星河の覇皇


 

プロローグ一


                    プロローグ
 人類が宇宙に旅立つのは予想されていたよりも早いものとなった。
 コンピューター技術の画期的な進歩が宇宙船等にも応用されたのである。これにより飛躍的な進歩を遂げた宇宙技術はその速度を速めていった。
 まず人類は月を開発した。月はその予想通り資源の宝庫であった。これによりエネルギー問題は大きく変わることとなった。
 資源の枯渇という問題ではない。その取り合いである。これには人類全体の利害、そして生存がかかっていたのである。
 とりわけアメリカ、中国、日本等環太平洋諸国と欧州の対立は激しかった。その膨大な人口を背景に多くの取り分を主張する環太平洋諸国に対し欧州側は先に領土とした権利を主張して互いに譲らなかった。
 しかしこれを調停したのはロシアとインドであった。彼等は太平洋側につきその有利になるように調停を行なった。欧州側はこれに対し強い不満を露わにしたが太平洋側の圧倒的な力と自分達が必要な取り分は確保出来たことにより引き下がった。この調停は『シンガポール条約』と呼ばれる。
 よりによって環太平洋諸国の本拠地で結ばれたことがこの条約の性質を物語っていると言えよう。しかもこの条約はそれからの人類の宇宙進出に大きな影響を与えた。
 この条約を太平洋側に有利に進めたことによりロシアは環太平洋諸国の中で大きな発言権を持つようになった。それまで日米中三国と比べいささか弱い立場にあったがその三国を調停する役割を担うようになったのである。
 これは米中の専横を警戒するASEAN諸国や日本の支持もあった。その日本にとってもロシアは厄介な相手であったが北方領土問題の解決が彼等の関係を修復させた。ロシアにとっても今更北方領土など大した問題ではなくなっていたのだ。時代は宇宙へ向けて大きく歩もうとしていたのだから。
 これに中南米諸国も参加した。オセアニアはその盟主的存在であるオーストラリアとニュージーランドが既に環太平洋諸国の重要な一員であるから問題はなかった。韓国やモンゴル、メキシコ、カリブ海諸国等も参加した。後にはロシアの周辺諸国やEUの一員であったトルコも参加した。彼等はその圧倒的な人口と力を使い宇宙進出を積極的に広めていった。既に宇宙進出のノウハウを多く持っていたことも大きかった。
 インドは彼等に加わらなかった。そのあまりにも独特な文明風土が環太平洋諸国ともロシアとも合わなかったせいであるが彼等は独自路線を歩むことにした。これはアメリカや中国とそりが合わなかったことも大きくいまだに彼等とは疎遠であった。
 しかし日本とは友好関係を結びその技術で宇宙に進出していった。
 それを横目で歯噛みしつつ見ていたのが欧州諸国であった。月での資源獲得に敗れた彼等は人口や技術においても大きく遅れをとっていた。元々コンピューター技術においても遅れていたこともあり彼等の宇宙進出は太平洋諸国の後塵を帰する形となた。かつてのEUの面影は何処にもなく欧州は再び人類世界の辺境に甘んじることになるかと思われた。
 だがそこで彼等に幸運が訪れる。新たな指導者の誕生である。
 ハインリッヒ=フォン=ブラウベルク。オーストリアに生まれた公爵家を先祖に持つこの男は欧州議会の第一野党である革新政党から欧州議会の議員に立候補した。引き締まった長身、豊かな金髪、青く強い光を放つ瞳、そしてギリシア彫刻のような美貌を持つ二十五歳のこの若者はその弁舌でも欧州の市民達を魅了した。
 彼は議会に入るとまず演説を行なった。歴史に名高い『復活祭の演説』である。この当時欧州議会は復活祭に開始されることとなっていた。当時の欧州の宗教はギリシアや北欧の神々が復権しカトリックと融合しているものが主流であったのだ。古の神々の復権は十九世紀には既に見られていたがそれが現実のものとなるのに更に数百年必要であったのだ。
 この演説は閉塞状況にあった欧州の人々を熱狂させた。革新政党のリーダー達もそれに賛同し彼は忽ちその政党の若きリーダーとなった。
 ブラウベルクはその政策を次々と発表させた。宇宙への積極的な進出、科学者及び技術者の保護、教育の再編成、労働者達の権利保護。そのいずれも宇宙進出に絡めたものであった。
 すぐに与党の中にも彼に賛同する勢力が現われた。彼等は党を出て野党に合流した。これにより議会における勢力関係は一変した。
 そして議会は解散となった。それに伴う選挙により革新政党は圧倒的な勝利を収めた。彼は欧州議会に欧州議会議長、すなわち欧州のリーダーに選ばれた。
 彼は自らの政策を通していった。これにより欧州はその力を取り戻した。そして欧州も宇宙に大きく進出することとなった。
 これを面白く思わない勢力もある。環太平洋諸国だ。とりわけアメリカ、中国、ロシアといった面々は不快に思った。
 まず刺客を送った。だがそれは失敗した。しかも彼等の行動が明るみにされた。三国の諜報機関は批判の嵐に曝されその名声は地に落ちた。
 これで暫く大人しくしていたがその間にも欧州の進出は活発になる。だが今のところは何も出来なかった。暗殺事件の発覚により失脚した対欧州強硬派に替わり太平洋議会の主流になった穏健派にとってもブラウベルクは意識しなくてはならない存在であったからだ。
 しかし経済制裁も効果が期待出来なかった。彼等は既に独自の経済基盤を持っていたからだ。資源も手にしていた。
 彼等はシンガポール条約をたてにすることにした。それにより宇宙進出のいい部分は独占することにした。戦争を売ろうにも先に手を出したのがこっちであるとわかった以上支持者も期待出来なかったからだ。しかも太平洋諸国は諸国で問題を抱えていた。
 彼等の特徴は多くの参加国である。だがそれはかえって弱点ともなっていた。強力なリーダーシップを取る存在がいないのである。
 日米中露四ヶ国がそのリーダーである。だがそのリーダー間での衝突がことあるごとに起こるのだ。しかもそれに他の参加国も加わる。とにかく話が進みにくかった。
 これは利権争いもあった。彼等は決して一枚板ではなくそれが為に欧州に対して確固たる行動がとれなかった。
 それはブラウベルクもよく認識していた。彼は行った。
「船頭多くして船進まずとは彼等のことを言うのだな」
 と。わざわざ中国の諺を持ち出したのは彼一流の皮肉に富んだ言葉であった。
 だがその力の差は変わりがなかった。彼もシンガポール条約は何とかしたかったがどうにもならなかった。どうにかする為には戦争でもするしかない。しかしそれは出来ない。
 戦争になれば流石に彼等も団結する。そうなればこちらが負ける。彼は欧州の勢力を確立させることにした。 

 

プロローグ二


 これは成功した。欧州は環太平洋諸国に対抗し得る勢力を確立することが出来たのである。ブラウベルクは『欧州の新たな父』とまで呼ばれるようになった。
 後に欧州の人々はその進出を絞ることになる。そして独自の勢力を築き続けるのである。
 何はともあれ宇宙の進出は続く。アラブやアフリカ諸国もそれに続く。
 それから数百年が経った。環太平洋諸国はその名を『星間国家連合』と変えた。人類の過半数以上を擁する彼等はそのまま進出を続けていた。彼等はゆるやかな連合体の続いていたのである。
 当然その間に大きな衝突も度々あった。だがそれでも各国の調停等により戦争までには至らずここまできたのである。地球をその首都に置き参加国百以上、領有する星系は数万に達し、人口は三兆という人類最大の勢力であった。
 だが相変わらずまとまりには欠けていた。参加国同士の意見対立は多くしかも広い領土の開拓、治安に追われていた。連合議会と中央政府、星間裁判所があるが統制は弱かった。それぞれの国家の発言力が強く中世の欧州の領邦国家的な一面が強かった。
 議会はそれぞれの国の権利を強く主張し重要な法案は各国の利害が絡み合い容易には決定しなかった。裁判所も統制が弱く各国の法律の方が強かった。
 しかも各国の星系がモザイク状に入り乱れている場所もあったりする為一旦他の星系に逃げてしまえば犯罪者を拘束出来なかった。その為宇宙海賊が跳梁跋扈した。これは開拓地が多くそこに犯罪者が逃げ込むことも多かったことが影響している。
 中央政府も断固たる政策を実行できなかった。あくまで中央政府であり各国の存在を無視出来なかった。とりわけ日米中露といった大国の存在は大きく彼等の意向がしばしば連合の意志となった。救いはそのうちの一つ日本が連合政府に対して忠実なことが大抵でありその際に小国の大部分国がそれに賛同することが多かったことだった。
 中央軍も中央警察もなかった。各国がそれぞれ軍や警察を持っている為治安維持等も複雑であった。その為管轄地域についても入り乱れ宇宙海賊を満足に取り締まれないようになっていたのである。しかもその取り締まりをやり過ぎだ、と批判するNGO団体の存在も無視出来なかった。おまけに彼等の中には海賊との関係を噂される連中もおり全体的な治安は中々よくはならなかった。こうした状況が数百年以上も続いた。
 しかし連合は発展し続けた。確かに海賊もおり各国の思惑が複雑に絡み合ってはいるが彼等には豊富な資源と果てしない土地、そして技術があった。
「ここが駄目なら別の星に行け」
 こういう言葉も出来た。彼等は自分達の手で成功を掴む、そうした精神に満ち溢れていた。開拓地があればそこに移り住み農地を開墾し鉱山を掘る。そして産業を興す。こうして彼等はその勢力圏を大きく拡げていったのである。
 彼等にとって幸運だったのは心配された異星人の存在もなかったことである。その為開拓は容易に進んだ。
 医学や宇宙航行の技術の発展も大きかった。人口は増大し流通は進歩した。そして瞬く間に人口は三兆を越えたのである。
 確かに治安は悪く各国の勢力は複雑な状況にあった。だがそれがかえって各国の武力衝突も抑えていたのだ。
 戦争よりも海賊の掃討、それこそが重要課題であった。各国は海賊の取り締まりに追われ戦争どころではなかった。流通や宇宙航行の発達が海賊の動きをより速めていった。それに対処する必要があったのだ。
 種々雑多な寄り合い所帯、それが星間国家連合であった。宿敵欧州との対立もあったが彼等は自分達だけで独自の世界を形成していた。
 彼等の進出はまだ続いていた。開拓は辺境に及びその先にあると言われている未知の星系の存在についても調査されていた。彼等の進出はまだまだ続いていたのである。
 さて彼等と同盟関係にあるインドであったが彼等はその独特の文明体系をそのまま維持していた。進出した地は連合とは別の地域であった。
 連合と不可侵条約を結んでいたが彼等はそれをあまり信用していなかった。信用するにはあまりにも危険な国が多かったからである。
 彼等は出来るかぎり連合から離れた場所への進出を考えた。幸いその地はあった。
 長大なアステロイド帯の向こうに多くの星系があったのである。そこに彼等は進出した。そして一方的に領有宣言を行なった。
 これに対して連合も欧州も沈黙した。連合は彼等の星系の開発に忙しかったのである。欧州も同様であった。
 インドはそこにある多く星系に入った。そして最初に足を踏み入れたその星を『ブラフマー』と名付けた。彼等の神話の創造神から名をとったのである。
 そしてそこに地球からインド本土を持って来た。彼等はそこに完全に移り住むつもりだったのである。
 これには連合も驚いたが反対はしなかった。彼等にしても自分達の勢力圏から彼等が立ち去ることは好都合であったのだ。
 彼等は慎重に開発を進めた。そして一定のところで止まった。南方にはまだ開発可能な星系が多くあると言われていたがそこで一旦止まった。そして連合との境の防衛を固め海賊を締め出した。そして各星系の開発をさらに進めていった。人口は二千億程度で抑制をはじめ連合に比べ活気には乏しいが一つの勢力圏を築いていた。
 連合程ではないが緩やかな連邦制であり大統領制をとっている。今は国名を『マウリア』というかつての王朝の名にしている。平和を愛する穏健な勢力である。
 連合の宿敵欧州であるが彼等はその正式名称を『エウロパ』に変えていた。ギリシアの美しき少女、欧州の語源になった名であるがこの名を国名にしたのである。
 彼等もまた連合とは離れた場所に進出することにした。インドと同じく長大なアステロイド帯の向こうにその場所を見出していた。丁度人類の勢力圏を東西に分ける帯であった。 
 その帯の北側、そこが彼等の勢力圏であった。彼等はその中の中央にある星系に首都を置いた。その名は『オリンポス』。ギリシアの神々が住んでいた山の名である。
 彼等の勢力圏は小さかった。しかしそれぞれの星はどれも豊かであった。そして人口では劣りながらも連合に次ぐ勢力を形成した。これは彼等の結束が比較的強かったことも幸いした。
 彼等は連合やマウリアよりも強い中央政府のある国家であった。各国の主権は国家元首位でありその他は全て中央政府にあった。そのリーダーシップにより開発を進めていった。
 欧州本土はオリンポスに移された。連合の市民達は宿敵が一人残らず去り大いに喜んだという。
「今に見ておれ」
 そう言ったのは当時の欧州総統ヘンリー=スチュアートであった。彼は何時しかエウロパが連合を凌ぐ勢力になるとその死の間際まで言っていた。
 しかしそれは実現しなかった。あまりにも星系が少なく勢力圏が狭かった。
 これは誤算であった。エウロパの北と西には星系は何十万光年もなく太陽系の果てであったのだ。
 しかも東には連合がいる。彼等とはアステロイド帯を挟んでいるが唯一つの通り道があった。
 ブラウベルク回廊。欧州再興の父の名を冠したのはこの先に希望が広がっていると言われたからであった。
 だが今この回廊は人類の勢力圏の中でも最も緊張した地域の一つとなっていた。よりによってその向こう側は連合の中でも特に欧州の勢力を嫌う国の勢力圏であったのだ。
 彼等は各国の援助を得て回廊の出口、連合から見れば入口に要塞群を建設した。そしてそこから一歩も通さないつもりであった。
 エウロパにとってもそれは同じであった。回廊の入口にこちらも要塞群を築いた。そして睨み合いを続けたのである。
 彼等の進む方向は南しかなかった。だがそれは困難であった。
 南方はアステロイド帯だけでなくブラックホールや磁気嵐、超新星、彗星等がひしめく異様な地形であった。容易には進出出来なかった。連合やマウリア、当然エウロパの勢力圏にもこれ等はあったが質量共にその比ではなかった。
 しかしそこに進出した人々も既にいたのである。それでもエウロパはそこに進出せずにはいられなかった。最早どの星系も人口は限界にあった。一千億だというのに養える数は限界に達しようとしていた。スペースコロニーを築くのにも限度がある。しかも不経済であった。
 結果的に侵略になる。連合はそれを冷笑し批判した。だがそれでもやるしかなかった。
 だがここで一つの問題が生じる。以前よりここに住んでいた人々はどうなるのか。
 当然武力衝突となる。だが状況はエウロパにとって有利であった。
 何故か。彼等は一つの勢力ではなかったからである。 
 一つのまとまった勢力を築くことが出来なかったアラブや北アフリカ各国はそれぞれ独自に進出した。連合やマウリアに入る者も多かったし事実北アフリカ各国以外のアフリカ諸国はそうであった。彼等は全て連合に入った。だがそれでも彼等は進出した。
 だが進出する先はあまり残ってはいなかった。他の勢力に入ることを潔しとしなかった彼等はこの複雑に入り組んだ地域に入ったのである。
 彼らは宇宙でも統一した勢力を築かなかった。各国がいがみ合い抗争が続いた。そして戦っていた。
 そうした状況が何時までも続いた。この地域では多くの国が興亡したが栄枯盛衰を繰り返しそして血が流れた。それでも戦いは終わらなかった。
 そしてそこにエウロパが侵攻してきたのである。彼等は少しずつその勢力圏を拡げていった。
「これは我等の危機である。一刻も早く統一した勢力を!」
 こう主張する者もいた。だがそれは逆効果であった。
 有力な国が我が、我がと名乗りをあげ再び争いを激化させたのである。そしてエウロパを退けるどころではなくなった。
「これは神々が我々に与えた僥倖だな」
 エウロパの司令官の一人がこう言ったという。その通りであり彼等はいがみ合いに明け暮れ外に目を向けようとはしなかった。
 こうした彼等かってのアラブ諸国の末裔達にとっては再び嫌な時代が続いた。エウロパの侵略は続き連合も辺境の開発の他に彼等の勢力圏に眠るとされる多くの資源に関心を持ちはじめていた。
「奴等には有り余る程あるだろうが」
 しかしそれとこれとは別であった。人間の欲望には際限がないのだから。
 まさに危機的な状況であった。誰もが何とかしたいが何も出来ない状況であった。
「このまま他の奴等に食い散らかされてしまうのか」
 その中央にある星ムハンマドに移されたメッカを見て嘆く者もいた。彼等は最早他国と内部の戦乱に弄ばれる哀れな存在であった。
 しかしその惨状も幕を降ろす時が来た。人々が望むものは出て来るものなのである。
 英雄、指導者。彼等が欲していたのはそれであった。彼等を統べ護り戦う者。それが今出て来ようとしていたのである。 

 

第一部第一章 若き将星その一


                  第一章 若き将星
 多くの星間国家に分裂している旧アラブの人々を中心に構成されている地域、『サハラ』は人類の宇宙進出後千二百年を経てもいまだ統一した勢力とはならず小国家同士の対立、戦争が続いていた。多くの国家がありそこにエウロパが侵略しているという彼等にとってはまことに苦しい状況であった。そうした状況が百年近くに渡って続いていた。
 これは西暦三三四八年においても同じであった。尚宇宙進出後暫くして、西暦二五〇〇年を期に別の暦も制定されている。それを『銀河暦』という。
 今は丁度銀河暦八四八年である。この年の四月サハラの西方において一つの小規模な戦闘があった。
 サハラ西方もまた幾つかの国家に分かれていた。大小合わせて七つ程あった。互いに時には手を結び時には戦いといった群雄割拠の状況であった。
 オムダーマン共和国もそうした国の一つであった。この西方では第三勢力といわれるこの国は第一勢力であるサラーフ王国と局地戦を行なっていた。
 事の発端は領土問題であった。両国の境にあるカッサラ星系をめぐって両国の意見が衝突したのだ。
 このカッサラ星系というのはサハラ西方における交易の中心地であった。土地も豊かでありこの星系を押さえるということはその勢力に莫大な富と西方における確固たる地位を約束するということであった。
 その為この地を巡って何百年もの間戦いが続いていた。とりわけサラーフとオムダーマンの対立は激しく彼等の衝突の主戦場となっていた。
 この時もこの星系を巡って衝突があった。まずオムダーマンがこの地の一方的な所有宣言を行ない兵を派遣した。それに対し事前に兵を置いていたサラーフが応戦したのである。
 参加兵力はサラーフが百万に対しオムダーマンは百五十万、兵力的にはオムダーマンがやや有利であった。
 しかし戦局はサラーフ有利に進んだ。地の利を心得るサラーフは星系の中にあるアステロイド帯からオムダーマン軍に対し奇襲を仕掛けたのだ。
 これに対しオムダーマンもすぐに反撃した。しかし先手を打たれたのは大きかった。
 しかも艦艇の主砲の射程はサラーフの方が長かった。これにより戦局はサラーフに大きく傾いていった。今も戦闘が行なわれているが損害を受けるのはオムダーマン側の方が多い。次第に星系から追い出されようとしている。
「奴等の術中にはまったな」
 オムダーマン側の旗艦において司令官であるムスタファ=アジュラーンは苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
 彫が深く日に焼けた顔をしている初老の男性である。髪は黒く口髭を生やしている。その口髭には白いものが混じっている。がっしりとした長身を赤い軍服で覆っている。
「そのようですな。これ以上の戦闘は無意味かと」
 傍らに控える参謀の一人が言った。
「そうだな。撤退するか」
 彼は艦橋のスクリーンに映し出される双方の陣形の映像を見ながら言った。
「損害の酷い船から後退せよ。殿軍はわしが務める」
「ハッ」
 参謀はその言葉に対し敬礼した。そして伝令の船が旗艦から飛び立つ。
「だが」
 アジュラーンはその伝令の船達を見ながら呟いた。
「果たしてこの撤退上手くいくかな」
 既に包囲されようとしている部隊もある。事は一刻を争う状況であった。
「何っ、撤退だと!?」
 その話は最前線で戦う将兵達にも届いた。
「はい、損害の酷い船から随時撤退せよとのことです」
 艦橋のスクリーンに映し出された伝令が各艦の艦長達に対して伝えた。
「そうか、撤退か」
 戦局は彼等が最もよくわかっていた。それも致し方ないと思った。
「だがこの状況で退けと言われてもな」
 彼等のすぐ前には敵の艦隊がいるのである。しかも火が点いたように攻撃を加えてきている。
「損害の軽微な艦及び無傷の艦は友軍の撤退を最後まで援護して欲しいとのことです。司令官もこちらに来られます」
「まああの親父が来るのなら頑張ってやるか」
 アジュラーンはその面倒見の良い人柄から将兵達に好かれていた。また退却戦にも定評がある。
「おい、もう一踏ん張りするぞ。そしてサラーフの奴等をもう少し苦しめてやろうぜ」
 その艦長は部下達の方を振り向いて言った。艦橋は歓声に包まれた。
 これは巡洋艦アタチュルクにおいても同じであった。その艦の艦長は部下達に対して言った。
「よし、ここが見せ所だ。俺達の戦いをサラーフの奴等によく見せてやれ!」
 彼は高く張りのある声で叫んだ。部下達がそれに応える。
 黒い髪と瞳を持つ凛々しい顔立ちの若者である。高い鼻と少し切れ長の翡翠の様な瞳。唇は薄く炎の様に紅い。その顔は一目だけでは俳優か何かかと思える程整っている。黒く豊かな髪は整髪料でまとめられ光を反射し黒光りしている。顎は三角形で鋭利な印象を与える。引き締まっているが痩せ過ぎもしない顔である。それは身体全体に対しても言えた。
 背は高くもなく低くもない。筋肉質であるが鞭の様に引き締まっている。そしてその仕草は機敏でまるで狼のようである。
 彼の名はアクバル=アッディーン。この戦いの直前にこの艦の長に選ばれたばかりのまだ二十歳の若者である。
 オムダーマンの首都アスランに生まれた。幼い頃から銃や船が好きであった。両親は普通の公務員であったが彼は軍人になることを希望した。成績が優秀であったので担任に幼年学校への受験を薦められ見事合格した。この時十二歳であった。こうして彼は軍服をはじめて着た。
 幼年学校入学においては成績は常に上位であった。とりわけ歴史と艦艇運営の実践においては教授達も舌を巻く程であった。
 卒業後は同期達のように士官学校には進まずすぐに入隊した。教授達は彼のこれからを思い進学を薦めたが彼はそれを拒否した。立身出世よりも戦場に身を置きたかったからだ。
 まず彼は巡洋艦の砲雷士官となった。最初の戦闘で敵の三隻の戦艦を沈めた。これにより中尉となり次の戦闘で今度は戦闘機を五機、そして駆逐艦を一隻仕留めた。大尉になった。
 次に戦場に出た時は駆逐艦の艦長であった。その駆逐艦で敵の駆逐艦五隻を向こうに回したが無傷で全滅させた。そして少佐になった。 

 

第一部第一章 若き将星その二


 こうして彼は次々に武勲を挙げていった。前の戦いでは敵の防衛線を最初に突破している。これにより中佐になり今に至る。
 彼を同僚達は『若き狼』という。精悍で動きが速くしかも優れた能力を持っているからだ。その気性も熱く攻撃的である。そして同時に極めて冷静な思考を出来る人物でもある。
 この戦いにおいては中央艦隊にいた。だが戦局の悪化により最前線に送られたのだ。
「友軍の撤退状況はどうなっている」
 彼は傍らにいる副長に対して問うた。
 彼もまだ若い。といっても二十五である。茶色がかった髪に濃い茶の瞳、浅黒い肌を持つ長身の美青年である。名をイマーム=ガルシャースプという。アッディーンと同時にこの艦に配属された人物である。階級は大尉である。
 士官学校卒業後順調に進みこの艦の副長となった。温厚で堅実な人物といわれている。
「ハッ、既に損害の酷い艦は徐々に戦場を離脱しております」
 彼はモニターを手で艦橋の上部に映し出された指し示しながら報告した。
「それに対し敵軍は攻勢を強めております。駆逐艦及び高速巡洋艦の部隊がこちらに接近してきています」
「どうやら我が軍の数が減ったのを見て一気に攻めるつもりか」
 アッディーンはその駆逐艦及び高速巡洋艦の一群を見ながら言った。
「その様です。それも撤退する艦を集中的に狙うつもりのようです」
「我々は戦艦の主砲に任せてだな。成程、手堅い戦法だ」
 彼は不敵に笑いながら言った。
「だがそうそう上手くいくものではない」
 彼は口を引き締めてそう言った。
「今から敵駆逐艦及び高速巡洋艦部隊に対し攻撃を開始する。主砲及びミサイルを全弾装填せよ!」
「ハッ!」 
 砲術長が敬礼した。
「奴等の進行方向に行く。そして一斉攻撃を浴びせよ」
 彼は次々に命令を出した。アタチュルクはそれに従い大きく動いた。
 戦局は変わった。アタチュルクの攻撃により敵の駆逐艦及び高速巡洋艦はその動きを制止させたのだ。
「今だ!」
 これに対してオムダーマン軍は攻撃を仕掛けた。動きが止まったところに攻撃を仕掛けられたサラーフの駆逐艦、高速巡洋艦部隊は次々とビーム砲やミサイルを浴びた。
「敵の動きが止まっているな」
 それは前線に来たアジュラーンの旗艦からも確認された。
「ハッ、アッディーン中佐の艦が敵駆逐艦及び高速巡洋艦の部隊を止めたのです」
「一隻でか!?」
 彼は驚きの声で問うた。
「はい、敵の進行方向に向かい一斉攻撃を仕掛けたのです」
「そうか、それで動きを止めたのか。やりおるな」
 彼はそれを聞いて大きく頷いた。
「だがそれで戦局は変わったな」 
 見れば敵の駆逐艦及び高速巡洋艦部隊は殆ど壊滅してしまっている。戦艦、ミサイル艦部隊も彼等が前にいる為容易に攻撃出来ない。
 その間にオムダーマン軍は上下から回りこんだ。そして挟み撃ちにする。
 オムダーマン軍の艦艇の特徴はその火力にある。これはサハラ諸国の中でも特に際立っていた。
 その火力で攻撃を開始したのである。サラーフの艦艇は次々に炎に包まれ白い光となっていった。
「司令、もしかするとこれは・・・・・・」
 参謀は次々と破壊されていく敵の艦艇を見ながらアジュラーンに言った。
「うむ、勝てるかも知れんな」
 アジュラーンは薄く笑って答えた。彼は戦局が次第に自軍に傾こうとしていることを感じていた。
「戦場に残る兵力はどれ程だ?」 
 彼は別の参謀に問うた。
「ハッ、今退却せずこの場に残っているのは役百二十万程です」
 その参謀は敬礼をして答えた。右腕を胸の高さで肘を直角にし胸に対して水平にするオムダーマン式の敬礼である。
「そうか、思ったよりずっと多いな」
 アジュラーンはそれを聞いて笑みを浮かべて言った。
「作戦変更だ、一気に攻勢に転ずる。全軍突撃用意!」
 彼は右手を挙げて言った。
「このまま敵を押し潰す。そして勝利を我等が手にするのだ!」
 そう言うと旗艦を敵軍の方へ突入させた。他の艦もそれに続く。
 それはアタチュルクからも確認された。
「艦長、我が軍が攻勢に転じました」
 ガルシャースプはアッディーンに報告した。
「何、またそれは極端だな」
 彼はその報告を聞いて思わず苦笑した。
「ついさっきまで撤退しようとしていたというのに」
「戦局が変わりましたからね。我が艦の行動により」
 彼は表情を変えることなく言った。別に嬉しくもないような口調であった。
「そうか、ビームもミサイルも全て撃ち尽くしたらすぐに後退しようと思っていたのだが」
「そのわりには大胆な行動ですね」
「大胆!?別にそうは思わないが」
 アッディーンは不敵に笑って言った。
「連中は傷付いた艦を狙おうと躍起になっていた。そこに油断が生じていた。その前にいきなり出て斉射すればその動きが止められると思ったからやったんだ」
 彼はしれっとした口調で、しかし不敵に笑ったままの顔で言った。
「しかしあれだけの数の敵の前に一隻だけで出るのは自殺行為ですよ」
「死ぬとは思わなかったからな。奴等は俺を見ていなかったから」
 彼は視線をモニターに映る敵の残骸に移して言った。
「だからああなったのだ。戦場において油断はそのまま死に繋がる。それを教えてやったのだ」
「えらくきつい教え方ですな」
 ガルシャースプは言った。
「ああ。しかしガルシャースプよ」
「何ですか」
「それを表情を変えずに言うのは少し無気味だな」
「そうでしょうか」
 やはり彼は表情を変えなかった。アタチュルクも攻撃の中に加わっていった。
 戦局は完全にオムダマーン軍のものとなっていた。サラーフ軍は次々に撃沈され次第にその数を減らしていった。
 損害が二割を超えようとしていた。サラーフ側の司令官はそれを見て遂に退却を決意した。 

 

第一部第一章 若き将星その三


「司令、敵軍が撤退していきます」
 参謀はモニターに映る敵軍が退いていく姿を見て言った。
「うむ、どうやら勝ったな」
 アジュラーンもそれは見ていた。満面に笑みを浮かべている。
「追いますか」
 参謀は問うた。
「いや」
 彼はそれに対して首を横に振った。
「これでカッサラ星系は我等のものになった。これ以上の戦闘は意味がないだろう」
「ですね」
 参謀はそれを聞いて頷いた。
「あとは政治の問題だ。外交部の連中に任せよう」
「はい。連中のお手並み拝見といきますか」
 オムダマーンの外交部は特に無能と評判があるわけではない。むしろ他国からは有能であると認識されている。
 しかし軍部との仲は悪かった。やり方が手ぬるい、腰抜けだというのだ。
「軍人はいつもそんなことを言う。あまり突出しては他国の恨みを買うだけだ」
 外交部の者はことあるごとにそう言う。彼等にしてみれば勢力均衡こそが一番の関心であり勝ち過ぎることはあまり喜ばしいことではないのである。
「確かにその通りだが」
 アジュラーンは外交部の高官達の言葉を脳裏に思い出しながら呟いた。
「そんなことを言っていたら何時まで経ってもこのままだぞ」
 彼はそう呟き顔を顰めた。彼はサハラが統一されエウロパの勢力を追い出すことを願っていたのだ。
  やがて停戦となり両国の外交官がこの星系に到着した。そして交渉が行なわれた。
 カッサラ星系はオムダマーン共和国の領土となった。この星系の権益も皆共和国のものとなった。
 サラーフ共和国の軍はこの地より撤退することとなった。賠償金は支払わずこの星系の割譲と近隣十光年の軍隊の立ち入りを禁止するという内容となった。
「とりあえずはこれでよし」
 交渉を終えたオムダマーンの外交官達はそう言ってカッサラ星系を後にした。
「今回は上手くまとめてくれたな」
 軍部はそれを見ていささか皮肉混じりに言った。
「我々とて遊んでいるわけではない。それに戦いに勝ったのだからこれ位は勝ち取らないとな」
 じゃあ賠償金も欲しかったな、といいたいところだがそれは出来ないのもわかっていた。サラーフはこの地域で最も勢力の大きい国であるサハラ全体でも三強に入るのである。
「まああのサラーフ相手に勝てたからよしとするか」
 軍部はそれで満足することにした。
「それに結構危ないところだったしな。一時は撤退すら考えていたそうじゃないか」
 軍の上層部は軍務部の会議室でこの戦いについての検証を行なっていた。
「そのようだな。不意打ちに遭い一時は劣勢に追い込まれている」
 高級参謀の一人がパンフレット状にまとめられた資料に目を通しながら言った。
「だが一隻の巡洋艦の活躍で我が軍の戦局は一変した」
「アタチュルクだ」
 それを聞いた提督の一人が言った。
「そうだ。アクバル=アッディーン中佐が艦長を務めているあの艦だ」
 参謀はそれに対して言った。
「アッディーンか。またやったのか」
「ああ。しかも今度は戦局を一変させた。それも僅か一隻で」
「戦法も見事だな。血気にはやる敵軍の前に来て総攻撃を仕掛けて止めるとは」
 別の提督が資料を読みながら言った。
「そうだな。そうそう出来るものではない」
 参謀の一人が言った。
「アジュラーン司令は何と言っている」
「かなり評価しているようだ」
「・・・・・・そうか」
 彼等はそれを聞いて何か意を決したようだ。
「これからは彼には思う存分働いてもらうか」
「そうだな。サハラの大義の為に」
 現在の軍上層部は強硬派の牙城と言われている。彼等はサハラ統一を掲げており民衆からも人気は高い。
「それでは彼を大佐にするとしよう」
「このままいくとすぐに将官になるだろうな」
「そうだな。そうなった時が楽しみだ」
 彼等はそう言って会議を終えた。この会議でアクバル=アッディーンの大佐への昇格及びカッサラ星系での大規模な軍事基地の建設が決定された。
 カッサラ星系への軍事基地建設は議会も承認した。それにより一個艦隊がこの星系に駐留することとなった。
「流石に軍部の人気は議会も無視出来ないか」
 アッディーンはこの星系に駐留する艦隊に配属されることとなった。今度は戦艦の艦長である。
「今度は戦艦か。それにしても大きい艦だな」
 彼は港にある今から自分が乗る艦を見て言った。
「それはそうですよ。特にこの艦は最新鋭の大型艦ですからね」
 傍らにいるガルシャースプが言った。
「最新鋭か。そういえばまだ綺麗なのものだな」
 彼は艦を見て言った。
「この艦はこれまでの艦とは違いますよ。何しろ我が国の技術の粋を結集させたものですから」
「それはいいな。今までの艦は少し設計思想が古いんじゃないかと思っていたところだ」
 二人は艦に続く桟橋を登りながら話している。 

 

第一部第一章 若き将星その四


「ええ。射程も相当なものですよ。今までみたいにサラーフのアウトレンジに悩まされることもありません」
「そうか。それは有り難いな」
 アッディーンはそのビーム主砲を見て言った。
「連中の射程の長さには今まで悩まされてきたからな。実際に戦うまではわからないがそれは有り難い」
「はい。この技術はこれからの新造艦及び改修する艦全てに使われるそうです」
「とすれば戦術もかなり違ってくるな」
「そうですね。今までの我が軍の戦術は火力に頼った集中突撃ばかりでしたから」
 二人は入口で敬礼を受け艦の中に入った。
「中の設備も整っているな」
 アッディーンは艦内を見回して言った。
「はい。居住設備もいいですね」
 ガルシャースプもそれに同意した。
「士気に大きく関わるからな。こうした気配りは有り難い」
 そして艦橋に向かった。
「ハッ!」
 艦橋に将兵達が敬礼する。アッディーンはそれに敬礼で返した。
「艦橋はどうだ」
 彼は操舵手を務める壮年の曹長に対して尋ねた。
「素晴らしいです。特に電子関係がいいですね」
 彼は笑顔で答えた。
「特に通信関係が素晴らしいです。今までの艦とは比べものになりません」
 若い下士官が答えた。
「何かかなり凄い艦のようだな」
 アッディーンは微笑んでガルシャースプに対して言った。
「ですね。うちの技術班も頑張ったみたいです」
 彼は口元にほんの微かに笑みを浮かべて言った。
「それにしても不思議だな」
 彼はふと気付いたように言った。
「何がですか?」
 ガルシャースプはそれに対して問うた。
「いや、技術班のことだ。今まで我が軍の技術班はお世辞にも大したことはなかったからな。何処かの国の二番煎じばかりやっていたからな」
「それですが技術長官に関係があるようですよ」
「長官に!?」
 彼は語気を上ずらせた。
「はい。新任の長官ですが」
「確かルクマーン=ハイデラバート大将だったな」
 彼は長官の名を思い出しながら言った。
「はい。ハイデラバート大将が長官になられてから我が軍の技術班は大きく変わったのです」
 ガルシャースプはほんの微かに笑ったまま言った。
「それは聞いていたがどうせいつもの宣伝だけだろう、と思っていたぞ」
「それが今度は違うようですね。有望な若手をどんどん抜擢して開発をさせていますから」
「それの結集の一つがこの艦と」
 アッディーンは再び艦橋の中を見回して言った。
「そうです。しかもまだまだ序の口らしいですよ」
「というとまだ技術班はやる気なのか?」
 彼は左の眉を少し上げて尋ねた。
「はい。さらに改革を進めていくつもりのようです」
「そうか。ならいいがな」
 アッディーンはそれを聞いて微笑んだ。
「手強い敵よりろくでもない武器の方が頭にくる。強い兵器が次々にもらえるのならそれに越したことはない」
 そう言って嬉しそうに笑った。
「その通りですね。ところで艦長」
 ガルシャースプはアッディーンに対して尋ねた。
「何だ?」
 彼は言葉を返した。
「この艦の名前ですが」
「艦名か。そういえばまだ決めていなかったな」
 彼はふと思い出したように言った。
「はい。何にしますか」
 オムダーマンでは艦名は艦長が名付けることになっているのだ。
「そうだな」
 彼は考え込んだ。
「前の巡洋艦はアタチュルクだったしな。何か別の名にしたいな」
「では何に?」
 ガルシャースプは問うた。
「そうだなあ・・・・・・」
 彼は腕を組み考え込んだ。
「そうだ」
 そして明るい顔で顔を上げた。
「アリーにしよう。伝説の英雄アリーだ」
「アリーですか。確かにいい名ですね」
 ガルシャースプもそれを聞いて上機嫌な声で答えた。アリーとはムハンマドの娘婿で『神の獅子』とまで謳われた英雄である。また長い間イスラムの二大勢力の一つであったシーア派の開祖ともされている。
「そうだろう、これからの俺の戦いを共にするに相応しい名前だろう」
 彼は満足気に微笑んで言った。
「そうですね。神の獅子が艦長のこれからの武勲を守護して下さるでしょう」
「そうだな。まあ俺は誰かに頼るということは好きじゃないが」
 そう言って正面に身体を向けた。
「だがアリーよ、俺の戦いを見守ってくれよ」
 そう言って二人は艦橋を後にした。そして今度は艦内をくまなく見回りだした。 

 

第一部第二章 銀河の群星その一


                       銀河の群星
 カッサラ星系におけるオムダーマン軍の勝利の報はすぐに銀河中に伝わった。それはエウロペや連合においても同じであった。
「カッサラ星系がオムダーマンの手に落ちたか」
 エウロペの総統であるフランソワ=ド=ラフネールはエウロペの首都オリンポスにてそれを聞いた。
 麻色の髪を後ろに撫で付けている。目は茶色だ。中肉中背でその穏やかな顔立ちは何処か宗教家を思わせる。革新政党出身で温厚でかつ堅実な人物として知られている。かっては弁護士でありそこから政界に転身した。公正でバランスのとれた政策が支持を得ている。この時六〇歳であった。
「まあ兵力を考えると勝って当然だな」
 彼は秘書から報告を受けると資料を執務室の椅子に座りながら読んで言った。
「しかしオムダーマンも苦戦したようだな」
 彼は戦局の流れに目を通して言った。高めのバリトンの声がよく響く。
「はい、いきなり奇襲を受けましたから」
 秘書はそれに対して答えた。
「それからサラーフ得意のアウトレンジか。一時は撤退さえ決意しているな」
「それが急に変わったのです」
「この一隻の巡洋艦の動きによってか」
 彼は資料を机に置いて言った。
「はい、その巡洋艦がサラーフの駆逐艦及び高速巡洋艦部隊の動きを止めたのです」
「見事だな。油断している敵の前にいきなり出て一斉射撃で動きを止めるとは」
「それに勝機を見たオムダーマンは一気に攻勢に転じました。そして数を頼りに総攻撃に出たのです」
「そして勝ったと。彼等が得たものは大きいな」
「はい、カッサラ星系は要地ですから」
「甘いな、それだけでは正解は半分だ」
 ラフネールは秘書に対して言った。
「確かに彼等があの星系を手に入れたことは大きい。おそらく今後はあの星系を拠点に軍事行動を起こしていくだろう。その分あの星系を巡る抗争があるだろうがな。ただあの星系を軍事基地化するようだ。そうおいそれとは陥落出来んだろう。それにだ」
 ラフネールは言葉を続けた。
「一人の英雄があの場所にいる。そう、君が答えられなかった部分だ」
「と言いますと?」
 秘書は問うた。
「あの戦いでオムダーマンは一人の英雄を見出しているのだ」
「誰ですか、それは」
「その巡洋艦の艦長だ」
「ええっと・・・・・・」
 秘書はその言葉に対し資料を調べた。
「アクバル=アッディーン中佐、戦功により今は大佐ですね」
「そうだ。彼の存在はおそらく今後のオムダーマンの動向に大きく関わることだろう」
「そうでしょうか。一介の大佐ですよ。確かに資料を見る限りかなり有能な人物のようですが」
「今はな。ほんの一介の大佐だが」
 ラフネールはここで知的な笑みを浮かべた。
「すぐに将官になる。そしてそれから艦隊司令、そしてやがては軍の指導者となっていくであろう」
「そう上手くいくでしょうか」
 秘書は問うた。
「いくだろうな。もっともそれからはわからんが」
 彼はそう言って席を立った。
「まあ今はただ見ているだけでいいだろう。当分サハラの情勢は大きくは変わらん。相変わらず彼等同士の抗争が続くだけであろう」
 彼は顔から笑みを消して言った。
「西方もオムダーマンは大きく勢力を伸ばすだろうがまだまだやらねばならぬことがある。それにサラーフもこのまま黙ってはおるまい」
「第二勢力であるミドハド連合の存在もありますしね」
「そうだ。彼等もカッサラ星系は狙っているだろうからな。場合によってはサラーフと手を組むかもな」
「それは・・・・・・」
 秘書はその言葉に対しては疑問をあらわした。
「ほう、それは彼等が犬猿の仲だからそう思うのかな」
 彼は秘書に対して微笑んで言った。
「確かに彼等は建国以来の対立関係にある。だがそれも共通の敵が現われた場合に限り別だ」
「敵の敵は味方、というわけですか」
 秘書は言った。
「そうだ、共通の敵が出来たならば手を組む、それが政治だ」
 彼は顔を元に戻して言った。
「その証拠に連合がそうであろう。連中は宇宙進出の頃から我々に対しては団結する」
 彼はその知的な顔を少し嫌悪で歪ませた。
「普段はまとまりに欠くというのに」
 秘書は彼よりも露骨に嫌悪感を露わにした。
「そうだ。しかもここ二百年は中央政府の権限を強化してきているときた」
「その方が連中の開拓にとって有利ですからね」
「そう。あれだけの勢力を持ってまだ開拓するところがあるのだ」
 ラフネールは忌々しげにそう言った。 

 

第一部第二章 銀河の群星その二


 連合は西にはマウリア、エウロパ、そしてサハラの境ともなっている長大かつ高いアステロイド帯があり容易にはいけない。だが北、東、南そして上下には何処までも続く空間がある。彼等はそこへ向けて常に進出しているのだ。
「最近では中央警察を建設したしな」
「はい、高い武装と機動力を持っているようですね」
「そして聞いた話によると各国の軍を統合し連合独自の軍を建設するそうだ」
「また大掛かりな話ですね」
 秘書はそれを聞いて言った。
「名目上は宇宙海賊への対策らしいがな。だが信用は出来ないな」
「はい。軍事力の拡大にはおあつらえ向きの口実です」
 秘書は声にまで嫌悪感を滲ませていた。
「我々の連中に対する備えはアステロイド帯のブラウベルク回廊にあるニーベルング要塞群だが。あちらへの備えは抜かりはないな」
「ハッ、精鋭を配置しております。そうおいそれとは陥とせるものではありません」
 ニーベルング要塞群はニーベルング星系の唯一の惑星であるニーベルングを軸としその周りに十六の人口衛星を置いた要塞群である。その人工衛星全てに強力なビーム砲を装備させておりそれぞれに無数のビーム砲座やミサイル発射管もある。
「うむ。ならば良い。確かにあの要塞群はそう易々と陥とせるものではない」
 ラフネールは後ろに手を組んで言った。
「だがあの要塞群が抜かれたなら」
 彼はここで言葉を一旦区切った。
「我等にとっては最早連合を止める手立ては無い」
 深刻な声でそう言った。秘書はそれを暗い顔で聞くだけであった。
 そのエウロパの宿敵ともいえる連合であるが今彼等はその中央政府の権限を大きくしようとしていた。
 これは二〇〇年程前からの運動であった。それまで宇宙海賊の跳梁跋扈に悩まされてきた彼等だが遂にそれを連合の勢力から追い出そうと決意したのである。
 彼等の存在は最早黙ってみているわけにはいかなくなっていた。辺境の開拓地は彼等に怯え商人達も次々に襲われた。しかも各国の複雑な境界線とそれぞれ独自の法律により治安を司る警察や軍隊も容易に動けなかった。しかも少しでも強硬手段を採ろうとすれば人権派団体がうるさかった。彼等の中には呆れたことにその海賊達との関係を噂されるような者達までいる始末であった。
 そうした事態を何とかしようという声が各国で起こりはじめた。その為には中央政府の権限を強化すべし、との意見が主流を占めたのだ。
 まずは法律からだった。中央政府の法を上位に置き各国の法よりも優先させるとした。これにより法の適用がわかりやすく適用しやすいものになった。
 次に財政である。税制を改革し中央政府に金が集まるようになった。これにより政府の機能を拡大し優れた人材が集まるようになった。
 そして次は宇宙海賊の問題であった。まずは宇宙海賊への刑罰を厳格化し、そのうえで投降してきた者には過去は問わずそれぞれの国の軍へ編入したり職をあてがうといった硬軟両方の手段を採った。これにより海賊の数は大きく減り治安は格段に良くなった。
 その上で海賊達と結託していた団体を次々に検挙し裁判にかけた。その中には市民派を気取りやたらと正義を振りかざし他者を糾弾する議院もおり皆驚いた。正義派は仮面でその正体は海賊と裏で繋がる悪党であったのだ。
 こういった輩は次々と裁判にかけられた。そして重罪を科せられることとなった。
 そしてそれと前後して中央警察が設立された。これは中央政府の管轄にある連合全体の治安を司る組織であり彼等は宇宙海賊や星系をまたにかける凶悪犯達を取り締まった。この存在がさらに治安をよくしたことは言うまでもない。
 こうした状況が二百年に渡って続いた。その歩みは遅い。これはやはり連合の多様性と各国の主権及び個性の強さからくるものであるがそれでも連合は次第に変わっていた。
 今連合の首都地球はそれまでの名目上の首都ではなくなっていた。今や本当の意味での首都となっていた。
 かって『太平洋の真珠』と呼ばれたシンガポール。今そこには中央政府の元首である大統領の官邸及び連合中央議会、そして連合中央裁判所等がある。南洋のこの都市とその周辺は千年以上経ても今尚連合の心臓部であった。
 その官邸の廊下を歩く一人の若者がいた。
 その周りには多くの秘書官や護衛達がいる。そのものものしい様子から彼がかなり高い地位にいる人物であるとわかる。
「それにしても急に呼ばれるとは」
 その若者は少し首を傾げて言った。
 長身で細い身体をしている。切れ長の目に黒い髪と瞳、アジア系独特の顔立ちである。今や混血はかなり進んでいる。とりわけ多くの多様な国家から成る連合ではそれは特に顕著である。人種問題などというものはこの時代には既に愚かな過去の遺物となっていた。
 見ればその顔だけでなく物腰からも気品が漂っている。貴公子を思わせる高貴な美貌がそれを一層際立たせている。
 歩き方もまた優雅である。本来ならば武骨である筈の黒と金の軍服も彼が着ると豪奢なものとなってしまう。
「一体私に何のご用件であろう」
「閣下でなければならないと言っておられたそうですが」
 側に控える秘書官の一人が言った。
「私でなければ、か」
 彼はその言葉に対し再び首を傾げた。
「それにしては妙だな」
 彼は今度はその整った細く綺麗な眉を顰めて言った。
「二人で話がしたいと大統領から言われるとは」
「いや、こうしたことは結構あるものです」
 秘書の一人が言った。 

 

第一部第二章 銀河の群星その三


「閣下は日本の軍務大臣なのですよ」
「そう、連合の中でもかなりの重要人物なのです」
「そう言われると何か妙な気分になるな。私は総理に大臣に任命されただけなのだし」
 三百国ある連合の中でも日本は主導的な国の一つである。アメリカ、中国、ロシア、ブラジル等と並ぶ大国であるが米中露が大昔より変わらぬ覇権主義的思考で何かと自国の利益を優先させようとし中央政府にも従わないことが多いのに対して日本は連合設立当初より中央政府に対して友好的であり忠実であった。その為他の大国に比べて他の国々からの支持も高く中央政府からも頼りにされている。
 中央政府がその権限拡大についても日本を頼りにするのは当然であった。その資金の多くも日本から得ている。そして何よりも地球の位置は日本の勢力圏の側なのである。
「つまり我等の立場は魯かな。中国の大昔の歴史の」
 若者は少し微笑んで言った。
「またえらく昔の話ですな」
 秘書の一人が苦笑して言った。
「うん。学生時代に習ったことをふと思い出したんだ」
 彼は軍務大臣であるが士官学校を出ていない。日本のとある大学を出た後軍に入り将校となった。この時代でも大学を出ている者は軍では将校となった。これは最早伝統であった。
 そして政治家であった父の後を継ぎ若干二十五歳にして日本の衆議院議員になった。多くの政策、特に軍事関係においてそれを立案しそれが所属していた保守系の政党の総裁の目に留まった。そしてその総裁が総理になるとその能力に注目した彼に軍務大臣に抜擢された。それから二年経つ。今二十八歳、政治家としてはまだまだ若いがその才とカリスマ性から将来を渇望されている。
「そういえば閣下は歴史学を専攻されていたそうですね」
「うん、やはり面白いし何かと勉強になるからな。歴史から学ぶことは実に多い」
「成程、では今から行なわれる会談についても歴史から学んだことを活かして下さいね」
 秘書の一人が少し意地悪そうな声で言った。
「大統領は中々人が悪いですから」
 別の一人がいささか冗談をまじえて言った。今の大統領は小国の一開拓民から大統領になった人物である。軍人となり宇宙海賊討伐で軍功を挙げそこから出世した。そして遂には連合の大統領となった立志伝の様な人物である。
「おい、それは失礼だぞ」
 若者は周りにいる者達を窘めた。
「連合の元首である方だ。その様に言ってはならぬ」
「ハッ、これは失礼しました」
 周りの者達はその言葉に畏まった。
「言葉は慎むべきだ。口は禍の元となる」
「そうでした」
 彼等は若者の言葉に恐縮した。
「わかってくれればいい。さて、とそろそろ閣下がおられる部屋だな」
「はい」
 一向は赤い絨毯が敷かれた廊下を進んで行く。そしてある扉の前に来た。
「お待ちしておりました」
 その前にいた黒い軍服の衛兵達が敬礼をする。見れば若者が着ている制服と同じだ。
(どういうことだ。服を変えたとは聞いていないが)
 彼はそれを見て内心そう思った。だが口には出さなかった。
「閣下はおられますか」
 彼はそれを置いておいて衛兵に尋ねた。
「中におられます」
 衛兵は答えた。そして扉を開けた。
「閣下、日本の八条義統軍務大臣が来られました」
 そして部屋の中にいる人物に対して言った。
「はい、ご苦労さん」
 部屋の中にいる人物はいささか大統領に相応しくないのではないかというようなざっくばらんな言葉で答えた。連合の言語は多くの国家から成るが一つに統一されている。英語や中国語、スペイン語、アラビア語、日本語等多くの言語が混在した結果出来たもので『連合語』と言われている。若しくは『銀河語』ともいう。アルファベットと漢字その他の文字が混在しているがわかりやすい文法と発音のしやすさ、応用力の高さで知られている。多くの国家から成る連合にとって実によくあった言語だと言われている。尚エウロパはラテン語から発生した欧州各国の言語を再び統一させた新ラテン語と言うべき『エウロパ語』を、サハラは昔ながらのアラビア語を使っている。
 銀河語はフランクな表現が多いことでも知られている。だがこの人物の言葉は特にそれが凄い。元々開拓民の出身のせいもあるが彼は飾ったことを好まなかったのだ。
 彼の名はラゴス=キロモト。前述のとおり連合の大統領である。
 ケニアの開拓民に生まれた。彼の家は開拓された広い農場を持っておりそこの九人兄弟の七番目として生まれた。彼の住む開拓星は宇宙海賊もおらず平和な状況であった。彼はこのままいけばごく普通の農民として一生を過ごしたであろう。だが子供の頃にホノグラフィテレビで見た軍人の姿を見たことが彼の一生を変えた。
 彼は早速両親に軍人になりたいと言った。両親はそんな彼に対しなりたいならまずは身体を鍛えよく勉強し正しい心を身に着けろと言った。
 彼はそれに従った。学生時代は地元の学校でスポーツに、勉学に励んだ。後輩の面倒見もよく慕われていた。
 高校卒業後彼は軍隊に入隊した。士官学校を受けたが落ちたので下士官候補生となった。これは将校への道も約束された軍では地位の高いコースであった。
 彼はそこで頭角を現わした。それを見た上官達は彼に士官学校を再度受けるよう薦めたが彼は断った。彼はまず下士官で軍を知ることを望んだのだ。
 彼は陸戦部隊となった。そこで宇宙海賊達を相手に戦勲を挙げ士官に抜擢された。そして今度は陸戦部隊の指揮官となった。 

 

第一部第二章 銀河の群星その四


 そこでも功を挙げ彼の名は軍だけでなく世の者にも知られることとなった。そして彼は少将で軍を退き連合の議員に立候補した。
 一回落選したが二回目で当選した。彼は軍で身に着けた積極的な行動力と果断な判断力を発揮し連合議会の中でも知られるようになった。政府内の要職を歴任するようになりそして遂には大統領にまでなった。
 この時六十五歳、年齢を感じさせぬ若々しい顔立ちをした筋骨隆々の黒人の巨人でありその短く刈られた髪はまるで若者のそれである。
「ようこそ、八条大臣。お待ちしておりましたぞ」
 彼は満面に笑みを称えて八条に対して挨拶をした。
「いえ、こちらこそ。お招きして頂き恐悦至極です」
 八条はそれに対し畏まった態度でいささか形式的な挨拶を返した。そしてキロモトの方へ歩み寄る。
 二人は握手をした。キロモトはそれを終えると八条に席に座るよう薦めた。
「これはどうも」
 八条はそれに従いキロモトに続き豪奢な椅子に腰を下ろした。見れば椅子だけではない。この部屋の中も白を基調とした豪奢な装飾で飾られている。
「どうでした、ここまでの旅は」
 キロモトはまずここまでの旅順について尋ねてきた。
「旅といいましても。我が国からこの地球まではすぐ側ですし」
「おっと、そうでしたな」
 キロモトはそれを聞くと顔を崩して笑った。
 口を大きく広げて笑う。豪快な笑いだ。
「では話を変えるとしましょう」
 彼は笑い終えるとニコリと笑って八条に対して言った。
「はい」
 八条は態度をあらためた。そして再び畏まった。
 それからは日本の軍事関係に対する要望であった。一言で言うならば連合の治安の為にもっと貢献して欲しいというものであった。
「それはお約束します」
 そのことは総理からも言われていた。彼は快くそう言った。
「貴国にそう言って頂くと有り難いですな」
 キロモトは笑顔でそう言った。体制が整えられてきているとはいえ連合の権力基盤はまだ脆弱である。こうした大国の支持がやはり必要である。
「そして・・・・・・」
 彼は話を続けた。後は連合及び銀河の平和と友好の発展を支持するといったこれもまたありたきりな宣言で締めくくられる普通の会談となった。
 こうして会談は終わった。八条は宿舎に帰り休息をとった。明日は明日で仕事がある。連合の要人達との会合があるのだ。
「さてと」
 シャワーを浴びた彼はガウンを羽織りベッドに向かおうとした。その時鏡の前に置いていた携帯が鳴った。
「!?」
 見れば大統領からである。一体何事であろうか。
「今後の会談の打ち合わせか」
 彼は首を傾げてそう言いながら携帯を手に取った。
「はい、八条です」
 彼は電話に出た。すると大統領の声がした。
「こんばんは、閣下。実は早急にお話したいことがありまして」
 声が普段よりも真摯なものとなっている。
「なんでしょうか」
 八条は尋ねた。勘が彼に警告していた。
「今からそちらにお伺いしてよろしいでしょうか」
「いえ、それは」
 八条はそれをやんわりと拒絶した。
「閣下は大事なお身体です。何かあっては大変なことになります。私がお伺いしましょう」
「そうですか。それではお願いします」
 彼はそう言うと電話を切った。八条は携帯を直すと背広に着替えた。
「さて、一体何の用件か」
 彼は着替え終えるとホテルの扉を開けた。そこは私服の警備員達がいた。
「済まない、今から大統領官邸に戻る。何人かついてきてくれないか」
「わかりました」
 その中から二人やって来た。彼等の中でも特に腕の立つ者達である。
 八条はこっそりとホテルを出た。従業員達にも気付かれることなく裏口から出てそれからタクシーを拾って官邸に向かった。
「わかりました」
 運転手はそれに応えるとタクシーを官邸に向かわせた。十分程して到着した。
 タクシーを降りた。そして官邸に入る。
「お待ちしておりました」
 見れば警護兵は大統領が常に側に置いている者達だ。そして大統領の首席補佐官が彼を出迎えた。それだけ見てもかなりの用心をしていることがわかる。
 補佐官に案内され官邸に入る。そして大統領の私室に案内された。
「よろしいのですか?」
 八条は補佐官に尋ねた。幾ら何でも大統領の私室に入ることは躊躇いがあった。
「はい、大統領からの直接の指示ですから」
 補佐官はそう答えた。彼はその言葉を聞いて警戒をさらに強めた。 

 

第一部第二章 銀河の群星その五


(それ程重要な話か)
 彼は意を決して部屋に入った。キロモトは妻とは大統領就任前に死に別れている。子供もいなく孤独な男やもめだ。姉の子を一人養子にしている。彼は今祖国で畑を耕しているという。
(それがあの人らしいな。あくまで素朴に飾らずに、か)
 そう思いながら部屋に入った。そこにはその当人がいた。
「ようこそ、夜分遅くに呼び出して申し訳ありません」
 キロモトは八条に対して言った。彼は背広のままである。
「いえ。それよりも重要なお話とは何でしょうか」
 八条は単刀直入に尋ねた。
「はい。実は私は今考えていることがあるのです」
 彼は八条を見据えて言った。その声は重く慎重なものである。36
「考えていること」
 八条はその言葉を自分でも言ってみて尋ねた。
「はい、今連合はこの中央政府の権限を強化する方向に動いています」
「そしてそれはかなりの成果を挙げていますね」
 八条は言った。
「そうです、中央議会及び裁判所の権限を拡大し中央警察を設立しました」
「そしてそれにより宇宙海賊と彼等と結託する者達を次々と捕らえました。これにより我が連合の治安はかなりよくなりました」
「その通りです。しかしそれだけではまだ足りません」
「と、いいますと」
 八条はそこで尋ねた。
「もう一つ、この連合をまとめるのに必要なものがあるのです」
「それは?」
「閣下も軍におられたからおわかりでしょう。連合中央政府直属の軍です」
「え・・・・・・」
 キロモトのその言葉にさしもの八条も驚いた。連合では軍はそれぞれの国が独自で持つものだからだ。
「各国の軍を統合しこの中央政府の下に置くのです。そうすれば我々のまとまりもかなり良くなるでしょう」
「それはそうですが・・・・・・」
 確かに理想としては素晴らしい。この連合が長い間人類の中で最大の勢力を誇りつつもエウロパの存在を許しサハラに何も出来なかったのはひとえにこのまとまりの悪さからであった。まず動くには各国の利害を調整せねばならずそこをエウロパに付け込まれたことが度々あった。これはブラウベルの頃から何も変わってはいない。その為外部に勢力を向けることも出来ず開拓に専念するしかなかったのだ。またその開拓も各国の利害が複雑に絡み合い思うように進まなかった。
 連合設立の時より欧州の様な強力な統率力を持つ中央政府の設立が叫ばれていたがそれは叶わぬことであった。大国の力が強く多くの国からからなりその個性がどれも極めて強い状況ではどうしても緩やかな組織になるしかなかった。またその方が大国には都合が良かったしそうした緩やかな組織に親しみを持つ者も多かった。結果今に至るのでありそして今の連合の中央への権限集中も実は批判が多い。
「確かにそれは素晴らしいことですが・・・・・・」
 八条は口篭もりつつ言った。
「我が連合のまとまりはもう充分ではないでしょうか。設立と同時に経済及び貿易は自由化され関税や市場の統合も為されています。しかも共通の通貨までありますし」
 これは既に連合の設立の頃に為されている。連合の通貨は『テラ』という。地球からとったものだ。
 しかしこれは連合に住む者なら誰でも知っているようなことだ。彼も自分で口にして何を言っているんだ、と思った。
「そして中央警察も設立された、もうそれで充分ではないかと」
 キロモトは微笑みながらその話を聞いていた。
「はい」
 八条は答えた。
「成程、確かに一理あります。今の我等の中ではそれが意見の主流でしょう」
「そうですね。我々はあくまで互いの主権や個性を尊重し合うということを何よりも重要視していますから」
 連合の特徴の一つである。エウロパやマウリア、サハラ各国に比べてこの連合では個人主義的風潮が強い。自分のことは自分でせよ、相手の個性や考えにまで口を出すな。これは構成する各国の文化や風習の違いが凄い為にそうなったことである。大国も他の国のそうしたことには口出しはしなかった。何故なら彼等の中にも様々な風習や文化がありそれを言うととんだヤブヘビになるからだ。
「ですが私の考えは違います」
 キロモトはニヤリ、と笑ってそう言った。
「連合の中で統一された軍を持つことは我々の団結をより強いものにします。そして治安や国防も考え易くなります」
「確かにそうですが」
「我々に敵がいないというのは誤りです。今は遭遇していませんが人類以外の知的生命体との遭遇も考えられます」
「はい」
 これは誰もが一度は漫画やテレビ、本、ゲーム等で見ていた。攻撃的な侵略者。一千年以上も昔から変わらない他の知的生命体からの一方的な攻撃である。
「この宇宙は広い。我々の開拓地もさらに広くなります。そうすればさらに遭う可能性は高くなるでしょう」
 それもまた以前より言われてきている。むしろ今まで遭遇しちえないこのことが奇跡なのだとも言われている。
「まだ遭ってもいない、という話は通用しません。遭ってからでは遅いのです」
「それはその通りですが」
 八条は答えた。
「それにエウロパに対しても防衛は完璧ではありません」
 キロモトは目を少し険しくさせて言った。
「といいますと!?」
 八条はこの言葉には少し面食らった。エウロパとの唯一の国境であるブラウベルク回廊にはガンタース要塞群がある。これはガンタース星系の十五の惑星全てを要塞化したものでエウロパのニーベルング要塞群をも遥かに凌駕するものである。その強化は常に行なわれており陥落させることは不可能と言われている。 

 

第一部第二章 銀河の群星その六


「ガンタース要塞群が陥とされた場合の防衛はそうなりますか?絶対に陥ない要塞などないのですぞ」
「・・・・・・・・・」
 八条は何も言えなかった。エウロパは今はサハラに目がいっている。そして彼等には侵略の意図は無い。だが外交や謀略により連合の内部を撹乱したうえでガンタースを陥落させたなら・・・・・・。連合は敗れはしないまでもかなりの被害を受けるであろう。これも以前より危惧されてきたことだ。実際にエウロパからの撹乱はこれまで何度もあり中には彼等と結託していると思われる宇宙海賊や市民団体もあった。
「そうした時に最も有効に動けるのは統一された軍隊です。今までのような各国ごとに分かれたバラバラの軍ではなく」
 今までの連合は軍人や艦艇の数こそ多いが烏合の衆と呼ばれていた。それはエウロパやマウリアのような中央からの統制が無いからだ。
「おわかりでしょう、外部からの敵に備える為我々は強力な軍を持たなければならないのです」
「はい・・・・・・」
 八条はようやく頷いた。
「しかしいざ作るとなるとかなり難しいですよ」
 彼は言った。
「反対しないまでも難色を示す国は多いでしょうし」
「それは折込済みです」
 キロモトは言った。
「何せ我々は実に多様かつ雑多な集まりですから」
 彼は笑っていた。何処か自信のある笑いだ。
「しかしですね」
 彼は顔を引き締めた。
「困難だと思われることも実際にやってみないとわからないものなのです。そして実際には意外なところに解決方法があるものなのです」
「それは!?」
 八条は再び問うた。
「例えば最初に何処かの国が参加を表明するとかね」
 彼はそう言うと八条の顔を見てニヤリ、と笑った。
「それが発言権の強い国ならなおよし」
「大統領、貴方はまさか・・・・・・」
 八条はキロモトの顔を見た。その顔には笑みが戻っていた。
「そうです、まずは貴国に参加して頂きたいのです」
 彼は単刀直入に言った。
「貴国は中央政府に対し友好的です。しかも位置は丁度この地球の側にある。そして他の国からの評判もいい」
「しかしだからといって・・・・・・」
 彼は少し口篭もっていた。
「そちらの国内世論は大丈夫だと思いますが。中央政府に対しては比較的好意的ですから」
「それはそうですが」
「総理には私からもお話しておきます。それならば問題ないでしょう」
「いえ、そういう問題ではありません」
 彼は言った。
「閣下もご存知でしょう。確かにそれで設立は出来るかも知れません。しかし軍はそう簡単にはいかないものなのです」
「といいますと?」
 彼はとぼけたふうに尋ねた。
「設立してから暫くは柱となるものが必要です。軍を主導出来るような。それから指針をつければ後はシステムが動いてくれますが」
「つまり基礎を固めるべき指導者がまず必要であると」
「そうです、これはどの組織にも言えることですが」
「成程」
 キロモトは八条の言葉を最後まで聞いて頷いた。
「それならば最適の人材がいますよ」
「誰ですか?アメリカのマクレーン提督ですか。それとも中国の劉提督でしょうか」
 二人共名の知られた人物である。軍人としてだけでなく人物の評判もいい。
「確かにあの二人も悪くはないですね。ですが」
 キロモトは言葉を続けた。
「私は彼等以上の人材を知っているのです」
「それは誰ですか!?」
 八条はまた問うた。
「今私の目の前にいる方です」
 そう言って悪戯っぽく笑った。
「な・・・・・・」
 八条はキロモトのその言葉に対し絶句した。
「貴方ならば軍を主導出来ると信じています。期待していますよ」
「閣下、冗談は止めて下さい」
 八条は言った。
「私は若輩の身に過ぎません。それに軍歴があるといっても僅かです。そのような人物に新しく生まれた軍の統率が出来ると思われるのですか」
「はい」
 キロモトは答えた。 

 

第一部第二章 銀河の群星その七


「年齢は関係ありません。貴方にはそれだけの能力があります。私はそう見ていますよ」
「そんな筈は・・・・・・」
「おっと、謙遜は止めて下さいよ。私は謙遜はあまり好きではないのです」
 彼は言った。
「日本人というのは昔から謙遜したがりますね。ですがそれは自信が無いようにしか見えないのです」
「そう捉えて頂いても構いませんが」
「貴方は日本の政治家になられてから多くの軍事関係の政策を立案されました。そしてその全てが議会を通って施行される、またはされようとしております」
「運がいいだけです。私の政策を党の同志達も国民も受け入れてくれただけで」
「その誰もが受け入れざるを得ないような優れた政策を立てられる、その能力を買いたいのです。私から見ても貴方の政策は非常に優れたものです」
「有り難うございます」
 八条は礼を言った。
「その能力を今度は新しく設立される軍で使ってみたくはありませんか?貴方ならばこの軍を正しく導く指導者になれる筈です」
「・・・・・・・・・」
「よく考えて下さい。強制はしません。しかし私は貴方の能力を高く買っておりますよ」
「はい」
 八条は答えた。実際に彼の頭の中はかなり混乱していた。
「すぐに総理ともお話させて頂きます。それまでによく考えておいて下さい」
「わかりました」
 八条は官邸を後にした。そしてホテルに帰った。
 一ヵ月後日本の総理伊藤佐知子とキロモトの会談の場が設けられた。彼女は四十を越えたばかりの美人であり政治学者出身である。学者出身とは思えぬ程実務に優れた人物でその判断力の高さでも知られている。
 この会談には八条も同席していた。彼女はこの若者を何かとよく立てていた。彼女は結婚しているが彼との関係が何かとからかわれていた。中にはこの美貌の若者を総理の燕とまで揶揄する者もいた。
 だがこれは彼女が彼の能力を高く買っていただけである。彼女は男女関係にはかなり潔癖な考えの持ち主で異性問題をことのほか嫌う人物であった。
「八条君」
 会談を終えた伊藤は後ろにいる八条に対して声をかけた。
「はい、総理何でしょうか」
 彼は答えた。伊藤は小柄なことで知られているが長身の八条と一緒にいるとそれがさらに際立つ。
「大統領からお話は聞いたわ。いいお考えだと思うわ」
 彼女は中央軍設立の話について言っている。
「私は支持したいわ。そして日本軍が最初に参加する」
「そうですか」
 彼女は賛成する、彼はそう読んでいた。だから驚かなかった。
「そして君のことだけれど」
 どことなく姉が弟に語りかけるような口調である。彼女は上に兄や姉ばかりいた。だから八条の様な存在が以前より欲しかったようなのだ。振り向いた時黒いストレートのロンヘアーが波打った。
「折角の愛弟子を手放すのは私としても非常に残念だけれども」
 彼女は八条に微笑んで言った。
「行ってらっしゃい。健闘を期待するわ」
 彼女もまた彼の本心がどうであるかをを知っていた。
「わかりました。ご期待に沿えましょう」
 彼は答えた。それで彼の一生は決まった。
 それから数ヵ月後キロモト大統領は連合中央軍の設立構想を発表した。日本は最初にその発表に支持を表明し参加を希望した。そして早速それの是非を問う選挙が行なわれ圧倒的支持を得た。日本人の連合中心主義によく合ったものであったからだ。
 無論反対もあった。だがその旗振りをしている政党の党首及び幹部があまりにも稚拙な人物であった為支持はごく一部であった。しかもこれからどうするべきか、日本人は彼等が思うよりも遥かによくわかっていたのだ。
 その党首は落選後宇宙海賊との黒い関係を暴露された。マスコミの一部は彼を擁護したがこのマスコミも以前より海賊の人権を擁護しておりその関係もネット等で知られていた。そのマスコミは結果倒産し党首共々裁判にかけられ実刑判決を受けた。彼等は最後まで己が罪を認めずこともあろうに裁判の場やテレビの前で互いに責任を擦り付け合った。世の人々はそれをおおいに嘲笑したという。
 日本の参加は大きかった。日本に同調する国家が次々と中央軍に参加を申し出てきた。三ヶ月もした頃には中央軍に参加していないのは日本以外の主導的な大国達とそれに近い国々だけとなっていた。
「その国々においても区内世論が高まっております。いずれは参加することになるでしょう」
 キロモトは笑顔で八条に対し言った。
「はい、ですが問題もあります」
 八条は顔を引き締めて言った。
「それは?」
「各国それぞれの機関です。例えば士官学校や技術班等はどうしましょう」
「士官学校はそのまま置きます。教育機関は減らさないほうがいいでしょう」
「ですね。ただし教育内容は統一させたほうがよろしいかと」
「それは当然です。学校ごとに違う教育が行なわれていたら軍の編成や統制にも支障をきたします」
 この言葉は意外だった。キロモトはそこまで考えることが出来たのだ。
(悪く言えば大雑把というイメージの強い方だったが)
 八条は彼の顔を見ながら思った。
(これは案外細かいところまで見ていてくれているな)
 そう思うとこちらもやる気が出た。 

 

第一部第二章 銀河の群星その八


「そして技術班ですね。これはどうしましょう」
「技術班は統合します。ただし削減はしません」
「何故ですか?」
「それぞれの系列で競わせてみたいです。それから新たな兵器が開発されるかと」
「成程、そうなれば今までのよりも遥かに優れた兵器が期待できますね」
 八条はそれを聞いて笑みを浮かべた。
「はい。兵器開発も一つの系統だけではあまり進歩しませんから」
「そうですね」
 これは八条にも思い当たるところが多かった。日本では軍需産業は一つの兵器は一つの産業が扱う傾向にありその質は高いが今一つ進歩が見られていなかったのだ。
「閣下、これからはさらに忙しくなりますよ」
 キロモトは彼の顔を見て言った。
「何せ未曾有の軍が出来上がるのですから」
「それは覚悟のうえです」
 彼は答えた。
「むしろやりがいがあるというものですよ」
 彼は仕事が多く困難であればある程働きたがる性質の人間であった。
「それは頼もしい。私は仕事はなるべくしたくないという考えの人間でしてね。正直貴方のような人が側にいてくれると実に有り難いのです」
「それはどうも」
 彼は特に迷惑にも有り難くも思わず答えた。自分が仕事ができればそれでかまわなかった。
「ではお願いしますよ。連合軍のこれからは貴方の双肩にかかっているのですから」
「はい」
 それからすぐ米中露においても選挙が行なわれた。そして中央軍の参加が決定された。これはそれまで何としても己が権勢を保とうと腐心してきた彼等からは思いもよらぬ行動であった。
「まあそれでも何かと口は出そうとするだろうがな。連中の考えは嫌という程わかる」
 八条は新設された連合中央政府国防省の建物の執務室で呟いた。
 その部屋はあくまで実務を優先させた質素なものである。そして彼は椅子に座り窓から見える景色を眺めていた。国防省はシンガポールに置かれていた。彼は窓の向こうに見える椰子の木を眺めていた。
「連中とは長い付き合いだ。その間にどれだけ煮え湯を飲まされてきたことか」
 彼は少し怒気を含んだ声を漏らした。
「だがそれも全て折り込み済みだ」
 彼はそう言うと席を前に戻した。
「軍がなければ金を使ってくるだろうがな。しかしそれも昔から知っている」
 彼等の経済力は他国と比べてもかなり高い。経済力あっての大国であるのだ。
「しかしそれならうちにも対処方法が充分にある」
 そう言うと机の上にあるホットラインを手に取った。一千年前のそれと比べるとかなり小型でしかも光による通信で速い。
「あ、どうも八条です」
 彼はあるところに電話をかけた。
「はい、お久し振りです。一つお願いしたいことがありまして」
 彼はそうやら知り合いに電話をかけているようだ。
「そうですか、ご協力して頂けますか。感謝いたします」
 彼は電話からの返事を聞いて笑みを浮かべた。
「それではお願いします。あ、よろしいですよ、礼なぞ。お互い様ですから」
 彼はそう言うと電話を切った。そして来客を出迎えた。
「・・・・・・八条君も頑張っているみたいね」
 伊藤は首相官邸の自分の執務室で電話を切ると小さい声で言った。 

 

第一部第二章 銀河の群星その九


「それにしても彼等を経済面で牽制して欲しい、か。難しいことを言ってくれるわ」
 彼女は微笑みながら言った。
「けれどやるわね。軍事以外のところから攻めようと考えられるなんて。流石は私の愛弟子」 そう言うと再び電話を手に取った。
「もしもし、私だけれど」
 彼女は部下に電話をかけた。
「すぐに経済産業省と財務省、そして通産省、あと内閣調査局長官を呼んで。至急に話したいことがあるの」
 こうして首相官邸に三人の大臣が入った。
 それから暫く後米中露等を中心に金権スキャンダルが起こった。連合議会に対する不正献金疑惑だ。疑惑は疑惑であり確固たる証拠は遂に見当たらなかったがこれにより軍に対して悪い意味で何かと干渉しようとしていた中央議会の議員達は大人しくなった。
「一歩間違えたら軍部の横暴と言われかねないところよ」
 伊藤は日本に会談にやって来た八条に対して言った。
「それは私も危惧していましたよ」
 彼は微笑んで言った。このような話をする時でも気品を漂わせる笑みだ。
「しかし我が軍の最高司令官は紛れもなく大統領にありますから。それに対し侵害を計るような連中こそ問題でしょう」
「確かにね。もう連合軍は彼等の軍じゃないのだから」
 伊藤はそれを聞いて言った。
「軍の指揮権は確立されておかねばなりませんから。まあだからといって統制されなくてよいというものではありません」
「それは正論ね。文民統制、かなり昔からある言葉だけれど」
「私もこうやって軍服は着ていますが身分上は紛れもなく文民ですからね。しかしそれに付け込んで軍を自分達の意のままにしようとするのは見逃せません」
「けれど連中はそう簡単には諦めないわよ」
「でしょうね。議会は相変わらず大国の利害の衝突の場という一面がありますから」
 これはなかなかなおりそうにもなかった。議員がそれぞれの国から選ばれる以上仕方ないところもあった。
「政党よりも地域、というところがあるわね。我が国から出ている議員達もそうだけれど」
 伊藤は渋い顔をして言った。
「我々の弱点ですね。それがよいところでもあるのですが」
 長所が短所、というわけである。連合の多様性は時としてまとまりの悪さとなるのである。
「キロモト大統領も苦労しておられますよ。自分の政党の者達を説得するのが最も大変だと」
 政党にいる政治家達も各国ごとに入り乱れている。政党よりもその国の有力な議員の主張に賛同する傾向があるのだ。
「こういったところはアメリカや中国が羨ましいですよ。緩やかな連邦制なのに政党政治はとりあえずまともに機能しているのですから」
「それを言ったら我が国や台湾の方が普通の政党政治になってる気がするけれどね」
 アメリカや中国はそれぞれの星系の主張が強く選ばれる政治家もその星系の代表であるという意識が強い。政党は選挙の時だけ集まるといった形式である。
「それでも中央議会よりはましかと。とにかく機能しないのですから。その癖自分達の国の主張は無理矢理にでも通そうとしますし」
「それはもう強力な指導者がそれぞれの政党に出て来るしかないかもね」
 伊藤は八条の顔を見上げて言った。
「しかし一千年以上出てきませんでしたからね。今都合良く出て来るとは」
「あら、それはわからないわよ」
 彼女は微笑んで言った。
「人材は時代が必要とされる時に出て来るから。今までは別に国同士で喧々囂々やってても問題はなかったでしょ」
「それは異星人もエウロパやマウリア以外はこれといった対外勢力もありませんでしたから」
「けれどこれからは異星人がいるかも知れない。まあもう暫くは大丈夫でしょうけど」
 連合の辺境と異星人がいると推測される星系からは今数十万光年離れていると言われている。当分は安心だ。
「それに今は中央の力が強まり連合もまとまりを持とうとしている時だもの。ひょっとしたら出て来るかも知れないわよ」
「そんないうまくいきますかね」
「そんなことを言ったら連合軍だってこんなにすぐ出来なかったでしょ」
「それはそうですが」
 伊藤の話は後に見事に的中することになる。だが今はそれを誰も知らない。
「今君は連合軍の骨格を作ることを考えなさい。そして連合軍を本当の意味での私達を守る軍隊にしてね」
「わかりました」
「よろしい」
 伊藤は八条の返答に対し微笑みで返した。そして二人は別れ休息をとった。だが時間には休息はない。時代は刻一刻と動き続けていた。 

 

第一部第三章 海賊征伐その一


                  海賊征伐
 カッサラ星系を制圧したオムダーマン共和国はこの星系に軍事基地の建設を開始した。そしてアジュラーン大将率いる駐留艦隊を置きサラーフ等に備えた。
「確かにカッサラ星系を得たのは大きいな」
 アッディーンは自分の艦の艦橋にあがりつつ言った。
「そうですね。カッサラは交易の中心地でありますから」
 隣にいるガルシャースプが答えた。
「この地から得られる収入も莫大なものですが軍事的に見ても西方の要地ですし」
「そう。この地からサラーフやミドハドを攻めることも出来る。今我々は軍事的に見てかなり有利な状況にある」
「はい。これにより西方の小勢力が我々に帰参したいと申し出ておりますよ」
「いいな。戦わずしてその国力を併合出来るのだから」
 アッディーンはその話を聞いてニヤリと笑った。
「艦長は別に戦うのがお好きではないのですか?」
 ガルシャースプは彼のその笑みを見て言った。
「いや、そういうわけじゃないけれどな」
 アッディーンは答えた。
「ただ無益な戦いはしないにこしたことはない。無意味に血を流してもそれは無駄というものだろう」
「成程、それは良いお考えです」
 ガルシャースプはそれを聞いて言った。
「今俺達が従事している任務にしろそうだ。相手が降伏してくれればそれに越したことはないがな」
「そうですね」
 彼等は今カッサラ星系近辺に跳梁跋扈する宇宙海賊掃討の任務についていた。彼等は星系周辺にあるアステロイド帯に隠れ商人達を襲わんと常に息を潜めているのだ。
 彼の艦を長として巡洋艦五隻、駆逐艦十隻がその任にあたっている。彼等は周辺を哨戒しながら海賊達を探している。
「何処かおかしなところはないか」
 アッディーンはレーダー手に対し問うた。
「今のところはありません」
 レーダー手は答えた。
「そうか。奴等にとってこの辺りは遊び場のようなものだ。警戒を怠るな」
「ハッ」
 レーダー手は敬礼した。そして任務に戻る。
「そろそろ出て来る頃だろうがな」
 アッディーンは目の前に映し出されているモニターを見上げながら言った。
「だが一体何処から出て来るか」
 そのモニターには複雑なアステロイド帯が映し出されている。
「わかりませんね。ここの何処かに息を潜めているのは確かですが」
 ガルシャースプもモニターを見ながら言った。
「こんなことなら空母も連れて来れば良かったな。やはり航宙機の索敵能力は頼りになる」
「そうですね。しかし今更言ったところでどうにもなるわけではありません。今空母は余分に戦力を割けない状況にありますから」
「そうだったな。基地の建設が早く終わればいいんだが」
 今駐留艦隊の空母はその殆どを惑星防衛にあてている。今攻撃を受けたらもともこもないからだ。
「しかしだからといって退くわけにもいくまい。各艦からの報告はあるか」
「ハッ、今来ました」
 通信士が答えた。
「来たか。何処からだ」
「巡洋艦ムスタファからです」
 この艦は艦隊の先頭を進んでいる艦である。
「よし、何と言っている」
「前方のアステロイド帯のところに識別不明の艦隊反応があり、その数三十だそうです」
「来たな」
 アッディーンはその報告を受けて言った。
「あそこだな」
 彼はモニターに映るアステロイド帯を見て言った。
「他の場所には反応はないか」
「はい、一切ありません」
「よし、やるぞ」
 彼は不敵に笑って言った。
「各艦に伝えよ。駆逐艦部隊はアステロイドを大回りし奴等の後ろに回り込め。巡洋艦部隊は俺と共に奴等の正面に移動する」
「わかりました」
「いいか、見つかるなよ。一瞬で勝負を着けるからな」
「ハッ!」
 彼の言葉に従い艦隊は二手に分かれた。駆逐艦部隊は敵が隠れていると思われるアステロイド帯を大きく回り敵の後方に向かった。アッディーンは巡洋艦達と共に敵の前に向かった。
「お頭、オムダーマンの奴等が来ましたぜ」
 見ればかなり旧式の艦である。軍からの横流し、若しくは普通の船に無理矢理武器を備え付けただけのものである。しかし彼等は何ら臆するところはなかった。
「ヘッ、遂にきやがったか」
 お頭と呼ばれたその下品な顔立ちの男は下卑た笑いを浮かべて言った。
「正規軍だか何だか知らねえがここは俺達の縄張りなんだ。調子こいてるとどうなるかその身体で教えてやるぜ」
 彼はそう言うと周りの者達を配置に着けさせた。
「いいか、最初が肝心だ」
 彼は部下達に言った。
「まずは徹底的に痛めつけてやれ。そうすれば連中も俺達に手を出さなくなる」
「へい」
 手下達はそれに答えた。
「来たぜ、一気にやるぞ」
 アッディーンの艦隊が接近してきた。彼等は攻撃準備を整えた。
「お頭、来やしたぜ!」
 レーダー手がそれを見て叫んだ。見ればかなり旧式のレーダーである。
「よし、行くぜ!」
 海賊達はアステロイドの影から一斉に襲い掛かろうとした。だがそれより先にアッディーンの艦隊は攻撃を仕掛けて来た。
 既に主砲をこちらに向けていたのだ。その斉射が彼等を襲う。
 

 

第一部第三章 海賊征伐その二


「うわっ!」
 たちまち艦を貫かれる。そして何隻かは光に包まれた。
「クソッ、読んでやがったのか!?」
 衝撃で倒れた頭は起き上がりながら前を見て叫んだ。
「だが構うことはねえ。数はこっちの方がずっと上だ。一気にやっちまえ!」
 だがその時だった。後ろからも激しい衝撃が襲った。
「今度は何だっ!」
 彼は叫んだ。レーダー手がレーダーを見つつ青い顔で叫んだ。
「後ろからも来ました、光子魚雷を撃って来ました!」
「何っ!」
 見れば駆逐艦部隊がいた。魚雷を放ち終えた彼等はそのまま突っ込んで来る。
「そろそろいい頃だな」
 アッディーンは彼等が前後からの思わぬ攻撃でうろたえているのを見て言った。
「あれを出せ」
 信号手に対して言った。
「わかりました」
 彼は答えた。そして信号を出した。
「お頭、向こうから信号が来ました」
「何!?」
 彼は頭から血を流しながらもその信号を見た。それは降伏勧告であった。
「・・・・・・どうします!?」
 手下達は彼の顔色を窺いながら尋ねた。
「どうするって言われても・・・・・・」
 見れば命は保証し自軍に編入するとある。悪い条件ではない。
「食いっぱぐれねえみてえだしここは大人しく従ったほうがいいだろ」
 こうして彼等は降伏した。そしてカッサラ星系に連行されそこで正式にオムダーマンの軍隊に編入された。
 海賊達は次々とオムダーマン軍に加えられていった。彼等の艦艇は旧式なものや民間のものを改造したものばかりであったので全てオムダーマンのものに替えられた。そしてその艦艇に適応する為の訓練が施された。
「飲み込みが早いみたいだな」
 アッディーンは彼等の訓練を見て言った。
「元々船に乗っていましたからね。もっともそれを見込んで編入しているのですが」
 隣にいるガルシャースプが答えた。
「とりあえずこの辺りの海賊達はこうして編入していったほうがいいな」
「はい。かなりの戦力になりますよ」
 アッディーンの海賊討伐は続いた。やがて戦う前に帰参する者も現われやがてカッサラ星系のほぼ全ての海賊達がオムダーマンの軍門に降った。
「討伐は完了しました」
 アッディーンは司令室にいるアジュラーンに敬礼して報告した。
「早いな」
 彼はそれを聞くと微笑んで言った。
「はい。後半は自ら帰参してくる者ばかりでしたので」
 アッディーンは無表情で答えた。
「こちらの損害も殆どないしな。まさかこれ程うまくいくとは思わなかった」
「いえ、私はこうなると予想しておりました」
「ほう、何故だ」
 アジュラーンは問うた。
「海賊といっても装備は粗末なものばかりです。そして彼等はそれぞれ分散しておりました。地形に気をつければどうということはありません」
 彼はやはり表情を変えなかった。
「大した自信だな。それを実践するとはより凄いが」
 アジュラーンはそれを聞いて言った。
「だが貴官のおかげでこの星系の治安はかなり良くなった。そして軍も強化された。これは私からも礼を言おう」
「有り難うございます」
 アッディーンは敬礼して答えた。
「その功により貴官は准将になった。今日首都から連絡があった」
「私が准将ですか」
 彼はそれを聞いて思わず口にした。
「どうした?嫌なのか」
 アジュラーンはそれを聞いて悪戯っぽく口に笑みを浮かべた。
「いえ」
 アッディーンはそれを否定した。
「私も上級大将になった。ここに駐留する艦隊の規模も大きくなったしな」
「おめでとうございます」
「うん。そしてアッディーン准将、君は戦艦アリーの艦長の任を解くことにした。そして分艦隊の指揮官になってもらう」
「分艦隊のですか」
「そうだ。高速機動部隊を率いてもらう。戦いにおいては先鋒を務めてもらう。どうだ、やってくれるか」
「喜んで」
 彼は答えた。こうしてアッディーンは准将に昇格し分艦隊の指揮官に就任した。艦隊はアジュラーンの言葉通り高速戦艦及び高速巡洋艦から編成される部隊でありその数約千隻。小規模ながら精鋭揃いの艦隊であった。
「旗艦はアリーのままですね」
 新たにアリーの艦長となったソホラープ=ムラーフ大佐がアリーの艦橋においてアッディーンに問うた。歳は三十代後半といったところか。黒い髪に濃い顎鬚を持っている。
「ああ。この艦の速度はかなり速いしな」
 アッディーンはそれに対し答えた。
「それに電子設備もこの艦が一番いい。特に問題はないだろう」
「はい」
 ムラーフはそれを聞き答えた。
「それでは早速訓練を開始するとしよう。敵は待ってはくれないからな」
「了解」
 そしてアリーは港を後にした。その後ろを彼が率いる千隻の艦隊が従っていた。

 サハラ西部は多くの勢力が入り乱れている。大小合わせて七つ程だがその中でも大きい勢力は三つ程である。
 一つはサラーフ王国。西方の約半分を占めるこの地域最大の勢力である。その国力は高くサハラにおいてもかなり強大な勢力である。
 そしてアッディーンがいるオムダーマン共和国。第三勢力であったがカッサラ星系を手に入れたことによりその勢力はかなり強くなっている。今や第二勢力とさえなりつつある。
 その第二勢力がミドハド連合である。それぞれの星系の政府から成る連邦国家でありカッサラ星系から見て東にある。領土はそれ程広くはないが星系はそれぞれ豊かであり人口も多い。とりわけ資源が豊富なことで知られている。
 彼等もまたカッサラ星系を巡って争ってきた。そしてサラーフやオムダーマンと血みどろの戦いを繰り広げてきたのだ。彼等の艦艇はそれ程優秀ではないが数が多くそれによる物量戦と空母を使った戦いを得意としている。
 だがそれはオムダーマンには通用してもサラーフには通用しない。何故なら数は向こうの方が多いからだ。そして今その国力をオムダーマンに抜かれようとしていた。
「やはりカッサラ星系が連中の手にあるのが大きいな」
 ミドハド連合主席であるイマーム=ハルドゥーンは補佐官が持って来た資料を見て顔を顰めながら言った。
 六十を越えたばかりの白髪の老人である。ミドハドで二番目に大きな惑星に生まれ官僚になった。そして政治家に転身し国の要職を歴任した後選挙に立候補し主席に選ばれた。温和な外見とは裏腹に中々の策士と言われている。
「はい。しかもオムダーマンはあの星系に軍事基地を建設しようとしております」
 補佐官は彼に対して言った。
「その基地の建設は今どの位進んでいる?」
 ハルドゥーンは問うた。
「情報部の話ですと六、七分位とか」
 補佐官は答えた。
「そうか。破壊するのなら今だな」
 彼はそれを聞いて言った。
「といいますとやりますか」
 補佐官は再び問うた。
「当然だ。今手を打たないと厄介なことになる。すぐに艦隊を出動させよ」
 彼は席を立って補佐官に対して言った。
「わかりました。すぐに第一艦隊及び第二艦隊を出撃させます」
「よし。数では負けてはいない。すぐにカッサラをこの手に収めるぞ」
「はい」
 こうしてミドハド連合はカッサラ星系に兵を進めた。それはすぐにオムダーマンにも伝わった。
「やはり来たな」
 アジュラーンは司令室でその情報を聞いて呟いた。
「すぐに迎撃に向かいましょう」
 側にいた参謀はすぐにそう進言した。
「よし。動ける艦艇は全て出撃する。すぐに全軍に知らせよ」
「了解」
 参謀はそう言って敬礼した。
「数は向こうの方が多い。気をつけねばな」
「はい。敵は二個艦隊でこちらに向かっているようです」
「そうか。そして何処から来るのだ」
「ミドハド領からまっすぐにこちらに向かって来ております」
「数を頼んでそのまま来るか。あそこにもアステロイド帯があったな」
 アジュラーンは壁にかけてる星系の地図を見ながら言った。
「はい。ここでも特に複雑な場所です。しかも磁気嵐が出ております」
「そうか。ならばアステロイド帯と磁気嵐の間に布陣するとしよう」
 彼はニヤリと笑いながら言った。
「あとアステロイド帯には機雷を撒いておけ。あそこから突破されると面倒だ」
「ハッ」
「司令、よろしいのですか?」
 別の参謀がアジュラーンに対して問うた。
「何がだ!?」
 アジュラーンは彼に顔を向けて問うた。
「その布陣ですと正面からぶつかることになりますが」
 敵はまっすぐにこちらにやって来ている。その正面に布陣する形となっているのだ。
「それか」
 彼はそれを聞いて再び笑った。
「我が軍は一万隻、兵士数にして約百万。敵は二万隻、約二百万です。正面からぶつかるには不利かと」
「そうだな。正面から挑んではならん相手だ」
 アジュラーンはまるで他人事のように言った。
「だがそれは普通にやった場合だ」
 彼は不敵に笑って言った。
 こうしてカッサラ星系を巡るオムダーマンとミドハドの戦いが開始された。オムダーマンはアジュラーンの考え通り磁気嵐とアステロイド帯の間に布陣しミドハド軍を待ち構えた。
「アッディーン准将の方の準備は整っているか」
 アジュラーンは旗艦の艦橋において参謀に対し問うた。
「ハッ、既に布陣を終えているとの報告がありました」
 参謀の一人が敬礼して言った。
「そうか。ならば良い」
 アジュラーンはそれを聞いて微笑んだ。
「この戦いは彼にかかっているからな」
 やがて前方にミドハド軍が姿を現わした。
「来ました。数は約二万です」
「予想通りだな」
 アジュラーンはオペレーターの言葉を聞いて言った。
「正面から突っ込んで来ますね」
 参謀はモニターに映る敵陣のコンピューターグラフィックを見ながら言った。
「うむ。しかも巡洋艦や駆逐艦に護衛された空母が主力だ。これも予想通りだな」
 ミドハド軍の得意戦法である航宙機を使った戦術で来るようだ。
「良いか、こちらは守りを固める。対航宙機防衛に重点を置け。まずは徹底して防御する」
「ハッ」
 参謀達はそれを聞いて敬礼した。
「充分に引き付けろ。そうすればおのずと勝機が見える。我等が動くのはそれからだ」
 敵軍が戦艦の射程内に入った。こうして戦いが開始された。
 まずは両軍の一斉射撃で始まった。個々の艦の火力に勝るオムダーマン軍は二倍以上の兵力を向こうに回しながらも敵軍に少なからずダメージを与えた。
「だがそれは計算通りだ」
 ミドハド軍第一艦隊司令官であるスールフ大将は不敵に笑ってそう言った。
「数ではこちらの方が上だ。気にせずどんどん進め」
 彼は部下達に対して言った。艦隊はその言葉を受けて前へと突き進む。
 やはり数がものをいった。オムダーマン軍の攻撃をものともせずミドハド軍は接近して来る。 

 

第一部第三章 海賊征伐その三


「よし、今だ!」
 ミドハド軍は航宙機を発進させた。
「来たな」
 それはオムダーマン側も予想していた。こちらも航宙機を出す。
「良いか、砲座との連携を忘れるな」
「了解」
 航宙機は次々と飛び立つ。そして星の海の中で格闘戦を開始する。
「やはり数が多いな」
 オムダーマン軍のパイロットの一人が敵の航宙機の部隊を見て言った。
「良いか、決してこちらの砲座の射程からは出るなよ。あくまで連携して敵を倒せ」
 そこに部隊指揮官から通信が入った。
「了解」
 彼等は散った。そして敵に向かって行く。
 戦いは五分と五分だった。数の劣勢を航宙機と砲座の連携で補うオムダーマンに対しミドハドは数とパイロットの個々の能力で戦う。
「やはり航宙機の扱いは向こうの方が上か」
 アジュラーンは戦局を見詰めながら言った。
「はい。やはり彼等に一日の長がありますな」
 参謀の一人が答えた。
「こちらの損害は次第に増えております。このままいくと敵に押し切られるかと」
 その通りであった。やはり数の差が大きくものを言っていた。
「そうだな。ここままいくとだな」
 アジュラーンはモニターを見て呟く様に言った。
「だがこれも計算通りだ」 
 そう言うと不敵に笑った。
「そろそろ頃合いですね」
 アステロイド帯の機雷が撒かれていない場所に彼等はいた。
「ああ。どうやら敵さんはこちらの存在には全く気付いていないようだな」
 アッディーンはガルシャースプに対して答えた。
「よし、それでは全軍動くぞ」
 彼は部下達に対して令を下した。一千隻の艦隊がそれに従いアステロイド帯から姿を現わした。
「今から敵の後方に回り込む。そして一斉攻撃を仕掛けるぞ」
 艦隊はアッディーンの言葉に従い全速力で動く。
 敵軍はまだ気付いてはいなかった。彼等はその真後ろに達した。
「よし、今だ。全艦突撃!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされた。艦隊は矢の様な速さで突撃を開始した。
「後方に敵軍発見!」
 ミドハド軍のオペレーターの声は悲鳴そのものであった。
「何っ、まだいたのか!」
 後方で指揮を執っていたミドハド軍第一艦隊司令官はそれを聞いて思わず声をあげた。
「こちらにまっすぐに突っ込んで来ます。その数一千隻!」
 それは彼のいるところに突撃してきている。彼はそれを見て蒼白となった。
「いかん、何としても食い止めろ!」
 彼は絶叫した。
「駄目です、間に合いません!」
 そこに一斉射撃が襲い掛かった。司令の乗る旗艦は七条の光の帯を浴び爆発四散した。
 これで第一艦隊の指揮系統は混乱状態に陥った。アッディーンが率いる一千隻の艦隊はそのまま敵軍の中に踊り込んだ。
「よし、周りは敵しかいない。撃って撃って撃ちまくれ!」
 彼の指示が下る。艦隊は周りを手当たり次第に撃つ。そして光の爆発が辺りを包む。
 敵軍は混乱状態に陥った。今まで戦いを有利に進めていたのが嘘の様であった。
 それは前線においてもそうであった。自らの後方が混乱状態にあるのを知り彼等は浮き足立った。
「アッディーン准将、上手くやりましたな」
 参謀の一人が混乱する敵艦隊を見て言った。
「ああ。またやってくれたな」
 アジュラーンはそれに対して答えた。
「よし、今こそ勝機だ。一気に攻勢に転ずるぞ!」
 彼は全軍に対して指示を出した。
「全軍総攻撃だ!」
 オムダーマン軍は一気の攻勢に転じた。まずは浮き足立っていたミドハド軍の航宙機部隊が餌食になった。
「さっきまでよくもやってくれたな!」
 彼等はオムダーマン軍の航宙機と砲座の集中攻撃により次々と撃ち落とされていった。そして次はその母艦である空母、そしてやがて敵中央にまで進んでいく。
 それと呼応してアッディーンの艦隊も行動を速めた。一度敵艦隊を突き抜け再び後方に出る。
 今度は敵第二艦隊司令部に襲い掛かった。下からミサイルを浴びせる。
「いかん、かわせ!」
 第二艦隊の司令官は必死に命令する。だが間に合わなかった。彼は乗艦と運命を共にした。
 戦いは何時しか一方的なものとなっていた。ミドハド軍の艦艇は次々に沈められオムダーマン軍は敵軍を所々で寸断し各個撃破していった。
 やがてミドハド軍は壊走を開始した。皆それぞれ散り散りとなり戦場を離脱する。
「追いますか」
 それを見た参謀の一人がアジュラーンに対して問うた。
「当然だ。この際徹底的に叩いておく」
 彼は答えた。そしてそれがミドハド軍に止めを刺した。
 ミドハド軍は尚も攻撃を受け続けた。そして戦場に残るのはオムダーマン軍だけとなった。
 こうして戦いは終わった。劣勢にあったオムダーマン軍の知略による大勝利であった。
 参加戦力はオムダーマン軍百万、艦艇一万隻、ミドハド軍二百万、艦艇二万隻であった。損害はオムダーマン軍が一割強であったのに対してミドハド軍のそれは三割を越えていた。しかも両艦隊の司令まで戦死するという致命的なものであった。
 すぐに両国の間で停戦交渉が開始された。これによりオムダーマンは二つの星系の割譲とミドハドからの多額の賠償金を手に入れた。そしてそれにより小勢力二ヶ国がオムダーマンに帰順を申し出て来たのだ。これによりオムダーマンは西方で第二の勢力となった。
「とりあえずはいいことづくめだな。やはり勝利というのは気持ちがいい」
 アッディーンはムラーフと共に司令室に向かいながら上機嫌で話している。
「ですね。これで我々は西方で第二の勢力となりましたし」
 ムラーフも機嫌がいい。
「そうだな。あとは今回の勝利と得たものをどう生かすかだ」
「それですね。二つの星系を手に入れたのはやはり大きいです」
 カッサラ星系に隣接する二つの星系は豊かなことでも知られているのだ。
「そうだな。これから暫くの我が国の動きが西方の運命を決定するかもな」
 アッディーンは考える顔をして言った。
 司令室に来た。あくまで実務を重視した簡素な部屋にアジュラーンだけがいた。
「おお、よく来てくれたな」
 彼はアッディーンの顔を見て微笑んだ。
「閣下のお招きに応じ参りました」
 アッディーンは彼に対し敬礼して言った。
「うむ。今度の戦いのことでだが」
 彼はアッディーンを見詰めながら言う。
「君は少将となった。そして新たに新説される艦隊の司令官となった」
「私が艦隊司令ですか?」 
 アッディーンは思わず問うた。
「そうだ。艦隊といっても新設されたばかりでその規模は他の艦隊の半分程度だが」
 オムダーマンでは艦隊司令になるのは本来では中将以上とされているのである。
「そうですか。しかし艦隊司令に任命されたのは嬉しいですね」
「そうだろうな。最もやりがいのある仕事と言われているからな」
 アジュラーンは笑って言った。艦隊司令はオムダーマン軍の中では特に人気のあるポストなのである。
「さて、早速だが君に任務がある」
「何でしょうか」
 彼は問うた。
「君はカジュール公国についてどう考える」
 カジュール公国とはカッサラ星系にある小国である。西方では最も勢力が小さいがミドハドと友好関係にありそれにより国を保っている。いわば属国である。
「カジュールですか」
 彼はその名を聞いて思案した。
「これは私の仮定ですが」
 彼はそう前置きして話しはじめた。
「今後ミドハドとことを構える場合何かと邪魔な存在になると思います。それにあの地を押さえればミドハドに侵攻する際に二方向から攻めることが出来るようになり我等にとって好都合かと思います」
「ふむ、君はそう思うか」
 カジュールの兵はあまり多くはない。規模にしてオムダーマンの一個艦隊程度である。だがその後ろにはミドハドがいる。
「実はカジュールに侵攻しようという考えが軍の上層部から出ているのだ」
「よいお考えかと。ミドハドの兵が引き揚げている今は絶好の機会です」
「だが我々も余分な兵はない。サラーフの存在もあるしな」
 サラーフは今先の敗戦の借りを返そうと画策している。特にこのカッサラ星系を虎視眈々と狙っていた。
「だが君の艦隊だけは別だ。新設されたばかりだしな」
「はい」
 彼は答えた。そしてアジュラーンが何を言わんとしているか察した。
「今回のカジュール侵攻には君の艦隊にやってもらおうという話になっているのだ」
「失礼ですが閣下」
 彼はアジュラーンに対して口を開いた。
「カジュールは確かに小国です。しかしその軍の規模はわが軍の一個艦隊程度はあります。流石に半個艦隊では相手をするのは難しいかと」
「それはわかっている」
 アジュラーンは彼を見て言った。
「それにかの国にはその地形を利用した多くの軍事基地があります。攻略は容易ではありません」
「そうだな」
 彼は何かを待っているような態度である。
「それだけに攻略には時間がかかります。そして時間がかかればミドハドがやって来るでしょう」
「その通りだ。だが君にも何か考えがあるだろう?」
 アジュラーンは彼の顔を微笑みながら見て言った。
「そうでなければこの計画を支持したりはしない」
「はい、あります」
 アッディーンは答えた。
「では聞かせてもらおうか。その案を」
「はい、まずは・・・・・・」
 アッディーンはアジュラーンに対して自分の考えを話しはじめた。そして一時間後彼は司令室を後にした。
 二日後新設されたばかりのアッディーンの艦隊は出撃した。そしてカジュール公国に向かって進軍を開始した。 

