おぢばにおかえり


 

1部分:第一話 はじめましてその一


第一話 はじめましてその一

おぢばにおかえり

                第一話  はじめまして
  はじめまして、わたし中村千里といいます。天理大学人間学部宗教学科一年です。天理高校を卒業して今は奥華詰所という場所から大学に通っています。
 私は家が天理教の教会で高校からここに住ませてもらっています。まだまだ未熟な者ですが勇ませてもらっているつもりです。天理教では頑張るということを勇むと言うんです。
 その天理教のこととかですが。今からお話させて頂きますね。ええと・・・・・・。
 あっ、すいません。お客様です。今詰所の事務所の受付にいるんですが誰か来られました。・・・・・・また彼です。
「すいませ〜〜〜〜ん」
 如何にも軽そうな男の子の声。黒い詰襟の天理高校の制服と青いビニールのカバンを持っています。背は高くて痩せていて薄茶色の髪に二重瞼で細長い顔。また来たのね。
「あの、君」
「はい」
 不機嫌そのものの声で応えてあげます。今日は何しに来たのかしら。
「人を探しているんだけれど」
「どんな方ですか?」
「あの、背は一五〇位で」
 はいはい、どうせわたしはチビですよ。何か小学校高学年で止まってしまってそれ位しかありません。仇名も『チビちゃん』とか言われてきました。私の名前は『ちさと』と読むんです。それで『ちっちゃん』とか『ちっち』とか言われてきましたがこんな仇名で呼ぶ人もいます。もう馴れました。
「髪は黒いストレートのショートヘア」
「黒のショートですね」
 子供の頃からこの髪型です。自分では気に入っています。何気に伸ばそうかな、とも考えていますけれど。
「そうそう。それでね」
「他には何か?」
 ムッとした顔で聞いてあげます。もうわかっていますから。
「目は二重の垂れ目で小さめで」
 ええ、垂れ目ですよ。しかも少し小さいし。垂れ目は気にしてます。・・・・・・実は胸がないのと同じ位。けれどそれはあえて自分では言わないですけれど。
「顔が白くてね。それで名前は」
「名前は?」
 どうせ私のことですけれど。いっつもいっつも失礼しちゃいます。
「中村千里さんです」
「中村千里さんですね」
「うん。ちょっと呼び出して欲しいんだけれど」
「…・・・何か用?」
 眉を顰めさせて言いました。彼にはよくこうした態度を取ります。
「今日は」
「ああ、先輩」
 けれど彼の態度はあらたまりません。相変わらずの様子です。
「そこにいたんだ。わからなかったよ」
「嘘でしょ。最初からわかっていたのに」
 毎日ですから。もうわかっています。いい加減にして欲しいです。
「だって。小さいし」
「貴方が大きいの」
 ジロリと彼を見上げて言いました。本当に背が高いから。私なんてつむじを上から覗き込まれたことがあります。それでつむじの形がどうとかまで言われたことが。
「私は別に・・・・・・あまり」
「まあまあ。小さくても気にしない気にしない」
「阿波野君が言ってるんでしょ」
 またムッとした顔で言い返しました。本当に頭にきます。

 

 

2部分:第一話 はじめましてその二


第一話 はじめましてその二

「今だっていつもだって」
「だってさ。その方が可愛いし」
 えっ!?
「女の子はね。低い方がさ」
「な、何言ってるのよ」
 何か。怒る気が失せてきました。何かこれもいつものような。
「阿波野君、そんなこと言っても私は」
「それでさ、先輩」
 急に話を変えてきました。これもいつものことだったりします。何かにつけ本当に調子がいいんです。全く困ったものです。
「実は神殿について来て欲しいんだけれど」
「神殿に?」
 天理教の神殿のことです。天理駅から商店街を昇ってその終わりに見えてきます。とても大きな神殿で最初見た時は何かと思ったりもしました。
「主任先生が先輩呼んで欲しいっていうから」
「それ早く言いなさいよ」
 いつもいつも。何で大切なことを言わないのよ、本当に困っています。
「それで。主任先生は何処?」
「だから俺が案内するから」
「いいから。早く行かないと」
「だってさ。一緒に来てくれって言われたから」
「えっ!?」
 今度は思わず声が出ちゃいました。意外な展開でしょうか。
「一緒に?阿波野君と私が?」
「うん。主任先生がそう言っててさ」
「何かしら」
 首を捻らずにはいられません。主任先生は土井先生という方でとても真面目で温厚な人です。長い間ある教会の教会長をしてらして皆から一目置かれています。ちなみに天理教ではキリスト教みたいに教会って呼びます。大教会があってその下に分教会が何段階かであるんですよ。私の実家もそうした教会の一つです。
「二人でなんて」
「夫婦揃ってってやつかな」
「それはみかぐらうたでしょ」
 みかぐらうたは天理教の教典の一つです。十二の歌からなっていていまして今彼が言ったのはそのうちの一節なんです。
「それに私新一君の奥さんじゃないし」
「じゃあお姉さん?」
「馬鹿言いなさい」
 年下だからって。何を言い出すのやら。いっつもいっつも。
「私は妹が二人いるけれど弟はいないのよ」
「俺弟がいるけれど」
「そんなこと聞いてないでしょ」
 聞いていないのに言うのがこの阿波野新一君なんです。全く困っています。
「夫婦だの弟だのって。縁起でもない」
「縁起でもないんだ」
「まだ十九よ」
 大学に入ったばかりです。まだまだこれからって言われているのに。
「それに新一君十七じゃない。何が夫婦よ」
「あっ、そうか」
「そうよ」
 話しているうちにさらに頭にきてきました。
「それにしても。主任先生本当に仰ったのよね」
「だから俺と先輩と二人でって」
「何でよ」
 溜息が出ました。本当に嫌になります。こうした何かに不満を持ったりするのを天理教では『ふそく』と呼んでいます。
「新一君となんて」
「とにかくさ、呼んでるし」
 これは本当みたいです。行かなくちゃいけないのは事実みたいです。
「行こう、早く」
「ええ、けれど」
 事務所を開けたら。そう思っていると。
 

 

3部分:第一話 はじめましてその三


第一話 はじめましてその三

「ああ、いいよ」
「白石さん」
 事務所には私の他に何人かいてくれるのが常です。今は白石さんという方がいてくれています。とても大柄で力持ちの人です。
「俺がいるから。阿波野君と一緒に行っておいで」
「そう言われるんでしたら」
「うん。じゃあ阿波野君御願いね」
 白石さんはそう新一君に声をかけました。その時の彼の顔ときたら。
「了解です」
 物凄く嬉しそうです。まるでピクニックに行くみたいに。どうしてそこまで楽しげなんだか。思わずそう尋ねたく思ったりもします。
「じゃあ先輩」
「わかったわ。じゃあ」
 溜息を殺して彼に応えます。そうして事務所を出て。
「行きましょう」
「うん。じゃあ」
 ・・・・・・また仕掛けてきました。
 腕を組もうとしてきました。こうしたこともしょっちゅうです。
「調子に乗らないのっ」
「今日も駄目なの?」
「今日も明日も駄目よ」
「じゃあ明後日は」
「ずっと駄目に決まってるでしょ」
 古い考えって言われるでしょうけれど腕を組むなんて恋人とだけですよね。私実は今までずと彼氏とかいなくて経験も全然ないんですけれどそれでもこうしたことは大切にしたいんです。まして私は教会を継がないといけないですし。何かいつもいつもお気楽な新一君が羨ましいって思う時もあります。これは彼には言えないですけれど。
「腕を組むなんて」
「じゃあ手を繋ぐのは?」
「もっと駄目よ」
 ふざけないでと言いたいです。そんなこと。
「言っておくけれど肩抱いたりしたら手つねるから。覚悟しておきなさいよ」
「いいじゃない。今頃そんなことでさ。いちいち言わなくても」
「言うわよ。それに私と神殿まで行くだけでしょ」
 不機嫌な目で新一君を見上げて言いました。本当に背だけは高いです。そのせいで頭のてっぺんを見られてあれこれ言われるのは気持ちいいことじゃないですけれど。
「デートじゃないでしょ、違う?」
「僕はそれでもいいけれど」
「私はよくないの」
 本当に真面目にしなさい、って言いたいです。
「とにかく行くわよ。いいわね」
「わかったよ。じゃあ神殿までね」
「二人で行くだけね」
 何度も言葉に釘を入れてから二人並んで行きます。長い商店街を進んで今から神殿です。


第一話  完


                2007・8・30






 

 

4部分:第二話 神殿その一


第二話 神殿その一

                   第二話  神殿
 おぢばの商店街は長いです。けれど一直線なので迷うことはないです。
 雨の時なんかはアーケード街なのでとても楽です。だからここを歩くのは好きです。これで何かと手間のかかる男の子を連れていなければもっといいんですけれど。
「何かこの商店街も慣れてきたね」
「慣れたの」
「俺さ、住んでるとこ結構田舎だしさ」
 新一君は奈良の田舎の方に家があるそうです。そこから通っています。天理高校は全国から集まるので寮があるのですがそれでも奈良県内から通う人も多いんです。全体の半分位がそうじゃないでしょうか。
「こんな長い商店街ってあまり歩かなかったから」
「そうなの」
 何か私にはわからない話です。私の実家は須磨で神戸には長い商店街も多いですから。こうした話は実感がないんです。
「だからさ。慣れるまでに時間がかかったよ」
「私は別にだけれど」
「そういえばあれだよね」
 私の方に顔を向けて言ってきました。
「先輩って子供の頃からずっと天理・・・・・・いやおぢばに帰ってきてたんだよね」
 ここは人間創造の場所である元の場所です。それを『おぢば』と呼びます。人間を創った言うならば故郷ですからここに来ることを『帰る』って言うんです。
「ええ。こどもおぢばがえりとか祭典で」
 こどもおぢばがえりは毎年夏にやるお祭りです。七月の末から十日程します。色々な催しやパレード、花火とかがあってとても楽しいです。祭典は毎月あるものと決まった日に行われるのがあります。それも何時かお話させて頂きますね。
「結構帰ってたけれど」
「で、高校は寮だったし」
「それは貴方も知ってるでしょ」
 また言葉をとんがらせました。嫌な思い出があるんです。
「毎日夜に前まで来てたんだから」
「あれは偶然だって」
「嘘じゃない、そんなの」
 天理高校の寮は幾つかあります。そのうち普通の女の子は東寮という場所に住むことになっています。ちなみに男の子は北寮という場所です。
「大体駅から全然違う場所にしかも夜に」
「だって通学路だから」
「電車通学で!?」
 駅から全然違う場所に毎日来ていたんです。本当に迷惑でした。
「嘘ばっかり。部活も忙しくなかったのに」
「用木コースだったし」
 天理高校は二つのコースがあるんです。普通の教養コースっていうコースと用木っていう天理教のことを深く勉強させてもらうコースと。私は教会の娘ということもあって用木コースでした。ちなみに新一君も何故か用木コースでした。
「勉強もしていたし」
「高校の図書館で?」
「他には大学の図書館とかさ」
 天理大学の図書館は凄く大きいです。蔵書がかなりあります。
「あそこで」
「毎晩夜までしたいたの」
「今でもそうだよ」
 何でも彼優等生らしいです。信じられないですけれど。
「ずっと」
「真面目ね」
「だって暇だし」
 しっかりさっきとは矛盾することを言ってます。けれどそんなの気にしないです、彼は。
「先輩に会うまで」
「ほら、やっぱり嘘だったじゃない」
 わかっていましたけれど。
「何で私なのよ」
「何でかな」
「迷惑していたんだから。止めて欲しかったわよ」
「俺はそうじゃないけれど」
 勝手ですよね。すっごい自分勝手なんです、彼。だから困ってるんです。
「だから別にいいじゃない」
「ふざけないでよ。大体ねえ」
 またキッと睨んで言います。
「私は新一君とは一緒に歩きたくも」
「あっ、着いたよ」
 気付けばもう商店街を出ていました。目の前にすごく大きな和風の建物が見えます。そこが神殿なんです。
「主任先生ここにおられるから」
「わかったわ」
 話を誤魔化されて何か不愉快ですけれどとにかくそっちに考えを移します。
「それで何処におられるの?」
 階段をあがって神殿の構内に入ってお辞儀をします。それから新一君に尋ねます。
「主任先生は」
「さあ」
 すっごい無責任な返事ですよね。本当にこんなのです、いつもいつも。
「何処かな」
「何処かなってちょっと」
 また怒ってしまいました。だって呼んでるっていうから来たのに。
「何処であったのよ」
「西の礼拝場」
 神殿は四つの礼拝場があります。東西南北です。他には『おやさま』と御呼びする教祖であられる中山みき様がおられる教祖殿と『みたまさま』、祖霊が祭られている祖霊殿があります。渡り廊下にお庭もあって本当に広い場所なんです。
「そこの入り口だったけれど」
「おられる?」
「いや、全然」
 新一君は目をこらして見ます。彼は目はいいんです。目は。
「おられないみたい」
「何処か移られたのかしら」
「先輩わかる?」
「わかるわけないでしょ」
 何で私に聞くんでしょう。本当にわかりません。
「私が聞きたいのに」
「いや、何か勘で」
「勘ってちょっと」
 このいい加減さが。何処までこんなのなんでしょう、この子は。
「そんなのでわかるわけないでしょ」
「だって先輩ショートヘアだし」
「それがどう関係あるのよ」
 かなりわからなくなってきました。彼の言っていることが。
「いやさ、髪がアンテナになって」
「それってあれでしょ」
 はい、やっと言いたいことがわかりました。漫画の話だったんですね。
「ゲゲゲの鬼太郎よね」
「うん。わかる?」
「わからないわよ」
 わかったら凄いです。人間じゃないですよね。
「そんな能力ないし」
「じゃあ何処におられるんだろ」
「とにかくここにおられるのよね」
 それは念を押して聞きます。
「じゃあ携帯でメール送って」
「うん・・・・・・ってほら」
 急に音楽が鳴りました。この曲は。

 

 

5部分:第二話 神殿その二


第二話 神殿その二

「これって・・・・・・何の曲よ」
 何か明るい曲です。見れば新一君の携帯からです。
「どっかで聞いたような」
「ああ、これ仮面ライダーブイスリーの曲」
 仮面ライダーって。何でそんなのを。
「仮面ライダー!?」
「だってこれラルフ様の曲だったんだよ、応援歌」
 また話がわからなくなってきました。ラルフ様って誰なんでしょう。
「ラルフ=ブライアント様の。知ってるよね」
「誰よ、それ」
 冗談抜きで知りません。何処の誰なのか。
「近鉄バファローズの選手だった。知らないんだ」
「だって私阪神ファンだし」
 神戸生まれですから。当然ですよね。あの縦縞のユニフォームも甲子園も大好きです。
「バファローズはちょっと」
「そうなんだ。すっごいホームラン打ってたんだぜ」
「その人の応援歌だったの」
「そういうこと。あっ」
 携帯を見て声をあげました。
「主任先生からのメールだ」
「何処におられるの?」
 彼に聞きながら携帯を覗き込みます。見たら。
「教祖殿?」
「そうみたいだよね」
 新一君が私に答えます。
「じゃあそっちに行こう」
「わかったわ。それじゃあ」
「うん」
 こうして私達は教祖殿に向かいます。中庭を通って直接です。そこに入ると入り口に白い髪でしっかりとした背筋の背の高い初老の方がにこにこと笑って立っていました。主任先生です。
「やあ、よく来てくれたね」
「いえ、そんな」
 主任先生のにこやかな笑顔に応えて言いました。
「先生、先輩でいいですよね」
「うん」
 主任先生は新一君に応えて言います。
「中村さんでないとね。駄目だから」
「私なんですか」
「そう、中村さんでないと」
 何のことかわかりません。思わず首を傾げてしまいました。
「あの、私でなければって」
「実はね。私の孫が来ているんだけれど」
「先生のですか」
「そうなんだ。三人いてね」
「はあ」
 先生の言葉に頷きます。何か横では新一君が妙ににこにこしているのが気になります。
「よかったら孫達におぢばを案内してくれないかな」
「お孫さんのですか」
「主任先生急な仕事が入ったらしいんだ」
 また横から新一君が言います。また変ににこにこと笑っています。何が楽しいのかわからない位に。どうしてそんなに笑っているんでしょう。
「それで急にお墓地の方に行かないと行けなくて」
「お墓地に」
 神殿から少し北に行った場所にお墓地はあります。教祖や歴代の天理教のトップであられる真柱様、本席といって天理教を導いて下さった方の御一人である飯振伊蔵先生のお墓なんかがあります。他には教会の方や信者の方々のお墓もあります。
「だから俺達が呼ばれたってわけ」
「そうだったの」
「いや、実は困っていたんだ」
 主任先生はまたにこやかに笑って私に言いました。
「本当にね。急に信者の方々が来られて」
「はあ」
「いや、阿波野君だけじゃ彼が苦労するなと思ったら。中村さんを推薦してくれて」
 えっ!?今の言葉は聞き捨てなりませんでした。
「悪いけれど頼むね。私が帰るまでの間」
「わかりました」
 ジロリと新一君の方を見て答えます。何かすっごい腑に落ちません。
「それじゃあね」
「はい」
「行ってらっしゃい」
 新一君と私で先生を見送ります。その時お孫さん達と一緒になりました。
 教祖殿から祖霊殿に行く廊下で。私は新一君に対して言いました。私は小さいお孫さんの一人の手を引いています。新一君は二人です。
「ちょっと」
「あのさ、先輩」
 私が言おうとしたらその前に言ってきました。
「ちょっと聞きたいんだけれど」
「こうしていると俺達あれだよね」
「人の話は聞きなさい」
 ムッとして言ってやりました。いつもいつも。
「聞きたいことがあるんだけれど」
「家族みたいだよね。子供の多い若夫婦」
「なっ」
 それを聞いて思わず声が詰まりました。いきなり何を言うのって感じです。

 

 

6部分:第二話 神殿その三


第二話 神殿その三

「何よそれ、そもそも新一君まだ十七じゃない」
 ムキになって言いました。
「それで結婚って。大体私はまだ勉強中だしそもそも何で新一君なのよ」
「冗談だって」
 軽く切り返されてしまいました。
「冗談ってちょっと」
「まあ未婚のカップルってところかな」
「・・・・・・いい加減にしなさい」
 今度は本気で頭にきました。毎回毎回。
「何が未婚よ、私はキスだってね」
「それ俺も」
 また切り返してきました。本当にこういうのだけは上手いです。
「俺だってそうだよ」
「そんなのどうでもいいわよ」
 本気でそう思いました。誰が新一君のなんか。
「私はね、結婚するまではそんな。それなのにどうして子供なんか」
「だから例えだって」
「例え!?」
「そっ、例え」
 軽い口調で言います。
「そんなに気にすることないじゃない。単なる例えで冗談なんだから」
「だったらいいけれど」
 それでも凄い腑に落ちないですけれど。機嫌が悪いままです。
「とにかくね。私は」
「主任先生のお孫さんの相手しなきゃね」
「そ、そうね」
 また先に言うことを言われました。彼はこうしたことはほんっとうに上手いんで困ります。本当にこういうのだけは上手いんです。
「それはそうだけれど」
「それでさ、先輩」
 いつもの軽い笑顔を私に向けてきました。
「祖霊殿参拝するんだよね」
「ええ、まあ」 
 もうすぐ目の前にあります。前後を参拝する信者さんが通ります。
「そうだけれど」
「じゃあ行こうよ」
「最初からそのつもりだけれど、私は」
 神殿に来たらやっぱり礼拝場と教祖殿、祖霊殿は行きたいです。時間がなければ礼拝場だけになりますけれど。よく回廊を膝当てをして拭いておられる方がいますけれどこの人達もひのきしんをしておられるんです。簡単に言うと奉仕でしょうか。『日の寄進』と書くとも言われています。おみちではかなり重要な教えです。
「行くのよね、新一君も」
「だから来てるんじゃない」
 その軽い口調で答えてきます。
「でしょ?だから」
「わかったわ。それじゃあ」
 彼に応えて言います。
「行きましょう。いいわね」
「うん。それじゃあさ」
 新一君は私の言葉を受けて主任先生のお孫さん達に顔を向けます。その顔を見たら笑顔で優しい感じで子供達に接しています。私に対してとは全然違います。
「あの中に入ろうね。いいね」
「はあい」
「わかりました」
「うんうん、子供は素直でいいな」
「本当ね」
 その言葉には頷けます。主任先生のお孫さん達は皆よくできた子供達です。横にいる大きな子供とは全然違って。
「何処かの誰かさんとは違って」
「それ誰?」
「さあ」
 惚ける新一君を見てまた言います。
「誰かしら」
「わからないよね」
 やっぱり惚けたままです。
「何処の誰やら」
「まあいいわ。じゃあ」
 祖霊殿の前まで来てお辞儀をしてから中に入ります。ここは中山家の方々、教会本部に勤めておられた先生方の祖霊が祭られています。全部で三つの場所があります。
「参拝しましょう」
「うん。じゃあ」
 新一君も私と一緒にお辞儀をして中に入りました。そうして参拝の後で神殿の西の方から出て広い道を通って詰所に帰ります。右手に憩の家があります。天理教が作った病院です。
 そこを右手に見ながら歩きます。白い道を二人。子供達を連れて。
「すぐに終わったね」
「まあ神殿に参拝するだけだったし」
 新一君は相変わらず子供達の手を引きながら答えます。両手にそれぞれ子供達の手を持っています。私は残る一人の手を。
「そりゃまあ早く終わるかな」
「そうね。じゃあ後は詰所で」
「ねえ先輩」
 新一君は急に私に声をかけてきました。
「何?」
「お腹空いてない?」
「まあ言われると」
 お昼から結構経っています。それでお腹は結構減ってきていました。
「新一君は?」
「俺も」
 新一君も答えます。考えたら彼から話を振ってきたんですからこれは当然と言えば当然でした。

 

 

7部分:第二話 神殿その四


第二話 神殿その四

「お腹空いてきたよね。それでさ」
「ええ」
「たこ焼きかいか焼き食べない?」
「たこ焼きかいか焼き?」
 どっちも商店街にお店があります。味は中々いいです。天理の名物の一つでもあります。私も新一君もずっと食べています。
「そう、どっちか。どうかな」
「私は何か」
 けれど私は首を傾げて答えました。
「もっとあっさりした方がいいかしら、今は」
「じゃあ甘いものとかは?」
 今度はこう提案してきました。
「アイスクリーム、いやソフトとかさ」
「じゃあソフトね」
 これも商店街にいいのがあります。たこ焼き屋さんが一緒にやってるんです。
「それだとこの子達も食べるわよね」
「そうそう。僕も好きだし」
「新一君には聞いていないわよ」
 またむっとなっちゃいました。彼に対しては別です。
「まあ言いだしっぺではあるわね」
「その言いだしっぺはお金ないんだ」
「私もよ」
 そんなこと言っていつも持ってるんです。彼はお金とかそうしたことは本当にしっかりしているんです。それでいつも何か買ったり食べたりしています。
「だから自分のは自分でね」
「ちぇっ、厳しいなあ」
「それ位しっかりしなさい」
 ある意味しっかりしていますけれど、彼は。
「他人に出させない。あるんだったら」
「なかったら」
「その時は仕方ないけれど」
 あれ、何でか顔を新一君から背けてしまいました。ちょっとあさっての方を下に見てしまいます。声もどうにも小さくなってしまいます。
「それでも。今はね」
「まあこれは冗談だし」
「本当?」
 また彼を見て問い掛けます。
「そうは思えない口振りだったけれど」
「まあそういうことにしておいてよ、ここは」
「それはこれからの心掛け次第ね」
 そう言っておきます。
「新一君の」
「これでも結構いい心掛けしてるって言われるんだけれど」
「何処がよ」
 絶対に嘘です。有り得ません。
「でまかせばかり言う癖に」
「先輩は厳しいなあ」
「新一君だけは別」
 厳しくしないと。つけあがりますから。
「だからいいわね。ソフトは自分持ちよ」
「はいはい」
「子供達のは私が出すから」
「あれ、先輩が」
 何か意外といった感じで私の方に顔を向けてきました。また微妙な感じです。
「だからお金があるからよ」
「そうなんだ。俺が出そうと思ってたのに」
「いいわよ、それは」
 それは断りました。
「だって私が先輩だし。それは」
「いや、この場合は」
「お姉さんの言うことを聞きなさい」
 さっきの言葉を逆に使って言ってやりました。
「いいわね」
「いいんだ」
「そうよ、いいのよ」
 無理矢理押し切ってやりました。
「よかったら新一君のも出してあげるわよ」
「あっ、僕のはいいよ」
 何故か謙遜してきました。
「その分のお金はあるしさ」
「さっきと言ってること逆じゃない」
 どうしたんでしょう、一体。
「どうしたのよ」
「いやさ、やっぱりさ」
 何か私から視線を逸らして話をします。さっきの私の顔と似た感じになっているのは気のせいでしょうか。
「こういうのは。あれだよ」
「あれ?」
「自分の分は自分で出さないと。女の子にはね」
「そうなの」
「そうだよ。それに」
 私から視線を逸らしながら言葉を続けます。
「先輩はさ。やっぱり」
「やっぱり?」
「その。つまりさ」
 言葉が詰まってきました。何が言いたいんでしょう。
「あれだし。その」
「言ってる意味がわからないんだけれど」
 怪訝な顔をして彼に言いました。
「何が言いたいのよ」
「あっ、何でもないよ」
 急に誤魔化してきました。かなり変な感じです。
「何でもないから。とにかくソフト買おう」
「ええ」 
 よくわからないまま彼の言葉に頷きます。それでソフトを子供達の分まで買ってあげました。
「はい」
 子供達にソフトを渡して食べながら商店街を進みます。その途中でまた新一君が私に話し掛けてきました。
「じゃあ今日はこれで」
「帰るの」
「うん、また明日ね」
「来なくてもいいから」
 すぐにそう言い返してあげました。
「忙しいと邪魔だし」
「そんな冷たいこと言うんだ」
「当たり前でしょ」
 この言葉も口癖になってきました。困ったことです。
「そもそも詰所にはいないんだし」
「時々泊まってるじゃない」
「押し掛けてね」
 本当に時々詰所に泊まるんです。もう自分の洗面用具とか置いてるそうです。部屋も半分自分の部屋まであるし。図々しいとしか言うしかありません。
「主任先生達の好意に甘えないの」
「じゃあ先輩と一緒の部屋は?」
「怒るわよ」
 はったおすわよ、と言いそうになりましたがそれは止めました。立腹を覚えましたけれど何とかあと一歩のところで踏み止まりました。

 

 

8部分:第二話 神殿その五


第二話 神殿その五

「新一君と一緒の部屋なんて。絶対に願い下げよ」
「俺はいいけれど」
「冗談じゃないわよ」
 この言葉も本当に口癖になってます。
「私は男の人とは一緒の部屋には」
「そうなんだ」
「それも結婚してからよ」
 本当にそう決めています。それまではっていうのはやっぱり古いでしょうか。
「旦那様になる人だけしか一緒には」
「凄いね、何か」
 新一君もそれを聞いて言います。
「そんなに真面目なんて。今頃何ていうか」
「悪い?」
 きっと見返します。
「それが」
「別に」
 ところが新一君はソフトを食べながら軽く返してきました。
「人それぞれだし。そんなのは」
「いいの」
「俺はね。それは別に」
 そう答えてきました。
「いいと思うけれどさ」
「そうなの」
「じゃあそれは俺かな」
「馬鹿言わないでよ」
 何を言うかと思えば。こんなことばかり言うし。
「何で新一君とよ。ふざけないでよ」
「ふざけてるように見える?」
「ええ」
 それ以外に思えません。他にどう思えっていうんでしょう。いつもいつもふざけてばかりでこっちも立腹し通しです。それじゃいけないっていうのに。
「少しは真面目にしなさい」
「厳しいなあ」
「厳しくて結構」
 またきっとして言ってやりました。
「新一君みたいなふざけた子にはね。いいわね」
「はいはい」
「はいは一回」
 どんどん保護者めいてきました。それに自分でも気付いて妙な気持ちです。
「わかったわね」
「はい。さて、着いたし」
「あれ、もう」
 気付けばもう詰所の門の前です。詰所ひのきしんの梶本さんがお花にお水をやっています。太った白髪のお爺さんです。
「早いわね」
「話していたからね。あっ、梶本さん」
「あっ、デートしてたんだ」
「なっ、そんな」
 梶本さんにいきなり言われてまた顔が真っ赤になりました。冗談じゃありません。
「あの、梶本さんそれは」
「はい、そうなんです」
「えっ、ちょっと」
 また横から新一君が言います。軽やかに笑って大嘘をつきます。
「ちょっと子連れで。未来の練習に」
「うん、それはいいことだね」
「あの、梶本さん」
 たまかねて根岸さんに言います。
「そんなのじゃないです。だって私主任先生に呼ばれて」
「先輩八重歯見えてるよ」
「うっ」
 私八重歯あります。それも何か子供っぽいって言われます。そう言われるので気にしていますけれど。可愛いって言ってくれる人もいたりします。
「口開くから」
「新一君が言うからじゃない」
 それもこれも。
「だからよ。失礼するわ」
「いつも仲がいいね」
 すると側から梶本さんが笑ってきました。
「陽気ぐらししてるやん」
「違います」
 天理教の目標は陽気ぐらしといいます。簡単に申し上げますとお互いが互いの良いところを伸ばし合って足りないところは補い合う。そうして助け合って一緒に生きることです。親神様は人がそうして生きるのを見て共に楽しもうと考えられて私達人間を御創りになられたんです。ですから天理教の教えの中でも最も重要なものの一つなんです。
「だって新一君・・・・・・いえ阿波野君いつも私を困らせてばかりで」
「困らせてま〜〜〜〜す」
 全然反省していません。こんな子なんです。
「先輩に何かと」
「ほら、本人もこう言っていますし」
「ははは、それでいいんだよ」
 梶本さんはそれを聞いても笑います。
「助け合いだからね」
「はあ」
 助け合いも大切な教えですけれど。何かこの場合言われてもいい気持はしないです。
「そうですか」
「まあ中に入って」
 中に入るように言われます。
「疲れたろ。休みなさい」
「わかりました」
「先輩、お茶」
「甘えるんじゃないのっ」
 また八重歯が出ました。
「それ位自分で入れなさい」
「だって先輩が入れてくれたお茶が一番美味しいから」
「そんなの変わらないわよ」
 むっとして口を閉じました。本当に。
「とにかく中に入るわよ」
「はいはい」
「じゃあわしも一休みするかな」
 梶本さんも手を止めて腰を伸ばしながら言いました。
「一服してと。じゃあ千里ちゃん」
「はい」
「お茶ね。阿波野君の分も」
「えっ!?」
 また顔を顰めてしまいました。
「入れてあげて。いいよね」
「どうも根岸さん」
 横から新一君が笑顔で言います。子供達の相手をしながら。
「御馳走になります」
「じゃあ御願いね」
「わかりました」
「いやあ、先輩の入れてくれたお茶が飲めるんだ」
 『彼は』すっごく楽しそうです。
「よかったよかった」
「全く」
 また溜息が出ます。
「どうしていつもこうなるのよ」
「これもいんねんってやつかな」
 天理教の教えでいんねんと心つかいにより出来上がっていくものです。前世や親からのつもり積もったものが現われることを言います。いいいんねんを白いんねん、悪いものを悪いんねんと言います。種蒔きに例えますと良い種と悪い種があってそれを撒くことでそれがいんねんというものになるんです。
「やっぱり」
「困ったいんねんよ」
 新一君から目を離してまた溜息です。
「何でよりによってこんなに手のかかる子が」
「俺って子供だったんだ」
「背は高いけれどね」
 それは認めます。私がちっちゃいせいもありますけれど。
「全く」
「じゃあ子供だから何かお菓子頂戴」
「またそうやって事務所にたかって。信者さんから頂いたものなのに」
「まあまあ」
「まあまあじゃないの。一人でどれだけ食べるのよ」
 何か新一君と一緒だといつもこうです。結局覚えているのは彼にあれこれ言ったことだけ、子供達の相手をする方がずっと大切なのに自分が嫌になります。本当に背が高いだけの子供の相手をするのは困りものです。


第二話   完


                    2007・9・8
 

 

9部分:第三話 高校生と大学生その一


第三話 高校生と大学生その一

                 第三話  高校生と大学生
 私は実家は教会です。八条分教会という奥華大教会直属の教会です。
 奥華は結構大きな方の大教会で下にある分教会の数は三百近いです。私の実家はその直属です。子供の頃は何でこんなに自分の家は広くて変なものが一杯あるんだろうって思ったりもしました。
 中学までは実家で育ちました。実家のすぐ側にある八条学園に中学校まで通っていました。それで高校からおぢばに帰ることになったんです。
 天理高校で三年。何かあっという間でした。入学したと思ったら卒業でした。それで大学は天理大学です。家を継がなければいけないから宗教を勉強させてもらっています。そうしたこともあって今は詰所に住まわせてもらっています。
 この詰所は各地から帰って来た信者さんや修養科生といって三ヶ月天理教のことを勉強させてもらいに帰って来ている方、そして本部に勤めておられる方が住まれるところです。私は大学生ですがひのきしんを手伝わせてもらうということで特別に住ませてもらっています。
 うちの詰所はお庭も建物もかなり広くて大きいです。やっぱり三百近くも教会があるとそれだけで人も多いからです。
 建物も二つあって本館と別館があります。私は本館にいるんですがあの新一君は言うまでもなくこちらによく来ます。ええ、今日もなんですよ。
「それで今日ですね」
「へえ、そんなことがあったの」 
 事務所のロビーで炊事の井本さんとお話しています。とても小柄で額に黒子があります。それがチャームポイントです。杉山さんも教会の方で結婚される前は秋藤さんといいました。いずれ教会長の奥さんとなられる方です。御主人はこの詰所で働いておられます。
「そうなんですよ。大学に入ったらですね」
「大学に来てたの」
 私はそれを聞いて否が応でも不足を感じずにはいられませんでした。
「で、何しに来てたのよ」
「いや、単に遊びに」
 新一君は例によって軽い調子で答えます。
「それで来ただけだけど」
「遊びに、ねえ」
 それを聞いてまずは目をやぶ睨みにさせて彼を見ました。
「何の遊びかしら」
「いや、奇麗なお姉さんいないかなって」
 それでいつもこんな返し言葉です。
「それでまあ。大学に入ったんだけれど」
「それでいたの?」
 不足を言葉に込めて尋ねました。
「どうせ次から次に声かけてたんでしょ」
「その前に先生に怒られてさ」
「まあそうでしょうね」
 想定の範囲内ってことでしょうか。天理高校の生活指導は結構厳しいですから。
「柔道の山村先生に」
「よかったわね、山村先生で」
 何か山村先生の名前を聞いて嬉しくなりました。凄く怖い天理高校の体育科の先生の中でも特に怖い先生です。柔道部の顧問で全国区の柔道部を指導している人なんです。
「で、投げ飛ばされたの?」
「いや、怒鳴られただけ」
「何だ」
 それを聞いてかなりがっかりです。プールにでも投げ込まれて頭を冷やせばいいのに。
「それだけだったの」
「何を馬鹿なことやってるかってさ。心狭いよね」
「それは阿波野君が悪いわよ」
 井本さんの奥さんが笑って新一君に言います。
「そうですかね」
「だって。堂々と制服で大学生の娘に声をかけてたんでしょ?」
「っていうか探してたんですよ」
「誰をよ」
 今度は私が尋ねました。
「いや、先輩を」
「私を?何で?」
「いや、学校の勉強を教えてもらいに」
「嘘でしょ、それ」
 またやぶ睨みになって彼を見ます。
「絶対に」
「まあ嘘だけれどね」
 やっぱり。本当にこんなのばっかりで。
「うそとついしょこれ嫌いよ」
 ここで彼に天理教の教えを言ってやりました。
「そんなことしているとまたほこりが積もるわよ」
「ほこりかあ」
「そう、ほこりよ」
 天理教では悪いことを八つのほこりと言います。をしい、欲しい、にくい、かわい、よく、こうまん、うらみ、はらだちの八つです。特にこうまんやはらだちがよくないとされています。
「そういうことばっかりしていると大変なことになるわよ」
「そうかあ。じゃあ止めるか」
「ついでに大学に来て変なことするのも止めなさい」
 そう彼に言ってやりました。
「いいわね」
「本当に俺って無茶苦茶言われるなあ」
「当たり前よ」
 何を言うかって思ったら。
「やること為すことちゃらんぽらんなのに」
「そうかな」
 本当に自覚がないんですよね、彼は。だから言うんです。
「俺これで結構真面目なんだぜ」
「寝言は起きて言うものじゃないわよ」
 また言ってやりました。
「それを覚えておきなさい」
「先輩は厳しいなあ」
「新一君だけは別よ」
 実際にそうしています。私実は後輩には凄く優しい先輩だって言われてきました。けれど彼にだけは本当に別なんです。あんまりですから。
「わかったわね」
「わかりたくないなあ」
「その反論なのよ」
 わかっててやってるんでしょうか。
「そんなのだから駄目なのよ」
「じゃあ真面目にやればいいんだよね」
「ええ」
 あれっ、私の言葉が届いたんでしょうか。内心びっくりです。
 

 

10部分:第三話 高校生と大学生その二


第三話 高校生と大学生その二

「真面目に。そうでしょ?」
「そうだけど」
 言われるとこっちが不安になってきました。いつもがいつもですから。
「できるの?」
「本当に真面目にするよ」
 また言います。
「真面目にね。じゃあ明日」
「明日なのね」
 新一君を見上げて尋ねます。
「本当にやるのね」
「勿論だって。じゃあね」
 新一君はいきなり帰ろうとします。ところが。
「ああ待って阿波野君」
 事務所から井本さんの御主人が声をかけました。小柄で若作りの方です。黒縁眼鏡が凄く似合っていていい感じの人です。
「はい?」
「これから何処行くんだい?」
「いや、適当に」
 いきなり真面目にするって言った側からこの発言がもう極めていますよね、いい加減なんだから。
「ブラブラと遊ぶつもりですが」
「八木か桜井行く?」
「いえ、天理で」
 八木と桜井はどちらも近鉄線の駅のことです。この辺りじゃ結構大きい駅でして遊ぶ場所とかもそれなりにあります。けれど私は滅多に行けません。詰所で忙しいからです。
「遊ぶつもりですけれど」
「何か買う予定ある?」
「本屋で。漫画でも」
「あっ、それだったらね」
 彼が漫画を買うと聞いてすぐにお金を出してきました。
「サンデーとマガジン買って来て欲しいんだけれど」
「サンデーとマガジンですか」
「うん。いいかな」
 井本さんは結構漫画がお好きなんです。私もそれなりに読んだりします。実は結構男の子が読む漫画が好きですけれどこれは内緒ですよ。
「わかりました。先輩は?」
「私?」
「うん。何がいいかな」
「別にないけれど」
 首を右に傾げて答えます。
「別にね」
「じゃああれ?小学生のファッション雑誌とか」
「・・・・・・怒るわよ」
 言うと思っていましたけれど。どうせ小柄です。
「何で私が小学生なのよっ」
「また阿波野君はそんなこと言って」
 また横から井本さんの奥さんが笑顔で言います。
「駄目よ、先輩からかっちゃ」
「いやあ、冗談ですよ」
「冗談でも許せないわよ」
 口を膨らませて言い返しました。
「幾ら私が小さいからって」
「だから見つけ易いしね」
 また変なことを言い出しました。
「見つけ易いって?」
「あっ、何でもないよ」
 もっとわからないことに急に誤魔化してきました。やっぱりわからない子です。
「だから気にしないで」
「わかったわ。それじゃあね」
「うん。じゃあこれで」
「行ってらっしゃい」
 一応声はかけました。
「車に気をつけてね」
「じゃあサンデーにマガジンに」
「チャンピオンレッド御願いね」
 井本さんの奥さんがここで言いました。
「シグルイと聖闘士星矢Gとジャイアントロボ好きだから」
「俺も好きですよ」
 新一君は今の漫画三つ聞いてすぐに言葉を返しました。
「じゃあそれもですね」
「ええ、御願い。はい」
 井本さんの奥さんもお金を新一君に手渡しました。何かそれ見ていたら私も雑誌が欲しくなりました。それで彼に言いました。
「私もいいかしら」
「あっ、小学生のファッション雑誌でしたっけ」
「本当に怒るわよ」
 また言い出したんでむっとして見返しました。
「漫画よ。いい?」
「ジャンプとか?」
「いえ、それじゃなくて」
 ジャンプは最近読まなくて。それで今は。
「マガジンZ御願いね」
「先輩もマニアックじゃない?それって」
「まあそうかも」
 自分でも女の子が読む雑誌じゃないかなって思うんですけれど。この前たまたま新一君が読んでるの見ていたら好きになったんです。
「けれど。いいでしょ?」
「別にね。僕も好きだし」
 元々彼が買っていましたし。何か仮面ライダーとかウルトラマンとか真剣な顔で読んでいたんです。学校でもかなり読んでるみたいです。
「それじゃあそれだね」
「ええ、御願い」
 お財布からお金を出して手渡します。
「じゃあね」
「うん。じゃあ・・・・・・って」
 彼が出ようとしたら目の前に。その山村先生がいました。すっごい威圧感のある風貌の角刈りの方が堂々と立っておられました。
 

 

11部分:第三話 高校生と大学生その三


第三話 高校生と大学生その三

「山村先生・・・・・・」
「ここにいたか阿波野」
 新一君を見て言います。
「探したぞ」
「あれ、俺なんですか」
「御前以外に誰がいるんだ」 
 山村先生は真一君を見据えたままでした。
「ちょっと来い」
「さっきのことですか?」
 それ以外にないですよね。けれど山村先生がそのまま来るなんて。
「それは終わったんじゃ」
「何が終わっとるかっ」
 先生の声が怒鳴り半分になりました。
「御前はわしから逃げたんだろうが。それで追い掛けてきたんだ」
「あらら、それはまた」
「わかったら来い」
 有無を言わせぬ口調です。
「いいな」
「あの、何処にですか?」
「別に殴るわけじゃない」
 山村先生は案外生徒を殴ったりはしません。そりゃ怒ると怖い人なんですけれどね。
「叱るだけだ」
「結局同じじゃないですか」
「全然違うじゃない」
 私は横でそう呟きました。
「っていうか制服で大学の女の子ナンパしようとしたらそりゃ」
「そう、それだ」
 やっぱり山村先生もそれを言われます。わかっていましたけれど。
「それで話があるんだ。来い」
「いずれ機会をあらためて」
「馬鹿か御前は」
 今の言葉は私も先生と同じことを思いました。
「そんなことができる筈がないだろう」
「やっぱりそうですか」
「わかったら来い、いいな」
「わかりました。じゃあ場所は」
「別に殴るわけでもないからな。そうだな」
「詰所の部屋なんかどうですか?」
 ここで井本さんが先生に提案されました。
「空いてる部屋結構ありますし」
「いいのか?それで」
「ええ、どうぞ」
 井本さんは何故か笑っています。けれど新一君を笑うような人では決してないです。それが私にはかなり不自然に思えました。内緒ですけど。
「阿波野君もそこでいいわよね」
「俺は何処でもいいですよ」
 怒られるっていうのにこの態度。本当にある意味大物です。
「それじゃあ」
「ああ、来い」
 ぐい、と首根っこを引っ掴まれます。先生と新一君はそんなに背が変わりはしないんですがそれでも圧倒的な差があるように見えます。
「部屋は五階が空いてますから」
「何処でもか」
「はい、何処でも」
「あっ、いいこと聞いた」
 新一君は首根っこをひっつかまれて猫みたいにぶら下げられているのに全然余裕の顔で言いました。わかってるんでしょうか。わかってないですね、絶対に。
「じゃあ五階で先輩と」
「私が何!?」
「いや、何でも」
「そっから先は五階で聞く」
 先生はそのまま新一君をエレベーターの方に連れて行って言われます。
「わかったな」
「じゃあそういうことで」
 新一君はそのまま連れて行かれました。それから暫く私は井本さんの奥さんとあれこれお話をしていました。新一君についてです。
 

 

12部分:第三話 高校生と大学生その四


第三話 高校生と大学生その四

「本当に困った子ですよね」
「あら、そうかしら」
 奥さんは御主人と一緒に私の言葉に笑って返します。何でなんでしょう。
「私は別にそうは思わないけれど」
「僕もだね、それは」
 御主人もそう言われます。
「いい子じゃない。詰所に来てひのきしん手伝ってくれてるし」
「本当は真面目な子だよ」
「そうでしょうか」
 その言葉には思い切り懐疑的になりました。首を捻らずにはいられません。
「私は全然思えないんですけれど」
「まあ彼は素直じゃないからね」
 御主人はまた笑って言われます。
「そういうところは」
「素直じゃないんですか?」
「そう思わない?」
「ちょっと」
 首を傾げて答えます。
「そうは思わないですけど」
「気付かないかしら」
 奥さんはふと言ってきました。
「あの子のそうしたところ」
「素直じゃないっていうかやんちゃです」
 私はそう思います。
「もっと言うと子供です」
「ふふふ。そう思うの」
 奥さんは私の言葉を聞いてわた笑います。
「千里ちゃんは」
「そうじゃないんですか?」
「あれで結構大人よ」
 奥さんの言葉の意味がわかりません。何処がそうなのか。
「はあ」
「よく見ればわかるんじゃないかしら」
「そうは思わないんですけれど、どうしても」
「まあよく見てね」
 奥さんはまた仰います。御主人も私の顔を見て笑ってます。何故なんでしょう。
「そこのところは」
「一年ずっと見せられてますけれど」
 高校三年からずっとです。入学式でいきなり出会って。その時からあんなのだったんですよ。所属が同じ大教会だってわかった時は凄く嫌でした。
「ああしたところばかり」
「ほら、鏡」
 奥さんがふと仰います。
「ここは何て呼ばれてるかしら」
「鏡屋敷ですよね」
「そうよ」
 よく言われることですがいぢばは鏡屋敷です。自分の心やいんねんを映し出す場所だって言われています。そういえば私も怒りっぽいところをよく見せられているような。新一君のああしたいい加減なところばかり見せられて。
「だから。色々と鏡を見て」
「ええと、この場合は」
 自分を見るんじゃなくて。
「彼の色々なところを見てね」
「ううん」
 思わず首を捻ります。そういえば何となく思うところですけれど。
「おみちについては真面目でしょうか」
「そう。わかったわね」
 そういえばひのきしんは真面目にしています。それどころか急に志願してきてすっごく頑張ったりします。かなり気紛れに出て来ますけれど。
「そういうところとか」
「けど私にだけ」
 からかってくるんですよね。それもしょっちゅう。
「それはそれで」
「はあ」
「よく見ていればいいから」
「何かあれですね」
 そこまで聞いてまた思うことです。こう思うのって嫌なんですけれど。
「新一君私の弟みたいですね」
「あはは、そうね」
 奥さんはそれを聞いて笑われます。
「やんちゃだしいい加減だし」
「あまり気持ちのいい考えじゃないですけれど」
 本当にそうです。よく言われるんでその度に本当に嫌な想いをします。
「確か千里ちゃんはご兄弟は」
「妹が二人です」
 一回中村って苗字で三人姉妹なんで中村紀洋さんのお子さんと同じだって言われました。それを言ったのはあの新一君なんですが。
「じゃあ男の子は」
「いないです」
 何故かわからないですけれど親戚で女の子ばかりって私のところだけなんです。これもいんねんなんでしょうか。いんねんは色々あるんです。いいのは白いんねん、悪いのは悪いんねんって呼ばれています。
「じゃあ丁度いいじゃない」
「そうそう」
「よくないです」
 俯いて言いました。
 

 

13部分:第三話 高校生と大学生その五


第三話 高校生と大学生その五

「あんな子弟にいたらって思ったら」
「まあまあ」
「これも巡り合わせと思って」
「そうですか」
「ほら、そんなこと話してるうちに」
 奥さんがエレベーターの方を指差します。するとその扉が開いて山村先生と新一君が戻って来ました。何か凄い早さです。
「あれ、もうなの」
「話すこと話したしさ」
 新一君は軽い調子で私に言います。
「だから」
「怒られてたんじゃないの?」
「いや、全然」
 彼は答えます。
「そんなことは」
「先生、そうなんですか?」
 私は思わず先生に尋ねました。てっきりそうだと思っていたら。
「ああ、最初は何かと思ったがな」
 先生もそう仰います。すっごくおかしな流れです。
「いや、そういうことならいい」
「いいって先生」
「中村」
 次に私に顔を向けてきます。
「はい?」
「御前も大事にしろよ」
「大事にって?」
 話が全然わかりません。ついつい首を傾げてしまいました。
「あの、どういうことですか?」
「あっ、先生」
 ここで新一君が笑って先生に声をかけます。
「その話は」
「おっと、そうか」
 先生は新一君に言われて笑って言葉を返します。
「それだったら止めておくか」
「ええ、そういうことで」
 話が全然読めません。何が何なのかさえわからないうちに話は終わりました。それで先生は私と新一君に対して別れを告げるんです。
「じゃあな、二人共」
「は、はい」
「どうも」
 戸惑ってる私と能天気な新一君。思えば凄い対比です。私はよくわからないままに先生に挨拶を返しました。先生はもう詰所から帰ろうとされています。
「おい阿波野」
 最後にまた新一君に声をかけます。
「頑張れよ」
「了解っ」
 ぴっと敬礼みたいな挨拶を右手でして先生に返礼してます。そういうところが本当に軽くて子供っぽいです。本人自覚してるかどうかわかりませんが。
 先生は帰られました。そうしてそれを見届けた新一君は井本さん夫婦と私に顔を向けて思い出したようにして言うのでした。
「じゃあ漫画ですよね」
「あっ、そうだったわね」
 奥さんがそれに気付いて声をあげます。
「じゃあ。御願いね」
「はい。先輩もですよね」
「ええ、私も」
 私もふと思い出しました。彼のことを見ていると他のことが奇麗になくなっちゃいます。
「御願いするわ」
「お釣りは返すからね」
「当然よ・・・・・・いえ」
 ここでふと考えが変わりました。
「別にいいわ。あげるわ」
「あれ、いいんだ」
「今日だけよ」
 首を少し右に傾げさせて言います。
「特別サービスだから」
「ふうん。じゃあもらっておくね」
「ええ」
「じゃあ井本さん」
 それを受けて井本さんご夫婦に声をかけます。
「そういうことで。はい」
 ご夫婦にはちゃんとお金を返しています。まあ常識ですね。
「これで」
「で、これからどうするの?」
 新一君がお金を渡し終えたのを見てからまた声をかけます。
「帰るの?」
「まあ八木にでも行こうかな」
 ふと首を傾げてから言いました。
「それか桜井かな」
「奈良には行かないの」
「家から逆になるからね」
 そう答えてきました。
 

 

14部分:第三話 高校生と大学生その六


第三話 高校生と大学生その六

「結構楽しいけれど」
「西大寺とかも行かないの」
「あそこも結構好きだけれど」
「やっぱり遠いから」
 奈良は北の方が結構開けていて南はそうじゃないんです。それで遊ぶには北の方がよかったりします。新一君は結構田舎にいるらしいんでそうした時は苦労するみたいです。おぢばはゲームセンターとかそういった場所はないんでこうした時結構困ったりするんです。といっても私はそうしたお店は殆ど行かないんでわからないんですけれど。UFOキャッチャーはしますけれどね。
「家に帰るんなら行かないね」
「そうなの」
「よかったら先輩どっか案内してよ」
「馬鹿言いなさい」 
 本当に馬鹿言いなさいです。
「この前みたいに本屋さんで特撮の本でも読んでいなさい」
「あっ、馬鹿にするんだ」
 私に抗議めいて言います。
「特撮を。あれは素晴らしい文化だよ」
「それはそれでいいのよ。何で私が新一君と一緒に」
「ちぇっ、じゃあどっかで時間潰すか」
「北寮でも行って来たら?」
 天理高校の男の子の寮です。東寮よりずっと大きいんです。天理高校は男の子と女の子の割合が大体三対二程度です。もっとあるかも。そのせいだと思いますけれど。
「結構行ってるんでしょ?あそこ」
「お酒持って行ったら怒られるしさ」
「ちょっと待ちなさい」
 聞き捨てならない言葉でした。何を言うかと思ったら。
「お酒って何よ一体。そんなのやったら駄目に決まってるでしょ」
「そうだよね。やっぱり制服だと」
「そういう問題じゃないわよ」
 思いきり怒ります。
「未成年がお酒飲んだら駄目に決まってるじゃない」
「固いことは言いっこなしじゃない」
「あのね。そんなのだから」
「皆あまり守ってませんよね」
 新一君は井本さんご夫婦に話を振ってきました。ご夫婦も天理高校出身なんです。
「やっぱり」
「まあね」
「私服でだけれど」
「ほら」
「ほらじゃないわよ」
 私はまた新一君に言い返しました。
「何処までいい加減なのよ。お酒なんて」
「煙草はやらないよ。クスリも」
「どちらも当然でしょ」
 特にクスリなんて。言語道断です。
「本当にねえ。そんなのすぐに止めなさい」
「じゃあ家に帰ろうっと」
「それでどうするのよ」
「まあ一杯」
「・・・・・・本当に反省しないわね」
 いい加減呆れます。毎度毎度本当に。
「まあまあ。じゃあまた明日」
「そのまま二日酔いで倒れて先生に怒られなさい」
「了解。それじゃあ」
 相変わらず軽い調子で帰って行きます。呆れる私の視線を軽々とかわしてです。あの軽さだけは本当に真似できません。悪い意味で羨ましいです。
 

 

15部分:第三話 高校生と大学生その七


第三話 高校生と大学生その七

 次の日。私は午後から授業でした。それで自転車で学校に行くと。
「あっ、先輩」
 急にあの軽い声が聞こえてきました。
「こちこっち」
「昨日言われてもう来たの!?」
 声の方にそう言いながら向き直りました。
「どういう頭の構造してるのよ、ちょっと」
「まあよく見てよ」
「よく見てって何をよ」
「僕の服装さ。よく見て」
「服!?」
「そうそう、見てよ」
 服って。そういえば私服です。大学は私服だから気付きませんでした。
「どうしたのよ、それ」
「だから着替えたんだ」
 新一君はにこにこと笑って答えます。
「それで来たんだけれど」
「ひょっとしてわざわざ持って来たの?」
「うん」
 返事はあっけらかんとしていました。どうやらそのようです。
「制服では駄目なんでしょ?だから」
「山村先生はそれでいいって仰ってるの?」
「全然オーケー」
 先生も甘いんだから。この子は甘くしたら余計につけあがるのに皆甘くします。そういう私もあれなんですけれどね。残念なことに。
「いいんだってさ」
「何でそうなったか凄い不思議なんだけれど」
 本当にわかりません。昨日それでわざわざ詰所にまで来られたのに。どういった天変地異があったのか私は凄い不思議に思いました。
「何でよ」
「それは企業秘密」
「全然わからないわよ」
「じゃあ国家機密」
 もっとわかりません。とにかくこうなった理由が凄く謎です。しかもよく見れば新一君をこの学校で見る時って。
「先輩目立つし」
「そこで私なの?」
「中学生に見えるから」
「大きなお世話よっ」
 また背のことです。ついでに顔のことも。童顔で小柄なのをまた言われます。どうせ私は小さいし小柄ですよ。いつもいつも言うんだから。
「けれど制服じゃまずいからね」
「で、着替えて」
「俺着替えるの早いしさ」
「ってよく見たら」
 単に制服の上脱いだだけです。黒いカッターを着ています。少し見たら得体の知れない組織の少年構成員です。彼の服の趣味がわかりません。
「凄い格好よね」
「ネクタイもしてみようかなって思ってるんだけれど。黒の」
「止めなさい」
 それはすぐに止めました。
「ナチスドイツになるわよ」
「っていうか黒シャツ隊かな。ムッソリーニの」
 どっちにしろろくなものじゃありません。全体主義なんて。
「けれど悪くないでしょ」
「似合ってはいるわね」
 悔しいけれど彼スタイルいいんです。背が高くてすらりとしているし顔立ちだって。って私ったら何でこんなことを。今の言葉は気にしないで下さいね。
「黒が似合うのはいいわね」
「赤も好きだよ」
「けれど赤いネクタイは駄目よ」
「また何で」
「滅茶苦茶派手じゃない」
 そう言葉をかけました。
「赤だなんて。やっぱり派手にならない方が」
「面白くないなあ、そんなの」
「そもそも新一君の服ってあれよ」
 実は彼の私服を見たのはこれがはじめてじゃありません。何度かあるんですがどれも。
「派手過ぎるのよ。青いコートに白いシャツに赤いマフラーとか」
「それよかったでしょ」
「遠くからでもわかったわよ。何処にあんな服あったのよ」
 よく考えたらフランスの国旗の色です。最初見た時はびっくりしました。
「いや、普通にユニクロで」
「ないわよ、あんなの」
 しかもその組み合わせは。有り得なかったです。
「とても。それで何でここに来たの?」
「ここに来た理由?」
「そうよ。何かいつも来てるけれど今日のは何?」
「先輩を見に」
「帰りなさい」
 速攻でこの言葉が出ました。
「何考えてるのよ」
「何って駄目?」
「全く。何を言い出すのかと思ったら」
 悪い冗談です。いつもの。
「ふざけていないで学校に戻ったら?今日平日じゃない」
「いや、今日は午前で終わりだし」
「家に帰ったら?」
 それならそれでこう言い返します。大体いっつも遊んでばかりですし。
「それでゲームでもしていなさいよ」
「それだったら詰所でもできるし。まあ特にさ」
「ああ言えばこう言うね、本当に」
 いつものことですが。全く困った子です。
 

 

16部分:第三話 高校生と大学生その八


第三話 高校生と大学生その八

「私これから授業なのよ。だから」
「あれ、意地悪だなあ」
「意地悪も何も講義出ないと何にもならないじゃない」
 真面目に出ないといけませんよね。何か彼はあまり真面目に授業受けているようには見えないですけれど。本当に不真面目なんだから。
「そうでしょ」
「折角先輩に会いに来たのに」
「また来なさい」
 あれ、何でこんな言葉。
「四時になったら詰所ね」
「あっ、四時に」
「それかここでね」 
 また何か勝手に。言葉が出ちゃいます。何でなんでしょう。
「待ち合わせでどう?それだと文句ないでしょう?」
「じゃあ大学の食堂の前で」
「じゃあそこでね」
 また自然に言葉出ます。私こんなこと思ってもいないのに。
「付き合ってあげるから」
「じゃあ何処に行くの?やっぱりデートに」
「馬鹿言いなさい」
 今度は思った言葉が出ました。
「新一君とデートなんて」
「あっ、千里」
「誰とお話してるの?」
 後ろから友達が声をかけてきました。高校時代から、つまり寮でも一緒だった子達です。つまり新一君も知ってるんです。かなりまずいです。
「誰でもないわ」
 慌てて言い繕います。
「誰でもないから」
「誰でもないからって。何だ」
「阿波野君じゃない」
「お久し振りです、先輩方」
 新一君は軽い調子で彼女達に挨拶をします。
「どうしたの、ここに来て」
「あのですね」
 新一君は彼女達にも話をします。私にとってかなりまずい流れです。
「実は中村先輩に会いに」
 やっぱりこう言いました。
「来たんですけれど先輩が冷たくて」
「あら、ちっちもやるじゃない」
「そうよね。何も知らない顔して」
「ちょ、ちょっと」
 慌てて反論します。
「それはないでしょ。私は呼んでもいないし」
「そうなんですよ。先輩冷たいから」
 新一君はここぞとばかりに言います。しまった、って思いました。今ここで呼んでないって言っても意味ないんですよね。彼が勝手に来てるんですから。
「それで僕仕方なく」
「年下殺しね」
「やるわね、ちっち」
 皆私の方を楽しげに見て言います。あからさまにからかってきています。
「来たんですけれど。それでですな」
「うんうん」
「どうしたの、それで」
 まずいことに皆新一君の方にいっちゃってます。私完全に孤立無援です。彼の話になるといつもこうなるのが本当に嫌で不思議です。
「後で待ち合わせすることになりまして」
「でかしたっ」
「少年、お見事」
 やっぱり新一君の肩を持っています。わかっていましたけれど。
「それで場所は?」
「時間は?」
「そこの大学の食堂の前で四時」
「わかったわ」
「その時間までにこの娘連れて来たらいいのね」
 話は完全に新一君の望むふうです。私のことはもう皆聞いてもきません。
「じゃあお姉さん達も協力してあげるから」
「任せておきなさい」
「すいません」
 すいませんじゃありません。これで完全に逃げられなくなりました。確かにあれですお、私逃げることは好きじゃないですし最初からそのつもりでしたけれどこうして外堀埋められると。何だか非常に嫌な気分になりますよね。そういうことです。
 

 

17部分:第三話 高校生と大学生その九


第三話 高校生と大学生その九

「それじゃあ先輩四時に」
「・・・・・・ええ」
 憮然として答えます。
「わかったわ。それで」
「いやあ、よかったよかった」
 最後に新一君の能天気な声を聞かされました。
「おかげで今日は先輩とデートだ」
「頑張ってね阿波野君」
「この娘奥手だから」
 皆相変わらず新一君の味方です。何時の間にかデートにまでなってるし。
「リードしてあげないとね」
「ええ。そういうことで先輩」
「わかったわ」
 多分苦虫を噛み潰した顔になっていました。そうならざるを得ませんでした。
「じゃあね」
「ええ。それじゃあ」
 軽い調子で言い出しました。
「ちょっと時間潰してきますんで」
「別にそのまま忘れてもいいから」
 私は彼に言いました。
「別にね」
「阿波野君、四時よ」
「場所は大学の食堂の前ね」
 そうしたらまた。彼女達が言うんです。完全に新一君の味方になっちゃってます。何か私って彼絡みの話になると急に孤立無援になっちゃいます。どうしてなんでしょう。
「わかったわね」
「了解っ」
 ぴっと右手で敬礼みたいに挨拶をしてきました。
「じゃあその時間にね、先輩」
「期待しないで待っておくわ」
「期待して待っているよ」
 ああ言えばこう言うって本当に彼のことを言うんでしょう。本当に何から何まで次から次に言葉が出ることです。そりゃ私が口下手なせいもありますけれど。
「じゃあそういうことでね」
 そのままどっかに消えます。ずっと私の前に出なかったらいいのに。そうすれば清々するんですけれどね。けれどそうなったら・・・・・・って私何でこんなことを。
「じゃあちっち」
 また友人達が私に声をかけてきます。
「講義行きましょう」
「さぼってたらそのままデート忘れかねないしね」
「忘れたいわよ」
 むっとして言い返しました。全く。
「新一君とデートなんて。何でそんなこと」
「まあまあ」
「それにさ。ひょっとして」
 一人が私に聞いてきました。
「何?」
「ちっちってひょっとしてデートはじめて?」
「そういえばあれよね」
 他の子達も今の言葉でふと気付いたように声をあげます。
「ちっちって一年二年の時は彼氏いないし」
「そうよね」
 引っ掛かる言い方です。一年二年はわかりますが何で三年はないんでしょう。大体私は十九年ずっと彼氏なんかいませんけれど。だって私やっぱりあれなんです。そりゃ古い考えですけれどお付き合いするなら御一人とずっとがいいですから。
「じゃあ今までずっと?」
「デートとか経験なし?」
「悪いの?」
 横目から皆を見上げて尋ねます。顔がちょっと赤くなっていたかもです。
「ないわよ。だって」
「じゃあいい経験じゃない」
「そうよね」
 皆そう言って笑顔で頷き合います。
「行って来なさいよ」
「女は度胸」
「けど」
 ここで何か恐いものも感じました。
「新一君も男の子だし。若い男の子と二人きりだなんて」
「考え過ぎよ」
 こう言ったらそう返されました。思いきり笑われて。
「心配御無用」
「あの子だったらね」
「そうかしら」
 かなり疑わしい言葉にしか聞こえませんでした。正直。
「私はそうは思えないけれど」
「精々唇までじゃない?」
「手を握っただけとか」
「唇って」
 そう言われて今度は顔が確実に真っ赤になりました。冗談じゃありません。
「嫌よ、私キスだってね、まだなんだから」
「自分で言わないの」
「本当に奪われても知らないわよ」
「あっ」
 失言でした。今度は皆に完全に呆れられてしまいました。
「しまった・・・・・・」
「とにかくね」
 皆呆れながらも私に言います。
「四時よ、いいわね」
「それまでは講義を受けましょう」
「え、ええ」
 皆の言葉に頷きます。何はともあれまずはそちらです。けれど四時は絶対にやって来ます。それを思うと憂鬱になりますが時間からは逃げられないんですよね。どうなるやら。


高校生と大学生   完


                 2007・9・20
 

 

