FOOLのアルカニスト


 

本作の世界観・設定及び裏話

 
前書き
本作における世界観や設定、裏話などです。読みたくない人は読まなくてもOKです。なるべく原作に準拠するようにはしていますが、本作独自の設定や、作者自身の見解も多々含まれていますので、ご注意下さい。
異論や修正すべき点があれば遠慮なくお願いします。  

 
1.世界観について
 基本的には、「ペルソナ3」「ペルソナ4」の2つの事件が起こることが確定した世界です。この世界においてはニャルラトホテプも、フィレモンも原則的に傍観者に徹しており、自ら手を下したりすることはありません。せいぜい間接的な介入や援助くらいで、主体的には動かないものだと思ってください。で、その世界において、サマナーをはじめとした異能者連中が存在したらどうなるかというのが、本作のコンセプトです。
 ファントム等が存在するならば、卜部の監視で分かるように、桐条の行動は当然の如く監視されてますし、葛葉も黙ってはいないでしょう。実験の失敗で桐条が潰されなかったのは、桐条当主の暴走という面が多々あったことや、桐条が表世界において確固たる地盤を築いていたこともありますし、被害の補償や現実での隠蔽に都合が良かったからとでも思ってください。
 また、本作においては、同レベルであっても『悪魔>シャドウ』という厳然たる強さの差があるものとしています。人間の精神から生じたに過ぎないシャドウが概念が具現化した悪魔に勝てるとは到底思えないからです。作中で卜部があまり脅威に感じていなかったのも、シャドウが悪魔よりも明らかに弱いからです。本作において、葛葉をはじめとした組織が、桐条の暴走を見過ごしたのも、桐条の情報隠蔽が巧妙だったことも否定しませんが、それ以上に低級のシャドウをどれだけ集めたところでたかが知れていると、過小評価していたからです。まあ、高位悪魔を召喚したとかならともかく、異能者でもない人間が集められるレベルのシャドウですから、彼等の見解もあながち間違いとは言えませんが。

 ちなみに『真・女神転生』や『真・女神転生3』などは起こりうる可能性はありましたが、本作においては女神転生の原因の一端である『後藤』と女神転生3の黒幕『氷川』がガイア教団内部の権力闘争で相討ちになったので、起きなかったものとしています。ICBMをぶっぱなすトールマンは穏健派に駆逐されました。大体、あの人北欧神話所属のアース神族なのに、ヘブライ縁の4文字に手を貸す理由が不明です。唯一神を崇めるかの宗教において、異教の神とか天敵だと思いますので、元々嫌われてそうですし。
 一方、『真・女神転生if』は起きました。軽子坂高校は魔界に転移し魔神皇ハザマも爆誕しましたが、巻き込まれた生徒ではなく、後藤&氷川&トールマンの後始末で忙しかった葛葉から依頼された雷鋼が問答無用でハザマをぶっ殺しました。チェフェイがいたのはその名残だったりします。

2.組織について
 前述したとおり、『ガイア教』&『メシア教』は存在します。デビルサマナーに関係が深い『葛葉』&『ファントムソサエティ』も存在します。本作独自の雷鋼や卜部が所属していた『一族』などの中小組織も存在します。
 また、ライドウでお馴染みの『ヤタガラス』も存在しますが、体制側と深く結びついていた為に敗戦をきっかけに戦後大きくその力を減じています。かつて葛葉四天王最強である『ライドウ』にすら、命令権を持っていましたが、今や立場は逆転しています。その影響で『ヤタガラス』は体制側の情報源であった為、現在の政治家をはじめとした権力者達は、悪魔をはじめとした裏の世界から疎遠になっています。

3.ペルソナについて
 作中で述べているように主人公のペルソナ能力は、この世界における本来のペルソナ能力とは異なるものです。その差異を以下に列挙します。

(1)『ワイルド』でもないのに、複数のペルソナを使用できる(但し、大アルカナは『FOOL』のみ)
(2)ペルソナの能力値が本人の能力に影響を及ぼす
(3)召喚できる環境を選ばない(影時間・テレビの中でなくともよい)
(4)成人以後も能力を失わない

但し、(3)についてはトリニティソウルにおいて普通に召喚しているので、この世界のペルソナ使いでも困難ではあるが不可能ではないということにしています。
まあ、メタなことを言えば、徹の能力は『ペルソナ2罪/罰』の主人公達と同じ能力だと思ってください。ただ、専用アルカナが『FOOL』で、彼等よりはペルソナの幅がかなり制限されていますが。

4.MAG(マグネタイト)について
 悪魔が現実世界において実体化するために必要な生体エネルギーです。人間にとっては生命力、魂の力ともいうべきものだと本作では定義しています。サマナーになるにはこれが一定量を超えている必要があるものとしています。契約した悪魔とはCOMPを媒介として、MAGのラインが築かれ、ここからMAGの供給や意思の伝達をすることが可能であるとしています。また、ペルソナの召喚及び制御にも用いているものとしています。
 サマナーや異能者の攻撃が悪魔に効くのは、銃弾や刀等に己のMAGで形成した特殊な力場を纏わせているからであり、覚醒していない一般人が銃弾をいくら撃ちこもうが、悪魔には殆ど効果がないものと本作ではしています。まあ、低級の屍鬼なら、それでもごり押しできないことはありませんが、基本的には悪魔に対して一般人は無力であると思ってください。

5.COMP及び悪魔召喚術について
 COMP(要するに悪魔召喚プログラム)を介さずに直接契約での悪魔召喚術は非常に難易度の高いものであるとしています。これはライドウにおいて管を用いての2体同時召喚がかなりの高難度技術とされていたからです。ですから、どんなに頑張っても、ライドウ並の天才でもない限り直接契約での同時召喚は2体までが限界であるとしています。本作の主人公である徹も、直接契約で同時召喚できるのは、どんなに成長しても2体だけです。
 一方、COMPを使用した悪魔召喚術は大幅に難易度が下がるものとしています。これはCOMPが召喚の術式やMAGの制御など諸々のことを肩代わりしてくれるからです。2体の同時召喚なら、サマナーとして最低限の素質を持っている者なら、誰でも可能であるとしています。これはデビルサバイバーの主人公達からです。彼等は完全に一般人でずぶの素人にも関わらず、COMPを介しての悪魔召喚を行いました。ですのでそれに習い、2体の同時召喚なら新米でもCOMPを用いれば可能であるとしています。3体以上の同時召喚は、COMPを用いたとしても才能及び修練がものを言います。3体なら中堅、4体なら一流、5体以上は超一流の部類だと思ってください。こうすると『真・女神転生』や、『真・女神転生if』の主人公のチート具合がよく分かると思います。
 COMPについてですが、デビルサバイバーのCOMPは異常だと思ってください。COMPを手に取った人間が全員サマナーとしての才能を持っているとは到底思えません。それにデビルサバイバーの黒幕でもあるナオヤが翔門会からの依頼とはいえ、(デビオクの存在及びその入札者の名前からすでに悪魔召喚プログラムが存在しているのは明らか)わざわざ悪魔召喚プログラム及びCOMPを作っているので、あのCOMPは誰でも使えることを目的(ハーモナイザーがあることからも明らか)としたものであり、従来のものとは一線を画すると私は考えています。ハーモナイザーはCOMPによりMAG力場を形成し、ただの一般人を擬似的に異能者にするシステムだとしています。逆を言えば、COMPの電源が切れれば彼等はただの一般人でしかありませんし、百太郎等のアプリを用いる拡張性もありません。ハーモナイザーを必要としない純正のサマナーとは異なるわけです。もしかしたら、デビルサバイバー編をやるかもしれないので一応言及しておきます。
 通常のCOMPはハーモナイザーは存在せず、悪魔召喚に特化したものです。悪魔召喚プログラムを内蔵し、その形状はメリケンサック・サックス・銃など多岐にわたります。特に銃型のものをGUMPといい、卜部やキョウジ、ソウルハッカーの主人公などが愛用しています。ものにより、その機能や拡張性は差があり、本作の主人公が最初に使っていたポケベル型COMPは、仲魔枠2枠、アプリもエネミーソナーとアナライズのみという最低クラスの性能だったりします。
 後、本作の設定としてデビルサバイバーのCOMPを除いて、COMPは所有者以外使えません。MAGによる生体認証システムがあるものとしています。また、誰でも使えるデビルサバイバーのCOMPと違って、サマナーとしての最低限の素質がなければ使えませんが、代わりに所有者のMAGを動力源にする機能がついていますので、充電したりする必要もありません。