 

第一部第四章 若き獅子その一


                  若き獅子
 サハラは多くの勢力に別れている。オムダーマンのある西方は大小七つの勢力に分かれており南方はそれ以上の多くの小勢力がある。東方にはサハラ最大の勢力であるハサン王国とその属国達がある。そして北にも別の勢力が存在している。
 サハラ北方にはエウロパが植民地を形成していた。人口増加に悩む彼等はこの地が多くの小勢力に分裂しているのに乗じ侵攻しその地を奪ったのだ。それはこの地のおよそ七割に達していた。そしてそれは日増しに伸張していった。北方の国々はその勢力拡大に怯える日々であった。
 無論これはこの地に住んでいた者にとっては迷惑以外の何者でもない。彼等は住むところを追い出され東方に流れるか遠い連合に逃れるかしていった。中にはエウロパの者に仕える者もいたがその様な者はサハラの恥とされた。
「だがこれも我々が生きる為に仕方のないことだ」
 赤と黒、そして金の豪奢なエウロパの将校の軍服に身を包んだ長身の青年が白亜の宮殿の中を進みながら行った。
「そうでなければ我等はこれ以上の人口を養えぬ」
 彼はその豊かな金髪をたなびかせながら言った。
 立派な体格をしている。引き締まっているが筋肉質ではない。瞳は青く湖の様である。その顔はまるで古代ギリシアの彫刻の様に整っている。彫りは深く鼻は高い。そして青い目は大きく唇は地球産の薔薇の様に紅い。
 彼の名をヴォルフガング=フォン=モンサルヴァートという。ドイツの有力な貴族である名家の嫡男として生まれた。幼い頃より活発で頭の良い子供として知られ長じて士官学校に進んだ。そして卒業後このサハラに赴任となり今まで大小無数の戦いを経てきた。そして若くして大将に任命されている。性格は勇猛で名誉を重んじる。そして苛烈にして清廉な人柄の持ち主と言われている。この地のエウロパ軍の柱とさえ称えられる若き名将である。この時二五歳、その武勲は歳に反比例してあまりにも高いものであった。
 この白亜の宮殿は彼の屋敷である。元々裕福な家で生まれ育った彼であるがこの宮殿は特に気に入っていた。
 かってはこの地を治めていた王の宮殿であったという。だが彼の国はエウロパに滅ぼされ王は東方に逃れていった。言うならば彼は奪い取った家に住んでいるのだ。
「サハラの文化は私には合わないと思っていたが」
 彼は側に従う美しい侍女に対して言った。
「この宮殿は別だな。実に素晴らしい」
 見れば内装は全てかつて欧州でその絢爛さを称えられたロココ様式である。煌びやかでありかつ装飾は様々な形であった。
「こうした宮殿に住むのは征服者の特権だと連合の者達は言うが」
 彼は連合政府に対して激しい敵意を持っていた。
「あれだけ豊かな領土と無限の資源があれば何とでも言える。我々にはそれがないのだ」
 彼は連合は自分達が豊かであるからそう言えるのだと考えていた。そしてそれはある意味において真実であった。
「我々には限られた土地と資源しかない。そんな状況ではこうするしかないのだ」
 エウロペは半ば追い出されるような形で今の星系にやって来た。この地は比較的豊かであり彼等は最初はこの地に進出出来たことを多いに喜んだ。
 だがそれは暫くの間だけであった。彼等がいる場所は北と西は何千、何万光年もの間何もない場所であった。恒星も何も無い。ただただ拡がる暗黒の空間があるだけであった。
 そして東は広く高く厚いアステロイド帯に阻まれている。ここは磁気も激しく彗星までが乱れ飛んでいる。変光星や超惑星、赤色巨星、ブラックホール等がひしめいていた。しかも全域に渡って重力も異様なものであった。それは事実上連合とエウロパを阻む壁であった。これは連合とマウリア、サハラとの境にもあったがエウロパの側にあるこれは一際長く高く厚いものであった。
 唯一の回廊には相互に要塞群を置いている。互いの侵攻を阻む為だ。そこからは誰も行き来することなど出来はしなかった。
 そうした閉塞した状況に彼等はあった。そんな彼等が多くの勢力が林立している南方のサハラに進出するのは当然の成り行きであった。
「スペースコロニーなどたかが知れているしな」
 エウロパにはスペースコロニーも多い。だがこれはかかる費用や資源の割には収容出来る人員が少なく甚だ不経済な代物であった。
 コロニーは巨大なものは作れない。技術的には可能でも資源がそれを許さなかった。コロニーを建造するよりも惑星を開発し居住可能にする方が余程効率が良かった。
 しかしエウロパにはそれが可能な惑星は残されてはいなかった。元々狭く惑星も一つ一つは豊かだが数は少ない。そして資源についてもそれは同じであった。
 連合の様に何処までも続く開拓地など無い。彼等はその狭い領土で人口を何とか抑制してその勢力を保っていた。
「連合の人口が三兆を越えているというのにな。我々は長い間一千億で抑制せざるを得なくなっている」
 それはエウロパにとって致命的な弱点となっていた。彼等は経済力、技術力において連合と比肩していたが人口において大きく水を開けられその国力差は覆せないものとなっていたのだ。
 だが連合がまとまりに欠くうちはそれでも気にならなかった。しかしここ二百年の流れは連合の中央集権に傾いていた。
「だが今までは特に気にする段階ではなかったのだ」
 しかしこの前遂に中央軍が設立された。各国の軍を連合中央政府の下に統合して置いた連合の統一軍である。
「奴等が中にいるうちはまだいい。しかしそれが外に向かったならば・・・・・・」
 真っ先に狙われるのは小勢力に分裂しているサハラとエウロパであろう。とりわけこのエウロパには致命的な弱点が存在していた。
 この領土は狭いだけではなかったのである。地形は単調でこれといった障壁は存在しない。ブラウベルク回廊を越えたならば護りはニーベルング要塞群だけしかないのである。
「若し連合がその全戦力を使ってニーベルング要塞群攻略に向かったならば・・・・・・」
 エウロパは忽ちのうちに蹂躙されるであろう。それは容易に想像がついた。
「最早一刻の猶予もないらん。今整えなければ大変なことになる」
 彼は心の中でそう呟きながら自身の執務室に入った。
 執務室はかってこの宮殿の主であった王が執務室にしていた。従ってその内装は見事なものであった。
 大理石を基調とし白銀やダイアで装飾されている。机はこの地では貴重なものとされるサハラ東方産の黒檀から作られている。ペン等机の上に置かれているものも見事な装飾が施されている。
「だが今私がこの場でどうこう言ってもはじまらないな」
 彼は机に座りそう思った。
「それに今はこのサハラ北方への殖民を進めていくことも重要だしな。連合が動くにしてもまだ時間がある」
 その通りだった。連合にとって最大の関心は開拓とその地の治安である。それがある程度まで進むまでは動くことはないと彼は見ていた。この予想は的中する。だが彼の予想を越えた部分もあった。そのことを彼は後に驚愕と共に知ることになる。
 机の上の電話が鳴った。彼はそれを手に取った。
「はい」
 電話の主は彼の直属の上司であるサハラ総督マールボロ元帥からであった。頭がすっかり禿げ上がった皺の多い人物である。
「これは閣下、お早うございます」
「うむ、お早う」
 マールボロは挨拶を返した。
「どうやら気分は良いようだね」
「少し悩んでおりますが」
 彼は冗談交じりに言った。
「どうした、また若い女の子に振られたのかね」
 マールボロも冗談で返した。モンサルヴァートは別に女好きというわけではない。だがその整った美貌の為女の子からは
人気が高い。流石に俳優やアイドル程ではないが。
「ええ。とびきりの美人に。おかげでこの宮殿で今まで沈み込んでおりました」
 これはこの地のエウロパ出身の女の子の間の格好良い男性ランキングで惜しくも二位になったことを言っているのである。一位は今大人気のアイドルだ。
「ははは、まあ彼には勝てはしないだろうな」
 マールボロはそれを聞いて笑って言った。彼は中々の芸能好きで知られている。
「確かに男前ですからね。それでも男色家という噂がありますが」
 この時代では同性愛はどの地域でも特に珍しいものではなくなっていた。同性の間でも結婚も認められていた。だがやはり異性同士のカップルが圧倒的に多いのは言うまでもない。
「それは彼の事務所の社長の趣味だろう。わしも彼とは会ったがごく普通の好青年だぞ」
「そうなのですか」
「ただ髭が濃いな。あれでは全身毛だらけだろう」
 一部の若い女の子が聞いたら幻滅しそうな言葉である。だが今この場には彼のファンはいなかった。
「まあその話はこれ位にして」
 マールボロは話を変えてきた。
「君に頼みたい仕事があるのだが」
「何でしょうか?」
 モンサルヴァートは表情を変えた。
「アガデス連邦についてどう思うかね」
 アガデス連邦とはサハラ北方にある国の一つである。エウロパの進出に反対する強硬派である。
「アガデスですか」
 モンサルヴァートの蒼い目が光った。
「今彼等は大統領派と首相派に分裂しております。好機かと思います」
 彼はそう言った。
「そうだな。ではそこにつけ入るか」
「そうすべきかと」
「よし、では早速手を打とう」
 それから暫く後でアガデスにおいて内乱が勃発した。首相派が突如としてクーデターを起こし大統領と彼を支持する者達との間で武力衝突を起こしたのである。
 彼等は確かに仲違いしていた。しかし武力衝突する程のものではなかったのにである。
 ことの発端は些細なことであった。首相と仲の良い軍の高官の一人を何者かが銃撃したのだ。
 銃弾は逸れた。だがそこに残っていたのは大統領直属である特殊部隊の使用する特殊な拳銃から放たれるビームの後であったのだ。
 これに首相と彼の近辺は激昂した。このままでは自分達の命も危ないと危惧もした。そして彼等はすぐに行動に移したのである。
 内乱はアガデス各地で起こった。とりわけ首都での騒乱は凄まじいものであった。アガデスは大混乱に陥った。
 ここでエウロパが動いた。彼等はアガデスにいるエウロパ市民の保護を口実に軍を派遣してきた。そしてそれに抗議するアガデス大統領に対し一方的に宣戦を布告した。そしてモンサルヴァート率いる艦隊がアガデス領内に入って来た。
 これに驚いたのは大統領である。首相とも争っているのにもう一つ敵が増えたのだから。
 彼は首相と手打ちをしようとした。だがそれより前に首相は急死した。夜青い色をしたコーヒーを飲んだら急に胸を押さえて倒れたのである。
 首相派はリーダーを失い瓦解寸前になった。エウロパは彼等を瞬く間に掃討し武装を解除させた。これで残るは大統領だけとなった。
 大統領は首都にて徹底抗戦を叫んだ。そして首都のすぐ側にまで進撃していたモンサルヴァートの艦隊に対して決戦を挑んできた。
「ほう、来たな」
 モンサルヴァートは旗艦リェンツイの艦橋でアガデス軍を見て言った。
 

 

第一部第四章 若き獅子その二


「正面から決戦を挑むつもりか」
 両軍の兵力はほぼ互角であった。双方共正面から楔形の陣を組んでいる。
「面白い。ならばこのモンサルヴァートの戦いをよく見せてやろう」
 彼は自信に満ちた笑みを浮かべそう言った。
 エウロパ軍はそのまま突っ込んで来た。
「来たぞ、全軍一斉射撃!」
 アガデス軍の司令官は全軍に指示を下した。艦隊はそれに従い主砲から一斉にビームを放った。
 だがそれは効かなかった。エウロパ軍は正面にとりわけ防御力に優れる戦艦部隊を置いていたのだ。そして彼等はそのエネルギーを正面のバリアーに集中させていた。
 それでも普段ならば幾らかは効いていたであろう。しかし今のアガデス軍は内乱で疲れきっていた。どの艦も大なり小なり損傷しておりエネルギーも減っていたそれがこの攻撃に出たのである。
「やはりな。彼等は普段の戦力を発揮出来てはいない」
 モンサルヴァートはそれを見て言った。
「今彼等は動揺している。すぐに決着をつけよ!」
 モンサルヴァートの左腕が振り下ろされた。それに従い全軍突撃した。
 戦いはこれで決まった。アガデス軍は瞬く間に蹴散らされた。そしてエウロパ軍は首都に再び進撃を開始した。
「そうか、敗れたか」
 大統領は敗戦の報告を聞くと肩を落としてそう呟いた。そして全軍に対し停戦及び武装解除を指示した。
 翌日エウロパ軍から降伏勧告があった。彼はそれを受け入れた。
 彼はその後で執務室に一人になった。そして机の奥にあった拳銃を取り出した。
 こうしてアガデスはエウロパの領土となった。アガデスの民衆は国を失いその殆どはサハラ東方や連合に流れていった。
「これでまた我等の地が増えたな」
 モンサルヴァートは国を去る民衆の船を見ながら言った。彼等の周りをエウロパの艦隊が監視している。大人しく出て行かせる為である。
「はい。しかしあまり気分のいいものではありませんな」
 傍らにいる幕僚の一人が晴れない顔で言った。サハラ進出と地域民追い出しはエウロパ内においても批判が多い。実際に選挙の時は世論を真っ二つに分け僅差で可決されている。今だに反対派が多く殖民よりも何万光年先の星系に移住した方がいいという意見が多い。
「だがこうするしかあるまい。あの何万光年もの先に強大な異星人がいた場合取り返しのつかないことになる」
 エウロパの人々はその何万光年にも及ぶ空白の宙域を『暗黒宙域』と呼ぶ。果てしなく何一つない空間が広がっているだけだからである。
「それに我々は彼等の命まで奪おうというわけではない。こうして艦艇まで与えて他の地域への移動をさせているではないか」
 一部にはそれでも残ろうという者もいるが実際に残るのはごく一部である。エウロパの者に仕えるようなことを好まない為である。
「ですがこれによりサハラ、そして連合において我等に対する批判が高まっております。これは憂慮すべきことかと」
「それはわかっている。だがサハラは小勢力に分裂している。反感は気になるが我等が生きる為には無視しなくてはなるまい。しかしな」
 モンサルヴァートはここで顔を顰めた。
「連合の者達に言われたくはないな」 
 その言葉には怒気を含ませていた。
「連中は数をたてに何かと宇宙開発で有利なように話を進めてきた。そして幾度となく我等の発展を妨害してきた。そして今の領土に追いやってくれた。もとはといえば奴等のせいではないか」
 シンガポール条約以降エウロパは何かと連合に遅れをとっていた。彼はこのことに対し強い不満を覚えていたのである。
「しかもあの者達には無限ともいえる開拓地と資源がある。持てる者に持たざる者の気持ちがわかってたまるか。その証拠にあの者達の人口を見よ」
 エウロパの人口は一千億である。それに対し連合の人口は三兆、約三十倍の差がある。
 サハラやマウリアの人口は二千億程度である。やはり連合の人口が圧倒的に多い。これには多くの原因がある。
 まずエウロパは移住した時より避妊具等を使い人口を抑制していた。これは将来のことを考えてのことだが先見の明があったと言えよう。実際に今彼等は人口問題に悩まされている。これは流石に辛かった。これにより今のサハラ殖民が行なわれるに至ったのである。
 サハラは土地はエウロパよりずっと広く南方や西方に開拓可能と思われる星系が多数存在するが戦乱に明け暮れ開拓は全く行なわれてはいない。特に南方は複雑な地形で知られるサハラにおいてもあまりにも複雑な地形の為人口も少なく惑星ごとの国家や海賊、軍閥等が乱立しているような状況である。彼等は特に人口を抑制したりはしないが戦乱の為人口はそれ程増えなかったのである。
 マウリアは領土が広く地形もそれ程複雑ではなかったが彼等は決して焦りはしなかった。独自の文明を持つ彼等は泰然自若とした行動を好みゆっくりと開発を進めていった。人口は積極的に増加させるような政策は採らず増えるに従い他の惑星に進出するといった方法を採った。彼等は別に平和主義でもなかったが連合やサハラとはアステロイド帯等で安定した国境があり外敵に悩まされることもなかった。その為穏やかな進出が可能となったのである。
 さて連合であるが彼等は元々の人口が多かった。当初の構成国である環太平洋諸国だけで全人口の約半分に達していたがそこにブラックアフリカの国々や中南米、トルコ、イスラエル等が入ったのである。これにより彼等全人口の大半を抱え込むこととなった。
 そして彼等が得た領土は広かった。なおかつ何処までも広がっていた。彼等は東に、北に、そして南に、次々と進出していった。
 そして多産を奨励した。これは開拓をより的確かつ迅速に進め国力を高める為であった。ただでさえ人口が多い彼等はこれにより爆発的に増加した。そして彼等は今の人口に至ったのである。
 人口増加政策は連合に合っていた。こうして彼等は人類の全人口の約七分の六、国力にして九割近くを占めるようになったのである。個々の星や人々の豊かさにおいてはエウロパの方が上であったが彼等には数があった。今までまとまりに欠いていたおかげで他の三国の脅威とはならなかったのである。
「だがそれも変わってきているからな」
 あまりにもまとまりに欠ける為治安上の問題が深刻であったのだ。そして跳梁跋扈する宇宙海賊を取り締まる為に中央警察を設置し中央政府の権限を強化した。そして今度は。
「中央軍が出来たとなると情勢は一変しかねないな」
 モンサルヴァートは危惧する顔をした。
「果たして上手くまとまるでしょうかね。あの連中が」
「指導者次第だな」
 彼は幕僚に対して言った。
「今の大統領キロモトは中々能力のある人物のようだ。それに国防省となった八条という男だが」
「日本の政治家だったのでしたな。何でも大学を出て軍に入ったとか」
「そうだ。あの男の行動により今後連合は大きく変わる可能性がある」
「今まで変わらなかった連中がですか?」
 別の幕僚が言った。
「そうだな。変わる時はあっという間に変わるものだ。連合がその時に来ているとしたら」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「この宇宙に及ぼす影響は計り知れないものになるだろうな」
 最後の船が出発した。モンサルヴァート達はそれを黙して見ていた。
 エウロパによるアガデス侵攻は幕を降ろした。エウロパはアガデス政府の降伏と領土の併合を宣言しアガデス市民のほぼ全てを国外退去させた。そしてこの地にエウロパ市民を移住させる計画を発表した。
 これに対し連合中央政府及び構成国全ては強く抗議した。そしてアガデス市民の受け入れを発表した。彼等の多くはサハラ各地に亡命するか連合の開拓地に入っていった。
 サハラ各国もマウリアも抗議した。とりわけサハラでは反エウロパの運動がさらに激化していくことになった。なおアガデス攻略の司令官であったモンサルヴァートはこの功績により上級大将となった。
「おめでとう、これで君もその背にそのマントを背負うことになったな」
 マールボロは司令室においてモンサルヴァートに対して笑顔で言った。エウロパでは少将以上は軍服の両肩にケープを着ける。大将になると黒いマントを着用するのだ。上級大将になると白いマントだ。今彼はそれを身に着けたのである。
「はい、有り難うございます」
 モンサルヴァートは微笑んで答えた。
「二十五歳で上級大将とはな。これはエウロパ軍設立以来のことだぞ」
 マールボロは上機嫌なままである。彼の昇格が余程嬉しいらしい。
「そして君は新たな役職に任命されたぞ」
「それは何でしょうか」
 彼は問うた。
「エウロパサハラ方面軍の艦隊司令だ。どうだ、やりがいのある仕事だろう」
「はい」
 この地には今だ多くの反エウロパの旗を掲げるサハラの国やレジスタンスが存在していた。そしてこの地には総督が置かれていた。彼の下に軍があり宇宙艦隊は彼等に対するエウロパの主力ともいえる存在である。
 その司令官ともなれば与えられる兵力及び権限は絶大なものである。事実上ここにいるエウロパの軍の司令官とも言える存在であった。
「卿にはやってもらうことが山程ある。期待しているぞ」
「お任せ下さい」
 モンサルヴァートは自信に満ちた声でそう言うと敬礼した。そして彼は颯爽とその場を立ち去った。
「将来が楽しみだな」
 マールボロはそんな彼の後ろ姿を見送ってそう呟いた。

 この時連合では一つの大きな騒動が起こっていた。
 アメリカと中国、そしてロシアで行なわれる総選挙である。三国共同時期に、しかも大統領を選ぶ選挙まで行なわれていたのである。
 選挙の争点は連合軍への参加であった。日本がまず参加を表明すると日本に賛同する多くの国がそれに従った。そしてオーストラリアやブラジル、そしてトルコといった他の影響力のある国々も次々に参加を表明した。それから暫く経った今連合軍に参加を表明していないのはこの三国と彼等に近い国々だけであった。
 三国共保守派は参加に反対の意向を示していた。連合の独自性に反するというのである。もっとも自分達の勢力を維持したいという考えもそこにはある。それに対し改革派は賛成であった。勢力の維持など最早関係なくこれは時代の流れであると彼等は主張する。そして連合の大義に従うべきだと。
 三国の世論は真っ二つに分かれていた。テレビでも雑誌でもネットでも議論は紛糾していた。中には暴動まで起こっているところもあった。
「果たしてどうなりますかね」
 連合の首相を務めるラフディ=アッチャラーンがキロモトに対し問うた。彼はタイ出身で若くして政治家となりそれから
今に至る人物である。やや小柄な痩せた身体つきの人物であり実務派として知られている。
「そうだな。おそらく賛成派が勝つだろう」
 キロモトはそのざっくばらんな笑顔を見せて言った。
「世論は何だかんだ言っても賛成派が多数を占めるしな。反対派で目立つのは一部の声が大きい者達だけだ。こうした時少数派はどうしても声が大きくなり目立ってしまうものなのだ」
 これは彼等が追い詰められているからであろうか。民主主義においてはよく見られることである。
「それに時代がそちらに向かっている。賛成派が言うようにな。これは人間には如何ともし難いものだ」
 彼は時代の流れも読んでいた。
「では閣下は今回の議論について何も心配はされていないのですね」
「うむ。今は吉報を待っているだけだ」
 彼は笑顔で言った。
「それでは食事にしないか」
 丁度お昼時であった。
「今日は地球産の鶏を焼いてスパイスで味付けしたものだ。マウリア風らしいぞ」
「ほう、マウリア風ですか」
 マウリアの料理はスパイスをふんだんに使ったものが多い。そして独特のカレールーは人気が高い。
「それでしたらご一緒させてもらいますか。私は自国のものとマウリアの料理が大好きでして」
 彼はとりわけ細長くサラサラした米が好きである。
「うん、では食堂に行こう」
 二人は食事を採った。そして午後も選挙に対する分析を行なった。
 そして選挙投票日となった。投票日まで激しい議論が交わされテレビやネットはこのことで話題がもちきりであった。
 投票結果が発表された。三国共僅差であったが賛成派が勝利した。
「これで決まりだな」
 キロモトはテレビでそれを見て満面の笑みを浮かべた。
 新たに発足した三国の政権はどれも中央軍への参加を公式に宣言した。そして残る国々もそれに続いた。こうして連合の各国の軍隊は全て中央軍に編入されることとなった。
「これで全ての国の軍が中央政府の中に組み入れられたわね」
 伊藤はシンガポールにある少し洒落た日本食のレストランで食事を採りながら向かいに座る八条に対して言った。
 内装は日本風である。二十世紀頃の日本の料亭をイメージしたらしい。木の椅子やテーブルは白っぽく料理は箸を使って食べる。連合の食事はフォークとナイフ、スプーン、そして箸を同時に使うことが多いが日本食は箸のみで食べるので非常にユニークな料理として知られている。
「はい。ようやく全員揃ったというところでしょうか」
 八条は地球の大西洋で採れた海老の天麩羅を天つゆに入れてそれを口に入れた。口の中に衣のカラッとした歯ざわりが満ち海老の弾力が歯に伝わる。
「そう、色々なメンバーがいるけれどね」
 伊藤はカルフォルニア産の鮭の刺身にワサビ醤油を漬けた。そしてそれを食べる。鮭のあの脂っこくそれでいてトロリとした味が口の中を支配する。
「これは大変なことよね。人類の歴史史上最大規模の軍隊が突然現われたのですもの。そしてその構成員はどれもこれも一癖も二癖もあるのばかり」
「はい」
 しかも装備も編成もバラバラであった。
「それを纏め上げて再編成するのは大変よ。これは骨が折れる仕事になるわよ」
 伊藤は八条を悪戯っぽい眼差しで見た。
「けれどだからこそやりがいがあるって思っているでしょ」
 彼女はそこで微笑んでみせた。知的でその中に優しさを含んだ笑みである。
「はい。今何から何まで私のところに仕事が来て目が回りそうですけれどね」
 それは嘘ではなかった。親切された国防省は今不眠不休で働いている状況である。
 

 

第一部第四章 若き獅子その三


「教育システムや後方任務、部隊編成、通信設備、そして装備・・・・・・。何から何まで違いますからね。それを一つに統一するのだけでも大変ですよ」
「これどこれが達成されたら連合にとって大きな力になるわね」
「はい。今までのまとまりの悪い国家連合ではなく中央の程良い統制の下まとまったものになるでしょう。中央軍はその柱となります」
「そうね。やっぱり統一された軍というものの存在は大きいわ」
 これは何時の時代も変わらない。それが無かった今までの連合は中央政府の権限はあまりに弱く各国の利害調整により運営されていたのだ。
「けれどもうそんなのは止めたほうがいいわね」
「そうですね。エウロパみたいにとはいかなくとももう少しまとまりのあるものにならなければ」
 エウロパは中央、それも元首である総統の権限が強い。各国の政府は国王や大統領等象徴的な元首が存在する程度である。法はエウロパ中央政府の法しかなく議会も中央議会の権限が圧倒的に強い。
「じゃあ期待しているわよ。私の愛すべき弟がどうやって軍を作り上げていくか」
 彼女はよく彼を自分の弟子とか弟とか冗談で言う。実際に彼は大学時代彼女の講義を受けたこともある。彼女にしても彼は本当の意味での愛弟子であった。
 食事は終わった。そして伊藤は連合の財務相との会談に向かった。八条は仕事だ。
「さて、と。やることはこれからもどんどん増えていくぞ」
 彼は執務室に戻ると苦笑しながら席に着いた。
「長官、お電話です」
 早速電話が鳴った。インドネシア政府の高官からだ。
「はい、それは以前お話した通りです」
 彼の仕事は続く。連合軍は今その産声をあげたばかりである。彼はその父となるのであった。

「そうか、連合も遂に統一された軍隊を持つに至ったか」
 マウリアの首都ブラフマー。ヒンドゥー神話の創造神の名を冠するこの星はマウリアの心臓とも言える存在である。
 この国は中央政府の権限はそれ程強くはない。といっても連合のような国家連合ではないから連合程いちいちもめたりはしない。彼等は地方にその権限の多くを委譲させていおるのである。
 その中央政府大統領官邸で一人の壮年の男性が部下からの報告を受けていた。マウリア主席マガバーン=クリシュナータである。
 インド風の白い服とズボンを着ている。頭にはターバンが巻かれている。これは古より変わらないインドの服装である。
 マウリアで最大の人口を擁する北方のヴィシュヌ星系の家に生まれた。この時代カースト制度は法律的にはなくなっていたが生まれはそれほど悪くはなかった。順調に大学に進み普通の企業に入った。そして独立したところで頭角をあらわしたのである。
 彼の経営センスは傑出していた。忽ち巨万の富を築き大富豪となった。そして政治家に転身しそこでも秀でた才を発揮した。そして遂に国家主席に選ばれたのだ。浅黒い肌に彫りの深い顔立ち、黒い肌に瞳を持つ痩身の男性である。背はマウリアの男性では普通位である。
「はい。その数九十億、艦艇にして三千万に達するこれまでにない規模の軍です」
 部下である若い男は姿勢を正し報告した。
「ふむ。それはまた凄い数だな」
 クリシュナータはそれを聞いて言った。
 彼は今主席の官邸にいる。見ればこの官邸もインドのものである。彼等は昔ながらの文化を固辞しているところがある。この官邸にも多くのそういった装飾品が置かれている。寺院に行けば多くの神々の色彩豊かな像がある。
「それ程までの規模の軍なぞ今まで見たとこも聞いたこともない」
 彼は他人事のように言った。
「閣下、お言葉ですが」
 部下はそんな彼の様子を見て心配そうな顔になった。
「あまり他人事ではありませんぞ」
 それだけの軍が誕生したとなるとその影響力は連合内にだけ留まるものではない。この人類社会全体に及ぶ問題である。
「今我々は彼等とは長年に渡る友好関係を保っておりますが」
「それでも彼等の存在を忘れてはならない、と言いたいのだな」
「はい、若しも彼等がその関係を放棄し我が国に雪崩れ込んで来たならば・・・・・・」
「その時は瞬く間に蹂躙されるな。数が違い過ぎる」
 クリシュナータは落ち着いた声で言った。その通りであった。
 連合の人口は三兆、それに対するマウリアの人口は二千億と言われる。だが彼等は連合各国やエウロパのように厳密な人口統計をとっているわけではないので実際はそれよりもずっと多いと言われている。だがそれでも大きな隔たりがあるのは事実である。
 それは軍の規模に直結する。マウリアの兵力は四億程度である。彼等は連合と友好関係にあり隣接するサハラは多くの小勢力に分裂しておりさ程軍備を必要としなかったのである。国境警備と治安維持さえ出来ればそれでよかったのである。
「そうです、今のうちに手を打たないと大変なことになります」
 部下は深刻な表情でクリシュナータに対して言った。
「そうだな。では軍の拡張と国境線の防衛の強化をするように」
「ハッ、他には!?」
「とりあえずはそれだけでいい」
 彼は落ち着いた声で言った。
「あの、連合は九十億の軍を持ったのですよ」
 部下は彼のその声に今度は呆然となった。
「だからといってすぐに動けるというものではあるまい」
 彼は部下に対して言った。
「今彼等はその膨大な軍を本当に統一された軍にする為に必死だ。今は積極的な行動に出ることは出来ない」
「そうでしょうか」
「そうだ。制服の生地から艦艇まで何もかもが全く異なるのだぞ。それを一つにするまでには時間がかかる。それまでは気にする必要はない。そして我々はその間に備えをしておけばよい」
「それでよろしいでしょうか」
「うむ。それに彼等はまず領内の海賊を一掃させるだろう。それからまずはエウロパだろうな。それに開拓をさらに進めたいだろうし」
 連合にはまだまだ開拓するべき星系が無限に広がっているのである。
「我々も南方に開拓すべき星系を多くもっておりますがな。しかし彼等のそれには遥かに及ばないでしょう」
「だろうな。それだけでも彼等は恵まれている」
 その通りであった。連合やマウリアはまだ進むべき場所がある。だからこそ戦争に入らなかったのだ。
 しかしエウロパにはそれがない。これ以上の人口を養うにはサハラへ進むしか道はなかったのである。
「連合に頭を下げるわけにはいきませんからな」
「それにお互いの交流を絶っている。だからサハラ東方が栄えるのだ」
 サハラ東方にはサハラでは最大の国がある。彼等は連合、エウロパ、そしてマウリアと国境を接しているという利点を活かし中継貿易で大きな富を得ていた。
「もし彼等がサハラ東方に進出したら大変なことになりますね」
「うむ。そうならない為に色々と手を打っておく必要があるかもな」
 二人は話が終わるとその場を後にした。そして別の仕事に取り掛かった。
 

 

第一部第五章 電撃作戦その一


電撃作戦
 アッディーン率いる艦隊は指令通りカジュール公国に向けて進軍していた。
 カジュール公国は西方で最も小さい国だる。領土も人口も少なくミドハドの属国のような存在であった。
 この国が今まで生き長らえてきたのはその地形によるところが大きい。あまりに複雑な地形の為他の国々が手出し出来なかったのである。大艦隊を動員して敗れた国も多い。
「そこで発想の転換だ。出来る限り少数の兵で奇襲をかけるというわけだ」
 アッディーンは艦橋でガルシャースプと共にいた。
「隠密に行動し一気に首都を衝く。そして瞬く間に敵艦隊を叩くのだ」
 彼等は敵艦隊の配置を既に知っていた。敵はオムダーマンとの国境に兵を重点的に配置していた。
 それに対し彼等は陽動に出た。アジュラーンが艦隊をその国境沿いに偏って移動させたのだ。
カジュールはそれに乗ってしまった。彼等は新設されたアッディーンの艦隊の存在を知らずアジュラーンの艦隊に対して兵の殆どを動かしたのだ。当然そこに隙が生じた。
「アジュラーン閣下のフォローが有り難いですね。これで作戦がやり易くなりました」
「ああ。だがそれでも危険はまだあるぞ」
 迂闊に行動して存在が知られれば全てが水の泡である。
「一気に国境を抜ける。そしてあとはわき目もふらず首都を衝く。いいな」
「はい、行きましょう」
 こうして彼等は作戦を発動した。道案内はこの星系出身であったかつての海賊がつとめた。彼は軍にもいたことがありカジュールのことには詳しかった。
 まずは国境を突破した。僅かな兵しか配置されておらず彼等は国境を何なく抜けた。
 そしてそのまま休むことなく首都を目指した。最短距離を突っ切った。
「行け、敵に追いつかれるな!」
 首都までには二つの軍事基地がある。まずは交通の要衝サダム星系にあるサダム要塞である。
 この基地は強力なビーム砲で装備していることで知られている。周りはアステロイド帯や磁気嵐が渦巻いている。避けては通れない。
 まず彼等は出撃してきた敵の艦隊を一蹴した。アッディーンは彼等の姿を認めると一気に接近しそのまま突撃を加えて蹴散らしたのだ。
 それを受けて算を乱して逃走する敵艦隊。彼等は要塞に向けて逃げた。
「追え、そのまま進め!」
 アッディーンはそれを見て指示を下した。オムダーマン軍はそれに従い敵艦隊を追う。
「来たな」
 要塞の防衛司令官はそれを見て言った。彼等が今ビーム砲の射程には入ったことを確認した。
「よし、撃て!」
 彼は命令を出した。だが撃てなかった。
「何故だっ!」
 彼の問いに対して参謀が答えた。
「駄目です、ビームの射程内に味方がおります!」
「何っ!」
 彼は慌ててモニターで確認した。その通りであった。
 これがアッディーンの狙いであった。敵の艦隊に紛れ込むことで敵にビーム砲を撃たせなかったのだ。
 敵が手をこまねいている間にもアッディーン達は突き進んだ。そして要塞に貼り付いた。
「よし、陸戦隊突入せよ!」
 その言葉に従い厚い装甲に身を包んだ兵士達が要塞内に切り込む。そしてその中を瞬く間に占拠していった。
 ビーム砲にその防御の殆どを頼んでいたうえに不意を衝かれた彼等はオムダーマン軍陸戦隊の敵ではなかった。彼等は戦うよりも降伏する方を優先させた。こうしてサダム要塞は陥落した。
 彼等はそのまま進んだ。そして今度は首都の前にあるリクード要塞の前に来た。
 この要塞は長大な壁を持つことで知られている。その壁で首都を守っているのだ。
 後方には敵艦隊が迫っている。領内を急襲された彼等は国境に最低限の兵を置いたうえで慌てて急行してきたのだ。
「閣下の軍への備えを最低限にしてか。また思い切ったことをするな」
 アッディーンは敵艦隊があと三日の距離まで達したという報告を聞いて思わずその言葉を口にした。
「その危険を冒してでも戻って来なくてはまずいでしょう。何せ首都が危ないのですから」
 ガルシャースプはアッディーンに答えるように言った。
「ほう、あの要塞があるのにか?」
 アッディーンの顔は目の前にある長大な壁の防衛線に向けられていた。
「そういう問題ではないでしょう。今我々がここにいることが問題なのです」
「どのみち一緒だがな」
 アッディーンはそう言って笑った。
「今から俺達は首都に突入するのだからな」 
 そう言うと全艦に突撃を命令した。
 彼等は突撃を開始した。といっても正面に突撃したのではない。
 まずは大きく迂回した。そして壁の一番下の端の部分に向かった。
「全艦一斉射撃!」
 アッディーンの命令が下される。彼等はそれに従い壁に向けて総攻撃を開始した。
 五千隻もの艦艇が一斉に攻撃を開始したのである。それも一点に。彼は敵の防御の最も弱い点を見抜きそこに総攻撃を仕掛けたのだ。
 壁は崩れた。アッディーンはそれを見逃さなかった。
「よし、入るぞ!」
 敵が守りを固めようとするのより早く動いた。そして要塞の中に侵入した。これで決まりであった。
 これでリクード要塞も陥落した。アッディーンはそのまま首都へ突入した。
 敵の姿を見たカジュール政府は肝を潰した。そして国民と彼等の身の安全の保障を条件に降伏を申し出てきた。
 アッディーンはこれを快諾した。こうしてカジュール公国は僅か二十日でオムダーマンの前に滅びた。
 この戦いの最大の功労者は当然アッディーンであった。彼は中将に任ぜられると共にこれまで彼が持っていた艦隊と旧カジュールの軍を新たに加えたカジュール駐留艦隊の司令官となった。
「これで遂に正式な艦隊の司令官になったな」
 アジュラーンはモニター電話でアッディーンに対して祝辞を送った。
「はい。ですがミドハドとの戦いがまだ控えていますからね。喜んでいる暇はありません」
 ミドハド政府はこの度の侵攻に対し激しい怒りを露わにしていた。そして再び軍を動員しようとしていたのである。
「その件だがまた君に働いてもらうことになりそうだ」
「こちらに攻めて来るのですか?」
「すこし違うな。今度は我が軍が攻めるのだ。悠長なことを言っていられる状況ではなくなってきたようなのだ」
「といいますと?」
 アッディーンは問うた。
「うむ。今回の勝利で危惧を覚えたミドハドは水面下でサラーフと接触しているようなのだ」
「ほう、犬猿の仲の二国が」
 両国の対立関係は昔からでありそれはオムダーマンとサラーフの関係よりも根が深かった。
「そうなのだ。我等の勢力伸張と敗戦の恨みを晴らす為にお互い手を組もうとしているらしい。そして我々を叩くつもりのようだ」
「よくある話であすね」
「そう言ってしまえばそれまでだがな。だが我が軍もそれに対して手をこまねいているわけにはいかない」
「そこでミドハドを徹底的に叩くと」
「そういうことだ。先んずれば人を制す、というしな」
 これは古代中国の覇王項羽が言った言葉である。
「今回の作戦においてミドハドを完全に潰す。そして後顧の憂いを完全に絶つということで決まった」
「その為の兵は既に決まっているのですか?」
「まずは君の艦隊だ。そしてカッサラ方面から六個艦隊を向ける」
「といいますと閣下も?」
「私は今回の作戦には直接参加はしない。カッサラ星系の防衛が任務だ。サラーフの動きが気になるしな」
「成程」
 当然といえば当然であった。
「今回君はカジュール方面からの侵攻を担当する。言わばカッサラからの主力とは別の陽動部隊だ」
「ですがかといって油断は出来ませんね。おそらく連中も必死ですから」
「そうだ、我が軍は今九個艦隊を持っている。そのうちの大部分を使う。それでも苦戦は必至かもな」
 対するミドハドは十個艦隊である。先日アジュラーンとアッディーンに敗北した二個艦隊はようやく再建されたばかりである。
「閣下の艦隊をカッサラ防衛に置き一個は予備ですか」
「そうだ。この戦いは戦力の劣勢を承知で行なうものだ。そして作戦成功は君の手にかかっている」
「私にですか?」 
 アッディーンは思わず問うた。
「そうだ。まず君はカジュール方面から進出し迎撃してくる敵軍を撃破した後敵主力の後方に回ってくれ。そしてカッサラから侵攻する我が軍の主力の援護を頼む」
「こちらに向けられる敵の戦力はどれだけですか?」
「一個艦隊程だと思われる。今カジュール方面に向かっている敵艦隊があるらしい」
「そうですか。ではカッサラから攻める我が軍にはかなりの戦力を向けてくるでしょうね」
「おそらく七個か八個だろう。一個は首都防衛だからな」
「向こうには地の利もあります。これはかなりリスクの高い戦いですね」
「そうだ、しかし今やらねば我々にとってより危険な状況になる。それだけは避けなければならん」
「そうですね。では素早く作戦を進めるとしましょう」
「うむ、頼むぞ」
 こうして二人は電話を切った。それから暫くしてオムダーマンは軍を動かした。そしてカッサラ星系から六個艦隊、カジュールからアッディーン率いる艦隊をミドハド領内へ侵攻させた。こうしてオムダーマンとミドハドの決戦の幕が開いた。

 先日行なわれた米中露の選挙においては連合軍への参加が争点であった。結果は参加賛成派が勝利を収め三国の軍は連合軍に参加することが決定した。
 そして態度を決めかねていた他の国々もそれに賛成した。こうして連合の全ての国の軍隊は連合軍に編入されることとなったのである。
「これで中央政府は絶対的な力を手に入れたな」
 白亜の宮殿の奥深くにある執務室から声が聞こえてきた。
「そうですね、おそらくこれまでとは比較にならない程の発言力を持つことになるでしょう」
 豪奢な机の前に立つ若い男が目の前に座る人物に対して話していた。
「我が国の連合内での発言力の低下は避けられないかと」
「それは承知のうえだ。しかし連合軍に参加しなくては我々は孤立してしまうからな」
 若い男に向かい合って座るその男は低い声で言った。
 金髪碧眼の黒人である。背は座っていてもわかる程の長身である。肌は褐色だがその顔立ちは白人のものに近い。鼻が高く唇は薄い。彼の名をヘンリー=マックリーフという。先の選挙でアメリカ合衆国の大統領に選ばれた人物である。
 農業の盛んなことで知られる星系の中流家庭に生まれた。幼い頃から頭がよく大学では法律を学んだ。そして弁護士となり辣腕を振るった。それを当時の改革派政党の党首に見出され政治家となった。彼の下で副大統領を務めた後大統領選に出馬したがこの時は敗れた。しかし今回の選挙で勝利を収め大統領となった。行動力に溢れた人物として知られている。
「それに我々は軍を失ったわけではないぞ」
「国軍ですか」
「そうだ」
 マックリーフは答えた。
 国軍というのは中央軍とは別にそれぞれの国が持つことを認められた軍隊である。地球にあった頃のアメリカの州軍のような存在であり小規模ながらそれぞれの国の治安を守ることを目的として保有が認められている軍である。当然中央軍に比べて規模も装備も微々たるものでありいわば予備戦力である。
「ですがそんな大した存在ではないですね。ないよりましという程度で」
「確かにな。だがないよりはましだ」
 マックリーフは無機質な調子で言った。
「しかし君は重要なことを見落としているな」
「といいますと!?」
 若い男はその言葉に目をパチクリさせた。
「何も影響力は軍事力だけではないぞ。それを忘れてもらっては困る」
「はあ」
「軍事力だけでどうこうするのなぞ一千年以上前に終わっている。それは我々が最もよくわかっている筈だがな」
 彼の言葉は正論であった。今の時代は衝突があった場合軍事力ではなく貿易や経済で手を打つことのほうが遥かに多いのだ。無論サハラのような地域もあるが連合内ではそれが主流であった。その調整の為に中央政府があり国同士の武力衝突は長い間絶えていたのである。
「それに議会がある」
 中央議会には政党というものは存在しなかった。それぞれの国から選出された議員が祖国の権利を声高に主張する場となっていた。
「我々は何といっても中国と並ぶ最大議席を保有している。この意味は大きいぞ」
「確かにそうですが」
 彼は口ごもった。
「まあ見ているのだ。軍事力など使わなくとも我々の力は保持出来る。私のやり方を見ているがいい」
 彼はそう言うと自信に満ちた声で笑った。そして執務室を出て隣国の外相との会談に赴いた。 

 

第一部第五章 電撃作戦その二


「キロモトと八条にしてやられたな」
 中国の首都星京の中央にある大統領官邸。ここは地名の名をとり『長春城』とも呼ばれる。中国の政治の中心地として知られている。
 そこの海が見える部屋に一人の年老いた男がいた。中国の大統領李金雲である。
 少し白い髪にやや広めの額、顔は少し四角いが結構整っている。黒っぽいスーツに身を包んでいる。
 彼は政治学者として名を知られていた。政治家に転身した時学者特有の空論ではないかと言われたが彼は実務も優れており、また現実主義者であった。そして激しい権力争いにも勝利し今回の選挙で大統領に選ばれたのである。親分肌で部下からの人望も厚い。
「はい。まさか中央軍を一気に作り上げるとは思いませんでした」
 傍らに控える秘書官が言った。
「これも時代の流れか。だが我々の存在は誇示しておかなくてはな」
 李は波を眺めながら言った。
「我々は連合において主導的な役割を果たしてきた、今までな。そしてこれからもだ。アメリカや日本に負けるわけにはいかない」
 彼の目が鋭く光った。
「国軍もある。そして何よりも我々にはこの豊かな国がある」
 中国の国力はアメリカ、日本と並んでいる。人口においてはアメリカと同じ位の数字である。
「これを使わぬ手はない。すぐに周辺国に手を回せ」
「ハッ!」
 秘書官は頭を下げた。そして彼等はその部屋を後にした。

「アメリカと中国が動いているようです」
 キロモトに下に彼等の動向に関する情報が入ってきた。
「やはりな。動くだろうとは思っていたが」
 キロモトは執務室でそれを聞くと口の両端だけで微笑んだ。
「如何いたしましょう」
 報告した官僚が問うた。
「こちらは今は動かなくともよい。少なくとも経済や貿易で動くのならこちらの望むところだ」
 経済関係での調整は連合政府の最も重要な仕事である。従ってそれに関しては彼等も自信がある。そうでなくては今までこの連合という雑多で広大な国家をまがりなりにもまとめていたわけではない。
「ですが議会のことになると厄介ですな」
「それはな。だがそれもすぐに変わる」
「変わるといいますと?」
「すぐにわかるさ」
 彼はそう言うと再び笑った。
 それから暫くしてこれからの連合の在り方についてこれまでにない議論が起こるようになった。
 一つはこのまま開拓地を開発していき何処までも進んでいくべきだと主張する派、もう一つは連合軍が設立されたのだしとりあえずは落ち着いて内部を固めるべきであると主張する派、その二つの派で議論が交あわされるようになったのである。
「これまではただ進んでいくだけだったしな」
 街頭演説を聞いた市民の一人がポツリと言った。
 まず開拓を主張する者達は保守派と呼ばれた。彼等はこれまで通りの連合であるべきだと主張していた。連合軍の設立で連合の中央集権を止め、あとは既存路線でいくべきだと主張した。
 それに対して内部を固めるべきであると主張する者達は連合派と呼ばれた。彼等は今のところは開拓を控え連合内部の整備を行い中央の権限をより強化すべきであると主張した。
 彼等の主張は連合全体を包んだ。そしてそれは先の連合軍設立の時よりも更に大きなうねりとなっていったのである。
「さて、面白くなってきたな」
 キロモトは新聞でその話を読みながら言った。
「連合の国を越えた話になっている。違う国の人間の間でも議論になっているな」
「はい、彼等は選挙においてもそれを争点としているようです」
「ほう、選挙においてもか」
「そうです。今やそれぞれ二つの派に分かれて議論をしているところです」
「ふむ、政党が出来るかも知れんな」
 キロモトはそう言ってニヤリ、と笑った。
「政党、ですか」
「そうだ。今までこの連合では中心にはなかったものだ」
 連合においては各国にはそれぞれ政党が存在していたが中央にはなかった。これも連合の強い地域性の特色であった。
「だがそれが出来るとなるとどうなる」
「連合の中の目が中央により一層集まりますね」
 秘書官は言った。
「そうだ。我々もようやく力を持つ中央政府を持つ事が出来るのだ」
「エウロパのようにですか?」
「ふむ、エウロパか」
 キロモトは秘書官の言葉に対し思わせぶりに笑った。
「少し違うな。我々はあそこまで中央が強くなる必要はない」
 エウロパにも各国政府があるが元首だけがいる事実上の象徴であり連合のようにそれぞれが強い権限を持っているわけではない。
「エウロパはエウロパ、我々は我々だ。意識する必要もないだろう」
「そうですか」
「ただし、ある程度は参考にすべきかも知れんがな」
 やがて朝食を知らせるベルが鳴った。キロモトは秘書官と共食事に向かった。

 連合のこの動きはエウロパにも伝わっていた。ラフネールはそれを執務室で聞いた。
「彼等が中央に政党を持つようになるとはな」
 彼はそれを聞くと静かな声で言った。
「まだそうなると決まったわけでは・・・・・・」
 それを伝えた補佐官は少し眉に陰を落としていた。
「いや、これは時代の流れだ。彼等は必ずや中央に政党を持つようになるだろう」
「そうなるでしょうか」
「なる。時代の流れだけでなく強力な指導者も出てきているしな」
「この二人ですね」
 補佐官はそう言うと持っていたファイルから二枚の写真を取り出した。
 それは二人の人物のそれぞれの顔写真であった。一人は若い白人の女である。白人といっても何処かポリネシア系が混ざっている。髪は茶色がかった金色であり瞳は黒い。
 もう一人はアジア系の男である。肌は黒めであり全体的にやや四角く眼鏡をかけている。その目は知的な光をたたえている。
「平面写真とはまた古風だな」
 ラフネールはその写真を見て苦笑いを浮かべた。
「申し訳ありません」
 補佐官は頭を垂れた。
「謝る必要はない。こういった写真はこちらのほうが見易いしな」
 彼はそう言うと写真を受け取った。
「こちらの女性がキリ=ト=マウイか」
「はい、ニュージーランド出身の保守政治家です」
「保守系か。一体どういう経歴かね」
「はい、ニュージーランドの法学校を卒業後とあるベンチャー企業を経営していましたがそこで政治家の夫と知り合い結婚、そして彼に影響を受け政界に入ったのです」
「だが彼女は連合議会の議員になったのだね。夫はニュージーランドの議員だったのに」
「それが彼女の一風変わったところです。どうも中央議会に理想を求めたようです」
「あの中央議会にか。確かに変わっているな」
 連合の中央議会といえば大国の利害の衝突の場である。それはエウロパにおいてもよく知られていた。
「法学校を卒業してすぐにベンチャー企業の経営を始める程ですからね。そして彼女は今は保守派の指導的な役割を任ずるようになっております」
「どういう経緯でだね?」
 ラフネールは再び尋ねた。
「あの連合軍の設立以降連合の在り方について議論が起こっておりまして」
「それは知っている」
「その中でとある総合雑誌に論文を発表したのです。連合はどうあるべきかという論題で」
「そして彼女はこのままでよい、と主張したのだね」
「そうです。そしてそれに反論したのが」
「このランティール=モハマドだね」
 ラフネールはここでもう一枚の写真に映る男を見た。
「彼はマレーシアの首相だったな」
「はい、ついこの前まで」
「かなりのやり手だったと聞くがな。あのアメリカや中国に対して一歩も引かなかったとか」
「連合一の寝業師とも呼ばれていましたな。日本に対して良いことを言いながらも牽制を忘れなかったりと」
「まあそうでなくてはあの連中を相手にはできないな」
 アメリカや中国、日本とマレーシアの国力差はかなりのものである。
「連合軍の参加にも最後まで最も強硬に反対していたそうじゃないか」
 連合軍の参加には反対していたのはアメリカや中国、ロシアだけではなかったのである。マレーシアは反対する国々の中でも特に連合軍の設立及び参加に強い反対の意見を主張し続けていた。
「それも外交上のテクニックだったというわけか」
「そうです。それで自国の意見と存在を連合の各国に誇示したのです」
「煮ても焼いても食えないな。そんな男は今まで聞いたことがない」
「イギリスには結構いそうですがな」
 ラフネールもこの補佐官もフランス出身である。両国の微妙な関係は今だに続いている。
「フフフ、確かにな。まあ我がフランスも言えた義理ではないが」
 フランスもそうだ、とよく言われる。しかもお高く止まっている、と。
「それは根拠のない誹謗中傷に過ぎませんがね」
「君も言うな、大人しい顔をして」
「これこそフランス流です」
 補佐官はそう言うとニコリ、と笑った。
「さて、そして彼はマレーシアの首相を退いたんだな」
「はい、連合軍参加と共に」
 これが連合軍設立の最後の決め手となったのである。
「そして今何故改革派のリーダーになっているのかね?」
 これはラフネールにとっても少し妙なことであった。
「マウイの主張に早速反論してきたのです。その考えは連合の動きを停滞させるものである、と」
「わからんな。彼は連合軍にも反対していたのだろう」
「それがポーズに過ぎないということはおわかりだと思いますが」
「・・・・・・確かにな」
 微笑んだ。ラフネールも伊達にエウロパの総統ではない。この程度のことは見抜くことが出来る。
「そして彼は改革派の指導者となった、ということか」
「はい」
「しかし連合も相変わらず妙なところだな」
「といいますと!?」
 補佐官はラフネールの言葉に首を伸ばした。
「うむ、開拓を更に推し進めていくべきと主張しているのが保守派で中央の権限を強め内部をまず整えるべきだと主張しているのが改革派とはな。普通は逆のことが多いのだがな」
「そういうものですね、政治とは」
 補佐官は少し感嘆したように言った。
「保守と革新の差なんてそんなものでしょう。どちらが善でどちらが悪とは政治の世界では絶対に言えませんしね」
「言ったらそれこそフランス革命か二十世紀の全体主義だな」
「はい」
 フランス革命のジャコバン派やナチス、ソ連といった存在は人類にとって魔女狩りと並ぶ忌まわしい流血の歴史として伝えられていた。
「例えば、だ」
 ラフネールは一言断ってから補佐官に話しはじめた。 

 

第一部第五章 電撃作戦その三


「革新派を絶対の正義としよう。ならば保守派は絶対の悪となる。そして保守派は一人残らず抹殺され革新派の悪行は正義の名の下に覆い隠されてしまう」
「ぞっとする話ですね」
「今でも市民団体はそうした傾向があるな。エウロパはまだいいが連合の市民団体の中には海賊や犯罪組織と結託している連中もまだいるそうだな」
「それは聞いております」
 連合の社会問題の一つである。
「我々のところにも多少はいるがな。だが連合程多くはない」
「連中のところには海賊等が多いですからな」
「その海賊だが連合内ではかなり減ったようだな」
 ラフネールは海賊に話を移した。
「はい。特に近頃は連合軍に投降する者が相次いでいるようです」
「そして投降した彼等を軍に組み入れているらしいな。おかげでその数はかなりのものになったというが」
「そうですね。彼等には軍律から教えているそうですが」
 新しく出来た連合軍の風紀は厳しい。特に一般市民への行動に関しては厳罰を以って処される。
「またそれは気の長い話だな。我々ならば問答無用で最前線に送り込むがな」
 実際にサハラの国ではそうしている国もある。
「そうもいかないのでしょう。連合はこと人権に関しては我々より五月蝿いですから」
 それが海賊と結託する市民団体の存在を許してきた。
「そうだな。つくづくエウロパに生まれてよかった」
 ラフネールは祖国への愛と連合への侮蔑を交えた笑みを浮かべた。
「エウロパ程の規模の国が一番ことをやり易い。連合程大きくては小回りが利かない」
「連合の連中は我々を一飲みに出来ると言っておるようですが」
「そう言って千年以上経っている。そうこうしている間に我々はサハラを完全に我がものにし奴等に正面から対抗する力を手に入れてやる」
「その時こそ我等がもう一度人類の頂点に立つ時」
「そうだ、欧州の黄金時代の再現だ」
 彼等は強い口調で言った。そして話を続けた。

 サハラ西方でオムダーマンがミドハドに対して大規模な攻勢に出たという情報はサハラ北方のエウロパ総督府にも伝わっていた。
「最近オムダーマンは何かと忙しいな」
 艦隊司令の一人ヴォルフガング=クライストが隣にいる男に対して言った。
 長身である。全体的に筋肉質であり陸上競技の選手を思わせる身体つきである。蜂蜜色の髪に青灰色の瞳を持っている。顔はやや童顔で年齢より若く見える。二十代に見えるが実は三十代で妻も子供もいる。用兵の迅速さには定評のある人物である。
「ああ。何でも一人凄い奴が出てきたそうだぞ」
 クライストに声をかけられた黒い髪に瞳の男が答えた。
 豊かな髪である。そしてその瞳は琥珀の様に輝いている。クライストに比べてやや小柄ながら均整のとれた身体をしている。その顔立ちは彫りが深く美男子と言ってよいものである。彼もまた艦隊司令の一人でルチアーノ=ステファーノという。勇猛果敢な人物として知られている。
「アクバル=アッディーンか?確かまだ二十代という話だが」
「ああ。だがその作戦指揮はかなりのものだという。カッサラ星系の戦いは聞いているな」
「オムダーマンが敗北の一歩手前から盛り返した戦いだな」
「そうだ、その盛り返すもとを作ったのがそのアッディーンという男だ」
「ほお、巡洋艦一隻で敵の正面に行きその進撃を止めたのはその男だったか」
 クライストは眉を上げた。
「そうだ、それから瞬く間に昇進し今や中将だ。そして今度はミドハド侵攻に参加するらしい」
「ほう、ミドハドにもか」
「そう、先に併合したカジャールから攻める艦隊の司令官だそうだ」
「カジャールか。あの進撃は見事だったな」
 クライストは感嘆の言葉を漏らした。
「二つの要塞を抜き首都を電撃的に陥としたからな。あれば見事だった」
「そして今度はミドハドとの決戦か。これは楽しみだな」
「うむ」
 そして二人はそれぞれの艦隊の司令部に戻っていった。
 モンサルヴァートは司令室で一人書類に整理にあたっていた。艦隊司令ともなればその決裁をあおぐ書類も膨大なものとなる。
「ふう」
 彼は一枚の書類にサインをし終え嘆息をついた。
「どうもこういう仕事は好きにはなれないな」
 彼はデスクワークはあまり好きではない。
「司令、仕事は終わりましたか?」
 そこにエウロパの軍服に身を包んだ一人の青年が入ってきた。
「貴官か」
 モンサルヴァートはその若者の姿を認めて言った。
「もうすぐ終わるところだ」
「それは何よりです」
 若者は微笑んでそう言った。
「しかしな」
 モンサルヴァートは顔を顰めて言った。
「こうしたデスクワークは私より貴官の方が得意だと思うのだがな」
「まあ私はそれが専門ですからね」
 彼は笑顔のままで言った。
 彼は後方参謀である。階級は大佐、二十代にしてこの地位にあるのは彼がこのサハラ北部で果たしてきた多大な貢献による。
 彼の名はプラシド=ベルガンサ。士官学校を優秀な成績で卒業し軍に入った。赤い髪と蒼い瞳で有名な美男子である。
 彼の能力は補給の運営及び管理にあった。それによりサハラにおけるエウロパの軍事行動はこれまで以上に迅速かつ的確に動けるようになっていたのだ。
 彼はその時に何がどれだけいるか、常に的確に把握しちえた。そしてそれに合わせて補給を行なう。その為のシステムも整備していたのだ。
『サハラのエウロパ軍はベルガンサにより支えられている』
 とも評される。彼はこの地のエウロパ軍にとって欠かせぬ存在であった。
「しかし私の仕事はもう終わってますよ。あとは閣下のぶんだけです」
「さらりと言ってくれるな」
 彼は苦虫を噛み潰した顔をした。
「私とて自分のやらなければならない仕事はわかっている。だがやはり好き嫌いはある」
「好き嫌いなど言えないのではないですか?」
 ベルガンサは笑みをたたえたまま言った。
「閣下の双肩には多くの者の命がかかっているのですから」
「確かにな」
 モンサルヴァートはその言葉に頷いた。
「仕事の好き嫌いなど言える身分ではないか」
「厳しいことを言えばそうですね」
「はっきりと言ってくれたな」
「閣下は的確かつ迅速なことを尊ばれるので」
「そうだが」
 しかしにこやかな顔をして言いにくいことを言う、モンサルヴァートはそう思った。
「それにしても今日は書類がやけに多いな」
「先の戦いのぶんがありますからね」
「そして次の作戦のぶんもか?」
「そうです」
「・・・・・・やれやれ」
 モンサルヴァートは嘆息をついた。
「だがこの苦労も勝利によって報われるようにしたいな」
「同感です」
「それには君の協力が必要だ」
 モンサルヴァートはベルガンサを見て言った。
「そして閣下の健闘も」
「それは任せておいてくれ」
 彼はそう言うとこの日はじめて笑った。そして彼に話した。
「ところでサハラの西が最近何かと騒がしいな」
「はい。オムダーマンが勢力を伸ばしていますね」
「今まではそんなに大きな勢力ではなかったがな」
「サハラの西方で第三勢力でしたね」
「うむ」
 東方は別にしてサハラは多くの勢力に分かれている。その中でオムダーマンは大きい方であったがそれでもエウロパから見れば小勢力に過ぎない。
「今のところは特に警戒する必要もないだろうな」
「はい、例えミドハドに勝てたとしてもサラーフもありますし」
「そうだな、それにミドハドとの戦いが長引けばサラーフも動くだろう」
 エウロパとサラーフは直接国境を接しているわけではない。間に数ヶ国存在する。だがサラーフの存在は意識している。
「まあ今は様子見ということですか」
 ベルガンサは言った。
「そうだな。ただ」
 モンサルヴァートはここで考える目をした。
「あのアッディーンという男だが」
「はい」
「興味があるな。これからの戦いでどうなるかはわからんが」
 彼は言葉を続けた。
「はい、もしかするとサハラを大きく変えるかも知れませんね」
「それは我々にとっては不都合だがな」
 モンサルヴァートは笑ってそう言った。なおベルガンサの言葉は近い将来に的中することになる。だがこの時神ならぬ二人はそのことを知るよしもなかったのである。

 オムダーマン軍はミドハド領内に侵攻していた。主力である五個艦隊はカッサラ星系から進撃しアッディーン率いる艦隊はカジュール星系から進撃していた。
「来たか」 
 その報告はミドハド政府にもすぐさま伝わった。ハルドゥーンはそれを聞き静かに言った。
「どうしますか?」
「決まっている、迎え撃つ」
 官僚の言葉に答えた。
「すぐにカッサラ方面に六個艦隊を向けよ。ビスクラ星系で迎え撃て」
「ハッ」
 ビスクラ星系はミドハドの地理上において最も重要な地である。この星系からミドハドの首都ハルツームにまでほぼ一直線に行くことも出来、各星系に睨みを利かすことも出来る。この地を押さえられることはミドハドにとっても危機を意味する。
「カジュールから来る敵に対しては如何致しましょう」
「カジュールからか」
 先のカジュール侵攻はオムダーマンのあまりにも迅速な動きの前に手を打てなかった。その為今二方向から攻められる事態に陥っているのだ。今度は何としても防がなければならない。
「あちらには二個艦隊を向けよ」
「二個ですか?」
「そうだ」
 ハルドゥーンは答えた。
「まずカジュール方面を叩いたならばすぐにビスクラに向かうよう指示しろ。そしてあの地でオムダーマン軍を倒す」
「わかりました」
 官僚はその言葉に対し頷いた。
「一個艦隊は予備戦力としてビスクラ後方に置いておけ。そして残る艦隊は首都の防衛だ」
「わかりました」
「数では負けてはいない。落ち着いて対処すればどうということはない」
「そうですね」
 実はこの官僚は侵攻にいささか動揺していた。しかし彼の言葉により落ち着きを取り戻した。
「ではすぐに各艦隊に伝えよ。そして吉報を待っている、とな」
「わかりました」
 官僚はそう言うとその場をあとにした。ハルドゥーンは部屋に一人となった。
「さて、と」
 彼は厳しい顔になった。
「上手くやってくれればいいが」
 彼は壁に映るホノグラフィーの地図を見ながら呟いた。実は彼は軍事のことにはあまり明るくはないのである。
 オムダーマンとミドハドの戦いははじまった。今は両軍共互いに兵を進める段階であった。


 

 

第一部第六章 疾風怒涛その一


疾風怒涛
 アッディーン率いる艦隊はカジュール方面から進撃していた。今のところ敵艦隊の情報はなく進撃はすみやかなものであった。
「敵の情報はまだないか」
 アッディーンは艦橋にて問うた。
「はい、今のところは」
 艦隊の主席参謀であるラシーク中佐が答えた。切れ長の瞳を持つまだ二十代後半の若い将校である。彼はこの作戦の直前にこの艦隊に配属されたばかりである。若いながらも優れた洞察力を持つことで知られている。
「おそらくこちらに来ていると思われますが」
「だろうな。我々を放っておくとは思えないしな」
 アッディーンはそう言うとモニターにミドハドの地図を映させた。それはホノグラフィーで浮かんでいる。
 この地図はカジュールで手に入れたものである。今はオムダーマン軍全てに行き渡っている。この地図が今回の作戦の計画及び立案に多大な貢献を果たしたことは言うまでもない。
「そうだな」
 アッディーンはその地図を見ながら言った。
「おそらく敵艦隊と遭遇するのはサルチェス星系になるだろうな」
 サルチェス星系はビスクラから二つ向こうの星系である。小惑星や衛星が多い。
「サルチェスですか」
「ああ」
 アッディーンはラシークに対し答えた。
「おそらくそこで遭遇する。規模は・・・・・・多分こちらより多いな」
「でしょうね」
 これはラシークも察していた。
「おそらく二個艦隊程か」
 それは見事に的中していた。
「分艦隊の司令官達を集めてくれ」
 彼は側にいるガルシャースプに対して言った。
「了解しました」
 ガルシャースプはその言葉に対して敬礼した。そしてすぐに各分艦隊の司令達が旗艦アリーに集められた。
「よく来てくれた」
 アッディーンはいささか形式的ながら彼等に挨拶をした。
 この艦隊には四人の分艦隊司令がいた。数字により四つの分艦隊に分けられている。
 第一はスライマン=アタチュルク、濃い顎鬚を生やした筋骨隆々の大男である。古くから艦に乗り込む歴戦の武人である。
 第二はハルーン=ムーア。痩せた顔付きの男で切れ者として知られている。
 第三はユースフ=コリームア。やや小柄ながら筋肉質である。用兵の速さで知られる。
 第四はバイバルス=ニアメ。整った口髭を持つ美男子である。若き名将と謳われる。
 この四人がアッディーンの艦隊の分艦隊司令である。皆アッディーンがその目で見て自分の艦隊に入れたオムダーマンでも名の知られた者達である。
 彼等はアッディーンに対して敬礼した。アッディーンはそれに敬礼で返すと話しはじめた。
「ミドハドの動きだが」
 分艦隊の司令達も幕僚達も黙って聞いている。
「今はバルガ星系にいるそうだな」
「ハッ」
 情報参謀が頷いた。そこは今彼等がいる宙域から少し離れている。
「だが敵は今我等を倒さんと躍起になっている。敵軍に領内を進まれるの程軍人にとって忌まわしいものはないからな」
 彼は珍しく落ち着いた声で言った。
「今我等は攻めている。これは攻撃地点を自由に決められるということだ」
 今更のような話であった。それは戦争においての常識であった。
「そこで私は今回敵を誘き出すことにした」
「何処にですか?」
 アタチュルクが問うた。低く重い声である。
「サルチェス星系だ。あの場所で敵軍を倒す」
 彼は強い声でそう言い切った。
「敵はおそらく我等より多いだろう。だがそこで彼等を殲滅する。そして我が軍の主力の援護に向かう」
「簡単に言ってくれますね」
 それを聞いてムーアが苦笑しながら言った。
「こちらより数が多く、しかも敵地において敵を殲滅してですか。そうそう上手くいきなすかね」
「いく。必ずな」
 アッディーンはそれに対して自信に満ちた声で言った。
「その為の私の考えを今から諸君等に言いたい」
 そして彼は再び話しはじめた。
「まず兵を二手に分ける」
「兵力が劣勢なのにですか?」
 これには皆驚いた。
「話は最後まで聞くようにな。まずはサルチェスには主力部隊が向かう。これは私が率いる」
 彼は皆を宥めてから再び言った。
「主力は一万だ。これはそのままサルチェスに入り布陣する」
「そしてもう一つの部隊はどうするのですか?」
 コリームアが問うた。
「そこだ。サルチェス星系の後方には大規模な補給基地があるのは知っているな」
「はい」
 これは地図にもある。ミドハドにおいてもかなり大きな補給基地である。
「敵がサルチェスに入ったならすぐに別働隊はここに襲撃を仕掛ける。そうすれば敵は進退が窮まる」
「そして戦場に誘き出すということですね」
 ラシークが尋ねた。
「そうだ。そして別働隊は主力部隊と敵軍を挟撃する。それが今回の私の作戦だ」
「戦場は何処なのですか?」
「それだ」
 アッディーンはアタチュルクの質問に頬を緩ませて答えた。
「この場所を考えている」
 彼はそう言うとサルチェスの第五惑星を指し示した。
 そこは巨大な惑星であった。周辺にリングを形成している。これは太陽系にある土星と同じものだ。こうした惑星を土星型惑星と呼ぶ。
「このリングの外側に布陣する。恒星サルチェスを右に見てな」
「問題は敵が何処から来るか、ですね」
「前から来る」
 アッディーンはムーアに対して答えた。
「今敵はバルガ星系にいる。そこは今この惑星とは一直線に正対している形になっている」
「敵はまっすぐにこちらに向かって来ると考えて折られるのですな」
「そうだ。兵力は敵の方が多い。ならば数を頼りに攻めてくる筈だ」
 彼はニアメに対し自信に満ちた声で言った。
「そして敵がこの星系に入ったところで補給基地を叩くのだ」
 その基地は第八惑星の衛星の中にある。今はバルガ星系から見て右手に位置している。
「敵が補給基地の辺りを通過したところで別働隊はその基地を攻撃する。そうすれば敵は選択の余地がなくなる」
「しかしそれならば別働隊を叩きに反転してきませんか?」
 アタチュルクが問うた。
「するだろうな」
 アッディーンは答えた。
「その時は別働隊はすぐに撤退してくれ。無理をする必要はない。それにそれが狙いなのだからな」
「狙い、ですか」 
 一同はその言葉に目を光らせた。
「そうだ。おそらく兵を分散させてくる。主力部隊はその分散された敵をまず叩く」
「それから基地の方にやってきた部隊を攻撃するのですね」
「そういうことだ。各個撃破していく」
 彼は皆に対し答えた。
「そしてすぐに友軍の援護に向かう。そして今回の戦いでミドハドを滅ぼすぞ!」
「ハッ!」
 一同はその言葉に対し敬礼した。そして各自それぞれの持ち場に戻っていった。
 数日後アッディーンの艦隊はサルチェス星系に入った。そして予定通り主力部隊を第五惑星のリングの外側に布陣させた。やがてミドハド艦隊がサルチェスにやって来たとの報告が偵察隊から入ってきた。
「来たな」
 アッディーンはそれを聞いて微笑んだ。
「アタチュルク少将とコリームア少将は今どうしている」
 別働隊はこの二人が率いることとなっていた。彼等の用兵の迅速さを買ってである。
「今第六惑星の辺りです」
 ガルシャースプが答えた。
「そうか、予定通りだな」
 アッディーンはそれを聞いて言った。
「それならば問題はない。あとはあの二人に任せよう」
「了解しました」
 ガルシャースプはその言葉に敬礼した。
「我々は作戦の準備だ。分かれた敵を一気に叩くぞ」
 そして彼は全軍に戦闘用意を命じた。
 ミドハド軍はアッディーンの予想通り第五惑星付近にオムダーマン軍がいると知ると全軍をもってそちらに向かってきた。二個艦隊で数はやはりアッディーンの軍より多い。
「よし、このまま叩き潰すぞ」
 その二個の艦隊のうち一個の艦隊の司令が言った。
「敵は劣勢だ。すぐにけりをつけて主力部隊に合流する」
 彼は艦橋で部下達に対して言った。
「そしてオムダーマンの奴等をこのミドハドから追い出す。返り討ちにするのだ」
 艦隊はそのまま第八惑星付近を通過した。それはオムダーマンの別働隊からも確認された。
「敵軍通過しました」
 アタチュルクはそれを乗艦の艦橋において聞いていた。
「そうか」
 彼はそれに対し頷くと航宙長に対し言った。
「予定通り進め」
「わかりました」
 航宙長は頷いた。そして艦隊は進路をその基地に向けた。
 ミドハド軍は第五惑星から一日の距離に達した。オムダーマンの艦隊の位置も確認した。
「明日は総攻撃だな」
 二人の司令は旗艦の司令室において食事を摂りながら話していた。
「うむ。敵将はアッディーン中将だったな」
 彼の名はミドハドにおいてもよく知られていた。苦杯を嘗めさせられているから当然である。
「ああ。これで奴も終わりだ」
 二人のうち髭を生やした方が杯を傾けながら言った。
「今度という今度は奴の首を獲る」
「そして武勲は我等のものだ」
 二人がそれぞれの艦橋に戻った時だった。急報が舞い込んできた。
「何事だ!?」
 それに対するオペレーターの声はひどく狼狽したものであった。
「大変です、補給基地が敵軍の襲撃を受けております!」
「何っ!」
 どうやらオムダーマンは別働隊を動かしていたらしい。彼等はそれをすぐに理解した。
 そして部隊を二つに分けた。基地を襲撃している。敵の規模はわからないので半分を向かわせた。
「予想通りだな」
 その動きはアッディーンからも確認された。
「はい、どうやらかなり狼狽しているようですね」
 傍らにいるラシークが言った。モニターには二手に別れる敵部隊の姿がはっきりと映し出されている。
「これで勝利は我等のものだ。明日は総攻撃を仕掛けるぞ!」
「ハッ!」
 翌日アッディーンの言葉通り敵軍に対し総攻撃が仕掛けられた。
 

 

第一部第六章 疾風怒涛その二


「ムッ、怯むな!」
 数のうえでは互角である。敵艦隊の司令官は自軍を叱咤激励して戦わせる。彼は後方で指揮を執っていた。
「攻撃を一点に集中させよ!」
 アッディーンは敵の動きの軸に攻撃を集中させた。全ての艦の攻撃がその地点に集まる。
 幾千もの光の束がその地点にいる敵軍を撃った。そしてそこに巨大な穴が開いた。
「よし、突撃だっ!」
 そしてその穴の中に突入する。彼は旗艦アリーを真っ先に突入させた。
 指揮官のこの行動に全軍奮い立った。皆それに続き敵軍に雪崩れ込んだ。
「いかん、防御を固めよ!」
 それに対し敵の司令は必死に体勢を整えようとする。
「空母だ、空母を出せ!」
 それに従い本来は決戦用であった空母部隊がそこへ向かう。だが遅かった。
「空母を狙え!」
 アッディーンの指示が下る。敵陣に踊りこんだ全艦は空母に襲い掛かった。
 ミドハド軍の空母の攻撃射程は短い。防御も薄い。それはより多くの航宙機を搭載する為である。それが仇となった。
 オムダーマン軍の砲撃が次々に炸裂する。ミドハド軍の空母はそれに耐え切れず爆発していった。
「司令、空母部隊が!」
 参謀が叫ぶ。だがどうにもならない。空母はその数を瞬く間に減らし最早部隊といえる数ではなくなっていた。
 突入した部隊がそのまま突き抜ける。そこに前面にいた部隊が広範囲に一斉射撃を仕掛ける。
 内部を掻き回され混乱状態に陥っていたミドハド軍にこれに対する力はなかった。その砲撃で大きく数を減らした。無数の白い光が銀河を照らしそして消えていく。
 そこに再び艦隊が突入する。今度は司令部に突撃する。
「旗艦を狙えっ!」
 アッディーンの腕が振り下ろされる。それに従いオムダーマン軍はミサイルを放った。
 そのミサイルが餓狼のように襲い掛かる。ミドハド軍の艦艇はそれを必死に逃れようとする。
「全艦退避行動に移れ!」
 だが間に合わない。忽ち数艦にミサイルが命中する。そして真っ二つに別れ銀河に消えていく。
 そして旗艦にも命中した。艦橋に衝撃が走る。
「総員退艦!」
 司令の指示が下る。
「閣下もご一緒に!」
 部下達が司令にも艦を脱出するよう言う。だが彼はそれに対し首を横に振った。
「私はいい。あと副司令はいるか」
「はい」
 副司令が前に出てきた。彼はこれから退艦するところであったのだ。
「指揮権を君に移譲する。そして全艦に伝えてくれ」
「はい」
「降伏せよ、と」
「わかりました」
 数分後ミドハド軍の旗艦は爆発した。そしてミドハド軍は降伏を伝えてきた。
「どうされますか?」
 ガルシャースプは艦橋においてアッディーンに対して問うた。
「決まっている」
 アッディーンはそれに対して微笑んで答えた。
「サハラの戦士は白旗に対しては攻撃しない。快く受諾する」
「わかりました」
 こうしてこの宙域での戦いは終わった。ミドハド軍は武装解除されオムダーマン軍の監視下に置かれることとなった。
 その監視に一部の兵を置くとアッディーンはさらに進撃を命令した。今度は残るもう一方の艦隊に対してである。
「このままの勢いで一気に叩き潰すぞ!」
 彼は全軍に伝えた。そしてそれに従い軍が動く。
 艦隊は補給基地に向かった。敵艦隊は陽動でそちらに向かった。ならばそこにいると考えられたからだ。
「敵艦隊は発見したか」
 アッディーンは進撃しながら艦橋で情報参謀に対して問うた。
「はい、今偵察艦より報告がありました」
 参謀は答えた。
「どうだ?」
「はい、今ここよりすぐの場所におります。進路は補給基地側です。そして我等の存在には気付いていない模様です」
「そうか。好都合だな」
 アッディーンはそれを聞くと不敵に笑った。
「アタチュルク提督とコリームア提督に連絡はとれるか」
「はい」
「そうか。ならば伝えてくれ。すぐにミドハド軍の攻撃に向かってくれとな。敵の側面を衝くように」
「了解しました」
 そして艦隊はさらに動きを進めた。やがて敵艦隊が見えてきた。
「まだこちらには気付いていないようですね」
 ガルシャースプはモニターを見ながら言った。
「ああ、好都合だな」
 アッディーンもそれを見て言った。
「よし、全艦砲門を開け、まずは一斉射撃だ!」
 全艦それに従い砲門を開いた。そして距離を詰める。
「全艦射程に入りました」
 参謀の一人が伝える。
「よし、撃て!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされた。それと同時に光の帯が集まり壁となり放たれる。
 それは敵艦隊の背を強烈に叩いた。瞬く間に敵はその数を大きく減らした。
「閣下、敵です!」
「何っ、第五惑星のところにいたのではなかったのか!」
 彼は敵の思わぬ襲撃に思わず叫んだ。
「どうやら我が軍を破ったようです、そうとしか思えません!」
「クッ、アッディーンめ・・・・・・」
 彼はその言葉に歯噛みした。
「すぐに攻撃に移れ、全艦反転!」
 反転しすぐに攻撃に移ろうとする。だが反転する時に隙が生じた。そしてそれを見逃すアッディーンではなかった。
「フン、隙だらけだ!」
 彼はそこにさらに攻撃を命じた。反転行動中で攻撃の出来ない敵艦隊にさらにビームが襲い掛かる。
 そして再び光の壁が打ちつけられる。それはミドハド軍にとっては死神の壁であった。
 それが終わるとアッディーンは全艦に突撃を命じる。そこに敵の横から新たな部隊が姿を現わした。
「右に敵艦隊!」
「クッ、補給基地を襲っていた連中か!」
 司令は舌打ちした。彼等はそのままミドハド軍の横っ腹に食いつかんと迫り来る。
「よし、全艦我に続け!」
 その艦隊の先頭を行くコリームアが叫んだ。彼は真っ先に敵の部隊の中に踊り込んだ。
「コリームア提督の部隊を援護せよ。全艦砲門を敵に向けよ!」
 アタチュルクは友軍を援護するように言った。そして彼の部下達はそれに従いコリームアの艦隊が突入するところに砲撃を浴びせた。
 後方と側面、両方から突撃を受けたミドハド軍は壊滅状態に陥っていた。最早それは戦闘と言えるものではなかった。
 撃沈される艦、降伏する艦が相次いだ。しかしその中でも果敢に戦う者達もいた。
「まだだ、まだ負けたわけではない!」
 突入するオムダーマン軍の前にいる一隻の戦艦の艦長が叫んでいる。
「敵の攻撃に耐えよ、そして反撃の時を窺うのだ!」
 彼は部下達に命令する。砂色の髪に鳶色の瞳を持つ均整のとれた身体つきの人物だ。顔は美男子といってもよいだろう。
「アガヌ艦長、司令からのご命令です!」
 オペレーターが叫んだ。
「何だ!?」
 彼は名前を呼ばれそれに顔を向けた。
「全艦退却せよ、とのことです」
「そうか」
 彼はそれに対し少し消沈した声で応えた。
「ことここに至っては止むを得んな」
「損傷の激しい艦から戦場を離脱するように、無傷の艦はその退却の援護をするように、とのことです」
「了解した。ならば一人でも多くの友軍を助けるぞ!」
「ハッ!」
 部下達はその言葉に対し敬礼した。
 ミドハド軍は撤退を開始した。まずは損傷の激しい艦から戦場を離脱していく。
「逃がすな、一兵残らず撃破せよ!」
 オムダーマン軍はそれを追おうとするが出来ない。ミドハド軍の防衛は思ったより固かった。
「特にあの戦艦の動きがいいな」
 ニアメは前線で友軍のフォローをしながら戦う一隻の戦艦を指差して言った。
「はい、敵ながら見事です」
 彼の副官もそれを見て言った。
「あの艦の艦長は誰だ」
 それはミドハド軍の司令からも見えていた。
「フラーグ=アガヌ大佐です」
 参謀の一人が答えた。
「そうか、アガヌ大佐か」
 彼はその名を聞いて頷いた。
「この戦いで生き残ることが出来れば名のある人物になるだろうな。見事な動きだ」
 彼の乗る旗艦も戦場を離脱した。そしてミドハド軍は戦場から完全に撤退した。
 サルチェス星系における戦いは終わった。参加兵力はオムダーマン軍が約一五〇万、ミドハド軍が約二二〇万、損害はオムダーマン軍が十万に達しなかったのに対してミドハド軍の死傷者は六十万を越えた。そして多数の捕虜を出しサルチェス星系をオムダーマン軍に明け渡す結果となった。
「敵は何処に撤退した」
 アッディーンはガルシャースプに尋ねた。
「ケルマーン星系に向けて撤退しているようです」
「そうか、ケルマーンか」
 彼はそれを聞いて頷いた。ケルマーンはサルチェスから見て北西、斜め下にある。前方にはミドハドの要地であり今回の侵攻において両軍の主力が激突すると考えられるジャースク星系が控える。
「あの地に逃げ込んだということは」
「おそらく予備戦力になるか、若しくは敵主力と合流するつもりであると思われますね」
「そうだな。では我々のとる方法は一つだ」
「はい」
 ガルシャースプはアッディーンの言葉に頷いた。
「ここに最低限の治安維持の為の兵力だけ置きそれ以外はすぐにケルマーン星系に向かうぞ。全軍進撃だ!」
「ハッ!」
 こうしてアッディーンの艦隊は再び進撃を開始した。そして幾多の星が彼等の動きを見守っていた。 

 

第一部第七章 壁と鉄槌その一


壁と鉄槌
「オムダーマンとミドハドの戦局はどうなっているか?」
 モンサルヴァートは近頃そのことばかり考えていた。
「ハッ、サルチェス星系がオムダーマンの手に落ちました」
 ベルガンサが答えた。
「そうか。速いな」
 彼はそれを聞いて顎に左の指を当てて言った。
「あの方面は確かアッディーン中将が受け持っていたな」
「はい」
「あの男、戦えば必ず勝っている」
「今のところは」
 ベルガンサは少しシニカルな声で言った。
「勝敗は戦争の常です。何時までも勝ち続けることは出来ません。何時かは負けるものなのです」
「そうだな。カール流星王もそうだったしナポレオンもそうだった」
「彼等は戦争に頼り過ぎましたから」
「戦争は政治の一手段に過ぎない、ということか」
「そうです、本来は物事の解決を図るにあたり戦争はその一つに過ぎません」
「それに頼り過ぎるのは危険ということか」
 モンサルヴァートは考える目をして言った。ベルガンサの言葉は十九世紀より欧州において常に言われていたことである。
「そうです。我々にしろ武力のみでこのサハラ北方を手に入れていっているわけではないですし」
 実際に彼等は武力でこのサハラに入り込んでいる。だがそれよりも政治外交に長けた彼等は巧みな外交政策によりこの地を侵食していっているのだ。武力侵攻をする方が少ない。
「あの連合を御覧になって下さい。彼等は内部であれだけいがみ合っていても武力衝突だけはしておりません」
「そうなったら交易も金融も何もかも破綻しかねないしな」
 彼等にとってそれは甚大な損害である。それよりも政治的、経済的に圧力をかけたりする方が遥かに効果的なのだ。これはアメリカや中国の常套手段であった。自分達の言う事を聞こうとしない小国にはこうして圧力をかける。だがそれに唯々諾々と従う国も当然ながら極めて少なく彼等は別の大国をバックにしたり小国同士で同盟を組みそれに対処する。彼等の行動は二十世紀後半の環太平洋地域におけるそれと殆ど変わってはいない。
「まあ彼等は内に宇宙海賊等を持っていて実戦経験は豊富なようですが」
「だが国同士の戦争は絶えてない、と」
「そうです。我々とも武力衝突には結局至っておりませんし」
 彼等にとってそれは幸運であったと言ってもよかった。
「今のところはな。彼等はまとまった軍すら持っていなかったし」
「ですが連合軍ができました」
「それだ。どうやらそのおかげで宇宙海賊は益々掃討されていっているらしいな」
「中には投降する者も出ている位らしいですね」
「そして戦力はさらに拡充されるということだ。ただでさえあれだけの戦力を持っているというのにな」
「彼等の動きが気になりますか」
「当然だろう。気にならない筈がない」
 彼は答えた。
「若し彼等がその兵をこちらに向けてきたらどうなる。ニーベルング要塞群が抜かれたとしたら」
「我々は窮地に陥りますね」
「そうだ。滅ぼされるだろうな」
「ですが彼等と我々が干戈を交えるにしても少し先のことになりそうですね」
「何故だ!?」
 モンサルヴァートはその言葉に対し問うた。
「今彼等は統一された兵制及び装備、システムの確立に必死です。とても外に目を向けられる状況ではありません」
「そうだったな」
 彼はその言葉に対し頷いた。
「それに彼等の中でも意見が分かれています。これまで通り開拓地を拡げていこうと主張する派と中央政府の権限を拡充させようと主張する派の二つに。どちらの意見が主流になるかで彼等の動きも変わりますよ。そしてそれから実際に動きを開始するでしょうし」
「エウロパの政党のようになっているのだな」
「はい」
 エウロパにおいては大小多くの政党が存在する。もっとも彼は軍人であるので政治のことを学んではいても積極的に関わろうとは思わない。選挙には行くが。
「政党政治が悪いは決して思わないが」
 彼は考え込みながら言った。
「やはり決定に時間がかかるというデメリットは否定できないな」
「それは一千年以上も前から言われておりますね」
「ああ。だが根本的な解決は一向に見られないな」
「ですが独裁政治なぞよりは遥かにいいでしょう。サハラの一部にまだ残っているような」
 サハラは群雄割拠の状況であり実際にそうした国もあるのだ。連合の中にもいささか強権的な国家元首がいないわけではないが彼等は独裁者ではない。
「我々も中央の権限はかなり強いがな」
「ですが独裁政治などではありませんよ」
「それはわかっている」
 彼は答えた。
「だが連合が我々に矛先を向けてきたら危険だぞ」
「まあニーベルング要塞群を粉砕しようとはするかも知れませんね」
「それだけで充分過ぎる程だがな」
「ですが結局それまででしょう」
 彼は静かな口調で言った。
「何故だ?」
「我々の領土は彼等にとってさして魅力的ではないからです」
 彼は冷徹ともとれる声で言った。
「我々の領土にあるものは全て彼等も持っています。個人所得こそは我々の方が多いですが」
「さして気にならないということか」
「確かに彼等と我々の対立は一千年に渡るものですがそれでも攻めるメリットがないのです。彼等は欲しいものがあれば開拓すればいいのですし。若しそれ以上のものが欲しいならば」
「サハラを攻めるか」
「そういうことです」
 ベルガンサは答えた。
「まとまっている我々を攻撃するより彼等を攻撃する方が容易ですしね。それに資源は彼等の方が遥かに持っておりますし」
 サハラは戦乱に明け暮れているがその眠っている資源はかなりのものだと言われている。エウロパの侵攻もそれを狙って、という一面もある。
「ですがそれも全て暫く後の話です」
 ベルガンサは再びそう言った。
「今は彼等の行動をシュミレーションし、その対策を考えているだけでよろしいでしょう」
「今のところはそれでいいか」
「はい」
「では上層部にはそう進言しておこう」
「お願いします」
「この件はこれでいいな。ところでサハラに話を戻そう」
 彼は話題を変えた。
「オムダーマンとミドハドの戦いだがな」
 モンサルヴァートの顔がさらに引き締まった。
「率直に聞きたい」
「はい」
「あの戦いはどうなると思う?」
「そうですな」
 ベルガンサは暫く考えた後口を開いた。
「兵力においては確かにミドハドが有利です。しかし」
「しかし?」
「勝敗はそれだけで決まるものではありません」
「そうだな」
 彼はその言葉に頷いた。
「オムダーマン軍は補給路も確保しております。アッディーン中将の艦隊にしてもサルチェスの補給基地を押さえております」
「あれは大きいだろうな」
「はい、彼の行動は迅速ですがその実補給を常に心がけております」
「そういえばカジュール侵攻においても補給路の確保は怠っていなかったな」
「そうです。あの作戦はそれを見抜けなかったかジュールが迂闊でしたが」
 あの戦いにおいてアッディーンは確かに疾風の様な動きを見せた。だがそれは補給あってのものだったのだ。彼はカッサラを起点としてカジュールの補給基地を陥落させていき二つの要塞を抜いたのである。
「そして今度はサルチェスを足掛かりにして攻めるというわけか」
「そのようですね。おそらく彼が次に向かうのは」
「ケルマーン星系だろうな」
 モンサルヴァートはベルガンサが言う前に言葉を発した。彼もサハラのおおよその地理は掴んでいる。
「おそらくは」
「そして後方から回り込み友軍を援護する。そう考えているだろうな、彼は」
「そうでしょうね。ですがそうそう上手くいくとは限りません」
「ミドハドにも意地があるだろうしな」
「そうです。しかしこの戦いで勝利を収めたならば」
「彼の戦功にまた一つ輝かしいものが加わるということだ」
 モンサルヴァートは言った。そして二人はその場を後にした。彼等も暇ではない。作戦行動がなくとも山の様な書類が彼等の決裁を待っているのだ。
 

 

第一部第七章 壁と鉄槌その二


 山の様な書類の決裁を抱えているのはモンサルヴァートだけではなかった。連合中央政府国防長官である八条もそれは同じであった。
「ではこれを広報部に渡してくれ」
 彼は決裁が終わった宣伝に関する書類を秘書官の一人に手渡した。連合軍は徴兵制ではない。連合を構成する国々はどれも徴兵制は連合設立と共に廃止している。これは二十世紀から軍の立場が相対的に弱まったこともあるが連合においては対外戦争は絶えてなく宇宙海賊に対するものであったから特に多くの兵を必要としなかったのである。そして元々人口が多い為志願制だけでもかなりの兵が期待できたのだ。
 だからといって何もしないのでは兵は集まらない。志願制の軍隊は常に自分達のことを宣伝しなくてはならない。何処が長所かということを。これは一般の企業と同じである。そうでなければ多くの優秀な人材は集まらないのだ。
「日本にいた時もこれは変わらなかったな」
 八条は部屋に残るもう一人の秘書官を前に苦笑した。
「とかく居住設備の充実や食べ物の質の向上にもうるさいしな。地位や待遇のことも考慮しなければならない」
「最早軍が粗末な環境で我慢していいという時代ではないですからね」
 そうした話は一千年程前に終わっていた。アメリカ軍がその先鞭をつけたと言われているがそうしなければ軍全体の士気に関わるのだ。
「だがそれにかかる費用も莫大なものになってしまうな」
「しかし徴兵制にしてもそれは変わりませんよ。しかも士気は期待できませんし」
「そうだな」
 連合では軍人はあまり人気がある仕事とは言えない。軍人や役人になるよりは開拓地に行って大農園を起こすなり鉱山や油田を掘り当てるなり会社を興す方がよっぽど儲かるからだ。文才や芸術の才能があるとそちらに向かうし想像力があれば作家や漫画家になる。こうした風潮が連合独特の大衆文化のもとにもなっている。
「これで人材が集まってくれればいいのだけれどな」
「人は集まりますよ。それも多量に」
「それに元々の数もあるか」
 八条は自軍のことを頭に思い浮かべて言った。
「数が確保できているのは有り難いな。それだけで大きな力だ」
「はい」
 軍はまず数である。それは何時の時代も変わらない。
「だがそれはそれで問題が出てくる」
 彼はそう言うと手元にある書類を手にとった。
「後方支持も大規模なものになる。情報部と補給部、そして経理部のことだが」
「それに技術部もですね」
「そうだ、予想はしていたがここまで規模が大きいとことあるごとに支障をきたす恐れがある」
「そうなった場合我が軍にとっては破滅的な事態になりますね」
「そうだ。システムの整備もさることながら運営する人材も選ばないとな」
「そうですね」
「衛生設備のこともある。課題はまだまだ山のようにあるぞ」
「それからですね、軍を動かせるようになるのは」
「そうだな、今はこれまで通り宇宙海賊の掃討しか出来ない。だが当面はこれでいい」
「はい」
「問題はその後だな」
 彼はそう言うと考える目をした。
「さて、この連合軍がこれからどう動くかだ」
 彼はそこで言葉を止めた。そしてその手にする書類の決裁をはじめた。

 舞台はミドハドに移る。サルチェス星系を手中に収めたアッディーンの艦隊は彼の言葉通りケルマーン星系に向かっていた。
「敵艦隊の情報は?」
 彼は情報主席参謀であるシャルジャー大佐に尋ねた。
「ハッ」
 痩せて学者のような風貌の人物である。三十代半ばであろうか。軍服よりは地味なスーツの方が似合いそうである。彼は司令の問いに敬礼をした後で答えた。
「ケルマーン星系に一個艦隊が確認されております」
「やはりな。そして今どうしている?」
「只今サルチェスより撤退した艦隊と合流し我が軍を待ち受けているようです」
「ふむ。おそらく彼等は予備戦力だったのだろうな。ジャースク辺りで行なわれるであろう戦いの為のな」
「そうであると思われます。そして我々への備えの意味もあったかと」
「そして今その備えになったというわけか」
「計らずもそうなったと言えるでしょう」
 シャルジャーは答えた。
「彼等を破りケルマーンを手に入れたなら友軍の大きな援護になるな」
「そうですね。敵の主力は後方を脅かされるのですから」
「今我が軍の主力は何処に展開している?」
「ジャースクに今入ろうとしていると思われます」
 鋭利な風貌の男が答えた。二十代後半であろうか。シャルジャーよりも長身である。
「ふむ、作戦参謀はそう見るか」
「はい」
 彼はアッディーンに対し答えた。
「ではシンダント大佐、貴官はジャースクでの敵の動きはどう予想するか」
 アッディーンはその作戦参謀の名と階級を呼んで尋ねた。
「おそらくはすぐに攻撃を仕掛けてはこないと思います。我が軍の主力の様子を見るかと」
「そうか。こちらに兵は向けては来ないと見るか」
「はい。ケルマーンにいる戦力だけで太刀打ちできると考えているでしょう」
「だろうな。数のうえから言っても」
 アッディーンは考える目をして言った。
「ケルマーンにいる艦隊もすぐには動かないでしょう。防御を固めているかと思われます」
「そして主力同士の戦いが終わった後に我等を叩く」
「おおよそはそう計画していると思われます」
「だが計画は計画だな」
 アッディーンはここで不敵に笑った。
「ケルマーンの敵艦隊の位置は確認できるか」
「はい」
 シャルジャーは答えた。
「よし、ならば我が軍は今より全ての交信を途絶する。そして識別信号も出すことを禁じる」
「ということはまさか」
「そう、そのまさかだ」
 アッディーンはシンダントの言葉に対して微笑んだ。
 そしてオムダーマン軍はアッディーンの指示通り動いた。そしてミドハド軍へと向かった。

 一方ミドハド軍はケルマーン星系の恒星ケルマーンを背に布陣していた。アッディーンの得意とする後方からの奇襲を避ける為だ。各惑星に索敵を徹底させ自らはそこで迎え撃たんとしていた。
「話は聞いている。見事な戦いだったそうだな」
 ミドハド軍の艦隊司令はアガヌに対し声をかけていた。サルチェスの戦いから逃げ延びた艦隊の司令は中将、彼は大将であるので艦隊の指揮は彼が執ることになっていた。
「いえ、私は何もしておりません」
 アガヌはそれに対して謙遜して言った。
「そんなことはない。貴官のおかげで多くの将兵が戦場から無事離脱することができた。これは貴官の功績だ」
「有り難き御言葉」
「これからの戦いでも期待しているぞ。ここで食い止めなければジャースクにいる我が軍の主力に危機が訪れるからな」
「ハッ」
 今ミドハド軍は恒星を背に防御を固めている。前方及び側方、そして上下の監視は怠っていない。
「相手はアッディーン中将だ、気は抜けないぞ」
「はい」
「おそらく今度も何かしてくるだろう。警戒を怠ってはいけない」
「そうですね」
 アガヌはその言葉に対し同意した。だが心の中で一抹の不安覚えていた。
「司令、御言葉ですが」
「何だ」
 司令は彼の言葉に対し顔を向けた。
「ここで布陣するにしても通信や識別信号は消され、場所を変えられた方がよろしいのでは?」
「オムダーマンに我が軍の存在を知られない為にか」
「はい」
 アガヌは頷いた。
「その必要はあるまい」
 だが彼はそれに対し首を横に振った。
「敵はおそらくここに向かって来るだろう。我々はそれを迎え撃てばいい。それに彼等が幾ら姿を消そうが我々のこの監視網の前には逃れられまい」
「そうでしょうか」
 残念なことにこの司令はオムダーマン軍の艦艇の隠蔽能力を甘く見ているところがあった。そしてアッディーンの能力も少し甘く見ていたかも知れない。
「我々は必ず彼等の存在を掴む。そして臨機応変に対処するだけでよいのだ」
「つまり防御に徹すると」
「そういうことだ」
 司令はそう言うと強く頷いた。
 

