティムールに対して手出しができない状況であったのだ。それは一体何であったのだろうか。
 それは難民であった。エウロパの侵攻により住む場所を追われたサハラ北方の民達であった。彼等の声がオムダーマンもハサンも縛っていたのである。
「遂に我々は帰ることができるのだ」
「シャイターンこそがその救世主だ」
 皆シャイターンの行動を絶賛していた。そしてそれは難民達だけではなかったのである。
 ハサンにいる者達もオムダーマンの者達もシャイターンの北方解放を熱狂的に指示していた。失地回復、それがもたらす名声は計り知れないものであったのだ。
「これがシャイターンの狙いか」
 アッディーンは副大統領の執務室でニュースを聞きながらそう呟いた。そのニュースキャスターの声もうわずっていた。シャイターンの人気は最早サハラ全土に及んでいた。
「まるで英雄だな」
「そうですね」
 部屋にいたガルシャースプがそれに頷いた。
「我々にとってもエウロパは不倶戴天の敵ですから」
「うむ」
「彼等を倒した者が英雄なのは十字軍の頃と同じでしょうね」
「だがシャイターンはエウロパを倒したわけではない」
 アッディーンはここでは簡潔に事実のみを述べた。
「エウロパは連合との戦いで戦局が悪化した」
「はい」
「それで総督府を放棄し兵と市民を引き揚げた。つまりシャイターンはエウロパに対しては一兵も用いてはいないと思うのだが。違うか」
「その通りです」
 ガルシャースプはその言葉に同意した。
「閣下の申される通りですが」
「そうだな。だが彼はエウロパを倒したように言われる。それは何故だ」
「一つは宣伝です」
「宣伝」
「はい。今シャイターン主席は北方の解放を大々的に宣伝しております。マスコミやネットを駆使して」
「そういえばあちこちの掲示板にシャイターン主席を讃える書き込みがあるな」
「はい。その中のある程度はおそらく彼の手の者によるものでしょう」
「工作か」
「まあそういうことになります。ですが見事な宣伝だと思います」
「それは否定しない」
 アッディーンはそうしたことは好まないが有効な手段であることは認識していた。宣伝というものは政治にとって極めて重要なものであるのだ。これは今も昔も変わらない。ジュリアス=シーザーは己の宣伝の為に途方もない借金をした。女性を口説く為や服、本にも使ったがそれ以上に宣伝に金を使っていたのだ。彼は借金を恐れない特異な思考回路の持ち主であったが宣伝の効果は当時のローマにおいて誰よりも熟知していたのだ。
 そしてナチスやソ連も。二十世紀の全体主義国家が例え一時期にしろ世界を席巻したのはその宣伝によるところが大きいのもまた事実であった。彼等もまた宣伝の重要性と効果を熟知していたのだ。それを最も理解していたのがゲッペルスであった。文学博士でもある彼はナチスにおいて宣伝相として辣腕を振った。ヒトラーの政策の最大のブレーンの一人として貢献した。ヒトラーという稀に見るカリスマ性と独裁者としての天性の政治センスもあったがそれでも彼の宣伝なくしては彼はあそこまでなれなかっただろうと言われている。天才を支えたのもまた天才であったのだ。彼等が何を為したかは別として。それ程宣伝は重要なものであるのだ。
「シャイターン主席はそうしたことが得意なようだな」
「そのようで」
「あれは彼のブレーンによるものだおるか。それとも彼自身の手によるものだろうか」
「おそらくは主席自身の手によるものだと思います」
「彼の手か」
「はい。こうした政策的なものはかなりの部分が主席のものであるという報告もあります」
「政治的な才能もあるようだな」
「それも天才的な」
「うむ。政戦両略の人物だとは聞いていたが。私の想像以上か」
「だからこそ今彼は英雄となっているのです」
「そうか。ところで」
「はい」
 アッディーンはここで問うてきた。
「先程一つは、と言ったな」
「はい」
「他にもまだあるのか。あれば言ってくれ」
「わかりました」
 ガルシャースプはそれを受けて応えた。そして言った。
「シャイターン主席が今英雄となっているもう一つの理由」
「もう一つの理由」
「それは願望です」
「願望!?」
「はい」
 ガルシャースプは答えた。
「それが彼を英雄としているのです」
「それは彼自身の願望か」
「いえ」
 それには首を横に振った。
「サハラの者達の願望です」
「英雄を望んでいる、ということか」
「その通りです」
 それこそが答えであったのだ。
「サハラは長い間分裂しておりました」
「うむ」
「アラブの頃から。そしてエウロパの侵略もありました」
「それが大きいか」
「ですね。十字軍の頃と同じです。我々は今三度目の苦難の時代にあると言われておりました」
「一度目は十字軍の時」
「はい」
「そしてオスマン=トルコが衰え彼等の勢力圏に組み入れられた時」
「はい」
「そして今か。どれもエウロパの者達の手によるものだった」
「アメリカの介入があった時代もありましたが。しかし我等の敵はそれ以上にエウロパでした」
「モンゴル以上にな」
 中国もロシアもイスラエルも敵であった時代があった。アラブは二十世紀もそれ以後も長きに渡って戦乱の中にあったのだ。そしてそれが今のサハラを作るもととなっているのだ。彼等にとって戦乱とは切っても切れないものであった。それを止めるのは誰にもできないと思われていた。
「そうした時に人は頼られるものを望みます」
「それが英雄か」
「そうです。そしてシャイターン主席こそがそうなのです」
「少なくともそう思われている」
「既にサラディンやバイバルスと比較される程に。ですが私は彼には異質なものを感じます」
「英雄と呼ぶにはか?」
「はい。閣下は何度かシャイターン主席と御会いしましたね」
「ああ」
 サラーフとの戦いの時とこの前の婚姻の時であった。今やシャイターンはアッディーンにとって義理の兄にあたるのである。複雑といえば複雑な関係であった。
「どういった印象を受けられましたか」
「そうだな」
 そう問われて暫く考え込んだ。それから答えた。
「一言で言うと鋭いな」
「鋭いですか」
「それに相手を魅了するカリスマ性を持っている。一目見ただけで優れた人物であるのがわかる。そうした者だったな。だが」
「だが!?」
「陰がある。その陰が妙に気になる」」
「陰、ですか」
「そうだ。それは目の光にも見える。あの目の光は何か妖しいものを感じるのだ」
「それこそが異質なものです」
 そこで彼はそう述べた。
 

 

第十部第四章 観客達の舞踏その五


「異質なもの」
「シャイターン主席は猛禽に近いと思います」
「猛禽か」
「そう。獲物を遠くから狙う。そして奸智も持っております」
「油断ならないということか」
「少なくとも彼は獅子ではないです」
「だから猛禽か」
「はい。彼はおそらく北方だけを狙ってはいないでしょう」
「より大きいものか」
「私の予想が正しいならば」
 その声が硬くなっていた。
「彼はサハラを狙っています」
「サハラを」
「今まで誰もなし得なかったサハラの統一」
「それを考えているというのか」
「当然その中にはこのオムダーマンのことも入っております」
「当然だろうな」
 それはもう言うまでもないことであった。
「彼がサハラを手に入れることを願うのならばな。では私と妻の結婚はその為の布石だったというのか」
「おそらくは」
 彼はそれにも答えた。
「それならば納得がいきます。政略結婚だったのです」
「薄々はそうだと思っていたが」
 サハラにおいては婚姻は家と家の結びつきを強めるという意味合いが強い。これは何処でも婚姻というものに見られるものであるがサハラにおいてはとりわけそうした意味合いが強いのである。
「私はしがない公務員の家の出だ」
「はい」
「だがシャイターン家は違う。代々宗派の指導者を務めてきた。家柄も富も我々とはまるで違っている」
「やはりそれについて不思議に思われましたか」
「というよりは誰でもそう思うのではないのか」
「ですね」
 これは彼も同じであった。
「シャイターン家はそうした婚姻政策も得意ですから」
「彼自身がそうしているしな」
「はい」
 彼とハルーク家の未亡人との結婚について言っているのである。ムスリムは四人まで妻を持つことができる。それを有効に活用してもいた。そして彼の非凡なところはその妻達を公平に愛さなければならないというコーランの教えを忠実に守っていることであった。彼はそうしたことにおいても非凡であったのだ。
「これも政略としては妥当なものか」
「ええ。かってハプスブルク家が得意としたやり方です。非常に有効なものです」
「そうだな」
「ですが彼は他のことも考えていると思います」
「それは何だ」
「剣です」
 彼はまた硬い言葉を口にした。
「剣」
「はい。彼は我々とも戦うことを念頭に入れていると思われます」
「そうか」
 アッディーンはそれを聞いて顎に手を当てた。考える姿勢であった。
「そうしたことも考えているか。彼らしいな」
「そう思われますか」
「ああ。というよりは常識だろう」
「ええ、まあ」
 ガルシャースプはそれに答えた。
「あらゆるケースを考えておくのが政治ですから。最悪のケースはとりわけ」
「そうだな」
「彼は軍人である以前に政治家です。この程度のことはもう考えているでしょう」
「その場合我々とハサン、どちらを先に攻めると思うか」
「ハサンでしょう」
 ガルシャースプの見解はそれであった。
「ハサンか」
「はい。ハサンは彼等にとって非常に攻め易い場所にあります。国境も接しておりますし」
「それも南北に長く、な」
「そのうえハサンは兵をティムールにだけ回せばいいのではありません。我々にも回さなければなりません。連合は大丈夫なようですが」
 ハサンは広大な勢力を誇っている。サハラ随一である。だがそれだけに国境も長いのだ。東には連合が、南にはオムダーマンが、そして北西にはそのティムールが控えているのである。
「我々にもか」
 アッディーンはそれを聞いて目を光らせた。
「確かにな。今我々は西方と南方を押さえている」
「はい」
 その殆どが彼の手によるものであった。西方の一国に過ぎなかったこの国をサハラ屈指の大国にしたのは彼が戦いで勝利を収め続けてきたことが大きいのである。オムダーマンにおいて彼は英雄であった。彼もまたサハラにおいて英雄の一人とされているのである。
「だからこそ彼等も警戒しているのか」
「サハラの歴史は戦争の歴史です」
 ガルシャースプはまた言った。
「今まで無数の戦いがありました。そして多くの国家が滅んでいきました」
 地球にいた頃からそれは変わらない。アッラーの民は長い間戦いの中にあった。連合が正規の戦争はエウロパとの戦争まで絶えてなかったのに対して彼等は今まで戦乱の中に身を置いていたのである。ガルシャースプはそれについて言及したのであった。
「同盟を結んでいても戦争がありました。それも日常的に」
 裏切りもまた多かった。戦国の常であった。
「ましてやそれもないとなると。警戒するのも当然でしょう」
「我々も南方に攻め込んだしな」
「はい」
 

 

第十部第四章 観客達の舞踏その六


 オムダーマンは南方の各国とは条約や同盟を結んではいなかった。そうだからこそ彼等は南方に攻め込むことができたのである。
「ハサンもまた同じです。彼等はそれを警戒しているのです」
「おそらくいずれは戦うことになるだろう」
 アッディーンの見解はそれであった。
「それは貴官も同じではないのか」
「否定はしません」
「やはりな。だが一つ問題がある」
「それは」
「連合だ」
 それを言うアッディーンの目の色が変わった。警戒するものとなった。
「連合」
「そうだ。ハサンは彼等と同盟を結んでいるな」
「はい」
「それが問題だ。これは影響があるのではないのか」
「そうですね」
 ガルシャースプは考え込んだ後でそれに対して答えた。
「ただ、彼等はサハラに対してはこれといって関心はありません」
「それはわかっているが」
「エウロパとの戦いは諜報員の問題と今までの対立がありました。いずれは起こったことでしょう」
「起こるべくして起こったことだというのか」
「はい。少なくとも私はそう思います」
「では我々とはどうなのだ」
「彼等はサハラに対しては長い間無関心でした」
 連合は建国以来サハラに対しては我関せず、という態度であった。移住者は拒むことはなかったが彼等の抗争や対立には始終無関心、不介入であった。彼等にとってサハラとはまさに化外の地でありどうでもいい場所であったのだ。ただ境だけはしっかりとさせ、そこに関する条約だけは歴代の国境を隣接する国と結んでいた。彼等にとってはサハラの者が攻め込んでこなければいいだけであった。そうした存在でしかなかったのである。各国と条約や通商はあっても平和的なものであった。やはり関心の沸かない対象であったのだ。
「今も基本的にそれは変わりません」
「そうなのか」
「少なくともハサンとの間で何があっても彼等は中立を守るでしょう。ハサンも彼等の兵を入れるような条約は結んではいない筈です」
「国境に関する条約だけか」
「でしょうね。そして連合もそれを守るでしょう」
「我々かティムールと国境を接した場合は我々と条約を結ぶ」
「所詮それだけです。今のところはね」
「今のところ!?」
 アッディーンはその言葉に疑念を覚えた。
「今後はどうなるか全くわかりません」
「そうだな」
 それがわからぬアッディーンではなかった。
「しかしだ」
 それでも彼は言った。
「彼等が我々に関心を持つ要素は今のところはないが。我々は少なくとも彼等には特に悪感情はない。それは向こうも同じだろう」
「歴史においてはかってはありましたがね」
「それはそれ、これはこれだ」
 アッディーンはそれについてはそう述べた。
 アメリカは二十一世紀にイスラム原理主義者と泥沼の戦いを繰り広げた。中国は唐代に衝突し、アメリカと同じく二十一世紀に原理主義者達とウイグルを巡って全面衝突があった。これによりそれまで東を向いていた中国の対外政策が一変し、政権交代とウイグルの独立が起こった。それでも戦いは終わらず二十一世紀における中国のアキレス腱となっていた。
これはアメリカも同じでこの二国はその世紀は始終イスラム教徒と衝突していた。アメリカはニューヨークだけでなく他の都市までテロ攻撃を受けてもいた。なおこの際チベットとウイグルが独立している。チベット教国とウイグル回教共和国の二国である。この二国は今も連合の構成国となっている。
 ロシアも同じであった。彼等はチェチェンで衝突した。彼等もまた原理主義者と戦いを行っていた。トルコはイスラム教国であるが原理主義者達から目をつけられやはりテロに手を焼いた。そして東南アジア各国もそうであった。インドネシアやマレーシアといったイスラム教国ですら例外ではなかった。日本も標的にされいた。イスラエルは言うに及ばず。連合の構成国の多くがイスラム原理主義者達と対立した過去があり。だがこれはもう歴史の遥かな過去の話であった。
「今更彼等にそれを言っても仕方あるまい」
「はい」
「原理主義者なぞ過去の話だ。今そのような者達はいない」
 多少はいるがごく少数であるのが事実だ。彼等は少数で世捨て人として暮らしている場合が多い。そして独自でイスラムの教えを守り、学んでいるのである。
「それは彼等とて同じだろう」
「イスラエルはどうかわかりませんが」
「彼等でもだ」
 イスラエルはユダヤ教徒の国である。ユダヤ人達の歴史に対する考えの長さは尋常なものではない。彼等は今も旧約聖書の原罪と迫害、そして苦難の歴史を歩んでいると考えているのだ。その中にはイスラム教徒との戦いもあった。
「彼等とて我々にはもう何も言ってはきていないではないか」
「彼等も忙しいですからな」
「うむ」
 連合におけるイスラエルの位置は特殊なものであった。人口こそ少ないがそのユダヤ人脈と金脈はまだ健在であった。それどころか連合においては一千年以上昔より遥かにそれが確固たるものとなっていた。日米中露ASEAN豪州中南米アフリカ諸国に新興諸国家との間でいずれにも与さず時と場合によって的確に動く。そして問題を処理していく。連合の陰の実力者とも言うべき国であるのだ。日本も米国も中国も露国も彼等の意向を無視はできなかった。連合は大国の力が強いのが現実だがその大国の力のみで動いているわけではないのだ。連合はそれ程単純な勢力ではない。こうしたバランサーの存在もあるのである。連合軍設立もエウロパとの宣戦布告も難民への対応も彼等の存在と発言が影響しているのは事実である。だがそれはあまり表には出ないだけである。だからこそイスラエルは無気味な国家であった。少なくとも連合においてはそうであった。アッディーン達もそれは知っている。
「人間というものは近くのことに目がいくものです。そういうふうに作られているのでしょう」
「アッラーによってな。所詮我々は人間に過ぎない」
「はい」
「人間の力なぞ限られたものだな」
「ですからこそ側にあるものしか見えないのです」
「だがアッラーは違う」
「その通りです」
「全てのものを御覧になられる。だからこそアッラーは偉大なのだ」
「しかし人間もまた近くだけを見ていいものではありません」
「ああ」
「閣下は連合という勢力についてはどう御考えですか」
「連合についてか」
「はい」
 ガルシャースプはここで質問を変えてきた。連合について問うてきたのだ。
 

 

第十部第四章 観客達の舞踏その七


「そうだな」
 彼はまた考えはじめた。
「私の印象では豊かな勢力だな」
「豊かですか」
「そうだ。三兆の人口だけではない。その力は絶大なものがある」
「そうですね。市民の生活も派手で活力があるものです」
 連合においては派手なことが好まれる風潮がある。そして活力が重要視される。だがそうでなくともよい。多様性もまたそうした活力と同時に重要視されている。それが彼等を支えているのだ。言い方を変えると多様な生活や生き方が許される程豊かな社会であるということだ。
「我々ではああはいかない。軍の食事一つをとっても」
「はい」
 オムダーマンにしろ将兵の食事は質素なものである。サハラの多くの国もまた将校と兵士は同じものを食べている。だがその食べられているものが連合とサハラ各国では決定的に違うのである。
 サハラ各国の軍での食事は質素なものである。量は多いがメニュー等は少ない。味よりも栄養価を考慮して作られている。だが連合ではメニューは実に多い。そして味についてもうるさい。これは志願制であるが故の人気取りの一環でもあるがここにも連合の豊かさが出ていた。
「彼等はそれこそ何でも食べられるそうだな」
「はい」
「そうしたところにも違いが多く出ているな」
「仰る通りです」
 ガルシャースプはそれに同意した。
「我々は彼等程豊かではありません。それは事実です」
「うむ」
「しかしそれでも彼等にはなく、我々にはあるものもあります」
「そのようなものがあるだろうか」
 アッディーンの声に疑問の色が漂った。
「彼等の勢力圏は広大だ。そして何でもあるが」
「今のところは」
「またそれか」
「はい。全ては現時点では、です。我々がわかるのは過去と現在だけです」
「その二つですら完全に把握できているとは言い難いな」
「ええ。そして未来のことはアッラー以外にわかりません」
「今更言うまでもないことだと思うが」
「そうですね。ですが彼等が欲するようなものがこのサハラのみで出たならばどうなります?かっての石油のように」
「石油か」
 アッディーンの眉が少し歪んだ。かって人間達は火に点けると燃えるこの不思議な水を巡って果てしない戦いを続けた。そしてそれがアラブで多量に眠っていた為それを巡って大国が介入を続けてきた。イスラム原理主義者の行動もこれに原因の一つがある程だ。
「言うまでもないな」
「その通りです」
「だが連合はそれ程好戦的な勢力ではないと思うが」
「どうしてそう言えるのですか?」
「これもまた歴史からだ」
 アッディーンの答えはそうであった。
「連合は今のエウロパとの戦いまで建国以来内外で干戈を交えたことはない」
「はい」
「好戦的とは言えないと思うが。刑罰は酸鼻を極めるがこれは我々と彼等の刑罰の認識への差だ。それとこれとは別だと思う」
 サハラ各国ではコーランに基づく刑罰である。連合各国のように凶悪犯に対する報復、みせしめ、劫罰としての刑罰ではないのである。
「ですね。それは彼等が今まで戦う必要がなかったからです」
「そうなのか」
「彼等が好戦的でないのは望んだものが得られるからです」
「何でもか」
「今までは。彼等は土地も資源も食糧も開拓すれば無限に手に入れることができます」
「そうだな。我々はそれがあっても今は開拓どころではない。エウロパはそれすらない」
「だからこそ彼等は攻め込んできたのですから」
 人間は必要にかられて行動する。エウロパにとってはサハラ侵攻は必然であった。それだけである。それがサハラにとっては災厄であったとしてもだ。
「ものがあればそれでいい。人間というものはすべからく食べられないと生きてはいけない」
「それは何時まで経っても変わりませんね。食べ、生きる為には何かをしなければならないのです」
「戦争になろうともな」
 それが戦争が起こる要因の一つなのである。人間とは決して好戦的な生き物ではない。宇宙にいる他の生き物とさして変わりはしない。ただ自分が生きたいだけである。だからこそ戦争を行うのだ。全ては生きる為に。連合とエウロパの戦いもおおまかに言えばそうなる。連合は自分達の安全を守る為にエウロパに宣戦を布告した。諜報員の害を取り除く為に。それが彼等の戦いであった。
「人間というものは因果なものだ。生きる為に戦わなくてはならない」
「戦いにはもう一つありますが」
「ジハードか」
「はい」
 言わずと知れた聖戦である。イスラム教徒達にとって戦い、イスラムに命を捧げる戦い程尊いものはない。これはこの時代においても同じである。戦死した者は天国へと行くことができる。それも確実にだ。人が天国へ行くか地獄へ行くかはアッラーのみが決めることだが聖戦で死んだ者はアッラーに選ばれているからである。今では戦い全てがそう位置づけられている。それがサハラの戦いであった。
「彼等にジハードはないようですが」
「エウロパは高貴なる者の義務と考えているようだがな」
 あくまで貴族達の考えではあるが。
「所詮は職業としての軍人か」
「はい」
「まず命が大事だ。そうした考えで本当に戦いができるのか」
「少なくとも今は戦っておりますが」
「できるだけ損害を出さないようにな。正規軍の戦死者は極端に少ないようだな」
「ええ」
「それに対してサハラ義勇軍はどうだ」
「やはりその損害は正規軍のそれと比して大きいようです」
「だろうな」
 これはアッディーンの予想通りであった。
「彼等は言うならば消耗品だ」
「そうなのでしょうか」
「意地の悪い見方をするとな。正規軍の将兵を消耗するわけにはいくまい。下手な損害はそのまま軍の維持に関わる。それが連合軍なのだろう?」
「ええ、確かに」
「ならばだ。損害を恐れることのない部隊があるなら使う」
「それが彼等ですか」
「正規軍ではないからな。義勇軍だ」
 この差は大きかった。
 難民達は連合の市民権は持っている。だが難民であることに変わりはない。連合の者ではないのだ。そうだからこそ好きに使えるのだ。こうした部隊は歴史においても多くあった。そして活用されてきているのである。これもまた歴史の事実である。
「先頭に立たせてもいいし危険な戦場に送ってもいい」
「ですが彼等は奮戦しております。おそらくエウロパとの戦いも彼等なくしてはここまで連合にとって有利には進まなかったと思われます」
「そうだな。彼等なくして連合軍の今はない」
 アッディーンの見方は冷徹なものであった。
 

 

第十部第四章 観客達の舞踏その八


「しかしだ」
「しかし」
「問題はこの後だな。義勇軍は」
「といいますと」
「彼等は今後どうなるのだ。サハラに帰るのか」
「そういう者もいるでしょう」
 ガルシャースプはそう答えた。
「何しろサハラは彼等にとって故郷です。帰ることができるのならば帰るでしょう」
「そうだな。では義勇軍は解散か。だがそうはならないな」
「連合に残る者も出ると」
「そうした者もいる。彼等はそのまま連合に入るのか。どういう形で」
「そこまでは何とも」
 彼もそこまでは答えることができなかった。思わず首を捻った。
「彼等で国を作るのならともかく」
「それだ」
 アッディーンは国という言葉にすぐに反応した。
「国!?」
「そうだ。彼等が国を作ったらどうなるか。連合に新国家を」
「兵士としてですか」
「連合には多くの国家があるな」
「はい」
 連合の構成国は三〇〇に及ぶ。その内実は多種多彩であり多くの国家が存在する。その産業もまた多岐に渡る。これもまた連合の多様性であった。
「そうした国家が一つあっても面白いな」
「兵士による国家ですか」
「傭兵だな、所謂」
「ふうむ」
 ガルシャースプはそれを聞いて考え込んだ。
「確かに連合には多くの国家がありますが」
「うむ」
「そうした国家はありませんね」
 元々軍に対してあまり関心のない勢力である。それも当然と言えた。
「ですがそうした国が一つあっても面白いですね」
「問題は連合がそうした国を受け入れるかだ」
「兵士による国家をですか」
「そうだ。確かに連合は多様だ。だが相容れないものもある」
 エウロパの貴族主義もその一つである。これは彼等にとっては理解不能なものである。連合は階級社会を否定している。国家元首としての君主は存在していてもだ。連合の教育ではエウロパの貴族制は忌むべきものとして教えられているのである。
「兵士による国家もそうではないだろうか」
「それも彼等は元々異邦人ですし」
「異邦人はどの社会においても阻害されやすい」
 これもまた事実であった。カミュという作家がいた。彼はユダヤ人であった。ユダヤ人は欧州の社会において異邦人であった。それ故に様々な迫害を受けてきた。そしてそれが彼の代表作である『変身』を書かせた。この一見すると奇怪な作品は彼がユダヤ人であるが故に書くことができた作品と言えよう。異邦人はそうした特殊な存在なのである。ワーグナーの楽劇に登場するヘルデン=テノール然り。彼等はその作品ごとに異なる人間として登場している。だがヘルデン=テノールであることとその存在する位置によって彼等は異邦人となっている。異邦人故の主人公であり英雄であるのだ。そして究極的に言うならば彼等は一つの人格であった。それぞれの作品の中で生き、死んでいくがその人格は一つなのである。英雄、そして異邦人であるのだから。彼等もまた異邦人であるのだ。
「そうならない場合もあるがな」
 アッディーンはそれについても言及した。
「迫害されるか、英雄となるかはわからない。だが最初は異邦人であることに変わりはないだろう」
「はい」
「彼等はそれに耐えなければならない。そしてその先にあるものを掴まなければならない」
「連合における位置ですか。生きる為の」
「そうだ。話は戻るな」
「はい」
「生きる為の戦いか。連合に残る者はそれを覚悟しなければならない」
「ジハードになりますか」
「そこまではわからないが。だが彼等にとって苦しい戦いとなる」
 アッディーンの目が遠くを見ていた。
「生きる場所を掴む為にな。それを掴めるかどうか」
「それもまたアッラーのみがお知りですね」
「ああ」
 アッディーンは頷いた。
「それが我々との戦いにならなければいいがな」
「石油が見つかった時に」
「その時か。彼等の生きる道が確かになるのは」
「サハラに帰るか、連合に入るか」
「辛い選択になるだろうな。願わくば石油がないことを祈るだけだ」
「はい」
 これは彼等にとっても問題となることであるのだ。サハラにレアメタルか何かが出るとする。そして連合がそれを欲する。それで戦争になる可能性があるのだ。そうなれば彼等の立場はさらに微妙なものとなるのは必定であるからだ。
「しかしそれも全てアッラーが決められることです」
「結局はそうなるか。だが一つ付け加えておくことがあるな」
「それは」
「アッラーは自ら立つ者を天界に選ばれる。そうではないのか」
「ですね」
 ガルシャースプも軍人であるそれがわからないわけではなかった。
「それでは我々も自分の道は自分で切り開くとしますか」
「そうだな。では会議の時間になったら行こう。今後のことを話し合う為にな」
「はい」
 こうして彼等も彼等の舞台に向かった。俳優達は主な舞台の外においてもそれぞれの役を演じていた。そこにはスポットライトは今はあたってはいない。それでも彼等は自分の役を演じているのであった。 

 

第十部第五章 攻勢その一


                            攻勢
 連合軍の中央部における攻勢は熾烈なものであった。そこには連合軍の主力である一四〇〇個艦隊が展開しておりシュヴァルツブルグエウロパ元帥率いるエウロパ軍の主力に対して全面攻撃を仕掛けていたのだ。その火力と物量は最早圧倒的なものであった。
「撃て!」
 前面に連合軍の砲艦の一斉射撃が撃ち込まれる。それだけでエウロパ軍の艦艇が薙ぎ払われていく。そして続いてミサイルが襲い掛かる。エウロパ軍の戦力はこの二つの攻撃だけで三割近く失われていた。
 続いて戦艦、巡洋艦が出る。主砲の一斉射撃の後で駆逐艦が魚雷を放つ。そして護衛艦の護衛を受けた空母が雪崩れ込む。その時点でエウロパ軍は崩壊してしまっていた。
 連合軍の攻撃は一定の法則があった。それを物量で支えているのだ。この物量にエウロパ軍は敗れているといっても過言ではなかったのだ。
「また前線が破られました」
 後方基地の一つアルテミスにシュヴァルツブルグはいた。そしてそこで報告を受けていた。
 アルテミスはアルテミス星系にある。エウロパ軍の後方基地の一つでありモンサルヴァートが整理した基地の一つである。きたるべき連合との戦いに備えて整備していたのだ。それが今役に立っているのだ。
「そうか」
 シュヴァルツブルグは沈痛な顔でその報告を聞いていた。
「物量の差がものと言っているな」
「確かに」
 報告をした参謀がそれに応えた。
「彼等の戦力は巨大です」
「一四〇〇個艦隊だ。それだけで我が軍の最盛期の三倍近くだ」
「そして今我が軍は消耗しております」
 ニーベルング要塞群での攻防以後エウロパ軍は敗北を重ねていた。それにより彼等はその数を大きく減らしていた。今ではようやく四三〇あるといったところであった。
 そのうちわけは南方に百、北方に五〇であった。そしてオリンポスに予備戦力として三〇.この中央部には二五十程があった。これがエウロパ軍の全戦力であった。
 全ての戦域で連合軍と比して圧倒的な差があった。地の利もこの物量の前には効果がないようであった。彼等は戦う度に敗戦を重ねるといった形であった。そしてそれはこの中央部でも同じであった。
 シュヴァルツブルグの下にある中央方面軍は連合軍の攻勢の前に敗戦と退却を続けていた。そして今また戦線が破られたとの報告が入ったのであった。
「我が軍の損害は」
 シュヴァルツブルグはまた問うた。
「一体どの程度だ」
「何とか艦隊の全滅は防ぎました。そして戦線にいた全戦力の撤退を成功させました」
「そうか、それは何よりだ」
 不幸中の幸いと言えることであった。だがそれで笑えない程今の彼等の置かれた状況は危機的なものであった。そしてそれはこのシュヴァルツブルグが最もよくわかっていることであった。
「敵の損害はまた微々たるものだな」
「はい」
 この報告はエウロパ軍ではありきたりのものとなっていた。
「おそらく参加兵力の一パーセントもないものかと思います」
「またか」
「そしてその損害の殆どが義勇軍です。いつも通りです」
「そして我等の損害は彼等のそれと比べて天と地程の差がある。それもいつも通りだ」
「残念ながら」
「そのいつも通りの戦いにより我々は多くの戦線を破られてきた。そして今もだ」
「どうすべきでしょうか」
「一つしかない」
 シュヴァルツブルグの言葉は沈痛なものであった。
「勝利を収めるしかない。それだけだ」
「ですね」
 それは参謀も同じ考えであった。だがその手段が見当たらない。だがシュヴァルツブルグはここで言った。
「各騎士団は今どうしているか」
「騎士団ですか」
「そうだ」
 シュヴァルツブルグの目の光が変わった。強くなった。
「竜騎士団だ。彼等はまだ無事だな」
「はい」 
 参謀はそれに答えた。
「彼等はよくやってくれております。今回の戦いも敵に包囲されようとしていた友軍を救い出しております」
「有り難いことだ」
「今まで我が軍は敗走を続けながらも捕虜も戦死者もごく僅かで済んでおります。それは彼等の活躍があったからこそです」
「そうだな。中央にいる二五〇の艦隊、そして二億の将兵の救世主だ」
「全くです」 
 参謀の声も強いものとなった。
「彼等こそ我が軍の切り札です。本当にそう思います」
「そう、切り札だ」
 シュヴァルツブルグはここで声も強くさせた。
「君はポーカーをするかね」
 そして参謀に対してそう問うてきた。
「ポーカーですか」
「そうだ。やるかね」
「嫌いではありません」
 彼はそう答えた。
「少なくともあまり負けた記憶はありません。一晩中やっていたこともあります」
「何だ、それでは好きなのじゃないか」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いてそう言葉を返した。
「なら話は早い。そのポーカーの切り札だが」
「はい」
「君は一体どういった時に使うかね」
「決まっております」
 彼は答えた。
「勝負を決める時です。そこで使わなくてどうするというのですか」
「そうだな」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて頷いた。
「では私が言いたいこともわかるだろう」
「はい」
 彼も頷いた。
「ではいよいよ彼等を本格的に使われるのですね」
「前線にな。今まではそれ程前線には出していない。予備兵力という扱いだった」
「ですね。確かに」
「しかしこれ以上敗れるわけにはいかない」
 それ程までに彼等は追い詰められていたのであった。 

 

第十部第五章 攻勢その二


「中央での敗北はエウロパの敗北に等しい」
 エウロパ軍のうちのかなりの数がいると共に中央で敗れるとそのまま首都であるオリンポスに向かわれる。そうなれば彼等の敗北は決定的だからだ。そうだからこそ軍務大臣である彼自身が指揮を執っているのである。それ程までに重要な戦場であるのだ。
「それだけはならん。今は勝負をかける時なのだ」
「それでは」
「すぐに各騎士団の騎士団長達を集めよ」
 シュヴァルツブルグはそう指示を出した。こうして各竜騎士団の団長達がシュヴァルツブルグのもとに召集されたのであった。
 この竜騎士団はそれぞれ五個艦隊から成る。元帥の階級にある者がその指揮にあたっている。この名の由来はエウロパのラドン星系に生息する竜達にある。この竜は中世の騎士物語に登場するように長い首と翼を持っている巨大な生き物である。だがあのように凶暴なものではなく大人しく知能が高い。エウロパでは人気の高い生物の一つである。なお連合にも生息している。エウロパではラドン星系にしかいない。
 この竜の特徴は鱗の色が種類によって異なっているということである。赤いものもいれば青、黄色、緑、紫、黒、白、赤銅、灰、青銅、真鍮、銀、金、白金とある。物語のように炎等は吐かないがその力は強大である。だからこそ騎士団の名に冠されたのである。
 それぞれの騎士団を名のある者達が指揮している。それはこのような状況になっている。

赤騎士団  リチャード=オーティス元帥
青騎士団  シャルル=モンフェラート元帥
黄騎士団  エリオット=スチュワート元帥
緑騎士団  ロドリーゴ=アビラ元帥、
紫騎士団  グラド=プロエシュチ元帥
黒騎士団  ルードヴィッヒ=シュヴァイク元帥
白騎士団  グスタフ=ゼーダーシュトレーム元帥
灰騎士団  ヨーツン=テールベルク元帥
青銅騎士団 チャールズ=プール元帥
赤銅騎士団 フリッツ=エルハルト元帥
真鍮騎士団 ジル=アシャン元帥
銀騎士団  カルロ=タファリア元帥
金騎士団  エルナーニ=コレッリ元帥
白金騎士団 ヨセフ=ダム元帥

 以上となっている。いずれも歴戦の勇者達である。彼等がエウロパ軍の精鋭部隊の指揮官であるのだ。その艦艇はそれぞれの色で塗装されている。そして今アルテミスにその様々な色の艦艇が降り立っていた。そして港に整列している。見事な光景であった。
 壮麗な軍服に身を包んだ男達がその艦艇の中から出て来た。そして将兵の出迎えを受ける。
「お待ちしておりました」
「うむ」
 赤い艦から降り立った男が出迎えの将兵達に対して返礼をする。彼がオーティス元帥である。
「そちらこそな出迎え御苦労である」
「はい」
「そして閣下は何処におられるか」
 彼は先頭にいるマントを羽織った男に対して問うた。それから彼もまた軍の高級士官であることがわかる。エウロパにおいてマントの着用は将官のみに許されている。見ればそれは黒い。大将のマントであった。
「既に会議室におられます」
「そうか」
 オーティスはそれを聞いて頷いた。
「では我々も行こう。道案内を頼む」
「それは私が」 
 若い将校が前に出る。中尉の階級章を身に着けている。その若さから彼が貴族にあることがわかる。エウロパにおいては若い将校の殆どが貴族出身なのである。これも爵位が関係しているのは言うまでもない。
「では頼むぞ」
「はい」
 見ればそれぞれの元帥達にそれぞれ案内役がついていた。彼等はその案内について港を出た。そしてシュヴァルツブルグが待つ会議室に向かうのであった。
 車に乗る。彼等の隣に案内役が座る形となった。その中の一台のことである。
「君は軍に入ってどれ程経つか」
「私ですか」
 案内役がそれを聞いて驚いた声をあげた。問うたのはエルフルトであった。赤銅騎士団長である。
「そうだ」
 エルフルトは鋭い目を案内役に向けながら答えた。見ればその案内役は女性であった。まだ若い。二十代前半といったところだろうか。蜂蜜色の髪に青灰色の目をしている。
「見たところまだ日が浅いようだが」
「はい」
 彼女はそれを受けて答えた。
「まだ三ヶ月です」
「そうか」
 エルフルトはそれを聞いてまた頷いた。
「見たところ正規の軍人ではないな」
「はい」
 彼女はそれに答えた。
「志願しました。エウロパの危機ですので」
「危機にか。エウロパの貴族としての義務だな」
「はい」
 彼女はまた答えた。
「私も父からそう教えられてきました。そして戦場に向かおうと決意しました」
「女だというのにか」
「御言葉ですが」
 だがその案内役はエルフルトのその言葉にキッとなった。
「閣下、女といえど今では銃を手にすることができます」
「ほう」
 それを聞いたエルフルトが面白そうに笑った。
「昔もそうでした。ジャンヌ=ダルクも。そしてカテリーナ=スフォルツァも」
「ジャンヌ=ダルクはわかるがな」
 彼はそれを聞いてそう言葉を返した。言うまでもなく百年戦争の英雄である。神の使徒の声を聞きフランスを救う為に立ち上がったとされるオルレアンの少女である。かってはただの農民の少女だと言われていたが後の研究でかなり裕福な家に生まれたと結論付けられている。王族のご落胤ではないかという説もある。そして火刑に処されたとされているが生きていたという話もある。この時代でも伝説の中の人物であった。
「カテリーナ=スフォルツァが出るとはな」
 ルネサンスの女傑である。傭兵を生業としてきたスフォルツァ家の女であり領主であった。そして軍人であった。敵に対して臆することなく子供を人質にとられ脅迫された時にこう言い返した。
「馬鹿者共が!子供なぞこれで何人でも産めるということを知らないのか!」
 この時カテリーナは城壁の上にいた。そしてスカートをめくり上げてこう言ったのだ。なお彼女は美貌でも知られていたがその美貌の女領主がそこいらの下品な娼婦が酒場ですら言わないような言葉を口にしたのだ。これには敵も唖然としたと言われている。なお人質になっていた子供達は何とか釈放された。カテリーナはこの時は勝ったのである。そう、この時は。
 彼女の戦いは続いた。この時代のイタリアは多くの国家に分裂していた。そしてこの半島を統一せんとする男が現われた。それがチェーザレ=ボルジアであったのだ。
 最初チェーザレは平和的な手段で彼女の領土を手に入れようとした。だがカテリーナはそれを拒絶した。欲しければ剣によって取れ、ということである。
 こうして両者の戦いははじまった。だが多勢に無勢であった。善戦空しく彼女は捉えられた。それより前にチェーザレは傭兵隊長達にこう言っている。
「見ていたまえ、伯爵夫人は火曜日には私のものだ」
 彼女は伯爵夫人であったのだ。そしてその言葉通りか彼女はチェーザレに捉えられた。だがルネサンスの闇の貴公子を向こうに回して果敢に戦ったことにより彼女の名は歴史に残った。彼女は今その名を口にしたのであった。
「これは面白い」
「そうでしょうか」
 だが彼女はそれを不思議としなかった。
「私の家は代々軍人なのです。不思議ではないと思いますが」
「それでは卿の家は女でも戦場に立つのか」
「はい」
 毅然としてそう答えた。
「それが我が家の家訓ですから。戦争にならなくとも大学を出たならば軍に入るつもりでした」
「そうか」
 エルハルトはそれを聞いたまた頷いた。
「それでは一つ聞きたい」
「はい」
「卿の家は何処か」
 彼の問いはそれであった。
「よかったら教えてくれまいか」
「わかりました」
 彼女はそれを受けて名乗りはじめた。
 

 

第十部第五章 攻勢その三


「私の名はエヴァ=プロコフィエフと申します」
「エヴァ=プロコフィエフ」
「はい、それが何か」
「もしかするとだ」
 彼はその名を受けてあらためて問うた。
「君はあのプロコフィエフ参謀総長の縁者なのか」
「参謀総長は私の姉にあたります」
 エヴァはそれに対しそう答えた。
「そうか、妹君だったか」
「姉は士官学校に進みましたが私は法学部に進みました」
「そうだったのか」
「裁判官になるつもりでした。ですが戦争がはじまってしまい」
「軍に入ったというわけだな」
「はい。ですが戦争が終わり生きていたならば学校に戻るつもりです」
「裁判官になる為だな」
「ええ。裁判官は子供の頃からの夢でしたから」
「裁判官か」
 エルハルトはそれを聞いて考え込んだ。
「何故裁判官なのだね」
「私の母の家は裁判官の家でした」
「ほう」
「既に後を継ぐ者がおりますが。ですが私もなりたいと思ったのです」
「それでいいのかね」
「何がでしょうか」
「いや」
 エルハルトは問われてあらためて答えた。
「プロコフィエフ家は武門の家だ」
「はい」
「それも代々連なるな。そこで卿が裁判官になっていいのかね」
「既に両親、そして母の実家とも話はしております」
 エヴァはすぐにそう返した。
「もうか」
「ですから問題はありません。私は気兼ねなく裁判官になれるのです」
「だが」
 これは言葉には出さなかった。エルハルトの心の中だけの言葉だ。彼はふと疑問に思ったのである。
「何故こんなに裁判官になりたいのだろう」
 それも聞こうと思ったが止めた。そこまで聞くのはどうかと思ったからである。彼はそれ以上それについて聞こうとはしなかった。
「それではだ」
「はい」
 彼は話題を変えることにした。
「閣下はお元気か」
「シュヴァルツブルグ閣下ですね」
「そうだ。今のところ戦局は芳しくはないが。お身体に影響がなければいいが」
「お元気ですよ」
 エヴァは淀みのない声を返した。
「色々と考えておられるようですが」
「だろうな」
 これはわかる。彼も同じだからだ。今の戦局はエウロパにとって思わしくないのは誰でも知っていることであるからだ。
「だが何とかしなくてはならないのだ。その為に我等は呼ばれた」
「はい」
「卿の力も借りることになるぞ。この戦いは敗れるわけにはいかない。もし敗れれば」
 その顔に陰が差した。
「わかるな」
「ええ」
 エヴァの顔にも陰が差した。彼女にもそれはわかった。
「何としても。その為に来られたのですから」
「うむ」
 エルハルトは陰を消し今度は引き締めさせた。そして車は進んだ。

 車は壮麗な宮殿に向かっていた。青い、まるで海の様な色の宮殿であった。
 これはこのアルテミスの宮殿である。ギリシアの薬の神キルケーの神殿でもある。このキルケーという神はティターン神族の血を引く神であり魔力を持っている。美しいが邪な心を併せ持つ神である。彼女はポセイドンの下におり海の神の一人となっている。だからこの神殿も青い色をしているのである。
「ポセイドンは宇宙を司ってはいなかったな」
 エルハルトはもうすぐ到着するというところでエヴァに対しそう言った。
「そういえばそうですね」
「宇宙は彼の下にはない。かといってゼウスのものでもハーデスのものでもないが」
 ゼウスは天の神である。それぞれの星達の天空の神とされている。ハーデスは冥界の神である。彼等はそれぞれの世界を治めている神なのである。だが大地と宇宙は彼等の下にはない。しかし影響を行使することはできる。そう考えられているのである。
「三人の神々の相互の下にあると言えますね」
「そうだな。ポセイドンの加護もあるだろうか」
「それでしたらモンフェラート閣下がお願いするのが一番ですね」
「いや、それは違うな」
 エヴァはモンフェラートが青騎士団の団長だからそう述べたのである。だがエルハルトの考えはそれとは異なっていたのである。
「青竜は何処に棲んでいるか知らないのか」
「あ、はい」
 エヴァはそれに答えた。
「水辺ではないのですか」
「残念だが違う」
 エルハルトはそれに対しそう述べた。
「青竜は砂漠に棲んでいるのだ」
「そうなのですか」
「実は黄竜が水辺に棲んでいる。意外だろう」
「はい」
「これは案外知られていないのだ。だが覚えておいた方がいい」
 エルハルトはニヤリと笑ってそう述べた。
「外見だけではそう容易に判断はできないものだからね、世の中は」
「わかりました」
 そんな話をしているうちに彼等は宮殿に着いた。そして車から降りる。かなり広い駐車場であった。
 そこから宮殿の中に入る。装飾はサファイアやブルーダイアによるものであった。青い世界が全体に拡がっていた。絵画や彫刻も海をモチーフにしたものばかりである。
「これはエーギルですね」
「うむ」
 エヴァの問いに対して頷く。エーギルとは北欧神話の海の神である。巨人族の生まれでありアスガルドの神々とは別に暮らしている。巨大な屋敷に住んでいることで知られている。かって北欧では海で死んだ者はその巨大な屋敷に行くとされていた。
「そしてこれがポセイドン」
 三叉の矛を持った濃い髭の神の彫刻が立っていた。
「この矛で我等を守ってくれるとよいのですが」
「神々の加護があらんことを、だな」
「ええ」
 二人はそんな話をしながら宮殿に向かう。エヴァは絵画や彫刻には詳しくはないが道には詳しかった。エルハルトを的確に案内していく。そして宮殿の奥の一室に辿り着いた。
「こちらです」
「ここに閣下がおられるのだな」
「そうです」
 エヴァは頷いた。
「どうぞ。閣下がお待ちです」
「うむ」
 左右にいる兵士達により扉が開かれる。彼はゆっくりとその中に入っていった。入りながらエヴァに顔を向けた。
「卿はそこに留まるか」
「はい」
「そうか。では待っていてくれ。だが」
「だが?」
 エルハルトはここで言った。
「戦場では敵は待ってはくれないぞ。いいな」
「わかりました」
 思わせぶりな言葉が多い。これは彼の騎士団のせいであろうか。
 赤竜とは竜の中では知能の高い種族とされている。音楽を好むことで知られているのだ。短気だがそうした一面も持っているのである。そうした種族であった。
 そしてエルハルトは部屋に入った。既にそこには各騎士団の団長が数人いた。そしてシュバルツブルグもそこにいた。彼等は皆それぞれの椅子に座っていた。そしてエルハルトに目を向けた。
「ようこそ」
「ハッ」
 エルハルトはそれを受けて敬礼した。シュヴァルツブルグもそれに応える。
 彼も椅子に座した。それからシュヴァルツブルグに顔を向けた。
「お待たせしました」
「いや、いい」
 シュヴァルツブルグはそれにはこだわらなかった。
「まだ来ていない者もいるしな」
「そのようですね」
 見れば空席がまだある。それはエルハルトにもわかった。
「確か戦死者はいない筈ですが」
「色々とあって遅れているらしい」
 それにアシャンが答えた。真鍮騎士団の団長である。
「そうか」
「だがもうすぐ来る」
 今度はプールが言った。青銅騎士団団長だ。
「時間だからな」
 軍人にとって時間程貴重なものはない。それで全てが決まるからだ。
「そうか」
「そう言っている間に来たぞ」
 扉が開いた。そしてマントを羽織った軍人がまた入って来た。
「どうも」
「うむ」
 それはダムであった。金騎士団の団長を務めている。
「他の者はどうしているか」
「もうすぐ来ます」
 ダムはそれに答えた。
「ですからもう暫くお待ち下さい」
「わかった」
 シュヴァルツブルグはそれに頷いた。それから間も無くして数人入って来た。それで全員であった。
 これで全ての騎士団の団長が揃った。シュヴァルツブルグはそれを受けてあらためて口を開いた。
「今回諸君に集まってもらったのは他でもない」
「はい」
 皆それに頷く。
「この中央部での戦いだ。また戦線が突破された」
「連合軍の攻勢は激しさを増しております」
 白騎士団を率いるゼーダーシュトレームが苦しそうな声でそう述べた。
「その圧倒的な物量を使って。それに対して我々は劣勢に追い込まれております」
「それはわかっている」
 シュヴァルツブルグはその言葉に対して応えた。
「だが何とかしなくてはならないのはわかっているな」
「はい」
 ゼーダーシュトレームだけではなかった。他の者も頷いた。
「エウロパの為に」
「そうだ。卿等にエウロパと一千億の市民がかかっているのだ。だからこそ言おう」
 シュヴァルツブルグの目の色が変わった。そして言った。
「卿等の命、私とヴォータンに預けてくれるか」
「命を」
 

 

第十部第五章 攻勢その四


「そうだ。アーレスでもアテナでもいい。とにかく預けてくれるか」
「喜んで」
 まずは最年長であるラールベルグがそれに応えた。
「我々は戦う為に生きております。ならばこの命」
「喜んで捧げましょう」
 今度はモンフェラートが言った。彼は最年少であった。
「我々も」
 他の団長達もそれに応えた。
「喜んでこの命捧げましょう」
「わかった。ならば頼む」
「はい」
 彼等は皆シュヴァルツブルグの言葉に頷いた。
「ではあらためて言おう。連合に対し反撃に転じる」
「反撃に」
「そうだ。攻撃的防衛というものだ。一度連合に対し攻撃を仕掛けそれからまた防御に入りたい」
 彼はそう述べた。
「それに対して卿等の力を借りたいのだ。いいか」
「閣下」
 タファリアがそれに問うた。
「一体どのような作戦を御考えですか」
「今連合軍は一斉攻撃に出ているな」
「はい」
 今連合軍は一四〇〇個艦隊を以って総攻撃を仕掛けてきている。その攻撃力は圧倒的なものであった。しかも先鋒にサハラ義勇軍を擁している。彼等の力もまた絶大なものがあった。これがさらにエウロパ軍を苦境に立たせていたのだ。
「彼等の攻撃は確かに激しい」
 シュヴァルツブルグはそれに対し言及を続けた。
「だが何時かは終わりが来るな。そこを叩く」
「つまり攻勢の終着点を狙うというわけですな」
「そうだ」
 今度はコレッリの言葉に頷いた。
「その際攻撃の主力には卿等に務めてもらいたいのだが。いいか」
「勿論です」
 スチュワートがそれに頷いた。
「先程申し上げましたね。我等の命は閣下と戦いの神々に捧げたと」
「やってくれるか」
「我等とて軍人です。そして」
 ここで皆言葉を揃えた。
「エウロパの騎士です。騎士は忠誠の対象にその命を捧げるものです」
「済まないな」
 シュヴァルツブルグはその言葉に心を打たれるのを感じていた。
「この戦い、辛いものだが」
「それは覚悟のうえ」
 プロエシュチが言った。
「いえ、覚悟のうちにも入りません」
「我等の力、連合の者達に思う存分見せてやりましょう」
「そしてエウロパから彼等を叩き出しましょう。閣下、是非我等の命、お使い下さい」
「わかった」
 シュヴァルツブルグはまた頷いた。そしてそれから言った。
「では行こう。そして勝つ、よいな」
「ハッ」
 ここで皆一斉に席を立った。シュヴァルツブルグが音頭をとる。
「戦いの神々よ」
「戦いの神々よ」
 シュヴァルツブルグの言葉を騎士団長達が復唱する。
「我等に勝利と栄光を!」
「我等に勝利と栄光を!」
 これがエウロパの出撃の際の儀式であった。出撃前にこう叫んで出る。そして戦場に向かうのだ。
 様々な色の艦艇が戦場に向かう。その中心にシュヴァルツブルグの旗艦であるワレンシュタインもあった。エウロパ元帥、軍務大臣の乗艦に相応しい見事な艦であった。彼はその艦橋にいた。その脇を幕僚達が固めている。彼等も戦場に赴くいているのであった。

 この中部戦線における連合軍の指揮は宇宙艦隊司令長官であるマクレーンが執っていた。そして副司令的位置に参謀総長である劉がいた。連合軍にとってもそれだけ重要な場所であるということであった。その彼等のもとには両軍の動きが逐一報告されていた。今日もまた彼等のもとに戦況が報告されている。
「ふむ」
 マクレーンは今日の報告を聞いて一言呻いた。彼の乗艦であるブレスの司令室である。この艦もティアマト級巨大戦艦である。またこの司令室には劉もいた。
「どうしました」
 見ればマクレーンは自分の机の上にあるパソコンを覗いていた。そこに送られてくるメールを見ていたのである。劉はその彼に声をかけてきたのだ。
「いえね」
 マクレーンはそれを受けて劉に顔を向けてきた。
「エウロパ軍で動きがあったようです。今それを知らせるメールが来ました」
「ほう」
 劉もまたそれを聞いて声をあげた。
「また戦線を構築するつもりですかな」
「いえ、そうでもないようです」
 マクレーンはそう答えた。
「まあこれを御覧下さい」
「はい」
 劉はそれを受けて彼のパソコンを覗き込んだ。アメリカ製のノートパソコンであった。アメリカ製のパソコンは連合においては定評がある。だが細かい部品や日本や台湾、中国等で作られている。連合ではこうしたことは非常によくあることだ。中国の自動車のエンジンがベトナムで作られたものであったりする。彼等は互いに依存しあっている一面も確かにあるのである。これもまた連合である。
「成程」
「どう思われますか」
 メールを見終えた劉に対して問う。
「ここはどうすべきか」
「そうですな」
 劉はそれを受けて考え込んだ。
「ここは我等も動きますか」
「動くのですか」
「はい」
 劉は答えた。
「彼等が動くのならば、です。あの竜騎士団達が出ていますね」
「はい」
「彼等には我々も何かと煮え湯を飲まされていますし」
 エウロパ軍にとっての救世主は連合軍にとっては強敵となる。劉もマクレーンも彼等を強敵と認識していた。
「ここで一度叩いておくのもいいですな」
「策がおありですか」
「ないと言えば嘘になります」
 劉はニヤリと笑ってそう答えた。
「ここで味方に対して嘘をつく必要性はありません」
「ですね」
 アメリカも中国も謀略を得意としているとされている。彼等の謀略にしてやられた国も多い。謀略に不得手とされている日本やロシアを筆頭としてだ。日本は正攻法を好む傾向があり謀略といったものには疎いのである。伊藤はそうでもないようであるが。またロシアは力技を得手としている。無造作に情報を掻き集めるのは得意だが謀略よりも力技を好む。従って彼等にしてやられることも度々なのである。なお米中はこうした謀略により連合各国の間では今一つ信用がない。人間の社会とはそうしたものである。信なくば立たず、である。
「すぐに各地区の司令官達を集めましょう」
 連合軍は巨大である。この中央部の戦いにおいては一四〇〇個艦隊を動員している。百個艦隊ごとに戦域を決め作戦行動をとらしている。今そのそれぞれの戦域の司令達を集めようというのだ。
「宜しいでしょうか」
「私に異存はありません」
 劉の考えは理解していた。だからこそ言える言葉であった。
「では宜しいですね。早速司令達を招集しましょう」
「はい」
 こうして各戦域の司令達が召集された。彼等はそれぞれの巨大戦艦ではなく巡洋艦でやって来た。巨大戦艦は作戦指揮を執るにあたり必要な為そううかうかと動かすことはできないのであった。巨大戦艦はただ戦力としてだけでなく作戦指揮においても重要な役割を果たしているのである。
 彼等はブレスの第一会議室に入った。皆戦闘服ではなく軍服に着替えている。黒と金の連合軍の軍服であった。どれも大将の軍服であった。
「大将が雁首揃えてやって来たぜ」
 それを見た若い兵士がそれを見てこう呟いた。
「珍しいこともあるもんだ」
「何言ってるんだよ」
 それに対して同僚の兵士が言葉を返す。
「この艦には元帥閣下が二人もおられるだろうが。元帥と大将どっちが上なんだよ」
「元帥に決まってるだろ」
 若い兵士は同僚の兵士に対してそう答えた。
「今更何言ってるんだ」
「わかってるじゃねえか」
「何がだよ」
「軍隊ってやつがよ。御前は軍に金を貯める為に入ったんだよな」
「ああ」
 若い兵士は臆面もなくそう答えた。
「任期制でな。金が貯まったら辞めるさ。それで故郷のマレーシアで貯めた金で車買って事業をはじめるんだ」
「車でね」
「トラックでな。悪かないだろ」
「いいんじゃねえの?御前に向いてる」
 見ればその若い兵士は大柄でがっしりとした身体をしていた。それだけ見ればトラックの運転手には向いていた。
「そうかい。じゃあ安心してトラックの兄ちゃんになれるな」
「それかタクシーの運転手か。どっちでもいいな」
「俺はタクシーよりトラックだな」
「おやおや」
「あれは男のロマンだぞ」
「男のロマンは違うだろ」
 同僚の兵士は若い兵士に対してそう言った。
「男のロマンは牧場だろうが。でっかい牧場をやるんだよ」
「そういえば御前の家は牧場だったな」
「ああ、アルゼンチンでな」
 彼はニヤリと笑ってそう答えた。
 

 

第十部第五章 攻勢その五


「親父がな、でっかいのを持ってるんだ。そこで牛や羊の相手をする。最高だぜ」
「何でその牧場に行かずにここにいるんだ?矛盾してねえか」
「これはうちの決まりなんだよ」
「決まり?」
「そうさ。牧場をやる前に修業をしろっていうな。それで俺はここに入ったんだ」
「そうだったのか」
「任期が終われば牧場に帰るさ。それで大牧場のオーナーだ」
「いいな」
「アルゼンチンに来たら俺の牧場にも寄ってくれ。でっかいステーキを御馳走するぜ」
「じゃあマレーシアに来たら俺のトラックの横に乗せてやるぜ。楽しみにしてな」
「おう」
 これもまた連合であった。彼等はそれぞれの道で才能を発揮せんとする。そして自分の力で稼ぎ富を築く。そして生きるのであった。
 その若い兵士達が話をしている間に司令達は第一会議室に入った。暫くしてマクレーンと劉が部屋に入って来た。それを受けて司令達は一斉に席を立った。そして敬礼をした。
 マクレーンはそれに対して返礼し一同を座らせた。そして自らも座り会議に入った。
「今回来てもらったのは他でもない」
「はい」
 司令達はそれに頷く。
「先日我々はエウロパ軍の戦線をまた一つ突破した」
 マクレーンはまず先日の戦局について述べた。
「それによりエウロパ軍は後退した。だがその戦力はかなり温存されている」
 劉はその話をマクレーンの隣で黙って聞いていた。彼は一言も発しない。
「つまり我々に対してまだ対抗できる戦力が残っているということだ」
「少なくとも我等がそう認識しているということですね」
「うむ」
 高い鼻を持つ黒人の大将に対してそう答える。ニカワ=ザレボという。彼はトーゴ出身である。一つの戦域と百個の艦隊を委ねられている司令の一人であった。
「だからこそ彼等は動いたのだ」
「ほう」
 それを聞いてザレボだけでなく他の司令達も眉を動かした。ただ劉だけが表情を変えなかった。
(ふむ)
 そんな劉を見て何人かは気付いた。彼には考えがあると。
(ではそれを見せてもらうとするか)
(参謀総長の知略をな)
 劉は中国軍にいた頃は切れ者として知られていた。中国軍の至宝とさえ呼ばれいずれは中国軍の制服組のトップである作戦本部長になるとまで言われていた。それ程の人物であった。なおマクレーンはアメリカ軍のホープとされアメリカ軍宇宙艦隊司令長官候補の筆頭であった。彼等はそれぞれの国においても将来を期待される逸材であったのだ。だからこそ八条も彼等を信頼し要職に就けているのである。
「前にな。それについてどう思うか」
 だが言うのはマクレーンである。参謀は決して表には出ない。言うのは司令である。彼等はこの役割分担を見事にこなしていた。
「前にですか」
「うむ」
 マクレーンは頷いた。
「どうやら我々に対して攻勢に出ようとしているようだ」
「お待ち下さい」
 だがそれに異を唱える者が出て来た。マクレーンは彼に顔を向けた。
「貴官か」
「はい」
 見れば司令の一人であった。やや褐色のアジア系の南方の肌に黒人の低い鼻にまるっこい顔立ちをしている。だが髪は白く目は黒い。連合ならではの顔の一つであった。彼の名はエルドラ=ポンス、エクアドル出身であった。
「エウロパ軍が出て来ているのですね」
「そうだが」
「ならば我々は前に出る必要はないのではないですか」
「それは一体何故だ」
 マクレーンはあえて問うた。
「ここは守るべきではないでしょうか」
 ポンスの返答はそれであった。
「敵が出て来ているのならば守ればよいかと。そしてその数を減らすのです」
「ほう」
「それが常道かと思いますが」
「積極的に打って出るという方法もあるが」
 マクレーンの答えはそれであった。
「これについてはどう思うか」
「確かに数において我等は優勢にあります」
 ポンスはそう答えた。
「今まで通り攻勢に出たとしても勝利を収められるでしょう」
「うむ」
 マクレーンは話を聞きながら当然といった顔をした。
「そうだな」
「ですが損害が無駄に出る怖れがあります。それについてはどう御考えでしょうか」
「このままではそうだな」
 マクレーンの答えは今度はいささか他人事であった。
「損害が出るだろう」
「では何故」
「まあ待て」
 彼はここでポンスを制止した。
「それは彼等がこのまま前に出た場合だ。だがこのまま前に出ると思うか」
「彼等がですか」
「そうだ。数において大きく劣っているのは彼等が最もよく知っている」
 マクレーンはそう語った。
「それで何故今攻勢に出るか。何故だと思う」
「それは」
 ポンスはそれを聞いて考え込んだ。
「何かあると考えた方がいいかと」
「そうだな」
 マクレーンはまた頷いた。
「彼等がこのまま我々に対し攻勢に出ると思うか」
「いえ」
 こにはポンスだけでなく他の者も答えた。
「むざむざ全滅するようなものです。有り得ません」
「そうだな」
 これはマクレーンも同じ考えであった。
「では適度なところで退く。そして我々はさらなる攻撃に移る」
「はい」
 これは戦の常道であった。最早言うまでもない。
「そのまま攻撃を続ける。だがいずれ攻撃は終わるな」
「はい」
 言うまでもない話が続く。司令達はそれをもどかしく感じはじめていた。だがマクレーンは話を続ける。そして劉は沈黙を守っていた。
「その時我々の動きは一瞬だが止まるな。そこだ」
「あっ」
 皆それを聞いて一斉に驚きの声をあげた。
「それですか」
「そうだ」
 マクレーンが応える。その隣にいる劉の目が光った。
「そこで我々を叩くつもりのようだ。所謂後手打ちだ」
 かって第二次世界大戦においてドイツ軍の知将マンシュタインが得意とした作戦である。圧倒的な物量を誇るソ連軍の攻撃に対してまずは退き攻撃の臨界点でこちらの攻撃に転じる。そして相手を叩くという戦術である。
「今の彼等には最適な作戦だな」
「そうですか、後手打ちですか」
 それを聞いて一人の赤い髪に褐色の目のアジア系の男が頷いた。ミハエル=ゴリュチャコワ大将である。リトアニア出身である。
「それならば我等に対して勝利を収められることができますね」
「そうだ」
「その為に精鋭である竜騎士団を前に出したのですか。まさに決戦ですね」
「言い換えると彼等には後がないことになる」
 マクレーンはそう述べた。
「違うだろうか」
「そうでしょうね」
 これにザレボが答えた。
「だからこそ切り札を使ってきたのです。切り札はとっておきの場で使うもの」
「ポーカーだな」
「はい。彼等にとっては今はロイヤルストレートフラッシュを狙う時なのです。そして今彼等はそうしています」
「ロイヤルストレートフラッシュか」
 マクレーンはそれを聞いて口の端を歪ませて笑った。劉もほんの一瞬だが同じように笑った。
「いちかばちかだな。だが果たしてそう上手くいくかな」
「シュヴァルツブルグエウロパ元帥は歴戦の将です」
 今度はプミトル=チャンカが答えた。タイ出身である。日に焼けた褐色の肌に白人の顔をしている。やはり大将である。
「既にカードを手に入れる手筈は整えていると思いますが」
「ならば我々もカードを選ぼう」
 ここではじめて劉が口を開いた。それを見て司令達は彼に視線を集中させた。だがマクレーンは笑っていた。それは不敵な笑みであった。まるで全てを知っているかのように。
「彼等がロイヤルストレートフラッシュを狙っているのなら」
「はい」
 皆次の言葉を待った。マクレーン以外は。
「我々はそれをさせなければいいだけではないかね。既にカードが何処にあるのかは知っている」
「御存知なのですか」
「そうだ。これ程楽な勝負はない」
 彼は簡潔にそう述べた。
「我々はワンペアでも勝てる状況にある」
「ええ」
 それはもう言うまでもないことであった。
「だが彼等は違うのだ。わざわざロイヤルストレートフラッシュを狙わなければならない。言い換えるとそこまで追い詰められている。もう一押しだな」
「その一押しですが」
「これからだ。いいな」
「何をされるおつもりですか」
「まずは彼等に攻めさせる」
 劉はそう述べた。淡々とした言葉であった。
「そしてこちらが反撃に転じる。まずはこれでカードが二枚揃う」
「敵の」
「うむ。だがまだ三枚ある」
 劉はこの時エウロパ軍の側に立って話をしていた。それは一種異様な光景であった。
「あと三枚。慎重に選ばなければならないな」
「はい」
 ポーカーとはそういうものだ。カードを選ばなくてはならない。少しでも間違えるとそれでカードが揃わず負けてしまう。ある意味非常にシビアな戦いなのである。
「そして彼等が退く。これで三枚目だ」
「あと二枚ですか」
「そう。そして我々が一気に攻勢に転じる。その到達点に獲物を置いておくとさらに効果があるか」
「獲物」
「何でもあるな」
 劉の言葉がさらに客観的なものとなった。
 

 

第十部第五章 攻勢その六


「基地然り物資然り。戦利品なら何でもいいか」
「それで我々の臨界点を調整すると」
「そういうことだな。そしてこれで四枚だ」
「四枚」
「では最後の一枚は」
「その獲物だ」
 劉はそう言った。
「それこそが彼等の最後のカードだ。そこで彼等は動くだろう」
「成程」
「彼等はカードを止める。カードが全部揃ったからだ。だが」
 ここで劉の目がまた光った。
「我々もまたカードを切っているな。それも彼等に気付かれないうちに」
「はい」
「ロイヤルストレートフラッシュは一枚でも抜けると駄目だ」
「では」
「我々はその一枚だけ崩せばいいのだ。それも」
 はじめて劉が笑ったように見えた。マクレーン以外には勝利を確信した笑みであった。
「最後を崩すのが最もいい。これでわかるな」
「そういうことですか」
「うむ。言うならばここが肝心だ」
 だがここで劉は笑いを一瞬で消しすぐに元の冷静沈着そのものの顔に戻った。
「最後の最後でカードを崩すのだからな。それはわかるな」
「はい」
「では言おう。まずは」
 劉とマクレーンは司令達に対して作戦を伝えた。彼等はそれを聞いて最初は驚いたがすぐに冷静さを取り戻した。そして彼等はそれぞれの持ち場に戻った。戦場に向かう為に。

 マクレーンの言葉通りエウロパ軍は攻撃に転じてきた。連合軍に対して果敢に攻撃を仕掛ける。
「行け、撃て!」
 黒騎士団のシュバイクの指示が銀河に木霊する。彼は竜騎士団きっての猛将として知られている。
「敵の数に怯むな。数がどうした!」
「沈める敵艦が増えているだけでございます」
 傍らにいる参謀の一人が不敵に笑ってそう答えた。
「もしくは撃墜する敵機が増えたか。違いますか」
「その通りだ」
 シュヴァイクもそれを聞いてニヤリと笑った。
「よくわかっているな。ではどうするべきかわかるな」
「はい」
「全軍攻撃の手を緩めるな。そして連合軍をブラウベルグ回廊の向こうまで追い返せ!」
「ハッ!」
 指揮官が勇敢ならば部下達も勇敢であった。虎が虎を育てる。その典型的な例であった。彼等は今虎となり敵に襲い掛かっていたのだ。
 だが連合軍も為す術もなくやられる羊ではない。爪も牙も持っていた。そして鱗も。
「エネルギーをバリアーに集中させよ」
「はっ」
 各艦隊の司令達がそう指示を下す。それにより連合軍の艦艇は防御力を高めた。そして密集陣を組んだ。これによりバリアーの効力をさらに高めた。
 これでエウロパ軍の攻撃を凌ぐ。そして逆にその圧倒的な火力で反撃を浴びせる。それだけでエウロパ軍の艦艇のうちかなりの数がダメージを受けた。
「この程度!」
 だが彼等は怯んではいなかった。それでも果敢に突き進む。
「何程のことでもないわ!」
「大した勇気だな」
 ラテン語のその言葉を通信傍受で聞いたエウロパのある艦の通信士が思わずそう呟いた。彼はラテン語が理解できたのである。
「これが騎士というものか」
「凄いと言えば凄いですね」
「そうだな」
 側にいた下士官の一人にそう答える。若い下士官だった。見ればその階級は四等伍長である。連合軍においては駆け出しの下士官である。年齢から見ればそれも妥当であった。
「兵力においても艦艇の質においても大きく劣っているのに正面から来るからな。見事と言うべきか」
「はい」
「まさにアーサー王の円卓の騎士達だ。その勇気は賞賛に値するな」
「アーサー王ですか」
 その四等伍長はそれを聞いておかしそうに笑った。
「また面白い例えですね」
「君はあれを読んだことがあるのか」
「アニメや漫画で」
 伍長はそう答えた。
「それですと面白いですね。原作はどんなものか知りませんが」
「一言で言うと騎士道の模範書だな」
「やっぱり」
 彼は通信士からそれを聞いて当然だと思った。
「面白いのは事実だ」
「そうですか」
 これは本当のことであった。イギリス文学の曙といってもよいし彼等のアイデンティティの中核にもなっている。昔からイギリスはどれだけ汚い策を弄しても約束は絶対に守る。そして戦いにおいては正面から相手と正対する。それがかっての大英帝国の青い血の者達であり今もそうである。アーサー王と円卓の騎士達は今も彼等の心の中に生きているのである。これは宇宙に出ても変わりはなかった。
「色々と勉強になる。少なくとも作者の人となりは気にはならない」
「作者のですか」
「あれはお世辞にもいいとは言えない」
「ほう」
 伍長はそれを聞いて興味深そうな声を漏らした。アーサー王の物語を書いたトーマス=マロリーは色々と罪を犯している。殺人さえ犯している。人間的には実に問題の多い男であった。
 

 

第十部第五章 攻勢その七


「騎士道というのも悪くはないものだと思う。少なくとも心を律するのには役に立つ」
「そうですか」
「ああ。だがな」
 しかし彼はここで口調を一変させた。
「今更という気がしないにでもないな」
「それを言ったらお終いですよ」
 伍長は笑ってそう返した。
「彼等は俺達とは違うんですからね」
「確かにな」
 これは通信士も同じ考えであった。
「しかも我々に対して騎士道か。そんなもの我々にとってはどうでもいいことだが」
「所詮は仕事ですからね」
 これが連合における軍人に対しての考えであった。
「騎士道とか言っても腹は膨れませんよ。財布が重くなるわけでもない」
「また辛辣だな」
「そりゃ当然ですよ」
 伍長はまた言った。
「俺が何で軍に入ったら知ってますよね」
「ああ」
 二人は階級こそ違えど互いに知った仲である。互いのことをよく知っていた。
「食べるものも着るものもただでくれるからだったな。そして住むところも」
「ええ」
 彼は満足そうに笑って頷いた。
「おまけに住むところも。官舎ですがいいですよ」
「それはどうかな」
 だが通信士は住むところにはいささか懐疑的であった。
「この艦はいいが」
「はい」
「官舎はな。どうも古くてな」
「それは古い場所に住んでいるからですよ」
 伍長は笑ってそう言った。
「新しくできた官舎に移ってみればいいですよ。凄いですよ」
「そうなのか」
「何でもありますしね。不自由はしません。トレーニングルームもサウナも何でもありますよ」
「バーもあるかな」
「勿論」
「そうか」
 それを聞いたその目が細くなった。
「それはいいな」
「どうですか、移りたくなりましたか?」
「この戦争が終わってからな」
 通信士はそう答えた。
「是非移りたいな。今住んでいる官舎ではバーがないんだ」
「おやおや」
「酒を飲もうと思ったら外で飲むか買って来て飲むかだ。不便といえば不便かな」
「そうですね。バーには独特の楽しさがありますからね」
「そうなんだ、私はあれが好きで」
 どうやらこの通信士はかなりの酒好きのようである。
「カクテルを飲むのがいい。ゆっくりとな」
「通ですね」
「君はどちらかというと量をよく飲む方だったな」
「ええ」
 伍長はそれに頷いた。
「ワインでしたらボトル五本はいけます」
「おお」
「ビールでしたらあるだけね。俺も酒は好きですよ」
「そうだったのか。じゃあ今度一緒に飲もうか」
「いいですね、通信士のおごりで」
「おい、将校の財布は軽いぞ」
「そうでしたっけ、あはは」
 実際には軽くはない。人を集める為に軍人の給料は高いのが連合である。当然将校の収入も安定していて高い。やはり彼等は連合の軍人であった。騎士ではない。彼等には彼等の考え、そして戦い方があるのであった。
「損害を最小限に抑えるようにな」
「はっ」
 マクレーンの指示に参謀達が頷く。彼の横には劉がいた。
「それをまず心がけなければな。死んではどうにもならない」
「戦場においてもですか」
「そうだ」
 マクレーンは参謀の一人の言葉に対して頷いた。
「死んでは元も子もないだろう」
「ですがエウロパ軍は死兵となって来ておりますが」
「だからこそだ」
 彼はあえてそう言葉を返した。
「エウロパ軍はそれだけ焦っているのだな」
「はい」
「それならば尚更だ。我々は命を大事にしなければならない」
「だからこそ今は防御を固めているのですね」
「そうだ」
 マクレーンの返答はそれであった。
「それについては既に述べているが。異論はあるか」
「いえ」
 他の参謀もこれには意見が同じであった。彼等も連合の軍人だからだ。
「こちらは最低限の損害で敵に対しては最大の損害を与える」
 マクレーンは言った。
「それが我が軍の戦い方だったな」
「はい」
 言うのは容易いが行うのは難しい。戦争の常識ではあるが。
「今回もそれを考えての作戦だ」
「ではどうするのでしょうか」
 その参謀は尋ねた。
「これからの作戦は」
「それについてはもう考えがまとまっている」
「まとまっていますか」
「うむ」
 マクレーンは答えた。
「防御を固め、そして機を見て攻撃に移る。敵の攻撃が止まったところでな」
 奇しくもエウロパ軍の作戦と同じである。
「その際の攻撃はサハラ義勇軍を先頭に立てる。いつもと同じようにな」
「そうですか」
「それはまだはじまりに過ぎないがな」
 マクレーンは言葉を続けた。
「全てはそれからだ」
「それから」
「そう。言うならば」
 ここで言葉を変えた。
「カードを切る。エウロパにはカードを切らせない」
「カードを」
「そうだ」
 マクレーンがそう言うと劉が笑った。参謀達はそれを見ておおよそのことを悟った。
「成程、そういうことですか」
「貴官達もわかったようだな」
「はい」
 彼等は笑顔で頷いた。マクレーンも笑っていた。
「この戦いに勝てれば敵の首都が見えてくるぞ」
「オリンポスが」
「神々の山にこの艦で乗り込んでみたいとは思わないか」
「はい」
 皆それに応えた。
「是非共。その為にここまで来たのですから」
「オリンポスを脅かしたのはギガンテスとテュポーンだけだったな」
 ギガンテスとはギリシア神話に出て来る巨人達である。天を衝く様な巨大な姿であり顔は髭に覆われ鎧と槍で武装している。そしてその足は蛇の身体である。二本のとぐろを巻く足となっているのである。彼等はオリンポスの神々に反感を抱いた大地の母神ガイアによって生み出された。生まれながらにしてオリンポスの神々と戦う宿命だったのである。
 テュポーンは彼等よりさらに恐ろしい姿をしていた。その身体はギガンテスより大きく、頭は百の蛇であり両脚はやはり蛇の身体であった。そして身体中に羽毛まで生え暴風の様に荒れ狂っていた。彼は台風を妖怪として現わしたものであり、その名は台風のもとともなっている。
「はい」
 参謀達はそれに答えた。
「それでは我々はギガンテスといったところか。中々面白いな」
「ですがこの艦はテュポーンではありません」
「わかっている」
 マクレーンは得意気な顔のまま頷いた。
「ブレス、ケルトにおいては複雑な神だ」
 ケルト神話においてこの神は神と神の敵対勢力であるフォモールとの間において生まれた神である。神とフォモールの間で揺れ動いた。その容姿は美しく、『麗しのブレス』とまで呼ばれた。生真面目で勇敢だった。英雄ではあるが陰のある神であった。北欧のロキとはまた違った意味で微妙な位置にいる神なのである。
「だが私はこの神が好きだ」
「そうなのですか」
 彼はケルトの神々の間では戦いの神とされている。厳格で、規律に厳しい神とされている。
「精悍だからな。厳し過ぎるとも思うが」
「そういえば閣下は前の乗艦にはダーザとつけられていましたな」
「ああ」
 彼はそれを認めた。ダーザはケルトにおける主神である。禁欲的で厳格なブレスに対して彼は包容力のある神として知られている。野暮ったい外見だが中々のプレイボーイでもある。ケルトの神の中では彼は豊穣の神とされている。
 

 

第十部第五章 攻勢その八


「厳しいだけでは嫌だろう。楽しみがないとやっていけない」
「はい」
 マクレーンはアメリカ人であり、かつ連合の市民である。だからこそ生活を大いに楽しむ傾向がある。そんな彼が厳格一辺倒なだけのブレスだけを信仰するとはやはり思えないのである。なおマクレーンが自身の乗艦にダーザと名付けていたのはアメリカ軍にいた頃の話である。
「私は両方共好きだな。都合のいい部分だけだが」
「ははは、そうなのですか」
「そうだ。別に悪くはないだろう」
「まあ」
 これが連合の考えであった。だからこそ多くの神々が信仰されているのである。
「私もこれでも多くの神を信仰していますしな」
 劉も話に入って来た。
「参謀総長もですか」
「うむ」
 参謀の一人の問いに対してあえて鷹揚な仕草で答える。
「関帝と太公望を。あとエジプトの神ではトトを」
「ほう」
「参謀総長はトト神を信仰されていたのですか」
 それを聞いたマクレーンが興味深そうな声をあげる。
「ええ、それが何か」
「私もエジプトの神を信仰しておりまして」
「誰をですか」
「イシスです」
 彼はそう答えた。イシスはエジプトの女神の中で最も重要な神である。主神とされるホルスの母でもあるのだ。トトは知恵の神である。なおトトの頭は人のものではなくコウノトリのそれである。これはエジプトの神ではごく普通のことである。力や武芸を司るセトは一説にはジャッカルのものとされる動物の頭を持っている。セクメトという女神は獅子の頭である。これがエジプトの神々の特色であった。
「イシスなのですか。それは興味深いですな」
「そう思われますか」
「はい。あの神の話は面白いものがありますし」
 夫であり兄でもあるオシリスを甦らせる話のことである。これhエジプト神話のうちで最も有名な話の一つである。これにおいてはセトは悪役となっている。彼にとっては不名誉な話であるかも知れない。
「意外といえば意外ですな」
「そうですかな」
「ええ。長官はケルトの神を信仰されているイメージが強いですしな」
「否定はしません」
 これは彼の名前を見ればわかることであった。彼の名であるマクレーンとはケルト人の名前であるのだ。『マク』というのは『○○家の息子』という意味である。従って彼は『レーン家の息子』となるのだ。他にもオーがついていたりするのがケルト人の名前の特徴の一つである。なおアメリカ人にはケルト人が多い。これは昔からでありまだ地球にアメリカがあった頃から、建国の頃からである。二十世紀の将軍であるマッカーサーもそうである。彼はスコットランドに自分のルーツを持つことを誇りにしていた。彼は正式に当時の発音をすると『マックアーサー』という名前になる。『アーサー家の息子』という意味だ。そうした意味で当時アメリカの主流であったワスプ、白人でありアングロサクソンでありプロテスタントである者達とは違っていた。その為か彼は今一つ主流になれなかった。陸軍士官学校において抜群の成績を修めながら、である。
 話を戻すとアメリカは今ではかなりケルトの色彩を強くした国家となっている。大統領であるマックリーフもまた黒人であるがその名からわかる通りルーツの一つにケルトを持っている。彼は母とその両親、そして父方の祖母が黒人なのである。母はアメリカ人であるが父方の祖母と母方の祖父は違う。前者はザイール人であり後者はコンゴロ出身である。彼の金色の髪と青い目はスコットランド系である父のものだがその肌は母や他の血縁者のものなのである。なお彼の特徴はそのうえで顔立ちが白人のものとなっていることである。その為彼は『メン=イン=ブラック』とも仇名されている。これは二十世紀の怪奇作家ラグクラフトの作品に出て来る異形の者である。漆黒の肌を持ちながらその顔は白人のものとなっている。ラグクラフトは当時のアメリカ人にあった有色人種、極端に言うとワスプ以外の者に対する偏見があったがそれも影響していたかも知れない。だが今のマックリーフのこの仇名はその整った外見を正当に評価するものであった。時代が変われば言葉の持つ意味も変わるのである。
「ですがエジプトの神を信仰して悪いということはない筈ですが」
「その通りです」
 劉も中国人でありながらエジプトの神を信仰している。それと同じであった。
「それを考えるとこの艦の名をブレスにしない方がよかったかも知れませんな」
「ではどんな名が」
「そうですな」
 マクレーンは考えながら述べた。
「といっても名前が思い浮かびませんな。やはりこの艦はブレスという名が似合っているのか」
「そうですか」
「はい。思えばこの名もいい」
 実は彼はこのブレスという名前をつけたことを密かに自慢していた。自分で満足していた。
「敵は違いますがこれでオリンポスに乗り込むのも一興ですかな」
「ですな。では今は守りに徹しましょう」
「はい」
「これからの為に。神々の山の乗り込む為に」
「ですな」
 こうして彼等は守りを固めることにした。そしてエウロパ軍の攻撃を受け止めるのであった。
 連合軍の艦艇の防御力はかなりのものである。バリアーだけでなく磁気や電波を出して敵の攻撃を妨害する。彼等はそれでエウロパ軍の攻撃を殆ど防いでいたのである。
「相変わらず信じられない守りだな」
 シュヴァルツブルグは前線にいた。そしてそこで直接指揮にあたっていたのである。
「まるでダメージを与えられぬとはな。だがこれは予想通りだ」
「ですな」
 モニターに現われた男がそれに頷いた。白騎士団長であるゼーターシュトレームであった。その率いる騎士団の名に相応しくその神は白であった。
「ではそろそろ次の行動に移りますか」
「うむ」
 シュヴァルツブルグは彼の言葉に対して頷いた。
「機は熟したな。ではやるか」
「はい」
 モニターにゼーダーシュトレームだけでなく各騎士団の団長達が姿を現わした。そして彼の言葉に頷いた。
 こうしてエウロパ軍の次の行動は決定した。彼等はまずは表向きの攻撃を止めた。
 それからであった。彼等は待った。敵の行動を。そして連合軍は乗った。と彼等は見た。
「攻撃開始」
 マクレーンが指示を下す。そして攻撃を仕掛ける。それを受けたエウロパ軍は退きはじめた。
「やはりな」
 マクレーンはそれを見てひそかに呟いた。
「どうやら参謀総長の予想通りですな」
「ええ」
 劉がその問いに対して頷いた。
「どうやら。では我々も行きますか」
「はい」
 彼等も前に出た。そして退くエウロパ軍を追撃に掛かる。だが速度に勝るエウロパ軍はそれを振り切ろうとする。彼等の艦艇は速度においては連合軍のそれよりも勝っているのである。
「これもまた予想通りです」
 劉はまた言った。
「彼等の艦艇の速度はもう計算済みです」
「ですな。では行きますか」
「はい」
 彼等はそのまま前に出る。前面にはサハラ義勇軍がいる。その中にはグータルズもいた。彼はこの戦いにおいて武勲をあげ続け今では大佐にまでなっていた。サハラ義勇軍は連合軍にありながら連合軍とは違う。従って昇進も早い。彼はもう戦艦の艦長にまでなっていた。
 彼の乗る艦はアブラヒム。預言者である。やはりイスラムの名であった。
「艦長」
 その彼にアブラヒムの航海長が声をかけてきた。見れば若い。彼もまた武勲をあげ航海長になったのである。階級は中尉であった。
 連合軍の昇進は大学を出て軍に入ったならば通常は一年程の教育の後少尉に任官する。そして二年ごとに中尉、大尉と昇進していく。少佐からは勤務の状況等が影響し個人差がある。だが大佐までには誰でもなれる。士官学校卒であるとやはり彼等より若干昇進が早い傾向にある。そして将官にもなり易い。大将までは多いが元帥は非常に少ない。ここまでくると大国の利害もからむ。連合の悪い部分ではある。
 高校等であると下士官候補生、パイロット候補生等の各種技術候補生、下士官補士、そして一般の任期制の兵士達を色々ある。これ等は当然大学卒業者でも志願できるが大抵は勧誘の方で薦められない。士官学校や一般大学卒業でもパイロットになれる。軍隊は入り口が今後に大きく影響するものである。そうした意味で士官学校出身者は有利となっている。
といっても一般大学を卒業している元帥もいる。実際は色々あったりするが。
 だが義勇軍は違う。あくまで武勲により全てが決まる。彼等は連合軍でありながら連合軍ではない。当初国防省も中央政府も連合方式でいこうと思っていたが当の彼等がサハラ式に武勲を優先させて欲しいと主張したのでこうなった。これによりグータルズも瞬く間に大佐となったのである。
「どうした」
 その彼が航海長に問うた。
 

 

第十部第五章 攻勢その九


「進撃命令か」
「はい」
 航海長はそれに頷いた。
「敵を追えとのことです」
「そうか」
 グータルズはそれを聞いてその目の光を鋭くさせた。
「今が好機ということか。だがそれはどうかな」
「といいますと」
「今までエウロパ軍は敗北続きだったな」
「はい」
「そろそろ策を弄してくる頃だと思う。この退却には何かがある」
「我々を誘い込んでいるということでしょうか」
「あくまで可能性だがな」
 そう答えながらも目の光は鋭いままであった。
「しかしこれは戦いの常道ではある」
「はい」
「これに対して我が軍の上層部はどう考えているかだな」
「我々を捨石にした作戦を考えているのかも知れません」
「有り得るな」
 彼はそう考えていた。
「我々は所詮正規軍ではない」
「はい」
「連合の中でも余所者だ。言うならば惜しくはない者達だ」
「だからこそ常に最前線にいるのでしょうね」
「武勲をあげるにはいいがな。だがそれもまた事実だな」
「はい」
 これは他ならぬ彼等自身が最もよくわかっていることであった。グータルズも航海長も頷き合った。そのうえで話を続けた。
「だが捨石にするのならばここではないだろう」
「そうでしょうか」
「我が軍の最終目的地は何処だ」
 彼は航海長に対してそう問うてきた。
「わかっているか」
「はい」
 航海長もそれはよくわかっていた。確かな顔で頷く。
「オリンポスでございます」
「その通りだ。あそここそが最後の目標だ。陥落させるまでに戦争が終わるかも知れないがな」
「はい」
「やるとしたらその時だな。我々を捨石にするのは」
「そういえばニーベルングを陥落させる時も我々を温存しましたね」
「彼等にとって我々はそうした存在だ」
 グータルズは醒めた声でそう述べた。
「そうした存在とは」
「強力な戦力だ。正規軍を温存できる程強力な、な。常に危険な場所にいるな」
「ええ」
「そういうことだ。所詮は我々はていのいい駒だ。だがな」
 彼はここで目の光をさらに鋭くさせた。
「単なる駒で終わってもいけないがな。いずれ掴むべきものを掴むぞ」
「安住の地ですか」
「サハラに帰りたいか。そこにならあるぞ」
「かってはそう思っていました」
 彼はニヤリと笑ってそう答えた。
「かっては」
「ほう」
 グータルズはそれを聞いて目の光を変えた。何かを探る目となった。
「では今はどう考えているのだ」
「国を作りたいですね、連合に。我々の国を」
「悪くはないな」
「そう思われますか。そしてそこで全く新しい国を作りたいです」
「同感だ。俺もかってはサハラに帰りたいと思っていた」
 彼はこの時銀河の彼方を見据えていた。そこには彼等の故郷も見えている筈である。
「何といっても我々の故郷だからな」
「はい」
「しかし今は違う」
 そして次にこう述べた。
「連合が気に入った。皮肉なものだな」
「難民でありながら」
「今ではここにいたい。こう思っているのは俺だけかな」
「私もです」
 彼はにこやかに笑ってグータルズに対してそう述べた。
「連合に愛着を感じますね。それなりに長い間いますし」
「そうだな」
 グータルズもまた連合に着いて長い時間を経ている。身の周りのものは全て連合のものとなっている程である。
「住めば都というが。本当だな」
「ええ」
「ここにいたい。そして国を作りたい。その為には」
 銀河を見据えるその目が決した。
「勝つぞ。そして生きる。全てはそれからだ」
「はい」
「前へ進め」
 彼は指示を下した。
「目の前の敵は全て蹴散らせ。一隻も残さずな」
「ハッ!」
 艦橋のクルー達が皆頷く。こうしてアブラヒムは全速で進みはじめた。
 アブラヒムだけではなかった。他の義勇軍の艦艇も前進していた。その中心には漆黒の巨大戦艦があった。そこにマシュハドがいた。彼は艦橋において敵の動きを冷静に見据えていた。
「妙だな」
 それを見て一言そう言った。
「おかしな動きをしている」
「はい」
 隣に控えるワフラがそれに同意した。
「何かありますな」
「うむ」
 これはグータルズと同じ見方であった。だがグータルズが直感によりそれを見抜いた感があるのに対してマシュハドは歴戦の経験によりそれを見ていた。どちらが優れているかはこの際問題ではない。
「おそらく我々の攻撃臨海点で来るな」
「でしょうね。それには用心しておきますか」
「マクレーン司令はどう思っておられるかな。それに劉参謀総長も」
「それですね。どうやら正規軍には話がいっているようですが」
「こちらには何もなしか。と思っているだろう」
「違うのですか」
「二人から聞いている。それは安心してくれ」
「ならいいですけれどね」
 ワフラはそれを聞いて安心した。
「敵は後手打ちを狙っているようだな」
「日本の剣道のあれでしょうか」
 敵の動きの後で攻撃を仕掛けるというものである。剣道の極意的な技の一つとさえ言われている。
「日本の武道については詳しくはないのですが」
「あれではない」
 マシュハドはそう言って再び安心させた。
「二十世紀の東部戦線のあれだ」
「マンシュタインの」
 それは彼も知っていた。
「あれを狙っているというのですか」
「おそらくな」
 彼はそう答えた。
「我々を攻めさせ、その攻撃の臨界点で反撃に転じるつもりらしいな」
「戦力に劣る彼等にしてみればうってつけの戦法ですね」
「そうだろう。だがそれは敵に手の内を読まれていなくてはじめて有効だ」
「ですね」
 これは全ての作戦に言えることであるが。
 

 

第十部第五章 攻勢その十


「しかしこちらも無闇と進んではいけないのではないですか」
「当然そうなるな」
「しかし今我々は全速で前進を命じられております」
「うむ」
「それでは矛盾しないでしょうか。これでは我々を囮にしていると勘ぐられても仕方ありませんぞ」
「だからそれは策がない場合だ」
 マシュハドはそう言って笑った。
「それはわかっているだろう」
「無論です」
「では言おう。敵はおそらくアルテミスの後方にまで退く」
「アルテミスまで」
「月の女神を我等に捧げるつもりのようだな」
「あまり嬉しくはありませんな」
 だがワフラはそれに対してはよい顔をしなかった。
「何故だ」
「我等の神はアッラーだけです」
「それは言うまでもないな」
 彼等はサハラの者である。従ってその神も一柱しかないのである。アッラーただ一人である。
「アルテミスは我等の神ではありません故」
「しかしそれだけではないだろう」
「ええ」
 彼はそれに対して頷いた。そして答えた。
「アルテミスは処女神の筈ですが」
「そうだな」
 マシュハドはそれを聞きたかったのだ。事実それを聞いてニヤリと笑った。
「処女を敵にむざむざ捧げるような者はそうはいないでしょう」
「いるとしたら何か魂胆がある」
「はい。処女神は囮です。そしてその後ろには」
「彼女の兄であるアポロンがいるな」
「はい」
 アポロンとアルテミスは双子である。時にはそれぞれ太陽と月を司るとされている。エウロパではそう言われる場合もあるが別に太陽神ヘリオスと月神ヘレネも存在する。彼等は主に芸術、そして狩猟の神とされているのだ。兄であるアポロンが芸術を、妹であるアルテミスが狩猟を司っている。
 この双子は共通の得意分野を持っている。それは弓である。彼等は弓の名手として知られているのだ。
 アポロンはギリシア系の神々の間ではとりわけ人気が高い。そしてアルテミスにとっては頼りになるが同時に口やかましい兄であった。先に生まれたのはアルテミスとされている場合もあるが双子なのでこの場合も妹とされている。彼女は先に生まれていようが後に生まれていようが何故か彼の妹となっている。そしてこの兄は処女神である妹に男が言い寄るのを決して許しはしないのだ。

 オリオンという英雄がいた。彼は巨人であり神々の血を引く美しい若者であった。狩猟に秀でておりアルテミスと親しくなった。二人は次第に惹かれ合うようになった。
 だがアポロンはそれを許しはしなかった。ゼウスは許したかも知れない。オリオンは兄弟であり同格の神でもある海神ポセイドンの息子であったからだ。だが彼はゼウスとは違っていたのだ。
「悪い虫だな」
 彼はオリオンをそう見ていた。そして何とか排除しようと考えていた。ある時オリオンは海で泳いでいた。それを見た彼は好機と見た。
「アルテミス」
 彼は内心の邪な考えを隠して妹に声をかけた。
「御前は狩猟の神だったな」
「?今更何を言っているの、兄さん」
 彼女は兄の言葉に首を傾げざるを得なかった。
「では弓が得意だな」
「言うまでもないことじゃない。それは兄さんが一番よく知ってる筈でしょ」
「わかった。では御前に聞きたい」
「何?」
「あそこに光っているものがあるな」
「ええ」
 遠くの海に金色に光っているものがあったのだ。実はそれはオリオンの頭であった。神の血を引く彼は光を放っていたのである。それはその光であったのだ。
「あそこに弓を命中させることができるかな」
 アポロンは妹をからかうようにして問うてきたのだ。誇り高く少女らしい心を持つ妹はそれを聞いて唇を尖らせた。
「私を馬鹿にしているの?」
「まさか」
 だがアポロンはからかうように笑ったままであった。
「どうしてそう思うんだい?」
「そうとしか思えないわ」
 アルテミスはそう答えた。
「つまり私にあの金色の的を射抜けるかどうか試したいのね」
「如何にも。できるかい?」
「勿論よ」
 そう言いながら背中から弓と矢を取り出した。
「そこで見ていて頂戴。射抜いてみせるから」
「わかった」
 恋人をね、と同時に心の中で呟いた。そして妹が弓を構えるのを見守った。
 弓が放たれた。それは一直線に的に向かう。そして見事に射抜いたのであった。
「どうかしら」
「お見事」
 アポロンはにこやかに笑って妹を祝福した。
「やはり御前は弓の名人だな。女では一番か」
「有り難う」
「私よりも上かな。少なくともオリオンは越えたな」
「あの人は」
 彼の名を聞いて顔を赤らめさせた。
「特別じゃないかしら。ほら、ポセイドン叔父様の息子だし」
「いや、御前は彼を越えたよ」
「どうしてそれがわかるの?」
「さて、どうしてかな」
 彼はあえて悪戯っぽく笑ってそれをはぐらかした。
「まあいいさ。それではな」
「え、ええ」
 兄の態度に違和感を覚えながらも頷いた。そして兄が立ち去るのを見送った。彼女が真相を知ったのは翌日の朝のことであった。海岸を散歩していた時であった。
「これは私の矢・・・・・・」
 海岸にオリオンの遺体が流れついていた。彼は既に事切れていた。頭を射抜かれたのが致命傷であったようだ。そしてその矢は彼女のものであったのだ。
「オリオン・・・・・・」
 呼び掛けても声は返ってはこなかった。彼は兄の姦計により彼女自身の手によって命を奪われてしまった。そして二度と彼女に笑顔を向けることはなかったのだ。
 それを悲しんだ彼女はオリオンの遺体を夜の空に掲げた。それがオリオン座である。ギリシアの古い話である。
「今度はオリオンではなく我々を狙っているのだ」
「我々は間男ですか」
 ワフラはそう言って苦笑した。
「また面白いことを。しかし我々はオリオンではありませんぞ」
「うむ」
 それはマシュハドも同じであった。もっとも彼はオリオンと呼ぶにはいささか武骨な外見であったが。
「ではアポロンの弓を逆に折ってやるとしようか」
「いえ、それでは足りません」
「どうするつもりだ?」
「弓に対抗するのは弓でいきましょう。かわすのではなく反撃です」
「そうだな。では弓を用意しておけ」
「はっ」
 そうしたやりとりの後進撃に入った。エウロパ軍は彼等の予想通りそのまま進んでいく。シュヴァルツブルグは退く自軍から目を離してはいなかった。
「アルテミスはどうなっているか」
 彼は傍らにいる参謀に一人に問うた。
「既に撤退準備を整えています」
「そうか。だがまだだぞ」
「まだですか」
「そうだ。気付かれては何もならないからな」
 これは彼もわかっていることであった。
「我々は敵の反撃を受け壊走しているのだ。違うか」
「あ、そうでした」
 それを言われてハッとした。
「ではできるだけ慌てて退かなくてはなりませんね」
「うむ。頼むぞ」
「わかりました」 
 エウロパ軍は算を乱して壊走していた。少なくともそう見せていた。だがそれを見るマクレーンと劉の目は醒めたものであった。
「相手も演技が巧いですな」
「ええ」
 劉の言葉にマクレーンが頷く。
「しかし演技はあくまで演技でしかありませんな。何処か現実とは違います」
「そういうものですか」
「閣下は京劇は御覧になられますか」
「少しは」
 彼は答えた。
「どちらかというとミュージカルが好きですが」
「そうですか。両方共演技がありますな」
「ええ」
「歌や演舞の間に。時としてそれは真のものに見える時があります」
「題材を変えませんか」
 マクレーンが付け加えた。
 

 

第十部第五章 攻勢その十一


「ミュージカルにしろ京劇にしろいささか誇張が多いですから」
「おっと、そうでしたな」
 劉はそれを受けて笑った。
「かといって八条長官の御国の歌舞伎でもよろしくない」
「あれはまだ独特過ぎますぞ」
 マクレーンも笑っていた。
「異常に生き別れが多い。しかも死ぬまでの時間は途方もなく長い。いやあ、人間とは中々死なないものです」
「銀河で乗艦を沈められるとすぐだというのに」
「全くです」
「まあそれは置いておきまして」
「はい。歌舞伎はどうもよくわかりませんからな」
「それは私もです。長官には悪いですが」
 八条は歌舞伎が好きなことでも知られている。もっともこれは彼の師である伊藤の方が遥かに上であるが。俗に芋、蛸、南京、蒟蒻に最後に芝居が女性の好きなものだと日本においては言われている。だが伊藤はそれでもかなりの芝居好きであった。何しろ芝居、特に歌舞伎に関する本も何冊も出しているのだから。とりわけ幕末から明治初期の歌舞伎に関する研究、論表は連合において随一とされていた。
『八代目市川団十郎』
『三代目澤村田之助の光と影』
 こうした書が知られていた。現代の歌舞伎につても詳しい。歌舞伎役者達の中には彼女の論評をとりわけ気にする者もいた。それ程彼女の論評は優れていた。同時に辛辣でもあるのだが。
「劇やドラマに話を移しましょう」
「そうしますか」
「マーガレット=カラスの演技ですが」
「はい」
 フェニキアの女優である。鼻と背が高いので知られている。連合においてよく知られた女優である。
「あの演技は見事です」
「ですな」
 マクレーンもそれを認めた。
「鬼気迫るものがあります。しかし演技は演技なのです」
「現実のものではないと」
「はい。演技は現実とは別の世界にあります」
 彼はそう述べた。
「演技の世界は演技の神が司る世界ですな。現実の世界の神のそれとは違います」
「そういうことですか。では今エウロパ軍を支配しているのは」
「彼等の演技の神です。残念ながら戦の神ではありません」
「はい」
「戦の神に従っていたならばわからなかったでしょうが」
 意味深い言葉であった。戦いとは戦の神の下で行われるものであるからだ。時として演技もあるだろう。だがそれは戦の神の下で行わなければならないのだ。それが戦争であるからだ。
「彼等はそれをわかっていないようですな。しかし我々は違う」
「では演じるとしますか」
「はい」
 二人は頷き合った。
「戦の神の下で」
「ブレス、そして関帝の下で」
 それぞれの戦の神に対して誓った。なお連合において演技の神といえばイシュタルもそうだとされるし異神教のアスモデウスもそうである。道教では玄宗とされている。中国唐代の皇帝であるが演劇を好み、楽器にも秀でていたのでこう位置付けられたのだ。日本では歌舞伎の役の一つである助六や伝説の名優初代市川団十郎が演技の神とされている。
 彼等は義勇軍を先頭にそのまま進み続けた。そして遂にアルテミスに到着したのであった。
「さてと」
 マシュハドはこの星を前にして一呼吸置いた。
「占領するとするか」
「ハッ」
 ワフラがそれに応えた。こうしてアルテミスの占領がはじまった。これはエウロパ軍にも知られていた。
「予定通りですな」
 モニターでダムとシュヴァルツブルグが話をしていた。
「うむ」
 シュヴァルツブルグはダムの言葉に頷いていた。
「ではそろそろ最後の詰めに入るか」
「はい」
 今度はダムが頷いた。
 エウロパ軍は突如として反転を開始した。そしてそのままアルテミスに入っている連合軍に襲撃を仕掛けてきた。
 アルテミス星系には既に千個以上の艦隊が入っていた。連合軍の主力といってもよかった。
「エウロパ軍が来ました!」
 ブレスのオペレーターが叫ぶ。
「数は」
 マクレーンと劉はそれに対して冷静に聞き返した。
「二五〇です。敵の全艦隊です」
「そうか」
「やはり来ましたな」
 二人は当然であるかのような態度であった。そしてまた問うた。
「敵の陣形は」
「包囲陣形です」
 オペレーターはまた答えた。
「このアルテミス星系を包み込もうとしております。如何なさいましょう」
「うろたえる必要はない」
 マクレーンは落ち着いた声でそう返した。
「アルテミス星系に入っている各軍の司令達に伝えよ」
「はい」
 連合軍の軍編成の基準は艦隊である。これは一万隻程から成る。これが十個集まって軍団になる。軍団が十個集まって軍となるのである。つまり軍は百個艦隊から成るのである。
「時が来たとな。それだけでいい」
「それだけですか」
「そうだ」
 やはり落ち着いた様子であった。
「わかったな。それだけでいいぞ」
「わかりました」
 オペレーターは戸惑いながらもそれに答えた。そして通信長がそれに従い各軍の司令達に通信を送った。それを見届けてからマクレーンはまた言った。
「星系の外にいる軍だが」
「はい」
「暫くは待機と伝えよ」
「わかりました」
「だが時が来たならば」
「これもお伝えするのですね」
「無論」
 マクレーンはそれを認めた。
「いいな」
「わかりました」
「では続けるぞ」
「はい」
 マクレーンは言葉を再開させた。オペレーターはそれを聞く。通信長もだ。
「動けと。よいな」
「わかりました」
 こうして全軍に指示が下された。連合軍は外見上はせわしくアルテミス星系の占領に奔走していた。それが演技であるとはエウロパ軍には気付かせないように腐心しながら。
「敵が次第に近付いております」
「うむ」
 マクレーンに再び報告が入った。
「我等を包み込む様に来ております」
「半月状にだな」
「はい。時が来たのでしょうか」
「そうだな。まずは敵を入れてやれ」
「はい」
「それからだ。祭りはな」
 そう言うとニヤリと笑った。
「徹底的にやるぞ。よいな」
「ハッ」
 連合軍は機会を待った。そして敵が来るのを待ち構えていた。それにつられるかのようにエウロパ軍は連合軍へと近付いていく。通信を断ち、姿を消している。その動きが察知されているとは知らない。
「いよいよだな」
 シュヴァルツブルグは目の前の連合軍の大軍を見据えて一言こう述べた。
「彼等を倒す時は」
「はい」
 傍らにいる幕僚の一人がそれに頷いた。
「それではいよいよ」
「うむ。行くぞ、まずは竜騎士団からだ」
「はい」
「そして一気に倒す。それから星系の外に展開する敵もだ。よいな」
「わかりました」
 その幕僚はまた頷いた。それからぽつりと呟いた。
「それにしても」
「何だ」
 彼はそれに問うた。
「大掛かりな包囲戦ですね。相手が一千個艦隊とは」
「それだけではないぞ。我々の狙いは外にいる四〇〇の艦隊もだ。それはわかっているな」
「はい」
 幕僚は三度頷いた。
「敵の主力を殲滅して今度の戦いの主導権を握り返す。その為には勝たねばならん」
「ですね」
「この戦い、敗北は許されんのだ。何としてもな」
「それはわかっております」
 彼等だけではなかった。ここにいる全エウロパ軍の将兵がそれをわかっていた。だからこそここにいるのだ。
「通信を繋げろ」
 シュヴァルツブルグはまた言った。
「了解」
「よし、全軍一斉攻撃!」
 彼は通信が繋がると同時にそう叫んだ。
「攻撃目標、連合軍一千個艦隊、一隻たりとも逃すな!」
「ハッ!」
 その声を聞くと共にエウロパ軍の全将兵が突進した。そして攻撃に入る。ミサイル、そしてビームが一斉に放たれる。だがその瞬間であった。
「なっ!」
 ミサイルが次々と破壊される。そしてビームの光の帯をそれ以上の光の帯が襲う。それによりエウロパ軍の光の帯は次第に押し返されていく。
「まさか・・・・・・」
「いや、そのまさかだ」
 艦橋にいる若い将校の言葉にシュヴァルツブルグが答えた。
「見抜かれていたわ」
「まさか・・・・・・」
「戦場にまさかはない」
 シュヴァルツブルグの言葉はこの場に似合わぬ程落ち着いたものであった。
「連合軍は我々の動きを察知していたのだ。何時攻撃を仕掛けてくるかまでをな」
「それでは我々は」
「敗北だ。今それが決定した」
 光の帯が押される。そしてそれは次第にエウロパ軍に近付いていく。
「全艦衝撃に備えよ」
 シュヴァルツブルグは指示を下した。
「敵の攻撃が来る。覚悟しておけ」
「はっ」
 連合軍の光の帯がエウロパ軍を襲う。それは連合軍を中心に放射状に拡がっていた。
「上手くいったな」
 エウロパ軍の艦艇が瞬く間に光の帯に飲み込まれていく。帯の周りでも爆発が巻き起こる。マクレーンはそれを見て会心の笑みを浮かべていた。
「これでロイヤルストレートフラッシュではなくなった」
「はい」
 劉がその言葉を聞いて頷いた。見れば彼も会心の笑みを浮かべている。
「そして我々はフォーカードとなりました」
「えらく謙虚ですな」
「そうでしょうか」
 劉はその言葉には悪戯っぽく笑っただkであった。
「ロイヤルストレートフラッシュと比べますと」
「相手は何もなし。ではフォーカードでも充分過ぎる程です」
「それはそうですが」
「これでエウロパ軍の勝利はなくなりました。後は」
「後は・・・・・・わかっておりますよ」
「それでは全軍に伝えて下さい。全軍総攻撃です」
「了解」
「勝負とはこういうものです」
 劉は前に進みはじめた自軍を見てそう呟いた。
「カードを選ぶ駆け引きのようなもの。そしてそれをしくじった者が」
「敗れる」
 最後にマクレーンがそう言った。彼等の前でエウロパ軍が為す術もなく崩壊していた。そしてそれは次第に本物の壊走へと移ろうとしていた。


第十部   完



                   2005・7・7
 

 

第十一部第一章 死と生とその一


                            死と生と
 連合軍とエウロパ軍の戦いは遂に中央部での両軍の主力同士の全面戦争となった。これは敵の動きを察していた連合軍の強烈な先制攻撃からはじまっていた。
「攻撃の手を緩めるな!」
 各艦隊の司令達の声が木霊する。
「一気に叩き潰せ、よいな!」
「ハッ!」
 その先陣にはやはりサハラ義勇軍がいた。彼等は壊走するエウロパ軍に踊り込んでいた。
「ヘッ、逃げようたってそうはいかねえぜ」
 敵艦の中を潜り抜けるタイガーキャットのコクピットで一人の浅黒い肌の男が不敵な笑みを浮かべてこう言った。サハラ義勇軍きってのエースパイロットであるイスファーン=ラバトである。彼の機体は漆黒であった。これはサハラ義勇軍の艦艇と艦載機全てに共通した色である。
「今まで俺達を散々追い立ててくれたんだ」
 その目に憎悪が宿る。彼もまた難民出身であるのだ。
「そう簡単にゃ逃がしはしねえぜ」
 目の前にエウロパ軍のエインヘリャルが数機来ていた。彼はそのエインヘリャル達をロックオンした。
「行け!」
 そしてミサイルを放つ。それ等は的確にエインヘリャル達を狙っていた。そして次々と撃墜していった。ラバトの目の前でエインヘリャルの数と同じだけの火の玉が生じた。
 ラバトの漆黒のタイガーキャットはその火の玉の間を潜り抜けた。そしてまた別のエインヘリャルと交差すると同時に操縦桿の射撃ボタンを押した。
 二機の戦闘機が交差した。一瞬両者の動きが止まったかに見えた。だがそれはほんの一瞬のことでありエインヘリャルは脱出ポッドをかろうじて吐き出した後火の中に消えた。こうして彼はまた一機撃墜したのであった。
「運がいい野郎だ」
 彼はそれを見た後でニヤリと笑った。それからまた叫んだ。
「どんどん来やがれ!まとめて叩き落してやらあ!」
「おいラバト」
 そこで通信が入って来た。
「ん!?」
「撃墜もいいが俺達の援護も宜しく頼むぜ」
 コクピットのモニターにパイロットスーツを着たむさくるしい外見の男が出て来た。ウダイであった。
「何だおっさんか」
「おっさんはねえだろ」
「だからこうして援護してるんじゃねえか」
「何言ってやがる、勝手に先に進みやがって」
「だからそれが援護なんだよ」
「どういうことだ?」
「俺は先に行って敵を撃墜してるんだぜ。それは援護とは言わねえのかよ」
「だったら俺達を置いてけぼりにするな。敵が来たらどうするんだ」
「そん時はそっちに行くさ。安心してくれ」
「じゃあ今来てくれ」
「おっ、来たのかい?」
「ああ」
 ウダイは答えた。
「レーダーに反応があった。早く来い」
「了解」
 彼はそれを受けて操縦桿を動かした。そして上に上がる。
 そのまま反転し元来た道に戻る。少し行くとそこにはエウロパ軍のエインヘリャル達がいた。見れば連合軍の攻撃機や爆撃機の編隊に向かっている。流石にこれを見逃すわけにはいかなかった。戦闘機乗りとして彼等を守ることが仕事であるからだ。
「おい旦那」
 ラバトはそれを見てウダイに声をかけた。
「何だ?」
「今俺の目の前にいる連中がそれかい?」
「ああそうだ。丁度そっちに向かって来ているだろう」
「ああ」
 その通りであった。彼等はラバトの機に気付きこちらに向かって反転してきていた。
「で、こいつ等全部やっちまっていいんだな?」
「それが御前の仕事だろうが」
「わかってるさ。聞いてみただけだ」
 彼はそう答えてニヤリと笑った。戦場の笑みであった。
「ならやらせてもらうぜ。心おきなくな」
「頼むぜ。俺達はその間に船を沈めていくからよ」
「ああ。そっちは任せた。それじゃあ」
 彼はタイガーキャットのスピードを速めた。
「またやらせてもらうぜ!」
 突き進みながら機首を複雑に動かす。それと同時にビームを乱射する。それはエウロパ軍のエインヘリャル達の動きよりも遥かに速かった。
 ラバト機の前で爆発が続けて起こる。彼はビームのみで敵機を撃墜したのだ。だが二機程残っていた。
「チッ、まだ残っていやがったか」
 彼はそれを見て舌打ちした。
「仕方ねえ、この連中もやっちまうか」
 再び機首を動かそうとする。だがそれより前にこの二機のエインヘリャルは炎と化してしまっていた。
 

 

第十一部第一章 死と生とその二


「ムッ!?」
 ラバトが声をあげた瞬間であった。上から一機のタイガーキャットが舞い降りてきた。それは義勇軍の漆黒のタイガーキャットではなかった。正規軍のものであった。
「黒虎じゃねえのか」
 ラバトはそれを見て呟いた。そして言った。
「おいあんた」
 彼はアラビア語ではなく銀河語でそのタイガーキャットに対して問うた。
「一体何者なんだ?俺の獲物を横取りするとはいい度胸じゃねえか」
「戦場にいる敵は誰の獲物かなんて決まっていない筈だぜ」
 それに対しそのタイガーキャットのパイロットが答えた。
「違うのかい?」
「ヘッ、言われてみればそうだな」
 ラバトはその言葉を聞くと口の端を歪めてそう返した。
「言ってくれるな、あんたも」
「そういうことだ。あんたには悪いがな」
「まあいいさ。別のやつを落せばすむしな、今思うと」
「話がわかるね。あんた何ていうんだい?」
「俺か?」
「ああ」
 正規軍のパイロットはそう答えた。
「よかったら教えてくれ、興味がある」
「わかった」
 彼はそれに答えた。そして名乗った。
「イスファーン=ラバトっていうんだ。階級は大尉だ」
「いいねえ、同じ階級か」
 向こうのパイロットはそれを聞いて嬉しそうな声をあげた。
「あれ、あんたも大尉かい」
「ああ」
「名前は何ていうんだ?」
「スタンフォード。ヘンリー=スタンフォードっていうんだ。宜しくな」
「ああ、あんたがか」
 ラバトはそれを聞いて声をあげた。
「連合のエースパイロットの。名前は聞いてるぜ」
「光栄だね」
「だがこれからは違うぜ」
「そりゃどういう意味だ?」
 スタンフォードは不敵な声で尋ねた。
「これから連合軍のエースパイロットは俺になるってことさ」
「あんた面白い奴だよ」
 それを聞いてもスタンフォードの不敵さは変わらなかった。
「じゃあ見せてもらおうか、あんたのやり方ってやつをよ」
「おう、じゃあ来い!」
「どっちがより多く撃墜するか勝負だ!」
 こうして彼等は競争に入った。そして敵機を次々に撃破していくのであった。

 戦局は連合軍のものとなっていた。エウロパ軍は壊走状態になり、最早撤退するのに精一杯といった状況であった。
「我が軍はどうなっているか」
 シュヴァルツブルグは混乱する戦場において周りの者に問うた。
「今どれだけ残っている」
「全くわかりません」
 傍らにいる部下の一人がそう報告した。
「ただわかることは相当な損害を被っているということだけです」
「そうか」
 彼はそれを聞いて沈痛な顔で頷いた。
「軍の統制もきかなくなっています。このままではより多くの損害が生じてしまいます」
「わかっている」
 彼は別の部下の言葉にも応えた。
「こうなっては致し方あるまい。軍が崩壊する前に決断を下さなくてはな」
「はい」
「如何為さいますか」
「ホズ星系にまで退く」
「ホズまでですか」
「そうだ」
 彼は頷いた。ホズ星系とはアルテミス星系の後方にある星系である。北方、そして南方との接点の一つでもある。なおホズとは北欧神話の神々の一人でありオーディン、すなわちヴォータンとその正妻であるフリッカの間の子供の一人である。一説には盲目であると言われている。だがその一方では彼等アース神族とはまた違った神々の一人であり、勇敢な戦士であるともされている。この時代においては父の影響であろうか隻眼の戦士だとされることもある。だが大抵は盲目の神であるとされている。彼はラグナロクの後で復活する数少ない神々の一人でもある。なお彼はワーグナーの楽劇には登場しない。
「伝えられる艦艇全てに伝えよ、ホズまで退くと」
「わかりました」
「伝えた艦艇にはさらに伝えよ。これを伝えられる全ての艦艇に伝えよとな。そしてそれを繰り返せ」
「そうして全ての艦をホズまで退かせるおつもりですね」
「それしかあるまい」
 彼の顔は沈痛なままであった。
「では伝えよ。よいな」
 この際連合軍に通信が傍受される危険は承知していた。だが今はそんなことを気にしている場合ではなかったのである。そして彼等は通信を送った。
「ホズまでか」
 それを聞いたエウロパ軍の将兵達が頷いた。
「わかった、すぐに退くぞ」
「はい」
 艦長達がそれに応える。そして次々に全速力で戦場を離脱しにかかった。それはすぐにエウロパ軍全体に伝わっていた。
 しかしそれは当然のことながら連合軍に知られていた。それを聞いたマクレーンと劉はすぐにあらたな指示を下した。
「全軍追撃せよ!」
「ハッ!」
 この指示は当然のものであった。連合軍はそれを受けてすぐに動いた。エウロパ軍の追撃に取り掛かったのである。
 だがここでエウロパ軍の連合軍に対する唯一の長所が役に立った。彼等はその速度を活かして連合軍を振り切りにかかったのである。
「高速戦艦を出せ!」
 それを受けてまたもやマクレーンと劉の指示が下る。だがその高速戦艦よりもエウロパ軍の艦艇の速度は速かった。こればかりはどうしようもないものであった。
「足だけは敵の方がどうしようもなく速いか」
「致し方ありませんな」
 残念がるマクレーンに対して劉はあくまで冷静であった。
「元々速度はあまり考慮に入れておりませんでしたから、我が軍の艦艇は」
「はい」
 これは連合軍の艦艇の特徴であった。火力、防御力、居住性、そして索敵能力に重点を置いた結果彼等は速度をある程度犠牲にしたのである。艦艇にとって最も重要なものなのは機動力である。それは彼等もわかていたがそれでも犠牲にしたのには理由があった。それだけのものを先に挙げた四つに振り分けたからであった。だからこそ連合軍の艦艇はエウロパ軍やマウリア軍、そしてサハラ各国のそれぞれの軍と比べて速度は速くはないのである。それよりも生きることを優先させたといっても過言ではない。これもまた志願制、そして連合の軍隊故であった。彼等は死ぬことを望まれてはいないのだ。国防省からも政治家からも。
「これについてはどうしようもありません」
「では諦めますか」
「それは早計」
 しかし劉はそれは否定した。
「追うべきです。彼等が足を使うのなら」
「はい」
「我等はその足を止めるだけです。ここは搦め手でいきましょう」
「搦め手」
「何、簡単なことですよ」
 劉は笑っていた。
「海賊に対するのと同じです」
「海賊と」
 マクレーンはそれを聞いても最初は何が何なのかわからなかった。思わず首を傾げた。
「海賊といいましても」
「彼等の動きを混乱させるには」
「通信妨害ですね。それが効果的です」
「それですよ」
「あっ」
 彼はそれを聞いてようやくハッとした。
「それで彼等を混乱させるのですね」
「そういうことです」
 二人はここで同じ笑みを浮かべ合った。
「成程、基本ですな。大切なことを忘れていました」
「それでは早速取り掛かりましょう」
「はい」
 今度の指示は通信妨害であった。連合軍はすぐにエウロパ軍に対して電子妨害を仕掛けてきた。
「むっ」
 それはすぐに効果を現わした。撤退するエウロパ軍の動きが鈍くなった。
「何かおかしいな」
「はい」
 彼等は艦橋で口々にそう言い合った。
「通信が急に途絶えた。撤退を続けてもいいのだな」
「そうは思いますが」
「確信がもてないか。他の艦と連絡を取りたいな」
「はい」
 そう話をしていた。これにより速度が緩んだ。その時であった。
「そこの艦」
 ラテン語で通信が入って来た。
「!?」
「我々は連合軍である」
「その連合軍がどうした」
 艦長は不機嫌な声でそう返した。
「我々と卿等は敵同士の筈。どうして通信を入れてきた」
「話す前にまず訂正を願いたい」
「何!?」
「連合に貴族はいない。従って卿等という言葉は我々に対して使わないでもらいたい」
「わかった」
 艦長はまずはそれに頷くことにした。それから言った。
「では貴官等としよう。それでいいか」
「了解」 
 連合軍の声はそれを了承した。
「それではあらためて言おう」
「何をだ」
「貴官等は既に包囲されているということをだ。今それを伝えよう」
「馬鹿なことを言ってくれるな」
 エウロパ軍のその艦長は思わず笑った。
「何故私が降伏しなければならないのか。それに包囲されているだと。連合のジョークか、それは」
「貴官等にとってジョークならばよいことかも知れない」
「ふっ」
 今度は鼻で笑った。
「面白いジョークだ。どうやら連合のジョークというのも面白いようだ」
「どうやら信じてもらえないようだな」
「どう信じるというのか」
 艦長はそう答えて笑った。
「貴官等にとって残念なことに艦艇の速度はこちらの方が速い」
「それはわかっている」
「ではどうしてそんなことが言えるのか。よかったrそれを証明してもらいたいのだが」
「証明か」
「そうだ。それができるかな」
「今しよう」
「何!?」
 ここで艦橋の扉が開いた。そして戦闘服の男達が姿を現わしてきた。見れば連合軍の者達である。
「な・・・・・・」
「これでわかったかな」
 その先頭にいる男がニヤリと笑ってそう述べた。驚いたことにその声は通信の声と同じであった。
 

 

第十一部第一章 死と生とその三


「まさか卿が」
「また言わせてもらうが」
 彼は笑みを保ったまま言葉を続ける。
「連合に貴族はいない。それはわかってもらおう」
「クッ」
 今度は舌打ちになってしまっていた。彼だけでなく艦橋にいる全ての者に銃が突きつけられていた。こうなってはもうどうしようもなかった。降伏か死か、まさにそれであった。
「もう一度聞こう」
「今度は何だ」
「我が軍に降伏するか。どうだ」
「この状況でか」
 艦長はシニカルに笑った。
「あえて問うとはな。意地が悪い」
「それが国際法なのでね」
 通信の男は笑みをたたえたままそう答える。実にシニカル、かつ不敵な笑みであった。だからこそであろうか。戦士の笑みとも言えるものであった。
「その部隊の降伏を受諾する権限はまず指揮官にある。違うかな」
「その通りだ」
 艦長は答えた。
「ではわかるな。降伏するか、否か」
「こうなっては致し方あるまい」
 彼はまず一言そう述べた。
「降伏しよう。だが一つ聞きたい」
「何か」
「一体何時の間に我々を包囲して乗り込んだのか。それを聞きたい」
「簡単なことだ。通信を妨害してな」
「それだけなのか?」
「当然それだけではない。貴官は他の艦艇からの連絡をとろうとして盛んに通信を流して動きも遅くなったな」
「うむ」
「その間に我々は包囲したのだ。高速戦艦を使ってな。そういうことだ」
「成程、そういうことか」
 どうやら納得したようであった。
「では私以外にもこうして捕らえられているということだな」
「他の艦については知らないが」
 一言そう断ったうえで述べる。
「おそらくな。だが命が助かっただけでもよかったのではないかな」
「そうかな」
 だが彼はそれにはシニカルに返答を送った。
「卿・・・・・・いや貴官も軍人だな」
「うむ」
「ならわかるだろう。軍人にとっても最も辛いものが」
「食べられなくなるというものではないようだな」
「それが本物の連合のジョークなのか?」
「これは本物だ」
 そう言葉を返した。
「面白いか」
「少なくともエウロパの者の感性には合わないな」
「おやおや」
「だが私は気に入った。しかしそれだけではないだろう」
「その通りだ。言いたいことはわかっている」
「なら言わせてもらおう。それは敗北だ」
「そうだな」
 それは彼も同意した。
「それを見るのは耐え難いがな。だがここは甘んじて受けよう。そしてまた聞きたい」
「今度は」
「貴官のことだ」
 彼はそう答えた。
「私を捕らえた者だ。是非聞きたいまずはこちらから名乗らせてもらおう」
「どうぞ」
 彼はそれを促した。それを受けて答える。
「ジェームス=サンドイッチだ。階級は大佐、騎士だ」
「騎士なのか」
「正式にはサー=ジェームス=サンドイッチとなる。国王陛下の家臣だ」
 どうやらイギリスの貴族であるらしい。サーというのはイギリス特有の爵位だからである。これは騎士のことを指している。代々受け継ぐ爵位である。
「そうか、国王陛下のか」
「それでは貴官の名を聞きたい。あらためてな」
「私も陛下の下にいる」
 彼はそう答えた。
「ほう、それは面白い」
 サンドイッチはそれを聞いて興味深そうな声をあげた。
「連合には国家元首としての君主は大勢いるというが」
「そうだな。かなりの数なのは事実だ」
「では聞こう。貴官の君主は」
「皇帝陛下だ」
「皇帝」
 サンドイッチはその言葉に反応した。
「連合には二人の皇帝がいるそうだな」
「ああ」
 日本、そしてエチオピアである。日本は天皇であるが他の国にとっては皇帝なのである。彼等は連合の国家元首達の中ではとりわけ特殊な位置にいる。皇帝は王や大統領等よりも上位とされているのだ。連合中央政府大統領はこの二人の皇帝に対しては最上の礼を払うこととなっているのである。なおこれがアメリカや中国、ロシアといった国々とっては不満の種の一つでもある。日本に一つ敗れている部分だからである。なお彼等はいずれも大統領を国家元首に置いている。これは彼等の誇りではあるが同時にコンプレックスのもとともなっているのだ。大統領は皇帝はもとより国王よりも下位に置かれているのである。連合第一勢力であるアメリカも第二勢力である中国も、そして第三勢力であるロシアも第四勢力である日本はもとより第十五勢力であるタイや十八勢力であるマレーシアよりも儀礼においては下の位なのである。だがそれを主張するのは面子に関わる。だからこそコンプレックスでありジレンマであったのだ。
「貴官はどちらの皇帝の家臣なのか」
「家臣ではないがな」
 彼はそれには苦笑で返した。
「連合は市民なのでな」
「おっとそうか」
「だが答えさせてもらおう。私はエチオピアの者だ」
「エチオピアか」
 なおエチオピアは勢力ではそれ程高い位置にはいない。連合の中では小国の部類に属する。だが皇帝がいるというだけで連合においてはとりわけ高位に置かれているのである。
「そうだ。ギリシア神話、そして聖書の時代より続くエチオピア帝国の者だ」
「それは面白い。では聞こう」
「うむ」
「貴官の名は」
「ハルシャ=アスマラ」
 彼はそう答えた。
 

 

第十一部第一章 死と生とその四


「階級は少佐だ」
「ほう、少佐なのか」
「それがどうかしたのか」
「いや、別にな。気にしないでいい」
「そうか」
「それにしても、だ」
 サンドイッチはここで溜息をついた。
「何かあったのか」
「この戦い、我等は負けっぱなしだな。これからどうなるのか。それだけが気になる」
「それはもう先程貴官が自分で言ったが」
「確かにな」
 またもや苦笑してしまった。
「どうやら貴官には完敗のようだ。だが」
 ここで反撃に出た。
「だが。何だ?」
「私は完敗したがエウロパはまだ敗れたわけではないと言っておこう。それだけだ」 
 そう言った後彼は捕虜として拘束され収容所まで連行されることになった。見れば捕虜となったエウロパ軍の将兵はかなりの数にのぼっていた。
 だがエウロパ軍のかなりの数が戦場から離脱することに成功していた。彼等はそのままホズへ向かっていた。その中にはシュヴァルツブルグの旗艦であるワレンシュタインもあった。彼も何とか戦場を離脱することに成功していたのだ。
 彼の周りに次第にエウロパ軍の艦艇が集まってくる。その中には様々な色の艦艇もあった。騎士団の艦艇である。
「どうやら思った以上の艦が脱出できたようだな」
「はい」
 彼の言葉に幕僚の一人が頷く。
「不幸中の幸いというものでしょうか。どうやら損害は思ったより少ないようです」
「どの位だ?」
「この中央部の戦力の三割程です」
「三割か」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて顔を暗くさせた。
「七十個艦隊規模でか。一回の会戦では人類史上かってない損害だな」
「仕方ありません」
 答える幕僚の言葉も暗いものであった。
「我が軍は一千を優に越える敵を相手にしたのです。そして敗れた」
「それでこの損害というのは軽いということか」
「そうではないでしょうか。ヴァルハラに旅立った者達のことを言うのは気が引けますが」
「戦闘に参加していた連合軍はどの程度であった。
「中盤からほぼ全軍が参加しておりました」
 別の幕僚が報告する。
「彼等はその全戦力を以って我等に攻勢を仕掛けてきたのです」
「一四〇〇個艦隊でか」
「はい」
 その幕僚が頷いた。
「彼等も全軍を以って攻撃を仕掛けてきたのです」
「そうか、道理でな」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「攻撃が激しかった筈だ。よくあの状態でこの程度の損害で済んだというべきか」
「それは閣下の咄嗟の判断のおかげです」
「残念だがそれは違うな」
 しかしシュヴァルツブルグはそれを否定した。
「私は今回の作戦の失敗を招いてしまった。無能な男に過ぎない」
「いえ、それは」
「よい。これは紛れもない事実だ」
 声に力がなくなっていた。
「その為に多くの将兵を失ってしまった。どうすればいいいかな」
「勝てばいいだけです」
 そう答える幕僚がいた。
「誰だ」
「ハッ」
 その幕僚はシュヴァルツブルグの問いに対して敬礼で以って答えた。
「私です。マリオ=デ=シリアーニです」
「ほう、卿だったか」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて顔を彼に向けた。
「では策があるというのか」
「今敵軍は勝ちに乗じ我が軍の追撃に取り掛かっております」
「うむ」
「それを引き付けるのです。ホズに」
「だが我等は今かなりのダメージを受けている。数においては最早話にもならない状況だ。それをわかったうえで言っているのだな」
「無論です」
 その声に迷いはなかった。
「ですがこのまま退き続けていては何にもならないのではないでしょうか」
「撤退もまた戦略だが」
「御言葉ですが」
 鼻っ柱が強かった。エウロパ元帥に対しても毅然として反論する。
「今撤退して何になるというのでしょうか。しかもホズは交通の要地」
「それは言うまでもないことだが」
「ええ。ならばそこで北方、そして南方の友軍と合流すべきであると思います。今退いてはなりません」
「つまりだ」
 彼はシリアーニの策がわかった。
「戦力を集結させたうえで再度決戦を挑むというのだな」
「その通りです」
 答えるその顔が明るくなった。
「最早それしかないのではないでしょうか。彼等に勝つには」
「ふむ」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて口に手をあてて考え込んだ。
「確かにな。中央部での趨勢は決した」
「残念ながら」
「北方でもだ。そして南方もまた敵の手に落ちた」
「はい」
「こうなってはそれしかあるまい。だがな」
 シュヴァルツブルグの声は深刻なものと転じていっていた。
 

 

第十一部第一章 死と生とその五


「北と南から友軍が来るまでどれだけの時間があるのかわかっているな」
「どちらも二週間程だと思います」
 シリアーニはそう答えた。
「南方の軍は総督府からの難民達の避難を終えようやくこちらに向かったところです」
「うむ」
「そして北方の軍はまだ遠いです。かなりの距離があります」
「それを踏まえて二週間と言ったのだな」
「はい」
 彼はまた答えた。
「大体そのようなところではないでしょうか。どうでしょうか」
「そうだな」
 シュヴァルツブルグは言った。
「そんなところだろう。だが二週間だ」
「はい」
「連合軍は我等がホズに入って数日後に来るだろう。遅くとも一週間後にはやって来る。アルテミスや他の星系の占領を進めながらな」
 これはもう規定路線であった。アルテミスでの敗北は彼等にとって一つの星系と多くの兵力を失うだけではなかったのであった。大きな戦略的敗北でもあったのだ。
「彼等が到着して一週間、守りきれるとでもいうのか」
「ホズは中央の最後の要です」
 シリアーニはそれに答えるようにして言う。
「ここで踏み止まらなければ同じだと思いますが。違うでしょうか」
「その通りではある」
 シュヴァルツブルグはあえて言葉に余韻を持たせてきた。
「だが守りきれない場合はどうなるか、だ。我が軍が全滅すればどうなるか。エウロパ軍は連合軍に対抗できる戦力を完全になくしてしまう。北方と南方の戦力を中央に送る道はまだある」
「はい」
 航路は一つではないということである。
「だが戦力がなければどうなるか。これはかなり危険な賭けになるぞ。それはわかっているな」
「最早賭けをどうとか言っている場合ではないでしょう」
 シリアーニはそう述べた。
「我が軍はアルテミスにおいて完敗しました」
「うむ」
「これは決戦に負けたといっても過言ではありません。両軍の主力同士が激突したのですから。違うでしょうか」
 シュヴァルツブルグはそれには答えはしなかった。それもまた彼自身が最もよくわかっていることなのであるからである。シリアーニは続けた。
「我が軍は戦力の三割を失いながら敵に損害は殆どないでしょう。そして多くの基地と星系を失っております。今それをすぐに回復するのはもう不可能でしょう」
「またえらくはっきりと言ってくれますな」
 他の幕僚達は絶句するしかなかった。だがそれでも彼は続けた。
「それならそれで戦うしかないのではないでしょうか」
「それが現実ですか」
「はい」
「わかってはいますが。辛い現実ですな」
「そして勝つ算段は」
「少なくとも負けないことはできます」
 それが彼の返答であった。
「これ以上ね。如何でしょうか」
「そうだな」
 それを黙って聞いていたシュヴァルツブルグが声をあげた。
「負けない、か」
「はい」
「ホズ星系だったな。そこで凌ぐか」
「どうでしょうか。やりますか」
「やるしかあるまい」
 それが彼の答えであった。
「どのみち我々には残された手段は少ない。違うか」
「いえ」
 誰もが今のエウロパ軍のことをわかっていた。だからこその返答であった。
「その通りです、残念ながら」
「こうなってはホズで凌ぐしかないと思います、今は」
「そうだな」
 彼はそれを認識したうえで述べた。
「まずは北方と南方に伝令を送れ」
「ハッ」
「すぐにホズ星系に向かって欲しいとな。いいな」
「わかりました」
「最もモンサルヴァート本部長もローズ長官も勘がいい。既に察しているかも知れぬがな」
「だといいのですが」
「最悪のケースを想定しておいて損はない。よいな」
「わかりました。では」
「うむ」
 こうして伝令が送られることが決定した。すぐに二隻の高速戦艦が南北に送られた。これはとりあえずは済んだ。だが話はまだ済んではいなかった。彼等は依然として話を続けた。
「それでだ」
「はい」
「敵も迫ってきているのだな、それも南北からも」
「はい。これに対してもまた対処しなければならないでしょう。いずれも手強い相手です」
「ほぼ無傷のまま雪崩れ込んで来る大軍に対してこちらは寡兵。しかも傷ついている。絶望的といった方がいいな」
「ですが何としてもやらなければなりません」
 シリアーニはそう述べた。
「何としても」
「それはもう決めている」
 シュヴァルツブルグの声もまた決意したものであった。
「まずはホズに入る。よいな」
「ハッ」
 こうして彼等はホズ星系に向かうのであった。戦いはまだ終わってはいない。むしろ彼等にとってはこれからこそが本当の戦いであった。
 対する連合軍は勝利の美酒に酔う暇はなかった。今彼等はアルテミスとその周辺の星系の占領に奔走していたのであった。これもまた戦いの一環である。
「占領の状況はどうなっているか」
 マクレーンはブレスの艦橋において参謀の一人に問うた。
「ハッ」
 それに対して三十代と思われるまだ若い参謀が応えた。階級は准将であった。
「既に我が軍はアルテミスとその周辺の星系の掌握を八割方済ませております」
「そうか」
 彼はそれを聞いて満足そうな声を出した。
「順調といっていいか。ではそちらは心配ないか」
「はい」
「ではエウロパ軍はどうしているか」
「ホズ星系に向かっているようです」
「ホズに」
「はい」
「ふむ」
 彼はそれを聞いて顎に手をあてた。
「あそこに入るのか。考えたな」
「考えておりますか」
「あそこがどんな場所か聞いてはいるな」
「エウロパにおける交通の要衝でしたな。そしてオリンポスを守る最大の軍事基地の一つです」
「そうだ」
 彼はその答えにまたもや満足そうな声で応えた。
「ニーベルング要塞群程ではないがな。モンサルヴァート元帥が整備した軍事基地の一つがあの星系にはあるのだ。その護りは最早鉄壁だという」
「鉄壁」
「それも鋼のな。それだけの堅さだということだ」
「ですがそれはエウロパの鋼ですな」
「強気だな」
 無謀と言えるかも知れない。だがかえってその無謀さが気に入った。
「エウロパの鋼は我等の鋼とは違います故」
「どちらが上か」
「言うまでもないかと」
「言ってくれるな。その根拠が知りたいのだが」
「今までの戦いの結果です」
 彼はそう答えた。
「それで充分ではないでしょうか」
「今までのか」
「少なくとも私はそう思いますが」
 彼はあくまで強気であった。さらに言う。
「鋼にしろ決して破れないわけではありません」
「うむ」
「むしろかえって脆いものでございます。違うでしょうか」
「鋼が脆いか」
 それは意外な言葉であった。マクレーンはそれを聞いて眉を動かした。
「また変わったことを言うな」
「鋼は荒れ狂う炎に対しては強いです」
「そうだな。赤く変色してもな」
「ですが水に対してはどうでしょうか」
「水に」
「はい。水を一点に集中して浴びせれば鋼は簡単に両断されます。それです」
「貴官の言いたいことはわかった」
「有り難うございます」
「そういうことか。ではホズの攻略は決まったな」
「はい」
「だがその前にやるべきことがある。今はそれを進めるべきだ」
「わかっております」
「ではそれを着々と進めよう。よいな」
「ハッ」
 彼は敬礼してそれに応えた。マクレーンはそんな彼に対してまた問うた。
「確か貴官はパラオ出身だったな」
「はい」
 見れば顔が赤い。それでいながらアジア系の顔立ちをしていた。髪も目も黒である。
「フランシス=サワムラと申します。階級は准将です」
「そうか。サワムラ准将だったな」
「はい」
「というと君は日系人か」
 サワムラという名は日系人に多い名前である。漢字では沢村、若しくは澤村と書く。そうした名前であった。わりかし多い名前と言える。
 パラオは日系人が多いことで知られている。二十世紀に日本領であったことがそのせいだと言われている。その旗もまた日本のそれに酷似している。この国は日本に対して非常に好意的な国として知られているのである。
「はい」
 彼はそれを認めた。
「私のルーツは日本にあります。これは事実です」
「そうか」
「キョウトという場所が先祖の故郷だといいます。地理には詳しくはないのでそれはあまりよくわかりませんが」
「キョウトか。聞いたことがないな」
「かって地球にあった頃の街だそうです。何でも由緒正しい街だとか」
「若しかしてかっての首都ではないのか」
「あ、そうだったのですか」
「それなら歴史で学んだ。中世の頃の歴史だったか」
「その通りです」
 劉も話に入って来た。
「京都は日本の首都でありました。八世紀から十九世紀まで」
「かなり長い間ですな」
「その間色々とありましたが。戦乱も飢饉も。ですがそれでも日本の都であり続けたのです」
「?少し待って下さい」
 だがマクレーンは劉のその言葉に疑念を覚えた。
「鎌倉や江戸は違ったのですが」
「はい」
 劉は微笑んでその問いに頷いた。
「政権があろうとも。彼等は国家元首ではありませんから」
「そうでしたな」
 マクレーンはそれを聞いて納得した。 

 

第十一部第一章 死と生とその六


「思えば我々もそうでしたな」
「そういうことです」
 アメリカの首都はニューワシントン、中国の首都は星京にある。だがそこはあまり人口の多くない静かな場所である。経済の中心地はそれぞれ違っている。アメリカはグレートバーン、中国は神江という星系にあるのである。これは彼等の勢力圏の広さのせいもあった。だが彼等は元々そうした考えであった。政治と経済の中心地をそれぞれ分けるという。これもまた国家運営の方法の一つである。
「そう考えるとわかり易いですな」
「ですな」
「それでサワムラ准将」
「はい」
「話を貴官の考えに移すが」
「ええ」
「つまり一点集中攻撃により敵の防衛線を破るという考えだな」
「はい」
 彼はその問いに対して頷いた。
「それではどうでしょうか。効果が期待できると思うのですが」
「確かにな」
 マクレーンはそれを認めた。
「だがそれでいいのかとも思う。我々の今までの戦いは炎だった」
「はい」
「広範囲でローラーの様に攻撃を仕掛けるというな。それは採らないのだな、今回は」
「既にこの戦術は我が軍のオーソドックスとなっております」
 サワムラはそう述べた。
「敵も学んでいるでしょう。今回はその裏をかくべきかと」
「それがこの一点集中攻撃か」
「同じ方法ばかりではいずれ読まれます」
 彼はまた言った。
「ここは違う方法を使ってみるのも手だと思いますが。如何でしょうか」
「そうだな」
 マクレーンはそれをよしとした。
「ではそれでいくか。参謀総長はどう思われますか」
 そしてもう一人の決定権者に尋ねてきた。劉は考える目をした。
「そうですな」
 サワムラは述べる彼から目を離そうとしなかった。ゴクリ、と喉が鳴った。
「悪くはないと思いますな」
(よし)
 それを聞いて心の中で会心の笑みを浮かべた。
(これでいける)
「ですが」
(何っ)
 だがそれを聞いて一瞬焦ってしまった。
「少し手直しも必要かと。それでどうでしょうか」
「そうですな」
 話を振られたマクレーンもまた考える目をした。
「それでいいと思います。ただ大筋においてはサワムラ准将の提案通りでいいですな」
「ええ。私もそれには反対しません」
 そこまで聞いてようやく胸を撫で下ろした。正直狼狽してしまった。
「ではこれで」
「はい」
 こうして連合軍の次の作戦は決まった。彼等はアルテミスとその周辺の星系の占領を終えた後でホズ星系に向かうこととなった。彼等は盲目の神の下へと向かうことになった。

 この頃南方のモンサルヴァート達はようやく難民達を安全な場所に避難させ終えていた。そして危機が伝えられる中央へと向かっていた。彼は今グラールの司令室にいた。
「果たして間に合うかな」
「間に合うかな、ではありませんな」
 それを聞いてゴドゥノフが言った。
「閣下」
「むっ」
「間に合わせるのです。違いますか」
「ふっ、そうだったな」
 彼はその野太い声を聞いて微笑んだ。
「ゴドゥノフ上級大将の言う通りだ。これでは弱気と言われても仕方ないな」
「はい」
「では間に合わせよう。いいな」
「わかりました。では船足を進めましょう。行く先は」
「そうだな」
 彼は壁に掛けられている三次元地図を見ながら考えた。
「中央の本拠地は今アルテミス星系だったな」
「はい」
 ゴドゥノフはそれに頷いた。
「ですが連合軍の攻勢は熾烈さを増しております。アルテミスに入るのも間も無くかと」
「かもな」
 モンサルヴァートはそれを聞いて頷いた。
「動きは遅いが。だが確実だ」
「はい」
「このままではアルテミスに到達するのも時間の問題か。ではどうするべきか」
「何処かで合流すべきですが」
「問題は何処か、だな。さて」
 彼は地図を見ながら言葉を続けた。
「どうするべきか。上級大将、考えはあるか」
「ううむ」
 彼もまだ決断を下しかねていた。正直まだこれだという判断の根拠がない。これでは迂闊に判断を下せないのであった。だからこそ困っていたのだ。だがここでその根拠が自分の方からやって来たのであった。
「閣下」
 ベルガンサが部屋に入って来た。彼はまずは敬礼してから述べた。
「中央のシュヴァルツブルグ閣下から伝令です」
「閣下から。何と」
「今後の戦局についてです。如何なされますか」
「合わないわけにはいかないだろう」
 彼の答えはそれであった。
「すぐに使者をこちらまで通せ。いいな」
「わかりました」
 こうして使者が通されることになった。モンサルヴァートはベルガンサが退室した後で再びゴドゥノフに顔を向けてきた。
「司令」
 今度は役職で呼んできた。
「はい」
「どう思うか」
 言葉が簡潔なものとなっていた。声の質も硬いものとなっていた。
「どう思うか、ですか」
「そうだ。何があったと思う」
「敗戦です」
 彼ははっきりとそう述べた。
「おそらく中央の我が軍は連合軍との戦いにおいて決定的な敗北を喫したのでしょう」
「やはりそう思うか」
「それ以外にはないかと」
 彼はまた述べた。
「そうでなければ伝令がわざわざこんな所にまで来ません」
「そうだな」
 彼もまた同じ考えであった。
「これはまずいかも知れませんな」
「そうだな」
 彼は硬い顔のまま頷いた。それから述べた。
「タンホイザー元帥はいるか」
「タンホイザー元帥ですか」
「そうだ。彼に伝えてくれ。今すぐに会いたいと」
「わかりました」
 こうしてタンホイザーが呼ばれた。彼はグングニルからシャトルでグラールまでやって来た。
「御呼び頂き感謝します」
「うん」
 モンサルヴァートはそれに応えて頷いた。
「よく来てくれた。実は卿と一緒に考えたくてな」
「私とですか」
「そうだ。ゴドゥノフ司令」
「はい」
 二人の横に立っていたゴドゥノフに声をかける。すると彼はすぐにそれに応えた。
「使者をこちらに」
「わかりました」
 程無くして部屋に一人の男が連れられてきた。細面のやけに背の高い男であった。
「彼は」
「中央軍に所属しているシュトラウス大佐だ」
「中央から」
 それを聞いたタンホイザーの目の色が一変した。すぐに何かを悟ったようである。
「そうですか」
 モンサルヴァートはそれを見て彼が事情を察したことを見抜いていた。
「それではシュトラウス大佐」
 モンサルヴァートは彼に声をかけてきた。
「話を聞きたい。いいか」
「わかりました」
 彼はそれを受けて話をはじめた。
「中央での我が軍ですが」
「うむ」
 モンサルヴァートは頷いた。
「アルテミスでの戦いに敗北いたしました。かなりの損害を被りました」
「やはりな」
 これは予想の範囲内であった。モンサルヴァートもタンホイザーもそれを聞いて驚きはしなかった。
「あの」
 逆にシュトラウスが驚いていた。彼等が冷静だったからだ。彼はモンサルヴァートに問うてきた。
「何だ」
「話を続けてよろしいでしょうか」
「ああ、いいぞ」
 彼はそれを促した。
「続けてくれ。いいな」
「わかりました。それでは」
 彼はそれを受けて話を再開した。
 

 

第十一部第一章 死と生とその七


「我が軍はアルテミスからホズへと向かうことを決定しました」
「ホズに」
「はい」
 シュトラウスはまた答えた。
「そしてそこで南方及び北方の軍と合流すべきだという話が出ているのですが。どう思われるでしょうか」
「私に異存はない」
 モンサルヴァートはそう答えた。
「むしろこちらから向かおうと思っていたところだ。是非向かわせてもらう」
「それは何よりです」
「それでだ。どれだけかかればいい」
「どれだけといいますと?」
「ホズまでの時間だ。どの程度で到着すればいいか」
「二週間程と見越していますが」
「それはシュヴァルツブルグ閣下がか」
「はい」
 シュトラウスはまた答えた。
「そうですが。如何でしょうか」
「わかった」
 だがそれに対してモンサルヴァートは答えただけであった。
「それ以上はない。下がっていいぞ」
「ハッ」
「誰かいるか」
 モンサルヴァートはここで人を呼んだ。すぐに従兵が一人入って来た。若い整った顔立ちの少年兵であった。
「御呼びでしょうか、閣下」
「シュトラウス大佐を休める場所に案内してくれ。いいな」
「わかりました。それでは大佐、こちらへ」
「うむ」
 彼はそれを受けて従兵に案内されて部屋を後にした。そしてゴドゥノフも去った。後にはモンサルヴァートとタンホイザーだけが残された。
「二週間だ」
 モンサルヴァートはまずそう述べた。
「長いか短いか」
「長いですね」
 タンホイザーの返答はそれであった。
「二週間ですとホズが陥落している可能性があります」
「陥落か」
「そして中央軍は崩壊です。これだけは避けなければなりません」
「わかっている」
 これについてはモンサルヴァートも同意であった。
「だが問題は間に合うかどうかだ。いけると思うか」
「いけます」
 彼の答えは簡潔であった。
「私にお任せ下さい。必ずやホズを救って御覧にいれましょう」
「そうか」
 モンサルヴァートはそれを聞いて頼もしいといった様子であった。
「では今回の進軍は卿に任せたい。いいか」
「はい」
 タンホイザーはその問いに対して自信に満ちた声で頷いた。
「是非共お任せ下さい。ホズも中央軍も我等の手にあるままです」
「では期待する。それでは行くぞ」
「ホズに」
「うむ」
 こうして彼等はホズに急行することになった。光なぞ問題にならぬ速さで彼等は向かっていた。
「一隻たりとも遅れるな」
 その先頭をいく戦艦グングニルの艦橋にてタンホイザーは全軍に向けてそう声をかけていた。
「そしてホズ、友軍を救うのだ。いいな」
「ハッ」
 それに対してモニターに現われた各司令達が敬礼で応える。そこにはゴドゥノフだけでなく他の者達もいた。ニルソンやマトク、アローニカといった歴戦の将達であった。
「それは全て卿等の双肩にかかっている。いいな」
「わかりました」
 彼等はそれに応えた。そして一斉に言う。
「エウロパの為に」
「うむ」
 タンホイザーもそれに頷いた。そして彼も言った。
「エウロパの為に」
 そしてホズに向かった。彼等もまた戦場に向かうのであった。

 だがホズに向かうのは彼等だけではなかった。連合軍南方方面軍、そして北方方面軍も向かっていたのである。
「エウロパ軍の南下速度はどうなっているか」
 リバーグは艦橋でジェリオにそう尋ねてきた。
「イバロで破った北方の軍のことですね」
「無論」
 彼は簡潔にそう答えた。
「あの戦いの後南に逃れているが。確か中央の友軍との合流を目指しているのだな」
「はい」
 彼はそれに答えた。
「その通りです。どうやらホズに向かっているようです」
「ホズか」
 彼はそれを聞き目を少し動かせた。
「何か」
「いや、あの星系はエウロパにおいて交通の要地であったな」
「はい」
「中央のエウロパ軍の戦局についてはまだ新しい情報が入ってきていないが」
「閣下」
 ここで参謀の一人が艦橋に入って来た。情報参謀の一人である。
「どうした」
「中央での戦局ですが」
「言っている側からか」
「好都合ですな」
 ジェリオはそれを聞いてにんまりと笑った。だがリバーグは面食らった顔のままであった。
「まさか早速話が飛び込んでくるとは」
「うむ。それでだ」
 リバーグはその情報参謀に尋ねてきた。
「はい」
「どういった情報だ。何かあったのか」
「アルテミス星系ですが」
 情報参謀は答えた。
「うむ」
「陥落しました。そして我が軍は敵の主力に対してかなりの損害を与えました。しかもこちらの損害は極めて軽微とのことです。完勝です」
「それは何よりだ」
 彼はそれを聞いて頬を緩ませた。
「そして敵はどうなったか」
「ホズ星系に向けて退却しているようです」
「そうか、ホズか」
「閣下」
 それを聞いたジェリオがリバーグに声をかけてきた。
「おそらく北の敵も」
「それが常道だな」
 それは彼にもわかっていた。一言そう述べて頷いた。
「それでは我が軍の目標が決まったな」
「はい」
 ジェリオも他の者達もそれを聞いて頷いた。
「我が軍はこれよりホズ星系に向かう。そして中央部の友軍と合流するぞ」
「ハッ」
「そして一気に敵を殲滅する。よいな」
「わかりました。それではホズに進路を変えます」
「うむ、頼むぞ」
「ハッ」
 彼等もまたホズに向かうのであった。これは南方の連合軍も同じであった。こうして両軍の全軍が一同に会そうとしていた。決戦の時は近づこうとしていた。 

 

第十一部第二章 バランサーその一


                            バランサー
 エウロパとの戦いが続いている連合であるが彼等の中でも戦いがあった。だがそれは武器を使っての戦いではなかった。この戦いは他のものを使った戦いであった。
 連合の経済関係の閣僚達が一同に会していた。そしてあることについて話し会っていた。それは連合内の貿易についてであった。
 連合において貿易、そして経済は極めて重要な分野であった。これはどの勢力においても変わらないが連合においてはそれが特に顕著であった。彼等は銃で戦争はしないがコインや札束で戦争をしているのであった。連合の中にあってもこうした意味で戦争が行われているのである。
 今回は輸出品目ごとの貿易赤字についての議論であった。主役はある程度予想されたことであるがやはり日米中露、トルコ、ブラジル、オーストラリア、そしてASEAN諸国であった。彼等が一人たりとして出ない連合の国際会議などというものはなかった。しかもオーストラリアには必ず兄弟国としてニュージーランドも参加する。日本には韓国がいつもついていた。これはニュージーランドとは違った意味であったが。そしてもう一つの国も。
 それはイスラエルであった。この国は連合においては極めて特殊な位置にいる国であった。
 バランサーとでも言うべきであろうか。この国は連合においては然程国力が高いわけではない。それは人口が少ないせいであった。
 それには理由があった。イスラエルはユダヤ人の国である。彼等はユダヤ教を信じる者達のことである。それ以外はユダヤ人ではない。だからこそ人口が少ないのであった。
 だが彼等はそれでも連合において隠然たる勢力を有していた。それは何故か。彼等が連合の政界や財界において有力者を代々出していることと各国にユダヤ系の者達がいたからである。彼等は数こそ少ないが知識人や資産家も多く、そして選挙における票も資金援助も集中豪雨的なものであった。だからこそ彼等は力を持っていたのである。力は暴力だけではないということである。もっとも彼等はそうした世界にも通じているのであるが。
 この会議においては日米中露それぞれが複雑に衝突していた。この四国の関係はモザイクであり時として協力し合うこともあればいがみ合うことも多い。アメリカと中国が日本に対抗すればロシアが日本につく場合もある。中国とロシアが日本とアメリカに挑戦することもあればアメリカとロシアに対して日本と中国が手を結ぶこともあった。四国が協同して何かをする場合もある。大国の思惑であるが彼等は彼等の国益を追及しているが故の行動であった。
 彼等を中心にASEAN諸国が動く。だが彼等は実際には第五の勢力であり彼等もまた利害の中心にいた。そこに中南米諸国やアフリカ諸国、オセアニアの諸国が参加するのである。新興国家達もである。そんな彼等の利害を調整するのがイスラエルであった。
『イスラエルが動く時に連合は動く』
 古来より言われてきたことである。イスラエルはそこまで怖れられていたのだ。そして今も。今は四国が互いにいがみ合う状況となっていた。
 この会議はパプワニューギニアのバニモ星系において行われていた。俗にバニモ会談と呼ばれていた。
「我々としましてはおおいに不満がありますな」
 まずは中国の通商相である李白梅が口火を切った。花の名が名前にあるが彼は男である。筋骨隆々の大男であった。かってはボディビルダーとしても知られていた。
「アメリカに対しては鉄鋼において大幅な赤字です」
「何を仰るのか」
 それを聞いたポール=バトルがシニカルな笑みを浮かべた。彼はアメリカ商務相である。ヒスパニックとウェールズ系のハーフである。
「我が国は中国との貿易では衣料においてかなりの赤字ですが」
「鉄鋼と衣料は別です」
 李はそう返した。
「それに赤字の総額はこちらの方が多い」
「それは数字のトリックですな」
 バトルはそう反論した。
「トリック?」
「そうです。計算の仕方によってある程度は変わりますね、そうしたことは」
「むっ」
「新聞によってデータも違う。李通商相、貴方は御自身に都合のいいデータを述べられているのではないですかな」
「それはそちらも同じでしょう」
「ほう」
 バトルはそれを聞いてその目を細めてきた。
「では私は何のデータをもとにしているのですかな」
「ウォール=ピープルでしょう。貴方はこの前あの雑誌に寄稿されいましたね」
「確かに」
 彼はそれを認めた。
「中々好評でした」
「あの論文は私も拝見させてもらいました」
「どうでしたか」
「素晴らしい論文です。感服致しました」
「有り難うございます」
「いえいえ」
 そんなやりとりの中でも彼等の目は笑ってはいなかった。互いの隙を窺っていた。
「ですがあえて言わせて頂きましょう」
 李は当然のように反撃に転じてきた。
「何を」
「そのデータのことです。あの雑誌はあまりにもアメリカにとって都合のよいデータばかりが書かれています。あれではまるで中国はアメリカとの貿易により一方的に得をしているようではないですか」
「違うのですかな」
 バトルはここでとぼけてみせた。
「違います」
 そして李は毅然としてそう返した。
「私は北安新報のデータですが」
「そちらの御国のものですが」
「それが何か」
「それには貴方の記事が昨日載っていましたね。子供に身体を動かすことの大切さを教えることの素晴らしさを説いておられましたが」
「ええ」
 彼はそれを認めた。
「それが何か」
「あれはいい記事でした。全面的に賛成です」
「有り難うございます」
「ですがね」
 やはり二人の目は笑ってはいない。バトルはここで刃を抜いた。
「経済面では信用ができませんね」
「何故ですかな」
 李はそれを聞いてバトルに問うてきた。
「米中の貿易ではアメリカが利益を得ているとありましたね」
「事実だと思いますが」
「とんでもない。我々は貴国にかなり利益を譲っているのですぞ」
「これはまたご冗談を」
「私は冗談は言わない主義でして」
「ではジョークですかな」
「冗談とジョークは違うものでしたか」
「さて」
 そんな応酬が続く中別室では日本とロシアが激しいやりとりを演じていた。あちらが男の対決ならばこちらは女の対決であった。
 

 

第十一部第二章 バランサーその二


「お久し振りですね、小柳さん」
「そうですね、コズイレフさん」
 大柄な金髪の美女が胸を張って小柄な黒い髪の女性を見下ろしていた。だがその黒髪の女性も臆してはいなかった。
「この前のお話ですが」
「はい」
 大柄な金髪の女、カーチャ=コズイレフがまず口を開いた。彼女はロシアの商業相である。鉄の女とも言われるロシアきっての才媛であった。
 対するは日本の小さな巨人小柳真理であった。彼女は日本の通産相である。ショートヘアの可愛らしい顔立ちながら毅然とし、優れた事務処理能力で知られていた。
「受けて頂けるでしょうか」
「残念ながら」
 即答された。
「日本としてはお受けするわけにはいきません」
「何とまあ」
 コズイレフは落ち着いた様子でそれに逆に返した。
「我が国の宝石は連合一だといいますのに」
「ですがそれを研磨し、加工しているのは我が国ですね」
「むっ」
 それを聞いたコズイレフの左の眉が歪んだ。
「違うでしょうか」
「生憎我が国は功績の加工には通じておりませんので」
「はい」
 これはこの時代においても独特の技術が必要なのである。連合においては日本と数ヶ国が有名であった。
「確かに日本の加工技術は素晴らしいです」
「有り難うございます」
「ですがそれは我が国の原石があってはじめて光るのではないですか」
「御言葉ですが」
 小柳はやんわりと反撃に出てきた。
「はい」
「宝石は他にもありますので」
「クッ」
 これにはさしものコズイレフも沈黙してしまった。だがそれは一瞬のことであり彼女はすぐに逆襲に転じてきたのであった。
「それは心外です」
「何がでしょうか」
「いえ、我が国は豊かな資源で知られております」
「それは私も知っています」
 ロシアは様々な鉱産資源を算出する惑星を多く持っていることで知られている。連合において最大の鉱産資源を擁しているとまでされている。コズイレフはそれについて言及してきたのだ。
「ですが」
 小柳はそのうえであえて反撃に転じてきたのだ。
「ムッ」
 コズイレフも身構えた。そして両者は再び対峙した。
「我が国にも宝石はありますから」
「真壁星系ですね」
「はい」
 真壁星系は日本の鉱産資源の産地の一つである。良質の宝石を多量に有していることでも知られている。この時代においても宝石は人口のものより天然のものがいいとされているのだ。
「私が仰りたいことはわかりますね」
「はい」
 コズイレフは不機嫌さを押し殺してそれに答えた。
「ですが我が国の宝石程ではないかと。御言葉ですが」
 ロシア外交は直線的なことで知られている。小細工はあまり弄しない。ロシア外交は情報を収集するがそれだけだとも言われている。彼等はその国力を背景にした力技を好むのだ。それだけだという意見もある。これが策も好むアメリカや中国、そして国力がありながらそれを背景にはあまりせず、交渉い重点を置く日本とは違うのである。ロシア外交は四国の中では比較的わかり易いとさえ言われている。この場合これはあまりいい意見ではないのであるが。
「ロシアの宝石は連合一です」
 彼女は胸を張ってそう言った。
「これは多くの雑誌でもそう評されていますね」
「そうだったのですか」
 小柳はそれでも揺るがなかった。その名にある柳のような動きであった。
「日本ではそうではないようですが」
「そうだったのですか。それは残念です」
 だがコズイレフも同じだ。その前に突き出た胸をさらに前に出してきた。
「それは我が国の宝石の素晴らしさを御存知ないということです」
「残念ですがそうではありません」
「といいますと」
「単なる嗜好の問題ではないでしょうか。我が国の嗜好が貴国の嗜好と合わないのかと。貴国で我が国の料理である寿司や天麩羅はあまり人気がないようですね」
「私は好きですけれどね」
 実は彼女は日本に留学経験があるのだ。
「我が国の米はそちらの米とは違いますから」
「はい」
 日本の米は日本人の好きなジャポニカ米の改良種である場合が多い。だがロシアの米はインディカ米の改良種なのである。こちらの方が連合においては主流であり日本の方が特殊なのであるが。
「それは仕方のないことでしょう。スキヤキは人気がありますけれどね」
「そういうことです」
 それこそが小柳の衝いた点であった。
「我が国ではロシアのお酒はアルコール度が強過ぎて飲める者はあまりおりません。逆にこちらのお酒はロシアではアルコールが弱いと不評ですね」
「お酒は強ければ強い程いいのです」
 コズイレフもそれは同じであった。彼女はロシアの閣僚の中でも酒豪として知られている。なお酒癖の悪さも有名なのであるが。
「ですが我が国ではそうではありませんので」
「ふむ」
 アメリカや中国が相手ならばいい加減小柳のこの長ったらしいと認識されても仕方のない話に苛立ちを覚えはじめていただろう。だが彼女はロシア人である。ロシア人は気が長いのだ。
「そういうことです。具体的に申し上げますとロシアの宝石は我々にとってはあまりにも大きいのです」
「大きければ大きい程いいではないですか」
「それが違うのです。我が国の宝石の加工は小さいものを好みます」
「そのようですね」
 これは事実であった。日本の宝石は小さい中に様々な装飾を施しているので知られている。今度はそれについて言及してきたのである。
「ですから。どうも我が国には合わないとだけ申し上げておきます」
「それはそちらの理解不足ですね」
 それでもコズイレフは引き下がらない。
「我が国の宝石の素晴らしさをおわかりになられないとは。それでもあえて言わせて頂きます」
「はい」
「もう少し我が国の宝石を御覧下さればおわかりだと思いますが」
「ではまず宣伝をされてはどうでしょうか。少なくとも今ではお受けいたしかねます」
「むむっ」
 こうして議論は平行線を辿った。力で押そうとするコズイレフに対して小柳は受け流しで対抗する。二人の美女は互いに譲らず対峙していた。他の国々はそれを離れた場所で見ていることしかできなかった。これはアメリカと中国についても同じであった。さらに悪いことにアメリカと日本、アメリカとロシア、中国と日本、中国とロシアの間でもそれぞれ交渉が行われ紛糾していた。連合の四大国が互いに衝突し合うという困った状況になっていたのだ。
『四大国全面衝突』
 連合の各紙にはそうした一面が飾られた。そしてネットにおいても話題になっていた。彼等は互いに譲らず話は大変なこととなっていた。ASEAN諸国も今回は同じ分野で四国と対立しておりここでの調停者はいなかった。四つ巴どころか五つ巴とさえなっていた。他の国々は迂闊に動けない状況であった。誰も仲介する者はいないように思われた。ただ一国を除いて。
「話が混乱しているようだな」
 イスラエル代表が宿泊しているホテルである。そこにイスラエル通商相であるヨセフ=シャイエックがいた。白髪に黒く鋭い目、そして痩せた顔と身体を持っている。全体的に鷲に似ている。彼もまたイスラエル代表としてここに来ていたのである。
「四国がそれぞれ対立するとはな。滅多にないことだ」
 彼は淡いクリーム色のスーツを着てソファーに座っていた。ロイヤルスートルームでありかなり豪華なものだった。この
ホテルは彼の同胞が経営するホテルでもある。
「それにASEANまで加わるとはな。エウロパとの戦争より面白い見世物ではないかな」
「傍目から見たらそうですね」
 彼の前に立つ紺色のスーツを着た若い男がそれに頷いた。イスラエル通商省の官僚である。今はシャイエックの公式の秘書を務めているのだ。
「議論は紛糾するのはいいことだ。だがな」
 彼はその鋭い目を光らせた。
「長く続くとよくはない。違うだろうか」
「その通りです」
 秘書はそれに頷いた。
「ここは我々が動く時ではないかと思うのですが」
「そうだな」
 彼は静かにそれに応えた。
「だが焦ってはならないぞ」
「はい」
「急いては事を仕損じるからな。落ち着いて見よう」
「どうなさいますか」
「今はな。事前の工作だ」
 彼は静かにそう言った。
「各国についての細かいデータはあるな」
「はい、こちらに」
 秘書はここで一枚のディスクを差し出した。
「四国、そしてASEAN諸国のそれぞれの貿易に関するデータはこちらにあります」
「うむ」
 シャイエックは静かにそれを受け取った。だがその動きは何処か狩りめいていた。
「では早速見せてもらおう。いいかな」
「是非共お願いします」
 彼はそれに賛成した。そして言葉を続ける。
「そこに全てがあると思いますから」
「そうだな。だが全てではない」
「といいますと」
「物事というのはデータだけではないのだ」
 これはシャイエックの持論でもあった。
「今各国の閣僚達についても調べさせている。データは国のものだな」
「はい」
「だが人のものはないだろう。違うか」
「その通りです」
 秘書はそれを認めた。
「人もまた必要なのですか」
「交渉は人が行うものだからな」
 彼はまた言った。
「人のものも必要だ。むしろそちらの方が重要か」
「そうなのですか」
「君はまだ若いな」
 彼はそう言って秘書を見上げた。若く整った顔立ちをしている。
 

 

第十一部第二章 バランサーその三


「だが若いということはそれだけ知る機会が多いということだ」
「はい」
「学べばいい。そして知るのだ」
「わかりました」
「まずはバトル、李、小柳、そしてコズイレフ各氏についての資料が必要だな」
 シャイエックはまた言う。
「全てはそれからでいい。我々が動くのは」
「動くのは」
「それからだ。いいな」
「はい」
 こうして彼等はまずは動きはしなかった。そして情報収集に努めた。やがてその情報が集まってきた。
「ふむ」
 シャイエックはノートパソコンを前にしてそれ等の資料を見ていた。パソコンの画面には秘書から渡されたデータがある。そして両手には書類がある。携帯も側にあった。
「成程な。そういうことか」
「何かおわかりでしょうか」
「色々とな」
 傍らに立つ秘書にそう答えた。
「面白いものだ。思ったより簡単に済みそうだな」
「簡単ですか」
「私が思ったよりはな」
 彼はそう答えた。
「これなら楽に対処できる。問題はどうするかだ」
「どうしますか」
「まずは人を呼ぶ」
「人を」
「そうだ。手土産を持たせてな」
 それが何であるかは言うまでもなかった。この時代においてもそうしたディベートはこうした裏からの交渉においては不可欠なものであった。
「ですがあの四人はそれ程そうしたことには執着はないようですが。ASEAN各国の担当者達も」
「何もそれだけではない」
 シャイエックは彼にそう答えた。
「金だけでものは解決はしない」
「はあ」
「彼等の立場を考えるといい。彼等は何だ」
「各国の閣僚です」
「閣僚はそれぞれの国の利益の為に動いているな」
「はい」
 中には例外もいるかも知れないがその通りであった。彼等も同じであるからだ。
「それだ。ディベートはそれを持って行けばいい」
「それで各国の矛を収めるということですね」
「そうだ。それで話は済む。それでも駄目だというのなら最後の手段を使えばいい」
「あれですね」
 秘書はそれを聞いて思わせぶりに笑った。彼もイスラエルの者である。自国のやり方はよくわかっていた。
「そういうことだ。いいな」
「わかりました。それでは」
「うむ、頼むぞ」
 秘書は応えると忽然と姿を消した。シャイエックはそれを背中で見ながら資料に顔を戻していた。
「さてと」
 彼は資料を見ながら携帯に手をやった。そして電話を入れる。
「私だ」
 あちこちに電話をかける。それで以って何かをしようとしていた。

 数日前まで紛糾していた交渉は突如として収まった。そして奇跡的に平和的な形でそれぞれの議論が収まった。四国もASEAN各国も仲良く最後の記念撮影に登場した。これを見て不思議に思わない者はいなかった。
「何故あそこまで紛糾していた話がこうも簡単に収まるのか」
 彼等の主張はそれであった。
「何かあるだろ」
「写真を見てみろ」
 とあるネットの掲示板で誰かがあることに気付いた。こうした書き込みがあった。
「何かあったのか?」
「中央に誰がいるか見てみろ」
 見ればそこにはシャイエックがいた。彼は何故か微笑んでそこに立っていた。その周りを日露、そして米中の閣僚達が取り囲んでいる。まるで彼等がシャイエックに従うような姿であった。そしてシャイエックの後ろにASEAN各国の閣僚達が入る。あまりにもあからさまといえばあからさまな姿であった。
「これは」
「わかるよな、この写真」
 彼等は口々にそう議論していた。
「また連中か」
 誰かの書き込みがあった。するとそれに対してこういった書き込みがあった。
「御前その書き込みから情報集められるぞ」
「まさか」
 すぐにそう反論があったがこれは否定された。
「連中を甘くみるなよ」
「そうだったな」
 これは単なる書き込みであるので何もない。だがここにその『連中』が連合においてどう思われているかの根拠があった。これが実態であった。
 イスラエルはそうした国だと認識されていた。連合においては人口は多くはない。といっても人口においても巨大な四大国から一億もいない小国まである連合においては決して少なくはない。十億は優に越えている。イスラエルの国民は、である。ユダヤ系はそれよりもずっと多い。彼等はその独自のコネクションと団結、資金、そして情報収集能力を以って連合の影の実力者になっていたのだ。
「ねえカーチャ」
 会議が終わりコズイレフと小柳はバーで二人で飲んでいた。実は二人は大学時代からの友人である。コズイレフが日本の大学に留学した時にルームメイトであったのだ。二人は同じ大学で同じ学部にいた。二人は教育学部にいたのである。仕事が終われば二人はこうして昔の関係に戻れるのである。
「何?」
 コズイレフは旧友の言葉に顔を向けてきた。見ればウォッカをストレートで飲んでいる。
「そっちにあの国から話が来なかったかしら」
「真理のところと同じよ」
 それだけで充分であった。彼女はウォッカを飲みながらそれに応えた。
「そう」
 小柳はアドニス=カクテルを飲みながら頷いた。これはワインをベースとした甘いカクテルである。彼女は甘い酒が好きなのである。
「やっぱりね。こっちにも来たわ」
「悪い条件じゃなかったでしょ。お互いに」
「ええ」
 小柳はまた頷いた。
 

 