6.LV及び能力値について
 これはアナライズレベルとしましたが、厳密に言えばMAG力場の密度だと思ってください。LVが高ければ高いほど密度が高くなり、これがその存在の格すなわちLVとなるわけです。基本的にこのLVが高ければ高いほど高位の存在であり強いです。本作においては、LV差はかなり致命的で、能力値がいくら突き抜けていても、原則的にLVに20以上差があれば上位の存在には傷1つつけることも叶いません。概念そのものを壊す武器とか特化した武器、補助魔法などがあれば話は別ですが、基本的にLV差は能力値に優越します。また、原則として悪魔は己よりもLVが低いサマナーに従いません。悪魔合体などで、己のLV以上の悪魔を作ってしまうと殺される危険すらあります。但し、彼等悪魔にとって力は絶対なので、ねじ伏せることができれば、LVが低くても仲魔にすることは不可能ではありません。

LVによる人間の強さの目安(この設定は本作独自なもので原作とは異なります)
1-4 :常人の域をでない。普通はLV1、優秀な者がLV2、天才の類ならLV3,4もありえる。
5-10 :覚醒した人間。異界や悪魔に触れずにいける常人の修練の極致がLV10。
11-15:悪魔と戦える人間。裏の人間としては、2流3流。
16-20:悪魔に対する戦力として数えられる者。裏の人間としては中堅どころ。
21-29:裏の人間としては一流と称される。生物としての人間の極致がLV29。 
    EX.卜部、ユダ
30-44:人を超えた者。最早、人間という枠には収まらない。裏の者としては超一流とされる。 
    EX.マヨーネ、レイ(通常時)
45-59:人を完全に逸脱した者。超人・魔人の類。戦術を無視できる単体戦力。
    EX.フィネガン、葛葉四天王(ライドウ除く)、レイ(神降ろし時)
60-79:神魔とも戦える化物。戦術どころか戦略をひっくり返す戦略級戦力。
    EX.キョウジ、ナオミ
80以上:もう魔界行けよ。
    EX.雷鋼、ライドウ

7.裏話
 私が本作で定めたチェフェイの目的は、『愛した男と一生を添い遂げること』です。これは、末喜(チェフェイ)が山東の有施氏の娘であり、桀が有施氏を討った際に降伏のしるしとして献上されたということから定めたものです。侵略者に献上された人身御供がチェフェイだったわけで、桀を滅ぼす原因となったのも、実は彼女なりの復讐と見れないことはありません。ただ、傾国の美女を国が滅びた元凶&革命の原因とするのは中国神話によくある話であり、特にチェフェイはその行いが、殷紂王の妃妲己や西周幽王の妃褒姒などと類似しており、これは桀の伝説に欠けている部分をそのまま後代のエピソードから流用して埋めたためであると推定されており、実際はどうであったかは不明です。このエピソード流用の関係でその類似等から妲己と褒姒と同一視された結果、妖怪玉藻前と同様に「白面金毛九尾の狐」という概念が付与され昇華したのが本作のチェフェイという設定。
 ちなみにチェフェイは『本体』であるといっていますが、あれはある意味間違いです。彼女は本来人間なのですから、当然本体は人間です。本作のチェフェイは「白面金毛九尾の狐」という概念が付与された『特異分霊』ともいうべき存在です。もっとも、彼女と同一の分霊は存在しませんので、そういう意味では『本体』といって差し支えありません。
 余談ですが、似ていると指摘されたEXTRAのキャス狐さんは、別にモデルでもなんでもなかったのですが、実際プレイしてみたところ、彼女の目的というか願いがうちのチェフェイとよく似ており、これはいい見本になると、これ幸いといわんばかりに参考にさせてもらっています。ちなみにEXTRA繋がりで、本来登場するはずのない悪魔が本作に登場することになりました。勿論、その種族は『英雄』です。

8.ST表記について
 後書きの制限文字数が減ったのもありますが、それ以上に流れをぶった切ってよくないと言う意見や、原作やってない人間には意味不明だろということで、撤廃することにしました。望む人がいればまた考えることにします。 

 

二心同体の愚者

 
前書き
『PERSONA4』のアニメ化が嬉しすぎて、書いてしまいました。
4の方は原作アンチということはないと思いますが、3の方では原作アンチというか、桐条家関連に対するアンチ要素満載なので、お気をつけ下さい。
また、作者のメガテン好きの関係で、悪魔やサマナーなどもでてきます。純粋なペルソナものではないので、そこもお気をつけ下さい。
また、ペルソナ『PERSONA2』では、暗黒・神聖ですが、呪殺・破魔に変更しています。同様に、精神・神経しか属性がないのですが、通常魔力属性とされるのも含んでいるので、精神・神経無効を精神・神経・魔力無効に変更しています。 

 
 さて、この物語の主役となるのは、
 前世の記憶ならぬ「並行世界の自分」の魂を宿して生まれた少年。
 そして、死を経験しながらも、もう一人の自分というべき存在の中で傍観するしかなかった男。
 
 両者が真の意味で出会う時、1つの生命が生まれ、真実『FOOL(愚者)』たる旅人が誕生する。
 その旅路は、さてはて悲劇か、恐怖劇となるか、あるいは喜劇となるか……。

 では、幕を上げるとしよう……生まれながらにして『死』を内包した『FOOL(愚者)』の物語を!



 少年は異常である。何が異常と聞かれれば、外見からは全く判別できない。日本人らしい黒髪に黒瞳、容姿も整ってはいるものの美少年という程でもないし、別段年齢以上に発育しているわけでもないからだ。
 しかし、少年『八神 透夜』は異常と称される。全国津々浦々から、『桐条』によって集められた孤児達の中でも、彼はとびぬけて異常であった。その知能の高さ、そして常人ならばとうに死んでいるであろう空間で未だに生き残っていることが何よりその証左であった……。

 (透夜!透夜!しっかりしろ!正面、来るぞ!)

 頑強に施錠された密室で、『シャドウ』と呼ばれる怪異が死の運命を伴って、5歳になって間もない少年に眼前から迫り来る。そんな中で、『彼』は必死に宿主に呼びかける。『ペルソナ使い』としての適性が全くない透夜にとって、いくら生命の危機という極限状態におけれても全くの無駄であった。当然、『ペルソナ』の発現はなく、迫り来るシャドウの魔の手から逃げ続けることが精一杯であった。その逃げることすら、『彼』の指示と励ましがあったからこそできたものであり、それも限界が近づいていた。

 「大丈夫、まだ走れるよ……ゲフッ」

 透夜は、『彼』の声に朦朧とした意識をどうにか覚醒させ応える。全身傷だらけで、咳をすれば血が混じる。満身創痍もいいところだが、それでも透夜は諦めるわけにはいかなかった。

 「一人は嫌だから!」

 透夜にとって、『彼』は唯一無二の友であり、かけがえのない師である。何よりも全てをなくしたあの日から常にそばに居て孤独を癒してくれたのだ。そんな『彼』を孤独になどできるはずがなかった。ましてや、己のまきぞえにするなど絶対にできない。震える手足に力を入れ、こちらに向かってくるシャドウの動きを見る

 「GYAAAA-----!」

 人ならざる雄叫びを上げるシャドウを前転することで、すれ違うようにしてどうにかわす。実に10回目の回避である。

 「それにしても、よく躱すのう。知能レベルが高いとは聞いていたが、大したものじゃ。美鶴より年下であるというのに、まだ目が死んでおらぬ。大したものよ、最低限の投薬すらしておらんのだろう?」

 その様子を貴賓室に設けられたモニターから見る者がいた。一人は大分年嵩の男で、翁といっていい老人であるが、この実験の元凶たる男であり、ここでの実験の全てはその狂気を具現化するためのものである。感心するような言葉とは裏腹に嗜虐の笑を浮かべている。

 「確かに大したものですが、あれは欠陥品です。先天的な能力者と比べるのもおこがましい適性ゼロですから、覚醒も望めません。あれには期待していたのですが、流石に適性ゼロでは…。覚醒を促す薬は貴重ですからね、無駄にはできません。残念です」

 冷酷に観察者として判断を下すのは、この施設の責任者であり、研究者の長である男だ。口では残念と言っているが、目と表情は失望に彩られており、露程も信じられない。

 酷薄な目で見られる中、透夜は必死で回避に専念していた。

 透夜のその異常には、当然秘密があった。とはいっても、それは彼にしか分からないことである。少年の中にはもう一人の自分とも言うべき存在『彼』がいて、様々なことを教授してくれたのだった。

