木の葉芽吹きて大樹為す


 

萌芽時代プロローグ

 
前書き
にじファン投稿の物をそのまま転載しました。
サブタイトルに変更はあっても、内容の変更はありません。 

 
 向かい合う壮年の男性と、未だ幼い子供。
 板張りの床に座している神妙な様子の男性と子供を中心にして、数名の大人達が二人の様子を見守っていた。

「お主は本日より数えで七つ。我が一族では仕来りにより、七歳を過ぎて初めて名を与える事を知っておるな?」
「はい」

 男性が厳めしいが、慈愛の滲んだ声で子供に声をかける。
 床の上に正座していた子供が、声をかけられ、凛然と返事をした。

「良い返事だ。今日を持って、お主も一族の正式な一員として認められる事となった。父よりお主に授ける名だ。――受け取るが良い」
「はい、父上。感謝致します」

 小さな手が、男性から渡された巻物を慎重に受け取る。
 鮮やかな明け色の紐を躊躇いなく解き、子供はゆっくりとした手つきで巻物を広げる。
 渋い色合いの和紙に、黒々とした墨で記された文字。
 男性的な勇壮かつ雄大な勢いで記された漢字二文字を見つめて、子供は初めて眉根を寄せた。

「――……父上」
「なんだ」
「これはなんと読むのですか?」

 困った様に眉根を寄せながら見つめてくる子供に、男性はふ、と頬を緩める。
 そうしてから、よく響く朗々とした声で宣言した。

「柱に間、と書いて“柱間”と読む。今日よりお主の名は柱間である。誉れある千手一族の一員として、日夜修行を怠る事なく、精進に励めよ」

 何処か嬉しそうな男性に答える事なく、子供はただ呆然と己の名が記された巻物に視線を落としていた。
 
 

 
後書き

 過去掲載時に何度か「どうして主人公を女性にしたのか?」という問いがありましたので、この後書にて説明させていただきます。

 この話は、
 ・原作の初代火影、死んでからなんだかんだで滅茶苦茶不憫。
 ・原作知識があれば、つまり転生者であればなんとかなるのではないか?
 ・でも普通に男性として書いてしまったら、転生者にする意味があまりなさそう。 
 ・それに生まれて直ぐに自分が成り代わりだと気付かれてもなんかつまらん。

 みたいな考えから始まって、

 ・だったら女性にしてしまえば?
 ・これならすぐには成り代わりだと気付かないし、それに戦国最強が実は女性だったらなかなか面白いんじゃね?

 みたいな、後々思い返せばかなりの悪ノリで書き始めました作品です。
 でもだからといって、原作キャラとの恋愛なんて書く気はありませんので、恋愛要素は皆無です。
 

 

萌芽時代・発覚編<前編>

 
前書き
転載前の複数話を一つの話に纏めております。 

 
 自分が俗に言われる転生者であると気付いたのは、六歳の頃だった。

 時折脳裏に浮かぶ見た事のない景色や、見知らぬ人々の姿、読んだ事のない書物の内容など――確かに識らない筈の事を、自分は何故か幼い頃から知っていた。
 ただ、複雑かつ大量の記憶を処理するには脳が幼すぎたのか、精神が無意識にそれを拒んでいたのか。
 それは分からないが、どちらにせよバラバラにしか浮かんで来なかった訳の分からない記憶の数々が、分解されたパズルのピースが一つの絵を作る様に、綺麗に纏まったのが六歳の時。
 綺麗に記憶が統合された際に、成る程これが前世の記憶なのかと、一人納得が言ったものだ。



「父上、父上。我々の一族の名前はなんと呼ぶのですか? センテですか?」
「いいや。センテではない。我らは忍宗の開祖たる六道仙人の系譜に連なる誇り高き『千手』一族である」

 舌足らずの口を動かして、父上に一族の名を聞いたのが確か三歳ぐらいの頃。
 何処ぞからの仕事帰りだという事で汚れた武具を手入れしていた父上に一族の名を聞いた際、思わず頭を柱にぶつけてしまった。

 痛くなる頭を抑えながら、尚も父上に話を聞き出したところ、ダンディな壮年男性の見本の様な今生での父上は、にっこりと笑って千手一族の歴史とやらを教えて下さった。
 その際に「忍術」「チャクラ」「六道仙人」などと、どこかで聞き覚えのある単語の数々に、甦らない記憶を甦らせそうとして、頭がオーバーヒートしてしまったのは余談だ。

 「忍術」「チャクラ」「六道仙人」……そして「千手」
 聞き覚えがあるようでない言葉の数々を必死に紙に纏め、警鐘を鳴らし続ける本能に蓋をして、千手一族としての修行に励む毎日。
 当時の自分の脳みその中には、それらの言葉を触媒にして前世の自分が楽しんでいた某・忍者漫画の世界観がぐるぐると巡っていた時期であったと思う。

 何故嫌な予感を覚えたのか? ――その理由も六歳の頃に判明した。

 前世の自分の記憶が綺麗に統合され、もう一人の自分とでも言うべき存在が生前楽しんでいた娯楽作品の数々。
 その一つにオレンジ色の少年忍者が活躍する話があり、自分の生まれた千手とは物語内にちょくちょく出てくるあの「千手」と同じではないか、という疑問を私は抱いた。

 そしてそれはどうやら事実であったらしい。
 忍宗の祖、六道仙人の血を引く千手一族。
 自分が属する千手と記憶の中の「千手」は全くもってぴったりと合わさった。 
 そして「千手」となると“千手柱間”と言う人名が連鎖反応で出てくる。

 ――もしかしたら、彼も一族の中にいるのではないか? 

 そう思ってから、六歳になった時点で一族の中にそれらしい存在を探しては見たものの、残念ながら見当たらない。

 となるとこれから生まれてくるのかと高を括り、取り敢えず世の中は戦国時代なのだから自分を鍛える事を第一に、いずれ生まれてくる柱間を待とうと木遁に付いて調べながら、来年の命名の儀式を楽しみに二歳年下の弟を可愛がりながら過ごしていたのだが。

 ――――そんな暢気な事を思っていた自分をぶん殴ってやりたい。



「どうした。その名前が気に入らないのか?」

 目の前には微妙に眉根を下げた父上。今日も相変わらずダンディですね……ではなく。
 厳めしい顔付きはそのままに、どこか心配そうな父上を見つめて、慎重に自分は口を開いた。

「……あの、父上。この柱間と言う名を持つ者は、私の他にいるのですか?」

 お願いだからいると言ってくれ!!
 そんな切なる願いを込めた私の眼力をどう読み取ったのか、我が父上様は素敵に微笑まれた。

「安心なさい。我が一族の中で柱間という名を持つ者は、これからもこの先も、お前一人だけだ」 

 ……聞きたかったのはそう言う言葉じゃないのです、父上。


*****

 「千手柱間」
 この度、七歳になった自分が父上から拝命したばかりの、ありがたい名である。
 しかしながら、あれほど望んでいた自分だけの名前と言う物を私は素直に喜べなかった。

 それは偏に私が持っている前世の記憶の中に、同姓同名の人物が居たからに他ならない。
 ――某・忍者漫画に出てくる“千手柱間”と言う人物を私なりに纏めるのであれば、彼は色々な意味で人生はプラマイゼロであると証明した人だった。

 全忍の頂点に立ち、類い稀な戦闘能力と圧倒的なカリスマ性を備え、数多いる忍びの中で唯一木遁忍術を操ったとかいう凄い人物であった――その一方で。

 仙人の肉体に木遁という珍しすぎる血継限界のせいで、死して尚その能力を求められ、細胞やら何やらを盗られた挙げ句、物語の後半には誰かは忘れたが他所の男の体に顔だけ張り付いて登場する羽目になるのだ。

 ……何が悲しゅうて、他所の男に顔だけになってくっ付かなにゃならんのだ。
 もしそんな立場に置かれたら断固として拒否させて頂きたい、と前世の私は色々な意味で報われていない「柱間」を哀れんでいたのだが。

 ――――それが悪かったのか。

 一歩譲って、ここがNARUTO世界である事は認めよう。
 百歩譲って、自分が千手一族に生まれた事も認めよう。

 ――だがしかし。
 千歩どころか一万歩譲っても、自分が「千手柱間」である事は認めたくない。

 何故なら。

「“千手柱間”って、男だっただろう……」
「どうしたのですか、姉者?」

 思わず縁側に座ってそんな事を呟くと、隣にちょこんと座っている銀髪の少年が不思議そうに首を傾げてくれる。
 そうなのだ。私はこの度「千手柱間」としての名前はいただいたものの、性別は歴とした女。

「なのになんで私が柱間なんだ……!」
「おれは姉者にお似合いの名前だと思いますが」

 隣で銀髪少年改め、弟が慰めの言葉をくれるが、お姉ちゃん悪いけどそれどころじゃないんだよ。
 思わず意味も無く走り回りたくなるのを必死に堪えながら、前世の記憶を必死に探る。

 “千手柱間”は男であった筈だ、それは間違いない。
 しかし、この度「柱間」の名を貰った自分は女。
 確かに他の女の子に比べても背の高い部類に入るとは思うし、言動だって女の子っぽくないし、お洒落やら綺麗な着物を着るよりも、外で修行する事を好んではいるし、女物を着るなんて面倒だから専ら男物で過ごして、時折「元気のいい若君ですね。将来は一族を支える立派な頭領となられる事でしょう」とか言われたりもしちゃったが――自分は歴とした『女』なのである。

「なのになんでだーー!!」
「あ、姉者!? 何故、柱に頭をぶつけ始めるのですか!?」

 弟が焦った声を上げているが、もうそれどころではない。

 何が悪かったんだ! 注意されても一向に女らしい事をしなかった事か!? それともインドア派だった前世とは違い、体を動かす事への楽しさに目覚めて一族の男子に交じって修行に明け暮れていたせいなのか!?
 ぐるぐると頭の中に言い訳じみた事ばかりが思い浮かぶ。

 けど、よりにもよって柱間はないだろう、柱間は!!
 父上の命名センスを疑いたくはないが、幾ら自分が前世の記憶持ちであったとしても、まさかの“柱間”だと誰が思うかよ! 
 ……と口に出すかわりに、胸中で叫ぶ。

「母上、母上〜! 姉者が先程からおかしな事をーー!」

 自分の言動に恐れを抱いたらしい弟が母上を呼びに廊下を走っていってしまったが、生憎とお姉ちゃんは君の事を気にかける事が出来ない程混乱しているのだ。すまん、弟よ。

 ……待てよ?

 幾ら何でも同姓同名だからと言って、自分が“千手柱間”に成り代わったと考えるのは時期尚早すぎるのではないだろうか?

 ――――では、どうしたら「自分≠“千手柱間”」になるのか?

 考えに考えて、それは天啓の様に私の頭の中で閃いた。
 木遁、木遁だ! あれ以上に私が“柱間”ではない事を証明するに相応しい手段は無い!

 前世知識が正しければ、木遁忍術を使えたのは千手の中でも彼一人だけ。
 つまり、木遁を使えなければ“千手柱間”ではない!

 六歳になる以前から、時折浮かんでくる前世の記憶に翻弄されながら手をつけていた木遁忍術。
 前世を自覚してからは、いずれ生まれてくる千手柱間の役に立つ様にと、密かに研究を進めていた木遁忍術だがその開発を早めよう。

「…………早いとこ木遁を完成させないと」

 そんでもって、自分が“柱間”でない事を証明するんだ!

 柱に打ち付けていたおでこを離して、小さく呟く。
 我ながら中々良いアイデアではないか、と一人悦に入ってしまう。

「姉者……。大丈夫ですか?」
「なんだ、弟よ。そんな心配そうな顔をして」

 何処ぞに行っていた弟が、救急箱片手に走り寄ってくる。
 短く揃えられた綺麗な銀髪に、ちょい吊り目な美少年だが、今回ばかりは顔色も悪く普段よりも幼く見える。

「――弟よ」
「なんでございましょう、姉者」
「お前の命名の儀は後何年後だ?」
「三年後でございますが、それがなにか?」

 ――確か“千手柱間”には弟がいたはず。
 某・忍者漫画内でおねえ口調の蛇忍者の手によって、ゾンビとして兄弟仲良く穢土転生されていたのを覚えている。
 あれ? あの弟も目の前の自分の弟同様に銀の髪に吊り目な顔をしていなかったっけ?

「如何なさいましたか、姉者。顔色がますます悪くなっておりますが」
「……大丈夫だ」

 黒目黒髪のアジエンスヘアーな自分と違い、弟は銀髪。――そう、銀髪なのだ。
 え? これってやばくない?

「うぇ……。なんだか吐き気がして来た」
「ええ!?」

 考え過ぎて気分が悪くなって来た。
 心配している弟の声を右から左に流しながら、必死に頭を回転させる。
 自分が「柱間」という名だったとしても、自分が“千手柱間”であると決定づけるにはまだ早い。

 ひとまず私がすべき事は、木遁の研究と弟の名前が「千手扉間」でないことを天に願うだけだ。
 

 

萌芽時代・発覚編<後編>

「…………出来てもーた」
「凄いではありませぬか、姉者!」

 後ろでは弟が嬉々とした声で笑顔を浮かべてくれてはいるが、生憎お姉ちゃんとしてはそれまで目を逸らし続けていた現実に直面せざるを得ない事実に涙しか出て来ないのよ。

 もう何これ、何なのこれ。
 なんだってば自分が木遁忍術使えちゃうのさ。
 初代火影こと“千手柱間”だけのオリジナル技だったでしょ、これは。
 無言で涙を流している自分を見てどう思ったのか、後ろではしゃいでいる弟は「涙を流す程喜ばしいのですね、流石姉者!」とか無邪気に言っているが、生憎と涙は涙でも嬉し涙ではなく悔し涙なのだよ、弟よ。

 目を逸らしても、頬を抓っても目の前に生えている巨木の姿は消えそうにない。
 認めたくないが、どうやら長年研究を続けていた木遁忍術は成功してしまったらしい……本当にどうしてだ。

「しかし……。これはおれでは使えないのですね。残念です」
「諦めてくれるな、弟よ。もしかしたら、他に使える忍びが一族の中に居るかもしれぬ」

 というか、むしろいて欲しい。
 しょんぼりと肩を下ろして残念そうに木遁忍術で生やした木を見つめている弟に、切実な願いを込めてそう言うと、子供特有の無邪気な笑顔で振り返った弟はこう言った。

「おれとしては姉者以外にこの術を使える相手がいない方が喜ばしいです。そしたらこの術は姉者だけの物でしょう」

 それが嫌なんだってば、お姉ちゃんは。



 自分の切ない願いが天に届かなかったのか、弟の無邪気な呪いが存外に効力を発揮したのか。

 強者揃いの千手一族の者達に木遁を教えてみたのだが、自分以外に使える者はいなかった。
 同じ一族で同じ釜の飯を食っている筈なのになんでだ、と心の中で叫んでも現実は変わらない。
 寧ろそれどころか、木遁と言う比類無い攻撃力と性能を誇る忍術を発明してしまい、尚かつそれを操れるのが自分だけだったせいか、それまで比較的簡単な任務しか任されなかったのが、一族の次期頭領として戦場に連れて行かれる様になってしまった。

 幾ら前世の記憶が有り、精神年齢が他の子供よりも大人びているとはいえ、元は平和な時代しか知らない世界で生きていた人間だ。戦争の悲惨さに何度も目を背けたくなったし、人前ではなんとかして平気な顔をしていても、ぶっちゃけ物陰でこっそり吐いたりもした。

 父上や母上は「その内慣れる」と言ってはくれたが、慣れたところで胸の中に巣くうこのもやもやとした物は無くなってはくれないだろう。
 平和な時代であった前世の世界が本当に恋しい。
 こんな世界の裏を目撃させられては、もう“柱間”が何だとか考える余裕も無い。
 戦場に放り出されてから、気が付けば「柱間」の名を名乗る様になって既に三年が経過していた。


*****

 千手の忍びとして、次期頭領として任務を受け、それを達成する毎日。
 木遁を開発し、文字通り生死の境を行き来する日々を送っていた私の元に父上から集落に帰ってくる様にとのお達しがあった。
 はて、何かあったのだろうかと首を傾げながら、私は久方ぶりに帰郷した。

「お帰りなさいませ、姉者!」
「ただいまだ、弟よ。暫く見ないうちに随分と背が高くなったな」

 数週間振りに顔を合わせた弟は随分と大きくなっていて、ちょっと驚いた。
 子供は少し目を離しただけで随分と変わるもんだよ、とこの間任務を一緒にこなした一族のご老人が言っていたが、どうも比喩でもなんでもなく本当の事らしい。
 ……かく言う自分もまだ子供だけどね。

「姉者、これよりおれの命名の儀が始まりまする。どうか姉者もご列席いただきとうございます」
「なら支度をしてくる。すぐに向かうから待ってろ」
「はい!」

 もうそんな時期なのか、月日が経つのは早い早い……。
 そんな事を思いつつ、一張羅を箪笥の中から引っぱり出して、弟や一族のお偉方の集まる儀式用の部屋へと向かったのだが――はて何かを忘れている様な?


「――これよりお主の名は千手扉間。長子である柱間を支え、一族を守る立派な忍びになる様に」
「はい、父上!」

 忘れてたぁぁああ! まさかの確定フラグかよ!
 もうダメだ。千手、チャクラ、六道仙人、千手柱間と続いて木遁に今度は「扉間」だ。
 もう間違いない……気絶しなかった自分をどうか誉めて欲しい。
 最後の望みは敢えなく絶たれ、これで自分が名実共に「千手柱間」であると認めざるを得なくなった。

「柱間よ、どうした。涙を流したりして」
「いえ。何でも有りません、父上」

 扉間が大きくなったのが嬉しくて思わず涙が……と答えれば、なにげに親バカらしい父上は嬉しそうに目を細められた。部屋の中にいた他の者達も自分の返事になんでか嬉しそうな顔である。

 ――あぁもう、認めるしかないではないか。
 自分はあの“千手柱間”なのである、と。

*****

「弟……いや、扉間よ」
「なんでございましょう、姉者」

 目の前にはやけに真剣な表情の扉間。
 そりゃそうだろう。こんな夜更けに話が有ると言って、人の少ない森の中で顔を突き合わせているのだから。

「簡潔に纏めますと、お姉ちゃんの事を今度から姉者ではなく兄上、もしくは兄者と呼びなさい」
「ええ!? な、なんでですか、姉者!」

 いやもう、君の言う事も最もだと思うよ。
 自分だって突然そんな事言われたら混乱するもの。

「話すと長いんだけどさ、どうやらお姉ちゃんは他所様どころか一族の者達にも男だと思われているんだよね」
「は!?」
「どうも勘違いされてから面倒くさがって直さなかったのが悪いんだけど……。戦場に立つ様になってからはそれがますます顕著になっちゃってさ」

 ほんとにもう、何でこうなっちゃったのやら。
 昔から男の子に間違われてはいたんだけど、どうも間違う段階をすっ飛ばして「男」だと周囲に認識されちゃっているみたいなのである。
 そんなに女の子らしくないのかね、自分。

「周囲にそれとなく水を差してみても、凛々しいとか勇ましいとか猛々しいとか言われるばかりなんだもん。一人称を試しにオレに変えてみたけど、全然違和感ないし」

 寧ろ、柱間様素敵! と叫んでくれる女の子の数が多くなっちゃった程だ。
 男にはどこまでも付いていきますぜ、兄貴! みたいな感じで慕われるし。
 自分、ようやく十歳過ぎたところなのになぁ。

「――と、言う訳でおねーちゃん開き直りました。ぶっちゃけ、男に間違われるなんて些細な問題だし、人面フラグに比べれば」
「じ、人面ふらぐ? な、なんなのですか、それは」
「はっはっは。これからはオレが誰であろうとか関係ないわ。つーかもう、やってられっか! 何が何でも人面フラグだけは回避してやる!!」
「あ、姉者! お気を確かに!!」

 もう「自分=某・忍者漫画世界の千手柱間」の公式が確定しちゃっているのだ。
 叫ばなきゃやってらんねぇよ、こんちくしょう!

 ――幸いにして、といっていいのか。
 「柱間」の天敵であった万華鏡とかいう綺羅綺羅してそうな目を持つ一族の兄弟には、まだ出会ってない。
 彼らに出会わずにいられれば、そんでもって兄の方に目をつけられなければ、最終的なフラグ回避だって可能だろう……多分だけど。

「為せば成る! 為さねば成らぬ何事も! 頑張れば何とかなるさ、多分きっと!」
「姉者! じゃなかった兄上! 落ち着いて下され!!」

 昇る朝日に向かって思い切り叫ぶ。
 もうこの際、“柱間”がどんな人間だったとかどーでもいいわ。人面フラグさえ回避出来れば!
 

 

萌芽時代・出逢い編<前編>

 開き直ってから二年が経過した。

 周囲に男だと思われるのは別に構わないんだが、最近では父上でさえも自分の事を男と勘違いしているのではないかと疑ってしまう。
 任務先から土産だと言って立派な業物を一振り渡された時は、流石の自分もなんか突っ込みたい気分に成った。

 ……年頃の娘に刀を一振りって。

 自分じゃなければ「お父さんなんか大嫌い!」って罵られても可笑しくないですぜ、父上。

 でもまあ、貰い物だし名刀であるのは確かだから、最近のお出かけの時のお供は専ら父上から貰った刀なのだけども。

「さて、と……。空区に来るのも久しぶりだな」

 本日の私は黒髪清楚系美人の母上にお使いを頼まれ、非戦闘地域であり忍御用達の店が並ぶ空区に来ていた。

 一族の集落やここの様な空区でない限り、この世界のあちこちで戦争は毎日の様に続いている。

 忍びの一族同士で鎬を削り合っている状態が現状なので、各一族はどちらかと言えば閉鎖的な傾向にある。
 なのでこのような場所に来ない限り、一族でないものと接する機会も少ないのだ。

「よぉ、千手の若君! 良い武器を入荷したから見ないかい?」
「おや。柱間様じゃないかい。そんなあこぎな商売している男の店よりもうちに寄んなよ。お安くしとくよ?」

 威勢のいいおじさんに声をかけられたり、婀娜っぽいお姉様に声をかけられたり。
 ここ数年で顔なじみとなったお店の人達と挨拶を交わし、人混みの中をすいすいと進む。
 空区と言う非戦闘地域であり、各一族御用達のお店も多いせいか、道行く人々の中には同業者の姿も見られる。

「おう、千手の! どうだい、一杯やらないか?」
「折角のお誘いだけど、またの機会にしておくよ! お使いの最中なんでね!」

 この間知り合ったばかりの猿飛一族の忍者に声をかけられるが、笑って断る。
 そうすると残念そうな顔をしながらも、相手は手を振りながら店の奥へと入っていった。

「注文の品を引き取りに来ましたー!」
「いらっしゃい、柱間様!」

 目的のお店に入って、大声で叫んだ。
 取り敢えず、一族の者達が頼んだ武具・防具類を受け取れば今回のお使いは終了である。



「よし、買い物終わり。さっさと帰るか」

 幾ら非戦闘地域とはいえ、自分以外に誰もいない状況で一人なのはあまり良い事ではない。
 確かに自分は木遁と千手一族特有の体質のお蔭で、この歳でも強い部類には入るが、まだ上には上がいる。

 ましてや千手特有の身体能力に、私は一族の中でもただ一人木遁が使えると言う突然変異種だ。
 下手な事して敵さんに捕まったりでもしたら……正直笑えない事態になってしまう可能性がほんとに高い。
 捕まって人体実験の研究材料にされたりとか、細胞取られたりとか……なにそれ怖すぎる。

 怖気の走る事を考えてしまったせいか、寒くもないのに鳥肌が立つ。
 もうやだ、将来的に細胞単位で狙われる様になっちゃう立場なんて。

「――――!」

 そんな事を考えたせいで憂鬱になっていた時、先程まで静かだった森の中で誰かの声が聞こえてきた。

「――――! ――!!」
「――――!?」

 どうやら空耳でも、気のせいではないらしい。
 話し声の種類からして人数は最低でも二人。声の質からして……子供だろうか?

 千手一族は他に比べると緩やかであるそうなのだが、今は戦国時代。
 どこの一族でも人員不足を補うために、片っ端から戦場に幼い子供が投入する事が多い。
 かく言う自分とて、向こうの世界におけるある種の少年兵みたいなものだ。

 そんな事を考えながら、気配を消した状態で声の方へと近付く。
 木々の生い茂る隙間から覗いた二つの頭を目にして、ああやっぱり子供だったかと頷いた。

 固そうな黒髪とさらさら系の黒髪の……少年達。
 背格好もよく似ている事だし――となると兄弟なのだろうか。

 しかし、近付いてみて解ったのだが、さらさら髪の少年は怪我している様だ。
 血の匂いを消す薬が撒かれた様で匂いこそ失せてはいるが、目視出来るだけでも結構な量の血が流れ出ている。

 固そうな髪の少年の方が医療忍術を使えるのであれば兎も角、あのままじゃ出血多量で下手すれば死んでしまう。
 気付いた以上、見て見ぬ振りは……出来ないよな。

「――誰だ!!」

 わざと物音を立てて姿を現すと、黒髪少年達が振り返る。
 揃ってこちらを見つめているから、その面差しが似ているのがよくわかる。やっぱり兄弟か。

「ええ、と。単なる通りすがりだ」
「ただの通りすがりがそんな業物を持っているとは到底思えん」

 ……ですよねー。

 固そうな黒髪少年……おそらくこっちの方が兄だろう。さらさら君よりも大人びて見えるし。
 刃が中程で折れた日本刀をこちらに向けた状態で威嚇してくる。

「となると、オレ達の後を付けて来た……敵か!」
「ちょ、待てっ!!」

 何、この子滅茶苦茶こえぇ!
 まだ何にもしてないのに、こっち目がけて襲いかかって来たぁ!

「落ち着け! オレは敵じゃないって!」
「黙れ!!」
「敵じゃないんだってば!」

 両手を上げた状態で、俗に言うホールドアップをしてみたんだが、文化の違いのせいか火に油を注いだだけのようだった。
 もうやだ、この子怖い!

「吐け! 何が目的だ!!」
「いーから落ち着けって! この分からず屋!!」

 ぎらぎら光る日本刀を振り回しながら赤い目で睨んでくる少年の聞き分けの無さに、思わず怒鳴る。
 滅多に怒らない分、自分が怒ったら怖いんだぞ! 大きくなった扉間が涙目で「ごめんなさい、姉者」って土下座して謝ってくるぐらいだからね!

 本気の怒りを込めた一喝に、少年が驚いた様に動きを止める。
 そこを突いて距離を詰め、一本背負いの要領で少年の片手を掴んで地面へと放り飛ばした。
 
 驚いた様に目を見張っている少年の両手を押え付け、馬乗りになって視線を合わせる。
 ここ一番の極上の笑みを浮かべ、少年へと殊更ゆっくり囁いてやった。

「頭は冷えたか、黒髪少年?」
「お前、一体……」

 惚けた様に少年が何かを呟いているが、無視だ無視。
 さっさと怪我をしている黒髪少年(弟)の方へと足を進めると、少年の前で腰に差していた刀を黒髪少年(兄)の方へと放る。
 刀への乱暴な扱いに少年達が驚いた様な声を上げる中、その場に膝を付いて黒髪少年(弟)の怪我をしている箇所に手を翳した。

「何を……!」

 掌に緑色を帯びたチャクラを集めての医療忍術。
 後に掌仙術と呼ばれるであろう医療忍術の基礎を自分用に改造しまくった物である。

 流石は仙人の血を引く一族なだけあって、千手のチャクラ量はかなり多い。
 おまけに自分は一族の中でも随一のチャクラ量を秘めていると言われているだけあって、この程度の術であれば乱用しまくっても問題ない。……乱用する気はないけどさ。

 見る見る内に血を流し続けていた少年の傷口が塞がっていく。
 その光景を目にして、ほっと一息を吐いた。

「よし。これでひとまず怪我の方は大丈夫だろ。それと……これを使え」

 腰に紐で結わえていた竹製の水筒から少しだけ水を沁み込ませた布を持って黒髪少年(弟)の方へと差し出す。
 幾ら匂い消しを使っていても、そのままでいたらそのうち匂いを嗅ぎ付けた森の獣や敵の忍びに見つかってしまうかもしれない。
 
 少年の手に無理矢理濡れた手巾を持たせ、軽く一息を吐いて立ち上がる。
 そうしながら先程黒髪少年(兄)の方へと放り投げた刀を回収しようとして、目がバッチリ合ってしまった。
 …………黒髪少年(兄)の赤い目と。

 あれ? 赤い目?

*****

 何度確認しても、こちらに向けられている黒髪少年(兄)の目の色は赤のままだった。

 き、気のせいな筈だ。
 赤い目を持っている奴なんて、そうごろごろと転がっている筈が無い……よし、瞬きをしてみよう。

 ……変わらなかった。目を擦ってみても赤いままだ。

「その、先程は済まなかった……弟を助けてくれて感謝する」
「え? あ、ああ」

 なに暢気に返事してんだ、自分!! 嫌な予感しかしないんだけど、この状況!
 黒髪に赤い目っていったら、某・戦闘一族しか思い当たらないし。ここはさっさと離れるのみだ、うんそうしよう!

 表面上は落ち着き払った表情を浮かべているが、背筋には冷や汗がだらだらですよ。
 自分の名が柱間であった時と同じ位混乱してますよ、ほんとに。

 ――待て待て待て。落ち着け、自分!

 混乱しまくりな自分を胸中で叱咤する。
 そもそも、赤い目だからってこの子達があの一族とは限らない。慌てるのは確認してからじゃないと。

「何を深呼吸しているんだ?」

 訝し気な声がかけられるが、精神の安定のためにこれは必要な事なのだよ、少年。
 最後に深く息を吐いて、目の前の黒髪少年と視線を合わせる。うん、赤いままだ。

 揺らめく炎をそのまま移し込んだみたいに赤い瞳に、浮かんでいるおたまじゃくしが、ひ、ふ……みっつ。

 …………うん。
 これ、間違いなく写輪眼だ。

「兄さん?」

 さらさら髪の弟君の方が、立ち上がってこちらに歩き寄って来る音が聞こえる。
 出来るだけ自然に、出来るだけ違和感無く……この場を離脱しよう。それがいい。

 敵意が無い事を示すために放り投げた刀を持ち上げて、腰に差す。ずっしりとした重みに、内心で一息吐いた。

「あの、先程はありがとうございました。それから、この手巾も」
「いや。別に気にしなくていい」

 出来るだけ自然に、自然に。
 弟の方の黒髪少年が手にしていた血に濡れた赤い手巾を見つめて、申し訳無さそうに視線を下げる。
 その姿からそっと視線を離して、そのまま二人に背を向けたまま元来た道へと歩き出す。

 なるだけ自然に、さり気なく……よし、いける。

 少年達が声がかけられないように、出来るだけ堂々と、それでいて速やかに。
 しめしめ、これで離れられると……と、思った矢先。

「見つけたぞ、うちはの餓鬼共! さあ、その巻物を我らに寄越せ――って、お前は!?」

 如何にも悪党です的な忍び装束の男が、草薮から飛び出て来た。なんで今出て来ちゃうかな、君!
 おまけに、さっきからずっと目を逸らしていた事実を遠慮なく口に出してくれるし。本当にどうしてくれよう。

「何故千手の木遁使いがここにいる!?」

 しかも人の素性をばらしやがって、この野郎!!

 黒髪少年達が驚いた様な目でこっちを見てるし、黒髪少年(兄)の目の色が変わるし。
 ……いや、元から赤い目に変わってはいたけどね。
 弟君の方も、こっち見ながら「え、あの人が」とか言ってるし。

「丁度いい! うちはに、あの千手の木遁使いをも倒したとなれば、一気に我らの名が上がるというもの! 運が悪かったな、小僧共!」
「やかましい、これ以上話すな!」

 主に人様に関しての情報を! 

 怒りのままに、何かの術を発動させようと印を組んでいた男を、刀の柄で殴り倒す。
 あっという間に相手は地面へと崩れ落ちた。

 よし、このまま速やかに戦線離脱だ。
 軽く鼻を鳴らしてから、刀片手にその場を離れる事にする。

 ――ところが、刀を掴んでいる手が後ろから掴まれた。

「待て」
「……まだ、何か用か?」

 いやいやいや。今の会話のどこが君の琴線に触れたのかな、黒髪少年(兄)。
 私としてはさっさと集落に帰って、これは悪い夢だと思い込みたいんだけど、本気で。
 ……それにしても力が強いな、この子。びくともしないんですけど。

「――お前、名は?」

 ぎり、と腕に力が込められる。
 三つ巴の写輪眼が、頭一つ分だけ高い私の目を覗き込む。

「さっきの奴が言ってただろ。千手の木遁使いだ――それ以上言う必要も無い」

 というか、うちはという時点で、これ以上興味を持たれても困るんだけどね!
 なるべく冷静な口調でそう言って、掴まれた腕を乱暴に振りほどく。
 にしても痛かったな、痣出来てるかも。後で確かめてみよう。

「待て! 何故うちはのオレ達を助けた!?」

 何で人の事引き止めるのかなぁ、君は!

 ちらり、と後ろを振り返ってみれば理解出来ないと言わんばかりの黒髪少年(兄)。
 ……彼も千手とうちはの始祖に連なる因縁を知っているのか。

「大した事じゃない。子供で怪我人である以上、お前達が誰であろうと助けるつもりだった」

 戦争に放り出される様になってから、私が心に決めた事がある。

 自分よりも幼い子供には、戦場では手を出さない。
 任務についていない時に怪我人にあったら、決して見捨てない。

 父上からも母上からも甘いとは言われているし、実際そうなのだけども。
 これは一族の忍びとして「柱間」という名を貰う以前から半ば意地で決めて、それからずっと実行し続けて来た事だった。

 今日だって、偶々助けた相手がうちはの一族の子であっただけの話だ。
 
 もうこれ以上彼らと話す事はないよねと思って、今度こそ振り返らずに彼らの前から立ち去る。
 嫌だな、なんか物凄くシリアスな雰囲気になっちゃった。
 帰ったら扉間に修行と言う名の八つ当たりをさせてもらおう。
 

 

萌芽時代・出逢い編<中編>

 うちはの(そう言えば名前を聞いていなかった)兄弟達と顔を合わせてから、数日後。
 今日も素敵にダンディな父上に呼び出された私と扉間は、二人揃って客間へと向かって歩いていた。

「なぁ、扉間。オレは昨日任務が入っていたからよく知らんのだが、誰か来ているのか?」
「確か、遠い親戚がやって来たと一族の者達が言っておりました」

 ふうん、と適当に相槌を打つ。
 千手一族の遠い親戚ね。日々色々な事が有り過ぎて、徐々に原作というか前世知識が薄れてきてるからなぁ、思いつかないや。
 最も、人面フラグが起こりかねない事だけは覚えているんだけどね、強烈に。

「父上。——柱間、扉間参りました」
「入りなさい」

 室内に入り込む前に、障子の前で軽く両膝を付いての入室のお伺いを忘れない。

「失礼します」
「失礼致します」

 内輪だけならこんな事しなくても良いのだが、お客さんが来ているとなるとそうもいかない。
 一礼して、扉間と共に部屋に足を踏み入れた。

「よく来たな、二人共。——うずまきの長老殿、こちらが柱間とその弟の扉間です」
「ほう。二人共将来が楽しみな良い顔付きをしとる。お主も鼻が高かろうて」
「いえ……。そのような事は……」

 父上め……、本当に私の性別を忘れているんじゃないだろうか。
 謙遜しながらも、どこか照れくさそうな父親を軽く睨む。
 そうしてから、お客人の方へと視線を移した。

 随分と歳を取ってはいるが、矍鑠とした老人である。
 鎧装束などは身に着けてはいないが、それでも身に纏う雰囲気や服の合間から覗いた肌に浮かぶ無数の裂傷から、この老人もまた自分達同様に戦う事を習いにした人物であると推測出来た。

「——父上、こちらのご老人は……?」
「おお、すまなかった。柱間、こちらは我らが系譜に連なるうずまき一族の長老殿だ」
「うずまき一族……」

 って、主人公の名字じゃないか! まだその事は覚えている。
 そんな事を思っていた私の耳に、父上の言葉が飛び込んでくる。

「そして、こちらが……」

 差し出された手の、その向こう。
 うずまきの長老殿の隣に、小さく縮こまる様に一人の少女の姿があった。



「——でさぁ、聞いてよ猿飛殿! この間、千手で女の子を預かる事になったんだけど、その子、ものすっごく可愛いいんだ!」
「もう何度目だよ、千手の。俺、そろそろ耳に胼胝が出来そうだぜ……」

 任務で知り合った猿飛一族の忍者、猿飛佐助さん。この間、息子が生まれたばかりの先輩忍者さんだ。
 以前、任務の最中に怪我をしているのを治療してから、こうして度々話す間柄になったのである。
 空区でばったり顔を会わして、そのままお互いに用事もなかったので茶屋で一服していた。

「最初こそはびくびくしててあまり話してくれなかったんだけど、暫くしているうちにオレに向かって笑いかけてくれる様になってさ! その笑顔がもう、可愛いのなんの。胸がきゅんとしちゃうね!」
「随分、その女の子に夢中みたいだな」
「そりゃそうだよ。今まで周りにいたのは可愛げの無い野郎ばかりだったからね。もう癒されまくり」

 湯のみに入ったお茶を啜りながら、しみじみと呟く。
 呆れた顔をした佐助さんが、お茶屋のお姉さんが持って来てくれた三色団子にぱくついた。

「それで? その子、名前はなんて言うんだ?」
「ミトだよ。猿飛殿も、会ったら絶対見惚れる事間違い無しだね! 今も可愛いけど、大きくなったら物凄い美人になる事間違い無しだ」

 そう。この度千手の家で預かる事になった少女の名は、うずまきミト。
 なんでもチャクラ量の多い事で有名なうずまきの一族でも、群を抜いて大量のチャクラを有する事から、彼女の身を案じた祖父(うずまきの長老殿)が千手に預ける事を思いついたらしい。
 生命の鮮やかさを象徴する様な赤い髪に、灰鼠色の瞳を持つ、妖精の様に可憐な美少女である。

 最初こそ肉親と離れ慣れない土地に来たせいで引っ込み思案だったが、長い赤毛を綺麗にお団子に纏めて上げたら、私に物凄く懐いてくれた。
 今じゃあ「柱間様」と私の事を呼びながら、後ろを付いて来てくれる。

「はいはい。そりゃあ良かったな、将来の可愛い嫁さん候補が出来て」
「何言ってんのさ、猿飛殿。ミトは妹だよ。もう、オレの目が黒いうちは誰の嫁にも出さん! って気分だね! 娘が出来たらきっと猿飛殿も分かるよ」
「そーかよ」

 あれれ、猿飛殿が死んだ魚の目になってる。
 可笑しいな、ミトの溢れんばかりの可愛さを精一杯伝えてみれたと思ってたのに。

「今朝なんて、オレの部屋に今朝摘んだばかりのお花を持って来てくれたんだよ。羨ましいだろう!」
「いててて! はーなーせー!」

 生返事しかくれない猿飛殿の首に片腕をかけ、空いた手でこめかみを拳骨でぐりぐりする。
 大して痛そうに思えない叫びを上げながら、猿飛殿が首に回していた私の腕を引離した。

 痛そうに首元を擦りながら、猿飛殿はやけにじっとりとした視線で私を睨みつけてくる。

「全く……。つくづく思うが、お前は本当に任務中と普段との差が激しすぎるぞ」
「オレに言わせればこっちの方が素なんだけどね。シリアスモードを長い間続けるとほんと肩凝るわ」

 ごきごきと首を回す。随分と肩が凝ってるんじゃないかな、こりゃ。
 まあ、普段重たい鎧やら甲冑やら付けて走り回ってるんだもん、そりゃあ肩も凝るだろう。

「聞いたぞ。この間の戦で随分と活躍したそうじゃないか。この空区でもお前の名があちこちで囁かれる様になったし」
「ふーん」

 猿飛殿の皿に乗っていた最後の団子をかすめ取って、適当な相槌を返す。
 隣で悲しそうな声が上がったが、無視した。
 
「正直、戦場でのお前の姿を見せられた時は、年甲斐も無く俺の胸も熱くなったもんだぜ」

 それが普段ではこれだからなぁ……と言ってなんか可哀想な人を見る目で見つめてくる猿飛殿。
 失礼な人だな、全く。

「良い歳したおっさんに惚れられても全然嬉しくないね。同じ台詞でも、言われるんだったらミトみたいに可愛い子がいい」
「ちょ、お前、誰がそんな事言ったか! それに俺はおっさんじゃねぇ!」
「やだね、余裕の無い男は。そんなんじゃ、今度嫁さんに息子を連れて実家に帰られるぜ」

 だからちげーし! と叫ぶ猿飛殿を見つめて小さく笑う。
 一族の者達と過ごす時間も良いが、こうして猿飛殿の様な一族外の忍びと話す事もまた楽しいものだ。
 これ以上からかうとクナイが飛び出てきそうだったので、団子代を置いて私は立ち上がった。

「あら、柱間様。もうお帰りですか?」
「これ以上猿飛殿と一緒にいると、彼の新妻から妬まれそうだからね。今日はこれくらいにしておこうと思って」

 茶化した物言いに、お茶屋のお姉さんが口元に袂を当ててくすくすと笑う。
 腰に差した刀の位置を少々動かして、落ち着くところに直した。

「じゃ、オレは暫く空区を回ってから帰るわ。猿飛殿も奥さんが怒り出さないうちに早く帰れよ」
「やかましいわ!」

 猿飛殿の怒声を背に、私は茶屋を出た。 



 猿飛殿と別れてから、私は普段は行かない区域へと足を運んでいた。
 理由は新しい店舗の発掘である。数多くの店が建ち並ぶ空区では、店の入れ替わりも激しい。あまり良くない品物を扱っているお店は周りからも客からも叩かれるし、より良い品を扱うお店に客が流れる事なんてざらに有る。
 そうして新しく入って来た店舗に足を運んでどのような品を扱っているのかを調べるのも、空区に来る目的の一つである。

「ええと、聞いた話ではこの辺りの区域だった筈だけど……」

 無数の看板が立ち並ぶ中で、一人途方に暮れる。
 あまりにも店の数が多いせいか、どこが目的の店なのか分からない。
 しょうがないので、この辺りの店でめぼしいとこを見つけて覗いてみるか。
 適当なお店を冷やかしながら通りを歩いていると、首に布を捲いた猫が目の前を通り過ぎようとしていた。

 随分と毛並みの良い猫だな。どこぞのお店で飼っているのだろうか?

 ううん、と首を傾げる。
 こちらの視線に気付いたのか、猫の黒い目が私を見つめながら、フニィと小さく鳴く。
 まるで付いて来いと言われた様な気がして、猫を追って自然と歩き出した。

 入り組んだ道を猫に従って進んで行くうちに、先程までいた表通りではなく裏通りと言われるところに踏み入れていた。
 上が色々な物でごたごたしているせいか、辺りは薄暗い。
 きょろきょろとあちこちを見回していると、猫の進む先に薄汚れた布が掛けられた店の入り口が目に入った。
 となると、あそこが猫の目的地だったのだろうか?

「あ!」

 どうやら目的地だったらしい。
 躊躇いも無く猫が店の入り口の布の下をくぐっていく姿が見えて、自分も後を追いかけた。

「へぇ。外と違って店の中は随分と綺麗じゃないか」

 食料品からクナイの様な武器まで色々と揃えられた店内。
 店の雰囲気からして作られたばかりと言う事はないだろうから、店主がちゃんと掃除しているのだろう。

「————おや、お客さんかい?」

 色気が滴り落ちてきそうな艶めいた声が聞こえて来て、そちらへと足を進める。
 紫煙が漂う室内には、瑞々しい美しさの女性と、さらさら髪の黒髪少年がいて。

「あ、あなたあの時の……!」

 ————嬉しそうな顔で微笑んだ少年の姿に、私の頬は引き攣った。

*****

「……おや。知り合いなのかい?」

 思わず固まった私を元に戻したのは、店主らしき女性の意外そうな響きの声だった。
 紫煙漂う煙管を片手に、艶やかな黒髪を簪で纏めている瑞々しい雰囲気の女性は首を傾げてみせる。
 それにしても、なんで頭に黒い猫耳を付けてるんだろ。似合っているけどさ。

「はい。この間の任務の時に助けてもらったんですよ」
「へぇ。それはそれは……」

 女性のしっとりとした漆黒の瞳が、私を流し見る。なんでか背筋に戦慄が走った。

「その、今日は一人なのか?」

 この間会った時は側に黒髪少年(兄)がいたが、あの固そうな黒髪の少年の姿は店内に見当たらない。幾ら空区とはいえ、不用心すぎるんじゃないだろうか。自分の事を棚に上げてそう考えていると、少年が小さく笑った声がした。

「兄さんはこの近くで武器を物色している筈ですよ」
「そ、そうか」

 なら出来るだけ早くこの場から離れた方が無難だな。
 あのお兄さんの方の黒髪少年はなんでかあまり顔を合わせたくない……この弟君の方はそんな事思ったりしないんだけど。

「成る程ねぇ……。こちらが、この間お前達兄弟が出会ったって言う千手の次期頭領か」

 それまで黙って話を聞いていたお姉さんが、煙管を口から外して面白そうに私を見やる。
 なんだろう、その気の毒な生き物を見つめる眼差しは。

「うちはの男共は一度定めたら、とことん執着する性質だからねぇ」
「は? 一体何を」
「――可哀想に。あんた、あの子に多分一生追いかけ回されるよ」

 ぞぞぞ……! って、悪寒がした。いや、もうマジで。

 この場合、この店主のお姉さんが言っている「あの子」とは、ここにいない黒髪少年(兄)の事だろう。何故だ、あの邂逅のどこに気にかけるところがあったんだ……!
 無言で両腕を擦っている私を見て何を思ったのか、番台の上に座っていたお姉さんが優雅に衣擦れの音を立てながら、こちらへと近寄ってくる。
 ――そうして、にこりと猫の様な微笑みを浮かべた。

「まあまあ、折角の機会だ。うちの店で何か買っていかないかい? 日用品から武具・防具に至るまで、この店には色々揃ってるからね」

 ええー。折角のお誘いだけど、いつあの黒髪少年(兄)が弟君を迎えにくるか分からないし、ここは素直に帰っておいた方が良さそうだしなぁ……。

「あ。兄さんなら暫く戻って来ないと思います」

 にこにこしながらの弟君の言葉。
 なんだろうこの子、エスパーだろうか。

「なら……。女の子に贈り物をしたいんだ。何か良い物はあるか?」
「おや。千手の次期頭領も隅に置けないね」

 くすくすと笑いながら、お姉さんが奥に引っ込んでいく。おそらく品物を取りにいくのだろう。
 ……にしても、また自分は男の子に間違われたのか。
 慣れたけどさぁ……、なんか虚しいよね。

「そうだ。これ、あの時の手巾のお礼です。受け取って下さいますか?」
「え?」

 そんな事をつらつらと考えていたら、弟君がポケットから取り出した手巾を私の方へと差し出してくる。
 わざわざ用意してくれていたのか、律儀な事だ。
 そう思いながら取り出された手巾を見ると、その色は薄桃色。――綺麗だけど、どうみても女物だ。

「少年、気持ちは嬉しいんだが……この色はちょっと……」
「どうしてですか? お似合いだと思いますが」

 しゅん、と眉根を下げる弟君。まるで捨てられた子犬の様である。
 まじまじと彼の手の中にある薄桃色の手巾を見つめる。うん、どこからどうみても女物である。
 ううむ……、少年の心が解せない。

「わかった。大切に使わせてもらうとするよ」
「いいえ。むしろばんばん使ってやって下さい」

 ――あなたみたいに綺麗な女の人に使ってもらえたら、オレも嬉しいです。

 微笑みながら付け加えられた一言に、思わず目を剥いた。
 今、この子なんて言った……?

「あの、今なんて……?」
「え? 何がですか?」

 きょとん、と首を傾げてみせた弟君。
 物凄く聞き捨てならない言葉が聞こえた様な気がしたのだが、気のせい、だよな……?

「さて、千手の若。ご要望にお応えして色々と持って来たけれども……おや、どうしたんだい?」

 桐の箱を手に、奥から戻って来た店主のお姉さん。
 その足下には、先程この店にまで自分を案内してくれた猫が纏わりついていた。

「いや……。大した事じゃない。それより商品を見せてくれないか」

 弟君の聞き捨てならない発言とかあったような気がしたけれども、取り敢えず頭から振り払っておく。
 何処か愉しそうな弟君と一緒に店主のお姉さんが持って来た箱の中を覗き込んだ。

「簪に、爪紅……耳飾りから首飾りに至るまで、取り敢えずお目に適いそうな物を片端から持って来たんだけどね」
「凄いな……。色々あり過ぎて目移りしてしまう」

 お姉さんが持って来てくれたのは、素晴らしい一品ばかりだった。
 珊瑚の玉飾りや、掌サイズの貝の中に入った鮮やかな紅。
 優美な曲線を描く金の髪留めに、繊細な作りの花を模した耳飾り。
 どれもこれも年頃の女の子が喜びそうな物だ。

 とても決め切れないとばかりにお姉さんを伺うと、楽しそうに含み笑いをしながら、お姉さんは指先で数点の品物を指し示してくれた。

「そうだね……。贈り物をする相手が年上の女なら、こういった鮮やかな紅がおすすめだね。ところで、誰にあげるんだい?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました」

 この間出来たばかりの清楚可憐な妹の姿を脳裏に思い浮かべて、私は破顔する。
 なんせ、私は新しく出来た妹を老若男女問わずに誰かに自慢しまくりたいのだ。

「ミトって名前の可愛い女の子だよ! 妹なんだ! もー、それが可愛くて可愛くて」

 あの可愛さは言葉で簡単に表現出来る様な物じゃないんだよね!
 でも自慢したい、そんな複雑な兄心……あ、違った姉心か。

「そ、そうかい」

 なんかそれまで悠然とした態度を崩さなかったお姉さんが、軽く頬を引き攣らせる。
 なんかしたかな、自分。

「もう滅茶苦茶可愛くて! おかげで毎日癒されまくりです、ほんと!」
「なんか、随分と聞いた話と性格が違うね……」
「んー。よく言われます」

 ここに来る前も猿飛殿に言われたばっかりです。
 別に意識して使い分けている訳じゃないんだけどね、どうにも千手の忍びとして任務をこなしている時と普段の自分とじゃかなり差があるらしい。

 あれま。お隣で弟君が吃驚した様子で黒い目を見開いている。

 任務時の私の姿を知っている人程、普段とのギャップに苦しむらしい。
 この前会った時に、猿飛殿が遠い目をしながらそんな事語ってたな。

「そんな訳で、新しく出来た妹に贈り物をしてあげたいんだよ。巷で流行っている物とかは無いかな、店主殿」
「そうだねぇ。巷でかどうかは分からないけど……うちはの女の子達の間で流行っている物といえば、これかね」

 気を取り直したお姉さんが、細い指先で桐の箱の中から小さな耳飾りを摘み取る。
 揺らめく炎をそのまま固めた様な赤い玉のシンプルな作りの耳飾りである……確かに綺麗だとは思うけど……。

「ううん。確かに綺麗だとは思うけど、これはちょっと……」
「おや。ご不満かい?」
「妹は赤い髪なんだ。これじゃねぇ」

 赤と赤では少しばかりね。
 首を傾げていると、どうやら復活したらしい弟君が声をかけて来た。

「だったら、これなんかどうです?」

 弟君が指差していたのは、透き通った翠色の結晶を連ねて作った首飾りだった。
 光を浴びてキラキラと輝いている様がとても綺麗で、思わず手に取って眺めてみる。

「それねぇ……。流れの商人が珍しい鉱石だっていうから、取り敢えずうちの店でも扱ってはみたんだけど、どうにもうちはの子達には不評でね。在庫のほとんどを別の店に流しちまったから、もうそれしか残ってないんだよ」

 けど、お眼鏡に適ったようじゃないか。
 ふふふ、とお姉さんが私を見て、満足そうに微笑む。
 確かにお姉さんが言う様に、私はその首飾りに心を奪われていた。

 結局。
 私は自分とミトと扉間の三人分、その翠の首飾りを購入した。



「いや〜。付き合ってくれて悪いね、弟君」
「いいえ。僕も楽しかったです」

 結局、彼はミトへのお土産を選ぶのを手伝ってくれた。
 幼い今でさえそうなのだから、これから大きくなったらその紳士っぷりで、さぞや女性にモテる事だろう。顔も格好いいしね。

「兄が来るまでお話しできて僕は嬉しいのですけど、いいんですか?」
「まあ、念には念を入れてね」

 特異な血継限界持ちの子供は、実はこういう地区でこそ狙われ易い。
 こうして弟君にくっついて彼のお兄さんを待っているのは、そう言った事を防ぐための予防策だ。

「オレにも弟がいるんだけどさ、昔空区で誘拐されかけたことがあってね」

 あの時は柄にも無く焦った物だ。
 勿論すぐに見つけ出して、実行犯にはこの世の物とは思われぬ恐ろしい光景を幻術でエンドレスでお見せして、二度とそんな事が出来ない様にトラウマを植え付けてやったが。

 因みに幻術の内容は、某・日本恐怖映画永遠のヒロインが迫って来て、最終的には彼女の這い出してきた井戸の中に引き摺り込まれるといったものである。

 いやあ。あの幻覚の出来は作った自分が本物と紛うほどにおっかない物だった。
 試に自分にかけてみたのはいいけれど、暫くの間、怖くて井戸に近寄れなかったほどには。

「兄さんは……」
「ん?」

 不意に少年が囁く。
 密やかな声は、聞き耳を立てなければ通りを吹き抜けていく風に紛れてしまいそうだった。

「兄さんは一族の中でも五指に入る忍者なんです」
「へぇ……」

 まだ幼いのに、それは凄いものだ。
 斯く言う私も千手の一族の中で次期頭領の呼び名が示すように、一族の中でもかなり強い部類には入る。大分強くはなったけど、まだ上には上がいるからね。

「幼い頃からずっと修行してきて、今じゃ一族の大人達でさえ兄さんには敵わないんです」
「う、うん」

 弟君は一体何が言いたいんだろう?
 よく分からないから、口を挟む様な事などせず、黙って話に耳を傾ける。

「でも、あの日。あなたは任務帰りであったとはいえ、兄さんをいとも簡単に一蹴した」
「いや、そんなつもりじゃ」

 くすくす笑う弟君。

「兄さん、よっぽど悔しかったみたいで」

 今まで以上に修行に身が入っていますよ。

 さり気無く付け加えられた一言に、胃の辺りが重くなる。
 あれ? なんかどんどん袋小路に追い詰められてね? 自分的にはもう二度とあの黒髪少年(兄)とは関わらないつもりだったのに。
 押し寄せる不吉な予感に、眩暈がしてくる。
 なんだこの嫌ーな感覚。今までどころか前世でも経験したことがないぞ。

「当面の目的は早くあなたに追いついて、対等な存在として対峙する事だそうです」
「……オレじゃなくても強い忍びなら他にもいるだろうに」

 ――どうしよう、完全に目を付けられてた。頭を抱えたい気分だ。
 妹が出来たと浮かれていたら、気づかぬ所で未来の敵を生産していたみたいです。

「いずれ兄さんがあなたを倒すそうですから、それまで誰にも負けないでくださいね」
「肝に銘じておくよ。じゃあね、弟君」

 又聞きとはいえ、自分に対して敵意バリバリな相手と顔を合わせるほど、私はお気楽な性格をしていない。
 ここに近寄ってくる気配を察して、瞬身の術をかける。

 うちはの子に関わってしまったけど、あの兄弟じゃ……ない、よね?

 嫌な予感はまだ消えないが、取り敢えず、さっさと集落に帰ってミトに癒されよう。 

 

萌芽時代・出逢い編<後編>

「――はぁ。疲れた」

 今回私を含めた千手の若い衆が受けた依頼は、火の国の大名の側近の一人娘の護衛。
 輿入れの近い姫君の命を狙って放たれる刺客忍者から婚礼の日まで姫君を守って欲しいとの事で、一族の中でも私を含めた四人の精鋭達が日夜姫君を護衛していた。

「流石の兄上もお疲れのようですね」
「……連日三歳児の子守りを続けながら、刺客の相手をしていたら誰だって疲れると思うぞ」

 国と国、家臣と家臣の結び付きを強める目的で、年端の行かない幼い娘が同じ年頃の子供と結婚する事は、この戦国時代ではそう珍しい事ではない。
 珍しい事ではないが、碌に物心つかないうちに肉親と引離されて、遠く離れた土地に嫁がないといけないのは哀れだな、と心の片隅で思いはするが。

 今回の護衛対象のお姫様は遊びたい盛りの三歳児だった。
 なんでか物凄く懐いてくれたのだが、夜は刺客退治、昼は姫君の遊び相手という生活を過ごしたせいで、自分的には疲労困憊といった具合だ。そりゃあ、戦場に行かされるよりはマシだけどさ。
 扉間を始めとする一族の者達は、お姫様が私に懐いているのを見て、遊び相手はお前に任せたとばかりに知らんぷりするし。ちょっとは交替してくれても良いのにね。
 子供は可愛いし、好きな部類に入るだが、毎日振り回されたら疲れてしまった。

「――ま、取り敢えず無事に任務は完了したんだ。帰るか、扉間」
「はい、兄上!」

 にしても、扉間の兄上呼びも大分定着して来たな。
 最初の頃はしょっちゅう「姉者」と呼んでは、慌てて兄上呼びに直していたっけ。
 
 今回の任務に就いた面々で、一族の集落に向けて、黙々と走る。
 風を切りながら、風よりも早く走る、忍び独特の走り方。
 殿を私が務める形で、黙々とは知っていたのだが、不意に前を走っていた千手の先輩忍者が足を止めた。

「――待て! この先に膨大なチャクラを感じる。これ以上進むのは止めた方が良い」
「膨大なチャクラ?」
「ああ。……ただの人間が持てる量のチャクラではない」

 焦った様な表情で迂回路を取ろうと勧めてくる先輩忍者の言葉に、同じ任務についていた後輩忍者が反対する。

「何を弱気なことを言っているんだ。千手の忍びらしくない。なに、こっちには柱間もいるんだ。どんな奴だって敵じゃないさ」

 おいこら、人の名前を出すな。

「そう言う理屈じゃないんだ! とにかく、今までに感じた事が無い位、膨大で醜悪なチャクラなんだ!」

 そういえば、この先輩は千手でも数少ない感知系忍者だったな。
 その先輩がそこまで言うのだから、近付かない方がいいかもしれない。

「兄上、如何なさいますか?」

 黙ってそんな事を考えていたら、隣の扉間が決断を求める様に静かな声をかけてくる。

「……そのチャクラは、そんなに恐ろしい物なのか?」
「ああ。オレは絶対近付きたくない」

 普段は剛胆な性格なお人であると言うのに、この怯え様。
 この人が嘘を言う様な人でない事は、よく知っている。――――ならば。

「分かった。遠回りになるけど、迂回路を取ろう。お前がここまで言う相手なんだ、近付かない方が無難だろう」

 その言葉に、一人はホッとした表情を浮かべて、もう一人はむっとした様な顔になった。

「なんだよ、柱間。お前らしくもないぞ」
「ただでさえ連日の任務で我々は疲労している。ここで無駄な争いをする様な真似は止した方が良いだろう?」

 そう言って肩を叩くと、後輩忍者は軽く肩を竦めた。

「そんなに強いのに、柱間は相変わらず戦いが嫌いなんだな」
「戦争なんて毎日の様に起こす物じゃないさ」

 本当にそう思う。
 体を動かしたり、強い相手と技を競い合う事自体はとても好きだが、戦争は本当に嫌いだ。
 争わずに済むのなら、それに越した事は無いと思う。

 ――にしても、人間とは思えない程強大なチャクラか。……気になるな。
 
「――影分身の術!」

 ぼふん、と気が抜けそうな音と共に、もう一人の私が現れる。
 私達はお互いにアイコンタクトを取ると、影分身の私は先輩忍者の言った強大なチャクラの持ち主の方へ、本体の私は集落へと走った。



 一行とは別に、当初通る筈だった道を通って千手の集落を目指す。
 不意に肌を突き刺す様な異様な雰囲気を感じ取って、走るのを止める。それまで平坦な獣道が続いていた森の中が、まるで台風でも通り過ぎたかの様に破壊されていた。
 木々は抉れ、大地は所々陥没し、何よりも辺り一帯には濃密な死の気配が猛烈に漂ってきている。
 森に住んでいた獣達の何匹かが巻き添えを食らったのだろう、舌をだらしなく垂らし目を虚ろに開いた状態のまま、あちこちに横たわっていた。
 それらを視界の端に入れたまま、気配を殺して慎重に歩みを進める。破壊の跡が酷い方へと進むにつれ、肌を刺す威圧感がより圧力を増した。

「――!」

 思わず息が漏れそうになるのを、必死に堪える。
 この惨劇の主役が誰なのかと思っていたが、成る程あいつだったのか。

 永遠と続く大地の果てに沈み行く、血の様な光を滲ませる夕日。
 昼間の鮮烈な白い光が嘘の様に不吉な印象を与えてくる斜光に照らされる形で、静かに大地に鎮座する、巨大な獣。

 頭から血を被った様に、夕日を浴びて真紅に染まった朱金色の毛並み。
 見る者を圧倒させる堂々たる巨躯より生える、九本の尾。
 筆で一筆引いた様に黒い目元にはえる鮮血の様な瞳。

 未だに話でしか聞いた事の無い、この世に九体居ると言う尾獣の一匹。
 その中でも、世の人々に【天災】と例えられた獣が、目の前にいた。

『……そこにいるのは、誰だ』

 思わず言葉を忘れて魅入っていた私を我に返らせたのは、九尾の不機嫌そうな唸り声だった。
 ぎろり、と大きな鮮血の瞳が動いて、木陰に隠れていた私の方を見やると同時に、長い尾が軽く振るわれ、一振りで遮蔽物を消し去る。
 危なかった、避けなかったら間違いなく巻き添えを食らってたぞ。

『――――ふん。人間、それも忍びという奴らか』

 偉そうに鼻を鳴らす巨大狐。
 にしても、言葉の端々から人に対する侮蔑の感情が滲み出てるな。

『こそこそと物陰に隠れて何をしているのかと思えば。ワシを利用するための皮算用でもしておったのか』
「いや。あまりにも綺麗だったから、思わず見蕩れてた」

 正直に言ったのに、返って来たのは尾の一振りだった。

「おいこら! いくらなんでも照れ隠しには激しすぎるぞ! 断固抗議する!」
『黙れ! 巫山戯た事を抜かすな!!』

 尾に合わせて、鋭い爪の一閃まで追加された。心から思った事を告げただけなのに、この扱いは酷いよ!
 九尾の纏う赤黒いチャクラが沸騰する様に膨れ上がっていく。

「なんで怒るんだよ! 思った事を正直に述べただけなのに!!」
『嘘をつくのであればもう少しマシな嘘を付け、人間! 憎しみの塊であるワシを見て、人がそのような事を思う筈が無かろうが!!』

 吠える九尾の一撃を避け、一際大きな岩石の後ろに隠れて、頭だけを覗かせて九尾の方を見やる。
 荒ぶる尾の立てる音に紛れない様に、声を一際大きく張り上げた。

「なんでさ! 確かにお前のチャクラはおっかないが、オレがお前を美しいと思ったのは事実だぞ!」

 確か有ったよね。
 人間は抗い様の無い存在、又は現象を目撃したとき恐れの感情と共に、精神の高揚を感じるといかいう考えが。崇高概念、だったっけ?