18部分:第四話 大学の中でその一


第四話 大学の中でその一

                  大学の中で
 天理大学は天理高校のすぐ隣にあるのですが大学としてはあまり広くはない感じです。けれど結構色々なものがあって何かがないとかで困ることはありません。
 図書館も大きいですし食堂も立派です。施設も他にかなり充実していて私はかなり満足しています。これは高校でも同じです。天理高校はかなり過ごし易い学校です。
「これでねえ」
 四時が近付いています。最後の講義を終えた私は皆と一緒に新一君の待っている食堂の前に向かっていました。かなり不本意ですけれど。
「新一君がいなかったら」
「そんなに彼のことが気になるの?」
「いきなりよ」
 不機嫌な顔で言葉を返しました。大学の廊下は普通の学校の廊下と同じです。
「そこの小さい子って言われたのよ、入学式で」
「ああ、阿波野君が学校に入った日ね」
「そうよ。いきなり」
 口に波線を作って言いました。
「しかも新入生と間違えて」
「それはわかるわ」
 友達の言いたいことは嫌になる程わかります。何が言いたいのかも。
「だってちっち」
「小柄で童顔だから?」
「ええ。今だって下手したら小学生に見えるわ」
「小学生・・・・・・」
 かなり落ち込まさせてもらう言葉です。これも新一君にしょっちゅう言われます。
「天理小学校にいても不思議じゃないし」
「そんなに低い!?私」
「言わなくてもわかると思うけど」
「それはそうだけれど」
 けれど言われるとかなりショックです。小さくて悪いかとも思ったりします。
「まあねえ。彼背は高いし」
「牛乳好きだそうだしね」
 友達の一人が言いました。
「そのせいかしら」
「私豆乳だけれど」
 私実は豆乳が好きです。牛乳も嫌いじゃないですけれどどっちかっていうと豆乳が好きだったりします。そういえば牛乳を頑張って飲んだりもしましたけれど全然背は伸びませんでした。
「駄目かしら」
「ああ駄目駄目」
 速攻で駄目出しを受けました。
「やっぱり牛乳じゃなきゃ」
「そうなの」
「そうよ。背は伸びないわよ」
「飲んでも伸びなかったけれど」
 それを友達にも言いました。
「結局」
「ちっち寮でも豆乳ばっかりだったじゃない」
 高校時代のことを言われました。お風呂上りはいつも豆乳でした。
「全部牛乳だったら違ったんでしょうけれどね」
「そうね。けれどそういえば」
 また高校時代の嫌な記憶が蘇ります。昨日のように。
「あの時もいつも豆乳飲んでいたような」
「阿波野君いつも来てたわね」
「そうよ」
 ああ、思い出しただけで嫌になります。おかげで私の高校三年の時は新一君にずっと振り回されっぱなしだったんです。今もですけど。
「いっつもいっつも夜の東寮のところまで来て」
「せんぱーーーーーいってね」
「よくもまあ毎日」
「何でいつも来たのかしら」
 それがどうしてもわかりません。自宅生なんだから素直に自宅に帰ればいいのに毎日毎日わざわざ夜に来ていたんです。北寮の男の子達と一緒に。
「本当に」
「ってわからないのね」
「こりゃ困ったことだ」
 皆急に私に対して言いだしました。
「!?何が?」
「何がってちっち」
 友達の一人がきょとんとする私に対して呆れたような笑みを浮かべて言ってきました。
「そういうのもわかりなさい」
「苦労するわよ」
「それも彼がね」
「彼がねって」
 これはわかりました。私に言ってるのじゃないですから。
「新一君が?」
「そうよ」
「ほんっとうにわからないのね」
「って何がよ」
 本当にわかりません。皆何を言いたいんでしょう。
 

 

19部分:第四話 大学の中でその二


第四話 大学の中でその二

「どうして新一君が苦労するの?私が困ってるのに」
「ああ、気付かないならいいわ」
 完全に呆れた顔で話を打ち切ってきました。
「それはそれで」
「そうなの」
「で、お化粧はしてるわね」
 一応は。メイクは薄めが好きですけれど。
「感心感心。髪も服もきちんとしてるし」
「コロンもね」
「コロンは別に」
 つけてないです。毎日お風呂に入ってるだけで。それで充分ですよね。
「つけてないけれど」
「じゃあはいっ」
「きゃっ」
 いきなり友達の一人が霧吹きに入れた香水をかけてきました。
「これでいいわね」
「ローズ!?」
「そうよ、薔薇よ」
 香水をかけた友達がにこりと笑って私に告げました。
「これで武装完了」
「後は相手をノックアウトするだけね」
「ノックアウトね」
 それを聞いて急に私の中で物騒な気持ちが沸きました。
「是非そうしたいわ」
「こらこら」
 そう言ったらすぐに怒られました。
「そんなこと言わない」
「おみちの人でしょ」
「それはそうだけれど」
 それでもなんです。新一君に関しては。
「それにね。ちっち」
「何?」
 話が微妙に変わってきた感じがしました。
「ノックアウトするならね」
「ええ」
「拳じゃないのよ」
 そう言ってきました。
「拳じゃないって?じゃあ何で?」
「女の子でしょ、あんたも」
 今更って言葉でした。言うまでもないことです。
「そうだけれど」
「じゃあ答えは出てるじゃない」
「!?」
 その言葉に首を傾げます。
「答えが出てるの!?」
「そうよ。女の子じゃない」
 友達は楽しそうに笑って私に言います。けれどそれがどうしてなのかさえ私にはわかりません。
「だからよ。女の子のやり方で」
「どうするの?」
「そこは勉強」
 ここで突き放されました。よくわからないまま。
「自分で考えなさい」
「もっともちっちに関しては阿波野君限定でそんな必要ないでしょうけれど」
「余計わからないんだけれど」
 本当に。何で新一君限定なのか全然わかりません。そもそも皆が私に何を言いたいのかさえさっぱりわからないです。何なんでしょう。
「何が何なのか」
「それがわかるのも勉強」
「いいわね」
「そうなの」
「わからないでも行くっ」
 いきなり急かされました。
「多分新一君待ってるわよ」
「だから」
「だからってもう?」
 まだ少し早いです。それであの時間にルーズな新一君が待ってるなんて。そんなことないでしょって言おうと思ったらまた言われてしまいました。
「絶対待ってるから」
「ねえ」
 皆で言います。
「だからちっちも急ぐ」
「折角のデートなんだしね」
「デートって」
 また口を尖らせてしまいました。
「そんなの。私は」
「いいから来るっ」
「さもないと怖いわよ」
「わかったから」
 手まで掴まれました。こうなっては反論も何もありません。私は本当に仕方なく新一君のところに向かいました。本当に仕方なくですから。そこは誤解しないで下さいね。
 

 

20部分:第四話 大学の中でその三


第四話 大学の中でその三

 それで食堂の前に行くと。本当にいました。
「ねっ、いるじゃない」
「私達の言った通りに」
「別にいなくてもいいのに」
 心からそう思いました。
「それでもいるのね」
「まあ文句言わない」
「デートでしょ?笑って」
「だからデートじゃないし」
 それだけは否定します。何があっても。
「大体新一君って」
「阿波野君が何?」
「二つも下じゃない」
 それを言いました。
「二つもよ。弟みたいな相手なのよ」
「弟ねえ」
 !?何か失言だったでしょうか。腕を組んでムキになった顔で言ったんですがその顔を皆に見られています。さらにおかしな感じが。
「やっぱりそうなんだ」
「よっ、この年下殺し」
「なっ、なっ、なっ」
 自分でも顔がどんどん真っ赤になっていくのがわかります。年下殺しって。言っていいことと悪いことがあるっていうか。そもそも私は別にですね、変なことは。
「私の何処がなのよ。年下殺しって何か悪い女の人みたいに」
「それがわかったらちっちは一皮剥けてるってことなんだけれどね」
「全く」
「ほら」
 ここで一人が新一君を指差します。
「阿波野君こっちに気付いてるわよ」
「そうね。手を振ってきてるじゃない」
「気付いたの。向こうも」
「まあ今の話は聞かれてないから」
 また一人が私に言います。
「それは安心していいから」
「そうそう。どんと行けばいいから」
「何でこうなるのよ」
 むすっとした顔を作りました。とにかくすっごく面白くない気分です。そんな私に対して新一君は嫌になる位朗らかに手を振ってきているのでした。
 そんな彼の前に来ると。やっぱり心の底から楽しそうに私に言うのでした。
「先輩、待ってたよ」
「待ってなくてもよかったわよ」
 私はそう彼に言い返しました。
「別に。頼んでもいないし」
「まあまあ」
 むすっとする私を宥めてきました。そして。
「隠さなくてもいいから」
「あのね、別に隠してなんか」
「じゃあ阿波野君」
 ここで皆が私と阿波野君に言いました。
「この娘任せたから」
「好きにしていいから」
「わかりました」
 そして新一君も皆のその言葉に朗らかに応えます。それにしても今の言葉は。
「好きにしていいって何よ」
「だから男の子に任せなさいって」
「こういうことはね」
「いやあ、そういうわけにはいかないですよ」
 新一君が調子に乗って言います。声でそれがわかります。
「先輩ですし。やっぱりあれですよ」
「年上だから?」
「はい」 
 なーーーーーんか年上って言葉に嫌な響きを感じます。さっきから年下だの年上だのって。あのですね、私実は年上の人の方がいいかな、なんて思ってるんですよ。それで背が高くて涼しげな顔の人で。これは普通に私の好みなんですけれど。そりゃあれです、新一君だって顔は悪くないし背は高いし。けれど・・・・・・年下だし何か弟みたいだって・・・・・・うわ、弟って言葉はなしです。さっきも言ってしまいましたけれど別に弟だから親近感があるとかじゃないですから。手間がかかるってことですよ。誤解しないで下さいね。
「やっぱり立てたいですよね」
「立てたいんならそのまま帰って欲しいわ」
 はっきり言ってやりました。
「それが一番嬉しいから」
「じゃあ俺の家まで一緒に帰りましょう」
「何馬鹿なこと言ってるのよっ」
 ドサクサに紛れて。毎度のことですが。
「あんたの家に行っても何にもすることないでしょ!?」
「あるじゃない」
「ねえ」
 後ろから皆が言います。
「ちっち、教えてあげなさい」
「お姉さんでしょ」
「ちょっと、何をよ」
 また話がわからなくなりました。教えてあげるって何を。
「ああ、先輩そういうのは駄目なんですよ」
「って何で新一君が答えるのよ」
「だって。先輩あれでしょ?」
 ここでまた私に言うんです。
「まだキスも何も」
「ちょっと、それがどうしたのよ」
「自分で言う?」
「ほんっとうに嘘つけないわね、この娘」
 また後ろから皆が言います。今度は呆れた声で。
「だから。教えるも何も」
「えっ、ちょっとそれって」
 やっと話がわかりました。そのせいで顔がすぐに真っ赤になります。体温も急に暑くなってまるで真夏みたいに感じてしまいます。
「ひょっとして。だから」
「やあっっっとわかったみたいね」
「鈍感ねえ、相変わらず」
「まあそれはおいおい」
「おいおいじゃないわよっ」
 また新一君に言い返します。
「いい!?ちょっとでも変な動き見せたらひっぱたくからね」
「わかってるよ。それはそうとさ、先輩」
「ええ」
 話が少し穏やかになります。私は全然心中穏やかじゃないですけれど。
 

 

21部分:第四話 大学の中でその四


第四話 大学の中でその四

「行こう、デートに」
「それでも行くのね」
 この神経には参ります。本当に図太いというか。
「うん。何処がいいかな」
「言われるとちょっと」
 困ってしまいます。そこまでは全然考えていませんでした。
「甲子園とかは?」
「おぢばから離れるじゃない」
 何でそこでそんなのが出るのやら。甲子園は高校の時応援で随分行きました。天理高校は野球部が強いんで。カチワリが美味しいですよね。
「おぢばじゃないと駄目よ。甲子園なんて一泊じゃない」
「それもいいかも」
「よくないっ」
 また言ってやりました。
「ふざけたこと言うと巨人帽被らせて一塁側に行かせるわよ」
「先輩、そりゃないんじゃない?」
「だったらふざけないのっ」
 本当に。手間がかかる子です。
「怒ってるんだから、私」
「はいはい、りっぷくはそこまで」
 すぐに友達からおみちの言葉で突っ込みが入りました。
「機嫌をなおしてデート開始ね」
「ちっちも笑って」
 皆で私に対して言ってきます。
「にっこりと。笑顔は表札よ」
「わかってるけれど」
 おみちの言葉を出されると。どうにも言えません。
「阿波野君もね・・・・・・ってもう笑ってるか」
「僕はいつも笑顔ですよ」
 本当に何処までも晴れやかな笑顔です。憎々しいまでに。
「先輩と一緒なら」
「うう・・・・・・」
「そういうことで。じゃあちっち」
「私達はこれでね」
「って何処に行くのよ」
 姿を消そうとする皆に対して問いました。
「ってデートなのに私達がいてどうなるのよ」
「ねえ」
 当然といった調子で私に言います。
「ささ、後は若い人達だけで」
「仲良くね」
「お見合いじゃないのよ」
 何かすっごい引っ掛かる言い方をまた。こんなのばかりですけれど。
「それに私達コンパだし」
「軽く飲んでくるから、これから」
「あっ、そっちもいいですね」
 何故かここで新一君が笑顔になります。
「お酒飲めますね」
「未成年が何言ってるのよ」
 彼、お酒大好きです。詰所で何かと飲んでいます。梶本さんや井本さんの御主人と。皆が勧めるんですがそもそも彼も断りません。それについても困った子です。
「お酒なんて。そんなのだから山村先生にも睨まれるのよ」
「まあまあ」
「まあまあじゃなくてね」
 何で彼に対してはこんなにお説教するのか。自分でも不思議なんですが。
「そんな態度がほこりになるのよ」
「先輩は厳しいなあ」
「そう?」
「ねえ」
 後ろで皆が新一君の言葉に首を傾げます。
「正直ちっちは優しいわよ」
「それでもまあ」
 何故かまた私の方を見て笑ってきます。
「阿波野君だけには別かも」
「諸般の事情でね」
「事情って」
 また変な言葉が出て来ました。
「何なのよ、また」
「それはまあ言わないってことで」
「ねえ」
「じゃあ後は僕の予想ですね」
 それで新一君が変なこと言うのはいつも通りですけれど。それにしても。
「そういうことで」
「じゃあ阿波野君」
「デート頑張ってね」
「はいっ」
 ここで新一君に言うのが。すっごく腑に落ちないです。
「頑張ります、絶対に」
「別にそんなのいいわよ」
 私が言う言葉も決まっていました。
「期待していないし」
「そういう時こそやるのが猛牛野球なんだけれど」
「全然知らないわ」
 そもそもパリーグは。私あまり知らないです。
「期待していようがしていなかろうが絵になる野球をするチームなら知ってるけれど」
「ああ、阪神」
「そういうこと」
 やっぱり阪神はいいですよね。あの勝っても負けても、しかもどんな勝ち方負け方でも絵になるって。そんな球団阪神しかありませんよね。
「やっぱりそれよ」
「じゃあデート場所は野球部の練習を」
「それもちょっと」
 何か余り気分が乗りませんでした。
「今は見たくないわ」
「じゃあラグビー部?」
「それもねえ」
 そっちもあまり見たくない気分でした。気が乗りません。
「悪いけれど」
「じゃあ何処にしようかな。ええと」
「じゃあアーケードでも歩いたらいいじゃない」
 ここで友達の一人が私達に言ってきました。
 

 

22部分:第四話 大学の中でその五


第四話 大学の中でその五

「アーケードを!?」
「そっ、商店街のね」
 にこりと笑って言います。確かに悪くないですけれど何か。
「それもちょっと」
 私はその言葉にも首を捻りました。
「もっと他に」
「じゃあ適当に二人で歩いたら?」
 別の友達はこう提案してきました。
「そういうデートもいいわよ」
「そうなの」
 そういうの全然わかりません。だってしたことないですから。
「そうよ。阿波野君はどうなの?」
「僕ですか?」
「そっ、何か考えてるかしら」
「ええと」
 珍しく困った顔を見せていました。滅多に見られない顔です。
「そうだなあ。ここはやっぱり」
「好きにしたら?」
 私は突き放すようにして新一君に言いました。
「変な場所じゃなければ何処でも」
「じゃあホテル」
「・・・・・・はったおすわよ」
 絶対に言うと思っていました。本当に。
「そんなの。旦那様とじゃないと」
「だそうで」
「阿波野君、そこまではまだ先よ」
「はい」
「はいじゃないの」
 またそこで言うんだから。すぐ調子に乗る。
「全く。新一君とだなんて縁起が悪い」
「いや、やっぱり後輩だし」
 全然後輩らしくないですけれどね。それこそ初対面の時から。
「こういうのは教えてもらわないと、俺が」
「一体何を教えるのよっ」
 今の言葉は本気で頭にきました。
「私が新一君に何を」
「だから恋のレッスン」
「冗談じゃないわよ」
 腕を組んでむくれた顔で新一君から顔を背けました。
「水でも被って反省しなさいっ」
「先輩厳しいなあ」
「厳しいも何もね」
 段々りっぷくが増していきます。それが自分でもわかります。
「だから私は結婚するまではキスも何も」
「だから阿波野君チャンスなのよ」
「わかるわよね」
 ここでまた。友達が新一君に言うんです。どっちの味方なのかわかりません。今のところは確実に新一君の味方になっていますけれど。
「唇ゲットしたら勝利は決まりよ」
「後はそのままゴールインだから」
「ゴールインってねえ」
 今の言葉ははっきりと耳に入りました。私耳はいいですから。
「何でそう新一君に色々言うのよ」
「応援してるから」
「そうそう」
 新一君をです。とんでもない話です。
「阿波野君、できれば今日決めなさい」
「未来のお嫁さんよ」
「ですね」
 まあた言うんですから。この子は。
「じゃあ奥さん」
「二度とその言葉使わないで」
 けれど。あまり悪い気はしないです。本当なら今までで一番怒る言葉なんですけれど不思議とそうじゃありませんでした。むしろ受け止められる感じです。どうしてなんでしょう。
「いいわね」
「わっかりました。じゃあ今からデートに」
「仕方ないわね」
 少し溜息を出して応えます。
「行きましょう。ただ」
「ただ?」
「手をつないでも駄目よ」
 最初の段階で釘を刺しました。
「いいわね、そうしたらすぐにはったおすから」
「男は強引によ」
「そしてそのままゴールイン」
「そこ横から言わないっ」
 また友達を注意しました。
「新一君が本気にしちゃうでしょ」
「あっ、それは大丈夫です」
 また新一君が言ってきました。
「俺ムード重視派ですから」
「ムード?」
「そう、ムードです」
 いきなり何馬鹿言ってるのよと思いました。新一君が。
「先輩と二人きりですしね」
「気持ち悪いこと言わないのっ」
 二人きりだのムードだのって。何されるか不安になりました。
「仕方なくなのよ、私は」
「まあまあ」
「まあまあじゃないわよ」
 何かまたデートに行きたくなくなりました。実は私今までデートなんてしたことなかったですし。そのはじめての相手がどうして新一君なんでしょう。
「帰るわよ、詰所に」
「じゃあ送りますね」
「いいわよ」
 一緒に帰るんですから同じです。本当に狙ってるんだかいないんだか。
「そんなの」
「まあとにかくお邪魔虫はこれで」
「退散するわね」
「えっ、ちょっと」
 皆が帰ろうとするので慌てて声をかけます。
 

 

23部分:第四話 大学の中でその六


第四話 大学の中でその六

「もうなの?」
「もうって」
「四時は充分回ったし」
「それはそうだけれど」
 腕時計をちらりと見ます。確かに時間でした。
「それでももうちょっといないの?」
「だから」
「デートなのよ」
 また楽しげに私に言います。
「それでどうして私達がいるのよ」
「そっ、若い者同士で」
「それはデートの言葉じゃないでしょ」
 お見合いの言葉だって私にもわかります。やっぱり縁起でもないです。
「結局。新一君と一緒なのね」
「どうも、先輩」
「じゃあいいわ」
 いい加減私も観念しました。
「行きましょう。場所は」
「俺が案内しましょうか」
「いいわよ、それは」
 何かここで変にお姉さんみたいな気持ちになりました。やっぱり妹が二人いるせいでしょうか。それに信者さんや他の教会の子供さんの相手もしてきましたし。そうした相手をするのって馴れているんです。こんな背だけ高い子供は知らないですけれど。
「私が案内するから。おぢばのことは新一君より知っているし」
「それはまたどうも」
「よっ、姉さん女房」
「年下キラー」
「その二つは絶対に言わないでっ」
 八重歯を出して友達二人に怒りました。
「仕方なくなんだから」
「はいはい」
「まあ私達はこれでね」
「えっ、帰るの」
「帰るのってねえ」
「だから言ってるじゃない」
 私の言葉に呆れた顔を見せてきます。何を言ってるのって感じで。
「私達はお邪魔虫だって」
「もう邪魔はしないから」
「じゃあ私これから」
 ちらりと新一君を見ます。やっぱり嫌になる位にこにこと笑ってます。
「二人きりじゃない」
「デートだから当然でしょ」
「今更あれこれ言わないの」
「うう・・・・・・」
「それじゃあね」
 本当に足を向こうに向けだしました。
「後は二人で」
「ごゆっくり」
 こうして完全に二人になりました。横には相変わらず新一君がいます。
 その彼が。にこにことしながら私の方に来て。言うんです。
「じゃあさ、先輩」
「何処行くの?」
「あれ、それは先輩がエスコートしてくれるんじゃ」
 さっきの話の流れでした。私の方がずっとおぢばを知ってますから。住みだしてもう四年目です。長いようで短いですけれど月日はそれだけ経っています。
「違うの?」
「こういうのは普通はね」
 相変わらずの調子の新一君に言います。
「男の人がするものだけれど」
「じゃあ居酒屋でも」
「そう言うと思ったわよ」
 いっつもいっつも。ふざけるんだから。
「駄目よ、やっぱり私が案内するわ」
「どうもどうも」
「本当に世話がやけるんだから。自分で何かしたら?」
「これでもしてるよ」
 何処がなんでしょう。次から次に出まかせばかり言うくせに。まんまユースケ=サンタマリアさんです。外見はともかくキャラクターはそのままだと思います。
「先輩の見えないところで」
「常に心掛けてるって言いたいのね」
「そういうこと」
 また出まかせなんですが。口を開けば出まかせです。
「だからさ。安心していいから」
「末の妹より安心できないわよ」
 まだ小学生の子よりも。手間がかかるんですから。
「まあいいわ。じゃあ行くわよ」
「それで何処?」
「何処って言われても」
 そこまで全然考えてません。考えられませんでした。
「とりあえずね」
 それでも何とか口には出します。
「何処か行きましょう」
「ミスタードーナツとか?」
 駅前にあります。結構そこでドーナツ買います。
「あそこでまず、とか」
「そうね。遠いけど」 
 学校から駅まで結構あります。自転車で通う人も多いです。
「それじゃあまずはそこで」
「うん、それじゃあ」
「遠いけれどね」
 そのことに少し溜息です。
「何か嫌なの?いつも通ってる道じゃない」
「道はね」
 歩きはじめながら答えます。もう横には新一君がいます。
「別に構わないけれど」
「俺も一緒にいるのに」
「それが嫌なの」
 そういうことです。はじめての正式なデートの相手が新一君だなんて。これがおみちびきだとしたら親神様はどういう思し召しなんでしょうか。天理教ではそうした人と人の出会いとかをおみちびきと言います。思し召しは親神様のお考えですね。
「全く。皆も何で新一君を応援するんだか」
 私のことは全然お構いなしで。あれでも友達!?と思います。
「わからないわ」
「それが俺の人徳なんだって」
 すっごい図々しい言葉ですよね。
「誰からも慕われる」
「勝手にそう思ってなさい」
 もう処置のしようがありません。
「とにかく。約束は約束だしね」
「じゃあまずはドーナツを」
「ドーナツねえ」
 何かここでふと考えが変わりました。
「それもどうかしら」
「て何かあるの?」
「いえね」
 もう夕食時ですし。何かふと考えが。
「詰所に戻って御飯にする時間だけれど」
「えっ!?」
 それを聞いた新一君の声、顔ときたら。全くの別人でした。特に顔です。何かこの世の終わりが来たって感じの顔でした。天理高校が甲子園の予選で智弁高校に負けた時みたいな。そんな顔になっちゃいました。
「じゃあ帰るの!?あの、その」
「だから」
 何でこんな顔になって狼狽しきった声になっているのかわかりませんが。とりあえず携帯を出しました。
「九、一、三って入れたら?」
「何よそれ」
 それでも変な突っ込みは忘れない新一君です。その番号で何があるのやら。
「とにかく。今日は外で食べるって連絡するから」
「じゃあデートするんだ」
「約束は約束だから」
 約束破るのは嫌いです。ですから。
「一緒に食べましょう、いいわね」
「うん、うん」
 やたらと嬉しそうに頷いてきます。
「じゃあこれからいざ」
「ってこらっ」
 どさくさに紛れて肩を抱こうとしてきます。
「そんなことしたらひっぱたくって言ってるでしょっ」
「あっ、駄目なんだ」
「駄目よ、絶対に」
 また八重歯を出しちゃいました。
「とにかく清く正しく、でいきたいから」
「明るく楽しく陽気ぐらしじゃなくて」
「こんな時だけ言わないのっ」
 都合よく。
「私の肩を抱いていいのは未来の旦那様だけなんだし」
「厳しいね」
「とにかく。行くわよ」
 デートをするだけでも何かあれなのに。あれこれと図々しいんだから。
「わかったわね」
「うん。じゃあ一緒にね」
 何だかんだで私の横に来ました。これ位はいいですけれど。何はともあれ新一君とのデートがはじまりました。はじまるまでにこんなに大騒ぎするものでしょうか、デートって。
「まずはソフト食べようよ」
「はいはい」
 また馬鹿なことを言うのの相手をしながら黒門に向かいます。そこから神殿本部を見ながらデートをはじめるのでした。


第四話   完


                  2007・10・1
 

 

24部分:第五話 彩華ラーメンその一


第五話 彩華ラーメンその一

                    彩華ラーメン 
 神殿から商店街を二人で歩いていますけれど。人目が気になります。
「誤解されないかしら」
「誤解って?」
「だから新一君と歩いてよ」 
 それが凄く不安です。こんなことで変に思われたら困るどころではありません。
「何て思われるか」
「あれ、僕は平気だけれど」
 新一君はそうでしょうけれど。それでも私は違うんです。
「先輩とデートだってはっきり言えるし」
「何でそう能天気なのよ」 
 それが不思議でなりません。
「私、初めてのデートだしやっぱり」
「僕だって初めてだよ」
「あれ、そうだったの」
 そういえば何か言っていたような。憶えていないですけれど。
「初めて同士でいいじゃない」
「そういう問題じゃなくてね」
 そう新一君に言い返します。
「私が言いたいのは。他の人達が私を見て」
「恋人同士と思われるとか?」
「それよ」
 それが凄く不安で心配なんです。
「誤解されたら困るわよ」
「いいじゃない、同じ大教会所属だし」
「たまたまでしょ」
 最初それ知った時はそれこそ我が目を疑いました、はい。
「同じ高校の先輩後輩だし」
「それもたまたまでしょ」
 入学式の時から全く。
「これも奇しきいんねんだって」
「悪いんねんね」
 はっきりとそう言えます。何でこんないい加減な子が。
「今もこうしてデートしてるし」
「仕方なくでしょっ」
 何か腹が立ってきました。
「新一君があんまりしつこいから」
「じゃあもっとしつこく言ってさ」
「今度は何よ」
 何か急に左手を見てきました。
「さっき言ってたさ、ほら」
「さっきって?」
「だからソフト」
 言われてやっと思い出しました。
「ソフトクリームね」
「好きね、ソフト」
 そういえばそうです。新一君は私と一緒の時はいつもソフトクリームを食べてるんです。商店街のソフトクリームをです。今ふと気付きました。
「太るわよ、食べ過ぎると」
「先輩もね」
 また余計な一言を。
「あまり甘いもの食べてると」
「そんなに食べてないけれど」
「けれど好きでしょ、甘いもの」
「まあそれはね」
 自覚してます。ドーナツもケーキも大好きです。あとチョコレートなんかも。太るのと虫歯には結構気をつけていたりします。やっぱり健康第一ですから。
「だけど新一君私より食べてない?」
「そうかな」
 自覚はないみたいです。
「まあ男と女の子じゃ食べる量が違うしね」
「それはね」
 これはわかります。
「そうだけれどね」
「まあとにかくソフトをね」
 そっちに話を戻してきました。
「食べようよ。口が寂しいし」
「わかったわ。じゃあ何がいいの?」
「バニラ」
 オーソドックスでした。
「白ね」
「今日の先輩の下着の色だよね」
「えっ、ちょっと」
 な、何で知ってるんでしょう。今日はズボンですし上着もちゃんと着て絶対にわからない筈なのに。
「何でそんなの知ってるのよ」
「あれっ、そうだったんだ」
 言った本人がかなり驚いた顔になっていました。
「冗談で言ったのに」
「えっ!?」
 ・・・・・・しまった。またやっちゃいました。
「そうだったの」
「当たり前じゃない。何で俺がそんなこと知ってるの」
「そうよね」
 ですよね。有り得ないです。
「驚いて損しちゃった」
「けれど今日の先輩白だったんだ」
 また楽しそうに言います。
「可愛い感じ?似合うと思うよ」
「どうでもいいでしょ、そんなの」
 出しちゃった言葉はもう返ってきません。自分でもとんでもない失敗をしちゃったってことはわかってます。よりによってこの子に。またしてもです。
「次その話出したらソフト買ってあげないから」
「そう言うと何かお母さんみたいね」
「それでもよ」
 ここは強引に押し切ることにしました。
「下着の色とかどうでもいいし」
「俺はそうじゃないけれど」
「新一君は関係ないのっ」
 これ以上この話をしても私が墓穴掘るだけです。とにかく終わらせることにしました。
 

 

25部分:第五話 彩華ラーメンその二


第五話 彩華ラーメンその二

「わかったわね」
「わかったよ。じゃあバニラね」
「ええ」
 結局新一君にバニラおごることになりました。私も同じバニラを頼んで二人並んで歩きながら食べだしました。ソフトは相変わらず美味しくてとても甘いですけれど。
「これから下りるんだよね、商店街を」
 信号のところで待ちながら私に声をかけてきました。
「ここからずっと」
「だってミスタードーナツ行くんでしょ?」
 そう新一君に言いました。
「だったらやっぱりこのまま」
「何かさ、かなりお腹空いたし」
 ここで急に言ってきました。
「ラーメン食べたくなったんだけれど」
「ラーメン!?」
「うん。駄目かな」
「別にいいけど」
 ラーメンですか。何か大学の食堂で結構食べているんであれですけれど。
「けれどあれよ」
 ちょっと気になることがあったんで。それを新一君にも言います。
「あそこ行くのならちょっと早いわ」
「早いかな」
「そうよ、五時からじゃない」
 こう言いました。
「ちょっとそこまでは」
「じゃあさ。駅の向こうに行かない?」
「駅の向こう?」
「そこにもあるじゃない」
 新一君はこう私に言ってきました。
「お店が」
「ああ、そういえばそうね」
 言われて思い出しました。ありました。
「遠いけれど」
「遠いのは別にいいわ」
 私はそう新一君に言葉を返しました。
「ほら、途中に詰所あるからそこで自転車借りて」
「そういえば先輩今日は自転車じゃないんだ」
「ええ、ちょっとね」
 実は学校にはいつも自転車なんですけれど今日は違いました。気分を変えて歩いていっただけなんですけれど。たまにこうした日もあります。
「じゃあ先輩の自転車で行こうよ」
「新一君は?」
「だから大丈夫なんだって」
 根拠が全くないとしか思えない笑みを私に向けて言ってきました。
「そこはね。僕に任せてよ」
「新一君に?」
 話を聞いただけですっごく不安になる一言でした。
「大丈夫なの?」
「いいからいいから」
 私の話なんて全然聞かずに。話を続けます。
「じゃあそれでね」
「ええ」
 思いきり不安ですが頷きました。
「わかったわ。そのかわり変なことしないでよ」
「変なことって?」
「わからなかったらいいわ」
 そういえば別に。自転車で何かできるわけでもないですね。自分で言った言葉が変だったって気付きました。
「じゃあまずは詰所ね」
「そうよ。ラーメン食べるんならね」
 こうしてとりあえず詰所に行くことになりました。そこで私の自転車を出すと。
「僕が運転するから」
 新一君はこう言ってきました。
「えっ、新一君の自転車は?」
「そんなのいらないし」
 何かまた変なことを言います。
「二人乗りでいこうよ」
「二人って」
「俺が運転するからさ」
 勝手に話を決めちゃってます。
「いいよね、それで」
「私の自転車なんだけれど」
 抗議めいた口調で言い返しました。
「何でそれで新一君が?」
「じゃあ先輩が運転する?」
 不意に私に言ってきました。
「先輩が」
「それは当然でしょ」
 私はきっぱりと言い返しました。
「私の自転車なんだし」
「けれど僕が後ろに乗るんだよ」
 それも勝手に決めちゃってます。だから私の自転車なのに。
「先輩が運転して。無理じゃない?」
「うっ」
 確かにその通りです。私小さいし彼は大きいし。それで私が運転するっていうのははっきり言って無理があるなんてものじゃありませんです。
「だからだよ」
「新一君が運転するのね」
「今度はバイクでね」
「バイクは駄目でしょ」
 天理高校はバイクは絶対駄目です。ひょっとして。
「わかってるの?」
「まあ免許も持ってないけれどね。大学は入ったらサイドカーでも」
「サイドカー?」
 また変わったのを持ち出してきました。
 

 

26部分:第五話 彩華ラーメンその三


第五話 彩華ラーメンその三

「普通のじゃなくて?」
「だって仮面ライダーカイザ好きだし」
 また仮面ライダーでした。近鉄とライダーばかりなんだから。はっきり言ってその辺りも子供です。でっかい子供です。
「それで先輩が横にね」
「それはお断りするわ」
 だから何で新一君と。
「自転車でもあれなのに」
「じゃあ止める?」
 何でここですっごく残念な顔になるのか。歩いていけばいいのに。
「それじゃあ」
「今日は特別よ」
 その顔見てると。断れません。私も甘いんでしょうか。新一君のそんな顔を見るとどうしても許してしまいます。胸が痛くなる気持ちも入って。
「いいわね」
「よかった。じゃあすぐに行こうよ」
 私の言葉を聞くとすぐに機嫌を完全になおしちゃいました。
「すぐにね」
「ええ。駅の向こうの彩華だよね」
「そこなんでしょ?」
 また新一君に問います。
「今空いてるのは。だからよ」
「うん。それじゃあ乗って」
 もう私の自転車に乗って後ろに乗るように言ってきます。
「飛ばすから」
「安全運転で行きなさいよ」
 自分の自転車の後ろに乗りながら注意します。新一君の身体に後ろからしがみついて。上半身はべったりといった感じで新一君の身体にくっつきます。
「商店街だって人多いんだし」
「そうだね。そっちの方がデートの時間多いし」
「じゃあ早く行って」
 それだと考えがすぐに変わりました。
「短い方がいいから」
「僕は長いのがいいけれど」
「私は違うのっ」
 運転をはじめた新一君に言い返します。
「少しでも短いのがいいんだし。それに」
 ここで詰所の入り口をチラリと見ます。
「他の人にこんなとこ見られたら」
「梶本さんおられないね」
「おられなくていいのよ」
 おられて見られたらと思うと。気が気ではありません。
「何だって思われるじゃない」
「だからデートだって」
「それが嫌なのっ」
 ああ、また怒っちゃいました。新一君と一緒にいつもこうです。立腹は禁物なのに。最近それで八重歯が目立つようになったって言われています。八重歯も気にしてるんです。
「何で新一君なんかと」
「未来の旦那様とデートしてると思えば?」
「・・・・・・天理ダムまで一緒に行く?」
 殺意まで感じました。正直に言います。
「何なら」
「何でそこに?」
「ダムの中に放り込んであげるわよ」
 半分本気でした。
「何で新一君が私の未来の旦那様なのよ。私の未来の旦那様はね」
「うん。どんな人?」
「加藤和樹さんみたいな人よ」
 ファンなんです。すっごく格好いいから。他には外国の方でトラボルタさんとか。あとアントニオ猪木さんに阪神の鳥谷さん。趣味が散らばってますけれど。
「容姿はまあ置いておいて。とにかく真面目でおみちを奇麗に通ってる人よ」
「やっぱり僕じゃない」
「何処がよ」
 全然違います。新一君が?って感じです。
「またふざけて」
「ふざけていないけれどさ」
「それがふざけてるのよ」
 そうとしか思えません。
「本当に。とにかくね」
 ここにずっといると危ないです。行くように急かします。
「行くわよ。いいわね」
「うん。じゃあお姫様」
「お姫様じゃないし」
 何かまた新一君のペースです。
「彩華まで」
「ええ」
 そのまま自転車で駅の向こうまで行きました。新一君の身体にしがみついてですけれど何か風を感じながらで。気持ちいい感じでした。
 あっという間に到着でした。自転車だと本当にすぐです。
「ここだよね」
「ええ、ここよ」
 彩華の前です。赤いお店の外が結構目立ちます。
「じゃあ入るわよ」
「うん。じゃあ僕は」
 お店の入り口でメニューを見ていました。
 

 

27部分:第五話 彩華ラーメンその四


第五話 彩華ラーメンその四

「特大頼むから」
「特大ね。わかったわ」
 その言葉にこくりと頷きました。
「他には何もいらないの?」
「後でドーナツも食べるんだよね」
「あっ、そうね」
 言われて思い出しました。そうでした。
「だからそれだけね」
「わかったわ。それにしてもいつもながら食べるわね」
 男の子ですし。やっぱりそれは当たり前ですね。
「私は。何か少食だけれど」
「だから小さいんだ」
「ほっといて」
 気にしてるんですから。八重歯と胸と背は本当にどうしようもないです。
「食べる子は育つしね」
「それ以上育ってどうするのよ」
 ただでさえ仰ぎ見ているのに。これ以上なんて。
「頭の方は成長しないのに」
「気にしない気にしない」
「ちょっとは気にしなさいっ」
 またお姉ちゃんな言葉になってしまいました。妹達にもこんなことは言わないのに。
「今二年よね」
「そうだよ」
 私より二つ下ですから当然そうなります。残念ですが留年したなんて聞きませんし。
「一年の頃から全然変わってないじゃないの」
「それは先輩の気のせいだよ」
「そうは思わないけれど」
 心の奥底からそう思います。
「何処が?」
「気付かないところで成長してるの」
 また大嘘です。
「ほら。男子三日会わざればって言うじゃない」
「そうなの」
 この諺は知りませんでした。
「そういうこと。僕だって変わってるんだよ」
「三日どころか毎日会ってるけれどそうは思わないわ」
 本当に毎日なんです。私が高校の頃から。入学式の時からですしそこから毎日毎日。夏のおぢばがえりの時もお正月の時も何故か会いましたし今はわざわざ詰所に来て。何なんでしょう。
「だから気付かないだけだって」
「絶対に気付かないと思うけれど」
「じゃあ。見てみる?」
 何か急に声が真面目になった感じでした。
「今から」
「ど、どうしたのよ急に」
 急に真面目な声になったんでびっくりしちゃいました。
「別にいいわよ」
「そう。じゃあさ」
 すぐに元の雰囲気になりました。何なんでしょう。
「行こう。ラーメン食べに」
「え、ええ」
 まだびっくりしたままでしたけれど頷きました。
「それじゃあ」
「飛ばすよ」
 そう言ってペダルに足をかけます。
「しっかりつかまっていてね」
「だから安全運転よ」
 新一君に注意します。
「さっきから言ってるじゃない」
「お腹空いたし」
「それでもよ」
 注意しておかないと。危ないです。
「車多いのに」
「車の方からよけてくれるよ」
「馬鹿言いなさい」
 何でこんな考えになるのか。理解不能です。
「そんなこと言ってると本当に・・・・・・きゃっ」
「先輩、行くよ」
 話の途中でもう運転をはじめちゃいました。危うく舌を噛むところでした。
「ちょ、ちょっと」
「このまま一気に行くから」
 人の話なんて聞いちゃいませんでした。
「それでいいよね」
「だから安全運転でしょ」
 怒って言い返しました。
「そうじゃないと許さないから」
「あっ、じゃあ」
 急に運転が穏やかになりました。
「そういうことで」
「わかってくれたらいいけれど」
 動きが急に穏やかになって。後ろにいる私の方が驚きでした。こんなに素直じゃないんですけれど。今回に限ってどうしたんでしょうか。
 けれどやっぱり自転車は速いです。あっという間にその彩華ラーメンの前にまで来ました。ここのラーメンって本当に印象的なんです。どう印象的かというと。
「それでさ」
 私達はテーブルに向かい合って座りました。そこで新一君が言ってきました。
「大蒜入れてね」
 テーブルの端にあるおろし大蒜を入れた容器を指差して言います。ここのラーメンは大蒜味でしかもテーブルにも大蒜を用意してあるんです。
「どかっと入れてね」
「それはいいけれど」
 私も大蒜は嫌いじゃないです。ですからそれは本当にいいんですけれど。
「何?」
「後でいいの?」
 そう新一君に尋ねました。
「後でって?」
「ほら、誰かと待ち合わせとかしてないわよね」
「別に。家に帰るだけだし、もう」
「そうなの」
「そうだよ。それにさ」
 ここでまた言います。
「俺の一番大事なのって今だし」
「今!?」
「そう、今」
 私の顔を見て笑って言います。
 

 

28部分:第五話 彩華ラーメンその五


第五話 彩華ラーメンその五

「今が一番大事だから。だからここでよかったら別にいいんだ」
「だったらいいけれど。それでも」
 ここでまた気になることが一つ。
「その大事なことって何?」
「それは内緒」
 けれどそれは言いませんでした。
「悪いけれどね」
「何か気になるわね」
「気にしない気にしない」
 笑って誤魔化してきました。
「大したことじゃないしね」
「大事なことなのに?」
 変な話ですよね。大事なことだって言うのに大したことじゃないって。
「どういうことよ、それって」
「まあそれは食べながら」
 ここで注文していたラーメンが来ました。新一君は特大で私は並です。それを比べるだけでかなりの違いがあります。お店の人も間違えることなく私の前に並を置きます。
「それじゃあ」
「うん」
 私がいただきますの音頭を取りました。手を合わせて。
「いただきます」
「いただきます」
 手を二回叩きます。天理教のいただきますです。
 それからラーメンを食べはじめますが新一君の食べっぷりと言ったら。やっぱり高校生の男の子なんだなって思います。
「よく食べるわね」
「ラーメン好きだし」
「いえ、ラーメンだけじゃなくて」
 それを本人にも言います。
「他のを食べる時もそうじゃない」
「そうかな」
「そうよ。けれどそれがいいわ」
 自分でも少し笑ってるのがわかりました。
「見てる方が気持ちよくなって」
「気持ちよく?」
「美味しそうに食べるからよ」
 そう言ってあげました。
「だからね。私も」
「そうなんだ。それよりも先輩」
「何?」
「早く食べないと」
 こう私に言ってきました。
「のびちゃうよ、麺が」
「あっ、そうね」
 言われてこっちもやっと気付きました。
「先輩食べるの遅いし」
「そうかしら」
 その自覚はないですけれど。そもそも新一君って食べるのかなり早いから。あまりどころか全然噛んじゃいないんじゃないかなって思っています。
「だからさ。早く早く」
「わかったわ。それじゃあ」
 それを言われてラーメンを食べます。コシがあって美味しいです。
 そこに新一君が。
「はいっ」
 どかっとした感じで私のラーメンにおろし大蒜を入れてきました。
「ちょっと」
 あんまり多かったんで。麺を食べながら顔を顰めさせました。
「入れ過ぎでしょ」
「気にしない気にしない」
 またこの言葉です。
「僕なんかもっと入れてるし」
「そういう問題じゃないでしょ」
 そんなに入れたら後で。
「喉が渇くし匂いだって」
「いいじゃない。僕だってそうなんだし」
「よくないわよ」
 新一君はいいでしょうけれど私が困るんです。
 

 

29部分:第五話 彩華ラーメンその六


第五話 彩華ラーメンその六

「大蒜の匂い詰所であんまりさせても」
「それは皆じゃない」
 ああ言えばこう言うで全く。
「皆ここのラーメン食べてるんだし」
「それはそうだけれど」
 彩華はチェーン店なんです。ですからおぢばのあちこちにお店があります。屋台でやっていたりもするんですよ。昔は天理高校の近くにもありました。
「けれど。やっぱり」
「それに皆わかってるし」
「わかってるって何がよ」
 突っ込まずにはいられませんでした。
「また随分と引っ掛かる物言いね」
「だから俺と先輩のこと」
 変なことを言い出しました。
「私と新一君?」
「だからさ、こうして一緒にラーメン食べる位の仲だって」
「そんなの普通じゃない」
 そうですよね。それを何でやたらと強調するのか。
「何かおかしい?」
「いや、それって」
 新一君の態度が急におかしくなりだしました。今までとは違った意味で。
「あの、つまりさ」
「だってラーメン位誰だって」
 私はまた新一君に言いました。
「一緒に食べるんじゃないの?」
「それはそうだけれどさ」
「新一君どうしたのよ」
 あんまり様子がおかしいんで言いました。
「急に慌てだしたっていうか何ていうか」
「いや、別にさ」
 やっぱりおかしいです。その態度が。
「別に何もないけれど」
「じゃあいいじゃない」
 それでも焦ったままです。
「それで。そうでしょ?」
「ま、まあね」
 焦った声のまま私に答えます。
「じゃあまたね」
「時間があればまたね」
 ラーメン位なら。別にデートじゃなければ。
「いいわよ」
「うん、それじゃあ」
 私がこう言うとまた態度が変わりました。今度は急に機嫌がよくなった感じです。
「また一緒にね」
「ええ。じゃあ次は」
 話の本題です。何かそこに行くまでに随分時間がかかった感じですけれど。
「ミスタードーナツよね」
「うん。そういえば先輩ってさ」
「何?」
「ドーナツとラーメン好きだよね」
 こう言ってきました。
「よく食べてるけれど」
「おぢばっていえば彩華だし」
 それこそ子供の頃から食べてます。何かと言うとよく連れてもらっていました。
「駅前のミスタードーナツも昔からあったし」
「ああ、昔からあったんだ」
「知らなかったの?」
「だって俺ここに帰ったのって中学生の時がはじめてだったし」
「そういえばそうだったわね」
 そうなんです。新一君はそれまでおぢばに帰って来たことは一度もなかったそうなんです。こんな騒がしい子がいればすぐにわかりますけれど。
「ミスタードーナツは何回もあるけれどね」
「チェーン店だしね」
 これは言うまでもありません。私の実家の近くにもあります。
「それにしても。早いわね」
「急にどうしたの?」
「もう食べ終えたの」
 見たら。丼には麺も具も全くありません。奇麗に食べちゃっています。
「ラーメンの特大を」
「これ位普通でしょ」
「そうかしら」
 新一君の返事に首を傾げます。
「そうは思わないけれど」
「先輩が遅いんじゃ?」
 そのうえで逆にこう言い返してきました。
「まだ大分残ってるじゃない」
「遅いかしら」
 言われるとそうかも、なんて考えます。
「まあいいかな。そこは人それぞれ」
 新一君は急にリベラルになりました。
「僕は待つからさ。ゆっくりと食べてよ」
「悪いわね」
 そう新一君に謝ってから食べるのを再開します。その間に新一君は漫画を持って来て読みだしました。見れば何かや九万がみたいです。
「野球?」
「うん、最近この漫画読んでるんだ」
 何か表紙を見たら随分派手なユニフォームです。何処かで見たような。
「バファローズをメインにした漫画でさ」
「またそこなのね」
 本当に近鉄が好きなんだなあ、って思います。今あのチームは親会社は違うのに。
「やっぱりあの豪快な野球がいいんだよ」
「巨人だって豪快よ」
「あそこは問題外だよ」
 新一君は急に不機嫌な顔になりました。
 

 

30部分:第五話 彩華ラーメンその七


第五話 彩華ラーメンその七

「あんなのは野球じゃないよ。何処かの将軍様の私物だしさ」
「そこまで言うのね」
 新一君はとにかく巨人が嫌いです。おぢばも関西にあるので当然のように巨人嫌いな人が多いです。私も素直にいいマスト巨人は嫌いです。けれど新一君のアンチ巨人ぶりはもう極端です。
「清原もいたし」
「今清原そのバファローズにいるじゃない」
「それも嫌だからあの球団応援しないんだよ」
 不機嫌そのものの声で答えてきました。
「あんな奴さっさと引退すればいいのにさ」
「ああ、あまり清原悪く言わない方がいいわよ」
 私は新一君にそう忠告しました。
「何で?」
「奥華って大阪にあるわよね」
「うん」
 大阪には天理教の教会も信者さんもかなり多いです。教祖が『大阪はおぢばの玄関やで』と仰ったこともあってそうなったんです。近鉄上本町駅に黒門が飾られたこともあったそうです。ここでまた近鉄の名前が出るんですけれど。
「それも堺とか岸和田の方にかなり教会が多いから」
「ああ、清原の地元」
「だからよ。清原は地元じゃ人気あるから」
 どうやらそうらしいです。私は知らないんですけれど。
「気をつけてね、そこは」
「そんなの関係ないよ」 
 けれど新一君の態度は相変わらずです。
「僕は清原が嫌いなんだから。あんな奴の何処がいいんだよ」
「それに人を悪く言うのも」
 しかも今新一君完全にはら立ちですし。困った子です。
「よくないわよ」
「俺巨人嫌いだから」
 それでも顔を顰めて言います。
「あそこだけはね」
「そういえば新一君って嫌いな相手にはどんどん言うわよね」
 彼の悪いところです。普段は悪口なんて言わないのに嫌いな相手には本当にしつこい位に言うんです。私も何回も注意しているんですけれど。
「それよくないわよ」
「よくないのはわかってるけれどさ」
 顔を顰めさせて言いました。
「それでも。特にあいつはね」
「清原さんそこまで嫌いなの」
「それに別にいいじゃない」
 ふと顔を元に戻して言ってきました。
「岸和田とか堺ならさ」
「何でいいのよ」
 また変なことを言います。意味がわかりません。
「どうして?」
「だって先輩神戸でしょ」
「!?」
 その言葉に目を顰めさせました。
「神戸だからって何?」
「だから。俺将来は先輩と」
「ふざけてるとミスタードーナツなしよ」
 もうそこから先は言わせませんでした。
「いいわね」
「わかったよ。先輩は厳しいなあ」
「厳しいも何もそんな悪ふざけは聞かないわよ」
 いつもこんなことばかり言いますけれど。本当にふざけてばかりなんですから。
 

 

31部分:第五話 彩華ラーメンその八


第五話 彩華ラーメンその八

「じゃあ止めるよ」
「わかったらいいわ。それで」
 随分あちこちに飛んじゃいましたけれど話の本題です。
「ドーナツよね」
「そうそう、それそれ」
 何かの真似みたいですけれど突っ込みませんでした。
「早く行こうよ、もうなくなっちゃうよ」
「なくなっちゃうよってねえ」
 また勝手なことを言います。
「そもそもここに来たのも新一君が」
「過ぎたことはどうでもいいじゃない」
 これです。何処まで勝手なんでしょう。
「だからさ」
「行くのね、今から」
「また後ろに乗って」
 すっと立ち上がって私に言ってきました。
「それでいいよね。答えは聞いてないからさ」
「・・・・・・それは聞くものよ」
 こんな調子なんだから。答えは聞いてないって何考えてるんでしょう。
「じゃあ答えは?」
「いいわよ」
 それしかないですし。憮然として答えました。
「そういうことでね」
「そういえば先輩と一緒にドーナツ食べるのってはじめてだったっけ」
「いえ、違うわよ」
 これははっきりと覚えています。
「ほら。高校の時」
「ああ、あの時」
 新一君は私の言葉に思い出して頷きました。
「おぢばがえりの時だったよね」
「そうよ、詰所で。他にもあったかしら」
「そんなに食べてたっけ」
「私ドーナツ好きだから」
 他にはケーキとかシュークリームとか。甘いもの大好きです。
「新一君いつも私にまとわりついてるし」
「いや、それは気のせいだよ」
 気のせいには思えないんですけれど。高校三年になってからずっと新一君が一緒にいて困ってるんです。私は保護者じゃないのに保護者扱いにされたり。
「先輩の」
「そうかしら。あっ」
 ここであることに気付きました。
「よく考えたら一緒にミスタードーナツに行くのははじめてよね」
「ああ、そうだったんだ」
 新一君はそれを聞いてやっと納得した顔になりました。
「だからはじめてだったんだ」
「そういうことだったのね」
「うんうん。それじゃあさ」
 新一君はにこにこと笑って私に言ってきます。
「また僕が運転するから」
「何かそれも楽しそうね」
「だってさ」
「だって?」
 また何か言いだしました。余計なことを。
「先輩が僕に抱きついてくれるから」
「あっ」
 そうでした。言われてそれに気付きます。
「じゃあそれが狙いで」
「おっと、失敗したかな」
「失敗も何も。ちょっと」
 顔が真っ赤になります。それが狙いだったなんて不覚でした。
「抱きついていたら胸も」
「やっぱり小さいね」
「こ、この」
 身体が震えてきます。まさか。まさか。
「許さないわよ、本当に」
「いやあ御免御免」
「御免じゃなくてね」
「それじゃあさ」
「何よ」
 それでも新一君の話を聞くことにしました。何故か聞いちゃうんです。
「お詫びにドーナツは僕がお金を」
「仕方ないわね」
 何でここでこう言っちゃうんでしょう。不思議と許しちゃいます。
「それじゃあそういうことで」
「うん。それじゃあ」
 新一君も笑顔で応えます。実はですね、内緒ですけれどこの笑顔見てると。かなり失礼千万なことを言われても許しちゃう結果になります。私が甘いんでしょうね。
「ミスタードーナツ行くよ」
「ええ」
 こうして私達は最初から決めていたミスタードーナツに行きました。何だかんだとあった気がしますがまずは楽しいはじめてのデートでした。

第五話   完


                2007・10・13
 

 

32部分:第六話 レポートその一


第六話 レポートその一

                      レポート
「それだけ?」
「それだけだけど」
 次の日私は皆にかなり強引に昨日のことを言わせさせられました。大学の食堂でこのことを話しています。白い食堂でかなり奇麗なんですよ。
「悪い!?」
「面白くないわよねえ」
「ねえ」
 皆顔を見合わせて無責任なことを言います。
「それではい終わりなんて」
「何なのよ」
「どうすればよかったのよ」
 私にしては短かったのに色々あったデートなんですが。それでこんなことを言われるのは正直かなり心外だったりします。何なんでしょう。
「それは決まってるじゃない」
「デートよ」
 皆かなり楽しそうな笑みを浮かべて私に言ってきます。
「最後まで、ね」
「詰所にはお布団もあるしデートのご褒美に」
「ちょ、ちょっと」
 ああ、また顔が真っ赤になってくのがわかります。何でいつもいつも顔がすぐ赤くなるんでしょう。しかもこれもいつもですが新一君のことで。
「何よそれ、結局そういう話になるの?」
「あのね、ちっち」
 友達の一人が呆れた目で私に言ってきます。
「あんたの歳で彼氏一人もいないって何?」
「しかもその暦十九年」
 他の友達も言ってきました。十九年ってつまり私が生きている間なんですけれど。
「何考えてるのよ」
「それでキスもまだなんて」
「全然いいじゃない」
 何でこんなことを言われるのか甚だ心外でした。
「そんなの別に。だから私は」
「結婚するまでって」
「今時こんなこと言う女の子がいること自体が驚き」
 あげくにこんなことをいつも言われます。
「何、それ」
「新一君可哀想」
「新一君が可哀想なのね」
「そうよ」
 何でこうなるのかすっごくわからないですけれど。こうした場合いつも悪者になるのは私で。新一君は何だかんだで愛されているんです。
「可哀想じゃない」
「可愛いしね、彼」
「可愛いって」
 その言葉に無意識のうちに眉が顰められちゃいました。
「何処がなのよ」
「それは何時も側にいるから思わないだけよ」
「そうそう」
「いつもって言うけれどね」
 何かまたまた頭にきてきました。
「新一君が勝手に来るんだし。こっちは迷惑してるのよ」
「そうは言うけれどね、ちっち」
「あのね」
 何か今の言葉に皆ムキな顔になってきました。
「あんなに一人を見てる子ってねえ」
「いないわよねえ、普通」
「何が言いたいのよ」
 あの、本当にわからないんですけれど。たまには他の女の子のところに行けばいいのに。そう思っているんですけれど向こうが勝手に来ますし。
「あんなのが一緒にいてもね。困るだけだし」
「こりゃ駄目だわ」
「そうみたいね」
 何か急に匙を投げた感じになっちゃいました。それも皆。
「自分で気付くべきだけれど」
「それもねえ。肝心のちっちがこんなのだと」
「だから何が言いたいのよ」
 全くわからなくてイライラしてきました。はらだちですね。
「わからないんだけれど、私」
「まあわからないならそれでいいから」
「そういうこと」
「全く」
 皆何を言っているんでしょう。何はともあれその話は終わることになりました。
「とにかくね、ちっち」
「ええ」
「少しは考えなさい」
「少し以上にね」
「ちゃんと考えてるわよ」
 だからわからないんですけれど。皆の言っていることが。それでも皆は私を見ています。それも責める目になっちゃっています。
「本当に」
「だからもういいわよ」
「そうそう」
「それよりね」
 話が別の方向に行きました。
「この後どうするの?」
「どうするって?」
「参考館でも行く?」
 不意に一人がこう提案してきました。天理教の博物館です。かなり色々な資料があって勉強に役立ちます。場所は大学のすぐ側です。天理高校と向かい合っています。
「レポート書かないといけないし」
「ええ、いいわよ」
 私も同じなんで頷きました。そうしたことで結構参考館を使っています。何かと側に資料が揃っているんで天理大学は勉強し易い場所です。
「じゃあそれでね」
「決まりね」
「ええ。それじゃあ」
 皆で参考館に行きます。何か珍しく勉強をしようって学生らしい気分です。とりあえず中に入るまではそのままの気持ちでいました。
 

 

33部分:第六話 レポートその二


第六話 レポートその二

「さてと」
 中に入ると友達の一人が声をあげました。
「まずは台湾のコーナーね」
「そうね」
 台湾にも教会がありましてそういうこととかあって台湾の民族コーナーもあるんです。天理教は世界のあちこちに教会があります。関係ないお話ですけれど。
 それで台湾のコーナーに行くと。何か騒がしいです。
「誰かしら」
 私はそれを聞いて眉を顰めました。
「参考館で騒ぐなんて」
「褌だったんだな、ここも」
「あの」
 それで騒がしい方に注意しました。
「ここでは静かにしてくれませんか?」
「あっ、すいません」
 !?この声は。
「すいませんってひょっとして」
「あっ、先輩なんだ」
 もうここでわかっちゃいました。何でここに!?
「暫くぶり」
「ちょ、ちょっと」
「ちっち」
 声が大きくなったところで友達に肘でコツンと突かれました。私が大声出したら何にもなりませんから。うっかりしてしまいました。
「声、わかってるわね」
「ええ、御免なさい」
 そうですね。落ち着かないと。それでも。
「それにしても」
「やあやあ、奇遇だね」
 本人が向こうからやって来ました。またやけににこにこしています。
「昨日も会ってね。それで今日もなんて」
「全く。何でこんなところで」
 新一君が来ます。学生服を来ています。何でここにまでいるのか。本当に訳がわからないです。
「会うのよ」
「いや、たまたまさ」
 そのにこにことした顔で言ってきます。
「ツレと遊びに来ていて」
「そうだったの」
 遊びにですか。新一君らしい。
「それでなのね」
「うん。先輩は?」
「勉強よ」
 不機嫌な顔を新一君に向けて答えました。
「レポート書かないといけないから」
「ああ、そうだったんだ」
「それで来たら。いるんだから」
「お導きだよね、親神様の」
 そう言われると反論しにくいですけれど。それでもかなりふそくを感じちゃいます。いつもいつも何かっていうと会うのが本当にわからないです。
「そうよね」
「やっぱりね」
 またここで皆が周りから言います。どうして皆新一君の方の味方になるんでしょう。
「だからね、ちっち」
「私達はこれで」
「えっ、ちょっと」
 皆急に何処かに行こうとするんで慌てて声をかけます。
「何処に行くのよ」
「いや、お邪魔虫はこれでと思って」
「だからよ」
「だからよって」
 そのまま何処かへ行こうとします。
「何処に行くのよ、レポートは?」
「だから別行動なんだって」
「そうそう」
 皆にこにこと笑いながら言います。しかも新一君に対しても。
「阿波野君、頑張ってね」
「応援してるわよ」
「また新一君に」
 何かいつもいつも新一君に対して。新一君の肩ばかり持つのが本当に訳がわかりません。しかも私の前でかなり露骨になんて。どういうつもりなんでしょう。
「じゃあ僕もツレに言ってきますんで」
「ええ、早いうちにね」
「それで後は」
 また皆が新一君に言います。
「二人でまたデート」
「これも親神様のお導きよ」
「お導きなのかしら」
 私は全然そうは思えません。こういうのを腐れ縁って言うんじゃないかっていつも思います。それもおみちの教えではお導きって言うんですけれどそれでも。
「はいはい、だからちっち」
「今日も頑張ってね」
 皆どっかへ行っちゃいます。ついでに新一君も。
「帰ろうかしら」
 ふと思いました。けれど何か気が変わって残りました。このまま帰ってもよかったんですけれど。どうしてかは自分でもわからないです。
 暫くしてその新一君が戻って来ました。にこにことした顔で。
「お待たせ」
「待ちたくはなかったわ」
 憮然とした顔と声で答えました。
「何でこんなところでも新一君と」
「まあいいじゃない」
 それでも新一君は相変わらずにこにことした声で。こんなに楽しそうなのが全然わかりません。私はいつも迷惑しているっていうのに。
「これも何かの縁で。お導きで」
「新一君もそれ言うのね」
 皆と同じことを。まあおぢばにいるからですけれど。
 それでもまあ。一緒にいるし。新一君に声をかけました。
 

 

34部分:第六話 レポートその三


第六話 レポートその三

「いいわ。とりあえずレポートの都合もあるし」
「見ていくんだ」
「そうしないと駄目だから」
 私はそれを答えに選びました。
「いいわね。けれど」
「けれど?」
 じっと見据えてくると平気な顔で言い返してきました。
「肩とか手に触れてきたら。絶対に怒るから」
「寂しいなあ、それって」
「寂しくなんかないわよ」
 私は別にです。そもそもどうして新一君なんかといつも一緒に。
「僕はいつも先輩と一緒にいたいのに」
「何でよ」
「内緒」
 にこりと笑って言ってきました。
「言わないよ」
「何よ、急にそんなこと言って」
 また変なこと言います。何か私に対してだけ変だっていうのが井本さんご夫婦のお話ですけれど。何故かそれを仰る時の井本さんご夫婦も笑っておられますけれど。
「変な子ね、全く」
「まあまあ。けれど二人になったんだし」
「肩とか持ったら駄目よ」
 一応釘を刺しておきます。何するかわかりませんから。
「いいわね」
「わかってるよ。それよりさ」
 新一君は釘にもめげずに言ってきます。
「これで二回目のデートだよね」
「二回目!?」
 何か結構一緒に歩いてる気がしますけれど。それでも何か二回目になっています。
「だってこの前が最初だし」
「そういえばそうね」
 言われて気付きます。何か何回も一緒に歩いていますけれどデートははじめてでした。考えたらかなり不思議な話なんですけれど。
「じゃあ。二回目ね」
「仕方ないわね」
 この前デートしたばかりですけれど。それもいいでしょうか。
「それじゃあいいわ」
「先輩も素直になればいいのに」
「あのね」
 今の言葉にはかなりりっぷくを覚えました。何、その台詞。
「何で私が素直になるのよ。違うでしょ」
「あれ、そうじゃないの?」
 向こうも向こうで何で、って顔です。作ってるんじゃないでしょうか。
「先輩が素直じゃないから僕だって」
「新一君がどうしたっていうのかしら」
「ついつい勇んでしまうんだけれど」
「勝手に言いなさい」
 何に勇んでいるんでしょう。かなりふざけています。
「とにかく。デートよね」
「うん」
 それでも二人しかいないから仕方なくですけれど。何はともあれデートになります。
「コースは私に任せて」
「先輩が?」
「何回か来たことあるし。それに」
 ここからが重要です。というより本題です。
「レポートのこともあるから見なくちゃいけないものが多いのよ」
「そういえばそうだったね」
「新一君と違って色々大変なのよ」
 これは事実です。
「そこのところわかって欲しいものね」
「ふうん」
 ふうん、て。本当にお気楽なんだから。
「それじゃあ。行くわよ」
「レポートって何処のことについてレポートするの?」
 それは新一君には関係ない気がしますけれど。何か聞いてきました。
「よかったら教えてよ、先輩」
「古代中国史だけれど」
 大体春秋時代のことです。
「そこについてね。少し」
「ああ、だったらさ」
「何かあるの?」
「うん」
 にこりと笑って答えてきます。何かあるんでしょうか。
「ここもいいけれど別の場所も行くといいよ」
「別の場所!?」
 そう言われて目を少しパチクリさせました。
「何処に?」
「やっぱりレポートでもいい点貰いたいよね」
「ええ、まあ」
 これは当然です。合格してはいおめでとう、っていうのは今一つ好きじゃないんです。やっぱり完璧にやらないと。それで頭が硬いって言われることもありますが。
「だったらさ。図書館にも行くといいよ」
「天理図書館に!?」
「まああそこが一番いいかな」
 新一君はほんの少し考えた後で答えてきました。
「絶対あるだろうしね」
「あるって何が?」
「図書館にあるのは本だよ」
 新一君は笑って言います。
「だからさ。中国古代の本とか」
「それなら本屋さんとかに」
「違うんだって、先輩」
 私の顔を見てにこりと笑います。
「古典があるんだよ、ちゃんと」
「古典っていうと」
 そこからは私も知ってます。新一君が何を言いたいのかもわかります。
 