 

第一部第七章 壁と鉄槌その三


「心配は無用だ。恒星を背にしていては彼等も奇襲は仕掛けられない。そして兵力においても優勢にあるしな」
「はい」 
 だがアガヌは思った。それでもサルチェスでは負けたのだと。
 アガヌは司令の下を退いた。そして自分の艦へと戻った。
「危ないな、司令は油断されている」
 彼は艦長室に戻ると一人呟いた。
「アッディーン中将は必ず仕掛けて来る。おそらく我々の思いもよらぬところから」
 彼は壁に掛けられている立体地図を見た。それはこの星系のものである。
「そうやって今まで勝ってきたのだ。今度も必ずやって来るだろう」
 その目は強いが悲観した光を放っていた。
「だが問題は何処からか、だ」
 彼は恒星を見ながら言った。
「それがわからない限りはこちらとしても手の打ちようがないな」
 彼はその地図の上に駒を置いた。それは自軍の艦隊のものであった。
 それから二日経った。オムダーマンの艦隊の情報は一向に入って来ない。
「まずいな」
 アガヌは艦橋で一人呟いた。
「一体何処から来るかわからんぞ、これは」
 ミドハド軍は今前方を重点的に警戒して布陣している。左右及び上下には惑星がある為でもある。そちらの索敵を惑星の偵察基地に任せているせいでもある。
「確かに監視網に懸かった時点で対応しても間に合うが」
 彼は心の中に不吉なものが生じるのを感じていた。
「もし彼等がこの索敵網を既に潜り抜けていたならば」
 その時は恐ろしいことになると思った。
 それから数時間経った。やはり情報は何も入ってはこない。
「来ませんね」
 航海長が彼に対し言った。
「今のところはな」
 だが彼はそれに対しても厳しい表情のままである。
「だが必ず来る。それも思わぬところから」
 彼の言葉は当たっていた。アッディーンの艦隊はこの時彼等の右斜め下にいたのである。
「もうすぐ主砲の射程内に入ります」
 ガルシャースプがモニターを見ながら言った。
「よし、ここまでは上手くいったな」
 アッディーンはモニターに映る敵艦隊から目を離さない。
「他の艦艇はついてきているな」
「御心配なく。一隻の落伍者もありません」
「ならいい。では全艦に伝えよ、隠蔽をすぐに止めよ、通信も復活しろとな」
「ハッ」
 その指令は忽ち全艦に伝わった。全艦それに従い姿を現わす。
「よし、全艦一斉射撃。そしてそのまま一気に突き崩すぞ!」
「了解!」
 彼等はそれに従った。そして全艦の主砲からビームが一斉に放たれた。
「敵艦隊発見!」
 その艦影はミドハド軍にも発見された。
「何処だ!?」
 司令はそれを聞いて身を乗り出した。
「右斜め下からです、近いです!」
「何っ、まさか我が軍の索敵をかい潜ってきたというのか!」
「その様です、今膨大なエネルギー反応がしました!」
「何っ、まさか!」
 それが何か、わからぬ軍人はこの銀河にはいない。
「はい、駄目です、避けきれません!」
 最後の言葉は最早絶叫であった。オムダーマン軍の一斉射撃がミドハド軍を下から打ちつけた。
 忽ち数百の艦が撃沈された。エンジンを撃ち抜かれた艦が動きを制御できなくなりそのまま漂う。そして隣の艦にぶつかり共々爆発する。
 ある艦は艦橋に直撃を受けた。そしてその中を炎が荒れ狂い忽ち全ての乗員をその中に飲み込んでいった。
 オムダーマン軍は再び一斉射撃を仕掛けた。これは先制攻撃を受けたミドハド軍に対しさらに打撃を与えた。
「態勢を整えよ!」
 司令の指示が下る。ミドハド軍はそれに従い艦隊の編成を立て直し艦の向きをオムダーマンに向けた。
 だが遅かった。オムダーマン軍は二度の一斉射撃を終えるとそのまま突撃を敢行してきたのだ。
「全艦突撃せよ!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされた。それに従い全艦ミドハド軍にそのまま斬り込んだ。
 まずは光子魚雷を放った。魚雷は敵の間を跳ね回りその腹や背を撃つ。そして混乱したところにオムダーマンの艦艇が踊り込んだ。
「イエニチェリ発進!」
 アッディーンの指示が下る。そして新しく開発された航宙機イエニチェリが発進する。この出兵の前に配備されたものだ。攻撃力と機動性を重視した構造になっている。
 イエニチェリはミドハドの艦艇の間を編隊を組んで飛び回る。そしてまずは迎撃にやってきたミドハド軍の航宙機に向かう。
「よし、一機一機確実にやれ!」
 指揮官機から指示が下る。各機その言葉に従い散開した。
 そして編隊全機でもってまず先頭の機を撃つ。それから次の機を。見れば他の編隊とも協力している。
 ミドハド軍の航宙機は性能が高いことで知られている。だが先手を打たれているのと数の違いが出ていた。この宙域のミドハド軍には空母は少なかったのだ。その殆どをジャースクに向けていたのだ。
 それが裏目に出た。ミドハド軍の航宙機は忽ちその数を大きく減らし遂にはオムダーマン軍のイエニチェリに対抗できなくなってしまった。
「よし、今度は艦艇を狙え!」
 指示が下る。イエニチェリ部隊は敵のビーム砲座に対し散開しそれぞれ攻撃を仕掛ける。そして艦艇にダメージを与えていく。
「クッ、各砲座、何をやっている!」
 だが彼等とて必死だ。懸命に狙いを定める。しかし命中しないのだ。
「そうそう当たってたまるかよ!」
 イエニチェリの運動性能は極めて高かった。ビームを何なくかわし攻撃を仕掛ける。そしてミドハド軍の艦艇は次第にその戦闘力を減らしていった。
 戦局はオムダーマン軍に有利に進んでいた。ミドハド軍はやがて組織だった戦闘が不可能になっていった。
「クッ、ここでもアッディーン中将に遅れをとったか」
 アガヌはその数を減らしていく友軍を見ながら苦悶の声を漏らした。
「だがそうそう好きにはさせん。行くぞっ!」
 そう言うと自分の艦を敵の最前線に持っていかせた。
「まだ負けるわけにはいかん。主砲、一斉射撃!」
 それがオムダーマン軍の戦艦の一隻を撃沈した。
「ムッ、敵の反撃か?」
 それはアッディーンの旗艦からも確認できた。
「いえ、一隻だけです。どうやら組織立った反撃ではないかと」
 ガルシャースプがモニターを見ながら言った。
「だとしても骨のある奴だな。一隻だけで向かって来るとは」
「しかし一隻だけではどうにもなりませんよ」
「そうとは限らんぞ。カッサラでの俺のことを思い出せ」
「・・・・・・そうでしたね」
 彼は一隻で攻撃を仕掛けようとする敵の部隊の前に急行し一斉射撃でその動きを封じることにより戦局を変えている。戦局とはふとしたはずみで変わることもあるのだ。
「あの艦に攻撃を集中させろ、戦艦を数隻向かわせろ!」
 その言葉に従い数隻の戦艦が向かう。だがアガヌはそれに対しても善戦した。
「中々しぶといな」
 アッディーンはそれを見て思わず感嘆の言葉を漏らした。それ程までに見事な動きであった。
 しかし戦局はオムダーマン軍のものとなっていた。ミドハド軍は各所で寸断され各個撃破されていた。
「司令、これは最早挽回出来るものではないかと」
 旗艦の艦橋において副官が司令に進言した。
「・・・・・・そうだな」
 彼は腕を組み苦汁を舐めた顔で言った。
「全艦撤退だ。ジャースクまで撤退せろ」
「ハッ」
「そしてあの地で主力と合流することにしよう」
「わかりました」
 こうしてミドハド軍は撤退に移った。各艦反転し戦場を離脱していく。
「追え、逃がすなっ!」
 アッディーンの指示が下る。オムダーマン軍は追いすがり攻撃を仕掛ける。その前にアガヌの艦が立ちはだかる。
「そうはさせんっ!」
 そして友軍を一隻でも多く逃がさんと決死の援護攻撃を仕掛ける。そしてオムダーマン軍を寄せ付けない。
「またあの男か」
 アッディーンは彼の艦を見て再び感嘆の言葉を漏らした。
「敵ながら見事ですね」
 ガルシャースプもそれは同じだった。
「うむ。だがこれを放っておくわけにもいくまい」
 彼は右腕をゆっくりと挙げた。
「今度こそ確実に仕留めろ!」
 各艦の主砲が一斉に放たれた。その中の一つがアガヌの艦のエンジンの一部を撃った。これが決まりだった。
「行動不能です」
 機関長が報告した。アガヌはそれを聞いて黙って頷いた。
「ならばもういい。降伏しよう」
「はい」
 こうしてアガヌはオムダーマン軍に投降した。そしてこの星系にいるミドハド軍は彼の奮戦もありかろうじて戦線を離脱することが出来た。彼等はジャースク星系に向かって落ち延びた。
 ケルマーン星系での戦いも終わった。参加兵力はオムダーマン軍百万、艦艇一万隻、ミドハド軍は百六十万、艦艇一万六千隻であった。隠密行動を取り奇襲を仕掛けたオムダーマン軍の勝利に終わりミドハド軍は撤退した。この勝利によりアッディーンの艦隊はジャースク星系にいる友軍の主力部隊と合流することが可能となった。
「今回も勝ちましたな」
「当然だがな」
 アッディーンはシンダントの言葉に自身に満ちた笑みを浮かべて応えた。
「だがこれで終わりじゃない」
「はい、すぐにジャースクに向かいましょう」
「そうだ。ところで捕虜達はどうしている?」
 彼はそのことに対して尋ねた。
「今はカジュールにある捕虜収容所に送られていますが」
「そうか」
 後方参謀であるバヤズィト大佐が答えた。少し太めの大男である。
「この戦いが終わったらそちらに向かうとしよう。一人会いたい男がいる」
「そうですか」
「うむ。だがそれにはまず勝たなくてはな」
「はい。次に戦いで決まりますね」
 皆ガルシャースプの言葉に対し頷いた。
「よし、捕虜の護送部隊の他は全艦ジャースクに向かうぞ。そして友軍と合流だ!」
「ハッ」
 皆その言葉に対して敬礼した。そして一路ジャースク星系に向かった。

 ケルマーンの戦いのことはすぐにジャースクにいる両軍の間にも伝わった。これにオムダーマンの将兵達は歓喜しミドハド軍は消沈した。
「そして我が軍はどうなった?」
「いまこちらに向かっております。合流する為に」
 ミドハド軍の旗艦の艦橋では司令と参謀達は深刻な顔で軍議を行なっていた。
「そうか。その数はどのくらいだ?」
「八十万程です」
「随分手酷く痛めつけられたな」
「はい。そしてオムダーマン軍もこちらに向かってきております」
「そうだろうな。敵将はアッディーン中将か」
「その通りです」
「うむ・・・・・・」
 司令はその白いものが混じった口髭に手を当てながら考えた。そして決断を下した。
「布陣する場所を変えよう。バンプール星系との境だ」
 バンプール星系とは首都であるジャーハバードの一個前の星系である。そのを越えれば首都である。最後の防衛線と言ってよい。
「いざという時はあの場所に逃れられるようにな。そしてあの地を背にすれば奇襲を仕掛けられることもあるまい」
「そうですね」
 参謀達はその言葉に頷いた。
「こちらに向かっている友軍と合流が済み次第陣を移す。そしてそこで戦うとしよう」
「了解」
 皆その言葉に対し敬礼した。そしてミドハド軍は陣を移した。
 アッディーンは友軍と合流を果たした。二度の戦いに大勝利を収めた若き名将の合流にオムダーマン軍は喜びの声に包まれた。
 

 

第一部第七章 壁と鉄槌その四


「見事だ、よくここまで来てくれた」
 この侵攻の総司令官であるメフメット=マナーマ上級大将が笑顔で彼を司令部に出迎えた。頭の毛が少し薄い男である。長い間参謀畑を歩いてきており艦隊指揮の経験は乏しい。しかし慎重な性格がいい方向に向かい今回の侵攻においては的確に進めている。
「有り難うございます」
 アッディーンはその笑顔に対し敬礼を返した。
「貴官の合流は実に心強い。早速敵の主力を討つとしよう」
「はい」
 アッディーンは応えた。
「敵は布陣する位置を変えたそうだな」
 マナーマは参謀に対して尋ねた。
「はい、バンプール星系との境に移っております」
「そうか」
 マナーマはそれを聞いて頷いた。
「では我々も動くとしよう。そしてそこで彼等を叩く」
「それについて良い策があるのですが」
 ここでアッディーンが言った。
「それは!?」
 皆その言葉に顔を向けた。
「はい、それですが」
 彼は話しはじめた。一同それを聞くと大きく頷いた。

 ミドハド軍はバンプール星系との境に布陣した。オムダーマン軍はそれを追う形でやってきた。双方互いに向かい合って布陣している。
「やはりいるか」
 ミドハド軍はアッディーンの部隊を確認して言った。だが彼の部隊は後方に控えている。
「予備兵力ということでしょうか?」
「かもな。これまで三回の戦いを経ているし」
 ミドハド軍の司令官はそれを見て言った。
「だが彼の動きには警戒しろ。一体何をしてくるかわからんぞ」
「はい」
 彼等はオムダーマンの陣を見ながら話していた。
 戦いはまずはオムダーマン軍の前進からはじまった。ミドハド軍はそれに対し主砲を向ける。
「撃て!」
 指示が下る。それと同時に両軍は砲撃を開始した。
 最初は互角であった。だが数の差が次第にものをいってきた。
 オムダーマン軍はアッディーンの艦隊を入れて六個艦隊である。対するミドハド軍は合流した兵力を含めて七個艦隊になる。この差は大きかった。
「ここでは勝てるかもな」
 戦局はミドハド軍に有利に進もうとしていた。彼等はここぞとばかり攻勢を仕掛けてきた。
「主砲一斉発射!」
 司令の腕が振り下ろされる。それと共に光の帯が放たれる。
 オムダーマン軍はそれに対して徐々に退きはじめた。ミドハド軍はさらに攻撃を強めていく。
「よし、どんどんやれ!」
 勢いづいた彼等はそのまま押そうとする。オムダーマン軍はそれに対し退くばかりである。
「勝てるな」
 ミドハド軍はそう感じた。そして攻撃の手を緩めなかった。
「上手い具合に進んでいますね」
 それを見てほくそ笑む者がいた。アッディーンである。
「ああ。まさかこうまで順調にいくとはな」
 彼はガルシャースプ達の言葉に対し頷いた。彼等は後方で待機しながら戦局を見守っているのだ。
「動くとしたら今ですかね」
「いや、まだだ」
 アッディーンは獲物を見る猛禽類の目をして笑った。
「まだまだ引き付けてもらわなくてはな。動くのはそれからでよい」
「そうですか」
「だが動く時は一気に動くぞ」
 彼の目が光った。
「そして戦局を一気に決める」
「はい」
 彼等はまだ動かなかった。そして戦いを黙って見ていた。
「アッディーン中将の部隊は動きませんな」
 ミドハド軍の参謀は後方で沈黙している彼等の部隊を見て言った。
「うむ。どうやら本当に疲れきっているのかもな」
 司令もそれを見ながら言った。
「だがそれはこちらにとっては好都合だ。何しろ彼には本当に今まで散々やられたからな」
「はい」
「よし、総攻撃だ。このまま戦いを決めるぞ!」
「ハッ!」
 ミドハド軍は攻撃の手を更に強めた。オムダーマン軍はまたもや退きやがてアッディーンの部隊のすぐ前まで来ていた。
「よし」
 アッディーンはそれを見て頷いた。
「全軍動くぞ。右に行く」
「はい」
 艦橋に集まっていた幕僚達は皆頷いた。
「今こそ勝機、勝利は我が手に!」
「ハッ!」
 アッディーンの部隊は突如として動いた。友軍の後ろを右にかけていく。
「アッディーンの中将の部隊が動きました」
 それはマナーマの司令部からも確認された。
「そうか、遂にな」
 彼はそれを見て満面の笑みを浮かべた。
「よし、もうすぐ戦局が変わるぞ。もう暫く持ち堪えろ!」
「ハッ!」
 オムダーマン軍は活気づいた。そしてその守りをさらに固めた。
 これはミドハド軍も確認した。だが彼等はたかをくくっていた。
「フン、今更動いても遅いわ」
 彼等はアッディーンの部隊を見ながらせせら笑っていた。
「もう戦局はこちらのものだ。精々無駄なあがきをするんだな」
 彼等はアッディーンの部隊が友軍の援護に入るものだと思っていた。だがそれは違っていた。
 アッディーンの部隊は反時計回りに動いた。そして友軍と合流せずにそのまま前に出た。
「何!?」
 そしてミドハド軍の側面に来た。そこで艦首を一斉に左に向けた。
「今だ、撃て!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされる。そしてミドハド軍の横っ面をビームでおもいきり殴った。
「うわっ!」
 忽ち一千隻近い艦が爆発する。そして動きが止まった。
「大変です、側面から攻撃を受けました!」
 ミドハド軍はそれを受けて忽ち混乱状態になった。司令官もそれをはっきりと確認した。
「兵力を横に向けろ!」
 彼はすぐに指示した。そして兵の一部をアッディーンの部隊に向けようとする。
 だがアッディーンの動きは速かった。やはり反時計回りに動き攻撃を仕掛けながらミドハド軍の後方に回っていく。
「これは避けられまい」
 次々にビームやミサイルを放つ。そしてミドハド軍の艦艇を次々に沈めていく。
 これを見てオムダーマン軍の主力部隊も元気付いた。守勢から攻勢に転じ混乱するミドハド軍に突撃する。
「よし、今だ!」
「進め、今こそ勝機だ!」
 それに対し今度はミドハド軍が守勢に立たされた。次第に後ろに退こうとする。
 だが後方にはアッディーンの部隊がいる。彼は攻撃の手を一切緩めず彼等の背を撃ち続ける。
 やがて戦局は完全にオムダーマン軍のものとなった。彼等はミドハド軍を各地で寸断し各個撃破していった。
「これで決まりですな」
 オムダーマンの司令部で参謀の一人がマナーマに対して言った。
「うむ、流石だな、アッディーン中将」
 彼はアッディーンの名を呼んだ。事実この勝利は彼がもたらしたものだからだ。
 ミドハド軍は包囲されようとしていた。だが彼等はそれから必死に逃れようとする。
「横だ、横に動け!」
 司令が絶叫した。彼は挟み撃ちにされながらも逃げ道を咄嗟に見つけたのだ。
 そこは側面であった。そこはバンプールに続く。彼はそこに目をつけたのだ。
「全軍退却だ、バンプールまで退くぞ!」
 彼は指示を下した。そして自ら側面に飛び出た。
 後の艦もそれに続く。そしてミドハド軍は何とかオムダーマン軍から逃れた。
 オムダーマン軍はそれを追おうとしなかった。ただ彼等の逃げるに任せたのである。
「よろしいのですか?」
 幕僚の一人がマナーマに対して問うた。
「いい。もう勝負はついた」
 彼は謹厳な表情で言った。
「勝敗はついた。これ以上無益な損害を出すこともあるまい」
「ですがまだ首都での戦いが残っていますよ」
「首都か」
 彼は一言、呟くように言った。
「もう陥落したも同然だがな。我々はこれ以上の戦闘はなくミドハドの首都に入城することになるだろう」
「果たしてそう上手くいきますか?」
 幕僚達は皆首を傾げていた。
「必ずな」
 彼は答えた。
「さて、軍を集結させよう。まだ残敵がいるかも知れないし捕虜の処遇もあるしな」
「はい」
「よし、全軍集結だ、そして次の作戦に対して備えるぞ!」
 こうしてジャースク星系での戦いは終わった。参加兵力はオムダーマン軍約六〇〇万、艦艇六万隻、ミドハド軍は約七五〇万、艦艇七万五千隻であった。数に優るミドハド軍であったがオムダーマン軍の誘い込みと迅速な攻撃に対処しきれずこの戦いにおいても敗北した。兵力の三割以上を失いバンプールに退却することになったが最早士気も戦闘能力も絶望的なまでに落ちていた。それに対してオムダーマン軍は勝利により士気を高めただけでなく多量の物資も手に入れた。これにより彼等はミドハド軍の首都への進撃に向けて大きく動くこととなった。
「これでミドハドは我等の軍門に降りましたな」
 バヤズィトはアリーの艦橋においてアッディーンに対して言った。その顔は勝利でほころんでいる。
「おそらくな。だがまだ油断はできない」
 彼はまだ顔を緩めてはいなかったのである。
「首都は容易に手に入るだろう。問題はそれからだ」
「問題といいますと」
「主席のハルドゥーンだ。あの男は中々老獪だぞ」
 彼はどうやらハルドゥーンが何かしてくると考えているようだ。
「ゲリラ活動等ですか」
「その可能性も高いな」
 彼はバヤズィトの言葉に対し硬い表情のまま頷いた。
「首都は大人しく明け渡すだろうがな。おそらく故郷に帰りしつこく抵抗する筈だ」
「確か彼の出身地はブーシルでしたね」
「そうだ。ミドハドで二番目に大きな星系だ」
 ミドハドで最も大きな星系は首都星系である。ブーシルは土地も肥え資源も豊富な為首都星系の次に人口が多い。
「あの星系の首長はハルドゥーンとは密接な関係にあるしな。それに」
「あそこはサラーフと境を接していますね」
「そうだ」
 アッディーンはその言葉に対し頷いた。
「下手をすればサラーフが介入してくるぞ。彼等は今までミドハドとは犬猿の仲だったがな」
「近頃我等に対抗する為に接近しておりましたな」
「だからこそ警戒するのだ。今までは我等とミドハドの戦いを静観していたのだろうが」
「大局が決した今すぐにでも動きかねませんね」
「うむ。ブーシルに来られては後々面倒なことになるぞ」
 アッディーンは顔を顰めて言った。
「それだけは阻止しなくてはなりませんね」
「考えられるのはハルドゥーンがブーシルに臨時政府なり何なりを設立することだ。そしてそこにサラーフが彼等を助けるという名目で介入してくる」
「よくある話ですね」
「このサハラでは特にな。だからこそ警戒しなければならない」
 そこでシャルジャーがやって来た。
「司令、只今首都から司令に通達がありました」
「通達?何だ?」
 彼はそれを聞いて顔をシャルジャーに向けた。
「これをお読み下さい」
 シャルジャーはそう言うと一枚の書類を彼に手渡した。
「うむ」
 彼はそれを手に取った。そして封を切り読みはじめた。
「俺も大将になったか」
 彼は表情を変えず頷いて言った。
「えっ、大将ですか!?」
 艦橋にいた者はそれを聞いて皆ざわめきだった。
「特に驚くことでもないだろう」
 彼はそれに対し取り乱しもせず驚くこともなく応えた。
「何を言われるのですか、大将といったら凄いですよ」
「そうですよ、しかもその若さで」
 大将はオムダーマン軍においては元帥、上級大将に次ぐ地位である。その権限は中将と比べても比較にならず軍の最高幹部の一人と言っても過言ではない。
 しかもアッディーンはこの時まだ二十一歳である。その若さで大将というのは前代未聞のことであった。
「大したことではない、俺はただ戦いに勝っただけなのだからな。階級なぞ問題ではない」
「そうですか」
 彼等は司令官の落ち着いた様子に自らも落ち着きを取り戻した。そこにもう一つ通達が来た。今度はこの作戦の総司令官であるマナーマからだ。
「今度は何だろう」
 アッディーンはそれを受け取った。それはこれからの作戦行動であった。
「そうか、司令も気付かれていたか」
 彼はそれを読むと一言そう言った。そして艦橋にいる者達に対して言った。
「諸君、すぐにブーシルに向かうぞ」
「やはり」
 バヤズィトはそれを聞いて思わず言った。
「うむ。何やらあの星系で不穏な空気があるらしい。そして予想通り彼等も動こうとしている」
「サラーフですね」
「そうだ、連中は今ブーシルとの国境に集結中だという。一刻の猶予もならない」
「しかし今我等の艦隊は万全ではありませんよ」
 バヤズィトはいささか顔を暗くして言った。
「兵の三分の一がサルチェスやケルマーンにおります。それに物資の補給も必要です」
「我々の兵はすぐに交替させこちらに向かって来るそうだ。そして補給は今から至急行なわれるそうだ」
「またえらく急ですね」
「それだけ切羽詰っているのだろう。補給が済み次第すぐに向かうぞ」
「サルチェス等の兵は?」
「ブーシルで集結してくれとのことだ。とにかくすぐにあちらに向かってくれと言っておられる」
「そうですか。それでしたら」
「うむ。よし、全軍今から補給を受けるぞ、そしてそれが済み次第すぐにブーシルに向けて出撃だ!」
「ハッ!」
 こうしてアッディーンは大将になってすぐにブーシルへ向かうこととなった。そこにもやはり新たな戦いが待っていた。そして彼の戦いにまた彩りを加えることになるのであった。

第一部   完



              2004・4・27

 

 

第二部第一章 策略その一


                    策略
 オムダーマン共和国とミドハド連合の戦いはオムダーマンの圧倒的な勝利に終わった。ジャースクでの戦いに敗れたミドハド軍はこれ以上の戦闘は無意味と悟り武装解除、投降をはじめた。オムダーマン軍はそれを快く受け入れた。
 オムダーマン軍はミドハド連合の首都ハルツームに無血入城した。組織的な抵抗もなく彼等は悠然と降り立った。
 そしてそミドハド連合の降伏が調印された。オムダーマンの使者が到着し式は滞りなく行なわれた。結果ミドハド連合はオムダーマン共和国に吸収されその軍及び施設、官僚機構は全てオムダーマンに組み込まれることとなった。法も国家システムも段階的にではあるが全てオムダーマンのものとされることとなった。ここにミドハド連合はその歴史に幕を降ろすこととなったのである。オムダーマンはこれによりその勢力を大きく伸張することとなった。
 ただ問題があった。ミドハドの主席であるイマーム=ハルドゥーンの姿が見えないのである。今頃敵国の国家元首を裁判にかけたり処刑したりなぞはしない。その愚かさは二十一世紀でわかっていることであった。それに彼の国はもうこの銀河にはないのだ。
 しかし彼がまだミドハドを諦めていないなら話は別である。仮にもミドハドの元首であった男である。その影響は大きい。そしてその行動如何が混乱を起こす怖れもあった。
 オムダーマンの最も怖れることはそれであった。だからこそ彼の出身地ブーシルにアッディーンの艦隊を送ったのである。だが彼の所在はまだ掴めてはいなかった。
「問題は何処にいるかだな」
 オムダーマンは彼の所在について必死に捜索していた。
「首都に残ってはいないでしょうか」
 誰かがそう言った。
「それはないだろう。ここは彼の故郷ではない。隠れるには無理がある」
 ミドハドは多くの星系から構成される連合国家である。従って国民の帰属意識はそれぞれの出身星系に強く連合中央政府には弱かった。
「彼が首都に隠れることは出来ない」
 その通りであった。隠れるとすれば故郷であり地盤のあるブーシルしかないのである。
 しかしまだ見つからない。余程上手く隠れているようだ。
「こうなったら彼にも行ってもらうか」
 高官の一人がふと漏らした。
「彼といいますと」
 それを聞いた周りの者が言葉を止めた。
「特殊部隊に連絡を」
 その高官はそれには答えずそう言った。
「ハッ」
 すぐに一人が敬礼し部屋を出た。そして誰かが新たに呼ばれた。

「もう少し長引くと思ったがな」
 モンサルヴァートは司令部にある自らの執務室でオムダーマンとミドハドの戦争に関する資料を読みながら言った。
「ジャースクで終わりだとはな。もう一戦あると思ったが」
「将兵の士気が極端に下がっていたと聞いております」
 緑の瞳に金色の豊かな髪を持つ女性が答えた。
 見ればかなりの美貌の持ち主である。細長く形のいい顎を持つ整った顔立ちをしている。肌は白くまるで雪のようである。そして唇は薄く色は紅である。古の北欧の愛の女神フレイアの様な美貌である。
 その官能的で整った肢体を赤と黒の軍服で包んでいる。ズボンからでもそのスラリとした脚がわかる。
 彼女の名はエレナ=プロコフィエフという。エウロパ軍の中将にしてサハラ北方のエウロパ軍の参謀総長でもある。
 さる侯爵家の長女として生まれた。彼女の他に子はなく彼女は幼い頃より家の当主となるべき教育を受けた。この時代は相当保守的な家でも女子が家を継ぐ事を認めていたのである。
 士官学校に入り入学当初からその秀才ぶりを高く評価されていた。そして首席で卒業し参謀畑を歩んでいった。参謀本部等においてもその切れ者ぶりを遺憾なく発揮し瞬く間に昇進していった。そして先月このサハラのエウロパ軍に配属されたのである。冷静沈着にして広い視野を持つ人物として軍部では極めて評価が高い。
(私はさして女性に興味があるわけでないが)
 モンサルヴァートは彼女を見ながら思った。
 彼は特に女好きというわけではない。かといって男色家でもないが。普通に親同士が幼い頃に決めた許婚がいる。彼女はドイツの伯爵家の令嬢だという。彼はかっての名家とは爵位は持っていた。伯爵である。だから釣り合いのとれた婚姻であった。エウロパでは貴族制度が残っていた。これは容易には消せるものではなかったのである。
(やはり軍部で評判になるだけはあるな)
 それ程彼女の美貌は際立っていた。彼女はこのサハラの軍でも評判になる程の美貌であった。しかし彼女に声をかける者は実はいない。
「あれだけ完璧だとね」
 というのが理由だ。美貌の上に頭脳明晰、家柄もいい。隙がなさすぎるというのだ。人間とは完璧なものは案外好まないものなのである。
 人間的にも悪くはない。部下に優しく自分に厳しいと言われている。実際に彼女を慕う部下や士官学校の後輩は多い。
(まだ二十代後半だというがな。そのわりには人間ができている)
 そろそろ身を固めては、と言われる歳である。だが彼女はそれに対しては微笑みと共に断りを入れる。噂によると彼女も許婚がいるらしい。
(貴族の家にはよくあることだがな。結婚というものは元々は家と家を結ぶつけるものであったし)
 これはどの国においてもそうであった。とりわけエウロパは現在オーストリア王家として復活しているハプスブルグ家に代表されるように政略結婚が盛んであった。貴族達は常に家と家を結び付ける為に互いに婚姻を結んでいたのだ。
「士気の問題か」
 モンサルヴァートは軍事のことに思考を戻した。そして彼女に対して問うた。
「はい。三度に渡る敗戦によりミドハド軍の将兵の士気は著しく低下しておりました」
「だろうな。アッディーン提督にあれ程派手に破られてはな。だがまだオムダーマンに対抗できる戦力はあっただろうに。補給上の問題もなかった筈だしまだ挽回はできた筈だ」
「士気の他にもう一つ問題が起こったのです」
「それは何だ!?」
「上層部が早々と諦めてしまったのです」
「ハルドゥーン主席がか?」
「はい。彼はジャースクでの敗戦を知るとすぐに降伏を受諾するよう強く主張したということです」
 プロコフィエフは背筋を見事に伸ばしたまま言った。姿勢も完璧である。
「わからないな。彼はそんなに諦めのいい男ではない筈だが」
 彼は策謀家として有名である。執念深い一面もあるとも言われている。
 彼は何度か失脚している。選挙に敗れたこともあれば政争に敗れたこともある。しかしその度に甦り権力の座に返り咲いている。そして政敵に対し報復し裏切った者に対し復讐してきた。彼が主席の地位に着くまでに多くの生臭い政争や駆け引きがあったのである。
「今までの経緯があるからな。彼にしてはやけに諦めがいいな」
「姿もくらましましたし」
「そうだ。政府と軍に降伏を受諾するよう言ってな。それだけでも妙な話だ」
 普通は政府の首脳が条約に調印してはじめて降伏が成立する。だが彼はそれを首相に押し付ける形で何処かに消えてしまったのだ。これは外交儀礼上許されないことであった。
「あの男ならこの程度のことはやるにしてもだ。自軍を捨ててまで何故隠れたのだ?」
「それ以上の切り札があるのかと」
「切り札か」
 彼はプロコフィエフの言葉を聞き考え込んだ。
「軍以上の切り札か」
 少し考えられなかった。
「一体何だ」
「レジスタンスかと」
「レジスタンス!?」
 モンサルヴァートはそれを聞いて思わず声を上ずらせた。
「降伏したというのにか」
「認めなければよいかと。少なくとも彼は調印していないのですし」
「指示したとしてもそんな事は言っていないと言えば済むことだしな。あの男ならやりかねん」
 彼は顔を顰めた。
「しかしそれだと無害の市民まで被害に曝すことになる。まあそんなことを気にするような男でもないか」
 彼の権力志向の強さと今までの政敵へのやり方を見ているとそれはよくわかった。
「そうですね。それに彼等以上の切り札を持っていると思われます」
「それはまさか・・・・・・」
「はい、サラーフ軍です」
「やはりな」
 彼はそれを聞いて表情を暗くさせた。
「外国の軍を自らの権力維持の為に使おうというのか」
「歴史上よくあったことです」
「それはそうだが」
 それは売国奴と呼ばれてもおかしくない行為である。
「名目は何とでも言えますから。問題はありませんよ」
「しかし」
「彼には彼の言い分があるのでしょう。何を言っても無駄です。そしてそれにサラーフが乗った、それだけなのです」
「そしてミドハドはサラーフの属国になると」
「その時には彼はまた考えを変えるでしょうが」
「だろうな。食えない男だ」
 彼はそう言うと再び顔を顰めた。
「ですが国も人もそうして生き残る場合が多々あります」
「そうだったな」
 春秋戦国時代でもよくあったことである。とりわけ群雄割拠の状況においては。
「そうして生き残るか。だが上手くいくかな」
「そこまではわかりませんね」
「まあいい。それはあの男次第だ」
 モンサルヴァートはそう言うと席を立った。
「さて、これからの我が軍の行動だが」
「それについて私の意見をお聞きしたいとのことですが」
「うむ。何かしらよい提案があると聞いているのでな。悪いがわざわざ来てもらった」
 モンサルヴァートは態度をあらためて言った。
「各艦隊の司令官達にも来てもらっている。早速話をはじめたいのだが」
 その言葉と共に何人か入ってきた。
「長官、お呼びでしょうか」
 そこには八人の男がいた。
 まずはクライストとステファーノである。彼等はサハラ総督軍の第一及び第二艦隊の司令である。
 その後に六人いる。第三艦隊を率いるニコライ=ゴドゥノフ。顔を濃い髭で覆った筋骨隆々の大男である。くすんだ金髪に灰がかった青い瞳をしている。猛将として知られている。
 続いてホセ=ヴァン=マトク。砂色の髪に藤色の瞳をしている。かって僅か数百の艦で一千隻を越える敵艦隊と渡り合い守りきったことがある。防衛戦の名手である。彼はまだ二十代である。その名から貴族出身であるとすぐにわかる。
 トーマス=ターフェル。赤い髪の茶の瞳を持つこの男は歴戦の人物である。まだ三十代であるが多くの戦いを経てきた。彼はその経験に裏打ちされた指揮により勝利を収めてきた。
 シラノ=ジャースク。ダークブラウンの髪と瞳を持つこの人物はかなりの美男子で女好きでも知られている。だがその采配は意外にもバランスのとれたものである。
 ドミトリー=ニルソン。金髪碧眼の長身のこの男は勇将として有名である。かなり短気なことで知られ決闘沙汰も多く起こしている。だが家庭は大事にする。かなりの愛妻家である。
 最後にレナート=アローニカ。士官学校卒業後パイロットになりそこで活躍した。その経験からか彼は空母を使った作戦を得意とする。
 この八人が総督軍の艦隊司令である。彼等はそれぞれ名のある人物でありまた武勲も重ねている。
「諸君、よく来てくれた」
 モンサルヴァートは彼等が皆中に入ったことを確認すると彼等に対し言った。
「ハッ」
 彼等は一斉に敬礼した。皆階級は中将である。プロコフィエフと階級は同じである。
「参謀総長」
 彼はプロコフィエフに顔を向けた。
 

 

第二部第一章 策略その二


「はい」
 彼女はそれに対し敬礼した。
「皆集まった。それでは卿の話を聞きたい」
「わかりました」
 彼女は答えると手に持っていた一枚の地図を拡げた。そしてそれを執務室中央のテーブルに置いた。
 それはサハラ北方の三次元地図であった。ホノグラフィーで全ての星系が描かれている。
「まず今の我々の状況ですが」
 彼女は棒で赤く塗られたエウロパの勢力を指し示した。
「アガデス併合後その勢力はさらに大きくなっております。そして市民の入植も順調に進んでおります」
「それはいいことですな」
 ジャースクが言った。
「はい。ですが問題が一つ生じております」
 ジャースクの目が微かに光った。
「それにより北方のサハラ各国の反発が高まっております」
「それはいつものことだ。今更という気がするが」
 ゴドゥノフがその野太い声を出した。
「はい。それが一国ごとであれば問題はありません」
「一国ごとであれば、か」
 ターフェルはそれを聞くと顎に手を当てた。
「どうやら団結して我々に向かって来るということか」
「その動きが見られます」
 プロコフィエフはステファーノの言葉に対し言った。
「だが集まってもその総兵力は我等の半分程度。それ程怖れることもなかろう」 
 ニルソンはそれに対しいささか傲然と胸を張って言った。
「そうも言えないのではないか。もしここにハサンが介入してきたら」
 アローニカがニルソンに対して言った。ハサンは兵はあまり動かしたりはしない。交易に中心をおく彼等は無闇に兵を動かすことを好まないのだ。だがその兵力は決して無視できるものではない。その兵力はサハラにいるエウロパ総督軍を上回っているのだ。
「まさか。彼等が動くとは思えないぞ」
 クライストがそれに対して反論した。
「そうだな。今まで我々との交易に重点を置いていたのだ。今我々に刃を向けるとは考えられん」
 マトクもクライストの意見に賛同した。ここでモンサルヴァートが口を開いた。
「そう言い切ってよいとは思えないがな」
 彼はそう言うと一同を見回した。
「彼等もサハラの者だ。表向き我々を客として笑顔を向けていても内心ではかなりの敵愾心を持っている筈だ」
 サハラの者にとって彼等は侵略者だ。住んでいた星から追い出し自分達がそこに住む。忌むべき強盗である。
「彼等も思っている筈だ。いずれ自分達も侵略されるとな。これは事実だが」
 彼等はサハラ全土を自分達の植民地にすることを計画していた。これはサハラの市民達の権利を奪い蹂躙するものだという意見も多かったが結局はそれより僅かに大勢がこの植民の賛成した。
「そう考える彼等が我々に牙を剥いたとしても不思議ではない。むしろ今まで剥かない方が不思議だったのだ」
「・・・・・・・・・」
 彼の言葉を聞いた八人の提督達は沈黙した。
「そのことは常に念頭に置いて欲しい。さもないと急に足下をすくわれるからな」
「わかりました」
 彼等はその言葉に対し敬礼した。モンサルヴァートはそれを見て頷いた。
「わかってくれればいい。さて、参謀総長は続けてくれ」
「わかりました」
 プロコフィエフは頷き説明を再開した。
「その各国の動きですが」
 サハラ北方の北部、西部、東部は全てエウロパの領土となっている。本拠地は北部のアレクサンドリア星系に置かれている。かってこの星系はカイロという名でとある国の首都であったがエウロパに滅ぼされ彼等の領土となった。そしてアレクサンドリアに改名され総督府が置かれたのである。無論以前いたサハラの者達は追放されている。
「南部だな」
「はい」
 彼女はモンサルヴァートの言葉に対し頷いた。
 南部はその北方の残る三割程度である。アガデスも南部にあった。ここも次第にエウロパの手が伸びているのが現状である。
「アガデス併合に危惧を覚えた南部各国が団結しようとしているのです」
「今までは互いにいがみ合ってばかりだったというのにな」
 クライストが言った。彼の言葉通り南部各国もエウロパに対するよりも互いで争うことの方が多かった。これはサハラの特徴でありエウロパの侵攻もこれにつけ込んでいた。
「それが変わってきているのです」
「ふむ」
 アローニカはそれを聞いて思わず頷いた。
「我々の侵攻にようやく危惧を覚えたということか」
「人間は危険が目前に迫らないとわからないものだしな」
 ステファーノとジャースクが言った。
「そうした時は時既に遅し、という時が多いが」
 ニルソンは醒めた目で言った。
「そして今彼等はどう動いているのだ」 
 モンサルヴァートは再び尋ねた。
「今の段階では互いに連絡を取り合っている状況のようです。ですがその動きはかなり速いです」
「そうか」
 彼はそれを聞くと腕を組んだ。そして考える目をした。
「何かお考えだな」
 ターフェルはそれを見て思った。彼は考える時よく腕を組むのだ。
「マールボロ閣下は何と言っておられる」
 やがてモンサルヴァートは顔を上げた。そしてプロコフィエフに問うた。
「今のところは特に何も」
「そうか」
 彼はそれを聞くと頷いた。
「どうしますか?」
 マトクが尋ねた。
「動くのなら速いほうがよろしいかと」
 ゴドゥノフもそれにならった。それはモンサルヴァートもよくわかっていた。
「だが待て」
 彼は提督達を止めた。
「確かに敵は早く叩くにこしたことはない。だが速攻と拙攻を取り違えてはならない」
「ハッ」
「サッカーでも連合で盛んなベースボールでもそうだ。急ぐあまり雑な攻撃になっては無駄な損害を出してしまう」
 この時代でもサッカーやベースボールはある。細かいところは千年も経ているのでかなり違ってきているが。
「今は彼等の状況と地形を知ることの方が先だ。そして外交だ」
 ここで彼はプロコフィエフに顔を向けた。
「参謀総長」
「はい」
 彼女は落ち着いた声で答えた。
「卿はどう考えるか」
 彼女はその問いに対してその落ち着いて澄んだ声で話しはじめた。
「彼等が結託すれば確かに大きな勢力になります。おそらくその背後にハサン等が加わり我々にとって侮り難い勢力になってしまうかと」
「ならばすぐにでも」
「まあ話は最後まで聞け」
 モンサルヴァートはニルソンを窘めた。
「ハッ」
 彼女は話を続ける。
「ですがそれは確固たる連合になった場合です。一つ一つではさしたる脅威ではありません」
「ふむ」
 モンサルヴァートも提督達もそれはよく理解していた。
「よってこの場合まずは外交戦略により互いを対立させることがよろしいかと思います。そうすれば彼等は小勢力の集まり、一国ずつ倒していくのは比較的容易であると存じます」
「成程、外交で分裂させた後に各個撃破というわけか」
「はい」
「戦略の基本だな」
 モンサルヴァートはそれを聞き終えて言った。
「だがそれが一番いいな。よし、マールボロ閣下にそう進言しよう」
「お願いします」
「まずは同盟の動きを潰す。動くのはそれからだ、いいな」
「ハッ!」
 プロコフィエフと提督達はその言葉に対し敬礼した。モンサルヴァートはプロコフィエフの提案を彼女の名でそのままマールボロ提督に進言した。
「ふむ、流石はエウロパ軍きっての才女だけはあるな」
 彼はそれを聞いてニコリと微笑んだ。
「はい、私もそう思います」
 モンサルヴァートも彼に同意した。
「では本国の外交部と情報部にはそう打診しよう。すぐにスタッフが来るぞ」
「はい」
「彼女もこれに参加してくれるのだろうな」
「当然です」
「ならば良い。スタッフに美しい花がいるのは実にいいものだ」
 彼は頷きながら言った。
「私の妻と愛犬よりは落ちるがな」
「閣下、それは違うのでは」
 彼はそれを否定しようとした。
「ジョークだよ。私の国での嗜みだ」
 彼の国イギリスでは昔からウィットに富んだジョークが好まれる。これを解し操ることは知性のステータスシンボルの一つであり紳士としての嗜みであった。
「そうなのですか」
 モンサルヴァートの国はドイツである。昔からジョークには疎い。音楽や哲学に重きを置く。こうした文化風土はそうそう変わるものではなくいまだに残っていた。
「花といっても棘のある花だ。知性という棘のな」
「はい」
 これはわかった。今回の戦略においても彼女の存在は不可欠である。その洞察力と分析、状況判断力は大きな力になるだろう。
「その後は全て君に任せる。頼むぞ」
「わかりました」
 こうしてエウロパは再び動きはじめた。やがて南部に企業家やビジネスマン、船員達に混じって多くの工作員達が紛れ込んだ。彼等は闇に潜み暗躍を開始した。

 サハラの情報は連合にも伝わっていた。彼等はそれを新聞やネット、テレビニュースで知った。
「このアッディーンという人物は凄いようだな」
 時には冗談半分で、時には真面目に彼のことが語られるようになっていた。中には彼に断りなく刊行された研究本まであった。プライバシーというものを無視していい遠い国の人物の話なのでかなり好きなことを書いている。その内容はネットの書き込みと大差ないものであったが売れた。中々のベストセラーとなった。
「実際にはこの人はどういう人物なのですか?」
 八条も彼のことには関心があった。何しろ立て続けに武勲を挙げオムダーマンの力を増大させた人物である。興味がないと言う方が不思議である。
「私もよくは知らないのですが」
 八条の執務室にもう一人いた。黒と金の連合の軍服に身を包んだこの人物は壮年で口髭を生やしている。肌は浅黒いが黒人程ではない。サハラの者に似ている。
 彼はブワイフ=サルムーンという。トルコ出身の軍人であり階級は大将である。今は統合作戦本部にいる。
「幼年学校からすぐに軍に入りそのまま軍歴を重ねていたそうです。話によるとまだ二十を越えて数年程だとか」
「それで大将となったのですか。信じられませんね」
 連合においては階級の昇進はそれ程早くはない。戦争もないので当然であるがそんな彼等から見てサハラ各国やエウロパの軍人達の昇進の早さは信じられなかった。
「それだけ優秀であると見ていいのではないでしょうか。オムダーマンはご承知のとおり共和制でエウロパのように貴族制をとってはいません。それに戦う度に劇的な勝利を収めているのですから」
「カッサラでもカジュールでもミドハドでもですね。こうして見ると実に鮮やかですね」
 八条は手元にある資料を見ながら言った。
「はい。そのうえで補給や情報収集も忘れてはいません。そうしたバランス感覚も備えているようです」
「天才、ですかね」
「それはどうでしょう」
 サルムーンはそれに対しては異議を唱えた。
「まだわかりませんよ。彼は今のところ一提督に過ぎませんし。これからどうなるかわかりません」
 一瞬の煌きだけで終わることもよくある話である。そして以後は精彩を欠くということも。
「それはそうですが」
 八条は感じていた。この人物はより大きくなると。そしてこれ以上のことをすると。
「まあ今は遠いサハラの西の話ですね」
 サルムーンは言った。
「我々の影響になることは殆どありません。あちらの国々には中央政府の領事館さえ置いていませんし」
 連合はサハラの国とはあまり関係がない。東方のハサンとは国境を接しているだけあり交易も盛んで中央政府も各国も大使館や領事館を置いているがこの国だけである。他にはこれといって関係のある国はない。基本的に連合内だけで足りていた為これといって外に向けて積極的に外交や交易をする必要がなかったのである。
「ですね、今のところは」
 八条もそれに同意した。
「これからどうなるかはわかりませんが」
「そうですね。ただ」
 サルムーンは言葉を続けた。
「あらゆるパターンは考えていた方がいいでしょう。戦略として」
「はい」
 それは戦略の基本であった。
「サハラが彼のいるオムダーマンにより統一された場合も含め」
 八条が今言った言葉は後にある程度というレベルにおいて的中した。だがそれを知る者はいなかった。
「ですね。それもシュミレーションする必要があるでしょう」
 サルムーンはそれをあくまで起こりうる事象の一つとして考えていた。だがこれが後々になって生きる。
「今はハサンが健在であればサハラについては問題ありません。それを脅かすのはエウロパでしょう」
「ですね」
 彼等はここでもエウロパと対立関係にあったのだ。 
「しかしエウロパも何時まであのようなことを続ける気でしょう」
 サルムーンはここで顔を顰めた。
 

 

第二部第一章 策略その三


「あのようなこととは?」
「サハラ侵攻ですよ。幾ら人口が増え過ぎたからといって他国を侵略し住民を追い出しそこに移住するとは。あれではまるで強盗です」
「ほんの一千年前までそれが常識でしたよ」
 八条はそれに対して素っ気なく言った。
「しかしですね」
「それにより百億単位の難民が生じている、と仰りたいのですね」
「それもありますが」
 八条は比較的冷静だがサルムーンは何処か感情的である。普段は冷静な彼にしては珍しかった。
「それは彼等の身になって考えないとわからないことですよ。彼等は我々のように広大な開拓地など持ってはいないのですから」
「開拓地、ですか」
「はい。我々がこうして曲がりなりにも今まで武力による衝突も分裂もなく緩やかな連合体でこれたのはひとえに三方に続く未開の星系のおかげです。それがあるからこそ産業も科学も発達し人口も増えたのです」
 そうであった。衝突があっても別の星系に進出すればよく開拓を進める為に科学技術が発達し人口も驚異的な増加を果たしたのだ。連合の特徴はこの開拓地なくして語れない。未開の星系はまだ何十万光年も続いていると言われている。彼等にとってそこはあらゆる問題の解決口であり発展の源であったのだ。
「彼等にはそれがありません。もとはといえば我々の祖先があの場所に追いやったのですが」
「あの時彼等は歯噛みして向かったそうですね」
「はい。しかし個々の惑星はかなり恵まれたものでそれは喜んだらしいですが」
「しかしそれは限られていた、と」
「残念なことに」
 言葉は皮肉めいたものにも聞こえるが口調は淡々としたものであった。
「彼等にとってはあの地への侵攻は生きる為に仕方がないのです。それを道義だ何だので責めることは出来ませんよ。我々も同じ立場ならそうしたでしょうし」
「そうですか」
「残念なことですが。人間の歴史とはそうした一面もあります」
 八条は無表情のまま言った。
「それに我々も将来彼等やサハラの勢力と衝突する可能性もありますよ」
「そうですね。若しハサンが滅びそこにエウロパや我々にとって脅威となる勢力が現われたりしたら」
「その時は戦わねばならないでしょう」
 予防戦だ。あらかじめ脅威となり得る敵を強大なものとなる前に叩いておこうというものだ。
「たださしあたってはサハラ諸国との衝突はないでしょうが」
 八条は表情を穏やかなものにした。
「彼等は互いに争い、またエウロパに対抗しなくてはなりません。今のところは」
「はい」
「エウロパですがやはりブラウベルグ回廊が気になりますね」
 連合とエウロパの唯一の国境である。ここは長い間激しい睨み合いが続いている。
「ガンタース要塞群の防御をさらに強化しておきますか」
「そうですね、さしあたってはそうしましょう」
「わかりました」
 サルムーン大将はそう言うと退室した。八条はそれを見届けると電話を手にした。
「技術総監部へ」
 やがて技術総監部から誰かが出て来た。
「総監をお願いします」
 暫くして執務室に一人の男が入ってきた。
「只今参りました」
 少し浅黒いアジア系の痩せた四十代の男である。髪は黒く豊かである。顔も頬がこけ黒い目は知的な光を放っている。連合軍技術総監グエン=バン=チョム大将である。
 元々は軍人ではなく科学者であり技術者であった。大学院で工学の博士号をとった後ベトナムの兵器開発企業に入ったがそこで見込まれ軍にスカウトされた。そしてベトナム軍の技術将校となりそこで艦艇を主に開発していった。ベトナムの地理的状況に見事に適応した艦艇を積極的に開発しベトナム軍の兵器の発展に貢献した。連合軍設立にあたって彼の事を知る八条に招かれ技術総監となった。研究及び開発の為には寝食も忘れる程の熱心な男である。
「お待ちしていました」
 八条は席を立って彼を出迎えた。
「ではこちらへ」
 そして彼等は話をはじめた。国防省である八条は自身の椅子に座りチョムは机を挟んで彼と向かい合って立つ。
「艦艇の開発はどうなっていますか?」
 八条は率直に尋ねた。
「ハッ、まずは戦艦ですが」
 チョムは敬礼をした後答えた。
「索敵能力及びダメージコントロール、そして防御を重視した構造にしたいと考えております」
「宇宙海賊を重視してですか」
 八条は索敵及びダメージコントロールに注目して言った。
「そうです。彼等は何処から姿を現わすかわかりませんから」
 連合内における最大の脅威である。それは当然であった。
「巡洋艦も同じです。速度やワープ能力はこれまで通りですがやはり索敵やダメージコントロールを優先させた構造を計画しております」
「空母はどうなるのですか?」
「空母は艦載機の搭載を多くしたものにしていきます。今まではどの国の空母も多くて百機程でしたが二百機を考えております」
「それだとかなりの大型になりますね」
「はい。戦艦や巡洋艦もこれまでより大型なものにしていこうと考えております」
「火力はどうなるのですか?」
「火力も当然強化します。ただ空母は搭載を重視し正面に集中させます」
「ですね。空母の発着はどうしますか?」
「発着口を複数置きます。そこから十機単位で発着させます」
 それまで連合の多くの空母は後方に発着口を置き数機単位で発着していたのだ。
「砲艦やミサイル艦も同じです。大型化し火力と索敵能力、ダメージコントロールを強化していきます」
「駆逐艦もですね」
「当然です。そして各艦の速度を出来る限り統一させたいのですが」
「同時に行動できるようにですね」
「はい。そして補給艦及び揚陸艦の搭載量を増加させたいのですが」
「了解です。補給艦や揚陸艦もかなりの数が必要になりますね」
「はい。そして各艦には数機ずつ無人の偵察機を搭載できるようにします」
「念入りですね」
「敵の場所を知ってこその戦術ですから。索敵能力は高いにこしたことはありません」
「わかりました。他には何かお考えがありますか?」
「パトロール艦ですね。駆逐艦並の索敵能力にしこれまで一隻ずつであった行動を十隻単位で行動できるようにしたいです」
 パトロール艦は主に星系の防衛にあたる。他の艦艇が海賊の討伐にあたるのに対してこの艦は防衛が任務である。
「艦載機は今専門の開発チームを作っております。どうやら速度、火力及び装甲を重視したものになりそうです」
「重装備のものですか」
「はい。機動性よりも攻撃力と生存力を重視しているようです」
「成程」
 あくまでも連合の実情に合わせた開発である。彼等は海賊等を掃討するのを主な目的に置いている。そして速度を同一にすることにより同時に行動出来るようにしちえた。あらゆる事態に対応でき、数でも敵を圧倒することを考慮に入れていた。
「あと一つ考えがあるのですが」
「何でしょうか」
「破損した艦艇を修理する艦の事を考えているのですが。工作艦です」
 戦場で傷ついた艦艇を後方で修理する艦である。陸上戦における衛生兵のようなものである。
「個々の艦のダメージコントロールだけでは限度があります。こうした艦の存在は不可欠かと」
「わかりました。あとは後方基地の修理用ドックの増設もですね」
「はい」
 八条はやけにダメージコントロールにうるさい人だと思った。だがそれは正論であったので特に何も言わなかった。
「あとは・・・・・・これ位でしょうか」
「ですね。これだけでも連合の装備はかなり変わりますよ」
「陸上部隊のことはレイミー中将に聞いて下さい。私はあちらについては疎いので」
「わかりました」
「ところで私は一つ考えていることがあるのですが」
「何でしょうか」
「連合の象徴となるような兵器はないでしょうかね」
「象徴ですか?」
「はい。我が軍は設立されて間もないです。その心を一つに繋ぎとめるような象徴があればいいと思うのです」
「そうですね」
 彼はそれを聞いてふと考え込んだ。
「私の私見ですが」
 そう断ったうえで口を開きはじめた。
「戦艦か空母がよろしいかと存じます。それも巨大なものを」
「戦艦か空母ですか」
「はい。艦隊戦におけるこの二つの役割はかなり重要です。それを考えると妥当ではないでしょうか」
「確かに。それに電子、通信の設備を強化するのですね」
「そうです。艦隊全体の指揮及び統率が可能なように」
「成程」 
 八条はその言葉に頷いた。
「ですがそれはまだ進めなくてよろしいかと存じます」
「まずは他の艦艇及び艦載機ですね」
「そうです。全てが整ってからでも遅くはないかと」
「わかりました。それではそうしましょう」
「はい」
 次にレイミー中将が入って来た。黒に近い茶の髪のダークブルーの瞳を持っている。技術系とは思えぬ程の逞しい身体つきをしている。彼は陸上兵器の開発及び研究がその専門分野である。
「チョム大将からお聞きしたのですが」
 八条はそう前置きしたうえで話しはじめた。
「陸上兵器の開発はそうなっておりますか?」
「あまり順調とは言えません」
 彼は少し顔を顰めて答えた。
「全ての兵器において今何を重点に置き開発すべきか議論が別れているのです」
「といいますと」
「生存能力を重視すべきか機動性や攻撃力を重視すべきかで。今真っ二つに別れているのです」
「そうなのですか」
 これは兵器の開発においてはよくある話である。
「艦艇の場合は海賊を主な相手としておりますから用途がすぐに決まります。しかし陸上兵器となりますと」
「テロ組織はまた別ですからね」
「はい。特殊部隊の武装はまた別に開発しておりますが」
 この時代においてもテロ組織等に対しては専門の特殊部隊が必要であった。こうした狂気の輩にはそれ相応の対処が必要なのである。
「暴動の抑制は催涙弾で充分なのでこれは省きます。あらゆる地形に対応出来るような設計はもう同意しているのですが」
「生存性をとるか攻撃力をとるかですか」
「そうなのです。どうすべきでしょうか」
「そうですね」
 八条はレイミーに話を振られて考え込んだ。
「やはりここは」
 暫く考え込んで話しはじめた。
「生存能力を重視すべきであると思いますね」
「長官はそうお考えですか」
「はい。我が軍は志願制ですし。将兵の死傷者が多ければそれだけ志願者も減るというものです」
「志願者ですか」
「はい。志願者なくしては成り立ちませんからね。徴兵制は今更ですし」
 連合においてはどの国も志願制である。これはエウロパも同じである。
「そういったことを考えると生存性を重視する方がよろしいかと。我が軍は数はあるのですし攻撃力が多少不足してもそれは数で充分補えます」
「そしてその数を減らさない為にもですね」
「そういうことです。私はそう考えます」
「それではスタッフにそれを伝えましょう。おそらくそれで決まるかと思います」
「お願いします」
「わかりました」
 こうしてレイミー中将も部屋を去った。陸上兵器の開発もこれでおおよその開発方針が定まった。
 一人になった八条はあることを考えていた。
「入隊の年齢をどうするかだな」
 軍の入隊は若者が入るものである。従ってその年齢制限は他の職種と比べて遥かに厳しい。
「各国によって学制も異なるしな」
 これは致し方ないことでありあれこれと口出しできるものではなかった。
「今一般兵士は十八歳からか。これは問題ないな」
 彼はそれはすんなりと決めた。
「あとは士官学校か」
 連合各国にはオムダーマンや他のサハラ諸国のような幼年学校はない。これは軍事に対する考え方の違いである。
「学制の違いがあるからそうそう容易には決められないか」
 彼は各国の学制の資料を見ながら呟いた。
「ここは可変的にいくのが一番か」
 彼はあることを決めた。
 士官学校の入学年齢は下は十八歳からとした。これは各国の高校教育の終了年齢の一番下の年齢である。中には中学過程が五年で高校家庭が三年、二十歳になって終わる国もあるからだ。士官学校は大学扱いなので高校課程修了をその受験及び入学の最低条件としたのだ。尚各国の高校卒業の割合は何処の国も百に近い。
「そして上限だな」
 これは思い切って高くした。二十六歳までとした。
「これで志願者も増えるし多くの人材が集まるだろう」
 彼のこの士官学校の年齢制限は上手くいった。志願者が増えより多くの有望な人材が入って来たのである。
 連合軍は次第にその形を整えてきていた。だがそれはまだほんの序曲に過ぎなかったのだ。
 

 

第二部第一章 策略その四


 ミドハド軍を倒したオムダーマンは治安維持の艦隊を残しその殆どをオムダーマン本土に戻していた。カッサラには更に駐留する艦隊を増やした。
 ブーシル星系には特別に一個艦隊が留まっていた。アッディーンの率いる艦隊である。彼等はここでサラーフに備えると共にこの星系に潜伏しているであろうハルドゥーン元ミドハド連合主席を探していた。
「中々見つかりませんね」
 司令部を置いたブーシルの旧政庁でアッディーンの部下達は司令の前に集まっていた。
「どこにも見当たらないようだな」
 アッディーンも彼等の顔を見回して言った。
「はい。流石は狸親父と言われただけはあります」
 アタチュルクが顔を顰めて言った。
「一体何処に隠れたのか。本当に上手く隠れてますよ」
 シャルジャーの声は苛立っていた。情報参謀である彼にとって今の状況は我慢できないものである。
「苛立つ気持ちもわかるが」
 アッディーンはそんな彼等を宥めるようにして言った。
「ここは落ち着いて探してくれ。焦ると向こうの思う壺だぞ」
「はい」
 一同は彼のその言葉に気を少し落ち着けた。
「あと国境には気をつけておけ」
 アッディーンは表情を引き締めて言った。
「サラーフの動きが妙だからな」
「確かに。既に多くの工作員が入って来ているという報告もありますし」
 ガルシャースプが答えた。
「憲兵隊には抵抗組織と共に彼等にも警戒するよう伝えておけ。おそらく両者は繋がっている」
「はい」
 ガルシャースプはそれに対し敬礼して答えた。
「各惑星間の監視は厳重にしろ。おそらく奴は惑星間を転々としているぞ」
「わかりました」
 これに各分艦隊の司令達が敬礼した。
「とりあえずはこれでいいな」
 アッディーンは考え込みながら言った。
「はい」
 一同を代表してガルシャースプが答えた。
「だがこれだけではどう考えても不完全だ」
「ですね。これ位ではあの男は捉えることは出来ないでしょう」
「そうだ、やはり特殊部隊が必要だな」
 アッディーンは顎に手を当てて言った。
「今首都から派遣されようろしているらしいですけれどね」
「果たして誰が来るのやら」
「我が軍の特殊部隊はそれなりに優秀ですけれどね」
「それはそうだが」
 アッディーンはラシークの言葉に頷いた。実際にオムダーマン軍の特殊部隊は各国の間で定評がある。
「さて誰が来るか」
 アッディーンは考えた。ブーシルは陰の戦いの舞台となろうとしていた。

 当のハルドゥーンであるが彼は大方の予想通りブーシル星系に潜伏していた。
 市庁のある惑星である。その辺境の寒村である。
 そこは特にこれといった騒ぎもなくのどかで落ち着いた村であった。
 その中の一つの小屋。そこに彼は潜んでいた。
「オムダーマン軍はいないか」
 彼はその地下に息を潜めていた。
「はい、今のところは」
 彼の支持者であるその小屋の持ち主が言った。彼はこの村の出身で軍では将校をしていた。同郷のよしみで彼に取り立てられ大佐まで昇進したのだ。軍を退いて暫くは故郷で静かに暮らしていたがハルドゥーンが失脚し故郷に帰って来ると彼を匿ったのだ。
「ですが私の身元も調べられているでしょう。ここにも長くは」
「それはわかっている」
 彼は低い声で言った。
「今も警戒は厳しいが特殊部隊が到着するとこの比ではないだろう。今のうちに場所を移した方がよいな」
「そうされるべきかと」
「うむ。同志達は今どうしている?」
 ハルドゥーンは尋ねた。
「各地に潜伏しております。それぞれ時を窺っております」
「そうか、ぬかりはないな」
「はい」
 彼は頷いた。
「ではここから去るとしよう。今まで世話になったな」
 彼はそう言うと席を立った。
「では私も」
 彼はそれに従おうとする。
「駄目だ。君には家族がいる」
「しかし」
 彼はそれでもついて行こうとする。
「家族がいる者を入れるわけにはいかない。君に何かあれば奥さんや子供さん達はどうなるのだ」
「それは・・・・・・」
 彼は今は農業を営んでいる。家の重要な働き手だ。
「わかってくれたか。君の気持ちは受け取ろう。私は君のご家族が哀しむのを見たくはないのだ」
「わかりました」
 彼はそれに従った。ハルドゥーンはそれを見届けると階段に足を入れた。
「ではな。機会があったらまた会おう」
「はい」
 こうしてハルドゥーンはその村を後にした。変装し村を一歩出るとその左右を男達が取り囲んだ。
「行くか」
「はい」
 彼等は車に乗った。そして山の方に向かった。
「よろしいのですか?」
 彼を左右から警護する男の一人が問うた。
「何がだ」
「彼を連れて行かなくて」
「よい」
 ハルドゥーンはそれに対して素っ気無い声で言った。
「家族がある者は入れてはならぬ。いざという時にそれが足枷になる」
「そうですか」
「そうだ。何も失う者でなければ手駒にはならぬ。下手な愛情に縛られぬからな」
「わかりました」
「ところでサラーフは何と言っておる」
「協力を約束してくれました。まずは武器の供給です」
「そして特殊部隊の増援か」
「はい」 
 サラーフ特殊部隊は諜報部隊から入った者が多い。その為諜報活動に秀でている。
「これで幾らかは粘ることができるな。そしてその間にサラーフ軍がやって来る」
「そして彼等にオムダーマン軍を倒させるというわけですな」
「そうだ、そしてミドハドから奴等を追い出してわしが主席に返り咲く」
「その後でサラーフも追い出すと」
「よくわかっておるな、その通りだ」
 ハルドゥーンはその言葉を聞いてニヤリと笑った。
「ミドハドの復活はじきだ。そしてあのアッディーンという小僧に目にもの見せてやろうぞ」
「はい」
 彼等を乗せた車はそのまま山の方へ消えた。そしてそのまま何処かへ姿をくらました。 

 

第二部第二章 狐の登場その一


狐の登場
 アッディーンの艦隊がブーシルに駐留しハルドゥーンを血眼になって捜している頃カッサラに一人の若い男がいた。
 彼は港を降り立ちそのままミドハドに向かう船に向かおうとしていた。白い肌に黄色っぽい髪と黒い眼をしている。背は普通位でかなり痩せた身体をしている。顔は鋭利で引き締まり眼からは鋭い光を発している。
「ここからブーシルだとかなりの長旅になるね」
 彼は高めの鋭い声で隣にいる若い男に対して言った。
「そういうわけでもないですよ」
 その男は答えた。
「ブーシルは確かに辺境にありますがそこまでの道は開けていますから。案外速く到着することができます」
「そうだったのか。私は船旅を楽しめると思ったのだが」
「中佐、不謹慎ですぞ」
 彼はそれを聞いて顔を顰めた。
「そう怒るな、ウルドゥーン君」
 その黄色い髪の男はその男を宥めた。
「私もブーシルへ行く為に色々と準備をしておいたから」
「そうなのですか?私には遊んでばかりいたような気がしますが」
「それは君が私の一面しか見ていないということの証左だ」
 彼はウルドゥーンに対して言った。
「一面でそう見られるというのは人間として問題だと思いますが」
「人を一面だけで判断してはいけないよ」
「悪い一面だけで全てをぶち壊してしまう人もいますね」
「・・・・・・君も口が減らないな、相変わらず」
「中佐と一緒になってからです」
 ウルドゥーンは顔を顰めてそう言った。
「まだ士官学校を出たばかりだというのに世間ずれし過ぎている。それではいけないな」
「中佐と一緒になってからこうなったんですよ」
「何でも私のせいにするのはどうかと思うが」
「では何と言えばよろしいのですか?」
「やれやれ」
 彼はお手上げといった仕草をした後で彼に対して言った。
「例えば君の士官学校の時の先輩に悪いことを教えられたとか」
「私の期の上の方々は皆立派な方ばかりでしたよ」
「そうだったな。士官学校も落ちたものだ」
「中佐を反面教師としてらしたみたいですよ」
「それは心外だな、私みたいな真面目な人間を」
「何処が真面目なんですか。昨日の夜何処に行っておられました?」
「社会の勉強にね。軍人だからといって世の中を知らなくていいというものじゃないだろう」
「そう言っていつも夜の街に消えるんですから。ちょっとは慎んだらどうですか」
「大丈夫だよ、私をに害を為そうという愚かな奴はいないさ」
 彼はそう言うと不敵に笑った。
「油断大敵という言葉をご存知ですか?」
「いいや。実力がものをいうとは聞いているけれど」
「どうやら中佐は一度痛い目に遭われないとおわかりになられないようですね」
「私はそういった趣味はないのだけれど」
「冗談もいい加減にして下さい、さあ行きますよ」
「うん、ブーシルには可愛い女の子はいるかな」
「それしか考えられないんですか!?」
 二人は慌しく港に向かった。暫くしてブーシルに向かう便が宇宙に旅立った。

 サラーフ王国はサハラ西方で長い間最大の勢力を誇っていた。サハラ全体においてもその勢力は二番目にある。東方に勢力を張るハサン王国に次ぐ勢力で今まで西方の中心勢力として動いていた。
 その兵力も今までは他の西方諸国を大きく引き離していた。だが今は事情が異なる。急激に勢力を拡張してきているオムダーマンに並ばれようとしているのだ。
 首都アルフフーフ。ここには王宮の他政府の中枢が置かれている。この国は立憲君主制である。表向きは王の権限が強く王が首相を選ぶ制度になっている。といってもそれは形式的なものであり実際には議会が選んだ首相を王が追認している。
 その首相官邸に二人の男がいた。
「ブーシルに潜り込ませている者達からの報告はあったか」
 額の広い太った男が会議室で向かいにいる男に対し尋ねた。
「はい、今のところは順調のようです」
 サラーフの黄土色の軍服に身を包んだ男が答えた。
「今のところは、か」
「はい。問題は多々ありますから」
 軍服の男は言った。見れば髪も髭も銀である。彼は『サラーフの銀狐』と呼ばれる軍務大臣オストゥール=ハルージャである。もう一人の太った男は首相のムスタフード=サレム、サラーフ与党の領袖でもある。
「まずハルドゥーンの手中にある者達の規模がどれだけのものかいまだに把握できていないのです」
「多く見せている可能性もあるということか」
「はい。彼はそうしたことが得意ですから」
「そうだな。実際には全然いないということも有り得る」
「それは充分考えられることです」
 彼は目を鋭くして言った。
「あの男は信用なりません故」
「それは私もわかっている」
 サレムはそのたるんだ頬を歪めた。太ってはいあるが顔立ちはわりかし整っている。
「今まで我が国をどれだけペテンにかけてきたか。あの男は狡賢い」
「ですね。絶対に信用はできません」
 ハルージャもそれに同意した。サラーフはミドハドの外交に何度も煮え湯を飲まされているのだ。
「だからといって利用しないわけにはいかない。今はオムダーマンの方が脅威だ」
「はい、今や彼等は我々に匹敵する勢力を持つようになりました」
 彼は言った。
「人口及び兵力においてもほぼ互角です、まさかこんな短期間にここまで勢力を伸ばすとは」
「全てはカッサラからだったな。あの男が表舞台に現われてから」
「アッディーン提督ですね」
 彼の存在はサラーフにとっては今や目の上のタンコブであった。
「しかもそのブーシルにいるのはあの男だ」
「よりにって、というものです」
 二人は顔を顰めた。
「しかしあの男は艦隊戦には強いがゲリラ戦はどうなのだ?」
「今のところは何も。ただ宇宙海賊との戦いは見事だったようですが」
 カッサラ周辺の海賊掃討の情報は彼等にも届いていた。
「未知数というわけか。しかしオムダーマンの特殊部隊は手強いからな」
「はい、どのみちハルドゥーンにはより一層のテコ入れが必要です」
 ハルージャは言った。
「特殊部隊はそうして逐次潜り込ませていくか。ところで艦隊の方だが」
「はい、今二個艦隊をあちらに向かわせようと計画しています」
「国境にいる艦隊と合わせると三個だな」
「はい、ブーシルでハルドゥーンが蜂起した後隙を見て一気に侵攻させます」
「そしてそこからミドハドに入りハルドゥーンをハルツームに戻してやると」
「後は我々の傀儡政権です。思う存分こき使ってやりましょう」
「そこまで上手くいけばな」
 サレムはそれにはいささか懐疑的であった。
「さっきも言ったがあの男は狡賢い。それに向こうも我々を利用しようと考えている」
 元々そういった同盟である。オムダーマンの勢力が伸張した為互いに接近し敗れた後も彼等に対抗する為そうして兵を送ったりしている。ハルドゥーンとサラーフは完全に打算によって結び付いている関係であった。そもそもついこの前までは不倶戴天の敵同士であったのだ。
「それはお互い様ですけれどね」
 政治とはそうしたものである。
「実際には傀儡政権ではなくそのままミドハドを併合してもいいと思うのだがな」
「そうはなさらないのですか?」
「したいのだがハルドゥーンと約束してしまった」
「密約でしょう?破棄すればよろしいかと」
「陛下がお許しになられぬ」
 何だかんだ言ってこの国では国王の存在は無視できない。サラーフ国王は信義を破ることを好まなかった。それは国家の信用を落とすことになるからという理由からであった。
「陛下が。それは仕方がないですな」
「うむ。だがその後であの男がまた汚い手を使えば話は別だ」
「その時は何の躊躇もいりませんな」
「そういうことだ。では艦隊と特殊部隊は頼んだぞ」
「わかりました」
 こうして二人は会議室を後にした。そして暫くしてアルフフーフから二個艦隊がブーシルとの国境に向けて出撃した。
 

 

第二部第二章 狐の登場その二


 ハルドゥーンはブーシルの中枢に密かに潜り込んだ。そしてスラム街の木賃宿で密かに情報を収集していた。
「オムダーマン軍の動きはどうだ」
 彼は一室でノートパソコンを叩いている男に対して尋ねた。
「流石にこの一帯には目がいっていないようですね」
 男はモニターに映し出されたオムダーマン軍の警備状況や巡回の状況を見ながら言った。
「そうか。まさかわしがスラム街にいるとは夢にも思うまい」
 彼はそれを聞いて叶笑した。
「そうともばかり言い切れませんよ」
 後ろから声がした。サラーフから送られて来た特殊部隊の者である。
「ここにも鼠が数匹紛れ込んでおりました」
「本当か」
「はい、やり過ごしましたが」
「そうか、ではここも去った方がいいな」
 ハルドゥーンはそれを聞いて考え込んだ。
「おい」
 そしてノートパソコンを叩く男に声をかけた。
「同志達に伝えろ。場所を変えると」
「わかりました」
 男はキーボードを叩きながら答えた。
「何処にですか?」
「そうだな」
 ハルドゥーンはまだ暫く考え込んでいたがやがて顔を上げた。
「一先下水道に隠れよう」
「了解」
 下水道は昔からテロ組織や抵抗組織の有効な隠れ家であった。彼等はそこを拠点とし、複雑な迷宮を伝い奇襲を仕掛けてきた。
 それは今でも変わらない。連合にもエウロパにもテロリストは存在しこのサハラではそうした組織がモザイク状に入り組み存在しているが彼等は都市部においてはそうした下水道を使うことが多い。毒ガス等でいぶり出そうにもその前にそれを察して逃げてしまうことが多い為に効果はなかった。
 ハルドゥーン達は地下に潜伏した。以後彼等は一時的に活動を停止した。
「そして今もこのブーシルにいるということか」
 アッディーンは司令室で不機嫌な表情をして言った。
「我々が痺れを切らすのを待っているのでしょうか」
 ガルシャースプが首を傾げていた。
「だろうな。今サラーフの艦隊がこちらに向かってきているそうだ」
「国境には既に一個艦隊が配属されております」
「その艦隊と合流して侵攻してくるつもりだろうな」
「同時にハルドゥーン達も蜂起、ですか」
「そうだ。そしてこのブーシルからミドハドの復活が幕を開けるというわけだ。歴史的な名場面になるぞ」
 アッディーンの言葉はシニカルなものであった。
「俺達は忌むべき侵略者だ。それを追い出したハルドゥーンは堂々と凱旋する」
「救国の英雄として」
「そうだ、そしてその後サラーフとミドハドは盟友となりオムダーマンを征伐する。大方そんなところだろう」
「そしてその後はお決まりの内部分裂ですね」
「それを見る頃にはオムダーマンは少なくともこの旧ミドハド領から一兵残らず追い出されている」
 アッディーンは言った。
「今はハルドゥーンを先に始末するべきなのだがな」
「ですがその所在が掴めません」
「上手く隠れている。下手に強引な捜査や攻撃を仕掛けて民間人を巻き添えにしたら向こうの思う壺だしな」
「はい」 
 それはゲリラやテロリストの狙いの一つである。ナポレオンのスペイン侵攻においては農村を歩いていたら急に後ろから銃で撃たれる。そうしたことが続き疑心暗鬼になり一般市民をゲリラとみなし殺す。そうなると彼等はフランス軍を憎む。そしてゲリラに協力したり参加するようになる。最終的には彼等はフランスをスペインから追い出した。
 だがそれはナポレオンのロシア遠征の失敗とライプヒチの敗戦による失脚が要因であった。スペインでの泥沼の事態は確かにゲリラは彼を苦しめたが倒したわけではなかった。ゲリラによりスペインは大きな犠牲を払った。今エウロパの中央美術館に残されている当時のスペインの画家ゴアの絵にもそれは描かれている。
「ゲリラやパルチザンは同時に高度な外交や政治的センスを必要とする。チトーもそうだったな」
「ええ」
 チトーとは第二次世界大戦の時バルカン半島に侵攻したドイツ軍に対抗して戦った指導者である。彼はドイツへの抵抗組織を率いゲリラ戦術で彼等を苦しめた。彼は優れた戦術指揮能力を持っていたが同時に卓越した政治センスを併せ持っていた。
 連合国に侵略者ドイツと果敢に戦う自分達の存在をアピールしたのだ。それによりドイツ敗戦後は独立を勝ち取った。ソ連の介入に対しても強気でられたのはそれがあったからだ。そしてソ連に対しても臆することがなかった。離れていたことと大戦によるソ連の疲弊、そして自らの強さを陰に陽に主張したからだ。このチトーによりバルカン半島はユーゴスラビアという連邦国家として存在することができた。
「ハルドゥーンはそれも見越している」
「悔しいですがそうですね」
 アッディーンもガルシャースプもハルドゥーンの政治能力はよく知っていた。だからこそこのゲリラ活動に危機感を募らせていたのだ。
「もう暫くしたら各地でテロ活動が起こるぞ」
「ですね。将兵には警戒するよう通達しておきます」
 彼等の危惧は不幸にして的中した。数日後ブーシル各地で次々に突発的な爆発事故や将兵への襲撃が起こったのだ。
「早速きたな」
 アッディーンはその報告を聞いて顔を顰めた。死傷者も出ていた。
「現場の指揮官達から徹底した掃討を許可するよう要請が出ていますが」
「駄目だ」
 アッディーンはそれに対して首を横に振った。
「下手に民間人を巻き添えにすると事態はより悪化する。今は守りを固め自重しろと伝えよ」
「わかりました」
 そして数日が経った。被害は増える一方であった。
「現場の不満は頂点に達しております」
「そうか」
 彼はシンダントからの報告を受けていた。
「治安維持にあたる将兵達は精神的にも肉体的にも限界に達しようとしています。このままでは暴発するのも時間の問題かと」
「それはわかっている」
 彼はそう言うと席を立った。
「だがそれでも我慢をしてもらわなくてはならない」
 窓の方へ向かった。
「それにもうすぐ敵艦隊がこちらに到着する」
「はい」
「出撃の準備をしておかなければならないが」
「武器、弾薬及び燃料庫は厳重な監視のおかげで無事です。何度も襲撃を受けましたが」
「問題はこれからだ。運び出す時が最も危険だ」
「そうですね。特殊部隊の援助も頼みましょうか」
「特殊部隊はハルドゥーン達の捜索で手が一杯だろう。それは出来ない。そうだ」
 アッディーンはここであることを思い出した。
「特殊部隊の増援はどうなったのだ」
「それでしたら」
 シンダントはふと思い出し脇に抱えているノートを取り出した。
「予定でしたら明日到着ですね。約七千名」
「それだけいたらかなり心強いな」
「ですね。問題は指揮官ですが」
 シンダントじゃそこで顔を顰めた。
「誰だ!?」
 それはアッディーンも認めた。
「ハルヴィシー中佐です」
 彼は溜息を漏らすようにして言った。
「随分不満そうだな」
 アッディーンはそれを見て言った。
「閣下はご存知ないのですか」
「何をだ?」
「実は私は彼と同期なのですが」
「ではよく知っているな」
「ええ。悪い意味で」
 その言葉からは好感は全く感じられなかった。
「士官学校の頃から素行が悪い男でして。浪費家で女好きで有名でして」
「それ位何処にでもある話だと思うが」
「限度があるのです。門限破りもしょっちゅうでしたし美人と見れば誰彼かまわず口説きにかかるし」
「ドン=ジョバンニか?」
 モーツァルトのオペラである。演出はかなりおおがかりになっているがオペラは今でも上演される。モーツァルトはこの時代においても天才と称されている。
「そんないいものではありません。とにかく何に対してもいい加減な男でして」
「それでよく士官学校を退学にならなかったな」
「成績は良かったので。それも射撃や諜報活動は士官学校始まって以来だったとか」
「特殊部隊に入る為に生まれてきたような男だな」
「はい。ですが特殊部隊に入っても相変わらず酒と女に溺れているようです。全く同期の恥さらしですよ」
「だがそう言うわりには怒っていないな」
「まあ。彼には色々と世話になっていますし。一緒によく遊びましたし」
「ならいいじゃないか。で、ハルヴィシー中佐は何時来るのだ?」
「ええと・・・・・・」
 シンダントはノートを調べた。
「今日ということになっていますが」
「そうか。来ると思うか。どうも時間にはルーズなようだが」
「微妙ですね」
 その時ドアをノックする音が聞こえてきた。
「入れ」
 二人の男が入って来た。
「やっと来たな」
 シンダントは前にいるその男を見て顔を顰めた。
「おいおい、同期に対してやけに冷たいじゃないか」
 彼はそれに対して笑いながら言った。
「当然だろ。貴様を知っている人間で顔を顰めない者はいないぞ」
 シンダントは辛辣な言葉を出した。
「やれやれ。皆少しは内面というものを見て欲しいものだ」
「その内面を見て言っているのだが」
 シンダントの言葉は厳しさを緩めない。
「彼がハルヴィシー中佐か」
 アッディーンはそのやりとりを見てシンダントに尋ねた。
「はい。アスランより只今到着致しました」
 ハルヴィシーは敬礼して答えた。
「よく来てくれた。貴官の任務は聞いているな」
「はい。この星系にいるミドハドの抵抗組織及びそれと結託するサラーフ特殊部隊の一掃ですね」
「そうだ。わかってくれているようだな」
 実際アッディーンも不安であった。シンダントの話からは到底まともな人物とは思えなかったからだ。
「では早速取り掛からせて頂きたいのですが」
 ハルヴィシーの目が光ったのを見た。
「到着してすぐにか」
「はい。既にサラーフの艦隊がこの星系に向かっていると聞いていますし。彼等が来る前に倒しておきたいでしょう」
「それはそうだが」
 だが準備等もあるだろう、と言おうとしたその時だった。
「部下達に既に準備は整えさせております。要員は全て配置に着いております」
「もうか!?」
 これにはアッディーンもシンダントも驚いた。
「はい。ここに来る前に打ち合わせをしておきましたので。あとは私が現場に行くだけです」
「陣頭指揮をとるのか」
「そうです。連中を相手にするにはそれが一番ですから」
 ハルヴィシーは当然といったふうに言った。
「提督は敵艦隊に専念して下さい。ハルドゥーンは私が引き受けますから」
「頼めるか」
「はい」
 シンダントは一瞬アッディーンの顔を見た。そして彼の決断を知った。
「では頼む。貴官の言う通りこちらはサラーフの艦隊に専念させてもらう」
「わかりました」
 こうして彼等はそれぞれの敵へ向かった。ハルヴィシーはまずスラム街に入った。
「まずはここからだな」
 彼はその複雑に入り組んだ小路を見回して呟いた。
「ウルドゥーン中尉」
 そして隣にいるウルドゥーン中尉に声をかけた。
「ここにいるメンバーは誰だ」
「はい、サルダーン大尉とマナーム少尉、そして二人の部下十人程です」
「そうか」
 その声も表情もカッサラのようにふざけたものではなかった。、まるで全てを見抜くような鋭いものであった。
「彼等に伝えてくれ。まずはここを取り囲めと」
「わかりました」
 ウルドゥーンは携帯のメールを打った。
「あとは下水道だな」
 彼は考えた。
「チームを大きく二つに分ける。市街を固めるチームと下水道に入るチームだ」
「はい」
 彼はまたメールを打った。
「下水道に入る方は私が指揮を執る」
「中佐自らいかれるのですね」
「いつもそうしている筈だが」
「それはそうですが」
 ウルドゥーンは彼のその射抜く様な目に押されることはなかった。
「ではそれで問題ない」
「はい」
 ただ彼は指揮官自ら敵と対峙するのはいざという時指揮系統に問題が生じるのではないかと思ったのである。だがそういった心配を全く計算に入れないのがハルヴィシーである。
「ここを一通り洗ったら下水道に行こう。そして彼等を見つけ出すぞ」
「わかりました」
 二人はスラムを歩いて行く。そして多くの危険が迫って来るのを感じ、それを楽しんでいた。
 

 

第二部第二章 狐の登場その三


「サラーフが兵を動かしたか」
 それはエウロパにも情報が入っていた。
「はい、二個艦隊をブーシルに向かわせたようです」
 マールボロとモンサルヴァートが昼食を摂りながら話していた。
「サラーフも必死のようだな」
 マールボロはフォークとナイフでサハラ産の角牛のステーキを切りながら言った。
「このままですとオムダーマンが彼等に匹敵する勢力になってしまいますからね」
 モンサルヴァートはそう言うと同じくサハラでとれた紫葡萄のワインを口に含んだ。地球等にある葡萄で作ったワインよりもずっと甘い。
「そうだな。そうなっては彼等も何かとやりづらいだろう」
 二人はステーキを食べ終わった。そしてデザートが運ばれる。無花果のシャーベットだ。これは地球のものと同じである。
「それを阻止する為にハルドゥーンとも手を組んでいるらしいですね」
「相変わらずだな、奴も」
「はい。しかもミドハドの主席の座を諦めてはいません」
「その為には何でもするか。奴らしいと言えばそうだが」
 シャーベットを口にした。ザリッとした食感が歯に伝わる。そして甘さが口全体を覆う。
「かっての宿敵の手先になってまで権力が恋しいか。つくづく見下げ果てた男だ」
 マールボロは古い貴族の家で生まれ育っている為そうしたことを好まない。彼は古風な騎士道精神を重んじる男なのだ。それが如何にもイギリス人らしいと半分皮肉で言われようともだ。
「それは私も同意です」
 モンサルヴァートもそうした考えは持っている。
「しかしそれもまた人間の性ですからね」
「それは否定しない」
 だがマールボロはそれがわからない程人生経験が浅いわけでも愚かでもない。
「だが好き嫌いという観点から私が見ると」
「嫌いなのですね」
「そういうことだ」
 彼は口と目だけで笑った。
「私は世間知らずな男でね」
「そうは思えませんが」
 モンサルヴァートは彼の軽口に合わせた。
「軍に長い間いると世間とはどうしても乖離してしまう」
「閣下はそうは思えませんが」
「いやいや、この前一旅行先で切符の買い方を忘れていることに気付いてね」
 彼は趣味人でもある。旅行もその一つだ。
「御夫人がいつも買っておられたのですか?」
「いや、実はうちのも買い方を知らなかった。執事が全てしておったのだよ」
「それはまた」
「その執事がたまたま休暇でな。気付いたら私も妻も切符をどうやって買うのかわからなかったのだ」
 彼はその広い額に手をやりながら笑った。
「この禿頭は肝心なことは何一つ入ってはおらんのだよ」
「それとこれとは関係がないと思いますが」
 モンサルヴァートは苦笑した。実は彼はジョーク等には疎いのだが彼と会ううちにそれを解するようになってきていた。
「いやいや、物事を常に考え過ぎると髪の毛が抜けると言うじゃないか」
「単に遺伝の問題では」
「確かに我が家は先祖代々この頭だが」
「増毛とかはなさらないのですか?他にも治療方法はありますが」
 禿の治療方法は既に八百年前に確立されている。水虫もである。
「そういうのはあまり好きではないんだ」
 彼は苦笑した。
「髪の毛は先祖代々かからな。今まで誰も増やそうとしなかったし私もそういったことは好きじゃない」
「そういうものですか」
「うん。大体歳と共に自然と抜け落ちていくものだしな。個人差はあるが」
「とある役者は二十代から増毛していますがね」
「ハハハ、彼は見栄っ張りだからな」
 二人はエウロパで人気のとある二枚目俳優のことを話題にした。彼はデビュー当時から頭髪が薄かったが不思議と禿ない。だが髪の量が増えているので皆真相はわかっているのだ。本人もそれを知らないふりをしている。
「さて、と。私のこの眩しい頭の話はこれでお終いにしよう」
「はい」
「今回の作戦の進行状況はどうかね」
 彼はプロコフィエフが中心になって進めているサハラ北方各国に対する作戦の進行状況について尋ねてきた。
「ハッ、それですが」
 モンサルヴァートは敬礼をして答えた。
「只今プロコフィエフ中将が中心に各国の分断工作を進めております」
「そうか。それは順調かね」
「はい、今のところは」
「ならばいいがね。一つ気になる話を聞いたのだ」
「何でしょうか」
「メフメット=シャイターンという男を知っているかね」
「いえ」
 モンサルヴァートは首を傾げて答えた。
「そうか。私もよくは知らないのだが何でもサハラ南方からやって来た男らしい」
「サハラ南方からですか」
 南方はサハラにおいても特に複雑かつ障害の多い地形として知られている。そして各星系の勢力が強い。その為主導的な大国がなく多くの小国が互いにいがみ合っているのだ。
「そうだ。そこで傭兵隊長をしていたらしい」
「傭兵隊長・・・・・・」
 連合やエウロパにおいて傭兵というものは存在しない。志願制による市民兵を採用している。彼等の勢力を考えるとそれが最も妥当であった。
 だがサハラ各国は違う。殆どの国が徴兵制を採用し互いに争っている。それだけで足りない場合は傭兵を雇うのだ。
 オムダーマンやミドハド等の西方では傭兵はあまり使われない。これは彼等の国が傭兵を好まないからである。理由は徴兵した兵士達の方が信用がおけるという判断からである。それにそこまで兵士には困っていなかった。
 だが南方各国は違う。それぞれ小勢力で時には複数の敵を相手にする場合もある。従って徴兵された兵士達だけではなく傭兵を雇う場合もあるのだ。戦乱の続くサハラである。エウロパに追い出された者達もいる。傭兵のなり手には困らない。
 金は当然かかる。しかも彼等は忠誠心が薄く形勢不利となればすぐに逃走するか寝返ったりする。しかし背に腹は替えられず彼等を使うのだ。傭兵はハサンでも見られる。だが僅かである。
「何か歴史的な響きのある呼称ですね」
「そうだな。だが実際にサハラ南方ではいるからな」
「そしてその傭兵隊長が何をしているのでしょうか」
「彼等の存在価値は一つしかないさ。我々に対抗し戦う為だ」
「そしてその数は」
「二百万程だ。そこに正規兵を合わせると五百万程か」
「それならあまり怖れる必要はありませんね、戦力だけを考えると」
「問題はそこではないと」
「はい。そのシャイターンがどういう人物であるかが問題です」
 彼は目の光を鋭くさせて言った。
「私は今まで傭兵と戦ったことはありませんし。それにシャイターンという男がどういう人物か全く知りません」
「敵を知り己を知れば、という考えか」
 マールボロは孫子の言葉を引用した。この時代にも孫子の書は残っている。
「そういうことです。彼の情報を知りたいのですが」
「それだが少し待ってくれ。外交部も情報部も今データを集めているところだ」
「そうですか」
「一つわかっていることは彼もかなり若いようだ。まだ二十代だという」
「傭兵隊長としてはでしょうか?」
「そうだな。大体四十代か五十代の年期のある働き盛りがなるらしいからな」
「そうですか」
「彼については暫くしたら情報が入るだろう。悪いがそれまで待ってくれ」
「はい。作戦発動は各国を分断させてからと考えていましたし」
 モンサルヴァートは言った。
「ならばそれまでは訓練と物資の確保に専念してくれ。頼んだよ」
「ハッ!」
 モンサルヴァートは答えた。食事の席なので敬礼はしなかったが強い声であった。

 数日後シャイターンのデータがアッディーンに届いた。彼は自分の執務室でプロコフィエフ、ベルガンサ等と共にそれを開いた。
「さてと」
 まず顔写真であった。見ればかなりの美男子である。
「顔はいいな」
 古風な顔写真であるがそれからでもよくわかる。黒い髪を後ろに撫で付け顔の形は鋭利である。まるで古代ギリシア彫刻の様に彫が深く引き締まっている。黒い眼は細めで多少吊り上がっている。
「だが」
 モンサルヴァートはその顔に少し妙な感じを覚えた。何処か陰があり邪な感じがするのだ。
「妙だな。これ程整った顔立ちの男でこうした雰囲気を感じるのは」
「美形悪役というのは漫画でも小説でもよくありますが」
 参謀のひとりモナコ中佐が少しおどけた声で言った。
「中佐」
 生真面目なプロコフィエフはそれを嗜めようとする。
「いや、いい」
 モンサルヴァートはそれを制止する。
「気品があるが何か険があるなと思ってな」
「確かに。見たところ生い立ちもそれ程悪くはないですが」
 生まれはサハラ南方の宗教家の家である。この時代のサハラの宗教はイスラム教がベースであるが昔と比べると多くの宗派が存在している。エウロパにあるバチカンですらかなり変貌し古代ギリシアや北欧の神々を取り入れていることを考えるとそれも当然であるがその中には聖職者を設けているものもある。かってはシーア派にも存在していたがその宗派はスンニーの流れを汲んでいるようだ。それで聖職者が存在するというのも驚くべき変化であった。
「だが待て。この宗派は確か聖職者の妻帯を許していなかった筈だ。しかも彼の父は大司教だぞ」
「あ・・・・・・」
 一同はモンサルヴァートの言葉にハッとした。
「ということは・・・・・・」
「そうだな。私生児ということになる」
 そこでモンサルヴァートは別の資料を出した。
「成程な」
 それを見てまずモンサルヴァートが頷いた。
「聖職者の腐敗というのは大なり小なり何時でも何処でもあるらしい」
 彼の父は神学校を卒業後司教になったがそれは自らの栄達の為であった。そして彼は権謀術数の限りを尽くして出世し大司教にまでなったのだ。
 その間彼は贅を楽しんだ。美食と荒淫を好み多くの愛人を持った。
 その愛人の一人との間に生まれたのがメフメット=シャイターンであった。彼は形式上は大司教の弟ということになってはいる。
「そうした弟がこの大司教には何人もいるな」
 彼は長男ということもあり軍人になった。だが士官学校に入るのではなく傭兵となった。
「あの若さで傭兵隊長となったのは父の後ろ楯があったからでしょうか」
「そのようだな。裏で多くの金が動いたようだ」
 モンサルヴァートは資料を読みながらプロコフィエフに対して答えた。
「だがそれからは全て自分の力だからな。傭兵の世界はそうだと聞いている」
 その通りであった。正規軍と傭兵は違う。全ては金と隊長の力による。
「見たところその力もあるようだな」
 彼はそれなりに戦いを積んできているが敗北はまだない。それどころかその兵力は次第に増えていっている。
「父親の資金力も関係しているようですけれどね」
「確かにな。後ろ楯に宗教があると何かとやりやすい」
 それは昔から変わらない。
「だがそれを上手く活かすのはやはり実力だ」
 モンサルヴァートは言った。
「兵士は金で集められる。だがそれを繋ぎとめるには能力が必要だ」
「そして彼にはその能力があると」
「そういうことになる」
「事実参加した全ての戦いにおいて武勲を挙げていますね」
 サハラ南方も戦乱に明け暮れている。その中で彼は戦うごとに功績をあげている。
「それに謀略も得意なようだな」
 モンサルヴァートはふと目を停めた。
「他の傭兵隊長の部隊を乗っ取ることが多いが。その際に暗殺や買収を上手く使っている」
 それも傭兵の世界ではよくあることだった。権謀術数に長けていなくては傭兵隊長は勤まらないのだ。
「それで以って勢力を拡大していっている。褒められたものではないが」
 モンサルヴァートの整った顔が微かに歪んだ。
「ここには二百万の兵をもって来ていますがまだ多くの兵を持っているようです」
「そのようだな。五百万といったところか」
 彼等はシャイターンの持つ傭兵隊のデータを見ながら言った。
「さて、その二百万だが」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「それでどう戦うのかな。お手並み拝見といこう」
 今聖杯の名を冠した若き名将と砂漠に潜む魔王の対決がはじまろうとしていた。
 

 

第二部第三章 魔王その一


                  魔王
 モンサルヴァート達が情報を収集しているその男、メフメット=シャイターンは今サハラ北方諸国の一つブワイフ共和国にいた。
「ようこそ、ブワイフに」
 黒く装飾されたブワイフの大統領官邸で彼は大統領等政府要人達と会談していた。
「いえ、同じサハラの同胞の危機を見過ごすわけにはいきませんから」
 彼はありきたりの社交辞令で礼に応えた。
「それよりもエウロパの動きはどうなっていますか」
 低く、それでいて透明感のある声である。男らしいが何処か女性的な響きも含まれている。
「はい、それですが」
 大統領は話しはじめた。
 彼の話によるとエウロパは外交や謀略により同盟諸国の切り崩しを図っているという。既に一国同盟から切り離されようとしているという。
「動きが速いですね。もう切り離しが成功しようとしているとは」
「はい、残念なことに」
 ブワイフの要人達はうなだれて答えた。
「エウロパは昔から外交や謀略には長けておりました。だからこそ我々は彼等の進出を許してしまったのです」
「先のアガデスもそれにより倒されてしまったようですね」
「はい」
 アガデス滅亡の件はシャイターンもよく知っていた。
「エウロパは一千年以上前にアラブを侵略した時から謀略を得手としてきました」
 これはそのアラブの民を祖先とする彼等サハラの者にとっては忌々しい歴史であった。
「哀しいことに我々は今もそれに悩まされております」
 シャイターンの言葉は何処か宗教家めいていた。
(やはり大司教の息子であることはあるな)
 要人達の中の一人がそう思った。だがそれを口には出さなかった。
「しかしそうした屈辱の歴史も終わる時が来たのです」
 彼は厳かな口調で言った。
「今彼等を打ち破れば我等は再び我等の地に住むことが出来るのです」
 あえて誇張して言った。
「その為にはまずこの戦いに勝たなければなりません」
 ここで彼はブワイフの要人達の目を見回した。
「その為に何を為すべきか・・・・・・」
 言葉を一旦区切った。
「おわかりですね?」
「はい」
 彼等はまるで催眠術にかかったような様子で答えた。そしてこの会談によりブワイフは今回の作戦の全権を彼に委託することとした。