「夕日に染まるその茜色の毛並みも、その大きくて真ん丸な赤い目も! 沈み行く夕日と共に大地と一体化していたさっきまでの静かな雰囲気も! 全部が綺麗だったから、思わず見蕩れてた!」

 今は暴れ回っているせいで、折角の雰囲気は霧散してしまったけど。
 こちらに振り下ろされた尾に、飛び移る。丁度、九尾の目の前に対峙する形になった。
 ――――真っ赤な、鮮血の様に鮮やかな、ミトの赤い髪とは趣の異なる瞳が眼前に有った。

「ほら、やっぱり綺麗な色をしている」

 ――――頬がだらしなく揺るんで、顔が笑みを形作るのが分かる。
 ああ、なんて綺麗なアカイロなんだろう。

 ミトの赤い髪に、黒髪少年達の三つの巴紋の浮かぶ真紅の瞳。
 それに九尾の狐の見事な朱金色の毛並みに、鮮やかすぎる瞳。
 ……どうも、私はアカイロに心を奪われてしまうらしい。

「勿体無いな。こんなに綺麗なら、本体で来れば良かった」

 辺りに散らばる森の残骸も、死臭漂う空気も気にならない。何かに取り憑かれた様に、九尾を見つめて笑う。
 自分でもどうにかしている、と頭の冷静な部分が小さく囁いたが無視した。

『――――お前、影分身なのか?』
「まあね。仲間がここには寄らない方が良いと言うから、本体の方は迂回路を取ってる」

 荒れ狂っていた九本の尾は、今では風に吹かれて軽く毛並みを揺らすだけに留まっている。
 純粋に、恐怖を感じずにこの獣を見つめる事が出来るのは、ここに居る自分が影分身なお蔭だろうか。
 でも少しばかり勿体無かったな、と思う。

 目の前の獣が、地響きの様な笑い声を上げた。

『面白い! 長い時間を生きて来たが、このワシを見てそのように間抜けな事を考えていた人間はお前が初めてだ!!』
「間抜けって、はっきり言うなぁ」

 まあ確かに、生き死にのかかる時にそんな事を考える人間はそうそういないだろうよ。
 そっと、私の乗っていた尾が動いて、より鮮血の瞳に近付いた。

『名を名乗れ、人間。長い時を過ごすための暇つぶしだ。このワシを見て惚けた人間として、記憶の片隅に留めてやる』
「偉そうな狐だなぁ。まあいいけど」

 ふ、と口の端を持ち上げて不敵な笑みを浮かべて見せる。

「森の千手一族が一人――千手柱間だ。柱間と呼んでくれ」

 自分の胸に手を当てて、声を張り上げる。
 朗々と、私は目前の圧倒的な存在感の獣から視線を外す事無く、己の名を宣言する。
 
 ――――獣が愉快そうに嗤うのを目にして、私は影分身を消した。



「お帰りなさいませ、柱間様!」

 迂回路を取ったせいで、予定の時間よりも遅くなってしまったのだが、私達は無事に集落へと辿り着く事が出来た。
 そして、そんな私達を出迎えてくれたのは、鮮やかな赤い髪に灰鼠色の瞳の美少女。
 言わずもがな、私の愛しの妹であり、数少ない癒しであるミトだ。

「ただいま、ミト! 遅くなって済まないな!」
「ご無事で良かったです!」

 胸元目がけて飛び込んで来たミトを抱きすくめて、勢いのままくるくる回る。
 ふふん、羨ましいだろう野郎共!

「扉間も、皆さんも、お仕事お疲れさまです! お風呂の準備をしておりますので、まずはゆっくりと疲れを落として下さいな」

 そう言ってにっこり笑ったミトに、後輩忍者が見蕩れる。
 私の視線に気付いた先輩忍者が、慌てて後輩忍者の頭を小突いた。
 言っとくが私を倒せる様な男でないと、妹はやらんぞ。

「扉間。オレは父上に今回の任務についての報告をしてくるから、先に風呂に入ってろ」
「そんな! あね……兄上の方こそ、お疲れなんですから」

 そう言ってこちらを気づかう様な表情の弟に、軽く苦笑して銀色の頭を撫でる。
 いつもは光を浴びて鈍い光を放つ筈の銀色の髪が砂塵や埃で汚れてくすんだ色に変わっていた。

「オレは大丈夫だ。ミト、この聞き分けの無い弟を風呂場に放り込んで来てやれ」
「分かりましたわ、柱間様! さ、行くわよ扉間!」
「ちょ、ミト!」

 おやおや。美少女に手を繋がれて、扉間が顔を赤くしている。
 そのまま二人の姿を見送って、私は踵を返す。
 そうして父上の部屋の前に報告のために廊下を歩いている最中に、不意に脳裏に影分身の経験した記憶が流れ込んで来た。

「……迂回路を取って正解だったな」

 軽く腕を組んで、柱に凭れ掛かる。
 脳裏に過って行く鮮烈な記憶に、眉間に皺が寄る。あの先輩忍者が怯えるのも最もだった。
 過去の自分に拍手を送ってやりたい。
 もしあそこで最短距離を選んで、迂回しなかったら、おそらく自分以外の全員がやられていたかもしれない。
 自分一人ならば兎も角、他に仲間がいる状態では逃げる事すら難しいだろう――あの、最強の獣には。

 そして、他に忍びがいたままでは天災とまで例えられた獣を前に、あんな暢気な態度は取れなかっただろう。

 恐ろしいまでに圧倒的で、傲岸不遜で、自由気侭に世界で荒ぶるチャクラの化身。
 ――また、影分身を送ってみようか。
 

 

萌芽時代・抱負編

 頑健な肉体を持って生まれてくる千手一族はその反面、子供が生まれ難い一族だった。
 私や扉間は、長である父上が壮年に差掛かってから生まれた待望の子供であり、私や扉間が成長するにつれ、父上は第一線を徐々に退き始めていた。
 
 ――――最近では、私と扉間の二人が一族の指揮を執る事が多くなっていた。 



 水の国の大名から領地を荒らす敵国の忍び一族を討滅して欲しいとの依頼を受け、それを果たして集落に戻った。そして入れ替わりに、現頭領である父上に熟練のくのいちである母上を含めた千手の忍び達が任地に向かってから、数日。

 次期頭領として、長の代理として、千手を任された私は特に何かをする事もなく、ミトと共に座敷で寝転んでいた。
 ここ最近、任務に明け暮れる日々を送っていたせいか、今日の様に何も無い一日が無性に恋しかった。
 戦場で燃える炎や、鉄臭い血と錆の匂い、親を求めて泣き叫ぶ子供達の声。
 それら全てから解放されて、私は久方ぶりの泡沫の日々の中を、ただただ微睡んでいた。

「……柱間様、お疲れのようですね」
「まあね。ここ最近、激戦区ばかりに行かされたからね」

 寝転がったせいで乱れた髪を、ミトが櫛で梳いてくれる。
 集落の見張りには木分身達を向かわせているおかげで、本体の私はこうして怠けられる。

「いいなぁ。柱間様の黒い髪。私もこんな派手な色じゃなくて、柱間様の様な髪が良かった」
「ええ〜? ミトの髪は綺麗だよ。何より、オレの一番好きな色だし」

 うずまき一族特有の、強い生命力を象徴する様な鮮やかな赤い髪。
 その髪をそっと指で透きながら嘯くと、お行儀が悪いと言わんばかりに叩かれた。

「もう! 確かに柱間様は他の殿方よりも勇ましくお強い御方ですけど、女子の身なのですから、もう少々言動にはお気をつけ下さいませ!」

 ミトは家族同様、自分が女の身である事を知っていて、今では私を女扱いしてくれる数少ない人物である。
 私自身、自分の性別が曖昧になる事が多いから、そう言った意味では本当に助かっています。

「――にしても、嫌な雨だな」
「そうですね……。ずっとこの様な日ばかりが続いて……」

 窓の外で降り注ぐ雨音を聞きながら小さく呟けば、ミトが同意する様に首肯した。
 どんよりと曇った雲の隙間から、無数の雨が降り注ぐ。
 父上が一族の者達を連れて旅立って以来、ずっとこんな天気だ。
 見回りに行っている木分身達に同情する。こんな雨の中、わざわざ好き好んで濡れ鼠にはなりたくないよ。

 にしても、本当に静かな日だ。
 雨が地面へと降り注いでいる音以外、他に何の音も聞こえない。
 静かで、静かすぎて、それが何故か不安を掻き立てる。

「早く……、頭領が帰って来られると良いですね」
「そうだな」

 同じ事を思ったのか、ミトが小声で囁いてくる。
 ミトの言う通りだ。早く父上や母上が帰ってくると良い――そうすればきっと、この嫌な感じは解消されるだろう。

 ――……嫌な雨が降る、十五歳の日だった。

*****

 日中ずっと降り注いでいた雨脚がようやく和らいで、本降りから小雨へと変わり始めたのが、夕方に差掛かる頃。
 不意にそれまで静かだった集落がざわつき始め、私は先程まで手入れをしていた刀を置いて、ミトと共に騒ぎの中心へと向かった。

「――どうした! 何があった!?」
「兄上!」
「柱間様!!」

 一族の者達が出入りに使っている集落の門の一つの前に、一族の者達が集まっている。
 嫌な予感がして、人々の間を掻き分けて、押し進んだ。

「扉間、一体何が……!」

 思わず、目を剥く。
 目の前にいたのは、数日前から父上や母上と共に任地に向かっていた一族の中でも、手練で知られる忍者だった。
 その彼が、全身大火傷を負った状態で、同じ様に大怪我を負った仲間に支えられてぐったりしている。
 直ぐさま我を取り戻して、治癒を始める。本来ならば、然るべき場所に移してから行うべきだろうが、怪我の状態が状態なだけにそんな事を言っていられない。

「――ミト! お前は邸に戻って医療道具を持って来てくれ! 他の者達はこの二人のために部屋を用意しろ!!」

 殆ど怒鳴る様にそう叫べば、ミトは見開いていた瞳に力を取り戻して、邸の方へと走り出す。
 遅れて、一族の者達でも一際足が速い者達が怪我人のための部屋の準備をすべく走って行く。

「……申し訳、ありません。柱間様……」
「喋るな! 話が有ればもう一人に聞く! 今は大人しく治療されておけ!!」

 どれだけ高熱の炎に焼かれれば、この様な悲惨な怪我を負えるのだろう。
 ましてやここ数日の天気はずっと雨だった。並大抵の忍者の扱う火遁では、湿気の強いこの空気の中で火遁を発生させる事だって出来ないだろう。

「感知系の者達は、直ぐさま探索に入れ! もしかしたら二人の後を追って来ている者が居るかもしれない! 医療忍術に長けた者は応急処置をした後の二人を任せるからその準備を! あと、念のため非戦闘民を一カ所に集めておけ!!」
「はい!!」

 今まで一人だって、怪我人を死なせた事は無かった。私が治療すれば、死の淵にいる者だって現世へと戻って来たんだから、今回だって大丈夫だ。
 その自信に支えられ、周囲にいる一族の者達に治療片手に指示を飛ばす。

 ……よし、応急処置は済んだ。

「柱間様、部屋の準備ができました!」
「わかった! こっちはもう大丈夫だ。爛れていた肌の治療と、傷ついた臓器の再生を行った」
「はい!」

 引き戻して来た一族の者達に、大火傷を負った忍びを任せて、私はもう一人へと向き直る。
 傷ついた仲間を担いで、必死に走って集落まで戻って来たのだろう。私が治療を行っている間、仲間から一瞬たりとて目を離さなかった彼は、もう大丈夫だと知ってぼろぼろと涙を零した。

「今度はお前の番だ。先の奴よりも軽症とはいえ、お前だって怪我人なんだ。大人しくしていろ」
「うぅ……っ! すみません、柱間様。本当にすみません……!」

 肋骨が数本砕かれ、全身に刻まれた裂傷……左の腕なんて筋が切られている。
 そして先の忍び同様、彼の体のあちこちに火傷の痕があった。
 この傷で、よくぞここまで負傷した仲間を担いで走って来れたものだ。

「よく頑張ったな……。お前のお蔭であいつはもう大丈夫だ。流石のオレも、死者を生き返らせる事は出来ないからな」
「死者……。そうです、柱間様。お伝えしなければ……!」

 動く右腕を必死に動かして、彼は私の右腕を掴む。
 ぎらぎらとした輝きの両眼に射すくめられ、私は何故か自分の耳を塞ぎたい衝動に襲われた。

「我々は、任務中に敵方の忍びの集団の襲撃を受けたのです……!」

 必死に紡がれる言葉に、その場に残っていた一族の者達も医療道具をもって走り寄って来たミトも、動きを止める。
 降りしきる雨音に吸い込まれない様に、彼は必死に声を張り上げる。
 ――気付けば治療は既に完了していて、私は自身の腕を掴んでいる彼の手に自分の手を重ねていた。

「今回の、雇い主の敵方に当たる者達が雇った忍びで……、我々は応戦したものの……」

 苦しそうに、慚愧の念に耐えかねる様に彼の表情が歪む。

「頭領を始めに、奥方様……ならびに俺達以外の一族の者は……皆、やられました」

 絞り出された声に、扉間やミトを始めとする一族の者達が一斉にざわめく。
 頭領は私の父上、奥方様は母上の事だ……私の両親は彼の言う事が正しければ敵に殺されてしまったのか。

「待て! まだ父上や母上が亡くなったと断じるには早すぎるのではないか!」

 悲鳴の様な声が隣の扉間から上がる。弟の叫びに呼応する様に、他の者達も次々に同意の声を上げた。

「俺だって……! 俺だってこんな事言いたくない! でも、見たんだ!」

 俺達が逃げられる様に前に出た頭領が、首を刈り取られたのを……!

 頑健な千手一族と言えど、首を切り落とされてしまえば即死だ。
 一族の者達が息を飲み、ミトが膝から崩れ落ちる。扉間の口の端から、押し殺した憤怒の声が漏れた。

「相手の特徴を覚えているのか?」
「黒髪に、赤い目を持っていた……。それに、鎧に刻まれた『うちわ』の家紋……」
「写輪眼の、うちは一族じゃな。“千の手を持つ一族”と呼ばれる我らに対抗出来る者と言えば、奴らしかおるまい」

 千手の中でも長老格の忍びがそう言えば、一族の者達が次々に怒りの声を上げる。
 そんな中で、私の心は恐ろしい程凪いでいた。

「……わかった。報告、ご苦労だった。敵の襲撃を受けた地点を覚えているか?」

 一族の者達に彼の体を任せ、影分身を作る。……まずは、報告の真偽を確かめなくては。

「オレの影分身を襲撃された場所へと向かわせた。情報の真偽が判明次第、会合を開く。暫くは負傷者の看護や集落の警備を強化しておけ」
「――はっ!」

 先に運ばれて行った一族の者からも話を聞いておかなければならない。
 何か言いたげな扉間やミトの物言いた気な表情に気付かぬ振りをして、私は足を早めた。



「すみません、柱間様。お見苦しいところをお見せ致します」
「構わない。こちらとしても治療ついでにお前の話を聞きたいと思っていた」

 先に運ばれて行った一族の忍びの元へと向かう。
 千手の中でも医療行為に従事している者達が揃って私に対して頭を下げる中、先程まで大火傷を負っていた男は、私を見つけて頭を垂れた。
 起き上がろうとするのを遮って、先程中断させた治癒の続きに入る。
 部屋の中に居た者達に目配せをすると、心得た様に皆下がって行った。

「――……話は聞いた。お前達を……父上達を襲った襲撃者はうちはの者達で間違いないのか?」
「はい。移動中に奇襲を受け、我々二人を除けば皆……やられました」

 ――やはり……父上達の生存は絶望的なのか。
 胸の奥から破って出てきそうな何かに必死に蓋をする。
 声だけは嫌になる程、淡々とした響きを宿したままだった。

「ここ最近の雨天続きでよくぞここまでの火傷を作れたな。相手は余程の手練だったのか」
「そうですね。相手の数は我々よりも多かったのですが、その中でも群を抜いて異彩を放っていたのが……二人」
「二人?」
「ええ。うちは一族の、子供です。歳はおそらく扉間様と同じ位でしょう。その二人の兄弟が放つ火遁の術。この天気の中でも、これだけの威力を発揮しました」

 全く、末恐ろしい子供がいるものだ。
 そんな事を思いながら、治癒を終了する。体の隅々まで治療は終了したが、それでも傷を負った事での精神的な疲労は生半可な物ではないだろう。そのまま清潔な寝台の上に載せて、布団をかけてやった。

「……マダラと、イズナ。そう呼ばれておりました。おそらく、今後のうちは一族を担って行くのはあの二人で間違いないと思われます」
「分かった。報告感謝する。怪我は完治したとはいえ、疲労はたまっている。暫く安静しておけ」
「柱間様……いえ、頭領」

 背中を向いた途端、頭領と呼ばれた。
 振り向きたくなるのを必死に堪えて、殊更冷静な声で続きを促した。

「マダラ達兄弟は、あなたの事を知っている様でした。お父上……先代を殺したのもその二人です」
「……どうしてオレの名前が出てくる? 何を聞いた?」
「――先代の首を刈り取った後、兄の方……マダラが言っておりました。『千手の木遁使いの父と言えど、この程度か』と」

 それきり途絶えた声に何かを返す事も無く、私は乱暴に部屋の扉を押し開ける。

 ――そしてそのまま、外へと飛び出した。

「はぁ……、はぁ……!」

 とにかく目的なんて物は無く、走るだけ走った。

 気が付いたら集落の外れにいて、こんな時でも一族を守る義務を忘れられない自分を嗤う。
 雨が降っていて良かった。これなら泣いたとしてもそれを隠せる。

「は、はは……!」

 父上が死んだ。殺したのはうちはで、相手は幼い子供だったという。
 うちは、マダラ。うちはイズナ。
 おそらくあの少年達で、間違いないだろう。
 
「とんだ、因果じゃないか……! 私が助けた、あの兄弟が、父上達を殺したのか……!!」

 空に向かって、大きく吠える。
 いままでずっと人を助けて来た事を、後悔した事は無かった。
 甘いと言われても、そうすることを変えなかったせいなのか……! その報いがこれか。
 ぐるぐると周囲が回る。吐き気がこみ上げ、あまりの怒りに歯を食いしばる。

 どうしよう、本当にどうしよう。
 今からうちはの集落に、攻撃を仕掛けに行こうか。
 なに、いくら写輪眼所有者と言えど自分が引けを取る事はあるまい。
 襲撃して、父上達の仇を取ってさっさと集落に返って来れば良い。
 そうすれば、そうすれば――――。

「う、うぅ……っ!」

 胃液が逆流して、強い酸味と苦味が喉を焼いた。
 その場に膝を付いて、四つん這いで喘ぐ。なんてみっともない姿なのだろう。
 扉間を始めに、誰にもこんな姿を見せられない――見せたくない。

 折角ミトが綺麗にしてくれた黒髪が雨に濡れて、額に鬱陶しく張り付く。
 乱暴に口元を拭って、雨のせいで霞んでいる世界を睨みつけた。

 仇を取って、それでどうする。そんな事をしてどうなるのだ。
 吐いた胃液が地面に雨と共に沁み込んでいき、地に置いた左手がぬかるみに指の跡を作る。短く切り揃えた爪の間に泥が入り込んだ。

 全身を焼き尽くす様な怒りが、雨に打たれているせいか静かに冷えていく。

 ふらつく足で地面を踏みしめながら立ち上がって、曇天に隠された太陽を仰ぐ様に――視線を空へと持ち上げた。

「違う、そうじゃないんだ……!」

 七歳の頃からずっと胸を苛んでいた靄の正体がようやく分かった。
 父上が殺されたのも、うちはの少年が父上を殺したのも、この世界を構成しているシステムが原因で生み出された“単なる悲劇”の一つに過ぎない。
 この戦国時代を何とかして打破しない限り、この様な悲劇は何度だって続くし、その度に私の様に怒りに駆られて涙を流す者の数は増え続けるのだ。

 任務で人を殺した事もある、何の恨みもない者に襲いかかられた事もある。
 その度に、私は厭だ厭だと思いながらも、だからといって何かを為す事をしなかった。
 戦場で傷ついた者を治して、感謝の念を告げられる事で誤摩化し続けて来た……その報いが来ただけなのだ。

「うちはの子供達ではない……! 本当に父上達を殺したのは、この世界だ……!!」

 ――――吠える。
 曇天の向こうに隠された太陽を睨みながら、胸で渦を巻く靄を振り払う様に大声で叫んだ。
 嫌ならば、嫌だと思うのであれば、見て見ぬ振りをする前にしなければいけない事が山ほどあったのに。

 ――そこまで思い至って、背後に誰かが立つ気配を感じた。

「姉者……! この様な所におられたのですか!」
「――……扉間、ミトまで」

 雨に濡れるにも関わらず、傘の一本も差さずに私の弟妹達が肩で息をしながら背後で佇んでいた。
 泣きそうに顔を歪ませたミトが、手にした白いタオルを頭へと掛けてくれる。
 軽くそれで汚れた顔や手を拭いてから、心配そうにこちらを見つけてくる弟妹達の銀と赤の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 二人が驚いた様に肩を竦めて、上目遣いに私を見上げてきた。

「姉者……」
「柱間様」
「扉間、ミト。……オレは、いや、私は決めたぞ」

 久しく使ってない一人称を使用すれば、驚いた様に二人が目を丸くした。
 降り注ぐ雨の下、三人で向かい合う。様々な感情が入り乱れた瞳が私を見つめ返してくる。

「父上達は任務で死んだ。殺した相手も、任務で父上達を殺した――その事が分かるな? 真に報復すべき相手はうちはではないんだ」
「ですけど、姉者……!」

 許せない、と弟の瞳が揺れる。
 どうして私が仇を擁護する様なことを言うのか理解出来ない、とも。

「私はね、扉間。“任務だから仕方ない”という言葉だけで……恨んでいない相手を殺すのも、大事な相手を殺されるのも、もうごめんだ……!」
 
 ――だから、決めた。
 もう前世の記憶も“千手柱間”の事などどうでもいい。オレは、私は、自分のしたい事をしてやる。

「変えてやろう、扉間。こんな世界、きっと間違っている。毎日の様に戦が起こり、忍びはそれに投入されては無為に命を散らして逝くのが当たり前なんて、そんなの私はもうごめんだ。そして、一族以外の人間には価値がなく、ただ一族だけを守れば良いと言う考えを持ったままでは、この戦国の世は終わらない……!」

 ミトが小さく息を飲む。
 心に巣くう激情を内に秘めた声は、私の心の内を象徴する様に熱を帯びていた。

「――手始めに、私は忍びの頂点を目指す。そうでもしなければ一族にも、それ以外の者達にも声は届かない。何も力が無いままでは、幾ら間違っていると叫んだところで世界に掻き消されてしまうだけだ」

 千手の始祖は、平和には『愛』が必要だと説いたらしい。
 その答えはきっと正解だけれども、それだけでは世界を変えられる程、強くも正しくもないのだ。

 扉間が息を詰める。
 そうしてから、強い輝きを宿した瞳で私の目を覗き込んだ。

「――――オレも協力致します。姉上の願いは、オレの願いでもありますから」

 共に、今の世界を変えてやりましょう。
 そう言って私の冷えきった手を握りしめてくれた弟に、辛うじて平静を装っていた顔がみっともなく歪むのを感じた。
 次いで、重なった私達の手の上にもう一つの小さな掌が乗せられる。
 掌の持ち主は私達の視線に気付いて、そっと微笑んでみせた。

「何の力も無い私ですけど、私もお二人と志しは同じです。もうこんな世界は私だってうんざりです」

 非力な私ですけど、お二人の同志として迎え入れては下さいませんか?
 そう言って、強い眼差しで私達を見つめる。

 泣き出す代わりに、泣き笑いの表情を浮かべる。一人ではないと言う事実に、胸がじんわりと熱くなった。

「勿論大歓迎に決まっているだろ、ミト」
「共に頑張ろう、ミト」

 私達は三人で顔を見合わせながら、笑った。 



 ――その数日後。
 連日降り続いた雨が上がり、父上達の葬儀が終わるのと同時に、私は千手の頭領を正式に襲名した。
 

 

萌芽時代エピローグ

 異なる二種の鎧に忍び装束を纏った者達が、火花を鳴らしてぶつかり合う。
 打ち合わされる刀の剣戟に、時折戦場を彩る赤い色彩。
 高速で組み合わされる無数の印の数々と、それによって生み出される忍術の数々。
 双方の実力は正しく拮抗していた……しかし。

 不意に、その拮抗状態を切り崩す様に法螺貝の重々しい響きが戦場に響き渡る。
 法螺貝の音を耳にし、それまで剣戟を交わしていた忍び達の内の一方が、その場から散開する。
 取り残された者達が不審に思う間もなく、地響きと共に大地が大きく唸りを上げながら隆起した。

 土中より生えて来た無数の樹木の根がその場から逃げ遅れた者達の足に絡み付き、次々と拘束していく。
 運良く逃れられた者達も目の前の人知を越えた光景に、思わず目を奪われる。

 ――そんな彼らの耳に、凛然とした宣言が届いた。

「我が名は千手一族が頭領、千手柱間!! 聞け、他の戦場は全て千手が制圧した! 故にこれ以上の戦いは無用である!」

 無数の木々が放たれた方角へと皆が目を向けると、鎧を纏った黒髪の人物の姿がある。

 木々に拘束された者も何とか逃げられた者達も、直ぐさまその人物に思い当たって、一斉に息を飲んだ。

「忍び唯一の、木遁使い……!」
「あれが、最強の忍びと呼ばれる千手柱間……!」

 その場にいる者達全員の視線を集めながら、千手柱間は朗々と宣言した。

「降参するか、直ちに怪我人や死者を連れて立ち去れ! 素直に去ると言うのであれば、こちらとしても追うつもりはない!! ――が!」

 それまで厳格な表情を崩さなかった柱間は、鮮やかに微笑んで手にしている日本刀を一度振るう。
 刀の鈍い銀の輝きが残像となって人々の目に焼き付いた。

「――最も、それでは気が済まぬという輩もおろう! だとすれば早々に出て来い! この千手柱間自ら、相手をしようではないか!」

 柱間の叫びに呼応する様に、木遁によって発生した大樹が大きくうねる。
 背後に千手の一族の精鋭達を従え、その足下では無数の木々が柱間の意に従って蠢動する。
 
「――……さあ、どうする? 我々としてもこれ以上の争いは本意ではないが」

 千手柱間はそう言うと、不敵に微笑んでみせた。



 新しい頭領に率いられた千手一族は、戦乱の世で最強の一族として名を馳せていく。
 そして、その一族を率いる千手柱間。
 木遁と言う圧倒的な攻防一体の忍術に、洗練された体術とサムライにも勝る太刀捌き。
 敵も味方も最強の忍びと柱間を讃え、次第に誰もが一目を過ざるを得ない忍びとしてその名を轟かせていく。

 ――戦国の世に、新たな風が吹き抜けようとしていた。 

 

双葉時代プロローグ

 広々とした大海原に切り立った崖の上。
 断続して響く波の音を子守唄に、一匹の巨大な獣が微睡んでいた。

 夕日に照らされ、真紅に染まった朱金色の毛並み。
 堂々たる巨躯より生える、九本の優美な尾。
 微睡んでいるせいで瞳は閉ざされ、どのような色をしているのかを判じる事は出来ない。

 ――だが。
 それまで閉ざされていた瞼がゆっくりと開かれ、大きくて丸い瞳がぎょろりと動く。
 筆で一筆引かれた様な黒い目元に栄える鮮血の色の瞳が近付いてくる人影を見据え、兇悪な輝きを放つ牙が並んだ口元が嘲る様に歪んだ。

『……またお前か、柱間。千手の頭領と言うのは中々暇そうだと見える』

 げらげらと愉快そうに嗤う獣。それに、近寄って来た人間は軽く肩を竦めてみせた。

「まあ、そう言ってくれるな。日々の激務の間の気晴らしだ。悪名高い九尾の狐の元に、こうして木分身を送ったって文句は言われまいよ」
『ふん! 結局、本体は一度としてワシの元に姿を現した事がないではないか』
「なんだよ、拗ねてんのか? ミトの様に可愛い娘であれば兎も角、オレの背丈よりもデカイ狐に拗ねられてもなぁ……」
『誰がそのような事を言ったか、この大戯け!!』

 長い尾が大袈裟に振るわれて、何とも言えない表情を浮かべていた人間へと落とされる。
 砂塵と砕かれた岩石が辺りに散らばり、尾の直撃を受けた大地が陥没した。

「おいおい。いくら六道仙人の肉体を受け継いだオレでも、流石に今のを食らえばやばかったぞ」
『はっ!』

 鼻で嗤ってそっぽを向いた獣に、人間は大袈裟に肩を竦めてみせる。
 そうしてから、俄にその身に纏う空気を変えた。

「――なあ、九尾。お前は人間よりも遥かに長い時間を生きているんだよな」

 獣が振り向いた先で佇む人間は、長い黒髪を海風に靡かせていた。
 それまでのどこか飄々とした雰囲気を崩して、人間は真摯な光を宿した両眼で獣の鮮血の瞳を見つめる。

『それがどうした。矮小な人間の分際で不死でも望もうと言うのか?』
「いーや、そんなもんはオレはいらんね! 代わりに、お前に頼みたい事があるだけさ」

 言ってみろ、と横柄に九尾が顎を揺らす。
 軽く人間は苦笑して、朗々と声を響かせた。

「――九尾、オレはこの世界を変えるつもりだ。毎日の様に戦争を起こしては、嘆きと悲しみ、そして憎しみを永遠に生み出し続けている世界の無秩序な現状を……変える、いや――変えてやる」
『……出来るものか。憎しみは憎しみを生み、新たな諍いの火種を生み出すしかない。それは六道のじじいの時代から変わらない世界の真理だ』
「そうだね。そんな簡単にはいかないだろう」

 あっさりと頷いてみせた人間に、言った方の獣の方が不愉快な顔をする。
 獣のくせに人よりも人らしい振る舞いに、人間は苦笑すると、その両の腕を大きく広げた。

 吹き抜ける海風に身を浸す様に、心地良さそうに瞳を閉じて世界を迎え入れる。
 そうして、そっと口を開いた。

「一人では、多分無理だ。けどね、幸いな事にオレは一人じゃない。そうして支え、支えられ、オレは当初の目的通り、忍びの世界で最強と呼ばれる様にまでなった」

 ここからが、スタート地点なんだ。

 くるり、と踵を回して人間は獣へ背中を向ける。

「悠久に近い寿命を持つお前なら、この先オレがどのような道を辿るのか、文字通り長い目で見れるだろう? オレの辿り着いた先に平和がなされるのかどうか、見ていてくれないだろうか?」
『ふん……! そこまで言うのならば、お前の望む通り眺めていてやろうじゃないか。ちっぽけな人間の、その身に余る願いの果てに何が残るのかを』

 ――――唸る様な響きに、人間は小さく微笑んで感謝の言葉を述べた。
 

 

双葉時代・発足編<前編>

「――――帰ったよ、ミト!」
「お帰りなさいませ、柱間様!!」

 戦場から帰って来て、勢い良く扉を開いて帰宅の挨拶をすると、邸の奥から姿を現したミトが私へ笑いかけてくれた。
 うん! 今日も私の妹は最高に可愛いね!

 あの誓いの日から更に数年。
 幼さが残る容貌だったミトは、ここ数年でますます美人さんに成った。
 道を歩けば十人中十人が振り返る事は間違いない……姉の欲目じゃないからね。

「それより聞いてよ、ミト! 今日ね、奈良の一族との会談に成功したんだ! 彼らも連合に参加してくれるんだって!!」
「本当ですか!?」
「うん、本当!!」

 きゃー、と二人で手を合わせてはしゃぎあう。
 こうして自分達の考えに賛同してくれる一族が増えてくれるのは、いつだって嬉しいものだ。

 ――後ろでこほん、と空咳がした。

「姉者、はしゃぎあうのも良いのですが、まずは戦の疲れを落とされては如何ですか?」
「なんだよ、扉間。蚊帳の外に置かれたから怒ってんのか?」
「姉者!」

 皺を寄せている弟の眉間をぐりぐりと指で押して解してやると、青筋が浮かぶ。
 これ以上すると雷が落ちそうだったので、からかうのはこれくらいにしておこう。

「分かったよ。からかって悪かった。んじゃ、ミト。オレはこれから風呂に入ってくるな」
「はい。お二人の疲れが取れるよう、湯を沸かしておきましたから」

 にっこり笑ったミトは相変わらず気が利く妹だ。ますますそこらの男にはやれない娘になったな。
 たまに一族の男達を問わずに、ミトに求婚してくる輩が増えて来たのでお姉ちゃんはとっても心配です。
 変な男に引っ掛かったりしない様に普段から守ってはいるのだが、悪い虫はどこからでも湧いてくるからなぁ……。

「ううむ。やはりオレを倒せる様な男でなければ妹はやれん……!」
「何をアホな事を……。それじゃあミトは一生結婚出来なくなりますよ」

 腕を組んで唸っていれば、扉間が呆れた様に溜め息を吐いた。
 この弟も最近生意気になっちゃって、もう。
 因みに先程の台詞をミトの求婚者達の前で言えば、皆真っ青になって引き下がるのである。
 ……そういえば、ミトだけじゃなかったな。

「お前の嫁はオレが認める様な気だてのいい娘さんじゃないとオレは嫌だぞ」
「なっ!? 何をいきなり……!!」

 扉間の方を向きながらそう言えば、この弟は急に頬を紅く染めた。なにこの子、可愛い。

「照れちゃって、まー。久方ぶりに可愛いとこを見せてくれたじゃないか、弟よ」
「姉者!!」

 ぷふふ。これで暫くの間、少々意固地なところがある弟をからかう種が出来たわ。
 内心でニマニマしていると、未だに顔を赤らめたままの弟が私を睨んでいた。
 そんな赤い顔で睨まれても全然怖くないよー、お姉ちゃんは。

「なんだよ、扉間」
「そう言う姉者こそ……いずれは結婚しなければいけない身でしょうに。若い者の間では誰が姉者と結婚するかについて、話が上がる様になってきましたよ」
「ははっ! 扉間、お前ちょっと想像してみろ。オレが旦那さんが笑顔で迎えている様を」

 よく性別を勘違いされるが、私は女である。
 その事を踏まえている弟に笑って言えば、扉間は表情を真剣なものに変えた。

 ――普段ミトがしてくれる事をこの千手柱間がしている。
 その場面を想像したらしい弟が、顔を苦痛に歪めた。

「な? 全く思いつかないだろ?」
「むしろ、笑顔で敵の一軍を吹っ飛ばして来たと報告されそうですね」

 なんで想像出来ないんだ、オレ……!
 そんな事言いながら頭を抱えている弟の銀色の頭を、くしゃくしゃと撫でる。
 傍目には固そうな扉間の髪だが、触ってみると意外とさらさらしているのだ。このギャップが堪らない。

「まあ、まだオレもお前も二十歳そこそこなんだ。オレは兎も角、お前は変な娘さんに引っ掛かったりすんなよ? 相手への貢ぎ物への支払いに千手の財政を傾けたとか報告されたら、オレとしても困るからな」
「そんな事する訳ないでしょう!!」

 そうだとは思うけど、恋は盲目って言うからねぇ。
 ただでさえ何が起こるのか分からないのが、人生だもんね。

*****

 基本的に、忍者は雇われ集団である。
 依頼主から内容に似合った報酬を受け、それをこなせば新たな依頼主を捜す。
 千手の様な一族の場合、その成功率の高さからわざわざ探さなくても、向こうの方からお金がどっさり入った袋を持ってやって来てくれるから、知名度の高い一族の方がそう言った意味では楽が出来るのだ。



「今回の任務は領土を荒らすはぐれ忍者共の捕縛、または駆逐……ね。他には何があるんだ?」
「不審な動きをしている隣国の内情調査、大名のご子息の護衛……それに傭兵として戦って欲しいというものまで」

 ――とにかく盛りだくさんですわ。
 そう言って、ミトが疲れた様に笑う。

 仕事で集落を空ける事の多い私や扉間の代わりに、ミトがこうして千手に持ち込まれた依頼の仕分けをしては、一族の者達に振り分けてくれる。
 基本的には各々の能力に適した仕事が回ってくるものだが、中には直々に私や扉間にこなして欲しいと、前書きの付いた依頼書もある。
 ちょっとニュアンスは違うだろうが、ある種の有名税の様なものだ。

「名前が売れ出したのは良かったけど……、毎度毎度こういうのが続くとちょっとやんなるなぁ」
「それもこれも、柱間様への評価の高さ故ですわ。今じゃ、柱間様は誰もが一目置かれる実力者ですもの」

 まー、そのお蔭で同盟もトントン拍子に進むんだけどね。
 因みに私が他の一族と交わしている同盟は、同盟を結んだ一族はお互いに戦場で刃を交わさないと言う、ある種の不戦条約を基本にしている。

 この間連合に参加した奈良の一族を含め、千手の連合相手には猿飛一族や秋道の一族、油女や山中と言った希少な忍術を扱う一族が多い。

「だけどなぁ……。そうだ! ミト、思いついたんだが」
「なんですか?」

 千手に齎される膨大な量の依頼。
 幾ら千手の一族と言えど、人数には制限がある。依頼の内容によりけりだが、どうしても捌けない依頼も数多く存在するのが現状だ。

「今までは一族の中だけで分けていた依頼だが……、同盟を組んだ他の一族にも分けられないのかな?」
「それは……。随分と斬新な発想ですね」

 顎に手を当てたミトが考え込む仕草を取る。
 ややあって、ミトは慎重に口を開いた。

「出来なくはないと思います。……ですけど、そうしたら他の一族の者達が不満を述べる可能性がありませんか? 彼らはあくまで対等な立場で同盟を結んだのであって、千手の配下に入った訳ではないと言い出しそうですし」
「分かってる。そこんとこはそれぞれの一族と話し合って決めるしか無いが……」

 忍びの一族は総じて一族に代々伝わる忍術や己の技術に誇りを持っている。
 言い換えれば、気位が高いのだ。

「でもまぁ。一つの部署が依頼を受けて、複数の一族に分配すると言うのは良い考えですわね。全ての依頼を千手が受けるのも限界はありますし。どうしても、得手不得手は発生しますもの」
「だよね! 思いついたがなんとやらだ、早速相談してみよう!」
「ああ、柱間様!!」

 いい加減、書類仕事には飽きてきたし、ここらで休憩しようっと!



「――……それでオレのところに来た訳か」
「うん! 何たって一番最初の同盟相手だし、猿飛殿が頷いてくれたら他の人達も納得してくれないかな、っていう願望もある」

 疲れた様に額に手を当てている猿飛殿の周囲に哀愁が漂っている。
 なんか前世の記憶に残っている、上司に無理難題を言い渡されたサラリーマンみたいだ。

「おや、柱間様じゃないか! うちの亭主にご用かい?」
「そうそう。ちょっと相談に来たんだ。こんにちは、奥方殿。今日もお綺麗ですね」

 部屋の奥から顔を覗かせてくれた奥方に、にっこり笑ってそう告げれば彼女は豪快に笑った。
 結婚前も結婚後も凄腕のくのいちとして名を馳せている彼女は、猿飛殿と結婚する前からの私の知り合いでもある。

「相変わらず口が上手だね、千手の大将は。そう言う事はあたしみたいなおばさんじゃなくて、若い子達に言ってやんなよ」
「えー? 奥方殿は今も昔も魅力的な女性ですよー」

 正直に述べると、うんうん唸っていた猿飛殿が口から唾を飛ばしながら、私に掴み掛かって来た。

「ちょ、お前冗談でもそう言う事は言うな!! ただでさえうちの女房はお前のファンなんだから!」

 離婚されたらどうしてくれる!!
 切実な願いを込めたその一言に、私も奥方殿も腹を抱えて笑い転げたのであった。



「成る程ね。依頼を受けて、それを能力で振り分ける。それだけなら従来のシステムと変わらないが、それを一族単位で行えば、確かに画期的と言えるな」
「でしょう? 策敵行為や内情調査なら油女、尋問には山中、敵の捕縛や生け捕りに関しては奈良の一族とか。それだけじゃなくて、様々な一族同士で小隊を組んで、それぞれの足りない所を補ったりとか! どう?」
「……確かに。それぞれの得意不得意を補えば、それまで一芸に傾きがちだった忍一族の問題点もカバー出来るな」

 出されたお茶を啜りながら首を傾げてみせると、難しい表情を浮かべながらも一理あると猿飛殿は頷いてくれた。

「だが……。一筋縄ではいかないだろうな」
「まあ、そうだね」

 それまでの一族重視の考え方から一変して、一度は戦場で戦った事のある相手に背中を預けろと言われても誰もが戸惑うだろう。
 そこが最大のネックである。
 二人して頭を抱えていれば、廊下の向こうから誰かが走ってくる音が聞こえた。

「柱間様〜! 来てたんだ!!」
「やっほう、ヒルゼン君。元気だったか?」
「うん!」

 猿飛殿の一人息子である猿飛ヒルゼン君。
 将来が楽しみな忍びの卵である。

「おれね、この間クナイが的の中心に当たる様になったんだよ!!」
「そうか! 凄いじゃないか」

 やや乱暴に頭を撫でてやると、ヒルゼン君は照れくさそうに笑った。
 昔はよく扉間も浮かべていた表情だが、最近ではあまりしないので、素直な少年の言動には心癒されるものがある。

「なあなあ! またおれの手裏剣術見てよ!」
「ちょ……! ヒルゼン、父さんの事は誘ってくれないのに、なんで柱間を誘うんだ!?」

 涙目になった猿飛殿。
 奥方殿が向こうで笑っている声がここまで聞こえてくる。

「だって。父ちゃん、教えるの下手なんだもん」
「んな……っ!」

 息子の正直な一言に、衝撃を受ける猿飛殿。
 流石に気の毒になったので、白い目を向けているヒルゼン君に対して猿飛殿を擁護する事にした。

「あのね、ヒルゼン君。こうみえても君のお父さんは凄い忍びなんだよ? オレが新米だった頃、何度か教えてもらったし」
「えー? ほんとー?」

 ヒルゼン君に一生懸命猿飛殿の凄さについて話している最中に、ふと思いついた。
 そうだ、この方法なら頭の固い連中も一気に納得してくれるんじゃないだろうか……? 

 

双葉時代・発足編<中編>

 
前書き
感想ありがとうございます。
この話はいずれ改稿版を書こうと思っているので、その際には皆様の感想がとても参考になります。 

 
「――と、言う事をこの間思いついたんですけど、如何でしょう?」

 連合の忍び一族の各頭領を集めての空区での談義の際に、この間猿飛殿と話し合った事を議題に挙げてみる。
 するとそれぞれの一族の方々は十人十色の言葉通り、皆異なる表情を浮かべてくれた。

「これはまた……。型に捕われない柱間殿らしい考え方だな」

 やや苦笑しながら口を開いたのは、この間連合に入ったばかりの奈良の頭領。
 彼が軽く頭を振って肩を竦めると、その隣の山中家の頭領は額に手を当てて嘆息した。

「面白い考えとは思うが……反発も大きいだろうな」
「当然だ。何故なら我々は一度は戦場で敵として相見えた者同士。簡単に背を預ける事に抵抗がある者も多いだろう」
「そうなるよねぇ」

 山中の頭領に続いて、油女の若頭は深々と頷く。
 柔和な表情を浮かべたまま、秋道の当主もおっとりと同意した。

 逆に、やや面白そうに笑ったのは、猿飛一族とも付き合いの深い志村の頭だった。

「なに、柱間殿の事だ。勿論その問題を解決する策もあるのだろうて」

 試す様に細められた両眼で見つめてくる志村の頭に、私は深々と頷いてみせた。
 他の一族の頭領達と違って、志村の頭はよくこうして私を試す様な言動を取る事が多い。まあ、この面子の中で最年長である彼からしてみれば、私の若さに頼った様な言動には素直には頷き難い事も多いのだろうから、それは当たり前なんだけどね。

「当然です。ただし、これには皆さんの協力が条件となりますが」

 わざと芝居がかった仕草でおどけてみせれば、けけけ、と笑う声がする。

「なんだよ、千手の! 勿体振ってないでさっさと教えろよ!」
「では、催促が来ましたので」

 犬塚一族の頭領の野次を受け、私はにやりと笑う。
 視界の端で、黙って話を見守っていた猿飛殿が嫌な予感を覚えた様に戦いたのが見えた。
 ……そんなにあくどい顔をしていたのかね、自分。

「物は試しです。ひとまず我々だけで組んでみませんか? 連合の頭同士で小隊を」

 やっぱこういうのはトップが先立ってするものだよね。
 一族で一番偉い相手がそうすれば、下についている者達も従うだろうし。

 そう思って笑顔で提案してみたのだけれども、先程の一言よりも彼らが受けた衝撃は大きかった様だ。
 皆、硬直している。
 ……一番近くに居た志村殿の目の前で手を振ってみたのだが、返事は無い。
 いつも冷静沈着な志村殿のこんな姿滅多に見れるもんじゃないよね。

「けけけっ! やっぱりテメェはおもしれーや! 良いぜ、その話乗ってやらぁ!」
「君ならそう言ってくれると思ったよ、犬塚の!!」

 一番に硬直を解いたのは犬塚殿だった。
 嬉しくて犬塚の頭領の手を握って振り回せば「いいって事よ」と、何とも男前な返事が返って来た。
 格好いいぜ、犬塚殿! それだから好きさ!!

「丁度いい具合に、とっても難しい任務が入っているんです。まず間違いなく、油女の索敵感知に犬塚の探査能力、奈良家の捕縛術に山中の尋問技術。そうして得られた情報を纏めるだけの志村殿の経験に、敵を圧倒させる秋道殿の倍化の術。最後に特攻頭のオレと猿飛殿を必要とする様な任務がね」

 やってみませんか?
 そう言って今回の任務内容について記された巻物を振ってみせれば、それぞれの表情を浮かべながらも、皆さんは書類を受け取ってくれた。

 猿飛殿は大きな溜め息を吐きながら。
 秋道殿は穏やかに微笑みながら。 
 油女殿は普段通りの無表情で。
 志村殿は呆れ返りながら。
 奈良殿は面倒臭そうに。
 犬塚殿は愉快そうに。
 山中殿は慎重に。

 ――後は彼らがこの試行を受け入れてくれるかどうかだ。 



 私は非常に良い気持ちで帰り道を歩いていた。
 様々な物議を醸したものの、私の提案は結局の所受け入れてもらえたのだ。
 それぞれの準備を整えた三日後に、私達各一族の頭領達は今後の見本とするための合同任務に携わる事となった。

「――――お願いです! お花を買って下さい!!」

 上機嫌で道を闊歩していた私の耳に、切実な響きを宿した幼い子供の声が届く。

 声の聞こえた先へと視線を移してみれば、背の高い黒髪の青年に向かって、縋る様に花を差し出している少女の姿があった。
 青年の方は邪険に扱っているが、それもそうだろう。彼女が差し出している花は確かに見事なものであるが、男性で花を買う者は少ないだろうしね。

 ――……言い換えればそれは、それだけその少女が切羽詰まっていると言う証拠でもある。

「お願いです、どうか……!」
「――……不要だと言ったのが聞こえなかったのか?」

 取りつく島も無いとはこういう事か。
 そう思わせる冷たい声が響いたと共に、青年の手が少女を払いのける。
 あー、もう。

「……大丈夫か?」

 振り払われてよろめいた少女の肩を支えて、上から少女を覗き込む。
 少女の目が驚きで丸くなる。次いで、少女の頬が真っ赤に染まった。

「だ、大丈夫です! すみません!!」

 花を持ったままぺこぺこと頭を下げる少女。いや、髪を振り乱すほど謝られてもね……。

「あのね、君が結構切羽詰まっているのはわかるんだけどね、いくらなんでも押し売りはいけないと思うよ」
「わかってます……! でも、今日までにお花を買ってもらわないと……!」

 噛み締められた唇。
 その唇にそっと指先を当てると、驚いたように少女が私を見上げた。

「そんなわけだから御嬢さん。是非ともオレに君の一押しのお花を紹介してくれないだろうか? 妹のご機嫌伺いに欲しいんだが」

 ついでにウインクをしてみれば、少女の表情が一変する。

「あの!」
「うんうん」
「この花はですね、薔薇と言って普段は山奥に小さな物しか生えていないのですが、わたしの父さんが改良を重ねてこんなに綺麗な花になったんです!」

 やっぱり。この辺りでは見かけた事のない花だったから不思議に思っていたのだが、最近出てくるようになった花だったらしい。
 それにしてもこの花、前世の記憶に出てくる薔薇とそっくりだ。
 なんだか懐かしいな。他では見た事はないから余計にね。

「今のところ、赤と白しかなくて……。でも、とっても綺麗でしょう!?」
「うん、綺麗だよね。それに香りもいい。君のお父さんは腕がいいんだ」
「本当ですか!?」

 手にしていた薔薇を一本借りて、そっと匂いを吸い込む。
 馥郁たる甘い香りが鼻孔をくすぐった。

「それじゃあ、ここにある中で白い薔薇を半分もらえないだろうか?」
「白い薔薇、だけですか?」

 ちょっと不満そうな少女に、ふふふと笑う。
 少女の乱れた髪をそっと指で梳けば、少女がまたまた顔を赤く染めた。

「そ! 今日のところは白い薔薇を君が持ってきた分の半分。それと、赤い薔薇も一本貰おうかな?」

 振り乱された髪を手櫛で大雑把に梳いて、見苦しくない程度に整えてやる。
 そうしてから少女の手の中から取り上げた赤い薔薇に軽く手を加えて、そっとその耳元にさしてやった。
 うん、我ながらいい出来だ!

「あ、あの……! こ、こんなことしてもらっても」
「大丈夫だよ。暫くその格好で声掛けをしていなさい。お客さんの方から君の方へと寄ってくるからね」
「へ? ど、どういう意味ですか?」

 曖昧に笑って、少女の手に薔薇の代金を落とす。
 今は私が傍にいるせいで誰も寄ってこないが、君の周囲のお姉さん方が目の色を変えて、君の手の薔薇の花を見つめているんだぞ。

「お花ありがとう。また今度買いに来てもいいかい?」
「よ、喜んで!」

 白薔薇の花束を抱えたまま、踵を返す。
 そうして振り向いた先の人影を見て、目を見開く。
 それまで上機嫌だったのに、それが一気に下降するような気分に襲われた。

「――……相変わらずのようだな、千手の木遁使い」

 腕を組み、不機嫌そうに赤い目で私を睨んでくる黒髪の青年の姿に、昔の記憶が甦る。
 森の中で不可解だといわんばかりに私を睨む赤い目が、目の前の青年の物と一致した。
 

 

双葉時代・発足編<後編>

 ――……多分、これまでに無い早さで私は決断を下したと思う。

「じゃ、オレはこれで」
「おい、待て!」

 くるり、と踵を返しミトへのお土産である白薔薇の花束を抱えたまま、その場を穏便に立ち去ろうとしたのに背後の青年から声がかかる。
 付け加えるのなら、声の他に手も掛けられた。

「貴様、人の顔を見て直ぐさま立ち去ろうとするとはどういう了見だ!」
「いや……。そもそも仲良く立ち話をする程、仲が良い訳でも……」

 口の中でごにょごにょと呟いた言葉は、黒髪青年の吊り上げられた眉を見て、口の中に消えていった。
 もう何この子、訳わからん上に凄く怖いよ。
 勘違いじゃなければ、昔も同じ事を胸中で呟いた気がする。
 おまけに掴まれた箇所に込められた力が尋常じゃないわ、マジで痛い。

「じゃあ聞くが、一体オレに何の用だ?」
「……それは」

 内心で眉根を顰めながらも平然とした態度のまま聞き返せば、青年は居心地が悪そうに視線を逸らした。
 なんなのこの子、面倒くさいなぁ……。

 人の腕を掴んでいるくせに、それ以上言葉を続けようとしない青年に軽く肩を落とす。
 青年よ、君は気付いていないみたいだがここは道の往来で、人々が興味深そうに私達を眺めているのだぞ。
 手に持った白薔薇の花束を揺らすと、馥郁たる香りが私達の間を漂った。

「――全く……。話なら聞いてやる、付いて来い」
「!」

 腕を掴まれたまま、歩き出す。
 無防備に背中を向けた私に驚いたのか、それとも腕を掴まれたまま歩き出した私の行動に驚いたのか。
 どっちにしろ、背後で軽く息を飲んだ気配がしたのは事実だ。



「――……それではごゆっくり」

 そう言って襖を閉めた女将さんに軽く会釈した私は、ずっと黙ったままだった青年へと視線を移す。
 空区の中でも密会などによく使われるこの料店は秘匿性などにも考慮して建てられており、よっぽどの事をしない限り部屋の中での話が外に漏れる事は無い。

「……聞きたい話があったんじゃないのか? 元黒髪少年・兄」
「何だその呼び名は」

 不機嫌そうに青年が唸る。さっきまで静かだったのに、この変わり様はなんだ。
 今は黒い目のままだが、さっきまで赤かった瞳が刺す様に自分を睨んでいる。

「だってお前、昔オレが怪我を治してやった黒髪少年のお兄ちゃんだろ? 間違っているか?」

 さらさら髪だった弟君とは違って、相も変わらず固そうな黒髪のままだ。
 触ったらごわごわしているのかな、ひょっとして。

 そんな阿呆な事を考えていたら、青年が今にも人の事をクナイで滅多刺しにしそうな目で私の事を睨んでいた。ひえぇぇ、超怖ぇぇよ!!

「――千手の木遁使い」
「なんだよ、その呼び名は」

 昔は兎も角、今では私はかなりの有名人だ。
 つまり、この青年が私の名を知らないと言う事は無いと言う意味だ。
 因みに呼び方に異議を申し立てた所、貴様の呼び方よりもマシだとの事。確かにそうだよね。

「数年前、何故貴様は報復に来なかった?」

 取り敢えず、修飾語をもう少し付けて下さい。

「……貴様が千手の頭領に成った原因の一件、忘れたとは思えんが」

 目の前の青年が言いたい所に気付いて、自然と私の顔が険しくなるのを感じた。
 それに青年も気付いたのだろう。どこか愉しそうにも見える、性格が悪そうな表情を浮かべてみせた。

「千手の木遁使いは情に厚いと聞いていたからな。てっきり肉親が死ねばその敵討ちに乗り込んでくると思っていた」
「……ご期待に添えなくて悪かったな」

 かつて無い程低く物騒な響きの声が、自分の口から零れ出た。
 あの雨の日。この青年が言っている様な事を考えついた自分がいたのは確かだ。
 父上と母上の生死確認に影分身を差し向けた先で、両親を含めた千手の者達の遺体を見つけた時に、両親を喪った事への悲しみと同時に憎しみが私の胸の中で渦巻いたのも。

「あの任務の後、一族の者達はいつ貴様が来ても迎え撃てる様に集落の警備を強化していた。……肝心の貴様が来なかった事でそれも水泡に帰したがな」
「……それで?」

 人食った様な私の言葉に、不愉快そうに青年の眉間に皺が寄せられる。
 手にした白薔薇の馥郁たる香りを私は胸一杯に吸い込んだ。

「あいにくだが、オレは目の前の相手に復讐にいくよりも先にしなければ事を見つけたからな。父上達を本当に殺したのが何なのかを理解している以上、目先の感情に振り回されて壊すべき相手を壊し損ねたら意味が無い」

 そう。
 憎しみが自分の胸の中で湧き上がると同時に、憎しみを生み出し続けているこの世界の無秩序さが構成しているシステムを変えなければ、この連鎖は終わらないと私は気付いた。
 ――だからこそ、私の本当の復讐相手はうちはの青年ではなく、この世界で憎しみを生み出し続けているシステムそのものなのだ。

 この青年が私からの報復を望んでいると言うのであれば、それはお門違いだ。
 私の目指すべき場所にあるのは、彼の死ではないのだから。

「……一つ聞こう。千手の木遁使い、貴様が壊したい相手とは何だ?」
「今のお前に教える気はないね、生憎と」

 そう意地悪に告げてやれば青年が私を睨む、ざまぁ。わざわざ私の憎しみを掻立てに来たのかどうかは知らないが、そうそうお前の思う通りに進むとは思うなよ、このすっとこどっこい。

 ……とか思ってはいるが、わざわざ口に出して言う事はしない。だって怖いんだもの。

「ましてや、オレは頭領だ。頭領として一族の皆を守る義務と責任がある。それを投げ出す様な真似を出来るわけないだろう」

 黒髪少年改め、黒髪長髪青年は腹立たしそうに私の事を睨んでいる。
 ていうか、さっきからずっと睨まれてばかりだな、自分。

「聞きたい事は全部言い終えたみたいだな、オレは帰らせてもらうぞ」
「…………」

 押し黙っている黒髪長髪青年。にしてもこいつ髪の毛長いな。
 (一応)性別は女である私よりも長いのではないだろうか。

 ……引っ張ったら、ごっそりと抜けたりして。

 なんだか物凄く阿呆な考えが脳裏の片隅で鎌首を持ち上げるが、首を振ってその邪な考えを霧散させる。
 手に持った白薔薇を抱え直すと、黒髪長髪青年に背を向けてそのまま部屋を出ようとする。
 襖に手を掛けた時、それまで黙っていた青年の声が耳に届いた。

「――……近いうちに、オレはうちはを継ぐ」
「…………」
「次に会う時は貴様の前に対等な存在として立ち塞がってやる――覚悟しておけ」

 その時に改めて名を名乗る事にする。

 青年のその声を最後に、私は踏み出しかけていた足を一歩前に進めた。
 ……あれ? そう言えば私、この子に関わりたくなかったんじゃね? 

 

双葉時代・発足編<おまけ>


「ふ、ふふ」

 もうもうと砂塵が上がる中、私は腹の底から込上げてくる衝動に口元が緩むのを押さえられなかった。

「ふふふふ……!」
「おいおい。含み笑いもそのくらいにしておけ。こえーぞ、お前」

 隣で猿飛殿が呆れた様に呟いているが、それすら気にならない。
 嬉しくて嬉しくて、今にも両足が地面から浮かび上がってしまいそうだ。

「どうなる事かと思ったが、上手くいった様で良かったな」
「ほんと、ドキドキしたよ」

 額の汗を拭いながら奈良殿がそう言えば、隣で胸元を押さえている秋道殿が安堵の溜め息を吐く。
 それに同意する様に、向こうで相棒と一緒に地面の上で大の字になっていた犬塚殿が全身で大きく伸びをした。

「まー何はともあれ、上手くいって良かったじゃないか」
「同感だ。何故なら今回の任務程大変な物は無かったからだ」

 蟲を操りながら、油女殿が深々と頷く。
 荒い息を吐いている山中殿が大袈裟に肩を震わせた。

「し、暫くは柱間殿とは組みたくないぞ……! 人使い、いや、忍者使いがこんなにも荒い奴は初めてだ……!」
「儂も同意じゃな」

 志村の旦那が地面に片膝を付いたまま、疲れた声を漏らした。

「えー? でも今回、お二方がいてくれてオレ達凄く助かりましたよ。また一緒に組みましょうよ」
「二度とごめんだ。お前の勢いは老体には堪える」

 微塵の容赦も遠慮もなく、断って下さったのは志村の旦那であった。
 因みに前回の会合時での一族の頭領同士の合同任務の際に色々あって、私はこれからこの歴戦の忍びの勇士を、志村の旦那と親しみを込めて呼ぶ事にしたのである。

「ええー!? じゃあ、今度は旦那のお孫さんのダンゾウ君に頼もうかな? オレと一緒に任務に就いてくれないか、って」
「貴様の側に置けば、孫が良からぬ影響を受けそうじゃから却下じゃ」

 隣で深々と猿飛殿が頷いている。
 失敬な人だなぁ、相変わらずに。そんなにヒルゼン君が私に懐いたのが悔しいか……まあ、悔しいだろうね。

「でも――やったな」

 静かに呟けば、それまで好き勝手な事をしていた面々が僅かに動きを止める。
 そうしてから、誰とも無く口元に笑みを浮かべた。

「あぁ、やったな」
「そうなるよな」
「そうだねぇ」
「その通りだ」
「そうじゃの」
「だな!」
「ああ……。やれたな」

 奈良殿が、猿飛殿が、秋道殿が、油女殿が、志村の旦那が、犬塚殿が、山中殿が口々にそう呟く。
 誰も彼もが、自分達の戦果を見つめて、嬉しそうに笑っている。

「最初に話を聞いた時はどうなる事かと思ったが、なんだかんだいいつつ、上手くいったじゃないか」

 猿飛殿が勢い良く私の背中を叩く。
 そうなのだ。私達はやり遂げたのだ。おそらく忍び初の快挙と成る様な事を。

 それまでの一族単位の任務遂行から、異なる一族同士の忍びの結託による合同任務。
 これは今までに無い画期的な行為に成り、それまでいがみ合うしか無かった忍者達はお互いに自分達は協力出来ると言う事を知った。

「これで、また一歩進めた」

 しみじみと、実感を逃がさない様にゆっくりと呟く。
 これでまた一歩、平和へと近づける。
 嬉しくて嬉しくて、胸に手を当てて祈る様に両目を閉じた。

「よし! 今夜は一族の面々を集めて戦勝祝い兼親睦会といこうか!」

 飲むぞー! と片手を上げれば、秋道殿が嬉しそうに声を上げて笑った。

「やったぁ、御馳走が食べられる!」
「ちょ、柱間殿! 相も変わらず勢いだけで突っ走らないで下さい!!」

 山中殿が悲鳴を上げているが知るもんか! とにかく私は喜びたくてしょうがないのだ。

* * * * *

「かんぱーい!」
「乾杯です」
「……乾杯」

 千手を始めとする忍び連合の勝利を勝利を祝った宴の後、私達三人兄弟は静かに酒を飲み交わしていた。

「千手の中では姉者の無事を危ぶむ声もありましたが、何とか合同任務が上手くいって良かった」
「ええ本当に。それに、今回の任務の成功と宴を切欠に、同盟こそ結んでいたもののぎこちない所のあった一族同士が仲良くなるといいですね」

 ほんわりと酒精のせいで頬を紅く染めたミトが笑う。
 どこかとろりとした灰鼠色の瞳が、同意を求める様に扉間を流し見た。

「……皆、笑ってたね」

 先程まで行われていた宴の光景を思い起こしながら小さく呟けば、珍しく扉間が完爾と笑った。

「はい。また今日みたいな宴をしましょう、姉者」
「……うん」

 最初はどこかよそよそしかった一族同士。
 それが宴が始まって、ミトを始めとする各一族の女性陣が腕を振るった料理の数々が出され、それぞれの頭領同士が持ち寄った秘蔵の一本を飲み交わせば、それまでの空気が嘘の様に宴の雰囲気は一変したのだ。
 最後の方なんて一族の垣根を問わずに、皆して笑い合っていた。

 単衣の上に千手の家紋の付いた羽織を羽織った私は、酔いの回った頭でぼんやりと頭上に浮かぶ月を眺める。
 そう言えば、宴が始まる前に送った木遁分身は無事にアイツの元に辿り着いたのだろうか……?