第十一部第二章 バランサーその四


「私の国にとっても貴女の国にとってもね。おまけにアメリカや中国、ASEAN各国とのことまでまとめていてくれていたわ。おかげで助かったけれど」
「借りを作ったつもりなのよ」
 コズイレフはウォッカを飲み終えてそう言った。そして別の酒を頼んだ。
「マスター、もう一つお願い」
「何にしましょうか」
「そうね」
 彼女は暫し考えた後それに答えた。
「ロシアン=カクテルを。いいかしら」
「ええ、ではそれで」
「お願いするわ」
「はい」
 暫くしてロシアン=カクテルが運ばれて来た。オレンジの酒であった。
「また凄いのを頼むわね」
 小柳はそのカクテルを見て呆れた声を出した。ロシアン=カクテルはウォッカとドライ=ジンを合わせてクレーム=ド=カカオを入れたものである。甘く口当たりもいいが極めて強い。レディ=キラーとも言われている。
「あら、これ位普通よ」
 コズイレフは彼女に笑って応えた。
「ロシアではね。こんな軽いお酒で倒れる女はいないわ」
「少なくとも貴女はね」
「ええ」
 コズイレフは笑っていた。
「こんなのお酒のうちに入らないわよ。それは貴女だってそうでしょ」
「カーシャが悪いのよ」
 彼女は口を尖らせてそう言った。
「毎日無理矢理飲ませたから。最初は死ぬかと思ったわ」
「お酒はね、何度も倒れる位飲まなきゃ駄目なの」
 そう言って笑っていた。
「おかげで飲めるようになったじゃない。最初はビールでも駄目だったのに」
「日本人はお酒にあまり強くないの」
 小柳は不機嫌な顔を作ってそう述べる。
「貴女とは違うのよ。わかる?」
「わからないわね」
 コズイレフはそのロシアン=カクテルを一気に飲み干してそう言った。
「お酒なんて幾らでも飲めるから。強くないと駄目なものの一つね」
「ロシアではそうでしょうけど日本では違うのよ」
 そう言う小柳ももうかなり飲んでいた。
「それが違いだっていうのよ」
「うふふ」
 何だかんだ言って二人は仲が良かった。そんなやりとりを楽しんでいた。
「けれど彼等はそこも突いてきたわね」
「ええ」
 二人は酒を続けながら同時に話も続ける。コズイレフも小柳も新しいカクテルを頼んでいた。
「正直驚いたわ。あんなに詳しく知っているなんて」
「それが彼等の怖いところよ。私のプライベートまで知っていたのよ」
「私もよ」
 二人は不機嫌な顔で見合わせた。
「息子が学校でどんな悪さをしているかまで知っていたのよ」
「こっちも。主人の来年の仕事まで。何で知っているのかしら」
 コズイレフも小柳も三十代後半である。結婚して子供もいる。コズイレフの夫はソムリエであり、小柳の夫は俳優である。イスラエルはこうしたことも調査済みであったのだ。
「それで脅しもかけているのでしょうね」
「彼等らしいわね」
 連合の政界にいればわかることであった。他の国々にとってイスラエルとはそうした存在なのであった。
「けれど条件はよかったわね。おかげで丸く収まったわ、本当に」
「全ての国がね。とりあえずは彼等に満足すべきかしら」
「それは甘いわ」
 小柳はコズイレフを窘めにかかってきた。
「あのイスラエルよ。ただ恩だけを売ると思う?」
「そう言われると疑問ね」
「そういうことよ。ただ彼等は私達に対しては面を向かって来ないでしょうね」
「どうしてそう言えるのかしら」
「それが彼等のやり方なのよ」
 小柳は一言そう言った。
「やり方」
「そう、バランサーとしてね。いいかしら」
「ええ」
 コズイレフも頷いた。
「彼等は人口も少ないわね。そして国力もそれ程ではない」
「我がロシアや貴女の国日本と比べたらずっとね」
「だからよ。彼等は私達に対抗できる程の国力はない。ただし表向きね」
「裏があるのね」
「それが彼等の強さなのよ。これは結構色々と言われているわね」
「確証はないけれどね」 
 コズイレフはここはこう述べるに留まった。実は彼女はその立場から普通の市民より多くの裏の情報を知っている。例えばネットに氾濫する情報の中のどれが真実であるかをだ。それを知る立場であるからあえてこう述べるに留まったのである。これも処世術である。迂闊に言えば自身の身にも危険が迫るのがわかっているのだ。
「連合各地にいるユダヤの同志達もね。彼等にとっては力なのよ」
「それね。我が国でも隠然たる力を持っているわ」
「日本でもね。流石に宮内省にはいないけれど」
 宮内省は日本の、いや連合でも特にガードの高い場所として知られている。流石のユダヤ系ですら宮内省と皇室にまで影響を及ぼすことはできなかったのである。
「あそこは流石にないでしょう。けれど言い換えると」
「ええ。やっぱり何処かに目と耳があるでしょうね。それはわかるわ」
「そういうことね。辛いわ」
 彼女はそう言って目を下に向けた。
「ロシアもよ。アメリカも中国もそれで苦労しているみたいね」
「連合のどの国もでしょう。けれど証拠はない」
 証拠がなければ動くことができない。彼等はそこまで見越して行動をとっているのである。これがイスラエルの恐ろしいところであった。そして彼等が持っているのは目と耳だけではないのである。
「そしてそれから動く」
「ええ」
「貴女の国でイスラエルと距離を置こうとした大物政治家のスキャンダルがあったそうね」
「ああ、あれね」
 コズイレフはそれを聞いて頷いた。
「ちょっとね。女性問題で」
「よくある話ね」
「普通の女性問題ならね。まさかその大物政治家の嗜好まで暴露されていたとしたら?」
「どうした話だったのかしら。詳しくは知らないけれど」
「SMクラブに出入りする写真が週刊誌に掲載されたのよ御丁寧に中で何をやっているかという写真や文章、証言まで載せてね」
「徹底してるわね」
「おかげでその人は一回落選したわ。この前の補欠選挙で復活したけれど」
「大変だったのね。やっぱりあれで?」
「だから証拠がないのよ」
 コズイレフは不快な顔でカクテルを飲み干してからそう述べた。
「彼等がやったっていうね。お金が動いているかも知れないし」
「足がついていないのね」
「そういうこと。けれどこうした話は貴女の国でもある筈よ」
「否定はしないわ」
 その通りであった。
「日本でもね、イスラエル寄りと思われないと落選したりすることがあるから。こうしたことは連合のどの国でもあることよね」
「そしてイスラエルやユダヤ系に好意的だと集中豪雨のような票と資金、様々な援助が得られる。わかり易いわね」
「そうね。私は中立だけれど」
「私もよ。今のところ彼等は私には何もないみたい。これからはどうかわからないけれど」
「カーチャは力があるから」
「真理は頭かしら。貴女なら彼等を向こうに回しても大丈夫よ」
「それは無理よ」
 小柳は旧友のその言葉にくすりと笑って応えた。
「私だって政治家だから。それ位はわかるわ」
 彼女もまた伊藤の弟子の一人である。父が政治家でありその跡を継ぐ形で政治家となったのである。彼の父は何度か日本において閣僚になったこともある日本政界の実力者であった。懐が広く統率力のある人物であった。だが上の子供三人が政治家になりたがらずそれぞれサラリーマンやラーメン屋、散髪屋になった為に彼女が政治家になったのである。なお彼女は四人兄弟の末っ子であり上に兄が三人いるのである。上の兄三人は政治には興味がなくそれぞれの人生を歩むことを望んだ。そして父はそれを認めたのであった。
「御前達の人生だ、御前達で決めろ」
 それが彼の言葉であった。政治家になったところで懐にはあまり入らないのは彼も兄達もよくわかっていた。その殆どが政治資金やスタッフへの給与に消えてしまうのではそれも当然であった。そして彼は真理にも尋ねてきた。彼女は当時高校生であった。小柄ながら容姿端麗、眉目秀麗な美少女として知られていた。
「御前はどうするのだ?」
「私?」
「そうだ」
 学生服に身を包んだ娘に尋ねてきた。高校生らしい清楚な制服姿であった。青地のブレザーにタイ、そしてチェックのスカートがよく似合っていた。
 

 

第十一部第二章 バランサーその五


「御前の人生だ。好きにしろ」
「そうね」
 彼女はそう問われて考え込んだ。そして数日後こう答えた。
「政治家になりたいのだけれど」
「わしの跡を継ぐとかそういうのではないな」
「ええ」
 彼女は答えた。
「前に政治に興味があったし。いいかな」
「そうか、わかった」
 父はそれを聞いて頷いた。
「では大学を出たらすぐにわしのところに来い。秘書になれ」
「わかったわ」
「大学は何処でもいい。好きなところに入れ」
「何処でもいいの?法学部じゃなくて」
「政治家にも色々なタイプがある」
 彼はここでこう言った。
「わしみたいなのもいれば几帳面なのもいる。政治というものに一つのスタイルはないのだ」
「そうなの」
「それを勉強する為にもな。法学部だけでは面白くとも何ともない。そうだな」
 彼は娘を見ながら述べた。
「御前は教育学部なんかが向いているかもしれんな」
「教育学部」
「そうだ。学校の先生は好きか」
「嫌いじゃないわ」
 中学校で立派な女の先生に会っていた。それ以来悪い印象はない。
「そうか。わしは嫌いだ」
 彼は娘に対して笑ってそう言った。豪快な笑顔であった。またその笑顔が実に似合っていた。
「わしは勉強が嫌いでな」
「そうだったの」
「学生時代は柔道ばかりしておった。大学にもそれで入った」
「それは聞いたわ」
「それでも政治家になれた。わしの政治というものは柔道で培ったものなのだ」
「柔道からも政治は学べるのね」
「結論から言えばな。だが御前はわしとは違う。教師というものから政治を学ぶのもいい」
「そうなのかしら」
「何時かわかる。いいな、それで」
「ええ」
 そして彼女は教育学部を出て、教員免許を習得した後で父の秘書となりこうして政治家になった。豪気な父精三の娘として最初はどんな猛女かと言われていたが実際は小柄なまだ幼さの残る女性だったので多くの者は面食らった。そして伊藤の下で育てられ今があるのだ。
「それなりにね。我が国の政界の裏でも動いているみたいね」
「そうでしょうね」
 どの国でも同じであった。
「ただ彼等は自分達がどういった存在なのかもわかっている」
「ええ」
 小柳はそれに頷いた。
「そこがまたね。正面からでは私達には勝てはしない」
「そして本気で怒らせても」
「それよ」
 コズイレフの顔が変わった。
「彼等は私達を怒らせないように動いている。完全にはね」
「そうして自分達の地位を維持しているのね。それが本当に厄介だわ」
「そんな彼等をどうするかね。まあ彼等が私達を利用するというのなら」
「私達も彼等を利用すればいい。バランサーとしてね」
「そういうことね」
 そんな話をしながら飲み続けた。彼等もまた政治の世界におり、国際情勢というものを理解していた。だからこそ互いに利用し合うということもわかっていたのだ。

 この会議の結果は当然ながらイスラエル政府の最上層部にも伝わっていた。結果を聞いたイスラエル大統領ヨブ=フェレスは満足そうに笑った。一見温厚そうな老人であるがかなりの策士であり、連合各国の間では要注意人物とされている。ただしイスラエル市民の間では評判がよい。
「上手くいったな」
「はい」 
 前にいるシャイエックがそれに応えた。
「いつも通りでした」
「いつも通りか」
「はい。我々のバランサーとしての役目がまたもや無事果たされました」
 彼もまた満足そうに笑っていた。
「実に喜ばしいことです」
「そうだな。だがアフターケアは充分だろうな」
「勿論でございます」
 シャイエックはそれにも笑っていた。
「関係各国及び関係者には根回しを済ませております。抜かりはありません」
「ならいい。これは基本だからな」
「はい」
「我々は今までこうやって生きてきた」
 そう語る顔に何か暗いものがさした。
「長い気の遠くなるような放浪の末に」
「ローマによりシオンの地を追われたその日、いえ十二支族の古より我等は迫害を受けてきました」
「苦しみは何でも知っている。本当に何でもな」
 彼等はかっての苦難の歴史を忘れてはいなかった。今は十二支族も見つかりシオンの民は揃ったことになっている。だがそれまで二千年の間国もなく、欧州では命の危険すらある迫害をことあるごとに受けてきた。そしてようやく国を持ったかと思えばそこには果てしない戦いがあった。そしてようやく消え去っていたとされていた残りの十支族を見つけ、十二支族となり宇宙において真の意味でのユダヤ人の国家イスラエルを建国した。あまりにも長い苦難の歴史、だがそれこそが彼等の全てなのであるから。
「そして今もだ。人口にも国力にも劣る我々が連合で生きていくには」
「バランサーしかありません。どんな大国も逆らえないような」
「そういうことだな。では今後も頼むぞ」
「はい」
 彼等もまた生きる為に必死だった。その為のバランサーであった。
 連合は決して一枚岩ではない。三百の国家に中央政府、そして三兆の市民に数多くの宗教や団体。そしてその中にはこうした存在もいるのだ。だがそれでも彼等は連合にとって必要な存在であった。何故ならそれもまた神の配剤であるからであった。

「また彼等が動いたのね」
 伊藤は官邸の自己の執務室で小柳からの報告を聞いていた。
「はい」
 そして小柳もそれを認めた。
「そのせいか会議は無事に収まりましたが」
「我が国は損はしていないわね」
「ええ」
「むしろ得をしているといっていいかしら」
「そうなりますね」
「他の国も。まさかここまで話が上手くいくとはね。私もこの会議は長く続くものになるだろうと思っていたのよ、実はね」
「そうだったのですか」
「相手が相手でしょ」
 彼女はそう述べた。
「ロシアだけじゃなくアメリカや中国、そしてASEAN各国と揉めていた」
「はい」
「そうした状況じゃね。今回は流石に彼等も動かないかも、とも考えていたのよ」
「それは私もです」
 小柳はそう述べた。
「貴女も」
「はい。今回は事情が複雑でしたから。そう思ったんです」
「ところが彼等は動いた。そして私達が思っていたより遥かに簡単に話を収めたわね」
「意外でした」
「それを読めなかったのは私もまだまだ甘いということかしら」
 そう言ってくすりと笑った。
「よりによって彼等の力量を見誤るなんてね。これでは首相の荷はまだ私には重いということね」
「私はそうは思いませんが」
 小柳はそれには異を呈した。
「総理はよくやっておられると思います」
「よくやってるじゃ駄目なのよ」
 そう述べて苦笑した。
「この仕事はね。国益がかかってるのだから」
「そ、そうでした」
 小柳はそれを聞いて恐縮した。いつもの凛とした知的でクールささえ感じられる物腰は今は何処にもなかった。これもまた彼女の顔であった。人にはそれぞれ色々な顔があるということであろうか。
「申し訳ありません。私の勉強不足でした」
「いいのよ、わかってくれれば」
 伊藤は笑ってそう言った。
「ただ、今回のことはよく覚えておくといいわ」
「彼等のことでしょうか」
「それだけじゃなくてね。色んなことよ」
「色んなこと」
「政治ってのはね、一つの力で動いているんじゃないってことよ。多くの力で成り立っているのよ」
 伊藤は静かにそう言った。
「私達だけじゃなくてね。ああしたバランサーの存在もあるわけ。他にも一杯あるわね。政治的な勢力だけじゃなく」
「そうですね」
 小柳は伊藤が何を言っているのか理解した。そしてそのうえで頷く。
「企業や組合もありますし。多くのフィクサーがあります」
「そうしたことを頭に入れておくといいわ。今後の為に」
「わかりました」
「貴女は筋がいいわ。これからも勉強しなさい」
「はい」
「そして」
 伊藤は言葉を続けた。
「いずれは私を越えなさい。いいわね」
「はい」
 師弟関係そのものであった。弟子は何時か師を越えなくてはならない。伊藤はそう小柳に促していたのであった。それが伊藤にとっての弟子であり、伊藤式の教育であった。彼女は自分以上のものになってもらう為に教育を行っているのであった。
 様々な役者達が連合の内部においてそれぞれの役を演じていた。それは今は歴史の主な舞台ではない。だがそれでも確実に動いていた。そして話は進むのであった。 

 

第十一部第三章 野望への階段その一


                          野望への階段
 エウロパが撤退したサハラ北方は程なくしてティムールの手に落ちた。シャイターンはそれを確認して満足の笑みを浮かべていた。
「これでよし」
「はい」
 彼は今旗艦イズライールの艦橋にいた。傍らに控えるハルシークがそれに応える。
「これで私はサハラの歴史において永遠に名の残る英雄となったな」
「あのサラディンやバイバルス以上の」
「ふふふ、彼等より上か」
 それを聞いてさらに上機嫌になる。
「悪くはない。だがその彼等よりも上に立つぞ」
「わかっております」
 ハルシークは今度は恭しく頭を垂れた。
「今度はサハラ全土ですな」
「この北のことが収まればな。よいな」
「ハッ」
「すぐにサハラ全土に知らせよ。この北方はシャイターンが解放したと」
「はい」
「難民達には特にな。諸君等の故郷はこの私により諸君等の手に戻ったと。よいな」
「わかっております。これでこの北方は完全に我等のものとなりました」
「うむ。事実上サハラはこれで三分とされたわけだ」
「北の我々と東のハサン、そして」
「西と南を押さえるオムダーマンか。既にオムダーマンには手を打っている」
「はい」
「問題はハサンだな。どう出るか、だ」
「彼等はこれといって動いておりませんが」
「相変わらずか」
「はい、自分達の権益と地位が保たれればそれでよいようです。相も変わらず安穏としております」
「気楽なものだ」
 シャイターンはそれを聞いて失望したような声を漏らした。
「サハラにいながら。ハルシークよ」
「はい」
「そなたに問いたい。サハラの男にとって求めるべきものは何だ」
「信仰と力でございます」
「そうだ。そしてそれを彩るものは何だ」
「謀略と・・・・・・戦いでございます。ムハンマドの緑、そして血の赤こそがサハラの色でございます」
「その通りだ。ではそれを見ようともせず安穏としている者達にサハラにいる資格はあるか?」
「いえ」
 彼は答えた。
「そうだな。では野望を持たない男は?」
「サハラの男ではありません。サハラにおいて生きる価値のない者です」
「そこまでは言わぬがな。だがおおむねその通りだ」
 彼はその問いに満足した。
「それではわかるな。私の次の進む先が」
「はい」
「東の大国か。果たしてどれ程のものか。だが」
 彼は不敵に笑いながら言った。酔っていた。だがそれは酒の酔いではなかった。
「私の前にどれだけの力があるか。それを是非見せてもらおう」
 そう言いながら星の大海原を進んでいた。彼は星と血に酔っていたのであった。

 シャイターンとその艦隊はティムールの首都アレキサンドリアに帰還してきた。市民達はイズライールから降り立ってきた彼を歓喜の声で出迎えた。
「シャイターン万歳!シャイターン万歳!」
「これでサハラは再び我等のものに!」
 中には涙を流す者までいた。彼はそれを見て満足そうに笑っていた。
「どうやら彼等も満足しているようだな」
「当然でしょう」
 ハルシークがそれに応えた。
「サハラ北方の解放は我等にとって長い間の悲願だったのですから」
「そうだな」
 彼はそれも満足そうに聞いていた。
「彼等はそれで満足しているのだろうな」
「はい」
「だが私にとってはこれからなのだ」
 彼はハルシーク以外に聞こえないような小さな声でそう述べた。
「全てがな。ハサンに送り込んだ者達はどうしているか」
「全ては順調です」
「ならよい」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「機が来ればまた動く」
「はい」
「その時まで爪と牙を隠しておくとするか」
 そんな話を二人でしながら市民達の歓呼の声の中宮殿に辿り着いた。そしてバルコニーに姿を現わす。
「シャイターン!シャイターン!」
 彼の名を叫んでいる。彼はそんな市民達を見下ろしながら言った。颯爽と、そして傲然と。さながら王者であるかの様に。
「諸君!」
 まずは市民達を差して言う。
「遂にサハラは完全に我々アッラーの民のもとに戻った。エウロパの邪な侵略者共は退き、今は一人としてこのサハラにはいない!」
「おおーーーーーーーーっ!」
「思えば長い苦難であった」
 彼はここで苦難と表現した。
「かっての十字軍のそれのように。だがあの時も我々はそれを乗り越えた!」
 十字軍について言及する。これには計算がった。
「あの時はサラディン、そしてバイバルスがいた。だが今は誰がいたか!」
「シャイターン!」
 市民達は叫んだ。
「そう、私だ!」
 彼は力強い声でそれに応えた。これが計算であった。
「私がサハラを完全に取り戻した!これは事実である!」
「そうだ!」
 確かに事実であった。彼は戦ってはいないが取り戻した。それだけで充分なのであった。
 連合はエウロパと戦った。エウロパはその戦いに際して総督府の兵を引き上げてそれにあたろうとした。シャイターンはそこに付け入っただけと言えばそうなる。だが北方をサハラの手に取り戻したのもまた事実であったのだ。揺ぎ無い事実であった。そして彼はそれを利用していたのであった。
「そのうえで私は今ここで宣言する!」
「何を!」
 市民達は問うた。
「サハラはサハラの者達のものであると!二度とエウロパの者達を入れてはならない!」
「その通り!」
 ある意味過激なナショナリズムであった。サハラの者達は多くの国家に分裂していてもその血は同じであると考えていた。いや、血ではなく信仰において。そうした意味で彼等は同じであった。従ってナショナリズムもまた二十世紀にかって存在していたものとは違っていたのである。こうしたものも時代によって変わるものであった。
「二度と!」
 シャイターンは繰り返した。
「二度と!」
 市民達もそれに続く。
「サハラはサハラの者達だけのものだ!違うだろうか!」
「いや、違わない!」
 市民達の熱狂の度合いが高まっていく。それこそがシャイターンの狙いであった。
「その通りだ!」
「そう、その通りだ!」
 シャイターンが待っていたのはその言葉であった。それを聞いた彼は心の中で笑った。
「では我々はこれからどうするべきか!」
「強くなるべきだ!」
 彼等はまた言った。
「今以上に!」
「そう、今以上に!」
 市民達は気付いていただろうか。シャイターンの目が英雄のそれではなく魔王のものに近いということに。彼の身体からは黄金色のオーラではなく紫の妖しいオーラが漂っていた。見るものにはわかる。それは英雄のオーラではなく魔性の世界の者のオーラであった。姦雄の放つそれであると言えた。
「では我々が次に為すべきことはなんだ!」
「力をつけることだ!」
「それはバラバラになっていてできるものか!」
「否!」
 一斉にそれを否定した。
「そう、否だ!」
 これもまたシャイターンが待っていた言葉であった。彼は市民達を上手く誘導していた。自分の世界へと。
「指導者が必要だと思わないか!」
「指導者」
 市民達はそれを聞いて一瞬戸惑った。シャイターンはそんな彼等に対して問うた。
「そう、指導者だ。我々はエウロパ、そして連合に対して劣っているだろうか。だからこそ今まで分裂し、侵略に晒されてきたのだろうか」
「それは違う」
 市民達はそうではないと言った。シャイターンはそんな彼等に問うた。
「では何故分裂し、侵略に晒されてきたのか。考えて欲しい。何故かを」
「それは」
「優れた指導者がいなかったからではないのか」
 ここで彼は言った。
「違うだろうか。先に私はサラディンやバイバルスについて述べた」
「そうだ」
「あの時もそうだった。十字軍を許したのは何故か。あの時我々には指導者がいなかった。アラブを救うような」
 シャイターンの目が光っていた。紫のオーラに合わせるかのように赤く光っている。不気味な姿であった。
「だがサラディン、そしてバイバルスが現われたならば我々は救われた。これで私が言いたいことはわかるだろう。違うだろうか」
「いや」
「そうだな。では今も同じではないだろうか。サハラに必要なものは優れた指導者だ。そしてそれは」
「貴方だ!」
 誰かが叫んだ。
 

 

第十一部第三章 野望への階段その二


「貴方をおいて他にはいない!」
 これはサクラがいたのだろうか。あまりにもできすぎていた。しかし彼が推されたのは事実であった。
「今我々に必要なのはサラディンでもバイバルスでもない!」
 誰かがまた叫んだ。
「シャイターン、貴方なのだ!」
「諸君」
 彼はそれを受ける形で市民達に対して問うた。
「どう思うだろうか」
「それは我々に対して問うているのか」
「そうだ」
 彼は答えた。
「諸君等は私を必要としているか。今それを聞きたい」
「それは」
「そうなのか」
 ここでまた目が光った。まるで彼等を操るかのように。黒い光が群集を見据えていた。魔性の光であった。
「答えてくれ」
 そしてこう尋ねてきた。誰もがその目を見た。そして心を奪われてしまった。
「貴方だ」
 また誰かが言った。
「我々は貴方を必要とする」
「そう、貴方しかいない」
 皆口々に言う。
「我々には貴方しかいないのだ」
「では私を信頼してくれるか」
「当然だ」
 彼等は誘われるままに答えた。
「シャイターンよ」
 彼等は口々にその名を呼ぶ。
「我々を導いて欲しい」
「サハラ、そして我々の為に」
「また聞きたい」
 彼はそれを受ける形でまた尋ねた。
「本当に私でいいのだな」
「そうだ」
 彼等はまた答えた。
「貴方を。サハラの為に」
「わかった」
 シャイターンはそれを聞いて頷いた。
「では私は今ここに誓おう。サハラの栄光を。そして諸君等の永遠の繁栄を」
 それこそが彼等の願いであった。シャイターンは今完全に彼等の心を掴んでいた。
「今サハラはここに本来の姿となる。ムハンマドが目指した偉大なるアラブの者達のものとして」
「アラブの」
 彼等のルーツはアラブにある。その頃から彼等は一つではなかったのだ。ムハンマドとその後の僅かな間だけを除いて。それが真実であった。正統カリフ時代が終わりウマイヤ朝の時代になったがそこでウマイヤ朝に反発するイラン系やシーア派がアッバース朝を立てた。だがウマイヤ朝の者達はイベリア半島、後のスペインに逃れてそこで後ウマイヤ朝を立てたのである。これ以降このアッバース朝にしろセルジュク朝にしろアイユーブ朝にしろあのオスマン=トルコにしろアラブ世界を統一することは適わなかった。英雄サラディンも風雲児バイバルスにしろチンギス=ハーンの後継者ティムールにしろ、そして世界帝国となでなったオスマン=トルコにしろ。彼等は今に至るまで統一されたことはなかったのである。
 銀河の時代においても幾度も英雄、そして大国が現われた。だがそのいずれも砂と銀河の中に消えていった。さながら蜃気楼の様に儚く。全ては星達の夢の様であった。サハラの統一は誰もが望んでいたが誰も為し得なかったものであった。
「そうだ、アラブの」
 シャイターンは誘うようにして言う。
「長い苦難の末に我々は今ようやく光に辿り着こうとしている。私はその光に諸君等を導くであろう」
「我々を」
「そうだ、光にだ」
 シャイターンは続ける。
「それは緑の光だ。あの緑の」
「緑の」
 群集達はその緑という言葉に反応を示した。
 緑はムハンマドを象徴する色である。アラブでは砂と岩が多く緑は少なかった。彼等にとって緑は救いの色でもあったのだ。緑は月と共にイスラムにおいて重要なものとされているのは銀河の時代においても変わりはしなかった。
「私はそこへ諸君を導いていこう。ついてきてくれるか」
「当然だ!」
 またしても誰かが叫んだ。それはサクラではなかった。心からシャイターンに打たれた結果であった。そしてそれを打たせたのはシャイターンの計算であった。彼はそこまで読んでいたのである。見事な慧眼であった。
「我々は貴方と共にいこう!貴方を信じる!」
「貴方こそ我々にとっての英雄だ!どうか我々を!」
「その光に!」
「よし、誓おう!」
 彼はこれまでになく大きな声でそう言った。
「諸君等を、そしてサハラを栄光へ!それこそが私の為さねばならない仕事であると!」
「おおーーーーーーーーーっ!」
「シャイターン万歳!シャイターン万歳!」
「ティムール、そしてサハラに栄光あれ!」
 皆彼を熱狂的な声で讃えていた。そこに一人の英雄がいた。
 この演説は長く歴史に残ることになった。サハラを席巻した一代の姦雄メフメット=シャイターン、今将にその全容を現わしたのであった。

 それは全人類の社会に放送されていた。そして多くの者が観た。アッディーンもその中の一人であった。
「英雄か」
 彼はそれを見てまずはそう呟いた。
「サラディンやバイバルスに匹敵する、か。大きく出たな」
「私はそうは思いませんが」
 いつもとは違う女の声が返ってきた。彼は今官邸のリビングにいたのだ。そしてその隣には妻であるマルヤムが座っていたのである。
「兄ならばこの位のことは当然のことです」
「つまり最初から英雄の素質があるということか」
「はい」
 マルヤムはそれに頷いた。
「兄ならば。こうした人々の熱狂的な支持を集めることは造作もないことです」
「そうかもな」
 彼も妻のその言葉を聞いて頷いた。
「私が貴女の兄と最初に会った時のことだ」
「サラーフとの戦いの時ですね」
 彼はあの時はまだ一司令官に過ぎなかった。その時に彼と既に会っていたのである。
「そうだ。あの時に実は感じていた」
「そうなのですか」
「只ならないものをな。そして今同じものを感じている」
「では兄が英雄とお認めになるのですね」
「ああ」
 彼はそれを認めた。
「貴女の兄は英雄だ。おそらく歴史に永遠に名を残す英雄だろうな。これからどうなっていくのかわからないが」
「そうですね。ところで」
 マルヤムはここで話を変えにかかってきた。
「何だい?」
「英雄は一人だとお思いですか?」
「また変わったことを聞くな」
 彼はそれを聞いて少し戸惑ったような顔をした。
「英雄が一人か、か」
「はい。どうでしょうか」
「そうだな」
 彼はそれを受けて考え込んだ。
「英雄は中々出るものではない。天才がそうであるように」
「はい」
「その時代に一人出て来るかどうかさえわからない。だが出た時には全てを変える」
 アレキサンダー然り、チンギス=ハーン然り、ナポレオン然り、である。彼等は英雄であり一代の風雲児であった。彼等の登場が全てを変えたといっても過言ではない。ワシントンもジュリアス=シーザーもそうした意味では英雄であった。彼等は常人とは明らかに何かが違っていた。
「サラディンもバイバルスもそうだったな。そしてムハンマドも」
「ですね。しかし彼等と同じ時代に別の英雄が出る可能性はあるでしょうか」
「殆どないだろうな」
 彼はまずそう答えた。
「英雄は滅多に出ない。だからこそ英雄だ」
「はい」
「一人出る可能性も殆どない。だがアッラーの思し召しにより」
 アッラーのことを言ったうえであらためて言う。
「もう一人出る場合もあるだろう。だがそうした場合は新たな戦乱を呼ぶかもな」
 項羽と劉邦がそうであった。二人はタイプこそ違うが互いに英雄であった。だからこそ覇を競ったのである。そしてそれに勝った劉邦が天下を取ったのである。
「天下に二日はないという言葉があったな」
 中国の古い言葉である。まだ地球にあった頃の言葉だ。天下を治める君主は一人しかいないという意味である。その言葉に従い今まで多くの戦乱が起こっている。サハラとて例外ではない。
「強烈な個性と才能は互いに潰し合う」
 アッディーンの言葉には何時にもなく深い思索が漂っていた。
「そして生き残るのは一人だ」
「そうなのですか」
 マルヤムはそれを聞いてようやく再び口を開いた。
「では兄とは別の英雄が現われる可能性はないわけではないのですね」
「そうだな」
「そしてその英雄は兄と戦う宿命にあるのですか」
「結果としてはそうなるだろうな」
 彼は妻に対してそう答えた。
「しかしそれがどうかしたのか」
「いえ」
 彼女はそれには言葉を濁した。
「ただ・・・・・・聞いただけです。気になさらないで下さい」
「そうか」
「そして一つ申し上げたいことがございます」
「何だ」
「私は貴方の妻ですね」
「何を今更」
 彼はそれを聞いて苦笑した。
「それはアッラーに誓った。それ以上に確かでないものがあるか」
「いえ、それならばよいのです」
 彼女は思わせぶりにそう答えた。
「妻は生涯夫と共に生きていくもの」
「そう教えられているな」
 一応はそうはなっている。実際にはそうそう上手くはいかないが。人間の世界とは何時の時代も色々とあるものであるからだ。これ程複雑なものもないのだ。
「それでは私は何時でも、そして何時までも貴方の側にいなければなりません」
「申し訳ないが頼むよ」
 彼は笑ってそう言った。
「つまらない男だが」
「私はそうは思いません」
 しかしマルヤムは夫のその言葉を否定した。首を横に振る。
「貴方は私の夫、そして私のもう一つの身体」
「それは私もだ」
 アッディーンも言った。
「何があろうと離れはしません」
「頼むよ」
 二人はそう言って唇を重ねた。そしてすぐに離れた。
 

 

第十一部第三章 野望への階段その三


「これからまた色々とあるだろうが」
「戦場に行かれるのでしょうか」
「そうかもな」
 否定はしなかった。
「私は軍人だ。戦場に行くのが仕事だ」
「はい」
「貴女の兄とは少し似ているのかもな。あの人もまた戦場に出る」
「私は同じだと思います」
 彼女はここでこう言った。
「貴方と兄は。同じです」
「同じ、か」
「はい」
 マルヤムは頷いた。
「それでも、いえ、だからこそ私は貴方に寄り添います。生涯かけて」
「わかった。それでは頼むよ」
「はい」
 彼はこの時妻の言葉の意味をわからなかった。これには深い意味があった。だが彼は今はそれに気付きはしなかったのであった。ただ額面通りに受け取っていただけであった。
 二人はそのまま休息に入った。そして朝になった。それから朝食を執ることになった。妻の手料理であった。メニューは羊のクスクスであった。
「美味いね」
 アッディーンはそのクスクスを一口食べてからそう述べた。
「味付けも手頃だし。全体のバランスもいい」
「有り難うございます」
 向かい側に座るマルヤムはそう言われて微笑んだ。
「これも勉強しましたから」
「シャイターン家は名のある家だというのに」
 これは最初アッディーンが妻が料理を作るのを見た時思ったことである。
「自分で料理を作るとは。変わっているな」
 普通は専属の料理人に作らせるものである。彼女の父や兄弟はそうしているという。だが彼女は昔から自分の料理は自分
で作っていたという。それも幼い頃から。非常に珍しいことであった。
「料理が趣味なのです」
 彼女はそう答えた。そして実際にそれは美味かった。彼は食べてみても驚いたのであった。
「ううむ」
 これが彼女の料理をはじめて口にして出した言葉であった。それ程意外だったのである。
 元々普通の家庭に育っている。贅沢な食べ物には慣れていない。彼女の料理はそれに合わせたかのように質素なものが多い。それがさらに彼を喜ばせた。
「それじゃ」
 クスクスを食べ最後にミルクを飲む。羊のミルクだ。
「行って来るよ」
「はい」
 家を出るともうそこには車が待っていた。これは司令の頃から変わらない。
「お待ちしておりました」
「ご苦労、じゃあ行こうか」
「はい」
 車を運転する下士官と秘書であるハルダルトに挨拶をして副大統領府に向かう。着いてみるともう仕事が待っていた。
「朝から会議か」
 彼はそう言って苦笑した。
「会議は朝に行われるものですよ」
 ハルダルトはそれを受けてこう答えてきた。
「朝廷といいますね」
「ああ」
 今ではない言葉ではある。連合やエウロパなる皇室や王室はどれも象徴、儀礼的な存在となっている。政務をとる君主はいなくなっている。だからこれももう死語と言っていい。少なくとも実際の政治においてはそうであった。
 この名の由来は古代の中国の王朝では文武百官は朝に皇帝の前に参列し政治について話し合ったからである。こうした由来があったのである。
「それを考えると当然ではないでしょうか」
 ハルダルトはそれについて言及してきたのであった。
「そういうものかな」
 だがアッディーンには今一つ実感が湧かない。
「私はよく昼に会議を開くからな」
「そういえばそうですね」
 ハルダルトはその言葉に応えた。
「それは何故でしょうか」
「何となくかな」
 実は根拠がなかった。
「時間が空いた時にな。そういうものではないのか」
「閣下はそう御考えですか」
「そうだ。それで何か不都合があるか」
「いえ」
 だが彼はそれを否定したりはしなかった。
「それも一つの考えだと思います」
「そうか、ならいい」
 アッディーンはそれに頷いた。
「だが朝から会議とは。何か重要な用件でも急に入ったか」
「そういうわけでもないですが」
 ハルダルトはそう答え懐から手帳を出す。そしてスケジュールを見た。
「大統領府の方で予定変更があったようですね。是非今日の午前のうちに話して欲しいと」
「そうだったのか」
 彼はそれを聞いて納得した。
「何でもマウリアからの使者が急に来訪しまして。それで軍事についても少し話し合って欲しいとのことです」
「用件は何だ」
「軍事交流についてです」
「軍事交流」
「はい」
 ハルダルトは答えた。
「今彼等は同盟関係にある連合と積極的に交流を深めていますね」
「そういえばそうだったな」
 それはアッディーンも知っていた。彼等の関係は近年特に深いものとなっていることも知っていた。
「あの巨大戦艦でも入れるつもりかどうかは知らないが」
「流石にそれはないでしょうけれどね」
 ハルダルトはそう答えて苦笑した。
「あの巨大戦艦は連合独自のものです」
「うむ」
「マウリアにとっては必要のないものでしょう。おそらく彼等はああした巨大兵器は開発、若しくは購入しないものと思われます」
「必要もないしな」
「はい。あの巨大戦艦にしろ最初は議論になっていましたし」
「そうだったな」
 ティアマト級巨大戦艦は開発当初議会でも問題になっていた。これ程までのものが果たして必要なのかどうか。連合軍のこの時の主な相手は連合内の海賊やテロリスト達であった。そうした連中相手に果たして必要なのかどうか。だが解放軍征伐においてそれは必要だとわかったのであった。
「マウリアはこれといって治安も悪くないしな」
「ですね」
「それを考慮すると彼等には無用の長物になる」
「そういうことです。あれは連合だからこそ必要だということです」
「それはわかった。では本題に戻りたい」
「はい」
「そのマウリアからの交流にすいての話だったな」
「どう思われますか」 
 問うハルダルトの目の光が鋭くなった。
「それについては会議で話そう」
 アッディーンの目の光も変わった。こうして彼等は会議室に入るのであった。
 会議室に入ると軍の高官達が既に集まっていた。マナーマやアジュラーン、そして国防相であるシカールまでいた。勢揃いといってもよかった。
「それでははじめるか」
「はい」
 彼等はアッディーンの言葉に頷いた。今や副大統領である彼は彼等の上官であった。階級は元帥のままで副大統領となっているのである。
「話は聞いている」
「はい」
 彼等はアッディーンの言葉に頷いた。
 

 

第十一部第三章 野望への階段その四


「マウリア軍との交流だな。これについてどう思うか」
「そうですね」
 まずはマナーマが口を開いた。首を傾げながら。
「私はあまりお勧めしません」
「それは何故だ」
 アッディーンはそれに問うた。
「他の軍との交流は。情報の漏洩をきたす怖れがあります」
「私も参謀総長と同じ考えです」
 アジュラーンもそう述べた。
「元帥も」
「はい。それにマウリア軍と我々は軍の形態や方針があまりにも違います。交流しても得られるものはないかと考えます」
「そうか。二人はそうした理由で反対だな」
「はい」
 二人はそれを肯定して頷いた。
「これは断るべきかと思います」
「よし、貴官等の考えはわかった」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。
「では他に意見はあるか」
「はい」
 今度はシカールが口を開いた。
「私は賛成致します」
「それは何故だ」
「これは参謀総長の考えの裏返しになりますが」
「うむ」
「それだけの違いがあるからこそ交流すべきだと思うのですが。如何でしょうか」
「他の軍についても学ぶということだな」
「はい」
 シカールはそれに頷いた。
「如何でしょうか。私は悪いことではないと思いますが」
「そうだな」
 彼はそこまで聞いてあらためて考え込んだ。
「参謀総長の考えにも一理ある。情報漏洩はあってはならない」
「はい」
「だが国防相の考えもまた同じ。違うことを知るのはいいことだ」
「ではどうなさるおつもりなのでしょうか」
 マナーマは問うてきた。
「相互を同時に為すのは困難であると考えますが」
「方法はある」
 アッディーンは言った。
「方法が」
「そうだ。交流にもやり方があるな。ただ我々が彼等を受け入れるだけではない」
「はい」
「彼等にも我々を受け入れてもらおう。これならよいのではないか」
「そういう考えもありますな」
「成程」
 マナーマもアジュラーンもそれを聞いて大いに頷いた。
「そしてマウリアから学べるのはマウリアのことだけではない」
「といいますと」
「連合のことも知ることができる」
 そう答えるアッディーンの目の光が変わった。先程ハルダルトと話していた時の目であった。
「連合の」
「そうだ」
 彼は他の者に対してそう答えた。
「連合の情報も知っておきたい。これからの為にな」
「成程」
 皆それを聞いて頷いた。
「今連合とエウロパの間で激しい戦いが繰り広げられている。それを見ているだけでもかなりの資料になる。だが」
 彼は付け加えた。
「やはり実際の彼等についても知りたい。戦いの経緯を知るだけではわからないことも多い」
「そういうことですか」
「ですがそれならもっと踏み込まれてはどうでしょうか」
「というと」
 シカールの言葉に顔を向けた。
「どういうことかな」
「連合とも交流を深められてはどうでしょうか」
 彼はそれを申し出てきたのである。
「連合ともか」
「マウリアだけではなく彼等との交流も深めていいと思いますが」
「ふむ」
 アッディーンはそう言われまた考え込んだ。
「確かにな。悪くはないか」
「私はそう思います。アジュラーン閣下とマナーマ閣下はどう思われるでしょうか」
「そうですな」
 問われた二人も暫し考えた後で答えた。
「悪くはないと思います」
「連合に関しては色々と興味深いものがありますから。兵器だけでなく」
「私は特に補給に興味がある」
 アッディーンは補給について言及してきた。
「補給ですか」
「そうだ。かってサラーフとの戦いでは我々は補給路の確保に腐心してきた」
 ムスタファ星系を掌握した時である。アッディーンはここを拠点にサラーフとの戦いの第一段階を進めてきた。その際補給路を常に一個艦隊以上の戦力によって守らせてきた。その経験から言っているのであった。
「戦争はものがなければ行えない」
「はい」
 これは最早言うまでもないことであった。
「そして戦闘の度にその物資を多量に消費する。いや、軍はその存在だけで消費するものだな」
「否定は致しません」
 その通りであった。皆それに頷いた。
「だからこそ補給が重要になってくる」
「ですが閣下」
 ここでマナーマが申し出てきた。
「何だ」
「我々の補給はそれ程脆弱なものとは思えませんが」
「確かにな」
 彼はそれは肯定した。
「私も今まで多くの戦いを経てきた」
「はい」
「だが物資の不足を感じたことは一度もない。これも事実だ」
「ですね。ならば特に気にすることもないのではないでしょうか」
「しかしだ」
 だがアッディーンはここでまた言った。
「物事に完全ということはない。我がオムダーマンの補給にも欠点がある筈だ」
「はい」
「連合の補給を見てみたい。彼等の動員戦力は我々のそれとは比較にならない」
 これは人口、国力の差が影響していた。オムダーマンをはじめとしてサハラでは今まで人口が一千億を越えた国が誕生したことはない。彼等は人口においてもエウロパに大きく負けていたのだ。二千億のサハラの民とはいってもそれは分裂していた。国力は連合と比してあまりにも脆弱なのも事実であった。
「彼等は補給には全く困ってはいないようだな」
「そのようですね」
 シカールがそれに答えた。
 

 

第十一部第三章 野望への階段その五



「ガンタース要塞群を最大の補給基地として戦いを進めているようです。彼等の物量戦はエウロパ軍を圧倒しております」
「二千個艦隊だったな。そしてサハラ義勇軍が百個艦隊」
「はい」
「それだけの大軍を他国の領土深くに送り込み、そして物資の不足をさせないだけの補給だ。相当なものだとは思わないか」
「連合の国力があればこそ、ですね」
 またシカールが答えた。
「その国力で以って戦う。それが連合だ」
「我々とはまた違った戦い方です。やはり我々は何処か軍のみで戦っています」
「彼等は戦争と同時に政治もしているな。エウロパの領土を着々と占拠している。そしてそれでもってもエウロパに対して圧力をかけていっている」
「エウロパはそれに対して為す術がないように思える程です」
「今のところはな。だが連合軍はエウロパの市民達から徴収等は全く行っていないそうだな。彼等の産業活動も保障していると聞く」
「それだけ物資があるということでしょう」
「同時に彼等の宣伝だな。寛大さをアピールする」
「何もかも政治ですね。憎らしい程です」
「全てはあの国防長官の考えか」
 八条について言及した。アッディーンも八条を知らないわけではないのである。ニュース等で度々その名を目にしていた。
「補給のことといい。どうやらかなりの戦略家のようだな」
「かっては日本軍で将校を務めていたそうです」
「元軍人か。道理で」
 それを聞いて納得した。
「あれは軍人の考えだな。それから派生している」
「そして経補将校だったといいます」
「繋がったな」
 アッディーンはそれを聞いてまた言った。
「連合軍の補給に関しても。ここで聞きたいことがある」
「何でしょうか」
「連合軍の物量だ。一体どれだけのものなのだ」
「それは」
「私が持っております」
 ここで情報部長であるマーシャー=マスルールが資料を出してきた。痩せた浅黒い肌の男である。階級は大将であった。
「貴官が」
「はい。エウロパの諜報にあたっていたハルヴィシー准将からの報告です」
「ハルヴィシー准将?ああ、特殊部隊の」
 その名前は覚えていた。ミドハドとの戦いにおいて相手の国家元首であるハルドゥーンの潜伏先の探索を行った人物である。あの時は彼にかなり助けられた。
「はい。今は情報部におりまして」
「ふむ」
「その彼からの報告です。御覧になりますか」
「勿論」
 彼は答えた。そしてその資料を受け取り目をやった。そこには彼にとって信じられないものがあった。
「物凄いな」
 彼はそれを見て呟いた。
「兵士一人の携行食品だけでこれか」
「はい」
 そこにはキャンディーやチョコレートといった菓子類、肉の燻製、コールドさせたフルーツ、乾パン、ビスケット、缶詰、インスタント食品等が書かれていた。数も量もオムダーマン軍の倍程ある。手を拭くティッシュまで彼等の倍程あった。かなりの量であった。
「艦艇に搭載されている兵器のストックも凄いな」
「それを考えてのあの巨大さなのでしょう」
 連合軍の艦艇はオムダーマン軍のそれより遥かに大きい。駆逐艦でオムダーマン軍の軽巡と同じ位である。そしてアッディーンは他にも注目していた。
「補給艦のデータもあるな」
「はい」
 マスルールは頷いた。
「我が軍の補給艦なぞ比較にならない。化け物のような大きさだ」
 連合軍の補給艦は巨大である。優に二キロ以上あるのである。
「これが一体どれだけあるのだ」
「五百万以上だといいます」
「一個艦隊にして二千隻以上か」
「はい」
「だからこそか。これだけの物資を補給できるのは」
「それだけではありませんね」
 マスルールは付け加えた。
「後方基地を整備する能力も。連合軍のそうした技術はかなりのもののようです」
「ニーベルング要塞群のことだな」
「はい。あれだけ破壊した施設を後方支持に限り瞬く間に修復してしまったのです。それは驚くべきものです」
「あれはな。私も驚かされた」
 彼はそう答えた。
「そうしたことを総合しての補給だな」
「そういうことになるかと」
「連合の国力故のことだが。それにしても凄まじい」
 彼は素直に感嘆の言葉を漏らしていた。
「そうしたことも踏まえて交流を進めていくべきだと思うが」
「つまりは実際の戦闘関係にはあまり重点を置かないということですね」
「連合にはな。おそらくあの巨大戦艦にしろ我が軍には不要のものだ」
 彼は言った。
「それに戦争というものは戦場だけでするものではない」
「はい」
「後方でも行われる。戦争というものは国家全てを巻き込むものだ」
 だからこそ存亡をかけたものになるのである。彼の言葉は的を得ていた。
「だからこそ後方についてもう一度考えるうえでも連合についても知りたい。いいだろうか」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 こうして連合軍とも交流を行うことになった。連合としては特に断る理由も表向きはなかった。従ってそれを快諾することとした。こうしてオムダーマンは連合とも交流することになったのであった。
それは当然ながらマウリアにも伝えられた。クリシュナータはそれを観艦式の会場で聞いた。マウリア軍の重要なイベントの一つである。彼等の威容をアピールする為であった。
「そうか、連合ともか」
 彼は控え室でその報告を聞いていた。
「それはオムダーマン大統領の考えか」
「いえ、副大統領の考えです」
 報告する官僚はそう答えた。


 

 

第十一部第三章 野望への階段その六


「アッディーン副大統領の」
「そうか」
 クリシュナータはそれを聞いて頷いた。
「彼は軍人だったな」
「はい」
「そして軍関係の為の副大統領だったな。その彼が言ったのか」
「そして通りました」
「そうだな。どうやら彼は思ったより視野が広いらしいな」
「といいますと」
 官僚はそれを聞いてその黒い目を少し大きくさせた。
「どういうことでしょうか」
「これは軍人の一つの悪い癖の一つだが」
 クリシュナータは言った。
「生真面目なのだ。アスラと同じくな」
 アスラとはヒンズーの教えで神々に敵対する種族の一つである。敵対関係にあるといっても彼等もまた神でありその力は強大である。彼等はクリシュナータの言う通り生真面目な性格であり厳格で禁欲的だ。そして悪を憎み徹底的に許さない。そうした意味では邪神ではなくむしろ善神である。その為か彼等の頂点に位置するヴィローチャナは密教では大日如来として信仰されている。そしてアスラ達も阿修羅として仏教の守護神の一人となっている。三面六臂の姿を持ち尋常ではない強さを誇るとされている。八部衆の一人阿修羅である。
「それは悪いことではないのでは」
「多くの場合はそうだ」
 官僚に対してそう答えた。
「だが常にそれでいいというわけではないな」
「はあ」
 彼はクリシュナータが何を言いたいのかよくわからなくなってきていた。
「確かにそうかもしれませんが」
「あまりに生真面目だと他のことに目がいかなくなる」
「はい」
 それに熱中し過ぎるからである。
「それが問題なのだ。一概には言えないが軍人には一つのことに没頭し過ぎるという一面がある」
「はい」
「だからこそ彼等をコントロールしなければならない理由の一つがあるのだ。シビリアン=コントロールだな」
 文民の方が広い視野を持っていないとできないことではある。だがこれは文民の方が一つのことに熱中してしまいがちな軍人よりも多岐な人材がおり、そして広い視野を身に着けているという考えもあってのことである。軍人は専門職なのであるから。だが中には広い視野を持つ軍人もいたりする。あながち軍人だから駄目だというわけでもない。要はその人物の資質である。
「それですか」
「そうだ。あれにはこうした意味もあったのだ」
 クリシュナータは語った。
「当然軍人出身の政治家もいるし必要だがな」
「はい」
 これは言うまでもないことであった。連合でもエウロパでもそうした軍人出身の政治家はいる。マウリアでもだ。八条もまたその一人である。これは連合においてはあまり考慮に入れられていないことであるが。軍人出身の政治家は狭い視野が危惧される一方でその専門的な知識が重宝されたりするのは古来からある。その人材にもよるのだが。
「しかしそれだけではない。政治というものは軍事だけでできるものではない。軍隊にばかり金を使うことなぞできはしないのはわかるな」
「はい」
 軍とは消費するだけである。生産はしない。そうした部門に多大に金を投資するということは必要性がなければ到底できないことである。
「それがわからないと政治はできない。軍人は軍事のことばかり考えそれがわからなくなる場合が多い。特に戦闘のことだけをな。他のことを考えられなくなる場合もある」
「過去にそうした軍隊もありましたね」
「うむ」
 クリシュナータはそれを受けてまた頷いた。
 第二次世界大戦前の日本軍がそうであった。彼等は実戦を想定した訓練は恐ろしいまでに積んでいた。それが実際にあの伝説的な強さのもととなったのである。この時代においても日本軍といえば恐ろしさと共に語られる存在であった。勇猛にして精強、厳格にして鉄の規律を持つ、真の精鋭部隊であった。だがそんな彼等にも欠点はあったのだ。それが補給であったのだ。その無敵とさえ言われた日本軍が敗れた要因の一つとして補給の脆弱性があった。彼等は実戦を重視するあまり補給のことを忘れてしまっていたのであった。
「だが彼は違うようだな」
「はい」
「補給のことも考えているようだ。だからこそ連合とも交流を進めるつもりなのだろう」
「少なくとも視野の狭い人物ではないようですね」
「あの若さでな。いや、若さは関係ないな」
 クリシュナータは自分の言葉を訂正した。
「若くとも才ある者はいる。彼もまたその一人か」
 そして官僚に問うた。
「彼は軍事以外にも携わっているのか」
「軍事以外にですか」
「そうだ。そちらはどうなのだ。少し知りたくなってきた」
「それは今はわかりませんが。何分彼は軍事担当ですので」
「ということは軍政にも関わっているな。そちらはどうだ」
「同じです。やはり後方にも力を入れております。オムダーマン軍の整備は彼が大統領に就任してから急激に整おうとしております」
「彼等の軍制は我々や連合と比べると少し古い部分も多い」
 クリシュナータはそう述べた。事実彼等のそれは何処か一時代前を思わせるものであった。連合軍が設立されるより少し前の。徴兵制もそう言われるとそうなる。なお徴兵制を採用しているのはサハラ各国だけである。
「今までの数を集めるだけの徴兵制から実質的にはかなり厳格な選抜徴兵制にシフトさせているとも聞いております」
「選抜徴兵制か」
「はい」
 国民の中からとりわけ身体能力に秀でた者だけを選び、その者を兵士にするのである。少数精鋭を目指すのならば適した方法である。
「それによりオムダーマン軍の数は減りましたがより精強な軍になったと聞いております」
「無意味に多くの兵を求めないということか。ただ強さのみを求めた」
「そういうことになりますね」
「それで今オムダーマン軍はどれだけの規模となっているのだ」
「基幹戦力である宇宙艦隊は九十を越えていたのは今では七十程です」
「減ったな」
「なおティムールは今は三十程、そしてハサンは属国のそれを入れると一六〇を優に越える艦隊を持っております」
「ここにきてあえて少数精鋭を選ぶか。いや、だからこそか」
 クリシュナータは考えながら呟いた。
「勝利を収める為にな」
「またサハラで戦乱が起こるでしょうか」
「それは間違いない」
 クリシュナータはそう見ていた。
「彼等は今までそれぞれ統一を目指して戦ってきた」
「ええ」
「そして三国になった。ここまでくればもう統一は間違いない。問題はどの国によりそれが為されるかだ」
「では三国の間で近いうちに戦争が」
「そうだな。その中心の一つは間違いなくオムダーマンだ」
 彼は言った。
 

 

第十一部第三章 野望への階段その七


「アッディーン副大統領もそれは当然考慮に入れているだろうな」
「にしても信じられません」
 官僚はいぶかしげにそう述べた。
「何がだ」
「サハラは今まで一つになったことはありません」
 彼はそう述べた。
「それが一つになるとは。果たして本当にそれが成るのでしょうか」
「何事も最初はそうだ」
 クリシュナータは彼の疑問に対して落ち着いた声でそう答えた。
「最初はな。民主主義にしろどの国も最初はどの国でもそう言われるものだ」
「はい」
「このマウリアにしてもだ。違うか」
「いえ」
 官僚は首を横に振った。彼もまたマウリアの者である。だからこそ知っていた。マウリアは地球においてインドと呼ばれた時代その古いカースト制故に民主主義は決して根付かないと言われていたのだ。だが一千年経った。民主主義は根付いていた。カースト制もその残照が残ってはいるが。
「そういうことだ。何事も最初はそうだ。創造神ブラフマーがそれを作るまではな」
「ではブラフマーは今度はサハラに統一を作る」
「サハラではブラフマーはいない。アッラーだ」
 クリシュナータはそれを訂正させた。
「だがアッラーが遂にそれを認めたということになるのかもな」
「サハラの統一を」
「我々に匹敵する国家が誕生するということだ」
 ここで思わせぶりにそう言った。
「我が国に」
「それも考えておいた方がいいな」
「はあ」
 官僚はまだ実感が掴めないでいた。だがクリシュナータはそれを掴んでいた。そしてそれを掴んだまま笑うのであった。
 観艦式は終わった。クリシュナータは首都ブラフマーへ戻った。そこにはもう次の仕事が待っていた。
「アグニ=バシュト様がお見えです」
「ほう」
 彼はそれを聞いて笑顔を作った。
「久しいな。そして今何処にいるか」
「もう官邸に来られていますが。御会いになられますか」
「勿論だ。すぐに応接の間に通してくれ」
「わかりました」
 公設の秘書はそれに頷いた。そして暫くしてクリシュナータが移動した応接の間に口髭と顎鬚をたくわえ、立派な服に身を包んだ長身の男が姿を現わした。
「ようこそ、官邸へ」
「いやいや」
 その髭の男バシュトは笑顔でそれに応えた。クリシュナータも笑っていた。
「お久し振りですな。どうしているか心配していましたぞ」
「まあこちらにも色々とありまして」
 バシュトはそう答えた。
「父の跡を継いでからというもの。急に忙しくなりました」
「そうでしょうな」
 クリシュナータはそれに同意して頷いた。
「マハラジャというものはあれで中々大変だと聞いております」
「私もそれは父の側にいて知っているつもりでしたが」
 バシュトも言葉を返した。
「いざ実際になってみると。本当に大変でした」
「寝ている暇もないとか」
「いえ、それはあります」
 それは否定した。
「ただ自分の時間がなくなっただけで。スポーツも食事もその睡眠もどれも仕事となってしまいまして」
「それは私も同じですよ」
 クリシュナータはそれにはこう述べた。
「国家元首や君主になるとね。生活自体が仕事になります」
「全くです」
 二人はまずそんなやりとりをした後で席に着いた。そして本格的に話に入ろうとした。
 マハラジャとはインド独自の存在である。俗に藩王とも称される。マウリアにいながら半ば独立した君主として遇されている。世襲制が多く、中には裕福な暮らしを楽しむ者もいる。マウリア中央政府からは知事と同じ権限を与えられている。国家元首ではないが君主であるのだ。かなり特殊な存在であった。マウリアに百人近く存在する。このバシュトはその中の一人であるのだ。彼はハサンとの境に自分の領地を持っている。ハサンとの交易で栄え豊かなマハラジャの部類である。
「最近サハラの話を聞きますか」
 クリシュナータは彼にそう尋ねてきた。
「あまり聞きませんね」
 バシュトはそれに対してそう返した。
「北も完全に解放されましたし。今のところは平和です」
「少なくともハサンは、ですね」
「ええ」
 彼は答えた。
「あの国は変わりませんね。いつも通りです」
「そうですか」
 クリシュナータはそこまで聞いて頷いた。
「ハサンは相変わらず、ですか。ふむ」
「それが何か」
「いえね」
 クリシュナータはここで表情を少し変えた。顔は笑ったままであったが目から笑みを消したのであった。
「実はオムダーマンと軍事交流をすることになりまして」
「そうなのですか」
「それで相互に武官を招き入れることになったのです。いずれそちらにもアッラーの戦士達が来ますよ」
「アッラーの戦士がですか」
 バシュトはそれを聞いて困った顔をした。
「それはどれ位ですか」
「そちらには数人程ですか」
「それ位ならいいですね。こちらにも事情がありまして」
「そちらの星系のことですか」
「あ、それは違います」
 バシュトはそれは否定した。彼の領地はヒンズー教徒とシーク教徒が多い。イスラム教徒はいないのである。いるにはいるがハサンの企業家等だけである。マウリアはイスラム教徒は少ないのだ。二十世紀にインドとパキスタンに分裂して以来のことである。イスラム教徒達はパキスタンとなりそのままサハラに入ったのである。
「彼等はオムダーマンの軍人ですね」
「ええ、勿論」
「ハサンがそれを憂慮しなければいいのですが」
「それではそちらにはオムダーマンの武官達は送らないようにしましょうか」
 クリシュナータは提案してきた。
 

 

第十一部第三章 野望への階段その八


「その分別の星系に向けるということで」
「お願いできますか」
 それこそがバシュトの願いであった。
「その方がマウリアとハサンにとってもいいと思います」
「わかりました。それでは」
「はい」
 こうしてバシュトの領地にはオムダーマンの武官は送られないこととなった。そして話は別のものへと移っていった。今度はバシュトが口を開いた。
「ハサンの宮廷では少し動きがあるようです」
「ほう」
 クリシュナータはそれを聞いて目の色を変えさせた。ハサンの宮廷は昔から血生臭いことで知られているのだ。
「何が起こっているのですか」
「ルクマーン王太子がおられますね」
「ええ」
 ハサンの王太子であり現国王であるハルジャ五世の長子である。文句なしの次期王位継承者の筆頭候補であった。能力にも人望にも恵まれているというのが評判である。
「彼が何か」
「どうも最近父である王との仲がうまくいっていないようなのです」
「何故でしょうか」
「政策を巡ってです。あの国は王室の発言力が議会等に比べて大きいですね」
「はい」
「今のハサンの現状維持主義はハルシャ王の政策です。ですがそれに太子が異を唱えだしているのです」
「それは何故でしょうか」
「やはりオムダーマンとティムールに刺激されたようです」
 バシュトはそう答えた。
「あの二国にですか」
「ハサンが現状を維持している間に両国は華々しい飛躍を遂げました。太子はそれを見て危機感を覚えているようなのです」
「次の標的は自分達だと」
「そう。そして彼自身も思うところができたようなのです。軍を増強し外に出るべきだと考えはじめているようです」
「つまり二国と矛を交えると」
「交えなくとも対抗する気があるのは確かです。だが王はそれを認めようとしない。軍備増強案には反対しているそうです」
「それは当然でしょうね」
 クリシュナータはそれには頷いた。
「現状維持ではありませんから。それに王から見て余分な金が出る」
 ハルシャ五世は貿易や経済を重視している。そしてそれにより国を繁栄させてきた。軍備については最低限のものさえあればいいという考えの持ち主なのである。だが太子は違うのだ。
「それは彼にとっては喜ばしいことではないですね」
「そういうことになりますね」
 バシュトはそう述べた。
「そしてそれにより宮廷では対立が起こっているようです」
「国王と王太子の」
「はい、そしてそれが次第に政府の間でも拡がっているようです。経済官僚や穏健派は王につき、軍部や強硬派は太子についているようです」
「二分しているようですね」
「そしてそれが世論にも影響しています。ハサンは今二つに分かれようとしております」
「ハサンにとっては危険ですね」
 クリシュナータは今度はそう述べた。
「今この時期にそれとは。かなりまずいのではないかと思うのですが」
「オムダーマン、そしてティムールが力をつけようとしているこの時期に」
「まあ今後どうなるかまではわかりませんがね。ただそれがハサンだけでなくサハラ全体にも影響していくのは間違いないでしょう」
「でしょうね」
 これは同意であった。
「ハサンはサハラ一の大国、その影響が大きいのは間違いありません」
「今後これがどうなるかですね。転び方によってはサハラがまた大きく変わります」
「ええ。もしかすると」
「もしかすると」
 今度はクリシュナータが問うた。
「我々の商売相手が変わるかもしれません」
「そうですね」
「次の商売相手が話がわかればいいのですが」
「わからない場合は」
「こちらにも考えがあります」
 バシュトの声と顔が剣呑なものを含んだ。
「そうした場合は何らかの手を打たなければなりません、我々としても」
「わかりました」
 そしてクリシュナータはそれに頷いた。
「その際は私も及ばずながら力を御貸ししましょう、陰ながら」
「お願いしますね。出来ることならこういうことは避けたいですが」
「しかし最悪の事態も考えなくてはならない」
 彼はここでこう述べた。
「それが我々の仕事なのですから」
「はい」
 こうした話をしながらマウリアもまた動いていた。銀河の歯車はそこにいる全ての者を巻き込んで動き続けていた。だが星の大海はそれを知らぬとでもいうように紫苑の闇と無数の星達の煌きをたたえていた。そしてそれは何時までも続くようであった。 

 

第十一部第四章 軍規その一


                             軍規
 連合とエウロパの戦いは続いていた。ホズ星系に逃げ込んだエウロパ軍であったが連合軍はとりあえずはそれを追わずにアルテミスからホズへと至る各星系の占領を先に行っていた。
 この辺りはエウロパの人口密集地帯の一つであった。従って占領を執り行う連合軍の行動は慎重を極めていた。
「市民達に対して危害は加えるな」
「軍事以外の産業を破壊するな」
「市民達の生活を保障せよ」
「捕虜の虐待は厳禁とする」
 これ等はこのハンニバル作戦発動と同時にエウロパへ出征する全将兵に伝えられたものである。連合軍の軍規を正し、そして無用な蛮行を避ける為であったが八条はこれを徹底させた。布告すると同時にこれを破った場合の処罰も定められていたのである。
「全財産没収のうえ稜遅刑、若しくはそれに匹敵する厳罰を公開にて執り行う」
 これであった。連合の死刑は酸鼻を極めることで知られているが八条はこれを布告したのであった。無論本気である。これにより連合軍のエウロパでの行動は極めて規律正しいものとなっていたのである。
 だがそれでも不心得者はいる。八条はそうした輩には容赦なく刑罰を与えた。
 今そうした一人の兵士が処罰されていた。エウロパの少女を襲い暴行を加えた兵士である。彼は今全裸にされ公衆の面前に引き出されていた。
「カスム=コイケットだな」
 処刑に立ち会う憲兵隊の将校が彼に名を尋ねてきた。
「ふん」
 だがその全裸の男は答えようとしない。見れば頭は丸刈りにされ身体全体に彼を批判する文字が刻み込まれていた。連合において他者を害するような輩に対しては人権は全く保障されない。死刑も極めて多く、その内容もまた実に多彩で残虐なものとなっているのだ。
「御前は一週間前道で出会った一人の少女に襲い掛かり、彼女に暴行を加えた。間違いはないな」
「それは取調べの時に言っただろうが」
 コイケットはふてくされてそう言った。
「あんたにな」
「質問に答えろ」
 その将校はコイケットの腹を蹴ってそう述べた。
「凶悪犯に人権なぞ一切ない。それが連合の法だということを忘れるな」
「グググ・・・・・・」
 腹を蹴られうずくまり、胃の中のものを吐き出すコイケットの顔をさらに蹴ってそう言う。鞭まで出してきた。
「答えろ」
 そう言いながら鞭を振るう。犯罪者用の電気鞭である。通常の鞭と比べて相手に与えるダメージは比較にならない。これは犯罪者に対してのみ使われる特殊な鞭である。
 連合の犯罪者の取調べはまずはその人物が本当に犯罪を犯したのかどうか徹底的に調べられる。その際副作用のない強力な自白剤も使われる。同時に複数の科学的な方法でアリバイが検証される。犯罪者に人権がなく、その処罰が過酷なものならば冤罪があってはならないからだ。もっともこうした拷問的処刑が加えられるのは殺人や強盗等凶悪犯罪に対してのみである。通常の犯罪に対しては何も行われない。そうした意味で連合の人権は確かなものなのである。
「答えないのか」
 その将校はさらに攻撃を加えた。連合軍の将兵はうずくまるコイケットを冷たい目で嘲笑しているだけである。むしろそれを見るエウロパの市民達の方が蒼ざめていた。
「どうなんだ」
 将校の攻撃は続く。彼は足でコイケットをひっくり返して問うてきた。そして同時に腹を思い切り踏んだ。
「ゲッ」
「答えろ」
「わ、わかったよ」
 コイケットは息も絶え絶えになって答えた。既に全身傷だらけでありそれはかなり深かった。何本か歯が折れた口で答えた。
「答える。だから止めてくれ」
「御前が答えるまで止めるつもりはない」
 将校はこう言って今度は脇腹を蹴った。
「早く答えろ」
「わかった、答える」
 彼は答えた。そして自らの罪を認めた。
「自分の罪を認めるな」
「あ、ああ」
 執拗な攻撃に耐えられず答えた。
「俺がやったよ。あの女の子を手篭めにしたよ」
「本当だな」
「自白剤とアリバイの通りだ。俺がやった」
「そうか、わかった」
 将校はそれを聞いて頷いた。そして後ろに控える兵士達に顔を向けた。
「おい」
「はい」
 彼等は頷いた。そしてその中の何人かが後ろに下がった。暫くして檻に入れられた巨大な獣が姿を現わした。
「ヒッ」
 それを見て市民達の何人かが声をあげた。それは恐竜であったのだ。背丈にして三メートルはある。肉食の恐竜にしてはそれ程大きくはない。まだ若いものであろうか。だがその目は飢えで爛々と輝き、牙には涎が滴っていた。そして爪は禍々しい光をたたえていた。
「まさか・・・・・・」
 その恐竜を見たエウロパの市民達の顔に恐怖の色が浮かんだ。コイケットは観念したのか俯いていた。そこで将校がまた指示を下した。
「この愚か者をその檻の中に入れろ」
「わかりました」
 それに従いコイケットが檻の前に連れられる。そして扉が開かれるとその中に蹴り込まれた。
「死んで来い」
 彼に贈られた最後の贈り物であった。こうして彼は餓えた恐竜の前に差し出されたのであった。
 その後の光景を見てエウロパの多くの市民は気を失ったり、嘔吐したりした。まず手足を引き裂かれ、腹を切られる。生きたまま内臓を貪り食われ首を食い千切られる。断末魔の表情を残したその頭から脳を取り出しそれを啜る。コイケットが骨と肉片だけの残骸となり果てるのに然程時間はかからなかった。この時の為にこの恐竜を餓えさせていたのである。これもまた当然であった。
 この光景は連合全土、そしてエウロパの占領地で放送された。卑劣な犯罪者に相応しい末路を公開したのである。少なくとも連合の価値観ではそうであった。 
 だがエウロパの市民達の考えは違っていた。あまりに酷い、やり過ぎだという意見が相次いだ。だが連合の者はそれが不思議でならなかった。
「悪人を処刑して何が悪い」
 それが彼等の言い分であった。
「罪を犯せばそれに相応しい処罰がある。それを受けるだけだ」
「それが嫌なら最初から罪を犯すな」
 彼等はそう主張する。だがエウロパの者でそれを納得する者はそうはいなかった。
「残酷だ」
「人としての行いではない」
 それがエウロパの主張であった。だがこれは連合の者達にとっては不思議でならなかった。彼等にとってみればごく当然のことであるからだ。
 ここに連合とエウロパの価値観の差があった。これは八条のところにも届いていた。
「これは予想されたことですが」
 八条はそれを聞いてまずこう述べた。
「だからといって止めることはありませんね」
「ですな」
 その時彼は中央政府法務省にいた。そして法務相であるロト=フナフチと話をしていた。彼は四十代後半の厳しい顔付きの男でありツバル出身である。かっては母国で裁判官をしていた。ツバルから中央政府議会に入り、今は政府の法務相となっている。堅実で厳格な人物として知られている。
「これは連合の法です」
「はい」
「自軍においては連合の法が適用される。言うまでもないことです」
「我々の処刑もまた当然のことですね」
「勿論です」
 フナフチは自信に満ちた声でそう答えた。

 

 

第十一部第四章 軍規その二


「彼等には彼等の価値観、倫理観がありますが」
「ええ」
「我々には我々の価値観、倫理観があります。エウロパの市民達に対してはエウロパの法で、しかもエウロパの警察に任せている筈ですが」
「警察の武装解除はさせていますがね」
 八条はそう答えた。
「反乱防止の為に」
「それは結構なことです」
 フナフチはそれをよしとした。
「裁判等もエウロパの裁判所で行われていますね」
「勿論です。彼等の生活は保障していますから」
「なら問題はありませんね。少なくとも我々は彼等の法を侵害してはいない」
「はい」
「気にすることはないかと。このまま続けていくべきです」
 どちらにしろ二人は連合の法で以って連合軍の規律を維持する気であった。エウロパのことを気にする義理も何もなかったのである。
「我々は我々の法を徹底させましょう。それこそが秩序の維持です」
「わかりました」
 これでこの件の話は終わった。後は穏やかな会談となった。彼等はまずは食卓を囲んだ。メニューは魚を主体としたものであった。
 サラダもスープもシーフードであった。海草や海老が入っている。
「これは伊勢海老ですね」
「はい」
 フナフチは八条の問いに答えた
「丁度いい海老が入りまして。如何でしょうか」
「いやあ、これはいい」
 彼は伊勢海老も好きである。スープの中にあるそれを掬い取った。
「この歯ざわりがね。たまらないのですよ」
「最初見た時は驚きましたけれどね」
 フナフチは笑いながらそう言った。先程までのいかめしい顔は消えていた。
「こんな大きなゴツゴツした海老がいるのかと」
「オマール海老もそうですが」
「私の住んでいたツバルの漁村はあまり大きな海老がいなかったのですよ」
 彼はそう答えた。
「それで中学生になって一人旅をしましたら。船旅をね」
「はい」
「そこで見たのですよ。この海老を。いやあ、驚きました」
「そうだったのですか」
「こんな大きな海老がいるのかってね。食べてみたらもっと驚きました」
「何故ですか?」
「美味しかったからですよ」
 満面に笑みをたたえてそう言う。
「他の海老より美味しい。これはもう病みつきになりますよ」
「でしょうね」
 八条は相槌を打ちながらまたスープを飲んだ。
「昔我が国では海老といえばこれでしたから」
「そうだったのですか」
「伊勢という場所の名物でしてね。だから伊勢海老なのです」
「ふむ」
「けれど海老としては位が高いのですが海の幸全体ではそうともされていないのです」
「それはまた意外ですね」
 フナフチもそう言いながらスープを飲んでいた。
「こんなに美味しいというのに」
「海の幸の第一位は鯛とされていたのです」
「鯛ですか」
「はい、海老で鯛と釣るという諺もあります」
 彼はここで自国の古い諺を出してきた。
「それだけ鯛は位の高いものとされてきたのです」
「なら丁度いい」
 フナフチはそれを聞いてまた笑った。
「次のメニューは鯛ですよ」
「おお」
 八条もそれを聞いて笑みを作った。思わず顔を上げていた。
「鯛茶漬けですが」
「それはいい」
「これも日本の料理でしたね」
「はい。私はあれも好きでして」
 どうやらそれは事実のようである。八条の目の色を見ればそれがわかる。
「ですがその前にスモークサーモンでも如何ですか」
「いいですね」
 程なくしてスモークサーモンが運ばれてきた。塊で、である。
 それから鮪のステーキである。それが終わってから鯛茶漬けであった。
 二人は箸でそれを食べた。口の中に鯛と茶の味が漂う。えも言われぬ美味であった。
「ほう、ジャポニカ米ですか」
「ええ、お口に合うかどうかわかりませんが」
「いや、これは中々。美味しいですよ」
「どうやら気に入ってもらえたようですね」
 フナフチは彼の様子を見て安心してそう述べた。
「お茶漬けというのは我々が考えているより日本人にとっては特別な食事のようですから」
「そういうわけでもないですけれどね」
 八条はそれは否定した。
「ごくありふれた食事ですよ。料理と言う程のものでもありませんし」
「そうなのですか」
「ただお酒を飲んだ後や朝に食べたいものではありますね。サラサラと」
「そういうものですか」
「そうですね。そうした意味で日本人のソウルフードかも知れません」
「ソウルフード」
「どれだけ豊かになってもこれだけは忘れられません。時として食べたくなるものです」
「不思議ですね」
 フナフチには今一つわからない話ではあった。
「日本人というと魚ばかり食べているイメージがあるのですが」
「否定はしませんね。ある程度は事実ですし」 
 この時代においても日本人の魚好きは有名であった。とりわけ生の魚を好むことで知られているのも同じである。彼等は何時でも生の魚を食べたがる、とまで言われえている。
「お茶漬けも特別なものだったのですね」
「意外と我々にそうした特別なものは多いですよ」
「例えば」
「味噌汁にしろそうですね」
「ああ、あれですか」
「ええ」
 味噌汁は連合においても広く知られた料理である。健康食品としても知られている。白味噌もあれば赤味噌もある。多くの国で飲まれている。
「日本人にとっては朝に欠かせないものの一つですね」
「ふむ」
「米もね。ジャポニカ米でないと駄目でしょうか」
「やはり」
「インディカ米はね。どうも口に合わない場合が多いです」
「それがよくわからないのですよ」
 フナフチは首を傾げながらそう言った。
「何故ですか」
「いえ、連合の多くの国ではインディカ米が主流ですね」
「はい」
「それで日本だけがジャポニカ米です。他にもあの米を食べている国はありますがジャポニカ米にこだわるのは貴国だけではないかと思うのですが」
「そうかも知れませんね」
 またしても否定はしなかった。
「あの米もまた我々にとっては特別なものですから」
「そういうことですか」
「そういうことですね。まあ味覚の違いでしょう」
「わかりました。他にはありますか」
「漬物でしょうか」
 彼は次は漬物について言及した。
「漬物」
「はい。梅干もこれに含みましょうか」
「あの赤い梅を漬けたものですね。かなり酸っぱい」
「あの酸っぱさも慣れるとね。病み付きになります」
「案外質素な食べ物と思いますが」
「その質素さがね、いいんですよ。お茶漬けにも合いますし」
「そこでお茶漬けが出て来ますか」
 それを聞いて思わず笑ってしまった。
「日本人にとって本当に特別なものなのですね、あれは」
「おわかりになられましたか」
 八条はここでニヤリと笑った。ここで茶漬けを食べ終える。そしてデザートとなった。
 デザートはフルーツであった。皮を剥いた柿であった。
「お茶漬けがなくては日本人は死んでしまう程です」
「そこまで」
「何処へ行っても食べたくなるものなのは事実です。そして他にもあります」
「今度は」
「豆腐」
「あれは私も好きです」
「そのままでも煮てもいいでしょう」
「湯豆腐ですね。あれは白ワインによく合います」
「日本酒にも」
「私はそのお酒は飲めないので。それでワインなのです」
「そうでしたか」
「あれはね、癖が強くて」
「あのお酒もまた日本人にとっては離せないものですが」
「それでも。まあ日本人でないということで勘弁して下さい」
「わかりました」
 そして食後の酒が運ばれてきた。やはり白ワインであった。
 

 

第十一部第四章 軍規その三


 二人はそれを飲む。辛い味が口の中に漂う。
「他にもありますか」
 フナフチはその辛口のワインを飲み終えて尋ねてきた。
「ありますよ」
「それは」
「これは他の国にも知られたものですが」
「何でしょうか」
 フナフチにはそれが何か今一つ掴めないでいた。もう和食でポピュラーなものはあらかた語り尽くしたかと思った。だがどうやら違うようなのである。
「わかりませんか」
「はあ」
「日本以外の国ではあまり人気のないものですが」
「まさか」
 それを聞いてピクリ、と眉を動かした。
「はい、納豆です」
「やはり」
 彼はそれを聞いて顔を苦いものにさせた。
「あれは私もちょっと」
「栄養がありますよ」
「それはわかっていますが」
「案外癖もなくて美味しいですし。葱とも合います」
「しかし豆腐で充分ではないでしょうか。豆乳もありますし」
 連合においては大豆はよく食べられる。米に混ぜて食べたり煮豆にしたりもする。大豆から作る酒もある。中でも豆乳はよく飲まれる。
「それでも美味しいですから」
「御言葉ですが」
 彼はそう断ったうえで八条に対して言った。
「はい」
「美味しいというのは。私にはあの匂いが」
「匂いの強い食べ物は他にも多くありますが。チーズも匂いがきついですね」
「はあ」
 とりわけモンゴルにおいてよく食べられる。長い間遊牧生活を続け、今でもそうした生活を送る者が多いあの国においては乳製品は欠かせないものである。馬の乳がとりわけ好まれる。それと茶を混ぜて飲むことも多い。またその乳から酒を作ったりもする。所謂馬乳酒である。
「匂いはどの食べ物にもありますよ。少なくとも私は納豆の匂いには食欲をそそられます」
「そういうものですか」
「ええ。慣れるといいものではないでしょうか」
「あの糸を引いているのが。腐っているのですよね」
「腐ってはいませんよ」
 八条はそれを否定した。
「あれは発酵させているのです。ヨーグルトと同じですよ」
「科学的に言えばそうなりますね」
「はい。法務長官もヨーグルトはお好きですね」
「嫌いではありませんね」
 彼はそう答えた。
「身体にもいいですし。あれは非常に優れた食品です」
「そういうことです。納豆もそれは同じです」
「いや、それはわかっていても」
「食べられませんか」
「私はね。あれだけはどうしても」
「それなら仕方ないですね。無理強いはしません」
「はあ」
「ただ納豆が日本人のソウルフードの一つであるということは知っておいて下さい。これなら何かと役に立つと思います」
「そうですかね」
「まあ和食にも色々あるということです」
 彼はそう言った。
「そうした意味で知っておいて損はないでしょう」
「わかりました」
 フナフチはそれを聞いて頷いた。
「ただ、納豆だけは勘弁を」
「はい」
 八条はそれを聞いて微笑んだ。こうして二人の会談は終わったのであった。
 とりあえずフナフチは納豆を食べずに済んだ。だがそうはいかなかった者達もいるのであった。
「ちぇっ、今日のおかずは納豆もあるのかよ」
 エウロパに出征中のベリーズ級戦艦アンナンの食堂でそうぼやく兵士がいた。彼は今朝食を採っているところであった。
「俺これ嫌いなんだよな。どうにかならねえのかよ」
「じゃあ俺にくれるか」
 そのすぐ後ろにいた同僚がそう声をかけてきた。
「夜勤明けで疲れていてな。少しでも食べたいんだ」
「おいおい、いいのかよ」
 彼はそれを聞いて笑った。
「こんなとんでもないもん食ってよ。腹壊しても知らねえぞ」
「納豆食って腹は壊さないだろ」
 同僚の兵士は彼にそう言って納豆を彼の分まで受け取った。そして二人は側のテーブルに向かい合って座った。今日の朝は和食であった。納豆の他に御飯と卵焼き、焼き魚、若布の味噌汁、青菜の漬物、梅干、そして納豆であった。朝から豪勢なメニューといえた。連合軍はバイキング方式なので好きなだけ食べられる。彼等もそれぞれ好きな食べ物をふんだんに盛り入れていた。
 その同僚の兵士は納豆をかなり入れていた。他には焼き魚も。彼は卵焼きと味噌汁であった。それぞれ好きな食べ物がわかって興味深かった。
 同僚の兵士は納豆に醤油と辛子、そして葱を入れてかき混ぜる。彼はそれを見て嫌そうな顔をしていた。
「何時見ても気分のいいもんじゃねえな」
「そうか?」
 同僚はそれを聞いて不思議そうに首を傾げた。
「俺はこれ見たら食欲が出るけれどな」
「御前はな」
 彼はそれを当然のように言った。
「確かあっちの血が入っているんだよな」
「といっても十代位前だぞ」
 彼はそう言いながらその納豆を御飯にかけた。そして食べはじめる。彼も卵焼きで御飯を食べはじめた。味噌汁も飲んでいる。
「殆ど入っちゃいねえぞ」
「けれど入っているのは事実だ」
 彼はそう言った。
「俺はケベックの生まれだからな。納豆には縁がなかったんだよ」
「卵焼きや味噌汁は好きでもかよ」
「これはガキの頃に和食のレストランで食ったんだよ」
 彼はそう答えた。
「モーニングでな。たまたま休日で親父とお袋に連れられてな」
「で、それ以来病みつきになったと」
「ああ」
「そこに納豆はなかったのかよ」
「あったさ」
 彼は憮然とした顔になった。
「じゃあ知っていたんじゃないか」
「一目見て嫌になった」
 本当に嫌そうな顔になった。
「あんな食い物があること自体がとんでもねえと思った。あんなの食い物じゃねえ」
「只の食わず嫌いかよ」
「じゃあ美味いのかよ、それ」
「俺は美味いと思うぞ」
 同僚はそう答えた。
「騙されたと思って食ってみな」
「親父とお袋の遺言でな。食っちゃいけねえことになっている」
「親父さんとお袋さんってのは昨日メールくれた人達か?」
「何でそれ知ってるんだよ」
「昨日言ってたじゃねえか」
 同僚はそう突っ込みを入れた。
「違うってんなら昨日のあれは何だったんだよ」
「チッ」
「まあ食わないのならいいさ。別に納豆を食わなくても死なないしな」
「そういうことだな」
「癖の強い外見だしな。味はそうでもないが」
「そうなのかよ」
「ああ。案外あっさりとしてるぜ。知らなかったのかよ」
「食ったことがないんでな」
 味噌汁を飲み干して憮然とした顔でそう答えた。 

 

第十一部第四章 軍規その四


「生憎な」
「そうか」
「それでもういいだろ。俺はこれ食ったら仕事なんだ。行かせてもらうぜ」
「おい、ちょっと待ってくれよ」
 同僚はそれを聞いて食べるのを早くさせた。
「何だよ」
「申し継ぎがあるんだ。御前に言っておくことがある」
「?何だ」
「通信士に伝えてくれ。中央の友軍から電報だってな」
「おう、わかった。早くしろよ」
「ああ」
 彼等は朝食を終え仕事に戻った。戦場は常に動いている。その中のほんの一コマであった。

 連合軍は順調にエウロパの星系を占拠していった。そしてホズにじわじわと近付いていた。
 その途中にやはりエウロパの風習について知る機会があった。彼等はそれを聞いてまた驚かされていたのであった。
「本当だったとはな」
 それを聞いた将兵達の最初の感想であった。
「まさか今もそんなことをしているとは」
「あれ、連合では違うのですか?」
 その貴族の領主、子爵は連合軍の将兵達のその様子を見て不思議そうに目をパチクリとさせていた。
「まさか」
 彼等はそれを完全に否定した。
「そんなことは考えもつかないことです」
「そうそう」
 誰もがそれを否定した。子爵にはそれがどうしてもわからなかった。
「変ですね」
「そうでしょうか」
「では宴会の時なんかはどうされているのですか」
「どうと言われても」
 子爵の屋敷に招かれている兵士達は戸惑いながらも答えた。
「お腹いっぱい食べたらそれで終わりですが」
「エウロパではそうではないと聞いてこっちが驚いているのです」
「それは変わっていますね」
「いや、そうでしょうか」
 連合の兵士達はまだわかっていなかった。
「満腹になったらそれで満足でしょう」
「それからですよ」
 子爵はそう言った。
「満腹になればそれで終わりですね」
「はあ」
「だからこそ吐くんですよ。そして胃を空にしてまた食べる」
「それがよくわからないのです」
 将兵達はそこに突っ込みを入れた。
「そこが」
「そうです。吐いて、また食べる。そこまでする必要はないでしょう」
「私もそう思いますね」
 見れば連合の者は皆同じ考えであった。
「満腹になればそれで充分、そうではないのですか」
「まだ料理があれば食べなければならないでしょう」
「それはそうですが」 
 子爵の言葉はある意味正論ではあった。だが連合の将兵達には理解できない部分が多い。
「余ったものは持ち帰るなりすればいいですし」
「なあ」
「持ち帰るのですか!?」
 今度は子爵が驚く番であった。
「そして後で食べるのでしょうか」
「勿論ですよ」
「そうではないのですか」
「まさか」
 子爵はそれを否定した。
「そこで出されたものはそこで食べるのが礼儀でしょう」
「我々は違うのですよ」
 彼等はそれを否定した。
「何時食べてもいい。腐らなければ」
「それよりも吐いてばかりでは辛くないですか」
「慣れますから」
 子爵はにこやかに笑ってそれも否定した。
「慣れればそうでもないです」
「そうなのですか」
「ええ、まあ」
 彼は頷いた。
「ガチョウの羽根を喉の奥に突っ込んでね。それで吐き出すのです」
「奥を刺激するのですね」
「はい。そして吐きます。そしてまた食べて飲む。それがエウロパのやり方です」
「そういうものですか」
「そして最後まで食べる。それが我々のやり方です」
「我々とは全く違いますね」
 何処までも彼等のやり方は違っていた。
「満腹になればそれで終わりではないのがまず驚きです」
「はあ」
「これは貴族だけでしょうか」
「まあそうですね、一応は」
 子爵はそれを認めた。
「やはり」
 それを聞いた連合の将兵の中には頷く者もいた。やはり彼等はエウロパの貴族に対して大なり小なり反感を抱いているのである。
「ただ平民達も食べる時はそうします」
「吐くのですか?」
「ええ、まあ。ただ我々は常にやっておりますが」
「ふむ」
「彼等は宴会の時だけです。普段から吐いたりはしないので慣れておりません」
「そうでしょうな」
 それには大いに頷くものがあった。やはり貴族と平民では富の差が歴然としているからである。
 この子爵の家も立派な屋敷であった。豪奢な門をくぐると左右対称の緑の庭があり、青と白を基調とした四階建ての屋敷がある。それはまるで城のようであった。
「ただ、吐くのはエウロパの風習の一つですね」
「そうなりますね」
 子爵はそれを認めた。
「貴族、平民関係なく」
「はい」
「これはエウロパに昔からあるものでしょうか」
「ローマ帝国の時代からだそうです」
「ローマ帝国」
 連合の将兵達はそれを聞いて少し目をパチクリとさせた。彼等にとってみればローマとは遠い歴史の話である。今一つピンとこないものがあった。
「そんな昔からですか」
「彼等は寝そべって食事を採り、そして満腹になれば吐いてまた食べていたそうです」
「何と」
 堕落していたのか、と思ったがそれは口には出さなかった。彼等連合の者にとってそこまでするのは堕落としか思えなかったのである。ローマが滅びたのも道理だ、とも思った。
「そしてバロック、ロココ期の貴族達です」
「フランスのルイ十四世の頃でしょうか」
「そうですね。大体フランスの食事はヴァロアの頃から変わりだしまして」
 どうやらこの子爵はかなり食の歴史に詳しいようである。
 フランス料理はかって世界に名を知られ、今もエウロパの料理の重要なルーツの一つとなっているがそうなったのは案外新しい。ルネサンスまでフランスは欧州においては田舎に過ぎず、そうした分野での先進地域はイタリア半島であった。彼等は長い間手掴みで食事を採っていた。もっともこれに関していえばそれ以後も同じで太陽王ルイ十四世にしても手で食べることが多かったし、ナポレオンもまた手掴みで食べていた。ナポレオンの食事のマナーはかなり悪く上流階級の者は眉を顰めたという。
 そんなフランスの食事が変わったのはフィレンツェのメディチ家から妻を迎えてからであった。カトリーヌ=ド=メディチ。サン=バルテルミーの虐殺を引き起こしてしまったことと謀略により有名であり、悪名高い彼女がフランスの料理の発展に大きく寄与したのである。
 彼女は妻としては不遇であった。夫であるアンリ二世は既に愛人がいた。それも二十も年上の愛人をだる。その愛人の名はディアヌ=ド=ポワティエ。月の女神ダイアナとさえ讃えられた絶世の美女であり、彼は幼い頃にディアヌと会ってからただ彼女だけを想っていたのである。
 

 

第十一部第四章 軍規その五


 彼女の美貌は特別であった。老け込まず、王を魅了し続けた。そして妻であったカトリーヌは歯牙にもかけられなかった。妻としてこれ以上の屈辱はなかった。
 そんな中で彼女は自らの欲求を食べ物に求めたのであろうか。故郷フィレンツェから料理人を連れて来、連日連夜食事会を催した。その中でフォークも広まった。それまで手掴みであったフランス人達にフォークを教えたのも彼女であったのだ。
 それからフランスの食事は変わった。ヴァロワからブルボンになるとさらに変わった。ブルボン朝の始祖であるアンリ四世はニンニクを好むことで有名で常にその匂いを漂わせていたというがその孫のルイ十四世になり遂に開花した。小柄ながら類稀な健啖家である彼によってフランス料理はその大輪の花を咲かせた。様々なことで評価の分かれるこの太陽王であるがこと料理に関しては素直に賞賛されるべきであった。
 それからフランス料理が変わった。豪華絢爛な料理となったのである。そして世界の三大料理の一つとなった。それが今のエウロパの料理やテーブルマナーに深く影響しているのである。
「我々はその時の貴族達に倣っているのです」
「そうだったのですか」
「はい」
 将兵達はそれを聞きながらもやはり不機嫌そうであった。
「何か御不満でも」
 それは子爵も気付いていた。こう尋ねてきた。
「いえね」
 彼等はその顔のまま答えてきた。
「フランスの貴族というとあまりいいイメージはなくて」
「連合ではそうでしょうね」
 子爵は澄ました顔でそう答えた。
「民衆を搾取し、贅を極めたと思われているのでしょう」
「その通りです」
 連合ではそう教えられている。貴族とはそうした者達であると。彼等にとって貴族主義とはあまりいいイメージがないのである。エウロパの生活を評価している者達にしろまず第一に連合での生活を見る。彼等は連合の生活を批判しながら連合のテレビゲームや映画、ネットを楽しみ、連合の料理や飲み物に耽溺する。そして最後はやはり連合の生活がいいと締め括るのが常であった。彼等にとってエウロパとは戦いが起こるまでおとぎ話の世界の一つに過ぎなかった。
「確かにそうした者達もいたでしょうね」
「はい」
 ここに二つの真実があった。連合とエウロパの。
「ですがそれが全てではありません」
「それはわかります」
 理知的な顔の兵士がそれに答えた。
「人それぞれですしね」
「はい」
「しかしそうした者がいたのも事実」
 理知的な兵士はそれに付け加えた。
「だからこそそう思われているのです、我々に」
「これは手厳しい」
 子爵は苦笑せずにいられなかった。
「確かにね。ルイ十四世にしろ贅を極めた」
「はい」
 ベルサイユ宮殿はその象徴とも言える存在であった。二百年をかけて建築されたというこの巨大な宮殿は贅を極めていた。フランスの豊作の時でさえ日本の凶作の時よりも餓死者が多かったという。これが当時のフランスの実態であった。江戸幕府が江戸城以外はさしてこれといった建築をせず、その江戸城の建築にしろ諸大名、そして幕府自体が金を出したのに対してこの王は所謂搾取から金を調達した。税によって建てたのだが途方もない国力をこの宮殿に注ぎ込んだのは事実であった。何しろ厳寒のベルサイユにオレンジまで植えようとしたのだ。熱帯のオレンジは厳しい冬を持つフランス北部では育ちにくい。結果として多大な費用がかかった。
 この王は派手好きであった。しかも万事に。この宮殿だけではなかった。衣装にも趣向を凝らしていた。料理は言うまでもない。なおネクタイは彼がクロアチアの兵士達の服を見て考案したという説もある。そうした芸術を見る目はあったのも確かである。コルネイユやラシーヌ、モリエールといった作家達も彼に愛された。これについて彼はこう言い残している。
「余は王であるから貴族は一時間もあれば何十人も作ることができる。だが芸術家はそうはいかないのだ」
 その通りであった。彼は芸術家の才を素直に認めていた。そしてそれを愛していた。だが同時にこの発言の前半部分もよく行っていた。無用な役職や貴族を多量に作り出したのである。
「陛下が官職をお作りになれば神がそれを買う馬鹿をお作りになる」
 ある大臣の言葉である。つまり売官である。これは宮廷の費用を調達する為に為されたことであった。困窮する一般市民からの税だけでは足りなくなっていたのである。彼はそれ程にまで贅を愛していた。
 宮殿や衣装、料理だけではなかった。そして芸術だけでも。彼は快楽追求主義者であり、それは女性にも向けられていた。宮廷に出入りする女性は全て彼のものであったといっても過言ではない。女達も自らの富や権力の為に彼に身体を捧げた。彼は小柄ながら美男子といってもよい容姿であったが歯が全ての病の根源であると主張する奇怪な医師の言葉に従い何と麻酔等一切なしで自分の歯を全て抜かせた。これも先端の医術を広めなければならない国王としての責務であった。どんなに快楽の中に身を置いても彼は王の責務だけは忘れはしなかったのだ。
 しかしこれは彼にとって不幸なことであった。歯がないことにより碌に噛めない。消化不良になりそれは胃腸にも影響した。食べたものは殆どそのまま出てしまい、しかもそれが頻繁になった。顎も外れ、鼻からものを出し、悪臭が全身を覆った。そんな彼でも権力の座にある限り女達は集まってきた。そして王は彼女達を愛し、贈り物をふんだんに与え続けた。
この贈り物もまた高価なものであり財政を圧迫したのだ。彼の贅は一人の贅ではなかったのである。彼に群がる者達の贅でもあったのだ。
 なお彼は戦争もよく行った。これもまた金がかかる。それにより当時欧州第一の大国であったフランスの財政は悪化していく。それがやがて革命へと繋がっていくのだ。
「彼は特別ですが」
「連合だと清の乾隆帝ですかね」
 理知的な兵士は考えながら答えた。
「あの人も凄かったようですが」
「そうなのか」
 それを聞いた同僚の兵士が目をパチクリとさせた。
「しかし彼は財政をそこまで悪化はさせなかった」
「はい」
 子爵は頷いた。
「彼は太陽王程ではありませんね」
「はい。食を愛し度々広東に巡幸していたようですが」
「広東料理か」
 それを聞いて連合の将兵のうちかなりの数の者が目を輝かせた。
「あれは確かにいいな」
「麺もな。海の幸も食えるし」
「清王朝はかなり繁栄していましたからね。フランスなぞ比較にならない」
「それであれだけの贅をするから我々もそう考えるのです」
 理知的な兵士は子爵に対してそう述べた。
「彼はかなりの大食漢でした」
「はい」
 一説には太陽王の腹の中には数匹の巨大な寄生虫がいたという。その為に満腹にならなかったという話もある。そのせいか肖像画や彫刻の彼は食事量の割には極端に肥満はしていない。
「あれだけ食べて、吐いてでは誤解もされますよ」
「残念なことです」
「それが文化の違いといえばそれまでですが」
「貴方達はそうは思われないでしょうね」
「はい」
 将兵達はそれに頷いた。
「残念なことですね」
「ですがそちらから見た我々はどうなのですか」
 ここで理知的な兵士が尋ねてきた。
 

 

第十一部第四章 軍規その六


「貴方達ですか」
「ええ。そちらから見て我々に思うところもあるでしょう」
「そうですね」
 子爵は考えながら答えた。
「まず貴方達は身体が大きい」
「むっ」
 大体においてエウロパの者より連合の者も方が十センチ以上高かった。連合においては二メートルを超える者も多い。これは混血と食事のせいであった。エウロパの者はそこまで大きくはないのが普通であった。
「そして食べる量も大変なものですね」
「そうですかね」
 理知的な兵士ですら首を傾げざるを得なかった。
「我々はそんなに食べているつもりはありませんが」
「貴方達はそう思っていてもね」
 子爵は付け加えた。
「我々から見ればそうなのですよ。はじめて見た時には驚きました」
「はあ」
 連合の兵士達は力なく答えた。
「あるレストランの話ですが」
 子爵は一つの事例を出してきた。
「一ダースの連合の兵士によってその日は閉店に追い込まれたそうですよ。午前中で」
「また極端な」
「私は嘘は言いませんよ」
 子爵の声と顔がつっけんどんになった。
「今その証拠を見せてもらいましたから」
「証拠!?」
「ええ」
 彼は頷いた。そして言う。
「貴方達のここでの食事」
「俺達の」
「それが何よりも雄弁に物語っています。まるでバイキングです」
「大袈裟な」
「ですから私は嘘は言いません」
 彼はまた付け加えた。
「正直驚かされましたよ」
「さて」
 連合の将兵達はまだ自分達のことがよくわかっていなかった。
「お一人辺り平均して四種類のスープを飲まれ」
「はい」
「大皿に一杯のサラダとハムの塊二つ」
「朝食ではその位ですね」
「鶏と鶉をそれぞれ一羽ずつに羊の脛肉三切れずつ、そして最後に山のようなパンと菓子、そして果物を召し上がられていたでしょう」
「それ位普通なのでは?」
 理知的な兵士が首を傾げながら言う。
「あれは連合の者にとっては平均的な夕食の量ですよ」
「ええ、全く」
 他の者達もそれに同意した。
「驚くことはないかと」
「そこですよ」
 子爵はここで反撃に出た。
「我々と貴方達では根本的に食べる量が違う」
「はあ」
「我々ならもう途中で吐いています。そこが大きな差です」
「といわれてもなあ」
 連合の兵士達はそう言われて困った顔になった。
「子供の頃からそれだけ食べていたし」
「食べなきゃもたないもんな」
「連合とはそんなに生きるのにエネルギーを使うのですか?」
「そうですね」
 理知的な兵士が答えた。
「少なくともエウロパよりは忙しいですね」
「やはり」
「働くのにも遊ぶのにも。我々はゆったりしたことはあまり好みませんので」
「遊ぶのにも必死です」
 別の兵士が言った。
「ですからね。必然的に食べないともたないのですよ」
「おかげでこんなに大きくなりました」
「身体はまた別なのでは」
 子爵は苦笑しながら話に乗ってきた。
「いや、違いますかな。食べるから大きくなった」
「そうした一面はありますね」
 彼等もそれをようやく認めた。
「けれど連合の食い物って美味しいですから」
「エウロパのはどうですか」
「そうですね」
 彼等は暫く考えた後でその質問に答えた。
「味付けが薄いかな」
「チーズや牛乳の味ばかりですね」
「ほう」
「何か弱いんですよね。香辛料とか調味料あまり使っていないのでは?」
「繊細な味とは思われないのですか」
「繊細な味、ですか」
 それを聞いてさらに考え込んだ。
「連合で繊細な味といえば日本の料理ですかね」
「あれも醤油にかなり頼っています」
「日本の食事については私も知っていますよ」
 子爵はまたしても知識を発揮してきた。
「何でも生物を食べるそうですね」
「ええ、まあ」
「そして醤油や山葵を使う」
「醤油は連合ではポピュラーな調味料ですけれどね」
 ただし日本のように大豆から作るものではない。大抵は魚や肉等から作る。所謂ナムプラーである。日本においてはしょっつると呼ばれるものである。
「それでしたらエウロパにもありますよ」
「本当ですか!?」
 それを聞いて皆驚きの声をあげた。
「エウロパにも醤油があったのですか」
「はい」
 子爵は頷いた。
「連合のそれとは違い高価ですが。隠し味に使います」
「そうだったのですか」
 流石に驚きを隠せなかった。これには理知的な兵士も驚いていた。
「それは知りませんでした」
「ローマ時代にあったものを復活させたのですよ」
「へえ、ローマも醤油を使っていたのですか」
「はい」
 彼は答えた。
「ローマでも魚介類を食べることが多かったですからね。作り方は貴方達の醤油と同じだと思いますよ」
「ナムプラーですか。魚から作る」
「はい、そうです」
「匂いが凄いでしょう」
「慣れるとあれがいいと思いますよ」
「おや、それは我々と同じですね」
 理知的な兵士はそれを聞いて面白そうに笑った。
「意外なところで味覚が共通していますね」
「ですね」
「今までエウロパでは魚はムニエルにしたり、ブイヤベースにしたりするのが主流だと思っていました。生はまあカルパッチョがありますが」
「あれは肉でもそうするしな」
「ああ」
 連合においてもカルパッチョはよく食べられる。生の肉や魚をオリーブオイル、そして香辛料で味付けしたものである。オリーブを使っている為あっさりとしていて美味しい。酒の肴としても人気がある。
 

 

第十一部第四章 軍規その七


「まさか醤油を使っているとは思いませんでした」
「そんなに意外でしたか。実は昔も使っていましたよ」
「昔とは」
「和食を食べる時ではなく他にも」
「はい。フランス料理でね」
「おい、それは本当か」
 兵士達は同僚である理知的な兵士に尋ねてきた。
「フランス料理に醤油だって?」
「嘘だろう、それは」
「僕に言われてもな」
 理知的な兵士も困っていた。
「それはないだろうとは思うが」
「使っていたのは太陽王ですよ」
 子爵は彼等の驚いた様子を楽しみながら答えを言った。
「またですか」
 この話においてあまりにもよく出る名前である。彼等はもうその名を聞くのに慣れてしまっていた。
「はい、彼の料理人が隠し味として使っていたのですよ。日本から輸入したものをね」
「成程、今のそちらと同じ使い方ですね」
「はい、その通りです」
 つまり隠し味としてである。それなら幾分か納得がいった。
「王はそれがお好きだったそうですよ。非常に美味だと」
「そうだったのですか」
「ただちょっと気になるところがありますね」
 理知的な兵士がここであることに気付いた。
「何がですか?」
「日本から輸入していたと仰いましたよね」
「はい」
「本当に日本からですよね、中国ではなく」
「ええ、それが何か」
「おかしいですね」
「何かあるのか?」
 同僚達もそれを聞いて彼に尋ねてきた。
「あるよ。鎖国だよ」
「鎖国」
「フランスがルイ十四世の時代日本は江戸時代だった」
「そういえばそうだっけか」
 同僚達はそれを聞いてそうだったかな、という何気無い反応を示した。
「で、それがどうしたんだよ」
「何かあるのか?」
「あるね。その時代日本は鎖国をしていた」
「よく御存知ですね」
 子爵はそれを聞いて何かしらの意を得たかのように微笑んだ。
「勿論ですよ。これでも学者志望でね」
「ほう」
「任期が明けたら大学に進むつもりなんですから。軍には入学金を稼ぐ為に入っているんです」
「それは感心」
「こいつは努力家でしてね」
 側にいる仲間達が彼の肩に手を当てて子爵に言う。
「大学に入る金は全部自分で稼ぐつもりなんですよ。親に金を出させるわけにはいかないって考えでして」
「立派ですね」
「生真面目な奴でしてね。部隊でもしっかり者で通ってます」
 彼等はそう言ってその兵士を口々に褒めた。
「まあ融通が利かないところもありますがね。俺達にとっちゃこいつはなくちゃならない存在なんですよ」
「おい、そうやっておだてるなよ」
 理知的な兵士はそう言って苦笑した。
「気味が悪いな。そうやって褒められると」
「そうか?」
「何かな。後でまた仕事を押し付けられそうだ」
「別にそんなことしねえよ」
「御前等のしないってのはするのと同じだからな。信用できないよ」
「おいおい、俺達ゃ戦友だろ」
「信じてくれよ」
「まあいいか」
 彼もそれ以上言うつもりはなかった。それはここで終わらせた。そして話を元に戻した。
「鎖国していたのに醤油を輸入していたのですか」
「はい」
 子爵はまた頷いた。
「それが何か」
「おかしいですね」
 彼はそう言って首を傾げた。
「あの時日本は出島で清やオランダとだけ貿易していたのでしたね」
「そういうことになっていますね」
「それで輸入していたのですか。日本は鎖国していたのに」
「醤油だけではありませんよ」
「他にもあるのですか」
「その後のマリー=アントワネットとルイ十六世の結婚の際にも日本は祝いの品を贈っていますよ」
「本当ですか!?」
「ええ、幕府がね」
「そうだったのですか」
 それを聞いて彼は何やら狐につままれたような顔になった。
「それは知りませんでした」
「他にも三代目の将軍ですが」
「ああ、家光公」 
 理知的な兵士は彼の名を聞いてすぐに反応を示した。
「彼が一体何か」
 この家光の代にこそ鎖国が確立されたとされているのである。そうした意味で彼の評判は一時期あまりよくはなかったのである。徳川幕府の評判自体がよくなかった時期もある。これは幕藩体制が所謂マルクス主義史観の批判の対象となったからである。マルクス主義者達にとってみれば幕藩体制、すなわち封建制は打倒されるべき搾取のシステムであるからだ。なおそのマルクス主義者達とされる者達が作った北朝鮮という国家は徳川幕府なぞ比較にならない程の身分制度が確立され、搾取も甚だしかった。徳川幕府は諸藩の範になろうと税を軽くしていたことで知られている。四公六民とさえ言われていた。そして法制度も当時としては極めて人道的かつ公平なものであった。日本という国ができてこの時代で三千八百年程とされているが徳川幕府を越える政権は今だに出ていないという評価すらあるのだ。そうした意味で非常に完成された政権であった。
「当時中国で王朝が交代しましたね」
「はい」
 明が農民反乱で滅び、満州民族の清が入ったのである。
「あの時日本は明の援軍要請を断った筈ですが」
「ところが家光公は清に攻め入ることを考えていたとも言われています」
「そうだったのですか」
 これには彼だけでなく他の将兵達も驚かされた。
「それは意外ですね」
「彼等は我々でいう騎士の階級にいましたね」
「ええ」
 武士のことをさしているのは言うまでもない。この時代の日本においてはスポーツの世界に僅かに残っている程度の武士道であるが歴史においては有名である。
 

 

第十一部第四章 軍規その八


「だからこそ戦いのことも念頭に置いていたのでしょうね」
「そうだったのですか」
「案外幕府の側としては鎖国しているという意識はなかったのかも知れません。単に渡航を制限して貿易港を限っていただけで」
「そうした考え方もありますね」
 実際その当時の日本人にとっては鎖国はどうでもいいことだったのかも知れない。彼等は日本国内で満足していたのであろう。自給自足が可能であったし旅行も国内で大いに発達した。
「案外日本人というものはしたたかですから」
 理知的な兵士はこう言ったがこれは連合においてはかなり一般的な評価であった。日本人は温厚だが柳の様にしなやかで粘り強い。中央政府に極めて忠実であるが時としてその中央政府を錦の御旗にして他の国に対抗したりもする。こうしたところがそう評価されているのだ。
「案外そうかも知れませんね」
「まあ日本人のことまでは知りませんが」
 子爵はそう答えながら言葉を続けた。
「しかし当時の日本が欧州と交流があったことはおわかりになられましたね」
「はい」
「歴史というものは面白いものです。色々なところから学ことができるのですから」
「ところで子爵」
 理知的な兵士は彼に尋ねてきた。
「何でしょうか」
「かなりの知識と教養がおありのようですが普段は何をしておられます」
「何といわれましても」
 彼は笑いながらそれに答えた。
「一族で経営している出版社の株主をしておりますよ」
「そうですか」
「他にも執筆なぞを。まあこれは手慰みです」
「いえいえ、そうではないと思いますよ」
 理知的な兵士は彼の謙遜をそう言って否定した。
「かなりの学識を見受けられますよ」
「それは貴方も」
 子爵も彼に対してそう返した。
「任期が終わられたら大学に入られるのでしたね」
「ええ」
「大成されることをお祈りしますよ。本来ならばこう言ってはいけないのですが」
「お互いにね」
 兵士はそう言って苦笑した。彼等が敵同士であることには変わりがないのだ。連合軍はエウロパの市民達と積極的に交流を行ってはいるが。
「ですが貴方は大学で大成されることと思います
「そうなるように努力します」
「おい」
 ここで呼び掛ける声がした。将校の黒と金の軍服を着た男が連合軍の将兵に声をかけてきていた。見れば連合軍の大尉であった。
「補給長」
 どうやら彼等の艦の補給長であるらしい。
「そろそろ時間だぞ」
「えっ、もうですか」
 彼等はそれを聞いて驚きの声をあげた。艦に戻る時間のようだ。
「ああ。そこの子爵殿に挨拶して艦に戻ろう」
「わかりました。では子爵」
「はい」
 彼等は子爵と向かい合った。補給長の大尉が一番前に出た。そして彼が言った。
「これで失礼します」
 敬礼した。子爵もそれに返礼した。こうして彼等は子爵と別れた。
 後にこの子爵はエウロパのアカデミーにおいて名を知られるようになる。その優れた学識と教養でエウロパ屈指の学者とさえ言われるようになった。
 兵士は大学に進み学校の教師となった。そして校長になり多くの生徒に慕われるのであった。シュタイナー子爵とメッケン先生の若き日の交流であった。

 連合軍はそうしたのどかな場面をも抱えながら戦いを着々と進めていた。そして遂にホズにまであと僅かの距離にまで迫ったのであった。
「ホズ星系の防衛はどうなっているか」
 ホズに近付くとマクレーンは参謀達にそう尋ねた。
「ハッ」
 参謀達は敬礼をした後で彼に答えた。
「コロニーレーザー等を多数配置し我々の侵攻に備えているようです」
「そうか」
「それも全軍を以って。先頭には竜騎士団の姿も確認されております」
「竜騎士団、彼等のことか」
 マクレーンはそれを聞いて頷いた。
「彼等も前線に出ているのか。アルテミスの時と同じように」
「アルテミスの時彼等は目立った働きをしておりませんでしたが」
「だからといって今回もそうだとは限らない」
 マクレーンの言葉は厳しいものであった。
「彼等はエウロパ軍の精鋭として知られている。油断してはならない」
「はい」
「警戒を怠らぬようにな」
「わかりました」
「しかし」
 だがここで参謀総長である劉が話に入ってきた。ゆっくりとした動作であった。
「彼等が出て来ているということはエウロパ軍は彼等をそれだけ信頼しているということです」
「ですね」
 参謀達はそれに応えながら不思議に思った。今頃言うことではないからである。
「そう、彼等に頼っている」
「それが何か」
 参謀の一人が焦れたのか彼に尋ねてきた。
「何かあるのでしょうか」
「ないと言えば嘘になるな」
 劉はそれに対して謎めいた笑みを返した。
「それではそれを御聞きしたいですね」
 マクレーンも笑った。そして劉に対して問うてきた。
「彼等は騎士団を頼りにしています。戦力として」
「はい」
「ならば彼等とは戦ってはこちらの損害が増えます。それを避けていきましょう」
「ふむ」
 マクレーンはそれを聞いてまた頷いた。
「それではそうしますか」
「はい」
 劉もまた頷いた。
「ホズ星系の戦いは強敵を避けていくべきだと思います」
「わかりました。ではそれでいきましょう」
「はい。それでは」
 こうして連合軍の次の戦いの方針が決定した。彼等はその主力をホズに向けてきた。シュヴァルツブルグはそれを受けて彼等を待っていた。
「遂に来るか」
「いよいよですな」
 シュヴァルツブルグはこの時旗艦であるワレンシュタインの会議室にいた。そこには各騎士団の団長達が集まっていた。軍議を開いているところで敵の動きに関する報告を受けたのだ。これにダムが声をかけてきたのだ。
「うむ」
 シュヴァルツブルグはそれに頷いた。
「既に用意はできている。行くぞ」
「ハッ」
 騎士団の長達が一斉に敬礼した。
「ここに北と南の軍が来るまで持ち堪える」
「そして再び決戦を」
「その為にも・・・・・・頼むぞ」
「お任せ下さい」
 彼等は口々に誓いの言葉を述べた。
 彼等も戦いの配置に着いた。そして迫り来る連合軍を待ち受けた。盲目の神を巡る戦いの火蓋が今切られようとしているのであった。 

 

第十一部第五章 持久戦その一


                            持久戦
 ホズ星系における戦いの時が迫ってきていた。連合軍の接近に対してエウロパ軍は前線に戦力を集中させてそれに対抗しようとしていた。
「これで配置は終えたな」
「はい」
 参謀の一人がシュヴァルツブルグの問いに答えた。
「既に全戦力の配置を終えております」
「そうか、ならいい」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「ならば後は敵を待つだけだ。よいな」
 そして全軍に対して言った。
「今は耐えることだけ、凌ぐことだけを考えよ。命を粗末にするな」
「はい」
「連合軍の攻撃を凌げ。そして北と南の友軍を迎えるのだ」
「わかりました」
「今はまだ死兵となるべき時ではない。いいな」
 その言葉には苦渋の決断があった。
「耐えるのだ、何としても」
「何としても」
「そうだ。そして時を待つ」
 搾り出すようにして言う。
「時とな」
 その目の前に連合の大軍が姿を現わした。巨大戦艦を前面に出して進撃してくるその陣容は銀河を埋め尽くさんばかりであった。彼等の登場が戦いのはじまりを告げるものであった。

 北方、そして南方のエウロパ軍は一路ホズに向かっていた。モンサルヴァートも南方に展開していた全軍を以ってそこに向かっていた。
「戦いはもうはじまっているかな」
「おそらくは」
 リェンツィの艦橋にいた。そこでプロコフィエフが彼にそう答えた。
「連合軍は総力をあげて攻撃を仕掛けていることでしょう」
「だろうな」
 それは彼にも容易に想像がつくことであった。こくりと頷いた。
「持ち堪えてくれればいいが」
「彼等は持ち堪えます」
 ここでプロコフィエフはそう述べた。
「何故そう言える?」
「まずは地の利です」
「それだけではないだろう」
「無論。そして我等の戦意です。戦意は衰えてはいません」
「それは我々も同じだな」
「はい」
 彼女は頷いた。その通りであった。
「我々は祖国をかけて戦っております」
「うむ」
「敗れるわけにはいきませんから。だからこそ戦意も高いのです」
「いささか皮肉なことだがな。だが戦意が高いにこしたことはない」
 彼は前に顔を向けてそう言った。
「連合の大軍を相手にするのにはな。南方の彼等は今どうしているか」
「モントローズを占領後我々を追撃する形で北上しております。どうやら我々と同じくホズを目指しているようです」
「そうか」
 モンサルヴァートはそれを聞いてまた頷いた。
「やはりな。だが我々に追い付きそうか」
「それはないかと。速度が違い過ぎますし。それに彼等は各星系を占領中ですから」
「ゆっくりと北上しているのだな」
「はい」
 プロコフィエフはまた答えた。
「ですから彼等のことは今はあまり考慮に入れる必要はないかと思います」
「わかった」
「それよりやはり目の前です」
 プロコフィエフも前を向いた。
「ホズの戦いに敗れたならば我等はそれで終わりです」
「終わりか」
「はい。その前に我々が到着しなければなりません」
「いけるか」
「彼等は持ち堪えます、何があっても」
 強い声でそう述べた。
「彼等を信じましょう」
「そうだな」
「一路北へ。それしかありません」
 その言葉に従い彼等は北へ全速力で向かっていた。その先頭にはタンホイザーの乗艦であるグングニルがいた。彼がこの軍の先陣を務めていたのである。
「まだ星しか見えないな」
 彼は艦橋においてそう呟いた。
「星しか、ですか」
「ああ」
 問うた部下の一人にそう答えた。
「今はな。美しい光景だがこの世で最も美しいものではない」
「では最も美しい光景は」
「決まっている。戦場だ」
 微笑んでそう答えた。
「星の大海での戦場こそが最も美しい場所だ。これは人間の歴史において常にそうだった」
「そうでしょうか」
「私にとってはそうだ。卿は違うのか」
「私は地上部隊にいましたので」
 口篭もりながらそう答える。
「銀河での戦いについてはあまり知らないのですが」
「では陸上での戦いはどうだ」
「悪くはないですね」
 不敵に笑ってそう答えた。
「光と光が交差して。そして血と硝煙の香りが立ち込めます。それが陸の戦場です」
「殺伐としているな」
「それこそが戦いです。そしてその中にこそ真の騎士が生まれるのです」
「騎士か」
 タンホイザーはそれを聞いて満足そうに笑った。
「私も騎士だ」
「はい」
「エウロパの軍人はまず騎士だ。それはわかるな」
「無論です」
 部下はそう答えた。
「エウロパが騎士ならば連合は一体何なのでしょうか」
「連合か」
 タンホイザーはその質問に少し言葉を止まらせた。
「何だろうな」
「規律正しさは我々より上かも知れませんが」
 連合軍のエウロパにおける軍規の正しさ、厳しさについては彼等も知っていた。それについも言及したのであった。
「ですが彼等は騎士ではありません」
「うむ」
「サハラはアッラーの戦士、そしてマウリアはクシャトリアだと聞きます」
 それぞれ依って立つものがあるのである。軍人とはそうしたものである。エウロパの騎士道と同じようなものがサハラやマウリアにもあるのである。
「ですが連合にはそれはあるおでしょうか」
「これは私の考えだが」
「はい」
 タンホイザーは私見を述べた。
「彼等にはそうしたものはないと思う」
「そうですか」
「少なくとも我々のようなものは持ってはいないだろう。彼等にはそうした精神的な拠り所はない」
 騎士道は古来よりエウロパにあったものである。中世に確立され、アーサー王やローランの物語において謳われてきた。キリスト教だけでなくゲルマンやケルトの考えも入ってきている。これがエウロパの軍人達の精神的な背骨となっているのである。
 サハラは信仰が背骨となっている。ムハンマドの頃よりジハードを行う戦士としての考えがあった。彼等は信仰にそれを求めているのである。それが彼等を律してもいる。
 マウリアは古来よりの階級だ。しかしそこには独自の規律がある。彼等もまたそうした意味においてエウロパやサハラと同じであると言えた。
 だが連合はどうか。元々多くの国家の連合体である。いささか人工的なものである。信仰も多岐に渡り統一されたものはない。そして階級などといったものはない。他の三つの地域とは根本的に異なるのである。
「彼等はあくまで軍人に過ぎない」
 彼はそう述べた。
「我々も軍人だが彼等とは違う」
「はい」
「彼等はあくまで職業の一つとしての軍人なのだろうな」
「職業の一つ」
 そう言われても今一つピンとこなかった。
 

 

第十一部第五章 持久戦その二


「どういうことでしょうか」
「平民達はそれぞれ職を選んだりすることがあるな」
「はあ」
 エウロパは階級社会であり親の職を継ぐことが多い。だが時にはそれに反発したりして親のそれとは違う職に就くこともある。基本的に職業選択の自由は認められている。貴族でもそうであるが彼等はその身分故の社会的制約の為にそうおいそれとはできないのであるがそれでも認められていることは認められている。
「連合で自由に職を選べないのは国王か皇帝だけだ」
 各国の国王と日本、そしてエチオピアの天皇、皇帝を指しているのは言うまでもない。流石に王族や皇族は職を選べはしない。彼等は既にその家に生まれたことが仕事となっている部分がある。
「皇室の仕事とは生きていること、そして伝統を守ることである」
 とある連合の学者の言葉である。日本の皇室を指して言った言葉である。日本の皇室は伝説の時代も入れれば四千年近い。その伝統を守るのは並大抵のことではない。皇室の竹のカーテンと宮内省だけが守っているのではなく伝統も皇室を守っていた。そして皇室はその中でその責務を果たされているのである。
「それと同じことだ」
「つまり彼等にとっては仕事でしかないのですか」
「そうだ」
 タンホイザーはそう答えた。
「我々にとっては義務だが彼等にとっては仕事なのだ」
「どうもよくわかりませんね」
「価値観がそれだけ違うということだからな」
 価値観という言葉も出してきた。
「彼等は階級というものが存在しない。これが第一の要因だ」
「はあ」
「そして職業を自由に選べる。これが第二の要因」
 貴族とは違うということで第一の要因と表裏一体にあるものであった。
「第三の要因は・・・・・・。我々やサハラ程軍人を必要としない社会だからだな」
「軍人を必要としない」
「そうだ」
 タンホイザーはそれに頷いた。
「連合は豊かだ。内部では経済や貿易を巡る対立はあってもそれが武力衝突にまで至る心配はなかった」
「はい」
「宇宙海賊やテロリスト達だけが脅威だった。その脅威に的確に対処する為に連合軍が設立されたな」
「はい」
 まだ設立されて間もない連合軍であるが予想以上の責務を果たしていると言えた。
「その際中央軍の設立に反対する意見も多かった。これは何故かわかるか」
「必要ないと考える者が多かったからでしょう」
「そうだ」
 タンホイザーはその答えを正解とした。
「それまでのそれぞれの国の軍でもある程度対処できたということだ。彼等にとっての敵は海賊やテロリストしかなかった」
「我々やサハラとは大きな違いですね」
 外部勢力との戦争とは違う。所詮国内の犯罪勢力との戦いである。これではあまり戦力を必要としない。治安維持さえできればいいのであるからだ。
「今でも彼等はその人口比に対して軍の数は少ない」
 これは事実であった。彼等は三兆の人口を擁する。人類において最大の勢力である。その軍もまたそうであるが実際にはその人口比では他の勢力より少ないのだ。
 連合軍は三千個艦隊を基幹戦力として百億以上の将兵を擁する。これはエウロパやサハラと比べると圧倒的なものであるがそれでも連合の人口三兆の中ではごく僅かである。彼等はあくまで彼等の規模の範疇において最低限の戦力しか擁してはいないということなのである。だがその身体があまりにも大きいが為にこうなっているのだ。
「あまり戦うことを必要とはしなかった。少なくとも今までは」
「我々と干戈を交えるまでは外部勢力との衝突もありませんでしたしな」
「それも大きかったな。彼等は武よりも他の分野に重点を置いて発展してきた。それが今の連合を形成している」
「そうなりますか」
「彼等にとって軍人とは名誉ではないのだ。そう考える者もいるだろうが連合の風潮としては違う」
「だから職業なのですね」
「食べる為のな」
 彼等は貴族である。タンホイザーにしろ一族が経営しているワイン工場等の収入で食べるのには困らない。軍人となっているのは言わば彼自身の責務を果たそうという気持ちが大きかった。そして己が騎士道を貫徹する場として。彼にとって軍人とは職業ではないのである。
「何となくわかってきたような気がします」
 その部下はここまで聞いてようやく納得したようであった。
「えらく困難ですが」
「それが異文化というものだろうな」
 タンホイザーは微笑んでそう答えた。まるで少年のように屈託のない笑みであった。
「いや、文明か」
「文明」
「我々はこのエウロパにおいて一つの社会を形成してきた」
「はい」
「独自のな。他の勢力とは全く違う社会だ」
 エウロパの社会はよく貴族社会、階級社会と言われるがこれは他の勢力にはないものである。エウロパ独自のものであると言えた。
「最早文明といっていい。エウロパ文明か」
「エウロパ文明」
「連合もまた同じだ。彼等もまた一つの文明なのだ」
「そうなりますか」
「そうだ。だからこそ理解するのは困難なのだ。彼等とは住んでいる世界があまりにも違い過ぎる」
「はあ」
「同じ人間でもな。理解し易いことと理解しにくいことがある」
 考える目をしてそう述べた。
「そのうちの一つが異なる文明への理解なのだ。私はそう思う」
「そうなのですか」
「私も今までそれについてよくわからなかった。だが彼等について調べているうちにようやく理解した」
 彼は言葉を続けた。
「我々とは異なる世界に住む者達もいる。サハラもそうだが」
「サハラも」
 部下はそれを聞き何やら悟ったようである。
「そう仰られるとわかり易いですね」
「そうか」
「私も総督府におりましたので。彼等とも何度も戦いました」
「戦術も戦略も我々のそれとは大きく違っていたな」
「はい」
 戦術も戦略もその今住んでいる場所が大きく影響するものである。エウロパとサハラではそれが大きく異なるのもまた道理であった。
「それもまた同じだな。連合と我々の違いもまた」
「ですね」
「それを踏まえて掛かろう。敵は手強い」
 タンホイザーはそう言って己が心の手綱を引き締めさせた。
「気を引き締めて掛かるぞ」
「はい」
 彼等もまたホズに向かう。そこで自分達とは異なる者達と戦う為に。

 ホズでは既に戦いがはじまっていた。連合軍とエウロパ軍は星系の入口で戦闘に突入していた。
「撃て!」
 巨大戦艦の艦長が命令を下す。すると三門の巨砲から光の帯が放たれた。
 それが前方のエウロパ軍に向かう。そして彼等を薙ぎ倒すのであった。
 薙ぎ倒されたのは艦艇だけではなかった。コロニーレーザー等の防御兵器もまた破壊されていた。
「何っ、コロニーレーザーの射程外から!」
 それを見たエウロパの防衛司令官は絶句した。
「何という射程だ!」
「フン、どうやら驚いているようだな」
 それを見て連合軍の指揮官の一人アウン=ホア=ケントゥン大将がその白い顔をニヤリと笑わせて言った。彼は東南アジア系の顔に白い肌を持っていた。肌はコーカロイドの父のものである。両親は共にミャンマー人であり彼もまたミャンマーにその国籍を持っている。
「このティアマト級の恐ろしさをまだ完全に理解していないと見える」
「全くです」
 隣にいる副官であるボリス=タラーソワ大佐が頷いた。彼はリトアニア系ホンジュラス人である。スラブ系といってもその肌は赤いものである。
「巨砲の射程は彼等のコロニーレーザーより遥かに長いのですから」
「威力もな」
 ケントゥンはそう言って腕を組んだ。艦橋で仁王立ちとなった。
 

 

第十一部第五章 持久戦その三


「要塞の主砲程がある。それをまた浴びせてやるか」
「それはお待ち下さい」
 だがタラーソワはそれを制止した。
「何故だ」
「見たところ敵のコロニーレーザーは先程の我等の巨砲の斉射でその数をかなり減らしております」
「ふむ」
 見ればその通りであった。動けるものもかなりのダメージを受けていた。もうコロニーレーザーの脅威はないと見てよい程であった。
「後は砲艦及びミサイル艦の攻撃に移ってもいいかと思います」
「わかった」
 ケントゥンは副官の言葉をよしとした。
「それではそうしよう。砲艦及びミサイル艦前へ」
「はい」
「攻撃目標は敵艦隊。一斉射撃だ」
「一斉射撃用意」
 それを受けてオペレーターが彼の言葉をその指揮下の全ての艦艇に伝える。そして砲艦とミサイル艦の部隊がゆっくりと前に出て来た。
「撃て!」
「撃て!」
 オペレーターが復唱した。それと同時に無数の巨大な光の帯とミサイルが放たれた。そしてエウロパ軍の艦艇を打ち据えた。
 エウロパ軍の艦艇が次々に破壊されていく。その中で連合軍は次の手を打ってきた。
「戦艦及び重巡を前に」
「はい」
 連合軍の常勝戦術の第三段階であった。まず巨大戦艦でダメージを与え、次に砲艦及びミサイル艦の斉射を加える。そして次に戦艦及び重巡を出す。だがここでエウロパ軍は突如として持ち直した。
 赤い艦隊がこちらに急行してきた。赤騎士団であった。
「急げ!何としても彼等を救え!」
 オーティスの指示が下る。赤い艦艇がまるで火の玉に見えた。それが連合軍に向けて突き進んで来たのだ。
「赤騎士団か」
「如何為されますか」
 タラーソワがケントゥンに尋ねた。
「参謀総長は彼等との戦いを避けよと言われていたな」
「はい」
「ならばここは退こう。彼等が来る前にな」
「わかりました」
 こうしてケントゥンの軍は赤騎士団が来る前に戦場を退いた。こうしてこの戦線は何とかエウロパにとって有利に保たれた。しかしそのダメージは決して軽微ではなかった。今後の戦いを考えるうえで極めて深刻なレベルであった。
 こうしたことが各戦線で続いていた。連合軍は騎士団が姿を現わすと退く。そして彼等がいる戦線では積極的にダメージを与えようとはしない。彼等はそういった戦いを続けていた。
「騎士団を避けているか」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて一言呟いた。
「はい」
 報告した若い将校が敬礼をしてそれに応えた。
「結果としてそれにより騎士団の戦力は温存されております」
「だろうな」
 彼はそれを聞いて表情を変えずに頷いた。
「だがそれ以外の艦隊はどうなっているか」
「その損害は決して無視できない段階にまで達しています」
 将校は静かにそう答えた。
「だろうな。これは危険だ」
「如何為さいますか」
「騎士団を中心に置いても必ず何処かに綻びが生じる」
「では対策がありません」
「そうではない」
 しかし彼はそれを否定した。
「戦線を縮小しろ」
「縮小させるのですか」
「そうだ。今は星系の入口付近で戦っているな」
「はい」
「一歩退け。そして彼等を少し中に招き入れる」
 それを聞いて将校は何かを悟ったようであった。
「地の利を生かすのですか」
「そうだ」
 その通りであった。彼は頷いた。
「この戦い何としても敗れるわけにはいかぬ。よいな」
「わかりました」
 これを受けてエウロパ軍は退きはじめた。連合軍はそれを静かに見ていた。
「どういうつもりだ」
 マクレーンは作戦会議室にて円卓の中央に映し出された三次元地図を見ながら呟いた。
「退くとは。いささか早いな」
 いずれは退くと見ていた。しかしそれはまだ後のことだと思っていたのである。
「おそらく我々を引き込むつもりなのでしょう」
 それを受けて劉が言った。彼は地図に映し出される敵の駒の動きを冷静に見ていた。
「引き込むつもりですか」
「はい。そして我々に消耗を強いる。それが狙いでしょう」
「ふむ」
 マクレーンはこの時敵の駒から目を離さなかった。特に色のついたそれぞれの光る駒達を見ていた。それは騎士団を現わしていた。
「騎士団の動きが気になりますね」
 彼は劉に対してそう述べた。
「司令もですか」
「はい。彼等が前面に出ようとしているように思えます。今後はさらに彼等に主軸を担わせるつもりでしょうか」
「おそらく」
 この時の劉の返答は簡潔なものであった。
「今まで我等は彼等との戦いを避けていました」
「はい」
「それにより敵全体にダメージを強いてきましたが。どうやらそれにも気付いたようです」
「やはり」
「彼等を前に出してそれを防ぐという考えもあるのでしょう。敵もまた必死です」
「ですがこちらも必死です」
 マクレーンの言葉も簡潔になった。
「勝たなければなりませんから。彼等は負けなければいい」
「いえ、それは違います」
 しかし劉は彼のその言葉を否定した。
「何故ですか」
「負けなくていいのは我々も同じです」
「そうでしょうか」
 マクレーンはその言葉には半信半疑であった。いや、完全に疑っていた。
「今ここで戦いを決めるべき時だと思いますが」
「最初は私もそう思っていました」
 劉はそう語った。
「ですがどうやら違うようです」
「そうなのですか」
 しかしまだよくわからなかった。
「私はそうは思いませんが」
「彼等を倒してもまだ三方に敵がいます」
「三方に」
 それが何なのか、マクレーンはすぐにわかった。
「成程」
「彼等も何とかしなければなりません。ですがここで一気に倒す必要はありません」
「ふむ」
「一つにまとめて倒せばいいでしょう。如何ですか」
「わかりました」
 マクレーンはようやく頷いた。
「それではここは我等もまた持久戦に入りますか」
「はい。ただし敵への損害は与え続け、圧迫を加えていきましょう」
「わかりました」
 こうして彼等の新しい作戦方針が決定した。連合軍は新たに陣地を築いたエウロパ軍とは適度に距離を保つこととした。そして遠距離から攻撃を仕掛けて少しずつにしろダメージを加えていった。やはり連合軍の艦艇の攻撃距離の長さが功を奏していた。
「どうやら我々の考えが読まれたか」
 シュヴァルツブルグはそれを見てまた呟いた。
「連合軍もあながち馬鹿ではないらしい。敵将はマクレーン元帥だったな」
「はい」
 情報参謀の一人がそれに答えた。
「アメリカ軍においてホープと言われていた人物です」
「だけはあるな」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて頷いた。
 

 

第十一部第五章 持久戦その四


「そして参謀総長もいたな」
「はい」
「劉元帥だったか」
「中国軍では稀に見る逸材だったそうです」
「その二人が来ていたか。道理で手強い筈だ」
 彼は感嘆の言葉さえ漏らしていた。
「敵には損害は増えずに我々の損害だけが増える。敗戦のパターンだな」
「残念ながら」
「打開しようにもこれ以上星系に入れるわけにはいかぬ。どうすればいいと思うか」
「閣下、私に考えがありますが」
 ここで蜂蜜色の髪をした若い女性の士官が前に出て来た。
「卿は」
「エヴァ=プロコフィエフです」
 彼女は青灰色の目を光らせてそう名乗った。
「参謀総長の妹君か」
「はい」
「それはどうした考えだ」
 シュヴァルツブルグもまた目を向けた。歳の割りに強い光を放っていた。
「ここはさらに奥深くに退くべきだと思います」
「何っ!?」
 それを聞いて多くの者が驚きの声をあげた。
「馬鹿な、そんなことができる筈がない」
「今退けば我々の敗北は決定的だぞ」
 彼等は口々にそう言った。だが彼女は落ち着いたままそれに返した。
「もうすぐ磁気嵐がここに起こりますね」
「うむ」
 シュヴァルツブルグがそれに頷いた。
 この星系は一定の時期に磁気嵐が起こることで知られている。それは星系の中央近くで起こり、かなりの広範囲に渡る。エウロパ軍はそれを知っている為陣を入口近くに置いていたのだ。
「それを使いましょう」
「つまり退けということか」
「はい。磁気嵐の後方に。それで守りを固めてはどうでしょうか」
「消極的だな」
 それを聞いたシュヴァルツブルグの言葉であった。
「磁気嵐に頼らなければならぬとは」
「しかしそれしかないのではないでしょうか」
 エヴァはなおも言った。
「今の我が軍のことを考えますと。如何でしょうか」
「ふむ」
 彼はそれを受けてまた考えた。
「閣下、御決断を」
「・・・・・・・・・」
 だがシュヴァルツブルグは沈黙していた。目を固く閉じ、腕を組んで考えている。だがやがてそれ等を解き周りの者に対して問うた。
「プロコフィエフ中佐の考えに対してどう思うか」
 彼女は中佐にまで昇進していたのだ。実はパイロットとしても優秀でありその功績が認められたのである。
「はい」
 幕僚達はそれについて答えた。
「それでよいかと思われます」
「磁気嵐の流れる時は一週間近く」
 彼等は口々に言う。
「それだけあれば凌ぎきることができると思います。ここは消極的だの言っている場合ではないと思いますが」
「私は中佐の案に賛成です」
「閣下、御再考下さい」
「わかった」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて遂に決断した。
「では下がろう。よいな」
「はっ」
「全軍星系の西方にまで下がる。それでいいな」
「了解」
「速やかに動くぞ。敵に悟られぬうちに」
「わかりました」
 こうして彼等は磁気嵐の向こうにまで退くこととなった。方針が決定すると幕僚達はすぐに下がった。そしてその場に残っているのはシュヴァルツブルグとエヴァだけになった。
「これでよいのか」
「はい」
 エヴァは上官に対して頷いた。
「有り難うございます、拙策を受け入れて下さって」
「よい。これも我が軍の為だ」
 シュヴァルツブルグは重厚な声でそう答えた。
「それよりも卿も大変だな」
「何がでしょうか」
「こうして幕僚としてだけでなくパイロットも務めているのだからな。我が軍がこのような状況でなければもっと楽ができたであろうに」
「構いませんよ」
 彼女は微笑んでそう答えた。
「これも運命ですから。私の」
「運命か」
「はい。若しヴァルハラに行くことになっても。それが戦いというものでしょう」
「確かにそうだが。だがよいのか」
「何がでしょうか」
「卿の夢のことだ。確か裁判官になりたいのだろう」
「はい」
 エヴァは答えた。
「ここで命を失うことになれば夢は適わないのだぞ。これは当然のことだが」
「それもまた運命です」
 彼女は自分自身のことでありながら極めて客観的にそう述べた。
「私がここで死ねばそれまでの人間だったということです」
「クールだな」
「いえ、ヴァルハラに行くのもまたよしだと思っているからです」
 ヴァルハラは戦いで命を落した戦士達が集オーディンの館である。戦死した者のうち半分は彼の許へ行くこととなっているのだ。そしてそこで戦いと宴に明け暮れる。それが古の北欧の戦士達の理想とする天界だったのである。荒涼とした雪の世界ならではの世界観であった。
「今では女でもヴァルハラに行くことができますから」
「そしてエインヘリャルになるか」
「はい」
「それだけの覚悟があるのならいい。私は止めない」
「有り難うございます」
「だがな」
 しかしシュヴァルツブルグはここで一言漏らした。
「だがな・・・・・・何でしょうか」
「いや、これは私の個人的な意見だが」
 彼はエヴァを見てそう延べはじめた。
「卿はエインヘリャルになるよりワルキューレになった方がいいかも知れないな」
「ワルキューレですか」
「そうだ。卿はどちらかというとその方が似合っているのかもな」
 口元に笑みを浮かべながらそう述べた。その顔はまるで娘を見て微笑む父の顔のようであった。なお彼は家庭においては四人の娘の父として知られている。娘達にとっては極めて甘い父であるというのがもっぱらの評判だ。だがそれぞれの婿には厳しい。だが孫達にはその娘達よりまだ甘い。何をどうしたらそこまで甘やかすことができるのか、という程甘い御爺ちゃんであるらしいのだ。
「ブリュンヒルテ・・・・・・。と言えば褒め過ぎか」
「御言葉ですが」
 エヴァも苦笑してしまった。ワーグナーの楽劇にも出て来る最も有名なワルキューレである。なおこの楽劇においてはワルキューレは九人であるが実際はそれよりも遥かに多いのである。
「しかし今卿は我が軍の守り神になろうとしている」
「またそのような」
「いや、今回のことがそれだ」
 彼は言った。
「頼むぞ。我が軍の為に」
「・・・・・・はい」
 そう言われて気を引き締めさせた。そして頷く。
「我が軍には今ワルキューレが必要なのは本当のことだ」
「それを私に」
「卿がそれを望むのならな。頼むぞ」
「はい」
 それに応えて敬礼した。そして彼女はその場を後にした。パイロットスーツに着替え格納庫に向かう。既にエインヘリャルが出撃準備を整えていた。
「あ、中佐」
 整備兵の一人が彼女の姿を確認して目礼した。見ればパイロットスーツの上からでも体型がはっきりわかる。見事なプロポーションであった。
 

 

第十一部第五章 持久戦その五


「私の機はどうなっているか」
 彼女はその整備兵に尋ねた。
「何時でも出撃できますが」
「わかった」
 彼女はそれを聞いて頷いた。
「では行こう。敵は来ているか」
「今のところは斥候のような部隊だけですが」
「そうか」
 彼女はそれを聞いて了承した。
「ならばその斥候を討ち取るとしよう。いいな」
「はい」
 周りにいるパイロット達がそれに従った。今この場に彼女より階級の上の者はいなかった。
「連合の者達に我等の戦いを見せる。いいな」 
 そう言うとエインヘリャルに乗った。そしてそのまま出撃した。
 その後に無数のエインヘリャルが続く。彼等は銀河の戦場に向かって行った。

 連合軍のエースパイロットで名のあるのはまずはヘンリー=スタンフォードであった。彼は連合軍きってのエースパイロットとして知られていた。だが当然であるが彼以外にも名のあるエースはいた。
 続いては中国軍出身の曹黒蛟。漆黒の肌を持つアジア系の男であり敵の意表を衝く攻撃が得意である。彼は中国軍において最高のエースと言われていた。それは連合軍になってからも変わらず順調に撃墜奇数を増やしている。
 三番目に出て来るのはオーストラリア出身のジャック=ボニング。イギリス系とフランス系をルーツに持つ若者であり最近とみに名を知られるようになった。理知的な容姿と穏やかな性格で有名だ。一見では音楽家、若しくは学者に見える程である。
 次にリャム=トワンキン。彼女はラオス人である。女ながらと言わせない程の名パイロットである。素顔は小柄な美人でありそうした面からも人気が高い。彼女は無類の音楽好きでありバンドも組んでいる。ヴォーカル、そして作詞を担当している。小柄な身体でパワフルに歌う。その姿が観客達の人気を集めていた。
 小柄な女性の次は大柄な男である。モーリタニアのネルソン=アクジュジト。二メートルを越える黒人の偉丈夫であり、豪快な戦法で有名である。宇宙海賊達との戦い、そして今回のエウロパとの戦いにおいても過去何度も撃墜されながらもその度に無傷で生き残ってきたので『不死身のアクジュジト』とすら呼ばれている。
 そして伝説とすら言われる男がいた。彼は今その斥候と称された艦隊に参加し、戦場に赴いていた。
「そちらには何もないな」
「はい」
 数機のタイガーキャットが虚空を舞っていた。彼等はダイアモンドの編隊を組みそこに飛んでいた。その先頭にいる男が部下に問うたのであった。
「どうやら奴等は何か考えているようですね」
「だろうな」
 その先頭の男はそれを聞いて頷いた。
「また退くつもりじゃないだろうな」
「まさか」
「いや、有り得る」
 男は部下にそう答えた。
「アルテミスでも退いたしここまでも退いた。そしてここでも退いたな」
「それはそうですが」
「彼等は要するに負けなければいい。だから退くことはまだ有り得るぞ」
「そうなりますか」
「少なくとも俺はそう見る」
 男はそう答えた。その黒い目が光る。
 見れば独特な顔立ちであった。アジア系の顔であるが肌は白い。そして黒い髪は直毛ではなくやや縮れている。どうやらそれぞれの人種の血脈を受け継いでいるらしい。
「後藤大尉」
 ここで彼の名が呼ばれた。
「何だ」
「Cエリアにおいて作戦行動中の部隊から連絡です。損害が出たとのことです」
「誰だ?」
「アクジュクト大尉です。撃墜されたそうです」
「またか」
 後藤はそれを聞いて苦い顔をさせた。
「この戦いが入って四回目か、撃墜されたのは」
「いえ、五回です」
「なお悪い」
 彼はそう答えさらに苦い顔を作った。
「それで無事なのか?」
「はい。怪我一つなく収容されたそうです。今母艦に帰還中とのことです」
「それは何よりだ。だがいい加減機体も大事にするように伝えてくれ」
「わかりました」
「後藤秀昭の名でな。わかったな」
「了解」
 そこで通信は切れた。後藤はそれを受けて自身の編隊のメンバーに通信を入れた。
「聞いたな」
「はい」
 彼等は口々に答える。彼の機以外に四機いた。合計五機である。連合軍の艦載機は五機を一個小隊として編成する。五個小隊で一個中隊となる。五個中隊で一個大隊。他の勢力に比べて数が多いのが特徴である。
 エウロパもマウリアも、そしてサハラ各国の殆どの国でも艦載機の編成は四機を一個小隊としている。四個小隊で一個中隊、四個中隊で一個大隊だ。連合はそれより一個ずつ大きい。こうしたところにも連合軍の巨大さが現われていた。
「我が連合軍の誇るエースパイロットの一人が撃墜された。その仇は取らなければならない」
「はい」
 部下達はそれに頷いた。
「すぐにCエリアに向かう。いいな」
「ですがここは」
「ここはまた別のチームが来る。俺達はそこに向かえばいい。わかったな」
「はあ」
「長々と話している暇はない。行くぞ」
 そう言って彼が先陣を切って旋回をはじめた。他の四機もそれに続く。こうして彼等は戦場に向かうのであった。
 Cエリアに到着した。だがそこには誰もいなかった。
「アクジュクトの小隊はどうした」
「既に撤退した模様です」
 部下の一人がそう答えた。
「リーダーが撃墜されては当然でしょう」
「そうか。だがいささか意気地がないな」
 後藤は苦々しげにそう述べた。
「そうでしょうか」
「せめてリーダーの仇討ちといって欲しいものだ」
「まさか。あのアクジュクト大尉を撃墜したんですよ。一〇〇機撃墜のエースを」
「それに大尉の救出もあったでしょうし。それは仕方ないでしょう」
「そうかな」
 そう言われても後藤はまだ不満そうであった。
「まあいい。レーダーに反応はあったか」
「いえ、まだです」
 部下の一人がそう報告する。
 

 

第十一部第五章 持久戦その六


「私の機体では反応がありません」
「こっちもです」
 別の部下もそう報告した。
「今のところは何も」
「だが油断するな」
 後藤はそれを聞いたうえであらためて彼等にそう言った。
「何時何処からやって来るかわからないからな」
「はい」
 彼等は周囲に警戒を払いながらそのCエリアを哨戒した。やがてレーダーに反応があった。
「むっ」
 五人がほど同時に声をあげた。
「敵ですね」
「ああ」
 後藤がそれに頷いた。
「だが一機か。妙だな」
「はぐれたのでしょうか」
「そこまではまだわからん。だがこちらに向かって来るな」
「はい」
「エインヘリャルだ。こちらが劣っている部分はない。安心して向かえばいい」
「わかりました」
 彼等にとって最早エインヘリャルはさして恐ろしい相手ではなかった。性能ではこちらのタイガーキャットの方が断然上だとわかっているからである。
 五機のタイガーキャットは上に大きく旋回してそのエインヘリャルの方に向かった。レーダーを見ればそのエインヘリャルもこちらへ向かってきていた。
「やるつもりか」
 後藤はレーダーに映るエインヘリャルの動きを見てそう呟いた。
「一機でか。面白い」
「どうしますか?」
「そうだな」
 彼は部下の一人の言葉に応えた。
「俺一人でやる。御前達は手を出すな」
「えっ」
「聞こえなかったか。俺一人でやると言ったんだ」
「しかし」
「何、心配はいらないさ」
 彼は不敵に笑ってそう言った。
「俺は今まで一対一で敗れたことはない。もっとも相手がどれだけいても敗れたことはないがな」
「それでは」
「ああ。やってやる。御前達は高見の見物でもしていろ」
「わかりました。それでは」
「ああ」
 四機のタイガーキャットは上に上がった。そのままさらに上がり、そこから後藤機を見守る場所に位置した。その命令通り彼等はそこで見守り続けていた。
「さてと」
 後藤はそれを確認してから前に視線を戻した。
「どう来る?正面からか。それとも」
 正面からであった。そのエインヘリャルは一直線にこちらに向かって来ていた。
「そのまま来るか。面白い」
 彼はそれを確認してまた笑った。
「来い。一撃で仕留めてやる」
 そう言うとスピードを上げた。それに合わせて彼もそのまま突っ込んだ。
 エインヘリャルが前に出て来た。それは一瞬のことであった。
 擦れ違った。その際攻撃を加えるのを忘れなかった。
 ビームガトリングガンのトリガーを引いた筈だった。普通ならこれで撃墜している筈である。だが今通り過ぎたエインヘリャルはダメージ一つ負っているようには見えなかった。レーダーにはそのままのスピードで通り過ぎるその姿が映し出されていた。
「何だと!?」
 後藤はそれを見て驚きの声をあげた。
「俺の攻撃をかわしたというのか。あの距離で」
 このようなことははじめてであった。驚かずにはいられなかった。
 レーダーに映るエインヘリャルは反転していた。そしてこちらに向かって来ていた。
「上からか」
 後藤は本能的にそれを悟った。
「ならば!」
 レバーを思いきり引いた。そして彼のタイガーキャットも上に上がった。
 二機の戦闘機が反転したまま再び向かい合う。後藤はその時エインヘリャルのコクピットにいる敵のパイロットに気付いた。
「!?」
 それは女であった。彼の勘がそう教えていた。その女を見て彼は一瞬だが動きを揺らしてしまった。
「しまった!」
 バランスが崩れた。相手はそれを衝くかのようにミサイルを放ってきた。一直線に二本のミサイルがこちらに向かって来た。
「まずい!」
 だが彼はそれをすんでのところでかわした。そのミサイルをまるで木の葉の様な動きでかわしたのであった。タイガーキャットの巨体を考えると信じられないような驚くべき軽やかな身のこなしであった。
 しかしそれはほぼ奇跡のような動きであった。その動きをした彼本人もパイロットスーツの中で冷や汗をかいていた。
「危ないところだったな」
 見れば敵のエインヘリャルは平然と動き続けている。その動きを見た。見ればまたこちらに向かってきた。
「どうやら俺とドッグファイトをやるつもりらしいな」
 面白くなってきた、と思った。彼は連合軍屈指のドッグファイトの達人とされているのだ。タイガーキャットを小さく旋回させ相手に向かった。
「やってやるぜ」
 互いに旋回し合い隙を窺う。一瞬だった。敵の動きが少し鈍くなったのを見て一気に動いた。
「今だ!」
「!」
 敵はそれに驚いたようであった。彼はそこに突っ込んだ。
 こうした戦いは一瞬で決まる。その一瞬で生と死が決定するのだ。それが戦闘機の戦いであった。
「御前等の天国に行くんだな!」 
 後藤はそう叫んだ。そしてビームガトリングガンのボタンを押す。今度こそ仕留める筈だった。
 だがそのエインヘリャルは消えた。そのまま前に出た。そして何処かへ去って行ったのであった。
「逃げたのか?」
「大尉」
 ここで部下達から通信が入ってきた。
「何だ?」
「今母艦から連絡が入りまして」
「母艦から?」
「はい」
 彼等の母艦はマリアナという空母である。連合軍独特の四段の空母であった。やはりエウロパの空母と比較してかなり大きい。そのうえ同時に発艦と着艦が二回行われる。四段の甲板がそれを可能にしていたのだ。無論四段全てを着艦、若しくは着艦にも使える。極めて能率的な空母と言えるものであった。
「エウロパ軍が撤退に入ったようだとのことです。すぐに哨戒を強化して欲しいとのことです」
「そうだったのか」
 彼はそれを聞いて納得した。ならばあのエインヘリャルが去ったのもわかる。
「如何致しますか」
「命令ならば従わないわけにはいかないだろう」
 それが彼の返事であった。
「引き続きこのエリアの哨戒を続ける。いいな」
「ハッ」
「敵を発見次第母艦に報告し、迎撃に向かうぞ。いいな」
「わかりました」
 後藤は部下達と合流した。そして再び五機となり哨戒にあたるのであった。
 エウロパ軍は撤退に入ろうとしていた。エヴァはその中でヴァレンシュタインの中に戻っていた。
「中佐、お帰りなさいませ」
「ああ」
 彼女はコクピットから降りヘルメットを取り外して整備兵に応えた。蜂蜜色の髪が外に溢れ出た。
「一機撃墜させたそうで」
「腕の立つ者だった」
 彼女はそれに答えた。
「一機は撃墜できたがもう一機は駄目だった」
「左様ですか」
「あのタイガーキャット・・・・・・。かなりの腕だったがな」
「連合軍にも腕利きのパイロットは多くいるようですね」
「むしろ彼等の方がエースは多いかもな」
 それがエヴァの答えであった。
「機体性能と数に差があり過ぎる。これでは生き残るのすら難しい」
 その戦場の女神の様な整った顔が曇った。連合とエウロパの艦載機の撃墜差は何と二十対一にまで達していた。これは数に劣るエウロパ軍にとって深刻な事態であった。
 さらに連合軍の艦載機は撃墜されてもすぐに脱出できるようになっていた。脱出機能、そして生存機能はエウロパのエインヘリャルより遥かに上であった。その為パイロットの消耗が極めて少ない。だからこそアクジェジトの様な者も現われるのであった。
 

 

第十一部第五章 持久戦その七


「全ては数、ですか」
「こればかりはどうしようもない」
 ぼやいていた。
「数はな。だが今それを言ってもはじまらない」
「ですね」
「全軍磁気嵐に向けて後退をはじめているな」
「私はそれは知りませんが」
「そうか」
 一介の兵士がそのようなことを知る由もなかった。これは彼女のミスであった。
「それではいい。艦橋に戻らせてもらう」
「わかりました」
 彼女は更衣室に入った。そしてパイロットスーツを脱ぎその整った肢体を豪奢な軍服で覆った。赤と黒、そして金のその軍服に着替えるとすぐに艦橋に向かった。
「おお、戻ってきたか」
 艦橋にはシュヴァルツブルグがいた。彼はエヴァに顔を向けてきた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いや、いい」
 敬礼をして答えるエヴァに対してそう言う。
「それよりも御苦労だったな」
「いえ、これも任務ですから」
 エインヘリャルでの戦闘のことであるのは言うまでもない。
「ところでそろそろ撤退に入るようですが」
「わかるか」
「はい。急に呼ばれましたから」
 彼女はそう応えた。
「磁気嵐の向こう側までですね」
「うむ」
「そこまで下がればおそらく連合軍は手出しできないでしょう。これで時間が稼げます」
「その間に北と南から友軍が来ればいいがな」
「時間を考えれば来る頃ですが」
 そう答える彼女の頭の中で緻密な計算が行われていた。
「何はともあれ今は磁気嵐の向こうまで下がりましょう。そして時を待ちましょう」
「そうだな」
 シュヴァルツブルグはそれに頷いた。
「本来ならばより積極的にいきたいのだがな」
「それは私も同じです」
 彼等は貴族である。それが彼等をして彼等たらしめている。エウロパの貴族には騎士道精神がある。これはそのエウロパ貴族達をエウロパ貴族たらしめているものだ。騎士道なくしてエウロパ貴族ではない。即ち彼等ではなくなるのだ。彼等にしてみれば正々堂々と戦いたかったのだ。しかしそう悠長に言っていられる状況でないことは彼等が最もよくわかっていることであった。彼等はここでは騎士道精神よりも耐えること、負けないこをを選んだのであった。
「後詰は各騎士団が務めることになった」
「はい」
「まずは他の軍が退いてから彼等が退く。私もその中に入る」
「わかりました」
「卿にはまた戦ってもらう。悪いがな」
「いえ」
 だがエヴァはその言葉には首を横に振った。
「戦いですから」
「そうか、悪いな」
 それだけだった。それ以上言うこともなかった。シュヴァルツブルグは言葉を止めた。
 エウロパ軍は後退をはじめた。その後詰はシュヴァルツブルグの言葉通り各騎士団が務めたのであった。
 騎士団は撤退する中よく戦った。彼等が得意なのは攻めるだけではなかったのだ。撤退戦も得意としていたのだ。戦争は攻めるだけではない。退くのもまた戦争である。彼等はそれをよくわかっていた。
「見事と言うべきか」
 マクレーンはそれを見て一言そう呟いた。
「上手く守っている。ここはあまり手を出すべきではないな」
「はい」
 劉をはじめ参謀達がそれに頷く。
「下がらせてやれ。彼等を叩く機会はまだある」
「わかりました」
 連合軍は積極的に攻撃を仕掛けることを止めた。仕方なくではあるがエウロパ軍を下がらせることにしたのであった。
 そのせいかエウロパ軍は彼等が思っていたよりもスムーズに予定の場所にまで退くことに成功した。磁気嵐は彼等にとって将に救世主であった。その後ろにおいて再び守りを固めはじめた。
 連合軍は間合いを詰めようとした。マクレーンはここで遂に攻勢に出るつもりであった。だがそれは適わなかった。
「全軍前進用意」
「お待ち下さい」
 航海参謀がそこで彼を制止した。
「どうした?」
「磁気嵐が近付いております」
「何だと」
 それを聞いたマクレーンの表情が変わった。
「どれだけの規模だ」
「艦隊の航行に支障をきたすレベルです。しかもかなりの広範囲です」
「場所は」
「我等とエウロパ軍の間です。丁度河の様に塞ぐ形となっています」
「何ということだ」
 マクレーンはそれを聞いて顔を顰めさせた。
「彼等はそれを知っていたのか」
「おそらくは」
「そのうえでか。考えたものだ」
「どうしますか」
「どうしますかと言われてもどうにもならないだろう」
 マクレーンはそう言葉を返した。
「下手にそのまま進んでも磁気嵐に動きをとられる」
「はい」
「そこを狙われては無駄に損害が出る。それは避けるべきだ」
「わかりました。ではここは様子見ですね」
「致し方あるまい」
 それが答えであった。
「磁気嵐が過ぎるのを待つ。いいわ」
「わかりました」
 こうして連合軍は歯噛みしつつも磁気嵐が収まるのを待った。両軍はそれを挟んで対峙する形となった。
「上手くいったか」
 シュヴァルツブルグは磁気嵐の向こうに見える連合軍を見据えて呟いた。今彼はこの戦いがはじまって以来ようやくエウロパが何かに成功したような気になった。
「とりあえずはこれでいい」
「はい」
 傍らに控えるエヴァがそれに頷いた。
「ですがこれで終わりではありません」
「そうだな」
「この磁気嵐が去った後です、本当に問題なのは」
「磁気嵐が去るまでどれ位かかるか」
 シュヴァルツブルグはそれを受けて参謀の一人に尋ねた。
「三日位かと」
「それだけか」
「それだけあれば充分ではないでしょうか」
 不快さを示そうとしたところでエヴァがこう言った。
「僅か三日だぞ。まだ北と南の軍が到着するには時間がかかる」
「いえ、丁度いい頃です」
 だがエヴァはそれを否定した。
「友軍が到着するには。適度かと思いますが」
「かなりの自信があるようだな」
「はい」
 苦笑する軍務相に対して臆することなくそう返した。
「私にはわかります。彼等が間も無くここに来るのが」
「その言葉、信じてよいのか」
「信じられないと仰るのなら」
 エヴァは凛とした声で返す。
「今ここで私を銃殺にして下さって結構です。それがお嫌でしたら自ら命を絶ちましょう」
 そう言って懐から銃を取り出した。古風な実弾の拳銃であった。護身用の自分で持っている銃らしい。その持つ部分にはプロコフィエフの家の紋章が彫られていた。
「わかった」
 そこまで言うからには信じたくなったのだろうか。シュヴァルツブルグは頷いた。
「卿の言葉を信じよう」
「有り難うございます」
「三日か。ではそれだけ待とう。どのみち三日後に敵は総攻撃を仕掛けてくるだろう」
「はい」
「それを凌がなければならん。その為の用意はしておこう」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 彼等は三日後に備え動きはじめた。これは連合軍も同じであった。
 空母マリアナのパイロット控え室であった。今ここに連合の名立たるエース達が集結していた。
 

 

第十一部第五章 持久戦その八


「おい聞いたか」
 まずはスタンフォードが口を開いた。
「今俺達の目の前を塞いでくれている鬱陶しい嵐が三日後に消え去るってよ」
「それは本当か?」
 それを聞いた曹が疑問そうに顔と声を向けてきた。
「あれだけの嵐が三日程で消えるとは思えないが」
「気象班はそう見ているぜ」
 スタンフォードはそんな彼にそう述べた。
「確かな調査だそうだ」
 そう言ってコーラを啜る。氷でかなり冷えていた。
「三日か」
「だから俺達がここに集められたんだろ。三日後に備えておきなって。上からの有り難い指示だ」
「あんたは単に戦いたいだけだろ」
 ボニングが呆れたようにスタンフォードに対して言った。
「敵を撃墜したいだおるからな、一機でも余計に」
「それが戦闘機乗りってやつさ」
 スタンフォードはそれに怯むことなく声を返した。
「それは御前さんだって同じだろう?ボニングさんよ」
「否定はできないな」
 ボニングは渋い顔でそれを認めた。
「僕だって戦闘機乗りだ。一機でも多く撃墜したい」
「ほら見ろ」
「だがあんたみたいにいつも敵を撃墜することばかり考えているわけじゃない。ましてあんたの戦い方は派手過ぎる」
「ほお」
 それを聞いてスタンフォードは面白そうに眉を動かせた。
「そりゃ一体どういうことだい?」
「あんたはミサイルを使い過ぎるんだよ。いつもミサイルをぶっ放してるよな」
「まあな」
「ミサイルは派手に使うものじゃない。ここぞという時に使うものなんだ。あんたはそれをわかっちゃいない」
「ボニングの言う通りね」
 これにトワンキンが同意した。
「おい、あんたもかよ」
「ええ。私はスマートに戦う主義だから。貴方みたいに無駄な動きはしないわ」
「派手なのが俺の信条なんだよ」
「それよ。そうしたことやってると何時かえらい目に遭うわよ」
「そんなのいつものことさ」
 スタンフォードはいささか悪びれた様子で彼女にも返した。
「戦闘機乗りってのはなあ、危険を楽しむもんなんだよ。それは御前さん達だって同じだろうが」
「あんただけだ」
 ボニングは顔を顰めてそう答えた。
「戦闘機乗りは無茶が多いがあんたはやり過ぎだ。家族が心配するぞ」
「家族ね」
 どういうわけかそれを聞いたスタンフォードの顔がシニカルに歪んだ。
「そんなもんいやしねえよ」
「えっ」
「親父もお袋も俺が士官学校にいた時に死んじまったさ、事故でな」
「そうだったの」
 トワンキンがそれを聞いて申し訳なさそうに俯く。
「御免なさい、それは知らなかったわ」
「家には犬や猫がいるがな。まあそれ以外はいねえ。ヘッ、官舎で動物と一緒さ」
「そうだったのか」
 曹もそれを聞いて頷いた。
「色々あったようだな」
「人間誰だって色々あるものさ」
 そう語るスタンフォードの声は少し乾いていた。
「俺だけじゃねえ。あんた等だってそうだろ」
「否定はしない」
 曹が言った。
「私も子供の頃母が病気で死んでいる」
「人間誰だって一度は死ぬさ」
 スタンフォードはそれを聞いてまた言った。
「戦場で死ぬのも病院で死ぬのも一緒さ。何時かは死ぬしその場所が違うだけさ」
「確かにそうだけれど」
 ボニングは言葉を濁らせてしまっていた。
「もう少しね、落ち着いた方がいいよ」
「きっかけがあればそうなるかもな」
 そう言ってコーラを飲み干した。
「けれど今はこのスタイルでやらせてもらうさ。今の俺はこのやり方が気に入ってるんでね」
「それじゃあいいわ」
 トワンキンも諦めたように言った。
「貴方の人生だし。私が言うことじゃないしね」
「そういうことだな」
「しかし一つ注意しておく」
「何だい?」
 曹の言葉に顔を向けさせた。
「氷をそのまま食べるのはいささか無作法だと思うぞ」
「これがまた上手いんだよ」
 スタンフォードはコーラの容器の中に残った氷を噛み砕きながらそれに返した。
「コーラの味がしてな。ジンジャエールの時でもいいがな」
「氷は別の食べ方があるだろう」
 アクジェクトがそう呟いた。
「カキ氷はいいぞ。日本の」
「甘ったる過ぎるんだよ、あれは」
 スタンフォードはそう言ってそれは拒絶した。
「苺ミルクなんか甘過ぎて舌がおかしくなっちまわあ」
「あの甘さがいいと思うが」
 しかしアクジュクトはそれに反論した。
「一度食べると病みつきになる」
「そうだな」
 最後に残っていた後藤が遂に口を開いた。
「あれはいい」
「げっ、後藤大尉」
 他の五人は彼が口を開いたのを見て引いていた。
「いたんですか」
「俺は最初からここにいたぞ」
 彼は苦笑して五人にそう言葉を返す。
「最初からな。それにのマリアナは俺のいる艦だが」
「そういえばそうだったわね」
 トワンキンがそれを聞いて頷いた。
「話を最初に戻すけれど」
「ああ」
「後藤大尉はこの磁気嵐についてどう思っているのかしら。三日で終わると思う?」
「俺もそう見ている」 
 彼はこう答えた。
「三日後、奴等を叩く。確実にな」
「そういきたいわね」
「この前撃墜してくれた奴に借りを返したいしな」
「あんたは無理だろ」
「どうしてだ?」
「撃墜されたら暫くは出撃できないだろう?それにこれで何回目だ、墜とされたの」
「五回目だったかな」
「六回目ではなかったか」
「まあそんなことはどうでもいいさ。だが残念だな」
「出撃できないのがか?」
「ああ」
 アクジュクトは曹にそう頷いた。
「暇になるな。折角あのパイロットにリターンマッチできるというのに」
「あの女は俺に任せてくれ」
「えっ、女!?」
「そうだ」
 ボニングに答えた。
「あれは女だった。美人かも知れないな」
「そうだったのか」
「意外だな」
「意外?どうしてだ」
 後藤は彼等の言葉には疑問の声を呈した。
「トワンキンも女だがパイロットだぞ。しかもエースだ」
「まあそうだけれどね」
「連合軍にも女性のパイロットは多い。ならばエウロパ軍にいてもおかしくないだろう」
「その通りだけれど」
 正論であるが驚かずにはいられなかったのである。
「やっぱり驚かされるな」
「そうだね。まさかあのアクジュクト大尉を撃墜したのが女だったなんて」
「俺は別にそうは思わないが。それともアクジュクトは違うのか?」
「?俺か?」
「そうだ」
 後藤は頷いた。
「男のパイロットもいれば女のパイロットもいる。撃墜されても不思議ではないだろう」
「まあ何度も撃墜されてるしな」
 そう言って苦笑した。
「俺にとっちゃ男に撃墜されるのも女に撃墜されるのも同じことだな。生きていたらそれでいい」
「そういうことだな」
 後藤はそれを聞いて頷いた。
「あの女パイロットは俺がやらせてもらう。それでいいか」
「ああ、別にいいぜ」
「異論はない」
 他の者達はそれに答えた。
「三日後、女の首をここに持って来る」
「おいおい、それは勘弁してくれ」
「ぞっとしないわよ」
 他のエース達はそれを聞いて苦笑した。だがよく見れば後藤の顔は本気であった。
「楽しみにしておいてくれ」
「ああ」
 当然ながら本当に首を持って来るわけではない。撃墜するという意味だ。彼等もそれがわかっているから苦笑したのであった。
 後藤以外のパイロット達はそれぞれの艦に戻った。後藤は彼等を見送ると自室に戻った。一人になるとほっとした顔になった。暫く落ち着いた後で茶を入れた。梅茶である。日本古来の茶だ。
 それを啜る。啜りながら考えを戦場に巡らせていた。
「やってやるか」
 その目には強い決意があった。戦場を見据える男の目であった。 

 

第十一部第五章 持久戦その九


 連合軍は磁気嵐に前方を塞がれていた。その磁気嵐は横に厚く、上下にも広く伸びていた。彼等の行く手を完全に阻んでいたのであった。
 しかしそれをただ歯噛みして見ているだけにはいかなかった。彼等は気象班の報告を聞き、三日後に嵐が消えることを見越して陣を整えていた。広く大きな陣を組んでいた。
「嵐が過ぎたら一気に押し潰すつもりのようだな」
「そのようですね」
 シュヴァルツブルグは磁気嵐の彼方の陣を見据えていた。その隣にはエヴァがいた。
「上下左右からか。その兵力を総動員するつもりのようだな」
「常道ですね。隙がありません」
「彼等にはな。彼等には敗れる要素はない」
「ええ」
「彼等自身には。だが三日ある。その時間を我等の味方にしたいものだ」
「ノルンは我々の神々です」
 エヴァはここでふとこう言った。
「必ずや我々に味方してくれるでしょう」
「それはどうかな」
 しかしシュヴァルツブルグはこれには懐疑的であった。
「時の女神達は気紛れだぞ。そして力が強い」
 彼女達にはオーディンすら逆らうことができない。時の糸はヴァルハラとはまた別の摂理で動いているのである。その糸は彼女達にしか触れることができないのであった。ノルンの三柱の女神達は北欧神話では特別な存在であるのだ。時は彼等にしか操ることは出来ない。例えそれがオーディンであろうともトールであろうとも。神々で一番の知恵者であるローゲでもそれは適わないのである。
「果たして我等に味方してくれるかな」
「神は自ら動く者を救われます」
 それに対してエヴァの反論はこれであった。
「それはノルンも同じことです」
「そうかな」
「そうです。我等は我等の為すべきことを成し遂げましょう。そうすれば光が見えます」
「わかった。ではそうするか」
「はい」
 彼等は対峙を続けた。連合軍は一日で陣を組み終えていた。
「これで全てはいいな」
「はい」
 マクレーンの言葉に部下達が頷く。
「義勇軍には先鋒を務めてもらう。まずは彼等に徹底的に打撃を与えてもらう」
「それから正規軍の総攻撃。果たして彼等にそれが防げるでしょうか」
「防がせたら駄目だ」
 マクレーンは部下の一人にそう答えた。
「一気に押し潰す。数でな」
「それがいいです」
 劉がそれに同意した。
「兵力に圧倒的な差があれば押し潰すだけで済みます。大兵に戦術は不要です」
「そういうことですな」
「うかうかしていると北と南から敵の援軍が来ます。そうなれば厄介です」
「その前に敵の主力を殲滅しましょう」
「はい」
「そして勝利を」
 彼等はここで連合の勝利を決定的にするつもりであった。その為の布陣であった。彼等は勝利の時を待ち望んでいた。
 嵐は吹き荒れ続ける。二日目も同じであった。そして三日目も。
「これで終わりか」
 連合軍の将兵は目の前の嵐を見てそう呟いた。彼等は宇宙気象士達の予想を信じていた。連合の気象士の予想はエウロパのそれよりも遥かに正確なことで知られているからだ。ここでもその技術が大きく影響していた。国力がそのまま技術に直結している例の一つと言えた。
「いよいよ」
 腕が鳴る。だが嵐は収まる気配がない。それを見て不安にもなっていた。
 三日目が終わろうとしていた。その時であった。
「司令」
 気象参謀長がマクレーンに声をかけてきた。
「どうした」
「前を御覧下さい」
 彼は自信に満ちた声でそう言い前を指差した。そこにはまだ嵐が吹き荒れている。
「我等の勝利の時が近付いて来ました」
「遂にか」
 マクレーンはそれを聞いて会心の笑みを浮かべた。見れば嵐が突如として止んだ。つい先程までの荒れようが嘘のように鎮まっていた。これは連合軍にとっては攻勢の、エウロパ軍にとっては守勢のはじまりであった。片方にとっては勝利の、もう片方にとっては苦戦の合図ともなるものであった。今戦場はその二つの絵の具により彩られようとしていた。
「全軍に通達しろ」
「はい」
「予定通り総攻撃を行うとな」
「了解」
「巨大戦艦前に」
 マクレーンは指示を下した。
「巨大戦艦前に」
 オペレーターがそれを復唱する。それに従い巨大戦艦達が一斉に前に出た。
「巨砲斉射」
「巨砲斉射」
 その三門の巨砲にエネルギーが充填される。それは前方のエウロパ軍に向けられていた。
 エウロパ軍も身構えていた。既に戦闘態勢に入っていた。
 