 

35部分:第六話 レポートその四


第六話 レポートその四

「あれ?史記とか戦国策とか」
「そうそう、そういうのも読んで書くといいよ」
「読めるの?」
「うん、簡単に」
 またわからないことを言ってる、と思いました。中国の古典なんてそう簡単に読める筈がないのに。それでも新一君は言うんです。
「おふでさきやみかぐらうたの原本よりもね」
「あれよりも?」
 おふでさきやみかぐらうたは教祖がお書きになられたものですけれど元々直接筆でお書きになられたものなので普通の印刷の本と比べて読みにくいところがあります。それで今ではちゃんと活字印刷にしているものが出されています、
「そうだよ。だって日本語訳されてるものがあるから」
「へえ」
 これはびっくりです。そんなのがあるんですね。
「それ読んだらいいよ」
「そうね」
 凄くいいことを聞きました。それなら。
「じゃあ後で図書館に行くわ」
「時間あるの?」
「ないかも」
 ここを見てからだとかなり危ないです。残念なことに。
「じゃあ明日にでも行けばどうかな」
「ええ、じゃあそうするわ」
 新一君の提案に頷きます。それならいいですね。
「そういうことね」
「うん。じゃあ今日はここで僕とデートだね」
「仕方ないわね」
 ちょっと微笑んでしまいました。いいことを教えてもらったから。それだといいですよね。
「いいわ」
「やっぱり先輩は優しいなあ」
「こうした場合優しいって言うのかしら」
 ちょっと違うんじゃないかな、と思いますけれど。
「まあまあ」
「まあいいわ。それじゃあ行くわよ」
「うん」
「それにしても」
 歩きはじめてから新一君の方をちらりと見ました。
「何?」
「色々知ってるのね」
 そう彼に言いました。
「そんなのあるの知ってるなんて」
「まあたまたまね」
 新一君は笑って答えました。
「うちに本があるから」
「何か凄いお家みたいね」
 私の家はやっぱり教会ですから天理教とか宗教関係の本が多いんです。お父さんもお母さんもおみちの人ですからそういう本が集まるんです。私や妹達は漫画とかライトノベルが多いです。
「新一君のお家って何やってるかわからないけれど」
「普通のサラリーマンだよ」
 新一君はあっさりと答えてきました。
「別に何の変わりもない」
「普通のサラリーマンの人からこんな子が出て来るなんて」
 突然変異でしょうか。真剣にそう考えました。
「それでどうするの?」 
 私の言葉を無視して言ってきました。
「その本使うの?」
「よかったら」
 私もそういう本があるのなら是非使ってみたいです。だからそれに頷きました。
「御願いできるかしら」
「じゃあ図書館だね」
「何か話が大きくなってるわね。それにして」
「何?」
「史記よね」
 私はそれについて言いました。
「そうだけれど?」
「学校の授業で出て来たわよね」
 古典とか世界史で。覚えなければならなかったので今でも覚えています。東寮の中で苦労して勉強した記憶があります。勉強中に新一君が下から大声で私を呼んだのはもっと覚えています。
「確か」
「だって有名な古典だし」
 新一君もそれを言います。
「やっぱり出るよ」
「そうよね。それって実際に売られてるの」
「そうだよ。だから図書館にね」
「わかったわ。それにしても色々な本があるのね」
 それをあらためて実感しました。いえ、本当に世の中って色々なものがありますね。
「色々な人もいるし」
「先輩みたいな小さい人も」
「背は関係ないでしょ」
 またそれを言ってきます。どうせチビですよ。
「別に。、またそれを言うんだから」
「御免御免」
「今度言ったらデート中断だから」
「えっ!?」
 えっ!?って。急にこの世の終わりみたいな絶望しきった顔になりました。
「そんな。それだけは」
「それだけはって」
 そんな顔を見たらこっちの方が驚きます。
「何よ、その顔」
「それだけは止めて欲しいんだけれど」
 新一君は泣きそうな顔で私に言ってきます。
「駄目!?やっぱりそれは」
「止めて欲しいの?」
「だってさ。その、つまり」
 どうしてこんなに慌ててるんでしょう。別に出直すわけでもないのに。天理教では死ぬことを出直すと言います。一旦死んで生まれ変わるって考えて下さい。
「折角一緒にいるんだし。俺だって別に悪気があって言ったんじゃないし。先輩と、その」
「わかったわよ」
 本当に泣きそうなんで。弟を泣かせたような気持ちってこんなのでしょうか。小さい頃妹達を泣かせたことはありますけれどその時より胸が痛むような。何でこんな気持ちになるんでしょう。
 

 

36部分:第六話 レポートその五


第六話 レポートその五

「わかったから。泣かないよ」
「いいの?」
「いいわよ」
 ついつい苦笑いになりました。
「だから泣かないの。いいわね」
「別に泣いていないよ」
「嘘仰い」
 今度は優しい笑みになったような。自分でもわかります。
「そんな顔していたわよ」
「気のせいだって」
 もういつもの新一君に戻っています。
「気のせいだから。じゃあデートだよね」
「ええ。それで今度はね」
「うん」
「台湾のコーナーに行くわよ」
「ああ、あそこね」
 何か知ってるみたいです。
「やっぱり中国だから?」
「っていうかね」
 また新一君に答えます。
「中国と台湾の違いも書かないといけないし」
「色々あるんだ」
「大学生だって色々あるのよ」
 これは本当のことです。といっても高校の時よりはずっとないですけれど。高校の時って何かと色々ありましたから。特に三年になってからは。
「だからね。いいわよね」
「僕は別にいいよ」
 やけに従順で気持ち悪い位です。
「先輩と一緒ならね」
「そうなの。よかったわ」
「だってさ」
 すぐにまたいつもの笑顔になって言います。
「先輩と一緒にいられるんだし」
「いつもそれ言うわね」
 いい加減聞き慣れてきました、はい。
「気にしないでいいけれどね」
「じゃあ気にしないわ」
 何なんでしょう、この子のこれって。高校三年からのことなんですけれど。
 とにかく台湾のところも見回って。それで終わりでした。私達は参考館を出ました。
 そこの入り口で。新一君はまた声をかけてきました。
「これからレポート書くの?」
「それは明日からね」
 そう新一君に答えます。
「図書館でその本を読んでからよ」
「そうするといいね」
 新一君も私の言葉に頷いてきました。
「特に急がないんだよね」
「提出は一週間後よ」
 私はそう答えました。
「ワープロでだから手書きよりも早いし」
「ふうん」
「だから間に合うのよ。明日の夜からかかるわ」
「ワープロってことはあれ?詰所の」
「いつも使わせてもらってるのよ」
 申し訳ないですけれど。主任先生や井本さんご夫婦の好意で。
「そうだったんだ」
「何か今回はかなりいいレポートが書けそうね」
「俺のおかげだね」
「そうね」
 今回はその通りなんで。新一君の顔を見上げて笑いました。
「感謝するわ」
「いやいや、御礼は別にいいけれど」
「私何も言っていないけれど」
 少しむっとなりました。この図々しさが本当に。
「何でそんな話になるのよ」
「違うの?」
「違うわよ」
 そのむっとした顔のまま答えました。
「御礼はさ」
「それでも言うのね」
 自分勝手なんだから。いつもいつも。
「お姫様だっこさせてくれたら」
「明日身上思い切り受けなさい」
 何かあった時に親神様から身体に色々と受けることを身上と言います。天理教の教えでは怪我や病気もこれにあたります。
「よくそれで今まで何もなかったわね」
「日頃の行いがいいから」
「何処がよ」
 ああ言えばこう言う。それでよくもまあって思います。
「とにかくさ。御礼だけれど」
「何がいいのよ」
 仕方ないわね、って感じです。段々本当に弟みたいになってきたような。一番上の妹よりも実は年上なんですけれど。
「今余りお金ないわよ」
「お金じゃなくても御礼はできるよ」
「お姫様だっこはなしよ」
 ええと、そうそう風と共に去りぬでしたよね。あんな感じのだっこで。何かこういうの思い出す私も結構趣味が古いんでしょうか、
「そんなの。絶対に」
「だったら。別のでいいかな」
「別の?」
「明日もデートとか」
 いきなり話を決めてきました。
「それだと駄目かな」
「デートって。図書館で?」
「うん」
 楽しそうににこにこと笑って私に言います。
「本を探すついでにさ」
「本を探すだけじゃない」
 たったそれだけなのに。何を言っているんでしょう。
「それだけだけれどいいの?」
「別に。結構だよ」
「今回は欲張りじゃないのね」
「だってもう満足してるし」
「だったらいいけれど」
 実は新一君って結構無欲です。意外と何が欲しいかとかは言いません。甘えん坊なのは本当ですけれど。
「じゃあ明日ね」
「うん、また明日」
 笑顔で私に言います。
「今日はこれでね」
「もう帰るの」
「僕も忙しいから」
 すぐに嘘だとわかる言葉でした。
「じゃあこれで。また明日」
「何に忙しいのよ」
「ゲーム」
 ほら来たって感じです。
「今やり込んでるから。それでね」
「そうだったの」
「そういうこと。スパロボね」
 スパロボ!?何なんでしょう、それって。
「スーパーロボット大戦パーフェクト。これが凄く長くてさ」
「長いってどれ位よ」
「二百話以上あるんだ」
「・・・・・・本当に凄いわね」
 世の中色々なゲームがあるものですけれどそんなに長いゲームもあるんですね。シナリオを考えるだけでかなり大変そうなのがわかります。
 

 

37部分:第六話 レポートその六


第六話 レポートその六

「今やっと五十話なんだ」
「まだまだこれからね」
「そうなんだ。今からそれをやるから」
 そう言って立ち去ります。
「また明日」
「それで何処でゲームするの?」
 不意にこう尋ねたのは新一君がよく詰所でもゲームをするからです。本当に図々しいっていうか主任先生達も優しいっていうか。甘やかしたら駄目な子なのに。
「僕の家でだよ」
「だったらいいけれど」
「本当は先輩の側がいいんだけれど」
「馬鹿言いなさい」
 またそんなこと言って。
「今日のところはこれでね。今から忙しいがな」
「まあ頑張りなさい」
 そんな話をして別れました。そうして次の日。学校の講義が終わると図書館の前に行きました。天理大学の図書館はかなり大きくてしかも蔵書もかなりあります。
 その前まで行くともう新一君がいました。にこにことした顔で立っています。
「少し遅かったね」
「何かデートのはじまりみたいな言葉ね」
 少し前に見たドラマを思い出しました。
「それって」
「あっ、そうかも」
 それでこうした言葉を聞くとすぐ笑顔になるんですから。どうしたものでしょう、この子だけは。
「まあ図書館でのデートも悪くないよね」
「悪くないの」
「そうそう。たまには静かにね」 
 一人でそんなことを決めています。私はどうなるんでしょう。
「楽しむのもいいじゃない」
「言っておくけれどね」
 ふざけた調子の新一君に言います。
「学校のレポートについてだから。デートが本来の目的じゃないわよ」
「わかってるって」
 わかっていないのがはっきりとわかります。そういう子ですし。
「それじゃあ入ろうよ」
「ええ」
 ずっと彼のリードのまま話が進みます。気付いたらもう図書館の入り口の階段を登っていてそこから中に入って。それで中の閲覧室でもう新一君が出してくれたその本を読んでいました。見たら日本語で書かれた分厚い本です。
「何か思ったより簡単な翻訳ね」
「この本はそうなんだ」
 新一君は私の横にいます。そこから私に説明します。
「わかりやすくてね。いいんだよ」
「そうね。私でもわかるし」
「中国の古典はこの平凡社のが一番いいんだ」
 そう私に教えてくれます。
「ここになら絶対にあると思ったけれどやっぱりね」
「予想通りだったのね」
「うん」
 にこりと笑って私に言います。
「そうだよ。わかりやすいでしょ、本当に」
「ええ、とても」
 おかげで頭の中にもすぐに入っていきます。気付いたらもうレポートも進んでいるような。そんな気分にもなってきました。
「これでレポートは大丈夫だと思うよ」
「そうね」
 私も笑顔になって。新一君の言葉に頷きます。
「おかげでね。有り難うね」
「それで御礼はさ」
 新一君はまた調子に乗った顔を見せてきます。すっごく嫌な感じです。それを顔にも出していますけれどそれでどうにかなる子じゃないんですよね。
「御礼?」
「うん。ほっぺたでいいから」
「ほっぺたって?」
「だからさ」
 何かここまでにやけた笑いってそうはないでしょう。とにかく何か変な期待をしているのがわかります。どうせ言うことは決まっていますけれど聞いてあげることにしました。
「それで何?」
「キスなんだけれど」
「そう、キスなの」
 わかっていましたけれど。よりによって図書館で言いますかこの子は。
「駄目かな。御礼はまあささやかなもので」
「はったおすわよ」
 一言で済ませてあげました。
「馬鹿言ってると」
「冷たいなあ、先輩は」
「キスなんて何考えてるのよ」
 また八重歯が出ちゃいました。自分でもわかります。
 

 

38部分:第六話 レポートその七


第六話 レポートその七

「あのね、何度も言うけれど私はキスは」
「旦那様になる人だけでしょ」
「そうよ、わかってるじゃない」
 わかってて言うところが新一君です。本当にふざけています。
「わかっていたらその御礼は引っ込めるの。いいわね」
「簡単なことだしね」
 めげずに言ってきます。そもそも新一君の辞書に反省とか懲りるとかいう単語はないみたいです。どんな辞書を使っているのかはわからないですけれど。
「簡単なこと?」
「そうだよ、僕が先輩のさ」
「旦那様になるっていうの?」
「そう、いざなぎのみこと」
 親神様のご守護は大きく分けて十ありまして。これを十全の守護といいます。そのうちいざなぎのみことは人間男一の道具、種の理です。簡単に言うと男の人ですね。それに対するのがいざなみのみことですけれどこちらは人間女一の道具、苗代の理です。簡単に言うと女の人です。
「だったらいいよね」
「何処までふざけてるの?」
 そうとしか思えません。十七の子が言う言葉じゃないです。まして私もまだ十九です。何で二歳も年下の子にこんなこと言われるんだか。頭の中からレポートのことが完全に消えちゃいそうですけれそれは何とか覚えておきました。
「それで何処まで本気?」
「完全に本気だよ」
「また詰所で梶本さんと飲んでいたの?」
 今度はお酒かと思いました。けれど違うみたいです。
「あのね、若い時からそんなに飲んでると」
「飲んでないよ。何か先輩ムキになり過ぎだよ」
「そうさせてるのは何処の誰よ」
 思わずそう突っ込みました。
「いつもいつも訳のわからないことばかり言って」
「気にしない気にしない」
「とにかくキスは駄目よ」
 それはもう私が決めました。
「わかったわね」
「それじゃあ何がいいの?」
「そうね。最近ソフトクリームばかりだし」
 何でかわからないけれどそればかり食べてる気がします。気のせいでしょうか。
「パンケーキでどうかしら」
「パンケーキ?」
「そうよ、大学の食堂の」
 甘いものばかりですけれど。好きなんです。
「それでどう?」
「先輩も一緒なんだ」
「そうだけれど」
 そう新一君にも答えます。
「それがどうかしたの?」
「じゃあそれで御願い」
 新一君は笑顔になります。何かそれだけで満足だっていった感じの顔になっています。私がいることが何かあるんでしょうか。
「是非ね」
「わかったわ」
 とにかくそれで納得してくれるのならそれに越したことはありません。話が簡単にまとまって私としてもいいことでした。妙に引っ掛かりますけれど。
「じゃあここを出たらね」
「うん。すぐに終わらせてね」
「それにしてもねえ」
 あらためて新一君を見て溜息をつきます。
「最近私お金食べ物にばかり使ってるんだけれど」
「そうかな」
 新一君は全然自覚ないみたいです。
「気のせいでしょ」
「気のせいじゃないわよ」
 そう新一君にも言い返します。
「実際にソフトクリームとかラーメンとかそのパンケーキとか」
「そういえばそうかな」
「新一君と一緒にいるせいよ」
 憮然とした顔をして言ってあげました。
「どういうことよ、これ」
「気にしない気にしない」
「まあいいけれどね。けれど花の十九歳が」
 また溜息が出ます。新一君を見ているとどうにも。
「こうして何か訳のわからない子といつも一緒で。何やってるんだろ」
「何か嫌?」
「別に嫌じゃないけれど」
 だからじっと見詰めないの。そういう目で見られたら困るっていうか。急に子犬みたいな目になって。こうした目にたまになるんです。ああ、弱った。
「それでもよ。節度をね」
「じゃあいいんだよね、僕が側にいても」
「ええ」
 仕方なくそう答えてあげました。
「ただ、節度は守ってね」
「うん」
 とても嬉しそうに頷きます。
「そういうことなら」
「全く。本当に困った子なんだから」
 これも何回思ったことやら。二人の妹よりもずっと手間がかかるなんて思いませんでした。男の子て手間がかかるって聞いていましたけれど。
「じゃあ後でパンケーキね」
「うん」
 そう話を決めてレポートの勉強を終わらせました。それから食堂でパンケーキを食べてその日は詰所に帰ることになりました。帰り道も新一君と一緒です。
「これで今日は終わりなんだね」
「ええ、そうよ」
 彼に答えます。
「後は詰所でレポート書くだけだけれど」
「あそこで書けるの?」
「書けるわよ」
 何か変なことを言うなと思いましたけれど答えました。
「ちゃんと」
「そうだったんだ」
「そうよ。そこは安心して」
 そう彼に言ってあげます。
「いつもそうしてるし」
「そういえばさ」
 ここで新一君は私に尋ねてきました。
 

 

39部分:第六話 レポートその八


第六話 レポートその八

「何よ」
「先輩って宿題とかはいつも真面目にしているよね」
「まあそれはね」
 昔からです。子供の頃から宿題を忘れたことはないです。
「いつもメモしてるし」
「真面目だね」
「やっぱりね。色々あるから」
 そう新一君に答えます。
「お父さんとお母さんに教えてもらったのよ。何かあったらメモしておきなさいって」
「ふうん」
「家が教会だから。色々あるでしょ」
 こうも言います。うちの家は何かと信者さんが出入りするのでどなたが何を御願いしたりしているのかメモを取っておかないといけないんです。
「だからよ」
「そういうことだったんだ」
「それに高校でもね」
 高校時代のことも言います。
「メモしておくと役に立ったし」
「その宿題とか部活だよね」
「そういうこと。わかったかしら」
「うん、まあ」
 新一君は私の言葉に頷きました。
「一応はね」
「何か少し不安な返事ね」
 その返事を聞いて言いました。一応ってどういうことなんでしょうか。
「大丈夫なの、本当に」
「何か本当にお姉さんみたいだよ、それじゃあ」
「そうさせてるのは誰よ」
 また新一君に言い返します。
「手間がかかるんだから。妹達だってちゃんとメモは取ってるわよ」
「僕には必要ないしね」
 急にこんなことを言ってきました。
「メモなんて」
「それはまたどうして?」
「頭に全部入るから」
 自分の頭を指差して笑います。
「それもすぐに」
「嘘でしょ」
 毎度毎度のいい加減差を見ていたらとてもそうは思えません。
「それって」
「まあたまに忘れることもあるけれど」
「しょっちゅうでしょ」
 少なくとも私にはそう思えます。だからいい加減なんです。
「それって」
「まあそれに先輩がいてくれるし」
「私が?」
「そう。代わりに覚えておいてくれている人が」
 私の方を見て笑って言ってきます。
「だから安心しているんだ」
「そんなことするつもりないし」
 冗談じゃありません。だからどうしてそんな考えができるのか。凄く不思議です。
「大体ね。他人をあてにしないの」
「助け合い助け合い」
 またおみちの言葉で切り返してきます。
「そうじゃない。だからさ」
「それも自分で努力してのこそよ」
 それを全然しようとしないんですから。だから困るんです。
「それ。わかってるのかしら」
「勿論」
 その癖返事はいつもこうで。根拠もないのに。
「わかってるって、それは」
「わかっていたら自分でしなさい」
「あれ、放任主義」
「違うわよ」
 そもそも私って他の人、妹達にはあれこれ言わないんですけれど。どういうわけか新一君に対しては全然違うようになってしまっています。
「新一君があんまりにもだらしないからよ」
「何か僕って評判悪いんだ」
「少なくとも私から見ればね」
 こう言い返しました。手間のかかる子です。
 

 

40部分:第六話 レポートその九


第六話 レポートその九

「全く。入学式の時からねえ」
「ああ、あの時」
 私も新一君もあの時のことは今でもはっきりと覚えています。とにかく一生忘れられないような思い出です。当然いい思い出ではないです。
「あの時は本当にねえ」
「失礼だったわよ」
 口を尖らせて言ってやりました。
「何、そもそもね」
「だって本当のことじゃない」
 またにこにこして私に言います。
「先輩が小さいのは。あの時から」
「これでも小学生の時は背が高い方だったのよ」
「またまたそんな」
 全然信じていないのがすぐにわかる言葉でした。
「そんなこと言っても」
「本当よ。それがね」
 五年か六年の頃から伸びなくなったんです。丁度成長期に。牛乳だって飲んだんですけれど全然駄目でした。体型は基本的にあの時のままです。
「新一君は昔からそんなの?」
「背が低いって言われたことないよ」
 羨ましい。おまけにスタイルもいいし顔だって中々だし。悔しいけれどそれは認めます。
「そう。よかったわね」
「うん。先輩をお姫様抱っこできるだけのはあるしね」
「何でそこで私?」
 訳がわかりません。
「しかも風と共に去りぬじゃあるまいし。お姫様抱っこなんて」
「先輩古い映画知ってるね」
 今度はこう切り返されました。
「また随分と」
「そうかしら。名作だとは思うけれど」
 古いのは事実ですけれどそれ以上に名作だと思います。私はそっちだと思っているんですけれど新一君は違っているみたいです。
「まあいいや。それでさ」
「ええ」
「そもそもおぢばって小さい人多いし」
「あっ、そうね」
 言われてみればそうです。今それに気付きました。
「何かそういう人多いかも」
「ここに来てすぐに気付いたんだ」
 新一君は私にそう答えます。
「小柄な女の人が多いかもってね」
「よくそんなことに気付いたわね」
 ある意味感心です。
「それもすぐに」
「女の子ってすぐ目につくし」
「結局それなの」
 実に新一君らしいです。そんなことだろうと思いましたけれど。
「まあそうだけれどさ。天理高校だってそうだよね」
「うちの学校は阪神ファンと小柄な女の子が名物だってこと?」
「そうかも」
 考えたら凄い不思議な話です。全国から集まるから差があって当たり前なのにどういうわけか阪神ファンばっかりですし女の子も。何故なんでしょう。
「近鉄ファンから見たらね」
「そもそもまだ近鉄なんて」
「だってオリックスなんか死んでも応援しないし」
 まだこんなこと言うんです。オリックスと巨人が負けた日は新一君の機嫌のいいこと。けれど朝神殿に行く前に詰所までスポーツ新聞を持って来るのは止めて欲しいんですけれど。
「僕の血にはバファローズレッドの血が流れてるしね」
「またそれは変わった血ね」
 そんなものがあるだけでびっくりです。
「僕だけだろうね、それは」
「そうでしょ、幾ら何でも」
 そういえば天理高校でもここまでの近鉄ファンは他にいません。制服の下にどうやって作ったのか知らないですけれど三色のユニフォーム着てたこともあります。確か番号は二十だったような。それをえらく自慢していたのを覚えています。
「今時あの三色のユニフォーム着ている人なんて知らないわよ」
「あの帽子も今でも持ってるよ」
 新一君はまた笑顔で言います。
「やっぱりあの帽子だよね」
「私は縦縞だから別に」
 阪神の帽子が一番じゃないかなって思っています。やっぱりファンですし。
「あの帽子って女の子にも似合うし」
「そうなの」
 これは初耳でした。新一君の勝手な解釈でしょうけれど。
「小さな女の子にもね」
「そういうことね」 
 私に目を向けてきたので成程と思いました。
「けれど。本当に小さな女の人多い場所だと思うんだけれど」
「全国から集まるのに」
「やっぱりあれかな」
 新一君はふとあることに気付いたような顔を私に見せてきました。そうして言います。
「親神様も教祖も小柄な女の子がお好きなのかな」
「そんなの聞いてないわよ」
 これも初耳です。そんなことは教典にも書かれていないことですしそもそも天理教は人の容姿は一切問題にしない宗教ですけれど。
「それはないわよ、絶対に」
「そうかな。それにしても」
「第一新一君大きいし」
 これもまずあるんじゃないかなって思います。大きい人から見れば誰だって小さく見えます。そりゃ私は小さいですけれどね。自覚しています。
「それもあるんじゃないの?」
「いや、だってさ」
 また私を見ての言葉です。
「それでも先輩を最初見た時はそりゃ」
「ええ、覚えてるわよ」
 絶対に忘れません、あの時のことは。
「何が何でもね」
「そうなんだ、そんなに」
「全く。最初から失礼だったんだから」
 勝手ながらこれから高校の時のことをお話します。卒業したのはほんの少し前だったのに凄く大昔に思えるんですけれど。今からお話しますね。



第六話   完


                 2007・10・29
 

 

41部分:第七話 学校に入ってその一


第七話 学校に入ってその一

                    学校に入って
 卒業したのはこの前ですけれど入学したのは当然ながらそれより三年前です。もう三年にもなるんだなあ、としみじみ思ったりします。
 天理高校での試験を終えて暫くして合格通知が来てそれからまた面接に行って。その間詰所と自宅を行き来していました。
「これから色々あるわよ」
 私と一緒に来てくれているお母さんが私に言いました。よくそっくりの母娘だって言われます。実は私はお母さん似なんです。お母さんもやっぱり小さいです。
「色々?」
「ええ」
 詰所の部屋の中で私に言いました。
「高校の三年と、若しかして大学の四年かしら」
「四年?あっ、そうか」
 そこは言われて気付きました。
「天理大学があるからね」
「そうよ。大学も行けたら行くのよ」
 お母さんは私にそう言います。
「勉強になるし。それに」
「それに」
「お母さんもそこでお父さんと知り合ったのよ」
 お母さんも天理教の人なんですけれどお父さんとは別の大教会の系列でしかもお父さんより一つ上で。だから高校では知り合いじゃなかったんです。同じ天理高校だったんですけれど。
「いい出会いもあるしね」
「出会い、なのね」
「人と人の出会いも親神様のお引き寄せなのよ」
 お母さんはにこりと笑って私に言いました。
「千里はそれを勉強するといいわ」
「学校のよりも?」
「そうね。それは二番目」
 うちではまずおみちのことが最初で。学校のお勉強は二番目なんです。けれど恥ずかしい成績じゃ自分で嫌なんでそっちは自分で頑張っています。
「二番目でいいから」
「そうなの。いつも通り」
「そう。だからまずは色々な人を知りなさい」
 にこりと笑って私に言いました。
「わかったわね」
「わかったわ。いよいよ明日なのね」
「制服の準備は出来た?」
「うん」
 それはもう済ませています。制服も鞄も教科書も全部準備ができています。何時でも行けるって感じです。
「入学式、晴れるといいね」
「そうね。桜と黒門を見ながらね」
 そんなことを詰所で話しました。あと一日だけお母さんと一緒にいられるけれどもう明日の夜からは違うんだ、そのことを心に刻みながらその日は寝ました。これからどうなるか物凄く不安でした。泣きたくもなりましたけれどそれを必死に堪えて。
 次の日朝御飯を食べて身支度を整えて。そうして黒門をくぐりました。お母さんと二人並んで。
「この黒門もこれからは毎日くぐるのね」
「ええ、毎日よ」
「今までは本当に年に何回かだけだったのに」
「不思議?」
「何か信じられない」
 私は黒門をくぐりながらお母さんに答えました。もう天理高校の制服を着ています。何気に好きな制服ですけれどちょっと地味かな、って感じもします。
「これから毎日見るなんて」
「嬉しい?」
「よくわからない」
 私はお母さんにそう答えました。
「何て言ったらいいか。何て言うんだろう」
「何か今の千里ってあの時のお母さんと同じね」
「お母さんと」
「ええ。お母さんもそうだったわ」
 にこりと笑って私に言ってきました。
「どうなるか。物凄く不安でね」
「そうだったの」
「誰だってそうなのよ」
 またにこりと笑って私に言うのでした。
「凄く不安で。けれどそれに何とか耐えて」
「そうしてやっていくのね」
「そうよ。これから本当に色々あると思うわ」
 お母さんは黒門の前を見ました。そのずっと前に天理高校があります。瓦の屋根で何か普通の校舎とは随分違ったお屋敷みたいな建物の。テストで行ったからそれはもう知っていました。
「それでもね。頑張るのよ」
「頑張っていけるかしら」
 やっぱりそれが不安になりました。
「私、これから」
「お友達ができるわ」
 お母さんはまずはお友達を出してきました。
「寮にいるわよね」
「うん」
 それももう決まっていました。それが一番不安なんですけれど。
「色々とお友達ができてね。やっぱりこれも最初は凄く不安なんだけれど」
「今の私がそうよ」
 お母さんにもそのことを言います。
「怖い先輩とかいないかしら」
「絶対いるわよ」
 やっぱり。そうだと思いました。
「それでも。優しい人も一杯いるから」
「だったらいいけれど」
「だから。安心していいわ」
 にこりと笑って私に告げてきました。
「そんなに酷いことにはならないかしら」
「本当!?」
 それが全然信じられませんでした。寮生活って何かととんでもないしきたりとかあるんだって聞いているのでそれが怖くて。正直今ここから逃げ出したい気持ちもあります。
「悪いけれどそれは」
「信じられないのかしら」
「ちょっと」
 それを正直に答えました。何だかんだで歩いているうちに信号を越えて。天理大学の下に近付いてきました。本当にもうすぐです。
 

 

42部分:第七話 学校に入ってその二


第七話 学校に入ってその二

「その為のお友達だし」
「それはそうだけれど」
「だから。安心していいわよ」
 またにこりと笑って私に言うのでした。
「親神様も教祖もおられるのよ」
「そうね」
 それを思い出しました。っていうか今まで忘れている私があれなんですが。
「じゃあ」
「安心していいのよ。御守護を下さるのだから」
「そうよね」
 お母さんの今の言葉で気がかなり楽になりました。
「だったら」
「そういうことよ。安心してきたでしょ」
「うん」
「何かあったらお父さんとお母さんも帰って来るから」
 こうも私に言ってくれました。
「わかったわね」
「わかったわ。それじゃあ」
「とりあえず。入学式の後一緒に何か食べましょう」
「お好み焼きがいいのだけれど」
 おぢばでは何故か和食を結構食べます。おうどんとかお好み焼きとか。今日はお好み焼きが食べたい気持ちでした。
「駄目かな」
「そう思って詰所には頼んでないわよ」
「えっ、そうなの」
 読みが早いって言いますか。これには正直驚きました。
「じゃあお好み焼きね」
「うん」
 そんな話をして二人でお好み焼きを食べた後で東寮に行くのですが。何か神殿の前で後ろからやけに騒がしい男の子の声が聞こえてきました。
「何かしら」
「新入生じゃないかしら」
 私達はそんな話をしました。
「けれどそのわりには声が」
「中学生かしらね」
 お母さんはその声を聞きながら述べます。
「この感じは」
「そうかも。あれっ」
 何か聞こえてくるその男の子の言葉も。少なくとも新入生の感じじゃなかったです。それどころかおぢばに帰って来たのもはじめてって感じの声でした。
「うわ、何か凄い神殿だな」
「そうだろう?はじめて見たんだよね」
「うん、俺こんな凄い神社見たのはじめて」
 神社って。間違える人いますけれどそれをここで言うのは。
「凄いよ、これ」
「言っておくけれどここは神社じゃないよ」
 一緒にいるのはおみちの人でしょうか。すぐに彼に突っ込みを入れています。
「神殿なんだよ」
「そうなんだ。あれっ」
 何かここで他のものに興味が移った感じです。声だけ聞いていますけれどそれが伝わってきました。けれど何か凄く軽い感じでそれがあまり好きになれません。
「あの制服の人達は」
「あれが天理高校の生徒なんだよ」
「へえ、何か小さい子が多いね」
 それって私のこと!?本当に失礼な子のようです。
「それに可愛いし」
 少し機嫌をなおしてあげました。
「いい感じだね。何かこの学校に入りたくなったよ」
「ははは、それはいいね」
 お断りよって思いました。何であんな子が。声だけ聞いているんですけれど。
「じゃあ帰って勉強しよう」
「二年後ここで笑っていられるようにね」
「お母さん」
 そんな話をずっと聞いた後で。私はお母さんに言いました。もう神殿の南玄関の前を通り過ぎていよいよ東寮です。あとは一直線らしいです。
「天理高校って真面目な学校よね」
「そうよ」
 お母さんは当然よといった感じで私に答えてくれました。
 

 

43部分:第七話 学校に入ってその三


第七話 学校に入ってその三

「おみちの人を育てるんだから。当たり前じゃない」
「けれど今の後ろの子って」
「まだ合格するかどうかわからないわよ」
 お母さんはにこりと笑って私に言いました。
「それに世の中色々な人がいるじゃない」
「ええ」
 これはわかります。私の家の教会にも本当に色々な人が来ますし。中には白いタキシードで黒いマントを羽織ったとても怪しい人もいます。一回だけ着てその後教会にお巡りさん達が大勢やって来たのを覚えています。何でも自衛隊の基地に巨大ロボットを殴り込ませたとかで。とんでもない人もいるものです。
「八条さんみたいな方もおられるでしょ」
「そうよねえ」
 八条さんは昔大財閥で今は世界的企業の会長さんです。まだ若くてとても奇麗な顔立ちの人です。礼儀正しくて謙虚で時々私の家の教会に参拝に来てくれます。実は私が中学校まで行っていた学校の理事長さんでもあられます。私の住んでいる町も八条町っていいますけれどこの人の家があるから名付けられたそうです。須磨区にあります。
「あんな素晴らしい方もおられるし」
「困った子もいるじゃない」
「人それぞれなのね」
「そういうことよ。それも勉強することね」
 お母さんは言います。
「学校のだけじゃなくて」
「色々と勉強しないといけないのね」
「わかったかしら」
「寮でも。それを勉強するのね」
 私はそう思いました。それを言うと何かこれからのことが余計にわからなくなりました。
「本当に。寮でも一杯色々な人がいるし」
「ふうん」
「それはそれで面白いって思う時がきっとあるわ」
「けれど」
 ここでまた。不安を感じました。
「大丈夫かしら、本当に」
「先輩や同級生の人達のこと?」
「それもあるけれど」
 不安はそれだけじゃないです。
「お父さんともお母さんとも離れて。ずっとだから」
「毎月二十六日には帰るわよ」
 月次祭の時は毎月おぢばに帰っています。それが我が家です。
「その他にも機会があれば」
「会えるのね」
「だから寂しくない筈よ」
「だといいけれど」
 そうは聞いてもやっぱり不安で仕方がありません。これからどうなるかって考えて。それでどうしようもなく不安になっています。
「三年間。それから多分大学の四年間」
 一口に言っても本当に長いです。
「楽しみなさい。いいわね」
「このおぢばを」
「それで。できたら」 
 お母さんは何故かここで私の顔を見て笑いました。
「旦那様を見つけなさい」
「何よ、それ」
 急にそんなことを言われたで思わず笑ってしまいました。何でそこで旦那様が出るのかわかりませんでした。
「旦那様って」
「夫婦揃ってでしょ」
 天理教の基本です。夫婦仲よくです。
「だからよ。千里もいい人が見つかればお母さんも安心なんだけれど」
「安心って。私まだ十五なのに」
 空に吸われる十五の心。石川啄木でしたっけ。
「まだそんなの先よ、ずっと先」
「そうかしら。ひょっとしたら」
 それでもお母さんは私に言います。
「高校で年下の彼氏を見つけて。お母さんみたいに」
「お母さんって年下好きだったの」
「うちの家は代々そうよ」
 実はお母さんの家ではお婆ちゃんも曾お婆ちゃんもおばさん達もどういうわけか皆年下の人と結婚しています。凄いいんねんです。悪いいんねんじゃないですけれど。
「千里も多分ね」
「私の好みって福山さんなんだけれど」
 他には俳優さんだと内藤剛志さんとかアイドルだとトキオの長瀬さんとかスマップの香取さんとか特撮だとオダギリさんとか半田健人とか。そういう人達がタイプです。背の高い人が好きかなあ。
「そういう人は」
「うちの家系は代々小柄だから背の高い人がいいのかしら」
「うっ、そういえば」
 お母さんの家系は女は皆小柄です。これも天理教だからでしょうか。おみちの女の人ってとにかく小さい人が多いような気がします。
「そうかも」
「千里は子供の頃結構大きかったのに」
 お母さんは少し残念な顔になりました。
「やっぱり。これもいんねんかしら」
「小柄のいんねん?」
 おかしないんねんなんですけれど。私も背が低いのは気にしています。けれどそれが遺伝じゃなくていんねんっていうのは何か不思議です。
「変な話ね」
「悪いんねんじゃないけれどね」
「そうだけれど」
 それでも何か腑に落ちません。背が低いのがいんねんっていうのは。
「だから背の高い人に憧れるとか」
「そういえばお母さん日曜の朝はいつも」
「羨ましいわ」
 ここで本当に羨ましがる顔になっていました。
「あのヒロインの女の子も一七〇近いのよね」
「そうらしいわね」
 最近までやっていた仮面ライダー龍騎です。この頃やっていたライダーはそれでした。お父さんと妹達が好きなんで観ていました。
「私の家系なんて一五五越えないのに」
「私は越えると思ったんでしょ」
「それがねえ」
 またふう、と溜息をつくお母さんでした。
「結局小さいままだから」
「何かもう背の話止めない?」
 そろそろ東寮が見えてきました。見れば何か学校の校舎に似た感じです。思ったよりも小さいので少し驚きました。
 

 

44部分:第七話 学校に入ってその四


第七話 学校に入ってその四

「あれ、少し」
「小さいでしょ」
 お母さんもそこを言います。
「ええ。男の子の寮って確か」
 男の子達の寮はお墓地に行く時に側を通りますから知っていますけれど何個も大きな建物があって随分大きいです。それと比べたらずっと小さいです。
「数が違うから」
「そうなの」
「天理高校って女の子少ないのよ」
 そういえばクラスに入った時もそんな感じでした。妙に女の子が少なかったような。普通は半々ってところなのに男の子と女の子の割合が三対二ってところでした。もっと少なかったかも。
「だからね。これだけの大きさなの」
「そうだったの」
 そういう事情でした。何はともあれここに三年間です。
「それじゃあお母さんはこれでね」
 寮の門の前まで来たらお母さんは帰ろうとします。
「時々来るから。またね」
「うん。これでお別れなのね」
 そう思うと寂しいやら悲しいやら。不思議な気持ちです。
「もう。これで」
「だから帰って来るから」
 お母さんも寂しそうな私に気付きました。それで私に苦笑いを浮かべてきました。
「そんな顔しないの。いいわね」
「うん」
 お母さんの言葉にこくりと頷きました。
「わかったわ。それじゃあ」
「じゃあね、千里」
 最後の挨拶でした。これでお別れです。
「またね」
「うん。けれど」
「待って」
 そこから先は言わせてもらえませんでした。不意に私の口が閉じられました。
「そこから先は言ったら駄目よ」
「え、ええ」
 頷くしかできませんでした。話せないから。
「会えないわけじゃないから」
 それで終わりでした。お母さんは帰って私は残って。たった一人で寮に残されました。
「一人になったんだ」
 この時程寂しい気持ちになったことはありませんでした。本当にこの寮に一人になって。これからどうなるんだろうって思いました。
 その私に。誰かが声をかけてきました。
「ねえ」
 見れば私より二つ上でしょうか。淡い茶色の髪に白い肌をした人がいました。何か優しい顔立ちをしたとても奇麗な人です。見れば天理高校の制服を着ています。私の先輩みたいです。やっぱり背はあまり高くないのが凄く気になりますけれど。
「どうしたの?新入生の子かしら」
「あっ、はい」
 私はその人に答えました。何が何だかわからないまま。
「そうですけれど」
「そう。名前は何でいうの?」
「中村です」
 私はおどおどして答えました。何が何だかわからないまま。
「中村千里っていうんですけれど」
「あらっ、中村さん?」
 その人は私の声を聞いて思わずといった感じで声をあげました。その時何でこの人私のこと知っているんだろうって本当に不思議でした。
「貴女が中村さんなのね」
「そうですけれど」
 何が何だかわからないまままた答えました。
「それが。何か?」
「これから宜しくね」
 今度はこう言ってきました。
「あっ、はい」
 同じ寮だからこう言われたのかと思いましたがそれは違いました。
「一年間だけれど」
「はい、宜しく御願いします」
「部屋とか。わからないわよね」
 その先輩は明るくて優しい笑顔でまた私に言いました。
「案内してあげるけれど。どうかしら」
「けれどそれは」
「いいのよ」
 私が断ろうとしたらこい言ってきました。
「私もこれから入るんだし。いいわね」
「いいんですか」
「助け合いよ」
 またおみちの言葉が出て来ました。
「だから遠慮することはないの。いいわね」
「そうなんですか」
「礼儀は必要だけれどね。困った時はお互い様よ」
 何かとても優しい感じの人です。見れば見る程奇麗ですしこんな人本当にいるんだなって思いました。おぢばの女の人って奇麗な人が多いですけれどそれでも。
「だから。来て」
「はい」
 その先輩に案内されて寮の中を入って。それである部屋に辿り着きました。
「ここが貴女の部屋よ」
「確か三人部屋ですよね」
 それはもうお母さんから聞いていました。天理高校の寮は一年、二年、三年で三人で住むことになっています。お母さんが教えてくれました。
「そうよ。一人が私」
「えっ!?」
 今の言葉には思わず唖然としました。嘘でしょ、って感じです。
「後の一人はまた来るから」
「そうだったんですか」
「驚いた?」
 先輩はまたにこりと笑って私に尋ねてきました。何か本当に奇麗な顔で。女の子の私が見ても驚く位です。色が白くて目がキラキラしてて。こんな奇麗な人いるんだなあ、って感じです。
「は、はい。とても」
 私は思わず正直に答えました。
「まさかとは思いましたけれど」
「名前は長池っていうの」
「長池さんですか」
「ええ、宜しくね」
 何か凄く覚え易いです。そういえば同じ苗字のプロ野球選手がいたような。
「わかりました。じゃあ長池先輩」
「先輩はいいから」
「じゃあ。長池さん」
「ええ」
 そうやり取りをします。とても気さくな人でした。それだけで随分救われた感じになりました。やっぱり一緒の部屋の先輩がいい人だと全然違いますから。
「これから宜しく御願いします」
「何かあったら私に言ってね」
 また気さくな感じで言ってくれました。
「わからないことも」
「はいっ」
 後で二年の方も来られて三人ですぐに仲良くなれました。とりあえずこの人達と一緒だと大丈夫ね、安心して一日目が終わりました。



第七話   完



                  2007・11・4
 

 

45部分:第八話 はじまってからその一


第八話 はじまってからその一

                    はじまってから
 寮での生活ははじめての集団生活なので色々と戸惑いましたけれど。先輩達が皆とても優しいし同級生ともすぐ仲良くなれて幸先よいスタートでした。けれど。
「あの、ちょっと」
 教室で女の子がスポーツ新聞を読んでいます。これにはかなり驚きました。自宅から通っている子ですけれど幾ら何でもこれは。
「学校でそれ読むのはまずいんじゃないの?」
 しかも女の子が。けれど彼女は平気な様子で私に答えてきました。
「これ借り物なの」
「借りたの」
「ええ、あっちの男の子からね」
 見れば彼もスポーツ新聞を読んでいます。しかもディリー。それだけで彼が何が目的でスポーツ新聞を買ったのかわかってしまいました。
「借りたのよ」
「そうだったの。何も言われないの?」
「何もって?」
 逆に尋ねられました。
「何がよ」
「いや、だから」
 かえって私が戸惑って。変なふうになってきました。
「おかしくないかなあって」
「何処が?」
 こうも言われました。
「阪神の結果見ているだけなのに」
「阪神の」
「そうよ。勝ったかどうかね」
 楽しそうに私に言いました。何か本当に何も悪くないって感じで。そりゃ校則にも学校の中でスポーツ新聞読むなとかは書いていませんでしたけれど。
「それを見ているだけじゃない」
「まあそうだけれど」
「誰にも迷惑かけていないわよ」
 それも確かです。新聞読んでるだけですから。
「それにこれ自宅用のスポーツ新聞だし」
「それって何かあるの?」
 これにはわかりませんでした。スポーツ新聞って自宅用とかそんなのがあるんですか。
「あるのよ。あのね」
「うん」
「いやらしい記事がないのよ」
「いやらしい!?」
 そう言われても何が何なのか。ついつい首を捻りました。
「何、それ」
「何ってあんた」
 呆れた顔で言われました。
「だから、スポーツ新聞よ」
「うん」
「中に風俗とかそういう記事があるじゃない。それのことよ」
「あっ」
 言われてやっと気付きました。そうです、スポーツ新聞ですからそうした記事は常です。やっと気付いて何かもう顔が真っ赤になるやら。全然わかりませんでした。
「だからなのね」
「そういうこと。わかったわね」
「え、ええ」
「それがないからいいのよ」
「そうだったんだ」
「それでだ」
 そのうえで私に言ってきました。
「あんた野球に興味ある?」
「ええ、まあ」
 その問いにはすぐに答えることができました。それでしたら。
「一応は」
「何処のファン?」
「阪神よ」
 やっぱり阪神ですよね。そこ以外応援する気になれません。子供の頃からずっとあの縦縞のユニフォームを見てきていますし。やっぱり阪神です。
「じゃあ昨日の結果気になる?」
「ええ。勝ったのかしら」
「負けたわ」
 彼女は残念な苦笑いで私に言いました。
「残念だけれど」
「そうなんだ。何だ」
「がっかりした?」
「とてもね」
 ここでも本気で答えました。
 

 

46部分:第八話 はじまってからその二


第八話 はじまってからその二

「負けたの」
「しかも巨人相手に」
「余計に気分が悪くなったわ」
 やっぱり巨人には勝たないと駄目ですよね。あの会長もユニフォームも補強のやり方も大嫌いです。私のいる大教会は清原の地元岸和田にも教会が多いですけれどそれでも巨人は昔から嫌いです。周りも殆どの人がアンチ巨人でお父さんもお母さんもそうです。
「朝から悪い話ね」
「東寮って朝は気持ちよく起きられるんじゃないの?」 
 その娘は不意に笑ってこう言ってきました。
「確か朝は」
「ええ、ハイジの曲よ」
 目覚ましの曲はアルプスの少女の曲なんです。それでいつも起きています。係りの娘が曲を決めるんですけれど殆どの年がこの曲らしいです。
「それで起きてるんだけれど」
「じゃあ目覚めはいいでしょ」
「まあね」
 これは本当です。朝からあの曲だと本当に気持ちがいいです、
「私の兄貴なんてあれよ。六甲おろしで起きるんだから」
「それはまたあれね」
 朝から黒と黄色の縦縞っていうのも。胃もたれになりそうです。
「止めろって言ってるんだけれど。虎だって言って聞かないのよ」
「そんなに阪神が好きなの」
「俺の身体には阪神液が流れてるって言ってるわ」
「阪神液!?」
 また随分聞き慣れない言葉です。けれどもそれが何なのかはすぐにわかりました。阪神って言えばやっぱり。関西にいたら離れられません。
「黒と黄色の液体らしいわ。それが流れてるんだって」
「ふうん。じゃあ弱かった時は大変だったのね」
「いつも荒れていたわよ」
 予想通りでした。
「いつも負けていたから」
「やっぱり」
「そんな兄貴だから。止めないのよね」
「大変ね、そんなお兄さんだと」
「あんたはどうなのよ」
 ここでクラスメイトが私に話を振ってきました。
「私!?」
「見たわよ、ハンカチ」
 くすりと笑いながら私に言ってきました。
「黒と黄色の。阪神のやつよね」
「あちゃ〜〜〜〜」
 思わず声が出てしまいました。本当にこう思いました。
「見てたの」
「偶然だけれどね。ファンなんでしょ」
「そうよ」
 最初からわからないかしらと思いますけれど。
「だから負けたら寂しいし」
「でしょうね。そのハンカチは何処で買ったの?」
「信者さんからの頂きものなの」
 信者の方の一人に凄い熱狂的な方がおられて。天理高校に入る時に頂きました。何時でも阪神も忘れないようにって。
「それでだけれど」
「何か楽しい信者さんね」
「実家神戸だから阪神ファンの人多いのよ」
 これは本当です。そういえばおみちの人で巨人ファンって凄く少ないです。これはそもそも天理教が関西にあって関西に信者さんが多いせいですけれど。
「奈良だってそうよ」
「そうなのよね」
 これも本当です。奈良も阪神ファン多いです。パリーグは地域ごとに分かれますけれどここは確か近鉄の場所だったような。確かそうだった筈です。パリーグ詳しくないんで。
「だから。別におかしいわけないでしょ」
「それでも驚いたわよ」
 また彼女に言いました。
「女の子がスポーツ新聞なんて」
「大阪じゃ競馬新聞よ」
「嘘・・・・・・」
 流石にこれは信じられませんでした。
「本当!?それって」
「大阪を舐めたらいけないわよ」
 ちなみに大阪はおぢばの玄関口と言われています。教祖がそう仰り立教して間もない頃に末娘のこかん様を大阪に行かせたこともあります。
「昔は阪神グッズ専門店が難波にあったし」
「それって凄いわね」
「道頓堀もあるしね」
 優勝したら飛び込むあそこですね。それは知ってます。
「西宮とあそこは阪神ファンの聖地よ。玉造に住んでる選手もいたし」
「詳しいわね」
 話を聞いていて驚きました。そこまで知ってるなんて。
「ファンじゃ当たり前じゃないの?」
「当たり前?」
「そうよ」
 平然とした調子で私に言ってきました。
「これ位は」
「そうかなあ」
「そうだって」
「なあ」
 何か他の皆もやって来て私に言います。どうやら私は阪神ファンといってもまだまだ浅いようです。まさか皆がここまで知っているなんて。
「あんたも阪神ファンならもっと勉強しなさい」
 こうまで言われました。
「わかったわね」
「何かそれって変なような」
「おみちと同じよ」
 何故かここでおみちが出て来ました。ちょっと訳がわかりません。
 

 

47部分:第八話 はじまってからその三


第八話 はじまってからその三

「勉強しないと駄目なものよ」
「そうかしら」
「そうなの。関西で阪神はね」
「わからなくてもわかれってこと?」
「そういうことよ」
 だそうです。全然納得いかないですけれど。
「わかったらこの新聞読む?」
「ええ」
「そういえばちっちのおうちって新聞は何?」
「毎日だけれど」
「読売じゃないのね」
「それはないわ」
 お父さん、いえお爺ちゃんが大のアンチ巨人なんで毎日にしました。何かその時永田雅一がどうとか言っていたそうですけれど誰なのやら。
「だってうちの家も皆」
「アンチ巨人なのね」
「そうなの。それにあそこの社長が嫌いな家族が多くて」
「それって多分このクラスもよ」
 そうでしょうね、って思いました。ここは関西です。関西で巨人の人気はかなり低いです。それでもファンがいることにはいますけれど。
「まあ人の悪口を言うのは」
「おみちとしてあれよね」
 この娘も教会の娘さんなのでそうしたことには厳しいです。やっぱりちゃんとした教会の娘さんってそうした躾が昔からされていることが多いです。
「やっぱり」
「そういうこと。けれど褒めるのはいいから」
 そう言ってまた新聞を見はじめました。
「久し振りに打線が打ったのよねえ」
「へえ、本当に久し振りね」
「最近あまり打たないから」
 何かそれが阪神の伝統だそうで。ピッチャーの球団だって。
「打ってくれるとね。有り難いわ」
「そうよね、やっぱり打たないと」
 打ってくれないと勝てません。私が甲子園で散々見てきた試合です。
「どうしようもないわよね」
「そういえばうちの高校もどうかしら」
 不意に話がそっちに行きました。
「天理高校の?」
「ええ。今年は甲子園に行けるかしら」
「それは相手次第じゃないの?」
 私は首を少し傾げさせてこう答えました。
「やっぱり。相手が強かったら」
「それなのよね。智弁がいるから」
「郡山も」
 この二校と高田高校でしょうか、天理高校野球部の奈良でのライバルは。彼等を倒さないと甲子園には行けないのが毎年です。
「敵も毎年強いわよねえ」
「向こうも甲子園出たいしね」
 言うまでもないことですけれど。
「必死で練習してると思うわよ」
「敵もさるものね」
 彼女は少し溜息をついて述べました。
「困ったことに」
「毎年甲子園出られたらいいのにね」
 私もそう思います。あの白と紫のユニフォームを見るのが大好きです。あのユニフォームに憧れて子供の頃は野球部に入りたいなんて無茶を思っていたりもしました。
「それは簡単じゃないわね」
「そういうことね。まあ甲子園はまだ先だし」
 彼女はそう言うと新聞を収めてきました。そしてそれを私の前に出してきました。
「読む?」
「あっ、いいわ」
 それは断りました。
「もうわかったから」
「そうなの。それじゃあ」
「ええ。それにしてもうちの学校ってやっぱり阪神派なのね」
「だから。関西よ」
 それが第一の理由でした。
「阪神で当たり前じゃない」
「やっぱり」
「天理教自体教会が大阪とか奈良に多いし」
 奈良はやっぱりおぢばがありますから信者さんも教会も多いんです。そして大阪はおぢばの玄関口なので。人口も多いこともあって天理教の教会の十分の一があるそうです。
「そうなるわね」
「そうよねえ。けれど阪神かあ」
「ちっちだってファンじゃない」
「それはそうだけれど」
 さっきからお話している通りです。それは否定しません。
「何かなあ、って思って」
「何かなあって?」
「あまり神戸にいた時と感覚が変わらないのよ」
 少し慣れてきたせいでしょうか。寮での生活も学校でも不思議とお家にいるのと変わらない感じに思えてきました。実家が教会なのでそのせいかも知れませんけれど。
「何でかしら」
「阪神だけじゃなくて?」
「そうなの」
 私はこう答えました。
「不思議よね」
「それはちっちが教会の娘さんだからでしょ」
 そうしたらこう返事が返ってきました。私が考えていたことと同じです。
「そうなるのかしら、やっぱり」
「そうなるわ。ほら、おみちはここに入ってはじめての人だっているじゃない」
「ええ」
 そうしたクラスメイトも多いんです。私みたいな娘もいればそうじゃない人も。おみちの入り方はそれぞれでこれについてはわかっているつもりです。
「そうした人はまた違うこと言うわよ」
「でしょうね。それもわかっているつもりだけれど」
「実際に感じると違うでしょ」
「ええ。じゃあそうした人達は」
 ここでわかりました。
「私とは全然違う感触なのね、やっぱり」
「特にあれじゃない?」
 また言われました。
「何も知らないで寮に入った人なんかは」
「そうよね。かなり戸惑うわよね」
 何せ周りはおみちの人ばかりで。それで自分は何も知らないで急に二十四時間おみちのことばかりになるとかなりのショックを受けるのは間違いありません。実際にそうした人もいると思います。
「そうした人にこそ」
「色々と助けてあげてよね」
「わかってるじゃない」
 にこりと笑って言われました。
「感心感心」
「何か今の言い方って」
 微妙に引っ掛かるものがありました。
 

 

48部分:第八話 はじまってからその四


第八話 はじまってからその四

「子供に言うみたいね」
「だってちっち小さいから」
 それは余計です。それに。
「あんただってそうでしょ」
 すぐにこう言い返しました。彼女も小さいですから。私よりは高いですけれど。
「小さいのは」
「ちっちよりは高いわよ」
 やっぱり。こう言ってきました。
「それでもね」
「どうせ私は小さいわよ」
 何かこの台詞中学生の時から言っています。気にしていますけれどどうにもなりません。
「けれど仕方ないじゃない」
「気にしない気にしない」
「気にするように言っているのは誰よ」
「まあまあ」
 そんな話をしているうちに授業です。ホームルームがなくていきなり授業です。あとうちの学校には下駄箱というものがありません。そのまま靴で校舎に入ります。だからお掃除の時砂が多かったりします。
 授業が終わって部活が終わって。寮に帰る前に参拝です。
「今から帰るの?」
「あっ、はい」
 長池先輩が隣に来てくれました。凄く優しい顔で笑っています。
「そのつもりですけれど」
「デートとかはしなくて」
「デートなんてそんな」
 全然考えたこともありません。この学校に入ってから本当に。
「彼氏なんて」
「いないの」
「はい、やっぱりそういうのは」
 ここで先輩に言いました。
「結婚する人とですよ」
「何、それ」
 先輩は私の言葉を聞いて急に笑いだしました。
「結婚するまで、というか結婚する人としかデートしたり彼氏になったりとかしないの?」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないけれど」
 黒門に向かう暗くなりかけの道で二人で話をしています。道が紫色になっていてお空は青と赤、白から少しずつ黒くなりだしています。何もかもが黒の中に消えようとしています。そんな中で二人で話をしています。
「ただ」
「ただ?」
「随分硬い考えね、それって」
 先輩はくすりと笑って私に言うのでした。
「今時そんな人がいるんだって思ったわ」
「そんなにですか」
「そうよ。まだそんな人がいるんだって驚いたわよ」
「はあ」
「まあちっちらしいかな」
 そのうえでこうも言われました。
「真面目で。私なんかにはとても」
「先輩も真面目じゃないですか」
 長池先輩って奇麗で優しいだけじゃないんです。とても真面目な人でもあります。それが私の同級生達からは怖いって言われたりもしますけれど。
「そんなことは」
「私だって真面目なだけじゃないわよ」
 それでもこう言ってきました。何か寂しい感じで笑いながら。
「色々あったからね」
「色々ですか」
「ええ。まあそれは何時かね」
 今はお話してくれませんでした。
「話させてもらうかも。けれど今は許してね」
「許すも何も」
 そんなの私が言えた義理じゃないです。とても。
「そんなのないですよ」
「そう、優しいのね」
 先輩は私の言葉に笑みを返してくれました。それもとても優しく。
「ちっちって」
「そうでしょうか」
「ええ、とてもね」
 また私に言います。
「優しいわ。優し過ぎる位」
「そうでしょうか」
「自分ではわからないものよ」
 こうも言われました。
「そういうことってね」
「はあ」
「けれど。気付く人は気付くから」
「そんなんですか」
「それでそれに気付いた人は」
 どういうわけでしょうか。先輩の顔が微妙に寂しくなりました。そうして私に言います。
 

 

49部分:第八話 はじまってからその五


第八話 はじまってからその五

「絶対に優しくしないと駄目よ」
「絶対に?」
「ええ」
 その寂しい顔で。私に言うのでした。
「さもないとね。大変なことになるわ」
「そうなんですか」
「ええ、そうよ」
 私にまた言います。
「絶対にね。それはわかっておいて」
「わかりました」
 何かよくわからないけれど頷くことにしました。先輩の仰ることですし。
「それでは」
「わからないわよね」
 そんな私の心を見越したように先輩が言ってきます。
「やっぱり」
「いえ、それは」
「隠さなくてもいいのよ」
 また先手を打って言われました。
「そういうことは」
「それは」
「怒らないから」
 こうも言われました。
「言わなくていいわ。いいわね」
「わかりました」
 そこまで言われたら仕方なく。頷くことにしました。それに本当にわかりませんでしたし。
「そうなんですか」
「私も最初はわからなかったのよ」
 その寂しい顔でまた私に言います。
「誰が本当にいい人か悪い人かって」
「ですか」
「いい人だって時には悪いこともするわ」
 こうも言います。
「誰にだって間違いはあるのよ」
「人間ですからね」
「けれどそれでね」
 また私に言います。
「その間違いに気付いた時にどうするかなのよ」
「そうするか、ですか」
「ええ、それが大事なの」
 寂しい顔はそのままです。何かあったのがわかります。
「そこがね」
「そうですよね。それはわかりますけれど」
「ただ」
 先輩は寂しい顔から悲しい顔になりました。
「気付かないかも知れないけれど」
「気付かない」
「そうよ。自分ではね」
 こう言います。
「中々気付かないものなのよ、自分では」
「それはわかります」
 私にも経験ありますし。自分が知らないうちに他の人を傷つけていてってことは。それで大変なことをしてしまったって後悔したこともあります。
「私も」
「ちっちもあるのね」
「はい、先輩もなんですね」
「ああ。あの時はね」
 少し俯きました。そうして私に言います。
「いいと思っていたのだけれど。それが」
「それが」
「相手をとても傷つけていて。それで相手がどう思っているかってことに気付かなかったのよ」
「そういうことがあったんですね」
「詳しいことは言えないけれどね」
 それは言おうとしないのでした。先輩にとっても辛いことなのがわかります。
「そうしたことがあったのよ」
「ですか」
「だから。ちっちも気をつけて」
 声が優しいものになりました。そうして私にまた言ってくれます。
「そういうことがないようにね」
「はい」
 先輩の言葉にこくりと頷きました。
「そうします」
「それじゃあこれから」
「これから?」
「何か食べに行かない?どうかしら」
「何かですか」
 そう言われてみると。お腹が空いてきています。育ち盛りなのでやたらとお腹が空きます。けれどそれでも背が大きくならないのが不思議です。
「どうかしら。ドーナツでも」
「あっ、いいですね」
 ドーナツ好きなので。願ってもない言葉でした。
「それじゃあ駅前のミスタードーナツですよね」
「ええ、行きましょう」
 明るい顔になって私に言ってくれました。
 

 