「――でさ、そこで奈良殿が秘伝忍術で足止めをしている間に、オレと猿飛殿がね」
『えぇい、やかましい! こんな夜更けまで長々と話を聞かせるな!!』

 なんだよ。折角の私達の武勇伝も佳境に入って来たばかりなのに。
 ぎょろりとした鮮血の瞳が私を睨む。ううむ……、これからがいい所なのに。

「なんだよ。つれないなぁ」
『なんだ、その巫山戯た態度は。つくづく思うのだが、お前ワシを誰だと思っている』
「天下に名高き悪名高い九尾の狐。誰もが恐れる九喇嘛だろ?」

 わざと戯けた様子で言ってみれば、予想に反して九喇嘛は鼻を鳴らすに留まった。

「あれ? なんでか機嫌が良さそうだね。どうしたの?」

 いつもだったら巫山戯た事をすれば、照れ隠しの尾の一撃か爪の一振りが私に向かって放たれるのに。

 ――そんな事を思っていた時。
 私と九喇嘛のいるこの海岸に面した崖に向かって、とんでもなく威圧感を感じる“何か”が近付くのを感じた。

「……なんだ?」
『フン! ワシの旧い知り合いだ』

 その一言に、私は思わず隣の狐を見やる。
 心底意外そうな顔をしていたのに気付いたのか、九喇嘛が不愉快そうに瞳を細めた。

『なんだお前、その目は』
「いや……。お前、友達とかいたんだね」

 いつも一人で暴れ回っているか、遠くを眺めているだけだから、てっきりひとりぼっちだと思ってたよ。
 因みにそれを言ったら、かなり強烈な爪の一撃を食らわされた。……勿論、木遁で防御したけど。

『――――お久しぶりですね、九尾』

 木錠壁の後ろから頭だけを覗かせる。
 すると、九喇嘛が寝転んでいた海に面した崖の向こうに、白く巨大な頭が見えた。

『何の様だ、五尾』
『特に用などはありません。偶々近くを通ったので、挨拶に寄っただけです』

 馬に似た体躯に海豚の様にすべすべとした頭部。尾の数が五本である事、親し気に(九喇嘛の方はそうでもないが)会話をしている事から、尾獣なのは間違いないだろう。
 木錠壁の後ろから出て来た私に気付いた五尾が不愉快そうに口を開いた。

『……何故、人間がここに居るのです』
「ええと、九喇嘛とお話ししていました」

 五尾の艶やかな頭部には五本の角が生えていて、半月系の目の下には落ち着いた朱の隈取りが施されている、九喇嘛とはまた違った趣の美しい獣である。
 ……それにしてもすべすべしてそうだな、あの体。撫でてみてもいいだろうか。
 そんな事を思いながら訊ねられた事に正直に答えれば、何とも不審そうな表情をされた。

『我々の中でも群を抜いて人嫌いな九尾が、あなたと……?』
「そうそう。数年前から時々こうしてお喋りしている」

 もっとも、話の大半はろくでもない事ばかりだけどね!
 どこぞの空区のお菓子がおいしかっただの、ミトの作る料理は最高だの、扉間が新しい術を開発したとか。

 沈み行く月の光に照らされた五尾の純白の体が、幽玄な雰囲気を漂わせる。

『私の事をじろじろと見て、どう利用するのか考えているのですか? 余裕ですね』
「違う違う。月の光に照らされると真珠色に輝いて美しいな、と思ってた」

 目の前で器用に五尾がずっこけた。
 四つ足の獣でも転ける事があるのか。いや、海の上に立っているのだから、どちらかと言えば海面に乗せていた足が水の中に沈んだと称するべきか。

『な、何なのですか、この人間は!? 九尾!』
『諦めろ。この馬鹿者は昔とちっとも変わっとらん、ワシに対しても同じ様な事を言ってのけた大戯けだ』

 悲鳴の様な叫びをあげて五尾が九喇嘛を振り返れば、くつくつと笑いながら九喇嘛が嘯く。
 信じられない物を見る目で見つめられ、少々居心地が悪い。

「ここに居るのは木遁を使った分身なんだけど、取り敢えず初めまして。オレの名は千手柱間。もし良ければ、名前を教えてくれないだろうか?」
『先程から思っていたのですが……我々に名が有る事を知っている人間は、もうこの世には存在しない……。つまり、九尾があなたに名を教えたのですね』

 五尾の言う通りだ。
 一年前くらいに、私はぶっきらぼうな口調の九尾から「九喇嘛」という名を教えられた。
 九喇嘛にとって、名前はとても大事な物なのだろう。その時の態度でそう感じて以来、私はその名で九喇嘛を呼び続けている。

『人間に自己紹介などをされたのは……初めてです』
「まー、そうだろうね。基本、君達はおっかないし」

 普通の人間なら、自己紹介などする前に逃げようとするだろう。
 私の場合は、最初の出逢いの段階でそれを逃してしまっただけの事だ。

『成る程……。九尾があなたに名前を呼ぶ事を許したのも分かる気がします』
『こいつが並外れて奇矯な人間なだけだ。他の奴らがこの馬鹿者と同じだとか思うんじゃないぞ』

 言われたい放題だな、自分。反論出来ないのが悔しい。

『しかし……。千手柱間の名はあちこちで聞いた事があります。まさか……あなたの様な人だとは思いもしませんでしたが』
「へぇ……。随分とオレも有名になったもんだな」
『ここ最近、目立つ活動を続けているようですね。何のためにです?』

 何処か試す様な目に成った尾獣二頭に対して、私は軽く息を吸い込んだ。
 どのような答えを出すのかと、期待と同時に恐れを抱いた四つの目に見つめられ、それに恥じる事の無い様に私は宣言した。

「取り敢えず、この忍び世界の無秩序具合を一旦ぶっ壊してやろうと思って。争ってばかりのこの世界を変えてやるんだ」
『――――戯れ言を』
『素直じゃありませんね、九尾は。態度でバレバレですよ』
「うん。九喇嘛がツンデレなのは知ってる」

 ――そう言って笑った五尾と私に、九尾の尾の一撃が来たのは余談である。 
 

 
後書き
デレのあるツンデレが、九尾。
デレのないツンデレは……さてどなたでしょう。 

 

双葉時代・対峙編<前編>

 徐々に異なる一族同士で任務をこなす様になって来たある日の事。
 私は一族の長として、戦場に立っていた。

「頭領! 西の戦場は全て我々が制圧しました!」
「同じく、東も制圧完了です!」
「わかった。ならば負傷者は離脱させつつ、扉間を始めとする小隊はオレと共に中央への応援へ向かうぞ!」
「はっ!!」

 一族の中でも選りすぐりの忍び達を引き連れて、未だに戦闘続行中の最後の戦場へと向かう。
 途中、自分達の進行を防ごうと飛び出て来た敵方の忍び達を、問答無用で木遁で身動きを封じさせて頂く。

「見えました! あそこです!!」

 一緒に並走していた千手の忍びの一人が声を張り上げる。
 身を隠す事の出来ない草原のあちこちで、千手の忍び達が必死に応戦している姿が見えた。

「……可笑しくないか?」
「あね、兄上の言う通りです。どうも、一族の者達が戦っている相手は先程の奴らとは違うようです」

 戦っている相手方を観察してみれば、鎧の作りからして種類が異なる。
 それまで戦っていた敵方の忍びの一族の増援かと考えたが、どうにも味方に対する扱いではない。

「――敵方の雇い主に新たに雇われた一族じゃろう。そうであれば、同じ雇い主に従ってはいても、あやつらを仲間として遇していない事にも納得がいく」

 一行の中でも最年長な千手の大先輩の忍びがそう呟く。

 成る程、確かに。

 他の一族と連携を取れる様になって来た忍び連合の者でもない限り、他所の一族と手を組むと言う発想はないだろう。

「木遁の樹海降誕を使う。扉間、目くらましが欲しい。霧隠れの術を頼む」
「わかりました」
「他の者達は相手に隙が出来た瞬間、奇襲を仕掛けてくれ。ただし、深追いはしない事。なんにせよ、一族の者達をここまで追い込む手練の連中の様だからな」

 扉間と同時に印を組む。
 大きく息を吐いた扉間の口から発生した白い霧が草原を覆った。

「――木遁・樹海降誕!」

 土中より一斉に生じた木の根が雪崩の様に相手方の忍び達へと襲いかかる。
 扉間の視界を鈍らせる霧隠れの術と併用されてのこの攻撃方法は、相手の意表をつき身動きを防げる上に、最高の目くらましを兼ねている。

「今だ、いくぞ!」

 霧を掻き分けて一族の者達が雄叫びを上げながら、突進していく。
 視界のはっきりしない霧の中のあちこちで、敵方の忍び達がどよめいている。

 その動揺を利用しない手は無い。

 一族の者達と一緒に襲いかかってくる者達を薙ぎ倒しながら進んでいた私は、不意に感じた強烈な殺気に、手にした刀を前へと構えた。

 それが正解だったのは、直ぐさま判明した。
 唸りを上げて振り下ろされたもう一本の太刀、それが私の構える刀と火花を打ち鳴らした。

「――っく!」

 重いっ!
 何とか防いだものの、相手の尋常でない膂力に肝が冷える。
 まず間違いなく防がなければ、鎧を裁って私の身を切り裂いていただろう。

「っと、これで、どうだ!」

 大きく吠えながら、交差したままの相手の太刀を上手く受け流して、体勢を崩させる。
 そこに蹴りの一発を加えてみたのだが、交差した両手にガードされてしまう。
 だが、そうする事で相手は手にしていた太刀を手から落とさずにはいられない。

「木遁・大樹林の術!」

 片腕を巨木に変化させて、そのまま高速で相手を追撃する。
 この奥深い霧の中ではこの攻撃を躱せまい。そう思っての一撃だったのだが、相手は私の術をこの不明瞭な視界の中で容易く交わしてみせた。
 相手はこの霧の中で攻撃を躱すだけの能力を持っている。――となれば、戦いが長引くと困るのは私だ。

「土遁・土中潜航!」

 とにかく、自分の周りに敵がいるのは分かっているのだ。だとすればその動きを止めてしまえばいい。
 乱戦状況である現状、再度の樹海降誕を始めとする派手な技は同時に味方を傷つけてしまう恐れがあるので使えない。しかし、私は確かに木遁使いではあるが、木遁忍術の他にも使える忍術はあるのだ。

 思った通り。
 私が木遁以外の忍術を使うと予想していなかったのだろう。相手が微かに動揺する気配が感じ取れた。
 土中潜航は自分の周囲を泥沼化する事で相手の動きを止め、逆に使用者の高速移動を可能とする術だ。案の定、相手は液状化した泥に足を取られたようである。

 同時に、何かが鋭く空を切る音が聞こえて来た。

 それが意味する事に気付いた私は、低く腰を落とした。
 今のは扉間が一族の者達をこの場から退散させた事を示す合図だ。――となれば遠慮は無用。

「悪いが、一気に片を付けさせて貰おう!」

 この謎の敵の正体を確かめたい気持ちもあったが、戦場でそのような私情を挟む訳にはいかない。
 初めて感じる名残惜しさを自分でも意外に思いながら、高速で印を組む。

 使うのは先程の樹海降誕の更に上の段階の秘術。あまりに繊細なチャクラコントロールを必須とし、自身のチャクラを生命の源として、大規模な森林を地上に出現させる技。

「――木遁・樹界降誕!」

 地面が勢い良く隆起し、先程とは比較に成らない量の木の根が無数に群生していく。
 しかし、それすらも本当に一瞬の出来事。ただの草原だった地表を巨木が埋め尽くし、その場に巨大な森を作り上げる。
 自分の足下より生えて来た木々の一本に飛び移り、そのまま勢いに任せて伸びていく木に乗った状態で、私は眼下の戦場を見下ろした。

「……取り敢えず、決着は付いた様だな」
「――安堵するには早すぎるのではないか?」

 殺気と同時に、放たれた鋭い剣戟。
 油断した訳ではないが、それでも反応が遅れた事は正直否めない。
 鎧の胸元に、深々とした大きな跡が出来る。

「ようやく、貴様と同じ舞台に立てたな」
「お前……!」

 私と同じ様に樹界降誕時に出来た巨木に足を乗せた青年の姿に、目を見張る。

 使用者でありこの森を操る私ならば、無数かつ無造作に生み出される木々の攻撃から身を守る事は容易いが、目の前の青年は己の持つ能力だけでそれを避けてみせたのか。
 そんな事が出来る忍びは今までに存在しなかっただけに、彼の行った事は驚愕に値する。

 背に瓢箪型の巨大な団扇を背負った、長い黒髪に赤い目の、見覚えのある青年。
 背負った団扇を軽々と片手で握りしめ、青年は三つの巴紋が浮かんだ瞳で私を見やる。

「――………うちは一族が頭領、うちはマダラ」

 尋常でない気迫を纏った青年が、朗々と自身の名を宣言する。
 成る程ね。前に私に向かって言ってのけた様に、とうとう此処まで昇って来たのか。

 初めて出会う今までに無い種類の敵の出現に、柄にも無く胸が高鳴る。
 青年の、否、マダラの赤い目から視線を逸らす事無く、刀を鋭く一閃して私も口を開いた。

「千手の木遁使いにして、千手一族の頭領・千手柱間だ」

 愉しくって、愉快な気分だ。
 それまでこの青年に感じていた思いやわだかまりが、マダラの口上に答えた事で一息に押し流されていく。
 それは最強の忍びと呼ばれ恐れられている自分に対して、真正面からぶつかって来る敵が本当に久しぶりであるせいだろうか。

 ――だから失望させるなよ?

 そう意味を込めた視線を向けると、マダラが高速で印を組む。
 轟々と燃え盛る巨大な火球が、私に向かって勢い良く放たれた。 

 

双葉時代・対峙編<中編>

 
前書き
まあ仮にもあの頭領のライバルを張れた人だったんだから普通の写輪眼じゃ力不足でしょう、と。 

 
 結論から言うと、ぼっこぼこにしてやりました。

 ――誰が?
 私が。
 ――誰を?
 うちはマダラを。
 
 そしてその事に関して、私は猛烈な後悔に襲われていた。

「ぬぉおお……! いくらなんでもやり過ぎたぁ……!」

 そう。後々やり過ぎではないだろうかと自分で猛省してしまう程に。
 そう成った原因の一つはマダラにもある。
 断言するが、マダラは今まで戦って来た他の誰よりも強かった。
 そのせいで私としても手加減が出来ず、それこそボロボロになるまで相手をするしか無かったのだ。

 だが、しかし。
 私が真に悔いているのは、その事に関してではない。

「どうしよう。これは完全に目をつけられた……!」

 そうなのだ。
 去り際に弟君の肩を借りて立ち去った、うちはマダラの目は最後の最後まで私から外される事は無かった。
 あの揺らめく炎を写し取った様な赤い瞳には、嫉妬やら羨望やら怒りやらなんやらでぐちゃぐちゃになった複雑な感情が浮かんでいて。

「人面フラグ……!!」

 もうどうしよう。マジでやばいぞ。
 ここんとこ忙しかったのと前世の記憶が薄れて来ているせいで忘れていたが、フラグは折れてない。
 ていうか――寧ろ、乱立したんじゃない?
 だとすると……うあああ! 嫌すぎる!!

「あ、姉者……? 大丈夫ですか?」

 柱に頭を打ち付けていたら、背後で扉間の声が聞こえた様な気がしたけど、きっと気のせいだ。

 それよりも本当にどうしよう。
 昔出会った彼らがなんか綺羅綺羅した目の兄弟でない事を願っていたが、どう考えてもマダラ兄弟が、前世知識のあの兄弟なのは間違いない。

 誰が悪いかっていったらそりゃ、完全にうちは兄弟の事を忘れ去っていた私の責任だが……だからといってぇぇ……っ!

 その場にがっくりと崩れ落ちる。もうやだ、どうしてこうなるのだ。
 魂が抜けていってしまいそうな溜め息が自分の口から零れ落ちる。
 なんで死ぬ前から死んだ後の事を心配しなければいかんのよ。嫌すぎるわ。

「あの、大丈夫ですか、姉者?」
「え? あ、ああ、扉間か」

 肩を落として悄然としている私を心配する様に、扉間が不安そうな表情を浮かべたまま、後ろに立っていた。

 あれ? そう言えば何の用だろう?

「どうした、扉間。なんかあったのか?」
「は、はい。なんでも日向の忍び達が姉者にお会いしたいとの事で……」

 日向? どっかで聞いた事がある様な……ああ!

「あの白に薄紫がかった目の一族か。柔拳を始めとする体術に秀でた名門だろ? そういえば、この間戦場で勧誘したんだっけ」
「姉上が仰る通りなら、我ら忍び連合に加わっていただけるかもしれませんね」
「わかった。ちょっと支度するから、詳しい事聞いといて」
「了解しました」



 話を聞けば、任務帰りの千手の忍びに日向一族の者達が接触を図ったらしい。
 日時と場所を指定した巻物を渡された千手の者達であったが、そこに千手柱間だけ来てもらいたいと書かれていた事に、一族の者達は難色を示した。

「正直、幾ら姉上でも危険が大きすぎます。今まで通り、空区での会合であれば良かったのですが……日向が指名して来た場所は……」
「人里どころか民家もない、無い無い尽くしの丘の上。もし仮に騙し討ちにあっても文句は言えないよな」
「それでも行かれるのですか?」
「うん」

 正装を纏うのを手伝ってくれたミトが、不安そうに私の顔を覗く。
 それに小さく頷いた。

「おそらく騙し討ちの心配はいらないと思う。相手は気位の高い忍びの中でも、名門と自負している日向だ。そんな卑怯な真似をする必要も無いだろうしね」
「でも、柱間様……」
「大丈夫だよ、ミト。扉間も、そんな不安そうな顔をしない」
「ですが……」

 心配そうな弟妹達の頭をくしゃくしゃと撫でる。
 そうしてから幼い頃に父上から戴いて以来、ずっと使い続けている愛刀を腰に佩いた。

「それに何かあったら、すぐに逃げるから。……それに」

 印を組んでチャクラを練る。
 煙と共に、私の隣にもう一人の私が出て来た。

「影分身を置いておく。影分身は私と繋がっているから、何か聞きたい事があればこいつに聞く事」

 影分身の私と目を合わせて頷き合う。
 もしもの事があれば、影分身は消える。その事実を知っている二人も、神妙な顔で頷いた。

「じゃあ、いってくるよ。二人共、留守を任せたよ」
「はい!」
「はい、姉者こそお気を付けて」

 途中、千手の者達とも暫しの別れの挨拶を交わして、私は指定された場所へと向かった。



「正直に申すのであれば……我らはあの様な書状を出しはしましたが、本当にお一人だけで来られるとは思っておりませんでした」
「まあ、普通に考えれば一人でのこのこ来ませんよね」

 あはは、と笑って頭を掻けば、呆れた様に向かいに座している日向の長老殿が溜め息を吐かれた。
 その周りで佇んでいる日向の若い衆も、私に向けて白い目を向けている。……元から彼らの目は白いけど。

「じゃが……。そのお蔭で我らの心も決まった」
「長老……!」

 日向の者達が、顔を見合わせる。
 そうしてから、長老殿は私の方を向いて静かに宣言した。

「柱間殿。我ら日向一族は千手を始めとする忍び連合に入るか否かを決める時、一つ決断した。もし、あなたが自身に取って非常な不利な状況であるにもかかわらず、書状通り供の一人も連れずに我々の元に来たのであれば、あなたを信ずるに値する人物と認めて、同盟を結ぼうと」

 うーむ。私はどうにも自分が知らないうちに試されていたらしい。
 これで、扉間や他の者達が来ていたら偉い事になってたな。

「ただでさえ我らの血継限界を狙う者は多い。例え同盟を結んだ相手であっても、信用出来ないのが現状です。ご不快に思われたかもしれませんが、日向としてもこの白眼を持つ以上、慎重にならざるを得なかった……申し訳ない」
「いえいえ。その気持ちはオレにもよく解りますから」

 ……死んだ後に目どころか細胞単位で欲しがられちゃう立場だからね、自分。
 他人に自分の体を好き勝手されちゃうかと思うと、鳥肌が立ちます。

「それでは今度の会合の際に、あなたの事を他の頭領達に紹介しますね。名高い日向一族も連合に入って下さると成れば、鬼に金棒です」
「こちらこそ、柱間殿の今後に期待している」

 お互いに深々と頭を下げ合って、その日の会談は終了した。



「では、我々はこの辺りで。――柱間殿、本日は真にありがとうございました」
「こちらこそ、長老殿のご英断に感謝するとお伝えください」

 帰道の護衛も兼ねて千手近くの集落にまで送ってくれた日向の若い忍びに頭を下げられ、私も頭を下げた。
 日向の人達が同盟に参加してくれた事は大きい。
 警戒心が高い日向の者達の信用を得られたと知れば、連合に興味はあるけれども、いまいち参加には決断が出来なかった他の忍びの一族達も、徐々に我々の方に接触を図る様になるだろう。

 そうして同盟者が増えれば増える程、私達の目標の達成に繋がる。

 千手の集落に繋がる森を軽やかな足取りで進む。
 嬉しくて嬉しくて、不謹慎かもしれないけど鼻歌を歌いたくなった。
 しかしその前に、私はふと香った慣れしたんだ匂いに鼻に皺を寄せた

 この鉄臭い香り……間違いない、血の匂いだ。

 腰に差した刀がいつでも抜ける様に手を置いたまま、木の幹に身を寄せる。
 他に気配はない。敵が潜んでいない事を確認して匂いの方向を覗き込んで、息を飲んだ。

 ――未だ歳若い、一人の忍びの死体。
 怨恨か、それとも合理的な思考によってか。その遺体は顔を潰されていた。
 周囲には遺体から飛び散ったとされる血が至る所に付着しており、その末路が悲惨な物であったと想像させる。

「この忍び装束からして、うちはの忍びなのか? それに……」

 両目に当たる部分を抉り出されている。写輪眼を狙った凶行なのか、それとも。
 しかし、うちはの忍びがなんでこんな所にまで来るんだ? ここは千手の領土に近いというのに。

「どちらにせよ、このままにしておけないよなぁ……」

 土遁で穴を掘って、木遁の棺で囲んだ遺体をその中に下ろして、土を被せてから地面を平坦にして簡素な墓を作る。
 軽く黙祷して、私はその場から立ち上がった。

「……大分遅くなったな。扉間やミトが心配しているだろうなぁ」

 せめてものの慰めになる様に。
 そう祈って、道の傍らに咲いていた野草を摘み取り、その墓前へと捧げた。
 
 

 
後書き
にじファン掲載時にもどうしてマダラを殺さないのか、という意見がありました。
改稿版の時にそこんところをもう少し深く書き込みたいと思います。 

 

双葉時代・対峙編<後編>

「――火遁・豪火滅失!」
「――木遁・木錠壁!」

 迫り来る炎から身を守るために、木遁の盾である木錠壁を形成。
 木錠壁の長所はこれを使用すれば相手の目から自分の姿を隠せると言う事、そして相手は攻撃を防いでいる間、術者である私が木錠壁の後ろに隠れていると思い込む事にある。
 その思い込みを利用して木錠壁が攻撃を防いでいる間、木分身を作って本体の私は土中に身を隠す。

 案の定、相手は火遁の攻撃が止むと同時に突っ込んで来た。

 ――よし、かかった!

 相手の振るった刀が、木分身の首を刎ねる。
 途端、人の形を崩した私の木分身が絡み合う木の幹へと姿を変え、相手を捕縛した。

「――水遁・黒雨の術! これで火遁は使えない。そこで大人しくしておけ」

 黒い油を雨の様に周囲に降らせる水遁の術。
 可燃性の油を周囲に撒き散らしたため、ここで火遁を使えば敵諸共味方にも大ダメージが来るという、ある種の火遁封じの忍術である。

 私の木分身に捕縛されたまま、黒い雨を被ったマダラがギラギラとした目でこちらを睨んでくる。
 ……正直言って、優勢なのは私であるにもかかわらず、こいつ滅茶苦茶怖い。

「どうやら、他の戦場でも決着が付きかけているみたいだな。今回も、引き分けか」

 私の木遁の威力は正直な所、一対多の戦場でこそ活躍する。
 そのため、乱戦状態に陥った戦闘こそが私の最も苦手とする戦場でもあった。

 にしてもこいつ、私の厭がる所を的確に付いてくるなぁ……。

 木分身から逃げ出そうと暴れているマダラを軽く見つめて、小さく嘆息する。
 マダラ率いるうちはの連中は私の木遁の大規模攻撃を防ぐためにか、千手との交戦中は必ず乱戦状態へと持ち込んでくる。
 そうなったら私としても木遁の樹界降誕を始めとする大技無しに、うちはの忍び達と戦うしかない。

「千手柱間」
「――……なんだ」

 不敵に笑う、うちはマダラ。
 なんでしょう、嫌な予感しかしないんすけど。

「貴様、うちはを見くびり過ぎだ。――オレの事もな」
「……っ、馬鹿!!」

 力任せに私の木分身の拘束を引き千切り、マダラは印を組む。
 その組んだ印の示す所に気付いて、私は顔色を変えた。

「――火遁・豪火球の術!」

 マダラが放った火球が、周囲の油を浴びて爆発的に火力を向上させる。
 しまった! 火遁封じに使った黒雨の術が敵の術の助けになってしまうなんて。
 ああもう、これだから戦闘種族は嫌いなんだ!!

「――土遁・土流壁の術! あの、大馬鹿者!」

 口から汚い言葉が出るが、それもしょうがないだろう。
 あの馬鹿マダラめ! あんな技を使えば自爆と同じじゃないか!
 土流壁の後ろに隠れて、悪態を吐く。

 幸いと言っていいのか、私とマダラの戦闘の巻き添えになる事を恐れて他の忍び達は離れた所で戦っている。この火災が他の場所にまで届かなければいいのだが。

「馬鹿はどっちだ。油断し過ぎだ、柱間」
「……っ!」

 咄嗟に左腕の篭手を差し出し、防御する。叩き割られた篭手の間から、血が噴き出した。
 噴き出す血を無視して、そのまま大樹林の術を使用して相手を追撃する。
 後ろに飛び跳ねて攻撃を避けたマダラは、私の方を見て小さく舌打ちした。

「チッ。浅かった様だな」
「お生憎様って奴だ」

 自動治癒の始まった左腕から手を放して、土流壁を背後にマダラを観察する。

 可笑しい。

 黒雨の術の追加効果で威力が増大した火遁の攻撃の直中にいて、無傷だなんて。
 いくら動体視力を極限にまで上げてくれる写輪眼の恩恵があるにしても、少しは手傷を負う筈だ。
 でもまあ、マダラだからなぁ……。

「先に言っておく。前と同じだと思わない事だな」
「どうやらそうらしいな」

 三つ巴の写輪眼が、マダラが両瞼を閉ざして再び開いた時には、姿を変えていた。
 げ。あれって、ひょっとして……!

「万華鏡写輪眼……写輪眼の上位に位置する目だ」
「――……ああ、そう」

 爛々と輝く赤い瞳に、絶望したくなった。
 もう最悪、普通の写輪眼でさえ厄介な相手だったのに、その一段上の万華鏡だなんて……!
 頭を抱えてのたうち回りたい気分に襲われるが、必死に我慢する。
 でもここが戦場でなければ、実際にそうしてたと思う。

「――っ、やば!」
「遅い!!」

 三角形を作った三つ巴の紋に気付いて、慌てて目を逸らそうとするが、遅かった。
 赤い目が私の目を捉え――そうして。

 幻術眼としての威力も持つ写輪眼。
 万華鏡に進化した今、更に強力な幻術が私を襲う。

 ――気付く間もないうちに、マダラが作り出した幻術世界が私を捕えていた。



「――……これで、オレの、うちはの勝ちだな」

 大きく肩で息を吐きながらそう告げたマダラの言葉に、遠ざかっていた意識が我に返る。
 ったく、けったいな映像を見せてくれやがって……! 幻術とは元々相手を精神的に攻撃する技ではあるが、今回の幻術は過去に食らったどれよりも兇悪だった。

「千手と言えど、首を落とされば死ぬだろう。……お前の父同様にな」

 ――その言葉で、何かが切れた。

「お前こそ、オレの事を舐め過ぎだ……っ!」
「……あれだけ食らって、まだそこまで動けるとはな。流石は千手柱間……忍びの頂点だと謳われているだけある」

 左手を軸に、右足を伸ばして相手の懐に蹴りを入れる。
 相手の油断を誘えたと思っていたんだけど、そうも上手くいかなかった。
 くそ! 今程こいつをぶん殴ってやりたいと思った事は無い。
 ミトが聞いたらお行儀が悪いと怒られそうだが、思わず舌打ちが出る。

「見たくもない光景を見せやがって……並の人間だったら精神崩壊を起こしてたぞ」
「確かに、並の忍びではそうなっていただろうな」

 肩で息をしながら、ふらつく足を叱咤して大地を踏みしめる。
 自慢じゃないが、私の幻術に対する抵抗力は、他の忍びとは比べようが無い。
 それがここまで疲弊させられるなんて……。

 しかし、相手の方も私同様に疲弊している様だ。
 これでマダラだけ元気一杯だったらどうしようと思っていた分、その事実に一安心する。

 周りでは未だに黒雨の術で活性化した先の豪火球の炎が燃え盛ってるままだ。
 余程の量の水を出さない限り、並の水遁ではこの炎は消えないだろう。
 ――それを利用させていただく。

「木遁・大樹林の術!」

 巨木と化した私の左腕。
 無数に分岐する木の攻撃をマダラに向ける一方、枝分かれした数本に敢えて炎を点火させる。
 そんでもって、踊り狂う炎を付けたままの大樹林をマダラの背後から襲いかからせた。

 名付けて、木遁・火だるま大樹林の術――なんちゃって。

 前後左右からの大樹林の攻撃だ。
 これを避けるには、それこそ地面の中に潜るか、空に跳ぶしか無い。
 マダラが土遁を使わないのは確認済み。それに、マダラが敢えて身動きの取れない空中に身を投げ出す様な危険度の高い真似をするとは思えない。

 ――となれば、先程燃え盛る炎の中から無傷で生還したのと同じ方法を使うしか無いだろう。
 
 じっと目を細めて観察していれば、マダラの姿が大樹林に覆われて見えなくなる。
 後方に点火していた燃え盛る炎が他の枝に移って火勢を増す。
 無数に絡み合っていた大樹林が嫌な音を立てたのに気付いて、大樹林と一体化させていた左腕をそこから引き抜いた。

 一際嫌な破砕音が上がったのと同時に、燃え盛る炎を纏った大樹林の幹が内側から爆発した。

「……っ! 成る程、それのお蔭で無傷だったのか」
「これを見せるつもりは無かったんだがな……」

 不吉に燃え盛る紫の炎を纏った、骸骨。
 身を守る鎧の様に、紫の炎と骸骨で周囲を包まれているマダラの姿に合点がいく。
 成る程、あれならば先の炎から身を守る事も出来よう。なんにせよ、厄介な事だ。

「万華鏡を開眼した者の中でも、異なる二種の能力を瞳に宿した者だけに許される最強防壁――須佐能乎だ」

 なんていうか……写輪眼ってずっこいな。
 木遁使ってる自分がなんだか虚しくなって来たわ。
 頭痛がして来た頭を必死に抑えて、戦意を一生懸命掻立てる。
 もうやだ、こいつ。
 次から次へと新術を披露してくれやがって、付き合うこっちの身にもなれってんだ。

 頑張れ自分、頑張れ私。
 こいつを倒せば、集落に帰れる。そんでもってミトに癒してもらうんだ。頑張れ……!

「土遁・土流壁の術! 木遁・大樹林の術!!」

 土遁でマダラの周囲を囲む様に、小山程の大きさがある一繋がりの土の壁を形成する。そうして出来上がった土台の上で、木遁の印を組んだ。
 そっちが新術で来るなら、こっちだって新術で迎え撃ってやらぁ……!

「何を考えている……!?」
「先に謝っとくわ、死ぬなよ!」

 多分、こいつ以外にやったら物凄く悲惨な火傷を負った死体が出来ると思うけど、あの厄介そうな鎧を崩すのにはこれぐらいしないと無理だろう。
 これからするのは、戦場初披露になる木遁の術。私が操るのは、樹木だけとは限らないのだ。

「――木遁・花樹界降臨!」

 土の壁の内部に編み目を張り巡らせる様に発生した無数の木々。それだけなら普通の樹界降誕と同じだが、これには続きがある。
 樹界降誕時には無かった、焦げ茶色の幹の所々に点在する薄桃色の蕾の数々。
 ――それが一気に花開いて、土の壁の内部に大量の花粉を撒き散らした。

 催眠効果のある花粉だが、相手は腐ってもうちはマダラ。
 万華鏡にまで至ったうちはの天才だ。
 この程度で倒れてくれる様な生易しい相手でない事は身に染みて知ってる。

 花粉で満たされる壁の内側を見下ろしながら、外部の方へと向けていた大樹林をそのまま一気に壁の内部へと放り落とした。

  ――――燃え盛る炎を纏わせたままの、大樹林の木々を。

 同時に勢い良く土の壁から飛び降りて、その場から離れる。
 背後で着火した花粉が爆発している音が断続して響いてくる。
 ……私が起こしたのは俗に言う粉塵爆発だが……あいつ、大丈夫かなぁ……?

 引き上げの合図が聞こえてきたので、背後を気にしながら集合場所へと急いだ。
 その際、土の壁が粉砕される音が聞こえて来たのでマダラは大丈夫だろう。――多分だけどね。

 因みに、次に戦場で会った時の彼は、ぴんぴんしていた事を追記しておく。
 
 

 
後書き
戦場で悲惨な事と言えば、味方の攻撃で命を落とす事も含まれます。ゲームじゃないので、味方の攻撃が自分に当たらないなんて事は無い。だからこそ、主人公はなるだけ周囲に味方がいる状況では大技は使いません。
木遁は基本、バトロワ状態でこそ最大限の効果を発揮すると考えています。 

 

双葉時代・共闘編<前編>

 私の放った手裏剣は、巨大な団扇によって防がれる。
 暴風の余韻も消えないうちに、次いで放たれるのは火遁の炎。
 追い風の影響も有り、更に強力な物へと変化した火球に敢えて水遁で対抗して、水蒸気による写輪眼封じを狙う。
 しかし、それも相手には読まれていた様で直ぐさま視界を覆っていた水蒸気は吹き払われた。
 私の刀と、相手の武具がかち合って火花を飛ばす。

 その一瞬後、私達は大きく背後に飛んで距離を取った。

「――木遁・樹海降誕!」
「――火遁・豪火滅失!」

 互いに印を組み、殆ど怒鳴る様にしてそれぞれの忍術を告げる。
 私の生み出した小規模な森を、マダラの呼び出した業火が焼き尽くしていく。

 それにしても、段々とこいつの火遁の威力が上がって来たな。未だに私の方が優勢とはいえ、樹海が焼き尽くされる領域が拡大しつつある。

 最も、だからといって負ける気はしないが……!
 
「木遁・樹海降誕! 正面ばかりと思うなよ!」
「――っ!」

 普段は押し寄せる波の様に、敵を覆い尽くすために使用している樹海降誕だが、それを敢えて遠隔操作でマダラの足下に生み出してみる。
 始めての実践での試みだったが、上手く相手の虚を突けた様だ。
 足場が不安定になり、無造作かつ無尽蔵に発生する樹木から逃れようとしてマダラが体勢を崩す。

 ――その隙を見逃さない。

 背負っていた巻物を勢い良く開き、そのまま片手を巻物へと押し当て、チャクラを流し込んだ。

「――武具口寄せの術!」

 召還に答えて、それぞれ人の身の丈を超える巨大な武器の数々が私の前へと並ぶ。 
 戦場初披露になる武具の数々に、マダラが警戒した様に団扇を構える。さすが、いい判断力だ。
 
「何をするつもりかは知らないが、そのような武具を貴様が持てるとは思えんがな」
「これでも“千の手を持つ一族”って言うのは伊達じゃなくてね! ――行けっ!!」

 至極マトモなマダラのツッコミだが、何も私がこんな重そうな武器を持って戦うとは限らないんだよ!
 掛け声と同時に私の足下より生えて来た巨木が、並べてあった武具の一つ一つをその太い幹で絡みとって、波濤の勢いでマダラを目指す。
 四方八方から来る一撃必殺の攻撃に、マダラの方も万華鏡の能力を全開にして、時に躱し、時に打ち払って回避するしか無い。
 それでも尚、隙あらばこちらへと襲いかかろうとする気構えを感じられ、殺るか殺られるかの紙一重の感覚にゾクゾクする。

 今までに色々な相手と手合わせを含めて死闘と呼ばれる物までこなして来たが、その中でもマダラと戦っている時が一番興奮する。

 ……まあ、時々相手の不死身(というか打たれ強さ)具合や万華鏡のチート設定に物申したい時もあるが、それでも同じ力量を持つ相手と戦うと言うのは楽しい物だ。血が騒ぐと言うか、心が浮き立つと言うか。

 こうして追い込めば相手がどのように対処するのだろうか、と想像したり、相手の使う術を如何に利用して優位な方向へと持ち込めばいいのか、という戦術を練ったり。

 認めたくないが、マダラと戦うのは面白いし楽しい。
 そのせいで思う存分に力を振るっては、千手に帰る途中で物凄い自己嫌悪に襲われる事も多々あるんだけどね。

 それでも今こうして戦っている事は正直――心が躍る。

「何を笑っている! 余裕だな、柱間!」
「いや、楽しいなって思ってね!」

 片手に握った刀を横に薙ぎ払う。
 鈍い銀の軌跡を背後に下がる事で躱したマダラの追撃のために地を蹴る。そのまま至近距離で掌中で構え直したクナイを相手の喉元へと突き刺そうとするが、瞬時にマダラの周囲を覆った紫の炎にクナイが砕かれた。

「あー、悔しいな。争いなんて正直嫌いだったのに、こうしてお前と戦うのが楽しくなって来ただなんて」

 振るわれた鬼の腕を避けて、先程生やした樹海降誕時の巨木の方へと大きく跳躍する。 
 乱れる髪が鬱陶しい。左手で乱暴に髪を梳けば、驚いた様に目を見張っているマダラと目が合った。

「――ん? どうした?」
「まさか……戦嫌いで有名な千手柱間からそのような言葉が聞けるとは……思ってもいなくてな」

 うん。これは私にとっても予想外だったよ、本当に。
 混戦の最中だって言うのに、苦笑が漏れた。

*****

「……」
「……」

 普段は人を人とも思わない態度を取る事が多いうちはマダラのどこか呆然とした表情に、言い出しっぺの私の方が居心地が悪くなって、頬を掻いて視線を逸らす。
 なんか変な事言ったのかね、自分。
 それにしてもなんなの、この何とも例え様のない感覚。むず痒くて仕様がない。
 普段の不敵に無敵が代名詞の傲岸不遜なうちはマダラは何処に行った……! と突っ込みたくなるが、我慢する。
 酔っぱらった志村の旦那が踊り出した時だって、こんな居心地の悪さは感じなかったぞ。

 にしても気まずい。誰かこの雰囲気を変えて下さい、切実にお願いします。

 そんな事を天に願っていた矢先。
 いつもだったら巻き添えを恐れて私とマダラとの戦いの最中に近寄らない千手の忍びの一人が、私の背後に瞬身の術を使って現れた。

「頭領! 急ぎお耳に入れなければいけない事が……!」

 千手の忍びが現れた事で、マダラの方も普段通りの様子を取り戻す。
 やれやれ、あの状態が続いていたらどうなっていたのやら。

「聞こう。よっぽどの非常時なんだろ?」
「は、はい!」

 印を組み始めたマダラから視線を離さず、こちらも迎撃のために印を組む。
 緊迫した雰囲気に身を固くした千手の忍びが、潜めた声で私へと囁きかけた。

「先程、千手の感知系忍者達から報告がありました。この戦場に向かって、強大なチャクラを持つ何かが接近中だそうです。――如何なされますか、頭領?」
「強大なチャクラ、だと? それってまさか……!」

 脳裏に九本の尾を持つ朱金色の獣の姿が浮かび上がる。
 まさか、戦場の熱気に当てられてやって来たんじゃあるまいな?
 強敵と戦っているせいか普段よりも研ぎ澄まされた感覚が、警鐘を鳴らした。

「――――扉間、聞こえるか!?」
「何のつもりだ、柱間!!」

 急に大声を出した私に対して、マダラの方も怒声を上げる。
 それを無視し、側に居た千手の忍びの腕を掴んで、マダラから大きく距離を取る。
 切羽詰まった私の呼声に気付いて瞬身の術を使用して現れた弟の水遁とマダラの火遁がぶつかりあった。

「――お呼びですか、兄上!」
「今すぐミトを呼んで欲しい。――頼めるか?」
「ミトを、ですか? 何のために?」

 訳が分からないとばかりに不審な表情を浮かべる扉間。
 その間に、マダラの攻撃を巨木に絡めた大剣で防御させる。報告に来た千手の忍びにかかった火の粉を、右手で払い落とした。

「とにかく火急の用件なんだ! それから、この場にいる全員に直ちにここから離れる様に伝えろ!!」
「は、はいっ!」

 前半は扉間に、後半は報告に来た千手の忍びに。
 それから私はマダラの太刀の攻撃を敢えて受け止め、マダラの赤い目を見据えた。

「話は聞いたろ? 今すぐうちはの忍び達も引かせてくれ」
「――敵の言う事を鵜呑みに出来ると?」

 マダラの言う事も最もだが、今回ばかりは急を要する。
 額に流れる汗は嫌な予感のせいだと思いたい。

「……悪いが、オレは一族の長だからな。皆を守らなくてはいけないんでね」
「どういう意味だ――柱間っ!?」

 火花を鳴らしていた刀を握る手からわざと力を抜き、押される勢いに任せて一気にマダラから距離を取る。
 初めて取る行動にマダラが驚いた顔をしていたが、それどころではない。
 そのまま一気に、千手とうちはの者達が争っている場所へと瞬身で移動する。

「頭領!?」
「千手柱間が、何故……!」

 両一族共に驚いた声を上げ、突然現れた私に目を向ける。
 戦場で鍛えられた腹筋を使って、全員に聞こえ渡る様に声を張り上げた。

「千手とうちは両一族の者達に告げる! 今すぐここから離れるんだ!!」
「何を馬鹿な事を……!」
「柱間様? 何故そのような事を!?」

 あちこちで不審そうな声に、訝し気な声が上がるが、余り時間がない。
 ただでさえ高速で移動していた気配が、徐々に接近してくるのを第六感で感じ取る。

「いいから早く! 今は人間同士で争ってる場合じゃないんだ!」

 多分、焦りで自分は凄い表情を浮かべていたと思う。
 敵対している筈のうちはの忍びまでもが、私の方を見て驚いた顔をする。
 千手の忍び達の方は私の異常に気付いて少しずつ撤退を始めているが、うちははそうもいかない。
 相手が攻撃をするかしないかを悩んでいるのを感じ取りながら、私は急いで戦場を見渡す。そうしてから見知った顔を発見して、一気に跳躍した。

「弟君!」
「――……千手柱間?」

 返り血を浴びたのか、頬に赤い液体が付いている。
 揺らめく炎をそのまま移し取った様な写輪眼は兄と変わらない。数度だけ相見えた事のある少年の面影を残す青年に向かって、私は必死に呼びかけた。

「せめてうちはの忍び達をここから離れた所に行く様に言ってくれ! もう時間がない!」
「何を言って……? ――兄さん!!」
「人との勝負を投げ出しておいて、何をしようとしている。……イズナ、怪我は無いか?」

 弟思いなのもいいけど、その半分を私に対して使ってくれ。
 どうでもいい事を脳内で考えてしまうのは、現実逃避だろうか。それにしてもマジでやばいぞ、この状況。

「自分が無茶を言っているのは分かってるさ! けど、それどころじゃないんだ! 今すぐこの場から――って、遅かったか!」
「兄さん、あれを!」

 ああもう! こんな事している場合じゃなかった。さっさと木遁でも使って、追い払えば良かったんだ!
 私達が戦っていた草原を囲む森の向こうに、巨大かつ長大な影が落とされる。
 うちはの忍び達があちこちで息を飲む音がした。

「おいおい、あれって……!」
「まさか、嘘だろ!?」

 圧倒的な姿に、勇猛で知られるうちはの忍び達の間から悲鳴が上がった。
 そう、それが人として当然の感覚だろう。山の向こうから姿を現した巨体に、私は額の汗を拭う。

 これが出てくる前に、何とかして全員を離れさせたかったのだけど……!

「尾が七本……! 七尾の尾獣なのか!?」
「まずいぞこんなの。このままじゃ、全員全滅だ」

 騒然としだしたうちはの忍び達。
 一瞬で状況を把握したらしいマダラが、ざわめくうちはの忍び達を一喝した。

「――静まれ! 我らも直ちにこの場から離れるぞ! ――イズナ、お前がオレの代わりを務めろ」
「けど! だったら、兄さんはどうするの?」
「オレは頭領だ。一族を守るに決まっているだろう?」

 基本的に戦場では一対一でマダラと向かい合う事が多かったから、彼の頭領としての姿を見たのはこれが始めてかもしれない。混乱状態に陥っていた一族の者を、一言で元の状態に戻してしまったのは流石だ。

「いいや、マダラ。お前も弟君と一緒にうちはの人達を守るんだ。あの尾獣の相手はオレがする」
「柱間!?」
「千手の頭領が何を言っているんだ?」

 いやあ、皆様仰っている事は尤もで。
 でも、あんまり心ないことを言わないで、あとそんな目で見ないで下さい。こう見えても心は繊細なんです。

「今逃げ出した所で、七尾がオレ達を見逃してくれるとは思えないからな。誰かがアイツの相手をして、他の者達に注意が向かない様にしなければいけない。そしてそれにはオレが最適だ」
「巫山戯るな! 何故千手の貴様が……!?」
「今はそんな事言い合っている場合じゃないだろ。それに、お前はうちはの頭領だ。だったら皆を守れ」

 憤るマダラの肩を軽く押して、一族の人達の方へと向かわせる。
 一歩前に出て、うちはの忍び達を背に私は呼気を整えた。

「元々そのつもりだったんだよ。そら、オレの術が大掛かりな事を知ってるだろ? あいつと戦うのであれば嫌でも大技を使わなきゃいけない。巻き込まれない様に、早くこの場から離脱してくれ――それが最善だ」

 懐に収めていた巾着から兵糧丸を一個取り出す。
 これ、一時的に体力を回復はしてくれるんだけど、物凄く不味いんだよなぁ……。
 奥歯で噛み砕く様に飲み込めば、苦味と同時に全身に活力が湧いてくる。一種のドーピングだ。

「千手の頭領の言う通りだよ、兄さん。急ごう、このままここにいても邪魔になるだけだ」
「イズナ! ――っく」

 弟君にやんわりとだが断固とした口調で諭されて、マダラが悔しそうな声を上げた様な気がした。
 背後では小隊を組んだうちはの忍び達が速やかにこの場から退散してくのが分かる。

 ――けれども、上空に到達した七尾の方は人間達が逃げていくのを待ってはくれない様だ。

 一見、羽の様にも見える翡翠色の尾を無造作に動かして、そのまま叩き潰そうとしてくる。
 そうはさせるもんか……!

「土遁・土流壁の術! ――木遁・樹界降誕!」

 空を飛ぶ相手に届く様に、天高くまで伸ばした土の壁を七尾の前後に発生させる。
 その土壁に樹界降誕で発生させた木遁に寄る巨木を這わせ、そのまま七尾の体へと絡み付かせる。

「悪いが他所に目移りさせる様な真似は出来ないんでね! 気が済むまでオレに付き合ってもらおうか!」

 七尾が苛立った様に咆哮を上げる。
 さて、最強のチャクラを持つ尾獣という存在に、今の私の力はどれだけ通じるのだろうか?
 

 

双葉時代・共闘編<後編>

 
前書き
封印式を持っていないのでぶっちゃけ不利です。 

 
「――さ、流石は尾を持つ獣……。ここまで追いつめられるとは……」

 ゼエゼエと肩で息をする。
 体のあちこちが痛いし、無茶な動きをしまくったせいか、全身の筋肉が悲鳴を上げている。
 チャクラを使っては兵糧丸でドーピングしたせいもあって、口の中は血の味と兵糧丸の苦味で一杯だ。

「けど……、オレも中々やるもんだろ……?」

 血の味がする唾を吐き捨て、口元を拭う。
 ミトに見つかったらお行儀が悪いと窘めされそうだが、そうでもしないと口の中が気持ち悪くてしょうがない。

「なんとか……どうにか、なったか……。良かった」

 ちらりと視線を動かして、周囲に誰もいない事を確認する。
 良かった、巻き添えを食らった者は誰もいない様だ。
 戦っている最中は無我夢中だったので周囲に気配りが出来なかったから内心は不安で一杯だったのだが、杞憂で済んだ様だ。安心した。

 抑え付けられている事に耐え兼ねてか、七尾が尾を振り回しながら怒りに満ちた咆哮を上げる。木遁による呪縛から逃げ出そうと全身を動かせば、何本かの巨木が根元から引き千切られるものの、直ぐさま私が生み出した無数の木々が七尾の巨躯を拘束した。

「マジで……つ、疲れた。扉間、ミトを早く連れて来てくれ……!」

 右手を前に差し出して、私の創った森へとチャクラを流す。
 結構頑張っているが、流石にマダラと戦った後に七尾と戦う事になるとは思っていなかったから、かつて無い程私は疲弊していた。

 どちらか一方だけだったら兎も角、最強クラスの猛者二人を続けざまに相手にしたら……流石に、ね。

 弱音が口から零れるが、それでも怒り狂う七尾から視線を逸らさない。
 でもこれ以上続けば本当に不味い、扉間早く……!
 そんな事を考えていれば、突如として声が響いた。

「――柱間!」
「馬鹿野郎! なんで戻って来たんだ、マダラ!?」

 草原を囲む森の向こうから現れた長い黒髪の青年の姿に、思わず悲鳴の様な声を上げてしまった。
 ――くそ、なんで戻って来たんだよ!?

「お前が来た所で何にも出来る事は無い! 早く一族の元へ戻れ!!」
「巫山戯るな、貴様!!」

 私が怒声を上げれば、向こうも声を荒げてくる。
 何の目的かは知らないが、今回ばかりは付き合っていられない。

「相手は七尾! こうして抑えられてはいるが、それだって長くは続かない。一族の者達を守るのがお前の仕事だとさっき言ったろ! それなのに何故ここに戻って来た!!」

 そう叫べば、相手の赤い目が私を睨みつける。

「黙れ! 千手の貴様がオレに指図をするな!」
「この分からず屋!!」
「ウスラトンカチ!!」
 
 なんでか物凄く低次元な言い争いになってしまって、思わず脱力してしまう。

 ――――それが、失敗だった。

 一瞬の気の弛みは、戦場では命取りだ。
 そう何度も、父上からも先輩忍者達からも教わって来たのに、私はそのミスを犯してしまった。

 七尾の尾の一本が、木々の拘束から解放される。
 その尾の落とされる方向を見て、私は自分の顔色が変わってしまうのを感じた。

 ――――マズイ、そっちには……!

 残り少ないチャクラを使って、自身に瞬身の術を掛ける。
 頼むから間に合ってくれよ! その一念だけで、必死に地を蹴った。



「う、ああああぁぁっ!」
「――!!」

 足を貫いた灼熱に、口から押さえ切れなかった声が漏れた。
 痛い、痛い、痛い!! 何か鋭い物で足を抉られ、目尻に涙が浮かぶ。

 けれどもこれ以上の泣き言は私の意地と矜持が許さなかった。涙で滲んだ視界に映る巨大な影に向かって、無我夢中で手を向ける。そのままありったけのチャクラを込めて、相手を叩きのめす様をイメージする。

 半ば悲鳴の様な声が上がったのと同時に、大きな物が地に落とされた鈍い地響きが私の体の奥まで震わせた。

「貴様、何故……?」
「知るか! 勝手に体が動いたんだ、私にだって分かるか馬鹿野郎!!」

 押し倒した形のマダラが唖然とした声を上げているが、無視だ無視! つーか、マジで痛いよ!
 滲んだ視界を必死に凝らして、痛みの原因を見つめる。
 七尾の尾に砕かれて凶器の様に尖った長い木片が、私の足の防具の隙間を貫いた様だ。
 木遁使いが木にやられるなんて、洒落にならないよ……!

 そう言えばどさくさに紛れて一人称・私を使ったけど大丈夫だよね? どうでもいい事を考える事で、痛みから気を逸らす。

「こうなったのも、オレのせいだ。すまん、抑え切れなかった」

 ものすごく痛いが、足から破片を抜くのはもう少し我慢した方がいいだろう。
 普段から使用している自動治癒の術を意図的に解除して、敢えて負傷したままでいる。
 木片を取り除かないままに治癒を行えば、肉の中に破片が刺さった状態で傷口を治してしまう。
 それだけはごめんこうむる。

 木の欠片が止血弁代わりになっているので、出血に関してはそう考えなくてもいい。
 後で落ち着いた場所で処置を行うのが最善の手段だろう。

「――っつ! マダラ!」

 動けば同時に肉が抉られる。その痛みを必死に堪えて、覆い被さっていたマダラから身を起こす。
 低い声で名を呼ぶと、何処か動揺した様子のマダラの赤い目が私を見つめていた。

「そこらへんに、巾着が落ちていないか……? 中に兵糧丸が入ってる、筈だ」
「――……口を開けろ」
「おう! って、なんか普段よりマズイ!!」

 右手を七尾の方へと差し出したまま、口に放り込まれた兵糧丸を噛み砕く。思わず吐き出したくなる苦味に、顔が引き攣った。
 あれれ? なんかこれ、さっきまでの私が食べていた千手製の兵糧丸と味が違くね。どっちも不味いのは同じだけど、こっちの方が苦味が酷いと言うか……。

「……うちは製の兵糧丸だ。文句あるか?」
「いいえ、ありません」

 苦いけど、体の底からチャクラが湧き出てくる。
 顔を顰めながらも立ち上がって七尾と対峙しようとしていた私の前に、マダラが立った。
 
「……怪我人はそこで大人しくしていろ」
「は? 何をするつもりなんだ?」
「……別に。オレの方も試してみたい術があったからな――相手が七尾であると言うのであれば丁度いい」
 
 肩を押しのけられ、負傷した足を押さえて地面に片膝をつく。
 そのままマダラの背中を眺めていたら、不意にその全身を猛る紫の炎が覆った。

 普段マダラが使っている骸骨の鎧でも、捻れた一角の鬼でもない。
 それは巨大な天狗を思わせた。

 しかも、形が未だに不明瞭でチャクラが定まっていないとはいえ、あの七尾と同じ位……いや、それ以上に大きいかもしれない。
 ……あれも、万華鏡の能力の一つなんだろうか。

「――チッ。やはり未完成の様だな……まあいい」

 巨大な天狗の頭部に収まっているマダラは不満そうに言いながらも、天狗を模した巨大武者の腕を振るう。
 文字通り大地を砕く豪腕が七尾の巨躯へと叩き付けられ、七尾が声にならない苦痛の叫びを上げた。

 ……え、えげつねー。

 木遁のせいで碌に身動きが取れない七尾の、人間で言えば鳩尾に当たる部分に天狗の豪腕が叩き込まれたのを目撃した私は、頬が引き攣るのを押さえ切れなかった。

 いやだわ何なのさ、あのデカイの。
 まだ未完成っぽいけど、私将来あんな奴と渡り合わなきゃいけなくなる訳? やだなぁ、あれとやり合うの。下手すれば腕の一振りでミンチにされてしまいそうだ。

 現実逃避気味にそんな事を考えていれば、巨大天狗を構成していたチャクラが不安定に揺れて、天狗の姿が掻き消える。
 荒い息を吐いているマダラの様子からして、やはり未完成であり、体にかかる負担は相当の物であるようだ。奥の手中の、奥の手……といった所か。

 そうしてから、私は向こうに見えた赤い頭にほっと肩を落とした。
 
「あね、兄上! 遅くなって済みません、ミトを連れてきました!!」
「柱間様! それに、そこにいるのは……!」
「今はこいつの事気にしなくていいから! ミト、七尾を鎮めたい! 頼めるか!?」
「――はいっ!」

 生命力に溢れた鮮やかな赤い髪を振り乱しながら現れたミトが私の姿を見て顔色を変えるが、微笑みを浮かべながら頼み込めば、力強い輝きを灯した灰鼠色の瞳が私を見つめ返す。

 千手の集落の方で前もって用意していたのだろう。
 ミトと扉間が同時に背負っていた巻物を広げると、複雑な文様や呪文で埋め尽くされた書が勢い良く広がって七尾の体を取り囲んだ。
 印を組んだミトの体から莫大な量のチャクラが迸る。
 ミトのチャクラに呼応して金の輝きを帯びた鎖が広がった巻物から伸び、そのまま七尾の体を強力な力で縛り上げていく。

 七尾が最後の悪あがきとばかりに、鎖で縛られた体を大きく身じろがせる。
 金の鎖から解放された一本の翡翠色の羽の様な尾が、私の方へと振り落とされたが――その前に紫の炎を帯びた髑髏の手で弾かれた。
 不機嫌そうな横顔に気付いて、小さく苦笑しながら封印が最後の仕上げに入るのを見つめる。
 一際強い光が周囲に満ちた瞬間、それまで草原に横たわっていた七尾の巨体は視界から消え失せていた。



「……疲れたー。当分働きたくない気分だ」
「柱間様が弱音を吐く所を始めて見ましたわ……」
「そりゃあ、オレだって人間だからね。尾獣なんて規格外相手によくぞここまで保ったもんだよ」

 暗くなった空を見上げながら呟けば、私の足に刺さった木片を取り除いてくれていたミトが眉根を下げる。
 こりゃあ、近いうちに封印術をミトから本格的に習った方がいいかな。もしもまた尾獣と戦う羽目になったら、封印術を持っているかいないかでかなり勝率も変わるだろうし。
 そんな事をつらつらと考えていれば、少し離れた所でマダラを睨んでいた扉間が大袈裟な溜め息を吐いた。

「普通なら尾獣相手に一人で立ち向かっていける忍びなんていませんよ」
「うるさいぞ、扉間」

 足に刺さっていた破片を抜いてくれたミトに一言礼を告げる。
 それから意図的に中断していた自己治癒を開始した。

「――――ミト。七尾はどれくらい抑えられる?」
「三年くらいなら問題ありませんわ。今回は急でしたので碌に準備はできませんでしたけど、それくらいなら」
「充分だよ。とにかく、これで一段落付いたな」

 見る見る内に傷口が隆起して、あんなに酷かった傷跡が塞がっていく。こんな光景見ていたらつくづく自分も人間離れして来たなあ……と感じます。

「千手の体質って凄いな、本当に」
「そんなに早く怪我が治るのは兄上だけです。オレだって出来ませんよ」

 しみじみと感慨深く嘯けば、扉間が嘆息する。
 弟から差し出された手を握りしめて、私は立ち上がった。

「扉間、先に行っておいてくれ」
「……兄上」

 非難の眼差しを向けた弟の頭を軽く撫でる。
 そうしてから年々がっしりとして来た肩を軽く叩いて促した。

「一分だけですからね。それ以上は兄上が何を言っても引離します」
「扉間の言う通りですわ。いくら何でも相手は……」
「いいから」

 不安そうな目の弟妹達を見つめて薄く笑えば、諦めた様に二人して肩を落とした。
 そうしてから私は傷が癒えた足で大地を踏みしめて、向こうで一人腕を組んでいるマダラへと視線を合わせた。

「ありがとな、マダラ。お蔭で助かったよ」
「……借りを返しただけだ」

 取りつく島も無い返答に、軽く笑う。
 なんだかんだ言って、この黒髪長髪青年が素直でない事に私はようやく気付いたのだった。

「マダラって実はいい奴だな」
「はぁ!?」

 うんうんと一人で頷いていると、こいつ頭が可笑しいんじゃないだろうかと言わんばかりの目で睨まれていた。
 納得いかん。思った事を告げただけなのに。

「でも、もうちょっと弟君に向ける様な優しさを他の人にも向けた方がいいぞ。ただでさえお前は目付きが悪いからな」
「……余計なお世話だ」

 あ、なんか目に見えて苛々し出した。

「千手柱間」
「なんだ、うちはマダラ」

 返事をすれば、効果音が付きそうな物凄い眼差しで睨みつけられる。
 三つ巴の紋が浮かぶ写輪眼には、以前垣間見た様々な感情がごちゃごちゃと混ざり合っていて。

「――――オレは、貴様が大嫌いだ」

 そう言って立ち去ろうとする後姿に、敢えて朗らかな声を投げ掛ける。

「そうか。オレは大分お前の事が好きになって来たところだけどな」

 そう告げれば、離れた所で様子を伺っていた扉間から後で怒られてしまいました。
 

 

双葉時代・反省編<前編>

 
前書き
変なタイトルですけど、なんか他に思いつかなかったんです。 

 
 手に持った剪定鋏を掌中で華麗に一回転させる。
 そうしてから俄に視線を鋭い物に変えて、深く深く息を吸う。
 大丈夫、私には出来る。さあ、今こそ思い描くイメージを現実に……!



「――と言う訳で出来上がったのが今回の作品なんですよ、志村の旦那! どうです、中々いい出来でしょう?」
「…………相も変わらず前衛的な盆栽をするのぅ、お主」

 七尾封印から数日後。
 私は同じ盆栽仲間の志村の旦那の元を訪れて、自分の剪定した新作を見せていた。
 いやあ、父上の趣味が盆栽だったからね。自分でも爺臭いとは思うが、私の趣味だって盆栽なのだ。

 最も、その評価は余り芳しい物ではないけど。

 この間も自信作を猿飛殿に見せにいったのだが、なんでか引き攣った顔をされて「どうやったらこんな形になるんだ……?」と呟かれたのは記憶に新しい。

「何で皆この良さが分からないのかなぁ……? 見て下さいよ、この鋭角的なフォルム! 斬新でしょう?」
「斬新すぎて壊滅的じゃな、それは」

 め、めげないぞ。

「自分的にはこれから飛翔しようとする竜をイメージしたんですが、どうでしょう!?」
「…………ワシには地に落ちてのたうち回る鳥類にしか見えんのじゃが」

 めげるもんか……! 見解の相違に決まってる。
 けど、辛口のコメントに心が襤褸雑巾になりそうだわ。

「――次回作に期待して下さい!」
「お主のそれは剪定じゃなくて伐採に近いとワシは思うのじゃがな」

 辛辣すぎる評価に心が砕かれそうです。もうちょっとオブラートに包んで欲しいっす。
 少しばかり涙目になりながらも、出されたお茶を黙って啜る。
 でも、次こそぎゃふんと言わせちゃる……!