 

第十一部第五章 持久戦その十


「全艦迎撃用意」
「全艦迎撃用意」
 シュヴァルツブルグの指示もまた復唱された。
「衝撃に備えよ。よいな」
「了解」
 ティアマト級巨大戦艦の攻撃距離は彼等のそれを遥かに凌駕している。それを考えるとまずは守りを固めなくてはならない。シュヴァルツブルグの指示は当然であった。今までそれにより多くの損害を被り、多数の死傷者を出してきているからだ。損害は何よりも教訓を生むのだ。
 連合軍の陣地から幾千もの光の帯が放たれた。巨砲からの砲撃だった。それがエウロパ軍を打ち据えた。
「怯むな!」
 多くの艦が撃破され炎となり銀河に消えていく中シュヴァルツブルグはそう言って全軍を叱咤した。戦いはまだはじまったばかりであった。
「まだ戦いはこれからだ。怖気づくな!」
「はい!」
 皆それに応えた。そしてすぐに態勢を建て直した。エウロパ軍は崩れるかと思われたがすぐに立ち直った。それを確認したシュヴァルツブルグはまた指示を下した。
「全軍散開!」
「全軍散開!」
 砲艦及びミサイル艦の攻撃をそれで避けた。ダメージを最小限に食い止めるのに成功した。
「まさかここで散開するとはな」
 マクレーンは散開して一斉射撃のダメージを緩めたエウロパ軍を見て呟いた。
「敵ながら見事というべきか」
「しかしそれはそれでやり方があります」
 劉が言った。
「司令、再び砲艦及びミサイル艦の斉射を」
「再びですか」
「はい」
 彼は答えた。
「目標は定めず広範囲に攻撃させて下さい」
「散開しているその場所全体にですね」
「はい。それでダメージを与えましょう」
「わかりました。それでは」
 彼はそれを受け入れて攻撃の指示を下した。絨毯の様な攻撃がエウロパ軍を撃った。だが彼等はそれも耐え凌いだ。
「まだだ、怯むなよ」
 シュヴァルツブルグは艦橋に仁王立ちしていた。その姿はまるで天界に君臨し、雷を振るうゼウスのようであった。
「敵が接近して来た時に一気に集結する。それまで待て」
「はい」
 周りの者がそれに頷く。戦艦、重巡の攻撃も耐え凌いだ。
「来ます!」
「来たか!」
 駆逐艦の魚雷攻撃の後で突進してきた。空母が前に出る。
「全艦総攻撃に入れ!」
 シュヴァルツブルグはここで右手を大きく掲げた。
「敵を粉砕せよ。まずは先鋒に対し総攻撃を仕掛ける!」
「はい!」
 目の前に漆黒の艦隊がいた。サハラ義勇軍であった。
「彼等を打ち破り、敵の司令部まで突き進むぞ!諸君等の健闘を祈る!」
 そう言うとワレンシュタインを突っ込ませた。こうして両軍は激突した。
「フン、総攻撃か」
 義勇軍の司令官マシュハドは突っ込んでくる彼等を見てまずは笑った。
「御苦労なことだ。その闘志は認めよう」
 そしてその戦意を褒めた。無論それだけではなかった。敵を褒めるだけでは済まさないのが義勇軍のならわしであった。
「だがそれだけでは勝てはせぬ。全軍に告ぐ」
 彼は義勇軍全てに指示を下した。
「我等が故郷を奪った不逞の輩共を一人残らず消し去れ。それがアッラーの思し召しだ」
「アッラーの」
「そうだ。これは聖戦だ」
 そしてこう言った。
「憎むべきエウロパの者達をここで完全に打ち破れ!そしてサハラの恨みを晴らすのだ!」
「はい!」
 義勇軍の戦士達がそれに奮い立った。
「この戦い、我々の手によって決めるぞ!アッラーフアクバル!」
「アッラーフアクバル!」
 サハラの言葉が飛び交う。黒い軍が今炎となり突き進んだ。そしてエウロパ軍とぶつかった。
「撃て!」
 エウロパ軍の先頭には騎士団がいた。彼等がまず敢然と突っ込む。
「敵を粉砕せよ!一歩も退くな!」
「はい!」
 オーティスをはじめとした団長達の声が戦場に木霊する。彼等は自ら陣頭に立ち部下の指揮を鼓舞していた。
 それに義勇軍の炎龍やマトロフが殺到する。あまりもの数に星達が見えなくなる程だった。だがそれでも彼等騎士団は怖れはしなかった。
「敵機が来ます!」
「撃ち落とせ!」
 それだけであった。また騎士団の者達もそれに従いエインヘリャルで、ビーム砲座やミサイルで立ち向かう。その見事な戦術で義勇軍の艦載機と五分に渡り合っていた。
 数においてはエウロパ軍の方が上である。元々その数に倍以上があり、その全軍を以って立ち向かっているからであった。だがそれでも多くの戦いを経験してきており、連合においても想像を絶する訓練を受けてきた義勇軍は崩れはしなかった。
「我等にこの程度の数で挑むとは愚かだな」
「全くです」
 マシュハドの言葉にワフラが頷いた。
「我等を倒したければ十倍必要だ。その程度では勝てはせぬ」
 そう言うと艦長に顔を向けた。
「主砲を浴びせてやれ」
「了解」
 艦長は頷いた。それを受けてマシュハドの乗艦ロスタムの主砲が動いた。これもティアマト級巨大戦艦であった。
「撃て!」
「撃て!」
 ロスタムの主砲が火を噴いた。光がエウロパ軍を打ち据える。かなりの数がそれにより光と化した。
「まだだ、撃て!」
 マシュハドはさらに斉射を命じた。他の巨大戦艦もそれに続く。これによりエウロパ軍はその進撃を止められてしまった。
「ぬうう、またしてもあの巨大戦艦か」
 モンフェラートは眼前の怪物を見て歯噛みしていた。
「あの戦艦をまず何とかせねば我が軍に勝利はないか」
 そう言いながら艦長に声をかけた。
「こちらも主砲を使うぞ」
「はい」
 艦長はそれに頷いた。
「一斉射撃だ。よいな」
「了解」
 それを受けてモンフェラートの乗艦ブルードラゴンは動いた。騎士団の団長達は自身の乗艦にそれぞれの竜の名を冠しているのである。赤騎士団ならばレッドドラゴン、銀騎士団ならばシルバードラゴンというふうに。青騎士団なだら当然ブルードラゴンだ。カラーリングもそれぞれの竜にならっている。青い艦がその主砲をロスタムに向けた。
「撃て!」
 ブルードラゴン艦長の指示が下る。幾条もの光の帯がロスタムを襲った。だがロスタムはそれを受けてもびくともして
いなかった。
 

 

第十一部第五章 持久戦その十一


「何っ、戦艦の主砲を」
 モンフェラートはそれを見て絶句した。
「無傷だというのか」
「今何か受けたか?」
 マシュハドは艦橋から見える青い艦を見て余裕の笑みを浮かべていた。
「あの青い艦が何かしたようですな」
 ワフラもであった。ロスタムはその斉射を受けても平然として戦場にその巨体を見せつけていた。
「見たところ巡洋艦のようだな」
「閣下、あれは戦艦です」
「そうだったか。小さいので見間違えたわ」
 彼はそううそぶいた。歴戦の強者特有のうそぶきである。うそぶくのを終えると艦長に言った。
「虫を払え」
「はい」
 艦長はそれに従い副砲を放たせた。副砲といっても戦艦の主砲そのままである。威力は相当なものであるのは言うまでもない。エウロパ軍の艦艇ならば駆逐艦だと一撃で消し飛んでしまう。それの一撃を受けてブルードラゴンは中破してしまった。
「ウワッ!」
「司令!」
 モンフェラートの身体が宙に舞った。まるで映画のスローモーションの様にゆっくりした動きだ。コマ送りの様にゆったりと、だが確実に壁に叩きつけられる。
「お怪我は」
「大丈夫とは言い難いな」
 口の中に苦い味が広がる。頭から流れる血が口の中に入ってきたのだ。
「艦は無事か」
「残念ながら」
 それは艦長が最もよくわかっていた。先程のロスタムの攻撃でかなりのダメージを受けていた。
「そうか。なら仕方ないな」
「はい」
「とりあえず後方に退かせてもらおう。残念だがな」
 ブルードラゴンは修理を受ける為に後方に退いた。指揮権は副団長が受け継いだ。だが指揮の要に他ならない団長が戦線を離脱したことにより青騎士団の指揮は落ちざるを得なかった。
 騎士団の要である青騎士団の指揮力の低下、それが最初の歪であった。エウロパ軍はそこから徐々に損害を増やしていった。
 エウロパ軍の動きが止まりその損害を増やしている間に連合軍正規軍もまた動いていた。彼等はエウロパ軍を包囲しにかかっていたのだ。
「これで詰み、か」
 マクレーンは軍を動かしながらそう言った。
「さて、どうするかな。彼等は」
「このまま詰まされるわけにはいかないでしょうが」
 隣にいる劉が呟いた。
「我々の動きは彼等も気付いているでしょうし」
「しかしそれだけではどうにもなりません」
 マクレーンは必勝の笑みを浮かべたままこう言った。
「この状況を打開しなくては。彼等にそれができるかどうか」
「それはこれからわかることですな」
「はい」
 エウロパ軍としてはどうにもならなかった。退こうにも義勇軍の前方からの攻撃が激しくとても動けはしなかった。彼等が身動きをとれないその間にも連合軍は包囲の輪を完成させようとしていた。
「これで終わりか」
 シュヴァルツブルグは連合軍の動きを見てそう呻いた。
「何もかも」
「・・・・・・・・・」
 エヴァも答えることができなかった。彼女も覚悟を決めていた。
 連合軍の包囲の話が彼等を覆おうとしていた。それはまるで食虫花が獲物を包み込むかのようであった。さながら義勇軍はそれを捉えた罠であろうか。
「終わりだな」
 マシュハドも会心の笑みを浮かべていた。しかしここで彼等の前に何者かの一団が姿を現わした。
「全速で突入しながら撃て!」
 突如として光の帯が義勇軍を襲った。そしてしたたかに打ち据える。
「エウロパ軍の反撃か!」
「まさか!」
 口々に驚きの声をあげる。それが何なのか認識できる者はすぐにはいなかった。
「誰だ!?」
 それはエウロパ軍もであった。彼等は自分達の上から降り注いだ光の槍を見て義勇軍と同じように驚きの声をあげていたのであった。
「閣下、御無事ですか!?」
 シュヴァルツブルグの乗るワレンシュタインに通信が入ってきた。彼はその声の主を知っていた。
「本部長か」
「はい」
 声は笑った。それはモンサルヴァートのものであった。
「お助けに参りました。何とか間に合ったようですな」
「そうか、間に合ったか」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて安堵した笑みを浮かべた。
「遅れて申し訳ありません。ですが何とかなりそうですね」
「卿等のおかげだ」
 シュヴァルツブルグはそれにこう答えた。
「よく来てくれた。礼を言う」
「私達だけではありませんよ」
「彼等もか」
 それが誰であるか彼にもわかっていた。
「はい。今後方から来ております。何とかここまで辿り着けたようです」
「それは何よりだ」
「では閣下」
「うむ」
 シュヴァルツブルグは頷いた。
「今のうちに。後詰は我々が引き受けます」
「かたじけない」
 エウロパ軍中央軍は南方軍の援護を受けながら全速力で後退を開始した。それにより連合軍の巨大な花の罠からすんでのところで逃れた。
「逃がすな!撃て!」
 マクレーンをはじめとして連合の諸将が彼等を追うように指示を下す。だがエウロパ軍はそれよりも速く戦場から離脱していた。
「時間を稼ぐぞ」
 モンサルヴァートは連合軍を振り切りながらそう言った。そして機雷を撒きはじめた。これにより連合軍の動きを止めるつもりであった。
「司令、機雷です」
 それは連合軍にもすぐに知られた。マクレーンはそれを見て舌打ちした。
 

 

第十一部第五章 持久戦その十二


「クッ」
「どうしますか」
「致し方あるまい」
 そう答えるしかなかった。彼は前方に掃海艇を出させた。護衛艦の援護をつけてである。
「逃げられるな」
「残念ながら」
 部下の一人がそれに答える。
「しかし見事な退却劇でしたな」
「疾風のようだったな」
 マクレーンは前方で活動する自軍の掃海部隊を眺めながらそれに答えた。
「憎たらしい程な」
「これによりエウロパ軍は一つになりました」
 劉が呟いた。
「我等が何としても阻止しようとした合流が適ったのです」
「失態ですな、私の」
「いえ、これはこれで好都合」
「といいますと」
 マクレーンだけでなく他の者達もそれに問うた。
「どういうことですか」
「我々も軍を集結できるからです」
 それに対する劉の答えはこうであった。
「南北の軍を合流させましょう。そして彼等に対抗するのです」
「全軍を以って決戦ですか」
「はい」
 劉は頷いた。
「それで決着を着けます。場所は」
「場所は」
「おそらくオリンポスの前」
 彼は言った。
「そこで雌雄を決することになるでしょうな」
 彼はそう言って前を見た。今彼は銀河を見てはいなかった。今そこにある戦場を見据えていたのであった。

 虎口を脱したエウロパ軍はホズから撤退していた。そして撤退しながら軍の集結を行なっていた。
「また手酷くやられたな」
 シュヴァルツブルグは自軍を見てそう言った。
「サハラ義勇軍恐るべしといったところか」
「彼等は我々に対して他の連合の者とは違う感情を持っていますから」
 エヴァがそれに応えた。
「しかも連度がまるで違います。連合軍にとって切り札と言うべき存在でしょう」
「消耗してもそれを憂慮する必要のない、な」
 シュヴァルツブルグの声はいささかシニカルなものであった。
「彼等は連合では異邦人だ。だからこそ矢面に立たせることができる」
「そうなりますか」
「戦争とは奇麗事だけではない」
 彼は噛み締めるようにして言った。
「騎士だけで戦争をするわけではないのだ。そして損害も覚悟しなくてはならない」
「彼等は連合にとってはその損害を担当する役割ですか」
「だからこそ常に先鋒を務める」
 彼は言った。
「違うだろうか」
「彼等は連合の市民でありますが」
「法律的にはそうかも知れない。しかし連合の者ではない」
 シュヴァルツブルグの言葉は突き放すようであった。
「彼等はサハラの者だ。これはどうやっても変わりはしない」
「法の問題ではないということですか」
「そうだ、心の問題だ」
 エヴァは若さ故かそこまでは考えがつかなかった。しかし歳相応の人生経験を積んでいるシュヴァルツブルグにはわかったのである。
「差別という問題があるな」
「はい」
 エヴァはそれに頷いた。
「かって民族間の差別が問題になっていた。男女間の差別もあった」
 この時代においても男女間の差別は残っている。民族間の差別は流石に今はない。連合は混血が進み、エウロパもアラブもまたそれぞれの間で混血が行われているからである。ヨーロッパ人、アラブ人という間であるが。
 男女間の差別はやはり完全にはなくなってはいない。こればかりはどうしようもないところがあった。
「宗教の問題もあった」
「はい」
 これは歴史が教えていた。キリスト教とユダヤ教、キリスト教とイスラム教の問題がその代表であろうか。二十一世紀にはイスラム世界は他の世界と激しい衝突を繰り返した。その為か一時期イスラム教徒に対する差別がアメリカ等で問題になったのであった。
「人間というものは弱い一面がある。自分とは異なる存在を異端視するのだ」
「今においてもそうですか」
「我々にしても連合から見れば差別社会だ」
 貴族制についてのことであるのは言うまでもない。
「階級社会も見方によれば差別だな」
「そうなのですか」
「中からはわからないものなのだろうな」
 彼はそう答えた。
「職業の差別もある」
 これも残念ながらどの社会にもあった。人間という不完全な存在がその心の中に偏見というものを持っている限り差別というものはなくならないのだろう。
「彼等に関して言えばかなり古い種類の問題だ」
「民族ということになるでしょうか」
「そうだ。連合とサハラではあらゆるものが異なるがな。まず民族が違う」
 連合はそれこそ星の数程の民族と言うべき存在がある。そもそも最初の構成国達にしろ極めて雑多な多民族国家ばかりであった。アメリカ然り、中国然り、ASEAN各国然り、である。日本も例外ではなかった。それが三〇〇もの国家を形成している。全ての民族やそれに類するものを入れると優に万を超えるとまで言われている。
 だがサハラは違う。多くの国家に分かれていても彼等はアラブ人なのである。
『国は違えど神と血は同じ』
 これはサハラを現わすとされる言葉の一つである。彼等は連合とは違っていた。民族は一つであった。アラブ人なのである。
 しかし彼等は連合には最近までいなかった。難民となるまでは。そう、いなかったのだ。
「他の場所から来たのだ、彼等は」
 連合の誰かが言った。
「そうした意味で彼等は連合の者ではない」
 こういうことになる。連合にしてみれば法的にはどうであれ、あくまで異邦人なのであった。連合の者ではないのである。
「だから彼等は前面に立たせられるのだ」
 シュヴァルツブルグはまた言った。
「これは彼等が精鋭である為もあるがな」
「そうなのですか」
「あえてそうした部隊に育てたようだがな」
 シュヴァルツブルグの言葉は真実であった。
「連合軍は志願制だ」
「はい」
「志願者を確保する為にも損害は避けたい。そうした理由から義勇軍が作られた」
「被害担当として」
「あと最初に火事場に飛び込む為にな。彼等の役割は大きい」
「しかしそれは彼等が納得してのことでしょうか」
「彼等にしてみれば連合軍の待遇はサハラのそれに比べると破格のようだ。連合軍は人間を確保する為に必死だからな」
「左様ですか」
「ああした勢力の軍隊は難しいのだ。何かとな」
「我々とはそうした点でも違いますね」
「国が違えば何もかも違う」
 ここでこう述べた。
「軍隊も然り」
「そのようで」
「それは覚えておいて損はない」
「ハッ」
「だが彼等が我々にとって強敵であるのは事実」
 今度は被差別者としてではなく敵として見た。
「今回はモンサルヴァート統帥本部長の尽力で助かったが」
「はい」
「次は保障はない。勝たなければな」
「了解」
 そう答えて敬礼した。彼等は既に次の戦場に思いを馳せていた。

 

 

第十一部第五章 持久戦その十三


 モンサルヴァートの軍は彼等と同行していた。その中には当然ながら彼の旗艦であるリェンツィの姿もあった。
「何とか間に合ったな」
 モンサルヴァートはそのリェンツィの艦橋においてプロコフィエフに対して語っていた。
「危ないところだったようだが」
「あと半時間でも到着が遅れていれば我が軍の敗北だったでしょう」
 プロコフィエフはそれに対して淡々とした口調でそう語った。
「包囲殲滅されて。そうなれば我々も救援どころではありませんでした」
「そうだな」
 モンサルヴァートはそれに頷いた。
「今回は本当に将兵に感謝したい。見事な働きだった」
「はい」
「卿もな。まさかあそこで突入を進言するとは思わなかった」
「それが最もよい方法だと思いましたので」
 どうやらモンサルヴァートの軍の突入は彼女の案であるらしい。冷静な彼女からしてみれば信じられない程過激な作戦であった。
「最もよい方法か」
「友軍を救う為には。そして今後のことを考えますと」
「そうだな。これは卿の功績だ」
「有り難うございます」
「卿の妹君も無事だったようだしな。それも何よりだ」
「妹もですか」
 しかしそれを聞いても様子は変わるところがなかった。
「妹は今何処にいるのでしょうか」
「閣下の側にいるらしい。参謀役として」
「そうだったのですか」
「一度会いに行ってはどうか」
 モンサルヴァートはそう勧めてきた。
「戦場に身を置いているとはいえ実の姉妹だ。顔を合わせるのもいいぞ」
「御言葉ですが」
 だが彼女はそれには首を縦に振らなかった。
「合わないのか」
「はい。今はその時ではありません」
 やはり変わらない淡々とした言葉であった。まるで感情がないかのようであった。
「戦場において情は不要です」
「厳しいな」
「全ては勝利を収める為。それ以外のものは不要です」
「そうか」
 それもまた一つの考えである。モンサルヴァートはそれを咎める気にはなれなかった。ただ頷くだけであった。
「わかった。それではいい」
「はい」
「今は休もう。すぐにまた忙しくなるだろうからな」
「わかりました。それではこれで」
「うむ」
 彼等はそれぞれの部屋に戻った。プロコフィエフもまた自室に入った。
 意外と殺風景な部屋であった。エウロパでは将校、しかも元帥ともなるとかなり豪奢な部屋になるものだが彼女の部屋は質素なものであった。階級を考えると異様ですらあった。
 その質素な部屋に相応しい机があった。そこには一枚の写真が置かれていた。二人の美しい女性が並んでいる。
「只今、エヴァ」
 プロコフィエフは部屋に入るとその写真に対してそう声をかけた。
「元気にしているようね。何よりだわ」
 それまでとはうって変わって穏やかな顔になっていた。優しげな笑みすら浮かべている。
 それから椅子に座った。写真を間近で見る。
「戦争が終わったらまた会いましょう。二人でね」
 二人は幼い頃はいつも一緒であった。彼女が士官学校に入ってからも時間があれば会っていた。仲睦まじい姉妹であった。
 今はそのことを思い出していた。遠い過去のことである。しかし彼女にとってはそうではなかった。今も生きている、また続いていることであった。

 ホズ星系の戦いもまたエウロパ軍の敗北に終わった。参加艦艇は連合軍一四〇〇個艦隊に対してエウロパ軍はモンサルヴァートの援軍を入れて三三〇個艦隊、人員は連合軍四十億に対してエウロパ軍は十五億程であった。
エウロパ軍は五十個近い艦隊を失い、そのダメージが更に深刻なものとなったのに対して連合軍は全滅した艦隊は義勇軍においても皆無であった。その損害率は一パーセント程であった。それを踏まえると連合軍の圧倒的勝利と言えるものであった。
 この戦いの結果ホズ星系もまた連合軍の手に落ちた。戦略的な意味から言ってもエウロパ軍にとって大きな敗北であった。だが彼等は南北の友軍と合流することによりかろうじて最悪の事態は免れた。その全軍を以って次の防衛にあたることが可能となったからであった。
 しかし連合軍もまた同じであった。彼等は占領したホズ星系において南北の友軍と合流した。その戦力は二〇〇〇個艦隊近く。人類の歴史史上空前絶後の規模の大軍であった。その大軍が今次の進撃に向けて牙を研いでいた。
 連合とエウロパの戦いは最後の局面を迎えようとしていた。首都オリンポスを前にしての戦いである。エウロパの興亡、そして双方の浮沈をかけた最後の戦いが幕を開けようとしていた。


第十一部   完


                        2005・7・26 

 

第十二部第一章 それぞれの歴史その一


                              それぞれの歴史
 連合とエウロパ、人類の歴史においてその関係を知られている不倶戴天の敵同士である。そうした関係に至ったのはまだ人類が地球にいた千年前の月の開発とそれに基づくシンガポール条約からであった。
「あれこそが全てのはじまりであった。我々の屈辱のはじまりであった」
 ブラウベルグはかってある演説においてそう語った。これは欧州の者達の心の言葉でもあった。
 彼等にとってシンガポール条約程の屈辱はなかった。かっての植民地に膝を屈しただけでなく、宇宙における夢を絶たれたに等しいものであったからだ。だが欧州の復権と宇宙開発の再開はブラウベルグによって為された。
 シンガポール条約で許された僅かな開発の技術と資源を有効に活用した。それにより欧州は再び力を取り戻した。そして環太平洋諸国、日米中露ASEANといった諸国に対抗できる力を見せるようにまで復活したのであった。
 これに対して太平洋諸国は対抗策を練った。米中露がまず考えたのはブラウベルグを消すことであった。それが最も簡単で且効果的だと判断したからであった。すぐに暗殺計画が練られ実行に移された。
 だがそれは失敗した。一度目はアメリカが計画した。時の大統領ケネスは豪語した。
「我がCIAの手にかかればブラウベルグの命なぞ風の前のキャンドルの火のようなものだ」
 と。だがそれは見事に失敗したのであった。
 CIAはスナイパーを雇った。しかし銃弾は彼を逸れ、スナイパーは拘束された。拘束後数日でスナイパーは謎の死を遂げたがアメリカの仕業であることは明らかであった。欧州の諜報部がそれを事前に察知していたのである。銃弾が逸れたのは彼等が銃に細工をしていたからであった。CIAはそこまで見抜かれていたのだ。
 これでアメリカは失敗した。ケネス政権はこの嫌疑で崩壊した。彼はアメリカ史上二人目の辞任した大統領となった。そうした意味でニクソン以来の政治家と揶揄されている。 
 次は中国であった。彼等は秘書官を暗殺し、そこに職業凶手を送り込むことにした。職業凶手とは中国の殺し屋のことである。多くは暗黒街にいるがこの場合は専門の工作員であった。それは暗器の使い手であった。
 秘書官は暗殺され、職業凶手が入れ替わった。これで上手くいくかと思われた。
「暗殺というものは古典的なものなのだ」
 当時の中国の大統領である當の言葉である。彼もまた成功に絶対の自信を持っていた。だがこれも失敗に終わった。
 入れ替わってから僅か二日後に職業凶手は発覚した。彼は拘束されそうなところで自ら毒を飲み死んだ。しかしその経歴を調査され中国の工作員であることが判明した。當はそれを政敵に責められ、彼もまた失脚した。こうして中国も失敗した。
 ロシアが最後に動いた。毒を盛ることにした。なまじ人であるから失敗するのだと。彼等はブラウベルグのディナーに遅効性の猛毒を混ぜることを考えた。身体に入ってから数日で効果を発揮する特殊な毒である。これならば確実だとロシアは思った。時のロシア大統領ゴワシチョフは特にそうであった。
 しかしこれも失敗した。またもや察知されブラウベルグは事前に解毒剤を飲んでおり無事であった。そして彼はパーティーの場であるパフォーマンスを見せた。
「これがロシアから私への贈り物だ」
 そう言うと水槽を持って来させた。そこには数匹の熱帯魚が泳いでいた。
「魚ですか?」
「残念だが違う」
 彼は客達に対してニヤリと笑ってそう返した。そして彼等に言った。
「見ておいてくれ」
「!?」
 それからすぐであった。魚達が突然動きを止め浮かび上がってきたのは。皆腹を上にして死んでいた。
「な・・・・・・」
「毒!?」
「そうだ」
 彼は答えた。
「これがロシアからの贈り物だ。私に対するな」
 確かにその魚はロシアから彼個人への贈り物であった。それにあえて毒を入れて暗殺計画を知らしめたのだ。同時に諜報部による調査結果を発表した。これによりロシアも失敗し政権交代が起こった。
 こうして彼への暗殺計画はどれも失敗に終わった。米中露はそれぞれ国家的な信頼を失墜させ、以後欧州に対して不利な立場に追い込まれた。三大国がこうではASEAN諸国やオセアニア諸国といった後の連合の主要構成国となる他の国も満足に対抗できなかった。後は穏健派の日本だけであるが日本は元々欧州との極端な衝突は避ける方針であったので期待はできなかった。ブラウベルグと欧州は危機を脱したのであった。
 

 

第十二部第一章 それぞれの歴史その二


 欧州は名をエウロパと変えた。ギリシア神話においてゼウスに言い寄られた美女のことであり欧州の語源になった娘である。これは一つの欧州に完全に回帰したということであった。
「我々はかって世界を指導してきた」
 ブラウベルグはこれを宣言した時の演説においてこう言った。
「だが今ではアメリカや中国、ロシア、そして日本の後塵を排している。かって我々が指導してきた者達に屈辱的な立場に追いやられている。これでいいのか」
「よくない!」
 民衆達は叫んだ。これは彼が期待した言葉であった。
「そう、よくはない。ではどうすればいいか」
 彼は民衆に対してそう問うた。民衆はそれに答えた。
「力だ!」
 と。それが答えであった。
「もっと力を!」
「彼等に負けない力を!」
「その力を手に入れるにはどうすればいいか」
 ブラウベルグはまた問うた。
「さしあたっては宇宙開発を進めるべきではないのか」
「そうだ!」
 民衆達は叫んだ。
「だが今それは連合により独占されている。あの忌まわしいシンガポール条約により」
「シンガポール条約」
 エウロパの者にとっては聞きたくもない名詞であった。これにより彼等の屈辱的な立場が決定的となっているのであるからだ。これは当然と言えた。
「だが条約は条約だ。我々は彼等とは違う」
 露骨にいざとなれば条約を反故にしたり、好き勝手に変えてきたアメリカや中国を批判した。
「破るわけにはいかない。だが克服することはできる」
「どうやって」
「私がそれを克服しよう」
「貴方が」
「そうだ、私が」
 彼は自信に満ちた声で彼等に対し答えた。
「私の手によりこの欧州は生まれ変わる。シンガポール条約を乗り越える。それには欧州、いやエウロパは完全に一つにならなければならない」
「一つに」
「そうだ、一つに!」
 ブラウベルグはあえて叫んだ。
「我がエウロパが彼等に勝つにはそれしかない!今こそ本当の意味での偉大なるエウロパは復活する!」
「彼等に勝てつのか!」
「勝てる!」
 ブラウベルグはまた叫んだ。
「彼等は烏合の衆だ!数だけは多いが所詮はそれだけだ!」
 これは一面においてその通りであった。太平洋諸国もアフリカ諸国もそれぞれの利害が複雑に絡み合っていた。その為まとまった行動がとれていなかったのだ。ブラウベルグはそこを突くことにしたのだ。
「だが我々は違う!我々が一つになれば彼等なぞものの数ではない!」
「そしてそれをまとめるのは」
 民衆の中の誰かが言った。
「貴方だ!」
「そう、私だ!」
 彼はそれに応えた。
「エウロパは私が必ずや築き上げる!諸君はそれについてきて欲しい。いいか!」
「勿論だ!」
「よし!」
 彼はそれに頷いた。
「では行こう!エウロパの栄光は今ここからはじまる!」
「ブラウベルグ万歳!ブラウベルグ万歳!」
 エウロパ各国の中央政府の権限はこの時を境に急激に弱まりほぼ象徴のような存在になってしまった。それにかわってブラウベルグが君臨する中央政府の権限が強くなった。彼はエウロパ初代総統に就任し、中央集権的な政策によりエウロパをまとめていった。そしてエウロパは実際に一つになりかっての栄光を取り戻したのであった。
「英雄だな、まさに」
 それを見ていたウクライナのあるジャーナリストの言葉である。
「エウロパは英雄を手に入れた。彼等の今までの歴史において屈指のな」
「ジュリアス=シーザーやナポレオン=ボナパルトに匹敵するかな」
 彼の同僚がそれに言葉を入れてきた。
「シーザーやナポレオンか」
「ああ。最早それに匹敵する名声だと思うが」
「そうだな」
 彼はそれを受けて考え込んだ。そして私見を述べた。
「彼等以上かもな」
「おい、そんなにか」
 同僚はそれを聞いて驚きの声をあげた。
「彼等のカリスマ性は実際にこの目で見たわけではないから本等で読むだけだ」
「ああ」
「しかしブラウベルグのカリスマは今実際にこの目で見ている。相当なものだな」
「これだけのカリスマ性の持ち主は我々の方にはいないな、残念なことだが」
「そうだな」
 同僚は頷いた。それからまた言った。
「どちらにしろ彼の手でこれからの欧州は大きく変わるな」
「欧州ではなくエウロパだな」
「おっと、そうか」
 彼は同僚の誤りを指摘した。
「これからどうなるかだな、一つになったエウロパが」
「ブラウベルグはかなり徹底した中央集権的政治でいくつもりらしいな」
「それが今の彼等には合っているな」
 それをよしとした。
「我々に対抗するつもりならな。だがそれに対して我々は」
「ああ」
 同僚も彼が何を言いたいのかわかっていた。また頷いた。
「相変わらずバラバラだ。このままでよいのかな」
「いいことはないがな。だがどうしようもない」
 あまりに身体が大き過ぎた太平洋諸国とその賛同国、後の連合の問題点はこの頃からあったのだ。そのまとまりのなさであった。
「時が来れば解決するだろう」
「どれだけ先の話だろうな、それは」
「三十年後かもしれないし、千年後かも知れない」
「それまでウクライナも太平洋諸国もあるか」
 彼はそれを聞いて思わず苦笑した。
「政権は違っても国名位は残っているだろう、人間がいる限り」
「そういうものか」
「人間がいる限り国はあるさ」
 同僚はそう述べた。
「どんな形になっているかまでは流石にわからないがな」
「そうか。それにしても」
「それにしても・・・・・・。何だ?」
「千年後も相変わらずだったら凄いな」
「まあな。しかし人間というものは案外進歩がないものだからな」
 同僚の人間観はいささかシニカルなものであった。
「千年後も同じことを繰り返しているのかもな、我々は」
「かもな」
 彼はそれに賛同する言葉を出した。それから立体テレビに視線を戻した。
「彼等もそうかもな」
「可能性はあるな」
 そしてそれはある程度は的中することになる。人間というものはそうしたものである。
 ブラウベルグはエウロパの英雄となった。彼はまさに救世主であったのだ。


 

 

第十二部第一章 それぞれの歴史その三


「奴等にはもう負けはしない!」
「再び我々の時代だ!」
 口々にそう言いエウロパの青地に構成国だけの数の星をちりばめた旗を振りかざす。彼等はかっての繁栄した欧州を取り戻したかに見えた。しかしブラウベルグはそうは考えていなかった。
「我々は確かにかっては世界を主導した」
 彼はある時部下の一人に対してそう述べた。
「かっては、な」
「これからもです」
 部下の一人はそれに対してこう言葉を返した。
「我々はそれが可能な力を取り戻しましたから」
「それはどうかな」
 だが彼はそれには懐疑的であった。
「太平洋諸国のことでしょうか」
「それもある」
 彼は落ち着いた様子でそう答えた。
「彼等の力は侮れないぞ。アメリカもあれば中国もある」
「はい」
「それに日本もだ。ロシアもいるな」
「怖るるに足りないかと」
「彼等それぞれの力が我々よりも大きくともか?」
 ブラウベルグの目の光は明るくはなかった。どういうわけか警戒するものであった。
「力の差はまだ歴然としているのだぞ」
「しかし烏合の衆です」
「烏合の衆か」
 彼はそれを聞いて笑った。
「私が以前言った言葉だったな、彼等に対して」
「はい。彼等は力こそ大きいですが所詮は烏合の衆に過ぎません」
 部下はそう述べた。
「我々は違います。幾ら力があれど烏合の衆では。何を恐れる必要がありましょうか」
「確かに彼等は烏合の衆だ」
 ブラウベルグはまた言った。
「しかし力がある。我々より遥かにな」
「しかし」
「しかしでもだ」
 その声が強いものとなった。
「彼等を侮るな。我々の今の力では一時的に彼等に脅威を感じさせることはできるだろう」
「はい」
「だがそれまでだ。勝つことは不可能だ。今はまだ耐える時なのだ」
「耐える時ですか」
「まだエウロパは一つになったばかりだ。先は長い」
 彼はこう述べた。
「彼等に対抗できる力を得るのはまだ先の話だ」
「どれだけ先のことでしょうか、それは」
「それはわからないな」
 大空を見上げた。彼はそこにある無限の銀河を見ていた。
「これからどうなるかはわからない。しかし」
「しかし」
「我々はもう一つの世界を築こうとしている。それは何としても守りたいな」
「はい」
 ブラウベルグはあえて太平洋との全面衝突を避けた。それは正解であった。太平洋諸国はアフリカや中南米の諸国等を入れて連合を設立した。これにより彼等もまた外見上は統一の勢力となった。エウロパとの勢力差はあまりにも歴然としていたからであった。その彼等との全面衝突を避けたのは正解であった。
 ブラウベルグは長きに渡ってエウロパを指導してきたがやがてこの世を去った。その後継者達が地球を去り、新天地へ追い出されるようにして去る時彼等は連合を睨みつけていたという。
 こうして今のエウロパがあった。貴族制はエウロパになってから暫くして制定されたものである。元々欧州では根強くあったものであり、あらたな指導者を設ける為でもあった。
 エウロパが形成されるまでに実に様々なことがあった。そして作り上げられた。彼等は彼等で一つの世界となっていたのであった。そしてこれは連合も同じであった。
 連合は確かにまとまりに欠けていた。それぞれの国家、とりわけ大国の力が強く中央政府の力は弱かった。それでも一定の力を持ち、調停者として存在しておりかっての国際連盟、国際連合よりは役には立っていた。これはこの二つの組織への反省点と協力してくれる大国があったからである。その大国は日本であった。
「中央政府の第一の下僕」
 こう揶揄する声さえあった。彼等はあくまで中央政府に忠実でありその言葉に従った。結果としてこれが連合の秩序の維持に貢献していたのである。
 幸いにして武力衝突はなかった。これはあらかじめそれぞれの国の所有する惑星をかなり広く制定したのが功を奏した。その制定には一人の天才がいた。
 

 

第十二部第一章 それぞれの歴史その四


 ブワイフ=アクルク。インドネシアに生まれたこの人物は外見は冴えない小男であった。だがその頭脳は明晰であり宇宙進出にあたって構成国の人口、国力等を完全に考慮に入れたうえでその国境を制定したのである。これにより連合の運命は決まったといっても過言ではなかった。
 米中露といった厄介な大国は地球から離れた場所にそれぞれ置かれていた。そしてそこに巨大な領土を置いた。彼等が満足しても有り余る程の広大さと豊かさであった。
 他の大国に対してもそうであった。ただし日本は地球の側に置いた。小国は小国で満足のいく形になった。広大な銀河においてあらかじめそうした勢力圏を設けさせたことは正解であった。そのうえで新興国の設立も認めた。彼のこうした計画に基づき連合はその領土を決めた。銀河の大半が彼の考えにより線引きされたのであった。
 最大の人口を誇る中国には十兆を優に養えるだけの領土が与えられた。アメリカにも同等である。それぞれの星系の許容人口を平均して十億としたならば彼等は無人のものを含めると数万程の星系があった。ロシアにも日本にもかなりの数の星系が割り当てられ、それだけで連合が確認した星系のかなりの数を占めた。やはりこの四国の意向を無視するわけにもいかないからだ。しかもASEANの存在もあった。だがアクルクはそれを成し遂げたのであった。
 当時あった数十万以上の星系の割り当てを驚くべき速さで進めた。こうして連合の初期の領土は決まった。そのうえで飛び地も認めた。モザイク上ではあったがそこにも秩序をつけたのであった。
 端の星系から一定の距離までを領土とした。間は中立地帯でありどこの領土でもない。こうして制定していったのである。領土を巡る衝突があったならば主にそれにかわる場所を中央政府が提供していく。こうして争いを防いでいった。中央政府はそうした意味で実に重要なバランサーであった。そうした時代が五百年近く続いた。そうすると次第に問題点が出て来た。
 中央政府の財政難である。確固たる土地も人もない彼等は言わば神輿であった。次第に大国を制御しづらくなってきたのである。この時で既に新興国もかなりの数になってきていた。連合自体がそのシステムを見直す時期に来ていたのであった。ここで一人の傑物が連合に出た。
 グレゴール=ホロトフスキー。ロシアにルーツを持つこの人物はカナダ人であった。
「カナダ?ああ、あそこか」
 連合においてカナダはさして目立った国ではなかった。元々地球にあった頃からカナダはアメリカの影に隠れ地味な存在であった。宇宙に進出してからは国力こそ高いが人口も少なくやはり地味な存在であった。大国の部類だがよく忘れられる存在であった。そのカナダから中央政府の大統領候補が出た時多くの者はこう言った。
「ホロトフスキー?ロシア人か?」
 だがロシアからはもう候補が一人出ていた。一つの国から候補者は一人という決まりであった。
「じゃあウクライナか?」
「ウクライナからは今回出ていないぞ」
「じゃあ誰だ?」
 最初彼がカナダ人であるということは誰もわからなかった。遂にたまりかねた彼自身が言ったのであった。
「私はカナダ人です」
 と。驚いたことに彼はカナダ以外では殆ど知られていなかったのだ。カナダにおいては剛直でかつ清廉な政治家として知られていたが。
「どうなんだ、あれは」
 彼がカナダ人と知ってからの連合の者達の態度はそれまでとあまり変わりがなかった。
「カナダか、どうもな」
「一体どんな人なんだ?」
 カナダにもホロトフスキーにも話題が少なかった。だがここで彼等は他の大統領候補達も見た。
 その時大統領候補を出していたのは米中露とASEAN諸国、そして南アフリカであった。いずれも大国である。これではまずいと思ったのが小国の者達だ。
「また大国主導でやられてはかなわん」
「俺達の話を聞いてくれる人でないとな」
 カナダも大国の部類であるがそのあまりもの影の薄さが功を為した。彼にはそうした理由で小国から票が集まったのであった。
 二回の選挙の末彼は中央政府大統領となった。これには誰もが驚いた。
「わしが大統領か」
 彼は当選したと聞いた時まずはそのへの字に結んだ口をおかしそうにほころばせた。
「実力ではともかく知名度でなれるとは思わんかったな。これも運かのう」
「そういうことではないでしょうか」
 長い間彼に仕えている年配の秘書がそれに応えた。
「後はこの運を上手く活かすだけですね」
「そうだな」
 彼は頷いた。大統領に就任すると早速動きはじめた。まずは人事の一新である。
 それまで大国の影響が大きかったスタッフの顔触れを実力本意に変えた。そして小国出身であろうが能力のある者を登用した。これにより大国の影響を削ぎ、そのうえで有能な人材を集めたのである。
 次に中央政府の権限を拡大した。中央の省庁の権限をこれまでになく拡大させた。
「大きな政府ですね」
「そうだ」
 彼はジャーナリストの問いに答えた。
「今までは政府の権限が弱かったからな。だから強めていく」
「そうなのですか」
「そうでないとこれからの連合は駄目だ。何時までも大国の機嫌を伺ってあかりでは駄目だ」
 そう言って次々に改革を進めていった。そして財政にも改革を振るった。
 それまでは各国家からの税収で成り立っていた。だがそれだけではとても足りないのが実情であった。そこで彼は中立地帯の開発を進めたのであった。
「中央政府は土地も人もない。だが財源を作ることはできる」
 彼はこう言った。
「これからは自分で金を作る、いいな」
「はい」
 これにより彼は連合の財源も確保した。そしてマウリアやサハラ各国とも積極的に貿易を開始したのであった。それまで連合は連合内だけで動いており、他の勢力との交易はあまり行ってこなかったのである。
 中央政府は彼により生まれ変わった。こうして連合は再び本来の姿に立ち戻った。大国の批判もあったがホロトフスキーはそれにも立ち向かっていた。
「政治において敵は外敵だけではない」
 こう評する者がいる。政治の世界とは複雑である。政権争いなぞは日常茶飯事のことである。そしてそれによる政争もまた多い。これもまた歴史においては常であった。
 ホロトフスキーも何度も命を狙われた。その数は一千を越えるとさえ言われている。だが彼は幸運故か、それとも用心の介あってか生き残った。不死身とさえ言われた。
「よく生きていたものだ、あの時は」
 ホロトフスキーが政治家を退いた時に言った言葉だ。それは彼のことを何よりも語ることであった。
 彼は生き抜いた。それにより連合の改革を推し進めた。そして連合、中央政府は生まれ変わった。彼は後に連合中興の祖とまで言われるようになった。
 彼の後中央政府はその力をつけ連合はある程度まとまるようになった。人口も増加し、安定してきたとさえ言われてきた。その頃エウロパでは人口問題が気になりだしていた。ここからエウロパのサハラ侵攻の芽が生まれようとしていたのであった。
 それから二百年後エウロパにおいて大きな出来事が起こった。それはエウロパのサハラ侵攻であった。
 この当時エウロパは八百億人の人口を数えようとしていた。それはエウロパの許容人口の限界に達しようとしていた。事前にエウロパ側もスペースコロニーや惑星開発を進めていたがそれでも足りなかった。結果として統一されておらず、進出が容易なサハラに入ったのであった。
「これはエウロパの本性を人類社会に見せつけるものに他ならない」
「あれが今の時代にあっていいものか」
「貴族の正体は侵略者だ」
「所詮エウロパなぞあんな連中だ」
 連合中央政府も各国政府もそう主張した。だがエウロパにとってそれは聞く耳持たないことであった。彼等にとってみればこれは生きる為に止むを得ないことである。狭いエウロパはこれ以上人が住めないからであった。それはエウロパの者達が最もわかっていることであった。
 

 

第十二部第一章 それぞれの歴史その五


 それから二百年経った。連合中央政府の権限はさらに拡大し、中央政府軍も設立された。エウロパはサハラから撤退し、連合とエウロパは戦闘状態に入った。その戦いは今でも続いていた。
「ようやくここまで来ましたか」
 八条は壁にかけられているエウロパの地図を見て一言そう呟いた。地図では連合軍はホズにおいて合流し、エウロパの首都オリンポスにまであと僅かの距離にまで迫っていた。
「あともう少しと言いたいところですが」
「そうは上手くはいかないでしょう」
 バールがそれに応えた。
「でしょうね」
 そして八条はそれに頷いた。
「彼等とて必死です。何とかしようと」
「ホズからは撤退しましたがね」
「はい」
「ですがそれだけでは。まだまだ戦う力は残っています」
「それをどうすべきか、ですね」
 彼は言った。
「おそらく最後の戦いになると思いますが」
「しかも彼等の戦意は全く衰えてはいない」
「はい」
「最後の戦いはかなり激しいものになるでしょうね」
「しかしここまできたらあと僅かです。現場の者に任せたいのですが」
「現場の、ですか」
「細かく言うとマクレーン宇宙艦隊司令長官と劉参謀総長にですね。彼等は今まで本当によくやってくれています」
「そうですね」
 それは八条もバールも認めるところであった。
「彼等に任せておけば大丈夫でしょうね」
「前線のことは」
 バールは前線に話を限った。
「しかし銃後はまた違います」
「ええ」
 八条はそれを聞いてまた頷いた。
「それはわかっています」
「これは我々の仕事になりますね。物資の補給のことですが」
「はい」
 どうやらバールが八条のところに来たのはそれについて話すつもりだったかららしい。
「後方支持部長のコアトル元帥と話をしたのですが」
「後方支持部長は何と」
「今はニーベルング要塞群をエウロパ領内における最大の補給基地としていますがそれを移動させてはどうかという考えです」
「場所は」
「アルテミスです」
 バールはそう答えた。
「アルテミスですか」
「長官はどう思われますか」
 バールは場所を答えたうえで問うてきた。
「私ですか」
「はい」
 バールは答えた。
「私はそれでいいと思いますが」
 決定権者である八条に問うてきたのだ。その青い目が彼を見ていた。
「そうですね」
 八条は一呼吸置いたうえでそれに答えた。
「私もそれでいいと思います。アルテミスは軍事基地としても、地理的にも最適でしょう」
「はい」
 バールはそれを聞いて会心の笑みを浮かべた。それこそが彼の待っていた言葉であったのだ。
「ではそれでいきますか」
「はい」
 八条はそれをよしとした。
「それではすぐにそれに取り掛かるように指示を出しましょう。ここ暫くニーベルングから距離があり過ぎると思っていましたので」
「それで補給には齟齬は出ていましたか」
「そこまではいっていませんでしたが」
「事前に、ということですね」
「はい」
 バールはまた答えた。
「そうなる以前に手を打っておくべきだと思いましたので」
「わかりました。それでは後方支持部長にもそう伝えておいて下さい」
「了解」
「二千個近い艦隊の運営を維持していかなくてはなりませんからね。確かなものとしておかないと」
「ええ」
「それではそういうことで。アルテミスに物資、施設を集結させましょう」
「ハッ」
 こうしてかってエウロパ軍の最大の防衛拠点であったアルテミスは今度は連合軍の補給基地、そして首都攻略への足掛かりとなった。彼等はすぐにアルテミスの基地の建設に取り掛かることになった。しかしこれについては連合中央議会において論争の的となった。
 

 

第十二部第一章 それぞれの歴史その六


 中央議会には二つの派閥がある。キリト=マウイが率いる保守派とランティール=モハマドが領袖を務める改革派である。彼等はこのアルテミスへの基地建設について予算の面でそれぞれ異なる意見を述べていたのであった。
「アルテミスへの基地建設には莫大な軍事費がかかるのではないか」
 マウイの保守派はそう述べていた。
「これ以上の軍事費の増加は考えものだが」
「だがそれは勝利の為だ」
 モハマドの改革派はそれに対してこう反論した。
「勝利の為には基地の一つや二つ当然ではないのか」
「それは確かに一理ある」
 保守派はそう意見を述べた。
「しかし今まであまりにも金がかかり過ぎている。これ以上軍事費が増えると他の分野にまで影響が及びかねない」
「中央政府の財政は今はそれ程苦しくはないが」
「少なくとも赤字ではない」
「だがこれ以上の増加は赤字にもなりかねない」
 保守派はそう反論した。
「既に今までの軍事費の何年分かを消費している。これは憂慮すべきことだ」
「戦争とは金がかかるものだ」
 その通りであった。戦争とは財政面、経済的に言えば莫大な消費に他ならない。支出だけで他には何も生み出さない。経済的な視点から言えばこれ程割に合わないものもないのだ。
「ならばそれは当然ではないのか」
 改革派はそれを当然のことだと主張しているのである。これは戦争というものを語るうえではその通りではあった。だが保守派はまた違う意見であった。
「物事には限度がある」
 それが彼等の意見であった。
「幾ら何でも消費が過ぎる」
「人も兵器もそれ程損害は出てはいないが」
 少なくとも正規軍は、である。
「そうした問題ではない、全体的な問題だ」
 改革派はそう述べた。
「戦争で消費するのは兵器だけではない」
 当然のことであった。
「他の物資もだ。その消費が常識外れの数字となっている」
「数が多いからそれも当然だろう」
「そう、数だ」
 保守派はそれについて言及してきた。
「これだけの数を戦場に送ると費用も莫大だ。これ以上は財政に負担を生じかねさせない」
「それは既に開戦の時点で言われていたことではないのか」
 改革派はそれに対して反論する。
「今更言うとは道理にかなわないと思うが如何か」
「状況が変わった」
 保守派はそう答えた。
「当初の予想よりも物資の消費が激しい。これでは駄目だ」
「だからこそ損害が少なく済んでいるのではないのか」
 ニーベルング要塞群での戦いがその最たるものであった。連合軍は旧式の艦艇を自動操縦にして要塞群に攻撃を仕掛けた。これにより要塞群はかなりのダメージを受け、それがひいては要塞群攻略に繋がったのだ。
「それは否定しない」
 保守派もそれは認めた。
「特にニーベルングのあれはな」
 そしてニーベルング要塞群についても言及した。
「あれはよかったと思っている」
「ではいいではないか」
「しかしその他が問題だ」
 彼等も引けないところがあった。
「燃料にしろ弾薬にしろ食糧にしろ無駄な浪費が多い。三割程減らしてもどうにかなるのではないのか」
「その統計はあるのか」
「ある」
 彼等はここでデータを出してきた。分厚いファイルである。
「ここに答えがある。これは我等が今回の戦いに関して調査したものだ」
「そして何がわかったのだ」
「我が軍はとかく無駄な使用が多い。食糧にしろ食べ過ぎではないのか」
「腹が減っては戦ができぬというぞ」
「パスタを一人当たり十皿食べてもか」
 こういう話があった。とある艦で催しとしてパスタの早食い競争があった。スパゲティだけでなくマカロニ、フェットチーネ、ペンネ、ラザニア等を将兵がそれぞれ競って食べたのである。これにはノルマが決められていて一人最低十皿は食べなければならなかった。そして参加者はそれをクリアーしていたのだ。
「幾ら何でもそれは無駄ではないのか。確かに将兵の食事は万全でなければならない」
 保守派とて軍事に対して無知ではない。軍人出身の政治家もおりそのアドバイスも受けている。
「だが食べ過ぎもかえってよくないのではないのか。我々はバイキングではない」
 バイキングの食事量は壮絶なものだったと言われている。羊一匹や木に生えている果物全てを食べたとさえ言われている。もっともこれはイギリスの作家シェークスピアの作品の中で言われていることなのでいささか眉唾ものであるが。彼の作品はかなり大袈裟な表現を使うことで知られているからだ。
「節制を持ってやってもらいたいものだ」
「そしてその軍事費の節制についてだが」
 改革派はそれを聞き終えてから保守派の議員達に尋ねた。 

 

第十二部第一章 それぞれの歴史その七


「三割と一口に言ってもかなりの額だ。それを減らして満足にやっていけるのか」
「可能だ」
 保守派はそう答えた。
「この統計ではそう出ている」
「ふむ」
 改革派の中にはそれを聞いて考え込む者達もいた。
「だが」
 しかしモハマドはあえてここで口を開いた。
「議題を最初に戻したい。まずはそちらの資料は見させてもらう」
「最初に」
「そうだ。確かに無駄な浪費は慎まれるべきだ。しかしそれと後方基地の建設とはまた無問題だ。話が変わってはどうにもならない」
「そうですな」
 改革派の議員の一人がそれに賛同した。
「問題はアルテミスの基地化が我が軍にとって有効かどうか、です。財政的な面も含めて」
「これについてはどう思われますか」
「我々は有効だとは思っていません」
「それは何故」
 モハマドは答えたマウイに対して問うた。
「理由をお聞かせ下さい」
「既に後方基地としてはニーベルング要塞群がありますね」
「はい」
「あの要塞群は基地としてはかなりのものです。そこを中心として今まで満足にやってきたではありませんか。これ以上基地を築く必要はないと思います」
「オリンポス攻略に関してもですか」
「はい」
 マウイは答えた。
「今まで通りでやっていけると思います。我が軍の輸送及び補給を考えますと」
「それが貴女の御考えですね」
「そうです」
 彼女はそれを認めた。
「我が軍は数も多いですし。このまま勝てると思いますが」
「確かに勝てるでしょうね」
 モハマドにもそれはわかっていた。
「ですが損害は多くなるでしょう」
「むっ」
 マウイはそれを聞いて眉を少し歪めさせた。
「それでは何もなりません。ましてやオリンポスはエウロパの首都」
 彼は敵の首都について言及した。
「物資も豊富です。そして予備兵力も全て投入してくるでしょう」
「それは考えられますね」
 それはマウイも認めた。
「そうなればこちらもかなりの物資が必要となります。だからこそアルテミスに基地を置かなければならないと思いますが」
「首都攻略の為にも」
「はい」
 モハマドは答えた。
「その為にもアルテミスの基地化は必須だと思いますが如何ですかな」
「そうですね」 
 マウイは考える目をした。
「考えさせてもらいましょう。ですがそれだけでは駄目です」
「わかっておりますよ」
 モハマドはそれに答えた。
「軍事費のことですね。それについてはこちらも考えさせてもらいましょう」
「はい」
 所謂交換であった。政治においてはよくある取引であった。ここから妥協なり折衷案なりを生み出していくものである。往々にして極論では政治は動かない。だからこうして話し合うことにより妥当な案を見出していくものである。議論をするのが政治である。駄目なものは駄目、というのは政治ではないのだ。それは観念論でしかない。そうしたことを主張していれば政治は停滞する。政治とは観念論では破綻する世界なのである。
 こうして保守派と改革派の議論は終わった。それについての話は八条の耳にも入っていた。財政のことは彼にとってはかなり意外なことであった。
「財政はかなり考えていたつもりなのだがな」
「軍人から見ればそうなのでしょう」
 木口がそれに答えた。
「国防省の人間は文民であっても軍に関係していますね」
「ああ」
「長官も。軍人の視点で予算を組まれましたね」
「当然だと思うが。だが無駄は省いたのは事実だぞ」
「それは否定しません」
 木口はそれは認めた。
「ですがそれはあくまで軍人の視点からです。日本軍はかっては極めて少ない軍事費からやりくりしていましたね」
「苦労したよ」
 八条の声と顔も苦いものとなった。
「どれだけ少なくても費用は一定のものはかかるからな。維持費なりなんなりで」
 彼は補給長であった。だからこそわかる苦労であった。
「それだけでもかなり割かれるのに他のことにも金を回さなくてはならない。それを踏まえて予算を組んだのだが」
「ですが政治家や国防省以外から見ればそうではないのです」
「まだ無駄があると」
「はい。だからこそ保守派が問題にしているのです」
「ふむ」
 それを聞いて腕を組んで考え込んだ。
「そういうものか。軍人と文民の視点の違いか」
「長官は文民であっても軍人出身ですから。考え方が軍人のものなのです」
「それは認める」
「はい」
「だからこそ悩むな。私の組んだ予算でも無駄が多いのか」
「具体的なことは保守派の出してきたファイルにありますが」
「これだな」
 手許にあるディスクを取り出した。
「ここに全てが書かれている」
「保守派の主張では」
 なお八条は改革派である。キロモトもそうである。今の中央政府は改革派の政権なのである。
「とりあえず見てみるか。それから考えよう」
「はい」
 八条はディスクを自分のノートパソコンに入れた。そしてファイルを開いた。そこには実に細かいデータが如実に書かれていた。
「成程な」
 八条はそれを見てまずは一言発した。
「彼等も勉強している」
「ですね」
 木口はそれを端から覗き込んでいた。それから八条に答えた。
「彼等とて軍事に無知というわけではないですから。軍人出身もいますし」
「だからこそか。よく見ている」
 八条はとりわけ予算に関する資料を見ていた。そこには彼の組んだ予算と保守派の主張する無駄、そして彼等の予算案までが書かれていた。
「一理はあるな」
 それを見た八条の言葉であった。
「よく勉強している」
「ですね」
 木口も同じ意見であった。
「参考になる。確かに軍人の視点だけでは何かと問題もあるな」
「どうしても専門的になりがちですからね」
「ああ」
 軍人の欠点の一つとして知識が専門的になり易いということであろうか。その為にヴィジョンが狭くなってしまうのだ。軍人という職業を考えると致し方ないがそれを防ぐ為にも将兵の教育につとに広範囲な知識と見方が要求されているのである。だがこれは容易ではない。
 八条はかなり広い視野と見識を持っていることで知られているがそれでも限界があったようである。少なくとも彼自身はそう感じていた。

 

 

第十二部第一章 それぞれの歴史その八


「これは素直に参考にさせてもらうことにする」
「わかりました」
 木口もそれに頷いた。
「保守派もあながち何でも反対というわけではないからな。だがアルテミスに基地は置いておきたい」
「はい」
「あの場所を拠点にしてオリンポスを攻略したいからな。だが」
 彼はここで言った。
「オリンポスは巨大な要塞だ。どうやって攻略するか」
「攻略する前に戦争を終わらせることも考慮した方がいいかも知れませんね」
「それは考えている」
 彼はそれを認めた。
「次の会戦で勝利を収めることができればそれも可能だろう」
「負ければ」
「その時は戦いがさらに続くだろうな」
 彼はそれにはそう述べた。
「エウロパも勢いに乗るだろうしな。そうなれば損害も増える」
「やはり勝ちたいですね、それも考えると」
「誰もがそう思っていることだ。保守派もな」
 彼等とて戦いを妨害したいわけではないのだ。利敵行為は往々にして歴史において散見されるが今回の連合についてはそれはなかった。これはエウロパも同じであった。
「まずは議会で承認してもらうことにしよう。アルテミスについては」
「はい」
「それからだ。それが適わなかった場合も考えよう」
「わかりました」
 八条はオリンポス攻略、そしてその前の戦いについて考察をはじめた。その間も議会では議論が続いていた。だがやがて裁決をとることになった。
 投票が行われた。その結果改革派の主張が通りアルテミスに基地が設けられることとなった。
「これでよし、と言うべきか」
 八条は三次元テレビでそれを見て呟いた。
「アルテミスに基地を置くことができたのは何よりだ」
「はい」
 木口も側にいた。彼はそれを聞いて頷いた。
「今艦隊はホズに集結していたな」
「ええ。二千個艦隊がそこに集結しております」
「二千個艦隊か。その補給を満たすのは厄介だぞ」
「わかっておりますよ。既に書類が山の様に届いていますよ」
「えっ、もうか!?」
 八条はそれを聞いて驚きの声をあげた。
「早いな、また」
「仕事というものは待ってはくれませんよ」
「それはわかっているが。それでどれ位だ」
「とりあえずはこれだけです」
 木口は右手に持つケースから数枚のディスクを取り出した。八条はそれを見て露骨に嫌そうな顔をした。
「これだけではないだろうな、多分」
「勿論。まずはこの中にある事柄について全て裁決をお願いします。それからまだありますよ」
「やれやれだ」
「この戦いがはじまってから何かと大変ですね」
「設立の時よりはましだがな」
 今度は苦笑した。
「それでもな。何か毎日パソコンと書類ばかり見ている気がする」
 軍もまた官僚組織の一つである。官僚組織というのは全て書類で決裁する。紙の文化とさえ言われてきた。その中でも軍隊というものはその傾向が強いのである。上位下達が特にしっかりした組織であり命令がなくては誰も何も動きはしないからである。
「それが長官の仕事ですよ」
「君もな。まあとやかく話してもはじまりはしない。早速はじめるか」
「はい」
 こうして彼は早速仕事に取り掛かった。ディスクをパソコンに入れキーボードを叩く。そして仕事を進めるのであった。彼もまた多忙であった。しかし彼は勝っている軍の指導者であり気は楽といえば楽であった。少なくとも負けている軍の指導者よりは。

 

 

第十二部第一章 それぞれの歴史その九


「・・・・・・そうか」
 ポートはホズでのことを首相官邸の執務室で聞いていた。その顔は土気色となっていた。
「それでも合流はできたのだな」
「はい」
 報告をした首相補佐官がそれに応えた。
「何とか全滅だけは避けられました。北と南の軍も無事です」
「不幸中の幸いと言うべきかな」
「損害は甚大ですが」
「そのようだな」
 彼は机の上にある資料に目を通して言った。
「これだけの損害はエウロパ建国以来ないことだ」
「はい」
「それだけでも深刻なことだが。尚且つオリンポスまで危機に晒されようとしている」
「大変なことです」
 補佐官の顔色もまた深刻なものとなっていた。
「オリンポスは既に要塞化を完了させてはいますが」
「連合の大軍の前にはどれだけの効果があるかな」
 彼はあまり効果がないと見ていた。それがわかる言葉であった。
「それでも何とかしなければならないな。首都防衛軍はどうしているか」
「何時でも戦闘に入れる態勢にありますが」
「そうか」
 それを聞いたポートの顔が引き締まった。何かを決心したように。
「防衛軍司令官のアレクサンドル=ドボルスキー元帥に伝えてくれ。すぐにシュヴァルツブルグ元帥の軍と合流するようにとな」
「彼等を向かわせるのですか」
「そうだ」
 ペーチはそれに答えた。ドボルスキーはスロバキア出身の貴族であり冷静沈着な将として知られている。地味だが堅実な用兵と人柄で知られている。
「次の戦いはおそらく決戦になる。予備兵力を投入するのならば今しかないだろう」
「それはそうですが」
「どのみち次の戦いで敗れてはオリンポスは危うくなる。今は決断の時だ」
「わかりました。それでは」
「頼むぞ」
 首都防衛軍の出撃も決定された。だがそれでもポートの顔は晴れなかった。彼はこれでも勝利を得るのは難しいと考えていたのだ。
「ところでだ」
 彼は補佐官に問うてきた。
「はい」
「前線の将兵達はかなり善戦していると聞いているが」
「タンホイザー元帥を中心に今は遊撃戦を展開しています」
 補佐官はそう答えた。
「ある程度の戦果を挙げているようですが」
「戦意はまだ衰えてはいないようだな」
「はい。少なくとも勇敢であり戦術もあります」
「ならいい。戦争というものは自暴自棄になると駄目だというからな」
「はい」
「指導者もな。ラフネール閣下はどうされておられるか」
 ここ三日彼のところには顔を出していないのである。ずっとこの首相官邸で仕事をしている。最近では食事や睡眠もここでとっている。当然ながらまともなものではなくインスタント食品であり、仮眠であった。疲れは否応なしに蓄積していた。
「閣下もまたお忙しいです。昨日は前線に向かわれました」
「視察にか」
「そして将兵の士気の鼓舞に。かなりお疲れのようでしたよ」
「そうだろうな。それも当然だ」
 ポートはそれを聞いて一言そう呟いた。
「閣下もお辛いだろう。だがそれは今のエウロパ一千億の市民全てがだ」
「連合に占領されている地域の市民達もですね」
 彼等は連合軍が規律正しいこともあり比較的穏やかなこれまでの生活を営んでいた。だがそれでも戦時下にあることには変わらない。やはり深刻な中にいたのである。
「彼等も何とかしたいが。今はそれどころではないな」
「まずは次の戦いをどうにかしなければなりませんね」
「そうだ。その為には私もここで頑張らなければならない。仕事はどれ位だ」
「もうすぐ来る予定です」
「そうか」
 程なくして山の様な書類が何段も運び込まれてきた。ポートはそれを落ち着いた、だが生気のまるでない顔で見ていた。八条のように困った顔をして、声を出す余裕はなかった。
「では取り掛かるとするか」
「はい」 
 黙々と仕事に取り掛かった。書類を一枚ずつ的確に処理していく。かなり事務的な動きであった。
 その間一言も発することはない。途中食事を採ったりはしていたがその間にも書類には目を通している。そして食事が終わるとまた仕事に戻る。休む暇もなかった。
 その日の仕事が終わった。もう真夜中を過ぎていた。時計の針は朝に近い程になっていた。
 既に補佐官は帰っている。別の部屋で仮眠をとっているだけだが。だがポートは執務室に残っていた。仕事を終えた彼は一言呟いた。
「寝るとするか、私も」
 そして椅子に座ったまま眠った。だがすぐに朝の勤務にやって来た官僚に起こされる。
「首相」
「うむ」
 起きるとそこにはまた書類があった。彼はすぐにまた仕事に取り掛かる。ここ数日風呂にすら入ってはいない。服も替えてはいない。そんな暇もなかった。当然下着もだ。なおこの時代連合もエウロパも男ものの下着はトランクス、若しくはボクサーパンツとなっている。女性はブラとショーツだ。下着はこれが一番機能的で清潔だということで一千年以上前から定着しているのだ。特に女性のそれはそちらの方がセクシーだという男性側からの意見もあった。何時の時代でも女性の下着というものは男性の興味の的なのである。
「早速仕事だな」
「はい」 
 その官僚もまた書類の山を持って来ていた。ポートはすぐにそれに目を通しはじめた。
「ふむ」
 それは戦死者名簿と遺族への補償についてであった。ポートはそれに目を通しながら官僚に対して言った。
「先のホズの戦いの時のものか」
「後アルテミスでの戦いのものもです」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「道理で。かなりの数になっている」
「既に法に従い補償を的確に行うということで話が進んでいます。サインだけをお願いします」
「わかった」
 それを受けてサインに取り掛かる。時計はまだ朝早くである。少なくとも朝食の時間ですらない。彼はサインをしながら官僚に対して声をかけてきた。
「朝食は食べたかね」
「あ、いえ」
 彼はそれに答えた。
「まだですが」
「少し早いが」
 ポートは時計を見ながら言った。
「食べてくるといい。食堂はもうあいている筈だ」
「しかし」
「食べられるうちに食べないと後悔するぞ。私みたいにな」
 苦笑を浮かべてそう言った。
「だから言った方がいい。いいね」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 官僚は一礼して退室した。ポートはそれに返礼した後ですぐにまた仕事に戻った。黙々とサインを続ける。だがその中で突如として異変を感じた。
「うっ」
 腹が痛みだした。これまでにない痛みであった。
「これは」
 苦しくなってきた。腹だけではなく胸まで痛みはじめた。相当な痛みであった。座っていられない程である。
 しかし彼はそれでも仕事を続けた。幸い血等までは吐きそうにはなかった。そのままサインを続ける。
 痛みが少し収まると机から薬を取り出した。そしてそれをすぐに口の中に入れて飲み込む。ほんの少しずつだが痛みが引いていく感じがした。
「ふう」
 それで少し落ち着いた。しかしそれがその場凌ぎでしかないことは彼が最もよくわかっていた。
「まだもってくれよ」
 彼は自分の身体にそう言い聞かせた。
「まだだ、頼むぞ」
 話を聞いたかのように痛みが引いていく。それを感じてとりあえずは安堵した。
 そして仕事に戻った。やはりサインを続ける。
 彼もまた戦っていたのだ。孤独な戦いであった。皆それぞれの戦場に身を置いていた。それはラフネールも同じであった。
「そうか。ではすぐにそれに取り掛かってくれ」
「はい」
 彼はシュヴァルツブルグと会談していたのだ。そして彼の案をよしとした。
「何としてもオリンポスへの侵入は防ぎますので」
「頼むぞ」
 ホズが陥落した。全滅は免れたがそれは動かし難い事実である。これにより連合軍はまたオリンポスに近付いたのも事実であった。
「敵は今ホズに集結しているな」
「はい」
 シュヴァルツブルグはそれに答えた。
「彼等に対しては強襲等で対抗しております。今のところか」
「強襲か」
 ラフネールはそれ程軍事に明るいわけではない。だがそれがどんなことかは容易にわかる。彼はそれを聞いたうえであらためてシュヴァルツブルグに対して問うた。
「一体どれだけの規模でだ」
 まずはそこを尋ねた。
 

 

第十二部第一章 それぞれの歴史その十


「数個艦隊規模です。少ない時で一個艦隊です」
「ゲリラ戦術か」
「言い換えるとそうなります」
「そうか。今はそれしかないのかもな」
 それを聞いて頷いた。
「今はできるだけ無駄な損害を抑えなくてはならない。しかし敵を消耗させることもまた必要だ」
「はい」
「頼むぞ。おそらく次の戦いでエウロパが決まる」
「わかっております」
 答えるシュヴァルツブルグの顔が険しくなった。
「必ずや。敵を防いでみせます」
「うむ」
 両者の会談は終わった。ラフネールはそれが終わると前線の視察に戻った。見れば士気は衰えてはいなかった。皆真剣な顔で軍務にあたっていた。
 出撃する艦隊を見た。彼はそれを見て傍らにいる将校に対して問うた。見れば大将であった。
「あれは」
「タンホイザー元帥の艦隊です。今から連合軍にかけて攻撃を仕掛けに行かれます」
「タンホイザー元帥のか」
「はい。あとあちらの艦隊にはイギリスの太子も乗っておられます」
「プリンス=オブ=ウェールズがか」
「はい」
 大将は答えた。この時代もイギリスの王太子はプリンス=オブ=ウェールズと称されるのである。ウェールズはブリテンにあった国の一つである。イギリスは元々一つの国ではなかった。イングランド、スコットランド、アイルランド、そしてこのウェールズを統合して連合王国となったのである。国旗であるユニオン=ジャックがその象徴だ。イギリスと一口に言ってもその歴史は複雑なのである。
「ジョージ中佐です」
「ああ、それは知っている」
 エウロパ総統がイギリスの太子の官職氏名を知らない筈もなかった。それに答えた。
「誰か止めなかったのか。流石に一国の太子が最前線に出るのは」
「いえ、殿下は自ら志願されて出撃されました」
 大将はそう答えた。
「自身の御意志でか」
「はい。我々は止めたかったのですが。それが王家の者の務めだと。臣民が敵の侵略に対して苦汁を嘗めさせられているのに自分だけ安全な場所にどうしておれようかと」
「見上げた心意気だな」
 ラフネールはそれを聞いて一言そう言った。
「流石はイギリス王家といったところか。高貴なる者の義務は忘れてはいないようだ。殿下はよい王になられるだろう」
「はい」
 ラフネールの言葉は後で見事に的中することになる。
「御無事を祈るだけか。イギリス国王には私から申し上げておく」
「お願いします」
「今度の戦い、各国の王家と貴族は真っ先に戦場に駆けつけたな」
「はい」
「高貴なる者の義務だけは忘れられてはいない。エウロパの騎士道もな」
「当然です」
 大将は胸を張ってそれに応えた。
「そうでなくては何が貴族ですか」
「そうだな」
 それはラフネールも同じであった。彼も貴族であるからだ。フランス等の共和国でも貴族は存在するのである。宮廷歌手という称号も残っている。エウロパはそうした意味で連合各国と比べると非常に古いものが残っているのであった。これもまた一つの文化であった。
「殿下の武勲を期待する。そう申し伝えておいてくれ」
「わかりました」
 艦隊は空を飛びたち銀河の大海に消えていった。ラフネールはそれを見上げて思った。
「旅立つのは容易だ」
 艦艇は次々と消えていく。その中の幾らかは確実にここには帰ってはこないだろう。彼はそれについて思ったのである。
「しかし戻ってくるのは容易ではない」
 そういうことであった。彼は全ての艦艇が銀河の中に消えると顔を大将の方に戻した。
「視察は明日まであったな」
「はい」
「まだ見たいものがある。案内を頼めるか」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 見ればラフネールもかなりやつれていた。足取りも重い。だが彼はそれでも歩いていた。それを止めることは今はできないのであった。
 戦いはエウロパにとって深刻な方向に更に傾いているのは誰でもわかっていることであった。それでも戦いは続けなければならなかった。例えどれだけ辛いものであろうと。少なくとも今は。ラフネールの戦いもまた孤独であった。それが国家元首の戦いであった。

 

 

第十二部第二章 強襲その一


                               強襲
 連合とエウロパは今は大規模な戦いはなくなっていた。しかしそれでも戦闘は起こっていた。ホズに集結する連合軍に対してエウロパ軍が攻撃を仕掛けているのであった。
「哨戒は怠るな」
 それは連合軍の方も承知していた。警戒を怠ってはいない。今ホズの外縁にいる艦隊の一つ第二四七艦隊もそのうちの一つであった。
 この艦隊の司令官はエーリッヒ=シコースキー中将であった。ロシア出身の四十代後半の軍人であった。細い長身の金髪碧眼の白人である。白人といってもそのルーツはいささか複雑であり父はスラブ系であるが母はゲルマン系である。名前がドイツ系なのはその為である。何代か前の祖先にはモンゴルやウイグル出身者もいる。つまりアジア系の血も混じっていたりするのである。宗教はスラブの神々とロシア正教を信仰している。ロシア人にしては酒をあまり飲まず、短気な性格で知られている。
 彼は今艦橋にいた。乗っている艦はイーゴリ、かってタタールと戦った英雄の名を冠していた。言うまでもなくティアマト級巨大戦艦である。
 このシコースキー中将は連合軍においては有名人であった。ロシア人ながらそのいささか短気であり酒を好まないからだ。そして派手な身振りで知られていた。
「敵は何処から来るかわからないぞ」
 大きく手を動かしながらそう言う。
「油断するな」
「はい」
 部下達がそれに頷く。短気ではあるが采配や指揮自体は冷静なものなので皆それについては安心しているのである。
「司令、一つ気になることがあるのですが」
「何だ」
 幕僚の一人に顔を向ける。
「エウロパ軍がまた出撃してきた模様です。先程無人偵察艇から連絡が入りました」
「そうか」
 それを聞いて頷いた。
「誰が出て来たのだ、今度は」
「タンホイザー元帥のようです。規模は一個艦隊です」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「こちらに来る可能性もあるな」
「ないわけではないですね」
 部下はそう答えた。
「わかった。では警戒レベルを上げよう。敵のスピードに注意しろ」
「はい」
「敵影を発見したならばすぐに攻撃に移る。一斉射撃の用意はしておけ」
「わかりました」
 こうして第二四七艦隊は警戒態勢を強めた。他の外縁の艦隊も同じであった。索敵能力、哨戒能力、そして通信能力は連合軍の方が遥かに高い。彼等はそれを利用したのである。
 無論それはエウロパ軍もわかっていた。タンホイザーはホズに向かいながら部下達に対して言っていた。
「既に我々の姿は敵に確認されていると見ていい」
「はい」
 彼等はそれに頷いた。
「それはよく心に留めておけ。行動は読まれているとな」
「そのうえでの強襲ですか。厄介ですね」
「うむ」
 タンホイザーはそれに応えた。
「だがやっておかなければな。敵に侮られる」
「ただ御言葉ですが」
「何だ」
 部下の一人に顔を向けた。
「戦力の温存の為にもこうした強襲は避けた方がいいとも思うのですが。如何でしょうか」
「それは考慮されたことだ」
 タンホイザーはそれに対してそう答えた。
「確かに無駄な損害を出す怖れはある」
「はい」
「しかしそれ以上に士気が心配になる。我が軍はこの戦いがはじまってからまともな戦果は挙げてはいない」
「ですね。残念ながら」
 それは彼等が最もよくわかっていることであった。痛感しているといってもいい。
「それを考慮するとな。こうしたゲリラ的な強襲を採ったのだ」
「敵軍を精神的に追い詰める為にもですね」
「うむ」
 タンホイザーはそれにも頷いた。
「そのうえでだ。そしてそのうちに戦力を立て直す」
「はい」
「決戦までの時間稼ぎの意味もある。これでも必然性があるのだ」
「わかりました」
 彼等はそれに納得した。これで話は終わった。
 

 

第十二部第二章 強襲その二


 タンホイザーは副司令に指揮権を委譲し、艦長に艦のことを任せると艦橋を後にした。そして自室へ向かおうとした。だがここで気付いたことがあった。
「ウィンザー中佐は何処だ」
「ウィンザー中佐ですか」
 秘書を務める若い将校がそれに応えた。
「そうだ。このグングニルの配属になっているが。姿が見えないな」
「グンナルに行っております」
「グンナルに」
「はい」
 グンナルとはエウロパ軍の戦艦の一つである。タンホイザーの艦隊の下にある戦艦である。この名は北欧神話に出て来る領主の名である。英雄シグルドの物語にも出て来る。
「これからの強襲作戦の打ち合わせに。如何しましたか」
「少し話をしたいことがあってな」
「お話を」
「そうだ。グンナルから何時戻る」
「もう暫くしたらだと思いますが」
 秘書はそう答えた。
「如何為されますか」
「戻ったらすぐに私の部屋に来るように言ってくれ」
 タンホイザーはそう言った。
「すぐにな。いいな」
「わかりました」
 こうしてウィンザー中佐という人物がタンホイザーの下に呼ばれることとなった。タンホイザーはそれを伝えるとそのまま自室に入った。程なくして秘書が部屋に入って来た。
「ウィンザー中佐をお連れしました」
「ご苦労」
 入って来たのは見事な金髪に青い目をした長身の美男子であった。エウロパは貴族制だがそれを考慮しても中佐というには若かった。見ればまだ二十かそこそこであった。それだけに美しさが際立っていた。
「ようこそおいで下さいました、殿下」
 タンホイザーは中佐に対して恭しく敬礼をする。これは明らかに立場が上の者に対する敬礼であった。
「いえ、そのような」
 だがウィンザー中佐はそれに慌てて返礼する。彼の方はタンホイザーを上官と認識しているからだ。妙な挨拶であった。
「殿下、まずはお座り下さい」
「はい」
 秘書は既に部屋を後にしていた。タンホイザーが下がらせたのだ。彼はウィンザー中佐に対して席を勧めた。自分で椅子を引いた。
「どうぞ」
「申し訳ありません。それでは」
「はい」
 こうして中佐は席に座った。彼はそれからタンホイザーに対して言った。
「閣下も。どうぞ」
「それでは御言葉に甘えまして」
「はい」
 儀礼的ではあったがこうして二人は向かい合って座った。まずは中佐が口を開いた。
「一体何の御用件でしょうか」
「用件というのは他でもありません」
 タンホイザーは言った。
「今度の作戦のことですが」
「連合軍に対する強襲作戦ですね」
「はい。我が艦隊は全ての戦力を以ってホズに展開している連合軍に対して一撃離脱で強襲を仕掛けます」
「はい」
「それに関して決死隊を先陣にするつもりなのですが。指揮は私が執ります」
「閣下が」
「それが私のやり方ですから。戦いは指揮官が先頭にいないとはじまりません」
「しかし」
「大丈夫ですよ。今までそれで傷をおったことはありません」
 タンホイザーは心配そうな中佐に対してそう答えた。
「殿下はこの強襲に志願されて来られましたね」
「はい」
 中佐はそれに頷いた。
「それがイギリス王家の者としての義務です。戦いとなればまず戦場に立つ」
 澄んだ目でそう言った。
「かって七つの海を支配した時、いえ獅子心王の頃からそうでした」
「はい」
 プランタジネット朝の王であるリチャード一世だ。彼は国王としてよりも軍人として優秀であり戦場を駆け巡っていた。とりわけ十字軍での戦いの武勇は今でも伝えられている。問題は非常に多いが戦場においては勇猛で打算のない人物であった為今でも人気の高い王の一人である。
 イギリスが地球の七つの海を支配していたのはハノーヴァー朝、後のウィンザー朝の時代である。この王朝は二十世紀後半にエリザベス二世という女王が即位していたが彼の夫であるエジンバラ公の名から後にウィンザー=エジンバラ朝となった。なおこのエジンバラ公はイギリス陸空海軍の元帥でもあり女王の夫ということもありロイヤル=ファミリーの中ではとりわけ大きな発言力を持っていた。特に子供達に対してのそれは絶対のものがあり長男であり後のチャールズ三世であるチャールズ皇太子は彼に逆らうことができなかった。そのせいか彼は自分の子供達に対してはかなり寛容な父であった。国王としての資質にはその当時からいささか疑問を持たれ、また女性問題もあった彼ではあるが人間的には善良であり質素な生活を好んだ。そして子供達にとってはよき父親であった。これはそのエジンバラ公への反発の現われであるとも言われている。
 そのウィンザー=エジンバラ朝であるが王朝名は変わっても血筋は変わらなかった。そして今はまたウィンザーに名前が変わっていた。ウィンザー公爵家から国王が出たからである。二百年前のウィンザー公爵は当時の国王の次男であったが長男である王太子が即位して暫くしてから健康を害して退位した為彼が国王となったのである。それが今のウィンザー朝であった。俗に後ウィンザー朝と呼ばれている。
 その次期王位継承者がこのウィンザー中佐、ジョージ王太子であった。彼は今タンホイザーの艦隊に配属となっていたのである。タンホイザーは王族である彼に対して敬意を払っているのであった。
「我が王家は戦場において臣民達の前に立たなければならないのです」
「それはよく存じております」
 タンホイザーはそれに言葉を返した。
「では今回の決死隊にも参加されますね」
「当然です」
 これもまた予想された返答であった。
「その為に戦場に来たのですから」
 胸を張ってそう答えた。
「左様ですか」
「はい。何としても行きます」
「わかりました。そこまで仰るというのなら」
 タンホイザーも頷いた。
「行きましょう」
「はい」
 ウィンザーは決死隊に参加することとなった。こうしてエウロパ軍は剣を磨きはじめたのであった。 

 

第十二部第二章 強襲その三


 連合軍第二四七艦隊は哨戒活動を続けていた。シコースキーはその中で艦橋に立ち指揮を続けていた。
「司令」
 そんな彼に参謀の一人が声をかけてきた。
「どうした」
「敵です」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「どれだけの数だ」
「一個艦隊程です」
「ふむ」
 それを聞いて考える顔をした。
「こちらに向かってきているのか」
「はい。如何致しましょう」
「第一種警戒態勢をとれ」
「ハッ」
 最初の指示はそれであった。
「そして攻撃用意だ。目の前に来たならば総攻撃を仕掛ける。周辺の艦隊にも連絡をとれ」
「わかりました」
 次々と指示が下る。それを見ると指揮官として決して無能ではないことがわかる。
「敵は今何処にいるかわかるか」
「少しお待ち下さい」
 別の参謀がそれに応える。そしてモニターを映す。
「こちらです」
 三次元モニターにエウロパ軍と自軍の位置が映し出される。シコースキーはそれを見てまた言った。
「よし、これならば勝てる」
「勝てますか」
「陣を半月状に編成しろ。そして各艦の主砲を敵に向ける」
「主砲を」
「そうだ。後方のものもな」
 そう言って不敵に笑った。
「空母以外の艦を敵に対して横に向けよ」
「はい」
「ただしこのイーゴリだけは最初は正面を向く。よいな」
「わかりました」
 それが何故なのか参謀達にはよくわかった。
「それでは陣を組みましょう」
「うむ」
 艦隊が動きはじめた。そして迫り来るであろうエウロパ軍に備えた。巨大な艦艇が一斉に動くさまは壮観ですらあった。だがシコースキーは今はそれを黙って見ているだけであった。
 タンホイザー率いるエウロパ軍は真っ直ぐに敵に向かっていた。この場合は第二四七艦隊である。
「さてと」
 タンホイザーは冷静にモニターに映る自軍と敵軍を見ていた。
「敵は既に陣を組んでいるな」
「はい」
 部下の一人がそれに頷く。
「今行っても集中砲火に遭うだけだ。敵もまたそれを狙っている」
「ですね」
「しかしまずは敵に近付こう」
「接近するのですか」
「そうだ。あの巨大戦艦の射程はわかるな」
「はい」
 部下はそれに頷いた。
「既に計算して出しております。こちらです」
「うむ」
 出されたデータを見た。それを見たうえで頷いた。
「わかった。直前になったならばまた指示を出そう」
「直前になれば?」
「そうだ。今はまだいい。そのまま前に進むぞ」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 彼等は前進を続けた。シコースキーは腕を組んだそれを見ている。
「敵軍が来ました」
「わかっている」
 彼はそれに応えた。
「では手筈通りいくぞ」
「はい」
「艦長」
 彼はイーゴリの艦長であるアントニア=ローレンガー准将に声をかけた。チリ出身の女性艦長である。
「はい」
「巨砲の用意はできているな」
「勿論です」
 彼女はそれに頷いた。
「今すぐにでも射撃可能です」
「わかった。それでは射撃用意」
「巨砲射撃用意」
 シコースキーの指示に従いローレンガーも指示を下す。
「あとのこの艦のことは貴官に任せる」
「ハッ」
 敬礼で応える。そしてローレンガーはまた指示を下した。
「目標敵艦隊」
「目標敵艦隊」
 オペレーターが繰り返す。巨大な艦艇がゆっくりと動いた。
 それはタンホイザーも見ていた。彼は艦隊を前に進ませながら時を待っていた。
「そろそろだな」
「距離がでしょうか」
「そうだ。全艦停止」
「ここでですか!?」
「何か不都合でもあるか?ただ停止するだけではないぞ」
「といいますと」
「ゆっくりと後ろに下がれ。よいな」
「わかりました」
 イーゴリの巨砲にエネルギーが充填されている。今まさに攻撃が加えられようとしていたその時であった。
 エウロパ軍が動きを止めた。そして艦首をこちらに向けたままジリジリと退きはじめたのであった。
「後退するのか!?」
 シコースキーはそれを見て思わず声をあげた。
「ここまできて」
「何かあったのでしょうか」
「ううむ」
 彼にはわからなかった。敵の意図が読めなかったのだ。
「どういうことなのだ、これは」
「司令、如何致しましょう」
 ローレンガーが彼に問うてきた。
「巨砲の射撃を停止致しましょうか」
「いや、それは待て」
 だが彼はそれを認めなかった。
「敵の動きが読めない。今は何時でも射撃できるようにしておけ」
「わかりました」
「とりあえず防衛に徹しておけ。どうした動きをするかわからん」
「了解」
 第二四七艦隊は動きを停止した。エウロパ軍の動きを見る為に防御に徹することにしたのであった。それはタンホイザーからも確認された。
「戸惑っているな、彼等は」
「はい」
 傍らにいる参謀の一人がそれに応えた。
「好都合だ。他の敵艦隊はどうしている」
「やはり防御に徹しています」
 第二四七艦隊の左右を見る。見れば彼等も動きを停止していた。
「そうか。どうやら彼等も戸惑っているようだな」
 タンホイザーはそれを見てまた笑った。だが部下はそれを見て彼に問うた。
「司令」
「どうした」
「我等は強襲に出たのですね」
「その通りだが。今更何を言っている」
「それではこのまま突っ込むべきではなかったのではないでしょうか。多少の損害を省みずに」
「確かに強襲を考えるとそうするべきだ」
 タンホイザーはそれを認めた。
「それでは」
 普段の彼ならそうしていた。部下はそれもまた不思議でならなかったのだ。今の彼の戦術は普段の彼の戦術とは違っていたからであった。
「まあ待て」
 だが彼はそう言ってそれを制した。
 

 

第十二部第二章 強襲その四


「進むのはこれからだ」
「これから」
「そうだ。まずは彼等の動きを待つ」
「動きを。どういうことでしょうか」
 部下は問うた。
「必ず彼等は前に出る。その瞬間を狙う」
 タンホイザーは言った。
「いいな」
「わかりました」
 とりあえずは頷いた。エウロパ軍はジリジリと退く。連合軍はそれを見て不審さを感じていた。
「どういうことでしょうか」
「誘っているのかもな」
 シコースキーはそう見ていた。
「誘う」
「そうだ。かかって来い、とな。面白い」
 そして不敵に笑った。
「行くぞ。誘いは受ける」
「行きますか」
「周囲の友軍にも連絡してくれ」
 彼は言った。
「攻撃を仕掛ける。前に出てくれ、と」
「了解」
 すぐに通信を入れる。周囲の友軍はそれを了承した。
 連合軍が動きはじめた。タンホイザーはそれを確認してすぐに動いた。
「行くぞ」
「ハッ」
 突進する。そしてそのまま突き進む。
「敵艦隊、動きました」
「来たか」
 連合軍もそれを確認して身構えた。
「イーゴリの巨砲を発射せよ」
「了解」
 エネルギーは充填させたままである。巨砲を放とうとする。しかしそれよりも先にエウロパ軍は動いていた。
「散開!」
 タンホイザーの指示が下る。そして巨砲をまずは避けた。
「ムッ!」
「読まれていたか。だがよい!」
 シコースキーはそれに怯まずに次の指示に移った。
「一斉攻撃!」
「了解!」
 一斉攻撃を仕掛けようとする。だがそれも間に合わなかった。
 エウロパ軍の動きが速かったのだ。彼等は攻撃船速ではなかったのだ。
 何と通常の最高速度で突っ込んで来る。連合軍はそれに対して戸惑ってしまった。
「司令、どうしますか!?」
「クッ!」
 シコースキーも逡巡した。一斉攻撃は不可能だ。距離を詰められてしまった。それならば艦載機を出すしかない。だが準備はまだできていない。どうするべきか。
「艦載機を出せ!」
 それでも言った。迷っている暇はないのは事実であった。彼は指示を下した。
 艦載機が出されようとする。しかしそれには間に合わない。何とエウロパ軍はそのまま第二四七艦隊に突っ込んできたのであった。
「敵艦隊、雪崩れ込んで来ました!」
「奴等、どういうつもりだ」
 これにはさしものシコースキーも驚きの声をあげた。艦載機が次々に発艦する。だがエウロパ軍はそれよりも先に連合軍の艦艇に強制的にくいついてきていたのだ。
「よし、今だ!」
 タンホイザーがまた言った。
「敵艦艇に切り込め!」
「了解!」
 それに従いエウロパ軍の将兵が連合軍の艦艇の中に雪崩れ込んでいく。太古の戦いであった敵艦艇への切り込み戦術であった。それを見て連合軍の将兵は驚かずにはいられなかった。
「まさか今頃あんな戦術を執るとは」
「どうする!?」
 第二四七艦隊の周囲にいる連合軍の艦隊も戸惑っていた。どうするべきかわからなかった。艦載機も下手に攻撃しては友軍の艦艇も巻き添えにしてしまう。迂闊に手出しできなかった。
「まずいな」
 彼等はそう思った。どうしようもなかった。しかしシコースキーはその中で不敵に笑っていた。
「面白い」
「司令、今何と」
 それを聞いた参謀達が首を傾げさせた。
「面白いと言ったのだ。聞こえなかったのか」
「それは」
「こちらも陸戦部隊を動員する。後方から呼び寄せろ」
「揚陸艦の部隊も使うのですか」
「無論」
 彼は答えた。
「相手がそうくるのならこうした戦い方もある。行くぞ」
「了解しました」
「その間はそれぞれの艦艇の艦員達で持ち堪えよ。よいな」
「ハッ!」
 シコースキーの命令はこの場合的確であった。彼は格闘戦を選んだのであった。各艦で激しい艦内戦がはじまった。
 それはイーゴリにおいても同じであった。この巨艦に入って来たのはグングニルの者達であった。
「行くぞ!」
「はい!」
 タンホイザーに率いられたバトルスーツの男達が艦内に雪崩れ込む。その手には銃や武器があった。
 だがタンホイザーは軍服のままであった。赤と黒のエウロパ軍元帥の軍服のままであった。マントまでたなびかせていた。
「閣下、宜しいのですか?」
「何がだ?」
 心配そうに声をかける部下の一人に楽しげな笑みを返した。まるでこれからの戦いに胸を躍らせているようであった。
「いえ、そのままの服装で」
「心配無用だ」
 その笑みのまま答えた。
「死ぬ時は死ぬ。それにこの服の方がわかり易いだろう、私が何処にいるか」
「しかし」
「案ずるな、私は決して死にはしない」
 そう言いながら腰から長剣を抜いた。
「この銀河に私を倒せる者なぞいないのだからな」
 構えた。その構えには寸分の隙もなかった。
「では行くぞ」
「わかりました」
 部下もそれ以上言うことはなかった。それ程の自信があるのならば見てみたいとも思ったからだ。ただ彼を守る気はあった。指揮官として、上官として敬愛していたからだ。
「では行くか」
「はい」
 まずは出入り口を確保した。そのまま廊下を進んでいく。左右から連合軍の兵士達が現われた。銃で攻撃を仕掛けて来た。
 

 

第十二部第二章 強襲その五


「撃て!ここから先へは進ませるな!」
 将校の指示が下る。だがタンホイザーはそれでも前に出た。
「航海士、そのまま突っ込んで来ます!」
「何だと!」
 それを見た連合軍のやや年配の士官が驚きの声をあげた。見ればタンホイザーは銃撃をものともせずそのまま突き進んできたのだ。
「しかもバトルスーツもなしで!」
「一体誰だ、あれは!」
「ロギ=フォン=タンホイザー」
 タンホイザーは突き進みながら笑みを浮かべてそう答えた。
「ロギ=フォン=タンホイザー。まさか」
「そうだ、ヴァルハラでその名を思い出すがいい」
 彼の剣が振り下ろされた。それにより航海士は両断された。その後ろからエウロパ軍の将兵達が雪崩れ込んで来る。背後に友軍の援護射撃を受けながら。
 タンホイザー率いるグングニルの将兵達は第一の関門を突破した。そしてそこを確保したうえでまた進む。
「いいか」
 彼は部下達に対して言った。
「この艦は巨大だ」
「はい」
「慎重に進むぞ。下手に道に迷えばそれだけで命取りだ」
「わかりました」
 彼等の攻撃は苛烈であったがその動き自体は慎重なものであった。シコースキーは艦橋でその報告を聞きながら考えていた。
「タンホイザー元帥が来ているのだな」
「はい」
 部下の一人がそれに答えた。彼等はもうバトルスーツに身を包んでいる。
「まさかエウロパ軍元帥が自ら切り込んでくるとは思いませんでした。それも軍服のまま」
「絵にはなるな」
 彼はそれを聞いてそう呟いた。
「剣を手に敵の中に切り込む、か。まるで中世の騎士だ」
「この銀河の時代に、ですか」
「美意識というのはある意味独特なものだ」
 シコースキーは部下に対してそう答えた。
「彼には彼の美意識があるのだろう」
「では我々は忌まわしき異教徒になりますか」
「そのものだ」
 笑いながらそれに応えた。
「ローランでいうイスラム教徒になるな」
「私は仏教徒ですが」
「それはあまり関係ない。彼等にとってはな。しかしな」
 彼はここで言った。
「だからといって我々も手をこまねいてやられるわけにはいかないな」
「では」
「うむ。最低限の者だけを残して迎撃に向かうぞ。いいな」
「ハッ」
 こうしてイーゴリの乗員達も向かった。艦内での戦いも熾烈さを増してきていた。
 タンホイザーはその中で剣を振るっていた。その捌きはまるで流れるようであった。
「退くな!」
 目の前の敵を斬り倒しながら叫ぶ。彼の剣は既に朱に染まっていた。
「退いたならばそれで終わりだ!」
「はい!」
 将兵達もそれに頷く。彼等は銃を放ち、武器を振るって戦いに赴いていた。それに対して連合軍の将兵達は数と地の利を頼りにそれを防がんとする。しかしそれはタンホイザーの戦術指揮と剣により凌がれていた。
「この程度で!」
「ぬうっ!」
 また一人の兵士がタンホイザーの剣の前に倒れた。彼等の腕ではタンホイザーを倒せそうにもなかった。
「連合の軍人というのはこの程度なのでしょうか」
 傍らにいるウィンザー中佐が言った。彼はバトルスーツに身を包み、剣を持っている。彼もまた軍の先頭で戦っていたのであった。
「油断はなりませんぞ」
 しかしタンホイザーはウィンザーのその言葉を嗜めた。
「彼等とて剣を手にする者、手強い者もいるでしょう」
「そうでしょうか」
「連合には多くの武術があります」
 タンホイザーは言った。
「それは相当な数でして。その中には伝説の武道というものもあります」
「武道!?」
 ウィンザーはそれを聞いて首を傾げさせた。
 

 

第十二部第二章 強襲その六


「御存知ではないですか」
「はい。それは何なのでしょうか。武術の一種でしょうか」
「一言で言えばそうなりますね。ですが少し違います」
「といいますと」
「連合には日本がありますね」
「はい。古い歴史を持つ皇帝が元首である国でしたね」
「その通りです」
「かっては我が英国とも関係が深かったと聞いていますが」
 もうかなり昔の話である。十九世紀の開国から日本は西欧の文化を取り入れてきた。その中で皇室は当時世界第一の国家であった。イギリスの王室をモデルとしていたのであった。
 儀礼等にも一部取り入れた。食事に関してもである。実は明治帝は肉を好まれなかった。甘いものを好まれ、アンパンやカステラ、羊羹、そしてアイスクリームを好まれたが肉はお好きではなかった。だがイギリスの儀礼を取り入れる為と肉を食べることが当時奨励されていた為その範となるべく肉を食されたのであった。質素を好まれ、常に威厳を正されていた方であったが、食事に関してもそうであった。
 昭和帝になるとそれはさらに深まった。皇太子時代に西欧を視察された昭和帝はより積極的に西欧、そしてイギリスの文化を取り入れられた。途中イギリスとは剣を交え、彼等の誇るロイヤル=ネービーを太平洋から追い出したがその後で関係は修復され、皇族のイギリス留学も行われるようになった。連合においてはエチオピア皇室と並ぶ名門とされ各国の王族の留学先となっている日本もこの時代は送る立場だったのであった。
 二十世紀後半から二十一世紀にかけて日本の皇室とイギリスの王室の関係はよかった。人類社会が連合とエウロパに分かれるとその関係も自然と消えてしまったが。だがそれは歴史にしっかりと残っていた。
「はい」
 タンホイザーもそれは知っていた。そのうえで頷いた。
「その国にあるものなのですか」
「今では連合全体で結構行われているそうですけれどね」
「どんなものですか」
「身体を鍛えるだけでなく心も鍛える」
「心も」
「そういうものだそうです。私も詳しいことは知らないですが」
「そうなのですか」
「この艦にもいるかも知れません」
 彼は言った。
「日本のその武道を身に着けた者が」
 彼等はエレベーターの前に来た。するとそのエレベーターの扉が左右に開いた。そこから連合軍の軍服を来たアジア系の金髪の男が姿を現わした。その手には不思議な形の刀を持っていた。
「むっ」
 タンホイザーはその男を見て目を光らせた。見ればその手に持つ刀は細長く、それでいて婉曲的に曲がっていた。見たこともない、エウロパには少なくともない形のものであった。
「その刀は」
「日本刀という」
 男は静かにそう答えた。
「剣道で使われるものだ」
「剣道」
 タンホイザーはそれを聞いて目を光らせた。
「武道だな」
「如何にも」
「話をしていたら早速か。面白い」
「貴官等がどんな話をしていかた知らないが」
 彼はエレベーターから出てきながら言葉を続けた。
「私の役目は貴官等をこれ以上先には行かせないことだ。覚悟はいいな」
「無論」
 タンホイザーは答えた。答えながらマントを取った。バサリ、と音を立てて床に落ちる。
「その勝負受けて立とう。だがその前に聞きたい」
「何をだ」
「卿のことをだ。名は何という」
「ムラコシ」
 彼は名乗った。
「ユウイチ=ムラコシだ」
「日本人か」
「ルーツはそうだ。だが国は違う」
「ほう」
 どうやら日系人であるらしい。
「キリバスの生まれだ。この髪は曾祖母のもの」
 白人もルーツに入っているのがそれでわかる。
「連合軍大佐。この艦の副長でもある」
「副長としての責務で我々を防ぐつもりか」
「それもある」
 彼はそれを認めた。
「だがそれだけではない。私は強い者と戦うことが好きだ」
「それは私も同じだ」
「それ故にここに来た。これでおわかり頂けたと思う」
「うむ」
 タンホイザーはそれに答えて頷いた。そして剣を構えた。
「それではムラコシ大佐」
「ロギ=フォン=タンホイザー元帥であられますな」
「如何にも」
 彼は頷いた。
「貴官が軍服で来られていると御聞きしてこちらも軍服で来ました」
「礼儀というものですかな」
「はい」
 彼は答えた。
「武士として」
「では私は騎士として」
 彼等は言い合った。
「共に死合いましょう」
「はい」
 対峙しはじめた。ウィンザーがその立会人となる形となった。連合とエウロパの剣士の戦いが巨大な艦の中で幕を開けたのであった。
「そうか、副長がか」
 シコースキーはムラコシがタンホイザーと対峙したという話を聞いて頷いた。
「面白いな。できるなら私も行きたいが」
 彼はコマンド=サンボとフェシングの達人であった。特にコマンド=サンボでは生まれ故郷ロシアのある都市の大会で優勝したこともある。かなりの使い手であるのだ。
「司令、御言葉ですがそれは」
「わかっているさ」
 彼はニヤリと笑いながらローレンガーにそう答えた。
「ここは副長に任せておこう。司令自ら言ってはまずいからな」
「はい」
「ところでだ」
 シコースキーはローレンガーに問うた。
「ムラコシ副長の剣の腕前はどうなのかね」
「全連合の戦いで何度も優勝しておりますが」
「ほう」
 それを聞いて声をあげた。
「それなら安心か。きっとやってくれる」
「ではタンホイザー元帥は彼に任せるということで」
「うむ」
「他の者達への攻撃を強めましょう。火力を総動員して」
「頼むぞ。そうだ、地上兵器は使えるか」
「地上兵器をですか?」
「そうだ、戦車なり装甲車なりな。ティアマト級の廊下なら使えないか」
「そうですね」
 ローレンガーはそれを聞いて考え込んだ。確かにティアマト級の廊下は広い。装甲車でも通れそうな場所が実に多い。それは艦長である彼女が最もよくわかっていた。
 

 

第十二部第二章 強襲その七


「装甲車なら大丈夫だと思いますが」
「よし」
 シコースキーはそれを聞いて頷いた。ティアマト級巨大戦艦は甲板を守る為に戦車や装甲車も配備しているのである。それを艦内に持って来ることにしたのであった。
「ではそうしよう」
「はい」
 こうして艦内に装甲車が入れられることになった。廊下を巨大な車両が音を軋ませながら入って来た。
「これでエウロパの貴族共を轢き潰してやるぜ」
 装甲車に乗る兵士が砲塔から顔を出して言った。
「おい、それは止めてくれよ」
「どうしてだよ」
 だがそれは側を進んでいた友軍の兵士に窘められた。
「轢き殺した後で誰が処理すると思ってるんだよ」
「?俺達だな」
「そんなミンチになった死体を処理したいか?よく考えろよ」
「そうだな。じゃあ機関砲で派手に撃ってやるか」
「それでも結局バラバラになっちまいそうだがな」
「まあそれは仕方ないだろ」
 そんな話をしながら戦闘ポイントに向かった。そこでは激しい戦闘が行われていた。
 連合軍の将兵はバリケードを築いて戦っている。それに対してエウロパ軍もバリケードを築いていた。連合軍の圧倒的な火力の前に進撃を止められていたのだ。
「むう」
 その地点のエウロパ軍の指揮官は困った顔をしていた。迅速な攻撃により突破するつもりだったがそれができず、こうして停滞していたからだ。
「参ったな、進むに進めない」
「どうしますか」
 部下の一人が彼に尋ねた。
「このままでは埒があきませんよ」
「そうは言ってもな」
 タンホイザーなら自ら剣を持って切り込み、戦線を突破するだろう。しかし彼はタンホイザーではない。それは到底不可能なことであったのだ。
「敵の守りは固い。迂闊には手を出せない」
「ですね」
 問うた部下にもそれはわかった。連合軍は数だけでなく銃火器の性能も、防御服の能力も高かったからであった。これが大きく関係していた。
「どうすべきでしょうか」
「今は耐えるしかない」
 指揮官はそう答えた。
「司令が戻られるか、援軍が来るまでな」
「わかりました」
「そこか!」
 ここで後ろから声がした。ラテン語であった。
「来たか!」
 エウロパ軍の将兵達はそれを聞いて一斉に後ろを振り向いた。そこには友軍の将兵達がいた。
「助けに来たぞ!」
「すまん!」
 援軍を受けて彼等は攻勢に転ずることにした。すぐにバリケードをどけ、突撃に入ろうとする。しかしそれは適わぬことであった。
「な・・・・・・」
 前を見て絶句した。そこに信じられない光景が映っていたからであった。
「そんな馬鹿な・・・・・・」
「どういうことだ・・・・・・」
 それを見て絶句した。艦内とは思えない光景だったからだ。
「フン、どうやら驚いているようだな」
 装甲車に乗る兵士が呆然とするエウロパ軍の将兵達を見て得意気に笑っていた。
「貴様等の価値観だけで判断しているとえらいめに遭うということを教えてやる」
「そもそもこんなこと普通は考えつかないな」
 側にいる同僚の兵士がまた言った。
「そうか?」
「というか前代未聞だぞ、艦内で装甲車を使うなんてな」
「そうかな。探せば一回位前例があるんじゃねえか?」
「ないよ」
 同僚はややふてくされた感じでそう言葉を返した。
「狭い船の中でどうしてこんなデカブツが使えるんだよ、よく考えろ」
「それもそうか」
「おい」
 ここで前を行く将校が彼等に声をかけてきた。
「話はいいから攻撃に移れ。折角敵が動揺しているんだからな」
「おっと、そうだった」
「じゃあ攻撃に移りますか」
「ああ。機銃掃射を仕掛けろ」
「了解」
 前方の連合軍の将兵達が一斉に下がる。バリケードを踏み潰しながら装甲車が前に出て来た。そして戸惑うエウロパ軍の将兵達に対して攻撃を仕掛けた。これにより戦いは大きく変わった。

 この頃タンホイザーはムラコシと一騎打ちを続けていた。互いに剣と刀を振るい、戦いを繰り広げる。
「ムンッ!」
 タンホイザーの剣が唸り声をあげながら前に突き出される。ムラコシの胸に突き刺さるかに見えた。しかしそれは見えただけであった。
「なっ!?」
 何と剣がムラコシの身体をすり抜けたのであった。そして今度はムラコシの突きがタンホイザーを襲った。
「クッ!」
 タンホイザーはそれを後ろに跳んでかわした。軍服をかすめるところであった。だが彼はそれは間一髪でかわしたのであった。
「これはどういうことだ」
「見切りだ」
 ムラコシは言った。
「見切り?」
「そうだ。武道の極意の一つだ」
 彼はそう述べた。
「敵の攻撃を寸前で、最小限の動きでかわす。これは武道を極めた者にしかできないことだ」
「だから残像が残ったのか」
「その通り」
 ムラコシは答えた。
「長い修業によって身に着けたものだ。一朝一夕で身に着けられるものではない」
「そうなのか」
「そして武道にはまだ極意がある」
「それは・・・・・・何だ」
「今それを貴官に見せよう」
 そう言いながら構えをとった。右上段に構える。
 その全身を白い光が包んだように見えた。ウィンザーはそれを見てプレッシャーを感じずにはいられなかった。
「何だ、このオーラは」
「オーラか」 
 ムラコシはそれを聞いて呟いた。表情は変わってはいない。
「そう、これは気だ」
「気!?」
 タンホイザーもウィンザーもそれを聞いて驚きの声をあげた。
「何だ、それは」
「武道は身体だけでなく心も鍛える」
 ムラコシは言った。
「それにより気も使えるようになるのだ」
「そもそもその気というものは何だ?」
「人が皆持っているものだ。さっきオーラといったな」
「ああ」
 ウィンザーの問いに答えた。
「それと同じものだ。武道を極めるとそれを自由に使いこなすことも可能なのだ」
「ではそれをどうやって使うのだ?」
 タンホイザーは剣を構えながら問うてきた。
「それを見せてもらいたいが」
「無論こちらもそのつもりだ」
 ムラコシの目が光った。
「今それを見せよう。行くぞ!」
 そう言うと刀を振り下ろした。一瞬その刀身が白く光ったように見えた。
「覇ああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
 何と白い巨大な鎌が現われた。それは一直線に飛びタンホイザーに襲い掛かってきた。
「何だとっ!」
「司令!」
 ウィンザーもそれを見て驚きの声をあげた。
「よけて下さい!」
「クッ!」
 だがよけられそうにもなかった。彼は咄嗟に飛ぼうとしたがそれでも避けられないと判断し、剣を構えた。
「どうするつもりだ!?」
「刀から出て来たのならば」
 タンホイザーは構えをとりながら言った。
「これで消せる筈っ!タアッ!」
 剣を上から下に一閃させた。それで鎌を斬った。斬られた鎌はこれにより消え失せてしまった。咄嗟の剣撃により難を避けた形となった。
「まさかそれで気を打ち消すとはな」
「危ないところだったよ」
 タンホイザーは不敵に笑ってそう言葉を返した。
「こんな剣ははじめて見た」
「かっては使える者も多かったという」
 ムラコシはそう述べた。
「かっては無数の剣豪達がいたという」
「どういうことだ?」
「剣を手に戦っていた時代、その頃はこれで生死をかけていた」
 彼は語った。
 

 

第十二部第二章 強襲その八


「生きる為、そして後には道を極める為に剣を振っていた。その頃は使える者も多かったのだ」
「それだけ剣の道を極めた者が多かったのだ」
「今では連合三兆の者の中でも使える者は僅か。その中の一人が私だ」
「では光栄と言うべきだな」
 そこまで聞いて言った。
「奥儀を見れたのだから」
「そう、そしてこの奥儀を見た者は必ず死ぬ」
「何!?」
「我が秘奥儀の前に敵はいないということだ。行くぞ」
「タンホイザー家の家訓にある」
 タンホイザーもそれを受けて剣を構えなおした。
「敵がどれ程強くとも決闘からは逃れるな、とな。決して背を見せるな、と」
「面白い。それが騎士道か」
「そうだ。連合にはあるかな」
「騎士道はないが別のものがある」
「何だ、それは」
「武士道だ」
 彼は言った。
「日本にあったものだ。今ではスポーツの世界に残っているだけだが」
「それは聞いたことがある」
「どのようなものですか」
「話すと長くなるがな」
 タンホイザーはそう前置きしたうえでウィンザーに対して語った。
「武人として己を律するという意味においては我々の騎士道と同じだ。だが大きく違う点がある」
「それは」
「命よりも名誉、そして忠義を重んじることだ。今では名誉か」
「足りないがそうだ」
 ムラコシもそれを認めた。
「名誉、そして誇りの為ならば死をも厭わない。だがそれにより己を律しているのだ」
「厳しいですね」
「道はどれでも険しいものだ」
 それがムラコシの答えであった。
「武士道とてそれは同じ。騎士道もそうではないのか」
「否定はしない」
 タンホイザーも答えた。
「今その険しさを卿にも見せて差し上げよう」
「面白い。では私は武士道を」
「うむ」
 両者は全身に気を込めた。そして互いに攻撃に入ろうとした。
「ハァッ!」
 まずはムラコシが攻撃を仕掛けた。刀を横に一閃させ、気を繰り出した。横になった巨大な鎌が一直線にタンホイザーに襲い掛かった。
「司令!」
 ウィンザーはそれを見て声をあげた。横になっている鎌は先の縦の鎌よりもかわしづらい。タンホイザーにとって絶体絶命の危機に見えた。
 しかしタンホイザーはそれには焦ってはいなかった。彼は冷静にその鎌を見ていた。
「どうするつもりだ?」 
 ムラコシは身構えているタンホイザーを見て心の中で思った。このままでは両断されてしまうだろう。だが彼は構えたままである。それを見て不思議にすら思った。
 タンホイザーとてただ構えているだけではなかった。狙っていたのである。それは何を狙っていたのか。
「・・・・・・・・・」
 鎌を見据えていた。それは一直線にこちらに来る。死の牙を光らせながら。
「まだだ」
 彼は鎌を見て呟いた。
「まだ早い」
 何をするつもりか。ムラコシもウィンザーも固唾を飲んでいた。
 鎌が遂に胴のすぐ側まで来た。そこでタンホイザーは遂に動いた。
「今だっ!」
「ムッ!」
 ムラコシは彼の動きを見て思わず声をあげた。タンホイザーが動いたのであった。
 跳んだ。それで鎌をかわした。一瞬でも遅れていればそれで真っ二つになるところであった。だが彼はそれをかわしてみせた。そして空中で一回転した。
 態勢を立て直し、ムラコシの懐に飛び込む。それで剣を一閃させた。
「何のっ!」
 だがそれは受け止められた。ムラコシはタンホイザーの稲妻の様な剣撃を刀で受け止めたのであった。
 タンホイザーは着地した。それと同時に後ろに跳ねた。それでまた間合いを置いた。
「まさか跳んでかわすとはな」
「寸前までどうしようかと思っていた」
 タンホイザーはそう答えた。
「また剣で払おうとも思ったがな。だがそれよりも効果的な方法を選んだのだ」
「攻撃をかわしながら、私に攻撃を仕掛ける方法か」
「その通り」
 彼はそう答えた。
「一瞬の判断だったがな。上手くはいったようだ」
「そうだな。どうやら貴官には気は通用しないようだな」
「今度はどうするつもりだ?」
「別の技を御見せしよう」
 そう言いながら再び構えた。
「今度は神技だ」
「神技!?」
「この剣、よけられるかな」
 ムラコシの全身を再び気が覆った。先程までのそれよりも遥かに強い。それはまるでこの巨艦を覆わんとする程であった。
「この気は」
「この技、人にはかわせん」
「神技だからか」
「それもある。しかし神とてかわせはできまい」
 その技に絶対の自信があるようであった。それは言葉だけでなく気からもわかった。
「しれが貴官にかわせるかな」
「私は今まで数多くの戦いを経てきた」
 タンホイザーも言った。
「だが、今まで敗れたことはない。一騎打ちでもだ」
「面白い、自信があるのだな」
「そうだ」
「ではかわしてみせよ。ヌンッ!」
 気合を発しながら前に出て来た。そして突きを繰り出してきた。
「ムッ!」
 それは一回ではなかった。タンホイザーがそれをかわすとすぐに次のものが来た。だがタンホイザーはそれも何とかかわすことができた。
「何という速さだ」
 目では見えなかった。気配でかわしていた。あやうく首をかすめるところであった。風圧が首筋を打った。それだけで血が滲んできた。

 

 

第十二部第二章 強襲その九


 しかしそれで終わりではなかった。もう一回来た。タンホイザーの喉を寸分も違わず狙っている。まるで彼の動きを読んで
いるようであった。
「チッ!」
 それも何とかかわすことができた。寸前で横に身を捻った。稲妻が彼がその直前までいた場所を通り過ぎる。それでも攻撃は来た。
 何と四回目だ。彼が身を捻ったそこに来た。流石に今度は駄目かと思われた。ムラコシもその目に勝利を見た。
 タンホイザーの喉が貫かれる、そう思われた。だが刀は彼の喉を突き抜けていった。
「何とっ!?」
 逆にタンホイザーの剣が彼を襲ってきた。攻撃に集中し、防御が遅れていたがかろうじて間に合った。突きを右にかわした。しかし左肩をかすった。
「クッ」
「驚いたな。まさか四段の攻撃とはな」
「かって三段突きという技があった」
 ムラコシは左肩の傷を見ながら言った。
「常人の動きを超越した恐るべき技だったと言われている。これができた者は話によると一人だけだ」
「誰だ、それは」
「沖田。沖田総司という」
 日本の幕末に活躍した若き剣客である。新撰組に入り、その重要なメンバーの一人として剣を振るった。彼の技はその当時から伝説的であり、この三段突きもまたその技の一つであった。若くして胸の病でこの世を去ったがそれでも剣の世界において今でも名が残っている存在であった。
「彼が編み出したとされる技だ」
「だが今のは四段だった」
「私はそれにさらに改良を加えたのだ。そして長い修業の末にこの技を編み出した」
「つまりその沖田という男を越えたわけだな」
「そこまではわからないがな」
 その言葉にはあえて答えはしなかった。先人を尊重しているのであろうか。
「だが私の技が三段よりも上なのは事実だ。それをかわすとはな」
「危ないところだったがな」
「しかも見切りで。何時の間にそれを」
「先程卿に見せてもらったのでな」
「私に」
「そうだ。卿が見切りを使っただろう」
「一度見ただけで武道の極意を会得したというのか」
「少なくとも剣の戦いにおいては原理は同じだ」
 タンホイザーはそう語った。
「だから私もその見切りとやらを使えたのだろう」
「成程な。そういうことか」
「それは卿も同じこと。私の技を使える筈だ」
「生憎剣と刀では技が違う」
 彼はそう答えた。
「私は剣を持ったことはない。使えるかどうかはわからんな」
「そうか。ではそろそろ」
「うむ」 
 二人はまた構えた。
「決着をつけるとするか」
「のぞむところ」
 再びその場を気迫が占領した。しかしそこに水が入った。
 

 

第十二部第二章 強襲その十


「司令!」
 若い兵士がそこに駆けてきた。
「そこにおられたのですか」
「どうした」
 死合は一時中断された。そしてタンホイザーはその兵士に顔を向けた。
「大変です、我が軍が大規模な攻勢を受けております」
「敵の援軍か!?」
「いえ、装甲車です」
「装甲車!?」
「はい。敵は艦内に装甲車を持って来ました。それにより我が軍は総崩れとなっております」
「まことか!?」
「はい」
 兵士は答えた。これはタンホイザーですら予想し得なかったことであった。まさか艦内にそのようなものを持ち込んでくるとは。考えも及ばなかった。
「いや」
 だが彼はここで考えた。今いる廊下を見回す。
「この広さならそれも可能か」
「どうしますか!?」
「損害はどれだけになっているか」
「装甲車から必死に逃れていますので。それでも三割近く」
「わかった」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「すぐにこの艦から撤退する。相手が装甲車では相手にならん」
「ハッ」
「そういうことだ。ムラコシ大佐よ」
 今度はムラコシに顔を向けた。
「勝負はお預けだ。また会おう」
「うむ」
「それではな。ウィンザー中佐」
「はい」
 ウィンザーにも声をかけた。
「行きましょう。これ以上ここにいても無駄な損害を出すだけです」
「わかりました」
「ふむ」
 ムラコシはそれを見てあることに気付いた。元帥が中佐にわざわざ敬語を使っている。ラテン語であったがそれはよくわかった。それを見るとどうやらこの中佐はかなり身分の高い者だと思われた。
 タンホイザー達はムラコシに剣や銃で一礼するとその場を後にした。ムラコシはそれに対して刀を収め、頭を下げて礼をした。剣道で古くから伝わる礼である。
「言ったか」
 彼はタンホイザー達が姿を消したのを確認してそう呟いた。
「タンホイザー元帥か。指揮官としてだけでなく剣士、そして騎士として非常に素晴らしい人物のようだな」
 敵であるが彼をけなすことはなかった。敵であろうとも強い者、優れた者は率直に褒める。それが武士であるからだ。
「また機会があれば手合わせしたいものだ」
 そう言って笑った。
「その時こそ勝ちたいものだがな」
 そしてエレベーターの中に入った。艦内で続いている戦闘の指揮に戻る為に。
 タンホイザーはウィンザーとその若い兵士を連れて廊下を駆けていた。次第に銃撃の音が近くなっているのがわかる。
「これは我が軍のものではないな」
「残念ながら」
 兵士はそう答えた。兵士の持つ銃にしてはやけに大きく、連続しているからだ。
「敵の装甲車のものです」
「だろうな」
 彼はそれを聞いて頷いた。その間にも銃撃の音は激しくなってきていた。
「大丈夫でしょうか、我が軍は」
「中佐」
 タンホイザーはそれを聞いてウィンザーに顔を向けた。
「大丈夫です。まだ我が軍の銃声も多いです」
「はい」
「今は彼等のもとへ合流しましょう。そしてこの艦から逃れるのです」
「わかりました。それでは」
「はい」
 彼等は進んだ。そして前に敵軍を見た。そこに装甲車もいた。
 装甲車だけではない。多くの兵士達もいた。五十人はいる。彼等はおそらく前にいるのであろうエウロパ軍の将兵達に休みなく攻撃を仕掛けていた。
「行け!そのまま押し切れ!」
 指揮官と思われる男がそう指示を出していた。
「エウロパの貴族達を一人残らず倒してしまえ!特権に胡坐をかいているだけの連中に負ける筈がない!」
「言ってくれるな」
 タンホイザーはそれを聞いて苦笑した。
「誤解してくれる。ここまで見事な誤解だとかえって笑ってします」
「そうですね」
 それはウィンザーも同じであった。
「突破するぞ」
 タンホイザーは一言そう言った。そして剣を抜く。
「見たところ数は少ない。抜けるのは簡単だ」
「本気ですか!?」
 兵士はそれを聞いて驚きの声をあげた。
「敵は五十人程いますよ。それに装甲車まで」
「僅か五十人だ」
 タンホイザーの答えはそれであった。
「それに彼等は今我々に気付いてはいない。大丈夫だ」
「しかし」
「私の後について来るだけでいい。道は私が開く」
「本気ですか!?」
「自分ができないことを言う趣味はない。私にはこれもあるからな」
 剣を構えた。
「時間がない。行くぞ」
「あっ、司令」
 タンホイザーは駆けだした。ウィンザーがそれに続く。兵士も止むを得なくそれに続いた。三人は一直線に連合軍の一団に向かって行った。
 連合軍はタンホイザー達には気付いていなかった。そのまま目の前にいるエウロパ軍に対して容赦ない攻撃を仕掛け続けていた。
「やはり装甲車を持って来たのは大きいな」
「はい」
 指揮官に対して副官と思われる男が頷いた。
「まさか艦内でこのようなものを使うとは思いませんでしたが」
「発想を変えたということか。船の中で装甲車を使ってはいけないということはない」
「ええ」
「だがこれ程までの効果があるとはな。敵は総崩れだ」
 見れば装甲車の前に為す術もなく倒されていっている。機銃掃射の威力が凄まじく碌に対処もできないようであった。
「このまま押し切るぞ」
 指揮官は言った。
「貴族達をミンチにしてしまえ」
「了解」
 装甲車はそれに従い前に出ようとした。だがそこで最後尾の後ろの兵士の一人が驚きの声をあげた。
「分隊長!」
 艦の人員の編成は艦長、そして副長を中心として行われる。各受け持ち部署ごとに分隊を置いているのだ。それぞれの最上級士官が分隊長を務める。かっての海軍の編成を踏襲しているのである。この指揮官もこの艦の何らかの部署の最上級士官であるらしい。
「どうした!?」
 彼はその声を聞いて後ろを振り向いた。
「後ろから三人程来ます!」
「援軍なら聞いていないぞ」
「いえ、違いますあれは」 
 その兵士は後ろを見ながら言う。
「エウロパ軍です!」
「何っ!」
 それを聞いた連合軍の将兵達の動きが止まった。そして一斉に後ろを振り返る。そこには赤と黒の疾風がいた。
 タンホイザーは二人を引き連れそのまま駆けていた。立ち止まることはない。剣を構えて一直線に向かう。
「分隊長、どうしますか!?」
「敵は僅か三人だな」
「はい」
 副官がそれに答えた。
「どうやらそのようですが。それに先頭の者は剣だけしか持っておりません」
「ううむ」
 見ればその通りであった。軍服を着た男は剣を構えてこちらに突進して来る。
「ならば容易い。一斉射撃を」
「はい」
 連合軍の将兵はそれに従いタンホイザー達に攻撃を仕掛けようとする。だがそれはできなかった。
 タンホイザーはそのまま突っ込んできた。剣が銀色に輝く。そしてその目も爛々と光っていた。連合軍の将兵はその目を見て動きを止めてしまった。
「!!」
 タンホイザーはそのまま来る。剣の光が強くなった。その光により道が開いた。
 

 

第十二部第二章 強襲その十一


 連合軍の将兵達は気おされた。思わず左右に退いてしまったのだ。殺られる、そう感じたからだ。道を開けた彼等を見てもタンホイザーは動きを止めなかった。まるでモーゼの紅海を渡った時のように連合軍の将兵の間を駆け抜けた。後の二人もそれに続く。
 装甲車に足を掛け跳んだ。驚くべきことに砲塔から顔を出していた兵士の頭上を跳んだ。
「ひいっ!」
 兵士はそれを見て思わず身を隠してしまった。タンホイザーはそれに構わず着地して駆けていった。こうして自身の軍と合流を果たしたのであった。
「撤退するぞ」
 部下達に対して言った。
「全軍な。もうやることはない」
「わかりました」
 彼等はそれに従いその場を後にした。呆然とする連合軍の将兵を残して。
「何という男だ」
 連合軍の将兵達はそれを見て呆然としたまま声を漏らした。
「まさか我々の中に突っ込んでくるとは」
「それも銃も持たずに」
 信じられない光景であった。銃を持ち、完全武装する連合軍の将兵と装甲車の中に僅か三人で入ってきたのだ。彼等は気迫で道を開けさせ、突破した。まるで神話のような話であった。
 この話は長い間両軍の将兵達によって言い伝えられた。タンホイザーの武勇を示す話として。彼の伝説は数多いがこのイーゴリにおける逸話はその中でも最も有名なものとなったのである。
「発艦!」
 タンホイザーはグングニルに乗り、生存者が全て乗り込んだのを確認するとそう指示した。すぐにイーゴリから離れた。それに従う形で他のエウロパの艦も次々と敵艦から離れていく。すみやかに撤退をはじめた。
「逃がすな!」
 シコースキーはそれを見て叫んだ。すぐさま追撃を指示する。
「左右の友軍に協力を要請しろ!」
「はい!」
「上下左右から取り囲んで殲滅する!一隻たりとも逃すな!」
「了解!」
 それに従い連合軍の艦隊が動く。全速力で戦場を離脱しようとするタンホイザーの艦隊を追う。だが船足はエウロパ軍の方が速かった。そして撤退の際に工作をすることも忘れなかった。
「本来はあまりこうしたことは好きではないのだが」
 タンホイザーはその際あまりいい顔をしなかったという。
「仕方ありませんよ。これもまた戦術です」
「うむ」
 幕僚の一人にそう言われてもまだ顔は硬かったという。それは機雷を散布することであった。
 エウロパ軍が機雷を撒いたのを見て連合軍の動きは止まった。彼等はそこを避け追撃を続けようとした。しかしエウロパ軍はそれより速く戦場を離脱した。彼等の機動力が勝った形となったのであった。
「足だけはかなわないな」
 シコースキーはそれを見て忌々しげに呟いた。
「他のものでは勝ててもこれだけは無理か」
「仕方ありませんね」
 ローレンガーも同じ気持ちであったが彼程感情を露わにはしていなかった。
「元々そういう設計なのですから」
「言ってもはじまらないということか。まあいい」
 彼は頭を切り替えた。
「機雷を除去せよ。いいな」
「了解」
 彼等は機雷除去に取り掛かった。エウロパ軍はその間に安全な場所まで撤退していた。こうして彼等の強襲は損害を出しながらも何とか成功したのであった。
 

 

第十二部第二章 強襲その十二


 帰還したタンホイザーは歓呼の声で迎えられた。敗戦続きの彼等にとっては実に心地良い快挙であったからだ。彼のもとには早速マスコミが殺到した。敵の陣に突入し、その巨艦に切り込んで暴れ回った英雄として。注目を集める立場となっていた。
「あの巨大戦艦の中に侵入したそうですね」
「はい」 
 インタヴューするジャーナリストに対してそう答える。
「剣を振るって群がる敵兵を切って切って切りまくったとか。感服致しました」
「それはちょっと大袈裟ですけれどね」
 苦笑したが今の発言は報道されないだろうと思った。こうした戦果はプロパガンダとして宣伝されるのが常だ。謙遜や事実はあまり考慮されない。誇張されるのが普通であるのだ。
「しかも敵の装甲車を一刀両断だとか」
「いえ、それはないです」
 流石にそれは否定した。
「それはできないですよ。幾ら何でも」
「そうですか」
「ですからこれだけは報道しないで下さい。いいですね」
「わかりました」
 だがこれも後に伝説となって一人歩きする。以後数百年に渡って彼は装甲車を叩き斬った男として言い伝えられることとなった。これもまた戦場の与太話であるがそうした話こそ残るのも事実である。理由は何故か。話として面白いからである。
「それでもう一つ御聞きしたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「連合のサムライと対峙されたとか」
「サムライ!?」
「武士のことですよ。かって日本にいた」
「ああ、彼のことですね」
 そう言われると彼にも事情がわかった。
「連合軍のムラコシ大佐ですか」
「ムラコシ大佐というのですか、そのサムライは」
「はい」
 彼は答えた。
「一体どのような人物でしたか。壮絶な一騎打ちを演じられたと聞いておりますが」
「あんな手強い男ははじめてでしたね」
 真剣な目でそう答える。
「強かっただけではなかったです。人間的にも立派でした」
「人間的にもですか」
「はい。もう武士道は過去のものと思っていましたがね。しかしまだ残っていたのです」
「我々の騎士道と同じように」
「そうですね。騎士道とも似ています」
 彼はそう答えた。
「ですがかなり違うようですね」
「そうなのですか」
「ええ。それに彼は剣を使いませんでした」
 それについても言及した。
「細長い刀を使っていました」
「そうなのですか」
「それでも恐ろしい威力でしたね。こちらは逃れるだけで必死でした」
「閣下が」
 インタヴューする記者はそれを聞いて驚きの声をあげた。タンホイザーはエウロパにおいてかなり名の知られた剣士でもあるからだ。
「はい。応戦するだけで精一杯でしたよ」
「けれど倒されたのですよね。だからここにおられる」
「いえ、引き分けでした」
 彼はそれは否定した。
「倒すことなぞ到底できませんでした。正直あれ程の強さの男は倒すことはできません」
「はあ」
 記者はまた驚きの声をあげた。
「閣下と互角の相手ですか」
 おそらく報道の際には彼がその武士を圧倒して騎士道を見せて命を救ったということになるだろう。だがそこまで文句を言うつもりにはなれなかった。流石にじかに聞かれたら否定するつもりだが。
「恐ろしいサムライですね。けれど次に会われたら倒されますよね」
「勿論です」
 他に言うべき言葉なぞなかった。
「今度こそあの男を倒して御覧に入れます。そして私はエウロパに勝利をもたらすでしょう」
「頼もしい御言葉です。期待していますよ」
「はい」
 こうしたインタヴューが行われた。後にこれはタンホイザーの予想通りかなり誇張されて報道された。さながらスポーツの記事のようである。
「やはりな」
 当の本人はその記事を基地のレストランで見て苦笑せざるを得なかった。
「派手に書いてくれる。私はこんなことは言っていないが」
 何と百人の敵兵を切り伏せたとなっていた。しかも最後は横に真っ二つにして。彼はその際一度に三人斬ったと自分で言ったということになっていた。
 

 

第十二部第二章 強襲その十三


「幾ら何でも一度に三人も切れはしない。ましてや百人などと」
「それが戦争の報道ですよ」 
「ん!?」
 見ればそこにシリアーニがいた。
「シリアーニ中将」
「本日付でこちらに配属となりました。宜しくお願いします」
「そうか。卿もこの戦線に回されることとなったか」
 彼等は顔見知りであった。以前同じ艦隊にいたことがあるのだ。
「ええ。艦隊はそちらではないですがね。宜しくお願いします」
 そう言いながら隣の席に座った。従兵が引いた椅子に座る。
「そうか。宜しくな」
「こちらこそ」
 二人は握手をした。それからまた話をした。
「私も経験があります」
「ニーベルングでの戦いか」
「そうです。何故か実際の十倍の戦果を挙げたことになっています」
「十倍か。それはまた派手だな」
「そういうものです、宣伝というのは。二十世紀、いやそれ以前から」
 ナチス=ドイツやソ連の宣伝は有名である。全体主義国家においてプロパガンダは極めて重要な意味を持っている。とりわけナチスのゲッペルスのそれはプロパガンダという意味においては白眉であった。彼はヒトラーの懐刀として辣腕を振るうだけでなく、そうした部分でもナチスを支えていたのだ。ヒトラーというある意味天才的な政治家、独裁者を支えていたのであった。
「重要なものですから」
「我々のような民主主義社会でもか」
「はい」
 シリアーニは答えた。エウロパも普通選挙はある。平民出身の議員もいれば、総統が誕生したこともある。貴族は確かにいるが平民の権利も保障されているのである。
「連合でもそうではないでしょうか」
「そうなのか」
 連合のことはよくわからない。それには首を傾げるしかなかった。
「だとすればこれについても色々と面白いだろうな」
「ええ」
 彼は頷いた。
「もしかすると連合の方では閣下は戦死されていることになっているかもしれませんよ」
「ははは、それはいい」
 彼はそれを聞いて笑った。
「では今度は幽霊騎士が連合の武士達の前に現われよう」
「それは面白いですね」
 そんな話をしているうちに朝食となった。シリアーニのそれはクロワッサンとベーコンエッグ、そしてコーヒーであった。コーヒーにはクリームがたっぷりと入っている。
 タンホイザーは黒パンにソーセージ、ホットミルクであった。
 ホットミルクに口をつけた。温かさとまろやかな甘みが漂ってきた。
 ホットミルクを飲み干すと仕事に戻った。金はミルクから目を離すとその日の新聞について言及した。
「宣伝もいいけれど」
「はい」
 部下達がそれに応えた。
「少しやり過ぎじゃないかしら。幾ら何でもこれは有り得ないわ」
 見ればそこにはムラコシについて書かれていた。刀を手に四十人のエウロパの兵士を切り伏せ、敵将タンホイザーと壮絶な一騎打ちを演じたというのだ。
「日本の時代劇じゃないんだから。あれでもそこまではしていないわね」
「よく御存知ですね」
「子供の頃よく見たから」
 彼女はそう答えた。金の国韓国では日本の番組が異様に多いのだ。日本の番組を見て、日本の歌を聴き、日本の服を着て、日本の流行を追う。韓国人にとっては長い間、もう一千年もそれがトップモードであった。彼等にとって日本は気になって仕方のない存在であるのだ。口を開けば追い越すだの乗り越えるだの言い批判ばかりするがそれでも彼等が日本に対して異様に関心があるのは事実であった。その為極めて異常な二国間関係だと連合でも有名であった。金も幼い頃から日本の番組はよく見ていたのだ。
「勧善懲悪ものだけれどね」
 日本の時代劇や特撮ものの特徴であった。
「いつも同じパターンなのよ。決まった時間になると主役が悪役を成敗する。面白いわよ」
「所謂形式美というやつですね」
「ええ」
 彼女は答えた。
 

 

第十二部第二章 強襲その十四


「それで観たのよ。刀で四十人も斬れないわ」
「それはドラマだからではないですか?」
「あら、実際にそうよ」
 彼女は部下にもそう述べた。
「精々二人か三人だそうだわ。それも突くのよ」
「突く」
「突いてね、引き抜く。そうでないととても戦えないわ」
「案外日本の刀というものは使い勝手が悪いですね」
「斬れ味は物凄いけれどね。私も見せてもらったけれど」
「はあ」
「鉄でさえ斬るのよ。技術はかなり必要だけれど」
「何か日本のものはとんでもないものが多いですね。そんなものまで斬るなんて」
「そうね。だからこそ今も連合で大国にいる」
 ホットミルクをお替りした。角砂糖を次々に入れる。十個程入れてかき混ぜる。ザラザラという音が聞こえてきた。もしそこに二日酔いや糖尿病の者がいたならば卒倒しそうなミルクになっていた。
「そうした底力があるので」
「左様ですか。そしてこの新聞ですが」
 その新聞をもう一度見た。
「どうしましょうか。誇大な宣伝は慎むようクレームをつけましょうか」
「こちらでやると言論弾圧と言われかねないわね」
 それは金が最も警戒することであった。下手にそうしたクレームをつければ批判の対象となる。それは避けたかったのだ。
「軍の方でそうした宣伝を止めてくれるようお願いしてくれたらいいのだけれどね。報道関係者に」
「軍がですか」
「だからこれは国防省の仕事になるわね。八条長官の」
「長官は今多忙で手が回らないのでは」
「そうも言っていられないのが長官なのよ」
 金の言葉は厳しいものであった。
「だからここは八条長官にお願いするわ」
「わかりました。それでは」
「ええ」
 こうした内務省の朝の打ち合わせの一つは終わった。続いて別の議題に移ったがそれは軍事とは関係のないものであった。
 金から八条に話がいきそれで過大な宣伝は控えられる方針となった。ムラコシはそれを戦場において聞いていたが彼は思うところがあった。
「そんなものは元々不要です」
「どうしてかしら」
 それにローレンガーが尋ねた。彼等は艦長室で今後の艦の運営について話をしていたのだ。その合間の話であった。
「軍の宣伝というのはそのままありのままをやればいいのです」
「それでは面白くないというのがマスコミ側の意見よ」
「それが駄目なのです。スポーツ新聞にしてもあまりに誇大な記事は目を疑い、失笑してしまいますね」
「私の祖国の新聞でも凄いのがあるけれどね。マタドールっていう新聞だけれど」
「確か宇宙人が出て来るのでしたね、一面に」
「他にもあるわよ。うちの長官が男色家で老人の家に入り浸りだとか」
「それは幾ら何でも嘘でしょう、長官にそうした噂があるのは知っていますが」
「美少年趣味だという設定になっていた時もあるわ」
「また凄いですね」
 ムラコシはそれを聞いて絶句した。八条は確かにそうした噂もある。事実無根であるが。彼はスマートな美男子であり、気品のある容姿をしている。その為にそうした話も出るのだ。祖国日本ではどういうわけか彼をモデルにしたと思われる同性愛の漫画もある。美少年達と次々に愛を繰り広げていく美貌の貴公子の話だ。
「出まかせというのを遥かに越えた記事ばかりだけれどね」
「そこまでいくと笑い話ですね」
「それがウリなのよ。そうした新聞もあるの」
「そうなのですか」
「面白いのよ、実際に。けれど君はそうした新聞は好きじゃないのね」
「ただ事実だけを伝えればいいと思います」
 率直にそう答えた。
「マスコミの役割というのは本来そうなのですから」
「そうはいかないのが現実だけれどね」
「しかしそれを目指さなくてはならないでしょう」
「厳しいわね」
 そこまで聞いて苦笑した。
「君の記事もかなり凄いことになっているけれど」
「知っています」
 内務省で話になっていた四十人なぞまだ甘い程であった。新聞によっては百人に達しているものもあったのだ。流石にタンホイザーを討ち取ったということにはなっていなかったが。
「私は今回一人も倒してはおりません」
「それは知ってるわ、皆」
「では何故」
「けれど一騎打ちだけじゃ面白くないでしょ。それでそう書かれるのよ」
「それですぐにクレームをつけたのですが」
「早いわね」
「本人が言うのが一番だと思いまして。それでやりました」
「それでどうなったのかしら」
「すぐに記事の誤りを訂正するとのことです。あちらも納得してくれました」
「質のいい会社だったみたいね、どこも」
「はい」
 マスコミも悪質なものともなればそうした誇大記事どころか捏造記事を書いても平然と居直る場合がある。二十世紀に深刻な問題となったことの一つである。実は全体主義を支えた一つとしてマスコミが存在する。ある国の新聞社の社長なぞはまるで独裁国家の腐敗しきった独裁者だとまで言われていた程だったのだ。
「今後こうした記事が減ればいいのですが」
「長官次第ね。上手くやってくれると思うけれど」
 八条は制服組からの評判はよかった。温厚で話のわかる長官と言われていた。これは背広組からもそうであるが。いい上司として知られていた。
「期待しますか」
「ああ」
 彼等の声は八条も知っていた。すぐに対策が練られることになった。彼は仕事を新たに作ってそれに取り掛かった。
「さてと」
 彼は会議室の机の前に広げられた新聞紙を前にして呟いた。
「これをどうするか、だな」
「そうした報道を自粛するようマスコミ各社に通達するべきですかね」
「それもな」
 木口の言葉に首を捻った。
「弾圧だの言われかねない。だがあまり誇大な宣伝が好ましくないのも事実だ」
「はい」
「当の制服組からも言ってもらうか。我々からもお願いしたいということで」
「彼等が言うのが一番ですかね。当事者ですし」
「そうだな。ではバール本部長に伝えておこう」
「わかりました」
 こうして方針はおおよそ決まった。制服組を中心とする形でマスコミ各社にそう願いが送られた。だがそっれでもネットの方はどうしようもなかった。しかしそちらは互いに検証され合っていたので大事にはならなかった。こうして誇大な宣伝は連合においてはかなり解消された。
 戦いの宣伝も良し悪しであった。八条はそれを遅まきながら理解したと思った。戦いとは単に銃や補給だけでするものではないのだ。それは国家全体でするものである。そこには宣伝も含まれているのである。 

 

第十二部第三章 様々な大地その一


                          様々な大地
 連合軍とエウロパ軍の戦いには熾烈なものであった。だが連合軍の勢いは留まるところがなく、そのまま一直線に首都オリンポスに迫る勢いであった。その中でもう一つの戦争が行われていた。
 連合軍の占領地はエウロパのそれのかなりの部分を占めるようになっていた。占領地の治安はおおむね良好であり、連合軍の軍律も厳しく守られていた。だがそこでもう一つの戦いが行われていたのである。
 連合はエウロパの占領地に学者達を送り込んでいた。生物学者に地理学者等理系の学者達をである。彼等は彼等の戦いの為にそこに来ていたのだ。
 動き易い服装の者達がエウロパのアトラス星系の第七惑星アトラスに来ていた。星系の名をそのまま冠していることからもわかるようにこの星系の最も重要な惑星であった。気候は温暖で人間の居住に適している。彼等は今そこにやって来ていたのだ。
「博士」
 若い黒人の女性が中心にいる顔を髭で覆った肌の黒いアジア系の顔立ちの男に声をかけてきた。
「あちらにいるようです」
 双眼鏡で遠くを見ながらそう述べる。見渡す限りの大平原がそこにあった。
「あそこか」
「はい」
 その黒人の女性はそれに頷いた。そして遠くを指し示す。
「行ってみますか」
「行かなくてはならないだろう。彼等はいるのなら」
「わかりました。それでは」
「うむ、では皆行こう」
「はい」
 他の者達はその髭の男に言われ側にあったジープにそれぞれ乗車した。車に乗り双眼鏡に映っていたその場所に向かったのであった。
 そこもまた大平原であった。何処まで続くのか全くわからない程だ。彼等はそのど真ん中に立っていた。周りには馬達がいる。
「シマウマか?」
「エウロパにもいるんだな」
 彼等はその馬達を見てそう言い合った。連合では多くの惑星にシマウマは存在する。草原にいることが多い。彼等は草原ではポピュラーな生き物の一つであった。
「後で食べるか」
「そうだな」
 そして別の意味でも彼等を見ていた。連合においては馬も食べられる。シマウマとて例外ではない。脂身が少なく、栄養価の高い肉として人気があるのである。
「駝鳥もいるぞ」
「それも食っちまうか」
「そうするか」
 駝鳥を見てもそう言い合った。連合においては養殖もされ、ふんだんに食べられている鳥の一つである。巨大な卵も人気がある。これで作ったオムレツもまた連合の多くの国で人気メニューとなっている。朝にケチャップ等をかけて食べるのである。
「とりあえずは食べ物には困りそうにないな」
「願ったりかなったりだ」
「食べることもいいがな」
 彼等の話を聞いて髭の男が苦笑しながら彼等に声をかけてきた。
「我々の本来の仕事を忘れてはならないぞ」
「わかってますよ」
 彼等はそれにはにこりと笑ってそう応えた。
「研究第一ですから」
「そうそう」
「わかってるならいいが。それではタウデニ君」
「はい」
 その若い黒人女性の学者に声をかけてきた。
「あれだね」
「ええ、そうですリンゲル隊長」
 タウデニはリンゲルが指差した方にいる生物を見て頷いた。そこにはライオンとアナグマを合わせたような外見のいささか変わった生物がいた。大きさは高さが大体一メートル程であった。
「あれです」
「あれか」
「リュークロコッタであると思われますが」
「ふむ」
 リンゲルはそこに寝そべる生き物を見て首を傾げさせた。
「確かに見た目はそうだな」
「ですが確証はないと」
「それは今から調べよう。あれを持って来てくれ」
「はい」
 それに従い一人の青年が麻酔銃を持って前に出て来た。赤い髪の灰藍色の目をした褐色の肌の青年であった。
 彼は銃の狙いを定めると早速発砲した。そしてその獣を撃った。
 撃たれた獣はそこに倒れた。彼等はそれを確認するとその場に集まった。そして獣を調べはじめた。
 まずは歯を見た。耳まで裂けた巨大な口に一つになった歯がそこにあった。他の動物のように分かれてはおらず、一つになっているのだ。まるで骨のようであった。
 彼等はそれを見て互いに頷き合った。それを見て確信したのだ。
「間違いないな」
「ええ」
 それでこの獣がどんな生物かわかった。リンゲルは言った。
「リュークロコッタだ」
「はい」
 かっては伝説の生物とされていた。だが宇宙の他の惑星には存在していたのであった。彼等は今こうしてここにそのリュークロコッタをエウロパの異境にて発見していたのだ。
「ここにもいるとはな」
「流石に驚きましたね」
 リュークロコッタは連合の星にもいる。だがエウロパにはいないと思われていたのだ。彼等はエウロパの各惑星のことはよく知らなかった。だからこそ今こうして調査を行っているのである。
 

 

第十二部第三章 様々な大地その二


 彼等はそのままリュークロコッタを調べ、夕刻となるとテントを築いてその中に入った。テントは機械で作られるかなり大型なものでありまるでコテージのようであった。彼等はその中で捕らえたシマウマや駝鳥の肉を食べながら色々と話をしていた。
「美味いですね、このシマウマ」
「ああ、味はキロクスのそれと変わらないな」
 彼等は連合にいるシマウマとも話をしていた。
「馬の味は同じか」
「駝鳥もよ」
 タウデニが駝鳥の肉を食べながらそう言った。炙った骨付きの部分を噛み千切った。
「同じ味がするわよ」
「まあそれは当然だな」
 リンゲルがそれに頷いた。彼は粥を食べていた。米に駝鳥の肉と卵を入れたものである。それをスプーンで口に入れていた。湯気が立ち、かなり熱いであろうが彼はそれを美味そうに食べていた。
「種類が全く同じなのだから」
「そういえば草も連合の多くの惑星のサバンナにあるのと同じようですね」
「そのようだな」
 リンゲルはリュークロコッタを撃った赤髪の男の言葉にも頷いた。
「植物学者のチームからそれは聞いているよ」
「はい」
「それでは味が一緒なのも道理だ。食べているものが同じなのだからな」
「そうですね」
 赤髪の男だけでなく他の者もそれに頷いた。
「ただ意外なのはエウロパにもこうした場所があるということですね。エウロパというと子供の頃は森ばかりだと思っていたのですが」
「それと凍てついたフィヨルド。まさかこんなサバンナがあるなんて」
「エウロパといっても色々あるものだ」
 リンゲルの言葉は冷静であった。
「何もそうした場所だけがエウロパではない」
「そうですよね」
「何故そう思えたのだろう」
「それはエウロパに対する情報が少なかったからだ」
 リンゲルの答えはそれであった。
「エウロパの」
「そうだ。君達はかって地球にあったヨーロッパのイメージで考えていたな」
「ええ、まあ」
「否定はしません」
 彼等はそれぞれそう答えた。
「だからだ。連合といっても多くの惑星と気候があるな」
「はい」
「規模こそ違うがエウロパもそれは同じなのだ。彼等もまた多くの惑星を持っている」
「そして多くの気候を」
「そういうことになる。だからエウロパにも駝鳥やシマウマがいる」
「はい」
「リュークロコッタもな。それは覚えておいた方がいいな」
「わかりました。ただ一つ以外なことがあります」
「何だね」
 彼はタウデニの言葉に顔を向けさせた。
「エウロパの人間はシマウマや駝鳥を食べないようなのですが」
「ほう」
 彼はそれを聞いて眉を動かせた。
「それは知らなかったな」
「我々が食べると聞いてかなり驚いていましたよ」
「ワコイ君、そうなのか」
 赤い髪の青年にも顔を向けさせた。
「はい」
 ワコイと呼ばれたその青年は灰藍色の目を動かせてそう答えた。
「どうもエウロパではどの国も馬や駝鳥を食べないようなのです。食文化の違いで」
「そうなのか」
 彼はそれを聞いて不思議そうな顔をした。
「残念だな。こんなに美味いのに」
「それでも嫌だそうですね。どういうわけかわかりませんが」
「元々ヨーロッパでは馬は食べられなかったですから」
 タウデニがそう答えた。
「ましてや生の馬を刺身で食べるということは有り得ません」
「おい、あれは私だって苦手だよ」
 リンゲルはそれを聞いて苦笑した。
「あんな料理があると聞いて最初は驚いたものだ」
 馬刺しのことである。日本の料理の一つだ。生の馬の肉を刺身にし、醤油と生姜、若しくは大蒜で食べる。肉の味が濃くて美味いのである。
「まさか肉を生で食べるとは思わないからな」
「彼等は牛や鶏も生で食べますよ」
「ああ」
「山羊もね」
 誰かが言った。これは沖縄の料理である。日本の兄弟国である琉球王国の名物料理の一つであるが日本でも食べられるのである。なお琉球では他には海蛇等も食べる。豚が最もポピュラーであるが。
「あげくの果てには豚まで」
「おいおい、それはないだろう」
 メンバーの中の誰かがそれを聞いて言った。
「あんな傷み易いものを」
「いや、本当のことだ」
 ワコイがそれに対してそう言った。
「見たよ、日本に行った時にな」
「そうなのか」
「他にも色々生で食べるぞ。日本人を甘く見てはいけない」
「ううむ」
 豚の刺身の存在に疑問を呈した男は思わず唸ってしまった。
「そういえばピラルクやピラニアさえ生で食べると聞くが」
「ああ」
 多くの惑星の熱帯にいる魚である。ピラルクは四メートルにも達し、ピラニアは小型ながら獰猛な肉食魚として知られている。いずれもかなり知られた魚である。
「養殖もしているぞ」
「八条長官もそれを食べるのかしら」
「それどころか刺身はあの人の大好物だ」
 リンゲルがタウデニにそう答えた。
「他には寿司や天麩羅が好きらしいがな。全体的に和食が好きだそうだ」
「そうなんですか」
「あんな綺麗な顔をして生の肉や魚を。わからないわね」
 タウデニとは別の女性のメンバーがそれを聞いて率直な感想を述べた。
「連合の中でもこうだな。やはり食文化の違いは歴然としている」
 リンゲルはここで話をまとめるようにして言った。
「エウロパとでは尚更だ。取り立てて驚く程のものではないか」
「ですね」
 皆それに頷いた。そして食事を終えると後片付けをし、それぞれの部屋に入って休んだ。タウデニは部屋のシャワーを使った後で私服に着替えてリビングに出た。赤いシャツに青いジーンズというラフな格好であった。それが彼女の黒い肌と琥珀の様な瞳によく合っていた。
 リビングに行くとワコイがいた。彼は黒のティーシャツに同じ色のジーンズという組み合わせであった。くつろぎながら煙草を吸っていた。
「ここにいたの」
「おや」
 彼はタウデニの声に気付き彼女の方に顔を向けた。
「どうしてここに?」
「気が向いてね」
 彼女はそう答えた。
「部屋に篭ってノートパソコン打つだけっていうのも嫌だし」
「独身は寂しいね。彼氏はいないの?」
「別れたわ」
 苦笑してそう答えた。
 

 

第十二部第三章 様々な大地その三


「赤茶色の髪のハンサムさんだったけれどね」
「そうなんだ」
「理由は彼の浮気。何でも私は気が強過ぎるって。気の弱そうな可愛い娘と付き合ってたわ」
「それで彼はどうしたの?」
「決まってるじゃない。ギッタンギッタンにしてやったわ」
 長いウェーブがかかった髪を払いながらそう答えた。
「浮気は許すな、ってね。マリじゃ女にはそう教えられているの」
「あまりマリの女の人とは付き合いたくはないな、それを聞くと」
「あら、それは間違いよ」
 笑いながらワコイの向かい側のソファーに向かった。そしてそこに座った。
「マリの女は情が深いわよ。それに美人も多いわ」
「そうなんだ」
「私のママなんて若い頃かなりもてたそうだから。パパが自慢していたわ」
 彼女の父は中国系である。その彼が多くのライバル達を退け、そしてプロポーズして結ばれたのだという。彼女の母を手に入れる為に標高数千メートルの山をロッククライミングしたりまでして競争して勝ち取ったのだ。かなりワイルドな話として現地では残っている。
 彼女の名はその父が名付けた。チェンカという名がそれである。彼女だけでなく彼女の二人の兄に三人の妹、そして一人の弟の名もまた中国系なのはその為であった。
「それを勝ち取ったって。ママはそんなパパを今でも愛しているわ」
「いい家庭だね」
 彼はそれを聞いてそう応えた。
「俺はそういうのはないな。俺が小さい頃に親が離婚してね」
「あら」
「弟や妹はお袋に、俺は親父に引き取られてな。ずっと男手一つで荒っぽく育てられたよ」
 屈託のない笑いを浮かべながらそう言った。
「喧嘩は勝つまでやれ、とかな。何が何でも負けるなって教えられたよ」
「厳しいのね」
「それがティモールの男だってな。国は小さくても心は強く、そして大きくあれっていつも言われたものさ」
「それで今があるのね」
「ああ。よく殴られたけれどな。今では感謝しているよ」
 笑ったまま述べる。
「今の俺があるのは親父のおかげだからな。今では珍しい頑固親父だけれどな」
「そういう父親がいないわね、本当に」
「ティモールでもな。あんたの親父さんはどうなんだ?聞くだけだとかなり厳しそうだが」
「自分の奥さんや子供には凄く甘いのよ。もう舐める程に」
「そうなのか」
「猫を可愛がるようにね。だから私も甘やかされたわけ」
「まあそうだろうな」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「子供ってのは別に甘やかしていいさ」
「そうなの」
「俺もガキがいるがな。どうにも甘やかしちまう」
「あら、結婚していたのね」
「幼馴染みとな。腐れ縁ってやつさ」
 笑いが苦笑いに変わった。
「結婚する前はスパゲティだったのが今じゃフェットチーネだ」
「あらあら」
「ガキもな。男の子だがもうまんまるだよ」
「子供さん幾つなの?」
「もう三才だ」
 彼は答えた。
「写真もあるぜ。見るかい?」
「いえ、それはいいわ」
 タウデニはそれは笑って断った。
「何か話が長くなりそうだから」
「わかってるのかよ。まあこうした話はな」
 残念さを漂わせながら言う。
「長くなっちまう。仕方ねえさ」
「そういうものなの」
「あんたも結婚すればわかるんじゃないかな」
「そうかしら」
 彼女はそれを聞いて首を傾げさせた。
「私はそうは思わないけれど」
「結婚する前は皆そう言うさ」
 彼はそう答えた。
「結婚するとな、皆変わるんだよ」
「わからないわね」
「結婚すればいいさ。ただし俺は駄目だぜ」
「わかってるわよ」
 苦笑してそう言った。
「もう結婚してるじゃない」
「生憎イスラム教徒でもないんでな。それは無理だ」
「思ったよりジョークが上手いわね。意外だわ」
「気分次第でな。言う時もあるさ」
 煙草を灰皿の中で消しながらそう答えた。
「酒を飲むともっと言えるぜ」
「飲めるのね」
「ああ。今もウィスキーがあるけれど飲むかい?」
「私も持ってるわよ。ブランデーだけれど。飲む?」
「ああ」
 彼はそれに頷いた。
「じゃあ飲むか。寝る前にな」
「ええ」
 そんな話をしながら夜を過ごした。翌朝テントを機械で畳み、また調査をはじめた。そのままサバンナの調査を続けるのであった。
 この星のサバンナは連合にあるサバンナとさして変わりはしなかった。調査は順調に進みデータも集められた。結果として彼等の調査は成功に終わった。
「ふむ」
 リンゲルは宇宙船の中で自分のノートパソコンに入れられた資料を見ながら考えていた。
「どうかしましたか?」
 そこにワコイがやってきて尋ねてきた。
「いやな、面白いことがわかってな」
「面白いこと」
「そうだ。エウロパのサバンナも連合のサバンナも全く変わりがなくてな。実に面白い」
「確かにそうですね」
 ワコイもそれに頷いた。
「これは多くの星で見られることです。惑星の条件が同じならば自然もまた同じだということですね」
「少し考えれば自明の理なのだがな」
 彼はそう答えた。
「それでもだ。エウロパと連合のサバンナが同じというのは面白い」
「生えている草まで同じですからね」
 これは別の調査チームが行った調査によりわかったことであった。彼等は生物だけでなく植物や地質まで調査していたのである。それはまた植物学者のチームがあり、半ば別個に調査、研究を行っていたが。地質も同様である。
「生物的にも植物的にも面白いことですね」
「そうだな」
 リンゲルはまた頷いた。
「惑星と一つに言っても多くがあるがな。だが一つのモデルにはなる」
「はい」
「今後惑星の調査をするにあたって参考になるな。他の惑星に向かったチームの調査結果も楽しみだ」
「そうですね、吉報を待ちましょう」
「うむ」
 彼等はそんな話をしながら連合へ帰って行った。そして調査結果は学会に発表され、政治家達の目にも届いた。それにとりわけ関心を示したのは保守派の領袖キリ=ト=マウイであった。

 

 

第十二部第三章 様々な大地その四


 不思議な顔立ちをしている。白人とアボリジニーが混ざった顔をした美人である。黒がかった金髪をショートにし、黒い目を輝かせている。彼女は生粋のニュージーランド人であるがその容姿から彼女もまた連合独特の複数のルーツを持つ者であることがわかる。
 彼女の父はアボリジニーである。ニュージーランドに古くからおり、今も残っているマオリ族の者である。そこの名家の出であり、広大な土地を持つ資産家として知られている。
 母はイギリスにルーツを持つヨーロッパ系ニュージーランド人である。父の秘書を務めているうちに恋仲となり結婚したのだ。彼女はこの両親の六番目の子、五番目の娘として生まれたのである。
「私は次男だったのよ」
 彼女はよく笑ってそんな話をした。両親はまずは男の子が生まれた。それから娘が続いた。いい加減娘ばかり続いてうんざりしてきたところに彼女が母親の中に宿ったのだ。父はそれを聞いてこう言ったという。
「今度こそ男の子だ!」
 だが検査の結果違うことがわかった。またもや女の子だったのだ。彼はそれを聞いて大いに落胆したのである。
 理由はあった。彼は本当に息子が欲しかった。それだけである。それだけでも重要なことであった。少なくとも彼にとってはそうであった。
「もう一人作ってバレーボールのチームでも作るか」
 自嘲めかしてこう言ったこともある。とにかく落胆した。だがすぐに気を取り直しこう言い出した。
「今度生まれてきた娘は男のように育てるぞ」
 こうして彼女は生まれてから暫くは本当に男のように育てられた。乗馬や陸上競技に精を出し、中学までは一見したら彼が女性出るとは誰も思えなかった。背もあり常にズボンを履いていた為そう思われたのだ。
 だがそれも終わる時が来た。ある日牧場で馬を駆っていた時に見た美しい顔立ちの少年を見た時に胸のときめきを感じたからであった。この時から彼女は女になった。
 髪はショートのままであったが服装が変わった。それまでのジーンズからタートンチェックのスカートに変わった。そして女性らしい仕草をするようになりその少年の側に行った。彼女は告白したのだ。
 一度は断られた。だが何度もアタックして遂に彼を射止めた。それからさらに女性らしくなり大学ではミスに選ばれる程にまでなった。政治家になってからも美人として知られ、二児の母としても有名である。夫は牧場を経営している。実家は兄が継いでいる。兄弟は兄と四人の姉、四人の弟達である。何と娘は彼女で打ち止めで後は男ばかりであった。両親は今度は娘が欲しくなったという。
 その彼女は今自分のオフィスで資料に目を通していた。冷静な顔で見ている。
「成程ね」
 学者達の調査結果を見て頷いている。どうやら思うところがあるようだ。
 電話を手にとった。そしてかける。程なくして相手が出て来た。
「私だけれど」
「あ、これは総裁」
 電話の向こうの男は彼女の声を聞いて挨拶をした。
「こんにちわ。お元気そうですね」
「おかげさまでね。ところでそちらにエウロパの各惑星の調査結果の資料はいっているかしら」
「エウロパのですか」
「そうよ。いっている?」
「ええ、勿論」
 彼はそれに答えた。
「今現在占領している各惑星の。膨大な数ですね」
「そうね。けれど面白いことがわかったわ」
「面白いことですか」
 奇しくもリンゲル達と同じような会話になっていた。
「連合とエウロパの多くの惑星が同じような気候条件なのよ」
「そのようですね」
「面白いことね。今後の参考になるわ」
「開拓のですか」
「ええ」
 彼女は電話の向こうで頷いた。
「どちらにしろ開拓は今後も続けられるから。それはわかっているわね」
「はい」
 保守派にとって開拓のさらなる促進は重要政策の一つであった。改革派がそれよりも内部の充実を優先させているのに対して彼等は開拓に重点を置いているのである。
「同時に今後の開拓予定惑星の資料も必要ね」
「そうですね。ではそちらの研究資料も集めますか」
「ええ。今日話がしたいけれどいいかしら」
「では事務所で向かわせてもらいます」
「事務所じゃ何ね」
 だが彼女はそれにはいい顔をしなかった。
「党の本部で話をしましょう。いいわね」
「わかりました」
 こうして彼女は保守派の本部に向かった。それは地球のオセアニア地区にある。キャンベラという古い都市にありそこに巨大なビルを構えていた。
 そこに車を乗りつけ中に入った。挨拶を交わしながらエレベーターに向かい上へと上がる。そしてエレベーターを降りると赤紫の絨毯を踏んで奥へと進む。党首の執務室に入りそこで秘書に対して声をかける。程なくして数人の男女が部屋に入って来た。
「御呼びですか」
「ええ」
 彼女はそれに応えた。
「用件はわかっているわね」
「はい。開拓のことですね」
「そうよ。まずはそこに座って」
 広く、豪華な装飾で飾られているオフィスのソファーに彼等を座らせた。見れば執務室はそれ程贅沢ではないが机やソファーは贅沢なものであった。何処かマオリ族のそれを思わせる。どうやら彼女が実家から取り寄せたものらしい。
「コーヒーがいいかしら。それともお茶が」
「お茶がいいです。麦茶を」
「わかったわ。じゃあお願いするわ」
「はい」
 若い女性の事務員の一人がそれを受けて執務室の奥に入る。そして麦茶をコップに入れて持って来た。
「お待たせしました」
「有り難う」
 彼女はお茶を受けて事務員に対して優しい笑みを向けた。実は彼女は穏やかな女性として知られている。論戦の際は一歩も退かず、粘り強いことで知られているが彼女自身は温厚なのである。
「麦茶に砂糖は入れてないでしょうね」
「それはないですよ」 
 事務員は笑ってそれを否定した。
「麦茶はそのままが一番美味しいですから」
「そうよね」
 彼女もそれに同意した。
「それが普通なのよ、本当は。この前はえらいめに遭ったわ」
「内務省にでも行かれたのですか?」
「ええ」
 目の前に座る男の一人にそう答えた。
 

 

第十二部第三章 様々な大地その五


「貴方飲み物に砂糖やシロップは入れるかしら」
「ほんの少しは」
 彼はそう答えた。
「私はどちらかというと辛党なのであまり入れはしませんけれどね」
「まあそれは人それぞれね」
「はい」
「けれど麦茶にシロップをコップ一杯になるまで入れたりはしないわよね」
「勿論ですよ」
 彼はそれを聞いて嫌そうな顔をした。
「幾ら何でもそれはやり過ぎでしょう」
「糖尿病になりますよ」
「そうよね。けれどあの人は平気だったのよ」
「あの人は特別ですよ」
 別の男が言った。
「あれだけ甘いものを好まれる人はそうはいません」
「甘いものが好きでも言っていることとやっていることは祖国の料理と同じなのに」
 金が韓国人であることを皮肉っているのだ。韓国料理は連合で最も辛い料理とされているのだ。その辛さはマウリアの料理を遥かに凌駕するとさえ言われている。
 その韓国にいながら金の甘党ぶりは際立ったものであった。彼女は辛いものは苦手である。それがまた韓国人にしてみれば不自然といえば不自然であった。だが厳しさは連合でも屈指であった。潔癖症としても知られている。
「あの辛口ぶりは唐辛子とは違う気もするけれどね」
「といいますと」
 皆マウイの言葉に顔を向けさせた。
「あれはドライアイスね。食べ物じゃないわ」
「ドライアイスですか」
「ええ。あそこまで冷徹だとね。けれど人間の心は通っている」
「はい」
 彼等はそれに頷いた。
「そこが他の単に冷たいだけの人間とは違うわね。そうした意味で本当に凄い人だとは思うわ」
「そうですね」
 それは彼等も知っていた。
「ただ彼女の相手は本当に疲れます」
「とにかく手強いですから」
「彼女については私がやるわ」
 マウイがそれを引き受けるようなことを言った。
「多分私じゃないと相手にならないでしょうから」
「お願いできますか」
「ええ、任せて」
「内務省は今何かと五月蝿いですからね。お願いします」
 今内務省は連合内の充実を目指している。新たな開拓地をあまり歓迎してはいないのである。これは今政権にある改革派の政策でもあり、開拓地を拡げるべきだとする保守派とは真っ向から対立していたのである。こうした開拓と内部充実に関する議論は連合設立以来のものであり、一千年の長きに渡って続いている。ある程度一定のサイクルで開拓と内部充実が変遷している。これは連合の歴史全体でそういう動きであったのだ。
「政党内での意見調整は済んでいるし」
「はい」 
 保守派の中でも今の時期の開拓に消極的な議員もいるのである。マウイはまず彼等の説得にあたった。外に向かって議論するよりもまず中を整えることが先決だからである。まずは彼等を説得して政党内の意見を統一させたのである。これは彼女の卓越した政治力の一つのあらわれであった。
 そしてそれから外に向けての議論に取り掛かった。彼等は今それに関して動いているのである。
「ランティール=モハマドがまず出て来るでしょうね」
「そうね」
 右端の男がそう言った。マウイもそれに頷いた。
「絶対に彼が出て来るでしょうね」
 議会の改革派の領袖である。マウイにとっては最大のライバルでもあった。
「彼も私がやるわ」
「大丈夫ですか!?」
 それを聞いて多くの者が驚きの声をあげた。
「金内相だけでも大変だというのに」
「任せておいて」
 だがマウイはそう答えて笑った。
「私は彼についてはよく知っているから。長い付き合いだからね」
 これは本当のことであった。彼女とモハマドは中央議会に入ったのは同じ選挙においてであった。そして彼等は常に違う立場にいて論戦を繰り広げてきた。雑誌やテレビにおいて激しい攻防を行ったことも二度や三度ではない。そうしたこともありマウイは彼のことをよく知っているのである。
「いえ、それはどうでしょうか」
「あら」
 ここで一人の男が名乗り出てきた。見ればマウイの前にいる者の中では最も若い。四十代前半といったところか。黒い縮れた髪に丸い黄色い顔をしている。目はやや吊り上がり、切れ長だ。かなり肥満しているが筋肉はありまるで日本の力士のような体格をしている。彼の名はセチフ=ハンニバル。保守派のホープとされている新進気鋭の政治家であった。行動力と鋭い論理性で知られている。祖国フェニキアでは評判の人物であった。
「彼と戦いみたいね、ハンニバル君は」
「はい」
 ハンニバルはそれに頷いた。
「是非共お願いできますか」
「勝てる自信はあるの?」
「勿論です」
 彼は自信に満ちた笑みでそれに応えた。
 

 

第十二部第三章 様々な大地その六


「そうでなければどうして名乗りをあげましょうか」
「わかったわ。じゃあお願いするわね」
「はい、お任せ下さい」
「総裁」
 だが一人の男がそれに疑問の声を呈した。保守派の幹事長アサド=アッカラムである。黒い肌をした白人であった。茶色の髪も青い目も白人のものであったが肌は黒い。彼はアルム王国の出身である。古代に栄えたアルム人達の末裔が作り上げた国とされている。連合においてはアッシリア、フェニキア、このアルムといった古代の国や民族が復活したケースも多い。彼等は長い歴史の中に埋没してしまたっと言われていたがこうして復活してきたのであった。古代の神々が連合において復活したのと同じように。無論その血はかなり混血してしまっており、彼等が本当にアッシリアやフェニキアの者かどうかは甚だ疑問であるが。だが二十世紀のアメリカにおいてすらまだ三万人程のアッシリア人がいたのだ。そしてユダヤ人達は長い間己のアイディンティティを守ってきた。こうしたこともままあるのである。古代インカもまた連合では復活している。そうした多様性がまた連合そのものであった。
「今ハンニバル君をモハマド下院院内総務に向けるのはどうかと思いますが」
「どうしてかしら」
「確かにハンニバル君は優秀です。ですがまだ若い」
「若い、ね」
 マウイはそれを聞いて眉を少し動かせた。彼女も政治家としては壮年といっていい歳であった。だがアッカラムはもう七十に達しようとしていた。政治家としては翳りが見えはじめる歳である。その彼から見れば確かにハンニバルは若いかもしれない。だがそれはマウイも同じだからだ。
「ここで彼にもしものことがあれば将来に影響するのでは、と思うのですが」
「幹事長、御言葉ですが」
 それを聞いたハンニバルが反撃に出た。
「私は彼に勝てる絶対の自信があります」
「絶対か」
「はい」
 この時ハンニバルは若さ故であろうか。アッカラムの目の動きに気付いてはいなかった。
「一つ言っておくことがある」
「何でしょうか」
「政治の世界には絶対ということはない。よく覚えておきたまえ」
「では私が彼に敗れる可能性があるということですか」
「そうだ」
 彼は断言した。
「そうなれば君の経歴にも傷がつく。それは進められん」
「幹事長、御言葉ですが」
 彼はそれを聞いてさらに食い下がった。
「そのようなこと私は恐れてはいません」
「どうしてだね」
「正面から論戦を挑んで敗れたとしても本望だからです。それで経歴に傷がつくでしょうか」
「そうなれば君自身が後で苦しむだけだが。傷により」
 実際に論戦で敗れた政治家は軽く見られるものだ。後々までそのことをネットやマスコミで愚痴愚痴と言われたりする。アッカラムはそれを心配しているのだ。
「それでもいいのか」
「傷も勲章のうちです」
 しかしそれでも彼は引かなかった。
「正面からの傷は誇りとするのが私の考えです」
「誇りにか」
「はい」
 彼は答えた。なおアッカラムは実務派とされ論戦はあまり得意ではない。今まで地味で堅実な仕事を着々とこなして今の地位に就いたのである。母国では地方の知事を務めていた。そこでその惑星の財政を建て直し、インフラの再整備をしたことが評価されている。そして中央政界に入ってからも細かい仕事をこなしてきた。保守派が政権に就いた時には環境相や開拓省にいた。そしてそこでも着々と仕事をしてきたのであった。だからハンニバルのように論戦で正面から挑むという姿勢はなかったのである。それよりも堅実な仕事であった。
「それもまた政治だと思いますが」 
 強い声でそう締め括りにかかった。
「一理はある」
 アッカラムは一応はそれを認めはした。
「だがそれでも私はそれには賛成できない」
「どうしてですか」
「若い政治家はまだまだ育てなければならない。若いうちに傷をしてはいずれそれが古傷になり何かあると痛むようになる場合もある。私はそうして大きくなりそこねた政治家を多く知っている」
 彼は年季からそう言っていた。
「君にもそれは言える。その覚悟はいいか」
「そうなったらそれまでのことです」
 それでもハンニバルの鼻っ柱は折れはしなかった。
「こっちもそれは承知のうえです」
「強いな」
 ここには皮肉も込められていた。だがハンニバルは意に介してはいない。
 