 とは言っても、透夜が『彼』を認識したのは、両親が事故で死んで、遺産全てを掠め取った叔父から桐条に売り飛ばされた(もっともこの時は一時的に預けられたと透夜は思っていた)時である。優しく頼りがいのあると思っていた叔父が、実のところ遺産狙いの下種であったことを全てが終わってしまってから、透夜は『彼』から教えられた。

 『彼』が言うには、『彼』は名こそ違えど、並行世界の自分(『彼』はこの世界をゲームの物語として知っているそうだ)であり、生まれてからずっと透夜の中にいたらしい。今までも、何度も透夜に話しかけていたらしいが、今に至るまで言葉が届いたことはなかったという。幼い透夜には半分も理解できなかったが、自分が孤独ではないことが分かれば充分であった。唯一の縁者である叔父に裏切られ、『桐条』に売り飛ばされた透夜にとって、何より恐ろしいのは孤独であったからだ。『彼』が唯一の味方であり、話相手になってくれるのならば、それ以上望む事はなかった。

 『彼』は桐条の施設にひきとられてから、色々なことを教えてくれた。まだ、小学生にも満たない透夜に文字や九九をはじめとした四則演算を。それは折り紙やあやとり等の一人遊びにまで至った。透夜はそれらを学び、大いに活用した。同じ施設内の子供らに教えてやり、一緒に遊んだりもした。

 しかし、それは傍目から見れば異常でしかない。5歳に満たない少年が、誰に教えられたわけでもなく、漢字の練習をし、四則演算をこなし、複雑な折り紙を作ってみせる。実験体(モルモット)であり、死んでも構わない彼等に知識をましてや娯楽を教授するような物好きは、人体実験という倫理を踏み外した行いを是とする研究者達の中には存在しないのだから、当然といえば当然である。

 結果として、透夜は奇異の眼で見られることになるが、運命とは皮肉なもので、それが逆に彼を救った。そのありえない知能の高さと精神の発達具合から、少年は希少な実験体として扱われたからだ。
 『対シャドウ兵器』の前身たる『人工ペルソナ使い』を製造する為の実験体。それが透夜をはじめとして集められた孤児達の役割であった。先天的『ペルソナ使い』である桐条の令嬢からヒントを得て、同年代から3歳差までの範囲で買い集められた。

 『ペルソナ』は人間の精神を根源とする力であると考えた研究者達は、実験体の精神を極限状態に追い込むことで強制的に『ペルソナ』に目覚めさせようとした。極限状態、即ち生命の危機である。密室に捕獲したシャドウと薬物投与した実験体を閉じ込め、覚醒を促す。そんなことが実験体である孤児達の命を省みずに何度も行われた。

 その結果は悲惨の一言に尽きる。実験体の殆どは状況を把握することすらできず、わけも分からずにシャドウに殺された。極一部の者が覚醒し、見事にペルソナを発現させた者もいたが、薬物投与も用いた無理矢理の覚醒のせいか、シャドウを倒した後、自身の『ペルソナ』を制御できずに殺されるということが頻発した。そもそも『ペルソナ』という異能は誰もが発現するものではなく、むしろ希少な異能であるから当然といえば当然の結果であった。

 この時『ペルソナ使い』の適性を調べる手段はなく、それゆえに世間に露呈しにくく、かつ研究者達にとって死んでも構わない命である孤児達が実験体用いられたのだった。用意された実験体100名の孤児の内、実にすでに被験した90名の全てが死亡する結果となった。90名もの孤児の命を費やしてできたのは、暴走するペルソナを制御するための薬。その命の結晶たる薬ですら、使用すれば寿命を縮めるものであるのだから本当に救えない。

 幸いにして、透夜は希少な実験体として、残り10名の中に残ることはできた。しかし、彼にとって不幸だったのは、10名の中で唯一『ペルソナ使い』としての適性が全くないことであった。そして、この時には研究者達も、ある程度『ペルソナ使い』としての適性を調べる手段を確立しつつあったことだ。

 当然、もっとも適性のない透夜は、残った10名から弾かれ、唯一人処分されることになった。しかし、それに待ったをかけた人物がいた。たまたま、施設を視察に来ていた元凶たる老人であった。
 もっとも、老人に透夜を助けようという意図は全くない。老人は娯楽の一環として、少年の虐殺ショーを見たかっただけである。その証拠に、透夜は着の身着のままであり、通常実験体に与えられる防護服すら着ていないし、覚醒を促すための最低限の投薬処理(劇薬)すらされていないのだから。

 今までの実験体の中で、最低最悪の状態で実験に臨まされた透夜が今の今まで生きているということ自体、奇跡とも言うべきものであった。もっとも、その奇跡も終わりの時が近づいていた。

 「しかし、本当によくやるものじゃ。が、そろそろ、飽きてきたのう」

 最初の内は、透夜のあがきを喜んでいた老人だったが、流石に飽きが来ていた。それに、そもそも老人が期待していたのは、己の孫より幼い子供が無残に殺されるシーンである。はっきりいえば、物足りなかったのである。

 「ご安心下さい、もう限界でしょう。いくら知能が高くとも、あれは五歳児です。流石に体力が保ちません」

 残念ながら、その言葉はどこまでも正しかった。観察者たる二人が見つめるモニターの中で、20回目の回避を成功させた少年は起き上がってすぐに膝をついたからだ。もう、すでに透夜には立っているだけの体力も気力も残されていなかったのである。そもそも、体力など15回目あたりで枯渇していたし、後の5回は気力だけでなしたようなものである。そして、それすらもシャドウがこちらを嬲るようにしてきたからこそできたことであった。すなわち、正真正銘の限界である。最早、透夜にも『彼』にもどうすることもできない。

 「ごめん、もう立てないよ…ゴフッ」

 (ああ、お前はよく頑張ったさ。だから、謝る必要なんてない)

 「でも、僕が死んだら先生は……」

 (気にするな。元々俺は死んでるはずなんだ。それなのに、何を間違ったかこうして生き恥を晒している。まあ、お前に会えたんだから、悪くはないが)

 「先生だけでも生きて欲しいと思ったけど……ごめん。一人は嫌だ、最後まで一緒にいてくれる?」

 (ふん、そんなのは当然だ。俺は最後の最後までお前と一緒だ)

 「ありがとう、先生。不思議ともう怖くないや」

 ボロボロの体でぎこちなく笑う透夜に『彼』は忸怩たる想いを飲み込んで沈黙する。

 透夜が呼称する先生こと『彼』は、元々『八神透真』という男性であった。遅咲きながらも難関の国家試験に合格し、ようやく念願の道を歩みだそうとしたその矢先、不運にも交通事故で死んだ。生憎と即死でなかったので、その時のことはよく覚えている。信号を無視して突っ込んでくる大型トラック、全身を砕かれたかのような衝撃、地面に叩きつけられて転がり皮膚を削られる痛み。間違いなく死んだと言える致命傷と感じた。それにも関わらず、男は気づけば赤子の中にいたのだ。とはいっても、最初は赤子の中にいるなどとは思わなかった。運よく生き延びて、病院に運ばれたのだと思った。体が動かせないのも、声を出せないのも、それ程の重傷を負ったからだと思っていた。

 しかし、どうにもおかしなことがあった。透真がどうにか声を出そうと四苦八苦していたにも関わらず、勝手に自分の体が声を上げて泣き出したからだ。自分は泣くつもりもなく、また声を上げている感覚もないというのに。そして、次の瞬間誰かに抱きかかえられたところで、彼は心中で絶句することになる。透真を抱き上げたのは、他ならぬ彼の母親であったからだ。彼の記憶にあるよりかなり若いことに戸惑ったが、彼には不思議と母であるという確信があった。それは父親を見た瞬間も同様だ。生年月日も同じなら、後に連れて行かれた自宅の住所も同じで、自宅の外観も同じ。唯一の差異は、彼、いや、彼の『宿主』につけられた名前が微妙に異なるくらいであった。   

 そう『宿主(・・)』である。彼につけられた名前ではない。運命は残酷であった。透真は自分の意思で体を動かすことはできず、『宿主』である透夜の中で、見ているだけしかできなかったのである。これには、透真も悲嘆するほかなかった。せっかく、変な形とはいえ生き延びたというのになにもできないのだから。