 そんな事を考えていたら、襖の向こうから見知った顔が覗いた。

「柱間様、また来てたんだ。いいのか、また千手の人達が泣きながら探しにくるぞ」
「だいーじょうぶさ、ダンゾウ君! ちゃんと書き置き残して来たからね。心配する事なかれ!」
「本当?」

 顎の下にバッテン印の傷を持つ、猿飛殿の息子のヒルゼン君と同い年の少年。
 名を志村ダンゾウ君といい、志村の旦那のお孫さんだ。ヒルゼン君に比べるとやや大人びて見えるが、彼と同じで将来が楽しみな忍者の卵である。

「前に見た時よりも背が高くなったね。分身の術とか使える様になった?」
「そんなの大分前から出来てるよ」

 そっぽを向きながらも、持って来たお菓子を差し出せば素直に近寄ってくる。
 礼儀正しくお菓子の礼を言ってくれるので少年の頭を撫でてあげたら、叩かれてしまった。残念。
 少年を微笑ましい気分で見つめていたら、唐突に志村の旦那が口を開いた。

「――……つい先立って日向の一族が同盟に参加してくれたのが大きかったな。あの件以降、有名無名を問わず同盟参加への申し込みが増えおったわ」
「そうですね。日向の人達にはお礼を言わないと。今度、オレの自信作でも送ろうかな?」
「……まず間違いなく嫌がらせと思われるから止めておけ」

 ――……まあ半分は冗談のつもりで言ったので安心して下さい。本気でそうするつもりはありませんから。
 絶対にするなよ、という視線を送ってくる志村の旦那へと、そう言った意味を込めた顔で見つめ返しました。

「……この間耳に挟んだのじゃが、日向との会談の際に一人で向かったそうじゃな?」
「ええ。それが相手の条件でしたから」
「お主、命が惜しくないのか?」

 神妙な声に、両目を閉ざす。
 命が惜しくないのかって? 勿論惜しいとも。
 ――けれど。

「けれど、それ以上にオレは欲しい物がありましてね。それを手に入れるまでは死ぬ予定はありませんから」
「――……青いな」

 呆れを含んだ溜め息に、へへっと笑った。
 そう、後少しなのだ。もう少しすれば私達の目指す場所にまた一歩近づける。
 突き抜ける様な青空を見上げて一人目を細めれば、志村の旦那の溜め息が届く。
 不審に思って視線を向ければ、歴戦の忍びは何とも言えない表情を浮かべて私を見つめていた。

 ――まるで哀れなものを見つめる様な、そんな目で。

「お主の目指す所をワシも知っておる。最初は何を戯けた事を……と思っておったのじゃが、昨今の時代の流れを見つめる中でお主の言う事が単なる夢想ではないと実感出来る様になった」

 何が、言いたいのだろう。
 この大先輩の忍者が言いたい事が分からなくて、私は微かに眉根を潜めた。

「じゃが、柱間。一つお主に聞きたい事がある」
「……なんですか?」
「――お主、戦を楽しんでいるのではないか?」

 どうして、だろう。
 今までの様に、そんなことはないと断言する事が出来なかった。



「我々が雇われれば、相手は対抗してうちはを雇う。我ら千手一族に対抗出来る忍びは、忍界広しと言えど最早うちはぐらいですからね」

 邸の中でそう呟いたのは、一族の中でも扉間と並んで私の補佐を行ってくれる千手のくのいち。
 烏羽玉の黒髪を綺麗に纏め上げ、左目を垂らした前髪で隠してる、千手随一の幻術使いである千手桃華だった。

 涼し気な目元をそっと伏せ、花の香りがするお茶を淹れてくれる。
 写輪眼への幻術対策も兼ねてここ最近の千手での組み手の相手を務めてくれる桃華は、千手の女性陣の中ではミトに次いで私に近しい位置に居た。

 そんな彼女の何処か憂いを含んだ囁きに、私は手にしていた筆を置いて桃華の言葉について考えてみる。

「そうだな……。最近ではうちは以外と戦う事も無くなって来た」
「ええ、頭領の仰る通りです」

 千手がうちは一族以外と戦場で相見える数は減って来ている。
 それは多くの者達が忍び連合に入り、不戦条約に参加した事も原因に上げられるだろうが、長い争いの時代に人々がこのままではいけないと気付き始めたのも理由の大半だろう。

 桃華が注いでくれたお茶をゆっくりと口に含む。

 世は変わりつつある。それは確かだ。
 憎しみを生み出し諍いの原因となった戦国の世は太平に向けて、ゆっくりとだが徐々に移行してる。
 ――忍び連合に参加した一族同士の交流の数が重なり、人々が分かり合える機会が増えた事もその一端を担っているのだろうね。

「……頭領。ここらが潮時かもしれません。私には、ここ最近は殆ど千手とうちはのための戦場と化している様な……そんな気がしてならないのです」
「そう、見えるのか」

 千手もうちはも、人々は争ってばかりの世の中を厭い始めているのは間違いない。
 それに、あいつは気付いているのだろうか……? 桃華が溜め息を吐く声が聞こえて、考えを中断させた。

「いえ、寧ろ……」
「なんだ? 気になる事があるなら言ってくれ」
「寧ろ……私には最近の戦は……柱間様とうちはの頭領のための戦いにしか思えないのです」

 躊躇いを含みつつ発せられた言葉は、私の脳裏に深く刻まれた。

 最近の争いはうちはと千手の死闘ではなく、私とマダラの私闘に変わっている?
 私の求めるのはこの戦乱の世の変革だ、それは今も昔も同じな……筈。
 無為に命を投げ捨てさせる世の中を変えてやる事、引いてはその先の平和な世界を何よりも渇望している……筈だ。

 しかしマダラと言う好敵手との出逢いに心を躍らせ、現状が変わらないままでいる事を——心の何処かで私は望んでいたのか?
 ――――だとすれば、それは由々しき事態だ。

 机の上に置いていた筆を握りしめ、力を込める。
 職務を再開しながらも、桃華の呟きが耳から離れなかった。



「――……お前は気付いているのか、うちはマダラ」
「何の事だ、千手柱間。それよりもいいのか? 他の事に気を逸らしたりして」

 桃華との会話を経て数度目の戦場。
 そこで常の如く雄叫びを上げて襲いかかって来たマダラの攻撃をいなしながら、私は闘気を全身で発しているマダラへと訊ねかけた。
 それまでだったら数合打ち交わすだけで心が踊り、マダラとの戦い以外に何も考える事は無くなると言うのに、今までに無く私の心は沈んでいた。

 向こうもそれに気付いたのだろう。訝し気に眉根を潜めると大きく飛び退いて私との間に距離を取る。

 ――――手にした刀を握りしめる。
 幼い頃から使い続けている父から戴いた刀は、鈍く煌めいて私の姿を映していた。

 気付いてしまった。
 ここ最近の争いは最早忍者としての分を越えて、千手とうちはの――ひいては千手柱間とうちはマダラのための私闘の場と化しつつある事を。

 このままこの様な事を続ければ、ますます人々の心は病んで太平の世は遠ざかっていってしまう。
 この辺りが頃合いだった――戦が既に泥沼化しつつある事を見て見ぬ振りをしていたのだと、私はやっと自覚した。

 桃華の言葉。志村の旦那の言葉。
 その二つが切欠だったけど、思い起こしてみれば最近接した人々の誰もが、私を見て何か言いたげな表情を浮かべる事が多くなっていた。
 気付いていたのだろう――私が戦いを楽しみ始めていた事に。

 ――目の前にいるのは唯一無二の好敵手。

 ――脳裏に浮かぶのは今まで戦場で散っていった同士達に、地に倒れ伏した両親を初めとする一族の忍び達。私の考えに賛同してくれた他の一族の忍び達に、誓いを立てた時の弟妹の姿。戦果に村を焼かれ呆然とする人々の姿に、泣き叫ぶ子供達。

 ――――どちらを選ばなければいけないのかなど、明白すぎた。
 

 

双葉時代・反省編<後編>

 決断を下してから、私は今まで以上に精力的に働いた。

 忍び連合に参加してくれた一族の頭領達との会合に、各一族の負傷者の治療。
 複数の一族同士で行う合同任務の仕組みの普及や、各国の大名達との会談。
 それまでに手をつけていなかった分野にも手を出していき、連合の勢力はそれまで以上に大々的なものとなっていた。

 何よりも、私の予想以上に各国の忍び達が戦乱の世に疲弊していたと言う事実が連合の勢力拡大への後押しとなった。

 千手や前々からの同盟者である猿飛一族や志村一族などはまだマシで、多くの一族の者達は長引く戦国の世に一人また一人と一族の者を喪っていき、中には一族と名乗っていても実際の所は数家族しか残っていない者達も大勢居たのだ。

「扉間。これで、この界隈の忍び一族で同盟に参加していないのは……」
「はい、姉者。残りはマダラ率いるうちは一族だけです」

 集まった書類に目を通しながら扉間に声をかければ、銀の髪の弟はやや固い声で応じる。
 この弟は目標を一度定めればどのような辛苦を物にもせず、真っ直ぐに進んでいくタイプだ。そのため、ここら数日の間はこれ以上無く働いてくれていた。

「すまんな、扉間。ここ数日の間お前に仕事を押し付けてばかりで」
「いいえ、姉者。姉者の夢はオレの夢でもありますから。こうしてその夢に近づけて、オレはとても嬉しいのです」

 誇らし気に語る弟に、罪悪感が胸を過る。
 ああ、私はなんて情けない姉なんだろう。
 最強と呼ばれ、誰にも一目置かれる様になって過信する様になっていたのだろうか。何でも一人で出来ると頭の何処かで思い込んでいたんじゃないだろうか、今の私があるのは支えてくれた人々の助力があってこそだって言うのに。
 ああ、だめだ。考えれば考える程憂鬱になって来た……。うう、なんてみっともない。

「姉者」
「……なんだ、扉間」
「姉者は千手の――いいえ、オレの誇りです。オレの、自慢の姉です」
「お前も、私の自慢の弟だよ」

 そんな私を静かな眼差しで見つめながら、宣言してくれた弟。
 思えば昔からこの子は私の事を慕って、支え続けて来てくれていたよね。
 告げられた言葉になんだか胸が暖かくなって、思わず弟に抱きついた。
 私の黒髪とは違う綺麗な銀の髪をわしゃわしゃと撫でれば、照れた様に扉間が耳を赤く染める。
 可愛いなぁ、とほのぼのとした気持ちでいると、ミトが書類を持って入室して来たので、これ幸いと最愛の妹にも抱きつかせてもらいました。 

*****

「なあ、マダラ。お前も気付いているのだろう? 千手もうちはも、誰もが長引く戦争に疲弊している。平和を、望んでいるという事に」

 ――この聡い男が気付いていない筈は無いのだ。
 世の中がこれ以上の争いを望んでおらず、人々が太平の世を希求していると言う事実に。
 それでも頑に同盟に応じようとしないのは、その心の内に何か秘めたる物があるからか。

 相見えたマダラへと必死に声をかける。
 内々にマダラへは同盟を求める書状を送っていたが、今まで一度足りとて返事は来なかった。だから、こうして直接問い質すしかなかった。

 マダラの赤い目が、私を睨んでいる。
 つい先程から彼は攻防一体の絶対防御・須佐能乎を展開したままだ。彼の目と体にかかる負担は並大抵の物ではないだろう。

 ――――そんな事を思って、息を飲む。
 何かが可笑しい事に、私はようやく気付いたのだ。

 万華鏡写輪眼は使用者に強大な瞳力を与える反面、その両目に決して軽くはない負担を強いる。
 実際、マダラが強力無比なその瞳力を発揮する度に、彼の目にはかなりの負担がかかっていたのを私は知っている。
 それは瞳力の使い過ぎで起こされる激痛であったり、瞳から流れる血の涙であった。

 ――――それが、ここ数度の戦いでマダラの目には起こっていない。

 気付いたその事実に背筋が凍る。
 須佐能乎を纏ったマダラを見つめ、その赤い目に必死に目を凝らす。
 まさか、まさかとは思うが……! 嫌な予感が脳裏を過り、私は勢いよく地を蹴ってマダラへと肉迫した。

 催眠眼・幻術眼としての力を持つ写輪眼とは出来るだけ視線を合わさない様にしていたが、確かめるためにはその瞳を覗き込まなければならない。

「マダラ、お前、その目は……!」
「――気付くのが遅かったな、千手柱間。貴様にしては珍しい」

 至近距離から赤い目を視認した後、振るわれた紫の炎を纏った鬼の腕に両手を付けて背後へと跳んで避ける。
 万華鏡に開眼したマダラの写輪眼。以前目にしたその模様は三つの巴紋が三角形に似た形を作っていたが、覗き込んだ先のマダラの万華鏡に浮かぶ模様は変わっていた。

 マダラ達兄弟は二人共万華鏡を開眼していた。
 マダラの紋が三つ巴の三角形ならば、弟君の方は瞳孔から伸びる三条の筋。

 そして今のマダラの万華鏡は、彼の弟の文様とマダラの物が合わさった紋を描いていた。

 青年の顔に浮かぶのは諦観と怒りと憎しみと……微かな絶望。
 いつもと同じ不敵な表情だと言うのに、どうしてだがその顔が泣き出しそうに見えたのは目の錯覚か。

「オレの目は、大分前から光を喪っていった。これは、弟の――イズナの目だ」
「マダラ、お前……!」
「うちはを守るために、友を殺し、弟の目を奪った。貴様の申し出を受ければ、その全てが無駄になるだろうが……!!」

 咆哮を上げて、マダラが私へと迫って来る。
 我武者らに振るわれる太刀には、彼自身のどうしようも出来ない感情を示す様に、普段の洗練した太刀筋が欠けていた。

「それもこれも千手を……引いては――貴様を倒すための、力を手に入れるために!」
「――っ!?」

 首を擦った太刀が、私の髪を断ち切る。遅れて、刃の擦った首筋から血が噴き出した。
 首筋を押さえるまでもない。私が自分の体に掛けている自動治癒の忍術が作動して、見る見る内に傷が癒えていく。

 千手の陽遁の具現である肉体には、陰遁の力を最大限に発揮する写輪眼と違って大した負荷がかからない。
 だから、私には分からない。友を殺し、弟の目を奪わざるを得なかった彼の苦悩も悲嘆も懊悩も。

「貴様も言った筈だ、千手柱間! 頭領として、一族は守らなければいけない! 友を殺したのも、弟の、イズナの目を奪ったのも、全てはそのためだ!!」

 振るわれた太刀を、片手で受け止める。
 手甲越しに皮膚にのめり込んでいく刃。相手の膂力と私の抵抗する力とが拮抗し合って、押え付けている片手から血が地面へと滴り落ちていく。

「けど、マダラ。このままじゃ、失いたくない物までも失ってしまう! 今ならまだ、無くさずに済むだろう! オレも、お前も!!」
「黙れ!!」

 脇腹目がけて叩き込まれた横蹴り。
 敢えて避ける様な真似をせず、蹴りと同時に背後に飛んでダメージを減らす。肩で大きく息をしている青年を見つめて、私は一度目を閉じた。

 ――無性に、哀しかった。
 うちはマダラと言う人間に、私は好感を抱き始めていたから、尚更に。

 巳の印を組めば、戦場を無数の樹木が覆い尽くしていった。



 血で血を洗う戦いも終盤に差し掛かり、両一族が引き上げの合図を告げた時。
 私はマダラと打ち合っていた刀を引いて、他の者達同様に戦場から去るべく地を蹴った。

 敵の追撃を受けない様に、千手が引き上げる時は先頭を扉間が、私が殿を務める事が多い。

 今回も逃げ遅れた者がいない様に私は戦場のあちこちに視線を巡らせ、負傷者の有無を確認する。
 ――その際、微かな呻き声と物音を聞きつけてそちらへと走った。

 戦が終わった後にまで敵を殺す気は無かった。敵であれ味方であれ、負傷者であるならば助けるつもりだった。
 腰の高さまである草に、私が木遁で生やした巨木達。その間に倒れ臥している影を見つけて、私は息を飲んだ。

「――おい、大丈夫か!? って、君は!」

 駆け寄って、仰向けに転がす。そうしてから目を剥いた。――知っている顔、だった。

「弟君! 君程の忍びが、何故……」
「千手、柱間……?」

 虚ろな目には、何も映されていない。
 何処か乾いた目の表面に、一つの可能性に思い当たる。マダラが言っていた事が本当なら、弟君の目は兄であるマダラに移植された事になる。ならば、今の彼の目は義眼な筈。

「……残念だなぁ。兄さんに目をあげちゃったから、あなたの顔を……よく、見れないや」
「馬鹿言うな! 目が見えないというのに、なんで戦場に出て来た!? 自殺する様なもんだぞ!!」

 義眼だからといって、視力が全くないと言う訳ではないだろう。
 だが、瞳力を誇るうちはの忍びがその根源たる写輪眼無しに戦場に出るなんて、ましてや千手を相手取るなんて無謀としか言えない。
 瀕死の重傷なのは間違いない。

 私としても、敵であったとしても顔見知りであるこの子を見殺しにするつもりは無かった。

 掌にチャクラを込める。
 緑色を帯びた両手が傷を癒そうとして効力を発揮するが、マダラとの戦いでチャクラを使い過ぎた様で、いつもの様に直ぐさま完治といかないのが歯がゆい。

 ――内心で舌打ちしていれば、弱々しい力で私の手が弾かれた。

「……やめて、くれますか。あなたのお気遣いは嬉しいのですが、僕にも誇りはある」
「うちはだからか? そんなの関係ない! オレが助けたいから助ける、文句あるか!?」
「……はい」

 虫の息だと言うのに、その声はやけに重々しく私の耳に届いた。
 信じられない気持ちで、弟君を見やる。この子とも、私は戦場で刃を交えた事はある。
 兄弟での連携で挑んでくる彼らに、私も扉間と組んで対抗したっけ。

「あなたという、誰もが憧れる忍びの……敵であった事。ねぇ、お願いです。僕から、その誇りを……奪わないで下さい。兄さんも、僕も、あの日……出会った時から、あなたを」
「やめてくれ、そんなの……! オレは……私は君達の関心に値する様な人間じゃない! 命と引き換えにする様な、そんな、そんな事言わないでくれ」

 焦点の宿っていない瞳に、純粋すぎる憧憬の光を見た気がして、体が戦く。
 そんな目で見られる様な人間じゃない。平和を望みつつも、人殺しを厭いつつも、私の手は戦場の数を増やすに連れ、赤く染まっていった。
 英雄なんかじゃない、そんな高尚な人間じゃない。平和な世では人殺しと罵られるだけの事をしている人間なんだよ。
 君が、そんな目で見ていい人間じゃないんだ!

「僕達は、あなたの中で……看過出来ない敵で、あったでしょう? それは、僕に取って……誇りでしたよ」

 それなのに、彼は幸福そうに誇らしそうに私に告げる。

 始めて会った時は、森の中。怪我をしているこの子を半ば強引に治癒したのが出逢いの切欠。
 あの時はマダラに刀を向けられても医療行為を行ったと言うのに、どうして同じ事が出来ないのだ。

「あれ? 泣いてるんですか?」
「な、泣いてない! これ以上は何を言っても無駄だからな! 泣いても喚いても、力づくで治療する!」

 口の端から血を零しながら、彼は微笑む。擦れた声が私を呼んだ。

「ねぇ、一度だけでいいから……僕の事、名前で呼んでくれませんか?」

 唐突にそんな事を求めて来た彼の目的が分からなくて、手を止める。

 目の前にいるのはマダラの弟で、私の昔の患者。父と母を殺した仇で、一族の敵。
 ――――彼の名前は。

「イズナ、君?」
「あなたの敵として、対等な相手として……認められたかったんです。ずっと、前から……、僕も、にい、さ……」

 ……眠る様にイズナが瞳を閉ざす。
 苦痛で強張っていた頬の筋肉が緩んで、安らいだ表情を浮かべる。
 さっきまで、弱々しくも灯っていた命の灯火が目の前で掻き消えたのを感じた。

「……っあ」

 嘆く資格なんて無い。そう思うのに、涙が零れ落ちるのを止められなかった。
 嗚咽が漏れ出るのを、唇を噛んで必死に堪える。木遁の印を組んで、木製の棺でイズナの亡骸を中へと収めた。
 いつからこんなに女々しくなったのだろう。本当に、情けない。

 目元を乱暴に擦って、涙を拭う。
 戦場に視線を巡らせ、他に人間が残っていないかを確かめる。どうやら私で最後の様だった。
 重たくなった足を叱咤して、その場を離れる。
 一族の集落に向かう途中で、背後の戦場から咆哮の様な嘆きの声が上がった様な気がした。
 

 

双葉時代・エピローグ

 落ち着いた色合いの深緑の色無地の和服を纏い、静謐な空気に包まれている背の高い人影が一人、集落の向こうに見える山脈の間に沈み行く夕日を眺めていた。

 一際強い斜光が、人影の目を射抜く。

 眩しそうに目を細めた人影は、背後から近寄ってくる気配に、ゆったりとした動きで振り返った。
 振り返った先にいたのは長い黒髪を綺麗に括って、垂らした前髪で左目を隠した女だった。
 女は人影の前に膝を付いて、恭しい仕草で両手を差し出す。

 ――――女が差し出した物を目にして、人影が驚いた様に目を見張る。
 僅かに躊躇う様な仕草を見せた人影に、女が固い声で告げた。

「お察しの通り、これはうちは一族からの返書です。日向の白眼でも確認致しました。この書に不審な所はございません」
「――……中身は?」
「いいえ。まだ、誰も」

 それきり口を噤んだ女に、人影は視線を巻物へと移動させる。
 黒に近い紺色に、赤と白の『うちわ』の紋。そっと、その巻物へと人影が手を触れる。

 軽く息を詰めてから、勢い良く結び目が解かれた。
 広げた紙上へと視線を落とし、内容を流し見て――微かに眉根を寄せる。
 巻物の最後の部分にまで視線を流した後、人影の肩が落ちた。

「頭領、うちははなんと……?」
「……兼ねてから返事の芳しくなかった例の件に関して……うちはも同意してくれるそうだ」
「っ! つまり、我らと同盟を結ぶと?」

 人影の零した囁きに、女が驚いた様に目を見張る。
 女の懐疑混じりの驚愕の声に、人影は巻物を元の形に戻しながら頷いた。
 どこかひやりとした風が、人影の長い黒髪を背後へと靡かせながら吹き抜けていく。
 人影が乱れた黒髪を掻き揚げる。その手の隙間から覗いた表情は、固い。

「あれほど頑だったうちはの頭領が? 信じられません」
「――……あいつも頭領だった、って事だろうな」

 軽く溜め息を吐いて、人影が踵を返す。
 慌てて後に従った女の方を振り返る事無く、人影は淡々とした声を上げる。

「桃華。――――オレはこの申し出を受けるぞ」
「……一族の者達を連れて行かれますか?」
「ああ。全員、連れて行く。皆に支度をする様に告げてくれ。――明朝、立つ」
「全員!? それではあまりにも……」

 抗議の声を上げた女に、人影が眼光も鋭く振り返る。
 声を荒げられた訳でも、叱咤された訳でもないのに、女の肩が震える。ややあって、女は恥じ入った表情で視線を落とした。

「申し訳ありません、頭領。しかし、何事も無かった様にうちはに接するだなんて……」
「分かってる。だが、それは向こうとて同じ事。あちらも千手に対して隔意を抱く者は多いだろうよ」

 深緑の和服の袂が大きく翻る。静かな声がその場に響き渡った。

「それでも、彼らがこの申し出を受けたのは、うちはの者達もまた長引く戦乱の世に疲弊していると言う事に他ならない。彼らもまた、平和を望んでいる」

 空の一角が赤い光で染め上げられる一方、その反対方向では空は群青色に変わっていた。
 だからこそ、と人影の唇が小さく動く。

「――だからこそ……千手とうちはが和解したと、皆に示さなければならない。そのために、会談場所へは一族全員で向かう」
「分かりました。皆に伝えてきます」
「頼んだよ、桃華」

 女の姿が残像を残して掻き消える。
 三度風が吹いて、人影の纏う衣類と黒髪を大きく巻き上げた。

「一つの時代が、これで終わる事になるな……」

 ――――密やかな囁きは、誰の耳にも留まる事無く風に攫われる。
 強い意思を秘めた眼差しが真っ直ぐに、沈み行く夕日を射抜いた。
 

 

若葉時代・プロローグ

 その空間には、大勢の人々の姿があった。
 どの顔も緊張した表情を浮かべたまま、視線は逸らされる事無く、ただひたすらに正面へと向けられている。

 彼らの見守る先、一段高く設けられた壇上には二つの人影があった。

 ――肩にかかる黒髪に黒目の、中性的な面差しの背の高い人物。
 ――硬質な黒髪を結わずに背に流している、赤い目を持つ青年。

 一人はどこまでも静謐な表情のままで、もう一人はどこか固い面持ちで。
 そんな二人の間に銀髪の青年が進み出て、明朗たる声を空間中へと響かせた。

「――以上が両一族間で交わされた盟約の内容です。異論のある者、不服のある者はおりますか?」
「……っ」

 壇上に立つ青年が、唇を小さく噛み締める。
 それに気付いた向かいに立つ人物は、哀しげに視線を伏せた。
 しかし、それも一瞬の事。
 黒い瞳が真っ直ぐに青年の両目を見つめ、そうして青年の前にその人の手が差し出された。

「兄上……」

 銀髪の青年が目を見開いて、小さな声を零す。
 一段下がった所で食い入る様に彼らの姿を見守っていた人々の間でも、あちこちで驚きの声が上がった。

「……」

 無言で、差し出された右手を青年が赤い目で見つめる。
 ゆっくりと、青年の右手が伸ばされる。
 僅かに躊躇う様に一度その手が竦んで――ややあって、二つの手は確りと結ばれた。

 結ばれた両手に視線を落とし、黒い瞳がゆっくりと伏せられる。

「……確かに、我らは昨日までは敵対者であった――しかし」

 静かな声が、室内にいる誰もの心に沁み入る様に言葉を紡ぐ。
 柔らかな微笑みが、その人の顔を彩った。

「――――今日のこの時から、我らは同盟者だ」

 ……うちはと、千手。
 長い間対立し合って来た彼らは、この日、同じ目標を目指して協力し合う『仲間』となった。
 

 

若葉時代・同盟編<前編>

 ――とうとう、この日が来たのか。

 結ばれたままの手を見つめて、その上にある赤い目と視線を合わせる。
 三つの巴紋の浮かぶ写輪眼を見つめると、遠い日の光景が脳裏を走る。
 ……あの森の邂逅から、あの雨の誓いの日から、何年も経った。

 最大の懸念であり難敵であったうちはとの同盟も、この日に結ばれた。
 そう考えて、鋭い痛みが胸を走る。
 目の前の青年とよく似た面差しを持つ、歳若い少年とも言っていい風貌の持ち主を思い出した。

 敵であったけれど、憎む事は出来なかった。

 故に、両親と一族の者達を殺した相手であったイズナの死を私は悼んだ。
 ――けれど、傍目にも仲のいい兄弟であったマダラが感じた痛みは私以上だろう。
 彼が弟を殊更大事にしていたのを知っている。
 だからこそ、この同盟を結ぶ事は彼にとって非常に苦痛となっただろう。

 複雑な感情が浮かぶ写輪眼。
 それを見つめながら、力の緩まった相手の指先をそっと掌で掬う。
 振り払われたら簡単に解ける様に、あくまでも――そっと。

「柱間……?」

 相手が息を飲んだ気配を感じるが、黙って両瞼を閉じる。
 掬い上げた相手の指先を、自分の額に付くか付かないかの位置に当てる。
 自分でもなんでこんな行動をとったのかは分からない。ただありったけの感謝と哀悼の想いを込めて小さく囁いた。

「……ありがとう、マダラ。同盟を応じてくれて」

 その囁きを聞き取れたのは間違いなくマダラだけの筈だ。
 すぐ後ろで成り行きを見守っていた扉間にだって聞こえなかったと思う。
 
 ――誓おう。
 千手のためにも、うちはのためにも、私を信じてくれた人々のためにも。
 一時だけかもしれない。それでも、戦乱の世を太平の世へと換えてみせよう。

 額に付けた指先を優しく落として、辛うじて触れていた掌を離す。
 閉じた両瞼を開いて、正面のマダラから、眼下の両一族の者達へと視線を動かした。

 不安そうな顔、期待する顔、懐疑に揺れる顔。

 その全てを視線を合わせて、私は自信に満ちた表情で微笑んでみせた。

*****

 あ。……そういえば、大事な事忘れてた。

「じゃ、マダラ。いきなりで悪いけど、これから会合があるから一緒に行かない?」
「は!?」
「え?」
「はぁ!?」

 結ばれた手を放した後にマダラにそう宣言すれば、マダラだけでなくうちはと千手の人々も口を丸くして、目を剥く。

「ちょ、ちょっと待って下さい! どういう事ですか、兄上!」
「あれ? 言ってなかったけ、扉間?」
「何にも言われてません!!」

 首を傾げれば、力強く首肯された。
 腰に片手を当てて、空いた手でこめかみを掻く。
 えーと……そういえば言っていなかった様な気がするな、しないような。やっぱ、言ってないんだろうなぁ、この分じゃ。

「前々から火の国の大名が話をしたいと言ってたの覚えてるか? そのくせいつまで経っても日時を決めてくれないなと思ってたら、ついさっき鷹便が届いて」
「……で、まさかこれから向かうんですか?」
「うん! 折角だからマダラも一緒に行ってくれたら嬉しいなと思って」

 あれれ? なんでかうちは一族の人達が写輪眼を全開にして、私の事凝視している。なんでかね?

「お、おい。千手の……。あれは本当に千手柱間様なのか……?」
「ああ……。そういえば、お前達は素のあの人を見た事が無かったよな」

 おいこら、そこの千手。お前の声バッチリ聞こえてるからな。
 あと、その疲れた顔はなんだ。見えてるぞ、こっからでも。

「――と言う訳で一緒に行こうぜ! 扉間、桃華、後よろしく!」
「待て、柱間! オレはまだ行くと言った訳では……!」

 マダラの手首を掴んで弟の扉間と側近の桃華に手を振れば、マダラが異議を申し立てて来る。
 まあ、マダラの言う事も尤だけども。

「突然で悪いとは思うけど、特に大事な用がないなら一緒に来た方がいいと思うよ。なんたって大名とコネクションを作れる貴重な機会だし」
「だが……!」
「うちはの今後にも役に立つって。これ以上の反論は認めません――どうする、行く? 行かない?」

 時間ももう差し迫っているからね。
 手首を掴んだまま、マダラの目を見つめれば、微かな逡巡の色が浮かぶ。
 ややあって、微かに溜め息を吐いてマダラが肩を落とした。

「わかった。オレも行く……うちはを任せたぞ」
「――はっ!」
 
 頭の上で髷を結った、うちはの忍びの一人が深々とマダラに向かって頭を下げる。
 ええっと、あの人は確かうちはの忍びで、確か……うちはヒカクさん。
 うちはヒカクと言えば、マダラ兄弟に次いでのうちはの実力者だ。実直な性格の持ち主で、堅実な戦い方をする事で知られている。
 ――成る程、自分の留守を任せるにはうってつけの人物だろう。

「夕方には戻る様にします。取り敢えずあなた方の頭領をお借りしますね、ヒカクさん」
「自分の名前を……!?」

 ヒカクさんの名前を呼べば、非常に驚いた顔をされた。そんなに驚く様な事かね。

「うん、知ってる。――そうそう、初っ端から飛ばす事になるけど構わないよね?」
「――……ああ」

 マダラの手を引っ張りながら、壇上から下りて一直線に出口へと向かう。
 そのまま空いた手で扉を押して、建物の外に出る。今回の会場を囲む森を抜ければ、その先には火の国だ。

 さあて、飛ばしますか。

「じゃあ、行こうか。逸れたりするなよ?」
「……誰に物を言ってる」

 そう来なくちゃね。
 私達は二人同時に大きく跳躍して、今までに無い早さで森を駆け抜けていった。
 ……自分で言うのもなんだが、森を抜けるのにかかった時間は世界最短記録だったと思われる。
 
 

 
後書き
同じ兄という立場にありながらも、弟を喪ったマダラと最後まで弟を守り切った(というと言い方が変ですが)初代火影。心中複雑だったんでしょうね、きっと。 

 

若葉時代・同盟編<後編>

 最後まで千手と敵対し続けていたうちはとの同盟がなった今、この界隈の忍び一族との同盟が成立した事になる。同盟相手とは戦場で相対しないというのが条約の内容であるため、私達はこれにて一時の平和を手に入れたのだ。

 ……ここに至るまでに幾多の屍が築かれ、大勢の人々が苦しんだ。
 それなのに、平和を齎す事が出来たのは火の国付近の忍び一族だけ、か。
 自分が目指そうとする果てが遠すぎる様に感じて、少々恐ろしくなる。――本当に、世に平和を齎す事が出来るのだろうか……と恐れを抱く程に。

 その一方で、いい事もあった。
 千手とうちはが手を組んだと言う知らせはあっという間に各国に駆け巡り、忍界でも最強と謳われる両一族が手を組んだ事に恐れを為した他国の忍者達は両一族とその背後の連合の存在を恐れ、以前程活発に戦端を開く事が無くなったのだ。

 泡沫の様な、平穏なる微睡みの日々。
 その機会を利用して、私はしておきたい事があった。

*****

「――――慰霊祭?」
「はい、そうです」
「成る程、のぅ」

 うちはが連合に参加して以来、初の会合。
 同盟に参加している各一族の頭領が雁首を揃える中、最初に納得がいった様に頷いたのは志村の旦那だった。

「我ら連合の勢力を恐れて、他国に点在する忍び一族達の行動は潜められています。連合の結束力を高めるためと、ここに至るまでの皆の努力の成果の労いと……そして各一族の戦死者達を慰める祭りを行おうかと」
「確かに……象徴的な儀式としては相応しかろう。――皆は如何なされる?」
「いいんじゃないか? この間の火の国との話も上手くいったんだろ?」
「はい。マダラが付いて来てくれた事がかなりの効果を上げてくれました」

 ね、と同意を求めてマダラへと視線を移せば、黒い目が私を睨む。
 み、眉間の皺が凄すぎる、物凄くおっかない。
 内心で引き攣った顔をしておいて、表面上では落ち着き払った表情を浮かべておく。……自分の顔芸が上手くなったのは、まず間違いなくマダラのお蔭だと思っていますとも。

「元々この季節は魂鎮めの時期故にな。それに合わせて何かを行えないかと、我ら日向が柱間殿に話したのじゃ」
「いいんじゃないか? 忍びの一生が短いと言っても、このままじゃ死人も浮かばれねぇだろ。オレは賛成だぜ」

 日向の長老が薄紫を帯びた白い目を私に向けると、あちこちで納得がいったように頷く者が増える。
 次いで、大きく伸びをしながらの犬塚殿の言葉に、各頭領達の間からも賛成の声が上がった。

「祭りは夕方の部と夜の部とに別れて実行しようと考えています。――猿飛殿、例の件を」
「応とも。今の所、夕方には各一族の子供達同士の交流を目的とした祭りを。その後、つまり月が昇ってから、各一族の鎮魂の儀を始めようと計画している」
「一族同士の子供らを……?」

 マダラが疑問の声を上げるので、軽く頷く。
 そう、慰霊祭同様に夕方に行われる子供達同士の交流もまた大事な行事になる。
 猿飛殿と目を合わせて促せば、彼の口が再度開かれた。

「そうだ。夜は大人が中心に行うつもりだが、その前に今後の一族の将来を担っていく子供達にも焦点を当てようと思ってな」
「こういうのはやっぱり、子供同士の方が打ち解け易いからねぇ」

 お菓子を食べながら、秋道の当主が頷く。
 にしても、あのお菓子美味しそうだな……今度どこで売っているのか聞いとこう。
 内心でそんな事を考えていれば、私の方へと話が流れて来ていた。
 おっと、いけない。

「皆様方の間から特に反対の話は出て来ないので、全員了承……という事で構いませんか?」
「ああ」
「いいぜ」
「……悪くない」

 ぐるり、と視線を巡らせながら問い掛ければ、あちこちで了承の意を込めた応答が返される。
 最後まで黙っていたマダラへと、皆の視線が集まった。

 瞳を閉ざして黙考していたマダラの両瞼がゆるゆると開かれる。
 あの、揺れる炎をそのまま映した取った様な赤い目が一度だけ覗くが、直ぐさま黒い輝きの瞳へと戻った。

「――うちはも……異論は無い」
「そうか。これで決まりじゃな」

 そうして、四日後の満月の番。
 連合所属の忍び一族の合同の慰霊祭を兼ねた祭りが開かれる事となった。

*****

「合同慰霊祭……ですか」
「そう。過去の出来事を流す事は出来ないけど、それでも……これから先にこれまでの憎しみを持ち越さない様に、何か出来ないかと考えてね」

 千手の集落に帰って来た後、出迎えてくれた扉間に先程行われた会合内容に関して話す。
 私の黒髪とは似ても似つかない銀髪が光を受けて鈍く輝く。どこか苦しそうに瞳を伏せた弟が幼く見えて、思わずその頭に掌を乗せた。

「姉者……。姉者はどうしてそうも強くいられるのですか……?」
「扉間?」

 顔を伏せたまま、とつとつと話し出す扉間。
 落とされた肩と絞り出される声に弟の苦悶を感じ取って、自然と私の表情も険しくなる。

「正直……うちはと同盟を結びはしましたが……オレは彼らを他の一族の様に同盟の仲間として信じきれません。つい先程まで、それこそ死力を尽くして互いに殺し合おうとして来た者同士ですよ。――それに」

 ただでさえ低い声が、一段と低くなる。
 注意して聞き取ろうとしない限り、その声が聞こえない位に。

「うちはの兄弟の……弟御の方が戦死したと聞いた時」
「扉間?」
「オレは心の何処かで……喜んでいました。父上と母上、あの時に死んだ一族の仇の一人が死んだと……!」

 絞り出された声に秘められた、ぞっとする程冷たい感情。
 一瞬だけ見つめ上げてきた弟の目に涙が浮かんでいる様な気がして、焦る。
 慌てて覗き込めば、今にも泣き出しそうな顔をしていた弟は歯を食いしばっていた。

 銀の頭の後ろに手を置いて、自分の肩に押し付ける。
 そうでもしなければ、この責任感の強い弟は自分の感情に素直になれないと私は知っていた。
 ――嗚咽を思わせる引き攣った声が、耳に届いて軽く視線を伏せた。
 
 私達は、乱世に生まれた定めとして早く大人にならなければならなかった。涙を流すのは弱い証と教わり、忍びなのだから何があっても感情を抑える様にと躾けられた。
 私はまだ前世の記憶が在り、別の世界の常識を知っていたからこそ、完全に忍びの習慣に染まる事は無かったが――弟は違う。
 どこまでも真っ直ぐで染まり易いこの子は、私の唱える理想に共感していたからこそ、心の奥底に秘めた憎しみの感情に無理にでも蓋をせざるを得なかったんだろう。

 理解出来たって、納得のいかない事は多い。
 ましてや失った相手への愛情が強ければこそ、感じる憎しみの強さは一塩だ。
 それが理解出来るからこそ、扉間の苦悩を責める様な真似は出来ない。

 ――だからこそ、話す気になった。
 宥める様に、落ち着かせる様に――優しく言葉を紡ぐ。

「その感情は人として当然の物だよ。恥じる事は無い、扉間」

 あの雨の日。
 弟妹の前では見せなかった、私の心の醜さ。
 それを話そうと、話さなければならないと……思った。

「あの雨の日……。――私もね、最初はうちはに復讐しにいこうと思ってた。集落を襲撃して、父上と母上の仇を取ってきてやろうと」
「姉者が……? まさか」
「本当だ。でも、すぐに気付いた。私達の身に起こった出来事は……この世界では珍しくもない悲劇に過ぎないのだと」

 任務で殺し、任務で殺される。
 これがまだ理不尽すぎる理由で殺された事件であれば、復讐のしがいもあっただろう。
 ――でも、現実は違った。

「ならばこそ、私の真の復讐相手はうちはの一族ではなく、この世界そのものだと私は思った。傷つけられたから、傷つけ返すだけでは——何も変わらない、変わりなどしない。ただただ……憎しみと悲しみと、どうしようもない無念が積み重なるばかりだ」

 珍しくもない悲劇だ。
 この世界で生きている以上、誰もがその痛みを抱えながら生きていくのが当然とされている程に。

「だったら、そうしなければいけないと人々に強いる世界そのものを、変えてやろうと、壊してやろうと私は誓ったんだ」

 世界が変わらないと言うのであれば、変えてやる。
 そんな酷い世界のために、私の大事な存在をこれ以上奪われてたまるか――私の行動原理なんてそんな単純な物だ。

 ……軽蔑するかな、こんな事聞いたら。
 肩に押し当てていた弟の頭がそっと離れる。ややあって、扉間の秀でたおでこが私の肩に再びくっついた。

「――少し、安堵しました。姉者はいつもオレの先にいて、毅然とした姿しか見せてくれなかったので」
「……言ってくれれば振り返るよ。お前は私の大事な弟だもの」

 幼い頃に良くしてやった様に、その背をぽんぽんと叩く。
 扉間は寝付きのいい子供だったから、そうしてやれば直に眠りに就いてたっけ。

「勘違いしてはいけないのは、お前が抱いているその感情は他人も持っていると言う事だ。抱く愛情が強ければ強い程、その思いは簡単に憎しみに変わる。うちは一族の人々だってそうだろう」

 千手とうちはは長年争い続けて来た。
 詰まる所、その期間の長さの分だけ両一族の間には夥しい数の死者が存在したのだ。

「だからこそ、慰霊祭は一つの区切りとして有効ではないかと、私は思うんだ」

 死者を忘れるのは簡単な事ではない。憎しみを無くす事も難しい。
 積もりに積もった感情は、ほっとけばいつまでも慰撫される事無く心の奥底に沈殿していく。
 ――そして、その感情を抱き続けていれば、更なる悲しみと不幸とを呼び寄せかねない。

「亡くなった人々を忘れる事は許されない。けど、彼らの存在を立ち止まる事の言い訳にしてもいけないじゃないのかな……」

 でなければ、浮かばれない。
 死にたくて死んでいった者などいないだろう。皆必死に明日のために命を尽くし、一族のために命を削ったのだ。

 ――その努力は実を結んで、今の私達へと繋がっている。

 綺麗事かもしれないが私はそう信じたいし、そうして大勢の者達の命を懸けた先にはそれに値するだけの物があると……私は願うのだ。 
 

 
後書き
何にせよ、どっかで形だけでも負の連鎖に対して一区切りをいれなければいけないよなぁ、と思って考えついた慰霊祭の話、でした。
主人公はある程度割り切れていますが、皆が皆彼女の様には出来る訳が無い。 

 

若葉時代・慰霊祭編<前編>


 各一族の中で若い衆を集めて、森の中の開けた草原に祭りの会場を設けさせる。
 空区でも伝手のある商人達に話を通して、出張店舗と言う形で無数の屋台を設置する。
 若い女性達を中心に出店で扱う食品の管理から、子供達の好きそうな玩具のアイデア作り。
 当日の警備体制や、お互いの一族同士の交流を含めた顔合わせまで。

 やるべき事をやって、そうして。
 急に決まった事にも関わらず、無事に一月後の満月の晩に祭りは開かれた。

*****

「こんばんは、柱間様」
「こんばんは。ビワコちゃん、久しぶりだね!」

 一番最初に会場に足を踏み入れた私を出迎えてくれたのは、猿飛一族のビワコちゃんだった。
 会場のあちこちにいる子供達は各々一張羅を着込んで、女の子達はそれぞれおめかししている。

「あれ? ヒルゼン君は?」
「ヒルゼンなら志村のダンゾウと張り合って、もう祭りを回っています。全くもう、これだから男は……」

 ――ふ、と溜め息を吐くビワコちゃん。
 凄いな。ヒルゼン君と同い年だと言うのに、全然大人びて見える。
 女の子の方が成長が早いと言うが、その通りだったんだな。
 感心していたら、背後から威勢のいい声がかけられた。

「よう、千手の大将! すげー賑わってんな。うちの餓鬼共も大喜びだぜ」
「我々の一族も同じだ。何故ならこの様な大規模な祭りは生まれて始めてだからだ」
「犬塚殿、油女殿!」

 犬塚殿は足下に相棒の忍犬達を、油女殿は手にした籠の中に珍しい虫を。
 あまりにも彼ららしくて、思わず笑った。

「すげーよな。これ、お前のアイデアなのか?」
「前々から祭りを開きたいと思って、計画書だけは提出済みだったからね。滞り無く進んだよ」

 前世知識の中に残る、祭りの数々。
 それらを元に暖めていた計画は、今晩ようやく日の目を見た事になる。
 前世の、もう一人の私がよく楽しんでいた別世界の祭り。ありとあらゆる娯楽は、まず間違いなく訪れた子供達を虜にし、大人達も浮かれた空気に心を弾ませている。

「なるほど見事なものじゃ。いつもいつも柱間殿には驚かされるわい」
「全くじゃな、日向の長老」

 犬塚殿達とは反対方向からやって来たのは、歴戦の忍びコンビ。
 日向の長老殿と志村の旦那だ。
 ふさふさとした白い眉毛の下より覗く長老殿の薄紫がかった白い目が、物珍しそうに祭りを眺めた。

「初めに慰霊祭の事を其方に告げたのは我々じゃが、まさかここまでの物にするとはのぅ」
「恐れ入ります」

 感嘆の響きが込められた賞賛の声音に、思わず照れる。
 厳しいとこもあるこの御仁に誉められると、認められた様で物凄く嬉しい。

「簡単に言ってくれていますが……ここにいたるまでどれほど我々が柱間殿に振り回された事か……!」
「僕は面白かったけどねぇ」
「諦めろ、山中の。あいつはああ言う奴だろうが」

 聞こえて来た怨念めいた声に、全員で振り返る。
 その先に並んでいたのは猪鹿蝶トリオこと、山中・秋道・奈良の御三家の頭領達。
 やけに疲れた顔の山中殿と幸せそうな秋道殿、それから諦め切った表情の奈良殿とえらく対照的である。
 
「酷いですよ、ご老体。柱間殿の相手をオレ達に押し付けるだなんて……!」
「仕方なかろう。あやつの勢いは老骨には堪える。まだ若さもチャクラも有り余っとるお主らに任せるのが一番じゃ」

 志村の旦那の言ってる事が何気に酷いと感じるのは私だけだろうか?
 頭領集と別れて、祭りの活気を居心地良く感じながら会場内を好き勝手に回る。
 どこの子供達も楽しそうで、その様を眺めているだけで思わず顔が綻んだ。

 通りの右側に設けられた飴細工を扱った露店前には秋道の子供達が物欲しそうな視線を寄越し、隣の果物の糖蜜漬けのお店では、奈良家の子供達が買うか買わないかを相談している。
 氷を削ってシロップをかけた氷菓子の屋台では山中の子供達が早速購入して、珍しい菓子に舌鼓を打っていた。

「ほら。これでも飲んで口直しなさいよ」
「す、すまない。ビワコ……」
「残念だったな、ヒルゼン」
「酷いぞ、ダンゾウ!」

 外れ有りの蒸かし饅頭に食いついて、早速外れに当たったヒルゼン君。
 彼が饅頭に食いつくまで見守っていた皆が笑って、外れを引き当てたヒルゼン君へと同情の言葉を贈る。
 その隣で素知らぬ顔で安全な饅頭に口を付けたダンゾウ君だって、なんだかんだ言いつつも口元が笑んでいる。

 そして、菓子が陳列された露店の反対側。
 左方へと配置された店では、主に玩具や子供向けの忍術書を取り扱ったお店が建ち並ぶ。
 くじ引き屋では、日向一族の子供達が幼いながらも白眼を発揮して、店主に悲鳴を上げられ、華やかな細工物を取り扱ったお店では、各一族の女の子達が並んでは黄色い声を上げる。
 水風船の屋台では、真剣な顔の油女の子が犬塚の子の茶々を受け、折角取った水風船を取り落とした。

「——あれ? あそこにいるのって」

 射的屋、と看板がかけられた店がやけに賑わっているのに気付く。
 騒ぎに引き付けられる様にして足を進めると、見知った顔に出くわした。

「これは、柱間様……!」
「こんばんは、ヒカクさん。楽しんでいただけていますか?」
「はい。うちはの子供達も、大はしゃぎで……。彼らの子供らしい所を久方ぶりに見た気がします」

 なら、良かった。祭りを開いた甲斐があった物だ。
 ――ところで何を騒いでいるのだろう?

「あーん。また失敗した!」
「へったくそだな、おまえ。それでもうちはかよ」

 黒目黒髪の、整った容姿の子供達。
 服の背中の『うちわ』紋もあって、一目で識別出来る。

「うるさいなぁ! そこまでいうならカガミもやってみたらいいんだ!」
「言ったな!」

 柔らかい素材で出来たクナイの形の玩具を投擲して、標的に当てると言うお店らしい。
 クナイと言う所が如何にも忍者らしいと言うかなんと言うか。

「ほーら! 失敗したじゃない」
「うるさいな、今度は当てる!!」

 店主のおじさんがニヤニヤとした顔で見守る中、投じられたクナイは当たりはしたが、標的である兎のぬいぐるみは微かに揺らいだだけだ。
 本物のクナイであるならば兎も角、この玩具のクナイでは軽すぎるし材質が柔らかすぎる。
 よっぽどの力を込めて、尚かつ当たりどころが良くない限り、あのぬいぐるみを手に入れる事は難しいだろう。

「残念だったな、お嬢ちゃん達。そら、最後の一本だ。泣いても笑っても、これで最後だぞ」
「そんなぁ……」

 どうやらうちはの女の子がぬいぐるみが欲しいと言い出して、それに付き合う形でカガミ少年がいるらしい。
 今にも泣き出しそうな少女を見つめて、カガミ少年が困った様に視線を泳がせた。
 困った様に手の中の玩具のクナイに視線を落として、次にカガミ少年は陳列されている兎のぬいぐるみを見やる。
 一見簡単そうに見えるこの遊戯の、意外な難しさに気付いたのだろう。彼の唇は固く結ばれている。

「おじさん、おじさん。この遊びはちょっと不公平じゃないのかい?」
「そんなことはねーよ! 何てったって、天下のうちは一族相手だ。このくらいのハンデはあってもいいだろうよ」

 同じ事に気付いた道行く忍びの一人がおじさんに声をかけるが、軽く一蹴される。
 でも、あれだよね。実はかなり不公平な勝負であると言う事を言外に宣言している様な物だよね、今の一言って。

「それとも、こんな簡単な遊びも出来ないのかい? 大した事無いなぁ、うちはも」
「何だと!」
「何ですってぇ!!」

 自分達の一族を馬鹿にされたと感じたのだろう。
 カガミ少年とうちはの女の子が写輪眼を発動させて、恐ろしい顔で店主のおじさんを睨む。
 隣で成り行きを見守っていたヒカクさんも、少々不愉快そうに顔を顰めている。

 全く。楽しんでもらうために計画した祭りだと言うのに。
 軽く溜め息を吐いて、そうしてすっかり慣れた気配に軽く口元を綻ばせた。
 
「やあ、マダラ。お前も来てくれた様で嬉しいよ」
「……務めだからな」

 鎧を脱いだだけの普段通りの格好で、背後から歩いて来たマダラへと声をかける。
 振り向いた先のマダラの顔は相変わらずの仏頂面である。折角の祭りなのだから、楽しめばいいのに。

「お前達、何をしている」
「頭領!」
「頭領!!」

 騒いでいるうちはの子供達に、マダラが声をかける。
 振り向いた先に立っていた頭領の姿にうちはの子供達が驚いた声を上げて、慌てて瞳を元の色に戻した。

 屋台のおじさんがマダラを見て、顔色を変える。
 そりゃそうだろう。さっきの一言を耳にしたらマダラが何をするのかなんて簡単に想像がつくものね。

 ……そうだ、いい事思いついた。

「なあ、マダラ。折角の機会だからお前がやってあげたらどうだ?」
「何の話だ?」
「ん? これこれ」

 屋台の台に載せられた玩具のクナイを取って、軽く放る。
 危なげなく受け取ったマダラが、手の中の玩具を不快そうに睨む。

「この子があの兎が欲しいんだって。んで、その一本がラストチャンス」
「言いたい事は分かった。しかし、何故オレがそのような事を……」

 一族最強の頭領にそんな事を頼むなんて……! とヒカクさんが戦いている一方で、うちはの女の子は兎のぬいぐるみが手に入るかもしれないと期待した目をしている。

「ほらほら。子供の他愛無い要望に応えるのも大人の役目だろ? なに、そんなに難しい事じゃない。この玩具をあの兎に当てて、下に落とせばいいんだから」
「其処まで言うなら貴様がすればいいだろうが」
「うーん。でも単純な腕力で言えばお前の方がオレよりも上なんだよ。だから、お前の方が向いてる」

 玩具のクナイを掌中で弄びながら感覚を確かめているマダラにそう告げると、信じられない物を見た目で見られた。
 可笑しいな、そんな目で見られる様な真似をした覚えは無いんだけど。

「――腕力が無い? 前に人の肋骨を遠慮なく折ってくれた貴様が……?」
「違う! あれは純粋な力技じゃないの! チャクラコントロールの応用! オレ、そんな怪力じゃないから!!」

 これ重要!
 肉体的には女性な私がマダラの様なバリバリの戦闘系と殴り合ったり出来るのは、医療忍術を応用したチャクラコントロールのお蔭なだけ! 生まれつきな怪力とか馬鹿力とかじゃないから!

 うちはの子供達に危険物を見つめる目で凝視されて、落ち込みたくなる。
 私としては医療忍術応用の怪力と互角で渡り合えるマダラの方が危険だと思います。

「と、とにかく! やってあげなよ」
「……よかろう。あの兎で間違いないな?」
「は、はい!」

 これ以上問答を行う気が失せたのか、渋々と、本当に渋々とマダラがクナイを軽く構える。
 どうやらやってくれるらしいと理解したうちはの女の子が、瞳を輝かせる。
 良かったね、本当に。

 ゆっくりとマダラがクナイを構えて、リラックスした仕草で軽く腕を振る。
 玩具に似合わない鋭い風切り音が響いて、兎のぬいぐるみへとクナイが吸い込まれていく――そして。

「マ、マダラ! お前、何って事を……!!」
「と、頭領。幾ら何でもこれは……」

 私達が見守る中で、ぬいぐるみへと一直線に吸い込まれていったクナイは壁に突き刺さった……玩具なのに。
 それから一瞬遅れて、兎のぬいぐるみの頭部が下へと落ちる。

 …………“頭”だけ、が。

「うわあぁぁあん!!」

 衝撃的な光景を見てしまったうちはの少女が泣き出す。
 隣のカガミ少年も、どうしたらいいのか分からない顔で少女と私達とを見比べている。
 陳列棚に並べられている頭の無くなった兎のぬいぐるみが非常にシュールである。マダラへと視線を移せば、居心地が悪そうに視線を泳がせていた。

「……とにかく。頭だけは手に入ったのだから、それでよかろう」
「ちっとも良くないわ!! 何、子供の幼気な心をずたずたにする様な事言ってるんだ、お前!?」

 見ろ、ヒカクさんも私に同意だとばかりに頷いている。
 うちはの女の子の泣き声を聞きつけて、周囲に散らばっていた子供も大人も集まって来ているし。屋台のおじさんも落とされた頭部を抱えて、所在無さげに佇んでいる。

「つーか、あれ何!? なんで玩具のクナイでぬいぐるみの頭だけが切れんの!? どれだけ力込めたのお前!?」
「拳の一撃で地面を陥没させる貴様にだけは言われたくないわ!! 素手で須佐能乎の防壁に皹を入れる忍びなど貴様以外におらんだろうが!」

 マダラの服の襟口を掴んで揺さぶれば、相手も不機嫌そうに眉を吊り上げて怒鳴り返して来る。
 そのまま互いに互いがどれだけ怪力かを罵り合っていたら、気付けば周囲から人々の姿が失せていた。
 待って、こいつは兎も角、私の事まで危険物を見る視線で見つめないで!

「うわあぁん! 兎の頭がぁ! わあああん」
「ご、ごめんね。まさかマダラが兎の首を千切る様な勢いでクナイを投げるなんて予想もしてなくて」

 一拍置いて、再び泣き出したうちはの少女。
 可哀想に、屋台のおじさんが手にしている兎のぬいぐるみの頭に物凄くショックを受けている。気持ちは分かるよ、お嬢さん。

「その……出来れば胴体の方も頂けないでしょうか? このままだと、この子が流石に……」
「あ、ああ。けど、別々に渡したらもっと泣くと思うぞ」

 おじさんの言う事もごもっとも。
 あんなに可愛らしいぬいぐるみだったと言うのに、頭部が千切れてしまった今は出来の悪い悪夢にしか思えない。本気で今晩の夢に出てきそうだ。
 ヒカクさんが屋台のおじさんと交渉している所に近寄っていって、ぬいぐるみの断面を観察する。
 ……にしても、どうやったら玩具でこんな事が出来るんだろうか。

「でも、これなら何とかなるかな。ちょっと失礼」
「千手の大将、何をするんだ?」

 おじさんの手からぬいぐるみを受け取って、チャクラを込めた糸を通す。
 ミト程上手くは出来ないけど、これならどうだ……!

「よし。これなら元通りだよね?」
「ええ。問題ないと思われます」

 分かれた頭部と胴体をチャクラ糸で縫い付ける。人体の接合なら何度かやった事あるけど、ぬいぐるみは始めてだったから自信無かったけど、どうやら問題無さそうだ。
 しかし……、このままだと縫い付けた後が目立つ……かな? どうしようか。
 ――ちょっと悩んで、閃いた。

「柱間、何をしている?」
「少しこのままだと目立ちそうだからね。ん、とこれでいいかな?」

 今日の私の格好は普段の色無地の和服に羽織を纏っただけの姿だが、折角の祭りだからと言う理由でミトが私の髪を、どこからか調達して来てくれた鮮やかな萌葱色のリボンが私の髪を飾ってくれていた。
 使ったのは今日が始めてだし、いいよね。
 するするとリボンを解いて、兎のぬいぐるみの縫い目……つまり首の所に蝶々結びで結わえる。
 これで、よし。

「はいはい。もう泣かない。ほら、兎も元に戻ったよ」
「うわぁ……! 兎の首がくっ付いてる!」

 子供の天真爛漫な一言に、マダラの視線がまた泳ぐ。なんだかんだで不器用だからね、こいつ。

「ほらほら。祭りはまだ始まったばかりなんだから、他の子達とも遊んで来るといい。さ、楽しんでおいで」
「はあい! ありがとうございましたぁ!」

 元気一杯に返事をした少女は、とことこと擬音がつきそうな歩き方でマダラの元へと向かう。そうして、ぺこりと頭を下げた。

「頭領、ありがとうございます」
「……あぁ」

 面食らった様子のマダラにもう一度少女は微笑むと、大人しく様子を見守っていたカガミ少年の方へと駆け寄って、手を引っ張る。その後に軽く私達に向けて会釈したヒカクさんが続いた。

「良かったね。お礼言われて」
「うるさい」

 素直じゃないなぁ、本当に。そんな事を思いながら、空を眺める。
 ――天上では星々が瞬き、純白の満月が昇り始めていた。
 

 

若葉時代・慰霊祭編<中編>

 
前書き
一話くらいはこういう話があってもいいよね、と思って書いた話。 

 
 ——正直に言おう。
 私は今までに無く追いつめられていた。
 どれだけ追いつめられていたかと言うと、以前マダラと取っ組み合いの乱戦に持ち込まれ、危うく須佐能乎の剛力に叩き潰されかけた時並である。あの時は、マジで焦ったんだよね。

 で、目の前にはにっこりと微笑むミト。

 笑顔だけなら思わず抱きつきたくなる程可愛らしい物なのだが、生憎と目が笑っていない。
 微笑みだけで私に次ぐ実力者であるマダラ並みの迫力です。なので、滅茶苦茶怖いです。

「な、なぁ……。なんでミトそんなに怒ってるんだ……? お姉ちゃん、正直物凄く怖いんですけど」
「嫌ですわ、柱間様。怒ってなんかいませんとも。……ええ、これっぽっちも」

 それって怒ってるって言ってる様な物だよ、ミト。

「折角お似合いでしたのに……。私の贈り物など、柱間様に取っては余計なお世話でしたのね……」
「ご、ごめんって、ミト! あんまりにもあの子が大泣きしていたから、ついつい……」

 非難の色を帯びた灰鼠色の瞳で涙混じりに睨まれ、口から出かけていた言い訳も語勢が弱まる。

 どうやら、私が惜しげも無くミトが付けてくれたリボンをうちはの少女に手渡したのが気に入らないらしい。
 基本、私はああいうものに興味が持てないからなぁ……。刀をもらって喜ぶ娘でしたから、本当に。

 へこへこと頭を下げていれば、憂いを含んだ溜め息がミトの唇から零れ落ちる。
 灰鼠色の瞳が、じっと私を見つめた。

「反省していますか?」
「今までに無く反省しております!」
「でしたら、私のお願い叶えて下さいますか?」

 花が綻ぶ様な笑みを浮かべられ、一二も無く頷く。君が怒りを鎮めてくれると言うのなら、お姉ちゃんは何だってしますとも……!

 ふふふ、とミトが可憐な微笑みを浮かべる。
 ほっとしたのも一瞬だけ、彼女の口より零れた次の一言に、私は目を剥いたのであった。

「え……? ミト、それって本気で言ってるの……?」
「戯れでこの様な事を申しませんとも。ねぇ、柱間様」

 ——私のお願い、叶えてくれるのでしょう?

 結論。
 私は陥落せざるを得ませんでした。



「柱間様ー。父ちゃんがそろそろ出番だから出て来い、って……」

 開かれた扉の先で、口をぽかんと開けて間抜けな顔しているヒルゼン君。
 因みにここは祭りの会場内に設けられた控え室の様な物である。私とミトとは月が昇ってから始まる慰霊祭の準備のために、大分前から篭っておりました。

「——何してるんだ、ヒルゼン……って、え?」
「ヒルゼン? どうかしたの……えぇ!?」

 ヒルゼン君に続いて頭を覗かせたのは、ダンゾウ君とビワコちゃんである。
 彼らは頭だけを覗かせた体勢で目と口を見開いて、ぽかんとした表情を浮かべている。

「えぇ、と……。ミト様、そちらの方はどちら様で?」
「あらあら。気付かないの?」

 呆然と目を見開いたまま、恐る恐るとした仕草で私達の方に指が向けられる。
 やけに愉し気な口調のミトが、子供達を見つめて挑発的に微笑んで答えた。取り敢えず、どこでそんな仕草を覚えて来たの? お姉ちゃん、とっても気になります。

「酷いな、ヒルゼン君。なんで分からないんだ? そんなに今のオレは可笑しいのか?」
「いいえ、違いますわ。とってもお似合いですとも」

 うふふ、と口元を隠してたおやかに微笑んだミト。
 でも、この子達全然私だって事に気付いてくれないんだよ?