 

第十二部第三章 様々な大地その七


「当たって砕けろですよ、あくまで」
「わかったわ」
 マウイはそれを聞いて頷いた。
「じゃあモハマド院内総務にはハンニバル君をあたらせるわ。いいわね」
「有り難うございます」
「総裁、それは」
 ハンニバルはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。それに対してアッカラムはその顔に狼狽の色を浮き上がらせた。
「あまりに危険なのでは」
「それは承知のうえよ」
 そう答えて笑った。その顔は何故か日本の首相伊藤のそれに似ているように思えた。
「政治家はね、傷の一つや二つ恐れていては何もできないわ」
「その通りです」
 ハンニバルは我が意を得たとばかりにそう言った。
「ではお任せ下さい」
「ええ。幹事長もそれでいいかしら」
「わかりました」
 彼は憮然としながらもそれに賛成した。
「ただ、君だけにやってもらうのはどうかと思うわ」
「といいますと」
「貴女にもお願いしたいけれど。いいかしら」
 マウイはここで前にいた一人の女に顔を向けた。そこにはアジア系の切れ長の緑の目に黒い髪を持った美しい女性がいた。無論彼女も保守派の者である。コヤル=アトルという。
「私ですか」
「ええ。貴女もモハマド院内総務にあたって欲しいけれど。いいかしら」
「わかりました」
 彼女は断ることもなくそれに頷いた。
「ではお願いですわね」
「はい」
「これでとりあえずは決まりね。今回のエウロパのデータは今後貴重なものになっていくわ」
「はい」
 三人はそれに頷いた。
「開拓を進める為には色々と資料が必要」
「ですね。有効に使いましょう」
「ええ」
 こうして執務室での話は終わった。三人は退き後にはマウイだけが残った。彼女は先程麦茶を入れてくれた事務員が部屋に入って来たのを確かめて声をかけてきた。
「さっきの麦茶のことだけれど」
「はい」
 彼女はそれに応えて顔をマウイに向けてきた。
「美味しかったわ。いい入れ方をしたわね」
「有り難うございます」
「ただ、冷やし過ぎじゃなかったかしら」
「そうでしょうか」
「私はそう思うけれどね。まあこれは人それぞれね」
「はい」
「味やそうした感覚はね、本当に人によって違うわ」
「そうですね」
「それは政治にも言えるのよ」
 そして政治についても言及した。
「人によって思想や政治についてのヴィジョンは異なるわ。それはわかっているわね」
「はい」
 彼女はそれに頷いた。
「これが難しいものでね。それをまとめて政治の意見に反映させて、それを政策に完成させる。そこまでしないと駄目なのよ、これが」
「それが政治ですね」
「そうね。保守派でも意見の食い違いはあるわね」
「はい」
「それをまとめるだけでも大変なのよ」
 そう言って苦笑した。党首ともなればかなりの苦労が伴う。彼女は今それを実感しているのである。政党政治の難しさもまた味わっていた。
「面白いと言えば面白いけれどね」
「面白い、ですか」
「そうよ」
 彼女は言った。
「まあわかってくると思うわ。ここにいるとね。貴女はここに入って何年かしら」
「二年になります」
 素直にそう答えた。
「専門学校を出てアルバイトで入りまして。それからですから」
「そう、二年になるの」
 それを聞いてマウイも頷いた。
「少しは政治のことがわかったかしら」
「いえ、まだです」
 しかしそれには首を横に振った。
「事務員ですし。私がやっているのは書類のほんの些細なことだけですから」
「そうよね、そう言うと思ったわ」
 これはマウイの予想範囲であった。
「政治ってのは深い世界なのよ。まあ二年でわかるっていう人は余程の自信家かよっぽどの馬鹿ね」
「はあ」
「二十年経ってもわからないことが多いわ。そして一つじゃない」
「一つじゃないんですか」
「人がいればね、それだけの政治があるのよ」
 マウイは言った。
「それが政党政治なのよ。人の数だけ政治がある」
「政党だけじゃないんですね」
「政党にいるのは人間だからね。人間ってのはそれだけで一つの宇宙なの」
 哲学的な意味も含んでいた。これは彼女独特の言葉であった。
「宇宙をまとめていくのよ。大変なのはわかるかしら」
「今一つピンと来ないですけれど」
「まあ勉強しなさい」
 そしてこう声をかけた。
「そうしたら何時かわかるようになるから」
「はい」
 こうして事務員との話も終わった。彼女は自分の仕事に戻りそれを着々と済ませていた。ある程度の事務処理能力も党首には必要なのである。さもないと他の者が困ってしまうのだ。

 

 

第十二部第三章 様々な大地その八


 保守派がこうして改革派との論争に備えているその頃火星のレストランの一室で二人の男が食事を採っていた。一人は肌の浅黒い口髭の男、そしてもう一人は金髪碧眼の白人であった。だが鼻が白人にしてはやや低かった。それを見ると彼がアジア系の血も受け継いでいることがわかる。
 口髭の男が中央議会の改革派下院院内総務であるランティール=モハマドであり、向かいに座る白人もまた改革派の者であった。アントニオ=ドミンゴ。ブラジル出身の下院議員であり改革派の重鎮の一人とされている。今まで多くの委員会の委員長を務め、改革派の政策の実現に尽力してきた。また策士としても知られており寝業師の異名もとっている。保守派にとっては難敵の一人であった。
 彼等は個室にいた。個室といってもかなり高級なレストランなのか広い。そこでフォークやナイフを手にしながら食事を採っていた。無論食事だけではない。
「私のところに面白い話が入ってきました」
「何だね」
 モハマドはナイフで肉を切りながらドミンゴに声を送った。
「今度の議会ですが」
「うむ」
「保守派はエウロパで収集した各惑星の調査結果を提出するつもりのようです」
「開拓地への参考の為だな」
「そのようで。そして自分達の開拓案を政府に提出するつもりのようです」
「今は開拓よりも優先させることがあると思うのだがな」
 フォークで肉をとる。そしてそれを口に入れた後でそう言った。肉の味が口の中全体に広がる。羊の肉だ。
「どう思うかね」
「そうですね」
 ドミンゴはワインのグラスを手にとった。そしてそれを口に寄せながらそれに応えた。
「私も総務と同じ考えだと思います」
「そうか」
 モハマドはそれを聞いて頷いた。
「では今は開拓より今の領土の充実だな」
「それが賢明だと思います」
 ワインを一口飲んだ後でそう言った。赤ワインである。肉には赤である。
「今はそちらに人や金を回せる国もあまりないでしょうしね」
「今行えるのは大国だけだ」
 モハマドの口髭が微かに歪んだ。
「只でさえ彼等の専横に頭を悩まされているというのに。今の時点でこれ以上星や資源を与えるわけにはいかない」
「総務、御言葉ですが」
 ドミンゴはそれを聞いて苦笑した。
「大国といってもそれぞれですよ。少なくともこの件に関して私の祖国は消極的です」
「そうだったな、済まない」
 モハマドもそれを聞いて苦笑した。
「そういえば今はアメリカや中国は開拓を推し進めてはいないな」
「あれだけ広大な土地と豊富な資源を持っていれば当然と言えば当然ですが」
「それでもだ。あの貪欲な連中がな」
 モハマドはマレーシア出身である。マレーシアはこの二国とはあまり仲が良くない。だからこそ必然的に彼等への視線も厳しいものになるのだ。
「ここぞとばかりに来るものだが、いつもは」
「彼等にも彼等の都合があるのでしょう」
 ドミンゴはそう言って二国を庇う立場に立った。
「色々とね」
「まあ今は彼等の都合はいい」
 ここでそこまで深入りするつもりはなかった。
「問題はだ。今回はどういうわけか日本がかなり乗り気だ」
「そうですね。それが意外です」
 ドミンゴもそれに頷いた。
「普段はそれ程強硬なことも言わないのに」
「ましてや彼等の勢力圏も広い。そこにあるのも恵まれた星系ばかりだ」
「それでどうして今回は開拓に乗り気なのでしょうか」
 日本の勢力圏は太陽系のすぐ側にある。かなり広い部分を割り当てられており、そこにある星系も資源においても自然においても恵まれた星系ばかりであった。宇宙進出の際の割り当てでえこひいきだという声すらあがった程である。これは中央政府に当時より忠実であったが為の御褒美のようなものであった。今も日本といえば中央政府に最も好意的な大国として知られている。
「わからん。彼等にも彼等の都合があるのだろうがな」
「他の大国は今回は何処も消極的なのが救いですね」
「だが日本に賛成している小国も多いぞ」
 モハマドはそう言って苦い顔を作った。
「それが問題なのだ。彼等にとってみれば少しでも余裕があれば開拓を行いたいのだからな」
「ですね。難しい問題です」
 そう言ってグラスを置いた。
「ただ、彼等も彼等でそうである国とそうでない国がありますね」
「そうだな」
「今回日本に賛成しているのはあまり多くはないようですけれど」
「ソロモンやツバルといtった旧南洋の国々やガーナ等だな」
「はい」
「ただ、彼等が望むのは精々一個の星系程だ」
「ですね」
 これは国家の規模からいっても当然のことであった。これ等の国々はそれ程国力も人口も高くはなく、それ程広大な場所を開拓する必要はないのである。
「しかし日本となると話が違う。規模もまた膨大なものになってくる」
「ええ」
「今回どうして彼等が開拓に躍起になっているのかはわからないが。何か理由があるのか」
「どうも資源の問題のようですね」
「資源」
 モハマドはそれを聞いてフォークとナイフを止めた。
 

 

第十二部第三章 様々な大地その九


「彼等は資源には困っていない筈だが」
 日本の勢力圏にある星系は何処も豊かな星系ばかりである。農産物も資源も何もかもが恵まれているのである。それが為に他の国々からやっかみを受ける程であった。
「何故ここで」
「レアメタルを欲しているようです」
「レアメタル」
「ええ。何でもニッケルやクロムを大量に埋蔵してある星系への開拓を考えているらしくて。それを他の国々への輸出に回そうと考えているようなのです」
「ふむ」
 モハマドはそれを聞いて考え込んだ。
「鉱産物の輸出か。美味い話だな」
「日本にとっては。どう思われますか」
「彼等にとってはいい話だ。だがな」
 彼はフォークとナイフの動きを再開させながら言った。
「それで市場が大幅に変わるかもしれないな。そこの規模はどの程度だ」
「ニッケルだけで日本が今保有している量の二倍だとか」
「二倍か」
「当然それだけではないです。他のレアメタルもかなりの埋蔵量だそうですが」
「まずいな」
 彼はそれを聞いてこう呟いた。
「それだけの量のレアメタルが出ると相場に大きな影響が出る」
「止めますか」
「当然だ。だがあの女狐のことだ。替わりに何か要求してくるかもな」
「それは有り得ますね、彼女なら」
 二人は頷き合った。彼等も伊藤のことはよく知っている。中央政府にとっても議会にとっても多くの場合よい味方だがそれはあくまで日本の国益の関係でそうなっているだけである。敵に回すとどれだけ厄介な存在なのかは彼等もよくわかっていたことである。
「何を交換材料にしてくるだろうな、その場合は」
「わかりませんね」
 ドミンゴはまたワインを口に含んだ。
「それを匂わせるようになるのはこちらとの交渉がはじまってからでしょう。若しかすると保守派ともう交渉を行っているかもしれないです」
「そうだな」
 モハマドはそれに頷いた。
「それについての情報も収集しておいてくれ。そうなっていた場合厄介なことになる」
「わかりました」
「後は・・・・・・そうだな」
 彼は考えながら述べた。
「保守派が今回の議会でこれを出してくるな。論争の用意もしなければ」
「私が出ましょうか」
 ドミンゴはここで名乗り出た。彼は改革派においては論客として知られているのである。
「いや、それは待ってくれ」
 しかしモハマドはそれを制止した。
「おそらく彼等は私を狙っている。まずは将の首だ」
「はあ」
「ここは私に任せてくれないか。何、勝てる自信はある」
「相手はマウイ自身が出て来るかもしれないですよ」
「いや、それはないな」
 それは否定された。
「何故ですか」
「まずはあちらの若手を出してくるだろう。彼女が出るのはそれからだ」
「論戦の経験を積ませる為ですか」
「そうだな。それで私を退けられれば大きい」
 この読みは当たっていた。保守派はそうした意味で読まれていた。
「まあそうさせるつもりはないがな。私に任せてくれ」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 話が終わるとデザートが運ばれてきた。緑色のアイスクリームであった。
「このアイスは」
「抹茶アイスでございます」
 ウェイトレスがそれに答えた。
「日本で考え出されたデザートです。アイスに抹茶を入れたものです」
「また変わったものですね」
 ドミンゴはそれを見て首を傾げさせた。
「御覧になられたことはないですが」
「話には聞いていましたがね。見たこともありますが」
 彼はそう答えた。
「実際にこうして食べる為に目の前に出されたのははじめてです。私の国では日系人は多いですがこうした料理はあまり作られていませんでした」
 ブラジルにはかって日本から多くの移民がやって来た過去がある。その名残で今でもブラジルでは日系人が多い。彼等は勤勉で誠実であり、評判がいい。
「そうなのか!?」
 モハマドがそれを聞いて驚きの声をあげた。
「かなりポピュラーなデザートだと思うが」
「食べたことはないんですよ」
「美味いぞ、あの女狐も好きらしい」
「それを聞くと急に食欲がなくなりますね。あんなのが好きな食べ物だと」
「まあ敵の好きな食べ物を口にするのも一興だ」
「はあ」
「食べてみればいい。きっと好きになるぞ」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 ドミンゴは勧めに従い抹茶アイスを口にした。そしてすぐに驚いたような顔になった。
「どうだね」
「美味いですね」
 彼は率直にそう答えた。
「抹茶の味がアイスによく合っています。意外です」
「そうだろう。私も最初この緑のアイスを見た時は驚いたものだ」
 彼はそう答えた。
「また日本人が変な食べ物を作ったのか、と思ったよ」
「確かに」
 ドミンゴは緑のアイスを見下ろしながらそれに応えた。
「一見するとそうですね、確かに」
「だがな、食べてみると美味い。本当に意外なことにな」
「そうですね。ただ、あの狐を攻略するのはこれでは無理でしょうね」
「どういうことだね」
「狐の好物は普通は鳥ですよね」
「ああ」
「しかし日本の狐だけは違いましたね。揚げです」
「揚げが何処にあるか見つけたのかね」
「はい」
 彼は頷いた。
「日本については私が当たらせてもらって宜しいでしょうか」
「そうだな。ではそちらは頼む」
「わかりました。ただ」
「ただ。何だね」
「この抹茶アイスはいいですね。気に入りましたよ」
「そうだろう。一度覚えると忘れられないぞ」
「そう言うと麻薬のようですね」
「ははは、甘いものは麻薬だ」
 モハマドはそれを聞いて大いに笑った。
「一度舌が覚えると忘れられないからな」
「はい」
 こうして彼等は抹茶アイスを食べながら話を続けた。政治の話から食べ物の話に移ろうとしていた。彼等はそれを楽しみつつデザートを食べていた。
 

 

第十二部第三章 様々な大地その十


 その揚げとは何か。伊藤のいる日本の首相官邸に一通のメールが届けられてきた。手紙ではなく電子メールであった。
「あら」
 伊藤はそれを見て開封した。するとそこには日本の貿易収支と関係各国の経済に関する細かい資料が添えられていた。無論それだけではない。
 日本に潜伏している各種産業スパイの名簿まであった。彼女はそれを見ながら考えに耽りはじめた。
「美味しそうな揚げね」
 そしてこう呟いて笑った。自分が周りから何と仇名されているか認識したうえでの言葉であった。
「どうやらこれで今回は収めてくれ、ということかしら」
 まだあった。各国への借款に関しての調停案だ。実は日本は多くの国に借款を行っているがそれへの支払いはあまり進んでいないのである。それへの調停案であった。
「しかもおまけつきで。これなら表でも裏でもおつりが来る、と」
 悪い条件ではなかった。むしろ彼女が欲していたのはこれ等であった。それを見て会心の笑みを浮かべていた。そこに総理府の官僚がやって来た。
「何かしら」
「総理に御会いしたいという話が来ておりますが」
「私に」
「はい」
 伊藤は受け答えをしながら誰からの話か悟っていた。
「誰からかしら」
「中央議会の方ですが。改革派のアッカラム幹事長です」
「アッカラム幹事長」
 それを聞いて自分の予想が正しいということを確信した。しかしそれは心の中に留め、何も知らないふりをして話を続けることにした。芝居である。
「それで何時かしら」
「十七日です」
「十七日」
 壁に懸けてあるカレンダーに目をやった。あくまで見るふりだけである。これもまた芝居だ。
「如何なさいますか」
「その日は無理のようね。忙しいわ」
「そうですか」
 この官僚は実は伊藤のスケジュールを知っていた。その上でそれに合わせた。彼もまた伊藤がどういう考えなのかをその言葉から悟ったのである。
「わかりました。ではアッカラム幹事長にはそのようにお伝えします」
「お願いね。あと財務大臣と産業通産大臣、外務大臣そして開拓大臣を呼んできてくれるかしら」
「はい。それでは」
「お願いね」
 こうして伊藤は早速手を打ってきた。日本は開拓を中止し、そのかわりに各国と日本が非常に有利な形で借款の調整を行った。これには中央政府の仲介があったが日本にとっては非常にいい形であった。そしてどういうわけか日本に赴任している外国のビジネスマンの多くが転勤となった。
「迂闊だったわね」
 マウイは日本に関する一連の話を聞いてそう呻いた。
「まさか先に彼等が動いているなんて」
「伊藤首相に私がもう少し早く会談を申し出ていれば」
「幹事長のせいじゃないわ」
 マウイは苦い顔をしているアッカラムをそう言って慰めた。
「彼等の動きが早過ぎたのよ。それにしても伊藤首相は流石ね」
「流石ですか」
「伊達に女狐と呼ばれていないわ。煮ても焼いても食えないとはこのことね」
「狐は食べても美味しくはありませんしな」
「あら、本来の幹事長に戻ったわね」
 マウイは幹事長のそのジョークを聞いて笑った。
「日本はね、意外としたたかだから」
「表向きは柔弱ですが。いざという時は何をするかわかりませんね」
「そうね。腹芸は得意ね。おかげで今回も彼等にしてやられたわ」
「日本に賛同していた小国も日本が開拓を中止したと聞いてすぐにそれぞれの開拓案を廃案にしたそうです。そのかわりに別の経済政策の立案に取り掛かっているとか」
「早いわね」
「彼等も彼等で国がかかっておりますから。そこでも日本が動いているようです」
「また日本なのね。こうした時には動きがいいわね、本当に」
「狐ですからな。揚げに関することなら素早いようです。化けることもしますし」
「そういえば狐は旧アジア地域では変化することもできるって言われていたわね」
「はい」
 アッカラムはマウイにそう答えた。
「人間と結婚したという話もありますよ」
「そうなの」
 日本には陰陽道と言われるものが存在していた。長い歴史を誇り、今尚皇室の奥深くにおいて皇室の方々を御守りしているとさえ言われている。その詳しい実体は謎のままであるが平安期にはもう存在していた。式神という紙に魔術を入れて鳥や鬼にしたものを自在に操り、占いも行う。平安期には安倍清明という伝説的な陰陽師が存在していた。彼の母は伝説では狐とされているのである。
「日本の歌舞伎でもそういう話があります」
「歌舞伎は見ないから知らなかったわ」
「あれはあれで癖がありますからな」
「オペラね、私は」
「はあ」
「日本のものなら相撲が好きだけれど」
 そう言って笑った。歌舞伎においても安倍清明は題材に扱われていた。狐である母との別れの話である。葛の葉子別れという。歌舞伎ではかなり有名な作品である。二十世紀末から二十一世紀初頭に活躍した上方歌舞伎の名優坂田藤十郎もまたこの役を得意にしていたことで知られている。なお相撲もまた日本の伝統的な格闘技として有名である。裸の力士達が身体をぶつけ合って戦うのがいいという者もいる。
「私は雷丸が好きよ」
「雷丸ですか」
「ええ。グルジア出身のね。強いし格好いいし」
「確かに」
 この雷丸は横綱である。圧倒的な強さで知られている。この時代ではどの国の者でも力士になれる。肌の黒い力士もいれば、青い目の力士もいるのである。ただし、髷は必須だ。
「また優勝したわね」
「ええ。五場所連続で。強いですね」
「政治も雷丸みたいにいきたいわね」
「強く、ですか」
「そうよ。確かに日本は押さえられたけれどまだ手はあるわ」
「予定通り行かれるおつもりですか」
「それが一番と思うのだけれど。どうかしら」
「ふむ」
 アッカラムはそれを聞いて腕を組んだ。それから目を閉じて考え込んだ。
「ハンニバル君とアトル君をモハマド院内総務にあてて。どうかしら」
「二人だと大丈夫かも知れないですな」
 彼は閉じた目を開けてそう答えた。
「ですが相手は手強い」
「けれど勝てれば大きいわよ」
「それはそうですが」
「正面からはそれでいくわ。けれど裏手は」
 ここでくすりと笑った。
「わかってるわね」
「勿論です」
 アッカラムもそれに合わせて笑った。
「政治だけでなく何事も表からだけではありませんから」
「そういうことね」
 保守派もまた手を打ってきた。そして議会での戦いがはじまった。
 

 

第十二部第三章 様々な大地その十一


 結果として双方の折衷案となった。モハマドとハンニバル、アトルの論戦はモハマド優勢ではあったが引き分けとなり、それは連合全土に伝わった。劣勢ながらもモハマド相手に善戦したハンニバル、そしてアトルの株が上がる形となった。保守派の開拓案も大幅な修正を余儀なくされたが、通ることは通った。そのかわりに改革派の案も通り、双方痛み分けと言ってもいい形となった。政治の世界においてはこうした妥協的な事柄もままあることであった。
「勝った、とは言い難いですね」
 ドミンゴは今度は中華料理店にいた。そこでまたもや個室においてモハマドと話をしていた。どうやらこの二人は食べながら話をするのが好きらしい。
「まあこんなものだろうな」
 モハマドは箸で麺を啜りながらそれに応えた。麺のスープはとろみがあり、具は海老や貝と野菜であった。海鮮麺で
あるらしい。
「政治において完全な勝利は難しいものだしな」
「それは私もわかりますよ」
 ドミンゴは海老蒸し餃子を食べていた。見れば二人は麺と飲茶、そして炒飯を食べている。種類は実に多い。メニューを見ると広東料理らしい。中国においては大きく四つの料理の体系があると言われている。大体二十世紀に確立され、そこから発展したものだ。広東料理は海の幸をふんだんに使うことで知られている。中華料理の中でもとりわけ評価の高い料理である。かっては食は広東にあり、とまで言われていた。清の乾隆帝は度々広東に巡幸に言っていたがこれは単なる旅行ではなかった。広東の料理を楽しむ為であったのだ。中国において最後の専制君主であり、深い学識も併せ持った名君であったが同時に稀代の美食家でもあった。その彼ですら認めたのが広東の料理であったのだ。
「伊達に長い間政治の世界におりませんから」
「それはわかっている。だからこそ頼りにしている」
 モハマドは今度は酒を飲んだ。桂花陳酒である。白ワインに花びらを入れたものである。彼はムスリムである。だが酒も豚も食べる。連合では軍で食事を分ける等の配慮が為されているのは事実だがサハラとは違いこうしたところに特に五月蝿くはない。ただ事前にアッラーに謝らなくてはならないが。実際は軍でもこうして豚や酒を口に入れるケースが多かったりする。むしろ食の戒律は連合においてはユダヤ教徒の方が厳格である。
「今回も君のおかげだ。アッカラム幹事長の工作によく対処してくれた」
「あの人の工作はパターンがありまして」
 今度は炒飯を食べていた。中には卵と海の幸がある。
「金をよく使うのですよね」
「常套手段だな、政治の」
「はい。ですからこちらはより多くの金を使いました。おかげでうちの金庫は空ですよ」
「大丈夫なのか?選挙等の資金は」
「ええ、まあ。調達先は確保していますから」
「ならいいがな。政治にはやはり資金が必要だ」
「そうですね。私もいつもスタッフへの給料にすら困っていますよ。何かと大変です」
「金に困っていない政治家なぞそうそういないだろうな」
 モハマドの顔が苦くなった。揚げた後であんかけで味付けした鯉を食べながらも顔が苦くなった。彼にとっては鯉の味よりもそっちの方が味があったのだ。
「選挙だけではないしな」
「はい」
「保守派も同じだと思うが。アッカラム幹事長も思い切ったことをする」
「それだけ向こうも必死なのでしょう」
 ドミンゴも鯉を食べはじめた。地球の北米で採れた鯉である。
「これは戦争なのですから」
「そうだな」
 モハマドは戦争という言葉に頷いた。
「銃弾は飛び交わないがな」
「そのかわりに言葉と金が飛び交います。戦争は武器だけを使ってするものではありませんから」
「うむ」
「政治の世界もまた戦場です。そうした意味で戦場は何処にでもありますね」
「ただ、実際に戦場で戦う軍人達のそれとは比較にならないがな」
「それはわかっております」
 ドミンゴは真摯な顔で頷いた。
「戦死者とその遺族への救済も対策を講じなければなりませんね」
「それは保守派も賛成だしな」
「はい」
 反対する理由もなかった。戦死者とその遺族への対処は国家として基本的なことであるからだ。ましてや連合は志願制である。それを万全にしておかなければ志願者が来ない。そして政府への批判へと直結する。支持しない政党に対してもである。軍人もまた職業の一つであり、連合市民であるから当然だ。なおこれには義勇軍の将兵達も含まれるのは言うまでもない。彼等も連合の市民権を持っているからである。
「今回の国会も色々と話すべきことは多いな」
「ですが落ち着いていきましょう」
「うむ」
 彼等は麺も点心も食べ終え、デザートに取り掛かった。杏仁豆腐である。
「いつも思うのですがゼリーに似ていますね」
「味は全然違うがな」
 モハマドは笑いながらそう言葉を返した。彼の笑顔が明るくなっていた。どうやら彼は杏仁豆腐が好きらしい。
「明日また話そう。他のメンバーも交えてな」
「はい」
「今度は・・・・・・。そうだな。お好み焼きでも食べながらな」
「わかりました」
 次に食べるものまで決めていた。彼等は最後のデザートを食べながらも政治についての話を続けていた。連合の政治は美味な料理を食べながらも続けられていたのであった。

 

 

第十二部第四章 青い薔薇その一


                               青い薔薇
 人の世とは全ての事柄が複雑に絡み合っている。何事も一つではないのだ。何もかもが絡み合い、そして影響し合っている。それは銀河に進出したこの時代においても同じであった。
 連合とエウロパの戦いはサハラにおいても影響を与えていた。まずはティムールに対して。 
 戦局の悪化に伴いサハラ北方の総督府は放棄された。そしてそこにシャイターンは兵を進めた。空白地となったこの地域を占拠したのである。これによりサハラ北方は完全にティムールのものとなった。シャイターンはこの功績により英雄となったのであった。
 サハラ北方を掌中に収めると彼は次に逃れていた移民達を呼び戻しにかかった。サハラは本来彼等のものであると宣言をしつつ。
「私は彼等の住むべき場所をエウロパの侵略者達から解放した!」
 彼はそう宣言した。
「彼等は本来の場所に戻るべきである!そうではないのか!」
「その通りだ!」
 サハラの者達は一斉にそう叫んだ。
「サハラは我等のもの!」
「アッラーを信じる者達のものだ!」
「そう、だが今まで異教徒達がそれを不法に占拠してきた。だがそれは終わった」
 彼は言った。
「彼等に追い出された者は戻るべきである!彼等の家に!」
「家に!」
「難民として苦汁を舐めていた者達よ、戻るのだ!あの懐かしい家々が諸君等を待っているぞ!」
 これはテレビやラジオ、ネット、新聞等を通じて伝えられた。当然難民達の耳にも入っていたし目にも映っていた。彼等はそれを見て当然のように心を動かされたのであった。
「どうする?」
 彼等は各国に与えられた難民キャンプや粗末な家で話し合った。
「戻るか、俺達の家に」
「戻りたくないのか、御前は」
 誰かが尋ねてきたその者に対して問うた。
「自分の家に」
「いや」
 彼は首を横に振った。
「戻りたい」
「そうだろう、じゃあ答えはわかっているな」
「ああ」
 彼は頷いた。
「戻ろう、俺達の家に」
「そしてかっての生活を取り戻そう」
 シャイターンの呼び掛けはかなりの効果があった。ハサン、そしてオムダーマンにいた難民達は次々にサハラ北方に向かっていった。そして家に戻る。各種設備はエウロパがそのまま残しており、またシャイターンはそれへの復興、維持を行っていた。彼等はすぐに元の生活に戻ることができたのであった。
 これによりティムールの人口は急激に増加した。何十億も一度に流入したのであるから当然であった。そしてそれに伴い軍備も急激に拡大されていこうとしていた。志願兵が殺到した為である。
「嬉しい悩みだな、これは」
 シャイターンは志願者が殺到していることを聞いてそう呟いた。
「難民達が戻って来るだけでなく志願兵まで来るとは」
「艦艇の数が足りませんね」
「そちらは昨日命じておいた」 
 次弟であるフラームの言葉にそう応えた。
「大規模な建造をな。だが完成するのはまだまだ先だ」
「はい」
「国力の充実も同じだ。まだ先のことになるだろう」
「では今は彼等の生活の向上に努めるのですね」
「それしかあるまい。今は動けはしない」
「それを聞いて安心しました」
「フラーム」
 シャイターンはここで弟の名を呼んだ。
「はい」
「私が今まで判断を誤ったことがあるか?」
「いえ」
 今までの記憶においてそれはなかった。弟だからこそ最もよくわかることであった。
「それはありませんでした」
「そうだろう。では今もそうだ」
「ですね」
「我々が次に動くのはまだ先だ。国が大きくなってからだ」
「今ハサンとオムダーマンから難民達が次々も戻っています。それが国を大きくしております。ですが一つ気になることがあります」
「何だ」
「連合に行った難民達のことです」
 フラームはそれに関して言及してきた。
「彼等の動きが今一つ鈍いようですが」
「連合に行った難民達はそれ程多くはなかったな」
「はい」
「だが中には連合軍に参加している者もいる。彼等のことを知るうえでも戻って来て欲しいものだが」
「ですが無理強いはできません」
「仕方ないことだ。無理強いをしては外交問題にもなる」
「そうですね」
「我々はそうした意味では待つ身だな。だが連合からも戻って来ていることは来ているのだろう」
「多くはありませんが」
「待とう。それしかない」
「わかりました」
 フラームは頷いた。シャイターンはそれを確認すると席を立った。
 

 

第十二部第四章 青い薔薇その二


「少し休まないか」
「はい」
 こうして二人はシャイターンの執務室を後にした。そして庭園に出た。そこでは満開の薔薇やチューリップが咲き誇っていた。その中には青い薔薇やチューリップもあった。かっては存在しなかった花達である。青い薔薇とは有り得ないことの例えともなっていた。だが長きに渡る品種改良により誕生した。その青い花々を二人は眺めていた。
「いい色だな」
「はい」
 フラームは青い薔薇を眺めながらそれに頷いた。
「兄上は薔薇がお好きですね」
「薔薇だけではない、花は全て好きだ」
 彼はそう答えた。
「青い花もな」
 そう言いながら青い薔薇を一輪手にとった。そしてそれを胸に飾る。
「似合うか」
「はい」
 シャイターンは今白い絹の服を着ていた。銀の豪奢な装飾まである。その胸に青い薔薇を飾る。それは実によく映えていた。青と白はよく合うのである。
「ならいい。どうも青い薔薇を飾るのには慣れていなくてな」
「よく似合っていますが」
「そうかな。今まで私は赤い薔薇を愛していた」
「そうでしたか!?」
 フラームはそれを聞いて首を傾げさせた。
「白いものや黒いものもお好きだったと記憶しておりますが」
「好きなことは好きだ」
 彼はそれを認めた。
「だが赤いものが最も好きだった」
「そうだったのですか」
「しかし青もいいものだな」
「はい」
「この薔薇はかってはこの世界に存在してはいなかった」
 彼は語った。
「だが今こうして作り上げられた。思えば色々あったな」
「ええ」
 神学論争まで起こった。アッラーの作りたもうたものでないものを作ってよいのかと。そしてそれは神に背く行為ではないのかと。かってキリスト教世界で起こったものと全く同じ論争が起こったのである。
「全てはアッラーが決められること」
 誰かが言った。
「青い薔薇が実現したのならばそれがアッラーの御意志ではないのか」
 それでおおよそは決まった。彼等はこうして青い薔薇を作り上げた。そして今シャイターンの胸にこの薔薇があった。彼は胸にある薔薇を誇らしげに弟に見せていた。
「国も同じだ」
「国も」
「そうだ」
 彼は言った。
「最初から存在した国なぞない。日本やエチオピアの様な古い国もな」
 エチオピアはソロモン王とシバの女王の間に生まれた者がそのはじまりだとされており、日本は高天原から降り立った神武帝がそのはじまりとされている。双方共伝説の話なので信憑性はない。それでも両国の皇室が気の遠くなる程長い歴史を歩んでいることは事実であるが。
「この薔薇と同じだ。私の言わんとしていることがわかるな」
「国を作られるのですね」
「そうだ、このサハラを一つにした国をな」
 彼の笑みが変わった。
「アッラーはこの青い薔薇をお認めになられた。そして今まで国が興るのも認められた。ならば私が国を興すのも同じだと思わないか。それもアッラーの民を一つにすることだ」
「それはアッラーの思し召しに他なりません」
 フラームもそれを認めた。
「シャイターン様のお役目はサハラを一つにすること」
「うむ」
「そしてムスリム達をかっての繁栄に導かれることです。かってのバグダットやイスタンプールの様な繁栄を」
「それは違うな」 
 かってイスラム世界において繁栄を極めた二つの都市の名を出されたが彼はそれを否定した。
「アッバース朝もオスマン=トルコもイスラムを統一してはいなかった」
「あ、失礼」
 アッバース朝には後ウマイヤ朝という宿敵がイベリア半島に存在していた。クーデターにより政権を奪取したアッバース朝であったがこの時ウマイア朝の者を一人取り逃がしてしまっていたのである。このウマイア朝最後の生き残りは物乞いにまで身をやつしながら逃げ延び、そしてイベリア半島において復活したのであった。まるで御伽噺のような話であったがアラビアン=ナイトを生んだ世界だけはある夢の様な話であった。
 

 

第十二部第四章 青い薔薇その三


 オスマン=トルコの勢力圏は極盛期にはハンガリー、黒海沿岸、地中海南岸、バグダットまでを勢力圏に置いた強大な国家であった。皇帝直属の親衛隊であるイェニチェリを筆頭として武威を誇り、陸でも海でも敵はいなかった。ユーラシアの通商とナイル、チグリス=ユーフラテスの二つの文明を生んだ河をその手の中に収め、繁栄を謳歌していた。だが彼等ですらイスラム世界を一つにはできなかった。東に宿敵ペルシアが控えていたのだ。
「それぞれ偉大な国家ではあったがな」
「そうですな」
「ハールーン=アル=ラシードはあまり大したことはなかったようだがスレイマン大帝は偉大だった」
 アラビアン=ナイトにも登場するハールーン=アル=ラシードはアラビアン=ナイトにおいては偉大な王として書かれているが実際はそうではなかった。何かあると宰相ジャアファルに責任を被せようとした。これはアラビアン=ナイトにもある。
 彼には悪い癖があった。短気であり癇癪持ちで気に入らない者はすぐに打ち首とした。遂にはジャアファルまでそうなってしまった。失政が相次ぎ各地で反乱が起こった。だが勇敢ではあり、強敵ビザンツ帝国とも果敢に戦った。だから今でも人気は高い。
 スレイマンの時代がオスマン=トルコの黄金時代であった。彼はその帝王として君臨した。教養豊かで語学に長け、そのうえでさらに仁愛も持っていた。名君であると言えた。
「私はそれ以上の国家を築く」
 シャイターンは宣言した。
「このサハラを一つにしてな」
「わかりました」
「その為にはフラームよ」 
 あらためて彼に顔を向けた。
「そなたの力を借りたい。よいな」
「御意」
 彼は頷いた。それこそが彼の使命なのであるから。
「この青い薔薇をサハラにおいて咲かせる」
 また言った。
「そしてアッラーの名の下サハラは一つになるのだ」
 そう言い終えると立ち上がった。そして側にいた侍従に対して声をかける。
「ワインを」
「畏まりました」
 すぐにワインが運ばれてきた。二つの銀の杯も。シャイターンはそれを確認してまた座した。
「面白いワインだな」
 彼はボトルを見ながらそう述べた。
「青いワインか」
「デマーヴァント産です」
 侍従がそう述べた。
「そこで品種改良された葡萄を使って作られたものです。デマーヴァントの名物です」
「確かあの星系は今までエウロパに占拠されていたな」
「はい」
「だがまた我々の手に戻った。そして今この青い酒をもたらしてくれた」
 その青いワインが銀の杯に注がれる。銀と青が見事なコントラストを形作っていた。
「フラーム」
 それが二つの杯に注がれるとシャイターンはフラームに声をかけた。
「そなたも飲むがいい」
「有り難き幸せ」
 彼はそれを受けた。そしてシャイターンの向かいの席に座り、杯を手にした。彼はそれを口に含んだ。
「辛口ですね」
「そうだな」
 シャイターンはニヤリと笑ってそれに応えた。
「青いワインには相応しい。そうは思わないか」
「はあ」
「青というのは不思議な色だ」
 彼は言った。
「よくある色のようであまりない。あるのは空と海位か」
「花や生き物にはあまりありませんな」
「陸にはな。海はまた違うが」
 その通りであった。青い花といっても実際は紫がかかっていたりする場合が多いのである。自然の世界においては純粋な青というのは少ないのだ。
「さっきも言ったが国も同じだ。一つになっている国というのは多いようで少ない」
「はい」
「それを為し得る者が少ないからだ。だからこそサハラは今まで乱れていた」
 一千年の間戦乱が絶えることはなかった。サハラの歴史とはそのまま戦争の歴史であった。彼等は互いに覇を競い、争っていた。統一出来る者が現われたことはなかった。出来そうな者は何人か出たことはあったが結局はそれを為し得なかったのであった。
「だが私は違う」
 その声が強くなった。
「私の手でサハラは一つになる。これは運命だ」
 青いワインを口にする。口にまるで青い血が着いたように見えた。
「よいな。機が来ればまた動く」
「ハッ」
「アッラーの御意志のままに」
 青い薔薇が庭に咲き誇っていた。それはまるでシャイターンを取り囲むようであった。海、いやそれよりも強かった。まるで青い炎のようであった。彼はその中で野心に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

第十二部第四章 青い薔薇その四


 青い薔薇がマルヤムのもとに贈られて来た。シャイターンからのものであった。
「青い薔薇か」
 それはアッディーンも見た。彼はそれを見て少し戸惑っているようであった。
「何かありまして?」
「いや」
 彼は妻の問いにも返答に窮していた。
「また変わったものを贈ってくれたな、と思って」
「シャイターン家では薔薇が好まれていまして」
 彼女は語った。
「青い薔薇も庭にありますの。中には青い薔薇だけで飾られた邸宅もあります」
「そうなのか」
 彼はそれを聞いて意外といった顔をした。
「青い薔薇だけで」
「何かおかしな点でも?」
「いや」
 言われてみると決しておかしくはない。青い薔薇が誕生してもう千年以上経つ。青い花自体が人工的に作られて多くの場所に咲き誇っている。自然の世界にはなくとも作ることは可能なのであった。
「決してそうではないが」
「そういえばオムダーマンには青い薔薇は少ないですね」
「そういえばそうだな」
 言われてはじめて気付いた。オムダーマンでは青い薔薇はあることにはあるがポピュラーではない。国民にあまり好まれていないせいであろうか。
「私も実際にはあまり見たことはないな」
「私は今までそれが不思議でした」
 マルヤムはそう述べた。
「何故この国には青い薔薇が少ないのだろうと。あんなに綺麗なのに」
「好みの問題があるからな」
 アッディーンはそれに理由を求めることにした。
「貴女が好きでも他の者もまたそうであるとは限らない」
「はい」
「そういうことだと思う。青が好きな者もいればそうでない者もいる。そういうものだ」
「貴方はどうですか?」
「私!?」
 ここで自分自身について問われまた戸惑ってしまった。
「私か」
「はい。貴方はどうなのでしょうか」
「青は好きだ」
 彼はそう答えた。
「オムダーマンの軍服の色でもあるしな」
 見ればこの薔薇はコバルト=ブルーであった。オムダーマンの軍服と同じ色であった。
「親しみがある。私にとって青とはそういう意味で好きだ」
「そうなのですか」
「どちらかというと空かな、私にとっては」
「薔薇の青ではないのですね」
「残念ながら。少なくとも今まではな」
「わかりました。ではこれからはどうでしょうか」
「これからか」
 彼はそれを聞いて考える目をした。
「これからはわからない」
「そうなのですか」
「私の考えが変わるかもしれないしな。先のことがわかるのはアッラーだけだ」
「はい」
「だがこの薔薇は気に入ったな」
「有り難うございます」
「後で造花にして飾っておきたい。いいかな」
「わかりました。それでは後で作っておきます」
「造花もできるのか?」
「ええ。ドライフラワーなら」
 マルヤムは答えた。
「子供の頃からやっておりましたので」
「そうだったのか」
 それを聞いてあらためて感心した。
「では宜しく頼む。いいかな」
「はい」
 マルヤムは頷いた。
「では今日中に取り掛かりますので」
「ああ、頼む」
 アッディーンはそれを認めた。こうして青い薔薇はドライフラワーとなることが決まった。アッディーンはそこであらためて腰を落ち着けた。
「最近お仕事の方はどうですか」
「これといって変わりはないな」
 妻の問いにそう答えた。
「大きな戦争もないしな。だからといって気楽ではないが」
 彼は副大統領であった。軍務全般を管轄している。従って軍のことは全て彼に責任があるのだ。それで気楽な筈もなかったのである。
「だが暫くはここに留まることができる」
「そうなのですか」
「アスランにな」
 しかしこのアスランに関して一つの問題が起こっていた。首都としての位置である。
 アスランはオムダーマンがサハラ西方にあった頃からの首都である。従ってサハラ西方にある。しかし今やオムダーマンはサハラ西方と南方を完全に掌握している。西方、しかも端の方にあるこの場所ではいささか不便ではないかという意見が出ているのである。
 それはアッディーンも感じていた。彼は軍を率い、オムダーマンから出撃する立場であるから当然であった。彼はカッサラを拠点として戦っていた時実はアスランから出撃するより便がいいと思っていたのである。だからこそアスランの首都機能に限界を感じはじめていたのだ。
 

 

第十二部第四章 青い薔薇その五


 しかし首都を移転するとなれば話は大きくなる。慎重に議論していかなければならない。だから彼は今は口を開かなかった。そして状況を見守っていた。
「また動くことになると思うが」
「はい」
 それはマルヤムもわかっていることであった。
「留守は頼むぞ」
「留守を守るのは妻達の務めですから」
 マルヤムもまたサハラの女である。彼女はその言葉に対して頷いた。
「お任せ下さい」
「わかった。ではその時は頼む」
「はい」
 その件についての話が終わると今度は別の話になった。アッディーンは妻と他愛のない話に移った。こうして二人は夜を静かに過ごしたのであった。
 青い薔薇はサハラにだけあるのではない。当然のように人類社会の至る場所に存在する。エウロパにもあれば連合にもある。そしてマウリアにも存在するのだ。
 薔薇はマウリアにおいてはヴィシュヌの花とされている。三大神の一人であり調和を司る神である。彼はかってブラフマーと口論したことがある。どの花が最も美しいか、ということで。
 ブラフマーは言った。
「蓮こそが最も美しい」
 と。蓮は彼の花であった。だがヴィシュヌはそうではないと主張した。
「薔薇こそが最も美しい」
 と。二人はかなり長い間議論をしていたがやがてそれぞれの花を見て結論を下すことにした。まずはブラフマーが自分の花を見せた。自身の宮殿にある池を見せたのであった。
「どうだい、この蓮は」
 彼は誇らしげに蓮を見せた。そこには赤や白の無数の花々が咲き誇っていた。ブラフマーは得意になって胸を張った。これ以上のものはないという絶対の自信からであった。
 だがヴィシュヌは落ち着いていた。彼はその蓮を見ても平然としていた。
「確かにこの蓮は美しい」
「そうだろう」
「だが私の薔薇の方が美しい」
「貴方はまだそれを認めないのか」
 ブラフマーはそれを聞いて四つの顔を顰めさせた。
「強情を張るのは貴方らしくないぞ。シヴァでもそんなことはしない」
「ははは」
 ヴィシュヌはここでシヴァの名が出たので思わず笑ってしまった。
「彼は確かに頑固なところがありますが強情ではありませんな」
「しかし今の貴方は強情だ」
 一説にはこのブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァは同一の神だとされている。彼等はそれぞれの役割に応じてその姿を変えているに過ぎないのだと。
「違うだろうか」
「私は自分を強情な者だと思ったことはないよ、友よ」
「ではそれだけ自信があるということだな」
「そうだ。では今度は私の宮殿に来てくれ。綺麗な花を見せてくれて有り難う」
「ああ」
 こうして二人の神は今度はヴィシュヌの宮殿に向かった。目的は決まっていた。ヴィシュヌの勧めるその花を見る為であった。彼は道中自信に満ちた笑みを浮かべ続けていた。
「これだ」
 ヴィシュヌは宮殿の庭に着くと一本の木を指し示した。それは薔薇の木であった。
「これが」
 見ればごく普通の木であった。棘がある以外は何の変わりもない、何処にでもあるような木であった。ブラフマーはそれを見て四つの顔を怪訝そうな顔に変えた。
「ヴィシュヌ」
「言いたいことはわかっているよ」
 ヴィシュヌはそう言って笑った。
「だが少し待っていてくれ。貴方に見せたいのだから」
「私にか」
「そうだ。いいかな」
「わかった」
 ブラフマーはそれに従い待った。すると香りが漂ってきた。芳しい、薔薇の香りであった。その香りを嗅ぐだけでブラフマーは不思議な気持ちになった。
「何と素晴らしい香りだ」
「香りだけではないよ」
 恍惚とするブラフマーに対してにこりと微笑む。
「見るんだ、あれを」
 また木を指し示した。
「じっくりと」
 ブラフマーはそれに従う形で薔薇の木に注目した。すると蕾が次々に出て来た。様々な色をした蕾達であった。
 それ等が徐々に咲く。そして夜空の月の様に白い薔薇や紅の薔薇が咲き誇った。木だけではなかった。庭全体が、二人の周りも薔薇達に囲まれていた。
「どうかな、薔薇は」
「素晴らしい」
 ブラフマーは思わず感嘆の声を漏らした。
「この世で最も美しい」
「やっとわかってくれたか。薔薇の美しさが」
「ああ。蓮も綺麗だが薔薇はさらに綺麗だ。この世で最もな」
「これが薔薇の美しさだ。薔薇は一つの場所にだけ咲くのではないのだ」
 ヴィシュヌは語った。
「この世のあらゆる場所に咲く。そしてその美しさと香りで世を覆うのだ」
「そうだな」
 二人の神は何時までもその薔薇達を眺めていた。マウリアに伝わる薔薇の話である。
 この話から薔薇がマウリアにおいても愛されていることがわかる。古い時代からマウリアにおいては重要な花の一つであったのだ。
 

 

第十二部第四章 青い薔薇その六


 なお薔薇は食用としても知られている。古代ローマにおいては水や酒に薔薇の香りが入れられた。ネロは薔薇をこよなく愛し、常に薔薇を側に置いていた。そして薔薇のデザートを食べていたのだ。
 今でも薔薇は食べられている。このマウリアにおいても同じだ。今クリシュナータの前に一つの紅い菓子が置かれていた。
「ふむ」
 彼はその紅い菓子を見下ろしていた。小さく四角に切られている。それが数個皿の上にあった。
「また変わった菓子だね」
「ソアン=パディですが」
 給仕の一人がそれに答えた。
「召し上がられたことはある筈ですが」
 ミルクと砂糖をふんだんに使った菓子である。マウリアにおいてはポピュラーな菓子の一つである。当然クリシュナータもマウリアの主席になってから食事の後のデザートとして何回か口にしている。
「確かにな」
 そして彼はそれを認めた。
「だが紅いパディははじめてだ」
「薔薇を入れているそうです」
 給仕はそう述べた。
「薔薇をか」
「はい。シェフが趣向を変えまして。それで薔薇を入れてみたようなのです」
「そうだったのか。それで」
 彼はそれを聞いて納得した。
「紅いのか。成程な」
「赤薔薇を使ったそうですから」
「別に白薔薇でもよかったのではないのかね」
「それが趣向を変えたということらしいです」
 給仕はそう答えた。
「パディは白いものですね」
「ああ」
 ミルクを使っているからそれは当然であった。
「ですがこのパディはミルクを抑えまして」
「そのかわりに薔薇を使ったのだな」
「そういうことです」
 給仕はそう言って頷いた。
「ミルクのそれとはまた違った、独特の味わいだそうです」
「美味しいのかね」
「シェフは胸を張っています。どうぞお召し上がり下さい」
「わかった。それでは」
 彼はそれを受けてフォークを手に取った。そしてそれを口に含んだ。
「如何ですか」
「ふむ」
 彼は噛み、味わい、喉の中に通した後で応えた。昔のマウリアならばこれで指の感触も味わうところであろう。かってのインドにおいては指で食べていた。そしてそこでも味わっていたのだ。
「美味しいな」
「左様ですか」
 給仕はそれを聞いて満足した笑顔を浮かべた。彼はシェフとは個人的に親しい関係にある。だから友人が褒められたことは素直に嬉しいのである。
「ミルクだと何だ」
 クリシュナータは言った。
「入れ過ぎると甘ったるくなってしまうな。だがこれは違う」
「はい」
「薔薇の味が支配している。その甘みも感じられるな」
「砂糖の甘みだけではなく」
「そうだ。そして薔薇の香りもする」
 デザートは甘みだけではない。香りも必要なのだ。彼はそれがよくわかっていた。だからこそそれについても言及したのであった。
「非常にいい。合格だ」
「それを聞くとシェフも喜びましょう」
「ただ一つ気になることがあるな」
「それは」
 給仕はそれを聞いて少し不安な顔になった。
「いや、このパディは紅い薔薇を使っているな」
「はい」
「だから紅い。だが他の薔薇を使ったらどうなるかな」
「そうですね」
 彼はそれを受けて考え込んだ。
「当然黄色い薔薇ですと黄色く、白い薔薇ですと白くなります」
「面白いのは白い薔薇を使った場合だな」
 クリシュナータはそれを聞いてそう述べた。
「それでは一見すればミルクを使った場合と変わりがないな」
「あっ、そうですね」
 給仕はそれを聞いて顔を上げた。
「それはそれで面白いかも」
「一見すると見分けがつかない。食べてみないとわからないということだ」
 後にここからマウリアであることわざが誕生する。
『ミルクのパディと白薔薇のパディを間違える者は嫁選びも間違える』
 と。外見だけではわからないということである。
 実際に作ってみて、本当にそうであった。だが味は全く異なる。だからこそことわざになったのだ。ミルクと薔薇では味も香りも異なる。非常に印象的なことわざであった。
「今度は白薔薇のパディも食べてみたいな」
「はい」
「シェフに伝えてくれ。ミルクのパディと一緒に頼むと」
「わかりました」
 食事の後のほんの一場面であったが、これでことわざが一つ誕生した。こうしたものは思わぬ場所で生まれたりするものである。
 食事が済むとクリシュナータは執務に戻った。既に重要な情報が一つ彼のところに届いていた。
「ふむ」
 見ればサハラに関することである。シャイターンの動きが水面下で活発化しているらしいとのことである。
「シャイターン主席がか」
 彼はそれを見て呟いた。電子メールはマウリアの諜報部からのものであった。彼等はかなりの数の諜報員をサハラ各国に送り込んでいるのだ。当然内密に、であるが。
「まだ戦える時ではないと思うが」
 それはシャイターン自身が最もよくわかっている筈だと思っていた。だがこの時に何故。クリシュナータは首を捻った。そしてテレビ電話のスイッチを入れた。それから諜報部に電話を入れた。
 

 

第十二部第四章 青い薔薇その七


「何でしょうか」
 すぐに諜報部長のシータ=サーガルが出て来た。マウリアの緑の軍服に身を包んだ妙齢の女性である。浅黒い肌に彫の深い顔立ちがよく似合っている。長い髪を後ろに束ねており、その細長い顔がさらに映えていた。階級は中将、マウリアの士官学校で最高峰と言われるクリシュナ士官学校を優秀な成績で卒業した才媛である。マウリア軍のホープの一人と言われている。仇名はドゥルガー。破壊神シヴァの妃パールヴァティーの化身の一つとも言われる十本の腕を持つ美しき戦いの女神である。彼女は聡明であり、美しいが戦場においては果敢な指揮で知られていた。諜報部においては冷静かつ慎重な部長として知られていた。そうしたことからこの気高き戦いの女神の名が冠されたのである。
「サーガル長官、今私にメールが届いたのだが」
「ティムールに関することですね」
「知っていたか」
「はい。私のところにも今サハラに潜伏させているスタッフから連絡がありました」
「同じ内容でだな」
「その通りです。主席からお電話があることは予想していました」
「それは何よりだ」
「これについて私見を述べさせてもらいたいのですが。宜しいでしょうか」
「是非共お願いしたい」
 彼をそれを促した。
「君の考えを聞きたいと思い電話したのだからな。頼む」
「わかりました。それでは」
 サーガルはそれを受けて話をはじめた。
「元々シャイターン主席は諜報活動を得意としております」
「うむ」
「平時においてもそれは変わりません」
「だが普段のそれより多いようだが」
 クリシュナータはメールの報告文を見ながら言った。
「通常よりも二割も多いと書いているが」
「はい」
 サーガルは頷いた。
「その通りです。これには秘密があると思います」
「どのようなだ?」
 彼はまた問うた。
「どうやら何かしらの工作活動を考えているようなのです。通常の諜報員に混じってヒットマン等も見受けられます」
「ヒットマン」
 それを聞いたクリシュナータの顔色が変わった。シャイターンの周りでは何かと不審なことが多い。彼と敵対する者や障壁になりそうな者は次々と原因不明の死を遂げたり、思いも寄らぬスキャンダルで失脚したりするのだ。中にはどういうわけかいきなり彼の軍門に下る者もいるのだ。クリシュナータはそういったことがある度にシャイターンの工作を疑う。工作の方法は色々とある。彼は相手によってそれを使い分けているのだろうと考えていた。
「またえらく物騒だな」
「当然出所の知れない金の動きも多々あります」
「そうか」
「中には地下組織に流入しているものもあるようです。それも犯罪組織に」
「元々彼はそうした組織とも縁が深いしな」
「はい」
 今度はサーガルが頷いた。サハラの者が知るシャイターンはあくまで表の顔のシャイターンに過ぎない。クリシュナータが知るシャイターンには二つの顔がある。裏の顔も、である。
 裏のシャイターンは陰謀を好む。父の教団の力を背景に裏社会にも絶大な権力を持っているのだ。傭兵隊長であった時はここからも資金を得ていたという。どんな犯罪組織でも宗教の力に抵抗することは困難であった。日本ではヤクザはよく寺や神社に場所を提供してもらい、そこで賭場等を開いていた。サハラでは多くの国が賭博を特に取り締まっていない為そうしたことでの影響はないが教団が何かをする場合の斡旋等もしていた。中には宗教家を隠れ蓑としている者もいた。シャイターン家は実際に宗教家の家であるが代々裏社会と関係が深かった。そうでなければあれ程までの巨大な教団とはなれなかった。力とは表の力だけではないのである。
「彼等を使うことも慣れているか」
「問題はそれで何をするかですね」
「そこだ」
 クリシュナータは言った。
「私が聞きたい部分はそこだ」
「はい」
「長官はどう考えているか」
「要人暗殺ではないかと思われます」
「それか」
 ある程度予想していた答えであった。クリシュナータはそれを聞いて顔を引き締めさせた。
「誰だと思うか」
「オムダーマン、そしてハサンにそれぞれ多くの者が潜伏しております」
 サーガルはまた言った。
「両方で行う可能性もありますので」
「ハサンだと王族かその側近か」
「オムダーマンですと」
 そこでクリシュナータの脳裏にある者の顔が浮かんだ。
「まさか」
「いえ、それはないでしょう」
 サーガルの脳裏にも浮かんだ。だが彼女はそれを否定した。
「彼は今や主席の血縁者ですから」
「それはどうかな」
 だがクリシュナータはそれに疑問を述べた。
「歴史を見たまえ。血縁にある者達こそ危ないのだ」
「それはそうですが」
「中国の宋という帝国のことだが」
「はい」
 彼は中国の歴史について言及してきた。
「二代皇帝である太宗は兄である太祖の後を継いで皇帝になった後兄のその息子達と自分の弟を殺しているな」
「そう言われていますね」
 諸説ある。この三人についてはそれぞれ自殺、暗殺、怪死、衰弱死、様々な説があるのだ。だがいずれにしても不審な死であったことにはかわりはない。こうしたことはどの国でもある。
「それは肝に命じておけ」
「ではアッディーン副大統領も」
「可能性はある」
 クリシュナータは言い切った。
「完全には否定はできないだろう」
「それはそうですが」
「だが・・・・・・否定したいようだな」
「はい」
 サーガルはその言葉に頷いた。
「まさかと思いますから」
「妹の夫であっても不要となれば排除する。シャイターン主席はそうした人物だと私は見ている」
 その言葉が辛辣なものに聞こえた。
「彼は冷徹だ。そして」
「そして現実主義者だ。極めて鋭利な、な」
「鋭利ですか」
「言葉を替えると低温の現実主義だ。氷の様な」
「またえらく難解な言葉に聞こえますが」
「彼にとっては道徳も倫理観も良心も関係ない。その目的の為ならばな。全てはアッラーの前に許されるのだ」
「神を利用しているのですか?」
「それもまた違う」
 クリシュナータはそれも否定した。
「ムスリム達にとってアッラーは絶対の存在だな」
「はい」
 それは知っていた。マウリアにもイスラム教徒は存在する。マウリアという国はヒンズー教が主流であるがその他にも多くの宗教が存在する。イスラム教もあればシーク教、ゾロアスター教、仏教、拝火教、キリスト教と実に多岐に渡る。だからこそ彼等はイスラムという宗教を知っているのだ。政治において宗教のことを配慮せずにはいられないからだ。宗教は人の心である。決して否定できないものの一つである。

 

 

第十二部第四章 青い薔薇その八


「アッラーはあくまで絶対、そして無謬の存在とされている。その意志によって全ての事柄が決められているのだ」
「天界に行くのも地獄に落ちるのも」
「そうだ」
 彼は頷いた。
「プロテスタントだったか、キリスト教の」
 彼は今度はキリスト教について言及しはじめた。
「予定説というものがあったな」
「カルヴァンでしたね、確か」
「ああ」
 プロテスタントの創始者の一人である。新教を創始したのはドイツのルターであったがカルヴァンは彼よりもさらに過激であった。ルターは宗教的には極めて過激であり、当時あまりにも絶対的な権勢を誇っていたバチカン、そしてそれを支える神聖ローマ帝国、その皇帝家であるハプスブルク家を向こうに回しても臆することはなかったが、意外と世話焼きで人間味のある人物であった。修道院のシスター達の結婚相手を見つけるのに躍起になり、残った最後の一人と結婚したりしている。売れ残りは可哀想だからである。このシスターとの間にはかなり多くの子供がおり、子煩悩な父でもあった。
 またビールの害毒について何時間も講義しながらその直後に美味そうにビールをゴクゴクと飲んでいた。堅物のイメージが強いがそれは宗教に関してのみであった。実際にはそうした人間としては柔らかさも持っていた人物であったのだ。
 それに対してカルヴァンは過激そのものであった。禁欲的であり、スイスにて新教の教えに基づく半ば独裁的な都市を作り、そこで教えを広めていった。そこには一切の妥協がなかった。予定説はそうした彼ならではの説であったのだ。
『神に救われる者は既に定められている。神の力は絶対だ』
『人間の運命は神が全て決めている。それに対して何もできはしない』
 そうした考えであった。では人は救われないのだろうか。カルヴァンはそうではない、と言った。
 神から与えられた天職に励むのがいいと言ったのである。それに励めば天国に行けるだろう、と。それが運命であるならば。なおここで彼は商業を奨励した。働いて金を儲けるのはよいことだとしたのである。
 実はこれはキリスト教社会においては画期的なことであった。キリスト教では金を貯め込むことを罪悪とする思想があったのである。富める者が天国に行くことは駱駝が針の穴を通るより難しい。
 スコラ哲学を大成したトマス=アクィナスは商業を罪悪視してはいなかった。生きる為に必要だからだ。彼はキリスト教においてその名を残す偉大な学者であったがその彼程でないとそう断言できなかった。それでも最低限の必要悪という考えが根底にはあった。カルヴァンはそれをよいことだと言ったのである。これは実に大きなことであった。
 これを支持する者達が現われた。手工業者と商人達である。こうして彼の教えは広まっていったのであった。
「彼が言ったことはイスラム世界では常識だった」
「アッラーが絶対のものですから」
「そうだ。そこから言えることだが」
 彼は言葉を続けた。
「人の行動はアッラーの前では些細なことなのだ。一人の悪事なぞアッラーにとっては些細なことだ」
「そういうものでしょうか」
「少なくとも我々が考えているものより罪悪に対する意識は変わっているな」
「はあ」
「そして悪人でもジハードに身を捧げれば許される。またアッラーの忠実な僕である限りはな」
「そういうものでしょうか」
「少なくともシャイターンはムスリムとしては立派だ。彼の信仰心の篤さは知っているな」
「はい」
「そして勇敢だ。彼はアッラーの戦士でもある。それだけで充分だろう」
「そういうものなのですか」
「我々とは考えが根底から違うということだ」
 彼はそう言い切った。
「宗教が異なればな」
「そういうものなのですね、結局は」
「シャイターンという人物は二面性も強い」
 今度は宗教ではなく、シャイターンそのものについて言及した。
「まるで神と悪魔が同居しているようだ」
「神と悪魔、ですか」
「そうだな。同時にかなり鋭い」
 これは先程も言った。
「だからだ。何をしてもおかしくはない」
「目的の為には手段を選ばず、そしてそれを平然と正当化できる」
「そうだ」
「非常に厄介な人種ですね」
「だからこそ動きを注視しておいてくれ。いいな」
「わかりました」
 サーガルは頷いた。だがまだ考える顔をしていた。
「ただ・・・・・・一つ気になることがあります」
「何だ?」
「そのシャイターン主席の密偵ですが」
「うむ」
「連合や我が国にも潜伏しているという情報も入っているのですが」
「何っ」
 それを聞いたクリシュナータの顔色が一変した。
「それは本当か!?」
「はい。まだ未確認の段階ですが」
「そうか」
 落ち着いてきたがそれでも表情は晴れなかった。
「まずいな、それが本当だと」
「如何為されますか」
「決まっている」
 しかしその声は冷静なままであった。
「すぐに調査を開始してくれ。何かあってからでは遅い」
「わかりました」
 サーガルは電話の向こうで敬礼してそれに応えた。 

 

第十二部第四章 青い薔薇その九


「連合にも伝えますか」
「そこまではしなくていいだろう」
 彼はそれには動こうとはしなかった。
「彼等は彼等でやるだろう。それに既に知っている可能性もある」
「知らなかったならば」
「それはそれだ」
 それでも彼は動けとは言わなかった。
「他国の動きも掴めないような諜報部ではどのみち存在していても何の意味もない」
「そうですね」
 それは諜報部長である彼女が最もよくわかっていることであった。敵の動きを掴めなくては何もできない。だからこそ諜報部は優秀でなければならないのだ。
「それに彼等もそこまで無能ではないだろう。安心していい」
「了解しました」
「だが問題は彼等が何をしようとしているかだ」
「ティムールの諜報員達がですか」
「そうだ。我がマウリアや連合にまで潜伏しているとなると」
「これはあくまで私の憶測ですが」
「うむ」
 クリシュナータは彼女の言葉に耳を傾けさせた。
「今度の為に色々と内部を見ようとしているのではないでしょうか」
「内部を」
「はい。それが人を見ているのか、国を見ているのかまではまだ断定できませんが」
「味方になるか、敵になるか、かな」
「その可能性もあるでしょう」
 彼女はその言葉に頷いた。
「今の時点ではまだ我々に暗殺やその他の工作をしてくるとは思えません」
「しかし泳がせておくわけにもいかない」
「それはわかっております」
「ならいい」
 それは彼が望んでいた答えであった。
「頼むぞ」
「はい」 
 それで話は終わった。サーガルは姿を消した。そして後にはクリシュナータだけとなった。彼は真っ黒になったモニターの映像を見ながら考えていた。
「シャイターンという男」
 ふと呟いた。
「やはり油断はできないか」
 そう言い終えると仕事に戻った。仕事は山の様にある。それを一つずつ確実に処理していかなければならなかった。マウリア主席とは決して暇な仕事ではないのである。
 すぐに別の者から電話がかかってきた。それに出る。そしてまた仕事に取り掛かる。こうして彼の一日は過ぎていた。仕事が彼を呼んでいるのであった。
 諜報員の件がマウリアに漏れていることはシャイターンにも察知されていた。彼はそれを官邸においてティムール情報部長であるムアー=ギルギット大将から受け取っていた。彼は鋭い黒い目をした美男子であった。年齢は三十代半ば程に見受けられる。
「そうか、マウリアに」
「既にマウリアの諜報員達は皆撤収させました」
 彼は剣の様な鋭い声でそう述べた。
「早いな」
「危険が来る前にと思いまして。不都合でしょうか」
「いや、それでいい」
 彼は執務室の机の上で少し動きながらそう応えた。
「どのみち情報収集だけだ。それならば別の手段を考えよう」
「わかりました」
「ダブルスパイを育成してはどうか」
「ダブルスパイですか」
「そうだ」
 彼は言った。ダブルスパイとは敵国の諜報員やその他の有益と思われる人物を買収するなりしてこちら側の人間に引き込み、諜報員として活用することである。孫子にもある昔からよく使われているものである。
「どうだ、悪くはないと思うが」
「そうですね」
 ギルギットはそれを聞いて考え込んだ。
「悪くはないと思いますが」
「あまり乗り気ではないようだな」
「リスクを考えますと。マウリアとの外交問題として表面化する危険性があります」
「それは承知のうえだが」
 ダブルスパイは有効なものであるが問題もある。それは他国の人間を引き込むものであるから若しそれが公にされた場合その国との関係が決定的に悪化する怖れがあるのだ。
「これはと思う者のリストアップからやっていくか」
「慎重に、ですね」
「ああ」
 シャイターンは頷いた。
 

 

第十二部第四章 青い薔薇その十


「高官や諜報員の中から先ず選んでいきたいのだが」
「やはり実行に移すおつもりですか」
「悪くはないと思うが」
 あまり乗り気ではないギルギットに対してシャイターンは乗り気であった。彼はそうした方法を好む傾向がある。影の世界にあるとされるやり方にも抵抗はないのである。
「少なくともマウリアの高官や諜報員の情報収集にはなると思うが」
「それも兼ねるというわけですか」
「これでは悪い条件ではないだろう」
「わかりました。それでは」
「うむ。頼むぞ」
 こうしてダブルスパイの選別が決定された。そして連合に対しても同じ方法が採られることになった。そして話はもう一つの工作の方に移った。
「先日オムダーマンに潜伏している諜報員から報告がありました」
「遂にか」
 シャイターンはそれを受けて顔を上げた。
「そして何と」
「要人のスケジュール、そして住所や家族構成まで完全に掌握したとのことです」
「そうか」
 それを聞いて笑った。悪魔的な、酷薄な笑みであった。
「それは何よりだ」
「後は閣下の御指示だけですが」
「それにはまだ早いな」
 しかしシャイターンはここでは動こうとはしなかった。
「まだな。わかるな」
「はい」
「今は我々も動く時ではない。このまま諜報活動を続けよと言っておけ」
「わかりました」
「ハサンの方はどうか」
「そちらの方も抜かりはありません」
 彼はそう答えた。
「既にオムダーマンと同じように」
「なおよし」
 それを聞いて再び悪魔的な笑みを浮かべた。
「時が来れば指示を出す。それまでこれまで通りの活動をしておくように伝えよ」
「ハッ」
「これで次の行動への準備は全て終わったな」
「少なくとも裏においては」
「裏こそが肝心なのだ」
 シャイターンはそう言い切った。
「裏こそがな。重要なのだ」
 思わせぶりな言葉であった。少なくともアッディーンの様な人物ならば決して言わないような言葉であった。だからこそ印象に残る言葉であった。シャイターンだからこそ口にする言葉であると言えた。
「だからこそ今まで手を打ってきた。違うか」
「いえ」
 ギルギットはそれを否定はしなかった。彼も情報部長である。それはわかっていた。
「だが今のところ裏はこれだけでいいな」
「表ですか」
「サハラ北方は完全に我が手に落ちたしな。これからが大変だ」
「また何か御考えでも」
「うむ」
 シャイターンは再び悪魔的な笑みを浮かべた。
「首相を呼んでくれ。いいな」
「わかりました。それでは」
 ギルギットはその場を後にした。そして次にティムール首相であるオサム=ウーアンザが入って来た。頭の禿げ上がった小柄な老人である。シャイターンの周りにいる人物としては珍しく軍服ではなくスーツを身に纏っている。そのことからも彼が文官であることがわかる。
 ティムールは武断政治と言ってもよく、軍部の発言力が強い。これは他ならぬシャイターン自身が戦争による勝利で今のティムールを作り上げたことも大きいがやはり今のサハラの情勢から見てもそれが妥当であるからだ。戦乱の地において軍が強くなるのは当然と言えた。だがそれでも文官が不要というわけではないのである。
 武官と文官ではそれぞれ得意とする分野が違う。武官が不得手な分野においては文官が活躍するものだ。行政や経理等がそれである。そしてこのウーアンザはティムールにおける文官の頂点にあると言ってもよかった。ティムールにおいては主席の力が大きく半ば独裁的である。しかしそんな立場においても補佐する者は必要である。ウーアンザはシャイターンを行政の分野において補佐する者であった。
「御呼びでしょうか」
 ウーアンザは一礼してからシャイターンに対して問うた。
「よく来てくれた、首相」
 シャイターンはそれを受けてこう述べた。
「話というのは他でもない。旧総督府のことだ」
「既に各種インフラ等の復興等の手配、難民達の移住先の手配等は終わっておりますが」
 彼は淡々とそう述べた。
「まだ何かおありでしょうか」
「総督府に仕えていた者達が残っているな」
「はい、僅かに」
 彼は答えた。エウロパは北方各国を滅亡させた後はそこにいたサハラの者達を強制的に退去させてきた。だが僅かに残った者達もいた。そしてエウロパに仕えていた。サハラの者達にとっては裏切り者に他ならない。事実中にはエウロパに取り入る不心得者もいた。今彼等は戻って来た難民達や他のサハラの同胞達の批判の目に晒されているのである。
「彼等のことだが」
「如何為されますか」
「今彼等はサハラの者にとって共通の敵となっている」
「はい」
 今までその役を担っていたエウロパは去った。ならばそれに媚びていたと思われる者達がその替わりになるのは自然と言えた。
「粛清しますか」
「いや、それは待て」
 彼はそれを制止した。
「ですが主席」
「言いたいことはわかっている」
 彼はそう答えて笑った。
「このままでは不穏分子を抱える可能性がある、だな」
「それだけではありません」
 彼の危惧はそれだけではなかった。
「放置していてはティムール、そして閣下にも悪影響が出ますが」
「私にか」
「はい。何故裏切り者を放っておくのかと。ここは断固たる処置を執られるべきだと思います」
「それはどうかな」
 しかし彼はそれでも首を縦には振らなかった。
「彼等にも彼等の止むを得ない事情があったのではないのか。それぞれに」
「ですがだからといって裏切りを許してはなりません」
「アッラーがお許しになられてもか」
「それは」
 その名を出されると返答に窮してしまった。彼もムスリムだからである。
「私の口からは何とも」
「アッラーは寛容であれと言われた。それだけ言えばわかるな」
「ですが主席」
「首相、もう一つ言いたいことがある」
 シャイターンはまだ何か言おうとするウーアンザを制するようにしてそう言った。
「?何でしょうか」
「彼等を許した場合彼等はどうした行動に出るかな」
「それはある程度予想できます」
 彼は視線を上にして考えながら述べた。
「おそらく主席に感謝することでしょう」
「それだけかな」
「無論それだけではありません。主席の為によく働き、そして戦場にも喜んで馳せ参じることでしょう。・・・・・・成程」
 そこまで言ってようやく合点した。
「そういうことですか」
「そうだ。わかったようだな」
「では主席は彼等を今後のティムールの力として使われるおつもりなのですね」
「その通りだ。そしてサハラにヒビを入れてはならない」
「ヒビと言いますと」
「彼等を処罰したならばどうなる。陰惨な事態が予想されるな」
「はい」
 裏切り者への制裁は陰惨なものとなるのが歴史の常である。かってフランスが第二次世界大戦において緒戦でドイツに敗北しビジー政権が誕生した。これは実質的にナチス=ドイツの傀儡政権であった。戦局の推移によりフランスが連合国の手に落ちるとこのビジー政権の者達やナチスの協力者達はフランス国民、ナチスに反対していた者達により過酷な処罰と迫害を受けた。それは今ではやり過ぎだという批判が多い。彼等の中には止むに止まれずそうした者達も多かったのであるからだ。人にはそれぞれの事情がある。それを忘れてはならない。
「ただ、私利私欲の為に協力していた者達は別だがな」
「はい」
「そうした輩には厳密な取調べを行った後で処罰せよ。国外追放だ」
「わかりました」
「だが止むを得ない者は許す。よいな」
「はい」
「彼等にはこれから思う存分働いてもらうことになるからな」
「わかりました。それではその様に配慮致します」
「議会にも伝えておいてくれ」
「はい」
 ウーアンザはまた頷いた。ティムールにも議会は存在する。政党も複数存在する。だがシャイターンはそれに超越する存在としてティムールにあった。彼は立法、行政、司法の全権を握り、文武両官を完全に掌握していた。内閣は彼が指名した閣僚により組閣されていた。そうした意味で彼はティムールの独裁者であったのだ。
「内閣にもな。わかったな」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 こうしてエウロパへの協力者への対処が決定した。これは後にシャイターンの寛大さと政治能力の高さの証しの一つとして歴史に残ることとなった。彼は軍事だけでなく政治においても優れていたのであった。
 今はサハラの歴史の動きはたゆやかなものであった。だが確実に動いていた。急激な流れに向けて。今はそのほんの休息の時に過ぎなかったのであった。 

 

第十二部第五章 憂いの雨その一


                   憂いの雨
 連合軍はアルテミスに基地を置くとそこを中心に戦力の補充に務めていた。この場合は戦力とは補給物資であった。彼等はここに集結し、そしてエウロパにおける決戦に備えていた。その中心にはマクレーンと劉がいた。
「いよいよですな」
「はい」
 彼等はブレスの会議室にいた。そして話をしていた。
「エウロパ側も全戦力を投入して来るでしょう」
「既に首都防衛軍が出撃したとの報告がありました」
「そうですか」
 マクレーンはそれを聞いて頷いた。
「遂に」
「驚かれることはないと思いますが」
 しかし劉は冷静であった。
「予想されたことでしょう」
「ええ、まあ」
 マクレーンはそれに応えてまた首をこくり、と動かした。
「実際はそうですが」
「では何故驚かれたのですか?」
「いや、実は驚いたのではないです」
「では何故」
「いえ、この時が来たのだと思いまして。エウロパとの最後の戦いの時が」
「はじまりがあれば必ず終わりがあるもの」
 劉はまた冷静な声でそう述べた。
「ならば最後が来るのも道理ではないですかな」
「まあそうなりますが」
「既に二千個艦隊がこのアルテミス周辺に集結しております」
 劉の声は淡々とさえしていた。
「その全ての補給が整えば作戦開始です」
「ハンニバル作戦の最終段階ですね」
「はい。これでエウロパは終わりです」
 言葉を続けた。
「チェック=メイト。詰みです」
「わかりました」 
 二人は向かい合って笑った。彼等はその目に勝利を見据えていた。

 連合軍の主力が異郷の奥深くにおいて最後の戦いに備えている時地球においては八条とバールが色々と打ち合わせを行っていた。
「先程マクレーン長官と劉参謀総長から連絡がありました」
「何と言っておられますか」
 八条はバールに対して問うた。
「今現在アルテミス星系において補給を実施中。順調だそうです」
「それは何よりです」
 彼はそれを聞いて微笑んだ。
「決戦の時は近付いていますね」
「はい」
 バールはその言葉に頷いた。
「できればそれに参加したかったのですが。残念ですね」
「仕方ありませんね」
 八条は少し口惜しそうなバールに対してそう声をかけた。統合作戦本部長は制服組のトップである。流石にそうした立場であると戦場に立つことはできない。後方において軍全体を監視、統率せねばならないからだ。
「ですが仕事は山の様にありますよ」
「私にとってはそちらが戦場ですね」
「それは私も同じことです」
「お互い辛いですね」
「まあ好きでやっている仕事ですから。そうも言えないでしょう」
「まあ確かに」
「本部長は志願されて軍に入られたのでしたね」
「はい」
 彼は率直な声で答えた。
「もう三十年以上経ちますね、入隊してから」
「その間艦隊や陸上部隊での勤務が長かったのですか?」
「はい」
 彼はそれに頷いた。
「モンゴル軍ではずっと艦隊勤務でした。艦長を務めていたこともあります」
「そうなのですか」
「これは血なのでしょうかね」
 そしてこう言いながら笑った。
「血!?」
「はい、モンゴル民族のね」
 その笑みが屈託のないものとなっていた。まるで少年の様な笑みであった。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その二


「我がモンゴル民族はかって馬を自在に操っていました」
「はい」
 これは宇宙に出てからも変わらない。彼等は草原の多い星を好む。そしてそこでパオを作り、羊を追う生活を送るのだ。それが彼等の理想の生活であったのだ。
「モンゴル民族は草原で生き、草原に死す」
「我等は馬なくして生きてはいられない。馬は身体の一部だ」
 今でもそう言われている。彼等にとって草原の生活程素晴らしいものはないのだ。
「私も。生まれた頃から馬に乗っていました」
「生まれた頃からですか」
「長官も乗馬はされますね」
「はい」
 八条はそれに頷いた。
「嗜み程度には」
「馬はいいものでしょう」
「ですね。目が優しいですし賢い」
「そうです。馬は人間にとって友達なのですよ。何処までも続く草原をね。馬と共に歩むのですよ」
 遠くを見る目となっていた。彼はこの時草原を駆けていた時のことを思い出していた。
「軍に入ってからも時間があれば乗っていますよ」
「オリンピックでは見事でしたね」
「何、あれは」
 今度は顔が赤くなった。照れ隠しのようであった。
「生まれた時から乗っていましたから。当然ですよ」
「いやいや、素晴らしかったですよ」
 八条は笑ってそう声をかけた。
「金メダルを四大回連続とは」
「馬はもう手足ですから」
 それがモンゴル民族であった。かって世界を席巻した覇王の子孫達は今でも馬から離れてはいない。それは銀河を駆けたバールも同じであったのだ。
「あれ位はモンゴルの者なら出来る者は大勢いますよ」
「まさか」
「私の祖父も優れた馬の乗り手でして」
 彼は自分の祖父について言及した。
「今も乗っていますが。祖父なら今でも金メダルを獲れますよ」
「失礼ですが本部長の御祖父様はお幾つですか?」
「今年九十二なります」
「それでですか」
 連合の平均寿命は男で九十二歳、そして女性で九十五歳となっている。医学の進歩が平均寿命を大幅に伸ばしたのであった。
「まだまだ矍鑠たるものですよ」
「凄いですね」
「生まれた時から草原で生きてきましたからね」
「いや、それでも」
「モンゴル人は頑強さが取り得ですし」
「はあ」
 それでも八条は驚嘆する他なかった。だがこれにはモンゴルの食生活も大いに関係があったのだ。
 モンゴル人は羊、そして馬と共に生きている。食べるものは草原にいる者達は昔から変わらない。羊の肉を食べ、馬の乳を飲む。馬や羊の乳から作ったチーズやヨーグルトを口にする。そして今まで生きてきたのである。
 厳しい草原の自然に耐え、そして世界を席巻した彼等は草原とこの食べ物により育てられてきた。彼等はそのままモンゴル人となったのではなかった。自然が彼等をモンゴル人としたのであった。
「祖父の他にもそうした者は大勢いますよ」
「オリンピックに出たら面白いでしょうね、そうした人達が一斉に」
「いや、それはないでしょう」
 だがバールはそれを笑って否定した。
「何故ですか」
「我々は無欲でして」
「そうなのですか」
「必要以上の財産や名誉は欲しないのですよ。草原で生きるのに必要はありませんから」
 草原で必要なのは馬、そして羊である。財産も名誉も必要ではないのだ。あればあるだけ不要になっていく。だから彼等はそれを欲しないのである。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その三


「だからオリンピックにも参加しない」
「それよりも重要なのは草原での生活です」
 そしてこう言い切った。
「それ以外には何もいりません」
「そうなのですか」
「はい。私も退役したら草原に戻りたいですね」
「モンゴルのですね」
「どの星の草原かまではまだ考えておりませんが。そう思っています」
「そうですか」
「今は地球にいた馬だけではないですからね」
「はい」
「ユニコーンやペガサスもいますし」
 そう語る目が喜びに満ちたものとなっていた。かって人類が地球にのみいた頃ユニコーンもペガサスも空想上の生物に過ぎなかった。だが宇宙にはいたのだ。この幻想的な動物達が。当然モンゴルにもいる。彼等は角で己の身を守り、そして空を駆る。同時にモンゴル人達の友人であった。
「ペガサスに乗るのは非常に気持ちのいいものですよ」
「私は乗ったことはないのですが」
 八条はそう断ったうえで尋ねた。
「そんなに気分のよいものなのですか」
「はい」
 彼は答えた。
「馬に乗りながら下を見下ろすとね。そこには無限の緑の海が広がっています」
「ほう」
「それが何処までもね。所々にパオが見える以外は何もありません」
 それを聞く八条の頭の中にその光景が思い浮かんだ。一目見たら忘れられない光景であった。
「本当にね、いいものですよ」
 語る目の光がまるで少年のそれのようなものになった。
「一度見ると。忘れられないです」
「でしょうね」
「ただ、危ないですけれどね」
「落ちた場合は」
「はい。その場合は普通に落馬した場合の比ではありません。死を覚悟しなければなりません」
「死を」
 これは当然と言えた。落馬して負傷したり死ぬ者は多い。普通の馬でそれである。これで空から落ちた場合はどうなるか。言うまでもないことであった。
「しかしその危険を冒す意味はありますよ。本当に」
「そうなのですか」
「それだけの価値はあります、あの光景は」
「ふむ」
「それにペガサスの馬乳酒はまた格別なのですよ」
「ほう」
 それにはまた別に興味をそそられた。
「ペガサスからもミルクが採れるのですか」
「勿論ですよ」
 彼は笑って答えた。
「馬の仲間ですからね。当然です」
「そんなに美味しいのですか」
「そうですね、普通の馬のそれよりも味が濃いです」
「濃いのですか」
「そこに山羊のミルクを混ぜたような味ですね。いけますよ」
「何かよくわからない味みたいですね」
「ユニコーンは牛ですね。これも美味いです」
「そちらもよくわからないです」
「まあそれは召し上がられたらわかりますよ。一度どうですか」
「そうですね、機会があれば」
 社交辞令的な言葉であったが本当に乗り気であった。話を聞いているだけでどんな味なのか興味をそそられるものであった。日本の所有する星系にはペガサスやユニコーンはいない。だから余計にそうであった。
「ただ、食べるのは止めて下さいよ」
「食べる?」
「はい。日本では馬を食べるのでしたよね」
「ええ、まあ」
 八条はそれを認めた。馬を食べるのは日本だけではないが日本人が馬を生で食べるのは有名である。馬刺しという馬の刺身だ。日本人はその他にも牛や鶏、豚も刺身にする。なお琉球王国では山羊も刺身とする。これ等は日本の風土料理として有名である。琉球においてもそれは同じだ。
「私も和食は食べますが馬だけはどうも」
「駄目ですか」
「モンゴル人にとっては馬は特別なものでして」
 彼は言った。
「モンゴル人の足は四足です。自分の足は食べられないでしょう」
「はい」
 これもまた昔からある言葉である。モンゴル人は常に馬に乗っている。生まれた時から男も女も乗っている。だからこそ生まれた言葉であった。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その四


「そういうことです。馬は我々にとっては本当にかけがえのないものですから」
「わかりました」
「ですから食べるのはミルクやチーズだけにして下さいね」
「はい、それで充分です」
「ならいいです。あと羊は御自由に」
「刺身にしても宜しいのですね」
「はい。羊はどんな食べ方でもいいです。まあモンゴルでは煮るのが主流ですが」
「焼かないのですか?」
「あまりしませんね」
「ではあのジンギスカン鍋は」
「あれは中国の料理ですよ」
「そうだったのですか」
「はい。確か元代かその辺りに地球の北京で出来た料理だと聞いていますが」
「それは知りませんでした」
 北京料理は羊を使ったものが多い。あと麺類や餃子等が多い。ただしこの餃子は水餃子である。地球にあった北京の気候故か全体的に油気の多い料理となっている。
「元々モンゴルでは羊は焼かないのですよ」
「何故ですか」
「焼く方が煮るより燃料を使いますからね。それを考慮したのです」
「そうだったのですか」
「それに煮た汁も食べられますし。それを決めたのはチンギス=ハーンです」
「あのチンギス=ハーンが」
「ハーンは今でも我々の心に生きていますから。その教えもね」
「今も」
「草原に彼は今でもいますよ。我々が銀河にいてもね」
 視線を上にして遠くを見た。彼はそこにやはり草原を見ていた。
「永遠に。彼の心は草原にあります」
「そのハーンの教えもまた」
「はい。まあ流石に今は二千年前と違って燃料は多くありますが」
「でしょうね」
 遊牧生活も二千年前と今では大きく違っている。現にバールもノートパソコンを使った通信教育で教育を受けていた。パオの中でも彼等は連合の者となっていたのである。
「それでも肉は煮るのが主流です、モンゴルにおいては」
「生はあまりありませんか」
「そうですね、少なくとも日本みたいに頻繁には」
「やはり」
「煮た肉もいいものですよ」
「それは私も知っていますよ」
 八条は笑いながらそれに応えた。
「日本でも鍋がありますから」
「あ、あれはいいですね」
 鍋の話が出るとバールは目を輝かせた。
「肉だけでなく野菜もかなり入っていて味に深みがあります」
「それだけではないですしね」
「最後のあれですか」
「そう、雑炊です」
 八条も乗ってきた。
「卵を入れてね。あれはいいでしょう」
「そうですね。我々は元々あまり野菜や穀物は食べないのですがあれなら抵抗なく食べられます」
「そちらの力士も食べていますよ、毎日」
「ちゃんこ鍋ですね」
「はい」
「あれもいいですね。力がつきます」
「身体を大きくするにはあれが一番なのですよ。プロレスラーでもそうですが」
「レスラーもですか」
「レスラーは他にもバナナをよく食べるそうですよ」
「あれも栄養がありますからね」
「そうですね。ただ、軍でちゃんこばかりやるのもどうかと思いますが」
「まあそれは流石に無理でしょう」
 バールはそれを聞いて思わず笑ってしまった。ちなみにちゃんことは力士が食べるもの全体をそう称する。つまり力士が食べれば全てちゃんことなるのだ。力士はちゃんこ鍋だけを食べるわけではない。他にも色々と食べる。彼等は食べるのも仕事なのでその量はかなりのものとなる。そうして身体を大きくするのである
「栄養価は今でも十二分に考えておりますし」
「それで一つ意外なこともわかりましたしね」
「ああ、あれですね」
 バールはそれが何かすぐにわかった。
「前々から言われていましたが本当にそうだとは思わなかったですね」
「実際に見てみないとわからないということでしょうか」
「そうでしょうね」
 二人は口々にそう述べた。
「我々と彼等でああまで体格が違うとは」
「食べるものの違いが出ていますね」
「はい」
 彼等は連合の者とエウロパの者の体格の差について言及しているのである。国によって差はあるが連合の方が食べる種類は遥かに多い。そして量もかなりのものだ。これにより彼等の体格はかなりのものとなっている。それに対してエウロパのそれは種類が極端に限られている。食べるものが違えばその体格も違ってくる。それは量にも直結する。こうして双方の違いはより顕著になったのであった。

 

 

第十二部第五章 憂いの雨その五


 連合の者は平均してエウロパの者よりも長身であった。体重も重い。エウロパの者が大体一メートル七十五程であるのに対して連合の者は一メートル八十七であった。エウロパは平民と貴族で数センチ程違っていたがそれでもエウロパの者よりは小さかった。無論個人差はあるが連合の者の方が大きいのは変わらなかったのだ。
「彼等は我々のことを巨人とさえ呼んでいるそうですよ」
「巨人ですか」
 八条はそれを聞いて苦笑した。
「十センチ程の差でそこまで言われるとは」
「案外その差は大きいですよ」
「まあ並んで立つとそうでしょうね」
「それでかえって我々が怖がられているようです。大きいので」
「ふむ」
 実は八条も背は高い方である。スラリとしておりルックスという面でも人気があった。貴公子と呼ばれる由縁でもあったのである。
「かっては我々の方が小さかったそうですけれど」
「十九世紀や二十世紀ですね」
「我等が祖先がユーラシアを席巻した時は小さい奴等だと最初は笑われたそうですよ」
「我々もですね」
「日本人もですか」
「はい。何でも江戸時代は平均身長が一メートル五十程であったそうですから」
「男性でですか!?」
「どうやらそうらしいですね」
「そうですか。それはまたえらく小さいですね」
「当時は日本人は肉を食べませんでしたから。乳製品も口にしませんでしたし」
 奈良時代は醍醐や酪といった乳製品があり食べられていたがごく限られた人達の間でだけであった。この時代はその醍醐も酪も食べられている。他にもコンデンスミルクおようなものもある。醍醐はバターとチーズの中間であり、酪はヨーグルトに似たものである。
「主に野菜、それに魚介類ですね。ですからあまり体格が大きくならなかったのです」
 明治から次第に大きくなったのである。そして今では平均身長は一メートル八十を超えるまでになっていたのであった。これは食べているものが変わったことが大きいのは言うまでもない。
「そういえば我々もそうですね」
 バールはそれを聞いて頷いた。
「野菜や果物もある程度食べるようになると体格がよくなりました」
「結局はバランスよく食べるということが重要なのですかね」
「おそらくは。個人差もありますけれどね」
「はい」
「ただ、あまり体格が大きいとモンゴルでは困る場合もあります」
「何故ですか」
「乗る馬が限られるので。それが困るのですよ」
「そういえばそちらではサラブレッド等は乗らないのでしたね」
「あれはちょっと」
 そう言って手を横に振った。
「脚が弱いですから。レースはともかく遊牧には適していません」
「やはり」
「日本にあの小さい馬がいましたね」
「道産子ですか」
「はい。今ではアイヌ連邦によくいる」
「はい」
 小型の頑丈な種類の馬を日本やアイヌ連邦ではこう呼ぶのである。小さくはあるが頑丈で従順な性質であるので農業や放牧にも使われる。アイヌ連邦では特に愛されている馬である。
「小さくはありますがあちらの方がずっといいですね」
「そうですか」
「頑丈でないと、駄目なのですよ」
「スピードではなくて」
「レースをするわけではないですからね」
 ただしモンゴル人はレースもサラブレッドではしない。やはり脚の弱さが好まれていないからである。
「大抵我々は同時に三頭程の馬を乗り継ぎます」
「三頭程」
「乗っている馬が疲れると別の馬に乗り換えるのですよ。飛び乗ってね」
「それは凄い」
「何、モンゴルでは普通ですよ。これは基本です」
「いや、それでも」
「我々はそうして何千年も生きてきましたから。身体が自然に覚えているのですよ」
「そうなのでしょうか」
 流石にそれは容易には信じられなかった。
「まあそれはモンゴルに住んでいればわかりますよ。馬は我々にとって手足と同じです」
「はあ」
「中にはもっと凄いことができる者もいますからね」
「何か信じられませんね」
「これは長官の御国のことわざでしたな」
「!?」
「百聞は一見にしかず、でしたかな。一度御覧になられればいいです」
「機会があればそうしたいですね」
「その時はお願いします」
「はい」
 そして話はまた別の方に進んだ。ここであらたな俳優がやって来た。
「あ、こちらにおられましたか」
「ん、君か」
 それは木口であった。彼は八条とバールの姿を確認してまずは一礼した。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その六


「本部長もおられるとは。都合がいいです」
「何かあったのかね?」
「はい。参謀本部のミネハタ大将が来られています」
「その話をしていれば」
「?何かあったのですか」
「あ、いや」
 八条は木口が首を傾げさせたので手を横に振ってそれを打ち消した。
「何でもないよ。気にしないでくれ」
「わかりました」
 木口はそれに頷いた。実はこのミネハタ大将というのはアイヌ連邦出身なのである。
 女性であり参謀本部においては名の知られた女性である。五十代であり歳に相応しいが気品のある容姿をしている。軍人よりは学者に近い容貌とまで言われている。ミネハタというのは姓であり名前はシンカムという。アイヌ人の特徴としてかっては姓はなかったが日本人との混血の過程で姓がつくようになった。十九世紀からの日本人の北海道開拓の時にアイヌ文化は日本文化と混ざり合ったのだ。悪く言えば同化となりこの際言葉もかなり失われた。差別もあったのは事実である。だが日本人はアイヌ文化を根絶したりはせずそれどころか研究と保全に務め、彼等を法的には日本人として扱い、統治してきた。その際に混血も進んだ。元々日本人は混血には抵抗がなく結果的にアイヌ人達は日本人と殆ど同化してしまったのだ。これは琉球民族も同じである。銀河の時代になり日本から離れて独立したのであるがそれでも日本との関係は今も深い。三国は兄弟国として親しい関係にある。琉球王は日本の皇室と縁組をする程である。これもかって琉球王家が皇室に入っていたことも大いに関係している。
 アイヌ連邦では民族衣装の他に日本の服も好まれる。連合においては小国の部類ではあるが所有する星系はいずれも自然が豊かであり、観光地としても人気が高い。残っているアイヌ文化も連合のエスニック文化の一つとして人気がある。食べ物は肉類も多く羊や熊、海豹等も食べる。日本文化の影響で生物も食べる。
「どうされますか」
「と言っても会わないわけにもいかないな。通してくれ」
「わかりました」
 木口はそう応えて部屋を後にした。それを見送った後で八条はバールとの話を再開した。
「何の用件でしょうね」
「おそらくは戦局のことであると思われます」
 バールは静かにそう述べた。
「前線ではかなり緊張が高まっているようですから」
 やがて黒く長い髪を後ろで束ねた初老の女性が部屋に入って来た。連合軍大将の軍服を着ている。彼女がミネハタ大将であった。
 ミネハタは敬礼してまずは八条とバールに対して挨拶をした。八条が返礼してから話がはじまった。
「前線のことですが」
「はい」
 八条とバールはそれを聞いてやはり、と思った。だが口には出さない。
「エウロパ軍が集結を開始しました」
「場所は」
 バールが彼女に問うた。
「クロノス星系です」
「クロノスですか」
 それを聞いた八条の目が光った。彼もその星系のことは頭に入っている。エウロパの首都オリンポスの前方にある星系である。事実上エウロパの最終防衛ラインであると言えた。
「あそこに戦力の全てを集結させているとのことです」
「そうですか」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「妥当と言えますね」
「はい」
 アルテミスに集結している連合軍から見ればクロノスはオリンポスへ向かう為には何としても通らなければならない場所であった。そこに戦力を集結させるのは戦略としては妥当と言えた。

 

 

第十二部第五章 憂いの雨その七


「既に前線ではクロノス攻略の為の作戦立案に取り掛かっているそうです」
「でしょうね」
「マクレーン司令と劉総長が中心になっておられますが。如何致しますか」
「主立ったところは二人に任せましょう」
 八条はそう答えた。
「現場のことは彼等が最もわかっているでしょうから」
「ではそのように伝えます」
「はい、お願いします。あと」
「あと!?」
「補給は大丈夫でしょうか。今はアルテミスを補給基地にしていますが」
「はい、それは御心配なく」
 ミネハタは表情を変えずにそれに答えた。
「オリンポスに向かう予定である二千個艦隊の補給は滞りなく進んでおります。何の心配もありません」
「わかりました。それではいいです」
「他には何か」
「参謀」
「はい」
 今度はバールが尋ねてきた。ミネハタはそれに応えた。
「エウロパは首都周辺にかなり強固な防衛ラインを築いていたな」
「はい」
「クロノスはどうなのだ。かなりのものなのだろうか」
「そうですね」
 彼女は一呼吸置いてから答えた。
「今まで戦闘が行われたアルテミスやホズよりも強固なもののようです」
「そうか」
「それに戦力も今までとは違います。エウロパ軍の総兵力を動員しておりますから」
「事実上の決戦ということですね」
 八条はそれを聞いて一言そう言った。
「我々と彼等の」
「ですね」
 これにはバールとミネハタの双方が頷いた。
「これで雌雄が決します」
「我々と彼等の戦いに」
「今までは我々が圧倒的優勢のまま戦いを進めてきましたね」
「はい」
「今のところ敗北はありません。ニーベルングから勝利ばかりです。その為報道の加熱を抑制することまでしました」
「それに対してエウロパは敗戦続きです」
「もう後がありません」
「しかし今我々は敵地の奥深くにいます」
 八条の声が少し深刻なものとなった。
「補給に関しては彼等の方が有利にあると言ってよいでしょう。そして地の利も」
「ですが戦力では我等の方が圧倒的に優勢ですが」
 バールがそれに反論した。
「ティアマト級戦艦も健在です」
「あの戦艦は想像以上の戦力ですね」
 これは八条も認めた。
「今まで撃沈された艦はなし、そして指揮艦としても優秀です」
「まさしく我が軍の象徴であると言えます」
「しかし今まで不沈の艦というのはありませんでした」
 いつもの八条とは違っていた。異様にネガティブであるように感じられた。
「今度の戦いではわかりません」
「あの、長官」
 その雰囲気に耐えられなくなったのかバールが言った。
「あまりにも悲観的に過ぎるのではないでしょうか」
「確かにそうかもしれません」
 八条はそれは認めた。
「ですがある程度はそうした視点で考えるのも重要だと思いますが」
「それはそうですが」
「実は今考えていることがあるのです」
「それは」
「ティアマト級です。今あの艦は非常に役に立っているのは事実です」
「はい」
「ですが限界があるのではないでしょうか。一個艦隊を統率するのだけではありませんから」
「全ての艦隊を統括する艦が必要だということですか」
「今そうではないかと考えているのですけれどね。今回の戦闘では今までにない戦力が動員されました」
「二千百個艦隊」
「確かに空前絶後の規模です」
 その通りである。人の数にして約六十億。これだけの数を動員した戦いはこれまでなかったことである。連合の人口と国力がどれだけのものかを象徴するものでもあった。
「それが一度に会戦に集結することもありました。その際色々と通信や指揮に支障が出ていたのではないでしょうか」
「言われてみれば」
 バールには思い当たるふしがあった。それだけの戦力を完全に掌握するのは並大抵のことではない。ティアマト級は
一万隻からなる艦隊の旗艦としても建造されたことから通信もかなりのものだ。相互に連絡を取り合い作戦行動にあたっている。しかしそれでも限度がある。千個以上の艦隊が集結していてはその統率にも限界がある。事実これまでの多くの戦いで艦隊規模での作戦指揮からの脱落もあった。これはこの時は然程問題とはならなかった。後方でのことであり、またすぐに復帰できたからだ。しかしこれが前線ならばどうなることか。それはもう言うまでもないことであった。

 

 

第十二部第五章 憂いの雨その八


「それを考慮しますと。より上位の艦の建造もいいのではないでしょうか」
「軍を完全に掌握する為に」
「今回の戦いではまず補給を念頭に置きましたが」
「はい」
「通信や指揮に関しても気になりました。このままではいけません」
「今回の戦いの教訓というわけですか」
「そういうことになりますね」
 戦いにより多くのものを学ぶ。そうして進歩していくのだ。これはどの世界においても同じである。だが戦争においてはそうしないと敗れてしまう。前の戦争と同じ失敗を繰り返すのは愚の骨頂である。
「まあそれはこれから考えればいいでしょう」
「はい」
「問題は今です。ミネハタ大将」
「はい」
 八条はミネハタに顔を向けた。ミネハタはそれに応えた。
「マクレーン司令と劉総長はクロノスへの進撃を考えておられるのでしょうか」
「どうやらそのようですが」
 彼女は率直に答えた。
「そうですか」
「何か問題でも」
「御二人にお伝えしたいことがあります」
「それは」
「決して焦ってはならないと。最悪攻め込む必要もありません」
「決戦を避けるのですか!?」
 それを聞いたバールが驚きの声をあげた。
「ここまできて」
「そうではありません」
 しかし八条はそれを否定した。
「では何故」
「このまま待っていれば彼等から来る可能性もあります。それを叩いてもいいでしょう」
「誘き出すのですか」
「それもまた戦いです」
 そしてこう述べた。
「今や我が軍の基地となっているアルテミスで戦ってもいいでしょう」
「ふむ」
 バールはそれを聞いて考える顔になった。
「それは一理ありますね」
「言い換えるならば敵の誘いには乗ってはならないということです」
「地の利も彼等にありますからね」
「それが一番気懸りです」
 ミネハタにも言った。
「ホズにおいては磁気嵐により攻撃の機会を奪われました。そしてそれによりエウロパ軍は救われた」
 若し磁気嵐がなければシュヴァルツブルグの指揮する軍はそこで全滅していたであろう。そうなれば戦いは終わっていた。今頃連合軍は意気揚々と凱旋していたであろう。
「若しクロノスで我々の知らない罠があれば」
「敗北、ですか」
「はい。戦いは最後の最後で勝っていればいい。ここで負ければ全てが壊れてしまいます」
 中国紀元前の話である。項羽と劉邦が天下を巡って争っていた。項羽はその圧倒的な武力と戦術指揮により劉邦に負けることはなかった。劉邦は負け続けた。だが最後の戦いで勝った。それにより天下を手に入れた。項羽は最後に敗れて天下を失った。
 ローマのカエサルは一度ポンペイウスに敗れている。だが自らを決して常勝将軍などとは考えず、絶対に焦ることのないカエサルはすぐに戦力を建て直し再戦を挑んだ。そして勝った。ポンペイウスはエジプトに逃れそこで暗殺された。戦いとは最後に勝った者が勝者なのである。
「特に我々は。敵国深く入り込んでいますし」
「一度の敗北がそのまま総崩れに繋がる危険もありますね」
「だからこそです。今回の戦いはとりわけ慎重に行わなければなりません」
「決戦ですし」
「全てはここにかかっています。連合とエウロパの未来が」
「はい」
 二人は頷いた。バールはそれを確認した後で言葉を再開した。
「ミネハタ大将」
 ミネハタに言葉を向けた。
「二人にはそう伝えて下さい。わかりましたね」
「了解しました」
 敬礼して応えた。
「それでは御二人にはそうお伝えします」
「お願いしますね」
「それでは」
「あ、待って下さい」
 ここで八条はミネハタを呼び止めた。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その九


「何か」
「ミネハタ大将はこの件についてどう御考えですか」
「私ですか」
「はい。参謀として御聞きしたいのですが」
「私は今前線にいないのでよくわかりませんが」
 彼女はまずそう前置きしてから言った。
「前線のことは前線の者が最もよく知っているのではないでしょうか」
「そうですか」
「はい。ですから出来る限り前線の意見を尊重すべきだと思います」
「現場主義というわけですね」
「そうです。これについてはどう思われるでしょうか」
「それでいいと思います」
 八条はそれを肯定した。
「確かに現場のことは現場の者が最もよく知っています」
「はい」
「しかしそれが為に視野が狭くなっているケースもあります。マクレーン司令と劉総長はそのような方ではないにしろ」
「艦隊司令クラスではそうなっている危険性もありますね」
「戦闘に近いだけに」
「そうです」
 バールの問いに応えた。
「そのうえで後方から警告を与えておくのも重要だと思います」
「それによりバランスがとれれだいいですね」
「バランスですか」
「はい」
 今度はミネハタの問いに頷いた。
「前線だけでも後方だけでも戦争というものは円滑にはいきませんから」
 二十世紀前半における日中戦争において問題となったのは極端な現場主義であった。現地で戦闘を行っている軍の行動があまりにも早く、かつ政府の統制が利かなくなっていた。その結果として無闇に戦域が拡大し、そして政府はその後追いしかできなかった。こうしてこの戦争は泥沼になってしまった。
 同じく二十世紀後半のベトナム戦争においては全くの逆であった。アメリカは後方にいる政治家達が現場を知らない戦略を立て、そして兵装を考えていた為様々な不都合が生じた。彼等は戦場や兵士が欲しているものに関して想像がいかなかったのだ。具体的には戦闘機から機関砲を外し、ミサイルのみとしたりである。これは騎士に例えるならば槍のみで戦い、剣は持たないというものであった。やはりこの戦争も泥沼となった。結局アメリカは敗れた。なおこの二つの戦争は前者は統制の利かない軍の、後者は行き過ぎた統制の事例としてこの時代においても知られている。
「そこのバランスも重要なのですよ」
「わかりました」
「そのうえで前線に報告をお願いします。宜しいでしょうか」
「了解」
 ミネハタは敬礼した。だが話はまだ続いていた。
「そして」
「はい」
 今度は何でしょうか、と文官ならば問うところであった。だがミネハタは女とはいえ軍人である。その様な問いは決してしなかった。
「サハラはどうなっていますか」
「サハラですか」
「ええ。ミネハタ大将は本来はサハラの諜報がその任務でしたね」
「ええ」
「それならば状況をある程度把握していると思われますが。どうなのでしょうか」
「今のところ表立った動きはありません」
「はい」
 だがこれは八条もわかっていることであった。取り立てて知るべき話ではない。
「ですが裏では違うようです」
「裏では」
「ティムールが諜報活動を活発化させております。工作員も多数潜入しているようです」
「ハサンとオムダーマンに」
「そしてマウリアにもです」
「マウリアにもですか」
「また大掛かりですね」
 バールもそれを聞いて顔を顰めさせた。
「そしてこの連合にも」
「我々にもですか」
「はい。数自体はそれ程多くはないようですが。それでも潜入しているようです」
「ふむ」
「詳しいことは現在情報部が調査中ですが」
「そうですか」
「厄介ですね。シャイターン主席は何を考えているのかわからないところがあります」
「おそらく我々に対してはこれといった工作は仕掛けては来ないでしょうけれどね」
 八条はそれはないと予想していた。
「今のところは情報収集だけでしょう」
 奇しくもクリシュナータと同じ予想であった。
「何故そう思われるのですか」
「情勢からです」
「情勢」
「そうです。今我々はエウロパと交戦中です。そしてティムールは北方の占領と統治に取り掛かっております」
「はい」
「関係も良好です。条約も結んでおりますし」
 彼は言葉を続けた。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その十


「そうしたことを考えますと。我々に対して危害を加えるようなことはないでしょう。シャイターン主席もそれ程愚かな方ではないですしね」
「奸智の持ち主だと言われることはありますけれどね」
「それでも智は智です」
 ここでこう言い切った。
「ですからわかっておられるのですよ。今我々に対して何もしてはならないと」
「ふむ」
「今後はわかりませんがね。今のところは工作に関しては気にすることはないでしょう」
「わかりました。ですが諜報員は」
「それも承知のうえです」
 八条はそれにも応えた。
「諜報活動を見逃すわけにもいかないでしょう。ディカプリオ元帥にお伝え下さい」
「はい」
 今度はバールに声をかけた。
「捜査にあたって欲しいよ。宜しいでしょうか」
「わかりました」
「軍事機密を手に入れられたら厄介なことになりますからね」
「ただ一つ問題があります」
 ここでミネハタが口を開いた。
「何でしょうか」
「ティムールとの関係に影響しないでしょうか」
「ティムールと」
「ここは慎重に捜査を行うべきだと思うのですが」
「それは当然のことです」
 八条はそれを肯定した。
「ですがティムールとの関係悪化はないでしょう」
「何故ですか」
「我々はティムールとは友好関係にあります」
 表面上は、ですが。そもそも国同士の関係において表面上でしかない友好関係は幾らでもある。取り立てて驚くことでも言うべきことでもない。
「相互にね」
「それはわかっていますが」
「それを壊すことはありませんよ。ですから安心して下さい」
「ではどうなるのでしょうか」
「表面上は何もなかったことになります」
 彼は落ち着いた声でそう述べた。
「表面上はね」
「そうなりますか」
「ビジネスマンか宗教家が何人か転勤したということになります」
 諜報員はそうした身分で入ることが多い。日本では忍者は旅芸人や虚無僧等に変装して入っていた。これは極秘であるとされたがその為に虚無僧は何かと警戒される場合もあった。また山伏も警戒されることがあったがこれもまた彼等に化けて忍者が潜入していたからである。
「それで終わりです」
「シャイターン主席もこれといって言及したりはしないと」
「ティムールは友好関係にある勢力にそのような行動はしませんから」
「何か欺瞞的なものがありますね」
「政治にそうした一面があるのは否定しません」
 政治の世界にある者ならではの言葉であった。八条も政治の世界に入ってそれなりの時間が経っている。だからこそ言える言葉であった。その世界にいる者でないとわからないこともあるのだ。
「少なくとも話はそれで終わります」
「そうですか」
「よいか悪いかは別にしてね」
 バールもミネハタも軍人である。高官とはいえ政治の世界にそこまで熟知しているわけではない。ある程度は知っているがそこまでは知らないのだ。彼等は軍人の世界にいるのだ。軍人が政治を知るのにはやはり限界があるのだ。また同じように文民が軍事を知ることにも限界がある。この二つをどう合せて問題なくしていくのかが政治、戦略の問題の一つと言えるのである。
「ですから心配することはありませんよ」
「わかりました」
「ではこれについてはこれで」
「はい」
 こうしてティムールに関する話は終わった。彼等にとってはティムールは同盟国であっても信用することは出来ない、こうした認識がかいま見える話であった。これはシャイターンという男に対する見方ではなく国際政治というものがそうであるからだ。
「では前線にはお願いしますよ」
「わかりました」
 最後に八条の言葉で終わった。こうして彼等の話は幕を降ろしたのであった。 

 

第十二部第五章 憂いの雨その十一


 この話はすぐに前線に伝えられた。マクレーンと劉はそれを当然ながらブレスの艦橋において聞いていた。二人はその時食堂にいた。
「そうか」
 メニューは鰐のステーキであった。あっさりとした味付けになっている。フォークとナイフで切って食べている。鶏肉に似た味だが肉は固い。噛み応えがあると言うべきか。
 他には海草のサラダにレッドオニオンのスープ、そして白パンとデザートに桃のアイスクリームである。アメリカ風のメニューと言えた。
 デザートまで食べ終えたところで話が来た。二人はそれを受け司令室に戻った。
「丁度いいタイミングといったところですな」
「はい」
 マクレーンは劉の言葉に頷いた。そして司令室に入ると応接用のソファーに向かい合って座った。そこにあるテレビ電話を見るともうその人物がいた。
「御二人共お久し振りです」
 そこにはミネハタがいた。落ち着いた顔で電話に出ている。
「今日は国防省において話されたことについて報告させて頂きたいと思います」
「国防省で」
「はい」
 彼女は頷いた。
「八条長官、そしてバール本部長とお話したのですが」
「ふむ」
「その結果今後の作戦はかなりの部分を現場に任せたいとのことです」
「現場主義というわけですな」
「その通りです」
「しかし全て現場に任せるというわけではないでしょう」
 話を聞いた劉が彼女にそう声をかけてきた。
「違いますかな」
「正直にお話しますとその通りです」
 彼女は率直にそう答えた。
「前線の暴走は何としても抑制してもらいたいとのことです」
「それは当然ですな」
 劉はそれを聞いて納得したように頷いた。
「おそらく敵はかなり強固な防衛ラインを敷いていると予想されますから」
「はい」
「今回前線が下手に暴走すればかなりの損害が出る。最悪の場合は敗北に繋がりかねない」
「それだけは何としても防がなければなりません」
「その通り」
 マクレーンもそれに頷いた。
「最後に負けては何にもならない」
「長官もそれを危惧しておられました」
「だからこそここに貴官が電話を入れたのだな」
「はい」
「最後の戦いか。この戦いで勝たなければ何にもならない」
「これまでの戦いでの勝利も無駄になりますな」
「ええ」
 劉の言葉にも頷いた。
「敵は今クロノス星系に集結しているそうですね」
「ええ、まあ」
 二人はミネハタのその言葉に頷いた。
「エウロパのほぼ全軍が。数にして四百個艦隊近く」
「総動員してきたようなのです」
「敵も必死ですね」
 ミネハタはそれを聞いて呟いた。
「それも当然のことですが」
「彼等にとっては滅亡するかどうかの瀬戸際ですから」
 マクレーンが言った。
「それも当然のことでしょうな」
 そして続いて劉がこう述べた。なお二人が階級が下であるミネハタに対して敬語を使っているのは敬意を払ってのことである。彼女は二人より年齢は上なのである。
「昔ならば全市民を動員するところでしょうがそれはできない」
「時代が違いますから」
 ここでは古代ローマや第一次、第二次の両世界大戦について言っている。これ等の時代では国民は危機においては全て兵士となった。ローマはカルタゴとの第二次ポエニ戦争において若い男を総動員してカンネーの戦いにあたった。先に二つの戦いで致命的な敗北を喫してのうえであった。世界大戦の時はどの国も総動員令をかけた。ナチス=ドイツやソビエト=ロシアに至っては中学生まで動員していた。アメリカも開戦と同時に学徒動員を行っている。日本も昭和十四年に国家総動員令を発布しているが当時日本であった朝鮮半島は除外し、また学徒動員も戦局が決定的に劣勢になるまで決定されず、なおかつ理系の学生は除かれた。何処か甘かった。その甘さが日本なのであろうか。特攻隊の英霊達も志願制であった。最後まで甘かった。それが故に敗れたのであれば悲しいことである。だがそれが日本だと言われれば頷くしかないのだ。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その十二


「何の技術もない者を艦に入れても仕方ありません」
「はい」
「言葉を変えると技術者は全て軍に動員されているということです」
「後が大変でしょうね」
 ミネハタはここでこう呟いた。
「彼等の多くが戦死することを思うと」
「それが戦争ですからね」
 劉はいささか無機質な声で応えた。
「それに敵のことまで考える義理もないでしょう」
「ましてや今後のことは」
「まあそうなのですが」
 それにミネハタも賛同した。
「負けた後は彼等で何とかするしかないです」
「そんなことは我々にとって知ったことではない」
「むしろ敵の人材が減って好都合というものです」
 シビアな言葉であるがその通りであった。結局他国の優秀な人材というものはこちら側にとって有害にしかならないのである。こちら側にやって来ない限りは。
「まあ敵の人材の話はこれ位でいいでしょう」
 マクレーンはきりのいいところで話を戻しはじめた。
「敵の集結しているクロノス星系のことですが」
「はい、クロノスですね」
「我々も偵察を行っていますがそれによるとかなりの防衛ラインを敷いているそうです」
「そうなのですか」 
 ミネハタはそれを聞いて考える目をした。
「やはり」
「コロニーレーザーに人工の防衛用惑星、そして修理基地」
「かなりの設備が揃っているそうです」
「最後の防衛ラインになりますからね、首都までの」
 モンサルヴァートが整えたものであった。彼の防衛計画はエウロパ全土を対象にしたものであった。それによりこのクロノスの防衛も整えられたのである。無論オリンポス周辺は全てそうである。
「今までのものよりも強固なもののようです」
「ニーベルングよりも上でしょうか」
「そうですね」
 ミネハタの問いに劉が答えた。
「流石にあそこまではないですがそれに比肩し得るものではあります」
「そうですか」
「かなり堅固な防衛ラインです」
「敵はそこに立て篭もっているのですね」
「一言で言うとそうなります」
「そうですか」
 ミネハタはそれを聞いてあらためて考えた。
「それを打ち破る策は。ニーベルングでは無人艦艇を使われましたね」
「発案は義勇軍でしたが」
「今度はどうなさるおつもりでしょうか。敵将であるシュヴァルツブルグ元帥もモンサルヴァート元帥も冷静な人物であり挑発に乗るとも思えませんが」
「よく御存知ですね」
「元々諜報畑にいましたので」
 ミネハタはここでうっすらと微笑んだ。
「おかげで主人が浮気の虫を起こしても事前に防ぐことができております」
「おやおや」
「ミネハタ大将の御主人はまた気の毒ですな」
「アイヌの女は手強いですよ」 
 そう言ってまた笑った。ミネハタの夫は有名な作曲家であり音楽家である。クラシックだけでなくロックも好きで音楽においては多芸多才な人物として知られている。長身で黒々としたアジア系の髪をたなびかせた黒人である。名前をペーター=アンタイヤという。タンザニア出身である。
「主人もそうぼやいていました」
「クラシック界の英雄がですか」
「ロックの大御所が」
 このアンタイヤという人物は両方の世界で定評があるのである。なおジャズや胡笛もすればバラードも得意である。アンチには節操がないとまで言われている。
「私は音楽はポップス専門ですのでそうしたことはよくわかりませんが」
「そうなのか」
「ですが主人の動きは手の中にありますので」
「流石というか何というか」
「どうやら大将を敵に回すと大変なようですな」
「元々はディカプリオ部長からの情報でした」
「情報部長から」
「はい。他にもエウロパ軍高官のデータが揃っておりますが」
「そんなものまであるのですか」
 前線ではよくわからないことである。二人はそれを聞いて内心かなり驚いていた。
「送らせて頂きましょうか」
「是非共」
 これは当然であった。敵を知ることは兵法の基本である。
「これで作戦を立てるのにかなり有利になります」
「はい」
「今まで何度か戦ってきているのでおおよそはわかっているつもりですが。それでも実際にデータがあるのとないのとでは全然違いますからな」
「それでは後でメールで送らせて頂きます」
「お願いします」
 こうしてメールで資料が送られることになった。だが話はまだ終わりではなかった。
「今物資の方はどうなっているでしょうか」
「不足はなしです」
 劉が答えた。
「補給は万全の状況です」
「それは何よりです」
「やはりアルテミスに基地を置いたのが正解だったようです。今まで置いていたニーベルングではやはり距離があり過ぎますから」
「距離が」
「そうです。実際にかなりの距離がありまして」
 マクレーンも語りはじめた。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その十三


「アルテミスの戦いの時には結構それが気になっていました」
「だからこそアルテミスに基地を築くことを希望されたのですか」
「ええ。ここはオリンポス攻略の拠点にもなりますしね」
 彼はまた言った。
「役に立ちますよ。移動も容易ですし」
「エウロパにおける要地というわけですね」
「だからこそ戦場になったのですよ。重要でない場所になぞ兵は置かれませんから」
「確かに」
「ここを手に入れるのはちょっと頭を使いましたよ」
「頭を」
「劉参謀総長の知略でね。勝ちましたよ」
「私は何もしておりませんよ」
 だが劉はここでは謙遜の言葉を述べた。
「全て将兵の奮戦故です」
「左様ですか」
「それ故の勝利ですから」
「そしてその勝利によりこのアルテミスを手に入れられた」
「はい」
 ミネハタはそれ以上戦功について聞かなかった。劉の気配りをおもんばかったのである。
「そこから何が見えますか」
「勝利が」
 マクレーンはニヤリと笑ってそう述べた。
「オリンポスに入城するかどうかまではわかりませんがね」
「それでは期待していますよ」
「はい」
 これで電話での話は終わった。ミネハタは姿を消し二人だけとなった。二人はあらためて話をはじめた。
「まずは八条長官でよかったと言うべきでしょうか」
「そうでしょうね」
 マクレーンは劉の言葉に頷いた。
「細かいところにまで気がつく人でよかった」
「いいところで釘を差してくれました」
 実は二人も今後前線部隊が暴走する危険性を危惧していたのだ。そこで戦いの前にこうして注意を入れてくれた八条に感謝しているのだ。
「ただ、敵の防衛ラインは堅固ですね」
「それは変わりませんね」
 二人の悩みは自軍だけではない。やはり敵に対するそれもあるのだ。
「どうしますか」
「突破するしかないでしょう」
 劉は率直にそう述べた。
「彼等がそう易々と出て来るとは思えませんから」
「やはりそうなりますか」
「あの星系の守りは極めて堅固です」
 あらためてそれについて言及する。
「攻略するにしても相当の損害を覚悟しなければなりません」
「しかも防衛ラインは一重ではない。何重もあります」
「そのうえで敵艦隊もいる。難攻不落と言っても過言ではないですね」
「このまま対峙していてはどうなるでしょうか」
 マクレーンはふとこう言った。
「対峙!?」
「はい。それにより彼等はどうなると思われますか」
「多くの領土を占領されたままですから。次第に弱っていくでしょう」
 劉はそう述べた。
「今の時点でエウロパの大半が我々の手にありますから」
「その場所からの税収等はないわけですよね」
「はい」
「そして産業の収入も。だとすると彼等はかなり困窮していきます」
「只でさえ軍事費にかなり金を注がなくてはなりませんし」
「はい」
「このままですと彼等は労せずして降伏するのではないでしょうか」
「いや、それはどうでしょう」
 しかし劉はそれに対しては懐疑的であった。首を横に振った。
「何故に」
「おそらくそれは彼等も承知しております。そうなれば彼等はうって出て来るでしょう」
「それは好都合なのでは」
「ただそれにより全員死兵となり向かって来るでしょう。そうなれば我が軍にとっても好ましくありません」
「無駄に損害が出かねないということですか」
「はい。ですから兵糧攻めはよくありません。やはり正攻法でいくべきです」
「しかしそれでも損害が」
「要は敵の裏をかけばいいのです」
「裏を」
「はい。一つ私に考えがあります」
「いつものようにですか」
「そうですね、いつものように」
 マクレーンが笑うと劉もそれに合わせるかのようにして笑った。双方共勝利を願う笑みであった。
 話が本格的にはじまった。そしてそれが終わると連合軍はその巨体をゆっくりと動かしはじめた。行く先は言うまでもなかった。時の神の座にである。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その十四


 クロノスというのはギリシア神話の古い神である。父であるウラノスを倒し神々の王となった。所謂ティターン神族であり巨大な身体を持っていた。
 彼は時を司る神であった。北欧においては過去をウルズ、現在をヴェルザンティ、未来をスクルズと三柱の女神達がそれぞれ司っていたが彼は一人で時を司っていたのだ。それだけでも彼の力がどれ程強大なものであったかがわかる。
 しかしそんな彼にも恐れるものはあった。それは自らの神々の王としての座を脅かす存在だ。彼はそれは自分の子供であると父であるウラノス、母であり祖母でもあるガイアに教えられていたのだ。
 彼は自分の子供達を生まれるとすぐに飲み込んだ。そしてこの世に生まれないようにしたのである。スペインの画家ゴヤによる有名な絵画のもとともなっている。これは人間が描いたものの中で最も恐ろしい絵であるとさえ言われている。鬼気迫る絵である。
 だが彼の子供は生まれた。最後の子ゼウスである。彼は母によって救い出されひっそりと育てられていたのだ。成長すると策略によりポセイドンやハーデスといった自身の兄弟達をクロノスに吐き出させると彼等と共に父とその一族に戦いを挑んだ。予言が的中したのであった。
 予言の通りになった。クロノスは破れ彼は神の王座から追われた。そしてタンタロスに幽閉されることになった。この星系はその神の名を冠していた。暗赤色の巨大な二つの太陽を中心に三十の惑星と無数の衛星を持つ巨大な星系である。今ここにエウロパ軍はその全軍を集結させていたのだ。
 その巨大な太陽を左手に二隻の戦艦が並んで航行していた。軍務相であるシュヴァルツブルグの乗艦ヴァレンシュタインとモンサルヴァートの乗艦リェンツィである。二隻の戦艦はその巨体を赤い鈍い光に照らさせながら銀河を進んでいた。
 モンサルヴァートはこの時シュバルツブルグの乗艦であるワレンシュタインにいた。その司令室でシュヴァルツブルグと共にいた。
 二人は豪奢な椅子に座している。そして薔薇色のワインを水晶のグラスで飲んでいた。側にはチーズが置かれている。見ればモツァレラチーズやカマンベールチーズもある。
「残念だがあまり上等なものではない」
 シュヴァルツブルグはチーズを一切れ口に運びながらモンサルヴァートに対して言った。
「こんな状況だからな」
「仕方ありませんね」
 モンサルヴァートはワインを一口飲んでからそう答えた。
「むしろこうしたものを飲んだり食べたりできることに感謝しなければならないでしょう」
「そういうことだな」
 シュヴァルツブルグもワインを口にした。芳香が口の中に漂う。
「こうしたことはこれからも暫くは続くだろうな」
「はい」
 エウロパはこの戦いにおいて全てのものを軍事に向けている。従って他の物資は回らなくなっている。民間の物資は配給こそ行われていないがそれでも不足がちな傾向になった。戦時下においてはよくあることである。
「勝利を収めても敗北しても」
「うむ」
「苦難が続くでしょうね」
「戦争になった場合の当然の結果だな」
 シュヴァルツブルグは溜息混じりにそう述べた。
「それも戦場になった国では」
「はい」
「それでも三十年戦争や第二次世界大戦よりはずっとましか」
「連合軍の軍律がまともなせいもありますが」
「敵に感謝しなければならないということが皮肉だな」
 シュヴァルツブルグの顔がさらに沈む。
「しかし今占領地では軍による横暴もなく市民生活がまともに行われているのも事実です」
「それはわかっている」
「ならば今は素直にそれを感謝しましょう」
「そうするしかないか」
「戦場においては別ですが」
「当然だ」
 シュヴァルツブルグの言葉に力が戻った。
「今度の戦いは実質的に我が軍と連合軍の最後の戦いになる。敗北はエウロパそのものの滅亡に直結する」
「はい」
「その為には・・・・・・何としても負けるわけにはいかないのだ」
「はい。既にこのクロノスにはエウロパ軍のほぼ全ての戦力が集結しております」
「だが戦力では連合軍のそれとは比較にならない」
「それも承知のうえです」
「それをどうするか、だな。さて」
 彼等はこの時クロノスのことだけを考えていた。星系としての防衛ラインは実質的にここが最後である。だから当然のことではあった。しかしそれに固執し過ぎていた。他の場所には目がいってはいなかったのだ。
「コロニーレーザーは既に星系の外周に配されているな」
「ええ」
「射程は大丈夫なのか」
「あのティアマト級巨大戦艦の巨砲よりも長く設定しました。これならば大丈夫です」
「そうか。そしてあれは用意できているかな」
「あれですか」
「そう、あれだ」
 二人は思わせぶりな話を展開していた。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その十五


「あれを使う時が来たのだ」
「既に整っております」
 モンサルヴァートは頷いてみせた。
「今前線に向かわせています」
「あれで連合軍を何としても止めなければな」
「はい」
 また頷いた。
「我々に未来はないからな」
「あと首相府から指示があったのですが」
「首相府から?」
 それを聞いたシュヴァルツブルグの目の色が変わった。
「それはどんなものなのかね」
「ペーチ首相から直々のものですが」
「首相直々か」
 それを聞くとシュヴァルツブルグの顔はさらに暗くなった。
「首相にも困ったものだ」
「何故でしょうか」
「開戦以降全く休んではおられないではないか。もう少し自愛が必要だと思うのだが」
「そうも言ってはおられないのでしょう」
「だがそれにより首相に何があってはどうするのだ」
 シュヴァルツブルグは真剣にペーチの身を案じていた。
「それでもいいと御考えのようですが」
「馬鹿な」
 彼はそれを聞いて首を横に大きく振った。
「首相は軍人ではないのだぞ。命を賭けてどうなるというのだ」
「命を賭けるのは軍人だけではないと仰っているようですが」
「この戦いに全てを捧げているというのか」
「どうやらそのようで」
「文官はそこまでしなくてもいいのだ」
 彼は言い切った。
「命を賭けるのは軍人だけでよい」
「ですが首相は貴族にあらせられます」
「それがどうしたというのだ」
「高貴なる者の義務でしょうか」
「文官であってもか」
「はい。貴族だからこそ命を捧げられるのではないかと思います」
「因果なものだな」
 彼はそれを聞くと大きく息を吐き出してそう言った。
「貴族というものは」
 エウロパの貴族というものは連合の者達が思っている程優雅なものではないのだ。確かに生活のことはあまり気にしなくていい。しかしそこに義務が伴う。彼等は義務の遂行なくして貴族はないということをわかっていた。戦場においては誰よりも果敢に戦い、職務を果たす。それがエウロパの貴族であり青い血の責務であったのだ。
「首相も貴族に生まれなければな」
「御本人は小説家志望だったそうですね」
「あまり文章は上手くはないのだがな、首相は」
「そうなのですか」
 苦笑するシュヴァルツブルグの言葉に肩をすくめさせた。
「まだ首相になっておられない時に何作か書いておられる」
「初耳ですが」
「ペンネームを使っていたからな。仕方ない」
「そうだったのですか。それでどのような小説ですか」
「恋愛小説だ。対立するそれぞれの家の少年と少女のな」
「それはロミオとジュリエットでは?」
 この時代においては連合やサハラにおいてすら広く知られているシェークスピアの有名な悲劇である。今まで数多くのオペラや劇にされている。ただしこの作品はシェークスピアの作品にしてはシニカルでウィットに富んだ表現もくすんだ独特の世界もあまりない。ハムレットやオセローのそれと比べるとかなり異色の作品と言える。
「あれにヒントを得たようだな」
 シュヴァルツブルグもそれを認めた。
「だが結末は違う」
「どのようなものですか?」
 尋ねたところでおおよそのことは予想がついていた。ロミオとジュリエットの結末は誰でも知っているものだ。それと違うのならばどのようなものかすぐにわかる。
「二人は駆け落ちして結ばれる」
「やはり」
「わかっていたか」
「ええ、まあ」
 今度はモンサルヴァートも苦笑してしまった。すぐわかる類のことであるからだ。
「愛は必ず勝つ、というのがあの人の信念だ」
「必ず、ですか」
「少なくとも今までの小説ではそうだな」
「何か話のレパートリーが少なそうですね」
「実際に少ない。しかも文章は読みにくいときている」
「あまり売れそうにはないですね」
「軍で読んでいるのは私位だろうな」
「まさか」
「そもそもその私も興味本位で読んでいるようなものだしな」
「何か意地が悪いですね」
「意地が悪い!?心外だな」
 しかしシュヴァルツブルグはそれを否定した。今度はシニカルに笑った。
「古くからの友人だからな。当然だろう」
「お友達だったのですか」
 これはまた意外なことであった。モンサルヴァートは目をパチクリとさせた。
「私が士官学校、首相が大学にいた頃からな。丁度学校が隣同士だった」
「ああ、あそこですね」
 モンサルヴァートはそれを聞いてそこが何処なのかよくわかった。ドイツのリューベック星系のリューベック士官学校とノルトハウゼン大学のことである。この二校は並んで建てられているのである。両方共古い歴史を持つ名門である。リューベックは多くの優れた軍人を出し、そしてノルトハウゼン大学は有名な学者を大勢出している。ジャンルこと違うが互いに切磋琢磨する関係であると言えた。
「そこで知り合った。酒場だったかな」
 シュヴァルツブルグはかっての若き日を思い出す目で語った。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その十六


「何か端の方で異様に大人しい青年がいた。ちびちびとビールを飲んでいたな」
「ビールを」
「黒ビールをね。それとハムの切れ端を少し」
「何か今の首相とあまり変わらないようですね」
「あの頃からどちらかというと地味だったな」
 シュヴァルツブルグはその時を思い出しながらそう述べた。ワインをまた飲んだ。
「あの頃から私はワイン派で。まあビールも飲んだが」
「はい」
「リューベックはまた格別でね。酒は飲めば飲む程いいものだった」
「私のところとはまた違うのですね」
「卿の出身校はケーニヒスベルクだったか」
「はい」
 ドイツでも士官学校は多くある。彼とシュヴァルツブルグでは出身校が違うのである。これは連合においても同じだ。軍人の数が多くなった為に二十世紀のように一国に一個の士官学校とはいかなくなったのである。軍の規模が大きくなればそれだけ仕官の数も必要なのだ。大卒をそのまま士官にすることも可能だがそれだけではやはり足りない。士官学校で育てられた士官もまた必要なのである。これはエウロパだけでなくサハラ各国でも連合でもマウリアでも同じことなのである。
 軍人教育課程はこの士官学校と士官候補生コースの他に下士官候補生、各種専門コース、下士官補士、そして一般兵士過程が存在する。
 これは連合各国においてである。連合は比較的下士官教育や一般大学からの編入が多い。それに対してエウロパのそれはやはり貴族教育なのである。軍人もまた貴族の階級社会に組み入れられているのが連合だ。実は爵位によって階級も影響したりする傾向もないわけではないのだ。これが連合とエウロパの大きな違いであった。
「あそこは上品だからな」
「紳士であれ、とは口喧しく言われましたね」
 学校が違えば校風も違う。例えば日本にある士官学校は連合においてはかなり厳格なことで知られている。二十世紀、それも第二次世界大戦前の以来の伝統を守っているとさえ言われている。日本にある士官学校の中にはその通称を『海軍兵学校』とさえ呼ばれているものすらある。かって世界に勇名を馳せた大日本帝国海軍の兵学校のことである。この学校の教育はあまりにも厳しかったことで歴史に名を残している。その厳しさたるや鉄拳制裁はおろかも死を覚悟するような訓練もあった。あまりにも過酷と言えば過酷であった。上下関係も異常なまでに厳しく上級生からの鉄拳制裁の激しさもまた異様なまでであった。だがその厳格さにより精強な海軍を作っていたのである。その名を冠されているということはそれだけ厳しいということであったのだが他の士官学校はそうでもない。あくまで日本のこの学校が異様なだけであった。

 

 

第十二部第五章 憂いの雨その十七


「酒の飲み方も。色々と言われました」
「そうだろうな。あそこはそうしたことに厳しい」
 シュヴァルツブルグもそれは知っていた。
「まずは身だしなみ、からだったな」
「はい」
「リューベックは違っていてな。まずは訓練だ」
「そのようですね」
 その為ドイツにおいては格式のケーニヒスベルク、精強のリューベックと言われている。他にも多くの士官学校がドイツにも存在するが有名なのはこの二校であった。
「一に訓練、ニに訓練」
 シュヴァルツブルグは言った。
「三も四も訓練、最後も訓練だ」
「そうして教育していくのですね」
「そのかわり他は自由だったな。外出も」
「そして外で飲む、と」
「中でも飲んでいたがね」
 シュヴァルツブルグは笑った。エウロパでは酒は水と同じものである。ジュースと言ってもいいかも知れない。連合各国とはまた違うのである。従って艦内飲酒もいいのだ。
「飲めば飲む程いい」
「そしてその飲んでいる場で首相とはじめて御会いしたというわけですね」
「そう。いや、最初見た時はまたえらく地味な奴だと思ったよ」
「地味ですか」
「そう。これも今と変わらないな」
「ハンガリー出身なのにドイツの大学に通っておられたのは留学でもされていたのでしょうか」
「その通りだ」
「やはり」
「成績優秀ということでな。交換留学でドイツに来ていた」
「それでお知り合いになったと」
「最初に声をかけたのは私だった」
 彼は楽しそうにそう述べた。
「あまりにも暗そうだったからな。それで声をかけたのだ」
「どうなりましたか?」
「ワインを一本おごった」
「一杯ではなくて」
「リューベックではワインは一杯一杯チビチビ飲んだりはしない。一本一気にあける」
「豪快ですね」
 ケーニヒスベルグでは考えられないことであった。彼は学生時代ワインは安いものを少しずつ飲んでいた。ワインよりも水を飲むことを奨励されていた位だ。
「ワインなぞ飲まずとも生きていける」
 教官にはよくそう言われた。
「それよりも健康に気をつけて水を飲むのだ」
 と。実際に朝食と昼食は水が飲み物であった。茶やコーヒーすら出なかった。それがケーニヒスベルグの教育であったのだ。ここにも厳格さが出ていた。
「それであの人にも飲ませた」
「どうなりました?」
「意外と酒豪では。驚いたよ」
「酒豪ですか」
「一本では足りずに何本も空けた。あっという間にな」
「見掛けによりませんね」
「それで驚いてな。そこから付き合いがはじまった」
「長いお付き合いですね」
「今でもだからな。確かに酒は強い」
「はい」
「しかし飲む時も変わらない。そのまま大人しい様子だった」
「そうだったのですか」
 それは少し意外であった。
「そしてやはり真面目だった。あの時から難しい本ばかり読んでいた」
「変わらないのですね」
「そのまま成長した感じだった。ただ責任感だけは大きくなった」
「そして今に至ると」
「だから心配なのだ」
 シュヴァルツブルグの顔は深刻なものに戻っていた。
「このままでは。本当に過労死しかねない」
「周りのスタッフは止めないのでしょうか」
「止めても聞かないだろうな」
 彼は沈んだ声でそう述べた。
「昔から頑固なとことがあった」
「頑固でもあるのですか」
「そうだな。自分がやらなければならないと思ったことは必ず最後までやり遂げる。そしてその時他人に迷惑や不必要な仕事は与えないようにする」
「今のままですね、本当に」
「その責任感を買われて首相になったとは聞いている。それを聞いた時には総統も見る目があると思った」
 彼が首相に選ばれた時多くの者は首を傾げさせた。何故この様な人物を首相に任命したのかと。外見も派手でなく、穏やかな人格しか評価されていなかったペーチを首相にしたことに疑問を感じずにはいられなかったのだ。単なる飾りではないのか、と噂する者までいた程であった。
「世間はあの人のことがわかっていなかった」
 シュヴァルツブルグはそう断言した。
「だが総統はわかっておられたのだ」
「あれは実は私も疑問に思っていたのですが」
「地味だったからな」
 シュヴァルツブルグはモンサルヴァートにそう答えた。
「卿だけではないな、それは」
「しかし」
「あの人のことはよく付き合わないとわからないものだ」
「そうなのですか」
「卿の不明ではない。無論世論もな」
「有り難うございます」
 シュヴァルツブルグの心配りに素直に感謝した。
「私も最初はそうだった」
「理解されにくい方ですからね」
「人は見掛けによらないとは言うがな。あそこまで極端だと」
「ですが今はあの人が首相であってよかったと本当に思います」
「うむ」
「この戦いにおいても色々と支援をして下さいますし」
「他の省庁も抑えてくれているしな」
「はい」
 今エウロパの財政は軍事費に極限まで割り当てている。戦争中であるから当然のことであるがその他の教育や福祉の予算も削りに削っているのだ。これにより他の省庁の反発があるのは当然である。だがそれを抑えて戦争を円滑に進めているのがペーチであったのだ。
「それは感謝しております」
「卿の国防計画もあの人の理解がなくては実際に動かなかっただろうな」
「そうでしょうね」
「本当にな。まさかこんなに働いてくれるとは思わなかった。働き過ぎだ」
「顔色が日に日に悪くなっているとは聞きますね」
「それはそうだろう。殆ど寝ていないという。休める時間があっても一人悩んでいることが多いそうだ」
「悩みですか」
「こうした状況だ。無理もないが」
「こんな戦局ですからね」
「だがな」
 それでも彼は言わずにはいられなかった。
「少しは休んでもらいたいものだ」
「お気持ちはわかりますが」
「無理なのもわかっている。何しろ長い付き合いだ」
「はい」
 友を想う気持ちは強くはあったが明るいものではなかった。シュヴァルツブルグはいい加減気がめいってきているのを感じずにはいられなかった。
「話を変えるか」
「その方がいいでしょうね」
 モンサルヴァートは杯にワインを入れながら言った。従者はいなかった。
 話は変わった。しかしそれでも気持ちは晴れるものではなかった。彼等にとって今はこれまでになく暗いものであったからである。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その十八


 その頃オリンポスは暗鬱とした空気に支配されていた。皆口にはしないが誰もが敗戦の影に怯えていた。
「このままだとまずいんじゃないのか」
「連合軍が入城してくるんじゃないだろうか」
 それぞれそう考えていた。だが口にはできない。口にしたら最後それが現実のものとなってしまうのではないか、そうしたかなり古い考えが支配していた。これは所謂言霊であった。かっては古代に顕著に見られた信仰である。文字や言葉に表われたものが現実になるという考えである。長い間殆どの国で人々の記憶から消え去っていたが今は違っていた。特にエウロパではその信仰が強かった。
 あるバーでは夜になると客達がその不安を紛らわせる為に飲んでいる。皆不安で仕方がないのである。
「ん、何だこりゃ」
 誰かが壁に書かれている見たこともない記号のようなものに気付いた。
「下手な落書きだな、おい」
「そりゃルーン文字だぜ」
 別の客がビールを流し込みながらそれに答えた。彼はもうかなり酒が入っていたがそれでもわかったのだ。
「ルーン文字?何だそりゃ」
「御前さんは何の神を信仰してるんだい?」
「バッカスさ」
「今酒を飲んでいるからそう言うのかい?」
「まさか。本当に信仰しているぜ」
 ルーン文字に最初に気付いた中年の男はそう答えた。赤ら顔にはもう酔神が見えていた。
「俺は元々あっちの生まれなんでな」
「ほう、初耳だね」
 ルーン文字を指摘した男はそれを聞いて面白そうな声をあげた。
「ギリシアなのか」
「いや、アルベニアだ」
 彼はそう答えた。
「片田舎の生まれさ」
「で、オリンポスにはどうして来たんだい?」
「出稼ぎに出てな。それでここで結婚して居ついちまったのさ」
「まあよくある話だな」
 そう言いながらビールを飲む。そしてもう一杯注文した。
「アルベニアは懐かしいかい?」
「まあ懐かしいって言わなきゃ嘘になるな。今は行かれねえが」
「それは仕方ないさ」
 今アルベニアはその全土が連合軍に占領されていた。エウロパにおいては農業を中心としていることで知られている。エウロパでも屈指の穀倉地帯を多く抱えているのだ。
「こんな御時世だからな。だからルーン文字も書かれるんだ」
「この文字ってそんなに凄いものなのか?」
「まあバッカスの信仰者にはわからねえか」
「悪いな」
 バッカスとはギリシア神話におけるディオニュソスのことである。バッカスとは別名であるが愛称ともなっている。この酔漢は親しみを込めてこう呼んでいるのであろう。
「俺はアルファベットしか読めないんだ」
「そうか。これは北欧にあった文字なんだ」
「ああ、今でいうスウェーデンとかあの辺りだな」
「むしろノルウェーだな」
「寒そうな国ばかりだな、おい」
 スウェーデンやノルウェーは寒冷な星系を多く持っていることで知られている。連合で言うとロシアのそれに似た気候の星系を多く所有しているのである。
「そこの文字だったんだ。ただし普通に使われた文字じゃない」
「読み書きには使われなかったのか」
「それよりも魔法や願い事に使われたんだよ、これは」
 ルーン文字を指差しながらそう述べた。
「魔法にねえ」
「まあノルウェーだけでなくドイツやそうした場所でも使われていたんだが。ほら、ワーグナーっていただろ」
「あのやけに物々しい音楽家か?俺はクラシックは聴かないんだがな」
「それでも名前位は知ってるだろ」
「ああ」
「それで色々と出て来るよな、神様が」
「そんな作品もあったっけな」
「知らないのかよ」
「だからクラシックは詳しくなくてな」
「ニーベルングの指輪ですよね」
 カウンターに座っていたバーテンがそれに応えて話に入ってきた。
「そう、それだよ」
 男はそれを聞いて満足したように頷いた。店は照明も暗めで客も沈んでいたが彼だけは声をあげていた。
「あれに出て来るんだよ、神様が」
「あっちの神様っていうとだ」
 バッカスの信者はこの時ラム酒をストレートで飲んでいた。きつい酒だが今はそれでも飲まなければやっていられなかったのである。
「オーディンとかか」
「そう、それだよ」
 ルーンの男は手を叩いた。
「やっとわかってくれたか」
「で、その神様がどうしたんだ?確か片目で長い髭を生やしてるんだったよな」
「何だ、知ってるじゃないか」
「それ位は学校でも習うぜ」
 酔漢は答えた。
「アルベニアの田舎でもな」
「まあそれはそうだな」
「その神様が作った文字だったとでもいうのかよ、それで」
「その通りさ」
 男は頷いた。
「魔法の為にな。だからここにも書かれているんだろうな」
「で、何て書かれているんだ?」
「それは俺にも」
 男は首を捻ってしまった。
「何て書いてあるかまではな」
「読めねえのか」
「これは特別な文字なんだよ。もうまともに使われなくなって二千年以上経つしな」
「よくそんなのが残ってるもんだ」
「魔法の世界では使われていたからな、細々と」
「そうか」
「俺も占いやアクセサリーでは見掛けているが読んだことはないんだ」
「俺は占いとか興味ねえしな」
「悪いが何て書いてあるかは読めない。悪いな」
「エウロパに勝利を、って書いていますよ」
 だがバーテンがここでこう言った。
「そうなのか?」
「はい。実はそれ私が書いたものでして」
 照れ臭そうに笑いながら自白する。
 

 

第十二部第五章 憂いの雨その十九


「この御時世ですとね。どうしてもすがりつきたくなりますよね」
「まあな」
「それで書いたのですよ。エウロパに勝利が訪れればいいのですが」
「全くだ」
 だがそれが適うと思える程楽天的な者はこの場にはいなかった。皆暗い顔をして飲むだけであった。
「何とかなればいいがな」
「そうですね」
「御貴族様達に祈るか。是非勝って下さいってな」
「それしかありませんか」
「ねえだろうな、実際には」
 彼等は浮かない顔で酒を飲み続けるだけであった。美味くはなかった。苦い酒であった。だが飲まずにはいられない。そうでもしないと心が持たないからだ。
 だがその酒ですら飲めない程追い詰められている者もいた。他ならぬペーチである。彼はこの日も執務室に篭り仕事にあたっていた。仕事は終わることなく机の上を満たしていた。それが終わっても彼の気は休まらないのであった。
「これで今日の分は終わりだな」
「はい」
 秘書官がそれに頷いた。
「では首相、もうそろそろ」
「軍は今どのような状況だね」
 休むことを勧めようとする秘書官の言葉を遮るようにして問うた。
「えっ」
「どのような状況かね」
 言い出そうとしたことで先手を取られて戸惑ってしまった。ペーチはそこに入ってきた。
「知っていたら教えてくれないか」
「わかりました」
 彼は戸惑いながらもそれに答えることにした。あらためて口を開く。
「今我が軍の主力はクロノス星系に集結しております」
「うむ」
「そこに連合軍が全軍を挙げて迫ってきております」
「決戦を挑むつもりだということだね」
「おそらくは」
 秘書官はそう報告をした。
「この戦いにエウロパの興亡がかかっていると言っても過言ではないでしょう」
「物資は大丈夫か」
「物資ですか」
 これは秘書官にとっては意外な言葉であった。士気や勇気ではなかっただからだ。
「そう、物資は足りているか」
「はい、それは」
 戸惑いを消してあらためて述べた。
「万全であります」
「不足があれば言うように伝えておいてくれ」
「前線にですか」
「そうだ。他に何があるというのだ」
「いえ、それは」
 言葉はなかった。
「その通りであると思います」
「人員も足りているな」
「集められるだけの兵を動員しております」
「首都防衛軍もな」
「はい」
 今オリンポスは何の守りもなかった。全ての兵を前線に送っていた。そうでもなければ圧倒的な戦力を誇る連合軍には勝てはしないからである。
「私ができるのはそれだけだ。物資も人員も不足させてはならない」
「後方支持というわけですか」
「食糧や武器がなくては何もできはしないからな」
 ペーチはそう断言した。
「そして」
「そして・・・・・・!?」
「いや、何でもない」
 しかしこれ以上は言おうとはしなかった。言葉を中断させた。
「御苦労。もう聞きたいことはない」
「左様ですか」
「では今日はもう休んでくれ。いいな」
「はい」
 秘書官は遂に切り出せずにその場を立ち去った。結局部屋にはペーチだけが残った。彼は一人執務室の机に座していた。そこで書類に目を通していた。
 目はまるで深海魚の様に飛び出てしまっている。頬がこけ、顔が異様にやつれてしまった為だ。戦争前はふっくらとしていた外見がもう見る影もない。そしてその顔色も疲労が漂っていた。
 不意に腹を押さえる。また痛みが走ったのだ。
「まだだ・・・・・・」
 彼は呻く様に呟いた。
「まだもってくれよ」
 そう言い終えるとまた書類に目を戻す。そして仕事を続けた。
 灯りが彼を照らしていた。古風なキャンドルである。だがそれはキャンドルには見えなかった。命の灯火のように見えた。まるで今にも消えそうな。


第十二部   完


                    2005・9・5 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その一


                   角笛を持つ時
 オリンポスには一人の神の像が立てられている。角笛を持つ神の像だ。よく見れば鎧で武装し、槍も持っている。それは北欧神話の神の一人ヘイムダッルである。
 この神は北欧の神々の中でも独特の立場にいる神である。白き神とも呼ばれ、美しい姿をしている。眠る必要がなくどんな遠くにあるものも見ることができるし聞くことができる。未来を見ることすらできる。そしてヴァルハラの入口に館を構えそこに見張りをしている。神々の門番でもあるのだ。
 彼の役割として最後の戦いを告げるというものがある。ラグナロクの到来をである。彼が手に持っている角笛、ギャラルホルンを吹いた時に戦いがはじまるとされているのだ。
 今そのヘイムダッルの像を眺めている者がいた。エウロパ総統ラフネールである。彼は総統官邸の窓からこの神の像を見下ろしていた。
「まだ笛は吹かれないか」
「はい」
 側にいる女が頷いた。黒い髪を短く切り揃えている。そしてスーツにズボンという男の様な出で立ちである。化粧も薄く、そこにある顔も三角形の切れ長のものである。長身で中性的な顔をしている。
 彼女の名をメリュジーヌ=ド=アランソという。フランスの名門貴族の出身である。元々彼女の父がラフネールの側近であり、その縁でラフネールの知己を得た。まだ二十代前半でかりの若さだ。それがもとでラフネールとの不倫な関係を噂する声もあった。だが実際はその心配はなかった。
 これはラフネールが取り立てて高潔な人物だからではない。確かに彼は男女関係においては清潔であったがこれとはまた別の理由からであった。それは彼女自身の性的嗜好によるものである。
 彼女は同性愛者であったのだ。所謂レズビアンというものである。彼女自身それを公言している。その為言い寄る男もいない。女に対しては彼女の方から声をかける。そうした女性であった。
「女性が女性を愛するということに何の不都合があるのでしょうか」
 彼女はとある雑誌のインタヴューでそう答えたことがある。
「私の処女は家のメイドに捧げました」
 そして自らの体験について赤裸々に語ったのである。
「彼女は今でも私の恋人です。私にとってかけがえのない人です」
 そう主張した。そして今もまた彼女は自身の邸宅にそのメイドと一緒に暮らしている。まるで夫婦のように。
 これに対して彼女の実家は沈黙を守っている。家督は弟が継いでいるから問題はなかった。それにこの家では昔からそうした同性愛者が多かったのである。彼女の祖母の妹もまた同性愛者であったことで知られているのである。遺伝的な嗜好であると言えた。
 そうした人物を補佐官にすることに疑問の声がないわけでもない。だがラフネールはそれでも彼女を補佐官に任命したのである。あくまで能力を買ってのことである。
「笛が吹かれるのはもう暫く先のことです」
「そうか」
 ラフネールはその言葉に頷いた。
「ではそれまでに出来る限りのことをしなくてはな」
「はい」
 アランソはそれに答えた。
「軍は何時でも戦闘に入れる状態にあります」
「それは何よりだ」
「ギャラルホルンの後はグングニルですが」
 ラグナロクはギャラルホルンによってはじまりが伝えられる。そして戦いの最初にオーディンが自らの槍であるグングニルを投げるのである。
「それもまた整っております」
「後は勝つだけか」
「はい」
 アランソは頷いた。
「エウロパの為にも」
「それが一番の問題だな」
 ラフネールはそう述べて苦笑せずにはいられなかった。
「かといっても私は滅多なことは言えない」
「はい」
「総統たる者はな。立場というものは辛いものだ」
「ですがそれを承知のうえで総統になられたのですね」
「厳しいな、卿は」
 今度は別のものに対して苦笑せずにはいられなかった。
「厳しいと言われないか、彼女に」
「御心配なく」
 だがアランソの言葉は簡潔なままであった。
「彼女は私のこうした厳しいところを気に入ってくれておりますので」
「そうか。ならいいが」
「それよりもギャラルホルンが鳴る前のことですが」
「まだ何かあるのか?」
「外を御覧下さい」
「ふむ」
 アランソの言葉に従い窓の外に映るガイアの市街を見る。見渡す限りの官公庁の建物に高層ビルが見える。ここはエウロパの中心地である。だからこそ多くの官庁や企業の本部、本社が置かれているのである。だがアランソは今はそれ等を指差してはいなかった。空を指差していた。
 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その二


「ラグナロクの時の話は御存知ですね」
「うむ」
 ラフネールはそれに頷いた。
「私はフレイを信仰している」
 北欧における豊穣と虹の神である。神々の中でもとりわけ美男子であるとされている。武器として鹿の角、そして一人手に動き回る剣を持っている。
「私はノルンです」
 時を司る三人の女神達のことである。
「そうか。では言うまでもないことだが」
「それでもあえて申し上げたいのですが。宜しいでしょうか」
「何だ」
「今ガイアは冬です」
「冬か」
「ラグナロクの前には三年の間冬が続くと言われています。流石にそこまでの冬ではありませんが」
「今年のガイアの冬は長いな」
「はい」
 この時のガイアの冬は歴史的な寒波であった。あまりもの寒さにストーブやヒーターといったものの売り上げがこれまでになく上昇している程である。
「天気予報によるとあと四ヶ月は続くそうです」
「困ったものだ」
「ですがこれが戦いの予兆なのでしょう」
「ラグナロクの前の冬か」
「そうです。そしてギャラルホルンが鳴った時に」
「全ての終わりがはじまる、か」
 二人は窓の外の鉛の様に沈んだ空を眺めていた。見ればそこから白いものが舞い降りはじめていた。
「雪か」
「冬の象徴ですね」
 アランソの声はその雪に比肩し得る程冷めたものに感じられた。
「銀河に雪は降りませんが」
「星には降る、か」
 雪は瞬く間にガイアを覆い尽くした。それがすぐにこの街を白銀で染めてしまった。アランソはそれを表情を変えることなく眺めていた。その目はやはり冷めたものであった。
 仕事が終わるのはやはり深夜になっていた。まだ帰られるだけましであると言えた。アランソは官庁の車で自宅に帰った。ガイア郊外にあるアランソ家の邸宅の一つである。彼女は今ここに自身と恋人、そして数人の使用人達と共に暮らしている。皆昔から知った者達である。
「お帰りなさいませ」
 黒いタキシードを着た執事が彼女を出迎えた。
「まだ起きていたの」
「はい」
 主に応え顔を上げる。見れば女であった。長い金髪を後ろで束ねている。妙齢の美しい女であった。
「今日は帰られると御聞きしましたので。家の者は皆御主人様をお待ちしておりました」
「有り難う」
 アランソはそれを聞いて一言礼を述べた。
「いつも済まない」
「いえ、これが家の者の責務ですから」
 それでも彼女はそれを礼とはせず当然のものとした。
「御気になさらずに」
「そうか」
「ではこちらへ。御夕食は」
「一応とってはいるが」
 彼女はここで言った。
「もうかなり前のことだ。正直に言うとお腹は空いている」
「そう仰ると思い軽食を用意しておきました」
「そうか。済まないな」
「サンドイッチで宜しいでしょうか」
「充分だ」
「ワインはどれにしますか」
「そうだな」
 彼女は歩きながら考えた後でそれに答えた。
「白がいいな。国はイタリアでいこう」
「イタリアですね」
「がらはアルヴァーロがいい。あるか」
「丁度一本冷やしております」
「ではそれを頼む。食堂に用意しておいてくれ」
「わかりました」
 執事は主の命を全て聞き終えるとその場を後にした。アランソはそれを見届けた後でそのまま廊下を歩みはじめた。その周りに使用人達が集まる。そして進む彼女につきながらその服をスーツから普段着に替えていく。慣れた、機械的な動作であった。双方共これが当たり前であるかのようであった。ただアランソの服は男のそれではあったが。
 食堂に入りテーブルに着くとすぐにサンドイッチが運ばれてきた。野菜サンドであった。アランソは肉はあまり好まない。どちらかというと菜食主義的だ。家の者達はその嗜好を知っている為野菜サンドを出したのである。オリンポス星系の惑星の一つオケアノスから採れた野菜である。ワインも運ばれてきた。白であった。
「御苦労」
「はい」
 ワインとサンドイッチを運んで来たメイドに礼を言う。それからソムリエに入れてもらったワインを食べサンドイッチを口に入れる。食事は程なく終わった。取り立てて目立ったところはなかった。
「如何でしたか」
「久し振りに家の料理を口にしたが」
「はい」
 尋ねてきた執事に対して答える。
「やはり美味しいものだな。味付けがいい」
「有り難うございます。シェフも喜ぶことでしょう」
「それに素材選びもいい。結果としてそれが最高の味になっている」
「はい」
「だがより上もある。精進して欲しいと伝えてくれ」
「畏まりました」
「私はあまり家にいないのに言えた義理ではないがな」
「いえ、そのような」
「では疲れを取りたい。バスの用意はできているか」
「既に」
「では行くとしよう」
 立ち上がった。そのまま浴室に向かう。更衣室に着くとやはり家の者達に服を脱がされる。全裸になったその身体は白くほっそりとしている。だが胸は大きかった。
 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その三


 開けられた浴室に入るとそこには巨大な浴槽があった。サウナや冷水の浴槽まである。メインである巨大な浴槽は白い。まるでミルクを入れているように。
「ミルクを入れたのか」
 アランソもそれが気になって側に控える執事に問うた。
「いえ」
 だが執事はそれを否定した。
「香料を入れまして。それでございます」
「そうなのか」
「どうぞ。肌にとてもいいそうでございます」
「肌か」
 それに気付き自分の肌を見た。
「見ればかなり荒れているな」
 連日の激務の故であった。疲れが肌にも出ていた。
「そう思いまして。それでこの香料を使わせて頂きました」
「色々と気を使ってくれているな」
「これも御主人様の為です」
 彼女達はあくまでアランソの下僕であった。それに徹していると言えばそれまでである。だが彼女達はそれ以上の者達であったのだ。そこには職務以上のものがあった。
「そうか。ならば私からも褒美を与えよう」
「褒美といいますと」
「皆服を脱げ。共に疲れを癒すとしよう」
「それはまさか」
「共に風呂に入ろう。そう言ったのだが」
「勿体ない御言葉」
「皆を呼べ。すぐにな」
「はい」
 執事は嬉しそうな顔を押し殺してその場を後にした。アランソはそれを見届けた後で側に残っているメイド達に声をかけた。
「そなた達もだ」
「宜しいのですか?」
「言ったな、皆だと」
「はい」
「そなた達もだ。早く服を脱げ」
「ですが」
「主の命令が聞けないというのか?」
 アランソはそう言いながら妖艶な笑みを浮かべた。
「ならば私が脱がせてやるが。どうする?」
「わかりました」
 メイド達はそれに従った。それぞれ服を脱ぐ。
「それでよいのだ。では来るがいい」
「はい」
 アランソはメイド達に囲まれて風呂の中に入った。そして浴槽に入った。白い液体が彼女達の裸身を覆った。
「これ」 
 アランソは周りにいるメイド達に対してまた声をかけてきた。
「はい」
「そんなに離れる必要はない。もっと私の側に来い」
「宜しいのですか?」
「よいのだ。こうしないと疲れがとれぬ」
「わかりました」
 メイド達はそれに従った。すぐに主の側に寄った。そこでまた浴室の扉が開いた。すると裸の女性達がまた入って来た。
「来たか」
「御主人様」
 その先頭にいるのは執事であった。タキシードを脱ぎ長い髪を上で束ねていた。
「御命令の通り家の者を呼んで参りました」
「うむ、早いな」
「それでは御相伴させて頂きます」
「早く来い」
 アランソは目で招いた。
「宴は客が多い方がよいからな」
「勿体なき御言葉。それでは」
「来い」
 アランソは右隣にいるメイドの肩を抱いていた。そしてその耳を噛む。
「あっ」
 まだ十代後半程であろうか。うら若き少女であった。耳を噛まれ小さく呻いた。
「どうした?」
 アランソはそんな彼女に声をかけてきた。
「こうされるのははじめてなのか?」
「はい」
 少女はコクリ、と頷いて答えた。
「男と寝たことは?」
「ありません」
「では全くのはじめてか。面白い」 
 その笑みが妖艶なものとなった。
「私も同じだ。男は知らない。いや、知るつもりもない」
 完全なレズビアンであった。だがそれを隠そうともしない。この時代の連合やエウロパにおいては同性愛はそれなりの社会的地位を得ているのである。どちらかといえばホモセクシャルの方が主流であるがこうしたレズビアンもまたポピュラーなものとなっているのだ。これはエウロパの貴族社会だけではない。
「だが女は別だ。そなたには今の私の相手を命じる」
「有り難き幸せ」
 こうして宴が行われた。長い宴が終わるとアランソは浴槽を出た。それから共に出て来た家の者達に身体を拭かせ、服を着させた後で部屋を出た。それからゆうるりとした物腰で自室に入った。

 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その四


「お帰りなさいませ」
 豪奢な部屋であった。高価な装飾品で飾られている。象牙で作られた時計や水晶のシャングリラ、黒檀の椅子等が置かれている。そしてベッドは絹のもので天幕まであった。
 そのベッドの上に一人の女性が座っていた。白い絹のガウンを着ており豊かな金髪を膝の辺りにまで垂らしている。彼女はその緑の、森の様な目でアランソを見ていた。声はまるで天界の調べの様に美しかった。
「只今」
 アランソは優しげな笑みを浮かべてそれに応えた。今までのそれとは全く違う笑みであった。
「随分長い間家を空けてしまったな」
「それは仕方のないことです」
 その女性は優しい声でそう慰めた。
「お仕事ですから」
「そう言ってくれるか」
 それだけでアランソの心は和んだ。
「済まないな、いつも」
「いえ」
 今度は首を横に振った。
「私はアランソ様さえおられればそれでいいですから」
「優しいな。コンスタンツェは」
「私はアランソ様の為にいますから」
「私の為にか」
「はい」
 アランソはゆっくりと彼女に近付いていた。彼女の名をコンスタンツェ=シェルヘンという。オーストリアの辺境の星系に生まれた。ごく普通の農家の娘であり高校まではごく普通に育った。高校卒業の際にたまたま募集していたアランソ家のメイドに応募してアランソと知り合ったのである。その時はアランソもノーマルであった。
 だが彼女を一目見てアランソは変わった。彼女を好きになってしまったのだ。不思議と違和感はなかった。まだ高校に入ったばかりの彼女はこの年上のメイドのことばかり考えるようになった。そして遂には彼女に恋文を出すまでになってしまっていたのであった。
「受け取ってくれるか」
 アランソは真っ赤な顔で彼女にそう言った。
「けれど私は・・・・・・」
 メイドである。そして平民である。身分の違いがあった。だがそれでもアランソは言った。
「構わない。いや」
 訂正した。
「貴女でなければ駄目だ」
「私でなければ・・・・・・」
「そうだ。何としても貴女が欲しい。この世界がなくなっても」
「世界がなくなっても、ですか」
「もう貴女のこと意外は考えられない」
 彼女は言い切った。この時はまだコンスタンツェの方が背が高かった。髪はこの時から短かった。彼女を見上げてそう言ったのである。
「貴女が私の世界の全てなのだから」
「・・・・・・わかりました」
 彼女はこくり、と頷いた。
「御主人様が私を愛して下さるというのなら」
 アランソは次の言葉を待った。一瞬である筈だがそれは永遠のものであるように感じられた。それ程長いものに思えた。時の流れは実に奇妙なものである。
「私はその愛に応えたくございます」
「有り難う」
 アランソはこの時泣いていた。愛が受け入れられた喜びの涙であった。こうして二人の愛がはじまったのである。
「一つ聞きたい」
「何でしょうか」
 アランソはベッドに寝ていた。頭をコンスタンツェの膝の上に置いている。暗がりの中の彼女の緑の瞳を見上げながら声をかけていた。
「今エウロパがどのような状況かはわかっているな」
「はい」
 彼女は応えた。
「若しこのオリンポスが陥落すればどうする?」
「私の考えは決まっています」
 コンスタンツェの声も笑みもやはり優しいものであった。
「私は何時までもアランソ様と一緒です」
「一緒か」
「はい」
 彼女はまた言った。
「最後まで。この世界が終わっても天界で」
「嬉しい言葉だ」
 アランソは目を細くしていた。
「その言葉を聞いて安心した。私にはやはり貴女しかいない」
「私もです」
「何時までも一緒にいよう。いいな」
「はい」
 そのままアランソは眠りに入ってしまった。コンスタンツェも。二人で朝まで休むのであった。
 朝になりアランソは屋敷を出た。その時コンスタンツェに声をかける。
「では行って来る」
「はい」
「留守中を頼むぞ」
「わかりました。それでは」
 二人は互いの頬に口付けをした。そして別れる。今度出会うのは何時になるかわからない。だがそれでも彼女達は別れるしかなかった。また出会うその時まで。


 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その五


 ガイアは冬化粧を整えていた。アランソはその中を車で進む。後部座席からその冬の街並を眺めていた。
「人が少ないな」
「休日ということもありますから」
 隣にいる官僚がそれに応えた。彼女も女性である。
「それは当然かと」
「遊びに出る者も殆どいないようだな」
「雪のせいでしょうか」
「そう思いたいが違うだろうな」
 しかしアランソはそれを否定した。
「やはり戦局のせいですか」
「それしかないだろう」
「やはり」
 官僚にもそれはわかっていた。だがそれは否定したかったのである。
「そうですか」
「残念なことだがな」
 アランソもその彫刻の様に美しい顔を暗くさせていた。
「辛いものだな、本当に」
「はい」
 官吏の顔も暗いものであった。
「劣勢だとこうなってしまうのか」
「致し方ないと言えばそれまでですが」
「卿はどう思っているか」
「何がでしょうか」
「決まっているだろう」
 彼女は隣にいる官吏に問うてきた。
「次の戦いのことだ」
「戦いのことですか」
「そうだ。どう見ているか」
「私は戦争のことはよくわかりませんが」
 そう前置きしたうえで答えた。
「あまり思わしくはないと思います」
「そうか」
 アランソはそれを聞いても怒りはしなかった。顔色も変えはしなかった。
「そうだろうな」
「補佐官はどう御考えですか」
「卿の考えも至極当然だと思う」
 まずはそれを認めた。
「確かに今我々は危険な状況にある」
「はい」
「今後の戦いで敗れたならば滅亡も覚悟しなければならない。だがな」
 そしてここで言った。
「私は軍人達を信じている。それだけだ」
「左様ですか」
「彼等ならばやってくれる。いや」
 言葉を変えた。
「やってくれなければならない。わかるな」
「はい」
 官吏もまた沈痛な顔で頷いた。
「さもなければ我等は終わってしまう」
「できることなら武器を手に戦場に向かいたいのですが」
「残念だがそれはできない」
 アランソはそれを否定した。
「我々が戦場に赴いても何の役にも立たない。今は銃だけを持って戦場に行けばいい時代ではないからな」
「無念です」
 官吏は口を締めた。
 この時代の戦争は銀河の戦争である。宇宙での戦争において個人が銃を持て行っても何にもなりはしない。足手纏いにすらなりはしない。戦いに赴くにも専門の技術が必要なのである。そしてそれを持っている者は全て戦場に送り出している。エウロパは今そうした状況にあるのだ。
「では我々は後方でこうして書類を相手にするしかないのですね」
「そうだ」
 アランソは言い切った。
「それが卿の、そして私の戦いだ。わかってはいると思うが」
「はい」
「卿はその職分を果たしてくれればそれでよい。それだけでな」
「左様ですか」
「ひいてはそれが戦場の将兵達の為になる。わかってくれるか」
「心の中では色々と考えてしまいますが」
 彼女はそれに頷くことにした。
「私にも青い血が流れております故」
「済まないな」
 青い血、すなわち貴族だということである。
「卿は確か騎士の出だったな」
「はい」
 彼女はまた頷いた。
 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その六


「ノルウェーの騎士の家に生まれました」
「そうか」
 エウロパの爵位はまず国家元首がある。そして公候伯子男の五つの爵位が存在する。このうち子爵は公爵に、男爵は侯爵に仕えている場合もある。
 そしてその下が騎士である。そして紳士がある。その他にも貴族としての階級は存在し、かなり複雑なものとなっているがおおまかに分けてこうなっている。
「家は代々文官でしたので。私もエウロパ中央政府に入りました」
「そして今ここにいるのだな。以前は何処にいたか」
「文部省に」
「文部省」
 アランソはそれを聞いて意外といった顔をした。
「そうなのか」
「意外でしたでしょうか」
「うむ」
 そして彼女はそれを認めた。
「少しな。財務省か通産省と思っていたが」
「元々教員免許も持っておりますし」
「教師のか」
「はい。小学校の」
 ここで優しげな笑みになった。
「主に音楽を学びました」
「音楽か」
「ピアノのコンクールにも度々出たことがありますよ」
「そうか。私はピアノはあまり聴かないが」
「補佐官はかなりの音楽好きだと御聞きしておりますが」
「実はそれはクラシックではないのだ」
「おや」
「ヘビーメタルだ。私が好きなのは」
「そうだったのですか」 
 それを聞いて今度は官吏が意外そうな顔をした。
「またそれは」
「あの派手な感じがいい」
 そう語るアランソの顔が僅かに綻んだ。
「衣装もな。今一番好きなのはヘルモーズだ」
 北欧の神の名を冠したグループである。五人組の実力派バンドとして知られている。彼等が言うには自分達こそがエウロパ最高のヘビメタバンドである。
「そこいらのニセ者とは訳が違うんだよ!」
「俺達の本物の音楽を御前等に聴かせてやるぜ!」
 ステージでそう叫んでファンや他のグループを挑発する。だがそれはステージやインタビューの中だけで素顔はいたって素朴な青年達である。メイクをして楽器やマイクを手にすると性格が変わるのである。
「ヘビーメタルはやはりあそこまで反体制的、反宗教的でなければいけない」
「そうなのですか」
「ヘビーメタルは聴かないか」
「申し訳ありません」
「謝る必要はない。音楽の趣味なぞ人それぞれだ」
「左様ですか」
「少なくとも私はそうだな。だがピアノも嫌いではない」
「有り難うございます」
「そしてコンクールではどうだったか」
「学生の頃の話ですが」
 彼女はそう前置きをしたうえで述べた。
「何度か賞も頂いております」
「ではそれなりに自信はあるか」
「最近はあまり弾いてはおりませんが。それでも暇を見つけて」
「そうか。では一度聴いてみたいな」
「宜しいのですか?」
「頼む。そうだ」
 アランソは少し思案した後で述べた。
「この戦いが終わってエウロパが残っていたならば。それでいいか」
「わかりました。それでは」
「頼むぞ。卿の名は」
「アンネローゼ=フォン=メルヒオールです」
「メルヒオールか。覚えたぞ」
「はい」
「それではな。その時はエウロパを祝福してくれ」
「わかりました」
 話をしているうちに官邸に辿り着いた。アランソは官邸に辿り着くとメルヒオールを伴ってラフネールのもとに向かった。そこでは既にペーチがいた。
 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その七