「ブワイフはこれでよし」
 ブワイフの港に泊めてあるシャイターンの旗艦イズライールの個室に彼はいた。
 見ればかなり大型の艦である。外装は漆黒でありながら豪奢であり一見軍艦とは思えない。だがその装備は重厚でありサハラの他の艦よりも遥かに重装備である。
 またエンジンがかなり大きい。それから見るにこの艦が攻撃力と機動力に秀でた艦であるということがわかる。
 彼の部屋は豪華な装飾で飾られていた。まるでオスマン=トルコのスルタン=カリフの部屋のようである。
 所々に宝玉がありベッドは絹の天幕である。椅子もテーブルも極めて高価なもので彼が手に持つ杯は水晶である。
 彼はそこで絹の服に身を包んでいた。軍服も似合うがこうした装飾の多い服も似合っている。
「あの国を抑えれば他の国も順調にいく。諸国の軍事を全て手中に収めるのはここ数日で出来るな」
 彼は杯をテーブルに置いて言った。そこに紅のワインが注ぎ込まれる。
「ご苦労」
 彼はそこにいる侍女の一人に声をかけた。
「エウロパを破れば私の名はさらに上がる。それからここに居つくのも悪くはない。いや」
 ここで彼はニヤリ、と笑った。
「ここに私の勢力を築いておくとこれからがやり易いな」
 まるで魔界の覇者の様な顔であった。整ったマスクにえもいわれぬ邪悪さが差し込んだ。
「閣下」
 不意に扉を叩く音がした。
「入れ」
 彼は部屋に入るよう言った。一人の少年兵が入って来た。
「ハルシーク様がお話したいことがると来ておられますが」
「そうか」
 彼はその言葉に頷いた。
「すぐに行こう。服を持て」
「はい」
 彼は侍女に服を着替えさせた。そして軍服に身を包むと少年兵に案内され艦の作戦室に向かった。
「よく来てくれた」
 彼はそこに立つ壮年の男を見て微笑んだ。
「はい」
 そこにいたのは鋭利な顔立ちのやや小柄な男であった。シャイターンと同じ軍服を着ているがマントは羽織っていない。彼はトゥース=ハルシークという。シャイターンの傭兵隊の最古参の一人であり彼の知恵袋でもある。
「まあ座れ。お茶でも飲みながらゆっくりと話そう」
「わかりました」
 シャイターンが席に着くのを確認してハルシークも席に着いた。シャイターンは席に着くと少年兵に向けて指を鳴らした。彼はそれに対して頷きその場を後にした。暫くしてコーヒーとお茶菓子を持って来た。
 コーヒーはブラックであった。砂糖は入れない。お茶菓子はチョコレート菓子である。ケーキに似ているが少し違う。何処かクッキーを思わせる。
「甘いものは好きだったな」
「はい」
 ハルシークは答えた。そしてシャイターンがコーヒーを口にしたのを見て自分もコーヒーを口にした。
「美味いな」
 シャイターンはコーヒーを口にして少年兵に対して言った。
「有り難うございます」
 彼は嬉しそうに頷いた。
「菓子もいい。ただし砂糖はもう少し控えてくれ」
「わかりました」
 彼はそれには少し残念そうに頷いた。
「折角チョコレートを使っているのだ。砂糖よりそちらを上手く使った方がいい」
「はい」
 彼の味覚はかなり鋭いようだ。しかも舌もかなり肥えている。
「こういったことも経験だ。よく学ぶがいい」
「はい」
 少年兵は敬礼した。そしてその場に控えた。
「いい。下がってくれ」
 シャイターンは彼を退かせた。そして部屋にハルシークと二人だけになった。
「さて、と」
 彼はコーヒーを再び一口口に含んだ後口を開いた。
「エウロパの動きはどうなっている」
「ハッ、それですが」
 ハルシークは主に促され話をはじめた。
「今は外交及び謀略に重点を置いているようです」
「そしてそれが既に功を奏してきている、と」
「はい。一国既に同盟から離脱しようとしております」
「マヤムーク王国だな」
「そうです」
 マヤムーク王国はサハラ北方の国の一つである。これといって特徴のない小国である。
「規模としてはそんなに大きくはないが」
「一国でも同盟から離脱されると士気に大きく関わります」
「問題はそこだ。彼等を繋ぎ止めるなり大人しくさせるなりしなければならないが」
「それにはこちらも謀略を使うのがよろしいかと」
「いつものようにだな」
 シャイターンはその言葉にニヤリ、と笑った。
「そうです。ではいつものようにやってよろしいですな」
「うむ。誰にも悟られぬようにな」
「それはお任せ下さい。慣れております故」
 ハルシークは悪魔の様な笑みを浮かべて答えた。
「ではすみやかに頼むぞ」
「わかりました」
 こうして二人は会議室を後にした。後日マヤムークの親エウロパ派の要人達が会食をしているレストランが謎の爆発により崩壊した。これによりエウロパと関係の深かったマヤムークの要人達は一掃された。
 シャイターンの動きは速かった。彼はすぐにマヤムークに向かい国王と会談し今回の作戦における統帥権を譲り受けた。これによりマヤムークの兵権は全て彼の手に握られることとなった。
「マヤムークはこれでよし」
 国王との会談を終えた彼はマヤムークで最も知られる高級ホテルのロイヤルスイートルームで昼食を摂った。
 見ればかなり豪勢な料理ばかりである。マヤムークでしか獲れないかなり貴重な魚や動物を希少価値の香辛料で味付けしている。そしてそれが数十品も並んでいる。
 その後ろに六人の将校達が並んでいる。階級は傭兵隊はそれぞれ独自の階級章を使用しているがシャイターンの隊ではそれは中佐をあらわすものである。
 彼等は皆屈強な身体つきをしている。だがそれよりも目を引くのは彼等が黒い鉄の仮面を被っていることである。
 シャイターンは彼等を後ろに従えたうえで悠然と食事を摂っている。そしてその前にはハルシークが控えている。
「はい、これで二ヶ国の兵権が閣下の手に入りましたな」
 ハルシークは立っていた。そして頭を垂れて言った。
「そうだな。だがこれだけではまだ不十分だ」
 彼は漆黒に近い赤の葡萄酒を口に含んで言った。
「全ての国の権限を私に集めなければな。この戦いは勝てぬ」
「その通りです」
 明確なリーダーを設けずしては勝てぬ。戦争における鉄則の一つである。
「そしてエウロパに勝つ。全てはそれからはじまる」
「というといよいよですな」
「そうだ、今まではしがない傭兵隊長に過ぎなかったがな。これから私の野望が現実となるのだ」
 彼は凄みのある笑みを浮かべた。その整った顔がまるで悪魔のそれのようになる。
「期待しております」
「うむ、このサハラが統べるに相応しい者に統べられる。今まで長きに渡って誰も為し得なかったことだがな」
 彼は笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「サハラ統一、それが遂に達成されるのだ、この私の手でな」
「はい、これでもう我々はエウロパや連合の後塵をきすることもありません」
 エウロパには侵略を受け連合からは下に見られている。彼等はそれを内心屈辱に思っていたのだ。
「そうだ、そしてここに私は我が理想国家を築き上げる。その為には・・・・・・わかっているな」
「はい。このハルシーク、その為には全てを捧げましょう」
 暫くしてサハラ北方諸国の兵権はシャイターンの手に握られることとなった。彼はそれを以ってまずは内部に潜伏しているエウロパの工作員達を炙り出した。
「かなりの被害が出ているようだな」
 それはエウロパ軍の上層部にも伝わっていた。モンサルヴァートはプロコフィエフに対して言った。
「はい、同盟諸国の兵権があの男のものになってからかなりの損害が出ております」
 彼女はその古代ギリシア彫刻のような官能的な顔を深刻なものにさせて言った。
「シャイターンによってか。どうやら謀略に強いというのは本当のようだな」
「はい。外交官達の周りにも不審な人物が動いているという報告があります。中には暗殺された者も出ております」
「そうか。外交官がそうだと工作員はより深刻な事態に陥っているのだろうな」
「既に各国で捕まる者や消息を絶った者が続出しております。内部に作り上げた諜報網もかなりの損害を受けております」
「壊滅と言っていいな」
「残念ながら。如何いたしましょう」
「諜報網まで損害を受けてはな。ここは退く方がいいだろう」
「撤収ですか」
「致し方あるまい。これ以上の工作はかえって危険だ」
「わかりました。それでは退かせるとしましょう」
「頼む。以後作戦を切り替える必要があるな」
「残念なことですが」
 こうしてエウロパの作戦は大きく軌道修正されることとなった。彼等は事前の外交や謀略活動を打ち切りそのままオーソドックスな侵攻作戦に移ることとなった。
「問題は何処から攻めるかだが」
 モンサルヴァートは提督や参謀達を集めて話をしていた。
「私はサンドリム連合から攻めるべきだと考えます」
 プロコフィエフが提案した。
「サンドリムからか」
 モンサルヴァートも提督達もそれを聞いて頷いた。
「確かにな。あの国は北方諸国の中では最も地形が平坦だ」
「ブラックホールも赤色巨星も少ないですし。それに北方を攻略していくには格好の拠点候補もありますしな」
「エマムルドだな、あの星系は物資の集積地だしな」
 提督達は口々に言った。
「閣下はどうお考えですか?」
 そして彼等はモンサルヴァートに対して問うた。
「サンドリムか」
 彼はまず地図を一瞥した。
「攻めるにあたってはここが最もいいだろう。エマムルドを陥落させることができたならばそこを拠点にして作戦を容易に進めることができるしな」
 彼は地図を机の上に戻した。
「しかし敵もそれは読んでいるだろう。おそらくこの星系に戦力を集結させてくるぞ」
「そこを叩けばいいのです。彼等の兵力は我々のそれより少ないですし一度勝利を収めれば以後の作戦がより楽になりますよ」
「確かにな」
 彼はベルガンサの言葉に頷いた。
「ではまずはエマムルドを陥落させよう。そしてそれからはそこを足掛かりとして同盟諸国を各個撃破していく。それでいいな」
「ハッ!」
 提督も参謀達も一斉に敬礼した。こうしてエウロパの作戦行動は決定した。
 彼等はすぐに作戦行動に移った。モンサルヴァート率いる艦隊がサンドリムに侵攻してきた。
 その報告はすぐにシャイターンにも伝わった。彼はその時既にエマムルド星系にいた。
「そうか、やはりサンドリムに来たか」
 彼もエウロパの動きは読んでいた。そして既にこの星系に主力艦隊と共に駐留していたのだ。
「規模はどの程度だ?」
 彼は傍らにいる同盟諸国の情報参謀の一人に対して問うた。
「ハッ」
 参謀は彼が所属する国の敬礼をした。
(これもすぐに統一しなければいけないな)
 シャイターンは密かに思ったが口にはしなかった。
「規模にして六個艦隊程のようです。そしてその後方に多数の揚陸艦が確認されております」
「そうか、明らかにこのエマムルドに侵攻してくるつもりだな」
 シャイターンはそれを聞いて言った。
「敵の指揮官はわかるか」
「モンサルヴァート司令自ら出撃しております」
「何っ、彼自らか」
「はい、旗艦リェンツィも確認されております故」
「そうか、彼自ら来たか」
 彼はそれを聞いてほくそ笑んだ。
「諸君、どうやらこのサハラ北方を完全に我々の手に取り戻す時が来たようだぞ」
 彼は艦橋にいる者全てに対して言った。
 

 

第二部第三章 魔王その二


「敵将自ら来ているからでしょうか」
 その中の一人が問うた。
「それは本質であるが正解ではないな」
 彼は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「モンサルヴァート提督により諸君等は今までどれだけ苦しめられてきた?」
「それは・・・・・・」
 エウロパのサハラ侵攻はモンサルヴァートがやって来てから余計に激しくなった。アガデスだけでなく彼に敗れ滅びた国は多い。
「その彼がいなくなることがどういう意味かはわかるな」
「はい」
 彼等を脅かす最大の脅威がなくなるだけではなかった。彼等もエウロパに勝てるということが心の中に植えつけられるのだ。シャイターンは後者は言わなかったが。
「今こそモンサルヴァート提督を討つ、そして我等の地を取り戻すぞ!」
「ハッ!」
 皆シャイターンの言葉に奮い立った。そして陣を整えはじめた。
「これでよし」
 シャイターンはその様子を見て笑った。
「彼等は皆私の下に戦う。私の思うがままだ」
 何処か悪魔的な笑みであった。

 彼は部屋に戻った。扉は例の六人の鉄仮面の将校達が守っている。
「護衛も完璧だな」
 それを他国の兵士が見て呟いた。
 それを聞いた仮面の男の一人が顔を向けた。兵士はそれに驚いて慌てて逃げ出した。
「閣下」
 ハルシークは部屋の中でシャイターンの前に立っていた。
「どうした、何か言いたいことがあるようだが」
 彼は私服に着替えくつろいでいた。保護種に指定されている貴重な鳥の羽毛で作られた白い服である。
「先程の発言ですが」
 それに対してハルシークの表情は真摯であった。くつろぎとは全くの無縁である。
「モンサルヴァート司令を倒すというあれか」
 彼は椅子に座り酒を口にしながら問うた。
「はい。実際に戦闘で彼を倒すのは困難であると考えますが」
 ハルシークは両軍の戦力を頭に入れながら言った。
「数は彼等の方が上です。そこで無理をして彼を討とうとすれば」
「かえって無理な突撃になりそこを付け込まれる恐れがある、と言いたいのだな」
「お言葉ですが」
 彼は謹んで言った。
「それよりもじっくりと防御に徹するべきであると存じます。我々には無駄な兵力がありません故」
「それは私も同じ考えだ」
 シャイターンは落ち着いた声で言った。
「やはり。では何故あのようなことを仰ったのですか?」
「わかっていると思うが。彼等の心を掴む為だ」
 彼はうそぶくようにして言った。
「雑多な軍を一度で纏め上げるには時として共通の強大な敵を指し示すことが必要だ」
「左様ですか。そして私はもう一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何だ」
 彼は察してはいたがあえて問うた。
「サハラ北方のことです。本当に手中に収めようとお考えなのですか」
「当然だ」
 彼は笑って答えた。
「北方だけではない。いずれサハラの全てが私のものとなる。それはいつも言っていることだろう」
「はい」
「だが北方を手中に収めるのはまだまだ先のことだ」
 彼の言葉は果たして何処までが真で何処までが嘘なのか、凡人には理解し難かった。だがハルシークにはよくわかっていた。
「まずは土地の基盤を持たなくてはな。父上のバックだけでは心もとない」
「はい」
「私自身がここに根付く必要がある」
「それにはどうお考えですか?」
「ハルーク家との縁組を考えているのだが」
「ハルーク家とですか」
「そうだ」
 ハルーク家はこのサハラ北方一の富豪である。鉱山を数多く保有しておりサハラ全土でもその富は屈指のものである。今は当主が世を去り彼の年老いた未亡人が当主代行を勤めている。
「あの家と結び付くことができればその基盤は確固たるものになる。そしてそれからの動きが楽になる」
「ですがその為にはまずは」
「この戦いに勝たなくてはならない、と言いたいのだろう。それは既に決まっている」
 彼はまたもやその悪魔的な笑みを浮かべた。
「私が勝つということがな」
「左様でしたな」
 ハルシークもそれに頷いた。
「今度の戦いは楽ではないか。引き分ければそれでよいのだからな。このエマムルドを守ればいいだけなのだからな」
「そういうお考えでしたか」
「私は常に最短で最良の計画を立案し実行する。その為の手段は選ばないだけでな」
 やはりその笑みは何処か悪魔めいている。これは彼のそうした性格によるものなのだろうか。
「だがハルシークよ」
 彼は表情を真摯なものとした。
「問題はそれからだ。どうやって私がここで権力を握るか」
「婚姻の後ですか」
「そうだ、まずは邪魔になる人間をリストアップしておけ」
「わかりました」
「その連中を全て消すのだ。私の邪魔をする者には死を以って消えてもらう」
 冷徹な声であった。そこには感情はなかった。
「言っておくがハルーク家の人間であってもだ。いや、ハルーク家の人間は他にも増して厳重に調べろ」
「はい」
「それから次の計画に移る。邪魔者を全て消した後で」
「それからサハラ北ですか」
「それはわからないな」
 シャイターンの口の端が歪んだ。
「モンサルヴァート提督の下にも刺客を送っておきたいがな。だが彼は切れる男だ」
「あまり期待はできませんか」
「そういうことだ。もし成功してもエウロパには切れ者が多いしな。そうそう容易には攻められまい」
「ではまずは彼等を凌駕する勢力を築かれると」
「それが先決だな」
 そう言うと酒を再び口に含んだ。
「狙い目は何処になるかな」
「そうですな・・・・・・」
 ハルシークは問われて考え込んだ。
「サラーフなど如何でしょうか」
「サラーフか」
 それを聞いたシャイターンの眉がピクリ、と動いた。サラーフと北方諸国の一部は国境を接しているのだ。
「あの国は西方で第一の勢力だが」
「今はそれも脅かされておりますな」
 ハルシークは言った。
「確かにな。今はオムダーマンの勢力が日増しに大きくなっている。今ブーシルで手こずっているようだが」
「ブーシルですか」
 ハルシークはそれを聞いて口の両端だけで笑った。
「閣下はブーシルについてどうお考えですか」
「あの星系でのレジスタンスとやらについて尋ねているのか」
「はい」
 彼は答えた。
「あのようなものすぐに鎮圧される。そしてサラーフの侵略も失敗に終わる」
「やはりそう見ておられますか」
「当然だ。最早ミドハドの命運は尽きている。今何をしようがそれは覆らない」
 彼はテーブルの上にグラスを置いた。そこに侍女が酒を注ぎ込む。
「ご苦労」
 彼はそれを見て侍女に言葉をかけた。
「そして近いうちにサラーフとオムダーマンの全面的な対決があるだろう。双方の戦力が均衡しているがな」
「どちらが勝つと思われますか」
「わからないな」
 シャイターンはその整った眉をピクリ、と歪めた。
「どちらが攻め込むかで事情が異なってくる。今までの経緯から察して先に兵を動かすのはサラーフだと思うが」
「でしょうな。カッサラのこともありますし今も現に兵を動かしています」
「それは撃退されるだろう。オムダーマンはそれから反撃に移る筈だ」
 彼はそう読んでいた。
「ですが地の利はサラーフにありますな」
「うむ、兵力がほぼ互角の場合これはかなり大きいな」
「長期戦になるかも知れませんぞ」
「それは双方にとっても避けたい事態だろうな」
 シャイターンは言った。
「国力を疲弊させてしまっては元も子もない。我々が付け入る隙は出来るだろうが」
「閣下は両国の戦闘が長期化するのをお望みですか?」
「まさか」
 それは否定した。
「いずれ私の領土となる地だ。疲弊させてしまっては意味がないではないな」
「そう言われると思っていました」
「相変わらず意地が悪いな」
「ふふふ」
 ハルシークは含み笑いを漏らした。
「短期決戦になってもらわなくてはな。そしてどちらか、恩をより多くくれる方につきたい」
「それでしたらオムダーマンでしょう」
「やはりそちらか」
 シャイターンはその言葉を予測していた。
「サラーフは守り抜けばいいのですがオムダーマンは完全に攻め落とさなければなりません。これは大きいです」
「我々がサラーフの後方から攻め込めばそれだけオムダーマンは楽になるな。向こうに割り当てられる兵力も減るし」
「はい、彼等にとっては一石二鳥の参戦になります」
 彼等は既にこの北方諸国は自らのものにあると考えていた。
「それでは今後の方針も決まったな。だがオムダーマンにも今後順調に勢力を拡大してもらっては困るな」
「ではその為に手を打っておきますか」
「時が来ればな」
 彼は意味ありげに笑った。
「いずれ彼等にも消えてももらわなければいけないのは事実なのだしな」
「はい、ではそれはサラーフとの戦いの後で」
「うむ、準備はしておこうか。頼むぞ」
「そちらはお任せ下さい」
「よし。では話をこちらに戻すとしよう」
 彼は酒で喉を潤して言った。
「エウロパの軍勢は持久戦に持ち込もう。そしてその間に色々と手を打つか」
「戦いは何も正面から剣で斬り合うばかりではありませんからな」
「そうだ。それでは私の戦い方を彼等に見せてやろう」
 ハルシークは席を立った。そしてシャイターンはそのまま休息をとった。

 数日後エウロパ軍がエマムルド星系に到着した。それに対しシャイターン率いる北方諸国連合軍は正対して布陣していた。
「攻撃に移りますか」
 旗艦リェンツィの艦橋でプロコフィエフがモンサルヴァートに対して尋ねた。
「うむ」
 彼は頷いた。まずは一斉射撃を加えた。
 だがそれは殆ど効果がなかった。北方諸国軍は前面に特殊合金による防壁を置いていたのだ。
「楯にするつもりか」
 そしてその間から攻撃を仕掛けて来る。モンサルヴァートはそれを見て顎に手を当てた。
「敵の将はシャイターン隊長だったな」
「はい、今は彼等の全ての軍の全権を委任されています」
 プロコフィエフが答えた。
「そうか。噂通りだな。中々考えている」
 モンサルヴァートはモニターに映し出されている敵の陣を見ながら言った。
「右に磁気嵐、左にはアステロイド帯。そして上下には機雷を撒いている」
「我々の動きを制限する為でもありますね」
「そうだ。我々は彼等を正面から打ち破らない限りこの星系を手に入れることはできないな」
「では一気に打ち破りますか」
「それも愚だ。わかるだろう」
「はい」
 彼女はそれを知りながらモンサルヴァートの考えを知る為にあえて問うたのだ。
「ここで彼等を打ち破ってもこうした防衛線を二重三重に置いている筈だ。下手に攻撃を仕掛けて戦力を消耗すべきではない」
「それでは予備戦力をこちらに呼びますか」
「そうだな。攻撃を仕掛けるのはそれからだ」
 彼は決断した。そして補給線を確保したうえで敵軍と向かい合って布陣した。
「さて、エウロパ軍は動きを止めたわけだが」
 シャイターンは会議室で諸国の提督や参謀長達を集めて軍議を開いていた。
「彼等は侵攻を諦めたわけではない。これはわかっていると思う」
「はい」
 ここにいる殆どの者はシャイターンより遥かに年長である。しかし彼はそれに対し全く臆することなく話をしている。
「今後方から予備戦力を呼んでいる。それが到着し次第すぐに攻撃を仕掛けて来るだろう」
 それを聞いた彼等の顔が暗くなった。
「だが心配する必要はない」
 シャイターンはそんな彼等を宥めるように言った。
「私がいる限り彼等はこのエマムルドを手に入れることは出来ない」
 かれはの声は自信に満ちていた。
「まずは彼等の後方を脅かす」
 彼はそう言うと指揮棒でモニターに映し出されている両軍の陣を指し示した。
「我が軍の中から少数を選び出し彼等に敵の後方を襲撃させる。これでまずは補給線を脅かす」
 それはオーソドックスな戦法といえた。
「そしてそれで彼等が疲弊したところで次の手を打つ」
 彼は地図を再び指し示した。
「この陣地を棄てる」
「えっ!?」
 これには皆驚いた。シャイターン直属の者達を除いて。
「話は最後まで聞くように」
 彼は学校の教師のような言葉を出した。
「既に次の陣地は決定している。そこに撤退してさらに敵を誘い込むのだ」
「成程」
 彼等はそれを聞いて一先納得したようである。
「だがそれだけではない」
 シャイターンは言葉を続けた。
「この陣地にはトラップを多数置いておく。機雷や無人攻撃砲座をな」
「そして彼等に少しずつ損害を与えていくと」
「そういうことだ」
 彼は言った。
「それを繰り返す。そして彼等の戦力が消耗しきったところで叩く。そうすれば如何に彼等の兵が多くとも怖れることはない」
「一気に戦いを決めるのではなく持久戦に持ち込むのですか」
「うむ。今まではエウロパに皆正面から挑んでいた。こうして正面からの戦いを避ける戦い方もあるだろう」
「はい」
 まるで目から鱗が取れたかのようであった。彼等は今までエウロパとの戦いは正規戦が多かったのだ。これは彼等の巧みな戦略に誘い込まれそう仕向けられた向きもあるが。
「よいな、まずは正面からの衝突は絶対に避ける。襲撃を仕掛ける部隊も敵が来たならばすみやかに撤退せよ」
「ハッ!」
 こうして北方諸国の作戦は決定した。そして彼等は守りを固め小部隊でエウロパ軍の補給線を襲撃していった。
「こうした戦い方をしてくるとは思わなかったな」
 モンサルヴァートは補給線が脅かされていることを見て言った。
「すぐにパトロール及び護衛の数を増やしましょう」
 プロコフィエフが進言した。
「そうだな。このままでは将兵の士気だけでなく物資の欠乏が起きてしまう」
 彼とて補給の重要性はよく認識している。そしてプロコフィエフの提案をすぐに採用した。
 これにより補給線への襲撃はかなり避けられるようになった。だが兵をそこに割いた為そこを北方諸国に衝かれる。今度は彼等は本陣に奇襲を仕掛けて来たのだ。
 奇襲といっても全軍を以って来るわけではない。不意を衝き攻撃を仕掛け去って行くのだ。被害は微々たるものだ。しかし何時攻撃を仕掛けられるかわからないので皆神経を尖らせていた。
「本陣の警戒態勢を強化しよう、そして陣を組み直すぞ」
 彼は攻撃用の突撃を意図した左右に拡がった陣を解体し方陣に組み直した。そしてそれで援軍を待った。
 援軍が来た。彼はそれを得てようやく前に進もうと考えた。
「お待ち下さい」
 プロコフィエフがそれを制止した。
 

 

第二部第三章 魔王その三


「見たところ敵は撤退に取り掛かっております」
「本当か!?」
 これにはモンサルヴァートも驚いた。
「はい、これを御覧下さい」
 彼女はモニターを映し出した。そこには北方諸国軍が映っている。
「ううむ」
 見れば彼等の動きがおかしい。何か後ろに向かおうとしている。
「それだけではありません。よく御覧下さい」
 しかも陣地に何かを置いていこうとしている。機雷や無人砲座、その他の多くのトラップ等だ。
「退く時にも損害を与えようというつもりか」
「そのようです」
 彼女はモニターを見上げながらその美しい眉を顰めていた。
「ここは慎重に進むべきかと。補給線も長くなりますしトラップのこともありますし」
「そうだな。仕方ないか」
 彼は元々正面から大軍がぶつかり合う正規戦が好きなのである。そして戦いは短期決戦が信条であった。
 その彼にしてみればこういった補給線を厳重に守りながら少しずつ進んでいく戦いは性に合わなかった。だが好まないからといって必要に応じ作戦を変更しないような愚かな男でもなかった。
 彼は補給線を確保したうえで敵の撤退を確認し慎重にそのあとを追った。そしてトラップを少しずつ除去しつつ前に進み次の陣を組んだ。わざわざ守りに適した地を選んだうえでのことである。
「今度もまた厄介な場所にいあるな」
 北方諸国軍はエマムルド星系の一番外側の惑星のリングの中に布陣した。そこは隠れるのに適していた。
「誘き出すか」
 モンサルヴァートは苛立ちを覚えて集めた提督達に対して言った。
「それでしたら私が」
 早速ニルソンが名乗りをあげた。
「いや、卿は止めたほうがいい」
 ジャースクがそれを制した。
「何故だ、私に何か不満でもあるのか!?」
「不満とかそういう問題ではない。向いていない」
 ジャースクは激昂しようとするニルソンに対して言った。
「いや、はっきりと言わせてもらうとそうした行動は今は控えたほうがいい」 
 ジャースクはそう言うとモンサルヴァートに向き直った。
「閣下、ここはそうした行動は慎むべきかと存じます」
「意味がないか」
「それだけではありません。無駄な損害を出す怖れもあります」
「そうか」
 彼はそれを聞いて考えをあらためた。
「よし、それでは誘き出すのは止めだ。だが彼等を倒さずしてこの星系は手に入らないぞ」
「はい、それは敵もよく承知でしょう」
「だからか。我々との戦いを避けているのは」
「そうでしょうな。彼等は負けなければこの星系を守れるのです。しかし我々は・・・・・・」
「勝たなければならない、絶対に」
「そうです、心理的にこの差は非常に大きいものです」
 ジャースクはそう言い終えると頭を垂れた。
「それがわかっているから余計に正面からの衝突を避けるか。そしてその間に補給線を脅かし奇襲を仕掛ける」
「そうして我々の士気及び戦力を徐々に奪っていくつもりなのでしょう」
 ここでベルガンサが口を開いた。
「現に我が軍の士気は落ちはじめようとしておりますし」
「シャイターンという男」
 モンサルヴァートはそれを聞き彼の名を口にした。
「思ったよりそうしたゲリラ戦に長けた男のようだな。正規戦を好むと思ったのだが」
 彼はここで思い違いをしていた。そのことは後に知ることになる。
「ここは我々も守りましょう。先に痺れを切らした方が負けです」
「そうだな、ここは致し方あるまい」
 モンサルヴァートはあまり面白くはなかったがベルガンサの案を採用した。こうして両軍は睨み合いを続けた。

「さて、モンサルヴァート上級大将だが」
 焦り不快を感じるモンサルヴァートに対しシャイターンは余裕を以って陣中にいた。
「さぞかし焦っていることだろうな」
 彼は司令室で食事を摂っていた。士官用の食堂には行かない。彼はいつも司令室で食事を摂るのである。
 その食事は陣中とは思えぬものであった。巨大なテーブルの上に数十品程が並んでいた。
「はい、彼等は正規戦で決着を着けたいようです。ですが今は自重しております」
 彼に仕える傭兵部隊の将校の一人がその前に控えていた。
「だろうな。だが動かぬと」
 シャイターンはフォークとナイフを優雅な手つきで動かしながら言った。
「はい」
「先に動いた方が敗れるからな」
 彼は肉を口に入れる前に言った。
 そして肉を口に入れる。重厚な肉汁が口の中に満ちる。
「こちらも動く必要はない。ただ敵の動きをよく監視し時折襲撃を仕掛ける程度でよい」
「はい、ですが・・・・・・」
 将校はそこで顔を暗くさせた。
「我が軍にもそれに不満を持つ者があらわれはじめている、と言いたいのだな」
「は、はい」
 彼は自分が言おうとしていることをその前に言われてしまい内心焦った。
「君は命は惜しいか?」
 シャイターンは唐突に尋ねた。
「!?」
 将校はその言葉の意味がよく理解できなかった。
「命ですか!?」
「そうだ、惜しいかね、大事かね」
「それは・・・・・・」 
 軍人としての答えは決まっていた。
「何時でも国家の為に捧げる覚悟はできております」
「軍人としての答えではない。人としてはどうなのか。言っておくがその答えで君をどうこうするつもりはない」
 彼はそう断ったうえで尋ねてきた。
「では聞こう。惜しくはないかね?」
「はい、私にも家族がありますし」
「そうだろう、死にたくはない人間はあまりいないものだ」
 彼はそう言うと微笑んだ。
「それは私とて同じだ。ましてや徴兵で連れて来られた兵士はどうだ」
 サハラ諸国は徴兵制が主流である。
「それは当然ながら」
「そうだろう、故郷に残してきた両親や恋人のことが気にかかる。絶対に生きて帰りたいと思うだろう」
「はい」
「そういうことだ。彼等に伝えておけ。戦って勝つのと戦わずして勝つのとどちらがいいとな。答えは決まっているだろうが」
「わかりました」
 その将校は敬礼した。そしてシャイターンのもとを退いた。
 以後この状況に対して不満を漏らす者は大きく減った。そしてシャイターンの指示の下エウロパ軍と対峙を続けた。
 その間にもエウロパ軍に対する襲撃や様々な謀略は続けられた。モンサルヴァートもそれには頭を悩まされていた。
「こうした戦い方も確かにはあるが好きではないな」
 彼は不快感を露わにしていた。
「将兵の士気も落ちている。どうやら戦局は次第に我が軍にとって不利となりつつあるようだな」
 彼は次第に撤退を考えるようになった。それを見抜かぬシャイターンではなかった。彼は各国の政府首脳にひそかにエウロパと講和するよう促していた。
「今講和することができれば貴方達の功績になりますよ」
 という言葉も忘れなかった。
 やがて戦局不利を悟ったエウロパ総督府は撤退を決定した。軍をエマムルド星系から退かせた。
「これでエマムルドは救われましたね」
 各国の提督達はシャイターンを囲んで口々に言った。
「一時はどうなることかと思いましたが」
「戦わずして勝つ、ですな。お見事です」
 だがシャイターンはそれに対して口を開かなかった。本心からの言葉ではなく世辞であると見抜いていたせいもあるが他のことも考えていたのだ。
「これで終わりだと思われますか?」
 彼はふと居並ぶ提督達に対して問うた。
「?はい」
 彼等は暫しきょとんとしたがそう答えた。
「また来ますよ、新手が」
「新手ですか?エウロパは撤退しましたが」
「今サラーフ軍が不穏な気配を見せております」
「サラーフがですか!?まさか」
 否、一部の国にはそれは容易に想像がついた。サラーフはサハラ北方への進出の機会を常に窺っていたのだ。
「今こちらに大艦隊を向かわせる計画を進めているという話です」
「本当のお話ですか、それは」
 提督の一人が疑問を述べた。
「ブーシルで敗北したばかりだというのに」
 彼等はブーシルにおいてアッディーンの艦隊に大敗北を喫したのだ。
「だからこそ侵攻を決意したのでしょう」
 シャイターンは言った。
「ブーシルでの敗北はただの敗北ではありません。ミドハドへの介入の機会も失った戦略的に大きな敗北です。それの埋め合わせ、そして敗戦の批判を打ち消す為には」
「それ以外の地を獲得し、勝利を収めるということですか」
「そうです」
 シャイターンは彼等の言葉に頷いた。
「それが出来なければ政権の崩壊に直結しますしね。只でさえ王室や国民から今の政権の侵略政策には不満が多いというのに」
「成程」
 彼等は頷いた。
「ではすぐにサラーフとの戦いの準備に入りましょう」
「当然ですね。今回は早期戦になるでしょう」
「何故ですか!?」
「エウロパが再び変な気を起こさない為にです」
 シャイターンは答えた。そして彼等はサラーフとの国境にすぐに向かった。
 その動きは速かった。瞬く間にサラーフとの境であるアムド国のズアラ星系に到着した。
 そこには既にサラーフの艦隊が来ていた。七個艦隊、兵力にして約七百六十万、七万隻という大軍である。
 それに対するシャイターン率いる北方諸国連合軍は四個艦隊であった。一個はエウロパの備えにエマムルドに残しておいたのだ。兵力は四百二十万、艦艇は四万をかろうじて越えるだけであった。
 双方敵を発見するとすぐに動いた。まずは正面での戦闘である。これは数において有利に立つサラーフがそのまま有利に立った。シャイターンは一戦してすぐに兵を退かせた。
「逃げたか、追え!」
 サラーフ軍の指揮官は即座に追撃の指示を出した。全軍そのまま追撃する。
 しかしシャイターンの用兵は迅速であった。サラーフ軍を瞬く間に離していった。
「何という速さだ。だがいい」
 司令官は戦いに勝ったと思った。
「あとはこの星系を占領するだけだ」
 そして各惑星に艦隊を送った。揚陸艦を送り占領を開始する。有人惑星はないが軍事基地は複数存在する。それに対し攻撃を仕掛ける為だ。既に将兵は撤退していたが簡単なトラップや無人兵器が存在する為だ。
「敵は惑星占領に取り掛かったか」
 シャイターンは隣の星系でその報告を聞いた。
「はい、既に半分程を占領したそうです」
 参謀の一人がそう報告する。
「そうか、機は熟したな」
 彼はニヤリと笑った。
「全軍に伝えよ。すぐに反転しズアラに向かうとな」
「ハッ」
「そして敵艦隊を各個撃破していく。一兵たりとも逃すことなく」
 戦いを前にしたは異様に落ち着いた言葉であった。
「では行こう、勝利は我が手にある」
 そして北方諸国軍はズアラに向かった。敵に見つからないように通信を途絶し密かにズアラに入った。
 まずは一番外側の惑星を攻略していた艦隊を襲撃した。
「何っ、敵襲!?」
 その艦隊を指揮していた司令官は思わぬ敵襲に戸惑った。
 すぐに艦隊を出撃させようとする。だがそれより前に惑星への攻撃がはじまった。
「あの惑星には敵しかいない。遠慮なくやれ」
 シャイターンは言った。将兵はその言葉を待つまでもなく攻撃を仕掛けていた。
 その艦隊はあえなく壊滅した。シャイターンはすぐに次の惑星に向かった。
 そうして僅か一日で三個艦隊の通信が途絶した。司令は不思議に思い残る艦隊に連絡を入れた。
 彼が直率する艦隊を含め三個艦隊は無事であった。だが残る一個はそうではなかった。
「すぐに援軍を!」
 それが言葉であった。
「今敵の攻撃を受けております!すぐに援軍を送っていただけないと我が軍は・・・・・・」
 そこで通信が途絶した。あとは何の連絡もとれなかった。
 敵がこの星系にいて攻撃している、そう察した彼はすぐに全軍の集結を命じた。
 そうして二個艦隊が集まった。残る艦隊は来ない。
「まさか・・・・・・」
 そのまさかであった。僅か数隻がふらふらになりながらやって来た。
「移動中に後方から攻撃を受けました。艦隊は為す術もなく・・・・・・」
 生き残った将兵は力ない声でそう言った。
「そして壊滅したというのか」
 司令はそれを聞き震える声で言った。
「五個艦隊が壊滅するとはな。しかも僅か二日で」
「司令、ここは撤退されるべきかと」
 幕僚の一人がそう進言した。
「そうだな、こうまで戦力が減ってしまっては」
 彼はその進言を受け入れた。そして僅かに残った艦隊を撤退させることにした。
 サラーフ軍は撤退を開始した。だがその時だった。
 突如として後方から猛攻撃を受けた。
「まさか!」
 旗艦にも衝撃が走った。艦橋は大きく揺れ司令は倒れた。彼はそれから立ち上がると顔を上げて叫んだ。
 その危惧は当たった。シャイターン率いる艦隊が後ろから攻撃を仕掛けていたのだ。
「よし、このまま彼等を生かして返すな」
 彼は艦橋に立ち全軍に指示を出していた。
「追い詰めよ。そして一兵残らず倒せ」
 その指示は落ち着いているが内容はそうではなかった。将兵は逆にそれに奮い立った。
 北方諸国軍は攻撃を続けた。サラーフ軍はそれにより数を大きく減らしていく。
「司令、如何いたしましょう!」
 次第に破滅的な状況になっていく戦局を見て参謀の一人が問うた。
「クッ・・・・・・」
 司令は歯噛みした。反撃しようにもそれは焼け石に水である。
「全軍撤退だ!こうなっては止むを得ん!」
 彼は叫んだ。そして旗艦の艦長に言った。
「すぐに全速力で戦場を離脱せよ!このままでは我々も死んでしまうぞ!」
「は、はい!」
 艦長はその剣幕に暫し呆然としたがすぐに我を取り戻し敬礼した。
 旗艦はすぐに戦場を離脱しにかかった。司令自ら遁走したのである。他の艦もそれに続いた。
「逃げて行くな」
 シャイターンは艦橋でその有様を見ながら笑った。
「追いますか」
 ハルシークが問うた。
「当然だ」
 彼は言った。それが合図となった。
 諸国軍はさらに追撃を行なった。サラーフ軍はそれに対して逃げるだけで最早戦うどころではなかった。
 それでも何とか半数の将兵がサラーフ領に逃げ込んだ。シャイターンはそれを見てようやく追撃を止めた。
 結果としてサラーフ軍は参加兵力の殆どを失った。僅か数日で六個艦隊分の戦力がなくなったのである。これはそう簡単に取り戻せるものではなかった。ブーシルの敗戦と合わせてサラーフにとって大きな打撃であった。
「これでサラーフの力は大きく減退した」
 帰還したシャイターンを待っていたのは熱烈な賞賛の声であった。だが彼はそれに対しては涼しい顔をしていた。
「当然のことに賞賛の声をあげるのはどうかと思うが」
 彼は無表情のままそう言った。
「あれだけの大勝利だったのにですか!?」
 これには配下の提督達も驚いた。彼等は車に乗り市民達の歓喜の声を受けている。
「あの状況ではごく普通のことだ」
 だがシャイターンの表情は変わらない。
「いや、むしろ失敗したな。一個艦隊分逃がしてしまった」
「しかし僅か数日で敵の殆どを討ち滅ぼしましたし」
「サラーフの損害は今後に大きな影響を与える程ですよ」
「だからそれは当然のことなのだ」
 彼はまた言った。
「サラーフ軍は油断していた。そして兵力を分散させていた。そうした状況では勝利を収められるのは当然のことだ」
 だがそうした状況に導くのは容易ではない。
「だがこれで大きく変わったな」
 彼は一言だけ言った。
「はい、我々は救われました」
 提督達は笑顔で言った。
「これも閣下のおかげです」
「そうか」
 だが彼は北方諸国のことを言ったのではなかったのだ。
(この地での私の地位は確立されたな)
 彼はこれからのことを考えていた。
(ハルーク家との婚姻は容易に進みそうだ)
 そしてそれからのことも。
(まずはここからはじまる。そして)
 彼はニヤリと笑った。
(このサハラが私のものとなるのだ)
 後日彼はハルーク家の未亡人と会うこととなった。そして以後彼女との密接な関係が噂されるようになる。
 

 

第二部第四章 二つの戦いその一


                二つの戦い
 ブーシルは緊迫した状況にあった。今この星系に戦乱が起ころうとしていたのだ。
 まずはブーシルに向けて進撃してきているサラーフの艦隊である。三個艦隊である。
 そしてこの地に潜伏しているハルドゥーン達と彼等に協力するサラーフの特殊部隊、いずれも厄介な相手であった。
「レジスタンスと特殊部隊は彼に任せるしかないな」
 アッディーンは司令室で提督達と話していた。
「はい、こうしたことは正規の部隊ではなかなかできませんから」
 そうなのであった。特殊部隊に対抗できるのは特殊部隊だけなのであった。
「我々は敵艦隊のことに専念すべきでしょうな」
 バヤズィトが言った。
「そうだな、今ここであれこれ言ってもはじまらない」
 アッディーンは彼の言葉に頷いた。
「とりあえず今はサラーフの艦隊を打ち破ることを考えよう」
「ハッ」
 こうして彼等は軍議をはじめた。

 その頃ハルヴィシーは下水道の中を進んでいた。 
 彼は漆黒のスーツに身を包んでいる。共にいる部下達も同じだ。
「そちらはどうだ」
 彼は隣の通路からやって来た部下達に対して問うた。
「いませんでした」
 彼等は首を横に振った。
「そうか、そちらにもいなかったか」
 彼はそれを聞き考え込む顔をした。
「こちらにもいなかったしな」
「上手く隠れているようですね」
 ウルドゥーンが言った。
「そうだな、ここは彼等の庭のようなものだしな」
「地の利は向こうにあります」
「そうだ、おそらくは我々が探し疲れるのを待っているのだろう」
 ハルヴィシーの言葉は彼等が今最も恐れていることであった。
「そしてそこで彼等は姿をあらわす。我々を消す為に」
「レジスタンスやゲリラの常套手段ですね」
「そうだ、そして隙を見せてもいけない」
 語るハルヴィシーの顔は普段のそれとは全く違っていた。
「隙を見せたら襲い掛かって来る。彼等は今も牙を研いでいる。この闇の中でな」
「・・・・・・・・・」
 皆その言葉に表情を張り詰めさせた。
「それを防ぐには彼等を倒すしかない。見つけ出してな」
「ですね。しかし何処にいるのやら」
「それだが」
 ハルヴィシーの目が光った。
「この下水道にいるのは間違いない。だがこの下水道は果たしてここだけにあるかということだ」
「といいますと!?」
 部下達は問うた。
「この街は古い歴史を持っているようだ。一度地震で崩壊しその上に新たに都市を建設している」
「この下水道の下にもう一つ街があるのですか」
「そういうことになる。彼等はそこに潜んでいる可能性がある」
 ハルヴィシーはそう言うと下を見た。
「その為にはそこに行く道を探し出す必要がある」
「ですね。しかし」
 彼等はそこで顔を顰めさせた。
「問題はその道が一体何処にあるかです」
「それだな」
 ハルヴィシーは再び考える顔をした。
「彼等がそこから出入りしているとするならば必ずあるのだが」
「流石に容易には見つからないでしょうね」
「うむ」
 彼等は捜索の対象をその出入り口に変更した。だが数日経っても見つけることはできず次第に消耗していった。
「どうだ?」
「駄目です、何処にも」
 部下の一人が首を横に振った。
「上手く隠れているな、感心する」
 ハルヴィシーはそう言ったが目は笑ってはいなかった。
「こうなったら一芝居打つとしよう」
「何をするつもりですか?」
「うん、危険だがやってみる価値はあるぞ。協力してくれるか」
「はい」
 やがてハルヴィシーは数人の部下達と共に下水道の隅にへたれ込んだ。やがてそこに何者かが襲い掛かって来た。
「来たな」
 彼はそれを認めてすぐに立ち上がった。それはレジスタンスの者達だった。
「クッ、はかったな!」
「こういうのは化かしあいだからな!」
 ハルヴィシーは言い返すと同時に彼等を撃った。
「殺すな、出来る限り捕らえよ!」
「はい!」
 部下達はレジスタンスの手や脚を狙った。素晴らしい銃の腕前であった。彼等は次々に手足を打ち抜かれていった。
 逃げようとする。だがそこに前からも新手が出て来た。
「降伏せよ、そうすれば命まではとらん」
「・・・・・・わかった」
 彼等はこうしてハルヴィシー達に捕らえられた。そして歩ける者達は道案内をさせられることになった。
「嘘ではないな」
 彼等はそのうちの一人に銃を突き付けながら問うた。
「今更嘘なんかつくらよ」
 レジスタンスはふてくされた顔でそう言った。
「ならいいがな。だが」
 ハルヴィシーの目が剣呑な光を発した。
「もしもの時は・・・・・・。わかるな」
「あ、ああ」
 その目は本気であった。それを見たレジスタンス達は背筋に寒いものを感じた。
(何て冷たい目だ)
 彼等は今までそんな目をした者を見たことがなかった。もし偽りを教えたならばどうなるか・・・・・・。彼等は本能的にそれを悟った。
 やがてとある曲がり角に来た。そこでレジスタンス達は壁を横に引いた。
「そうか、隠し扉か」
「そうだ」
 そこから奥に続いているようだ。
「悪いが俺達はここで勘弁してくれないか」
「仲間達に見つかったら只じゃすまねえからな」
「ああ、わかった」
 ハルヴィシーは部下を数人連れ彼等を送り返させた。そしてトランシーバーで暗号を送った。
「これでよし、上に残っている部隊も援軍に来るぞ」
「それは有り難いですね」
「ああ、我々はその前に中に入り橋頭堡を築くぞ」
「ハッ!」
 こうしてハルヴィシー率いる部隊は中に入って行った。
 暗い道は下に向けて続いていた。かなり降りただろう。出るとそこは何か廃墟のようであった。
「隊長の予想は当たったようですね」
 隊員の一人が言った。
「ああ、下水道の下にこのようなものがあるのはいささか不思議だがな」
 ハルヴィシーはその廃墟を見回しながら言った。地震はかなり大規模なものだったのであろう。建物は全て破壊され瓦礫の山がそこかしこに散乱している。
「まずはここに陣地を築くぞ」
「はい」
 彼等はすぐに陣地を構築した。やがてレジスタンスとサラーフの特殊部隊がやって来た。
「早速来たな」
 彼等はその陣地を潰そうとする。だがそれは適わなかった。ハルヴィシーの構築した陣地は堅固であり彼等を寄せ付けなかったのだ。
 一日経った。上で下水道の出入り口を押さえていた部隊が到着した。
「よし、少しずつ進撃していくぞ」
 ハルヴィシーは部下達を率いて前に出た。そして廃墟を一つずつ潰し攻略していった。
「焦る必要はないからな」
 彼は部下達に対して言った。
「敵は既に我等の手中にある」
 彼の言うとおりであった。出口は既に押さえている。レジスタンスもサラーフの特殊部隊も袋の鼠であったのだ。
 彼は敵を炙り出し少しずつ倒していった。そして徐々に包囲していった。
「ハルドゥーンは何処だ」
 そして捕虜にしたレジスタンスに対し問うた。
「それは・・・・・・」
 だが彼は口を割ろうとしない。
「中尉」
 そこでハルヴィシーはウルドゥーンに声をかけた。
「わかりました」
 ウルドゥーンは頷くと一本の注射針を取り出した。
 そしてそれをその捕虜の腕に刺した。ハルヴィシーは暫く時間を空けてから問うた。
「ハルドゥーンは何処にいる」
「寺院の廃墟の地下に」
「そうか」
 それは自白剤であった。拷問による尋問は最早過去のものとなっていた。今は後遺症のない自白剤が発明されておりそれを使うのだ。もっとも使っているのは秘密警察や憲兵といった特殊な組織だけであるが。
「寺院は」
 ハルヴィシーは周りを見渡した。
「あそこか」
 彼はその寺院の廃墟を確認した。
「行くぞ、これでここでの作戦は終わりだ」
「ハッ」
 彼等は寺院を包囲した。だがそこにいあるレジスタンス及び特殊部隊の抵抗は流石に強力だった。
「流石に本丸は容易に陥とせないな」
「ええ、けれどあと一息ですよ」
 ウルドゥーンはビームライフルを放ちながら言った。前にいた特殊部隊の兵士の額が撃ち抜かれた。
「何と言っても数が違いますからね」
「そうだな。それに彼等に残された場所ももうあの寺院しかない。最早逃げられん」
 彼は総攻撃を命じた。バズーカや無反動砲が寺院を撃った。
 これでレジスタンス達は怯んだ。それを見た彼は一斉射撃の後突入を命じた。
「今だ、一気に占領するぞ!」
「ハッ!」
 これを押し留める力は最早レジスタンス達にはなかった。彼等は為す術もなく蹴散らされた。
 寺院は遂に占領された。そしてハルヴィシーは地下への階段を捜し出し数人の部下と共に降りていった。
「・・・・・・自身の手で決したか」
 そこにあったのはハルドゥーンの亡骸だった。口から大量の血を吐き床にうつ伏せに倒れ込んでいる。服毒自殺のようだ。
「もう少し大人しくしていればこのようなことにはならなかっただろうにな」
 ハルヴィシーは彼を冷たい目で見下ろしながらそう言った。
「だがそれは出来ないか。権力の為にはな」
「人間の悲しい性ですね」
 ウルドゥーンが相槌をうった。
「そうだな」
 こうしてレジスタンス達との戦いはハルヴィシーの勝利に終わった。オムダーマンはこれでブーシルの内憂を取り除くことに成功したのであった。
 

 

第二部第四章 二つの戦いその二


 だが外患がまだであった。今国境にはサラーフの三個艦隊が集結していた。
 それに対するはアッディーン率いる艦隊である。兵力にして一七〇万、一万七千隻、敵の約半分であった。
「さて、どう戦うかだな」
 アッディーンは会議室に提督や参謀達を集めていた。
「守りを固めていれば敵の侵攻は抑えられるが」
「ですがそうはなさらないでしょう」
「確かにな」
 彼はガルシャースプの言葉に口元を綻ばせた。
「守りを固めていても敵の増援が来る怖れがある。それにこちらの援軍は期待できないしな」
 今オムダーマン軍はミドハドの治安安定に手が一杯でとてもブーシルまで手が回せなかった。余裕ができるには暫くの時が必要であった。
「今彼等はブーシルに向けて侵攻を開始しています。迎え撃つのなら何処でしますか」
「そうだな」
 彼はラシークの言葉を聞きながら地図を見た。
「今敵は国境を越えたところらしいな」
「はい、今この辺りです」
 ラシークがその場所を指し示した。するとそこに駒が浮かび上がった。
「彼等はここからブーシルに一直線に向かって来ています」
「するとブーシルに入るのはこの辺りだな」
 アッディーンはブーシルの北東部を指で指し示した。
「おそらくそこから来るでしょう。偵察隊はそう読んでおります」
「そうか。ではまずは北東部に向かうぞ」
「はい」
 提督と参謀達は頷いた。
「彼等の前に布陣する。そうすれば彼等は我々と正面から戦おうとするだろう」
「兵力差を考えるとそうなるでしょうな」
「だがかなり前方に布陣することにする」
「何故ですか?」
 この言葉に皆顔を向けた。
「敵の動きを誘い出すつもりなのだ」
 彼はそう言うとニヤリと笑った。
「いつも俺がやっていることを今度は彼等にしてもらう」
「?」
 皆その言葉に首を傾げた。
「何、すぐにわかる。そして簡単なことだ」
「簡単なこと・・・・・・?」
「そうだ、諸君は二倍の兵力があったらどうするか」
「それは昔から決まっておりますが」
 孫子にもある。二倍の兵力の時は挟み撃ちにすべし、と。
「見ていてくれ。彼等はその兵力故に敗れ去るだろう」
 彼はそう言うと地図を叩いた。すると自軍の駒が浮き出た。
「一週間後この地図の上に浮かんでいるのは我が軍だけになるだろう」
 その言葉が一同の心に深く残った。半信半疑な一同であったがここは常に勝利を収めてきたこの若き将の言葉を信じるしかなかった。

 翌日アッディーン率いるオムダーマン軍とサラーフ軍はブーシル北東部で対峙した。世に言うブーシル会戦のはじまりであった。
 オムダーマン軍が地形を無視して四方八方に全く障壁のない場所に布陣しているのを見てサラーフ軍の司令は驚いた。
「どういうことだ、アッディーン提督といえば常に地形を利用して戦うと聞いていたが」
 サラーフ軍の司令はそれを見て不思議に思った。
「あれでは策も何も使えぬぞ。まるで挟み撃ちにしてくれと言わんばかりだ」
 彼はまずアッディーンの奇略を警戒した。だがそうした気配は全く感じない。
「そもそもあの場所では何も出来ませんしね」
 参謀の一人も首を傾げながら言った。
「伏兵の存在もないようです」
 偵察隊からの報告が入った。
「そうか。では何も策がなくてあの場所に布陣しているのだな」
 彼はその報告を聞いて頷いた。
「では兵を動かすとしよう。軍を二つに分けるぞ」
「ハッ」
 兵が二つに分かれた。一個艦隊が分かれオムダーマン軍の後方に向かった。
「よいか、後方にきたところで敵を攻撃せよ。同時に主力も向かう」
「ハッ」
 その一個艦隊はアッディーンに悟られぬよう慎重に迂回してその後方に向かった。
「気をつけろよ」
 だが同時にアッディーンも動いた。サラーフ軍の主力が気付いた時には彼等はそれまでいた場所にはいなかった。
「まさか・・・・・・」
 司令はそれを見て危機を悟った。すぐに後方に向かわせた艦隊の援軍に向かった。
 だが遅かった。後方を狙わせた艦隊はオムダーマン軍の側面からの総攻撃を受けていたのだ。
「撃てっ!」
 まずは一斉射撃が加えられる。無防備な側面にビームの帯が叩きつけられる。
 忽ち数百の艦艇が破壊される。そして再び一斉射撃が加えられる。
 これで敵艦隊の勢いは止まった。それを見過ごすアッディーンではない。すぐに突撃が指示された。
 横からオムダーマン軍の艦艇が一斉に襲い掛かる。既に混乱状態に陥っていたサラーフ軍にそれを押し留めることは出来る筈もなく突入を許してしまった。
 艦載機イエニチェリが襲い掛かる。そして艦と共同して敵艦を沈めていく。
 敵を突っ切った。そして反転して再び襲い掛かる。
 二度の突撃を受けサラーフ軍は壊走した。為す術もなく自軍の主力がいた方に逃げて行く。
「まずはこれでよし」
 アッディーンは逃げて行く敵軍の背を見ながら言った。
「今度は敵の主力の番だ」
 サラーフ軍は壊走してくる自軍を発見すると彼等と合流した。その数は半数にも満たなかった。
「優勢の敵に側面から急襲を受けたのだ、無理はないな」
 司令はその傷付いた艦艇を見ながら悔しげに呟いた。
「どうやら下手な小細工はかえって損害を増やすだけのようだな」
「するとやはり」
 参謀達が顔をこちらに向けてきた。
「うむ、正面から決戦を挑むぞ。兵力ではこちらの方がまだ上なのだしな」
「わかりました」
 彼等はこうしてこちらにやって来たオムダーマン軍の正面に布陣した。アッディーンもそれに対し正面で構えた。
「さて、正面からの戦いとなったわけだが」
 彼は旗艦アリーの艦橋に提督達を集めていた。
「おそらく敵は全戦力を正面にぶつけてくるだろう。かなり苦しい戦いになる」
「ハッ」
「この防衛戦の指揮官だが」
 彼はそこで指を鳴らした。
「入れ」
 そこで砂色の髪と鳶色の瞳を持つ男が入って来た。
「貴官は・・・・・・」
 提督達はその者を見て目を見張った。
「アガヌ提督だ。諸君達も知っていよう」
「はい・・・・・・」
 ミドハド軍においてアッディーンの攻撃に一人果敢に守ったあの人物である。確か捕虜になっていた筈だが。
「オムダーマン軍に入ることとなった。階級は少将だ」
「宜しくお願いします」
 彼はオムダーマン式の敬礼をした。国家の興亡の激しいサハラではよくあることである。滅亡した国の軍人が征服した国に再登用されたり他国に登用されたりすることは。これはサハラの特色でもあった。
 だから提督達もそれについては驚いていなかった。驚いたのはいきなり軍の指揮を任せたことであった。
「アタチュルク提督、ムーア提督、ニアメ提督は彼の指揮下に置く。異存はないな」
「はい・・・・・・」
 やはり新参者の下につくというのは不満があった。だがこれも命令である。
「コリームア提督は俺と共に三千隻を率いる。これは何に使うかはわかるな」
「ハッ」
 コリームアは敬礼でもって答えた。
「時が来れば動くぞ、その時に備えておけ」
「わかりました」
「諸君、勝利は我等が手にある。アッラーは偉大なり!」
 サハラの主な宗教はイスラムであった。他の宗教も存在しているがアラブ系の者が多い為必然的にイスラム教徒が多くなるのである。かって原理主義者等を生み出したが今はかっての寛容さを取り戻している。
 アッディーンのその言葉が合図となった。オムダーマン軍は戦闘態勢に入った。
 まずは数に優るサラーフ軍が動いた。そのまま押し潰さんとする。
「来たか」
 アガヌはその動きを冷静に見ていた。
「まずは動きを止めよう」
 彼はそう言うと敵の最も突出している部分を指し示した。
「あのポイントに火力を集中させよ!」
 すぐに砲撃が行なわれる。そして敵の進撃が阻まれる。
 だがサラーフ軍は再び進撃を開始する。今度は横陣を組んで向かって来た。包囲するつもりである。
「中央に火力を集中させよ!」
 再び指示が下る。敵の中央部が撃たれ陣が崩れる。
「ほう」
 それを見た提督達が思わず声をあげた。
「用兵が巧みだな。守りが上手いわけだ」
 彼等はすぐにアガヌの力量を認めた。
 敵は次第に苛立ってきた。そして今度は次々に波状攻撃を繰り出してきた。
「ならば」
 彼は前線に守りの固い戦艦を置いた。そして方陣を組みそれを防いだ。
 敵が引けば押し、押さば引いた。そしてその攻撃をよく防いでいた。
「ふむ、見事だな」
 アッディーンもそれを見ていた。
「思ったよりも遥かに見事だ。兵力差をものともしていない」
 彼はそれを左翼で見ていたのだ。
「司令、我等はまだ動かなくてよいのですか」
 艦長を務めるムラーフが問うた。
「ああ、まだいい」
 彼は鷹揚に答えた。
「今は動く時ではない。だが時が来れば」
 彼はそこで表情を変えた。
「一気に動くぞ」
 それは獲物を狙う猛禽の眼であった。
 戦局は完全に膠着していた。サラーフ軍は数に優りながらもアガヌの巧みな用兵と防御によりその優位を活かせてはいなかった。
 だがオムダーマンも数に劣り押しきれない。次第に両軍に焦りが生じてきた。
「司令、将兵が苛立ちはじめております」
 それはアッディーンも承知していた。
「まだだ、まだ動いてはならない」
 彼はそう言った。将兵はその言葉に従い落ち着きを取り戻した。
 だがサラーフは違った。数に優っているが故に次第に苛立ちを隠せなくなってきていた。
「おい、このままでいいのか」
 次第に将校達の間でもそう囁かれだした。
「機を逃すとまたアッディーンにやられるぞ」
 彼等はアッディーンの軍略を怖れていた。その為一気を勝負を着けたかったのだ。
 だがそれは出来ていなかった。戦いは膠着状態に陥っていた。
 次第に突出する艦が出て来た。しかしアガヌはそうした艦から沈めていった。
「段々統制がとれなくなってきたな」
 アッディーンはそれを見て言った。
「もうすぐこれが全体にまで及ぶぞ」
 彼の言葉は的中した。やがて敵の両翼が突如として突撃を開始した。
「よし、今だ!」
 彼はそれを見て叫んだ。
「今から敵の右翼を叩く、主力部隊は左翼に備えよ!」
 彼はそう言うと右手を挙げた。
「勝機は来た、この戦い我等がものだ!」
 右手が振り下ろされる。同時に彼が直率左翼部隊が動いた。
「よし、遂にはじまったな」
 その中にはコリームアが率いる艦隊もあった。
「司令に続くぞ、我等の動きを見せてやれ」
 彼は幕僚達に言った。そして疾風の様な動きで敵に向かっていった。
 アッディーンとコリームアが率いる部隊は闇雲の突撃してきた敵右翼の矛先をかわした。そしてその側面に回り込んだ。
「撃て!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされる。その攻撃により敵右翼の動きが止まった。
「今だ、突撃せよ!」
 そして突撃を敢行する。彼は自らの旗艦を真っ先に突入させた。
「遅れるな、続け!」
 この行動に皆奮い立った。そして彼に続き敵に向けて雪崩れ込んでいく。
 サラーフの右翼は瞬時にして崩壊した。左翼はアガヌの巧みな防御の前にその動きを完全に止められていた。その動きを見逃すアガヌではなかった。
「敵左翼に火力を集中させよ!」
 アガヌはすぐに攻撃を敵左翼に集中させた。それでサラーフの左翼は崩壊した。
 同時にアッディーン率いるオムダーマン軍左翼が崩壊したサラーフ軍右翼を追いその脇に攻撃を仕掛けてきた。それはサラーフの左翼も同じ状況であった。
 サラーフ軍は両翼から攻撃に曝されていた。統制はさらにとれなくなっていた。
「クッ、兵を少し退かせよ!」
 それを見たサラーフ軍の司令は部隊を少し退かせるよう指示した。だがそれは的確には伝わらなかった。
「撤退か!?」
 このような混乱した状況ではままあることであった。サラーフ軍の中にはそのまま戦場を離脱する艦もあらわれた。
「待て、逃げるな!」
 それを見た司令は慌てて彼等を止めようとする。だがそれは伝わらなかった。
 ようやく退き陣を再構築しようとした時には既にその数は大きく減っていた。最早オムダーマン軍の方が優勢であった。
「形勢逆転だな」
 アッディーンはその敵軍を見ながら言った。そして三日月型の陣を組み攻撃を仕掛けた。
 サラーフ軍も果敢に戦う。だが数を大きく減らしてしまっている為満足に対抗できない。次第に追い詰められていく。
「こうなっては仕方がない、戦いにはならん」
 サラーフ軍司令は忌々しげに呟いた。
「全軍撤退だ!すぐにこの星系から退却せよ!」
 退却の指示が下った。こうしてサラーフ軍は撤退を開始した。
 その退却も困難を伴うものであった。オムダーマン軍の追撃を受けようやくサラーフ領に逃げ込んだ時には半分程にまで減っていた。
「これで外患は始末したな」
 アッディーンはそれを見ながら満足した笑みで言った。それから間も無く彼のもとにハルドゥーンが自害したとの報告が入った。
 こうしてブーシル星系会戦は終わった。結果はサラーフ軍の大敗であり彼等は参加兵力の半数近くを失い自国領に逃げ込んだ。またハルドゥーンも自害したことによりこの星系での工作も水泡に帰してしまうという致命的な痛手も被った。これへの挽回の為北方諸国への侵攻を実行に移すこととなったのである。
「よくやってくれた」
 戦いが終わったあとアッディーンはアガヌに対して言った。
「今回の戦いの勝利は貴官によるところが大きい」
 アッディーンは満面に笑みをたたえていた。
「いえ」
 だが彼は首を横に振った。
「私の功績ではありません。私はただ指示を出していただけです。それよりも」
 彼は言葉を続けた。
「兵士達を称えて下さい、今回の戦いは彼等の奮闘なくしてはありませんでしたから」
 これが彼の性格であった。彼は自らの功を誇ったりはしない人物であった。これにより兵士達の間で彼の人気は不動のものとなった。 
 だがそれを誇るような彼ではない。それが軍内での信望をさらに高めることとなった。
「ふむ」
 アッディーンはそれを黙って見ていた。
「性格もいいようだな」
 彼はそれを素直に受け止めた。
 アッディーンの人となりをあらわすにあたって最も特徴的なのは嫉妬や羨望とは全く縁がないことである。これは彼が自身の能力に対して絶対の自信を持っていることと他人を素直に認めることの出来る資質からきていた。
 彼等は勝利の中帰還した。そして次の戦いに備えるのであった。 

 

第二部第五章 次なる戦いへの蠢動その一


                次なる戦いへの蠢動
「日本の動きだが」
 地球旧北米地区のある豪奢なホテルの一室である。その中に彼等はいた。
「皆さんはどう思いますか」
 見ればスーツ姿の男達が席に座っている。人種は多岐に渡っている。しかも顔立ちから察するにかなりの混血が見られる。これも連合の特色である。その中の中心的茶色い髪の黒人が言った。
「そうですな」
 アジア系であるが緑の瞳をした中年の男がまず答えた。
「正直に言わせてもらいますとまたか、という感じです」
「同感ですな」
 ここで大柄な白人の男が同意した。
「全く何時までも国連だの連合だの大義名分に弱い。ああしたことは事前に我々で協議すべきだといつも言っているのに。どうしてそれがわからないのか」
「それが彼等が未だに外交慣れしていないということの証明でしょうね」
 浅黒い肌をしたアジア系の男がそれに対して言った。彼等はアメリカ、中国、ロシア、オーストラリアの各政府の要人達である。他にはASEAN各国やカナダ、メキシコといった北米の国もある。見ればかって環太平洋地域に位置していた国々ばかりである。
 連合には一つの特徴がある。百以上の構成国があるがその中心は決まっているということである。
 それは構成国の力関係である。旧環太平洋諸国とトルコやイスラエル等の国々とその他の構成国、旧中南米や旧アフリカの国々との間では大きな差があった。これは当初の宇宙進出技術の関係もあったが次第に当初の参加国と中途の参加国との差が表われはじめたのである。
 これは致し方のないことであった。最初から国力に差があった。しかも宇宙への進出も彼等が欧州を退けそこにアフリカや中南米の国々を入れてやったということもあり進出も環太平洋諸国が優先された。だがアフリカ諸国も中南米諸国もこれといって反論しなかった。
 それはやはり宇宙進出は彼等にも大きく開かれそれによって今までとは比較にならない程の豊かな生活が手に入ったからであった。現状の不満は多いにあったがそれよりも今の豊かな生活をより豊かにする方が先であった。
 しかも連合の方針は巧みであった。確かに求心力に乏しい中央政府であったがその政策はどうして中々巧みであった。連合各国は法的には全て平等としたのである。彼等の票もまた一票であった。
 結果としてそれが彼等の助けになった。旧環太平洋諸国も彼等の存在は無視できなかった。とりわけ中南米諸国に対しては結果的に彼等と同じだけの開拓地等の便宜を図らなくてはならない状況であった。
 そうした状況にあるので環太平洋諸国もお互いに微妙な関係であった。元々日米中露といった大国が突出していた地域である。だがASEAN諸国がそれを取り纏めるといった関係にありそれはさらに複雑であった。多くの政権交代がどの国でもあったがそれは変わらなかった。
 中でも日本の位置は昔から特殊であった。米中に単独で対抗出来る数少ない国であっただけでなくその人気は昔から高く何かと中南米やアフリカ諸国から頼られていた。実際に中南米諸国の地位向上には日本の存在が大きかった。
「確かに道理ではいい」
 アメリカ代表が言った。
「エウロパに対抗するには連合中央政府の権限強化が何よりも望ましい」
「それは既に連合内の一致した考えですしね」
 ベトナム代表が言葉を入れた。
「しかしだ」
 ここでオーストラリア代表が苦い声を出した。
「急な権限強化はどうかというわけですな」
 中国代表が言葉を入れた。
「急なことはよくありませんから」
「それは貴国の権益を考えての発言ですか」
 タイ代表が一見良識的な発言をした中国代表に対して言った。
「それはどの国も同じだと思うが」
 インドネシア代表がその指摘に対してさらに指摘を入れた。
「我々の今までの主導的な役割や権益が損なわれては何もならない」
 銀の髪のニュージーランド代表の言葉は渋い。
「それを日本、いや伊藤首相と八条長官はわかっているのだろうか」
 日本とて環太平洋諸国である。しかもその地位はかなり高い。だがここでも日本は昔から異質であった。
 地球の近辺にその領土の大部分があるせいであろうか。彼等は常に連合中央政府寄りの行動や発言を繰り返してきた。そして今度もである。
「中央軍はいい。規模は定められながらもそれぞれの国が軍を持つことは了承してくれたしな」
「しかしそれで充分ではないのか。我々の主導体制を崩すことになりはしないだろうか」
 マレーシア代表とフィリピン代表の危惧も同じであった。
「まだそう決めるのは早いと思うが」
 ブルネイ代表が彼等を宥めるように言った。
「そうだな。一度日本の意志を確かめよう。それからでもいいではないか」
 カナダ代表がそう言うと皆それに頷いた。やはり日本の存在は大きかった。彼等の経済や技術も縁の下で日本に支えられている状況であった。
 話を終えると彼等はホテルを後にした。それは伊藤の耳にも入っていた。
「如何いたしますか?」
 外相である東宗久が官邸の執務室において伊藤に対して尋ねた。見れば長身痩躯の美男子である。髪も瞳も黒いが顔立ちはいささか彫が深く肌は白めだ。ルーツの一つにカナダ人があるせいか。
「また相変わらずね」
 伊藤はそれを聞いて微笑んだ。知的な顔が悪戯っぽく笑った。
「我が国には我が国のやり方があるのを本当に理解しないのね、彼等は」
「はあ」
 東は予想した言葉とは違うその言葉にいささか拍子抜けした。
「確かに我が国は連合中央政府に対して親密な態度をとってはいるわ」
 それは事実であった。否定する理由はない。
「けれどね」
 彼女は言葉を続けた。
「国益まで度外視する程愚かではないわよ」
 真理はそれであった。日本もまた国益を考えていたのだ。
「連合中央政府の権限強化は日本にとって大きな利益になるわ。地位をさらに固め治安の好転により貿易や商業活動も活発になる。けれどこれは彼等も一緒なんだけれど」
「それよりもアフリカ諸国の地位向上につながり彼等の権益が脅かされることを警戒しているようです」
「あら、そんなことだったの」
 彼女はそれを聞いて笑った。
「元々の取り分があれだけあるしそれが減るということはないのに」
「他の人間の取り分が多くなれば不満に思うものですから」
 それも人間の性の一つである。
「じゃあ彼等に伝えて頂戴。これまで以上の開拓地や資源があれば文句はないでしょうって」
「わかりました」
 東は頷いた。
「それにアフリカ諸国がもっと豊かになれば彼等もより豊かになるのだけれどね」
 これは経済の循環である。時としてよく忘れられるものである。
「まあそれは後々わかることでしょう」
「そうね。それに」
「それに!?」
 東は伊藤の表情が僅かに変わったことを見逃さなかった。
「すぐに彼等も連合の権限強化を諸手を挙げて喜ぶことになるわ」
「それは当然です」
(あら、東君はまだわかっていないようね)
 伊藤は彼の顔を覗き込んで思った。
(筋はいいけれど。まだまだ若いわね)
 彼も八条と同じく伊藤の弟子である。議員になりたての頃から側におり政治のノウハウを教わっている。
(まあすぐにわかるわ)
 彼女は東にわからぬ程の微かな笑みを浮かべた。
「ところで八条君はどうしているかしら」
「長官ですか?」
 今彼は地球において軍制を整えるべく辣腕を振るい続けている。
「そうよ、何でも最近は自分が任命した将軍達と常に話し合っているらしいけれど」
「はい、かなりお忙しいようですね」
「それは何より」
 彼女はそれを聞いて安心したように微笑んだ。
「けれど今からもっと忙しくなるわよ」
「今よりですか」
「当然よ。何といっても連合軍はまだまだこれからですもの」
 実際に連合軍は産声をあげたばかりであった。やるべきことはまだまだ山積みである。
「まあそちらは彼が上手くやってくれるでしょう。私達は別の仕事が待っているわよ」
「わかっております」
 東はニコリと笑った。
「貴方が中心になるわよ。頑張ってね」
「はい」
 かくして日本は環太平洋各国に自身の考えを述べ彼等の権益を保証した。これにより彼等の不満も一先は解消されたのであった。
「けれどまた不満が募るでしょうね」
「それは当然よ。不満は解消されない限り募るものよ」
 伊藤は官邸に戻って来た東に対して言った。
「問題はその不満を上手く解消し爆発させないこと。人間だってストレスがたまれば駄目でしょう」
「はい」
「国家もそれと同じ。それを忘れると大変なことになるの」
 何処か医者を思わせる言葉である。東はそれを教師から教えられるようにして聞いていた。
「内政でも外交でもそれは同じ。ほら、エウロパだって不満が募っているからサハラに侵攻しているじゃない」
 この場合の不満とは人口問題である。
「まあ連合は人口問題は関係ないけれど」
 彼等には広大な開拓地がある。その為人口や食糧、資源の問題とは無縁である。
「けれどそれなりに問題があるのよね。それをどうしていくかが政治なのよ」
「そういうものですか」
「そうよ、そう考えればやり易いでしょ」
「まあ」
 東は生真面目な性質の持ち主であり何かと複雑に考える傾向がある。
「物事はわかり易いように考える。そうすれば問題について考えるのも解決するのもやり易くなるわよ。ほら、文章だって
わかりにくく書いていたら駄目でしょう」
「それはそうですね」
 実際に何を書いているかわからないものを有り難がっているのは愚かである。これは二十世紀の日本において実際にあったことであるが何を書いているかわからない時は思想界のリーダーであったのが普通の文章を書くと凡百の人物に過ぎなかったということが知れ渡ったことがある。いや、この人物は権力欲の塊である醜悪なテロリストを偉大な宗教家と絶賛していたので普通の人間よりも遥かに稚拙で劣悪な知性と思想の持ち主であったのだ。
 この時代の文章は官庁の書類においてもわかり易いように書かれている。業務の円滑化及び誰にでもすぐに理解できるようにとの配慮からだ。
「それは徐々に身に着けていけばいいわ。私も時間がかかったことだし」
 伊藤は優しい微笑みを浮かべた。この笑みだけでもかなりの支持者を集めている。
「それじゃああとは各国の情報を収集しておいてね。事態の変化があればすぐに私に知らせて」
「わかりました」
 東はそう答えると部屋をあとにした。伊藤はそれを見届けるとペンを手にとった。
「さて、と。外交は彼にかなりの部分を任せていいわね」
 そう言うと書類にサインをした。
「財政は今のところ問題はないし」
 今日本の財政は潤っていた。貿易収支がかなりの黒字なのである。
「あとは軍事かしら」
 今日本も軍制改革を行なっている最中である。連合軍に参加すると共に国軍を新たに設立したのである。
 この国軍の規模は各国の人口により規制されていた。従ってその役割は治安維持及び連合軍の補助、予備戦力であった。
「これは佐藤君に頑張ってもらわないとね」
 佐藤とは日本の防衛大臣である。かってラグビーで身体を鍛えていた筋骨隆々の大男である。
「本当に政治というのは問題が尽きないわね。まるで人間の身体みたい」
 彼女はそう言うと今度は苦笑した。
「けれど諦めたらそれでお終いなのよね。細かく見ていかないと」
 その口調はやはり医者のそれに似ていた。
 彼女は書類にサインをし続けた。こうして深夜まで仕事は続いた。
 官邸の私室に戻る。そこには夫が待っていた。
 

 

第二部第五章 次なる戦いへの蠢動その二


「お帰り」
 見れば銀の髪を持つわりかし整った顔立ちの男性である。歳は彼女と同じ位か。
「ただいま、あなた」
 彼女は部屋着に着替えていた。そして夫に対し笑顔を向けた。
 彼女の夫は有名な法学者である。とある国立大学で教授を務めている。
「いつも御苦労様だね」
「いえ、そんなことはないわ」
 伊藤は夫の言葉に対して微笑で返した。
「仕事疲れる程やわじゃないし」
「おやおや、もうそんなことを言える歳ではないだろう」
 彼は安楽椅子を揺らしながら言った。
「それはお互い様でしょ。貴方だって昨日も徹夜で論文書いていたじゃない」
「ははは、確かにそうだがね」
 彼は速筆で知られていた。一月もあれば論文の一つや二つは書いてしまう。そしてそれは国際的にかなり高い評価を受けていた。
「だが学問と政治はまた別だと思うのだが」
「あら、あおうじゃないというのは貴方が一番よく知っていることだと思うけれど」
 伊藤は夫の言葉に反論した。
「それはそうだがね。優秀な経済理論や技術はどんどん利用されているのが現実だし」
「だったら認めるのね」
「だがそういうわけにもいかないだろう」
 彼は顔を難しいものにした。
「あまり学者が政治に積極的に関わるというのもどうかと思うんだ。往々にして学者は象牙の塔に閉じこもっているから現実のことを知らない」
「それは人それぞれじゃないかしら」
「だが多くはそうだろう。まして我が国の歴史を見ると」
 これも二十世紀後半のことであるがこの時代の日本の知識人及びマスメディアの腐敗ぶりはいまだに研究対象となっている。無能で無責任、かつ厚顔無恥な彼等は共産主義というこの時代では邪教の一種とさえみなされている思想に心酔しそれによる暴力革命を引き起こし彼等が権力を握る為に外国やテロリストと結託した。無論その様な卑しい行いが何時までもできるものではないく彼等はやがて裁かれることとなった。裁判の場や処刑場においても彼等は皆言い逃れや責任転嫁を繰り返しその醜さは人というものの醜悪な一面を知るうえで重要なテキストとさえなっている。今では日本の最も恥ずべき輩達として名を残している。
「あれは例外よ。あんな醜い連中はそうそう出ないわよ」
 伊藤は顔を顰めさせた。今では彼等の卑しさは子供でも知っている。卑しい人間というのは何処までも卑劣になれるということの証明なのだから。
「確かにね。けれどああした事態を避けるようにはしなければならない」
「それならまともな学者の意見を政治家がとり入れればいいだけよ。違うかしら」
「問題は政治家にあり、か」
「そう、そしてその政治家を選ぶ国民にね」
 それは真実であった。その醜い知識人やマスコミと結託した政治家が多くいたのもこの時代の日本であった。後に彼等は多くの劇や小説で卑しい醜悪な悪役として描かれ続けている。
「国民は自分の目を養わなくてはならない、君の著書にあったね」
「そうよ、政治家になった今では絶対に言えないことだけれど」
 これは真実であろう。そうした知識人やマスコミ、政治家に踊らされないようにする為には勉強しなくてはならないのだ。だが政治家がこれを言うと問題なのも事実である。
「これは賛成するよ」
「有り難う」
 彼女はそれに対しては素直に礼を言った。
「つまり学者は現実を直視して語り政治家はそれを判断しなくてはならないのか」
「国民もね」
 簡単そうでかなり難しい話である。その証拠に人類は今まで何千年もこの問題を解決できていない。
「学者は現実を見なくてはいけないの」
「極端な理想主義は空虚だと」
「そうよ。理想主義もいいけれど政治は現実の世界なの。現実主義でなくては話にもならないわ」
「その現実主義だが」
 彼はそこで顔を引き締めた。
「あまりにも現実とかけ離れたものである場合悲劇を生み出すわ」
 それは歴史が証明していた。
「現実にそぐわない政治は悲劇しか生み出さない」
「しかしさっきから現実、現実ばかり言うが」
 彼はここでまた言った。
「理想なくしては政治もないだろう。政治家は理想を求めないと駄目だ」
「それはわかってるわ」
 伊藤は夫に言葉を返した。
「けれどその理想は極端なものであってはならない。そして現実にそったものでなければ」
「そういうものか」
「ええ。それは政治家になればわかるわ」
 彼女は自信をもって答えた。
「政治家、か」
 彼はここで言葉を濁らせた。
「私は政治家には向いていないからな。ここでこうして何かについて考える方がいい」
「あら、それは残念ね」
 伊藤はそれを聞いて悪戯っぽく笑った。
「貴方はいい政治家になれるのに」
「ははは、それはよしてくれ」
 彼はそれを聞いて苦笑した。
「私は単なる書生だ。一介の書生が政治に入るよりは君の弟子達がやった方がいい」
 伊藤の部下達のことを言っているのだ。
「特に今中央政府にいる彼、ええと・・・・・・」
「八条君ね」
 伊藤は言葉を入れた。
「そうそう、彼だ。彼の方が私なぞよりずっと政治家に向いているよ」
「謙虚なのね」
「現実を語っているのさ。君と同じようにね」
「あら、じゃあ現実主義が正しいと認めるのね」
「違うな。分をわきまえているだけだよ」
 彼はそう言って笑った。そして二人はやがて休息に入った。

 だがまだ休息をとらず仕事にとりかかっている者もいた。先程名前が出た八条である。
「それにしてもやるべきことが一向に減らないな」
 もう真夜中になっている。だが彼はまだ書類の山に取り囲まれている。決裁を終えたその場から新しい書類がファックスで送られて来る。
「今度は憲兵本部からです」
 秘書官がその書類を持って来た。
「そちらに置いてくれ」
 彼はサインをしながら秘書官に指示した。
「わかりました」
 彼はそれを聞くと書類を指定された場所に置いた。するとまたファックスが動きだした。
「やれやれ」
 八条はファックスを見て苦笑した。
「よく壊れないな。人間でもここまで働くと過労で倒れてしまうけれどね」
「機械ですから」
「残念だけれどそれは答えにはなっていないよ」
 八条はいささか的外れな返答をした秘書官に対して言った。
「ところで憲兵本部からの書類か」
 彼はまたサインを終えた。まだ決裁を待つ書類は机の上に積まれているがふと声をかけた。
「はい」
 秘書官は答えた。
「憲兵本部も何かと忙しいですから」
「だろうな。何しろ軍といえば荒くれ者も多いからな」
 これは変わっていない。どうしても血の気が多い者が集まってしまう。その為物騒な事件も起こってしまう。そういったことを取り締まるのが憲兵だ。軍隊内の警察と言ってよい。
「まずはその書類を見たいな」
「わかりました」
 秘書官はそれを聞くと憲兵本部からの書類を彼に手渡した。
「ふむ」
 彼はそれを手に取ると中身を見た。
「軍律についての決裁か」
 彼はそれを見て考え込んだ。
「どうなさいますか」
 秘書官は読み終えた彼に対して問うた。
「これは厳しくすべきだな」
 八条はやや素っ気なく言った。
「軍律は厳しくなくては。間違っても民間人に危害が及んではいけない」
 そうしたこともままあることである。軍人が民間人に危害を加える怖れは戦時だけでなく平時においても常に危惧されていることである。
「そうした事件に対しては厳罰で挑め。そして徹底的にやるべきだ」
「わかりました」
「そのかわり他のところの待遇はよくする。給料も高くして厚生もよくしよう」
「はい」
「そうでないと志願者もいなくなるし士気にも関わる。金はかかるがこうしないと本末転倒だ」
「こうしたことを考えると軍というのは何かとお金がかかりますね」
「仕方ないさ。これも軍事の重要な環境整備だ」
 環境整備、それは何も兵器だけではないのだ。後方のことも考えなければ軍は機能しない。
「サハラのように徴兵制にすればこうした問題もないが今更徴兵制というのもな」
「そうですね。時代遅れかと、いや」
 秘書官はここで口調を変えた。
「連合の国情には合っていません」
 連合はエウロパやサハラ諸国とは人口も国力も違っていた。それだけにもとの兵力も隔絶しているのである。だから特に兵を無理をしてでも集める必要はないのである。
 しかもエウロパ以外とは緊張した関係にはない。宇宙海賊やテロリストの掃討がその主な仕事であった。
 そうした作戦行動は専門的な技能が要求される。従って連合はどの国も志願制を採用していた。そして連合軍もそれを踏襲したのだ。
 エウロパも志願制である。彼等はサハラに侵攻しているが断続的な侵攻であり兵力差もサハラ諸国とは開いていた。しかも貴族達は『高貴な者の義務』として軍に入ることが多く特に将校の数には困っていないのである。マウリアは連合と状況が似ていた。彼等も特に軍事的緊張はなかった。
 サハラの多くの国が徴兵制なのは当然であった。彼等は四分五裂した状況であり互いに覇を競っていた。そのような状況下では少しでも多くの兵が欲しい。それだけでは足らず南方では傭兵まで存在していた。
「サハラの一部では傭兵もありますね」
「あれは止めた方がいいな」
 八条は言った。
「何故ですか?」
「彼等は報酬によって動く。その額も馬鹿にはならないし忠誠心も薄いしな」
「ですね」
「それはサハラの状況を見てもわかるだろう」
 傭兵はサハラにおいては嫌われていた。戦いが不利になると逃げ出し勝った場合は報酬と称して掠奪を行なう。民衆にとっては災厄そのものであった。実際にシャイターンの傭兵隊が人気が高いのは掠奪等を一切行なわないからである。
「ああした輩は使わないに限る」
「ですね。やはり市民兵に限ります」
「将兵は質が高いにこしたことはない。この場合はモラルに関してだ」
 ここで彼は表情を変えた。
「いいか」
「はい」
 秘書官は八条の真剣な顔に自らも神経を研ぎ澄ました。
「我々はまずモラルの高い将兵を育てなければならないのだ。強い兵士よりモラルの高い兵士だ」
「そうした意味での優れた兵士ですね」
「そうだ。我々は少なくとも兵器や数には困ってはいない。精鋭を作る必要はそれといってない」
「全体を平均的に強くすると」
「その通り。あとは後方支持と生存能力を上げる。そうすれば戦いは物量で押し切れる」
 芸がないと昔から言われるがこれころ最も重要なのである。物量とそれを支えるロジスティック、それを確立した軍隊が覇権を握ってきた。ローマ帝国然りオスマン=トルコ然り。
 大兵は少兵に勝る。三十年戦争の傭兵隊長ヴァレンシュタインも常に敵よりも多くの兵を以ってあたるようにしていた。そして勝利を収めてきた。
「オーソドックスで構わない。オーソドックスにことを進めていけばいかなる場合にも対処がし易い」
「成程」
「将兵達にも伝えてくれ。まずはモラルを守ることから身に着けろ、とな」
「わかりました」
 こうして今度は将兵のモラルについて指示が下された。それは徹底されたものであり違反者は些細なことでも厳罰に処された。こうして連合軍の軍規は厳粛なものとなった。
 連合軍は次第にその形をなしていった。そして本格的な軍となっていった。

 連合軍が産みの苦しみを味わっている時サハラ西方は再び風雲急を告げていた。
「私を上級大将にですか?」
 アッディーンはカッサラ星系に呼び出されていた。
「そうだ、ブーシル星系での勝利とハルドゥーン派を一掃した功績でな」
 彼に昇進を伝えたのはアジュラーンであった。二人は司令室にいた。
「しかしハルドゥーンのことはハルヴィシー中佐の功績ですが」
「無論彼も昇進したよ。今彼は大佐だ」
「そうですか」
「君の下にいる提督達の昇進も決まった。皆中将になった」
「中将ですか。それでは彼等は私の下を離れますね」
 分艦隊の司令官は少将が就くのがオムダーマンの軍制である。艦隊司令は中将、若しくは大将が就く。
「彼等は新設された各艦隊の司令に着任することが決定している」
「艦隊の新設!?まさか」
「そうだ。旧ミドハド軍から成る艦隊だ。これで我が軍は十六個艦隊となる」
「壮観ですね。一気にそれだけの戦力が加わるとなると」
 アッディーンはそれを聞いて思わず笑みを漏らした。
「既に艦艇も我々のものへの交代が行なわれている。もうすぐ本格的に動き出すだろう」
「それは楽しみですね」
「そしてすぐに次の戦いだ」
「サラーフですね」
 ここでアッディーンの目が光った。
「そうだ、今彼等は我々と北方諸国との戦いに敗れ戦力を大きく減らしている。叩くのなら今のうちだ」
「はい」 
 サラーフの衰退はかなりのものであった。ブーシルで参加兵力の半分を失いハルドゥーンを死なせただけでなくシャイターンの軍略の前に一敗地にまみれた。その痛手はそうそう容易には癒せるものではなかった。
「今彼等を倒し西方を我々のものとするのだ。これは議会でも軍議でも決定したことだ」
「そうですか。遂に」
 アッディーンは口の両端で笑った。彼にとってもサラーフは宿敵であった。サラーフは常にオムダーマンを脅かしてきた強敵であったのだ。
「そしてその作戦の総司令官だが」
 アジュラーンは言葉を続けた。
「君に決まった」
「光栄です」
 彼はそれを聞くと軽く頷いた。
「全ては君に一任される。十四個艦隊を以って今回の侵攻作戦の指揮をとってくれ」
「わかりました」
 アッディーンはそれを了承すると敬礼した。
「この戦いに勝てば我々は西方を統一したことになる。そしてハサンとも対抗できるだけの国力を身に着けることになるのだ。全ては君の双肩にかかっている」
「大きいですね」
「それだけにやりがいがあるだろう」
 彼はアッディーンの性格をよく知っていた。
「はい」
 アッディーンは不敵に笑って答えた。
「ならば頼むぞ。そして我々に栄光を」
「ハッ!」
 これによりオムダーマンのサラーフ侵攻計画が発動された。アッディーンは総司令官に着任しその司令部をカッサラ星系に置いた。そして戦いの準備が着々と進められた。 

 

第二部第五章 次なる戦いへの蠢動その三


 その頃シャイターンはハルーク家の老未亡人と会っていた。
「奥様、今申し上げました様に私の心は貴女にのみ捧げられております」
 シャイターンは彼女の前に跪いていた。
「その様なたわむれを・・・・・・」
 その奥方は言葉ではその求愛を退けた。
 見ればかなりの美貌の持ち主である。齢六十を優に越えている筈であるが三十代前半にしか見えない。皺もなく肌には艶があり髪も黒々としている。
 艶かしい美貌の持ち主である。その豊満な容姿は余分な肉なぞなく髪の先から足の爪先まで妖艶な美貌を漂わせている。まるでかつてフランス王の寵妃であった伝説の美女のようであった。
「嘘だと言われるのですか、私のこの偽らぬ想いを」
 シャイターンはここで顔を上げた。その黒い眼に熱意を込めさせて彼女を見上げる。
「それは・・・・・・」
 彼女はそれを拒めなかった。拒むにはあまりにも美し過ぎた。
「貴女さえ手に入れることができるのならば私は他には何もいりません。アッラーに誓って」
 彼女の篤い信仰心を心に入れたうえでそう言ったのだ。
「アッラーの・・・・・・」
 彼女の心が揺れ動いた。そして彼はそれを見逃さなかった。
「奥様」
 ここで立ち上がった。
「ここでお会いしたのも運命です。今こそその運命に従おうではありませんか」
 そしてその手を握った。体温が伝わる。
「しかし・・・・・・」
 まだ躊躇いがあった。
「また来ます。その時こそは私を受け入れて下さい」
 彼はそう言うと踵を返した。そこでマントが風の中颯爽と翻る。
 彼は自らの館に戻った。そこは漆黒と黄金で彩られた宮殿であった。新たに建築させたものである。
「如何でしたか、ハルーク家の奥様は」
 館に入ると執事が尋ねてきた。古くから彼に仕えている老人である。
「悪くはないな。もう一度尋ねれば篭絡できる」
 彼は妖しげな、何処か悪意を感じさせる笑みを浮かべて言った。
「それに歳を心配したがそれは要らぬ心配であった。まるで熟れた果実の様に味わいがありそうだ」
「このようにですか」
 執事はここで銀の皿の上に置かれている果実の山を差し出した。
「そうだな。例えばこの無花果の様に」
 彼はそう言うとその北方産の無花果を手にとった。そして口に含んだ。
「私が食するに相応しい果実だ。果実はやはり熟れたものでなければならぬ」
「青い果実は駄目でしょうか」
「それはそれで味わいがあるがな。だが熟れたものの味は一度覚えると病みつきになる」
 無花果を食べ終えると執事に顔を向け言った。
「そして同時に私の立場も確固たるものにしてくれる」
「ということはやはり」
「当然だ。昔からよくあることだ」
 シャイターンの笑みは何処か邪なものを秘めていた。
「ハルーク家の中で今回のことに関して何か動きはあるか」
「何人か反対している者がおります」
「そうか」
 彼はここで再び邪な笑みをたたえた。
「いつものようにやれ」
「わかりました」
「それからだ」
 彼は切られた梨を手に取りながら言った。
「北方諸国内で私に不満や不信を持つような勢力を調べておけ。すぐにな」
「それはもうとうに完成しております」
「早いな。ではそれを見せてもらおうか」
 彼は梨を食べ終えると私室に向かった。
 歩きながら周りの者が彼の服を着替えさせている。すぐに彼は豪奢な絹の服に着替えていた。
 私室に入った。そこは多くの高価な装飾が為された書で囲まれた本棚であった。これは彼の私室の一つである。
「では見せてもらおうか」
 彼はその中に置かれている黒檀の椅子に座ると執事に声をかけた。
「はい」
 執事は一つのファイルを差し出した。
「ふむ」
 彼はそれを手にとった。そしてその中をパラパラと見た。
「如何いたしますか?」
「そうだな」
 彼は暫し考えたがやがて決断を下した。
「黄金を贈れ。そうでなければ・・・・・・」
 その眼が剣呑に光った。
「毒だ」
「わかりました」
 それもまた何処か儀式めいていた。彼等はこうした陰謀の密議も何処か儀礼のように執り行なっている。
「これでこの地における私の地位は万全のものとなるな。大衆の支持は既に得ている」
「まずはそれが最大の後ろ楯となりますな」
「そうだ、そしてハルーク家。最早この地で私に逆らえる者はいなくなる」
「出て来たらどうしますか?」
「それもいつものことだ」
 彼はファイルを執事に返しながら言った。
「芽は出て来ないうちに摘み取る」
「お流石です」
「内はこれでよいな。ところで外のことだが」
 彼はここで話題を変えた。
「サラーフとオムダーマンの間でまた何かあるようだな」
「はい、どうやらサラーフの力が弱まったのを好機としオムダーマンが侵攻を計画しているようです」
 普通ならばオムダーマンの一部の高官しか知らない話である。議会も極秘にこれを決定している。衰えたりとはいえ西方第一の国を侵略するのである。ことは慎重にいく必要があった。
「成程な。成功すればオムダーマンは西方の覇者となる」
「そしてすぐに東方のハサンと肩を並べる勢力となるでしょう」
「ハサンとか」
 彼はそれを聞いて考える目をした。
「それは何かと面白くなりそうだな」
「如何致しますか?」
 執事は考える目をしている主に対して問うた。
「サラーフとオムダーマンの戦力は現時点においては拮抗しているな」
「はい。サラーフはまだ二度の敗戦から立ち直っておりませぬ」
 どうやらこの執事は政治戦略のことにも長けているようだ。只の執事ではない。
「そこで我々が動けばどうなるかな」
「状況は一変しますな」
「そうだ。果たしてどちらに恩を売るべきか」
 彼は悪魔的な笑みをまたしても浮かべた。
「それは御主人様が最もよくおわかりだと思いますが」
「フッ、確かにな」
 シャイターンはここで口の端を歪めてみせた。
「機が来れば動くとしよう。その時まで英気を養っておく」
「わかりました」
「ところで一つ聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「オムダーマン軍の司令官は誰なのだ」
「オムダーマンですか」
「そうだ、今回の侵攻は勢力が拮抗しているだけに将の質が戦局を大きく左右するだろうからな」
「誰だと思われますか?」
「フッ、相変わらず底意地が悪いな」
 シャイターンは意地悪そうに笑った執事の顔を見て苦笑した。
「いえいえ、もう既におわかりでしょうから尋ねているのです」
「私がオムダーマンの指導者ならば」
 彼はそうことわったうえで言った。
「アッディーン提督以外の者にはしないな」
「その通りです」
 執事はその答えを聞き頭を垂れた。
「アッディーン提督が今回の作戦の総司令官に任命されました」
「やはりな」
 彼は楽しそうに笑った。
「面白くなるな。彼の用兵は見ていて実に鮮やかだ」
「御主人様がそう言われるのは珍しいですな」
 執事は彼の性格をよく知っていた。
「誤解するなよ、私は優れた者は率直に認める」
 彼は席を立った。そして執事を横目で見ながら言った。
「ただ私に比肩し得る者がいないだけでな」
 彼はここでベルを鳴らした。すぐに一人のメイドが入って来た。その手には銀の杯と氷の中に入れられたワインのボトルが二本入っていた。
「ご苦労」
 メイドがそれを空けようとする。だがシャイターンはそれを止めた。
「待て、久し振りにそなたが空けたのを飲みたくなった」
 執事に顔を向けて言った。
「いいか」
「有り難き幸せ」
 彼は微笑んで頷くとワインに向かった。そして見事な手つきでコルクを空けた。
「ふむ、相変わらず見事な手並だな」
「いえ、私などはとても」
「謙遜する必要はない。美味い酒を飲ませるのも才能だ」
 彼はそう言うと杯に入れられたその紅い酒を飲み干した。よく冷えた甘美な宝玉が喉を伝わり落ちる。
「美味いな。アレクサンドリアの二年ものか」
「その通りです」
 アレクサンドリアはサハラ北方にあるワインの有名な産地である。今はエウロパの領土となっている。
「いずれこのアレクサンドリアのワインを好きなだけ飲みたいものだ」
 その言葉の意図するところは明白であった。彼はあることを胸に秘めていた。
「エウロパの者はエウロパのワインを飲んでいればよいのだ」
「全くです」
 執事はその言葉に同意した。彼もまた同じ考えであった。
「サハラのワインを飲むことは許さん。ましてやサハラの地に足を踏み入れるなど」
 杯を持つ指が微かに白くなった。
「断じて許されんことだ」
 感情が少し垣間見えた。
「その通りでございます」
 執事もそれに賛同した。
 これはサハラの者なら大方が持っている考えであった。彼等にとってエウロパは憎むべき侵略者であり彼等をサハラ北方より放逐することがサハラの民族主義者達にとっての悲願であった。そういう意味でこのシャイターンもまたサハラの者であった。
「今は我等のはそこまでの力はない。だが力は増えるものだ」
「はい。そして力を増やしたならば」
「その時こそ動く時だ」
 その黒い瞳が光った。それは大地ではなく彼の戦場である銀河を見ていた。銀河は戦乱を見守りながらその無限の輝きをたたえていた。



第二部    完



                  2004・5・28 

 

第三部第一章 侵攻作戦その一


                   侵攻作戦
 西方の要地であるカッサラ星系。貿易で栄え各国の争奪地となってきた場所である。
 この星系を巡ってれまで多くの血が流れてきた。血を血で洗い屍が積み重ねられてきた。それがこの栄えてきた星系のもう一つの歴史であった。
 それも人類の歴史の一面であった。人類は銀河に進出しても争いは止めなかった。
 サハラ内、そしてエウロパとサハラの戦いだけではない。連合も内部に宇宙海賊やテロリストといった内憂を長年に渡って抱えてきた。そしてそれ相応の血を流してきた。人類の歴史において血が止まるということはなかった。
 戦争さえなければ平和なのではなかった。この場合は武力における戦争である。連合内は武力を用いず経済、通商、貿易における戦争が頻発しておりそれは今も変わらない。これも平和かというと謀略が渦巻き到底そうは言えなかった。
 政争は常である。何処の国でもある。結局人類の歩みはそうしたものとは切っても切れないものである。
 それは何故か。神話を見ると神々も互いに争い時として血を流している。我々が信仰する神々もそうなのである。それならば我々がそれから逃れられる筈はないのではないだろうか。
 だが人類が愚かであるかというとそうではない。一面に過ぎない。光もあれば影もあるのである。そうした影だけでなく光もまたそれ以上に人類の歴史を照らしているのである。
 文化がある。芸術がある。愛がある。人類はそれを常に愛で追い求めてきた。そして様々な美しい話、作品が誕生し無数の美が生まれてきた。まるで銀河の星達のように。
 また人類の不思議なところはその血を血で洗う戦争においてもその美を求めるところである。
 かつて多くの戦場が詩となり絵画となった。トロイアの戦争は盲目の詩人ホメロスによって詠われ今も残っている。数千年経てもまだ人の心を支配しているのだ。
 そしてそれを行なう武器も人類は飾ってきた。剣に斧、槍、鎧に兜。そこにも多くの美しい装飾が施されてきたのである。
 それは今も変わらない銀河を進み星の戦場を駆ける艦もその姿は美しい。
 今カッサラに多くの艦艇が向かっていた。流線型でスマートな外見である。これはオムダーマンの艦艇独特の形であった。
 この流線型のシルエットは美しいと評判であった。軍艦に相応しくなく優美であると言われている。
「それは機能性を重視した結果なのだがな」
 その中の一艦に乗る男が呟いた。
 黒い髪を短く刈っている。四角い顔立ちをしており全体的にがっしりした体格をしている。彼はオムダーマンの艦隊司令官の一人ヌーフ=ハルシメルである。
 その軍歴の最初から今に至るまで空母を中心とした機動艦隊に置いていた。その為かイエニチェリの運用には定評があり空母の運用のスペシャリストとして知られている。
「空母にしろそのシルエットは流線型になっている」
 これもオムダーマンの艦艇の特徴である。空母は往々にして武骨な形になり易い。
「ですね。こうしたことは珍しいでしょう」
 傍らに控える参謀の一人が答えた。
「我が軍は機動性を重視していますから」
「そうだな。そして攻撃力だ」
 ハルシメルは腕を組んだまま言った。
「どれも艦にとっては必要なものだ。その分防御力は弱いがな」
「それでもかなりましになりましたね」
「多少はな。まあそのままよりはずっと有り難いな」
 彼は自身の艦艇をそのままの姿勢で見ていた。艦隊は整然と並び銀河を進んでいる。
 その隊列は河の様であった。そして虚空の中を進む。
「防御に関してはサラーフも大体同じだがな。サハラの艦艇の特徴か」
「ですね。ところで連合の艦艇ですが」
「おい、あんな別世界のことは言ってもはじまらないぞ」
 彼はそう言って苦笑した。彼等にとって連合は全くの異境であったのだ。
「それはそうですが」
 参謀はそう断ったうえで話した。
「ですが参考にはなると思いますが」
「確かにな」
 それは事実だった。それを否定する程ハルシメルは愚かではなかった。
「そして連合の艦艇はどういったものなのだ」
「何でも防御力を重視しているようです。そしてダメージコントロールにかなり力を入れているとか」
「生存能力を第一に置いたか」
「はい。そして艦を大型にし全体的に火力も強いようです」
「そうか。大型か」
「ええ。何でもどの艦種も我が軍の艦艇の倍の大きさはあるとか」
「そして数を頼みにして戦うのか。宇宙海賊はそれで一蹴できるな」
「ですね。海賊を相手にするにはいささか過ぎるかと思いますが」
「そういえばそうだな」
 彼は参謀に言われてふとそう思った。
「そこまでの性能だと我々やエウロパの艦艇も楽に倒せそうだな」
「そうですね。まさかとは思いますが」
 参謀の顔が暗くなった。
 彼等サハラの者が口には出さないが一つ怖れていることがある。それは連合の侵攻であった。
 今彼等は北方をエウロパに侵略されている。だが所詮数が違う。多くの者はサハラが団結すれば彼等を容易に追い出すことができると考えていた。団結できるかどうかは別として。
 