「え? お、オレって、まさか……!」
「柱間様? え、嘘だろ!?」

 私とミトとを交互に指差して、驚愕の表情を浮かべるヒルゼン君とダンゾウ君。
 魂消たとは正しく今の彼らの様子を指すのだろう。昔から伝わる言葉の意味を理解して、一人頷いた。

「柱間様、お綺麗です! いつもの凛々しいお姿も素敵ですけど、これはこれで……!」

 はぁ、とうっとりとした表情で誉めくれたのはビワコちゃんだけだ。なんだか寂しくなって、落ち込んだ。
 そんな私の両肩を、ミトが細い掌で掴む。

「でしょう? 普段の柱間様とはまた違った雰囲気ですけど、これはこれで素敵でしょう!?」
「はい! もしかして、ミト様のお見立てなんですか?」
「そうよ! こんな機会でもなければ、柱間様は御自身を着飾ってくれないんですもの」

 女の子同士できゃあきゃあ言い合う二人の周囲だけが物凄く華やいでいる。私も性別は女な筈なのに、この違いの差はどうした物か。
 首を傾げて見守っていれば、纏っていた服の袖が引っ張られる。視線を落とせば、疑問符を周りに浮かべた様子のヒルゼン君が服の袖を掴んでいた。

「柱間様、一つ聞いてもいいか?」
「いいよ。何が聞きたいんだい?」

 ミトに放っておかれたので、少年達の方へと振り返る。にしてもやけに重いな、この衣装。
 
「柱間様、凄く似合っているとは思うけど」
「思うけど……?」
「どうして女の人みたいな衣装を着てるんだ?」

 それは私も知りたい。

「この服綺麗だし、似合っているけど、普段柱間様が着ている服と全然違うよな。いつもはこんな色使ってないし」

 ミトが私に着せてくれたのは、見ように寄っては女性向けの衣装だ。
 華やか……というか色鮮やかな暖色系等の衣に、所々小紋が施された和服を着ている人を見つけたら、十中八九見ている人は着ている相手が女だと思い込むだろう的な物である。

「そりゃそうだ。これを選んだのはオレじゃないもの」
「……え? じゃあ、ミト様が見立てたっていうのは本当だったんだ」

 ダンゾウ君がミトの方へと振り返る。
 女の子同士意気投合していたミトが、ビワコちゃんと揃って振り返る。
 凄いな、今の動き。完璧にシンクロしていたぞ。

「だって、柱間様がなんでも言う事聞いてくれるって言ったんですもの。折角の機会ですから、思う存分やらせていただきましたわ」

 語尾にハートマークでも付きそうな可愛らしい口調です。
 でも、なんでだろう。ミトの背後から逆らってはいけないオーラみたいな物が滲み出ているんだよね。

「ほら、元々柱間様は中性的なお顔立ちでしょう? ですから、前々から着せてみたかったんですの。——こういった感じの衣装を、ね」

 最後だけ、トーンが低くなる。
 ダンゾウ君が両腕を抱えて、ぶるりと震えた。君の反応は正しいよ、ダンゾウ君。
 私だって背筋に寒い物が走ったもの。

「で、でもさ。柱間様って男の人だろ!? 女の服を着せるなんて可笑しいよ!」

 御尤も! 確かに性別は女性だが、世間一般の認識は男性な私だ。
 ヒルゼン君、君の勇敢な意見に私は心からの拍手喝采を送りましょう。しかし、君は重要な事を見落としているぞ。

「あら、ちっとも可笑しくなくてよ?」
「へ?」

 早く気付くんだ、ヒルゼン君。ミトの目がさっきから一度も笑っていない事に! ダンゾウ君はとっくに気付いて私の後ろに隠れてるよ。……因みに付け加えるなら私もミトの迫力に押されて、どっかに隠れたい気分だ。

「——いい事? どのような服も装束も、似合う者が着れば問題ないのです」
「でも、それとこれとは……」

 ふふ、と微笑むミト。
 なんでだろう。当事者は私の筈なのに、さっきからずっと蚊帳の外に放っておかれたままだ。

「そうですね。ヒルゼン、まずは想像して見なさい。例えば……貴方のお父様が今柱間様が纏っておられる様な服をしている姿を」

 猿飛佐助殿は結構上背もあり、がたいもいい忍びである。
 私と違って純粋な男性だし、そんな彼がこんな服を着ていると想像すれば……おえぇぇ。
 世にも恐ろしい光景を想像してしまって、口元を押さえる。洗面器、もしくはエチケット袋が無性に欲しくなった。

「——……想像もしたくない」
「……ヒルゼンに同じ」
「でしょう? その点、柱間様はその問題もありません。寧ろ、これらの華やかな色が一層柱間様を引き立てているではありませんか! 其処に立っておられるだけで場が華やぐ事間違い無しですわ!!」

 拳を握りしめ、力説しているミト。普段の慎ましやかで淑やかな彼女は何処に行ってしまったんでしょう。
 彼女の隣ではさっきからビワコちゃんが目を輝かせて、ミトを誉め讃えています。やけに彼女達の姿が遠くに見えます。

「似合わぬ輩がすれば確かに目に毒! だったら、似合う者がすればいいのです! 私の言っている事に間違いがありまして!?」
「な、ないと思います!」
「ミト様が仰る通りです!」
「ミト様、かっこいい〜」

 ああ、幼気な子供達がどんどんミトに毒されていく。
 可笑しいな。小さな頃から可愛がって来た妹なのに、こんな一面初めて見ました。
 いつも着ている服の数倍は重く感じる凝った衣装に、肩を落とす。ていうか、この服何時の間に用意してたんだろう。昨日、点検に訪れた時はこんな服無かった筈なのに。

 この後、あまりにも私達が出てくるのが遅いので呼びに来た猿飛殿を始めとする忍びの方々は、ヒルゼン君達と全く同じ反応をして下さいました。
 
 

 
後書き
口さえ開かなければバレない。逆に言えば、開けばバレる。 

 

若葉時代・慰霊祭編<後編>

「ど、どうしたんですか、一体!? あね――ごふっ!!」
「黙れ、騒ぐな、声出すな。――オレの言いたい事が分かるな、扉間?」

 多分生まれて初めて見る私の女物めいた衣装を着た姿。
 それを目にして大声を上げた弟へと素早く肉迫して、その口を塞ぐ。

 此所に来るまでに色々な人達から真顔で「どなたですか?」と首を傾げられたのだが、流石は我が弟。一目で私だと見破ったらしい。
 余計な事を話される前に、その口を押さえてやれば、やけに青ざめた顔の弟が必死に頭を上下している。それを確認して、口を押さえた手を放してやった。

「い、一体どうなさったのですか! いつもの格好はどうなさったのです。それにその服は……?」
「オレだって本意じゃないよ! 仕方ないじゃないか、ミトに何でも言う事聞いてやるって言ったら、こんなに重くてずるずるしたもの着せられたんだから!」

 これじゃあ、いつもの様に走れないし、飛び跳ねる事だって難しい。
 本音を言えば、さっさと脱ぎ去りたい。男物の衣装が恋しい。……けど大声でそんな事言えない。

「柱間様、何か言われまして?」
「いいえ、何も!!」

 にこやかな微笑みで私達のやり取りを見守っていたミトにそっと囁かれて、背筋を正す。
 逆らったらなんかされそうで怖い、なんかってなんだっていう感じだけど。

「しかし、これはこの後の慰霊祭の時にミトが使う筈だった衣装では? ミトにしてはやけに普段使わぬ色を選ぶな……と思っていたのですが――……まさか、ミト」
「へ? これってミトの衣装だったの? じゃあ、今すぐにでも脱ぐから……」

 あれ? この服は確かに綺麗だが、色が暖色系統で纏められているから普段ミトが着ている物とは違うよね。
 ん? ちょっと待てよ? 扉間が言っている事が確かなら、もしかして……。
 襟元に置いていた手をそのままに、扉間と揃ってミトを見つめる。そしてすぐに同時に目を逸らした。

 ――見なかった事にしよう、うん。

 笑顔の般若が見えた様な気がして、扉間と二人顔を合わせて頷いた。
 そうだわ、とミトが手を叩く。その音に逸らしていた視線を再びミトへと合わせた。

「この後、舞台で舞う役がありましたでしょ? 折角ですから柱間様、その服のまま舞って下さいな」
「え?」
「――なんでも言う事聞いてくれるって、言ってくれましたでしょ?」
「……はい」

 なんかもう、色々と諦めないといけない気がしました。
 もう、文句は言うまい。言ったら生きたまま地獄に落とされそう。妹の底知れない恐ろしさを感じました、はい。

*****

 今回の会場となった草原は、穏やかな川の流れを有した森の中に囲まれている。
 草原が子供達向けの祭りの会場であれば、川に面した開けた森は大人達のための鎮魂祭の斎場だ。
 この日のために、川に乗り出す形で設置された水上の舞台。
 各一族の間から選抜された者達が戦死者のために奉納する、死者の魂を慰めるための舞や唄。

 ――――舞台は回って、千手の番になった。

「――さて。そろそろ時間だね。準備はいいか?」
「勿論です」
「扉間に同じく、ですわ」

 舞台端に設けられた控えの間の中で、それぞれの衣装に身を包んだ弟妹達に声をかければ頼もしい返事が返って来た。
 うん、無駄に緊張もしていない様で何よりだ。

「では、姉者。我らは先に」
「楽しみにしておりますわ、柱間様の舞を」

 並んで先に舞台に上がった弟妹達に苦笑を返し、呼気を整える。
 鎮魂の舞自体は何度か千手の慰霊祭でも行った事はあるが、こんな大人数の前では初めてだよ。

 ざわめきが落ち着き、二人の奏でる妙なる楽の音が月下に響き渡る。
 手にした扇を持ち替えて、一度瞳を閉じる。そうして、静かに舞台に上がった。

 松明の明かりと冴え冴えとした月光。
 その二つに照らされた舞台の上で、扇を開いて、韻に合わせて足を踏む。

 舞台の下では、各一族の者達が静かに一心に舞台上がった私達を見つめている。
 どの顔もただただ静かで、凪いだ湖面の様で。
 泡沫の日々に隠された、逝ってしまった人々への尽きる事の無い哀悼と、これから先への沈痛な願いを感じる。

 それら全ての人々に見守られながら、手にした扇を返す。
 緩やかな旋律に合わせて、服の袖を優しく振る。
 殊更ゆっくりと体を動かして、するすると滑る様に舞台の上で歩を進める。

 ミトの爪弾く琴の音と、扉間の吹き鳴らす横笛の音色。
 それら二つが見事に調和して、聞く者の心を震わす楽曲を演奏する。私はそれに花を添える様に、美しい旋律の調和を乱さない様に、気をつけるだけ。

 ――憎しみを捨て去る事は難しい。
 ――死者を忘れる事など出来やしない。

 それでも。
 それでも、少しでも人々の心から「痛み」が癒される様に、どうしようもない憎しみが人々の心を覆う事の無い様に。
 少しでも亡くなった人々の御霊が安らぐ事を求めて、舞の一差し一差しに祈りを込める。

 ある意味、これは酷い皮肉だ。
 誰よりも人の命を奪う様な真似をして来た私が、彼らの前で鎮魂の舞を舞っているだなんて。
 結局の所はこうしている事だって自己満足なのだろうけど――……それでも。
 そうなる事を願って、私は鎮魂と慰霊のための舞を舞うだけだ。

 ――――これ以上、疲れ果てた人々の心が傷つけられる事が無い様に。
 これまで関わって来た全ての人々の顔を思い浮かべて、私は舞い終える。

 ……純白の輝きを持つ静謐な月が、そっと地上を見守っていた。 

 

若葉時代・慰霊祭編<おまけ>


 大きな失敗もせずに舞い終えた私は、すっかり疲労困憊状態だった。
 ううむ、以前にマダラと七尾と続けざまに相手した時並みに疲れたわ。

「何とか……無事に終わったね。よ、良かった」
「お綺麗でしたわ、柱間様。まるで夢の中にいる様な気分でした」

 舞台から離れた所に生えていた木陰にミトと並んで座る。
 川の側だからなのか、吹き抜ける夜風が涼しくて気持ちいい。火照った体が冷めていく。
 多分、舞う前の私と顔を合わせるか、写輪眼か白眼で観察しない限り先程の舞い手が千手柱間だと分かった者はいないだろう。
 それほど今の私は普段の私と似ても似つかぬらしい。新たな発見である。

 そんな事をつらつらと考えていれば、馴染んだ気配を察して、肩を落とした。
 多分、顔を合わさない方が互いの精神衛生上にいいのだろうが、今回ばかりは私も疲れたせいで動けない。なのでぐったりしながら、じっと座っていた。
 ——案の定。
 向こうからやって来たうちはマダラは、私を見ると眉根を吊り上げてみせた。

「柱間。貴様、とうとう頭に花でも咲かしたのか? 何だその格好は」
「頭領、見ず知らずの女性に対して失礼ですよ……って、柱間様? え?」

 礼装に着替えたマダラとヒカクさんが私達に歩み寄って来る。
 大股で歩くマダラに小走りで従っているヒカクさんが、目を剥いて座り込んでいる私の顔を何度も見やる。

「じょ、冗談でしょう? 千手の頭領が——って、ははは……本当だ」

 わざわざ写輪眼まで使用して、確認したらしい。ヒカクさんが乾いた笑声を上げる。
 マダラの眉間の間の皺が深まる。そんな顔で見ないで下さい、自分とて本意じゃないんです。

「こんばんは、うちはの頭領。うちの柱間様に何かご用でして?」
「貴様は……?」
「うずまきミトですわ。以前相見えた際に名乗らずにいて、申し訳ありませんわ」

 私の腕にくっ付いたミトがにこやかな微笑みを浮かべたまま、マダラへと挨拶する。
 けど、気のせいだろうか? なんだか言葉の端々に棘がある様な……。
 そういえば、七尾の件の時はかなり切羽詰まっていたのと敵対していた事もあって、碌に会話する事も無く別れたんだよね。

「うずまき……渦の国の長寿の一族か。何故うずまきの一族が千手にいるのだ?」
「幼い頃に千手に引き取られたんだ。封印術にかけてミトの右に出る者は千手にだっていないよ」

 なんだかやけに空気が刺々しくなっていくので、ここで会話に乱入しました。
 ヒカクさんが感謝の眼差しで私を見つめて来る。自分でも勇者だと思いましたよ、ええ。

「んで、何か用か?」

 マダラが無遠慮に人の事を睨んでいる。まぁ、いつも睨まれているけどね。

「——その戯けた格好は何だ。どう見ても女物だろうが。貴様、女装趣味でもあったのか?」
「私の見立てに何かご不満がありまして、マダラ殿?」
「大有りだ」

 ミトが応じたのに、マダラはミトに視線をやる事も無く、私を睨んだままだ。
 心無しかマダラはかなり苛立っている様だ。まー、普通に考えればそうだよねぇ……。
 自分の格好を見下ろして、軽く溜め息を吐く。可愛い妹の滅多に無い我が儘だったから、腕を通してみたけど、どうにもちぐはぐな感じがして落ち着かない。
 こきこきと首を動かせば、嫌な音がした。——ああ。凝ってるなぁ、私の肩。

「それにしてもよく分かったな。扉間以外の人達は、オレが口を開かない限り気付かなかったってのに。写輪眼で確認したのか?」
「馬鹿を言うな。何故オレがそのような真似をせねばならん」

 え? じゃあこいつ、見ただけで私だと分かったのか。そいつは凄い。
 感心してれば、ミトが不機嫌そうにマダラを睨んでいた。
 ミトの視線に気付いたのだろう、マダラも目を眇めてミトを睨みつけている。

 間に挟まれた私は——非常に居心地が悪かったとだけ明記しておこう。
 
 

 
後書き
個人的にこの二人の仲が悪かったら面白いなぁ、と思って。
扉間の名前なんて全然出て来ないのに、頭領、うずまきと聞いただけでミトの事を連想していましたから(原作にて) 

 

若葉時代・木の葉編<前編>

 
前書き
本当は木の葉、ではなく「木ノ葉」なんですけど「木の葉」で通させていただきます。
この話も複数話を一話に纏めております。 

 
 領土の平定を望んでいる火の国と、一族同士の同盟を結んだ私達忍び連合。
 互いの話し合いが順調に滑り出し、とんとん拍子に進んでいったのは、お互いの利害が一致する所が大きかったのだろう。
 火の国に点在する各忍び一族達が纏まると言う事は則ち、火の国側が願ってやまない領土の平定と人心の安寧へと繋がるのだから。

 私は大名との話し合いを終えて、意気揚々と忍び連合への逗留地へと足を踏み入れた。
 夕方時なため、逗留地のあちこちで晩ご飯のために炊き出しの煙が上がっている。
 前の祭りの際、一族の垣根を問わずに仲良くなったのか。異なる衣装を纏った子供達が入り交じって遊んでる姿がちらほらと目に入る。

「あ! 柱間様だ〜!」
「お帰りなさい、柱間様! お話は上手くいきましたかぁ?」

 頭に相棒の忍犬を乗せた犬塚の子。寡黙に出迎えてくれる油女の子供達。
 抱きついて来る猿飛一族の幼子達に、志村の少年少女。
 一歩離れた所で礼儀正しくこちらに会釈してくれた日向の若い衆に、うちはの一族のちびちゃん達もいる。

「お帰りなさいませ、頭領。大名との話はどうなりましたか?」
「ただいま、皆。出迎えありがとう、桃華。順調も順調。こっちが怖くなる程、上手くいってるよ」

 教科書に載せれそうな綺麗な立ち姿で一礼してくれた桃華へと視線を送る。
 そうして、逗留地へと視線を巡らせた。

 最初見た時は背後に巨大な崖が聳え立っているだけの何も無い場所であったのに、こうして連合の忍び達が集まり、様々な建物が建立されていくに連れ、徐々に人が住むに相応しい土地へと変わったものだ。

「ふふふ。なんだか嬉しいなぁ」
「どうしたの、柱間様?」
「なんだか嬉しそうな顔をしているね」

 兼ねてから目をつけていた土地へと、集落から連合の一族達が移り住む様になって早一週間。
 そんな短い間で、今まででは考えられなかった様な変化が起き始めているのだ。

「なんだかとても嬉しくてね」
「ふうん。そうなんだ」

 胸がほっこりする様な、そんな気持ちに成れた事が嬉しくって、近くに居る子供達へと抱きつく。
 締まりない顔をしているのが自分でも分かるが、それを隠す気はなかった。

「――やれやれ。相変わらずじゃな」
「じいちゃん!」

 溜め息混じりの声と、ダンゾウ君の吃驚した様な声。
 抱きしめていた腕を放して振り向けば、予想通り志村の旦那の姿があった。

「しかし……。その分だと話し合いは上手くいっておるみたいじゃな」
「はい! 一国一里の制度は向こうにも受け入れ易くあったようです。近いうちに、ここも里と呼ばれる様になるでしょうね」

 人々が賑わう逗留地内を見回す。
 食欲を湧かせる香ばしい香りに、木材に釘を打ち付ける澄んだ音。
 資材を運ぶ力自慢の男達に、差し入れを持っていく若い女の子達。
 ――徐々に単なる逗留地から、里と呼ばれる様な空間に成っていくのだろう。

「柱間様〜。お仕事が終わったなら、一緒に遊ぼうよ。おれ達、柱間様が帰ってくるの待ってたんだぜ」
「そうそう! ね、柱間様。またお話しして!」

 子供達から服の袖を引っ張られて、無邪気な表情で強請られる。うわぁ、やっぱりこの年頃の子供達って可愛いなぁ……こっちの心が癒されるわぁ。
 熱烈なコールに、桃華が困った様に眉を顰める。
 どうしよう、この後も仕事が待っているってのに……心が揺らぎます。

「だめじゃ。柱間殿はこれより先に大事な話をせねばいかんのでな。また次の機会にせよ」
「ええ〜、そんなぁ! この前も同じ事言われたよ」

 名残惜しいけど、やっぱり仕事を後回しにしちゃいかんよね……。あーあ、遊びたかったなぁ。

「柱間様!」
「冗談、冗談。ちゃんと仕事するから、そんな怖い顔しないでよ、桃華」

 名残惜し気に子供達の姿へと視線を送っていたら、きりりと眉を吊り上げていた桃華。
 真面目に仕事します、真面目に。
 にしても、千手内での私への信頼って、こういう事に限ってえらく信用が無いんだよね。昔散々仕事すっぽかしたせいかしら? だとすれば由々しき事態だな。
 桃華と一緒に千手の邸へと向かう途中、そんな事を考えました。



「木の葉隠れ……?」
「そう、木の葉隠れの里。どうでしょう、いい名前じゃないですか?」

 頭領達を集まっての談義。その際に、兼ねてから考えていた名前を挙げてみる。
 これからここは一時的な逗留地ではなくなり、里へと変わる。そのためには里の名前が必要だろう。

「他にも色々と案がありましたが、これが一番いい名前じゃないかな? と思いまして」

 逗留地のあちこちに設置した箱にこの新しい里に付ける名前を投票してみれば、その中の一枚に【木の葉隠れ】と書かれた紙があったのだ。
 他にも色々と気になる物はあったのだが、これが一番しっくりと来た感じがした。

「それに、これだったら連合のマークにも相応しいですし」

 前々から使用している連合に所属した事を示す、渦を巻いた葉っぱの模様。
 これらは既存の一族を示す家紋とはまた違う、新たに始まった複数の忍び一族同士の『里』に相応しい、新しい名前と新たな紋になるだろう。

「いいのではないか? 悪くない名前だと思うが」

 一番に口を開いたのは、意外な事にマダラだった。
 いつもは全員の意見が纏まってからしか口を開かないマダラがいの一番に賛成を示した事に、他の頭領達も驚いた様な顔をしている。私も同じだけど。

「オレもマダラ殿と同じだな。こいつの事だ、一番最初にマシな案が出て来ただけ奇跡だろ」

 なんか、猿飛殿の言葉には含みがある様な……。なんで?
 疑問を顔一杯に浮かべて、猿飛殿を見れば、溜め息を吐かれた。

「お前な……。自分のセンスにもう少し疑いを抱いた方がいいぞ。この間の盆栽をよーく思い出せ……!」

 猿飛殿の言葉にうんうん、と頷き合う頭領達。
 失敬な! あれはここ一番の最高傑作だったのに! 水中に潜む鮫の執念深さを表現した最高の一品だったじゃないの!

「だよねぇ……。あんな感じの名前が飛び出てくる前に『木の葉』に決めといた方がいいと思うよ」
「だよな。流石にこの間の盆栽みたいな物が出されちゃかなわねぇ。オレも『木の葉』で賛成だ」

 皆さんの笑い混じりの言葉に、私としては心が砕かれそうです。
 そんなにセンスが無いのかなぁ……。なんか落ち込んで来た。

「先程から何を言っておるのじゃ?」
「そっか。日向の長老殿とマダラ殿はまだ見た事が無いんだよな。柱間殿の盆栽」
「まず間違いなく、今までの価値観がぶっ壊される事は確かです」
「柱間、貴様……」

 マダラの生暖かい視線が癪に触る。どうせ、どうせ私に盆栽のセンスはありませんよーだ。
 卑屈になっていれば、志村の旦那がじろりと睨んで来る。
 あ、すみません。里の今後を決める大事な話し合いの最中でした。

「こ、こほん! 特に反対も無さそうなので、逗留地改め、この里を『木の葉隠れの里』と呼ぶ事にします。皆様方、異論はありませんね?」

 当たり前の話だけど、異論は無かった。
 そう言う訳で、今日からこの里は『木の葉隠れの里』と名付けられ、木の葉の通称で呼ばれる様になるには時間はかからなかった。

*****

 私は今、非常にこれまでに無く満たされた思いでいた。
 周りの頭領達の信じられない物を見る様な視線も、千手の人達の微妙そうな眼差しも全くと言っていい程気にならない。
 まさか、まさか……ずっと願って止まなかった同じ感覚を持つ者がこの世にいただなんて……!

「大好きだ、マダラ!」
「くっつくな、鬱陶しい!!」

 溢れんばかりの思いを表現して抱きついたら、殴られました。涙が出る程とっても痛かったです。



「ほら見なさい、猿飛殿! 世界は広い、オレと同じ様な感覚を持つ者だってこの世に居るじゃないか!」
「オレは……オレは絶対認めねぇ……! どうしてこんな悲惨な盆栽を受け止められるんだ、マダラ殿……!?」

 心底絶望し切った表情の猿飛殿。隣では猪鹿蝶トリオもこくこくと頷いている。
 歴戦の勇士である志村の旦那と日向の長老殿も、何処か遠い目で私達を眺めてる。

「じゃあ、マダラ! これは、これは?」
「……今にも飛び立とうとする竜……ではないのか?」
「どうして分かるんだ、マダラ殿ぉぉぉおお!」
「ほーら、見ろ! 遂に来たよ、オレの時代!!」

 以前、志村の旦那にけちょんけちょんに貶された一品を持ち出して、マダラへと差し出せば淡々とした声で答えてくれる。
 けど、マダラが正解する度に周りの人々の目がどんどんと死んでいくんだけど。

「信じらんねぇ……。今まで扉間様を始めにどなたも頭領の盆栽を理解出来なかったってのに」
「前衛的っていうか、異次元的な代物だからな。あれは」
「それが理解出来るうちはの頭領って……もしかして」

 揃って私とマダラに懐疑的な眼差しを送って来る人々。でもちっとも気にならないぜ!
 なんたって、とうとう私の作品を理解してくれる人が出て来たんだもの!! 万歳!

「どうしてこれが竜だと理解出来るんだ! どう考えても干涸びかけた蚯蚓だろぅ!?」
「僕には死にかけの鳥類にしか思えないんだけど」
「秋道に同意」
「ワシも同じく」

 それまでだったら酷評に心が挫けていただろうが、生憎と今日の私はそれを受け止められるだけの心の広さを持っているのだ。
 マダラを除いた人々が私の歴代の作品の前に陣取って、ああでもないこうでもないと騒ぎ合っていたら、邸の奥より銀色の頭が覗いた。

「やけに騒がしいと思ったら……兄上、何をなさっているのです?」
「聞いてよ、扉間! とうとうオレの作品の理解者が現れたんだよ!!」
「え……?」

 固まった弟の腕を取ってぶんぶんと振り回せば、扉間の視線が泳ぐ。
 そうして、ただ一人騒ぎに混じる事無く腕を組んでこちらを見つめていたマダラへと視線が合わさって、口の端を引き攣らせた。

「まさかとは思いますが……うちはマダラが?」
「そう! いやー、世界は意外と狭いね。こんな身近に理解者がいただなんて想像もしなかったよ」

 えへへ、と笑えば、扉間がやけに絶望した表情で私を見やる。な、何故だ?

「姉者……。間違っても嬉しさのあまり抱きついたりしていませんよね?」

 あ……。
 潜められた声に、慌てて視線を逸らす。
 その反応だけで付き合いの長い弟には理解出来たらしい。どうしよう、気まずい。
 にしても感情が昂っていたとはいえ、私はあのうちはマダラに抱きついたのかぁ……よく殴られるだけで済んだよ。須佐能乎の攻撃食らっても可笑しくなかったよね。
 
 

 
後書き
原作で唯一本物のマダラと付き合いのあるオオノキが(仮面)マダラを偽物だと断じていなかったので、本物のマダラもそれなりにハイセンスだったんじゃないかと思いまして。
ぐるぐるお面はまだマシですよね、戦闘用とそれ以前の奴と比べたら。
……この話の主人公もなんだかんだで残念なハイセンスです。 

 

若葉時代・木の葉編<後編>

 
前書き
確かこの辺りで閉鎖のお知らせが報告されたんですよね……。
 

 
 やはりうちはマダラと言う人物は若いながらも頭領を務めているだけあって、優秀な人物であった。
 うちはの人々も一旦味方に回せば、才能のある人物がそろい踏みしているだけあって、忍び連合改め木の葉隠れの里の中でも、見る見る内に頭角を表し始めていた。
 同盟に参加した時期は遅い方であったが、うちはは誰もが一目置かざるを得ない一族であると、周囲に再認識させるだけの実力を彼らは兼ね備えていたのだ。

*****

「お前の言っている事も最もだがな! しかし、お前のやり方は過激すぎる! それでは人々が付いていけなくなるのは明白だ!!」
「ならば言わせてもらうが、貴様のやり方は生温い! 支配には時として弾圧も必要不可欠だろうが!!」
「この石頭! 物事には限度っていう物があってな!」
「こんのウスラトンカチが!」

 ぐぬぬ……! お互いにお互いを睨みつけて歯ぎしりする。
 マダラ曰く私の出す案件は甘すぎていて、私曰くマダラのやり方は強引すぎる。
 お互いに自分のやり方を譲る気は全くと言っていい程無いので、里の今後を話し合う会議ではこう成る事が多い。

「お二方、落ち着いて下さい。ほら、ひっひふー、ひっひふーですよ」
「そうですとも。皆様が付いていけなくて困っているではありませんか」

 それってラマーズ呼吸法じゃなかったっけ?
 取り敢えず、ヒカクさんと桃華の仲裁を受けて、私達は椅子に座り直す。
 揃って前に置かれた茶器に手をつけ、一気に中身を飲み干した。

「このままじゃ埒があかんな」
「お二人とも、言っている事に間違いはありませんからねぇ」

 しみじみとした口調で志村の旦那と山中殿が話している。
 にしても、年甲斐もなく熱くなってしまった。参ったなぁ……どうしようか。
 丁度、時間を見ればお昼時の少し前。朝早くから初めて、こんなに時間が経っていたのか。

「――ここで休憩としましょう。少し頭を整理してから、午後から再開としませんか?」
「異議無し」
「ワシもじゃ」

 やはり時間が時間だったらしい。
 特に反対意見もなく、休憩を取る事が一二も無く決まった。
 話し合いの最後の方なんて私とマダラの口合戦だったからねぇ……、皆様心無しか疲れたお顔をしていらっしゃる。

「マダラ、マダラ。今からご飯食べに行くんだろ?」
「……だったらどうした」

 普段から余人が近寄り難いオーラを出しているマダラ。
 マダラに憧れているうちはのくのいちを始めとする人達の誘いもことごとく撥ね除けて、昼餉時になるとさっさと姿を眩ますので、私の方から声をかけてみる事にした。

「じゃあ、一緒に昼餉を食べないか? 美味しいお店を知っているんだけど」
「何故オレが貴様と一緒に出かけねばならん」
「そう言うなって。どうせ一人でご飯食べるんだろ? だったら一緒に食べようぜ。何だったらオレが御馳走するから」

 自分でも恩着せがましい言い方だとは思うが、これくらい押さないとこいつには効力が無いからなぁ。
 千手内でもまだ何処かマダラを警戒している様子があるし、マダラ自身も知っててそれを……なんというか……切り捨てている様な気がする。
 私としても同盟を結び、連合の仲間に成った以上、そのままでいいとは思えない。
 なので執拗に声を誘って……――やっとの事でマダラが頷いてくれた。

「そう? 行ってくれるの、じゃあヒカクさんも一緒に……」
「い、いえ! 自分は大丈夫ですから!!」

 高速で首を左右に振るヒカクさん。
 にしてもやけに顔が青ざめている様な気がするが……何を見てんだろ? マダラだろうか。
 そう思って振り返ってみたが、常の如く不機嫌そうな顔のマダラだけだ。
 この程度ならヒカクさんも見慣れているだうし、何だったんだ今のは?

 ――飯屋に行く途中で、桃華に慰められているヒカクさんの姿がやけに気になった。



「木の葉も大分様に成って来たよなぁ。そう思わないか、マダラ」
「そうだな。火の国との話も順調に進んでいるし、近いうちに貴様の考え出した一国一里制度は各国に受け入れられる様になって来るだろうよ」

 其処に行き着くまでが大変そうだけどね。
 でも成功例があると知れば、誰もがそれにあやかろうと動き出すのは必然だ。そうする事でそれまでバラバラだった各国の隠れ里は次第に統一されていく様にあるだろう。

「国が纏まるのには時間がかかるけど、それまでの数年間は各国の国力を高めるために世界に平和が訪れるだろう。だったら、動き出すのは今しかないよな」
「……そう。結局の所、この現状は一時の平穏にしか過ぎない」

 向かい合って飯屋の席に着いた私達を囲む様に、外食に出て来た里の人々の姿がある。
 その姿を何とも為しに見守っていた私は、正面から強い視線を寄越して来るマダラの目と目を合わせた。

「現状、一国一里制度で最も進んでいるのは木の葉だ。他の国の隠れ里が纏まるのにも未だに時間はかかるし、それから新たに里と言う形を作っていくのにもそれなりの時間が必要になるだろう。異論はあるか?」
「……ない」

 ――頬杖を付いて、そっと視線を伏せる。
 閉ざされた視界の代わりに耳に届くのは、子供達の元気一杯な声と笑い合う人々の心温まる会話の数々。どれもが今までの私達には縁遠かった物ばかりだ。

「だからこそ、オレはこの隙を逃すつもりは無い。なんせ、世界各国で忍び達が疲弊しているのは事実。この間に同盟でも何でも結んで、今度は一族同士ではなく、国と国に存在する里同士で平和を保てばいい」

 そうすれば一気に戦火は減少する。
 戦争が起きる前にその原因となるものを片端から潰していくなり、やり方は色々とあるのだから。
 そう言えば、深々と溜め息を吐かれた。

「そう上手くいく物か。現にここに至るまでにどれだけの血が流れたのか忘れた訳ではあるまい」
「忘れる訳が無いだろ」

 端的に言って、口を閉ざす。
 向こうもそれ以上何かを言ってくる気はないらしく、暫しの間私達の間には沈黙が流れた。

「お待たせしました。キノコの雑炊といなり寿司に成ります」
「やあ、待ってたよ。いつもありがとうね」
「い、いえ! こちらこそ、毎度ご贔屓にさせていただいております!」

 注文の品を持って来てくれた店員さんに微笑みかければ、真っ赤になって頭を下げられた。
 そんなに畏まる事無いのにね、変なの。

「で、では! どうぞごゆっくり!!」
「うん。味わって食べさせいただくよ。――どうした、マダラ?」
「貴様……いつも今の様な事をしているのか?」
「そりゃ、ここは行きつけのお店だからね。それがどうかしたのか?」

 言いたい事が分からなくて、首を傾げる。
 ちょ、待って! なんで万華鏡写輪眼!?
 周りの人達はやけにびくびくするし、私も内心ではドキドキだ――何をされるのか分からない恐怖で。
 初めて出逢った時から思っているが、こいつ程考えが読み難い奴はいないよ。

 赤い目が私を睨んで、それからいなり寿司を見据える。そうしてから、目が普段の色に戻った。
 ――ほ。
 なんだか訳が分からんが、ひとまず落ち着く。

「何も変な物は入っていない様だな」
「あのね、マダラ。その台詞は料理人さんに失礼だよ」

 そう言えば鼻で笑われました、何故だ。



 お昼を食べ終われば、先程奥に引っ込んでいった店員さんがやけに赤い顔をして、私達へと茶菓子とお茶を差し出してくれていた。
 少々暑い日々が続く今日の様な日に相応しい、透き通った若葉色のお菓子だ。

「あ、あの……柱間様、これ……!」
「へ? え、いいの?」
「は、はい! 普段からご贔屓にさせていただいていますから! お礼です、いつもの!!」
「へぇ、綺麗だな。でもこれ、どうしたんだ?」
「いえ、その……、この里の名前が木の葉に決まったから、それにあやかって私が作ったんです!」
「そうか。じゃ、遠慮なく頂きます。わざわざありがとうね」

 そう言えば、真っ赤になって下がっていってしまった。
 微笑ましく見つめていれば、私の足が思い切り蹴られる。
 ――い、痛い!

「なにすんだ、マダラ! 痛いじゃないか!!」
「足が滑った」

 涙目になって睨みつければ、素知らぬ顔で自分の分の茶菓子を食べ終えていたマダラ。
 今の絶対わざとだろ……! と思うがそれ以上何も言わない。面倒くさそうだし。

 気を取り直して、出されたサービスの茶菓子を口に含む。
 ほんのりとした甘さに、これならば甘い物が苦手な男性でも食べれるだろうな、とか思った。――って事は、やっぱりこいつ目当てだったのかな。

 多分あの店員さん、直接言うのは恥ずかしいから、顔なじみの私を出しに使ったんだろうな。
 顔だけはいいからなぁ、マダラも。…………性格は最悪だけど。
 私が父親なら、間違ってもこいつだけには娘を嫁がせたくないわ。って、娘と言えば……。

「お前にだけはミトはやらん!」
「……突然何を言い出す。とうとう頭の螺子でも狂ったか?」

 確かに私を倒せる様な相手でないと嫁には出さんといったが、こいつみたいに顔が良くても中身が最悪な相手なんぞ絶対にごめんだ。
 億万が一の可能性でミトがマダラに惚れでもしたら、なんとしてでも踏みとどまらせねば……!

 内心でそんな決意を固めていれば、周囲の人達に生暖かい視線で見守られていました。
 なんだか最近の私はこんなのばっかりだ。

 ――この後、話し合いの場所に帰れば、やけに戦々恐々としたヒカクさんと桃華に迎えられました。
 マダラは押し黙ったままだし、やっぱり訳が分からなかった。
 
 

 
後書き
それでもなんだかんだでお互いを一番に認め合っていたらいいなぁ、と思いながら書いていました。 

 

若葉時代・火影編<序>

「―――ー里長? どうしたの、いきなり」
「いや……。木の葉も大分大きくなって来たし、形も定まって来た。ここら辺で里の代表者を決めておくべきだと思ってな」
「ふーん。それで? 誰が候補に挙がってるの?」

 里が出来始めてから早数ヶ月。
 子供達と遊んでいた私の元を訪れた猿飛殿に生返事で返せば、やけに深々と溜め息を吐かれる。
 やや気になる物を感じて、腰に手を当てて振り返った。

「なんだよ、猿飛殿。らしくない溜め息ばかり付いて」
「そうか? オレはお前に関わってから溜め息ばかりな気もするが」

 ――失敬な。

「他人事だが、お前だって立派な候補の一人なんだからな。そこんとこ、肝に命じておけよ」
「そうは言うけどなぁ……。オレじゃなくても里長に相応しい人は大勢いるだろ」

 子供達に服の袖を引っ張られ、宥める様に頭を撫でれば、にっこりと微笑みかけられた。
 可愛いなぁ、癒されるわ。

「柱間様〜、今日はどうするの?」
「んー、そうだなぁ」

 兎のぬいぐるみを抱えた女の子に声をかけられ、ちょっと考え込む。
 そうだなぁ、色々とあるけど……そうだ!

「ちょっと離れててね――木遁の術!」

 地面に片膝を付いて、印を組む。
 重々しい地響きと同時に、真っ平らだった大地から瑞々しい生命力に溢れた若葉を茂らせた木が生えて来た。
 子供達が興味津々の様子で見守る中、軽く勢いを付けてその枝に飛び移る。

「柱間様? なにしてんのー?」
「んー、皆の遊び場を作ってるんだ」

 用意していた縄をしっかりと枝に括り付けて、ぎゅうぎゅうに結ぶ。
 それから垂らされた縄の先に丈夫な板を括り付けた。
 ――これで、ブランコの完成だ。

「なーに、これ? 見た事無い」
「これはね、こうやってここに座って、それから地面を蹴るんだ。――やってごらん」

 初めて見る遊具に興味津々な子供達。
 無邪気な姿に頬を緩ませ地上へと飛び降りれば、猿飛殿は真剣な眼差しで私を見つめていた。

「お前はそうやってどうでも良さそうにしているが、複数の忍び一族が集ったこの里の中で誰が実権を握るのかは皆の注目の的なんだぞ。下手な人物に頂点に立たれてみろ、作り掛けのこの里なんぞ一瞬で崩壊しかねない」
「けどさ、それは下手な人物が成った場合だろ? この里の人達はそんな馬鹿じゃない。候補に挙げられている人達だって、それなりの実績と影響力を持った人達ばかりの筈だ」
「そうだな。そしてその中で最も有力株はお前だ。――その自覚を持て」

 確かに今のままの合同会議じゃ、里の規模が大きくなるにつれて対応が遅れがちになる。
 誰か一人を突出した権力を持つ人間として選んで、それに従う形にするのが一番手っ取り早いだろう。

「里長かぁ……。なんだかきな臭く感じて来たな」

 憂鬱な気分で空を眺める。
 雄大な景色広がる大空は私の気持ちとは正反対に晴れ晴れとしていた。



 私の零した呟きを耳聡く聞きつけたミトが、夕餉の後片付けをする手を休めて振り向いた。
 近くで忍具の手入れをしていた扉間もまた、私達の会話に聞き耳を立てる。

「里長……ですか。それで、柱間様は何を悩んでおいでなのです?」
「なんでかな? よく分かんないんだけど……胸の当たりがもやもやすると言うか、何か大事な事を忘れている様な気がしてならないんだ」

 ううむ。なんというか、喉に魚の骨が引っ掛かっている様なそんな感覚に近い。
 なんでこんなに気になるのだろうか。
 大事な事……里長の選出は確かに大事だが、それだけでこんなに気になる物かしら。

「まー、この規模の里長ともなれば単純に里内だけでは済まないだろうね。火の国の方からも指名が来そうだし……功績や年齢から言っても、日向の長老殿や志村の旦那が有力だろうね」
「そう済みますかねぇ」
「何だよ、扉間。やけに勿体振ってさ」

 くすくすとミトが笑う。
 それから可憐な微笑みを浮かべながら、私の方を見やった。

「柱間様は、里長になりたいと思われないのですか? これっぽっちも?」
「里長になるのもいいけど、先にしたい事があるからね。長になれば出来る事も増えるけど、出来なくなる事も増えそうだし」

 ある程度木の葉の成長を見届けたら、今度は火の国以外の隠れ里へと訪れたい。
 そうして、以前マダラへ告げた様に次は国と国との間での平和を成立させるのだ。

「オレとしては、扉間やマダラみたいな真面目で責任感の強い奴が里長になるべきだと思うよ。――最も、今のマダラに里長はちょっと難しいだろうが」
「あら? どうしてですか?」
「あいつの頭の中にはうちはしか含まれていないからな。あいつがうちはと同じ位木の葉の事を大事に思ってくれるようになったら、オレは喜んで一票を投じるぞ」

 今の私は千手だけじゃない。
 木の葉の里自体が私に取って守るべき対象であり、一族の垣根を問わずにここに住んでいる人々を守りたいと思っている。
 里の未来を担う子供達の健やかな成長と里に住む人々の幸せを望まずにはいられないと、つくづく感じてる。

「姉者は……随分とマダラの事を評価なさっているのですね」
「そりゃあ、何度も戦場で刀を交わした仲だからな。イズナ君程じゃないけど、あいつのことをそれなりに理解しているつもりさ」

 不貞腐れた表情の扉間の銀色の頭をワシワシと撫でれば、そっぽを向かれる。
 久方ぶりの子供っぽい仕草が可愛くて尚も撫で続ければ、今度はミトがくっ付いて来た。

「どうしたんだ、ミト?」
「――別に。ちょっと憎たらしくなっただけです」

 私達の柱間様なのに……という言葉の意味が分からなくて、戸惑う。扉間を見れば、ミトに同意だとばかりに深々と頷いていた。
 お年頃だからなぁ、この子達も。色々と悩みどころがあるんだろうな。




 そんな事を考えた兄弟団欒の晩から数日後。
 私の予想を裏切って、里の者達の推薦と大名側からの指名を受けたのは千手柱間――つまり私だった。
 こうして私は木の葉隠れの初代里長――『火影』へと任命されたのである。 
 

 
後書き
原作知識を駆使して〜みたいな話を読むのは好きなんですけど、個人的にはそこまで残る物なのかと思ってしまいます。だから彼女はもう残っていないというか、思い出せないし、忘れてる。 

 

若葉時代・火影編<前編>

 
前書き
原作沿い、というか原作情報沿い。 

 
「なぁ、この服ってやっぱり変じゃないか? オレに似合わないっていうか」
「そんな事ありませんよ。服の裾もたっぷりとしていて、これなら柱間様の体格を誤摩化すのにも有効ですし、大名様も随分と気の効いた物を送って下さいましたね」

 日課になった朝一番の身支度の際にミトへと声をかければ、似合っているのかいないのか判別し難い返事が返って来るのは最早恒例行事である。
 鏡の中の自分と睨めっこして鼻を鳴らせば、はしたないとミトに叩かれた。



「なんて言うか、火影になって変わったのって、書類の山の量だけじゃないかな? 前よりも増えた気がする」
「口を動かす暇があれば、手を動かして下さいませ」
「はーい、桃華」

 秘書の様な役割を務めてくれている桃華とのやり取りも恒例行事。
 流石に『火』と記された笠は外しているが、それでもゆったりとした火影装束は動き難い。この状態で戦って服の裾に躓きでもしたら、一生の恥になる事間違い無しだね。

 そんな阿呆な事を思いながら、目が痛くなる書類の山に視線を走らせる。
 陳情書から嘆願書、里の外での不審な影の動きや、世界各国の忍び一族の現在の動向まで。ありとあらゆる内容が記されている。

 その中の一つに、見逃す事の出来ない一文があった。

「――桃華。この書類だが……書かれている事は本当なのか?」
「少々お待ちください。ああ、これですか……」

 桃華の柳眉が顰められる。
 そうして後、やや緊張を帯びた声音が唇から発せられた。

「ええ。これは最近里を行き来していた行商人達が言っていたのですが……なんでも火の国と土の国の国境に尾獣の姿が目撃されたそうです」
「尾の数は?」
「四本……、つまり四尾です」

 今のところ私が顔を合わせたことのある尾獣は、九喇嘛と五尾に七尾の三体。
 暴れまわっていない時に顔を合わせて以来の九喇嘛と五尾と話して以来、私は彼らとの会話を恐れる必要はないと知っている。
 どうしよう、行ってみようか。上手くいけば穏便に話が通じるかもしれない。

「そういえば、土の国には木の葉の次に里が創設されたっけ? どうなっているの?」
「里としての形は未だに木の葉には及びませんが、あちらも各忍び一族同士の集合体としての機能は徐々に働き出しているそうです。土影も既に選出されたとか」

 しかし、と桃華が言葉を切る。

「そのためには少々四尾が彼らにとっての脅威になっておりまして……思うように話がついていないと予想されます」
「成程、ねぇ」

 そこを上手く突けば、話し合いの余地も生まれるかしら。
 間に小国を挟んでいるけど、近隣諸国同士で同盟を結ぶ事が可能になれば後々有利に働くよね。
 里の基盤が固まってからの戦争の発端は出来るだけ潰しておきたいし。

 ―――ーこれは好機だ。

「ねぇ、桃華。それってさ、火の国と土の国の境の話だよね?」
「柱間様?」

 不思議そうに首を捻っている彼女の前で徐に立ち上がれば、桃華の背筋がぴんと伸びる。
 採決済みの書類を手渡して、机の上に置いていた笠を被って外出スタイルになれば、桃華の眉が吊り上った。

「柱間様! お仕事はまだ……!」
「いいのいいの、自主休憩。桃華も休んでおいでよ」

 桃華が私の事を引き留めようとするが、彼女が手にしている書類が邪魔で素早く動けない。
 その隙間を練って悠々と出ていけば、背後の執務室から桃華の怒りの声が上がった。

*****

 慎重な手つきで差し出されたお盆。
 その上に乗せられた二枚の乾菓子に手を伸ばして、そっと口元にまで運ぶ。
 醤油の香ばしい香りに、菓子の上の粗い砂糖の粒が食欲をそそる。
 相好を崩したままそれを口に入れようとすれば、背後に殺気を感じて振り向いた。

「――や、マダラ。来るの早かったね」
「貴様、何故うちはの居住区にいる!?」

 憤然と怒鳴りながら、大股に近寄ってくるマダラ。
 ほとんど臨戦態勢なのか、黒い両目は既に写輪眼化している。
 肩で風を切りながらやってきたマダラは私の方を睨んでおり、周囲のうちはの人達と言えばハラハラとした表情で成り行きを見守っている。

「いや。ちょっと話があってさ」
「話だと?」

 座っていた横椅子を詰めて、隙間を作れば鼻を鳴らされるだけだ。
 じゃあ座んないのか、と思えばだいぶ離れて腰を下ろされる。結局何がしたかったんだ、こいつ。

「そう。土の国にちょっと出かけるから、一緒にいかない? かなり難しそうな任務もセットで付いているけど」
「任務、だと……? 貴様が難しいと言う程の?」
「うん。――ひょっとしたらだけど四尾と戦う事になると思う」

 さらりと言ってみたのだが、やっぱりそう簡単に流せる様な対象は無いらしい……尾獣は。
 マダラが軽く目を見張り、うちはの人達の何人かが顔を青ざめさせる。
 まあ、普通はそうなるよね。ましてや、彼らの中の何人かは以前に七尾と顔を合わせた事があるだろうし。

「四尾とやり合って、尚かつ生還出来る確率が高い忍びはオレを除けばお前と扉間くらいだし。――どうする?」
「オレが行かなければどうなる?」
「やっぱ、オレとミトと扉間のスリーマンセルだな。どのみちお前が留守番なのは間違いない」
「――――いいだろう、四尾であれば相手に不足はない」
「そう来なくちゃ」

 そのまま黙って干菓子を齧っていれば、マダラの視線を感じて、顔を横に向ける。
 赤い目をじっと見つめていれば、苛立った様に眉根が潜められる。毎度の事だけど眉間の間の皺……凄い事になってるよなぁ。

「始めて食べるけど、このうちは煎餅っておいしいな。今度差し入れしてくれない?」
「自分で買え、大戯け」

 冷たい返事に肩を落とせば、うちはの人達も気の毒に感じたのか、お土産にお煎餅を山ほど持たせてくれました。



 火影になってから数ヶ月後。木の葉が出来てからほぼ一年後。
 私とマダラ、それからミトを始めとする木の葉の忍び小隊は、この度土の国へと向けて出発する運びとなった。
 目指すは新設された岩隠れの里との同盟――ついでに四尾との一戦も覚悟しながら、大勢の人に見送られて私達は木の葉を旅立った。
 

 

若葉時代・火影編<中編>

 
前書き
さくさく上げます。 

 
「あ、貴方が千手柱間殿なんですか! 逢えて光栄です、オオノキって言います!」
「初めまして、オオノキ君。千手柱間だ。――ところで、そちらの方は……」

 赤くて丸い鼻が特徴的な小柄な少年が、目を輝かせながら私を見上げる。
 一生懸命に顔を赤くしながら話しかけて来てくれる少年を微笑ましく思いながら、私は少年の背後に影の様に佇んでいる背の高い包帯ぐるぐる巻の男性に気を取られていた。

 だってさ、ツタンカーメンの黄金のマスクの中身みたいな人がじいっとこっちを見つめてるんだよ。口も鼻も覆っているせいで目しか見えないけど、息苦しくないのだろうか? 凄く気になります。

「こちらの方はオレの師匠で、無様です」
「厳密には初めまして、ではないがな。こうして直接相見えるのは今日が始めてだ」

 ククク、とシニカルに微笑んだミイラ男改め――無殿。
 彼の瞳が私達を見回して、最後に無言で腕を組んで佇んでいたマダラへと留まる。

「あんたにも会ってみたかった。名高きうちはの頭領殿ともな」
「…………」

 せめてもう少し愛想良く出来ないのか、お前は。

 眉間の皺を深めて、私達を睨んで来るマダラに必死に目で合図を送るが、柳に風と流された。
 ……まぁ、愛想のいいうちはマダラなんて誰も見たくはないと思うけど。

 内心で溜め息を吐きながらも、マダラへと向けていた視線をオオノキ君に落とす。
 少年は見ているこちらが恥ずかしく思う程純真な眼差しで私を見つめていた。
 どうしよ、なんだか照れるわ。

「そういえば、ここに来る途中で襲撃を受けたと話を聞いたが……なんともない様だな」
「え!? それってどこの者が……?」

 そんなに前の話ではないのに、もう彼らの耳に届いたのか。
 感心していれば、オオノキ君の目が心配そうに私を見上げている。
 何なのこの子、滅茶苦茶可愛いんですけど。

「新興の里……滝隠れの者達だった。けど、大した怪我も無く切り抜けられたよ」

 心配してくれてありがとうね、と囁いて肩を叩けば、照れた様に少年が耳まで真っ赤にする。
 うわぁ……。ミトとはまた違った意味で癒されるわ〜。

 ほのぼのとしていれば、背後からの滅多刺しにされそうな視線。
 め、滅茶苦茶背筋がぞっとしました。
 恐る恐る振り返れば、マダラが『何を遊んでいる。とっとと用件を果たせや、このボケが』的な視線で私を睨んでいた。
 はいはい、ちゃんと仕事もしますとも。

「ククク。……随分と仲がいいんだな」

 愉快そうに無殿が笑う。
 今のやり取りのどこがツボに入ったのか謎だ。

「――じゃあ、オレはこれから土影殿と話してくるから、ミトの事頼むよ。マダラ、行こう」
「お任せください、火影様!」
「……分かっている」
「それでは、御案内致します!」

 護衛を兼ねた一行に声をかければ、何とも頼もしい返事が返って来る。
 軽く深呼吸して、私はマダラと共に土影殿が待つ建物内へと足を踏み入れた。

*****

「――――では、これより先は私の仕事ですわね。皆様、お下がりくださいな」
「頼んだよ、ミト!」
「勿論です、柱間様」

 凛然とした返事に、張っていた肩を軽く落とす。
 今回は前に交戦した七尾と違って、最初からマダラが味方してくれただけあって、結構楽に話は進んだ。
 尾獣相手に戦って、大きな怪我も無く済ませる事の出来る忍びなんて数人しかいないだろうね。
 その数人の中に自分が入っていると思うと……思えば遠くに来たもんだなぁ。

「残念だったなぁ。上手くいけば戦わずに済むと思ったのに」
「力しか持たぬ獣相手に何を言っている。あれらは会話が通じる様な相手ではなかろう」
「そんな事無いさ。今回は上手くいかなかったけど、今度彼が正気を保っている時にでも話をしてみる。その時はきっと、上手くいくさ」

 九喇嘛と数年話していて気付いたのだが、尾獣と言う存在は少々不安定な存在らしい。
 そのせいで時折堪え切れない破壊衝動に襲われはする。けれども、そうでない時は話が通じる存在なのだ。
 今回の四尾や前の七尾の様に人の血の匂いに酔ったり、破壊衝動に支配されている時は兎も角、全く最初から言葉が通じないと判断するには早すぎる。

「以前にも見せてもらった天狗型の須佐能乎だけど……どうにも上手く扱えないみたいだな」
「……九割五分は完成している」
「けど、未完成なんだろ? 多分だけど、あまりにも膨大なチャクラを必要とするせいで、写輪眼だけでの制御は難しいみたいだな」

 単純に攻撃だけに限定するのであれば、剣の一振りで山脈を両断する天狗型は申し分無い。
 けれども一定量の限界を越えた攻撃を受けてしまえば、あのチャクラの塊は簡単に揺らいでしまう。

「それにあの力は生身で扱うには少々リスクが高すぎるみたいだし……今後あまり使用しない方が良さそうだな」
「……フン」

 鼻を鳴らしたマダラから視線を逸らして、遠くに見える四尾へと意識を向けた。

「にしても、四尾の毛並みって、綺麗なアカイロをしているよな。猩々緋っていうのは正しくあんな色を指すんだろうなぁ」

 うっとりと呟けば、手にした団扇を背中に戻したマダラが仏頂面で私を見つめていた。
 こいつ口数少ないくせに、視線と態度だけで全部分かってもらおうとする癖があるから面倒くさい。
 何が言いたいんだよ、と目で促せば、ややあってからマダラが口を開く。

「貴様……。――あの様な不安定な存在に対して、本気でそのように思っているのか?」
「本気だとも。美しい獣じゃないか、彼らは」

 流石に大きな声で言うつもりは無い。
 だからマダラにだけ聞こえる様に潜めた声で応対すれば、眉間の皺がますます深まる。

「千手の頭領である貴様ならば知っている筈。あれらは所詮分散した力に過ぎない。六道仙人の生み出した知の足らぬ不安定な力。導きを与える者を必要とする、未完成な存在だ」
「一概にそうだと決めつけるのはお前の悪い癖だな。尾獣にだって感情があれば意思もある、オレはそれを知っている」

 ミトの手にした巻物の中に四尾の体が見る見る内に吸い込まれていく。
 今回は七尾の時とは違って充分に用意をしておいたから、あの封印は十年程は持つだろう。

「貴様、四尾をどうするつもりだ? 木の葉で所有するのか?」
「いや……。特にそんなつもりはない。どっか人里離れた所で解放するつもりだけど」

 大きすぎる力は人々を容易く弄ぶ。
 そのせいで、尾獣達は昔から力を求める人間達の垂涎の的だったせいで苦労していた――と五尾が以前言っていた。
 木の葉は以前封印した七尾を合わせて、既に充分な力を持っている。
 ならばこそ、これ以上の力を蓄えれば逆に各国の恐れの対象にしかならない。

 その思考は突如として響き渡った破壊音によって妨害された。

「――丁度いい。貴様とは前々から話したい事があった」
「……マダラ、お前……」

 先程の破壊音は、マダラの拳が岩に皹を入れた音だった。
 無事に四尾を封印し終えたミトも、一緒に来ていた木の葉の忍び達も突如として響いた音に驚いた様にこちらを振り返っている。
 それを横目で確認して、私はマダラを見据える。

「いいだろう。何を話したいんだ?」
「――――七尾に続き、四尾まで手に入れておきながら……貴様はそれらを活用する事無く、ただ奴らを遊ばせておくのか?」
「彼らを利用する気はない。戦国の世が終わりを告げたとはいえ、木の葉一つが突出すれば他の隠れ里の恐怖の対象にしかならないからな。国内の忍び一族を纏め上げた各隠れ里が木の葉を仮想敵国として扱う様になれば、少しの躓きで元の乱世に逆戻りだ」

 それだけは何としてでも避けたい。
 岩隠れの里に恩を売る形で四尾を封印こそしたが、彼らを長い間手中に収めておくつもりは無いのだ。
 あくまで、岩と木の葉の同盟のための足がかりというか、切欠に過ぎないのだから。

「ならば、木の葉が全てを支配すればいい。これだけの力があるならば――同盟などを結ぶ必要は無い! 力づくにでも従わせればいいではないか!!」
「言い過ぎだぞ、マダラ! 力で人を押え付けては反発しか生まない!! そうして押え付けられた人々の間には、恐怖とそれを為す者への反発……そして憎悪が植え付けられるだけだ!」

 マダラの言う事はおそらく不可能ではない。
 各国で忍び達が纏まりあるとはいえ、依然として木の葉がリードしている状態は続いたままだ。

 発展途中の各隠れ里を襲撃して、木の葉の名の下に従わせる。確かにそれは手っ取り早いやり方ではある――けれど。
 そうして生まれるのは一種の独裁国家だけだ。力で押え付ければ、表面的には従ってはいても、人々は木の葉へと反発し何時かは暴発する。

「反発が起こるのであれば、力で捩じ伏せればいい。それが不可能な貴様ではないだろう」
「ああ。確かに可能だろうな……しかし」

 皆が息を飲む中、私は静かに宣言する。

「――オレは今後もそのような手段をとるつもりは無い」

 その先に、私が望む世界は無いから。
 私の欲しい世界は、暴力と理不尽さの先には見つけられない。

「――だから先の滝隠れの襲撃も追い払うだけで追撃する事もせず、貴様はこのまま岩との話に応じるだけのつもりなのか?」
「そうだ。世に平和が訪れた今、過剰な反応は容易く火種に変わる。それだけは避けたい」

 ……気のせいだろうか。
 何かに――皹が入った音がした。
 

 

若葉時代・火影編<後編>

「火影様! 急ぎお耳に入れなければいけない事が!!」

 そう言われて叩き起こされたのは、夜もまだ明け切らぬ頃。
 人が近付いた気配で目覚めてはいたが、なんだってばこんな時間に……。
 そんな不満は報告に上がった次の言葉に、一気に吹き飛んだ。

「マダラ殿が……岩との会談に向かって……それで」
「マダラが!?」

 不味い。岩との会談に強硬手段を取られでもすれば、一気に木の葉との関係が悪化しかねない。
 自身の失態にほぞを噛みながらも、隣の部屋で眠っていたミトに口早に状況を伝える。
 着替える時間も惜しいが、取り敢えず羽織を羽織っただけの格好で、邸から飛び出した。

 ――間に合ってくれよ!

 四尾を封印した後、無殿とオオノキ君との間に今後の木の葉と岩との関係について話し合おうと、同盟を結ぼうと約束して――それを逆手に取られてしまった。

 走りながら報告を聞けば、マダラは兼ねてから伝えていた時間を変更し、別の場所を会談場所として指定したらしい。
 親書を当てた相手が私かマダラかなんて、付き合いの浅い岩の人々に分かる筈が無い。おまけに写輪眼があれば筆跡の偽造なども容易い。

 おそらく、彼らは突如として変わった事に不審を抱きつつも、素直にマダラの指定した場所へと向かっただろう。

 してやられた!
 マダラが私のやり方に不満を抱いていたのは知っていたが、まさかこんな形でそれが暴発されるだなんて……!