50部分:第八話 はじまってからその六


第八話 はじまってからその六

「おごるから」
「いいですよ、そんなの」
 私も苦笑いになって先輩に言いました。
「気を使ってもらわなくても」
「いいのよ、私も何か食べたいし」
「そうなんですか」
「やっぱり。育ち盛りじゃない」
 これは確かです。私も先輩も。だからこそ今お腹が空いています。
「だからよ。気にしないで」
「だったらいいですけれど」
「何かちっちってさ」
 ここで先輩の言葉の感じが少し変わりました。
「はい?」
「真面目なだけじゃないのね」
「そうですか!?」
「優しいわ。それに温かい」
「温かいですか」
 何かそう言われたのははじめてでした。お父さんとお母さんには子供の頃から人には優しくしなさいって言われてきましたしそれを心掛けてきたってこともあります。それに私も困っている人を見たら放っておけません。これが私のしょうぶんなんでしょうか。
「そうよ。それっていいことだし」
「そうですか」
「女は日様よ」
 ここでおみちの言葉が出ました。
「だから。女の子は温かくないと駄目なのよ」
「それお父さんとお母さんにも言われました」
 これは本当のことです。それで女の子は太陽だから人に対して温かくなりなさいって言われています。明るい心で元気よくとも。
「いいご両親ね」
 先輩は今の私の言葉に顔を綻ばせました。
「その通りよ。そうあるべきなのよ」
「ですか」
「そういう点ではちっちは凄いわ。私なんかより」
「先輩は」
「前ね、とても酷いことをしてしまったから」
 けれど先輩は私の言葉を否定して。また悲しい顔になって仰るのでした。
「私は温かくはないの。そういう人間なのよ」
「そうは思わないです」
 それは絶対に違うと思いました。先輩みたいに優しくて温かい人はそうはいません。外見は一見したら冷たい感じがしますけれど本当は全然違います。
「私は」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
 何か私の言葉に落ち着かれたようでした。
「有り難う」
「いえ、そんな」
「その御礼もしなくちゃね」
 また話が戻りました。
「だから。いいわよね」
「はい、先輩が仰るなら」
 まだ悪い気はしますけれどそれでも。先輩が誘って下さるんですし。
「御願いします」
「ここって結構甘いもの多いわよね」
 先輩は今度は食べ物についてお話をはじめられました。
「ソフトクリームとか」
「私あそこのソフトよく食べます」
 商店街のソフトクリーム、大好きです。
「凄く美味しくて」
「ちっちも甘いもの好きなのね」
「先輩もなんですか」
「ええ、大好きよ」
 また明るい笑顔になってくれました。やっぱり先輩は明るい笑顔であってくれないと。何かそうじゃないととても嫌です。女の子の私が言うのも何ですが凄く奇麗なんですから。
「それじゃあ最初はソフトクリームかしら」
「最初は、ですか」
「ええ。まずはそれを食べて」
 予定が変わっちゃいました。けれどそれもいい感じです。先輩におごってもらうから図々しいですけれどやっぱり。あのソフトが食べたいですから。
「それから駅前ね」
「わかりました」
「ドーナツは何を食べようかしら」
 先輩はそれについても考えます。考える顔もやっぱり奇麗です。それに背も私よりもあって。私があんまりにも小さいんだと思いますけれど。
「飲み物は紅茶ね」
「そうですよね」
 これはわかります。私も紅茶派ですから。
「ドーナツには」
「そうなのよ。そういえば」
「はい?」
「ちっちって寮じゃいつも豆乳よね」
「あっ、はい」
 先輩の今の言葉に答えます。
「そうですけれど」
「どうして豆乳なの?」
 そこを先輩に聞かれました。
「前から思っていたけれど」
「駄目ですか?」
「あっ、駄目とかそういうのじゃなくてね」
 それは違うみたいです。豆乳だから駄目っていうのはやっぱりないです。
「どうしてかしらって。牛乳飲む娘が多いから」
「私豆乳好きなんです」
 第一の理由はこれです。
「それに」
「それに?」
「豆乳飲むと胸が大きくなるそうですし」
「胸が?」
「はい」
 そう先輩に答えます。
「そう聞きましたけれど」
「そういえば私も聞いたことがあるわ」
 先輩は首を捻られました。記憶を調べている感じです。
「キャベツとかもよね」
「キャベツも意識して食べてます」
「アイドルの誰かがそんなこと言っていたような」
 それです。それを聞いて豆乳を飲んでいるんですけれど。
「効果あるのかしら」
「あると思いますけれど」
「牛乳の方がよくないかしら」
 先輩にこう言われました。
 

 

51部分:第八話 はじまってからその七


第八話 はじまってからその七

「それだと」
「そう言われたこともあります」
 それも昔からです。小学校高学年の頃から。
「けれど」
「あえてそれをしてみているのね」
「そうです。一応牛乳も飲んでいますけれど」
「それで効果はどう?」
「どうでしょうか」
 その問いには首を捻るしかありませんでした。
「そこの辺りは」
「わからないのね」
「はい、今のところ効果はないです」
 悲しいことに。背も胸ももっと欲しいのに。
「どうしましょう」
「そのまま続けてみたら?」
 先輩のアドバイスはこうでした。
「それでも」
「続けるんですね」
「豆乳も牛乳も身体にいいしね」
 それもそうです。少なくとも最近全然身体の調子が悪いってことはありません。
「やってみたらいいわ」
「わかりました。それじゃあ」
「それにしても。あれね」
 ここで先輩は私をちらりと見て言ってきました。
「背の高いちっちってちょっと想像できないけれど」
「これでも子供の頃は普通より大きかったんですよ」
「そうだったの」
「はい。それが」
 成長が止まっちゃったんです。それで今は。
「こんなふうに。何でなんでしょう」
「ひょっとしてお母さん小さいのかしら」
「はい」
 お母さんの家系は皆小さいです。本当に。
「女の人は皆」
「それよ、だからよ」
 遺伝だって言われました。
「遺伝だからそれは」
「仕方ないでしょうか、これって」
「何でかわからないけれどうちの高校も小さい娘多いわよね」
「そうですね」
 これはずっと前から思っていました。それだけじゃなくてそもそもおぢばにいる女の人全員がそうです。何でかわかりませんが小さい人が多いんです。
「私もそうだし」
「先輩もですか?」
「大きく見えるのかしら」
「はい」
 私にはそうとしか見えません。
「先輩背もあるし。だから余計に」
「私だって小さい方よ」
 けれど御本人はそう仰います。
「実際のところはね」
「そうなんですか」
「わからないのもまあ仕方ないけれど」
「はあ」
「女の子同士じゃ結構わからないかもね。私も小柄なのよ」
「ですか」
「やっぱり私も背が伸びなかったの」
 神殿の南門のところで一礼して。そのまま神殿に向かいながら話を続けます。
「結局はね」
「中学からですか?」
「そうね、その辺りから」
 先輩もそうらしいです。
「伸びないのよね、どうしても」
「ですよね、どうしても」
 これは私もですから本当によくわかります。けれど。
「それでも先輩は」
 ちらりと先輩の胸をここで見ました。
「胸も」
「大きいって?」
「はい。大きいじゃないですか」
「別にそうは思わないけれど」
 こういうのって自分では気付きませんよね、本当に。
「そうかしら」
「そうですよ、大きいです」
 奇麗でスタイルもよくて。私なんかと全然違います。
「それだけで男の子寄ってきません?」
「甘いわね、ちっち」
 神殿に入る前に一礼してから私に言ってきました。勿論私も一礼しました。
「男の子もそう簡単じゃないのよ」
「そうなんですか!?」
 胸が大きいのがいいんじゃないんですか。それはかなり意外でした。やっぱり胸が大きい方がいいに決まっていると思っていたんですけれど。
 

 

52部分:第八話 はじまってからその八


第八話 はじまってからその八

「そこは人それぞれなのよ」
「それぞれなんですか」
「そうなのよ。大きい方が好きな子もいれば」
「小さい方が好きな子もいますか」
「そういうこと。わかったかしら」
「ううん」
 思わず首を傾げてしまいました。南礼拝堂の階段を登りながら。
「そうなんでしょうか」
「まあそれも何時かわかるわ」
 先輩は首を捻る私に言いました。
「男の子も難しいものだってね」
「実は私」
 ここで私は先輩に言いました。
「先輩は同級生とかが好きですよね」
「そうね、嫌いじゃないわね」
 にこりと笑って私に言ってくれました。
「けれどそれがどうかしたの?」
「私、どういうわけか昔から年上の人が好きなんですよ」
「へえ、そうなの」
「はい」
 そう先輩に答えました。そうして礼拝堂の中に入ります。あちこちで参拝して座りづとめをしている方がおられます。座りづとめというのは正座して手で行うもので天理教のお手振りの中で一番よくするものです。私達もそれをしに今ここに来たんです。
「俳優だったら竹之内豊さんとか」
「いいんじゃないの?」
「村上幸平さんとか天野浩成さんとか」
「背の高い人が好き?」
「それもあります」
 それは本当です。だから特撮系の俳優さんが好きだったりします。皆さん顔やスタイルだけじゃなくて背も高いから。テレビで観る度にうらやましくて仕方ありません。
「けれど頼りになる人がやっぱり」
「ちっちはそうは見えないけれど」
 適当な場所で正座しました。礼拝堂の中は柱が並んでいますがそこの一つのすぐ側に座りました。二人並んでです。
「見えないですか?」
「私の考えだけれどね」
「ええ」
 何か凄い気になります。先輩の次の言葉が。それは。
「ちっちって年下の方が合うかも」
「そうですか!?」
 それには正直頷けませんでした。
「私はそれは」
「何となくよ」
 先輩はそう断ってきました。
「何となく。けれどね」
「はい」
「ちっちしっかりしてるし。面倒見いいし」
「面倒見いいですか?」
「いいじゃない」
 今度はこう言われました。
「優しいし。それにお姉さんだったわよね」
「そうです」
 先輩にはもう最初の顔合わせでお話しています。私が三人姉妹の長女だって。ですから将来は教会を継がないといけなかったりします。
「そういうのもあるから。年下の方がいいんじゃない?」
「私年下の子は」
 正直好きにはなれません。やっぱり年上のしっかりした格好いい人が。そうそう、仮面ライダー龍騎に出ていらした時の黒田アーサーさんなんかも好きでした。
「頼りないし弟みたいだし」
「母性本能をくすぐるかも知れないじゃない」
「それはないです」
 はっきり否定できました。
「お姉さんでも妹ばかりですよ。それでどうして弟なんて」
「嫌なのね」
「欲しいのはお兄さんです」
 誤解招く言葉かも知れませんけれど。こう言いました。
「他はいらないです」
「あらあら、どうにも厳しいのね」
「別に私を好きでいてくれるんならそれが一番ですけれど」
 不思議と昔からいざって時になると顔はいいって感じです。大切なのは性格なんだっていうのは子供の頃からお父さんとお母さんに言われています。ですから確かに好みのタイプはありますけれど私を好きでいてくれたら誰でもいいです。・・・・・・ただ、今まで告白とかしてくれる人はいなかったですけれど。
「そこもちっちらしいわね」
「そうなんですか」
「私なんてあれよ」
 先輩はまた少し寂しい顔になりました。
「そんなのわからなかったから」
「わからなかったから」
「まあ。ここで言ったら駄目よね」
 けれど途中でお話を止められました。
「ここではね。参拝するところだし」
「そうでした、参拝ですよね」
「ええ。まずは食べる前に」
「参拝を済ませてから」
「行きましょう。それでいいわね」
「はい、宜しく御願いします」
 こうして座りづとめをしてから駅前に行きました。そうして二人でソフトとドーナツを食べました。けれど何か色々と先輩と二人でそれからもお話しました。
 先輩は凄くいい人です。それでもそのいい人になるまでに何か色々とあったようです。辛かったことや後悔したことも。それを聞くつもりはありませんけれど先輩も凄く色々なものを持っていることに気付かされました。人は一日ではその人にはならないのですね。


第八話   完


                 2007・11・17
 

 

53部分:第九話 座りづとめその一


第九話 座りづとめその一

                    座りづとめ
 天理高校では毎朝神殿に集まります。そこで出席も一緒にとります。
 まずは朝御飯を食べ終えてそれから寮を出ます。朝はお掃除とかもあって寮を出る時にはもう完全に目が冴えています。
「この前ね」
「どうしたの?」
 同じ学年の娘に声をかけられてそれに顔を向けます。歯磨きとお顔を洗って少しお化粧をしながら話をします。
「このアイシャドーあるじゃない」
「ええ」
 見れば黒いアイシャドーです。何か少しだけ目立つ位の。
「これ、クラスの男の子に言われたのよ」
「何て?」
「疲れてるの?って」
 そこまで言って口を尖らせてきました。
「何それって感じじゃない?」 
 そうして不平を私にぶちまけてきました。
「アイシャドーよこれ。それで疲れてるって」
「何かそれって鈍感ね」
 私はその話を聞いてそう答えました。
「朝の短い時間で頑張ってお化粧してるのにね」
「そうよ、その点男は気楽でいいわよね」
 その娘はさらに口を尖らせて不平を言います。
「何もしなくてもいいんだし」
「女の子より手間がかからないのは確かよね」
「そうよね。女の子って何から何まで」
 手間がかかるしあれこれとしないといけないし。本当に大変です。
「下着だって気を使わないといけないし」
「そうそう」
「この前ね」
 ここで話が変わりました。私はファンデーションを塗っていてその娘はアイシャドーです。随分と丹念にアイシャドーをしています。
「お手ふりの時間あったんだけれど」
「何かあったの?」
 天理高校は天理教の学校ですから天理教の教義の時間があります。それを専門に教えておられる先生もおられます。その教義の中には天理教の踊りのものもあります。これがお手ふりです。座りづとめといって座ってするものと立ってするものの二つがおおまかにあります。立ってするものにはよろづよ八首と十二下りの二つの系統があります。覚えるのは人によっては中々大変だったりします。
「その時何か男の目がおかしかったのよ」
「ふんふん」
「それがどうしてかって思ったら」
 話しているうちにその顔がどんどん曇っていっています。
「見られていたのよ」
「見られていた?」
「そうなのよ。足広げていて」
 ああ、何かそれを聞いてすぐに何があったのかわかりました。もうそこまで言われれば。
「それで」
「見られていたのね」
「そうなのよ。その日のは白だったけれど」
「丸見えだったのね。向こうから」
「そういうこと」
 なのでした。お手ふりの時間は男の子と女の子が別れますからついつい自分達が踊っていない時はおしゃべりをしていて油断して。そうなっちゃうんです。
「何か向こうがやけに私見てるなあって思ったら」
「うわ、それは間違いないわね」
 よくあることですが。やっちゃうんです。
「見られてるわよ、確実に」
「そうなのよねえ。しかも」
「しかも?」
「その時三角座りだったのよ。それってやっぱり」
「見られてるわねえ」
 その姿勢をすることが多くて、女の子同士だと。だからそれで。
「失敗したわ」
「気をつけてね。向こうはそれを期待してるんだし」
「ええ。見られたことは仕方ないけれど」
 その娘もそれは諦めていました。見られたのはもう戻らないです。
 

 

54部分:第九話 座りづとめその二


第九話 座りづとめその二

「これから気をつけるわ」
「そうして。あとね」
「ええ」
 ここで話は私のことになりました。
「この口紅どうかしら」
「いいんじゃないの?」
 私の口紅にこう答えてくれました。
「似合ってるわ。その赤」
「唇が気になるのよ」
 私は一番気にするのはそこです。アイシャドーはこれといってですけれど。
「昔から」
「ちっちって唇奇麗なのに?」
 彼女は私の言葉に首を少し傾げて言ってきました。
「それで?」
「奇麗かしら」 
 実は私にはその自覚はないです。ただ気になるだけで。
「元々色もいいし。そんなに気にすることないと思うわよ」
「だといいけれど」
「それよりもちっちは」
 ここで話を変えてきました。
「背ね」
「それは言わないでよ」
 またこれを言われてムッとします。
「一番気にしてるんだから」
「努力もしてるのにね」
 毎日豆乳を飲んでることは彼女だけでなくクラスの皆も知っています。寮の皆も。
「伸びないわね」
「だから悩んでるのよ」
 これは本当のことです。否定できません。
「どうしたものかって」
「無理じゃない?」
 素っ気無く行為割れました。
「背が伸びるのは」
「何よ、それ」
 言われると。これだけはどうしても否定したくなります。実際にそれを否定しました。
「背が伸びないっていうの?私が」
「ええ」
「また随分とはっきり言うわね」
 あんまりにもはっきり言われたのでこっちもこれといって言い返す言葉がありませんでした。それに悪意もないのがわかっていましたから。
「けれどそうじゃない」
「伸びるわよ」
 私は少し意固地になってこう言い返しました。
「絶対にね」
「伸びると思っているのね」
「当たり前じゃない」
 また言います。
「努力してるんだし」
「それは認めるけれど無理だと思うわよ」
「遺伝だから?」
「ええ。だってちっちのお母さんの家系ってあれなんでしょ?」 
 これは彼女にも話しています。その通りですけれど。
「じゃあやっぱり無理よ」
「無理ってそれは」
「諦めた方がいいわよ。それに小柄なのって全然悪いことじゃないし」
「当たり前じゃない」
 それが悪かったら世の中大変なことになります。幾ら何でも小さいからって悪いということにされたらお話になりません。それを言ったら私のお母さんだって。
「それが理由になるわけないでしょ」
「そうよね。おまけに」
「おまけに?」
「芸能界でも案外小さい人多いじゃない」
 これは本当ですけれど。安達裕美さんとか千秋さんとか。正直に言いますと御二人共好きです。ベテランの方ですと浅香唯さんなんかも好きです。
「だからよ。そんなに気にすることは」
「そういうものかしら」
「それにおぢばは」
 またこの話が出ました。
 

 

55部分:第九話 座りづとめその三


第九話 座りづとめその三

「というかおみちの女の人自体が小さい人多いしね」
「それはね。気付いてるわ」
 言うまでもないことでした。もうわかっています。
「だから気にすることはないっていうのね」
「小学生に間違えられてもね」
「それは冗談じゃないわよ」
 制服着ていないと本当にわからないらしくて。それで実際に何度も間違えられています。
「お母さんだって私と一緒にいた時にね」
「何て言われたの?」
「妹さんお連れしてるんですか?よ」
 小さいからそう言われたんです。お母さんが若く見えるのもあって。
「これってあんまりよね」
「そうかしら。お母さん若いのね」
「まあそれはね」
 それは否定しません。
「けれどそれでもよ。皆から代々小さい小さいって言われてて」
「受け入れられないのね、それは」
「だから豆乳飲んでるんじゃない。あと牛乳も」
「努力は何時か何かの形で実を結ぶわよ」
「だといいけれど」
 本当にそうなったら。切実に願います。
「ところでお化粧終わったわよね」
「それはね」
 もう終わりました。後は行くだけです。
「それじゃあ行きましょう」
「何か慣れてるけれど」
 彼女は急に溜息をつきだしました。
「毎朝だからね」
「おつとめのこと?」
「ええ。正直嫌だなあって思う時あるのよ」
 困ったような苦笑いを浮かべて私に言います。
「毎回毎回って」
「そうかしら」
 別に私はそう思いませんけれど。
「ちっちは真面目だからね」
「真面目っていうか生まれてからずっとだったから」
 私の家は教会なんで。けれどそれって彼女も同じなんですけれど。天理高校はやっぱり教会の息子さんや娘さんも多いです。そうした子達を教えるのも学校の目的の一つですから。
「私はそうは思わないけれど。それは」
「私もそうだけれどね」
 彼女もそれを認めます。
「けれどねえ。何かかったるい感じ」
「朝からそんなこと言わないで」
「そうよね」
 私の言葉に頷きました。
「そういうことで。それじゃあ」
「行きましょう」
 私は彼女を誘って寮を出ます。出る時に行って来ますと挨拶をするのが決まりです。それを済ませてから向かうのは神殿です。一年生は西の礼拝堂のところに集まります。
 そこに来てみるともうクラスの子達がかなり集まっています。そうしてあれこれと話をしています。
「昨日の仮面ライダー剣どうだったよ」
「ああ、橘さんがな」
 ドラマというか特撮の話をしているのは自宅の子達です。寮生はテレビ観られないのでこうした話題にはかなり疎くなるのが悲しいです。小耳に挟みながらクラスメイトのところに行きます。
「おはよう」
「おはよう」
 挨拶を交わして皆と話をします。下は小石なんで座れないので立つかしゃがみこんで話をします。しゃがみこむと何か格好が悪い感じなので私は立ったままですけれど。
「何か昨日あったのかしら」
「何が?」
 話をしていると不意に中の一人が言い出しました。
「いや、自宅生の子が色々と騒がしいのよ」
「自宅生の子が?」
「何かあったみたいよ」
 そう私達に言います。
「誰かが結婚したとか離婚したとかじゃないかしら」
「誰なのよ」
「さあ。そこまでは」
 わかるわけないです。とにかくそうした世間のことは全然わからないのが寮生ですから。おかげでもう浦島太郎みたいな気分になりかけています。
 

 

56部分:第九話 座りづとめその四


第九話 座りづとめその四

「わからないけれどね」
「けれど何かあったのね」
「何なのかしらね」
 そんな話をしていると。不意に自宅生の娘が一人こっちにやって来ました。何か待ってましたってタイミングでこちらとしては有り難いことでした。
「あっ、丁度いいわ」
 中の一人が言いました。
「彼女に聞けばいいわね」
「そうね」
 皆その言葉に頷きます。こうして彼女に何があったのか聞くことにしました。
「ねえねえ」
「自宅生の子達だけれど」
 そう彼女に皆で声をかけます。
「何かあったの?」
「事件でもあったの?」
「事件って?」
 けれどこの娘は事件と言われると目をキョトンとさせてきました。
「何、それ」
「何、それって」
「何か自宅生の子達が騒がしいから」
「何かあったのかなって思って」
 私達はそれぞれこう彼女に問い掛けました。やっぱり何かあったのか凄く気になるからです。一体何事なのか、というのが本音です。
「どうしたのよ」
「誰かが結婚したとか?」
「ああ、あれね」
 彼女はここでようやく何のことだか気付いたようでした。私達の言葉を聞いてしきりに頷きます。
「あれのことね」
「あれ?」
「じゃあやっぱり何かあるのね」
「これが別に大したことじゃないのよ」
 けれど彼女はここでにこりと笑って私達にこう言ってきました。
「別にね」
「けれど何なのよ」
「気になるわよねえ」
「ねえ」
 私達は顔を見合わせてこう言い合いました。
「それで教えてよ」
「何があったのよ」
「ミスタードーナツの新メニューよ」
 彼女はそのにこりとした笑みのまま私達に言ってきました。
「ミスタードーナツの!?」
「ええ、新しいドーナツね」
 これはこれで。凄く興味をそそられるものでした。私達も女の子ですし甘いものには目がありません。ましてミスタードーナツなら駅前にもありますし。すぐに手が届きます。
「チョコレート味のだけれど」
「チョコレート味ですって」
「何か聞いただけで」
 食欲が出ます。さっき朝御飯を食べたばかりなのにもうお腹が空いてきました。
「それが滅茶苦茶美味しいのよ」
「滅茶苦茶なのね」
「ええ。一度食べたら忘れられない位にね」
 また私達に言います。
「確か駅前でも売っていたわよ」
「じゃあ決まりね」
「そうね」
 それを聞いて何かをしない娘はいません。私達だってそうです。
「そのドーナツをね」
「買って食べると」
「それね」
 それしかありませんでした。誰が、寮長先生が何と言っても。
「そうかあ、ドーナツだったんだ」
「何かと思ったら」
「事件だとも思ったの?」
 自宅生の娘はそう私達に聞いてきました。
「ひょっとして」
「まあね」
「だって。こんな大騒ぎだし」
 そうじゃなければ何だと思います。てっきり誰かが結婚したのか離婚したのかって思いました。けれどそれがドーナツだったということでした。
「そうかあ、ドーナツなのね」
「それにしてもさ」
 ここで私達は言います。
「何か私達って結構ドーナツ食べてるよね」
「結構以上よ」
 私なんてしょっちゅうです。何かまたドーナツ食べてるなって自分で思う時もあります。
「何でかあれなのよね」
「そうそう、他にはソフトクリームね」
 商店街の。他にはたこ焼き今川焼きにいか焼きと。買い食いには困りません。
「あとは何と言っても」
「彩華ラーメン」
「あれ美味しいの?」
 今度は自宅生の娘が尋ねてきました。目を少しパチクリとさせています。
「何か大蒜の匂いや味や凄いって言われているけれど」
「それがいいのよ」
「一回食べてみればいいわ」
 私達はそう彼女に勧めました。
「男の子なんかも多いし」
「食べたら病みつきになるかもよ」
「ふうん、そんなになのね」
 あまりあのラーメンを知らない感じです。それが私達にもわかります。
「じゃあ一度行ってみるわ」
「デートだと後があれだけれどね」
「大蒜の匂いがね」
「えっ、デートで!?」
 それを聞いて声をあげたのは私です。思わず目をぎょっとさせました。
「デートで行くの?あそこに」
「ってちっちはいないからでしょ」
「普通に行くわよねえ」
「ねえ」
 どうもそうらしいです。私の知らなかった衝撃の事実でした。デートであのラーメンを食べに行くなんて。
「そうだったんだ」
「ちっちは早く彼氏見つけなさい」
「きっといい人いるわよ」
「そうかしら」
 そう言われても何かそうは思えません。私的には。
 

 

57部分:第九話 座りづとめその五


第九話 座りづとめその五

「何かあまり」
「顔いいんだし」
「小さいし可愛いし」
「小さいのは余計よ」
 それを言われると弱いです。気にしていますから。
「それがいいんだけれど」
「小さいのが?」
「ええ」
 むすっとした顔を作って言い返しました。
「気にしてるの、本当に」
「まあ確かに小さいけれど」
「あのね、だから」
「けれどそれがいいんじゃない」
 そうしたらこう言われました。
「その小さいのがね」
「どういうことよ、それ」
「だから言ったままよ」
 何か言葉の意味がわかりません。何それ、って感じです。
「そういう方が好きな男の子も多いのよ」
「そうなの?」
 私にとっては信じられない話です。ずっと背の高いモデルさんとかに憧れていましたから。伊東美咲さんなんか凄く好きだったりします。
「人それぞれじゃない、そういうのって」
「ううん、そうかしら」
 その言葉には腕を組んで考え込みました。
「私はそうは思えないけれど」
「思えないのね」
「そうよ、キャンノット」
 冗談めかして英語を入れました。
「そういうふうになるかしら、本当に」
「信じる信じないは別だけれどそうよ」
 また言われました。
「それはわかってよね」
「あまりわからないけれど」
 すぐにこう答えました。
「そう言われても」
「それで彼氏がいないとか思ってないわよね」
「別にそれはないわ」
 そんなことは特に思っていません。というか彼氏が欲しいと積極的に思ってもいないです。その辺りは結構いい加減かも知れません。
「だって。私別に今欲しいとかは」
「ちっちってそういうとこ無欲よねえ」
「ねえ」
 横から皆に言われました。
「ちょっとはそこも努力すればいいのに」
「したら?」
「そんなの私の勝手でしょ」
 少しムッとした顔になって皆に言い返しました。
「別にそんなのは」
「そうだけれどね」
「けれどちっちに合う彼氏っていったら」
 何か勝手に皆で話をしだします。私の意見は完全に無視して。
「年下!?」
「あっ、それいいかも」
 そうしてこんな答えが出ました。
「ちっちには似合うわよね」
「ええ、しっかりしているし」
「だから何でそうなるのよ」
 またむすっとした顔を作ってクレームを入れました。
「私は年下の子には興味ないのよ。それでどうしてそうなるのよ」
「だってねえ」
「似合うんだし」
「どうして似合うのかもわからないけれど」
 それに今話していることがどうにも現実のものになりそうで。幾ら何でも中学生と付き合うなんてできません。やっぱり少し年上の人の方が。・・・・・・けれどあれですよね。それでも弟みたいな子の側にいてあげて色々としてあげるのも悪くないかなあ、なんて思ったりも。
「だから、ちっちがお姉さんだからよ」
「性格的なものなのよ」
「そうかしら。私ってどちらかというと」
 お父さんやお母さんには甘えていますし妹達の面倒を見てはいますけれどそんなに五月蝿くはないですし。甘えん坊で妹に近いかな、と自分では思っています。
「妹だけれど」
「外見はね」
「けれど中身は」
「中身かしら」
「自分ではそういうのはわからないのよ」
「そうそう」
 皆の顔が笑っていました。
 

 

58部分:第九話 座りづとめその六


第九話 座りづとめその六

「ちっちなんか特にそうだし」
「意外とねえ」
「意外とっていうかかなりってやつ?」
「かなりって何なのよ」
 皆私に凄く何か言いたいのはわかります。けれどそれが何かまではやっぱりよくはわかりません。
「とにかくね、私は」
 少しムキになって言い返しました。
「今は彼氏は別にあれだしそれに年下は」
「はいはい」
「わかったから」
「・・・・・・本当はわかってないでしょ」
 皆の言い方でそれがはっきりとわかります。
「全く。困るわ、そんなの」
「困るも何もねえ」
「これもやっぱり親神様のお引き寄せだしね」
「それで年下の子がちっちの彼氏になるならなったで」
 皆また笑いながら私に言ってきます。
「仕方ないんじゃない?」
「そういうこと」
「凄く不満なんだけれど。ずっと」
 本当に。ここまで言われるのもかなり癪ですし。
「だからふそくは感じないの」
「いつも言われているじゃない」
「うう・・・・・・」
「それにねえ」
 また言われます。しかも今度は。
「ちっち幼く見えるしあれよ」
「あれって!?」
「その年下の子と同級生に見えるかもよ。下手したら向こうが年上なんてことも」
「そんなの冗談じゃないわよ」
 本当に冗談ではありません。
「またそっちに話がいくんだから」
「気にしない気にしない」
「さて、それじゃあ」
 ここで一人が腕時計をチラリと見ます。
「そろそろ時間ね」
「あっ、そうなんだ」
「もう」
 本当にもうっ!?って感じです。朝は何かと慌しくて神殿の前に集まってこうして話をするだけですぐに時間が過ぎてしってしまいます。
「ほら、先生だって集まってるし」
「じゃあそろそろね」
「ええ」
 こんな話をしているとすぐに集合の声がかかりました。それで一年生は一年生で皆で集まってそれから先生が出席を取ります。
 それが終わると神殿にあがります。毎朝の座りづとめです。皆神殿の中で並んで正座してあしきをはろうて、ちょいとはなし、たすけせきこむの三つをします。ここで大事なのはあしきをはろうては二十一回、ちょいとはなしは一回。たすけせきこむは三回を三回して合計九回行うということです。ここが大事なんです。
 私達一年生は西の礼拝場でそれをしますが入る時も大勢なんでかなり混雑します。そこで男の子に言われたことは。
「うわっ、何か急に」
「急に。何?」
「背が低くなってない?」
 何でいきなり朝からこんなことを言われるんでしょう。
「どうしたの、急に小さくなったように見えたよ」
「そんなわけないでしょ」
 急に小さくなるなんて絶対にないです。何処かのネコ型ロボットの道具で小さくなったのならともかく。
「どうしてそう見えるのよ」
「いや、靴を脱いだらさ」
 その男の子は私に言います。確かに靴の分だけ背が大きくなっていましたけれど。それでも別にシークレットシューズでもないですし変わらない筈なんですけれど。
「すっごく小さくなったなあって」
「そんなことあるわけないじゃない」
 その子に言い返します。
「靴は別に何もしていないわよ」
「靴は?」
「ええ、靴はね」
 本当のことなんでそう答えました。
「だって。かえって歩きづらいし」
「歩きづらいねえ」
「ああした上げ底とかの靴って結構大変なのよ」
 だから私は好きじゃないです。ちょっとつまづいたらそれで足をぐねったりして大変なことになるからです。だから私は靴は普通の靴にしています。
 

 

59部分:第九話 座りづとめその七


第九話 座りづとめその七

「だから履かないの」
「そうなんだ。それにしてもさ」
「何?」
「上げ底靴のことよく知ってるよね」
 ・・・・・・またやっちゃいました。自分から言わなくていいことまで言っちゃいました。
「履いたことあるんだ」
「あるけれど。おかしい?」
「いや、別に」
 その子はこのことには別に何も言いませんでした。
「僕はそうは思わないけれど」
「だったらそれでいいじゃない」
 少し開き直って言葉を返しました。
「でしょ?だったら」
「まあね。けれど」
「何よ」
 女の子達との話から少しムッとしているのが今も言葉に出ています。
「中村さんってそんなに背が気になるんだ」
「そうよ。御願いづとめはしていないけれど」
 御願いづとめとは親神様教祖に何かを御願いする為にするおつとめです。十二下りまでする場合もありますが普通は座りづとめで済ませます。
「かなり切実なのよ」
「気にし過ぎじゃないの?」
 あっけらかんとした声で言われました。
「それって」
「自分じゃないとわからないのよ」
 こういうのって。そうですよね。
「わかる?それ」
「だってさ。この高校だけでもあれだよ」
 礼拝堂の前で一礼して。それから中に入ります。中でも少し話が続きます。
「中村さんより小さい娘結構いるじゃない」
「その皆に追い抜かれそうなのよ」
 これも本当のことです。縁起でもないです。
「わかる?伸びないのよ」
「それはまた」
「とにかく背のお話は終わり」
「何で?」
「私の席に来たからよ」
 丁度私がいつも座る場所でした。ここまで来たら座るしかありません。
「じゃあ。話は後でね」
「教室で?」
「ええ、そこで御願い」
「わかったよ、それじゃあ」
「ええ」
 こんな話のやり取りを最後にして自分の場所に座りました。そのまま正座です。座りづとめは足に問題がない限り正座でするのが決まりです。
 そのまま暫く待っていると合図があって礼拝堂の中央に一礼します。そこにあるのはかんろだいと言います。親神様が世界をお創りになられた元の場所で陽気ぐらしが果たされたその時には上から甘露の水が降りてくると言われています。
 そこに一礼してから頭を上げて座りづとめを行います。それが終わってまた一礼してそれから教祖殿と祖霊殿の方にも一礼して最後にまたかんろだいに一礼して終わりです。こうして天理高校の一日がはじまります。長いようであっという間です。


座りづとめ   完


                2007・11・29
 

 

60部分:第十話 登校その一


第十話 登校その一

                   登校
 座りづとめが終わるとやっと登校です。まずは神殿の前に皆で集まります。
「今日の授業だけれど」
「ああ、教義の時間があったわよね」
 天理教の教義の時間です。天理高校は天理教の学校なのでそうした授業もあります。これは天理教学園高校も同じです。確か天理中学校や小学校でもこれは同じです。
「はっぴ、持ってる?」
「鞄の中にあるわよ」
 私はそう答えました。ておどりだとはっぴを着ないと駄目なのです。天理教の人は大抵はっぴを着ています。黒くて背中に天理教と書いています。それで衿のところに何処の所属かを書いてあります。おぢばでは皆着ています。私も実家が教会なのでいつも着ていましたし今もです。
「そうなの。私は確か」
「忘れたとか?」
「多分学校にあるわ」
 ちょっと心配な返事でした。
「多分ね」
「なかったらどうするの?」
「借りるわ」
 皆忘れた時はそうします。忘れる人は忘れます。
「その時はね」
「そうなの」
「どうせ皆同じじゃない」
 ここで出た言葉がまたその通りです。
「はっぴなんて。天理高校の」
「そうなのよね。男の子のも女の子のも」
 これは天理高校のだけじゃなくてどこのはっぴも同じです。はっぴは誰もが同じものを着ます。それで天理教の人だってすぐにわかります。
「だったらいいじゃない。ただちっちは」
「何?」
「小学生用のにしたら?今のはっぴ大き過ぎるわよ」
「ほっといてよ」
 またこの話です。今日は特に言われる感じです。
「大きくてもいいのよ。その分温かいし」
「そうなんだ」
「そうよ。それに大き過ぎるって程大きくないでしょ」
 そう反論しました。
「だったらいいじゃない。そうでしょ」
「まあそうだけれどね」
 彼女もそれに納得してくれました。
「それにしてもあれよね」
「今度は何?」
「ちっちってはっぴ似合うわよね」
 そう私に言ってきました。
「正直言って。そうよね」
「そうかしら」
 私にはそんな自覚はないです。それに自分がおしゃれだとか思ったこともないですし。
「似合ってるわよ。何か可愛らしくて」
「褒めても何も出ないわよ」
 こう言葉を返しました。
「悪いけれど」
「悪いのは承知よ。そうじゃなくてね」
「ええ」
「黒が似合うってことよ。ほら、寮でも黒いジャージとかズボンじゃない」
 実際に何となく黒は好きな色です。他には青とか白も好きですけれど。
「あれ似合ってるわよ、結構ね」
「そんなに?」
「ええ。何か黒は似合いそうにないんだけれど」
 これは前にも言われたような。確かお母さんに意外と黒が似合うって言われたことがあったような気がします。はっきりとは覚えていないですけれど。
「それがね。どうしてだか」
「どうしてかしらね」
 やっぱりこれも自分ではわかりません。何故でしょう。
「スタイルがいいから?」
「悪いけれど胸ないわよ」
 これもコンプレックスになっています。特に高校に入ってから。先輩はおろか同級生の娘なんて皆かなり胸があります。それなのに私は小さくて。長池先輩なんか奇麗なだけじゃなく胸だって凄いんです。それで私はとても小さくて。それが気になって仕方ありません。
「そういう問題じゃないのよ」
「違うの?」
「そういうこと、スタイルは胸だけじゃないわ」
 そうしてこう言われました。
 

 

61部分:第十話 登校その二


第十話 登校その二

「他の部分だってね」
「余計に自信がなくなるんだけれど」
 他にも自信はありません。幼児体型だと自分では思っています。
「それ言われたら」
「脚奇麗じゃない」
「そうかしら」
 それも自覚はありません。今はじめて言われました。
「それにお尻だって」
「大きいって?」
「程よくね。ウエストだって細いし」
「つまり胸だけないって言いたいのね」
 どうも悪いように悪いようにって考えいっています、自分でもわかります。
「バランス悪いじゃない、それだと」
「そうかしら。ちっちって全体のバランスがいいのよ」
「自分ではそう思わないけれど」
「それにね。胸だって」
 ここでその胸のことを言われます。
「大きいのがいいってわけじゃないのよ」
「そうなの」
「小さいのが好きだって人も多いみたいよ」
「本当!?」
 言われてもそれが本当だとは思えません。やっぱり女の子は胸だって思うんで。雑誌とかだといつも言っていますよね。それでそうとしか思えないんですけれど。
「そうよ。そこは人それぞれ」
「そうは思えないけれど」
「ちっちが知らないだけよ。そこは人それぞれ」
 またそれぞれだって言われました。
「胸が小さいのが好きだって人見つければいいじゃない」
「自分で胸見せてどうって言うの?」
「それやったら変態だから」
 それはすぐに否定されました。
「絶対に止めなさいね」
「しないわよ、そんなこと」
 したら大変です。中学三年になってやよスポーツブラから離れられたって位なのに。今もとにかく胸が背と同じ位小さくて困ってるんですから。
「自然と向こうから寄って来るしね」
「それ言ったら虫みたいね」
「当たり前よ、女の子は花よ」
 ここで何か面白いことを言われました。
「それで男の子は蜂なんだから」
「蜂なの」
「そうよ、だから気をつけろって言われたわ」
 一体誰にでしょうか。彼女のそうしたことがやけに気になりました。
「お母さんにね」
「あんたのお母さんって何気に凄いこと言うわね」
「悪い男には気をつけろって昔から五月蝿いのよ」
「ふうん」
「うちのおじさん、今うちの上の教会の後継者なんだけれど」
 彼女のお母さんは教会の奥さんです。実家の教会のすぐ下の教会に奥さんとして入ったんです。実家の教会はお母さんのお兄さん、彼女のおじさんが継いだらしいです。
「今は全然だけれど昔は凄い女好きだったらしいから。それを見ていてね」
「碌でなしだったのね」
「昔はね。今は真面目になったけれど」
 何気に凄い話です。
「とんでもない人だったんだから」
「そんなに?」
「天理高校でも有名だったらしくて」
 私達の先輩だったようで。それを聞くと何だかなあって思います。
「大学でも遊び人で。泣かした女の百や二百って」
「最悪ね、それって」
「他にもお酒にギャンブルにって。凄かったらしいのよ」
「そんな人が教会継いで大丈夫なの?」
 他の人のこととはいえ。これは流石に無視できませんでした。
「そんなので」
「今はなおったのよ」
 だそうです。
「結婚してからね。普通になったらしいけれど」
「若気の至りってやつかしら、それって」
「どうもそうらしいわ」
 それでも酷い話ですよね。話を聞く限り最低です。そうした遊び人や家族に暴力を振るうような人は大嫌いなんです。男の人は優しくないと駄目ですよね、やっぱり。
「それにね」
「まだ何かあるの」
「結構恐妻家なのよ」
「奥さんが怖いの」
「そうなの、家に行ったらいつも奥さんの言いなりで」
 あらま。そんな凄い人をそうさせる奥さんも凄いですけれど。
「随分大人しいわよ。実質的に将来は奥さんが会長さんになるわね」
「そんなに凄いの」
「奇麗な人だけれどやり手ね」
 彼女はこうも言います。
 

 

62部分:第十話 登校その三


第十話 登校その三

「この人は普通の家の人だったんだけれど」
「それがまたどうしておじさんと結婚したの?」
「お見合いらしわ」
 天理教の教会の家ではこれも結構多いそうです。
「お見合いなの」
「そうなの。それで一緒になったそうだけれど」
 それで奥さんに頭が上がらなくなったって。何があったんでしょう。
「今じゃ完全に大人しくなって。お母さんも驚いているのよ」
「そうだったの」
「それ見てるとやっぱり思うのよ」
 ここまで話してまた私に言ってきました。
「おみちってあれよね」
「うん」
「女の人が凄く大事よね」
「それはね。当たり前って言えば当たり前だけれど」
「ええ」
 だって教祖が女の方なんですから。言うなら教祖は私達のお母さんに当たります。そうした方なんです。
「それでも教会なんか男の人が会長でも」
「結構奥さんが大変よね」
「そうなのよ。私お兄ちゃんがいるし弟もいるけれど」
「男兄弟なのね」
「私だけ女でね。それで教会継ぐことはないでしょうけれど」
 女の子でも教会を継ぐことがあります。基本的には男の子が継ぐのですけれど天理教では女の人でもそうして教会長になったりします。
「やっぱりおみちの人と一緒になったら」
「話が随分早くない?」
 それを聞いて思いました。
「それって」
「けれどもうそろそろ結婚できる歳だし」
「けれどね」
 もうすぐ十六歳ですけれど。それでも高校生ですからそれは想像出来ません。
「やっぱりね。その可能性って高いじゃない」
「まあね。私だって」
 ここで自分のことを考えます。
「教会継がないといけないし」
「それで天理高校に入ったんでしょ?」
「ええ、そうだけれど」
 その為におぢばの学校に入りました。将来の為に。
「だったらちっちも。やっぱり」
「それはわからないわよ」
 困った顔をして答えました。
「そりゃ結婚したら旦那様はおみちの人になってもらうしかないけれど」
「だったら最初からそうした人だと余計にいいじゃない」
「それとこれとは違うわよ」
 それはそうじゃないんじゃないかな、と思いまして。それでこう言葉を返しました。
「恋愛結婚したいのよ、私」
「あら、ロマンチストなのね」
「そうじゃなくて」
 もっと困った顔になったのが自分でもわかります。何かまた話が私にとってドツボになっていってるような。どうしてもこうした話だとそうなってしまう気がします。
「やっぱりそうした感情がないと上手くいかないものでしょ、夫婦って」
「ずっとないとね」
「だからよ。特に最初が大切だから」
 これは子供の頃からお父さんとお母さんに言われてきました。立ち上がりの悪い人もいるけれど最初が肝心だって。だから私は最初に一番頑張ることにしています。
「結婚とか夫婦だってそうじゃないかしら」
「かもね。何かちっちらしい話ね」
「私らしいかしら」
「ええ、真面目だから」
 私は真面目な女の子で通っています。自覚はまあ一応はあります。
「そうした考え持ってるんなら大丈夫だと思うわよ」
「だといいけれど」
「ちっちだといい奥さんになれそうだしね」
「そうかしら」
「特に旦那さんが年下とかそうした頼りないタイプとかだったら」
「またそれ!?」
 その話になるとまたかと思いました。だから私は年下の子には興味ないのに。
「似合うからね」
「似合わないわよ、どうしてそうなるのよ」
 溜息混じりに反論しました。もう学校に向かって歩いていて黒門を越えたところです。
「年下年下って。しかも皆で」
「何なら天理中学校の男の子に声かけてみたら?」
「それやったら一発で問題じゃないっ」
 冗談じゃありません、誰がそんなこと。
 

 

63部分:第十話 登校その四


第十話 登校その四

「絶対にしないわよ、彼氏だって特に募集していないし」
「誰か立候補してきたらどうするの?それじゃあ」
「その時はね」
 私だって相手が名乗り出て来たら。それが誰でもやっぱり悪い気はしませんしやっぱり。かなりいい気持ちでその立候補を受けちゃうかも知れないです。知れない、ですけれどね。
「私も。それは」
「それが年下だったら?」
「何が何でもそのシチュエーションにこだわるのね」
 しかも皆。いい加減聞き飽きてきました。
「お姉さんだからいいじゃない」
「そういう問題じゃないでしょ」
 それと好みはまた別です。
「私だって好みっていうのがあるんだから」
「怒ったの?」
「りっぷくよ」
 おみちの言葉で返しました。
「全く。朝から皆随分と言うわね」
「ちっちって言い易いのよ」
「言い易いって?」
「別にからかい易いとかそういうのじゃないから安心してね」
「からかわれてる気もするけれど」
「それとはまた違うから」
 だといいですけれど。そんな気がしてなりません。
「安心してね」
「わかったわ。それにしてもね」
「ええ」
 私の言葉に応えてくれます。
「何かしら」
「どうして私が言い易いのよ」
 次に聞くのはそこです。気にならない筈がありません。
「全然そうは思えないけれど」
「雰囲気よ」
「雰囲気!?」
「そうなの。ちっちって優しいし」
「それで?」
「ええ。後は」
 もっと話しだしました。
「人の話は何でも聞いてくれるじゃない」
「それでなのね」
「そういうこと。だから皆あれこれからかったりするけれど」
「やっぱりからかってるじゃない」
「だから人の話は最後まで聞いてよね」
 今度は私が言われます。何かあべこべになっちゃっています。
「それでも相談持ちかけられたりすることも多いわよね」
「そうね」
 これは自分でもわかります。私に話を持って来る人って中学校の時から多いです。今でも結構あります。寮生活って色々ありますから。それで相談を持ちかける娘が多いんです。私も私で長池先輩に色々と話を聞いてもらったりしていますけれど。これは皆同じだと思います。
「とにかく話しし易くて。それでね」
「それでなのね」
「悪いことじゃないじゃない」
 必死な感じでこう言ってきました。
「それも。でしょ?」
「まあそうだけれど」
 一応はその言葉に納得します。確かに悪いことじゃありません。
「けれどね」
「何?」
「からかわれるのは好きにはなれないわよ」
 少しりっぷくした顔で彼女に言いました。
「私だってね。それはね」
「わかってるけれどね」
 わかってやっていたようです、それも皆。
「それでも言い易くて」
「それは止めて欲しいわよ」
「まあまあ」
 ここで私を宥めてきます。
「別に嫌ってるわけじゃないからいいじゃない」
「嫌われてはいないのね」
「当たり前でしょ。私だって色々と助けてもらってるし」
「そうかしら」
 自分では自覚はありません。
「そんなつもりないわよ、私には」
「そうねえ、ちっちって」
 ここで何か言いたそうでした。
「周りのことはすぐに気がつくけれど自分には」
「自分には?」
「あっ、何でもないわ」
 そこから先は言おうとはしませんでした。
「気にしないでいいから」
「何か無理な話だけれど」
「だから気にしない気にしない」
 そんな話をしている間に何時の間にか学校の前です。四角い校舎に瓦の屋根。思えば随分と変わった形の学校だと思います。
「気にしたら負けよ」
「負けよって」
 話を続けながら門の中に入ります。皆も同じです。
 

 

64部分:第十話 登校その五


第十話 登校その五

「そういう問題じゃないんじゃないの?」
「何か今日結構機嫌悪い?」
「悪くしたの誰よ」
 また彼女に言い返します。
「参拝前からあれこれって。言われていたら誰だってね」
「はらだちは駄目じゃない」
「わかってるわよ」
 おみちの言葉を聞くとどうしても黙ってしまいます。そこが辛いところです。
「わかっているけれどね」
「どうしてもってことかしら」
「そうよ、いつもいつも」
 学校の中は外に比べて少し暗いです。前にもお話しましたけれど下駄箱はなくてそのまま靴で入ります。だからお掃除の時は砂や土が目立ちます。
「これもさっき言ったけれどね」
「じゃあ今日はこれまでにしておくから」
「ずっとにしてよね」
 また怒った調子で言い返します。
「冗談じゃないから」
「わかったわよ。ところでちっち」
「今度は何なの?」
 言葉の調子が変わってきていました。それで私も落ち着いて尋ねます。
「今度の教義の授業だけれどね」
「ええ」
 彼女の言葉に応えます。
「何下り目だったかしら」
「ええと、確か」
 それを言われて自分の中で記憶を辿ります。
「三下り目だったかしら」
「じゃあ扇必要よね」
「そうね」
 ておどりには扇を使う場所もあります。この三下り目と四下り目、あと最後の十二下り目なんかです。はっぴで練習する時は帯に挟んで、月次祭の時は着物の中に入れています。それを出して使うんです。扇はおぢばのお店で売っています。教会にもあります。
「じゃあそれも借りないと」
「持って来ていないの?」
「教室に置いてたらいいけれど」
 また首を捻って言ってきました。
「どうかしら」
「あまり教室に置いておくのよくないわよ」
 ちょっと先生みたいなことを言ってしまいました。
「二部の人だって教室使うんだし」
「わかってるけれどね」
 天理高校は一部と二部があります。一部はお昼で二部は夜間です。どちらも天理高校生なんですけれど二部の人は夜間ですからお昼はお仕事があります。おぢばの中で色々なお仕事をされています。天理高校は一つじゃなかったりするんです。
「それでもついつい」
「ずぼらっていうの、それって」
「そう言うのならそう言っていいけれど」
 何か開き直ってきました。
「ものぐさなのは本当だし」
「東寮ってそういうの厳しい筈よね」
 何でも私が今いる東寮は軍隊より凄いそうです。実際に毎朝起きるのは早いですし色々と決まりごとも一杯あります。少なくともお家にいるのとは全然違います。学校にいる時にやっと一息つけるって位物凄い一面があったりします。話には色々と聞いていましたけれど。
「それでどうして」
「気を抜くところで抜かないと」
「それが学校ってこと?」
「他に何処があるのよ」
 逆にこう言われました。
「それにちっちだって大丈夫なの?」
「私?何で?」
「だってちっちの部屋の三年生の人って」
 彼女の顔が怪訝なものになってきました。そうして言うのは。
 

 

65部分:第十話 登校その六


第十話 登校その六

「長池先輩よね」
「ええ、そうだけれど」
「あの人凄く怖いじゃない」
 その怪訝な顔で言うのでした。
「一年の時だって同級生の人と凄くやり合ったそうだし今だってきついし」
「怖い?きつい?」
 私には夢みたいな話でした。全然そんなことは考えられません。
「そうかしら」
「そうよ」
 ここで私達は教室に入ります。そうして彼女の席で話を続けます。彼女の席はロッカーの側です。そこではっぴとかをゴソゴソと探しながら話を続けます。
「厳しいし怒った顔凄く怖いし」
「優しい人だけれど」
 少なくとも私はそう思います。一緒の部屋ですからよくわかるつもりです。
「そんなことないわよ」
「本当!?」
「嘘言って何になるのよ」
 私はこうも言いました。
「何にもならないじゃない」
「それはそうだけれど」
「ただでさえ東寮って厳しいけれど」
 これは本当のことです。幹事の先生達も決まりも先輩達もかなり厳しいってことは聞いていましたけれどその通りです。それはもう軍隊みたいだって言われる程です。
 朝は早くからお掃除で先輩達のスリッパを揃えたりとか朝御飯の時間は殆どなかったりとかそんなのは当たり前で。お菓子の食べ方も厳しい人だっています。
 それでも長池先輩は全然厳しくないです。穏やかな人ですしそのことはとても有り難く思っている程です。いつも親切にしてもらっていますし。
「長池先輩はそうじゃないわよ」
「本当に!?」
「私一緒の部屋にいるのよ」
 これが根拠になります。
「その私が言うんだから問題ないじゃない」
「まあそうだけれどね」
「少なくとも長池先輩は違うわよ」
 それをまた彼女に言います。
「穏やかな人よ。とても奇麗だし」
「確かにそれはね」
 彼女も奇麗って言葉には素直に頷いてきました。
「凄い奇麗よね。色白で目がキラキラしてて」
「髪の毛だってね」
 先輩は髪の毛もいいんです。
「薄い茶色でふわふわした感じでね」
「結構三年の人って奇麗な人多いわよね」
「高井さんもそうだしね」
「あの人なんか凄いじゃない」
 彼女はまだロッカーを探しながら私に応えてきます。天理高校のロッカーはかなり変わっていて和風で全部同じ段になっています。そこが普通の学校とは違います。
「最初見た時びっくりしたわよ。女優さんみたいって」
「目が大きくてね。はっきりしていて」
「そうよね。他にも奇麗な人って」
「先輩達の間にはかなりいるわよ」
 おぢば全体で結構以上に美人の人は多いです。まあ小柄な割合がその中でかなりありますけれど。私はその中でかなりのものだって言われています。
「いいわよねえ。羨ましいわ」
「ええ。それはね」
 私も同じ意見です。羨ましいってものじゃありません。
「ところで見つかったの?」
「ええ、あったわ」
 いい答えが返ってきました。
「ロッカーの中に。扇も」
「よかったじゃない」
 それを聞いて私もほっとしました。
「なかったらどうしようかって思っていたわよ」
「どうしようかって借りればいいじゃない」
 これを言ったらこう返されました。
「それだけじゃない、結局のところは」
「あまりそういうのって好きじゃないのよ」
 私は左手で頬杖をついて少し眉を顰めさせました。
「貸し借りっていうのはね」
「お堅いわね、そういうところが」
「それでもよ」
 私はまた言いました。
「後で面倒なことになり易いからね」
「考え過ぎよ、それは」
「そうかしら」
「そうそう、人生気楽に」
「また気楽過ぎるわよ、あんたは」
 こう言い返しますすけれど反省していないのがわかります。全く全然反省しないんですから。東寮はとても厳しいところですけれどこうした娘もやっぱりいます。
 何はともあれはっぴが見つかってよかったです。話がそっちに行きました。
 

 

66部分:第十話 登校その七


第十話 登校その七

「そういえばこのはっぴだけれどさ」
「ええ」
「何着持ってるの、ちっちは」
「私?」
「ちっちの家も教会じゃない」
 それではっぴはお家にも随分あります。私も小さな頃から着ています。アルバムとかにはっぴを着て笑っている子供の頃の私の写真もあります。
「だからかなり持ってるんじゃないの?」
「今は四着かしら」
 少し首を傾げて答えました。
「学校に二着でしょ」
「意外と少なくない?」
 学校に二着と言ったらこう言われました。
「それって」
「そう?」
「だって外に出る時も寮の中でもいつも着るじゃない」
 そういう決まりになっています。だから外に出ても何処の学校の子なのかすぐにわかるようになっています。これは所属の教会についても同じです。
「それで二着って」
「じゃあもう一着か二着か持っておこうかしら」
「それがいいわよ。それで実家にもう二着あるのね」
「そういうこと。家じゃおつとめとかひのきしんの時以外は着ないわよ」
「それはね」
 彼女もそれには納得した顔で頷いてきました。
「わかるわ」
「ええ。やっぱり普段は着ないわよね」
「ここはまた特別なのよ」
 そう言いながら自分の席に戻ってきます。そうして話に言ってきます。
「はっぴがメインだからね」
「天理教だってそれでわかるしね」
「けれどこれっておぢばとか教会だけなのよね」
 彼女は少し困ったような顔でこう話すのでした。
「そこから離れたらもう」
「全然見ないわよね、ローカルって言えばローカルかしら」
「ローカルっていうかね」
 首を傾げさせてまた言ってきます。
「独特よね。天理教独特」
「知らない人がおぢばに来て最初に驚くのそれらしいわよ」
 真っ黒なはっぴを着た人が一杯いるんで驚くそうです。ここは一体何なんだと。これは教会も同じで私も子供の頃にそれを友達に言われたことがあります。
「私はそうは思わないけれど」
「それはやっぱり教会の子供だからよね」
「ええ、そうね」
 これはわかります。
「結局のところ。だからおみちのことも」
「最初から頭に入ってるわよね」
「少しだけだけれど」
「少しでも最初からないのとは全然違うわよ」
 こう答えたらこう言われました。
「天理教のこと何も知らないで入る子だって多いんだし」
「自宅の子とかそうよね」
「自宅生っていっても何か派閥っていうかそういう分かれるものはあるわよね」
 彼女はふとした感じで話してきました。天理高校の生徒は大きく分けて自宅生と寮生っていう二つの系統があります。けれど自宅生の中でもさらに二つある感じなのです。
「天理中学からの子と」
「高校から入った子よね」
「その二つも全然雰囲気違うわよね」
「ええ、そうよね」
 私はその言葉に頷きます。
「天理中学からの子もおみちのことは知ってるけれど」
「そうじゃない子は知らない子が多いわね」
「そういう違いってあるわよね、やっぱり」
「けれどあれ?」
 ここで私はふとした感じで言いました。
「教義のテストじゃやっぱり」
「そうなのよ、何も知らないから必死に勉強するから」
 ここが肝心です。努力ですね。
「成績は自宅生の子の何も知らない子の方がよかったりするのよね」
「そうなのよね」
「ちっちはそれでも教義の点数いいじゃない」
「そうかしら」
 自分ではその自覚はあまりありません。何でこんなことわからなかったんだろう、ってテストの後で後悔することもあります。ちなみに東寮での勉強はその態度についてもかなり厳しいです。入る前はシャープペンシルの音でさえ注意されるって聞いていました。けれど長池先輩はそれについては何も言わない人で助かっています。
「だからそれはいいじゃない」
「自分では不満があるのだけれど」
「それでもよ。成績いいのってやっぱり」
 悪いことではないのは言うまでもありません。それに私は天理高校から天理大学に進むように言われているので推薦もらえるだけの成績がないといけないのでそれなりに頑張らないといけないのです。それは私が一番よくわかっているつもりですけれど。
 

 

67部分:第十話 登校その八


第十話 登校その八

「悪いことじゃないわよ」
「そうよね」
「それでさ、次の英語のグラマーだけれど」
「どうしたの?」
 話は今度は英語に向かいました。
「わからないところあるのよね」
「何処なの?」
「ええとね」
 鞄の中から教科書を出してきました。そうしてそのページを開いて。
「ここの単語。どういう意味かしら」
「ああ、そこはね」
 そのページを見て答えます。
「こういう意味になるのよ」
「そうだったんだ」
「そうなの。私も最初全然わからなかったのよ」
 天理高校は英語には五月蝿いです、あと国語。大学は語学がかなり充実しています。世界に布教するのがその目的だからです。
「どうやって訳すのかね」
「そうよね。全然意味が通らないっていうか」
 彼女も困った顔で言います。
「ここだけどうしてもわからなかったのよ」
「そこだけ?」
「ええ、そこだけ」
 それを聞いて少し驚きました。私はこの章は全然わからなかったからです。それでここだけなんて。正直凄いことだと思いました。
「わからなかったんだけれど」
「そうだったの」
「何か驚いてるの?」
「え、ええ」
 その問いに答えます。
「そうよ。私全然わからなかったし」
「全部!?」
「全部じゃないけれどかなり」
 彼女にもそれを言います。
「わからなかったわよ」
「そうだったの。ちっちって英語の点数もいいのに」
「それでもよ」
 私はここでも彼女に答えました。
「ここかなり難しいから」
「そう?私はその一つの部分だけだったけれど」
 彼女は首を傾げて言ってきました。
「他は全然普通にいけたわ」
「そうだったの」
「ちっちが難しく考え過ぎなんじゃないかしら」
 それで今度はこう言われました。
「ただ単に」
「そうかしら」
「そうよ。真面目なのもいいけれどね」
 くすりと笑っての言葉です。
「たまには簡単に考えるのもいいわよ。そうすれば答えが出るから」
「簡単になのね」
「そう、力を抜いて」
 いつも固く考え過ぎだって言われますけれど。先輩達にも。
「柔らかく考えていけばいいのよ」
「努力しているつもりだけれど」
「まだまだ」
 そうらしいです。
「全然よ。そんなのだから彼氏もできないのよ」
「だから何でそっちに話がいくのよ」
 私は彼女に抗議しました。
「全然違うじゃない」
「そういうのが駄目なのよ」
「駄目って?」
「すぐにあれが違うこれが違うって言い出すでしょ、ちっちは」
 何かそれが駄目らしいです、私の場合は。
「そうじゃなくてね、穏やかに受け止めたり」
「するのがいいっていうの?」
「そういうこと。わかったかしら」
「ううん」
 その言葉には首を捻ります。
「そうなのね」
「そういうこと。じゃあそろそろよ」
「んっ!?」
 その言葉を聞いて腕時計を見ると。先生が来る時間でした。
「授業は真面目に聞いているのはいいことよ」
「有り難う」
「私は寝ちゃうこと多いけれどね」
「私もだけれどね」
 実際のところ東寮の生活ってとてもきつくて厳しいんです。ですから学校や部活だとかなり息を抜いちゃったりします。それでついうとうとってしちゃうんです。
「実は」
「けれどできるだけ寝ないで」
「頑張ろうね」
 そう言い合って授業に入ります。いつもこんな毎日です。


第十話   完


                  2007・12・11
 

 

68部分:第十一話 おてふりその一


第十一話 おてふりその一

                    おてふり
 登校する時としてから少しあれこれクラスメイトと話したおてふりですが。これはそれ専用の教室ではっぴを着てやります。ですから学校でもはっぴを着ている子はちらほらといます。
 授業自体はかなり差の出るものです。知っている子はかなり知っていますがそうでない子は全然なので。特に自宅生で高校から入っている子はかなり戸惑っていたりします。
「ここがこうなるの?」
「そう、それでね」
 授業の前の休み時間に聞いてくる娘がいたので教えてあげます。この娘はその高校から入った娘です。
「ここをこうするのよ」
「何か全然わからないわ」
「最初はね。困る人多いのよ」
 困惑した顔になるその娘に言います。ちなみにおてふり教室は畳です。ですから皆靴を脱いで休む時は座って休みます。そうした教室です。
「慣れていないから」
「そうなんだ」
「慣れるしかないのよね、実際のところ」
 私はこうも彼女に言いました。
「数やってね」
「何か大変そう」
「大変なのは大変ね」
 これははっきりと言うしかありませんでした。
「十二下りまであるしね」
「そんなにあるの」
「ええ、そうなのよ」
 どうやらそれも知らないみたいです。私みたいに教会でずっと育ってきている娘には常識なことも他の娘にはそうでないんです。これは子供の頃からわかっていたことですけれどここではそれを特に実感します。
「だから数やって覚えるしかないのよ」
「大変そう」
「まあ人に合わせて踊ってもいいし」
 これ重要です。ておどりは皆でします。男三人女三人です。合わせて踊るのが大事なんです。早過ぎても遅過ぎても駄目なんです。
「その辺りは見ながらでもいいわ」
「見ながらでないとできないわよ」
「それでいいのよ」
 こう言ってあげました。
「それこそが大事なんだから。いいわね」
「何となくわかったようなわからないような」
「そういうものよ」
 彼女にまた言いました。
「ておどりって。一度にはわからないのよ」
「やっぱり数やるしかないのね」
「そういうこと。私だって子供の頃からやっていたから」
「子供の頃から?あっ、そうか」
 彼女はそれを言われて気付いたようでした。
「教会の娘さんだったわよね」
「そうなのよ」
「何かそれって凄い特別な感じね」
 彼女は私に言いました。
「教会の娘さんって」
「そうかしら」
 私には実感がないんで。そう言われてもよくわかりません。
「私家が魚屋でしょ。そういうのないから」
「ふうん」
「お魚持ってておどりってないじゃない」
「それはちょっとね」
 想像がつかないです。天理教ではよく出て来るのは農作業や大工仕事にちなんだ言葉です。これは元々教祖が農家の奥さんだったのと本席様の伊降飯蔵先生が大工さんだったからです。他にも理由はありますが大体これが元になっていると教えられました。
「考えられないわね」
「何か向こうじゃ扇持って変なことしてるけれど」
 見ればそうです。男の子達が何かしています」
「我等夜叉一族百八人」
「全て夜叉姫様の下に対等な筈」
 扇を左手に持って操りながら言っています。あれは確か。
「随分古い漫画の真似しているわね」
「知ってるの?」
「ええ、ちょっとだけれど」
 お父さんの持っている漫画であったので覚えているんです。
「昔の少年漫画よ。ほら、あのボクシングとか聖衣着て戦う漫画描いていた人の」
「ああ、あの人の」
「何であんな真似してるんだろ」
 私はそれを見て首を傾げる他ありませんでした。
 

 