「首相」
「火急の用件があってね」
 ペーチは傍目からも疲れが顕著な声でそう述べた。
「申し訳ないが来させてもらったよ。総統はおられるかな」
「総統ですか」
「そうだ。君が今来たところを見るとまだのようだね」
「はい」
 補佐官は総統が来る前に色々と仕事をしておくのもその職務の一つである。従って補佐官の朝は早いのである。
「では少し待たせてもらうか」
「御言葉ですが首相」
「何かな」
 彼はそれを受けてペーチに顔を向けた。
「何時こちらに来られたのですが」
「少し前だが」
 彼はそう答えた。
「それが何か」
「いえ」
 アランソは一呼吸置いたうえでそれに返答した。
「もっと早くから来られていたと思いましたので」
「残念だがそれはないよ」
 笑みを浮かべてそれを否定した。アランソはその笑みから何かを感じ取っていたがそれは口には出さなかった。
「左様ですか」
「早くから来ても開いてはしないだろう?」
「それはそうですが」
 だが彼女が思ったのはそれではないのである。しかしそれを口に出すことはできはしなかった。
「それで総統だが」
「はい」
「昨日は帰られているな、官邸に」
「はい」
 アランソはそれに頷いた。
「深夜に。帰られています」
「そうか。ならいい」
 ペーチはそれを聞いてまた笑みを作った。
「あまり無理をなさってはよくないからな」
「それですが首相」
「何かな」
「いえ」
 言いたいことがあったがそれは言い出せなかった。
「何もありません」
「そうか。ならいいが」
「はい」
 誰に対しても、総統に対しても直言を憚らないアランソであるがこの時ばかりはとても言えなかった。言うにはあまりにも重苦しかったからである。止むを得ず話を変えることにした。
「総統ですが」
「うん」
「そろそろ来られる頃だと思います。それまでお茶でも如何ですか」
「お茶か」
「はい。デメテル星系で採れた茶を持っておりますが。如何でしょうか」
「悪くないね」
「ローズでどうでしょうか。きっと御気に召されると思いますよ」
「それではもらおうかな」
「わかりました。メルヒオール君」
「はい」
 それまで後ろに控えていたメルヒオールがそれに答えた。
「早速伝えてくれ。ティーを二つ」
「わかりました」
「お茶菓子もね。頼んだよ」
「はい」
 二人は官邸のティールームに入った。白い装飾で飾られた落ち着いた雰囲気の場所である。そこで二人は白いテーブルに向かい合って座っていた。見ようによっては年の差の離れたカップルに見えなくはない。だが男は朴念仁で妻をこよなく愛することで知られる冴えない男で女の方は同性愛者であった。それを知ってしまえば甚だつまらないカップリングであった。
 音楽が聴こえている。朝を知らせるような優しい曲だ。ペーチはそれを聴きながら目を細めていた。
「いい曲だね」
「ヨハン=シュトラウスの曲でしょうか」
 アランソは記憶を辿りながらそれに応じた。
「二世の方だったかと」
「そう、これは息子の方の曲だね」
 首相はそれに答えた。
「青く美しきドナウだ」
「それでしたか」
「かってオーストリアの帝都ウィーンを流れていたドナウ川を曲にしたものだったな、確か」
「お詳しいですね」
「いや、実はこの前オーストリア国王に教えて頂いたのだよ」
「そうだったのですか」
 今のオーストリア国王はフランツ=ヨーゼフ三世である。二千年もの間残っているハプスブルクの血脈を今に伝える古風な顔立ちの老人である。細長い顔に丸い目、鷲鼻、厚い唇とやや突き出た顎。顔に出ているそれ等のものが彼の血筋を現わしていた。それこそがハプスブルクの血脈の証であったのだ。質素にして質実剛健な人物として知られ、音楽や芸術にも造詣が深いことで知られている。
「フランツ陛下から」
「何でもあの頃のオーストリアは色々あったそうでね」
「オーストリア=ハンガリー帝国の頃でしょうか」
「そう、その頃だ」
 彼はそれに答えた。
「あの頃のオーストリアは分裂寸前だった」
「確か欧州全体で民族主義運動が活発化していた頃でしたね」
「うむ」
 長い間広大な領土と多くの民族を統治してきたオーストリアであったが十九世紀の民族主義のうねりをまともに受けてしまったのである。オーストリア自体はゲルマン民族であるがその領土であったポーランドの一部、チェコスロバキア、ハンガリーといった地域の多くはスラブ系であった。そのうねりを受けて遂にオーストリアはオーストリア=ハンガリー帝国という二重国家になった。その中でもとりわけハンガリーの力が強かったのである。なおハンガリーはアジア系の国家でありマジャール人がそのルーツであると言われている。既に髪も目も色が違っており、肌の色も変わってしまっていたが彼等はアジア人だったのである。それは今は連合にいるフィンランドも同じであった。
 その二重帝国の国家元首はフランツ=ヨーゼフ帝であった。質素で生真面目な人物であった。彼は分裂しようとする自らの国をその絶え間ない努力と職務により抑えていた。決して民主的な人物ではなく頭も固いと言えば固かったが彼は公平であり贅沢を好まなかった。そして黙々と仕事をこなした。それにより国家を保ったのである。
 その当時のウィーンはギリシアの天界の神ゼウスの像がよく建てられたがその顔は彼の顔であった。彼をゼウスになぞらえそれによりオーストリアの象徴としたのである。彼はこのモザイク国家の唯一の象徴であった。象徴として生きることにより国家を保持することを選んだのであった。
 美貌で知られる皇后エリザベートは暗殺され、息子であった皇太子ルドルフは心中した。国家は常に分裂の危機にありプロイセンやロシアとの関係に常に苦慮していた。この世のあらゆる不幸が彼を襲った。だが彼はそれでも日々黙々と仕事を続けオーストリアを維持してきた。第一次世界大戦のさ中にこの世を去ったが彼が健在ならばハプスブルク家の一時断絶はなかったであろうと言われている。
「我々は帰って来ました」
 二十一世紀オーストリア王として玉座に帰り着いたハプスブルク家の女当主マリアはまずこう言った。
「愛する国民達の前に。そしてフランツ=ヨーゼフの側に」
 そしてかってフランツ=ヨーゼフが被った王冠を頭に飾った。その時彼女は泣いていたという。かって彼が守り抜いたものをようやく戻せたことに。
 そうした歴史があった。この曲はかっての地球にあった時代を偲ばせるものであったのだ。ペーチはそれを静かに聴いていた。
 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その八


「私はシュトラウスの曲が好きでね」
「そうなのですか」
 アランソは話を聞きながら今日はやけにクラシックと縁があると内心思っていた。
「こうもりも好きだよ」
「オペレッタの」
「そう、あれはね。何回も見た」
「新年になると多くの歌劇場で上演されるそうですね」
 彼女が知っているのはこの位である。それ以上は入ることができない。
「そうだね。元々晴れやかな作品だし。そうだ」
「!?」
 アランソはペーチの声に顔を上げた。
「何か」
「補佐官も出演してみてはどうかな」
「こうもりにですか」
「うむ。一つ似合う役があってね」
「失礼ですが私はクラシックにはあまり」
「いや、こうもりは特別だから」
 ペーチはそう言って彼女を宥める。
「誰でもゲストで参加ができるのだよ」
「それはまた」
「それもあるしね。そしてその役とは」
「どんな役でしょうか」
「オルロフスキー公爵という貴族なのだが」
「オルロフスキー」
 彼女はそれを聞いて顔を少し動かせた。
「一見だけでは何かスラブ系だと思われますが」
「確かロシアの貴族だったかな」
「ロシアの」
「舞台は十九世紀だったからね。まだあの国にも貴族は存在した」
 今彼等は連合の主要国の一つである。第一次世界大戦までは貴族が存在し大きな力を持っていたことで知られている。ロシア革命の折は多くの亡命者を生み白系ロシア人と言われていた。
「それだけでどれだけ古い作品かはわかるね」
「はい」
 アランソはそれに頷いた。
「確かテレビも電話もない時代でしたね」
「今となっては信じられないことだが」
「ええ」
「そうした時代にお金だけがあるとどうなると思うかね」
「今一つ実感が沸きませんが」
 彼女も貴族であるが今の時代の貴族である。当時の貴族ではないのでどうしても想像が及ばないところがある。だがそれでも考えた後で答えた。
「暇なのではないでしょうか」
「そう、彼は暇だった」
「やはり」
「それで自宅にお客を招いてパーティーをすることが好きなのだ。退屈を紛らわせる為にね」
 何処となく退廃的な話であった。
「確かに退屈ならば誰かが側にいてくれるに限る」
「そう。そしてこの公爵は役柄では男だが」
「演じる場合は違うのですか」
「男が演じる場合もあるがね。多くは女性が演じる」
「また余計に退廃的ですね」
「それを考慮した演出なんだよ。この公爵はね」
「それで私にその退廃的な役を演じてもらいたいと」
「あ、いや」
 失言にとられたかと一瞬危惧したがそれは杞憂であった。
 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その九


「そういうわけではないが」
「わかっております」
 当人が笑ってそれを否定したのでそれはなかった。
「それならばいいが」
「何か面白そうな役ですね」
「勿論歌う場面もある」
「そうでしょうね」
「この前はカウンター=テノールが演じていたな」
 カウンター=テノールとは男性ながらソプラノに匹敵する声域で歌う歌手のことである。その声も歌う時は女性のものかと思える程にまでなる。かってカストラートという去勢した男性が歌ったバロック期の多くの作品を歌っていることでも知られている。代表的な役としてはヘンデルのジュリアス=シーザーのタイトルロールやモンテヴェルディのポッペアの戴冠のネロ等がある。余談であるが長い間暴君とされてきたネロはこの時代においてはそうは認識されていない。芸術を愛し、気前のよかった皇帝として知られている。繊細な人物であり戦争も好まなかった。確かにキリスト教徒を迫害したのは事実であるがこれはカリギュラからであり当時のローマの基本政策の一つであった。むしろ彼は市民や奴隷にはいい皇帝だったのである。その証拠の一つとしてローマ市民はネロの帰還を信じていたしその墓には花が絶えることは
なかった。
「あれはよかった」
「それでどういった風に出ればいいのでしょうか」
「極論すればヘビメタで出てもいい」
「御存知でしたか」
「まあな」
 彼女の音楽の趣味はわりかし知られている。ヘビーメタルの歌手と握手する写真まである程である。
「ギターを派手に演奏しながら歌ってもいい」
「それはもうクラシックではないのでは?」
「本来クラシックもエンターティメントだよ」
 ペーチはそう述べた。
「かってオペラは市民の娯楽の場だった」
「今のように背筋を伸ばして聴くものではなかったのですか」
「バロック時代のグランド=オペラ等は特にそうだったらしいね。まあワーグナーをそうそう気楽に聴ける者はいないだろうが」
「ワーグナー家も五月蝿いですしね」
「うむ」
 ワーグナー家はこの時代も存在している。ドイツのウルヴァシー星系に邸宅を構え新バイロイト劇場を拠点に活動している。この劇場はかってのバイロイト歌劇場がそうであったようにワーグナーの楽劇だけを上演している特別な歌劇場である。今ワーグナー家の当主はゴッドフリート、ジークムントの兄弟である。
「まああれは特別だ」
「はい」
「そのクラシックが本来持っていた娯楽をこうもりでは復活させているのだよ」
「だからギターを持ち出しても自由なのですね」
「そういうことです」
 ペーチはそう答えた。
「だからよかったら出演してくれ」
「はい」
「あくまで気が向いたらでいいからね」
「わかりました」
 ここで紅茶が到着した。ローズティーである。
「では首相、どうぞ」
「有り難う」
 お茶菓子はケーキである。苺と生クリームのケーキである。アランソはまずそれに手をつけた。だがペーチは手をつけようとはしなかった。彼女はそれを見て内心思うところがあったがやはり口にはしなかった。
「美味いね」
「そうでしょう。この茶は特別な茶でして」
「ほう」
「丹念に栽培されていますから。薔薇もね」
「深紅の薔薇だね」
「はい。味も宜しいでしょう」
「うん。確かに薔薇は食用でもあるが」
「はい」
「それでもかなり旨いね。他の薔薇よりも甘く感じるよ」
「そうでしょう。砂糖もいらない程でして」
「そうだね」
「まだありますからゆっくりと味わって下さい。ティーは心を落ち着かせますし」
「心をか」
「疲れた時にはいいですよ。さあ、もう一杯」
「有り難う」
 二人はローズティーを堪能した。飲み終えたところで席にメルヒオールがやって来た。
「総統が来られました」
「そうか」
「時間通りだね」
「はい」
 アランソは左腕の時計を見てそう言った。メルヒオールはそれに頷いた。
「ではこちらに」
「うむ」
 二人は席を立った。そしてラフネールの側に向かう。総統の執務室に入るともう彼が席に座っていた。
「私を待っていたそうだね、二人共」
 ラフネールは二人にまずそう声をかけてきた。
「待たせて申し訳ない」
「いえ」
 ペーチがそれを否定した。
「お茶を楽しませてもらいましたし」
「お茶を」
「はい、アランソ補佐官におごってもらいまして」
「ローズティーをだね」
「御存知でしたか」
「私も何度か馳走になったことがある」
 彼はその気品のある整った顔を綻ばせてそう答えた。
「あれは絶品だ」
「有り難うございます」
「また今度馳走になりたいが。いいかな」
「ええ、何時でも」
 アランソはそれに頷いた。
「御声をかけて頂ければ」
「では近いうちにな。それではだ」
 彼はあらためて顔を引き締めさせた。
「用件は何だね、首相」
「はい」
 ペーチは真摯な顔でそれに応えた。
「社会保険の財源のことでお話がありまして」
「あれか。どうなったか」
「とりあえずは直接税の増税で賄うことにしたのですが」
「今の状況ではそれは難しいな」
「はい。戦後のことを考えますと」
「それがある。おそらく戦争の後は色々と大変だ。復興にまず金を回さなければならない」
「はい」
「今は据え置きにしておこうと思うのだがどうだ」
「総統、御言葉ですが」
 しかしここでアランソが話に入ってきた。
「それでは社会保険そのものが成り立たなくなる可能性がありますが」
「それもそうだが財政的にな。厄介なことになるぞ」
「ならば各惑星の高速道路の使用料、そして国立大学の授業料を僅かにあげてはどうでしょうか。あとは恒星間航行船の運賃をあげるのです」
「それだけで足りるのか」
「他にもありますが。ですがそれだけでかなりの財源になると予想されますが」
「ふむう」
 ラフネールはそれを聞いてあらためて考え込んだ。そしてペーチに顔を向けて問うた。
「首相はどう思うか」
「一存では答えかねますが」
「それでもどう思うか」
「まずは財務省、そして厚生省と話し合ってみたいと思います。判断はそれからです」
「暫く待って欲しいということだな」
「はい。こちらは火急の用件ではありませんのでまだ調整の時間はありますから。もう暫くお待ち頂けるでしょうか」
「わかった。それでは宜しく頼むぞ」
「はい」
「そういうことだ。補佐官、それでいいか」
「私に異存はありません」
 彼女は静かな声でそう述べた。
「社会保険が万全に執り行われることを願うだけです」
「そうか。ところで首相」
「はい」
 ラフネールはまた彼に顔を向けてきた。
「用件はそれだけか。それならばこんなに朝早く卿自ら来ることもないと思うが」
「実はもう一つ用件があります」
 彼は落ち着いてそう述べた。
「軍からの要請がありまして」
「軍から」
 それを聞いたラフネールとアランソの顔色が一変した。
 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その十


「どのようなものだ」
「テューポーンの使用許可を求めてきておりますが」
「テューポーンのか」
「如何致しますか」
「止むを得ないだろう」
 彼はそれを認めることにした。
「今の戦局を打開する為にはな。許可する」
「わかりました」
「ただし一つ言っておく。使用には細心の注意を払うようにな」
「はい」
「惨事なぞ起こらぬように。わかったな」
「了解しました。それでは軍にはそのように伝えます」
「うむ、頼むぞ」
「私からはそれだけです。それではこれで」
「あっ、少し待ってくれ」
 だがラフネールはここで彼を呼び止めた。
「何か」
「連合の方からは何もないか」
「何もといいますと」
「卿は聞いてはいないか。連合ではこの戦いが終わったならばすぐに講和条約を締結したいと考えているとの情報が入ってきているのだ」
「講和の」
「そうだ。それに関しては何か聞いていないか」
「残念ながら初耳です」
「そうか。ならいいが」
 まずはそう言って間を開けた。それからまた述べた。
「だがそうした話が入って来たならばすぐに伝えてくれ。いいな」
「わかりました」
「私からはそれだけだ。御苦労」
「はい」
 こうしてペーチは総統官邸を後にした。ラフネールとアランソは彼を見送った。その後でアランソはラフネールに問い掛けた。
「総統」
「何だ」
「先程のお話ですが」
「講和のことか」
「はい。それは真実でしょうか」
「本当のことだ」
 彼はそれを認めた。
「情報部の方から連絡があった。マウリアが仲裁に入る形でな」
「マウリアが」
「彼等が連合の要請を受けているという話もある。どうやら連合もエウロパ全土を占領、若しくは併合するつもりはないらしい」
「ではとりあえずは滅亡はないということですか」
「元々彼等は我々を併合するつもりはなかったようだがな」
 彼は仮面の様に強張った顔でそう述べた。
「だが領土は奪われる可能性がある」
「ニーベルングとその周辺はかなり危ないでしょうね」
「それに関しても調査をはじめようと思う。彼等が何を要求してくるかをな」
「バチカンはどうなりますか」
「バチカンか」
「はい。今回の戦いの主要因なのですが」
「譲り渡すしかないのかもな」
 そう語る顔が沈痛なものとなる。
「おそらく彼等はまずはそれを要求してくるだろう」
「そういえばバチカンの移転先の星系の候補地を探しているという情報もありますね」
「そうだろうな。勝利を収めた場合に備えて」
 ラフネールはここで立ち上がった。そして窓の外を眺めた。
「それは当然のことだ」
「バチカンがエウロパから離れるのですか」
 口では簡単に言えても俄かには信じられるものではなかった。
「あのバチカンが」
「教皇庁の移転はかってもあったことだ」
 ラフネールは素っ気無くもあるが無念そうな声でそう述べた。
「教皇のバビロン捕囚でな」
「中世の話でしたね」
「そうだ。あの時はフランス王との対立が原因だった」
「今回は我々と連合との戦いにより」
「こうして言うならば迂闊なことをした」
 ラフネールのその言葉に血が滲んだ。
「諜報員を送り込むのにバチカンを利用すべきではなかったな」
「今言っても仕方のないことでありますが」
「それはわかっている。だがそうならばこれは裁きだな」
「裁き」
「世俗のことに神を利用したことに対するな。もっとも世俗にまみれていない教会なぞかってなかったことだが」
「残念なことですが」
 アランソはその言葉に頭を垂れた。
「だからといってこの難から逃れるわけにはいかないが。既にクロノスに迫っていたな」
「はい」
「テューポーンだけで足りなかったならばどうなると思うか」
「言うまでもないことだと思いますが」
「そうだな。だが彼等に期待しよう」
「はい」
「勝利をな」
 翌日クロノスに向けて巨大な円形状のものが運ばれた。巨大なそれはまるで衛星のようであった。それが一直線にオリンポスからクロノスに向かうのであった。

 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その十一


 その頃クロノスでは防衛ラインの建築がほぼ完成されようとしていた。連合軍の侵攻には何とか間に合った形となっていた。
「とりあえずは一安心といったところか」
 モンサルヴァートは前線でその状況を眺めながら呟いた。
「後はテューポーンだけですね」
「そうだな」
 そしてプロコフィエフの言葉に頷いた。
「問題は総統がそれを許可して下さるかどうかだが」
「許可されるしかないでしょう」
「されるしかないか」
「戦局を鑑みますと。当然ではないかと」
「確かにそうだが」
 モンサルヴァートはそれに頷きながらも少し違和感を感じていた。
「だがあれを動かすのはまさに最後の最後だ」
「はい」
「我がエウロパが極秘に開発してきた切り札。あれを出すのだからな」
「切り札は切らなくては何にもなりません」
 プロコフィエフは淡々として調子でそう述べた。
「そのまま負けては何にもならないでしょう。遅れた兵器は小説にはなりますが」
「戦争には貢献しない、か」
「はい。ですからここで切るべきだったのです」
「ふむ」
「敵は二千個艦隊。それに対抗するにはあまりにも数が少な過ぎます」
「その二千個艦隊が一気にここに雪崩れ込んだらどうなるかな」
「それはもう言うまでもないことです」
 やはりその声は淡々としたものであるが内容はエウロパにとって実に厳しいものであった。だがそれでも彼女はその言葉を止めなかった。
「敗北です」
「やはり数は如何ともし難いということか」
「はい。だからこそ我が軍は今まで敗北を重ねてきました」
「そうだな」
「北方でも中央でも。南方は無血で明け渡しましたが」
「あれにしろ我が軍の屈服だな」
「残念なことに」
「その時にティアマト級巨大戦艦の中に入ったな」
「はい」
「あの中を見て思った。連合はあまりにも巨大だ」
 モンサルヴァートは自身の言葉に感情を込めてはいなかったがそこには脅威を感じる者独特の響きがあった。敵の戦力を率直に認める軍人独特のものであった。
「外見だけではないのだ。彼等は」
「だからこそ今まで勝利を収め続けられたのですね」
「そうだ。だが無敗の軍というものは今まで存在しなかった」
「ローマ然りモンゴル然り」
「彼等も敗れることはあった。人間の軍隊で不敗の軍なぞ本来は有り得ない」
「彼等にも弱点はある筈ですね」
「彼等の象徴はその巨大戦艦だな」
「はい」
「敵の動きを見ると常にあの艦を中心に動いている」
「旗艦だからでしょうか」
「ただの旗艦ではないな、おそらく」
「指揮艦も兼ねていると」
 その洞察は流石であると言えた。エウロパの参謀総長だけはあった。
「その動きを見ているとな。つまりあの艦を撃沈すればそれでその艦隊の通信、作戦指揮は大幅に低下する」
「烏合の衆となるというわけですね」
「そう見ているが。どうだ」
「それはどうでしょうか」
 だがプロコフィエフはそれには懐疑的であった。
「違うというのか」
「はい。連合の通信システムはかなり整備されていますから。確かにあの艦は敵艦隊の中心でありますが」
「それだけではないと」
「私はそう思います。通信、及び指揮能力はかなり落ちるのは事実でしょうが」
「そうか。それだけではないか」
「どうやら連合軍はかなり充実した通信、作戦指揮能力を持っています。だからこそ連度と比較してあそこまで迅速な動きが可能なのでしょう」
「全ては艦の性能か」
「そういうことになります」
「我が軍で彼等い勝っているのは速度しかない」
「はい」
「防御戦でそれをどう活かすかだな」
「それは容易なことです」
「容易か」
「閣下、それに関してお話したいことがあります」
 プロコフィエフの表情がさらに厳しいものとなった。
「何だ」
「まずはすぐに艦隊司令達をお集め下さい」
「司令官達をか」
「はい。それからお話させて頂きたいと考えているのですが」
「私だけでは駄目か」
「どうしても。お願いします」
「わかった。ではすぐに彼等を招集するとしよう」
「有り難うございます」
 こうしてリェンツィに彼の下にいる主立った艦隊司令達が集められた。参謀達も一緒であった。彼等はリェンツィの司令室に集結した。
 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その十二


「今ここに来てもらったのは他でもない」
 モンサルヴァートは諸将を前にしてまずはこう述べた。席の第二席にはプロコフィエフが控えている。モンサルヴァートはエウロパ元帥、プロコフィエフは元帥であり艦隊司令達は上級大将であるからこの席次は当然であった。
「我々の作戦行動に関してのことだ」
「それならばもう決定していることではないでしょうか」
 まずマトクがそう述べた。
「防御戦ということで。違うのですか」
「確かにその通りだ」
 モンサルヴァートは彼の言葉を認めた。
「我が軍はこのクロノスにおいて敵軍を迎撃する。その他にはない」
「やはり」
「ではここでお話することはないのでは」
 ステーファノがそう述べた。
「後は敵軍を迎え撃つだけです」
「テューポーンも来るという話ですし。それでよいのでは」
「まあ話は最後まで聞いてくれ」
 アローニカが口を開いたところでそう言った。
「問題はその動きだ」
「動き」
「そう。敵軍の艦艇と我が軍の艦艇を比較してどう思うか」
「彼等と我々のものをですか」
「率直に聞きたい。どう思うか」
「そうですな」
 クライストがまず私見を述べた。
「正直に申し上げましてかなりの戦力差があります」
「そうか」
「火力も防御力も。通信やダメージコントロールにおいてもかなりの開きがありますな」
「他にはないか」
「全体的に大型で武器の塔裁量も多いです。艦載機もかなりの数ですな」
 ジャースクも述べた。
「あの数には負けます」
「数か」
「艦艇自体の数はもう言うまでもないですが。駆逐艦で我が軍の巡洋艦、巡洋艦で戦艦レベルの戦闘力があるというのが脅威になっております」
 ニルソンも言った。
「全体的に見てかなりの強敵です。ただ一つ弱点があります」
「それは何だ」
 ターフェルの言葉に一同視線を集中させた。数多くの光が彼に向けられた。
「速度です」
 モンサルヴァートはそれを聞いてやはり、と思った。だがそれは口には出さなかった。
「これは今まで多くの者が指摘していますが。速度だけは我が軍の方が上です」
「確かに。ターフェル殿の仰る通りだ」
 ゴドゥノフがそれに頷いた。
「彼等の艦艇はどうやら速度を犠牲にして他の部分を充実させているな」
「今までその差で何度も危ういところを助かってもいる。確かに速度は我等の方が上だ」
 提督達は口々にそう述べた。しかしここでモナコが言った。
「ですが今回の戦いではどうでしょうか」
「モナコ大将、何か疑問があるのか」
「はい」
 彼はモンサルヴァートの言葉に頷いた。
「閣下、宜しいでしょうか」
「うむ」
 彼はモナコの発言を認めることにした。
「我が軍は今防御に徹することになっております」
 言うまでもないことであるように思われたが彼はあえて言った。
「それで機動力はあまり必要ないのではないでしょうか。肝心なのは堅固な陣です」
「陣か」
「はい。それを固める方が重要だと思うのですがどうでしょうか」
「卿の言うことは戦術から見て正論だな」
「有り難うございます」
「しかしそれで勝てると思うか」
「御言葉ですがそれはあまり期待できないでしょう」
 モナコはそうも述べた。
「敵の数はあまりにも大きいです。おそらくは無理かと」
「そう見るか」
「はい。それしかないとは思いますが」
「発想を変えてみてはどうか」
 そしてここでこう言った。
「発想をですか」
「そうだ。何も防衛戦は陣を整えてだけやるものではないだろう」
「それはそうですが」
「機動戦による防衛戦術はどうかと思うのだが」
「機動力を使って」
「具体的には敵が来たならば叩くというやり方だ。少なくとも我々はそうして戦ってはどうかと思う」
「シュヴァルツブルグ閣下の軍とは別に」
「それはどう思うか」
「そうですね」
 彼は一呼吸置いてから答えた。
「悪くはないと思います。遊撃戦力とするならば」
「わかってくれたか」
「ではそれでいきましょう。ただ一つ考慮しておかなくてはならないことがあります」
「わかっている」
 モンサルヴァートはにこやかに笑ってそれに頷いた。
「シュヴァルツブルグ閣下とはその方向で調整する。それでいいな」
「はい」
「ではそれで行こう。皆それでよいな」
「ハッ」
 司令達も参謀達もそれで頷いた。
「異論はありません」
「納得しました」
「よし。それでは決まりだな。我が軍は遊撃戦を展開する」
「了解しました」
「この戦いにはエウロパの興亡がかかっている」
 そう語るモンサルヴァートの顔が真摯なものに戻った。
「卿等の健闘を祈る。以上だ」
 会議は終わった。彼等はそれぞれの持ち場に戻った。心を整えいよいよ次の戦いにいどむのであった。

 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その十三


 エウロパ軍は戦いの準備をほぼ整え終えていた。モンサルヴァートの計画もシュヴァルツブルグに報告されていた。それはモンサルヴァート自身に依って為されていた。
「それで宜しいでしょうか」
「遊撃戦力か」
 彼等はこの時クロノス第三惑星タントリスにいた。この名の由来はこの惑星が漆黒の大地に覆われていることからきている。それが地獄を連想するからだ。
 彼等はそこに設けられた基地にいた。そしてそこで今後についての打ち合わせを行っていたのである。
「はい」
 モンサルヴァートは彼の問いに頷いた。
「危急があればその場に急行する機動戦を考えているのですが。如何でしょうか」
「そしって私の戦力が防衛の主軸を担う、か」
「そういうことになります。そしてローズ司令長官の戦力も」
「私の戦力も」 
 そこにはローズもいた。エウロパ軍の最高幹部達がそこに一同に会していたのだ。
「どうでしょうか。それで」
「確かに陣を組んで戦う戦力だけでは柔軟な作戦行動はとれないな」
 シュヴァルツブルグは顎に手を当てて考えながらそう述べた。
「作戦にある程度の柔軟性は不可欠だ」
「では」
「うむ。卿に任せたい。それでよいか」
「わかりました。有り難うございます」
「それでは頼む。期待しているぞ」
「お任せ下さい」
「艦隊はそれでいい。防衛ラインはようやく整った」
「遂に」
「前線にコロニーレーザーを配置し、機雷も敷いた。これで敵の攻撃は抑えられる。ある程度ではあるが」
「了解しました」
「そして要塞の整備も整ったが。後はあれだけだな」
「あれですか」
 それを聞いた二人の顔色が一変した。
「そう、あれだ」
 シュヴァルツブルグもそれは同じであった。三人はその顔で互いを見合った。
「テューポーンは今何処にいるか」
「今私の部下達がこちらに向けて移動させております」
 それに対してローズが答えた。
「卿の部下達が」
「はい。もうすぐでこちらに到着する頃だと思われます」
「そうか」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて安堵したように頷いた。
「それならばよい」
「そしてどちらに配置しますか」
「外周に置こうと考えている。防衛ラインの第一次ラインにな」
「左様ですか」
「まずはそこで敵の戦力を消耗させたい。どう思うか」
「そうですね」
「本部長はどう思うか」
「第一次にですか」
 だが二人はそれにはいささか難色を示していた。
「それではかえってテューポーンの威力を削いでしまうのではないでしょうか」
「私もそう思います」
「何故そう思うのか」
 シュヴァルツブルグはそれを受けて二人に尋ねた。
「よかったらその理由を聞かせてもらえないか」
「はい」
 それにローズが応えた。
「第一次ラインに置いたならばそれだけ敵の目に入ります」
「うむ」
「そして集中攻撃を最初に受けます。それでは防衛の任にあたれないかと」
「そうなるだろうか」
「はい。それにテューポーンはあまりに強大でその影響が友軍にまで及びかねません。それは避けるべきです」
「確かにあの攻撃力は絶大だが」
 どうやらテューポーンは敵味方構わず攻撃する性質を持っているらしい。
 

 

第十三部第一章 角笛を持つ時その十四


「それを踏まえますとトラップ的なものとして使用するべきであると考えますが」
「トラップとして」
「はい。第一次ライン及び第二次ラインが破られた時の為です。その際敵軍はこの星系深くに侵入してくることが予想されます」
「そしてどうなるか」
「そこでです。彼等はテューポーンの存在を知りません。おそらくごく普通の要塞、若しくは軍事基地と認識するでしょう。そこを狙うのです」
「そこをか」
「一気にテューポーンによる攻撃を仕掛けます。それで彼等を迎撃しましょう」
「つまり第三次の主要兵器、そして切り札としてか」
「どうでしょうか。これなら味方を巻き込む心配もないと思いますが」
「丁度第三次防衛ラインは第一次、二次に比べて脆弱なものですし」
「わかった。そうするか」
「はい」
「お聞き入れ頂き有り難うございます」
「全ては勝利の為だ。エウロパのな」
 シュヴァルツブルグは謹厳な声でそう述べた。
「その為のことだ。感謝されることはない」
 彼はあくまで武人であった。だからこそ言えた言葉であった。こうしてテューポーンの配置が正式に決定した。だがそれはすぐに覆ることになった。
「閣下、こちらにおられたのですか」
「?どうした」
 部屋にエヴァ=プロコフィエフが入って来た。彼女は今ではシュヴァルツブルグの主席秘書官になっていたのである。
「先程入った情報ですが」
「敵軍のか、それとも我が軍のか」
「敵軍のです。クロノスに向かっていた敵軍ですが」
「うむ」
「そのうちの約百個艦隊程がクロノスから離れ一直線にオリンポスに向かっております」
「何だと!」
 それを聞いて思わず席を立ってしまった。
「それはまことか」
 モンサルヴァートもローズもそれを見て驚きを隠せなかった。普段は謹厳実直な軍務相のこれ程驚いた姿を見たのははじめてであったからだ。
「はい」
「どの部隊だ」
「報告によれば漆黒の艦隊のようです。おそらくはサハラ義勇軍かと」
「それが百個艦隊か。してどの星系を通りそうだ」
「ニョルズを通過するものと思われます」
「ニョルズを」
「また思いきったことを」
 モンサルヴァートとローズはそれを聞いて眉を顰めさせた。ニョルズ星系はオリンポス近辺の星系の一つである。エウロパの星系にしては異様に複雑な状況にありブラックホールや超新星等がその周辺に散らばっている。大艦隊どころか一隻の民間輸送船の航行すら困難な場所でありエウロパ側の航路からも外れていた。人もおらずエウロパにとってみれば艦隊の通過不可能な自然の要害であった。だからことそちらに兵を配置してはいなかったのである。突破は不可能であると思われたからだ。
「だがあそこを突破されると非常にまずいことになる」
 シュヴァルツブルグはその口元を引き締めてそう述べた。
「本部長」
「はい」
 そして彼はモンサルヴァートに顔を向けた。
「すぐにニョルズに向かってくれ。よいか」
「わかりました」
「そしてテューポーンだが」
「はい」
 今度はローズが応えた。
「どうするか。このままこのクロノスで使うか」
「左様ですな」
 ローズはそれを受けて考え込んだ。
「それが宜しいかと思いますが」
「私はニョルズに移動させようかと思ったのだがな」
「それはかえって逆効果でしょう」
 しかしローズはそれをよしとはしなかった。
「何故だ?」
「ニョルズは何かと複雑な地形です。そこでテューポーンを使っても何にもならないでしょう」
「つまりニョルズには合ってはいないということか」
「はい。あそこではそれよりもゲリラ戦術の方が相応しいです」
 彼はそう述べた。
「要塞等よりもね。如何でしょうか」
「わかった。ではそうしよう」
「はい」
「それではモンサルヴァート本部長」
「ハッ」
 モンサルヴァートはシュヴァルツブルグの言葉を受けてあらためて席を立って敬礼した。
「ニョルズ防衛に向かってくれ」
「わかりました」
 彼はすぐにその場を後にした。そしてそのままニョルズへと向かうのであった。
 シュヴァルツブルグとローズはそれをタントリスから見ていた。そして二人で話をしていた。
「遊撃戦力がなくなったのは痛いですね」
「うむ」
 シュヴァルツブルグはローズの言葉に頷いた。
「だが仕方がないことだ。このままニョルズを通らせるわけにはいかない」
「はい」
「彼等にはその為にも行ってもらわなければならない。残念だがな」
「それで彼等の替わりの戦力はない」
「ない」
 そう言って首を横に振った。
「これ以上の戦力はエウロパにはない。それはわかっていることだろう」
「聞くまでもなかったことですが」
「精神論になってしまうが各員がこれまで以上に奮闘するしかない」
 精神論とは何かがある場合に言出て来るものである。今回のエウロパもそれであった。言うならば最後の最後で頼るものである。思えば悲しいものである。
「もっとも今精神論が何かの役に立つかどうかは疑問だが」
「それはそうですが」
「それしかもう我が軍にはない。寒いことだとは思わないか」
「・・・・・・はい」
 ローズはそれに頷いた。遠くから黒い巨大な球体が姿を現わしてきた。
 それを見ても気は晴れはしなかった。むしろ暗くなるばかりであった。 

 

第十三部第二章 怒りの日その一


                   怒りの日
 八条はこの時執務室で束の間の休息を楽しんでいた。パソコンを使って音楽を聴いていた。
 曲はクラシックであった。モーツァルトである。彼のオペラの序曲集を聴いていた。
 目をゆるやかに閉じ曲を聴いている。それは耳の中に軽やかに入って来ていた。
 曲はドン=ジョヴァンニの序曲。地獄落ちの状況からはじまる衝撃的な曲である。
 彼はそれを聴きながら思っていた。この曲、いやモーツァルトの曲にはえも言われぬ魅力が存在していると。それは天使のようでもあり悪魔のようでもある。実に不思議な曲なのである。
 モーツァルトがこの世に生まれてからもう千五百年が経とうとしている。僅か三十五歳でこの世を去ったのであるがそれでもその音楽は残っていた。まるで永遠のもののようにそれは不滅であった。
 このドン=ジョヴァンニもまた同じである。モーツァルトにより生み出されたこの悪魔的な男は邪悪な魅力を醸し出しながらこの世に存在している。無論実在ではないがそれはまるで実在しているかのようであった。
 曲は終わった。そして次はコシ=ファン=トゥッテである。これもまた実に不思議な話である。カップルが入れ替わり愛を試す。だがそれに関する解釈は今だに多くのものがある。それはドン=ジョヴァンニもまた同じである。
 デンマークの哲学者キルケゴールはドン=ジョヴァンニに対してある疑念を抱いた。彼は果たして冒頭の女性ドンナ=アンナを口説き落とせたのかどうか、である。
 これだけで落とせた、落とせなかったと様々な説がある。序曲にその答えがあるとまで言われているがそれは確かなものではない。ドンナ=アンナの他にも彼は劇中で多くの女性に声をかけている。だがそれも成功しているのかどうか。諸説入り乱れているのである。
 八条は彼は実はこの劇中では一人も口説き落とせてはいないのではないかと考えている。その根拠は劇中のドン=ジョヴァンニは追手から逃げ続けているだけであるからだ。そして最後には地獄に落ちてします。それでどうして女性を陥落させているというのか。
 コシ=ファン=トゥッテはまた別の意味で不思議な作品だ。一度壊れた恋仲が果たしてまた元通りになるというのか。実際に演出によっては壊れたままで終わるものもある。これまた実に不思議な作品である。
 千五百年もの間人々を考えさせる作曲家、それがモーツァルトである。彼は音楽の世界においては神童とも天才とも言われていたがその音楽は確かに天才のそれであると言えた。
 最後は魔笛の序曲であった。フリーメーソンとの関わりがあるのでは、と今でも言われている。だが真相はわからない。モーツァルトの死にも関わっていると言われていたフリーメーソンは今でも僅かに存在する。もっともその実体は秘密結社などではなく単なる慈善団体なのであるが。
 その魔笛の序曲が終わった。それと同時に木口が部屋に入って来た。
「モーツァルトでしたか」
「ああ」
 八条は彼の言葉に頷いた。
「最近気に入っていてね」
「指揮者は誰ですか?」
「佐藤隆だね」
 彼はディスクケースの名前を見ながらそう述べた。
「最近売り出し中の指揮者だそうだが」
「初耳ですね」
「君は指揮者は誰が贔屓だね?」
「私ですか?私はジェームス=パレスです」
「ああ、彼か」
「オペラでは第一級の指揮者ですしね」
「確かにモーツァルトはオペラの作品も多いしな」
「はい」
「彼もモーツァルトはよく指揮していたな。あの指揮ぶりはいい」
「よく巨体を話の種にされますけれどね」
「それがかえっていいのだと思う。愛嬌があってな」
「愛嬌ですか」
 木口はそれを聞いてにこやかな笑みになった。
「彼に関してよく言われることですね」
「まあそうだな」
「確かに人柄も悪い噂はありませんし。愛嬌があるとよく評価されるのは事実です」
「指揮者としてもいいな。あっさりした曲の感じにして」
「それがいいのですよ、本当に」
 木口はそれに頷いた。
「佐藤隆のそれが結構激しい一面が多いですからね。対比的に」
「激しいか」
「激しくはありませんか?佐藤の指揮は」
「まあそうだが」
 八条は頷きながらもいささかそれには賛同し難いようであった。
「だが彼の指揮は激しいだけではない」
「そうなのですか」
「このモーツァルトの序曲集では激しさと穏やかさを使い分けているしな」
「ふむ」
「一概にそうとばかりは言えないようだ」
「深みがあるというわけですね」
「大層に言うとそうなる」
 彼はそれを認めた。
「まだまだ若いがな。これからが楽しみではある」
「若いといっても長官とそれ程変わらない筈ですが」
「指揮者としてはだよ」
 そう言って苦笑した。
 

 

第十三部第二章 怒りの日そのニ


「あの世界はかなり息の長い世界だからな」
「歌手にしろ七十まで歌う人がざらですからね」
「ああ」
「千年以上前はその歳まで歌っていれば超人の様に言われたものですが」
「やはり医学の進歩か」
「それとテクニック等の変わりですね。それが一番大きいのではないでしょうか」
「テクニックか」
「技巧の使い方一つで歌手の寿命はかなり違ってきますよ」
「コロトゥーラの様に喉に大きな負担をかけるものを変えたりか」
「あとはハイCですね」
「あれもな。喉への負担が大きいな」
「はい」
 コロトゥーラとはコロトゥーラ=ソプラノのことでありソプラノでもとりわけ高い声域のものである。かなり高度なテクニックを要求される役が多い。モーツァルトも魔笛において夜の女王を出している。
 ハイCはテノールの技術の一つである。代表的な役としてはヴェルディのトロヴァトーレの主人公マンリーコ等がある。オペラにおいてはコロトゥーラと並んでかなり重要な役柄である。
「それをあまり負担をかけないようにして歌う」
「口にして言うのは容易だが実際にやると難しいようだな」
「だからこそかっては歌手の寿命が今よりも短かったのですよ」
「そうだったのか」
「まあ人によりますが」
「マリア=カラスなんかはかなり短かったな」
「ええ、まあ」
「当時はそれがかなり残念がられたそうだな」
「らしいですね」
 最早千年以上昔の話であるがそれでもマリア=カラスの名は残っていた。それだけ圧倒的なカリスマ性を持っていた歌手だということである。
「カラスは聴いたことがありますか」
「昔のものでな。確かノルマか」
「如何でしたか」
「悪くはないが。どうもCDだけではわからないものがある」
「カラスに関してはよくそう言われていますね。けれど何分千二百年前のことですので」
「よくはわからないな」
「残念なことですが」
 マリア=カラスという歌手は実際に舞台で見なければ何もわからなかったという。圧倒的な存在感と鬼気迫る演技力で知られていたという。だが今となってはそれを確かめる術はない。
「むしろ私はテバルディの方がいいな」
「彼女ですか」
 カラスと同時代に活躍したソプラノ歌手である。カラスのライバルとも言われその歌唱はこの時代においても伝説となっている二十世紀のオペラ界の黄金時代を支えた一人である。
「声もいいしな。ただ背は異様に高かったそうだが」
「あの時代の女性にしてはかなり高いですね」
「異常に高かったらしいな。確か一メートル八五程か」
「当時は大体一五五あるかないか位でしたね」
「イタリア系だったしな。それ位だろう」
「イタリア系といえばディカプリオ元帥ですが彼は長身ですけれどね」
「まあ昔と今では違うということか。カラスも高かったそうだが」
「あ、そうなのですか」
 実際にカラスは背も高かった。だからこそ舞台姿が映えたのであろう。
「実は背のことはあまり言われない時が多いな」
「まあそうですね。アドルフ=ヒトラーも当時では小柄ではなかったそうですし」
「私もいずれは小柄とされるのかな。その時代の視点で」
「長官が小柄だったら未来は皆巨人ですよ」
「そうか」
 八条は顔を崩した。
「ええ、そうですよ。だったら私はもう子供ですよ」
「そこまではいかないだろう」
「いや、本当に」
「まあ背のことはこれ位にしよう。丁度休憩も終わりだ」
「はい」
 八条と木口は元の顔に戻った。姿勢もあらためる。
「あそこに関する情報はわかったか」
「あそこですか」
「そう、あそこだ」
 二人は実に思わせぶりな会話をした。
「調査結果はどうなっているか」
「調査結果ですか」
「既に出ていると思うがどうだ」
「こちらに」
 彼はそう言って懐から一枚のディスクを取り出した。
「どうぞ」
「有り難う」
 そして八条はそれを受け取った。すぐにそれを自身のノートパソコンに入れて見る。彼はそれを見ながら会心の笑みを浮かべていた。
「成程な」
「如何でしょうか」
「前線には既に資料は行き届いているか」
「はい」
 木口はそれに答えた。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その三


「マクレーン司令と劉参謀のもとに」
「そうか。ならいい」
 彼はそれを聞いて満足気に頷いた。
「あとはあの二人でやってくれるな」
「そうですね」
「かって第二次世界大戦があったな」
「ええ」
「その時のドイツとフランスの戦いを知っているな」
「学校の歴史の授業でさわり程度は」
「それと同じだ。今回はな」
「我が軍はどちらですか」
 木口はそれを聞いて尋ねた。
「フランスか、それともドイツか」
「それはもう言うまでもないと思うが」
 彼は笑ったままであった。そして席を立った。
「バール統合作戦本部長のところに行こう。詳しい話はそれからだ」
「わかりました。それでは」
「うむ、行こう」
 こうして二人はバールの執務室に向かった。だがその途中で他ならぬバール本人に出会ってしまったのである。
「あ、長官」
「本部長どちらへ」
「いえ、丁度そちらにお伺いしようと思っていたのですよ」
 彼はそう答えた。
「私のところにですか」
「はい。しかしここで御会いするとは意外でしたな」
「いえ、私も丁度本部長に御会いする為にここにいたので」
「そうだったのですか」
「ここでは何です。場所を変えますか」
「はい」
 こうして三人は場所を移した。手近なところにあった会議室に入った。八条はそこでバールに先程のディスクを手渡した。
「このディスクですが」
「あそこに関するものですね」
「おわかりでしたか」
 八条はそれを聞いてにこりと笑った。
「それでは話が早い。どう思われますか」
「意外なことですね」
 バールはそう答えた。
「ですがこれで我が軍の作戦もこれまで以上に幅を持たせられることになります」
「はい」
「ただ、問題はどう動くかです」
「我々が」
「はい。今我が軍はクロノスに向けて一斉に進撃を続けていますがそこから兵を割くとなると」
「支障も出てきますね」
「それをどうするか、です。さて、どうしましょうか」
「私は前線に任せてみようと思うのですが」
「前線に」
「マクレーン司令と劉参謀に。どうでしょうか」
「二人にですか」
 バールはそれを聞いて腕を組んで考える態勢に入った。
「さて、どうしたものか」
「大胆でしょうか」
「いや、それが妥当ですけれどね」
 だが彼はそこに一抹の不安を感じていたのである。自身の見ることのできない場所のことであるからこれは当然のことであったかも知れない。
「今私や本部長が前線に向かっても間に合いません」
「はい」
「ましてや下手に介入しても齟齬を生みかねません。やはりそうするべきかと思うのですが」
「それはそうですが」
「本部長はどう思われますか」
「ふうむ」
 深く考え込んだ。だがやがてその重い口を開いた。
「わかりました。そうしましょう」
「有り難うございます」
「前線に資料はもう届いていますね」
「はい」
 八条はそれに頷いた。
「彼からもう報告を受け取っています」
 そう言って木口を手で指し示した。彼はそれを受けて照れ臭そうに笑っていた。
「それならばいいです。ではこれ以上は私共の出る幕ではないですな」
「はい」
「彼等に任せましょう。果たしてどうするか」
「期待しておきましょう」
 こうして三人の話し合いは終わった。連合軍の後方はこうして今回の戦いを前線に委任することにしたのである。そして彼等は別の仕事に入った。
「長官」
 今度はシャリアピンが部屋に入って来た。
「はい」
「外務省からお招きです」
「早いですね」
 八条はそれを聞いてうっすらと笑った。
「もうですか」
「はい。如何為されますか」
「行かないわけにはいかないでしょう」
 彼はそう答え席を立った。
「すぐに行きましょう。次官はどうされますか」
「私はここで長官のかわりに仕事を進めていきたいと考えているのですが」
「そうですね。その方がいいですか」
「はい。では御気をつけて」
「わかりました。それでは」
 こうして八条は国防省を後にし外務省に向かった。
 国防省と外務省は少し距離がある。八条はそれまでの道を車の窓から見えるシンガポールの景色を眺めながら過ごしていた。
 その横には木口がいる。彼は膝の上に資料を置きそれを丹念に見ていた。
 シンガポールの風景は美しかった。熱帯にあり所々に椰子の木等がある。その向こうには海がある。まるでサファイアの様な色をしている。
 この街が栄えるようになったのは二十世紀からである。イギリスから独立し、都市国家としてスタートしたのである。
 最初はマレー半島の一寒村であった。だがここにリー=クアンユーという優れた指導者が誕生する。彼の手でシンガポールは大きく変わったのである。
 彼は市民に徹底した規則と努力を要求した。自らもシンガポールという都市国家が繁栄する為にはあらゆる政策を立案し実行した。それによりこの街は瞬く間にアジア太平洋の経済の中心地の一つとして知られるようになったのである。
 太平洋地域の発展と共にこの街は成長していった。太平洋連合の本部も置かれ太平洋の門でもあった。そして欧州にとって屈辱的なシンガポール条約を締結した場所でもあった。今は連合の首都地球において大統領府や総理府、国防省等が置かれている。あらゆる意味で連合にとって心臓とも言える場所であったのだ。
 八条はこの時はそこまで考えてはいなかった。ただ風景を眺めている。たばぼんやりと眺めているだけであった。
「長官」
 だがここで木口が声をかけてきた。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その四


「?何だい」
 八条はそれで我に返り木口に顔を向けた。少し戸惑ったような顔であった。
「カバリエ長官と御会いするのですよね」
「まあそうだろうな」
 彼はそれに答えた。
「長官が行くとなればそれを出迎えるのは長官しかない」
「はい」
「だがそれがどうかしたのか?何か不都合でも」
「いえ、実は最近外務省で気になる噂を聞きまして」
「噂」
「最近外務省はマウリア外務省の者と頻繁に会っているそうです」
「マウリアの」
「はい。これはどういうことでしょうか」
「マウリアとか」
 八条はそれを聞いてまずは腕を組んだ。そして考え込んだ。
「そうだな」
「長官はこれについてどう思われますか」
「マウリアとはここ数年これといって摩擦はない」
「はい」
 連合とマウリアは長きに渡って友好関係を続けてきてはいるがそれでも摩擦が生じることはあった。ここ最近ではマウリアの宝石の輸入を巡っての摩擦があった。所謂『宝石摩擦』である。
 マウリアは豊富な宝石資源を持つ惑星を多く持っている。それを連合やサハラ各国に輸出して莫大な利益を得ているのである。マウリアの宝石は貴婦人達には非常に美しく、そして装飾も立派だということで知られている。だからこそ莫大な利益のもととなっているのである。
 だがここで問題が起こった。宝石を重要な貿易品目にしているのはマウリアだけではないのである。連合においてはロシアや南アフリカ、オーストラリアといった国々がそうであった。
 彼等は自国の宝石を保護したかった。これは利益の面から言って当然であった。マウリアの宝石の人気が上がればそれだけ彼等の宝石の売り上げが減る。そしてそれにより自国の宝石産業の者達が失業しかねない。彼等はそれを危惧したのである。
 そしてロシアは連合においては日米中に比肩する大国であった。南アフリカもオーストラリアもその地位、国力は高いものであった。彼等は協同して連合各国、続いて中央議会に呼び掛けた。マウリアの宝石の輸入を禁止しようと。
 この動きは忽ち連合各国、そして中央政府を巻き込んだ。特にロシアは強引とも言えるやり方で各国も中央も抱き込みにかかった。金をばら撒き、言う事を聞かない国には経済的な便宜を与えない、とまで言い出す程露骨な恫喝も行った。元々ロシアは強引な外交を得意としていたが今回もそうであった。
「山が動いた」
 誰かが言った。まさにロシアの動きはそれであった。これにより連合とマウリアは宝石に関して深刻な対立関係にまで陥ったのであった。これが宝石摩擦であった。
 連合各地でマウリアの宝石に関する規制が行われた。ロシアに至っては全面的に輸入を禁止し、マウリアの宝石に対する抗議デモまで起こった。政府もそれを大いに煽った為事態は更に悪化した。そして遂には中央議会においてマウリアの宝石の輸入を大幅に規制しようという議論まで行われるようになった。連合とマウリアの摩擦は頂点にまで達しようとしていた。
 だがここでマウリアは意外な手に出た。まずはオーストラリア、続いて南アフリカ政府と個別に会談の場を設けた。そして彼等と妥協したのである。これで連合のマウリアの宝石に関する議論はある程度沈静化した。
 今度はロシアと会談を行なった。これは何度も行われたが遂にロシアにとってる程度有利な内容で妥協が行われた。次に中央政府、議会に話をした。これにより摩擦を抑えたのであった。
 中央議会も議論を止めた。そして摩擦は連合にある程度有利な話で矛を収められた。マウリアが譲歩した形であるが摩擦は終わったのである。マウリアの巧みな外交であると言えた。
 それ以前にも色々と摩擦は生じている。だがそれは全て切り抜けられている。多くはマウリアの巧みな外交故であったが。これによりマウリアは連合においては老獪な国とみなされていたのである。
「これといって外務省が頻繁に動く理由はないのではないか」
「ただ一つの事情を除いては」
「事情?」
「はい。おわかりになりませんか」
「そう言われてもな」
「長官のお仕事から」
「ああ、わかった」
 八条にもわかった。数度頷いた。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その五


「成程な。そういうことか」
「そういうことです」
「戦争ははじめるまでもかなり大変なものだがな」
「他にも大変なことは多いということですね」
「そうだな。ではカバリエ長官を御会いするのを楽しみにしていよう」
「丁度時間ですし」
 木口は腕時計をちらりと見て述べた。
「昼食を食べながらのお話になりそうですね」
「またか。何かカバリエ長官と御会いする時はいつも食べる時だな」
「まああの方には相応しいですが」
「それもそうだな」
 そしてその外務省に到着した。長官室に行くとカバリエが笑顔で待っていた。
「ようこそ」
「はい」
 二人は挨拶を交わした。そして互いに手を差し出し握手をする。
「お待ちしておりました」
「はい。ところでお話とは」
「それはゆっくりと。まずはそろそろお昼ですし」
「はい」
 八条も後ろに控える木口もそれを聞いてやはり、と思った。当然口には出さないが。
「昼食をご一緒しませんか」
「喜んで」
 断るのはマナーに反する。それにカバリエは連合においてはその名を知られた美食家である。自分で作ることもあれば料理に関する本まで出している。自分の金で専属のシェフも雇っている。その彼女のプロデュースする食事を味わうのもまた楽しみの一つであった。
「それでは私はこれで」
 だが木口は八条から離れた。
「あれ、何処へ行くんだい?」
「ここで外務省の友人と約束がありますので」
「何時の間に」
「先日からメールでやりとりしていまして」
「そうだったのか」
「こちらにも仕事があるということです。秘密にしていて申し訳ないですが」
「そう、それはよくないな」
 八条は少し意地の悪い顔を作ってみせてこう言った。
「君は最近どうも私に秘密を持っているようだ。秘書官としてそれはどうか」
「すいません」
「まあまあ長官」
 だがここでカバリエが話に入って来た。
「秘書官にも都合があるのですし。それに彼の食事は用意してはいませんでした」
「そうだったのですか」
「こうなるだろうと思っていましたので」
「はあ」
「ここは羽根を伸ばさせてあげましょう。邪魔者は奥に引っ込んで」
「わかりました。それでは」
 そして木口に顔を向けた。
「木口君、そういうことだから。カバリエ外相に感謝するようにな」
「はい、有り難うございます」
 木口は頭を下げて彼等から離れた。そして一人何処か軽やかな足取りで去って行った。
「何か異様に楽しそうだな」
「お気付きになりませんか」
「?何がですか」
 カバリエの問いに不思議そうな顔をする。
「仕事ではないようなのはわかりますが。おそらく古くからの友人なのでしょうね」
「友人に古いも新しいもあまり関係ありませんよ」
「そうでしょうか」
 だが八条はそれには懐疑的であった。
「軍では同期の絆はもう絶対なものがありますけれど」
「いえ、そうではなくて」
「そうではないと」
「女性のお友達に関してですが」
「ああ、それなら」
 カバリエはそれを見てようやく納得したかと思った。しかしそれは早計であった。
「今でも付き合いがありますよ。会うと話をしたり飲んだり。最近はもう時間がありますが」
「どうやらおわかりにならないようですね」
「?何がですか」
「いえ、いいです」
 彼女はここでこれ以上言うことを止めた。
「もうよくわかりましたから」
「はあ」
 八条はその貴公子然とした顔をキョトンとさせていた。
「そういうことでしたら」
 彼のそうしたことに関する鈍さはカバリエの予想以上であった。これは周りにいる女性は大変だと思わずにはいられなかった。心の中で思う。
(顔はいいのに。そうしたことに長けていないのは意外ね)
 彼女の祖国メキシコでは美男子には気をつけろ、とよく言われる。それだけ遊んでいて女の子を悪い道に引き込むからである。実際にそれは男というものの一面を捉えてはいた。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その六


 彼女は料理評論家の夫と結婚し幸せな家庭を築いている。子供は兄と妹の組み合わせである。息子には夫の名を、娘には自分の名をそのままつけている。息子にはともなく娘にはかなり厳しく男に注意するように言っている。
「悪い男には気をつけなさい」
 と。同時にそんな男は逆に手玉にとってやれ、と。そうでなければ一人前の女ではないと。逆に息子には彼女の一人もできなければ一人前のメキシコの男ではないと言っている。陽気なメキシコらしい教育と言えばそうなる。
 そうした彼女であるから八条のこうした鈍さが信じられない。聞いた話によるとあまりにも高嶺の花であるので言い寄る女性もそれ程いなかったらしい。案外そうした存在というものには手が行かないのである。
 そうした彼の一面をはじめて知った。面白いとは思いつつもかなり不安ではあった。
「この前御会いしたアイドル歌手は如何でしたか」
「アイドル?ああ、彼女ですね」
 言われてふと思い出した。
「神崎亜矢ちゃんでしたね」
「はい」
 連合で今人気のアイドルの一人である。日本の芸能界においてはトップアイドルとされている。小柄でアーモンドの様な形の黒い目とショートの髪、そして白い肌が人気である。天性のアイドルとさえ呼ばれている。
「この前国防省のイメージキャンペーンに参加していたとか」
「ええ、まあ」
 彼はそれに答えた。
「連合の軍服を着てもらいましてね。何かファンが一杯来て大変でしたよ」
「その時亜矢ちゃんにファンですと言われたそうですね」
「そういえばそういうこともありましたね」
 何処かあまり身のない返事であった。
「ただあれは社交儀礼でしょう」
「そうでなかったら」
「まさか」
 彼は笑ってそれを否定した。
「彼女はアイドルですよ。私は政治家。住む世界が違います」
「住んでいる世界ってのは一つではなくてね」
 そんな彼に対してまだ言う。
「多くあるわよ。そしてそれが重なり合っている」
「それはわかっているつもりですが」
「どうかしらね。それで亜矢ちゃんはどうしたの?」
「どうしたと言われましても。そのままキャンペーンの撮影が終わったら日本に帰りましたよ」
「それで終わりなのね」
「ええ」
「喫茶店とかは一緒に行かなかったのね」
「マネージャーがいつもいますしね。それにそんな声もなかったし」
「聞いた話だと地球の遊園地に行きたがってたそうね、彼女」
「よく知ってますね」
「週刊誌に載っていたから。けれど本当に何もなかったね」
「当然ですよ」
 そう言って苦笑する。
「一体何が起こるというのですか」
「わかったわ。さて、と」
 ある部屋の扉の前に到着した。二人は歩きながら話をしていたのである。
「それでは食べましょう。今日の昼食はまた趣向を凝らしてもらったわ」
「どのような」
「それは見てのお楽しみ。それではようこそ」
「はい」
 開けられた扉の中に入る。そしてその中に導かれた。見れば応接室であった。
「こうした中央政府の高官や連合各国の人達と会食する為の部屋よ」
「そうなのですか」
 見れば薄い赤を基調とした装飾で飾られている。絹に似た素材のカーテンに赤い絨毯が敷かれている。だがそのカーテンも絨毯もよく見れば絹ではなかった。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その七


「ミルクよ」
 カバリエは言った。
「ミルクなのですか」
「そうよ。食事をする場所だからこれにしたのよ」
「そうなのですか。これはまた」
 彼はそれを聞いて納得したように頷いた。
 ミルクとは言うまでも泣く牛の乳である。これからも布が作られるのである。生地はサラサラとしていて絹に近い。この他にも山羊や羊の乳からも布が作られる。
「では席に」
「あ、はい」
 案内役に勧められ席に着く。向かい側の席にカバリエが座る。そして程無くしてテーブルに料理が運ばれてきた。最初はスープではなくパスタであった。黒いフェットチーネであった。
「烏賊の墨ですね」
「ええ、そうよ」
 カバリエはそれに頷いた。
「どうぞ召し上がれ」
「はい」
 彼女に薦められるままそれを口に入れる。この時墨が服にかからないように注意を忘れない。烏賊の墨は美味いが食べるにあたってはそうした注意が必要な少し厄介なものなのである。
「どうかしら、味は」
 カバリエはあらためて尋ねてきた。
「はい」
 八条はそれに対して一呼吸置いてから答える。
「かなりのものですね」
 烏賊の墨はその味を殺されてはいない。それでいてオリーブオイルと上手く合わさっている。そしてフェットチーネも茹で過ぎておらず硬過ぎてもいない。程よいアルデンテであったのだ。
「御気に召されたようね」
「はい。こんなフェっトチーネははじめてです」
「嬉しいわ。ではシェフにそう言っておくわ」
「お願いします」
 フェットチーネが終わると次の料理が運ばれて来た。今度はサラダかと思ったが違った。またパスタであった。スパゲティである。
「おや」
 八条はそれを見て意外な顔をした。
「スパゲティですか」
「そうだけれどそれが何か」
 カバリエは驚く八条に声をかける。その声も顔も楽しんでいるものであった。
「いえ、コースではないのかな、と思いまして」
「連合ではそうした決まりはない筈よ」
「それはそうですが」
 こうした会食の場でも連合においては常にコースが出されるとは限らないのである。三百の国がありそれぞれの料理があるからこれは当然と言えば当然であると言えた。
 見ればそのパスタはペペロンチーノであった。あっさりとした趣のパスタである。
 一口食べるとかなり辛い。食べ終えて八条はカバリエに目をやった。彼女の言葉を待っているのである。
「メキシコの唐辛子を使ったのよ」
「やはり」
 カバリエの祖国でもあるメキシコは辛い料理で知られている。そしてメキシコの唐辛子はかなり辛いことで有名なのである。
「驚いたようね」
「ある程度覚悟はしていましたが」
 口の中がヒリヒリするのを我慢して言葉を返す。
「これはまた」
「メキシコの唐辛子はまた特別なのよ」
 彼女は笑みをたたえたまま言う。
「だからそれを食べているメキシコ人も案外辛いわよ。覚えておいてね」
「わかりました」
 スパゲティを食べ終えると今度はグラタンであった。マカロニが入っている。
「マカロニグラタンですか」
「海老のね」
「海老」
「よく見ればわかるわ」
 スプーンを入れると大きな海老の肉が出て来た。それは伊勢海老のものであった。
「これは」
「長官の祖国の海老よ」
 カバリエはまたしてもにこやかに笑ってそう言った。
「私の国のですか」
「赤城星系のね」
「赤城のですか。それではあそこで獲れた伊勢海老ですか」
「そうよ」
 赤城星系は日本の星系の一つである。その名の由来は日本人達がこの星系に降り立った時にはじめて目に入った山が赤い城の天守閣に見えたからだという。この名のもとになった山は赤山と言われ細長いかなり独特の形をしている。
 第五惑星である赤城にある。海老もここで採れたものである。大きく、かつ非常に美味な伊勢海老として知られている。その他にも多くの海産物を産する。
「評判を聞いてね。取り寄せたのよ」
「私の為にですか」
「長官はシーフードがお好きと聞いたのでね。御気に召したかしら」
「はい」
 八条はにこやかな顔で頷いた。
「まさか今食べられるとは思いませんでした。しかもグラタンとは」
「日本では伊勢海老は生で食べることが多いそうね」
「はい」
「それにお味噌汁やお吸い物かしら。他の国で言うとスープね」
「頭からだしをとるのです」
 八条は答えた。
「脳からいいだしがとれますので。美味しいですよ」
「それも考えたのだけれどね」
 カバリエは言った。
「今回は考えるところがあってこうしたのよ」
「左様でしたか」
 二人はそのままグラタンを食べた。食べ終えるとまた別の料理が運ばれて来た。一見しただけではそれは先程のグラタンとあまり変わりはなかった。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その八


「ラザニアよ」
 カバリエがそう説明した。
「チーズを使ったものが続いて日本人にはしつこいかも知れないけれど」
「いえ」
 だが八条はそれを否定した。
「ワインがありますから。大丈夫です」
「ならよかったわ」
「ただこのワインは少し違いますね」
「何がかしら」
 カバリエは八条のその言葉を楽しむようにしてそれに逆に問うてきた。
「いえ、何と言いますか」
 見たところごく普通の赤ワインであった。パスタには赤ワイン、カバリエはセオリーを忠実に守っていた。だがそのワインが彼が今まで飲んできたものとはまるで違っていたのである。
「味が。上品ですね」
「それはエウロパのワインなのよ」
「エウロパの」
「そう。フランスのね。プロヴァンス産よ」
「プロヴァンス」
「エウロパにおけるワインの最大の産出地の一つよ。そこの銘柄なのよ」
「名は何といいますか」
「ヴィオレッタ」
 彼女は答えた。
「ヴェルディのオペラからとった名前だそうよ」
「やはりそうですか」
 名前を聞いただけでそうだろうかと思った。十九世紀、統一を目指しそれを実現したイタリアにおいてその音楽的象徴とさえ呼ばれた作曲家ヴェルディの代表作の一つ『椿姫』、そのヒロインがヴィオレッタなのである。パリの裏社交界の華である高級娼婦、それが彼女であった。だがそこで純粋な青年アルフレードと出会い本物の恋を知る。しかし胸の病により倒れその恋人の腕の中で息を引き取る。その作品のヒロインである。
「あのオペラは私も好きです」
「そうだったの」
「ヴェルディは劇的な作品が多いですがあの作品は全く違って穏やかです」
「そうね」
「彼の作品はその劇的なのがいいのですがそうした穏やかなのもいいと思います。だからこそ気に入っております」
「成程ね」
「その彼女の名を冠したワインですか」
「こちらのヴィオレッタも気に入ってもらえたようね」
「はい」
 彼はそれに頷いた。
「連合のワインではあまりない味ですね」
「強いて言うのなら日本のワインに近いかしら」
「日本の」
「私はそう思うのだけれど。どうかしら」
「ふうむ」
 そう言われてあらためて考え込んだ。それからカバリエに対して述べた。
「そうかもしれませんね」
「それも陸奥星系で採れた」
「陸奥のですか」
 日本における有名な穀倉地帯である。ここで採れたワインは連合中に知られている。
「私はそう思うのだけれどどうかしら」
「言われてみればそうかも知れませんが」
 彼はカバリエ程鋭い舌を持ってはいない。だからそう言われても即答できないのだ。
「どうなのでしょうか」
「そこまではわからないかしら」
「申し訳ありません」
「ならいいわ。今はこのラザニアを食べましょう」
「はい」
 薦められてラザニアにスプーンを入れる。するとその中から赤いトマトと白がかった肉が出て来た。八条はそれが何の肉であるかすぐにわかった。
「鶏肉ですか」
「ええ」
 カバリエは正解であると認めた。
「マウリアのね。ラーヴァナ星系の産よ」
「今度はマウリアですか」
「そう。これでわかったかしら」
「メキシコ、日本、エウロパ、マウリア。そして最初の黒」
 今まで食べてきたパスタやワインについて思慮する。そして呟く。
「黒は何でしょうか。政治家はよく腹黒いとされますが」
 ある程度以上に真実であると言えた。この世界は昔から様々な権謀術数が跳梁跋扈するものである。
「それでしょうか」
「そうだとしたら?」
「そして四つの国」
 八条は正解を言われると続いて国について考えた。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その九


「先の二国は私達のそれぞれの祖国、つまりここでは私達ですか」
「ではあとの二つは」
「エウロパは交戦国、そしてマウリアは友好国。一見して全く逆の立場にありますが」
「結び付く可能性は?」
「結び付く可能性」
 そう言われてさらに考え込む。ふと顔を上に上げる。そこで気がついた。
「ここは外務省」
「ならわかるかしら」
「ああ、そういうことですね」
 八条はここで顔を元に戻しあらためて頷いた。
「講和ですか」
「正解」
 カバリエは彼にそう伝えた。
「それも満点よ。お見事」
「有り難うございます」
「戦いがはじまったならば最後には終わらせなくてはならないわね」
「はい」
「それが私達政治家の戦争での最も大切な仕事。その為に今ここに貴方を呼んだのよ」
「では烏賊の墨は交渉のことですか」
「少し意地悪だったかもしれないけれど」
「いえ、中々面白かったですよ」
 笑いながらそう述べる。
「流石は。連合きっての食通と言いましょうか」
「そこに政治が合わさるとね。こういった面白いことになるのよ」
 政治と料理は案外密接な関係にある。政治家達はパーティーにおいて情報収集に務める。外交官達も同じである。他には支持者との交流や資金調達の意味もある。その際の食事もまたそうした情報の交換や収集に必要なのである。人は酒や料理を堪能すると自然に口が軽くなるものだからである。
「成程」
「覚えておいた方がいいわよ、貴方も」
「はい」
「政治は料理も大事だということをね」
「中々洒落たものではありますね」
「洒落もまた政治」
 カバリエは言い切った。
「そこから何かを出すものなのよ」
「わかりました」
「そして本題に入りたいけれどいいかしら」
「ええ、まあ」
 二人はもうラザニアを食べ終えていた。
「メインの料理は終わったし。後はデザートだけだから」
「中々お腹がふくれましたよ」
「四つ続くと流石にお腹にたまるでしょ」
「はい」
「デザートもあるから。それは覚悟してね」
「わかりました」
 そしてそれはすぐに運ばれてきた。ミルクのプリンであった。
「ミルクのプリンですか」
「そうよ。それが何か」
「いや、今まで結構色彩豊かなメニューばかりでしたから」
「白いものが来るとは思っていなかったのね」
「はい」
 八条は率直に答えた。
「まさかとは思いますから」
「これも政治というわけなの」
「政治」
「確かに政治は駆け引きが必要ね」
「はい」
 八条も政治家である。その程度はわかる。
「けれどそれだけでは駄目。少なくとも一流にはなれない」
「ではそのプリンは」
「政治を行うにあたっては誠意や魅力も必要だということよ。だからプリンなのよ」
「成程」
 かくしてプリンは二人の前に運ばれてきた。そしてそれにゆっくりとスプーンを入れる。金属のそれをなめらかに受け入れ、そして二人の口の中にそれぞれ運ばれていく。
 口の中をソフトな甘みが支配する。それはミルクの素材を充分にいかしたものであった。
「どうかしら」
「これもいいですね」
 八条は一口飲み込んだ後でそう述べた。
「ミルクの味を上手くいかしていて」
「あえてそうしたのよ」
「そこにはまた何かおありで」
「ええ。さっき誠意と言ったわね」
「はい」
「そして鶏肉のマウリア」
「私に彼等に対して何かして欲しいと」
「そう。彼等との交渉は貴方が中心になってくれるかしら」
「この場合は戦争を終わらせる為の」
「仲介者を探しているのよ」
「そしてそれがマウリア」
「まさかティムールやハサンに頼めるわけもなし」
「それは流石に無理ですね」
 彼はそう言って苦笑した。

 

 

第十三部第二章 怒りの日その十


 ティムールともハサンとも秘密条約を結んでいる。そのうえ彼等サハラの者にとってはエウロパは仇敵である。とても仲介役なぞ頼めるものではなかった。
「そこで彼等に仲介役をお願いしたいのよ」
「そしてその交渉役に私が」
「お願いできるかしら」
「そうですね」
 彼は少し考えた。そして時間を置いてから述べた。
「マウリアとは今軍事交流も盛んですし知人もおります」
「ではお願いできるかしら」
「ですが今我々は何かと立て込んでおりまして。何しろ戦争中ですから」
「つまり一人では無理ということね」
「申し訳ありません」
「いえ、それでいいのよ」
 だがカバリエはそれをよしとした。
「今回は貴方にはこのプリンと同じものを要求したいのよ」
「といいますと」
「誠意と魅力よ。さっきも言ったけれど」
「彼等に我々の誠意を見せて欲しいということですか」
「これは大統領とお話して決めたのだけれど」
「はい」
「最適の人物は貴方なのよ。それ以外には考えられないという結論になったわ」
「そうだったのですか。それで今日ここに」
「そういうことだったの。どうかしら。頼める?」
「はじめた戦争を終わらせるのは政治家の仕事です」
 先程言った言葉を復唱するように言う。
「それならば国防長官である私が動かなくてはならないでしょう」
「では引き受けてくれるのね」
「身体が許す範囲で。宜しければスタッフをこちらに回して下さい」
「わかったわ。それでは」
「宜しくお願いします」
 こうして八条は講和においてマウリアとの交渉を受け持つことになった。また一つ激務が入ったことになったが彼はそれを特に不満もなく受け入れた。彼は与えられた仕事に対して不平を言うタイプではなく、謹んで引き受けるタイプの男であった。だからこそ話を出された一面もあるが。
 話が終わる頃にはもうプリンは完全に食べられていた。カバリエはそれを見極めてからあらためて彼に対して言った。
「貴方は一流の政治家になれるわよ」
「それは何故」
「さっきも言ったことだけれど」
 そして言った。
「貴方には誠意と魅力があるからよ。それもないと一流の政治家にはなれない」
「現実には権謀術数が渦巻いていても」
「それも政治ではあるけれど誠意もまた政治ということよ」
「複雑ですね」
「けれど理解できないというわけじゃないでしょ」
「はい」
「今回は誠意を見せてね」
「わかりました。それでは」
「マウリアはお願いね」
「了解しました」
 これで話は終わった。だが八条はそのまま外務省に留まった。そしてカバリエから紹介されるスタッフとまず顔を合わせることにしたのであった。
 数ある会議室のうちの一室に案内された。機能性を重視した殺風景にも見える部屋である。部屋に入るとそこにはもう木口がいた。
「どうも」
「君はもう食事は終わったのか」
「おかげさまで」
 彼はにこにこと笑みを浮かべながら言葉を返す。やけに機嫌がいい。
「もう満腹です」
「君が昼に満腹と言うのは珍しいな」
「えっ、そうでしょうか」
 何気無い言葉であったがそれを聞いて異様に狼狽した。
「いや、君はいつも朝に食べることが多いから」
「そうだったでしょうか」
「それに何か機嫌がいいようだし。何かあったのかね」
「いえ、何もないですよ」
 手を振ってそう応える。
「本当に。何もありませんから」
「そうか。だったらいいのだけれど」
 幸か不幸か八条の暗い分野の話であったらしい。普段は鋭い彼もどういうわけか疎い分野もあるのである。木口はそれでどうやら助かったようである。


 

 

第十三部第二章 怒りの日その十一


「まあ昼食のことはいいよ。カバリエ外相との話の結果だけれど」
「はい」
 木口は真剣な顔を作ってその話を聞きに入った。
「エウロパとの講和の交渉に入ることになった。仲介役にはマウリアを候補にあげている」
「マウリアですか」
「そうだ。これについてどう思うか」
「いいと思いますよ」
 彼は迷うことなくそう述べた。
「マウリアならば最適でしょう。エウロパと利害関係も生じておりませんし」
「君もそう思うか」
「長官はどうなのですか?」
「と言っても他に的確な国もないしな」
 いささか消極的な視点からそう述べた。
「国力の面から言ってもマウリアしかないでしょう」
「私も同じです」
「それで外相から言われたのだが」
「何と」
「私には誠意や魅力を見せてもらうことを期待しているそうだ」
「誠意と魅力をですか」
「政治家にはそれも必要だと言われてね。それがないと一流の政治家にはなれないとまで言われたよ」
「まあそれは何処の世界でも同じですね」
「政治の世界でもか」
「ええ。そもそも政治の世界にしろ人間の世界ですね」
「ああ」
「ですからですよ。人間の世界に誠意と魅力は欠かせないものですから」
「そういうことなのか」
「私はそう思いますけれど。けれど長官も同じでしょう」
「私は駆け引き等は好きじゃないしな」 
 元々そうした政治家ではなかった。資金にも苦労はせず、支持者にも困ったことはない。所謂貴公子であり、そうした日の当たる場所において仕事を行ってきた。また駆け引きは長けていなくともその政治家としての政策立案能力、指導力、事務処理能力、行動力、体力、そして演説や文章の能力はどれもかなり高く、言うならば政治家として登るべくして登ってきた人物である。だから裏の世界にも疎くて済んだのである。ある意味非常に幸福な政治家であった。
「それに軍、とりわけ経補ではそうしたおのが求められる」
「はい」
「だからそれには実は賛成だ」
「左様ですか」
「しかし」
 それでも彼は渋るものがあった。
「相手はマウリアだ。果たして上手くいくかな」
「上手くいかさなければならないでしょう」
「厳しいな」
「結果が求められますからね、今回は特に」
 木口の言葉は厳しいものであった。
「しかしだからこそ長官が選ばれたのでしょうが」
「そういうものかな」
「はい。まあ細かいことは向こうのスタッフと話しましょう」
「そうだな」
 彼等は外務省のスタッフが来るのを待った。やがて数人のスーツ姿の男女が部屋に入って来た。
「お待たせしました」
 黒い肌に銀色の髪と緑の目を持つ女がその先頭にいた。年齢は四十代程であろうか。彼女が一同を代表して挨拶をした。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その十二


「いえ」
 八条はにこりと笑ってその挨拶に応えた。
「マウリア局長シレーナ=アグリハンです」
「国防長官八条義統です」
「はじめまして。お話は御聞きしております」
 アグリハンは淡々とした様子で言葉を続ける。
「それでは早速お話に入らせて頂きたいのですが」
「はい、宜しくお願いします」
「それでは」
 スタッフは席に座った。そして八条との話をはじめた。
「まず実務等は我々でやらせて頂きます」
「左様ですか」
「長官には統括的な指導をお願いしたいのですが」
「そこで一つ問題がありますね」
「それは」
「私は国防長官です。外相ではありません」
「はい」
「その点で管轄において大きな問題が出るのではないかと思うのですが」
「その心配はありません」
 しかしアグリハンはそれを否定した。淡々とした声であった。
「何故ですか」
「我々が国防省へ出向するという形をとります。籍は外務省に置いたままで」
「成程」
「これなら長官の管轄下になりますね。そして外相からの指示を得られる」
「はい」
「これでどうでしょうか。悪くはないと思うのですが」
「そうですね」
 八条は一呼吸置いて考えてからそれについて述べた。
「確かにこの話を進めるうえでそれは非常にいいですね」
「ではこれでいきますか」
「はい」
 彼はそれを認めた。
「ではそれでお願いします。執務室はこちらで用意します」
「有り難うございます」
「ただ問題がありまして。国防省には軍事機密も多く」
「わかっております。それはこちらも同じことです」
「ではそうしたものには互いに触れないということで。宜しいですね」
「はい」
 細かい部分の取り決めはこうして決められた。だが話はそれで終わりではなかった。彼等はまだ話し合いを続けた。
「マウリアのことですが長官もある程度御存知だと思われます」
「一言で言うと不思議な国ですね」
「ええ。だからこそ我々も苦労している一面があります」
 彼女は率直にそう述べた。
「彼等は連合のどの国とも違います。まず宗教が」
「ヒンズー教が主流だとは聞いていますが」
「勿論それだけではありません」
「シーク教やゾロアスター教、他にはイスラム教や仏教もあるのでしたね」
「はい」
「宗教だけで無数に存在し、そして人種や民族も雑多でしたね」
「雑多というレベルではなくて。一度勉強しただけでは到底わかるものではありません」
 話すその顔が困ったものとなっていた。
「言語も文字も違いますし、マウリアの国の中で」
「銀河語が通用しない場合もあると」
「残念ながら」
 これは連合の者にとっては驚くべきことであった。
 この時代連合各国は銀河語を使っている。英語と中国語、スペイン語を軸にそこに日本語やロシア語、その他様々な言語を入れてそこから作り上げたもので文字数はかなり多い。表意文字と表音文字がミックスされ、文字数自体は多いが使うのも話すのも容易なようにされている。なおかっての言語は今では古典として語学の対象となっている。二十世紀の言語を知らないのではその時代のことを知ることはできない。翻訳機はあるがそれでも実際に学ぶ以上に利益のあるものは存在しないのである。
 なおインドの主な言語はヒンズー語である。主なものであるというのは他にも多くの言語が存在するからである。
「我々がヒンズー語を話しても通じない場合もあります」
「ヒンズー語まで」
「はい。だからこそ非常に困ったことになっていまして」
 語るその顔の困惑の色が増す。
「こうした状況が千年以上も続いていますしね。ところが彼等にとってはそれすらも些細なことです。いえ、考慮するにすら値しないのです」
「あ、それは私もわかります」
 八条はマウリアの時間の概念については同意した。
「今交流の為にも彼等の軍人を受け入れているのですが」
「雑誌で読みました、それは」
 アグリハンはそれに応えた。
「何でも一日丸々遅れても普通だそうですね」
「ええ、その通りです」
「八時に来たのだから問題はないだろうと。担当の連合の士官がそう言われて呆然としたとか」
「その士官どころか国防省全体で呆然としました」
 そこに八条が入っているのは最早言うまでもないことである。
「噂には聞いていましたが。まさか本当だったとは」
「我々も同じことがありましたよ、それは」
 見ればアグリハンだけでなく他のスタッフもそれに頷く。どうやらかなりのことがあったらしい。
「本当にね。困ったものです」
「あと食事の戒律ですが」
「少なくとも牛と豚は控えた方がいいですね」
「やはり」
「連合のムスリムは豚や酒でもアッラーに謝罪してから口にする者が殆どですが」
 むしろユダヤ教徒の方が厳格な程である。連合軍の食堂の区分もムスリム達よりユダヤ教徒達の主張の方がずっと強い程であった。
「彼等はそういうわけにはいきません。特に牛は」
「連合のある艦でそれは問題になりまして」
「ビーフカレーでも出したとか」
「はい。それでこの様なものは食べられないと。ところがポークカレーも駄目でして」
「ムスリムの者もいたと」
「そうです。それでその艦の給養員の出した結論とは」
「あと彼等はシーフードもあまり口にはしませんね」
「それもありました」
 語る八条の顔が苦いものになる。海産物を好む彼にとっては信じられない話であるが。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その十三


「シーフードカレーを食べないというのは残念ではあります」
「全くです」
「海老や烏賊、貝等が入ってそれぞれの味がルーに出てあれ程美味しいものはないというのに」
「少なくとも彼等にとってあれはカレーではないそうです」
「もっとも我々の食べているカレー自体が彼等のカレーではありませんしね」
「まあカレーの話は置いておきまして」
「はい」
 長くなるのでそれは言わないことにした。話を元に戻した。なおアグリハンはマーシャル出身である。マーシャルもまた海の多い惑星が多く、海産物は昔からよく食べられている。従って彼女もシーフードが好きなのである。だが生ではあまり食べない。これは和食だけだとさえ言われている。
「それで彼等はチキンカレーを出したのですよ」
「賢明ですね」
「はい。マウリアでは鳥はよく食べられるのですね」
「それと野菜類と」
「それでそうしたものに変えたのですよ。それで助かりました」
「それは何よりです」
「やはりそちらもそれで困ることが多いですか」
「食事だけではないですしね」
「宗教や時間の概念だけでなく」
「細かいものを入れると本当に。千年経っても理解できないものは本当にあるものです」
「わかります」
「長官はマウリアのことを御知りのようでこちらもお話し易いです」
 今度は憮然とした顔になった。
「知らない人には本当にわかりませんからね」
「そういうものですか」
「そういうものです、非常に残念なことに」
 本当に残念そうな言葉であった。どうやら今までかなり苦労してきたらしい。
「困ったものです」
「それだけマウリアが異質な存在だということですね」
「少なくとも連合の常識は全く通用しません」
 そう断言した。
「それに奥が深い。まるで底無し沼の様に」
「よく言われることですね、それも」
「二十世紀の時かららしいですね」
「はい」
 彼女は八条の言葉に頷いた。
「例えて言うのならマウリアとそれ以外の世界です。それ程違います」
「その為に彼等は連合に入ることはなかった」
「エウロパにもサハラにも。インドと呼ばれていた時からそれだけで一つの世界でした」
「一つの世界」
「連合は例えて言うのなら三百の世界の集合です」
「はい」
「ですがそれは連合という一つの世界に内包されている世界です。世界の中の世界」
「マウリアにもそれはあるのでしょうか」
「さて」
 しかし彼女はそれには首を横に振った。懐疑的な顔で。
「その中すらどうなっているのかわからない。全く訳がわからないというか」
「わからない」
「長い間あの国について学んできたつもりですがまだ全くわからないのです」
「はあ」
「長官の御出身である日本もあの国の文化の影響を受けておりますね」
「仏教等ですか」
「他にもある筈ですが。何しろ連合で最もマウリアの文化が残っている国と言われていますし」
「言われてみるとそうですが」
 連合においてもとりわけ独特な個性を持つとされている日本である。その個性においても大国であると言える。そしてマウリアの文化の影響がある程度残っているのもまた事実である。中国にも仏教が伝わったが結局道教に敗れてしまっている。またタイ等の仏教はタイ独自の色が強くなっている。もっとも日本の仏教も日本独自の色がタイのそれに負けず劣らず強いのであるが。
「ですが僅かなものですよ」
「それでも二十世紀からマウリアとは個別には最も関係が深い国ですね」
「ええ、まあ」
 アグリハンと共にいる外務省のスタッフの一人が彼に尋ねてきた。見ればその人物はアジア系の顔に茶色の髪と青がかった紫の目をしている。ケルト系の血が入っているらしい。
「お世話になったこともありますね、二十世紀には」
 第二次世界大戦の敗戦により日本は世界から悪の烙印を押された。それによりオリンピックからも締め出されてしまったのである。選手達には罪はないというのにである。そして大戦後独立した新しいアジア諸国によるアジア大会が開かれることになった。最初の開催国はインドであった。長いイギリスの支配からようやく独立できたインドであった。
 この独立は苦難の道のりであった。ムガール帝国は滅亡しイギリスの徹底的かつ巧妙な統治によりあらゆる富は吸い出されていた。インド人達はその巧妙な分割統治により治められ、その独立運動は遅々として進まなかった。二十世紀最大の賢者ガンジーをもってしても。
 そこで戦争が起こった。日本はアジアの解放を掲げ戦った。実質的には自らを盟主とする勢力圏を築くという野心があるにはあったが実際にアジア諸国を独立させようとし、実行に移したのは事実であった。あまりにも厳格で融通が利かず、さらに不始末があれば鉄拳制裁も辞さない日本軍の存在があったとしても。彼等は確かに厳格であったが生真面目で規律正しく公平であり熱心であった。そしてアジア人達を人間として見ていた。軍事訓練や教育も行った。イギリス人やその他のヨーロッパ人達が彼等を人間とは見ていなかったのとは全く違っていた。
 その日本軍はインドも解放しようとした。今もその名を歴史に残す指導者チャンドラ=ボースと共に。だがそれは失敗した。日本も結果として敗戦した。しかしこの戦いによりイギリスはアジアにおける力を回復不可能なまでに落としてしまった。同時にインド人達は知った。自分達も日本人と同じように戦えるということを。そして彼等は遂に独立した。
 そのインドで最初のアジア大会が開かれる。だがここである者が言った。日本を排除しようと。理由は第二次世界大戦であった。敗戦国であり戦犯である日本を入れてはならないというのだ。無論日本には発言権はない。下手をすればこのままアジア大会からも排除されるところであった。だがそれはならなかった。
「それは違う」
 インド人達は言った。


 

 

第十三部第二章 怒りの日その十四


「日本も同じアジアだ」
 と。そしてアジアの国ならば排除してはならないと。こうして日本も招かれることとなった。最初のアジア大会に。それにより日本はこの大会に参加することができた。今ではオリンピックと共に連合最大のスポーツ競技会である連合大会、マウリアも参加するこの大会に日本は最初から参加することができた。全てインド人達の良心の為であった。
 このことはこの時代連合の多くの教科書に書かれている。国ごとにそれぞれ数え切れぬ程の教科書がある。連合中央政府及び各国の定めた教育基準に従って編集されているがこのことは全ての教科書に書くよう定められている。マウリアの良識を知らしめる一例として。
 このことに感謝していない日本人はいないと言っていい。まともな者ならば。これは八条も同じである。
「あの時はパール判事にもお世話になりました、我が国は」
「そうですね」
 極東軍事裁判、事後立法のうえ単なる戦争犯罪をニュルンベルグ法と同じ人道に関する罪や平和に関する罪で裁いた法律上最低最悪の裁判である。しかもその判決は勝利者側が行い、資料も冤罪や都合のいいものばかりであった。全てが茶番であった。だがそこに一人の良心を持った人物がいた。それがインドのパール判事であったのだ。
 彼は言った。ある言葉を。
「時が熱狂と偏見を和らげた暁に、また理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取った時に、その時こそ正義の女神はその手に持つ秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くにそのところを変えることを要求するだろう」
 と。日本を無罪であると主張しこう言ったのだ。これにより日本は救われた。多くの人々が刑場の露と消えたがその名誉を守る道は残されたのであった。
「それからですね、マウリアとの交流は」
「天皇陛下も何度も行かれているとか」
「今上陛下はまだですが」
「そのようですね」
「しかしいずれは、と考えられているようです。もっとも今私はこれに関わる立場ではありませんが」
「はい」
「ただ、交流が深いのは事実ですね。ただ、それでも我が国にとっては仏教とカレーの国であるというイメージしかありません」
「日本でもそうですか」
「あとは牛肉を食べない、時間の概念が全く違う、そしてカーストの名残がまだある。これ位でしょうか」
「意外とよくわかっているではありませんか」
「我が国ではもう訳がわからないの一言で終わりですよ」
「いや、それは我が国も結構言われていることです」
 八条は外務省のスタッフの言葉にそう応えて苦笑した。
「掴み所がないと。他にも色々ありますが」
「まあそういう意見もあるのは事実ですね」
 アグリハンはそれにも頷いた。
「ただ、マウリアはまた別次元なわけでして」
「言い忘れましたがマウリアの映画も結構入って来ていますよ」
「ああ、あれですね」
 アグリハン意外の外務省のスタッフが皆一様にそれを聞いただけで露骨に嫌そうな顔をした。
「あれはちょっとね」
「御覧になられたことはあるようですね」
「正直言って何度見ても訳がわかりません」
 そのうちの一人が正直にそう答えた。
「ストーリーも登場人物も。顔が同じにしか見えません」
 マウリアの男はその多くが髭を生やしている。特に俳優はそうなのである。
「出て来た悪役が何時の間にかいなくなったり」
「突然踊りだしたりするのですから。しかも人が何処からともなく出て来て」
「あれをまともに評論できる映画評論家はおそらく奇人変人なのでしょう」
「若しくはマウリアの者達だけです」
「またえらく酷評ですね」
 八条はそれを聞いて苦笑いを浮かべた。
「私はいいと思いますが」
「そうですか」
「あれがマウリアなのだと思うと。実に多彩で」
「しかも長いですしね」
「はい。時間がないととても見られませんが」
 アグリハンに応える。
「けれど観ていると飽きないですよね」
「私はあまり好きにはなれないですが」
 やはりアグリハンは懐疑的に首を横に振った。 

 

第十三部第二章 怒りの日その十五


「けれど評論家によっては評価は高いですね」
「はい」
「好きな人にとってはいいようですね。あの国の映画は」
「合う合わないが大きいです」
「そういうことですね。マウリアはまさにそれです」
 そしてここでまた言った。
「やはり今回のことは長官に何かと御尽力頂きたいのです。そうした一面から」
「そうですか」
「他の閣僚の方々ではどうも合わなくて」
「マウリア自体と」
「はい。それもあったのですよ。しかも今回は失敗したならば問題ですし」
「講和がかかっていますからね」
「ええ。次の戦いで実質的に最後ですが」
「講和が失敗したならばエウロパにおける占領地でも不穏な空気が漂いかねない」
「自棄になる者も出るでしょうから。このまま我々に屈服したままではとてもいられないと」
「そうですね。今占領地でそうしたことが起こっていないのは実に幸いです」
 これは八条が軍の規律を徹底させ、一般市民の武装解除やエウロパ将兵の身の安全を保障したうえで投降を執拗なまでに呼び掛けた結果である。無論掃討戦も同時に徹底して行っているのであるが。なおゲリラとは敵側から見た場合であり、もう一方から見ればレジスタンスとなるものである。この時彼はあえて自分の功績を謙遜したのである。
「ただ、それでも限度があります」
「はい」
「これ以上占領が続くと。心配ですね」
「講和をしくじればさらに占領状態、しいては戦争状態が続きます」
「財政的な面からも問題です」
「だからこそです。無駄な損害や出費を防ぐ為にも」
「成功させましょう」
「はい」
 そして皆あらためて八条の言葉に頷いたのであった。
「その為にもマウリアのことをもっと知らなければ」
 彼はそう決意した。そして国防省に戻った。すぐに次の仕事が待っていた。
「人は待ってはくれないが仕事は待っていてくれるものだね」
「有り難いですか」
「仕事がなければ食べることができないからね」
 八条は木口に対して笑いながらそう述べた。
「実家に帰ったら帰ったで会社のことで色々あるしな」
「はい」
 彼の実家は裕福であるがだからといって仕事がないわけではない。今はそうしたことは顧問弁護士に任せているが政治家から離れるとそちらに専念しなければならないのだ。案外忙しい身である。
「暇はないものだね、本当に」
「まあお話はそれ位にして」
「わかってるよ」
 そう言いながら執務室の自分の席に戻った。
「今度は何かな」
「どうやら国軍のことですね」
「国軍か」
 連合は中央政府が統括する中央軍の他にそれぞれの国も軍を持っている。これを国軍という。だがその規模は小規模であり単なる治安維持や哨戒がその任務なのである。規模はそれぞれの国の国力や領土によって制限されている。あくまで最低限の規模である。
「近頃中央軍と共同で使用する軍港や施設等に関してトラブルが起こっているようなのです」
「そうなのか」
「どちらが主導を持っているか。その国の軍なのか中央軍なのか」
「難しい話だな」
「はい。現場は極めて感情的な理由が多いそうですが」
「ふむ」
「それが実に政治的な理由を孕んでいます。中央政府と各国の軋轢まで」
「慎重な対処が必要なようだな」
「そうですね。如何すべきでしょう」
「中央政府の法は各国それぞれの法に優越しているな」
「はい」
 ここで彼は法を出してきた。
「軍にもそれは適用されている」
「では中央軍が上位にあると」
「いや、それは違う」
 だが八条はそれを否定した。
「連合の法は連合市民全てに公平に適用される。ならば中央軍も国軍も同じだ」
「では彼等は平等であると」
「連合市民はどの様な国、人種、宗教、出自、職業であれ法的には平等と定められている。ならばこれは当然だと思うが」
「それはそうですが」
「ならば中央軍も国軍も同じだ。以後そう扱うといいだろう」
「ですがそれでもまだ問題があります」
「施設の使用順位か」
「はい。これはどうしましょうか」
「それぞれの部隊の任務によることにすればいい」
 彼の答えはこれであった。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その十六


「所属ではなく任務によって決めるのですか」
「これならば作戦行動にも支障は出ないと思うがどうだ」
「それはそうですね」
「国軍の存在も必要なのは事実だ。彼等は連合内における貴重な戦力だからな」
「はい」
「軋轢があっては困る。またトラブルを起こしている国は何処だ」
「アメリカ、中国、ロシア、ASEAN各国、そしてブラジル等です」
「またか」
 八条はそれを聞いて少し嫌そうな顔をした。
「おおよその見当はついていたが」
「中央政府に対する反感からでしょうか」
「それもあるだろうが実はもっと深いものがあるのかもな」
「といいますと」
「これで何かを引き出そうとしているのかも知れない」
「何かを」
「以前中央軍が使用する設備のことで各国の対立があったな」
「はい」
「それ絡みでだ。法的にはこれでいいとして各国とはそれぞれ話の調整に入った方がいいな」
「骨が折れそうですね」
「何、いつものことだ」
 だが八条はそう言ってそれを取るに足らないとした。
「中央政府にいればな。暗殺やスキャンダル追及がないだけまだましだ」
「いや、暗殺は流石にないですよ」
「それはわからないぞ」
 それは笑って否定しようとする木口に対してそう述べた。
「この世界はな。何が起こるかわからない」
「それはそうですが」
「肉を切るナイフの片面に毒を塗っておき、それで切った肉を出して暗殺した例もある」
 古代ペルシアでは実際にそうした事件があったらしい。
「同性愛者に刺客を送り込んだという話なら知っておりますが。そんなのもあったのですか」
 これは日本の戦国時代の武将宇喜多直家が実際にやったことである。これにより政敵を葬っている。彼は実際の戦闘はそれ程強くはなかったがこうして謀略や調略を得意とし、それにより生きてきたのである。もっとも戦国時代、いや政治の世界においてはこうしたことは日常茶飯事であった。織田信長や毛利元就は謀略を好み、それを駆使していたしルネサンスの歴代法皇達はいずれも陰謀をも使ってその座に就いている。バチカンは長きに渡って、そしてこの時代においても伏魔殿とまで言われているのはこの為である。
「連合の歴史で不審な死を迎えた政治家もいないわけではないな」
「まあそうですね」
「もっと多いのはスキャンダルで失脚だが。今回のことでイスラエルはどうなのだ」
「彼等はこれといって衝突はないようですね」
「そうか。ならいい」
 八条はそれを聞いていささか安心した。
「彼等はまた特別だ。彼等とは何もないというのならまず最悪の事態はない」
「そうですね」
 そうした影の政治を最も得意とする連合の国はイスラエルなのである。ユダヤ系の隠然たる力と情報収集能力によりそうした行動を可能にしているのである。八条も彼等にマークされている可能性がないわけではないのだ。
「トラブルを起こしている国とは個別に話し合いの場を持とう。まとまって行動していないかも知れないからな」
「はい」
「特に米中露、そしてブラジルに対しては慎重に動こう。おそらく何らかの重大な意図がある」
「利権でしょうか」
「その可能性が高いな。前の話では彼等にとって不都合な取り決めになった」
「そうでしたね」
 この時は日本の案が通ったのである。それに彼等が不満を感じている可能性があるのだ。
 

 

第十三部第二章 怒りの日その十七


「何かあればこれが連合の亀裂になりかねないからな。シャリアピン次官を呼んでくれ」
「次官を」
「彼でなければこの案件は解決は困難だ。やってもらおう」
「わかりました」
 こうしてシャリアピンが八条の下に呼ばれた。そして彼はそれに従い行動に移った。彼の慎重且つ的確な行動、交渉により各国の国軍と中央軍の衝突は収まった。後日それを受けて八条は彼と話し合いの場を設けた。
「御苦労様でした」
「いえいえ」
 二人は国防省の会議室で話をしていた。広い部屋に二人という寂しい状況である。
「次官のおかげで収まりましたね」
「ただ、見返りはかなり払いましたが」
「何でした、見返りは」
「国軍と中央軍の指揮系統です」
「そちらでしたか」
 これは意外であった。八条は彼等が施設の使用の拡大やそれに伴う利益を狙っているのでは、と考えていたからであった。だがそうではなかったというのだ。
「そういえばそちらにはまだ手をつけていませんでしたね。迂闊でした」
「それは私もです」
 彼は少し渋い顔を作っていた。
「中央軍の指揮系統だけを考えていましたから」
「はい」
「国軍との関係までは。考えておりませんでした」
「そして彼等とはどう話し合いの折がつきましたか」
「平常時も非常時も各国の国家元首及び政府の指揮下にあるということで話がつきました。従ってそれぞれの国から彼等が出るということもないということで」
「まあそれが妥当ですね」
 元々治安維持、災害派遣等が任務である。だからこれでいいのである。
「そして中央軍は災害時等でも中央政府の管轄下にある」
「これは今まで通りですね」
「ただ、非常時には中央政府はそれぞれの国に協力を要請する場合もある。その際は州軍は中央政府の指示に従ってもらう。ただしその立場は中央軍と対等であります」
「第一種警戒態勢の時等ですか」
 他国の侵略や惑星の爆発、ブラックホールの発生等星間単位で深刻な事態が起こった場合である。もっともこれ等のこと、とりわけ後の二つはそうそう起こりはしないものだが。少なくとも新しいブラックホールの発生も惑星の爆発等は連合の長い歴史の中でも一度や二度ずつしか起こってはいない。滅多に起こらないものである。少なくとも五百年や六百年という単位ではそうは起こりはしない。
 隕石の惑星への接近は第二種である。かってSF等でよくあったこの危機はこの時代ではそれぞれの惑星の周りにある人工衛星の迎撃で対処可能となっている。そうそう起こるものではないがこれに関しても対処可能なのである。
「そうです。そうした危急の事態にはまた話が別ですが」
「あくまで連合の法の領域内、でですね」
「はい。それを踏まえての話し合いでしたが。苦労しましたよ」
「そうでしょうね」
「法律の本まで持ち出して。それで何とか収まりました」
「またそれは」
「強敵でしたね、本当に」
「けれどこれで今後の国軍の運用の法的根拠もはっきりしましたね」
「はい」
「それが最大の収穫です。本当に何よりですよ」
「ただ、今回はイスラエルが関わっていなかったのが救いでしたね」
「そうですね」
 頷く八条の顔に暗いものがさす。
「最近彼等は中央政府に対して好意的ですが」
「何を考えているのかわかりません。注意が必要ですね」
「はい」
 イスラエルの影は中央政府にも及んでいる。彼等はそれを感じながら会議室を後にした。
 こうして中央軍と国軍の問題は解決した。連合の歴史のほんの一コマである。だがこれにより連合軍はその運用に関して大きな法的根拠を得ていたのであった。 

 

第十三部第三章 二匹の獣その一


                   二匹の獣
 エウロパ領深くに侵攻している連合軍はクロノス星系に向かっていた。そしてその手前にあるテティス星系において布陣していた。そこで陣を整えていたのである。
 そこには当然ながらマクレーンの旗艦ブレスもあった。ブレスは軍の後方において軍全体の指揮、統率にあたっていた。そしてそこで今後の作戦に関して考えていたのである。
「遂にここまで来たわけだが」
 ザレボはこの時ブレスに向かう自分の指揮下にある一隻の戦艦の中にいた。
「思えば長い戦いだったな」
「そうだな」
 それにゴルチャコワが頷いた。彼はザレボが提供してくれたこの艦に同乗していたのである。
「だがこれで最後になるだろうな」
「クロノスを抜ければ後はオリンポスまで一直線だ。我等を阻むものはもう何もない」
「距離もな。ここまで遠い道のりだったが」
 戦争において空間程強大な防衛ラインはない。かってナチス=ドイツがソ連との戦争に入った時その広大な空間に苦しめられたことからもわかるように距離というものは実に強大な防衛ラインとなるのである。エウロパは連合のそれと比べてその距離は短いものであるがそれでもかなりの距離があった。少なくとも戦闘をしながらではかなりの距離があったのである。
「だがクロノスからはもうその距離もない。あるのは目の前の防衛ラインだけだ」
「それをどう突破するかだが」
「それについてはこれからの会議で決まるな」
「そうだな」
 彼等はそんな話をしながらブレスに向かっていた。ブレスはその巨大な姿を銀河の大海の中に浮かべていたのであった。
 このテティスにおいては戦闘は行われなかった。エウロパ軍はその戦力を全てクロノスに集結させていたからである。従ってこの星系は無血入城という形で連合軍のものとなった。彼等はここで惑星テティスを中心に布陣していた。
 テティスは人口七億程の比較的豊かな惑星である。資源にも農産物にも恵まれている。ギリシア領でありその市民もギリシア人が殆どである。彼等は今ここで連合の艦艇に惑星自体を覆われながら暮らしていた。
「ねえお母さん」
 そのテティスに住んでいるギリシア人の家庭の一つにその少年はいた。金茶色の髪に青い目のあどけない顔立ちの少年である。まだ小学校に入ったばかりか。彼は熊のぬいぐるみを手に台所にいる母親に声をかけていた。
「お父さんは?」
「夕食には戻るわ」
 息子と同じ金茶色の髪をした中年の女が少年にそう答えた。
「だから大人しく待っていなさいね」
「うん」
 少年はそれに頷いた。そしてリビングに戻っていった。
「じゃあ僕大人しくしているよ。お父さんが帰って来るまでね」
「そうよ、大人しくしていたらお父さんは戻って来るから」
 母親は少年に対して言った。
「だから大人しくしていてね」
「うん」
 少年は素直であった。リビングに入るとそのまま熊のぬいぐるみで遊びはじめた。そこに子犬が来る。すると今度はその子犬と遊びはじめた。
 やがて遊び疲れてソファーで寝てしまった。目が覚めた時にはもう真っ暗になっていた。
「お母さん」
 彼は起き上がって母を呼んだ。
「晩御飯は?」
「もうちょっと待って」
 すると台所の方から母の声が返ってきた。
「もうすぐだからね」
「うん」
 そして部屋の灯りをつけてまた遊びはじめる。それから暫く経ってやっと父親が帰ってきた。少年と同じ青い目をした中年の痩せたスーツの男であった。
「只今」
「お帰りなさい、お父さん」
 少年が玄関まで行って彼にそう挨拶をする。だが彼はそれを受けても晴れた顔をしなかった。帰った時のままの疲れた顔であった。
「どうしたの?何かあったの?」
 少年は父親のその疲れた様子を見て心配になった。そして彼に声をかけた。
「いや、何でもない」
 しかし父親は息子の声に答えずかわりにこう言った。
「それよりもお母さんはどうしているんだい」
「お母さんは台所で料理作ってるよ」
 彼はそう言った。
「まだ作ってるのかな」
「そうか」
 彼はそれを聞いて疲れた顔のまま家にあがった。
「一体何なんだろうな、今日の晩御飯は」
「ハンバーグだったらいいね」
「ハンバーグか」
 息子の好物である。実は彼も好きだ。しかし今はそれを食べたいとは思わなかった。肉を食べる気持ちにはなれなかったのである。
「お父さんは今日はハンバーグよりも食べたいものがあるんだ」
「何?」
「お酒さ」
 彼は暗い声でそう述べた。
「お酒?」
「そうさ。ブランデーをな。もうそれだけでいい」
 それ以外には欲しいとは思わなかった。
「けれどそういうわけにはいかないだろうな」
「僕お酒は好きじゃないからよくわからないけれど」
 エウロパでは未成年も酒を飲んでいいがこの少年は酒はあまり好きではなかった。それよりもジュースが好きな少年だったのである。
「飲みたいの?」
「今はな」
「じゃあお母さんと一緒に飲んだら?お父さんいつも言ってるよね」
「ああ、そうだな」
 父親はまた頷いた。
「食べたり飲んだりするのは一人より二人の方がいいって」
「そうだな。そうするか」
 疲れた様子でそんな話をしながら台所に向かった。するとそこにはアイスバインとザワークラフト、そして茹でたジャガイモが置かれていた。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣そのニ


「アイスバインか」
「何を作ろうかと考えてたんだけど」
 見れば母親も疲れた顔をしていた。
「簡単なものでいいかしら。とりあえず」
「ああ、それでいいよ」
 夫は何も言う気にはなれなかった。それでいいとだけ言った。
「あと酒はあるかな」
「黒ビールとワインならあるけれど」
「ブランデーはないのか。アルテミス産のがあった筈じゃ」
 彼のお気に入りである。
「アルテミスは今は」
「そうか、そうだったな」
 連合に占領されている。従ってアルテミス星系との流通は途絶しているのである。今はこの惑星自体が連合軍に完全に武装解除されたうえで包囲されているのである。そうした閉塞感の中にあったのだ。
「じゃあワインをもらおうか」
「赤でいいわよね」
「肉だしな。けれどそれしかないんだろう?どうせ」
「御免なさい」
 妻は俯いてそう答えた。
「テティスの。赤しかないわ」
「そうだろうな」
 この星系のワインは赤が有名である。白もあるがこちらはあまり味がよくないとされている。だがここではその赤はもうあまりにもありふれたワインとなっていた。まるで水のように飲まれている。従って非常に安く量にも困ってはいなかった。
「けれどそれでいい。じゃあ食べるか」
「ええ」
 こうして一家は食事に入った。まずは神に祈りを捧げる。ギリシア正教会の礼であった。
 次にアポロンに祈る。夫も妻も神々はアポロンを信仰していた。だから彼に祈ったのである。
 それから食事に入る。静かな食卓であった。落ち着いたと言えばいいところであろうが実際は暗い食卓であった。少年も何も語らず黙々と食事を続ける。
「なあ」
 父親がパンを千切りながら母親に声をかけてきた。
「何かしら」
 母親はザワークラフトを口に入れていた。酸味が口の中を支配しているがだからといって言葉まで酸っぱくなっているわけではない。穏やかで低いものであった。
「この辺りで戦争になるらしいな」
「そう」
 だが彼女はそれを聞いても特に驚かなかった。
「それで私達に何かあるわけでもなし」
 そう言って取り合おうとはしなかった。最初は。
「別にこの星で戦争をやるわけじゃないんでしょ?」
「ああ」
「宇宙でやるのだから。ここに連合軍の軍人は一人も来ていないし」
「それでいいのか?」
 夫はそんな無気力な言葉を言い続ける妻に対して問うた。
「御前は」
「戦争なんて私達にどうかしようがあるの?」
「いや」
 それは否定するしかなかった。その通りだからだ。
「どうしようもない。けれど俺の仕事は」
「もう少しの辛抱よ」
 彼女は抑えた声で夫に対して言った。夫は宇宙船の船舶会社に勤めている。だから今のように戦争中だと仕事に影響が出るのである。実際に会社の業績は戦争の影響でかなり落ちている。彼が暗いのはその為であった。だが家庭全体までが暗いのは他に理由があった。
「もう少しの辛抱か」
「戦争はもうすぐ終わるわ」
「オリンポスが陥落してか。それで俺達の国は滅亡だ」
「けれど私達は死んだりしないわよ。まして連合軍に何かされるわけでもないし」
「御前は自分の生活が変わらなければそれでいいんだな」
 彼はそれを聞いて呆れたように言った。
「エウロパがどうなろうと」
「貴方の仕事があればね。それでいいわ」
「そうか」
「そうよ」
 彼女は言い返した。ワインを飲む夫の顔はもうかなり飲んでいるというのに赤くもなければ青くもない。ただ沈んでいるだけであった。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その三


「それで充分じゃない。戦争だって」
「御前の言いたいことはわかってるよ」
 そう言って妻の言葉を遮った。
「食べられればそれでいい。お金があれば」
「そうよ」
 彼女はまたこう言った。
「それが女ってやつか」
「私はね。今だって戦争がなければもっといいものが食べられるのに」
 ザワークラフトもアイスバインもエウロパにおいてはあまり高級な食べ物とは考えられていない。軍人達がよく食べる粗末な料理として考えられている。ドイツ料理はエウロパにおいてはあくまで質素な料理なのである。ソーセージ等もそうだ。ポピュラーでよく食べられてはいるが所謂安い食べ物である。ギリシアでは夜に食べるようなものではないと考えられている。朝食に食べるものだ。つまり彼等は今夕食に朝食のメニューを採っているのである。
「ザワークラフトを夜に食べるなんて」
 彼女もそれに言及した。本当ならこんなものを夜に食べたくはなかったのだ。
「戦争がなければ」
 物資自体は不足していない。だが全体的にインフレ傾向にあるのだ。そして夫の会社の業績悪化で給料が減っているのである。だからこのようなものを食べているのだ。
「もっといいものが食べられるのに」
「それは言うな」
 夫は妻を窘めた。
「言っても何もならないだろう」
「それはそうだけれど」
「仕方ないことだよ、戦争は」
「もうすぐ終わるのよね、けれど」
「そうは聞いているがな」
「終わったら元の生活に戻るかしら」
「さてな」
 だが彼はそれについては懐疑的であった。
「そうはいくかどうかはわからない」
「まだこんなことが続くというの?」
「だからそれは俺にもわからないと言っているだろう」
 グラスをテーブルに置いて困った顔でそう返した。
「只のサラリーマンが。わかる筈ないだろうが」
「そうね。只のサラリーマンだから。そして私は只の主婦」
「それで何がわかるというんだ。何ができるというんだ」
「何も」
「金を稼いで、それでものを買って料理して食べる。それだけだろう」
「そうだけれど」
「今ここで何かを言っても何にもならないよ。何もな」
「どうしようもないのね」
「精々酒を飲んでうさを晴らすだけだ」
 そう言ってまた酒を飲みはじめた。
「これだけだ。御前もやれ」
「え、ええ」
 彼女は夫に言われるままに杯を取り出した。そして夫にそのワインを注がれた。
 それを飲む。辛口のワインであった。その葡萄の辛さが口の中を包み込む。渋くもあった。まるで今の彼女の心の様に。
「美味いか」
「いいえ」
 残念そうに首を横に振る。
「元々甘いのが好きなせいもあるけれど」
「今は口に合わないか」
「ええ。おかしなものね。普段はこれでも平気で飲めるのに」
 実はテティスのワインは辛口であってもそれ程きつくはないのである。むしろいささか苦味が勝っている程である。しかし今彼女はそこに舌で味わうもの以外のものを感じていたのだ。
「飲めないわ。ビールだったらいけるのだろうけれど」
「じゃあそれを飲め」
「ええ」
 夫に薦められるままビールを取り出した。黒ビールである。彼女はそれをグラスに注ぎ入れて口に入れた。先程のワインよりはまだ口に合う。だが決して美味いものではなかった。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その四


「美味くはないだろう」
「よくわかったわね」
「俺もそうだからな」
 夫は俯いてこう述べた。
「いつもは美味いのにな。最近はまずくてしょうがない」
「それでも飲むのね」
「飲まずにはいられないんだ」
 酒の味に負けたのか声も苦いものになった。
「本当にな」
「それでどうするの?」
「何をだ?」
「お仕事よ。会社大丈夫なんでしょうね」
「今のところはな」
 しかしそう語る声に溜息が混ざっていた。
「ただ、また給料が減るかもしれん」
「またなの」
「済まないな、御前にも迷惑をかけてしまっている」
「いいのよ」
 妻はそれを悪いとはしなかった。逆に夫を慰めた。
「さっきも話に出たじゃない。言っても仕方がないって」
「そうだったな」
 さっき話したことだったがもう忘れかけていた。それは酒のせいであろうかそれとも忘れたかったからであろうか。
「我慢しましょう、我慢できることなら」
「そうだな」
「ねえお父さん」
 ここで今までただ食べているだけだった息子が彼に声をかけてきた。
「何だ」
「今日学校で面白いこと勉強したんだよ」
「面白いこと」
「うん、先生が教えてくれたんだ。今連合の悪い奴等が僕達の国に来ているよね」
「ああ」
「僕達は大人になったらあいつ等をやっつけなくちゃいけないんだって。あいつ等は僕達を殺そうとしている悪い奴等だから殺してもいいんだって教えてくれたよ」
「そうか」
「お父さんはどう思う?僕大きくなったら兵隊さんになりたいと思うんだけれど」
「兵隊さんは辛いぞ」
 それ以上言う気にはなれなかった。ただこう言うだけであった。
「それでもいいんだな」
「うん」 
 少年は笑顔でそれに頷いた。
「僕、頑張るよ。そして絶対に連合の悪い奴等をやっつけてやるんだ」
「できるんだな」
「絶対やるよ。そしてお父さんとお母さんを守るんだ」
「そうか。じゃあ大きくなった時に頼むぞ」
「うん」
「けれどな」
 ここでこの父親は言った。
「兵隊さんじゃなくてもお父さんやお母さんを守ることはできるぞ」
「?」
 少年はその言葉に首を傾げさせた。
「それどういうことなの?」
「わからないか、まだ」
 ここで父親は今日はじめて笑った。優しい微笑みだった。
「人間はな、強くなくちゃいけないってよく言われるよな」
「うん」
 少年はそれに頷いた。
「それは力だけじゃないんだ」
「喧嘩に強いだけじゃないの?」
「喧嘩だけじゃない。もっと他のことでだ」
「ねえ」
 母親も語りかけてきた。
「お父さんは強いと思う?」
「うん」
 少年はその言葉に迷うことなく頷いた。
「お父さんは強いよ、とても」
「どれ位強い?」
「世界一強いよ。他の誰にも負けない位」
「けれど喧嘩に強いように見えるかしら」
「ううん」
 しかしれには首を横に振った。
「全然。痩せてヒョロヒョロだし」
「ヒョロヒョロか」
 父親はそれを聞いてまたその優しい笑みを浮かべた。
「うん。喧嘩ならあのカナンさんの方が強いと思うよ」
 彼の友達のガキ大将である。気は優しいが身体は大きく度胸があり皆から一目置かれている。この少年が犬に襲われていた時は身体を張って守ってくれたこともある。貴族の子供で非常に正義感の強い少年である。
「あの人本当に凄いんだから」
「そうね。確かにお父さんには力はないわね」
「うん」
「けれど頼りにはしてるわよね。お父さんは頼りになる?」
「だからお父さんが好きなの」
 彼はそう答えた。
「頼りになるから。この世で一番頼りになるよ」
「それが強いということよ」
「それが?」
「そうよ」
 母親もその時今日はじめて笑った。やはり優しい笑みであった。
「強いっていうのはね、頼りにされることなの」
「頼りにされること」
「そう。力だけじゃないのよ、頼りにされるのは」
「どうしたら頼りにされるの?」
 話を聞いていて彼は不思議になってそう尋ねた。
「力が強いのじゃないなんて」
「それはそのうちわかるようになる」
 父親は息子に対してそう言った。
「そのうち?」
「そうだな、御前が大きくなったら」
 そしてこう述べた。
「わかるようになる。まずは色々と本を読むんだ」
「本を」
「そして人と話をしてな。友達は大勢いた方がいい」
「今よりも」
「今よりずっとだ。友達あってなんだ」
 彼も学生時代の友人がいる。だからこそわかることである。
「何もかも」
「そうなの」
「喧嘩に強くなくても構わない。ただ、強くなるんだ」
「何かよくわからないや、僕」
 それを聞いてもわかるような歳でもなかった。彼は首を傾げてしまった。
「どうすればいいのか。本を読んでお友達を作ればいいの?」
「そう。そして考えるんだ、自分で」
「うん」
 言われることに従い頷いた。
「大人になればわかるからな」
 こうして食事の時の話は終わった。少年は父親と一緒にお風呂に入った後ですぐに寝てしまった。あのくまのぬいぐるみを抱いたままベッドに寝ている。だが両親はまだ起きていた。
「何か気持ちが軽くなったわね」
「そうだな」
 二人はリビングでそう話をしていた。また酒を飲んでいる。しかしその表情はかなり穏やかなものになっている。
「あの子に救われたかしら」
「あいつに話をしてるとな。何だか自分自身も見ているような気持ちになったな」
「ええ」
 妻は夫の言葉に頷いた。
「不思議なものね。さっきまであんなに沈んでいたのに」
「こんな御時世だ。無理もない」
 戦争が続き今彼等のいる星系も占領されている。そんな状況では気持ちが暗くなるのも当然と言えば当然であった。だがそれが急に晴れたのであった。
「けれど何かすぐに晴れたな」
「あの子に話しただけでね」
 そして彼女もこう言った。
「本当に不思議だわ」
「不思議なのはそれだけじゃないな」
「どういうこと、それ」
「何か力が湧いてきたんだ」
 さっき話した力とはまた違う力である。
「明日、何か頑張れそうだ」
「そうね、私も」
 彼女もそれは同じであった。
「戦争がはじまってから沈んでばかりだったけれど」
「はじめて気持ちが楽になったな」
「これからもこの気持ちでいたいわね」
「じゃあ頑張るか。あいつもいるし」
「ええ」
 そして頷いた。もう迷いはなかった。
「それじゃあ今日はもう遅いし寝るか」
「そうね」
 そのまま眠りに入った。それで終わりであった。彼等は暗鬱とした気持ちから解放された。だが多くの者はそうではなかったのである。エウロパは暗鬱な悩みに覆われていた。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その五


 エウロパ軍はそれでも前線で決戦に備えていた。だがその前には大軍が布陣している。その大軍が今にも動かんとしていたのである。
「まだ攻撃命令は出ないのかね」
 スタンフォードは乗艦のトレーニングルームでさわやかに汗をかきながら隣にいる同僚に声をかけた。
「まだらしいな」
 その同僚は手を止めてそれに答えた。
「何か作戦方針でまだ色々と話をしているらしいぜ」
「これ以上何を話すってんだろうな」
 彼はそう言って首を傾げさせた。
「後はもう攻撃に移るだけじゃねえか。他に何があるんだよ」
「政治的な理由じゃないのか?上の方の」
「揉めてるのかよ」
「さてね」 
 同僚はそれに答えながら今まで止めていた手の動きを再開させた。
「俺はそうした噂話には疎いんでね。詳しいことはわからないが」
「おいおい、話を振っておいてそれはないだろ」
「じゃあ後は自分で調べな。ネットを見れば噂話の一つや二つ転がってるぜ」
「あんなのあまりあてにはならねえよ」
 そう言ってネットの噂というものを否定した。
「情報元がないとな。信じられるものも信じられねえんだよ」
「何だ、よくわかってるじゃないか」
 同僚はそれを聞いてわざと意地悪そうな笑みを作った。
「思っていたより頭がいいようだな」
「言っておくがな」
 彼もそれに対して意地の悪い笑みで返した。
「頭がよくなくちゃ今まで生きていられねえよ。戦闘機乗りはな」
「それじゃあ次の戦いにもそれを見せてくれよ、エース」
「言われなくても見せてやるぜ。背中は任せときな」
「おう」
 その同僚は爆撃機乗りであった。爆撃機は戦闘機の護衛を受けるものである。だからこそ彼の言葉は非常に有り難いものであったのだ。彼等は最後は爽やかな笑みで頷き合った。
 トレーニングから終わるとシャワーを浴び自室に戻った。そしてそこで同僚に言われた通りネットを開いた。
「さて、と」
 軍事関係のサイトを開く。そしてそこで本当に検索を開始した。
「おいおい」
 まずはついこの前国防省に招かれてキャンペーンを行っていた神崎亜矢のファンサイトを見た。彼は母国のかなり胸の大きいブロンドのアイドルが好みであるがこの時はたまたま覗いたのだ。
「幾ら何でもそれはないぞ」
 八条と神崎亜矢が何もなかったのは八条も神崎亜矢も同性愛者だからだという書き込みがあったのだ。確かに八条は同性愛者だという根も葉もない噂があるし神崎亜矢も自分の事務所の女性タレント達と何度も期間限定ユニットを組んでいる。この事務所の所長はかなりのやり手として知られているのである。
 スタンフォードはこのかなり奇天烈な書き込みに苦笑した。ついでに神崎亜矢の画像を見る。それを見て彼は密かにこのアイドルに興味を持ちはじめた。
「へえ」
 そこには水着の画像もあった。小柄だがかなり胸が大きい。それが彼に気に入ったのである。
「そういや爺様が言っていたな」
 ふとそう呟く。
「日本人は意外と胸が大きいって。いいかもな」
 彼の祖父も巨乳が好きであった。彼はその影響を受けて巨乳好きになったと言っても過言ではない。そして今それを思い出していたのだ。
 だが神崎亜矢から今は離れた。それよりも他の目的があるからだ。とある巨大掲示板サイトを開いた。
「確かここだったかな」
 そこは連合で最も有名なサイトの一つである。様々な人間が書き込み、そこから情報を得たり交流したりするのが目的だ。玉石混合ではあるがそれでも使い様によっては有益なのである。
 そこの軍事関係の場所を開いた。すると早速ある掲示板が目に入った。
「連合最強のエースパイロットは誰か、か」
 そんなタイトルのサイトであった。そこを開く。するとそこには連合軍のエースパイロット達の評価がそれぞれズラリと書かれていた。
「何か好き勝手書いてくれているな」
 見ればスタンフォードへの評価もある。万事に渡って派出好きでそれがかえって身の危険に繋がるのではないか、とあった。派手な動きが失敗に繋がるというのだ。
「それは違うだろ」
 自分ではそう思いながらも見続ける。他には曹やボニング、トワンキン、アクジェジト等についての評価もあった。アクジェクトは異常に運が強いともあった。
「確かにな」
 それには頷くことができた。あれだけ撃墜されているというのに生き残っている。しかも大怪我すらないのだ。それを考えると異様な程の強運であると言えた。
 だが後藤だけは別格であった。その掲示板に書き込んでいる者のほぼ全てが書いていた。連合で最高のエースパイロットであると。
「それは俺だろうが」
 自信家の彼はそれを見て思った。
「違うっていうのかよ。確かに撃墜奇数はあれだけれどよ」
 後藤は日本軍にいた頃から凄腕のパイロットとして知られていた。神懸り的な操縦テクニックと勘で敵を倒していく。それはまさに神のようであったと今でも言われている。
 スタンフォードも派手なドッグファイトは好きである。しかし後藤の様に神技というところまでは達してはいない。彼自身がそれはよくわかっていた。
 そのうえで掲示板を見続ける。確かに後藤の評価はあまりにも高い。しかしそこでスタンフォードへのアドバイスも書かれていたのを見た。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その六


『あいつは爆撃機の護衛の時上ばかり気にし過ぎなんじゃねえのか?』
 そういった書き込みがあったのである。
『アメリカ軍の時でもそうだっただろ。敵はどっからでも来るぜ』
「よく知ってるな、おい」
 彼はそれを見てそう思った。
「何でそこまで知ってるんだ」
 だがそれはすぐにわかった。戦闘というものは今ではテレビ中継されたりするものである。スタンフォードが有名人なのもそのせいである。彼の戦闘もアメリカ軍時代からことあるごとに映像として映されていたのである。おそらくそういったものを観て書いているのだ。
『そういえばそうだな』
 それに相槌を打つ書き込みがすぐにあった。
『あいつは個人主義者だからな。基本的に護衛とかには向かないこともあるがな』
『けれど任務だろ?それにやりようがあるだろ』
「本当に好き勝手書いてくれているな」
 まさか本人が見ているとは思ってはいないだろう。そう思うとおかしくもあったがそれでも見た。これはこれでかなり勉強になると思ったからである。
『爆撃機の護衛ってのは縦や横に蛇行しながら飛ぶよな』
 また書き込みがあった。
「よく知ってるな、こいつ」
 スタンフォードはそれを見てこう思った。それは本当のことである。連合軍では爆撃機や攻撃機、艦艇の護衛の際には上下左右に蛇行しながら飛ぶ。より広範囲を見渡せるからである。
「マニアか、それとも専門家か」
 マニアも極端なレベルまで達すると専門家と変わりはしない。どちらにしろ今この書き込みをした者は少なくとも戦闘機の動きにはかなりの知識があるようであった。IDをチェックするとスタンフォードを個人主義者だと書いた者であった。
『そこにあいつの答えがあると思うぜ』
「答え、ねえ」
 それを受けて考え込んだ。それはすぐにわかった。
「視野の広さか」
 そう思った。確かに今までは上にばかり注目していた。横や下にはそれ程注意を払ってはいなかった。
 それで反応が遅れているところがあるのは認める。それで他のパイロットに獲物を取られたこともあるからだ。反応が遅れたからといって味方の爆撃機や攻撃機に攻撃を許すような真似はしないがそれでも遅れがあったのは認めた。
「それかね、やっぱり」
 彼はそれを認めて頷いた。
「俺にないのは」
『ちょっと気を付ければかなり違うんじゃね?』
「そうかね」
『あいつは元々パイロットとしての腕はいいんだからよ。どう思うよ』
『実際に戦闘にならなきゃわからないんじゃないのか、それは』
 別の書き込みがこう言っていた。
『次の戦いでよ』
「クロノスでか」
 その書き込みを見て目の光が変わった。
「じゃあやってやるか」
 そう言ってそのサイトを離れ掲示板から離れた。そして今度は書類仕事に取り掛かった。パイロットといえど将校である以上こうした仕事からは離れることができないのである。
 書類仕事をしながらもサイトでの書き込みのことは忘れてはいなかった。頭の中で反芻する。
(楽しみだな、クロノスが)
 それを試す機会があると信じて疑わない。それを思うだけで楽しかった。彼は戦いを楽しむタイプであった。アメリカ人らしいと言えばらしい陽気な男であった。

 

 

第十三部第三章 二匹の獣その七


 連合軍は布陣したまま動きはしない。各艦隊はそのままの状況でクロノスを見据えていた。その中にはシコースキー中将の第二四七艦隊もあり敵を睨んでいた。司令であるシコースキーはこの時旗艦イーゴリの中にいた。
「まだ行動の指示はないのか」
 彼は側にいる幕僚達にそう尋ねていた。
「はい」
 幕僚の一人がそれに答える。
「まだです。どうやら最後の調整に入ってはいるようですが」
「その最後の調整から話が全然進んでいないな」
 彼は苛立ったような声でそう返した。
「全く。何をやっているのか」
 彼は短気な性格で知られている。ロシアゴーリキー士官学校時代の仇名はライターであった。すぐに火が点くからである。実際にそれで色々とトラブルを起こしている。派手な身振り手振りもその性格故なのである。
「もう進むだけでいいではないか。それでエウロパ軍を正面から押し潰す」
「確かにそれで我が軍は勝利を収めるでしょう」
 そこで艦長であるローレンガーが彼にそう言った。この艦では艦長が実質的に司令を抑える役となっていたのだ。
「これだけの物量差があればな。当然だ」
「しかしそれは敵に何の策もない場合です」
「何の策も」
 彼はそれを聞いたうえでローレンガーの顔を見据えた。
「では貴官は彼等に何かの策があると思うのか」
「そう考えておいた方がいいかと思いますが」
「ふむ」
 彼はそれを聞いてあらためて考え込んだ。今まで少し苛立っていたがそれを宥めさせてからである。
「そうだな」
 そしてローレンガーの言葉をよしとした。
「迂闊な行動は慎むべきだな」
「従って今回の総司令部の判断は正しいかと思います。下手に攻勢に出るよりは」
「事前の準備だということだな」
「はい」
 そしてあらためて答えた。
「敵は何重にも強固な防衛ラインを敷いているそうですし」
「それでは義勇軍の出番か」
「それはどうでしょうか」
 しかし彼女はそれには懐疑的な言葉を呈した。
「彼等は他に出番があるかも知れません」
「出番!?」
 それを聞いて口に手を当てて考え込む。
「他に何かあるか、先鋒として以外に」
「陽動任務等はどうでしょうか」
「陽動か」
 確かに使えないわけではない。サハラ義勇軍の艦艇はどれも連合軍の通常艦艇と比較して速度が速いのである。エウロパの艦艇とも遜色ない程である。
「それにも使えそうだな、確かに」
「どちらにしろ今回の戦いでは重要な役割を担うことは間違いないですが」
「うむ」
「問題はどういう役割か、です。何もクロノスにのみ投入するだけではありません」
「他にもあるか」
「例えばですが」
 そして彼女は言った。
「一気にオリンポスを急襲させる等」
「オリンポスを」
「はい」
 頷いてそれに答えてみせた。
「別働隊として向かわせれば。如何でしょうか」
「所謂分進合撃というやつだな」
「はい」
「昔から多くあった戦術戦略だが」
「考えられるケースではないかと思いますが」
「だが今回はどうかな」
 しかし彼はそれにはあまり肯定的ではなかった。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その八


「といいますと」
「問題はオリンポスへ行けるかどうかだ」
 そしてこう述べた。
「今我が軍はこのテティスで布陣している」
「はい」
「ここからオリンポスへ行くには二つの道しかない。クロノスを通るか」
「それともニョルズ星系を通るかですね」
「ニョルズか」
 それを聞いたシコースキーの顔が微妙に変化した。
「あそこは無理ではないのか」
「そうでしょうか」
「障害が多過ぎる。大艦隊の迅速な通過は無理だろう」
「常識ではそうですね」
 それでもローレンガーの言葉に動揺はなかった。
「今までの常識では」
「どうやら何かを考えているようだな」
「おわかりでしょうか」
「わからないとでも思ったか。伊達に艦隊司令を務めているわけではない」
 シコースキーはローレンガーに対してそう言った。
「確かに今までの艦艇ではあの星系を大艦隊で迅速に通過することは不可能だ」
 そしてまたこう述べた。
「だが我々の艦艇ではどうだ。そして義勇軍の艦艇では。そう言いたいのだろう」
「その通りでございます」
 ローレンガーも答えた。
「司令はどう御考えですか」
「危険な賭けだな」
 彼はそう返答した。
「少なくとも正規軍には命令できない」
 連合軍は志願制である。そしてその損害はそのまま軍や国防省への批判に直結する。民主主義国家における敗北、多大な損害はそれだけで政権への糾弾材料となるのである。その逆に微々たる損害での勝利は政権の支持になる。だからこそ二十世紀後半の湾岸戦争より政治家達は損害を出ることを極端に嫌ってきたのである。最悪の事態が起こったならば軍人達に責任を押し付けることもあった。軍人達もそれがわかっているから無駄な損害を好まない。損害を出さない戦争、民主主義国家の軍隊、そして志願制の軍隊にはそれが求められているのである。
「正規軍にはな」
「しかし義勇軍は違いますね」
「少なくとも危険な作戦があったならばそれに志願して武勲を立てなければならない立場にはいる」
 短気だが冷静な判断もできる。シコースキーとはそうした男であった。
「それは他ならぬ彼等が最もよくわかっていることだろうな」
「そうでしょうね。ではその作戦が立案されたならば」
「行くしかないだろう。志願してでもな」
「そうなるでしょう。しかし志願するまでもないと思いますが」
「どういうことだ」
「自分から申し出るかもしれません。私ならそうします」
「それは私もだな」
 シコースキーも同じ考えであった。
「義勇軍もその所属の者達も連合に入って日が浅い」
「はい」
「功績を挙げなければ認められない。既に功績はかなり挙げているが」
「今までの勝利は彼等があってのことでしたね」
「そうだったな。本当に今まで彼等にはよく助けられている」
 現場に立つ者だからこそわかることであった。彼等は素直に言うと義勇軍に非常に感謝していた。彼等に危機を救われたり勝利をもたらされてきたからである。それは正規軍の者達が最もわかってきた。
「感謝しているよ、本当に」
「ですがまだ功績は足りませんか」
「この戦いに敗れれば今までの功績もない」
 それは非常に冷淡な言葉であった。
「戦争とはそういうものだ。最後に勝ってこその功績の場合もある」
「結果が全て、ですか」
「それまでにどれだけ功績を挙げていてもな。それで終わりだ」
 その言葉はさらに冷淡なものとなる。
「冷たいようだがな」
「ですが現実にそうですね」
「貴官もそれは同じか」
「勝たなければ意味がないですから。その為には何としてでも」
「そうだな。だがそれは敵も同じだ」
「はい」
 二人は前を見据えた。その彼方には敵が牙と爪を隠して待っている筈なのである。
「勝たなければならないのも」
「どちらにしろ激しい戦いになりそうですね」
「将兵の士気はどうだ」
「衰えていません」
「補給は」
「万全です。燃料も弾薬も一〇〇パーセントに達しております」
「つまり何時でもいけるということか。では待つだけだ」
「ですね」
「命令が下るのを。その時こそ全てが決する」
 彼が最後の戦いの幕が開けるのを待っている丁度その頃ブレスに向かう一隻の巨大戦艦があった。それは漆黒に塗られていることから義勇軍の艦艇であるとわかる。

 

 

第十三部第三章 二匹の獣その九


 それはロスタムであった。言うまでもなくサハラ義勇軍の総旗艦であり司令官であるマシュハドの乗艦である。その中にいる者は最早言うまでもなかった。
「司令」
 ワフラがそのマシュハドに艦橋で声をかける。相変わらず異様に広い艦橋である。
「何だ」
「この艦で行くこともなかったのではないでしょうか」
 ワフラはティアマト級巨大戦艦に乗ったままブレスに向かうことについて異議を呈したのである。
「通常戦艦、若しくは高速戦艦を使ってもよかったと思うのですが」
「それではわしの気が済まん」
 しかし彼はそれをよしとはしなかった。
「それにな」
「はい」
 そして付け加えてきた。
「わしは義勇軍を代表して行くのだ。元帥としてな」
「それはわかっているつもりですが」
「わかっていたらそのようなことは言わない筈だ」
 そう言ってワフラを窘めた。
「マクレーン司令も劉総長も元帥だな」
「はい」
「ならば階級的には同格だ。同格ならば同じ型の艦で行くのが道理だろう」
「それはそうですが」
「それにな。わしが格下の艦で行けばどうなると思う?」
「といいますと」
「司令官が正規軍のそれより格下の艦で行くのだ。これでは義勇軍自体が正規軍の格下だと思われるな」
「あっ」
 そう言われてようやく気付いた。
「どうだ。わかったか」
「は、はい」
 ワフラはどもりながらもそれに頷いた。
「そういうことでしたか、失礼しました」
「貴官は戦争のことには頭が回るがそうした政治的なものには弱いな」
「申し訳ありません」
「まあ仕方がないと言えば仕方がないがな。軍人も政治に口出しするのはよくないが政治について知っておいた方がいいぞ」
「そういうものですか」
「連合では選挙に行くだけだがな。そして議会や政府に聞かれれば見解を述べる」
「そんなものですか」
「どうしても政治に何か言いたければ軍服からスーツに着替えて政治家に立候補しろ。それが連合の考えらしい」
「そこが我々とは違いますな」
「ムスリムは皆アッラーの戦士だ」
 前を見据えてそう呟いた。
「いざとなればクーデターも起こしてきた。だが貴官の国では違ったか」
「はい」
 ワフラは素直に答えた。
「私の国では。軍人は政治家には完全に服従しなければならないという考えでしたから」
「そうだったのか」
「人事や作戦にも介入してきましたがそれが当然だとされてきました」
「だがそれでは軍事に知識のない者が介入しては大変なことになるだろう」
「はい。そのうえ議会もそれをチェックしませんでしたし。結果的にそれが仇となりました」
「どうなったのだ」
「穏健派が政権を握りまして。徴兵制を廃止し軍備を大幅に削減しました」
「エウロパの侵攻が行われていたサハラ北部ですか」
「はい。結果は言うまでもないでしょう」
「そうだな。愚かなことだ」
「今更言っても仕方のないことですが。エウロパ軍の侵攻から滅亡まであっという間でした」
「そうだったのか」
「無念でした。まもとな兵もなく、自分達が為す術もなく侵略者達に敗れ去っていくのは」
 普段は穏健な顔立ちのワフラがその顔を苦渋で歪ませていた。それはマシュハドも今まで見たことのない顔であった。彼はその顔のまま話を続けた。 

 

第十三部第三章 二匹の獣その十


「そして首都に入城されて。向こうの要求を一方的に飲まされました」
「滅亡か」
「はい。同僚達の多くはハサンに逃れましたが私は家族と共に連合に流れ着きました」
「そこはわしと同じだな」
「司令もそうだったのですか」
「かっての同僚や部下達は殆どハサンに行った。しかしわしは連合に向かった」
「何故だったのですか、それは」
「それを言うならまず貴官からだ」
 彼はそう言って逆にワフラに尋ねてきた。
「どうして連合に来たのだ。よかったら教えてくれ」
「成り行きですね」
 それが答えであった。
「何時の間にか。流されるままに動いていたらここに辿り着きました」
「そうか」
「はい。気が付いたら連合にいまして。そしてそれから暫くはサラリーマンをしていましたが」
「義勇軍の募集に応じて参加したのだな」
「はい。そしてここにいます」
「わしとは違うな。わしは自分の考えで連合に入った」
「といいますと」
「ハサンに流れ着いてもそのハサン自体がエウロパの侵略を受けると思ったからな。あの国は戦争はそれ程強くはないし戦いも好まない」
「はい」
 確かにハサンはそういう国であった。連合やマウリアとサハラ各国の中継貿易で栄えておりその富を守ることを至上命題としてきたのである。その富を守る為にも武力よりは交渉を重んじる国である。戦争の経験はあるがその兵はあまり強くはないとされてきている。勝利より敗戦が多い程であった。
「いずれエウロパに滅ぼされると思ってな。それで行かなかった」
「そうだったのですか」
「結果としてそれが正解だったな。今我等の祖国を滅ぼしたエウロパは滅亡の危機にある」
「はい」
「出来れば我々が最初にオリンポスに入城したいものだな」
「ですな」
 二人はそう話しながらクロノスの方に目をやった。
「もうすぐですな。クロノスを突破したならば」
「いや、それはどうかな」
 しかしマシュハドはここではワフラの言葉に首を縦には振ろうとはしなかった。
「といいますと」
「オリンポスへの道は一つではないぞ」
 そしてこう言った。だがその意味はワフラにはわからなかった。
「そうなのですか」
「それもいずれわかる」
「いずれ」
「そう、いずれな。それもすぐにだ」
 そう言いながらブレスに向かった。そしてブレスの横で止まった。そこから通路を伸ばしてブレスに入った。
 ブレスの中はロスタムのそれと大体同じであった。二人は同行させてきた義勇軍の主立った将達と共にその中を進んでいった。
「中は一緒か」
 マシュハドはブレスの艦内を見回しながらこう言葉を漏らした。
「外見の色が違ってもこれは変わらないな」
「同じ型の艦ですからね」
 ワフラがそれに応えた。
「違いはありませんよ、そういったところでは」
「まあそうだな」
「違うのは中の人間ですね。これはそれぞれの艦で違います」
「うむ」
「我等の艦でもそれは同じですよ」
「人はそれぞれ違うものだ」
 マシュハドはその義手を動かしながらそう言った。
「アッラーが作り給もうたものであってもな」
 イスラムにおいては人間はアッラーが作ったものとされている。天使は光から、ジンは火から作られたとされている。なおジンの実在に関してはこの時代においても論争があるがあるイスラムの学者はこう主張している。
「彼等の名はコーランにある」
 と。彼等はここでコーランを出してきたのだ。
「コーランに名があるのならこの世にいるということである」
 それが彼等の主張の根拠であった。イスラム世界ではコーランとは絶対の存在である。無謬なぞはなく、そしてそこに書かれているものは他の何よりも根拠として確かなものとされているのだ。だからジンは実在するというのである。それがイスラムであった。
 そして土から作られた人間であるが皆アッラーの前では只の人間に過ぎない。王も乞食もアッラーの前では一人のムスリムなのである。義勇軍司令官であるマシュハドも彼の部下の新兵もそうした意味では同じである。だがその心はそれぞれ違っているのである。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その十一


「アッラーは偉大である」
 マシュハドはここでこう呟いた。
「人を作られた時に心まで入れて下された」
「はい」
「これ程の喜びがあろうか。故にアッラーは偉大なのである」
「それは誰の言葉だったでしょうか」
「少し忘れてしまったが」
 そう言いながらも思い出そうとはしている。
「法学者の言葉だったと記憶はしている。百年前のな」
「そうだったのですか」
「あまり覚えてはいない。済まぬな」
「いえ」
「しかし法学者達はこうした言葉が好きだな」
「これは我々の世界だけのようですけれどね。本来法律に携わる者はあまり宗教を持ち出さないそうですから。宗教と法律はまた異なる存在であると」
「イスラムとは生活も何もかも入るからな」
「はい」
 これはムハンマドが預言者となり、コーランを説くようになってから変わらないことである。イスラムは単なる宗教ではないのだ。文化や生活そのものであり、社会体制なのである。それはかってのキリスト教社会のそれよりも遥かに強固なものである。法はまずコーランにその根拠を求められる。だからこそ法学者達が必要とされているのである。原則として聖職者はいないがそうした市井の学者達がコーランを細かく学んでいるのである。もっとも聖職者の方は宗派によっては存在する。シャイターン家がそのいい例である。
「それでは違うのも道理か」
「そういうことになりますね」
「そしてどうも我々と連合のムスリムはかなり違うな」
「そうなのですか」
「気付かなかったのか、今まで」
 逆にそちらの方が不思議に思える程であった。マシュハドはワフラに顔を向けて問うた。
「はあ」
「何故だ。連合の者とはそれなりに交流があったのではないのか」
「いえ、言われる程ありません」
 しかし彼はそれを否定した。
「司令はともかく我々は。ましてや末端の将兵達ともなると」
「全く交流はないというのか」
「はい。話には聞いていますが」
「ふむ」
 それを聞いてあらためて腕を組んで考え込んだ。当然廊下を歩きながらである。廊下は実に機能性を重視したものであり左右の要所には連合の兵士達が礼装で待っている。そして彼等が通ると敬礼するのだ。
「それは意外だな」
「はあ」
「もっと盛んに交流等が行われていると思っていたが」
「部隊や艦隊単位、艦艇単位でもそうしたことはありませんね」
「個人でもか」
「全く。我々は我々だけで完全に固まっているのが現状です」
「何か寂しいな」
「ですが多くの将兵はそれには別に何とも思ってはいないようです」
「いないのか」
「風俗も習慣も何もかもが違いますから。結果としてその為かトラブルも起こってはいません」
「しかしそれでは我々が連合軍において異質な存在になってしまうな」
「元々そうでありますが」
「それは言うな」
 マシュハドはそれを聞いて苦い顔を作った。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その十二


「我々は元々異邦人だ」
「はい」
「それはわかっているつもりだ。だが今は連合にいる」
「そうである限り連合の者であると」
「そのつもりだ。だからより交流を深めていきたいのだが」
「難しいですね」
「認めるしかないか、それは」
 マシュハドはそれを聞いて一瞬だが憮然とした顔になった。しかしすぐに元に戻った。
「だがしていかないわけにはいかないだろう」
「それはわかっているつもりですが」
「まあそちらもおいおい話を進めていこう」
「そうですね」
「だが今はこちらの方が先決だな」
 そう言いながら前を見据えた。
「これからどうするかだ。考えはあるか」
「一応は」
 ワフラはそれに応じてにこりと笑った。何かある笑みであるのは言うまでもなかった。
「そうか。では楽しみにしているぞ」
「はい」
 マシュハドも笑っていた。そして義勇軍の将達は廊下の終わりにある大きな扉の前に辿り着いた。その左右にはそれぞれ一人ずつ連合軍の兵士達が控えていた。
「お待ちしておりました」
 兵士達がマシュハド達に対して敬礼する。マシュハドが一行を代表して返礼した。
「それではこちらに」
「うむ」
 その兵士達によって開けられた扉の中に入る。そこは茶を基調とした巨大な造りの会議室であった。見れば巨大な白い円卓が部屋の中央にあった。
「ようこそ、我が艦へ」
 その円卓の最深部、マシュハド達から見て正対する形で彼はいた。連合軍宇宙艦隊司令長官マクレーン元帥である。その横には参謀総長である劉元帥もいた。
「ようこそおいで頂きました」
「いえ」
 マシュハドはそのいささか大袈裟な言葉に苦笑しながらもそれに応えた。
「これから大きな戦いですから。当然ですよ」
「左様ですか」
 見れば二人だけではなかった。北方方面軍を率いていたリバーグも南方軍司令官のコレッリもいた。他にも連合軍のこの戦役に参加している主立った高級将校達が揃っていた。その顔触れからこの会議の重要性が嫌でもわかるものであった。
 見れば円卓は彼等のすぐ側に丁度彼等の人数分だけ席が空いていた。彼等はそこにそれぞれ向かった。すると兵士達が来て椅子を引いた。しかしマシュハドはそれをよしとはしなかった。
「それはいい」
 そう言って自分で椅子を引いた。
「これ位はな。自分達でする」
「わかりました」
 兵士達はそれに従い身を退いた。マシュハド達はその言葉通り自分で椅子を引いてそこに座った。そしてそれから会議に挑んだ。兵士達は皆その場を後にしていた。
「今日こちらに来てもらったのは他でもありません」
「はい」
 議長役も務めるマクレーンの言葉にまずは頷いた。
「次のクロノスにおける戦いのことですが」
「作戦の方針はどうなっていますかな」
「それですが」
 マクレーンはそれを受けて劉に顔を向けた。そして言った。
「参謀総長、あれを」
「わかりました」
 劉はそれを受けてマクレーンの後ろにある巨大なモニターのスイッチをレーザーリモコンで入れた。すると円卓の中央に巨大な星系の地図が姿を現わした。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その十三


「クロノス星系のものです」
 マクレーンはその星系の地図をレーザーで指し示してこう言った。
「これがですか」
 見れば敵艦隊や防御施設の配備状況まで詳しく書き込まれている。それを見ただけで今までかなり周到に偵察、情報収集に務めていたことがわかる。
「ふむ」
 マシュハドはそれを見てまずは一言漏らした。
「中々堅固な配置になっておりますな」
「はい」
 劉がそれに応えて頷いた。
「ですが我々にも策はあります。御心配なく」
「策ですか」
 マシュハドはそれを聞いても眉一つ動かさなかったが他の義勇軍の将達は違っていた。中にはあからさまに嫌悪感をその
顔に浮かび上がらせている者もいた。
「してその策とは」
「それは」
「閣下」
 劉が言おうとしたところでワフラが動いた。
「実は私に作戦案があるのですが」
「作戦案」
 劉はそれを受けてその鋭い目をワフラに向けてきた。
「中将、それは一体」
「今両軍の戦力はクロノスとこのテティスに集結しておりますな」
「はい」
「この二つの星系に。それもオリンポスを巡ってです」
「そうですね。その為に今我々もここに集まっています」
 もう言うまでもないことのように思われる話であったが劉はこれといって表情を変えることなくそれに頷いていた。
「そしてそれが何か」
「ここで私が思うことがあるのですが」
「参謀長、それは何かね」
 マシュハドがそれに合わせるかのように彼に尋ねてきた。
「よかったら教えてくれ」
「はい」
 彼はそれに答えて懐から何かを取り出した。一枚のディスクであった。
「それは」
「まずはこれを御覧下さい」
 そう言って劉にそのディスクを回した。劉はそれを受け取ってまずはクロノスの地図を消してそのディスクの中にある映像を映した。それはある星系の立体地図であった。だがクロノスのそれとは全く違っていた。
「参謀長、これは一体何処か」
「ニョルズ星系です」
 彼はマシュハドの問いにそう答えた。
「確かオリンポスのすぐ側にある星系でしたな」
 ザレボがその星系の名を聞いて言った。
「そこを越えればすぐにオリンポスだったかと」
「その通りです」 
 ワフラはザレボに言葉を返した。
「ここを越えればすぐにオリンポスです」
「成程」
 ザレボはそれを聞いて頷いた。
「それではワフラ中将の御考えはわかりました。ここを越えて一気にオリンポスを目指すというわけですな」
「はい、その通りです」
 彼自身もそれを認めた。
「如何でしょうか。クロノスを通るだけが戦いではないと思いますが」
「確かに一理ありますな」
 それを聞いた連合軍の将の一人ゴルチャコワがそれに頷いた。
「ここを越えればオリンポスに容易に到着できる。そしてこの星系の守りは無いに等しい」
「絶交の狙い目というわけですな」
「私はそう考えております」
 チャンカも言った。ワフラはそこに我が意を得た様に応えた。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その十四


「これについてはどう思われますか」
「いいとは言えませんな、これは」
 ここでリバーグが口を開いた。彼は今まで黙って地図を見ているだけであったがここで口を開いたのであった。
「中将、ニョルズは見たところかなりの難所のようですが」
「それは否定しません」
 立体地図にはブラックホールや磁気嵐、ステロイド帯、周辺には超惑星、その他にも様々な障害が映し出されていた。その為星系自体の航路も複雑なものであり他のエウロパの星系とは全く異なっていた。それはまるで迷宮のようであった。
「確かにここはかなりの難所です。エウロパで最も通航が困難な星系でしょう」
「そう、困難ですな」
 リバーグはまた言った。
「大艦隊の運航が出来るかどうか。甚だ疑問なのですが」
「いえ、それは可能です」
 だが彼はそう言葉を返した。
「それも調査済みです」
「調査済みといいますが」
 それでもリバーグは引かなかった。時に臆病とすら称される程の慎重な用兵を常とする彼から見ればこれは当然であったかも知れない。
「それの根拠はあるのですか」
「あります」
 ワフラは毅然としてそう述べた。
「それは」
「計算したところこの星系の航路は百個艦隊が何とか航行できるものです」
「百個艦隊が」
「まさか」
 連合軍の将達はそれを聞いて思わず驚きの声をあげた。
「いえ、それが可能なのです」
 正規軍の将達の驚きの声を前にしても言う。
「そこを抜ければオリンポスです。我等を阻むものはありません」
「しかし」
「いや、お待ち頂きたい。諸将よ」
 そこで口を開いた男がいた。黒い髪を後ろに撫で付けている男である。座っていてもわかる程の長身でスラリとした身体をしている。目は黒く、顔立ちはまるでギリシア彫刻の様に整い、一見だけでは軍人とは見えない。だがその整った顔はどういうわけか左半分は右半分に比べて僅かに歪んでいる感じがする。彼はペドロ=コレッリ、元帥であり今回の戦いでは南方軍を率いていた。コロンビア人である。
「コレッリ元帥」
 諸将は今度は彼に視線を集中させた。
「ワフラ中将」
「はい」
 コレッリはワフラに問うてきた。
「それを達成できる自信はあるのだな」
「私は軍人です」
 彼は言った。
「自信のないことは申し上げません。アッラーに誓って」
「ふむ」
 コレッリはそれを聞いてあらためてワフラを見やった。
「それを成功させれば大きい」
 そしてこう述べた。
「オリンポスを急襲出来る。今あそこは兵は殆どいない。いても僅かな守備隊だけだ」
「クロノスに集結させておりますから」
「それに成功させた場合敵に与える心理的打撃も大きいな。効果はかなりのものだ」
「閣下もそう思われますか」
「ああ。だが一つ問題がある」
「それは」
 コレッリはここで思わせぶりに言った。いささか演技がかっているようにも見えた。
「それはあくまで成功した場合だ。失敗しては何もならない。それはわかっているな」
「勿論です」
 ワフラはそれに頷いた。
「これは必ず成功します。いえ、させます」
「わかった。貴官の自信はな」
「はい」
「それでは司令」
 そしてマクレーンに顔を向けてきた。
「どう思われますか」
「ニョルズ通過か」
「はい。ワフラ中将の話ですと成功できるもののようですが」
「そうだな」
 マクレーンはそれを聞いて考え込んだ。
「百個艦隊程度なら回しても我が軍にとってはあまり大きくはないしな」
「それでは」
「いえ、私はそうは思いません」
 しかしリバーグがそれに反論を申し出てきた。
「リバーグ元帥」
「この作戦はあまりにも危険が多過ぎます」
 彼は憮然とした顔でそう反論してきた。
「ニョルズ星系は一目見ただけで危険極まる星系です」
 それは否定できなかった。ブラックホールは一つではない。二つ並んでいる場所もある。その間に狭い航路が存在している。まるでスキュラとカリブティスの間の様に。
「この様な場所の通過は一歩間違えれば甚大な損害となります」
「そうだな」
「リバーグ閣下の仰る通りだ」
 連合軍の諸将はそれを聞いて囁き合った。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その十五


「最悪全滅も考えられます。この様な場所の通過はそれだけで賭けであります」
「賭け、か」
「はい」
 劉に答えた。
「戦争は賭けではありません。将兵のことを考慮しましてこの作戦は絶対に賛成できません」
「連合軍としてでしょうか」
「その通り」
 ワフラの言葉にも返した。
「それは絶対に認められない。多くの将兵の命を預かる身としてだ」
 この時彼の知恵袋であるジェリオは彼の隣にいた。そして黙ってその話を聞いていた。一言も発しないが頭の中では言葉を発していた。
(これがこの方の軍人としての限界だろうか)
 リバーグをそう評していた。
(戦いとは軌道である)
 そして孫子の言葉をその頭の中で反芻させた。中国春秋時代の高名な兵家である。彼により兵法が確立されたという説もある程である。実際に優れた将であり呉の将軍となり大国楚を破っている。
 その彼の著作にある言葉である。戦いとは相手の思わぬ場所、部分を衝くことである。それによって勝利を得るのだ。だがリバーグには残念ながらそれはない。あくまでオーソドックスな戦略戦術しかないのである。
(だがそれはそれでよいか)
 しかしだからといってリバーグを批判するつもりはなかった。少なくともそれで今まで大きなミスはなかった。しかし決して名将といった類ではないということもわかったのだ。
(しかしそれはそれでいいか)
 それでもジェリオはそれをよしとした。
(名将、ましてや天才なぞそうは出ない。戦いの殆どもまた普通の人間によって行われる)
 連合軍自体が名将や天才でなくとも戦いに勝利できる状況を想定して組織されているのである。誰でも確実に勝利を収めることができるように。八条の基本思想にはこれがあるし近代以降の軍隊もそうであった。ナポレオンもカール流星王も必要としない軍、それが連合軍の理想であるのだ。そうした意味でリバーグの発言は正しいものであった。しかも彼は純粋に将兵のことを思っている。それもわかった。だからこそ能力の限界を感じはしても批判する気にはなれなかったので
ある。
「このままクロノス星系に戦力を集中させても勝利は確実ではないのか」
 リバーグは話を続けていた。
「中将、それについてはどう思うか」
 階級が下であっても見下した様な言葉はない。そして正規軍ではない義勇軍の者だからといっても。リバーグはそういった男であった。その心の細かさ故に将兵にも慕われているのだ。
「御言葉ですが閣下」
 ワフラはそんな彼にも遠慮することなく言った。
「何だ」
「死中に活あり、です」
「古い言葉だな」
 マシュハドがそれを聞いて思い出したように呟いた。
「または虎穴に入らずば虎児を得ず、か」
「はい」
 ワフラは上官の言葉に頷いた。
「その勇気が無ければ戦場に来ている意味がありません。命を賭けてこその戦いです」
「確かにそれが戦争だ」
 リバーグもそれは認めた。
「しかし無意味に命を粗末にしていいというわけではない」
「それは承知のうえです」
「どうかな。貴官の作戦だと相当な精鋭でも困難だと思うが」
「精鋭でもですか」
「そうだ。余程訓練された将兵でなければな。我が軍にそれだけの精鋭がいるか」
 彼は今までとは別種の疑問の声を呈した。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その十六


「精鋭ですか」
「我が軍は設立されてまだ日が浅い。正式な実戦経験も海賊やテロリスト相手ならともかくこうした正規戦はこの戦いがはじめてだ。とても精鋭が出るような状況ではまだない」
「はい」
「その様な状況で。そもそも精鋭部隊がいるのか」
「おります」
 しかしワフラはそれでも言った。
「このうえなく頼もしい者達が」
「それは誰だ」
 他の者ならば皮肉も言いたくなるような状況であったがリバーグはそうしたことはしなかった。ここに彼の人間性が実に
よく出ていた。
「我々です」
 ワフラはその顔を仮面で覆ったかのようにしてそう言った。意を決したかのように。
「義勇軍が」
「はい」
 驚くリバーグに答えた。
「確かに連合軍はそれ程実戦経験があるわけではありません。海賊やテロリストと国家はまるで違います」
「うむ」
 実際には連合においては海賊やテロリストは連合軍の圧倒的な装備、物量の前に為す術もない状況であった。マウリアとの国境に存在して通商路を脅かしていた解放軍も無残に崩壊したのがその格好の例であった。中には投降して連合軍に入る者もいた。罪が軽ければ許されたのである。無論殺人や凶悪行為を行っていれば容赦なく血も凍る様な連合式の処刑が待っているのであるが。どちらにしろ連合軍により連合の治安は極めて良好な状況となっていた。
「我々はその国家との実戦経験が豊富です。そしてこの度の戦いにおいても常に前線におりました」
「自信があるというわけだな」
「そういうことです」
 そう言って頷いた。
「如何でしょうか、我が軍なら可能ですが」
 ワフラは声を乗り出させてきた。
「そうだな」
 それにマシュハドが頷いた。
「司令」
「参謀長、よくぞ言ってくれた」
 彼はそう言ってふてぶてしさと自信を混ぜ合わせた凄みのある笑みを浮かべさせた。
「ここにおられる諸将に申し上げたい」
 それから自ら口を開いた。
「この度の作戦、我等はニョルズ行きを志願させて頂く」
「なっ」
「ふむ」
 それを聞いてリバーグとコレッリはそれぞれ反応を示した。リバーグは驚き、コレッリはマシュハドを一瞥した。
「それで宜しいか」
「マシュハド司令」
 そう言ったところで参謀総長である劉が声をかけてきた。
「はい」
「本当に宜しいのですか」
「何がですかな」
 彼はニヤリと笑ってそれに顔を向けた。
「ニョルズに行くことです。かなり危険ですが」
「元よりそれは承知のうえだと申し上げた筈ですが」
「ふむ」
 劉はそれを聞いてまずは言葉を止めマシュハドの表情を見た。
「それに我々はアッラーの僕です」
 今度はアッラーの名を出してきた。
「アッラーの僕は戦いを恐れません。死してもそれは天国への道なのですから」
「ジハードですか」
「ええ。これは我々にとってジハードですから」
 マクレーンの問いにも答えた。
「如何でしょうか。我々にお任せ頂けませんか」
「つまり命を捨ててニョルズに向かうというわけですか」
「はい」
 再び口を開いた劉に答えた。
「その通りです。そしてオリンポスを目指します」
「オリンポスを」
「如何でしょうか。我々を死地に送り込んで頂けませんか」
「何度も言いますが危険は承知ですね」
 劉は執拗とも思える程彼にそう尋ねてきた。
「はい」
 マシュハドも何度もそれに頷いた。
「偽りはありません。どうかお任せ下さい」
「わかりました。司令」
 劉はそれを受けてマクレーンに顔を向けた。
「どう思われますか、この作戦は」
「そうですな」
 話を振られた彼は考える目をしていた。それからおもむろに口を開いた。
「覚悟があるのならお任せしましょう」
「司令、ですが」
 それでもリバーグは反対しようとする。思わず声をあげた。
「これでは義勇軍の者達が皆」
「御気持ちは有り難いですが」
 マシュハドはそんな彼に対して言う。リバーグが北方においても義勇軍に対して公正で思いやりのある態度だったのを知ってのうえでの言葉である。
「我等はそれを望んで行くのです。お気遣いなく」
「しかし」
「閣下」
 まだ言おうとする彼をジェリオが止めた。
「参謀長」
 彼は何も言わず首を小さく横に振るだけであった。だがそれだけでリバーグは沈黙せざるを得なかった。
「・・・・・・わかった」
 彼は苦い声でそう漏らした。
「私からはこれで」
「はい」
「それでです」
 マシュハドはリバーグが沈黙したのを確認してからまた言った。
「すぐにでも向かいたいのですが」
「もうですか」
 コレッリがそれに応えた。
「はい。そろそろ動かなくては間に合いませんからな」
「確かに」
 ニョルズは彼等が今いるテティスからわりかし離れている。義勇軍の艦艇は他の連合軍の艦艇よりもまだ足が速いがそれでも早めに出なければならない距離であったのだ。
「元々クロノスへの攻勢も暫くしたら取り掛かる予定だったと思われますが」
「その通りです」
 それには劉が答えた。
「この会議の後すぐにでも作戦を発動させるつもりでした」
「それでは今すぐにでも出た方が宜しいですな」
 今度はマクレーンの言葉に返した。そう言いながら義手の方の腕を出す。それを振りはじめた。
 機械の腕であった。黒い手袋で覆われているがその中身は完全な機械である。生物科学により純粋に人のものである腕をつけることができたが彼はあえてそれをしなかったのだ。
「もうこの手に人間の手はいらぬ」
 彼は部下に義手ではなく手腕をつけてはどうかと言われた時にそう答えた。
「ここにあった腕は奴等により奪われた」
 他ならぬエウロパの者達によってであった。彼は敗戦により祖国だけでなく自らの片腕も失っていたのだ。それを忘れたことはなかった。
「我が祖国と腕のことを永遠に忘れぬ為にも」
 そのなくなった腕を目に見ながら言う。
「これでよいのだ」
 そして彼は義手をつけている。それが彼の義手の由来であった。
 その義手を振りながら話をしていた。嫌が応でも目立っていた。彼はそのまま話を続ける。 

 

第十三部第三章 二匹の獣その十七


「今行かなくては作戦の効果がありません。宜しいでしょうか」
「今ですか」
「そうです。今回は速さを求めます」
 連合軍にはあまりないものであった。彼等はそれよりも他の分野を優先させていた。だから今回の戦争の進撃もかなり緩やかなものであったのだ。それがかえってエウロパにはジワジワと攻められているという心理的圧迫となっていた一面もあるのであるが。
「だからこそ今動かなくてはなりません。宜しいでしょうか」
「わかりました」
 マクレーンはそれに頷いた。
「ではすぐにでもお願いします」
「はい」
 マシュハドはそれを聞いてニヤリと笑った。
「ニョルズ通過、義勇軍全軍を以って行うことをここで決定致します」
「そして残る二千個艦隊でクロノスに攻撃を仕掛けます」
 劉も言った。
「それで異存はありませんね」
「はい」
 諸将もそれに頷いた。その中には当然ながらリバーグもいた。彼は決定したことに異議を唱える男ではなかった。それに忠実に従い動く男であった。
「それではこれで。なお我が軍のクロノス攻撃は義勇軍のニョルズ到達と同時刻の予定に行うこととします」
「同時刻に」
 それを聞いてザレボが声をあげた。
「それはまたどうしてですか」
「競争ですよ」
「競争」
「はい」
 劉はそう言いながらマシュハドをちらりと見た。マシュハドにもそれはわかった。
「どちらが先にオリンポスに到達できるのかをね。競いたいのですよ」
「それはいいですな」
 それを聞いてコレッリが賛同の言葉を出した。
「互いに競うことで戦意も高まります」
「はい」
「焦ることさえ注意していけば。それでいいと思います」
「成程、そういうことですか」
 それを聞いてザレボも納得した。
「いいですな。私も賛成させて頂きます」
「はい」
「司令はどう思われますか」
 コレッリはザレボが賛成したのを見届けてからマクレーンに話を振った。全ての決定権は彼にあるからこれは当然のことであった。そして当人もそれに応えた。
「はい」
 彼は少し間を置いてから述べた。
「私もそれでいいと思います。将兵の士気を高める為にも」
「わかりました」
 それを受けてまず劉が頷いた。
「それではそれで宜しいですね」
「はい」
 皆それに頷いた。これでおおよそのことは決まりであった。
「それでは作戦を決定する」
 マクレーンが言った。
「義勇軍百個艦隊は別行動をとりニョルズに向かう」
「ハッ」
 それにマシュハドが頷いた。
「そしてそこからオリンポスを目指す。それでいいか」
「異論はありません」
「正規軍二千個艦隊はクロノスにいるエウロパ軍主力と交戦する。そしてクロノスからオリンポスに向かうものとする」
「わかりました」
「それでは双方の作戦をこれでよしとする。よいな」
「了解」
 こうして連合軍の作戦が決まった。義勇軍はそれを受けてすぐにニョルズに向けて進軍を開始した。漆黒の艦隊が動いた。それはまるで波の様であった。
「ニョルズに向かうとは意外でしたね」
 マクレーンはブレスの艦橋において義勇軍の進軍を見送りながら傍らにいる劉に対してそう述べた。
「まさかとは思いましたが」
「そうでしょうか」
 しかし劉はそれを予測していたような言葉を述べた。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その十八


「私はそうは思っていませんでしたが」
「そうだったのですか」
「はい。ニョルズは確かに複雑な星系です。まさに迷宮です」
「その迷宮を越えて」
「彼等にはそうしなければならない事情がありますからね」
「事情ですか」
 それを聞いてまた義勇軍を見た。
「彼等の事情」
 そして考え込んだ。その結論はすぐに出た。
「そういうことですか」
「はい」
 劉は頷いた。それが何であるか彼もわかっていたのだ。
「彼等は異邦人です。この連合においては」
「そうでしたね。彼等は我々とは違う」
「異邦人でなくなる為には。認められなくてはなりません。命をかけても」
「厳しいものですね」
「ですが歴史にはよくあることです。閣下のお国の歴史でもそうでしょう」
「否定はしません」
 マクレーンはそう答えた。
「我が国は移民により作られました。今でもその殆どが移民とその子孫達です」
「はい」
「私自身先祖はアイルランドからの移民です。どういった先祖か詳しいことはわかりませんがそれだけはわかります」
 それは彼の名が示していた。マクレーンという名前が。これはケルト独特の名前なのである。
 マクという部分がそうなのである。これは『〜家の息子』という意味である。従ってマクレーンはレーン家の息子という意味になるのだ。他にもスコットランドやウェールズ系の者にもよくある名前だ。二十世紀のアメリカ軍元帥であったマッカーサーも正式にはマックアーサーとなる。アーサー家の息子なのだ。彼はスコットランドにルーツのある自らの出自を終生誇りとしていたが彼は自分がケルト人であるということに誇りを持っていたのである。
 マクレーンもまた同じである。だが彼の家は純粋なケルトではない。わかっているだけで彼の親戚にはイタリア系やベトナム系、メキシコ系の人物がいる。そして彼の曾祖母は日系と中国系のハーフだったと言われている。彼の弟はブルンジ人と結婚している。かなり複雑なのである。当然彼もアフリカ系のルーツが入っている。その証拠に彼の母は肌が僅かに黒かった。肌の色は父のそれを受け継ぎ白人とアジア系の中間であったが。だがそれはかえって純粋なケルト人でないことの証明にもなっていた。
「我々の祖先も最初はかなり苦労したそうですが」
「ジャガイモ飢饉からですか」
 十九世紀アイルランドで起こった飢饉である。当時アイルランド人はその多くが小作農であった。麦は全てイングランド系の地主達のものとなり彼等はジャガイモを食べていた。痩せた土地でも多くの収穫が採れるジャガイモは貧しさに喘ぐアイルランド人達にとって救世主であったのだ。だがそれが病気により採れなくなったのだ。その結果がジャガイモ飢饉であった。
 これに対しイギリス政府の執った政策はお世辞にもいいものではなかった。結果として百万もの餓死者を出し多くの移民を生んだ。彼等はアメリカやオーストラリアに向かった。これによりアメリカのアイルランド系は大幅に増加した。この中には二十世紀に大統領を出したケネディ家もあった。
「いや、その前からアメリカにいたのかもしれませんが」
「建国の時からでしょうか」
 実はアイルランド系アメリカ人はその前からアメリカに多くいるのである。建国当時には結構な数になっていた。
「まあそこまではわかりませんが。しかしアイルランド系が苦労したのは事実ですね」
「それで苦労してアメリカに入ったと」
「ええ。もっともアメリカに入った多くの者がそうですが」
 アメリカの影の歴史でもある。アイルランド系に限らずドイツ系、イタリア系が差別されてきた。日系や中国系といったアジア系、アフリカ系、メキシコ系やキューバ系といったヒスパニックもである。流石に今はこうした肌や人種の差別は存在しないが長い間アメリカの深刻な社会問題であった。これは何も白人、ここで言うとワスプ、すなわち白人でありアングロサクソンでありプロテスタントである者達が他の者を差別するのだけではない。お互いで差別し合うことが問題であったのだ。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その十九