 

第三部第一章 侵攻作戦その二


 だが連合は違った。人類の約七分の六を擁しその力は圧倒的なものがある。そしてそれをもしサハラに向ければ。彼等は持つ者である。持たざる者ではない。無限とも思える開拓地がある。だがそれに目を向けず何かしらの事情でサハラに向ければ。それは死を意味していた。
「その可能性は全くないのが救いだな」
「そうですね。とりあえず今はサラーフのことを考えましょう」
「だな」
 彼の艦隊は入港した。そして彼自身も司令部に向かった。
 道行くところ兵士で溢れかえっている。オムダーマンとしてはじめてと言ってもよい規模の作戦であるからそれも当然であろう。
「こうして見ると壮観だな」
 彼は車の中でその将兵の姿と港に並ぶ艦艇を見ながら満足気に言った。
「はい、我が国はじまって以来の作戦に相応しいですね」
 参謀もいささか頬を緩ませていた。二人はやがて司令部に到着した。
「ハルシメル中将ですね」 
 門を護る衛兵が身分を確かめてきた。
「そうだ」
 彼は軽く微笑んで頷いた。
「身分及びボディーチェックをさせて頂きます」
「わかった」
 中々厳しい。将官といえとチェックを怠らないとは。彼は数人の衛兵によりチェックを受けた。
「ハッ、失礼しました」
 衛兵達を指揮する将校が彼に対して敬礼して言った。
「うむ、ご苦労」
 彼は穏やかに笑って敬礼を返した。こうしたチェックに気分を害する者がいないわけでもない。だが彼はそうしたことには気をとめる人間ではなかった。むしろ自らの職務を忠実に行なう衛兵達に対して賛辞を送る人間であった。
「ああした者がいるということは有り難いな」
 彼は車から出て司令部のビルに入りながら参謀に対して言った。
「ええ。多少厳し過ぎるかと思いましたが」
「それは違うな」
 彼は参謀に顔を向けた。
「あれ位でなくてはいけない。さもないとこの司令部に何かあってしまうだろう」
「それはそうですが」
「ああした仕事は厳しいにこしたことはないのだ。そしてそれを忠実に執り行なう者がいる。これは我が軍にとっての宝だと思うが」
 彼の言葉は謹厳なものであった。
「まあそう深く考える必要もないが」
 だがここで参謀を宥めるように微笑んだ。
「そうした真面目なことがどれだけ重要か、それだけわかってくれればいい」
「はあ」
「君はまだ若い。そうしたことを知るのも軍人として必要だ」
 そう話しているうちに会議室に入った。入口にいる兵士が彼を認めて敬礼した。
「暫くお待ち下さい」
 彼はそう言うと会議室に入った。そしてすぐに出て来た。
「お待たせしました」
 そしてハルシメルを案内する。彼は兵士に案内され部屋に入った。 
 部屋にはまだ誰もいなかった。彼は自分の席を見つけそこに座った。
 やがて他の提督達が入って来た。今回はオムダーマンの基幹戦力である宇宙艦隊十六個のうち十四個が参加する大規模な作戦である。ミドハド併合により拡充した戦力を投入するというものだ。
 参加する艦隊とその指揮官は以上の通りである。
 第二艦隊   ハルシメル中将
 第三艦隊   マトラ中将
 第四艦隊   カーシャーン中将
 第五艦隊   ラーグワート中将
 第六艦隊   ベニサフ中将
 第七艦隊   サリール中将
 第八艦隊   ナクール中将
 第九艦隊   アルマザール中将
 第十艦隊   カトラナ中将
 第十一艦隊 アタチュルク中将
 第十二艦隊 ムーア中将
 第十三艦隊 コリームア中将
 第十四艦隊 ニアメ中将
 第十五艦隊 アガヌ中将
 以上の艦隊により行なわれることとなっている。総司令官はアッディーン上級大将であり彼は既にこのカッサラにいた。なおカッサラに駐留する第一艦隊はカッサラ防衛司令官であるアジュラーン上級大将が司令を兼任しているが彼はカッサラ及び本土の防衛にあたることとなっていた。それだけでは当然足りず第十六艦隊も防衛にあたっていた。この艦隊は主にサラーフとの国境にあるブーシル星系にあった。
「これだけの艦隊を投入するというのも我が国では例を見ないな」
 ハルシメルはあらためて思った。参加兵力にして五千万、艦艇は補助艦艇も入れて二十万に達した。これ程の兵力を一度に動かすのはサハラでは他にハサン、そして侵攻相手であるサラーフだけであった。
「だが大兵力には大兵力の問題がある」
 そうであった。それだけ多くの武器、食糧、燃料の補給や調達も必要である。そしてその用兵もそれだけの苦労が伴うのだ。
「アッディーン司令は確かに今まで鮮やかな勝利を収めてきたが」
 彼は言った。
「それは少ない兵力いおいてだった。大兵力の運用は違ってくる」
 適正という問題もあった。少ない兵を率いる方が適している将もいるのである。
「どうなるかが問題だな。一歩間違えればオムダーマンの滅亡に直結する問題だ」
 もしこの作戦で致命的な敗北を喫したならば。その時はサラーフの反撃を受け今度はオムダーマンが侵攻を受けることになるのは明白であった。
 だからこそ今回の作戦は万全を期さなければならない。それはハルシメルも同じであった。
 やがて各提督達が入って来た。皆真剣な顔立ちである。
 そしてアッディーンが来た。提督達は彼の姿を認め一斉に席を立った。
 そして敬礼する。アッディーンはそれに対し敬礼で返した。
「諸君、今日はよく集まってくれた」
 彼は提督達を席に座らせた後自らも座り言った。
「今回の作戦だが」
 彼もまたその顔は真摯なものであった。
「サラーフ領侵攻作戦だ。そして一気にかの国を併合する」
 提督達はそれを黙して聞いていた。それはわかっていることである。
「敵は勢力を弱めているとはいええまだその戦力は侮れない。心してかかるように」
「司令」
 ここで提督の一人が手をあげた。ベニサフ提督である。
「何だ」
 アッディーンは彼に顔を向けた。
「敵艦隊の配置及び基地の状況はどうなっているでしょうか」
「それだが」
 彼はここでブザーを鳴らした。すぐに参謀達がやって来てモニターを映し出す。そしてそこにはサラーフの地図があった。
「今我々はカッサラにいる。これは言うまでもないな」
「ハッ」
「そして彼等の予想防衛ラインだが」
 彼は指揮棒を取り出した。そして地図で指し示していく。
「まず敵は我々の矛先を避ける作戦に出ると思われる」
「戦力が弱まっておりますからね」
 マトラがそれを聞いて言った。見れば隻眼である。これは戦闘の際艦艇が攻撃を受けこうなったのだ。その目には機械の義眼を入れている。
「そう、そして我々の疲れを待つだろう」
「そしてその疲れが頂点に達したところで、ということですか」
 マトクが問うた。
「そうだ、よくあるが極めて有効な戦略だ」
 かってナポレオンがロシアに侵攻した時もそうであった。彼は冬のモスクワで冬将軍により戦力を消耗しそして退却する時にコサックに襲われその軍の多くを失った。そしてこれがナポレオン没落の直接の引き金となったのである。あまりにも有名な事件であった。
「それに対して我々はサラーフに拠点を設けることにしたい。そしてそこを足掛かりにしてサラーフを侵略していく」
「その拠点とすべき場所はどこにするのですか?」 
 ラーグワートが問うてきた。見れば他の将達よりも年長である。その豊富な実戦経験はオムダーマン軍においても定評がある。
「その拠点だが」
 彼はここで指揮棒を動かした。
「ここに置こうと考えている」
 そこはサラーフ星系の一つムスタファ星系であった。交通の要地であると共に物資の集積地でもある。
「この地を抑えることによりサラーフでの戦略はかなり優位に立てる。そしてここからはサラーフ各地に兵を送ることが可能になる」
「将に戦略上の要地ですな」
 提督達がそれを見て口を揃えた。
「この地はこのカッサラからも比較的近い。距離もいい」
「確かに」
「ここで問題が一つある」
 彼はここで提督達を見回した。
「おそらく彼等はここで一度目の防衛ラインを敷いてくるだろう。この地を容易に手渡さない為に」
 これは充分予想できた。焦土戦術を行なうにしても守らねばならない場所や戦わねばならない時がある。先のナポレオンのロシア戦役においてはロシア軍はスモレンスク等で大きな戦いをしている。これは敵をさらに誘い込む為の戦術でもある。
「これに勝たなければならない。まあおそらく少し戦って彼等は撤退するだろうが」
「しかしそれですとムスタファ星系にある物資は」
「おそらく何もないだろう。施設も全て破壊されている筈だ」
「でしょうね」
 それは焦土戦術の常識であった。
「そして戦線が延びきるのを彼等は期待している」
「それに対してお考えはありますか?」
 ここでナクールが尋ねてきた。彼はまだ若い提督である。
「当然だ。その為の補助艦艇だ」
 アッディーンは落ち着いた声で答えた。
 

 

第三部第一章 侵攻作戦その三


「この艦艇を使いすぐに基地を修復する。そして素早く基地としての機能を回復させる」
 それには皆頷いた。
「そしてそこを侵攻拠点に作り変えると」
「そうだ、敵の裏をかく」
 アッディーンは不敵な笑みを浮かべた。
「作戦の第一段階はそこまでだ。それから第二段階に入る」
「第二段階?」
 提督達が尋ねた。
「そうだ。それは後々話そう」
 彼はそう言うと指揮棒を収めた。
「何か異論はあるか?」
「いえ」
 皆異存はなかった。アッディーンはそれを見て会心の笑みを浮かべた。
「ならば行くぞ、まずはムスタファ攻略だ」
「ハッ!」
 皆席を立ち敬礼した。こうしてサラーフ侵攻作戦が開始された。

 オムダーマン軍がサラーフに雪崩の如き侵攻を開始したとの情報はすぐにサハラ全土、いや人類全体にまで伝わった。
『どちらが勝つか』
 連合においてもネットやテレビにおいてそのテーマで話が行なわれた。多くはオムダーマンの今回の侵攻は失敗に終わると見ていた。
『補給はどうするのか』
『戦力が足りないのではないか』
 失敗を主張をる人々はその根拠としてそういった点を指摘した。
 逆に成功すると主張する人々はその根拠を人に求めた。
『アッディーン提督ならやる』
 彼等はアッディーンの卓越した能力に期待していた。
「最近サハラの動きが活発になってきているな」
 八条は朝に届けられた新聞を見ながら呟いた。テーブルの上には朝食は置かれている。
 彼の朝の食事は昔ながらの和食である。豆腐と若布の味噌汁にメザシ、少量の漬物に白米、そして茶である。他には納豆までついている、
「西方と北方がですね。特に西方は急激に動いております」
 食事を共にする秘書官が言った。
「そうだな。では食事にしよう」
「はい」
「いただきます」
「いただきます」
 二人は手を合わせると箸をとった。そして食事に入った。
「やはり朝は味噌汁がいいな」
「ですね。私はコーヒーよりこちらの方が好きです」
 秘書官は味噌汁の中の豆腐を口の中に入れ飲んだあとで言った。
「我々は何かと料理の種類も多いけれどね。それでも日本人は朝は味噌汁といきたいね」
「同感です。しかし長官、そうした考えは若い女の子には好かれませんよ」
 秘書官は彼に対して笑って言った。
「女の子の好みはあまり気にはしないが」
 大体風の中の羽根の様に移ろい易く変わり易いものである。それに彼は元々その容姿と落ち着いた人柄により若い女の子からは人気が高かったので特にそれを気にすることもなかったのである。
「それよりも気にしなくてはいけないのは君の方だろう」
 八条は笑って秘書官に対して言った。
「な、何がですか!?」
 秘書官はそれを聞いて急に慌てだした。
「聞いているよ、最近妹さん達と上手くいっていないそうだね」
「ど、どうしてそれを!?」
 実は彼には妹が五人もいる。美少女揃いという評判だ。
「い、いえ」
 彼は急に畏まった。
「そのようなことは一切ありません」
「ではさっきの言葉は何だい?」
 八条は彼をからかうように笑った。
「こ、言葉のあやです」
 彼は顔を赤らめながらも謹厳な態度を必死に作った。
「たまには妹さん達にプレゼントでも買ってあげなさい。それに今日から休暇なのだろう」
「はい」
「ゆっくり休めばいい。骨休みも必要だ」
 彼だけでなく秘書官も最近不眠不休で働き詰めだった。こうした休暇も必要なのだ。
「申し訳ありません。仕事に穴を空けてしまいますが」
「それは気にしなくていいよ」
 八条は言った。あえて優しい口調で言った。
「これは私からのプレゼントだ」
 彼はそう言うと側にあった可愛く包装された箱を取り出した。
「妹さん達にね。君からのプレゼントだと言って渡したらいい」
 そこにはレターが挟んであった。『妹達へ』と書かれている。
「・・・・・・すいません、これ程までに」
「礼はいいよ。さあ、朝食が終わったらすぐに行った方がいい」
「わかりました」
 こうして彼は休暇に入った。八条はそれを笑顔で見送った。
「さて、と」
 彼は秘書官の姿が見えなくなると再び机に戻った。
「とりあえず私は仕事だな。休暇まで頑張るとするか」
 机には山の様な書類があった。増えることはあっても減ることはない。
 彼はその書類にサインを続けた。そして仕事を一つ一つ片付けていった。
 連合においてはこの戦いは遠い場所のことであり特に気にかけるものではなかった。交易のあるサハラの国といえばハサン位でありそれも左程大きな交易ではなかった。今後のサハラ情勢を考えるにあたってどうか、という意見もあったがやはり戦いのシュミレーションを楽しんでいる者達の方が多かった。
 だがエウロパでは事情が違った。彼等にとってはごく身近で起こる戦いでありそれによる影響を深く考察する必要があったのだ。
「どちらが勝っても国境を接することはないが」
 モンサルヴァートは自身の司令室で地図を見ながら呟いた。
「この戦いにオムダーマンが勝った場合はサハラの勢力図が大きく変わることになる」
 彼の前にはプロコフィエフが立っていた。
「はい、そして彼等の勢力はサハラにおける我々のそれを凌駕することになります」
 彼女はいささか鋭い声で言った。
「そうだな。ただでさえハサンという大国もあるというのに。二つもそうした国が誕生すると厄介なことになる」
「既に北方においても我等の侵攻は停滞しておりますし」
「シャイターン司令か。あの男が来てからだ」
 彼は顔を顰めさせた。
「サラーフの艦隊も殲滅したそうだな」
「はい、それによりオムダーマンが動いたのです」
「サラーフにとっては痛い敗北だったな。まあ自業自得だが」
 彼はサラーフのホノグラフィの地図を拡げた。
「この戦い卿はどう見ている?」
 彼はプロコフィエフに意見を求めた。
「そうですね」
 彼女は地図を見ながら口を開いた。
「兵力はサラーフの方がまだ有利にはあります。ですがそれはあまり問題ではありません」
「では何が問題となる?」
「距離です。まずオムダーマンはサラーフの首都を陥落させなければなりません」
「アルフフーフをか」
「はい。ですがカッサラからアルフフーフの距離を考えますと一直線に向かうのは不可能です」
「そうだな。すると何処かに足掛かりを築かなければならない」
 それはモンサルヴァートもわかっていた。
「問題は基地を置く場所です」
「何処がいいと思う?」
「ムスタファ星系です。カッサラにも近くまた交通の要地でもあります。ここを押さえるとオムダーマンはかなり優位に立つことができます。しかし」
「しかし?」
「サラーフも愚かではありません。何らかの手を打っているでしょう」
「そうだな。卿は彼等はどうした作戦を立てると思う?」
「そうですね」
 プロコフィエフは問われ暫し考えた。
「焦土戦術ではないでしょうか」
 そして表情を元に戻し答えた。
「焦土戦術か」
「はい、オムダーマンの矛先をかわし戦力を消耗させるにはそれが最も有効かと思います」
「アッディーン提督と正面から戦うのは危険だからか」
「それもあります」
 アッディーンの名はエウロパにおいても広く知られるようになっていたのだ。
「ですが焦土戦術を執る理由はそれだけではないと思います」
「ほう、では何だ?」
「戦力の回復を待っているのではないかと思われます」
 本来サラーフは二十四個艦隊を擁している。西方においては他を圧倒する戦力であった。だがオムダーマンがその勢力を急激に拡大させ敗戦によりその勢力は翳りを見せている。
「まずはオムダーマンの侵攻から消耗を避け彼等を兵糧攻めにしている間に兵を集めます。そしてオムダーマン軍が疲弊しきったところでその整え終えた戦力で攻撃を仕掛けるのではないかと」
「ふむ。まるでかつてのロシアの様な戦い方だな」
 モンサルヴァートはそこまで聞いて口に手を当てて言った。ロシアは地球にあった頃敵が侵攻して来ると焦土戦術をとりその矛先をかわし敵の疲弊を待つのを常套手段としてきたのである。これによりナポレオンもヒトラーも敗れたのである。
「はい、雪こそありませんが戦い方はほぼ同じです」
「そうか。それではオムダーマン軍の苦戦は免れないな」
「おそらく」
「アッディーン提督は常に敵を即座に叩くのをよしとしている。おそらくそうした戦法には弱いだろうな」
「サハラの者には多いですね。かなり早急な人物かと存じます」
 二人はアッディーンの今までの戦歴も考慮に入れていたのだ。そのうえで話している。
「オムダーマンにとってはかなり不利な戦いだな」
「はい、敗北した場合彼等は今度は自らが侵攻を受けることになるでしょう」
 彼女の指摘は当たっていた。オムダーマン側もそれを最も怖れているのだ。
「どちらにしろこれだけは言えるな」
 モンサルヴァートはここで言葉を一旦とぎらせた。
「この戦いに勝った方がサハラ西方を完全に手に入れる」
「はい、それは間違いありません」
 プロコフィエフはその言葉に頷いた。
 彼等の指摘は当たっていた。だが一つのことを読み違え一つのことを忘れていた。
 読み違えはアッディーンであった。確かに彼は早急な性格で戦いを一気に決めることを好む。だが彼は常にそれを追い求めるような頭の固い人物ではなかった。
 真の名将とは臨機応変にことに応じるものである。必要とあればどのような戦い方も出来る。そうでなくては戦いに勝てはしない。アッディーンは真の名将であった。
 そして忘れていたことはシャイターンの存在である。
 この人物のことはまだ誰もが戦上手の傭兵隊長位にしか思っていなかった。だが彼は一介の傭兵隊長に収まるような人物ではなかったし彼自身もそのようなことは全く望んでいなかった。
「サラーフは魔王の夕食となった」
 後にある劇作家が自分の作品の中で登場人物にこう言わせた。この戦いにおいてシャイターンの存在はそれ程までに重要であったのだ。
 だがそれをまだ誰も知らない。シャイターンのみが無気味な笑みをたたえていた。 

 

第三部第二章 緒戦その一


                     緒戦
 アッディーンに率いられたオムダーマン軍十四個艦隊はカッサラを発った。そしてそのままサラーフ領に侵攻していった。サラーフ軍の反撃はなかった。彼等の姿は何処にもなくオムダーマン軍は無人の荒野を行くが如く進撃していた。
「今のところは何もありませんね」
 ガルシャースフがアッディーンに対して言った。
「ああ、予想通りだな」
 彼は順調に進む自軍を見ながら言った。
「だが問題はこれからだ」
 彼は前を見て呟いた。強い声だった。
「側面及び後方は大丈夫か」
 そしてガルシャースプに対して問うた。
「はい、敵影の存在は確認されておりません」
「ならばいい」
 彼はそれを聞いて安堵の声を出した。
「補給路の確保だけは完全にしておけ。今度の戦いではそれが生命線になる」
「わかりました」
「それから全軍に伝えよ、敵が逃げたからといって無闇には追うなとな。血気にはやることのないよう」
 彼の言葉もまた落ち着いたものであった。
「まずはムスタファ星系だ。それから全てがはじまる」
 オムダーマン軍は進撃を続けた。そして惑星を一つ一つ占領し星系をその勢力圏に収めていった。
「オムダーマンの動きは順調のようだな」
 その話はシャイターンのところにも届いていた。
「ハッ、既に幾つかの有人惑星をその勢力下に置いた模様です」
 彼の前に立つハルシークが答えた。彼等は今シャイターンの宮殿にいた。
「速いな。流石はアッディーン提督といったところか」
 シャイターンは絹の豪奢な服を着ていた。赤紫で丈の長い上着とそれと同じ色のズボンを身に着けている。
「だが今度の戦いは速さが求められるものではない」
 彼は思わせぶりに言った。
「それはわかっているな」
 そしてハルシークに対して問うた。
「はい」
 彼はその問いに対して頷いた。
「ならばよい。それでこそ私の部下だ」
 彼は微かに満足感を含んだ声で言った。
「さて、アッディーン提督にもそれはわかっているかな」
「それは何とも」
「わかっていればよし、わかっていなければ」
「敗戦ですな」
「そう、そして西方はサラーフのものとなる。彼の武名もこれまでだ」
 彼は冷たい声でそう言った。
「今までの彼の戦いは見事なものであった。だが今回もそうとは限らない」
「問題はこれからですか」
「そうだ、戦いとは何も正面から激突するだけではない」
 彼はここで身を翻した。
「時には逃げるのも戦いなのだ」
「はい、それが理解出来ない愚か者も多いですが」
「そうした者は敗れ去る、そして歴史にその愚かさを永遠に曝し続けることになる」
 まるで氷の様に冷徹な言葉であった。そこには一変の温もりもない。だがそれでいて甘美で危険な誘惑を秘めた不思議な声であった。
「アッディーン提督もそうなるかな。それはやがてわかることだ」
 彼はそこまで言うと身をハルシークの方に戻した。
「我等が動くのはそれを見極めてからだ。焦る必要はないぞ」
「ハッ」
 ハルシークはその言葉を聞き姿勢を正した。
「だが動く時は・・・・・・。わかっているな」
「勿論でございます」
 彼はその言葉に対し不敵に笑った。
「ならばよい。その為の備えは怠らないようにな」
「何時でも閣下が仰ればすぐにでも」
「フフフ、それでいい。優れた部下を持ち私は幸福だ」
 彼はそう言うとハルシークを下がらせた。そして自室に戻って行った。
「さて、アッディーン提督よ」
 彼は階段を登りながら一人妖しげな笑みを浮かべ呟いた。
「私を楽しませてくれよ」
 そして部屋の扉を開けその中に入った。そのまま気配は扉の中に消えていった。

 アッディーン率いるオムダーマンの大艦隊は敵と遭遇することなく迅速に兵を進めていた。そして星系を次々に占領していった。
「住民の反応はどうか」
 彼は参謀の一人に問うた。
「今のところ問題はありません。援助物資を供給しその生活の安定を約束しております故」
 その参謀は答えた。
「そうか、ならいい。くれぐれも彼等の生活に支障をきたすようなことは起こすな」
「わかりました」
 彼は住民の反発を恐れていた。そこからレジスタンスの蜂起が起こる可能性がある。そうなれば後方が危うくなる。
「司令、一つお聞きしたいことがあるのですが」
 ここでバヤズィトが尋ねてきた。
「何だ」
「この作戦において用意した補給艦及び工作艦のことですが」
「それか」
「はい、やはりこうしたことを考えてのことだったのでしょうか」
「そうだ、だがそれだけではない」
 彼は答えた。
「それもすぐにわかる。すぐにな」
 彼は思わせぶりに言った。
 やがて彼等は目標であるムスタファ星系まだ残り僅かの場所まで到達した。
「やはりここにはいるか」
 アッディーンはサラーフの艦隊がムスタファ星系の前に布陣しているとの報告を聞き思わず呟いた。
「その数は?」
「およそ十万です」
 ラシークが答えた。見れば魚燐型の陣を組んでいる。
「そうか、ではすぐに叩くとしよう」
 アッディーンはそう言うと右手をゆっくりとあげた。
「全軍上下左右に広く陣を組め。そして敵を三日月型に包囲せよ!」
「ハッ!」
 アッディーンの指示の下オムダーマン軍は動いた。そしてその言葉に従い敵を囲むように陣を組んだ。
 こうしてムスタファ星系での戦いははじまった。まずはオムダーマン軍の一斉攻撃からである。
 忽ち数百の艦艇が破壊される。サラーフ軍はこれを受け一瞬怯んだ。
「今だ、進め!」
 アッディーンがそれを見て右手を振り下ろした。オムダーマン軍はそれに従い前に進んだ。
 これに対しサラーフ軍は退いた。そして陣を整え反撃に移ろうとする。
 だがそんな隙を与えるアッディーンではなかった。彼はそれよりも早く彼等の前を塞ぎそこに集中攻撃を加えた。
 これで戦いは決した。サラーフ軍は勝算がないと見たかすぐに退却を開始した。
「追いますか?」
 ラシークがアッディーンに対し尋ねた。
「いや」
 だが彼はそれに対し首を横に振った。
「追う必要はない。これで我々は第一の作戦目的は達した」
 彼は静かに言った。
「まずはムスタファ星系に入ろう。そしてあの星系を確実に掌握するのだ」
「ハッ!」
 オムダーマン軍は退却したサラーフ軍を追わなかった。かくしてムスタファ星系の戦いは両軍にさしたる損害を与えることなく終了した。オムダーマン軍は素早くムスタファ星系を占領した。
 ムスタファ星系はサラーフ南方の交通の要所であり物資の集積地でもあった。ここには大規模な補給基地と港湾施設が存在していた。
 だが今はそれはなかった。全てサラーフ軍により破壊されてしまっていた。
「・・・・・・これは厄介ですね」 
 アッディーンと共に惑星に降り立ったガルシャースプが顔を顰めて言った。
「そう思うか」
 アッディーンはそれを聞いて尋ねた。
「当然です、これでは基地としての役割を果たせません。我々はこの星系を足掛かりにはできないのですから」
「そうだな、今のままではな」
 アッディーンはそれを聞き言った。
「だがこれは予測していた」
 彼はここではじめて言った。
「工作艦に伝えよ、すぐにこの星系の基地の修復に取り掛かれとな」
「では工作艦は・・・・・・」
「そうだ、この時の為に連れて来たのだ」
 彼はニヤリと笑って答えた。
「敵が焦土作戦でくるなら我々はそれに対抗して基地を作る。そして敵の誘いには乗らず腰を据えることにする」
「敵が戦力を拡充させるのは構わないのですか?」
「それよりもまずは確固たる戦線、後方基地の建設だ。ましてやサラーフは広い。そうそう用意に制服できるものではない」
「成程」
 ガルシャースプはそれを聞いて頷いた。
「そして補給艦にも働いてもらう。カッサラとムスタファを往復して物資をどんどん運び込んで欲しい。これから忙しくなると伝えてくれ」
「わかりました」
「その時に敵の襲撃も予想される。常に護衛の艦隊をつけておこう。これはローテーションだ」
「補給路の確保はどうしますか?」
「それにも艦隊をつける。そうだな、ラーグクート提督に頼むか」
「あの方でしたら問題はありませんね」
 ラーグクートの熟練の作戦指揮はよく知られている。その慎重な用兵には定評がある。
「まずはここに万全の足掛かりを築くぞ。作戦の第二段階はそれからだ」
「ハッ!」 
 ガルシャースプはそれを聞き敬礼した。こうしてオムダーマン軍はムスタファ星系の軍事施設の修復及び基地化に取り掛かった。
 これに対しサラーフ軍は予想通り補給路の襲撃を開始した。だがそれはラーグクートの的確な用兵と補給艦隊を守る護衛の艦隊によりことごとく阻まれた。
「よいか、決して深追いはするな」
 ラーグクートは部下達に対し命令を下した。
「我々は補給路を確保すればよいのだ。そして敵を補給艦および勢力圏に近付けなければよいのだ」
 彼は部下達に無理はさせなかった。そして敵の襲撃に対し数十隻を単位としたパトロールでもって対応した。これによりサラーフ軍はゲリラ的な襲撃を行なえなくなっていた。
 そして補給艦を守る艦隊の存在も大きかった。彼等はオムダーマンの補給艦隊が通るのを指をくわえて見ているしかなかったのである。
 こうしてムスタファ星系は瞬く間に基地としての機能を回復させた。そしてオムダーマン軍はこの星系に駐留しアッディーンの次の作戦指示を待った。
「ふむ、アッディーン司令も考えたな」
 オムダーマンの首都アスランにおいてマナーマはサラーフ侵攻の状況を聞いて言った。
「はい、一気にサラーフ全土を席巻すると思ったのですが」
 幕僚の一人が言った。
「流石にそれは無理だろう。そこまでの物量も補給も一度には持っていけない」
「はい、それにしても焦土戦術でくるとは思いもよりませんでした」
「それだけサラーフも必死なのだろう。最早存続の為にはなりふり構っていられない」
 彼は考える目をして言った。
「それに対して足掛かりを建設して腰を据えて戦うとは思わなかったがな」
 マナーマもこれは予想していなかった。
「彼のことだから一気に首都まで陥落させるものだと思っていたのだがな」
「確かに。アッディーン司令はいつもそうして勝利を収めてこられましたから」
「それをしないとはな。案外柔軟な思考の持ち主のようだ」
 彼は地図を拡げさせた。
「これを見てもムスタファを足掛かりにしたのは大きいな」
 見ればここから南方、いやサラーフの首都アルフフーフまでの道もある。西や東にも行くことができる。すなわちサラーフの喉元に刃を突き付けた形だ。
「しかし十四個艦隊ではいささか少ないかな」
「今新たに編成させている旧ミドハドの四個艦隊を援軍とするのはどうでしょう」
「それはいいな」
 彼はその提案を受け入れることにした。
「もう一つあるのですが」
「何だ?」
「サラーフ軍内部のことですが」
 彼はここでその目の光を一層強くさせた。
「ナベツーラとミツヤーンという男達をご存知でしょうか」
「いや、どのような連中だ?」
 マナーマは少し不覚に思った。サラーフ軍内のことはあらかた知っているつもりであったがその者達のことは知らなかったのだ。 

 

第三部第二章 緒戦その二


「ナベツーラはサラーフの高官の一人です。非常に権力欲が強くまた独善的で全く人望がありません。しかもその政治能力は皆無ときております」
「よくそれで高官になれたな」
「出自がよかったので。ですが本人はそれに満足しておりません。自分こそがサラーフを治めるに相応しい者であると自負しております」
「よくいるタイプだな。決して国の中枢には置きたくない」
「はい、そしてミツヤーンは軍の高官です。ヒステリックで小心者、貪欲で陰険、しかも非常に嫉妬深いと言われております。そのうえ賄賂には目がありません。そして兵士達からの評判も最悪です。実はナベツーラの腹心でもあります」
「ほほお、よくそんな人間がいるな。絵に描いたような無能な人物のようだな」
「その通りです、兵を率いれば私腹を肥やすことばかりに腐心し戦いなぞそっちのけです」
「そうした連中がよく国の中枢にいるな。サラーフの政府はそれ程愚かだとは思えないが」
「ナベツーラがマスコミと仲がいいので。サラーフはマスコミの力が非常に強いのです。俗にサラーフ最大の権力と言われるまでに」
「それは結構なことだな」
 マナーマはそれを聞いて苦笑した。この時代既にマスメディアが権力を持った場合の弊害はよく知られるようになっていた。その為連合やエウロパにおいてはネットが極めて発達している。サハラは国家が大小に分裂して争っている為そうしたことが時として起こすのだ。
「で、彼等のことを知ってどうするつもりなのだね」
「かの国のマスメディアに囁くのです。この国難を救うのはナベツーラとミツヤーンしかいないと」
「そして彼等に作戦の指揮を執らせるのか」
「その通りです」
 彼はそう言うと言った。笑いはしない。まるで鉄仮面の様に表情を変えない。
「あの国のマスメディアはナベツーラとミツヤーンの提灯持ちに過ぎません。少し鼻薬を嗅がせてやればすぐに動き出します。当然我々の存在を疑われては駄目ですが」
「ふむ、有能な味方よりは無能な敵の方が有り難いというがな」
「ええ、古来より」
「そして彼等の取り巻きはどうした連中かね」
「それはもう。碌に補給や経理を知らない精神論だけの参謀や幼女趣味の提督、酒に酔って市民に暴行を働いた提督などばかりですよ。文官の方はナベツーラのゴマすりにしか過ぎません」
「面白そうだな、そうした連中がサラーフの中枢に入ると」
「そう思われますか」
「ああ。よし、わかった」
 マナーマはそこで大きく頷いた。
「その工作を許可しよう。すぐにサラーフのマスコミに働きかけてくれ」
「ハッ」
 その参謀はそれを受けて敬礼した。
「しかし面白いことを考えてくれる。ところで私からも一つ聞きたいのだが」
「何でしょうか」
「君の氏名及び階級を聞きたい。悪いがまだ覚えていないのだ」
「ムアーウィア=タルジークです。階級は大佐です。参謀本部におります」
 彼は自分の名、及び階級を答えた。静かで低い声である。それでいてよく澄んでいた。
 見れば全体的に細く血色の悪い顔立ちをしている。頬はこけ髪は多いが細い。
「そうか、タルジーク大佐か。覚えておこう」
「はい」
「では早速取り掛かろう。スタッフと費用は好きなだけ使ってな」
「わかりました」
 こうしてオムダーマンの工作は開始された。これは外交部も参加する大規模なものであった。なおタルジークはその中心的な役割を担うこととなった。そして彼は准将に昇進した。

 その頃ムスタファ星系はアッディーンの用意した工作艦によりその機能を急激に回復させていた。今ではその機能の五〇パーセント以上を回復させ駐留する艦もあった。
 そして物資は次々と運び込まれていた。その流れは河のようであり度重なるサラーフ軍の襲撃を退け順調に集まっていた。
 アッディーンはその運び込まれてくる物資を見ていた。それが自軍の生命線となるのだ。
「補給は順調に進んでいるな」
 アッディーンは後ろに控えるバヤズィトに対して言った。
「ハッ、全ては滞りなく進んでおります」
 彼は敬礼をして答えた。
「やはりここを補給基地にしたのは正解だったな」
 彼の目の前を補給艦隊が通り過ぎていく。そして惑星に次々と降り立つ。
「はい。やはり交通の要衝だけはあります」
 カッサラからここまでの距離、そして基地の規模を考えるとここは最適であったのだ。
「基地の修復状況はどうか」
「既にその機能の五〇パーセント程を回復させております。このままいけば一週間後にはその機能を全て回復させることになるかと」
「早いな。もう少しかかると思ったが」
「工作艦と乗組員達が頑張ってくれていますので」
「彼等には感謝せねばならないな。特別に報酬を弾むとしよう」
「わかりました」
 こうした信賞必罰は軍にとっては絶対である。そうでなくては軍規は定まらず士気も上がらない。
「ところでだ」
 アッディーンはここで話題を変えてきた。シンダントの方を見た。
「ミドハド方面から援軍があるそうだな」
「はい、四個艦隊が予定されております」
 シンダントは敬礼をして答えた。
「四個艦隊か。指揮官は誰だ?」
「一人は決定しております。ムラーフ提督です」
「おお、懐かしいな」
 かってアッディーンの旗艦アリーの艦長を勤めた男である。その将としての能力は期待できる。
「あとの三人についてはまだ聞いておりません。ですがそれなりの人物が就任するそうです」
「だろうな。かりにも艦隊司令だ。無能な人物をあてられたら困る」
 彼は言った。実際に艦隊を指揮する者として実直な意見であった。
「あとサラーフ内に潜入していく工作員の数が増えているな」
「はい、どうやら何か謀り事があるようです」
 情報参謀であるシャルジャーが答えた。見ればこの三人の階級章は少将のものになっている。
「そうか。それについて聞きたいのだが」
「それでしたら今外交部の者がこちらに来ておりますが」
 ガルシャースプが答えた。彼は中将である。
「よし、会おう。司令室に通してくれ」
「わかりました」
 アッディーンは参謀達を連れ司令室に入った。そしてすぐにスーツの男が入って来た。
「閣下、お招き頂き有り難うございます」
 その外交部の者は部屋に入ると頭を下げた。
「細かい挨拶はいい、早速話を聞きたい」
 アッディーンは彼に頭を上げさせ話を聞くことにした。
「近頃サラーフに対して何かと工作をしているようだな」
「はい」
 彼は答えた。
「一体何をしているのだ?是非教えてくれ」
「政権交代を画策しております」
「政権交代!?」
 彼はそれを聞き思わず声をあげた。
「はい、サラーフの高官であるナベツーラを首班とする内閣を組閣させる為の工作です」
「ナベツーラか」
 アッディーンは彼のことを少し聞いていた。
「はい、ですが彼はやはりサラーフのマスコミの支持は高いです」
「そしてその取り巻きも無能揃いだな」
「はい、まるでヤクザかゴロツキのような者ばかりだそうです。しかしサラーフのマスコミは彼等を侠気のある豪傑と評しております」
「狂気の間違いではなく、か」
 彼は珍しく皮肉を口にした。
「どうせ軍律を無視して蛮行の限りを尽くすのを英雄的行為とでも賛美しているのだろう」
「その通りです」
「・・・・・・どうやらサラーフのマスコミというのはサハラでも選り抜きの愚か者ばかり集めているようだな」
「マスコミというのは非常に狭い世界ですから。それに情報を独占して権力が集中し易いのです。しかもそれをチェックする機能がネット等しかありません」
「そのネットがない場合はそうなるのか。悪夢だな」
「少なくとも一千年前はそうでした」
 これは事実である。マスコミの作り出した幻想に騙されていたのが二十世紀後半の世界であったのだ。その中でも最も悪質な幻想は全体主義が理想社会であるというものえあった。これにより多くの人々が騙され血が流れた。だがマスコミは報道の自由、言論の自由を楯に責任を逃れた。後にそれが追求されマスコミの力を大きく衰えるとこになるのだ。それも道理であった。
「そういう意味ではサラーフは一千年遅れているというわけか」
「あながちそうとは言えません。単にマスコミの力が強過ぎるだけでして」
「それであのような輩共が大手を振って歩けるというのか。マスコミというのは怖ろしいな」
 彼はあらためてその影響を感じた。
「はい、そして今回は彼等を利用します」
 ここで外交官は口の端を歪めて笑った。
「わかったぞ、彼等にナベツーラ一味に政権、そして軍部の中枢を握るよう言わせるのだな」
「はい、サラーフの国民はマスコミに扇動されそれを支持するでしょう」
「今の政府及び軍のやり方では国が潰れる、ナベツーラやミツヤーンでないとサラーフを救えないのだ、と」
「そうです」
 外交官は嬉しそうに答えた。
「おあつらえむきに選挙間近です。サラーフの世論は我々の侵攻で今沸騰しております」
「ナベツーラ達は何と主張している?まあ大体予想はつくが」
「徹底した強硬路線です。退却なぞ恥だ、すぐさま大兵力を以って討つべしと」
「そうだろうな。おそらく連中は我々のことどころか戦争のことも知らないのだろう」
「はい、ナベツーラは軍歴がありません。家の力を利用して徴兵逃れをしたようです」
「話を聞けば聞く程嫌な男だな」
 アッディーンだけではなかった。その場にいた参謀達も皆顔を顰めた。
「ミツヤーンもその取り巻き達も戦場においては全くの無能です。碌に補給も経理も知らないのですから」
「それで掠奪や暴行は人並以上なのだな」
「はい」
「軍人というより人間の風上にも置けない連中だな。本当に思うがサラーフのマスコミには常識がないのか?」
 アッディーンは嫌悪感で顔を歪めていた。その整った顔が歪むのはいささか奇妙である。
「マスコミには良心は不要です。自分達の存在こそが絶対であり正義なのですから」
「・・・・・・それを普通独善というのだがな」
 怖ろしい話である。だが二十世紀はそれが本当の話だったのだ。サラーフにおいても本当の話である。だが人々は幻影に騙されているのだ。
「まあいい。そうした連中が権力を握るのは我々にとって好都合だ。有能な味方より無能な敵の存在の方が有り難いという言葉もある」
「それが今回の工作の趣旨です」
「そうか、では頼む」
「わかりました」
 外交官はそう言って頭を垂れると司令室をあとにした。あとにはアッディーンと参謀達が残った。
「確かにいい考えだな。これを考え出した人物は政戦両略の人物のようだな」
「はい、これが成功したならばサラーフとの戦いはかなり楽になりますね」
 ガルシャースプが答えた。
「そうだな。だが」
 アッディーンはここでもやはり顔を歪めた。
「俺としてはあまり好きにはなれないやり方だな」
「何故ですか?」
「正々堂々と正面から戦って勝ちたい。戦争はそうそう綺麗なものではないとしてもな」
 これは彼の気性そのままであった。彼は元々精悍な人間性の持ち主であり戦場での勝利を最も尊ぶ。そうした性格であるから策略を好まないのだ。
「ですがそれもオムダーマンの為です。この戦い勝たなくては意味がありません」
「ガルシャースプ参謀長の言われるとおりです」
 他の参謀達も言った。
「勝利にあたってはどのような策も用いるべきです。正面からの戦いばかりでは損害も増えましょう」
「それはそうだが」
 アッディーンはそれでも顔色を悪くした。
「閣下」
 参謀達はそんな彼に対し言った。
「閣下のお気持ちはわかります。軍人ならば正々堂々と戦い美しい勝利を手に入れたいというのは大なり小なり殆どの者が持っております。しかし」
 彼等は続けた。
 

 

第三部第二章 緒戦その三


「それ以上に戦場ひいる者達のことをお考え下さい。彼等は命をかけて国家の為戦場にいるのです」
「・・・・・・そうだったな」
 他のサラーフの多くの国々と同じくオムダーマンも徴兵制を敷いている。厳密には選抜徴兵制であるがそれでも義務として定められているのは事実である。
「そうした兵士達のこともお考え下さい。我々は彼等の命を預かっているのですから」
「彼等を生きて帰す義務もあるということか」
「そうです。それも指揮官の務めです」
 彼等は一様に言った。アッディーンは決して冷酷な男ではない。感情豊かであるが兵士達にとっては寛容で気前のいいことで知られている。そして体罰を厳しく取り締まり威張った行動を戒めている。よく古参兵などに見られるが部下を虐待する愚か者は何処にでもいある。アッディーンはそうした弱い立場の者をいたぶることを特に嫌った。
「弱い者虐めは自分が弱い者であるということを公言しているのに他ならない」
 彼はそう考えていた。幼年学校においても理不尽な要求をした上級生に反抗している。下級生に対しては面倒見がよく優しい先輩であった。同級生に対しては公正であった。それを兵士に対しても同じ態度で接しているのだ。こうした時に出るのが人柄である。
「個人の好き嫌いは言ってはいられないか」
「そうも言えますね」
 ガルシャースプが答えた。
「勝利を収める為にはあらゆる手段を尽くさなくてはなりません。国家の為、そしてその中にいる国民や兵士の為にも」
「多くの命の為にか」
「はい、我々が預かっているのはそれだけ大切なものなのです」
「・・・・・・・・・」
 アッディーンは沈黙した。今まで彼は戦争に勝てばいいとだけ思っていた。だがそれだけではなかったのである。
 戦争は一人で行なうものではない。多くの者が命をかけて争う。そしてその者達の人生もそこには内包されているのである。それを忘れた時独善となる。
 だがそれを忘れる指揮官もいる。そうした者は将としても人間としても失格だ。彼はそのことを今知った。
「おそらくナベツーラもミツヤーンも他の者の命なぞ塵芥程にも思ってはいないでしょう。ですが閣下は違います。決してあの様な連中のようにはならないで下さい」
「将としてではなく人としてか」
「はい、そんな閣下でなければ我々も今までついてきませんでした」
 彼等は口を揃えて言った。彼等はアッディーンの下にいるのは軍務だからである。だがそれ以上にアッディーンの人柄と将としての才に惹かれているのだ。
「そのおとは忘れないで下さい。閣下の手には多くの者の命がかかっているということを」
「・・・・・・わかった」
 彼は頷いた。それを理解した彼は将としてまた一つ大きくなったのである。
「ところでだ」
 アッディーンはその話が終わると話を元に戻した。
「選挙は何時行なわれるのだ?」
「あと二ヶ月後です」
「そうか、近いな」
 彼はそれを聞いて少し考えを巡らせた。
「その間に援軍は到着しそうか」
「それは微妙ですね。着くか着かないかといったところでしょうか」
「そうか。もしかするとサラーフはそれまでに一度攻撃を仕掛けてくるかも知れないな」
「何故ですか?」
 今度は参謀達が問うた。
「それだけナベツーラ達の追い上げがあっては今の政権も選挙前に何か功績をあげなくてはいけないだろう。さもないと選挙に敗れる」
「成程」
「ましてやナベツーラ派にはマスコミの全面的なバックアップがあるのだろう?只でさえ形勢は不利な状況にある」
「そうですね、今の政権も失脚したくはないでしょうし」
「そうだ、ならばどうして功績を挙げるか。最も手っ取り早いのは今ここにいる我々を破ることだ」
「はい、外敵を打ち破るのは最も宣伝し易い功績ですからね」
「それも大々的なものを狙ってくるだろうな。最低でも一個艦隊を殲滅といったところか」
「それはまた」
「当初は焦土戦術を執るつもりでもそうした状況では止むを得んだろう。彼等にとっては失策だがな」
 その通りであった。焦土戦術は相手の疲弊を誘う戦法である。こちらから仕掛けるのはまず敵が疲弊しきってからだ。そうでなくては効果がない。
「問題は何処に攻撃を仕掛けて来るかだ」
「補給路ではないでしょうか」
「それはないな」
 アッディーンはバヤズィトに答えた。
「おそらくそのような地味なものではなく宣伝になるようなものだ。確かに補給路には常時二個艦隊を配属させているが」
「ではこのムスタファに攻撃を仕掛けてくるのでしょうか」
「それも考えられるな」
 彼は答えた。
「だがそれよりも効果的な方法がある」
「何でしょうか?」
「援軍を叩く。ミドハド方面からやってくる援軍をな」
 彼は言った。ミドハドからカッサラを経由するのは時間と距離がかかる。それよりもブーシルからミドハド領を進む方がずっと速いのだ。しかもその道筋はすでにアッディーンが押さえている。
「二月でのここまでの到着は微妙なのだろう?だがサラーフ領に入るのは確実だ」
「はい」
「その彼等を待ち伏せする。そして叩く。戦果は期待できる」
「しかしこちらの援軍もそれなりの備えはしておりますよ」
「地の利は彼等にある。油断してはいけない」
「ハッ、そうでした」
 参謀達はアッディーンの言葉に姿勢を正した。
「ブーシルからここまでの航路の偵察を強化しろ。そして時が来たら動く」
「はい」
「これは援軍を救うだけではない。サラーフを自壊させる為の戦いであるということも忘れるな」
 どうやら彼は政治的なセンスも備えているようである。外交官から説明を受けただけでここまで発展させて物事が言える者はそうはいない。
「次の戦いがこの戦いの行方を左右する、それを忘れるな!」
「ハッ!」
 参謀達は一斉に敬礼した。そして彼等は解散した。

 アッディーンはムスタファ星系の有人惑星の一つに置かれたホテルにいた。この星系は有人惑星が二つあり同じ軌跡を一八〇度離れて動いているのだ。
 彼はそのホテルの一室にいた。ロイヤルスイートである。
 しかし彼はその部屋をもてあましていた。どうも過ごしにくそうである。
「閣下、何かお困りですか?」
 鞭の様にしなやかな身体を持つ白い肌の男が問いかけてきた。黒い髪と鳶色の眼を持つこの青年もまた軍人である。アッディーンの秘書オマーム=ハルダルトである。階級は大尉である。
「そういうわけではないが」
 彼はやはりあまり晴れない顔で答えた。
「どうもロイヤルスイートというのは落ち着かないな」
「そうでしょうか。私には心地良い部屋に思えますが」
「それは君の感性だろう。俺はどうもこうした部屋は馴染まないんだ」
「そうなのですか?それは意外ですね」
「もっと普通の部屋はとれなかったのか?こうした豪奢な部屋は俺の性に合わない」
「そうは言いましてもこの作戦の総司令官であすから。それなりの部屋にいてもらわないと」
 総司令官以上の部屋には泊まることができない。これは止むを得ないことであった。
「それはそうだが」
 アッディーンはまだ不満そうである。そこでチャイムが鳴った。
「誰だ?」
 ハルダルトは呼び出し鈴の前に行き部屋の前に立っている兵士達に問うた。ホテルの中とはいえその警備は厳重である。
「ホテルのボーイです。食事を持って来ております」
「そうか。ボディーチェックの後で私が行く」
 彼はそう言うとアッディーンの方へ向き直った。
「閣下、食事が届きました。暫くお待ち下さい」
「ああ」
 ハルダルトは敬礼し部屋をあとにした。アッディーンは一人になると窓の外に顔を向けた。
「全く、こんな無駄に贅沢なところにいて何になるというのだ」
 彼は再び顔を顰めて呟いた。
「俺には似合わん。それよりもごく普通の部屋にいたいものだ」
 彼は公務員の両親の下に生まれた。そしてそのままごく普通の家庭で育った。幼年学校に入ってからは隊舎で生活していた。そして今は官舎と艦内の往復である。カッサラにいた時も官舎住まいであった。そしてブーシルでは殆ど艦内で暮らしていた。
 従ってこうした豪奢な部屋にいることは慣れていないのだ。それよりも艦内の居住区や官舎の方がずっと落ち着くというのが彼である。
 従ってその生活は派手ではない。将官として忙しいこともあるが私服も質素であり趣味も読書やスポーツ、それも一人でもできるランニングや陸上競技といったものばかりである。オムダーマンが誇る若き名将もその私生活はごく平凡なものであった。
「せめて食事は普通のものを頼んだが」
 そこで呼び鈴が鳴った。
「閣下、私です」
 ハルダルトの声であった。
「入っていいぞ」
 彼は言った。暫くして護衛の兵士がドアを開けハルダルトがボーイを連れて入ってきた。
「ご苦労、では食事にするとしよう」
「はい」
 彼はフォークとナイフを手にとった。サハラの食事はエウロパと同じくフォークやナイフ、スプーンを使って食べる。連合のように箸も使ったりマウリアのように手で食べたりはしない。だがその作法はエウロパのものとはかなり違っている。
 エウロパは料理を一つずつ出すがサハラでは一度に出す。そして食べる順番も自由である。
「そこのボーイにチップを渡してくれ」
 彼は食事前にハルダルトに対して言った。
「わかりました」
 彼は兵士達に命じてボーイにチップを手渡した。普通のより多めである。
「有り難うございます」
 そのボーイは笑顔で言った。彼にしても思ったより多かったらしい。
 彼は上機嫌でその場をあとにした。アッディーンは食事に向かった。
 料理もまたごくありふれたものであった。小麦のポタージュと香辛料をきかした若鶏の焼いたもの、野菜の炒めたものにチーズ、そしてパンとワインであった。サハラでは酒には五月蝿くない。イスラムがその信仰であるがこの時代は酒は飲み過ぎなくてはいいという教えになっている。
 意外にもイスラムにおいては酒もよく飲まれている。時代により違うだけである。時代によって飲んでよい時とはばかれる
時がある。ムハンマドはあくまで目標であり厳格に定めるような頭の固い男ではなかった。彼は生真面目で思慮深い反面意外な程話のよくわかる男であった。
「ではいただくとしよう」
 彼はまずポタージュを口にした。それから野菜を口にし鳥を食べた。そしてチーズとバターを食べ終えたあとでワインを飲んだ。こうして食事は終わった。
「閣下は食事もあまり派手なものを好まれないのですね」
「ああ。軍での生活が長いこともあるが」
 実際軍の食事は普通のレストランと比べて美味しくはない。給養員の腕もあるがこれは仕方がない。アッディーンも幼年学校から軍の食事を食べているが実家での母の食事の方がずっと美味しいと思っている。
「あまり豪華な食事に興味はないな。俺は腹が満たされればそれでいい」
「そうですか」
「だがここの料理は美味いな」
 どうやら味音痴というわけではないようだ。
「香辛料の使い方がいい。それにパンもワインも上等のものだな」
 意外と細かい。舌は鋭いようだ。
「シェフに伝えてくれ。いい味だったと。流石にこれだけのホテルにいることはあると」
「わかりました」
 ハルダルトは答えた。
「しかし注文されたメニューを聞いてシェフは驚いていましたよ」
「何故だ?」
「あまりにも質素だからです。以前このホテルに来たサラーフの提督とは大違いだと」
「サラーフの提督?誰だ」
「キヨハームとペタシャーン、モトキーラム、そしてエトンという連中だそうです」
「どういった者達だ?」
 連中というからには碌な人物ではないだろうと思った。
「ミツヤーンの一派です。何でもこのホテルを僅か四人でいきなり借り切ったとか」
「他の客はどうなった?」
「追い出されました。反論しようとする者はキヨハームとペタシャーンが殴り飛ばしたそうです」
「まるでヤクザかゴロツキだな」
「はい、そして四人ではメイドを押し倒そうとしたりホテルのものを破壊したりして暴虐の限りを尽くしたそうです」
「軍人とは思えぬな。まるで犯罪者だ」
「まるで、ではなくそのものだとホテルの者は言っております。かなりの損害が出たそうです」
「よくそれで軍の高官をやっていられるな」
「マスコミが握り潰しますから。何度も言いますがマスコミにとって彼等は既存の軍の存在や価値観の捉われない英雄なのです」
「・・・・・・どうやらこの国のマスコミというのは狂人の集まりのようだな」
「元々マスコミというのはそうしたものですが」
 ハルダルトはいささかシニカルに答えた。
「マスコミは自分達の思いのままに情報をコントロールできる状況にある場合幻影を作り出します。そしてその幻影で世界を支配するのです」
「それは一千年前の話だろう?」
 それはアッディーンも知っていた。だが昔の話であった筈だ。
「それが今サラーフに甦っているのです。この国は実質的にマスコミのその幻影に支配されています」
「奴等が作り出した紛い物の英雄を崇拝してか。愚かな話だ」
「それが滅亡への道とは露程もわからずに。いえ」
 彼はここで言葉をとぎらせた。そして少し考えたあとで言った。
「連中は今度は我々にでも媚び諂うかも知れませんね。解放者とでも言って」
「断る。我々は解放者ではない」
 アッディーンはその言葉に憮然とした。
「同じサハラの者だ。何が解放者だ」
 サハラの者の特徴として連帯意識がある。これは同じ宗教を信仰していることがもとになっているがその為にそれぞれの国に所属しているという意識と共に『サハラの者』という意識が無意識のうちにあるのだ。これはかってのアラブ人としての意識と同じである。
 だからこそアッディーンはそうした言葉を胡散臭く思った。嫌悪感を露わにしたのだ。
「もしもの話ですよ」
 ハルダルトはそれを見て苦笑した。
「そえでもいいそうだな、実際に」
 しかしアッディーンの表情は変わらない。
「それはそうですが」
 ハルダルトも顔を引き締めた。
「話を聞いているだけだが」
 アッディーンはその表情のままで話を続けた。
「そうしたマスコミは何かしらで潰しておいた方がいいな。サラーフを腐らした後はオムダーマンも腐らせてしまうだろう」
「ですがそれは言論弾圧になりますよ」
「それはそうだが」
 オムダーマンは共和制である。そして議会は普通選挙により選ばれる。言論や表現の自由も憲法で保障されているのである。
 従って彼等はそうした言論弾圧には敏感である。無論賛成なぞしない。
「よく考えるとオムダーマンではネットも発達している。その心配はないか」
「はい、それに連中の末路は私には容易に想像がつきますし」
「というと!?」
 アッディーンは尋ねた。
「それはこの戦いの最後にわかりますよ」
 ハルダルトはそう言うと満面に笑みをたたえた。
「そうか」
 アッディーンはそれがどういう意味かわからなかった。ただ秘書の話を聞くだけであった。
「我々が何かする必要はないということか」
「はい、連中はアッラーが裁きます」
 ハルダルトの言葉は的中する。そしてアッディーンは彼の才に大きなものを見ることになる。

 サラーフとオムダーマンの戦いは直接剣を交えるものではなくなっていた。だがそれは今のところではあってそれがすぐに剣を交えたものになるのは誰の目にもあきらかであった。
 サハラ各国はそれを注意深く冷静に見守っていた。特に北方にいるあの男は。
「そうか、ナベツーラ派が出て来たか」
 彼はその情報を訓練中の艦橋で聞いた。
「はい、今度の選挙の結果次第では政権を握りかねない勢いです」
 参謀の一人がそう報告した。
「選挙の結果では、か。では今の政権担当者達は相当焦っているな」
「はい、何とかして得点を稼ごうと躍起になっているようです」 
 その参謀はそう言った。
「ふむ、では近いうちに会戦があるな」
 シャイターンはそれを聞いて言った。
「得点を稼ぐには外敵を叩くのが最も効果的だ。そして丁度その外敵が領内にいる」
「それが一番でしょうね」
「そうだ。だがそれに失敗したら今の政権は確実に崩壊する」
 シャイターンの声は冷徹であった。
「そしてナベツーラが政権を掌握する。奴のことだ、軍も自身の息のかかった者達で固めるぞ」
 彼はナベツーラのことをよく知っていた。勿論いい話は聞いていない。
「そうなればこの戦いの行方は決まったも同然だ」
「つまり今度の会戦がサラーフの命運を決するのですか」
「そういうことになる」
 シャイターンは答えた。
「我々が動くのはそれからでいい。まずは」
 シャイターンはここで窓の外を見た。そこには幾千万の銀河の星々が瞬いている。
「ここでの基盤を固めなければな」
 訓練から帰ると彼はハルーク家の未亡人との婚約を発表した。これにより彼は北方での揺るぎない地位を手に入れることとなった。 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その一


                  獅子身中の虫
 この時サラーフは混迷した状況にあった。オムダーマンの侵攻を受けて焦土戦術をとってはいるものの彼等がムスタファ星系に足掛かりを築いた為それが期待するような効果をあらわしていないのである。
 だが彼等はオムダーマン軍と正面から戦おうとはしなかった。敵将アッディーンの将としての資質はよく知られており彼が率いるオムダーマン軍の強さも身に滲みていたからである。やはりカッサラとブーシルでのことが彼等の脳裏には強くあった。
 従って彼等は焦土戦術を執り続けた。それと同時に戦力を回復させることに努めていた。要するに持久戦に持ち込んでいたのである。戦略としては間違ってはいない。
 だがマスコミにそれがわかる筈もなかった。特にサラーフのマスコミは目先のことしか考えられず常に世論をミスリードしてきた。そして今もそうであった。
『何故逃げるのか』
『弱腰がもたらしたこの惨状』
『すぐにオムダーマンを叩け』
『侵略者を追放せよ』
 こうした扇情的な報道が連日繰り返された。彼等はことあるごとに今の政府及び軍の首脳の弱腰を批判しナベツーラ派を持ち上げた。
 これに気をよくしたのがナベツーラであった。彼はマスコミの支持を背景に口をきわめて今の政府を批判した。それを批判と呼んでいいのだろうか。最早それは罵倒そのものであったがマスコミはそれを『見事な反論』『与党を論破』などと賛美した。
 そして軍ではミツヤーン派が台頭していた。彼等もまたナベツーラ派であり今の軍首脳部の戦略を批判していた。そしてさかんに強硬策をぶちまけていた。
「どうだ、軍の方は」
 ナベツーラは自らの率いる政党のビルの党首の部屋において取り巻き連中と話していた。
 葉巻を吸っている。かなり高価なものなのだろう。その香りは普通のものより遥かに強い。
 その目は鋭い。いや鋭いというよりは禍々しい嫌な光を放っている。マフィアの首領の目に近いだろうか。そしてブルドッグをさらに醜くしたような顔をしている。髪は黒々としているが何を考えているのかアフロにしている。当然全く似合ってはいない。
 この醜悪な老人がナベツーラである。マスコミの寵児にして野党の党首である。
 鋭い弁舌と確かな識見で知られている。その判断は果断にして素早く今やサラーフの次の指導者である。
 というのがマスコミの評価である。だがそれは幻想に過ぎない。
 実際のこの男には識見なぞ存在しない。政治家になったのは家の豊かな資金とコネの為であり政治家になってからは権力闘争にのみ執着していた。彼の政治とは権力に他ならなかった。
 そしてその過程で数多くの政敵を葬ってきた。彼と党の幹部を争った議員が不審な死を遂げたこともある。そして袖の下にも極めて貪欲である。だがマスコミはそうしたことを今まで一切報道してこなかった。ただひたすら彼を褒め称えるだけであった。
 そうした人物の取り巻きといえばまともな人物がいる筈もない。実際は彼の周りは腐敗しきっていた。だがマスコミは例によって全く報道しなかった。
「そちらも順調です」
 彼の前にいる軍服の男もその一人であった。出っ歯で異様に大きな眼鏡をかけている。そしてその顔の形はまるでひしゃげたスプーンである。この男の名をホリーナムという。マスコミの評価では『天才軍師』である。階級は大将である。
「ミツヤーン閣下の工作は既に軍の首脳の殆どに対して成功しております」
 この工作とは要するに買収である。ホリーナムは臭い息を撒き散らし下卑た笑い声を出しながら報告した。
「そうか。ではいずれ奴を元帥にしてやらなければならんな」
 それを聞いたナベツーラは口の端を歪めて言った。
「オムダーマン征伐軍の総司令官には元帥が相応しいだろうしな」
「ごもっともです」
 ホリーナムは諂いの言葉を出した。
「そして御前は参謀総長だ」
「有り難うございます」
 彼は碌に磨いておらずオレンジになった歯を見せた。
「キヨハーム達は艦隊司令だ。これで我々が功績を独り占めすることができる」
「はい、喜ばしいことです」
「あのアッディーンという若僧だがな」
 彼はここでようやくその敵であるアッディーンの名を口にした。
「俺が見たところ大した奴じゃない。どうせ運だけで勝っているような奴だろう。そんなに怖れることもない」
「はい、私もそう見ています」
 これは本心からであった。彼はアッディーンのことは碌に調べてはいない。そもそも彼は机の前にある書類を自分でサインしたり目を通したりはしない。全て部下に押し付けている。仕事が上手くいけば自分の手柄であり失敗したら部下に全てを押し付けている。
「俺が政権をとったらすぐにやってもらうからな。さっさとこのサラーフから追い出してしまえ」
「そしてその勢いで奴等自体も滅ぼしてしまいましょう」
「当然だろうが。いいか、容赦はするなよ」
 ナベツーラは机で葉巻の火を消して言った。
「途中何をしてもいいからな。徴収でも何でもやって勝て」
「わかりました」
 要するに掠奪を認めているのである。しかも自国領で。それがナベツーラやホリーナムの戦争であった。
「徴収したやつはいつも通り俺のところへ持って来い。そして山分けだ」
「はい、勿論ですとも」
「いいか、捕虜もとるなよ。宇宙へ蹴り出してしまえ。どうせオムダーマン軍には女なんていないんだ」
 これはサラーフもである。サハラでは女性は戦場には立たない。それどころか軍にすら入れないのである。これは女性差別ではなくサハラの者達の思想であった。戦争とは男がするものという考え方である。これは古来よりあったものである。とりわけイスラムでは。
「それは承知しております。キヨハーム達にもよく伝えておきます」
「もっとも奴等ならその前にやってくれるだろうがな」
 ナベツーラはそう言って新しい葉巻を取り出した。そしてその先を口で切った。
「どうぞ」
 ホリーナムは火を差し出した。ナベツーラはそれで火を点けた。
「ご苦労」
 礼なぞ言わない。当然と考えているからである。
「じゃああとはミツヤーンとよく話せや。俺は政治の方をやっておく」
「わかりました」
 ホリーナムは敬礼をすると部屋をあとにした。そして車に乗り参謀本部に向かった。
 参謀本部は軍の司令部にあった。彼は司令部に着くとそのまま参謀本部に入った。
「ミツヤーン閣下は何処だ」
 彼は敬礼をした若い将校に返礼することなく聞いた。
「ご自身の部屋におられます」
「そうか」
 彼はそれを聞くとそのままミツヤーンの部屋に向かった。ミツヤーンは今は軍の統帥本部長をしている。
 ドアをノックする。するとやたらかん高い声で入れ、という声が聞こえてきた。
「入ります」
 彼はそう言って部屋に入った。そして敬礼する。
「おお、話は聞いているよ」
 目の前の机には一人の男が座っていた。軍人とは思えない程肥満した小男でありその険しい目は何やら偏執狂めいている。肌の色は不自然に黄色く身体全体が脂ぎっている。まるでサハラ南方によく生息する毒蝦蟇だ。
「参謀総長になるらしいな」
 あのかん高い声であった。聞いているだけで不愉快になるような耳に障る声である。
「はい、閣下が総司令官です」
「いいな、何度聞いても」
 ミツヤーンはそれを聞いて目を細めた。
「ええ。今まで我々は何かと冷や飯を食わされてきましたから」
 軍の首脳部は今まで彼等を要職に就けようとしなかった。何故か。簡単である。無能なうえにその職権を乱用して私腹を肥やすからである。そうした人間を好んで使う者はまずいない。
「だが遂に時が来た。これからは思うがままだ」
 この男は戦争のことも祖国のことも何一つ考えてはいない。
「はい、さしあたっては前祝といきますか」
 それはホリーナムも同様である。自分達のことしか考慮に入れていないのである。
「うむ。まずはこれから出撃する連中の敗北を祈ってな」
 しかも友軍の敗北まで願っている。そうした連中なのである。
「では今日はハメを外しましょう」
「ああ。他の奴等も呼んでな」
 二人は勤務時間だというのにその場を離れた。そして取り巻き連中と共に朝まで騒いだ。彼等の為行きつけの店ある店は甚大な被害を受けたという。
 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その二


「オムダーマン軍の動きは止まっているようね」
 大統領との会談の為地球に来ていた伊藤は八条と会っていた。
「はい、どうやらムスタファ星系に留まっているようです」
 二人は国防省の八条の執務室にいる。そこで話し込んでいるのだ。
「ムスタファで何をしているのかしら」
「どうやらそこを拠点にするつもりのようですね」
 八条は答えた。
「成程ね。アッディーン提督は今までの戦い方を見ていると迅速な動きんばかり好むと思っていたけれどそうでもないようね」
「はい、私もこれは意外でした」
 八条は答えた。
「サラーフの首都アルフフーフを一気に衝くと思ったのですが」
「距離があまりにも遠いのじゃないかしら」
「彼もそれはわかっていたようです。だからムスタファに拠点を築いたのでしょう」
「焦土戦術を敷かれながらもね」
「はい、多量の工作艦及び補給艦であの星系の昨日をあっという間に戻したそうです」
「考えたわね。その話を聞くとどうやら事前にある程度サラーフの焦土戦術を予想していたみたいね」
「はい、私もそう思います」
「戦略も見事だけれど勘もいいわね。政治家になっても通用しそう」
「待って下さい、彼はサラーフの人間ですよ」
「あら、それは私もわかっているわよ」
「どうでしょうか」
 微笑んだ伊藤に対して八条は苦笑で返した。
「けれどこれでサラーフの焦土戦術は頓挫したわね。このまま自国領へ引き摺り込むつもりだったようだけれど」
「それができないですからね。必然的に今サラーフでは焦土戦術の是非を巡って意見対立があるようです」
「そうでしょうね。で、どっちが優勢なの?」
「反対派が強いですね。マスコミの支持も受けていますし」
「そうなの。だとすると今の政権も軍の上層部も焦っているでしょうね」
「はい。どうやら軍を動かすようです」
「やっぱり。まさかムスタファ星系奪還とか?」
「それは無理でしょう。今あの星系には常時十二の艦隊が駐留しておりますから」
 八条はそう言うと三次元地図を机の上に広げた。
「私はサラーフが動くのは別のところにおいてだと思います」
「どこだと考えているの?」
「そうですね。どうやらオムダーマン軍はブーシル方面から援軍を送るらしいですし」
 八条はそう言いながら指でブーシル星系を指し示した。
「その援軍を狙うのではないかと見ています」
「成程、それならムスタファ星系を直接攻めるより戦果は期待できるわね」
「はい、それに地の利もありますし」
 彼等はサラーフの側に立って戦略を検証していた。
「それで戦果を得たら政権争いにも優位に立てます」
「そうすれば今の作戦を継続できるしね」
「はい。正直今のサラーフではオムダーマン軍の侵攻をまともに受けられはしないでしょう。勝てたとしてもそのダメージは甚大なものとなります」
「やっぱりカッサラを奪われたのと二度の敗戦が響いているわね」
「そうですね。やはりカッサラを奪われたのが全てのはじまりでした」
「そういえばあの戦いでオムダーマン軍は苦戦していたそうね」
「ええ。ですが一隻の巡洋艦の活躍により戦局は逆転したそうです」
「その巡洋艦の艦長は誰かわかるかしら」
「アッディーン中佐です」
「あら、じゃあサラーフはまた彼にやられているのね」
「そういうことになりますね」
「中々凄いわね。それにしてもまだ若いそうだけれどそこまで活躍するなんて」
「連合、いや日本にいないのが残念のようですね」
「わかるかしら」
「そのお顔を見れば」
「ふふふ」
 彼女は笑っていた。学者出身であるせいか彼女は部下を育てることを好む癖がある。それは政策にも出ており教育にかける情熱は並々ならぬものがある。
「今の子達も期待しているけれどね。けれど生徒は多い方がいいわ」
「彼等は生徒ですか」
「あら、君だってそうだったじゃない」
「確かにそうですが」
 八条は苦笑した。その整った顔は苦笑の表情も美しい。
「ところで日本に一度戻らない?」
「今は駄目ですよ、連合軍を作らなければなりませんから」
「嫌ね、入閣してくれとかそういうのじゃないのよ。実は陛下からお呼びがあって」
「陛下がですか?」
 皇室はこの時代においても存続していた。この時代もやはり立憲君主国は存在しておりエウロパにおいても復権したハプスブルク家をはじめとしてイギリスやオランダ、スペイン等があるがこの連合においても存在している。マウリアのように藩王といったものはおらず皆その国の元首となっている。
 だが皇室の位置は特殊であった。他の君主達は『王』である。『皇室』と『王室』は似て非なる部分がある。
 それは格であった。皇帝は王よりも上位の存在である。中国では王は皇帝が承認するというものであった。皇族、若しくは特別な功績のある者しか王の位は与えられなかった。属国は王であった。これは皇帝の臣下であるということに他ならない。欧州でも同じである。欧州の皇帝はローマ帝国皇帝の後継者という位置付けであるが神聖ローマ帝国皇帝は王の上に君臨していた。フランス皇帝を名乗ったナポレオン=ボナパルトも諸国の王をその足下にひれ伏させた。
 だが欧州ではこうも言われる。
『皇帝には誰もがなれるが王には誰もがなれるというわけではない』
 この言葉は皇帝というものを考えるうえで重要である。今だにアメリカや中国の大統領を皇帝と陰口を叩く声がある。これは当然皮肉であるがその彼等も王とは呼ばれない。それも当然である。
 王はその血筋故に王となる。その血筋の者でなければ王とはなれない。ローマ皇帝は簒奪していようが推挙されようが帝位に就けば皇帝であった。神聖ローマもハプスブルク家が独占する状況においても尚選帝侯というものが存在していたことからわかるように(これは空位時代への反省であったが)選挙で選ばれるものであった。イギリス王家はインド皇帝となってもイギリス王であった。ドイツ帝国ができた時プロイセン王ヴィルヘルム一世は泣いたという。愛すべきプロイセン王の位から離れるからだ。彼は戴冠式では彼を皇帝にした決闘好きな大食漢の大男、鉄血宰相ビスマルクに声をかけることはなかったという。中国では皇帝は天命を受けた者であった。易姓革命の国である。要するに誰もが皇帝になれるのである。
 そうした意味で日本の皇室は王家である。だが同時に皇帝でもあった。それは全ての国が認めている。皇帝は複数の民族及び宗教の上に立つものだという条件もあるがそれも満たしていた。日本は古来より多くの宗教が並存し民族も多岐に渡っていた。単一民族というにはあまりにも混血した歴史がありそう言うには無理もあった。それにアイヌ系や沖縄系といった民族は銀河に進出してからも存在していた。その血はかなり混血してしまっていたが名は残っていたのである。言葉はもう文献の中にあるだけであったが。
 そうした存在でありこの連合においてもその位置は複雑であった。連合は緩やかな国家連合でありその中には多くの国家が存在する。中央の力が弱かったこともあり『神聖ローマ帝国』と揶揄する声もあった。だが国家元首は明確に存在していた。大統領である。
 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その三


 しかし皇室を持つ国があるのだ。話というか見方が複雑になる。
『連合大統領と日本の天皇はどちらが上位にあるか』
 そうした議論が長きに渡って繰り返された。
 天皇は日本の国家元首であり連合政府とは関係がない。だが皇帝という位置にある。大統領より皇帝は上位という位置付けが二十世紀より為されてきた。アメリカ大統領もローマ法皇や天皇に対しては特別な対応をしてきた。中国もアメリカ大統領を皇帝としてもてなしたことがあったが日本の天皇は明確に皇帝だと認識し常に対応してきた。それは他の国々も同じであった。王と呼び失笑を買った国まであった。
 だがいつもこう言われた。天皇は日本の国家元首であるが連合政府の大統領ではない。連合政府は連合を取り纏める中央政府であり全ての国家の上位にある。だが人として大統領と皇帝は対等にある、と。
 これがおおむねの意見であった。だが諸国家の国家元首では天皇は第一の位置に置かれた。あとエチオピア皇帝がそれに同列となっていた。タイ、ブルネイ、マレーシアといった君主達が続く。それから大統領だ。つまり連合の中の国家の元首の一人という位置付けが為されていたのである。序列は第一であるが。
 連合は確かに全ての構成国の地位も発言力も平等であると定められている。だがやはりそうした序列はある。これは国連の頃から一千年連合でもエウロパでも変わらない。幾度政権が変わってもだ。ちなみにエウロパでの序列はまずハプスブルク家ことオーストリア王家が筆頭である。その次にイギリス王家である。
「そうよ、君に是非お渡ししたいものがあるとか」
「陛下が私に。一体何だろう」
 彼はふと考えた。この時代女帝は復活している。日本は元々その神話の主神が太陽神であるアマテラスオオミノカミであったことからもわかるとおり女帝に対して抵抗のない国であった。エウロパの主要国の一つであるイギリスのジンクスとして『イギリスは女王の時に栄える』というものがある。これはエリザベス一世の頃から言われているのであるがどうも実際はそうではないようだ。エリザベス一世の頃は確かに彼女の卓越した政治手腕はあったがあまりにも内憂外患に悩まされ続けしかも財政は慢性的な危機にあった。シェークスピアという偉大な作家だけで語れるものでもない。アン女王の時は先にジェームス一世というスコットランド王兼イングランド王がいたのでその統一は既にあった。ビクトリア女王の時もその晩年には翳りがあった。エリザベス二世の頃はさらに精彩がなかった。これはマスメディアが面白おかしく書きたてたせいでもあるが元々悪人とは到底言えない人物ばかりの当時の王室ファミリーを変に思い過ぎた。元皇太子妃の謎の死もあったがこれは既に真相がわかっているということになっている。あれは事故だったということに。ただし信じている者は少ない。
 その後もイギリスには女王が出てきた。十人程だろうか。しかしかっての勢いは戻らなかった。エウロパの一国として存在するだけである。それでもエウロパでの地位はかなり高いのであるが。
 さて日本の女帝であるが十九世紀後半から二十一世紀前半にかけて皇室典範で皇位継承は男子のみに限るとあった。だがそれは時代の流れと共に変わった。というよりは元に戻っただけであったが。
 世論は女帝を容認した。そして国会の決議もあっさりと通った。反対派は不思議な程少なかった。前例が既に十代八人もおられまた男女同権の意見にもあっていたからである。
 それから女帝が何人も誕生された。宮内庁、後に宮内省となったこの頭の硬い役所もそれまでの騒ぎは何処へ行ったのやらこれまで通り儀礼を行なった。
「それは行ってみたらわかることよ」
 伊藤は微笑んで彼に言った。
「何かご存知ですね」
 彼は伊藤のその微笑を見て本能的に悟った。
「ええ。ただしそれは行ってからのお楽しみよ」
「そうですか」
 どうやら大統領の方には話が既についていたらしい。彼はすぐに地球を発ち日本へ向かった。いや、この場合は戻ったといった方がよいのかも知れない。
 日本の首都は京と名付けられていた。天皇の座す都として存在している。政治の中心は議会のある八幡、経済の中心は美原星系にある。この京は国家元首の鎮座する、そういった意味での首都であった。いや帝都と言うべきか。
 不思議な風景であった。近代的なビルが立ち並ぶがそれと共に古風な、日本の平安時代や江戸時代を思わせる建物も並んでいる。これは主に儀式の際に用いられる建物だ。
「何かここへ来ると懐かしい気持ちになるな」
 八条は空港を降り立って車に向かいながら思った。そして車の中からその古風な建物を見ていた。
「いつも思うけれどこうした建物を見ると心が和むね」
 彼は運転手に対して言った。
「はい、何といっても我々の古来の建築様式ですから」
 彼は運転しながら答えた。彼の肌はやや黒い。アフリカ系の血が入っているのだろう。だがその心は日本にあるようだ。
 やがて皇居に着いた。所謂宮殿であるが他の国々の君主達の宮殿とは違う。それ程大きくはなく木造である。木は檜を使用しているようだ。そしてその装飾も極めて質素である。
「これが世界のエンペラーの家だとはな」
 八条は皇居を見て心の中で呟いた。皇帝の宮殿と言うにはあまりにも小さい。別荘といってもまだ足りない程だ。装飾もなく中にいる侍従達の服装もかっての平安期の服を復活させており極めて慎ましやかである。これがこの皇室の伝統であった。
 本当に歴史と伝統があるならば無闇に飾る必要はない、代々の天皇はその生活をもって無言でその意思表示をしてきた。かって明治という日本の危急存亡の時に若くして即位しその象徴であり続けた明治天皇は粗食で知られ軍服の裏が破れていても替えることなく縫ってまた着た。
 その後日本の皇室の在り方を今尚指し示す天皇が即位した。
 昭和天皇。明治天皇が『大帝』と称されるのに対してこの帝は『賢帝』と称されている。
 若くして当時世界の政治、経済、そして文化の中心であった欧州を訪問した。そこで彼は立憲君主制に触れ生涯その立場を守り続けた。君主はどうあるべきか、それを最もよくわかっておられた方であった。
 常に国民(陛下は最後まで臣民だと考えていたが)のことを案じ続けておられた。そして日本は世界においてどのようにあるべきか、そして皇室とはどうあるべきか。それを常に考えそれを行動により示し続けてこられた。その思慮深く慎重な性格と誠実な人となりが国民に愛され世界の尊敬を集めた。その彼が皇室の在り方を定めたのである。
 帝の生活は質素であった。崩御の際その寝室をはじめて見た時の首相が大いに驚いたという。
 帝の示された皇室の在り方はそれから皇室の範となった。そして今も残っているのだ。
「流石というか何というか。それ程偉大な方だったのだな」
 彼はその昭和天皇について考えていた。前には案内役を務める侍従が歩いている。
 廊下も檜である。一見火の回りが速そうであるがどうやらコーティングは為されているようだ。
 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その四


「暫くお待ち下さい」
 侍従は謁見の間の前の部屋に彼を案内してそう言った。
「わかりました」
 彼は頷くと勧められた席に座った。ここも和風の部屋である。椅子はなく座布団が置かれている。
 彼はその一つに座った。そして侍従が戻って来るのを待っていた。
「お待たせしました」
 侍従が戻ってきた。そして彼を謁見の間に案内した。
 そこは不思議な部屋であった。下は木であるが和洋折衷の感じがした。それ程広くない部屋の左右に侍従達が控えている。彼等もやはり昔ながらの古風な服装である。
 そして中央に玉座がある。二段程高くしたところにあるその玉座はやはり質素であった。普通の黒い木造の玉座である。
『玉座はその座る者によってその価値が決まる』
 誰が言ったのか八条はこの時は忘れていた。だがふとその言葉を思い出した。
 その質素な玉座の上に天皇が鎮座していた。
「連合中央政府国防大臣八条義統殿でございます」
 天皇のかたわらに控える侍従長が天皇に上奏した。
「はい」
 天皇は答えられた。その間八条は頭を垂れたままである。
「八条殿、顔をお上げ下さい」
 天皇は八条に声をかけた。静かで澄んだ若い女性の声である。
 八条はそれに従い頭をゆっくりと上げた。そして天皇を見た。
 玉座には一人の小柄な少女が座っておられた。
 礼服を着、頭には小さな冠がある。髪は長く黒く後ろに垂らせている。化粧は薄くあまりそれを感じさせない。
 幼さが残っているが非常に整った顔立ちをしている。気品が溢れ何処となく威厳も感じられる。
 彼女が今の日本の天皇後明正天皇である。歳は二十二、昨年崩御した父帝の後を継ぎ即位したばかりである。天皇となってまだ日は経っておらず即位の礼もまだである。
(まだお若いというのに)
 八条は彼女を見てふとそう思った。彼は彼女の歳にはよく遊んでいたものだった。
(遊びたいと思われる時もあるだろうに。けれどこうしてご自身の責務を務めておられる)
 彼は皇室を深く敬愛していた。そしてこの女帝のことも敬愛していた。
「八条殿、よく来られました」
「陛下のお招きに応じまして」
 彼はそう言って頭を垂れた。彼は日本人である。その心はやはり日本にあり天皇にある。だが今は連合にいる。だからこそこうしていささか他人行儀に呼ばれているのだ。
「地球はどうですか」
 帝は尋ねてこられた。
「温かく過ごし易いです。ですがやはり住み慣れた場所が一番ですね」
 彼は微笑んで答えた。
「そうですか。ではこの京はどうですか」
「素晴らしい星です。何と言いますか故郷に戻って来たようです」
「それは何よりです」
 帝はそれを聞いてにこりと微笑んで答えられた。当然彼女も八条が日本人であることを知っている。前の国防大臣であったのだし。
「八条殿は寒いと感じられますか?」
「?いえ」
 彼はその言葉に少し驚いた。
「胸が寒いとかは」
「そうは思いませんが」
「見たところその服装では胸が少し寒そうです」
 彼はスーツを着ている。だが本当に寒いとは思っていない。
「陛下御言葉ですが」
 彼は帝の真意がわかりかねていた。そして言おうとしたその時である。
「あれを」
 帝は侍従長に対して言われた。
「わかりました」
 侍従長は頷くとその場を退いた。そして黒い箱を恭しく持って姿を現わした。
「あれは・・・・・・」
 漆塗りの箱であった。かなり古風である。
「これは私からの贈り物です」
 帝はそう言うと玉座を立たれた。そして侍従長から箱を受け取られその中身を取り出された。
「陛下、そのようなことは」
 君主は無闇に玉座を立つものではない。如何に若いといえども君主なのである。
 だが帝は八条の制止にも関わらずその箱の中身を持たれ八条の方へ歩み寄られた。その手には金色の勲章があった。皇室の紋章である菊をかたどってありリボンは紫である。
「それは・・・・・・」
 彼もその勲章は知っていた。日本で最も位の高い勲章である大勲位である。
「八条殿、貴方の功績を称えこれをお渡しします」
 帝はそう言って八条の左胸に大勲位の菊を御自身の手で着けられた。
「陛下・・・・・・」
 これには流石の八条も驚きを隠せなかった。この若さで大勲位を授けられたという話は聞いたことがない。ましてや帝御自らの手で。
「連合軍設立と今までの働きはこの連合の平和にどれだけ貢献したかわかりません。その功績を称えこれを授けます」
「しかし私はまだこのようなものを頂く程のことは・・・・・・」
「八条殿」
 ここで帝は言われた。
「これからの功績もあるのです。それを考えるならば当然です」
「そうでしょうか」
「はい。連合軍の設立はそれだけの大きな意義があると聞いています。その存在が連合三兆の市民にとってどれだけ有り難いかということも」
 どうやら総理が陛下に何か言上したな、と察した。
「これからも頑張って下さい、連合の平和の為に」
「わかりました」
 こうした若い女性に頼まれるとやはりいささか弱い。八条は半ば条件反射的に答えた。
 こうして会談は終わった。八条は帰り道に八幡の首相官邸に立ち寄った。
「あら、珍しいわね」
 伊藤は彼の姿を見ると微笑んで答えた。
「何言ってるんですか、私が来るということはわかっているでしょう?」
 八条はすこし苦笑して問うた。
「ふふふ、確かにね」
 伊藤は笑って答えた。
「何故ここへ来たのかはわかっているわ。大勲位のことでしょう?」
「はい。陛下にそのことを言上したのは総理ですね」
「そうよ」
 伊藤は答えた。
「君の今の功績を考えると当然じゃないかしら。大統領にも渡されているわよ」
「それは初耳です」
 八条は言った。
「まあまだマスコミには発表していないけれどね。ネットでもまだ出ていない話だし」
「私が授けられる前にですか?」
「そうよ。大統領より先に渡される筈がないでしょう?まずは大統領、そして首相に陛下御自ら御渡しされたのよ」
「そうだったのですか。そういえば一週間前陛下が大統領と会談されていましたが」
「ええ。表向きは宮中晩餐会だったけれどね」
 やはり晩餐会はこの時代でもある。とりわけ皇室の晩餐会は格式が高いことで知られている。ここで失敗した場合元首だけでなくその国自体の器も見られてしまう。それだけに気の抜けない重要なイベントである。
「その時に渡されたのですね」
「そうよ。君が地球に戻ったら発表される予定よ」
「そうだったのですか。ところで」
「何?」
 八条はさらに問うた。
「何かお考えがありますね。我々に大勲位を授けるよう陛下に申し上げたのは」
「当然よ」
 伊藤はその質問に対し笑みで答えた。
 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その五


「どのようなお考えでしょうか」
「権威ね」
 彼女は答えた。
「権威ですか」
「そうよ。この前根回しした旧太平洋諸国だけれどね」
「はい」
「やっぱりまだ不満に思っているのよ、連合軍の存在を」
「やはりそうですか。実際旧中南米やアフリカ諸国の方が連合軍には協力的でしてね。我々も手を焼いているというのが現状です」
「でしょう?だから私は陛下に申し上げたのよ。貴方達がやり易いように箔をつけようって」
「箔ですか」
 実は八条はあまり箔というものが好きではない。そんなものより実力をつけることを優先させようという考えの人物なのである。軍人出身特有の考えだ。
「君はあまりそうしたものは好きではないようだけれど」
「はい」
 隠す必要はない。彼は率直に答えた。
「けれどね、政治の世界はちょっと違うのよね。ほら、権威主義ってあるじゃない」
「はい」
「そういうのに弱いところがあるのよ。実際に権威に弱い人も多いし」
 その通りであった。人はやはり権威があるとそれに対し身構えるところがある。権威主義を無視できる人も当然いるがそうでない人も多いのだ。
「そうした人達にはね、こうした勲章ってかなり効くのよ」
 実際に日本の天皇が与える勲章は連合各国でもかなり位が高い。アメリカや中国、ロシアといった国の勲章よりもだ。やはり大統領に渡されるより古い歴史を持つ皇室からもらった方が嬉しいものだ。
「それが胸にあるだけでも引く人はいるわ。それだけでかなり違うわよ」
「そんなものですかね」
「流石にアメリカや中国の大統領には無理だけれどね。けれど提督や省の次官クラスにはかなり効果があるわ」
「はあ」
 八条は珍しくわかったような、わからないような返事をした。
「そうしたクラスへの仕事がすんなりいくだけで今までとは全く違うわよ。まあこれからそれはよくわかるわ」
「そこまで仰るのでしたら」
 八条は納得してみせた。そして彼は首相官邸をあとにし地球へ戻った。
 すぐに大勲位を授けられたことは発表された。マスコミは殆どがそれをトップニュース扱いにした。雑誌やネットでも様々な議論が交あわされ多くの意見が出た。中にはこれは連合内での地位の向上を図る日本の深謀遠慮があると言った者もいた。
「合っているといえば合っているが」 
 八条は仕事の合間にネットを覗き込んで呟いた。
「そうしたことを考慮に入れない政治家はまずいないしな」
 その通りであった。やはり政治家は国益を第一に考えるものだ。ごく稀に例外もいるが。
「しかし我が国の地位はもう磐石たるものだが」
 そうであった。日本は連合設立以来のメンバーでありその国力も高い。アメリカ、中国、ロシア等と肩を並べる。その発言力もかなりのものであった。
「これ以上は望んでも上はない。まあ他の国を牽制する必要はあるが」
 彼はそう言いながらパソコンを叩いた。
「それよりも今回は日本から連合へのプレゼントという意味が大きいな」
 彼はそこで棚に置いている大勲位へ目をやった。
「総理の言われる通りだ。提督や次官クラスなら確実に言う事を聞いてくれるようになった」
 実際に非協力的な人物も多きそれが悩みの種だったのである。
「これで仕事は今までよりずっと順調に進むようになった。面白いように話が進む」
「これが大勲位の力でしょうか」
 側で仕事をサポートする秘書官が言った。
「だろうな。まさかこれ程までとは」
「嬉しいようですね」
「それでもこうした勲章は好きではないがな」
 彼はそう言って少し表情を暗くさせた。
「胸を飾るものは好きではないし。それに」
「それに・・・・・・!?」
「私は権威主義は好きではないんだ。どうもそれで人の評価を見誤ってしまいそうだからな」
「確かにそれはありますね」
 秘書官もよく話がわかっている。
「君も同じ意見か。軍人は案外権威に弱くてな。階級社会のせいだろうが」
「それは仕方ありませんよ。階級があってはじめて指揮系統が成り立つのですから」
 軍とはそうしたものである。統率がとれ、的確に動くには命令系統が整っていることが前提である。そうでなければ近代国家の軍は動かない。それは一千年前に確立されたものである。
「そうした意識が権威主義へ繋がるのか。一種の職業病だな」
「ですね。閣下はやはりよくおわかりのようですね」
「ああ。仮にも軍にいたからな」
 彼はそこで日本軍の将校を勤めていた頃を思い出した。
「あれで軍人というのも大変だがな。来る日も来る日も訓練と事務仕事に追われる毎日だ。気の休まる暇がない」
「案外これでデスクワークも多いですからね」
 秘書官は苦笑してチェックを終えた書類を八条に手渡した。
「軍人には二つの戦争相手がいると言われるからな。一つは目の前の敵。そしてもう一つは」
「書類の山」
「そういうことだ。全く、今の我々の敵は宇宙海賊やテロリストだけじゃない。こうした書類の山も敵だ」
「どちらが厄介かは中々断定できませんね」
「ああ。あの勲章は紙の敵に対する強力な援軍となっているな」
 彼はそう言うと微笑んで勲章をもう一度見た。
「では使わせてもらうか。戦いを有利に進める為に」
「はい」
 以後連合軍の業務は以前に比して比較にならない程順調に進む。そして彼等はその戦力を急激に整えていった。
 これを快く思わない者達も当然いる。連合国内の各国にもそうした国々は多い。だが彼等は少数で装備も劣るが独自の軍を持つことを許され経済や貿易には何ら統制を受けなかったので表面的には好意的であった。それにどの国も選挙で結果が出ていた。これが覆るにはもう一度選挙をしなければならない。だが今や連合国内の治安を大幅に向上させた連合軍の支持は高く、また時代の流れもある彼等の支持は高かった。それに連合中央政府の軍の必要性は連合設立当初より言われてきたことであった。一千年も設立されなかった方がおかしかったのである。
 設立されなかった事情は各国がそれぞれ軍を持っていたからである。ことあらば彼等が一致団結すればよい、という意見も根強かったのである。またその軍の数だけでもエウロパやサハラ各国には充分な脅威であり外敵の心配はなかった。そう、外敵の心配がなかったのである。ここに連合軍不要論の根拠があった。
「エウロパもサハラ各国も我々を攻める力はない。各国の軍があればそれでいいではないか。宇宙海賊の取り締まりもそうだ」
 こうした意見であった。だが各国の軍はそれぞれの領域でしか動けなかった。連合は条約で各国の軍の相互の領域の交通を認めていたがそこで使用する設備の基準や補給の関係でトラブルが頻発した。各国はそれぞれの事情に合わせ兵器を開発していたのだ。これは当然のことであったが。
 だがそれが厄介な事態を招いた。兵器の互換性がないというのは致命的であった。徐々にそれも整備していったが時間がかかった。そしてやはり各国の縄張り意識というものが影響し連合内で軍は容易に自由に通行できなかったのだ。
 これが結局宇宙海賊の跳梁跋扈を許した。彼等は軍が来ればその軍の勢力圏外に逃げればよかったのである。その為海賊は中々根絶できなかった。
 連合が経済や貿易を優先させるということも影響した。軍港は普通の港とは違う。まず整備は港からで軍港のそれは遅れた。経済や通商、貿易のことは迅速に解決が計られるのに対して軍事はなおざりになりやすかった。こうして一千年もの間連合国内は軍事にあまり関心を持たずにいられた。宇宙海賊やテロリストの存在はあるが連合国内は食べるものにも職にも困らなかった。一旗あげたければ開拓地に行けばそれでよかった。少なくとも大規模な農園は持てる。こうした状況が軍の整備を遅らせる原因となった。
 宇宙海賊にしろ時代により増えたり減ったりする。これは当然である。事業に失敗して借金に追われたり何をしてでも大金持ちになりたいといった邪な考えを持つ者がその主流であった。もしくは他にいられる場所のない者か。そうした連中は何時でも何処でもいるものである。問題はこうした連中が正義やもっともらしい言葉を振りかざした場合である。
 そこに賛同する愚か者も出てくる。市民団体の一部である。厳密には彼等は真っ当な市民ではなく海賊と結託し彼等に金を貰っている犯罪の共犯者である。テロリストと結託している者もいた。
 こうした連中も連合軍の設立に反対し続けた。言う大義名分は見事なまでに美しかった。
『連合各国の自主性を汚すな』
 確かにそうした意見もあった。だがそれは本心から連合の自主性を尊重した言葉であり彼等は連合のおおらかな気風を愛していた。だがこの連中が愛していたのは海賊から貰える金であり自分達が正義の味方をして世の中に出られるという虚栄心であった。こうした連中が長い間連合の中にいたのである。
 その問題は長きにわたって指摘されてきた。だが彼等も狡賢く容易に尻尾は見せなかった。時として海賊が捕まり彼等との関係が暴露されることはあったが全てがそれで終わるわけではなかった。一つ潰せばまた一つ、といった具合にこうした輩は出てきた。そして潰えることがなかった。
「要は宇宙海賊がいなくなればよいのだ」
 言うのは容易かった。だが連合において宇宙海賊は宿唖でありそうそうおいそれとは解決できるものではなかった。それでも次第に法整備から進められていきキロモトが大統領になった時にようやく連合軍が設立された。実に一千年の時をかけてである。
「経済や貿易に費やす努力の百分の一でも向けてくれればすぐに設立されたものを」
 こう言う者もいた。だがそれもまた連合の事情をよく知らない言葉であった。
 連合は各国の自治、発言力が強い。その為その調整に多大な労力を費やす。そして経済や貿易だけではないのだ。教育や保健、通信等やるべきことは多い。何しろ広大で今は二兆の市民がいる。その生活を守る為にはどうしても軍のことは後回しになってきた。治安も宇宙海賊に対してだけではない。それぞれの星の治安も重要であった。もっぱら宇宙海賊は通商船を狙う。星はまた別だ。星の治安も重要であったのだ。
 宇宙海賊は確かに厄介だが彼等は個々の力は微々たるものだ。それに出る宙域も限られている。そこをどうにかすればよい、という発想であったのだ。
 だがこの考え方では限度があった。先にも述べたが一つ潰せばまた一つである。各国が自分達のテリトリーに海賊が出没したならばこれを叩くということをしてきたのだ。それで通商は一応は守られる。経済もだ。だが根本的な解決ではない。やはり統一され迅速に動ける中央軍の必要が強く錦されるようになってきていたのである。
 そして遂に連合軍が設立された。これにより海賊は連合全域において極端にその数を減らした。これには海賊の投降と連合軍への参加を呼び掛けた戦略も大きく効を為した。当然彼等は規律から厳しく叩き込まれたがそれにより彼等は海賊から軍人へと大きく変貌を遂げた。そして海賊に怯える人々は減っていった。
 だがこれを快く思わない者達もいた。
「これでは我々の裏の顔がいずれ白昼の下に晒されることになるぞ」
 密かにこう考える者達がいた。その海賊達と結託していた市民団体の構成員達である。
 彼等は今まで口では連合の自主性だの海賊の人権だのを主張してきた。だが実は海賊と組んで私腹を肥やしていたに過ぎなかったのだ。
 無論そうした連中であるからテロリストとの関係もあった。今現在テロリストの掃討も進められており彼等の勢力は大きく減少しようとしていた。
 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その六