69部分:第十一話 おてふりその二


第十一話 おてふりその二

「わからないわね」
「テレビでやってるんじゃないの?」
 私の疑問に対する彼女の返答はこうでした。
「最近深夜でも面白い番組多いらしいし」
「テレビねえ」
 寮生活では全然縁のないものの一つです・
「最近全然観ていないんだけれど」
「やっぱり寮じゃそうなんだ」
 彼女は私の言葉を聞いて言ってきました。
「全然自由とかないっていうし先輩も凄く怖いって聞いてるし」
「先輩はそうでもないわよ」
 私はそれは否定しました。
「とても優しいわよ」
「本当!?」
「ええ、本当よ」
 そう彼女に答えました。
「だからそんなに生活は苦しくないけれど」
「そうなの。ところでさ」
「何?」
 ここで彼女の言葉が変わりました。
「さっきから視線が気になるんだけれど」
「視線って?」
「ちょっと」
 ここで私の耳元に口を近付けてきました。
「男の子よ。見て」
「男の子って?」
「何かちらちらとこっち見ていない?」
「そう?」
 私にはそうは思えません。気のせいとしか。
「気のせいじゃないかしら」
「だったらいいけれど」
「そうよ、気にしないでいいわよ」
 私はこう答えました。見てみましたけれど別におかしなところはありません。彼女の考え過ぎじゃないのかしらって思いました。
「全然見ていないし」
「そうだったらいいんだけどね」
「ええ。こっちだって・・・・・・って」
 見たら何人かが。座っているのはいいんですけれど。
「あの、ひょっとしたら」
「わかったでしょ」
 また彼女に耳元で言われました。
「何が言いたいのか」
「そうね。じゃあやっぱり」
「見られてるわよ」
 またこう言われました。
「それも確実にね」
「何とかしないと」
「今注意するしかないかしら」
 彼女は怪訝な顔でまた私に言います。
「やっぱりこれって」
「注意するしかないわよね」
 私もそれに頷きます。答えながら自分の座り方も見て気をつけます。
「下手したらもっとまずいことになるわよ」
「今、ギリギリよね」
 その娘を見ながらの言葉でした。
「あの態勢だと」
「付け根までかしら」
 私もその言葉に応えます。
「あれだと。けれどそれはそれで」
「危ないわよね」
「危ないっていうレベルじゃないんじゃ」
 それもかえって。考えれば考える程危険なものがあります。
「やっぱり」
「じゃあ言うわね」
「ええ、御願いね」
 彼女の言葉に頷きます。こうして彼女に教えると顔を真っ赤にして慌てて姿勢を正しました。流石に本人もまずいって気付いたからです。
「これでいいわね」
「ええ。それにしても気をつけないと」
 これは私自身にも言う言葉です。
「片膝立てていたらそれこそスカートがね」
「そうね。それにしても」
 ふと疑問が。
「何でそんな格好するのかしら。向こう側にちゃんといるのに」
「そういうちっちだって」
「私も?」
「座る時結構危ないわよ」
「えっ・・・・・・」
 これには絶句でした。本当にそうだったらまずいなんてものじゃありません。ひょっとしたらもう見られてるかも、なんて考えちゃいました。
 

 

70部分:第十一話 おてふりその三


第十一話 おてふりその三

「それって私も」
「きわどい場面あるから」
「よかった。じゃあ見られてないのね」
「とりあえずはね」
 それを聞いてまずはほっとしました。
「けれど気をつけなさいよ。東寮の娘って」
「何かあるの?」
「かなり無防備になってるわよ」
 かなりきつい言葉でした。その東寮にいる人間にとっては。
「そう・・・・・・かしら」
「そうよ。見なさいよ」
 ここでこっち側にいる女の子達を見回すように言ってきました。
「無防備な格好の娘って」
「そうね。確かに」
 寮にいる娘ばかりです。そういえば向こう側の男の子達も北寮にいる子はどちらかというと無防備なように見えます。というか態度が砕けています。
「寮にいる娘が多いわね」
「何でかしら」
 彼女はそれを言ってから首を傾げさせました。
「これって」
「さあ。それにしても私も気をつけないと」
 自分でそれを痛感しました。危ないなんてものじゃありませんから。
「見られるわよね」
「そうよ。教室の中で座っているときもね」
「気をつけろってこと?」
「スカートなのよ」
 それを言われました。
「ちゃんと纏めないとそれこそね」
「危ないのね」
「ええ。見られたくないわよね」
「見せたくて見せるものじゃないわよ」
 冗談じゃありません。何で下着にしろ足にしろ見せるんでしょう。小学校の頃スカートめくりされて相手を追い掛け回したことはありますけれど。
「当たり前でしょ、そんなの」
「そういうこと。わかっているのならいいわ」
「ええ」
「じゃあ。気をつけてね」
「わかったわ。それにしても」
 ここでふと疑問が。
「何で寮生の子って無防備になるのかしら」
「よし、皆集まってるな」
 それについて考えだしたら先生が教室に入って来ました。
「それじゃあはじめようか」
「はい」
「御願いします」
 こうして授業がはじまりました。まずは親神様教祖祖霊様に拝礼してから授業に入ります。それからておどりに入りました。授業の間もやっぱり休憩の時にておどりの説明をまだ慣れていない娘にします。
「扇はね。こうして」
 扇を広げて説明します。
「こう持つといいのよ」
「そう持つのね」
「そうなの。そう持って」
 その娘に言います。
「こう使うの。いいかしら」
「難しいのね。持ち方も」
「これも慣れるのよ」
「やっぱりそれなの」
「そうなのよね。ておどりって」
 何か言うことは同じでした。それしかありませんでした。
 

 

71部分:第十一話 おてふりその四


第十一話 おてふりその四

「数やるしかないから」
「家でもやるとか?」
「そうね。私はそうしてたっていうか」
 ここはまあ事情が私の家の関係なんですけれど。
「教会ってやったらいいと思うわ」
「わかったわ。教会ね」
 彼女は私の今の言葉を聞いて頷きました。
「それじゃあ教えてもらって数やってみるわ」
「それがいいと思うわ。最近じゃDVDまで出てるし」
「そんなのも出てるのよ」
「ええ、奥華の教会には何処にでもあるけれど」
 これは大教会ごとによって違うみたいです。置いてあるところと置いていないところがあります。私の家はありますのでそれで勉強されている信者さんもおられます。
「そこのところはね。それぞれね」
「ふうん」
「お店でも売ってるわよ」
 これも教えてあげました。おぢばの商店街には天理教の服や道具、本を扱っているお店もあります。DVDもその中で売られているのである。
「だから買おうと思ったら買えるし」
「買ってみようかしら、それじゃあ」
「また随分真面目ね」
 これには私が驚きました。
「自分で買ってまでするなんて」
「授業だしね」
 これは彼女の答えでした。
「やっぱり真面目にしないと駄目じゃない」
「それはそうだけれど」
「何かちっちに真面目って言われるとは思わなかったわ」
 今度は微笑んで言われました。
「ちっちにね」
「私は別に」
「だってクラスで一番真面目だから」
 何かこう言われることが多いのは本当です。寮でも言われます。
「そのちっちに言われるなんてね」
「嬉しいとか?」
「それもあるけれど意外っていうか」
 話がわからなくなりました。
「そんな感じかしら」
「そうなの」
「あとさ」
 ここでふと話が変わりました。
「何?」
「ちっち、やばいわよ」
「やばいって?」
「スカートよ、スカート」
 耳元で囁いてきました。
「そのままだと」
「そのままって」
「正座か何かしなさいよ」
 急に焦ったような声で囁いてきました。
「こんなところで三角座りなんて駄目よ」
「あっ・・・・・・」
 言われて気付きました。私も無意識のうちに。
「そ、そうね」
「やっぱり無防備になってるじゃない」
 そのうえでこう言われました。
「気をつけても気をつけ過ぎることはないっていうのに」
「そういうものなのね」
「そうよ。相手は獣よ」
 それは言い過ぎだと思いますけれどよく聞きます。確かに向こうはいつも狙っていますからそれは気をつけないといけないですよね。
「よく覚えておいてね、そこ」
「そうね。くれぐれも」
「ただでさえスカートなんだから」
 スカートはこうした時問題になるんですよね。そういえばおぢばにいるとズボンの女の人が多いと言われますが修養科の人達がそうだからです。他にも色々とひのきしんや学校の娘とかの場合もありますけれど。私達も寮の中では殆どジャージですから。
「気をつけてよね」
「うん。そうするわ」
 ここまで言われたところで不意に彼女は話を変えてきました。
「ところでね」
「ええ」
 その彼女の話を聞きます。
「下着は何なの?」
「何なのって?」
「だから。色よ」
 何かそちらの方に興味津々みたいです。目でそれがわかります。
「今日の色は何よ。白?ピンク?」
「聞こえるじゃない、声大きいわよ」
 男の子の方をチラリと見て言い返します。流石にこれは聞こえたらまずいどころじゃないです。
 

 

72部分:第十一話 おてふりその五


第十一話 おてふりその五

「それじゃあね」
 声を小さくしてきました。それでも聞いてきますけれど。
「どの色なの。ライトブルー?それとも黒とか」
「黒ってね」
 流石にそれはないです。顔が赤くなりました。
「そんなの持ってないわよ」
「あら、大人しいのね」
「あんた持ってるのね、それじゃあ」
「一応はね」
 高校生で黒だなんて何て大胆な。最近ティーバックの娘もいるそうですけれど。
「着けたことはないわよ。勝負用だから」
「わかったわ。私は黒は持っていないから」
「じゃあ何の色なのよ」
「・・・・・・白よ」
 下着は白が好きなんでそれを一番多く持っています。他にはこの娘が挙げた黄色とかライトブルーとかベージュとか。東寮はそういうところにも厳しいのでそうそう派手な下着は持っていられないんです。
「清楚なのね、それじゃあ」
「清楚かどうかわからないけれどそうよ」
 こう彼女に答えました。
「悪いかしら」
「別に」
 それは悪くないと言ってきました。
「ちっち白が似合うしいいわよ」
「それって下着が?」
「決まってるじゃない」
 今の会話の流れだとそれしかありませんでした。
「そっちよ。スタイルもいいし」
「胸ないわよ」
 自覚しています。背と同じで凄くコンプレックス感じています。
「言っておくけれど」
「馬鹿ね、スタイルって胸だけじゃないわよ」
 けれど逆にこう言い返されました。
「足とかお尻だって」
「お尻って」
「ちっちってお尻の形いいじゃない」
「そう?」
 自分では全然自覚ないんですけれど。お尻の形なんて今まで全然意識したこともありませんでした。今はじめて言われたことです。
「ウエストだって締まってるし」
「それは有り難う」
「足だって奇麗じゃない」
「足見せるの好きじゃないのだけれどね」
 これは本当です。ですから制服の時以外はズボンかロングスカートです。大抵それなんでお母さんは中森明菜さんみたいだって言います。お母さんは明菜さんのファンなんです。
「それでも奇麗じゃない。その胸だって」
「だから小さいんだけれど」
「小さくても形はいいじゃない」
 また言われました。
「だからいいのよ。ちっちのスタイルは」
「あまり納得できないけれど」
 口ではこう言いましたけれど実際は全然納得できません。とてもそうは思えないからです。
「まあまあ。それでね」
「ええ」
 話は続きます。
「最近同じ部屋の長池先輩とか高井先輩のスタイルに目がいってるでしょ」
「だってあの人達」
 高井先輩というのは三年の人で長池先輩といつも一緒におられる方です。色が白くて目が大きくてぱっちりとしていて唇がとても赤くて。長池先輩とはまた違ったタイプの凄い奇麗な人です。最初見た時はアイドルかしらと思った位で。岡山の方の教会の娘さんです。
「スタイルだっていいし」
「そうよね。それも凄くね」
「長池先輩は太ってるからって言われるけれど」
「何処がよ」
 彼女はそれはすぐに否定しました。
「あんなスタイルの人って。タレントさん位よ」
「そうよね。凄いスタイルよね」
「絶対に謙遜よ。水着なんか着たら多分凄いわよ」
「水着ね」
「そう、水着」
 彼女は言います。
「それ着たら凄いと思うわよ」
「下着姿見たことある?長池先輩の」
「お風呂場でね」
 こう答えが返ってきました。東寮にもお風呂があります。やっぱり一年生は長い間入るだけの時間はありませんがそれでも毎日入っています。
「見たことあるけれどあれ男の子が見たら」
「一撃よね」
「そうね、それで終わりだわ」
 それだけ先輩のスタイルっていいんです。本当に羨ましい。
「顔もあんなに奇麗だし」
「そうなのよねえ。親神様から二物も三物も与えられているわよね」
「だから羨ましいのよ」
 何か先輩の話だとどんどん出て来ます。
「おぢばって本当に奇麗な人多いけれどね」
「何故かわからないけれど先輩に多いのよね」
「特に三年にね」
「そうそう」
 彼女は私の言葉に頷いてくれました。
「私達は全然なのに」
「けれどいつもこうらしいわよ」
「いつもって?」
 私の言葉に顔を向けてきました。
「三年の人はいつも後輩から奇麗な人が多いって言われるんだって」
「そうなの」
「私も先輩から聞いたのよ」
 こう彼女に教えます。
「いつもこう言われていくらしいわ。天理高校の伝統らしくて」
「そうだったの。何か面白いわね」
「どうしてかはわからないけれどね」
「女の子って十八になったら凄い奇麗になるって言うけれど」
「諺でもあったわよね」
「確かね」
 娘十八番茶もでばなでしたっけ。誰かがそんなことを言っていたような。
 

 

73部分:第十一話 おてふりその六


第十一話 おてふりその六

「それのせいかしら」
「だと思うけれどそれだけじゃないんじゃないの?
 彼女はまた私に言ってきました。
「おぢばにいたら奇麗になるとか?」
「そうかも」
 何故かそれに納得できました。
「実際に奇麗な人多いしね」
「そうよね。おみち通っている人もね」
 彼女はまた言いました。
「おばあさんでも奇麗な人多いじゃない」
「あっ、それわかるわ」
 ここで彼女の言葉に頷くことができました。
「わかるって?」
「あれなのよ。うちの前大教会長さんのお姉さんだけれどね」
「奥華のね」
「そうなの。今はある教会の会長さんの奥さんなんだけれど」
「その人が奇麗とか?」
「そうなのよ」
 それを彼女に言います。
「七十近いのにとても。優しい人だし」
「優しいからかしら」
 彼女はここでまたふとした感じで言ってきました。
「やっぱり」
「優しさとかってやっぱり顔に出るのね」
「歳を重ねればそうらしいわよ」
 今度は私が教えられます。
「性格が顔に出て来るんだって」
「ふうん」
「だからいい生き方をしている人はね」
「奇麗な顔になるのね」
「勿論例外もあるけれどね」
 それはわかります。顔が怖くても優しい人はいますから。そりゃあっちの系列の方々になると顔も怖いけれど性格も怖くなりますけれど。
「そうなるものよ」
「じゃあいい生き方をするといいのね」
「そういうこと。まあそれにはおてふりもいいと思うわ」
「そうね」
 これはわかりました。それもよく。
「おてふりってやっていると何か落ち着くのよね」
「そうなのよね」
 彼女も私の言葉に頷いてくれました。
「少しずつね。けれど確実にね」
「覚えるのが大変だって言われているけれどね」
 それは私には実感がないんであれですが。どうしても家が教会なんで子供の頃からしていましたから。それでもそうじゃない人からよくこう言われます。
「そういうものよね」
「うんうん」
「けれどね」
 ここでまた私は言いました。
「ついつい油断してね。姿勢が」
「それなのよ」
 またそちらに話がいきました。
「注意しないとね」
「そういうこと」
 何かおてふりもいいですけれどそれがどうにも気になるのでした。それを寮に帰って長池先輩にお話すると先輩は笑ってこう言ってくれました。
「そうなのよね、だからおてふりの時間って」
「油断できないんですね」
「そういうこと。私もそうだったのよ」
「先輩もですか」
「皆大体そうよ」
 先輩はこう私に言ってくれました。
「ついつい気が抜けてね」
「なっちゃうんですか」
「ほら、寮じゃあれでしょ」
 ここでも寮の話が出ました。
「皆ラフになるから」
「女の子ばかりですからね」
「人間ってそうなっちゃうのよ」
 こう言って笑う先輩でした。
「男の子だけでもそうみたいだし」
「そうなんですかね」
「向こう側見てみればわかるわ」
 授業の時の向こう側というと男の子達です。こっちをチラチラと見てくる。
「かなり砕けているわよ」
「向こう側もですか」
「けれど向こうはズボンだからね」
 それがかなり大きいと思います。ズボンとスカートですとそれこそ天と地程の差があります。
「それが全然違うから」
「ですね。何かずるいですよ」
「仕方ないわよ、それは」
 私のずるいって言葉にくすりと笑う先輩でした。
 

 

74部分:第十一話 おてふりその七


第十一話 おてふりその七

「女の子なんだから」
「女の子だからですか」
「ズボンの制服ってないでしょ?」
 今度はこう言われました。
「女の子で。あるかしら」
「それはやっぱり」
 ないです。流石に見たことも聞いたこともありません。
「ないわよね」
「はい」
 先輩の言葉に答えます。
「だからよ。それにね」
「それに?」
「女の子は日様よ」
 ここでおみちの言葉が出ました。
「日様ですか」
「ええ。だからスカートの方がいいのよ」
「!?」
 今の言葉の意味はさっぱりわかりませんでした。ついつい首を傾げてしまいます。
「それはどうしてですか?」
「スカートの方が男の子が寄って来るのよ」
「そうなんですか」
「可愛いってね。月様が側にいないと日様も駄目でしょ」
「それはやっぱり」
 二つ一緒にいてこそですから。日様だけじゃ寂しいしその働きもかなり制限されてしまいます。月様は日様の光を浴びて輝きますが日様も月様がないと駄目なんです。
「だからよ。月様が側にいてくれないと駄目だから」
「まずはその為にですか」
「そういうこと。悪い男はスルーね」
「ですね」
 これはわかります。変な人が来たらやっぱり困ります。けれどスカートはくだけで荻野崇さんみたいな人が側に来てくれたら何でいいんだろうって思ったりします。
「けれどあれよ」
「あれですか?」
 ここで先輩は言葉を急に変えてきました。
「側に来てくれた月様をそのまま留めておくのが難しいのよ」
「そうなんですか」
「スカートだけじゃ駄目よ」
 先輩はスカートは最初だけって言いたいみたいです。
「やっぱり心のなのよ」
「心ですか」
「日様は温もりを与えてくれるでしょ」
「はい」
 これはわかります。学校の授業でもおみちでもいつも言われることです。
「だからよ。性格が優しくて暖かくないと駄目なのよ」
「男の人と一緒になる為にはですか」
「ええ、そうなのよ」
 何故かここで先輩の顔が少し悲しいものになります。
「私もね。それで色々あったから」
「色々ですか」
「そうなのよ。それはまた機会があれば話すわ」
「わかりました」
「ただね」
 そのうえで少しだけ話してくれました。
「女の子は優しくならないと駄目よ」
「優しくですか」
「それが一番大事だと思うわ」
 その少し悲しい顔で私に話してくれます。
「それを忘れたら絶対に駄目なのよ」
「絶対、ですか」
「私もね。高校に入るまでそれがわからなかったのよ」
 先輩の顔がさらに悲しげになります。見ている私の方がもっと悲しくなる程です。
「それでもね。色々とあって」
「色々とですか」
「辛いことだってあるわ」
 先輩は言います。
「その中でもね。自分がしてしまったことが原因だと余計にね。辛いのよ」
「そんなにですか」
「ええ、そうなの」
 こう私に話してくれます。
「だから注意してね。優しさを忘れないで」
「はい」
 何処かで聞いたことのある言葉ですがそれでも凄くいい言葉だと思います。やっぱり人って優しさを忘れたら駄目だと思います。けれど何か。
「それは先輩」
「何かしら」
 妙に引っ掛かるものを感じたので先輩に問い掛けました。
「それは誰に対してもですよね」
「そうよ」
 先輩はすぐに私に答えてくれました。
「誰でも。それはいいわね」
「誰でもですか」
「そりゃ最初見た時はとんでもないっていう人もいるわ」
 これはわかります。
「それでもね。最初に見たり話したりして判断したら駄目よ」
「それだけではですか」
「それだけじゃ人間はわからないのよ」
 何か凄く意味深い言葉になっていっているのがわかります。
「よく見ることも大事。そのうえで」
「誰にも優しく、ですか」
「ええ。それを絶対に忘れないで」
 私に教え諭すように言ってくれます。
「何があってもね。私がちっちに言いたいのはそれよ」
「私に、ですか」
「ちっちなら大丈夫だと思うけれど」
 やっとにこりと笑って私に言ってくれました。
「そこのところは」
「私はそんな」
 何か言われて恥ずかしくなってきました。
「別にそんな。偉い人でも何でもないですし」
「偉くなくてもいいのよ」
 また先輩に言われました。
「人にとって大切なのは一つだから」
「それが優しさ、ですか」
「それよ、それを忘れないでね」
「はい」
 先輩の言葉にこくりと頷きます。何かおてふりでも優しい人は奇麗なおてふりをするって言われています。それだけは忘れないでいたいと思うのでした。


第十一話   完

                  2007・12・23
 

 

75部分:第十二話 制服その一


第十二話 制服その一

                     制服
 天理高校の制服はあまり派手ではありません。男の子は黒の詰襟で女の子は濃紺のブレザーとスカートです。首のところのリボンとベストが特徴です。
「そういえばこの前ね」
「何?」
 制服の話をクラスメイトとしていると急にその娘が言ってきました。
「長い金髪でベストの男の人見たわ」
「外国の人?」
「そうみたい。手袋してね、かなり格好よかったわ」
「ふうん」
 おぢばには外国の人もよく帰って来られます。白人の人だけではなくて黒人の方もおられます。一番多いのは多分韓国の方だと思います。奥華大教会もアメリカに教会があります。それで詰所には日系アメリカ人の方もおられます。
「何をしている人かしら」
「俳優さんじゃないでしょうね」
 何となくそう思いました。
「多分だけれど」
「どうしてそう思えるの?」
「その人って背が高くなかった?」
「ええ」
 私の今の問いに答えてきました。
「結構ね。それに眼光が鋭かったし」
「それで筋肉質よね」
「よくわかるわね」
 彼女はまた私の言葉に頷いてきました。
「その通りだけれど。それがどうかしたの?」
「その人にあまり近付かない方がいいわよ」
 私はそこまで聞いて彼女に忠告しました。
「どうして?」
「その人そっちの筋の人だから」
 それを忠告しました。
「アメリカの方の。いいわね」
「そっちの筋の人なんだ」
「間違いないわ」
 その外見を聞いてわかりました。かなり危ないです。
「その人はね」
「よくわかるわね、そんなこと」
「っていうか龍虎とか餓狼とか」
 私はそれを彼女に言います。
「そんな格好じゃない。確実に危ないわ」
「そうなんだ」
「どうしておぢばに帰っているのかわからないけれど。周りに黒い服の男の人いたでしょ」
「ええ、二人よ」
 こうも言ってきます。話はどんどん怖い方向にいっています。
「それもわかっているのね」
「そのうちその人ビルから落ちたりするけれど何度も蘇るから」
「しぶとい人なのね」
「不死身かも。それにしても」
 私はその人のベストについて考えました。
「ベストってのはお洒落としてはポイント高いわね」
「そうよね」
 彼女も私の言葉に頷いてくれました。
「やっぱりね。ベストって決まるのよね」
「衣替えの間にも着られるしね」
 実はこれも結構高ポイントです。
「意外とこれ重要よね」
「そうそう」
「その間ってかなり寒いしね」
「そういうこと」
 寒かったり暑かったりしますから。それでベストが大事になります。私も結構寒いのが苦手なんでいつも重宝しています。お洒落にもなるし。
「あと私好きなのは」
「何?」
「このリボンよ」
 にこりと笑って彼女に言います。青い紐状のリボンです。私はこれが好きなんです。
「これ、よくない?」
「よくないっていうか可愛い?」 
 彼女もまた私の言葉に頷いてくれました。
「ワンポイントでね」
「そうよね。可愛く見えるような」
「スカートの丈が長くないと駄目だけれどね」
「別にそれは」
 私はそれにはあまり賛成できませんでした。私にしてはあまり脚は見せたくないんで。よく皆から奇麗な脚をしてるって言ってもらいますけれど。
「あまりね」
「別にいいのね」
「スカートはロングでもいいわよ」
 私ははっきり言いました。
「くるぶしまであっても別にね」
「それはかえって駄目でしょ」
 何か私の言葉に突っ込んでくれました。
「大昔の不良じゃない、それって」
「二十年か三十年前の不良じゃないの、それ」
 そういえば古本屋の漫画で見たことがありました。超長ランの不良とか。こんなの知ってる私もかなりのものだと思いますけれど。
「それは幾ら何でも」
「そうでしょ?だからそれは駄目よ」
 こう彼女に言われました。
 

 

76部分:第十二話 制服その二


第十二話 制服その二

「かえってね。まあうちの女の子の制服って下がズボンだと」
「そう、絶対に似合わないわよね」
「試しにスカートじゃなくてズボン佩いてみたことある?」
 流石にそれはないですけれど。何かこう考えただけで駄目なのがわかります。ベストとあとリボンじゃなくてネクタイだとどうかわかりませんけれど。
「ないわ」
「そうでしょうね。やっぱり似合わないから」
「セーラー服なら別にいいんだけれどね」
 私はここでふと天理中学校の女の子の制服を思い出しました。天理中学では女の子の制服はセーラー服なんです。ネクタイが白の。
「ブレザー、っていうかうちの制服のブレザーには」
「どう考えても似合わないわよねえ」
「だからそれは駄目よね」
「そういうことね」
 そう話をします。
「けれどあれね」
 それから彼女はまた言いました。
「何気に真面目な制服よね」
「そうよね、高校のも中学のも」
「あまり真面目過ぎて堅苦しいかしら」
 彼女はこう言って笑います。
「それに何よりも」
「先輩のチェック?」
「そうそう、それそれ」
 何かこの台詞後でテレビで聴くような。そんな感じがしました。
「それもあるじゃない。寮だと」
「東寮ってそういうの凄く厳しいしね」
「ちっちの部屋もでしょ?」
「私の部屋も?」
「そうじゃないの?」
 どうも私の部屋は先輩達がかなり厳しいって思われているようです。それを感じました。
「だって長池先輩じゃない」
「よく言われるけれど先輩って優しいわよ」
「全然そうは思えないんだけれど」
 これもよく言われます。長池先輩に関しては。
「顔も雰囲気も怖いし。実際怒ると凄く怖いんでしょ?」
「全然怖くはないわよ」
 そしてそれを私が否定するのもいつものことです。
「凄く優しい人だけれど。怒らないし」
「本当?」
「ええ、本当」
 私はそれを保障します。
「全然よ。かなりよくしてもらってるわよ」
「そうなの」
「そうよ。何か長池先輩ってかなり誤解されているみたいね」
「奇麗な人だけれどね」
 これは皆言います。確かに先輩って奇麗ですから。
「制服も似合うし」
「そうよね」
 これも当たっています。先輩の制服姿って女の私から見てもかなりいけています。
「先輩の制服姿ってねえ」
「いいっていうか」
「私実は参考にしているのよ」
 こう彼女に言います。
「先輩の制服の着方」
「着方?」
「だから着こなし。それをね」
「参考にしているの」
「まず先輩の制服の着方って真面目じゃない」
 そもそも真面目に着るのが制服ですけれどその中でも先輩の着方って凄く真面目なんです。全てが折り目正しい着方なんです。
「それを見てね。やっているのよ」
「ふうん、そうだったんだ」
「その真面目さがかなりいい感じになっているし」
「きりってした感じね」
 言葉で言い表すとそうなると思います。それが先輩の奇麗さをさらに際立たせています。何か美人の人ってそういうところが本当に得だと思います。
「そうね。先輩ってどっちかっていうとあれじゃない」
「クールビューティー?」
「そうそう、それそれ」
 今度はこの言葉を私が言いました。
「だから真面目に着こなしているのが似合うのよ」
「何か本当に羨ましいわ」
 これは私も心から思うことです。
「それって」
「先輩ってねえ。垂れ目だけれどね」
「そうよね」
 実は長池先輩はそっちの方の目をしておられます。私も垂れ目なのが少しコンプレックスになっているのでそれが何か共感あったりします。もっとも先輩は背は普通ですしスタイルもかなりいいんでそれは私とは全然違うんですけれど。何気に私結構自分の容姿にはコンプレックスがあります。小さいですし胸もあれですし。
「それでクールビューティーってあまりないわよね」
「どっちかっていうとその奇麗さってね」
 私もこれはわかります。
 

 

77部分:第十二話 制服その三


第十二話 制服その三

「目が釣り目の人じゃない」
「そうよね。大体」
「北川景子さんとかね」
「あっ、そういえば」
 北川景子さんと聞いて彼女はふと気付いたみたいです。
「何?」
「長池先輩ってその北川景子さんに似てない?」
「そういえばそうよね」
 言われてふと気付きました。
「背も同じ位だったわよね」
「ええ」
 北川景子さんが一六〇ですけれど先輩もそれ位です。女の人では標準ですね。大体一五五なかったら小柄なんだと思います。私は一五〇ですけれど。
「顔つきは」
「先輩は北川さんを優しくした感じよね。あと髪の毛を」
「もっと茶色にしてふわふわした感じね」
「そうそう。そうなるわよね」
「それ考えたら先輩って」
 また気付きました。
「本当に奇麗なのね」
「高井先輩もそうよね」
 御二人はよく一緒におられますけれど。美人ユニットです。
「それぞれタイプが違ってるけれどね」
「だから余計に目立つのよ。そういえばさ」
「何?」
 話が変わりました。
「高井先輩って岡山の人よね」
「ええ、そうよ」
 これは先輩から直接教えてもらったことです。
「岡山の教会の娘さんよ」
「それも結構大きな教会だったわよね」
「かなりね」
 だから高井先輩はお嬢様になっちゃうんでしょうか。天理教の人は飾らないからそんなイメージはないんですけれど。
「大きな教会の娘さんなのよ」
「そうだったんだ」
「あんたも教会の娘さんじゃない」
 今目の前にいる彼女もそうです。地方から天理高校に来ている人は大体教会や布教所の息子さんや娘さんです。私もそうですし。
「同じじゃない」
「大教会違うし」
 彼女はこう私に言いました。
「高井先輩のことは詳しくなかったのよ」
「そうだったの」
「それにしても岡山かあ」
 何かそれに思うところがあるようです。
「いいなあ」
「いいの?」
「だって美味しいもの一杯あるじゃない」
 理由はそれでした。
「桃だってマスカットだって」
「果物多いわね」
「あと黍団子にままかり」
 そういえば多いです。神戸もその点では不自由していませんけれど。
「うちの兄貴がね、イギリスに布教に行ったのよ」
「イギリス、ねえ」
 イギリスと聞いただけでおおよそのことは察しがつきました。
「壮絶だったって」
「食べ物がなのに」
「もう食べていられなかったそうよ」
 やっぱりそれでした。イギリスといえば食べ物がかなりあれなことで本当に有名でしたから。
「どれ位かっていうとね」
「どれ位なの?」
「天理高校の一昔のお昼御飯レベルですって」
「それってかなりってことよね」
「ええ」
 私に対して頷いてきました。
「それかもっと酷かったって言っていたわよ」
「うわ、凄いなんてものじゃないわね」
 天理高校のお昼御飯は一昔前はかなり壮絶なものだったらしいです。私達もお米やおかずも信者さん達からの寄付からですから当然です。あと天理高校の施設も全部寄付からです。それがかなり凄くて天理高校の施設はかなり整っています。八条学園並です。
「それだと」
「それ考えたら岡山っていいじゃない」
 岡山に話が戻りました。
「美味しいものが一杯でね」
「行きたいの?」
「行きたいわ」
 答えはもう決まっていました。
「私の実家大阪だから近いし」
「大阪だったら別にいいじゃない」
 話を聞いて心の中で何だと思いました。
「食い倒れだから別に」
「まあそうだけれどね」
 これは本人も認めました。
 

 

78部分:第十二話 制服その四


第十二話 制服その四

「それでも。本場ものは違うのよ」
「高井先輩もそう言われるわね」
 高井先輩は甘いものが大好きです。というか果物が好きで特にその桃やマスカットが好物なんです。
「味が全然違うって」
「神戸牛だってそうでしょ?」
「多分」
 高いからあまり食べたことないからどうだと言えないです。大抵食べるっていえば輸入牛です。贅沢っていうのは宗教やっていたら駄目だと思います。
「そうだと思うわ」
「そうだって」
「食べたことあまりないの」
 それを彼女にもはっきりと言いました。
「実はね」
「やっぱりそうなのね」
「外食も少ないしね」
 教会にいるとどうしてもそうなります。教会では皆さんに御馳走することが多いんでそれで自然とそうなって外では食べないんです。他の教会で食べることは多いですけれど。
「そうよね。やっぱり」
「でしょ?まして神戸牛って本当に高いし」
 これが最大の理由なんですけれどね。
「それよりあれよ。普通の牛肉で焼肉とか」
「そっち?」
「ステーキより焼くの簡単じゃない」
「そうね。皆でできるし」
 最大の理由はここです。焼肉はだから好きです。
「だから神戸牛のステーキとかはね」
「他には関西は一杯あるけれど」
「たこ焼きとかきつねうどんとか」
 あれ、何か安いものばかりみたいな。自分で言っておいてですけれどそう思いました。
「お好み焼きとかね」
「兵庫だったら他には明石焼きね」
「よく知っているじゃない」
 実は私の好きな食べ物の一つでもあります。
「私もあれ好きだから」
「そうなんだ」
「そういえば長池先輩も兵庫の人だったわよね」
「あっ、そういえばそうね」
 言われて思い出しました。そういえばそうです。
「けれど山の方なんだったっけ」
「神戸から北にいってね」
 そう彼女に言いました。
「そこの人なのよ」
「兵庫っていっても広いのね」
「兵庫はね。結構」
 瀬戸内海だけじゃなくて日本海側にも出ていますし。かなり広い県だったりします。
「そうなのよ」
「じゃあちっちと先輩って同じ兵庫でも」
「ここではじめて知り合ったのよ」
 ただしです。おぢばで聞いた話ですが。
「けれど地元じゃ有名な美少女だったらしいわよ」
「でしょうね」
 彼女も私の言葉に頷きます。
「それはわかるわ」
「わかるの」
「奇麗だから」
 やっぱり理由はそれでした。
「けれどそれ誰から聞いたの?」
「先輩が地元でも評判だったってこと?」
「そうそう、それそれ」
 またこの言葉が出ました。何か井上敏樹さんになった気分です。
「誰から聞いたのよ」
「佐野先輩から」
「佐野先輩からなのね」
「そうなの」
 こう彼女に答えました。
「あんまり奇麗なんでタレント事務所から声がかかったこともあったらしいわよ」
「先輩だったらあるわよね」
 それも普通に。奇麗にも程があります。
「それに小野先輩もね」
「奇麗よね」
「小柄だし」
 私は佐野先輩とはじめて御会いした時まずそれが目についたんです。何か小柄で可愛いなあ、先輩なのに失礼だけれどなんて思いながら。
「佐野先輩も制服似合うしね」
「そうなのよね」
 私は彼女の言葉に頷きました。
「特にブレザーがね」
「いいわよね、本当に」
「私は全然似合わないのよ」
「そう?」
 けれど彼女は私の言葉にはあまり賛成しない感じでした。
「ちっち似合ってるわよ」
「そうかしら」
「だってちっち色白いし」
 まず言われたのはそれです。それでも長池先輩や佐野先輩に比べたら色黒いんじゃないかな、って思うんですけれどね。
「似合ってるわよ」
「そうかしら」
 自分では実感がないです。
「だったらいいけれど」
「その制服を短くしたらもっと似合うわよ」
「それは駄目よ」
 それについては私は賛成できませんでした。それには理由があります。
「私ミニは好きじゃないのよ」
「そうなの」
「脚、自信がないから」
 脚線美には全然自信がないんです。というかスタイル自体が。
「嫌なのよ」
「そうなの」
「普通のスカートかズボンならいいけれど」
「ズボンねえ」
「だから天高の体操服は好きなのよ」
 天理高校を略して天高と呼びます。私達の間では普通に呼ばれています。天理高校の学生を天高生と呼びます。おぢばじゃそれで通っています。
「あの紺のジャージがね」
「あのジャージが?」
 私の言葉に顔を顰めさせる彼女でした。
「あれの何処がなのよ」
「だから身体のライン見えないから」
「それなのね」
「そうよ。それがいいのよ」
 私にとってはそれが一番の理由です。
「そうじゃないの?だって中学とかだと」
「半ズボンとかスパッツとかよね」
 流石にブルマーはないですけれど。それでも半ズボンとかスパッツでも身体、特に脚のラインが出るんで凄く嫌なんです。
「それがどうもね」
「嫌なのね」
「ブルマーだったら死にたい気分になっていたかも」
「高校でそれやったらもうやばいでしょうね」
 それは何となく、っていうかはっきりわかります。そもそも昔はそれで問題にならなかったんでしょうか。中学生でもかなり危ないでしょうに。
 

 

79部分:第十二話 制服その五


第十二話 制服その五

「絶対に怪しい奴が周りうろうろするわよ」
「特に三年の人の授業中なんか」
「間違いないわね。それ考えたらプールが室内でもできるのって」
 天理高校のプールは屋根が可動式なんです。それで天気のいい時は屋根が開けられるようになっているんです。正直かなり凄い感じです。
「そういうの警戒してかしら」
「宗教の学校だしね」
 ここ重要ですね。
「そういうのに警戒しているのね」
「校則も他の学校に比べれば厳しいし」
「そうよね」
 それで話はまた制服にも戻ります。
「ミニにしたりするのって駄目だしね」
「男の子だって極端な服ないしね」
「制服の下はわからないけれどね」
「そこは案外皆派手よ」
「そうなのね」
 男の子に関してはそうみたいです。シャツのお洒落は重要ってことなんでしょう。私達は白いカッターでその下は地味な下着なんですけれど。東寮は決まりごとが多くて厳しくて下着も色々と言われています。
「見えないところでってやつね」
「そういうこと。それにしても女の子のガードが固いわよね」
「髪だって染めるのはね」
 駄目なんです。やっぱり宗教の学校だからです。
「お化粧だってうっすら」
「その体育の服だってそうだし」
「けれど水着はあれじゃない?」
 当然女の子の水着です。
「競泳用の水着じゃない」
「ええ」
 スクール水着じゃないんです。もっとも最近どうやらスクール水着にも怪しいマニアが多いっていいますけれど。世の中どうなっているんでしょう。
「スタイルはっきりわかるからね」
「あれはあれでまずいかもってことね」
「先輩達なんか特に」
 二年の方も三年の方も皆さんスタイルがよくて私達も上級生になればそうなるんでしょうか。その辺りは全然自信がないです。夢物語です。
「そういうのも考えてやっぱりプールに屋根があるんでしょうね」
「でしょうね」
 話はそこに戻りました。
「やっぱり」
「それにしても夏暑そう」
「ジャージが?」
「そう思うでしょう?やっぱり」 
 今度は話がそこに戻りました。
「あのジャージ生地が厚いから」
「服は大丈夫そうだけれどね」
「問題は夏よ。おぢば夏凄く暑いから」
 ちなみに冬は凄く寒いです。盆地にあるので。
「むれそう」
「もうあれ着ていたら暑いしね」
 まだ上着すら脱いでいないのにそうなんです。暑いこと暑いことって。
「困ったことにね」
「露出少ないのは個人的にいいけれどね」
「男の子も道着大変そうだし」
「道着?」
 彼女はそれを聞いても何のことかわからないようでした。
「何それ」
「柔道のあれよ」
 わかりかねていた彼女にこう言ってあげました。
「あれも夏はかなり暑いらしいわよ」
「ああ、あれね」
 彼女もそれを聞いてわかった感じでした。
「そうでしょうね、あれは」
「本当におぢばは夏地獄よね」
 はっきり言って神戸なんかよりずっと暑いんです。神戸は前が海、後ろが山なんで涼しいんです。まあ冬はそのせいで風が強くて困りますけれど。
「冬もだけれど」
「結構過ごしにくい場所だと思うわ」
 彼女もそれを言います。
「正直言ってね」
「否定できないわね」
 私も同じ考えです。
「さっきも言ったけれど」
「東寮朝早いしねえ」
 夏は五時半起きです。ところがです。一年生はそれより一時間早く起きてそれで部屋のお掃除をしてそれから朝の点呼に並ばないといけないんです。何か噂では防衛大学よりも厳しいそうです。本当かどうかわからないですけれど。
「冬なんかどうなのかしら」
「さあ」
 あまり考えたくありませんでした、正直。

 

 

80部分:第十二話 制服その六


第十二話 制服その六

「ひょっとしてこの学校三学期が短いのって」
「部活やってればあまりだけれどね」
 天理高校の冬休みは一月、春休みも一月です。夏なんかは二ヶ月近くあります。ただし部活があればそれでおぢばにいることになります。特におぢばがえりの時が忙しいんです。あと三学期がはじまるのも早くて一月五日からです。それはおせちひのきしんといって新年の催しに参加しないといけないからです。
「それでも長いのってやっぱり」
「夏と冬が地獄だからかしら」
「もっともその夏にこそ忙しいんだけれどね」
「まあね」
 なおこれは私達だけではなくておぢばの人、いえ天理教の人皆がです。天理教で忙しいのは夏のおぢばがえりとお正月です。ついでに言えば二十六日もです。月次祭の。
「夏嫌よねえ」
「本当よ。男の子の目だって気になるし」
「そうそう、それそれ」
 何かこの言葉皆使っているような。何故でしょう。
「白で薄いじゃない。つまり」
「ブラが透けちゃうのよね」
「しかも。目立つ色だと余計にね」
「ええ」
 元々派手な色は着けられないですけれどそれでも。実質的に白だけになっちゃいます。もっとも殆ど皆下着は白だけなんですけれど。理由は寮のしきたりです。
「下手したらショーツまで」
「それはないわよ」
 私はそれは否定しました。
「どうしてそうなるのよ」
「狙われているのよ」
 私が否定したらこう返してきました。
「狙われているって男の子から?」
「そうよ。スカートだって薄くなるでしょ」
「ええ」
 何か話がまたそっちにきています。
「それで少しラフな動きをしたら」
「めくれたりするのね」
「そういうこと。それにも気をつけないとね」
「何か夏ってかなり気をつけないといけないのね」
「そうね。まあ逆に言えば」
 ここで彼女はふと思わせぶりな笑みを見せてきました。如何にも何かよからぬことを考えていますよ、って感じの顔になっています。
「あれよ。男の子をゲットするには」
「何かそういうのって好きになれないけれどね」
 私はそれは否定しました。
「駄目よ、そんなの」
「相変わらず真面目ね」
「真面目っていうかあれよ」
 そしてまた彼女に言いました。
「やっていいことと悪いことがあるじゃない。そんな誘惑みたいなことを」
「本命の子を一人だけ誘惑するのはいいことよ」
 中森明菜さんの曲?みたいなことを言い出してきました。中森明菜さんはお父さんとお母さんがファンなんです。昔の映像を見て私あんなに奇麗っていうか妖しくなれるのかなあ、って凄く不思議に思ったりもしますけれど。私も中森明菜さんは嫌いじゃないです。
「そううちのお母さんが言っていたわよ」
「一人だけなのね」
「そう、一人だけ」
 色々な人にそんなのやったら確実にやばいですけれど。
「そうらしいわよ」
「凄いお母さんね」
「それでお父さんゲットしたらしいのよ」
 何かよくあるお話のような。
「学校の後輩だったお父さんをね」
「そういえばあんたのお母さんって」
「そうよ、天理高校から天理大学で」
 つまり私達の先輩でもあるんですね。
「それで教会継がないといけなかったから」
「後輩を捕まえたの」
「捕まる方が悪いのよ」
 凄く身勝手っていうかそのまま女郎蜘蛛っていうか。やっぱり中森明菜さんの曲な感じに思えます。
「それに捕まってお父さんも幸せになったんだし」
「そうなの」
「といってもあれなのよねえ」
 ここでふと話を困った顔で変えてきました。
「教会っていうか天理教って」
「何?」
「女の人の方が大変じゃない」
 話はここでした。
「何かっていうと動いたり話を聞いたりするのって女の人じゃない?」
「そうなのよね」
 これはお母さんを見ていてわかることでした。むしろお父さんの方が動いていないような気がします。それは大抵何処の教会でも同じのような。
「うちの家も会長はお父さんだけれど」
「お母さんばかり動いているのね」
「そうなのよ、完全な姉さん女房だけれどね」
 そういうことみたいです。これも天理教じゃよくあります。
「お父さんはまあ。いるだけかな」
「いるだけって」
 けれど笑えないのは何故でしょうか。
「そうなの」
「完全にお母さんが仕切ってるしね。全部」
「そういえばうちもかな」
 うちも結構。お父さんが会長なんですけれど大体のことはお母さんがしています。それを考えたら何か天理教の教会は結構そうした感じが多いんです。
「何か」
「でしょ?そういうものだと思うわよ」
 彼女も言います。
 

 

81部分:第十二話 制服その七


第十二話 制服その七

「天理教ってやっぱり女の人が強いわよね」
「男の人も欠かせないけれどね」
 なお天理教では婦人会というものがあります。他にも女子青年会なんていうのもあります。どちらも、特に婦人会はうちのお母さんも入っていて天理教を支えています。
「やっぱり女の人よねえ」
「その割には」
 それでもふと思うことが一つ。
「何でそれで天理高校女の子少ないのかしら」
「あれっ」
 実はそうなんです。天理高校は奇麗な女の子が多いですけれど男の子との割合は大体三対二辺りで。どうしても女の子の方が少ないんです。それで男の子は天理教にいる他の女の人に声をかけたりしているのかも知れないです。その辺りはよくわかりません。
「そうじゃないの?何でだろ」
「そういえば」
 私の言葉に彼女も首を傾げます。
「そうよね。どうしてかしら」
「これもやっぱり何かあるのかしら」
「修養科は女の人が多いそうね」
「らしいわね」
 修養科は三ヶ月詰所に住んでそこから修養科の教室で天理教のことを勉強したりひのきしんをさせてもらったりするところです。私のお父さんも一回この人達の担任で教養掛といったのをしたことがあります。それは一月でその間お母さんが家のことは取り仕切っていました。そういえばお父さんがいなくても家は平気で動いていたような。お母さんがそれだけ凄いってことでしょうか。
「確か」
「何でそれでうちの高校は女の子が少ないのかしら」
 私はこのことに首を捻るばかりです。
「東寮だって小さいし」
「男の子の北寮なんてとても大きいのにね」
「そうよね」
 考えれば考える程わかりません。
「どうしてかしら」
「まあ考えても答えは出ないかも」
 彼女が言いましたけれど私もそれに納得してきました。
「これって」
「女の子にしては彼氏選び放題だし」
「どうしてそうなるのよ」
 何かしょっちゅうこんな話になります。
「だって。男の子の方が多いし」
「おぢばは女の子自体が多いわよ」
 同時に大人の女の人も。恵まれてる環境なんでしょうか。
「だから一緒でしょ」
「そうかしら、やっぱり」
「世の中甘くないみたいよ」
 何か大人ぶった言葉になっちゃっていますけれど。
「案外。彼氏ゲットするのは難しいみたいよ」
「ちっちはどうなのよ」
「私?」
「ええ。どうなのよ、そっちは」
 私に尋ねてきました。
「全然彼氏とかの噂ないけれど」
「私のことはいいじゃない」
 自分のことを言われると。かなり弱いです。
「それは別に」
「よくないわよ。折角可愛いのに」
「可愛いって」
 自分でも顔が赤くなるのがわかります。
「そんなことは。別に」
「別に、じゃないわよ」
 けれどまた突っ込まれます。
 

 

82部分:第十二話 制服その八


第十二話 制服その八

「夫婦揃ってじゃない。しかもここまで話しておいてちっちだけ何もなしってのは駄目よ」
「駄目っていうか」
 私は困った顔で答えます。
「私は。彼氏はそのまま」
「そのまま?」
「ずっと一緒にいたいのよ」
「それって結婚ってこと?」
 彼女は私に尋ねてきました。
「そんなの考えてるの?もう」
「十六から結婚できるじゃない」
 私はそう彼女に言いました。
「それだったら。やっぱり」
「それってかなり飛躍よ」
 彼女は私に対して呆れた顔と声で言ってきました。
「何で彼氏がそのまま結婚なのよ」
「駄目かしら」
「駄目っていうかね」
 また呆れた声になっていました。
「今時の考えじゃないわよ」
「それでもよ」
 何か夢見る年頃なんでしょうか、私って。
「私は。やっぱり」
「凄いわね。そうした考えって」
 今度も呆れられました。
「けれどちっちらしいかしら」
「私らしいの」
「ええ。そうしたところってね」
 今度は笑ってきました。何か随分と表情が変わります。
「らしくて。いいっていえばいいかも」
「はあ」
 彼女の言葉に応えます。
「そうなの」
「そうなのっていってもね」
 そうしてまた言われました。
「実際そうなんだし」
「ううん、そうかしら」
「自覚はないのね」
「悪いけれどね」
 本当にないです。自分では本当にわからないものみたいです。
「あまり。っていうか」
「けれど実際そうした娘って今時あまりいないわよ」
 これはよく言われる気がします。
「お堅いんだから」
「別におみちってそういうのは五月蝿くないけれどね」
 一応色情のいんねんって言葉があって戒められています。けれど正しい恋愛や結婚、夫婦生活は非常にいいことだとされています。
「昔からそう思っていたのよ」
「彼氏とそのままゴールインかあ」
 彼女は少し上を見上げて言いました。
「実際にそれって理想なんだけれどね」
「そうでしょ?やっぱり」
「けれど。滅多にないわよ」
 実際にそれはそうですけれど。
「高校時代の相手なんて結局別れるものだっていうし」
「あっ、それ違うから
 これは否定することができました。私にとって有り難いことに。
「うちの大教会にね」
「奥華よね」
「そうよ。二組もおられるんだから」
 高校時代から一緒でそのまま結婚されたっていう方々が。ちゃんとおられるんです、しかも凄いことにそれが二組もあったりします。
「だから実際にあるわよ」
「ちっちもそれを目指すの?」
「目指すかどうかはわからないけれど」
 そこまでははっきりしません、まだ。
「けれど。相手はやっぱり」
「そのままずっと一人がいいのね」
「それに私を好きでいてくれる人だったらいいのよ」
 容姿は確かに役者さんには求めますけれど。友井雄亮さんみたいに精悍な顔立ちの方もオダギリジョーさんみたいな方も好きですし。
「それだけで」
「ああ、それは駄目ね」
 けれど今の言葉は笑って否定されました。
「どうしてよ」
「男は浮気するもの」
 すぐにこう言われました。
「それも絶対にね」
「絶対にって」
 今の言葉は。確かに否定できないものがありました。
「浮気は大抵男がするでしょ?」
「まあそうらしいわね」
 お母さんの言葉だとそうです。言葉を漏らしていたのを覚えています。
「噂では」
「現実よ。ちょっと目を離すと危ないらしいわよ」
「ちょっとって」
「浮気しなくても動かないとかお酒ばかり飲むとかギャンブルするとか」
「何か大きな子供みたい」
「そう、子供なのよ」
 言いたいことはそこみたいです。
「相手は大きな子供なのよ。覚えておくのね」
「じゃああれなの?」
 私はそれを聞いてまた彼女に尋ねました。
 

 

83部分:第十二話 制服その九


第十二話 制服その九

「女の子は皆お姉さんなの?」
「それかお母さんね」
 話が一気に所帯じみたものになってきました。
「そう考えるのね」
「じゃあこの制服って」
 自分の制服を見ながら言います。
「お母さんのエプロンと同じなのね」
「そう考えると急に可愛さがなくなってきたわよね」
「そうよね」
 本当にこう思えてきました。
「エプロンと同じだって思うと」
「はっぴもそうよね」
 今度ははっぴが話に出ました。
「あれだってひのきしんの時には絶対に着るし」
「そうなるわね」
「お母さんと同じだなんて」
「けれどよく考えたらそうかも」
 彼女は少し首を考えて私に言ってきました。
「よく考えたらって?」
「だって。昔はあれよ」
 昔のことを私に対して言うのでした。
「十六歳っていったらもう結婚していたじゃない」
「それで子供がいても不思議じゃなかったのね」
「教祖は十三歳で結婚されたじゃない」
 教祖のお話も出ました。
「それ考えたら普通じゃないかしら」
「私達の歳で子供がいても」
「不思議じゃないわよね」
「何かそう考えたら」
 急に話が制服の着こなしとかからお母さんみたいな話になりました。まだ十六歳って考えていたけれどもう十六歳なのかも知れません。
「彼氏がいてもおかしくないのね」
「っていうか旦那様」
 やっぱりここに話がいきます。
「私もちっちもね」
「じゃあ愛しの要潤さんなんかは」
 どうしても特撮の俳優さんが好きで。特に仮面ライダーやってらした方が。
「どうかしら」
「ちっちまたつむじ見られるわよ」
 いきなりこう言われました。
「要潤さんって背が高いじゃない」
「ええ」
 確か一八〇は平気で超えていました。特撮の人って男の人も女の人も普通に背が高くて。男の人だと一七五を超えるのは普通です。私にとっては夢みたいな数字です。
「だからそれこそ」
「けれどあれよ」
 私は少しむっとした顔になって言いました。
「子供ができたら二人の中間で」
「そうはならないのよ」
「えっ!?」
 今の言葉で思わず凍ってしまいました。
「どっちかになるんだって」
「どっちかっていうことは」
「そう、大きくなるか小さくなるか」
 そんなことになったら。それこそ。
「おみちだとまあ女の子が小さくなるわよね」
「それって立派ないんねんじゃないっ」
 思わずいんねんを口にしちゃいました。
「うちは代々女の人は小さいのよ。それが私の娘にまで続いたら」
「牛乳飲んだら?」
 うわ、子供の頃からずっと言われてきた言葉です。
「かなりいいらしいわよ」
「ずっと飲んでるわよ」
 今だってそうです。ちょっと何か飲んだりする時があれば。
「それでも伸びないのよ」
「豆乳は?」
「それもよ」
 豆乳もいいらしいんで飲んでいますけれど。それでもやっぱり。
「けれど全然なのよ」
「伸びないのね、本当に」
「お母さんだって小さいし私も妹達も」
「それはまた見事ないんねんね」
「でしょ?だから困ってるのよ」
 多分これって私だけじゃないでしょうけれど。絶対おみちの女の人は小さい人が多いです。とにかくそれだけは私の目から言えます。
「お父さんは結構大きいのね」
「随分強い遺伝子なのね」
 それもあるでしょうけれど。とにかく。
「女の人が全員小さいっていうのも」
「一番高い人で一五四よ」
 大体一五五ないと小柄ですよね。私の血筋は女の人でそこまである人は一人もいません。私なんかそれこそもう少しで一五〇ないところでした。
「一番低い人で一四八ないかも」
「一四八っていったら」
 彼女はそれを聞いて首を傾げながら言ってきました。
「あれ?魚住りえアナと同じ位よね」
「多分」
 あの人もかなり小さいですね。だから何か凄い好きなんですけれど。
「一六〇は欲しかったのに」
「ささやかって言うのかしら。贅沢って言うのかしら」
「私にとっては贅沢よ」
 自分ではそう思っています。
「背のことは。十センチ、せめて六センチ」
「本当に切実なのね」
「これで子供まで小さかったら本当にどうすればいいのよ」
 言っても仕方ないことですけれど言わずにはいられません。
「小さい小さいって子供の頃からずっと言われていたのに」
「高校の制服着ていないと今でもやばいしね」
「小学生みたいってこと?」
「はっきり言えばそうよ」
 これもずっと言われていました。中学校時代から。
「悪いけれどね」
「小学校の頃は幼稚園だったわよ」
 四年生まで言われていました。
「そこまで幼く見えるのかしら」
「見えるわね、実際に」
「うう・・・・・・」
 反論ができません。そこまではっきり言われたら。
「童顔だし本当に小さいし」
「否定できないのが・・・・・・」
「制服だって何か丈が長く見えるしね」
「そうかしら」
「見えるわよ、実際に」
 また言われました。
「けれどそれが似合ってるのよ」
「そう言ってもらえると嬉しいけれど」
 似合うって言われたらやっぱり嬉しいです。とりあえずは。
 

 

84部分:第十二話 制服その十


第十二話 制服その十

「それでもね」
「何かあるの?」
 彼女にまた尋ねます。
「色が白いから」
「色がなの」
「ちっちって色白じゃない」
 これも昔から言われます。そのかわりそれこそ日焼けしたら、ですけれど。
「だから余計に似合うのよね」
「そうなんだ」
「そうなんだじゃなくてそれっていいことじゃない」
 こうも言われました。
「色の白いのは七難隠す」
 よくある言葉ですよね、これって。
「男の子が放っておかないわよ」
「男の子ってまた」
 何かこればっかり話しているみたいな。東寮だとファッションとかも全然見ることができないから当然って言えば当然なんですけれど。
「そっちに話がいくのね」
「悪いかしら」
「何か他のことないのかしら」
 言ってもどうしようもないですけれどついつい思ってしまいます。
「何かこの学校って色々催しも多いけれどね」
「夏のあれとか?」
「そう、おぢばがえり」
 これが一番のイベントだったりします。夏は。
「やっぱりそれよね」
「何かそれで夏かなり忙しいのよね」
「ああ、そうよね」
 私の方を見て言ってきました。
「だってちっちって吹奏楽部だから」
「色々としないといけないらしいのよ、これが」
 もう先輩から聞いています。それが何か色々不安だったりしますけれど。どんなに忙しいのか大変なのかって。どうなんでしょうか。
「それこそ修羅場だって」
「もっと大変な人もいるわよ」
 そうしたらこう言われました。
「専修科の人達なんか」
「あっ、そうか」
 専修科は簡単に言うと天理教の専門学校みたいな場所です。天理高校から行く人は少なくて天理教付属高校や親里高校から行く人が多いんです。この二つの学校が合併するらしいですけれど。
「そうだったわね」
「ちっちの知り合いには専修科の人いないの?」
「ええ、ちょっと」
 その質問には首を横に振ります。
「いないわね」
「私もなのよ」
 彼女もこう答えてきました。
「看護学校の人はいるけれど」
「やっぱりいないわよね」
「少ないからね。それに第二専修科はもっと」
 そういう学校もあるんです。専修科は二年ですがこの第二専修科は何と五年もあります。それこそ軍隊みたいだって聞いています。
「厳しいらしいし」
「どんなのかしら」
「それこそあれみたいよ」
 彼女の言う言葉が少しおどろおどろしいものになってきました。何かつのだじろう先生の漫画に出てきそうって言ったらそれこそ思い出して夜寝られないですけれど。
「東寮よりまだ厳しいんだって」
「想像がつかないけれど」
「かつての海軍兵学校よりはましらしいけれど」
「海軍って」
 どんなところだったんでしょう。何でも聞いた話では仮面ライダーの昔のプロデューサーさんは予科練から特攻隊に入っておられたそうですけれど。予科練を思い出してしまいました。
「幾ら何でもそこまでは」
「やっぱりないかしら」
「ここは天理教よ」
 間違っても海軍ではありません。
「どうしてそうなるのよ。全然違うじゃない」
「周り山だしね」
 本当に見渡す限り周りは山です。あまりにも木が多くてそれが紫に見えたりもする時があります。これはこれで非常に奇麗で私は気に入っているんですけれど。
「やっぱり海って場所じゃないわよ」
「そうよね」
「そういうこと。ところでさ」
「何?」
「そろそろゴールデンウィークだけれど」
「部活三昧よ」
 他には何もありません。正直部活の青春です。
 

 

85部分:第十二話 制服その十一


第十二話 制服その十一

「ちっちもでしょ」
「ええ。それにそれが終わったら」
 もう学生の定番です。
「中間テスト」
「ああ、聞きたくないわ」
 それにはすぐにこう言い返されました。
「その言葉だけは聞きたくはないわ」
「何よ、その凄い反応」
「だってそうじゃない」
 私にとっては何を今更って感じでした。
「テストがない学校なんてないわよ」
「辛子のついてないフランクフルトはあるのね」
「いえ、それもあまりないわよ」
 それにケチャップは絶対にありますよね。やっぱりフランクフルトにはケチャップがないと私的には嫌です。フランクフルト好きだから言いますけれど。
「とにかく。テストよ」
「わかってるわよ」
 彼女も遂に観念してきました。
「わかってるけれどね」
「それでも嫌なのね」
「そういうこと」
 まあ普通は好きな人もいないでしょうけれど。寮って勉強するのも結構大変ですから。
「とにかく勉強はしてるの?」
「一応はね」
 心もとない返事が返ってきました。
「してるけれど」
「勉強に慣れないとか?」
「寮での勉強って結構大変じゃない」
 彼女も私と同じことを言います。
「それで。色々と」
「困ってるのね」
「どうしようかって思ってるのよ」
 話が真剣なものになってきました。
「実際のところ。このままじゃ勉強も思うように進まないし」
「図書館でしたら?」
 私は彼女にこう提案してみました。
「図書館で?」
「そうよ。あそこでしたらどうかしら」
 また言います。
「結構いいわよ」
「図書館ねえ」
 彼女は私の話を聞いて考える顔を見せてきました。
「それっていいかも」
「そうでしょう?じゃあお休み終わったらすぐに行きましょう」
 話が纏まってきました。
「私は今すぐでもいいけれど」
「いえ、それはいいわ」
 けれどそれははっきりと断ってきたのでした。
「それはね」
「そんなに早くから勉強するつもりはないのね」
「とりあえず最低限の点が取れればいいんだから」
 それが彼女の考えでした。
「今のところはね」
「大学とかは考えていないの?」
「ううん、今のところは」
 どうやらそうらしいです。
「あまり。考えていないけれど」
「そうなの」
「それよりはね」
 そして私に言うのでした。
 

 

86部分:第十二話 制服その十二


第十二話 制服その十二

「高校卒業したら一旦実家に帰ろうかなっても考えているし」
「実家になのね」
「ええ、とりあえずはね」
 そう言うのでした。
「そう考えているのよ」
「実家に帰って何するの?」
「多分よ」
 ここで彼女は言うのです。
「私も多分教会の人と結婚するし」
「それはわからないじゃない」
 私はそれはどうかな、と言いました。
「これからのことなんてね」
「それはそうだけれどね」
 彼女はこう答えながらもまた言うのでした。
「それでも。周りはそういうのばかりだし」
「確かに多いけれどね」
「だからよ。本当にそうなってもおかしくないし」
 彼女はそれを予想しているのでした。
「だから一応は考えておいているのよ」
「私も。どうなるかしら」
「どっかで年下の子でもゲットしたら?」
「どうしてそうなるのよ」
 何かいつもいつも私は年下の子が話に出ます。本当に困ります。
「私はやっぱり年上の人がいいのに」
「だってちっちってお姉さん気質だから」
 それを言われると何となくわかります。私が長女だからです。それはいつも頭にあります。それでも妹達にお姉さんぶった記憶はないんですけれど。
「だから皆言うのよ」
「お姉さんねえ」
「弟さんいなかったわよね」
「ええ」 
 それを彼女にも答えます。
「妹が二人よ」
「じゃあ弟さん一人持てばいいのよ」
「弟って」
 あまり面白くない話です。
「私はそんなのは別に」
「いいじゃない、今更一人位」
「一人位ってね」
 余計に話が私にとって面白くなくなりました。本当に冗談じゃありません。
「私はそんなの全然欲しくないんだけれど」
「彼氏でも?」
「だから私は」
 また彼女に言い返しました。
「結婚する人としか駄目だしそれに」
「ちっちには年上の人は似合わないわよ」
 そういう設定に皆からされています。皆からです。
「何度も言うけれど」
「何度言われても無駄よ」
 私はむっとした顔でまたまた言い返しました。
「そんなことは」
「そうだけれどね。それでも」
「何よ」
「彼氏は欲しいわよね」
「ええ、まあ」
 それはまあ。否定できないです。
「見つけたらいいのよ。何か色々と幸せになれるらしいわよ」
「見つけようと努力はしているわ」
 何かと制約の多い学園生活ですけれどそれでも一応は。けれど向こうからも誰も声がかからないですし。
「けれどね」
「努力しなさいって」
「わかったわよ。勉強と一緒にね」
「またそれが出るのね」
 そんなこんなのゴールデンウィーク前のやり取りでした。何かお休み前でもどうにも。気持ちはあまりいつもと変わりはしないのでした。


第十二話   完


                  2008・1・10
 

 