 しかし、そういった感情も時間が経つに連れて薄れていく。透真は己の死をどうにかこうにか受け容れることができた。よく考えれば、致命傷であったから、己の死は避けられないものだったことを理解できたし、宿主は別世界の自分かもしれないが、それと同時に己とは別人であると悟ったからだ。それに絶対の死の運命を迎えたにも関わらず、(生きているといえるかは分からないが)こうして意識を保っていられるのだ。人生の余禄とでも思うべきだという結論に至ったのだった。

 それに何より、宿主たる少年の中は心地よかったし、その人生を客観視するのは思いのほか楽しかったからだ。結果、己と同様に両親に愛され、すくすく育っていく透夜に愛着がわいてしまい、歳の離れた弟のようにすら思っていた。まあその分助言したくても、声も届かないので、それでやきもきすることになったのだが……。

 透夜に声が届いたときは歓喜したが、素直には喜べなかった。それは透夜が全てを失った時であったからだ。他に何も頼れるものがなく、真実孤独となって、初めて声が届くとは何と言う皮肉であろうか。

 そして、今日このときまで、二人で一人、二心同体でやってきた。時に孤独を癒す友として、時に様々な知識を教授する師として。苦楽をともにしてきた。だが、それも終わりを迎えようとしている。少年の理不尽な死という形で……。

 (なんで透夜がこんなめにあわないといけないんだよ!何が崇高なる目的の為にだ!桐条の狂人が、老害はとっと死ね!
 しかし、実際にその立場になるとゲームの比じゃない胸糞悪さだな。ストレガが、ああなっちまうのも分かるわ……って、そんな場合じゃない。どうにかしないと、透夜が死ぬ!)

 透夜の中でどうにか生存の為の道を必死に思索するが、全く思いつかない。それも当然である。そも、この施設に連れてこられ、偶然耳にした『桐条』と『ペルソナ』の単語。そして、『ストレガ』メンバーであるチドリとジンらしき子供に遭遇し、この世界が『PERSONA3』の世界であることに気づいた時から、ずっと模索してきたのだ。この土壇場で思いつけるなら、苦労はしない。

 施設からの脱走等も考えたし、うろ覚えではあるが、『PERONA』『PERSONA2』でのペルソナ入手方法たる『ペルソナ様』も試させてみたりもした。もっとも、その全ては徒労であったのだが……。

 (この際、『フィレモン』でなくとも構わない。『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』だろうが、神でも悪魔でもなんでもいい。俺の全てをやる。透夜を助けてくれ!)

 『その言葉に偽りはないな』

 透真の声なき魂の絶叫に、幸か不幸か全時空に存在するといわれる旧支配者、無貌なる神が応え、透夜と透真の意識は途切れた。




 透真が気づいた時、そこは無数の時計に囲まれた空間であった。そこに見覚えのある少年と、黒い人影が見える。

 「気づいたようだな。まず、名を聞いておこうか?」

 透真の覚醒に気づいたようで黒い人影がこちらを向いて名を質してくる。だが、透真は絶句せざるをえない。なにせ、黒い人影、いや人型をしたものには、顔がなかったのだから……。

 「何を黙っている。よもや、貴様も名を言えぬのではないだろうな?」

 どうやって言葉を発しているのかは不明だが、その言葉尻に不穏な雰囲気を感じ取った透は慌てて言葉を紡ぐ。

 「透真、八神透真。あんたの顔がないことに驚いただけさ。無貌なる神『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』よ」

 「ほう、私のことを知っているのか。只者ではないとは思っていたが、おもしろい魂だ。そして、やはり適性があるのだな。奴なら祝福でもするだろうがな……クククッ」

 透真の言葉に愉快でたまらないというように笑う『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』。

 「しかし、この時空で傍観者に徹している私を知るものがいようとはな。しかも、その上で私に祈るときた。笑わずにはいられんよ。だが、どうにも、不可解だ。見せてもらうぞ」

 ひとしきり笑った後、『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』は腕を透真の頭に伸ばす。避ける暇もなく、一瞬強烈な眩暈を感じふらつくがどうにか踏みとどまる透真。

 「なるほど、なるほど興味深い。このようなことがあろうとはな。貴様は私ではない私が主体的に積極的に動いている世界と、傍観者に徹しているこの世界をゲームという形で知っているのだな?」

 「ああ」

 「クククッ、おもしろい。いいな、貴様はおもしろい。その在り様が、その足掻き様が、この上なく無様で滑稽で、実に人間らしい!」

 「なんとでもいえ。透夜が助かるなら、なんでもいいさ。さあ、透夜にペルソナを…」

 「悪いが、それはできんな。貴様ならともかくな」

 「な、何でだよ?!」

 「お前はおかしいと思わなかったのか。先ほどからこの小僧が一言も喋ってない事に」

 「なっ!」

 慌てて見慣れた少年を見る。それはありえないことだった。透真と二心同体である透夜であったからだ。なぜ、鏡も使わずに自分が外側から透夜を見れるのか。それは己が独立して存在するということ他ならないと今更ながらに透真は気づいた。

 「こ、これは?!」

 「そんなに驚くことでもあるまい。ここは人間が集合的無意識と呼ぶものが存在する場所。貴様が独立した精神である以上、ここでは独立した存在となる。当然のことだろう?もっとも、ここで自己を確立し保てない者、すなわち適性なき者は忘我しああいう状態となるわけだ」

 「と、透夜!しっかりしろ!」

 慌てて近寄り、棒立ちする透夜を揺する透真。そのかいあってか、透夜の目に意思の光が戻る。

 「せ、先生?先生なの?」

 「そうだ、透夜。俺だ、よかった!」

 歓喜のあまり透夜を抱きしめる透。

 「く、苦しいよ先生。それより本当に大人だったんだね」

 「あ、ああ。そういえばそうだな」

 指摘されて、改めて気づかされる透真。今の彼は、生前の夢を実現させようとしていた姿だ。

 「ほう、あそこから我を取り戻すとはな。貴様らの間には余程のつながりがあると見える。
では、改めて問おう。小僧、貴様の名は?」

 「ぼ、僕は透夜、八神透夜。あなたは誰?」

 無貌に恐怖と驚愕の念を抱きながら、透真の手を強く握りながら震える声で透夜は答えた。

 「私は『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』。詳しいことはそやつに聞くがいい。手助けありとはいえ、今度は言うことができたか。いいだろう、貴様も合格だ。
さて、貴様らには三つの道がある」

 「三つもあるのか?」

 「そうだ。
 一つは言うまでもないだろうが、諦めて潔く死ぬこと」

 「ありえないな。それなら、そもそもこんなとこきてねえよ」

 「だろうな。では貴様らが選ぶべき道は二つだ。
 一つは、貴様が『ペルソナ』を手に入れ、貴様が戻る道
 一つは、小僧が『ペルソナ』を手に入れ、小僧が戻る道」

 「え、二人一緒には戻れないの?」

 「当然だ、本来傍観者たる私を引っ張り出したのだからな。それにこの世界の『ペルソナ』は原則的に先天的なものだ(後天的に得る方法もないわけではないがな)。それを貴様らにくれてやる以上、当然報酬を貰う。まして、私がくれてやる『ペルソナ』能力は、この世界のものではないからな」

 要するに、『PERSONA3』のものではなく、『PERSONA』『PERSONA2』のものであるということだろうと透真は理解した。それはむしろありがたい話だ。『ワイルド』という超常の例外を除けば、この世界では単一のペルソナしか使えないからだ。さらに『PERSONA3』の外伝的なアニメのことを考えれば、大人になってその能力を失ってしまう可能性もある。そこをいくと、『PERSONA』『PERSONA2』の方が、レベルこそ上がらないが、複数のペルソナを使いこなせるし、大人になっても失う危険性はない。これは己を報酬とするのに十分すぎる対価だった。

 「分かった。それじゃあ俺を報酬に透「嫌だ!」夜……透夜?」

 透夜を戻してくれと言おうとした透真の言葉を、透夜が遮る。

 「嫌だ、一人は嫌だ。先生も僕をおいていくの?お父さんやお母さんみたいに…」

 「透夜、それは違う。離れていても俺達は一緒だ。どんなに離れても俺の心はお前とともにある」

 「話しかけたら、今までみたいに応えてくれるの?違うんでしょ?それじゃあ、いないのと一緒じゃないか!」

 「透夜……。俺はお前に生きていて欲しいんだ」

 「嫌だ、先生も一緒じゃなきゃ嫌だ!あんな怖いめにあう地獄みたいなところに一人で戻りたくない!一人は寂しいよ…」

 「……」

 泣き叫ぶ透夜に透真は言葉もなかった。透夜の生は辛いことが多すぎたからだ。透真にはなかった両親の早世、唯一の血縁たる叔父の裏切りと実験体として桐条に売り渡されこと。そして、極めつけは現状の危機である迫りくるシャドウによる死の運命。5歳になったばかりの幼子には過酷過ぎる人生であった。
 