 ユダヤ系が他の者達に対して排他的なのもアフリカ系がヒスパニックを差別するのも二十世紀後半に見られたことであった。とりわけロスの暴動においてはアフリカ系が白人に対しては襲い掛からずに韓国系に大規模な襲撃を仕掛けたのに多くの者が驚いた。アフリカ系の若者達はこう叫んで韓国系の者達を批判した。
「こんな差別を受けたのははじめてだ!」
「俺達は奴隷じゃない!ふざけるな!」
 と。これを聞いた白人や韓国系以外のアジア系の者達は驚かずにはいられなかった。
「一体何があったのだ!?」
 実は韓国系がアフリカ系をかなり酷く差別していたのだ。雇っては露骨に侮蔑の眼差しで見たり、虐待等まであった。彼等は言った。ニガーだと。この時代においては死語となって久しい差別用語である。
 アフリカ系の者達は確かに最初は奴隷として連れて来られた。アンクル=トムの小屋等にその話がある。実際には当時のアメリカ社会においては奴隷は非常に高価なものであり、そうそう無下には扱われていなかったのであるが。それに奴隷とはいえ彼等は人間であった。だが奴隷は奴隷ではあったが。それでもあまりにも極端な虐待はそうはなかった。確かにクー=クラックス=クランなぞという醜悪な組織はあったにしろ、だ。
 だが韓国系は違ったのだ。彼等をまるで奴隷の様に扱ったというのだ。これは当時問題になっていた。韓国系の企業が東南アジア等に進出し、韓国人の旅行客が旅をする。そして各地で現地の者達と衝突し、差別を行っていたのだ。あまりにも酷いので先に進出して色々とトラブルを起こしていた日本人の方が遥かにましだとさえ言われていた。これをアメリカで、しかも差別に対して敏感なアフリカ系に対して行ったのだ。その結果がそれであった。
 アメリカの歴史の一部分である。なおアフリカ系もその韓国系もアメリカには最初からいたわけではない。異邦人ではあるがアメリカにおいては異邦人ではないのだ。移民の国であるから。そうした意味で彼等もまたアメリカ人であった。その証拠にアフリカ系の騎兵隊やカウボーイ、ガンマンも多くいたのである。
 この国においては本当の異邦人とは最初からいた者達である。ネィティブ=アメリカン。彼等こそが本当の異邦人なのであった。
 彼等はその土地を奪われ居留地に押し込まれた。そしてその結果異邦人となったのである。アメリカ社会において彼等は完全に異質の存在であり続けた。彼等の土地であったのであるが。
「結果的にね。まあ関門みたいなものでしょうか」
「我々の社会でもそうした存在はありましたよ」
「客家ですか」
「はい」
 劉はそれに頷いた。
「もう彼等も完全に入り込んでしまいましたが。そうした者達もおりました」
 漢民族ではあるが異質な存在とされているのだ。彼等は元々その土地にいたのではなく他所から流れ着いた者達なのである。中国の戦乱の歴史においてその故郷を離れざるを得なかった。そして異郷の地に住むようになったのである。彼等は発音も独特であり、かっての黄河流域の言葉を残しているとも言われている。
 余所者であるから差別があった。その為彼等だけで固まって生活し、家は円形になっていた。守り易いからである。
 

 

第十三部第三章 二匹の獣その二十


 そうした者達がかっては中国に存在したのだ。陽明学の始祖であり政治家、軍人として有名な王守仁や中国共産党の指導者の一人であった?小平、台湾の総統であった李登輝等もそうである。今では宇宙進出と共に完全に漢民族の中に入ってしまった存在ではあるがいささかルーツも残っていたりするのだ。
「私の母に微かにその血が入っているそうです」
「そうだったのですか」
「もっとも母の父、祖父はタイ人でその曾祖母はアボリジニーでしたが」
「ふむ」
「父はまあ純粋といってもいい中国人でしたけれどね。とりあえず生まれは」
「漢民族だということですね」
「もっともその漢民族の概念自体が非常にあやふやなものですが」
「そうらしいですね」
 漢民族と一口に言っても非常に複雑である。一応は伝説の君主であり神でもある黄帝にそのルーツがあると言われている。だがそこから何千年もの歴史を経て多くの民族と混血を重ねてきた。中国は異民族の征服の時に彼等をそのまま漢民族として受け入れてもいる。北方の遊牧民族とも婚姻があった。唐代の有名な詩人李白は一説には目が青かったともいう。秦の始皇帝も青い目で赤い髭を持っていたという話がある。
 言うならばアメリカ人のようなものである。宗教も風俗習慣も同じ民族にあるとは思えない程幅広い。従って劉もそのルーツは複雑なものであるのだ。
「私も一時期は自分が漢の高祖の血を引いていると思っていましたよ」
「ああ、彼ですね」
 それはマクレーンも知っていた。紀元前に農民の身から身を起こし皇帝にまでなった男である。
「その姓からですね」
「はい。もっともそれならばこの姓の持ち主は皆そうですが」
「それはないですか」
「あったとしても三千年以上昔のことです。何の意味もありませんね」
「確かに」
「まあそれぞれの国で異邦人というものは苦労してきたのは事実でしょうね」
「そして今は彼等ですか」
「ええ。だからこそ彼等はこの戦いにおいて常に最前線で戦ってきた」
 彼等を見るその目が細くなった。
「連合という社会に認められる為にね」
「その為に血を流しても」
「そういうことです」
 劉はそれに頷いた。
「今ティムールにより北方が解放されたからといってもう戻れない者もいるでしょう。連合に住むしかない者達も」
 彼等の中にはもう連合から離れて生活できないようになっている者達もいたのだ。家族がいたり、連合そのものに溶け込みたいと思うようになっていたり。その事情はそれぞれであるが。
「その為の義勇軍への参加でした。戦争があるのならばそこで功績をあげる」
「そして認められるのが最も効果があるというわけですか」
「そういうことになります」
 劉は静かにそう言った。
「彼等が連合に入る為には血が必要なのです」
「そして我々はそれを利用してきた。連合の市民達の血を流させない為に」
「それもまた戦争です」
 劉は冷徹にそう言い切った。
「盾になるものがあるなら使う。それだけです」
「そういうものですか」
「彼等がそうしなければならないのなら」
 彼は言葉を続けた。
「我々はそれを使わせてもらう。それだけです」
「わかりました。では彼等にはニョルズで戦ってもらいましょう」
「はい」
 星の大海の中に消えていく黒い艦隊。彼等は死地に挑もうとしていた。全てを掴む為に。それを勝利の為に利用する者達。戦いとは決して綺麗なものではなかった。 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその一


                 創造神の星において
 戦いの後の講和について話を進める為八条はマウリアの外交官達との接触をはじめた。まずは彼等の話を聞くことからはじめたのであった。
「如何ですか、彼等は」
 何度目かの接触の後彼は国防省次官補であるナム=ホウサイ=エイサイと食事をとっていた。女性であり赤い髪と青い目を持つ少し赤い肌の持ち主である。四十代であり離婚暦が二回程ある。その理由はどれも夫の浮気であった。今は十歳程歳の離れた年上の夫と一緒だという。今度も浮気が心配されたが彼女は笑って答えた。
「その心配はないわ」
 それは何故か。彼女の夫は同性愛者であったからである。しかし所謂仮面結婚ではなかった。二人は肉体的なものは互いに求めなくとも愛情を持っていたのだ。この夫はラオスの議員であるがこの結婚に関してこう述べている。
「私は妻の心を愛し、その人間を尊敬している」
 愛情というものは決して一つではない。この二人は互いの肉体を求めなくともその心を求め合っていたのだ。そうした結婚であった。なお彼女は同性愛の傾向はない。元々男好きとは全く縁遠い人物であり子供も最初の夫との間に生まれた娘がいるだけである。そうした方面には極めて穏やかな人物であった。
 しかしだからといって彼女が禁欲的かというとそうでもない。国防省では知らぬ者はいないという程の酒豪であり煙草好きであった。一日に何十本を煙草を吸い、その部屋は常に煙で覆われていた。これにはさしもの八条も苦言を呈したことがある。彼は煙草は一切吸わない。
「少し控えた方が宜しいのでは?」
 彼は穏やかにこう言った。しかしエイサイはそれに不敵に笑ってこう返した。
「それは健康の為でしょうか、長官」
「はい」
 彼はそれを認めて頷いた。
「御身体に障ると思うのですが」
「それは承知しております」
 今度は優しい笑みになった。
「それでは」
「しかしこれを止めるつもりはありません。煙草は私にとって命です」
「命?」
「はい。私はこれを吸う為に生きているのですから。長官は私から生きる喜びを奪われるのですか?」
「いや、そういうわけではないですが」
 そもそも他人にあれこれ言う主義ではない。これが内相の金ならば健康に悪いというだけで全面的に禁止とするところであろう。実際に内務省では全館禁煙である。彼女は甘いものはよくとも煙草は絶対に許さないのだ。ただし酒は適量ならば許される。二日酔いで内務省に入った場合はどうなるか、これは実行した者がいないのでわかりはしないが。進んで虎の穴に入る者なぞそうはいない。
「それでは宜しいですね」
 八条が怯んだところで終わらせにかかった。
「何かあれば私の自己責任ということで」
「はい」
 こうして八条の忠告は不発に終わった。彼女はそれからも煙草を吸い続け今に至る。暇があると吸い、灰皿を吸殻だらけにしている。ただし歩きながらやレストランでの喫煙はしない。それだけの良識はあった。だから彼女の喫煙は笑い話で済んでいるのである。
 八条はそのホウサイと今食事を採っていた。メニュー自体は彼女の煙草の量と比べると比較的まともなものであった。
 始祖鳥の刺身であった。そこに茸の味噌汁に漬物。白い御飯もある。二人はテーブルに向かい合ってその食事を採っていたのである。
「長官」
 ホウサイが彼に声をかけてきた。
「はい」
「この始祖鳥のお刺身はなかなかいけますね」
「そうですね」
 彼はそれに頷いた。どうやら煙草を吸ってはいても味覚は破壊されてはいないようであった。
「案外あっさりしていますね」
「そうですね。あの外見からワイルドな味だと思っていたのですが」
 彼は箸でその始祖鳥の生肉を掴みながら答える。
「意外と。あっさりしていますね」
「鶏と同じような味ですね」
「ですね。大体そんな味です」
 二人はそんな話をしながら刺身を食べ続けていた。
 

 

第十三部第四章 創造神の星においてそのニ


「ところで」
「はい」
 ここでホウサイは話題を変えにかかってきた。
「先程マウリアの外交官達と何やらお話をされていたようですが」
「御存知でしたか」
「ええ。話の進展はあったでしょうか」
 彼女はそう尋ねてきた。
「一応は」
 答えはあったが今一つ歯切れの悪いものであった。
「どうかされたのですか」
「いえね」
 やはり何かがあった。しかもよく見ればそれを隠そうともしていない。
「流石というか何というか」
「マウリア人の話ですか」
「はい。結局外交に関する話にはまだ至ってはいません」
 苦笑しながら箸を動かす。そして今度は漬物をとった。
「接触自体の回数は多いのですがね。それでも」
「それでは一体何の話をされているのですか?」
「何と言われましても」
 その漬物は茄子であった。ただし赤い茄子である。ベトナムのダナン星系で採れた茄子である。ここの茄子は赤いものの他に黄色いものもあるのだ。なお味自体はそれ程変わりはしない。
 それを口に入れる。食べ終えてから話を再開した。
「特に。とりとめのない話ばかりです」
「こちらから話しても何もなしですか」
「はい」
 彼は答えた。
「一向に。全く進展してはいませんね」
「困ったことですね」 
 ホウサイはそう言って少し溜息をついた。
「それでは話が進みません」
「戦争自体は進んでいますしね」
 そこが彼等の悩みのもとであった。
「困ったことです。どうするべきか」
「とりとめのない話というところに引っ掛かるものがありますが」
「といいますと」
 八条はそれを聞いて箸を止めた。
「そこに何かあるというのですか」
「話自体は行われているのですね」
「はい」
 彼は答えた。
「そうですか。それでは交渉は可能ですね」
「といいますと」
「いえ。長官は気に入られない方とはあまりお話をされたくはないでしょう」
「ええ、まあ」
 これは当然のことであった。誰も嫌いな人間と話をしたいなどとは思わない。これは素直に感情的な面からの考えである。もっとも政治の世界はそうはいかないのであるが。
「マウリアでは特に。嫌いな人間に対してはとりわけそうした傾向が顕著のようです」
「そうだったのですか」
 それは正直意外なことであった。
「今はじめて知りました」
「マウリアといっても広いですが。地域にもよりますね」
「地域」
「それぞれの地域によって人の感情があるということです。そうした感情を露骨に出す者が多い地域もあるでしょう」
「そうだったのですか」
「その外交官がどこの者かですね、問題は」
「わかりました。それではまずそこを調べなおしてみましょう」
「そうされる方が宜しいかと思います。彼等のことは私に少しお任せ下さい」
「といいますと」
「こちらも気になっていますから。まあお任せ下さい」
「わかりました。それではそれが終わってから本格的な話に入るということで」
「明日にでもわかると思います。詳しい交渉は明日からお願いして宜しいでしょうか」
「ええ、まあ」
 彼はそれに頷いた。
 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその三


「時間自体は余裕を見ていますから。それでお願いします」
「わかりました。それでは」
「はい」
 こうしてホウサイはマウリアの外交官達の調査を再び洗い直すこととなった。その結果面白いことがわかったのであった。
「長官」
 彼女は八条の執務室でそれを報告した。
「どうやら彼等は交渉をする気はあるようです」
「それは何よりです」
 とりあえずはそれを聞いてホッとした。
「また何か訳のわからない話のままはぐらかされるかと思いましたよ」
「その危険はありましたけれどね」
 彼女はそれについても言及した。
「これまでの長官の発言や行動次第で」
「私の」
「はい。どうやら彼等は長官を試してたようなのです」
「試していたのですか」
「信用できるかどうか。そういったところも含めまして」
「細かいですね」
「彼等も外交官ですからね。リスクは考えていたのでしょう」
 その話し振りは冷静であった。
「国益が絡みますからね。慎重に長官の人柄等を見極めていたのです」
「しかし一つ気になることがありますね」
 だが八条はここで疑問の言葉を出した。
「それは」
「私のことをそうして何度も調べたことですよ。何故そこまでして」
「確かに長官はマウリアにおいてもよく知られています」
 ホウサイはそれに関しても答えた。
「ですがそれは聞いているだけです。彼等は」
「百聞ですか」
「そうです。そしてその百聞よりも一見を選ぶことにしたのです。長官が本当に話通りの人物かどうか」
「一見どころか何度も会っていますけれどね」
 そう言って苦笑した。
「慎重なのはわかりましたよ」
「ですがこれで長官は彼等の信頼を得ることになりました。信頼は大事ですよ」
「はい」
 信なくば立たず、という言葉がある。信頼がなくては何もできない。これは政治の世界にもある程度言えることである。陰謀渦巻く世界であるがそうした信頼も必要なのである。信頼出来ない者には誰も身を寄せたり仕事を任せたりはしないものである。
「おそらく次から正常に外交の話になると思います。御安心下さい」
「だといいのですけれどね」
 しかし彼にはまだ不安があった。
「彼等は。掴み所がない部分がありますから」
「それがマウリアですよ」
 それに関しても答えた。
「我々にとっては理解出来ない部分が非常に多いです」
「私はこれでもマウリアをよく知っていると周りに思われているのですけれどね」
「そのようですね」
「しかし実際は。知っているなんてとてもとても」
「長官でもそうなのですか」
「はい。ラオスもかってはインド文化の影響を受けていましたね」
「ええ、まあ」
 東南アジア自体がそうであった。中国とインド、二つの文明に挟まれそれぞれの文化の影響を強く受けている。それは食文化にもよく表われている。カレーがそれである。これは特にインドネシアやミャンマーが強い。
「それでも今ではもうかなり離れてしまっています」
「そのようですね」
「今ではもう名残程度でしょうか。そうした意味でも我々は完全に連合に入ってしまいました」
「もうマウリアとは関係もないですか」
「国家での交流はありますけれどね」
「しかしあまり深くはないようですね」
「そうですね。ラオスはあまり」
「あの国と交流が最も深いのはどうやら我が国のようですが」
「日本はまた特別ですよ」
「特別」
「はい。考えようによってはマウリアよりも理解し難いです」
「そうでしょうか」
 八条はそれには首を横に傾げさせた。
「私はそうは思いませんが」
「マウリア人達もそう言っていますよ」
 彼女はそう言って苦笑した。
「案外自分達のことはわからないものなのですよ」
「よくそう言われますけれどね」
「昨日食べた刺身にしろ」
「はい」
 草食恐竜の刺身のことである。実はあれは日本のある惑星で養殖されているアンキロサウルスの刺身なのである。他にはブロントサウルスやトラコドンといった恐竜達が養殖され食べられている。身体が巨大で食べる部分が多いということで日本でもよく食べられている。骨はスープにされたりする。ラーメンのスープにも使われる。
「あれは最初見た時はかなり驚きました」
「皆そう言いますね」
「我々は元々生の魚はあまり食べないのですよ」
 彼女はそう言った。
「それを食べているのですから。驚かない筈がありません」
「皆まず刺身について言うんですよね」
「いや、他にも。とにかく驚かされることばかりです」
「それ程日本文化というものは異質ですか」
「はい。まあそれだけ興味深い存在と言えばそうなのですが」
「そう言われると悪い気はしませんね」
「そうですか。それは何より」
「しかし我が国は色々と言われますね」
「それだけ注目されているということですよ」
「私も。何かと言われますよ」
「この前タブロイド誌で長官のことが書かれていましたよ。日本の野望というタイトルで」
「野望!?」
 そう言われて目をキョトンとさせた。
「それは一体」
「連合制覇を企む日本の野望、というタイトルで。そちらの首相と長官が結託して連合を牛耳ろうとしていると」
「まさか」
「いや、これが本当に。完全に悪役扱いでしたね」
「総理はその様な方ではありませんよ。確かに敵も多い方ですが」
 首相ともなれば敵が多いのもまた事実である。伊藤は女狐と呼ばれる程鋭い頭脳と感性の持ち主でありとりわけ連合各国には彼女に煮え湯を飲まされている者が多い。
 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその四


「連合をその手の中に収めるのは。幾ら何でも無理です」
「伊藤首相でも無理ですか」
「というか誰にも、何処の国にも出来ないことでしょう、それは」
 彼は落ち着いてそう述べた。
「私はそう思うのですが。如何でしょうか」
「そうですね」
 ホウサイもそれに頷いた。
「冷静に考えればそうなります」
「わかっておられるではありませんか」
「記事が面白かったので。タブロイドの記事というのも案外面白いものですよ」
「案外どころではありませんけれどね」
 今度は屈託のない笑みになった。それでも気品が漂っている。彼の笑みはそうした笑みであった。
「我が国にあるスポーツ新聞で一つ凄いのがありますよ」
「どんなものですか」
「記事の内容がね。凄いんですよ。異星人が来ただの人類が滅亡するだの」
「オカルト雑誌ですか?」
 この時代でもそうした新聞、雑誌は存在する。とりわけオカルト雑誌において人類滅亡が言われないことはない。これもまた一つの産業であった。ノストラダムスという医者の詩がとある作家の手によって人類滅亡の予言となる前からこうしたことはあった。中国においてもそうした話が出回り宰相が対処しようとした。しかしここで皇帝がその予言書とやらを持って来させたのだ。
「陛下、どう為さるのですか?」
「まあ見ているがいい」
 彼は笑いながらその宰相に対して言った。そしてその本の糸を解いた。
「あっ」
 それから皇帝はその本を適当にまとめ直した。それからそれを宰相に手渡した。
「読んでみよ」
「はい」
 宰相は言われるがままにその本を読んでみた。だが。
「何と書いてあるか意味がわかるか」
「いえ」
 とてもわかったものではない。大体において予言書というものは勿体つけるか威厳を醸し出す為かわからないがまわりくどく一見どころか何度読んでも何と書いてあるのかわからない場合が多いものである。それをさらにバラバラにしたのである。
こうなってはわかる筈もなかった。
「どうだ、全く理解出来ぬだろう」
「はい」
「これを街に広めておけ。それでよい」
「わかりました」
 こうしてその適当に散らされた後でこれまた適当にまとめられた予言書が街に広められた。その結果予言といったものは急激に廃れてしまったのである。所詮その程度のものだったというわけである。
 だがそれで終わりかというとそうでもなく結局この時代でも存在する。当然日本にも。
「有り得ないレベルで大袈裟に書かれているんですよ」
「それはまた」
「宇宙人の大軍が攻めて来るとか。これはもうごく普通で」
「それが普通ですか」
「ごく普通の記事ですね」
「それはまた」
 流石に呆れざるを得なかった。
「物凄い新聞ですね」
「他にも我が国の総理が実は男だったとか。そんなものばかりですよ」
「かえってそこまで書けるのが脱帽ですね」
「それがその新聞なんですよ。センスが飛び抜けています」
「ですね」
「ラオスにはそんな新聞はありますか」
「タブロイドはあることにはありますが」
 それはどの国にも存在する。元々マスメディアとタブロイドにはそれ程区別はなかったのだ。イエローペーパーと言われるそうした雑誌や新聞はある程度ならば民主主義の尺度の一つ、社会の猥雑な部分の鏡として評価も可能である。ただしあまりにも劣悪なものは論外であるが。その論外が多いのもまた事実であるが。中にはさながら独裁国家の機関紙の如きものもある。
「そこまではないですね」
「やはり日本だけですか、そこまで書けるのは」
「天才が揃っているとしか思えません」
 ホウサイはそう言い切った。
「話を聞くだけでも凄過ぎます」
「やはりそうですか」
「何か。越えてはならない壁すらも易々と越えてしまっているような」
「ははは、そこまではどうかと」
「いえ、本当に。何かその新聞を読んでみたくなりましたね」
「日本に行けば売店で手軽に買えますよ」
「何と」
「一度行かれたら買われるといいです。後悔はさせません」
「わかりました。それでは」
「はい」
 こうしてとりあえずタブロイドの話は終わった。八条は仕事を終え夕食に出掛けた。マウリア料理店である。そこで人と待ち合わせしているのである。それが誰であるか、もう言うまでもなかった。

 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその五


「カレーですか、メニューは」
「その予定です」
 同席したシャリアピンにそう返す。
「といっても他に何があると言われれば困りますが」
「長官、それを言っては駄目ですよ」
 シャリアピンは苦笑して上司にまた言葉を返した。
「マウリアの料理は我々から見れば全てカレーになりますから」
「そうなのですよね。それがね」
 どうやら何かあるようである。
「わからないというか何というか」
「私も最初驚きましたよ」
 シャリアピンはまた言った。
「全てカレー味でしたからね。普通は有り得ません」
「ですね」
「いや、日本で言うと醤油みたいなものでしょうか。本当に全てがカレー味ですよね」
「元々インドの気候が影響しているそうですね」
「暑い国でしたからね」
 彼はそう答えた。実際にインドはかなり暑く辛いものが喜ばれたのである。だからこそカレー味となったのである。これは香辛料をふんだんに使っているがこれにもインドの気候が影響していた。暑いこの国では香辛料が豊富なのである。従ってそれを使って料理が可能だったのである。胡椒を求めて遥かな海を渡り、金と同じ価値で扱ったヨーロッパとはそれだけで大きな差であった。
「辛い料理が好まれるのです」
「そういうものですか」
「逆に寒い国でも好まれますが」
「はい」
 八条はそれに頷いた。
「韓国とか。金内相は全く違いますけれど」
「いや、内相も辛いものはお好きですよ」
「そうなのですか」
「韓国料理も召し上がられます。ただあちらのお菓子が一番お好きだそうですが」
「やはりお菓子ですか」
「ただ、甘いものの方がお好きのようですけれどね」
「やはり」
「けれど召し上がられないわけではないのですよ。そういうことです」
「内相の甘いもの好きはまた凄まじいですしな」
「最初見た時は私も驚きましたよ」
 八条はそう述べた。
「あれだけ甘いものを多量に。糖尿病にならないかと心配でしたよ」
「あまりならない体質らしいですね」
「しかも太らない体質だとか。多くの女性の羨望の的らしいですね」
「それはそうでしょう。その分食べたもののエネルギーを他に回しているのかも知れませんが」
「はい」
「そのあたりはよくわかりませんね。どうなのでしょう」
「少なくとも病気にならない分だけ消費されているのでしょうね」
 そう答えた。
「そうでなければちょっと説明がいきません」
「ですね」
 そんな話をしているうちにマウリアの外交官達が来たとの報告があった。二人はそれを受けて襟を正した。
「準備は宜しいですね」
「はい」
 シャリアピンは八条の言葉に頷いた。
「鬼が出るか蛇が出るか、ですか」
「また大袈裟な」
「いえ、本当にそんな気持ちです」
 表情を見ればどうやらそのようである。かなり緊張しているのがはっきりとわかった。
「マウリア人といえば我が国ではもう異星人のようなものですから」
「またそんな」
 そんな話をしているうちに昼にホウサイと話をした異星人の出るタブロイドのことを思い出した。それに関して心の中でおかしくも思った。
「実際にそうですよ。かてロシアで宝石に関してマウリアと貿易摩擦がありましたね」
「はい」
「その時言われていましたよ。マウリア人の言っていること、考えていることが全くわからないと。これに関してはロシア人に全面的に同意です」
「わかりませんか」
「理解不能です」
 首を早く横に振ってそう答える。
 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその六


「何が何だか」
「また極端ですね」
「私だけではないと思いますよ。ある意味サハラよりも理解が困難です」
「そこまでですか」
「少なくとも私にとっては」
「それは困ったことになりましたね」
 八条はそこまで聞いて少し嘆息した。
「何故ですか」
「今回の会談に関して次官には色々とお助け願いたいと思っていたのですよ」
「そうだったのですか」
「ですがその御様子ですと。残念ですね」
「それでは私はどうすれば」
「いえ、このままこちらにいて頂きたいです」
 しかし彼はそう言って彼を引き留めた。
「何故」
「それでも次官の御力が必要だと思います。とりあえずは御同席を願います」
「わかりました」
 こうして二人はそのままマウリア側の者達が部屋に入って来るのを待った。やがてマウリアの礼服を身に纏った数人の男女がレストランのボーイに案内されてやって来た。こうしていよいよ話し合いがはじまろうとしていた。
(さて)
 八条は心の中で身構えた。
(いよいよだな。ここからが肝心だ)
 そして議論に挑んだ。まずはマウリア側がテーブルに着いた。
「今朝はどうも」
 まずはマウリア側からこうした挨拶があった。
「お疲れ様でした。それでははじめますか」
「はい」
 八条は頷いた。シャリアピンはそのやりとりを見て八条と彼等が既に顔見知りであるのを悟っていた。
「長官」
 その彼等がまた口を開いた。
「何でしょうか」
「そちらの方はどなたですか」
 そう言ってシャリアピンに視線を向けてきた。
「次官です」
 八条は答えた。
「次官ですか」
「はい。国防次官です。私のよき仲間です」
 彼はにこやかに笑ってそう述べた。
「彼には何かと助けてもらっています」
「そうなのですか」
「はい」
「それでは次官」
 彼等はシャリアピンにも声をかけてきた。
「はい」
 シャリアピンもそれに応えて顔を向ける。
「宜しくお願いします。マウリア外務省のバイラヴァ=ビガーチャルです」
「マガバーン=ボラーンです」
 彼等はそれぞれ名乗った。そしてシャリアピンもそれを受けて自らの名を名乗った。
「イリア=シャリアピンです。あらためて宜しくお願いします」
「はい」
「こちらこそ」
 こうして話がはじまった。まずはとりとめのない話からであった。八条はそれを聞いてやはり、と思ったが今は口には出さなかった。
「それでは」
 だがそれはすぐに変わった。ビガーチャルが話を変えにかかってきたのだ」
「これはちらりと小耳に挟んだことですが」
「はい」
 八条はそれに応えた。
「そちらの御国とエウロパの戦いがいよいよ佳境のようですね」
「それはまだ何とも言えませんが」
 八条はそれに対してわざと話をぼかした。
「我が連合とエウロパが戦争状態にあるのは事実です」
「ですね」
「それで御聞きしたいことがあります」
 今度はボラーンが尋ねてきた。
「何でしょうか」
「今度のことですが」
「今後のこと」
「はい。連合はエウロパをどうするつもりでしょうか。併合されるおつもりでしょうか」
(むっ)
 シャリアピンはそれを聞いて一瞬眉を顰めさせた。
 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその七


(またえらく単刀直入だな)
 実は彼等は搦め手で来るとばかり思っていたのだ。だがそうではなかった。直球を投げて来たのだ。意表を突かれたと言ってもいい。
「今マウリアではそうした噂も出ているのですが」
「そうだったのですか」
 だが八条はそれ対して表面上はしれっとした態度で応えた。
「どうなのでしょうか」
「我々は連合です」
 彼は答えた。
「はい」
「連合の者にはエウロパの水は合いません。合わない水を飲むつもりはありません」
「左様ですか」
「それではエウロパの水は分けられるのですね」
「はい」
 彼は頷いた。それが何よりの答えであった。
「分ける。しかしそれでも何かと問題がありますね」
「といいますと」
「激しく打ち合った水はそう簡単には分けられないですから」
 ビガーチャルは思わせぶりにそう述べた。
「それを分けるとなると」
「しかも互いに沸騰していますし」
 ボラーンも言った。
「難しい問題ですね。少なくともお互いでは無理でしょう」
「そう思われますか」
「はい。私共はそう見ております」
 そしてこう述べた。
「間には冷たい水が入ることが必要かと存じます」
「冷たい水ですか」
「はい」
「しかしそれが見つからないのですよ」
 八条もまた思わせぶりに言う。
「一体何処にあるのか」
「意外なところにあったりするものですよ」
 それに対してボラーンが述べた。
「意外なところに」
「はい。それもかなり身近なところにね」
(話に乗ってきたか)
 シャリアピンはそれを聞いて内心思った。
(だが問題はこれからだ)
 そして心の中でそう呟きながら八条を見やる。
(長官、どう御考えですか)
 そんな彼の心の中を察したのであろうか。八条がちらりと横目で彼を見てきた。
(むっ)
 だが一言も発しはしない。ただ見やっただけであった。
 すぐに視線を外す。そしてマウリアの者達に視線を戻す。それからまた話をはじめた。
「それではその身近な場所にある水ですが」
「はい」
 ビガーチャルとボラーンはそれに頷いた。
「見つけられれば使うべきでしょうか」
「長官がそれをお望みならば」
 まずはビガーチャルがそれに答えた。
「是非共お使いになられるべきでしょう」
 ボラーンもそれに続いた。八条はそれを聞いて心の中で頷いた。
「わかりました」
 そして言った。それからまた言った。
「それではそうさせて頂きます」
「わかりました」
 二人の外交官はそれを聞いて頷いた。
「互いの水を冷やすのにも必要ですね」
「長官」
 そう言う八条に対してビガーチャルは言った。
「水だけでは駄目かと思いますが」
「水だけでは」
「はい。水は何処から流れますか」
「泉からでしょうか」
 少し考えた後でそう答えた。
「ですね。水が足りない場合も考えられます。そうした場合は泉自体が必要になります」
「そういうことですか」
「そうです。それではどうすべきかおわかりですね」
「はい」
 また頷いた。だが実りのある頷きである。
「それでは泉にあたりましょう。御指摘有り難うございます」
「いや、何」
 ボラーンはにこやかに笑ってそれに返した。
「些細なことです。本当に」
「我々の行いまぞこの銀河の中においては微々たるもの」
「そうなのですか」
 八条はそれを聞きながら彼等がそう言う根拠が一体何なのかを考えていた。そしてそれが何なのかすぐに理解した。
「ブラフマーの一日のうちでどれだけのものがあるか。ほんの小さなことです」
(ブラフマー)
 シャリアピンはその名を聞いて内心首を傾げさせた。
(もしかしてインドの神の一人であるあの神のことだろうか)
 ブラフマーの名は彼も知っている。だが詳しいことは知らない。彼はインド神話に関してはあまり知識がないのである。これは無理もないことであった。
「その中のことです。御気に召されることはないかと」
「わかりました」
 八条は頷いた。だがシャリアピンは首を傾げさせたままであった。
「それではそういうことで。泉に行ってみることにします」
「はい」
「それが宜しいかと」
 こうして話は終わった。彼等はそれから出されたマウリアの料理を口にした。それはやはりカレー味であった。だが日本のそれとは全く違っていた。完全にマウリアの味であった。
「ふむ」
 ビガーチャルはそのカレーを食べながら目を細めさせていた。
 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその八


「美味しいですね。本格的なマウリア料理ですか」
「はい」
 八条はそれに応えた。
「御気に召されたようで何よりです。実はこのレストランはマウリア人が経営しておりまして」
「ほう」
「味付けも完全にそちらのものなのです。如何でしょうか」
「実に素晴らしい。マウリアの料理は香辛料が何よりも重要でして」
「はい」
「その調合次第でかなり違ってくるのです。だからこそ難しい」
「そうだったのですか」
「それでは同じ香辛料を使ってもそれぞれの量や入れる順番でかなり違ってくるのですね」
「その通りです」
 ビガーチャルはシャリアピンにもそう答えた。
「だから何かと難しい料理なのです。こう見えても繊細な料理なのですよ」
「そうだったのですか」
「連合では一口にカレーとされていますね」
「はい」
 八条はそれに応えた。
「ところが違うのですよ、これがまた」
「ふむ」
「ほら、連合で文化交流の番組がありましたね」
「ええ」
 連合のとある国のテレビ局で放送された番組である。マウリアと連合各国の二十代の若者達のトーク番組だ。これが意外と人気があり連合各国で放送されている。
「あれで・・・・・・シンガポールの若者でしたか。マウリアの料理はカレーばかりだと言っていましたね」
「ハイ、そういうこともありましたね」
 八条はそれに頷いた。
「確か料理の話で」
「ええ。けれどその時マウリアの若者の一人が反論しましたね。覚えておられますか」
「はっきりと覚えていますよ。カレーだけじゃないと」
「はい」
「羊のカレー、豚のカレー、鶏肉のカレー、鹿のカレー、馬のカレー、魚のカレー、蟹のカレー、色々あるのだと」
 一口にカレーといってもその中に入っているものにはかなりのバリエーションがある。そのうえスパイスの調合等を入れると実に多彩な料理なのである。カレーとは非常に奥深い料理なのである。
「カレーといっても一口ではないのですよ」
「彼はそれを言いたかったのですね」
「つまりそういうことになります」
(結局カレーではないのか?)
 シャリアピンは内心そう思いながらも黙っていた。話すときりがないからである。マウリア人と話す時は用心しろ、とは常に言われていることである。
「そしてその豚肉や鶏肉でも味付けは千差万別です」
「それで変わるのですね」
「そういうことになります。どうです、カレー、マウリア料理というのは非常に奥が深いでしょう」
「本当にそうですね」
「我がマウリアのソウルフードです。ただそちらのカレーにはこちらが驚かされましたが」
「それはよく言われますね」
 八条はそれに頷いた。
「変わった日本の料理だと」
「確かルーツは我が国のカレーなのですよね」
「はい、その通りです」
「それがどうしてああなったのか。宜しければ教えて頂けませんか」
「あれは十九世紀からなのですよ」
 八条は遥かな過去から言及しはじめた。
「そんなに昔からですか」
「我が国にとっては決していい時ではありませんでしたね」
 ボラーンは十九世紀と聞いてその顔を暗くさせた。
 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその九


「もっともそれもほんの一時でしたが」
(一時なのか)
 シャリアピンはまたしても心の中で驚いた。
(百年にも渡っていた筈だが)
 彼もイギリスの植民地統治については知っていた。イギリスはムガール帝国を滅ぼした後でそこにインド帝国を築きビクトリア女王をその元首としたのである。欧州においては皇帝になることはできなかったがインドにおいては皇帝となった。インドは大英帝国にとってなくては成らぬ存在でありその富がイギリスを支えていた。凄まじい搾取が行われインドの民衆は塗炭の苦しみを味わった。確かにその通りであるがインドという国は底知れない国である。イギリスの存在すら知らない者も非常に多かった。インドの民衆全てがイギリスの圧政に苦しんでいたかというとそうではなくイギリス政府もまたインドの全民衆を支配していたわけではないのだ。そういうことが可能な国ではなかったのだ。ガンジーにしろインドの全民衆の指導者、象徴になったかというとそうではなかった。この時代においてすら本当の人口は誰にもわかりはしないのである。二千億が公称であるが実際はそれより三百億は多いと言われている。もっともこれも言われているだけで確かなことはわかりはしない。三千億いるかも知れないとも言われている。
「その一時の間に我々のカレーがそちらに伝わったのですか」
「はい。当時海軍でいい料理を探しておりまして」
「海軍で」
「そうです。栄養のある料理を。丁度ロイヤル=ネービーでカレーのシチューを見つけまして」
「イギリスからだったのですか」
「イギリスではパンに漬けて食べていたそうです」
「我が国のナーンのようにですか」
「まあそんなところでしょうか。最初はミルクのシチューでしたがすぐ腐るので」
「それはわかります」
 二人のマウリア人はそれに頷いた。
「昔は冷蔵庫といった便利なものもありませんでしたからね」
「今ではもう信じられない話ですが」
「しかしそれにより我々のカレーは誕生しました」
「そこからですか」
「はい。そのシチューを海軍に入れようかという話になりまして。ただ、我が国の主食は米でして」
「ええ」
「それも粘り気の強い米でしたね」
「そうです。ジャポニカ米です」
 この時代においても日本人の好きな米である。インディカ米は口に合わないとしてあまり好まれていない。結果として日本に輸出する場合はジャポニカ米だけとなる。そうでないと売れないのだ。ちなみにこのレストランの米はインディカ米である。八条もジャポニカ米の方を好むが特にインディカ米が嫌いというわけではない。そのあたりが難しいのである。
「あれに合うようにと。とろみを出したのです」
「そうだったのですか」
「後は野菜も。和風になりました」
「そう、それです」
 ビガーチャルはそこに言及した。
「そこなのですよ」
「和風ですか」
「はい。日本のカレーは和風なのですよ」
「そこが我々が変わった和食だと言う所以なのです」
「そこだったのですか」
 これは目から鱗であった。
「そこが」
「具体的に言うと味付けですね」
 ビガーチャルは言った。
「味がね、完全にそちらのものなのですよ」
「そう、醤油の味です」
「醤油の」
 ボラーンの言葉に眉を動かせた。シャリアピンはそれを聞いて成程、と思った。
「和食を決定付けるものといえば醤油ですね」
「よくそう言われます」
「それも大豆から作った。日本のカレーにはどれもその味が入っているのですよ」
「確かにそうしたカレーもありますが」
 八条はそれにコメントした。
「入れないカレーもありますよ」
「それでもです」
 だが二人もそれに反論した。
「何故かその味、そして香りが漂うのです」
「それこそ和食の証拠でしょう」
「そうだったのですか」
 言われてみても今一つピンとこない。だがシャリアピンにはわかった。これも国が違うからであろうか。人間その中にいると案外それについてわからなくなるものなのである。外から見てようやくわかることもある。
「どうもよくわかりませんね」
「そうですか」
「実際に二十世紀に我々の先祖がそちらの方々にカレーを御馳走した時も言われたことのようですが」
 つまり遥か昔からそうだったのである。
「結局我々と貴方達の味覚の違いということなのでしょうかね」
「そうでしょうね」
「カレーうどんは最初見た時はかなり驚いたものですよ」
 他にもカレーパン等がある。日本人もカレーが好きなのは事実なのである。最早国民食といっても過言ではない。
「よく御存知ですね、そんな食べ物まで」
「本に載っていましたから」
「食べてみると中々いいものですね」
「気に入って頂けましたか」
「はい」
「ただ、服にルーがかかりやすいのが難点ですが。白い服を着ている時は用心が必要ですね」
「それはわかりますよ」
「何故ですか」
「かって私は日本軍にいたのですが制服が二つあったのですよ」
 冬用の黒と夏用の白である。連合軍ではそうした区別はない。またこの時代では旧日本軍以外そうした二種類の軍服は存在しなかった。これも日本軍独特であった。
「夏にカレーを食べるのは正直怖かったですね」
「かかったら中々落ちない」
「そう、それで凄く怖かったですよ」
 これまたシャリアピンにはよくわからないことであった。今回どうも彼には馴染みの薄い話ばかりであった。そして常に心の中で驚かされた。

 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその十


「慣れないとね、大変です」
「そうですね」
「礼服を着ている時は特に」
「かといって食べないわけにもいきません」
「白というのは非常に罪作りな色です」
「全く」
 カレーの難点については共通していた。これは何処でも変わらないようである。そして話はデザートに移った。
 話は食べ物で終わってしまった。彼等はそれで別れそれぞれの仕事場に戻った。その帰路につく車の中でシャリアピンは八条に声をかけてきた。
「長官」
「何でしょうか」
 八条はそれに応えて彼に顔を向けてきた。
「とりあえずは話が進んだと見ていいのでしょうか」
「はい。明日にでもあちらの外相と電話でお話します」
「そうですか」
「次官はあまり今回の話に関してはあまりおわかりにはなられなかったようですね」
「何と言いますかね」
 彼はそう言って言葉を濁した。
「どうもマウリアは苦手でして。理解の範疇にないというか」
「多くの人がそう言いますね」
「その異質性故に連合に入らなかったという歴史がありますしね」
「はい」
 実はマウリアはインドと呼ばれていた時代から連合への参加を国の内外で提唱されていたのだ。これは長い間続きマウリアになってからも、宇宙に進出してからも続いていた。
 しかし結局それはならなかった。理由としてマウリアはマウリアで独自の経済圏を持っていたのと八条も言った彼等の異質性であった。連合のどの国とも全く異なる、マウリアはマウリアだけで一つの世界であったのだ。
「難しい国ではあります」
「それは同意致します」
「ですが今回は彼等の力が必要なのです」
「戦争を終わらせる為ですね」
「はい。これが最も難しい問題でして。はじまりがあるものは必ず終わりがある」
「はい」
「しかし幕を降ろすのがね。何かと大変です」
「どんな劇や小説も終わりが肝心ですしね」
 これはあらゆるものに言えることであった。ただし終わらずに何時までも続くものもある。作者が死んでも他の者が書き続ける場合だ。もっともそのような作品は滅多にないものであるが。
 そして最後に全神経を集中させるかのように文にこだわる場合がある。日本の二十世紀の作家太宰治はその最後の一文にこそ最大に輝きがある。自虐的とも甘えているとも批判される作家であるがその最後の一文は常に見事なものであった。それこそが太宰文学の真髄であるという者すらいる程であった。
「その助けをしてもらいたいのですよ、彼等に」
「そうなのですか」
「今まで足踏み状態でしたが。これで進みました」
「ただ、それはそれで問題が出て来ますね」
「見返りですか」
「ええ。マウリアは連合の何処かの国々の様に貪欲ではありませんが」
 米中露等の国々のことを皮肉っているのである。シャリアピンの祖国リトアニアは連合においては中堅よりやや下の位置にある国であるが度々彼等の強引な外交、貿易に迷惑を被っているのである。
「満足するということを知っていますから」
「それもマウリアの哲学ですね」
「哲学なのですか」
「宗教もまた哲学ですから」
 八条はそう述べた。
 これは本当のことであった。宗教とはそもそも人の精神世界のものである。それを司るからにはその生き方や人生観も定める。これは仏教にしろキリスト教にしろそうである。人はその宗教の中で、その倫理の中で生きるのである。そして十九世紀から二十世紀において栄えた欧州のあらゆる哲学はその全てがキリスト教から派生していると言っても過言ではないのである。
 彼等より前のスピノザやベーコン、デカルトにしろそうである。彼等はまず神について考えた。神はいないと断言するにもまず神の存在が必要なのであった。無神論者であり宗教そのものを否定したマルクスにしろこれは同じである。そもそも共産主義自体がフランス革命のジャコバン派にルーツを持つ思想なのである。なおこれはナチスも同じであり彼等の正体が同じものであることの証左ともなっている。
 そのナチスの総統ヒトラーが愛読していたニーチェも神は死んだと言ったがやはり神を見ていた。彼と同じ実存主義であるが神の存在を認めようとしていたキルケゴールとは違うようで根は同じものだったのであろう。二十世紀、いや古の神々をその心の牢獄から解き放ち再びその存在を認めるまでの長い間欧州とはそのままキリスト教の歴史であり世界であったのだ。十字架に全てが支配されていたのだ。
 インドの宗教、とりわけヒンズーはその色彩がさらに濃い。ウパニシャッド哲学というものもある。時の流れを創造、調和、破壊の三つで考え輪廻転生がそこに入る。仏教の解脱という考えもインドならではの考えなのである。インドはそれだけで一つの哲学であった 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその十一


「それはおわかりですね」
「私も複数の宗教を信仰しておりますから」
 シャリアピンはそれを認めた。
「わかってはいるつもりです」
「それならばおわかりでしょう」
 彼はまた言った。
「彼等があまり欲深くはない理由が」
「はい」
 そして頷いた。
「一つの人生で過度に持っていても仕方のないことということですか」
「そういう一面がありますね」
「次の人生ではわからない。人は死んで終わりではないからですね」
「これをよく理解出来ない人には徹底的に理解出来ないようですけれどね」
 八条はそれを聞きながらそう述べた。
「私は案外すんなりと入ることができましたが」
「仏教のせいではないでしょうか、それは」
「おそらくはそうですね」
 八条はそれに頷いた。
「元々はマウリアの宗教であすから。あの宗教にも輪廻転生があり過度な物欲を好みません」
「はい」
「だからよくわかったのだと思います」
「しかしそれでも全てはわかりませんね、あの国に関して」
「全てを理解するのは無理ですよ」
 そう言って苦笑した。
「何事も。自分自身のことですら」
「そういうものですか」
「少なくとも私はそう考えています。特にマウリアみたいな複雑な国はね」
「はい」
「一面だけではありませんから。何かと厄介ですよ」
「しかしその僅かな知識で最善の解決策を出さなければならない場合もありますね」
「ですね」
「それが今回だとすると。考えただけで胃が痛みます」
「まあそう深刻に考えないことです」
 生真面目なシャリアピンらしい言葉であった。彼は次官として充分過ぎる程見事な働きを見せてくれている。八条もそれに関しては深く感謝しているのだ。
「とりあえず今日は終わりです。本題は明日からです」
「異様に長い序章でしたね」
「そういった話もありますよ。特にマウリア映画では」
「あれはさらにわかりません」
「ははは、そうですか」
 彼等は国防省に戻った。八条もシャリアピンも自分の仕事に取り掛かりそれが終わるとそれぞれの家に戻った。八条は独身だがシャリアピンには家庭がある。同じ歳の妻、そして四人の子供達と一緒に暮らしている。家庭では子煩悩で知られるよき父である。ただし妻から見ればよき夫ではないらしい。何時の時代も何処の場所でもそうそうよき夫というものは存在しないものなのである。逆の方である悪い夫はかなりいるが。
 八条は官邸で休み翌日朝早くから仕事に取り掛かった。その時の朝食は卵焼きに味噌汁、漬け物、納豆、そして白い御飯であった。彼が朝によく食べるメニューであった。
 朝食を終えてまた仕事に取り掛かるとそこで三次元テレビ電話が鳴った。スイッチを入れるとそこにマウリアの礼装を着た美しい女性であった。マウリア外相ヴァティ=エルールである。
「お早う御座います、八条長官」
 彼女はモニターに姿を現わすとまずはそう挨拶をした。
「はい、お早う御座います」
 八条もそれに返礼した。そしてそれから話をはじめることにした。
 八条は話の前に机の上のリモコンを手に取り数個のスイッチを押した。それでカーテンを閉め扉をロックした。諜報機のチェックはその前にしてある。こうして万全な態勢にしてから電話での会談に及んだ。
「お話は御聞きしていると思いますが」
「はい」
 エルールは八条の言葉に頷いた。
「エウロパとのことでそちらに御助力願いたいのですが」
「我がマウリアの力をですね」
「はい。お願いできますか」
「そうですね」
 彼女はここで笑みを作った。まるで彫像のそれのように神秘的な笑みである。八条はそれを見てインド神話の女神を思い出した。シヴァの妻であるパールヴァティーであろうか。
「他ならぬ貴方達の頼みです、こちらとしても断るつもりはありません」
「それでは」
「ただ条件があります」
「条件ですか」
 八条はそれを聞いてやはり、と思った。しかしそれは口には出さない。
「我々は今何かと物入りでして」
「ふむ」
 どうやら資金援助を希望しているらしい。
「そこについて考慮して頂ければ。喜んで力になりましょう」
「わかりました。それではその方向で話を進めます」
「お願いします。それでは」
「はい」
 こうして話は終わった。電話での会談自体はすんなりと終わった。しかしこれからもまた大変なのであった。
 リモコンでカーテンを開け扉のロックを外す。するとその直後に木口が部屋に入って来た。

 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその十二


「あ、いいところに来たな」
「何かあったのですか?」
「ああ。ちょっと首相府に用件ができてな。それの調整をしてもらいたいんだ」
「首相府ですか」
「そうだ。お願いできるかな」
「そういうことでしたら」
 彼は上司の言葉に頷いた。
「すぐにでも。どうやらマウリアとは上手くいきそうなのですね」
「わかったのかい」
「ええ、そのお顔を見れば。すぐにわかりますよ」
「顔には何も書いたつもりはないが」
「それでもわかるんですよ」
「やれやれ」
 彼はそれを聞いて苦笑した。
「どうやら私もまだまだのようだな。顔に出るようでは」
「まあ嘘が漬けないってことですよ。それでいいではないですか」
「いいのか」
 政治家とは嘘をつくものとされている。少なくとも腹芸も要求される職業である。だが八条はその性格故かそうしたことが得意ではないのである。木口はそれをよしと言ったのである。
「世間ではそうは言われないと思うがな。少なくとも政治の世界では」
「政治といってもそれぞれですよ」
 木口はそれに対してはそう答えた。
「何も一人の人間が政治をするわけではないですよね」
「それはそうだ」
 ましてや連合は民主主義体制である。多くの政治家がそれぞれの思想、政策を持っている。これはもう言うまでもないことであった。
「だからいいんですよ。長官は長官のままで」
「そうなのか」
「政治家の形は一つではないのですからね」
「ふむ」
「それに変に合わないことをしても疲れるだけですよ」
 彼は木口の話を聞きながら考えていた。どうにもすぐに結論が出そうな話ではなかったからである。
「私はそう思いますが」
「わかった」
 そこまで聞いてようやく頷いた。
「それではとりあえずは私のスタイルでいくとしよう」
「それが宜しいかと。それでは」
 木口はそう言い終えるとその場から姿を消した。その足ですぐに首相府に向かった。八条はそれを見送りながら次の仕事に取り掛かっていた。今度は書類仕事であった。
 その書類に一枚ずつサインをしていく。一枚サインをし終えるとまた別の書類に。そうして時間を費やしていく。彼は限られた時間の中でその膨大な仕事をこなしていた。だがそれでも仕事は減りはしなかった。それが終わるとまた次の仕事が待っていたのだ。
「長官」
 サインを終えたところで木口が部屋に戻って来たのだ。丁度休憩の時間であった。だが彼はまだ休憩をとることはできそうにもなかった。今木口が来たからである。
「首相府からはゴーサインが出ました」
「それは何より」
「ただ細かいことは財務省とも話をしてくれとのことですが」
「財務省と」
 彼はそれを聞いてその整った顔を曇らせた。
「またそれは。難題が一つ増えたな」
 国防省と財務省の仲がよくないのは多くの国で見られることであるし中央政府でもそうした傾向は残念なことに見られる。財務省から見れば国防省は金喰い虫であるし国防省から見れば財務省は難癖をつける存在である。これで仲がよくなる方が不思議と言えば不思議である。
「しかし結局は話をしなければなりませんよ」
「それはわかっているが」
 それでも八条は今一つ乗り気ではなかった。
「あの人が何と言うかな」
「おそらくあまりいい顔はされないでしょうね」
 木口は率直にそう述べた。
「戦争で何かと出費が重なっていますし」
「それが最も大きいな」
「そしてまた出費です。しかも長官がその話のもとだとすると」
「苦労しそうだな」
「しかしだからといって話をしないわけにはいきません」
「それはわかっているよ」
 乗り気でないままそう答えた。
「それでもな」
「ここで言っていてもはじまりませんよ。すぐに話をしましょう」
「そうだな」
 木口の言葉を聞き入れて電話を手にとった。そして財務省に電話をかける。
 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその十三


「はい、財務省ですが」
「国防省の八条ですが」
「八条長官ですか」
 電話の応対をしている若い財務省のスタッフの声が彼の名を聞いた塗炭に不機嫌なものとなった。
「一体何の御用でしょうか」
「実はそちらの長官にお話したいことがありまして」
「わかりました。それでは暫くお待ち下さい」
「はい」
 こうして財務長官と直接電話で話をすることになった。今の財務長官はダーバン=モーリシャスという。マダガスカル出身であり長い間中央政府において財務官僚として辣腕を振るってきた。派手ではないが実務に優れ、安定感のある冷静な性格で知られている。長官にはキロモトが指名した。そこで財務省を一旦辞職して長官になったのである。次官補までは官僚であるが長官や次官は政治家だからである。だが彼はそれでも官僚の時の性格が抜けていないと言われている。人によってはコンピューターに過ぎないとまで言われている。 
 コンピューターという言葉はあながち民主政治の官僚に対しては実に見事に当てはまる言葉であった。政治をするのは政治家であり実務は官僚が行う。政治家は丁度コンピューターのプログラムを打ち込む役なのである。そして官僚はその打ち込まれたプログラムに従い動く。そうした関係だからである。
 ここで問題となるのはその政治家の資質である。間違ったプログラムを打ち込んだり委任したままでは妙な方向に動きかねないのである。だからこそ常に気を払っておかなくてはならない。コンピューターだからといってミスがないわけでもない。バグや故障の可能性もある。それも見なくてはならないのだ。コンピューターにも質の差がありバージョンアップも計らなくてはならない。何でもコンピューター任せにしてはならないのは政治の世界でも同じなのである。
 だがこのモーリシャスはそのコンピューターそのものだと言われているのである。人間としては品行方正であり公正な人物であった。だがあまりにも人間味がないとされている。
 八条とも特にこれといって交流はなかった。とかく近寄り難い人物だからでもあった。どうにも話し難い印象が強かったのである。
「どうも」
 あれこれ考えているうちに電話に彼が出て来た。
「モーリシャスです」
「八条です」
 彼もそれに返した。そして電話での会談に挑んだ。
「実はお話したいことがありまして」
「はい」
 やはり感情の篭っていない機械的な返答であった。
「何でしょうか、それは」
「実はマウリア政府と講和の仲介での交渉を行っていまして」
「それに関しては聞いております」
 モーリシャスは答えた。
「それでどうなったのでしょうか」
「どうやら仲介役を務めてくれるそうです」
「よいことです」
「ですがここで一つ条件を提示されまして」
「条件ですか。それは一体」
「経済援助なのですが。マウリアも最近財政難らしくて」
「それは初耳ですね」
 モーリシャスはそれを聞いて一言そう述べた。
「マウリアは財政改革が成功してかなりの黒字の筈ですが」
「はい」
「それで経済援助ですか。一体どういうことでしょうか」
「私も詳しいことはわかりませんがそれを希望しております」
「希望が必ず適うわけではありません」
 彼は相変わらず感情を込めないままそう答える。
「何も事情がわからないで援助をするわけにはいきませんね。どういうことなのでしょう」
「長官」
 ここで目の前にホウサイが姿を現わした。そっと小声で囁く。
 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその十四


「これを」
「むっ」
「八条長官」
 そこでモーリシャスがまた問うてきた。
「どういうことなのでしょうか。お話下さい」
「それはですね」
 今ホウサイから手渡されたものを見る。それはマウリアの資料であった。
「どうやら大規模な惑星の開発に乗り出すようなのです」
「マウリアがですか」
「はい。それにあたっての資金を調達したいようなので。どうやらそれが理由のようです」
「そうだったのですか」
 モーリシャスはそれを聞いて電話の向こうで頷いた。
「ええ、どうやらそのようですが」
「ですがマウリアはその資金には困っていない筈です。そして我が財務省も中央政府の財政はそれ程豊かではないと認識しております」
「それではどうすれば」
「他の援助ならばどうでしょうか」
 モーリシャスはそう提案してきた。
「他のですか」
「はい、技術援助ならいいと思いますが」
「ふむ」
 八条はそれを聞いて考え込む。確かにそれならば連合の財政にとってもマウリアの開発にとっても悪くはないだろう。モーリシャスはいい提案をしたと思った。
「悪くはないですね」
「それではそれを提案しますか」
「いや、待って下さい」
 だが彼はここで一旦それを止めた。
「何故ですか」
「まずはそれに関して調整していきたいと考えます。そのまま話を出してもあちらが不快に思うでしょうから」
「そうですか」
 モーリシャスはそれを聞いて考える声になった。電話の向こうにいるのでどんな顔をしているのかはわからない。だが八条は彼の表情は変わってはいないだろうと思っていた。
「それで宜しいでしょうか」
「はい」
 モーリシャスはそれに頷いた。
「詳細は長官にお任せします。私が交渉を行っているわけではないので詳しいことはわかりませんからね」
「有り難うございます」
「それではそういうことで。宜しいでしょうか」
「はい。それではこれで」
「わかりました」
 こうして財務省との話は終わった。八条は電話の受話器を置くと側に立っていた木口に顔を向けて問うてきた。
「どう思うか」
「いいですね」
 彼もそれに乗り気であった。
「単に資金援助や経済援助するよりは余程いいと思います」
「そうだな」
 八条もそれに頷いた。
「それではマウリア側とのそれで話を進めていくとするか」
「はい、それが宜しいかと」
 こうして彼はマウリア側に経済的な援助ではなく技術援助を申し出ることにした。細かい調整の後エルールとテレビ電話での会談に挑んだ。
「技術援助ですか」
 エルールはそれを聞いてその美しい顔に思案の絵の具を入れた。
「はい。そちらの方が貴国の開発にも役立つと思うのですが」
 八条はそう説明した。確かに調べてみればマウリアは財政的には困ってはいない。むしろ技術面において連合と比して遅れをとっているのである。
「そうですね」
 彼女はまだ考えていた。だがやがてその顔に入れていた思案の絵の具を消して元の顔に戻った。それから述べた。
「私の一存では決められませんがそちらの方がよいのではと思います」
「左様ですか」
 八条はそれを聞いて内心会心の笑みを漏らした。
「それではそれで宜しいですね」
「はい」
 エルールは頷いた。
 

 

第十三部第四章 創造神の星においてその十五


「そういうことで話を進めていきましょう」
「わかりました。しかし長官」
「何でしょうか」
「ここからは政治とは離れた話になりますが」
「はい」
 見ればエルールの目の色が変わっていた。八条は政治の色の目から変わったのはわかったがその変わった色がどんな色かまではわからなかった。いや、知らなかった。この時は単に世間話か何かをするのだろうとばかり思っていた。しかしそれは違っていた。
「長官とはじっくりとお話したいですね、個人的に」
「個人的に、ですか」
 八条はそれを聞いても特に何も思うことはなかった。感情があまりない言葉になっていた。
「夫がいるので残念ですがそれでも何処かで御会いしたいですね」
「有り難うございます」
 彼はにこやかに笑ってそれに応えた。
「機会がありましたら。是非そうしたいですね」
「はい。それではまた」
「御会いしましょう」
 こうして電話は切れた。エルールは暗転したモニターを見て少し苦笑していた。
「政治家としてはかなりのようだし綺麗な顔をしていらっしゃるけれど」
 苦笑を浮かべたまま言う。
「あちらのことには完全に疎いようね。困った人らしいわね」
「うまくいきそうですか」
「はい」
 そのモニターの向こうでは八条がホウサイと話をしていた。彼は苦笑ではなく会心の笑みを浮かべていた。
「これで調停役が決まりましたね。何よりです」
「よいことです」
「これも次官補のおかげです。今回も何かと助けてもらいましたね」
「いえ、私は何もしていませんよ」
 彼女は笑いながらそう言葉を返した。
「長官の努力あってのものです。本当に」
「また御謙遜を」
「いえ、本当ですよ」
 彼女はそれでも言う。
「マウリアに関することもよく御存知でしたし。それに細かい部分の調整も御自身でされましたし」
「そうしなければならない状況でしたから」
 彼はそう述べた。
「そうしただけです。大したことはありませんよ」
「いえ、それでも」
 彼女は言った。
「長官でなければ達成できなかったと思いますよ」
「有り難うございます。しかし今回の件は次官補やその他のスタッフに特別ボーナスを出さなければなりませんね」
「他のスタッフはどうかわかりませんが私はいいです」
「何故ですか」
「お金には困っておりませんから。別に構いません」
「そうですか」
 八条はそれを聞いて残念そうな顔をした。
「しかしそれでは」
「何でしたら別の形でボーナスを頂きたいのですが」
「といいますと」
「煙草です」
 彼女はにこやかに笑ってそう答えた。厳しい顔の多い普段の彼女からは想像もできない顔であった。
「煙草ですか」
「はい。何か美味しい煙草があれば。それでいいです」
「ふむ」
 八条はそれを聞いて考える目になった。彼は煙草は吸わない。それで困っているのである。
「そうですね」
「それならどうでしょうか」
「わかりました。それでは探してみます」
「はい」
「日本にもいい煙草があるでしょうから。それで宜しいでしょうか」
「ええ、それでお願いします」
「わかりました。それではそういうことで」
「はい」
 そして数日後ホウサイの家に八条から煙草が送られた。それは日本の煙草であった。
「あら、早いわね」
 彼女はにこにこしながらそれを受け取って家のリビングに向かう。早速一箱取り出してその中の一本に火を点ける。それから吸いはじめた。
「ふうん」
 味わってみる。だがそれは全く味がしなかった。
「どういうことかしら」
 彼女はそれを感じて顔を顰めさせた。他の煙草ならばもうその素晴らしい味が漂っている頃だというのに。
 しかしそれはいささか判断が早かった。彼女の口の中に徐々にではあるが煙草の味が浮かんできたのだ。少しずつ、徐々に。
「面白いわね」
 それを感じたのでにやりと笑った。どうやらそういう煙草であるらしい。
「日本の煙草も悪くないわね」
 そう言いながら吸い続けた。やはり味は薄いがその中に上品なものがあった。他の煙草とは全く違っていた。
 それから彼女はその煙草も吸いはじめた。お気に入りの一つとなった。
 煙草の中にも日本がある、そう思ったがそれは誰にも言わない。ただ黙々と一人でその味を楽しむだけであった。 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその一


                    嵐が来たりて
 連合が戦いの後にも着々と駒を進めているその頃エウロパもそれに関する情報を察知していた。それはすぐにペーチの下にも届けられた。
「そうか」
 彼はそれを仮眠室のソファーで聞いた。電話から聞いたのだ。
「わかった。それではすぐにそちらに向かう」
 そう言って起き上がると執務室に向かった。見れば服はスーツのままでありその上に毛布を被って寝ていたのだ。今眠りに入ったばかりであったがそれでもすぐに起き上がった。
 こうした生活がもう長い間続いている。戦争がはじまってからずっとだ。いや、その前からであろうか。もうどれだけそうした生活を送っているかわからなくなってきていた。
 常に身の周りには仕事がある。しかもエウロパにとって実に不吉な内容の仕事ばかりだ。気が滅入らないといえば嘘になる。だがそれでもやらなければならなかった。それは彼がエウロパの首相だからである。
 執務室に入るとそこにはもう若い官僚が数人立っていた。そしてペーチの姿を認めると彼に一礼した。
「連合のことだが」
「はい」
 ペーチは椅子に近付きながら彼等に声をかける。同時に彼等にも椅子を勧めた。
「まあ座ってくれ。話は長引きそうだ」
「わかりました」
 官僚達はそれに従い座った。そして話をはじめた。
「まずは詳しいことを聞きたいのだが」 
 ペーチは彼等の顔を見回しながらそう尋ねてきた。
「いいか」
「はい」
 彼等もそれに頷いた。そして最初の一人が口を開いた。
「彼等はまずマウリアと接触しました」
「マウリアとか」
「はい。どうやら彼等を仲介役にしたいそうです」
「そうだったのか」
 ペーチはそれを聞いて頷いた。
「外交としては妥当だな」
 連合とエウロパは対立関係に入って久しい。そのうえ今は戦争中である。そのような状況で普通の講和なぞできそうにもないことは一目瞭然であった。
「そしてそのマウリアの者がこちらに来ているのか」
「はい」
 別の官僚がそれに頷いた。
「特使として。今サハラからエウロパに入ったそうです」
「ふむ」
 彼はそれを聞いて顎を少し動かした。そして何か考える目をした。
「そしてこのオリンポスに向かっております。クロノスでの戦いがはじまるまでには到着すればいいのですが」
「おそらく間に合うだろう」
 ペーチはそれに答えた。
「彼等も急いでいるだろうしな。それは心配しなくていい」
「左様ですか」
「だが問題はまだある」
 それでも彼は言った。
「彼等が果たしてどちらの味方か、だ。いや、これは言うまでもないか」
 そう言って苦い顔をした。
「彼等と連合の関係を考えればな。愚問だった」
 連合とマウリアは同盟関係にある。それを知らぬ者はこの銀河にはいない。
「それでは連合に有利なように話を進めると」
「おそらくな」
 ペーチは答えた。
「既に彼等から何らかの見返りを約束されている可能性もある。そうなるだろう」
「左様ですか」
「それでは仲介を断りますか」
「いや、それも愚だ」
 だがペーチはそれは拒否した。
「これを受けなくてはエウロパは滅亡する可能性がある。若しもの時にな」
「若しもの時ですか」
「そうだ」
 彼等はペーチの言う若しもの時が何であるのかわかっていた。それを聞いて戦慄を覚えた。
「オリンポスを占領され、それから講和もなくては。どうなるかわかるな」
「はい」
 彼等は暗い顔でそれに頷いた。
「その時に備えなければならない。それはわかるな」
「わかりました」
 そして彼等はまた頷いた。
「この仲介は受ける。ただしだ」
「ただし」
 ペーチはまた言った。
「講和会議には私も出る。決して彼等の思うようにはさせない」
「宜しいのですか!?」
 官僚達はそれを聞いて心配そうな顔でペーチを見た。
「閣下、無理をなさらずに」
「他に人もおりますし」
「おかしなことを言うな」
 だが彼はそんな彼等の心配そうな顔と声を一笑に伏した。そして首相になる前のようなにこやかで優しい笑みを彼等に向けた。その時とは比較にならない程痩せこけ、疲れた顔ではあったが。
 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてそのニ


「一国の首相が講和会議に出なくて誰が出るのだ」
「しかし」
「しかしも何もない。私は出る」
 そう言い切った。
「いいな。だからこれに関しては任せてくれ」
「わかりました」
 そこまで言われては頷くしかなかった。官僚達はそれに関してはもう黙るしかなかった。
「他には総統も出席されるな」
「はい」
 代表格の一人がそれに応えた。
「後は補佐官と外相、そして軍務相といったところでしょうか」
「わかった」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「五人で挑むことになるな」
「他にもスタッフは大勢必要でしょうが。閣僚クラスはこれだけです」
「連合も同じ顔触れかな」
「そうでしょうね。中央政府の閣僚達が出るでしょう。ただ各国の首脳達は来ないと思いますが」
「どうしてそう思うのかね」
 ペーチはそれを聞いて彼等に問うてきた。
「今回は各国には直接の利害は関係ありません。だからこそ出ることはないかと思います」
 その代表格の一人はそう答えた。
「それに下手にでしゃばると他の国に変に思われるでしょう。無闇にそういった行動に出る愚か者もそうそういないと思います。それにそんな輩がそう易々と一国の元首になれるとも思いませんが」
「そうだな」
 ペーチはそれに頷いた。
「その通りだ。よくわかっているな」
「はい」
「それではこちらも各国の元首は呼ぶ必要はありませんね」
「無論」
 彼は短い言葉でそう答えた。ラテン語は簡潔な言葉として知られているがこの時は殊更簡潔な言葉となっていた。
「あの方々にも無意味な苦労を強要するものになる。それはならない」
「わかりました」
「そしてマウリアだが」
「はい」
「おそらく首相、若しくは外相が出て来るだろうな」
「そうですね。若しくはその両方が」
「うむ」
「そして仲介役を務めるでしょう。一応は中立の側に立つかも知れませんが」
「一応はな」
 ペーチの言葉は少しシニカルな響きがあった。
「実情は言うまでもない。さっきも言ったが」
「左様で」
「だからこそ色々と知っておきたい」
 彼はまた言った。
「連合とマウリアの参加するであろう人物のことをな。いいか」
「わかりました」
 閣僚達はその目の色を変えた。
「それではすぐに調査にあたります」
「既にある程度は調査済みですが」
「ステッラの遺産か」
「はい」
 彼等はそれを認めた。
 ステッラは長い間連合に潜伏してその情報収集に務めていた。その活動の中には中央政府及び各国の要人達の調査も含まれていたのである。その結果として多くのことが伝わっていた。それは全てエウロパ政府のもとに入っていたのだ。彼女の非凡なところは同時にマウリアの要人達も調査していたことだ。それ等の資料が今彼等の手許にあるのだ。
「皮肉なものですね、それにしても」
「何故だ」
 代表格の一人が口を歪めてそう言うと傍らにいた同僚がそれに顔を向けてきた。
「いや、この戦いは元々ステッラによりはじまった。彼女が見つかり、その潜入ルートを突き止められてから戦いがはじまったのだったな」
「そうだったな」
 開戦の経緯は覚えている。スパイを潜入させ、なおかつ破壊工作等も計画していたとあれば充分過ぎる程の戦争の理由になる。言い逃れのできないエウロパのミスであった。
「そして今そのステッラが集めたデータを使わなくてはならない。皮肉なものだと言わずして何だ」
「うむ」
「だが使わせてもらおう。エウロパの為に」
「首相、それで宜しいですね」
「私に異存はない」
 彼はそれに対してそう答えた。
「是非共使いたい。そうでなくては間に合いそうにもない」
「わかりました」
「その資料をまとめてそこから対策を講じなくてはならない。早期にな」
「はい」
「それでは卿等にはその検証及び対策案を講じてもらいたい。いいか」
「了解しました。それでは」
「うむ」
 こうしてそれに関する話は終わった。閣僚達は退き部屋にはペーチ一人となった。彼はそのまますぐに仕事に取り掛かった。
 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその三


 書類にサインをしている。それは中々終わらない。だが彼はそれでも少しずつそれを終わらせていた。彼はサインをしながらふと呟いた。
「講和か」
 あまりピンとこない言葉であった。少なくとも今は。何も考えられなかった。
「終わるにこしたことはないが。この戦いでエウロパは大きな損害を被っている」
 国土のかなりの部分が占領され産業は停滞している。連合軍はエウロパの産業を破壊するようなことはせず一般市民にも危害は加えていないがそれでも戦争により産業活動は制限されている。そして特に通商は事実上行なわれてはいないと言ってもよかった。既に経済力はかなり低下していた。
 少なくとも戦争が終わればそうした経済や産業に関しては今よりも好転することが期待できた。戦争は何も生み出しはしないのだ。だからこそ産業人は戦争を嫌う。兵器にしろ売れればそれでいいのだ。肝心の産業が破壊されては本末転倒である。
 ペーチもそれはよくわかっていた。だが今はどうにもならない。まさに手詰まりであった。
「それでも大変だろうな」
 戦争が終わっても産業の復興は困難であるのはわかっていた。
 戦後も前途多難である。だが彼にはそれに関して考えることも許されてはいないようであった。
「うっ」
 突如として胃が痛む。近頃さらに痛みが強くなっていた。
 それに耐えながら仕事を続ける。薬を取り出しそれを飲む。痛みが収まった。
 しかしそれもほんの僅かであった。やはり痛みは続く。どうにもならない程であった。
 それでも彼は仕事を続けた。手の動きは止まらない。仕事はそれでもあるのだ。あるのならばやらなければならなかった。
 彼は果てしない悪夢の中にいるようであった。そしてそれは終わりそうにもない。だがそれでもその中で生きなければならなかったのだ。

 連合とマウリアの調停を行うことになったマウリアであったがその元首クリシュナータは今一つ気乗りしない部分もあった。彼は官邸のテラスに出て一人考えに耽っていた。
「閣下」
 そこにエルールが来た。見ればマウリアの民族衣装を身に纏い化粧をしている。やはり見事な顔をしていた。
「ここにおられたのですか」
「ああ」
 クリシュナータはそれに応えて顔を彼女に向けた。
「少し考え事があってね」
「連合とのことでしょうか」
「やはりわかるか」
 彼はそれを聞いて穏やかに笑った。
「その通りだ。彼等は資金援助を断ってきたな」
「はい」 
 エルールはそれに頷いた。
「そのかわりに技術援助を申し出てきましたが」
「それは聞いている」
 クリシュナータは答えた。
「確かにそれはいいことだが」
 マウリアの財政は少なくとも今の時点では豊かである。連合もそれを知っているからこそそれを申し出てきたのだ。だが彼はそこに一抹の不安を感じていた。
「だが問題はその技術だ」
「少なくとも第一線の技術ではないでしょうね」
「うむ。連合の惑星開発の技術は優れたものだが」
「はい」
「それでも最先端の技術を易々と我々に渡したりはしないだろう。やはり幾らか前の技術だろうな」
「それでもよいのではないでしょうか」
 しかしエルールはそれにはそう答えた。
 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその四


「それは何故だね」
「惑星開発という分野に関しては我々は連合に大きく遅れをとっています」
「うむ」
「少なくとも百年程は。やはりこの分野では連合は他者の追随を許しません」
「そうでなくては今の連合はないしな」
「はい。ですから幾らか前の世代の技術でも今の我々のものより上だと思います。ですから受けてもよいかと思います」
「そうか」
「全ては閣下の御決断次第ですが」
「わかった」
 そこまで聞いて頷いた。
「それでは暫く考えてみよう。だが受けるのを前提としたい」
「わかりました」
「しかしだ。我々は今までそれ程惑星開発には積極的ではなかった」
「はい」
「それが急にだからな。連合はそれを不思議に思っているだろうか」
「どうやらそうではないようです」
 しかしエルールはクリシュナータのそうした疑念を打ち消した。
「何故だね」
「連合にとっては今まで我々が惑星開発に関して積極的でなかった方が不思議なようです」
「そうなのか」
「ええ。連合の歴史とはそのまま惑星開発、開拓の歴史でした」
「うむ」
「その観点から見ると。我々の動きは非常にゆっくりとしたものであるようです」
「時間の概念の違いだろうか、いつもの」
「確かにそれもあるでしょうが」
 彼女はそれも認めた。
「我々の人口を考えますと。やはり不自然なようです」
「人口といっても我々は連合の十分の一以下だぞ」
「連合全体で見ればそうですね」
「全体というと」
「彼等は国の集まりですから。彼等から見ればマウリアは非常に大きな国です」
「国か」
「連合にあるどの国よりも。彼等はそう見ています」
「そういえば彼等はそれぞれの国への所属意識が大きいのだったな」
「はい」
「連合そのものに対するより。それでか」
「これでおわかりでしょうか」
「うむ。それでは確かに我々は連合のどの国よりも大きい。人口も領域も産業もな」
「そういうことです。彼等は我々のことを人類で最大の国家と言っております」
「そこまで大きいつもりはないがな」
 彼はそう言って苦笑した。
「しかし彼等はそう見ています」
「彼等がそう見るのが問題なのか」
「人間ものを見るのには絶対に主観が入るものですから」
「それでもな」
「何はともあれ援助は受けるにこしたことはないですが」
「それはわかっている」
 援助に関してはもう受けることを前提としていた。
「それでいこう」
「はい」
「不安ではあるが」
「それではその不安を取り除いたら如何でしょうか」
「というと。どうしてそうするのかね」
「その技術がどういったものかお知りになればいいと思うのですが」
「そうか」
「それでどうでしょうか」
「そうだな。それが一番いいか」
 彼はそれに頷いた。
「それではそうしよう。連合の惑星開発に関する技術について調べよう」
「わかりました」
「期待できるものであればいいがな」
「はい」
「ところで話を変えたいが」
「何でしょうか」
 クリシュナータが話題を変えにかかるのを見てエルールもその目の色を少し変えた。
「君は八条国防長官と交渉したのだったな」
「はい」
「どの様な人物だったか。噂では若いながらかなりの切れ者だというが」
「その通りです」
 彼女はそれに頷いた。
「落ち着いて冷静な方です。それに」
「それに?」
「もう一つの噂通りに。お綺麗な方でした」
「美男子か」
「ええ。マウリアでも俳優として通用する程ですね」
「それを聞いて嫉妬を覚えてしまったよ」
 クリシュナータはその整った彫の深い顔を少し苦いものにさせて笑った。
「男としてね。彼の顔は写真で何度か見たことはあるが確かにいい顔をしているからな」
「写真で見るよりずっと綺麗でしたよ」
「モニターでもか」
「はい。直接御会いしたらどんなものか。それを思うと楽しみですね」
「やれやれ。まるでアイドルだな」
 苦笑したまま言う。
「私はアイドルには詳しくはないのだが。彼に関しては詳しくなりたくなったな」
「あら、お詳しくなかったのですか」
「彼に関してはな」
「いえ、アイドルに」
 見ればエルールは悪戯っぽく笑っていた。
「この前テレビを御覧になられてましたね」
「ああ」
「その時アイドルグループばかり見ておられたではありませんか」
「気付いていたのか」
「勿論ですよ。わからないとでも思ったのですか」
「そうだが。わかっていたのだな」
「ええ。最近はどのアイドルがお好きですか」
「実はこれといったグループはいないんだ」
「そうでしたか」
「昔は大勢いたのだがな。これも歳か」
「その御覧になられていたグループはどうでしたか」
「丁度興味を持ちはじめたところかな」
 首を傾げて考えながらそう述べた。
「新しく売り出し中のグループだったな」
「はい」
 どうやらマウリアでも連合やエウロパと同じようにアイドルというものがあり人気を集めているらしい。これはどの国でも変わらないということか。
「これからどうなるか。楽しみだ」
「そうですか。では是非注目していて下さい」
「何か楽しそうだな、やけに」
「実はあの娘達と知り合いでして」
「ほう」
「テレビでの討論番組へ出演する時に会ったのですよ。そして知り合いになりました」
「面白い縁だな」
「ええ。いい娘達でしたよ。明るくて礼儀正しくて」
「それは何よりだ」
「今度御会いになられたらどうですか、閣下も」
「時間がないからな」
 また苦笑いを浮かべた。
「とりあえずはテレビで我慢させてもらおう。また何かあったら教えてくれ」
「わかりました」
 こうしてクリシュナータとエルールの話は終わった。マウリアもまたマウリアで動いていたのであった。 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその五


 その特使はサハラを通過した。その際シャイターンのティムールも通過していた。そしてモントローズ要塞を越えてエウロパに入ったのであった。
 それは当然ながらシャイターンの許可を得たものであった。彼はその特使達を黙って通過させたのであった。その際の見返りは全く要求せず受け取りもしなかった。
「主席」
 官邸に一人の軍人が入って来た。そしてシャイターンの前に姿を現わした。
「何だ」
 彼はこの時食事を摂っていた。その後ろを仮面を被った六人の将校達に守られながら。テーブルの上にみらびやかに並べられた料理を口にしながらその軍人に声をかけてきた。
「失礼、御食事中でしたか」
 彼はそれを見て引き下がろうとする。
「待て」
 しかしシャイターンはそれを制止した。
「話があるのだな。いい、聞こう」
「宜しいのですか」
「構わない。そして話とは何だ」
「マウリアの特使のことですか」
「あれか」
 彼はそれを聞いて目を少し動かした。
「あれがどうしたのだ」
「只今モントローズを通り抜けエウロパに入りました」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。肉を口にする。羊の肉を焼き香辛料で味付けしたものだ。今テーブルにある料理の中ではかなりシンプルなものであった。
 ナイフで押さえフォークで切ると肉汁が溢れ出る。それを口に入れる。羊の旨味と香辛料の辛みが口の中を支配する。シャイターンは味わった後でまた彼に対して言った。
「途中何のトラブルもなかったか」
「はい」
 彼はそれに頷いた。
「何もありませんでした。彼等は順調にエウロパ領に入りました」
「それは何よりだ」
「ただ、一つ気になることがありました」
「何だ」
「どうやら彼等は我が国の航路をかなり詳しく知っているようなのです」
「それは軍事用もか」
「はい」
 軍人はシャイターンの問いに答えた。
「その証拠にどの航路を通ってよいか聞かれまして。その際名前まで呼んでいました」
「そこまでか」
「彼等の演出でしょうか。それだけ我が国の事を知っているという」
「だろうな」
 シャイターンはその言葉に頷いた。
 サハラでは航路等は公表していない。戦乱が続くこの地域においてはそれはすぐに他国に利用される恐れがあるからである。これは当然ながらティムールも同じである。
 しかしマウリアはそれを知っていた。しかも航路の名前まで。彼はそれを聞いてあらためてその目の色を険しくさせたのであった。
「如何為されますか」
「消してはどうか、ということか」
「閣下がそれを望まれるのなら」
 軍人はそう述べた。
「どうされますか」
「よい」
 だが彼はそれには首を縦に振らなかった。
「その特使を消したところで航路のことが消えるわけでもない」
「では宜しいのですね」
「うむ。ただし気をつけておかねばならないことがある」
「それは」
「その情報がハサンやオムダーマンに漏れてはいないだろうな」
「そこまではわかりませんが」
「漏れていれば脅威だぞ。それはわかるな」
「はい」
「事前に作戦計画を立てられる怖れもあるからな」
「それはわかっております」
 彼はそう答えた。今までのオムダーマンやティムールの快進撃を支えたのはこれであった。事前に情報部が平時からその国に潜入し、情報を収集する。そして航路を割り出しそれを参謀本部に渡す。参謀本部はそれに基づき作戦を立案する。こうして彼等は作戦を立て、戦争を行ってきたのだ。アッディーンやシャイターンの武勲の影にはこうした多くの情報部員達の活躍があったのである。これはサハラの歴史においてはどの国もやっていることではあるが。
 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその六


「それは避けたい。もっとも既にこの国にもハサンやオムダーマンの者達が入って来ているだろうがな」
「では」
「そう。そして今一人見つかった」
「それは」
「誰か知りたいか」
 シャイターンの目の色が変わった。何か企むような目になっていた。
「閣下さえ宜しければ」
「わかった。では教えてやろう」
 その言葉に笑みが含まれた。
「それは貴官だ」
 彼がそう言った瞬間後ろにいる仮面の将校の一人が動いた。懐からビームガンを取り出し射撃する。次の瞬間に軍人は額を撃ち抜かれた。そしてその場に倒れ込んで事切れてしまったのであった。
「貴官のことは知っていた」
 シャイターンは瞳孔を開いたまま横たわるその軍人を見下ろしながら冷たい声でそう述べた。
「ハサンからわざわざ御苦労だったな。だがそれも無駄な努力に終わった」
 ワインを飲みながらそう語る。
「後はゆっくり休むがいい。土の下でな」
 ムスリムは土葬である。それを意識しての言葉であった。
「葬ってやれ、丁重にな」
 後ろに控える将校達にそう言う。
「アッラーの僕としてな。よいな」
 彼等は一言も発さずにそれに頷く。話は充分伝わっていたのであった。
 そしてこのスパイはシャイターンの言葉通り官邸から運び出され丁重に葬られた。彼はその話を食事の後の執務室において聞いた。この時は仕事をしていたがそれを聞いて手を止めた。
「そうか」
「ですが重大な問題ですな」
 傍らにいたハラーイブがそう述べる。
「まさかハサンの者がこの官邸にまで出入りしていたとは」
「特に驚くことはない」
 だがシャイターンはそれに対しても冷静であった。
「よくあることだ。昔からな」
 確かにスパイがその国の奥深く二まで入り込むのはよくあることであった。今まで多くの国でそういうことがあった。中にはその国の高官を買収する等してスパイに仕立て上げた例もあるのである。
「言い換えれば我が国もやっている」
「そうでしたな」
 ハルシークはそれを受けてニヤリと笑った。
「それも彼等以上に」
「そういうことだ。だが意外なことだったな」
「といいますと」
「ハサンがやってくるとはな。オムダーマンなら有り得ると思っていたが」
「オムダーマンがですか」
「違うのか」
「はい。アッディーン元帥はそのような人物ではないと思いますが」
「彼ではない。あの国の外務省や諜報部だ」
「そちらですか」
「彼等は信用が置けない。何をしてくるかわからない」
 そう語るその目が光った。
「現に今までも何人か怪しい輩がいたな」
「はい」
「そう思ったらいつも消える。逃げ足が速い」
「だからこそ優れたスパイなのでしょうが」
「我がシャイターン家の使用人の中にも怪しい者がいたことがある」
「主席のお側にまで」
「そうだ。メイドの一人がな。フラームが何かおかしいと私に言って来たのだ」
「フラーム様がですか」
「フラームもあれで勘がいいからな。何かを察したのだろう」
「左様でしたか」
「そう私に言った翌日にはもう姿を消していた。小柄な少女だったが」
「少女でしたか」
「外見はな。中身はわかったものではない」
 こうしたことはよくあることである。変装している場合もあれば実際の年齢より若く見られたり老けて見られたりする者もいる。個人差と言えばそれまでだがそれを利用することも可能なのだ。
「人間は外からだけではわかりはしない。その中身ですらわからないことが多いしな」
「はい」
「全てを知られているのはアッラーのみだ。その当人ですらわからない時もある」
「まことに」
「そんなものだ。あのメイドも本当に少女であったかどうか疑わしい」
「他にも怪しい者はいますか」
「今はいない」
 シャイターンはそれには首を横に振った。
「だがこれからはわからない。これまで以上に身の周りには気をつけよう」
「そうされた方が宜しいかと」
「もっとも」
 彼はここで悪魔的な笑みを浮かべた。端整なその顔に暗い影が指した。
 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその七


「私を害することができる者なぞこの世にはいないのだがな。アッラーに運命を託された私が」
「はい」
「私に対して何かをできるのはアッラーのみ。アッラー以外には存在しないのだ」
「その通りです」
「このサハラもまたアッラーが委ねて下さる。その為には」
「全てが許される」
「うむ」
 彼は悪魔的な笑みをたたえ続けていた。ハルシークもその笑みを前にして笑っていた。それはまるでキリスト教世界の伏魔殿にいる魔王とその僕の様であった。
「そうか、勘付かれたか」
「はい」
 オムダーマン外相アッバースは外務省の暗室にいた。そこで何者かと話をしていた。
「思いの他早かったな」
「申し訳ありません」
「いや、いい」
 彼は椅子に座ってその者と話をしていた。その者は彼の前に立っている。その姿は暗室の中なので見ることはできない。だが声から女性であることはわかる。
「こうして戻ってきてくれただけでな。元々あの男の側にまで潜り込ませるという方が大胆過ぎた」
「そうなのですか」
「私も一度躊躇ったがな。だが賭けたのだ」
「成功するかどうか」
「そうだ。だがやはり危険だったな。早く帰ってきて正解だった」
「有り難うございます」
「だが情報は手に入ったのだな」
「はい」
 その者は頷いた。
「あの男のことや家のことも。どうだ」
「ある程度はわかりました」
「それは何よりだ」
 彼はそれを聞いて声だけで笑った。
「それでは後でその話をじっくりと聞かせてもらおう」
「はい」
「今は休んでくれ。御苦労だった」
「わかりました」
 その者は一礼してその場から消えた。アッバースはそれを見届けた後で目の前に置かれているコーヒーを手に取った。それを飲み一服した。
「ふうう」
「今回も逃げる羽目になったようですな」
「貴方ですか」
「はい」
 闇の中から一人の男が姿を現わした。オムダーマン軍特殊部隊のハルヴィシーであった。
「彼女ですら」
「彼女のことを知っていましたか」
「勿論ですよ」
 ハルヴィシーは笑ってアッバースに対してそう答えた。
「前に声をかけたことがありますから」
「おやおや。それでどうでした?」
「いやあ、駄目でした」
 彼は特に残念そうな素振りもなくあっけらかんとしてそう答えた。
「婚約者がいるとかで。もう結婚しているのでしょうか」
「年齢的にはそういうものを既に越えていますが」
「それでもまだですか」
「今回の仕事が終わってから式を挙げるつもりのようですが。詳しいことはわかりません」
「そうでしたか」
「しかし閣下も御目が高い。彼女のよさがわかりましたか」
「私は女性の趣味には自信がありまして」
 楽しげにそう語る。彼も今までの功績を評価されて将官になっていたのである。だから閣下と呼ばれたのだ。
「美人を見る目はありますよ。後はワインも」
「それはいい。それでは今度飲みますか」
「時間があればね。しかしティムールは中々尻尾を掴ませませんね」
「こちらはかなり掴まれているようですけれどね」
 アッバースは苦い顔になった。
「どうやらかなりの数の諜報員、工作員がオムダーマンに潜入しているようですし」
「それはこちらも調査中です」
 ハルヴィシーも考える顔でそう述べた。
「ですが尻尾を掴みそうになったら逃げられる。それの繰り返しです」
「そちらもですか」
「ええ。まるで鰻の様です。いや、鰻よりも性質が悪い」
「鰻よりも」
 ここで彼等が言っているのは普通の鰻ではない。サハラの多くの地域に生息する吸血鰻である。ヤツメウナギの仲間で川や海にいる生物の血を吸って生きているのである。ヤツメウナギと同じ位の大きさだがその動きはもっと速い。そして捕まえにくいのだ。泳いでいる人が襲われて血を吸われることも多い。サハラの多くの星系においては厄介者として嫌われている。
「血こそは吸いませんがね。それでも情報を吸っているから同じですか」
「国家の血を吸っているのと同じですよ」
 アッバースはこう言った。
「それも相手のね。もっとも我々もそれは同じですが」
「では私も外相も鰻になりますね」
「まあそうでしょうね」
 彼はそれを聞いても特に悪びれもせずそう返した。
「結局は同じ穴の狢ということでしょうか」
「ですな」
 ハルヴィシーはそれを聞いて面白そうに笑った。
 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその八


「鰻同士で争っているということになります」
「それぞれの縄張りの中で」
「しかも互いに知らぬ顔をして」
 それもまた政治というものであった。表ではにこやかに笑って握手をしていても裏では蹴り合いをする。そして互いに知らない振りをする。オムダーマンとティムールもそれは同じであった。表面上は友好関係にあってもである。
「ただ、ティムールは思いの他こうしたことに関して長けていますね」
「それはそうでしょう」
 アッバースの溜息混じりの言葉にハルヴィシーは当然のようにそう述べた。
「シャイターン家ですから」
「シャイターン家だからですか」
「ええ。彼等は今まで多くの謀略でここまでなりました」
「噂の域を出てはいませんがね」
「そう、あくまで噂に過ぎませんが」
 噂は大抵が根拠のないものである。だが中には真実もある。シャイターン家に関する噂はその多くが根拠こそないものの真実に極めて近いものであるのはサハラではもう常識となっていた。
「ですが有り得ることです」
「ですな」
 アッバースもそれはわかっていた。それに頷いた。
「彼等ならね」
「シャイターン家なら」
「そういうことですな」
「はい」
 それから頷き合った。
 目的の為には手段を選ばず、最も有効と思われる方法を躊躇することなく選ぶ。全ては合理的な判断と現実性有効だけを考える。原因や結果も頭の中に入れ、犯罪なども構わない。それがシャイターン家であった。魔王の家とも言われていた。
「我々に対しても牙を剥くのですからな」
「どのみちいずれは表立ってそうしてくるでしょうな」
 ハルヴィシーはいつもの軽い雰囲気を消してそう述べた。
「我々だけがこのサハラに残ったならば」
「そうなるでしょうな」
 アッバースはこれもわかていた。
「昔の中国の言葉ですが」
「はい」
「天下に二日なし、です。王はその国に一人しか必要ないという言葉です」
「何処でも同じですね、それは」
「かってはそれにより中国では争いが耐えませんでした。王朝が衰えた時の内乱といい」
「平和な時でも宮廷における皇族同士の争いといい」
「そういうことです」
 漢代の呂后という人物がいた。彼は高祖劉邦の正妻であり皇后であったがこの劉邦という人物はよくある話であるが好色であった。世の中に女好きでない男がいれば同性愛者だからこれは当然であったがここで一つの問題があった。
 彼は皇帝であった。そして次の皇帝を選ぶことができた。次の皇帝には呂后の子がなる予定であった。しかし予定は予定である。劉邦の気分一つで変わるものなのだ。そして変わる要素があった。
 劉邦の寵愛を得た妃の一人に威夫人がいた。劉邦は彼女との間の子を次の皇帝にしようと考えたのである。その子を如意といった。そして威夫人もそれを望んだ。だが呂后はそれを阻止せんとした。漢王朝を作り上げた多くの重臣達と語らい何とか我が子を皇帝とした。恵帝である。
 これで話は終わりではなかった。呂后は執念深い女性であった。威夫人も如意も殺そうとした。しかしそれを我が子である皇帝が阻んだ。彼は如意を常に側に置き守った。だが彼女は一瞬の隙を衝き如意を毒殺し威夫人を人豚とした。
 人豚、この名を聞いて恐れぬ者はいないだろう。両手両脚を切り取り目をくり抜き、耳を潰して口も破壊して話せないようにしたものだ。そして当時厠となっていた豚小屋に放り込む。かっては絶世の美女と言われた威夫人はこうして無残な最期を遂げた。
 これが呂后の恐ろしさであった。彼女は女性の極めて悪い部分が極端に出ていた女性であった。嫉妬、憎悪。人間ならば逃れられないこの負の感情が出ていた。ただし彼女の弁護をするならば彼女が君臨していた時代は宮廷はそうした陰謀と流血で満ちていたが世の中は平和であった。司馬遷の史記にはそうある。これは唐代の恐るべき女傑であり彼女と同じく敵を惨たらしいやり方で処刑した則天武后も同じである。彼女も中国の長い歴史で唯一の女帝となるまでに、そしてなってからも多くの人物を殺していたがその治世は戦乱も少なく平和であった。また民には寛容な人物であった。宮廷と世の中はまた別の世界なのである。
 それにこうした話は何も中国だけではない。欧州でもよくあった話であった。イギリスのロンドン塔では玉座を争った結果暗殺された少年王とその弟の亡霊が出るという話があった。フランスの鉄仮面はその正体はルイ十四世の兄弟ではないか、という説がある。これはこの時代でも詳しいことはわかっていない。人類の歴史のミステリーの一つとされている。
 とりわけバチカンではそうであった。教皇の座は一つ、その一つの座を巡って長い間恐ろしい陰惨な戦いが聖なる場において行われてきた。神の救いも祈りもそこにはなかった。あるのは権力と富への執念だけであった。バチカンこそはこの世で最も陰惨な権力闘争が行われてきた場所であるかも知れないのだ。
 サハラもそれは同じである。それで消え去った国も多い。内乱で国力を衰退させそこを敵国につけ込まれるのだ。こうして多くの国が滅んでいるが結局人間というものはわからないものなのである。
「その一つの座を巡って争われてきましたな」
「それは国も同じ」
「はい」
 ハルヴィシーは頷いた。
「このサハラにあるべき国は本来一つです」
「アッラーの選ばれる国は」
 ウマイア朝を最後にアラブを統一した国はなかった。統一は彼等の願いであったがそうはいかなかったのだ。アッバース朝もサラディンもオスマン=トルコもそれはできなかった。そして今も。だがようやくそれを達成できそうな国が現われようとしていたのだ。その中の一つが彼等の国オムダーマンであった。
「ただ、向こうもそれは同じでしょう」
「でしょうね」
「どちらが生き残るか」
「いずれわかることです」
「はい」
 彼等も話を終えた。アッバースは自身の本来の執務室に戻りハルヴィシーは何処かへ姿を消した。彼等は先の先にある戦いも見ていたのだ。
 それはアッディーンも同じであった。彼はこの時訓練に従事していた。

 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその九


 首都アスランから少し離れた場所において艦隊戦の訓練を行っていた。それは実際に攻撃こそ行わないものの本物の戦闘と何ら変わることのない激しいものであった。
「いかんな」
 彼は一方の艦隊の動きを見てそう言った。
「あの部隊の動きが悪い」
 そう言ってモニターに映る部隊の一つを指差した。
「私の言葉で注意を出しておくように」
「わかりました」
 それにシンダントが頷いた。
「それではそのように伝えておきます」
「うむ」
 アッディーンはそれを認めた。そしてまたモニターを見た。
「見ればその部隊だけではないな」
「といいますと」
 傍らにいるムラーフが彼に問うた。彼はアリーの艦長から一軍の将にまでなっていた。今では大将として艦隊を率いる立場となっていた。
「全体的にだ。今一つ動きが鈍いとは思わないか」
「そうでしょうか」
「貴官はそう思わないのか」
「はい。取り立ててそうは思いませんが」
「そうか」
「言うならば暫く戦いから離れていますから」
「そうだったな」
 アッディーンはそれを聞いて考える顔になった。
「それもあるか」
「それに今回の訓練は新兵も多いですし」
「うむ」
「仕方無い部分もあります。まだ入りたてですから」
「そうだったのか」
「まあすぐに慣れます。その為の訓練でありますし」
 これは甘いようで正論であると言えた。
「落ち着いて見ていきましょう、今回は」
「そうしていいか」
「はい。それに御覧下さい」
「むっ」
 ムラーフが指差した部分を見た。見ればそこは先程アッディーンが動きが悪いと指摘した部隊であった。
「彼等にしろ少しずつですが動きがよくなっております」
「確かに。私が注意しただけではないようだな」
 それだけで動きがすぐによくなるわけはなかった。やはり訓練によりよくなっていくのである。それは少しずつだが確実に表われてくる。その部隊もそうであった。
「鍛えていけばいいです、焦らずに」
「うむ」
「焦るとろくなことはありません。まあ気長にいきましょう」
「今はそれでもいいか」
 アッディーンは納得することにした。確かに急に戦争になる気配もなかった。今は訓練に専念してもいい。ならばじっくりやることにした。
「ではここはあまり言わないでおこう」
「はい」
「じっくり見せてもらうとするか。将兵の成長を」
 そう言って見守ることにした。見ればムラーフの言葉通り彼等の動きは次第によくなってきていた。訓練が進むにつれ。アッディーンはそれを見て少しであるが嬉しさを感じていた。
 とりあえずその日の訓練は終わった。各艦隊はそれぞれの場所に集結して休息をとっていた。アッディーンの乗るアリーもまた休息に入っていた。彼はそこでバヤズィトにあることを尋ねていた。
「アスランについてどう思うか」
「アスランですか」
 彼は首都アスランについて聞かれその目を動かした。
「そうだ。オムダーマンの領域はかなり広くなってきた」
「はい」
「それを考えるとアスランはかなり西に偏りすぎてはいないだろうか」
「そう言われますと」
 それはバヤズィトも頷くしかなかった。後方参謀として補給については詳しい。確かに今のままだと東に出撃する際には距離の問題で色々と苦労がある。距離はそのまま足枷になるのである。
「今でもかなりネックになってはいないか。東に進む時には」
「否定はしません」
 バヤズィトはそれに答えた。
「ハサンからは離れ過ぎているように思われます」
「そうだな」
「今後、少なくともハサンとの戦いの後は考慮すべき点であると思われます」
「他にいい場所があればいいのだがな」
 彼等はこの時単に軍事的な見解から拠点を選んでいただけである。だがこれが大きな流れとなる。サハラ全体を変えてしまうような。
「それも大統領にお話されてはどうでしょう」
「ううむ」
 しかしアッディーンはそれには首を縦に振れなかった。
「我々はあくまで軍事的な見解から話をしている」
「はい」
「政治的、経済的にはどうかと思ってな。政治はともかく経済的には話が違うかもしれない。私も経済は最近勉強をはじめたのだが」
「そうだったのですか」
「経済もな、かなり厄介なものだ」
 彼は困ったような顔をしてそう述べた。
「よく生き物と言われるな」
「はい」
「そういうことだ。常に動いている。何が何だかわからに部分もある。それに予測がつけづらい」
「難しいとは聞いていましたが」
「経済の専門家は何人もいるが完全にわかっている者は滅多にいないというしな」
 彼はいささかシニカルにそう述べた。
「今までその予測通りにこれからの経済を見越した者はそうはいない。歴史に何人いるか」
「少なくとも共産主義は外しましたし」
「経済は宗教ではないしな」
「それはわかります」
「人だけで完全にコントロールできるものではない。かなりの部分がアッラーの御手に委ねられているのだ」
「かなりの部分が」
「そうだな。アダム=スミスだったか」
 初期の資本主義経済について言及したイギリスの経済学者である。国富論が有名である。
 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその十


「まだ彼の方がマルクスより経済をわかっていたのではないのか、そう思える」
「はあ」
「まあある程度マルクスの思想も資本主義に入ってはいるがな。もっとも今更資本主義云々言うイデオロギーなぞ無意味なものだが」
「それもそうですが」
 経済のイデオロギーなぞ二十世紀の遺物であった。ソ連の崩壊により終わった。経済は宗教ではなく、完全無欠な経済理論なぞこの世には存在しないのだということの証明となった。双方がわかっていない者もこの時代にもいるにはいるが。日本では二十一世紀中頃までそうした輩が存在した。日本の経済学は化石とまで言われていた。マルクスやケインズから全く進歩していなかったからだ。日本では経済学で国際的な賞を受賞した学者は長い間生まれなかった。それが日本の経済学の実態であった。
「しかし、案外地理的なものが影響するものだな、経済というものは」
「そうなのですか」
「それも今後考えていかなければな。副大統領になってから経済まで勉強するとは思わなかった」
「そういうものですよ」
 バヤズィトはそう答えた。
「地位が上がるとそれだけ知ることも増えます」
「ああ」
「同時に学ばなければならないことも。閣下も少尉の時と元帥の時では権限がまるで違いますね」
「幾ら何でも全く違うがな」
「それです。そして知るべきものも多い」
「うむ」
「それならば学べきものも多くなるのも道理です。さもなければやっていけません」
「そういうものか」
「はい」
「だがその心配はもうないな」
 彼はここで笑ってそう言った。
「といいますと」
「私はここで終わりだ。副大統領でな」
 彼は特にそうした野心はなかった。政治家に転身しようというつもりもなかった。軍人として終わるつもりであったのだ。
「退役したらどうするかまではまだ考えてはいないが」
「それで終わりだと思われますか?」
「というと」
 その言葉に顔を向けた。
「閣下はまだお若い。これからどうなるかわかったものではありませんよ」
「これからか」
「アッラーの思し召し次第で。もっともそれは人縁ごときがわかる筈もないものですが」
「私が大統領にでもなるというのか?」
 笑ってそれを否定しようとした。
「まさか」
「もっと上から知れませんよ」
「そこまでいくと何なのかわからないな」
 また笑った。
「何が何だか」
「まあ今は副大統領としてお話しましょう」
「うむ」
「これからのことなぞ本当にアッラー以外には知り得ないことですから」
「そうだな」
 イスラムにおいては全てをアッラーが司っている。キリスト教やユダヤ教のヤハウェよりも無謬であり、絶対的な存在であるのだ。同じ神であるがその力はまるで違っていると解釈されているのだ。
「では副大統領閣下」
「うむ」 
 アッディーンはそれに応えた。
「本日の訓練の費用ですが」
「どうなっているか」
 確かに地位が上がればそれだけ知らなければならないことが増えるのは本当のことであった。アッディーンは今今日の訓練に費やされた費用についての報告を受けていた。軍隊というものはその存在だけで金がかかるものである。経済においても維持費と減価償却費があるがそれもまた軍隊において適用されているのである。これは殆どの世界で同じことであった。
 二人はそれについての話をしていた。それは順調に進んだ。そして次の日に備えるのであった。

 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその十一


 彼等の訓練は数日に渡って続いた。アッディーンはその間その時間の殆どをアリーで過ごしその訓練の指揮、監督にあたっていた。その結果は彼の満足すべきものであった。
 そして訓練は終わった。彼はその軍と共にオムダーマンにまで帰還した。その帰路で彼はあることを聞いた。
「それは本当か」
「はい」
 それにシャルジャーが頷いた。
「先程ハルヴァシー中将から連絡がありました」
「彼からか。ではかなり確かな情報だな」
「そうだと思います」
 彼もそれに応えた。
「あの男が動いたのか」
「アブサーファ」
 そしてその名を口ずさんだ。
「どう動くのか」
「我々に対して動いているようではないですが」
「だが警戒するべきだな」
「はい」
 シャルジャーはまた頷いた。
「彼が動いたということは間も無くあの国も動くことですから」
「今までがそうだったからな」
 アッディーンはその顔を険しくさせた。その男はイブヌル=アブサーファ。ティムール保安本部長であり大将である。シャイターンの影の懐刀として恐れられる男である。
 その顔は鋭利で美しい。サハラの男の理想とも言うべき美貌の持ち主で身体も長身で引き締まっている。南方の裕福な家に生まれたと言われているが確かなことはわからない。ふらりとシャイターンの傭兵隊に入りそこで彼の配下となった。
 彼が手腕を発揮したのは謀略及び諜報活動であった。シャイターンの天才的な軍事的活躍を影で支えてきているとさえ言われている。そしてその政治的栄達も。
 シャイターンは粛清を行わないと表では言われている。だがこれは誤りであった。彼はその前にその粛清すべき対象を葬ってきていたのだ。その主役が彼であった。
 シャイターンの北方への来訪後、いや彼が南方において一介の傭兵隊長であった頃からその政敵は次々に謎の死を遂げてきた。朝ベッドで死んでいた、交通事故、自殺、急病、そして行方不明。彼の政敵は何故かそうした末路を辿ることが多い。反対派もだ。首謀者達がいきなり爆死したこともあった。これはその殆どがこのアブサーファの手によるものであったのだ。証拠はない。あれば今のシャイターンはいない。だが各国の情報部はわかっていたのだ。彼がやったということを。その性格は冷酷にして非常であった。部下や同僚からも心底恐れられる、そうした人物であった。
「そして何処に目を向けているのだ」
「東方に」
 シャルジャーは答えた。
「東にか」
「おそらくは枝を先に攻めるのかと」
「枝を」
 ハサンには多くの属国が存在する。そのことを言っているのだ。
「ではこれからあちらの国々で何かと起こるな」
「多分」
「それは彼等で何とかするしかないか」
「そうですね。それは彼等で何とかするしかありません。我々ではどうしようもありません」
「できると思うか」
「それは」
 だがシャルジャーはそれには懐疑的であった。
「無理だと思います」
「あの男が相手ではな。そうだろうな」
「ですが本格的な動きはまだ先のようです」
「そうなのか」
「最後の調整に入っているとの情報もありますから」
「詰め、か」
「はい。やはり事前に色々と動いているようです」
「ふむ」
「どちらにしろいずれは戦争が起こるかと」
「我々も用意しておいた方がいいな」
「はい」
「ハサンだな、次は」
「ハサンですか」
「ティムールとは今は同盟関係にある」
 アッディーンは言った。その証拠が彼の妻マルヤムであった。
「とりあえずは戦争にはならない」
「表立っては」
「そうだな。あくまで表立っては、だが」
 彼も外交部や諜報部のことはわかっていた。耳にも入っている。だからこそこう言えたのであった。裏では互いに相当のことをしていた。
「ハサンの情報は集まっているか」
「はい」
 シャルジャーはそれに頷いた。
「かなりのものが。どうされますか」
「更なる情報収集を」
 彼は言った。
「まだ時ではない。それまではこちらも準備を整えておこう」
「わかりました」
「ハサンはサハラ第一の大国だ。用心するにこしたことはない」
「ハッ」
「万全を期したい。よいな」
「わかりました。それでは」
 シャルジャーは敬礼した。そしてすぐに諜報部にそう伝えるのであった。
 サハラも水面下ではあるが動こうとしていた。だがまだそれは水面上には出てはいなかった。戦乱は宇宙の別の場所で起こっていたのである。
 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその十二


 クロノス星域。今ここでエウロパ軍がその主力を集結させて連合軍を待ち受けていた。
「敵はまだか」
 前線にいる指揮官の一人ジェラール元帥が部下にそう問うた。彼はニーベルングでの戦い以後エウロパ各地を転戦しここにまで辿り着いたのであった。思えば敗戦の連続であった。その顔にはその敗戦による疲れが色濃く出ていた。
「まだです」
 部下はそれに答えた。
「ですがもうかなり近くにまでいると思われます」
「そうか」
 ジェラールはそれを聞いて頷いた。
「では全軍に伝えておけ」
「何と」
「攻撃用意だ。いいな」
「わかりました」
 部下はそれに頷いた。そしてオペレーターに対して言った。
「全艦隊に伝えよ」
「何とでしょうか」 
 この艦にいるオペレーターは女性であった。見れば艦長も女性である。艦長もその部下に問うてきた。
「全艦隊への御指示でしょうか」
「そうだ」
 それにジェラールが答えた。
「いいか」
「わかりました。それでは」
 その女性艦長はそれを聞いて頷いた。そのうえで返礼した。
「オペレーター」
「はい」
 女性オペレーターは艦長の指示に頷いた。
「閣下の御言葉通りに」
「わかりました」
 オペレーターは頷いた。そして口元にあるマイクのスイッチを入れた。
「宜しくお願いします」
「うむ」
 ジェラールは頷いた。そして部下に対して言った。
「いいぞ」
「わかりました」
 その部下は応えた。そしてオペレーターに対して言った。
「全艦隊に告ぐ」
「全艦隊に告ぐ」
 オペレーターは復唱した。
「第一種攻撃用意」
「第一種攻撃用意」
「これで宜しいでしょうか」
 部下は伝え終わるとジェラールに顔を向けてそう問うてきた。ジェラールはそれに頷いてこう言った。
「これでよい」
「わかりました」
「しかしまだレーダー等には反応はありませんな」
 罰の部下がこう言った。
「そろそろだとは思うのですが」
「既に彼等は我々を察知しているだろうがな」
 ジェラールはその部下に対してこう言った。
「というと」
「電子機器も彼等の方が上だ」
 そしてこう述べた。
「レーダーもだ」
「電波を受けたとの連絡は入っておりませんが」
「性能差があるとそれを気付かせないことも可能だ」
 艦長にもそう答えた。
「では我々は自分達より遥かに目の効く相手と戦っているということになるのですか」
「それは今までの戦いでわかっている筈だが」
「確かに」
 それには頷くしかなかった。艦橋にいた全ての者がそれに頷いた。
「だからこそだ。もう準備は整えておいた方がいい」
「ハッ」
 部下達はそれに敬礼した。そしてそれぞれの配置に着いたのであった。
 攻撃用意を命令したのはジェラールだけではなかった。他の前線指揮官達もである。彼等は今までの連合との経験でわかっていたのである。彼等の電子機器、そして偵察能力の高さを。だからこそもう備えていたのだ。
「よくわかっているようだな」
 シュヴァルツブルグはそれを見てこう言った。
「何よりだ」
「ですが油断はできません」
 それに対して傍らにいるローズがこう言った。
「彼等には今まで散々煮え湯を飲まされてきましたから」
 それは厳しい声であった。そして憔悴も感じられた。
「わかっている」
 シュヴァルツブルグはそれに頷いた。
「その結果が今だ」
「はい」
「このクロノスにまで追い詰められるとはな。エウロパ軍も落ちたものだ」
「まだ落ちてはいないかと」
 だがローズはそれに反論した。

 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその十三


「落ちてはいないか」
「はい。我が軍は確かに敗戦続きで疲れが見えます」
 それはもう誰にも否定しようがなかった。
「そして損害も無視できないものです。ですが多くの将兵が今だ健在です」
「士気もだな」
「はい。まだ落ちてはおりません。我等が大地に落ちる時は」
「エウロパの崩壊だな」 
 ローズはその言葉に無言で頷いた。
「軍の敗北はそのまま国家の滅亡に繋がるか」
「はい」
「そうだな。だからこそ我々は敗れるわけにはいかない」
「だからこそここにテューポーンを持って来ました」
「あの怪物にも」
 そう言いながら席を立つ。話しながらその背をローズに向けていた。
「思う存分働いてもらおうか」
「はい」
 ローズに顔を向けてそう言った。そしてローズはそれに応えた。
「勿論です」
「蛇達はどうなっている」
「腹を空かせております」
 テューポーンの外見はかなり異様なものである。巨大なだけではなくその両脚は蛇の下半身であり身体中に羽根が生えている。そしてその肩からは百匹の蛇が蠢いているのである。将にギリシア神話最大最凶の怪物であった。一度は天空の神であるゼウスを破ったのも道理である強さであった。
「ならばよい」
 シュヴァルツブルグはその強さを知っているかのように頷いた。そして顔を窓の外に向けた。そこには無限の星の大海が広がっている。
「連合の大軍をゼウスとするならば」
「はい」
「飲み込んでくれる筈だ」
「ゼウスですか」
「そうだ。それがどうした?」
「ゼウスは我が軍の神ですが」
「そうだったな」
 彼はそう言われて沈痛な顔を作った。
「では何と呼ぶべきか」
 呼ぼうにも思いつかなかった。テューポーンはそもそもが大地の母神ガイアがゼウス達を脅かす為に生んだ巨大な怪物なのでさる。考えようによっては邪神であった。そのような者が倒すとなればどのようなものかここにきてわからなくなってしまったのである。口にした本人が。
「敵とでもしましょうか」
「それが一番か」
「かと思いますが」
 それでも彼等は晴れなかった。戦いは続く。だがその戦いには暗雲がまたもや漂おうとしていたのであった。二人はそれを感じずにはいられなかった。
「前方に敵影発見」
 ニョルズに到着したモンサルヴァートの軍にそう報告が入った。
「その数約百個艦隊」
「速いな」
 モンサルヴァートはそれを聞いて呟いた。
「連合軍は動きが鈍いと思っていたが」
「彼等は別です」
 傍らに控えるプロコフィエフがそう答えた。
「艦が改造されているようですから」
「そうだったな」
 それは聞いていた。モンサルヴァートはそれを聞いてあらためて頷いた。
「義勇軍か、サハラから来た」
「はい」
「皆かっては我々に敗れ去った者達ばかりだな」
「その中には閣下に滅ぼされた国の者もおりますが」
「アガデスか」
「他にも」
 プロコフィエフは言った。
「多くの国から流れ着いておりますから」
「そして今はエウロパにいるか。不思議な縁だな」
「彼等の言葉ではそれこそがアッラーの導きです」
「我々の言葉ではオーディンか、それともアテナか」
 プロコフィエフはそれには答えなかった。答えるかわりにゆっくりと前を指差した。
 

 

第十三部第五章 嵐が来たりてその十四


「答えは前にあります」
「前に」
「はい。導くのが我等の神々ならば我等の勝利となります」
「彼等が勝てば彼らの神の導きか」
「はい」
 ここでモンサルヴァートが単数であらわしたのはイスラム教が厳格な一神教であるからだ。これは彼もよく知っていることであった。
「だが一つ疑問があるな」
「それは」
「アテナはともなくオーディンは戦士の血を求める」
 表情を変えずにこう言った。
「そしてアッラーも。天国に確実に行ける者は戦死した者だけだったな」
「ジハードにより」
「そういうことだ」
 それを聞いてまた頷いた。
「どちらが勝利しても血は流れる」
「それならばそれでよいでしょう」
「それはどういうことだ」
「どれだけ血が流れても」
 その流麗な顔に凄みのある笑みが浮かんだ。いつもの知的で完璧なまでの美貌からは想像もできないものであった。
「勝てばよいのです」
「覚悟しているのか」
「何がでしょうか」
 答えはしてもその顔にある凄みは消えなかった。
「よくわかりませんが」
「ならばいい」
 彼にはわかった。それ以上聞く気にはなれなかった。
「今回の戦い、卿の頭脳を借りたい」
「わかりました」
「場合によっては命もだ。よいか」
「私はエウロパの貴族です」
 彼女は静かにこう言った。
「それならばエウロパの為には喜んで死をも賜りましょう」
「済まんな」
「私だけではありません」
 彼女はまた言った。
「全ての者が。尊き血は何の為に流れているのでしょう」
 所謂高貴なる者の義務であった。そしてその血は当然ながらモンサルヴァートにも流れていた。話を聞く彼の目にもそれが見えていた。
「そうだったな」
 彼はまた頷いた。
「私もまたエウロパの為にこの血を捧げよう」
「わかりました」
 そう言っている間にモンサルヴァートは腰の剣を抜いた。エウロパにおいては元帥以上はその腰に剣を帯びることを許されている。無論儀礼的なものであるが何よりもその権威を象徴するものなのだ。
 その剣で自身の右腕を切った。そしてそこから流れる己が血を見詰めながら宣言した。
「私は誓おう」
 その目にもまた赤いものが宿っていた。
「この戦いの勝利を。そしてオーディンに我が命を捧げることを」
 そこにいた全ての者がそれに対して敬礼した。彼等は今モンサルヴァートと共にヴァルハラに向かうことを決意したのであった。
 そのヴァルハラであるがかっての北欧においては天界であった。しかしその天界というものは一つではないのだ。それぞれの天界が存在するのだ。
「アッラーのお導きだな」
 義勇軍にいたグータルズは目の前に姿を現わしたエウロパ軍を見て不敵に笑っていた。
「あの時の恨みを晴らせと仰られている」
「それだけではありませんな」
 部下の一人がそれに応える。
「その敵の心臓を奪い取れとまで仰っておられます」
「オリンポスか」
 彼はそれを聞いてまた笑った。
「我等は内臓を食べたりはしないが」
「はい」
 イスラムは元々遊牧民の影響が強い宗教である。都会の宗教、商人の宗教と呼ばれるが遊牧民の影響も受けているのである。羊が主な肉であるのはその証左である。羊は肉食文化圏で食べられてきたものだ。日本が二十世紀後半までその肉に今一つ馴染めなかったのもそれである。
 だが遊牧民といってもモンゴル等とは大きく違っていたことがある。それは生物の血や内臓を食べたりはしないということである。とりわけ血については五月蝿い。
「だが今回ばかりは違うな」
 グータルズはそれをわかったうえであえてこう言った。
「彼等の心臓は美味いだろうな」
「おそらくは」
 その部下はそれに応えた。
「この上なく美味であるかと」
「俺は正規軍の者から心臓について聞いたことがある」
「何と」
「固いらしいな。肉としては」
「ほう」
「だが美味いらしい」
「左様ですか」
「はじめて食べるものも悪くはないだろうな」
「今回はアッラーも御許しですから」
「ああ」
 彼等が見ているのは目の前の敵だけではなかった。その向こうにある宝も見ていた。そして勝利も。彼等は今複数のものを同時に見ていたのであった。


第十三部   完


                  2005・10・1
 

 

設定資料集九


                  第二部設定資料
人名篇
 エレナ=プロコフィエフ
 金色の長い豊かな髪に緑の瞳を持つ絶世の美女。侯爵家の令嬢であり士官学校を主席で卒業している。エウロパ軍きっての才媛として知られその智謀はつとに有名である。

 ニコライ=ゴドゥノフ
 濃い髭の大男。くすんだ金髪に灰がかった青い瞳を持っている。モンサルヴァート配下において猛将として知られている。

 ホセ=ヴァン=マトク
 提督としてはまだ若く、かなり上位の貴族の出身である。砂色の髪に藤色の瞳。防衛戦の名手である。

 トーマス=ターフェル
 まだ三十代ながら多くの戦いを経ている歴戦の人物。赤い髪に茶色の瞳。

 シラノ=ジャースク
 ダークブラウンの髪と瞳の美男子で漁色家である。バランスのとれた采配をとる。

 ドミトリー=ニルソン
 金髪碧眼の長身の男。愛妻家であるが指揮官としてはかなり好戦的な人物である。

 レナート=アローニカ
 黒い髪と瞳を持っている。パイロット出身であり、空母を使った戦術を得意としている。

 ブワイフ=サルムーン
 壮年の口髭を生やした軍人。連合軍大将。トルコ出身である。

 グエン=バン=チョム
 ベトナム人。豊かな黒い髪と知的な光を持つ黒い瞳の男。痩せており頬はややこけている。一見すると学者に見えるが軍人である。連合軍技術総監。工学博士でもある。

 オットー=レイミー
 カナダ人。黒に近い茶色の髪にダークブルーの瞳。逞しい身体つきをしている。連合軍技術中将であり陸上兵器の開発にあたっている。

 ルチアーノ=モナコ
 エウロパの参謀。明るい人物。

 オストゥール=ハルージャ
 サラーフ王国軍務大臣。その髪と髭からサラーフの銀狐と呼ばれている。

 ムスタフード=サレム
 サラーフ王国首相。与党の領袖でもある。太っている。

 セリム=ハルヴィシー
 オムダーマン軍特殊部隊。黄色っぽい髪にやや白い肌。痩せて鋭利な眼光の瞳を持っている。一見明るいが実は優秀。

 アムル=ウルドゥーン
 ハルヴィシーの部下。いつも不真面目なふりをする上司に手を焼いている。

 サルダーン
 オムダーマン軍特殊部隊。

 マナーム
 オムダーマン軍特殊部隊。

 メフメット=シャイターン
 シーア派の一派の大司教を父に持つ傭兵隊長。黒い髪を後ろに撫で付けた鋭利な顔の美男子。だが陰がある。政治にも戦略にも長けた人物であり目的の為なら手段を選ばない。女性に対しても手が早い。後にサハラの歴史に大きく関係する英雄の一人となる。生活はかなり豪奢である。

 トゥース=ハルシーク
 シャイターンの参謀。鋭利な顔立ちをしておりやや小柄である。主をよくサポートしている。

 東宗久
 日本外相。カナダ人の血をそのルーツの一つに持っている。白めの肌を持つ長身痩躯の美男子。伊藤の愛弟子の一人でもある。

 佐藤幹久
 日本国防相。ラグビーで鍛えた大柄な身体を持つ。東と同じく伊藤の愛弟子である。

 伊藤学
 伊藤の夫。法学者であり日本の国立大学で教授を務めている。妻のよき相談相手でもある。また速筆なことでも有名である。

 ハルーク家の未亡人。
 サハラ北方の富豪の家の未亡人である。六十を越えていながらもまだ三十代前半にしか見えない老け込まない美貌を持っている。シャイターンは彼女を妻にしたことによりサハラ北方において揺ぎ無い力を手に入れることとなる。そして同時に彼はその美貌をも手に入れた。


地理・国家篇
 ハプスブルク家
 オーストリア王家。かっての神聖ローマ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝家である。第一次世界大戦後皇位をなくしていたがオーストリア王家として復活した。エウロパきっての名門として知られている。

 アレクサンドリア星系
 サハラ北方にある星系の一つ。総督府の本拠地が置かれている。かってはサハラ星系と呼ばれていた。

 ハサン王国
 サハラ東方の大国。実質的にサハラで最大の国家となっている。交易等が盛んで連合とは交流が深い。

 サラーフ王国
 サハラ西方最大の国家でありサハラ全体でも第二の国家である。マスメディアの権力が肥大化しており、その腐敗に悩まされている。

 アルフフーフ
 サラーフ王国の首都星系。

 ブーシル星系
 ハルドゥーンの故郷。ミドハド連合の星系の一つであった。ここにハルドゥーンが潜伏していた。ここでアッディーン率いるオムダーマン軍とサラーフ軍の戦いがあった。俗に言うブーシル会戦である。

 傭兵隊
 サハラにおいて存在する職業の一つ。所謂雇われ兵士達である。時折その素行や士気が問題となる。戦乱が産み落とした子供の一つである。

 ブワイフ共和国
 サハラ北方の国家の一つ。シャイターンが来訪した。

 イズライール
 シャイターンの旗艦。中にはシャイターンの豪奢な私室もある。

 マヤムーク王国
 サハラ北方の国家の一つ。これといって特徴のない小国である。シャイターンが兵権を握る。

 サンドリム連合
 サハラ北方の国家の一つ。比較的地形が平坦。

 エマムルド星系
 サンドリム連合の星系。物資の集積地でありここでシャイターンとモンサルヴァートが激突する。

 アムド国
 サハラ北方の国家の一つ。西方のサラーフとの境にある。

 ズアラ星系
 アムド国の星系。シャイターンとサラーフ軍が激突する。シャイターンは鮮やかな勝利を収める。

 

 

設定資料集十


                   第三部設定資料集
人物篇
ヌーフ=ハルシメル
 黒く短い髪に四角い顔のがっしりとした体格の男。オムダーマン軍所属。空母を中心とした機動部隊を使った作戦を得意としている。

イフリート=マトラ
 オムダーマン軍の提督。片目の勇将。

マーリク=カーシャーン
 オムダーマン軍の提督。攻守にバランスのとれた良将。

イブン=ラーグワート
 オムダーマン軍の提督。軍人としてはかなりの高齢であり、その実戦経験はかなり豊富である。

ハルーン=ベニサフ
 オムダーマン軍の提督。情報戦にも長けた切れ者。

アーダム=サリール
 オムダーマン軍の提督。勇敢で知られる猛将。

ミーカール=ナクール
 オムダーマン軍の提督。知将であり、その眼力は確かである。

マスルール=アルマザール
 オムダーマン軍の提督。叩き上げの人物であり堅実な采配を執る。

ジャムール=カトラナ
 オムダーマン軍の提督。名将の誉れ高い人物である。

ムスタファ=タルジーク
 オムダーマン軍参謀本部所属。アッディーンにサラーフの弱点を教える。

オマール=ハルダルト
 アッディーンの秘書。しなやかな身体に白い肌、黒い髪に鳶色の瞳の美青年。

ナベツーラ
 オムダーマンとの戦闘時のサラーフ首相。マスコミの寵児であり、その作られた名誉と賄賂、卑劣な謀略の数々により首相となる。ブルドッグに似た顔に似合わないアフロ、そして極めて粗野で下品な行動をとる。政治家としての能力は皆無であり、人間としても実に卑しい。だがマスコミの受けはよく、そこでだけは素晴らしい天才となっている。サラーフの病理の
集大成とも言える輩。

ホリーナム
 オムダーマン軍参謀総長。スプーンに似た顔をしており、眼鏡に出っ歯がトレードマーク。無能で卑劣、好色で無分別な男である。指揮官としてのビジョンは皆無である。だがマスコミによれば天才軍師となっている。しかも息まで臭く、人間としても最低下劣である。

ミツヤーン
 オムダーマン軍高官。軍におけるナベツーラ一派の領袖。軍人とは思えない程醜く太った小男であり、偏執狂的な目と黄色く、脂ぎった肌を持っている。サハラ南方に生息する毒蝦蟇に似ている。旗艦の艦橋に女を連れて入り、そこで酒を飲みながら戦場の指揮を執る天才指揮官である。私腹を肥やすことが最も得意である。

後明正天皇
 若く美しい女帝であられる。黒く長い髪にまだ幼さの残る顔立ち。その伝統を受け継いだ非常に気品のある方である。

トクン
 醜く太り、重い瞼を持つ男。ナベツーラ一派であり福祉を食い物にしている似非慈善家である。ナベツーラの狂信者。

テリーム
 ガチャ目でスキンヘッドの小男。マスコミによれば正義を愛する毒舌家となっている。その実態はただ自分に反対する者達を罵倒することだけが取り柄の狂人である。ナベツーラの飼い犬。

エジリーム
 薄く、汚い髪と疣だらけの顔を持つ。サラーフのマスコミの頂点に立ち、ナベツーラの提灯記事を書いている。

ハラス
 サラーフ軍の司令官。落ち着いた有能な軍人であるがナベツーラ一派の卑劣な行動の数々により敗北に追い込まれる。

グルド=スマラ
 ハラスの部下でありサラーフ軍きっての良識派である。

キヨハーム
 ナベツーラ一派のサラーフ軍人。作られた筋肉を持つ獰悪な顔の男で極めて粗暴。犯罪者と全く変わらない。

モトキーラム
 気色悪い化粧に悪趣味なアクセサリーを身に纏ったナベツーラ一派の軍人。部下を惨たらしいやり方で虐待したり、幼女に手を出したりするのが趣味。

ペタシャーン
 色の黒い大男。粗暴で凶暴。やはりナベツーラ一派の軍人である。

エトン
 ナベツーラ一派の軍人。性犯罪者。


地理・国名編
ムスタファ星系
 サラーフ王国の星系の一つ。交通の要地であり、軍事的には物資の集積地である。アッディーンはサラーフとの戦いの際ここに拠点を置いた。そしてここでミツヤーン率いるサラーフ軍との間で決戦が行われた。

アルフフーフ
 サラーフ王国の首都。サハラ西方では最大の人口と発展を誇る星系の一つでもある。


 日本の首都。天皇がおされる場所であり人類社会で二つしかない帝都のうちの一つである。なおもう一つはエチオピアの帝都である。近代的なビルが立ち並び、それと同時に古風な建物が並立している不思議な星系である。

八幡
 日本の政治の中心。政府及び議会が置かれている。

美原
 日本の経済の中心。

皇居
 京にある皇室のおられる場所。質素な造りであり、檜を中心とした木造である。内装もやはり質素であり古風。中に務める者達の服装は平安期のものとなっている。

大勲位
 日本で最も位の高い勲章。金色の菊に紫のリボンが飾られている。

エウロパ中央軍統帥本部
 エウロパ軍の作戦等を統括する組織。軍務省の下にある。本部長は現役武官が務めることが多い。

エウロパ総統官邸
 宮殿でありロココ形式をもとにした優雅な造り。カラーはオレンジが主流であり内部には様々な芸術品や装飾品が置かれている。かってプロイセンのフリードリヒ大王がポツダムに築いたサンスーシーをモデルにしている。

オーレフ星系
 サラーフ王国の星系の一つ。アステロイド帯が多い。ここでアッディーンはハラス率いるサラーフ軍に勝利を収める。その結果ナベツーラ達が選挙に勝つ。

ダルファヤ王国
 サハラ北方で最大の国。富豪ハルーク家がいる。

アルマザール星系
 サラーフ王国の星系の一つ。交易の中心地でありサラーフではアルフフーフに次ぐ人口を誇る。


 

 

設定資料集十一


                    第四部設定資料
人名篇
クマラ
 サラーフのメディアのドン。小柄で腰の曲がった醜悪な老人。ナベツーラの盟友。大学の同期でもある。異常とも言える程女癖が悪い。

チラフト=ラーグワート
 サンドリム連合大尉。シャイターンの部下。

アレクサンドル=ベニョーコフ
 ロシアの造船企業アナハイム社のオーナー。白髪の大男であり額には大きな傷を持つ。豪放磊落な人物。

ウラジミル=ベニョーコフ
 ベニョーコフの息子であり秘書。父には性格も容姿も似ている。

ヨネスーケ
 ナベツーラの手下で麻薬の密売人。この上なく卑しい人柄の持ち主。

ウォルター=ローズマン
 エウロパ財務相。青灰色の目の持ち主。吝嗇ともされているが有能な財務官僚。

ロギ=フォン=タンホイザー
 黒い髪と瞳を持つ長身の美男子。エウロパきっての名将であり天才と謳われている。後にその天才的な戦術で歴史に名を残すことになる。

エルザ=フォン=ヴァンフリート
 小柄で清楚な美人。モンサルヴァートの婚約者であり後にその妻となる。

ヴィーラント=フォン=ヴァンフリート
 エルザの父。作曲家であり複数のオペラハウスの経営者でもある。伯爵。

ヴォルフガング=フォン=ヴァンフリート
 エルザの兄。バイオリン奏者であり演出家でもある。

エフゲニー=コズイレフ=ブーニン
 白い髪に灰色の目を持っている。エウロパのピアニスト。ハンガリー人。

ランドル=チャクラーン
 連合軍大将。タイ人。愛妻家で知られている。

プラシド=アラガル
 連合軍大将。メキシコ出身。口髭で有名であり、子沢山である。

アルバート=オーウェル
 連合軍大将。オーストラリア出身。アボリジニー系であり銀色の髪に黒い肌を持っている。

キリト=コアトル
 連合軍大将。ペルー人。後方支持部長。眼鏡をかけている。


地理・国名篇
グングニル
 タンホイザーの乗艦。モンサルヴァートの乗艦であるリェンツィと同じ型。名前の由来は嵐と戦いの神ヴォータンの持っている槍からきている。

アルマザール星系 
 オムダーマン軍がサラーフとの戦いにおいて占領した星系の一つ。ムスタファ星系の次の拠点。

ブラーク
 サラーフの首都アルフフーフを守る要塞。彗星に近い。名前の由来はコーランにある人頭馬身の神獣。

サンドリム連合
 サハラ北方の国の一つ。

アナハイム社
 ロシアの大手造船企業。

オリンピック
 連合のものとエウロパのものがある。連合の方が商業主義的である。エウロパは貴族達が頑固な運営をしている。

マガバーン王国
 サハラ東方の小国。タンホイザーの軍に敗れる。その兵器はハサン王国の旧式兵器ばかりである。

復活祭
 キリスト教時代からある祭りの一つ。この時代のエウロパにおいてかなり大掛かりな祭りとなっている。

バレンタイン
 連合の行事の一つ。女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す。今ではホワイトデーと一緒になっている。


 

 

設定資料集十二


                    第五部設定資料集
人物篇
アレクサンドル=グリーニスキー
 ロシア大統領。長身で金髪の大男。豪放磊落な人柄で酒を愛する。

サラーヌ=モハマド
 マレーシア首相。眼鏡がトレードマーク。大人しい外見だが実はかなりの切れ者で戦略家である。

アサム=ンガバ
 ケニア出身。赤い髪を持つ中肉中背の人物。連合軍特殊部隊グリーンベレー隊長。冷静沈着な人柄でありその戦闘能力と統率力には定評がある。

ペドロ=アラガル
 国防省テロ対策課長。探偵出身であり文民である。やや小柄なラテン系の男。ウルグアイ人。

クマラ=ラーンチ
 マウリア国防大臣。口髭を生やした長身の男。

クベーラ=ムルワーラ
 マウリア首相。頭にターバンを巻いた老人。

ヴァティ=エルール
 マウリア外務大臣。艶やかなマウリアの女神を思わせる美貌の持ち主。その外見に相応しい知性を持っている。

ミカエラ=ステッラ
 エウロパ諜報部員。素性、素顔、階級、全てが謎に包まれている。長い間連合に潜伏し様々な工作を行い、独自の諜報網を築き上げている。その諜報網を巡って連合の情報部と激しい暗闘を繰り広げてきた。後連合とエウロパの戦いの原因となる。大物スパイ。女性である。

趙虎
 アラガルの部下。台湾人。イスラエル出身の祖母の血を引いたダークブラウンの髪を七三分けにした黒い目の大人しい外見の人物。

ペテル=ベニチャコヴァー
 茶色の髪に青い瞳の持ち主。モンサルヴァートの秘書。

シャービル=ブワイフ
 オムダーマン共和国大統領。中肉中背。活動的な政治家として知られる壮年の男性。若い頃は農場で働いており、そこから縁あって政治家になった。恐妻家。

メガワティ=ハラーイブ
 オムダーマン首相。眼鏡の似合う才媛。法学と文学、経済学の三つの博士号を持ち国際法の権威でもある。小柄。

ウダイ=アッバース
 オムダーマン外相。よく太った男であるがその外見からは想像も出来ない程の切れ者。

アナンタ=アジメール
 マウリア財務相。白い口髭の三十代の男。

ナシーム=シカール
 オムダーマン国防相。文民。


地名・国家篇
スル星系
 サハラ北方、東方を結ぶ位置にある星系。交通の便に優れサラーフにおいても重工業や鉱産でも栄えていた。オムダーマン軍はここに軍事拠点を設ける。

ガイア
 エウロパの首都星系オリンポス星系にある。ここが首都である。

ニューワシントン
 アメリカの首都。政治の中心であり経済の中心ではない。ここにアメリカ合衆国大統領がいる。

マヤムーク王国
 サハラ北方の国家の一つ。王政で実権は選挙により選ばれる首相にある。シャイターンはこの国の首相に就任する。そしてさらなる権力を手に入れる。

木星
 太陽系にある惑星の一つ。かってはここから多くの資源を採掘した。
 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その一


                  振り下ろされた刃
 連合軍は遂にクロノス、そしてニョルズ両星系のすぐ側にまで迫った。それが何を意味するのか、最早誰に言われなくてもわかることであった。
「よし」
 マクレーンはモニターにクロノス星系、そしてそこに展開するエウロパ軍を見て頷いた。
「遂にだな」
「はい」
 それに劉が頷いた。
「これでエウロパは終わりです」
「もう決まっているのですか」
「少なくともこれからの人類の歴史では」
 劉はそう述べた。
「これより先エウロパは衰亡の歴史を辿ることになります」
「長年の宿敵であった連合との戦いに敗れ」
「はい」
「我々にとっては心地良い歴史になりそうですな。しかし彼等は彼等で又違う歴史を書いているのではないですかな」
「歴史書を書くのは一人ではありません」
 彼はまた言った。
「百人の歴史家がいれば百通りの歴史があります。真実はそれぞれです」
「貴方が言われると少し意味深いものになりますな」
「といいますと」
「そちらの国ではかって正史というものがありましたな」
「ええ」
 劉はそれに頷いた。
「正史こそが正しい歴史書ではないのですかな」
「かってはそうでした」
 彼もそれは認めた。
「ですがあくまでかってのものです」
「ふむ」
「そうした時代も終わっております。少なくとも我が国においては」
「今は歴史家それぞれの歴史がある、ということですか」
「それもまた違います」
「というと」
「その人それぞれの歴史があるのです。連合三兆の市民がいれば三兆の歴史が存在する」
「まるでパラレルワールドですな」
「歴史とはそうなのでしょう」
 言葉を続けた。
「私の歴史と長官の歴史も違うでしょう」
「それはまあそうでしょうな」
 マクレーンはそれに頷いた。
「私はアメリカ人、そして参謀総長は中国人」
「はい」
「ならばそもそもそこから観る地点が違ってきますな」
「エウロパにしてもそれは同じです」
「左様ですか」
「貴族には貴族の、平民には平民の歴史があるのでしょう、彼等にも」
「何か階級闘争じみてきましたな」
 ここでマクレーンは十九世紀、そして二十世紀の過去の遺物を口にした。
「しかし実際はそうではない」
「階級闘争では人類は語れない」
「そうなります」
 そもそも彼等はそうした階級というものがない連合という世界にいるのである。実感もない。ただあまり考えずにエウロパでは貴族が威張っているだの高貴なる義務を忘れていないだの思っていたのである。前者も後者もある意味で正しかったがある意味で間違っていたのである。
「マルクスという学者は案外ものを知らなかったと見えますな」
「そもそも彼はずっと図書館にこもったきりでした」
「ロンドンの図書館にですな」
「ええ。だから世間というものをあまり知らなかったと思います。結局は学者の空論です」
「学者の空論ですか」
「他に何と言えばいいのでしょう」
 劉はその口をシニカルなものにさせた。
「素人の戯言とでも」
「それは経済学においてでしょうか」
「それだけではありません」
「というと」
「彼は社会学も哲学も宗教学も失格でした。それだけです」
「またそれは手厳しい」
「だからこそ共産主義は失敗した」
 二十世紀の人類社会の歴史であった。今ではこの思想は化石となっていた。さしあたって経済学に適用するものではなくなっている。経済史学の資料の一つであった。失敗した例として。
「宗教なくして人間なし」
「はい」
 マクレーンは劉の言葉に頷いた。
 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃そのニ


「それを否定したところで何になりましょう。人は信じるものなくしては生きられません」
「そちらの御国では道教がありますな」
「はい」
 かなり現世利益的な宗教であるがこの時代においても生き残っていた。今でも天帝や関羽といった神々が信仰されている。伝説の軍師太公望や唐の玄宗も神となっている。なお玄宗は演劇等の神とされているがこれは彼が演劇を好んだ為である。
「私も信仰しておりますから」
「張良ですか」
「いえ」
 漢の高祖劉邦の軍師だった男である。天才的な軍師であったがその容貌はまるで女性のようであったと伝えられている。
「それでは岳飛」
「彼でもないです」
 宋代の将軍である。強敵金に対して敢然と立ち向かった英雄とされている。だがこの時代で面白いのは彼の政敵でありその命を奪った秦檜も神になり名誉が回復されているところである。彼は岳飛より神としてのランクはかなり落ちるが政治の神とされている。
「それでは誰でしょうか」
「李靖です」
「李靖」
「御存知ありませんか」
「確か」
 マクレーンはその言葉にふと思案に耽りながら答えた。
「唐代初期の将軍の一人だったでしょうか」
「その通りです」
 彼はその答えに満足して笑みを受かべた。
「彼は案外知られていませんが」
「そういえば」
 マクレーンも思い出すのに少し時間がかかった程である。この時代は唐の太宗李世民が将としても極めて有能であった為それに隠れてしまいがちなのである。これはマクレーンも同じであった。
「案外長官の太宗ばかり注目してはおられませんか」
 それは劉も感じていた。そうマクレーンに対して問うてきた。
「否定はしません」
 そして本人もそれを認めた。
「あの時代は。若しくは玄宗皇帝に目がいってしまいます」
「あの皇帝も人気がありますな」
「はい。白楽天の詩にもなっておりますし」
「ええ」
 長恨歌のことである。玄宗と楊貴妃の愛を歌ったものである。
「どうしても唐代というと皇帝の方にばかり目がいってしまいますな」
「ですがあの時代生きていたのは皇帝ばかりではありません」
「はい」
「そうした優れた将達のことにも目を向けるといいですぞ。そうすればさらに面白くなります」
「そうなのですか」
「それもまた歴史を知るということです」
「確かに」
「おわかりになられたでしょうか」
「ええ。ですがここで問題があります」
「何でしょうか」
「サハラやマウリアでは我々のことはどう書かれるでしょうか」
「サハラやマウリアではですか」
「はい。どうも今一つピンときませんが。総長はどうですかな」
「そうですな」
 それを問われて劉も考え込んだ。 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その三


「正直マウリアは全くわかりません」
「はい」
 彼等にとって理解不能な世界だからではない。悠久の時を刻む国マウリアにおいては百年程度の歴史の違いなぞ大したものではないと考える風潮があるのだ。それが彼等連合の多くの者にとっては全く理解不能なものとして映るのである。
「時間の概念が我々とは全く違いますからな」
「そうですな」
 歴史とは時間である。その概念が異なっていては歴史の見方や感じ方も違うのである。従って連合とマウリアではその歴史観も大きく違っている。
「何といいますか。彼等の概念では人類の宇宙進出もほんの昔のことのようです」
「ほんの昔ですか」
 マクレーンは予想されていた言葉とはいえやはり驚いていた。
「何ともまあ」
「この宇宙もまた神の一日に過ぎませんから」
「ブラフマーの一日ですか」
「俗にそう言われますな」
「ええ、まあ」
「そんな世界です。我々とはあまりにも違い過ぎます」
「はい」
「そこで比較するのはやはり容易ではありません」
「それではサハラはどうでしょうか」
「サハラですか」
「これについてはどう思われますか」
「それでしたら」
 だが彼はここでは語ろうとはしなかった。
「むしろ長官の方がお詳しいのでは」
「私ですか」
「ええ。キリスト教を御存知ですから」
「そういうことですか」
 キリスト教もこの時代はともかくかっては一神教であった。そしてイスラム教はそのキリスト教の流れを汲んでいるのである。彼等が言うにはイスラムとはその教えをさらに厳格かつ完璧にしたものなのである。
「今のキリスト教とは全く違っていますがそれでも宜しいですか」
「ええ」
 劉はそれをよしとした。
「是非共。お願いします」
「わかりました」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「それではお話しましょう」
「はい」
「彼等の世界にはまず神がおります」
「はい」
「それも強力かつ絶対の.全てはその神の下にあります」
「歴史もですな」
「そうですね。その歴史もまた神が創るもの。過去も現在も未来も全て司っているのです」
「ふむ」
「従ってこれからの我々の戦いの結果も。全てはアッラーの意志なのです」
「そういうことですな」
 劉はそれを聞いてまた頷いた。
「我々人間は全てアッラーの意志の下にある」
「イスラムの教えでは」
「それでもまた歴史に対する見方が大きく変わりますな」
「歴史は人が創るものではなく」
「神が創るもの」
「そう。歴史書もまたアッラーのものなのです」
「そういうことになりますな」
「これでどうでしょうか」
 マクレーンは話を終えると劉にそう尋ねてきた。
「私の講義は。何処か至らない点があるでしょうか」
「いえ、合格点に達していると思いますよ」
 劉はその講義をパスとみなした。
「査定にしてエーランクでしょうか」
「それはよかった」
 マクレーンはそれを聞いて機嫌をよくさせた。
「士官学校では歴史の点数が悪かったので。冷や汗ものでしたよ」
「いえいえ、どうしてなかなか」
 劉はそんな彼の言葉を信じようとはしなかった。
「見事なものでしたよ。大学の教授でもここまで見事な講義は中々できません」
「それでは退職後は大学の教授でも目指すとしますか」
「教授ですか」
「好評でしたので。ふとそう思ったのですが」
「長官には似合わないかと思いますが」
 だが言いだしっぺの本人がそれを否定してきた。
「何故に」
「長官は書斎に篭るよりは銀河の海にその身を置く方がお好きではないかと思いましたので」
「それは否定しません」
 彼はそう答えた。
 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その四


「この銀河の大海は。その身を委ねるに相応しいもの」
「はい」
「ここからは離れたくはないのは偽らざる本心です。願いたくばここで死にたいとすら思います」
「死ぬ場所もですか」
「参謀総長はどう思われるでしょうか」
「私は最後はベッドの上で安らかにといきたいですね」
 笑いながらそう答えた。
「最後位はゆっくりと。落ち着いて死にたいです」
「そうですか」
「はい。子供や孫達に囲まれまして。とりあえずは曾孫の顔を見るまでは生きる予定です」
「曾孫の」
「ええ。この前一番上の孫がようやく中学校に入りまして」
「私のところと似たようなものですな」
「まだまだ先の話ですが。じきに綺麗な娘になるでしょう」
「うちは既に立派な少年になっておりますぞ」
「もうですか」
「はい」
 マクレーンは胸を張ってそう答えた。今までの彼の態度の中で最も得意気であった。
「こう言うと爺馬鹿になるかも知れませんが。いやあ、見事なものです」
「左様ですか」
「スポーツも勉強も無論のこと男気があり女の子にももてております。いや、もてているのが最も誇らしいです」
「もてることがですか」
「これはマクレーン家の掟ですが」
 余程その孫が可愛いのだろう。彼は聞かれてもいない自分の家の家訓のことにまで言及してきた。
「男たるものまず女の子にもてなければならないと。我が孫は完璧過ぎる程にこの第一の掟を実行しております」
 どうやらそれが彼の家の最も重要な決まりであるらしい。
「忠実に」
「宜しければ今度紹介致しますが」
「私にですから」
「いえ、総長のお孫さんに。きっと夢中になりますぞ」
「生憎劉家にも掟がありまして」
「それは」
「女は男を惚れさせろ、です。まず魅力がなくては」
「ほう」
 マクレーンはそれを聞いてにんまりと笑った。
「それはまた」
「如何ですかな」
「洒落の効いた家訓ですな」
「長官の方こそ」
「それでは我が孫達には覚悟を決めてもらわなくてはなりませんな」
「ええ」
「どちらの家訓が勝つか」
「どちらが勝つか」
「楽しみですな」
「全くです」
 話は何時しか孫自慢にまでなっていたがそれはやがて中断された。モニターにコレッリが姿を現わしたのだ。
「コレッリ元帥」
「最前線に展開する艦隊からの報告です」
「はい」
 最前線の指揮はこのコレッリが採っているのである。彼は連合軍においては勇猛な提督として知られている。左半分が微かに歪んでいると言われているがまるで彫刻か映画俳優の様に整った顔と見事な黒い髪に瞳、そしてスラリとした長身を持っている。その彼がモニターに出て来るとそれだけで女性の将兵達が一斉に視線をモニターに集中させた。だが当の本人は際立って女好きでも何でもないのでそれは意には介していなかった。少なくとも表面上はそうであった。
「敵の主力部隊の配置を正確に把握したとのことです」
「正確にですか」
「はい」
「ではすぐにそれの資料を送って頂きたいのですが」
「わかりました」
 コレッリはそれに頷くと目を一瞬だけだが下にやった。そしてそれから言った。
「どうぞ」
「今送って頂いたのですか?」
「はい、メールで」
「左様ですか」
「是非御覧になって下さい。それでは」
「あ、お待ち下さい」
「何でしょうか」
 彼は二人に呼び止められモニターのスイッチを押すのをすんでのところで止めた。

 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その五


「一つお伺いしたいことがあります」
「若しくは二つかも」
「二つですか」
「まずは一つめですが」
「はい」
「閣下にお孫さんはおられましたかな」
「残念ですが」
 彼は首を横に振った。
「息子と娘にこの前それぞれガールフレンドとボーイフレンドができたばかりです。とてもそこまでは」
「そうですか」
「これで宜しいでしょうか」
「はい」
「それでは二つめです」
「今度は一体何でしょうか」
「閣下はこの戦いについてどう御考えですかな」
「この戦いについてですか」
「はい」
 マクレーンと劉はほぼ同時に応えた。
「歴史的に。どう思われるでしょうか」
「歴史的に、ですか」
「如何」
「そうですな」
 彼は即答した。
「連合の勝利、そしてエウロパの敗北。それも歴史的な」
「大勝利と大敗北ですか」
「後は政治的な話になるでしょうが。生憎私は政治家ではないのでそこまではわかりません」
「ふむ」
「私が思うのはこれだけです。宜しいでしょうか」
「わかりました。それでは」
「はい」
 コレッリはそれに返礼してモニターから姿を消した。こうして後にはマクレーンと劉が残った。二人は真っ暗になったモニターの画面を見ながらそれぞれ横目で互いを見合った。
「どうやら総長の言われた通りですな」
「はい」
 劉はマクレーンの言葉に頷いた。
「どうやら歴史は人それぞれ」
「そういうことですな」
「ええ」
「考えが当たって何よりです」
 それから二人は頷き合った。だがそれで話は終わりではなかった。
「しかしコレッリ元帥にまだお孫さんがおられないとは。残念ですな」
「まあ考えればそれも道理ですが」
「それは年齢的な問題からですな」
「はい」
 コレッリはまだ五十代になったばかりである。この年齢で孫がいるのは少し早かった。子供はかなり大きくなっている年頃ではあるが。
「まあそれは仕方のないこと」
「はい」
「我々は我々の孫達だけでやりますか」
「そうしますか」
 こうして二人はまた別の戦いを自分達ではなく孫達にさせることにした。だがこれは遠く離れた連合にいる孫達にとっては全く知らないことであった。だが話はそれでも動くのであった。彼等の意図になぞ全く構わずに。それが世界というものであった。

 エウロパもまた動いていた。シュヴァルツブルグ率いるエウロパ軍は既にクロノス星系にその戦力の全てを配置し終え、連合軍の大軍を待ち構えていたのであった。
 そのすぐ後ろにはオリンポスがある。そこでは市民達が戦々恐々としてテレビにかじりついていた。
「なあ兄ちゃん」
「何だよ」
 アパートの一室で小さい兄弟が毛布にくるまりながらテレビを眺めていた。もう深夜であった。
「どっちが勝つかな」
「そんなの決まってるだろ」
 兄は弟に対してそう言った。
「俺達だよ。そうに決まってるだろうが」
「僕達なの?」
「そうさ。そして連合の悪い兵隊達はエウロパの騎士様達に蹴散らされるんだよ」
「蹴散らされるの?」
「ああ」
 兄は答えた。
「そしてそのままこのエウロパから追い出されるのさ。それで奴等は回廊を伝って逃げ去るんだ」
「何か格好悪そうだね、それって」
「けれど騎士様達は格好いいだろう?」
「うん」
「それが俺達のこれからなんだよ。最後の最後で俺達は勝つんだよ」
「じゃあ僕達はそれをこれからテレビで見ることになるんだね?」
「ああ。楽しみか?」
「うん」
 弟はにこやかな笑みでそれに頷いた。
「とても。早く戦争にならないかなあ」
「もうすぐだ。ちょっと待てよ」
「もうすぐなんだね」
「そう、確かにもうすぐね」
 ここで後ろから声がした。
「えっ」
「ママ」
 二人はその声を聞いて振り返った。するとそこには二人の母親が魔女の様な顔で立っていた。
「二人共今何時だと思っているの?」
「何時なんだろ」
「わかんないや」
「むっ」
 見れば壁にかけられている時計は止まっていた。母親はそれを見て内心舌打ちしたがそのうえで二人に対してまた言った。
 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その六


「それはいいから早く寝なさい。明日学校でしょ」
「はあい」
「わかりましたあ」
「返事はしっかりと。いいわね」
「はい」
 二人はそう言われて挨拶をもう一度した。
「おやすみなさい」
「宜しい。それじゃあすぐにベッドに行きなさい」
「わかりました」
 こうして二人はすごすごと彼等のベッドに入って言った。母親はそれを見て困ったような顔を作った。
「全く。ちょっと目を離すとこうなんだから」
 そう呟いてから彼女も自分のベッドに戻って行った。側には夫がいる。とりあえずは彼を電気毛布替わりにして寝るつもりであった。
 この日の深夜テレビにかじりついていたのはこの二人の兄弟だけではなかった。その他にも多くの者がテレビの前にいた。そこで戦いがはじまるのを固唾を飲んで見守っていたのだ。
「凄い視聴率ですよ」
 テレビ局のプロデューサーが満足気な声で社長に対して熱く語っていた。
「我が局開設以来のことです」
「そうか」
 重厚な顔立ちの社長がそれに静かに頷いた。見ればあまり嬉しそうには見えない。
「このままいけば視聴率はさらにあがるでしょう」
 プロデューサーはさらに軽薄な雰囲気で語り続ける。
「社長、いよいよ我が局がトップに躍り出る日が来たのです」
「一つ聞きたい」
 社長はここでこのプロデューサーに問うてきた。
「何でしょうか」
「君は今楽しいかね?」
「といいますと」
「今の我々の状況が楽しいかね、と聞いているのだ。どうかね」
「勿論です」
 彼は満面に笑みを作ってそう答えた。
「今の状況が楽しくない筈はないでしょう」
「そうか」
 社長はそれを聞いて黙って頷いた。
「そうならいい。では視聴率をさらに上げるのだな」
「言われなくとも」
 彼はやはり笑っていた。軽い足取りで社長室を後にするのであった。社長はそれを見て何故かあまり晴れやかな顔をしていなかった。
「全ては視聴率、か」
 不愉快そうにそう言葉を吐き出す。
「エウロパの危機においても。これがテレビというものなのかな」
 宿命と言えばそうなるだろうか。テレビ局はあくまで視聴率のみを考える。そしてその結果や状況に一喜一憂するのである。これはテレビというものが発明されてからあまり変わるところがなかった。
「まいい」
 社長は仕方なさそうにそう言葉を漏らした。
「そう教えてきたのはわしだ。彼に罪はないな」
 そう言ってテレビをつけた。自身の経営するテレビ局である。
「おはようございます。オリンポスの皆さん」
「!?」
 それを聞いて時計を見た。見ればもう朝になっていた。どうやら徹夜をしてしまったらしい。テレビ局の社長ともなればよくあることであった。
「そうか」
 もうそんなことには驚きはしない。ただテレビを見る。
「今のクロノスですが」
 うら若き女性キャスターが動き易い服装でエウロパ軍を報道していた。
「我が軍の戦意は極めて高いものとなっております」
「そう言う他はないか」
 プロパガンダである。マスコミの役割の一つだがこの時エウロパのほぼ全てのマスコミが軍のプロパガンダとなっていた。これは戦争のこと、エウロパのことを考えれば致し方のない一面もあった。
「そうですか」
「はい」
 テレビ局にいる男のアナウンサーの言葉に頷く。
 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その七


「勝利は間違いないものと思われます」
「皆さん、御聞きになられたでしょうか」
 男のアナウンサーはそれを聞いてわざとらしく晴れやかな顔を作った。
「甘いな」
 社長はそれを見て顔を苦くさせた。
「顔を作り過ぎた」
 男のアナウンサーの演技について問題を感じたのだ。見れば確かに芝居ががって見えていた。
「これでは」
「我がエウロパ軍は敵を待ち構えております」
「しかも軽い」
 それを見てまた呻く。
「勝利をその手に掴む為に」
「見ればまだ若いが」
 男のアナウンサーを見て言葉を続ける。
「どうにかならないものか。あれではかえって」
「社長」
 そこへ先程のプロデューサーがまたやって来た。
「今放送されているニュースですが」
「これのことかね」
 彼は今見ているテレビを指差してプロデューサーに問うた。
「はい」
「どう思うかね」
「いいのではないでしょうか」
「いいのか」
 それを聞いて心の中で眉を顰めた。あえて表には出さなかった。彼の反応をもっと見る為であった。
「はい。視聴率は稼げています。朝の番組の中でもかなりのものかと」
「そうなのか」
「特に彼ですが」
「このアナウンサーだな」
「はい」
 見ればその男のアナウンサーである。相も変わらず大袈裟なアナウンスを続けている。
「彼のおかげです」
「そうなのか」
「御覧下さい、あの身振り手振り」
「ふむ」
 それこそを不快に思っていることも伏せた。
「あれが非常に好評でして。わざわざスポーツコーナーから移動させたかいがありましたよ」
「スポーツコーナーからか」
「はい」
 言われてみれば確かにその動きはスポーツのそれである。派手で感情を露骨に込めている。それも格闘技の放送のようであった。
「以前はプロレス中継を担当しておりまして」
「ああ、あれか」
 このテレビ局の人気番組の一つである。プロレスの実況中継はそのアナウンスも好評であったのだ。
「あの番組のアナウンサーは彼だったのか」
「ええ」
「そういえばそうだな。それでボーナスを出したこともあった」
「それからですよ、彼が注目されたのは」
「ボーナスからか」
「若いのによくやった、と。それで私は朝に移動させたのですよ」
「プロレスの方はどうなったのかね?」
「勿論そのままです。やってもらっています」
「そうか」
「彼がなくては持ちませんからね、視聴率が」
 また視聴率であった。いい加減こればかり聞かされていればうんざりするというものであるが社長はそうではなかった。彼がそれを最も求めているからであった。皮肉なことではあるがそれを認めるしかなかった。
「ですから頑張ってもらっています。如何でしょうか」
「彼はそれについて何と言っているかね」
「特に何も」
 プロデューサーは答えた。
「文句一つ言わず頑張ってくれていますよ。どちらの仕事も楽しくて仕方がないと」
「ならいいのだがな」 
 それを聞いてそう答えた。
「だが無理はさせないようにな」
「わかっております」
 本当はわかっていないのはわかっていた。視聴率こそが第一の望みであるからだ。まずそれがなくては話にならないのである。それがテレビ局なのだから。
「それではゆっくりと御覧になって下さい」
「あ、待ちたまえ」
 退室しようとするプロデューサーを呼び止めた。
「はい」
「わしに用があってここに来たのではなかったのかね」
「それはそうですが」
 プロデューサーはそれに頷いた。
「では言ってみたまえ。何の用だね」
「これです」
 そう言ってテレビを指差した。
「それか」
 見ればその朝の番組のことであった。
「これについてお話をしに来たのですが」
「今終わったな」
「はあ」
「では帰っていい。君も最近家に帰っていないのだろう?」
「それはそうですが」
「今日は休暇をとりたまえ。いいな」
「わかりました」
 釈然としないまま頷いた。本心は違うが社長直々の命令であるから従わないわけにはいかなかったのだ。プロデューサーといっても雇われている立場である。やはりオーナーには逆らいにくい。
「では今日はこれで。失礼します」
「うむ」
 こうして社長はまた一人となった。一人になってまた呟いた。
「視聴率の記録を破るか」
 続ける。
「エウロパが終わるか、か。難儀なものだな」
 その言葉には自嘲も入っていた。テレビ業界にいる者としてのしがらみを噛み締めた、苦い自嘲であった。 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その八


 戦いのことは当然ながら連合においても話題となっていた。テレビでも雑誌でも新聞でも話題はそればかりであったがネットにおいてもそれは顕著であった。ネットでは色々と議論も行われていた。
『連合が勝つか?』
『いや、エウロパは勝てないの間違いだろう』
 いささかレトリックじみた反論が返って来た。
『あの戦力差では無理に決まっている』
『それはどうかな』
『何!?』
 掲示板も殆どチャットの状態となっていた。常に複数の者がパソコンや携帯の前にいて画面を見ている。そしてそれを通じて議論を行っていたのだ。
『戦力差を引っくり返した戦いなんて幾らでもあるぞ』
『それ位俺だって知っているさ』
『そうだそうだ』
『皆知ってることを言うな』
『皆なんて他人もそう思っているように言うな。訳わからねえだろうが』
『すまん』
 それでも議論は続いていた。
『しかし流石にもう無理だろう』
『オリンポスまであと少しなんだったな』
『クロノスを抜ければすぐらしいからな。もう少しだ』
『じゃあ後はその戦いで終わりか』
『まあそうだろうな』
『けれどここで負けたらどうなるんだ?』
『連合がか?』
『ああ』
 また返事が返って来た。
『まさかとは思うけれどな』
『独ソ戦みたいになるんじゃねえのか?そっから』
『まさか』
『それはないぞ、流石に』
『そうかな』
『有り得ないだろ。国力的には立場が逆だぞ』
『それもそうだな』
『負けても少し引くだけじゃないのか?それでまたクロノスkかどっかに向かう』
『そういえばアルテミスに基地を築いたのだったな』
『議会で随分もめたらしいけれどな』
 彼等はよく知っていた。いや、どうやら一人一人それぞれの知識はそれ程ではないようだ。だが数が違っていた。その一人一人がそれぞれ知識を出し合い有意義な議論をしていた。
『それでも敵のど真ん中に基地を置いたのは大きいよな』
『最初はまさかと思ったけれどな』
『けれどこれで万が一の時にも備えられるし。よかったんじゃねえのか』
『勝っても負けてもまた動けるってことか』
『そういうことだな』
 由良は自分のノートパソコンでそうしたやりとりを眺めていた。そしてほくそ笑んでいた。
「中々面白いな、これは」
「一体何を見ているんだ?」
 そこにシャリアピンがやって来て彼に問うた。
「あ、次官」
「女の子の画像でも見ているのか?ニヤニヤして」
「違いますよ」
 由良はその厚い唇を緩ませて笑ってそれに応えた。
「そんなことしていませんよ」
「どうかな。案外君みたいな真面目そうなのが一番あやしいからな」
「からかわないで下さいよ」
「からかってなんかいないさ。本当のことだからね」
「まさか」
「いや、これは本当だよ」
 彼は笑ってこう言った。
「リバーグ元帥だってそうだろう?何人ものお子さんがおられるし」
「それはそうですが」
「案外真面目な人間に限って子供が多いものさ。違うかね」
「では次官もそうなりますね」
「まあな」
 藪から蛇であった。彼は顔を苦くさせた。
「確かに私も子供が多いが」
「ほら」
「しかしそれは君もだろう?この前二人目ができたそうじゃないか」
「まだ二人目ですよ」
 余裕があった。涼しい顔でそう返す。
「これからできないかも知れませんし」
「まあな。子供は何時出来るかわからないものだ」
「次官はこの前新しいお子さんがお生まれになったのでしたね」
「まあね。女の子だ」
「女の子ですか」
「君は御子息ばかりだったかな」
「ええ、まあ」
「幼稚園か何処かで一緒になった時は宜しくと御子息に伝えておいてくれ」
「うちの子二人共まだ言葉も話せませんよ」
「あ、そうだったか」
 これは迂闊であった。シャリアピンは一言言った後バツの悪そうな顔を作った。
 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その九


「そうだったな。申し訳ない」
「いえいえ」
 だが由良はそれを気には止めなかった。笑って応える。
「まあ話を元に戻そう」
「はい」
 シャリアピンは話がとりあえず中断したところでその話を元に戻しにかかった。
「一体何を見ているのかね」
「インターネットの掲示板でして」
「ほう」
 シャリアピンはそれを受けてその掲示板を覗き込んだ。
「ああ、これか」
「御存知でしたか」
「知ってるも何も。有名な巨大掲示板群じゃないか」
 連合においてはインターネットの代名詞ともなっているサイトである。ここで様々なジャンルにおいて多くの議論や書き込みが為されているのだ。
「ただ問題もあるがな」
「はい」
 その問題は書き込みが自由な故の誹謗中傷の多さであった。これによりこのサイトが連合を代表するサイトの一つでありながら評判が今一つ芳しくないのはその為であった。
「だが使いようによっては役に立つからな。むげにはできない」
「だから今覗いていたのですよ」
「で、何かわかったか?」
「ええ、面白いことがね」
 彼は笑ってそう述べた。
「それは」
「実に色々な意見があるものですよ」
「ネットだからな」
 シャリアピンはそう答えた。
「それも当然だろうな」
「御存知でしたか」
「私もネットをやっているからね。実はそこにも出入りしている」
「ほう」
「中々面白いものだ。そこにいるだけで時間を忘れてしまう程にな」
「では何かお知りになられましたか」
「連合の勝利を約束してくれる者がいた」
「それは」
「アラン=ハイド氏だよ」
「彼がですか」
 どうやら由良もそのハイドという男のことは知っているらしい。その名を聞いただけで声をあげた。
「で、何と」
「わかっていると思うが」
 シャリアピンは面白そうに笑いながらそう言った。
「どうなのかね、そこは」
「まあ大体は予想がつきますが」
 そして彼自身もそう言った。
「連合の大敗北でも予想していたのでしょうね、きっと」
「当たりだ」
 シャリアピンは笑ってそう述べた。
「それも連合軍は壊滅するらしい」
「では我が軍の勝利は間違いなしですか」
「そういうことになるな」
 実はこのハイドという軍事評論家はその予想や分析がことごとく外れることで知られているのである。その為ネットや軍事マニアの間では『天才的な軍事評論家』『無敗の名将』とすら揶揄されているのである。ある意味かなり名の知れた人物であったのだ。
「だがそれに油断してはならないな」
「はい。前線の将兵達にはこのうえない励みになりますが」
「二十世紀に日露戦争があったな」
「はい」
 シャリアピンの祖国リトアニアはこの時ロシア領であった。従って直接的にはあまり因果関係はなかった。リトアニア出身のロシア兵達が日本軍と戦っていた位である。
「あの時も何かと不思議なことが起こっていたな」
「それは聞いたことがあります」
 この戦争は帝国主義の時代において有色人種が白人に対して勝利を収めた画期的な事件であっただけではないのだ。実に奇妙なことが多く起こったのである。
 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その十


 例えば白い神兵。日本軍の危機に何処からともなく姿を現わし戦った謎の兵士達である。そして日本海海戦の時には明治皇后の枕元に坂本竜馬が現れ勝利を予言したとも戦艦のマストに鳥達が止まったとも言われている。こうした神懸り的な出来事も多く起こった不思議な戦いなのであった。
「しかしそれは伝説でしょう」
「その伝説が今起こった」
「ハイド氏ですか」
「そう言うとジョークに聞こえるかな」
「どうでしょうかね」
 由良は首を捻ってそう返した。
「少なくとも女の子には受けないと思いますが」
「辛辣だな」
 シャリアピンはそれを聞いて顔を苦くさせた。
「まあそれでもいいか」
「いいのですか」
「私は妻にさえ人気があればいいからな。他の女性には興味がない」
「おやおや」
「もっとも完全に興味がないと言えば嘘になる」
 彼はそこまで嘘つきではなかった。それを素直に述べた。
「女優やアイドルでも好きなのはいるな」
「まあそれは普通でしょう」
「最近日本のアイドルで神崎亜矢ちゃんが人気だな」
「人気も何も防衛庁のキャンペーンガールですよ」
「そうだったな」
 ついこの前連合の元帥の軍服を着てキャンペーンを行ったばかりである。連合の軍服はスカートがない為いささか野暮ったく見えないこともなかったがそれがかえってギャップがいいと人気であったのだ。
「だが私は他のアイドルも好きだ」
「誰をですか」
「ジュリア=リーブルだが」
「彼女ですか」
「いいと思うのだが。どうかな」
 ザイール出身の今売り出し注のアイドルの一人である。長身でスリムな身体を持ち、いささか現実離れした彫刻の様な美貌を持つ黒人の女の子である。神崎亜矢が子供っぽい部分も多いのに大してリーブルは完全に大人の女であった。これが彼女の人気のもとであったのだ。
「まあ悪くはないですね」
「何か不満そうだな」
「まあ」
 由良は少し間を置いてから答えた。
「人には好き嫌いがありますから」
「そういうものか」
「私は。あそこまでの美貌はかえって現実味がないように思えまして」
「そこがいいのだよ」
「そうでしょうか」
 だが由良はそれでも納得しかねていた。
「私はそうは思いませんが」
「まあそれを言っても仕方ないか」
 シャリアピンはそれについて話をすることの不毛さを悟った。そして中断を提案したのであった。これは賢明な判断であると言えた。
「そうでしょうね」
「話題を元に戻すとしよう。実際に油断はできないな」
「ですね」
 由良は顔を元の真剣なものに戻してそう答えた。
「それについても掲示板で書き込みがありました」
「そうか」
「連合軍は油断していないか、どうかという心配する声が」
「実際のところについてはどう思う」
「私は今の時点では心配してはいません」
「そうか」
「皆落ち着いて戦いに向かっております。このままでは勝利は確実でしょう」
「予言がなくてもか」
「天才軍師で勝つ時代ではありませんからね」
 暗にハイド氏を話の種にしていた。
「そんな時代は二十世紀で終わりました」
「うむ」
 これは十九世紀から見られはじめたことであった。情報収集と敵の分析、そして敵を上回る物量と装備、新しい技術の効果的な運用。それで勝利を収める時代は二十世紀からであった。無論人の力で勝つ戦いも今まで多くあったが連合軍はそれを追い求めたりはしなかった。どのような人材でも安心して勝てる戦いを目指していた。すなわち二十世紀型の機能性のみの軍隊を極限まで追求しようというのである。
「ですから当たり前のことを当たり前にしていればいいのです。それで勝利を収めるのが我々のやり方です」
「基本的にはそうだな」
「だからこそ今まで勝ってきました」
 由良はごく当然のことの様に素っ気無くそう述べた。
「違うでしょうか」
「いや」
 そしてシャリアピンもそれを肯定した。
「その通りだ。よく考えれば今更言うまでもないか」
「はい」
「だがエウロパ軍は我々とはかなり違うようだな」
「貴族の軍隊ですからね」
 その言葉にはいささかシニカルな響きがあった。
「中世の騎士物語の中に今でも生きているのでしょう」
「騎士か」
「はい」
「そういえばそんな名前の連中がかって私の国にもいた記憶があるな」
「ドイツ騎士団でしょうか」
 うそぶくシャリアピンに対してそう問うた。
「よくわかったな」
「確か北の十字軍でしたよね」
「ああ」
 十字軍というとエルサレムに向かった者達が有名であるがそれだけではなかったのである。南フランスにおいてはアルビジョワ十字軍があった。これは異端であるカタリ派を征伐する為に時の教皇インノケンティウス三世が提唱したものである。この十字軍もまた残虐だったことで知られている。
 北の十字軍はドイツ人達が主力となって行われた。これもその真の姿は植民でありこれによりプロイセン等の国が設立された。ドイツの歴史においては重要な一コマである。
「十字軍が牙を剥いたのはムスリムに対してだけではない」
「スラブに対しても」
「スラブ人の名の由来はわかっているね」
「はい」
 由良はそれに頷いた。かっての英語でスレイブとは奴隷のことであった。スラブ人達はよく奴隷にされたことからこの名がついたのである。もっともこれはドイツ人達も同じであった。アメリカにドイツ系が多かったのは彼等が奴隷としてアメリカに渡ってきたことにもその理由の一つがあるのだ。
 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その十一