87部分:第十三話 詰所へその一


第十三話 詰所へその一

                    詰所へ
 何だかんだでゴールデンウィークになりました。けれど殆ど部活です。
 部活が終わったら寮に戻って。何かいつもと全然変わりません。
「何かこれって」
「いつもと変わらないって言いたいのね」
「そうなんです」
 そう高井先輩に言葉を返しました。帰り道で一緒になったんです。
「三年間こうですよね」
「はっきり言えばそうよ」
 あまり聞きたくなかったこの言葉。
「私も最初の一年は凄くしんどかったし」
「はい、しんどいです」
 正直言ってかなりのものです。
「部活もそうですけれど」
「けれど別に美紀はそんなに厳しくないでしょ」
 長池先輩の御名前です。何か名前までよくて。
「怒ったら怖いけれど」
「先輩が怒ってるところなんて見たことないですよ」
 私は見たことがありません。それどころかこんなに優しくていいのかな、なんて思ってしまったりする程です。
「そうなの」
「はい。全然です」
 こうも答えました。
「それで私凄く有り難いと思ってるんですよ。怖い人じゃなくて」
「あれで怖いのよ」
 けれど高井先輩は言うのでした。
「怒ると凄くね」
「そんなに怖いんですか」
「顔が奇麗じゃない」
「はい」
 これは高井先輩もそうなんですけれど。とにかく本当に。
「だから余計に凄いのよ。それこそ」
「それこそ?」
「般若なのよ」
 あのお面を思い出しました。天理教の教会ではあのお面は普通は置いていないですけれど実は私ああしたお面が凄い苦手なんです。他には人形とかこけしとかも。
「般若、ですか」
「それでもちっちには怒らないのね」
「ですからとても優しくて」
「あれで案外怒りっぽいんだけれどね、美紀って」
 それは初耳なんですけれど。確かに同級生からはあの先輩で大丈夫?とか怖い感じの人とかは時々言われたりしますけれど。
「そうなの。じゃあいいわ」
「そうですか」
「ところでね」
 ここで高井先輩は私に言ってきました。
「何でしょうか」
「今時間あるかしら」
「えっ!?」
「だから。時間あるの?」
 また私に尋ねてきました。時間があるかどうか。
「部活終わったけれど。どうなの?」
「ありますけれど」
 寮に帰ってもすることないですし。とりあえず商店街に行こうと思っていました。今は二人で神殿の前を歩いています。
「そう。じゃあ悪いけれど付き合って」
 先輩は商店街の方を歩きながら私に言ってきました。
「詰所まで行きたいから」
「先輩の詰所っていうと確か」
「ええ、駅の向こうにあるのよ」
 天理教の詰所は大教会ごとにありまして天理市のあちこちにあります。駅の向こう側にもかなりの数があって高井先輩の実家が所属されている大教会の詰所もそこにあるんです。
「それでそこまで行くのにね」
「一緒にですか」
「駄目だったらいいけれど」
 そう前置きしてきました。
「けれどよかったらね。駄目?」
「いえ、私でよかったら」
 何もすることがないので先輩に御一緒させて頂くことにしました。実は私も先輩の詰所を見てみたかったですし。
「そう、じゃあ悪いけれどね」
「はい。ところで先輩の詰所って」
「何かしら」
 話はそちらにいきました。
「結構建物は新しいですよね」
「そうね。そんなに古くはないわね」
 先輩は少し考える顔をされてから私に答えてくれました。その横顔がとても奇麗で。長池先輩もそうですけれどこれで街なんか歩いたらすぐに声をかけられそうです。
 

 

88部分:第十三話 詰所へその二


第十三話 詰所へその二

「改築したのが少し前だから」
「いいですよね。私の詰所なんて」
「何言ってるのよ、奥華っていったら」
 ここで私のいる大教会の詰所について言われました。
「神殿から歩いてすぐだし商店街の側だし」
「場所。いいですか」
「凄くいいわよ。私なんていつも駅越えるのよ」
 歩けばかなりの距離です。天理市の商店街ってかなり長いですし。
「それ考えたら。羨ましいわ」
「羨ましいですか」
「子供の頃は本当にそう思っていたわ」
 先輩は岡山の方の教会の娘さんです。大教会は大阪の方にありますけれど。岡山にしろ兵庫にしろ広島にしろ美人さんが多いんでしょうか。
「いいなあ、って。おぢばがえりの時なんかも」
「おぢばがえりですか」
「おぢばの夏って滅茶苦茶暑いじゃない」
 盆地なので。私もそれは知っています。
「だから。神殿まで行くのに汗だくになっていたのよ」
「そんなに大変だったんですか」
「もう大変よ。冬だって」
 夏になってすぐに冬に。会話の中では季節の移り変わりは速いです。それこそあっという間です。
「お正月の寒い中を神殿までだったし」
「それでおせちのお雑煮を食べて」
「お父さんはおとそを飲んでね」
 お正月はおぢばでお雑煮とおとそが振舞われます。それが一年のはじまりなんです。
「それであったまるけれど。ただ修養科の人なんか大変よね」
「歩くだけでかなりですからね」
「だから神殿の側にある詰所の人が羨ましかったのよ」
 少し口を尖らせて仰います。
「いいなあ、って」
「そうだったんですか」
「けれど。それでもお家みたいなものだしね」
 先輩の表情がぱっと明るくなりました。
「だから中に入ればほっとするのよね」
「そうですよね。詰所って」
 そういえば私もそれはそうです。
「いたらやっぱり落ち着きますよね」
「馴染みの場所だしね」
 多分これが大きいんだと思います。いつも知っている人がいますしそれに子供の頃、いえ赤ちゃんの頃から通っていて泊まったりしていますから。だからだと思います。
「私も。あそこにはお腹の中にいる時からみたいだし」
「私もですよね。多分」
「お父さんとお母さんがね。結婚して私がお腹にいる時も帰っていたそうだから」
 こうしたことも普通にあります。私達と詰所の関係ってそこまで深いんです。
「それを考えたらやっぱりつながりは深いわよね」
「ええ。だから何だかんだで私詰所好きです」
 高校に入ってからもよくそこで集まったり二十六日の月次祭にはお父さんやお母さんと会ったりしています。本当に馴染みが深いです。
「先輩もやっぱりそうですよね」
「これで近ければ本当に最高なんだけれど」
「あっ、それはそうですか」
「ええ。やっぱりね」
 けれど距離についてはどうしてもそうはならないようです。
「歩くだけで疲れるわ。本当におぢばがえりが怖いわよ」
「この商店街も人が多くなりますしね」
「あの多さはねえ」
 先輩も困った顔になりました。
「凄いものがあるわよね」
「ですよね。そういえばですね」
「何?」
 ここで私はふと感じたことを先輩に言いました。
「先輩の大教会も大阪ですよね」
「ええ、そうよ」
 大阪の繁華街にあります。そうした大教会もあるんです。
「丁度近鉄とJRと南海が一緒になる場所からすぐだから。行き来するのは楽よ」
「私はそれが羨ましいですよ」
「何言ってるのよ」
 けれど先輩はまた困った顔で私に言うのでした。
 

 

89部分:第十三話 詰所へその三


第十三話 詰所へその三

「私家岡山よ」
「はい」
「それも岡山とかじゃなくて瀬戸内海の方の」
「海のすぐ側なんですね」
「そうよ。だから大教会まで行くのも結構大変なのよ」
 何か先輩は行き来に結構苦労されているみたいです。
「岡山から大阪まで。時間がねえ」
「私も。実家は神戸なんで」
 大教会は大阪です。しかも大阪市じゃないのでこれが結構。
「行き来大変なんですよね」
「どうしてもね。場所が離れている教会ってあるわよね」
「ですよね」
 これは仕方ないことです。全国に教会がありますから。
「ちっちのところの奥華って岐阜とか広島にも教会多かったわよね」
「はい、特に広島ですね」
 奥華は広島にも結構系列の教会があります。
「多いですよ」
「うちも広島に系列の教会あるけれどね。それで海はよく連れて行ってもらったわ」
「海ですか」
「中学校の時からかしら。海行ったら大変なのよ」
 先輩は眉を顰めさせちゃいました。それで仰ることは。
「男の子があれこれって声かけてきて」
「ああ、やっぱり」
 わかります。先輩みたいな人が海にいたら。海だとやっぱり。
「水着ですよね」
「ええ、それかラフな格好だけれど」
「だからですよ。絶対に来ますよ、それって」
 それを先輩にも言いました。
「先輩胸だってあるし背だって」
「そんなに大きいかしら」
「私から見ればありますよ」
 何か高井先輩にしろ長池先輩にしろ背も結構あるように私からは見えます。実際のところは女の子としてはあまり大きくはないそうですけれど。
「普通に男の子寄ってきますよ」
「そうなの」
「だって普通におぢば歩いていても目立ちますから」
 長池先輩と一緒に歩いていたらそれこそ。美人二人で目立つことこの上なしです。
「それで水着とかになったらナンパしてくれって言ってるようなものです」
「私、そういうのに慣れていなかったから」
「そうなんですか!?」
「小学校の頃はよくブスだって言われていたのよ」
 全然本当のことには思えません。嘘じゃないかって本気で思いながら聞いています。
「そう・・・・・・ですか?」
「唇が厚いから。それに声だって」
「奇麗な声ですよ」
 私は何かいつもアニメ声だって言われますけれど高井先輩の声って高くて奇麗で。所謂ソプラノで凄い目立つ声なんです。
「本当に」
「そう言ってもらえると嬉しいけれどよくからかわれたのよ」
「それって目立つからじゃないんですか?」
 私にはそうとしか思えません、はい。
「だったらいいけれど。あまり顔とかは気にしないようにしているの。何か考えたらそれだけ子供の頃のこととか思い出しちゃうし」
「わかりました。ところでですね」
「ええ」
 ここで私が話を変えると先輩はそれに乗ってくれました。
「先輩のところはゴールデンウィークは何されていますか?」
「信者さんを教会にお招きしたり」
 やっぱりそういうことが多いみたいです。教会に休日とかお話に来られる方が多いんです。
「お話を聞かせてもらったりしているわね」
「それで何もなければ」
「そう、遊びに行ったりね。岡山とか倉敷に」
「桃とか黍団子は」
「ちっちって甘いもの本当に好きなのね」
 ここで先輩にくすりと笑われちゃいました。
「それ言うと思っていたけれど」
「あっ、すいません」
「謝ることはないわ。それも結構食べてきたから」
 やっぱりそうみたいです。
「教会とかに信者さんのお子さん達集まるわよね」
「はい」
 これは私の教会でもあることです。そこで皆さんに色々と振舞うんです。
「その時にね。一緒に食べたりしていたのよ」
「ゴールデンウィークもですね」
「そういうこと。今思えば懐かしいわ」
 先輩の顔が綻んでいました。笑顔もすっごい奇麗です。
「夏休みなんかはスイカとか」
「それかアイスクリームか」
 何か話が弾んできました。夏はやっぱりスイカとかですよね。
 

 

90部分:第十三話 詰所へその四


第十三話 詰所へその四

「そういうのですよね」
「ええ。音楽なんかかけてね」
「TMレボリューションとかですか?」
「ちっちそれが好きなの」
「はい、結構」
 他にも色々聴きますけれど夏はやっぱり。TUBEもいいですよね。そのTUBEのことを頭の中で考えたら先輩が早速。
「私はTUBEが好きよ」
「夏はですか」
「やっぱり実家の教会が海の側にあるじゃない」
 これが大きいみたいです。
「だから夏はそれを聴いてってのが多かったわ」
「そうなんですか。私のところは」
「ちっちって神戸の何処?」
「長田です」
 神戸の下町です。地震の時は大変でした。
「そこなんですけれど」
「じゃあ海水浴場とかは近くよね」
「はい、須磨まで行けば」
 それですぐです。子供の頃よく行きました。
「そうよね。私はもう本当に近くだから」
「それで海なんか見ながらですよね」
「貴方の腕の中で少女をってね」
 さよならイェスタディですね。何気にお母さんはジャニーズとかチェッカーズが好きなんでそっちの曲がよく出ますけれど。お父さんの前でミセスマーメイド歌ってふそくに思われたりしたこともあります。何かその曲は自分の前では歌わないで欲しいって言って。
「よく砂浜で聴いてスイカ食べて」
「凄くいい感じですね」
「これも教会のお勤めだからね」
 どうやらそれが理由みたいです。
「それに連れて行かれたし」
「お勤めですか」
「子供って大事じゃない」
 天理教では子供の存在がかなり大事です。神殿なんか行っても小さな子供が笑ったりしているのがよく見られます。天理教は飾らないんでそうした風景も普通なんです。
「だからね。私も兄弟も」
「先輩も兄弟の方おられるんですね」
「当たり前でしょ」
 今の言葉には苦笑いで返されました。
「何人もいるわよ、そりゃ」
「そうだったんですか」
「だっておみちって」
 ここでおみち独特の話になります。
「子供多いじゃない。四人も五人もって普通でしょ」
「確かに」
 先輩の一人には八人兄弟の方もおられます。流石にこれには驚きましたけれど。
「ちっちだっているじゃない」
「はい、私は」
「弟さんだったっけ」
 何故かここで全然存在もしない男兄弟のことが出ます。何故でしょう。
「確か」
「妹ですよ」
 私はそれに少し反発する顔で言いました。
「妹が二人ですけれど、私って」
「あら、そうだったの」
 何故か先輩は驚いた顔になられます。
「てっきり弟さんがいるかなって思ったんだけれど」
「どうしてそうなるんですか?」
「あっ、何となくよ」
 何となくって。よく言われるような。
「そんな気がするのよ。ちっちを見ているとね」
「それ皆から言われるんですよ」
「そうなの」
「はい。それで凄く不思議に思ってもいるんですけれど」
「いんねんかもね」
 先輩はその奇麗な顔をくすりとさせて言うのでした。
「やっぱりそれが」
「いんねんって」
「だから。それで皆から言われるのよ」
 こうも言われました。やっぱり先輩も同じことを。
 

 

91部分:第十三話 詰所へその五


第十三話 詰所へその五

「私も多分あるしね、そういうのは」
「先輩もですか」
「誰だっていんねんはあるわよ」
 先輩のお言葉です。
「それこそ私にだって。ほら」
「ほら?」
「美紀にだって」
 長池先輩のことが出て来ました。
「あるわよ、やっぱり」
「長池先輩にもですか」
「あれでね、美紀も」
 商店街の信号の前まで来ました。昔は信号は一つでしたが今は一つになっています。道友社のギャラリーを挟んでそうなっているんです。
「色々と悩んでいたし」
「一年生の時ですか?」
「二年生の時も。色々あったのよ」
「そうだったんですか」
「それわかったかしら」
 不意に私にそれを尋ねるのでした。
「美紀のことは」
「あっ、そういえば」
 そう言われると長池先輩とお話したことを思い出しました。
「時々ちらりって昔のことをお話される時に」
「そうでしょ。それなのよ」
 高井先輩も言うのでした。
「詳しいことは言えないけれど。クラスや寮で何日も凄く泣いて。大変だったし」
「そうだったんですか」
「私ね」
 先輩はまた話してくれました。
「ずっと美紀と同じクラスだったのよ」
「そうだったんですか」
「寮でも一緒じゃない」
 結果としてそうなります。東寮では横のつながりが凄いできます。特に同じクラスの女の子達だとそれがかなり強くなるんです。
「だから。色々と見てきたけれど」
「長池先輩もいんねんに苦しんでおられたんですね」
「いんねんは返って来るわよ」
 ここできついお話が。
「それは覚えておいてね」
「わかりました」
「本当にね。自分でも気付かないし」
「ですよね」
 これは子供の頃からお父さんやお母さんからだけじゃなくて本当に色々な人から聞いていることです。だから余計に気をつけないといけない、それでも気付かないものだって。
「自分じゃわからないけれど親神様は御存知じゃない」
「はい」
 ここに答えがあります。自分では気付かなくても親神様は御存知なのです。
「だから。親神様の思し召しをよく見ていれば」
「わかるんですよね」
「そうだけれどね。これは気付かないのよね」
 先輩はこう仰って首を傾げてしまいました。
「美紀だって。私だって」
「先輩もですか」
「人の態度が急に変わる時ってあるじゃない」
「ええ」
 確かに.そういう時もあります。
「そういう時が一番わかりやすいんだけれどね」
「そうなんですか」
「人と人の付き合いが一番わかりやすいわよ」
 先輩はこう仰います。
 

 

92部分:第十三話 詰所へその六


第十三話 詰所へその六

「ちっちもその辺りはよく見ていてね。私は鈍いからそれで気付かなかったけれど」
「先輩は。そんな」
「私って駄目な人間よ」
 急に寂しい笑みになられました。
「正直言って。意地悪だし」
「そんな。先輩は」
「嫌いな相手はとことんまで意地悪して虐めてだったし。だから」
「だから?」
「高校に入ってそのいんねんを見せて頂いたのよ」
 商店街をまだ歩き続けます。二度目の信号も越えました。
「色々とね」
「そうだったんですか」
「皆。ここで見せて頂くのよ」
 先輩はじっと前を見ておられます。そこに見ておられるのは何なのかしらと思うのですが先輩にしかわからないことだと思います。
「おぢばでね」
「私もですよね」
「勿論よ。美紀だってそうだったし」
「長池先輩も」
「一年の時。大変だったから」
 また長池先輩のお話になりました。
「最初ね。付き合っていた男の子と喧嘩してね」
「はい」
「それで別れて。クラスで本当に大泣きして」
「先輩がですか」
「皆で必死に慰めたけれどそれでも泣き止んでくれなくて」
 本当に凄かったみたいです。
「それで早退して寮でも泣いてばかりで。誰もどうしようもなかったのよ」
「あんな奇麗な人なのに」
「あのね、ちっち」
 先輩の声が優しいですけれどとても悲しいものになりました。
「人って外見じゃないのよ」
「それはわかってるつもりですけれど」
「心なのよ」
 先輩は私の顔を見てじっと言うのでした。
「大切なのは」
「ですよね」
「美紀って。実はね」
 それでまた長池先輩のお話になります。
「すっごくきついところがあってね」
「それよく同級生から言われますけれど」
「そうでしょ?怖いとか言われない?」
「はい、そうです」
 本当にその通りです。何で皆そう言うのかわからないですけれど。
「それ、本当によくわからないですけれど」
「優しいことは優しいのよ」
 それははっきりと頷くことができます。長池先輩はとても優しい方です。
「けれどね。ちょっとしたことで怒って」
「そうなんですか」
「怒ったらまたきつくてその時間も長いのよ」
 何か先輩の意外な一面です。そうしたところもあったんだと心の中で驚いていました。それでもその話を聞かずにはいられませんでした。
「それで一年の頃も」
「そうしたことになったんですね」
「他にもあったし」
「色々あったんですね」
「それは私もだけれど」
 事情はかなり複雑みたいです。高井先輩も関わっておられたなんて。
「私も一緒に。そうしたことになったりしたわ」
「先輩まで」
「後になって気付くのよ。いつもね」
 また悲しい顔になられます。とても奇麗な方なのにそんな顔をされたらって思うんですけれど。
「何でもそうだけれど」
「何でもですか」
「だからね、ちっち」
 これ以上はないって位優しい声で私に語り掛けてくれました。
 

 

93部分:第十三話 詰所へその七


第十三話 詰所へその七

「慎重に考えて喋ったりしてね。さもないと本当に後悔してもはじまらないから」
「わかりました」
 先輩のその言葉にこくりと頷いて答えました。
「そうですよね、やっぱり」
「ええ。ここでもね」
 駅前です。天理駅から全部はじまるっていう感じです。コンビニもあったりして便利な場所です。
「美紀と二人で歩いたり話したりしてるけれどね」
「いつも御二人ですよね」
「気が合うのよ」
 それで美人ユニットって言われています。とにかく目立つんです。
「兵庫と岡山だけれど」
「大教会は大阪ですから何かそこは微妙ですよね」
「そうね。けれど大教会が遠いのってね」
 そっちの話になるとまた苦笑いになる先輩でした。岡山と大阪の距離に困っておられるのは本当みたいです。私も神戸なんでこれは少しだけわかります。
「やっぱりしんどくて」
「詰所はどうですか?」
「そっちもよ」
 先輩の悩みはおぢばでも同じみたいです。
「神殿から遠いのってやっぱり困るのよね」
「じゃあ私のところはやっぱり」
「正直恵まれているわよ」
 やっぱりそうでした。さっきからの先輩とのお話通りで。
「羨ましいわね」
「ですか」
「さっきも言ったけれど。それにしてもね」
 駅のガードレールの下を通ります。そこにもお店が幾つかあります。
「ここを通るのは嫌いじゃないのよね、昔から」
「何でですか?」
「ここを通るとね」
 先輩の顔が綻んで目が細くなって。食べ物のお店を見てです。
「子供の頃あれ食べたいとかこれ食べたいとかよく言ったのよね」
「そうだったんですか」
「詰所で色々食べたのに」
 詰所では御飯も出ます。信者さんからのお供えのお菓子もあったりします。
「それでもここに来るとあれ食べたいこれ食べたいってお父さんやお母さんにねだったのよね」
「それ、私もです」
 恥ずかしいですけれど。
「おぢばがえりの時とか屋台で」
「そうよね、屋台でもね」
 月次祭やおぢばがえりの時なんかになると商店街に屋台が一杯並びます。そこでクレープとか焼き鳥とかを買って食べるんです。
「色々ねだったのよ」
「それで買ってもらっていたんですね」
「ええ」
 先輩のお顔がさらに綻んで。何かとても素敵な笑顔です。
「そうよ。あれだけ食べてもお腹壊さなかったのが不思議な位ね」
「私もです」
 本当によく食べました。今もですけれど。
「それでも」
「またそれね」
 先輩も私が何を言うのか御存知でした。
「大きくならなかったのね」
「やっぱり遺伝ですかね」
「まあまあ」
 しょげる私を慰めてくれました。
「そんなに気にすることはないわよ」
「そうですか」
「ええ。私だってね」
 けれど先輩は私より背が高いんです。ガードレールの下をくぐって先輩の詰所に向かう時もやっぱりお店が並んでいます。おうどんとかラーメンの。
「そんなに高くはないし」
「ですか」
「それにね」
「それに?」
「それがいいっていう男の子もいるわよ」
 何か話がマニアックになってきました。
「小さいっていうのがね」
「そうなんですか?」
 何度言われても実感できない言葉です。
「そういうことよ。それにしても」
「はい?」
 今度は私の方をちらちらと見ての御言葉です。
「中学生にも見えるわよね」
「それもよく言われます」
 無意識のうちに憮然となっちゃいます。
 

 

94部分:第十三話 詰所へその八


第十三話 詰所へその八

「昔からずっと小さく」
「まあそれも気にしないでね。それに」
「それに?」
「やっぱりお腹空かない?」
 先輩の顔がまた苦笑いになります。
「部活の後だし歩いていたら」
「そうですね。そういえば」
 私もです。天理高校の吹奏楽部って凄いハードですから。
「何か私も」
「じゃあ決まりね。詰所に着いたらね」
「はい」
「私のお父さんとお母さんがいるから」
「先輩のですか」
 そういえば高井先輩はお母さん似だって聞いていますけれど。何かそれを考えるとすっごい美人母娘なんですね。お父さんは羨ましがられているんじゃないでしょうか。
「そうよ。だから何か御馳走してもらいましょう」
「何かそれって」
 けれどそれはやっぱり。
「悪いですよ」
「いいのよ」
 その奇麗なお顔で微笑まれると。男の子だったら間違いなくノックアウトだと思います。
「そういうのは気にしないで」
「そうなんですか」
「だって折角だし」
 こうも仰います。
「ここまでついて来てくれたじゃない」
「それはその」
「詰所にお菓子もあるし」
 お菓子がですか。それを聞くとそれだけで。
「うう・・・・・・」
「ちっち甘いもの大好きよね」
「それはまあ」
 嘘はつけません。特に甘いものの前だと。
「だったら無理しないの。私だってそうなんだし」
「ですか」
「さっ、見えてきたわよ」
 ここで前の右手に見えてきました。それが先輩の大教会の詰所です。
「何があるかしらね。多分」
「多分?」
「黍団子は絶対にあるわ」
 岡山だとどうしてもこれになるみたいです。そういえば岡山っていえば桃太郎だけじゃなくてあの星野仙一さんの出身地でもあるんですよね。
「あとは何かしら」
「桃でしょうか」
「またそれ?」
 先輩に思わず苦笑いされてしまいました。
「ちっちも好きね」
「違いますか?」
「確かに桃はよく食べるわ。マスカットもね」
「はい」
 やっぱり食べることは食べるみたいです。
「けれどね。それだけじゃないから」
「他のもですよね。やっぱり」
「神戸でも明石焼きばかり食べないでしょ」
「ええ、まあ」
 確かに。しかも私実家は長田ですし。
「そういうことよ。お菓子なら」
「お菓子なら?」
「チョコレート菓子があるかしあ」
「チョコレート、ですか」
 自分の目が動くのがわかりました。実はチョコレートも大好きなんです。何か好きなお菓子や果物が本当に多いと自分でも思いますけれど。
「ちっちってチョコレートも好きなの」
「えっ、それはその」
「隠さなくてもいいわよ」
 笑顔で言われました。
「甘いのが好きだっていうのはもう知ってるし
「すいません」
「謝る必要はないし。それにね」
「それに?」
「女の子は皆甘いものが好きなのよ」
 確かに。そういえば寮でも甘いものを嫌いな人っていません。学校でもお菓子食べたりしていますし。それで口の悪い男の子にそんなことしていたらフカキョンみたいになるぞって言われた娘もいます。あの人は奇麗ですけれど確かにちょっと肉感的な気もしないではありません。
 

 

95部分:第十三話 詰所へその九


第十三話 詰所へその九

「教祖へのお供えだってあれでしょ?」
「いつもお菓子お供えしていますよね」
「そういうこと。食べ過ぎなければいいし」
「そうなんですか」
「それにしてもちっちは」
 私の方をまたちらりと見ての御言葉でした。
「乳製品関係のお菓子を食べ過ぎじゃないかしら」
「それはその」
「だから小さいのは気にしなくていいの。おぢばじゃ普通なんだから」
「まあそれはその」
 返事に困っちゃいます。どうしても。
「背が低くても男の子はゲットできるし」
「それさっきも言われましたけれど」
「全部お引き寄せよ」
 こうも仰います。
「だからね」
「コンプレックスは持つ必要ありませんか」
「少なくとも外見には」
 またおみちらしい感じの言葉になってきました。
「わかったわね」
「難しいですけれど」
 はっきりと言いますと。背も胸も気になって仕方ないです。
「何時かそれもまた」
「克服はできるしね」
 先輩に言われても、ですけれど。本当に街歩いていたらアイドルの事務所から声がかかっても不思議じゃないような人ですから。
「少しずつ」
「ですか」
「まあ話はこれ位にして」
 先輩はまた私に声をかけてきてくれました。
「何か食べましょう。私のお父さん達とお話しながらね」
「はい。そういえば」
 ふと私は考えました。
「先輩って御兄弟は」
「いるわよ」
 天理教の人は子沢山の人が多いんで。何人もおられるのが普通です。
「お兄ちゃんと弟と妹がね」
「四人兄弟なんですね」
「普通じゃない?」
 天理教では普通です。もっと多い人だっています。
「これって」
「ですかね。私は三人ですけれど」
「そうした話もしたいし。それじゃあ」
「はいっ」
 私は先輩の詰所に入れてもらいました。そうしてその中でお菓子を頂きながら楽しいお話をしました。ゴールデンウィークの中の楽しい一日でした。


第十三話   完


                    2008・1・22
 

 

96部分:第十四話 騒がしい中学生その一


第十四話 騒がしい中学生その一

                  騒がしい中学生
 ゴールデンウィークの間は私のお父さんやお母さんもおぢばに帰ってきてくれました。今度は私のいる大教会の詰所で会いました。
「とりあえず元気そうだな」
「うん」
 お父さんに答えます。お父さんは背が高いです。ついでに言えば顔は宮内洋さんにそっくりだって言われます。それってかなり個性的なような。
「東寮はきついでしょ」
「まあそれは」
 お母さんの問いにはついつい苦笑いになります。
「きついっていえばきついし」
「お家に帰りたくなったりするでしょ」
「素直に言っていい?」
 こうお母さんに言葉を返しました。
「ええ、いいわよ」
「正直に言わせてもらうとそうよ」
 嘘はつけませんでした。けれどこれは皆そうです。
「何か。お家と全然違うし」
「詰所とも全然違うでしょ」
「ええ、全然」
 これも本当のことです。部屋の雰囲気なんかは同じですけれど。天理教の建物は部屋の構造は和風で大体同じなんです。ですからお布団なんです。
「先輩と一緒だし」
「それは変わらないわね」
 お母さんも天理高校出身なんです。しかも東寮にいたんでよく知ってるんです。
「決まりとかも厳しいわよね」
「その通りよ」
 私ははっきりと答えました。
「お母さんの言った通りだったわ」
「先輩によって随分変わるけれどね」
「そうなの」
「千里の部屋の先輩はどんな人なの?」
「凄く優しい人だけれど」
 勿論長池先輩です。この前も困っていたら助けて頂いたし。いつも穏やかですし本当に何から何まで助けて頂いています。
「しかも奇麗で」
「よかったじゃない」
 それを言ったら素直に喜んでくれました。
「いい人でね」
「そうね。やっぱりそれだと」
「部屋の人が優しい人でよかったわ。お母さんそれが心配だったのよ」
「ふうん」
「お母さんの時は皆厳しかった記憶もあるけれどね」
 お母さんの時はそうだったみたいです。お母さんが高校生の時って確か二十五年程前だったような。あれ、もっと後でしたっけ。
「おぢばもずっと寒かったし暑かったのよ」
「えっ!?」
 今の言葉は何か意味がわかりませんでした。今よりずっと寒かったし暑かったって。一体どういうことなんでしょうか。
「それってどういうことなの?」
「だって。部屋に暖房も冷房もないし」
 昔の方がそういう設備もないですね。そういうことみたいです。
「だからよ。寒くて震えていた時もあったわ」
「そんなに」
 ここで何か先輩と後輩が肌寄せ合って、なんていうどっかの妖しい漫画みたいな話はないです。どういうわけかそういうの想像しちゃう人も多いみたいですけれど。
「そうだったわ。けれど今は違うみたいね」
「まだ夏にもなっていないし」
 校舎には扇風機もありますし。これが凄い有り難いです。
「まだ実感ないわ」
「冬はまだ厚着すればいいけれど」
 神戸よりずっと寒いのは事実です。その寒さに泣いちゃう子供もいます。奈良県って神戸よりずっと寒いっていうのが私のイメージです。
「夏はそうはいかないわよね」
「ただでさえあれじゃない」
 私はここで困った顔になりました。
「あの白いブラウスって下手したらブラが透けちゃうし」
「限界よね」
「ええ。それでも凄く暑いし」
 冬は寒くて夏は暑い。完全に盆地です。
「おぢばがえりは地獄なのね」
「しかも今度は働く側よ」
 今までは遊ぶ側でした。それが完全に変わるんです。
「覚悟しておきなさい」
「ええ。何か今から大変そう」
「あとお正月も」
 何気にすることが一杯ある学校です。
 

 

97部分:第十四話 騒がしい中学生その二


第十四話 騒がしい中学生その二

「わかっているわね」
「お餅よね」
 お正月はお餅です。何と言ってもこれです。
「それのひのきしんもあるからね」
「あっ、それもう聞いてるわ」
 というか前から知っていました。お正月も毎年帰っていましたから。
「食堂の係よね、女の子は」
「ええ、そうよ」
 天理高校の女の子のお正月のひのきしんはそれなんです。半被を着た奇麗な人達が接待してくれるってことで評判いいんです。
「それも頑張りなさいよ」
「先のこと言われてもわからないわよ」
「ふふふ、今からじゃそうよね」
 お母さんもそれはわかっているみたいでした。
「けれど楽しみにしておきなさい」
「わかったわ。本当に先だけれど」
「それでこれからどうするの?」
 話が一段落ついたところで私に言ってきました。
「これからって?」
「ええ。時間あるわよね」
「ええ、まあ」
 お母さんの言葉に答えます。ゴールデンウィークですし。
「だったら何か食べる?」
「何でも好きなの言ってみたらいい」
 お父さんも言ってきました。二人共久し振りなんで随分優しくしてくれている感じです。
「おぢばにあるものだけな」
「おぢばにあるだけのものなの」
「当たり前でしょ」
 お母さんがまた笑ってきました。
「ないものは仕方ないじゃない」
「そうね。けれど不意に言われても」
「考えられない?」
「うん。おうどんとかお好み焼きとかかしら」
「そうか。じゃあそれだな」
 お父さんは私がおうどんとかお好み焼きを出したところで頷いてくれました。
「お好み焼きにするか」
「ええ、それがいいわね」
 お母さんはお父さんの提案ににこりと笑って頷きます。話がこれで決まりました。
「千里もそれでいいわよね」
「うん」
 お好み焼き好きですし。私はお好み焼きは大阪派です。奥華は広島にも教会が多くてお好み焼きの話をするとちょっとややこしいんですけれど。
「じゃあそれでね」
「行くか」
 こうして三人で詰所を出ました。行くお店は少し歩いたところにありました。
「烏賊でも海老でもいいのよね」
「何ならミックスでもいいわよ」
 お好み焼きに入れるのは何でも好きです。モダン焼きも好きですけれど今はお好み焼きを食べたい気持ちです。
「何でもね」
「じゃあミックスね」
 私はお母さんの言葉に頷きました。
「それ御願い」
「よし、じゃあお父さんもそれだ」
「お母さんもよ」
 家族全員がミックス焼きを注文することになりました。話が決まるのが凄く早いです。
 

 

98部分:第十四話 騒がしい中学生その三


第十四話 騒がしい中学生その三

 注文するものを決めてからお店に入ります。それで三人で食べながら楽しく話をしていると。
「何かこのお店よさそうだよな」
「最近御前天理によく来るよな」
「そうか?」
 急に騒がしい子がやって来ました。
「どうしたんだよ、今まで八木とか桜井で遊んでいたのに」
「この街ってよくね?」
 私達から少し離れた場所に中学生に見える男の子二人が座ります。それで賑やかに話をしています。一人の子が結構背が高いです。
「いいか?あまり遊ぶところもないしよ」
「商店街だって長いし食う場所だってあるしさ」
「そんなの何処にもあるだろ」
「それだけじゃないんだよ」
 その背の高い子の言葉は続きます。
「女の子だって奇麗だしな」
「御前の趣味だろ、それって」
「ああ、そうさ」
 その子は悪びれずに答えています。
「そうだけれど悪いか?」
「いや、悪くはないけれどな」
「天理高校の人なんかさ。小さくて奇麗な人が多いし」
 小さい。また嫌なこと話してます。
「僕あれだよ。学校は天理受けるよ」
「天理か?」
「奇麗な先輩多いし制服も好きだし」
 制服も好きなんですか。地味な制服だと思いますけれど。
「ああ、制服は女の子のが好きなんだぜ。男はどうでもいいから」
「いいのかよ」
「詰襟なんか何処にもであるだろ?」
 確かに。八条学園じゃ詰襟だけでも何種類もありました。あの学校は制服を好きに選べるので。それで私も選ぶのに考えました。
「そんなの別にどうでもいいんだよ」
「そうか」
「そうだよ。それにあの高校にいたら甲子園だって行けるしな」
 何かそれで天理高校は凄い有名なんです。私はその間阪神が甲子園使えないんでどうにかならないのかしらって思う時もあるんですけれど。
「いい話じゃないか」
「けれどあれだぜ」
 相方の男の子がその背の高い男の子に言います。
「天理は私立だぜ」
「えっ、そうなんか!?」
 知らなかったみたいです。
「しかも宗教学校だしな」
「そういえばこの街って天理教の街だったよな」
「まあ宗教都市っていうらしいな」
 どうもおみちのことはあまり知らない子みたいです。天理高校が公立だって思っている人も本当にいたりしますけれどこの子もでした。
「だからあの学校も天理教の学校なんだぜ」
「だから寮があったのか」
「ああ、そうだぜ」
 相方の子がそう教えています。
「知らなかったのかよ」
「そうか、私立だったのか」
 そのことに考える顔になっています。
「公立とばかり思ってたよ」
「あの瓦の屋根でか?」
 思いきり突っ込まれています。
 

 

99部分:第十四話 騒がしい中学生その四


第十四話 騒がしい中学生その四

「何でそう思えるんだよ」
「ああ、変わった屋根だよな」
 凄い感想です。普通あの屋根を見てそれだけで済むんでしょうか。私も子供の頃あの屋根を見てこんな学校があるんだって唖然ってなったんですけれど。その時お父さんとお母さんに私が将来行くかも知れない学校だって言われました。実際に今通っています。
「そういえば」
「それだけかよっ」
 爆笑問題の突っ込みみたいです。私あの御二人は好きではないですけれど。
「だって色んな学校あるしよ」
「御前、ある意味凄いな」
 聞いていて本当にそう思います。こういう子だと三銃士のアラミスや上杉謙信が女性であっても全然驚かないと思います。私は驚きましたけれど。
「まあそれだけだな。でよ」
「ああ」
 連れの子はその子のペースに完全に入っていました。
「ここのお店のお好み焼きだけれどさ」
「美味いか?」
「ビール欲しいよな」
「えっ!?」
 今の言葉には私だけじゃなくてお父さんもお母さんも思わず声をあげてしまいました。特に私は今の言葉は聞き捨てならないものがありました。
「凄い子ね」
「そうだねえ」
 お父さんはお母さんの言葉に唸りながら応えています。
「見所があるね」
「大物ね、どうやら」
「何でそうなるの!?」
 そのお父さんとお母さんの言葉に思わず突っ込みを入れました。私も何か人に突っ込むタイプの人みたいです。今自覚したところです。
「男の子はああじゃないと」
「かえって駄目なんだよ」
「女の子はどうなのよ」
 そうお父さんとお母さんに聞き返します。お好み焼きを焼きながら少し憮然とした顔になっているのが自分でもわかります。
「女の子はそんな男の子を支えてあげるのよ」
「日様だから?」
「そういうことよ」
 にこりと笑ったうえでのお母さんの言葉でした。
「わかってるじゃない。だったらいいのよ」
「わかっているっていうか」
 私は今程自分の感情が言葉に出ているのを感じたことがありませんでした。本当に今までは。
「女の子損じゃないの?」
「そうじゃないのよ」
 けれどお母さんは私のその考えは否定します。
「いい、千里」
「うん」
 お好み焼きを切りながら二人の話になります。ソースに鰹節に青海苔にマヨネーズに。お好み焼きはどれが一つ欠けても駄目ですよね、やっぱり。
「女の子は赤ちゃんを産むのよ」
「それはわかってるけど」
「だったら身体をしっかりしていないと駄目じゃない」
「それなのね」
「だから日様なのよ」
 話が少しわかりにくくなってきました。私にとっては。
「いつも健康で何があっても大丈夫なようにね」
「男の子は違うの」
「男の子は月様じゃない」
 ここが天理教独特の考えというか何か日本独特の考えらしいです。普通は男の子が日様で女の子が月様らしいです。私には違和感あるんですけれど、男の子が日様っていうのは。
「だから。照らされるから」
「別にいいのね」
「そうなのよ。誰かを照らす為にはいつも丈夫じゃないと」
「千里も飲むのなら二十からな」
 お父さんもここで言ってきました。
「わかったな」
「男の子はいいのね」
「男の子は中学生に入ってからこっそりとだ」
 どうもお父さんはそうしてきたみたいです。それってかなり悪いと思うんですけれど。
「わかったな」
「わかりたくないけれどわかったわ」
 一応はそう答えはしました。
「女の子にとって損だと思うけれど」
「女はおみちの土台よ」
 またお母さんの言葉です。
「それはいつも言ってるじゃない。おみちは女の人あってこそよ」
「ええ」
 寮でも結構言われます。本当に教会とかだと女の人の方がかなり大変です。お父さんはあまり何もしなくてお母さんばかり動いて。女の人が会長さんやっておられる教会も多いんですよ。
「だからね。しっかりしないと」
「ええ。それにしても」
 またあの子をちらりと見ます。
 

 

100部分:第十四話 騒がしい中学生その五


第十四話 騒がしい中学生その五

「よく食べるわねえ」
「いいことじゃないか」
「そうよね」
 お父さんとお母さんはお好み焼きをおかわりしてどんどん食べているその子を見てまた笑っています。
「男の子はたっぷり食べないとな」
「これは女の子もそうよ」
「食べてるわよ」
 お好み焼き好きですし。普通に二枚食べることだってあります。けれどあの子は。
「おばちゃん、もう一枚頂戴」
「おい、阿波野」
 あの子の名前らしいです。
「もうこれで四枚目だぞ」
「いいんだよ、四枚でも五枚でも」
 お好み焼きを五枚って。
「何枚でも食べられるしな」
「何でそこまで食って太らないんだ?いつも思うんだけれどよ」
「身体動かしてるからだよ」
 そういえばあの子。スタイルいいです。
「だからだよ。ここの商店街だってかなり長いしな」
「まあそれはな」
「だから。食って体力をつけておくんだよ」
 それでも食べ過ぎだと思いますけれど。
「何枚もな」
「それでまた後で食うんだろ?」
「ああ、回転焼きな」
 炭水化物ばかりのような。おぢばの商店街には回転焼きもあります。これがまた凄く美味しくて病み付きになっちゃうんです。私も大好きです。
「二個位貰おうかな」
「本当に食うんだな」
「当たり前だろ。お腹が空いて仕方ないんだからさ」
「いや、それでも」
 私も同じことを思います。力士かレスラーの人みたいな食べっぷりですから。
「よくそれだけ入るよ」
「まあ気にするなよ。ところでな」
「ああ」
 男の子達の話が変わりました。
「あのでっかい神殿っていつも人がいるよな」
「そりゃ当然だろ」
 本部の神殿のお話になっています。今度はまともな話かも。
「それも大勢な」
「あそこがな。人間を創った場所らしいんだ」
「へえ、あそこでか」
「そうさ。あの参拝する場所あるだろ」
「ああ」
 相方の子は随分わかりやすさを注意して話しています。私もおぢばについて説明する時にはいつも考えて話すようにしていますので参考になります。
「あそこの中央に。ほら」
「あの台か」
「そうそう、それそれ」
 何か未来で時々聞くかも知れない言葉で応えています。今の仮面ライダーはかなり個性の強い脚本家の人が書いているそうですがその人の言葉回しにも似ています。
「あの台がかんろだいっていうんだ。あそこが中心なんだよ」
「へえ、そうだったんだ」
「天理教ではそう教えているんだ」
 どうも相方の子も天理教の子みたいです。説明がかなりいい感じです。
「あそこを四方八方から参拝するんだ。だから四つ礼拝場があるんだ」
「成程な。それでああなっているんだ」
「御前参拝したことあるよな」
 ここで相方の子はその子に問い掛けます。
 

 

101部分:第十四話 騒がしい中学生その六


第十四話 騒がしい中学生その六

「確か」
「一応な。とんでもなく大きくてびっくりしたけれどな」
「まあ確かに大きいな」
 それは皆言います。普通のお寺や神社とは比較にならないです。奈良にはかなり大きなお寺や神社も多いんであまり目立たないかもですが。
「歩くだけでも大変だったよ」
「参拝している人達はどうだった?」
「それも驚いたな」
 あの子にとっては驚くことばかりみたいです。最初の方は皆こう仰います。
「熱心に参拝しているよな。僕の周りってそういうのないからな」
「宗教関係とは無縁なんだな」
「ああ、全然」
 そういう人も多いですよね。私は教会の娘なんでそれこそ生まれた時から縁があるんですけれど多分そうした人は少ないと思います。
「だからここに来てびっくりしたんだよ」
「そうか。そんなにか」
「だってよ。街の人が皆はっぴ着てるし」
 天理教の黒いはっぴですね。おぢばでは皆着ています。私達も外出の時はそれを着ていつも外出です。それで何処の人かもわかります。
「すげえよなあ、ここは」
「御前の食欲と胃袋もそうだがな」
 これはあの子に同意です。心の中で頷きながら聞いていました。
「ただ。いい街だよな」
「気に入ったか?」
「落ち着いた雰囲気だし優しい感じだしな」
 それがわかるなんて。中々筋がいい子なのかしら、とも思いました。言葉に出すことはできはしませんでしたけれど。黙って聞くだけです。
「また来るぜ」
「天理高校に入ったら毎日だぜ」
「ああ、それいいな」
 何か話が妙な方向にいっています。
「奇麗な人も多いしな」
「そうか?」
 相方の子はそれには違和感を見せてきました。
「あまりそうは」
「女の人は顔だけじゃないんだよ」
 急に大人な発言になりました。
「心だよ。まずはそれだよ」
「まあ優しい人は多いよな」
「だからいいんだよ」
 見ているところは見ているんでしょうか。彼の話を聞きながら考えます。
「優しい年上の先輩の彼女なんてかなりいいじゃないか」
「御前・・・・・・」
 相方の子は今の発言にかなり引いていました。それが私の目にもはっきりと見えます。私はそれを聞いても何も思いませんでhしたけれど。
「年上がタイプだったのか」
「僕長男でお姉さんとかいないし」
 何かそこは私と同じかも。
「だからそういう人に憧れるんだ」
「そうだったのか」
「そうなんだよ。まあ優しくて奇麗な人だったら誰でもいいんだけれど」
「第一条件は優しいことか」
「顔はその次だよ」
 どうやら結構見ているところは見ている子みたいです。私もそうありたいと話を聞きながら心の中で思ったりします。外見は軽い感じの子なのに。
「まずは心。僕は顔に関しては守備範囲広いし」
「広いのか」
「そうさ、横浜ベイスターズの古木みたいにね」
「そりゃ狭いっていうか酷いっていうんだろ」
 何か古木選手の守備がとんでもないっていうのは聞いています。あとチャンスに弱くて左ピッチャーを全然打てないっていうのも。
 

 

102部分:第十四話 騒がしい中学生その七


第十四話 騒がしい中学生その七

「間違えた。小坂だよ」
「また随分とマニアックだな」
 ロッテのショートの人ですね。かなり小さいので私は好きです。
「とにかく。顔とかはそんなに」
「そうなのか」
「性格は顔に出るしね」
 中々わかってるような。ひょっとして案外いい子なのかも知れないかしらと思ってみたり。外見とか話し方からはそうは思えないものがありますけれど。
「だからさ。顔は二番目」
「それでも二番目か」
「だから。性格は顔に出るんだよ」
 またそれを言います。とにかく性格にこだわる子です。
「だからそれがよかったらね」
「何か御前って案外真面目なところあるんだな」
「そうかな」
 自分ではそれを否定しちゃっています。
「自覚はないけれど」
「自覚はなくてもな。そう見えるぜ」
「ふうん」
「まあいいことだけれどな」
 私もそう思います。人間やっぱり性格です。性格美人は顔も美人になる、っていうのは私も子供の頃から言われています。実際にそうだと思います。
「それでだ」
「今度は何?」
「これから回転焼き食ってそれから神殿だよな」
「そのつもりだけれど」
 まだ食べるつもりなのは変わらないみたいです。本当に五枚食べちゃっていますし何処に入っているのかって不思議ですけれど。
「どうかな、それで」
「俺も付き合うよ」 
 相方の子はその子に言いました。
「ついでだしな」
「悪いね、一緒に来てもらえて」
「御前参拝するのはじめてだったかな」
「ううん、今日で二回目」
 どちらにしろはじめてに近いです。
「一応知ってはいるけれどね」
「それでもまあ一緒にな」
 相方の子はそれを聞いたうえでまた言うのでした。
「行こうぜ、いいよな」
「皆あの神殿に行きたがるよね」
 不意にこんなことを言い出してきました。
「やっぱり信仰ってあるんだ」
「あるよ。それも知らなかったのか」
「うん。どうしてもね」
 首をぼんやりと傾げて答えています。
「家にも学校にもそうしたことはなかったし」
「それだったら仕方ないか。じゃあ今かなり戸惑っているよな」
「いや、あまり」
 凄く図太いような。今の言葉って。
「慣れてきてるし、もうね」
「早いな、適応が」
 相方の子も呆れています。私もですけれど。
「二回目でかよ」
「慣れるの早いんだ」
 それでも異常に早いと思いますけれど。
「だからさ。平気なんだ」
「そうか」
「じゃあこれ食べたら行こうな」
「これってもう」
 見たら。もう殆どありません。
「御前五枚目でもそんなのかよ」
「悪いか?」
「悪いかっていうよりな」
 私も同じ意見です。どれだけ食欲があるのか。今まで色々な人をそれなりに見てきたつもりですけれどこれだけ食欲のある子ははじめてです。しかもあんなに細いのに。
「馬かよ、御前は」
「よく言われるよ」
 けれど全然気にしていない調子です。神経も本当に凄いです。
「まあ食べたらね。行こうよ」
「ああ、わかったよ」
 相方の子も頷くしかありませんでした。何はともあれそんな話をしている騒がしい子に会った一日でした。
「いや、面白い子だよな」
「そうね」
 お好み焼き屋さんを出てからおぢばのあちこちを三人で回りました。といっても商店街とお墓地だけなんですけれど。お墓地には教祖のうつしみが置かれているお墓地やその御家族に歴代の真柱様、本席デあられ飯降伊蔵先生のお墓地もあります。他にも色々な方のお墓地もあります。奥華の大教会長さんの御先祖様のお墓地もあります。
 

 

103部分:第十四話 騒がしい中学生その八


第十四話 騒がしい中学生その八

 私達は今そのお墓地へのお参りを済ませて坂道を下っているところでした。このお墓地は山から作ったものなんです。それで木々が周りにあります。お父さんとお母さんはその坂道を下りながらあの子の話をしています。
「あれだけ食べるのもいいけれど」
「元気がいいしね」
「そうかしら」
 私はお父さんとお母さんのその話にはどうも賛成できませんでした。疑問符をつけた顔で首を捻るしかありませんでした。
「私はそうは思わないけれど」
「千里もそのうちわかるわよ」
 お母さんはにこりと笑って私に言ってきます。
「男の子はあれでいいのよ」
「それはお店でも聞いたけれど」
「それがわかるのとわからないのとで成人が違うわよ」
 心の成人です。これもおみちの言葉で成長することをこう言うんです。
「いいわね、それは」
「何かわからないんだけれど」
 また首を傾げてしまいます。
「そうなのかしら」
「おいおいわかるさ」
 お父さんも言ってきました。
「少しずつな」
「特にね」
 またお母さんが私に言ってきます。
「うちのいんねんだと千里も」
「私も?」
「多分年下の御主人貰うだろうし」
「つまりお婿さんよね」
 教会は私が継ぐことになっていますんで。会長さんを迎えるわけですがそれは私の旦那様でもあるんです。できれば信仰心があって優しい人がいいです。そりゃ顔は格好いいに越したことはないですけれどやっぱり一生二人でいるんですから心が大事ですよね。
「だったら余計にしっかりした人が」
「しっかりするのは女の仕事よ」
 天理教ではそうした考え強いです。女はおみちの土台だからです。
「だから千里もしっかりね」
「凄い不公平みたいなんだけれど」
「そうかしら」
 何で自覚ないんでしょう。本気で理解不能です。
「男の子を照らしてあげないといけないのに。そんなこと言ったら駄目じゃない」
「駄目って言われても」
「そのかわり。女は明るく」
「明るく!?」
「そうよ、明るくね」
 また言われました。
「わかったわね、それは」
「明るくないと駄目なの」
「お日様は明るいでしょ」
 それはまあ言われるまでもなく。明るくないとやっぱり困るものです。けれどそれはもう言うまでもないことなんじゃないかな、って思いますけれど。
「だから。千里も明るくね」
「わかったわ。男の子を照らすのね」
「あの子なんかいいかも」
「そうだよな」
 何でこんなに絶好のタイミングでお父さんまで頷くんでしょう。幾ら二十年近く夫婦やってるにしろこのタイミングはありません。
「千里にお似合いだな」
「何で年下の子を」
「千里はお姉さんよ」
 お母さんがまた言います。何かお母さんはこうした話で私の味方をした記憶がありません。
「だから。もう一人弟をね」
「お母さんにとっては息子になるのよ」
 私の旦那様ですから結果としてそうなります。こんなことはそれこそ言うまでもないことだと思いますけれどどうしてお父さんもお母さんも平気な顔なんでしょうか。
「それでもそんないい加減な子でいいの?」
「それはさっき言ったじゃない」
 あっさり切り返されました。完敗です。
「男の子はある程度はそれでいいから」
「ある程度って」
 そのレベルがあんまりにも大きいような。
「あの子かなりみたいだけれど」
「そうかしら」
「普通だよな」
 この二人は。私の両親とはいえ。
「肝心なのはおみちに沿っているかどうか」
「心さえしっかりしていれば問題はないんだよ」
「そうなの」
 私は何事もちゃんとしないと駄目だと思いますけれど。駄目だったらそれこそ徹底的に教えてあげて。そうしてあげないとやっぱり駄目なんだと思います。
「そうよ。自然に沿ってくるから」
「長い目で見てな」
「長い目で見るのはわかるけれど」
 それはわかります。けれどそれでも。
「そんなにおおらかだと何か」
「おみちはおおらかなものよ」
 今度はこう言われました。
 

 

104部分:第十四話 騒がしい中学生その九


第十四話 騒がしい中学生その九

「だから。ゆっくりと一つずつ」
「夫婦揃ってな」
「夫婦揃って」
 よく言われることですけれど。まだ高校生ですし。それでもまあ一応は考えはしています。
「だから千里は旦那様を照らすのよ」
「日様になって」
「そういうこと。それが肝心なんだから」
「女の子が日様なら」
「何?」
 ここでふと思うことがありまして。私はそれも言いました。
「何か天理高校って日様が少ないような」
「それは気にしないの」
 これで終わりでした。
「女子青年や婦人会もあるし」
「婦人会ね」
「そう、婦人会よ」
 天理教では婦人会はかなり大勢の人達がいます。教会長さんや信者さんの奥さんやお母さん達です。うちのお母さんもそうですけれど物凄い力があります。
「だからいいのよ」
「そういえば天理教って他の宗教より女の人の割合多いしね」
 確かめたことはないですけれど半分以上でしょうか。おぢばを歩いていても女の人の方が多いんじゃないかしらって思ったりもします。
「だから。教祖は女の方よ」
「ええ」
 このことがやっぱり大きいんですけれど。女の人が強い宗教なのは。
「だからそれでいいのよ」
「女の人が多くて」
「少ないのは学校だけだし」
 それもそうです。先生は女の人もかなりの割合です。やっぱり確かめたことはないですけれど半分位でしょうか。そんな感じです。
「大学は多いでしょ」
「ええ、まあ」
 天理大学は女の人が目立ちます。それも奇麗な人が。
「天理高校だけだからね。それは」
「そうなのね。それじゃあ」
「わかったらその女の子のところへ帰りなさい」
 それを言われると急に気分が暗くなります。お父さんやお母さんと別れるだけじゃなくて東寮に帰るというのが。これは東寮におられたことのある方なら誰でもおわかりですよね。
「暫くしたらね」
「あまりそれは」
「ふそくは言ったら駄目よ」
 お母さんもその東寮にいたことがあるのでわかっていますけれど。そのお母さんにこう言われました。わかったうえで、でした。
「いいわね」
「うん。それにしても」
「辛いでしょ、かなり」
「あれでかなりリベラルになったの?」
「そうよ、かなりね」
 また言われました。
「私のいた頃よりもね。かなりだと思うわ」
「そうなの」
「そうよ。あの時は本当に軍隊みたいだったわ」
「軍隊って」
「それも帝国海軍よ」
 海軍のことはよく知らないんですけれど何故かとんでもなく怖い響きを感じます。
「凄かったんだから。特に二部はね」
「ああ、二部はきついって聞くけれど」
 これは本当によく聞きます。二部というのは所謂夜間の部です。私達はお昼で一部と言われます。二部にはおみちの子しか行けないです。一部は普通に高校から天理教を知ることになる子も入ることができます。奈良から通っている子は天理中学出身の子の他は大抵そうです。
「昔は特にそうだったのね」
「そうよ。私達だって凄かったけれどね」
「ふうん」
「まあ今でもあれよね。毎朝四時半起きで朝御飯食べるのも必死でしょ」
「うん、そうなの」
 本当のことですから隠したりはしません。
「凄いところよ。まだ慣れていないところあるし」
「それも一年の時だけだけれどね」
 その一年が凄く長いんですけれど。いえ、本当に。
「二年からはかなり楽になるわよ」
「そうかしら」
 とてもそうは思えません。だってあんまりにも厳しいから。一見すると校舎みたいな東寮ですけれどその中は監獄だって言われていたとか。
「そうよ。だから頑張りなさい」
「まあ私の部屋は先輩も優しいけれど」
「だったら最高じゃない」
 長池先輩にはこうした面でも凄く感謝しています。
 

 

105部分:第十四話 騒がしい中学生その十


第十四話 騒がしい中学生その十

「一緒の部屋の先輩が優しかったらそれだけで天国なのよ」
「そうよね。じゃあ私はやっぱり」
「御守護頂いてるのよ。感謝しなさい」
「うん。そうさせてもらうわ」
「だから後は旦那様だけね」 
 何でいつもそっちに話がいくんでしょう。先輩もクラスメイトも寮の皆もお母さんまで。私ってそんなに男の子が欲しいように見えるんでしょうか。
「お父さんみたいな人見つけなさいよ」
「ちょ、ちょっとお母さん」
 私が言う前にお父さんが慌てて言ってきました。
「そんなこと言ったら」
「これだって思ったからよ」
 完全にお母さんのペースになっています。どうもお父さんもお母さんには弱いです。何でも恋愛結婚でお父さんは年上のお母さんに完全に弟みたいに扱われていたそうです。それって今と全然変わらないんじゃないかしらっとも思ったりするんですけれどどうなんでしょうか。
「声をかけたのは」
「そうだったのか」
「ええ、そうよ。だから千里もね」
 また私に話を振ります。
「いい人見つけなさい。いいわね」
「いい人って言われても」
「きっと見つかるから。お引き寄せでね」
 またここでおみちの言葉が出ました。人と人の出会いもお引き寄せなんです。全て親神様の思し召しなんです。
「わかったら頑張りなさい。まずは寮に戻って」
「わかったわ。けれど寮でいい人は見つからないわよね」
「女の子同士は駄目よ」
 勿論私にもそんな趣味はありません。同性愛って何なのか全然理解できませんし。やっぱり一緒になるのなら男の子がいいです。
「わかってるわよね」
「それは。私だってそうした趣味は」
「まあ別に否定はしないけれど」
「しないの」
「それは人それぞれ。それでも結婚は駄目よ」
 っていうか女の人と結婚はできないんですけれど。けれど私が女の子だったら確かに長池先輩や高井先輩とは結婚したいな、って思うかも知れません。
「浮気も駄目だけれど」
「それは絶対に駄目よっ」
 私もそれは同じ意見でした。
「そんなことしたら駄目に決まってるじゃない」
「そういうところは昔からね」
 お母さんは私の言葉を聞いて微笑んできました。
「千里は。浮気とか不倫とかは本当に嫌いね」
「当たり前よ、そんなの」
 本気です。それは絶対に駄目だと確信しています。
「何があってもそれだけは」
「そうよね。いつもそれを聞いて安心するのよ」
「そうなの」
「浮気をさせないことも大事だけれど」
 これははじめて聞いた言葉でした。浮気をさせない。
「そこも気をつけなさいね」
「浮気をさけないの」
「そうよ」
 そこをまた言われました。
「それも大事だから。気をつけてね」
「何かよくわからないけれど」
 また首を傾げてしまいました。
「そんなのどうするの?」
「だからここでも暖かさが大事なのよ」
 それも出て来ました。
「男の人を照らす暖かさがね。それがあれば」
「やっぱり違うの」
「ええ。男の人は月様だから」
 これをまたまた言われました。お母さんは何かというと日様月様について話をします。それに凄いこだわりを見せてさえいます。
「照らされていないと駄目なの。照らされていないと」
「浮気するの」
「そう。だからいつも暖かい光を出してね」
 それが大事だそうです。
 

 

106部分:第十四話 騒がしい中学生その十一


第十四話 騒がしい中学生その十一

「照らしてあげなさい。いわね」
「照らすのは男の子だけ?」
 ここで急にそれに気付きました。
「他の人はどうなのかしら」
「勿論他の人もよ」
 私の疑問にすぐに答えてくれました。
「照らすの。いいわね」
「お友達もなのね」
「そう。後輩にしろ家族にしろ」
 本当に誰でもみたいです。
「照らさないと駄目よ。わかったわね」
「わかったわ。そうなるわ」
「寮の先輩もそうじゃないかしら」
「あっ」
 言われるとすぐにピンときました。そうです、長池先輩です。
「千里も照らされてるんじゃないの?」
「うん、確かに」
 自分のことに置き換えて考えてみるとはっきりとわかりました。
「そうよね。言われてみれば」
「周りをよく見てね」
 今度はお説教めいた言葉でした。
「そうしたらそれも見えてくるわよ」
「そうよね。そうしたことも」
「わかったのならいいわ。ただ」
「ただ?」
 お母さんはまた私に言ってきました。
「日様は最初から輝けるわけじゃないのよ」
「どういうこと?」
「最初は。光なんてないのよ」
 また随分とおかしなことを言うのね、って思いました。太陽が輝かないで何が輝くんでしょう。お母さんの話の中でこれが一番わかりませんでした。
「けれどね。努力しているうちに」
「輝けるようになるの」
「そうよ。そういうことよ」
「そうだったの。じゃあ私も努力して」
「いい日様になりなさい」
 にこりと笑って私に言うのでした。
「皆を照らすようなね」
「ええ。そんな立派になれるかはわからないけれど」
 そこまで自信はありません。けれどやることはできますから。
「先輩みたいに。なりたいわ」
「あの先輩の人?」
 同じ部屋の長池先輩のことはもうお母さんに話しています。とても奇麗で優しくて素敵な人だって。女の子の私から見ても本当に素敵なんですから。
「ええ。あの人みたいにね」
「目標を持つことはいいことよ」
 今度の言葉はこうでした。
「目指していけばね。きっと」
「立派になれるのね」
「そうでもあるわ。だからね」
「ええ」
 お母さんの言葉ににこりと微笑んで頷きます。そして。
「いさんでいくわ」
「そういうこと。じゃあ東寮にも」
「それはちょっと」
 けれどここでは苦笑いになっちゃいました。あってあんまりにもきついんですから。一年生の時は何事もとても大変なんです。


第十四話   完


                  2008・2・14
 

 

107部分:第十五話 中間テストその一


第十五話 中間テストその一

                     中間テスト
 ゴールデンウィークが終わって暫くすると中間テストです。高校ではじめてのテストです。
 普段は広い図書館もテスト前になると少し狭くなります。天理高校の図書館は特別に校舎にもなっていてとても広い図書館になっています。中に置かれている本もかなりの数です。
「こんなに色々な本があるなんて」
「思わなかったわよね」
 クラスメイトの女の子の一人とテスト勉強の為に中に入ったのですが実ははじめてでした。中の本の数を見てまずはとても驚きました。
「私の通っていた中学校も凄かったけれど」
「そうなの」
 私の通っている中学校はまた特別ですけれど。八条学園の図書館の蔵書は何でも世界屈指だそうです。天理大学の図書館もかなりのものですけれど。
「ここも凄いわね」
「やっぱりこの学校は何か違うわよね」
 設備がとにかく凄くて。図書館もその一つというわけです。
「本が一杯」
「それに席だって」
 ちゃんと個人で使える席になっていてしかも周りから見えないような造りになっています。ちゃんと何人かで並んで座れる席もあるし。配慮まで感じられます。
「ちょっとした図書館みたいよね」
「ええ。じゃあ勉強する?」
「うん。けれどちょっと待って」
「どうしたの?」
「ほら、ここ」
 図書館の本棚の一つを指差すとそこにあったのは。
「芥川の全集あるわ」
「あっ、太宰も」
 作家の全集も揃っています。
「川端康成もあるし」
「森鴎外も。源氏物語もあるわね」
「何か本当に色々な本があるわよね」
「ええ。芥川なんか何種類もあるし」
 こんなに本があるなんて。
「とりあえずさ。芥川はテストに出るじゃない」
「ええ」
 教科書の定番ですね。他にも太宰とか志賀直哉とかも。
「一応読んでみる?」
「読む必要はないんじゃないの?」
 けれど私は彼女にこう答えました。
「そこまでは」
「読む必要はないか」
「結局テストでいい点数取ることが大事じゃない」
 私はそこを指摘しました。
「だったらそこまではね」
「そういえばそうか。けれど作品を幾つかは押さえておかないとね」
「それはね。ええと」
 ここで芥川の作品を少し頭の中で出してみました。実際に言葉にも。
「芋粥に鼻に地獄変に」
「初期の作品だったっけ」
「ええ。何か末期になると凄くなるそうね」
「先輩の話だと頭がおかしくなったんだって」
 芥川は自殺していますね。何か聞いた話では薬をやっていたんじゃないかっても言われているそうですし随分大変な状況だったみたいです。
「頭が」
「まあテストには関係ないけれどね」
「そうね。あとは作品の要点よね」
「そうそう、そこよ」
 話はそこにもいきました。
「羅生門だし」
「座りましょう」
「そうね」
 まずは座って教科書を開いてそこから勉強に入りました。
 

 