 それでも、なお透夜が狂わず心を壊すこともなかったのは、透真という無二の存在があったからだ。孤独ではないと言うことが、どれだけ救いになったのか、それは透真にすら分からぬ、透夜だけにしか理解できなきないものであった。

 「言い争うのは勝手だが、早く決めろ。私も暇ではないのでな」

 「二人一緒に戻るっていうのは駄目なの?」

 「駄目だ。奴なら許したかもしれんが、私は許さん。『ペルソナ』をくれてやる以上、対価はもらう。どうしても嫌だと言うなら、『ペルソナ』なしで戻り、二人一緒に諦めて潔く死ね」

 「あんたならそうだろうな。な、分かったろ。『ペルソナ』を手に入れ、お前が戻るんだ。俺のことは気にしなくていい。俺はお前に生きていて欲しいんだ」

 「先生がそうであるように僕だってそうなんだよ!それに一人は絶対に嫌だ!
 そういえば、『ペルソナ』ってなんなの?」
 
 「ふむ。『ペルソナ』とは心の奥底から、『悪魔のような自分』『神のような自分』等の『もう一人の自分』を呼び出し具現化する異能だ。貴様らの命を奪おうとしていた程度の存在なら、容易に滅ぼせる地力だ」

 「もう一人の自分…先生は確か…」

 『ペルソナ』について聞き、考え込む透夜。とても5歳児とは思えない。透真の影響で知能は高くなっているが、それだけでなく本人の元々の才質もありそうである。まあ、環境がそうさせたともいえようが。

 「ねえ、先生。先生は、別世界の僕なんだよね?」

 「ん、ああ。名前こそ違うが、生年月日も両親も同じだからな。そうだろうな。だが、俺は俺。お前はお前だ。気にすることはない」

 「そっか、それじゃあ今度はあなたにききたいんだけど……えーと」

 「待て、貴様の説明は要領をえなさそうだからな、直接読む」
 
 『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』は透真にしたように透夜の考えを読む。読んで爆笑した。

 「フッハハハハハハハハッ、ハハハハハハハ。1つ聞く貴様、本気か?」

 『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』の短い問に眩暈でふらつく頭を抑えながら、透夜は頷く。

 「できる?これなら一緒でいいよね?」

 「ああ、できるとも。ああ、許してやろうともさ。誇れ小僧…いや、八神透夜よ。私をここまで愉快にさせたものはそうはいない。だが、分かっているな?」

 愉悦に体を震わせる『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』は最後の確認を取る。

 「うん、やっちゃって!」

 「よかろう」

 「待て、一体何をするつもりだ?!」

 透夜の意思を尊重して黙っていた透真だったが、不穏な気配を感じ思わず口を出すが、すでに時遅し……。

 「喜べ八神透真。貴様の相方は、貴様にも私にも思いつかなかった貴様と一緒にいるための第四の道を示したぞ。これだから、人間と言うのはおもしろいのだ。私の予想もつかないことをやってのける!」
 
 「透夜が?!」

 驚愕とともに透夜を見つめる透真を尻目に愉悦する『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』は、両腕を伸ばし、片方を透真に、片方を透夜の胸に置き、同時に貫いた。

 「なっ」「ゴフッ」

 貫かれた両者から短い叫びがもれる。

 「な、なんのつもりだ?」

 「早とちりするな、別に殺すつもりはない。その証拠に、痛みも出血もなかろう?」

 かなり強烈な衝撃を受け貫かれてはいるものの、確かに痛くはないし出血もない。それは透夜も同様だ。

 「じゃあ、一体何のために……」

 「なに、取引相手を変えただけだ。貴様より八神透夜の方が、おもしろい提案をしてくれたのでな。安心しろ、貴様に損はない」

 「待て、それじゃあ透…夜は…ど…う……」

 そこまでいいかけて、透真は意識が途切れた。



 「先生、起きて。先生」

 「とうや、透夜か?お前、あいつになにを言ったんだ?!というかここは?」

 目をやれば、先ほどまでいた時計の空間ではない。それは見慣れた彼の生前の居室だ。

 「俺の部屋…?ここは一体?」

 「へえ、ここが先生の部屋なんだ。広くていいところだね。ここは先生の『心象世界』なんだって。あの人に頼んでやってもらったんだ」

 「俺の心象世界…いや、そんなことより、お前、あいつになにを言ったんだ?」

 「先生と一緒にいる為の方法だよ。それ以上は教えてあげない」

 「なっ!ふざけてる場合じゃないんだ。教えろ!」

 激昂する透真だが、透夜も頑迷である。

 「嫌だ!教えたら先生は絶対とめるだろうし、自分を犠牲にしようとするから」

 「俺はすでに死んでいる人間なんだ。だから、お前を生かす為に犠牲なれるなら、これ以上嬉しいことはないんだ。分かってくれ」
 
 「駄目だよ。先生は最後まで僕と一緒って言ったじゃないか!
 それにしても、先生は本当に僕なんだね。誕生日もお父さんもお母さんも一緒だ」

 透真の心象世界から記憶を垣間見たらしく、そんなことを言ってくる透夜。

 「ああ、だから最初はお前に生まれかわったのかと思ったよ」

 「転生っていうんだよね?不思議と僕もここが懐かしいし、心地いい。やっぱり、先生は僕なんだ」

 「よく知っているな。そうか、そう言ってもらえるのは嬉しい。俺もお前の中は心地よかったぞ。もしかするとそれも俺がお前であると言うことの証左なのかもしれないな」

 「先生は僕?」
  
 「ああ、俺はお前だ。だからこそ、お前には幸せになって欲しい」

 「なら僕の幸せは先生の幸せ?」

 「そうだ、俺の幸せはお前の幸せだ」

 「そうだよね、ならやっぱり僕と先生は二人で一人なんだ」

 「そうだな。でも…」

 「でもはいらないよ、先生。先生と僕はずっと一緒だよ。もう言質はとったからね」

 「これは一本とられたな。それにしてもやけに賢くなってないか?」

 「先生の心象世界に入ってからは、先生の記憶や思いを吸収して話してるからね。僕は先生でもあるんだから当然でしょ」

 「そりゃあカンニングだろ。卑怯にも程がある」

 「ふふふ、ごめんね先生。でも、ありがとう。先生がどんな思いで僕を見てきたのか、先生がどれだけ僕を大切に思ってくれていたのか分かったよ。うん、だからは悔いは全くないや」

 「悔いだと?透夜、お前は一体何をしたんだ?」

 「ごめんね、先生。もう、全部終わっちゃったんだ。もう、なかったことにはできないし、後の祭りだよ。だから忘れないで。僕は先生と最後まで一緒だよ。先生は僕で、僕は先生だ。先生の幸せは僕の幸せだから」

 「待て、透夜」

 次の瞬間、止める声もむなしく、透真は己の心象世界から追い出された。

 「ごめん、ごめんなさい先生。僕はもうあんな現実を一人で生きていたくないんだ。先生がいなくなるんら死んだ方がましなんだ。押し付けてごめんなさい!」

 ただ一人泣きじゃくる幼子が残るばかりだった。




 「戻ったか。うまくいったようで何よりだ」

 透真の顔をしたものが、目をさました透真を迎えた。

 「『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』、貴様その顔なんのつもりだ?!貴様、俺達に何をした?」

 「これは失敬、お気に召さなかったかな?安心するがいい、貴様の代わりに八神透夜を報酬にいただくなどという無粋な真似はしておらん。むしろ、無料奉仕だ。いや、久方ぶりの心からの愉悦という対価は頂いたがね」

 「だから、一体何をした?!」

 「ふふ、とぼけるのはやめるのだな。もう、分かっているのだろう?己に『ペルソナ』能力が宿っていることを。『ワイルド』ではないが、この世界では本来ありえぬ力だ。大切に使うのだな」