「どうすればいい?」
 彼等のある者達は密室で会談していた。
「どうすると言われても」
 だが誰もよい案が思い浮かばない。だがここにある者がやって来たのである。
「そういう時にはうちの力を使えよ」
 見ればテレビ局に勤めている構成員の一人である。こうした団体はよくマスコミに顔を出す。何故ならマスコミにも彼等の仲間がいるからである。
「うちのテレビ局、いや系列会社を総動員してキロモトや八条を叩く。これはかなりの効果があるぞ」
「そうか、マスコミの力を使うのか」
 彼等はそれを聞いて顔を明るくさせた。
「そうだ、サラーフみたいにな」
 サラーフのマスコミの力は彼等も知っていた。連合のマスコミは各国ごとに分かれているがつながりはある。もっともその企業の考え方や契約によるものであり全てが同じというわけではないが。中にはセンセーショナルなスキャンダルを好むところもあればおかたいところもある。ある政党に好意的なところもあれば別の政党に好意的なところもある。スポーツのチームにしても然り。企業家向けのところや農家向け、商人向け、ビジネスマン向けと職種ごとにも分かれていたりする。こうしたふうに連合国内のマスコミは複雑に分かれ繋がっている。なかにはこうした市民団体向けのところもあるのである。だがこうした市民団体向けのマスコミの発言権はマスコミの中では強い。やはり『良識』というものを標榜しているからであろうか。人々はこの文字に弱い。だがサラーフと違うのはネットの存在も強くマスコミだけが発言し、情報を持っている
というわけではないことである。だが彼等もまたネットを使う。
 ネットにおいても彼等は暗躍した。こうした謀略はお手のものである。
「八条の黒い関係」
「軍での八条」
 こうした匿名の中傷記事を流し続けた。そして彼の失脚を図ろうとした。
 だがそれは全て失敗した。それ等は全て根拠のない捏造であるとすぐに論破されていった。
 軍の中にも八条をよく知る人物が多くいた。彼等はその人となりをよく知っていたのだ。
「あまり面白みのない男だが」
「女性の話がやけに少ない。あれ程の男前が」
「もしかして男色家ではないかと思ったことはあるが」
 そうした話は出ることはあったがおおむね彼の評判はよかった。彼は軍人としても真面目で有能であったのだ。
 そして黒い関係もなかった。彼は意外にも資金には困っていなかったのだ。
 彼の家は名家である。代々大きな土地を持ち企業も幾つか持っている。政治活動をするうえでも一向に差し支えない程にあったのである。
 それに彼は軍事畑を歩いていたのでそうした裏の世界には疎かった。軍需産業というのは技術投資の割にはあまり採算がないのである。特に日本の軍需産業というのは他の大国と比べるとあまりに勢力が小さかった。
 それはよく識者達から指摘されていた。費用のわりには性能は落ちるのではないか、と。
 実際は日本の兵器の質は高かった。だが少数生産でそのうえ他国に輸出もしないのであまり需要がなくほぼ手作りだったのである。今彼等は連合中央政府の受注した兵器を製造している。兵器の開発は連合においては国防省の技術部が行なっている。統一された兵器を開発する為だ。
 結局ネットによる中傷は失敗した。次に連中が仕掛けたのはマスコミによるネガティブキャンペーンである。これも実に古典的な方法である。
 印象操作や記事の捏造、改竄を行い放送を編集して流した。これにより八条を不当に貶めようとしたのである。マスコミの常套手段でありサラーフのマスコミもよく行なっている。
 だがこれも失敗した。その捏造や改竄が暴露され逆に糾弾されるようになったのである。
 今度は彼等に疑念が降りかかってきた。
「何故ここまで八条を攻撃するのだ?」
 ちなみに当の八条は意に介さず、であった。彼は元々マスコミにどう思われようが気にしない人物であった。そしてただ自分の仕事を進めていくだけであったのだ。
 これが逆に効いた。マスコミだけがムキになりその異様さが浮き彫りになったのだ。
「おかしくないか?」
 ネットで彼等はそう指摘された。
「八条にいられると何か不都合でもあるのか?」
 そして誰かが調べはじめた。そのマスコミの構成員と人物関係を。そして驚くべきことがわかったのである。
 彼等はとある市民団体と密接な関係にあった。これは以前より指摘されそれを批判されてきていた。そしてその市民団体のメンバーの交友関係もわかった。
 何と彼等のメンバーの多くはテロリストのメンバーと交遊であった。これは彼等が学生時代に知り合った関係でありその資金もテロリストからによるものが多かった。テロリストはよく密輸や麻薬の密造で資金を得ていた。反権力や革命を唱える者達の正体は犯罪者であったのだ。
 そして宇宙海賊ともつながりがあった。彼等の中に海賊と親戚の者がいたのだ。
「何だこりゃ、テロリストや海賊と関係があるのかよ」
 そうした意見がネットに集まった。
「よくあることだ」
「むしろ充分考えられたことだろうが」
 ネットでそうした意見がまじあわされることになった。そしてそのマスコミと市民団体は次第に追い詰められていった。
 そして彼等は遂に警察の捜査を受けた。この時代マスコミは聖域ではなかった。そうした風潮がその権力集中と腐敗を招いたことを皆知っていたのである。
 捜査の結果そのマスメディアと市民団体、そしてテロリストや海賊との関係が暴露された。彼等は裁判にかけられ実刑判決を受けた。
「私をやけに攻撃してくると思っていたら彼等が自滅したな」
 八条はテレビを見ながら半ば他人事のように言った。彼にとっては歯牙にもかけない連中だったのである。
 八条はテレビを見終わると仕事に取り掛かった。彼にとってはそうした輩よりも目の前にある多量の書類の決裁の方が遥かに重要だったのである。
 連合はこうしてその軍を着々と整備していっていた。それをエウロパは苦々しげに見ていた。
「奴等は次にはどう動くか」
 こうした議論がよくなされるようになった。そのまま連合内から動かないか、サハラに進むか。それともマウリアを併合してしまうか。
「マウリアはないだろう」 
 そうした意見が主流を占めた。マウリアとは長年に渡る盟友関係があり互いにその交流は深い。経済的にも密接な関係にある。それにマウリアの国力も意外と高くその地形も複雑である。連合が無理をして攻める理由も見当たらなかった。
 ではサハラか。これも今のところ考えられなかった。サハラ東方の大国ハサン王国とは同盟関係にある。それに彼等を通じて三角貿易も行なっている。彼等にとってハサンは重要な相手であった。
 従ってサハラも今のところ考えられなかった。サハラに連合の脅威となるような政権が誕生するか何か特別な資源が多量に発見されないかぎりは。
 では残る連合が取り得る道は二つである。
 まずは連合国内に留まる。今まで一千年に渡って動かなかった。今更動くとは考えられない、というものである。最も可能性の高いケースとして考えられた。連合は基本的に満ち足りており特に他国を攻める理由はない。しかしこれは確証がない。断言はできなかった。そして問題は最後のケースである。
 エウロパ侵攻。その整えた戦力で以ってエウロパに侵攻を仕掛けてくるというものである。連合とエウロパの国力差は人口、経済力共に三十倍の開きがある。その差は圧倒的であった。宿敵といっても最早その差は歴然たるものであった。やはり当初の人口の差と宇宙開拓での遅れが今だに響いていた。
「しかし我々にはニーベルング要塞群があるではないか」
 こう主張して安心しようとする者もいる。だがそれは不安の裏返しであった。
 実際にエウロパの者達が今まで最も恐れてきたことは連合の侵攻であった。だがそれは一千年の間なかった。しかし常に潜在的な脅威としてあった。
 ニーベルング要塞群がもし陥落したならば。その時はもう連合を止める手立てはなかった。エウロパの地形は平坦でありブラックホールもアステロイド帯も磁気嵐も殆どない。ただ星系が連なっているだけである。
 そこを大軍が雪崩れ込んで来たならばどうなるか。それは子供でもわかることであった。
「そのことで今本土は騒然としているようだ」
 マールボロは司令室においてモンサルヴァートに話した。
「当然ですね。もしそうなればエウロパは忽ち連合により蹂躙されてしまいます」
 モンサルヴァートは落ち着いた声で答えた。実際彼はそうしたケースを以前より考えていた。だからこそ冷静でいられたの
である。
「そうなるも最早サハラに進出どころではない。本土が危ういのだからな」
 十字軍の時の欧州に似ている、モンサルヴァートはそれを聞き思った。
 十字軍もアラブへ進出している時に東からモンゴルの襲来を受けた。欧州はその騎兵の前に風前の灯火となった。ドイツやポーランド、ハンガリーの騎士団は瞬く間に壊滅し東欧はモンゴルのものとなった。欧州全土がその蹄の下にひれ伏すのは時間の問題かと思われた。
 だがここでモンゴルであることが起こった。モンゴルのハーンであり最高司令官でもあるオゴタイ=ハーンが死去したのである。これによりモンゴルは兵を引き上げ二度と欧州を攻めることがなかった。あの時オゴタイが死ななければモンゴルは欧州を席巻していたことは間違いない。そうなれば歴史は大いに変わっていた。
「君はニーベルング要塞群についてどう考えているかね」
 マールボロはモンサルヴァートに問うた。
「ニーベルングですか」
 古の邪な小人が作り出した呪われし指輪の名を冠した要塞群である。一個の惑星を要塞としその周囲に十六の人口惑星を配置している。その防御は固く難攻不落と呼ばれている。
「確かにニーベルング要塞群の守りは固いです」
 モンサルヴァートは率直に己が意見を述べた。
「ですがあまり頼り過ぎるのは問題かと思います」
「どうしてだね?」
「あの要塞群に頼りきるあまり他の防御が弱くなってしまいます。そうなれば若しニーベルング要塞群が陥落した場合エウロパを守るものはなくなります」
「つまり他の防衛力をも整備すべきであると考えているのだな」
「その通りです。何しろ連合と我等の国力差は歴然としています。そうそう簡単に守れるとは思わないほうがよろしいかと」
「そうだな。私もそう考える」
 マールボロはそこまで聞いて自分の考えをようやく述べた。
「今のエウロパの備えはあの要塞群しかないのが実状だ。確かにそれだけでは心もとない」
「はい」
「他の整備もしておかなくてはならない。そしてこれは急を要する」
 そうであった。連合が若し動けばどうなるか。それはもう明らかであった。
「艦隊も必要だな。その他の港湾施設や基地の整備も」
「やはりそうした整備が不可欠です」
「そうだな、あの圧倒的な国力を考えるとそれでも心もとないが」
 やはり人口の差が出ていた。三十倍もの開きは覆しようもないものであった。
 しかもエウロパにはこれ以上の余剰人口は養えなかった。その為にサハラに侵攻し植民をしているのだ。東にはその連合が存在する。北方と西方は星系が一つもない。人の居住可能な星系までは数十万光年もあると考えられている。おいそれと行けるものではない。
 従って戦力を拡大させるにも限界がある。それをどうすべきか。
「この総督府の軍を一部本土へ戻そうかという考えも出ているのだが」
「致し方ありませんね」
 モンサルヴァートもそれを考えていた。それでも守れるかどうかというと心もとないが。 

 

第三部第三章 獅子身中の虫その七


「ところで私は一つのことを考えているのだが」
「何でしょうか」
 モンサルヴァートは問うた。
「徴兵制を意見してみようと思うのだ」
「徴兵制ですか」
「そうだ、あれなら兵力をかなり増強できる。そうすれば連合にも何とか対抗できるのだが」
「それはあまり意味がないかと思います」
 モンサルヴァートは首を横に振ってそう進言した。
「何故だ?」
「今でさえ兵力は限界にまで保持されています。徴兵してもあまり意味はない程に」
「・・・・・・そうだったな。最近は我々も傭兵を使いだしている」
「はい」
 彼等はあまり嬉しそうではなかった。傭兵はサハラの傭兵達のことを知っている為あまり使いたくはなかったのだ。だがこの前連合軍の設立に危惧を覚えた中央政府と議会がそれを承認したのだ。
 この時に徴兵制度の導入を主張する者もいた。だがこれはそこまでする必要はないのではないか、という多くの意見により下げられた。ここには軍務に就くのを嫌う若年層の意見もあった。今まで一千年もの間徴兵制度はなかった。今すぐそれを言ってもやはり誰も動かなかった。
「それよりもプロを使った方がいいだろう」
 そうした意見により傭兵が使われるようになった。エウロパの者だけでなく連合やサハラから流れてきた者もおりその出自も言語も様々であった。
「だがやはり規律で問題がある」
「そうですね。元々戦争をビジネスと考えている者達ですから」
 傭兵にとって掠奪は当然の報酬であった。シャイターンの傭兵隊が人気がある理由は将兵に極めて多額の報酬を支払いそれにより掠奪を防ぎ、かつ軍律が厳しいからである。
「我々の軍律に当てはめてはいるがな」
「隙があらば破ろうとしますね」
「その通りだ、抜け目もない」
 前線の指揮官達にとって傭兵達はあまり歓迎すべきものではなかったのである。
「それにこれからの軍備増強案が具体的にどういったものになるかはまだわかりませんがおそらくエウロパの財政が許す限りのものになるでしょう。やはり徴兵制の導入による多大な兵を維持するのには無理があるかと」
 戦争は兵士の数だけでするものではない。装備や基地、補給、情報通信等そうしたものの整備も必要なのである。そうしたことを整えてはじめて戦争が可能となるのである。
「選抜徴兵制も駄目か。これも意見が出ていたな」
「わりかしいい考えだとは思いますがそれも市民の反発により下げられましたね」
「うむ。こうしてみると我々の置かれた状況は苦しいものがあるな」
「はい」
 今エウロパは連合、マウリアに次ぐ第三の人口を有している。確かに個々の惑星は豊かであり生活水準も高い。環境は連合よりもいいと言える。その為貴族達は優雅な生活を楽しみ市民達も落ち着いた暮らしができる。こうしたところはあくせく働いている感じの強い連合とはまるで違っていた。人口問題はあるが彼等は比較的いい生活をしていたのである。
 だが人口の差は如何ともし難い。連合との差と限界に達した領土の開拓、そして余剰人口、こうした相矛盾する問題が
彼等を悩ませていたのである。
「北方や西方に行けたらいいのだがな」
「流石に何十万光年も移動は出来ませんね」
「そうだな。それが出来れば最初から苦労はしない」
 マールボロは半ば溜息混じりに言った。
「実はそれで君に中央政府から話が出ているのだ」
「中央政府からですか?」
「そうだ。本土に戻って来て欲しいという話だ」
「本土にですか」
「うむ、そして防衛計画の総責任者になってもらいたらしい」
「そうですか」
「異論はあるかね?今なら断ることができるが」
「いえ」
 モンサルヴァートは首を横に振った。
「私はただ自分の与えられた任務を忠実に行なうのみです」
「そうか、では行ってくれるな」
「はい」
 こうしてモンサルヴァートは総督府から本土へ戻ることとなった。彼の新しい肩書きはエウロパ中央軍統帥本部長であった。これは軍の作戦等を統括する組織である。
 彼の移動に伴ってサハラ総督府のスタッフも大幅に変わった。各艦隊の司令や参謀本部の上層部はのきなみ本土へ移った。これはモンサルヴァートが彼等の意見を求めたからであった。
「統帥本部に来るのも久し振りですね」
 ベルガンサは本部長室で部屋の中を見回しながら言った。
「そうだな。私も一度ここで勤めたことはあったが」
 彼も以前ここにいたことがある。その時は大佐である部門の責任者であった。
「そしてここに戻って来られたというわけですね。栄達して」
「栄達という言葉は余計だ。私は軍の一つの職務に就いているだけに過ぎない」
 彼はそうした言葉が好きではなかった。
「ところで閣下、早速ですが」
「うむ、仕事だな」
「いえ」
 ベルガンサは微笑んで首を横に振った。
「私は今は書類を一枚も持っておりませんよ」
「では何だ?てっきりサインするべき書類を持って来たのかと思ったが」
「伝言がありお伝えに来たのです」
「伝言!?」
「そうです、総統からです」
「総統から」
 ラフネールである。エウロパの元首である。
「はい、是非閣下にお会いしたいそうです」
「一体何の用だ」
「そこまでは。もしかすると結婚を勧められるとか」
「おい、私は既に婚約しているぞ」
 ベルガンサの冗談に口を挟んだ。
「どうされますか?」
「断る道理もないな」
 彼は言った。
「では行かれますね」
 こうして彼はベルガンサを連れて総統官邸に向かった。
 官邸は宮殿であった。ロココ様式をもととした優雅な造りとなっている。オレンジをもととしており内部には様々な装飾品や芸術品が置かれている。
「前から思っていたのだが何処かで見たようだな」
「この宮殿はサンスーシーをモデルにしているらしいですからね」
 ベルガンサが答えた。サンスーシーとはプロイセンのフリードリヒ大王がポツダムに建てた宮殿である。かってのフランス語で『憂いなき宮殿』という意味のその宮殿はロココ芸術の代表的なものである。
「サンスーシーか。そういえば似ているな」
 エウロパが地球から持って来た欧州にもある。幾度か改修されているがその外観は残っている。
「そういえばサンスーシー自体はまだ見たことがないな」
「そうだったのですか?」
「うむ。忙しさにかまけて。一度見てみたいとは思っているが」
「でしたら一度欧州各地を見られてはどうですか?他にも色々とありますし」
「そうだな。暇になった時にでも」
 二人はそんな話をしながら宮殿の中に入った。
 宮殿の中も豪奢な装飾で彩られていた。多くの芸術品がありそれがみらびやかに飾っていた。二人は案内されながらその中を進んでいった。
「こちらです」
 やがて総統の執務室の前に着いた。
「では私はここで」
 ベルガンサは扉の前で立ち止まった。
「あ、大佐はこちらへ」
 彼は案内役に導かれ待合室に向かった。モンサルヴァートの前で別の案内役が扉を開けた。
「モンサルヴァート上級大将が来られました」
 案内役がその部屋の主に言った。
「お通ししてくれ」
 ラフネールの声がした。案内役はそれを聞きモンサルヴァートに言った。
「どうぞ」
 案内役に導かれ彼は部屋の中に入った。中ではラフネールが部屋の中央に立っていた。
「招きに応じよく来られました」
 彼はそう言って自分の方に歩いてきたモンサルヴァートに手を差し出した。
「これはどうも」
 彼も手を出した。そして握り合った。
「ご苦労。席を外してくれ」
 ラフネールは握手を終えると案内役に対して言った。
「わかりました」
 案内役は頷くと礼をして部屋を去った。部屋には二人だけとなった。
「今回卿を呼んだ件ですが」
「本土の防衛計画についてでしょうか?」
 モンサルヴァートは早速問うた。
「はい。卿はどうお考えですか?」
「まずは艦隊を増強したいと考えております。やはり戦いの主力ですから」
「やはりまずは艦隊ですか」
「そうなるかと。それに伴い港や後方基地の整備も行ないます。当然軍事基地も各地に置きたいと考えております」
「つまり本土全土の防衛をさらに強化するのですね」
「はい。やはりニーベルング要塞群だけではいざという時心もとないですから」
「ニーベルング要塞群にはあまり信頼を置いていないように見受けられますが」
 ここでラフネールはあえて尋ねてきた。
「そういうわけではありません」
 モンサルヴァートはそれを否定した。
「ニーベルング要塞群は確かに強力です。エウロパ本土防衛の要であることは言うまでもありません」
 それはモンサルヴァートもよくわかっていた。
「ですがそれに完全に頼りきるのはよくありません。他がおろそかになってはもしもの時に対処できません」
「成程」
 ラフネールはそれを聞き頷いた。
「当然ニーベルング要塞群の増強も考えています。しかしそれだけではならないのです」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「この首都オリンポスを中心とした防衛システムを完成させたいと考えています。そして有事には何としても敵の侵攻を防ぎます」
「敵とは連合のことですか?」
「はい」
 それは言わずもがな、であった。
「連合とは一千年もの敵対関係にあります。そして彼等と我々の国力差を考えますと最大の脅威です」
「卿は連合がこのエウロパに侵攻して来ると考えているのですか?」
「その可能性はあります。もし中央政府にそうした好戦的な政権がつく可能性が」
「あらゆるケースを考えておく必要があると」
「その通りです、そうでなくては国は守れないかと」
「成程、よくわかりました」
 ラフネールはそこまで言うと大きく頷いた。
「今回の計画は貴方に一任しましょう。予算の件は議会に話しておきます。おそらくかなりの額が必要になるでしょう」
「申し訳ありませんが」
「いえ、いいです。国防の為には止むを得ません」
 軍事関係はかなり金がかかるものである。しかも出費ばかりで収入はない。経営という点から考えるとこれ程不健全なものもないだろう。
 だが金をかけずにはいられない。さもないと国が守れないからだ。それがわかっていない者は政治を語る資格がない。軍事不要の政治、それは最早宗教的な話である。
「それでは期待していますよ」
「有り難うございます」
 モンサルヴァートは礼を述べた。
「あともう一つお話しておきたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「はい」
 ラフネールは机の前に向かった。そしてその上にあるものを手に取った。
「これを卿に」
 そう言うと彼にそれを手渡した。
「これは・・・・・・」
 それは階級章であった。元帥のものである。
 エウロパの軍制度において元帥は第二位の階級である。軍においては数十人、時には百人程存在する。
「卿は統帥本部長なのです。元帥になるのも当然でしょう」
「しかし私は元帥になるにはまだ」
 早いのではないか、と言おうとした。年齢的な問題である。
「いえ」
 ラフネールはそれに対して首を横に振った。
「卿のこれまでの功績を考えても、今の職務を考えても当然です。これは既に私が決めたことなのです」
「総統が・・・・・・」
「はい、これからも期待していますよ」
「わかりました」
 モンサルヴァートは敬礼した。そして彼は元帥の階級を有り難く受け取った。
 彼の防衛計画は的確であった。これによりエウロパの国防は大きく変わることとなった。

 この頃サラーフでは睨み合いが続いていた。ムスタファ星系に足掛かりを置くオムダーマン軍とサラーフ軍が対峙していたのである。
 対峙といってもサラーフはいまだに焦土戦術を行なっていた。だがこれは国内のマスコミには甚だ不評であった。
「何故逃げるのか!」
「今の軍は腰抜けだ!」
 こうした言葉が新聞の一面やテレビに次々と出た。
 そしてそれに便乗するようにナベツーラ派が威勢のいい言葉を言う。マスコミは彼等を英雄視して政権に相応しい、とまで言った。
「マスコミの公共性はどうなったのだ」
 こうしたことを言う人もいた。だがそうした心ある言葉はマスコミの大声と偏向した報道により掻き消された。最早サラーフはマスコミに完全に牛耳られていたのだ。
「馬鹿者共が」
 サラーフの首相であるサレムは自身の執務室で新聞を読みながら忌々しげに呟いた。その一面には政府と軍焦土戦術を激しく非難する言葉が羅列していた。
 それだけではない。そこにははっきりと書かれていた。
『ナベツーラを政権に』
 と。何処までも公共性を無視していた。
「全くです。あの連中に政治や戦略がわかる筈もありませんが」
 サレムの前に立つ男が同意した。軍務大臣のハルージャである。
「それはわかっているつもりだが。しかし連中はナベツーラがサラーフを救うと本気で思っているのか!?」
「どうやらそのようで」
「何もわかっとらん」
 サレムはそう言って首を横に振った。
「あの連中にサラーフを救うつもりなどない。あるのは権力を手にすることだけだ」
 無論彼等も権力への執着はある。だがナベツーラ達程ではなかった。そして責務もあった。
「ですがマスコミの突き上げは日増しに強くなっております。しかもそれに乗じてナベツーラ達が」
「それもわかっている」
 サレムの表情は晴れなかった。
「止むを得ん。兵を動かすとしよう」
「はい」
「確かムスタファに援軍が送られているそうだな」
「そのようですね。ブーシル方面からですが」
「そうか、ブーシルからか」
 サレムはそれを聞くと考え込んだ。
「今どれだけの艦隊が動けるか?」
「二十個艦隊程です」
「まだまだ二十四個艦隊に戻すには時間がかかるな。動くのはそれからにしようと考えていたが」
「残念ですが」
 二人は口惜しげに呟いた。
「だが仕方がない。まずは些細なものでも勝利を得る必要がある。マスコミとナベツーラ達を黙らせる程度のな」
「ですね。では七個艦隊程用いて援軍を叩くとしましょう」
「そうだな。では今すぐに動ける艦隊を選んでムスタファ星系とブーシル星系の間に向かわせよう。すぐにな」
「わかりました」
「おそらく今度の戦いで決まるな」
「我々が勝つか、ナベツーラが勝つか」
「それもあるがな」
「他にもあるのですか?」
「それは・・・・・・」
 サレムは言おうとしたがそれを止めた。
「いや、ない」
 そして顔を下に向けて首を横に振った。
「その話はいい。まずは勝とう。そうすれば焦土戦術を続行出来る。オムダーマン軍を疲弊させる為のな」
「ですね。やはり今回の戦いはあの戦術が最も効果があるかと。我が国の国土を考えましても」
「君の意見だったな。それは感謝している」
 サラーフの領土は広い。そしてカッサラから首都アルフフーフまでかなりの距離があった。その距離を利用してハルージャは焦土戦術を提案したのだ。
 これは確かに効果的であった。だがアッディーンはその意図を見抜きムスタファ星系に足掛かりを築き長期戦に入った。これは彼等の誤算であった。
「あの男が足掛かりを築くとは思わなかったしな」
「ですがそれでもアルフフーフとの距離はかなりのものがあります。それを考えますと」
「わかっている。そうして疲弊を待ち、機を見て攻勢を仕掛けるという君の考えは間違ってはいない」
「有り難うございます」
「ただそれはあの愚か者共にはわからんだけだ」
 これで幾度目だろう。ハサンはまたもや顔を顰めた。
「だからこそ勝たなければならん。サラーフを救う為にもな」
「はい」
 二人は頷き合った。そして数日後七個艦隊が首都アルフフーフから出撃した。オムダーマンの援軍を叩く為に。 

 

第三部第四章 命運は決するその一


                  命運は決する
 サラーフの艦隊が動いたということはすぐにムスタファ星系にいるオムダーマン軍にも伝わった。それを聞いたアッディーンはすぐに各艦隊の提督達と参謀達を集めた。
「諸君、遂にサラーフが動いた」
 アッディーンが席につく提督や参謀達に対して言った。
「やはり来ましたか」
 参謀達は予想通りだといった態度で答えた。彼等とて馬鹿ではない。こうしたことは考えていた。
「ブーシルから援軍に来る我が四個艦隊を叩くつもりのようだ。ブーシルとこのムスタファの間に向かっている」
「問題は何処で襲撃を仕掛けて来るか、ですね」
 副司令となっているガルシャースプが言った。
「そうだ、問題はそこだ」
 アッディーンはその言葉に対し頷いた。
「シンダント准将、貴官はどう見るか」
「ハッ」
 主だった参謀達は皆将官に任命されていた。シンダントはアッディーンに問われ席を立った。
「おそらくはオーレフ星系の辺りで攻撃を仕掛けて来るものだと思われます」
「オーレフか」
「はい、この星系が最もアルフフーフからの交通が容易ですし。そのうえアステロイド帯も多く襲撃を仕掛け易いかと」
「アステロイド帯か」
 アッディーンはそれを聞いて考え込んだ。そして言った。
「今高速艦隊はどれだけあるか」
「高速艦隊ですか?」
 アステロイド帯の話をしていたのにいきなり高速艦隊の名を出されたので皆戸惑った。
「そうだ、高速艦隊だ」
 アッディーンはそれに構わず問うた。コリームアがそれに多少戸惑いながら答えた。
「私の艦隊がいけますが」
「あと私もです」
 マトラが名乗り出た。
「そうか、二個艦隊か。あとは俺の直率艦隊もあるな」
 アッディーンはそれを聞きながら言った。
「よし、すぐに発つぞ。行き先はオーレフ星系だ」
「は、はい」
 提督達はそれを聞いて答えた。
「他の者はムスタファに留まっていてくれ。その間の指揮はガルシャースプ中将が執る」
「わかりました」
 ガルシャースプはそれを聞き頭を垂れた。軍帽を被っていないので敬礼はしない。
「ではすぐに行くぞ。コリームア中将、マトラ中将、いいか」
「はい」
「わかりました」
 二人は答えると席を立った。
「ではこれで決定だ。おそらくこれに勝てばサラーフで大きな動きが起こる」
 それは政変を指し示していることは言うまでもなかった。
「これで軍議を終わる。アッラーよ、我等に勝利を!」
「アッラーフアクバル!」
 彼等もムスリムである。アッラーのことは常に心の中にある。
 その名を叫んで勝利を祈った。そしてそれぞれの任務に戻った。
 すぐに艦隊が動いた。アッディーンは自らの率いる艦隊とコリームア、マトラの両艦隊を率いてオーレフへ向かった。

 さてサラーフであるが会戦があることはもう皆知っていた。その結果を見守るだけである。
「御前はどっちが勝つと思う?」
 ナベツーラは自らの事務所に自分の取り巻き連中を集めていた。そして彼等に尋ねた。
「それは決まっているではありませんか」
 醜く太り重い瞼を持つ色の黒い男が答えた。ナベツーラの狂信者と言われるトクンである。慈善家という触れ込みだがその実は福祉を利権にしている男である。
「オムダーマンが勝ちますよ」
「というかあの連中に負けてもらわなくてはね。我々が政権に就くことはできません」
 スキンヘッドにした痩せたガチャメの小男が下卑た笑いを出しながら言った。この男の名はテリームという。感情的な暴論を以って反対派を罵倒することがこの男の得意技である。普通の者ならその出鱈目な論理と浅はかな思考、そして愚劣そのものの言葉に閉口するのだがマスコミでは『正義を愛する毒舌家』である。
「まあ奴等は負けてもらわなくては。何なら情報を流しましょうか?」
 薄く汚い髪を持つ顔中疣だらけの男が言った。トクンやテリームも醜悪な顔立ちだがこの男の醜さは際立っている。この男の名はエジリームという。ナベツーラを賛美するマスコミ達の頂点に立つ男である。
「いいな、それは」
 ナベツーラは葉巻をふかせながらその言葉に対し頷いた。
「どんどん流せ。何処に向かっているかまでな。オムダーマンの方にもよくわかるようにな」
「わかりました」
 エジリームは無気味で醜い笑顔で答えた。
「選挙の方は上手くいっているのだろうな」
「はい、それはもう」
 トクンが答えた。
「資金は豊富にありますし。サレムへのネガティブキャンペーンも順調です」
「そうか。ならいいんだ」
 ナベツーラはそれ以上聞かなかった。どうやら選挙には自信があるようだ。
「いいか、勝つ為には手段を選ぶな」
「それはもう」
「どんな汚いことをしても構わん。スキャンダルを次々とでっち上げろ」
「はい」
 それにはエジリームも頷いた。
「人を貶めるには下半身からだ。たとえ嘘でもそいつの名声は確実に落ちる」
「ですね」
「下手な汚職より効果がある。そうだな、サレムが幼女を犯しているってのはどうだ」
「それはよろしいですね」
 トクンとエジリームはそれを聞いて太鼓判を押した。サラーフにおいては幼児虐待が最も忌まわしい悪行の一つと考えられている。殺人と並ぶ程である。
「そしてテリームはこれまで通りテレビで相手を攻撃しろ。容赦はするな」
「お任せ下さい」
 テリームは下卑た笑いで答えた。
「どんどんやれよ、買収も怠るな。それはトクンがやれ」
「はい」
「工作はエジリームだ。マスコミを総動員しろ」
「わかりました」
「これでいい。いいか、政権についたら俺達の思うがままだぞ。その時を楽しみにしていろ」
「はい!」
 こうして四人はその場をあとにした。そしていかがわしい店で朝まで過ごした。 

 

第三部第四章 命運は決するその二


「何という醜い番組だ」
 ムスタファ星系に残りアッディーンのかわりに指揮を執るガルシャースプはサラーフのテレビ番組を見て思わず顔を顰めてそう言った。
「あのテリームという男は頭がおかしいのか?」
 そう言って側にいるシャルジャーに対して問うた。見ればテリームは下品な言葉で相手を罵倒している。
「御前等が無能だからそうなったんだよ、この屑!」
「黙れ、阿呆が!」 
 テリームは吠えている。ガルシャースプはそれを見てまだ顔を顰めている。
「あれがサラーフを代表する論客なのです」
 シャルジャーは答えた。
「論客!?精神病院の患者ではなく、か」
「はい」
「・・・・・・信じられんな。しかもさっきはハサン首相の下半身のスキャンダルまで喚いていたぞ。あれは立派な名誉毀損ではないのか!?」
「少なくともサラーフではそうではないようです」
「何故だ」
「この男がナベツーラの腹心の一人だからです」
「どうやらあの国のマスコミは相当腐敗しているようだな」
「はい、その証拠にこれを御覧下さい」
 シャルジャーはそう言うと新聞をガルシャースプに手渡した。
「サラーフの新聞か」
 ガルシャースプはそれを手にしながら言った。
「はい」
 シャルジャーは再び答えた。
「ふむ」
 ガルシャースプはそれに目を通した。するとその顔色がみるみるうちに変わっていった。
「・・・・・・何だこれは」
 そしてシャルジャーに対して問うた。
「サラーフの最も質が高く売れている新聞です」
「これでか」
 普段の冷静な様子とはうってかわって怒りを露わにした顔になっている。
「私は何処かの醜悪なイエローペーパーかと思ったが」
「私もそう思いましたよ」
 シャルジャーは言った。
「しかし他はもっと酷いですよ。よろしければ御覧になりますか?」
「いや、いい」
 ガルシャースプは首を横に振った。
「あまり不快な気分は味わいたくはない。読む価値のないものを読んでな」
 そう言うと新聞を机の上に投げ捨てた。
「あながち読む価値がないとは言えませんよ」
 シャルジャーはそれを手にしながら言った。
「それはどうしてだ!?」
 ガルシャースプはシャルジャーの言葉に顔を向けた。
「ここを御覧下さい」
 彼はそう言うと新聞の政治欄を開いた。
「これは・・・・・・」
 見ればサラーフ軍の動向が書かれている。軍の今の高官の考えや発言、スケジュールまで。そして軍の展開等も。
「何故こんなものがマスコミに載るのだ!?」
 どれもこれも軍事機密クラスのものであった。それを見たガルシャースプは思わず目を点にした。
「ナベツーラ達が故意にマスコミにリークしているようですね」
 シャルジャーは言った。
「リーク!?」
「はい。報道の自由を楯にね。政府もそれを出されて何もできないそうです」
「馬鹿な。こんなことをしたら敗戦は確定的ではないか。サラーフのマスコミは何を考えているのだ!?」
「敗戦こそが彼等の願いです」
「それはどういうことだ!?」
 ガルシャースプには訳がわからなかった。自国が敗れて喜ぶ者がいるということなど信じられなかった。
「敗れればナベツーラ達が政権に就きますから」
「・・・・・・そういうことか」
 ガルシャースプはそれを聞いて忌々しげに言った。
「つまり連中にとっては多くの兵士や国家のことよりも自らのことの方が大事だということか」
「ええ。少なくともナベツーラとマスコミは」
「・・・・・・わかった。どうもサラーフという国は根本から腐っているようだな」
「マスコミは少なくともそうですね」
「・・・・・・しかしわからないな」
 ガルシャースプは首を傾げて言った。
「何故サラーフのマスコミはここまで腐敗しているのだ?」
「おそらく他に情報を伝える手段がないからでしょう」
「そうか、この国にはネットがなかったのだな」
「はい。情報を独占したらどういうことになるか」
「それはわかっている」
 ガルシャースプも歴史のことはよく知っていた。二十世紀の世界ではそのマスコミの力が異様に増大していた。中にはその力をもって思うがままに振る舞っていた者達もいた。
「まさか今ここで見るとはな」
「私も正直驚いています」
 シャルジャーは言った。
「ですがこれは我が軍にとっては有利なことですね」
「そうだな。敵の動きをわざわざ教えてくれるのだからな。これ程有り難いことはない」
「ではアッディーン司令にはすぐにお伝えしましょう」
「ああ、頼む」
「ハッ」
 シャルジャーは敬礼してその場をあとにした。ガルシャースプはそれを見送りながら呟いた。
「この国のマスコミは放っておいては危険だな」
 再びその新聞を手にとった。
「今度はオムダーマンを腐敗させかねない。それだけは許さん」
 そう言うとその新聞を部屋の脇にあるシュレッダーにかけた。新聞跡形もなく千切られた。
 テレビを見る。まだテリームが喚いていた。
「消えろ」
 そう言ってテレビを消した。
「この男の顔は二度と見たくはないな」
「同感です」
 シャルジャーは顔を顰めて言った。
「この連中生かしておいたらどうなると思う?」
「我々がサラーフに勝ったあとでですか?」
「そうだ。貴官の考えを聞きたい」
「おわかりだと思いますが」
 シャルジャーはそれに対して言った。
「それはそうだが」
 ガルシャースプはそれに言葉を返した。
「碌なことにはならないでしょうね。何かしらの形で我が国に必ず害を与えるかと」
「今ああしてテレビで喚いているようにな」
「はい。消すべきですね」
「やはり」
 ガルシャースプはそれを聞いて頷いた。
「ですがそれはあとでいいですね」
 シャルジャーは怒りから戻って答えた。
「戦いが終わったあとの戦後処理でやればいいことです。もっともそれは我々の仕事ではないでしょうが」
「そうだな。政府に任せよう。しかし」
 ガルシャースプはここで口調を変えた。
「連中がどういう者達かはよく知らしておいた方がいいな。我が国の今後の為にも」
 その声は深い怒りに満ちたものであった。
「はい」
 シャルジャーは頷いた。彼の声にも深い怒りがあった。 

 

第三部第四章 命運は決するその三


「この連中はすぐに消す。何はともあれサラーフとの戦いが終わったらそれだけは確実にしなければならない」
「ですね」
「だがやはりそれはまだ先の話だ」
 ガルシャースプは話を戻した。
「まずは戦いに勝たなくてはな。そう、奴等がサラーフの政権に就くように」
 彼はそう言うとニヤリ、と笑った。
「そしてそのあとで、ですね」
 シャルジャーも言った。二人はそう言うと席を立った。
「司令には事細かにお伝えするとしよう」
「ええ、サラーフのマスコミの報道を」
「それだけで今の戦いは勝てる。確実にな」
「はい、よく考えたらこれ程戦い易い戦いもありませんね」
「全くだ。それにしてもよく言ったものだ」
 ガルシャースプは消したテレビに目を向けた。
「有能な味方より無能な敵の方が有り難いとはな」
「はい」
 二人は頷くとその場をあとにした。
 以後ムスタファ星系に駐留するオムダーマン軍はサラーフのマスコミの報道を逐一知らせていた。
「そうか、どうやらサラーフのマスコミというのは相当今の政権に負けて欲しいのだな」
 それを見たアッディーンが言った。
「それにしても信じ難い。自国の軍の動きを公表するとはな」
「それが彼等の狙いなのでしょう」
 コリームアが言った。
「今こちらに向かっているサラーフ軍には負けて欲しいのです」
「ナベツーラが政権に就く為にか」
「はい」
「腐っているな。これは完全な利敵行為だ」
「そうですがサラーフでは全く問題になっておりません」
「マスコミが行なうからだな」
「その通りです。サラーフではマスコミが絶対なのですから」
「・・・・・・呆れた話だ」
 アッディーンはそれを聞いて嘆息した。
「しかしわからないことがある」
「何でしょうか?」
 コリームアはアッディーンの問いに対して尋ねた。
「何故サラーフではこれ程マスコミの力が強いのだ?ネット等はないのか?」
「それはサラーフの建国からはじまります」
 コリームアは言った。
「建国から!?」
「はい。当時サラーフでは電力不足が懸念されていまして」
「それは聞いたことがある。当初領土とした惑星のどれもが資源に乏しかったそうだな」
「はい。それの節制の為にネットを禁止したのです。そして情報にはマスメディアに一任したのです」
「だがその後資源の豊富な星系を次々と手に入れたが」
「それでもマスメディアは一度握った権益を二度と手放そうとはしませんでした。そして今に至るのです」
「そうしたことがあったのか。止むを得ない事情からだったのだな」
「はい」
 こうしたことはサラーフだけでなく多くの国でもあった。連合でもそうである。だが連合は各地にネットを回線させることを積極的に推進させたのでサラーフのような事態には陥らなかった。サハラの他の国々の場合はそうした国は滅ぶか新領土を手に入れた時点で変わったのでそうしたことはなかった。サラーフ独特の問題であった。
「それがナベツーラの様な輩を跳梁させてしまうことになるとはな」
「マスメディアの恐ろしいところですね」
 コリームアは言った。
「ああ。、情報を独占し時には捏造する。かつてそれにより多くの悲劇が起こった」
 その為マスメディアに対して懐疑的な者も多いのがこの時代の人々である。
「ネット等の普及によりそれは大分抑えられるようにはなりましたが」
「ネット等がない場合には繰り返される、か」
 アッディーンは噛み締めるようにして言った。
「はい、人間というのはやはり繰り返してしまいます」
「それも歴史か」
 アッディーンはそれを聞いて司令室の椅子に座った。彼等は今旗艦アリーの中にいる。オーレフに向かう途中である。
「残念ながらそうですね」
 コリームアは答えた。
「今回のこのサラーフのマスコミの行動もそうです。こうした自らが権力を維持する為に自国の者を陥れるということは何度も見られました」
「それにより国が潰れたことも」
 アッディーンは言葉を返した。
「そうですね」
 コリームアはそれを聞いて表情を暗くした。
「それを行なう連中はいつもそれがわかっていない。不思議なことだな」
「それも人間です。自分のことは案外目に入らないものなのです」
「そうだな。俺もそれはわかっているつもりだ」
 アッディーンはそれを聞いて席を立った。
「皆俺をやれ若き名将だオムダーマンの獅子だの呼ぶがな」
「名誉なことではないですか」
「確かにな。他の者はそう言うだろう」
 アッディーンはコリームアを横目で見ながら言った。
「だが俺はその時にどう戦えばいいか、それを考え動いているに過ぎない。確かに勝つ自信は常にある」
「それだけで充分だと思いますが」
「それはそうだ。だが俺は戦いに勝ちたいが別にそうした名声にはあまり興味がない」
「意外ですね」
 コリームアはそれを聞いて思わず目を丸くさせた。
「軍人になりたくて幼年学校に入った。そしてすぐに戦場に行きたいから士官学校には進まずにそのまま軍人になったのだがな。知らなかったか」
「いえ、幼年学校を出てすぐに軍に入られたのは知っていましたが」
 コリームアは答えた。これはオムダーマンの軍人では珍しいことであった。
 普通幼年学校から士官学校へ進む。それから少尉に任官して軍役に就くのだ。
 幼年学校からだと准尉からはじまる。そしてその昇進もやはり士官学校卒業者よりは遅い。
「それでもよかった。とにかく戦場に行きたかったのだ」
「何故ですか?」
 変わっていると言えば変わっている。自ら死地に赴きたいとは。それが軍人の務めだとしても。
「幼い頃から戦争の話を見たり読んだりしていてな。それでそうしたんだ」
「そうだったのですか」
 どうやら子供の頃からの夢であったらしい。
「そして戦場にはじめて来た時思った。俺の性に合っている、とな」
「ですか」 
 おそらく彼は軍人としての適性があったのだろう。そして元々戦場が好きだったということも幸いした。
「どんな状況でも死ぬなどということは考えられなかった。そして勝つことだけを考えていた」
「そして今まで戦ってこられたのですね」
「ああ」
 アッディーンは答えた。その言葉に迷いはなかった。
「カッサラの時もそうだった。我ながら思いきったことをしたとは思うが」
「あれで戦局が変わりましたからね」
 カッサラの戦いにおいてのアッディーンの行動は最早伝説にまでなっていた。側面に攻撃を仕掛けようとするサラーフ軍の部隊の前に急行し総攻撃を仕掛けたのである。一艦でその動きを止め戦いの流れを引き寄せたのだ。
「しかし死ぬとは全く思わなかった。絶対にこれで勝てると思ったのだ」
「凄いですね」
「そういうわけではない。あの時サラーフ軍は攻撃を正面から受けるなど思いもしなかった。だからそこを衝いたのだ」
「そうだったのですか」
「相手の思いもよらぬところをつく。それが戦争だ。そして勝つことがな」
「それはわかっているつもりです」
 コリームアは言った。
「ですがそうそうできるものではありません」
「そういうものなのか」
「そうです。それが出来るからこそ閣下は凄いのです」
「俺はそうは思わないがな」
 アッディーンはその言葉を否定した。
「俺は戦争が上手いだけだ。他には何もないぞ」
「果たしてそうでしょうか」
「それはどういう意味だ?」
 アッディーンはその言葉に反応した。そしてコリームアに顔を向けた。
「人間には隠れている能力があります」
「俺にはまだその隠れている能力があると言いたいのか」
「はい。それはその時にならないとわからないものです」
「そういうものかな」
「ええ。まあ今閣下は軍人として優秀ですからそれでいいと思います。しかし」
「しかし!?」
 アッディーンは問うた。
「それだけでも素晴らしいことだと思いますよ」
「そうなのか」
「ええ。それでオムダーマンに貢献されているのですから」
「ならいいがな」
 アッディーンはそれを聞くとフッと微笑んだ。
「やはり役に立たないより役に立つ方がいいものだ」
 それは誰もが同じである。アッディーンもそうであった。
「はい。閣下は軍人として存分に活躍して下さい。ですが」
「ですが!?」
 アッディーンはコリームアの言葉に顔を向けた。 

 

第三部第四章 命運は決するその四


「閣下には隠れた能力がまだあるかも知れないということはよく覚えておいて下さい」
「わかった」
 話はこれで終わった。数日後アッディーン率いる高速艦隊はオーレフ星系に到着した。
 そして敵軍が来るのを待った。やがてオーレフ北方にサラーフの艦隊が姿を現わしたとの報告が入って来た。
「来たか」
 それを聞いたアッディーンの目が光った。
「援軍は今何処にいる?」
 そして参謀の一人に対し問うた。
「今オーレフに入った頃です」
 その参謀は敬礼して答えた。
「そうか」
 アッディーンはそれを聞くと口に手を当てて考え込んだ。
「すぐに援軍に連絡しろ、サラーフ軍が来るとな」
「わかりました」
 参謀はそれを聞き敬礼した。
「サラーフ軍をオーレフの中に誘き寄せるように伝えよ」
「はい」
「我々はそれに動きを合わせる。そして前後から挟撃するぞ」
「挟撃ですか」
「そうだ、そして一気に勝利を収める」
 これはアッディーンの得意戦法であった。それは周りの者達もよくわかっていた。
「ですが敵もそれはわかっているのでは」
 それを知る参謀はそう尋ねた。
「だろうな」
 アッディーンは微笑んでそれに答えた。
「だが場所が違えば状況も変わってくる。挟撃といっても何通りもある」
「それはそうですが」
「見ていろ。我が軍は必ず勝つ。そして勝利を手にする」
 それは強い声であった。参謀もその言葉に納得した。
「わかりました」
 そして敬礼で答えた。
「わかればいい」
 アッディーンはそれを見て満足気に微笑んだ。
「勝利は我が手に既にある。必ずや勝利を収めるぞ!」
「ハッ!」
 周りの者達は一斉に敬礼した。アッディーンはそれを見て会心の笑みを浮かべていた。
 オーレフに来たサラーフ軍であるがその士気は低かった。やはりマスコミの報道によりこちらの行動が敵にも全て筒抜けであるというのは痛かった。特に上層部のそれは深刻であった。
「敵はおそらく既にここに来ているだろうな」
 サラーフ軍の司令官ハラス大将は暗澹たる表情で副官に尋ねた。
「おそらく。こちらの動きは全て敵に筒抜けです」
 副官は暗い表情で答えた。
「だろうな。あれだけ報道してくれると」
 ハラスは首を横に振ってそう言った。
「これで勝てという方が無理な話だ。それがあの連中にはわからないのだろうか」
 彼はマスコミに対して批判の言葉を口にした。
「わからないのでしょう。連中はいつも何一つ知らないことをさも知っているかのように言うのが常ですから」
「そしていつもミスリードする。それでいて謝罪も反省もしないな」
「それがマスコミというものです」
 副官の声も表情も苦々しげであった。
「連中は責任やそういう話になると言論の自由や報道の自由を楯にとります。自分達が幾ら法や人権を蹂躙してもそれさえ言えば許されると思っているのです」
「それは私もわかっているつもりだ」
 ハラスはサラーフ軍においては良識派として知られている。まだ四十代だが実直で真面目であり部下を大事にする人物として評判がいい。マスコミ以外には。
 マスコミの彼の評価は柔弱な将である。優柔不断で育ちがいいだけで大将になった無能な人物だという。
 しかし彼は今までオムダーマンやミドハドとの戦いで功績を重ねてきている。そして後方任務においても的確にこなしその事務処理能力も高く評価されている。バランスのとれた人物である。
 だからこそ彼は軍内でもミツヤーンやホリーナムの存在を許せなかった。公然と批判こそしなかったものの明らかに嫌悪していた。その為にマスコミからは嫌われたのである。
「別にマスコミに嫌われようと私自身は構わないがな」
 ハラスはそうした考えの持ち主だった。彼はマスコミを心底軽蔑していた。
「だが家族のことまで中傷してくれるとはな」
 そこで顔を顰めた。彼はマスコミに家族や親戚のことまで捏造され攻撃に晒されていたのである。それには流石に我慢ができなかった。
 その黒幕がナベツーラやミツヤーンであることは明白であった。彼は陰に陽にナベツーラ一派の攻撃を受けていたのである。
「私もですよ」
 副官が同意するように言った。
「焦土戦術を決定した会議でミツヤーンが呼ばれもしていないのにズカズカと入り込んで来たのはご存知でしょうか」
「それは聞いている。何でもすぐに全軍を以って迎撃すべし、と喚き散らしたそうだな」
「はい、私はその場に丁度いたのですがね」
 彼の顔がみるみる不機嫌なものになっていく。
「滑稽な場面でしたよ。誰も相手にしないのに一人だけ狂人の様に喚き散らしているのですから」
「あの男は本当に軍人なのか、と思う時があるな」
「士官学校でもコネで入ったという噂がありましたね。ろくに勉強もせず成績も人物としての評価も士官学校開設以来最低だったそうですが」
「それは凄いな」
「はい。そのうえ前線にろくに出ず後方で私腹を肥やしてばかりいたそうです。出世したのは他でもない、ナベツーラに取り入ったからです」
「聞けば聞く程嫌になる奴だ。そんな奴が軍を掌握したらどうなると思う」
「それは閣下もよくご存知だと思いますが」
 彼はあえて答えなかった。
「そうだがな」
 ハラスはそこで口をつぐんだ。
「そうならない為にもこの戦い、勝たねばなりませんが」
「難しいだろうな。敵はおそらく既に迎撃態勢を整えているだろうしな」
 彼等の当初の作戦計画ではムスタファ星系に向かうオムダーマン艦隊の側面を急襲し戦果が得られたならすぐに帰るというものであった。だがそれはマスコミの報道により筒抜けである。だが当初の予定通りにいくしかなかった。若し正面から戦いを挑んでも勝利は期待できなかったからである。
「敵艦隊を発見しました」
 偵察に出していた部隊から連絡が入った。
「そうか」
 ハラスはそれを聞いて頷いた。
「では側面に回るぞ」
「わかりました」
 サラーフの艦隊はオムダーマン軍の側面に向かって動きはじめた。
 オムダーマンの艦隊はオーレフの奥深くに向かおうとしていた。それを見たハラスは危惧を覚えた。
「罠か」
 だが引くわけにはいかなかった。引いたらそれがすなわち敗戦である。少なくともマスコミはそう大々的に報道するであろう。
「行くぞ」
 周りの幕僚達に対して言った。
「わかりました」
 幕僚達もそれに頷いた。サラーフ軍はオムダーマン軍を追った。
 オムダーマン軍の動きは遅かった。そしてある惑星の輪の中に入ろうとしていた。
「今だ」
 ハラスはそこで攻撃を指示した。艦隊が急行しオムダーマン軍の側面に襲い掛かろうとする。
 その時だった。輪の中からオムダーマン軍の新手が姿を現わした。
「やはりいたかっ!」
 ハラスはそれを見て思わず叫んだ。オムダーマン軍の新手はサラーフ軍の後方に姿を現わしてきたのだ。
「よし、そのまま進め!」
 アッディーンが指示を下す。オムダーマン軍はそれに従いサラーフ軍の後方に一斉に突き進んだ。
 それと同時に前方のオムダーマン軍も方向を転換した。そしてサラーフ軍に攻撃の矛先を向けて来た。
「いかん、退け!」
 それを見たハラスはすぐに指示を下した。艦隊を右に動かしオムダーマン軍の左右からの攻撃をまずかわした。
 そして態勢を建て直しこちらに向かって来るオムダーマン軍に正対する。彼等は左右から襲い掛かって来た。
「兵を二手に分けろ!」
 ハラスはまた指示を下しオムダーマン軍に対してそれぞれ兵を向けた。
「サラーフの将はなかなかの男のようだな」
 それを見たアッディーンが思わず言った。
「はい、少なくとも無能ではないようですね」
 参謀の一人がそれに同意した。その艦隊運動と作戦指揮は確かに決して無能なものではなかった。
 両軍は二つの場所で戦いをはじめた。ハラスは右側から来た軍に対し向かっていた。アッディーンが左側にいた。
 ハラスはこう考えていた。まずは右側の兵を叩きそれから左側を叩こうと。兵力においては僅かに優勢であるのでそう考えたのだ。
 だがその目論見は不幸にして外れた。アッディーンの率いる艦隊に向かったサラーフ軍は瞬く間に壊走したのだ。
「クッ、あの軍を率いているのはまさか・・・・・・」
 ハラスはそれを見て思わず呻いた。
「ええ。アッディーン提督のようです」
 副官が答えた。
「彼の旗艦アリーが確認されています」
「そうか。道理で強い筈だ」
 ハラスは半ば彼を称賛する言葉を漏らした。アッディーンの艦隊はそのままこちらに向かって来ている。
「如何なさいますか?」
 それを見て副官が問うた。
「ううむ」
 ハラスは一瞬考え込んだ。だがすぐに顔を上げた。
「こうなっては致し方ないな。前後から攻撃を受けては到底耐えられん」
 それは撤退の言葉であった。
「わかりました。残念ですが」 
 副官はそれを聞き敬礼した。負ければどうなるか、彼にもそれはよくわかっていた。
「すぐに撤退する。そして全軍アルフフーフに帰還するぞ」
「ハッ!」
 アッディーンの艦隊が来るより早く彼等は退却した。そしてオーレフ星系から離脱を開始した。
「追いますか?」
 それを見たコリームアがアッディーンに対して問うた。
「いや、いい」
 アッディーンは首を横に振った。
「今回は勝利を収めたこと自体が重要なのだからな」
「そうですね、これで今後かなりやり易くなりますね」
「ああ」
 アッディーンはコリームアの言葉にニヤリ、と笑った。
「ところでブーシルからの援軍は無事か」
「はい、これといった損害は受けていません」
「そうか。ならいい。ところで」
 アッディーンはここで話を変えた。
「この星系に残っているサラーフ軍はいるか」
「はい、ですがその殆どが既に投降しております」
「よし、その捕虜達を全員保護したならばすぐにムスタファ星系に戻るぞ。そして次の戦いの準備だ」
 アッディーンはムスタファ星系の方に顔を向けて言った。
「おそらく選挙の後すぐに奴等は動くだろう。それに備えなくてはな」
「はい」
「そして今度の戦いで奴等の滅亡が銀河に知れ渡る」
 彼はそう言うと不敵な笑みを漏らした。
「捕虜の保護を急げ、そしてすぐにムスタファに帰還するぞ!」
「ハッ!」
 コリームアだけでなくその場にいた参謀達が一斉に敬礼する。アッディーンはそれを向かい合って受けた。
 オーレフ星系の戦いはこれで終わった。参加兵力はオムダーマン軍約六五〇万、約六万五千隻、サラーフ軍は約七〇〇万に七万隻であった。
 サラーフは兵力において有利であったが士気の低下、そして何よりその行動が自国のマスコミによりオムダーマン側に筒抜けであったことが致命的であった。ハラスの冷静かつ的確な指揮により損害は少なかったがこの敗戦はその損害よりも遥かに甚大な影響を及ぼすことは誰の目にも明らかであった。
 それからすぐにサラーフで選挙が行なわれた。結果は言うまでもなかった。 

 

第三部第五章 雑軍その一


                    雑軍
 選挙はナベツーラ派は圧倒的な勝利であった。ハサンはそれを受けて首相の座を退きナベツーラが首相となった。マスコミはこれでサラーフは救われた、と提灯記事を書き連ねた。
「これが首相の椅子か」
 ナベツーラはまず官邸に入ると首相の執務室の椅子を見た。
「貧乏臭い、とっとと捨てろ」
 そして別の豪華な椅子を持って来させた。
「やっぱり椅子は座り心地のいいものに限るな。そうでないと腰を痛めちまう」
 彼はそう言って口を大きく開けて笑った。
 後にこの行動や発言もマスコミに大いに取り上げられることはわかっていた。
『これこそ首相の在るべき姿』
『サラーフの今までの閉塞した状況を打破する改革者』
 おそらくこうした記事が出て来るだろう。ナベツーラはそれを考え一人悦に入った。
「ところでだ」
 彼は葉巻を吸いながら連れて来た秘書に言葉をかけた。
「閣僚はまだ決まってなかったな」
「はい」
 秘書は答えた。サラーフにおいて閣僚は首相が直接任命するのである。
「よし、じゃあ決めてやる」
 彼はそう言うとペンを取り出した。高級な万年筆である。
 そこに紙で書き込んだ。瞬く間に二十人近くの名と職が書かれる。
「これでどうだ」
 彼はそう言ってその職と名を秘書に見せた。
「素晴らしいです」
 秘書はお世辞で応えた。彼は長年ナベツーラの秘書を務めている。だからこの彼の好みもよくわかっていた。
 ナベツーラは媚び諂いや世辞を好む。そして袖の下はもっと好きだ。それを知らない秘書は辞めさせられただけでなくサラーフにいられないようにされた。
「そうだろう、今パッと思いついたんだ。俺は何でもすぐに決めちまうからな」
 彼はあまり考えて行動する男ではない。感情で何もかも決めてしまうのである。
「それでこそサラーフの首相です。決断力がなくては勤まるものではありませんから」
「よくわかってるじゃねえか。御前もちょっとは政治がわかってきたようだな」
「お褒めに預かり光栄です」
 この秘書も本心から言っているのではなかった。彼が秘書を務めているのは何もナベツーラを敬愛しているからではない。ただおこぼれにあずかりたいからである。
 その閣僚の名は心ある者が見たならば眉を顰めずにはおれないものであった。トクンやテリーム、エジリームといった札付きの輩達が要職にあった。それだけでこの内閣の性質がわかる程であった。
「次は軍だな」
「はい」
 秘書は頷いた。
「まあそれも大体決まっている」
「お流石です」
 そして再び心にもないことを言う。
 その人事も酷いものであった。ミツヤーンが元帥、宇宙艦隊司令長官となりホリーナムは上級大将で参謀総長、そしてキヨハームやペダシャーンといった粗暴な者達が艦隊司令となった。それを見てアッディーン達がほくそ笑んだことは言うまでもない。
「まずはオムダーマンの奴等をここから追い出すことが必要だ」
 ナベツーラは所信表明演説でまずこう言った。
「その為には兵隊がいなくちゃいけねえんだ」
 それは正論ではあった。
「まずは傭兵でも何でもいいから掻き集めろ。そしてそれで一気にオムダーマンを叩く」
 これまでの焦土戦術を否定した。そして決戦を主張したのだ。
 すぐに兵力の総動員が行なわれた。徴兵された兵だけでなく職のない者や浮浪者までもが強制的に入隊させられた。そして傭兵まで集められた。こうして瞬く間に三十個艦隊が編成された。
「どうだ、凄い数だろう」
 彼はマスコミを前にしてそう豪語した。
「はい、まさかこれだけの数をすぐに集めるとは思いませんでした」
「これが首相のお力ですね」
「そうだ」
 彼は葉巻を吸いながらその醜い顔を歪めて笑った。
「俺じゃなきゃここまで集めることはできねえよ。ほら、何といったかな、前の冴えない前任者だ」
「サレムですね」
 記者の一人が言った。
「そうだ、サレムだ。あいつみたいなことやってたら勝てるもんも勝てやしないんだ。こうして圧倒的な兵力で一気にやらねえと戦争は勝てないんだ」
「その通りです」
 なおナベツーラもこの記者達も軍事のことは全く知らない。戦艦と空母の区別すらつかないのだ。それどころか階級すらも碌に知らない。
「これで一気にいくぜ。連中のいるムスタファに一気に雪崩れ込む」
「いきなり敵の本拠地にですか。それは素晴らしい」
 またもや歯の浮くようなことを言う。
「そうだ、こうしたことは徹底的にやらねえとな。その為の艦隊だしな」
「はい。ではすぐに軍を向けられるのですね」
「当然だ。おい、今から言うぞ」
「はい」
 記者達は書く準備をした。
「三日後全軍を以ってムスタファを取り戻す為に出撃させる。派手にやるぞ!」
「おお!」
 これはすぐに各誌の一面となった。マスコミはもうサラーフの勝利が決まった、と囃し立てた。
 それを冷静に見ている者がいた。それは生憎サラーフの者ではなかった。
「成程、ここに全軍を以って向かって来るのか」
 アッディーンは新聞を読んでそう言った。
「正気ですか?まさか自軍の行動をここまでおっぴらに公表するなんて」
 それを見たアガヌが思わず首を傾げた。
「おそらく勝つ自信があるのだろう。兵力だけでな」
「信じられませんね。こんなことははじめて見ました」
 オムダーマンもミドハドも軍の動きは非常時においては極秘である。これは当然のことであった。
「だがこれで戦い易いといえばそうなる。すぐに会戦の準備をするか」
「罠かも知れませんよ。こちらの兵をムスタファに集める為の」
 アガヌはそこで言った。
「あの男が罠を張れる程高度な知能の持ち主とは思えないがな」
 アッディーンはそう前置きしたうえで言った。
「ブーシル、そしてカッサラへの路にはそれぞれ一個艦隊を置こう。そしてムスタファ防衛にも一個艦隊を予備として置きたい」
「十五個艦隊で敵にあたるのですね」
「そうだ。兵力は敵の二分の一だがな。それでも絶対に勝てる」
 彼は強い口調でそう言った。
「大した自信ですね」
 アガヌは苦笑して言った。
「では貴官はどう見るか?」
「それは決まっていますよ」
 彼はその顔を微笑みに変えて答えた。
「行く先も行動もわかっていてはこれ程楽な戦いはありません」
「そうだな。そして問題は敵の装備や兵の質、そして武装だな」
「どのようなものでしょうね」
「いきなり三十個艦隊も集めたのだ。おおよその予想はつくだろう」
「はい」
 それはアガヌにもわかった。
「かなり質は酷いだろうな」
「でしょうね。おそらく単なる数合わせのガラクタばかりでしょう」
「ああ、聞いたところによると博物館から引っ張り出したりもしているらしい。動くのなら一緒だろうということでな」
「本当ですか!?」
 アガヌもそれを聞いて耳を疑った。
「本当だ」
 アッディーンは即答した。
「新聞にも載っていた。例によって提灯記事だが」
「よく軍の良識派が許しましたね」
「良識か」
 アッディーンはそれを聞いてシニカルに笑った。
「どうやらこの国では良識はマスコミが作るらしい」
「例によって、ですね」
「ああ、あのような連中がオムダーマンにいなくて本当によかったと思うな」
「同感です」
 それはアガヌも同じ意見であった。
「正気とは思えない男がテレビに出て喚き散らす。それだけでも許せんが」
「しかもその男がサラーフの良心とまで言われるのですからね」
「少なくとも我が国では即座に病院行きだろうな、あのような男は」
 彼等はテリームのことを言っていた。
「ところでこちらの準備は整っているな」
「はい」
 アガヌは敬礼して答えた。
「既に出撃準備は整っております」
「ならいい」
 アッディーンはそれを聞いて満足気に頷いた。
「敵が来たらすぐに出撃するぞ。そして勝つ」
「はい」
 それは力強い声であった。
「この勝利でサラーフは間違いなく崩壊する。あとは首都を陥落させるだけだ」
「わかりました」
「全将兵に伝えよ。出撃の指示が出次第すぐに敵を倒しに行く、とな」
「ハッ!」
 アッディーンはそう言うと部屋をあとにした。そして旗艦アリーに向かって行った。 

 

第三部第五章 雑軍その二


 サラーフの動向はサハラ周辺各国にも知れ渡っていた。当然シャイターンの耳にもそれは入っていた。
「またナベツーラはえらく強気だな」
 彼は新聞を読み終えるとそれをテーブルの上に置いて言った。
「見たところ到底勝てるようには思えないがな」
「閣下も同じお考えですか」
 傍らに控えるハルシークが問うてきた。
「ああ。戦争は数だけでするものではないからな。確かに重要であるが」
 彼はその細い目でハルシークを見ながら言った。
「他にも色々な要素がある。それが全て合わさらないと戦力にはならない」
 流石に彼にはそれがよくわかっていた。
「今のサラーフの上層部にはそれがわかっていないようだがな」
「その通りです」
 ハルシークはそれを聞いて答えた。
「まさかここまで愚かな男だとは思いませんでした」
「ナベツーラがか?」
「いえ、彼と彼に関わる者全てです」
 ハルシークは答えた。
「閣僚達も軍の高官達もあまりに愚劣です。しかも相手を完全に侮っております」
「そうだな。ナベツーラはアッディーンを若僧と罵っていたな」
「それも公の場で。品性を疑います」
 ハルシークはそう言って顔を顰めた。
「だがそれがサラーフのマスコミには受けているようだな」
「マスコミは盲目の荒馬ですから」
「盲目の荒馬、か」
 シャイターンはその言葉を繰り返した。
「はい、彼等は何も見えません。そしてその保持する権力はあまりにも強大になり易いのです」
「情報を独占しているからな。だからこそそれを抑える為にネットが発達した」
「はい」
 ネットにそういう一面があったのは事実である。それが二十一世紀以降マスコミの暴走を抑える大きな力となったのであるから。
「だがサラーフにはネットがありません」
「そうだったな。そしてこう言える」
 シャイターンはそう前置きしたうえで話しはじめた。
「マスコミが暴走したらどういう事態に陥るか、サラーフは今身を以ってそれを人類の歴史に伝えようとしている、とな」
「シニカルですね」
「私は元からこうだが」
 シャイターンはそう言って微笑んだ。
「「だがアッディーン提督に今回のこのマスコミの暴走は好都合だろうな」
「ええ、何せ情報は向こうが教えてくれるのですから」
「そして戦い易い相手を選んでくれた」
「これはアッディーンの勝利になりますかね」
「間違いなくそうなるだろうな」
 シャイターンは言った。
「だがまずは様子を見たい」
 彼は言った。
「万が一、ということもある。いや、この場合は億が一、という可能性だがな」
「アッディーン提督が敗れる怖れは、ですね」
「ああ。まさかあの様な愚劣な者達に彼が敗れるとは思わないが」
「戦争は何が起こるかわかりませんからな」
「そうだ。だがもう準備はしておいた方がいいな」
 シャイターンはそう言うと席を立った。
「私の部隊だけでいい。出撃準備をしておけ」
「わかりました」
 ハルシークは答えた。
「アッディーン提督が勝利を収め次第動くぞ。そしてサラーフ領内へ侵攻する」
「はい」
「おそらく敵は我々が動くとは露程にも思っていないだろうからな。しかしそれが命取りになる」
 彼はそう言うとニヤリ、と笑った。
「愚か者を選んだ結末、サラーフはとくと味わうだろう」
「はい、ですがそれがわかった時には」
「あの国はこの銀河にはない」
 彼はそう言うと部屋を出た。そして車を出させハルーク家の邸宅に向かった。
「ようこそ、愛しき人よ」
 シャイターンは出迎えた例の未亡人に笑顔で声をかけた。
「またそのような」
 彼女はそれを聞くと頬を赤らめた。
「心にもないことを仰る」
 だが彼女もまんざらではないようだ。
「いえ」
 シャイターンはそれを首を横に振って否定した。
「間も無く私は貴女の夫となる身。偽りを申し上げて何になりましょう」
「それは・・・・・・」
「今日は貴女に差し上げたいものがあり参上しました」
「差し上げたいもの!?」
「はい、これです」
 彼はそう言うとマントの中から一つの小箱を取り出した。
「これは・・・・・・」
 それは指輪であった。真紅のルビーの指輪である。
「婚礼の印に。些細なものですが」
 シャイターンは跪きそれを差し出した。見ればかなり大きなルビーである。
「よろしいのですか?」
 夫人は彼に対し問うた。
「何がですか?」
「見ればかなり素晴らしい指輪です。私もこれ程のものは見たことがありません」
「いえ、私はこの指輪ですら貴女には釣り合わないと思ってもります」
「またそのような・・・・・・」
 彼女は世辞とは知りながらも気分をよくした。
「けれど嬉しいですわ」
 やはり指輪を差し出されて悪い気はしなかった。
「お受け取りしてよろしいでしょうか」
「是非とも」
 シャイターンは言った。
「勿論これだけではありません」
「まだあるのですか?」
「はい、これです」
 彼は今度はサファイアのネックレスを出した。
「そしてこれも」
 今度はエメラルドのブレスレットである。どれも細部まで装飾されたものである。
「他にもあります。私のものは全て貴女のものです」
「閣下・・・・・・」
「そしてこの心も」
 彼は立ち上がり自分の胸に手を置いて言った。
「貴女の夫となったならば貴女の為に全てを捧げましょう。当然この命も」
 サハラはイスラムの戒律を今まで守ってきている。元々柔軟な思考の宗教であるからこそ二千年以上も教えが残ったのだ。かっての原理主義のような偏執狂的な者達は姿を消していた。
 そしてイスラムの特徴として独自の女性の人権への配慮である。一見女性蔑視に捉えられかねないがその実は細かい配慮が為されている。
 妻は四人まで持ってもよいのはこの時代でもそうである。だがその四人を平等に愛さなければならず養わなければならない。そして戦争による未亡人や孤児を救済する意味もあった。戦争で夫を亡くした妻じはこうして救われてきたのだ。これはこの時代でも変わらない。
 そして離婚も簡単にできるがその後でもその妻を養わなければならない。そうしない場合は罰を受ける。
 こうした戒律が今でも生きている。そして婚礼にもそれは見られるのだ。
 彼女の夫は数年前病に倒れている。もう六十に近いからという理由で再婚はせずそのままでいたのだ。子供もいなかった。彼女自身が再婚はしないと言ったので誰も声をかけようとしなかった。六十にはとても見えぬ美貌であっても。
 それだからこそシャイターンも声のかけがいがあったのだろう。何度も断られながらもようやく婚姻にこぎつけたのであった。そして今こうして婚礼の印の贈り物をしている。 

 

第三部第五章 雑軍その三


「これ等もお受け取り頂けますね」
「はい・・・・・・」
 彼女は素直にそのネックレスとブレスレットを受け取った。そして手にした。
「よく似合っておられます」
「またそのような」
 やはり世辞だとわかっている。だが悪い気はしない。
「閣下」
 そして今度は彼女の方から声をかけた。
「何でしょうか」
「今度は私が貴方にお礼をする番です」
 そう言うとシャイターンの手をとった。
「こちらへ」
 そして彼を屋敷の中へ導いて行った。
 数時間後シャイターンは屋敷から出て来た。そして一言こう呟いた。
「予想以上だな。まさかこれ程までとは」
 彼は女性関係はかなり派手な方である。裕福な家に生まれ顔立ちも整っていた為昔から女性には不自由しなかった。妻を一人も持っていないのはただこれという相手がいなかったせいだ。
「まずいな。どうやら本気になってしまいそうだ」
 彼は不敵に笑ってそう言った。
「だがそれも良いか。ああれだけの美貌の持ち主はそうはいない」
 彼の好みでもあったようだ。
「これからが楽しみだ。婚礼の暁には彼女の全てが私のものだ」
 そして屋敷の方を振り返った。
「このハルーク家もな」
 そう呟くと屋敷をあとにした。そして自らの宮殿へ帰って行った。
 それから暫くして彼はその未亡人と正式に結婚した。華やかで豪華な式の後二人はシャイターンの屋敷に入った。
「ここが今日から貴女の家です」
 シャイターンは彼女に対して言った。
「我が妻シャハーダよ」
 そして彼女の名を呼んだ。
「はい」
 シャハーダは名を呼ばれ答えた。
「これから私の全ては貴女のもの。そして貴女の全ては私のものです」
「ええ。そしてそれは永遠に」
 シャハーダはそう言うと彼の胸に身を預けた。
「これからは何時までもこうしていたい」
「はい。二人が共にアッラーの御前に行くその時まで」
 そして固く抱き合った。そのまま二人は寝室へ消えて行った。
 これによりシャイターンは北方で一番の富豪ハルーク家の当主となった。この意味は大きく彼は北方では最大の勢力を持つダルファヤ共和国の市民権を手に入れることができた。
 この国では市民権を持つことの意味は大きかった。市民権を持つ者は誰でも大統領に立候補することが出来るのである。
「だがそれにはまだ時間がある」
 シャイターンは言った。
「選挙までにやらねばならないことがある」
 彼はそう言うと自室にあるサハラの地図を見た。
「兵を動かさなくてはならん。もうすぐな」
「はい、そろそろはじまる頃ですな」
 そこにいたハルシークが言った。
「そうだ。どうやらかなり大規模な戦いになるぞ」
 彼はムスタファ星系を見ていた。
「戦いの結果がわかり次第すぐに出兵するぞ」
「開戦の理由はどうしましょうか」
「理由、か」
 かれはそれを聞きふと顎に右の指を当てて考えた。
「そうだな。前の北方侵攻への復讐ということにしておこう。あの時は大勝利だったがな」
「それはよろしゅうございます」
「それから選挙だ。その準備もしておこう」
「はい」
 選挙は二年後の予定である。だが彼等は準備をしておく、と言った。この意味は何であろうか。
「これで私も土台を築くことが出来たな」
「はい、思えば長い道のりでありました」
 ハルシークは遠いものを見る目で言った。
「長い道のりか」
 彼はそれを聞きハルシークの顔を向けた。
「私はそう思ったことはないがな」
 その顔は不敵な笑みに満ちていた。
「ここまでは予定通りだ。別に長いとは思わない」
「左様ですか」
「うむ。それにここで長いと言ったらどうなる」
 彼はここで顔を地図に戻した。
「私の夢、それはわかっているだろう」
「はい」
 ハルシークは答えた。
「このサハラを統一すること」
「そうだ。今まで我々はエウロパの侵略に為す術もなく連合やマウリアには無視される存在でしかなかった」
 シャイターンの言葉には怒気が含まれていた。確かにそれは真実であった。彼等の長い歴史は戦乱の歴史であった。それが為に辺境の開拓もろくに行なわれず人口も増えなかった。そして産業も連合のように発達しなかった。ただ軍事関係のみが異様に発達するという歪な形で発展していた。
「そうした歴史に幕を降ろす時が来たのだ」
 シャイターンは言った。
「これまでの歴史は屈辱の歴史だった。それが私により変えられる」
 その声には明らかに野心もあった。
「私がこのサハラの主となる。そしてこの国を連合やエウロパに比肩する国にするのだ」
「その為には及ばずながら」
「うむ。ハルシークの力、使わせてもらおう」
「有り難き幸せ」
 ハルシークはそう言うと恭しく頭を垂れた。
「まずはサラーフとの戦いからだ。そして次は北だ」
「はい」
 シャイターンは再び地図に目を移した。
「それからも道はある。よいな、私はその道を進んで行く」
 彼はそう言うと腰の剣を抜いた。
「立ちはだかる者はこの剣で消す。手段は選ばん」
 それが彼の道の進み方であった。
「全てをこの手に入れるまではな」
「はい」
 シャイターンはその場を去った。そして自室に引き揚げて行った。

 アッディーン率いるオムダーマン軍に対し全軍を挙げて決戦を挑むことを決定したサラーフ軍は首都アルフフーフを出撃した。総司令官はミツヤーン、参謀長はホリーナムでありその下に三十個艦隊があった。
 その数約三十万隻、兵力において三千万、かつてない規模の大軍であった。
「これだけの兵があればどのような連中でも勝てんだろうな」
 ミツヤーンは艦橋で自信に満ちた声で言った。
 その左右には女達がいる。途中で買った娼婦達だ。何と彼は艦橋に女を引き込んでいるのだ。
「はい、最早我等の勝利は決まったも同然です」
 ホリーナムもであった。それを見た軍の心ある者達はその信じられぬ行動に思わず眉を顰めた。
 だがそうした常識を持つ者はこの時のサラーフ軍、とりわけ上層部においては少数派であった。多くの者が大なり小なりこうした状況であった。 

 

第三部第五章 雑軍その四


 キヨハームは途中寄港した星の酒場でホステスを犯した。モトキーラムも一緒であった。
 エトンは女子大に車で乗りつけるとそのまま二人の学生を拉致した。そして今だに自分の艦の自室に監禁し慰み者としている。ペタシャーンは酒を飲みながら指揮を執っている。そして誰から構わず部下達を虐待していた。
 こうした者達が軍を率いているのだから風紀などとうの昔に崩壊していた。元々この軍は傭兵や罪人等を入れた混成軍である。統率をとるのが困難であると予想されていた。
 だがミツヤーンもホリーナムも兵士を取り締まるようなことは一切しなかった。その為彼等は寄港先でトラブルを起こし側を通る商船から通行料として金を巻き上げたりしていた。
 これを批判する者はいなかった。それどころかマスコミは彼等を『勇者』として称えその行いも既存の軍の在り方を打ち破る『英雄的な行い』と評価していた。
「ところで、だ」
 ミツヤーンは娼婦達の胸をまさぐりながらホリーナムに尋ねた。
「ムスタファまではあとどれ位だ」
「はい」
 ホリーナムは娼婦に自分の股間をまさぐらせている。すぐにでも部屋に消えてしまいそうな勢いである。
「十日程です」
「そうか」
 ミツヤーンは葡萄酒を瓶に口を当てて飲んでいた。仮にも将校とは思えない品のなさだ。
「ならばそれまではゆっくりできるな。そしてムスタファ星系を陥落させたら」
「ええ、そこで宴といきましょう」
「酒に女でな」
 彼等はそう言うとそれぞれ自室に消えて行った。それを見送る心ある将兵達の目は嫌悪に満ちていた。
 だが彼等はその直後とんでもない目に遭うことになった。
「何を見とるんじゃ」
 そこにキヨハームが来たのである。
 全身筋肉の固まりである。だがそれはおそらくウェイトトレーニングや薬で作られた筋肉だ。すぐに見ただけでわかるようなものであった。
 顔はまるで犯罪者かチンピラのようである。極めて獰悪な人相である。
「御前等ミツヤーン閣下のやられることに不満でもあんのか」
 そして彼は先程ミツヤーン達を嫌悪の目で見た将兵達を前に引きずり出して来た。
「とんでもない奴等だな、上官をそんな目で見ているなんて」
 モトキーラムが言った。これまた軍人というよりは夜の街の男の様な格好である。軍服を着崩しそこに色々なアクセサリーを着けている。その顔は気色悪い化粧をしている。
 彼は何と側に幼女を連れている。歳は五歳程であろうか。真っ裸にして首に鎖を着けて引いている。
「おい、こいつ等どうすべきじゃと思う?」
 キヨハームはモトキーラムともう一人の男に対して問うた。
「潰すべき」
 色の黒い大男が言った。ブランデーを瓶に口をあて飲んでいる。この男がペタシャーンである。
「ペタシャーンの言うとおりですね、キヨハームさん」
 モトキーラムが言った。
「御前もそう思うか」
 キヨハームは残忍な笑みを浮かべてそう言った。
「そやがこのまま普通に殴っても面白くないと思わんか」
「はい」
 モトキーラムは底意地の悪そうな笑顔で応えた。
「おい、あそこ行こうか」
 彼等はその将兵達をトイレに連れて行った。そして彼等の顔を大をたす便器に突っ込んだ。
「おら、これでも飲めや」
「グググ・・・・・・」
 彼等はジタバタともがき苦しむ。キヨハームはその尻に思いきり蹴りを入れた。
「これでも飲んで目を覚ませや。上官の悪口言う奴は酔うとる証拠じゃ」
「そうそう、ただそれだけじゃ酔いは醒めませんよ」
 モトキーラムはそう言うと箒を持って来た。
「こうでもしないとね」
 そしてそれを尻の穴に突っ込んだ。
「ググッ・・・・・・!」
 その兵士は思わず苦悶の声をあげた。キヨハームはそこに肘を入れた。
「黙らんかい、折角こうして酔いを醒まさせてやっとるんじゃ」
 その隣ではペタシャーンが他の将兵達を殴り飛ばしている。床に顔を打ち付けるとそれを脚で踏みつける。
「おら、有り難うございます、って言わんかい」
「そうだぞ、こうして提督様達が直々に世話をしてやってるんだからな」
 モトキーラムは箒をさらに突っ込んだ。その先に血が出てきた。
「礼はどうしたんじゃ、礼は」
 キヨハームはその兵士の顔を便器から取り出して問うた。
「あ、あうあわああああ・・・・・・」
 その兵士は最早苦痛で何も言えない。キヨハームはその兵士の顔をまた便器に突っ込んだ。
「まあええ。今日はこれ位で許したる。酔いも醒めたやろ」
「有り難く思うんだな」
 二人はその兵士の腹に最後にそれぞれ蹴りを入れて行った。
「ところでエトンはどうしとるんじゃ」
「救護船に向かいましたよ」
 モトキーラムが答えた。女性兵士は原則としていないサハラ各国であるが例外もある。
 通信兵には女性もいる。そして看護婦もいるのだ。
「ほう、あいつもお盛んやのお」
 キヨハームはそれを聞くと下品な笑い声をあげた。
「今頃は思う存分やっているでしょうね」
 モトキーラムもそれを聞いて似たような笑い声を出した。
「じゃろうな。全くあいつの趣味は変わらんわ」
 その頃救護船では実際に阿鼻叫喚の地獄絵となっていた。
「わし等もそっちへ行くか」
「ええ、いいですね」
 モトキーラムが頷いた。
「ペタシャーンはどないするんじゃ」
「そうだな」
 彼は兵士達を脚で蹴飛ばしながら言った。
「俺は酒があればそれでいい」
「あるぜ。たっぷりと」
「なら行こう」
 こうして三人も救護船へ向かった。彼等はこうした醜悪極まる行動を繰り返しつつ進軍を続けていた。

 この動きはマスコミにより大々的に報道されていた。美辞麗句と媚び諂いに満ちた文章が新聞に載りテレビを賑わせていた。
「こんなに動きがわかるとかえって怖いな」
 アッディーンはテレビを観ながら思わず呟いた。
「はい。それにしても今日はトクンですか」
 隣に立っていたガルシャースプは顔を顰めて応えた。
「ああ。いい加減こうも毎日毎日テレビに出ていると顔を覚えるな」
「それがテレビの持つ力の怖ろしさです」
「成程な」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。テレビではトクンが盛んにナベツーラやミツヤーンを礼讃していた。
「あのテリームの下劣さには嫌気がさしていたが」
 彼は腕を組んで言った。
「この男はああしたきちがいじみた発言をしないだけだな。中身は全く一緒だ」
「ええ。そのかわり聞いていて歯の浮くような賛辞ばかり言いますね」
「これはこれで腹が立つものだな」
 彼は不機嫌そのものの顔になっていた。
「はい、何の根拠もなく礼讃ばかりですから。こんなことは恥をほんの少しでも知っていれば言えないでしょう」
「この連中に恥という概念があるかどうかだな」
 アッディーンの顔は顰められたままであった。
「あとエジリームというのもいるな」
「ええ。あの男がマスコミを仕切っているようです」
「それでか。サラーフのマスコミ連中の発言や文章が異様に汚いと思ったら」
 サラーフのマスコミの文章や発言の汚さには定評がある。もっともそれはサラーフ以外での話でありサラーフの国民は知らない。
「読んでいてここまで不快になる文章も珍しい」
「本当ですね。まるで人間性の卑しさが滲み出ているようです」
「人間性か。それで一つ聞きたいのだが」
「何でしょうか」
「サラーフのマスコミ連中の人間性だが」
「はい」
 ガルシャースプは顔を前に出した。
「どうしてあのように卑しい輩ばかりなのだ?そういえば昔、そう二十世紀のマスコミもああした人間が多かったと聞くが」
「情報と権力を独占しているからでしょう」
 ガルシャースプは答えた。
「人間権力を独占し何でも意のままにしていると自然とああなります。そしてその中に溺れているうちにああいったふうになってしまうのです」
「全ては権力のせいか」
「はい。マスコミの権力は絶大なものですから」
 この時代でもマスコミには権力があった。ネットが発達していた一千年前のような行動はできなくとも、である。ネットがないサラーフでは言わずもがな、であった。
「全ては権力のせいか」
「はい」
「権力は腐敗するというのは昔からのことだが」
「絶対的な権力は絶対に腐敗するとも言われますね」
「サラーフではそれがマスコミだったわけか」
 アッディーンは腕を組みなおし言った。
「我々も肝に命じておかなくてはな。権力は腐敗するということを」
「はい。そしてマスメディアの危険性を」
「うむ」
 二人はそのあと会議室に向かった。そして翌日サラーフ艦隊を迎撃すべく十五個艦隊をもって出撃した。 

 

第三部第五章 雑軍その五


 両艦隊はムスタファ星系の前で対峙した。サラーフ軍の編成を見てアッディーン達は顔を顰めた。
「・・・・・・こう思うことはここへ来て何度目かもうわからないが」
 いい加減彼もうんざりした顔で言った。
「あの艦隊編成は何なのだ」
 そう言って前に展開するサラーフ軍を指差した。
「あれですか」
 参謀達も呆れ顔である。
「あれは最早戦陣ですらないぞ」
 そこにあるサラーフ軍は最早隊列すら組んでいなかった。
 ただ三十万の艦艇が無造作に並んでいるだけである。戦艦の横に補給艦があるかと思えばミサイル艦の横に掃海艇、巡洋艦と砲艦が並列し空母はバラバラである。
「戦闘力のない艦艇まで入れているとはな。あれで戦うつもりなのだろうか」
「どうやらそのようです」
「・・・・・・わからんな」
 アッディーンは首を傾げた。
「あのような出鱈目な陣は今まで見たことがない。素人ですらもう少しましな陣を組むぞ」
「連中はおそらく素人以下なのでしょう」
 シンダントが言った。
「なまじマスコミにおだてられているから有頂天になっているのです。そして革命的だか何だか知りませんがああした陣を組み得意になっているのです」
「そういうことか」
「はい。まあおそらく敵将はどれも愚劣な輩ばかりなのでしょう。ですから今もこうしてこんなものを送りつけてくるのです」
 彼はそう言うと一枚の文書を取り出した。
「電報か」
「はい、サラーフ軍からです」
 アッディーンはそれを手にとった。そして読んだ。
「馬鹿馬鹿しい」
 それを読み終えたアッディーンの感想はそれであった。
「何ですか?」
 参謀達がそれに対し問うた。
「読んでみるか」
「ええ」
「なら」
 参謀達はアッディーンに手渡されたそれに目を通した。
「何と・・・・・・」
 それを読んだ彼等も皆一様に不機嫌な顔になった。それは何と降伏勧告であった。しかもこのうえなく尊大な文章で書かれていた。
「まさか我々が降伏するとでも思っているのでしょうか」
「そのようだな」
 アッディーンは参謀の一人の言葉に対して答えた。
「まさかこんなものまで送りつけてくれるとは思わなかったがな」
「如何いたしますか?」
「それは決まっている」
 彼はそう言うとその降伏勧告の電報を参謀達から貰い受けた。そしてそれにライターで火を点けた。
「こうするだけだ」
 紙は床に落ちた。そして燃えて消えていった。
「これはこの紙だけの運命ではない」
 彼はこう言った。
「今前にいる愚か者共の運命でもある」
 そう言うとそのまま前に出た。
「勝つ、それも徹底的にだ」
「はい」
 参謀達はその言葉に敬礼した。そしてそれぞれの持ち場についた。こうしてムスタファ星系外の戦いがはじまった。まずはサラーフ軍の進軍である。
「どうやら敵は我等の威容に怖れをなしているようですな」
 旗艦においてホリーナムはミツヤーンに対して言った。
「うむ、そのようだな」
 ミツヤーンは酒を瓶にそのまま口をつけ飲みながら答えた。
「戦いは数で決まるものだ。それをあの若僧に教えてやれ」
「もう既に教えていますが」
 ホリーナムは下卑た笑いを浮かべて言葉を返した。
「フフフ、確かにな」
 ミツヤーンは汚れた歯を見せて笑った。
「では徹底的にやるか。折角送ってやった降伏勧告も無視したようだしな」
「はい、捕虜はとらずに」
「当然だ。ただし看護婦は例外だ。あれは戦利品とする」
「いいですな。私も何人か」
「うむ、戦いのあとが楽しみだな」
「全くです」
 彼等はその薄汚い歯を見せて下卑た笑いをあげた。そしてそのまま全軍を進ませた。
「動きがバラバラですね」
 サラーフ軍の動きを見た。ガルシャースプが呆れた顔で言った。
「そうだな。速度が異なる艦艇を出鱈目に組んでいるせいだろう」
 アッディーンはモニターに映るサラーフ軍の陣形を見てそれに応えた。
「エネルギー反応を見ると火力もバラバラだな」
「まさかここまで酷いとは」
 ガルシャースプの声は完全に呆れ果てたそれであった。
「戦術は決まったな」
 アッディーンは敵の動きを見て言った。
「兵を分ける。いつも通りな」
 彼はすぐに指示を下した。
「まずは火力の大きい艦艇が一斉射撃を浴びせろ。敵の突出した部分を徹底的にな」
「わかりました」
「そして機動力の高い艦艇は左右から斬り込め。そして敵の中で暴れ回ってやれ」
「はい」
「これは間違いなく勝てる。だがな」
 彼はここで言葉を一旦とぎった。
「ただ勝つだけではない。ここでサラーフの戦力を完全に壊滅させるぞ」
「はい」
「ではすぐに行動に移れ。そして奴等をこの銀河の塵に変えてやれ!」
 それが合図となった。オムダーマン軍はまず近付いて来るサラーフ軍に一斉射撃を浴びせた。
「そんなものが効くかい!」
 キヨハームは次々に炎の塊となり消えていく自軍の艦艇を見ても臆することなく言った。
「おい、どんどんいけ。退く奴は撃ってしまえ!」
「え・・・・・・」
 この指示にキヨハームの乗艦の砲術長やミサイル長達は一瞬言葉を失った。
「聞こえんかったか、今現に逃げとる艦があるな」
 見れば前に損傷し戦線を離脱しようとする巡洋艦があった。
「ああいう奴を撃つんじゃ。逃げるような奴は死んでしまえ」
「しかし閣下、あれは」
 周りの者はそれを止めようとする。だがキヨハームとその取り巻き達が彼等を殴り飛ばした。
「うっさいわあ!」
 殴り飛ばされた彼等はそのまま足腰が立たなくなる程までリンチを受けた。そしてキヨハームとその取り巻き共が指揮権を完全に掌握した。
「やれや」
 そしてキヨハームはその取り巻きの一人に対して言った。
「はい」
 その取り巻きは残忍な笑みを浮かべると射撃ボタンを押した。そしてその後退しようとしている友軍の巡洋艦めがけ砲撃を加えた。 

 

第三部第五章 雑軍その六


「攻撃です!」
 その巡洋艦のオペレーターが悲痛な声をあげた。
「何、何処からだ!」
 艦長は咄嗟に問うた。見れば彼は負傷している。彼だけでなくその他の多くの者も負傷している。どうやらかなりの損害を受けたようだ。その証拠に船足が遅い。
「味方からです、前から来ます!」
「そんな馬鹿なことがあるか!味方が撃ってくるなど・・・・・・」
「いえ、事実です。駄目です、避けられません!」
 そしてその巡洋艦は真っ二つに折られた。そして忽ち火球となり宇宙の中に消えた。
 キヨハームに撃たれたのはその艦だけではなかった。退こうとする艦艇は皆損傷を受けた艦艇であった。だがキヨハームはそれに構わず攻撃を仕掛けてきたのである。
「容赦すんな、どんどんやったらんかい!」
 彼だけではなかった。モトキーラムやペタシャーンも友軍の艦艇に対して攻撃を加えさせた。エトンはその時は自室に引っ張り込んだ看護婦達の相手をしていて指揮などそっちのけであった。
 それは督戦隊そのものであった。それを見て先に嫌悪感を露わにしたのはオムダーマンの方であった。
「あそこまで醜いとは思いませんでしたね」
 参謀の一人がアッディーンに対して言った。
「そうだな。今まで多くの戦場を回ってきたがここまで酷いのははじめて見た」
 アッディーンも嫌悪感を露わにしていた。
「これは個人的な考えだがな」
 彼はこう前置きしたうえで話はじめた。
「あの連中だけは許せんな。この戦いで一人残らず消してやる」
「はい」
 皆頷いた。それは賛同の返事であった。
「容赦するな、そして叩き潰せ!」
「ハッ!」
 珍しく感情のこもった指示であった。それはオムダーマン軍全将兵の感情でもあった。
 オムダーマン軍の攻撃は一層激しさを増した。サラーフ軍は容易に進めない。退く艦はキヨハーム達により容赦なく沈められていった。
「逃げる奴はまず撃て!」
 ミツヤーンもそう言った。そして彼等の一派はその通りにした。作戦指揮よりもそちらを優先させた。
 それが仇になった。碌に指揮する者もなく友軍に撃たれサラーフ軍は混乱状態になっていった。そこへ左右からオムダーマンの機動艦隊が突入してきた。
「行け、周りは敵しかおらん、ただ撃ちまくれ!」
 アタチュルクが指示を下す。敵陣に突入したオムダーマンの将兵はそれに従い攻撃を続けた。
 これによりサラーフの両翼は壊滅状態に陥った。それを見たアッディーンは次の指示を下した。
「よし、機動艦隊に敵の後方及び斜め後ろに向かうように伝えよ」
「わかりました」
 すぐに伝令が飛ぶ。そして機動艦隊はそれに従いサラーフ軍の後方及び斜め後ろについた。
 アッディーンはまた指示を下した。
「前方の部隊はそのまま三日月型の陣を作り前進せよ」
「ハッ」
 すぐに陣が汲みかえられる。そしてサラーフ軍を包み込んだ。
 これで包囲は完成した。サラーフ軍は完全に包囲された。
「フン、それで囲んだつもりか」
 ミツヤーンはまだ状況を理解していなかった。酒に酔った頭でモニターを見上げた。
「そんなもの我が軍の数の前には何の役にも立たんわ。構わぬ。逆に全方向に攻撃を仕掛けよ!」
 それは最早作戦の指揮ではなかった。ただ闇雲に攻撃せよ、と言ったに等しかった。
 無論それがまともな攻撃に繋がる筈もなかった。サラーフ軍は囲みを崩すことが出来ず次第にその数を減らしていった。
「さて、どうするつもりかな、連中は」
 包囲は上からも下からも行われていた。最早何処にも逃げ場はなかった。
「まさかまだ兵力を頼みにしているわけではあるまい」
 だが彼等はまだそれを頼みにしていたのである。
「小賢しい真似をしてくれますな」
 ホリーナムは完全な包囲下にあってもまだ自分達の置かれた立場をわかってはいなかった。
「そうだな。どのみち兵力では大きな差があるというのに」
 ミツヤーンもである。彼等は既に泥酔しており自分達の兵力がどれだけ消耗しているのかわかっていなかった。
 それはキヨハーム達も大体同じであった。彼等は部下に適当に指揮を任せ食事と称して自室で酒を飲み淫らな宴に興じていたのである。
「ここで一つお返しをしてやるか」
 アッディーンは意地悪く笑ってこう言った。そして側にいるシンダントに対して顔を向けた。
「ミツヤーンの電報を送るぞ」
「電報ですか」
「そうだ。文は俺が書く。すぐに用意してくれ」
「わかりました」
 そしてアッディーンはミツヤーンに宛てて電報を打った。それはすぐにミツヤーンの許にも届いた。それを見たミツヤーンは酒に酔った頭で怒り狂った。
「ふざけるにも程があるわ、若僧風情が!」
 彼は酒瓶を床に叩きつけそこらじゅうを踏ん回った。そして意味のわからないことを延々と喚き散らしている。
「どうしたのですか」
 ホリーナムはそんな彼に酒臭い息を出しながら尋ねた。
「これを見ろ」
 ミツヤーンはその電報を見せた。それを見たホリーナムもその顔を見る見るうちに真っ赤にさせた。
「何と・・・・・・。我々を馬鹿にするにも程がある!」
 その場にいた心ある者達は当然だ、と思ったが口には出さなかった。
「許さん、すぐに連中を成敗してくれる!」
「はい、総攻撃しかありません!」
 それは妥当な命令であった。ただし彼等も知能ではそれも妥当なものにはできない。
 彼等が下した命令は驚くべきものだった。
「奴等を瞬時に殲滅する。全方位に一斉攻撃を仕掛けよ!」
 それは先程と全く同じ命令であった。それを聞いた者は皆絶望した。
 だが彼等に意見を言う者はいなかった。何か言えばその場で射殺されかねなかった。実際に彼等は手に銃を持って喚いているのだ。
 その命令はすぐに実行に移された。それを見たアッディーンは思わず笑ってしまった。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたがこれ程までとはな」
 鈍重な動きでこちらに向かってくるサラーフ軍を見て嘲笑した。
「せめて一方向に攻撃を仕掛けるという考えにはならないのか」
「どうやらそのようですね。ここまでの愚か者も珍しい」
 ガルシャースプが言った。
「そうだな。そもそも火力も速度もバラバラに編成された艦隊で一斉攻撃を仕掛けて来るというのも馬鹿げているが」
 アッディーンはモニターから目を離さない。
「ここまでくると喜劇だな。愚劣にも程がある」
「そうですね」
 ここでシンダントが前に出て来た。
「愚か者共の愚かな戦いですから」
 その口調は辛辣そのものであった。
「しかし単純に喜劇と呼べないところもあります」
「それは何だ?」
 アッディーンは問うた。
「我々にとっては輝かしい勝利であるということです」
「それは少しキザな言葉だな」
 アッディーンはそれを聞いて苦笑した。彼はあまりそうした芝居がかった言葉は好きではない。元々演劇を観ないせいもあるだろうか。
「だが確かにそうなるでしょうね、このままですと」
 ガルシャースプが言った。
「閣下のご命令一つで」
「俺のか」
 アッディーンはその言葉に顔を向けた。
「はい、是非勝利の為のご命令を」
「勝利の、か。どうもそうした芝居がかった言葉は好きにはなれないが」
 そう断ったが今こそ命令を下す時であるのはわかっていた。
「全軍まずは一斉射撃を浴びせよ。そしてそのあとは波状攻撃を休むことなく行え!」
「ハッ!」
 ガルシャースプと参謀達が一斉に敬礼した。そしてそれはすぐに実行に移された。
 オムダーマン軍のビームとミサイル、そして魚雷が一斉に放たれる。それはサラーフ軍の前面の艦艇を激しく撃ちすえた。
「そんなものが通用するかい!」
 キヨハームはすっかり泥酔した様子で艦橋に来るとその攻撃を見て言った。
「構わん、前進じゃあ!」
「しかし・・・・・・」
 周りの心ある僅かの者がそれを制止しようとする。しかし。
 そこに拳がきた。彼はそれを顔面にまともに受けた。
 右の眼球が衝撃で飛び出る。そして壁に後頭部を叩きつけられた彼はそのまま床に崩れ落ち動かなくなった。
「わしに指図できる程の身分なんかい、御前は」
 彼は血に塗れた拳を軍服で拭きながら言った。
「行くぞ、何か言う奴は今のこいつみたいになるぞ」
「はい、わかってますよ」
 取り巻き達は嬉々としてそれに従った。他の者も無残な屍を見て仕方なく従った。
「おら、行けや!」
 キヨハームは自身の艦を前に進ませた。
「わし一人であいつ等全部やっつけたるわあ!」
 どうやら彼は臆病ではないらしい。しかしだからといってそれが戦上手とは限らない。
「前に飛び出してきた艦に攻撃を集中させろ!」
 アタチュルク達各艦隊司令の指示が飛ぶ。それに従いオムダーマン軍は攻撃する。
 忽ちキヨハームの乗艦は十発のミサイルを受けた。そして瞬時に炎の塊となり宇宙の塵となった。キヨハームが自身の無様な死を知ったのはジャハンナムにおいてであった。
 エトンは作戦指揮などせず看護婦達を相手に淫らな行いを続けていた。その司令室に旗艦の若い将校達が入って来た。
「何だ貴様等、俺は忙しいのだ!」
 見れば彼は全裸で看護婦を押し倒していた。それを見た将校達は黙ってビームガンの引き金を引いた。
 エトンの頭をビームが貫いた。そして彼は看護婦の上に崩れ落ちた。見れば看護婦には意識がない。どうやら首を絞めて殺してそれを死姦していたようだ。
「こんな奴が指揮官だったのか・・・・・・」
 彼等はエトンの屍を蹴り飛ばしながら言った。
「だがこれでお終いだな。こいつはジャハンナムへ行った」
「ああ。そもそも生まれてきたのが間違いだったがな」
 彼等はそう言いながら司令室を出た。そして艦橋に戻った。 

 