「――――先にいく!」
「お待ちください、火影様! お一人では……」

 一緒に来てくれた忍びが叫ぶが、見る見る内にその声は遠くなっていく。

 頼むから、最悪な事態になる前に間に合ってくれ……! そう願いつつも、遠くに見えた土煙にそれが果たされなかった事を悟らざるを得なかった。

「マダラ、お前!!」
「――遅かったな、柱間」

 崩れ落ちた壁や、真ん中から折れた柱の数々。
 廃墟と化した会談場所で佇む人影にひとっ飛びで近寄って、私はその胸元を掴む。
 どう考えても、事後だ。――つまり、私は間に合わなかったという事になる。

「奴ら散々渋っていたが、最終的には意思を折らざるを得なかったな。次期土影候補筆頭だと言うから期待していたのだが、存外に他愛無い」
「……無殿と、オオノキ君は!? まさか、マダラ……!」
「死なせてなどいない。少々痛めつけただけだ――木の葉に逆らおうとする気も起こらない様に、な」

 こんの性格ドSが! 
 やけに愉しそうなマダラに、歯を食いしばる。堪えないと、今にも殴り掛かってやりたいぐらいだ。
 マダラの服の胸元を掴んだ手に力を込める。

「最初からこうすれば良かったのだ。貴様が何日もかけて引き出そうとした条約は、より木の葉が有利な状態で結ばれた」
「彼らの心に根強い反感と憎しみを残して、な」

 かつて無い程低い声が私の喉より零れる。
 そうなるのが嫌だったから、時間をかけて同盟を結ぼうとしていたのに……! ぎりぎりと歯を食いしばって、マダラの目を睨む。
 マダラなりに木の葉の事を考えて行った行為だとは分かっている。だからこそやるせない。

「同盟など必要ない。ただ木の葉の圧倒的な力の前に従わせればいい――そう言った筈だ」
「その手段だけは取るつもりは無い――そうとも言ったぞ」

 噛み締めた歯の隙間から絞り出す様にして、声を出す。ただそれだけの行為が酷く億劫だった。
 大きく息を吸って、吐き出す。そうしてからマダラの襟元を掴んだ指を外した。
 起こってしまった出来事は時を巻き戻す手段が無い限り不可能だ。何とかして岩との間に入った亀裂を埋めなければ。

「――……四尾を岩へ渡す。それしかない」
「柱間、貴様!」

 目を剥いたマダラを無視して、淡々と言葉を綴る。

 次期土影候補ともあろう者がマダラに叩きのめされた事実は、彼らの誇りと自尊心を著しく傷つけ、木の葉への反感を生み出しただろう。それを取り戻すために、彼らは力を求め始める。
 だったら、木の葉の方から彼らの求める物を彼らの前へと投げ出してしまえばいい。

「貴様、貴様はどこまで……!」

 今度は私の襟首が掴まれ、そのまま背後の壁へと叩き付けられる。
 強い力が背中を圧迫し、咳き込んだ。

「何故貴様はそれだけの力を持ちながら、それを使おうとしない! 貴様程の力があれば、何もかもが思い通りにいくというのに!」
「力があるこそだ! 人々は乱世に疲れ切っていた! ならばこそ、我らがすべき事は力からなる抑圧や支配ではなく、言葉に寄る融和や和解を目指すべきだろう!!」

 お互いに睨み合って、至近距離で意見を言い合う。
 私もマダラも譲る気がない事は瞳に宿る意思から理解出来る。襟首にかかる力がますます強まる。
 息が苦しくなるが、それでも視線を逸らす気はなかった。

「人と人が分かり合える時代など来ない! 人が死んだ所で後に遺る物など何も無い、イズナが死んで遺された物がオレの瞳力だけの様にな!」
「そんな事は無い! 死者を悼み、故人に対する感情や思いがなくなる訳ではないだろうが! お前とてそれは同じだ!」
「ああ、そうだろうな。そうして、それらの感情は容易く憎しみに変わる。だからこそ、遺るものがあるとすれば、それは――」

 ――――憎しみだけだ。

 荒々しい語調が一変して鬱蒼と呟かれた言葉に、戦慄が走った。
 炎を映し込んだ様な写輪眼なのに、覗き込んだ先の双眸は酷く冷たい。

「うちはのためと思い、同盟にも参加した。だが、所詮オレと貴様の道は交わる事は無い様だな」

 ――うちはのためで、木の葉のためではないのか。
 こいつがもっとうちはだけでなく、木の葉全体を守ろうとする意思があれば、喜んで火影の座をこいつに渡したのに。
 軽く頭を振って、掴んでいる腕を引離す。
 向こうもそれ以上に引き止める気はなかったらしく、簡単にその腕は外れた。

「火影様! それにマダラ様!!」
「……これから土影殿との会談に向かう。悪いが、このまま付いて来てくれるか?」
「は? ――はっ!!」

 追いついて来た木の葉の忍び達が差し出した火影の衣装を手に掴む。
 それまで羽織っていた羽織を脱ぎ捨て、火影の衣装を纏って、『火』と書かれた笠を被った。

 マダラへと背を向けて、そのまま歩き出す。
 ――私達の視線が交わる事は無かった。

*****

「やはりな。温厚派で知られるあんたにしては変な真似をすると思ったが、予想通りうちはマダラの独断か」
「……あなた方には、本当に申し訳ない事をした」

 土影との会談を終え、向かった先の宿舎。
 包帯でぐるぐる巻きの格好であった無殿は、今度は怪我のせいで包帯をあちこちに巻いていた。
 その体に手を伸ばして、治療を開始する。

「オレは噂に名高いうちはの頭領とやり合えたからお互い様だが、うちの小僧がな」
「……オオノキ君にも、済まない事をしてしまったな」

 手を翳せば、見る見る内に怪我が治っていく。

 あの時、会談場所には無殿の他にオオノキ君もいた。
 マダラの事だ、相手が子供だからといって容赦を見せる様な真似はしなかっただろう。

「――あんたはオオノキには会わない方がいいだろうな。あいつは……どうやら捩じ曲げられちまったらしい」
「……そうか」

 純真な眼差しで私を見上げていた少年の姿を思い起こして、頭を振る。
 マダラが撒いた種はそんな所でも芽をつけていた――つくづく、自分の至らなさが身に滲みる。

「気を付けろ、火影。お前がなんと思っているのかは知らんが、あの野郎があんたに対して抱いている感情は生半可な物じゃない。下手すりゃ本人をも焼き尽くしかねない代物だ」
「憎まれているのは、知ってるよ。何とかして、それを解消したいと願ってはいるのだけれども」

 そっと息を吐いて、立ち上がる。
 治療も終わったし、四尾を封印した巻物も無事に渡し終えた。これ以上土の国にいたところで、人々の感情を逆撫でするだけだろう。

「憎しみか……。そんな単純な物で済まされる様な物とは思えなかったがな」
「やけに分かった様な口を利くんだな、無殿」
「ククク……。気を損ねさせた様だな、悪かった」

 ちっとも悪いと思っていなさそうだね、おい。

「――――今度会う時は戦場かもしれないな」
「そうはしないさ。――……少なくとも、オレが生きている限りはな」

 静かに囁かれた一言に、思わず足が止まる。
 しかし、それ以上言葉を続ける気もなく、私は部屋を出た。

*****

 岩との会談を終えて、私達は木の葉へと戻った。
 私とマダラの方針に決定的な違いがある事に関しては、もう誤摩化しようがなかった。
 互いに互いの主張を譲る気もない。
 マダラが武力に寄る木の葉の――ひいてはうちは一族の利権拡大を望むのであれば、私は話し合いや同盟に寄る平和の実現を願っていた。

 会話はどこまでも平行線を辿り、既に入ってしまった亀裂が修復される事は困難だった。

 ただでさえ戦に疲れ、争いの毎日を倦んでいた人々。
 そんな彼らを再び戦場に送り出す様な真似を私はしたくなかったし、するつもりもなかった。
 その主張は木の葉の人々にも受け入れられ、火の国全体が木の葉と言う大きな隠れ里が出来た事でようやく訪れた平穏な毎日に微睡みの日々を送っていた。



 そんなある日。
 私は固い顔の桃華から、一つの知らせを受け取った。

「――――なんだって? もう一回言ってくれるか、桃華」
「……うちはマダラが、一族から……引いては木の葉から去りました。火影様、如何なされます?」

 手にした筆に力を込めれば、嫌な音がする。
 うちはマダラが木の葉から去った。言葉の表面上だけを聞くのであれば、なんともない。
 ――しかし、その言葉が意味する物は重い。

「うちはの人々は何と言っている? 戦国の世を共に駆け抜けた頭領が去ったんだ、かなり動揺している筈だ」
「いえ、それが……。寧ろ、安堵している様にも見えました」

 安堵している? どういう意味だろう。
 唇を噛み締める。考えなければいけない事が山ほど有った。 
 

 
後書き
原作でどう考えてもバリバリのタカ派のマダラを一人で岩との会談に向かわせた原作柱間の考えが分からなかったので、ここでは敢えてマダラが柱間を出し抜く形で同盟を結ばせた……と言う事にしました。
多分ですけど、二人の最大の違いは里単位で考える事が出来たのか、一族単位でしか出来なかったのか、だと思います。 

 

若葉時代・エピローグ

 
前書き
文字の修正していました。投稿ではありません。 

 

 ――穏やかな、日々。
 その中に埋没してしまった、ある一日の話。

「こんな所にいたのか、柱間。貴様は仮にもこの里の長だろう。こんなところで油を売って何をしている」
「あははは。もう見つかっちゃったのか、残念だな。――皆、今日はここまでだよ」

 青々とした若葉を茂らせた巨木の作る木陰にて、子供達に囲まれて何事かを話していたその人は聞こえて来た声に、残念そうに笑って手を叩く。
 名残惜しそうに子供達が木陰から飛び出していく中、巨木の根元に腰を下ろしていたその人は大きく伸びをした。

「マダラもさぁ、顔は悪くないんだから、もう少し優しい顔をすればいいのに」
「余計なお世話だ」

 男の苛立った声にも、その人は笑っただけだ。
 座り込んでいたその人は腰を上げると、優しい目付きで眼下の街並を見つめた。

「木の葉も、随分と発展したよな。この間まで更地だったのが信じられないくらいだ」

 それもこれも、皆のお蔭だよな。
 小さく呟かれた言葉に、男が不機嫌そうに眉を顰める。

「それ程の力があれば、反対する者など一気に捩じ伏せる物が出来るものを。何故貴様は悠長な手段ばかりをとろうとする」
「力で押え付けるのは簡単だが、それでは不満も溜まり易いだろ。溜まりに溜まった不満を始めとする負の感情は一気に暴発する恐れがある。――そんな事はしたくないからな」
「やはりお前は甘い」
「そう言うお前はやっぱり強情だな。もう少し、人を信じればいいのに」

 麗らかな晴天の日。
 交わされた言葉はあくまで軽やかで、気心の知れた者同士の気安ささえ感じられた。

 ――――かつて確かにあった筈の日々。
 それは今ではどこまでも遠く……信じられない程脆い物であったと彼らはいずれ思い知る。
 
 

 
後書き
さー、後は青葉時代だけだ。
ところで、前の投稿版からの読者さんにお尋ねしますが、IFの完全平和ルートを一話だけいれた方が良いですか?(同じ内容をつぶやきでも呟いております) 

 

IF 完全平和ルート

 
前書き
取り敢えず、前の時と同じ様にここにIFの話を入れて置きます。 

 
 ん? なんだ、お前達か……。一体どうしたんだんだ。この時間なら任務を受けている最中だろ?
 え? あたしに聞きたい事がある? 

 ――ふむ、いいだろう。こっちも一段落ついた所だしな。
 シズネ! 人数分の茶ぁ淹れて来い!

 それで? わざわざお前達が三人揃って来てるんだ。一体何の用件なんだ?
 なになに……、初代火影について知りたいだって? 確かにおばあさまについて訊ねるならあたしに聞くのが一番だろうが……。
 ――まあ、いい。これも火影としての務めだろう。可愛い弟子の頼みでもあるしな。
 では、何から話すとしようか……。



 おばあさまが……初代火影に任命される前に、千手一族の頭領として若くして一族を率いていたのは知っているな?
 全忍の中で唯一木遁と言うオリジナルの忍術を使用し、武器を扱わせれば天下一品、あたしも使う桜花掌の原型と成る医療忍術の応用の怪力のお蔭もあって、誰もあの人の事を女性と思わなかったらしい。
 おばあさま自身も勘違いされ続ける現状を面倒くさがって修正しなかったせいと、その性格のせいでますます勘違いは深まったらしいね。全く……我が祖母ながら怠け者すぎるな。
 ――ん? なんだナルト、その目は。

 ――こほん!
 ともあれ、おばあさまの本当の性別が明らかになったのは本当に些細な事だったらしい。
 初代火影となれば、誰だってそんな相手の妻と成る事を夢見るだろう? そんなこんなで里が運営し出してから、おばあさまの元には山の様に縁談が舞い込んだらしい。目に浮かぶよ。

 それからだ。
 おばあさまは自らの元に舞い込む縁談に、今までの面倒くさがりのツケが来たと頭を抱えたらしい。
 そりゃそうだ。幾ら男の様に振る舞っていてもその身は女。女同士で結婚したってどうしようもないだろうが。

 それでもなんとかその話を避けていたのだが、ある日とうとう大名の娘との婚姻話が来て、最早これまでと観念したとか。
 大名との関係を悪化させる懸念こそあったものの、これ以上自身の性別をうやむやにして面倒事を増やすよりは、さっさと公開した方がいいと判断なさったんだろうね。

 そうして里の者達は今まで男だと思っていた火影が、実は女であった事を知ったのさ。

 ……比較的混乱は少なく済んだらしいよ。男でも女でも火影は火影。里の皆が認めた里一番の忍者だ。それに変わりはない。
 まあ、里の女子の大部分が涙で枕元を濡らしたそうだがね。

 でもおばあさまは甘かった。
 そりゃあ、そうだろう。今まで男と思っていた相手が女だったと告白した事はそれはそれで面倒な案件を避けられたが、それ以上に御自身の価値を分かっていなかったんだよ、おばあさまは。

 基本、女は相手の家に嫁ぐ。その事実を失念しておられたのさ。
 まぁ、御自身が男として過ごして来た期間が長かったせいかねぇ……、とにかく今度は他里を中心に縁談が舞い込む様になったんだ。

 ナルト……爆笑しているのはいいが、事はそんなに甘い物じゃなかったんだぞ。当時の世の中は今とは違って、戦国時代がようやく通り過ぎたばかりの頃だ。いつまた戦乱の世に逆戻りしても可笑しくない情勢だった。
 そんな中で各国へと一国一里制度が導入され始め、木の葉は最も早くにその制度を取り入れた里だった。

 ――そう、流石にサクラは賢いな。
 嫁入り、という形で木の葉の最大の障壁である初代火影を木の葉から引離してしまえばいい。
 そうすれば火の国の肥沃な大地を攻め込む事はかなり容易くなるだろうね。

 で、だ。流石におばあさまも御自身の失態に気付かれた。
 まさか男の振りをしていた自分に、女としての利用価値があっただなんて思いもしなかったんだろうね。
 下手な男よりも男前だったらしいし、戦国の世に全忍の頂点に立つと言われただけのお方だ。その価値が女であったからって下がる訳が無い。
 寧ろ、悪い意味で価値は吊り上がっちまったんだよ。

 ――……そこで、ここにサスケ、お前の一族の先祖の名が上がって来るのだが……。
 おや、どこにいくんだ。話はまだ終わっていないぞ。

 こんな状態を齎したのが結婚問題だとしたら、それを解決するのも結婚だと言う事に気付かれたんだよ。
 そこでだ。おばあさまはなんとかしてそんな都合のいい相手がいないかどうか必死で探したらしい。

 白羽の矢が立ったのが――そう、うちはマダラだ。

 この人はおばあさまとの関係が色々とややこしい人でね。
 大きな声では言えないが、元々千手とうちはは代々続く因縁の相手だったんだ。……まあ、木の葉の前身と成った忍び連合にうちはも参加した事に成って、一応はその因縁も打ち切られはしたらしいがね。
 で、忍びの頂点だったおばあさまに続いて名を挙げられていたのがそのマダラだったのさ。万華鏡を開眼し、うちは伝説を一代で築き上げた乱世の英雄だ。

 結婚相手としては申し分の無い相手だった。木の葉に属しているから外に行く必要は無いし、彼もまた誰もが認めざるを得ない実力を兼ね備えた忍びだったからね。

 マダラ自身も結婚話が次々と持ち込まれる自身の状況に苛立っていたらしい。
 そこでおばあさまは自身の現状をマダラに話して、話を持ちかけた。

 ――偽装結婚をしてくれないか? とね。

 彼らは互いに自分の下に持ち込まれる結婚話に相当うんざりしていたからね。
 周りが止めるのも聞かずトントン拍子に話を進ませて、籍を入れたらしいぞ。
 ……当時のマダラがおばあさまの事をどのように思っていたのかは知らないが、憎からず思っていた事は確かだろうね。でなきゃ、周囲を欺くためとはいえそんな話を受け入れる訳が無い。

 ――――ところがだ。
 当のおばあさま自身は偽装結婚をしたものの、マダラの未来を奪う様な真似をした事にかなりの罪悪感を抱かれていたらしくてね。色々な所から将来有望そうな娘さんを見つけてはマダラに紹介していたらしい。……サスケ、溜め息を吐くな。ちょっとずれていた人だったんだよ。英雄の実体なんてそんなものさ。

 で、だ。
 戦国の世が遠のき、おばあさまが各国を回って国々との間で同盟やらを結ばれ、太平の世が訪れた時だ。
 兼ねてからの懸念だった国家間の争いは当分起こりそうにない。そう考えたおばあさまはマダラに何をしたと思う?
 ……そう、離婚を持ちかけたんだよ。

 今まで長い間演技に付き合わせて済まなかった。これで晴れてお前は自由だ。どっかで可愛い娘さんを見つけて結婚でも何でもしてくれ、ってな。
 勿論、結婚式には祝儀くらい送ってやるぞ、とも付け加えたらしいぞ。

 呆れる様に目元を覆って溜め息つくな、サスケ。さっきもいったが、御自身の価値を理解していないお人だったんだよ。

 ん? やけに顔色が悪いな、サクラ。まあ、お前の懸念は予想通りだぞ。
 何たって、その一言が原因で『終末の谷』での戦いが始まったと言っても過言じゃないんだからな。
 戦いは苛烈極まり無い物だったらしい。なんせ、地形が変わる程の物だったからな。元々あそこには滝なんて無かったんだよ。

 ――――戦いの幕引き自体はあっけないものだった。
 マダラが『貴様以外を妻にする気はない』と叫んだのが原因で呆気にとられたおばあさまが、その隙を突かれて敗北したからな。

 腹を抱えてヒーヒー言ってるんじゃない、ナルト!
 振り返ってみれば笑い話で済むが、当時の木の葉の人々に取っては里の存亡をも巻き込みかねない大事件だったんだぞ。……まあ、流石にそれは言い過ぎだが。

 ……喉が渇いたな。喋り過ぎてしまった様だ。
 ――シズネ、茶ぁお替わり!

 こうして仮面夫婦は仮面を外し、晴れて元の鞘に納まったって訳だ。
 初めからおばあさまが女として振る舞っているか、マダラ……おじいさまの方がさっさと素直になっときゃ良かったんだ。シカマルじゃないが、めんどくせー方々だったんだよ。

 まあ、失いかけてその存在の大切さに気付くなんて事はよくある事だからな。
 早めに気付けたマダラはまだマシな方だったんじゃないか? これで私の話は終わりだ。参考に成ったか、お前達?
 
 

 
後書き
このルートでしたら綱手は原作通り、初代火影の孫娘でした。
こっちのルートで終わらせてあげてという声が結構多かったのですが、これはあくまで『もしも』の話。 

 

青葉時代・プロローグ

 
前書き
*注意*
この青葉時代は他の話と違って残酷描写・流血描写が多々あります。
苦手な方はお気をつけ下さい。 

 
 ――――男が一人、月下に佇んでいた。

 恐れも、怯えも無い。
 ただただ何処か不穏な輝きを秘めた赤い目が、揺らぐ事無く目の前の獣を射抜いていた。

「……千手柱間は言っていたな。尾獣にも感情や意思があり、話し合える事が出来ると」
『お前……。その赤い目は……!』
「笑わせる。つくづくあいつはやり方が甘い。それでよくぞ乱世を生き抜けたものだ」

 此処には居ない誰かを嘲弄する様に、男が一人嘯く。
 男の口より出された人名に、獣が唸り声を上げて反応した。

『千手、柱間だと? だとすればお前は――』
「ほう、お前の様な獣でもあいつの事を知っているのか」

 空高く聳える山の頂きに前足を掛け、朱金色の毛並みを逆立てた九尾の狐。
 獣の男への敵愾心を示す様にその呼び名の由来となった九本の尾が不穏に揺らめけば、愉快そうに男がその姿を見つめる。
 獣を取り巻く空気が怯える様に震え出す。
 常人であれば、まず間違いなく死を予期してその場から逃げ出そうと思考を巡らせる筈――だが。

 男は獣の敵意をその身に受けながら、満足そうに嗤う。
 それは、自らの標的が己が望むだけの力を手にしている事への歓びか。
 それとも……――。

「九尾……今のお前は一時に結節した仮の姿に過ぎん。分散した力の一部でしかない」

 男と獣以外は誰もいない地表に、淡々とした男の声が響く。
 その傲慢さに獣は怒りを覚えながらも、自分よりも小さく矮小な筈の人間のその両眼から目が離せなかった。

「知の足らぬただの不安定な力でしかない。お前に導きを与える者……それがうちはだ」

 男の全身から迸るチャクラが、獣を圧倒する。

「お前ら尾獣は瞳力者の僕でしかない――――従え」

 三つ巴の浮かんだ赤い目が怪しい輝きを増し、その目に魅入られた獣の動きが止まる。
 苦悶の声を獣が上げ、なんとかして自分を縛るその目から視線を離そうとするが、その途端赤い瞳が不吉な輝きを増した。
 半ば血走っている男の両眼と交差している獣の眼は動かない――否、動けない。

 やがて鮮血の眼に浮かぶ縦長の瞳孔が収縮する。
 獣が天に向かって大きく吠えたその時には、その両眼には男と同じ三つ巴の紋が浮かんでいた。

「――そう、それでいい」

 男が満足そうに頷いて、獣に背中を向ける。
 己が瞳力に完全縛られた獣に見向きもせず、ただただ男は自らの視線の先に存在する場所を思う。

「……行くぞ、九尾。オレを捨てた一族と――奴のいる――木の葉へと」

 ……揺らめく炎を映した様な瞳は、憎悪を始めとする様々な感情で満たされていた。 

 

青葉時代・追憶編


 うちはマダラが一族からも、木の葉の里からも姿を消してから数ヶ月。
 ヒカクさんを始めとするうちはの人達は木の葉の人達の質問にも答える事なく、ただ頑にマダラがうちはから去ったとだけ言い続けた。
 しかし、マダラが出奔した直後に、やけに青ざめた顔のうちはの人達が朝早くに火影邸を訪れて、私に向かって殆ど床に頭を擦り付ける様に謝罪をして来た事から、事がそれほど単純でない事は明白。

 おそらくマダラが何かうちはの人達の意に添わぬ事を実行しようとして、失敗したのだろうと推測出来る。
 でなければあれほど一族に身を捧げて来た男が一族を捨てる様な真似をする訳が無い。

 マダラの出奔が意味する事は則ち――マダラがうちはを捨てたのではなく、うちはの人達がマダラを捨てたのだろう。



「……と、オレは思うのだが、そこんとこがどうなのか教えてもらえるかね、ヒカクさん」
「流石、ですね……火影様。あの方が一目置かざるを得なかっただけある……推測通りですよ」

 ずっと沈黙を貫いていたヒカクさんが、肩を落としたままの姿で泣き笑いの表情を浮かべる。
 元々責任感も強く、マダラを人一倍尊敬し続けた彼までもがマダラに付いていけなくなる様な事をあいつは言ったのか……そうすると。

「今のままではうちはの未来は無い……そこまで追いつめたんだろうな」
「お察しの通り。極々内密の話ですが……出奔される前から、あの方はうちはが千手の下に置かれる様にも見える現状を憂いておられた。このままでは、誇り高きうちは一族は千手の犬へと成り下がってしまう……それがここ最近のあの方の口癖でした」

 何とも言えない顔になった私を見つめて、ヒカクさんが首を振る。

「勿論、火影様にそのような意思が無い事はうちはの誰もが知っています。マダラ様の仰られている事は杞憂に過ぎず……寧ろ」
「――続けてくれ」

 口を閉ざそうとしていた彼に強い口調で先を促せば、蚊の鳴く様な声が零れ落ちた。

「戦に疲れて、木の葉での平穏な日々を享受して来たうちはの者達に取っては……あの方の御言葉は御自身が実権を握りたいがための我欲に塗れた言葉にしか思えませんでした。あの方は力を求めて御自身の弟の目までを奪う欲深い男だと言う意見が主流になり……おそらくそれで」
「――……あの馬鹿野郎め」

 ここに居るのは私とヒカクさんの二人だけだ。
 扉間を初めに、ここには誰にも近付かない様に言ってある。

 もし彼らにヒカクさんを通したマダラの言葉が伝われば、里の中のうちはの地位は危うい物へとなりかねない。
 それだけうちはの人達には力がある。
 彼らが表立って反旗を翻しでもしたら、簡単に里が崩れかねないくらいには。

 マダラも分かっていなかった筈が無い。
 それでもそうせざるを得なかったと言う事は、それだけあいつが――……。

「やっぱり、憎まれていたのか。残念だ、オレは結構あいつの事が好きになって来ていたんだが」
「ほ、火影様!?」

 椅子に深々と腰を下ろしつつそう呟けば、ヒカクさんが目を剥いている。
 私自身マダラ自体に憎しみを感じなかった分、最初の苦手意識が失せてくれば親しみ易い相手となっていただけあって、今回のマダラ出奔には正直無念さを感じ得ない。

「ここだけの話だが……聞いてくれるか?」
「ええ。何なりと」

 泣き笑いの顔のヒカクさんに、こっそりと内緒話をする様に耳打ちする。
 里の皆から選ばれての初代火影の地位。
 それは皆に私が認められた様な証であって、正直凄く嬉しかったのだけれども、私は火影になる前からの目的を諦めるつもりは無かった。

「実はね……オレはそう遠くないうちに火影の地位を扉間か……マダラの奴に継いでもらうつもりだったんだ」
「……!」
「オレの後を引き継いでくれそうな忍びは、二人を置いて他にいないと思っていたしな」
「火影、様……」

 歯を食いしばるヒカクさん。
 黒い目が潤み出して、涙が流れ出す一歩手前で彼は目元を覆う。

「取り敢えず、あの馬鹿がいつ帰って来ても困らない様に、居場所だけは準備してあげないと。あいつだって木の葉の仲間なんだからさ」
「ありがとう、ありがとうございます……!」

 軽く笑って肩を叩けば、感極まった様にヒカクさんが嗚咽混じりの感謝の言葉を告げて来る。
 あいつがいなくなったせいで、こっちは物凄く大変だったんだからな。
 帰って来たら、盛大に文句を言って仕事の山を押し付けてやらないと。 

 

青葉時代・襲撃編<前編>

 何時あの大馬鹿野郎が戻ってきても大丈夫なように根回しをしつつも、マダラが抜けたせいで回ってきた大量の書類に忙殺されていたある日の事。
 私は手にしていた筆を脇に置いて、そっと窓の外から見える夜空へと視線を移した。

「変だな。今日は随分と晴れていたから、星がよく見えると思ったのに……」
「今宵の月は一段と明るいから、そのせいでしょうね。月光が星明りを掻き消している」

 勿体無いな。月の光と星明りとが一緒に合わさったほうが私の好みになるんだけど。
 漆黒の帳に名残惜しげに視線を這わせながらも、背後の厳しい視線に姿勢を正す。

「なんだよ、扉間。ちゃんと仕事をしてるじゃないか」
「いえ……。いつもそういって気が付けば子供達と遊んでおられる姉者に言われましても」

 やっぱり書類仕事に関して、私の信用度は薄いらしい。
 ちぇーと唇を尖らせながらも、再度腕を動かそうと筆を手にしたその時。

「――――っつ!?」

 猛烈な怖気と寒気に肌に鳥肌が立つ。
 思わず立ち上がって臨戦態勢を取った私同様、扉間の方も顔を青ざめさせて冷や汗を垂らしていた。

「扉間! 今のを感じたか!?」
「は、はい! なんですか、この醜悪なチャクラがこもった空気は……!?」

 羽織った火影の衣装を脱ぎ捨て、一気に身軽な格好になる。
 それから常に装備している武具口寄せの巻物を手にして、印を組む。

「とにかく尋常じゃない! 今すぐ警報を鳴らして、人々を避難させろ!!」
「あ、姉者は!?」
「オレは火影だ。里の皆を守るために前に出るさ。――背中は任せたぞ!」
「――はっ!」

 手早く口寄せした鎧を身に纏って、扉間に手早く指示を出す。
 戸から出るのももどかしく、執務室の窓から飛び出す。
 先ほどまで静かだった木の葉の里の中で警報が掻き鳴らされ、人々が驚いたように建物の中から飛び出てくる。

「火影様! いったい今のは……!」
「話は後だ! 取り敢えず今は非戦闘民を中心に皆を避難させろ!! 急げ!!」

 木の葉の額当をつけている忍び達に、怒鳴るようにして片っ端から急がせる。
 それから、頭上に浮かぶ月を睨んだ。

 先程までの静かで落ち着いた純白の満月の面影などない。
 赤い、濁った血の色を思わせる錆色に染まった月に気づいて、誰もが息を飲む。

『グゥォォォオオ!!』

 夜に響き渡った不吉な咆哮に、子供達が悲鳴を上げる。
 空気が悲鳴を上げるように震え、咆哮に込められた衝撃に肌が刺される。

「な、なんなのだ、今のは……!?」
「お、おい! 見ろ、あそこだ!」

 誰かが里の外を指差す。
 見覚えのある姿に私は思わず絶句し、里の人々は恐怖の悲鳴を上げた。

「――……どうして、お前がここにいるんだ」

 錆色の満月に照らされ、煌々と輝く朱金色の毛並み。
 堂々たる巨躯より生える九本の尾は荒々しく蠢き、凶悪な牙が並ぶ口元から涎が滴り落ちる。
 筆で一本引いたような黒い目元に映える鮮血の瞳は焦点を失い、ただただ標的を求めて彷徨っていた。

『――グルルゥゥ……』

 かつて私が見惚れたあの圧倒的なまでの美しさは疾うに無く、ただただ荒ぶるだけの獣がそこにいた。

「――どうして……なんだ、九喇嘛」
『ウオォォォォオ!!』

 ――問いかけに対する答えなど、ある筈がない。
 頭では分かっていても、私はその場から動く事が出来なかった。

*****

「九尾だーー!! 九尾が出たぞーー!?」

 里のあちこちから上がる悲鳴に、惚けていた意識が我に返る。
 こんな事をしている場合ではない。
 とにかく九喇嘛がどうして木の葉の里を襲ったのかは分からないが、私は火影として皆を守る責務がある。
 ――それを忘れてはならない。

『グゥォォォォオオ!!』

 巨大な尾が一振りして里の建物を叩き潰そうとする。
 あんな勢いで振るわれた一撃をまともに受ければ、建物どころか山だって崩壊するだろう。

「――木遁・樹界降誕! 土遁・地動核の術!」

 木遁の術で九尾の体を縛り上げ、大地へとチャクラを流し込んで九喇嘛がいる地面を持ち上げる。
 これで一旦の隔離は済んだが、事がそう簡単に済む筈が無い。

「何をしている、避難を急がせろ!!」
「は、はっ!!」

 そうしてから呆然と空を見上げている木の葉の忍び達を一喝して、我に返らせる。
 元々が優秀な彼らの事だ。警報を前もって鳴らしておいたお蔭もあって、避難の方も滞り無く進むだろう。

「九喇嘛! なんで木の葉に来たんだ!? ――おい、聞こえてるのか!?」

 自らを戒める木遁の縛りを噛み砕き、爪で引き裂く事で破壊する九喇嘛へと必死に呼びかけるが、返ってくるのは唸り声ばかり。

 ――可笑しい。幾ら破壊衝動に支配されているとはいえ、ここまで自我の欠片も無いだなんて、まるで操られているみたいだ。
 でも、尾獣の中でも最強と言われ【天災】と恐れられている九喇嘛の狐を操る者がこの世に存在するのか? だとすれば、それは一体……?

 地動核で持ち上げた地面の上に再び木遁の樹界降誕を使用して、九喇嘛の巨体を里の外へと弾き飛ばす。
 そのまま押し出された九喇嘛の方へと向かう途中、嫌な予感がしてその場から飛び退いた。

 ――判断は正解だった。

 先程まで私がいた場所に向かって放たれた、轟々と燃え盛る火球。
 見る見る内にその場にあった建物を焼き尽くす業火を背景に、その場に降り立った人影。
 その姿に私だけでなく、その場にいた誰もが息を飲む。
 木の葉に所属していた者であれば――あいつのことを見紛う者はいない。

「……うちは、マダラ?」
「とう、りょう……」

 なんで、あいつが私に向かって火球を飛ばす?
 誰かが呟き、その場にいた人々が食い入る様に人影を見つめる。その中には、うちはの人達もいて。

「――――何をしている、九尾。最強の尾獣と言うのも名前だけか」

 誰もが息を飲んで成り行きを見守るしかなかった。身動き一つでもすればこの悪夢が現実になりかねない、そんな雰囲気を軽々と崩して人影は――マダラは憮然とした声を上げる。

『グオオオォォオッ!!』

 マダラの万華鏡が不吉に輝き、それに呼応する様に里から離れた所で九喇嘛の雄叫びが上がる。
 それが意味する事は則ち――――。

「気を付けて下さい、兄上! マダラは九尾を……!」

 遠くで扉間が叫んでいる。その意味する事に気付き、私は腰を低く落とした。

「そうだ。――この目で、オレは九尾を手懐けた……と言っていいだろうな」
「……一応、聞いておこうか。何のためにそんな事をした、うちはマダラ?」

 思っていた以上に固い声が、自分の口より漏れる。
 それを聞いたマダラが酷薄な微笑みを浮かべる。
 かつて戦場でよく浮かべていた不敵な笑みではない――どこまでも暗く陰鬱な、歪んだ笑み。
 それを目の当たりにして、戦慄が背中を走る。

 赤い目が私を、木の葉を見据えながら、淡々とした声を響き渡らせる。
 以前に名乗りを受けた時と同じ様で、その声は全く違う響きを宿していた。

「――無論、木の葉と貴様に対しての恨みを晴らすために――……オレはここに復讐者として還って来た」
「……本気で、巫山戯るな」

 ――――私の怒りが混じった声音にも、奴は鬱蒼と微笑んだだけだった。 

 

青葉時代・襲撃編<後編>

 
前書き
一文字携帯変換できない漢字があります。 

 
「扉間! 九尾はお前達に任せる! オレはこいつの相手をする!!」
「しかし、兄上! 兄上の方が九尾の相手をした方が……!」
「九尾は見た感じマダラに操られている! 今の九尾には知性の欠片も無い、ただ暴れ回っているだけだ!!」

 頸動脈を掻き切ろうと振るわれる鎌の一撃一撃を躱しながら、背後にいる扉間に対して叫ぶ。
 本来ならば私が九喇嘛を相手にして、マダラの相手を他の忍び――例えば扉間にでも任せるのが一番だろうが、今の九喇嘛は写輪眼によって催眠を掛けられているだけの荒れ狂う暴風の様なものだ。

 理性と意識を保っていない分、策を巡らせれば落とせなくもないだろう。
 だがそのためには一先ずマダラを九喇嘛から引離さなければならない。

「はっ! 随分と余裕ではないか、千手柱間!! この状態を前に、よくぞそのように嘯けるものだ!」
「任せたぞ!」

 唸る様なマダラの声に応対する事無く、背後の扉間を含んだ忍び達へと叫ぶ。
 大丈夫、大丈夫だ。彼らは強い、私はとにかく目の前の相手に集中するだけだ。

 揺らめく炎を映した様な、赤い写輪眼。
 万華鏡を発動こそしているものの、九尾へのコントロールに瞳力の大半を使用しているのだろうから、須佐能乎を始めとする万華鏡特有の能力を使う事は出来なさそうだ。
 となれば、使用出来る万華鏡の能力は通常の写輪眼の基礎能力を向上させたもの……と考えていい。
 催眠眼としての能力は九喇嘛に大半を使用しているから無理そうだし、幻術眼を私に掛けるだけの余裕は与えなければいい。
 そう判断して、私は手にした刀を鞘に納めて拳を固く握りしめた。

 ――ひとまず、マダラと九喇嘛を引離さなければ。

*****

 周囲には互いがぶつけ合った飛び道具を始めとする武具の数々が散らばり、先程までの乱闘の痕跡を色濃く残している。
 それらの武器に囲まれた状態で、私達は互いから目を離す事無く、向かい合っていた。

「――っはぁ、はぁ」
「っく! 相も変わらずの……馬鹿力だな」

 これだけ里から引離せば大丈夫だろう。
 私はマダラを里から追い出す事を念頭に、自分の身が傷つく事を後回しにした。
 高い再生能力と自己治癒能力があってこその、他の忍びがすればまず間違いなく自殺行為と呼ばれるだけの行いをした甲斐はあって、無事に里を囲む森にまで奴を追い出す事に成功したと言っていい。

 ちらり、と里の方を見れば、夜目にも煙が上がっているのが分かる。
 けれど九尾の巨体が金に輝く鎖に抑え付けられている光景を目にして、なんとかあちらも上手くいっているようだと安堵した。
 ミトや扉間が頑張ってくれたお蔭だろう。本当に助かった。

 雄叫びを上げて襲いかかって来たマダラの一撃を刀で受け止め、腕にチャクラを込めて瞬時の怪力を発揮して放り飛ばす。
 そのまま振り切った私の勢いに逆らう事無く、マダラは遠くに着地すると手にした団扇を背に直し、印を組む。
 その姿から目を離す事無く、私も木遁の印を組んだ。

「――口寄せの術! 来い、九尾!!」
「――木遁・樹界降誕!」

 地面に押し付けられたマダラの手を中心に放射状の術式が刻まれたのと同時に、私の足下より無数の木々が生え出して来る。
 口寄せの煙が濛々と立ち込めた中で輝く鮮血の瞳が見えて、自然と顔が険しくなった。

 一際高い咆哮が上がり、朱金色の輝く毛並みと三つ巴紋の浮かぶ鮮血の双眸が夜空に輝く。

「――……九尾と契約を結んだのか」
「ああ、そうだ。――やれ、九尾!!」
『グウオオォォォ!!』

 月に向かって大きく咆哮を上げて、襲いかかって来る九喇嘛。
 叫び声一つにも尋常でない量の衝撃が込められている。

 マダラと九喇嘛かぁ……にしても最悪過ぎるよ、この組み合わせ。
 冷や汗が頬を伝うが、敢えて平気な表情を浮かべてみせた。

*****

「マダラ! 何故、こんな馬鹿な真似をした!?」

 迫ってくるマダラへと手裏剣を投げながら、そう叫ぶ。
 追放されたとはいえ仮にも頭領がこんな真似をすれば、勝っても負けてもうちはの一族が今後肩身の狭い思いをするのは確実だ。

「答えろ、この大戯け!!」
「――黙れ!!」

 怒りと憎しみに満ちた赤い瞳で私を睨みながら、マダラが吠える。
 ギラギラとした赤い目は私から逸らされる事無く、激情に支配されて物騒に輝いていた。

「うちはと千手は所詮、水と油! どれだけ貴様が心を砕こうが、相容れる事など断じてない!!」
「オレにそんなつもりは――ないっ!」

 分かり合う事を望んでいた。分かり合えると思っていた。 
 元は一つの仙人からなる血筋。
 兄弟として、仲間として、同士として。――このまま過ごせると思っていたし、そうするつもりだった。

 九喇嘛の足に太い幹が幾重にも絡み付く。
 自らの動きを止めようとする木々に苛立ったのだろう、九喇嘛が一際大きく息を吸うとその胸元が大きく膨らむ。

『――――カッ!!』

 音の暴力と言うか、声の砲撃。
 叩き付けられた咆哮の一撃に、それまで縦横無尽に蔓延っていた木遁の森が薙ぎ払われるだけでなく、地面すら抉られる。

 鼓膜を通り越して直に脳に叩き付けられそうな衝撃に、思わず顔が引き攣る。
 こんなの直接人体に受けでもしたら、まず間違いなく内蔵ごとズタズタにされてしまう。

 背負っていた巨大な巻物の紐を解き、勢い良く開いた。
 出し惜しみなどしていられる様な相手じゃない。
 九喇嘛を傷つける様な真似をするのは不本意だが、そんな事言っていれば間違いなく待ち受けるのは私の死――ひいては里の壊滅だ。

「――武具口寄せの術!」

 僅かに残った木々に働きかけて、九喇嘛とマダラへの足止めに使えば相手の動きが止まる。
 その短い間でも、口寄せした武器が現界するには充分だ。

 幅広の刀を一本引き抜き、そのまま迫って来るマダラの鎌と打ち合わせる。
 火花を何度も散らしながら、堪え切れない激情を暴露する様にマダラが叫んだ。

「木の葉の主権は貴様を始めとする千手の手に落ちた! 次の火影も、千手から選出される! ――違うか!?」
「どうしてそんな風にしか思えないんだ!」

 相手の頭から決め付ける様な言い草に手裏剣に怒りを込めて投擲するが、巨大な団扇が手裏剣の前に出され、それらを弾き飛ばす。
 私の放った手裏剣が私の方へと返されてくる前に木の幹を使って盾として使い、そのまま背後に宙返りして距離を取った。

「千手もうちはも関係無い、オレ達は木の葉の忍びだろうが!!」

 荒れ狂う九喇嘛の爪の一撃を跳んで回避し、追撃してくるマダラの鎌と刀を打ち合わせながら叫べば、その声を掻き消す様に九喇嘛が吠える。
 衝撃波と化した音の砲撃が私達が戦っている場所にまで押し寄せてきたため、避けるために双方とも距離を取った。

 相手が離れた瞬間に、チャクラを練って更に周囲へと働きかける。
 以前披露した、木遁を使っての武具使用。
 人の手では持てない巨大な武器も、木々の手を使用すれば強力無比な一撃を発揮する事が可能になる。

 空を切って回転する巨大手裏剣を、マダラが団扇で弾き飛ばす。
 弧を描きながら返って来たそれを再度幹の腕で捕まえて、構える暇を与えない内に投擲する。

 そのまま続け様に木々を操りながら、追撃を開始。
 マダラの持つ鎌と団扇が無数の武具を時には受け流し、時には薙ぎ払いながら私の攻撃をいなすが、流石に多勢に無勢。
 鎧越しとはいえ、相手の肩へと私の操る武具の一つが激突する。少なくとも、これで骨に皹は入った筈だ。

「千手もうちはも関係ない? どこまでもおめでたい奴だな、貴様は!!」

 嘲笑する様にマダラが引き攣った笑い声を上げ、九喇嘛へと万華鏡を向ける。
 一際荒々しい唸り声を九喇嘛が上げたと思うと、そのまま喉元を大きく逸らす。
 そうすれば、白と黒のチャクラが九喇嘛の鼻先へと集っていく。

 高速で回転する黒く丸い球体が出来上がったかと思うと、それを九喇嘛が飲み込んだ。

「――――やれ、九尾!」

 マダラが九喇嘛の頭へと飛び移る。
 九喇嘛の口元が大きく開き、兇悪に輝く歯の奥から赤黒い光を纏った黒い球体がこちらへと発射されたのを目にした途端、普段の倍以上の木錠壁を展開した。

 視界が茶色の壁に覆われるが、その隙間からは赤黒い光が染み出る。
 みしみし、と嫌な音を立てる木錠壁。
 頼むから持ちこたえてくれよと願いはするが、正面から受け止めるだけでは遅かれ早かれ力負けするのは必至。ならば……!

 木錠壁の防御の手段を真正面から受け止めるのではなく、背後へと受け流すものへと変化させる。
 そのまま攻撃を受け流し威力を少し弱めて、トランポリンの要領で遠くへと弾き飛ばそうと画策する。

 ――よし、上手くいった様だ。

 高速で回転しながら木の壁を砕こうとしていた高密度のチャクラの塊は、そのまま木錠壁を滑る様にして、背後へと、私が背にしていた崖の方へと弾き飛ばされた。

 土砂が崩れる音と遠くで水飛沫が上がった音を耳にしながら同時に印を組んで、九喇嘛の真下に何十本もの木々を生み出して一気に拘束する。
 体中を締め上げられた九喇嘛が苦悶の声を上げた。

 ……ごめん、九喇嘛。

 そのまま跳躍して、九喇嘛へと距離を詰める。
 全身を拘束する木遁を一声と共に砕いて、こちらを射すくめた九喇嘛の眼差しから目を逸らさずに、そのまま右手を朱金色の毛皮へと押し付けた。

「――火影式耳順術 廓庵入鄽垂手!」

 これは七尾と対峙して以来、ミトと共に作り上げた私独自の封印術。
 ミトの扱ううずまき一族の物とは違って、直接尾獣の体に触れる事で相手のチャクラを引き出して、特殊な木遁の柱にて拘束するという代物。

 ……使うのは初めてだけど、なんとか上手くいったな。流石私、本番に強いや。

 自画自賛して、必死に自分を鼓舞する。
 取り敢えずこの最悪コンビを解消させないと、このままじゃ確実に死ぬ。

 棘の生えた木遁の柱が、九喇嘛の巨体を覆って行く。
 九本の尾は花が花弁を閉ざす様に、九喇嘛の体を包んだ。

「少し、そこで眠っててくれ。――っと!」
「させるか!!」

 鎌を大きく振りかぶって来るマダラ。
 それを見据えたまま片手印を組んで腕を樹木へと変化させ、マダラの四肢を締め上げる。

「大樹林の術、解!」
「何を……! ――ぐっ!?」

 締め上げたまま近くまで引き寄せ、咄嗟には空中で身動きが取れない事を見越して、大樹林の術を解く。
 目を見張ったマダラの腹に手を押し当て、叫んだ。

「――契約封印の術! これでお前は九尾を操れない!!」
「柱間、貴様ぁ……!」

 怒りと殺意に満ちた赤い瞳。

 ――さぁ、これからが正念場だ。 
 

 
後書き
ここらへんの戦闘シーンの参考はNARUTOゲーム最新作の「うちはマダラ伝」です。

ふと考えてみる。
原作のナルトはサスケの事を友達だからといって何とかして彼の暴走を止めようとしていますが、そういった絆を持てないこの二人の場合だと(追いかける側のマダラからしてみれば)敵対するしか繋がりを守る方法はなかったんじゃないか、と思いました。 

 

青葉時代・終末の谷編<前編>

 
前書き
*残酷表現有* 

 
 うちはと千手の頭領として、戦場にて武を競い合っていた。
 同じ里を守る者同士、互いを高める為に何度か手合わせをした事もある。
 尾を持つ獣との戦いの最中では、共に背中を合わせて強敵に挑みもした。

 そのどれもとも、今晩の戦いは程遠い。

 吐き出される言葉に意味は無い。
 ただ自身を鼓舞するための叫びに過ぎず、同時に己を酔わせるための麻酔。

 かき鳴らされる金属音と、夜に飛び散る赤い雫。
 何日もの日々が過ぎた様にも、一瞬どころか一刹那の交錯の様でもあった。
 時は既に意味を持たず、私達は互いの息の根を止める事だけを考えて、忍術を行使しては刀を打ち合わせた。

*****

「……っ、はぁっ!!」
「――ぐっ!」

 私の拳が相手の鎧の腹を穿つ。
 高密度のチャクラを自身の拳に集める事で、一時的な怪力を発揮した私の拳はマダラが纏っている鎧に皹を入れる。

 このまま一気に追撃する!

 相手が怯んだ隙に、足を前に踏み出す。
 そのまま打撃のために伸ばした腕が、今度は死角から飛び出したマダラの手に掴まれて、捻り上げられた。

「――――ぅぐっ!」
「はぁっ!!」

 そのまま捻った腕を大地へと向けて、マダラが勢いを付けて放り飛ばす。
 宙に浮いた私の体が、遅れて地面へと叩き付けられた。

「かはっ!」

 内臓にまで響くダメージに、一瞬意識が遠くなる。開いた口から血が飛び散ったのが見えた。

 相手の攻撃を利用する返し技。
 この技はどちらかといえば、マダラではなく私が自身の非力さをカバーするためによく使用していた体術だった。
 自分の技に返されるなんて、私も焼きが回ったものだ。

 苦い思いに軽く頬が引き攣る。この思いは自己嫌悪か、それともマダラを軽視していた事への反省なのだろうか。

 自嘲した私をどう思ったのか、マダラが赤い目で私を軽く一瞥する。
 大地に仰向けに倒れ伏した私と、その腕を掴んで馬乗りの体勢のマダラ。

 ――どうしてか、彼と始めて出会った日の事を思い出した。

 あの時は確か私に向けて刀を振るって来たマダラを一喝して、その腕を掴んで大地へと放り投げたんだっけ。そうして、それから私はマダラの腕を掴んで、馬乗りの姿勢で軽く恫喝してやったよな。

 遠い日へと彷徨っていた思考が、突然現実へと引き戻される。

 自分自身を叱咤する。
 今、私の目の前にいる相手は弟を庇うために刀を振るった少年ではない。
 私を殺そうとし、私が守っている物を壊そうとしている――敵なのだ。

 哀しいけれども、それが現実と言う物で……事実だった。

 両目を強く瞑って、感傷を振り払う。
 そうした私をどう思ったのか、マダラの両手が私の首を優しく包み込んだ。

*****

 その手の動きを例えるのであれば、それは愛おしむ様な手つきだった。
 今にも壊れてしまいそうな儚い物を触れる様に、つい先程咲いたばかりの花弁を慈しむ様に――そっとマダラの手が首をなぞる。

 優しい、優しすぎる手つき――だからこそ、触れられた箇所から鳥肌が立った。

「――……柱間」

 睦言を呟く様に甘く、聞くだけで痺れを齎す様な、そんな声。
 しかしながら今にも蕩け出しそうな声音を耳にした途端、私の全身が恐怖した。

 そして背筋が凍ったその瞬間、私の首はマダラの剛力で一気に絞め上げられた。

「――……っあ! は、放し……やが、れっ!!」
「…………」

 それまで難なく喉を通って肺を満たしていた酸素が突然途絶え、視界が赤く明滅しだす。
 嫌な音が口より零れ、私は何とかして呼吸をしようと無様かつ必死に喘ぐしかない。

「っくふ! う、うぁあっ」

 爪でマダラの両手を引っ掻き、私の首を覆う両手を引離そうと、押しのけようとするも意味を為さない。
 マダラの力が増して、私の首に指が食い込んでいく。

 ――男と女の力の差がここではっきりと出てしまった。

 チャクラを操るだけの余裕が持てない私では、力ずくで自分を解放する事が出来ない。
 無意味な抵抗をして、なんとかして死を回避しようと足掻く――息苦しさに目尻に涙が浮かんで、そのまま頬を伝って地へ落ちた。

「――貴様は覚えているのか、千手柱間? オレ達が初めて出会った時の事を」

 何かをマダラが呟いているが、聞き取って理解するだけの余裕はない。

 脳が酸素を求めて必死に警報を鳴らし、なんとかしてそれを達成しようともがき続ける。
 足が地を蹴ったところで、軽く地が削られただけだ。

「どうせ、貴様は覚えていないだろうな」

 目元に涙を浮かべながらも、それでも私を見下ろすマダラを睨み返す。
 死に瀕した人間特有の必死さを浮かべた私の顔を見つめて、何を思ったのかマダラが軽く微笑む。

 暗く翳りの有る微笑みは、かつての彼が浮かべていた物とは全く違う物だ。

「――前とは完全に位置が逆転したな。オレは貴様に見下ろされ、ただ呆然としていた」

 愉しそうなマダラの顔を睨んで、必死で辺りに手を這わせる。
 左手でマダラの両手に抵抗しながら、右手で地面の上を探れば――固くて冷たい物にその指先が触れた。

「あの時はイズナがいたが、今はオレと貴様だけだ。……思えば随分と遠くへ来たものだな」
「っひゅ、ぐ……っ!」

 視界が赤から白へと変わる。

「あの時、オレ達を助けなければ貴様の父が死ぬ事も、この様な事も起きなかったものを。――結局の所、貴様は貴様自身の甘さに殺される」
「だ、まれ……!」

 遠のく意識をたぐり寄せて、霞む視界に目を凝らす。
 そうすれば、白く成りつつある世界に真っ赤な光が見えた。

「――うぅ、あ。あぁぁぁああっ!!」
「……っ!?」

 右手で掴んだそれを赤い光へと向ける。
 体に掛かっていた重みが外れて、一気に私の身はマダラから解放された。

「っはぁ、はぁ、ひゅ……っ! げほっ、ごほ!」
「あのまま抵抗せずにいれば楽に死ねたものを……」

 憎々し気にマダラが呟いているが、それどころではない。

 求めていた酸素が供給され、脳と全身が歓喜の声を上げていた。
 ふらつく足を叱咤して、必死に地面に立ち上がる。
 焦点の合わない瞳に力を込めて敵の姿を探せば、赤い目がじっと私を見つめていた。

「己の武器に救われたか……。悪運が強い」
「げほっ、げほっ! 悪運が強くて……結構! そう簡単に、くたばって堪るか!」

 私が手にしたのは、マダラとの激戦の最中に周囲に突き刺さっていたクナイの一本だった。
 金属の確かな手触りに、自らが九死に一生を得た事を思い知る。締め上げられた首が痛んだ。

「……っあ、はぁ」

 ふらふらとする足下に舌打ちしながらも、何とかして視界を固定させる。
 ――かつて無い程最悪な気分だ。
 今までにもひやりとする場面には何度か襲われた事はあったが、死をここまで身近に感じたのは初陣以来ではないだろうか。

「――木、遁・樹縛……栄、葬!」
「技の切れが落ちているな。この程度で……!」

 勿論、その程度でマダラを倒せるとは思っていない。これはただの一段階だ。
 避けるためにマダラが飛び退いた先で、前々から仕掛けていたブービートラップの起爆札を一気に発動させる。

 万華鏡が輝いて、瞬時に紫の炎がマダラを包む。
 対・マダラとの戦いに置いて、最大の障壁と成るのは彼が纏う攻防一帯の絶対防壁・須佐乃乎だ。
 完成形では無いとは言え、それを崩さない限りマダラへの決定打は当てられない。

 未だに素手での須佐能乎の破壊には成功した事はない。以前、皹を入れたきりだ。
 おまけに私も疲弊しているから、これ以上大技を使用する事でのチャクラの浪費を行えない。
 ――だからこそ、敢えて素手での破壊に挑むしかない。

 意を決して、マダラを睨む。

「――その鎧の中から、出て来てもらうぞ! うちはマダラ!!」

 僅かに残っている木遁の樹木の波を操って、私も前へと踏み出す。
 二面四腕の鬼が奔る木々を薙ぎ払う中を、ただ真っ直ぐにマダラ目がけて走って手に力を込める。

 ――――そしてそのまま、紫の炎を纏う鎧へと拳を打ち込んだ。 

 

青葉時代・終末の谷編<中編>

 絶対に破ってみせよう。
 その決意の込められた私の拳が、マダラの纏う絶対防壁の鎧に皹を入れる。
 大きな亀裂が紫の炎を纏う鎧に走り、そのまま打ち砕いた。

 私の目の前で最強の防御力を誇る須佐能乎が破砕音を立てながら、紫の破片と成って砕け散っていく。

 ――致命打を与えるのならば、今しかない!

 相手が体勢を立て直す隙を与えずに無防備になったマダラ目がけて、土中に木々の根と絡めて隠していた幅広の刀を突き刺す。
 ――嫌な音を立てて、マダラの腹に刀が貫通した。

「ぐぅっ!」

 マダラの口の端から血が飛び散る。
 殺さなければ、殺される。
 里のため、皆のため、夢のため……ここでマダラに殺されてやる訳にはいかなかった。

 だからこそこの機を逃さず止めを刺すために、地中に隠しておいた大剣を続けざまにマダラへと放つ。
 同時に地に刺さった刀の一本を引き抜いてマダラへと肉迫した私の目の前に、黒い影が過って――そうして。

 ……ぐちゅり、としか形容し得ない不吉な音が耳に届いた。

「――うっ、ぁあっ!?」

 視界の端に、漆黒の夜空に映える赤色が散らされる。
 アカイロが視界の端で飛び散っている光景を、私は『片目』で目撃した。

 それがなんなのか、どうしてその光景を私は左目だけで見ているのか。
 それを理解した途端――……痛覚が警報をかき鳴らした。

「う、あぁ……っ!!」
「どんな強者でも、決して鍛えられない箇所と言うのは存在する……眼球もその一つだ」
「っひゅ、うあ」

 だくだくと零れ落ちていく鉄の匂いのする液体が押さえた指先の間を伝って、大地へと滴り落ちる。
 無理矢理穿たれた事による痛みと、予測し得なかった出来事への混乱が頭の中でぐるぐると巡る。

 何があった、どうして私は目を押さえて無様に呻いている? 一体何が、どうして!?
 疑問ばかりが脳裏を駆け巡る中、引き攣る喉を意識して動かして息を吐く。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け!!
 この程度の傷は今までに負って来た物に比べたら大した事じゃないだろう!!
 冷静に現状を把握しろ、これくらいの痛みに動揺などするな!!

 ――戦場では自分を見失った方が負けだ。
 父や先輩忍者から教わった事を必死に思い浮かべて、歯を食いしばる。
 慣れ親しんだ鉄錆の臭気が辺りに漂い、喉が引き攣っては無様極まり無い悲鳴が零れ落ちた。

「流石の貴様も平静ではいられないらしいな」
「うるさ……いっ!」

 意地の悪いマダラの物言いに皮肉にも現状を理解する。
 私の放った攻撃を避けたマダラは、その瞬間に私との間の距離を詰めて、鎧に覆われている急所ではなく他の場所――つまり眼球を抉り出したらしい。

 視界に走った黒い影はおそらくこいつの伸ばした手。あの厭な響きの音は目玉が刳り貫かれた際の音……といったところか。

 ああもう! つくづく理解などしたくない事実のオンパレードだ!
 腹を抉られたりするのであれば兎も角、うちはでもない私が目を奪われるだなんて想像出来るか!
 胸中で毒を吐いて、再度大きく深呼吸をする。

 ――意地でもこれ以上の醜態は見せられない。
 腹に力を込めて、空っぽの眼孔へとチャクラを集中させる。

 引き千切られた視神経と零れ落ちる私自身の血を媒介に、細胞を再生させる治活再生の術を発動。
 その間マダラの攻撃を受けては堪らないので距離を取ったのだが、何故か追撃を受ける事は無かった。

「千手の……、いや貴様の印を使わない再生術か。つくづく忌々しい体質だな、その陽遁の体」
「――はっ! お前ご自慢の万華鏡には及ばないさ!」

 吐き捨てる響きの言葉に、私の声も自然と荒くなる。

 術が無事に発動し、窪んでいた眼孔が喪った物を取り戻す。その証拠に押さえている指先へ確かな反発が返される。
 取り戻した片目と共にマダラを睨みつけるが、生憎と再生したばかりの片目が上手く働いていない事に気付いて舌打ちした。

「人の目玉を抉り出しやがって……悪趣味だぞ、この野郎」

 引き攣る声を押さえて、肩で息を吐く。
 私の目を奪ったマダラの右手は真っ赤に染まって、今も滴る血を大地へと落としている。

 自らも腹に刀が刺さったままであると言うのに悲鳴一つ上げる事無いうちはマダラ。
 まず間違いなくその強靭な精神力は賞賛に値するね、腹立つ程に。

 ……いや、何か可笑しくないか?
 血に染まったマダラの空の右手に引っ掛かる物を感じて眉根を潜める。
 
 しかしながら次いで聞こえて来たマダラの心底忌々しそうな声に、私はそちらへと気を取られてしまった。

「片目を摘出したと言うのに……直ぐさま喪った目を再生するか。流石だな、千手柱間」
「人の目を奪いやがったお前にだけは……誉められたく、ないね……」

 再生に成功したとはいえ、涙の様に流れ落ちていく血のせいで右目分の視界が真っ赤に染まったままだ。
 ……本当に洒落にならない事ばかりしてくれやがるな、こいつ。

 ともすれば我を失いがちになる頭を必死に冷やして、冷静に状況を分析する。
 相手の腹には刀の一本が突き刺さったまま。
 対する私と言えば、片目を盗られ視界は不安定とはいえ、自動治癒のお蔭で大事無い。
 精神的にかなりの負担を与えられこそしたが、私の方がそういう意味では状況は有利ともいえる。

 にしても……木の葉を去っていた期間に、また一段と腕を上げている。
 それまでは使う事の無かった私の技や独自に開発したらしき忍術など、それまでのうちはの火遁に対するこだわりなども無くなり悪い意味で行動が読み難くなった。

 ――けど、負けられない。いや、負けない。

「お前が木の葉に害を為し、オレの守るべき物に……手を出す以上……オレは、お前には、絶対に負けられない……!」

 木の葉は私にとって守るべき物であり、失ってはならないかけがえのない存在だ。
 火影として、木の葉の里の一員として、負ける事だけは絶対に許されない。

 マダラのために死んでやる事など出来ない、絶対に。
 ここで私が死ねば、最大の障壁を失ったマダラは直ちに九尾への支配権を取り戻し、里へと攻撃を仕掛けるだろう。
 その様を容易に思い浮かべる事が出来て、私は決意も新たにマダラを睨む。

 そんな私をどう思ったか。
 自らの体から突き刺さった刀を引き抜くと、マダラは血に染まった武具を離れた場所へと放り飛ばす。
 そうしてから、くぐもった嘲笑を上げた。

「――……守るべき物、か。かつてはあったな、オレにもそんな物が」
「ああ。……背負い、この身に変えても守らねばならぬ物。お前に取って木の葉は、里の皆は、もうその対象には成らないのか?」
「一族の栄光と未来のために友を殺し弟の目を奪い……一族のためだからこそ、千手の貴様とも同盟を組んだ。だが、オレが守っていた一族の連中は――オレを捨てた」

 静かだった。
 さっきまであんなにも激しく殺し合っていたと言うのに、今ではすっかり風も凪いでいて、私達の会話する声以外に何も聞こえない。

「友も、弟も、一族も、既にオレには存在しない。守る物など何も無い。あるのは己の身一つと、千手柱間――貴様と一族に対する憎悪の念、ただそれのみだ」
「――オレも……ヒカクさんも、お前が木の葉に戻ってくるのを待ってたぞ。オレ達だけじゃない、他のうちはの人達だって……きっと」

 ――分たれてしまった道と、交わる事の無い平行線の会話。

 仲間だと思っていた。
 同じ痛みを経験した者同士、いずれは分かり合う事が出来るのだと信じていた。
 そう思いながら言葉を紡げば、マダラの表情が歪む。

「その目……」

 目? 目がどうしたのだ? 訳が分からなくて、眉間に皺を寄せる。

「貴様はいつからオレをそういう風に見る様になった……?」
「……どういう意味だ?」
「憎しみも、敵意も貴様は抱いていない。こんなにもオレは……貴様の事が憎く、殺してやりたいと思っていると言うのに……!」
「――っ!!」

 マダラの足が地を蹴って、私へと肉迫する。
 咄嗟に木遁の壁を作って、背後へと後退――それから印を組んで水遁の術を正面へと放つ。
 マダラの豪火球と私の水遁・水龍弾とが激突して周囲を水蒸気の幕で包み込んだ。

「オレがこの目で見たいのは貴様の亡骸と木の葉の滅亡!! 憐憫も同情も、オレには必要ない!!」

 その幕を蹴飛ばす様にして、マダラが私の方へと飛び込んで来る。

「なのに何故だ!? 何故貴様はそんな目でオレを見る……!」
「もう止せ! 自分がどんな具合なのか……!」
「何故そのような目でしか見ない……!? 憐れんでいるとでも言うのか!? ふざけるな!!」
 
 頭の横を狙って蹴り出された一撃を左手の篭手でガードして、そのまま身を捻る。
 軽く大地を踏みしめ体を回転させる事で心臓を狙った太刀の一撃を鎧で受け流せば、相手が舌打ちを上げる。
 私の振るったクナイが相手の鎖鎌とかち合って、火花を飛ばす。
 相手の一撃が掠め、私の額がぱっくりと裂けた。

「貴様もオレを憎めばいい! 里に攻撃を仕掛け、今ここで貴様を殺そうとしている――オレを!!」
「マダ……!? ぐ……っ!」

 その赤い目には以前垣間見た様々な感情が宿っていて、それを見て鈍い痛みが胸を刺す。
 瞳を揺らした私を見てどう思ったのか、マダラが雄叫びを上げながら襲いかかって来る。

 ああ、本当にどうしてなのだろう。
 千手の頭領であった私とうちはの頭領であったマダラ。
 共に一族の頭として一族の将来を憂えて、胸に凝る物があったとはいえ一族のために――ひいては忍界の未来のために手を結んで。
 新設された木の葉隠れの里で一族と里の皆のために、誰よりも頼りになる仲間として共に支え合って生きていけると、方針こそ違えどそれでも求める先にある未来は同じであると……そう思っていたのに。

 始まりは一緒だった筈、なのに。
 どうして私達は、ここまで引き返せない所にまで道を違えてしまったのだろう。 
 

 
後書き
たぶんきっと、サスケとナルトの病院の屋上での戦い同様に終末の谷での戦いは面白い物ではなかったのだろうなぁ、と。

奪われた細胞に関しては、六十巻の九尾の回想の場面に出てくる柱間が片目を開いていない状態だったので、目だったのではないかと。
なにせうちはは眼球保存のプロフェッショナルですし。
残念ながらマダラが柱間の細胞を奪わなければ色々と不都合が起きそうだったので、敢えて原作通りにさせていただきました。 

 

青葉時代・終末の谷編<後編>


「っはぁ、はぁ、はぁ」

 肩どころか全身を使用して、ようやっとの事で呼吸していた。
 辛うじて立っていた二本の足がみっともなく震えて、そのまま体勢を崩す。
 地べたに這いつくばる事だけは何とか避けられたが、小刻みに震える両腕で必死に体を支えなければ今にも倒れてしまいそうだ。

 汗と血と砂塵で汚れた私の体。
 頬にかかっている血の雫は、おそらく私達二人のものなのだろう。
 そんな事を茫洋と考えていれば、不意に息が詰まった。

「ごふっ……!」

 咳き込んだ口の端から血が飛び散る。
 それでも必死に正面を向いて対岸へと視線を移せば、その先には体に何本もの刀が刺さったままのマダラの姿があった。

 彼の武器である団扇に寄り掛かる様にして、辛うじて上半身を立たせているだけの状態。
 冷たい風がマダラの長い黒髪を靡かせながら吹き抜けていけば、鈍い音がしてマダラの上体が地に落ちる。

 ――私並みの回復力でもなければ、あの怪我ならまず助からない。
 疲れ果てた脳裏の片隅で冷静な声が響いて、表情を歪めた。

「うぅぐ……! はぁ、はあっ」

 なんとかして重たい体を持ち上げ、一歩一歩マダラの方へと歩く。
 体が重い。鉛が付けられたどころではなく、全身が粘つくタールの海に沈められている様だ。
 普段ならば一足飛びに飛び越せる私達二人の間を隔てる岸壁も、今の私ではそれすら敵わない。
 だから、遠回りをしてマダラへと近付くしかなかった。

「っ、あ……!」

 体が大きく揺らぐが、根性で踏みとどまる。
 あまりにも鈍重な動きのまま倒れ伏したマダラの側へと片膝を付けば、具足が耳障りな音を立て、やや足がもつれた。

「……くっ、ぐぅ……!」

 生死の確認をするために、俯したままのマダラの肩を掴んでこちらへと振り向けさせようとすれば、揺らめく炎を映した様な瞳と目が合った。

 赤い、赤い写輪眼。
 私の心を捕えて放さなかった――この世に存在する美しいアカイロの一つ。

「何故だ……?」

 ほつりと呟かれた言葉が誰の物だったのか、最初は全く分からなかった。
 普段の倍以上に遅い脳みそがようやく回転して、ようやくそれを呟いたのがマダラであると悟る。

「友を殺し、弟の目を奪って永遠の万華鏡を得た……」

 ――赤い瞳が私の姿を映し出す。
 幻術や催眠を掛けられた訳でもないのに、その瞳から目を離せない。
 ぐちゃぐちゃと色々な感情が入り交じった瞳が私を射すくめた。

「そうして得た力で、九尾をも、操った……。だと……言うのに――」

 真っ赤に塗れた指先が私の方へと向けられる。
 血の香りが私の鼻を掠めて、頬にべた付く物が付着した。

「何故、貴様には――敵わない……」

 どうして――届かない。

 そう呟かれ、息を飲む。
 すぐ近くに居る筈なのに、私達の間には大きな溝がある錯覚を覚えてしまう。

「マダ……!」

 マダラの体が大きく揺らぐ。
 一瞬だけ、複雑な感情を示した赤い瞳が私の物と交錯して。

 敵だとか、さっきまで殺し合っていたとかなんて頭の中には無かったから、思わず――手を伸ばす。
 
 ほんの一瞬だけ、互いの指先が触れ合った様な気がしたが、それも一瞬だけの事。
 ――私が見つめる中、彼の体は崖の下へと落ちていく。

 伸ばした手もそのままに、私の体はその場に崩れ落ちる。
 瞼が落ち、意識が闇に包まれ――……そうして私の意識は外界から断絶した。



 遠くで、小鳥が鳴いている――ああ、朝が来ていたのかと薄れいく意識の中でそんな関係の無い事を考えた。 
 

 
後書き
これにて終末の谷編は終わりです。 

 