 「この体、それはつまり……」

 薄々理解していた。自分の中に何か暖かいものが宿ったことを。そして、肉体が今までにない活力を帯びていることを。何より、視界が低くなっていることを……。

 「まあ、折角だ。説明してやろう。お前は並行世界の八神透夜だ。つまり、お前もある意味では、八神透夜のペルソナの1つといえるわけだ。そして、その逆も然り。ゆえに、八神透夜は己をペルソナ化し、お前の心象世界に宿ることで、お前を『ペルソナ使い』にしたわけだ。そうすれば、お前と一緒にいられるし、私に対価を払う必要はなくなるというわけだ。まあ、正しい判断だったと思うぞ。貴様の方が適性は高いからな。もし、逆だったら、暴走の危険があったからな」

 「き、貴様!」

 淡々と語る透真の姿をした『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』に殴りかかる。しかし、悲しいかな。今の八神透夜(・・・・・)の体では到底背が届かない。あっさりと止められる。

 「私は全てを嘲笑う者であり暗き者『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』だぞ。たかが、並行世界の知識を有するに過ぎない人間が、あらゆる時空に存在する私を思うように使えるとでも思ったか」

 透真の顔で嘲笑を浮かべて、無貌の神が言う。

 「俺は……」

 「作業に対する対価は貰ったが、私を呼び出した対価は貴様に払ってもらおう。貴様はこの世界に起きる2つの滅びに介入しろ。それが貴様の払うべき対価だ!貴様の生き様、精々嘲笑ってやろう」




 唐突に音と視界が戻ってくる。そして、今までになかった体の痛み、呼吸しているという感覚から実際に体を動かしている実感が分かる。顔を上げれば、正面から迫るシャドウの姿が目に映る。

 あれほどまでに感じた死の危険も、今や全く感じない。矮小で滑稽にしか映らない。多大な喪失感とそれ以上の充足感を得ながら、透夜の姿をした透真は立ち上がる。

 「来いペルソナ『トウヤ』!」

 蒼い光を伴って、言葉と共に黒衣を纏った若き賢者が、透真から具現化する。

 (先生は僕 僕は先生 僕は先生の心の海よりいでし者)
 (先生 一緒に行こう どこまでも!)

 「この馬鹿野郎が!ああ、行ってやる。遅れるなよ」

 己にしか聞こえない声に精一杯応え、透真は敵を見据える。

 「アギ!」

 賢者が火球を撃ちだし、一瞬でシャドウを燃やし尽くす。間髪いれずに設置されたカメラも同様に消し炭にする。そして、透真は迷いなく切り札を切った。

 翌日のニュースで、ある施設を中心とした地域で集団昏睡事件が発生。幸いにも昏睡状態に陥った者達は全員一日で目を覚まし、健康状態も良好であると報じられた。しかし、その施設が中心であること、施設でボヤ騒ぎがあったこと、施設の職員は未だに目を覚ましていないことは報じられなかった。そして、施設の名簿に名を連ねる孤児達が行方不明であることも…。
 
 こうして、生ける魂と死せる魂は融合し、死を内包した真実『FOOL(愚者)』たる旅人が生まれた。 
 

 
後書き
[スキル解説]
アギ:火球を放ち、敵を燃やし尽くす(敵単体に火炎属性小ダメージ)
 

 

悪党と鬼女

 卜部広一朗は悪党である。
 彼は歴史ある有力な悪魔召喚師一族に生まれた生粋のデビルサマナーであり、その叩き込まれた業を見込まれ、ファントムソサエティにスカウトされてから、彼はダークサマナーとして様々な悪事に従事してきた。殺人・誘拐・破壊工作に至るまで、なんでもござれである。

 今回の調査任務も、そんなつまらない悪事の一環でしかない。任務の内容は簡単だ。最近、不穏な動きを見せている桐条グループの当主『桐条鴻悦』の監視をかねた素行調査だ。とはいえ、素行調査などという生易しいものではない。組織が気にしているのは、そこに悪魔が関わっているのかどうかだ。不老不死など、権力者がよくもつ夢想であるが、悪魔が関わってくれば話は別だ。それはけして不可能なことではないからだ。もっとも、その代償は凄まじいものになるだろうが…。

 「あるだけの生を謳歌すりゃいいのに。何でそれ以上を望むかね?下手すりゃ、人から外れるだけじゃすまんぞ」

 卜部は呆れながら一人ごちた。調査の殆どは終わっている。桐条の施設に非合法の人体実験という外道の所業を行ってこそいたが、悪魔の気配はない。彼自慢の仲魔にも確認したから、それは間違いない。研究員の一人を拉致して、魅了して尋問もしたが、悪魔の存在を知らなかった。唯一、気にかかるのは、『シャドウ』という謎の存在だが、聞く限り大した脅威とも思えない。この仕事もそろそろ終わりかと思っていた時、それは起きた。

 非合法の研究施設の隠れ蓑とされている孤児院を中心に、凄まじい力の波動が放たれたのだ。

 「くうっ、これは…リャナンシー!」

 昏倒しそうになる意識をどうにか繋ぎ止めて、GUMPから仲魔を緊急召喚する。万が一を考えて起動状態にあったのが幸いし、それはどうにか間に合った。

 「ウラベ様!パトラ、メ・ディア」

 召喚された見目麗しい鬼女は、倒れるように意識を失う主を見るとすぐさま回復させた。

 「ふう、助かったぜリャナンシー。危ないとこだったぜ」

 「いえ、当然のことをしたまでです。それにしても、どうしたことでしょう?」

 「楽な仕事だと思ったんだがなあ……どうやら、蛇だか鬼が出たらしい」

 冗談めかして答えながらも、表情は真剣そのものだ。懐から愛用の銃を取り出し、安全装置を外し、初弾を装填する。半径にして100メートル程に過ぎないが、熟練のデビルサマナーたる卜部にまで、被害をもたらしたのだ。断じて看過することはできない。

 「行くぞリャナンシー!仕事だ」

 「承知しました」

 熟練のデビルサマナーとその仲魔たる鬼女が原因を突き止めんと施設へと向かった。





 「失敗したか?連中が扉を開けるまで待っていれば良かったか…いや、これが最善か」

 己以外誰もいない部屋で透真は一人ごちた。この実験室は研究員の安全の為に、シャドウを逃がさない頑丈な作りになっている。切り札である『双界の波動』を使ったのは時期尚早かとも思ったが、この実験室にはガスを噴出する機構もあったことを考えれば、この行動は最善といえよう。いかに『ペルソナ』に目覚めたとはいえ、眠らされてしまってはひとたまりもないからだ。

 「よりにもよって精神無効だけないとか、まじないわ…」

 『PERSONA2』におけるレアアルカナ『FOOL(愚者)』には1つの特徴がある。そのアルカナに属するペルソナには投具・戦技・破魔・呪殺・神経・精神・魔力無効という破格の戦闘相性を低レベル高レベルを問わず、共通で持っているのだ。そんなレアアルカナのペルソナを手に入れたのは嬉しい誤算だったが、よりにもよって、精神無効だけ喪失するとはついてない。

 「まあ、贅沢をいったら罰が当たるか……。しかし、自らペルソナ化を選べる透夜がどうして精神薄弱なんだか?逆だろうに」

 真実を知らない透真はそんな疑問を抱きながら、脱出する方法を考える。
 〇彼がこの部屋に入れられたときの出入口
 ⇒厳重に施錠されている上に合金製。魔法で破壊するにしても、こっちが先にへばる可能性大 
 〇部屋の周囲の壁
 ⇒同上
 〇シャドウがでてきた場所
 ⇒他にもシャドウがいる可能性大、逆に奥に入ってしまう可能性大

 正直、どれもいい方法とは思えなかった。

 「せめてペルソナが物理型だったらな。無理やりこじあけるという方法もあったんだろうが…」

 確かに透真のペルソナ『トウヤ』は物理型ではない。だが、運0というデメリットと引き換えに低レベルとは思えない魔力・知恵が高い魔法特化型である。肝心の攻撃魔法はアギ。実に低レベルらしい。これがアギラオクラスなら、扉ごと吹き飛ばすこともできたのだろうが…。

 「アギじゃ無理だってなんとなく分かるんだよな。かといって、俺の力じゃ九十九針の威力も微妙っぽいし……。うん?熱と物理……!」


 何かを思いついたらしい透真は、施錠された扉に向き直る。

 「駄目で元々だ!やるだけやってやる!ペルソナ!アギ!アギ!アギ!でもって、九十九針!九十九針!」

 黒衣の賢者が顕現し、火球を連続で扉に叩き込む。そうして赤熱した扉に、とどめとばかりに高速で巨大な針が何発も打ち込まれる。さしもの合金製の扉もこれにはたまらず、ひしゃげて吹き飛ぶ。