第三部第五章 雑軍その七


 艦橋では多くの死体が横たわっている。どうやらいざこざがあったようだ。
 見れば倒れているのは人相の悪い者ばかりである。どうやらエトンの部下達のようだ。
「サラーフの誇りを汚した愚か者共が」
 彼等はその屍を見ながら吐き捨てるようにして言った。
「暫くそこで転がってろ。あとで処分してやる」
 そう言うと電報をオムダーマン軍に対して出した。投降の電報であった。
 こうした艦が次々に出て来た。そして彼等がまず行ったことはミツヤーン派の者達への攻撃であった。
 モトキーラムはとりわけ無残な最期を遂げた。艦橋において彼に今まで虐待されていた兵士達が襲い掛かりまず全裸にされた。そして全艦艇に実況されながら寸刻みにされた。それはオムダーマン軍からも見られた。既に艦橋は占拠され投降が受諾されていたからこそ出来たのであった。モトキーラムの部下達は生きながらダストボックスから宇宙空間に放り出された。
 それを見たペタシャーンは激昂した。すぐにモトキーラムの乗艦に攻撃を仕掛けようとしたがその前に兵士達に後ろから撃たれた。彼等もペタシャーンにはいつも些細なことで虐待を受けていたのだ。その死体はバラバラにされ晒しものにされた。
 最早オムダーマン軍による攻撃よりもサラーフ軍の心ある者達がミツヤーン一派を攻撃する方が苛烈になっていた。彼等は今までその横暴を指をくわえて見ているだけしかできなかった。だが遂にそれに立ち上がったのだ。
 まずオムダーマン軍に投降を打診する。そしてそれが認められるとすぐにミツヤーン派の連中に襲い掛かったのだ。こうしてこの戦いは新たな局面を迎えた。
「何か話が変わってきたな」
 次々とやってくる投降の打診にアッディーンは面食らっていた。
「はい。こうなるとは思いませんでした」
 ガルシャースプが答えた。
「それだけあの連中が憎まれていたということか」
「でしょうね。まあ心ある者ならそうでしょう」
 サラーフ軍にも心ある者は多かった。その代表とも言えるのがグルド=スマラであった。
「ミツヤーンは何処だ!」
 彼は自らの下にある艦隊全てを率いてオムダーマン軍に投降した。そしてミツヤーンを探して戦場を荒れ狂っていた。
 彼もサラーフを愛していた。だがそれは正常なサラーフであり今のような異常なサラーフではなかった。その為サラーフを極限まで腐敗させたナベツーラ、そしてその下にいるミツヤーン達が許せなかったのだ。
 彼だけではなかった。その他の多くの者がミツヤーン達を狙いオムダーマンについた。彼等はこの戦いに負ければサラーフの滅亡が確実なのはわかっていた。だがそれは最早包囲された時点で確定していた。彼等にとって第一の敵はそういう状況にしたミツヤーン達であったのだ。
 次々とミツヤーンに与する者達が惨殺されていく。そしてオムダーマンに投降する者はあとを絶たなかった。オムダーマン軍は最早攻撃を加えてはいなかった。ただサラーフの投降を認めその援護をしているだけであった。
 ミツヤーンは戦場を逃げ回っていた。そして軍の一部がかろうじて包囲の隙を見つけそこから逃げて行くのを見た。じつはこれはアッディーンが意図的に用意した罠であった。
「奴は必ずそこに引っ掛かる。あの男を倒せるのなら少し位の取りこぼしは構わん」
 アッディーンは言った。ミツヤーンとホリーナム達はそれに気付かずそこへ突入しようとした。
 その時だった。彼等の前にオムダーマンの艦隊が一斉に現われた。
「な・・・・・・」
 こちらは僅か数隻しかない。まともにやって勝てる筈もない。彼等は慌てて他の逃げ道を探す。
 だがそれはなかった。上も下も、右も左も塞がれていた。そして後ろからは別の者達が迫っていた。
「いたぞ、逃がすな!」
 サラーフ軍の者達であった。彼等はミツヤーン達を後ろから取り囲んだ。
「もう逃げられんぞ」
 そこでアッディーンの旗艦アリーからモニターで話がきた。
 アッディーンはミツヤーン達の艦のモニターに顔を出した。そして彼等に対し言った。
「私はオムダーマン軍の総司令官アッディーン上級大将だ」
 彼はまず自らの階級や氏名を名乗った。
「ミツヤーンとかいったな」
 彼はあえて侮蔑を込めてその名を呼んだ。
「貴様とその取り巻き共のことは聞いている」
 彼はあからさまに侮辱を込めていた。
「まず言っておくが降伏は認めぬ。貴様は死ぬべきなのだ」
 そう言うとさらに冷酷な言葉を浴びせた。
「貴様等を裁くのは我々ではない。後ろにいる者達だ」
 そこにはサラーフ軍がいる。かって自分達が顎で使い散々蔑視していた者達だ。
「死ね、私が言うことはそれだけだ」
 そしてモニターの回線を切った。それを見てミツヤーンとホリーナムは怒りで身体を震わせた。
「おのれ、若僧が・・・・・・」
 彼等はまだ自分達だけ助かろうと考えていた。そして周りの者達を見回した。そして自分達にほんの少しだけ似た顔立ちの者を二人程見つけた。実際には全く似ておらず彼等が酒に酔った目と頭で選んだ者達だった。
「おい、貴様等」
 ミツヤーンとホリーナムはその二人を前に引き出した。
「我々の身代わりになれ。いいな」
 何と彼等をかわりに人身御供にし自分達は逃げるつもりなのだ。だがその二人は冷たい声で言い返した。
「お断りします」
「何っ!?」
 二人はそれを聞きさらに激昂した。
「貴様等上官の命令がきけんのかあっ!」
「そうだ、それが軍人としての勤めだろうが!」
「上官!?軍人!?」
 彼等はそれを聞いて口の端を歪めて笑った。それは彼等だけではなかった。ミツヤーンやホリーナムを嫌悪する心ある者達全てがそうであった。
「一体どの口で言うやら」
 彼等はミツヤーンとホリーナムを取り囲みながら言った。
「御前達が一度でも軍人らしく行動したことがあったか」
「上官!?何の敬意も払うに値しない奴をそう思ったことは一度もない」
 彼等は既にミツヤーンやホリーナムの取り巻き達を拘束していた。
「そんなふざけたことを言う口はこうしてやる」
 まずはその口を拳で殴った。
「アググ・・・・・・」
 歯が折れていた。鮮血が飛び散る。二人は倒れ込み思わず口を押さえた。
「これだけじゃないぞ」
 そう言うと今度は股間を蹴り飛ばした。流石にこれには悶絶する。
「まだだ、今までの恨み晴らしてやる」
 誰かが何本かナイフを持って来た。そしてミツヤーン一派を取り囲んだ。
 その様子はモニターでオムダーマン、そして投降したサラーフの将兵全てに送られた。彼等はモトキーラムやペタシャーンと同じようにゆっくりと寸刻みで処刑されていった。
 この二人の処刑をもってムスタファ星系外の戦いは終わった。結果はオムダーマン軍の圧勝であった。
 サラーフ軍で戦線から離脱できたのは一割程度、四割近くが戦死した。その中には味方により殺されたミツヤーン派も入っている。そしてその他は皆オムダーマン軍に投降した。何と彼等は自軍と同じ位の大規模な捕虜を得たのだ。
「まさかこんなことになるとはな」
 流石にアッディーンもこの事態には閉口した。
「どうするべきかな」
 そしてバヤズィトに対して問うた。彼が後方参謀であるからだ。
「そうですね」
 バヤズィトもこうした事態は予想していなかった。暫し考え込んだ。
「まずは武装解除しましょう。そうすれば暴動等が起こっても心配はありません」
「うむ」
「それから」
 彼はまた考え込んだ。そして言った。
「捕虜はまず後方に送りましょう。殺すわけにもいきませんし」
「そうだな。それは論外だ」
 アッディーンは戦場での勝利を追及こそすれ捕虜や非戦闘員に対して危害を加えることはしない。それは彼にとっては最も卑しむべきことなのだ。
「カッサラまで送るとするか。それからは軍の上層部に任せよう」
「そうですね。おそらく上手くやってくれるでしょう。少なくともアジュラーン閣下なら悪いようにはしません」
「だな」
 アジュラーンも捕虜に危害を加えるような人物ではない。その点は安心だった。
「あとはサラーフを倒したあとですかね。おそらく彼等も我が軍に編入させるでしょう」
「問題は忠誠心か」
「そうですね。しかしそれは今のサラーフに対してでしょうか」
「それはないだろう」
 アッディーンは言った。
「あんな状態の国を誰が支持するというのだ。支持するのはそれこそ骨の髄まで腐り果てた者共だけだ」
「でしょうね」
 バヤズィトはその言葉に頷いた。
「ですが本来のサラーフに対しては、ですね」
「そうした者は仕方ない。こちらが無理に服従を強いても無駄だろう。かえって逆効果だ」
「はい」
 ここには後々火種を抱えてしまうのではないか、という危惧もあった。
「それにナベツーラは出鱈目に兵を集めたようだな。問題のある者が多いと聞く」
「そうした輩は既にあらかた死んでおりますが」
「だがまだ僅かながら生き残っているだろう。一人残らず見つけ出して軍事裁判にかけよ。そして然るべき処置をとれ」
「わかりました」
 それは処刑という意味であった。
「彼等のオムダーマン軍への編入は急ぐ必要はないな」
「はい、むしろ早急に行っては危険な問題だと思います」
 バヤズィトは言った。
「何しろ膨大な数です。旧ミドハド軍の編入もそれなりに手間がかかりましたし」
「今回の規模はその比ではないからな」
「その通りです」
 バヤズィトはその言葉に頷いた。
「それに最早サラーフに軍を回復させることはできまい。これだけの損害を受けてはな」
「あとはアルフフーフを攻略するだけですね」
「いや、それはまだ先だ」
 アッディーンはそれに対しては首を横に振った。
「急いではならない。まずは星系を一つ一つ我々のものにしていこう」
「このムスタファを拠点としてですね」
「そうだな。だがすぐに拠点を移すことになる」
 彼は言った。
「その場合はアルフフーフとムスタファの中間点がいいな」
「それならいい場所がありますが」
「何処だ?」
 アッディーンは問うた。
「アルマザール星系はどうでしょうか」
「アルマザールか」
 その星系のことはアッディーンも知っていた。交易の中心でありアルフフーフに次ぐ人口を誇る星系である。
「あそこなら各地に兵を送ることも容易ですしね」
「そうだな。それに物資も集まりやすい」
 アッディーンは考えながら言った。
「よし、まずはアルマザールに進むか」
「それがよろしいかと」
「よし、全軍に伝えよ」
 アッディーンは参謀達の方を振り向いた。
「この戦いの処理が終わり次第アルマザールに進軍する。そしてそこからサラーフ各地に兵を送る」
「わかりました」
 参謀達が応えた。
「そしてアルフフーフを攻略する。ナベツーラの首は最早我等が手にある!」
「ハッ!」
 艦橋にいた全将兵が敬礼した。そして彼等は戦いの傷を癒し次の行動に備えるのであった。


第三部  完


                 2004・7・3 

 

第四部第一章 欺瞞の国その一


                 欺瞞の国
 ムスタファ星系外の戦いでのオムダーマン軍の大勝利の情報はすぐに各国に伝わった。
 それはサハラ各国だけではなかった。連合やエウロパにも知れ渡っていた。
「これでサラーフは終わりだな」
 こう見る者が殆どだった。最早サラーフには戦力はなくあとはオムダーマンの侵攻に為す術もなくやられるだけだというのが大方の予想であった。
 だが当のサラーフはそう思ってはいなかった。
 何とこの戦いはサラーフ軍の大勝利だと報道されたのだ。
「名将ミツヤーンの知略冴えわたる」
「名軍師ホリーナム颯爽と登場」
「見よ、これが猛将キヨハームの戦いだ」
 こうした歯の浮くような賛辞が全くの捏造記事と共に新聞やテレビで乱れ飛んだ。そしてサラーフの市民達はそれを信じた。
 そして死んだ筈の彼等がインタビューを受ける。俳優を使ったのだ。
「今度はどうなさるおつもりですか?」
 アナウンサーがテレビに出演した死んだ筈のミツヤーンに対して尋ねた。
「決まっていますよ」
 彼は自信に満ちた声で言った。
「オムダーマン全土を一気に併合するまでです」
「おおっ、流石は稀代の名将です!」
 そうした臭い芝居がテレビで行われた。八条はそこまで見るとテレビのスイッチを切った。
「いい加減精神衛生上悪いですね」
 彼は不快感を露にしてそう言った。
「ですね。まさかこの時代にここまで酷い捏造報道が見られるとは思いませんでしたよ」
 側にはチョムがいた。彼は仕事の打ち合わせで八条の官邸に来ていたのだ。
「我が国もかつてはこうしたマスメディアの弊害に悩まされたのですが」
 八条はチョムの方に顔を移して言った。
「それは一千年以上も前のお話でしょう?」
「そうですけれどね。一度それで戦争に突入しそれから半世紀以上もの間彼等は専横を欲しいままにしました」
 日本の歴史の汚点とも言われる。この時代の日本のマスメディアは彼等がどれだけ権力を握り易く、そして腐敗し易いかということを世に伝えている。
「ネットがなければそのままだったでしょうね」
「そんなに酷かったのですか!?」
 チョムは思わず顔を顰めてしまった。
「はい。何度捏造しようが犯罪を繰り返そうが一向によくならないかったのですからね」
「それは私も歴史で学びましたが」
「結局マスメディアとはそうしたところがあります。自浄能力に欠けるのです」
「そのようですね。どうやらそれは政界や官界よりも酷いようです」
「情報を独占して密閉してしまいますからね」
 八条の言うとおりであった。マスコミはこの時代においてもそうした傾向があった。
 下手に警察や公権力が介入すればそれは報道の自由や言論の自由への侵害となる。また彼等はそれを常に楯にとる。なお彼等が幾らその報道の自由や言論の自由、人権等を侵害してもそれはお構いなしである。
「彼等へのチェックは行き届きにくいです。本当にネットが発達しなければ大変なことになっていたでしょうね」
 ネットはネットで問題がある。だが非常に有益なものであることは確かだ。
「少なくとも今のサラーフのようにはなりませんね」
「はい」
 チャムはその言葉に対し頷いた。
「サラーフにはネットがありませんから」
「だからあのようにマスコミが権力を握ると」
「それにしても酷いものですが」
 チャムも顔を顰めさせた。
「ナベツーラのような者に権力を握らせるのですから」
「おそらくあの国のマスコミとナベツーラは同じ程度の人間なのでしょうね」
 八条は表情を変えずに言った。
「だからこそあのように礼賛できるのです」
「成程」
 チャムは頷いた。
「人間というのは同じ程度の者しか理解できませんからな」
「残念なことに。結局それはどうしようもありませんね。それは人間の本質ですから」
 八条は寂しそうな顔をして言った。
「どれだけ素晴らしい思想や宗教、哲学でも人間自体の本質を変えるかというと。残念ながらそうではないというのが現実ですね」
「はい」
「それは仕方ないです。結局それは変えようがありません。しかし」
 八条はここで顔を引き締めさせた。
「律することはできますがね」
 それは彼の持論であった。結局人間の本質は変えることができない。だが自らを律し努力することで自身を高めることができるのだ。
 実際に彼は紳士として知られている。これは彼の常日頃の心がけと努力から得た評価だ。
 軍においては軍律がある。八条は軍律を厳しく定めた。それは彼等が軽挙妄動に走らないようにする為であった。
「まあこの話はそれ位にしましょう」
 彼はここで話を変えることにした。
「本来は別の理由でこちらに来てもらいましたし」
「おっと、そうでした」
 チャムは思い出したような顔で笑った。
 

 

第四部第一章 欺瞞の国その二


「今開発中の艦艇のことですね」
「はい、進行状況はどうでしょうか」
「順調です」
 彼は自信に満ちた声でそう言い切った。
「もうすぐ試作の艦艇が出来上がってきます。それの試験運用までもうすぐです」
「おっ、それは早いですね」
 八条にとってもそれは意外だった。こうした開発はどうしても遅れがちになってしまうからだ。
「ええ。色々と試行錯誤はありましたが」
 チャムは言った。
「ですが期間が長かったですしじっくりと考えることができましたから。防御力と生存能力には今までとは比較にならない程優れた艦艇になっていますよ」
「それは何よりです」
 八条はその報告に満足した笑みを浮かべた。
「高速戦艦等はどうなっていますか」
 そして機動部隊について尋ねた。
「こちらはあまり防御は考慮に入れませんでした」
 機動力を維持する為にはどうしてもあそうなるものである。防御力より速さを優先させる用兵思想だからだ。
「ただやはり生存能力は考慮しました」
「それはいいことです」
 八条は言った。
「結局将兵が死んでは何にもなりませんからね」
 彼は頬に手を当ててそう言った。
「折角育てた将兵に死なれては。しかも志願兵にも影響が出ますし」
 これは志願制の軍隊の悩みの一つだった。質も士気も高い兵を維持できるがその分待遇や安全性を考慮しなければならない。そうしたデメリットもあるのだ。
「そうですね。実は開発スタッフもそれを念頭に入れていました」
 チャムは言った。
「肝心の将兵に何かあっては元も子もありませんから」
「全くです」
 八条はそこで頷いた。
「兵器は幾らでも調達できますがね。少なくともこの連合の国力では。ですが」
 そこで言葉を続けた。
「将兵はそうはいきません」
 死んだ将兵は帰ってはこない。損害が大きければ先に述べたような事態が危惧される。
「結局彼等あってのものですから」
「その通りです」
 チャムは満足気な声で頷いた。
「今まで連合はとかく軍を軽視する傾向にありました」
「それは仕方ないです。海賊退治が仕事でしたから。エウロパ以外にこれといって脅威もありませんでしたし」 
 そのエウロパも睨み合いの状況であった。そして干戈を交えた戦いはしていない。
「待遇もそれ程いいとは言えませんでしたしね、どの国も」
 とかく給料だけはずめばいいという風潮が蔓延していた。それで将兵の士気が上がるかというとそうはならない。
「やはり真っ当な地位を約束するというのは重要ですね」
 八条の言う通りであった。人間というのはそれ相応の尊厳が与えられないと動かないものなのだ。長い間連合各国はそれを忘れていた。
「俗に言う平和ボケというやつでしょうか」
「それはあまり好きな表現ではありませんがね」
 八条はそう付け加えたうえで言った。
「残念ながらそうでしょう。我々は今まで海賊やテロリスト以外には特に脅威はありませんでした」
 所詮海賊は海賊である。そしてテロリストはごく一部の狂人達である。そうした連中が世の中を変えることなどできはしない。従って彼等は良識ある市民から憎悪こそされ一大勢力にはなりえないのだ。
「開拓を進め経済を発展させることだけを考えていればよかった。ですがこれからはそれだけではやっていけないかも知れません」
「といいますと」
「こうして連合軍が出来て動きはじめたのも」
 八条は落ち着いた声で話しはじめた。
「もしかするとこれから起こる銀河の潮流の一つかも知れません」
 今サハラ西方ではオムダーマンが日の出の勢いで伸張している。そしてシャイターンという男も出て来た。
 エウロパにおいてはサハラ総督府で勇名を馳せたモンサルヴァートが元帥になりその本土防衛計画を進めているという。明らかにこれまでとは何かが違っていた。
「こうしたことは過去にもありましたが」
 エウロパがサハラの侵攻した時もそうであったしサハラで大規模な戦争が起こったことも一度や二度ではなかった。この程度のことは過去には吐いて捨てる程あった。
「しかし今回は何かが違います」
 八条は顔を引き締めた。
「例えばです」
 そしてそう前置きしたうえで言った。
「サハラの強力な統一政府ができたなら」
 それは誰もが一度は考えるが所詮は夢物語と一笑にふしてきた話だ。
「どうなるでしょうね」
「どうと言われましても」
 チャムはそれを聞き考え込んだ。
「その政府が我々に対して友好的か敵対的かで状況は異なりますが」
 それは技術畑の彼にもわかることであった。技術者といっても軍人である。最低限こうしたことを考えられる戦略眼が要求される。
「いずれにしろ意識しなければならない相手になりそうです」
「ですね」
 八条はそれを聞いたうえで頷いた。
「もしこちらに何かしらの武力攻撃を意図するならば」
「その時は脅威ですね」
「はい」
 八条はその言葉に対し頷いた。
「その時に備えて開発を進めていきましょう」
「そうですね。そして長官が仰っていたあれのことですが」
「あれですね」
 彼はそれを聞いてニヤリと笑った。
「そちらの開発はどうなっていますか」
「やはり難しいですね」
 チャムはここで深刻な顔をした。
「何分あれ程までの巨大な艦艇となりますと」
 どうやらかなりの大型艦を開発しているらしい。
「装備や装甲、そしてエンジン等の開発も一からはじめておりますし」
「電子関係もですね」
「はい。ですが完成した時はかなりの戦力となるでしょう」
「頼みますよ。連合軍の象徴となる艦艇なのですから」
 八条は言った。
「今まで軍にはその象徴となる兵器がありました」
 それは二十世紀の軍隊においてよく見られたことである。
「ドイツ軍やソ連軍は戦車を開発しました」
 彼等はそれで荒野を突き進み敵を踏み潰してきたのだ。
「アメリカ軍は空母を持っておりました」
 その巨大な姿と艦載機が見る者を圧倒した。それがアメリカの覇権の象徴であったのだ。
「そして今我々は超巨大戦艦を持つのです」
「それもかなりの数を」
「はい。一個艦隊に旗艦として一隻ずつ。それで問題はないでしょう」
「ですね。火力も他の艦とは比較になりません」
「主砲の開発はどうなっていますか?」
「そちらも難航しています」
「やはり」
 彼はそれを聞くと頷いた。
「要塞すら攻撃できる主砲となりますと尋常なものではありませぬ故」
「難しいですか」
「はい。しかし今のところ設計だけは出来上がっています」
「どんなものですか?」
「ガンタース要塞群の巨砲をモデルにしたものです」
 連合のエウロパとの境にあるガンタース要塞群は十五の要塞星により構成されている。
 この要塞星には無数のビーム砲座やミサイルランチャーが装備されている。そして周りには小惑星があるがこれも完全に武装されている。将に鉄壁の要塞だ。
 それだけではない。基幹戦力である十五の星には主砲が備えられている。
 この破壊力は絶大なものがある。一撃で数千隻の艦を消し飛ばせる程である。
「幾ら何でもあれ程の破壊力はないでしょう」
「はい、それは流石に無理です」
 チャムは笑って言った。
「ですがかなりの破壊力があることは約束できます」
「そうですか。どうやら期待できそうですね」
「数千隻を一度に倒すのは無理でしょうけれどね」
「いやいや、仮に一千隻を倒す程度の破壊力でも」
 八条は言った。
「数隻で砲撃すればかなりの威力になりますから」
「そうでしたね。それが主砲の使い方でした」
 チャムはそれを聞いて言った。
「その艦をそれぞれの艦隊の旗艦にしようと考えているのです」
 八条はまた言った。
「それで電子関係もかなり充実したものにされたのですね」
「そうです」
 八条は頷いた。
「艦隊を編成する各艦を統制するには旗艦の電子や通信関係を充実させるのが最も効果的ですからね」
 勿論旗艦だけでは駄目だ。他の艦艇にもそれは欠かせない。連合の艦艇の電子及び通信の設備はかなり整っていることで知られている。これは海賊達への対策の結果だ。
「それだけにこの超巨大戦艦の役目は大きいものになります」
「艦隊の中心ですからね」
「そう、そして連合軍の象徴でもあります」
 八条の目が光った。
「この戦艦こそがこれからの連合軍の象徴。国内の平和を司るものになります」
「多分に政治的な意味合いもありますね」
「はい。元々軍というのはそうしたものですから」
 連合では長きに渡って忘れられていたことだ。
「これからエウロパにもガンタース要塞群だけでは心許ないですしね」
「エウロパだけですか?」
 ここでチャムは問うた。
「おわかりのようですね」
 八条はその言葉に対して微笑んだ。
「どうもサハラの動きが気になります」
 八条の目が考えるものになった。
「アッディーン提督ですか。オムダーマンの」
「はい」
 今や彼は連合においても知らぬ者のない程であった。
「彼によりサハラは大きく変わるかも知れません」
「少なくとも西方は大きく変わりましたね」
「はい」
 最早オムダーマンは西方を掌握したも同然であった。サラーフの崩壊は最早知らないのはサラーフの者達だけであった。そして今彼等はアルマザール星系に向かっているという。
「アルマザールを陥落させれば最早サラーフ全土を併合したも同然です」
 そこから各地に兵を進めることが出来る。その中には当然サラーフの首都アルフフーフも入っている。
「それがわかっていないのはサラーフの者だけですか」
「そうですね。しかし彼等もすぐにわかることになりますよ」
 八条はいささか冷淡な声で言った。
「亡国と、そしてマスメディアの害毒と共に」
 彼はシニカルな言葉や表情は作らない。だがそこには僅かにそれが感じられたように思えた。
 二人はそれで別れた。八条は官邸を出て国防省に向かった。
 

 

第四部第一章 欺瞞の国その三


 途中で農園が目に入った。
「また古風な農園ですね」
 八条は車中からそれを見て言った。
「そうですね、どうやら趣味でやっておられるようです」
 隣に座る秘書官が言った。
「昔ながらの農法ですね」
 見れば鍬を使い畑を耕している。そして水田には一つ一つ手で植えられたと思われる苗が並んでいる。
 この時代の農園は皆機械とコンピューターを使って作業し管理するようになっている。それだけでかなりの大規模な農場が経営できるようになっている。
 そして家畜や酪農も二十世紀のものとはかなり違っている。品種改良により大型化した家畜達は放牧を中心として育てられている。かっての人口飼料は問題があり廃止されたのだ。
 そして農家が個々で製造及び販売をしていることが多い。大規模なアグリビジネスを営む企業もあるが彼等もそうした農家と競合しているのである。
 それが連合の農業であった。今八条が見ている農園は最早連合では稀少価値であった。
「こうした農園もいいですね」
「はい、今の大規模な農園もいいですけれど」
 やはり何処か余裕がないのである。商業を意識しているせいであろうか。これは一面においては正しいがどうしても余裕をなくしてしまいがちになる。
 二人はそれを見ながら国防省に向かった。そして執務室に入った。
「また山の様な仕事が待っていますね」
「それは仕方ないですよ」
 そんなことを話しながら部屋に入った。そしてその山の様な仕事と向かい合うのであった。

 エウロパでも仕事の山に囲まれている男がいた。モンサルヴァートである。
「予想はしていたが」
 彼は書類のサインを終えると言った。
「一向に仕事が減らないな。これは一体どういうことなのか」
「それは仕方ないですよ」
 前に立つ若い男が言った。
「何しろ本土の防衛を一から組みなおすのですから」 
 その声は高く澄んでいた。見ればその顔も細く整っている。黒い髪と瞳を持っている。
 エウロパの軍服を着ている。長身である。
「そうだな。それは仕方ないか」
 モンサルヴァートは少し溜息を出して言った。
「それを少しでも和らげる為に私をお呼びしたのですね」
 その若者は微笑みを浮かべてモンサルヴァートに対して言った。
「お任せ下さい。私は事務仕事は得意ですから」
「タンホイザー中将」
 モンサルヴァートはここでその若者の官職及び氏名を呼んだ。
「私は卿を事務の問題で呼んだのではない」
「そうだったのですか!?」
 タンホイザーはそれを聞いて意外そうに言った。
「うむ。実は卿に頼みたいことがあるのだ」
 モンサルヴァートは顔を上げた。そこにはタンホイザーの顔がある。
「何でしょうか」
 彼は問うた。
「総督府だが」
 モンサルヴァートは言った。
「実は今これといった人材がいないのだ」
 モンサルヴァートと彼が指揮していたスタッフは全て本土に戻っていた。各艦隊の司令や参謀達もである。
「マールボロ閣下がおられるではありませんか」
「閣下に全て押し付けるつもりか!?」
「いえ」
 流石にそれをしようという者はいなかった。
「今はシャイターンも大人しいようだが」
 先の戦い以後シャイターンはエウロパにとって最も危険な男とみなされるようになっていたのだ。
「だがあの男は油断できん。我々を倒したその返す刀でサラーフ軍を壊滅させたような男だ」
「あの戦いは私も資料を読みました」
 タンホイザーは言った。
「見事ですね。頭ではわかっていても中々できるものではありません」
 そこには純粋な賛辞が込められていた。
「将に天才の戦い方です」
「あの男をやけに褒めるな」
「そうでしょうか」
 彼はモンサルヴァートの言葉に対し笑って誤魔化した。
「例え敵とはいえ人を素直に褒められるのはいいことだがな」
 モンサルヴァートはそれ自体を咎めるつもりはなかった。
「だが過大評価になるのならそれは危険だ」
「それはわかっておりますよ」
「どうだか。卿はどうも常に敵を求めるところがある」
「宿敵との絶え間ない戦いこそが騎士を育てるのですよ、閣下」
「騎士か」
 エウロパには騎士道が色濃く残っている。軍人は如何に汚い策を弄しても戦場においては常に正面から正々堂々と戦うのをよしとする。これはモンサルヴァートも強く持っている考え方である。実際に彼はアガレスとの戦いでは正面からアガレス軍と対峙した。これがとかく実利主義に走り勝利のみを求める傾向にある連合とは違う点である。
「私も騎士道は素晴らしいものだと思っている。それなくしては軍人ではない」
 モンサルヴァートも幼い頃よりそれを叩き込まれていた。
「だが卿の騎士道は私の騎士道とは違う」
「どう違うのですか?」
「私の騎士道は現実を見るようにしているつもりだ。時には策略も必要だ」
 だがモンサルヴァートの評価は戦術家である。戦略家ではない。このことからもわかるように彼もまた戦場での勝利を求め政治でのことは他者に任せる考えの持ち主なのだ。これは軍人特有の考えだろうか。
「政治は政治家や官僚の仕事だ」
 そういう考えは特に連合に強い。だが連合の軍人がそう考えるのはそれが彼等のビジネスだからである。連合の場合は政治に参加したければ選挙に行けばいい、発言したければ文民になれ、影響を誇示したければ政治家に立候補しろ、ということである。これは民主主義国家の基本的な考えであり実際にそうして政治家になった者も多い。今の大統領であるキロモトも軍人出身である。こうした軍人出身の政治家が特に差別されるということはない。確かに連合では軍人の地位はお世辞にも高いとは言えないがそれでも軍事の専門知識は貴重なものであることは事実だからだ。マウリアにおいてもそれは同じだ。だがマウリアは僅かながらカーストの考えが残っているようだ。
 だがエウロパは違う。貴族がいるが彼等は軍務は所謂『高貴なる者の責務』と考えている。だからこそ貴族が士官学校に入る例は多い。そして彼等は軍人はすなわち騎士であると考える。
「騎士は軍事のことだけを考えよ、政治は政治家に任せておけ」
 政治的な発言はことの他嫌われる。ただ政治家に転身するのはよかった。そうした柔軟性は持っていた。
 だからこそ軍事における謀略も本来ならあまり好まれるところではない。プロコフィエフのような人物もいるにはいるが戦争は戦場において敵を打ち破るものであるという考えが根強い。
「戦争とはそうではないのですか?」
 タンホイザーは爽やかな微笑みを浮かべて言った。
「戦争は政治の延長だという言葉は知らないのか」
 モンサルヴァートは少し苦虫を噛み潰して彼に対して言った。
「政治家にとってはそうですね」
 彼の言葉は相変わらずであった。
「それが将官の言葉か」
 モンサルヴァートの言葉は少し呆れ気味であった。実際には将官ともなればやはり政治のことも視野に入れなければならない。そうしないと広い視野による的確な判断はできない。
「私は騎士ですから」
 彼の言葉は相変わらずであった。
「確かに私はエウロパの中将の官を頂いております。しかし」
 ここでその目が光った。
「それよりも騎士です。騎士は戦場で勝利を収めることだけを考えるべきかと思います」
「つまり政治や謀略には関わるつもりはないということだな」
「はい。それは他の者に任せていればいいと。どのみち私には向きません」
「そうか、わかった」
 モンサルヴァートはそこまで言うと首を縦に振った。
「卿にはそうしたスタッフをつけるようマールボロ閣下にお伝えしよう」
「お願いします」
「だがシャイターンには気をつけるようにな。あの男は狡猾な男だ」
「はい」
 タンホイザーの顔から笑みが消えていた。
「戦場においても手強い。戦場で戦うつもりなら覚悟しておけ」
「わかりました」
「そして私からの餞別だが」
 彼は立ち上がった。そして後ろの窓のブラインドを上げた。
「見たまえ」
 そこからは港が見える。その中央に一隻の戦艦があった。
 

 

第四部第一章 欺瞞の国その四


 見ればモンサルヴァートの旗艦グラールと同じ型である。だが細部が少し違っている。
「新造艦だ。名前はグングニルという」
「グングニルですか」
 かって北欧の神話において嵐と魔術、そして戦いを司った隻眼の神、今はエウロパの信仰に戦いの神の一人として知られているオーディンの持つ槍である。その名に相応しく鋭利な形をしている。
「そうだ、いい名だろう」
「はい」
 タンホイザーは頷いた。
「この艦でサハラを頼むぞ。全ては卿の双肩にかかっている」
「わかりました」
「マールボロ閣下もおられるがな。だが」
 ここでモンサルヴァートの顔が曇った。
「選挙の結果次第ではすぐに戻ってもらうかも知れないが」
 エウロパでは総選挙の季節が近付いてきていた。今はラフネールが優勢だ。
 しかし反対派が追い上げてきているのである。彼等は保守派である。だがその主張はあまり保守的とは言えなかった。
 別に福祉や内政で革新なのではない。そんなものは時代と共に変わるものだ。現に今のエウロパにおいては内政は労働者優位、福祉は拡大が保守派の主張であった。革新派はそれよりも企業にも配慮した政策を執っていた。
 彼等の政策で最も重要なのは軍事であった。何と彼等はサハラ侵攻を抑え、縮小させるべきであると主張しているのだ。
 その根拠は東にあった。連合軍の設立を見て彼等に備えるべしと主張しているのだ。
「サハラなぞ分裂した小国の集まりに過ぎない」
 彼等はそう言う。
「だが連合は違う、確かに彼等は寄り合い所帯だ」
 その後に続く言葉はもう決まっていた。
「しかしその力は大きい。そして今武器を手にした!」
 言うまでもなく連合軍のことである。その存在が彼等を刺激しているのだ。
「だからこそ私も本国に呼び戻されたのだがな」
 モンサルヴァートは言った。
「それだけでは不十分だそうだ」
「閣下、私は政治のことには」
「ああ、さっき言ったばかりだったな、済まない」
 モンサルヴァートは今しがた行われた話に対して謝罪した。
「連合か。今まで睨み合いのままいられたのが不思議な位だ」
 モンサルヴァートは窓の向こうを眺めながら言った。
「いずれ彼等とも矛を交えるだろう」
 そう言いながらタンホイザーに顔を戻した。
「それはすぐかも知れない」
「だと面白いですね」
「面白い、か」
 モンサルヴァートは少し呆れた顔になった。
「はい、敵は強ければ強い程戦いがいがありますから」
「戦いがい、か」
「はい。軍人として生まれたのならやはり強い敵を倒したいものです」
「あっさりと言ってくれるな。相手はこちらの二十倍の国力、人口を擁しているのだぞ」
「だからいいのです」
 タンホイザーの声と表情はまた朗らかなものになっていた。
「閣下もそう思われませんか?強敵と正面から戦い打ち破る喜びのかけがえのなさを」
「戦争はスポーツではないぞ」
 ここで彼は釘を刺すことにした。
「そうでしょうか」
 だがタンホイザーは反論した。
「スポーツのはじまりはスパルタからですよ」
「それは知っている」
 知らない者もいないだろう、内心そう思ったがそれは言わなかった。
「ですから戦争も楽しむべきなのです」
「違うのは命をかけるか、そうでないか、か」
「はい」
 タンホイザーは頷いた。
「そもそもスポーツは戦争に備えて身体を鍛える為のものですし」
「それはそうだが」
 だがやはりタンホイザーのいささか軽薄ともとれる考えには賛同できなかった。
「少なくとも私にとってはスポーツも戦争も同じものです」
 彼はスポーツマンとしても知られている。士官学校時代はサッカーや体操で知られていた。成績も良かった。
「そういう考えだと何時か足下をすくわれるぞ」
「その時はすぐに立ち上がるだけです」
 やはりあっけらかんとした態度である。
「謀略に屈するようならそれまでだったということです」
「そこまで覚悟があるのならいいがな。まあいい」
 彼は話をここで止めることにした。
「すぐに総統に提案しよう、卿を総督府宇宙艦隊司令長官にするようにな」
「ハッ」
「責務は重大だ、心してかかるように」
 こうしてタンホイザーは総督府に向かった。そして以後エウロパはこの若き将でもって魔王と対峙することになった。
 歴史においてタンホイザーはよく便利屋だったなどと言われる。何かというと強敵と対峙させられたからだ。そしてそれが今はじまったのであった。

 連合とエウロパはそれぞれの計画にむけて行動を続けていた。それはサラーフでも同じであった。
「おい、あの会社へ渡す記事は出来ているか」
 首相官邸においてナベツーラはエジリームに対して問うていた。
「はい、こちらに」
 エジリームは頷くと懐に持つ書類をナベツーラに手渡した。
「おう」
 彼は葉巻を吸いながらそれを見た。
「よし、いいぞ。これなら問題ない」
 そう言うとそれをエジリームに返した。それはサラーフ軍の大勝利を伝える内容の偽の記事であった。
「まあどのみちマスコミに関しては心配してねえがな」
「テレビではトクンとテリームが頑張っておりますし」
「おお、あいつ等は本当によくやっているよ」
 アッディーンやガルシャースプが嫌悪感を露わにしたあの番組であった。それ以外にもこの二人はテレビに出てはナベツーラの歯の浮くような賛辞と敵に対しての容赦のあに罵倒を繰り返していた。良識ある僅かな人々は彼等がテレビに出るとチャンネルを替えてしまう。
「おかげでミツヤーンが勝ったと馬鹿共は思い込んでくれている」
 そうであった。サラーフのマスコミはサラーフ軍が大勝利を収めムスタファ星系を奪還したと報道しているのだ。これは全くの捏造であった。
「それは御前のおかげだな」
「有り難うございます」
 ナベツーラに言われエジリームは恭しく頭を垂れた。醜く黄色い歯が見える。
「総理」
 ここで秘書の一人がやって来た。
「何だ」
 ナベツーラはそちらに顔を向けた。
「お客様ですが」
「誰だ?」
「クマラ様です」
「おお、あの人か」
 ナベツーラはその名を聞いて思わず顔を綻ばせた。
「すぐにお通ししろ。失礼のないようにな」
「わかりました」
 傲慢なナベツーラとは思えない程の細かい気配りであった。
 やがて秘書に案内されクマラがやって来た。小柄で腰と顔の曲がった醜い老人である。
「おお、よく来られましたな」
 ナベツーラはその老人を笑顔で迎えた。
「何、親友のことを思えば」
 クマラは醜悪な笑みを作って言った。
 じつはこの二人は大学の頃からの同級生である。そしてナベツーラは政治家になりクマラはマスコミに入った。彼等は二人三脚で今までやってきたのだ。
 これを癒着ではないのか、と言う者もいた。だがそれは黙殺された。彼等の癒着は『美しい友情』なのである。この二人がなすことはどのようなものであっても善であった。それがサラーフであった。
「ミツヤーンが死んだようですな」
「はい、あの馬鹿者は愚かにも失敗しました」
 実はクマラの方が一歳上である。だからナベツーラも同級生とはいえ低姿勢なのだ。
「まあそんなことはどうでもいい。要はそれが国民に気付かれなければな」
「はい」
 ナベツーラは頷いた。
「エジリーム殿からお話は既に聞いております。こちらは任せて下され」
「お願いします」
「貴方はすぐに国会で威勢のいい演説をなさって下さい。そしてこちらにある兵力でオムダーマンを倒せばいいだけです」
「わかりました」
 この二人は軍事の本なぞ読んだこともない。兵を送れば勝てると思っているのだ。
「それでオムダーマンは終わりですぞ。そしてあとは我等の思うがまま」
「そうですな。二人でこの国を骨の髄までしゃぶってやりましょうぞ」
 ナベツーラも汚い笑みを浮かべた。
「その時は私共も」
 ここでエジリームも出て来た。この連中は結局私利私欲によって繋がっているのだ。
「わかったえおる。そなた等にもたっぷりと与えてやろう。権力の甘い蜜をな」
「有難き幸せ」
 今までもかなり甘い汁を吸ってきただろう。だがそれでも足りない。醜い人間の欲には限りがないのだ。
「では今日はこれで」
 クマラは挨拶をし踵を返そうとした。
「もうお帰りですか?」
「フォフォフォ、妾の相手をせねばなりませんから」
 クマラの女好きは有名である。彼は若い娘を手篭めにするのが好きなのである。家の使用人には全て手をつけ時には通り掛かりの女子学生を車の中に連れ込んだこともある。その多くは今も彼の屋敷で監禁されている。
「お若いことで」
「何、貴方も同じでしょう」
 その通りであった。ナベツーラも多くの妾がいた。それを毎夜虐待し、それを無上の喜びとしているのだ。
「ではお楽しみ下さい」
「貴方も」
 二人は下衆な笑みを浮かべたあとで別れた。ナベツーラはエジリームに向き直った。
「さてマスコミはこれでよし。あとはだ」
「はい」
 エジリームは頷いた。
「オムダーマンの連中を倒すぞ。一気にやる」
「わかりました」
「すぐに兵を送れ、そしてあの若僧の首をとるぞ」
「はい」
 二人は官邸から議会に向かった。そして出兵を密かに決定したのであった。
 

 

第四部第二章 愚か者の戦いその一


                愚か者の戦い
「そうか、懲りずにまた兵を動かすか」
 シャイターンは自身の屋敷の庭でサラーフの動向を密偵から聞いていた。
「はい、どうやら三万隻をもってオムダーマン軍の現在の本拠地アルマザール星系を攻撃するつもりのようです」
 漆黒の服に身を包んだその密偵は片膝をついて報告した。
「三万か。兵力にして三百万といったところか」
「はい」
 密偵は頷いた。
「勝てるはがない。ナベツーラもつくづく愚かだな」
「少なくとも軍事に関しては全くの素人です」
「それは知っているが」
 シャイターンは密偵に顔を向けて言った。その手で真紅の薔薇を触っている。
「それでも少し考えたらわかるだろう。三万で十五万に勝てるかどうか。ましてや敗残兵で」
「それがわからないようです」
「理解できんな」
「兵を送ればそれで勝利だと思い込んでいますから」
「そうか、兵を送り込んだら、か」
 シャイターンはそれを聞いて不敵に笑った。
「いいことを聞いた。他に情報はあるか」
「いえ、私が聞いたのはそれだけです」
「わかった、ではよい。下がれ」
「ハッ」
 密偵は影の中に消えていった。そしてシャイターンが残った。
「ふむ」
 薔薇を取りその香りをかいでいる。
「どうやら時が来たな」
 そう言うと鈴を鳴らした。
「お呼びでしょうか」
 程なくしてハルシークが姿を現わした。
「サラーフ軍が動いた」
「またですか。あれだけ痛めつけられておきながら」
 その声はいささか呆れたといった様子であった。
「うむ。三万でオムダーマンを倒すそうだ」
「ほう、それは面白いですな」
 シニカルに言った。
「我々のことには一切気付いていない」
「それはそれは。見事な戦略です」
 彼はシャイターンが何を考えているのかわかっていた。
「では我々も勝てるな。兵を動かすだけでよいというのなら」
「はい」
「準備はできているな」
「閣下のご命令を待つだけです」
「よし」
 シャイターンは薔薇を胸に飾りつけると妖しく笑った。
「すぐにサラーフへ向けて進軍する。三個艦隊でもってな」
「はい」
「エウロパとの国境に残る艦隊を回しておけ。どうやら新しい将が着任したようだ」
「誰ですか!?」
「私もはじめて聞く名だが」
 シャイターンはそう断ったうえで言った。
「ロギ=フォン=タンホイザーというらしい。かなり若い人物のようだ」
「タンホイザーですか」
 ハルシークはその名を聞いてふと考え込んだ。
「知っているのか!?」
 シャイターンはそんな彼に対し問うた。
「タンホイザーという名は聞いたことがあります。確かエウロパにおいて代々高名な音楽家を輩出した家です」
「音楽家か」
 シャイターンは音楽にもよく通じている。だがそれはサハラのものでありエウロパのものについては詳しくなかった。
「はい。軍人になる者がいるとは思いませんでしたが」
「異端児というわけか」
「そうですね、音楽家の家から見ると」
 彼は答えた。
「面白い奴のようだな。最近どうも私が興味を持つに値する者が多くていい」
 まるで危険を楽しむ悪魔のような笑みだった。
「楽しみなことだ。私の夢は強い者と共にあるのだからな」
「そうですな。世界は強き者によって治められるべきですし」
「いや、それは違うな」
 シャイターンはそれに対して首を横に振った。
「強い者、美しい者しか生きることは許されていないのだ。歴史においてもな」
「そうでしたな、これは迂闊でした」
「わかればいい、フフフ」
 シャイターンはまた妖しく笑った。
「仲間にいるもよし、敵にいるのもよし、だ」
「いずれにしろ閣下の覇道の華となるのですからな」
「そうだ。そうでなければサハラを統一しても面白くとも何ともない」
「強き者がいてこそのサハラですからな」
「その通り」 
 シャイターンは言った。
「行くぞ、サラーフの領土を幾らか手中に収める」
「ハッ」
「そしてそれを我等が力にする。次なる行動の為にな」
「次なる行動は」
「それはどうなるかな。東に行くもよし、北にいくもよし」
 彼は面白そうに笑った。
「どちらにしても私の辿り着くところは同じだ」
「サハラの王者」
「そういうことだ。そして今まで我等を嘲ってくれたエウロパの者達に鉄槌を加える。アッラーの鉄槌をな」
 彼もまたアッラーを信じていた。神を信じない者はサハラの者ではないのだ。
「その時こそ私の野望が達成される時だ。あの高慢な連中を一人残らずこの地から追い出す時がな」
「はい」
「その為にもハルシークよ」
 ハルシークに言った。
「そなたの力を借りる」
「喜んで」
 ハルシークは片膝を折った。シャイターンはそれを見て微笑んだ。まるで子供のように無邪気な笑みであった。
 こうしてシャイターン率いる北部諸国連合軍はサラーフへ向けて進軍を開始した。これもマスコミにより隠蔽されサラーフの民衆は何一つ知らなかった。

 シャイターンが兵を動かしたその時サラーフ軍三万はアルマザールに向かっていた。
「これだけ傷付いた艦を出撃させるとはな」
 その艦隊を率いる司令は顔を顰めて言った。
「最早我々に死ねということでしょうか」
 側にいた副司令が言った。
「だろうな。あいつにとっては我々の命なぞどうでもいいことだ」
「でしょうね」
 副官は納得したように言った。
「連中の頭の中にあるのは保身と権力、そして利権のことだけですしね」
「それだけでろくでもない連中だということがわかるな」
 司令は顔を顰めたまま言った。
「それがわからないのはマスコミの連中だ」
「あれがわからないのです」
 副官は怪訝そうな顔をして言った。
「すぐにでもわかりそうなものですが。私は連中の人相だけでわかりましたよ」
「奴等も同じだからな」
 司令は吐き捨てるようにして言った。
「奴等も権力に群がる蟻に過ぎん」
「そんな連中しかいないのですかね、我が国のマスコミは」
「残念ながらな。それに騙される方もどうかと思うが」
 彼はマスコミに踊らされるがままの世論を憂えていた。
「今ここで言っても何にもならないことはわかっているがな」
「ですね」
 副官も顔を暗くして言った。
「今は戦いのことを考えよう。どうするべきかな」
「はい」
 彼等は会議室へ向かった。だが戦力差は明らかである。結局何の解決法もなく会議は終わった。
 この時アッディーン率いるオムダーマン軍は既に布陣を終えていた。そしてサラーフ軍を待ち受けていた。 

 

第四部第二章 愚か者の戦いその二


「また来るとは思わなかったな」
 アッディーンは意外だと言わんばかりの顔をして言った。
「それだけあのナベツーラが無能だということでしょう」
 ガルシャースプが言った。
「そう言われると納得がいくな」
 アッディーンはそれを聞いて答えた。
「だがそれにしても酷い」
 彼はまた言った。
「この程度のことは誰にでもわかりそうなことだが。今は到底戦える状況ではないと」
「最早まともな判断力をなくしているのでしょう」
 ガルシャースプは言った。
「元々家柄とマスコミのバックだけであそこまでなった男ですから」
「それでもあそこまで酷いとな」
 アッディーンは顔を顰めていた。
「最早狂人の域に達している」
「そうですね」
 ガルシャースプは答えた。最初からわかっています、と言わんばかりの顔で。
「マスコミは狂気に走りやすいです。それは歴史が証明しています」
 ここでもかってのマスメディアの横暴と腐敗の話が出た。
「それを後ろ楯に持つ者もまた同じです。人は自分と同じレベルの者と結び付くものです」
「確かにな」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。
「それはどこでもそうだな」
 人間は社会的な存在である。であるからグループを組む。それは気の合う者同士によってなされる。そうでなくては不必要なトラブルが起こるからだ。
「そのような連中が支持する者などたかが知れています。だからこそあそこまで愚かなのです」
「その愚かさにも限度があるが」
 アッディーンは言った。
「我々にとってはよいことだと言っても見ていると見苦しくて仕方がない」
「それは同意です」
「しかもそれによって多くの者が命を失い傷を負うというのも嫌な話だな」
 彼は不必要な血を欲する男ではない。戦場で戦うことは好きだが決して残忍ではない。ましてや勝敗が決している状況では無意味な流血は許さない。
「それもまた歴史ではよくあることですけれどね」
 ガルシャースプの声が沈んだものになった。
「今もそうですが」
「こんな愚かな会戦はすぐに終わらせるにかぎるな」
「ええ」
 二人は頷き合った。そして敵を待ち受けた。
 やがて前からサラーフ軍が来た。かなり損傷が激しいのかその動きは遅い。
「来たな」
 アッディーンはそれを認めてすぐに指示を下した。
「囲め」
「わかりました」
 参謀達が敬礼する。そして各艦隊に伝令が飛ぶ。
 最初は重厚な陣を組んでいたオムダーマン軍は正面に来たサラーフ軍の包囲に取り掛かった。動きの遅いサラーフ軍はすぐに取り囲まれた。
「さてと」
 アッディーンは完全に包囲されたサラーフ軍を見て言った。
「来てくれ」
 そして参謀の一人を呼び寄せた。
「はい」
 若い参謀が彼の側にやって来た。
「この電報をサラーフ軍に届けてくれ」
 そう言うと一枚の紙を彼に手渡した。
「わかりました」
 その参謀は頷くとすぐに通信室に向かった。
「さて、どうするかな」
 アッディーンはサラーフ軍を見ながら呟いた。
 その電報はすぐにサラーフ軍に伝えられた。司令はそれに目を通した。
「何ですか?」
 副官が尋ねてきた。
「見たまえ」
 彼はそう言うとその電報を手渡した。副官はそれを見て言った。
「降伏勧告ですか」
「どう思う?」
 司令は彼に問うた。
「そうですね」
 副官は考える顔をした。
「最早サラーフの命運は尽きています」
 彼は言った。
「これ以上の戦闘は無意味から。未来がある若者達の命を無駄にするだけです」
「君もそう思うか」
 司令はそれを聞いて言った。
「はい、閣下と同じ考えです」
 彼はそこで言った。
「そうか」
 司令はそれを聞き艦橋にいる者を見回した。
「君達はどう考える?」
 そして全員に対して問うた。
「司令、副官と同じです」
 艦橋にいる全ての者がそう言った。彼等もナベツーラ達には愛想が尽きていたのだ。
「そうか、よし」
 司令はそれを見て頷いた。
「では決まりだ」
「わかりました」
 副官は敬礼した。そしてサラーフ軍三百万はオムダーマン軍に降伏した。アッディーンは一兵も失うことなくこの戦いに勝利を収めたのであった。こうしてサラーフ軍の戦力は殆どなくなってしまった。アッディーンは心おきなくサラーフ領を占領することが可能になった。
 

 

第四部第二章 愚か者の戦いその三


 三百万の捕虜を武装解除し後方へ送ったアッディーンは次の作戦を発動した。
「各地に兵を進めろ」
「わかりました」
 そしてサラーフ各地に兵を送った。
 兵もなく中央から切り離された形になっていたサラーフ各地は次々に陥落した。そしてオムダーマンは占領地を次々と拡大していった。
「首都アルフフーフにも兵を進めるぞ」
 各地の占領状況が順調なのを見てアッディーンは言った。
「俺が直接行く」
「わかりました」
 こうしてアッディーンは旗艦アリーをサラーフの首都アルフフーフに進めた。その後ろに一万隻の艦隊が続く。
「アルフフーフの防衛はどうなっているか」
 アッディーンはシャルジャーに対して尋ねた。
「それですが」
 問われたシャルジャーは前に出て来た。
「元々サラーフはその防衛を艦隊に頼ってきました」
 彼は言った。
「従って要塞基地は殆どありません」
「首都近辺にもか?」
「いえ、首都には流石にあります」
 シャルジャーは答えた。
「ブラークが」
「ムハンマドの愛馬か」
 コーランにある人頭馬身の神獣である。信じられない速さで空を駆ける。将に神の馬だ。
「はい、その名が示す通り信じられない速さで首都の周りを回っています」
「そして近付いた敵を攻撃すると」
「そうです、形は彗星に近いそうです」
「彗星か」
 アッディーンはそれを聞いて考える顔をした。
「はい、首都の周りを軌道に沿って動いています。それは衛星というより彗星です」
「ふむ」
 アッディーンはそれを聞いて考える顔をした。
「彗星ということは軌道は楕円状だな」
「はい、そうです」
「そして絶え間なく動きながらアルフフーフを守っていると」
「ナベツーラ達はブラークさえあれば心配はないと思っているようですが」
「相変わらずだな」
 アッディーンは冷笑をもって応えた。
「要塞一つで守りきれると思うか」
「どうやらそのようですね」
 シャルジャーは答えた。
「どこまでも愚かな」
 その声には侮蔑があった。
「それはもうご存知だと思っておりましたが」
「あらためて知るとな。おそらく今も自分達だけは安全だと思っているのだろうが」
「そうでしょうね」
 シャルジャーは言った。
「だからこそ平気なのですよ。軍が壊滅しても」
「どうやって攻めるかだな、問題は」
 アッディーンは言った。
「どのみち生かしておくつもりはない」
 彼もまたナベツーラ達のような輩を生理的に嫌悪していた。
「持久戦をとるか」
「兵糧攻めにするか」
 アッディーンは言った。
「それはどうかも思います」
 だがシャルジャーはそれに対して疑問の声を出した。
「何故だ?」
「一般市民にも犠牲が出ます故」
「そうか、そうだったな」
 アッディーンはハッ、と気付いた。彼は一般市民に危害を加えることをよしとしない。
 首都は一大消費地域である。その為補給路を絶てば効果はかなり期待できる。しかしそれだけ餓死者が多く出ることにもなるのだ。
「やはりブラークを陥落させるか」
「それがよろしいかと」
 シャルジャーは答えた。
「だが問題はどうするか、ですね」
「ああ」
 アッディーンは頷いた。口で言うのはたやすいが実行するとなれば難しい。
「問題はどうするか、だな」
 彼は地図を開いた。
「これがアルフフーフのある星系の地図だな」
「はい」
 シャルジャーはアッディーンの取り出した地図を見て答えた。
「見たところ攻めるのは容易いな」
「そうですね」
 アルフフーフ以外に七つの惑星がある。その間にはこれといった軍事基地はない。そしてアステロイド帯もなければ重力や磁気が複雑な場所もない。
「だからこそブラークを置いたのでしょうが」
「首都への備えとしてか」
 アルフフーフのところに彗星に似た軌道上でブラークが描かれていた。それはアルフフーフを完全に包んでいる。
「これはかなり厄介なものだな」
 アッディーンはその軌道を見て言った。
「そうですね」
 シャルジャーも頷いた。
「アルフフーフを完全に守っていますし。それに」
 彼はそこでブラークを指差した。
「動きもかなり速いです」
「そんなにか?」
 アッディーンは問うた。
「はい。艦隊とほぼ同じ速さでアルフフーフの周りを回っています」
「艦隊とか」
「ええ、高速戦艦と同じ速さで」
「それ程か」
「はい、信じられないかも知れませんが」
 シャルジャーは言った。
「そこまで速いとはな」
 アッディーンはあらためて考え込んだ。
「火力は正面に集中しています」
「だろうな、それはわかる。おそらくスピードと火力で攻めるのだろう」
「はい」
「そして傷ついたところをさらに攻める。違うか」
「その通りです。実はブラークは無人兵器でして」
「無人兵器か」
「はい、アルフフーフから遠隔操作しているのです」
「では止まることも可能だと」
「その通りです、敵に遭遇した場合は容赦なく最後まで攻撃が可能です」
「そうか」
 アッディーンはそれを聞いてまた頷いた。
「その火力はどの程度のものだ?」
「六個艦隊程だそうです」
「かなりあるな」
 アッディーンはそれを聞いて言った。
「こちらから迂闊に攻めることはできない」
「ですね」
「しかし攻めないわけにもいかんしな」
 それが要塞攻略戦のジレンマであった。
「どうしますか?」
 シャルジャーは問うた。
「そうだな」
 アッディーンは考えた。
「アルフフーフを陥落させるにはやはりブラークを陥落させるしかない」
 首都を守る要塞である以上それは仕方なかった。
「しかし艦隊で攻めては下手に損害を出してしまう」
 それが問題であった。損害は仕方ないが無駄に出す必要はない。
「どうするべきかな」
 アッディーンは地図を見ながら考えた。この星系は複雑な地形ではない。そしてアステロイドも少ない。だがその一つ一つは大きい。
「アステロイドは大きいな」
 アッディーンはその面積及び質量を見ながら言った。
「中には小さな衛星クラスのものまである」
 だがそれ等は交通上あまり重要な場所にはない。だから特に問題ではないのだ。
「こんな大きいのは滅多にないぞ」
 そう、大きい。彼はここで気付いた。
「ム!?」
「どうしました!?」
 シャルジャーが表情を変えたアッディーンに対して問うた。
「少将、これは使えるかも知れないぞ」
 彼の表情は明るいものになっていた。
「どうされるおつもりですか!?」
「聞いてくれ」
 アッディーンはそう言うと彼に対し話しはじめた。聞き終えたシャルジャーの顔も明るいものになっていた。
「それは面白いですね」
「貴官もそう思うか」
「はい、成功したらこちらの損害は皆無です」
「そうだろう、こうした戦い方もあると思う」
 どうやらかなり奇抜な戦法を考えついたらしい。
「やってみる価値はあるだろう」
「ええ」
 アッディーンは艦橋の前方を見たそちらはアルフフーフのある方である。
「見ていろ、ナベツーラ」
 彼は自信に満ちた声で言った。
「自分だけは安全だと思うな。この世に攻略されない要塞なぞ存在しない、そう」
 言葉を続ける。
「要塞とは後略される為にあるものだ。それをよく覚えておくがいい」
 なおエウロパは後にこの言葉を苦悶と共に知ることになる。
「よし」
 彼はここで艦橋を見渡して言った。
「全軍まずはアルフフーフまで兵を進めよ。そしてそこから作戦を発動だ」
「ハッ」
 シャルジャー他参謀達が敬礼する。
「アッラーは我等に勝利を与えられる。アルフフーフは一兵も損なうことなく我々の手に落ちる!」
「ハッ!」
 こうしてアッディーンの直率する艦隊はアルフフーフに向けて進撃を開始した。だがそれもサラーフのマスコミは報道せず偽りの報道ばかり繰り返していた。
 かってレーニンという流血の革命家が言った。
「その国のマスメディアを占領することは十個師団を駐留させるのに匹敵する」
 今風に言うと十個艦隊か。かなりの規模である。大規模な会戦が行える程の。それ程まで彼はマスメディアの力を高く評価していたのであった。
 そしてそれは間違ってはいなかった。彼の建国したソ連は実際にマスメディアを使って各国に自らの宣伝を行った。
 それだけではなかった。ソ連は共産主義という新しいユートピア思想により多くの国の知識人やマスコミの心を支配した。それにより彼等を自分達の陣営に取り入れたのだ。
「共産主義は全体主義に他ならない」
 当時からこう指摘する者がいた。だがそれは少数であった。まだ共産主義の正体は殆どの者が知らなかった。いや、知っていてもその上で賛美する者もいた。来るべき未来に自分達が支配者になる為に。
 そうした醜い輩が特に多かったのが八条の祖国である日本であった。日本は第二次世界大戦の敗北と共に連合軍の管轄に入った。この時共産主義者も牢獄から解放されたのだ。
 そこで問題が起こった。マスコミや知識人が今までのイデオロギーに替わって共産主義を選んだのだ。そしてそれは麻薬の様に日本を覆った。
 当時満州等でソ連軍の暴虐を知る者は多かった。彼等は軍律なぞなく犯罪者の集団であった。それがソ連軍の正体であった。
 だがこれは世間、とりわけ新聞等では出なかった。何故か。この当時共産主義勢力は『平和勢力』とされていたからだ。
「この時程日本の知性が地に落ちたことはなかった」
 ある歴史家はこう苦々しげに書き残している。
「奴等にとっては平和とは冒涜する為にあった」
 その通りであった。この者達は平和を口では叫んでも平和を愛してなぞいなかった。ただ自分達の主張を押し通す為の道具でしかなかったのだ。
 

 

第四部第二章 愚か者の戦いその四


 この連中の支配は四十年以上続いた。哲学やマスメディアだけでなく教育、歴史学、経済学等にもその害毒は及んだ。日本の知性はその間全く進歩しなかった。
 特に経済と歴史に与えた影響は甚大であった。二十世紀末期から二十一世紀初頭にかけて日本は長い不況にあったがこれは真っ当な経済学が発達しなかったのとマスコミが不況を煽り続けたからだった。彼等にとって経済とはマルクスしかなく資本主義経済など認められるものではなかったのだ。
 結果としてこの不況は長引いた。だが彼等の勢力が完全に壊滅した時この不況は終わった。
「マスコミが煽っていた部分が多かった」
 当時からこう指摘はされていた。だがマスコミはそれでも煽り続けていただけであった。
 結果として日本はこの不況から学んだ。マスコミに踊らされるな、と。結果として日本ではマスコミの力は極端に低くなった。知識人もそれまでのように無条件で尊敬されるようにはならなかった。
 特に教師の質が改善されるようになった。当時はびこっていた無能な教師や精神異常の教師は全て教壇から追放された。そして若い有能な教師がそれにとってかわった。教育も大幅に変わった。
 こうして日本は共産主義とその呪縛から解放された。だがその残照は日本だけでなく連合各国に今だに残っている。それが怪しげな市民団体である。マスコミの一部も彼等と結託している。
 だが連合では比較的ましである。ネットが発達しておりマスコミの欺瞞を見破られるようになっている。だがサラーフでは違うのだ。この国ではその十個艦隊が支配を続けていた。それがサラーフの不幸であった。
「マスコミは盲目の荒馬だ」
 こう言った哲学者がいた。
「それも何ら統制を受けない荒馬だ。誰も彼等を裁くことはできない」
 それはサラーフで見られた。後世の者は言う。サラーフはマスコミにより滅ぼされたと。そして今その崩壊の最後の幕が開いたのであった。

 サラーフの話は既に各国に伝わっていた。進軍中のシャイターンにもそれは伝わっている。
「そうか、アルフフーフまで行くのか」
 彼は旗艦イズライールの艦橋でその報告を聞いていた。
「はい、もうすぐ包囲すると思われます」
 若い将校が報告した。見ればシャイターンよりも少し若い。
「速いな。流石はアッディーン提督だ」
 彼はそれを聞いて言った。
「おそらくもうアルフフーフの包囲がはじまっているな」
 彼は言った。
「もうですか!?」
「うむ、その情報が入る頃にはな。そうしたものだ」
 情報のタイムロスである。
「そうでしたか。ですが閣下、アルフフーフには」
「言いたいことはわかっている」
 シャイターンは微笑んで答えた。
「ブラークだな」
「はい」
「あれは問題ない」
 シャイターンは素っ気なく言った。
「この世にアッラーの定めたもうた摂理以外に絶対のものはない。コーランに書かれていることは何だ」
「真理でございます、この世で唯一の」
「そうだろう」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「だがコーラン、そして我々ムスリムは寛容を以ってこれを為す」
 それは真実であった。イスラムは寛容を尊ぶ。都会の宗教、商人の宗教であるイスラムは強制を好まない。他の宗教の存在も認める。今では連合、エウロパの信仰と統合されたキリスト教や今もイスラエルに残るユダヤ教と異なり彼等はジズヤさえ納めればそれでよいとする。ただこの時にムスリムになった時の特典を提示して誘うのが彼等の賢明なところである。
 またその戒律もあくまで『目標』である。占いにしろムハンマドは好まなかったが実際にはイスラムでは占星術が発達した。飲酒は時代によって異なる。飲み過ぎないようにというのが本来の教えなのだと言う人もいる。人類史上に残る古典『アラビアン=ナイト』にしろ酒を飲む話が多い。そして非常時には豚肉を食べる場合もあったという。今は完全に食べないが。食べなかったのはこれは豚肉が傷みやすいからであった。犬の唾は狂犬病である。合理的な宗教なのである。そうでなくては広まらなかった。
 そうした信仰が今尚サハラでは生きている。連合にもムスリムはいるが彼等のイスラムとサハラでのイスラムは最早同じ宗教とは思えない程変わってしまっているのが現実である。
「その寛容なる教えは無謬はない。そう、コーラン以外に無謬の存在はないのだ」
「ではブラークも」
「当然だ。今まで陥落しなかった難攻不落の要塞があったか」
「いえ」
 その将校は首を横に振った。
「セバストポリもマジノ線陥落しましたし」
 両方共ドイツ軍の名称マンシュタインによって陥落させられた。セバストポリは重砲の射撃で、マジノ線は戦車部隊でアルデンヌの森を突破して後方に回り込んだ。こうしてフランスとソ連の要塞は為す術もなく陥落したのである。
「そうだ」
 シャイターンはそれを聞くと満足そうに頷いた。
「ブラークなぞ飾りに過ぎない。アッディーン提督なら何なく陥落させられる。当然私にもな」
 彼はここで不敵に笑った。
「あの要塞は一定の軌道を動いている」
「はい」
「その動きは非常にわかりやすい。そして攻撃方向も単純だ」
「では前方で引き付けて後方から回り込むというのはどうでしょうか」
「それは無理だろう」
 シャイターンは言った。
「後方にも攻撃が可能な筈だ。そうでなくては意味がない」
「そうでしたか」
 将校は残念そうに言った。
「だがいいアイディアだな。それは評価する」
「有り難うございます」
 彼はそれを聞き顔を綻ばせた。
「私なら別の攻め方をする」
「どうなさるのですか?」
「要はブラークを無力化すればいいだけだ。そう考えるとやりやすい」
「といいますと」
「何かをぶつけて破壊する。そうすればいい」
「無理に艦隊を送って攻略、占領する必要はないと」
「そうだ。元々無人の人口惑星だしな」
 彼は話を続けた。
「中にコントロール設備もない。だから占領してしまえばそれでいいというわけではない。むしろ破壊した方がいい。それにだ」
 シャイターンはここで顔を顰めさせた。
「あのようなものを楯にして自分達だけ生き残ろうとするその考えが好きになれない」
 整った顔を嫌悪感が次第に支配していく。
「ナベツーラとは一体何だ!?利権を漁り私利私欲と権力のみに生きている男ではないか。あの様な汚らわしい存在はこの世界にいる必要はない」
 彼は自身の美的感覚をも出して言った。
「私の理想とする世界には卑しい者は不要だ。汚らわしい者もな」
「それは心が、ですね」
「そうだ、容姿なぞは人それぞれだ。例えば私を好きになれない顔だと言う者もいるだろう」
「はあ」
 将校はそれには賛同しかねた。シャイターンの容姿は俳優顔負けであり北方諸国では下手なアイドル達よりも人気があるのだ。
「別にそれは構わない。人が私を好もうが嫌おうが」
「そういうものですか」
「いずれ私の前に跪くからだ、皆な。私はそれを黙って見下ろすだけでいい、何も言わずな」
 彼は他の者を抑圧する考えを持ってはいなかった。ただ自身の能力により心服させるだけでよいと考えていた。それだけ自分自身に自信があるのだ。
「だが卑しい者は別だ。そうした連中は必ず国を食い潰す」
「サラーフのように」
「そうだ。そうした輩は必ず取り除かねばならない。獅子身中の虫はな」
 彼はナベツーラ達をそう見ていた。そしてそれは当たっていた。
「かって内憂により滅亡の元を作った国は多い」
 人類の歴史の常である。
「内憂を取り除いていかねば国は成り立たないのだ」
「さもないとこうなると」
 そう、彼等もまたサラーフのその内憂のおかげで今こうして侵攻をすることが可能になっているのである。そうした意味では彼等は内憂を歓迎している。
「敵の内憂は好都合だ。しかし」
 シャイターンの目が光った。
「こちらは絶対に許してはならない」
「それが鉄則ですね」
 若い将校は顔を引き締めて言った。
「そうだ。サハラ西方一の大国サラーフもこの有り様」
 アッディーンは少し遠くを見るようにして言った。
「敵の内憂は焚き付けこちらの内憂は排除する。それも戦略だ」
「はい」
「敵を滅ぼす為なら手段は厭わぬ。こちらの滅亡の芽は早いうちに摘み取る。口で言うのは簡単だが行うのは難しい」
「ですね」
「もっとも人の世はすべてそうだが」
 彼は哲学を語るようにして言った。
「アルフフーフは陥落する。そしてオムダーマンは西方のほぼ全てをその手中に収めるだろう」
「アッディーン提督の手により」
「そうだ。それにしてもアッディーン提督か。まだ若いと聞くが」
「はい、閣下と同じ位の年齢だと聞いていますが」
「そうか、私と同じ位か」
 彼はそれを聞くと面白そうに笑った。
「一度会ってみたいな」
「え!?」
 将校はそれを聞くと思わず声をあげた。
「兵を三つに分ける。三方向にそれぞれ進軍せよ」
「三方にですか」
「そうだ、左右、そして中央だ。中央は私が率いる」
 シャイターンはすぐに指示を出した。
「左右の軍は各星系を進撃しろ。そして占領していくのだ」
「わかりました」
「言っておくがその際一般市民への掠奪、暴行はその場で銃殺とする」
 それがシャイターンの軍規であった。彼はことの他軍律に厳しかった。
「はい、全軍に伝えます」
「よし、あとはだ」
 彼は前を見た。そこには無限の星の海が広がっている。
「アルフフーフまで進軍だ、そしてアッディーン提督と会ってみよう」
「やはりそうされるのですか」
 彼は主君のそうした性格を知っていた。
「うむ。どういう人物か、一度見てみたいと思ってな」
 彼は微笑んで言った。その微笑みは何処か不敵さが漂っている。
「もしかするといずれは・・・・・・」
 彼は何か言おうとした。だが止めた。
「いや、止めておこう。楽しみはあとにとっておくことにしよう」
 彼は笑ってそう言った。
「よし、アルフフーフへ向けて進軍だ」
「わかりました」
 若い将校は敬礼をして答えた。
「ところで」
 シャイターンはここでその将校に声をかけた。
「君の官職氏名を教えてくれないか」
「はい」
 彼は頷いて話しはじめた。
「サンドリム連合大尉チラフト=ラーグワートです」
「そうか、覚えておこう」
 シャイターンはそれを聞いて言った。
「いずれ貴官の力を必要とする時が来る。その時は頼むぞ」
「はい」
 彼は答えた。シャイターンは前に出た。
「これからさらにサハラ、いや銀河は動く」
 彼は星の海を見ながら言った。
「そう、私の望んでいた世界がやって来るのだ」
 彼は笑っていた。まるで獲物を見つけた狼の様な笑いであった。
 北方諸国連合軍もサラーフ領を次々と占領していった。こうしてサラーフは南北から次第にその領土を失っていった。そしてそれを防ぐ手立てはもうなかった。
 

 

第四部第三章 愚か者の楯その一


                     愚か者の楯
「それにしてもだ」
 カッサラにてオムダーマンの後方支持を管轄するアジュラーンは自身の執務室で思わず声を出した。
「まさかアッディーン上級大将がここまで勝つとは思わなかった」
「そうですね」
 彼の側にいた秘書がその言葉に頷いた。
「ましてやこんなに捕虜を得るとは」
 目の前にある書類を見て言った。
「全くだ。十個艦隊単位での捕虜なぞ見たことも聞いこともないぞ」
 歴戦の将である彼でもそうであった。ましてやこの若い秘書なぞは。
「収容する施設だけでも大変だ。ましてやそこに食事や衣服まで考えなければならない。頭の痛い問題だ」
「捕虜は少しずつ故郷に帰しているのでしょう?見たところ数は次第に減っておりますが」
「それでも数が多過ぎる。到底一度にできるものじゃない」
 アジュラーンは顔を曇らせた。
「だからといって殺すわけにもいかない」
「はい、それは絶対に許されません」
 秘書は顔を締まらせて応えた。
「我がムスリムは捕虜に対しても寛大であらねばならない、アッラーの御教えです」
「そうだ、ましてや彼等もまた同志なのだしな」
 これはサハラの特色であった。彼等は多くの国に別れ対立しているがその信仰は同じである。イスラムだ。これが実に多くの宗教が混在している連合とは違う。従って彼等にはまずムスリムとしての意識がある。
「同じムスリムではないか」
 よくこう言われる。ここにサハラ各国が集合離散する理由の一つがあるのだ。
 例えどのように分裂していても彼等は同じなのである。皆アッラーの下に平等だ。時には愛国心よりも先立つ。
「ある程度の捕虜が出ることは予想していたが」
 彼は首を少し横に傾げて言った。
「ここまで出ると本当に頭痛の種だな」
「それは同意します。治安も考慮せねばならないですし。行政の方は我々よりも頭を悩ませておりますよ」
「それは知っているよ」
 アジュラーンはそれに対して言った。
「本当に戦争とは面倒なものだ。ただ戦うだけでは済まないからな」
「はい」
 秘書は頷いた。そして彼らは休息をとることにした。
 彼等はコーヒーを飲んでいた。そして蜜をたっぷりとかけた揚げ菓子を口にする。
「こうした簡単なものが美味しいな」
「はい」
 彼等は軍人である。だから自然とその舌は質素なものとなるのだ。
「どうも私はエウロパのような華美な料理は好きにはなれない。連合はまた違うようだが」
「連合の料理はまた種類が多過ぎます。あそこの料理本をご存知ですか?」
「いや」
 アジュラーンはそれを聞くとふと目を向けた。
「辞書位の太さの本が数冊ですよ。到底読めるものではありません」
「あそこはまた多くの国や文化があるからな」
 彼はそれを聞いて言った。
「自然と料理の種類も多くなる。それに食材もこのサハラと連合では違う」
「ですね。だからといって食べたいか、といえばそうはなりませんね、不思議と」
「そうだな。チラリと連合の料理をテレビで見たことがあったがどうも我々の舌には合いそうもないな」
 サハラの料理は香辛料を効かせたものが多い。連合の料理にもそうしたものが多いがやはり作り方が違うのだ。
 やはり気候が大きく左右していた。サハラは乾燥した惑星が多い。それに対して連合は果てしない開拓地や鬱蒼と茂った森林にジャングル、複雑に入り組んだ水路、大草原と様々な地形がある。そういうところでは料理の様々な種類が出てくるのである。
「むしろエウロパの料理の方が我々の舌に合うかもな」
「そうですか?私はマウリアの料理の方がいいと思いますが」
 マウリアの料理は昔から変わらない所謂カレーである。様々な香辛料を混ぜ合わせて作るルーをベースにしている。また彼等の宗教の関係から牛肉は食べない。
「牛が食べられないのが残念だがな」
 アジュラーンはそれに言及した。彼は牛肉が好きなのである。
「そうですね。しかし羊は食べられますよ」
 サハラで最もポピュラーな肉は羊である。ここでは肉といえば羊をさす。またサハラの風習として客人に出す料理にはランクがある。羊が最も上とされている。
「羊が食べられるのは殆ど全ての国でだろう」
 アジュラーンは言った。
「いえ、それが」
 秘書はそれに対して反論した。
「日本では今もあまり食べないそうですよ」
「そうなのか!?」
 実は彼は料理には疎い。長い間軍にいるせいであろうか。
「はい、何でも魚や海老、貝を食べることが多いそうですから」
「それは聞いている。何でも生で食べるのを好むらしいな」
「刺身ですね」
 この時代も刺身はある。連合ではかなりポピュラーな料理だ。日本の料理といえば天麩羅や寿司、うどん等と並ぶ有名な料理だ。
「そう、そういう名だったかな。生で魚を食べるなど私には考えられないが」
「それでも彼等はまず魚が手に入ると生で食べたがるそうです。時には肉もそうして食べます」
「肉もか!?」
 彼は顔を嫌悪感で歪ませた。
「はい」
 秘書は答えた。
「流石に連合内でも日本の奇習として知られていますが。馬が一番多いそうですが牛や鳥、山羊、そして豚でさえ生で食べたがります」
「信じられん。誰も止めないのか!?」
「彼等にはそれが最も美味しい食べ方だそうです。醤油というソースに漬けて食べます」
「醤油ならサハラでも使われているぞ」
 醤油はサハラでも人気のある調味料である。魚料理によく使われる。
「こちらの醤油とは少し違いまして」
「違うのか!?」
「はい、こちらのは魚から作りますね」
「ああ」
 所謂ナムプラーやしょっつると呼ばれるものである。
「日本の醤油は大豆から作るのです」
「大豆からか」
「はい」
 サハラでは大豆はあまり食べない。米やパンが主食である。
「魚から作った醤油とまた違った味がするのです」
「そうなのか、それは知らなかったな」
「日本ではそちらの方が好まれます。美味しいらしいですよ」
「そうか、しかしそれでも豚まで生で食べるとはな。日本人というのはよくわからない。連合には変わった料理が多いとは聞いているが」
「アメリカや中国、アセアン諸国は蛙や鰐を食べますね」
「動物の内臓や血もだな」
 モンゴルでは羊のあらゆる部分を食べる。
「ええ、戒律の違いで食べられるようです」
「ゲテモノが多いな。話していてあまり気分がよくない」
「しかし面白い話だとは思いますが」
「それはそうだが」
 彼等はイスラムの戒律に従い鱗のない魚や動物の内臓は食べないのだ。従って地球から持ち込んだ家畜による料理をよく食べる。
「しかし幾ら何でも肉を生で食べるのは驚いたな」
「他にも色々変わった魚も平気で食べますよ。何十メートルもある鯨や海栗なんかも大好物と聞いております」
「海栗!?ああ、海にいるあの機雷みたいなやつか」
 彼は海栗を踏んで痛い思いをしたことがある。大嫌いであった。
「はい、その中身を美味しそうに食べます。これも他の国の者に奇異の目で見られています」
「当然だな、ところで海栗も生で食べるのか?」
「はい、醤油で」
「わからん、本当にわからん」
 アジュラーンは顔を顰めさせた。
「何故そう魚にこだわるのだ!?しかも生で食べるとは。日本人は繊細な料理を好むとは聞いているがそれは繊細ではないと思うが」
「彼等は素材のそのままの味を好むそうです」
「素材のか」
「はい」
 アジュラーンはそれを聞いて再び考え込んだ。
「料理もその国によって本当に違うな。難しいものだ」
「だからこそ面白いのではないかと」
「ううむ」
 彼等はそんな話をしながらコーヒーと揚げ菓子による休息の時を楽しんだ。その時連合軍のある部隊では昼食が採られていた。
「何だ、この料理は」
 テーブルについたある兵士が眉を顰めた。
「アメリカ産オオツメガエルの刺身だそうだ」
 別の兵士がそう説明した。
「御前確かアメリカ出身だろう?知っていると思うが」
「それは知っているけれどよ」
 アメリカ出身のその兵士は眉を顰めたまま答えた。
「何で蛙が刺身で出て来るんだ!?」
「あれ、蛙ってそうやって食べるんじゃ」
 日本出身の兵士がそれを聞いて声をあげた。
「おめえの国は何でもそうやって生で食べるな」
 アメリカ兵はかなり呆れた顔でそう言った。
「蛙は普通塩焼きだろう?そしてそこにレモンをかけて食べるんだ」
「いや、唐揚げにすべきだ」
 中国出身の兵士がそこで反論した。
「蛙といえば油で揚げるだろう、他の料理もあるがそれが一番美味しい。鶏肉に似てな」
「鶏肉に似ているというのは同意するよ」
「うん」
 アメリカと日本の兵士はそれには同意した。
「だが唐揚げには同意しねえな」
 アメリカの兵士はそこでまた顔を顰めた。
「油っこくなっちまう。何か違うんだよな」
「アメリカでも鳥は揚げて食べるだろう?」
 中国の兵士はそれを聞いて逆に不思議だ、と言わんばかりの顔をした。
「フライドチキンか?まあな」
 アメリカの兵士は答えた。
「しかし蛙はフライにはしないがな」
「いや、こっちではフライにするぞ」
 別の国の兵士が言った。
「中国の料理とは違うがな」
「どう違うんだ!?」
 アメリカと中国の兵士がそれに対し問うた。
「うんと辛い味付けをするんだ。香辛料をきかせてな」
「タバスコとかでか!?」
「その通り」
 その兵士は得意満面の顔でそう答えた。
「一度食べると病みつきになるぜ」
「生では食べないのかい?」
 そこで日本の兵士が問うた。
「悪いけどな。こっちでは肉や魚は生では食べない。あたると怖いから」
「そうなんだ」
 日本の兵士はそれを聞いて少し寂しい顔をした。
「おい、何をそんなに揉めているんだ!?」
 そこへ給養の古参下士官がやって来た。
「あ、いや何も」
 古参下士官だけありかなりおっかない人物として知られている。彼等はその姿を見て思わずかしこまった。
「早く食べろ、文句を言う暇があったらな」
「わかりました」
 彼等はその下士官に怖い顔で言われ仕方なくその蛙を食べることにした。日本の兵士以外は。
「これが美味しいんだよね」
 日本の兵士は笑顔で箸をとりながら言った。
「どういう味覚してるんだ」
「日本人のこういうところだけは理解できん」
「これさえなければ和食は完璧なのに」
 他の三人は内心そう思いながらも箸を手にした。そして醤油に漬け口に入れた。
「おや」
 彼等は表情を変えた。目を皿のように丸くさせた。
「美味しいでしょ」
 日本の兵士はそれを見てにんまりと笑いながら問うた。
「あ、ああ以外とな」
「何か不思議な味だ」
 彼等は舌でその生の蛙を味わいながら答えた。
「刺身ははじめて食べたけれどいいな。これはいけるよ」
 彼等はそう言いながら御飯に手をつけた。今日の主食は白米であった。連合の主食は米にパン、コーリャン、芋、とかなりバラエティに富んでいる。
「米にも合うな。本当に意外だ」
 彼等は口々にそう言った。
「だろう?刺身ってのは米とよく合うんだ」
 日本兵は得意そうに言った。
「で、また米の酒か?」
 ここで他の三人がからかうようにして言う。
「そうだよ、何か悪いか?」
「いや、別に」
 三人はそれに対し首を横に振った。
「俺達は米の酒を飲まないからあまりわからないがな」
 そう前置きしたうえで言う。
「この蛙の刺身は美味い」
「そうだな、それには皆同意するよ」
 四人は和気藹々と話をしながら食事を採った。こうした話が八条の下にも届いていた。 

 

第四部第三章 愚か者の楯その二


「どうやら食事の評判はいいようだな」
 彼は昼食を採りながらその話を聞いていた。
「はい、バラエティに富んだ料理が将兵に好評です」
 共に食事を採る秘書官がそう報告した。
「それは何よりだ」
 彼は箸を動かしながらそれを聞いていた。
「食事も将兵の士気を維持する為には欠かせないものだからな」
「そして軍の魅力をアピールすることにもなります」
「そう」
 彼は何か変わった麺を食べながら言った。
「例えばこのビーフンにしろそうだな」
 汁に入っているその麺は異様に細い。そして麦の麺とは何か違った感じがする。
「ビーフンは結構どの国でも食べられますがね」
「特にベトナムでは」
 八条は麺を喉に流し込んでから言った。
「連合は何処にも多くの国の料理を出す店があるが軍の食事となるとそうではなかったからな」
「ですね。どうしてもその国の基本的な料理になってしまいます」
「そうだな。軍の食事はお世辞にもいいものではない」
 八条も軍人であった。だから軍の食事には詳しい。
「それではあまり人気も出ないしな。こうして多くの国の料理が食べられるようにするのはいいことだと思う」
「はい」
「実際試食する方は時々驚かされるが」
 彼はここで苦笑した。
「蛙の刺身はともかく羊の脳味噌には驚いたな」
「おや、食べられたことはないのですか!?」
 秘書官はそれを聞いて逆に尋ねてきた。
「普通食べないだろう。少なくとも私ははじめてだった」
「そうなのですか、結構色んな店で出ていますが」
「知らないぞ」
 彼は眉を顰めさせた。
「それは長官が羊料理をあまり召し上がられないからです。羊料理の店なら結構出ますよ」
「そうだったのか?私は羊といえば」
「焼肉とかジンギスカンとかそんなものでしょう」
「ああ。それもあまり食べない」
 彼は実は羊よりも魚介類の方が好きなのである。
「匂いがね。どうも好きになれない」
「そうですか?あの匂いがたまらないですよ」
「オーストラリアやニュージーランドの人にもそう言われたがね」
「彼等はそれだけじゃないでしょう?」
「ああ、生の魚を喜んで食べる方が変わっていると言われたよ」
 彼はここでまた苦笑した。
「そんなに変わっているかな。サハラの方では日本の奇習と言っているそうだが」
「はい、本当に言ってますよ。信じられないとまで」
「やれやれ。あんな美味しい食べ方は他にないというのに」
「肉まで生で食べるのが余程奇妙に映るようです」
「それがいいんじゃないか」
 彼はここで反論した。
「馬刺しなんてかなりいいと思うのだが」
 彼は珍しく強い声でそう主張した。
「生姜醤油で食べる、あれがいいんだよ」
「私は大蒜醤油ですが」
 秘書官はそこで反論した。
「・・・・・・まあ生姜や大蒜はいいとしよう」
 彼はその重要な問題を一時棚上げすることにした。
「馬はああして生で食べるのが一番美味しい」
「そうですね、それは同意します」
 この秘書官も日本出身である。それについては同じ意見である。
「しかしそれが他の国には異様に移るのです」
「残念なことだ。連合ができて一千年、人種の垣根などとうの昔に消え去ったというのに」
「味覚はそうはいかないようで」
「そうだな。生肉がそんなに食べられないか」
「今だに刺身や寿司に抵抗を露わにする人達もいますよ」
「味の嗜好というのはそう簡単には変わらないものなのかな」
「そのようですね。アメリカ人はやはりマスタードやケチャップを好みますし」
「中国は地域によってかなり違うな」
「あの国はかなり料理には五月蝿いですからね」
 中国人の料理へのこだわりはこの時代でも変わらない。なおメキシコやベトナムの料理が辛くパプワニューギニアやキューバといった国で果物が好まれるのも変わっていない。
「よく言われるな、我々は醤油の匂いがすると」
「タイ人がコリアンダーの匂いがすると言われるのと同じで」
 味も香りもかなり癖のある香草である。人気はかなりある。
「私はコリアンダーは結構好きだが」
「日本では賛否両論ですね、タイ料理はよくてもあれは駄目だと」
「これも残念だな、コリアンダーこそがタイ料理を最も強く引き立てるのに」
「それでも駄目なようですね。タイ出身の財務省の役人がぼやいてましたよ。何故日本人はあの素晴らしさがわかっていないんだと」
「ああ、彼か」
 八条も知っている者である。朗らかで気さくな青年である。
「そういう彼はキムチが大嫌いだったな」
「この前山葵を食べて仰天していましたよ」
 秘書官は笑いながら言った。
「本人曰く辛くて食べられたものじゃないと」
「あの瞬時にくる辛さがいいのだろうに。大体辛いというのならタイ料理も相当なものだが」
「トムヤンクンとか」
「あとあちらの魚料理にしろ。山葵よりずっと辛い気がするがな」
「ところが彼等はその辛さは苦にならないのです」
「それで山葵の辛さが気になるのか。これも舌の違いかな」
「それこそ将に、でしょうね。彼等と我々では嗜好が異なるのです」
「コーヒーが好きな者と紅茶が好きな者の差よりあるな」
 これもまたこの時代においても続けられている論争である。
「そうですね。ちなみに私は緑茶が一番好きです」
「裏切ってくれたな、私は麦茶だ」
 八条は苦笑して言った。
「そこに答えが出ましたね」
「ああ」
 二人は笑みを浮かべ合って言った。
「人によって、国によって嗜好が違います」
「当然食べ物も」
「そうですね」
 秘書官は頷いた。
「どの国でもそうですが結局自分の国の食べ物が一番だと考えています」
「私もそうだしな」
 八条は笑みを浮かべたまま言った。
「やはり日本の料理が一番いいと思っている」
「私もですね」
「日本に行くとやはり他の国の料理は異国の料理に過ぎない。和食ではない」
「そう考えると和食も他の国ではそうなります」
「だろうな。だが軍では事情が違うからな」
 連合軍でありそれぞれの国の軍ではないのだ。従って特定の国の料理だけ出すわけにはいかない、そういう事情もあった。
 

 

第四部第三章 愚か者の楯その三


「彼等には様々な国の料理も楽しんでもらおう。それが宣伝にもなるし各国の相互理解にも繋がる」
「そうですね、これは続けていくべきだと思います」
「うむ」
 彼等は食事を終えた。八条はナプキンで口を拭くと秘書官に対し尋ねた。
「昼の予定はどうなっている」
「はい、アナハイム社のオーナーとの会合となっています」
「食べ物の話をしてすぐに出てくるとはな」
 八条は思わず苦笑してしまった。この社長は無類の大食漢かつ大酒飲みとして知られている。
「そうですね、ここで出てくるとは思いませんでした」
 秘書官も笑っていた。
「では休憩のあと向こうへ行きましょう。今このシンガポールに来ているそうですし」
「うん」
 八条は頷いた。
「じゃあ少し休んでから行こう。麦茶を飲んでからな」
「私は緑茶を」
「こうした時は麦茶だと思うが」
「これこそ嗜好の問題です」
 二人はそうささやかな衝突を楽しみながら食後の茶を飲んだ。そして休息のあとアナハイム社のシンガポール事務所に向かった。

 アナハイム社は連合の大手造船企業の一つである。ロシアに本拠地を持ちその従業員は一千万にも及ぶ。連合でも有数の大企業である。
 連合の企業の特色は各国によって多少違うが多くはオーナーの権限が強い。その収入も莫大なものである。だがエウロパと比較して従業員の給料も高い。そのかわり労働者としての権利は薄い。エウロパでは労働者としての意識及び権利が強いのとは対照的である。
 連合ではあまり労働者という意識がない。オーナーと社員は使う側と使われる側の関係であるがそれは契約によるものである。オーナーは社員の能力を買って採用し社員は自分の能力を売り込む。そして雇わせる、個人主義の強い連合独特の考えである。
 その企業や職種が気に入らないのなら他に行く。他にも仕事は山のようにある。極論を言えば開拓地で自分の土地を手に入れればいい。誰もそれを邪魔する者はいない。実際にこうした発想、経緯で開拓地に行き大成功を収めた者も多い。
 オーナーにしろそうである。社員とはあくまで対等関係である。もし自分に不都合があれば社員に逃げられる。酷い場合には弁護士に訴えられる。流石に訴訟を仕事とするような弁護士はこの時代では警戒され殆どいないがそれでも一歩間違えれば訴訟となる。だから社員に対しても理不尽な要求はできないのだ。
 それが連合の企業における考え方であった。徹底的なギブアンドテイク、そして契約の意識。かなりドライである。大金持ちになりたいか人を使いたければ企業家になれ、ただし失敗は自分持ち、理不尽な要求をすれば弁護士に追われる、だがそうした考えが今まで多くの成功者を生んできた。
 アメリカン=ドリームという言葉がこの時代にも残っている。貧しい、若しくは困難な状況から身を起こし成功を収める。実力、そして運さえあれば誰もが瞬く間に大金持ちになれる。連合ではそのアメリカン=ドリームの思想が各国の奥底にまで浸透していた。良いか悪いかは別としてそれが連合の経済を今まで発展させてきた。
 アナハイム社のオーナーであるアレクサンドル=ベニョーコフの父もそうした人物であった。彼は一介の造船会社の従業員から一念発起して会社を立ち上げ一代で一千万を数える社員を持つ大企業のオーナーとなった。まさしく夢の実現者であった。
 かなり個性的な人物であった。港町育ちで酒が好きだった。飲むのは安い酒ばかりであった。背広よりも作業服の方が似合う男だった。だが機を見るに敏でチャンスを逃さなかった。そして精力的で常に闘志をみなぎらせていた。だからこそアナハイム社をここまで大きくすることができたのだ。
「親父はよく言ったよ、逃げるよりもまず立ち向かえ、ってな」
 白髪の中年の大男が笑いながら言った。そのアレクサンドル=ベニョーコフ本人である。
 白髪はかなり多い。色が白いのはどうやら元々であるらしい。瞳は黒い。これは彼の母がアジア系の血を濃く引いていたからだ。彼の母は先代の従妹であった。幼い頃から一緒で成人に達するとすぐに結婚したのだ。
 夫唱婦随の夫婦だったがこの妻は夫をよく支えた。決して美しくはなかったが肝が座っていてしっかりした女性であった。そして夫をよく支えたのだ。ロシアでは今だに母親はああなるべきだ、と言われている。
「お袋はよく言ったよ、何をするにも身体が強くなくちゃ駄目だと」
 この母は自分にも息子にも贅沢はさせなかった。だが食べ物はいつも豊富にあった。そして厳しく喧嘩に負けようものなら勝つまで家には入れようとしなかった。
「親父もだったよ。おかげで見てくれ」
 彼はそう言いながらよく額の傷を他の者に見せる。
「中学の時にできたものだ。他にも一杯あるぞ」
 彼の武勇伝である。親の血を引き彼も喧嘩っぱやい男だ。
「だが弱い者虐めはするなと言われたな。喧嘩はしても弱い者には売るな、と」
 彼はそれを忠実に守った。決してひもじい思いだけはさせなかった両親に対してはこのことも感謝している。
「親父もお袋もわしも学校は高校までしか出ていない」
 彼もまたすぐに父の会社に入った。そして一緒に働いた。
「しかし経営とは何かわかっているぞ、要するに喧嘩だ」
 ここでいつも豪快に笑うのであった。
「相手と競り合い勝つ、仁義も必要だ。そうでなくては何時かは絶対に負ける」
 彼の両親も彼自身も喧嘩屋だが情深い人物として知られている。だからこそここまでこれたという一面がそこにある。
「わしの夢はそんな親父とお袋が大きくしたこのアナハイムを連合一の造船会社にすることだ。その為には」
 ここで目を光らせる。
「このチャンスは逃さん。どんどんやるぞ」
 彼は今アナハイム社のシンガポール事務所にいた。そこの視察と共にもう一つの目的があった。
 八条との会談である。彼は今国防省とビジネスのことで話があるのだ。
「今までロシア政府とは客船のことで話をしたことがあったが」
 ロシアの宣伝及び国力誇示の為の豪華客船の建造である。それは大成功を収めアナハイム社の株は大いに上がった。
「中央政府との話ははじめてだな。さて、どうなるか」
 既に連合中に支社及び営業所を持つアナハイム社であるが連合中央政府との商談は今までなかった。彼はこれを大きなチャンスだと考えていた。
「ここで成功したらまた我が社の株があがるな」
 彼はニヤリ、とい笑った。
「常に前へ向かえ、悲観的になると成功しない」
 彼の父の言葉である。彼もまたポジティブな孝えの持ち主であった。彼は今それを呟いた。
「親父もいいことを言った。この考えで今まで失敗したことはない」
 彼は面会室のテーブルに座っていた。そして側に立つ彼と同じ白髪の秘書官に対して言った。
「おい」
「はい」
 実はこの秘書官は彼の息子である。
「八条長官は御前と同じ歳だったな」
「はい、若いですがかなりできる人のようですね」
「そうか」
 彼は息子からそれを聞くとニヤリと笑った。皺一つない精悍な顔に精気がみなぎっている。
「ウラジミル」
 そして息子の名を呼んだ。
「よく見ておけよ、八条長官は何かと御前にとってもいい勉強になる」
「はい」
 小ベニョーコフは父からそう言われ頷いた。
「御前には親父とわしよりもさらに上に行ってもらう」
「連合一の造船業よりもですね」
 蛙の子は蛙と言われる時がある。彼もまたそうであった。
「そうだ、まだまだ敵は多いがな」
 父はまた笑った。
「だが御前ならばできる筈だ、このアナハイム社をしょって立つことがな」
「お任せ下さい」
 息子もニヤリと笑った。自信に満ちた不敵なものであった。
「ベニョーコフファミリーの家訓には逃亡の二文字はない、それだけは忘れるな」
「はい」
 そうこう話しているうちに八条が来たとの連絡があった。二人は事務所の門まで彼を出迎えに行った。
「ようこそ」
 車から出て来た八条を笑顔で出迎える。明るく陰のなさそうな笑顔だ。こういった笑顔もできるのだ。
「はじめまして、ベニョーコフ社長」
 八条は右手を差し出して言った。
「連合中央政府防衛長官の八条義統です」
「こちらこそ、アナハイム社のオーナーベニョーコフです」
 ベニョーコフも手を出した。そして二人は握手した。
 見れば周りには狙撃できそうな場所はない。ベニョーコフはそういったところを選んでこの事務所を建てたようだ。
(豪快な人物だと聞いていたが)
 八条は握手をしながら考えていた。
(こうしたところにも考えが及んでいるんだな)
 その通りであった。伊達に連合でも屈指の造船企業のオーナーをやっているわけではない。彼は敵も多い。従って暗殺や暴漢に対しては細心の注意を払っている。
(ふむ)
 ベニョーコフの方も八条を見ながら思うところがあった。
(噂に違わぬ男のようだな)
 彼もまた八条の人となりを監察していた。
 企業家という職業柄人と接する機会は多い。そこで彼は人を見抜く目を養ってきた。
 八条はそのメガネに適う人物であった。彼はまず目を見ることにしている。
(まず目を見ろ、と言ったのは孟子だったか)
 中国春秋時代の思想家である。性善説で有名だがその言わんとしていることは実に単純であった。
 単純なのはこの場合悪いことではない。むしろ多くの者に理解しやすい為よいことである。
 彼の主張の本質は『信なくば立たず』である。人も国も信頼がなければ駄目だ、その信頼を得られるようにすべし、というのである。
 これは至極当然の主張であった。企業家も政治家も信頼がなくてはならない。個々の人の付き合いもだ。
 国家もである。信頼のない国家では駄目だ。例え力があっても信用のない国家はいずれ破綻する。ヒトラーやスターリンという他者を欺き陥れ、虐殺や粛清を得手とする狂気の独裁者に率いられたナチスやソ連が破綻したように、だ。
 孟子は三千年以上も前にそれを主張していたのだ。ベニョーコフは高校で学んだそれをふと思い出したのだ。
(まさかこんな時に思い出すとはな)
 彼はここで内心苦笑した。彼は学校教育にはあまり重点を置いていない。
『学校の教育は最低限のものさえあればいい』
 彼の父の言葉だった。彼も父も高校を出てすぐに働いている。そしてアナハイム社を立ち上げ成長させてきた。彼等は学校の学士号よりも現場で得られる知識やセンスを重要視しているのだ。
(奇妙なことだ。まあ役に立つのならいいが) 
 そういうフランクな考えであった。二人は握手を終えた。
「どうぞこちらへ」
 彼は八条を建物の中に案内した。八条と秘書官はそれについて行く。
「こちらです」
 そして面会室に入った。秘書官と息子は外で待っている。 

 

第四部第三章 愚か者の楯その四


 二人は席に着いた。ベニョーコフは単刀直入に尋ねてきた。
「ご用件は軍艦のことですな」
「はい」
 八条は臆することなく答えた。彼はベニョーコフの目から視線を外さない。
「そちらで建造して頂きたい艦艇がありまして」
「軍艦ですか」
 実はアナハイム社では軍艦は建造していない。タンカーや商船、観光船等を建造している。今まで造ろうと思ったことすらないのだ。
「軍需産業は費用がかかり過ぎる」
 彼の父は常にこう言っていた。
「研究に金を注ぎ込まなくちゃならんのに買ってくれるところは軍しかない。しかも高く売ったら叩かれる、政府共々な」
 日本で特に顕著であった問題だが兵器の値段は高いと国民から批判がでるのだ。費用の分だけ能力があるのか、と。識者だけでなくミリタリーファンからもそうした批判が出る。彼等は趣味で語っているだけありかなり細かく詳しい知識を持っている。だから反論するのも一苦労だ。嘘などつこうものならそこを暴かれてさらに叩かれる。そうなれば社の信用にもかかわる。
「設備投資もばかにならない。しかもその設備が使えるのはその兵器だけだ」
 とかく兵器の開発、製造には費用がかかる。アナハイム社はそれよりも商船等の建造を選んだのだ。
「長官、お言葉ですが」
 ベニョーコフは口を開いた。
「我が社は軍需産業の開発及び製造には関わっておりませんが」
「わかっていますよ」
 彼は言った。
「それであえてこちらにお伺いしたのです」
「それは何故ですか?」
 彼は問うた。
「実は我々が貴社にお願いしたいのは戦艦や空母の建造ではないのです」
「そうなのですが」
 彼はそれを聞きながらだとしたら何だ、と考えた。
「補給艦や工作艦の建造をお願いしたいのです」
「後方支援の艦艇ですか」
 それ位は彼も知っていた。伊達に造船業をやっているわけではない。
「そうです、特に補給艦の建造についてお願いしたいのです」
「補給艦ですか」
「はい」
 ベニョーコフは話を聞きながら頭の中で考えていた。補給艦なら自分の会社の技術でも開発、建造できるかも知れない。だが即答はできない。彼はもっと話を聞くことにした。
「どのようなタイプの補給艦でしょうか、まずはそのことについてお聞きしたいのですが」
「こちらです」
 八条は手に持っていた封筒から書類を差し出した。
「これは」
 ベニョーコフはそれを見た。
「設計図ですね」
「はい、その補給艦の設計図です。うちの技術部で設計したものです」
「もう完成していたのですか」
 早い、と思った。そしてその設計図に目を通した。
「ううむ」
 彼はその設計図の細部まで目を通した。彼は確かに大学は出ていない。だが会社の経営に携わる中で船のことにも精通していた。その眼でもって見ていたのだ。
「よくできていますな」
 彼は言った。
「かなりの大型ですね。ここまでの大型の船はタンカー位のものでしょう」
「はい、しかしそちらのドッグで開発可能だと思います」
「う・・・・・・」
 ベニョーコフはそれを聞いて思わず喉を詰まらせた。その通りであった。
「確かにそうですが」
 彼は戸惑いこそ見せなかったが明らかに驚きがあった。
「おそらく何十万隻と建造されると思われます。流石に我が社だけでは」
「ええ、他の会社にもお話していますよ」
 八条はここで微笑んでそう言った。
「やはり貴社だけでは全てを建造するのは無理でしょうから」
「え」
 その言葉に驚いた。ベニョーコフは感情を露わにした。
「ちょっと待って下さい」
 彼はここで身を乗り出した。
「そこまで言われるのでしたら」
 八条はそれを見て内心笑った。
(乗ってきたな)
 そしてまた言った。
「では引き受けて下さるのですね」
「当然です」
 元々引き受けるつもりだったからこう言った。
「では何万隻程建造しましょうか」
「そうですね」
 彼は考えるふりをした。実は既に固まっている。
「十万隻は欲しいですね。追加もあるかと」
「十万ですか」
 ベニョーコフはそれを聞き内心ニヤリ、と笑った。
(これはいい)
 それ位は建造できる力がある。そしてそれを理由に設備投資もできる。かなりの波及効果が期待できる。
「お任せ下さい」
 彼は答えた。
「それは有り難い。では引き受けて下さいますね」
「はい」
 ベニョーコフは頷いた。これで話は決まりであった。
「よし」
 二人は固く握手した。そして八条は事務所をあとにした。
「何か上手く乗せられた感じだな」
 彼が去ったあとベニョーコフは少し苦笑して言った。
「けれど引き受けるつもりだったんだろう」
 そんな彼に息子が言葉をかけた。
「当然だ。十万隻なんて滅多にない注文だぞ」
「十万隻か。そりゃ凄いな」
「ここで話している暇はない、すぐに本社に連絡するぞ」
「ああ」
「そしてわしが陣頭指揮をとる。全社員をフル回転させろ。給料をたっぷりはずんでな」
「そうこなくちゃな」
「御前にも働いてもらうからな。そこで経営者として必要なものを学ぶんだ」
「よし」
 息子は父の言葉に頷いた。
「ではロシアに戻るとしよう。これから忙しくなるぞ」
 二人は電話を入れるとすぐに地球をあとにした。そしてロシアに戻った。
 補給艦だけでなくその他の艦艇が次々と受注された。そして次々に出来上がっていく。
「まさかこれ程速く建造が進むとはな」
 八条は次々に上がってくる建造の進行状況のデータを見ながら呟いた。その進み具合は彼の予想以上であった。
「しかし嬉しい誤算なのでは」
 秘書官はそんな彼に対し笑顔で尋ねた。
「確かにな」
 彼はそれを聞いて微笑んだ。
「建造してからもテストや実戦配備に時間がかかる。改良するべき点もあるだろうしな」
 そうであった。船は造って終わりなのではない。それからが大変なのであった。
「建造してから少なくとも一年半はそうした時期が必要だ。全く軍というものは時間が必要なのに時間がかかるものだ」
「それは仕方ありませんね」 
 秘書官はそれに対して言った。
「あと陸上兵器の開発状況の報告もきていますよ」
「そちらはどうなっている?」
「こちらも順調ですね。戦車も装甲車も次々に完成されています」
「それはいい。ところで陸上兵器といえばあれはどうなっている?」
「移動式要塞ですね」
「そうだ。移動要塞はこれからの我が軍の陸上兵器の主軸になる。丁度巨大戦艦と同じように」
「そちらも順調ですよ」
「そうか」
 彼はそれを聞いて安堵の笑みを浮かべた。
「テロリスト対策には何かと活躍してくれるでしょう」
「そうでなくてはな。その為に開発しているのだからな。もっとも」
 八条はここで言葉を一旦とぎった。
 