108部分:第十五話 中間テストその二


第十五話 中間テストその二

「ここがこうで」
「そこがそうなるのよね」
 まずは現国からでした。それから古文をやって。とりあえずは国語系統からでした。一通り終わった頃にはもういい時間になっていました。
 それで寮に帰ってからも勉強で。普段から少しずつしていますけれどやっぱりテスト前ですから特に念入りにしているつもりです。つもりですけれど。
「頑張ってるわね」
 部屋で長池先輩が私に声をかけてくれました。
「有り難うございます」
「その分だとテストいけるんじゃないの?」
「どうでしょうか」
 けれどやってみないとわからないのでこれには答えることはできませんでした。
「それはまあ」
「それでも赤点は大丈夫なんじゃないの?」
 自信なさげな私にこう言ってくれました。
「大体はわかってるでしょ」
「ええ、まあ」
「だったら大丈夫よ。ああ、そうそう」
 ここで先輩はまた私に言ってきます。
「一年生だからまだまだ先だけれど進路はどうするの?」
「進路ですか」
「ええ。やっぱり天理大学受けるの?」
「そのつもりですけれど」
 家が教会ですからそのつもりです。それで大学でもおみちのことを勉強させてもらうつもりです。そうなったらまたおぢばに住まわせてもらうことになります。
「だったら英語勉強しておきなさい」
「英語ですか」
「そうよ、天理大学はまず英語」
 それを言われます。
「だから重点的に勉強しておくといいわよ」
「そうなんですか。それじゃあ」
「実はね」
 先輩はにこりと笑って私にまた言ってくれます。すっごく奇麗な笑顔で。この笑顔を見せられたら多分どんな男の子も参ってしまうと思います。
「私も天理大学受けるし」
「先輩もですか」
「ええ。やっぱり大学でも勉強したいし」
 真面目な先輩らしいお言葉だと思いました。
「どちらにしろ卒業してからもおぢばには残るつもりよ」
「じゃあずっと会えるんですね」
「東寮じゃないけれどね」
 それはわかっています。幾ら何でも高校を卒業してもこの東寮に残るなんてことは有り得ません。やっぱりここにいるのは三年が普通です。幹事の先生方も。
「だからまた色々とね」
「はい、その時また御願いします」
「それにしてもあれじゃない?」
 今度はあれと言われました。
「あれ?」
「ちっちかなり根つめてない?」
「そうでしょうか」
「頑張るのもいいけれど無理はしないでね」
「はい」
「何だかんだで留年なんて滅多にないし」
 まあそうだと思います。何だかんだで高校で留年する人は私も見たことがありません。ある格闘ゲームでいい加減に卒業しろ、って言われている短ランの人がいますけれど。
 

 

109部分:第十五話 中間テストその三


第十五話 中間テストその三

「人によってはある程度だけ頑張るって人もいるしね」
「あっ、みたいですね」
 別に天理大学行かない人もいます。大学に行かなくても天理教の色々な場所で働くことができるからです。これもまたおみちを通るってことなんです。
「海外布教とかね」
「海外ですか」
「ちっちはそういうの考えたことある?」
「いえ、それは」
 それは正直考えたことがなかったです。家の教会を継ぐことは考えていましたけれど。
「天理大学に合格するわね」
「はい」
「それで卒業して」
 何か凄い未来な感じです。
「その後はどうするの?」
「一応家に帰ろうかと」
 あまり考えていないですけれど。そう考えています、一応は。
「それで仕込みを」
「そう。ちっちは教会の娘さんだしね」
 やっぱりそれが大きいです。
「そういえば潤もあれよ。教会の娘さんだから」
「どうされるんでしょうか、高井先輩は」
「高校を卒業してから暫くはおぢばに残るんだって」
「えっ、そうなんですか!?」
 高井先輩が残られるなんて。優しくて奇麗な人ですから嬉しいです。
「私もそのつもりだしね」
「長池先輩も」
「だから時々になるけれど会えるわね」
「はい、嬉しいです」
「嬉しいって」
 私が笑顔になると何か先輩は苦笑いになりました。そのお顔でまた仰います。
「大袈裟よ。私達が残ることがそんなに嬉しいとは思えないけれど」
「やっぱり。知っている方ですから」
「そうなの」
「そうなんです。先輩はおぢばで何をされるんですか?」
「一応大学に行くつもりよ」
 勿論天理大学のことです。
「だから三年になったらちっちと会うわね」
「隣ですから時々御会いできますよね」
「そうね。詰所に置いてもらうことになるし」
「詰所ですか」
 それを聞くと何か少し違和感を感じました。それは今私が東寮にいるせいでしょうけれど。
「何かおかしい?」
「詰所に住まわせてもらえることもありなんですよね」
 そのことを先輩に確かめるようにして尋ねます。
「そういえば」
「そうよ、何言ってるのよ」
 先輩はおかしそうな笑顔になりました。
「当たり前でしょ。その為の詰所なんだから」
「そうですよね。私何言ってるんだろ」
「まあ気にしないで。それでね」
 話が変わりました。
「ちっちもおぢばに残るのね」
「はい」
 これはもう私のなかでは決まっていることです。
「大学に受からなくてもここにいさせてもらいたいです」
「そうなの、じゃあ当分ここなのね」
「ええ。ですからまた先輩と御会いできますね」
「私なんかと会っても何もないわよ」
 先輩は私にこう笑ってきました。
「それでもよかったらだけれど」
「それでもで御願いします」
 私もこう言葉を返しました。
「先輩がいてくれると凄く心強いですし」
「わかったわ。じゃあ私でよかったら」
「ええ。それで御願いします」
 そんなやり取りの後でまた勉強です。いつもよりもずっと勉強漬けで遂にテストの日です。テストの日はそれが終わったらすぐに下校なんでまた図書館にです。
「ちっちって勉強は図書館派だったのね」
「落ち着くしね」
 こうクラスメイトに答えます。
「ほら、寮だとね」
「それはね」
 寮はとても忙しいですし学習時間もありますけれど部屋によってはシャーペンの芯を出すのも部屋の外でしなければいけないしとても大変ですから。だから図書館で勉強することが多いんです。私は中学校の頃から図書館で勉強することが多いんですけれど。
 

 

110部分:第十五話 中間テストその四


第十五話 中間テストその四

「仕方ないわね」
「この図書館使い易いし」
 しかもこうした理由があります。
「いいと思わない?」
「そうね。あんまり居心地がいいから寝ちゃいそう」
「こらっ」
 気持ちはわかりますけれどね。
「寝たら駄目じゃない。何でそうなるのよ」
「だってテスト中でも寮は変わらないし」
「それは仕方ないじゃない」
 今更言っても、って感じです。
「それはそれ、これはこれでね」
「わかったわ。そうなのね」
「朝早いのは慣れてないの?」
 この娘も教会の娘さんなので。
「朝のおつとめで」
「それでも毎日四時半よ」
 本当は五時半ですけれど一年生は実質こうなんです。一時間早く起きて部屋のお掃除にスリッパを揃えて。朝の点呼までにしておかないといけないんです。
「今までなかったわよ」
「まあそうだけれど」
「二年になったら変わるかしら」
「さあ」
 実感できません。正直言って。
「どうかしら。そもそも二年になること自体考えられないけれど」
「それを言ったらおしまいよ」
 おぢばなのに寅さんの言葉になりました。
「留年しなければ大丈夫だし」
「それはそうだけれど」
「実感としてないのは確かよね」
 とても感じられません。今一年生としてひいひい言っているんですから。それでどうして実感が持てるというんでしょう。といってもこれって小学校や中学校でも同じだったんですけれど。どうしてもその時のことで一杯で後でどうなるのかってわからないですよね。
「どうしてもね」
「そういうこと。だからね」
 また私に言ってきます。
「それを言ってもね」
「そういうことなの」
「そういうこと。それでね」
 話がここで変わりました。
「今日のテストどうだったの?」
「まあ一応は」
 とぼけることもできますけれどそういうの好きじゃないんで。それでこう答えました。ただあまり答えとしてはどうかと思いますけれど。
「書けることは書けたわ」
「書けるのは誰だってできるんじゃ」
「ええ。それはね」
 こう切り返されました。意外と手強いというか。
「まあそうよね」
「できたかどうかなのよ。そこんとこどうなの?」
「とりあえずは大丈夫・・・・・・だといいわね」
 あまり自信のある性格ではないんで。こう答えました。
「正直なところ」
「そうなの」
「ええ。正直返って来るまでわからないわ」
 本当にそうですよね。自分ではできたと思っていてもできていなかったり。そういうことがあるからあまり断言したりはしないんです。
「欠点じゃないとは思うけれど」
「だったらいいじゃない。それで済むんだから」
 天理高校に通っているとこうした考えになってしまうみたいで。テストは四十点を下回らなければそれでいいや、って考えてしまうようになるんだそうです。これが天理高校生の悪い癖なんだと先生によってはぼやかれることもあります。その先生も出身は天理高校なんてことはざらなんであまり強くは言えないみたいですけれど。
「そうでしょ」
「それを言ったらおしまいよ」
 今度は私がこの言葉を使いました。
「けれど実際そうなのよね」
「それでもちっちはできてるんじゃないの?」
「何でそう言えるの?」
「だっていつも勉強してるじゃない」
 それが理由みたいです。
「だからよ。安心していいと思うわ」
「そうなの」
「継続は力なり」
 ここで諺が出て来ました。おみちでも結構言われる言葉です。おみちの言葉じゃないですけれどこれを守っておきなさいということで。
 

 

111部分:第十五話 中間テストその五


第十五話 中間テストその五

「そうでしょ」
「何かお母さんみたいな言葉ね」
「それは言わないでよ」
 どういうわけかこう言われると困った顔を見せてきました。
「よくおばちゃん顔って言われるし」
「そうなの」
「そうなのよ。それこそ子供の頃からよ」
 あらあらそれは、聞いていてかなりのものだと思いました。
「それで困ってるのよ」
「そんなふうには見えないけれど」
「ちっちとは違うのよ」
 私は童顔だって言われます。小柄なせいで余計にそう言われるんです。
「私背も高かったし」
「高かったのね」
「そう、高かったの」
 今は普通なんです。女の子って背が伸びてもすぐに止まったりしますよね。私は小学校どころか幼稚園の頃からずっとクラスで一番前でしたけれど。
「今はこんなのだけれどね」
「背って伸びないのよね」
「ちっちは特にね」
「否定できないわね」
 凄く残念なことに。それにしても高校に入ってからずっと背のことばかり考えて話しているような。気のせいじゃなくて本当に。自分でも困ったことです。
「それは」
「低いのは事実だしね」
「そうなのよ。おみちの女の人ってそういう人が多いし」
「背の高い人は少数派?」
「多分そうよね」
 私の家なんてお母さんもお婆ちゃんも叔母さん達も妹達も。皆が皆背が低いんです。私が一番低いらしいんですけれど。これは一族の皆から言われます。
「修養科の人達を見ても」
「元々日本人って背は低いんだけれど」
「最近高くなったし」
 天理高校では男の子は何か結構大きいんですけれど。何で女の子はそれで低い娘が多いの?っていうのは不思議なんですけれど。
 考えれば考える程わからないところがあります。
「私なんて牛乳飲んだり必死に頑張ってるのよ」
「それでも伸びないのね」
「全然よ」
 遺伝なんでしょうか。
「一五五は欲しいのに」
「あまり高い望みじゃないわね」
「高望みはしないの」
 これは私の考えです。そういうのは好きじゃないんです。
「特に背のことは」
「そうなの」
「そうなの。それでもあと五センチだけでも」
「やれやれ。ちっちもコンプレックスあるのね」
「ない人なんているのかしら」
 私は背のことで。他にも色々なことでコンプレックスを持っていますよね。そうしたことでお父さんやお母さんのところに来る人も多いんでそれは知っています。
「正直なところ」
「いないんじゃないの?」
 実に正直な返事でした。
「そんなのって」
「そうでしょ?だったら私だって」
 私自身のことを肯定します。背が低いのだって。
「別にいいじゃない」
「そうよね。もてる材料にもなるし」
「えっ!?」
 今の言葉には思わず声をあげました。
「もてるって?」
「だから。小柄な女の子ももてるのよ」
 そう言われました。これもよく言われることですけれど。
「ちっちなんかは特にそうかもね」
「小さい小さいってよく言われるけれど」
 それも何ていうか。言われる度に困った顔になっちゃいます。
「それでもそれは」
「まあまあ。それにちっちは確かに小さいけれど」
「否定しないじゃない」
「けれどいいじゃない。可愛いんだし」
「そうかしら」
 ブスって面と向かって言われたことがあります。子供の時ですけれど言われた瞬間に大泣きしてそれでその日は一日中泣いていました。
「可愛いわよ。それこそアイドルになれる位ね」
「お世辞言っても回転焼きも鯛焼きも出ないわよ」
「それは月次祭にはお父さんとお母さんがいつも買ってくれるからいいわ」
「じゃあ天津甘栗も出ないわよ」
 少しムキになって言い返しました。月次祭になると商店街に出店が並んでそこに鯛焼きだのが売られるんです。私もよく買ってもらいました。
 

 

112部分:第十五話 中間テストその六


第十五話 中間テストその六

「別にいいわよ。自分でも買うし」
「うう・・・・・・」
「けれど可愛いのは事実よ」
「そうかしら」
 自覚ないんですけれど、それは。
「私だけが言ってるんじゃなくて皆が言ってることよ」
「皆が?」
「そうよ、皆」
 こうも言われます。見れば彼女の顔は少し真面目です。
「特に男の子がね」
「自分の顔がそんなにいいとは思わないけれど」
「自分ではわからないものよ」
 そうなんでしょうか。自分だからこそわかることだと思うんですけれど。けれど彼女の言葉だとそうじゃないみたいです。何か不思議な言葉です。
「だからちっちはそれには安心していいわ」
「ううん」
 頷くことはできませんでした。どうしても実感できないことでしたから。
「そうなのかしら」
「自覚できないならそれでいいけれど。さて」
 話が変わりました。
「勉強に戻りましょう」
「ええ、そうね」
 また勉強に戻りました。そんな数日間が終わってテストが帰ってきました。結果はとりあえず赤点とは全く無縁で私としても満足のいくものでした。とりあえずはよかったです。
 ところが。テストが終わって一息つく間もないんです。何故なら。
「ねえ、今度ね」
「あっ、あれね」
 私は用木コースにいます。それで何かと急がしのですがひのきしんが入ったのです。ひのきしんとは強いて漢字で書くと『日の寄進』と書くそうです。簡単に言うとボランティアでの勤労奉仕です。
「おぢばがえりの話が出てるんだけれど」
「えっ、もう!?」
 それを聞いてびっくりです。まだ五月なのに。
「まだ五月だけれど」
「それでもよ」
 何かもうその話が出ているそうです。何と早い。
「といってもまだ打ち合わせの段階だけれど」
「でしょうね」
「ただ。それに合わせて色々とお掃除するところはあるみたい」
「お掃除って今からなの」
 何かそれでも話が異常に早いような。どうなってるんでしょうか。
「倉庫とかだけれどね」
「倉庫を」
「ええ。それでね」
 話が動く段階に入りました。
「今日からちょっとお掃除で忙しくなるわよ」
「やれやれね」
 話を聞いて少し溜息です。
「ってふそく言ったら駄目なのね」
「そういうこと。是非共やらせてもらわないとね」
「ええ。それじゃあ」
「あっ、あとちっち」
 今度は私自体に話が向けられました。
「何?」
「テストどうだったの?」
 話はそっちでした。
「できたの?どうなの?」
「まあ一応はね」
 こう答えることにしました。
 

 

113部分:第十五話 中間テストその七


第十五話 中間テストその七

「満足はしているつもりよ」
「そう、よかったわね」
 この娘は私の口からこの言葉を聞いてまずはにこりと笑ってくれました。
「私も何とか後々まずいようにはならなかったわ」
「よかったわね、お互いに」
「ええ。それにしてもね」
 ここで問題がありました。
「寮で勉強するのって中々慣れないわね」
「それはね」
 これは私も同意です。
「図書館は勉強し易いんだけれどね」
「そうね」
「大学の図書館はどうかしら」
 お隣の天理大学の図書館について考えました。あの凄く大きい。
「あそこは勉強するには物々しくない?」
「それもそうね」
 言われてみれば確かに。大き過ぎます。
「じゃあやっぱり高校の図書館がいいわね」
「ええ。それによく考えたら」
 ここでちょっと危ない確信の事実が。
「うちの図書館ってテスト前でもあまり人が多くないわね」
「あっ、そういえば」
 言われて私も気付きました。
「そういえばそうよね」
「皆あまり勉強してないとか?」
「自宅生は自分のお家でするしね」
 天理高校の生徒は大きく分けて二つなんです。奈良にいて自分の家から通っている子と私達みたいに地方にお家があって寮から通っている子。代々半々って割合でしょうか。
「寮で勉強する子もいるしね」
「それはあまり考えられないけれどね」
「人それぞれっていことでしょうね」
 私はこう考えることにしました。
「そこのところはね」
「そういうものなのね」
「そういうものよ。さて」
 ここで私が言いました。
「今度はひのきしんね」
「そういこと。頑張りましょう」
「ええ」
 今度はそっちに話が向かいました。本当に天理高校は何かとやることが多いです。大変です。けれど何か慣れてくると。お父さんもお母さんもいなくて寂しいことは寂しいけれど充実してきた感じです。


第十五話   完


                  2008・2・23
 

 

114部分:第十六話 色々と大変ですその一


第十六話 色々と大変ですその一

                  色々と大変です
 ひのきしんに部活に寮生活に学校に。順番が滅茶苦茶になっているかもですがとにかく何を取っても天理高校での生活は本当に大変です。体重が減ったみたいな。
「体重が減っても背が伸びないのよねえ」
「自分で言ってどうするのよ」
 佐野先輩に言われました。小柄でショートヘアの人です。可愛い感じですが特に印象的なのはその目です。垂れ目ですぐにわかるんです。広島の教会の娘さんです。時々広島弁が出ることも。
「けれど一年の時は皆そうよね」
「ハードですから」
「一年は皆じゃけえね」
 ここで広島弁が出ました。最初聞いた時は私もびっくりしました。奇麗な人が急に凄い言葉出すんだなって。けれど慣れてみるとそれ程でも。おぢばでは方言を聞くことも多いんです。
「それはね。けれど二年になればね」
「違うんですか」
「三年になればもう全然よ」
 こうも言われました。佐野先輩も三年生です。長池先輩や高井先輩と一緒です。それにしても思うんですが私にしろ私の周りの人達にしろ何か名前が変に決まっているような。何年か前から中村っていう私の名前から『ノリ』って言われたりします。近鉄が優勝した時は大騒ぎでした。あと長池って阪急の選手がいたそうです。私はそこまでは全然知らなかったりするんですけれど。
「平気になるからね」
「そうなんですか」
「私も一年は大変だったしね」
 やっぱり先輩もそうだったみたいです。
「けれど一年だけだからね」
「わかりました」
 皆から言われます。殿上人扱いの三年生の人からの言葉です。
「二年生になれば随分変わるわよ」
「学校では全然それはわからないですよね」
「寮だからわかるのよね」
「はい」
 本当にその通りです。寮がメインになっています、明らかに。
「ところで美紀はどう?」
「長池先輩ですか」
「そうよ。優しい?」
 それを尋ねてきました。何か長池先輩についてはいつもこう聞かれます。その度に同じ言葉を返しているんですけれど。本当にいつもです。
「怖くない?」
「怖くなんかないですよ」
 私はいつもの返事をしました。
「とても優しいですよ」
「そう、よかったわ」
 佐野先輩はそれを聞いてほっとしたように笑いました。
「美紀もね。短気なところがあるから」
「いえ、全然ですけれど」
 これもよく言われます。どうしてかわからないですけれど。
「けれど優しいのね。よかったわ」
「親切ですし。それにとても奇麗で」
「奇麗よね、本当に」
 そう言う佐野先輩もかなり。何か先輩には奇麗な人が多いと思います。宮城から来たっていう真木先輩なんかもとても奇麗です。
「色白いし目キラキラしてるし」
「スタイルもいいですし」
「私なんかよりずっと背が高いし」
 これは私も同感です。本当に羨ましいです。
「羨ましいわ」
「先輩もですか」
「ええ、ちっちもなのね」
 背の低い者同士。それはとても感じます。
「背が低いのは」
「そうですよね。物凄いコンプレックス感じて」
「まあそれを言うのは止めましょう」
 先輩からストップがかかってきました。
「言っても仕方ないしね」
「そうですよね。努力はしてるんですけれど」
「私だってあれよ」
 先輩はその垂れた目に困った色を見せながら仰います。
「バナナだっていつも食べてたけれど」
「バナナをですか」
「ええ、バナナをね」
 バナナを食べると背が高くなるんでしょうか。初耳です。
「いつも食べていたんだけれど。授業中でも」
「それはまずいんじゃ」
 幾ら何でも授業中に何かを食べるのは。そういえば高井先輩もそんなことを仰っていたような。
 

 

115部分:第十六話 色々と大変ですその二


第十六話 色々と大変ですその二

「見つかって怒られたわ」
「そうでしょうね」
 それはわかります。やっぱりっていうか。
「立たされたわ」
 でしょうね。そんなことしたら。
「ちっちも気をつけなさいよ」
「はあ」
「うちの先生は厳しいしね」
「厳しいですか?」
「そうよ、厳しいわよ」
 それ以前の問題じゃないかしらと思うんですけれど先輩は違うお考えみたいです。それにしてもこの先輩も色々苦労されているんだと思いました。背のことで。
「何かとね」
「寮は厳しいですよね」
「あそこは自衛隊よ」
 何か凄い表現ですけれど否定できませんでした。
「厳しいってレベルじゃないわよ」
「昔はもっと凄かったんですよね」
「海軍みたいだったらしいわね。私実家広島じゃない」
「ええ」
 広島といえば海軍です。江田島がありますから。他には広島東洋カープとか牡蠣ってイメージがあります。広島には奥華の系列の教会も結構あって行くことが多かったんです。
「だからよく聞いたのよね」
「それで海軍っていうとどんなのですか?」
「鬼ね」
 一言でした。
「滅茶苦茶凄かったんだって」
「東寮よりもですか」 
 それを聞いても実感できません。東寮よりもずっときついって何なんでしょう。
「ずっとみたいよ」
「うわ・・・・・・」
 話を聞いてびっくりです。何か海軍って名前を聞いていて凄く厳しいんだっていうのは感じたりしていたしたけれどそれでもです。
「凄かったんですね、本当に」
「正直東寮もかなりだけれどね」
「北寮より厳しいみたいですよ」
「ああ、それね」
 これは先輩も御存知でした。
「男同士より女同士の方が凄くなるのよね」
「ですよね」
「これって男の子からは信じられないそうよ」
 私にはここがわかりません。男の子の方が厳しいんじゃないかしらって思うんですけれど実際は違います。女の子の方が何かときついんです。
「まあ北寮も先輩は凄いらしいけれどね」
「そうらしいですね」
 それでも、です。
「それでも東寮よりはましよ」
「東寮に耐えられたら何処でもいけるそうですね」
「それは私も言われたわ」
 言い換えればそこまで厳しいってことなんですけれど。
「だから頑張れって。一年の頃は毎日泣いていたけれど」
「毎日、ですか」
「そう、毎日だったわ」
 これもよくある話で。私の友達にもよく泣く娘がいます。
「それこそね」
「そうだったんですか」
「中学校出ていきなりよ」
 そう、本当にいきなりなんですよね。気分的にも時間的にも。
「寂しいの何のってなかったわ」
「どうしてもそうなりますよね」
 私もやっぱり寂しくて仕方ないです。それは否定できません。
「三年ですか」
「もっといるんじゃないの?」
「もっと!?」
「だから。高校出た後よ」
 かなり未来のことを言われた気になりました。そんな未来のことを言われても今一つ実感がないっていうのが本音なんですけれど。
「やっぱりあれでしょ?おぢばに残るつもりよね」
「天理大学受けるつもりです」
 正直にこう言いました。
「じゃあやっぱり」
「ちっちの実家の教会って神戸だったっけ」
 皆それを知っています。佐野先輩の広島よりも近いですけれどそれでもそうそう簡単に通える距離じゃないです。そこんところは大阪の人達が羨ましかったりします。
「はい、そうです」
「だったらここに残るわよね」
 それをまた言われました。
「東寮から出ても」
「詰所に入るんでしょうか」
 私は自然とこう考えました。詰所はその為にある場所ですし若しおぢばに残るとなったらやっぱりそこに入ることになります。これは皆そうです。
「それだと」
「そうなるわよね、やっぱり」
「詰所だったらまあ」
 私はそれは抵抗がありませんでした。それこそもう子供の頃から何度も泊まっていますし知っている人ばかりですし。あそこだと全然平気です。
「抵抗ないです」
「やっぱり詰所は落ち着くのね」
「はい」
 先輩の言葉に頷きます。
「東寮はやっぱり厳しいですし」
「それがあるのとないのとで全然違うわよね」
「先輩に言う言葉じゃないですけれど」
 そうなんです。あの規則の厳しさが特になんです。
「そうなんです」
「詰所によって違うけれどね」
 大教会ごとにあるんで本当にそれぞれです。私のいる奥華のそれは皆ざっくばらんで過ごし易いです。だから私も落ち着くんです。
 

 

116部分:第十六話 色々と大変ですその三


第十六話 色々と大変ですその三

 それで私は言いました。
「ですよね、やっぱり」
「私の詰所はね」
 佐野先輩の大教会の詰所は。
「よく考えたら元々あれじゃない」
「あれっていいますと」
「奥華の別れじゃない」
 大教会の下の教会が大きくなってそこが大教会になることをこう表現します。奥華は佐野先輩の九花の元の大教会ということになります。
「といっても私が生まれる前に別れたんだけれどね」
「そうですよね。じゃああの詰所に行かれたことは」
「悪いけれどないのよ」
 やっぱりそうでした。
「いつも九花だけよ、行くのは」
「そうですか。そういえば私も」
 他の詰所に行くことはまずないです。
「同じです」
「そうしたものなのよ。結局他の詰所には行ったりしないわよね」
「そうですよね」
「けれどお付き合いはあるけれど」
 所属の大教会が違ってもこれはあります。
「学校だとそれは殆どないしね」
「ええ。私もこんなに他の大教会の人とお付き合いしたことってないです」
「教区もでしょ」
「はい」
 天理教は大教会の他に教区といって今いる都道府県で分けられていたりもします。この単位を教区と呼びます。私は兵庫に入ります。
「何か全然違うお付き合いになっています」
「私もそれで言葉が変わったし」
「あっ、そういえば先輩の広島弁って」
「結構消えてるでしょ」
「奈良弁というか天理弁は入ってきていますね」
「自然とこうなるのよ」
 やっぱりいたらこうなりますね。二年も三年もだと。そういうことみたいです。
「おふでさきだって天理の言葉で書かれているわよね」
「ええ。それで結構」
 おふでさきとは教祖が書き残された和歌形式のお言葉です。そこには色々な教えが書かれています。天理教の重要な教典の一つです。
「苦労しました」
「関西人のちっちもそうでしょ?私なんかそれこそ」
「苦労されたんですね」
「結構ね。関西弁に慣れていなかったから」
「広島でですか」
 私の中のイメージでは広島弁は大阪のそれに近いっていうのがあるんですけれどそれはどうも違うみたいです。先輩のお話ですと。
「広島は。ほら」
 先輩の顔が苦笑いになりました。
「ヤクザ言葉だから」
「ヤクザ言葉!?」
 そう言われてもあまりピンと来ないです。
「何ですか、それって」
「ああ、ちっちって東映の映画とか知らないのね」
「東映は特撮とかアニメなら」
 知ってはいますけれど他は知らないです。
「知ってますけどそういうのもあるんですか」
「あるのよ。仁義なき戦いとかね」
「ああ、それなら」
 その映画は聞いたことがあります。有名ですね。
「知ってます。けれどあれって東映だったんですね」
「そうよ、東映よ」
「そうだったんですか」
 はじめて知りました。私は時代劇も好きなんですけれど東映はそれと特撮ってイメージが強いですから。ヤクザ屋さんの世界には興味ないですし。
「意外だった?」
「意外っていいますか」
 こう先輩に答えます。
「全然予想もつきませんでした」
「東映ってそっちも有名なんだけれどね」
「はあ」
「まあいいわ。それで結構広島って言われるのよ」
「ガラ悪いっていうのですか?」
「そうなのよ。広島は確かにあの筋の人が多いけれど」
 これは本当に有名です。神戸にいる私どころか日本中で有名ですから。奥華でも広島に教会が結構ありますからよく聞いてきています。
「普通の人だって多いのよ」
「ですよね」
 言うまでもないことですけれど何故か先輩は異常にこだわっています。
「私がいるのはそっちの方じゃないし」
「広島市内じゃないんですか」
「呉でもないわよ」
 呉の方にも奥華の系列の教会がありますけれどやっぱりそうした人が多いらしいです。呉名物は自衛官とそっちの筋の人だそうです。
 

 

117部分:第十六話 色々と大変ですその四


第十六話 色々と大変ですその四

「福山の方なの」
「福山ですか」
「そうなの。だから違うのだけれど」
「それでも言われます?」
「言われるわ」
 先輩の顔が憮然としたものになりました。
「一年の頃はそれで言われたし」
「そうなんですか」
「やっぱり言葉でね。あとは」
「あとは?」
「お好み焼き」
 今度は食べ物の話が出て来ました。
「いい、ちっち」
「はい!?」
 急に言葉も顔も真剣なものになってきました。
「お好み焼きは一つしかないのよ」
「一つしか、ですか」
「そう、広島のね」
 何か急に気迫まで感じてきました。雰囲気も全然違います。先輩はその目のせいかかなり穏やかなオーラを感じるんですけれど。もっとも先輩達のお話だと佐野先輩は所謂かなり『やんちゃ』で元気な人らしいですけれど。それはよく知らなかったりします。
「広島のお好み焼きしかないのよ」
「大阪のはどうなんでしょうか」
「邪道よ」
 はっきりと言ってきました。
「あんなのはお好み焼きじゃないわ」
「やっぱり広島ですか」
「あれこそがお好み焼きよ。特に」
「特に?」
「もんじゃ」
 これが出て来ました。私は食べたことがないですけれど。
「あんなのは絶対に食べないわよ」
「絶対にですか」
「あれって巨人の歌聴きながら食べるのよね」
「えっ!?」
 これはかなりびっくりでした。幾ら東京でもそれは。
「巨人はこの世で一番嫌いなのよ」
「広島でもそうなんですか」
「潰れてしまえばいいのよ」
 どうやら本当に嫌いらしいです。
「あんなチーム。何が球界の盟主よ」
「そうですよね」
 それは同意です。そんなこと言ってやってることっていったら。何処かの独裁国家と同じだと思います。マスゲームが練習じゃないかしらって思ったこともあります。
「あんな最低最悪のチーム、日本からなくなって欲しいわよ」
「悪いんねんばかり積んでいますよね」
「そのうち大変なことになるわ」
 そうなって欲しいです、是非。
「人気もなくなって新聞も売れなくなって」
「はい」
「最下位ばかりになってね。今だって変な補強ばかりしてるじゃない」
「あのオーナーが駄目なんでしょうね」
「でしょうね」
 日本の誰もが知っていて嫌っているあのオーナー。私もお爺ちゃんお婆ちゃんや年輩の信者さん達にあんな人間とは一緒にならないようにって言われています。誰があんな人間と。
「とにかく東京は大嫌いよ」
「大嫌いなんですね」
「巨人ももんじゃもね。何もかも」
「東京に行かれたことあるんですか?」
「一度だけあるのよ」
 そうらしいです。
「お父さんが信者さんの都合で行った時に。まだ子供だったけれど」
「どんなのでした?」
「寒かったわ」
 眉を顰めさせての言葉でした。
「何か底冷えして風が冷たいし」
「おぢばよりですか」
「そうね、おぢばよりね」
 何かかなり寒いみたいです。私は神戸の人間なんで冬は風に苦労しますけれどどうやらそれよりもまだ風が強いみたいです。
「寒いし東京ドームはあるし」
 また巨人が出ました。
「新聞は巨人贔屓だし」
「それは凄く嫌ですし」
「美味しいものはないし物価も高いのも」
「いいことないじゃないですか」
「やっぱり広島が一番よ」
 そこまで言ってにこりと笑う佐野先輩でした。
「それとおぢばがね。ここも慣れるとね」
「いいんですか」
「落ち着かない?」
 確かにそれはそうです。
「人情もあるし穏やかだしね」
「そうですね。それは」
 とりあえず東寮は置いておいて。確かに人は優しいですし穏やかです。
「だからいいのよ。野球は阪神ばかりだけれどね」
「広島じゃなきゃ駄目ですか」
「やっぱりあれね。江夏の二十一球」
 聞いたことがあります。何でもこれを実際に見てはいないのにずっと心に残っていて一生忘れられない人までいるそうです。そこまでの名場面だったとか。
「あれを見ずして野球はないわ」
「ですか」
「ちっちはやっぱり阪神ファンかしら」
「ええ、そうですけれど」
 それこそ一家代々の阪神ファンです。それを誇りにすら思っています。
 

 

118部分:第十六話 色々と大変ですその五


第十六話 色々と大変ですその五

「じゃあ江夏といえば」
「やっぱり阪神時代のですよ」
 それこそお父さんもお爺ちゃんもお母さんもお婆ちゃんもそう主張します。あと田淵は阪神の田淵なんだと物凄く言われてきています。
「背番号は二十八で」
「二十六じゃなくてなのね」
「ええ、私もそう思います」
 やっぱり江夏豊といえば背番号は二十八ですよね。他には考えられません。私の好きな数字でもあります。他には十、十一、二十二、三十一、特に四十四が好きです。
「江夏っていったら関西じゃそうですよ」
「広島とは全然違うのね」
「ですよね。あと違うっていえば」
 そこで思い出したのは。
「お好み焼きとかもですよね」
「お好み焼きは広島ね」
 いきなりこう定義付けられました。
「他は駄目よ」
「駄目なんですか」
「そう、大阪風ってあるじゃない」
 何かお話が江夏豊とか野球のよりも白熱してきました。おぢばにもお好み焼きのお店はありますけれどやっぱりそれは大阪風なんです。関西ですから。
「あれは駄目よね。やっぱり広島風じゃないと」
「はあ」
「おぢばでもねえ」
 先輩は困った顔になりました。私と同じことを考えているみたいです。
「普通にお好み焼きはあるけれど」
「大阪風だから駄目なんですか」
「お好み焼きじゃないわ」
 こうまで仰います。
「広島にもおみちの人多いんだからそこは工夫してくれないかしら」
「はあ」
「たこ焼きはいいとして」
 ちなみに神戸じゃ明石焼きなんていうのもあります。たこ焼きをおつゆにつけたものでうちのお父さんの大好物だったりします。
「お好み焼きだけは広島よね」
「それで先輩」
 私はそう主張して止まない先輩に尋ねました。
「ええ、何かしら」
「先輩はお好み焼きの時は飲み物は何ですか?」
「コーラかしら」
 少し考える顔になってから答えてくれました。
「やっぱり」
「そうですか、先輩はコーラですか」
「ちっちは何なの?」
「私はサイダーです」
 コーラも嫌いじゃないですけれど。
「ただ」
「ただ?どうしたの?」
「炭酸飲料はできるだけ飲まないようにはしています」
「どうしてなの?」
「あれって骨に悪いですよね」
 子供の頃からよく言われています。骨を溶かすって。
「だからあまり飲まないようにはしています」
「そうなの」
「背が伸びなくなるんで。それだと」
「また背なのね」
「はい。そのかわりにできるだけ牛乳とか野菜ジュースとか豆乳にしています」
「何かそれって」
 先輩は私の言葉を聞いてふと考えた顔になります。それから私に言ってきました。
「プロ野球選手みたいね」
「スポーツ選手ですか」
「そう。しかも広岡監督の時のプロ野球選手みたいよ」
 また随分昔のお話です。私はあまり知りませんけれど。
「豆乳なんて」
「豆乳は身体にいいですよ」
 私は豆乳大好きなんです。身体にもいいですし。
「それに美味しいですし」
「まあそうだけれど。ただ」
「ただ?」
「私が言うのもあれだけれど」
 急に様子が変わってきました。腕を組んで首を捻っておられます。
「それで伸びるの?」
「背、ですか」
「ええ。伸びるの、豆乳で」
「多分」
 私も凄く自信ないですけれどこう答えます。
「多分伸びると思います。私だってまだ十五ですし」
 今年で十六になります。成長期はまだありますよね。
「ですから。多分」
「どうかしらね。私だってね」
 先輩の顔がまた変わります。まだ急に。
 

 

119部分:第十六話 色々と大変ですその六


第十六話 色々と大変ですその六

「背は欲しいのだけれど」
「背がですか」
「そうなのよ。小さい小さいってずっと言われていたし」
「それってやっぱり嫌ですよね」
「勿論よ」
 ここでの先輩と私の意見は完全に同じでした。先輩も背が低くてそれをコンプレックスにしておられます。ただ先輩は顔が可愛いんでそれが私との大きな違いです。
「あと十センチは欲しいのだけれど」
「十センチですか」
「そうすれば一六二センチだから」
 つまり先輩は一五二センチです。私より二センチ高いということになります。
「凄い高いわよね」
 こう私に言ってこられます。
「どうかしら」
「一六二センチですか」
 確か深田恭子さんがそれ位だったような。あの人も最初と今では雰囲気が全然違うように思えます。好きな女優さんではありますけれど。
「普通じゃないんですか?」
「普通かしら」
「はい、世の中だと多分」
 つまり私達が低過ぎるわけで。自覚せざるを得ません。
「そうなんじゃないかなって思うんですけれど」
「そうかも。けれど認めるのは」
 認めたらそれこそチビだってことですから。それはやっぱり。
「江戸時代じゃ私の背が男の人の背だったらしいのだけれどね」
「えっ、そんなに小さかったんですか」
「そうらしいわ」
 それはまた随分と小さかったんだと。お話を聞いてびっくりです。ということはです。立教が天保九年十月二十六日ですからその時の方々は。
「だとすると秀司やこかん様は」
 御二人とも教祖のお子様です。教祖伝では物凄い色々と活躍されているお姿が書き残されています。私はこかん様がとても大好きです。
「今の人から見たら小さかったのだと思うわ」
「そうなんですか」
「時代によって人の背って変わるそうだし」
 初耳です。というか考えたことなかったです。
「昔は一六〇あったら女の人じゃかなり高かったそうよ」
「へえ」
「私やちっちでも高かったそうだから」
「私がですか」
 何か夢みたいな言葉です。
「そこだけ昔になりたいわよね」
「そうですね。私が大きいって」
「ちっちってあれ?」
 ここで私に話を振ってこられました。
「はい?」
「子供の頃から一番前だったのかしら」
「そうです」
 答える時に俯いてしまいました。
「伸びないんです、本当に」
「私もなのよね。幼稚園の頃から一番前で」
「ですか」
「それで今も。伸びないままなのよ」
「大きくなったら背も伸びるって言われませんでした?」
「お父さんとお母さんに言われたわ」
 やっぱりそうでした。ちなみに先輩は八人兄弟だそうです。それで皆美男美女だとか。確かに先輩も可愛いですし。もてない筈がないと思うんですけれど。
「それでもね。広島弁はかなりなおっても」
「背はですか」
「何食べたらよかったのかしら」
 またしてもここで食べ物の話です。
「背が伸びるには」
「私もそれ知りたいです」
 紛れもない私の本音です。
「伸びなくて、本当に」
「わかってれば私も大きくなっていると思わない?」
「うっ・・・・・・」
 それを言われると。
「この話止めない?絶対に答えでないわよ」
「そうですね。それじゃあ」
「そういうこと。それにしても東寮に来た時ねえ」
「何かあったんですか?」
「正直方言が凄かったのよ」
 広島弁ですね、それってやっぱり。
 

 

120部分:第十六話 色々と大変ですその七


第十六話 色々と大変ですその七

「今は私って言ってるじゃない」
「はい」
「これがうちだったのよ、最初は」
「うち、ですか」
「そう、広島って女の子の一人称がうちってなるのよ。それ使う娘が多いわね」
「へえ、そうなんですか」
 それは初耳です。広島弁がどんなのかは少しだけイメージでわかってはいたんですけれど。一人称にも特徴があったんですね。
「それ言われたわね。じゃけえって言葉と一緒に」
「うちって言葉もですか」
「男はわしなのよ」
 何かお爺ちゃんみたいです。
「若い子でもわしって言うわ」
「若い人でもですか」
「そう、広島を舞台にした漫画があったけれど」
 はだしのゲンでしょうか。
「はだしのゲンとか」
 やっぱりそれでした。けれどそれだけじゃありません。
「あとBADBOYSね」
「BADBOYS?」
「暴走族の漫画よ。そういうのは見ないのね」
「暴走族嫌いですから」
「私も嫌いだけれど。そうよね、やっぱり」
「はい。先輩は?」
「私だって不良とかヤクザ屋さんとかそういうのは好きじゃないわよ。広島には履いて捨てる程いるし」
 そんなにいるんですか。何か話を聞いていると広島って物凄いところじゃないかしらって思えてきました。ヤクザ屋さんに暴走族が普通にうようよいるって。
「けれど広島が舞台だから知ってるのよ」
「そうだったんですか」
「そうなのよ。その漫画でも男は皆わしで女はうち」
 そうらしいです。何か物凄い世界みたいですけれど。
「それで私もそうだったけれど」
「変わったんですね」
「かなり言われたし」
 ここで顔が少し憮然としたものになっておられました。
「私の広島弁」
「ですか」
「大阪弁と比べてそんなに変わってるかしら」
 私にはあまりわからないですけれど。私も結構頭の言葉が出てるって言われています。
「どうかしら」
「どうなんでしょ」
 やっぱりあまりわかりません。
「私はそんなに思わないですけれど」
「そうなの」
「ええ。それよりもですね」
 ところで今私達は神殿の前を歩いています。売店が立ち並んでいて楽しい場所ですけれどここで前から三人の年輩の女の人達が来ました。ところが。
「んっ!?」
 先輩が顔を急に顰めさせました。
「ちっち、今のって」
「ですよね」
 私も先輩と同じことを感じました。これは。
「わかる!?」
「わからないです」
 二人で小声で囁き合って話をします。
「何て言ってるのかしら」
「それよりも先輩」
 私は先輩に言いました。驚きを隠せない顔で。
「あの言葉ってまさか」
「そうかもね」
 先輩は私に答えてくれました。私と同じ顔で。
「あそこにも大教会あるから」
「ですよね。じゃあ」
「待って。ほら」
 その人達をここで見ます。その前から来る女の人達です。三人共半被を着ています。ですからその所属がわかります。半被は本当に便利です。
「半被見ましょう」
「ですね。それじゃあ」
 私達は何気なくを装って擦れ違うことにしました。その時に女の人達の半被を見るとそこには。青森の方の大教会が書かれていました。
 

 

121部分:第十六話 色々と大変ですその八


第十六話 色々と大変ですその八

「やっぱりそうだったわね」
「はい」 
 擦れ違った後で先輩に答えました。
「東北の方だったのね」
「最初はひょっとしてって思いましたけれど」
 話には聞いていましたけれどあそこまでなんて。物凄いずうずう弁でした。
「青森のあそこ辺りって本当にあんな方言なんですね」
「そうなのね。私もはじめて聞いたわ」
「あっ、先輩もなんですか」
 これは少し意外でした。もう二年もおぢばにおられるから。
「そうなのよ。実はね」
「はあ」
「だから驚いているのよ」
 驚きを隠せないのは私もですけれど。実は半分以上あの人達が何を話しているかわかりませんでした。本当に凄い方言でした。
「あれがあそこの言葉なのね」
「戦前に活躍したあの作家いましたね」
「自殺した人ね」
「ええ、その人です」
 教科書に必ず出て来る人です。それであまりにも有名です。
「あの人の故郷ですよね」
「そうだったかしら」
 あれ、習った筈じゃあ。
「覚えてないけれど」
「教科書に載っていませんでした?」
「テストが終わったら忘れたわ」
「そうですか」
 そういうことって多いですけれどそれでも実際にやるのは。私も数学とかはあまり得意じゃないんで数学の公式を忘れることは多いですけれど。
「そうなの。けれどそういえばそうね」
「でしたよね」
「方言って多いのよね、ここ」
 全国から人が集まりますから。
「凄くね」
「東北の言葉だけじゃないですよね」
「ええ、勿論」
 私だって神戸からですし。先輩だって。
「潤だって岡山じゃない」
「はい」
 高井先輩のことです。そういえば一緒の部屋の長池先輩は私と同じ兵庫です。
「九州の子も四国の子もいるし」
「名古屋の方も多いですよね」
「あちこちにあるのよ、教会は」
「でしたね」
 それこそ日本全国に津々浦々と。一万七千も教会があります。海外にもあるんでそれを抜いても本当に沢山の教会が日本にあります。
「だからそれだけ方言も」
「多いってことですね」
「一番凄いのはさっきの青森の言葉と」
「あとは?」
「鹿児島よ」
 確か鹿児島の方にも大教会がありました。
「特に昔の薩摩弁だけれど」
「どんなのですか?」
「全然わからないわ」
 こう言われました。
「何を話しているのか全然ね」
「全然ですか」
「そう、本当に凄いのよ」
 真剣な顔で私に説明してくれます。
日本語とは思えない位にね」
「日本語にはですか」
「そうした言葉もあるのよ。覚えておいたらいいかも」
「はあ」
 世の中って本当に広いんですね。そんな凄い言葉もあるなんて。さっきの青森の言葉だけじゃないっていうのも驚きですけれど。
「あとは。外国の人も」
「あっ、はい」
 色々な国から来られています。台湾や韓国といったかつて日本だったところの方も多いんです。
「ですよね。だから外国語も」
「私も考えているんだけれど」
 ここで先輩は首を捻って考えられます。
「海外布教部に入ろうかしら」
「海外ですか」
「ちょっとそんなことも考えたりね」
 天理教は海外布教も盛んであちこちに布教していますけれどこれはまた。先輩がそんなことを考えておられるというのも驚きでした。
「どうしようかしら」
「それで何処にですか?」
 私はそれが気になりました。先輩が何処に行かれるのか。
 

 

122部分:第十六話 色々と大変ですその九


第十六話 色々と大変ですその九

「ブラジルなんかいいかしら」
「ブラジルですか」
「日系人の人も多いしね」
「ええ」
 これは私も聞いています。プロレスラーのアントニオ猪木さんも元々はブラジル移民だっていうのをお父さんから聞いたことがあります。お父さんは猪木さんのファンなんです。
「それもあるし」
「そうなんですか」
「天理大学も勉強して受けようかしらって思ってるけど」
「まだ決めておられないんですか」
「ええ、実は」
 そうみたいです。といっても先輩は高校三年生なんですけれど。
「どうしようかしらね」
「ブラジルですか」
「ブラジルって治安が」
 これは私も聞いたことがあります。ストリートチルドレンとかも。
「悪いらしいですけれど」
「それも承知のうえでよ。日本だって最近はあれじゃない」
「そうですけれど」
 特に地震があった後の神戸は酷いものでした。一番頭に来たのはあるニュースキャスターが神戸の有様を見て温泉街とか言ったことです。テレビにその人が出たらうちではすぐにチャンネルを変えます。何でテレビで良識派になっているのか不思議なんですけど。
「それにそれを乗り越えてこそね」
「布教なんですね」
「そう考えだしているんだけれどね」
 先輩は考える顔で仰いました。
「本当にどうしようかしら」
「他の国はどうですか?」
 私はこれを提案してみました。
「台湾とか韓国は」
「それもいいかも知れないわね」
 先輩は私のお話にも乗ってくれました。
「本当にどうしようかしら」
「おぢばを出られるんですか」
「そうね。そうなるかも」
 それも否定されません。かなり本気みたいです。
「けれどそうなってもね」
「いいんですね」
「ええ。全部御導きだから」
 おみちの言葉が出ました。
「それも受けさせてもらうわ」
「そうなんですか」
「じゃあ。ちっち」
「はい」
「その時まで宜しくね」
「あっ、はい」
 急に畏まられてびっくりです。そんな急に。
「こちらこそ。御願いします」
「じゃあ。これからね」
 今度は私ににこりと笑われてきました。それで。
「参拝しない?」
「参拝ですか」
「ええ。丁度神殿の前だし」
 右手には神殿が。前には商店街が。そんな場所に今います。
「どうかしら」
「そうですね。それじゃあ」
 そして私も先輩のそのお言葉に乗らせてもらいました。
「御願いします」
「それじゃあ。そういえばね」
 ここで先輩はまた気付かれたように仰ってきました。
「何ですか?」
「一年生だから参拝するところは西の礼拝場よね」
「ええ、まあ」
 その通りです。そこでいつも参拝しています。
「そうですけれど」
「そうよね。あの頃が懐かしかったり」
「懐かしいですか」
「二年や三年になったらわかるわ」
 また笑顔で私に話してくれます。
「その辺りもね」
「そうなんでしょうか」
「そうよ。またね」
「はあ」
「実感ないでしょうね」
 今度も笑って仰ってきました。
「まだね」
「やっぱり二年か三年になってからなんですね」
「そういうことよ。そういえばね」
 ここで先輩は何かに気付かれたようです。
「はい?」
「礼拝場の階段って大きくないかしら」
 不意にこんなことを仰ってきました。
「階段がですか」
「ええ」
 それまで笑顔だったのが消えて。暗い顔になっています。
「ほら、礼拝場に入る階段」
 私にその礼拝場に入る階段を見るように促ししながらお話します。
「あそこ。大きくない?」
「ですよね。確かに」
 そして私もそれは同じことを感じました。
「上から見上げられると怖いっていうか」
「そういえばこうも言われているのよ」
 不意にまた話が変わりました。
「こうもって?」
「上から見上げる女の人は美人だってね」
「そうなんですか。それじゃあ」
 低いなりにやってみようかしらって思ったりしました。そんなことを考えながら佐野先輩と二人で参拝したのでした。その西の礼拝場で。


第十六話   完


                 2008・3・8
 

 

123部分:第十七話 梅雨ですその一


第十七話 梅雨ですその一

                  梅雨です
 遂に梅雨です。休みがない六月です。高校に入ってこの六月のしんどさを痛感しました。
 おぢばはとても暑いです。盆地なので暑さがこもります。それで大変な目に遭います。冬服から夏服に衣替えしてもその暑さは健在っていう状況です。
 その暑さの中で起きて参拝して学校に行って。それだけでもう充分な暑さです。
「暑いわねえ」
「ほんと」
 そんな話を教室で皆でします。それで気が晴れるわけじゃありませんけれどそれでも話をせずにはいられないというのが本当のところなんです。
 そんな話をしているところに。男の子の一人が。
「あのさ」
「何かあったの?」
「ああ、ここ扇風機あるだろ」
「ええ」
 天理高校の校舎には扇風機があります。教室の上に二つずつです。青い昔ながらの扇風機がちゃんと置かれているんです。
「俺それ他の学校の奴に話したんだよ」
「他の学校?あっ」
 ここで私はあることに気付きました。それは。
「そうだったわね。それはね」
「公立だとそんなのないだろ」
「ええ、まあ」
 そうなんです。私中学も私立だったから気付かなかったですけれどそうですよね。普通の学校には扇風機なんてないんですね。天理高校はそれがあるだけでも随分と違います。
「贅沢言うなって怒られたよ」
「そうよね、やっぱり」
 言われて納得です。実はこの男の子は自宅生なんで他の学校の子とも付き合いがあるんです。寮にいるとそのことも忘れてしまいます。
「ふそくになるわよね、やっぱり」
「ああ、ふそくって言うんだ」
 おみちの言葉にもまだ慣れていない感じです。それもわかります。
「そういえばそうか。こういうのって」
「そうなのよ。そうよねえ」
 自分で自分に納得しだしました。私だけで。
「天理高校って随分恵まれているのね」
「滅茶苦茶恵まれていると思うよ」
 彼にも言われました。
「設備なんかも凄いしさ。俺田舎の中学校から来たからよくわかるよ」
「田舎?」
「奈良だよ」
 何か奈良県は田舎らしいです。私のイメージでは違うんですけれど。
「奈良の田舎なんだよ」
「そんなに田舎なの?」
「鹿出るぞ」
 それって奈良じゃ当たり前なんじゃないでしょうか。奈良県っていえば鹿ですよね。私にはそんなイメージがあるんですけれど。あの大人しくて可愛い鹿ってイメージです。
「あの憎たらしいな」
「鹿が憎たらしいの?」
「滅茶苦茶憎たらしいよ」
 顔を歪めてこう言ってきました。
「あんなの。奈良公園のだけでも腹が立つのに」
「そんなに嫌いなの」
「嫌いだよ。当然じゃないか」
 当然とまで言っています。本当に何があったんでしょうか。
 それでついつい気になって。彼に尋ねてみました。その間私も彼も下敷きを団扇に使っています。とにかく湿気が気になって。そのせいで暑いですから。
「どうして鹿が嫌いなの?」
「奈良県民だから」
 何か変な返事が返ってきました。
「だからだよ」
「奈良県民だから嫌いって?」
「だからさ。奈良の鹿って酷いんだよ」
 今度はこう言われました。鹿が酷いって。
「とてもね。凶暴だし」
「凶暴なの?」
 初耳っていうかあの可愛い鹿がですか。聞いていて目を丸くさせちゃうことしきりです。本当のことかしらって思ったりもします。それ程まで信じられないお話です。
 

 

124部分:第十七話 梅雨ですその二


第十七話 梅雨ですその二

「あの鹿が」
「凄いよ。何でも食べるし」
 草食性だった記憶がありますが。
「子供のお弁当だって雑誌だってね」
「そうなの」
 嘘みたいなお話です。本当に信じられません。
「食べるし襲い掛かってくるし」
「うわ・・・・・・」
 本当にかなり悪質みたいです。話す彼の顔も顰められて雰囲気まで醸し出しています。見れば表情が少し暗いというかそんな感じにもなっちゃっています。
「そんなに酷いの」
「ちょっと悪戯したら隙を見てやり返してくるしね。悪質なんだよ」
 それはこっちも悪い気がしますけれど。それでも私がイメージしていたのとはかなり違うのがわかります。聞きたくなかったお話です。
「そんなに」
「だから。嫌いなんだよ」
 あらためてそれを言われました。
「鹿はね。その鹿の野生のやつが出る程田舎なんだよ」
「そうなの」
「山に行けば熊だって出るしね」
 六甲の奥みたいです。これもまた信じられないことでした。
「無茶苦茶凄いんだから」
「ううん」
「そんな場所に住んでいるんだ」
 またあらためて言われました。
「だから正直あれだよ。ここが結構都会に見える時もあるよ」
「ここで都会なの」
 また別の子が話に入ってきました。女の子です。この娘も自宅生ですけれど彼女は中学校が天理中学でした。ですから彼とは結構事情が違います。
「ここだって商店街を離れたら凄いんだけれどね」
「それでも俺が住んでる場所よりはずっと凄いさ」
 だそうです。どんなのなんでしょうか。けれど鹿の話を聞いてそれが嘘だとは思えなくなっています。
「鹿だぜ、鹿」
「わかるわ、鹿って聞くとね」
 彼女も頷くことしきりです。本当に同感なのがわかります。
「同じ奈良県民としてね」
「そうだよ。しかもな」
 ここで話が変わりました。
「猿とか熊も出る」
「猿に熊!?」
 ちょっと。考えられないお話でした。そんな場所だったなんて。神戸ではそんなのは絶対に出ません。お猿さんなんてそれこそ動物園とかでだけしか見たことないです。
「そんなのも出るの!?」
「出るさ。猪もな」
「そうなの」
 びっくりしたなんてものじゃありません。おぢばじゃ絶対に考えられないことです。当然神戸でもです。本当に凄い場所なんだってことがわかります。
「田舎だってわかるだろ?杉も多いしな」
「花粉大変でしょ」
「滅茶苦茶大変だよ」
 その自宅生の娘に応えて言っています。私は花粉症ではないですけれどそれでも花粉症はかなり辛いって聞いています。それで教会に相談に来られる信者さんもおられます。
「見えるんだから。花粉が風に吹かれて」
「うわっ、それはまた」
「そんなのだからな。何かと大変でな」
「困った場所みたいね」
「冬はここよりずっと寒いしな」 
 またしても衝撃の言葉でした。おぢばより寒い場所があるなんて。東北とかならともかく同じ奈良県でそんな場所があるんですね。これも驚きです。
「夏は涼しいかな」
「そうなの」
「ああ、雨は同じだぜ」
 ただこう付け加えてきました。
「同じだけ降るからな」
「そうなの」
「それでも。ここよりは幾分涼しいからな」
 そう言いながら上を見上げています。そこにあるのは扇風機です。暑い時はやっぱり助かります。けれどこれがない学校も多いって思うと複雑な気持ちになります。
「助かるよ」
「ここじゃ困るのね、やっぱり」
「痛いところ言うな、おい」
 彼女の言葉に苦笑いになっています。
「こんなに暑いなんて思わなかったよ、正直」
「夏もっと暑いわよ」
 私は彼にこう言いました。今まで聞いていましたけれどこれは自然に言葉が出ました。
「もっとね」
「えっ、そうなんだ」
「だって。夏は梅雨より暑いものよ」
 まあ当然ですけれど。本当におぢばの夏は。
「それこそ。うだるみたいに」
「そんなに・・・・・・」
 私の話を聞いて絶句してしまいました。悪いことしたのかも。
「おぢばがえりの時なんか特にね」
「そうよねえ」
 自宅生の彼女も私の言葉に頷きます。
「凄いなんてものじゃないから」
「湿気も凄いし」
「夏が嫌になってきたよ」
 もうこんなお話になっちゃいました。おぢばの夏を知っているとこの言葉が余計に響きます。とにかくうだるみたいに暑いんですから。
 

 

125部分:第十七話 梅雨ですその三


第十七話 梅雨ですその三

 話をしていると。教室の窓には。
「うわっ、言ってる側から」
「降ってきたわよ」
「えっ!?」
 二人の言葉を聞いてすぐに窓に顔を向けるとそこには。もっと嫌な嫌な気持ちになりました。
「何よ、あれって」
「雨じゃない」
「見ればわかるだろ」
「そういうことじゃなくて」
 私が言いたいことはそういうことではありません。問題は雨が降っている。そのことなんです。どうして言っているその側からこんなことに。
「傘、持って来てないのに」
「そうだったの」
 寮に置いてきたんです。失敗でした。
「それなのにどうして」
「それってまずいんじゃないの?」
 自宅生の女の子の言葉です。
「ここから東寮までって結構距離あるわよね」
「ええ」
 その通りです。少なくとも雨の中を歩くには嫌な距離です。簡単に濡れてしまう位の。その距離のことを考えるだけでまたいや〜〜な気持ちになります、本当に。
「下校までに止んでくれたらいいけれど。さもないと」
「さもないと?」
「夏服じゃない」
 問題は濡れるだけじゃないんです。それもかなり問題なのは言うまでもないことですけれど。
「だから濡れたら」
「ああ、そうね」
 女の子は私の言葉で察して納得した顔で頷いてくれました。けれど男の子の方は何が何なのかわからないといった顔できょとんとしています。
「!?何が?」
「ああ、わからなくていいわよ」
 彼女が彼に言ってくれました。
「別にね」
「そうなんだ」
「そういうこと」
 上手くこの場をフォローしてくれました。まさか濡れたらブラウスが透けちゃうなんて。何があっても男の子に言えることじゃないです。そういうことです。
「とにかく。また降るなんてね」
「昨日もその前の日も」
 雨だったんです。雨ばかりみたいな。
「降ったのにな。本当に奈良県って雨が多いな」
「ぼやいても仕方ないけれどね」
 それはその通りです。こればかりはどうしようもありません。
「まあ雨ってね」
 彼女が言いました。
「これはこれで。お米が育つし」
「飲み水にもなるわね」
 私もそれに合わせて相槌を打ちました。
「そういうこと。降ってくれないと困るものよ」
「そうなのよね。何か昔のおぢばは」
 これは聞いたお話です。
「降らない時は全然降らなかったらしいけれど」
「そうなんだ」
「ほら、教祖伝にもあるじゃない」
 おつとめをしてそこだけ雨が降ったっていう不思議なお話があります。奈良県は雨が多いイメージがありますが必ずしもそうではないみたいです。
「だからダムだってできたしね」
「そんなに困ってたんだ」
「あんた、天理市は住んでいないのよね」
 自宅生の娘が彼に問い掛けました。
「そういえば」
「だから奈良のど田舎だって。ここに来たのだって高校受験の時がはじめてなんだよ」
「だから知らないのね」
「ああ、悪いけれどな」
 別に悪くはないですけれど。ただ奈良県ってそんなに地域ごとによって違うんでしょうか。結構大きな都道府県だってイメージはあるんですけれど。
「最初にここに来て何て長い商店街だって思ったしな」
「あそこはね」
 自宅生の通学路でもあります。とにかく長いんです。
「また特別にね」
「あそこ通って二日かけてテスト受けてな」 
 その間私みたいな子は詰所に泊まって受けていました。それを考えると地方から帰る子というのはかなり手間がかかります。これが北海道や沖縄になるとそれはもう、です。
「これで落ちたら洒落にならないなって思ったよ」
「それでも受かったのね」
「ああ。ついでに思ったことはな」
「何なの?」
 今度は私が彼に尋ねました。
「いやな、ブスが多かったらどうしようかなって」
「多いって言ったらはったおすわよ」
 自宅生の娘の言葉です。顔は少し笑っていますけれどそのオーラも目も本気のものでした。本当にはったおすつもりなのがわかります。
 

 

126部分:第十七話 梅雨ですその四


第十七話 梅雨ですその四

「だから。美人が多くてよかったら」
「宜しい」
 お世辞かも、ですけれどこう言われて誰も悪い気はしません。
「素直、正直はいいことよ」
「女の子とレディーとお婆さんには嘘はつかないんだよ」
 つまり女性全般には、ということですね。凄くわかりやすいです。
「だってよ。天理教って」
「何?」
「女の人がかなり強いんだろ?それは聞いた話だけれどさ」
「事実よ」
 自宅生の娘が彼にはっきりと告げました。そう、これって本当のことなんです。
「だって。教祖が女性の方だし」
「だよね」
「婦人会に女子青年に。それに」
「天理高校でも女の子強いよなあ」
 数はあまり多くはないですけれど。何故か女の子の力が強いってイメージがあるみたいです。実は私にもそのイメージはあるんですけれど。
「逆らったら生きていけないって雰囲気をひしひしと感じるよ」
「また大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ」
 こう反論してきました。
「だって本当に。凄い力あるじゃない」
「そうかしら」
「特にね」
 ここで何故か私の方に顔を向けてきました。どうしてここで私なんでしょうか。それが心の中でふそくを感じさせるものになりましたけれど内緒です。
「東寮の人達はね」
「私達なのね」
「そうだよ。団結力凄いじゃない」
「そうかしら」
 それを言われても首を傾げるだけしかできないです。だって私にはその実感がありませんから。東寮の中でも色々とありますから。
「自覚ないの?だって一人に嫌われたら百人に嫌われるんでしょ?」
「百人って」
 また何か。変な動物みたいに。大体東寮で百人といえばもうかなりの数なんですけれど。一年全体でもそこまでいるかしら、って思う位です。
「そんなに嫌われないわよ」
「そうかな。俺この前さ」
「何したの?」
「ええと、三年のさ」
 まさかとは思いますけれど三年の人と何かあったんでしょうか。だとするとかなり怖いことなんですけれど。東寮じゃ先輩、特に三年の方って凄い力ありますから。
「髪が茶色でふわふわした感じで」
「ええ」
 茶色ですか。とりあえずこう思っただけでした。
「色が白くてね」
「色白なのね」
 何かどっかで聞いた気が。彼の話を聞いて思いましたけれどこれも口には出しませんでした。
「目が垂れ目気味できらきらした感じで。奇麗な人だったけれど」
「長池先輩じゃない」
 ここで出て来るなんて。どんないんねんなんでしょう。まさかとは思いましたけれど。
「ああ、長池先輩っていうんだ、あの人」
「そうよ。私と一緒の部屋の人なのよ」
「そうだったんだ」
 今度は彼が驚く番でした。これは信じられないって感じで。
「けれどそれでだったんだ。ちっちと仲良くしてあげてね、って言われたのは」
「長池先輩に?」
「うん、実は昨日さ」
 お話が昨日に関するものに遡ります。それで場所は。
「商店街の本屋で立ち読みしていたらさ」
「駅に近い方?」
「そうそう、そこそこ」
 あそこのお店ですか。かなり古い本屋さんで色々な漫画があります。何か男の子達が聖闘士星矢とか懐かしい漫画を読んでいるのをよく見ます。
「それでさ。ゴルゴ13読んでたら御会いして」
「ゴルゴなの」
 また渋いと思いました。あの主人公が他の人の漫画に出たら絶対変ないじられ方をしているのは気のせいでしょうか。それが大好きなんですけれど。
「ちっちを宜しくねって言われたんだよ。俺の名前も出されてね」
「名前まで」
「俺のこと寮でも有名になってるの?」
 今度はこう尋ねてきました。
 

 