 「ふう、一か八かだったけどうまくいったな。物理スキルあってくれてよかったよ」

 アギでは融解させるにも火力が足らないし、吹き飛ばすにも威力が足りない。夢見針も同じで、貫くにも吹き飛ばすにも威力が足らない。だが、アギは連続で叩き込めば、赤熱させてもろくさせるくらいはじゅうぶんにできるし、九十九針ももろくなった扉を吹き飛ばすぐらいの威力はあるというわけだ。

 実験室から出てみれば、周りは酷い有様だった。立っている人間は一人もいない。研究員のことごとくが昏倒している。

 「ぶっ殺してやりたいけど、そんな場合じゃない!とっとと逃げよう……いや、待てよ」

 殺しても飽き足らない下種ばかりだが、そこでふと思いつく。

 「ちょっと懐を確認。お、あったあった。これがないと出れないもんな、あと現金も必要だし」

 倒れ伏した研究員達の懐やポケットを探り、まずIDカードを確保し、次に財布からお札のみを抜き取っていく。泥棒もいいところだが、今は手段を選んでいられない。近所の警察では、桐条の手が回っている可能性が高いので、少しでもここから離れる必要があったからだ。

 流石、非合法研究所の所員というべきか、実に30万円近くの現金を回収できた。クレジットカード全盛の時代じゃないことに透真は心の底から感謝した。

 「よし、今度こそ逃げるか」

 まんまと現金をせしめた透真は、一目散に逃げた。研究所のエリアを抜け、孤児院へとつながる階段を昇り始めたところで、彼はありえるはずもない冷たい声を聞いた。

 「動くな。動けば撃つ」


 




 「動くな。動けば撃つ」

 照準を頭につけ冷酷に宣言しながらも、実のところ卜部は頭を抱えたかった。
 先の原因を調べるために急行してみれば、孤児院内の職員・孤児共に昏倒しているし、これ幸いと研究エリアへ向かってみれば、一人の少年が走ってきたというわけである。

 「(リャナンシー、この餓鬼が?)」

 「(はい、ウラベ様、この少年から先程の力と同質の気配を感じます。まず、間違いなくこの少年が原因かと)」

 小声で仲魔である鬼女に確認するが、答は一番あって欲しくないものだった。

 (やれやれ、面倒なことになったぜ……。)

 「貴方は誰ですか?なぜ俺の邪魔をするんですか?まさか……この研究所の人間……」

 卜部の心中をよそに、少年が口を開く。最後にいたっては子供とは思えない剣呑さと憎悪をにじませている。

 「勘違いするな。俺はここの小悪党どもとは違う本物の悪党さ」

 「そうですか。では邪魔しないでくれませんか。早くここから脱出しなかればいけないんです」

 「そうしてやりたいところではあるが、俺にも都合があってね。俺の質問に答えてもらおう。この施設を内の人間は尽くが昏倒している。これはお前の仕業か?」

 卜部とて、子供の使いではないのだ。はい、そうですかと通してやるわけにはいかない。まして相手は、あれ程の被害をもたらしたと思わしき相手だ。子供といえど容赦するわけにはいかなかった。

 「恐らくそうです。先程発現したばかりなので、俺にも詳細は分かりませんが…。そんなことより、貴方がここの人間じゃないというのなら、俺をここから連れ出してくれませんか?そうすれば、俺の知っていることは全部話しますから。このまま、ここにとどまれば遠からず人がきます」

 「(どう思うリャナンシー?)」

 「(提案を飲んでもよろしいかと。この少年が原因なのは間違いないようですし、この少年から聞き出す以上の情報を得られるとは思えません。遠からず人が来るというのもそのとおりでしょう。それに周囲には民家も少なからずあります。集団昏睡ともなれば、大騒ぎになるでしょうし、警察も出てくるでしょう)」

 確かにそのとおりだ。卜部とて、警察沙汰は絶対にごめんだし、進入が気取られるのはまずい。研究についても詳細はすでに調査済みだし、目の前の少年を確保すれば、先のことの情報も得られるだろう。長居は無用であった。

「よし、小僧。ついて来い。但し、少しでもおかしな真似をしてみろ。鉛玉を食らわすからな」

「分かりました」

 少年に反抗する意思はなさそうであったが、念には念を入れて、リャナンシーを後ろにつかせる。

幸い何事もなく脱出に成功する。まあ、障害となるはずであった警備員も、研究者も、孤児院の職員も一切合切昏睡状態にあるのだから、当然といえば当然である。逃走用に用意した車の後部座席にリャナンシーと共に座らせ、自身は運転する卜部。しばらく走らせた後、情報を吐き出させようとして、肝心要の少年が眠ってしまっていることに気づいた。

「おいおい、おねむかよ。全く今日は厄日だぜ」

「緊張が途切れて疲労が一気に出たのでしょう。よいではありませんか。聞き出すのはいつでもできます。今は眠らせてあげましょう」

ぼやく主にそう言って、忠実な鬼女はとりなしたのだった。 
 

 
後書き
[スキル解説]
パトラ:味方単体の「眠り」「高揚」を回復   

メ・デイア:味方全体を小回復

アギ:火球を放ち、敵を燃やし尽くす(敵単体に火炎属性小ダメージ)   

九十九針:無数の針を投げつける(敵単体に投具属性小ダメージ)

双界の波動(弱):二つの世界を超えて紡がれた魂の力を波動として放つ
⇨己を除く敵味方全体に、万能属性による精神or神経常態異常を引き起こす。 トウヤ降魔時専用スキル
    
  

 

敵対者の契約者

 
前書き
今回はメタな発言と言うか、説明が多いです。捏造設定(※)もありますので、お気をつけ下さい。
※原作ゲームでは、ペルソナ変異でしか小アルカナ使えませんし、FOOLペルソナもFOOLタロット集めないといけません。
 

 
 実験で強いられた極度の緊張と精神的・肉体的疲労から、卜部の車に乗せられてすぐに透真は眠りに落ちた。そして目を覚ませば、そこは見知らぬ空間であった。心を落ち着かせるような、深い蒼に包まれた空間。そして体全体どころか、魂まで染み渡るような歌声と全てを癒すようなピアノの音色が響く。さながら、そこは大海のようなイメージを不思議と抱かせた。それも無理なきことかもしれない。
 
 なぜならそこは……

 「ようこそ、ベルベットルームへ。ここは、夢と現実、精神と物質の間にあり、人の心の様々なる形を呼び覚ます部屋。
 我らが主、フィレモン様の命により、貴方をお待ちしておりました。我が名は、「マインドマンサーのイゴール、ピアニストはナナシ、歌手はベラドンナ」…おや、我等のことをご存知でしたか。フィレモン様の言うとおり、やはり貴方は尋常な客人ではないようですな」

 頭髪の大半が抜け落ち残りも白髪と化し、特徴的なギョロ目で長鼻、背は曲がり怪しげな笑みを浮かべている男が椅子に座り、目隠しをした男がピアノをひき、その傍らで女が歌っている。こここそは『ベルベットルーム』。『PERSONA』シリーズにおいてかかせない施設として登場し、新たなペルソナを召喚する為の場所。いわば、意識と無意識の狭間にある心の大海ともいうべき場所なのだから。

 「ああ、ゆえあって知っている。しかし、なんで『ワイルド』でもない俺がここに?」

 『PERSONA』『PERONA2』では複数のペルソナを全員が使えた為、そこはペルソナ使いであれば誰でも入れる場所であった。しかし、この世界の基本であろう『PERSONA3』『PERSONA4』では違う。なんらかの形で『契約』をした者だけが入ることを許される。というか、この世界における普通のペルソナ使いにとって、ここは無用な長物だ。なにせペルソナは成長するし、ペルソナを複数行使することもできないのだから。複数のペルソナを使いこなすのは、選ばれし『ワイルド』の特権だ。

 『ワイルド』になれたのは、わずかに二名。それも片や死神を半身と宿す者、片や大いなる敵対者から直接力を与えられた者だ。なろうとしてなれるものではない。まして、透真は『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』直々に、『ワイルド』ではないと宣言されている。しかも、『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』はフィレモンの天敵というべき対立存在であり、その契約者とも言うべき己が、この部屋に入る資格があるとは到底思えなかったからこその疑問であった。