青葉時代・決着編

 目覚めた時、真っ先に視界に映ったのは泣きそうな顔の弟妹達の姿だった。

「姉者!」
「柱間様……!」

 ミトの頬を透明な雫が伝い、扉間の顔が歪む。
 顔を覆って泣き出し始めたミトの肩を抱いて、扉間が安堵した様に頬を緩ませた。

「扉間……ミト……。ここは……?」
「木の葉の里の中です! 柱間様は三日間もの間、ずっと眠っていらしたのですよ!! ど、どれだけ私達が――いえ、里の者達が心配した事か……!」

 私の体に縋り付く様にして嗚咽を零し始めたミト。
 動きの鈍い体でその背を宥める様に叩きながら、扉間へと視線を移す。
 弟の瞳が濡れている様な気がして、やんわりと苦笑を浮かべてしまった。

「なんだよ……泣きたいなら泣いてもいいんだぞ……扉間。お前は昔から……よく泣く、子だったからなぁ」
「いつの話をしているのですか! こっちは、二度と姉者が目を覚まさないかも、と心配で……心配で……!!」

 唇を噛み締めた弟にやっぱり泣きたいんじゃないかと、胸中で呟く。
 昔から何か辛い事があれば、この子は唇の端を噛む事でそれを我慢していたっけなぁ。

「あの後……、何が起こったのか聞いてもいいか……?」

 上体を寝具の上に起こし、ミトが差し出してくれる水で喉の渇きを潤しながら訊ねれば、二人が揃って瞳を揺らす。
 ぽつり、と扉間が口を開いた。

「早めに警報を鳴らした事で非戦闘民に怪我や死者は出ませんでしたが……前線で九尾の相手をした忍び達の三割近くが重傷又は死傷を負い……今も療養中です。残念な事に……死者も何名か」

 そうして告げられた主だった殉職者の名前に、志村の旦那の名前やヒカク殿を始めとするうちは一族の人々の名前も含まれていて、思わず息を詰める。

 追放されたとはいえ、自分達の頭領の犯した罪だ。

 それを率先して払拭するために、うちはの人々は自ら前線へと志願したのだろう。容易に彼らの真意が理解出来て――視線を落とす。

 両拳を固く握りしめ、意図して固い声を出して続きを促す。目覚めたばかりだが、考えなければならない事が山ほど有った。

「木の葉の弱体化は……避けられないな。これを機に、他里の者達が攻めてくる可能性が高い。早急に手を打たなければ……」
「――その必要はありませんわ」

 凛、とした中に儚さの混じった声音が思考を中断させる。
 見上げた先の灰鼠色の瞳に、私は息を飲んだ。

「――ミト? 何を言って……?」
「他里の者達に攻めさせはしません。そのために、私は九尾の人柱力となりました」
「ミト!!」

 一瞬だけ、灰鼠色の瞳が鮮血の色に変わる。
 よく見慣れた美しいアカイロを宿したその色を目にして、私は悟らざるを得なかった。

「ミト! お前、なんて事を……! 人柱力がどんな存在なのか、うずまきの系譜に連なるお前が分かっていなかった筈が無いだろう! なのに、なんでそんな事をしたんだ!!」

 ああ、確かに容易かっただろう。
 マダラに酷使され、私に力を封じられていた九喇嘛をミトの中へと封じ込めるのは。
 元よりミトは封印術に長けたうずまきの出。それだけの好条件が揃った中で出来ない筈が無い。

「大丈夫ですとも、柱間様。九尾は私の中で大人しくしてもらいます。そして私と言う『兵器』がいる以上、他国の者達は私の中の九尾を恐れて、木の葉には迂闊に手が出せません」
「そう言うことを言っているんじゃない! 扉間、何故止めなかった!?」

 悲鳴の様な声が喉の奥より絞り出される。
 銀の髪を揺らした弟が耐える様に視線を落とす。そんな私の視線から扉間を守る様に、ミトが笑って前に出た。

「扉間を責めないで下さい、柱間様。皆が賛成する中で、彼だけが最後まで私の身を案じて反対してくれました。それを振り切ったのは私です」

 やっと、お二人の――里の皆の役に立てるのですもの。

 そう宣言され、全身が硬直する。私の視界を占有するミトは嬉しそうに微笑んだ。

「これは私の意思です。――いつも私はお二人に守られてばかりで……それが嫌だった。だからこそ眠っている九尾を見た時に、これがお二人へと恩返しが出来る最大のチャンスだと思いましたわ」

 ――ごめん、九喇嘛。

 野を野放図に駆け抜けていくお前の姿が好きだったけれど、私はお前を選んでミトを切り捨てられない。
 尾獣を抜かれた人柱力は命を落とす――それを知っているからこそ、私はお前ではなくミトを選ぶしか無い。

 私の内心を知ってか知らずか、ミトはこの上無く幸せそうに微笑む。

 なんて不甲斐無い、なんて情けない。
 もっと早くに目を覚ませば、ミトの決心を止める事が出来たと言うのに。
 悔しくて、悔しくて、歯を食いしばる。涙が流れそうになるのを堪えていれば、ミトがそっと私に抱きついた。

「――……柱間様。私、九尾と話しましたの」
「……!」
「人柱力は自身の身に宿す尾獣と会話する事が出来ますのよ。それで柱間様に伝言があるのですって」

 か細い声は注意して聞き取らなければ、聞こえない。
 ミトの背に腕を回して、自分の方へと引き寄せる。くすりと耳元でミトが微笑む気配がした。

「“お前が気にするな”ですって。何の事かは分からないのですけど、柱間様には分かりますか?」
「……うん」

 不機嫌そうに鮮血の瞳を眇めながら尻尾を揺らす、彼の美しい獣の姿を思い浮かべて――私は笑った。
 ほんの少しだけ、救われた気分だった。

*****

 私とミトとの抱擁をじっと見つめていた扉間。
 弟の視線に気になる物を感じた私は、ミトの肩口に埋めていた顔を起こして視線を合わせた。

「どうしたんだ、扉間?」
「その、うちはマダラについてどうなったのか聞かせてもらっても構わないでしょうか?」
「ああ……。マダラか、あいつは死んだよ」

 体に何本もの武器が刺さって、最後には私の目の前で崖の下へと落ちていったのだ。
 あれで助かっている訳が無い――――マダラは死んだのだ。

「よしんば即死を免れていたとしても、あの怪我を負った状態で崖から落ちたんだ。……まず助からないだろう」
「姉者が死んだら……どうしようかと、思いました」

 小さく呟かれた一言に、苦笑する。
 軽く手招きして抱き寄せれば、扉間が小さく息を飲んだ。

「だーいじょうぶだ。ちょっと危なかったけどな、皆の事を思えば……踏ん張れた」

 へへ、と笑う。
 マダラとの戦いで私が頑張れたのは、そのお蔭だと心底思う。
 抱く両腕に力を込めれば、扉間の手が恐る恐る私の背に回される。

「かなりきつかったし、実際死ぬかも……と思ったりもしたが、こうしてピンピンしているだろ? そう簡単にオレは殺されやしないよ」
「相手は……あのマダラですよ……! しかも、九尾までいたし……流石に今回ばかりはオレも覚悟しました!」
「ふふふ。でも、杞憂で済んだじゃないか」

 声に出して笑えば、腹筋が痛い。
 それでも私の事を心配してくれる二人の心遣いが嬉しくて、胸が暖かくなる。

 ああ、戻って来られたんだ……と思った。
 胸にじんわりと暖かい物が広がって、体の隅々まで万遍なく満たされる。
 あのままずっとマダラとの戦いに明け暮れていたら、きっとこの場所へは戻って来られなかっただろう。

 そんな事を考えれば、体の奥で鈍い痛みが走った。

「――――っ!」
「姉者? 如何なされました?」

 心配そうな扉間に、黙って首を振る。
 そうして、軽く扉間から手を放した。

「何でも無い。流石にこのままだとあれだからな。着替えたいから二人共席を外してくれないか?」
「あら、私もですか?」
「一応オレは男って事になっているからな。オレが目覚めた事を他の人達に伝えて来てくれ」
「分かりました」
「無理はなさらないで下さいね」

 茶化した物言いのミトに、私の方もおちゃらけた態度で返す。
 そのまま二人を笑顔で見送って、私は扉の前で息を吐いた。

「…………ふぅ」

 それから、やや憂鬱な眼差しで部屋の片隅に置かれた鏡を見やる。
 鏡に映った私の顔色はあまり良くない。やはり、三日三晩眠り続けていたせいだろうか。

 首元を覆う布にそっと触れた。
 鏡の前で纏っていた服の襟元を大きく緩める。
 そうしてから、鏡の中の自分と目を合わせて、私の首元を包んでいた真っ白な包帯を解いた。

「――――っ!?」

 弟妹達の話によれば、私が眠っていた期間はおよそ三日間。
 それだけあれば、千手どころか全忍の中でもトップクラスの再生能力を誇る私の肉体は掛けられている自動治癒の効果を発動して、大体の傷ならば治してしまう。
 事実、全身を苛む気怠さこそあるものの私自身の肉体自体はほぼ完治状態であった。
 ――だと、いうのに。

「おいおい……。冗談じゃないぞ、これは」

 思わず引き攣った微笑みが浮かぶ。
 というか、こんな顔しか出来ないわ。
 他の傷――マダラとの戦闘中に付けられた他の傷は見るまでも無く癒えていると言うのに、それに比べれば遥かに軽症であるこの傷がまだ残っているなんて。

 鏡に映った私の首。
 そこには丁度、人の指を象った青黒い痣が浮かんでいた。

 ……こういうの、どっかで見た事あるぞ。――主に絞殺死体とかそういうので。
 まるで首元を囲む枷の様に見えるその痣に、眉根が顰められる。

 原因は分かっている。戦闘の最中のあの首絞めのせいだろう。というか、それしか思い浮かばない。

 にしても、三日経ってもまだ残っているなんて、かつての私では考えられない。
 ここはマダラの怨念かなにかと考えた方が良さそうだな。……執念深そうだし、あいつ。

 男と誤摩化すにはやや細めの首を隠すために、私は日常的にタートルネック系の服を利用していたのだが、今回ばかりは助かった。今更身なりを変えれば皆訝しむだろうが、火影の服といい首元を隠す物を使用すればまずバレないだろう。

 そんな事をつらつらと考える。
 そうして額を冷たい鏡に押し当てると、首元に片手の指先を添えた。

「――私は……方針こそ違えど、同じ里を守る仲間だと……思っていたんだがなぁ」

 里を襲撃する様な相手に対して情けをかける様な言動は、長として失格だ。
 以前の両親殺害との時とは全く土台が違う。
 完全なる私怨での凶行は誰であったとしても、寧ろ木の葉の里の創設者の一人であるマダラだからこそ許されないだろう。

 だから、今だけだ――私が泣き言を言うのは。

「待っていたんだからな、馬鹿野郎……」

 ――その声は誰に聞かれる事も無く、ただただ部屋の空気の中に消えていく。
 無性に、哀しかった。そしてそう思ってしまう自分の甘さを、心底苦々しく思ってしまった。 

 

青葉時代・宣告編

「――火影様……。この様な事は言い難いのですが……」
「そうそう暗い顔をするんじゃないよ、桃華。お前が苦しむ様な事じゃない」

 マダラとの戦いからほぼ一年後。
 私は自分の体を苛む鈍い痛みの原因と向き合っていた。

 目の前には苦しそうな顔の桃華と里の病院で働いている医師の姿。
 兼ねてから内々にしていた事なので、この事を知る者は他にはいない。

「今までのツケが来ただけだ。六道仙人の肉体を受け継いだからって、酷使し過ぎていたみたいだなぁ」
「笑い事ではありません!! なのに、どうしてそんな風にいられるのですか!?」

 泣きそうに顔を歪ませた桃華に、苦笑を浮かべる。
 思えば私よりも年上のこの女性は、昔から不養生な私を心配してくれていたっけ。

「おそらく最たる原因は……一年前の九尾の襲撃事件の際のマダラとの戦いのせいだと思われます。発見された時の柱間様の怪我の状態や、話を聞いた限りでは……この可能性が一番高いでしょう」
「人間の細胞の再生する数には限界があります。それを越えて酷使し続けたせいで……火影様のお体にはかなりの負担がかかり――それで……」
「はいはい。辛気くさい顔をしない。折角の美人が台無しだよ、桃華」

 通夜の様な雰囲気を出す二人に、敢えて明るい声をかける。
 自動再生能力が仇になるなんて、人生何がどう転ぶのか分からないもんだねぇ……。

 しみじみと自分の手を眺める。

 寿命はもって数年なんだそうだ。
 戦闘や普段の業務には問題は無いが、それでもただ生きているだけで私の体は刻一刻と先の見えている死に近付いている。

 まぁ、仕方ないか。寧ろそれだけの代償がなければ割に合わないだろう。

「後数年かぁ。取り敢えずオレが生きている間には絶対戦争は起こさない様にしないとな」
「火影様……!」
「死んだ後にまでは流石に責任は持てんが、それくらいはしておかないとね」

 くしゃくしゃと顔を歪める医師と桃華。

「本当に、火影様はお強い……! 僕は、自分は、火影様がいなくなるかもしれないと思うだけで……こんなにも怖いのに……!」

 今は医師として立派に病院で勤務している彼は元々は戦争孤児で、行く宛が無いならと私が木の葉に連れて来たんだっけ。
 忍びの道にこそ進まなかったが、彼はこうして立派に成長して里のため、人々のために働いてくれている。

 今では木の葉の名医として知られるようになった彼の成長した姿を見つめて、純粋に嬉しいなぁと思った。

「貴方に拾われて、貴方の役に立てる人間に成ろうと……頑張って来たのに、肝心の貴方がいなくなってしまったら、僕は……どうしたら」
「泣かない、泣かない。明日にでも死んでしまうって訳じゃないんだし、今じゃお前も木の葉の名医として皆に頼られる立場だろ? そんなお前が死にそうな顔で患者さんを診てどうするんだ。医者としての心構えは教えたろ」
「はい……、身に叩き込まれましたね。忘れられる訳がありません」

 ぐずぐずと泣き出す彼に微苦笑を浮かべて、その背を撫でる。
 優しい子だった彼に忍びとして生きるよりも人の命を救う職業に就いたらどうだと私が勧めて、医療忍術を教えつつ医師としての心構えを教えたんだっけ。
 そういう意味では彼も私の弟子の一人で、私の忍道ではないけれど……意思を継いでくれる里の一員なのだ。

 彼の中だけじゃない。
 ヒルゼン君やダンゾウ君、ビワコちゃんといった木の葉の未来を担う子供達の中にだって、私が死んだとしても彼らに根付いた私の意思や思いは残っていくんだなぁ。
 ――――それが分かって、とても嬉しいと心から思えた。

 首に手を当てて、そっと視線を伏せる。
 包帯と布で隠した私の首には一年前の死闘の際につけられた枷の様な痕はまだ残っている。
 一年たっても消えない以上、多分この先も――それこそ私が死ぬまで私の首にこの痕は残るのだろうと予測している。

 マダラ、お前は後世にまで伝わる物があるとすればそれは憎しみしか無い、と言ってたな。
 ――けど、それはどうやら正しい答えじゃないみたいだぞ。

 小さく笑って、心の中で今はいないあの石頭の馬鹿野郎へとそっと呼びかける。

 さて、残り少なくなった人生。目一杯するべき事をやっておかないとね。 
 

 
後書き
個人的にうちはの写輪眼が分割払いだとすれば、こっちは一括払い。
強大な力には代償がつきもの。むしろ強大であればこそ、代償は必要……というのが自分の考えなので、こうなりました。
綱手の創造再生にも同じようなデメリットがありましたので、参考としてはそれです。 

 

青葉時代・逝去編

 
前書き
一代限りの英雄だけでは世界を変える事が出来ないと思うので。 

 
 『終末の谷』と呼ばれるようになった、あの場所での戦いから数年後。
 世界は一時の平安に包まれてはいた。

 しかし平穏な日常の裏側では、各国の隠れ里は軍備拡張と情報収集に勤しみ、不穏な気配を漂わせつつあった。
 下手すれば明日にでも戦端が開かれそうな、そんな危うい均衡の上に並び立つ日々。

 それでも世界が一時の平和に微睡んでいられるのは、私がしぶとく生き続けているのも原因の一つであると思う。

 ――木の葉に千手柱間あり。
 そう謳われる様になったのは何も最近の事ではない。

 他里では私は尾獣を従え、山をも砕く、一騎当千の忍びだと言われているらしい。
 まあ本当の事だし出来なくもないのだが、なんというか人の事を怪獣の様に言わないで欲しいなぁ……。

 一国一里が広がり、国の中で忍び達が争う事はまず無くなった。
 その代わりに敵を国外に求めるようになった各隠れ里は、虎視眈々とその切欠を狙っている。

 悔しいなぁ、と思う。
 出来るだけ戦火を無くそうと努めたが、結局それは叶わなかった。
 それどころか、世界がより大きな憎しみと流血を求め始めているなんて。

 ――けど。

「柱間様〜、遊びましょうよ!」
「ううん、それよりもお話をして!」

 着慣れた火影の衣装に身を包み、里を歩けばあちこちから子供達が駆け寄って来る。
 無邪気なその姿が嬉しくて、微笑みが零れ落ちた。

「いいよ。お話ししようか、何の話がいい?」
「えーとね、柱間様が昔木の葉の里を作った時の話がいい!」
「僕は柱間様が尾獣と戦った時の話が聞きたいなぁ!」

 子供達に手を引かれながら、皆で木陰を目指す。
 大きく枝を広げる木の下に並んで腰を下ろせば、遠くで心配そうに見ている人々の姿が目に入って、そっと口元に人差し指を押し当てる。

「柱間様! 最近はお加減がよろしくないのですから、大人しくしていてくださいな!」
「そうです! お前達も柱間様に無理をさせるんじゃない!!」
「コハルちゃん、ホムラ君。心配してくれるのは嬉しいけど、今日は大丈夫だよ。滅多にないほどいい気分なんだ」
「ですが……!」

 出来るだけ私の体調の事を隠そうと思ったんだけど、この里で忍びの仕事に就いている人達にはバレてしまった。
 ある日いきなり過保護になった人達の姿に苦笑が零れたのは語るまでもない。

 心配してくれる二人に手を振って、子供達と里の中を歩く。
 そうして適当な木陰に座りこんでおしゃべりに興じていれば、遠くから走って来た扉間に見つかって怒られるのも、既に日常茶飯事となっている。

「兄上! また仕事をほったらかして、外になど出て!」
「あ、扉間様だー!」
「本当だぁ! じゃあ火影様、また抜け出して来たの?」

 扉間の背後ではダンゾウ君とヒルゼン君が呆れた様に、でも少しだけ心配そうに私を見つめている。

「じゃあ、今日はここまでだね!」
「火影様、また明日!」
「じゃあねー」

 きゃらきゃらと子供達がお互いに笑い合いながら立ち去っていく。
 彼らの間には一族とかそう言う面倒なしがらみは無い。同じ子供同士、今度は何をして遊ぼうかと楽しそうに語り合っている姿に頬が緩む。

「あれほど黙ってお出かけにはならない様にと! あれほど言ったのに、全く!」
「はは。コハルちゃん達に聞いたのか?」
「そうですよ! 全く、火影様と来たらちょっと目を放せばすぐこれだ」
「油断も隙もないって、きっと柱間様の様な人を言うんだろうな」

 怒る扉間とダンゾウ君。ヒルゼン君はちょっとだけ遠い目をして、私達を見守っている。
 被っていた笠を外して、里を吹き抜ける風に髪を靡かせる。昔に比べれば大分髪も伸びたな、今では腰の辺りにまである。

「火影様! それに扉間様!」
「おや、カガミ君。扉間を探していたのかい?」
「お二人を、です! 火の国の大名からの鷹便が届いて、なんでも例の件で話がしたいとか……」
「『例の件』?」

 この間扉間の小隊に編成されたばかりのうちはカガミ君が、木陰で顔を向き合わせている私達の姿を見つけて走り寄って来る。

 訝し気に眉根を寄せた扉間に小さく笑って抱きつけば、驚いた様に皆が私達を見やる。

「な、何をするんですか!? あね、兄上!」
「んー、別に。愛しいなぁ……と思って」

 ぎゅ、と一度力を込めて、扉間から離れる。
 そうした後子供達三人も抱きしめれば、扉間が疲れた様に溜め息を吐いた。

「……私がいなくなった後の、木の葉を頼むよ」

 それぞれの耳元で小さく囁けば、三人の内の誰かが息を飲んだ様な気がした。

「火影様、今のって……」
「んー、何でも無い! 名残惜しいけど、そろそろ戻るよ」

 『火』と書かれた笠を扉間の頭に被せて踵を返せば、扉間がどこか狼狽した表情を作る。
 そんな顔しないでよ。遅かれ早かれ、いずれ来ると言う事は分かっていたんだろ?

 ――――自由になった髪を風に遊ばせながら、火影邸を目指した。

*****

 道行く人々と挨拶を交わして、慣れ親しんだ火影邸へと入る。
 大名からの手紙に返書をしたためて、ミトと一緒に午後の一服をする。

 ミトはとても綺麗になった。
 幼い頃の妖精の様な可憐さは、今では成熟した大人の女性の優雅な雰囲気に。
 そして彼女の纏う落ち着いた空気は、羽衣の様に彼女を包んで誰をも魅了させる。

「ミト。お前さ、結婚したい人がいるか?」
「は、柱間様……!?」

 真っ赤になったミトの顔はそれ自体が返事の様な物で。
 そっか、と心の底から嬉しくなる。ミトが好きになる様な相手なんだから、きっと彼女の事を不幸にはしないだろう。

「なんとなーく、相手の察しは付いているんだけど……少しばかりお姉ちゃんは寂しいなぁ」
「柱間様!」

 人柱力と言う道を選んだ彼女のこれから先の人生は、決して平坦な物ではないだろう。
 でも……。

「大丈夫ですわ、柱間様。私の中には確かに九尾がいますけど、それよりも先に私の器には注がれた物がありますもの」
「そう?」
「はい。幼い頃からずっと……私は貴方の愛情をずっと受けていましたから。九尾が入ってくるよりも、もっと前から」

 そう言って大輪の花の様な笑みを浮かべる妹の、解れた髪をそっと直す。
 きょとんとした表情は幼い頃の日々を思い出させて、我知らず微笑みが浮かんだ。

「そうか……。幸せになるんだよ、ミト」
「柱間様?」

 あの子ならきっと……ミトの事を幸せにしてくれるだろう。
 だから、大丈夫。

*****

「火影様、早く中に戻って下さい。風邪を引かれますよ」
「大丈夫、大丈夫。言ったろ、今日は気分が凄くいいんだって。もう少ししたら、オレも中に入るから」
「はぁ……。後十分だけですからね」

 夜空の星々を眺める。
 火影邸の屋上は、私が見つけた星がよく見える絶景ポイントだ。
 今宵は月の無い晩。その代わりに星々がこれでもか! とばかりに各々輝きを放っている。

 中から持ち込んだ肘掛け椅子に座り込んで、黙って星空を見上げる。
 静かで心地よい夜であったせいでどうしても瞼が重くなる。
 ――眠気に襲われて、じんわりと瞼が下がっていく最中に、とても美しいアカイロを見た。



「……やぁ、なんとなくそんな気はしていたよ」

 ふふふ、と口から吐息が零れる。
 それにしても眠たいせいか、瞼がとてつもなく重い。
 勿体無いなぁ。折角目の前にはこんなにも美しいアカイロがあるというのに、目に焼き付けておけないだなんて。

「見たか、これが今の木の葉だ。人々は一生懸命、明日を目指して生きているぞ」

 千手もうちはも、山中も奈良も秋道も。
 油女も犬塚も、志村も猿飛も日向も――それぞれ一族の垣根を越えて、人々は同じ里の仲間として暮らしている。

「残念ながら、オレの見たかった光景にまでは至らなかったけど、それでもオレは満足だぞ」

 出来れば里や国単位ではなく、それらを越えて人々が交流する姿をこの目で見たかった。
 ――けど、残念ながら時間切れらしい。

 そういうニュアンスを込めて呟けば、まるで揺らめく炎を切り取った様なアカイロが不安定に揺れる。
 ミトの赤い髪、九喇嘛の鮮血の瞳と合わせて、その色は私の好きな色だったっけ。

「お前の目、オレは結構好きだったんだぞ。綺麗だなってずっと思ってた」

 内に秘めた意思の激しさを物語る様な、炎を映した様な赤い瞳。
 彼らの黒い髪とその瞳の色が交われば、まるで暗く陰鬱な夜を破る太陽の力強さを連想させた。
 ――今だからこそ、言える事だ。

「世界平和……ちょっと無理だったみたいだ。残念だなぁ……」

 でも、大丈夫だ。
 ヒルゼン君かダンゾウ君か、それとも扉間かミトか。
 私が見ることのない、遠い未来に生まれてくる子供達の誰かかもしれない。

「オレの、私の残した遺志を受け継いでくれる者は……出て来るさ。その時こそ、世界は平和へと導かれるんだろうなぁ……」

 私はその礎だ。
 余命宣告を受けて後、里の人々と触れ合う事でそう思えるようになった。

 でもやっぱり、ちょっと残念だなぁ。
 自分の歩いてきた道に後悔なんてしないけど、もうちょっと長生きしてみたかった。

 段々と意識が闇に包まれていく。
 闇でも、冷たく凍えた感じはしない――まるで母の腕に抱かれている様な、そんな安心感さえ覚える闇だ。

 体の感覚が徐々に薄れていく中、そっと頬に何かが触れる。
 今にも壊れてしまいそうな物を触れる様に優しく、傷つけない様に慎重に――それは震えていた。

 唇が弧を描く。
 なんでか、とても心が温かかった。

「……さよなら、だな」

 脳裏に巡るのは大事な弟妹と愛しい里の人々の姿。
 今まで関わって来た人達全員に心の中で別れを告げれば、瞼の奥の優しい闇が私を招き寄せてくれる。
 その心地よさに、肩の力を抜く。

 ――――最後に、誰かが何かを呟いている様な……そんな声が聞こえた。 
 

 
後書き
とりあえず、その死だけでも安らかな物でありますように、と。
原作で初代火影がどのような死に方をしたのかはわかりませんが、ここではこうです。

本編内には書きませんでしたけど、彼女は自動治癒能力に物を言わせてかなり無茶苦茶な戦い方をしておりました。番外編でマダラとの戦いで大怪我して帰って来る話、とか考えてました。
青葉時代、あと二話です。 

 

青葉時代・死別編

 命の灯が掻き消された瞬間を見るのは初めてではなかった。
 けれども、ずっと己の前にいて歩いていた人間の、そんな姿を見る事になるとは思ってもいなかったのだ。

 目の前の人物の頬へと、意を決して己の片手を添える。
 冷え切った己の手とは裏腹にその頬は温かい……当たり前の事実に愕然とする。

「……さよなら、だな」

 時折神秘的な緑色の輝きを帯びていた黒い目を眠たそうに細めながらも、そう囁いた姿を見て。
 ああ、逝ってしまうのだ……と本当に柄にもない感傷が胸を切り裂いた。

「――――柱間」

 ずっと目の前にいた。
 ずっとその背中を追いかけていた。
 届かないからこそ憧れ、正反対であるからこそ羨んだ。
 追いつけないことに苛立ち、何とかしてその目に対等な存在として映ってやりたかった。

 敵として互いに武を競い合っていた頃が最も己の心躍る時だったのだろう。
 誰からも畏れられていた仇敵の前に看過出来ぬ存在として相対出来たのは己だけだったのだから。

 仲間として遇されてから、それから奴の目に自分と言う存在が他の者達同様に映る様になってからは、どうしてかそれが気に食わなかった。
 他の人間達同様に守るべき――奴の庇護を受けるべき存在として扱われる事は、己の矜持がどうしても是としなかった。

 だからこそ何もかも失って復讐者と零落れてしまっても、その目に対等な存在として映る事を欲したのだと思う。

 時折気まぐれに振り向いてはいつも己を翻弄させていたその相手が、自分の前でまたもや己の手の届かぬところに逝ってしまう。

 ――……目の前の相手は、そんな己の複雑な心境など知りもしないだろう。
 いつだって先を歩いて、前だけを見据えて、己と同じ夜の色彩を身に纏っていながらも、誰もが目を離せない程の光を惜しげもなく振り撒いて、己を含んだ大勢の者達を惹き付けて。

 ――その輝きが、目の前で消え失せる。
 糸の切れた傀儡人形の様に、自分の目の前で仄かな微笑を唇に刷いたまま――逝ってしまった。

「……うちはのオレでさえ慈しむ事の出来ないこの目を……お前は美しいと思っていたのか」

 最も親しい友を殺し、弟の目を奪って、ようやく完全な物へと開眼した己の目。
 血族の者達でさえ恐れ戦き、誇れる物ではなかったこの瞳をそんな風に称せるのは、後にも先にもこの風変わりな仇敵だけだろう。そう思えば、あまりにも歪んだ苦笑が口元に浮かぶ。

 ……己が捨てた故郷に戻って来たのは単なる気まぐれだった。
 自分と違って、誰からも求められている仇敵の元へと顔を出したのだってそうだ。
 そうして目にした相手の余りにも儚すぎる姿に息を飲んでいれば、奴はやはり憎しみも恨みもない声音で目の前の木の葉を己へと誇って見せたのだ。

 こんなにもこいつは細かったのか、と既に事切れた躯を眺める。
 元より中性的な顔立ちをしていたのは知っていたし、人間の顔の美醜に興味のなかった自分でも認めざるを得ない容貌の持ち主であったのも理解していた。

 それでも己に――人々に見せる姿はいつだって誇らしげで堂々として、誰よりも毅然と胸を張っていたから、その脆さに気付かなかった。

 そっと夜風に遊ぶ絹糸の様な黒髪に手で掬い上げる。

 その生き様に焦がれて、その強さに魅せられた。
 野の獣よりも奔放な姿は、空を舞う鳥よりも自由な姿は――癪に障る事に長らく自分の憧れでもあった。

 届かないからこそ、悔しかった。追いつけないからこそ、苛立った。
 手に入らぬからこそ憎み、自分では決して真似出来なかったからこそ妬んだのだ。

「……とうとう貴様はオレだけでない、誰の手も届かぬ場所に去ってしまったな」

 不器用だ、と亡き弟からも目の前の相手からも告げられた事がある。
 今ではその通りだと認めるしかない。
 焦がれ、求めて、それなのに素直になれなかった自分が、こいつの死を看取るとはなんたる皮肉だろう。

「――だが、貴様の求める平和は所詮理想論だ。結局人間が分かり合える事などない。……オレ達が、そうであったようにな」

 目の前の相手が空を眺めつつ浮かんだ理想を追い求めるのであれば、己は地に足をつけて絶望の底に転がる世の事実を口にする。

 尾獣と並んで世界の抑止力であった目の前の人間が死んだことで、世界には密やかなる激震が走るだろう。
 ――そうしてこいつの願いとは裏腹に、再び世界は憎しみに覆われる事になる。

「オレはオレのやり方で世界を壊してみせよう。貴様とはまた違った手段で」

 手の中の黒髪がそっと離れていく。
 微笑みを浮かべたままの彼の人へと最後に一度だけ振り向いて、己はその場を後にした。



 遠くで、誰かの悲鳴が上がるのが聞こえ、静かだった里中が騒然としだす。
 一つ、また一つと夜に燈火が灯り、人々がざわめいているのを耳にしながらも――彼は静かに闇へと姿をくらませた。 
 

 
後書き
彼は彼でかなり捩じれている人ですから、その内心はかなり複雑なものであったと思います。
憧れると同時に憎み、妬みながらも羨んで、密かに尊敬しつつも表になど出せない。少なくとも、柱間が生きている間は素直になることはなかったんだろうなぁ…と原作を読みつつそんなことを思いましたので。

この話の中では、マダラ頭領もうすうす主人公の性別に関しては感づいていました。それを確かめる前に決別してしまい、彼が確信したのは主人公が死んでからです。

忘れちゃいけないのは、本誌でかなりの悪役を張っていますマダラ頭領ですけど、彼も彼なりに世界を救済しようとしているのですよね。
やり方が一方的かつ独善的でこそありますが。
手段として手っ取り早く最も現実的なのは残念ながら「月の眼」のほうだと思いますよ。 

 

青葉時代・エピローグ

 涙を流している者も、心の中で泣いている者もいた。
 里の、いや忍び達の中の英雄と呼ばれるに相応しい人物の死を悼んで、葬儀の話を聞いた誰もがその場に集まっていた。

 粛々と儀式が進む中、一人の少女が不思議そうに首を傾げた。

「ねぇ、お母さん。火影様はどうして目をお覚ましにならないの? いつもだったら私達が傍にいったら喜んで笑って下さるのに」
「火影様はね、お亡くなりになられたのよ。お前も、お花を手向けていらっしゃい」

 兎のぬいぐるみを抱いた少女はよくわからないままに頷く。
 数年前に姉からもらった首に緑のリボンを巻いた兎を手に、綺麗な真っ白な花を受け取って横たわるその人の上へと花を添える。

 微笑む様に瞼を閉じ、唇に薄く微笑を刷いた横顔はとても綺麗だった。
 でも眠っているようなお姿よりも、普段の元気な姿を見てみたかった。

「火影様、お花です」

 いつもだったら同じ事をすれば、この上もなく幸せそうに微笑んでお礼を言って下さるのに、火影様は眠ったままだ。
 わけがわからなくて困った顔をすれば、木の葉の忍びを意味する額当をつけている人たちが自分の後ろに並んで、一人ずつ花を火影様の傍に渡していく。

「お兄ちゃん、火影様はどうして目を覚まされないの? 起こさないと、寝坊した! っていってまた大騒ぎなさるよ」
「そうだなぁ……。きっとそうなされるだろうなぁ」

 顎の下に十文字の傷のある少年が顔を伏せ、その隣の少年が困ったように顔を歪める。
 なんで泣きそうな顔をしているのだろう、と少女は不思議に思った。

「ミト様、泣いてるの?」
「そうね……。もう柱間様とお話しする事も、出来ないからね……」

 灰鼠色の瞳を潤ませた、鮮やかな赤い髪の佳人が目元を押さえる。
 この美しい人がそんなことをすれば、いつもだったら直ちに火影様が駆け寄ってきて大騒ぎしたのに。

「もうお話しできないの? どうして?」
「柱間様は……お亡くなりになられてしまったからよ」

 少女は途方に暮れた眼差しで眠り続けているその人を見つめていた。
 手の中の兎のぬいぐるみの首元のリボンが解けて、風に乗って飛んでいく。

 ――風に舞うリボンへと伸ばされた少女の指先は、空を切った。



 一人の英雄の葬儀が行われた。

 戦国の世に最強と謳われた千手一族の頭領にして、一国一里制度の発想者である彼の人物の名を千手柱間と言う。
 敵も味方も柱間のことを最強の忍びとして讃え、忍びの頂点として一目を置かれていた彼の人の、その鮮やかな姿に憧れる者は後を絶たなかったと伝えられている。

 しかしながら、その比類なき戦闘力を誇る木遁という唯一無二の忍術を扱いながらも、彼の人はあくまでも力ではなく、話し合いや融和による平和を実現させようとしていた事や、また各地より身寄りのない子供達を引き取り、教育を施した事から、彼の人が単なる戦上手なだけの人物ではないと世に示した。

 同じ戦国の世の英雄にして、後の最大の敵対者となったうちはマダラとの一戦から数年後。
 彼の人は己の亡骸を荼毘に付して後火葬する様にと遺言を遺し、弟である千手扉間を己の後継者――二代目火影として指名して、この世を去る。

 千手柱間の願いも空しく、彼の人の葬儀から数年後。
 世界は国と国で争いあう忍界大戦を迎える事になるが……それはまた別の話である。 
 

 
後書き
最も、これで終わりじゃないんですけど……ね。
萌芽、双葉、若葉、青葉 + 蛇足三部作で「木の葉芽吹きて〜」は完結します。
でも予告していました様に、ここに投稿するのは青葉までとさせていただきます。 

 

蛇足・結末に至る過程の話

 
前書き
入れ忘れていました。 

 

「覚悟して下され、初代様、二代目様!!」

 老人の裂帛の気合いの込められた声が、紫の炎に包まれた世界に響き渡れば。
 その強い強い決意の込められた声を耳にした二人の人物は、それぞれの反応で返したのであった。

『ほう……お前か。歳を取ったのぅ、サルよ』
『え? って事はあれがヒルゼン君なんだ。うわぁ、歳を取ったねぇ……って、何この肌色!? 滅茶苦茶悪っ! まるでゾンビみたい――って、今の私はゾンビか!』
『姉者……。お願いですから緊張感をお持ちください』

 疲れた様に溜め息を零した銀色の髪の青年に、老人は変わっていないなぁこの人達と思ったとか。

「随分と愉快な方達ですねぇ、猿飛先生」
「……言うてくれるな、大蛇丸よ」



『え? 何言ってんの。私の遺体はDNAが残らん様に火葬してもらったんだから、エドテンされる訳無いじゃん……って、扉間。――お前、まさか……』
『申し訳ありません、姉者! 皆が反対したので――ごふっ!!』
『ふっざけんな、この愚弟ーー!! なんって事をしてくれたんじゃーー!!』

 髪を振り乱して叫んだ黒髪の人物を結界越しに見つめていた暗部の片割れが、ぽつりと呟いた。

「隊長。その、あの人は本当に初代火影様なんですか? 随分と聞いた話と違う様な……」
「――……オレに聞いてくれるな」



「ダメもとでやってみたけど、なんとか上手くいく物だねぇ……さすが初代火影クオリティ」
「馬鹿な……! 生き返っただと!?」
「助かりもうした、初代様! お二方を相手するには最早屍鬼封尽しかないと思っておりましたが、初代様がお味方して下されるとならば、その必要もありますまい!」
「ゔぇ? 屍鬼封尽? なにその物騒な術」

 後々詳細を耳にして、心底使われずに済んで良かったと胸を下ろした初代火影がいたとか。



「私を始めとする様々な人々が生み出し、二代目である弟が育て、三代目、四代目と守り慈しまれて来た木ノ葉だ。お前の様な相手に好きなどにさせまいよ」
「しょ、初代様……!」

 振るわれた蛇の毒牙から老人を間一髪の所で救い出し、その人は不敵に笑ってみせた。

「――――それにヒルゼン君だって、お前に殺させはしない。残念だったな、大蛇丸とやら」



「うずまき……ナルト? そうか、君が……」
「なんだぁ、姉ちゃん? オレの事、知ってるのかってばよ?」

 堂々と己の名を披露した眩い金の髪の子供に向けて、その人は微かに震える声音で少年の名を紡ぐ。
 不思議そうな少年の眼差しと目を見合わせ、その人は今にも泣き出しそうな表情で笑ってみせた。

「いいや。でも、私の妹の事を思い出したんだ。あの子も……君と同じうずまき一族の者だったから」
「うずまき一族?」
「生命力をそのまま色にした様な鮮やかな赤い髪を持つ、渦の国出身の一族でね。君は、父親か母親のどちらかのうずまき一族ではない方の色を受け継いだんだろうね」
「なんかよく分かんないってばよ」

 首を傾げる少年の金の髪を優しく撫で付け、その人は過ぎ去った過去を懐かしむ様に両目を細めた。



「なんか物騒な気配がしたから、ガイ君と出て来てみたのだけれども……。半魚人って本当に実在していたんだなぁ……」
「…………失礼な人ですねぇ、貴方」

 しみじみと感慨を込めて呟かれた一言に、青白い肌の大男がこめかみを引き攣らせる。
 そうしてから無表情でこちらを見つめている黒髪の青年の姿を目にして、その人は「げっ」と何とも形容し難い呻き声を漏らした。

「万華鏡写輪眼!? なんで私の周りのうちは一族は万華鏡開眼率が高いんだ……!」
「――……木ノ葉では見た事の無い顔ですね。しかし……どこか見覚えがある」

 三枚羽の手裏剣を思わせる文様の浮かんだ瞳を軽く眇めた黒髪の青年に対し、その人は視線を逸らす事なく腰を落として身構える。

「私の方も君によく似ている子を知ってるよ。最も、君と直接顔を合わせるのはこれが初めてなんだけどね」
「どういう意味だ? それに何故この目の事を知っている……?」

 臆する事なく赤い目を射抜いて来るその人に、青年の方も只ならぬ物を感じ取り表情を険しい物に変えた。



 もうもうと湯煙の立ちこめる中、金の髪の女は白い蒸気の奥から現れた人物を見て、正確にはその首元を見て目を見張った。

「大叔母様! その痣は、一体……!」
「ああ、これ? 昔殺されたかけた事があってね。これはその時の古傷なんだ。どうしてか、これだけは治らなくてね」

 細く白い首を覆う枷を連想させる痣に、金の髪の女は息を飲む。そんな彼女に、その人は小さく笑って首元を白いタオルで隠した。

「殺されかけたって、それって……!」
「それよりもつーちゃん、いやさ、綱手。君は、火影になる気はないのかい?」

 それまでの親しみ易い声音を一変させた鋭い声が、女の胸を抉る。
 言い訳は許さないとばかりに研ぎすまされた声音に、女は無言で顔を伏せた。

「別に無理になって欲しいとは言わないよ。でも、どうして躊躇っているのか……その訳を教えてくれたら私としても嬉しいんだけど」

 慈母を思わせる声音に、女はますますその身を小さくする。
 胸の前に置かれた女の両手が過去の悪夢を思い出した様に小刻みに震え出した。

「私は…………!」



 薄暗い森の中。
 首元を押さえている少年の前に、森の空気がそのまま凝って人形を作った様な……そんな神秘的な気配を纏った人影が現れる。

「――手を組もうじゃないか、うちはの少年。私は君の知っている事を知りたくて、同時に確かめたい事がある。そして君は復讐のための力が欲しい。だったらあの蛇男よりも先に私の手を取りなよ。――少なくとも、私は君が今向かおうとしている蛇男よりも遥かに強いよ?」
「……何者だ、あんた」
「つくづく可愛くない反応だなぁ! 全くもってあの野郎にそっくりだ」

 大袈裟に溜め息を吐いてみせて、その人は軽く肩を落とした。
 同時にそれまでの触れただけで切れてしまいそうな空気が一変して、気安い雰囲気がその人を包む。

「さあてね、そればかりは内緒だ。悔しかったら当ててご覧、うちはの末裔」



「奇妙なんだ。私の覚えている里の風景の中で、どうしてかうちはだけが集落の位置が記憶と一致しない。……昔は、あんな里の外れにうちはの集落は置かれていなかったんだ」
「――覚え間違いって事じゃないのか?」

 焚き火を囲む様にして、二人の人物が向かい合っている。
 炎を作る陰影が、それぞれの横顔を彩った。

「それはない。あの時の事はとても鮮明に覚えているし、勘違いって事は無いんだ。それに……」

 一度言葉が途切れる。

「うちは一族の実力は私が一番良く知っている。幾ら君の兄が天才だったとしても、たった一人で一族全員を一晩で殺し尽くすなんて出来る訳が無い」
「けど……!」
「君の記憶は正しいけど、残念ながらそれだけで全てを判じてしまうには情報が少なすぎる。それに……可笑しな事は他にもある。一晩に一つの一族がなくなる程の殺戮が起こったって言うのに……どうして木ノ葉の者達が気付かなかった? 単純に、君の兄だけが絶対悪だと……言い切れる話ではないかと私は思うがね」

 少年は、唇を強く噛み締める。
 その姿に気付いた人影は、悲しそうに瞳を伏せた。

「うちはの滅亡に……里も噛んでいるという事なのか?」
「――残念ながら、その可能性は限りなく高いね」



「ここが大蛇丸の実験場か……。相変わらず胸くそ悪りぃな……って、なにしてんだ?」
「さ、最悪だ。最悪すぎる……! そりゃあ、遺体が火葬されていないという時点で薄々勘付いてはいたけどさぁ……!!」

 巻物を見下ろしながら顔を両手で覆ってぶつぶつと呟いている人影に、少年は気味悪そうに眺めやる。

「私の細胞、なんだかんだで悪用されまくりじゃん! くっそ、フラグ回避ならずかよ!! もう最悪だぁぁあああ!!」
「落ち着け! 大声を出したら他の奴らにバレるぞ!! あんたが来たいって言ったから大蛇丸の野郎に頼んで研究所までやって来たのに、それを台無しにする気か!!」

 蛇を模した柱に頭を打ち付け出した相手を、少年は慌てて押さえた。



「公衆の面前で堂々と自殺してんじゃねーよ! 未来ある青少年が悪い影響を受けたらどうしてくれるんだ、この上半身露出男!!」
「ごっふっ!!」

 奇妙な紋の描かれた陣の上で、己の腹に鎌を突き立てようとしていた男が吹っ飛ぶ。
 顔の反面に火傷を負った木ノ葉の忍びは、目の前で鮮やかな飛び蹴りをしてのけた人物を目撃して呆然と声を漏らした。
  
「どうして、貴方がここに……?」
「路銀稼ぎに賞金首に関する情報を得ようと思って立ち寄っただけさ。それにしても酷い怪我だな」

 翳された掌が緑の優しい光を帯びる。
 見る見る内に火傷の傷が癒された忍びは、彼にしては珍しく己の教え子が来るまで身じろぎ一つ出来なかった。

「お。シカマル君じゃないか! ナル君達は元気かい?」
「ああ、まあな……って、どうして初のねーさんが」
「――おい。さっきとんでもない勢いで暁のコートを着た男が吹っ飛んでいったんだが、あんたの仕業か……って、シカマル!?」
「サスケ!? お前、大蛇丸の弟子になったんじゃ!? ナルトが連れ戻せなかったって事でかなり落ち込んでいたぞ」
「あの蛇男の弟子になる前に、私の弟子にしてね。大蛇丸のところにも弟子という形で入ってもらう事で、私の目的の手助けをしてもらっていたんだよ」
「その弟子入りの最終課題に大蛇丸を倒して来い……っていう無茶振りまで押し付けられたけどな」

 そう言いながら、無言でこちらを睨みつけている黒地に赤い雲の入ったコートを着た大男へとその人は視線を映す。
 そうしてから、首を傾げた。

「可笑しいなぁ……。見覚えが無い筈なのに、どっかで会った事がある様な……」
「奇遇だな、女。オレも貴様の顔には見覚えがある。――そうか、貴様よもや……」
「ん?」
「オレが一番最初に戦った木ノ葉の忍び……初代火影の血縁者だな?」
「ええ、と……まあ、そんな感じです」

 だらだらと汗を流すその人へと、大男は敵意に満ちた眼差しを向けた。



 小雨が降り注ぐ中、少年は彼にしては珍しく素直な感情を宿した瞳で相手を見つめ返していた。

「あの時、あんたがオレに声をかけてくれなかったらオレは兄さんの言葉を鵜呑みにしたまま、復讐者になっていただろうな。……そういう意味ではあんたには心から感謝している」
「そっか、行くのか」
「……ああ」

 雨水の滴る質のいい黒髪をやや乱暴な仕草で人影が撫でる。
 幼子にする様な動作だが、少年が嫌がる事は無かった。

「じゃあ行って来い、私の弟子。つくづく不器用なお前の兄さん相手に一発ぶん殴って盛大に文句を言って来てやれ」
「――そうするつもりだ。それで、あんたはどうする?」
「私は木ノ葉に戻ろうと思う。あの蛇男の研究室で見つけた資料が本当なら、旧知の子がかなり厄介な事に首を突っ込んでいる様だしね」

 少しだけ困った様に笑うと、その人は遠く木ノ葉隠れの里へと眼差しを向けた。



「大事件だよ、さっちゃん! 久方ぶりに木ノ葉に里帰りしたのだけれども、木ノ葉の里が……!」
「さっちゃんは止せ! 兄さん、この間抜け面を晒しているのは一応オレの師匠で、これでも初代火影だったらしい」
「初代、火影……? 馬鹿な、死んだ筈では――そうか、大蛇丸の……」
「うん、そう! 改めて始めまして。――で、話の続きなんだけど、暁の首領が木ノ葉に侵攻して里を丸ごと潰してしまったらしい。それと五代目が……つーちゃんが倒れて、六代目にダンゾウ君が選ばれたって!」
「ダンゾウが!?」
「何か知っているの、イタチ君?」

 青年の口から語られるうちは一族滅亡に至るまでの話に、自然とそれを耳にした二人の顔が険しくなる。

「何度聞いても愉快な話じゃないな……。おい、やけに顔が青ざめているが……どうしたんだ」
「なんていうか、気付いちゃった。どうしてダンゾウ君が私の細胞を移植したのか……」
「ダンゾウはシスイ兄さんの目を持っていた。それには貴方のチャクラがあれば利用のサイクルを縮める事が出来る……そのためでは?」



「あ、あなたが世界に名高いラップ忍者こと、キラー・ビーさんなんですね! お会いできて嬉しいです、初めてあなたのラップを聴いて以来、ずっとファンでした!!」

 恋する乙女の様に頬を赤らめ、もじもじとしながら色紙を取り出した彼の人の姿に、その場にいた誰もが目を見張った。
 浅黒い肌を持つ雷の国出身の忍び達は、驚愕の視線をサイン待ちしているその人へと向ける。

「お、おい……。今の一言聞いたか? ふぁ、ファンだってよ、師匠の……!」
「うっそ、マジかよ……。世の中には好き者がいるもんだな……」

 刀を背中に差した若い二人の忍びがそう呟けば、彼の人と共に雷の国の人柱力に会いに来た『鷹』の面々は無言で目を背けた。

「サスケ……。なんだかとってもキラキラした目でこっちを見ているんだが……」
「目を合わせるな、水月。同類だと思われるぞ」



 オレンジの色の渦を巻いた仮面の男が一人、世に名高い四人の影を前によく響く声で己の計画を明らかにしていた。
 それを部屋の外で耳にしていたその人は、目深に被った外套のフードの下に隠された容貌に何とも形容し難い表情を浮かべた。

「月の眼計画……それに、うちはマダラだと……? なんだかきな臭くなって来たな……」

 小さくそう呟くとその人は踵を返して、その場から立ち去る。
 向かう先は、六代目火影候補であるかつての教え子の元だ。



「これでよし、と。そろそろ私も行くとしますか」
「大叔母様、一体どこへ行くと言うのです? あの仮面の男は未だに……」

 立ち上がって外套を羽織ったその人へ、金の髪の女が声をかける。
 心配そうに表情を歪める女へと、その人は優しく微笑みかけた。

「いやいや。オレが向かうのはあのぐるぐる仮面の方じゃないよ。我愛羅君とオオノキ君のいる戦場へと向かおうと思ってね」
「……どうして、そこへ?」

 訝し気な表情を浮かべた女へと、その人は軽く苦笑で返す。

「状況は確かに連合が有利だけど……相手がこのまま黙って見ていると思うかい? 私が奴らだったらそろそろこれまでの劣勢を覆す様な隠し球を今から投入するね」

 そして、と細い指が地図の一点をさす。

「殆ど決着のついている戦場ではなく、まだ盛り返しの効く……ここ。この地点が恐らく……」
「そこには既に影が二人もいます。わざわざ大叔母様が行かれる必要は……」
「まあ、確かにね。でも、つーちゃん」

 透き通る様な微笑みを、その人は浮かべる。
 それから殊更ゆっくりと、その人は優しい口調で言葉を紡いだ。

「なんでかね。どうしてか私は此処に向かわなければならないと、思うのだよ」



 軽く笑って、その人は腰に佩いた刀を軽く撫でる。

「――――さあて、と。これが最後の戦場だ。せいぜい見苦しくない様にしないとね」

 好戦的に微笑むと、緑色の輝きを帯びた黒瞳は真っ直ぐに遠くに見える戦場へと向けられた。 
 

 
後書き
尤もここの部分は書く気はないです。蛇足三部作につながるあらすじとでも。 

 

『彼らの道は再び交差する』

 
前書き
大変長らくお待たせしました、蛇足時代三部作の投稿を始めます。
視点が今までと違ってころころ入れ替わりますので、ご注意ください。 

 
 ――――その時己の心の内に奔った感情へと名を与えるとすれば、それは紛れも無く“歓喜”であった。

 空の一角が、己が呼び寄せた二つの巨大な隕石によって黒く塗り潰されている。
 初撃は空を舞い重力を操る忍びである土影の手によって辛くも押し留められたものの、流石の老忍者もその影に隠れるようにして迫って来ていたもう一つの隕石には反応出来ない。
 一撃目の隕石に対しては何とか気力を保てていた者達も、その背後に隠れていた二つ目の隕石の姿を目の当たりにすれば、一転してその表情を絶望で染め上げる。

 ――その光景を冷めた視線で見つめながら、己は胸中で小さく嘆息した。

 揮う力こそ使い慣れた万華鏡とは別種の物であっても、眼下にて逃げ惑う者達の浮かべる表情はあまりにも見慣れたもの。ただでさえ敵である者達の力など微々たるものでしかなく、特に今の様に圧倒的な力になす術もなくやられていく者達の姿程、己が見飽きた物は無かった。

――――逃げる事も出来ず、自分の身を守る事も叶わず、歯向かう事すら敵わない。

 そんな弱い輩になぞ、興味はない。
 己が没してからの年月の間にそれなりの実力を持った忍びも生まれてきてはいるだろうが、この程度でやられるというのであれば、わざわざ自分が気にかけてやる価値もなかろう。
 己を外法な手段でこの世に呼び戻した術者の思い通りにしてやるのは少々癪だが、忍び連合の者達が己の敵である事に変わりない。ならば今は形だけでも従っておいてやるのが吉といったところか。

 そのような事を考えているうちにも、刻一刻と己の呼び寄せた巨石は地上との間の距離を狭めていく。
己が無表情で見守る中、巨石は大地へと激突して数多の忍び達の命を奪いにかかり――そうして大地には哀れな忍び共の骸が転がる事と成る筈……だった。

 ――――その未曾有の惨劇が、突如として出現した巨木によって遮られるまでは。

 轟音と共に大きく揺れた大地より爆発的な生命力の迸りと共に芽吹いて、その太く雄々しい幹で二つの巨石を絡めとり、青々とした若葉を茂らせた――天をも覆わんばかりの見事な大樹。

 中天に差し掛かった陽光に照らされ、青々とした若葉が木漏れ日混じりに宝石の様に煌めく。
 それまでは荒野としか評しようのなかった戦場が、一瞬にして新緑の大樹が根付く緑の繁茂する大地へと変貌していた。

 目を見開く――それまで漫然と出来ていた、息を吸うと言う行為すら脳裏から綺麗に消え去った。
 まさか、いや、そんな筈は無い。
 あり得ないと思いつつも、己の直感は唯一人の存在を示して止まなかった。

「な、なんだ……!」
「助かったのか、にしても、これは一体……!?」
「木……? 馬鹿な、いつの間に!」

 誰もが驚愕で目を剥く中、己が脳裏に浮かんだのはただ一人だけ。
 こんな真似を出来る者がこの世に二人といる訳が無い。

 その存在を探し出すべく、今は紫の波紋を描く瞳を戦場へと巡らせて――そして、見つけ出した。

 誰もが警戒し殺気を向けて来る中、ただ一人だけ泰然とした態度で視線を寄越す、目深に外套を被った細い人影。
 怪我を負った若い忍びの傍で片膝をついて治癒行為を行っている、強烈な既視感を与えてくるその身形。

 ――己が、見間違える筈が無かった。
 焦がれ、追い求め続けて、憎み厭いながらも――ずっと、ずっと憧れていたのだ。

 己が見守る中、人影は怪我をしていた忍への治癒を終えると、ゆっくりとした動きで立ち上がる。
 ――目深に被った外套の隙間より僅かに覗く口元が、緩やかな弧の形を描いた。

「随分と会っていなかった気がするが、こうして顔を合わせるのは何時以来だろうな?」
「……いずれにせよ、戦場で見えるのはこれで最後になる事だけは確かだな」
「――確かに、違いない」

 交わした言葉の内容に互いに互いの喉を鳴らして、低い笑声を上げる。
 旅先で旧友に出くわした時の様に悠然と、それでいてある種の親しみを込めて会話を交わす自分達へ、周囲の忍び達が訝しそうな視線を向けてくる。
 隣で旧知の皮を被った術者の男が眉を顰めているが、そんな些事などどうでもいい。

 己の必殺の技を止められたと言うのに、怒りは無い。
寧ろ相手の腕が衰えてなどいなかった事実に――心底安堵していた。

「……にしてもなんだよ、その目は」

 呆れた様に片手を腰に当て、奴は半ばふんぞり返る様にしている奴のフード越しの視線がこちらへと向けられる。

「万華鏡どころか、あの六道仙人の目まで開眼していたなんて聞いていないぞ」
「うちはの写輪眼が行き着く先は輪廻眼だ。流石の貴様もその事実には思い当たらなかったらしいな」
「全くだ。今のお前に勝つのは非常に骨が折れそうだな」
「……よく言う。寧ろ首を刈られるのは貴様の方かもしれんぞ」

 己の挑発を含んだ軽口に琴線を刺激された様に、人影が小さく笑う。
 ――皆が見守る中、被っていたフードが外され、解放された長い黒髪が空に舞う。

 男とも女とも取れる中性的で涼やかな面差しに、神秘的な緑色の輝きを帯びた黒い瞳。
 見慣れた不敵な微笑みは、嘗て幾度も戦場で相見えたあの時と全く変わっていなかった。

「――……穢土転生で甦ったのか?」
「最初は、な。けど、元々あれはオレと弟が考え出した禁術――その反忍術の一つや二つ、オレが持っていたとしても可笑しくはないだろう?」
「……術者との契約を解除したのではなく……術の上書きを行い、穢土転生の支配下から逃れたとでもいうのか?」
「まあな。万が一に備えて、生前から穢土転生用に反忍術を用意していたって訳だ」

 外套の下から覗いた容貌を目にした忍び達――特に木ノ葉に属する者達が騒ぎ出す。
 当然だろう。あの里に属している限り、常日頃からあの顔を目にして過ごしていたのだから。

「初代火影様……?」
「馬鹿な……! とっくに亡くなられて……まさか!!」
「カブトの穢土転生か……!?」

 警戒して臨戦態勢に入る忍び達に対して、奴は柔らかく微笑む。
 敵意も戦意も示さない慈愛に満ちた微笑みに、忍び達が武器を握る手に込めた力を弱めたのが分かる。

「安心しろ。確かにオレは一度穢土転生によって現世に引き摺り戻されはしたが、今はその縛りから逃れている。――寧ろ、今のオレの存在は生者に近いと言っていい」

 その言葉を証明するような、目と肌の色。
 ひび割れの無い肌色と生気に満ちた双眸を見せつけられて、連合の忍び達が歓声を上げる。
 戦場のあちこちで喜色を帯びた叫びが上がる中、軽く肩を竦めた奴はやや恨みがましい目でこちらを睨んだ。

「……こう見えて、現世に戻って来てからはかなり大変だったんだぞ。上手く術の縛りから逃れて弟を黄泉路に送り返したのはいいけど、オレは術の副作用で何故だか生き返ってしまったし、気づけばヒルゼン君は蛇顔の忍者に殺されかけているし……世界を放浪している間に命を狙われちゃうし、なんか知らないうちに色々な所で細胞は利用されているわで――……ほんっっとうに大変だった」

 何故だか最後の一言にやけに力が籠っている様な気がしたが、それは己に対する皮肉だろうか?
 