「辛い歴史だった。それが終わったと思ったらロシアだった」
「当時はソ連だったのでは?」
「どっちでもいい。いずれにしろその正体は変わりがない」
「まあそうですが」
 第二次世界大戦の時にスターリンにより無理矢理併合されたのである。これをとある国の進歩的と自称する学者達はかっての領土の回復に過ぎないと詭弁を呈している。この者達にとっては赤旗さえ振っていれば犯罪者でも聖人君子であったのだ。さもなければスターリンの如き独裁者を崇拝したりはできない。戦前はナチスを崇拝し、戦後はソ連であった。要するにこの連中は全体主義者であったのだ。
「ソ連崩壊まで。長かった」
「そして今は銀河にいますが」
「今ではそのロシア人達と同じ釜で焼いたパンや米を食べている」
「それは我々も同じですよ」
「そういえば最近貴国とロシアは仲がいいようで」
「成り行きですよ」
「成り行きかね、単なる」
「ええ。アメリカと中国が他の国を抱き込みにかかっていますから。どうやらイスラエルも動いています」
「またあの連中か」
「それで接近しているだけでしょう。もっとも今我々には直接関係のないことです」
「そうだな」
「では次官」
「何だ」
「そろそろ長官のところへ行きませんか。そろそろ呼び出しの時間ですよ」
「今か」
 シャリアピンは時計を見て言った。
「まだ早いのじゃないかな」
「いえ、もうすぐですよ」
「まさか。じゃあ賭けでもするつもりかい?」
「私は賭けは選ぶ主義です」
「ほう」
「必ず勝てるものと必ず負けるものはしません。絶対に」
「では今はどちらかな」
「それは」 
 答えようとしたところで電話が鳴った。由良がそれに出た。
「はい」
「由良君か」
「むっ」
 その声の主は最早言うまでもなかった。
「実はすぐに来て欲しいのだが」
「わかりました。それではすぐに」
「うん。頼むよ」
「はい」
 由良はそれに答えて電話を置いた。それからシャリアピンに顔を向けてにこやかに笑った。そして彼にこう言った。
「賭ける前でよかったですね」
「全くだ」
 シャリアピンは苦笑してそう述べた。
「どうやら必ず負けるものだったようだな」
「いえ、それは逆です」
「君にとってはだね」
「はい」
 由良は頷いた。
「では行きましょう。長官がお待ちです」
「そうだな。私も長官にお話があるし」
「それでは」
「うむ」
 こうして二人はその場を後にした。パソコンのスイッチは切ってはいなかった。
 そのモニターに新たな書き込みがあった。由良は自動更新にしていたのである。
『何か今回のハイド氏の予想は当たりそうだな』
『それはないさ、絶対にな』
『それもそうか』
『まあそうだろうな、あのおっさんの予想は外れる為にあるんだ』 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その十二


 エウロパ軍は目の前に今にも姿を現わすであろう連合軍を見据えて布陣していた。その緊張は最早極限にまで達しようとしていた。
「来るか」
 シュヴァルツブルグは旗艦ワレンシュタインの艦橋に立っていた。そして前を見ていた。
「もうすぐですね」
 それにエヴァが答えた。
「おそらくその全軍を以って来るでしょう」
「全軍か」
「これまでもそうでしたし」
「今度もだな」
「はい。ですが今度ばかりは退くことはできません」
「わかっている」
 シュヴァルツブルグはその言葉に頷いた。
「例え敵がギガンテス達でもな」
「はい」
「こちらにはテューポーンがいる。怖れることはない」
 ギガンテスとはギリシア神話に出て来る巨人である。上半身は武装した髭だらけの大男でありその二本の脚は蛇の下半身となっている。テューポーンに似ているところがあるのは彼等の母がテューポーンと同じ大地の神ガイアだからである。
「テューポーンですか」
「そうだ」
「それに対しては敵も怪物を持っております、残念ながら」
「それは何だ」
「大地母神です」
 エヴァはその問いにこう答えた。
「それも二千人の」
「あれのことか」
 その数を聞いて何のことを言っているのかすぐにわかった。
「そういえばそうだったな」
「はい」
 エヴァは頷いた。
 ティアマトはメソポタミアの神話における神々の母である。そしてその本性は巨大なドラゴンであった。これは彼女が海水を象徴する神であり、海の力を現わしたものなのかもしれない。
「こちらは一匹か。確か連合の者はあの巨大戦艦に英雄や神の名をつけているのだったな」
「例えば宇宙艦隊司令長官マクレーン元帥の乗艦の名はブレスです」
「ブレス」
「ケルトの神話の神の一人です。麗しのブレスともいいます」
「我々の神話でのアポロンやフレイのような存在か」
「かなり違います」
 彼女は考え込みながらそう答えた。
「例えて言うのならロキが近いでしょう」
「ロキか」
 北欧神話におけるトリックスターである。巨人と神のハーフであるとされている。なおブレスもまた神と巨人フォモールのハーフなのである。いささか因縁めいた関係である。もっとも北欧の神々はオーディン然りトール然り巨人の血を引く者が多いのが実情なのであるが。
「彼もまた裏切ります」
「そうか」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて考える目になった。
「では彼も最後は炎となるのだな」
「いえ」
「違うのか」
 ここでシュヴァルツブルグが言ったことは北欧神話の異聞である。ロキの化身の一つがラグナロクにおいて姿を現わす炎の巨人達の王であるスルトとするものである。
 このラグナロクにおいてロキは死ぬ。だがスルトは最後まで生き残りその手にある炎の剣レーヴァティンで全てを焼き尽くし何処かへと去っていくのである。
 もう一つある。ワーグナーの楽劇ニーベルングの指輪においてロキは炎の神とされている。そして今エウロパではロキは実際に炎の神として崇拝されている。
 英雄ジークフリートが死にその妻ブリュンヒルテがロキを呼ぶ。そしてその中み身を投じるのだ。ロキはかって己が言ったように炎となりヴァルハラも小人達の軍勢も全て焼いてしまう。後には人間達と愛だけがのこるのである。なおロキはこの話においてはローゲと言われている。
「彼は死にます」
「そうなのか」
「偉業を達成した後で。その満足感の中で息を引き取るのです」
「まるで英雄だな」
「英雄なのは事実です。だが」
「英雄にも色々とあるということだな」
「そういうことです」
 そして彼女はそれに頷いた。
「彼は半分は巨人でしたから。完全に英雄にはなれませんでした」
「皮肉なものだな」
「といいますと」
「ロキは最後は人の世をもたらす。そしてオーデインもトールも偉大な神だ」
「はい」
 彼等もまた巨人達の血を引いているというのに、である。ギリシア神話におけるゼウス達もまた巨人の子供達なのであるが。巨人は古代の神々なのである。だがケルトのフォモールも彼等も古い神々、異端の神々であるのだ。今いる神ではないのであった。それが問題であったのだ。

 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その十三


「だがブレスは死ぬという。これが皮肉ではなくて何だというのだ」
「それもまた神話です」
 エヴァはそれに対して臆することなくこう述べた。
「神話も様々なものがありますから」
「そういうものか」
「私はそう思います」
「では今ここに来ようとしているブレスは何なのか」
「マクレーン元帥の乗るブレスですか」
「そうだ。あれもまた死ぬのだろうか」
「はい」
 彼女はそれに答えた。
「我々の手で」
「できるか」
「閣下」
 エヴァはあらためてシュヴァルツブルグに対して言った。
「今まで人間の作ったもので完全なものが存在したでしょうか」
「いや」
 彼はそれに首を横に振った。
「人間は所詮は人間だ。超人にはなれるかも知れないが」
 ニーチェについてさらりと言及した。十九世紀に神は死んだ、と言い超人思想を提唱したドイツの哲学者である。彼の思想にはワーグナーのそれが大きく影響していることで知られている。ワーグナーの楽劇のヘルデン=テノール達がその超人だとも言われている。
「完全なものではない。神ではないのだからな」
「答えはそこです」
「沈められるというのか」
「無論です。ティアマト級巨大戦艦は連合軍にとって絶対的な象徴です」
「うむ」
「今まで何度も言われてきたことですが。撃沈することに非常に大きな意味があるのです」
「できれば、な」
「先程も述べましたがこの世に絶対的なものはありません」
 彼女はまた言った。
「それならば。必ずできます」
「普通にやっては効果期待できないが」
「普通にやれば、です」
「何か策があるな」
「はい」
 彼女は頷いた。
「彼等が神を擁しているのなら」
「うむ」
 エヴァの言葉に何かが宿った。まるでトランスしたように語る。その目は既に軍人のものではなくなっていた。何処か巫女めいたものになっていた。
「・・・・・・・・・」
 シュヴァルツブルグはそれを黙って見ていた。エヴァはそれに構わず言葉を続ける。
「我々もまた神を擁しています」
 そしてこう言った。だがそれで話は終わりではなかった。
「このクロノスもまたかっては神々の王でした」
 彼は父であるウラノスに対してクーデターを起こし王となったのである。その時眠っている父に対して剣を抜いている。血塗られた神々の王であった。まるで人間達の世界がそうであるかのように。権力の座とは時として神も人もそこに至るまでに多くの血を必要とするものである。これはオーディンもそうでった。彼も自分達の生みの親のような存在である原始の巨人ユミルを殺している。そしてその屍で世界を作っている。
「彼のことは我々が最も知っています」
「そうだな」
 この場合は地の利のことを言っているのである。
「そして彼もまた我々のことを知っています」
「そのうえにあれだな」
「はい」
「テューポーンの存在だ」
「彼の行動で全てが決します」
 そしてこう述べた。
「全てを脅かす暴君」
「うむ」
「今こそその力の全てを解き放たれるべきなのです」
「そうだな」
「閣下、時は来ました」
 やはりその声には何かが宿っていた。その目は最早エヴァのものではなかった。何か別の次元の存在の目であった。
 シュヴァルツブルグはその目の持ち主を知っていた。戦場を駆け巡る乙女達。嵐と戦の神オーディンの忠実なる娘達のことである。
「ワルキューレ、か」
「はい!?」
 それを聞いてエヴァはふと我に返った。
「閣下、今何と」
「いや、何でもない」
 だが彼はそれを誤魔化した。
「神は何を求めているのだろうな」
「戦いです」
 彼女は我に返ったように見えたがそれはどうやらほんの一瞬のことであったようだ。すぐにまたあの目に戻った。今度はオーラすらエヴァのものではなくなっていた。
「戦いこそが我等の神々の求めるものです」
「それはオーディンのことか」
「いえ」
 首を横に振った。
 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その十四


「ギリシアの神々もまた。英雄の血を求めております」
「英雄の血か」
 それを聞いたシュヴァルツブルグの声のトーンが一つ下がった。
「その血で酔うつもりだというのか」
「それもよいですね」
 やはりそれはエヴァの声ではなかった。
「英雄の血程美味なものはありませんから」
「そうなのか」
「この戦いでまた多くの血が流れます。騎士達の、戦士達の血が」
 彼女は言った。
「勝利はその果てにあるものに過ぎません。ですがその勝利は我々のものです」
「それは神々の意志か」
「神々の」
「どうなのかな、それは」 
 あえてエヴァに対しても、そしてエヴァに宿っている何者かに対しても問うた。問いながら彼女を見据えていた。
「はい」
 エヴァはそれを認めた。正確に言うのならエヴァの中にいる者が。
「ですが我々はその中でやらなければならないことがあります」
「それが勝利か」
「エウロパの興亡はこの戦いにあります」
「うむ」
「これだけは人の手によって為されなければなりません」
「閣下」
 ここで連絡将校の一人が艦橋に入って来た。
「どうした」
「敵が姿を現わしました」
「遂にか」
「はい。その数二千個艦隊。クロノス星系の我が陣を半月型に覆う形で布陣しております」
「やはりな」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて頷いた。
「そうきたか」
「予想されていたのですか、彼等の布陣を」
「ああ」
 エヴァの言葉に応えた。
「敵の数は圧倒的だ」
「はい」
「ならばその数を生かした布陣を組むのは当然だと思っていた。そして今それが的中した」
「そうだったのですか」
「全軍に伝えよ」
 彼は指示を出した。
「全軍戦闘用意」
「わかりました」
「そして予定通り作戦を執り行うとな。いいな」
「ハッ」
 連絡将校はそれを受けて敬礼した。
「ならばそのように連絡致します」
「頼むぞ」
「はい」
 こうしてこの連絡将校は姿を消した。シュヴァルツブルグはそれを見届けてからエヴァに顔を戻した。
「ギャラルホルンは鳴ったな」
「はい」
 エヴァはそれに頷いた。
「次はオーディンがグングニルを投げる番だ」
「では軍を前に出されるのですか」
「そうしたいところだがあえてしない」
 しかし彼はそれはしなかった。
「待つ。彼らをな。彼等も彼等で手順があるだろう」
 そう言いながら前を見据えた。そこには星の大海を埋め尽くさんとするばかりの数の大軍が今姿を現わそうとしていた。
「全軍に告ぐ」
 マクレーンはブレスの艦橋から指示を出していた。
「射程に入り次第攻撃に移るように」
「了解」
 それにモニターに映る各元師達が頷く。皆戦闘服を着ていた。
「いつも通りいこう」
「わかりました」
「攻撃目標はエウロパ軍」
 彼はまた言った。
「作戦通り殲滅していく。よいな」
「ハッ」
 元帥達がそれに頷いた。階級が同じであってもマクレーンに従っているのは席次故であった。階級が同じであっても役職により上下関係はあるのである。軍の指揮系統はそうしたことも定めているのである。統合作戦本部長が制服組のトップであり宇宙艦隊司令長官と参謀総長がそれに続く。つまり今この艦には連合軍のナンバーツーとナンバスリーが乗艦していることになる。
 元帥達がモニターから消えた。マクレーンはそれを見届けた後で隣に立つ劉に顔を向けた。
 

 

第十四部第一章 振り下ろされた刃その十五


「遂に戦闘となりましたが」
「はい」
「彼等は何を用意しているでしょうかね、一体」
「おそらくは切り札を用意しているでしょう」
「切り札を」
 マクレーンはそれを聞いて考える目をした。それから言った。
「そういえば後方からテューポーンを持って来たと聞いていますが」
「はい」
「それが切り札でしょうか」
「おそらくは。ですが私に考えがあります」
「それは」
「それはその時になってから申し上げます」
 そこで表情を変えた。笑った。
「それで宜しいでしょうか」
「はい」
 マクレーンはそれに頷いた。特に断ることもなかった。
「今まで難攻不落と言われた存在は多いですが」
 そしてこう言った。奇しくもエヴァが自分達の巨大戦艦に対して言ったことと同じである。
「実際に陥落しなかったものはありませんよ」
「テューポーンもそうなりますか」
「はい」
 彼は頷いた。
「そういえばテューポーンは最後は負けていますな」
「そういえば」
「我々と彼等の神話は違いますがここはやってみましょう」
「神話の再現をですな」
「はい。我々はゼウスになりましょう」
 劉は不敵な様子でそう述べた。
「あそこまで好色ではありませんが」
「ゼウスなら既に我々を待っていますが」
「我々をですか」
「そうです。オリンポスにおいてね」
「そうでしたな」
 彼等はそう言い合って笑った。オリンポスはギリシアの神々が集う場所である。その主はゼウスだ。それをもじっているのであった。
 双方は互いの姿を確認した。そして連合軍はそのうえでゆっくりと前進する。エウロパ軍はそれを待ち受ける。これはニョルズにおいても同じであった。
「間に合ってよかったな」
「はい」
 ニョルズでの布陣を終えたモンサルヴァートはプロコフィエフに対してそう語っていた。プロコフィエフもそれに頷いた。
「丁度それが終わったら来た。やはり速い」
「そうですね」
 プロコフィエフもそれは認めた。
「兵は神速を尊ぶといいます。連合軍にはあまり当てはまらないことですが」
「彼等だけは例外だということだ」
 モニターには敵の大軍が映っている。漆黒の大軍であった。
「全軍戦闘用意」
 アッディーンは指示を下した。
「よいな。この戦いは敗れるわけにはいかない」
「はい」
「そして私も敗れるつもりはない」
「私もそれは同じですよ」
「卿もか」
 モニターに若いエウロパの軍服を着た男が姿を現わした。タンホイザーであった。
「まさか卿がここに来るとは思わなかったがな」
「何かを感じましたので」
 彼はそう答えた。
「それで同行させて頂いたのですよ」
「いいのか?」
「何がですか」
 彼はモンサルヴァートに対して問う。
「この戦い、尋常なものではないぞ」
「だからですよ」
 彼は笑って返した。
「戦場は激しい程映えるのです」
「ふむ」
「このニョルズの戦いはエウロパ軍はじまって以来の熾烈な戦いとなるでしょう。これこそ私の望んでいた戦場なのです」
「わかった。なら卿の力を期待する」
「有り難うございます」
「閣下」
 モンサルヴァートに対して報告が入った。
「何だ」
「敵軍がこちらに向かっております」
「そうか。そしてその先頭にいるのは」
「あの巨大戦艦です」
「あれがか」
 予想していたことであった。彼はそれを聞いて静かに頷いた。
 モニターに黒い巨大な艦影が映る。それはまるで怪物の様であった。
「行くぞ」
 彼は一言そう言った。
「勝つ。よいな」
「ハッ」
 エウロパ軍も動いた。こうして二つの星域での戦いがはじまった。エウロパの命運を賭けた戦いが。 

 

第十四部第二章 鉄の壁その一


                   鉄の壁
 クロノス、そしてニョルズ両星系において連合軍とエウロパ軍は戦闘に入った。まずは連合軍の前進から戦いの幕が開いた。
「ティアマト級巨大戦艦、前へ」
 マクレーンの指示が下った。それと共に二千隻の巨艦が前に出て来た。
 あまりにも巨大な姿であった。まるで銀河を制圧するかのような。一隻だけでもそうであるのにそれが二千隻である。それだけで戦場を威圧していた。
 その巨艦の艦首にある巨砲に光が込められた。そこから一斉に巨大な三条の光の帯が放たれたのであった。
「敵の攻撃来ます!」
 エウロパ軍のオペレーターの声が響く。それは悲鳴であった。
 この最初の攻撃により前線にいるエウロパ軍の艦艇のかなりの数が薙ぎ倒された。そして前線に配されていたコロニーレーザーにもかなりの損傷が出た。
「まずは手荒い挨拶だな」
 シュヴァルツブルグはそれを受けてこう言った。
「我が軍の損害は」
「一万隻程かと」
「思ったより少ないな」
「ですが」
 報告する参謀の声はそれでも暗かった。
「第一防衛ラインに置かれていたコロニーレーザーが」
「どうかしたのか」
「かなりの損傷を受けまして。満足に攻撃可能なレーザーは半分程になりました」
「半分にか」
「はい、先程の攻撃はどうやらコロニーレーザーを狙ったものであったようです」
「そうか。考えたな」
「それだけではありません」
 別の参謀が報告して来た。
「機雷地帯にも敵が来ております」
「そこにもか」
「護衛艦隊に護られて掃海部隊が向かっております。如何為されますか」
「予想されたことだな。その数は」
「約百個艦隊程かと。如何致しますか」
「とりあえず足止めの艦隊を送ろう」
「わかりました」
「緑騎士団及び灰騎士団、そして銀騎士団を向かわせる」
「ハッ」
「ただしあくまで足止めだ。時が来たら退くように伝えよ。よいな」
「わかりました」
「そして敵の次の動きは」
「このまま前進して来ます」
 また報告が入って来た。
「ティアマト級を先頭に。砲艦とミサイル艦の布陣が確認されております」
「わかった。ではこちらもあれに移ろう」
「あれですか」
「そうだ。準備はいいな」
「ハッ」
 その参謀は敬礼した。次に前線にいる部隊に指示を伝える。
「そうか」
 前線を指揮する指揮官の一人マールボロはその指示を聞いて静かに頷いた。
「閣下、何と」
 彼の主席参謀であるウィリアム=マウントバッテン大将が彼に問うた。
「あれをするそうだ」
「あれですか」
 それが何であるかは彼にもわかっていた。こくりと頷いた。
「敵の動きはどうなっているか」
「予想通りです」
 マウントバッテンはそう答えた。
「砲艦とミサイル艦の斉射に移るようです」
「そうか、相変わらずだな」
 もう連合軍の攻撃の手順はわかっていた。そうとなれば対処の方法もないわけではないのだ。無論これは連合軍も承知のうえであるのだが。
「では各艦に伝えよ」
「ハッ」
「あれをやるとな」
「了解」
 こうしてエウロパ軍は次の行動に備えた。それに対して連合軍は機械的に砲艦とミサイル艦の攻撃の準備に移っていた。
「砲艦、ミサイル艦一斉攻撃」
「砲艦、ミサイル艦一斉攻撃」
 また指示が下った。これにより砲艦の巨砲とミサイル艦の巨大ミサイルが一斉に放たれた。光の壁と心を持たない狩人達が獲物に襲い掛かった。
「来ました」
「よし」
 マールボロは報告を受けて頷いた。そして言った。
「全艦散開!」
「全艦散開!」
 一斉に各艦が動いた。今まで方陣を組んでいたのが散陣になった。それは一瞬のことであった。
 その一瞬のことで彼等は救われた。散開したことにより連合軍の攻撃への損害を最小限に抑えたのであった。無数の光の帯もミサイルも陣をすり抜けて行ったのであった。
 

 

第十四部第二章 鉄の壁その二


「上手くいったな」
「はい」
 マウントバッテンはマールボロの言葉に頷いた。
「まさかここまでとは」
「だがまだ敵の攻撃の一つをかわしただけだ」
「ですね」
 油断はできなかった。それはこの二人もよくわかっていた。
「すぐに方陣に戻れ」
「ハッ」
 それに従いエウロパ軍はすぐに方陣に戻る。よく訓練されていることと豊富な実戦経験が窺える実に巧みな動きであった。
「敵ながら見事と言うべきか」
 連合軍の第一陣の中央を指揮するコレッリはそれを見て思わず唸ってしまった。
「ああしたかわし方があるとはな。勉強になる」
「ですがそうも悠長なことは言っていられませんぞ」
「わかっている」
 副官の言葉に頷いた。
「敵がそう来るならばこちらにも考えがある」
「はい」
「電子妨害を仕掛ける。いつもの方法でな」
「わかりました」
 こうして連合軍は次は電子妨害を仕掛けてきた。これによりエウロパ軍の動きを乱そうというのである。かってアルテミスにおける一連の戦いで猛威を奮った戦法である。これにより一気にエウロパ軍の陣を崩そうというのである。
「閣下」
 マウントバッテンは電波の異常を見てすぐにマールボロに報告した。
「わかっている」
 彼はそれに頷いた。だが頷いただけであった。
「さて、と」
 コレッリは敵の動きを注視していた。そして同時に身構えていた。
「どうなるかな」
「それは決まっております」
 傍らに立つ幕僚の一人が自信に満ちた笑みと共にそう言った。
「もうすぐ彼等はその陣を大いに崩すでしょう」
「崩すか」
「はい、今までのように」
 彼の言葉もまた自信に満ちたものであった。
「我等はそこを衝けばいいのです。それで敵の第一陣は容易に崩壊します」
「今まではそうだったな」
 コレッリはそれを聞いてそう言葉を返した。
「はい」
「だがこれからはどうかな」
「といいますと」
 幕僚はそれを聞いて怪訝そうな顔をした。
「何かあるというのでしょうか」
「当然だ」
 コレッリの返答はこうであった。
「人間は進歩する生き物だとされている」
「はい」
「ならば彼等とてそうではないのか。幾ら何でもあそこまで痛めつけられていて何も学ばないとは思わない方がいい」
「しかし」
「ここで貴族だから云々言うのは止めた方がいい」
「ウッ」
 幕僚は今言おうとしたことを止められ口篭もってしまった。
「偏見に基づく価値判断は碌な結果を生み出さないぞ」
「それはわかっているつもりですが」
「ならすぐに捨てることだ。いいな」
「はい」
 この幕僚は黒人であった。若しかするとかっての植民地時代のことから彼等を侮蔑しているのかも知れなかった。アフリカはかって欧州によって凄まじい搾取を受け、独立後も意図的な国境線や紛争への工作により苦しめられてきてきたのであるからだ。もっともこれは最早歴史の世界の話になっており忘れている者は忘れているのであるが。
「彼等がどうするかだ」
「どちらにしろ攻撃準備は整えておきますか」
「無論だ」
 コレッリはそれは続けさせた。
「どちらにしろ攻撃は仕掛ける。よいな」
「ハッ」
 連合軍は今にも飛び掛らんとする態勢のままエウロパ軍を見据えていた。見ればエウロパ軍はその動きを崩してはいなかった。
「やはりな」
 コレッリだけではなかった。連合軍の多くの将がそれを見て頷いた。
「そのままの態勢でいるか。どうやら通信妨害では動じなくなっているようだな」
「まさか」
「だが彼等の動きを見よ」
 コレッリは先程と同じ幕僚に対してそう言葉をかけた。
「通信妨害を仕掛ける前と全く動きは変わってはいないではないか」
「それはそうですが」
「これも訓練の故だろう」
「訓練の」
「若しくは実戦の経験によるものか。通信が効かなくなったら下手に動かない方がいい」
「はあ」
「彼等の出した答えはそれだ。どうやら我等の戦術はまたしても破られたわけだ」
「しかし」
「わかっている」
 コレッリは幕僚に対して言った。
「攻撃を仕掛けよ。よいな」
「はい」
 こうして再び砲艦及びミサイル艦による一斉攻撃が行われた。だがこれも散陣により損害を抑えられてしまった。連合軍の二つの攻撃を封じたエウロパ軍は意気が上がった。

 

 

第十四部第二章 鉄の壁その三


「閣下、ここは」
「うむ」
 マールボロはマウントバッテンの言葉に頷いた。
「全艦砲門開け」
「全艦砲門開け」
「そしてミサイルも用意しろ」
「ミサイル発射用意」
 マールボロの言葉に従いエウロパ軍の第一陣は全艦攻撃態勢に入った。
「まずは間合いを一気に詰める」
「はい」
 彼は攻勢に出るつもりであった。
「そして間合いに入ったならば一気にいくぞ。いいな」
「わかりました。それでは」
「連合軍の攻撃の間合いは広い。それには注意しろ」
「わかっております。では」
「よし。全艦突撃!」
 マールボロの指示が下された。それに従いエウロパ軍の艦艇は一挙に動いた。
「マールボロ元帥も思い切ったことをやる」
 シュヴァルツブルグは後方からその指揮を見てそう呟いた。
「まさかここで攻撃に出るとはな」
「いえ、これは予想されたことです」
 だがエヴァはそう答えた。
「予想されたことか」
「はい。連合軍の得意とする戦術を破ってきました。ならばここで反撃に転じたいというのが人としての欲です」
「欲か」
「はい。そして閣下は今その欲を取られました」
「だがそうするべき時なのか、今は」
「私はそう思います」
 エヴァはそう言葉を返した。
「今我が軍の士気は上がっております」
「うむ」
「そういう時にこそ攻勢を仕掛けるべきですから。閣下は正しい判断を為されました」
「だが彼の指揮下にある兵だけでは危険だな」
「ですね。いざという時に」
 最悪の事態を常に想定するのは軍人の常である。エヴァはこの時素直にそれに従ったまでであった。この時彼女は軍人であった。
「では第二陣及び第三陣に伝えよ」
「はい」
「すぐに第一陣をフォローするようにとな」
「ハッ」
 こうしてエウロパ軍もまた動いた。エウロパ軍第一陣は散開と集結を繰り返しながら連合軍の攻撃をすり抜けつつ急進する。そのまま連合軍に迫っていた。
「そろそろいいな」
「はい」
 またマウントバッテンが頷いた。
「全艦攻撃せよ!そしてその後は全速で離脱する!」
「了解!」
 マールボロとて歴戦の将である。彼の指揮下にある軍だけでは連合軍の相手にはならないことはわかっていた。ここはあくまで一撃離脱戦法に徹することにしたのであった。
 砲撃とミサイル斉射が同時に行われる。そしてエウロパ軍は全艦急進離脱する。攻撃を終えると一目散に後退をはじめた。
「これでどうだ」
 マールボロはモニターに映る後方の連合軍を見て満面に笑みを浮かべていた。
「少しはダメージを与えることができたかな」
「少なくとも最初のあの巨艦の攻撃程のものはいけたのではないでしょうか」
 マウントバッテンがそれに応えた。
「それならば御の字だな」
「いえ、それが最低限の戦果かと。我が軍を以ってすれば」
「言ってくれたな、また」
 だが悪い気はしなかった。確かな手応えもあった。しかしそれは空振りに終わっていた。
「な・・・・・・!」
 マールボロはモニターに映る連合軍を見て思わず絶句した。
「これは一体・・・・・・」
 何とエウロパ軍の攻撃はほぼ無効化されていたのである。ビームは弾き返されミサイルは撃墜されてしまっていた。従って連合軍の損害は皆無に等しかった。
「うまくいったな」
「はい」
 今度はクラウスが笑っていた。彼もまたこの戦いに参加していたのである。
「イージス艦、思ったより遥かに優秀なようですな」
「ああ」
 クラウスは参謀の言葉に頷いていた。
 見ればエウロパ軍に見慣れない艦艇が見られた。それは巨大な円盤状の艦体を持つ艦であった。見ればところどころに様々な武装を配している。
「この戦いに間に合って何よりだったな」
「ええ」
「これで敵の攻撃をより効果的に防ぐことができる。そうだな」
「その通りです」
 参謀達はクラウスの言葉に頷いた。
「では行くとするか」
「はい」
 連合軍は前進を開始した。だがエウロパ軍はそれよりも前に後方に退きはじめていた。
「危ないな」
 マールボロは連合軍の動きを見てそれを察知していたのだ。
「全速で離脱を命じたのは正解だったな」
「どうやらそのようですな」
 マウントバッテンもそれに同意した。
「しかしまた新たな艦艇を投入して来るとは」
「連合軍も侮れないな、本当に」
 彼等はモニターに映る連合軍の艦艇の一つを見ていた。そこにはあの円盤状の艦艇が存在していた。 

 

第十四部第二章 鉄の壁その四


「まるで大昔のSF映画に出て来るUFOみたいだな」
「また懐かしいお話を」
「いや、本当に。子供の頃見た映画で実際にあんな形の円盤が出て来たのだ」
「その中に乗っているのは宇宙人ですな」
「よく知っているな」
「知らない筈もないでしょう。我々は今実際に宇宙におりますし」
「ふむ」
「そうした本も読んでおりますよ。子供の頃から」
「卿は本でUFOを知ったのか」
「よくあるオカルト雑誌で」
 彼はそう答えた。
「異星人が出て来たとか。私が見たのはロボット型の宇宙人でしたかな」
「おお、あれか」
 マールボロはそれを聞いて顔に笑みを浮かべた。
「それなら私の観た映画にも出ていたぞ」
「そうなのですか」
「敵役でな。人類を侵略せんとする悪しき宇宙人の尖兵としてだ」
「よくあるお話ですな」
「だが面白かったな。最後はお約束だが」
「悪い宇宙人は撃退されるのですな」
「そうだ。エウロパ人によってな」
「では今回もそうなるでしょう」
「だな」
 彼等は退きながらもそう言い合って笑っていた。そこには余裕すらあった。
「敵は確かに手強い」
「はい」
「だがあの形の兵器を出してきた時点で全てが終わりだ」
「あの形の兵器を使う者が勝った作品はありませんからな」
「今後映画業界は大忙しだろう」
 いささかユーモアを込めて言う。イギリス人はこの時代においてもユーモアを嗜むのが貴族としての身だしなみの一つと考えられているのである。そしてマールボロはユーモアの名手としても知られている。
「私も映画に出るだろう」
「それは何よりです」
「ただし顔は全く違う」
「それは当然なのでは」
 マウントバッテンも乗ってきた。彼も貴族でありユーモアの嗜みはある。
「そう。しかしもう一つ決定的に違うであろう場所があるのだ」
「それは一体」
「ここだよ」
 そう言って自分の頭を指差した。
「流石にこれは変えられるだろう。映画の主役が禿頭では絵にはならない」
「さて、それはどうでしょうか」
「それも違うのか」
「ナポレオンも髪の毛は薄かったようですぞ」
「ふむ」
 これは実際に彼が皇帝になってからの肖像画で描かれている。彼は小柄でありかつ頭が非常に大きかった。それだけにその髪の毛の薄さも目立ったのかも知れない。なお若い頃はそれなりに髪の毛はあった。
「ジュリアス=シーザーも」
「それは有名だな」
「御存知でしたか」
「知らない者もそうはいないだろう」
「言われてみれば」
 その通りであった。シーザーは全身の毛を脱毛し、髪の毛をカールにして、服にまで気を使いその男伊達ぶりをローマで見せつけていた。長身であった彼はそれだけで見栄えがあった。だがマスクや外見よりも言葉やそのカリスマで女性を魅了するタイプであったのだ。
 その彼の悩みが若禿であった。いつもその広い額を隠すのに苦労していたという。その苦労は死ぬまで続いた。彼の数少ないコンプレックスであったのだ。
「だが映画でも漫画でもシーサーもナポレオンも髪の毛はある」
「小説でも多くはそうですね」
「幾ら何でも見栄えがよくない。ましてやもう特効薬があるというのに」
「禿頭の」
「わしは使ってはいないがな。そこまでして髪の毛を生やそうとは思わん」
「左様で」
「禿るなら禿てもいい」
 彼は言った。
「そう思っていたら三十になると急に髪の毛が薄くなってきた」
「三十からですか」
「そしてこうなった。禿る時はあっという間だぞ」
「怖いお話ですね」
「薬があるにはあるがな。だが禿はまだある」
 まるで天然痘かペストのように言う。実際に人類の歴史書では禿頭の特効薬はジェンナーの牛腫に匹敵する程の評価を受けているのだ。他には水虫の特効薬の評価も高い。
「わしがその生き証人だ」
「身につまされるお話ですね」
「薬を使わないとこうなる、か」
「今からお使いになられては」
「今更何を」
 そう言って笑って返した。
「ここまで来たらかえって気分のいいものだ。何せ禿頭は滅多にいない」
「はあ」
「開き直るというのもいいものだぞ。この頭で辺りを照らすのだとな」
 だが連合軍の行く先を照らす真似はしなかった。彼の率いるエウロパ軍は一目散に元の陣地に戻ってしまっていた。そしてまた防衛に務めるのであった。
「速いな」
 マクレーンはその動きを見て思わず唸ってしまった。
「見事な動きだ。敵の指揮官は」
「マールボロ元帥のようです」
 幕僚の一人がそう答えた。
「マールボロ元帥か」
「はい。それが何か」
「いや」
 彼は少し間を置いてからそれに言葉を返した。
「慎重派と聞いていたのだがな。どうして大胆な動きをする」
「そうしなければならない状況ですし」
 それに劉が答えた。
「状況ですか」
「はい」
 そしてそれに頷いた。
「彼等はもう後がありませんから」
「ですな」 
 それはマクレーンにもわかっていた。こくり、と頷いた。
「それならば厄介ですかな」
「一面においてはそうですが」
 劉はそれに対して言った。
「ですが別の一面から見てはそうではありません」
「といいますと」
「長官もおわかりだと思いますが」
「ふむ」
 マクレーンはそれを聞いて楽しそうに笑った。
「あのことですかな」
「そうです」
 劉もそれに合わせて楽しそうな笑みになった。
「心理的に彼等が追い詰められているのは事実」
「はい」
「焦りが見られます。それを衝いていくとしましょう」
「了解しました」
 それを受けてマクレーンは全軍に指示を下した。連合軍は突如としてその進軍を停止したのであった。 

 

第十四部第二章 鉄の壁その五


「何っ」
 エウロパ軍の将兵達はそれを見て皆いぶかしがざるにはいられなかった。
「これは一体。どういうことだ」
「何かあったというのか」
「進撃を停止したか」
 それはシュヴァルツブルグも同じであった。
「何を考えているのだ」
「罠ですね」
 それに対してエヴァがこう言った。
「罠か」
「はい。今は大人しく陣に篭るべきです」
 彼女は上官にそう述べた。
「今こちらから仕掛けたならば取り返しのつかないことになります」
「後手打ちを狙っているのか」
「おそらくは」
 後手打ちとは敵に先に進ませてその攻撃の終結ポイントで一気に反撃に転じるというものである。かってドイツ軍の知将マンシュタインが数的に圧倒的に有利なソ連軍に対して仕掛け多大な戦功を挙げたことで知られている。
「まさかとは思うがな。物量は彼等の方が圧倒している」
「それでも策は仕掛けてくるでしょう」
 エヴァはまた述べた。
「勝利を掴む為には」
「我々と同じだということだな」
「そうですね」
 彼女はそれに頷いた。
「ただその勝利を捧げる神が違うだけです」
「神がか」
 ワレンシュタインのモニターにはその神が映っていた。連合軍の巨大戦艦の異様なシルエットが映っていたのである。
 連合軍は動かなかった。そしてエウロパ軍も動かなかった。両軍はそれぞれ睨み合いに入る形となった。
「気付かれたか」
 劉は自分達の陣地に篭り動こうとしないエウロパ軍を見てそう呟いた。
「彼等もあながち馬鹿というわけでもないか」
「まっそういうことですな」
 マクレーンはそれに頷いた。
「しかしだからといって我等の手が尽きたというわけではありませんぞ」
「ですな」
 劉はそれに応えた。
「ではあれを仕掛けるとしますか」
「はい」
 マクレーンはまた頷いた。そして再び全艦隊に指示を下した。
「全艦に告ぐ」
 マクレーンの強い声が全ての艦艇に響いた。
「ムッ」
「うちの艦長の声じゃないな」
 それぞれの艦艇にいる兵士達がその声を聞き顔を上げた。
「じゃあ誰の声なんだ?」
「分艦隊司令じゃないのか?どうかな」
「馬鹿を言え」
 そんな話をしている若い兵士達にいかつい顔立ちの上級曹長が言った。
「これは宇宙艦隊司令長官の声だ」
「宇宙艦隊司令長官」
「マクレーン元帥が!?まさか」
「そのまさかだ」
 彼はまた兵士達に対して言った。
「司令直々の御言葉だ」
「何てこった」
 兵士達はそれを聞き驚きを隠せなかった。
「一体何が起こるっていうんだよ」
「面白いことが起こるんだ」
 上級曹長は笑って兵士達にそう述べた。
「まあ見ていろ」
「はい」
「御前等が死ぬまで忘れられないようなことが起こるからな」
「この戦いで死んでもですか」
「何だ、死にたいのか?」
「いえ、まさか」
 軽口を叩いた若い兵士の一人が首を横に振った。
「縁起でもありませんよ。俺は祖国に残してきた彼女がいるんですよ。この戦いが終わったら任期満了ですから田舎に帰って結婚するつもりなんですよ」
「御前国は何処だ」
「チベットです」
 彼は答えた。
「実家は農家でして。都会に出て軍に入りましたけれどやっぱり田舎がいいなって思いまして」
「それで帰るのか。嫁さんをもらって」
「ええ。駄目でしょうか」
「御前の人生だ。そんなことにまで俺は何も言わん」
 上級曹長はその若い兵士に笑みを浮かべてそう述べた。いかつい顔がまるでジャガイモの様になった。
「だが結婚するのはいいことだな」
「そうですか」
「俺にもかみさんがいてな」
「はい」
「家でいつも俺を待ってくれているんだ。娘達と一緒にな」
「上級曹長に娘さんが」
 兵士達はそれを聞いて驚きの声をあげた。
「そうだ。それがどうかしたか?」
「いえ、あの」
「意外だなあと思いまして」
 彼等は口々にこう言った。
「意外か。俺に娘がいるのが」
「まあ」
「それでどんな方々なんでしょうか」
「言っておくが御前等には紹介はしないぞ。もう三人共結婚している」
「そうなんですか」
「その証拠に見ろ」
 そう言って彼は懐から一枚の写真を取り出した。それは私服姿の彼を中心に優しげな顔の初老の女性と三人にその女性に似たわりかし容姿端麗な三人の女性達がいた。見れば三人の横にはそれぞれ男がいてその手の中には子供達がいる。
「俺の孫達だ」
 彼は笑ってそう言った。
 

 

第十四部第二章 鉄の壁その六


「皆女だ」
「そうなんですか」
「どういうわけか俺の血筋は女が多くてな」
 彼は少し困った顔をしてこう言った。
「俺の兄弟も親父の兄弟もな。女ばかりだ」
「はあ」
「そんな女だらけの場所が嫌になって軍に入ったんだが。娘も孫も女ばかりだ」
「それはまた」
「まあ仕事場は違うのでどっこいどっこいといったところかなとは思っているがな。と思ったらここも女が多い」
「昔の軍隊ですよ、それは」
「今頃はね。サハラ位でしょう、男だけの軍隊は」
「そうだろうな」
 彼もそれに頷いた。
「色気はもう足りているからな、俺の場合」
「色気ではないでしょう」
「わかるか」
「ええ。女も三人いれば」
「猛獣だぞ」
「猛獣ですか」
「結婚してみろ」
 そしてここで兵士達にこう言った。
「わかるからな」
「俺だったら何人いても大丈夫ですけれどね」
「若いな、それは」
 そう軽く言った若い兵士に対して言葉を返す。
「まあそのうちわかるさ」
「でしょうかね」
「身を以ってな」
 そんなやりとりをしている間にも連合軍は動いていた。急にエウロパ軍に対して横腹を見せた。
「ムッ」
「これは一体」
 エウロパ軍の将帥達はそれを見て眉を顰めさせた。
「どうするつもりなのだ」
「ここで腹を見せるとは」
 彼等にはその理由がわからなかった。だが連合軍はそのままの態勢のままゆっくりとエウロパ軍に接近してきたのである。まるで壁が迫るように。
「圧迫するつもりか」
 それを見てジェラールはそう呟いた。
「また数に頼み。芸がないな」
「果たしてそうでしょうか」 
 だがそれにシリアーニが疑問の声を呈した。
「私には彼等の策であるように見受けられますが」
「策か」
「はい」
 彼は頷いた。
「それがどのようなものかまではわかりませんが」
「ふむ」
「絶対に何かある筈です。ここは様子を見ることにしましょう」
「わかった」
 ジェラールはそれに頷いた。
「ではここは様子を見よう。今まで通りな」
「はい」
 シリアーニは応えた。
「それが宜しいかと思います」
「連合軍」
 ジェラールは呟いた。
「今度は何をしてくるつもりか」
 だがそれは彼等にはわからなかった。わかっているのは連合軍の者達だけであった。
「どうやら我等の行動を見てかなり戸惑っているようですな」
 劉はそれを見て勝利を確信した笑みを浮かべていた。
「ここで突撃を敢行することはないようですな」
「したくとも出来ないでしょう」
 劉はマクレーンにもこう述べた。
「我々が何をしてくるつもりなのか予想できていないのですから」
「ですがそれももうすぐわかることです」
「はい」
「彼等がその身を以って。射程はどうでしょうか」
「まだです」
 幕僚の一人がそれに答えた。
「全艦の射程に入るまであと数分程かかるようです」
「そうか」
「あと数分」
「そう、あと数分です」
 見ればその幕僚も笑みを浮かべていた。
「宜しいでしょうか」
「悪い筈もない」
 それがマクレーンと劉の答えであった。
「インスタント食品の完成するのが先かどうかという時間だ。待つ」
「インスタント食品ですか」
「ええ」
 ここでクラウスが艦橋のモニターに姿を現わした。不意に姿を現わした彼に対してマクレーンは落ち着いて返した。
 

 

第十四部第二章 鉄の壁その七


「それ程の時間でしょう」
「確かに」
 それはクラウスにもわかっていた。
「しかし私の好みのインスタント食品はまだできませんな、数分ですと」
「おや」
 マクレーンはそれを聞いて面白そうにその眉を動かした。
「クラウス元帥はどの様なインスタント食品がお好みで」
「タコスですよ」
 彼はそう言葉を返した。
「タコス」
「はい。電子レンジに入れてね。温めるだけです」
「それならすぐではないのですか」
「ところがこれが違いまして」
 彼は言った。
「本当に美味しく食べるにはさらに温めなければならないのですよ」
「どれ程」
「十分程」
「あまり変わりがないように思えますが」
「ところがそれが違うのです」
 どうやらクラウスはタコスというものに特別な思い入れがあるようである。なおタコスはこの時代連合においてはかなりポピュラーな軽食の一つであるハンバーガーや肉まんと同じ扱いである。他にはピロシキや生春巻、シシケバブ等もある。連合の食事は軽食であってもかなりバラエティに富んでいるのである。
「タコスはね。熱くないと」
「ハンバーガーと同じように」
「ところがハンバーガーとはまた違いまして」
「おやおや」
 マクレーンはハンバーガーを否定されて少し苦笑いを浮かべた。彼はハンバーガーが好物なのである。しかしだからといって怒ることが許される状況ではないのは理解していた。
「かなり熱くないと美味しくはないのです」
「それでそれだけ温められるのですね」
「そういうことです」
 クラウスはここでようやく満足気に頷いた。
「ですが戦争は違います」
「ほう」
「頃合いがあります。この数分はその頃合いです」
「我が軍にとって」
「敵は今戸惑っています。今が狙い目です」
「二撃目の用意はできているでしょうか」
「無論」
 劉とクラウスが同時に答えた。
「それどころか四連斉射も可能です」
「四連ですか」
「どうされますか。これはかなりのエネルギーを消費しますが」
「構いません」
 マクレーンは躊躇することなくこう言った。
「今が肝心ですから。迷うことはありません」
「左様ですか」
 それを聞いて劉もクラウスも納得したようであった。
「ではそれでいきましょう。我々としてもそれで異存はありません」
「はい。では」
 こうして彼等の方針も決定した。距離はその間にもいよいよ狭まってきた。
「どうするつもりなのだ、彼等は」
 エウロパ軍はそれを見ながらさらに不安な感情を募らせていた。
「仕掛けて来るのは間違い無いが」
「それが何であるか」
 彼等には連合軍の真意が完全には掴めなかった。それがさらに不安感を煽っていた。
 連合軍は次第に近付く。それは機雷源においても同じであった。 

 

第十四部第二章 鉄の壁その八


「敵軍は戸惑っているな」
 リバーグはそれを見て冷静にそう述べた。
「だがまさか彼等が来るとはな」
 目の前にいる騎士団を見てそう言った。
「油断はできない」
「それはわかっているつもりです」
 参謀の一人がそれに応えた。
「ですが今回の戦術ならば。如何に彼等とて」
「そうだな」
 リバーグにも今回は自信があった。
「彼等がいないのが残念だがな」
「彼等とは」
「決まっているだろう」
 彼はそう言葉を返した。
「義勇軍の将兵達だ。彼等がいればより楽に戦えただろうにな」
「それは仕方のないことです」
 それに対する参謀の答えはこうであった。
「仕方のないことか」
「はい、彼等は今ニョルズにいます。そしてそこで死闘を繰り広げていることでしょう」
「彼等も戦っているのだな」
「はい」
 参謀は頷いた。
「それも死闘を。果たしてどちらが先にオリンポスに辿り着くか」
「競争というわけだな」
「そういうことです」
「競争というが」
 それを聞いたリバーグの顔が少し傾いた。
「少し問題があるな」
「といいますと」
「確かに功を競い合うのはいいことだろう」
「はい」
「だがそれにより焦らなければいいが。焦燥は百害あって一利なしだ」
 慎重派で知られる彼らしい言葉であった。彼は常に将兵達に対しては焦ってはならない、落ち着いてことを運ぶようにと言っているのである。将兵達はそれを聞いてまたか、と苦笑いするのである。彼等はこんなリバーグのことを『心配屋の親父さん』や『リバーグ閣下の小言』と少し茶化して言ったりする。だが口やかましくとも誠実で将兵のことを真剣に考えているリバーグは人望があった。少なくとも部下には評価が高かった。
「それはわかっているな」
「閣下がいつも仰っておられますから」
「おい、君もそう言うのかね」
 リバーグもそう言われているのはわかっている。思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「全く。私はそんなに口やかましいかね」
「それは閣下が最もおわかりの筈ですが」
「ううむ」
 だが当人は今一つわかってはいなかった。
「そうは思わないが」
「御家族は何と」
「娘達にはよく言われるよ」
 渋々ながら言葉を返した。
「自分達にも自分達のことがあると。そんなに干渉しているつもりはないのだがね」
「まあ女の子というものはそんなものですよ」
「そうなのか」
 何処かとぼけたような言葉になっていた。
「年頃の子というのは。難しいものです」
「妻もそう言っていたな、そういえば」
 思い当たるふしもあった。
「では私の方が悪いのか」
「まあそうなります」
「難しいな、これは」
 リバーグは首をまたもや傾げさせた。
「私はセクハラにも厳しいつもりだが」
「はい」
 大体においてリバーグは女性に対しては極めて紳士的であると好評である。妻を大事にし、娘にも優しい。そして女性の部下達にも何かと気遣うことが多い。セクハラは彼の最も忌み嫌うことの一つでありこれに関する処罰は厳重である。彼は軍律にはことの他厳しいがセクハラやこうした事柄はとりわけそうなのである。生真面目な彼らしいといえば彼らしい。
「娘達にはまた違うのだな」
「今まではどうでしたでしょうか」
「中学校に入るまでは普通だった」
「やはり」
 どうやらこの参謀には思い当たるふしがあるようである。 

 

第十四部第二章 鉄の壁その九


「だが中学校に入ってから、いやその少し前からかな。変わりだしたのは」
「そうでしょうな」
「わかるのかね」
「ええ、勿論です」
 彼は答えた。
「私にも娘がいますから」
「そういえばそうだったな」
 リバーグはそれを聞いてこの部下のことを思い出した。彼は部下についてもよく知っておこうとする人物であるのだ。何事においても実に細かかった。
「そろそろ大学生だったかな」
「はい。一週間前に大学に合格しました」
「そうだったな。私も祝いの品を贈ったな」
「有り難うございます、あの時は」
「いや、いい」
 リバーグはにこやかに笑ってそう返した。彼はこの部下の娘の入学祝いにと腕時計を贈ったのである。その大学のある星の腕時計であった。
「大したことではない」
 謙虚にそう答えたのであった。
「私もあれには苦労させられました」
 参謀は苦笑いを続けながら言葉も続けた。
「本当に。困ったものでしたよ」
「そうだったのか」
「ですからわかるつもりなのですよ、閣下の御苦労も」
「ふむ」
「まあ今はそっとしてみることもいいと思いますよ」
「そういうものか」
「時間が経てば。また変わります」
「それは何時までだね」
「まあ大学に入るか結婚する時にでもなれば。全然違っていますよ」
「結婚か」
 彼はそれを聞いて少し遠い目をした。
「何かな。想像もできないな」
「私もそうでしたよ。この前生まれたばかりだというのに」
 参謀も言った。
「気がついたら大きくなって。そして親元を離れて学校に入るのですから」
「そういうものかも知れないな」
 リバーグは考え続けたままそう呟いた。
「娘、いや子供というものは」
「はい」
「親としては何か寂しいものもあるな」
「まあこれも仕方のないことです」
 参謀はそう言ってリバーグを慰めた。
「あまり御気になさらない方がいいですよ」
「そうか」
「ええ。それを忘れるには最もいい方法が側にありますし」
「わかっている」
 リバーグはその言葉に頷いた。
「ではそろそろだな」
「はい」
 今度は全く別の顔と声の色になっていた。そして頷いた。
「敵との距離は」
「今駆逐艦及び護衛艦の射程にも入りました」
「よし」
 リバーグはそれを聞いて顔を締めた。
「では行くぞ」
「ハッ」
「射撃用意」
「射撃用意」
 命令がオペレーターによって復唱された。
「攻撃目標は前方にいる敵軍。四連だ」
「わかりました」
 全軍彼の言葉に従い動く。彼はそれを冷静に見ていた。全ての艦の主砲及び副砲がゆっくりと旋回していた。そしてそれは前方のエウロパ軍に向けられていた。
 

 

第十四部第二章 鉄の壁その十


「全艦一斉射撃」
「全艦一斉射撃」
 攻撃準備は整った。そしてそれぞれの砲身に光が灯る。リバーグの手が上げられた。その時同時にマクレーンの腕も上げられていた。二人の動きはこの時完全に重なっていた。
「撃て!」
「撃て!」
 同時に命令を下す。そして手が振り下ろされた。これにより無数の光の帯が放たれたのであった。
 光の帯は壁となっていた。そのあまりもの数により帯は重なり壁となっていたのである。壁は一直線に向かって行った。
「敵の攻撃来ました!」 
 エウロパ軍のオペレーター達が報告する。それは報告というよりは悲鳴に近かった。
「バリアーの出力を上げろ!」
「いえ、無理です!」
 とある艦の艦橋にて艦長が必死に叫ぶ。だがそれは副長により否定された。
「あれだけの力だと・・・・・・。どちらにしろ・・・・・・」
 もう光の壁はすぐ目の前に達していた。そしてそれがその艦を打ち据えた。光の壁の中に消え失せたのであった。
 その艦だけではなかった。エウロパ軍の多くの艦がこの光の壁の中に消えてしまった。連合軍の圧倒的な攻撃であった。
「クッ、まさかあんな形で攻撃を仕掛けてくるとは」
 シュヴァルツブルグは今何が起こったのかようやく理解した。そして苦悶の表情で呻いた。
「あんな古い戦術を今更」
「だからこそ効果があったのでしょう」
 その傍らにいるエヴァがそれに応えた。連合軍が艦の横腹を見せ艦の中央に配されている全ての砲で一斉射撃を加える。所謂T字砲火であるがこれは二十世紀の砲戦の戦術であった。彼等は今それを行ったのである。
「確かに攻撃としては非常に効果的です」
「艦腹を見せてもだな」
「おそらくこちらから仕掛けても同じだったでしょう」
 エヴァは冷静にこう述べた。
「射程に入れば」
「そういうことか」
 シュヴァルツブルグはまたしても呻いた。
「やってくれるな。何処までも」
 ここで二撃目が来た。エウロパ軍の艦艇はまたしても光の壁の中に消えてしまった。
「損害状況を報告しろ」
「一撃目で第一陣の一割程が撃沈されました」
「一割か」
「そして今の攻撃でも。損害は一割七分程に達しております」
「まずいか」
 シュヴァルツブルグはそこまで聞いて呻いた。
「どうするべきか」
「おそらくまた攻撃が来るでしょう」
 エヴァは言った。そしてそれは的中した。
 またしても光の壁による攻撃がエウロパ軍を襲った。それによりまた多くの艦が撃沈された。
 

 

第十四部第二章 鉄の壁その十一


 戦場は最早屍の山となろうとしていた。エウロパ軍の陣地は破壊されたり損傷した艦ばかりが漂い、まるで廃墟の様になっていた。生き残っている艦も何とかそこにいるだけのようになっていた。戦いは最早一方的な状況になろうとしていた。
 またしても光の壁が来た。陣地は完全に破壊された。エウロパ軍は最早まともな戦力を為してはいなかった。
「三割近くが失われました」
 報告が入って来た。
「三割か」
 シュヴァルツブルグは腕を組んでその報告を聞いていた。
「最早考えるまでもないな」
「残念ですが」
 見れば連合軍は艦首をこちら側に戻していた。そしてその速度を次第に速めてくる。
「敵の空母が前に出て来ようとしております」
 今度は艦載機による攻撃だ。一刻の猶予もならない状況が近付こうとしていた。
「閣下」
 エヴァが彼に声をかけてきた。
「御決断を」
「わかっている」
 シュヴァルツブルグはこれに頷いた。その顔はもう土気色になっていた。
「第一防衛ラインを放棄する」
「ハッ」
「第二ラインまで下がる。よいな」
「了解」
 こうなっては仕方がなかった。エウロパ軍は反転し全速力で第二ラインまで撤退を開始した。連合軍はそれを見てさらに速度を速めようとした。だがやはりここでも艦速の差が出た。
「無理か、追いつくのは」
「残念ですが」
 コレッリに参謀の一人が応えた。
「では仕方ない。まずは第一ラインの障害を取り除くことにしよう」
「はい」
 連合軍の動きに焦りは見られなかった。粛々と動き機雷やその他の障害物の除去にかかった。ここで掃海艇が大きな役割を果たした。
「やれやれだ」
 掃海艇の艇員達はいささか不平混じりで仕事をしていた。
「全く。何でこう多いのかね」
「仕方ないだろ、敵さんも必死だ」
 不平を言う若い下士官に同僚が言った。
「機雷も撒くさ。勝つ為にはな」
「それでもよくもまあこれだけあるものだ」
 見ればそこは機雷の海であった。見渡す限り剣呑なものが浮かんでいた。
「終わるのかね、これだけあって」
「終わるのかね、ではない」
 それを聞いた後ろに立つ紫の戦闘服の男が言った。
「終わらせるんだ」
「あ、艇長」
 下士官達は後ろを振り向いて挨拶をした。見ればそこにはこの艇の艇長が立っていた。
「それに作業をしているのは我々の艇だけではないぞ」
「それはわかっているつもりですが」
 若い下士官達はそれに応えた。
「しかし何といいますか」
「ボーナスは弾まれるぞ」
 艇長はまだ不平を漏らす下士官達に今度は報酬で応じた。
「何でも給料の二ヶ月分らしい」
「えっ」
「それ本当ですか!?」
 下士官達はそれを聞いて驚きの声をあげた。
「ああ。国防長官直々のお話だ」
 艇長はニヤリと笑ってこう答えた。
「この戦いに勝利したら参加した将兵全員に一ヶ月のボーナス」
「おお」
「とりわけ危険な作業に身を呈した者達にはもう一ヶ月だ。どうだ。これで元気が出ただろう」
「勿論ですよ」
 現金なものである。彼等は本当に元気が出た。
「それだけもらえたら」
「バイクのローンにもかなり助かりますし」
「バイクのか」
 艇長はそれを聞いて思わず笑ってしまった。
「ええ、この前買ったんですよ」
 彼はそう答えた。
「前から欲しかったんで。貯金を貯めてね」
「それのローンに今苦しんでいるんだな」
「ええ。けれどそれもかなり助かります」
 彼は言った。
「羨ましいな」
 これに対する艇長の返事はこうであった。
「羨ましいですか」
「当然だろう。俺は子供の養育費に全部消える。残ったのは女房のものだ」
「辛いですね」
「仕方ないといえば仕方ないさ」
 家庭持ちの辛さであった。
「家を持つと金がかかる」
「それは聞いていますけれどね」
「まあボーナスが出るだけましだ。じゃあすぐにあの剣呑な奴等を始末するぞ」
「了解。全てはボーナスの為に」
「おい、勝利の為だろうが」
「あっ、そうでした」
「全く。困った奴等だ」
 そんな軽いやりとりもあった。だがその中でも作業自体は粛々と進められた。そしてエウロパ軍が残していった障害物は彼等によってそのほぼ全てが取り除かれたのであった。
 連合軍は障害を取り除くとすぐに第一ラインの跡地に入った。それからまずは集結を指示した。障害の除去の為に散開していた軍を呼び戻したのである。 

 

第十四部第二章 鉄の壁その十二


「第一ラインはこれでよし」
 マクレーンはブレスがラインの中に完全に入ったのを確認してからこう言った。
「まずは順調といったところかな」
「そうですな」
 これに劉が頷いた。
「ですまだ終わったわけではありません」
「はい」
「敵軍は第二ラインに逃げ込みました。そしてそこでまたもや防衛を固めています」
「そして第三ラインには」
「あれです」
 テューポーンのことである。
「第三ラインが正念場でしょうか」
「いえ、それは違います」
「というと」
「全てが正念場ですよ」
 劉はこう述べた。
「全てですか」
「この戦いはね。敵は全てを賭けております」
「はい」
「そうした状況では。何時何処で何が起こっても不思議ではありません」
「特に山場を考えて動いてはいけないということですか」
「そういうことです」
 劉が言いたいことはそれであった。
「そのうえで御考え下さい」
「わかりました」
「とりあえずは第二防衛ラインへの攻撃準備に掛かりましょう」
「はい」
 マクレーンはそれに頷いた。
「それでは」
 彼は横を向いた。そこには幕僚達が控えていた。
「先程の攻勢でエネルギーをかなり消耗しているな」
「はい」
 幕僚の一人がそれに答えた。
「四連の斉射だけではありませんでしたから」
「それまでのミサイル等による攻撃もだな」
「そうです。再度大規模な攻勢を仕掛けるには補充が必要かと存じます」
「わかった」
 マクレーンはこれに頷いた。
「それでは集結した後一時停止だ」
「ハッ」
「そして補給に入る。それから攻勢に入るぞ」
「わかりました。それではそのように」
「ただ一つ問題があるな」
「それは」
「敵に時間を与えるということだ」
 マクレーンは眉を顰めさせてこう言った。
「時間を」
「そうだ。その間に防衛を整えるだろうな」
「それは当然でしょう」
 劉が言った。
「敵も馬鹿ではありませんから。当然そうしてきます」
「そうですな」
「しかしそれもまた承知のうえ」
 だがそれでも彼はこう言った。
「こちらが万全の状況にしておかなくてはかえって無駄な損害を出してしまいます」
「ミスをすれば敗戦に」
「そういうことです。ですから用心しておきましょう」
「了解ですな」
 マクレーンはニヤリと笑った。
「それでは我が軍のとりあえずの方針は補給ということで」
「はい」
「全軍に告ぐ」
 マクレーンは一連の会話のうえで指示を下した。
「補給艦による補給を受けよ。そしてエネルギー及び弾薬を完全な状況にしておけ」
 指示はそれだけではなかった。
「補給を終えた補給艦はアルテミスに戻れ。そしてまたここに来るように」
 ピストンでの行動を指示したのであった。今後の作戦行動を見据えての指示であるのはもう言うまでもないことであった。マクレーンは先のことも考えていたのだ。
「護衛にはパトロール艦を向けよ。その数を倍にしてな」
「護衛の数を増やすのですか」
「そうだ」
 マクレーンは幕僚の言葉に頷いた。
「制宙圏を確保したとはいえここは敵地だ」
「はい」
「油断してはならないからな。何時どうやって奇襲を仕掛けて来るかわからない」
「わかりました」
「あとアルテミス星系の防衛も固めておこうか」
 彼の指示は続いた。
「今はあそこが我等の生命線だ」
「はい」
「高速の機動艦隊を向けて破壊活動でもされたら適わないしな」
「今エウロパにそれだけの戦力があるでしょうか」
「作ればある」
 彼はそう答えた。
 

 

第十四部第二章 鉄の壁その十三


「無理をすればな。現に彼等は我々の四分の一の戦力を集めてきた」
 国力、人口にして三十分の一の国がである。これにはかなりの苦難があるのは言うまでもないことである。エウロパは連合との戦いに対してかなりの無理をしているのである。
「ですがそれももう限界では」
「国家というものはその最後が迫ると無理に無理を重ねる」
 彼はまた言った。
「ナチス=ドイツ然りソ連然りな」
 第二次世界大戦の頃両国は中学生まで動員して互いに戦った。これにより両国の荒廃はその極みに達し多くの人々が命を落としたがソ連は生き残った。だがその傷は結果としてソ連という国がある限り残っていたが。
「そして北朝鮮という国もあったな」
「あれはまた特別でしょう」
 幕僚の一人がそう答えた。
「幾ら何でも。二千万程の人口だったでしょうか」
「そうだ」
「それで百万の兵力は。当時としても異常だったと聞いていますが」
 北朝鮮という国の国是は統一であった。その目的の為には手段を選ばない。武力行動も辞さなかったのだ。
 そして各地で外国人の拉致や麻薬の密造、販売、偽札の発行等を行ってきた。国家が犯罪行為を行っていたのである。そうした国であるから敵も多かった。結果として過剰なまでの武力が必要だったのである。
「百万ではないぞ」
「多過ぎましたか」
 その幕僚はマクレーンの言葉に自分の考えを訂正しようとした。だがマクレーンはここで言った。
「違う。少ないのだ」
「少ない」
「予備兵力を含めるとな。九〇〇万だった」
「九〇〇万」
 幕僚はそれを聞いて思わず呆然となった。
「人口の半分近くがですか」
「そうだ」
「確かナチス=ドイツでも人口の十分の一程だったと記憶しておりますが」
「それを踏まえて見ると如何に異常な国家だったかがわかるな」
「はあ」
 聞いてもまだ実感が掴めないでいた。
「何ともまあ」
「集めようと思えばどれだけでも集められる。兵士の数はな」
「しかし艦艇は」 
 幕僚は問うた。
「今の戦争は。艦艇や兵器がなくては。ましてや専門の技術者も」
 二十世紀後半から軍人というものが大きく変わってきた。職種の専門家が顕著になってきたのである。
 これまでは武器を手に取っていればそれだけで兵士となれた。長い間そうであった。それで容易に総動員令を敷くこともできたのである。
 だが二十世紀後半からの技術革新によりそれが変わった。武器も多様化かつ複雑化しその取り扱いに専門的かつ深い知識が必要となったのである。そしてそれはこの時代においてはさらに顕著なものとなっていた。軍人は軍人であると同時に技術者となったのであった。これが連合やエウロパで徴兵制が施行されず志願制となった理由である。
「それも集めればどうにでもなる。老人でもな」
「そうなのですか」
「彼等にそこまでの覚悟があるかどうかまではわからないが」
「老人を戦場に送ることにですか」
「流石に髪の白い軍人は憚れるだろうからな」
「それはそうですね」
「危急の時にはそうも言ってはいられないだろうがな」
「それも踏まえてのことですか」
「もっともここでの戦いがすぐに終わればそうした心配もない」
「すぐにですか」
「敵にそうした戦力を整える時間を与えるまでに終わらせればな」
「それなら問題はありませんな」
 ここで劉が言った。
「といいますと」
「私の計算ではそこまで時間はかかりません」
「ほう」
「御安心下さい。まあ守りを固めておくのは必要ですが」
「はい」
「エウロパがどれだけ堅固な防衛ラインを敷こうとも」
 彼は言った。
「我が軍の前にはそれも空しいばかりです。それを見せてやりましょう」
「貴族の誇りも」
「同時に潰えます」
 彼等は遥かな次の戦場を見据えていた。その前に彼等がいた。
「何とかここまで退くことができたな」
 マールボロは第二ラインに入ったのを確認してからこう呟いた。
「はい」
 マウントバッテンがそれに応じて頷く。
「しかし・・・・・・派手にやられたな」
「圧倒的な攻撃力でしたからな」
「第一ラインにいた戦力の三割以上を失うことになったな」
「主立った将達にも戦死者が出ておりますし」
「?誰だ」
 マールボロはその言葉にすぐに反応した。
 

 

第十四部第二章 鉄の壁その十四


「それは一体」
「スチュワート元帥、そしてスコット上級大将です」
「あの二人がか」
 マールボロはそれを聞いて沈痛な顔になった。
「二人共私の旧友だった」
「そうだったのですか」
「いい連中だったよ。かってはよく飲み合った」
「はあ」
「軍人ならば覚悟はしていたが。まさかそれが今だとはな」
「それも戦争の常です」
「そう言ってしまえばそれまでだが」
 だがそれでも釈然としないものはあった。
「だがな」
「閣下、それ以上は」
 マウントバッテンはそう言って彼がこれについてこれ以上言うのを止めた。
「そうか」
「いずれヴァルハラかオリンポスで会うことができます。それまでの辛抱です」
「そうだな。そう思うとしよう」
 ようやく我を取り戻した。
「問題はこれからだな」
「はい」
 艦橋から自軍の艦艇を見回す。見ればどの艦にもかなりの損傷が見られた。それが何によるものであるかはもう言うまでもないことであった。
「やはり彼等は手強い」
「はい」
「それはよく認識しておこう」
「ですね」
「まずは傷を癒そう。さもなければ戦えはしない」
「傷をですか」
「幸い敵も動くつもりは今はないようだな」
「どうやら陣地の確保と補給に専念しているようです」
 マウントバッテンはそう報告した。
「今のうちかと」
「よし、ならば決まりだ」
 マールボロは意を決した。
「全軍工作艦及び補給艦の修理及び補給を受けよ」
「ハッ」
「そして防衛ラインを再構築する」
 彼はまだ指示を下した。
「連合軍の攻撃力は今までよりも高い。それに備えるぞ」
「わかりました」
「シュヴァルツブルグエウロパ元帥にもお伝えしろ」
 彼はシュヴァルツブルグへの意見具申も行うことにした。
「防衛ラインも再構築すべしとな」
「わかりました。それでは」
「うむ。頼むぞ」
 こうしてエウロパ軍も動いていた。シュヴァルツブルグの下に実際にマールボロからの意見具申が届いた。彼はそれを艦の会議室で受けた。
「どうされますか」
 まずはエヴァがそれに問うた。
「防衛ラインの再構築ですが」
「そうだな」
 シュヴァルツブルグはエヴァに顔を向けてから述べた。
「いい考えだと思うが」
「左様ですか」
 エヴァは一見何の反対もなく頷いたように見えた。
「先程の連合軍の一斉射撃で予想以上のダメージを受けたのは事実だ」
「はい」
「防衛ラインは考慮し直した方がいいのは事実だ。さもないとまた大きな損害を被ることになる」
「ですね」
 エヴァもそれに頷いた。
「ビーム砲及びミサイルに備えよう。これでかなり違う筈だ」
「もう一つありますが」
「それは」
「艦載機のことです」
 エヴァは静かな物腰でそう答えた。
「艦載機か」
「彼等の艦載機はかなりの性能です。それに数も多いです」
「それがあったか」
「彼等への備えも必要があります」
「そうだな」
 彼はそれに頷いた。
「対空砲座も増やしておくか」
「はい」
「後は電子妨害施設もだな」
「そうですね。それでかなり違うと思います」
 エヴァは率直にそう述べた。
「第二防衛ラインでは接近戦も有り得ます」
「うむ」
「覚悟していきましょう。戦いはまだまだこれからです」
「そうだな。よし」
 シュヴァルツブルグは頷いた。そしてそれから指示を下した。
「バリアーを増加せよ。そして対空砲座、電子妨害施設もだ」
「ハッ」
「これで・・・・・・よいかな。とりあえずは」
「そうですね」
 エヴァはここでまた言った。
「テューポーンは第三ラインに配置しておりますし」
「うむ」
「機雷源はもう第一でその数を大幅に減らしております。数も少ないです」
「それも使えないか」
「仕方ありません。とりあえず出来ることをしなければ」
「これで充分か」
「いえ」
 だが彼女はそれを否定した。
「まだやるべきことがあります」
「それは何だ」
「機動戦力です」
「機動戦力」
「そうです。我々が防御を固めている間に」
「うむ」
 シュヴァルツブルグは彼女の言葉を真剣な顔で聞いていた。
「敵の側面や後方を攻撃する艦隊が必要です。それを用意しなければなりません」
「遊撃戦力というわけだな」
「はい」
 エヴァはそれを受けて頷いた。
「これには竜騎士団が最適だと思いますが」
「竜騎士団か」
「そうです。彼等ならばそれに相応しいと思うのですがどうでしょうか」
「そうだな」
 彼もそれを受けて頷いた。
「そうだな。ここは彼等に頑張ってもらおう」
「はい」
「辛いな、それにしても」
 彼は応えた後でこう言った。
「御気持ちはわかります」
 エヴァも言った。
「こちらが辛い時は敵も辛いというがそれはあくまでスポーツの世界だ」
「はい」
「戦場は違う。どうしたものか」
 彼は次の戦場を見据えていた。そこでもまた多くの命が散るだろう。だがそれでも退くことはできなかった。もう後はなかった。それが今のエウロパであった。 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その一


                   後方の修羅場
 連合軍は補給を整えていた。その中には空母の姿もあった。
「何か空母の補給は今回楽だな」
 補給艦のクルー達が空母への補給を行いながらそんな会話をしていた。
「今回は出番がなかったらしいからな」
 別の乗組員がこう言った。
「そうだったのか、いつもは一番手間がかかるのにな」
 艦載機のせいである。それへの補給も行わなくてはならないのだ。空母はかなり手間がかかる艦種なのである。
「けれどそのせいで今回の仕事は楽だな」
「まあそうだな」
 彼等は補給艦の艦橋でデータやパラメータを見ながら話をしている。そこからでも多くのことがわかるのだ。
「輸送艦はピストン輸送みたいだがな」
「あそこはまたこの戦争がはじまってからだろ」
 気楽にこんな話をする余裕が少なくとも彼等にはあった。
「とりあえず俺達の仕事は今回はこれで終わりだな」
「ああ」
 彼等の話は続いても、だ。
「それじゃあまたアルテミスに帰るか」
「そうだな」
 そして彼等は一旦アルテミスに帰還した。彼等の仕事はとりあえずはこれで終わった。
 だがその他ではそうではなかった。前線でも後方でも激しい戦いが行われていたのだ。
 まず後方であるがここでの戦闘はビームやミサイルが飛び交う戦争ではなかった。会計や物資に追われる戦争であったのだ。
「まだあるのか」
 わざわざここにまで出向いていた後方支持部長コアトル元帥は自分の机の前に送られてきた書類の山を見てまた溜息をついた。
「どこまであるんだ、一体」
「まだありますよ」
 会計部長であるマカモ=ブーメル中将が彼の前に立っていた。アジア系の肌であるがその顔は唇がやや厚く、目がはっきりとした黒人のそれであった。少し縮れた髪が似合う美人である。彼女はマリ出身である。
「もうすぐしたらまた届くでしょう」
「やれやれといったところだな」
 彼はそれを聞いてまた溜息をついた。
「何時まで続くのやら」
「戦争が終わるまででしょうね」
「この戦争がか」
「はい」
 彼女は答えた。
「おそらくもうすぐだとは思いますが」
「それまで私の身体がもてばいいがな」
「何を仰いますやら」
 ブーメルはそれを聞いてくすりと笑った。
「昨日は遅くまで飲んでおられたそうで」
「知っていたのかね」
 それを聞いてコアトルも笑った。だが彼のそれは苦笑いであった。
「ええ。アルテミスのパブでしたよね」
「ああ」
 彼はそれを認めた。
「ビールをな。引っ掛けていたよ」
「エウロパの市民達がそれを見て不思議に思っていましたよ」
「それはどうしてだね?」
「元帥ともあろう者がパブで飲むものかと。驚いていたそうです」
「誰が何処で何を飲んでもいいのではないのかね?」
 彼はそれを聞いてこちらが不思議そうな顔をした。彼には元々ペルーのある古い街に生まれた。父は学校の教師であった。母はスーパーでレジ打ちをしていた。言うならば平凡な家庭である。その家庭の五人兄弟の真ん中であった。特に豊かでもないが貧しい生活でもなかった。
 父は教師らしい生真面目な性格であったが酒が好きだった。いつもパブで一杯引っ掛けてから家に帰って来るのである。それを見ていたので彼もパブに通うようになったのだ。
「これについてとやかく言われたことはないが」
「連合ではそうですね」
「エウロパでは違うのか」
「エウロパではパブは平民が通うものだそうです」
「そうだったのか」
「はい。そしてバーは貴族が通うもの」
「はじめて聞いたな」
「元帥になるのは大抵貴族ですから。元帥がパブに姿を現わすのが不思議で仕方ないそうです」
「そう言われてもな」
 彼はそれを聞いてもわからないといった顔をしていた。 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その二


「私は今までこうしてきたのだし」
「エウロパの考えには馴染まれませんか」
「ああ。私は連合の人間だ。やはりパブに通わせてもらうよ」
「それを聞いて安心致しました」
「安心したのか」
「はい。我々は連合の者です」
 ブーメルはそう述べた。
「エウロパはエウロパです。やはり合わないものも存在します」
「うむ」
「閣下がパブに通われることは何一つ悪いことではありません。ただそうした文化の違いがあるということです」
「文化というより文明なのかもな」
「文明ですか」
 それを聞いたブーメルの眉がピク、と動いた。
「我々はもう一つの文明だな」
「連合という一つの文明ですか」
「そうだ。長い間かかって熟成された文明だ。多くのものが混ざり合ったな」
「モザイク状に」
「そうなる。アメリカもあれば中国もある。日本もあれば東南アジアもある」
「ロシアや中南米、オセアニアも」
「そして君達アフリカ諸国もな。他には新興国家もあるな」
「復活した民族もおりますし」
 フェニキアやヒッタイト、インカ等のことである。
「そうしたもの全てをくくってそう言える。我々は一つの文明なのだ」
「そうなりますか」
「何処かの学者が言っていたことだがね。この戦争はそうした文明の衝突でもあるらしい」
「エウロパもまた一つの文明というわけですか」
「そうなる」
 彼は頷いた。
「そしてエウロパだけではない」
「といいますと」
「マウリア、そしてサハラもそれぞれ一つの文明なのだそうだ」
「人類は今四つの文明に分かれているそうですか」
「そういうことになる」
 彼はそれにも頷いた。
「そのうちの二つが今衝突している」
「はい」
「そのうちのどちらが優位なのかを確かにする戦争でもあるのだ」
「文明は所詮同じ物差しでは計れないと思いますが」
「それは私も同じだ」
 彼はその言葉を認めた。
「だが案外多くの者がそうとは考えない」
「それもわかります」
 ブーメルはそれに答えた。
「人間というものは不思議な習性が一つあります」
「うむ」
「何でも優劣をつけるということです。それは文化や文明でも同じことです」
「残念なことかな」
「そうは思わない者も多いということです」
 彼女の考えはこうであった。
「人それぞれですから」
「そういうことになるか」
「その考えが間違っているかどうかも結局はわからないのです」
「答えはない」
「はい。まあどちらにしろ戦争が今行われているという事実はあります」
「それがこの書類の山か」
「ええ。今日はパブに行くことができますかね」
「できる、ではないな」
 コアトルはそれに言葉を返した。
「行くようにするのだよ。努力してな」
「大きく出られましたね」
 ブーメルはそれを聞いて面白そうに笑った。その厚い唇が程よい曲線になった。
「まだまだ仕事はありますよ」
「ほう」
 彼はそれを聞いて顔を見上げた。そして壁にかけられている時計を見る。昼食の時間が終わって結構経っていた。
「丁度いい時間だな」
「パブの時間までには、ですか」
「そうだ。では見せてあげよう」
 彼は笑いながら言う。
「連合軍後方支持部長の事務処理をね。私はパブが開く時間にはそのドアの前にいる」
「では楽しみにしょております。私も仕事ありますので」
「うむ。それではな」
「はい」
 こうして彼は仕事に向かった。瞬く間に書類の決裁を済ませ処理していく。パブが開く時間には彼は本当にその扉の前にいたのであった。
「そう」
 ブーメルはそれを営内の自室で聞いていた。彼女はそこで一人酒を飲んでいたのだ。実は彼女も酒は嫌いではない。だが一人でゆっくりと飲むのが好きなのだ。
「本当にやるとは思わなかったわ」
 その手にはウイスキーがあった。ストレートでそこには氷が入っている。
 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その三


「流石といったところかしら」
 そう言う彼女も仕事はもう終わらせていた。そして夕食とシャワーを終え今一人でくつろいでいるのである。軍服は脱ぎラフな格好になっている。シャツにジーンズという服装であった。実によく似合っている。
「それにしても本当にパブに行かれるなんてね」
 ここでは苦笑した。
「まさかとは思ったけれど」
『予想通りだったのでは?』
 電話の向こうからこう声があった。
「予想通り」
『ええ。閣下のパブ好きはもう筋金入りですから』
「そうね。それで一つ気になることがあるのだけれど」
『何でしょうか』
 電話の向こうの声はすぐに反応してきた。
「閣下はお一人ではないでしょうね」
『勿論です』
 声は返答してきた。
『多くの者が周りにおります』
「ならいいわ」
 それを聞いてとりあえずは安心した。
「何かあった取り返しがつかないからね」
『はい』
 声はそれに頷いた。
「貴女もお願いね」
『わかっております』
 どうやら声の主は女性であるらしい。確かによく聞けばその声は高く、綺麗なものであった。
『それでは引き続き任務に当たります』
「お願いするわ」
『ハッ』
 こうして電話は切れた。ブーメルはそれを確認してからまたウイスキーを口に入れた。一本空けたところで飲むのを止め眠りに入った。彼女もかなり飲む方であったのだ。
 コアトルはパブで酒と食べ物を楽しんでいた。ビールにフイッシュフライ、そしてソーセージ等である。彼はそれを部下達と共に飲み食いしていた。
「ふう」
 ジョッキを一本空けた。彼は杯をテーブルの上に置いて満足そうな顔を浮かべた。
「中々美味いものだな、こちらの酒も」
「ええ」
 部下の一人がそれに頷く。
「エウロパの酒や料理は味が薄いと思っていましたがどうして」
「ここの料理も美味しいですね」
「そうだな」
 コアトルはそれに応えた。
「実は心配していたのだ」
「何がですか?」
「いや、パブといえばイギリス等だよな」
「ええ、他にはアイルランドですね」
「とりあえずかってあの島にあった国々の文化ですよね」
「そうだ」
 コアトルはそこまで聞いて頷いた。連合のパブもケルト系によって広められたものである。
「だから味の方は気になっていたのだ」
「味ですか」
「イギリスの食べ物は昔からまずいと評判だったからな。何でもイギリス人があちこちに進出できたのは食べ物の味には一切困らなかったからだという説もある程だ」
「それは聞いたことがあります」
 部下の一人が言った。
「イギリスの料理は。凄まじいと」
「その証拠が王室が食べている料理であると」
「何かあるのか?」
「フランス料理なんですよ」
 その部下が答えた。
 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その四


「あれだけ仲の悪いフランスの料理ですよ。料理だけは別らしいです」
「そうだったのか」
「まあフランス料理は多くの宮廷で食べられていますけれどね」
「我々にもかなり影響を与えていますし」
「まあそうだが」
 それには同意した。
「しかし幾ら何でもイギリスでフランス料理とはな」
「それだけ味があれだということなのでしょう」
「そういえばイギリス料理はあまり聞かないな」
「でしょう?」
 部下の一人がコアトルのその言葉を聞いて満足そうに笑った。
「だからなのですよ。精々オートミールか」
「このフイッシュフライしかないか」
「これでアイルランドの料理だったような」
「他は・・・・・・。ローストビーフか」
「そういったものです。まあイギリスは元々土地が痩せていまして」
「そこに大元があるのか」
「私はそう考えます。従ってあまり美味しいものはなかったのです」
「ですがここの食べ物は中々いけますね」
「千年経ってようやく味に目覚めたということかな」
「ちょっとお客さん」
 彼等の好き勝手な話にたまりかねたのか店のマスターが話に入ってきた。髪の毛がやや薄い赤い顔の中年の男であった。
「おや、マスター」
「話を聞いていればまあ好き勝手に」
「申し訳ない」
「マスターはイギリス人ですか」
「ええ」
 彼は胸を張って答えた。
「生粋の。こう見えても大英帝国の時代からの由緒正しいパブのマスターです」
「おおっ」
 連合軍の将兵達はそれを聞いて驚きの声をあげた。
「そんなに昔から生きていたのか」
「これはびっくり」
「そんな筈がないでしょうが」
 これにはこう切り返してきた。どうやら洒落やユーモアもわかる人物らしい。
「先祖がそうなのですよ。ロンドンで開いていましてね」
「ほう」
「切り裂きジャックが街を徘徊していた頃にはもうロンドンで名を知られた店になっていたんですよ」
「切り裂きジャックとは」
「またおどろおどろしいものを」
 繁栄を極めていた十九世紀後半当時のロンドンに突如として現われた猟奇連続殺人犯である。何かしら鋭利な刃物で犠牲者を切り刻む正体不明の人物であった。被害者は中年のくたびれた娼婦ばかりで女性に恨みを持つ者ではないかという噂もあった。だが結局正体はわからず今に至る。尚この事件に関してはビクトリア女王も特別に捜査を命じている。女王ですら感心を持っていた稀有な殺人事件であった。一説では犯人の一人は王族の誰かだったのではないかとも言われているが真相は千年以上経った今でも結局謎のままである。犯人はその謎と正体と共に煙の様に消え失せてしまったのである。
「それから長い間ロンドンで店を持っていましたが。宇宙に出てからはこのアルテミスに移りました」
「何でまた」
「ロンドンから離れたのですか」
 なおこのアルテミス星系はイギリス領である。
「気分を変えることにしたようで、御先祖様が」
 マスターはこう返答した。
「それでここに店を構えることになったのですよ」
「そうだったのですか」
「それでイギリス料理ですが」
「はい」
 彼等はマスターに顔を向けた。
「決してまずいわけではありません。それは間違った情報です」
「そうなのですか」
「その証拠にうちの料理は美味しいでしょう?」
「ええ」
 これには皆頷いた。 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その五


「他にも美味しいものは一杯ありますよ。何ならお出ししましょうか」
「ハギスですかな」
 コアトルはそれを聞いて楽しそうに笑いながらこう言った。
「おお」
 マスターはその名を聞いて楽しそうに声をあげた。
「御存知ですか」
「あれはいい食べ物です」
 彼は笑いながらこう返した。ハギスとは羊の腸に同じく羊のミンチとオートミール、スパイス等を入れて蒸したものである。ソーセージに近いかというと全く別の食べ物である。
「癖が強いですが一度食べたら病み付きになりますな」
「お客さん通ですね」
 マスターはそれを聞いてその笑みを営業のものから本物に変えた。
「ハギスを召し上がられたことがあるとは」
「あるのですか?」
「勿論」
 マスターの機嫌がさらによくなる。
「元々我が家はスコットランドがルーツですから」
「ケルトだったのですか」
「そうですよ。このハギスは元々スコットランドの食べ物ですし」
「そうだったのか」
 コアトルの部下達はそれを聞いて驚きの声をあげた。
「それは知らなかったな」
「ハギスは御存知でもですか」
「ええ」
 彼等は答えた。どうやら連合ではハギスはそれなりに知られているらしい。
「てっきりアメリカかカナダの食べ物だと思っていましたよ」
「パブも。こっちじゃカナダに多いですし」
「それは残念な話です」
 マスターはそこまで聞いて明らかに落胆した顔になった。
「スコットランドの食べ物だというのに」
「そんなに残念ですか」
 コアトルは彼があからさまに落胆したのを見てこう尋ねてきた。
「勿論ですよ」
 彼は答えた。
「ハギスはスコットランドの誇りなんですから」
「けれどスコットランドは今独立していますよね」
「ええ」
「ならばそんなにこだわる必要もないのでは、と思いますが」
「それはそれ、これはこれです」
 彼は答えた。
「我々とイングランドの関係は実に根深いものがありまして」
「あっ、それは知っています」
 連合軍の将兵の一人がそれに応えた。
「御存知でしたか」
「有名ですからね」
「こっちにもケルトの者は多いですから」
 別の兵士も言った。
「そうだったのですか」
「ケルト系の数で言うならば連合の方が多いでしょう」
 コアトルがそれをまとめて言う。
「アメリカやカナダを中心として。かなりの数になります」
「それは聞いたことがあります」
 マスターも応じてきた。
「移民がそのルーツでしたよね」
「はい」
「それから人口も増加しまして。今ではかなりの数にのぼっております」
「ケルトの神も復活していますしね」
 別の将兵が言った。
「かなりのものですよ」
「そのようですね」
 それはこのマスターにとって喜ばしいことであるようだ。彼の機嫌がまたよくなってきた。
「かってはケルトは衰退していましたが」
「はい」
 ローマ帝国に征服されてから彼等の苦難と衰退がはじまった。イングランドに追いやられ、そこでもバイキングの掠奪に怯えイングランドの王家の支配に苦しめられてきた。そして長きに渡って支配下にある民族として生きてきた。神々も妖精となり姿を隠していた。それは二十一世紀まで続いた。 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その六


「しかし今は違いますな」
「嬉しいですか」
「私もケルト人ですから」
 マスターは答えた。
「嬉しくない筈はないでしょう」
「成程」
「このハギスにしろそうです」
 そしてハギスに話題を戻してきた。
「これはスコットランドのものですから。それ以外の何者でもありません」
「そうなのですか」
「当然です」
 彼はまた答えた。
「これはスコットランドの誇りです。言うならば貴方達はスコットランドの誇りを召し上がられるのです」
「それは有り難い」
「それでは」
 彼等はマスターに言われるままハギスを切った。そして口に入れた。
「ほう」
「如何ですかな」
 まるで真剣勝負をしているかのようにマスターの目が鋭くなった。そして問うてきた。
「これはかなり」
「美味しいのですね」
「はい」
 コアトルがそれに頷いた。
「かなり。いや、これ程のハギスは」
 一口飲み込んでから言う。
「滅多にありません。いや、素晴らしい」
「そうでしょう」
 彼は勝負に勝ったかのように会心の笑みを浮かべた。
「うちのハギスは特別なのですよ」
「何かあるのですか?」
「最高の羊に最高のオートミール、そして最高のスパイスを使っております」
 彼は胸を張っていた。
「しかも腕もね。最高のものです」
「それでは美味くない筈がないと」
「そうです」
「成程。よくわかりました」
 コアトルはここでビールを一口飲んだ。
「それはいい。では今日は心ゆくまで堪能しましょう。おい」
 彼は周りにいる将兵達に声をかけてきた。
「今日は私のおごりだ。皆とことん飲め」
「いいのですか!?」
「私達かなり飲みますし食いますよ」
「それは私も同じだ」
 彼は笑っていた。
「どんどんいけ。遠慮はいらない」
「有り難うございます」
「それでは」
 早速彼等は飲みはじめた。ここはパブである。元々そんなに高くはない。だからコアトルは苦にはしなかったのである。こうして彼は部下達、そしてマスターと共に楽しい時間を過ごした。そして深夜に店を出た。
「ふう」
 彼は店を出ると満足した顔で大きく息を吐き出した。
「よかったな」
「御馳走様です」
 後ろにいる部下達が彼にこう挨拶をしてきた。
「ハギス美味しかったですね」
「他の料理や酒も」
「素朴でしたが。どうしてなかなか」
「それがパブの良さだ」
 コアトルは真っ赤な顔でこう言った。
「庶民の味と言えばわかり易いかな」
「はい」
「まあ私も本屋の息子ですし」
 部下の中の誰かが言った。
「飲むとなればいつもこんなところですね」
「気取ったところで飲んでも面白くないですし」
「そうだな」
 それはコアトルも同意見であった。
「エウロパの貴族達は違うようだが」
「彼等はまた別です」
 部下の一人が言った。
「どうやら気取るのが生きがいのようですから」
「気取ってもいいことなんかないのにな」
「そうそう」
 彼等は口々にこう言い合った。
「まあそれはそれだな」
 コアトルはこう言ってとりあえずは彼等の話を中断させた。
「我々にはわからない世界もある」
「はあ」
「我々は我々の酒を楽しもう。それでいいのではないか」
「そうですか」
「まあそうですね」
 部下の一人が頷いた。
「我々は我々、彼等は彼等で」
「うむ」
「それでいきましょう。それじゃあ明日もここで」
「とりあえずはここで解散ですね」
「ああ。じゃあ明日仕事場で」
「お休み」
「お休みなさい」
「うむ」
 コアトルも部下達もそれぞれ別れた。だが何人かずつで集まって別れている。コアトルはその中の一グループにいた。そして帰路についていた。
 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その七


「丁度いいな」
 物陰で何やら囁く声がする。
「別れた。今が狙い目だぞ」
「ああ。準備はいいか」
 声達はまだ囁いている。
「何時でもいい」
 声が返ってきた。
「よし。それでは行くか」
「ああ」
 影が動いた。そしてコアトルの方へ向かう。
 コアトルはそれには気付いていない。やや不確かな足取りで夜道を歩いている。
「おっとと」
 彼はつまづきそうになったところで慌てて態勢を立て直した。
「いかんな、かなり酔っている」
「気をつけて下さいよ」
「こけて打ち所が悪くて、なんて洒落になりませんからね」
「わかってるよ。まあここはゆっくりと行こう」
「はい」
 彼等はそんなやりとりをしながら宿舎に向かって歩いていた。影はまだそれを見ている。
「こちらには気付いてはいないな」
「そのようだな」
 彼等は互いに頷き合う。すぐにそこから姿を消した。これを遠くから見る別の影があった。
「動いたか」
 それは女であった。女はそれを見届けるとスッと姿を消した。そして何処かへと向かった。
 だがコアトルはそれには気付いていない。部下達と共に上機嫌で夜道を歩いている。
「明日も飲むか」
「今日あれだけ飲んだのにですか」
 部下達はそれを聞いて呆れた声を出した。
「幾ら何でも飲み過ぎですよ」
「そうです、お身体に障るのでは」
「身体には充分気をつけているさ」
 彼は笑いながらこう言った。
「だからそちらは心配ないさ」
「そうなのですか」
 そうは言われても簡単に信用はできなかった。酔っている人間は誰でもこんなことを言うものだからである。とりわけ深く飲んでいる者はそうした傾向がある。
「しかしそれでも」
「私の命を狙う者がいるとでもいうのかね」
「ええ」
 彼等はそれに頷いた。
「閣下はエウロパ軍にとっては目の敵ですから」
「後方支持部長がそんな大層な役だとは思わないがな」
「大層な役ですよ」
 それに対して部下の一人が言った。
「元帥ですし。それに」
 そして言葉を続ける。何かと慎重そうな響きがあるのは何故であろうかと思わせる言葉遣いであった。
「連合軍の補給を一手に司るのですから。かなり重要ですよ」
「前線部隊の指揮官よりもかね」
「そうですね。しかも狙い易い」
 別の部下がこう言った。
「戦場、それも艦内にいてはそう易々とは狙えません」
「それこそその艦を撃沈するしかね」
「ふむ」
「ですが後方にいる人間は。そこまでする必要はありません」
「刺客を送ればいいのですから」
「刺客か」
 コアトルはその言葉を聞いて何やら思うところがあるようだった。これは直感であろうかそれとも。
 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その八


「それで何とかなるとは思えないがな」
「少なくとも戦争に影響を与えることはできますよ」
 部下の一人がこう言った。
「今我が軍の補給が滞りなく進んでいるのは閣下の御力によるところも大きいですから」
「それがなくなると。それだけでかなりの影響です」
「そういうものか」
 彼はそれを聞いてまた考える顔になった。
「私はそうは思わないがな」
「それでもです」
 だが部下達はまた言った。
「閣下の存在がどれだけ彼等にとって疎ましいものか。そこもよく御考え下さい」
「ならば答えは出ると思いますが」
「買い被り過ぎだとは思うがね」
 彼はこう言って笑った。
「私にそんな力があるとは思わないが」
「まあそれでも御気をつけ下さい」
「何があるかわかりませんから」
「わかった」
 一応はそれに頷くことにした。
「では注意しておくとしよう」
「そう為さるべきかと」
「何時来るかわかりませんし」
「それは今もかね」
 彼はそれを聞いてこう問うてきた。
「今もですか」
「そうだ。何時起こるかわからないということは今もその可能性があるということだ。違うかね」
「それは」
「その通りです」
 別の部下がこう答えてきた。
「ですから我々も今ここにいるのです」
「一人だと危ない為か」
「はい。これはもう言うまでもないことだと思っておりましたが」
「ふむ」
「用心に越したことはありません。宜しいですね」
「わかった」
 彼はそれに頷いた。そしてまた道を歩きはじめた。
 影達はそれを物陰から見ている。そして隙を窺っていた。
「いいか」
「ああ」
 彼等はまた頷き合った。そして顔を見合わせ銃を構えた。見ればサイレンサー付の古式の拳銃であった。ビームガンであるがこれもまた独特の音が出る。それを消す為のものであったのだ。
「狙うのはわかっているな」
「当然だ。あいつだな」
 そう言いながらコアトルを指差す。彼は一向の先頭を歩いていた。
「丁度いい具合に先頭にいるな」
「狙い時だな、まさに」
「そうだな」
 そんな話をしながら狙いを定めていた。そのまま撃とうとする。これでコアトルは倒れると影達は思った。だがそれはならなかったのであった。
「グフッ」
「ガッ」
 彼等は鈍い呻き声を出してその場に倒れ込んだ。その後ろにはあの影の女がいた。
「危ないところだったわね」
 彼女は倒れ込む影達を見下ろしてこう呟いた。低く、それでいて冷徹な響きの持つ声であった。
「けれどこれで安心ね。危険は潰したわ」
 見れば影達は気を失っていた。白目を剥きその場に倒れ伏していた。
 女はそれを見届けると懐から何かを取り出した。それは一個の携帯電話であった。それで連絡を入れた。 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その九


「私です」
 彼女はまずそう言った。
「こちらは終わりました。危ないところでした」
「有り難う」
 電話の向こうにいる声も女のものであった。その女はそれを聞いて満足そうに声を返してきた。
「引き続き護衛を続けさせてもらいます」
「お願いするわ。多分もうすぐ終わりだと思うけれど」
「はい」
 彼女はその声に頷いた。
「それでは隊舎まで」
「ええ。大変だけれどね」
「いえ、これも任務ですから」
 それはよしとした。
「では引き続き任務を遂行します」
「頼むわね」
「はい」
 こうして彼女達は電話での連絡を終えた。そしてまた任務に戻った。
 翌日コアトルはまた仕事に取り掛かっていた。昨日の深酒の影響は何処にもない。
「今日も大変なようですね」
 そこにブーメルがやって来た。そしてまた仕事を持って来ていた。
「そう言いながらまた仕事を持って来たのだろう」
「おわかりですか」
「わからない筈がないだろう。また分厚いファイルだな」
 見れば彼女はその手に厚いファイルを持っている。それが仕事であった。
「それは何に関するものかね」
「アルテミスでの維持費に関するものです」
「ここのか」
 彼はそれを聞いて目を少し動かした。
「そういえばここの施設もかなりの規模だな」
「はい」
 彼女はそれに応えて頷いた。
「それの維持費もかなりのものとなっております」
「あとは減価償却費もだね」
「それもここにありますよ」
 彼女はこう述べてこのファイルを差し出した。
「御覧になられますか」
「といっても見ないわけにはいくまい」
 彼はそう応えてファイルを受け取った。
「仕事だからな」
「そういうことです」
 彼女は頷いた。
「是非共お願いします」
「本当はやれやれと思っているのだがね」
「ですが仕事です」
「本当にやれやれだ」
 そうは言いながらも彼はそのファイルを開いた。そして見はじめた。
「何というかな」
 彼はファイルを見てまずこう言った。
「ここまでよくできているとはな」
「うちのスタッフの力作です」
 ブーメルはにこりと笑って言葉を返した。
「如何でしょうか」
「褒めるべきかな、ここは」
「褒めて頂ければ幸いです」
「わかった」
 彼はそれに対して頷いた。そして言った。
「よくできている、見事なものだ」
「有り難うございます」
 ブーメルはそれを聞いてまたにこりと笑った。
「我がスタッフも苦労の介があったというものです」
「そうか」
「そして今度は閣下が苦労される番になりますが」
「おい、私がか」
 苦笑はしたがおおよその展開はもうわかってはいる。そうは言いながらも頷いた。
「残念だがわかったと言っておこう」
「感謝致します」
「しかしな。困ったものだ」
 だが彼はここでこう述べた。
「困ったもの」
「仕事が次から次に来る。何時終わるか知りたくなってきた程だよ」
「少なくともこの戦争に関してはもう暫くかと」
「今クロノスとニョルズでの戦いが行われているな」
「はい」
「最後の山場はそれか。一体どれだけの仕事がやって来るかな」
「少なくともティアマト級巨大戦艦数隻分のものが来るかと」
「それだけで済むかな」
「さて、それは」
「済まないのか」
「若しかすると。まあ覚悟はしておいて下さい」
「わかった」
 苦笑いのままこれに応じた。
 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その十


「ではそれに備えておこう」
「はい」
「とりあえずはこれを処理しておくか。しかし」
 彼はファイルの中を読んでいた。そこには細かい文字でさらに細かい事柄がびっしりと書かれていた。まるで呪文のように。
「凄いな、実に。何処まで書かれているか」
「とことんまで書いてみました」
 これがブーメルからの返事であった。
「では私も徹底的にやらせてもらおう」
「お願いします」
「本気を出す。いいかね」
「是非共」
 こうして彼は朝から本気で仕事に取り掛かることとなった。ブーメルはそれを見届けてから自分の執務室に戻った。そこには一人の女性士官が待っていた。黒い軍服の袖にある金の帯からそれがわかる。
「お帰りなさいませ」
 彼女は敬礼してブーメルに応えた。青い目に黄色い肌、赤がかった蜂蜜色の髪を後ろで束ねている。年齢は二十代後半程であろうか。
「来ていたのか」
 ブーメルは返礼を終えてから彼女にこう声をかけてきた。
「昨日は大変だっただろうに」
「こちらが本来の職務ですから」
 だが彼女は疲れを見せない笑顔で返してきた。笑顔がかなり眩しい。
「おろそかにするわけにも行きません」
「厳密に言うとそうなのだけれどね」
 だがそれでもブーメルはまだ何か言いたそうであった。そのうえで言った。
「あまり無理も。よくないわよ」
「軍人は無理をする仕事では?」
 彼女の返事はこうであった。
「それはそうだけれど」
 これにはさしものブーメルも返答に窮してしまった。
「それでもね。昨日は碌に休めなかったでしょうに」
「疲れを取る方法は知っていますから」
「そう」
「御安心下さい。昼の職務に支障はきたしません」
「わかったわ。それじゃあお願いするわ」 
 ブーメルはここまで聞いて頷いた。そして彼女に対して改めて言った。
「ゼノビア=カラトヴァ準佐」
「はい」
 彼女は自分の官職氏名が呼ばれると姿勢を正した。
「今日の仕事はまずこれを」
 ブーメルは懐から何枚かのディスクを取り出した。それを彼女に手渡した。
「お願いするわね。いいかしら」
「わかりました」
 カラトヴァはこれに頷いた。それからすぐに側にある机に座った。そのディスクをパソコンに入れた。
「すぐに取り掛かります。宜しいでしょうか」
「お願いするわ」
 ブーメルは言った。彼女も自分の机に向かった。すぐに仕事に取り掛かりはじめた。
「全く会計部というのも大変ね」
「そうですね」
 カラトヴァはパソコンのキーボードを打ちながら話に応じてきた。
「経穂将校は楽だと思っていたけれど。どうして」
「ディスクワークに追われる日々で。大変ですね」
「パルミラ連邦でもそれは同じだったのかしら」
「はい」
 カトラヴァはそれに頷いた。
「あまり変わりはなかったですね。もっとも毎日こんなのではなかったですが」
「それもそうよね」
 ブーメルもそれに頷いた。
「マリだってそうよ。もっとも今は戦争中だから仕方がないけれど」
「何か。連合軍になってから仕事が増えた気がします」
「長官が経補出身のせいかもしれないわね」
 ブーメルはここで八条について言及した。
「八条長官ですか」
「ええ。あの人が元々軍人だったのは知ってるわよね」
「はい」
 これはもう言うまでもないことであったが。
「経補だったそうなのよ」
「日本軍でですね」
「そう。日本軍は特別でね」
 ブーメルは言った。
 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その十一


「将校は殆ど寝られないらしいのよ」
「戦時中みたいにですか?」
「そうだったらしいわ。しかも経補はね。休みなし」
「それはきつい」
「そんな中にいたから。激務にも平気らしいのよ」
「長官は連合軍の設立当時ずっと徹夜だったそうね」
「一時間二時間は寝られたそうだけれどね」
「それだけですか」
「それでも平気だったそうよ。日本軍にいた時を思えば」
「日本軍は恐ろしいところですね」
「伊達に連合で最も厳格な軍隊とは言われていなかったってことね」
 ブーメルの声の色が変わった。剣呑なものを含んだ声となる。かつて日本軍は連合において最も訓練及び規律が厳しい軍隊として知られていた。そのことを言っているのである。
「剣呑剣呑」
「ところがそうも言ってはいられない」
 ここでブーメルは付け加えた。
「その激務を普通と考えたならば」
「恐怖ですね、本当に」
「ところが幸い長官は部下には優しいタイプでした」
「だから平時は普通に家に帰られたのですね」
「そういうこと。まあ今は仕方ないわ」
「はい」
 カラトヴァもそれはわかっていた。こくりと頷いた。
「今は仕事に励みましょう。さもないと金内相が国防長官になるわよ」
「うわ、それだけは御勘弁を」
 カラトヴァはおどけてこう言った。どうも彼女は特殊工作の技能を持ちながらもその性格は極めて陽気なものであるらしい。先程から和気藹々として仕事に励んでいる。
「あの人にだけは勝てませんよ」
「只でさえ国防省と軍は部下に優しい長官に甘やかされているって言われているしね」
「はい」
「もしなったら地獄よ。一体どうなるか」
「毎日チェックと仕事の日々」
「そうはなりたくないでしょう。さあ仕事仕事」
「わかりました」
 彼女達も別の敵に怯えながら戦争を行っていた。軍人とは何処に身を置こうとも敵がいるものである。そして当然ながら戦場においても敵は存在していた。
 連合軍はエウロパ軍の防衛ライン第二ラインに対して攻撃を仕掛けていた。その攻撃はセオリーに従いティアマト級巨大戦艦による巨砲の一斉射撃からはじまった。
「撃て!」
 銀河語での指令が下される。巨大な光の帯がエウロパ軍を打ち据える。だがそれのダメージは今までより遥かに軽微なものとなっていた。
「どうやら我々の策が成功したようですな」
「ああ」
 シュヴァルツブルグはモニターに姿を現わしたローズの言葉に頷いた。
「バリアーを増やしておいてよかったな」
「はい」
 ローズもまたこれに頷いた。
「かなり苦労しましたがね」
「それは仕方のないことだ」
 シュヴァルツブルグはこう言った。そして目の前を見た。そこには無数の金属の壁が存在していた。それからそれぞれ何かが発せられているようである。
「だが間に合って何よりだった」
「そうですね」
 これにはローズも賛同した。彼等は第一ラインでの連合軍の一斉射撃を受けて防衛ラインを強化していたのである。コロニーレーザー等の攻撃用の兵器を外し、その分まで回したのである。そして連合軍に備えたのであった。
 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その十二


「とりあえずは艦艇からの攻撃は防いでいる」
「はい」
「さて、次はどうくるか。油断はできないな」
 それでもシュヴァルツブルグは油断してはいなかった。そして敵に備える。対する連合軍も同じであった。彼等は自分達の攻撃がそれまでより功を奏していないのに対してそれ程驚いてはいなかった。
「バリアーを増加したようだな」
 前線で指揮を執る指揮官の一人ケントゥンは至って冷静にこう言った。
「ティアマト級の巨砲でもそれ程のダメージを受けてはいないようだな」
「今までの三分の一以下に抑えているようですね」
 幕僚の一人がこう答えた。
「バリアーの数が半端ではありません。おそらく砲艦やミサイル艦の攻撃もそれ程効果はないでしょう」
「そうだろうな」
 ケントゥンもそれに同意した。
「第一ラインに対する我が軍の攻撃ではかなりの痛手を被っているからな」
「はい」
「これはまあ予想できることだった。だがそれだけではないな」
「それだけでは」
「そうだ。おそらくあの側面からの四連射撃のことも念頭に入れている筈だ」
「やはり」
 幕僚達はそれを聞いて皆一様に顔を顰めさせた。
「ではどうすれば」
「特に驚くことはない」
 だがケントゥンはそう言って幕僚達を宥めた。彼は落ち着いていた。
「これで我が軍の行動が全て潰されたわけではない」
「それはそうですが」
「案ずることはない。方法は幾らでもある」
 そしてこう言った。
「幾らでもな」
「そうなのですか」
「それはおそらくマクレーン長官も劉総長も気付かれている筈だ。心配は無用だ」
「ならばいいのですが」
「我々は引き続き攻撃を続けるのみ」
 そして一言こう言った。
「よいな。次は予定通り砲艦及びミサイル艦による一斉攻撃」
「は、はい」
「了解しました」
 微動だにせぬ指揮官の声に彼等は戸惑いながらも頷いた。
「それでは」
「うむ」
 彼はやはり動じない。その間に巨大戦艦は退き砲艦とミサイル艦の列が前に出る。そして攻撃に入った。
 今度はミサイルも交えた攻撃が行われる。だがそれもまたエウロパ軍のバリアーの前に防がれる。ケントゥンはそれを見ても冷静であった。そして次の攻撃方法を練っていた。
 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その十三


 そのケントゥンの予想は当たっていた。マクレーンと劉もまた落ち着いており、エウロパ軍のバリアーに対しても全く動じてはいなかった。そして冷静にモニターに映し出されるエウロパ軍の陣地を見ていた。
「コロニーレーザー等を減らしたようですな」
「はい」
 マクレーンはいつも通り劉の言葉に頷いた。
「そして同時に対空砲座やミサイル砲座も。また思い切ったことを」
「その分をバリアーに向けたということですな」
 マクレーンはそれを聞いてこう言った。
「つまり防御に重点を置いたというわけです」
「はい」
 今度は劉が頷いた。そして彼は後ろを見た。
「これに関してはどう思われますか」
「私に聞かれたのですか」
「はい」
 劉は応えた。彼の顔の向こうには黒い髪と瞳のアジア系の肌を持つ白人の女性がいた。彼女は連合軍航空総監ジャスティヌ=サフラワーズであった。階級は元帥。ケベック王国出身である。
 かってケベック軍においては美貌の女性パイロットとして知られていた。五十代になった今でもその美貌は衰えてはいなかった。長身でまるでモデルの様にスラリとした身体をしている。それが連合軍の作業服のような紫の戦闘服ですらまるでブランドものの服の様に見せていた。見事な容姿であった。
 彼女はこの戦いに幕僚の一人として参加していたのである。陸戦総監であるカーロス=ポンス元帥もここにいた。彼はベネズエラ出身の黒人であった。ただしその顔はラテン系の髭の濃い顔である。二人が並ぶ姿は極めて対比的で面白いものであった。
「そうですね」
 サフラワーズは少し間を置いてから質問に答えた。
「ここは私ので出番かと」
「出番ですか」
「はい。とりあえずはセオリー通りに攻撃を行えばいいでしょう」
 彼女はまずこう言った。
「ですが問題は接近してからです」
「今回は接近戦を挑まれると」
「はいおそらくこのまま艦艇による攻撃を続けてもそれ程効果があるとは思えません。無駄にエネルギーや弾薬を消耗するだけだと思われます」
「ふむ」
「ならばここは思い切って接近するべきかと。しかも敵はコロニーレーザーやミサイル砲座等を減らしております」
「はい」
「ならば接近は用意です。接近の際の損害が怖いというのならば事前に一斉攻撃を仕掛け出鼻をくじきましょう」
「そしてそれからは」
「私の部下達の出番です」
 そう答えて笑った。美しいが戦場の中での笑みであった。ある意味壮絶な笑みであった。
「艦載機の一斉攻撃を仕掛けましょう」
「艦載機の」
「はい。敵の防御兵器が少ないならば。これで充分です」
 言葉は続く。
「あとはあの新兵器も出せば完璧でしょう。どうでしょうか」
「成程」
 劉はそこまで聞いて静かに目を閉じ頷いた。
「艦載機による戦いですか」
「はい。私はそれでいいと思いますが」
 航空総監ならではの戦いだと言えた。だが劉はこれには即決しなかった。
「司令」
 彼は今度はマクレーンに顔を向けてきた。
 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その十四


「司令はどう思われますか」
 そうやら彼は最終的な決断をマクレーンに委ねたようであった。これには彼の何かしらの思惑があるように思われた。
「そうだな」
 マクレーンは自分の顎に自らの手を置いた。そしてそれから述べた。
「確かに今回はこれでいくべきかと」
「そうですか」
 劉はそれを聞いて頷いた。
「それでは決まりですね」
 全ては宇宙艦隊司令長官に帰する。彼が決定したことならばそれで問題はないというわけであった。
「ではそれでいきましょう」
「はい」
 サフラワーズも他の幕僚達も頷いた。
「まずはこれまで通りの攻撃を行う」
 マクレーンが言った。
「それから艦載機の総攻撃」
「ハッ」
「今回は艦載機での攻撃をメインに行うとしよう。それでいいですかな」
「私としては異存はありません」
 サフラワーズはにこりと笑ってこう応えた。
「それでは決まりですな。では」
 劉が音頭をとった。
「第二ラインへの攻撃を続けます。総員の健闘を祈ります」
「了解」
 こうして連合軍の攻撃方法が決定した。そして砲艦とミサイル艦の攻撃が終わった後で戦艦が前に出て来た。ここまではまさに彼等のセオリー通りであった。
 そして戦艦や重巡による射撃が行なわれる。今度は四連攻撃はなかった。
「!?艦艇による攻撃はなしというのか」
 エウロパ軍の将兵達はそれを見てこう思った。
「どうやらあの四連攻撃はないようですな」
「我々のバリアーを見てこうしたのか」
「おそらくは」
 提督と参謀達はそれぞれの艦橋で口々にこう話した。
「ではこれまで通りの戦いに戻ると」
「それはどうでしょうかね」
 ある参謀がそれに異議を呈した。
「彼等とて馬鹿ではないでしょうから」
「ううむ」
 それは今までの戦いでよくわかっている。連合軍は決して愚かではない。その為に今まで煮え湯も飲まされてきている。
「何か考えている筈ですよ」
「それは何だ」
「それは」
 連合軍の攻撃は予定通り行われていた。次には空母が前に出て来た。
「艦載機ですかね」
「それでは普段と変わらない」
 その通りであった。連合軍はいつもこうして艦載機による攻撃を行う。彼等もそれはよくわかっていた。
「ですがそれしか考えられません」
 この参謀はまた言った。
「そしてそれが非常に大きな力ならば。どうでしょうか」
「むむむ」
 その間にも空母は前に出て来ていた。その中では艦載機の発艦が急ピッチで行われていた。
「第三カタパルトにタイガーキャットを入れました!」
「よし!」
 航空長がそれを聞いて頷く。艦載機の離着陸の直接の責任者は空母や艦艇においては航空長が務めている。
「ではすぐに着艦させよ!」
「はい!」
「攻撃機はどうか!」
 彼は艦橋において指示を下す。しかも見守り目を離すことはない。
「炎龍隊全機発艦準備オーケーです!」
「爆撃機は!」
「これもよしです!」
「そしてあれもいけるか」
「勿論です」
 格納庫には整備長がいる。そして彼もまた指揮にあたっていた。
「準備オーケーです」
「ならいい」
 この艦の航空長はそれを聞いて頷いた。そして後ろにいた艦長に対して報告した。
「全てよしです」
「そうか」
 敬礼と共に報告を受けた艦長はそれに対して頷いた。
「まらば全機出撃させよ。よいな」
「ハッ」
 航空長はそれに頷いた。
「それではすぐに」
「うむ。既に他の艦では出撃がはじまっている」
 見れば確かにそうであった。艦載機が次々に発艦していた。
「頼むぞ。遅れるわけにはいかない」
「はい」
 この艦においても艦載機は次々と発艦した。そして敵艦に向かった。その中には連合の誇るエース達もいた。
「よお後藤さんよお」
 後藤のタイガーキャットのモニターにスタンフォードが姿を現わしてきた。
「調子はどうだい?」
「悪くはない」
 後藤はそれに対して簡潔に返した。
 

 

第十四部第三章 後方の修羅場その十五


「いつも通りだ」
「どうやらそうみたいだな。そっちの心配はないか」
「では誰を心配しているのだ」
「それは決まってるだろ」
 スタンフォードは笑いながらこう返してきた。
「なあ」
「俺のことか」
「わかってるじゃないの」
 モニターに出て来たのはアクジェジトであった。彼はいささか憮然とした顔になっていた。
「今度は撃墜されないようにな」
「大きなお世話だ」
 彼の返事はこうであった。
「今度は撃墜されはしない」
「そうだったらいいがな」
「おっ」
 また別のパイロットがモニターに姿を現わした。曹黒蛟であった。
「少なくとも死ぬことはないようにな」
「また不吉なことを言うな」
「戦場だからな」
 曹は静かな様子でこう答えた。
「何が起こっても不思議はない」
「確かにそうだが」
「ましてアクジェントは今まで死にそうになった場面が何度もある。だからこそ気になる」
「そうは言いながらも生きているのだけれどね」
 またモニターに誰かが姿を現わした。トワンキンであった。
「悪運が強いのかしら」
「だったら最初から撃墜されはしないと思うがな」
「俺には魔神がスポンサーについているのさ」
「ほう」
「また大きく出て来たわね。あんた宗教は何だったかしら」
「エジプトと仏教だ」
 彼はこう答えた。
「祖国ではあまり信仰されてはいない宗教だがな、どちらも」
 そしてこう断ってきた。
「神と仏は何だ」
「オシリスと大威徳明王だ」
 後藤の問いにも答えた。
「それが何か」
「それだな」
 後藤はそこまで聞いて納得したように頷いた。
「貴官には魔神がスポンサーについているのではない、死神がスポンサーだ」
「死神が」
「ああ、成程」
 今度はボニングがモニターに出て来た。
「オシリスだからな」
「ボニング」
「今まで何処にいたんだよ」
「悪いが黙って聞かせてもらっていたのさ。けれどあんまり面白そうだったからな」
「話に入ってきたのか」
「そういうこと」
 彼はこれに答えて頷いた。
「それで何で死神がスポンサーになったんだ?」
「正確に言うと冥界の神様だけれどな」
「冥界の」
「ああ、そういうことか」
 曹がここで気付いたのか声をあげた。
「オシリスはな。確かにそうだ」
「そういうことだ」
 後藤はその答えを待っていた。静かに頷いた。
 オシリスは兄弟神であるセトによって一度殺されている。そこから復活した時に冥府の神になったとされているのだ。もっともこれはホルス信仰が盛んだった時に作られた話であり今はあまり伝えられていない。オシリスは最初から冥府を司る神として称えられている。そしてセトは知恵の神でもあるトトと共にラーを守る力の神なのである。決して邪悪な神ではなくなっているのだ。
「大威徳明王はまた別だがな」
 この明王は六つの顔に六本の腕と足を持つ明王である。憤怒の形相をしており、魔を調伏する仏である。五大明王の一人として知られている。
「だがオシリスは確かにそうだ」
「そういうことか」
「けれどそれだったら違うんじゃないかしら」
 トワンキンがここで言った。
「というと」
「いつも何だかんだで死なないけれど」
「ああ」
「これってそのオシリス神に嫌われてるってことじゃないかしら。だから冥界に行けないのよね」
「そういえば」
「そうなるか」
「ねえアクジェント」
 彼女はアクジェントに問うてきた。
「そこらへんはどう思うかしら」
「そうだな」
 彼は答えた。
「そう言われればそうかも知れない」
「やっぱり」
「だからといってオシリス神への信仰を止めるつもりもないが」
「そうなの」
「ある意味加護を受けているしな」
「言われてみればそうだな」
「まあ今回も生き残ってくれよ」
 スタンフォードが締めるようにして言った。
「俺は御前さんに撃墜数でまだ負けているからな」
「抜くつもりか」
「当たり前だろ」
 スタンフォードはニヤリと笑ってその問いに返した。
「連合のナンバーワンパイロットは俺だ。それを証明する為にもな」
「では俺は御前より多くの敵機を撃墜しよう」
「やるつもりかい」
「俺とて負けるつもりはない」
 そう言いながら火花を散らし合う。戦いは既にはじまっていた。
「では行くか」
 曹が話をまとめにかかってきた。
「既に敵機が来ている」
「よし」
 その言葉に他の五人が頷く。
「何機撃墜できるか。競争だ」
「チップは自分の命」
「今回もやってやるよ」
「健闘を祈る」
「了解」
 六人のエースは最後に後藤の言葉に頷いた。そしてそれぞれの戦場に向かう。
 パイロットとパイロット、宙を駆る戦士達の戦いがはじまろうとしていた。それが史上かつてない程の艦載機同士の戦いとなろうとはこの時誰も思わなかった。

 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその一


                  エース達の戦い
 連合軍はその艦載機を全て出してきた。それに対してエウロパ軍も応戦する形で艦載機を出す。こうして双方の戦いがはじまった。
「今度は艦載機で来たか」
 シュヴァルツブルグはそれを見て呻いた。
「セオリー通りと言えるが。果たして効果は」
「かなり危険でしょう」
 いつものように傍らに控えるエヴァが言った。
「危険か」
「はい。連合軍はその艦載機のうち動けるものは全て出してきているようです」
「うむ」
 それはレーダーの反応からすぐにわかった。かなり夥しい数であった。
「これだけの艦載機を一度に出した例は今までないでしょう。前代未聞です」
「彼等の数は何でも前代未聞だな」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いてこう言った。
「この戦いでも二千個艦隊を送り込んできている。人員にして六十億」
「はい」
「エウロパでそれを越える人口を持つのはオリンポスを含めそれ程ない。どれだけの数なのだ」
「それが連合の力です」
「力か」
「はい、数は力です」
 エヴァはこう言い切った。
「それだけで力となります。それはよくおわかりだと思いますが」
「そうだな」
 シュヴァルツブルグはその言葉を否定することはできなかった。彼は軍人である。骨の髄からの軍人である。騎士でもあるがそれでも戦場に身を置く立場であった。だからこそよくわかることであった。
 戦争はやはり数であった。物量である。かってオスマン=トルコはその強勢さを欧州各国に怖れられた。その補給と技術、何よりも大砲と精鋭イェニチェリがその恐怖の象徴であったがただいるだけでは彼等はそこまで怖れられはしなかった。怖ろしいのはその数であった。一回の戦いで普通に十万を優に越える兵力を動員できたのだ。当時の欧州でそこまでの兵力を普通に動員できる国家はなかった。その為怖れられてきたのである。
「しかも彼等は装備がいい」
「はい」
「生半可なことでは太刀打ちできないな」
「こちらも艦載機は総動員しておりますが」
「数は」
「およそ八千万機」
 エヴァは言った。
「我がエウロパ軍が一度の戦いで出撃させた艦載機の記録だそうです」
「それだけ見れば凄いものだな」
 そうは言いながらもシュヴァルツブルグの声は醒めたものであった。彼はまた問うた。
「そして連合軍は」
「七億機程だそうです」
「冗談のような数だな」
「連合軍の艦艇はその艦載機の収容数が多いですから」
「それでもだ。よくもそれだけ出せるものだ」
「数にして最早これだけの差がつけられておりますが」
「だからどうした、とここでは言おう」
「だからどうした、ですか」
「そうだ」
 シュヴァルツブルグはそう言いながらモニターを見据えた。
「今更数を聞いて驚くつもりもない」
「左様ですか」
「それはそれで戦い方がある」
 シュヴァルツブルグの目はモニターから離れてはいなかった。
「航空参謀長」
「ハッ」
 後ろに控える参謀達の中の一人が声をあげた。白い髪に灰色の目を持つ男であった。
 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその二


「ここはどうするべきだと思うか」
「はい」
 航空参謀長であるヨハネス=ヴァン=レンブラント大将はそれを受けて口を開いた。なお彼はベルギー出身である。その証拠に胸にベルギー国王から受けた勲章があった。それを大事そうに飾っている。
「敵の数はやはり多いです。そのまま迎撃しても敗れるだけかと」
「そうか」
「ここは誘い込むべきであると思います」
「誘い込む」
「はい。艦載機だけでは相手になりません。やはり艦艇と連携して迎撃するべきかと思います」
「艦艇の対空砲座やミサイルと共にか」
「如何でしょうか。当然敵機が艦艇に攻撃を仕掛ける危険性もありますが」
 それは充分に考えられることであった。連合軍は攻撃機や爆撃機まで持っている。それが艦艇攻撃を主眼に置かれた機体であることはもう言うまでもないことであるからだ。
「少なくともただ迎撃するよりは。効果がずっとあると思いますが」
「ふむ」
 シュヴァルツブルグはそれを聞きながら顎に自らの手を当てて考えていた。顎から手を離して言った。
「それがいいか」
「ではそれで」
「うむ。それしかないようだしな」
 数において大きく劣るエウロパ軍に選択肢は少ない。シュヴァルツブルグも迷うことはなかった。
「ではパイロット達には前に出ないように伝えてくれ」
「はい」
「だが囮は必要だな。その為の部隊は用意しておく」
「わかりました」
「それで行こう。これでよいな」
「了解しました」
 エウロパ軍の戦術は決定した。彼等は積極的に前に出ては来ない。だがそれを見ても連合軍はやはり動じたところはなかった。
「引き篭もるつもりですかな」
 陸戦総監ポンスはエウロパ軍のそうした動きをブレスの艦橋で見て呟いた。
「まるで亀のように」
「ただの亀ではありませんよ」
 そんな彼にサフラワーズは言った。
「牙を秘めた亀です」
「ワニガメですか、それでは」
「また怖い顔の亀を出しますね」
 それを聞いて思わず笑みが零れる。
「けれどそうですね。どうやら彼等は危険な罠を用意しているようです」
「では罠にかかってみせますか」
 それを背中から聞いていた劉がこう言った。二人に顔を向けながら。
「そうすれば彼等も動くでしょうから」
「罠に入るのですか」
「はい」
 劉はにこやかに笑ってこう言った。
「どうでしょうか。これならば彼等も動くでしょう」
「確かに」
「では決まりですね。艦載機にはこう伝えましょう」
 劉は言葉を続けた。
「エウロパ軍に攻撃を。予定通りね」
「はい」
「ただし、あれも使うこと」
「あれをですか」
 それを聞いたサフラワーズの顔の笑みが変わった。ニヤリとしたものになる。
「ここが使い時だと思いますが」
「確かに」
 どうやら彼女がよく知るものを使うらしい。笑みからそれがよくわかった。
「ではそれで。やりましょう」
「ハッ」
 マクレーンも指示を下した。それを受けて連合軍の艦載機達は前に進んだ。そのままエウロパ軍への攻撃態勢に入った。
 それぞれ五機を単位として小隊を組む。連合軍独特の小隊編成である。
 それが五個集まって中隊となる。連合軍の艦載機はその単位からして違うのであった。
「来たか」
 エウロパ軍の艦載機達は彼等を待ち受けていた。迎撃態勢はもう整えている。
「パイロットの諸君達」
「これは」
 彼等は通信に入ってきた声を聞いて驚きの声をあげた。それはシュヴァルツブルグのものだったからである。
 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその三


「軍務相の」
「まさか」
「これからかってない程熾烈な戦いが行われるだろう」
 シュヴァルツブルグの声は続く。パイロット達に対して語っていた。重く、そして謹厳な声であった。
「だがそれに怯むことのないようにお願いする。この戦いは諸君等の健闘にかかっている」
「俺達の」
 彼等はそれを聞いて心を動かした。そこに感じるものがあった。
「我々は勝利を収めなければならない。祖国の為にも」
 シュヴァルツブルグはこう言った。
「その為にも健闘を祈る。戦いの神々達が諸君等を見守ってくれているということを忘れないでくれ」
「戦いの神か」
「確かにな」
 ある者達は自分が乗る機体が何であるかを考えた。それはエインヘリャル。戦場で倒れヴァルハラに導かれた戦士達の名である。彼等が仕えるのはオーディン。嵐と戦の神である。
「では俺はオーディンに祈る。勝利をな」
「私はマルスだ」
 彼等は口々に言った。
「勝利の為に」
「エウロパの為に」
 彼等の士気が上がった。そして万全の状況で連合軍を迎え撃つ。
 対する連合軍はそのまま突進する。まずはタイガーキャットが前に出る。
「さあてと」
 トワンキンは中隊の先頭にいた。そして部下達を指揮しながら自らも獲物を狙っていた。
「いい、まずはミサイルで仕掛けるわよ」
「了解」
 部下達はそれに頷く。そしてそれぞれミサイルの照準を合わせる。
「相変わらず動きがいいようだけれどね」
 トワンキンはエウロパ軍の動きを見ながら言った。彼女はエウロパ軍のパイロット達を決して侮ってはいなかった。むしろその技量を認めている程であった。
 だからこそ油断してはいなかった。冷静にミサイルの照準を合わせていく。
 十個の照準が敵に当てはめられた。それを認めるとトワンキンはミサイルのボタンのカバーを外した。そのうえで部下達に対して言う。
「行くわよ」
「はい」
 部下達はその言葉に頷く。そしてそれぞれ攻撃態勢に入る。
「撃て!」
「撃て!」
 そして無数のミサイルが放たれた。それは複雑な動きを示しつつエウロパ軍の艦載機達に襲い掛かる。
 そのうちの幾らかはミサイル砲座や対空砲座の弾幕により防がれる。エインヘリャル達も懸命に回避運動に移る。だがそれでも逃れることができずにミサイルの直撃を受ける機体が続出していた。
「チェッ、あまり当たらなかったわね」
「何機撃墜ですか?」
 部下の一人が舌打ちするトワンキンに対して尋ねた。
「三機よ」
「いいじゃないですか」
 その部下はそれを聞いてこう答えた。
「俺なんか一機も撃墜できませんでしたよ、今ので」
「そうだったの」
「ですから。気を落とさずに」
「それもそうね」
 トワンキンは部下にそう言われて気を取り直した。そしてあらためて前を見た。
「何か今までより守りが堅いわね」
「はい」
 他の部下達もその言葉に頷く。
「これはちょっと苦労しそうかしら。今まではさっきのミサイル攻撃で少なくとも三割は減らすことができたのだけれど」
「今は一割もいっていないようですね」
「そうね。敵も馬鹿じゃないわ。かなり守りが堅いわよ」
「ええ」
 見ればその通りであった。艦艇と艦載機がそれぞれ連携する形で守りを固めていた。そのうえで連合軍を待ち受けていたのであった。
「今闇雲に突っ込んだら痛い目を見るわね」
「ですね」
「さて、ここはどうしようかしら」
「心配することはないと思いますよ」
 ここで隣の機に乗る部下が彼女に対してこう言った。
「それは何故?」
「電子戦機があるからですよ」
「電子戦機」
 トワンキンはそれを聞いてまずは怪訝そうな顔をした。それからまた口を開いた。
「ああ、あれね」
「はい」
 その部下は彼女の言葉を受けてまた頷いた。
 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその四


「あれを使うそうですから。これでまた違うと思います」
「そうそう上手くいくかしら」
「少なくとも上手くいくことを考えて作られている筈ですよ」
 部下の言葉は落ち着き、そして整然としたものであった。
「ここは期待させてもらいましょう。とりあえずは」
「そうさせてもらおうかしら」
 トワンキンもとりあえず今は頼りにする気になった。これに頷く。
「早速動くそうですしね」
「まずはお手並み拝見ってとこね」
「はい」
 その言葉に続くように後方にいた変わったシルエットの機体が動く。十字の形をしており機体の上にそれを覆うかのような円盤状のものを置いている。どうやらこれが電子戦機であるらしい。
「早速はじめるか」
 その中には三人程乗り込んでいた。彼等はその中でそれぞれの任務にあたっていた。機長が自分のすぐ後ろでコンピューター等の機器の前に座る男に対して言葉をかけていた。
「はい」
 その男はそれに頷いた。そしてすぐにキーボードを叩きはじめた。
 これが一体どういった効果を敵、味方に及ぼすのかはまだわからない。だが彼等は自分の仕事を信じていた。そしてそれが戦局に影響を与えるとも信じていた。
「ムッ」
 まずはエウロパのパイロット達が異変に気付いた。
「何か通信が急に悪くなったな」
「そういえば」
 彼等は口々にこう言い合った。
「どうしたんだ、これは」
「まさかまた連合の通信妨害か」
「レーダーの反応もおかしいぞ」
 今度はレーダーであった。
「何か。時折見えなくなったりする」
「モニターもだ」
 彼等はそれを見て次第に焦りはじめた。しかしそれで終わりではなかった。
「艦艇からの通信も」
「レーダーが完全に使えなくなった」
「どういうことだ、これでは敵が何処から来るかわからん」
 これは艦艇も同じであった。多くの艦艇でも通信やレーダー、モニターが不調になってきたのだ。そして対空砲座の制御も効かなくなってきていた。
「また連合の電子妨害か」
 誰かがこれを察して言った。
「気をつけろ、奴等はこういった時に仕掛けて来る」
 そしてこう言う。見えはしないのに必死に辺りを見回す。
「来るぞ、対空戦闘用意だ」
「ですがどうやって」
 彼の部下がそれに対して問う。
「対空砲座もミサイルも使えないのですよ」
「ぬうう」
「とにかく落ち着かれて下さい。今下手に動いてもさらに混乱するだけです」
 エウロパ軍の艦艇及び艦載機の半分以上がこうした電子妨害を受けていた。それにより陣形が乱れてきた。これこそが連合軍の狙いであったのだ。
「上手くいってるようね」
 トワンキンはモニターに映るエウロパ軍を見てこう呟いた。
「うちの電子系統って本当に凄いわね」
「喜ばしいことであります」
 先程彼女に対してそれについて言及した部下が笑みと共に応えてきた。
「これで攻撃を仕掛けることができますから」
「そうね」
 トワンキンはモニターに映る混乱する敵軍を見てこう言った。そこに指示が下った。
「全機突入せよ」
「言ってる側から」
 これを聞いて思わず笑みが零れてしまった。
「相変わらず早いわね、我が軍は」
「少なくとも指示や動きは」
「遅いのは船足だけか」
「まあそれは言わない約束で」
 トワンキン達は戦場とは思えない程の軽いやりとりを続ける。しかしその目は戦場から離れてはいない。前にいる敵を見据えていた。
「それじゃあいくわよ」
「はい」
「了解」
 部下達もそれに頷く。操縦桿を握る手に汗が滲む。
「突入!」
「ラジャー!」
 トワンキンの命令に従い敵に突入する。その両翼にあるミサイルをすぐに放つ。それで敵機を撃つ。
 これは他の部隊のタイガーキャット達も同じであった。一直線に突入し敵を撃つ。そしてその攻撃により空いた穴に攻撃機と爆撃機が入り込む。こうして連合軍の総攻撃がはじまった。

 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその五


「おのれ、また電子戦か!」
 突入を許したエウロパ軍のパイロット達は歯噛みする。だがその間にも連合軍の攻撃は続く。それへの対処で精一杯という状況になっていた。
「戦闘機はとりあえず無視しろ!」
 ベテランパイロットの一人が言った。
「攻撃機と爆撃機だ!奴等を何とかしろ!」
 艦艇への配慮からであった。母艦がやられてはどうしようもない。彼の部下達はこれを受けて攻撃機と爆撃機に向かう。
 部隊を二手に分け護衛の戦闘機に対してはそのうちの一つを向けて引き付ける。その間に彼は攻撃機や爆撃機に突撃する。ビームガンのボタンに手をやる。
「やらせるか」
 彼は連合軍の攻撃機炎龍を憎悪の目で見ていた。
「これ以上貴様等の好きにはさせん」
 この時彼は自分の攻撃で炎龍を簡単に撃墜できると思っていた。所詮攻撃機である。戦闘機に襲われてはひとたまりもないだろう。そう確信していたのだ。
「覚悟しろ!」
 攻撃を放つ。それは一直線に一機の炎龍に向かって行く。だがここで思わぬことが起こった。
「なっ!?」
 何と攻撃を向けた炎龍が突如として動いたのである。その重苦しい外見からは信じられない動きで彼の攻撃をかわす。
 それから上にいる彼に向かってきた。そして何とミサイルを放ってきたのだ。
「うわっ!」
 突然の攻撃に彼はよける暇がなかった。そのミサイルの直撃を受けエインヘリャルはあえなく撃墜された。何とか脱出はできたものの茫然自失といった状態であった。
「馬鹿な、どういうことなんだ」
 脱出ポッドの中で彼は呟いていた。
「まさか攻撃機が。どういうことなんだ」
 だがこれは彼だけではなかった。他のエインヘリャルも連合軍の攻撃機や爆撃機に撃墜されていた。彼はそれを悪夢を見るような目で見ていた。
「我が軍の攻撃機や爆撃機に撃墜されるエウロパ軍の者が多く出ているそうです」
 サフラワーズがマクレーンと劉に対してこう言った。その顔には一目でわかる程の喜びが見られていた。
「どうやら我々の策には気付かなかったようで」
「まさかとは思いますからね」
 劉がこれに応えた。
「我が軍の攻撃機や爆撃機は単に艦艇や施設への攻撃だけではありません」
「はい」
「格闘戦も可能なのです。彼等はそれに気付かなかった」
「今までもそれを見せてきませんでしたからね」
「はい」
 サフラワーズはあらためて頷いた。
「ですがこれによりエウロパ軍は精神的にかなりのダメージを受けています」
「ですね」
「狙い目ですね。まずは波状的に艦載機の装備を換装させましょう」
「換装ですか」
「戦闘機は格闘戦を、攻撃機と爆撃機はそれぞれ対艦攻撃を念頭に置いて」
 彼女は言葉を続ける。
「装備を換えていきましょう。それで攻撃を続けるのです。これでどうでしょうか」
「いいですな」
 これにマクレーンが頷いた。
「そして波状攻撃を仕掛ける」
「そう、それです」
 サフラワーズはそれに頷いた。
「それで敵を少しずつ削り取っていきましょう」
「そうしていきますか」
「数では大きく勝っています。それも利用できます」
 ここでも数の話が出た。やはり連合軍の最大の強みはその数であった。彼等はそれを念頭に置いて作戦を立てている。それは今回も同じであった。
「波状攻撃を続け敵を減らしていく。これで如何でしょうか」
「はい」
 マクレーンと劉はこれに頷いた。それでもう決まりであった。
 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその六


「いいでしょう」
「有り難うございます」
 サフラワーズはその言葉を聞いて会心の笑みを浮かべた。こうして連合軍の次の攻撃は決まった。前線の部隊は一旦退き代わりの部隊がそこに入る。これを繰り返しながらエウロパ軍に攻撃を続けていた。
「まさか攻撃機や爆撃機まで格闘戦ができるとはな」
 エウロパ軍のショックは相当なものであった。冷静なシュヴァルツブルグですら落ち着きを少し失っていた。
「侮れないと言うべきか」
「ここでも彼等が一枚上だったということです」
 エヴァはいつもの冷徹な分析を述べた。
「一枚上手か」
「はい、私もまさか攻撃機や爆撃機であのようなことができるとは思っていませんでした」
「それは皆そうだろう」
 シュヴァルツブルグはこう述べた。
「まさかとは思うからな」
「ですがこれで我が軍のパイロット達に動揺が起こっています。これが一番の問題です」
「無理もない」
 彼は短い言葉でこう言った。
「予想もしなかったことなのだからな」
「予想もしなかったことが起こるのもまた戦場です」
 エヴァの言葉はクールなままであった。
「ですがそれを予測できなかったのは。迂闊でした」
「済んでしまったことを今言っても仕方がない」
 彼はこう言ってエヴァを宥めてきた。
「重要なのはこれからだ。違うか」
「はい」
 エヴァはそれに頷いた。
「おそらく敵はさらに攻撃の手を強めてくるでしょう」
「どうくるかな」
「波状攻撃です」
 彼女は連合軍の動きを完全に読んでいた。だからこそ言えることであった。
「まずは今前線にいる部隊は一旦退きます」
「うむ」
「そしてそこに後ろの部隊が入る。その間に退いた部隊は装備を補給して前線に戻ってくるでしょう」
「その繰り返しというわけだな」
「そういうことになります」
 エヴァはまた頷いた。
「おそらく今度は艦艇を狙ってくるでしょうが」
「普段に戻るわけか」
「そうなります。そして戦闘機がそれを護衛する。連合軍の基本パターンです」
「今までならそれを防ぐこともできたが」
 シュヴァルツブルグの言葉は苦かった。彼はパイロット達の指揮を懸念しているのだ。だがそれに対しエヴァは簡潔に答えた。
「いえ、今からでも可能です」
「できるのか」
「要はパイロット達を元に戻せばいいのですから」
「だが」
 シュヴァルツブルグはそれでも口を濁らせていた。
「口で言うのは容易いが」
「一人のパイロットがそれを見せればいいのです」
「一人のパイロットでか」
「私が行きます」
 そして彼女は名乗りをあげた。
「卿が」
「そして連合軍の攻撃機や爆撃機を倒してみせましょう。これでいいですね」
「いいのか」
「悩んでいる状況ではないでしょう」
 彼女は反論した。
「さもなければ。我が軍はこのまま押されたままになります」
「うむ」
「ここでこのまま負ければ。どうなるかおわかりでしょう」
 これはもう言うまでもないことであった。シュヴァルツブルグの表情が暗くなった。
「それはそうだ」
 認めたくはないがそれを認めた。
「では決まりですね」
 エヴァの顔が険しいものとなっていた。
 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその七


「では出撃させて頂きます」
 敬礼と共に言う。シュヴァルツブルがは観念して言った。
「頼む」
「有り難うございます」
 エヴァは頷いた。
「攻撃機、そして爆撃機と格闘戦をするのか」
「はい」
「確かに戦闘機と戦うよりは楽だろうが」
「無論油断できる相手ではありません」
 彼女もまたパイロットである。それはわかっていた。
「しかし、それでもやらなければなりません」
「頼めるか」
「そうでなくてどうして今出撃しましょう」
 その言葉は険しく、そして強い決意を秘めたものであった。シュヴァルツブルグにそれを阻むことはできなかった。
「では頼む」
「了解しました」
 こうしてエヴァは出撃した。ワレンシュタインから一機のエインヘリャルが出撃した。
 そのエインヘリャルはワレンシュタインの前で一回旋回した。そしてそれから戦場に向かうのであった。
「閣下」
 それを見た幕僚の一人が彼に声をかけてきた。
「宜しいのですね」
「我々にワルキューレを制御できると思うかね」
「ワルキューレをですか」
「そうだ。それができるかどうかと聞いているのだが」
「それは」
 返答に窮した。ワルキューレとは北欧神話に出て来る戦場を駆け巡る天女達である。オーディンの娘でもあり彼の命により戦場で勇敢な戦士達に加護を与え、そして時が来ればヴァルハラに導くのだ。かってジークフリートという偉大な英雄の妻ともなったブリュンヒルテが最も有名である。
「できないだろう」
「はい」
 幕僚はシュヴァルツブルグの言葉に頷くしかなかった。
「そういうことだ。ここは彼女に任せよう」
「わかりました」
「どちらにしろ今のままでは敗北は確実だ」
「はい」
「それを何とかしなければ。どうしようもないからな」
「ですね。ではここは彼女に任せるしかありませんか」
「ワルキューレの加護を信じよう」
 シュヴァルツブルグはまた言った。
「今はな。神頼みと言われようとも」
「ハッ」
 戦局はエウロパにとって不利になっていく一方であった。それはシュヴァルツブルグが最もよくわかっていることでもある。それを打開する為には最早神の力でも何でも使うしかない、それ程までに彼等は切迫した状況にあった。
 エヴァは戦場に到着するとすぐに敵に向かった。目標は予定通り連合軍の攻撃機及び爆撃機である。
「おい、あれ」
 連合軍の攻勢の前に押される一方であったエウロパ軍のパイロット達が一機のエインヘリャルを見た。それは一直線に敵の真っ只中に突っ込んで行く。
「何を考えているんだ?一機で」
「死ぬつもりなのか」
 だがそのエインヘリャルはそれでも突撃した。そこに連合軍のタイガーキャットが向かって来た。
「来たわね」
 十機程いた。一機で相手できる数ではなかった。だがエヴァはそれでも怖気付くことはなかった。
 その十機のタイガーキャットをかわした。突っ込んで来る彼等を木の葉の様に舞いかわしたのだ。彼等が気付いた時にはエヴァのエインヘリャルは既に彼等の後ろにいた。
「なっ!?」
 彼等はレーダーを見て思わず呆然とした。何時の間にか後ろをとられていた。戦闘機の戦いにおいてこれは死を意味することであった。
「今は虎の相手をしている暇はないわね、残念だけれど」
 それでも彼女は彼等を攻撃することはなかった。無視して素通りしていく。なおこの場合虎とは当然ながらタイガーキャットのことである。タイガーをあえてこう言ったのである。
 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその八


 戦闘機達をかいくぐるとそのまま攻撃機に向かった。爆撃機も一緒である。
 攻撃機と爆撃機はエヴァのエインヘリャルを確認すると彼女の方に向かってきた。その数は優五十機を越えていた。
「何を考えているんだ、あのパイロットは」
 エウロパ軍のパイロット達はそこに誰が乗っているのか知らない。乗っているのが女、しかも生粋のパイロットではなく参謀であると知ったならばどれだけ驚くであろうか。
「死ぬ気か、連合軍の攻撃機や爆撃機は手強いぞ」
「しかもあれだけの数だ。まるで自殺行為だ」
 だがそれでもエヴァは突っ込んだ。そして冷静な目で連合軍の攻撃機と爆撃機の編隊を見据える。そこにミサイルがやって来た。
 無数のミサイルが彼女の乗るエインヘリャルに襲い掛かる。これを見て誰もが彼女は死んだと思った。
「終わったな」
「やったな」
 両軍はそれぞれ全く別の感情で彼女が乗るエインヘリャルを見ていた。だがこの二つの感情はその一人によってそれぞれ完全に裏切られることになった。
「なっ!」
 双方は今度は同じ感情となった。驚愕である。
「まさか!」
 また同じ感情になった。彼女はその無数のミサイルを全てかわしてみせたのだ。
 右に左に、そして上に下に。流れる風の様な動きでそれをかわす。両軍のパイロットが気付いた時には彼女はもうミサイルを全てかわし終えてしまっていた。
「ミサイルで私を倒せるとは思わないことね」
「おのれ!」
「やった!」
 両軍の感情はまた分かれた。苦渋と喝采がそれぞれの軍で沸き起こった。
 エヴァは再び前に進む。今度はビームでの攻撃が行われた。連合軍は艦載機のビームにおいてもエウロパ軍のそれよりも射程も威力も大きかったのだ。
 圧倒的な弾幕に見えた。しかしエヴァはその中にある僅かな隙間を通り抜けてみせた。そしてそのまま連合軍に向かい続ける。そして自身のビームの射程に入った。
「今ね!」
 ビームを放つ。それで数機の攻撃機と爆撃機が撃墜された。撃墜し終えるとエヴァは戦場から離脱した。鮮やかなまでも攻撃であった。
「何て奴だ!」
 銀河語とラテン語で同じ言葉が叫ばれる。言葉は同じでもそこにある感情は全く違うものであった。
 自軍の方に帰って来たエヴァを喝采で迎えるエウロパ軍。地団駄を踏みかねない顔で見送る連合軍。両者の顔は完全に分かれていた。
「連合軍、恐れることはないわ」
 エヴァは自軍の方に戻るとこう言ってみせた。そのヘルメットから整った透き通った顔が見える。今神業を披露したパイロットが美貌の女性だったと知りエウロパ軍はまた喝采を叫んだ。
 これでエウロパ軍の士気はあがった。同時に連合軍の攻撃機や爆撃機にも臆することはなくなった。女にできたのなら男にも、同じ女として、そうした感情が芽生え敵に向かって行った。こうして戦いはエウロパ軍が盛り返す形となった。
「女がか」
 後藤はこの話を自分の母艦で聞いていた。補給を受ける為に戻っていたのだ。
「ああ。どうやらかなりの腕前らしい」
 その艦の整備長であるハシム=ギネットが彼にこう言った。彼は連合の整備士官でありアルム王国出身である。金髪に岩石の様な顔をしている。目はダークブルーであった。
「そうか」
 後藤はそれを聞いて静かに頷いた。
「それでは誰なのか大体わかる」
「知っているのか」
「名前は知らないがな」
 彼はこう答えてきた。
「名前も知らないのにわかるのか」
「ああ。大体どんな奴かはわかっているつもりだ。前に戦ったことがあるからな」
「そうか」
「そいつは俺に任せて欲しい。おそらく他の奴では無理だ」
「スタンフォード達でもか」
「おそらくな」
 彼は冷静にこう言った。
「だからこそだ。ここは任せてくれ」
「そんなに手強いのか」
「そうだ。それは俺が一番知っているつもりだ」
 語るその声に力が篭っていた。それだけで説得力があった。
「いいか」
「俺が止めても行くだろう」
 ギネットはこう言って笑った。
「いつもそうだからな。今もそうだろう」
「済まない」
「いいさ。謝ることもない」
 彼はそう声をかけて戦友に笑みを向けた。岩石の様な顔であるがその笑みは実によいものであった。それを見ただけで落ち着く、そうした笑みであった。
 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその九


「ただ、気をつけろよ」
「ああ」
「戦死なんて洒落にならないからな」
「それはわかっているつもりさ」
 どうやら笑みを作るのは苦手であるらしい。後藤は表情を変えないままこう応えた。
「だがな」
「何だ」
「どうしてもやらなければならない仕事はあるからな」
「それはな」
 ギネットも軍人である。それはわかる。軍人とは案外自分がやらなければならない仕事も多いものである。将校ともなると。
「それが今のやつだからな。やってみせるさ」
「頼むぞ」
「わかっている。それじゃあ行って来るな」
「健闘を祈る」
 こうして後藤はまた戦場に向かった。部下達を連れ戦場に向かう。
「こちら旭日中隊」
 後藤は通信を入れた。
「只今から戦場に復帰する。それでいいか」
「了解」
 通信の向こうから返事が返って来た。
「すぐに頼む。今手強い奴が出て来てな」
「攻撃機と爆撃機の中に突っ込んだ奴だな」
「知っているか」
「有名人になっている。そいつは今どうしている」
「派手に暴れている。アクジェントが撃墜された」
「またか」
 後藤はそれを聞いて一言漏らした。
「ああ、まただ」
 電話の向こうでも同じ返事が返って来た。
「それで無事なのか」
「いつも通りな」
 これもまた同じであった。
「とりあえず母艦に戻っている。それで補充のタイガーキャットに乗り込んでいるが」
「ならいい」
 彼はそれを聞いてとりあえずは安心した。
「生きているのならな」
「彼は不死身だからな」
 通信の向こうの声はこう言って笑っていた。
「撃墜された位では死なないさ」
「これもオシリスの加護か」
「ああ、それは言っていたな」
 話が合っていた。
「俺はオシリスに護られているから死なないと。得意気に言っていたよ」
「実際はそれだけではないのは本人が一番よくわかっているだろうがな」
「それは言わない約束だ」
「そうだな」
 タイガーキャットは非常に生存能力に優れた機体である。そして脱出装置も非常に優秀である。その為にアクジェントも生き残っているのである。
「それで君達にやって欲しいことだな」
「その暴れている者を何とかして欲しいと」
「わかってくれているみたいだな」
「話を振ってきたのはそれが理由ではないのか」
「ご名答」
 通信の声はあえて明るい声で応じてきた。
「是非共お願いしたいのだが」
「他のエースは動けないのか」
「残念ながら。皆それぞれの担当エリアで頑張っている」
「仕方ないということか」
「アクジェントが戻るまででいいが。頼めるか」
「断ることはしない」
 後藤は一言こう言って頷いた。
「頼まれた仕事はできることならさせてもらう」
「そうか、有り難いな」
「それでだ」
 後藤は通信の向こうの声に尋ねてきた。
「そいつは一体どんな奴なのだ」
「詳しいことはわからない」
 声はこう語った。
「エウロパ軍のパイロットなのは確かだが。それ以外は」
「男か女かもわからないのか」
「ああ。全くな」
「そうか」
 彼はそれを聞いて考える顔になった。
「それでその技量はかなりのものだったのだな」
「あのアクジェントがやられたんだ。わかるだろう」
「それはそうだが。かなりの強敵か」
「それは事実だ。どうだ、やれるか」
「敵は強い方が面白い」
 後藤は言った。
「やれるやれないは別にしてな」
「おいおい連合一のエースパイロットにしてはやけに謙虚だな」
「そうか。祖国ではそう言われたことはなかったが」
「日本人はな。そういえば大抵謙虚だったな」
「謙虚なのは我が国では美徳とされている」
 彼は落ち着いた声でこう返した。
「それは子供の頃から言われてきた。自然と身に着いたのかもな」
「そうだったのか」
「だが謙虚でも尊大でもそのエウロパのパイロットはやらせてもらう」
「頼むぞ」
「今からそちらに向かう。ではな」
「ああ」
 こうして後藤はその凄腕のパイロットが暴れているエリアに向かった。戦場に到達するとそのエリアではエウロパ軍が優勢であった。

 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその十


 そこのエウロパ軍は何倍もの連合軍を押していた。その先頭には一機のエインヘリャルがいた。
「あれだな」
「はい」
 後藤は戦場に到着するとこのエリアにいたタイガーキャットのパイロットの一人に尋ねた。彼はそれに頷いた。
「どうでしょうか」
「そうだな」
 彼はそのパイロットの動きを見ながら呟いた。一目でわかった。
「あいつだな」
「御存知なのですか」
「ああ。前に一度やり合ったことがある。動きでわかる」
「ではお願いできますか」
「どうやら俺以外にそれができそうなのもいないようだしな」
「すいません」
「いい。こればかりはどうしようもない」
 そう言いながら前に出る。
「貴官等は他の奴を頼む。装備はいいな」
「はい」
「ではな。宜しく頼む」
「了解しました」
 後藤はエウロパ軍の先頭にいるそのエインヘリャルの前に向かった。今目の前で一機のタイガーキャットが撃墜されていた。
「クソッ、脱出だ!」
 そのパイロットも何とか脱出に成功していた。だがそれが適わなかった者もいる。連合軍もこの戦いで無傷では決してなかったのであった。
 その先頭にいるエインヘリャルに乗るのはエヴァだった。彼女は仮面の様に表情のないまま戦いを続けていた。そして目の前に現われる敵を次々に屠っていた。
「お見事です」
 後方にいるパイロットの一人がそう賞賛の言葉を述べてきた。
「おかげでこのエリアは有利に戦いを進めております」
「他のエリアは」
 だが彼女はそれに心を喜ばせることなく相変わらず表情のない顔でこう尋ねてきた。
「他のエリアですか」
「そうよ。どうなっているのかしら」
「とりあえずは持ち堪えているそうです」
「そう」
 不充分であったがそれに納得した。
「これも貴女の勇気ある行動のおかげです。皆怖気付いていたのが一気になおりました」
「怖れていられる状況ではないでしょう」
 エヴァはやはり落ち着いた声でこう言った。
「この戦いがどんなものかわかっていたら」
「それはそうですが」
「本来なら持ち堪えていられるだけでは駄目なのだけれど」
「はい」
「仕方ないということかしら。数は」
「そればかりはどうも」
「けれど負けるやけにはいかない。わかっているわね」
「勿論です」
「なら貴方にもお願いするわ。健闘を祈るわ」
「有り難うございます」
「私も今までみたいに先頭に立てないみたいだから」
「何があったのですか」
「見て」
 エヴァの前に一機のタイガーキャットが姿を現わした。彼女はその動きだけでそれに乗るのが只者ではないとわかった。同時に以前に戦ったパイロットであるということも。
「あのパイロットの相手をしなくてはならないから」
「一機です。大丈夫でしょう」
「本当にそう思えるかしら」
「といいますと」
「あっ、ならいいわ」
 わからないのなら仕方がないと思った。エヴァは彼にこれ以上言うつもりはなかった。
「とりあえずあのタイガーキャットは私に任せて」
「お願いします」
「貴方達は他をお願いするわね」
「わかりました」
 こうしてエヴァは後藤のタイガーキャットと正対した。互いに名乗りをあげることなく戦いに突入した。 
 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその十一


 ミサイルは放たない。それが通用する相手ではないということはもうわかっていることであったからだ。
 両者はまずビームを放った。だがそれも互いにかわされてしまった。
 後藤は右に、エヴァは左に動いた。最低限の無駄のない動きであった。
「また腕をあげたようだな」
「僅かな間に。やるわね」
 二人はそれを見てそれぞれほぼ同じことを思った。同じレベルにある者達だからこそわかった。
 そしてそのまま交差する。交差した後で上に旋回する。二人の動きは全く同時であった。
 また向かい合う。そして激突する。今度も決着はつかなかった。
「直線での戦いでは決着がつかないか」
 後藤は二度正面からぶつかり合った後でこう悟った。だがそれならばそれで方法がある。
「ならば」
 彼はタイガーキャットを大きく旋回させた。格闘戦に誘い込むつもりであったのだ。
 タイガーキャットは可変翼である。その為大型であっても小回りに優れている。その点でもエインヘリャルに対して勝っていたのである。それを使おうとしたのだ。
「乗ってくれるか」
 しかしそれでも相手がそれに乗るかどうかはわからなかった。タイガーキャットの機動性は向こうも承知している筈である。それであえて乗ってくる程相手は馬鹿でもないとも思っていた。だがそれでも誘い込むことにしたのだ。
「どうだ」
 その賭けは当たった。乗ってきた。何とエインヘリャルがこちらに向かって来たのだ。
「よし」
 後藤は表情を変えずに会心の言葉を口にした。これで勝ったとさえ思った。
 だがこれはエヴァも承知のうえであった。彼女はそれを知っていてもあえて乗ってきたのである。
「エインヘリャルを甘く見ないことね」
 彼女は旋回しながらこう呟いた。
「伊達に我が軍の艦載機を一手に担っているわけではないわよ」
 このエインヘリャルは大きな特徴があった。それはパイロットの能力が大きく影響するということである。これはエインヘリャルが非常にバランスのとれた機体であり多くの目的に使用できるからである。すなわちパイロット次第だ。エヴァが乗れば彼女の技量だけ能力を引き出せる彼女もそれはわかっていたのだ。
 後藤のタイガーキャットは大きく旋回した。エヴァのエインヘリャルもそれに入る。こうして両者は激しいドッグファイトに入ったのであった。
「どうなる」
 両軍のパイロット達は戦闘を続けながらもそれに見入っていた。戦いは互角のまま続いていた。
 激しい応酬もあったがそれでも両者は落ちることがない。そのまま戦いを続ける。それは何時までも続くかのようであった。
 タイガーキャットは旋回を増す。エインヘリャルもそれに対抗する。しかしここで突如としてタイガーキャットの動きが一変した。
「!?」
 何と反転してきたのだ。そしてエヴァのエインヘリャルに対して向かってきた。
「なっ!?」
 反応が少しだが遅れた。これが後藤の狙いであった。
「よし!」
 彼は勝利を確信した。最初からこうするつもりであったのだ。
 敵の虚を衝く。戦いの基本である。彼は今それを行ったのだ。これは戦闘機同士の戦いにおいても同じことであった。
「これで最後だ!」 
 ビームを放つ。それはエヴァのエインヘリャルに吸い込まれていった。全ては終わった。かに見えた。
 しかしここで信じられないことが起こった。何とエヴァの姿が消えたのである。
「ヌッ!?」
 一瞬姿を見失った。何処に行ったのかわからなかった。しかしここで気付いた。
「下だ」
 彼は見た。そこに彼女はいた。咄嗟の動きで今の攻撃をかわしたのであった。
「まさかあれをかわすとは」
「危ないところだったわね」
 二人は言った。全く違う言葉であった。エヴァにとっては九死に一生を得た形となった。
 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその十二


 だがエヴァにこれ以上の戦いは無理であった。今の動きでエインヘリャルの動力に以上が出ていたのだ。如何にパイロットの能力が大きく関係するといっても無理のある動きを続ければ何処かが破損するのは自明の理であった。そして今それがきたのであった。
「くっ」
 舌打ちするしかなかった。したところでどうにもならないのはわかっていたが。彼女は戦場から退くことにした。
 そのまま戦いから離脱し去っていく。そのまま消えていった。この場は後藤の勝利という形になった。
「やりましたね」
 部下達が早速彼に通信を入れてきた。
「お見事です」
「それはどうかな」
「あれっ、何かあるのですか?」
「ああ」
 彼は部下達に対して頷いた。
「あの動きを見たか」
「ええ、まあ」
「それが何か」
「あれだけの動きが。できるか」
「我々にですか」
「そうだ。できるか」
「そう言われると」
 彼等もここでハッタリを述べる程の度胸はなかった。自分の力量は自分が一番わかっていた。だから嘘は言うことはなかった。素直に口を開いた。
「ありませんね」
「あんな動き。思いもつきませんでした」
「それは俺も同じだ」
 そしてそれは後藤も同じ考えであった。
「あそこで退かれていなければ危なかった」
「下に動いた時ですね」
「そうだ。あの時は勝ったと思ったが」
 これは事実であった。反転した時は勝利を確信していた。
「だが。あんな動きをするとはな。俺が考えていた以上のパイロットだったということだ」
「しかしそれで何故あそこで退いたのでしょう」
「攻撃をしていればおそらく隊長は」
「おい」
「いや、いい」
 それは遮らせようとはしなかった。部下の言葉を聞きたかったからだ。
「それは俺が最もわかっていることだからな」
「そうでしたか」
「ああ。続けてくれ」
「わかりました」
 その部下はそれに応えて言葉を続けた。
「やられていたでしょう。腹を見せてしまっていたし」
「そうだな」
 それもわかっていた。
「あのままですと。やはり敵機に何かあったということでしょうか」
「エンジンかビームのトラブルか」
「おそらくは」
 これは当たっていた。その通りであった。
「それで退いたのでしょう」
「運がよかったかな、俺は」
「いえ、運ではありませんよ」
 だがその部下はそれを否定した。
「何故だ」
「故障があるというのもそれだけその機体に問題があるということでしょう」
「そうか」
 シビアだがその通りであった。やはり故障の多い機体というのはそれだけで問題なのである。
「運ではありません。あちらの問題です。我々にとってはこれもまたよいことです」
「そうか」
「そうです。ここは素直に喜んでおきましょう」
「そうさせてもらうか。だが」
 そしてここで顔を引き締めた。そのうえで言った。
「また会いたいな。今度こそ倒してやる」
「はい」
 こうして後藤とエヴァの二度目の戦いは終わった。ここでも完全に決着はつかなかった。結局この戦いにおいては二人の最後の戦いとなったのであった。
 

 

第十四部第四章 エース達の戦いその十三


 二人の戦いは終わっても両軍の戦いは続いていた。連合軍は数を頼みにさらなる攻勢を仕掛けてきたのだ。無論そこには電子妨害も入っていた。こうして戦闘と電子、双方からの攻勢に入りエウロパ軍を圧倒しようとしてきたのである。
「よし、一気に押し潰せ!」
 元々パイロット出身であるイポー=コタバル大将は勇んで指示を下していた。彼はそのライトグリーンの目を輝かせていた。
「エウロパの貴族達をこのまま粉砕せよ!」
 彼は乗艦であるティアマト級巨大戦艦マハティールの艦橋にいた。そこで命令を出していた。なおこの艦の名は彼の祖国であるマレーシアの偉人の名を冠したものである。二十世紀においてマレーシアの国際的地位と経済力を高めた首相の名である。彼はこの時代のマレーシアでは知らぬ者のいない英雄であったのだ。英雄とは決して武だけではない。文でも英雄は誕生するのである。ビスマルクがそうであったように。
「損害が出たならばすぐに退け!無理はするな!」
 同時にこうした指示も出していた。彼もまた連合の軍人である。損害は好まない。それが如実に現われていた。
 それに従うかのように連合軍の艦載機達は激しい攻撃を繰り出しながらもダメージを受ければすぐに退く。整備や修復、酷い場合にはストックの機体に乗り換える。こうして損害を極めて軽微に抑えていた。
 だが対するエウロパ軍はそうはいかなかった。元々数では大きく遅れをとっていた。その為少し位のダメージで戦場を離れることはできなかった。ストックの機体も僅かであった。その為ダメージが蓄積され次々に撃墜されていった。数が減ればそれだけ残された機体に負担がかかる。それがまた損害に直結する。エウロパ軍は今少数で戦う不利を味わっていた。また悪循環にも陥っていた。
「まずい」
 それを見てレンブラントが呻いた。
「このままでは我が軍はここで総崩れに陥ってしまう」
「ですね」
 それに対し戦場から戻って来たエヴァが頷く。彼等はやはりワレンシュタインの艦橋にいた。
「閣下、どうなされますか」
 そしてシュヴァルツブルグに問う。見ればその顔には苦渋が浮かんでいた。
「止むを得まい」
 彼はそれに対して一言こう言った。それだけで充分であった。
「わかりました」
 幕僚達はそれに頷いた。こうしてエウロパ軍は第二防衛ラインを退いた。その後詰はローズが務めることになった。
「こんな厄介な撤退戦はそうないだろうな」
 彼は目の前に展開する連合軍の艦載機の大軍を見て呟いた。それは銀河を埋め尽くさんばかりの数であった。
「どうするか、だな。我が軍の艦載機はかなりの損害を受けている。迂闊には出せない」
「対空攻撃を続けながら退くしかありませんか」
「大丈夫か」
 連合軍の電子妨害について尋ねているのである。
「今のうちはまだ」
「今のうちか」
「はい」
 迷うことは許されなかった。彼はそれを聞いてすぐに決断を下した。
「対空攻撃により弾幕を張れ」
「はい」
「そして全速で退く。主力が撤退したならばな」
「わかりました」
 こうしてエウロパ軍は撤退にかかった。だが連合軍はそれを積極的に追撃しようとはしなかった。まるで無駄な損害を怖れているようだったが実は違っていた。
「次がある」
 彼等は次の戦いを見据えていたのだ。第三防衛ラインでの戦いを。
 エウロパ軍は連合軍から見れば驚くべき速さで第三防衛ラインにまで退いていた。既に星系にかなり入り込んでいる。そのうちの惑星の一つの側にそれが置かれていたのである。
「問題はあれだ」
 彼等はそこにいる巨大な神を見据えていた。
「遂に姿を現わしたな」
「ああ」
「テューポーン」
 かってギリシアの神々を恐慌状態に陥れた巨大な神。今それが彼等の前にその禍々しい姿を現わしたのであった。
 連合軍の将兵達はそれを見ていた。その異様な姿は見る者に恐怖を感じさせずにはいられなかった。黒い巨大な球体がそこにあった。
「今度はあいつが相手だ」
「覚悟しておくか」
 彼等は口々にこう言い合った。そして次の戦いに意を決するのであった。 

 

第十四部第五章 神々の激突その一


                   神々の激突
 かってギリシアにはゼウス達とは別の神々が存在していた。まず世界には混沌しかなかった。これは多くの世界の神話において見られることである。まず混沌があったのだ。
 やがてそこに一人の女神が誕生した。大地を司る女神ガイアである。次に彼女は自分の力で神々を作り出していった。そしてその中の一人である天空を司る神ウラノスと結婚し世界を治めることとなった。
 だがこのガイアという神は地母神であり多産の象徴であった。かっては結婚とはいっても多分にあやふやなものがあった。彼女は夫以外の神との間にも多くの子をもうけたのである。そして産まれたのが一つ目の巨人キュクロプスと五十の頭に百の腕を持つ巨人ヘカトンケイルである。
 ウラノスはこの言うならば不義の子達を嫌った。嫌った理由は妻であり母である女の不義が理由ではなく彼等が醜いからであった。彼等はウラノスによって暗黒の地下世界タルタロスに追いやられた。
 これに怒ったガイアはウラノスを排除することにした。そして子の一人であるクロノスをけしかけクーデターを起こさせた。こうしてウラノスは失脚しクロノスが神々の王となった。この神が今連合とエウロパの決戦が行われているクロノス星系の名のもととなっている神である。
 だがこのクロノスもウラノスと同じであった。キュクロプス達をタルタロスに幽閉したのだ。そして自分の子に王座を奪われるという言葉を信じ子供達を次々と飲み込んでいった。これは十九世紀の画家ゴヤにも描かれている。
 だが一人難を逃れたゼウスにより結局彼は敗北した。そしてかって彼が幽閉したヘカトンケイル達に監視されタルタロスに幽閉されたのであった。キュクロプス達はこの時ゼウス達に味方し以後炎と鍛冶の神ヘパイストスの助手となった。
 だがこの処置にガイアは快く思わなかった。やはり子供や孫達が幽閉されたからである。彼女はゼウスにも反感を持った。 
 そしてタルタロスとの間に子をもうけた。ギガンテス、そしてテューポーンである。この巨大な神はギリシア世界において最大の怪物でもあったのだ。
 異様な姿に巨体、これは台風を象徴しているのだという。そう、彼はまさに台風であった。その力で天空と雷を司る神ゼウスに挑んだのであった。
 この巨大な神が今連合軍の前に姿を現わした。彼等は敵の首都を前にして最大の敵を迎えていたのであった。
「でかいな」
 連合軍の将兵達はそれを見てまずこう思った。
「ニーベルング要塞群と同じ位か」
「全体的な武装でいうとニーベルング以上らしいぞ」
 彼等は口々にそう言い合った。
「何でも元々は首都防衛用に建造されたらしい」
「ほう」
「だがあまりにも巨大な為オリンポスにも置けなくてな。後方に留められていたそうだ。いざという時の切り札としてな」
「そして今その切り札を切ってきたのか」
「そういうことになる。エウロパも必死だということだ」
「後がない、か」
「ああ。だが最後の最後にあんなのが出るとはな」
「厄介なことだ」
 流石に連合軍の将兵も戸惑っていた。彼等は第二ラインを占拠したところで停止しエウロパ軍と対峙していた。
「どうするかな」
「とりあえずは様子を見るか」
 こうして彼等は停止していた。対するエウロパ軍はそれを見て少し胸を撫で下ろしていた。
「とりあえずは落ち着いたな」
「はい」
 エヴァはシュヴァルツブルグの言葉に頷いた。
「ですが彼等はいずれ仕掛けてくるでしょう。その時は」
「わかっている。問題は何をしてくるか、だが」
「テューポーンは今ファビリチーニ司令が担当しておられますが」
「彼も必死だろうな」
 シュヴァルツブルグはそれを聞いて呟いた。
「ニーベルングのことがあるからな」
「あれは致し方ないとも思いますが」
「だが彼はそうは思ってはいない」
 彼はここでこう言った。
「誇りがあるからな」
「誇りですか」
「貴族は誇りで生きている」
 今度はこう述べた。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その二


「誇りでな。彼もまた貴族だ」
「それは承知していますが」
「卿もまた同じ。ではわかるのではないか」
「あっ」
 それを言われてハッとした。自分のことを言われたならばわかった。こうした点ではまだ彼女は若かった。軍人として、参謀として優秀であってもまだ世事のことについては知らないことが多かったのだ。
「わかったな」
「はい」
 エヴァが頷くのを見て微笑んだ。
「そういうことだ。だからこそ彼も必死なのだ」
「左様でしたか」
「だがな。だからといって勝てる程戦争は甘くはない」
「それはわかっています」
 これはよくわかっていることであった。頷くことができた。
「この第三ラインが破られたならば本当に後がない」
「はい」
「後は。第四ラインで玉砕覚悟で戦うしかない」
「ですね」
 第四ラインといっても名だけである。既に兵器は三つのラインに全て注ぎ込んでいる。エウロパの力ではこれが限度であった。だがそれでも彼等は諦めるわけにはいかなかったのである。
「事実上この第三ラインで凌ぐ」
「わかっています」
 エヴァはまた頷いた。
「その要となるのがテューポーンだ」
「我々の守り神ですね」
「そうだな。本来は神々の敵だったが」
 そう思うと複雑な感情を抱いてしまう。
「今は我々の守りとなってくれている」
「ですね」
 まさにその通りであった。オリンポスはこの巨大な神の手にかかっていた。
 エウロパ軍の将兵達はテューポーンを期待の目で見ていた。まさに柱となっていた。
 連合軍とエウロパ軍は第三ラインで対峙していた頃国防省では一つの話が持ち上がっていた。統合作戦本部長のバールが八条に対して意見を具申していたのである。
「あれをですか」
「はい」
 バールは自分の意見を言った後で頷いた。
「今この太陽系は防衛という点ではいささか不安な点があります」
「そうでしょうか」
 だが八条はそれには懐疑的であった。首都の管轄区も三百の艦隊が展開している。防衛の点では他の管轄区に決して劣ってはいないからである。
「確かに管轄区としてはいいです」
 バールもそれに言及してきた。
「ですが首都の防衛は。やはり不安があります」
「ふむ」
 そう言われても八条は懐疑的なままであった。日本では元々帝都である八幡星系の防衛はそれ程堅固なものではなかった。確かに首都としての防衛は備えてはいたが。太陽系はその八幡よりも防衛が堅固なのである。
「私は特にそうは思いませんが」
「それは閣下が日本におられたからでしょう」
 やはり鋭かった。バールもそこを衝いてきた。
「日本は治安がいいですから」
「はい」
「あまりそうした心配がないのですよ。首都の防衛等は」
「それなりに備えはありましたがね、我が国も」
「それなりでは心もとありません」
 バールは言い切った。
「やはりこれでもかという防衛が必要かと思います」
「雷王星や冥王星の防衛ラインだけではまだ足りないと」
 雷王星とは二十一世紀に発見された太陽系の惑星の一つである。ゼウスから名がとられている。連合はこの星と冥王星において首都防衛のラインを施設しているのである。それはガンタース要塞群のそれに匹敵するものとさえ言われている。
「そうですね」
 彼はまた言った。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その三