 

第四部第三章 愚か者の楯その五


「他のことにも活躍することになるかも知れない」
「それはどういうことでしょうか?」
「うん」
 八条は秘書官に問われて表情を引き締めさせた。
「将来はテロリストや宇宙海賊以外の勢力とも戦う可能性があるということだ」
「エウロパですか?」
「エウロパか」
 彼はふと考える顔をした。
「確かに彼等の存在は常に気にかかるが」
 八条の心には別に引っかかるものがあった。
「まさかな」
 だが彼はそれは打ち消した。
「彼等と戦う理由は何もない」
「長官」
 そこで秘書官の声が聞こえてきた。
「ん!?」
 八条はそれで我に返った。
「ああ、済まない。少し考え事をしていた」
「しっかりして下さいよ」
 秘書官はそんな彼を見て苦笑した。
「今長官にうっかりされては困りますから」
「申し訳ない。まあエウロパとは干戈を交える可能性があるな」
「やはり」
「今エウロパ強硬派が台頭してきているしな」
「モハマド氏ですね」
「そうだ。改革派のな」
 今連合は二つの勢力が盛んに議論を交あわせている。キリ=ト=マウイ率いる保守派とランティール=モハマド率いる改革派での間である。
 保守派の主張は現状維持である。このまま適度に連合中央政府の権限を集めたまま今まで通り辺境地の開拓等を進めていくべきだという考えである。
 これに対し改革派はより中央政府の力を強めるべきだという考えである。そして開拓はもうかなり進んだとして対外政策に積極的にあるべしという主張だ。
 実際に開拓地は進んでいるといえば進んでいるしまだだといえばまだである。そもそもまだ何十万光年もの距離において拡がっているこの膨大な開拓地なぞ百年や二百年で開拓できるものではない。それが為に連合はエウロパのように人口や食料、資源の問題で悩むことはないのだが。入植された惑星では開拓は進んでいる。すなわち着眼点の違いの問題である。問題はこれが外交問題、そして各国の意見の相違にまでなっていることだ。
 保守派は日本やアフリカ諸国に多い。彼等は連合においては中央政府の権限集中を主張したがそれ今の時点以上のものは望んでいない。連合軍が設立された時点でよし、とするものだった。
 改革派はアメリカや中国、ロシア、環太平洋諸国であった。彼等は中央の権限強化には反対であったが今では主張を変えていた。彼等は今こそエウロパを倒すべし、と考えたのだ。これは歴史の問題よりも野心があった。エウロパの資源や領土も自分達のものにしたいからだ。
「そして改革派はエウロパを併合したらどするつもりなのでしょう」
 秘書官が尋ねた。
「おそらくその領土や資源を分割するつもりだろうな」
「それでしたら開拓地に行けばいいだけでは」
「どうも彼等はそう考えてはいないらしい」
「わかりませんね」
 秘書官はここで首を傾げた。
「わざわざ戦争してまでものを得ようとは」
「もっともそれだけではない。予防戦争という意味もある」
「予防戦争!?」
「そうだ」
 八条は答えた。
「エウロパと連合には三十倍の国力差がある」
「はい」
 人口比及び総生産量、国力からしてそう考えられるのだ。実際にもそれ位の開きはある。
 だが生活水準はエウロパの方が高いと言われている。これは彼等の生活にゆとりがあるからだ、と一部の識者は主張する。
 だがこれはまやかしだと言われる。実際には大差はない。むしろ彼等は人口問題や資源の問題に悩まされている。それに比べて連合にはその心配はない。
 よく海賊やテロリストの問題があるがこれも別問題である。エウロパも戦争をしている。
 それにこう主張する者は貴族達を引き合いに出す。貴族は所得が最初から大きく違う。彼等は特権階級である。連合には特権階級は存在しない。表向きだと言われようと。
 連合の全ての国では教育は完全な義務教育である。そして高校、大学、若しくは専門学校へ進むのも本人の意思によるものだ。だがエウロパでは違う。
 やはり貴族と平民の教育の環境の差がある。これは二十世紀でも残っていたし今でもある。むしろ今の方が昔よりもさらにそうした貴族主義的傾向が強くなっている。
 高貴なる者の努め、と言われる。それを無批判に評価して連合の社会を批判する者がいる。だがそれは愚かな過ちなのである。
 連合は機会均等主義である。本人が望み、運と機会、そして何よりも本人の努力で富も名誉も得られる。一介の下士官ですら連合中央政府の大統領になれる、それが連合である。皇室や王室も多くあるが彼等はあくまで象徴である。
 だがエウロパは違う。厳然とそうした貴族社会がある。彼等と平民は違うのだ。軍人や高級官僚を貴族がほぼ独占しているのもエウロパの特徴である。だが識者はそれを見ようとはしない。ただ貴族達の優雅な生活を手放しで絶賛し、連合のあくせくした生活を批判するのだ。なお彼等の多くは大学の教授や学者であり彼等のいる連合の大学や連合の国民達に自分の本を買ってもらい生計を立てている。
「おとぎ話としては面白い」
 ある政治家がそのエウロパの貴族の生活について書かれた本を読んで一言そう言った。
「連合にとっては全く意味のないものだ」
 その通りであった。連合の国情には全く合っていない生活習慣であったのだ。
「働いて金を稼ぎ、食べて遊ぶ。それが人生だ」
 こう豪語する者もいた。連合においては優雅でゆとりのある生活なぞ不要だった。時間があれば金を稼ぎ、多量の食べ物を胃に流し込み、遊ぶ。連合の者は一千年もの間そうやって人生を楽しみ生きてきた。エウロパの生活に憧れる識者の一人もついこう漏らしている。
「しかし私はそれでも連合から離れようと思ったことはない。この雑多な雰囲気が何よりも好きだ」
 彼はこう言った時軽食の店でラーメンとハンバーガーを食べ、ジャワティーを飲んでいたらしい。遊園地に行くのが大好きでよく子供とムキになってゲームをしていたそうだ。彼にとってエウロパの生活とは単なる夢物語であった。実際には連合での寸暇を惜しんで働いて遊ぶそんな生活を愛していたのだ。
 すなわち連合にとってはエウロパは最早理解し難い存在であった。ファンタジーの世界そのものであった。そんな彼等に怖れを抱くのも当然であった。
「だが我々に対し何かしてくる怖れがあるのはエウロパだ、と」
「少なくともほとんどの者がそう考えているだろうな」
「長官もですね」
「まあな」
 八条は頷いた。彼もまたエウロパのそうした貴族主義は腐敗に思えるところがあった。
「今のところは、な」
「といいますと」
 秘書官はそこに尋ねた。
「まあそれはいいとしてだ」
 だがあえてはぐらかした。話を単純にする為だ。
「エウロパ本土にモンサルヴァート提督が帰ってきたそうだな」
 彼の名は連合においても知られていた。若き名将と噂されている。
「はい、元帥、統帥本部長になったそうです」
「元帥か。あの若さで」
「エウロパにおいても前例のない昇進だそうです」
「幾ら彼が名門の出身であってもか」
「はい。イギリスやオーストリアの王家の者でもあそこまでの昇進はなかったそうです」
「それは当然だな。彼等は適度なところで軍務を離れなければならない」
 そして王家の本来の職務に就く、それが王家の者の努めだった。日本では皇室に軍に就く義務はない。そのかわり生まれた時からその責務を果たさなくてはならない。日本の宮内省の頭の硬さは数千年の歴史がある。おいそれとは変わらない。国内においても批判があるが政治家がどうこうできる問題でもない。何かを言うにはあまりにも歴史の古い問題であり言えないのだ。下手に言えば失脚するのは確実だからだ。女帝にしろ以前の前例を出しただけに過ぎない。国民が言うしかないがこれも意見が分かれる。やはり伝統の重みがあった。
『連合において絶対に破られないものが二つある』
 とある野球チームの監督が銀河シリーズで負けなしの十連覇を達成した時に言った言葉である。
「そちらのチームの記録ですか」
 記者の一人が問うた。
「馬鹿を言っちゃいけない」
 彼は笑って言った。
「スポーツの記録は破られる為にあるのだ。二千盗塁しようがホームランを千本打とうが何時かは破られる。むしろそうでなくては面白くない」
 実際にこの十連覇も後に破られることになる。
「一つはガンタース要塞群」
 連合の誇る難攻不落の要塞である。
「そしてもう一つは」
「これはおそらくガンタースとは比較にならないだろうな」
 彼は記者の問いに対し不敵に笑って答えた。
「それは何ですか?勿体ぶるなんて意地が悪いですよ」
「聞きたいかね?」
「是非」
 記者達は答えた。
「では答えよう」
 この監督はとにかくもったいぶることで有名な人物であった。
「竹のカーテンだ」
「竹のカーテン!?」
「そうだ」
 彼はここでニイ、と笑った。
「伝統にはおいそれと勝てんということさ。ガンタースが破れても竹のカーテンだけは絶対だ」
 その竹のカーテンとは皇室の伝統、そして宮内省の頑固さについて言ったのであった。前者は賞賛で、後者は皮肉で、
である。
『難攻不落』
 皇室の伝統はそこまで言われていた。これは皇室について語るのが非常に困難なことも関係していた。
 何千年もの歴史がある国家である。エチオピアとどちらが古いかで議論すらある。
「シバの女王の子孫ではないのか」
「ギリシア神話のアンドロメダの家ではないのか」
 エチオピア王家もそう言われていた。一時断絶したがそれを悲しむエチオピア国民により復活した。その時皇室を断絶させた独裁者の一味は後に一人残らず裁判にかけられ絞首台に登った。
 

 

第四部第三章 愚か者の楯その六


 その継承した人物も最後の皇帝の曾孫か何かだったという。正直その血筋は怪しいと言われる。だが言い換えるとエチオピア皇室の血はエチオピアの国民全員に流れている。何とでも言えるところがあった。ここまで長い歴史があると流石にそういう見方もできた。
 日本もそうであった。神武天皇はやはり実在した、という主張はこの時代にもある。おそらく実在したであろうが年代は合わない、という主張もある。
 やはり少なく見積もっても三千年程の歴史があるのだ。その間多くのことがあった。二つに分かれたこともある。
 そうしたものについて語るのである。中途半端な学識では到底語れるものではない。単純に皇室の存在について反対するのは一千年前に終わった。今ではそのような当たらないところから石を投げて自慢しているだけの行為は論理にも何にもならない。馬鹿にされるだけである。
 そうしたことがあるからおいそれとは語れないのだ。イギリスやオーストリアの王家と比べても比較にならないものがあった。日本がアメリカや中国、ロシアといった他の大国に対して国力で劣るところがあってもその権威で勝るのはその伝統を持つ皇室の存在があるからだ。そこまで伝統は強いものであった。
 連合においてもそうである。貴族主義の強いエウロパではどうか。言うまでもない。
「あの権威主義者の集まりでよくそこまでなれたものです」
 秘書官は皮肉を込めて言った。
「権威主義は何処にでもあるが」
「失礼、では言い替えましょう」
 彼は一旦言葉を引っ込めた。
「貴族主義です」
 そう言うと口の端を歪めてみせた。
「あまり変わらないと思うが」
「ふふふ」
 秘書官は大のエウロパ嫌いである。それが表面に出たのだ。
「確かモンサルヴァート元帥はサハラ総督府で艦隊司令をしていたのだったな」
「はい」
「そして部下達と共に本土へ戻ったのか。本道防衛の為に。すると今の総督府にはマールボロ元帥しかいないことになるな、知られた人物は」
「いえ、新たに一人赴任したそうです」
「誰だ?」
「ロギ=フォン=タンホイザー上級大将です」
「知らないな」
 八条にとってははじめて聞く名前であった。
「ご存知ありませんか」
「残念だが。どういう人物だ?」
「ドイツのある公爵家の嫡男だそうです」
「貴族か」
「はい」
 これは八条にもわかっていた。『フォン』は貴族、それもドイツ系の者に授けられる呼称だからだ。イタリア系だと『デル』、フランス系だと『ド』になる。
「だとするとかなりの若さでそれなりの地位に就いているな」
「はい。まだ二十代前半だそうです」
「また凄い昇進の速さだな。家柄だけではないな」
「はい、軍人としての能力も卓越したものだという話です。ただ」
「ただ?」
 八条はそこに突っ込みを入れた。
「かなりの夢想家だと言われています」
「どんな様子だ?」
「何でもいまだに騎士がどうとか言うようです。戦いは騎士道を見せる為の場だと公言しているようです」
「エウロパにはそうした者が多いがな」
 これも連合とエウロパの端的な違いの一つであった。連合では軍人は職業の一つに過ぎない。だがエウロパの者、特に貴族達はそうは考えないのだ。
 彼等は軍務に就くことを『高貴な者の責務』と考えている。青い血を持つ者として彼等は軍人となり戦場で戦う事を選ぶ。そして戦場においては卑怯、未練を卑しむ。敗れた敵に対しても寛大であるべきと考える。それこそが貴族として、いや騎士としての在るべき姿と考えているのである。
「所謂騎士道ですね。我が国にも武士道がありますが」
 これはこの時代でも使われている言葉である。
「今ではスポーツの場位でしか使われないな」
 八条は苦笑して答えた。だが日本の選手達の国際親善試合や国際競技、オリンピック等におけるマナーの良さ、潔さはよく知られている。それが『サムライ』だと言う人も多い。
 ちなみにこの時代オリンピックは二つに分裂している。連合で行われるものとエウロパで行われるものの二つがある。連合でのオリンピックにはマウリアも参加する。かなり巨大な大会となっている。
 エウロパのものはそれに比べて小規模だ。だがこちらは自分達こそ正統なオリンピックだと主張している。これは歴史に根拠がある。それにエウロパのオリンピック委員会は頑固な老貴族達が仕切っている為プロ選手や商業主義の入り込む余地はない。ここが連合と違うところであった。なお両者が分裂して一千年が経とうとしている。こんなところにも連合とエウロパの対立の構図があった。
「エウロパの連中はスポーツでもかなり五月蝿いそうですよ。フェアにやるべきだ、と」
「とするとドーピングも審判買収もないのか」
 これはこの時代にも問題になっていることである。連合においては野球やバスケ、ホッケー、格闘技等で審判の誤審がもとで乱闘に至るケースが多い。つい先日中国で国内のプロ野球チームのリーグ戦においてストライクの判定を巡って乱闘が起こっている。騒ぎは球場全体に及び中国では新聞の一面を飾った。
「一つのチームに偏った判定をする審判なぞ殺してしまえ!」
 あるファンは激昂してそう叫んだ。これは至極正論である。公平な判定をしない審判なぞは有害でしかない、そのような審判は自害してでも責を負うべきである。
「乱闘もなければいいな」
 八条はふとそのことを思い出した。そして言った。
「残念ながらどれもあるようです」
「何だ」
 やはり人間の世界ではそうしたことはつきものである。
「ただ連合に比べてずっとましなようですね」
「それはいいな。やはりスポーツはフェアにやらなければな」
「はい」 
 それはこの秘書官も同じ意見であった。大きく頷いた。
「そしてタンホイザー上級大将だが」
 八条は彼に話を戻した。
「どのような人間だ?」
「人間的には邪気も悪意もない人物のようです」
「ふむ」
「恵まれた環境に育ったせいか欲はないようです。趣味はフェシングと乗馬、そして読書だとか」
「意外とまともな趣味だな」
「ただ読むのは中世の騎士物語や恋愛詩集、妖精の話ばかりだそうです」
「またわかりやすいな」
 八条はそれを聞いて思わず笑ってしまった。
「つまり自分は騎士であると、そう考えているのだな」
「はい」
「成程、だからフェシングと乗馬をするのか。よくわかった」
 八条はそれを聞き頷いた。
「戦い方も予想できるな」
「正攻法を好むようです」
「だろうな。さて、サハラに行きどんなことをするかな」
 彼はここで悪戯っぽい笑みにした。
「お手並み拝見といこう」
「はい」 

 さて、そのタンホイザーであるが国境を接するサハラ東方の小国であるマガバーン王国の軍と対峙していた。
 マガバーンはハサンの同盟国の一つである。だが実質的には属国である。
 この国はこの度政権が交代しハサンに対して反旗を翻した。そしてシャイターンのいる北方諸国連合への参加を宣言したのである。
「また厄介な時に宣言してくれたものだな」
 サラーフ領内でそれを聞いたシャイターンは思わず顔を顰めた。
「どうしますか?」
 問うた壮年の分艦隊司令の一人に対し彼は首を横に振って答えた。
「今はどうにもできない。だが何かあったらこちらに来るように行っておけ。後々何かに使えるかも知れぬ」
「わかりました」
 その分艦隊司令はそれを聞き敬礼した。シャイターンはそれを見届けると正面に向き直った。
「今は少しでも力をつけなければならない」
 彼が今侵攻しているのもその力を得る為であった。
「大事の前には小事を捨てなければならない時もある」
 彼は独白した。
「だが拾っておいて損はないな。これが思わぬ奇貨となる場合がある」
 ここでニヤリ、と笑った。
「奇貨置くべし、か。中国の政治家が言った言葉か」
 呂不偉である。春秋時代末期の政治家であり商人でもある。『呂氏春秋』を編纂させたことで知られている。
「今は奇貨を貯めておくとしよう。何かの役に立つ」
 彼は顔を引き締めさせた。そして目の前に広がる銀河を見た。
「この星の大海を手に入れる為だ。多いにこしたことはない」
 彼はそのまま進路をアルフフーフに向けさせた。そして退くことはなかった。

 さてそのタンホイザーであるが一個艦隊を率いてマガバーン軍と対峙していた。
「向こうの兵力は?」
 彼は後ろに控える参謀の一人に尋ねた。
「向こうも一個艦隊です。ただ我が軍とは編成が違いますが」
「というと」
「マガバーン軍の艦隊はあの艦隊しかないのです。従って宇宙艦隊全てが入っております」
「兵力は我が軍のそれより多いのかな」
「そうですね。若干多いようです。百三十万程かと」
「そうか、結構いるな」
 タンホイザーはそれを聞いて言った。
 両軍はマガバーンの国境に布陣していた。そして睨み合っている。
 どちらも互いの隙を窺っている。隙を見せた方がやられる、そういった状況であった。
「閣下、如何致しましょう」
 その参謀が問うた。
「決まっているさ」
 タンホイザーはにこやかに笑って答えた。
「全軍進撃だ、敵の正面に向けてな」
「え・・・・・・」
 その参謀だけではなかった。他の者もその言葉に思わず呆然となった。
「全軍を以って敵の一点に集中攻撃を仕掛ける。そしてそのまま雪崩れ込むんだ」
「閣下」
 そこで先程の参謀が進み出てまた言った。
「お言葉ですが口で言うのは容易いです。しかし」
「実行するのは困難だ、と言いたいんだね」
「はあ」
 相変わらず自信に満ちた微笑みをたたえるタンホイザーを見て不安を覚えた。
「大丈夫だよ、絶対に勝てる」
「そうでしょうか」
「まあここは私に任せてくれ」
 人の話を聞いているのかいないのか、彼の態度は相変わらずであった。
「では全軍進撃だ、敵陣に向けてな」
「はい」
 スタッフはとりあえず頷いたが不安は隠せない。それは声にもあらわれていた。
「心配する必要はないよ、勝利は我が手にある」
 そんな彼等に対して言った。
「では進め、そして勝つ!」
 彼の指示によりエウロパ軍は進撃を開始した。向かうは敵の正面である。
「敵が来ました!」
 それはすぐにマガバーン軍にも確認された。
「何処からだ!?」
 マガバーン軍宇宙艦隊司令はそれを聞いて問うた。
「正面からです」
「おい、いい加減なことを言うな」
 彼はそれを聞いてまず否定した。
「幾ら何でも正面から来る筈がないだろう」
「いえ、それが」
 オペレーターの声は明らかに戸惑っていた。
「実際にモニターを御覧になられればおわかりかと思いますが」
「映せ」
「はい」
 こうしてモニターのスイッチが入れられた。それを見て司令は絶句した。
「本当だったのか」
「はあ」
 オペレーターの声は相変わらず戸惑ったものだった。
「全軍守りを固めよ」
 司令はそれを見てすぐに指示を下した。
「数においてはこちらの方が優勢にある。守りさえ固めれば問題はない」
「はい」
 こうしてマガバーン軍はすぐに防御を整えた。それは進撃するエウロパ軍からも確認された。
「閣下どうなさいますか」
 参謀の一人がタンホイザーに問うた。
「決まっているよ」
 彼は素っ気なく答えた。
「このまま前進だ」
「やはり」
 参謀は頷いた。彼も軍人である。もう腹はくくっていた。
「射程はこちらの方がある」
「は、はい、その通りです」
 タンホイザーのその言葉に周りの者は驚きながら答えた。マガバーン軍の艦艇はハサンからの旧式兵器ばかりである。やはり射程は短い。それに対してエウロポ軍は最新鋭の兵器であり射程も長い。タンホイザーはそのことを知っていたのだ。
「私が指示を下したら一斉射撃だ」
「はい」
「一点を集中してな。そこから切り込む」
「成程」
 奇しくもアッディーンが得意とする戦法だ。だが彼はそれを意識してやるのではない。あくまで勘で行うのだ。
 次第に間合いが詰められていく。タンホイザーはそれを見て右手をゆっくりと上げた。
「あのポイントだ、いいな」
 そして敵陣の中央を指し示した。そこに指揮系統の中枢がある。
「わかりました」
 周りの者は答えた。タンホイザーはそれを横目で見ながら言葉を続けた。
「射程に入るのはもうすぐだね」
「はい、あと十秒」
 参謀の一人が腕の時計を見ながら答えた。
「よし」
 彼は頷いた。すぐにその時が来た。
「撃て!」
 右腕を振り下ろす。それと同時に光の帯がエウロパ軍から放たれた。
 それはマガバーン軍の中央を撃った。あまりの衝撃に一瞬隙が生じた。
「よし、突入だ!」
 タンホイザーはすぐに指示を下す。それに従いエウロパ軍は敵陣に雪崩れ込んだ。
 すぐに外側に向けて一斉攻撃を行う。それが終わるとすぐに艦載機を出した。
「エインヘリャル、出撃!」
 エウロパの艦載機はエインヘリャルである。攻撃力と速度が高い。
 そのエインヘリャルが敵艦に群がる。そしてマガバーンの艦艇を次々と沈めていく。
 エウロパ軍はマガバーン軍を突っ切った。そして反転して後方から攻撃を仕掛ける。
 また突入する。これでマガバーン軍は総崩れとなった。
「今兵力はどの程度ある」
 マガバーン軍司令は参謀の一人に尋ねた。
「各部で寸断されていまして・・・・・・」
 問われた参謀は言葉を濁した。
「どの程度だ」
 だが司令はそれでも問うた。
「今統制がとれるのは半数程ですが」
「そうか」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「降伏するしかあるまい。最早勝敗は決した」
「はい」
 参謀はその言葉に頷いた。
「敵に電報を送れ。降伏したいとな」
「わかりました」
 これで全ては終わりであった。 

 

第四部第四章 楯砕きその一


                     楯砕き
 アッディーンはその時アルフフーフを完全に包囲下に置いていた。
「降伏勧告への返答は?」
 ガルシャースプに問うた。
「黙殺しています」
 彼は首を横に振り答えた。
「やはりな。予想されたことだ」
 アッディーンはそれを聞き頷いた。
「どうせ自分達だけは安全を確保できると甘い夢を見ているのだろう」
「そうでしょうね」
「だとすればその甘い夢から醒まさせてやろう。とっておきの目覚ましでな」
 アッディーンはそう言うと後ろに控える参謀達に顔を向けた。
「用意はできているか」
「はい」
 参謀の一人が敬礼して答えた。
「何時でも動かせる状態です」
「ならばいい」
 彼はそれを聞き頷いた。
「ではすぐに作戦を実行に移すとしよう」
「わかりました」
 スタッフはそれを聞くと皆それぞれの持ち場についた。
「いいか」
 アッディーンはコンピューターの前についたスタッフに尋ねた。
「はい」
 そのスタッフは答えた。
「よし」
 アッディーンは顔に笑みを浮かべた。そして右手をゆっくりと挙げた。
「それでは作戦を発動するぞ。スイッチを入れろ」
「わかりました」
 別のスタッフが頷き何かのボタンを押した。
「よし、あれの道を空けろ」
 彼の指示の下艦隊は包囲の一部を解いた。
 数時間後艦隊の後ろに何かが姿を現わした。
「来たな」
 アッディーンはモニターを見てほくそ笑んだ。
「これでブラークは終わりだ」
 やがてそれの姿が見えてきた。それは巨大な隕石であった。
「コントロールはいいな」
「はい」
 スタッフの一人が答えた。
「万事抜かりなしだな」
 アッディーンの声は自信に満ちていた。そこには勝利の確信があった。
「ではゆっくりと見るとしよう。これからあの愚か者共の惰眠のもとが壊れる様を」
「はい」
 ガルシャースプはその言葉に頷いた。
 隕石は次第に速度を速めていく。そしてそこにブラークがやって来た。
「どうやら隕石に攻撃はしないようだな」
「隕石に対しては別の防衛手段がありますからね」
 これは川にある堤防のようなものだ。この時代はどの惑星にもそうした隕石に対処する為の防衛用の人工衛星が惑星の周りを回っている。危機を察したならばレーザービームですぐにその隕石を撃つのだ。
 ブラークはそうしたものではない。あくまで敵に対するものである。それが裏目に出たのだ。
「よし」
 隕石はブラークに向かっている。それを防ぐことはもうできない。
「アルフフーフの管制室の驚く様子が目に浮かぶようだ」
 彼は満面に笑みをたたえながら言った。その瞬間光が発せられた。

「そうか、ブラークが破壊されたか」
 その時シャイターンはアルフフーフから一日の距離にまで達していた。
「これでナベツーラも終わりだな」
「はい」
 それを報告したラーグワートは頭を垂れた。
「どのみち破壊されるとは思っていたがまさか隕石を直撃させるとはな。面白いことを考えたものだ」
 彼は詳細を聞くと楽しそうにそう言った。
「これでサラーフの命運は完全に終わりましたな」
「既にナベツーラが政権に就いた時にな」
 シャイターンは言った。
「あのような男を選んだサラーフの者も愚かだが」
「マスコミに踊らされたせいもありますが」
 ラーグワートは彼等を擁護するように言った。
「それで目が曇っては駄目なのだ」
 シャイターンは冷然とした態度でそう言い切った。
「マスコミが全てを報道しているわけではない。必ず何処かに真実が転がっているのだ」
「そういうものでしょうか」
「そうだ。これを読んでみるがいい」
 シャイターンはそう言うと懐にあった新聞をラーグワートに渡した。
「これは」
「サラーフの新聞の一つだ。ナベツーラとは対立する立場にある新聞さ」
「そんな新聞社もあったのですか」
「ナベツーラ派には徹底的に誹謗中傷を浴びていたがな。それでもサラーフ全土に発行している新聞だ」
「サラーフ全土にですか。では影響も大きいのでしょうね」
「いや、そういうわけでもない」
 彼はそれに対しては首を横に振った。
「発行部数はかなり落ちているそうだからな。ナベツーラの圧力で」
「そうなのですか」
「理由は内容を読めばすぐにわかる」
 そう言って彼に読むことを勧めた。ラーグワートはそれに従い新聞を拡げた。
 まず一面からナベツーラへの批判だ。その政策と腐敗ぶりを徹底的に糾弾している。
 続いて戦況の報告である。相次ぐ敗戦を伝えている。
「全て真実ではないですか」
「サラーフ以外の国ではな」
 シャイターンはここであえて意味ありげに言った。
「サラーフでは真実ではないのだ」
「何故ですか?」
「サラーフではナベツーラの下にあるマスコミの言葉だけが真実なのだ。それ以外は虚言だ」
「何と」
 ラーグワートはそれを聞き絶句した。
「驚くことはない。一千年前はそうだったのだ」
「しかし」
「サラーフはそうした状況にあるだけだ。その他は何らおかしなところはない」
「マスコミのみが真実であるというだけで異常ですが」
「ネット等がないとどうしてもそうなるのだ」
 シャイターンは答えた。
「情報を一部の者が独占すると怖ろしいことになる。彼等はそれを利用して権力を独占するからだ」
「そしてその情報を己の意のままに流すのですね」
「そうだ」
 ラーグワートの言葉に対し頷いた。
「かってはそうやって全ての国がマスメディアの軍門の下にあった。とりわけ日本はな」
 二十世紀後半の日本のマスメディアへの権力集中とその腐敗は以前に述べられた通りである。
「そうした状況を打破するのにネットは大きな役割を果した。だがこのサラーフでは違ったのだ。電力を確保する為にネットを規制したのだ」
「それがかえってマスコミの権力集中を助けたと」
「意図したわけではなかったのだがな。今はその弊害が一度に出てしまっただけだ」
「それより前からあったのですね」
「そうだ。それがナベツーラだ」
 シャイターンはそこで言った。
「ナベツーラのような者が権力を握ることができるのもマスコミの力があってのことだ。日本ではテロ支援国家と結託した政党や知識人が良識派としてもてはやされていたではないか」
「はい」
 マスコミの弊害を語るうえで必ず述べられることである。この時の日本では軍隊を全廃し、テロを平然と行う危険な独裁国家を民主的な平和勢力として絶賛することが良識なのであった。これを以って当時の日本の知的レベルの絶望的な低さを指摘する識者も多い。確かにそれは一理ある。この時代日本は経済的に繁栄していたが何と日本から名の知られた経済学者は全く出ていないのである。それどころか二十一世紀になってもマルクス主義経済を教える経済学者が残っており『経済学の化石』とまで言われていた。彼等は経済は生物であるということを全く理解しておらず十九世紀中頃の古典的な経済をその時代に当てはめていただけなのだ。それでまともな経済学が発達するわけがなかった。日本は漫画がこの時から有名であったがとある漫画家は働くのが嫌でマルクスにのめり込んだ。そしてそこから見事なまでに一歩も出なかった。彼等に進歩や発展などという言葉はなかった。そのような連中に常に動く経済を理解しろと言っても無駄であった。むしろ株で食べている人間の方が経済を理解していた程であった。
 それもこれもマスコミがマルクスばかり言っていたからである。当時共産主義国家であるという建前であった中国人が日本に来てまだ大学でマルクスを教えているのを聞いて驚いたという話がある。
 

 

第四部第四章 楯砕きその二


「これは経済史を学ぶ場ですか?」
 その中国人は学生に尋ねた。
「いえ」
 日本人の学生は首を横に振った。
「これからの経済について学んでいるのです」
 こう言われてその中国人は開いた口が塞がらなかったという。
 後には彼経済学をやめスポーツの世界に入った。そしてサッカーで名フォワードとして中国に入りオリンピックで金メダルをもたらすことになる。
 その彼が金メダルをもらった時に言ったことである。
「日本では経済学は学ばなかったけれどスポーツマンシップとサッカーは学んだよ」
 彼は日本のプロチームでも活躍していたのである。
 こうしたことは二十一世紀前半まで尾を引いた。結局日本は二十一世紀中頃までアメリカや中国の後塵を拝することになり常に第三の勢力でしかなかったのはこうしたマスコミのマルクス的経済学や歴史観、今もなおある歪んだ市民主義によるところが大きかったのだ。
 そうした歴史は今では連合だけでなくエウロパやサハラでも学ばれている。その反動だろうか、今も日本ではマスコミの力はかなり制限されネットの力が大きいのだ。
「あれと全く同じことなのだ」
「そしてそれによりサラーフは滅んだのですか」
「うん。我々にとっては好都合だったがな」
 シャイターンはうっすらと笑みを浮かべて言った。
「こうして多くの領土を手に入れることができたのだから」
 彼等はこの時点でサラーフ北方を中心としてその約四分の一の領土を占領していたのだ。
「問題はこの領土をどのように各国に分配するかですね」
「それは心配ない」
 シャイターンはすぐに答えた。
「どうしてですか?」
 ラーグワートは怪訝そうに尋ねた。
「それもやがてわかる」
 彼は不思議な笑みを浮かべて答えた。
「すぐにな」
 その笑みは何処か悪魔的であった。
「話題を変えよう」
 シャイターンはここで言った。
「アッディーン提督率いる艦隊との距離はどれだけある」
「あと一日です」
 後ろに控える参謀の一人が答えた。
「そうか」
 シャイターンはそれを聞き目を不思議な色にした。
「ではすぐにオムダーマン軍のところへ向かうとしよう」
「まさか」
 彼等はシャイターンの言葉にいろめきだった。
「誤解しないでほしい」
 彼はそれに対して言った。
「彼と会ってみたいだけだ」
 悪戯っぽく笑ってそう答えた。
「お会いしたいだけですか」
「そうだ。オムダーマンとは何の対立関係もない。問題はないだろう」
「しかし」
 それだけで済むとは思えなかった。彼等もシャイターンの性格は知っている。その彼がただ会いたいという理由だけで会談をするとは思えなかったのである。
「いいか」
「それは」
 彼等は口篭もった。
「心配は無用だ。ただ会うだけなのだからな」 
 笑顔でそう言った。
 嘘だ、彼等は皆そう思った。だがそれは口には出さなかった。
「異論はないようだな」
「は、はあ」
 彼等はそれを了承するしかなかった。結局それを決めるのは司令官であるシャイターンなのだから。
「ではオムダーマン軍に電報を打ってくれ」
「わかりました」
 アリーの通信士が敬礼して答えた。
「然るべき場でアッディーン司令と会いたいとな。拒むことなきよう、と」
「はい」
 彼は敬礼するとすぐに通信室に向かった。
「これでよし」
 シャイターンはそれを笑顔で見送った。
「楽しみだな。オムダーマンの誇る若き名将と会えるのだから」
「はあ」
 ラーグワートや幕僚達はそれを不安気な顔で見ている。
「どうした、浮かない顔をして」
 シャイターンはそんな彼等に対して言った。
「私が何かするとでも思っているのか」
 答えない。だがこれまでシャイターンは謀略も厭わなかった。そうして傭兵隊長を務めてきたのだ。今回ももしかしたら。
「安心しろ。私は今はよからぬことを考えてはいない」
 彼はそれを打ち消すように言った。
「ただこれからの出会いに期待しているだけだ」
 しかし何処か虚言に聞こえる。
「アッディーン提督」
 彼は不敵に笑いながら彼の名を口にした。
「さぞかし見事な男なのだろう。この私と釣り合うようなな」
 そこには戦いを求める男の顔があった。まるで狼の様な顔になっていた。

 ブラーク陥落の情報は連合やエウロパにも伝わった。
「そうか、サラーフもこれで終わりだな」
 連合の感想は淡々としたものであった。
「サハラ西方は完全にオムダーマンのものになったな」
 皆そう見ていた。だがシャイターンの存在は過小評価していた。
「所詮一介の傭兵隊長だろう?今までの戦いも運がよかっただけだ」
「今も火事場泥棒をしているだけだ。ハルーク家に入ったにしてもそんなに大したことじゃない」
 識者もネットでの意見も大体こうしたものであった。
「そのうちエウロパに潰される。もうサハラ北方はエウロパのものになることが決まっている」
 こうした醒めた意見が主流を占めていた。そもそもシャイターンを知らない者すら多い状況であった。
 これは連合中央政府においても各国の政府においても同じであった。
「傭兵なぞ無用の長物だ」
 連合の軍制度から見ればその通りであった。
 彼等は傭兵を軽蔑していた。正規兵とは違い単なる寄せ集めだと考えていた。
「それも未亡人をかき口説いてハルーク家に入ったのだろう。何か卑しい行いだ」
 そうした意見もあった。彼等はシャイターンという人物に何か胡散臭さを感じていたのだ。
「確かに胡散臭い人物ですね」
 八条の執務室に二人の男が来ていた。二人共連合の軍服を着ている。
「今までの経歴を見ると不可思議な行動が多いです。それに生活も異様に華美ですし」
 右にいる金髪碧眼の長身の男が言った。ローラン=マクレーン大将である。アメリカ出身だ。
「生活はこの場合関係ないのでは」
 八条は彼に言った。
「その財源が問題なのです。とある宗教団体のリーダーの息子と聞いていますが」
「その彼が何故傭兵隊長をしているか、わからないのですね」
「はい」
 マクレーンは八条の言葉に頷いた。
「私もマクレーン大将と同じ考えです」
 左にいる黒髪のアジア系の男が言った。劉白鳳大将である。彼は中国出身だ。
「それに何故南方からわざわざ北方にやって来たのでしょう。それがわからないのです」
「そうですか」
 八条は劉の話を聞き考える顔をした。
「お二人共シャイターンという人物にはあまりいい印象を持ってはおられないようですね」
「え、ええまあ」
「そう言われればそうですが」
 二人はキョトンとした顔になり答えた。
「確かに軍人から見ると好きにはなれません」
 八条も軍人だったからよくわかるのだ。
「しかし非常に優れた人物であるというのは疑いようがないと思うのですが」
「それはまあ」
 二人もそれは認めた。
「二度の戦いに鮮やかな勝利を収めていますし」
「それに今回のサラーフ侵攻も見事です。まるで事前に流れを知っていたかのようです」
「流れですか」
 八条は劉の言葉に眉を動かした。
「はい」
 劉はそれを見て少し不思議そうな顔をした。
(長官は何かに気付かれたかな)
 彼は心の中でそう呟いた。
「だとしたら戦略にも秀でているようですね。私は戦術だけを見て言ったのですが」
「戦略も、ですか」
 マクレーンが言った。
「はい。それはオムダーマンとサラーフの戦いの趨勢を見極めることができないと動けなかったものです」
 八条は二人を見上げた。
「それをあらかじめある程度予想して今回の準備をしていたとすると」
「シャイターンという人物、かなりの戦略眼がありますね」
「はい」
 彼はここで二人に頷いた。
「彼が北方に来たのは何かの理由があるのかも知れません」
「といいますと」
 今度は二人が八条に尋ねた。
 

 

第四部第四章 楯砕きその三


「彼が何かを得るのに容易い場所であるとか」
「そういえば」
 シャイターンはここで北方諸国の危機を救いここでの支持を得た。そして北方で最も力のあると言われるハルーク家に入った。そして今回の侵攻だ。彼はまるで北方に何かを築こうとしているかのようである。
「もし彼に野心があるとすれば北方は格好の場所でした」
 八条は考える顔をしたまま言った。
「そして今彼は北方どころかサハラでもとりわけ人気のある存在になろうとしている」
 そうであった。二回の戦いの勝利とハルーク家との結び付きにより彼はサハラでも有数の権勢と評価を手に入れたのである。
「それにより彼はそれ以上のものを目指す地盤を手に入れることができるでしょう」
「それ以上のものといいますと」
 マクレーンが問うた。
「例えばですが」
 八条はそれに対してこう前置きしたうえで言った。
「サハラを統一しその元首になるとか」
「まさか」
 劉はそれを聞いて思わず苦笑した。
「あのサハラが統一される筈がありませんよ」
「そうですね、私も劉大将と同じ考えです」
 マクレーンもそれに同意した。
「何故そう言えるのですか?」
 八条はそんな彼等に対して問うた。
「一千年もの間分裂し互いに争ってきた者達ですよ、今更統一なぞ」
「そうです、そんなことは神にだってできません」
 二人はそれを頭から否定した。だが八条は違っていた。
「あながちそうとは言えませんよ」
 彼は二人に対してこう言った。
「何故ですか」
 二人はそんな彼に尋ねた。
「我々にしろ多くの国家の集合体ではないですか」
「それはそうですが」
 それは否定できなかった。連合は中央政府こそあるものの百以上の国家がその中にある。そしてそのそれぞれが自治権及び連合内での外交権を持っているのだ。今まではそれぞれの国家が軍を持っていた程である。
 かっての国際連合と似たような部分が色濃くあった。その為国家としての統制は弱く国家連合に近い面があった。エウロパと比べてもそこは大きく遅れをとっていたのだ。
 それから次第に権限を中央政府に集めようという考えが実際に行動に移されたのは二〇〇年程前からであった。それまでは中央政府は構成国の貿易や開発の保証、利害調整等経済面、貿易面でも行動のみであったのだ。
 外交はエウロパとは敵対関係にありマウリアとは友好関係にあった。この二国との関係のみでありそれ程重要ではなかった。サハラ各国とは何処か疎遠であった。
「それが変わったのもつい最近です」
 八条は二人に言った。彼等はそれに反論することができなかった。
「我々もそうでした。彼等ももしかすると、ということがあります」
「そうでしょうか」
 しかし二人はまだ懐疑的であった。
「あれ程激しい戦乱が続いていたというのに」
「しかし彼等はその反面連帯意識が強い」
 そのもとがイスラムであった。
「やはり信仰しているものが同じだと団結にも変化がでてきますね」
「それはわかります。やはり信じている神を同じくするとそこに連帯意識が生じますから」
 二人は八条に応えた。
「またそれだけの力がイスラムにはあるということですね」
「はい」
 二人はやや渋々ながらもそれは認めた。
 アメリカも中国もかってイスラムと干戈を交えた経験がある。今連合にはムスリムは少ない。トルコやインドネシアといった一千年前にイスラム教国であった国々は今は違う宗教を信仰している。それは雑多で一概には言えない。連合の宗教は多様であり多くの宗教団体が存在する。キリスト教の流れを汲むものもあれば仏教もヒンズーも入っている。ゾロアスターもあるしそこから無数に派生している。それぞれの国にかってあった土着の宗教もいまだに存在している。シャーマニズムもそこにはある。エウロパのように北欧とケルト、そしてギリシアの神々が混ざり合った信仰とはまた違うのだ。だが一神教は少ない。あるにはあるがそれは厳密には一神教ではない。キリスト教がそうであったように。
 サハラは違った。ムハンマドがガブリエルから授けられたコーランの教えを今も信じているのだ。コーランに誤謬はなく文字はアラビア文字である。当然文化や生活も全てそこからはじまる。
「彼等の全てがイスラムにあります」
 アラブの時代からそれは変わっていなかった。
「戦いもまたそうです。彼等はジハードを戦っているのでしょう」
「でしょうね。だからあれだけ勇敢なのかも」
 マクレーンが言った。彼はサハラに行ったことはないがその戦いについてはよく研究していた。
「そして敵に対しては団結する」
「この場合はエウロパがまさにそうですね」
 八条は劉の言葉に乗った。
「そこにシャイターンの大義名分もあったのでしょう。同じムスリムとしてサハラを脅かすエウロパを許すことはできない、と」
「やはりそれですか」
 劉はそれを聞いて言った。
「大義名分としてはいいものだと思いますよ」
 八条は応えた。
「少なくとも反対意見は出にくい。それに兵士も集め易い」
「でしょうね、何しろジハードなのですから」
 これのもとにムスリムは団結する。シャイターンはそれを利用したのだ。
「そう考えるとシャイターンという男はかなり頭が切れますな」
「でしょうね」
 八条はマクレーンの言葉にも頷いた。
「しかしそれだけではないでしょう」
「といいますと」
 今度は二人が尋ねた。
「それだけであそこまでの人気はありません」
「カリスマですか」
 流石にこの巨大な連合軍で大将を務めるだけはある。彼等はカリスマの重要性も理解していた。
 ちなみに連合の軍制度においては艦長は中佐が努める。十隻規模の部隊は大佐が率いる。百隻だと准将、千隻だと少将。一万隻で一個艦隊となるがこれは中将が率いる。連合軍の基本的な軍の単位は艦隊からなる。そして大将はそれをまとめた十個艦隊を統括する。すなわち大将にはそれだけの権限があるのだ。そしてその上には元帥しかない。だが連合の軍制度では元帥はあまり置かないようにしている。元帥に与えられる権限は大きいがそれだけにシビリアン=コントロールに支障をきたしかねないからだ。連合軍はあくまで文民統制下の軍隊であるのだ。
 しかしそれでも大将に求められるものは大きい。その程度のことはわかっていなければならないことであるのだ。
「そうです、どうも彼にはそのカリスマ性が備わっているようなのです」
「写真を見るかぎりかなり整った顔立ちですしな」
 マクレーンが言った。シャイターンの写真や映像は連合にも出回っている。女性からの評価はかなり高かった。
「確かに。サハラの男性にしてはやや線が細いですが」
 八条も彼の顔立ちについては知っていた。
「それがかえって人気を集めているようですね、我が軍の女性兵の間でも評判ですぞ」
「それはまた」
 劉の言葉に他の二人は苦笑した。
「由々しき問題ですね。連合軍の誇る女戦士達が敵に惚れるなどとは」
「一応達は出しておきました。彼は所帯持ちだと」
 この劉という男は案外洒落のわかる人物のようだ。
「それは何より。しかしそれでもいいという情熱的な娘がいたら考えものですな」
 マクレーンもその洒落に乗った。
「長官のお国では彼はかなりの人気なのではないですか?大和撫子のお気に入りの優男ですぞ」
 日本の女性の好みはこの時代よく知られていた。彼女達は筋肉質の大男や精悍な男性をあまり好まないのだ。それよりも中性的な顔立ちや色白の美少年を好む傾向がある。これはどうも平安時代からのようだ。日本においては在原業平や光源氏といった貴公子や弁天小僧、白井権八といった女装の似合う少年や美少年を好む傾向がある。これは日本の文化においてごく普通のことであった男色とも関係があるのだが女性も嗜好もそれと同じであった。従って他国の男性にとっては日本の女性の趣味は不可思議なものにうつる時がある。伝統的に男権社会で筋肉質の男や大柄な男が好まれるアメリカや中国の男性にとってはそれが少し残念なのだ。何故か、日本の女性は可愛いので有名だからである。ちなみに八条も日本の女性の間でかなり人気がある。そのスラリとした長身と整った貴公子然とした顔立ちが女の子達に人気なのだ。もっともアイドルに比べれば落ちるが。ちなみに日本のアイドルや俳優達も他の国から見ればひょろっとした優男ばかりだ。弱々しい、という意見もある。
「それはどうでしょうか」
 八条は二人のそんなからかい半分のジョークに苦笑して右手を横に振った。
「少なくとも私はそのような話を聞いていませんが」
「そうですか!?」
 二人はそんな彼に対してさらに突っ込んだ。
「もてないとはとても思えませんが」
「いや、これが全然もてないのですよ」
 彼も女性に興味がないわけではない。
「しかし変な噂がたっていましてね」
「どのような噂ですか?」
「いや、私が男色家だと。そのような趣味はないのですが」
 彼は苦笑して言った。
 これも日本の変わった習慣の一つである。どうも美男子は男色家でもあるという設定がつけられることがままあるのだ。確かに八条は外見的にそうした噂を立てられかねないところがあるが。
「それは厄介ですな」
「また変な噂を」
 二人はそれに対しては顔を顰めた。この時代同性愛にはどの国も昔に比べてはかなり寛容になっている。だが個人としての嗜好であり嫌悪感を持つ者も多い。だからといって法律的、社会的に差別なぞはされないがそれでも嫌な者は嫌なのである。二人は嫌悪感を持つ派であった。
「気にしなければいいだけですが」
 彼は困ったような顔をした。
「我が国はそうしたことには昔から寛容なのですがね」
 日本の歴史において同性愛で咎を受けた者は一人もいない。歴史上でも織田信長はじめ多くの男色家がいたが彼等がそれで批判されたことはない。ごく普通のこととして歴史に書き残されている。平安時代の貴族には日記に自身のその恋愛のことが書かれている。無論同性とのだ。彼もそれを読む者もそれが異常なことだとは全く思っていない。それもまた日本の風俗文化の特色であった。先に述べた歌舞伎のそうした少年役もそうした同性愛が根幹にあるのだ。時として風俗を乱すとして幕府に取り締まりの対象となっても男色自体が取り締まりの対象となることはなかった。
 こういう話がある。かって日本にキリスト教を伝えたフランシスコ=ザビエルは中国地方の多くの領地を治めていた大内義長に対してこう言った。
「この国は非常に素晴らしい国です。しかし一つだけ恐るべき悪徳がはびこっています」
「それは何か」
 悪徳と言われ大内は狼狽した。そして慌てて彼に問うた。
「それは男色です。この様な恐るべき悪徳は早急に根絶しなければなりません」
 ザビエルは力説した。しかしそれを聞いた大内の顔は急に紅潮していった。
 彼は激怒した。何故か、彼はこの時とある美少年を寵愛していたからだ。彼にとって男色は恋愛であった。それを悪徳とまで罵られ怒らない筈がなかった。
 江戸時代も同じである。そうした土壌があるからこそそうした話も出るのだ。
「女の子達のおもしろおかしい作り話ですが」
「大和撫子にはそうした想像をする趣味があるのですか」
「それはまた妙な趣味ですな」
 二人はこれは理解できなかった。
「これも昔からあることですが」
 一千年前からある。そうした同性愛の小説や漫画が日本ではそれなりに人気があったりする。なお女性同士のものも人気がある。
「ごく一部ですよ、皆がそうではありません」
「それはわかっています」
 だが往々にしてそれが全体だと思われるものである。人の世の中とはそうしたものだ。
「それにしても日本の漫画やアニメですが」
「はい」
 マクレーンの言葉に顔をあげた。
「どうも線が繊細ですな。私にはそれがいささか物足りません」
「私もそれは感じました」
 劉もマクレーンの言葉に同意した。
「全体的に綺麗さを求め迫力を重視していない漫画家が多いように思えます」
「一千年前から言われていることですね」
 八条もその評価は知っていた。
「はい」
 マクレーンはそこで頷いた。
「あくまで私個人の趣味ですが」
 そう断ったうえで話しはじめた。
「もっと派手に、かつ豪快な絵柄の方がいいですね。効果音も痛快に」
「マクレーン大将、それは貴国の漫画ではないですか」
「ははは、確かにそうですが」
 彼は劉の指摘に思わず笑った。
「では劉大将はどうお考えですか、漫画やアニメに対して」
「私は筆で描いたものがいいですな」
 劉は得意顔で応えた。
「あれこそが本当の漫画であると思います」
「つまり貴国の漫画がいいと」
「否定はしません」
 マクレーンに答えた。
「私は昔からそうした画風の漫画で育ってきました故」
「結局二人共自分の国の漫画が一番だと仰りたいのですね」
 八条がそれを聞き終えて言った。 

 

第四部第四章 楯砕きその四


「はい」
「とどのつまりは」
「やれやれ」
 八条はここで今日何度目かの苦笑をした。
「まあ文化とはそうしたものかも知れませんね。自分のものが一番だと思う。しかし他国の文化も意識する」
「食べ物なんかは特にそうですね」
 ここで劉が言った。流石に中国人だけはある。料理には五月蝿いようだ。
「私は上海料理が好きですが広東料理も食べます。そして刺身やハンバーガーも好きです」
「この前トムヤンクンを美味しそうに食べてましたな」
 ここでマクレーンが言った。
「マクレーン大将もホットドッグと四川料理を同時に食べていたことがありましたな。サラサもお好きなようで」
「そうですな。タコスも好きですぞ」
 マクレーンはあっさりとそれに対し切り返した。
 連合ではこうした食べ物の混雑もよくある。確かに自国の料理を最もよく食べるのだが他の国の料理も互いによく食べる。しかしエスニック料理として区別はされている。人によっては全然食べない。
「私もハンバーガーやラーメンは好きですが」
 八条はここで話に入ろうとした。だが二人はここで彼に対し共同戦線を張った。
「お言葉ですが長官の食べられているものは本物のラーメンではありません」
 劉がそう言うとマクレーンが続いた。
「ハンバーガーもあれでは本当のハンバーガーと言えません」
「そうなのですか!?」
 八条はその言葉にキョトンとした。
「日本人はどうも他の国の料理を自分の国の感じにアレンジしてしてしまいます。それでは本当にその料理を食べたとは言えません」
「私はそうは思いませんが」
 八条は劉に反論した。これも昔から日本人が言われていることである。
「日本の料理は味が薄い。しかも繊細さにこだわるあまりその料理を極端に変えてしまうことがままあります」
「それは貴国の料理の味付けが全体的に濃いせいではないですか?」
 今度はマクレーンに反論した。
「違いますな。日本人はその舌にこだわるあまり味を変えすぎなのです」
「それが悪いとは言いませんがそれで本当のラーメンやハンバーガーを食べているとは言いがたいですね」
 八条はどうも納得がいかなかった。そしてこう言った。
「では日本人は和食のハンバーガーやラーメンを食べている、と。お二人はそう言いたいのですね」
「ええ」
 二人はそれに対し同時に頷いた。
「我々から見たあれはアメリカのハンバーガーではありません」
「同じく中国のラーメンではありません」
「そうなのですか。よく考えたらこれも昔から言われていることですね。そういえば我が国の料理も他の国ではかなりアレンジされている」
「私は寿司が好きですな」
 マクレーンはここで胸を張った。
「アメリカのスシは日本の寿司とは違いますね」
 八条はここで反撃に転じた。
「う・・・・・・」
 マクレーンはそれに対し対抗することができなかった。
「私はうどんを良く食べますが」
「劉大将、うどんとは鰹や昆布からだしをとるものです。豚骨やトリガラでだしをとるものではありません」
「それはそうですが」
 劉もバツが悪そうな顔をした。
「どの国も同じですね。他の国の料理を食べたつもりでも自分の国の料理にしてしまっている」
「どうもそのようで」
 二人は渋々ながらそれを認めた。
「けれどそこから新しい料理が出てきますからね。スシにしろトリガラのうどんにしろその中の一つです」
「はい」
「これが連合らしいといえばらしいですね。互いに影響し合って新しいものができあがる。こうして一千年もの間我々は多くのものを生み出してきました」
「単に雑多でまとまりのないだけとも言われますがな」
 マクレーンがここでややシニカルに言った。
「食べ物にしたら雑多に煮たスープというところでしょう」
 劉は料理にたとえた。
「しかし中々味わいが深く底の知れないスープです」
 八条はそれに合わせた。
「今はそのスープの味をまとめる段階ですね」
「はい」
 二人はここで真摯な顔をした。
「お二人は軍のスープをまとめる調理師になって下さい」
「長官がチーフとなり」
「ええ、それはわかっています」
 八条も真剣な顔でそれに頷いた。
「連合軍は本当の意味で一つになる段階になりました。制度ではなく心で」
 すなわち一人一人が連合軍の将兵である、という意識だ。今はまだそこまで達していない。
「そうでないとエウロパにも遅れをとります。そして・・・・・・」
 何故かここで八条の脳裏にシャイターン、そしてアッディーンのことが浮かんだ。
「そして!?」
 二人はここで突っ込んだ。
「いえ、何も」
 だが八条はそれを打ち消した。首を横に振った。
「今は連合軍の心を一つにまとめましょう。守るべきものを定めて」
「連合の国土ですね」
「はい、連合の国防軍であるべきだと私は考えます」
 八条はここで言った。
「国防軍ですか」
「そうです、元々国内の宇宙海賊やテロリストへの対策に重点が置かれていますしね」
 八条は二人に答えた。
「どう思われますか」
 そしてあらためて尋ねた。
「いいと思いますよ」
「極めて妥当だと思います」
 二人は答えた。
「ただそれだけではないでしょう」
 ここでマクレーンが尋ねてきた。
「どうしてですか」
 八条はそれに対して尋ねた。
「装備を見ますとね。単なる国防軍とは思えません」
「私もそう思います。海賊やテロリストに対処するにはあまりにも重装備ではないですか」
 劉も言った。
「どうしてそう思われますか」
 八条はあえてとぼけてみせた。
「連合の各艦隊の旗艦になるという超巨大戦艦ですよ」
 二人はここは口が揃った。いまだその全貌は明らかになっていないが噂になっているのだ。
「あれですか」
 八条はそれに対ししれっとした態度で答えた。
「あれではありません」
 二人はそれに対して言った。
「何でも今までにない、そう要塞のような艦だと聞いていますが」
「それはまた大袈裟な」
 八条は笑ったが大袈裟ではなかった。だが全貌はまだ八条もスタッフの計画を聞いただけである。それでもその巨大さは途方もないものであった。
「あれだけの戦艦をどうして海賊やテロリストに使うというのです」
「抑止力ですよ」
「マスコミや知識人、ネットではそう言われているようですが」
 そこでも抑止力としてはあまりにも巨大なものではあった。噂でもそこまで広まっていたのだ。
「要塞を一撃を破壊するような主砲を装備しているそうですね」
「艦載機は一万をゆうに越えるとか」
 空母で艦載機は百を越えるか越えないかである。それを考えると桁外れである。
「そこまでの艦は私は聞いたことがありませんが」
「しかし今それが出来上がろうとしている」
「長官、隠し事はよくありませんよ」
 二人は八条に対し半ば詰め寄るようにして言った。
「まあまあ」
 だが八条はそんな二人を宥めるようにして言った。
「確かに連合軍は国防軍ですが」
 彼は反論をはじめた。
「そこには外敵への対処もあります」
「エウロパですか」
「はい」
 彼は二人の問いに対して答えた。
「警戒するにこしたことはありません。それに仮想敵国は国防にあたって不可欠なものです」
「それはそうですね」
 それには納得した。
「しかしエウロパだけを仮想敵国とするのはあまりにも近視眼的です」
「といいますと?」
「どういう意味ですか?」
 今度は二人が八条に問うた。
「マウリアやサハラのことも考えておかなくてはなりませんね」
「マウリアをですか?」
「ええ。これも当然でしょう」
 八条の言葉は二人にとっては思いもよらぬものであった。今まで連合とマウリアは盟友関係にあった。まさかここで仮想敵国として考えるとは。
「マクレーン大将のお国にあったカラープランを参考にしようと考えています」
「カラープランをですか」
「はい」
 八条はマクレーンに対して頷いた。
 

 

第四部第四章 楯砕きその五


 カラープランとはかつてアメリカが他の国との戦いを想定してシュミレーションした戦略計画である。アメリカをブルーとして他の国をブラックやゴールド、パープルと色をあらわす暗号で呼び計画を考えた。なお日本のもありオレンジ=プランと呼ばれていた。
「サハラの場合は各国になりますね。そして」
 彼は言葉を続けた。
「統一されたサハラに対する戦略も計画しておきましょう」
「わかりました」
 二人はそれに対して頷いた。
「長官がそう言われるのなら」
 彼等も文民統制下の軍人である。長官の命には喜んで従う。
「頼みますよ」
 八条は二人を見上げて言った。
「お二人にはそれをお伝えする為にここへ来てもらいました」
「そうだったのですか」
「はい」
 彼は真摯な顔で頷いた。
「マクレーン大将にはエウロパを、劉大将にはマウリアをお願いします」
「了解」
「わかりました」
 二人は敬礼して答えた。
「サハラはどうするのです?」
 そしてそのうえでこう尋ねた。
「サハラには各国ごとにスタッフを割り当てます」
 八条は静かに言った。
「そのスタッフとは?」
「一体誰ですか?」
 二人はそれに対して尋ねた。
「ハサンにはシンドル=チャクラーン大将、オムダーマンにはプラシド=アラガル大将のスタッフにやってもらいます」
 二人共連合軍において切れ者で知られている。
「北方諸国連合にはアルバート=オーエル大将、そしてエウロパの総督府にはキリト=コアトル大将です」
「エウロパの総督府にもあてるのですか」
「ええ。彼等がサハラをさらに侵略した場合に備えまして」
 劉の問いに応えた。
「そしてサハラが統一された場合のケースですが」
「はい」
 二人は固唾を飲んだ。
「私自らがあたります」
「長官がですか!?」
 二人はそれを聞いて思わず声をあげた。
「そうです。何かおかしいところはありますか」
「いえ」
 二人は八条の意を決した目に息を飲まされた。
「サハラが統一された場合二千億の人口を擁する大国が誕生します。それは我が連合にとって最大の脅威となるでしょう」
「エウロパといえど一千億ですからね」
 劉が言った。
「問題はその統一サハラがどのような外交戦略を採るかのよって変わりますが」
 八条はあくまでサハラが統一された場合を考えていた。
「我々と敵対関係になった場合、エウロパ以上の強敵となります」
「それは兵力において、だけではありませんね」
「はい、サハラの指導者によっても変わります。もし指導者が・・・・・・」
 彼は言おうとしたが止めた。
「いえ、それはまだわかりませんね。そもそもサハラが統一されるということもまだわかりませんし」
「あくまで国防計画のシュミレーションですしね」
「しかしそうした計画を考えておくというのはいいことだと思います」
 二人はフォローするように言った。
「しかし統一サハラですか」
 だが劉はここで顎に手を当てて考えた。
「何か」
 八条は問うた。
「いや、おそらく統一されたとしても敵が多く前途は多難だろうな、と」
「確かにそうですな」
 マクレーンもそれに同意した。
「エウロパとは相変わらずでしょうし、それにマウリアもどうなるかわかりません。おまけに我々がもし敵対政策を採ると」
「かなり難しそうですね」
 それは八条にもわかった。
「しかし統一できるだけの人物だとそれを乗り越え怖ろしい国家を築き上げるかも知れません」
「ですね」
 二人にもそれはわかった。
「しかしそれには少なくともあと数年かかります。それまでには我々の軍備も整っています。いえ」
 彼はここで言葉を一旦おtぎった。
「終わらせなければなりません」
「はい」
 二人は頷いた。そして彼等はそれぞれの仕事に戻った。

 ブラークを破壊されたサラーフの首都アルフフーフだがナベツーラ達はまだそのことを知らなかった。
「おい、あれは何処だ」
 ナベツーラは自分の屋敷でプールの中にいた。
 プールといってもそこに水が入っているわけではない。そこにはコインや札束が入れられている。
「あれですね」
 トクンもいた。彼はプールから上がるとテーブルの上にあるものを持って来た。
「こちらに」
「おお」
 ナベツーラは上機嫌でそれを受け取った。
 それは葡萄だった。だが普通の葡萄ではない。
 黄金色をしている。どうやら遺伝子操作で作った特別な葡萄のようだ。
 この時代多くの国で遺伝子操作による作物が植えられている。特に連合では多い。
 遺伝子操作は二十世紀に問題になった。倫理や宗教の面からだ。だがこれまでの作物もそうではないのか、という意見によりある程度は認められた。野菜や果物、穀物には大幅に認められた。なお動物に対するそれは厳しかった。ある程度の大型化や乳、卵を多くする等はあったがそれ以上はなかった。やはり危険だからである。
 ナベツーラが今食べているのはそうして作られた葡萄だ。どうやらかなり味がいいようだ。
「美味いな」
 その証拠に彼はそれを満足そうに食べている。
「左様ですか」
 見ればトクンの他にエジリーム、テリーン、ヨネスーケ、クマラ等もいる。
「クマラさんもどうかね」
 ナベツーラはクマラにも薦めた。
「いや、私は」
 ビーチに寝転ぶ彼はそれを断った。
「それよりもこっちがいい」
 そう言いながら傍らにいる幼い少女の胸を貪る。
 腹が大きい。孕んでいるのがすぐにわかる。
「フフフ、相変わらず精が出ますな」
 ナベツーラは下卑た笑みで彼に言った。
「何、この程度。どうせ慰めものですしな」
 彼等にとって少女なぞその程度だ。
「閣下」
 ヨネスーケがプールの中を泳ぎながらナベツーラに言った。
「我々もその葡萄を相伴に預かりたいのですが」
「いいとも」
 彼はその葡萄のうち一房を彼等に与えた。彼等はそれを争うようにして手にとった。
「では」
 彼等はそれを口に含む。そしてとろけそうな顔になった。
「美味いですなあ。信じられない位です」
「ははは、どうだ、凄いだろう」
 ナベツーラは満足そうに言った。
「これは俺が特別に作らせたんだ。選ばれた人間しか食べられないものだ」
 彼はその葡萄を食べながら語った。
「他にもあるぞ、見ろ」
 彼が手を叩くと淫らな格好をした女達が現われた。その手には銀の盆がある。
 そこには黄金が乗っていた。いや、黄金ではない。黄金色の果物であった。
 見れば葡萄の他に林檎もある。オレンジもだ。どうやら全て遺伝子操作で作らせたもののようだ。
「たんと食え、伝説の食べ物だ」
「おお!」
 見れば古代のギリシアや北欧の神話にも出てくる食べ物である。彼等はビーチにあがると女達を押し倒しながらそれにむしゃぶりついた。
「美味いだろう」
「ええ」
 彼等は女達の上に乗っかりながら答えた。
「これを作るのには結構金がかかったからな」
 遺伝子操作による作物の改良はこの時代でも国家機密レベルである。費用も莫大でとても個人ができるものではない。倫理的にもそれは危険視されている。
 だがナベツーラはあえてそれをやった。これはこの男の倫理観のなさと資産の莫大さを示すものであった。
「他にも色々と作るつもりだ」
「流石はナベツーラ様」
 彼等は女達を味わいながら追従を言う。
「御前達は幸せ者だ、俺の下にいるから思う存分いい目を見られる」
「全くです」
「これからもだ。永遠に楽しませてやるからな」
 高らかに笑った。その時だった。
「!?」
 彼等はハッとして周りを見回した。すると屋敷の外から怒号が聞こえて来る。
「出て来い!」
「殺してやる!」
 何やら殺気だった声である。
「何事だ」
 ナベツーラは使用人の一人を呼びつけて問い質した。
「はい、何でも一般市民の暴動だそうです」
「民草のか」
 彼は市民をこう呼んでいた。無礼千万の呼称であるがマスコミにかかるとこれも豪放磊落ということになる。
「はい、今回の責任をとれ、と騒いでいます」
「馬鹿者共が」
 ナベツーラはその醜い顔をさらに歪めて言った。
「俺の責任だと!?そんなものを問うて何になるというのだ」
 彼には責任感というものがない。
「俺は連中にも分け前を与えただろうが。それで何が不満なんだ」
「ブラークが陥落したのはどういうことだ、と言っております」
「フン、陥ちたのか。では首都防衛軍を敵に向けろ」
 彼は事情がわかっているのか、いないのか的外れなことを言った。
「あの、既にアルフフーフはオムダーマン軍に包囲されていますが」
 使用人もそれは知っている。恐る恐る意見を申し上げた。
「だから何だというんだ、連中が戦っているうちに俺は逃げる。金を持ってな」
「国民を捨てて逃げられるのですか!?」
 使用人は弱々しい声で尋ねた。
「当たり前だ。俺は自分の身が助かればそれでいい」
 心の中で思っていてもそうそう口には出せないことを平然と言ってのけた。それだけでも信じられないことであった。
「あの、それはあまりにも」
 その使用人が呆れながら言った。
「俺が間違ってるというのか、ああ!?」
 ナベツーラはそんな彼に対し凄んでみせた。
「俺に逆らうとどうなるかわかってるのだろうな」
「ですが」
「ですがも糞もねえ!わかったらとっとと金とか用意して逃げる準備をしろ!さもないと連れて行ってやらねえぞ!」
「あの、御主人様」
「何だ!?」
 彼は荒々しい声で問うた。
「お言葉ですが私は」
「そうか、ならいい。ここで屋敷の外で騒いでいる連中の相手をしていろ」
 ナベツーラはプイ、と後ろを向いて言った。その後ろで何が起こっているか一切知ろうともしないで。
 不意に銃声がした。それはナベツーラの脳天を撃ち抜いていた。
「な・・・・・・」
 トクンやヨネスーケ達はそれを見て絶句した。その使用人が発砲したのだ。
「今まで我慢してきたがもう限界だ」
 彼は怒りに震える声で言った。
「貴様等も死ね」
 そしてまだ全裸で女達の上にいる彼等を次々に撃ち殺していった。
 皆死んだ。女達は血塗れになった彼等の屍の下で恐怖におののいている。
「君達には申し訳ないことをした」
 使用人は彼女達に謝罪の言葉を述べた。
「だがこうしなくてはならなかった。この連中を消す為にはな」
 彼はそう言うと人を呼んだ。
「ゴミを始末してくれ」
「え・・・・・・」
 呼ばれた男は血の海の中に息絶えた主を見て絶句した。だが使用人は彼に対してまた言った。
「ゴミを始末してくれ」
「わかりました」
 男もこれでようやく納得した。彼等もまたナベツーラに時として虐待されていたのだ。彼は使用人に対しても暴君であったのだ。
「ゴミはどうしますか」
 男は問うた。
「そうだな」
 使用人は問われ暫し考え込んだ。
「道にでも捨てて置け。丁度いい」
「わかりました」
 そしてナベツーラ達の死体は怒り狂った群集の前に放り出された。彼等に処断が任されたのだ。
 群集は彼等の死体を切り刻んだ。バラバラになり細切れになった死体が辺りに散乱し、それはビデオに撮られた。そして彼等はそれを持ってマスコミに殴り込んだ。
「あいつ等が全部悪いんだ!」
 ようやく彼等は全てを理解した。そして国を滅ぼした連中に鉄槌を加えに行ったのだ。
 マスコミは逃げることができなかった。彼等はもうほぼ全ての市民を敵に回していたのであった。
 新聞社もテレビ局の虐殺の場と化した。首や胴が窓から放り捨てられ今まで特権を欲しいままにしていた者達が八つ裂きにされていく。それ程までに彼等の怒りは凄まじかったのだ。
 全てが終わり、彼等が落ち着いた時にオムダーマン軍がアルフフーフに降下してきた。国王はそれを聞くと全軍に武装解除を伝え降伏を伝えた。アッディーンはそれを快く受け入れた。こうしてサラーフはオムダーマンの前に滅亡したのであった。処罰されるべきナベツーラ達がもういないこともあり、戦後処理は穏やかであった。国王は財産の保護を約束され彼等は大人しく国外に立ち去った。そしてそのまま連合へ亡命したのであった。
 この戦いの勝利でオムダーマンは遂に西方を統一した。そしてサハラにおいても東のハサンに比肩し得る大国となったのであった。 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その一


                   英雄と梟雄
 サラーフが滅亡したこの時、エウロパでは大規模な祭典が行われていた。
 復活祭である。キリスト教の時代からある祭りであり、かつてはイエス=キリストが十字架にかけられ、そこから復活したことを祝う祭りだと言われてきた。
 だがこれはキリスト教以前からあった祭りである。太陽の復活を祝う祭りなのである。
 こうしたことはエウロパでは昔からよくあった。クリスマスにしろそうである。
 クリスマスでは巨大なモミの木を飾る。ここに一つの矛盾があるのだ。
 キリスト教はシオンの地で生まれた。裁くと岩山に覆われた荒涼とした大地で、である。
 ここには緑豊かな木は少ない。しかもモミの木なぞあろう筈がない。だが何故クリスマスでモミの木を飾るのだろうか。
 これは北欧の信仰からきている。そうした説があるのだ。
 世界を支える大樹ユグドラシル。あのモミの木こそそうなのだと言われているのだ。
 そしてツリーに飾られている多くのもの。これは世界にある様々なものを現わしていると言われている。このようにかってのキリスト教の世界にも北欧やその他の神々への信仰の名残が生き残っていたのだ。
「それに完全に気付くまでは長くかかったな」
 オペラを観終わったラフネールは同席していた閣僚の一人である財務長官ウォルター=ローズマンに言った。
「そうですね。私は神話のことにはあまり詳しくはないですが」
 彼はその青灰色の目をしばたたせて答えた。彼は財務官僚出身で何かと倹約に五月蝿いことで知られている。特に軍部とはギクシャクしていることで有名だ。
「君は少し財政のことだけを考え過ぎだ」
 ラフネールはそんな彼をたしなめた。
「私の仕事ですので」
 だが彼はそれを悪いとは思っていない。むしろ誇りだと感じている。プロ意識の強い男なのだ。
「やれやれ、相変わらず堅苦しい」
 ラフネールはそんな彼に苦笑した。
「まあいい。だがそうしたことを知っていて損はないと思うぞ」
「子供の頃から聞かされた分は知っていますが」
「それだけの知識があれば充分だ」
「ですが閣下はそれ以上をお求めになられる」
「私が!?」
 彼はそれを聞き驚いたような顔になった。
「はい。いつも神話の解釈やオペラの演出についてお話っされますがこれは専門知識のない者にはいささか苦しいです」
「そうだったのか。どうもそういうことには気付かなかったな」
「どうも閣下は趣味にのめり込まれるようですな」
「否定はしない」
 彼は言った。
「私は趣味の多い人間だしな」
「私も趣味にはのめり込むほうですが」
「君の趣味は何だ」
「サッカーの観戦と」
 彼は実は熱心なサッカーファンとしても知られている。
「仕事です」
「そうか、だからいつもあれ程熱中しているのか」
「はい、数字を数えるのも中々楽しいものですよ」
 ローズマンは笑顔でそう言った。
「私はあまり好きではないが」
 彼は財政的なことはあまり得意とはしない。だからこそ所属する政党の中で最も財政に明るいと言われるこのローズマンを財務長官にしたのだ。
「だが君の手腕は高く評価しているつもりだ」
「有り難うございます」
 彼は頭を垂れた。
「で、戻ったらまた仕事かね」
「いえ、今日はサッカーの試合がありますので」
「復活祭での親善試合だな」
「はい。イングランド対スコットランドです。これは目が離せません」
 彼はイングランド出身である。
「そうか。私はラグビーを観るとしゆ。フランスの試合があるからな」
「それもいいですな」
「うむ。では今日はこれでお別れだな」
「はい。よい試合を」
 二人は挨拶をして別れた。そのサッカーとラグビーの試合はどれも手に汗握る名勝負であった。
 サッカーはモンサルヴァートも観戦していた。彼は競技場へ行って観戦した。
「いい試合でしたね」
「はい」
 彼は婚約者と共に観戦していた。見れば小柄で金髪碧眼の可愛らしい女性である。小柄だが年相応の顔をしている。見ればモンサルヴァートと同じ位の年齢のようだ。
「これから貴女の家にお邪魔してよろしいですか?」
「喜んで」
 彼女は微笑んで答えた。
「ではフロイライン」
 彼はここで古いドイツ語の呼称を使った。この時代もドイツ系の貴族達の間ではこの呼称が使われている。『お嬢様』という意味だ。
「こちらの車へ。私が送らせて頂きます」
 彼は自分の車へ彼女を案内した。
「では」
 彼女はそれに乗った。続いてモンサルヴァートも乗った。
「ヴァンフリート家へ」
 モンサルヴァートは運転手に言った。
「わかりました」
 その運転手は頷くと車を発進させた。手馴れたものである。彼は代々モンサルヴァート家に使えているお抱えの運転手である。
 三十分程進むと庶民の住宅街を抜け高級住宅街に来た。そこも抜けると城の様に巨大な屋敷がポツポツと立っていた。その中の一つの白い屋敷の前に来た。まずは左右にユニコーンを飾っている正門を潜り抜けた。
 そして庭を左右に分ける道を進む。庭は綺麗に整えられ左右対称となっている。
 広い庭だ。色とりどりの花が夜の中にも栄えている。
 屋敷の前に来た。運転手はそこに停めた。
「ご苦労、帰っていいよ」
 モンサルヴァートは車を降りると運転手に優しい声で語りかけた。軍服を着ている時とは全く違う声だった。
「お迎えは明日の朝でよろしいでしょうか」
「うん。まずは朝食を採ってからね」
「わかりました」
 運転手は頷くと車に戻った。そしてそのまま去って行った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
 門の前に数人のメイドが来ていた。
「ただいま」
 彼女はそれに笑顔で答えた。
「ようこそ、モンサルヴァート閣下」
「うん」
 モンサルヴァートも微笑んで彼女達に応えた。どうやら顔見知りらしい。その物腰には慣れたものがあった。
 二人はメイド達に案内され屋敷の中に入った。中は何処か十九世紀のドイツの建築を思わせる。
 そして奥の部屋に入った。そこは食堂だった。
「お帰り、エルザ」
 その中央にいる口髭を生やした上品な風貌の初老の男性が彼女の姿を認めて声をかけた。
「只今、御父様」
 エルザは頭を垂れて挨拶をした。
「お邪魔しております」
 モンサルヴァートも頭を垂れた。背広なので敬礼はしない。
「ようこそ、婿殿」
 その男性は微笑んでモンサルヴァートに言った。
「婿殿とはご冗談を」
 モンサルヴァートはそれに苦笑した。
「冗談ではありませんよ、閣下」
 その男性の隣にいた気品のある老婦人が笑って彼に言った。見れば男性と同じ位の年齢だ。
「婚約してもう二十年も経っているではありませんか」
「それはそうですが」
 モンサルヴァートはその言葉に少し顔を赤くさせた。エウロパにおいては婚約についての年齢制限はない。結婚は男女共に二十歳からと定められている。従って貴族達の間ではまだ幼いうちから親達が婚約を結ぶということがよくある。所謂政略結婚である。
 実はモンサルヴァートとエルザもそうである。エルザの家も由緒ある家柄である。彼の父は伯爵の称号を持ち彼女の兄が後継者となっている。彼女の家ヴァンフリート家は芸術家の家系であり幾つかのオペラハウス等を経営している。彼女の父であり今目の前にいるヴィーラント=フォン=ヴァンフリートはオペラハウスを経営しながら作曲も手がけている。育ちのよい温厚な人物として知られている。今はバイオリン奏者でもあり演出家でもあるエルザの兄ヴォルフガングに会社の経営を任せ悠々自適の生活を送っているのだ。 
 何故軍人の家と音楽家の家が結ぶかというとモンサルヴァート家も音楽に造詣が深いからだ。モンサルヴァートの妹はピアノ奏者でありヴァンフリート家の企業からCDを出し、コンサートを開いているのだ。実はモンサルヴァートの母はソプラノ歌手であり軍人である彼の父が見初めたことから結婚となったのである。彼はたまたま婚約者が事故で死んでおり結婚することができたのだ。そうでなければとても結婚なぞできない関係だった。
「母上も貴族出身だったが」
 モンサルヴァートはその話を思い出しながら心の中で呟いた。彼の母はさる男爵家の末娘であった。だからその家との結び付きの意味でも結婚することができたのだ。
「こうした家のしがらみの中で生きるのも貴族の務めか」
 彼はそう思っていた。貴族には貴族の責務があるのだと思っていた。 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その二


 だが彼はエルザを嫌いではなかった。むしろ幼い頃からの馴染みでありかっては同じクラスで学んだこともある。だから悪感情はない。
 そしてこの家の人々にも。彼等はおっとりした人柄の人物ばかりで芸術家によくある風変わりなところもない。いたって温厚で穏やかな人達ばかりなのである。
「これがこの家の家風なのかも知れないな」
 モンサルヴァートはいつも思うのである。そして彼はこの家の感じが気に入っていた。
「閣下、ではお座り下さい」
「はい」
 主人に促され彼は席に着いた。エルザがその隣に席に座る。
 食事はシャリアピンステーキをメインにしたメニューだった。シャリアピンステーキとはロシアの伝説的なバス歌手シャリアピンの名を冠したステーキである。細かく刻んだオニオンの中に入れて柔らかくしたものである。
 デザートはピーチ=メルバだった。これはソプラノ歌手メルバとワーグナーの楽劇ローエングリンをイメージしたものである。
「如何ですかな、今夜のメニューは」
 食事を終えると主人はワインを手にモンサルヴァートに尋ねてきた。
「面白い趣向ですね」
 彼は紅いワインを入れたグラスを前に応えた。
「音楽家らしいというか」
「ハハハ、復活祭ですから」
 主人は笑って答えた。
「あえてああした料理にしたのです」
 二十世紀から復活祭には音楽の祭典も行われるようになっている。音楽史にその名を残す天才モーツァルト生誕の地ザルツブルグが有名であった。
 今でもエウロパでは復活祭にオペラやコンサートが開かれる。そして神々を祝うのである。
「音楽家達に敬意をあらわして、ですね」
「はい」
 彼は微笑んで言った。
「かなり古いメニューを出してしまいましたが」
「いえ、美味しかったですよ。シャリアピンステーキは少し砕けた感じでしたが」
「ええ、あれはかなり砕けた料理でしてね。本来はどのようなソースをかけてもよい程なのです」
「それはまた凄いですね」
「こうした場には不向きかな、と思ったのですがソースをあえて凝って作らせてみました。どうやらそれは成功だったようですね」
「ええ、そう思います」
 ヴァンフリートのこの当主は美食家として有名である。
「ただオニオンがやはり強いかな」
 味覚はかなり鋭い。
「しかしシェフは頑張ってくれてますね。ここまでのステーキはそうそうありません」
 彼は自分の家のシェフを褒めた。
「それではあとはゆっくりとくつろぐとしましょう。音楽は何がよろしいですか」
「そうですね」
 モンサルヴァートは問われて考えた。
「ピアノをお願いします」
 妹の関係から彼もピアノをよく聞くのだ。
「わかりました」
 彼は頷くとベルを鳴らした。すると一人の若い男性が姿を現わした。
「我がアカデミーの期待の星です」
 彼はアカデミーも持っているのだ。
「はじめまして。エフゲニー=コズイレフ=ブーニンです」
 その白髪で長身の若者は頭を垂れた。
「ではブーニン君、あの曲を」
「わかりました」
 ブーニンは主人に促され席に着いた。そして手に持っていた楽譜をピアノに置きめくった。
 曲を弾きはじめる。それはゆったりした優雅な曲であった。
「これは」
 モンサルヴァートも知っている曲であった。
「マリーの金婚式ですね」
「はい」
 主人はその言葉に答えた。ある老貴族の夫婦の金婚式を祝って作られた曲である。
 モンサルヴァートは静かな様子でその曲を聞いていた。彼はこうした曲が好きであった。
「お気に入りの曲のようですね」
「はい」
 それを否定しなかった。
「それはよかった。実はこの曲は彼の得意とする曲なのですよ」
「そうなのですか」
「はい。他にもありますよ」
「今日聴くことができますか」
「ええ。よろしければ」
 金婚式が終わるとブーニンは楽譜をめくった。そして次の曲を弾きはじめた。
 今度はベートーベンの曲であった。田園である。
 それからも続いた。彼の曲は中々に多彩でかつ繊細であった。
 全ての曲の演奏が終わると彼は席を立った。そして拍手に応え頭を垂れた。
「お見事です」
 モンサルヴァートも拍手をしていた。彼もこうした場には慣れている。
「特に最後がいい。やはり締めが肝心です」
「有り難うございます」
 ブーニンは恭しく頭を垂れた。
「音楽は常に気を張り詰めていなければなりません」
 ブーニンは言った。
「最後で気を抜いては何にもなりません」
「その通りです」
 モンサルヴァートもそれには同意した。
「何事においてもそれは言えます」
「戦いにおいてもそうですね」
 ブーニンは彼に対して言った。
「え、ええ」
 意外な言葉に少し戸惑った。
「最後で油断して敗れた事例は何度もありますから」
「そうですね」
 モンサルヴァートは少し驚いていた。まさかこのようなことを言うとは。
「音楽もそれは同じなのです。音楽もまた戦いなのですから」
「ほほう」
 彼はそれを聞き眉を少し上げた。
「面白いお考えですね」
「そう思われますか」
 ブーニンもここで微笑んだ。
「はい。かってそうした考えの人物が多くおりました。音楽もまた戦いである。それに同意します」
「そうです。最近そうした考えの者が少なくなりまして」
 ブーニンにはそれが不満なようである。どうやら外見や得意とする音楽に似合わずかなり激しい音楽的思考の持ち主であるようだ。
「いささか残念に思っているのです。しかし」
 彼はここで言葉を明るくさせた。
「閣下が私と同じお考えの持ち主だったとは。嬉しいかぎりです」
「そうでしたか」
 モンサルヴァートは内心戸惑っていた。彼は実際にはそこまで強い考えを音楽には持っていない。音楽家でもないしそこまで持たなくていいと思っていた。
 だがそれは軍人だから言えることであり音楽家となると話は別だ。彼にもそれはわかっていた。
「どうやらかなり激しいお考えを持たれているようですね」
「否定はしません」
 彼は言った。
「そうでなくてはピアノは弾けません。そして音楽を愛することは出来ません」
「そうですか」
「どうです、かなり激しい気性の持ち主でしょう」
 ここで主が笑いながら言った。
「それが彼のいいところです。普段は至って物静かな若者なのですが」
「音楽になると別というわけですか」
「はい」
 モンサルヴァートに答えた。
「それがいい方向に向かっていますので私はそれを否定しません。時として他の者とも激論を展開します」
「それは」
 やはりその外見からは思いもよらないものであった。
「意外ですか」
 ブーニンは優しい目をして言った。
「そうですね。私が見る限りとてもそうは」
「音楽は私にとっての全てですから」
 彼は言った。
「全てを捧げるもの、それには一切の妥協もありません」
 強い炎が彼の灰色の瞳に宿った。
「そしてそれは閣下も同じだと思います」
「はい」
 モンサルヴァートはそれに頷いた。
「私はまた違う道ですが」
「はい」
 彼は軍人である。軍人は音楽家とは違うものに命を捧げるものだ。
「ですが私と閣下はあるものに命を捧げるということで同じだと思います」
「そういう考え方もできますね」
 それを否定する程彼は狭量ではなかった。
「私もそれに同意します」
「それは有り難い」
 ブーニンはその言葉に顔を綻ばせた。
「では同志に会うことができた喜びに」
 彼はここで右腕を差し出した。
 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その三


「はい」
 モンサルヴァートもそれにならった。二人は固く手を握り合った。
「如何ですか、あの若者は」
 宴も終わり主は屋敷のテラスでモンサルヴァートに話しかけた。夜の空に満月の黄金色の光が輝いている。
「そうですね」
 モンサルヴァートはエルザと同じテーブルに座っていた。主も一緒だ。
「面白い人物だと思います。それに」
「それに!?」
「私に近いものを感じました」
「閣下にですか」
「はい」
「ふむ」
 主はそれを聞き考える顔をした。
「昔から戦いはよく音楽にもなっています」
「はい」
 それは事実である。十九世紀のイタリアの作曲家ヴェルディは特にそうであるが昔から戦いは音楽に多大な影響を与えてきた。行進曲なぞは特にそうである。
「そう考えると音楽と戦いは似ているところがあるのかも知れません」
「そうなのですか」
「そして当然音楽家と軍人も」
 変わったことを言う、と思った。今までそういうふうに考えたことは一度もなかった。
「変なことを言う、と思われているでしょう」
「えっ」
 やはり鋭い。モンサルヴァートはその心の中を見透かされていた。
「これはあくまで私の私見ですがね」
 主はそう言って悪戯っぽく微笑んだ。
「音楽は芸術です、命を賭けるもの」
「そう言われていますね」
「そして戦いも命を賭けるものです。その意味で両者は同じと言えます」
「成程」
「それだけ言えばおわかりだと思います」
「はい」
 主はそう言うと杯を手にした。
「堅苦しい話はこれ位にしましょう。ではこの美酒を」
「はい」
 モンサルヴァートとエルザも杯を手にした。
「ディオニュソス産のロゼです。それも年代物の」
 ディオニュソスはギリシア神話の酒の神である。中世的な美少年に描かれることが多い。今はエウロパにおいてギリシアの時と同じように酒の神として信仰されている。その神の名を冠した星系はやはり酒造りが盛んであった。
「それは素晴らしい」
 モンサルヴァートも葡萄酒は好きだ。それも年代物とくれば尚更である。
「ではどうぞ」
 彼は乾杯の音頭をとった。そして三人は美酒を味わった。

 翌日朝食を馳走になるとモンサルヴァートはヴァンフリート家をあとにした。丁度運転手が迎えに来た。
「お待たせしました」
 運転手は車から出ると恭しく挨拶をした。
「いや、待ってはいないよ」
 モンサルヴァートはそんな彼に対し優しい声で言った。
「丁度いい時間だ」
「そうでしたか」
 モンサルヴァートは運転手が開けるドアに入った。そして車に乗車した。
「では行きましょう」
「うん」
 こうして彼は自宅に戻った。
 彼の自宅もかなり大きい。やはり城のようである。
 彼は自室に入った。そこは静かな作りの書斎であった。
「さてと」
 彼は一冊の本を取り出した。
「たまには音楽の本でも読むか」
 そう言うと読書に耽った。そして数時間が過ぎると昼食になった。
 昼食は質素なものであった。鳥をサッと焼いたものとボイルドベジタブルにパン、そしてデザートのフルーツである。酒は白ワインであった。
 食事を終えると今度はスポーツをはじめた。乗馬に使用人達を相手にテニスを楽しむ。
「もう一セット頼む」
 彼はテニスが好きであった。使用人達が汗だくになり立てなくなるまで続けた。
 そしてシャワーを浴びると今度は夕食だ。ディナーは今度は魚が主体だ。
「父上と母上は」
 モンサルヴァートは側に控える執事に問うた。
「今は旅行中でございます」
 彼はいささか機械的な動作で答えた。
「そうか。今度は何処へ行かれたんだい」
「フレイアまでです」
「フレイアか。前にも行っていたね」
「はい。これで四度目でございます」
「そうか。余程気に入られたのだろうな」
 フライア星系はエウロパの保養地の一つである。観光で栄えている。
「暫くぶりに帰ってきたら誰もいないとはな」
 彼は普段は官舎に住んでいる。妹は独立して高級アパートにいる。
「残念ですが」
「いや、残念とは思っていないよ」
 執事の言葉に微笑んで応えた。
「仕方ないさ。今は復活祭なのだし」
 エウロパでは復活祭になると各地で祭典が開かれる。当然フライアでも大規模な祭典がある。
「それよりも明日からまた仕事だ。今日は早く寝ないとな」
「既にお部屋の用意はできております」
「相変わらず手際がいいね」
 彼も自宅ではやはりくだけた調子である。
「それが私の仕事でございますから」
 やはり執事は機械的な声で答えた。
「では食事を終えたらすぐに休むとしよう。爺達もゆっくり休むようにね」
「畏まりました」
 彼は家の使用人には優しくいい若様であった。彼は目下の者や使用人を虐める趣味はない。それは貴族達においては最も嫌われることなのである。
 彼もそれはよくわきまえていた。幼い頃より貴族としての在り方を厳しく教えられてきたのだ。
「高貴なる者の義務と礼儀を忘れるな」
 それは物心ついた時から言われる。もし貴族が平民に何かした場合その処罰は平民同士、貴族同士に対するものより重いのだ。
 だから皆それを守る。不心得者もやはりいる。そうした者を取り締まるにはそうしたことも必要であった。これは軍において将校への処罰が下士官や兵士に対するのより重いのと同じだ。なおエウロパでは貴族は皆将校となる。
 モンサルヴァートは程なく天幕のベッドに入った。そしてすぐに眠りに落ちた。
 朝になると彼は乗馬で汗を流した後シャワーを浴び身支度を整え朝食を採ったあとで仕事に向かった。こうしてまた激務と戦うのであった。

 連合では復活祭はない。キリスト教を信仰していた国でも今ではそれは廃れている。そのかわりにクリスマスや新年の催しが有名である。
 連合で有名な祭典はバレンタインである。これは二月一四日に行われる祭りである。
 最初はこれもキリスト教関連であった。聖バレンタインが殉教した日である。
 だがこれが日本で変わった。何故か女の子が好きな男の子にチョコレートをプレゼントする日になったのだ。これは菓子メーカーの宣伝のせいだという。だがそれでもよく考えたものである。
 それがやがて大規模な祭りになった。連合ではこの日は女の子が男の子にチョコレートを贈る。男の子はその見返りとして女の子をデートに誘うのだ。かってはホワイトデーもあったが統一された。ただし、女の子は昔よりもいい目を見る。何故ならその日一日チョコレートの見返りに好きな男の子にちやほやしてもらえるからだ。
「私にはそうした経験はないが」
 八条はいつも通り執務室で仕事をしながら言った。
「またご冗談を」
 そしていつものように周りにいる者がやっかみを多少入れて声をかける。
「いや、本当に」
 八条はいつものようにそれに対して反論する。
「実は貰うチョコレートは多かったのですが」
「それは何より」
「しかし本命ではないそうなのです」
「どういうことですか!?」
「もっといい人がいるんじゃないか、一人でいるなんて嘘でしょう、と」
 八条程の美男子が彼女も一人もいないというのが誰も信じられなかったのだ。
「それはそれは」
 周りにいる者達は面白そうに声を出した。
「またご冗談を。私でも毎年貰っておりましたのに」
 日に焼けた顔の屈託のない顔立ちの男が笑って言った。
「チャクラーン大将は幼馴染みの方がおられましたね」
 八条は言った。彼こそランドル=チャクラーン大将その人であった。
「ええ。今は私の妻ですが」
 彼は愛妻家として有名である。
「しかし毎年チョコレートを貰っていたことは事実ですぞ」
 そう言って胸を張った。
「けれどチャクラーン大将はお一人にしか貰っておりませんな」
 隣にいる男が言った。
「一人だけで充分ではないですか」
 チャクラーンは彼に反論した。
「私は妻の他にも多くの美女から貰っておりますよ」
 彼は自慢して言った。
「アラガル大将、それは貴方の娘さん達でしょう」
 チャクラーンは突っ込みを入れた。
「私の自慢の娘達です」
 プラシド=アラガルは子沢山で知られている。妻との間に八人の子供がいるが、その八人全員が女の子である。
「私はバレンタインデーになると九人の美女からチョコレートを貰えるのです」
 彼は回りに思う存分自慢した。
「ただ」
「ただ!?」
 ふと落ち込んだ顔をしたアラガルを見て周りの者は問うた。
「九人から一向に増えないのです。残念なことに」
「それはまあ」
 実は彼の娘達は既に何人か結婚している。そして孫も何人かいるが、皆男の子なのである。
「私になついてくれるのはいいですがチョコレートはくれない。これだけは寂しいですな」
「九つも貰えたら充分でしょう」
 チャクラーンが言った。
「そうですな、それ以上食べたら糖尿病の危険があります」 
 周りの者は面白そうに言った。
「私は常に健康に気をつけておりますので」
 アラガルは不満そうな顔をした。
「糖尿病にも気をつけて糖分控えめのチョコレートにしてもらっています」
「ブラックですか?」
「ええ。それが一番チョコレートの本来の味でしょうし」
「確かに。ただ、それは本当のチョコレートの味を知っているとは言えません」
 今度はアラガルと似た肌の色の眼鏡をかけた男が言葉を出した。
「私の薦めるのはやはり砂糖も入っていない本来の味のチョコレートです」
「それはちょっと・・・・・・」
 周りの者はそれにはいささか閉口した。
「コアトル大将、昔はそうだったらしいですが」
「ええ、私の国では今それが復活しているのです」
 キリト=コアトルの出身地ペルーではかってチョコレートは飲み物であった。そして砂糖を入れずに飲んでいた。かつてアンデスに栄えたインカ帝国での風習である。
「美味しいのですか?」
 他の者にとってはそれが気懸りであった。
「ええ。なかなか」
 コアトルは答えた。
「最初は苦くて仕方ないですが慣れるとこれがまた」
「そうなのですか」
「あお苦味が忘れられなくなりますよ。皆さんもどうですか」
「いえ、我々は」
 他の者は首を横に振った。
「長官はどうですか?」
 それを見ていささか困ったコアトルは八条に話を振った。
「私もちょっと」
 八条もやんわりと断った。彼は甘いものは好きだが苦いものは好きではないのだ。
「日本人は色々と食べるものへの開拓が盛んだと聞いていますが」
「それはそうですが」
 八条は内心よく知っているな、と思った。
「しかしチョコレートはやはり甘い方がいいです。それに慣れ親しんできましたし」
「確かに。甘いものは一度味あうと忘れられませんからな」
 銀髪に黒い肌の男が言った。
「私はチョコレートも好きですがもう一つ好きなものがありますぞ」
「ミツアリですか?」
 チャクラーンが問うた。
「はい」
 銀髪の男は答えた。
「あれはかなりの美味です」
「確かにあれはなかなかいけます」
 周りの者はそう言って頷いた。実は連合では虫もよく食べる。アメリカでは菓子に入れたりするし、中国ではゲンゴロウを食べる。チャクラーンのタイでは蠍の唐揚げまである。八条の国日本でもイナゴを食べる。実は案外ポピュラーな料理の一つであったりする。
 従ってミツアリも不自然な食べ物ではないのだ。むしろかなり有名な料理である。
 オーストラリアの先住民族であったアボリジニーの食べ物であった。ちなみにこの銀髪の男アルバート=オーエル大将はアボリジニーの血を濃く受け継いでいる。 

 

第四部第五章 英雄と梟雄その四


「そうでしょう、けれど私もチョコレートは好きですぞ」
「やはり」
「可愛い女の子にもらえるものなら何でも、ですが」
 オーエルは笑顔で言った。
「私は妻と妹達から貰っています」
「それはいい」
 姉妹からももらえるのだ。こういう時は姉妹は有り難い。
「私はそうしたことが本当にありませんね」
「失礼ですが長官」
 ここで四人が同時に尋ねた。
「本当にチョコレートを貰えないもですか?」
「ええ、義理チョコ以外は」
「その義理チョコが何百もあるとか」
「それはそうですが」
「ならばよいではありませんか」
「そうそう、世の中その義理チョコでさえ一つも貰えない男もいますし」
 これは悲しい事実である。中には貰えなくても平気だという本当の意味での変人もいるが。
「それを思えばずっといいのではないですか?」
「それはそうですけれどね」
 八条は何処か不満そうである。やはり彼も本命のチョコレートが欲しいのだろうか。
「けれど、たまには。そう、アイドルやスポーツ選手のような立場でチョコレートを貰えるのも非常に有り難いことですが」
 彼はいささか物憂げな顔をして言った。
「本命だというチョコレートが欲しいのも事実です」
「それはそうですが」
 贅沢な悩みといえばそうなる。
「まあ何時かいい人が出て来ますよ」
 四人はそう言って慰めるしかなかった。
「そうそう、長官でしたらきっと見つかりますよ」
「そうだといいのですけれど」
 彼はいささか不安であった。
「バレンタインだけではないですからね、他のことでもどうもそういう話はないのです」
「それは縁ですよ」
 ここでチャクラーンが言った。
「いい人が見つかればもらえるようになります。これは運命ですよ」
「若し見つからなかったら」
「その時はその時ですね。残念ですが」
「そうですか」
 八条は暗い顔になった。
「そんなに落ち込まれることはありませんよ」
 オーエルが言った。
「私は顔相を見ることができるのですが」
「ほう」
 これには他の者も思わず声をあげた。
「長官の相は非常にいいです。特に女性に関しては」
「そうですか!?」
 八条はその言葉に声を明るくさせた。
「はい。近いうちに素晴らしい女性と巡り合うことでしょう。いや」
 ここで言葉を一旦とぎった。
「既に巡り合っているかも知れません。長官が気付いておられないだけで」
「そうだといいのですけれどね」
 その声は明るいものだった。まるで高校生のものである。
「待っていればすぐに吉兆が長官のことろに舞い込んで来ますよ。楽しみにしておいて下さい」
「はい」
 これ