 「貴方は確かに『ワイルド』ではなく、本来の意味での『契約』をした者でもありません。しかし、お聞きになりませんでしたかな?貴方のペルソナ能力は、本来この世界にあるものではないということを?」

 「それは聞いている。つまりアルカニストであり、全部ではないにしろ複数のアルカナのペルソナを使えるということか?」

 「いいえ、それは正しくはありません。確かに貴方はアルカニストだが、貴方は複数のペルソナを使い分けることはできても、複数のアルカナを使えない。いえ、使えなくなったというべきでしょうか……」

 「なんだと、それはどういう意味だ?」

 「貴方が宿す『FOOL(愚者)』、それは特別なアルカナです。この世界においては、『ワイルド』における『ユニバース』に至るまでの旅路の始まりを示すもの。そして、別世界では、探そうと思わなければ見つけられないものであり、非情に入手困難なそれでいて何人も拒まない特別なアルカナだ。
 貴方は『ワイルド』ではありませんから、必然的に後者のものになるわけですが、本来ならありえないのですよ。彼らを最初から宿すなどということは」

 話を聞くに、透真はどうやら単純に『PERSONA2』のペルソナ使いというわけではないようである。まあ、彼自身も、またペルソナの入手もイレギュラー極まりないから当然かもしれないが……。

 「彼らは、興味のある者にしか手を出さない。『FOOL(愚者)』の本質は旅人であり、1つところに留まるをよしとしないものなのです。それにも関わらず、貴方は『FOOL(愚者)』を宿しておいでだ。それも専用ペルソナとして。
 どうやら貴方は非常に数奇な運命をお持ちのようだ。私も長くここにますが、このような事態は初めてです。結論を申しましょう。貴方は『FOOL(愚者)』に選ばれたのです。真の意味での『FOOL(愚者)』のアルカニストとして」

 興味深げに言うイゴール。しかし、そんなこといわれても透真は疑問で一杯である。

 「数奇な運命というのは分かるが、真の意味での『FOOL(愚者)』のアルカニストとしてというのはどういうことだ?それに他のアルカナを使えないという制限は?」

 「貴方は彼らに見込まれてしまったのですよ。興味深い存在として、彼らの写し身たる者として。結果、貴方は他のアルカナを使えないという制限を受ける代わりに、彼らを自由に召喚できるという特権を与えられたのです」

 『PERSONA2』における『FOOL(愚者)』のアルカナは、唯一悪魔絵師にも描けないアルカナであり、その系統のペルソナを宿すには、悪魔との交渉で洒落にならないほどの手間をかけて、『FOOL(愚者)』タロットを集めなければならない。透真自身、エンディング後に集めたことがあるが、最初の一枚を得るのに10時間かかったといえば、それがどれだけ困難であることか分かるだろう。ぶっちゃけラスボス倒すより手間のかかる作業であった。それを思えば、彼らを自由に呼び出せるという特権は大きい。
 
 しかし、他のアルカナを使えないというのは、それ以上に最悪のデメリットである。複数のペルソナを使えるという強みは、敵に応じてその耐性・スキルを変化させられるということにあるからである。『FOOL(愚者)』のアルカナに属するペルソナの耐性は共通して非常に優秀だが、同時に弱点でもある。なにせどのペルソナも耐性が一緒なので、ペルソナチェンジしても、スキル面でしか優位に立てないということだ。これならば、まだ『PERSONA2』準拠の普通のアルカニストの方がましである。

 「なんだよ、それ……。じゃ、ここに来る意味がないじゃないか」

 「早とちりされませぬよう、私の説明が悪かったようで申し訳ありません。貴方は確かに大アルカナ(・・・・・)は『FOOL(愚者)』以外は使えません。しかし、小アルカナならば話は別です」

 「小アルカナ?それって、確か変異で……」

 「本当に良くご存知だ。そう、『ROD(杖)』『CUP(杯)』『SWORD(剣)』『PENTACLE(金貨)』、いずれも普通の方法では召喚することもできず、目にすることもない小アルカナのペルソナです。彼らはいわば突然変異から生まれるものですからな」

 「だが、そもそも合体魔法がないと変異は無理だろう。それにそもそもこの世界のペルソナ使いに合体魔法が使えるかどうか……」

 変異という現象を起こす為の合体魔法という概念がそもそも『PERSONA3』『PERSONA4』にはない。
『PERSONA3』には一応ミックスレイドというものがあるが、あれは『ワイルド』にだけ許された特権だろう。己にできるとは透真には思えなかった。

 「ご安心を。言ったでしょう、貴方は真なる『FOOL(愚者)』たる旅人だと。旅には、知恵たる『ROD(杖)』、武力たる『SWORD(剣)』、路銀であり糧の源たる『PENTACLE(金貨)』が必要であり、『CUP(杯)』とは聖杯、旅路の果てに至るものだ。ゆえに、貴方は変異によらず、少々変わった方法ではありますが、彼らを呼ぶことができます。それに変異の方法もないわけではありません。魔法を使えるのは何もペルソナに限ったことではないのですから。
 とりあえず変異の方法はともかく、これをお持ち下さい」

 そういうとテーブルに絵柄を描かれた4枚のカードがいつの間にか現れていた。
 一つは剣、カードの10分の1程が色を取り戻している
 一つは金貨、カードの半分ほどが色を取り戻している
 一つは杯、色を完全に取り戻している
 一つは杖、色を完全に取り戻し、光り輝いている

 「これは?」

 「これは小アルカナのペルソナを召喚するために、貴方が用いる媒介となるものです。貴方の行動、旅路に応じて、それらは色を戻していき、相応しい力量を持ったときに、光り輝きます。
 どうやら、1つ旅を終え聖杯に達されたようですが、『CUP(杯)』のペルソナを降魔されるには力量が足りませんな。ですが、貴方に知恵を与えんとする『ROD(杖)』を用いるにはぎりぎりですが、問題ないようです。
 早速、召喚されますかな?」

 「ああ、頼む」

 「では、失礼しまして」

 イゴールが『ROD(杖)』をもち携帯電話を取り出し、いずこかへとかける。同時にナナシのピアノ、ペラドンナの歌声が変わりる。何かが奥底から出てくるような感覚がした後、光と共に何かが現れる。

 『儂は釈契此 どんなものでも何らかの役に立つものじゃ』
 『もらえるものはもらっておくが良かろう』
 『我が写し身よ 主の旅路に無駄などないと知れ』

 袋を背負った太鼓腹のペルソナはそう言うと、透真の中に溶けこむように消えた。

 「『ROD(杖)』ペルソナの『ホテイ』に御座います。有効に使われますよう。こちらはお返しします」

 色を失った杖のカード、及び残りの3枚も渡される。

 「ああ、ありがとう。有効に使わせてもらう。…一つ聞いていいか?」

 戸惑いながらも礼を言い、少し迷った後口を開く透真。 

 「ええ、構いませんよ。なんでございましょう?」

 「なんでここまでしてくれるんだ?俺は貴方方の敵対者の契約者だぞ。害になるとは思わないのか?主の意に反するとは思わないのか?」

 「確かに貴方はかの敵対者の契約者だ。しかし、貴方は自由意思を奪われたわけではなく、彼の者の力を得たわけでもない。そして、何よりフィレモン様ご自身から、貴方の新たな心、新たなペルソナの目覚めをお助けするよう、仰せつかっております。
 それに私個人としても、貴方の旅路がどういう結末を辿るのか楽しみでもあります」

 「そうか、本当に人がいいんだな、あの人は……。ありがたく甘えさせてもらうわ。まあ、精々期待にそうように頑張らせてもらうわ」

 「ええ、それでよろしいかと。おっと、それからこれをお持ちください」

 イゴールは懐から漆黒の鍵を取り出し、透真に手渡した。

 「これは?」

 「『契約者の鍵』ならぬ、『愚者の鍵』といったところでしょうか。それを鍵のある扉に使えばここへ来ることができます。
 では、そろそろお別れのようですな。現実の貴方を待っている方もいるようですし、急ぎ戻られたほうがよろしいいでしょう。
 旅路の一寸先は闇。なれどその先には未知があり、である以上闇の中に一歩を踏み出せるのも愚者の特権でしょう。貴方の旅路がよきものにならんことを願っています。
 では、また会う日まで、御機嫌よう」

 最後の言葉と共に、再び透真は意識を失った。