「あれだけではまだ」
「左様ですか」
「やはり。さらなる防衛ラインが必要です」
「ですが我が軍にもこれ以上要塞を築く余裕はありませんよ」
「それもわかっています」
「ではどうやって。艦隊を増やすこともできません。やはり無理なのでは」
「実は私に考えがありまして」
「考え」
 俗に足りぬ足りぬは工夫が足りぬという。今回もそうであるかも知れない。八条はバールの考えもまたそのようなものかと
思った。
「エウロパの要塞を移動させてはどうでしょうか」
「エウロパの」
「はい。これは今後の講和の際の交渉において要求できるものですが」
 彼は言葉を続けた。
「ニーベルング要塞群の十二の衛星と他に何か。これだけあればかなりの防衛ラインを設けることができますが」
「ふむ」
 八条はそれを聞いて考える顔になった。
「ニーベルングをですか」
「後は。何かもう一つ巨大なものを」
「悪くはないですね」
 これには八条も頷いた。
「ではそれでいきますか」
「少し首相や外相ともお話してみることにします」
 彼はそう答えて即答は避けた。
「どうもかなり大きな話ですからね」
「はい」
「あともう一つ御聞きしたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「これは制服組からの統一された意見でしょうか」
「といいますと」
「いえ、実ははっきりさせたい部分がありまして」
 八条はバールを見上げながら言う。
「これが制服組の統一された意見か、統合作戦本部長個人の案かで周囲の受け止め方がかなり変わりますので」
「今のところ私個人の案ですが」
 彼はそれを聞いて素直にそう述べた。だがここで今のところ、と付け加えるのを忘れなかった。流石に元帥、そして制服組のトップである統合作戦本部長ともなればそういった軍事行政への配慮も心得ておかなければならなかった。そういった意味で軍人にも政治への知識や関心がなくてはならなかった。例えシビリアン=コントロール下にあってもである。
「左様ですか」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「これからはわかりませんが」
「わかりました」
 そしてそれを聞いて納得した。
「ではもう少し待ちましょう」
「はい」
「制服組からの話なら議会に話してもいいです」
 議会は制服組の意見を聞き政府の軍事行政をチェックする。その機能を使ってみてはどうかとアドバイスしているのである。
「幸い軍事に明るい議員も多いですしね」
「ですね」
「そこが羨ましい」
 八条は意外なところで苦笑いを浮かべた。
「日本ではあまり軍事に明るい議員はいなくて。どうもそうした柔軟性に欠けているところがあったのです」
「日本軍のことは聞いております」
 バールも述べた。
「時の政治家の考えで。結構振り回されてきたそうですね」
「予算はともかくその配分がね。かなり偏っていまして」
 苦笑したまま言う。
「それを兵器が高過ぎるのでは、と疑念を覚える議員が後を絶たなくて」
「結構なことではないですか?」
「その原因まで考えが及ばないのですよ。どうして兵器が高いのか、と」
「確か日本軍は全て国産で賄っていましたね」
「はい」
「そのせいではないでしょうか」
「しかも軍の規模が小さかったので」
 日本軍は少数精鋭を採っていた。志願制で採用した将兵を鍛え抜き真に精強な軍を築くという考えである。建前ではそうであったが実は軍人へのなりてがいなかったのである。これは今だに連合が抱える悩みの一つであるが日本においてはそれがとりわけ顕著だったのだ。従って軍の規模は人口や国力に比して極めて小さなものだったのである。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その四


「どうしても兵器の建造が少なくて。大量生産しないし」
「結果として兵器が高くなると」
「しかしここで問題があったのですよ」
 八条は言った。
「何年もかけて建造するのではなく短期間に一気に建造していれば。安価で済んだのです」
「今の連合軍のように」
「はい。軍事のそうしたことを知らないと。周りが困ります」
「そしてそれを今の連合軍に適用させたのですね」
「おわかりですか」
「わかりますよ。けれどそれで我が軍は軍備を急激に整えることができました」
「どうも」
 笑顔が明るいものに変わった。
「日本軍でのことが生きたということでしょうか」
「軍人としての経験はあまりなかったのですがね」
 少し謙遜した。
「けれど政治家になってみると。そうしたことも見えてきました」
「そうだったのですか」
「軍事行政も他の行政と同じですからね」
「はい」
「また予算も。集中的に使わないと効果はありません」
「そういうことですね」
「これもやはり日本が平和だったせいでしょうかね」
「それに関しては先程申し上げた通りです」
「はい」
「日本は。あまりにも恵まれた立場にある国ですよ」
 確かにその通りであった。中央政府の側に広大な領域を有しその所有する星系は豊かな土壌を持ち、資源も豊富である。そして人が住むのに最初から適している惑星も多い。これはこの時の中央政府の意向もあった。中央政府に忠実な日本に対して配慮したのである。なお中央政府に批判的であったり逆らう行動の多い米中露やASEAN諸国は豊かであっても中央政府からかなり離れた場所にそれぞれ置かれていた。
「我がモンゴルは中央政府から結構離れていますし」
「そういえばそうでしたね」
「まあ遊牧に適した惑星が多いのはいいですが。我々はやはり馬がないと」
「生きていけませんか」
「モンゴル人は二本足ではありません」 
 それに対するバールの返答である。
「四本足なのです。おわかりでしょうか」
「馬が足ということですか」
「ええ。まあ今は船にも乗っておりますが。それでも馬がないと落ち着きません」
「本部長もかってはパオで暮らしておられたのでしたね」
「はい」
 パオとはモンゴル古来のテント型の家である。彼等は草原にパオを設けそこで暮らす。羊が移動すればそれと共にパオをたたみ移動する。そして別の場所にパオを設ける。こうして生きているのだ。
「いいですよ、あの生活は」
 懐かしむ顔でこう語った。
「草原で羊達と共に暮らす。常に馬に乗り」
「昔ながらの遊牧民の生活ですか」
「私はあれこそが最高の生活だと思います」
 珍しくその声に熱みが入った。
「軍を退いた後はその生活に戻るつもりです」
「ほう」
「モンゴル人の生活にね」
「何か別世界の話のようですね」
 八条はそれを聞いてもどうもピンとこなかった。
「そうでしょうか」
「遊牧民の生活というのは。不思議な気がします」
「日本では昔からそうした生活はありませんでしたからね」
「ええ、まあ」
「仕方無いかと。けれど過ごしてみるといいものですよ」
「そうなのですか」
「長官もどうでしょうか」
「悪くはないですけれどね」
 だがここでまた言った。
「どうも私には。遠慮させてもらいます」
「そうですか」
「この生活が気に入っていますからね。仕事漬けなのがあれですが」
「ははは、確かに仕事ばかりですね」
「何はともあれその首都の防衛ですね」
「はい」
「大統領にもお話しておきましょう。それで宜しいですね」
「宜しくお願いします」
「しかしエウロパの要塞をですか」
「そうです」
「どういうふうになるのか。今の状態では何か想像がつきませんね」
「まあ今は仕方ないです」
 バールは長官である八条に対してこう述べた。
「実は私も今プランを考えておりまして。想像図をスタッフに作らせているところです」
「左様ですか」
「もう暫くしたらそちらも届く予定ですので。お待ち下さい」
「それでは」
「はい」
 軍は戦場以外でも動いていた。こうして彼等は次々と手を打っていたのである。
 そして同時に戦争は政治の一手段である。政治ならば政治家の仕事となる。国防省以外にも関わるものなのであった。八条の言葉通りに。
 今その仕事を担っている者達がいた。カバリエは自身の執務室でスタッフから話を聞いていた。

 

 

第十四部第五章 神々の激突その五


「マウリアからなのね」
「はい」
 数人のスタッフが彼女の机の前に立っていた。カバリエはペンを持ったまま彼等の話を聞いていた。
「既にマウリアの密使がエウロパに入っているそうです」
 スタッフの一人がこう述べた。
「そして今我々のところにも。講和の仲介を務めたいとのことです」
「誰かが動くとは思っていたけれど」
 カバリエはそれを聞いて言った。
「マウリアだったのね。まあ彼等しか動けないわね」
「ですね」
 スタッフ達はそれに頷いた。
「サハラ各国では。立場的に無理でしょう」
「国力でもね。そうなるとマウリアしかいない」
「はい」
「そして彼等は。何を考えて仲介役を買って出たのかしら」
「おそらくは自身の立場を強める為かと」
 スタッフの一人が言った。
「我々とエウロパの戦争を終結させてその国際的な評価を高める」
「そしてその見返りを我等に言外で要求する。そんなところではないでしょうか」
「見返りね」
 それを聞いたカバリエの目が光った。
「かなり高いものを要求されそうね」
「マウリアですから。最初はとんでもない位のものを要求するでしょう」
「そして徐々にそれを減らしていく。交渉上手と言うべきかしら」
「交渉というよりはハッタリですね」
 別のスタッフがそれに答えた。
「彼等の中に染み付いたものです。ごく自然に出るものでしょう」
「それもかえって凄いわね」
 カバリエはその言葉を聞いて苦笑した。
「一番凄いのはそれが本当のことだということかしら」
「はい」
「政治家になるまでは信じていなかったけれど。実際にそれに遭ってみると」
「驚きでしたか」
「そうね。これがマウリア人なのかと思ったわ」
「私も最初はそうでした」
 長い間マウリアを担当してきたスタッフが言った。
「しかし慣れると。中々面白いものです」
「面白い」
「はい。あれだけ個性の強い国は連合にもそうはありませんし。知れば知る程興味を持つ国です」
「政治や外交においても」
「そうですね。彼等は我々と同じ共和制の議会制民主主義ですが。細部が全く違いまして」
「マハラジャや部族の長が普通にいて。そしてカースト制も残っているわよね」
「他にも。宗教的色彩も我々より強くて」
「ヒンズーね」
「それだけではありませんから。本当に多くの宗教が存在しておりまして」
「つまり様々なものがモザイクに入り組んでいるのね」
「ええ。一言で言いますと」
「もっとわかり易く言えばいいわね」
「どういったふうに」
「カレーみたいにって」
 カバリエはここでマウリアをカレーに例えてきた。
「カレーですか」
「そうよ。丁度マウリアにルーツがある料理だし。どうかしら」
「言われてみれば」
 スタッフ達はその言葉に頷いた。
「似ていますね」
「というかそのものかと」
「そう思うわよね」
 確かに似ていた。カレーは様々なスパイスを入れ様々な野菜や肉を入れてじっくりと煮込む。そして作るものなのである。
 確かにマウリアはカレーであった。だが唯のカレーではない。何千年もかけて作られた特別なカレーなのであった。
「癖はかなり強いけれどね」
「ですね」
「あの癖の強さで。結局連合にも参加しませんでしたし」
「けれどそれは連合にとっても彼等にとってもよかったのじゃないかしら」
「といいますと」
「カレーは癖が強いから。どうしても他の料理の味を消してしまうわ」
 彼女はまたカレーに例えてきた。
「お味噌汁の後スープやシチューは飲めてもカレーの後ではどれも飲みづらいわね」
「そう言われると」
「カレーはもうそれだけで」
「そういうことよ。カレーはそのままで一つの世界になるわ」
 そしてこう言った。
「だから我々の中には入らなかったのよ。マウリアはマウリアで。一つの世界になったのよ」
「一つの世界に」
「私達やエウロパが一つの世界であるようにね。そういうことなのよ」
「そうだったのですか」
「ううむ」
「だから私達には入らなかったけれど。充分やっていけている」
「マウリアはマウリアで」
「我々と全く同じ一つの世界だと」
「そういうことよ」
 カバリエは頷いた。そして話を政治の世界に戻してきた。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その六


「それで講和のことだけれど」
「はい」
「マウリア側からの使者はもう地球に来ているのかしら」
「ええ、もう」
「既に外務省にまで来られています」
 彼等はそう報告した。
「それも次官クラスが」
「大物を送り込んで来たわね」
 それを聞いたカバリエの目が光った。温厚な彼女だがそういった目もできるようであった。
「本気と見ていいわね」
「ですね」
「マウリア外相であるエルール女史は本国に留まっていますので。どうやらかなり隠密的なもののようです」
「あちらも考えているわね」
 目の光をそのままにしたまま不敵に笑った。
「周囲に悟られないように動くなんて」
「そして同時にエウロパにも動いております」
「双方に働きかけて」
「はい。とりあえず建前としては戦争が早く終わり無益な血が流れるのを止めたいということでしょう」
「大義名分としてはいいわね」
「ですね」
「それに対する私の考えだけれど」
「どういったものでしょうか」
 カバリエは持論を述べてきた。
「もう戦争は終わりにするべきだと思うわ。潮時ね」
「やはり」
 これは殆どの者が思っていた。今連合軍とエウロパ軍はオリンポスの前で戦っている。最後の戦いであるのは誰の目にも明らかであった。
「だから。講和には丁度いい時だわ」
「はい」
「そういった意味でマウリアの今回の密使は非常にタイミングがいいわね」
「乗りますか」
「基本的にはね」
 彼女は頷いた。
「けれど。ただ乗るだけじゃ駄目ね」
「といいますと」
「彼等が利益を要求しているのなら。我々も利益を要求してもいいと思うの」
 不敵な笑みをたたえたまま言う。
「それはどうかしら」
「利益をですか」
「ギブアンドテイク。古い言葉ね」
 英語である。だがこの言葉は銀河語でも残っていたのである。
「外交では基本ね」
「確かにそうですが」
「まあそれはおいおいあちらと話をして調整していきましょう」
 彼女は言った。
「とりあえずは彼等と会いたいですね」
「わかりました」
「もう戦争を終わらせなければならない時期にきていますから」
「はい」 
 これは外務省としてもよくわかっていることであった。何時戦争を終わらせるべきか、彼等も考えていたのである。とりわけカバリエは。
「今日の夕食の時に御会いできればいいのですが」
「場所は」
「レストラン『ダージリン』でどうでしょうか」
 彼女は言った。ここはインドネシア料理のレストランである。あえてインド料理の影響を受けているレストランを選んだので
ある。東南アジアの料理は今でもインド文化圏の影響が残っているのだ。
「ではそのように手配します」
「お願いね」
「はい」
 スタッフ達は頷いた。そして彼等も動きはじめた。もう一つの戦いがここでひっそりとはじまったのであった。

 

 

第十四部第五章 神々の激突その七


 こうして連合の中でも戦争の終結に向けて動きがある中クロノスでは第三防衛ラインへの攻撃がいよいよはじまろうとしていた。
 連合軍はゆっくりと前進していた。そして前方に布陣するエウロパ軍を見据えていた。
「あれか」
 連合軍の提督達はその第三ラインにある巨大な球体を見ていた。
「あれがテューポーン」
「はい」
 それぞれの幕僚達が頷く。そこには黒い巨大な球体が浮かんでいた。
「外見は他の要塞とは変わらないな」
「ですね」
 ゴルチャコワの言葉に彼の幕僚達が応えた。
「だがその力はかなりのものだというが」
「あれ一個でニーベルング要塞群に匹敵する力があるとのことです」
「ニーベルングのか」
 それを聞いたゴルチャコワの顔が強張った。
「あの時は義勇軍とダミーの無人艦隊の力で攻略できたが」
「はい」
「今回はそうはいかないだろうな。おそらくかなりの出血を強いられる」
「覚悟しておかなければなりませんね」
「ああ」
 テューポーンはその連合軍の将兵達と対峙するかのようにエウロパ軍の丁度中央に展開していた。そしてその禍々しい姿を彼等に誇示していた。エウロパ軍はそんなテューポーンを見て戦意を沸き上がらせていた。
「今度は陥落させぬ」
 この要塞の防衛司令官となっていたファブリチーニは作戦指揮所から連合軍を見据えていた。そして強い声でこう言った。
「例え何があろうともな」
「このテューポーンは流石に無理でしょう」
「うむ」
 彼は幕僚達の言葉に応えた。
「無数の光の蛇を浴びて銀河の藻屑となるだけです」
「攻撃準備はできているな」
「ハッ」
 射撃を担当する幕僚の一人がそれに応えた。
「何時でも可能です」
「ならばよい」
 彼はそれを聞いて満足そうに頷いた。だが表情は変わらない。
「戦いはまだ決まったわけではない」
 また呟いた。
「ここで勝つ。そしてエウロパを守るのだ」
「はい」
 幕僚達がまた頷いた。
「そしてニーベルングの雪辱を晴らしましょう」
「・・・・・・・・・」
 しかしファブリチーニはそれには応えなかった。沈黙してしまった。
「失礼」
 それに気付いた言葉を発した幕僚が謝罪した。
「失言でありました」
「いや、いい」
 だが意外なことにファブリチーニはそれを不問とした。
「事実であるからな。事実を言って悪いということはない」
「申し訳ありません」
「あの時は彼等の奇略に敗れた。そして難攻不落の筈のニーベルングは陥落した」
「はい」
「だが今度はそうはいかぬ。このテューポーンがある限りエウロパに敗北はない」
 彼はこう言い切った。そして前を見据え続けていた。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その八


 敵は今にも向かって来ようとしている。しかし彼は怖れてはいなかった。それどころか復讐への青い炎を燃やしていたのであった。
 エウロパ軍の戦力は当然ながらこのテューポーンだけではなかった。艦隊も健在であった。彼等は整った方陣をそれぞれ組み守りを固めていた。
 その中には竜騎士団もいた。彼等は軍の先頭に立っていた。そして連合軍と対峙していた。
 彼等は内心焦りを感じていた。今までの戦いでは碌に役に立っていないと感じていたからだ。それは団長達が最もよくわかっていた。彼等は今白金騎士団団長であり一同のまとめ役でもある戦艦オーステンデに集結していた。
 見ればそれぞれの色の戦艦がオーステンデの周りに集結していた。これがそれぞれの団長達の乗艦であることは言うまでもない。彼等がそこにいる証でもあった。
 そしてオーステンデの会議室に団長達がいた。彼等は皆気難しい顔をして円卓に座っていた。
「円卓か」
 それを見たシュヴァイクがまず口を開いた。
「我等が座るのに相応しいと言えるな」
「うむ」
 それにタファリアが頷いた。
「かって円卓にはアーサー王と円卓の騎士達が座っていた」
「ああ」
「その時からだ。円卓が騎士のテーブルとなったのは」
「今では連合の者達も使っているがな」
 モンフェラートがふとこう言った。
「だが彼等の円卓は円卓であって円卓ではない」
 それに対してアビラがこう述べた。
「円卓には心が宿っている」
 彼は続けた。
「連合の円卓は形だけだろう」
「そうだな」
「そんなものは。何でもない」
「円卓は騎士が座ってこそはじめて円卓となる」
 シュトレームが言った。
「今我等が座ったことでこの円卓は本当の円卓になったのだ」
「では我等がすべきことはわかっているな」
 ダムは今まで黙って話を聞いていたがここでようやく口を開いた。
「卿等が騎士であるならば。我等が為すべきことは一つ」
「勝利をもたらすことだ」
 プールがまず口を開いた。
「エウロパに勝利をな」
「できるか」
「騎士に不可能なことはない」
 プールはまた言った。
「特に戦場においては。そうではないのか」
「他の同志達はどう思うか」
 ダムはそれを受けて他の者達に問うてきた。皆プールと同じ顔をしていた。
「逆に我等が聞きたい」
 コレッリが言った。
「卿もまた我等と同じなのであろうな」
「無論」
 ダムは頷いた。
「そうでなくてどうしてここにいようか」
「それを聞いて安心した」
 コレッリもまた頷いた。
「では勝利の為に命なぞいらぬな」
「うむ」
 ダムだけではなかった。皆それに頷いた。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その九


「ではこれが我等の今生の別れとなるやも知れぬ。だが我等は死してもヴァルハラで会う宿命」
 アビラが言った。彼の神はオーディンであったのだ。
「惜しむことはないな」
「うむ」
「では戦いの前に飲むとしよう」
「既に呼んである」
 ダムが言うと近侍の若い兵士達が会議室に入って来た。その手にはそれぞれワインとグラスが持たれている。
 そのグラス達がそれぞれの前に置かれワインが注がれる。それが終わると一同はグラスを手にした。会議室の光をグラスが反射していた。そしてワインの赤い光を放っていた。
「では」
「ヴァルハラで会おうぞ」
「パラス=アテネの御前で」
 アテナを信じる者達はこう言った。信じる神は違ってはいても心は一つであった。
 エウロパの勝利の為、その為に心は一つとなっていた。そうしてそれぞれ戦いに思いを馳せるのであった。
 双方既に戦いへ向けて気構えはできていた。マクレーンもまたそれは同じであった。彼はブレスの艦橋においてその黒い巨体を誇示するテューポーンを見ていた。
「さて、どうするか」
 彼はその要塞をどのようにして攻略するべきか考えていた。
「正攻法では効果がないか」
「陥落させることはできても我等の損害は甚大なものとなりましょう」
 それに応えて劉が述べた。
「それは我が軍にとっては思わしいことではありません」
「ですな」
「しかし陥落させなくてはならないのも事実」
「それをどうするかですが」
「まずはあれの力を見てみましょう」 
 劉は落ち着いた声でこう述べた。
「既に駒は用意しております」
「駒」
「はい。これです」
 そう言うと自分の手でモニターのスイッチを動かした。そこにエウロパ軍の艦艇が映し出された。
「今までの戦いで捕獲したエウロパ軍の艦艇です」
「それを使うのですか」
「無人で。既に自動操縦の用意はしております」
 彼は静かに言った。
「これをテューポーンに向けましょう。それで様子を見ます」
「様子を」
「そうです。それで如何でしょうか」
「いいですな」
 マクレーンはそれに異論を述べるでもなくこう言った。
「ではそれでいきましょう。問題は彼らに勘付かれるかどうかですか」
「勘付かれなければそれはそれでいいのです」
 それでも劉は冷静なままであった。
「中には爆薬を多量に入れております。そのまま爆弾として使えます」
「その際はテューポーンへの直接攻撃になると」
「そういうことです。まあ艦隊を出して来るかも知れませんが」
「はい」
「それはこちらの艦隊で牽制しましょう。それでいい筈です」
「わかりました。それでは」
「はい」
 こうして連合軍の戦術は決定した。まずは二千にも及ぶ艦隊が動きはじめた。いよいよエウロパ軍に向かおうとしてきた。
「遂に動いたか」
 シュヴァルツブルグもローズも既にそれは読んでいた。すぐに防衛の指示を下す。


 

 

第十四部第五章 神々の激突その十


 それに従いエウロパ軍は守りを固める。だが連合軍の動きは思ったよりも遅く、しかもテューポーンには攻撃を差し向けては来なかった。
「どういうことだ」
 エウロパ軍の将兵はそれを見て妙に感じた。そのうえで次にはこう思った。
「また何か仕掛けてくるのか」
 連合軍の今までの行動でこう考えたのである。それで何度も苦渋を舐めてきた経験からだ。彼等も経験から学んできているのであった。 
「何をするつもりだ」
 彼等は連合軍の動きを見据えた。そして彼等は動いてきた。連合軍から艦艇が出て来たのだ。
 それはエウロパの艦艇であった。彼等はゆっくりとテューポーンに向かって来た。シュヴァルツブルグはそれを見てその太い眉を顰めさせた。
「まさかまた」
「可能性は高いと思われます」
 エヴァは彼が考えていることを察してこう述べた。
「また無人の艦隊か」
「姑息な手を」 
 幕僚達は口々にこう言う。だがその艦隊はそれを嘲笑うかのように前に進んできた。それはテューポーンからも確認された。
「司令」
 要塞にいる将官達がファブリチーニに顔を向けた。
「どうされますか」
「このまま放っておいたらどうなると思う」
 ファブリチーニは彼等に答えなかった。それどころか逆にこう問うてきた。
「それは」
「あの艦隊に人が乗っていれば必ず攻撃を仕掛けてくる」
「はい」
「乗っていなければ何かしらの細工が施されている。ニーベルングの時のようにな」
「それでは」
「今は攻撃するしかない」
 彼は言い切った。
「蛇を使うぞ」
「蛇をですか」
「そうだ。それであの艦隊を一掃する」
 彼はこう指示を下した。
「すぐに攻撃準備に掛かれ」
「ハッ」
 幕僚達がそれに頷く。その後で司令室は動きはじめた。
「エネルギー充填完了」
「各砲のチェックよし」
 次々に報告が入る。ファブリチーニはそれを黙って聞いていた。
「一番から二十七番まで照準よし」
「五十一番から七十番までもよし」
「全ての砲の照準がセットされました」
「よし」
 それを聞いてあらためて頷いた。それからその手をゆっくりと挙げる。それから叫んだ。
「撃て!」
「撃て!」
 指示が復唱される。その次の瞬間に攻撃が放たれた。それと共に無数の光がテューポーンから放たれた。
 それは光の速さで連合軍の艦隊に襲い掛かった。そしてそれを光の中に消し去っていく。そして一回の攻撃で連合軍が繰り出してきた無人艦隊をほぼ一掃してしまったのであった。
「あれがテューポーンの蛇か」
 エウロパ軍の将兵達はその攻撃を見て唖然としていた。それをはじめて見た者が殆どである。無理もないことであった。
「凄いな」
「ああ」
 次にはこう言い合った。それを見て元気付けられたのであった。
「勝てる」
 こう思った。
「この戦い、勝てるぞ」
「最後に勝つのは俺達だ」
 それによりエウロパ軍の士気はさらに高まった。今まで敗戦と連合軍の圧倒的な物量の前に萎縮しているところがあったがそれがなくなったのだ。そして敵に対して睨みを向けてきた。
「やってやる!」
「エウロパから追い出してやるぞ!」
「攻撃は成功だったようだな」
 ファブリチーニはそんな将兵達を見てこう言った。要塞内でも士気が異様に高まっていたのだ。
「これでいい。すぐにまた蛇を使えるようにしておけ」
「はい」
 司令部にいる将校の一人がそれに頷いた。それに従いエネルギーがまた充填されていた。ファブリチーニはそれを見ながら別の指示を下していた。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その十一


「残存艦隊は要塞のミサイルや砲座で掃討しておけ」
「わかりました」
 見れば僅かに残った艦隊がこちらに向かって来ていた。ファブリチーニはそれへの対処を命じたのである。
 こうして残った僅かな無人艦隊も掃討された。だが連合軍の首脳部はそれを見ても全く取り乱してはいなかった。
「成程」
 マクレーンはテューポーンの攻撃を見終わりまず頷いた。
「あれがテューポーンの攻撃ですか」
「神話ではテューポーンは肩から百匹の蛇を生やしております。そしてそれが頭となっております」
 参謀の一人がそれに応えた。まさに異形の神である。
「あの光がまさにそれでしょう。だからこそその名が冠されたのです」
「台風の化身」
「そう、まさに銀河に吹き荒れる台風です」
 ポンスも言った。
「中に入るのは。困難でしょうな」
「何、中から攻めることもありません」
 だが劉がここでこう言った。
「参謀総長」
「敵の切り札はこれでわかりました。どうやらあの蛇はエウロパ軍のコロニーレーザーと同じものです」
「コロニーレーザーと」
「ええ。先程の攻撃の威力と射程を計算させていたのですが」
「はい」
 見れば彼の側に一人の将校がいた。
「貴官は」
 それはマクレーンも知っている者であった。自身の幕僚の一人である。
「パレオ=ビスマーク少将」
「はい」
 ビスマークはそれに応えて敬礼した。赤い肌に赤い髪を持っている。赤といっても肌と髪でその色が違っていた。肌は赤銅色であったが髪は人参の色に近かった。ナウル出身の将官である。
「貴官が計算していたのか」
「はい。その結果あの蛇の正体がわかりました」
「そうか」
「参謀総長も述べられましたがあれはエウロパ軍のコロニーレーザーと同じものです」
「そうか」
「それを集中的に配備させております。それであの威力を出しているのです」
「それが蛇の正体か」
「はい。それはおそらく百門では足りないでしょう」
「伝説より頭が多くなっているか」
「全ての方角に同時攻撃が可能でしょう。見れば砲門が全ての方角にあります」
「ハリネズミみたいだな」
 マクレーンはそれを聞いて呟いた。
「そう、まさにハリネズミです」
 ビスマークはそれに答えた。
「ですが普通のハリネズミとはまた違います」
「それは何かね」
「ハリネズミの腹には針はありませんがあれには何処にも針があります」
「そして目もか」
「そうです。つまりハリネズミを捕まえるようにはいきません」
「ではどうするか」
 マクレーンはそこまで聞いてあらためて彼に問うてきた。
「針も目も何処にでも利かせているとなると。方法がないのではないか」
「ないと言えばここにいる資格はありませんね」
 ビスマークはこう言って笑った。
「少なくとも幕僚としては終わりでしょう」
「では何か考えがあるのかね」
「先程も申し上げましたが」
 彼はここで言った。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その十二


「テューポーンに装備されている砲はエウロパ軍のコロニーレーザーと全く同じものです」
「うむ」
「そこに答えがあります。我が軍のティアマト級巨大戦艦の巨砲は彼等のレーザーよりも射程は長いです」
「アウトレンジ攻撃か」
「はい。それで攻略が可能だと思いますが。如何でしょうか」
「だがあれだけの巨大さだ」
 マクレーンはここでテューポーンの巨大さも指摘してきた。
「例えティアマト級でも十隻や二十隻では何の効果もないと思うが」
「では千隻ではどうでしょうか」
「千隻」
「何と」
 それを聞いた他の幕僚達がざわめいた。
「千隻のティアマト級巨大戦艦による巨砲の射撃ならば。効果があると思われますが」
「千隻でか」
「はい。確かに距離の関係で威力は落ちると思いますが。それでもダメージを与えていくことはできます」
「ふむ」
「そして別の千隻で敵艦隊に睨みをきかす。私はそれでいいと思うのですが」
「そうだな」
 マクレーンの口が開かれた。
「確かにそれは効果が期待できる」
「はい」
「そして損害も出さずに済むだろう。損害もな」
「それが最も重要だと思われますが」
 劉もここで口を開いた。ビスマークを援護する形になった。
「どう思われるでしょうか」
「そうですな」
 実はマクレーンの考えはおおよそ固まっている。だがそれでもあえて彼はここで間を置いてきた。
「問題は巨砲でテューポーンの装甲を破れるかどうかですが」
「それは御心配なく」
 ビスマークはそれについても述べた。
「ティアマト級の巨砲を斉射していけば。それが次第にボディブローとなってきます」
「ふむ」
「何度も攻撃を加えていくべきです。そしてダメージを蓄積していきましょう」
「そうして攻略するのか」
「はい、どうでしょうか」
「よし」
 そこまで聞いて今まで保留していた結論を出すことにした。
「ビスマーク少将」
「はい」
 マクレーンは彼に顔を向けてきた。ビスマークの方もそれに応える。
「貴官の案でいこう。すぐにティアマト級巨大戦艦を集めよ」
「ハッ」
 他の幕僚達がそれに返礼する。
「そしてすぐに攻撃に移る。よいな」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 こうして連合軍は巨大戦艦による一斉攻撃を仕掛けることになった。彼等はすぐに行動に移った。巨大戦艦達がその巨体を銀河に誇示しつつ動く。
「奴等、動いたか」
 それはエウロパ軍からも確認された。彼等は巨艦が一箇所に集まっていくのを見ていた。
「何をするつもりだ」
「テューポーンの方に集まっているな」
 彼等はそれを見て話していた。
「あれで攻撃をするつもりか」
「どうやってだ」
「そこまではわからないが」
 この時点では彼等はまだ連合軍の考えを掴めないでいた。
「だが。何かをしてくるのは事実だ」
「だな」
「だがテューポーンは陥ちはせんさ」
 しかし彼等はテューポーンに万全の信頼を置いていた。こう言って不安を掻き消した。
「来るなら来るがいいさ。どうせ無駄な努力だ」
「そうだな」
 それは会話にもよく現われていた。今度こそは大丈夫だと思っていた。それだけテューポーンの攻撃が頼もしかったのもあった。

 

 

第十四部第五章 神々の激突その十三


 彼等はティアマト級巨大戦艦が集結してもまだ自信に満ちていた。だが要塞の指揮を執るファブリチーニはそうではなかった。彼は集結する巨艦を見て一抹の不安を感じていた。
「奴等、何をする気だ」
 彼はモニターに映る巨艦達を見て呟いた。
「どうやら攻撃を仕掛けてくるものと思われますが」
 幕僚の一人がそれに応えた。
「ですが大丈夫です。このテューポーンは陥落しません」
「あの無人艦隊も通じませんでしたからね」
「無人艦隊か」
 先程蛇で一掃したあの艦隊のことを言っているのである。一掃した後で残骸を調べると今回も無人艦隊であったことがわかったのである。
「彼等も遂に策が尽きたようで」
「もう心配は要らないかと思います」
「本当にそう思うか」
 だがファブリチーニはそんな部下達に対して懐疑的な言葉を述べた。
「といいますと」
「無人艦隊は確かに奇略だ。だが連合軍は基本的に正攻法を執っている」
「はい」
「それが彼等にとって最も効果的な戦い方だと知っているからだ。そして今回もおそらくそうだ」
「ではあの巨大戦艦の集結も」
「その正攻法で来るつもりだ。何をしてくるか」
「そこまでは」
「まずは攻撃を控えよ」
 ファブリチーニはここで指示を下した。
「攻撃の分のエネルギーを防衛に回せ。バリアーを強化せよ」
「バリアーを」
「そうだ。まずは守りを固める」
 彼は言った。
「いいな。とりあえずは様子を見るぞ」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 こうしてテューポーンはバリアーを強化して様子を見ることにした。連合軍はそれに構うことなく攻撃準備に取り掛かっていた。
「どうやら守りを固めてきているようですが」
「それはそれで結構です」
 マクレーンは低い声で劉にこう述べた。
「こちらも攻撃に専念できますから」
「では」
「はい」
 マクレーンは頷いた。
「ティアマト級全艦攻撃用意」
 彼は指示を下した。
「巨砲で一箇所を集中攻撃する。いいな」
「了解」
「わかりました」
 各艦の艦長達がそれに頷く。艦の指揮は彼等が執っていた。
「では攻撃に移る」
 マクレーンの指示は続いた。彼等はそれに従いティアマト級の三門の巨砲にエネルギーを充填している。同時に照準も合わせる。マクレーンの指示通り一箇所にだ。
「全艦エネルギー充填完了」
「照準セット完了」
「よし」
 それを聞いて頷いた。そしてその右手をゆっくりと挙げていく。次にそれが頂点に達すると言った。
「撃て!」
「撃て!」
 指示が復唱される。同時に右手が振り下ろされた。
 光の帯が一斉に放たれた。そしてそれがテューポーンを直撃する。だがバリアーがそれを何とか防いだ。
 それでも衝撃は凄まじかった。要塞全体が揺れた。
「グッ」
 司令室に立つファブリチーニも揺れた。だが彼は何とか立っていた。
「巨大戦艦での一斉射撃か」
「これで来るとは」
「どうやら彼等はこの要塞を本気で攻略するつもりのようだな」
 衝撃が収まった後で言った。
「バリアーへエネルギーをさらに向けろ」
「はい」
「そうでないと。防げはしない」
「蛇の方はどうしますか」
「今はいい」
 彼はそれに対してはこう言った。
「それよりも守りだ、いいな」
「ハッ」
 彼等は敬礼してそれに頷いた。彼等もまた攻撃に備えた。
 一斉射撃を終えた連合軍はさらなる攻撃に移ろうとしていた。マクレーンは各艦にさらなる巨砲の一斉射撃を命じていたのであった。
「狙いはいいな」
「ハッ」
 各艦の艦長達がそれに頷く。
「既に。準備は整っています」
「よし」
 彼はそれに頷いた。そしてまた腕を掲げる。
「撃て!」
 また攻撃が放たれる。そして要塞を再び激しく撃ち据えたのであった。
「グワッ!」
 テューポーンはまたもや大きく揺れた。だがそれでも何とかバリアーは撃ち破られずにもっていた。ファブリチーニも立っていた。彼も倒れるわけにはいかなかったのだ。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その十四


「まだだ」
 彼は言った。
「まだ倒れるわけにはいかん」
 要塞にも、そして司令官としても意地があったのだ。
「今は耐えよ。何として」
 まずは精神論を口にした。しかし彼は精神論だけの男ではなかった。
「必要なもの以外の全てのエネルギーをバリアーに向けよ」
 さらなる防御を命じた。
「敵の攻撃は熾烈だ。何としても防がなければならん」
「しかしバリアーにばかりエネルギーを向けても」
「攻撃に向ける力はあるか」
 彼は問うてきた幕僚の一人に逆に問いなおした。
「それは」
「ないな。それはわかるだろう」
「はい」
 幕僚もそれに頷くしかなかった。確かにこれだけの攻撃を受けては攻撃を仕掛ける余裕はとてもなかった。
「敵の攻撃にも限度がある。それまで待て」
「はい」
 幕僚達はそれに頷くしかなかった。
「よいな。耐えよ」
「わかりました」
 辛いがここはこうするしかなかった。今は耐え忍んだ。だが連合軍の攻撃はさらに続いた。
 この事態を打開すべくエウロパ軍の艦艇はテューポーンに向かおうとした。しかしそれは連合軍の圧倒的な数の艦艇に牽制され思うようにはいかなかった。
「千隻の巨大戦艦を向けてもまだあれだけの戦力があるか」
「彼等は二千隻の巨大戦艦を持っている」
 歯噛みするエルハルトに対してラールベルクが言った。
「千隻向けてもまだ千隻残っている」
「クッ」
「そして他の艦艇も。だからこそ我が軍を牽制できるのだ」
「あのような巨大戦艦なぞ」
 オーティスが激昂してきた。
「ものの数ではない。突撃しまとめて撃破してくれるわ」
「そう思っているのならやればいい」
 モンフェラートは同僚のその言葉を突き放した。
「一隻で一個艦隊に匹敵する戦力を持っている巨艦をな。一度に撃破できるのならばな」
「ならばわしの艦隊だけでも」
「よさぬか」
 そんな彼等をダムが叱責した。
「今は喧嘩している場合ではない。仲間内で見苦しい」
「グッ」
「済まぬ」
 オーティスとモンフェラートは彼にそう言われて大人しくなった。
「だがこのままではテューポーンが危ないのは事実だ」
「では動くか」
「そうしたいのはやまやまだが」
 それでも動けなかった。だからこそ辛かったのだ。
「今は無理だ」
「いや、そうともばかりは言えない」
 しかしここでタファリアが出て来た。
「何か策があるのか」
「側面だ」
 彼は言った。
「敵の側面に回り込んでこちらが逆に牽制を仕掛ける。それでどうだ」
「側面攻撃か」
「それでいこうと思う。これならば敵もこちらに戦力を向ける。そしてテューポーンの攻撃も鈍るだろう」
「その間に全軍で態勢を整える」
「そうだ。これでどうだ」
「よし」
 ダムは頷いた。
「それでいくか。全騎士団に告ぐ」
 彼は言った。
「これより敵の側面に向かう。後はそれぞれの武勲をあげよ」
「うむ」
 各団長達はそれを聞いて頷いた。
「我等の動きがテューポーン、ひいては軍全体を救うことになる。卿等の奮闘を期待する」
 こうして騎士団は動いた。彼等は軍の左方に布陣しており連合軍の右に向かうことになった。連合軍の右方はコレッリがいた。
「エウロパ軍が動きました」
 すぐに彼のもとに報告が入った。
「こちらに来ます。どうやら側面から攻撃を仕掛けるつもりのようです」
「甘いな」
 彼はそれを聞いて一言こう呟いた。
「今動いたところで。どうにもなるものではない」
「ですが敵はあの竜騎士団ですが」
「例え竜騎士団であってもだ」
 それでも彼は臆するところはなかった。
「心配はない。そのそも敵の数は」
「七十個艦隊程です」
「その程度だ。では守りを固めよ」
「攻められないのですか」
 コレッリは攻撃的な戦法を好むことで知られている。だが今回の彼はそれを採ろうとはしなかった。部下達にはそれが不自然に思えたのだ。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その十五


 これがポートならば当然だと思えただろう。しかし今の彼の指示は連合軍きっての猛将のそれとは思えないものであったのだ。
「今はそれでいい」
 彼は言った。そして布陣を命じた。
「方陣を敷け」
「はい」
 やはり防衛用の陣であった。連合軍の右翼はすぐに陣を整えた。
「数では我が軍が圧倒的に上だ。それに今は攻撃に出る時ではない」
「だから動かれないのですか」
「その通りだ」
 彼は答えた。
「攻撃に出るには条件が必要だ」
「条件」
「下手に攻めると損害が出る。そして失敗してしまう」
「はあ」
「それを見極めることが大事だ。ましてや今彼等は全軍死兵となっている」
「はい」
「その様な者達に攻撃を仕掛けるのはよくない。今は守りを固めなければならない」
「そうなのですか」
「私のやり方を見ておけ」
 そして自信に満ちた声で言った。
「徐々にわかっていく。何時攻めるべきか守るべきかな」
「ではそれを」
「よく見ておくことだな」
 連合軍は守りを固めていた。その数だけでも騎士団を圧倒していた。それにより守りを固めたのだ。急襲して一気に突き崩そうとしたがそれがかなわぬことだと認識しざるを得なかった。
「クッ、もう整えているか」
 ダムはそれを見て歯噛みした。
「早い。これも電子能力の差か」
「既に我等の動きは察知しているというわけだな」
 プロエシュチが言った。
「おそらくな」
「で、どうする」
 それでもプロエシュチはダムに問うた。
「このまま引き下がるのか。それとも」
「テューポーンが危機に陥っているのは事実だ」
 ダムの言葉は何故かテューポーンに向けられていた。
「しかし」
「しかし。どうした」
「今あの敵陣に突撃を敢行したならば。我等に待っているのは全滅だけだ」
「戦場で死ぬのは名誉ではないのか」
「実りある死ならばな」
 ダムは昂然とした様子で言った。
「だが今突撃したならば。無駄死にだ」
「無駄死にか」
「そうだ。無駄に死ぬことはない。今は退くぞ」
「わかった。それでは退こう」
「うむ」
 他の同志達もそれに納得した。そして彼等は撤退したのであった。
 騎士団はエウロパ軍の左翼に戻った。それを見て連合軍のコレッリが言った。
「どうやら騎士といっても無駄に命を粗末にするものではないようだな」
「どうやらそのようで」
 それに幕僚の一人が応えた。
「あながち彼等も無分別というわけではないようですな」
「うむ」
 彼はそれに頷いた。
「騎士といえば。プライドばかり高くて無謀なイメージがあったのですが」
「それも我等の偏見であったようだ」
「はい。それはあくまで我等の偏見であったようです」
「命をかける時を心得ている、か。面白い」
 そう述べてその端整な顔に笑みを浮かべた。
「では我等は陣を元に戻そう」
「はい」
 部下はそれに頷いた。
「そして中央の攻撃のフォローに回る。よいな」
「ハッ」
「あの要塞を陥落できるかどうかにこの戦いがかかっている」
 そしてモニターに映る巨大な黒い球体を見据えた。
「彼等の居神が勝つか、我等の神々が勝つか」
「それがこの戦いの最後も決定しますな」
 その通りであった。だからこそ連合軍も攻撃を止めなかった。
 巨砲による攻撃はさらに続いていた。それは絶え間なくテューポーンを撃ち据えていたのであった。
 攻撃を受ける度にテューポーンは揺れる。だがその守りは堅くバリアーはまだ巨砲の光の帯を跳ね返し続けていた。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その十六


 その中にはファブリチーニもいた。彼は揺れる要塞の司令室の中で傲然と腕を組んだまま立っていた。
「この程度の攻撃でテューポーンは陥ちん」
 彼には自信があった。
「幾ら攻撃を続けようとも無駄なことだ。それを彼等に教えてやれ」
「ですね」
 それに部下達も頷く。彼等は連合軍の攻撃に耐え続けていた。
「所詮無駄だ。そしてここで耐えれば」
「我等に勝利が」
「そうだ」
 彼は言った。
「諦めたその時だ。一気に攻撃に転じればよい」
「はい」
「待つのだ、今は」
 彼等はモニターに映る巨艦達を見ていた。
「そしてシュヴァルツブルグ閣下にお伝えしてくれ」
「何と」
「今の言葉をだ」
 彼は伝令将校に顔を向けていた。
「彼等が退いたその時こそ。反撃の好機だと」
「反撃の好機」
「そうだ、覚えたな。ではすぐにこの言葉を伝えるがいい」
「ハッ」
 伝令将校はそれを聞いた後敬礼した。
「それではすぐに」
「うむ。時が来ようとしている」
 彼はその時を待っていた。
「ニーベルングからの屈辱を晴らす時が。今から我等の勝利がはじまる」
「そして連合の敗北が」
「戦いはここで大きく変わるのだ」
 彼は言葉を続けた。
「我等が耐えることにより。さあ来い」
 そしてまた言う。
「勝利の女神ニケよ。今こそ貴女が我々の前に姿を現わす時だ」
 彼は勝利を確信していた。待っていたのだ。だが連合軍はそんな彼の言葉を全否定するかのように熾烈な攻撃を加え続けていた。
「流石にしぶといな」
「はい」
 劉はマクレーンの言葉に頷いた。
「これだけの巨砲の攻撃を受けてまだ健在だとは」
「何、これも想定の範囲内です」
 それにビスマークが応えた。
「やはり距離が大きく開いていますから。威力が弱まっていることもありますし」
「それも計算していたのか」
「ええ。ですが要塞内の振動はかなりのものでしょう」
「だがそれで要塞は陥落しないぞ」
「それはわかっています」
 これは彼もわかっていた。
「ですが。内部はどうでしょうか」
「内部が」
「はい。振動を与え続けると。ダメージが蓄積されますね」
「うむ」
「それが頂点に達した時。カタストロフィが起こります」
「カタストロフィか」
「ええ。機器も人も」
 こう言ってその赤い顔に屈託のない笑みを浮かべさせた。それは軍人の笑みとは思われぬ程のものであった。
「耐えられなくなっていくでしょう。例えば脳ですが」
「脳」
「ボクシング等で振動を受け続けるとパンチドランカーになります。骨法でも掌底で攻撃を与えるのは脳等内蔵にダメージを浸透させる為です」
「それは聞いたことがあるが」
「それの応用です。テューポーンを外から壊すことはありません」
 そして言った。
「内部にダメージを浸透させて。それで破壊していけばよいのです」
「成程な」
 マクレーンも劉もそれを聞いて頷いた。
「まるでドラム缶の中に入った敵をバットで外から叩いてダメージを与えるようなものだな」
「原理は同じです」
 彼はそれを認めた。
「ただ。常に叩けるという状況が必要ですが。また止めても効果はありません」
「ないか」
「また気付かれると。おそらく彼等は内部の人間を交代させるでしょう。そしてまだ耐えようとします」
「要は気付かれないようにか」
「彼等には我々が愚かだと思わせなければなりません」
 つまり演技をせよというのである。
「あくまで攻撃を続ける。それも執拗に」
「わかった。それではこれまで通り巨砲による攻撃を続行するのだな」
「はい」
 彼は頷いた。
「ではそれを続けよう。さて、どうなるかな」
 マクレーンは要塞を見据えて笑った。
「如何に堅固な鎧を着ていようともその中までがそうだとは限らない」
 また巨砲による斉射が加えられた。そして要塞が大きく揺れる。
「どこまで耐えられるか。見せてもらおうか」
 こうして攻撃は続けられた。連合軍の攻撃はその真意を隠して続けられたのであった。
 攻撃は数日続いた。テューポーンのバリアーは破られずそのまま巨体を誇示していた。
 内部にいる将兵達にも損害はなかった。だが彼等に疲れが見えはじめていた。


 

 

第十四部第五章 神々の激突その十七


「いい加減嫌になってくるな」
 砲座に位置する兵士の一人がこう言った。
「ここまでしつこいと。揺れてばかりで寝ることすらできないぜ」
「確かにな」
 それに同僚の兵士が頷く。
「まるでやたら揺れる船に何日も乗ってる気分だぜ。いい加減船酔いしてくらあ」
「おいおい、ここは宇宙だせ」
 兵士は同僚に対してこう言って笑った。
「船酔いなんてするかよ。それは川や海でのことだろ」
「いや、案外そうでもない」
 彼はそう返して顔を顰めさせた。
「気分が悪くなっている奴もいる」
「そうなのか」
「あまり揺れるんでな。酔ってきてな」
「それはまずいな」
「それに。参ってこないか、ここまでしつこく攻撃されると」
「ああ、それはある」
 彼はそれに頷いた。
「何かな、いい加減うんざりしてきたぜ」
「何時まで続けるつもりかな」
「さてな。諦めるまでだろ」
「その時まで待つか」
「仕方ないな」
 そんなことをぼやきながら彼等は揺れる要塞の中にいたがやはり耐えていた。
 これがさらに数日続いた。連合軍はその間補給を受けながら絶え間ない攻撃を行っていた。そしてその間テューポーンは揺れ続けていた。
 これが次第に影響が出てきていた。将兵に疲労が見られてきたのだ。
「疲労だけではありません」
 軍医長が言った。
「どういうことだ」
「長い間振動を受け続けたことによって将兵にダメージが蓄積されています」
「ダメージが」
「はい」
 軍医長はファブリチーニの言葉に頷いた。
「激しい振動の中に長い間置かれるとそれだけで身体全体がダメージを受けていきます」
「ふむ」
「ボクシングで言うパンチドランカーと同じです。あれは頭部に振動を受けることにより脳が破損されることによる症状ですね」
「ボクシングのことはよく知らないが」
 彼はそう述べたうえで聞いていた。
「ケーキを箱の上から揺らすと崩れる。それと同じか」
「原理は同じですね」
 軍医長もそれに頷いた。
「つまり我々はその箱の中のケーキと同じなのです」
「崩れようとしているということか」
「そういうことになります。もっとも我々は生クリームやチョコレートでできているわけではないので身体が崩れたりはしないのですが」
「ダメージは確実に受けるということだな」
「そういうことです。そしてそれは人間だけではありません」
「というと」
「要塞内部の機器もです。ここまで衝撃を受け続けていては。大丈夫でしょうか」
「それは心配ないのではないか」
 ファブリチーニはそれは杞憂だと思った。
「軍事用の機器、そして兵器だ。振動では」
「ですがこうまで攻撃を受け続けていると。私は機械のことは専門外ですが」
「ううむ」
 それを聞いて考えざるを得なかった。言われてみればそうである。
「一度チェックされてみてはどうでしょうか」
「チェックか」
「それもまた必要であるかと思います」
「そうだな」
 そしてそれに頷いた。
「ではそうするとしよう。すぐに全機器及び兵器のチェックを行う」
「ハッ」
 それに幕僚達が頷いた。
「ではすぐに取り掛かれ。よいな」
「蛇もチェックするのでしょうか。そしてバリアーも」
「無論だ」
 彼はそれにも頷いた。
「すぐに取り掛かれ。何かあっては大変なことになる」
「わかりました」
「そしてダメージを受けた将兵は後方に下がらせよ」
「下がらせるのですか」
「彼等は負傷兵だ。負傷兵を前線に立たせるわけにはいかん」
 彼はこう言った。
「いいな。そしてその分の補充は・・・・・・。私からシュヴァルツブルグ閣下に打診しておく」
「果たしているでしょうか」
「わからぬ。だが負傷兵をそのまま前線に置くよりはいい」
 彼の判断であった。負傷兵を置くということはそこに穴を作るということである。戦場に穴を作るとそこから付け込まれる。彼はそれを避けたかったのである。

 

 

第十四部第五章 神々の激突その十八


「よいな」
「ハッ」
 幕僚達はまた頷いた。
「それではそのように致します」
「それにより人員がどれだけ減るかも把握しておけ」
「はい」
「すぐに態勢を調え直す。よいな」
「わかりました」
 こうしてテューポーン内部であらたな動きがあった。そしてこれに従い各機器及び兵器のチェック及びダメージを受けている将兵の撤退が行なわれた。その結果深刻なことがわかった。
「将兵の二割近くがダメージを受けていました」
 司令室に幕僚達の報告が響く。
「そして各機器及び兵器も。かなり損傷しておりました」
「そうか」
 それを聞くファブリチーニの顔が暗いものとなった。
「特にバリアー、そして蛇のダメージが。早期の修復は不可能な状況です」
「何っ」
 特にそれを聞いて顔色が険しくなった。
「それはまことか」
「残念ながら」
 報告をする幕僚の顔も険しいものであった。
「今のままではバリアーの出力は一割近く減少するでしょう。蛇も何パーセントかは発射不可能になる模様です」
「蛇はともかくバリアーはまずいぞ」
 ファブリチーニは言った。
「応急処置をせよ。今でようやく耐えている状況だ」
「それはわかっています」
 その幕僚も言った。
「今応急処置に取り掛かっています。ですが」
「駄目なのか」
「作業は思うように進んではいません」
 彼の声はさらに暗くなった。
「バリアーの出力は落ちようとしております。このままでは」
「しまった」
 そこまで聞いて暗い舌打ちをした。
「ダメージの蓄積を視野に入れていなかった。私のミスだ」
「閣下、今はそれを考える状況ではないかと」
 だがこれは幕僚達に諫められた。
「今はどうするか、です。それは後で回想録にでも書かれれば」
「わかった」
 それを言われて少し気分を落ち着かせた。それからまた言った。
「では応急処置を続けよ。とりあえずは今の出力を維持せよ」
「わかりました」
「手空きの者、作業に支障のない者も協力しろ。何としても今の状況を維持するのだ。よいな」
「ハッ」
 こうしてテューポーンは守りを維持することになった。だが言うは易しであるが行うは難し、であった。ましてやダメージを受けた将兵達が撤退し人員は減っていた。これにより作業はさらに困難なものとなっていたのである。
 ファブリチーニ、残った将兵達の苦労も空しくテューポーンのバリアーの出力は落ちようとしていた。そして連合軍の攻撃は今まで通り続いていた。ダメージはさらに蓄積されていた。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その十九


「!?」
 これに連合軍の将兵も気付こうとしていた。
「何か敵の守りが弱くなっていないか」
 艦長の一人がまずこう言った。
「守りがですか」
「そうだ。バリアーの力が弱まってきている」
 彼は自分の艦の砲術長の言葉にこう応えた。
「バリアーが」
「詳しいことはわからないが。これは狙い目だな」
 そう言ってニヤリと笑った。
「このまま巨砲による攻撃を続ける」
「はい」
「そしてバリアーがさらに弱まった時だ。楽しみだな」
「わかりました。では引き続き」
「うむ。頼むぞ」
「了解」
 連合軍の攻撃は艦単位でも続いていた。上層部もテューポーンのバリアーが弱まってきていることを確認していた。
「いよいよですね」
 それを見てビスマークが言った。
「内部のダメージで。鎧にも影響が出てきています」
「要するに棍棒で殴りつけているのと同じか」
 ここでマクレーンがこう言った。
「鎧はダメージをそれ程受けなくとも中の身体はダメージを受ける」
「はい」
「それで攻撃をしているというわけか。思ったより効果があるな」
「かって鎖帷子がありました」
 ビスマークはここで中世の鎧を出してきた。
「十字軍の騎士達がよく着ていましたが。これは剣を上手く防ぐかわりに弱点がありまして」
「薄い為にダメージの浸透は防げなかったのだったな」
「はい。その為中に布等を着ておりました」
 彼はこう答えた。
「どうやらテューポーンにはそうした布はなかったようですね」
「それで今の状況か」
「ええ。ですがこれは好都合」
 彼はまた言った。
「このまま攻撃を続けましょう。そうすればさらにダメージが蓄積されていきます」
「そしてバリアーも弱まっていく」
「その通りです。勝利が見えてきました」
 その赤い顔に笑みが浮かんだ。
「もうすぐです」
「もうすぐか。では攻撃を続行だ」
「はい」
 攻撃は続けられた。テューポーンのバリアーは次第に弱まっていく。それに対して連合軍の攻撃は衰えることがない。その差は歴然としていた。
 そして遂にその結果が出た。バリアーが突き破られた。要塞を激しい衝撃が襲った。
「遂にか」
「はい」
 ファブリチーニに対して幕僚の一人が応えた。
「バリアーが破られました」
「うむ」
「そして敵の攻撃は続いています」
「こうなっては致し方あるまい」
 覚悟はできていた。最後の決断を下す。
 

 

第十四部第五章 神々の激突その二十


「全ての機器を使用不能にせよ。そしてコードを凍結する」
「ハッ」
「それが終わった後で総員撤退だ。遅れることのないようにな」
「わかりました。そしてシュヴァルツブルグ閣下には」
「私が話しておく」
 彼はそう答えた。
「だからそれについては心配することはない」
「了解」
「わかったならばすぐに撤退に取り掛かれ。よいな」
「ハッ」
 こうしてテューポーンの放棄と撤退が決定された。それはすぐにファブリチーニ自身からシュヴァルツブルグへと伝えられた。彼はそれを聞いてまずは暗い面持ちになった。
「そうか」
 その声からは感情は見られなかった。ただ言葉を出しただけであった。
「致し方あるまい」
 そして次にこう言った。それから自身の指示を下した。
「第三防衛ラインを放棄する。さらなる戦線の後退だ」
「わかりました」
 伝令将校達がそれに頷く。
「それではすぐに」
「うむ」
 声に感情をこもらせないように努力はした。だがそれでもそこにこもってしまった。こもらずにひられなかった。
「恒星の向こうまで撤退するぞ」
「そこでまた戦われるのですか」
「そこが最後になる」
 彼はまた言った。
「防衛ラインは第三までだったが。そこに急遽ラインを建造する」
「わかりました」
「そこで最後の戦いを挑む。よいな」
「ハッ」
 ワレンシュタインの艦橋にいた全ての将校達がそれに応えて敬礼をする。
「ではテューポーンからの撤退が完了し次第我々も撤退する。先に応急の防衛ラインを築く艦隊を派遣しておくように」
「わかりました。それでは」
「うむ」 
 第三ラインの放棄も決定された。彼等はテューポーンを放棄してさらに退いた。その光景は連合軍からも確認された。
「敵が退いていきます」
「勝ったか」
「いえ、まだでしょう」
 マクレーンに対して劉がいつものように述べる。
「おそらく彼等はまだ戦うつもりです。最後の戦いを」
「最後の戦いか」
「私もこれで終わりだと思ったのですが」
「彼等の戦意は予想以上だったと」
「はい。それでは我等も戦うだけです」
 その声は普段のそれよりも強いものであった。
「それでは全軍進撃ですな」
「はい」
 劉は頷いた。
「テューポーンも占拠して。忙しいですぞ」
「忙しいのは慣れていますから」
 マクレーンは笑みを作ってこう返した。
「それでは全軍進撃」
「ハッ」
「第三ライン及びテューポーンを占拠した後で撤退する敵の追撃に取り掛かる。追撃が終わったならば」
「終わったならば」
「神々の山へ入るぞ」
 もう彼等の前にはオリンポスが見えていた。そこに兵を進めることに心の奥底から期待していた。彼等の戦いも遂にその最後の目標が見えようとしていたのであった。


第十四部   完


                 2005・11・18 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその一


                     放浪の末に
 かつて十字軍があった。イスラム教徒達の侵攻に悩んだビザンツ帝国が同じキリスト教徒達に対して救援を要請したのがそのはじまりであった。
 ビザンツ帝国としては軽い気持ちであった。ただ傭兵が欲しかったのだ。だが西のキリスト教徒達はそこにチャンスを見出していた。それを単なる傭兵の募集とは考えなかったのである。
 当時のローマ教皇ウルバヌス二世はクレルモンにて公会議を開きそこで聖地エルサレムを異教徒達より奪回する軍の派遣を決定した。そして西欧の各国に対して軍の派遣を命じたのだった。
 これに多くの諸侯達が賛同した。彼等はこの時土地を欲していた。そして権益を。またその権益の独占を狙う教皇のお膝元であるイタリア半島の商人達もこれを支持した。そして農民達は植民先を。当時の西欧は未開の地域であり土地も
権益も限られたものであった。だからこそ彼等は外に出て行きたかったのである。
 こうして十字軍の派遣が決定された。彼等はまず聖地に行くまでにビザンツ領でその野蛮な姿を見せた。ローマ帝国の文化や技術を継承していたビザンツ帝国から見てこの同じキリスト教徒達は呆れるまでに野蛮で粗野な連中であったのだ。
 当時のビザンツ皇帝アレクシオス一世は彼等を適当にあしらった。そしてそのまま勝手にエルサレムに向かうように仕向けた。この最初の十字軍はとりあえずは成功した。エルサレムは陥落し中東に多くの植民国家が設けられたのであった。
 だがここで問題となるのはその十字軍の行動であった。彼等はあまりにも野蛮であったのだ。
 異教徒は虐殺した。同じキリスト教徒であっても異教徒と共にいるというだけで虐殺しった。そしてその肉を喰らう有様であった。欧州もまたカニバリズムがある地域だったのである。
 こうしたことが何時までも続く筈も成功する筈もなかった。すぐにイスラム教徒も反撃に転じた。そして第二次十字軍はダマスカスで敗北した。
 これを受けて西欧も総力を結集しようと試みた。イングランドの獅子心王リチャード一世、フランスの尊厳王フィリップ二世、神聖ローマ帝国皇帝の赤髭王ハインリヒ一世といった名立たる君主達が軍を派遣したのである。だがこの軍は同床異夢の軍でありとりわけフィリップ二世の士気は乏しいものであった。途中ハインリヒ一世が溺死しリチャード一世がほぼ独力で戦争にあたることとなった。
 この王は伝説的な軍人であった。敵に対しては時には恐ろしく寛容になるが時には恐ろしく残忍になった。相手に誓った約束は破ることがあっても自分に対して誓った約束を破ることがなかった。長身で腕が長く立派な顔立ちと体格を持っていた。政治家として、国王としての力量はそもそも備わっておらず、本人もそれを求めてはいなかったが軍人としては極めて優秀であった。その彼の前に一人の男が立ちはだかった。
 サラーフ=アッディーン。サラディンである。クルドの貴族に生まれた彼はエジプト、そしてシリアをもしそれが本当に幸運だったならば実に幸運なことに手に入れた。そしてアイユーブ朝の始祖となったのである。
 彼はリチャードと比して君主として、政治家としても極めて有能であった。だが中東では彼等は軍人として激突した。激しい戦いを繰り広げエルサレムを巡る攻防を続けた。この時エルサレムはエルサレム王国に治められていたがサラディンにより攻略されてしまっていたのだ。この時彼は掠奪も虐殺も行わず逆にエルサレムの市民達の安全を保障した。この聖地において虐殺の限りを尽くしたキリスト教徒達とは全く違っていたのだ。
 そのサラディンが守るエルサレムにリチャード一世は進軍を続けていた。だがそれが遂に適わないことを知ると彼は自分の顔の前に己が獅子の楯をかざしてこう言った。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにそのニ


「聖地を取り戻すことができぬ者に聖地を見る資格はない」
 こう言ってエルサレムから去った。そして以後十字軍がエルサレムを取り返すことはなかった。敗退に敗退を重ね遂には中東からキリスト教国はなくなってしまった。後には十字軍の残虐な行為の跡と多くの副次的な遺産を残して。
 それから以後はオスマン=トルコによりこの地域は治められた。だがそのオスマン=トルコが衰えるとまた欧州から侵略者がやって来た。今度は土地ではなく石油を狙って。こうして彼等の受難はまたはじまった。
 それが宇宙の時代になり終わると彼等はまた侵略を受けることがなくなった。だがエウロパの人口が過密になってくると彼等は植民先としてサハラ北部に狙いを定めてきたのだ。そしてまた侵略を行ないそこにいたサハラの者達を追い出して自分達が居座った。それが総督府であった。
「最早総督府はなくなったそうだな」
 マシュハドは乗艦ロスタムの艦橋でふとこう言葉を漏らした。それに傍らにいたワフラが顔を向けさせた。
「そのようですね」
「ということはあの地はもうサハラの手に帰したか」
「はい」
 ワフラはその言葉に対して頷いた。
「今はティムール領となっております」
「そうか」
 彼はそれを聞いて考える顔になった。
「では我等はティムールの者ということになる」
「あちらに帰れば」
「サハラに帰れば、か」
「はい」
「まるで夢のような話だな」
 そう言って遠くを見た。
「ここにいる者達は皆かってエウロパによって故郷を追い出された者達だ」
「はい」
「難民だ。だがもう難民ではなくなったというのか」
「エウロパがいなくなりましたから」
「そうだな。そういう意味でもう難民ではない」
「ですな」
「だが。帰るべき国がないということではまだ難民だ」
 それでもあえてこう言った。
「わしはアッバースにいた」
「アッバースですか」
「エウロパの侵攻により滅ぼされた。そして全てを失った」
「はい」
「我々も善戦したつもりだったがな。数には負けた」
「丁度今の彼等のようにですな」
「そういえばそうだな」
 言われてようやく気付いた。
「我々も物量に負けたが。彼等もそれで負けている」
「はい」
「だが彼等にはもう一つのカードがあったからな」
「謀略と外交ですか」
「それを侵略に絡めてきた。それで多くの国が滅んだ」
「アガデスもそうでしたな」
「アガデスだけではない。他の国もだ」
 マシュハドの言葉がさらに苦いものとなった。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその三


「若しかすると我々もそれでやられたのかも知れないな。気付かないうちに」
「それだけエウロパの調略が優れているということです」
 ワフラはとかくエウロパの外交や謀略に警戒していた。
「この戦いにおいてはそれはないようですがね」
「暗殺でも仕掛けてくると思ったがな」
「それは国防省の方でも警戒しているそうです」
「ほう」
「情報部もグリーンベレーも密かにエウロパに入っているようです。そして工作への対処に当たっているとか」
「そうだったのか」
「あとアラガルもエウロパ入りしているとか」
「あのアラガルもか」
 彼もアラガルのことを聞いていた。かってステッラと死闘を繰り広げた連合きってのテロへの専門家である。非常に秀でた
人物として知られている。
「彼がいるとなると。かなり違うな」
「そのせいか不審な事故等は極めて少ないです」
「不審な事故、か」
 それを聞いてマシュハドの顔が少し歪んだ。
「そういえばそうだな」
「ですね。戦争をしていると何かとつきものですが」
 その原因はもう言うまでもないことであった。
「私もそれが妙に少ないと最初思いましたが。そういうことだったのです」
「そうだったのか」
「暗殺や工作で戦力が落ちるのは誰でも避けたいですからね」
「それは当然だな」
「ただしこちらから仕掛けるということはないようですね」
「あの長官はそうした方ではないようだからな」
 マシュハドは八条に対しても言及した。
「正攻法しか御存知ないようだ。育ちがいいせいもあるだろうが」
「育ちですか」
「育ちがいいとな。極端になり易い」
 彼はこう述べた。
「いい方向に行くか、悪い方向にいくかな。全ては環境や自分の考えで決まるが」
「はあ」
「あの長官はどうやらいい方向に行かれたようだな。そのせいか顔もいい」
「連合では女の子にも人気らしいですね」
「あれでもよくわからないところがある」
「といいますと」
「何故勝手に同性愛者という設定にされているのだ?そうした漫画も出ているようだが」
「あれは日本の一部の女の子達が面白がってやっていることですよ」
「面白がって」
「どういうわけかあの国の女の子達の中にはそうした漫画や小説を書くのが好きな子が昔からいるようでして」
「ふむ」
「その関係です。まあ特に御気にされることはないかと」
「所謂同人誌というやつだな」
「はい」 
 ワフラは頷いた。
「商業出版とはまた違う」
「完全に趣味の世界ですね」
「趣味で漫画や小説を書いて、か」
「ええ。ですから多少のことは見過ごされるのですよ」
「妙な話だな」
「連合でも日本とその文化に変わった方向に興味がある者にしかわからない話のようですけれどね。私もあまり詳しくはないのですが」
「その割にはよく知っているな」
「そうでしょうか」
 それに応えておかしそうな笑みを浮かべた。
「案外そうしたことに興味があるのではないか」
「まさか。私はノーマルですよ」
 そう言ってまた笑った。
「少なくとも同性愛は。合わないです」
「連合、特に日本では昔から普通だったらしいな」
「はい」
「変わった国だな、どうも」
「それぞれの文化ですから」
「キリスト教の宣教師だったか。日本人が同性愛を普通に行っていてかなり驚いたというが」
「確かイエズス会だったでしょうか」
「そうだったか」
 フランシスコ=ザビエルのことである。イエズス会の重鎮であった彼は日本にキリスト教をはじめて布教したことで知られているが彼は日本と日本人を見て絶賛した。しかし一つのことだけはどうしても容認できなかったのだ。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその四


 それが男色であった。当時キリスト教倫理が強かった欧州においては男色は忌むべき悪徳であったのだ。ソドムやゴモラが滅ぼされたのもそのせいだとされている。貴族達の中には青髭ことジル=ド=レイの様にそれを愉しむ者達もいたがそれでも絶対的な悪徳とされていたのは事実である。その悪徳が彼の目から見ればはびこっていたのだ。彼はそれを見て嫌悪感を露わにしたのである。
 だが日本では普通のことであったのでこれは理解されなかった。それを言われた大名は激怒したと言われている。当然彼も男色家であったからだ。
「それと同じか。ただ、どうも納得がいかない」
「いきませんか」
「わしにそうした趣味がないせいだろうがな。同性愛というものは」
「ですがそれもまた連合の文化です。同人誌は一部でも同性愛は結構普通ですよ、ここでは」
「では女同士もか」
「勿論です」
 彼は頷いた。
「所謂レズビアンというものですね」
「ああ」
「連合においては普通ですぞ。エウロパにおいても」
「さらにわからなくなってきたな」
 首を傾げる角度が深くなってきた。
「背徳にしか思えぬ。訳がわからない」
「まあ理解できないことはどの文化にもありますから」
「そういうものか」
「そこは目をつぶればいいですよ。それで無闇に衝突することもありません」
「イスラムの寛容の精神にのっとってだな」
「それが宜しいかと。人それぞれです」
「そうか」
「そうです。ではそろそろ本格的に準備に入りましょう」
「わかった」
 それに応えた後でまずは艦橋を見回した。既に総員配置についている。
「各艦隊戦闘態勢に入れ」
「ハッ」
「敵が現われたならばすぐに動く。そして倒す」
 力強い声で言う。
「オリンポスが待っているぞ」
「敵の首都が」
「そうだ。かって我々をサハラから追い出した仇の首都がだ」
 ニヤリと笑う。これは将兵の士気を鼓舞する為の言葉でもあった。
「そして奴等に城下の盟を誓わせる。どうだ、楽しみか」
「はい」
 艦橋にいる者達が声をあげた。それを見る限り彼の意図は成功したと言えた。
「だが敵もおそらく決死だ。それに勝つ自信はあるか」
「司令」
 艦橋にいる若い将校の一人が声をかけてきた。
「何だ」
「我等はムスリムです」
「うむ」
「ムスリムは戦場において怖れを知りません。そして勝利の為に全てを捧げます」
「では勝利を願うのだな」
「無論」
 彼は言い切った。
「そうでなければここにはいません」
「わかった。ではその命預かろう」
「はい」
 若い将校の声がさらに強くなった。
「では全軍ここで陣を敷く」
「ハッ」
 皆その言葉に敬礼した。
「そして敵を待つぞ。来たならば」
「勝利を我が手に」
「うむ」
 彼等は勝利を待っていた。そこには今までへの多くの思いもあった。
「さあ来い」
 マシュハドは前を見据えながら呟いた。
「今までの遺恨、全て晴らしてくれる」
 対するエウロパ軍はクロノスからオリンポスを通過しニョルズに向かっていた。彼等はモンサルヴァートの指揮の下全速力でニョルズに急行していたのだ。
「急ぐぞ」
 モンサルヴァートは彼等にそう声をかけて激励していた。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその五


「さもなければ取り返しのつかないことになる」
「はい」
 その言葉に各艦隊を率いる提督達が頷く。ゴドゥノフ、マトクといった長い間彼と共に戦場を駆け巡った歴戦の提督達である。彼等は今またモンサルヴァートの下に集い戦場に向かっていたのであった。
「しかも今度の敵は強敵だ」
「サハラ義勇軍ですな」
「うむ」
 彼はモニターに映るアローニカに応えた。
「連合軍の最強部隊だ」
「正式に連合軍ではなかったと記憶していますが」
「それでも連合にいることには変わりはない。彼等もまた連合軍だ」
 彼はこう言って説明した。
「その出自はともかくとしてな」
「そういうことですか」
「だがその戦闘力は通常の連合軍と比してかなり高い」
「はい」
 提督達はその言葉に頷いた。それは今まで干戈を交えてきた彼等自身が最もよくわかっていることであった。
「そのうえ数も我等より多い。百個艦隊だ」
「百個艦隊」
「それに対する我等は五十個艦隊」
 ターフェルが重厚な言葉で一言言った。
「数の問題ではないですが」
 それでも言わずにはおれなかった。義勇軍の強さとその数。彼等の前に立ちはだかる壁の高さと厚さにあらためて憂慮すべきものがあるとわかったからだ。
「ただ、戦う場所がニョルズだというのが救いです」
「うむ」
 モンサルヴァートはジャースクの言葉に頷いた。
「あの星系はかなり通航が困難な場所ですから」
「それに地の利は何といっても我等にあります」
「それを使えば勝機はあるな」
「はい」
 提督達があらためて頷いた。
「少なくとも彼等は我等程あの星系に関して知らないでしょう」
 これは自明の理であった。彼等はこのエウロパに生まれてから住んでいる。そしてニョルズ星系にしろ地球からエウロパに移り住んでから探索、研究を続けていた。それだけあってニョルズに関する知識の蓄積はかなりのものとなっていたのである。付け焼刃ではない知識である。それは大きかった。
「あの複雑な星系をね」
 ジャースクはそこまで言って笑った。ニヤリとした不敵な笑みであった。
「ではここは我等の戦い方で挑むか」
「はい」 
 提督達はまた頷いた。
「全てはエウロパの為に」
「勝利の為に」
「ニョルズとクロノスの戦いでエウロパの行く末が決まる」
 モンサルヴァートの言葉が決意に満ちたものとなった。
「卿等の健闘でな。そして私の指揮で」
「はい」
「期待しております」
「わかった」
 モンサルヴァートは他者からの期待に対しては素直に応えようとする人物であった。そうした意味では非常に素直な人物である。やはり彼は軍人、騎士であり政治家ではないのだ。無論事務処理能力や軍事行政においてはかなり優秀な能力を持っているがそうした影の意味での政治能力は持ち合わせていなかったのである。彼は軍人としてまずあり、そこから政治も考える人物なのである。そしてこうした彼の性格がここで現われていた。
「閣下」
 ここで幕僚の一人が彼に声をかけてきた。
「どうした」
「もうすぐニョルズに到達しますが」
「遂にか」
「はい。既に敵軍はニョルズに到達しております。陣を組もうとしております」
「そうか、早いな」
 彼はそれを聞いてまずはこう言った。
「では我等も到着したならばすぐに布陣するとしよう」
「ハッ」
「場所はオリンポスへの入口付近とする」
「わかりました」
「陣形はまずは複数に分ける」
「複数に」
「ここは私に任せてくれ」
 表情を変えずにこう言った。
「いいな」
「わかりました」
 その変わらない表情に強い決意が見られた。幕僚達だけでなく提督達も頷いた。
「それでは速度をあげよ」
「はい」
「全軍ニョルズに急行する。そして敵を防ぎ止めるぞ」
「ハッ!」
 彼等もまた戦場にその心を向けていた。ここにおいてもまた戦いがはじまろうとしていた。

 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその六


 しかし戦いはそれだけではなかった。クロノス、ニョルズの二つの星系の後方の首都オリンポスにおいてはまた別の戦いが行われていたのであった。
「講和、ですか」
「はい」
 ペーチは官邸の一室においてマウリアの服装であるサリーを見に纏った女性と会っていた。そして彼女の話を聞いていたのであった。
「正直に申し上げますがエウロパはこれ以上の戦闘は無理ではないでしょうか」
「それは」
 ここで嘘を言うかハッタリを言うこともできたであろう。だがペーチの性格からそれはできなかった。彼はそうした口よりも実際の行動を重んじる人物であるからだ。
「如何でしょうか」
「はい」
 憮然とした顔でそれを認めた。
「その通りです」
「これ以上の戦闘はエウロパにとって容易に回復できないレベルのダメージを与えます」
「仰る通りです」
「既にエウロパの財政は破綻寸前ではないでしょうか」
「それは」
 流石に口を濁して誤魔化そうとする。だがここでそのサリーの女性の横にいるドーティを着た男が彼の前に一冊のファイルをすっと差し出してきた。
「それは」
「私共が申し上げるまでもないと思いますが」
「・・・・・・・・・」
 その言葉を聞いて口を開けることはできなかった。それが何なのか、今までの会話からもう言うまでもないことであるからだ。
「我々もそれなりに学ばさせて頂きました」
「左様ですか」
「我々は今卿達の為にここにいるのです」
「私達の為に」
「はい」
 その女性は微笑んだ。見ればマウリアの女性特有の優しさと奥深さを感じさせる神秘的な微笑みであった。
「このままエウロパが滅びるのを見るのは我々も本意ではありませんから」
「お言葉ですが」
 流石にそこまで言われるとペーチもムッとした。彼とてこの国の首相である。反論せずにはいられなかった。
「我が国は国力では連合に負けていますがその他では決して負けてはおりませんぞ」
「そうなのですか」
 彼女は表情を変えずに彼の話を聞きに入った。
「このオリンポスへの入城は適わないでしょう。そしてそこから押しやって御覧にいれます」
「エウロパ軍の力で」
「彼等も負けてばかりいるわけではありません。必ずやってくれるでしょう」
「エウロパ軍を信じておられるのですね」
「当然です」
 連日の激務で憔悴しきってはいたが強い顔と声で言い切った。
「何でしたらそれを御覧にいれましょうか」
「いえ、そこまでは」
 彼女は笑ってそれを拒否した。
「エウロパ軍の強勢なのはもう承知しておりますから」
「左様でしたか」
「はい。そのうえでまたお話っせてもらうのです」
 彼女はまた言った。
「連合とエウロパの講和を。宜しいでしょうか」
「はい」
 ペーチは自分の話を止めあらためて彼女の話を聞きに入った。
「今クロノスとニョルズにおいて戦いが行われておりますね」
「ええ」
「この戦いが決したならば時だと思うのです」
「決したならば」
「そちらとしてはオリンポスに侵入させなければよい筈ですが」
「確かにその通りですが」
 戦略的には正解であった。
「それではもう迷う状況ではないです」
「ですが」
「既にラフネール総統ともお話していますし」
「えっ」
 それを聞いて思わず声をあげた。
「総統と」
「はい」
 答えてまたもやあの神秘的な笑みを浮かべた。
「総統は快く頷いてくれましたが」
「初耳ですが」
「昨日のことでしたので」
 しれっとした返してきた。
「どうやらお伝えするのが遅れたようですね。申し訳ありません」
 その態度からは真意も真実も読み取れなかった。だが確実にペーチに対してプレッシャーを与えたということは真実であった。そしてここではそれで充分であった。
「何でしたら確かめられて宜しいですが」
「いえ、それには及びません」
 しかしペーチはそれはしようとはしなかった。
「すぐにわかることですから。また貴方達が嘘をつかれるような方ではないということも信じております」
「有り難うございます」
「そのうえで御聞きします」
 ここで彼は気付いてはいなかったがその腹を括った様をマウリアの外交官達に見せていた。これは非常に大きな意味合いを持っていた。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその七


「連合との講和の話を。宜しいですね」
「ええ」
「我が国としてましても無闇な戦争は望むところではありません」
 彼は言った。
「しかし我々もまた国家です。守るべき市民と財産、そして領土があります」
「領土ですか」
「そのどれも譲り渡すことはありません。まずはそれを覚えておいて下さい」
「わかりました」
 マウリアの外交官達はまずはそれに頷いた。
「そのうえでお話をはじめたいと思うのですが」
「ええ」
 彼等はそれに頷いた。
「では」
 ペーチはそれを確認してから話をはじめた。慎重な彼らしく手順を踏んだものであった。それがマウリアの外交官達をして自分達のペースに入らせないものであった。自分達のペースに入れるのもまた外交の駆け引きの一つであるからだ。そうした意味でペーチは見事な外交を展開していた。
「我が国としましては」
「はい」
 彼等は話し合いに入った。エウロパも戦争終結に向けて水面下で動き出そうとしていた。だがそれはエウロパだけではなかった。連合もまた動きはいzめていたのであった。
「昨日のことだけれどね」
 メキシコ料理店において二人はいた。八条とカバリエは二人そこで昼食を採っていた。メニューはメキシコ料理で最も有名なタコスであった。そしてサボテンのステーキ、パン。二人はそれとジュースを口にしながら部屋で話をしていたのである。
「はい」
 八条はこの時ステーキを切っていた。切りながらカバリエの話に耳を傾けていた。
「マウリアの外交官とまた話をしたわ」
「講和のことですね」
「そうよ。私の他にも首相や大統領とも話をしているわ」
「そうですか」
「エウロパとの講和の仲介をしたいということで。君のところにも来ているかしら」
「勿論です」
 彼は応えた。そしてステーキを口に入れる。
 肉とはまた違った旨味が口の中を支配する。噛み、飲み込んだ後で彼はまた言った。
「何回か来ております。そして講和の際の軍事的な面について話をしております」
「軍事的な面ね」
「はい」
 八条は頷いた。
「よかったら少し話してくれないかしら。丁度二人だけだし」
「わかりました。それでは」
 八条はタイミングを置いてから話をはじめた。
「まず制服組の意見ですが」
「ええ」
「エウロパの軍事要塞の幾つかを接収したいとのことです」
「軍事要塞を」
「はい。具体例を挙げますとニーベルング要塞群の十二の衛星とテューポーンです」
「それを何に使うつもりかしら」
 彼女は問うてきた。
「エウロパとの国境にはもうガンタースがある筈だけれど」
「首都防衛です」
 彼は言った。
「今首都星系である地球にはこれといった防衛設備がありませんね」
「駐留艦隊だけかしら」
「それだけではいささか心もとないというのが制服組の意見でして。とりわけ統合作戦本部長であるバール元帥の」
「あの人が」
「はい。ですがあの二つの要塞施設を置けばその防御力はかなり上がりますので。それでの考えです」
「私は軍事のことはあまり知らないけれど」
 カバリエはそう前置きしたうえで言った。

 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその八


「首都の防衛は確かに重要ね」
「はい」
「それに越したことはないと思うわ」
「御理解頂けましたか」
「ただ。もう一つ気になることがあるわ」
「それは」
「エウロパとのことよ。外交部としてもエウロパとの講和には色々と条件があってね」
「はい」
「出来る限りこちらに有利な条件で講和したいと思ってるわ。これは当然ね」
「勿論です」
 政治、そして外交の基礎であった。最早言うまでもないことである。
「それで問題となるのはエウロパの感情よ」
「エウロパの」
「今まで一千年以上に渡る対立関係があったわね。そしてこの戦争」
「ええ」
「恨みに持たない筈がないけれど。その備えはガンタースだけで充分かしら」
「まだ不安があると」
「ブラウベルグ回廊かその出口にもう一つ防衛施設を置いてはどうかと思うのだけれど」
 この場合はエウロパ側から見れば入口になる。カバリエは連合側からの視点で語ったのである。
「回廊、もしくは出口に」
「ガンタース程の設備じゃなくてもいいと思うけれど。どうかしら」
「そうですね」
 八条はそれを聞いたうえで考え込んだ。
「私としてはガンタースで充分だと思うのですが」
「備えは一つより二つの方がいいわよ」
「一度スタッフと話をしてみます」
 そう言ってここは即断を控えた。
「それからでも宜しいですね」
「私は別に構わないけれど」
 だがそのうえでまた言った。
「ただ、話をする時間はあまりないわよ」
「わかっております」
「それは承知しておいてね。とりあえず首都はそれでいいと思うわ」
「はい」
 八条は頷いた。
「けれど問題はエウロパが譲歩するかね」
「それは今の戦い次第ですね」
「戦い次第」
「クロノスとニョルズで行われている戦いが我が軍にとって有利な状況で終われば講和も有利な条件で進めることができるでしょうが」
「そうね」
「不利ならば。条件も不利なものとなるでしょう」
「ここは軍人達に頑張ってもらうしかないわね」
「はい」
 八条はまた頷いた。
「ですが彼等ならやってくれますよ」
「信頼しているのね」
「当然です」
 にこりと笑ってそれに応えた。
「私の大切なスタッフ達ですから」
「えらく大勢のスタッフね」
「はい」
「国防省の創設から一緒だったしね。言うなら貴方の子供みたいなものですか」
「そう言われると何か恥ずかしいですね」
 八条はその言葉を聞くと苦笑いを浮かべた。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその九


「結婚もまだだというのに。子供とは」
「未婚の親なんて普通だけれど」
「それでもですよ」
 苦笑いは続いた。
「何か。照れ臭いですね」
「純情ね、国防長官は」
 そんな彼を見てカバリエも笑った。
「日本人は奥手だと聞いていたけれど」
「奥手というよりはあまり積極的ではなくて」
「女の子もそうかしら」
「人それぞれですね」
 彼は日本の女の子に関してはそう答えた。
「大人しい娘もいれば派手な娘もいますよ」
「あら、日本の女の子は大和撫子じゃなかったかしら」
「まさか」
 さらに苦笑いは続いた。
「あれは幻想ですよ」
「幻想」
「ええ。そのような女の子は昔から日本にはいません」
「そうだったの」
「日本の女の子がおしとやかなんて。とんでもない話です」
「まあ実際にはそうではないとはよく聞くわね」
「ええ」
「結構お転婆だとか」
「それは昔からですよ」
「何か次々にイメージが崩れるわね」
「江戸時代の町娘ですが」
「ああ、時代劇でよく出て来る」
「元気がいい娘ばかりでしょう。あれが理想の一つでしたし」
「そういえば昔から日本の小説や漫画では元気のいい娘が多いような」
「実際にはそちらの方が多いのですよ。おしとやかな娘なんて滅多にいません」
「幻想が崩れたわね」
 カバリエも苦笑した。
「何か。嘘みたいだわ」
「いえ、嘘ではなく本当のことです」
 八条はさらに言った。
「大体日本は地球にあった頃は四季があり豊かな土地で働けば働くだけ実りを得られましたから」
「今でも凄くいい星系ばかりよね」
「それはあくまで幸運で」
 その軽い皮肉にはこう切り返した。実はメキシコもかなり恵まれているのであるが。
「運がよかっただけです」
「まあそれはそうね」
「結果として動くのが最もよかったのです」
「ふん」
 話は元に戻った。カバリエはその言葉に頷いた。
「それであのおしとやかな大和撫子は。ないでしょうね」
「では何故そんなのが出て来たのかしら」
「理想ではないでしょうか」
「理想」
「明示かその頃に出て来た。あくまで私の憶測ですが」
「あの頃日本はかなり変わったそうね」
「はい。日本の歴史において非常に大きなターニングポイントの一つです」
 所謂文明開化である。西洋の文明が入り日本の文化はそれまでの和風文化と混ざり非常に独特の形となった。
『ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする』
 こうした言葉が出たように明治から日本の文化は非常に大きく変化した。肉食も復活し、乳製品等も食べられるようになった。また国家システムも西洋風になっていった。
「あれが今の日本の源流の一つですね」
「その頃に大和撫子が出来たのかしら」
「それまでかなりあけっぴろげでしたしね、日本の女の子は」
 彼はまた言った。
「性的にも。それが倫理観も変わって」
「おしとやかなのが尊ばれるようになったと」
「政策的な意味合いもあるでしょうがね。明治から昭和の前期にかけては日本の女性はかなりおしとやかでした」
「それが大和撫子だったと」
「全部が全部そうではなかったでしょうが。まあそういう女性が多かったのは事実ですね」
「けれどそれはその時だけ」
「だから幻想と申し上げたのですよ」
 彼はここでまた言った。
「正直それからは。元に戻ったというか」
「さらに変わったと言いたいわけね」
「今の日本の女の子は。ミーハーですし」
「同性愛の話も好きね」
「事実女の子同士の恋愛も多いです」
「あら、そっちもあったの」
 カバリエはそれを聞いて意外そうな顔をした。
「日本ではホモセクシャルだけだと思っていたけれど」
「男同士があるならば女同士もありますよ」
 彼は笑ってこう答えた。
「男同士が薔薇なら女同士は百合と言われますし」
 これは最早連合においては共通語とさえなっていた。かつては男同士の同性愛を扱う雑誌においてこの名が使われ、その一コーナーにおいて女同士の同性愛も花に例えられたのがはじまりであると言われている。日本では昔から同性愛は普通でありタブーではなかった。だからこそあった話なのである。


 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその十


「私なんかはよく女の子に薔薇と言われますよ」
「顔がいいのも災難ね」
「災難といいますか」
 困った顔になった。
「心外といいますか。私はそもそも男には興味がありませんし」
「ノーマルなのね」
「はい。それは個人の嗜好なのでとやかく言うつもりはありませんがね。ただ女の子の方がいいのは事実です。この前なんて同性愛者のタレントに言い寄られて困りましたよ」
「ああ、彼ね」
 カバリエにもそれが誰なのかよくわかった。
「あれでかなり男前なのだけれどね、彼も」
 メキシコ出身のタレントである。元々はお笑いであったが演技も歌もできるのでそちらでも人気がある。長身に筋骨隆々の身体に短く刈り込んだ髪を持っている。ボディビルダーとしても人気がある。
「一応結婚しているのですよね、彼」
「バイセクシャルなのよ、自由恋愛主義で」
「さらにわかりません」
「美男子も好きらしいわ。彼の主張によると連合は懐の大きな勢力だと」
「それは否定しませんが」
「だから恋愛もそうあるべきだ。同性愛もそうした意味で非常によいものだと主張しているの」
「そうなのですか。何か強引なような」
「まあ実際は自分の主義を理論武装しているだけかも知れないけれど。それでも主張としては間違っていないわね」
「はい」
「あれで紳士だし。個人的な趣味を除けばいい人よ」
「それはわかります」
「さて、大和撫子と同性愛の話はこれ位にして」
「はい」
 二人は本来の話に戻ることにした。
「マウリアの話だけれどね」
「それですね」
 二人はまずデザートのサボテンのプリンとアイスクリームを口にした。それから話に入った。
「私は受けるべきだと思うわ」
「講和ですか」
「ええ。こちらも財政的に余裕がないしね」
「それはこちらも承知です」
 実は戦費を巡って国防省と財務省の間にかなり激しいやり取りが行われてきたのである。八条自身も財務長官であるトラブゾンと何度も激論を交わしているのである。その苦労は並大抵のものではなかった。
「今の戦いで。戦費は底を尽きそうです」
「となるとこれ以上の戦闘は何とか工面しなければならない」
「それで財務省は頭を悩ましていますね」
「だから余計に困っているのよ」
「とりあえず我々としてもこれ以上の戦闘は望んではいません」
「制服組もね」
「はい」
 彼は頷いた。
「損害も増やすわけにはいきませんし」
「では国防省は講和、と」
「それでお願いします。外務省はどうなのでしょうか」
「こちらも講和よ」
 カバリエは答えた。
「流石にオリンポスの側まで制圧すれだ。目的は果たせるから」
「こちらはそれでいいですね」
「ええ」
 彼女はまた頷いた。
「ただ、一つ問題があります」
「それは何かしら」
 彼女はそれを受けて尋ねてきた。
「首相も大統領も講和派だし。こちらの問題はないわよ」
「おそらく各国政府も同じでしょうね」
「ええ」
「これ以上の戦闘を望んではいない。これが続けば我々が彼等に財政支援を要求するのでは、と危惧しているでしょうから」
「それに自国民が参加しているしね。これまでこの戦争自体に消極的な国も多かったし」
「ですから彼等も講和には反対しないでしょう。むしろ積極的に継戦を主張する国の方が探すのが難しい程です」
「だとすると何なの、問題は」
「もう一方です」
 八条は落ち着いた声でこう応えた。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその十一


「もう一方」
「エウロパです」
 そして八条は国の名を出した。今彼等が戦っている相手である。
「彼等がどう動くかですね。問題は」
「彼等のことね」
 カバリエもそれを聞いて頷いた。
「エウロパも。彼等がどう動くかね」
「徹底抗戦も考えられますが」
「それはないと思うわ」
 だがカバリエは八条のその言葉をすぐに否定した。
「何故」
「彼等は我々より辛い立場にあるからよ」
「確かに」
 エウロパが今どのような状況にあるのかわからない八条ではなかった。彼がエウロパを今そのようにしている者達のトップであるからだ。
「今彼等は危急存亡の時ね」
「はい」
「だったら講和を望んでいるのは彼等の方よ。ただ意地は貫くと思うわ」
「意地ですか」
「どんな人間にも少しは意地があるわね」
「ええ」
 これは軍でもよく見てきた。訓練期間の間それに耐えてきた自分自身や同僚達。彼もまたそれを見てきたからこそ頷けることであった。
「それよ。これは国家にもあるわ」
「では当然エウロパにも」
「そうね。ただ、意地だけではないでしょうね」
「誇りですか」
「ええ」
 カバリエは八条の言葉に頷いた。
「彼等は誇り高いわ。その点では私達より上かもね」
「でしょうね」
 これは制服組からも聞いていた。エウロパ軍、とりわけ貴族出身の高給将校達は極めてプライドが高かった。そしてそれを自ら傷つけるような行動や発言は極めて卑しみ、行おうとしなかった。そうした意味で彼等は実に高潔な騎士であり貴族としての風格も備えていた。
「それもあるから。だから彼等の納得するところでないと講和は結ばないでしょうね」
「その納得するところは何処だと思われるでしょうか」
「おそらく今の戦いね」
「今の」
「ええ」
 カバリエはまた頷いた。
「クロノスとニョルズで。彼等のプライドが保てるギリギリのところまで戦うでしょうね」
「ではオリンポス入城は控えた方がいいでしょうか」
「それをやったらどうなるか一番わかっているのは貴方だと思うけれど」
「確かに」
 これもまたその通りであった。首都を占領しても戦いは終わるとは限らない。むしろ首都奪還の為にエウロパはその残された僅かな力、そして全市民を挙げて連合に戦いを挑んでくることだろう。そうなれば果てしない消耗戦に突入するのは目に見えている。幾ら国力差があるとはいえそうなれば連合が受けるダメージも計り知れないものがある。少なくとも今のそれとは比較にならない。これは八条程の者であれば容易にわかることであった。
「クロノスとニョルズの勝利で止めておくべきね」
「それも限定的勝利」
「エウロパにとってはオリンポスへの突入を許さなければいいのだから。若し占領でもしたらそれこそことよ」
「エウロパ一千億の市民を全て敵に回しますね」
「そして戦いはエウロパ全土を占領し、エウロパという国を滅ぼすまで続けられる。残った市民はおそらく連合にとって最大の
不穏分子となるでしょうね」
「連合にとってはいいことは何もありません」
「じゃあわかるわね。どうするべきか」
「はい」
 八条は応えた。
「これは政治の問題になりますね」
「軍人の問題ではまたないわね」
「では彼等にもそう伝えますか」
「今からじゃ間に合わないでしょ」
「それはそうですが」
「そこもね。マウリアがやってくれるそうよ」
「用意がいいですね」
「既にクロノス、そしてニョルズの我が軍にも特使が向かっているそうよ」
「ということは我々は彼等の主導の下動いているということですか」
 八条はそこまで聞いて難しい顔をした。

 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその十二


「何か。今一つ面白くないですね」
「そうは言っても仕方ないわ」
 だがそんな彼とは対象的にカバリエの顔には余裕があった。
「利用されるのも。時として必要よ」
「我々の利益になるのなら」
「ええ。今回は乗ってみるべきかしら」
「彼等にしてみれば双方に恩を売る絶交の機会」
「特に我々に」
「それではここは乗りますか。にこやかな顔で」
「わかってくれたようね」
「これでもこの世界に入って結構経ちますから」
「経験というのかしら」
「そうですね。やはり政治の世界も経験です」
 そう応えながら茶を口に入れる。八条はこの時緑茶を飲んでいた。カバリエはコーヒーである。八条だけが飲み物を変えていたのであった。
「経験から多くのものを学んできました」
「そうね。流石は伊藤首相の秘蔵っ子」
「からかわないで下さいよ」
「あら、私は人をからかったりしないわよ」
 そう言いながら悪戯っぽく笑う。豊満な顔ににこやかな笑みが浮かぶ。
「特に若い男の人はね」
「そうですかね」
「ましてや伊藤首相の生徒を。後が怖いわ」
「そんなに首相は怖いですか」
「外国人にとってはね」
 笑みをたたえ続けながら言う。
「手強いわよ、本当に」
 日本以外の国では伊藤は非常に厄介な政治家として知られている。知的な美貌とはうらはらに強かで尚且つ粘り強い外交を得意としている。彼女は内政においてもそうであるがそこに的確な情勢判断と実務処理も加わる。単なる学者出身の政治家ではなかった。生来の政治センスも併せ持った稀有の政治家であったのだ。だからこそ『女狐』とさえ言われるのである。その狐には各国が手を焼いているのである。
「メキシコもあれで煮え湯を飲まされてるから」
「はあ」
「といっても今貴方に言っても仕方ないのだけれどね」
 それぞれの国の政府にいるのならともかく今八条とカバリエは連合中央政府において共に閣僚となっている。それでは対立するわけにはいかない。彼等もお互いにそれがわかっており、また個人としても相性が悪くはなかった。だからこそ今もこうして普通に食事を採りながら話をしているのである。
「中央政府とはまた別だから」
「はい」
「とりあえず講和の件はこれで終わりね」
「はい」
「それにしても今回は結構驚かされたわ」
「マウリア側にですか」
「ええ。本当にね。手強いというか」
 今度は苦笑いになってきていた。
「強かというか。今のマウリア政府は中々手強いわよ」
「そうですね」
 これは八条も同意であった。
「国防省でもそれは話に出ています」
「やっぱり」
「交流に来ている軍人達ですが。あれでかなり優秀です」
「技術やシステムを盗まれたりはしていないわね」
「最も重要な部分はブラックボックスにしております。そこは大丈夫です」
「だったらいいけれど」
「ただ」
「ただ。何かしら」
 カバリエの目の色が少し変わった。
「どうも彼等は我々の艦艇や兵器を見てそこから何かを知ろうとしているようです」
「敵もさる者ね」
「時間のリンクはわかりませんが。何年かかっても身に付けようと考えているようです」
「流石はマウリアといったところかしら」
「もしかするとティアマト級をあちらで建造するかもしれません」
「あれを」
「ええ」
 八条は言った。
「まさかとは思いますがね」
「あれは確か連合の科学力、技術力を結集して開発されたものだったわね」
「他の艦艇や兵器も同じです。容易にコピー等はできない筈ですが」
「彼等は私達の予想を越えている可能性もあると言いたいのね」
「連合やエウロパ、サハラにある国ならある程度は予想できたりもするのですが」
「相手がマウリアではね」
 結局話はそこに行き着いた。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその十三


「何をするかわからないわよね」
「はい。多分に先入観に過ぎないとはわかっていますが」
「けれど多くの人達がそう思っているわね」
「そうでしょうね」
 これは八条も同じであった。彼は比較的偏見の少ない人物であるが完全にないというわけではない。やはり人間である以上大なり小なり誰でもそうしたものは持っているのである。
「まあここは彼等に乗りましょう」
「はい」
「悪い条件ではないしね」
「若し騙していれば」
「その時はその分の責任は彼等が負うことになるわ」
 そう答えて笑った。
「何かとね。それがわかっていたらしないでしょうね」
「ですね」
「それじゃあ私達は賛成ということでいいわね」
「はい」
 八条はあらためて頷いた。
「国防省としてもそれでいいです」
「わかったわ。それじゃあ」
「この話はこれで終わりということで」
「そうね」
 言い終えるとコーヒーを飲んだ。
「丁度昼食が終わる時間ね。どうするの」
「どうすると言われましても」
 八条はその言葉を聞いて苦笑いを浮かべた。
「仕事がありますから。国防省に帰るしかありません」
「大変ね、国防省は」
「外務省も似たようなものだと思いますが」
「あら、私は忙しいなんて思ったことはないわよ」
「それはまた何故」
「気のもちようよ」
 カバリエはここでこう言った。
「気の」
「そうよ。それ一つで大きく変わってくるものなのよ、何事も」
「つまり認識の違いということですか」
「そのものズバリね」
 カバリエは八条のその言葉に頷いてみせた。
「物事は何でもそうだけれどそれに対する気の持ちよう、考え方で全く違ってくるのよ」
「よく言われることですね」
「仕事もそうよ。だから私は忙しいとは思わないわ」
「そうなのですか」
「貴方もそう思って仕事をしたらどうかしら。悪くはないと思うわよ」
「いや、実は今でもそれ程辛いとは思っていません」
「あら」
「日本軍にいた頃からこんな感じでしたからね。もう慣れています」
「慣れてるの」
「はい。まああの頃より多少は忙しいですが」
 笑いながら言う。
「平気ですね。むしろやりがいがあっていいです」
「流石ね」
 カバリエはそれを聞いてまた笑った。
「初代国防長官に選ばれただけはあるわ。どうやら大統領の人選は正解だったようで」
「そう言って頂けると有り難いです」
「けれど気をつけてね」
「今度は何に」
「世の中勤勉な人間ばかりじゃないわ。怠け者も多いわよ」
「はあ」
「そうした人間に仕事を押し付けられるようなことはないようにね。受けていたらキリがないわよ」
「それも時々言われますけれどね」
「要領も身に着けた方がいいわよ。政治家はね」
「そういうものですか」
「だから色々と勉強するようにね。いいわね」
「わかりました」
 八条は何度目かの頷きをした。
「とりあえず勉強していきます」
「そう、それが肝心なのよ」
 どういうわけかカバリエの顔も教師のようなものになった。彼女も伊藤と同じくそうした一面があるということであろうか。そうだとすると両者は全く正反対の外見を持ちながら似ている部分もあるということになる。
「まだ若いのだから。期待しているわよ」
「有り難うございます」
 こうして二人の昼食は終わった。カバリエはまず大統領府に向かい八条は国防省に戻った。そして自身の執務室に戻り仕事に取り掛かった。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその十四


「さて」
 彼は机に就くとまず自分の目の前にある書類の処理に取り掛かった。
「これが終わったなら」
「失礼します」
「おや、早いですね」
 シャリアピンが部屋に入って来た。技術総監であるグエン元帥も一緒である。シャリアピンが八条に礼をしてから話ははじまった。
「こちらの仕事が予定より順調に進みましたので」
「それは何よりです」
「それでこちらにお邪魔したわけですが。大丈夫でしょうか」
「ええ、こちらも」
 八条は処理した書類を机の左の方に重ねて置きながら応えた。
「これで今ある分は終わりましたから。それでは話をはじめましょうか」
「はい」
 シャリアピンは頷いた。そしてグエンが前に出て来た。
「これがその資料です」
 そう言いながら分厚いファイルを八条に差し出してきた。
「これがですか」
「ええ。まずは御覧になって下さい」
「わかりました。それでは」
 八条はそれを受け取ると早速ファイルを開いた。そしてその中に目を通しはじめた。
「ふむ」
「如何でしょうか」
 グエンは問うてきた。
「技術部としてはかなりの自信作ですが」
「そうですね」
 八条はファイルに目を通しながら答えた。
「正直に申し上げますと私の予想以上です」
「予想以上」
「はい。ここまで大型、そして重装備のものになるとは思っていませんでした」
「左様ですか」
「もっと小型になると思っていたのですが。これではまるで防衛衛星ですね」
「その防衛衛星以上の火力を持っておりますぞ」
 それに対する返答はこうであった。
「これだけで十個艦隊以上を相手にできる程に」
「大きく出ましたね」
 八条はグエンの自信に満ちた言葉を聞いて笑みを浮かべた。
「ティアマト級ですら一個艦隊だというのに」
「そのティアマト級をも凌駕するものです」
 グエンの自信は続いた。
「あの巨大戦艦、そして全軍をコントロールする為のものなのですから」
「だからですか」
「はい」
「巨大なのは。だとするとその電子機器、コントロール設備はかなりのものなのですね」
「ですね。今それも開発中です」
「ふむ」
「今まで艦隊の統率はティアマト級がやっていましたが」
 連合軍のそれぞれの艦隊の旗艦はティアマト級が務めている。ただ単に艦隊の旗艦なのではなく艦隊の指揮及びコントロールも行っている。そうした意味でも連合軍の象徴なのである。単に火力が大きいだけではないのだ。
「あの巨大戦艦といえどもコントロールできるのは一個艦隊程度まで。軍団、軍の統率はやはり人とシステムに頼る部分が大きかったと認識します」
「それをソフトウェアの部門からも充実させる」
「はい」
「それがこれの目的ですか。だからこのように巨大なのですね」
「その通りです」
 グエンは答えた。なお連合軍の軍の単位は艦隊を基準とし十個艦隊で軍団、十個軍団で軍となる。なお千隻の艦艇で分艦隊となる。艦隊司令官は中将が務め分艦隊は少将である。軍団及び軍は大将が司令官となる。これは連合軍特有であるが大将には実は同じ階級であってもランクがあるのである。上級大将という階級がない為にこうなっている。なお連合軍に上級大将がないのは連合軍設立前に各国の軍隊でそれぞれあった頃からのことである。エウロパ軍に上級大将という階級があり、これに就くのが貴族がほとんどであった為に嫌悪されたのだという意見もある。実際は単に連合各国の軍事形態がそうさせたのである。階級がなくそれ程特定の階級の為のポストを必要としていなかった為だ。
「これで一個軍の統率が可能です」
「一個軍のですか」
「非常に大きな存在になると思いますが」
「ティアマト級以上の」
「はい。人類史上今だかってない巨大なものとなるでしょう」
 どうやら技術部はこれの開発にかなり自信を持っているようであった。総監であるグエンの言葉からそれが如実に感じられた。
「まさに連合軍をあらたに象徴するものとなります」
「期待していいようですね」
「はい」
 グエンは頷いた。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその十五


「むしろ存分に期待して下さい」
「わかりました。それでは」
「お願いします」
「そして長官」
 今度はシャリアピンが声をかけてきた。
「何でしょうか」
「名前はどうしましょうか」
「名前ですか」
「ティアマト級は神々や英雄からとられていますが」
「それよりも上位のものでなければ格好がつきそうにもないですね」
「はい。そのうえで名付けて頂きたいのですが」
「わかりました」
 そこまで聞いて頷いた。
「今すぐにというわけにはいきませんが考えておきます」
「そちらもお願いします」
「ではそれも」
「何の名前にするか。期待していますよ」
「はい」
「格好いい名前をね」
「何かプレッシャーがかかりますね」
「そうでしょうか」
「どんな名前にしようかと考えると。胃が痛くなります」
「そういえば長官は御身体は何処も悪くありませんね」
「ええ」
 彼はグエンの言葉に頷いた。
「幸い。何処も悪くはありません」
「胃腸も大丈夫のようですね」
「ええ、まあ」
 彼はそれに頷いた。
「おかげで何の障害もなく食事を楽しむことができています」
「それは何よりです」
「これ程の激務ですから胃腸を少し位は壊しても平気だと思うのですが」
「それはないですね」
 彼は言った。
「昔から。ストレスで身体の何処かが悪くなったことはないです」
「羨ましい」
 シャリアピンはそれを聞いて素直に感嘆の言葉を漏らした。
「私なぞ何かあると胃腸薬が必要になるのに」
「胃潰瘍ですか?」
「いえ、下痢の方です」
 彼は答えた。
「すぐにね。お腹が緩くなるのですよ」
「それは災難ですね」
「まあもう慣れてきましたが」
 苦笑しながら言う。
「それでも厄介なことには変わりありませんが」
「今はどうですか」
「今はないですね」
 彼は言った。
「仕事の量は多いのですが。不思議と」
「それはよかった」
「国防省はストレスで悩んでいる者は少ないそうですよ」
 グエンがここで言った。
「それは何故」
「長官のおかげですよ」
「私のですか」
「ええ。特に厳格なことやノルマ等は課せられませんね」
「はい」
「それのせいですよ。おかげで国防省は極めていい雰囲気で働くことができています」
「それはよかった」
「それに対して内務省はかなりストレスが溜まっているようですが」
「金長官が厳しいせいですね」
「はい」
「その通りです」
 二人は同時に答えた。
「何かにつけて寸分の隙もないそうですから」
「しかも自分に対して最も厳しいそうで。反論もできないそうです」
「そうでしょうね」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「おかげで内務省は木の休まる暇もないそうです」
「セクハラで処分を受けた者もいるそうです」
「それは当然でしょう」
「若い女の子に声をかけただけでですよ。内務省の若い女の子に」
「それだけでですか」
「はい」
 シャリアピンは頷いた。
「お茶でも一緒にどうかと声をかけたら。それが内相の耳に入って減給処分だとか」
「それはまた厳し過ぎますね」
「何でも声を掛けた方が所帯持ちだったのがよくなかったそうです」
「そんなことを言ったら世間の軟派男は皆捕まりますね」
「まあそこまではいかないでしょうが」
「あまりにも風紀が厳しいこともまた事実です」
「そこまでだったとは」
 さしもの八条も閉口してしまった。
「流石と言うべきか何と言うべきか」
「あと内務省の者は糖尿病の危険も噂されていますしね」
「あ、それはわかります」
 八条はそれを聞いてすぐに頷いた。
「他でもない長官の嗜好によってですね」
「別に強制でも何でもないですが長官はお酒よりも菓子やジュースをスタッフにも勧めているそうで」
「内務省に御菓子屋の出入りがかなり激しくなったそうです」
「そうでしょうね」
 これは八条も大いに心当たりがあった。
「金内相の甘党ぶりは。凄いものです」
「お菓子だけでなく果物も相当お好きなようですが」
「スタッフへの差し入れはいつもお菓子か果物だそうですし」
 厳格極まる金ではあるが決して吝嗇ではない。下の者には仕事も風紀も極めて厳しいものを求めるがそれ以外では公平でかつ気前がいいのである。その厳しさから殆どそう見られることはないのだが。
 

 

第十五部第一章 放浪の果てにその十六


「中には太り気味になって当の長官に健康の為運動を薦められた者もいるそうです」
「何か笑い話ですね」
「あの長官と同じだけお菓子や果物、ジュースを食べていると」
「普通の人間だったら確実に肥満するか糖尿病になりますよ。あれはもう異常です」
「私も最初見た時は驚きましたよ」
 八条は率直に述べた。
「あれだけのお菓子を瞬く間にね。あれであんなに細いのが不思議でした」
「何でも太らない体質だそうで」
「いや、それでも」
「糖尿病にはあれでも気をつけておられるそうですね」
「そうなのですか」
「至って健康だそうですよ、御本人は」
「そしてまたお菓子を食べているとか」
「飲み物も凄いですからね、あの人は」
「麦茶や緑茶にもシロップをかなり入れられるそうで」
「流石にそれを見た時は我を失いました」
 八条の驚きはお菓子や果物だけではなかったのだ。
「どちらにもシロップは入れないものだと思っていましたから」
「そうだったのですか」
 シャリアピンはそれを聞いて目を少し丸くさせた。
「ええ、そうですが」
「ウクライナとかでは普通に入れますが」
「本当ですか!?」
「はい。ロシアンティーやそういった感じで」
 彼は言った。紅茶にジャムを入れるのがロシアンティーだ。かつてはロシア人はそうした飲み方は実際にはしてはいなかったとも言われているがこの時代は違う。ロシアでも飲まれるし他の国々でも飲まれる。
「流石にジャムを入れたりはしませんけれど。普通に入れます」
「そうだったのですか」
「案外お茶だけで飲むのは日本だけのようですよ」
「中国も結構何か入れることが多いですからね」
「それは意外でした」
 八条は二人の話を聞いて大いに頷いた。
「けれど私は紅茶にも何も入れないですからね」
「コーヒーには生クリームを入れられますね」
「はい、あれは好きです」
「ウィンナーコーヒーでしたね、確か」
 コーヒーの上に生クリームを置くものである。オーストリアやドイツでよく飲まれた為にこの名がついたとも言われている。欧風の飲み物だが連合でもポピュラーな飲み物である。名前はそのまま使われている。意地の悪い者達はこのコーヒーを飲んで今オーストリアの貴族の誇りを奪ってやっただの貴族の誇りを飲み干しただの言う。おおむねお洒落な飲み物として知られている。
「その通りです」
「コーヒーはいいのですね」
「そのままですと苦いですから」
 彼は答えた。
「あれにはクリーム等を入れます。ただ砂糖は」
「入れられないのですね」
 これは人それぞれである。中には他の甘味料を入れる者もいる。砂糖にしろ白砂糖を入れる者もいれば黒砂糖を入れる者もいる。この辺りは千差万別というのが連合である。
「はい。健康の為に。ただ甘いものは嫌いではありません」
「わかりました」
「今度の戦いも」
 グエンは話の締めに一言述べた。少し冗談めかした言葉を入れてきた。
「美味しいデザートの様に全てを上手く締め括りたいですね」
「はい」
 この一言で話は終わった。戦いは佳境に入っていた。だがその結末はまだ誰にもわかってはいなかったのであった。それは神のみぞ知るものであった。未来というものは残念ながら神ならざる人にはわかりはしないものだからである。 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その一


                  助演者達の思惑
 連合とエウロパの戦いが集結に近付いていることはもう誰の目にも明らかなことであった。マウリアはそれを受けて双方の講和に動いていた。これはクリシュナータの指示によるものであった。
「さて」
 彼は首相であるムルワーラ、そして外務省のスタッフと主席官邸の会議室において話をしていた。彼はムルワーラに対して顔を向けていた。
「双方に送った特使はどうかな」
「信頼していいと思います」
 ムルワーラはまずこう言葉を返した。
「彼等ならばやってくれます」
「かなり信頼しているのだね」
「はい」
 彼は自信に満ちた笑みで以って頷いた。
「エルール外相の判断が今まで狂ったことがあったでしょうか」
「そういえばないね」
 これはクリシュナータも認めるとことであった。
「それを考えると信頼していいということかな」
「是非信頼されて下さい」
 ムルワーラはまた言った。
「そしてこの講和を締結に導いたことにより人類社会における我等の評価は大きく上がるでしょう」
「全面衝突する二つの勢力を平和に導いた者として、だね」
「その通りです」
 ムルワーラはニヤリと笑った。
「その平和を愛する心と外交手腕を」
「得られるものは大きいな」
「そして得られるものはそれだけではありません」
「連合からの見返りか」
「まあ連合もそうそう何かをおいそれとくれるわけではないでしょうが」
「ある程度は要求してもいいな」
「そうですね。何が宜しいと思われますか」
「それは色々だ」
 どうやらまだ判断がつきかねているようであった。
「彼等の技術もいいが」
「後術供与ですか」
「だが最先端の技術は貰えないだろう」
「それは仕方のないことです」
 ムルワーラは言った。
「まあそれでも得られるものは多いと思いますが」
「そうか」
「連合の技術が我々より上なのは事実ですからね。例え彼等にとって最先端でなくとも我々にとっては非常に高度な技術である場合もあるでしょう」
「特に惑星開発だな」
「あれは特に。彼等はその分野においては他の追随を許しません」
「うむ」
「医療やエネルギーの分野ではあまり差がないように思えますが」
「これは以前から技術供与や共同開発を進めているな」
「はい。ですが惑星開発の分野では。我々が大きく遅れをとっているというのは事実ですし」
「今まで開発に積極的に乗り出していなかったせいも大きいか」
「これからもそれは当分の間変わらないでしょうけれどね」
 ここで当分の間と言ったが重要なのはマウリア人の時間に対する考え方である。一日や二日のタイムログは全く意に介さず歴史書においては百年の違いも普通にある国である。その時間の概念はあまりにも悠久であった。すなわち当分といっても五百年程はある場合があるのである。そしてムルワーラの今の当分の間もそちらの方であった。
「考えればその間に追いつけばいいかも知れませんが」
「ははは、その頃には我々は別の人生になっているな」
「何、大した違いはありません」
 彼等にとっては今の人生は輪廻の中の一つに過ぎないのだ。よく連合の者とマウリアの者が衝突する。連合の者が抗議するとマウリアの者はこう返すのである。
「何をそんなに怒っておられるのですか」
「怒る理由があるから怒るのだ」
 連合の者はこう抗議する。
「怒る理由ですか」
「そうだ。それを何とかしろ」
「いえ、それには及びません」
 マウリアの者は落ち着いた顔と態度でこう返す。
「何っ!?」
「それに何とかすることは不可能なのですから」
「不可能だと」
「はい。これは前世の巡り合わせのせいなのですから」
「何、前世」
 ここで連合の者は呆然とする。
「何が言いたいんだ、あんたは」
「私と貴方は前世の巡り合わせが悪かった為こうなってしまったのですから」
 マウリアの者は続ける。
「前世だと!?」
「はい。これは私達ではどうしようもないこと。気にされてはいけません」
「・・・・・・・・・」
 連合の者は大抵これで沈黙してしまう。宗教観の違いと言ってしまえばそれまでだがマウリア人の独特の概念を示す話の一つではある。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その二


「この宇宙であるのは同じなのですから」
「ははは、そう言われればそうだな」
 クリシュナータはそれを聞いて笑った。この宇宙というのは当然ながら今ある宇宙である。これもまたマウリア独特の考えであり今ある宇宙は創造神ブラフマーが創り、調和神ヴィシュヌが調和し、最後に破壊神シヴァが破壊するものである。その後にまた宇宙が創造されるのである。一つの宇宙は神々の一日のうちに創られ、そして破壊されるのである。これもまたマウリア人独特の考えであった。
「その頃我々はどういった人生かはわかりませんが」
「人であるという保障もない」
「その時にならなければわかりませんな。ですがその頃までに技術で連合に追いついてもいいです」
「では惑星開発はそれ程求めなくてもいいな」
「私はそう思います。今のこの時間でも」
「うむ」
 この今の時間は流石に数年、そして数十年のスパンである。
「あまり積極的に開発を進める必要性は見受けられません。我等は既に土地も食糧も資源も満ち足りております」
「そうだな」
「一国としては人類社会で最大です。そうそう焦ることもありません」
 今度は国力の視点から言った。
「少なくとも私はそう思います」
「今行われている惑星開発も順当だしな」
「ですから惑星開発に関しては今の普通の交流で学んでいってもよいと考えます。従ってこれは求める必要はないと考えます」
「わかった」
 クリシュナータはそこまで聞いたうえで頷いた。
「では何を求めるか」
「軍事はどうでしょうか」
「軍事か」
「連合はこれにおいてもかなりの技術を持っておりますが」
「ふむ」
 これを聞いてあらためて考え込んだ。
「今の戦いは彼等の技術力によるところも大きいのではないかと思いますが」
「技術力だけではないな」
 クリシュナータは言った。
「確かにそれも大きいが」
「といいますと」
「やはり数と」
 そこにもう一つ付け加えた。
「補給だ。彼等のロジスティック能力は驚くべきものがあると思わないか」
「言われてみれば」
 ムルワーラも言われてそれに気付いた。
「六十億の大軍を動員したというのは人類史上はじめてのことだ」
「はい」
「それをつつがなく行っているというのは。やはり大きいな」
「そうですね」
 スタッフの一人がここで頷いた。
「物量だけの問題ではありませんから」
「うむ」
「その他にも。それだけの兵力を一度に動員するとなるとかなりのものを要します。それを考えますと」
「連合のロジスティックシステムは非常に興味深いな」
「ではそれを学びますか」
「だがこれは軍事交流でも学べるな」
「それはそうですが」
 これもどうやら重要な話ではないと思えた。
「ではどれを引き出させますか」
「我等の求めるものはどのみちブラックボックスにされているだろうしな」
「はい」
 連合とて馬鹿ではない。それは容易に予想されることであった。これはもうマウリアの方でも見当がついていることであった。
「となるとあまり得られるものはないのかも知れない」
「ですがそれでは」
「それもわかっている。さて、どうするか」
「とりあえず貰えるものは貰っておきましょう」
 ムルワーラは言った。
「通商で有利な条約、そして謝礼も貰っておかないと国民世論が許さないでしょう」
「それもある」
 これもまたクリシュナータにとっては当然のことであった。しかし彼にとってはそれまでの技術の話の方が重要であった。しかし話をそちらに移すことにした。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その三


「しかしそれだけでは」
「駄目ですか」
「物足りないような気がするな」
「いえ、そうではないと思います」
 しかしスタッフの一人がここでこう言ってきた。
「むっ」
「君は」
 クリシュナータもムルワーラもそれに顔を向けた。見れば赤がかった黒髪の彫の深い顔立ちの男がそこにいた。目は黒く琥珀の様な光を放っていた。その目が実に印象的であった。
「君は」
「新しく任命した首相補佐官です」
 ムルワーラが言った。
「彼がか」
「はい。セオニ=ボパール。首相府のスタッフの一人です」
「何でも前の補佐官が国防省に出向になたので若手を任命したとは聞いていたが」
「それがこの彼です。若いですがかなり優秀な人材ですよ」
「いえ、そのような」
 ボパールはその言葉には謙遜を示した。
「私なぞはまだまだ」
「いやいや、何を言う」
 ムルワーラはそんな彼を笑顔で応じて言った。
「君は常に頼りにしているのだ。そんなことを言ってもらっては困る」
「はい」
「では遠慮なく言ってくれたまえ。この件に関して君はどう考えるかね」
「これは私個人の考えですが」
 まずそう断ったうえで言う。
「やはり技術供与は肝心なものは得られないと思います」
「やはりそうか」
「また我々もどうしても欲しいという技術はないと思います。ですからこちらはあまり望むべきでもないと思います」
「では何を求めるか」
「講和の見返りとしての金銭的な援助、そして各通商条約を有利なものとすることでしょうか」
「ふむ」
 クリシュナータはそれを聞いてまず考え込んだ。
「それで手打ちというわけか」
「それだけでは不足でしょうか」
「規模にもよると思う」
 クリシュナータはまた言った。
「どれだけの規模になるか」
「中央政府、そして各国との間で行えばどうでしょうか」
「双方とか」
「はい。これならかなりのものになると思いますが」
「確かにな」
 言われてみればその通りであった。連合は一国ではないのだ。中央政府という束ねる存在とは別個のような形で三百もの国家が存在する。巨大な連邦国家であったのだ。
「これですと我々が得られるものも普通に中央と条約を結ぶより遥かに実入りのいいものとなります」
「これは連合の諺だったか」
 クリシュナータはふと言った。
「塵も積もれば山となる、ということか」
「まあそうした感じです」
 ボパールもそれを認めた。
「それでどうでしょうか」
「首相はどう思うか」
 クリシュナータはまずは即断を避けた。そしてムルワーラの意見も伺うことにした。
「非常によい案だと思います」
 それが彼の答えであった。
「首相はそれでいいのだな」
「はい。大統領は如何でしょうか」
「私としてもそれで異論はない」
 彼は言った。
「実入りがあるのならな。積極的にやっていこう」
「わかりました。それでは」
「うむ。だが各国と提携を結ぶとなると作業が厄介になるな」
「いや、案外そうはならないでしょう」
 ボパールはまた言った。
「それはどうしてだね」
「この戦いを講和に導いたというだけで大きな恩ですから。我々が有利なように話は進みますと」
「恩か」
「はい。これ以上はないという位の大きな恩です」
「講和か」
「これにより連合の多くの者が無傷で戦場から帰ることができます。それだけでも大きいでしょう」
「そうだな。では」
「はい」
 ボパールは頷いた。
「ではそれでいきましょう」
「よし」
 クリシュナータは頷いた。これで全てが決定した。
「では連合から求めるものは以上とする。これでよいな」
「はっ」
 一同それに応えた。
「それではまず講和の締結を優先させる。全てはそれからだ」
「はい」
「よいな。それで」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 こうして彼等は講和、そして講和の後に向けて動きはじめた。その動きは水面下であったが確実に動いていた。しかしそれはまだ他の者には知られてはいなかった。あくまで水面下の世界でのことであった。それを知ることができるのはまさに神だけであった。
 ムルワーラはクリシュナータとの話が終わると自身の官邸に戻った。そして執務室でボパールと二人で話をしていた。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その四


「さっきは見事だった」
 ムルワーラはこう言ってまずボパールを褒めた。
「中々求めるものが決まらなくて困っていたのだ」
「私も色々と考えたのですが」
 ボパールは静かな声でこう述べた。
「これが最も有効かと思いまして」
「まさか連合の各国とも話をしようとはな。これは私も思いが及ばなかった」
「私もふと気付いたのです。連合という勢力の形態について」
「彼等はあくまで連邦国家というわけだな」
「はい」
 彼はこう答えて頷いた。
「連邦国家ならではの特色ですから」
「確かにな」
「それに我が国は元々連合の各国とは条約を結んでおりますし。下地もあります」
「何かと結構あるものだな」
「ですから動き易くもあります」
「ふむ」
 そこまで聞いて考えに入った。
「そうだな」
「何か」
「いや、気になることがある」
 ムルワーラは考える目になっていた。
「それは一体」
「彼等とて愚かではない。それぞれ癖のある国も多い」
「はい」
「てこずる国もあるだろうな。それも調べておいた方がいいか」
「まず思いつくのはイスラエルですね」
「あそこか」
 ムルワーラはその国の名を聞いてさらに目に思慮の色を入れた。
「はい。やはりあの国には警戒すべきかと」
「一筋縄ではいかないだろうな」
「そしてベトナムにタイ、フェニキア」
「癖のある国が続くな」
「そして日本です」
「あの国もか」
 最後に日本を聞いてさらに考えが深くなった。
「伊藤首相はかなり強かな人物のようだな」
「連合においては色々と言われているようですね」
「女狐だったか」
「他にも女帝の懐刀とも言われています」
「ああ、そういえば今の日本の天皇は女性だったな」
「はい」
 ボパールは応えた。ムルワーラはここで天皇とわざわざ銀河語で言った。素直にマウリア語で言うと皇帝になるのだがあえてこう言ったのである。
「若くて可愛らしい方だと聞いているが」
「それでも側にいる人物は厄介ではないとは限りません」
「それが彼女か」
「はい。彼女を相手にするには。生半可ではいかないかと」
「厄介な話だ」
「まあ日本やイスラエル、ベトナム等にはこちらも優れた人材を派遣しましょう」
「アメリカや中国、ロシアはいいのか」
「あの三国はいいと思います」
 ボパールは連合の三大国は特にマークしていないようであった。
「どうせ力技しかありませんから」
「おいおい、それは言い過ぎではないか」
 ムルワーラはその言葉を聞いて苦笑を禁じ得なかった。
「連合の中心となっている国家だぞ、いずれも」
 これは日本も同じなのであるが何故かボパールはここでは日本と三国を分けてきた。
「それだからです」
 彼は言った。
「連合の中心である大国だからこそ。彼等の外交は稚拙なものがあります」
 今度は稚拙とまで言った。かなり辛辣であった。
「所謂井の中の蛙です」
「ふむ」
「連合内部でも反発を受けているような外交が我等に通用するでしょうか。ロシアとの宝石の摩擦を思い出して下さい」
「あれは我々にとっては楽な話だったな」
「そうだったでしょう」
 ここでボパールの顔が変わった。会心の表情となった。だがその顔に笑みは浮かべてはいない。
 ロシアとの宝石摩擦は実はマウリア側はロシアの手の内を全て読んでいたと言われている。そのうえで彼等は手を打ち、そして対策を講じてきたのであった。その結果双方納得のいく条件での妥協となったがこれもマウリア側は全て予測していたのであった。だがロシアは結局気付いてはいなかったのだ。自分が完全に読まれていたということに。
「確かにロシアの動きは実にわかり易い」
「はい」
「アメリカや中国も。これで我々が連合にいればかなり違っただろうがな」
 この三国は何かと恫喝をすることでも知られている。連合内部では武力行使といったものはない。それで話が済む時代は二十一世紀で終わっている。むしろそれよりも経済による影響力行使の方が効果があるのである。連合は武力を用いた戦いはないがそうした経済、貿易による戦いが極めて熾烈なのである。
「でしょうね」
「それで連合内部の小国はよく合従連衡しているそうだな」
「はい」
「全ては彼等に対抗する為か。それで上手くいっているのかな」
「いく時もあればいかない時もあるようですね」
 ボパールは答えた。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その五


「時と場合によるようです」
「そうか」
「ですが案外大国の方も苦戦しているようです」
「ふむ」
「先に述べさせてもらったように彼等の外交は稚拙なものがありますから」
「小回りが利かなくてそこを衝かれている、ということかな」
「一言で言うとそうですね」
 彼はまた言った。
「それが為に連合はバランスがとれているという一面があります」
「調和というわけだな」
「ヴィシュヌ神の御加護です」
「いや、それはどうかな」
 ムルワーラはヴィシュヌという名を聞いてそれには異を呈した。
「といいますと」
「連合にはヒンズー教徒は殆どいない筈だが」
「はい」
 これは事実であった。インド系の者もいないわけではないが極めて少数である。他にはビジネスや留学等で来ているマウリア人ばかりである。多くの宗教を擁する連合においてヒンズー教は極めて少数派であった。バリ島の名残でインドネシアにいないわけではないがそれはやはり少数派であった。それ程多くはないのである。といってもマウリアの思想はやはり残ってはいる。
「ヴィシュヌ神は連合にはおられぬだろう」
「いえ、おられますよ」
 ここで彼ははじめて笑った。
「ヴィシュヌ神はこの宇宙を司られているのですから」
「そうだったな」
「ですから。連合にもおられます」
 その笑みは穏やかな笑みであった。まるでバラモンが神を説くような笑みであった。
「では連合もまたヴィシュヌ神の御加護があるというわけだな」
「そういうことになります」
「彼等が信仰していなくとも。神は偉大だな」
「そうですね。流石にサハラでこれは言えませんが」
「あそこはまた別だな」
「はい」
 彼は頷いた。
「イスラムは。我々にとっては全くの別世界です」
「同じムスリムであっても連合のそれとはかなり違っているな」
「はい」
「アッラーを信仰しているということでは同じだが。その他は別のものであると言ってもいい」
「人や場所が変われば神も変わるものです」
「神の中は変わらなくともか」
「はい。神のお姿は一つではありません」
 そして彼はヒンズー独特の宗教思想に入った。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その六


「ヴィシュヌ神やシヴァ神がそうであるように」
「言われてみればそうだな」
 これはムルワーラにもわかった。ヴィシュヌにしろシヴァにしろその姿を自由に変えることができるのである。ヴィシュヌは時として英雄クリシュナになり、時として勇敢な王子ラーマになる。そして仏陀にもなるとされているのである。人に生まれ変わることも普通なのである。これがヒンズーであった。
「しかしイスラムと我々は全く違う神だな」
「はい」
「これはどう説明できるかな」
「世界も、宇宙もまた一つではないということでしょう」
 彼はこう答えた。
「一つではないか」
「はい。我々の宇宙はヒンズーの宇宙です」
「うむ」
「連合にもそれはかかっております。ですがサハラの宇宙はサハラの宇宙なのです」
「全く違う世界だと言いたいのだな」
「はい」
 ボパールはまた頷いた。
「そういうことになります」
「成程、よくわかった」
 ムルワーラはそれを聞いて納得したように頷いた。
「そう言われるとわかり易いな」
「ええ」
 これはこの時代独特の考えであった。宇宙は決して一つではない、それがこの時代の人類の宗教における考えの一つであったのだ。
 社会も世界も複雑に多層、そして並列に存在している。人類は長い思索を経てようやくその考えにまで辿り着いたということである。
 それまでに実に多くの血が流れたがようやく克服されたと言ってよかった。人間は愚かな一面もあるが進歩するということの証左の一つであると言えた。だがこれはあくまで宗教や哲学での話であり、利害はまた別であった。そうした争いはやはり存在しているのであった。
「ではサハラはサハラでいいな」
「はい」
「連合は我等の世界も入っている。これで納得がいった」
「有り難うございます」
「そのうえで話を続けようか」
「はい」
 こうして二人は話を戻した。
「あの三国にもやはり優れた人物を送るべきなのは事実です」
「うむ」
「交易等での重要度はやはり高いものがりますから」
「それはあるな」
 ムルワーラはそれには同意した。
「地位も高い者を送るか」
「はい」
「だが三国にはタフ=ネゴシエーターは必要ないか」
「ある程度の能力の持ち主でいいと思います」
「そして日本等には地位はある程度低くとも優れた者を」
「それで宜しいかと」
「だが日本は厄介だな」 
 ここでまた一つ頭を悩ませる問題が生じてきた。
「一体誰を送るべきか」
 ムルワーラは腕を組んで考えはじめた。
「地位も高く、そしてとりわけ交渉に秀でた者だが」
「では私が行きましょうか」
「君がか」
「はい」
 その声が強いものとなった。
「いいのか」
「はい。以前外務省にいたこともありますから」
 そしてこう述べた。
「日本大使館にも赴任したことがあります。これはお話していたでしょうか」
「そういえばそうだったな」
「ですから日本はお任せ下さい。首相補佐官では地位的にもいいでしょう」
「そうだな」
「それではその時は私が行きます」
「うむ、頼むぞ」
「お任せ下さい」
 これで日本へ行く者までもが決定した。マウリアは既に戦後に向けて動いてた。今戦いの先はこの調停者によって定められようとしていたのであった。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その七


 連合とエウロパの戦いは次第に終末へと近付いていっていた。これを眺める者達の中には別のものを見ている者もいたのであった。
 シャイターンは北方の総督府を解放した後そこへの難民の帰還、生活の確保に尽力を尽くしていた。すなわち内政に専念していたのである。
 これはティムールにとって非常に大きな効果をもたらしていた。人口が急激に増加し、産業も復興してきたのである。総督府においてエウロパが苦心して築いたものが彼等のものとなったのである。それはティムールのもとの国力をも凌駕するものであり彼等はそれを得たことによりその力を飛躍的に増大させていた。そうして大国になろうとしていたのであった。
 シャイターンは軍務よりも政治に専念していたのである。この日も数名の閣僚と個別に会談を行っていた。
 豪奢な黒檀の机が置かれ絹のカーテンで飾られた部屋が彼の執務室であった。彼はここにその赤く華麗な軍服とマントに身を包み座っていた。そして目の前に立つ男と話をしていた。
「財政面はそれでいいな」
「はい」
 細い顔に鋭い目を持った狐に似た顔の男がそれに頷いた。草色のスーツを着込み、何処か隠密めいた印象を与える。文官であろうが只の文官にはとても見えなかった。
「こちらもかなりの増加を見せています」
「財政が豊かになるのはよいことだ」
 シャイターンは彼のその言葉を聞いて頷いた。
「その分だけ色々なことに資金を回せるからな」
「はい」
「だが管理は厳密にしておくように」
 そして彼はこう言った。
「急激に豊かになるとそれに目が眩む者もいる」
「はい」
「懐に入れようとする不心得物が出る可能性もある。それは注意しておくようにな」
「わかりました」
 草色のスーツの男はまた頷いた。
「それでは信頼できる者達に管理を任せましょう」
「頼むぞ」
 シャイターンは言った。
「資金がなくては何もならないからな。政治においても」
「はい」
「何事においても黄金は必要だ。それがなくては戦争もできはしない」
 そう言いながらその鋭利な目に何かを見ていた。
「ティムールも動きはしない。黄金は国家にとってまさに血だ」
「仰る通りです」
「血がなくては人は死ぬ。国家もまた然り」
「そしてその血は実に多様な使い方ができます」
「そうだ。それをどう使うかによって全てが決まる」
 彼はあくまで現実を見据えて語っていた。
「全てがな。これからのこともだ」
「これからのことも、ですか」
「そうだ。先を見据えて動くようにな」
「わかりました」
 スーツの男はまたシャイターンの言葉に頷いた。
「今はそれを内政に使う」
「はい」
「ここで一つ言っておくことがある」
 彼はそう言って男を見据えた。
「一つのことが二つのもの、さらに多くのものを生み出すということを覚えておくようにな。利益は一つでは駄目だ」
「はい」
「さらに得たものをより増やしていく。それで政治は成り立っているのだ」
「拡大、そして更なる拡大ですか」
「そうだ」
 彼は言った。
「内政もまた戦争だ。何かを生み出す為のな」
「では我々も戦場にいるということになりますな」
「そうだ。それは常に心に留めておけ」
 その目がさらに鋭利になる。まるで剣の様に白く鋭い光を放っている。
「我々は常に戦場にいる。それを忘れるな」
「はい」
 男は応えた。
「この世界に戦いのない場所はない。例え武器がそこになくとも」
 その目には明らかに武器を含んでいた。
「戦いはある。そして戦争は常に勝利を収めなくてはならない」
「勝利を」
「そうだ。では行くがいい」
 男に出陣するように言った。
「そして多くのものを掴め。よいな」
「はい」
 彼はまた応えた。そして一礼した。
「ティムールの為に」
「ティムールの為に」
 こうしてこの草色のスーツの男との会談は終わった。男が去ると暫くして別の若い男が部屋に入って来た。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その八


「大蔵大臣は帰られました」
「ああ」
 シャイターンは彼の言葉に対して頷いた。
「会談はどの様なものでしたか」
「彼を出陣させた」
「出陣ですか」
「そうだ」
 そしてまた頷いた。
「戦いにな。政治もまた戦いだ」
「はい」
「少なくともそう考えていなければどうにもならない。旧総督府はまだまだ人が少ない」
「その通りですね」
「これからどんどん戻って来るだろうが。その為の施設の保存や住居施設の整備もある。後はインフラか」
「インフラもかなり復興が進んでいます」
「それは何よりだ」
 これは彼にとっては朗報であった。
「既に今戻って来ている者達の分は復興しております」
「そしてこれから戻って来る者達の分もだな」
「はい」
 若者は応えた。
「それを思うと大変ですね」
「だがエウロパが築いたものがそのまま我々の手に入った」
「それは大きいですね」
「結果として彼等が攻め込む前よりも国力は上がっているな。これは朗報だ」
「後は難民達が順調に帰って来るだけですが」
「サハラにいる者達は順調に帰ってきているようだな」
「ええ、彼等は」
 彼はそれにも頷いた。
「そしてマウリアにいた者達も。これは心配していない」
「心配といいますと」
 若者はシャイターンの言葉に一抹の危惧が含まれていることに気付いた。
「それは一体何でしょうか」
「連合にいる者達だ」
「連合に」
「そうだ。彼等はどうなっているか」
「帰って来ている者もいますが」
 若者はそれに応えた。
「も、か」
「はい」
「全てではないようだな」
「彼等は暫定的ではありますがあちらに市民権も持っていまして」
「それは聞いている」
「そして義勇軍として今の戦いに参加している者もいます。すぐにの帰還はあまりないようです」
「つまり順調ではないということだな」
「申し訳ありませんが」
「仕方のないことだ。謝る必要はない」
 だが彼はそれはよしとした。
「問題は他にもある」
「他にも」
「それは情だ」
 シャイターンはここで情という言葉を出してきた。それを口にしながらも目はそれを見てはいなかった。
「情ですか」
「そうだ。長い間そこに住んでいるとその土地に愛着が出て来るな」
「ええ、まあ」
「それによりここに帰らない者が出て来る可能性もなるな」
「サハラに生まれたのにですか」
「こればかりはどうしようもない」
 シャイターンはそう言ってまずは突き放した。
「人の感情というものはな。人ではどうしようもないのだ」
「それもまたアッラーの思し召しというわけですか」
「そういうことだ」
 そしてこう述べた。
「だからそうした者にはあえて強制はしない」
「はい」
「戻って来た者だけのことを考えよう。よいな」
「わかりました」
「そしてだ」
 彼はまた言った。
「難民達がどれだけ戻って来るのか。見通しは立っているか」
「はい」
 若者はそれにも答えた。
「全体の九割以上は。少なくとも見込めます」
「九割以上か」
 シャイターンはそれを聞いて顎に自分の手を当てて考えはじめた。
「全てではないのだな」
「流石にそれは有り得ません」
 若者は率直に述べた。
「それに数自体が大きく変わっていますし」
「長い間だったからな」
 彼はそれを受けて呟いた。
「死んだり子供が生まれたりするか」
「それがありまして。数はかえって増えています」
「それで大きく変わったのだな」
「その通りです」
「全体的には増えているのか。それとも減っているのか」
「増えております」
 若者はまた答えた。
「それも結構。マルン=バンプール大蔵相もそれを考えて予算を編成されています」
「今さっきの話ではそんなのは出なかったが」
「仰っていませんでしたか」
「ああ」
 シャイターンは往った。
「初耳だ。完全にな」
「そうでしたか」
「だがそれを既に見越して考えているのなら構わない」
 彼はそれはよしとした。
「しかし問題は帰って来ない者達のことだ」
「彼等のことですか」
「彼等はどの辺りの者達だ。連合に行った者達か」
「仰る通りです」
「やはりな」
 彼はそれを聞いてまずは頷いた。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その九


「それ程連合というのは居心地がよいのか」
「噂によると既に彼等の新国家建設の案まで出ているそうです」
「新国家の」
「はい。もう場所の選定まで話が進んでいるそうです」
「また早いな」
 シャイターンはそれを聞いて考える目をした。
「もうそこまで話がいっているのか」
「既に彼等の各国首脳会議まで話がいっているそうです」
「そうか。そこまでいくともうすぐだな」
 シャイターンはそれを聞いてまた顎に手を当てた。連合の政治システムについては彼もよく知っていた。中央政府は二院制であるがその上に各国首脳会議が存在する。それにより実質的には三院制となっているのである。
「そして彼等はそこに国を作ってどうするつもりなのだ」
 シャイターンは顎から手を離して若者に問うた。
「どういった国家を作るつもりなのか。気になるな」
「そこまではまだわかりませんが」
 彼はいささか首を傾げながらもこう答えた。
「ですが新国家を建設することは事実のようです。今わかっているのはそこまでです」
「国家建設といっても人口は少ないのではないのか」
 シャイターンの疑問はまだあった。彼はそこにも言及してきた。
「精々。十億程か」
「はい、それ程です」
 若者も答えた。
「おおよそ。連合においてはそれでは小国に過ぎませんが」
「そうだな」
 連合は三兆の人口を誇る巨大勢力である。三百の国家がその中にあり当然国力の大小が存在する。そこには千八百億の人口を擁する中国や十億の人口をやっと持つ小国も多数存在する。大国と小国の力の差はこの時代にあっても歴然として存在しているのである。これもまた現実であった。
「ですがそれでも国家を建設するようです」
「帰るべき場所があるのにか」
「既にサハラは彼等にとって故郷ではなくなっているということでしょう」
 その言葉にはいささか寂寥感が感じられた。
「連合に帰るべき場所を見つけた。それだけです」
「それだけか」
「はい。言葉で申し上げますと」
 その言葉の中にはやはり何か寂しいものがあった。
「連合が彼等の家になってしまったのです」
「生活基盤がそこに移ってしまっては仕方がないか」
 シャイターンはそこまで聞くとポツリとそう呟いた。
「こればかりは我々にはどうしようもない。全くな」
「はい」
 若者もその言葉に頷いた。
「そうした意味で。連合に負けたな」
「負けましたか」
「そうだ。それも完敗だ」
 この場合は政治的名敗北という意味である。
「人はただ故郷だけに帰りたいとは限らないということだ。それもまた真理だったのだ」
「真理ですか」
「この世で絶対の真理はあくまでアッラーの御教えだけだ。だがそれ以外の事柄には全て多くの真理がある」
 シャイターンはいささか哲学めいたことを口にした。
「多くのですか」
「そうだ。そうした視点から見れば彼等は我々とはまた別の真理を選んだということだ。結局はそうなる」
「そうなりますか」
「それをどうにかすることもできはしない。諦めよう」
「わかりました」
「一割未満なら取り返しもつく」
 純粋の国力の観点からもこう見ていた。こうした冷徹さもまた彼の特徴の一つであった。
「今後はその取り返しのことを考えていく」
「確かに一割未満なら容易ですね」
「そうだ」
 シャイターンはまた頷いた。
「妻は四人まで持ってもよい。まだ我々は生まれる命は基本的には止めはしない」
 イスラムの教えであった。
「人口を増やすのは容易だな」
「それですぐに取り戻しがききますね」
「長期的にはな。さしあたっては短期的にだが」
「何かありますか」
「新たな産業を振興させよう」
 シャイターンは言った。
「幾つかプランも考えている。それについて話をしたいのだが」
「わかりました」
 若者はそれに頷いた。
「それでは産業大臣を御呼びします」
「うむ、頼む」
 シャイターンは若者に対してこう言葉を返した。それからまた言った。
「では宜しく頼むぞ。そしてだ」
「そして」
「一通り済んだらまた動く。今度の敵は」
「今度の敵は」
「東だ。よいな」
「わかりました」
 若者は最後に頷いた。一礼してその場を後にした。その後でシャイターンの執務室を後にした。そのまま音を立てることのない不思議な足取りで廊下を進んでいた。
「シャイターン補佐官」
 そんな彼を後ろから呼び止める声がした。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その十


「はい」
 彼はそれを受けて後ろを振り向いた。見れば彼より前にシャイターンと話をしていた草色のスーツの男であった。ティムール大蔵大臣であるマルン=バンプールである。
「大蔵相」
「主席と話をしていたのだね」
「ええ」
 この若者、ハルツーム=シャイターンは彼の言葉に頷いた。このシャイターンの名前からもわかるように彼もまたシャイターン家の者であることがわかる。彼はシャイターンの従弟にあたる。シャイターンの父であるムシュタの妹の子である。
「そうか」
 バンプールはここで一旦辺りを見回した。そしてそれからハルツームに顔を戻して言った。
「ここで立ち話も何だ。場所を移すか」
「それでは私の執務室ではどうでしょうか」
「お邪魔していいかね」
「ええ。ただ少しお待ち下さい」
「仕事かね」
「はい。産業大臣を主席のところに御呼びしなくてはいけませんので。その間はお待ち下さい」
「わかった。それではまた後で」
「はい」
 こうして彼等は一旦別れた。その後でハルツームの執務室にて落ち合うこととなった。バンプールがわざわざ彼の執務室に出向く形となった。
「ようこそ」
「うん」 
 軽い挨拶の後で話がはじまった。二人はソファーに腰をかけ向かい合った。まずはバンプールが口を開いた。
「話というのは他でもない」
「はい」
「予算のことだ。これから主席にもお話しようと思っているが」
「何かあるのですか」
「思ったより増えそうなのだ」
「増えそう」
 それを聞いたハルツームの顔が動いた。
「それは意外ですね」
「意外か」
「ええ、まあ」
 そして彼はそれに頷いた。
「普通予算というものは。どうしても不足するものですから」
「ははは、確かにな」
 バンプールはそれを聞いて笑った。
「それを何とかするのが大蔵大臣の仕事だからな」
 この言葉は真実であった。予算というものは常に足りないものである。潤沢にあるように見えても実際に編成してみたりすると足りないということが常である。それはこのティムールにおいても同じである。この国は財政面では困ってはいないと言われているがそれでもこうなのである。それだけ予算というものは難しいものなのである。
「そして多い理由は」
「彼等が置いていったものだ」
「彼等」
「エウロパの者達のことだよ。実は彼等が置いていったインフラや設備が思ったよりよくてね」
「はい」
「その分を整備する予算が浮いたのだよ。大蔵省としてもよい話だ」
「ですね」
「そしてその浮いた分をどうするか、なのだ。問題は」
「そこですか」
「君はどう考えるかね。この分を何処に回すべきか」
「普通なら軍事費に回すべきですが」
「私はそれはどうかと思うのだが」
「何故でしょうか」
「今我々は表向きは平和政策を執っている」
「はい」
 あくまで表向きである。裏では各国に工作員を送り込んではいてもそれが表面化しなければ平和政策を執っているということになるのである。
「だから軍事費に回すのはどうかと思うのだが」
「機密維持費や臨時費としては駄目でしょうか」
「それでも勘がいい者には気付かれるだろう」
「まあそれはそうですが」
「それにまだ戦いを進める時ではない。今はいいと思う」
「ではどうされるおつもりですか」
「教育費と社会保障費に回してはどうかと思うのだが」
「そちらにですか」
「うむ。それはどう思うかな。君の率直な意見を聞きたいのだが」
「そうですね」
 問われた彼は一呼吸置いてから答えた。
「意外といえば意外ですが」
「うむ」
「いい案だと思います。それでいいと思います」
「君もそう思うか」
 バンプールはそれを聞いて笑みを浮かべた。鋭い顔が微かではあるがほころぶ。
「建国以来教育費と社会保障費に充てられる額は決して大きなものではなかったですし」
「そうだろう。それもあって考えたのだ」
 彼は応えた。
「予算ができたのならば回すべきです。教育省や厚生省にもお話をして」
「うむ」
「今ここでそれ等を固めていきましょう。そうした意味で賛成させて頂きます」
「理解してもらえたようだな」
「ですが有効にやっていきたいですね」
「それは当然だ」
 ただ予算を回して終わりというわけではないのである。資金がなければ何にもならないがそれを有効に使わなくては何にもならないのである。それは彼等もよくわかっていた。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その十一


「教師の質の向上を図り、そして設備の充実ですか」
「特に教師の質は重要だな」
「はい」
 これは言うのは易しであるが実際に行うには非常に難しいことであった。教師というのは一朝一夕でできるものではない。一人育て上げるまでにかなりの時間と労力、そしてここでいう資金が必要なのである。それでもまともな教師ができるとは限らない。これは連合やエウロパにおいても問題になっていることである。
 思想や人格に非常に問題のある教師が出てしまうことがままあるのである。ある宗教に入れ込み原理主義を生徒に叩き込む教師やそもそも人格に障害がある教師などである。そうした教師は結局何処にでもいるものではあるがそのような教師に教えられる生徒の方こそいい迷惑である。だからこそできるだけそうした教師を減らし、いなくなるようにすることが重要なのである。
「問題のある教師をまずマークするか」
「教育相には私からお話しておきます。主席もお話すれば理解して頂けるでしょう」
「そして大学からのカリキュラムの見直しだな」
「同時に今いる教師の教育の徹底」
 教師だからといって教育を受けないわけではないのだ。むしろ教師こそそうした教育を徹底的に受けなくてはならないのである。
「現場にも目を行き届かせてな。チェックが働らかなくてはどうにもならない」
「それへの資金もですね」
「何か社会保障費よりも予算がいきそうだな」
「まあそれは仕方ないです」
 ハルツームはそれをよしとした。
「元々教育にかける費用は惜しんではならないものですから」
「そうだな」
「問題はそれをどう有効に使うかなのです」
「教科書はどうかな」
「それに関しては私は目を通してはいませんが」
 そう断ったうえで述べた。
「一応チェックはされるべきでしょうね」
「そうか」
「その分の予算も回しておかなくてはならないでしょう」
「やはり教育費に重点を置いていくか」
「今回はそれでいきますか」
「そうだな。ではこれでおおよそは決まった」
「はい」
「教育費に七割程回したい。社会保障費は三割だ」
「それではそれで」
「うむ」
 こうして予算の配分も決定された。二人の話はこれで一応は終わりをみた。だがそれで完全に終わりではなかった。
「ところでだ」
「何でしょうか」
 バンプールはあらためて口を開いた。そしてハルツームはそれに応えてきた。
「先程機密維持費と秘密費のことが出たが」
「それが何か」
「そちらでのことはどうなっているかな。私は保安情報部のことはよく知らなくてな」
「イブヌル=アブサーファ大将の管轄でしたね」
「そう、彼だ。確かあそこは主席府直属だったな」
「はい」
「あそこにかなりの部分が回されるのだが」
「私も詳しい使われ方は知りませんが」
「補佐官の君でもか」
「はい。あそこはその殆どが謎に包まれた組織です」
 ハルツームの声が剣呑なものを含んできた。
「ですから。どういったものか私にもわかりません」
「そうなのか」
「ただ、ここにおいてすらおおっぴらには言えないようなことに予算が回されているのは事実でしょう」
「工作機関だからか」
「はい。ただそれは我々や国民には向けられてはいません」
 そうした意味でかってのゲシュタポやKGBといった二十世紀の独裁国家の秘密警察とは違った組織となってはいる。なおこういった組織のもとはフランス革命のジャコバン派にある。フーシェが作り上げたと言われている。
「そうか」
「あくまで外に対してです。例えば」
「ハサン、そして」
「はい」
 バンプールの声にも剣呑さが含まれてきた。
「オムダーマンか。例え同盟関係にはあっても」
「それが政治ですから」
 ここでハルツームの声は淡々としたものとなった。
「当然ではないでしょうか」
「そう言ってしまえばそれまでだな」
「そういうことです、結局は」
 剣呑さこそ消えてはいたがそれでもその淡々とした様子には毒が含まれてはいた。
「他国、しかも同じサハラにある以上いずれは」
「雌雄を決するということか」
「ですね」
 シビアな視点であった。だがそれだからこそ多くのものを冷徹に見ていた。
「その時の為に何かと手を打っておいてもいいでしょう」
「何かと、か」
「はい」
 ハルツームの声に剣が宿った。
「主席はそこまで考えておられますが」
「流石と言うべきか」
 賞賛の言葉であったがそこには敬愛よりもむしろ畏怖があった。
「それではそちらは主席、そしてアブサーファ大将の管轄ということだな」
「そうですね。私も迂闊には入られないものですし」
 一族の者であっても、であった。シャイターン家の者であっても入ることのできない場所もあるということであった。
「ではとりあえずそこはいい」
「はい」
「我々の出来る場所で出来ることをするとしよう」
「ですね」
 こうして話は終わった。そしてそれぞれの仕事に戻った。バンプールは大蔵省に、ハルツームはシャイターンのもとへと向かった。ティムールもまた独自の動きを水面下で行っていたのであった。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その十二


 それは影の世界でもであった。ハサンのとある街の酒場に一人の男がいた。
 黒い髪と瞳、そして赤い肌から彼がサハラの者であるとわかる。顔は細長く卵に似た形をしている。黒い髪は縮れておりそれをショートにしている。顔立ちは整っていると言えた。だがその黒い琥珀の様な目から発せられる光は鋭く、強いものであった。まるで砂漠の中において獲物を狙う砂漠狼のようであった。サハラ各国にいる狼の亜種である。サハラにおいては誇り高い生物とされている。
 服はごく普通の軽い服装であった。身軽ですぐ動けるものであった。彼はそれを着て一人で四人掛けのテーブルに座り酒を飲んでいた。酒はビールであった。
 何も語りはしない。ただ黙って酒を飲んでいる。そんな彼のところに一人やって来た。
 見れば如何にもといった感じの柄の悪そうな男であった。服装もそうした感じだ。こうした店には悪い意味でよく似合う男であった。
 彼はビールを飲んでいるその男の側にまで来るとニヤリと笑った。笑った後で声をかけてきた。
「どうも」
「うむ」
 男はそれに応えて顔をゆっくりとあげた。それから男を見据えた。
「どうだったか」
「上手くいきました」
 どうやら今ビールを飲んでいる男の方が上位にあるようであった。柄の悪い男は敬語でもって返していた。態度も違っていた。それはそうした筋の男というよりは軍人のそれに近かった。
「そうか」
 男はビールを飲む手を止めて静かに頷いた。そして言った。
「まずは一杯やるか」
「悪くないですね」
 彼はそれに頷いて男の向かい側に座った。そしてメニューを注文した。
 程なくしてビールが運ばれてくる。だがそれは男が飲んでいる白ビールではなく黒ビールであった。実に対象的であった。
「白と黒か」
「俺達には相応しいと思いますが」
 彼はそう応えてまたニヤリと笑った。
「ヤクザな世界の住人にはね」
「ヤクザか」
 男はそれを聞いてポツリと呟いた。だがその表情は全く変わってはいなかった。
「確かにな」
「そうでしょう」
「我々の世界はな。実にそうだ」
「まあ好きでやってるんですけどね」
 彼は笑いながらまた言った。
「まあ今は一杯やりましょう。とりあえずビールで」
「ワインにはしないのか」
「生憎酒には弱くて」
 彼は笑ったまま言った。
「いざという時にね。困りますから」
「そうか」
「まあ一杯やってから行きましょう」
「そうだな」
 男は淡々とした様子で答える。
「こちらはもうすぐ飲み終わる」
「こっちもですよ」
「早いな」
「酒には弱くても飲むのは早いんですよ」
「それはいいことだ」
 やはり淡々とした調子で言う。
「何事も早いのがいい」
「はい」
「いざという時は何時来るかわからないからな」
 その言葉が終わると同時にもう黒ビールは空となっていた。それを見届けると男は席を立った。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その十三


「行くか」
「はい」
 彼も頷いた。運転手に金を払いその店を後にした。
 二人はそのままタクシーを拾って複雑な道を通ってとある場所で降りた。それから裏道に入る。そしてその裏道にあった古い家に入るのであった。
 先頭を進む男がまず家の扉をノックした。すると暫くして扉の向こうから声がしてきた。
「赤い月」
 その声はふと呟いた。
「青い星」
 男はそれに対してこう返した。すると扉がゆっくりと開いた。
「お待ちしていました」
「うむ」
 こうして二人はその家の中に入った。家の中もまた古いものであった。彼等はその中を進んで行った。
 階段を降り地下に入る。その最後にあった地下室にはもう何人かが集まっていた。そして男が部屋に入ったのを見ると一斉に敬礼をした。
「上手くいったようだな」
 男は敬礼をした者達に対してこう言った。薄い灯りの中に様々な服装の者達がいる。その中には女もいる。一見すればどういった者達かわかりかねる。ただ、皆鋭い目を持っていた。それで彼等が只者ではないことだけはわかる。だがそれだけであった。
「はい」
 彼等を代表して一人が応えた。
「今回も」
「既にネットでは話題になっております」
 その中の一人がテーブルに置かれたノートパソコンを覗きながら言った。
「ザーヒダン大将暗殺さる、とね」
「狙撃された模様、即死だったとか」
「それはいいことだ」
 男はそれを聞いて笑いもせずにこう言った。
「作戦は成功したということだ」
「もう一つの作戦も成功しました」
 女が言った。
「ほう」
「一服盛ることができました、彼に」
「では数日後か、彼が急死するのは」
「はい」
「突如奇病に襲われ急死。全てはそれで終わる」
「左様で」
「便利なものだな。急死という言葉は」
 実は『急死』という言葉には裏がある場合が多い。突如として健康な人間が死んだりする場合はその死んだ者が重要人物である場合は事故や暗殺といったことがままあるのだ。
 歴史において酒を飲んだ後で急に死んだり朝起きれば事切れていたことは枚挙に暇がない。極端な例では激しい運動の後で生水を飲んで急死したということもある。
 無論食あたりや身体を急に壊した、本当に事故だったということも多いだろう。しかしそんな中でも無慮の死というものは裏があるケースがままあるのである。
 そうした場合は死んだ者がいなくなり誰が得をするのか考えてみるといい。得をした者が犯人である場合が多い。
 あくまで例えであるが徳川家康にしろ実際には大阪の陣を起こさずともよかったのだ。豊臣秀頼と淀君が『急死』すればそれで話はかなり上手くいくのだ。秀頼の遺児は『幼少によりはしかで亡くなった』こうすればよいだけだったのだ。無論家康は実際に豊臣家を滅ぼしている。なお徳川吉宗の場合は彼の前にいる紀州藩や将軍への継承者達が『急死』していってなっている。そこに『何が』あったのかは歴史書は何も語りはしない。しかしそこに『何かが』あったのではと推測することは可能なのである。
 シャイターンも同じであった。実際に彼の周りでは『急死』が実に多いことで知られているのである。
「全てはそれで終わります。事の真相がわからぬ限りは」
「常にそうだ」
 男はそう言いながら空いている席に座った。それを見て周りの者達も座った。それから彼等はようやくといった感じで話を再開した。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その十四


「今までこうして死んだ者は多いだろうな」
「真相は藪の中、ということはよくあることです」
 先程男が飲んでいた場所にやって来た彼が言った。面白そうに笑っている。
「ですが本当のことがわからない限りはね。問題はありません」
「そう。わからない限りは」
 男はまた言った。
「何をしてもいいのだ。この世界では」
「はい」
 一同その言葉に頷く。
「世界は全てアッラーの御前にある」
 男はここでアッラーの名を出してきた。
「アッラーがサハラが一つになることを望んでおられるのは言うまでもないな」
「その通りです」
 これは人類が銀河に進出する時から言われていた。いずれアラブ、そしてサハラの者達は一つになる運命だと。それが何時なのか、可能なのかを明言できる者はいなかったがそれは預言にもあるとされてきた。これはムスリム達にとっては絶対のこととなっていたのであった。
「その為には。光ばかりを使うわけにもいくまい」
「だからこそ我々が今こうしてここにいる、ということですね」
「そういうことになる」
 男はまた言った。
「これもまたアッラーの思し召しだ」
「サハラを一つにする為の」
「その為に流れる血は出来るだけ少ない方がいい」
「だからこそ我々がいるということになりますね」
「暗殺にしろ何にしろそれで無益な血が避けられるならそれでよい」
 男の声は冷徹なものであった。
「違うか。我々が間違っているというのならアッラーが我々を裁かれる」
「はい」
「それだけだ。だから今の仕事をやっていくだけだ。それにこれもまた戦争だ」
「戦争」
「ただ単に艦に乗り込んで銀河で戦うだけではないということだ」
「こうした特殊任務もですか」
「一言で言えばな。だから気にすることもない。我々はそうした意味でジハードを戦っている」
「ジハードを」
 それを聞くと背筋が立った。ムスリムならではであった。
「そうだ。これもまたジハードだ。いいな」
「わかりました」
 まるで催眠術の様であった。皆頷く。
「では次の仕事に取り掛かろう」
「はい」
 そして一同は再び話に入った。まずは男が口を開いた。
「次の作戦だが」
「はい」
 皆彼の言葉に注視する。
「要人の暗殺はここではあらかた終わった」
「ではいよいよ首都に入りますか」
「いや、それにはまだ早い」
 だが彼はそれは否定した。
「ここでもまだやるべきことがある」
「それは一体」
「破壊工作だ」
 彼は言った。
「軍事施設にテロ活動を行なう。いいな」
「わかりました。では早速準備を」
「その際だが」
「何かありますか」
「協力者達がいるのだ」
「協力者」
 それを聞いて皆動きを止めた。
「それは一体」
「何者でしょうか」
「市民団体だ」
 彼はこう答えた。
「市民団体」
「そうだ。今のハサン政府のあり方に疑問を持つ者達だ。建前は市民団体となってはいるがな」
「その実情は違うと」
「以前より我々が資金援助をしてきた。その実態は反政府組織だ」
「そうだったのですか」
「彼等の目的はな」
「はい」
「建前は今のハサン政府の富者を優遇し、貧者を切り捨てる弱者切捨て政策に対する反対組織となっている」
 だがそれはどうやらあくまで建前だけのようであった。建前、すなわち表看板とその実態が全く異なるということは実際に多くあるものである。
「だが実は違う」
「自分達の主張を押し通したいだけだと」
「そうだ。そしてその主張も実は」
「権力の座、ですか」
「そういうことになる。流石に話がわかるな」
「こういう世界にいますとね」
 彼等の中の一人が言った。
「嫌でもわかりますよ」
「ですね。ここからは普段は見られないものが見えますから」
 別の者も言った。
「そういった連中のこともね。まあ内部にいればすぐに処分するべきですが」
「他の国にいますと。これ程利用し易い存在もありません」
「そういうことだな」
 男もそれに頷いた。
 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その十五


「ではいいな」
「はい」
 一同再び頷いた。
「では次の作戦はまずは彼等との接触からはじめる」
「わかりました」
「攻撃対象は電子、そして通信施設だ」
「そちらですか」
「武器庫もいいがな」
 男はここで別の攻撃対象も指し示した。
「ですがそういった場所は」
「守りが固い、そう言いたいのだな」
「はい」
「今回はそういった場所は外す。別の機会だ」
「左様ですか」
「今はまだ破壊工作は陽動に過ぎない」
「本格的に行うのは我が国と彼等の戦いが本格化してからですか」
「そういうことになる。ハサンは大国だ」
 そう語る彼の顔が引き締まったものとなった。
「国力差で言えばティムールとはかなり離れているな」
「ええ、まあ」
「ハサンの方が遥かに上です。残念ながら」
「だからこそだ」
 彼はまた言った。
「工作は頃合いを見て行わなければならない。それも効果的にな」
「効果的に」
「要人の暗殺は今のままでいい」
 彼はそれはよしとした。
「だが。破壊工作はまだ本格的に行う時ではないのだ」
「わかりました」
「陽動でいい。そしてその後の騒ぎの間に」
「我等は別の場所に移動する」
「都合よく身代わりもいるしな」
「その市民団体ですか」
「これが彼等の最も役立つところだ」
 男はここではじめて笑った。だがその笑みは剣呑で邪悪ささえ感じられる笑みであった。
「スケープゴートだな、つまりは」
「まあそれがいいでしょうね」
「ですね」
 他の者の声も実に冷やかな者であった。
「自分達の欲望の為に他国の工作に加担する者なぞ」
「味方になったとしても信じられるものではありません」
「そういうことだ」
 男の言葉もそれに同意した。
「ハサンを裏切る者は何時我々を裏切ってもおかしくはない」
「はい」
「そしてサハラをもな。エウロパの侵攻の時のことを忘れるな」
「あの時ですか」
「そうだ。何があった」
「それはここにいる全ての者が知っていることだと思いますが」
 あの柄の悪い服装の男がここでこう言った。
「違いますか」
「いや」
 男はその言葉には首を横に振った。
「当然知っている筈だ。だが確かめたくてな」
「そういうことでしたか」
 皆それに頷いた。かってのエウロパのサハラ北方侵攻、さらに総督府設立は単に彼等の武力よってのみ行われたことではないのである。
 そこには工作もあった。エウロパは事前に各国の高官や提督達を買収、または秘密を握って脅迫し彼等から情報を得たり利敵行為を確約させた。そして彼等の協力を得てサハラに侵攻を開始したのである。
 その後で彼等はエウロパ政府に『友人』として迎えられた。だがサハラからは『裏切者』として扱われた。これはサハラから見れば当然のことであり彼等はサハラの裏切者として名を残している。
「連中もあの者達と同じだ」
「ですね」
「決して信用することはできない。そして用が済めば」
「これですね」
 一人が左手を手刀にして横に掻き切る動作をした。
「そうだ。ハサンがしなければどのみちいずれ我等が連中を始末する」
 男は冷徹極まる声でこう述べた。
「罪状は・・・・・・幾らでもあるな」
「ええ」
「連中が気付いていないだけで」
「人間というのは面白いものだ。他人の姿は見えていても自分のことは見えてはいない」
 ここではシニカルな言葉になった。だがそこには色はなかった。
「そうした意味で面白いな」
 何の感情もない言葉であった。そこには侮蔑も嘲笑もなかった。淡々としたものであった。
「そうした連中は見つけ出しておいてくれ」
「わかりました」
「当然我々の身分は表向きは隠してな」
「裏では教える、と」
「我々がこの国を併呑した時の見返りを保障することになるからな」
 当然それは嘘である。こうした世界においては空手形など幾らでもあるものだ。
「所詮は嘘だがな。騙される方が悪い」
「全くです」
「ではそういうことで」
「ハサン政府には気付かれないように行動するだけだな。後は」
「はい」
「では明日から徐々に作戦を進めていくぞ」
「了解」
 一同返礼をする。
「総指揮は私が執る」
 男はまた言った。
「このイブヌル=アブサーファがな」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 ティムールの暗躍は剣を交えていない時でも行われていた。それは不気味な影であった。しかしその影の動きもまた世界の動きの一つであることは事実であった。戦いは艦艇や戦車を使ったものだけではないのであるから。

 

 

第十五部第二章 助演者達の思惑その十六


 アッディーンもまた動いていた。だが彼は影の面での動きはとってはいなかった。
 その日々を執務室、そして会議室で過ごしていた。軍政に専念していたのである。
「軍政というのも疲れるものだな」
 彼はその日の午前の会議を終えた後副大統領府のカフェでこう呟いた。その手にはコーヒーとチョコレートケーキがある。ケーキは無論エウロパ風ではなく連合風の派手な装飾のケーキであった。それと砂糖を入れないブラックコーヒーを飲みながらハラス大将と話をしていた。彼はもう完全にオムダーマンの将となっていた。
「会議とデスクワークばかりだ。これが平和というものかな」
「そうですね」
 ハラスはまずはその言葉に頷いた。
「ただ。これはまた次の戦争への準備です」
「それはわかる」
 アッディーンはコーヒーを一口飲んだ後で応えた。そしてカップを置いて言った。
「次はハサンとの戦いになるかな」
「地理的に言いますとそうなるかと」
 ハラスは答えた。ここには誰もいないからこそ言えることであった。盗聴器等のチェックは欠かしていない。
「ただ、ハサンは大国です」
「うむ」
「今までの敵とは違います。南方での戦いとはまた違ったものとなるでしょう」
「南方か」
 アッディーンはそれを聞いてふと思い出したことがあった。
「あの時は迷路の様な地形に悩まされたな」
「はい」
「ゲリラ戦術にも。慎重に進軍したものだ」
「その介あって戦いを有利に進められましたね」
「ハサンはゲリラ戦術を使うと思うか」
「先程の会議でも出ましたが」
 午前の会議はハサン軍に関する会議であった。その席においてハサン軍の戦略戦術に関して詳細な意見が交あわされたのであった。
「彼等は大国です。サハラで第一の」
 まずはそこから話をはじめた。
「その為兵もまた多いです」
「うむ」
「ですからゲリラ戦術よりは正攻法で以って来るでしょう」
「正攻法か」
「はい。おそらく正面からの戦いになる筈です」
「だがゲリラ戦術への備えもしておこう」
 アッディーンはここでは慎重案を述べた。
「敵も愚かではない。こちらの虚を衝こうと考えているだろう」
「はい」
「あらゆることに備えておかなくてはな。いざという時困る」
「ですね」
 ハサンはアッディーンのその言葉に対して頷いた。
「普通はそうなのです」
 その言葉の口調が少し変わった。
「普通は。ましてや」
「サラーフのことか」
「はい」
 彼は答えた。
「あれはな。あまりにも愚か過ぎた」
「あれがサラーフのマスコミ、そしてそれと癒着した政治家の正体だったのです」
 忌々しげにこう述べた。
「腐敗と言わずして何と言いましょうか」
「あれには私も驚かされた」
 アッディーンも述べた。
「軍の行動から何から何までテレビで言っているのだからな。おかげで作戦が立て易かった」
「連中はそういうことすらわかっていなかったのです」
 ハラスはまた述べた。
「私の失脚を狙ったものだったようですが」
「ミツヤーンの時もそうだったな」
「あれは絶対に勝てると思っていたようですから。宣伝のつもりだったのでしょう」
「あそこまで楽な戦いはなかったがな」
 アッディーンは言葉だけで笑ってこう返した。
「あんな軍隊ははじめて見た。何もかもが出鱈目だった」
「そうだったようですね」
 この時彼は更迭されていたのである。他ならぬナベツーラ、そしてミツヤーンの手によって。
「倍程の戦力差だったが。損害はこちらの方が信じられない程少なかった」
「そうだったようですね」
「戦略も戦術もあったものではなかった。あれだけ楽な戦いはそうはないだろうな」
「それがマスコミの実態です」
 ハラスはコーヒーを置いてから言った。
「マスコミというのは厄介な存在でして」
 その害毒に苦しめられてきたサラーフ出身だからこそ言えることであった。
「自分達が最も偉く、賢い存在だと信じ込んでいるのです」
「滑稽な話だ」
「情報網を持っているからです。しかし実態は」
 言葉に含まれた苦さがさらに強くなる。
「あれ程愚かで腐敗し易い存在もありません。そもそも自分達へのチェックなぞ考えもしないのですから」
「だからか」
「はい」
 彼は答えた。
「だからこそサラーフは滅びました。マスコミの手によってね」
「ナベツーラの為ではなく、か」
「あの男もマスコミでしたから」
 彼は言った。
「完全に癒着しているという意味で。マスコミの寵児なぞああした輩に過ぎないということです」
「よくテレビでは下品な発言ばかり繰り返していたそうだな」
「はい。取り巻き連中も」
「それが批判どころか絶賛されていたそうだが」
「英雄的発言としてね。マスコミというのはダブルスタンダードの権化ですから」
「また随分と嫌っているな」
「当然です」
 彼は応えた。
「あれだけ醜いものを見せられたのですからね」
「ではネットについてはどう思うか」
 ここで彼はマスコミとは正反対で対立する存在を出し