 軽く首を傾げていれば視線が外されて、土影と風影と共に様子を見守っていた金髪の忍びへと向けられる。
 オレンジ色の派手な忍服を纏って木ノ葉の額宛をしているその忍びは、奴の顔を見て動揺した様子を隠さなかった。

「――ナル君、ありがとうね。諦めないでいてくれて、本当に嬉しいよ」
「へ? それより……本当に初の姉ちゃんなのか!?」

 不躾に指を指す相手に不快を示す事なく、朗らかに奴は頷いただけだった。
 どこか面白そうな奴とは裏腹に、金髪の忍びは混乱を隠す事無くあたふたと両手を振り回す。

「――え、え? アスマ先生をあのゾンビヤローから助け出した後、どっかに雲隠れしたと思っていたら、まさか本当に初代火影だったのか……? でも、初代火影って、男だったんじゃ……?」
「まあ、生前は基本的に男性として振る舞っていたからね。そのせいで私が、つまり初代火影が、女であると知っていたのはほんの一握りだった。――だからこそ、蘇ってから女として振る舞う事は、私の正体を隠すための最高のカモフラージュになったんだけどね」

 ちらり、と緑の輝きを帯びた黒瞳が己の方を見やって悪戯っぽく瞬く。
 お前は知っていたか、と訊ねかける眼差しに軽く溜め息を吐く事で応じれば、意外そうに目が見開かれた。

「じゃ、じゃあ! サスケの奴が大蛇丸の弟子の振りをしていて、実は初のねーちゃんの弟子で協力者だったっていうのも――本当なのか!?」
「ああうん。互いに互いの利益が一致していたし、私としてもうちはの末裔をあのまま堕とすつもりもなかったし。あの不器用なお兄さん相手にやり合える様になるまで、それこそ徹底的に鍛えたよ」

 あっさりと宣言してみせ、地面へと突き刺さっていた適当な刀を抜いて一閃する。
 鈍い銀光が奔ったかと思うと、背後から忍び寄っていた口寄せ動物の蛇が真二つになっていた。
 そうしてから、ややじとりとした視線を己の方へ――正確には己の隣に佇む術者へと向ける。

「やれやれ……、可愛い教え子の一人とゆっくり話す機会もくれないとは。余裕の無い男は見苦しいぞ?」
「すみませんね。死者の括りから解放された初代火影が目の前にいるかと思うと、どうしても……」

 地に片手を付けて口寄せ印を組んでいた術者の男が、興奮を隠せない口調で応じる。
 その反応を予想していたのか、奴は苦笑しただけに留まった。

「その姿は二代目土影……無殿のものだな。全く、未完成の術に過ぎなかった穢土転生を此処まで完成させた術にするなんて……つくづく敵であることが惜しいな」
「お誉め頂き光栄ですよ、初代火影様」

 大袈裟な仕草で礼をしてみせた旧知の皮を被った術者に対して、物惜しげな光を奴が浮かべている。
大方、弟子にでも取りたいと考えたのだろう。貪欲に人材を求める癖は未だに健在だった。

「しかし、驚きました。てっきり貴方はもう一人の“うちはマダラ”――あの仮面の男の方へ向かうと読んでいましたが」
「まあ、つーちゃん……五代目火影や雷影殿はそうして欲しかったみたいだけどね」

 軽く肩を竦めると、手にした刀の感触を確かめる様に手の中で弄んでいる。
 ちらり、と緑色の輝きを帯びた黒の双眸が静かに様子を伺っている土影へと目配せを送った。

「あの仮面の男がわざわざ『うちはマダラ』の名を名乗るんだ。それなりの意味があっての事だと思っていたし、何らかの協力関係にあるのだろうとは思っていた。――そうしたら、その通りじゃないか」

 目配せを受けた土影が、周囲の忍者達にその場から下がる様に無言で指示を出す。
 それに気付いているのかいないのか、術者の男は尚も不審そうに言葉を重ねた。

「――つまり、最初からあの仮面の男が偽物だと気付いていたのですか?」
「そりゃそうさ。オレがそいつを間違えるわけがないじゃないか……――お前だってそうだろ?」
「当然だ」

 不思議そうな表情で決まりきった事を尋ねられ、意図せずして呆れた響きの声が漏れてしまう。
 他の誰を見間違えたとしても、この仇敵だけは間違えたりなどしないと断言出来る――故に愚問であった。

 その一方で、強い断定の口調に術者の男が気圧された様に押し黙る。
 暫くの間沈黙がその場を支配するが、その空気を払拭するように術者の男が再度口を開いた。

「では……長らく姿を隠していた貴方が何故此処に?」
「なに、大した事じゃないさ。生者に死者を戦わせるのは少々忍びないと思ったのと――」

 それまで流水の如く滑らかに綴られていた言葉が、ぷつりと途切れる。
 その態度を訝しく思って飄然と佇んでいるその姿を睨めば、凛とした面差しに好戦的な笑みが浮かぶ。
 凪いだ湖面を連想させる様な黒瞳に漣が立ち、鋭い刃を思わせる輝きが一瞬奔った。

「何ら難しいことじゃない。私が、マダラ――お前と戦いたいと思っただけさ」
「……っ!」

 真っ直ぐに、緑の輝きを帯びた瞳が己を射抜く。
 己の胸の内が、歓喜とも、喜悦とも言い難い“何か”で満たされていく。
 憧れ、追いかけ、求め続けていた相手が、看過出来ない敵として己の存在を認めてくれていたのだ。

 ――――その事実は間違いなく、己の心と欲求とを満たしてくれた。

「このオレの、一世一代のお誘いだ――無論、断わるなどというつれない返事は言わんよな?」
「……まさか。こちらとしても有象無象との相手には飽いていた頃だ」
「それでこそ我が好敵手! ――そうこなくちゃ!!」

 鮮やかに奴が笑ってその眼差しを鋭い物とすれば、それまでの気安い空気が一変して、触れるだけで切れそうな気配が奴を包み込む。
 忍び達が気圧された様に息を飲むのを、どこか苛立ちを交えた気分で耳にした。

「――オオノキ君、我愛羅君。今すぐ全員をこの場から離れさせろ」
「しかし……!」
「貴様から誘って来たと言うのに、余所見をするとはな!!」

 地を蹴って、須佐能乎の刀で一刀両断を狙う。 
 その細い体を両断しようとした霊器の一撃は地面から伸びて来た大木の幹によって塞がれ、須佐能乎の刀と巨木の幹とがかち合って粉々に砕け散った。

「そう急くな! オレとしてもお前との久方ぶりの殺し合いだ。とことん気兼ねなくやり合いたいから、なっ!!」

 足下を狙った一撃を大きく後方へと跳ぶ事で躱せば、結われていない長い黒髪が羽の様に広がる。
 追撃の刃は木錠壁の壁によって防がれ、叱咤の響きを宿した声音が再度戦場に響き渡った。

「そら急げ! オレの技は大掛かりなんだ! 手加減したままで勝たしてくれる柔な相手でもないし!」
「っ、分かったってばよ! 皆、急げ!!」

 逡巡も束の間、自分達の間の力量の差を直ぐに理解したのだろう。
 一人、また一人と忍び達が戦場を離脱していく。
 その様を横目で見やって、奴は軽やかな笑声を上げた。

「ははっ! 嬉しいな、死んでいる間に腕が鈍っていないか心配していたが、杞憂のようじゃないか!!」
「貴様こそ、平和ボケして腕が落ちた訳では無さそうだな!」

 ――己の刀が奴の頬を切り裂く。
 赤い血が吹き出たかと思うと、直ちにその傷が修復されていく。

 ――奴の持つクナイが己の腕を斬りつける。
 そうすれば血の代わりに傷口から紙片の様な物が飛び散っていく。

 己が見つめる中、愉悦を帯びた双眸が細められて、愉しそうに喉が鳴らされる。
 火影として、千手の長として振る舞っていた頃には決してしなかった――獰猛な獣を連想させる表情を浮かべ、かつて己の前から姿を消した仇敵は哄笑を上げる。

「ああ、やっぱりお前と戦っている時が一番面白い! こう言うのもなんだが、またお前と戦えて楽しいよ!」

 認めてくれている。その事実がどうしようもなく心を歓喜させる。
 生き生きとした黒い瞳に映っている己もまた好戦的な笑みを浮かべているのに気付いて、内心で苦笑するしか無かった。

「来いよ、我が好敵手! 昔みたいに仲良く踊ろうぜ! なんだったらリードしてやろうじゃないか!!」

 銀光が煌めいて、鮮やかに奴の姿を彩る。
 踊る様にその両足が地を踏めば、その地点から命を与えられた樹木が息吹いて、絡み合ってはその太さを増していく。

「相変わらず、癪に触る――先に踊り疲れるのは貴様の方だろうよ!」
「それはどうだか! 久方ぶりにお前と手合わせ出来て、私はとても気分がいいくらいだからな!!」

 燃え盛る業火が芽吹いていく木々を一息に焼き尽くす。
 それを背景に高らかに笑うのは、長年求め憎み続けた仇敵の鮮やかすぎる姿だった。
 
 

 
後書き
この話は主人公と頭領を思う存分戦わせてやりたいな、と思って書き始めた作品ですのでのっけから二人共戦意バリバリです。 

 

『歓喜と共に再会を祝そう』

 
前書き
ほら、ここで人面フラグを達成させてしまいますと、流石の彼女も回れ右して逃げ出してしまいますので、無しの方向で。
因みに頭領がフラグを発生させると「木の葉詰め合わせ」のBAD ENDルートになります。 

 
「す、すげー。これが最高の忍び同士の戦い……」
「凄まじいな、これは……。五影と言えど割って入れるかどうか……」

 部隊の大部分は既にこの戦場から離脱しており、この場に残っているのは影二人と一部の実力者を始めとする数名の忍び達に限られていた。
 残った者達とてそれぞれ勇名を馳せた一流の忍びであったが、流石の彼らでさえ眼下で繰り広げられている技の応酬に対しては黙って見守る事しか出来なかった。

 ――指揮者の様に細い腕が号令をかければ、木々の幹が鞭の様にしなっては大地を叩き割っていく。
 ――二面双腕の鬼の持つ刃が地を薙げば、振るわれた腕の勢いのままに大地が削り取られていく。

 一方が磊落に微笑みながら波濤の様な大樹の波を生み出してみせれば、もう一方は不敵に笑って燃え盛る業火を地上へと顕現させる事で返す。

 ――共に乱世の英雄と呼ばれ、数多の伝説を築き上げた者同士。
 戦国の世の頂点に君臨した超一流の忍びとしての、文字通り命を懸けた死闘が目の前で繰り広げられていた。

 あのまま他の者達が残っていれば、間違いなく戦いの余波だけで甚大な被害を被ったであろう。
 放たれる技の一つ一つが極意に達した忍術であり、相手の息の根を止めるためだけに磨かれた技術であり、それだけ眼下の二人の間に交わされる殺気と闘気の応酬は尋常な物ではなかった。

 歴戦の忍びでさえ、二の足を踏まざるを得ない――そんな凄惨すぎる殺し合い。
 ――それなのに。

「なんだか……初の姉ちゃん、楽しそうだってばよ」
「お前にも、そう見えるのか」

 離れた所で様子を伺っていたオレンジ色の忍服の少年――うずまきナルトがそう零せば、無表情で事態を見守っていた風影である我愛羅もまた小さな囁きで返す。

「殺し合いをしていると言うよりも……寧ろ」

 それから先の言葉を紡ぐ事無く、影分身であるナルトは胸中で呟く。
 自分も、自分がライバルだと思っているあの黒髪の少年と――目の前で繰り広げている様な戦いをしてみたい。

 思わずそう願ってしまう程、殺し合いに興じている彼らの姿はとても楽しそうで、そして……生き生きと輝いて見えた。

 ――地面が大きく蠢動し大地が隆起しては、木々が無尽蔵に茂っていく。
 天変地異にも紛うこの世界の振動が、ただ一人の手によって起こされていると誰が信じられる。
 
 ――地表が真っ赤に染め上げられ、瞬く間に辺り一面を陰惨な焦土と化す。
 大地に太陽が激突した様な惨状が、ただ一人の生み出した炎によって為されたと誰が信じられる。

「やってくれるじゃないか! だったら、これならどうだ!」
「他愛のない! その程度か、千手柱間!!」

 長い黒髪を靡かせた麗人が愉快そうに笑って複雑な印を組めば、絡み合う木々の根が高速で回転する事で不穏な唸りを上げ、大樹によって留められていた二つの巨石を貫く。
 削岩機と化した木々の根に砕かれた巨大な岩の破片が天より降り注ぎ、大地へとぶつかっては重々しい音を立てながら陥没していく。

「まさか! こんなんじゃ小手調べにもならないよ、っと!」
「――ハッ! いつまで減らず口を叩けるか、見物だな!!」

 乱れる黒髪を気にする事無く男が吠える様に応じれば、今にも男を押し潰そうとしていた大岩が重力に逆らい、あちこちへと弾き飛んでいく。
 空を飛び交う岩石が男の生み出した無数の業火によって覆われ、燃え盛る火焔を纏った巨石が戦場を飛び交ったと思えば、幾つもの水の防壁が一刹那の間に生み出される。

 常人であれば擦るだけで致命傷を負って可笑しくない、正に狂気の沙汰とも言える舞台と化した戦場。
 なのに、そのような障害物など存在しないとばかりに彼らは降り注ぐ岩の雨を紙一重の差で躱しては、時にはずっしりとした木々の幹で、時には纏った紫の鎧で弾き飛ばし、虎視眈々と相手の隙を狙っては必殺の術を振るってみせる。

「ふ、ふふふ! さっすが、そう来ないと面白くない!!」
「平和主義者が聞いて呆れる! 貴様も大概戦闘狂ではないか!!」
「言ってくれるなよ、好敵手殿! 自分の新たな一面にオレとて驚いているのだから!」
「――戯言を!!」

 螺旋を描いた炎が縦横無尽に大地に迸って全てを灰燼と化そうと荒ぶれば、巨人の手を思わせる形状となった木々が戦場を横断して火の粉を薙ぎ払っていく。
 三連の勾玉を連ねた御統が標的目がけて空を走れば、土の壁が大砲を思わせる音を上げながら地面より生じ、次いで矮小な人間を圧死させんとばかりに崩落する。

 圧倒的かつ絶対的な力の応酬にして、惨烈かつ壮絶すぎる超一流の忍び同士の殺し合い――それなのに。
 どちらの顔にも負の感情は見当たらない。

 これ以上無いほどに楽しそうに、これ以上無く嬉しそうに、彼らは生と死の狭間を行き来する舞台の上で踊っていた。

******

「成る程……。死して尚、執着されてしまう訳だ。これほどの輝きを見せられて……黙っていられる訳が無い」

 己の使役する死人に意識を憑依させたまま、術者――薬師カブトは小さく呟く。
 目の前で繰り広げられる圧倒的強者達の死闘。
 おとぎ話としてしか認識されていなかった、忍び世界の黎明期を生きた者達の闘いは、傍観者であろうとしていた彼の意識をも否応無しに惹き付けた。

「凄まじいな、これは……。話半分に聞いていたけど、認識を改めた方が良さそうだね」

 軽やかに大地を走る黒髪の中性的な面差しの人間へと、カブトは視線を向ける。
 紫炎を纏った霊器の刀を無駄の無い動きで躱しながら、その人がしなやかな身のこなしで腕を振るえば、戦場に落ちていた武具を絡めとった無数の木々が二腕双面の鬼へと怒濤の勢いで迫る。
 その余波だけで大地が砕かれ、物々しい巨石があっさりと粉砕されていく光景は正しく圧巻であった。

「忍び世界最高の……そして最強の忍びと謳われた初代火影。同じ木遁使いでも、ヤマトとは比べようにならないな」

 まるで自身の腕の様に自在に木々を操っては、相手を防戦一方に追い込んでいく。
 流石は千の手を持つと称された一族の長なだけある。

 対するマダラも負けてはいない。
 紅蓮に燃え盛る炎が奔ったかと思うと、次の瞬間には木々の波を一息に焼き尽くしてみせた。

「流石、うちは最強伝説を一代で築き上げた戦国の英雄。――同じ一族内でも、彼に追い付けた実力者がどれだけ居たのやら」

 炎の波が過ぎ去った後の焦土の様は陰惨の一言に尽く。
 けれども地獄絵図をこの世に再現してみせた男は眉一つ顰める事無く、流れるような動きで服の袖から黒光りする杭を取り出し、標的目掛けて投擲する。
 明らかに届かないはずの距離を不自然な速さで詰めた黒杭は、しかしながら標的に突き刺さる前に突如として出現した土の壁を穿つに留まった。

「全く、ちょっとオレ達が本気を出せばすぐこうだ――また地図を作り替えさせないといけないな」
「ふん。図師の心配をしている暇があれば、己の身を案じたらどうだ?」
「……ふふふ。そっくりそのまま返させてもらうよ!」

 それぞれ必殺を旨とする己が攻勢を遮られたというのに、彼らがそれに狼狽える事無い。
 片方は愉快そうに微笑み、片方は獰猛に笑って見せると、すぐさま攻防を再開させた。

 ――戦局はめまぐるしく変わっていく。
 だというのに、彼らのどちらにも追いつめられた様子は浮かばない。
 寧ろ、こうして再び刃を交わす事が出来たのが至上の幸福であり、この類稀なる僥倖を最後の一滴に至るまで味わい尽くさんと言わんばかりに――実に、実に楽しそうに戦っている。

「確かに……これは僕でさえ魅せられる。こんな相手の目に映って、その存在を認められたら……確かにこの上無い悦びだろうね」

 小さな囁きを零したカブトの視線に気付いたのか、黒髪の麗人が目の前の宿敵から彼の方へと視線を移す。

 緑色の輝きを帯びた黒瞳が、カブトを見つめて優しく細められる――どういう意図を含んでいるのかは定かではないが、敵に向けていい表情でないのは確かだ。
 ……ただその優しい眼差しは記憶の底に眠る養母の姿を思い起こさせて、カブトの胸中を騒がせた。

「――はは、流石に嫉妬深いね。自分以外が相手の視界に映るのは気に食わないって訳か」

 一度は交錯した互いの視線であったが、迫る敵刃に対処すべく彼の人の視線はカブトから外させる事を余儀なくされる。

 ほんの一瞬前に、自身へと向けられた波紋を描く紫の瞳。
 その双眸で鋭く睨みつけられたカブトは苦笑せざるを得なかった。

******

「ふ、ふふっ……! はははっ!!」

 心が躍る、血が騒ぐとは、まさに今の私の様な状態なのだろう。
 楽しくて、愉しくて、敢えて言葉にするのであれば、全身の細胞の一つ一つが歓喜の歌の大合唱を奏でている様だった。

「愉しそうだな、柱間!!」
「応とも! 心が浮き足立って堪らない!」

 薄皮一枚と数本の髪の毛を犠牲にして、振るわれた紫の炎を帯びた霊器の攻撃を避ける。
 赤い血が噴き出して視界を染めるが、生前同様に手を触れずともその傷が瞬く間に癒えていく。
 仕返しとばかりに相手の首を切りつけてみたが、薄い切り傷を付け僅かな紙片を散らしただけに留まった。

「色々と、そう色々と言いたい事も有ったが、なっ! これでお互い様って事にしてやるよ!!」
「相変わらず傲慢な奴だ!」
「お前にだけは言われたくないね!」

 ――文字通り生死の境を行き来するこの紙一重の感覚に、体の芯からゾクゾクする。
 生前を含めて、死人としてこの世に甦って来てからも、各地の強者共とやり合ったが、これほど心が満たされる闘いを私に与えてくれるのは、今も昔もただ一人だけだった。

「は、はは。参ったなぁ」

 ――――楽しくて愉しくて、仕方がない。
 見慣れた揺らめく炎を映した赤い瞳ではなく、紫の波紋が浮かぶ目ではあるけれど、その眼差しはかつて戦場で見えていた時と変わらない。
 最後に戦ったあの決別の晩よりも、更に腕が上がっている。

 その事実に戦慄し、繰り広げられる相手の技に死神の鎌を連想しては、その感覚に全身が興奮を覚える。

「――来いよ、マダラ! 一度は死んだ者同士、何だったら夜更けまで踊り狂おうじゃないか!!」

 私の呼びかけに応じてか二面双腕の鬼が大きく揺らいで、その体躯をますます巨大な物とする。
 生前は体への負荷が大きすぎて、それこそ尾獣相手にしか使うことの無かった須佐能乎の完全体である大天狗。その一振りで山脈を両断し、森羅万象を破壊すると言う暴虐の化身、絶対防御を誇る須佐能乎の最終形態にして――マダラの切り札のお出ましだ。

「――須佐能乎完全体か! 面と向かってやり合うのは初めてだな!」
「ああ。さて、どう防ぐ――千手柱間!?」

 裂帛の気合いと覇気を纏いながら振るわれた攻勢を避けるべく後方へと大きく跳んで、この戦場に辿り着いた時に生み出しておいた巨樹へと身を寄せる。
 ざらつく樹皮へと手を当てて己の意思に従う様に命令を下す。
 すると、それまで絡み合っていた木の幹が分岐して大天狗へと勢いよく襲いかかり、その巨体を万力で持って締め上げた。

「“――木遁・挿し木の術、改”ってね!」

 さらに片手印を組んで、須佐能乎の全身を拘束する木々に自分のチャクラを流し込む。
 そうすれば大樹が地面へと無数の根を張り巡らせる様に、天狗の動きを封じていた太い幹から無数の枝が生えて、その紫炎を帯びた躯へと食い込み、内側からあの巨体を崩そうと蠢動する。

 我ながらえげつない術だと思うが、最硬の鎧でもある須佐能乎完全体の防御を突き崩すにはこれくらいしなければ。
 ――今のマダラ相手に、やりすぎなんていう言葉は通用しないのだから。

 全身を木の根に貫かれた須佐能乎完全体が大きく揺らぐ。
 巨大化して攻撃力が上がった分、通常時の須佐能乎よりも若干防御力が下がっている事とチャクラコントロールの制御が難しくなる事があの術の難点だ――そこを、突かせてもらう。

 チャクラをより濃密に、より緻密に練り上げていれば――寒気を感じて、大樹から身を離した。

「――っぐ!」

 綿密かつ繊細なチャクラコントロールを必要とする術に気が取られ、判断が一瞬ばかり遅れてしまう。
 鋭い痛みと共に慣れ親しんだ鉄錆の匂いが周囲に漂い、眉間に皺を寄せて歯を食いしばった。

「……これは、一本取られたな――まさか須佐能乎完全体を囮にするとは……剛毅な事だ」

 視線を下げれば、斜めに傾いだ陽光を浴びて鈍く輝いている黒杭が私の足に突き刺さっている。
 不穏なチャクラを放っているそれが、前に木ノ葉の里を襲撃してきた暁の首領の遺留品と類似した物である事に気づいて、軽く舌打ちした。

「一つ間違いがあるな――残念ながら、どちらも本命だ」

 自分の足から視線を外して見上げれば、闘気と殺気を隠して肉薄していたマダラの姿が目に入る。
 私の視界を占有するマダラは巨樹の幹に垂直に佇んだ状態で、服の袖から幾本もの黒杭を取り出す。
 波紋を描く紫の瞳が不穏に輝けば、刺さったままの黒杭から放たれるチャクラの波動も強まって、顔を顰めた。

「ちょろちょろ動き回られると面倒だ――恨むなよ、柱間?」
「何を、って――つぁ!」

 先程までが凪いだ湖面に走る漣だったとすれば、今の黒杭から放たれるチャクラの波動は荒れ狂う激流。
 足に突き刺さったままの黒杭を源として発されるチャクラに、その場に崩れ落ちてしまう。
 ――ずん、と腑を掴まれ、大地へと引き摺り落とされる様な感覚に思わず呻き声を上げた。
 
「っつ、ぐ……!」

 経験者から話半分に聞いてはいたけど、これはきつい。
 まるで私の周囲だけ重力が狂っているか、見えない巨人の手で地面に押し付けられているようで、動く事すら侭ならない。
 視界の端では挿し木の術による拘束から逃れようと大天狗が暴れまわっているし、このままでは不味いな。

 震える体を無理に動かして、足に突き刺さったままの黒杭を睨む。
 マダラのチャクラを放出し続けているこれが原因なのは疑い様が無い――なんとか隙を見つけて外さなければ。

「これだけ圧力をかけてもまだ動けるか――流石だな」
「褒めるには、ちょっとばかり気が、早すぎる、ん、じゃないか?」

 右手を私の方へと翳したままの状態で歩み寄って来るマダラ。
 その余裕綽々な表情を地に倒れ伏した姿勢で見上げて、少々強張ってはいるものの敢えて微笑む。
 案の定、マダラは警戒するように足を止め、器用に片眉を持ち上げた。

 ――生憎だけど、やられっぱなしは私の性には合わなくてね。
 にやり、と自分でも分かる位の悪人面で笑ってやった。

「いい判断だよ。最も、そうでなくちゃ、面白くないんだけどね! ――おいで、木龍!!」

 地面へと押し当てた手にありったけのチャクラを込めて、とっておきの切り札を呼びよせる。
大地が鳴動して巨大な裂け目が生じれば、そこから咢を大きく開いた龍がマダラを一飲みにしようと躍り出た。

「――……終末の谷で、九尾の動きを止めた奴か!!」
「ご名答!」

 あわよくばマダラの図体を噛み千切らせるつもりだったが、残念ながら右腕一本を食い千切っただけに留まった。
 全身にかけられていた圧力が霧散するのを感じ、素早く身を起こして足に突き刺さったままの黒杭を引き抜く。
 私の手の中の黒杭の纏うチャクラが愉快そうに小刻みに震えるのを感じた。

 ――――唯一無二の好敵手の本気を感じて、乾いた唇を潤そうとぺろりと舐める。

 最早私に守るべき物は無い。
 一族も里も、既にこの世には存在しない『私』と言う存在を縛る事は無い。
 だからこそ、ただ一人を見据えて思う存分に戦える――戦う事が出来る。

 それがどうしようもなく嬉しくて、狂喜にも似た感情が胸の奥で膨れ上がっていった。

******

 にやりと嗤った奴の表情に戦慄を覚え、踏み出しかけていた足を咄嗟に横に動かしたのは正解だった。

 視野の広さと付随する能力は輪廻眼が上だが、相手のチャクラを読み解き先読みすることに関しては万華鏡の方が優れている――その隙を突かれたか、と軽く舌打ちして、尚も追随して来ようとしてきた龍の横面に蹴りを入れて吹っ飛ばした。

「足一本と腕一本でチャラって事にしておいてあげようか?」
「――ほざけ。次はその心臓を貫いてやる」

 刺さっていた黒杭を引き抜き、滴る血もそのままに放り捨てた奴が意地悪く首を傾げる。

 少し離れた所で、奴の呼び出した木龍は須佐能乎完全体へと襲いかかってはその喉笛目がけて牙を剥き、己の分身操る須佐能乎は自由自在に動き回る木龍を叩き潰さんと三腕を振るっている。
 チャクラを吸う性質を持つ木龍相手に、高濃度のチャクラの塊である須佐能乎完全体は少々分が悪い――決着がつく前に早急に本体である己が片をつける必要がある、と判断する。

 そう策を巡らせていれば、神秘的な緑の輝きを帯びた黒瞳と目が合わさって、相手が己と同じ事を考えていたのだと理解した。

「――それでは、再開といこうか?」
「ああ。小休止は仕舞いだ」

 短い言葉を交わし合い――互いに獲物を手にして地を蹴った。
 一瞬たりとて同じ動作の無い、武芸の極みに到達した者にのみ許された鍔迫り合い。
 金属のかち合う音とそれによって生じる無数の火花。真っ赤な血飛沫と灰白色の紙片が辺りに飛び交った。

「あ、ははは! やっぱり面白い――悔しいけど、お前と戦うのは心が躍る! 平和主義者の看板を放り捨てたくなるよ!!」

 胸の奥から込上げて来る激しい歓びの感情に蓋をする事無く、奴は苛烈に笑う。
 一度死人となった事で長としての役割から解放されたせいか、生前の奴であれば口にする事の無かった言葉。

 ――否、一度だけ似た様な事を戦場で告げられた事はあった。そのすぐ後に、七尾の襲撃を受けた際に。

 戦嫌いの千手柱間。
 圧倒的な力を持ちながらも、それを使う事をよしとしなかった戦国の英雄――己の仇敵。
 憧憬の的であり憎悪の対象であり、己の認めた唯一無二のライバルだった。

 ――届くのだろうか、今度こそ。
 あの遥か頂きにて遠くを見つめているあの背中へと、その存在へと。

 胸中で沸き上っていく切望。
 かつて叶える事の出来なかった、その願い。
 世界を永遠の幻術の支配下に落としてやる事を目的としながらも、その願望だけはずっと捨て切れなかった。

「出し惜しみなんかするな! お前の力はこんなもんだったか? だとすれば早々に冥土にお戻り願おうか!」
「よく言った! ――その言葉、後悔などするなよ!!」

 ――楽しい、愉しい。
 己も相手も同じ事を思っているのが分かる。
 かつて戦場で対峙しては、二人で刃を交わしていた時の様に――これ以上無いほどに心が満たされる。

 凛とした面が鮮やかに笑って、己の姿を見つめている。
 最後に見た姿はあまりにも儚く、あれほど輝いていたその命の灯火は己の前で掻き消されて、そのまま手の届かぬ所へと逝ってしまった。

 しかし、今の奴は違う。
 ――焦がれ憎みながらも、追い求めたあの燦然たる輝きのままで……手の届く位置にいた。

 我武者らに、手を伸ばす。
 攻撃を防ごうとする木の壁を叩き割り、不安定に揺れ動く大地を蹴って一直線に奴の元を目指す。
 己の進攻を止めようと四肢に絡み付こうとする木々の根を砕いて、自分の身を貫く大樹の攻勢を無視して――目指す相手はただ一人。

 ただでさえ、二度と出会う事の無かった自分達だ。
 この機を逃してしまえば――――この様な好機は二度と巡って来ないだろう。

 ――その背に追い付く機会は今しかなかった。
 ――追い求めた相手を捕える事が出来るのは今だけだった。

 手を伸ばす。無我夢中のまま、己が腕へと紫炎と化したチャクラを纏わせる。

 腹が抉られ、片腕は消し飛んだ。大量の紙片が周囲に飛び散り、視界の端では赤い花が咲く。
 死人の身であることが幸いして――並の人間であれば即死の追撃も気にせずに足を進められる。

 ――――進んで、進んで、そうして。
 嘗て届くことの出来なかったその頂きへと、無我夢中なまま手を伸ばした。

*****

「――……え?」

 そう呟いたのは、誰が最初だったのだろう。
 その場で手出しする事も無く事態を見守っていた者達は、目の前で起こった光景に目を剥いた。

「届いた、のか……?」
「……まあ、そうなるのかなぁ」

 夕暮れ時の残照の輝きが戦場を染め上げる中、彼らの見守る先では二つの人影が向かい合っている。
 一人は驚いた様に目を見張って呆然と声を漏らし、もう一人はどこか困った様に……優しく微笑んでいた。

「嘘だろ……、初の姉ちゃんが……!」
「落ち着け、ナルト!」

 今にも飛び出そうとしていたナルトの肩を、同じく動揺を隠せない我愛羅が押さえる。
 彼だけでない。歴戦の忍びであるオオノキも、冷静沈着なドダイも信じられないと動きを止めている。
 そんな彼らの反対側で同じくこの戦いに魅入っていたカブトもまた、その光景に内心驚愕していた。

「決着が……付いたのか……?」

 オオノキの口から愕然とした声が零れ落ちる。
 その呟きに答えようとドダイが口を開くが、結局何も言えずに口を閉ざすに留まった。

 生と死の狭間を行き来する二人の舞は、突如として動きを止めていた。
 ――他ならぬ黒髪の彼の人が、その胸に凶器と化した相手の腕を突き刺された状態になったせいで。

「あーあ。楽しい時間はあっという間に過ぎるって言うけど、その通りだなぁ」
「柱間……?」

 己の胸に刺さった腕に軽く触れて、彼の人は困った様な苦笑を浮かべる。
 長い黒髪が吹き抜ける風に煽られて、羽衣の様にその容貌を華やかに彩った。

「元々、穢土転生を大蛇丸が使用した時は未完成だった」

 元来不確定要素であった彼の人にとっては、別にどうでも良かった事だったのだろう。
 淡々と、誰もがそれまで目を逸らしていた事実を、彼の人は何の気負いも無く告げる。

「だからこそ、反忍術を使ったとしても……色々と、欠陥が有ったままだったのさ」

 ――――赤い血が、笑みの形を象った口の端から滴り落ちる。
 向き合う彼らから離れた所で、決着の着いた紫の大天狗と木の龍の長躯がぼろぼろと音を立てながら崩壊していく。

「――まあ、大蛇丸の縛りから逃れて二年近く問題がないままに発動していた方が、寧ろ可笑しかったとも言えるのだが」

 苦笑しながら自身の胸元へと手を当てた姿を、動揺の色を隠せない紫の瞳が見つめる。
 ふふふ、と生命の色で赤く染まった唇が笑声を零した。

「とうとう、追い越されちゃったか。勿体無い。もう少し楽しみたかったのに――時間切れ、かぁ」
「っ、柱間!」

 悲鳴の様な声が上がる。
 相手の姿が徐々に灰と化していく情景を見て、今度こそ何者にも利用などされない様に、己が痕跡の全てを世界から消滅させる気なのだと男は理解した。

 その叫びを無視して、彼の人はその緑色の輝きを帯びた黒い瞳を、周囲で見守っていた人々へと向ける。
 ――――ゆるり、と赤い唇が弧を描いた。

「オオノキ君、君は……大事な物を取り戻した様だね」
「――っ、柱間殿! ワシは……」
「昔……会った時と、同じ顔をしている……。もう一度見る事が出来て……安心したよ」

 ほぅ、と大きく息を吐いて、彼の人はふんわりと微笑んだ。

「――――な。任しても、いいかい……?」

 その言葉に、何かを言いかけた皺だらけの老人の手が、空を掻く。
 荒れ狂う内面の動きを抑える様に片手を堅く握りしめ、軽く一息吐いて、空を舞う翁は決然と宣言した。

「――……両天秤のオオノキの名にかけて、必ず」
「うん、期待している」

 力強い輝きを取り戻した老人の眼差しが、優しい光を灯している黒い瞳をしっかりと見つめ返す。
 頼りがいのある眼差しを返され安堵した様に、その人の目元が緩んだ。

 ――次に、黙って事態を伺っていたカブトへとその緑の輝きを帯びた黒瞳は向けられる。

「旅の途中で、木の葉の運営する孤児院に……よってね」

 “孤児院”と言う単語にカブトが憑依した死人の肩が小さく揺れる。
 何かを言いかけていた金の髪の少年が、風影の制止を受けて押し黙った。

「遠くに旅立った弟を……今でも、待っている青年に会った。――ウルシと言う名を、覚えているかい?」
「――っ!」
「その、様子なら覚えている様だ、な。……良かった。そう、君の……帰る、場所がある事……忘れるな、よ」

 億劫そうに、その人は最後の言葉を零す。
 胸元から滴る血が大地へと触れるよりも早く、それは灰と化して風に乗って飛び散っていく。

 ――――そうして最後に。
 紫色の波紋を描いた双眸から赤い瞳へと変わっていた相手の眼差しを至近距離から見つめ返して――柔らかな微笑みをその人は浮かべた。
 
 

 
後書き
『頭領登場〜VS五影戦』まで本誌で読んで、頭領って初代火影と思う存分戦わせてやったらそれだけで成仏してくれそうだな、でした。でも輪廻眼持ちで不死身の体相手には流石に彼女が勝つのは難しそうだと考え、この様な結果に。
本当は初代火影が四代目の技とか使っても面白いなぁ、と考えていましたが敢えて割愛しました。
あと、一話です。 

 

『最後は隣に並んで歩こう』

 
前書き
原作でもこれまでキャラが不透明だった初代火影ってどんな人間だったんだろうとか思って書き始めた作品でした。
それでは最後の話です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。 

 
 鼻につく鉄錆の匂い、己の腕を浸す熱い血潮、その痩身を貫いた際の肉の感触。
 その全てが現実であるというのに、それが果たされたという事実を信じられなかった。

「――なんだよ、お前……オレに勝ったんだから、もう少し嬉しそうな顔をしろよ」

 赤く染まった爪先で胸に刺さったままの己の腕へと触れながら、困った様に苦笑を浮かべる仇敵の姿。
 届いたのか、己の手は――求め、追い続けたこいつへと。
 呆然としていれば、不思議そうに小首を傾げた後――奴は苦笑を浮かべて己を見つめ返した。

「そ。とうとう、追い抜かれちゃった。これでも結構悔しがっているんだぞ」
「はしら、ま……」

 己の内心を読み取った様に言葉を紡ぐ相手の名を、随分と引き攣った声が呼ぶ。
 赤い血が零れる唇が弧を描いて、そっと血に濡れていない方の手が己の頬に触れ、目尻を撫でた。

「やあ、万華鏡に戻っているじゃないか。六道仙人の目も中々綺麗だったけど、やっぱり私はこっちの色の方が好きだなぁ……」
「この呪われた目に対して……そんな間抜けな事を言うのは貴様だけだぞ――この、変人め」
「ふふっ。そう言ってくれるな、本心なんだからさ」

 そんな戯れ言を叩いている間にも、相手の片足が灰と化して――体勢を崩す。
 地に崩れ落ちた相手に引っ張られる様にして、己も大地へと膝を付いた。

「…………聞きたいことがある」
「――ん? なんだ?」

 全身が血に染まっているというのに、その凛然とした態度は崩れない。
 強い光を宿したままの両眼の鋭さは、致命傷を負い、今にも黄泉路へと向かう途中の人間だと連想などさせない。

 ――――見ている己が腹立たしくなる程、奴は己の知る“千手柱間”のままだった。

「――何故」
「……ん?」
「貴様は何故、他の忍び共の様に『月の眼計画』を為そうとするオレ達を否定しなかった?」

 己の考え出した救済策が万人に受け入れられるものではないことなど、当の昔に承知している。
 そして、己が知っているこいつならば承諾しかねる策であることも分かっていた。

 だから否定されると思っていた――……だというのに。

 この仇敵ときたら有り得ない邂逅を果たし、叶わなかった筈の死闘を繰り広げていた最中でさえ、己を挑発する台詞は吐いても、己の計画に関した言葉は一度たりとて口にしなかったのだ。

 ――――それが、不思議で不可解だった。

「意外に……思ったのか?」
「それなりに。理想主義者である貴様の同意を得られるような策ではないのは、百も承知だったからな」

 断定すれば、そっとその涼やかな面が伏せられる。
 夜の冷たさを纏い始めた風が自分達の間を通り抜け、互いの黒髪が大きく翻った。

「そりゃあ、お前の考え出した『月の眼計画』は諸手を挙げて賛成できるようなものではないと……思っているよ? ――でも、それ以上になぁ……」

 けほ、と咳込みながら、奴は小さな笑声を零す。
 淡々とした声音からは、相手がどのような表情を浮かべているのかについて読み取る事が出来ない。
 地面へと滴り落ちていく途中の赤い雫が、己の見つめる中で灰と化して風に攫われていった。

「なんというか、わかっちゃったんだよなぁ」
「…………なにがだ」
「お前が今やろうとしている事と、私が昔やった事は……手段こそ違うけど、根っこの部分は、果たそうとしている目的は、同じだって」

 違うと言い返そうと口を開いて、結局何も言えずに押し黙る。

 ――そう、やろうとした事はきっと同じだった。
 勝者だけの世界、愛だけの世界、誰も苦しむことのない理想の世界。
 嘗て失ってしまった尊い物を、再びこの手に取り戻すことのできる――唯一の可能性。
 そんな途方も無い夢を望んで――そうして行き着いた先が【無限月読】という大幻術を行使してでしか得られない“平和な世界”だった。

 所詮はまやかしに由る偽りの平和だと糾弾されるだろう、それに対して否定などしない、出来る筈が無い。
 ただ今更真の平和が為されると信じられる程、己もアイツも無垢ではなく、そうまでしてでも手に入れたい、取り戻したいモノがあった――それ故の、大幻術。

 なんだかんだでお前は真面目だからなぁ……と吐息交じりの囁きが、そっと己の耳朶を擽る。

「きっと、ナル君達は否定するだろう。お前のやろうとしている事は間違っているって」
「――……それはある意味では『正解』ではあるな」

 そして同時に、ある意味において彼らのその『否定』は誤りでもある。
 “永遠の平和”なんて代物が訪れないという事など、他ならぬこの仇敵自身とて身に沁みて理解している。
 今以上に理不尽な戦国の世において――“平和(りそう)”を掴みかけ、そして“失敗”した忍びであったのだから。

 ……その失敗の一助を担った身としては、この現状は皮肉極まり無いと思えなくも無いのだが。
 けれど、告げられる言の葉には敵意も憎悪も含まれておらず、ただひたすら静かで透明なものだった。

「……ん。そう言う訳で、オレはお前の考え自体を、否定するつもりは……無いよ」
「――……そうか」
「そうだよ」

 己の思考の果てに辿り着いた選択は間違っていないと自負しているが、それでもこの仇敵の口から諦めにも似た結論を聞くのはどうしてだか気に食わない。
 逆恨みにも似た感情で騒ぐ内心を押し隠して応じてみせれば、それまで伏せられていた頭が持ち上げられる。
 刃物の鋭さにも似た輝きを宿した双眸には諦観など欠片も見当たらない、それに安堵した。

「――まあ、あの子達には是非とも偽物ではない“本当の平和”を手に入れてもらうつもりだがね」

 そうやってニヤリと笑う姿は、先程までの弱々しい声音が嘘の様に――――飄然としたもので。
 諦めてなどいないだと、言外にその意思を滲ませた口調に我知らず口元が歪んだ。

「――――平和な世界など、来るはずが無かろう」
「それはどうかね。オレやお前が生きていた時代と、この時代は……大きく変わり始めているじゃないか」

 楽しそうに、愉快そうに。遠くに佇む忍び連合の連中共の方へと視線を向けながら腕の中の仇敵は嘯く。
 確かに、あれほどいがみ合っていた五大国の忍び達が急造の連合でよくぞここまで連携を取れたものだとは感心するが。

「……お前達が投じた一石は、お前達が思っていた以上の波紋を描いたのだと……考えられないか?」

 黙っていれば、滔々と言葉が綴られていく。
 それは己に対して告げているというよりも、離れた所で聞き耳を立てている連合の忍び共に、何よりも自分自身に対して言い聞かせていたのかもしれない。

「――この大戦を通して、五大国の忍び里は協力し合える事を……思い出した。そんな彼らが、この大戦に勝った後、どうなるかなんて……分からないじゃないか」

 木ノ葉も、砂も、霧も、雲も、岩も――関係無い。一族同士でいがみ合っていた忍び達が、国という繋がりの中で里と言う集合体を造り上げた様に、忍びという形で繋がる事が許される様になる世界へと。
 かつて望んでいたその光景を想像するだけで心が躍るのだと言わんばかりに、神秘的な緑の輝きを帯びた黒瞳が興奮で煌めく様を間近で目撃する。

 ――遥か彼方を見つめているその眼差しには、どのような景色が映っているのだろうか。

「最も、オレ……私がその光景を見る事がもう無いだろうけど」

 少しだけ残念そうに、少しだけ勿体無さそうに。
 寂しそうに呟かれたその一言が、自分達を現実へと引き戻した。

「……見届ける気がないということか?」
「もとより、既に死んだ人間がいつまでも未練がましく残っているわけにはいかないじゃないか」

 あっけらかんと言われた言葉に、胸中がざわめく。
 あのいけ好かない弟妹達が少しでも傷つけば大騒ぎしたくせに、どうしてこいつは昔も今もこと自分自身の事となると、こんなにも無頓着に振る舞えるのだ。

「何も……遺さないつもりなのか? 己の肉体も亡骸も、何一つこの世に……」
「そんなもんよりも、もっと大事な物を遺して逝くから平気だ。私の願いも夢も希望も――世界の命運も、ナル君やオオノキ君……我愛羅君や、私の愛しい二人の血を引く……五代目に……つーちゃんに託したもの」

 それを滑稽な理想論だと嗤うのは簡単だろう。
 いっそ愚かなまでに次代の者達の可能性に対して全幅の信頼を寄せているその姿は、幼子の様にあどけない。
 笑い飛ばしてやろうと思ったが、嘲笑の代わりに零れ落ちたのは皮肉を帯びた平坦な声音であった。

「オレや貴様を超えられなかった忍び共が、それを叶えられるとでも?」
「武力でオレ達を超える必要なんて無いさ。大事なのは、彼らが我々の“願い”を正しい形で受け継いでくれる事なのだから」

 大丈夫。彼らならきっと、間違えないでいてくれる。
 本心からそう思っているのだろう、愛おしそうに微笑む相手の姿に息が詰まる。
 黙りこくる己に何を思ったのか――何より、と仇敵はからかいを込めて嘯いてみせた。

「世界を換えようともがく権利は、生者にだけに許された特権だぜ? 死人のオレ達が口出しできるようなものじゃない」
「……厭味か、貴様」
「おう、その通りだとも」
「ふん。貴様の言い分だと、心残りなんぞないとでも言わんばかりだな」

 存外なその言い草に吐き捨てる様に言い返してみれば、眠そうに細められていた黒瞳が見開く。
 数秒、間抜け面を晒したかと思えば、仇敵は相好を崩してしまりのない表情で微笑んだ。

「だって……お前とまた戦えたし」

 謳う様に軽やかな口調で呟かれた内容が信じられず、体が硬直した。

「前々から一族とか里とか何も気にせずに、思う存分お前と戦えたら……どんな感じなのか……確かめてみたかったからなぁ。それも叶った以上、オレがこの世に留まる理由も、正直……無いだろ?」

 奴の身を支えている腕に力を込める。
 己と同じ様にそう思っていてくれたのだという事が分かって、例え様の無い歓喜が全身を浸した。

「だからさ……今を生きる人々に、私の思いを預けて――私はあの世に戻って、それが叶うのを楽しみに待つとするさ」
「――――そうしてまた、オレの手の届かぬ所へと、去るのか」

 引き攣った様な声が、どうしてか己の口より零れ落ちる。
 これだけの距離でなければ届かないだろう囁きを耳にして、奴は驚いた様に目を見張った。

「散々振り回して、ようやく手が届いたと思ったら……これだ。だからオレは……貴様が大嫌いだったんだ」
「…………私は結構、お前の事好きだよ?」

 己の肩に奴の額が軽く触れる。その感触に、何とも言い難い感情が胸の奥で荒れ狂った。

 腕の中にいるのに、それすらも確かではない。
 掴んでは溢れ落ちる水を相手にしている様に不確かな存在を握りしめている様な……何とも形容しがたい感覚に襲われる。

 憧れて、焦がれて、憎んで、羨んで、それでも尚追い求め続けて。
 いつだって己の前に強固な越えるべき壁として在った存在だったというのに、いざ手を掛けてみればするりと滑り抜けていく。

 ――相手の痩身を囲う腕に力を込めて、固く両目を瞑った。
 結局、今も昔も自分の手が届いたと思った瞬間に掴み損ねるなんて、鼬ごっこもいいところだ。
 胸の奥でグチャグチャとした感情が入り混じる。抑え切れないその心に蓋をする様に、奴の体に触れている腕に力を込めれば、奴が小さな吐息を零した音が耳に届いた。

「――なら、一緒に行くか?」

 そうして囁く様に告げられた言葉に、思わず目を見張った。

*****

 ずっと前から次に死ぬ時というか消える時は、今度こそ己の痕跡を何も残さずに逝こうと決めていた。
 だからこそ新たに得た己の肉体が崩壊を始める時は同時に細胞の一つ一つに至るまで灰と化す様にと、術を掛けていたのだ。

 マダラとの死闘を繰り広げて――そして。
 紫のチャクラを帯びたあいつの腕が私の胸に突き刺さった瞬間、その術は発動した。

 心臓を一息に貫いた最後の一撃のせいで仕掛けていた術が作動し、徐々に灰と化していく私の躯。
 即死しても可笑しくない攻撃を浴びたにも関わらず、私の意識がこうしてはっきりとあるのは、私が一度は死んだ身であり、今の体が正規の物でない事が原因なのだろう。
 ああでも、自分で決めた事だけども、緩慢に迫り来る消失のタイムリミットはかなり心臓に悪いものだなぁ……。

 そんな事をつらつらと考え込んでいれば、すぐ側から声がかけられた。

「…………聞きたいことがある」
「――ん? なんだ?」

 何と言うか、こいつは相変わらず気難しそうな顔をしているなぁ。
 目の前で眉間の間にきつく皺を寄せている姿は、何だかとっても苦しそうだった。

「――何故」
「……ん?」
「貴様は何故、他の奴等の様に『月の眼計画』をなそうとするオレ達を否定しなかった?」

 マダラの方も否定される事を前提として進めていた計画だったようだったから、私が『月の眼計画』に対して何の感想も、拒絶の言葉も告げなかったのは意外だったのだろうか。

「意外に……思ったのか?」
「それなりに。理想主義者である貴様の同意を得られるような策ではないのは、百も承知だったからな」

 諦めた様な色を宿した赤い瞳と視線を合わせる事が辛くて、そっと視線を伏せる。
 誰よりも不遜で、誰よりも誇り高く、傲然と振る舞っていた好敵手の姿を知るからこそ今の姿は痛々しくて――見ていられなかった。
 常に現実を見据え、一族のためにと心を押し殺し続けてきたマダラであったからこそ、その思考の果てである『月の眼計画』は哀しい。

「そりゃあ、お前の考え出した『月の眼計画』は諸手を挙げて賛成できるようなものではないと……思っているよ? ――でも、それ以上になぁ……」

 地面へと滴り落ちていく赤い雫が、私が見つめる中で灰と化して風に攫われていく。
 その光景を何ともなしに眺めながら、ただ淡々と言葉を紡ぐに留めた。

「なんというか、わかっちゃったんだよなぁ」
「…………なにがだ」
「お前が今やろうとしている事と、私が昔やった事は……手段こそ違うけど、根っこの部分は、果たそうとしている目的は、同じだって」

 叶えたかったのは、欲しかったのは、誰かが傷つく事の無い“平和な世界”。
 殺し合うのも、殺すのも、殺されるのも、嫌だった。
 これ以上大事な人を、大事な物を失いたくなくて――そのために起こした行動こそが私の始まりだった。

 強制的に被術者達を幻術世界へと導くのだという『月の眼計画』
 その大幻術の世界に行けば、全てが満たされるが故に――苦しむ事も、悲しむ事も、辛いと感じる事も無いのだと言う。
 まやかしの平和かもしれない――それでもそうでもしなければ、救われない心もあるのだろう。
 同時にそこまでしなければ救われないと思い詰めなければ成らない程――この仇敵は自らを追い込んでいたのかもしれない。

 理解できるからこそ、頭ごなしに否定など出来ない。
 手段としては強引極まり無い物だったとしても、その思いや考え方自体が間違っているとは思えないから。

「きっと、ナル君達は否定するだろう。お前のやろうとしている事は間違っているって」
「――……それはある意味では『正解』ではあるな」

 うん、そうだろうね。そして同時に、ある意味において彼らのその『否定』とて、誤りであるのだろう。
 マダラの言っている事は残酷なまでに正しい――“永遠の平和”なんて代物が訪れないという事なんて、私とて身に沁みて理解している。更にそのための手段としての『月の眼計画』が、現状最も有効的な代物であるということも分かっている……だから。

 ――――だからこそ、私は何も言わないでおこうと決めたのだ。
 
「……ん。そう言う訳で、オレはお前の考え自体を、否定するつもりは……無いよ」
「――……そうか」
「そうだよ」

 否定はしないが、かといって全面的に肯定する訳でもない。
 マダラの言っていることは正しい――けど、それは本当の意味で正しい答えではないのだということも私は識っている。

 ――そう言う訳なので、何故だか苛立ち始めた好敵手殿にもこれだけは告げておこうじゃないか、と口を開いた。

「まあ、あの子達には是非とも偽物ではない“本当の平和”を手に入れてもらうつもりだがね」

 そうやって敢えて堂々とした態度で応じてみせてやれば、周囲に漂っていた怒気は霧散し、相手の皮肉を刻んだ口元が奇妙に歪む。
 全く。相も変わらず、ひねくれ者だ。

「――――平和な世界など、来るはずが無かろう」
「分からないぜ? オレやお前が生きていた時代と、この時代は……大きく変わり始めているじゃないか」

 遠くに佇む忍び連合の忍び達へと視線を向けながら、わざと軽い口調で言い放つ。

「……お前達が投じた一石は、お前達が思っていた以上の波紋を描いたのだと……考えられないか?」

 きっとこの戦争を通して、世の中は換わっていくに違いない。
 その未来を想像する事が許される様になった、それだけでも嬉しいものだ。

「――この大戦を通して、五大国の忍び里は協力し合える事を……思い出した。そんな彼らが、この戦争に勝った後、どうなるかなんて……分からないじゃないか」

 かつては一族単位で、少し前までは里・国単位でしか物事を考えられなかった忍者達。
 それが今やどうだろう。
 長年いがみ合っていた者同士が背中を預け合い、果敢に強敵へと挑む姿は私の紛い物の心臓さえも高鳴らせてくれた。

 変わらないかもしれない、けど――このまま変わる可能性の方が大きそうではないか。
 永遠と続くかの様に思えた憎しみの連鎖も、この戦争で断ち切られるのではないだろうか。
 見てみたい、と心の片隅で叫ぶ声がする。けれども口から出たのは別の言葉だった。

「最も、オレ……私がその光景を見る事がもう無いだろうけど」

 片足が完全に灰に変わって、体勢を崩してそのまま地へと崩れ落ちる。
 無様に転びかけた私の体を支えたのは、皮肉にも胸に突き刺さったままのマダラの腕だった。
 体勢を崩したせいで刺さっていた腕が半分程抜ける。震える相手の腕を訝しく思いながらも、振り払われないのを良い事に、私は不安定な体を支えるためにマダラの体にしがみついた。

「……見届ける気がないということか?」
「もとより、既に死んだ人間がいつまでも未練がましく残っているわけにはいかないじゃないか」

 あっけらかんと言ってやれば、納得がいかないと言わんばかりに眉間に皺が寄せられる。
 おや? この反応は一体どうしてだろう。

「何も……遺さないつもりなのか? 己の肉体も亡骸も、何一つこの世に……」
「そんなもんよりも、もっと大事な物を遺して逝くから平気だ。私の願いも夢も希望も――世界の命運も、ナル君やオオノキ君……我愛羅君や、私の愛しい二人の血を引く五代目に……つーちゃんに託したもの」

 生前の私がよかれと思ってした事だって、決して良い事だらけではなかった。
 でもそうやって、何度も、何度も間違いながら、そうやって世界は少しずつ正しい道へと進んでいくのだろう。
 その在り方はイタチ君から聞いた、うちは一族の『イザナミ』の術を思い起こさせる。
 術を掛けられた者が自らの意思で過ちに気付かぬ限り、先に進む事が出来ない――この現実はあの禁術によく、似ている。

「オレや貴様を超えられなかった忍び共が、それを叶えられるとでも?」
「武力でオレ達を超える必要なんて無いさ。大事なのは、彼らが我々の願いを受け継いでくれる事なのだから」

 過去の痛みに囚われる事無く、かといって覚えた痛みを忘れる事無く。
 そうして永遠と続いていくのだと錯覚させた忍界の憎しみの螺旋を、今を生きる忍び達にこそ断ち切ってもらわねばならない。
 昔の私が出来なかった、果たす事の出来なかった夢を――今度こそ、叶えてもらいたい。

 ……大丈夫だ。彼らはきっと間違えないでいてくれる。
 だから心配などする必要は無いのだ。――何より。

「世界を換えようともがく権利は、生者にだけに許された特権だぜ? 死人のオレ達が口出しできるようなものじゃない」
「……厭味か、貴様」
「おう、その通りだとも」
「ふん。貴様の言い分だと、心残りなんぞないとでも言わんばかりだな」

 まあ、穢土転生から解放されたにも関わらず現世に二年も留まり続け、あちこちほっつき回って歩いていた私にだけは、こいつだって言われたくはないだろう。
 意地の悪い物言いに、一度死んだ所で人間の性根というものは早々簡単に変わらないものなのだと他人事として痛感した。

 ……それにしても、心残りかぁ。
 この二年という、短い様で長かった年月の間に起こった出来事を思い返してみる。

 随分と年老いた、かつての教え子達との再会。
 古い知人や友人達の血を引く者達との触れ合い。
 この好敵手の末裔である優しい兄と純粋な弟との出逢い。
 向日葵の様に屈託なく笑う、眩い金の髪と強い意思を宿した蒼い瞳を持つ少年との交流。

 そのどれもが大切で、その誰もが大切で愛おしい――そう思える人々と出会えた僥倖を誰とも知らぬ相手に感謝しよう。
 けれどもそれらは心残りには成り得ないと断言できる――何故なら。

「だって……お前とまた戦えたし」

 ああそうだ、その通りだ。
 ずっと誰かや、何かのために戦ってきた嘗ての私の在り方を否定はしない。
 けど、一度でいいから自分の願いとしてこの好敵手と戦ってみたかった。

「前々から一族とか里とか何も気にせずに、思う存分お前と戦えたら……どんな感じなのか……確かめてみたかったからなぁ。それも叶った以上、オレがこの世に留まる理由も正直ないだろ?」

 あの日。マダラではなく、一族の将来と世の安寧のために戦う事を止めた日に。
 一族のためには、人々のためには仕方の無い事だと心の中で納得しつつも、この好敵手と戦う事を止めなければならない事を、どこかで勿体無く思っていた。
 特に『終末の谷』での戦いはそれに値する様な物ではなかったのも正直な所心残りであったから、尚更。

 二年前に大蛇丸によって冥土から引き摺り戻され、その呪縛から逃れたのにも関わらず、どうして現世に留まっているのだろうと不思議に思っていたが、まさか自分でも気付けなかったこんな自分本位な理由が有ったとは。どれだけ心残りだったんだと苦笑する。

 ああでもそれこそが未練というものだったのだろうなぁと、心の奥底だけでそっと呟いておく。
負けたのは悔しいし、正直私が負けた以上連合の者達がこいつ相手に勝てるのかどうか不安はあるが……もうそろそろ刻限だ。
 これ以上死人が世界を引っ掻き回す訳にもいくまい、だったら、せめて去り際だけでも潔く逝こうではないか。

「今を生きる人々に、私の思いと願いを預けて――私はあの世に戻ってそれが叶うのを楽しみに待つとするさ」
「――――そうしてまた、オレの手の届かぬ所へと、去るのか」

 恨む様に告げられた言葉に、僅かに目を見張る。
 段々と辛くなってきた体を誤摩化すためにマダラの肩口へと額を預ければ、囁く様な声が聞こえた。

「散々振り回して、ようやく手が届いたと思ったら……これだ。だからオレは……貴様が大嫌いだったんだ」
「…………私は結構、お前の事好きだよ?」

 これは本当。
 今も昔も、それは変わらない。
 里の仲間であり、戦友であり、唯一無二の好敵手であると、ずっと昔から想っている。

 そのままふらつく体を片腕で抱きとめられて、小さく吐息を零す。
 きっとあの綺麗なアカイロの目は、前見た時みたいに複雑な感情を宿して煩悶しているのだろうなと察してしまった瞬間、自分でも意外なことにこんな事を口にしていた。

「――なら、一緒に行くか?」

 完全に虚を突かれたらしい相手の表情に、苦笑を零す。
 別にそんなに驚かないでいいのになぁ。気まぐれでも戯れでもない――本心からの言葉(おさそい)なんだから。

「此処だけの話なんだが……実は少しばかり私も怖い。前は眠る様に逝けたけど、今は意識があるからなぁ」
「――……恐れる物など、何も無いのではなかったのか?」
「茶化した物言いをするなよ。こう見えて、内心では消失の恐怖にびくびくしているんだから」

 みっともないけど、しがみつく左手に力を込めさせてもらう。
 もう右側の両手足の感覚がほとんど無かった。マダラが支えてくれる事をいい事に、それに甘えておく。

「……それにさ、こんなに満足のいく闘いを……繰り広げられたんだ。お前、これ以上私以外の忍者と戦う気が起こるか?」
「確かに、貴様の言う通りだが……嫌な事を訊いてくるな……」

 その途端、胸元の傷口からマダラの腕が引き抜かれたせいで、口から血を吐いた。
 ……今抜くか、ホント。
 ちょっと呆れた目でマダラを見やれば、様々な感情の入り混じった赤い目がじっと私を見据えていた。

 ――――それで、と問い掛ける。

「どうする……? 一緒に、逝ってくれるのか?」

 返事は無かった。
 そのかわり私の体を抱き留めている片腕の力が増したのに気付いて、どうしてだか無性に泣きたくなった。

******

「――ナルト! 私はこいつを連れて逝く! あの仮面の男は任せたぞ!」
「初ねーちゃん! 待つってばよ!!」

 不意にこちらに背を向けたまま、その人はナルトの名を叫んだ。
 強い意思と決意の込められた声。決して届かないと分かっているのにナルトは思わず手を伸ばす。

 ――マダラと柱間。
 二人の周囲を見た事の無い文様が円陣を描いて、儚い輝きの緑色の光を放つ。
 薄い硝子と瑠璃がかち合う響きが周囲に響き渡り、彼方より届く透き通った音色は人々の鼓膜を振動させた。

 抱きかかえられる姿勢で、こちらに背を向けているその人の顔は明らかではない。
 その半身は既に灰と化し、長い黒髪がその横顔を隠す様に風に吹かれて、軽やかに踊っているのが目に映るのみ。
 けれども見えないその表情は、ひょっとしたら微笑みを浮かべているのではないかと、ナルトは思ってしまった。

「じゃあな、ナルト! これで、お別れだ――この戦争、勝てよ!」
「ねーちゃん!!」

 そうして伸ばされたナルトの手の先で、一際強い光が迸って、その場に居た者達の目を眩ませる。
 輝きの失せた後には、光の中心にいた二人の姿はどこにもなく――ただ砕かれた大地と周囲に群生する木々の残骸にそれらを這う燠火のみが、彼らがこの場にいた事への証明として残っていた。

*****

 ――蛍の光に似た輝きが時折瞬く以外何も無い真っ暗な道を、二人の男女が並んで歩いていた。
 女の方は男の手首を掴み軽やかな足取りで踊る様に歩を進めており、男の方は不機嫌そうな表情を浮かべながらもその手を振り払う様な真似はしない。

 それまで無言で歩いていた女が、不意に口を開く。足取り同様に軽やかな声音が、静かな空間に潑溂と響き渡った。

「久しぶりだなぁ。大分待たせちゃったから、きっと扉間やミトが怒ってるんだろうなぁ。どこで道草して来たんですか! って」
「……ふん。そうは言いつつ、ちっとも反省していないだろう、貴様」
「そりゃあ、あれだけ面白い戦いをしたらそんな事忘れちゃうよ。だから、もし怒られたらマダラも一緒に謝ってね」
「断る。貴様だけで充分だろう」

 つれなく断られて、女は悄然と肩を落とす。
 それでも直ぐさま立ち直ると、掴んだ男の腕をぶんぶんと振り回した。

「マダラ、マダラ」
「――……なんだ」
「一緒に付いて来てくれて、ありがとうな」
「別に。輪廻天生でないのであれば、オレの目的は果たせないからな。……それに術者の男の思い通りにしてやるのは気に食わなかっただけだ」

 捻くれた台詞でも、それを聞いて女は破顔する。
 屈託の無い微笑みを向けられて、男は気付かれない程度に――ほんの僅かに眉間の皺を緩めた。

「それでもいーよ。本当に嬉しかったんだからさ」

 それに気付いているのか、いないのか。
 掴んだままの掌に込める力を、ほんの一瞬だけ強めた女が心の底から嬉しそうに――その顔を綻ばせる。
 素直すぎる言葉に毒気を抜かれたのか、男は特に反駁を加える事なく黙って口を噤んだ。

 足取りを揃えながら彼らが進む先では、二人がよく知っている人々の姿が見えてくる。

 不満そうに顔を顰めている赤髪の佳人とその隣で腕を組んでいる銀髪の青年。
 生真面目そうな顔付きの黒目黒髪の青年に、知的な感じを漂わせている前髪で左目を隠した女。
 顎先に十文字の傷を負った少年と、少年とよく似た風貌の老人。
 がっしりとした体躯のいい壮年の男性、薄紫がかった白い目を持つ人々。
 赤い目を瞬かせる子供達や、相棒の犬を連れた者達に、顔をサングラスで隠した男達。

 懐かしい面差しを持つ背丈も身形も様々な人々が、二人の前でそれぞれの表情を浮かべながら佇んでいる。
 並び立つ人々の合間から一歩分だけ前に出て来た、整った柔和な面差しに赤い瞳を持つ青年の姿に男が気付いた。

「――……イズナ」
「待っていたんだよ、兄さん。全く……遅いんだから」

 半ば泣き笑いの表情を浮かべて青年が答えれば、男は僅かに眉根を下げて罰の悪そうな顔になる。
 そんな彼らの姿を嬉しそうに眺めてから、女が掴んでいた男の手首を放して人々の方へと駆け寄っていく。
 途中で、くるりと踊る様に半回転すれば、彼女の纏っていた衣の裾と長い黒髪が動きに合わせ、ひらりと揺れる。
 袖口から覗くしなやかな手が、まるで踊っているかのように優美に動いて、男の方へと伸ばされた。

 これ以上無く幸せそうに、これ以上無く嬉しそうに。
 そして――――とてもとても、楽しそうに。

 そうやって、女はかねてから言いたかった、言ってやりたかった、その台詞を告げるのだ。

「――お帰り、マダラ!」

 大輪の華が咲き誇る様な微笑みを浮かべて、彼女は男へと自分の手を差し伸べる。
 差し出された掌を男は驚いた様に凝視したが、ふと口元を緩めて、そっと己の手を差し伸べる事で返す。

 ――――重なった手は確りと握られて、そうして今度こそ離される事は無かった。
 
 

 
後書き
うちはマダラ唱える「月の眼計画」。
それもまた長期的な世界平和のための最も効果的な手段であると自分は考えます。計画にかかるリスクの大きさ(十尾のコントロールや人柱力が死んだ場合の幻想世界の維持)などを考慮しなければ、ですが。
老人状態のマダラが語った様にこの世を“愛だけの世界”にするという言葉とて恐らく紛い物ではないのでしょう。戦争を経験し、一国一里制度の抱える矛盾点を淡々と見つめ続けてきた彼だからこそ言える言葉であり、そうした矛盾を抱える忍び世界の救世主になろうと彼の起こした行動は間違いではない。でも有る意味、人々が月読世界に移る事は死んでいるのと同じ事であり、ナルト達がそれを忌避するのもまた人間として間違っていない行動です。

――だから、主人公には敢えて頭領を否定する言葉は言わせませんでした。
どちらの考えも間違ってはおらず、どちらの考えも世界を変えるという意味では正しいものなので。

話は変わりますが初代火影を女性として設定した最後の理由は、初代が女性であればあの愛憎入り交じった過剰な執着心を受け入れてくれるのではないかと考えた事もあります。強固な繋がりの無い同性の場合だと反発しそうな感情ですが、異性であれば分かり合おうとしてくれるのではないか。受け入れる事は出来なくても、受け留めてくれるのはないか、と。
実際彼女は大抵のことを笑って済ませられる人になりましたし、死んで火影ではなくなった後であればそうした(しがらみ)に囚われる事無く相対してくれました。


……とまあ、色々と書きたい事もありますが、これ以上書くと本当に蛇足に成ってしまいそうなのでこの辺で。
いずれ改稿版を書くにせよ、この話はこれでお終いです。それでは。