127部分:第十七話 梅雨ですその五


第十七話 梅雨ですその五

「いえ、別に」
 それは否定しました。本当のことですし。
「それはないわよ」
「そうなんだ」
「けれどあれよ」
 ここから話すことは本当のことです。何か隠す必要もないことなんでお話させてもらいました。
「男の子のことも結構話すわね」
「そうか、それでなんだ」
「まあそうかも。男の子のことならあれよ」
 これはかなり重要です。東寮には言うまでもなく一年生から三年生までが揃っています。つまり全部の学年が揃っているわけです。それはつまり。
「全部の学年の話になってるから」
「全部の学園なんだ」
「そうよ、全部を」
 それをまた伝えます。
「私はまあ。聞いてるだけだけれどね」
「じゃああれなんだな」
 彼は私の話を聞いて腕を組みました。それから考える顔をしながらの言葉になりました。
「俺のことだけじゃなくてクラスの皆のことも」
「全部のクラスの男の子の話になってるわよ」
「誰がいいか誰が悪いかかな」
「まあそうなるわね」
 女の子が集まれば何のお話をするか。それはもう言うまでもありませんよね。女の子だって人ですから。男の子のことが気になるんです。
「それで先輩も知っておられたのよ」
「そうだったんだ」
「それにあれじゃない」
 もう一言言い加えました。
「あれって?」
「クラスの徽章でわかるじゃない」
 それを教えさせてもらいました。天理高校も徽章で学年やクラスがわかるようになっているんです。私もそれをよく見て何処の誰かチェックします。
「だからよ。わかったのよ」
「千里ちゃんと同じクラスなんだって」
「そういうことね」
 自宅生の女の子がここで私の言葉に頷いてくれました。グッドタイミングです。
「よく考えたら名前以外はすぐにわかることね」
「そうよね。ただ」
 それでもふと気付きました。あることに。
「先輩顔まで知っていたんだ」
「チェック深い人なんだな」
 その知られていた彼自身の言葉です。
「男前は逃がさないって?」
「馬鹿言いなさい」
 自宅生の娘の容赦ない突込みがすぐに入りました。切れ味も見事なものです。
「たまたまでしょ。悪事で有名でなければ」
「そうかね」
「そうよ。長池先輩のことは私も聞いてるけれど」
 彼女も何気に。情報が早いです。
「奇麗な人らしいわね。怖いっても聞くけれど」
「怖くないわよ」
 それは私が否定しました。
「凄く優しい方よ」
「そうか?」
「そうよ。何か誤解されてるっぽいけれど」
「奇麗な人だけれどな」
 それは彼も認めていました。とにかく先輩ってお奇麗で。最初見た時はお人形さんみたいって思いましたし本当に芸能事務所からスカウトされそうなんです。
「それでも。冷たい感じがするし」
「そう?」
 そう聞いてもわかりません。私はそうは思えないんで。
「私はそれは」
「感じないんだ」
「一緒の部屋にいるのよ」
 まずはこれを前提にしました。ですから先輩のことはそれなりに知っているつもりです。一緒の部屋にいると色々なことがわかりますから。
 

 

128部分:第十七話 梅雨ですその六


第十七話 梅雨ですその六

「それでわからない筈ないじゃない」
「そうだよね。そういえば」
「そうよ。優しくて静かな方よ」
「聞いた話だと結構騒がしいところもあって怖いってことだけれどな」
「そんなのないけれど」
 また言われましたけれどやっぱりわからなくて首を傾げます。
「どうしてそんな話になるのかしら」
「俺に言われても」
「他の子もそんなこと言うし」
 どういうわけかそうなんです。先輩みたいな優しい方が一緒の部屋でよかったって思っているんですけれど。誤解を受ける人でもないですしそれが不思議です。
「どうしてかしら」
「誤解も広まることがあるからね」
 彼は今度はこう私に言ってきました。
「だからさ。仕方ないんじゃない?」
「それでもよ」
 私は今度は腕を組んで顔を顰めさせてから首を捻りました。
「先輩がお気の毒よ」
「お気の毒って」
「だってそうでしょ?」
 また彼に言います。
「誤解されて。本当の先輩を知って欲しいのよ」
「まあまあちっち」
 ここでもう一人いる自宅生の女の子が私に声をかけてきました。
「何?」
「そんなに気にすることはないわよ」
 こう言ってきたのでした。
「どうして?」
「だって。誤解なんでしょ」
 それを私に言ってきました。
「それだったら。何時か晴れるわ」
「誤解がなのね」
「そうよ。だから誤解なのよ」
 これが彼女の言葉でした。
「だってあれじゃない。天理教も最初は随分誤解されたわよね」
「ええ」
 明治の頃政府から色々と弾圧されたんです。これは私が思ったことですけれどその内容が言い掛かりみたいなもので。大変だったのがわかります。
「それはね。酷かったわよね」
「そうよね。けれど誤解は」
 私はそれでも言いました。
「何時かきっと晴れるものだしね」
「じゃああれなんだ」
 彼がここでまた言ってきました。
「その長池先輩への誤解もなんだ」
「私はそう思うけれど」
 それをはっきりと言いました。
「だから。本当に優しい人なんだから」
「そうかなあ」
「一度お話してみたら?凄く繊細な人だし」
「いいところばかりだな、何か」
 彼は私の話を聞いてこう呟きました。けれど私が見る先輩は本当にそうなんです。二ヶ月同じ部屋にいるからかなりわかっているつもりです。
「長池先輩って。まあ奇麗だけれど」
「そこなのね」
「まあそれは」
 その話を振られると困った顔になってきました。彼も。
「気にしないで。スルーってことで」
「スルーって」
「それに奇麗なのはいいことじゃない」
「確かに先輩凄い奇麗な方だけれど」
「それを褒めるのが悪いことなのかい?」
 それをまた言ってきました。何か少し居直っている感じです。
「奇麗なのはいいことじゃないか」
「顔じゃなくて性格が奇麗だったらもっといいと思うんだけれど」
 私はそれをふと思いました。言葉にも自然に出ます。
「そこはどうなの?」
「それは勿論」
 わかっているみたいです。それを聞いて少しひっとしたのは事実です。
「ちゃんとわかってるよ」
「わかってるのならいいけれど」
「それでもあれだろ」
 それでもここで反論してきました。私に。
 

 

129部分:第十七話 梅雨ですその七


第十七話 梅雨ですその七

「心が奇麗なのはそう簡単にはわからないだろ」
「それはまあ」
 確かにそうです。顔だってぱっと見てもハンサムじゃないのによく見ると、っていうのはありますよね。私もそれで俳優さんの好みが変わったりもします。
「そうだけれど」
「だから大変なんだよ。その長池先輩だってな」
「まだ奇麗だってわからないって言いたいのね」
「そういうことさ。ちっちはいい人だって言うけれど」
「一度会ってみる?それじゃあ」
「いや、それは」
 いいって言います。拒む感じです。
「別にさ。いいよ」
「けれど会わないとわからないわよ」
「会わないとか」
「だから。御会いしてみる?」
 それをまた彼に提案してみました。
「よかったらだけれど」
「ああ、別にいいよ」
 けれど彼はまたそれを断ってきます。何か話が堂々巡りになってきたような。
「それはさ」
「そうなの」
「ああ。気持ちは有り難いけれどね」
「わかったわ。それじゃあ」
 話はこれで終わりました。それでふと教室の窓を見てみると。やっぱり雨が降っています。あまり強くはないですけれど降っていることには変わりません。
「今日は一日中こんなのかしら」
「体育は体育館かビデオね」
「そうね」
「ラグビーのビデオかな」
 彼はふとこう呟きました。
「今日も」
「ラグビーの?」
「うちの学校っていえばラグビーじゃない」
「ええ」
 天理高校ラグビー部は野球や吹奏楽と並んで全国クラスです。真っ白のユニフォームがトレードマークです。けれど部員の体格は普通です。
「だからよく観るんだよ」
「そうだったの」
「まあ体育の時間女の子見ても面白くないしね」
「それってどういうこと?」
「だって。ジャージじゃない」
 それを言われました。天理高校では体育の時間は男の子も女の子もジャージなんです。スパッツとかそうしたものはありません。昔からブルマーなんてのもなくてそういう手の変な人達の視線や盗撮を気にする必要はないのです。確かに私はともかく先輩達がそんな格好したら大変なことになってしまうでしょうけれど。これは女の私でもわかります。
「見ても面白くとも何ともないよ」
「随分本音を出したわね」
「嘘は言わないよ」
 どうなんだか。それを聞いて心の中で思いました。
「こういうことにはね」
「限定なのね。それにしても湿気が強いし」
 次に考えたのはそれでした。
「何かと大変なことになりそうね。汗で」
「蒸すからね。この季節」
 自宅生の娘がこう言ってきました。
「水泳だったらよかったのに」
「そうよね。泳ぐのって気持ちいいし」
「そうそう」
「ここのプールって設備いいしね」
 また彼が言ってきました。
「雨でも泳げるし」
「水着もいいって言われているわ」
 私はこう彼に答えました。
「実際に着てみたら。けれど」
「けれど?」
 無意識のうちに顔を曇らせた私にすぐに突っ込んできました。
「あの水着、私はちょっとね」
 少し困った顔をして答えました。
 

 

第十七話 梅雨ですその八

「何か。駄目なのよ」
「生地が合わないとか?」
「違うのよ」
 私が言うのはそれではありませんでした。別の理由です。6
「じゃあ何よ」
「体型が」
 これなんです。
「胸だって小さいしお尻だって」
「そうかしら」
 けれど彼女は私にこう言われてもあまり納得した感じはありませんでした。それどころか少し首を捻って私に言ってきました。
「ちっち別にスタイル悪くないわよ」
「そうかしら」
「そうよ」
 また私に対して言います。
「胸だって。別に」
「小さいけれど」
「だから。気にし過ぎなのよ」
「違うわよ」
「だから。よく聞きなさい」
 逆にこう言われました。
「ちっちって胸もお尻も普通よ」
「センチはあれなんだけれど」
「だから。それは背丈にも関係あるのよ」 
 ここでまた。私が一番気にしていることが出ました。
「背丈に?」
「ちっち小さいじゃない」
「うう・・・・・・」
 言われて落ち込みました。本当に小さくて困っていますから。せめてもの御願いはあとちょっとだけ伸びることです。滅茶苦茶小柄から普通の小柄になりたいんです。
「それは言わないでよ」
「言わないでって言われてもこれが前提なんだし」
「前提?」
「そうよ。胸やお尻の大きさって背に比例するのよ」
「そうだったの」
「そうだったのって」
 彼女は私の今の言葉を聞いて呆れた顔になります。それからまた言ってきました。
「当たり前じゃない。そんなの」
「当たり前なの」
「背が大きければ胸も大きいと目立つし小さいと逆よ」
「つまり背が小さいと」
「そういうこと。わかったわね」
「ええ」
 何となくですけれど。それは。
「そういうことなのね」
「そもそもね」
 また言われました。
「小さくても小さいなりにいいのよ」
「それって詭弁よ」
「詭弁じゃないわよ」
 はっきりと言い返されました。
「胸やお尻が大きいからいいっていうわけじゃないのよ」
「そうかしら」
「そうかしらって。そうじゃない」
 呆れたように言われました。
「はっきり言うけれどちっちスタイル悪くないわよ」
「そう?」
 そう言われても。実感が沸きません。これはどうしても。
「だから。大きいだけが問題じゃないのよ」
「だといいけれど」
「まあ。あれよ」
「あれ?」
「小柄なのは気にしないことね」
「言われたら気にするわよ」
 それを言われると余計に。それだけは言わないで欲しいんです。自分でも凄く気にしていますから。とにかく背が伸びないことはどうしようもありません。
「努力してるんだけれど」
「色々なところに努力してるのね」
「そうかしら」
 それもまた実感ないです。そうでしょうか。
「あと。ちっち」
「今度は何?」
「大変なことを聞くけれど」
「大変なこと?」
「ええ。今度の水泳の授業ね」
 話がやばげになってきました。どういうわけか。
 それを感じ取って。私はまた彼女に尋ねます。
「どうしたの?」
「バタフライやるって本当?」
「バタフライ?」
「そうなのよ。とんでもないでしょ」
「バタフライの何処が大変なの?」
 それを言われても何か実感がありません。バタフライの何処がそうなのでしょうか。 

 

第十七話 梅雨ですその九

「わからないんだけれど」
「わからないの?」
「ええ。そんなの普通にできるんじゃ?」
「私はできないの」
 深刻な顔で答えてきました。
「それで言ってるのよ」
「そうだったの」
「本当にやるのかしら」
「やるんじゃないの?」
 よくわからないけれどそのまま思ったことを話しました。
「バタフライも授業のうちだし」
「そうなの」
 そう言われると暗い顔になっちゃいました。あらら、って感じです。
「困ったわね」
「困った?」
「あれだけどうしてもできないのよね」
 今度は溜息と一緒です。
「教えてもらっても」
「続けてやっていたらできるんじゃないの?」
「あまりそうは思えないけれど」
「まずはやってみないと」
 何とか彼女に勧めます。
「どうしようもないわよ」
「そんなものかしら。他はできるんだけれどね」
「他できたらバタフライもできるんじゃ?」
「ところがね」
 それでもって感じです。どうしても自信がないみたいです。そんな話をしている間も雨は降っています。それは下校の時も一緒でした。学校を出る時に傘をかけると。
「ちっち」
「あっ」
 長池先輩の声がしました。見ると前に赤い傘を右手でさした長池先輩が左手で私に小さく手を振ってきてくれています。
「先輩っ」
「今帰るところ?」
「はい、そうです」
 先輩と鉢合わせになりました。雨の中ですけれどラッキーです。
「今からそのつもりなんですけれど」
「そう、じゃあ丁度よかったわね」
 先輩は私の言葉を聞いて今度は優しく微笑んでくれました。
「私もなのよ」
「先輩もですか」
「一緒に帰らない?」
 先輩から声をかけてくれました。
「よかったら」
「はい、御願いします」
 高井先輩や佐野先輩もそうですけれど一緒にいたら皆、特に男の人や男の子が振り向いてくれて華やかになるんです。やっぱり美人ですから。
「わかったわ。じゃあ一緒にね」
「はい」
 こうして私が先輩の横にお邪魔させてもらって一緒に帰ることになりました。雨の中で夏服の先輩も本当に奇麗です。女優さんみたいです。
「結局今日は一日中雨だったわね」
「そうですね」
 先輩の言葉に頷きます。
「何か。降り止まないですね」
「おぢばって結構雨が多いのかも知れないわね」
「多いんですか」
「ここに帰って三年目になるけれど」
 思えばかなり長いんですけれど。私一年生でもう随分時間が経ったように感じます。
「その間梅雨はいつも雨だったような」
「いつもですか」
「そう、いつもなのよ」
 ちょっとうんざりしたような感じのお言葉でした。前にある天理大学の建物も普段とは違って何だか濡れて泣いているみたいな感じです。
「いつも雨でね」
「何か嫌な感じですね、それって」
 それを聞いて思いました。
「ずっと雨っていうのも」
「降らないと困るものだけれどね」
 それは確かにそうですけれどそれでも。
「ずっとは困るのよね」
「春が終わったと思ったらすぐにですし」
「この後は夏よ」
 先輩の声がさらにうんざりとしたものに。 

 

第十七話 梅雨ですその十

「わかっているわよね」
「おぢばの夏ですよね」
「そうよ。特におぢばがえりとその後」
 この時期は本当に地獄です。おぢばがえりじゃ毎年詰所で苦労しています。
「凄いのよね」
「そうですよね。冬は寒いことこの上ないですし」
「考えてみれば暮らしにくい場所かも」
 それは否定できません。もっとも冬は天理高校は冬休みが一ヶ月、春休みも一ヶ月あるんですけれど。夏休みは五十日もあります。
「思えばね」
「それだけ休みがないと辛いんでしょうか」
 ふとこう思いました。あの暑さと寒さを思うと。
「ううん、そうかも」
 先輩は私の今の言葉に考える顔になられました。雨ですので腕は組みませんが。
「それに寮の生活って」
「はい」
 話はまたそこに。寮の生活に。
「大変じゃない、何かと」
「体力凄く使いますよね」
「体力もそうだけれど気力がね」
 それが問題でした。特に一年の間は物凄いです。今の私がそれを実感していますからよくわかります。本当にしんどいものがあります。
「使うでしょ」
「そうですね。それは」
 私もそれは否定できません。
「大変だからね。それに」
「それに?」
「先生も大変でしょ」
 次に出た言葉はこれでした。
「幹事の先生達も」
「あっ、そういえば」
 言われてそのことにはじめて気付きました。天理高校の寮は学校の先生が幹事も兼任されています。つまり生徒達と侵食を共にしているわけです。こう言えば聞こえがいいですけれど実際は悪い子供達の相手をしているっていうことになります。それってかなりしんどいです。
「そうですよね。休みが短いと」
「負担よ」
 これでした。
「下手したら出なおす破目になるわよね」
「それはありますね。東寮だって」
「色々あるわよね」
「ええ」
 色々なんてレベルじゃないです、実際は。朝は早いですししかも生徒の数は多いし。もっとも東寮はまだ人が少ない方ですけれど。男の子の北寮に比べると。
「それもあるのかもね」
「そうなんでしょうか」
「学校は生徒だけのものじゃないしね」
 これ重要ですよね。殆ど意識しませんけれど。
「先生や事務の人だっているしそれに」
「ようぼくの人達も」
「その人達もね」
「あとここの学校は」
 話がどんどん進みます。ようぼくというのはおみちの言葉でおさづけというおたすけの中でも大切なものをさせて頂くことのできる人のことです。おぢばでお話を十回聞かせてもらってそれになれます。天理高校ですと三年の時にそれを聞かせて頂いて新年にようぼくにさせて頂きます。
「二部の人達だっているしね」
「ですね」
 二部というのは所謂夜間の人達です。天理高校は夜もあるんです。制服も同じです。ただ普通の夜間学校と違うのは寮に住んでそこでひのきしんをさせて頂きながら学校に通うというところです。こうしたところも本当におぢばならではになっています。
「色々と大変だから。やっぱりお休みが長くないと」
「堪えますね」
「そういうことになるわね」
 何となく話がわかってきました。 

 

第十七話 梅雨ですその十一

「だからお休み長いのよ、多分」
「この梅雨を乗り切ったら」
「後は七月の最初にテストして終わり」
 それが天理高校です。
「お休みが五十日はあるわよ」
「その間先輩はどうされてるんですか?」
「大体実家に帰ってるわね」
 やっぱりそうでした。
「ただ。ここにいる時間も長いわね」
「部活でですか」
「あとひのきしんと」
 用木コースと色々あります。ひのきしんをしたりとか。簡単に言えばボランティアで働くっていうことです。
「そういうので色々残ってるわ」
「東寮は閉められるんですよね」
「まあ一応は」
 夏休みと冬休み、それと春休みの間はそうです。
「けれど許可があればね。これは北寮もそうよ」
「ですか」
「ええ。まあ色々とあるのよ」
 本当に色々とあります。結局自宅生以外はあれこれとここにいることになるのが天理高校です。多分おぢばに慣れないと結構辛いものがあるかと。
「夏、暑いけれどね」
「やっぱりそれですよね」
「けれどあれよね」
 ここで先輩はふと仰いました。
「あれって?」
「それでも夏好きなのよ」
 雨の中でにこりと笑いました。この笑顔がまた。男の子が見たらそれで一撃で陥落しちゃうような。そんな奇麗で素敵な笑顔です。
「夏がね」
「そうなんですか」
「プールに行くのは恥ずかしかったけれど」
「どうしてですか?」
 こうは聞いても大体事情はわかります。これは高井先輩と同じです。高井先輩もこの長池先輩もやっぱり。正直に言って本当に羨ましいです。
「だって皆私見るのよ」
「やっぱりですか」
「やっぱりなの」
「先輩色白いですし」
 特にお顔が。私も肌は白いって言われますけれど。
「それに御顔だって」
「顔は別に」
「しかもスタイルだって。それでプール行ったら危ないですよ」
「危ないかしら」
「声かけてくるだけならいいですけれど」
 私が男の子でプールで先輩みたいな人見つけたらそれこそ。最初御会いした時驚きましたから。物凄く奇麗な人なんだって。それは今もですけれど。
「危ない男だったら」
「何かそういうこと結構言われるけれど」
「当然ですよ」
 あれっ、先輩には自覚ないんでしょうか。
「だって先輩位の人になったら」
「私なんか全然よ」
 けれど私の言葉には苦笑いして首を横に振るだけでした。
「私なんかより全然奇麗な人一杯いるじゃない」
「はあ」
「だからよ。そんなの言われても」
「そうですか」
「ええ。それにそういう話って何か」
 苦笑いのまま仰います。
「恥ずかしいわよ」
「すいません」
「別に謝らなくていいわよ」
 それは許してもらいました。やっぱり先輩はとても優しい人です。これでどうして怖いだなんて言うんでしょうか。私は一度も先輩のそんな顔を見たことないですけれど。 

 

第十七話 梅雨ですその十二

「それでね」
「はい」
「話変わるけれどちっちと私って実家は同じ兵庫じゃない」
「そうですよね」
 兵庫県といっても随分広いんで住んでいる場所はかなり離れています。けれど同じ県に住んでいるのは確かです。それで親近感も感じています。
「兵庫でも会えたらいいわね」
「兵庫でもですか」
「ええ。まだ卒業したらどうなるかわからないけれど」
「あれっ、大学に行かれるんじゃ」
 この場合は天理大学です。すぐ隣にあります。
「違うんですか?」
「一応そのつもりだけれど」
 けれどここで首を傾げられます。
「合格しないとわからないわよね」
「それはそうですけれど」
「それでもよ」
 話を続けてこられました。
「二人で神戸とか行けたらいいわよね」
「その時は案内させて下さい」
 神戸ならもう住んでる場所です。ですからよく知っているつもりです。特に長田のことでしたら。それこそ美味しい明石焼きのお店まで知っている。
「私、地元ですし」
「楽しみにしてるわ。それじゃあ」
「はい」
 ここで私達は黒門を潜りました。もう目の前に神殿が見えています。
「参拝してから寮に帰りましょう」
「わかりました」
「雨だから下から入ってね」
「そうですね」
 神殿の礼拝堂とかに入るのは色々な場所から入られることができます。普通に外から入ることもできればその下の場所から入ることもできます。雨の時なんかは登校の時は下から入って礼拝堂で出席を取ります。
「それじゃあ」
「この雨暫く続きそうね」
 先輩はふと仰いました。
「暫くですか」
「ええ。だからその間は」
 神殿を見ながら。話されます。
「傘が離せないわね。残念だけれど」
「そうですね」
「それでも」
 先輩のお話は続きます。
「雨が降らないと。やっぱり駄目だしね」
「はい。恵みですよね」
「そういうことね。感謝しないとね」
 先輩は色々言われても最後は雨に感謝されて私を神殿に連れて行ってくれました。雨は流石に神殿まで降ることはありません。私達は横に並んで参拝させてもらってからそれから寮に帰りました。


第十七話   完


                2008・3・8 

 

第十八話 プールですその一

                          プールです
 今日の体育はプールです。天理高校のプールは屋根があって雨でも泳げます。けれど普段はそれだと暑いので天幕は開いています。
「開閉式なのね」
 プールに入る時に誰かが言いました。
「福岡ドームみたい」
「そういえばあんた福岡出身だったわね」
「ええ」
 また野球の話になっています。最近阪神が不調であまり楽しめないですけれど。やっぱり星野監督のあの熱血采配が好きでした。岡田監督も子供の頃から観ていてサインだって持っていますし二軍監督の試合をお父さんに連れて行ってもらったりして嫌いではないですけれど何か采配が地味なのでどっちかというと星野監督が好きです。
「だからホークスファンなのよ」
「ホークスも強いわね」
 パリーグの話はあまりわからないですけれど横で聞いていました。
「最近特に」
「西武なんかには負けないわよ」
 誇らしげな言葉が耳に入りました。
「オリックスなんかギッタンギッタンにしてやるんだから」
「もうしてるじゃない」
「何よ、去年だったっけ」
 また随分と古いお話です。
「それより前だったかしら。二十何点も取って」
「どんな相手にも容赦しないのよ、鷹は」
 それで日本シリーズ阪神負けました、はい。最終回の広沢選手のホームランで一矢報いたのだけはよかったですけれど。鷹が強いのは本当に実感しました。お爺ちゃんが何か御道筋決戦の再現だと言っていました。大阪の道だっていうのは知っていますけれどそんな決戦があったんでしょうか。
「例え巨人でもね」
「ああ、巨人は好きにやっちゃって」
「あのチームだけは許せないわ」
 天理高校では阪神ファンが大勢を占めますので。巨人は敵なんです。それでもOBに元巨人の選手もおられます。監督に口説き落とされて入団したらキャンプであんた誰?と呼ばれたそうですけれど。そんなこと言う監督は一人しかいないんですぐにわかりました。
「毎回毎回選手の取り方が汚いのよ」
「そうそう、自分のところの選手は育てない」
「あのオーナー何とかならないの?」
 男の子の中には巨人が勝ったら選手とか監督とか特にオーナーに色々言う子がいます。巨人ファンもいるにはいるんですけれど。
「私は監督が嫌い」
「私はいつもテレビで巨人巨人って五月蝿い落語家が」
 あの落語家は私も大嫌いです。面白くないです。
「ガチャ目でスキンヘッドのあいつも嫌よね」
「家でテレビに出たらすぐにチャンネル変えるわよ」
 昔巨人が負ける筈がないだろう、とか喚いていたのを憶えています。これって何処かの北の将軍様の国と一緒じゃないんでしょうか。
「何で巨人ファンでテレビに出るのって嫌な奴ばかりなんでしょうね」
「阪神ファンはそうでもないのにね」
「そうよね」
 私はその中でもあのオーナーと今のしゃもじみたいな顔をした監督が嫌いです。信者さんの中には巨人と聞いただけで顔を顰めさせる人までいます。とにかく天理教は関西に多いですから巨人を嫌いな人もそれだけ多いんです。私もその中の一人だったりします。
「まあとにかく。あんな嫌なチームの話はこれで止めて」
「今年は補強が成功して絶不調だしね」
「そうそう」
 あそこまでお金かけて補強すればするだけ勝てなくなる。不思議ですよね。それにしても日本全体が不況だって言われて長かったのにどうして巨人だけお金が尽きないんでしょうか。そういえば何か毎日一時間テレビに出て好き勝手言うだけの報道番組の人の年収が二億とか五億とか。不況不況って言われていたのにそれを言う人がお金を湯水みたいに手に入れているのはちょっとわかりません。
「それはそうとしてプールよね」
「おぢばがえりの時はあちこちで泳げるけれどね」
「あの時はね」
 おぢばがえりの時は夏の暑い時です。ですからおぢば中にあるプールが全部開放されます。中にはその時の為に置いてある場所もあります。
「けれどここのプールはね」
「何と雨でも泳げる」
「よく考えたら凄いわよね」
 更衣室に入っても話を続けます。中はクラスの女の子全員が入ることができます。そこで皆制服を脱いで着替えはじめました。服を脱ぐと皆。
「皆スタイルいいのね」
 私はついつい呟いてしまいました。 

 

第十八話 プールですその二

「胸もお尻も」
「だからちっちは」
「そういうの気にしないの」
「けれど」
「ちっちだってスタイル悪くないじゃない」
 皆に言われます。
「そうよね」
「均整取れてるし」
「けれど胸は」
 それが自信ないんです。華原朋美さんみたいに大きい胸が欲しいなっていつも思ってるんですけれどこれが全然。困ったことです。
「胸の大きい小さいがスタイルいいってことじゃないのよ」
「ちっちお腹はすらりとしてるし脚だって」
「奇麗じゃない」
「そうかしら」
 スカートを脱いであとは白い靴下とショーツだけの自分の下半身を見ます。自分の脚を気にしたことはないんですけれど。
「奇麗よ」
「目立たないけれどね」
「目立たないの」
「だって背が低いから」
「やっぱりそれなのね」
 これはどうしても私について回ります。弱ります。
「背は。ちょっと」
「けれどね。小柄でもね」
「そうそう」
 それでまた小柄なことへのお話に。何かいつもですけれど。
「スタイルいい人一杯いるし」
「ちっちだってね」
「私。そんなにスタイルは」
 上のシャツを脱ぎながら答えます。8
「そんなによくないわよ」
「全然よ」
「何処がよ」
 けれどこう言われるのでした。
「だから。胸やお尻が大きいだけじゃないから」
「均整なのよ」
「均整!?」
「そうよ。ちっち均整取れてるじゃない」
「そうかしら」
 自分の下着姿をあらためて見てみます。全然そうは思えないですけれど。ブラなんかそれこそぎりぎりでスポーツブラじゃない位ですし。あっ、色はショーツとお揃いの白です。下着はいつも上下同じ色にして白とかベージュとかピンクとかそうした大人しい色にしています。あとライトブルーも持っています。黒とか紫とかそうしたものは持っていません。どうもそうした派手なイトは好きじゃないんです。紫は下着に限ってですけれど。
「だから。問題はそれなのよ」
「それなの」
「ええ。だからいいのよ」
 また言われました。
「均整が取れてるから」
「奇麗じゃない」
「奇麗かしら」
 また自分の身体を見ます。やっぱりそうは思えないですけれど。
「実際にプール行ってみればわかるわよ」
「そうそう」
「プールに」
 こう言われるとまた違和感を感じました。
「そうかしら」
「そうよ。それもすぐに」
「嫌になる位ね」
「嫌になる位にって」
 何か凄く気になってきました。
「何なのよ、一体」
「だから行ってみればわかるわよ」
「さっ、水着着て」
「うん」
 水着は競泳用の水着です。あの何かと話題のスクール水着じゃありません。私はそっちの方が似合うかもっうかもって自分では思ったりもしていますけれど。 

 

第十八話 プールですその三

 何はともあれ水着を着てプールに出ます。すると。
「おおっ」
 って感じでクラスの男達の視線を感じます。皆はっきりとは見ていないですけれどちらちらと見てきているのがわかります。まあこれはプールの時間は何処でもそうですけれど。
「ほらね」
「感じるでしょ」
 また皆が私に囁いてきました。
「視線を」
「ちっち見てるわよ」
「そう?」
 けれど私は見ていないような。皆を見ていて。
「私見られてないわよ」
「見られてないって」
 何か今の私の言葉には呆れた顔になっちゃったようです。顔に出ています。
「どういうことよ」
「だから。私は見ていないじゃない」
 また皆に言いました。
「皆を見ていて。私は無視されてるわよ」
「やれやれ。これは」
「ちっち、これから大変よ」
 皆それを聞いて呆れた顔にそこに笑みを混ぜて。小さな溜息を出してから言うのでした。
「そんなにねえ。気付かないって」
「彼氏もできそうにないわね」
「!?何でそうなるのよ」
 私には全然わからない言葉でした。
「彼氏がどうとかって。今はプールなのに」
「甘いわね」
「その通り」
 今度はこう言われました。言われっぱなしです。
「いいちっち、プールってのはね」
 その中の一人が私に対して言ってきました。彼女は背が高いので私を完全に見下ろしてです。見上げる首がしんどいです。
「戦場なのよ」
「プールが戦場って」
「そうよ。普段は見せない体型を」
 見せたらまずいと思います。それこそ。
「存分に見せてそのうえ」
「そのうえ?」
「脚よ」
 無意識のうちに彼女の脚を見てしまいました。その脚は私のなんかよりもずっと奇麗でした。というか私の脚の何処が奇麗なんでしょう。
「脚?」
「胸もお尻も。はっきり形がわかるわよね」
「ええ」 
 下着と変わりません。だから嫌でもあるんですけれど。
「脚を見せる。特にね」
「それでどうするの?」
「だから、彼氏ゲットよ」
「ちっち、わかってるの!?」
「わかってるのって言われても」
 首を捻るばかりでした。何が何なのか。
「そんなこと言われても」
「何度でも言うわよ」
「わかってないんだから」
 今度はわかってないそうです。
「教会の跡取り娘がこれだと」
「御両親も大変ね」
「何でそう言われるの?関係ない話じゃない」
 私にはそうとしか思えません。確かに私は三人姉妹の長女で将来旦那様に来てもらって教会を継ぐことになっていますけれど。何でこんなこと言われるんでしょうか。
「それって」
「それに気付かないのが駄目なのよ」
「そうよ。ただし」
「ただし?」
 また話が変な方向にいっちゃっています。
「そういうことをしていいのは一人に対してだけ」
「わかるわね」
「浮気なんかしないわよ」
 そんなこと。絶対にしません。 

 

第十八話 プールですその四

「私は旦那様になってくれる人にしか」
「旦那様ね」
「そうよ。例えば」
 ここで頭の中に浮かぶのは。
「オダギリジョーさんや友井雄亮さんみたいな人よ」
「それぞれタイプ違うんじゃ?」
 早速突っ込みを受けました。
「顔もスタイルも」
「やってる役の傾向もねえ」
「背が高いじゃない」
 私が特撮の人を好きな理由の一つはここです。私背が低いんでどうしても男の人は背が高い人を好きになるんです。ただ性格が第一ですけれど。
「だから。それで」
「自分で背のこと言ったら駄目でしょ」
「本当にもう、この娘は」
「うう・・・・・・」
「何はともあれよ」
 一通りいつもみたいに言われた後で話が変わりました。
「ちっち、先生は?」
「あれっ、そういえば」
 まだ来られていません。お姿はプールの何処にもないです。
「おられないわね」
「何処かしら」
「まあそのうち来られるでしょうけれどその間は」
 一人の娘が嫌そうな顔になります。
「辛そうね」
「辛そう?」
 何故辛いんでしょう。私はそれがわからなくて首を傾げました。
「どうして辛そうなの?」
「だから。男の子の視線よ」
「刺さるみたいじゃない」
「ちっちだって」
「私もって」
 全然感じないですけれど。あるんでしょうか、そんなの。
「何も受けていないけれど」
「やれやれ。本当にわからない娘はわからないのね」
「本当に。これはアタックする子が大変だわ」
「アタックって誰によ」
 やっぱり話がわかりません。
「何が何なのか」
「だから。考えなさい」
 呆れきった声で言われました。
「考えればわかるから」
「そうなの」
「そうよ。さて、と」
 ここで私達の中の一人が声をあげました。
「タオルでも身体にかけておいた方がいいわね」
「そうね」
 これはわかりました。それで身体を隠すんです。
「さもないと視線が」
「全く男の子って」
 また誰かが不意に呟きました。
「そんなに興味あるのかしら」
「あるから見るんでしょ」
 また仲間内の一人の言葉が出ます。
「女の子のスタイルに」
「それ考えたらこの学校の水着って」
 水着の話になります。
「競泳用だからスタイルはっきり出るのよね」
「そうそう」
「スクール水着なんかよりも特に」
「何かちっちは両方似合いそうだけれどね」
「そうかしら」
 また私に話が振られましたけれど実感はないです。 

 

第十八話 プールですその五

「何で両方なの?」
「まず競泳用はスタイルがいいから」
「奇麗な体型してるわよ、本当」
「だといいけれど、本当に」
 自分ではそうは思わないんで。何度も申し上げますけれど。
「で、スクール水着は」
「ええ」
「小さいから」
 それでまたまたこれでした。
「小さい子ってスクール水着似合うわよね」
「そうそう」
「どうせ小さいわよ」
 いい加減ふてくされてきました。ずっとここでも小さい小さいですから。
「伸びないから仕方ないじゃない」
「それと色白いことね」
「ちっちって肌白いのよね」
「まあそれは」
 これは昔からちょっと嬉しいことです。肌が白くてそれで色々な服が似合うって昔から皆に言われています。これはお母さん譲りです。
「よく言われるけれど」
「色の白いのは七難隠す」
「ちっちにとっては鬼に金棒」
「そうかしら」
「女の子だしね」
 女の子が色白いといいっていうのは言われました。子供の頃に。
「メイクだって映えるし」
「ポイント高いわよ」
「だといいけれど」
 そんな話をしながら授業がはじまるのを待っていました。暫くして先生が来られて準備体操をして授業です。それが終わって服を着替えて教室に戻ると。爽やかだった雰囲気が一気にむわっとした感じになりました。
「うわっ、これって」
「かなりきつい」
 皆思わず言葉に出してしまいました。
「扇風機扇風機」
「早く着けないと」
 皆で急いで扇風機をつかます。風が出てそれでほっとします。扇風機の存在が本当に有り難いです。その風を浴びながらまたおしゃべりです。
「これから凄く暑くなるのよね」
「寮も一応閉じられるんだっけ」
「一応はね」
 東寮のメンバーで話をします。
「そうなるってルールよ」
「一応なのね」
「何だかんだで色々あるから」
 部活やらそんなのです。
「それは仕方ないでしょ」
「仕方ないの」
「そういうこと。ただ、夏はねえ」
 話しているその娘が困った顔になりました。
「暑いなんてものじゃないから」
「そうそう」
「おぢばがえりの時なんかもう」
「半被着るのが怖いのよね」
 天理教の半被は黒です。黒は光と熱を吸います。だから余計に暑いんです。服は有り難いんですけれど夏は。私達は天理高校の半被を着ています。
「あの時期は」
「それ考えると詰所の人って立派よね」
 こう言う娘も出ました。
「いつも半被じゃない」
「そうね、よく考えたらそうよね」
「夏でもあれだから」
 そんな話になります。
「とにかく夏は嫌ね」
「半被暑いから」
「外出の時絶対半被だし」
 これは決まりなんです。半被を着ていないと外出できません。それで半被の着こなしがお洒落なのに注目されたりします。これが重要なんです。 

 

第十八話 プールですその六

「夏になるのよねえ」
「今からすっごい不安」
 怖いっていうか不安っていうか。確かに怖いと言えば怖いです。
「それでね」
「ええ」
「半被、洗濯してる?」
 ここで洗濯の話になりました。
「そこんところどうなの?」
「まあ一応は」
「してるけれど」
 皆こう答えます。少なくとも夏はそうしないと大変です。
「ちっちは?」
「してるわよ」
 忘れたことはないです。忘れたらもう汗で。
「洗濯自体毎日だし」
「ちっちそういうところもしっかりしているわよね」
「そうよね、本当に」
 皆私の言葉を聞いて感心した顔になりました。
「男の子なんて全然しないらしいわよ」
「お風呂もあまり入らないそうだし」
「嘘・・・・・・」
 まさか。いえ、有り得るかも。それもひょっとしたら。
「人によるけれどね」
「その辺りは」
「何かそういうのって嫌ね」
 私にとっては考えられないことです。そんなことなんて。
「一週間に一度とかそんなので」
「お風呂もお洗濯も?」
「そうよ」
「着替えなんて数日に一回とか。下着ね」
「うわ・・・・・・」
 思わず言葉に出してしまいました。
「何、それ」
「チッ地は毎日お風呂に入ってお洗濯して着替えてよね」
「当たり前じゃない」
 冗談じゃありません。そんな生活なんて。
「汚いわよ、絶対に」
「そう思うけれどね」
「男の子だから」
「私はお姉さんかお母さんだったらそんなの絶対に許さないわ」
 これだけははっきりと言えます。不潔なのは問題外です。
「それにしても」
「何?」
「何でそんなこと知ってるの?」
 私はふとそのことに気付きました。そういえば。
「男の子のことなんて」
「あんたひょっとして」
「まさか」
 彼女は私ともう一人の娘の言葉に笑って左手を横に振りました。
「私もう彼氏いるのよ」
「誰よ」
「地元のね。公立の子よ」
「何時の間に」
「剣道やってて可愛いのよ」
 東寮にいたら彼氏なんてそうそうできません。かなり難しいです。付き合うとしたら同じ天理高校の子ってことが多いらしいです。聞いた話ですけれど。
「これがね。かなり」
「そうなの」
「だから。北寮のことは聞いた話よ」
 だそうです。それにしても何時の前に彼氏を。
「言っておくけれどね」
「わかったわ。それにしても」
「何?」
「それでプールにも入るのかしら」
 また思った素朴な疑問です。
「ひょっとして」
「ひょっとしてじゃなくその通りよ」
「うわ・・・・・・」
 思わず声に出してしまいました。
「それはちょっと勘弁して欲しいような」
「大丈夫よ」
 けれどすぐ横からこう言われました。
「何で?」
「だって。入る前にシャワー浴びるじゃない」
「あっ」
 そうでした。それを忘れていました。 

 

第十八話 プールですその七

「そうだったわね。そういえば」
「そうよ。だからそういうのは安心していいわ」
「わかったわ」
「けれど。まあそれでもね」
 そのうえで言葉は続きます。
「私達もあれだけれどね」
「まあ部屋によってはね」
「随分ね」
 女の子が奇麗好きだと思うのはかなり甘い考えです。男の子も女の子も同じ人間です。ですから。汚い場合はとても汚いのです。とりわけ女の子の場合は。
「教室じゃとても言えないことがねえ」
「そうよねえ。おトイレなんか」
「お風呂場でも」
 これ以上は言えないです。とても。
「まあそれは置いておいて」
「そうそう」
「内緒内緒」
 男の子も教室の中にいるのでこれで話を止めて。別のお話になりました。
「駅前のミスタードーナツどう?」
「いいんじゃないの?」
 お話は食べ物に関するものになりました。
「甘いし美味しいし」
「そういえばうちの詰所の人で」
 私はふとあることを思い出しました。ミスタードーナツと聞いて。
「あのドーナツでワインやる人おられるわ」
「えっ、ドーナツで!?」
「ええ。甘口の一・五リットル千円のでね」 
 かなり安いそうです。ワイン、というかお酒は飲まないんではっきりとはわからないですけれど。お父さんは何か時々そうしたのを飲んでるような。
「飲まれてるけれど」
「またそれは随分変わった趣味ね」
「そうね」
「変わってるの、やっぱり」
「ドーナツでワインはないでしょ」
 一人がはっきりと言いました。
「合わないとか云々以前に」
「ドーナツだと紅茶かコーヒー?」
 それがオーソドックスだと私も思います。まあその辺りは人それぞれですけれど。
「そういうところよね」
「サイダーやコーラは合わないかしら」
 私はどっちかっていうと紅茶です。甘いもの大好きでドーナツもよく食べるんですけれどやっぱりドーナツには紅茶だと思います。しかもミルクティーを。
「それはちょっと」
「サイダーやコーラはね」
「やっぱり合わないわよね」
「それはどっちかっていうとあれよ」
 甘いものに関するお話は続きます。
「スナック菓子とかあっちの方に合うわよ」
「そっちなのね」
「違う?私はそうなんだけれど」
「言われてみれば確かにね」
「そうよね」
 皆私の言葉に納得してくれました。けれどそれだけではなくまだお話は続きます。
「それでさ」
「ええ」
「そのドーナツでワイン飲む人だけれど」
「ええ、その人ね」
「一体どんな人なの?」
 話はそちらにまた戻ります。その人についてです。
「普通ワインでそれはないんじゃないかしら」
「ワインっていったら」 
 何故か皆お酒の話に詳しいです。どうしてでしょうか。
「あれじゃない?赤だったらスパゲティとかお肉とか」
「白だったらお魚とか?」
「チーズとかハム、ソーセージはどっちでもいけるわよね」
「そういったのはね」
 また随分と詳しいです。飲んでいるわけでもない・・・・・・と思います。それはまあ誰でも色々とあってこっそりと飲んでたりしますけれど。 

 

第十八話 プールですその八

「それでもドーナツはないでしょ」
「他にはチョコレートでも飲んでおられるわよ」
「うわ・・・・・・」
 皆それを聞いてまたびっくりです。
「余計にないわよ、それ」
「チョコレートはウイスキーとかブランデーであったりするけれど」
 本当に皆よく知っています。
「どうしてそんなのでばかり」
「飲めるのかしら」
「美味しいらしいわよ」
 その方のコメントだとそうなんです。実際に。
「甘いお酒にはお菓子が合うってことで」
「甘いお酒にはってことはカクテルとかもかしら」
「多分」
 そうなると思います。よく考えたらお酒は一つじゃないです。お酒屋さんに行ったら普通に缶の発泡のサワーなんかがありますし。お父さんはこっちも好きです。
「そうなると思うわ」
「カクテルとかにはまあいいかも」
「クラッカーとかビスケットとか実際に合うしね」
 またしても皆随分と詳しいです。
「そういうことならわかるわ」
「そういえばワインも甘口だって言っていたわよね」
「ええ」
 皆のその問いに頷いて答えました。
「そうよ」
「だったら合うかもね、それも」
「そうかも」
「合うのね」
「実際にやってみたことはないけれど」
 未成年でお酒飲んでいたら問題なんですけれど。何か今の会話ではそれが完全に抜けてしまっているような。これは気のせいなんでしょうか。
「いいかも知れないわね」
「そうね」
「いいの」
「ひょっとしたらよ」
「お菓子とお酒っていうのもね」
「ううん」
 皆の話を聞いて腕を組んで考え込みます。ここで男の子達の話が聞こえてきました。
「あっついよなあ」
「ビールでも一杯な」
「ビールって」
 学校でよくもまあそんな言葉を。ビールはないと思いますが。
「枝豆でな。どうよ」
「やっぱり柿の種でしょ。それとピーナツ」
「あっ、それもいいな」
 何気にとんでもない話をしています。話を聞いていて少し呆れています。
「飲んでるのね、確実に」
「煙草やるよりましなんじゃ?」
「流石にあれはね。駄目よ」
「煙草は駄目でお酒はいいの」
 何かどうにも。あまり違いはないんじゃと思います。そういえば煙草で怒られる生徒はいてもお酒で怒られる生徒はいないような。気のせいでしょうか。
「だって。お酒はお付き合いでね」
「私なんかしょっちゅう信者さんに勧められていたわよ」
「ふうん」
 教会じゃお下がりを頂いて。どうも彼女のお父さんなりお母さんなりが信者さんと一緒に飲んでいてその時に勧められたみたいです。天理教では日本酒とビールが多いです。
「それでまあ」
「私は詰所に住んでるけれどそこで」
「皆飲むの」
「ちっちはないの?そういうの」
 私に話が振られました。
「教会で信者さんに、とか」
「あるわよね」
「お酒は二十になってからって決めてるから」
 それは固く誓っています。何故なら。
「だって。お酒って飲むと背が伸びないんでしょ」
「えっ!?」
 今の私の言葉には皆すぐに声をあげました。 

 

第十八話 プールですその九

「何でお酒で背が伸びないのよ」
「それはコーヒーなんじゃないの?」
「えっ、違うの?」
「絶対違うわよ」
「ねえ」
 皆顔を見合わせて言い合います。そうだったんでしょうか。
「お酒で背が伸びないなんて」
「何処でそんなの聞いたのよ」
「何処でって」
 あれっ、そういえば。何か何処かで聞いた筈なんですが思い出せません。
「何処でなんだろ」
「聞き間違えたんじゃないの?」
「全くこの娘は」
「この娘はって何か」
 今の言葉はかなり引っ掛かりました。
「私子供みたいじゃない。何よそれ」
「まあ背は実際そうだけれど」
「何でお酒がって思うわよ、やっぱり」
「違ったの」
 そのことを知って何か衝撃です。そういえばお父さんはかなりお酒が好きですけれど全然小柄じゃありません。男の人では普通位でしょうか。
「遺伝が一番大きいわよ」
「だからお母さんかお婆さんが小さかったら要注意」
 髪の毛の話と同じになってきました。
「そういえばちっちの家ってお母さんも」
「かなりまずいんじゃない、それって」
「代々小さいのよ」
 これは認めるしかありませんでした。本当に私の家系は特にお母さんの方の女の人は皆小さいですから。おぢばの女の人はとにかく小さい人が多いんですけれどその中でも特になんです。
「隠せないから言うけれど」
「子沢山と女の人が小さいのは天理教の特徴みたいなものだけれど」
「それ特徴じゃないわよ」
 何でそれが特徴なんでしょうか。
「ちっち、努力もしてるんだけれどね」
「これに関してはね」
「あと五センチ」
 私は溜息と一緒に言いました。
「欲しいのだけれど」
「五センチってまた贅沢な話じゃない?」
「ねえ」
 皆私の今の言葉を聞いてまた言い合います。
「それだけ伸びたら苦労しないわよ」
「それに五センチ伸びてもちっちはまだ
「小さいっていうの?」
「ええ」
「どう考えても」
 また言われました。
「というか物凄い小柄なのにこだわってるわね」
「気にしてるのよ」
 私のコンプレックスですから。小さいっていうのは。
「それも凄く」
「けれどまあナポレオンも小さかったしね」
「だから別にいいじゃない」
 あの英雄のことが出て来ました。話によると小さかったそうです。けれど話を聞いてみると藤井フミヤさんよりは高かったような。フミヤさんは好きな歌手です。
「女の子は特に気にしてもね」
「変わらないし」
「浅香唯さんだって小さくても奇麗じゃない」
 確かにあの人はかなり。もうお母さんになってしまいましたけれど奇麗です。お父さんは昔からファンだったそうでテレビに出るとにこにこしています。お母さんはその横で苦笑いです。
「だから別に」
「何か小さい小さいって」
 高校に入ってからかなり言われていて。困ってるんですが。
「小さいのが悪いみたいじゃない」
「別にそうは言ってないわよ」
「ねえ」
 けれど皆はこう言います。 

 

第十八話 プールですその十

「食べてはいるんでしょ?」
「ええ」
「豆乳も飲んでるわよね」
「それもかなりね」
 毎日飲んでます。牛乳もですけれど。背が大きくなって胸も大きくなるって聞いて。けれど何か全然変わらないような。健康にはいいのは間違いないんでしょうけれど。
「それでも。やっぱり」
「遺伝はねえ」
「どうしようもないから」
 また遺伝です。
「けれどあれじゃない?ちっちのお肌って」
「そういうの飲んでるせいか」
「何?」 
 皆の言葉が変わってきました。今度は結構いい感じです。
「奇麗よね」
「色凄く白いし」
「お肌は昔から白いって言われるけれど」
 そういえば何かそれで中学生の頃お母さんと一緒にスーパー銭湯に行ったら知らない女の子から凄い奇麗な身体だって言われたことが。聞き間違いと思っていましたけれど。
「憎いまでに白いのよね」
「本当。それで男の子ちっちを見てたのよ」
「お肌が白くて」
「雪みたいじゃない」
 雪とまで言われました。
「その白さ、罪よ」
「よっ、この男殺し」
「男殺しって何よ、男殺しって」 
 今の言葉は聞き捨てなりません。男殺しどころかまだ男の人とお付き合いしたこともないのに。どうしてそうなるんでしょうか。
「私はね、そういうことは」
「ないの?」
「ないわよ」
 少しムキになって言い返しました。
「お肌が白いのもお母さんやお婆ちゃんからだし」
「いい遺伝ね」
「そうね」
「これはいい遺伝なの」
 こんなことを言われたのははじめてです。
「だってねえ。色の白いのは七難隠すっていうし」
「ちっち位に白いとそりゃもう」
「そんなに」
 凄い褒められてるんですけれど。私のお肌が。
「日焼けしてもすぐ元に戻るの?」
「ええ」
 その通りです。本当に。
「すぐ白くなるの。赤から」
「そのかわり日焼けした時真っ赤になりそうね」
「もう凄いわよ」
 その時のことを思い出しただけでお肌に痛みを感じます。いつも海に行って日焼け止めクリームを忘れた時なんかはもう。部活の時だって。
「真っ赤になってとても痛くて」
「災難ね、それはまた」
「だから夏は日焼け止めクリームが欠かせないのよ」
 そうなんです。私は。
「そろそろ必要になってくるし」
「それでもちっちのお肌って」
「やっぱり白いわよねえ」
 皆まじまじと私のお肌を見ます。
「そこまで白いと何だか」
「取り替えたくなるわ」
「止めてよ」
 思わず言い返しました。
「それだけは。痛いから」
「いや、痛いって問題じゃないと思うけれど」
「これはねえ」
 逆にこう言われました。何か墓穴を掘っちゃったみたいです。
「冗談に決まってるじゃない」
「ちっちってこういうのに変に引っ掛かるんだから」
「そうだったの」 
 言われてやっと気付きます。そういうことだったんですか。何か気付いてみると自分のこの馬鹿さ加減にうんざりです。いつもこうですし。 

 

第十八話 プールですその十一

「何か。それ聞いたら」
「まあ気を落とさない落とさない」
「それでね」
「ええ」
 また私に話してきます。
「夏よ」
「夏ね」
 今更言うまでもないですけれど。
「夏はどうするの?」
「まずは部活とおぢばがえりよ」
 それが第一です。
「それが終わってからは実家に帰って」
「何するの?」
「教会での仕込みかしら」
 これなんです。実家が教会なんで。やっぱりこれはついて回ります。
「それが第一ね」
「神戸だったわよね。実家」
「そうよ。神戸よ」
 これはもう皆知ってることです。神戸の長田、下町です。そこで中学校まで育っていました。何か遠い日の思い出になっているのはどうしてでしょうか。まだそんなに日は経ってはいないのに。
「何か懐かしいけれど」
「神戸がなのね」
「最初ここに来た時は本当に馴染めるのかしらって不安だったのよ」
 本当に。やっていけるかしらって。不安で仕方ありませんでした。
「けれど上手くやってるじゃない」
「ねえ」
「先輩も優しかったし」
 長池先輩です。何から何まで優しくして下さいます。
「それに」
「それに?」
「何だかんだで息抜きできるしね」
 これがかなり重要だと思います。
「商店街とかでね」
「ああ、それ大きいわね」
「あと本屋で」
「ええ。あとスイーツ」
 つまり甘いものですね。これが有り難いです。
「美味しいわよね」
「とてもね」
「美味しいなんてものじゃないわよ」
 皆甘いもの大好きです。特に。
「詰処じゃいつも貰えるのよね」
「チョコレートにクッキーとか。差し入れでね」
「あっ、ちっちのところっていいわね」
 私がチョコレートやクッキーのことを話に出したらこう言われました。
「そんなのくれるなんて」
「あとは飴とか」
 これも多いです。
「おせんべいにキャラメルも」
「何か甲子園みたいね」
「これでビールがあったら」
「ビールは流石にないわ」 
 あることはありますけれど私達が飲まないだけです。というか高校生でビールを飲むってそれこそやってはいけないことなんですけれど。
「けれどお菓子はね」
「そうそう、欠かせないわよね」
「寮じゃ一つ一つ袋の中で潰して粉みたいにしてから食べないといけないけれど」
「嘘・・・・・・」
 自宅生の娘がその話を聞いて驚きです。
「それ本当!?」
「冗談よ、昔の話よ」
「ねえ」
 昔は本当にそうだったらしいです。私も聞いただけですけれど。
「食べるのは二分で毎朝四時半起き」
「先輩の朝御飯のおかわりとか部屋のお掃除とか」
「シャーペンの芯を出すのもいちいち部屋の外でだったらしいわね」
 聞いた話によるとあの帝国海軍の兵学校というところの一回生みたいな厳しさだったそうです。私は陸軍とか海軍とか兵隊さんには詳しくないですけれど。ただ地震のことがありましたんで私は自衛隊の人達を頼りにしていて有り難い人達だと思っています。 

 

第十八話 プールですその十二

「凄いわね、それって」
「まあ今は流石にそういうのじゃないから」
「厳しいことは厳しいけれど」
 これは否定できない事実です。
「あと朝は」
「普通の教会より早いからね」
「そうなのよね」
 これは否定できないです。実際に起きる時間は。
「最初辛かったわよね」
「慣れることは慣れたけれどね」
 慣れました。本当に。
「それでもしんどいものがあるのはね」
「あと二年半以上あるからねえ」
 それを考えるとかなり辛いです。二年半以上もこうだと考えると。話を聞く限り男の子の北寮よりもしんどいです。意外とといった感じで。
「女の子同士がこんなに辛いなんて」
「思わなかったわよね」
「意外と陰に篭るところあるしね」
「そうよね」
 女の子は日様ですけれど何故かそうなります。女の子同士が結構以上に陰湿なものがあるのはどの社会でも同じです。男の子は月様なのにです。
「陰湿な話は徹底的に陰湿で」
「それがねえ」
「男の子も陰湿みたいよ」
 こういった話も出ました。
「そうなのかしら」
「そうらしいわよ。意地悪い子もいるらしいし」
「ふうん」
 何かそれは今一つピンときませんでした。男の子ってあっさりしたイメージがあるんですけれど。こういったことも人それぞれってことなんでしょうか。
「意外と陰湿な話って多いのね」
「人って色々あるからね」
「ちっちなんかも」
「私!?」
 私に話が振られました。
「私も陰湿かしら」
「陰湿じゃないけれど」
「ねえ」
 それは違うそうです。よかったよかった、と思ったら。
「意外と以上にね」
「諦め悪いわよね」
「しつこいところがあるわよね」
「しつこいところが。って何処?」
「わかってるでしょ」
 今度はこう言われました。
「あることに関してよ」
「全く。いい加減諦めなさいよ」
「それはそれで人気が出るから」
「人気がって」
 やっぱり話が読めません。
「何なのよ、そんなこと言われても」
「だからねえ」
「さっき散々話したじゃない、今さっき」
「あっ」 
 ここまで言われてやっとわかりました。そういうことですか。
「小柄小柄って。何かもう」
「女の子の小柄はねえ」
「別に」
「そうは思えないし」
 よく言われはしますけれど本当に。小柄でもいいじゃないって。
「それはそうとよ」
「ええ」
 何か話が変わってきてまずはそれにほっとします。それで話を聞きます。
「もうちょっとしたらテストね」
「期末ね」
「それが終わったらお休みよ」
 何かもう待ちに待ったって感じです、本当に。
「ちっちもやっぱり実家に帰るのよね」
「まあそれは」
 言うまでもないことですけれど。実家に帰らなくて一体何処に帰るのでしょう。おぢばに帰っていますし。それ以外の何処にやらって感じです。 

 

第十八話 プールですその十三

「そのつもりだけれど」
「やっぱりね。いいなあ、神戸なんて」
「いいの?」
 同じ寮生の娘の言葉に顔を向けました。
「だって。私なんて大阪よ」
「大阪だったら近くていいじゃない」
「大阪。柄悪いから」
 それで有名ではあります。確かに神戸と比べると柄が悪いかな、なんて思ったりもします。私のいる長田は下町なんで上品じゃないですけれど。
「普通に横山やっさんみたいな人がいるのよ」
「やっさんてあんた」
「また随分古いわね」
 皆そう言います。私も正直その名前はかなり古いと思いました。横山やすしさんって言われても。私はあの人の漫才はじかに見たことありません。西川きよしさんとの黄金コンビだとは聞いています。
「そうじゃなかったら西川のりおさん」
「ああ、あの人」
 西川のりおさんはわかります。
「何か素顔はかなり厳しいらしいわね」
「そうなの。あれで」
 確かにそう思いますけれど。何でもかなりおっかない人と聞いています。これはチャーリー浜さんもそうらしいです。何かあの人達みたいな人が難波には普通におられるってイメージがあります。
「ああした感じなのよ」
「大阪そういえば大教会もねえ」
「多いわよねえ」
「私のところもそうだし」 
 奥華も大阪にあります。
「奈良が多いのは当然だけれどね」
「まあそれはね」
「それでもやっぱり大阪多いわよねえ」
「教会もね」
「で、私の家はその中の一つなのよ」
 また彼女が言います。
「何か下品なのよね」
「マグドって言葉とかね」
「ああ、あれね」
 あまりにも有名なこの言葉。大阪というか関西全体で使われている言葉です。けれどこれって大阪だけじゃなくて私のいる神戸でも使われますけれど。
「あれが下品って言われるのよ」
「偏見よね、それって」
「ねえ」
 皆そう言い合います。おぢばもマグドだった筈です。
「それよりも東京の」
「そうそう」
 東京のことを言いだしました。
「あのマックっていうの?あれの方が」
「嫌よね」
「それもかなり」
 こう言い合います。
「何よ、気取って」
「あの言い方は好きになれないわよね」
「そうそう」
「けれどねえ」
 ここでまたその大阪の娘が溜息混じりに言うのでした。
「そうは言っても実際に何か下品なのよ」
「ざっくばらんじゃなくて?」
「下品でしょ、あれは」
 けれど彼女は言います。
「大阪だと」
「別に気にすることないんじゃないの?」
 私はこう彼女に声をかけました。
「そこまでは」
「そうかしら。何か凄い気になるのよ」
「だから気にし過ぎよ」
「けれど」
 どうしても気になるみたいです。どうにもこうにも。
「やっぱり。どうしても気になって」
「そうなの」
「他の場所はどうかしら」
「広島とかにも教会は多いけれど」
 ここで佐野先輩のことが頭に浮かびました。あの垂れ目で小柄の。あの人は完全に広島人だからです。広島っていうとカープとあっちの筋の人と海軍と牡蠣でしょうか。 

 

第十八話 プールですその十四

「あそこは大阪とは」
「ライバルよね」
「そうよね」 
 あまりよくない意味です。
「何か妙にカープに負ける年あるし」
「そっちなの」
 何故か話が自然に野球に。やっぱり野球部が強くてスポーツ新聞を学校に持って来る女の子がいるからでしょうか。ちなみに何故か男の子は大阪スポーツ、略して大スポのことをよく知っています。あの見事なまでの痛快な嘘の記事はお父さんも大好きです。
「こっちはミナミの帝王」
「向こうは?」
「BADBOYSじゃないの?」
 あまり筋のいい漫画じゃないですよね、どっちも。
「あの一人称が全部わしの漫画」
「ああ、あれね」
 広島って男の人の一人称が全部わしってイメージがありますけれど。実際に結構わしって言う人が多いんでやっぱりそうなんだ、とか思ってもいます。奥華は広島の人も多いんです。
「そういえばミナミの帝王は」
「あれはないわよ」
 その大阪の娘がすぐにそれを否定してきました。
「わてよね」
「そう、わて」
「あれはないよ」
「あるわけないじゃない」
 困った顔でこう答えます。
「あの漫画の大阪弁おかしいから」
「そうなの」
「わしの方が普通よ」
 そういえば大阪でもわしって言う人が多いです。女の人はうちです。これは大阪独特の方言なんでしょうかそれとも西日本特有なんでしょうか。
「あの漫画ミナミはよく描けてるけれどね」
「そういえばあんたの所属の大教会って」
「ええ、あの辺りにあるのよ」
 そうした大教会もあるんです。場所はそれぞれです。中には東京のど真ん中にあったりします。奥華は大阪にしては静かな住宅街の中にあります。
「教会から一歩出たらもう大騒ぎ」
「中でも大騒ぎだけれどね」
「まあそれはね」
 教会の中も結構騒がしいんです。鳴り物ありますし子供多いですしそういったことで。天理教は暗い宗教じゃないです。というか子供が多いんで賑やかなところがかなりあります。
「難波のあれはまた特別だし」
「阪神優勝したら川に飛び込むしね」
「道頓堀にね」
 そういえば。私はここでふと気付いたことがあります。それは。
「あっ、そういえば」
「どうしたの、ちっち」
「あんたって所属先高井先輩と一緒よね」
「ええ、そうよ」
 その大阪の娘に尋ねます。高井先輩の家の教会もその難波の方の大教会の系列なんです。直属でかなり古い教会の娘さんです。
「やっぱり小さい頃から知り合いだったの?」
「小さい頃から凄かったのよ」
 私にこう言ってきました。
「凄かったって?」
「ほら、先輩って」
「ええ」
 何故か声のトーンが少し小さいものになります。
「凄い美人さんじゃない」
「それで難波を歩いたら」
「もう男の子が声かけまくってくるしスカウトだって」
「それで凄かったのね」
「そういうこと。わかるわよね」
「ええ、それはね」
 当然のことだと思います。先輩のあの容姿だと。難波に行ったらそれこそ、です。
「私なんか全然だけれど」
「それにしても高井先輩?だっけ」
「ええ」
 自宅生の娘が尋ねてきました。 

 

第十八話 プールですその十五

「確か目がぱっちりとしてて肌が白くて唇が厚めで赤い人よね」
「その人よ」
「ああ、その人ならわかるわ」 
 彼女も知ってるみたいです。
「何かいつも目がきらきらしてて肌の白い茶色いふわふわした感じの髪の毛の人と一緒にいるから」
「それが長池先輩よ。私と一緒の部屋の」
「そうだったの」
 私の言葉に少し驚いた感じになりました。
「ちっちの」
「意外だった?」
「ええ。それにしても美人の先輩が二人並んでるから目立つのよね」
「そうそう。それに」
 皆で話に花が咲きます。
「三年の人って奇麗な人多くない?」
「そういえばそうよね」
 言われてみればそうです。それもかなり。
「詰所とか本部勤務の人とか」
「あと二部の先輩もね」
 天理教の施設で働いている方を本部勤務者と言います。半被も天理教教会本部になっています。あと二部は夜間です。天理高校はお昼と夜の二つあるんです。
「多いわよね」
「それに対して私達はねえ」
 何か自分達のことは悪く思えます。だって本当に先輩達も本部の人達も奇麗な人達ばかりですから。背だって私と同じ位の人結構多いですし。
「あとあれじゃない?」
「あれって?」
「うちの学校で体育の時ジャージじゃない」
「夏でもね」
「暑くて仕方ないわよ」
 しかもこのジャージがかなり厚い生地だったりします。先輩達のお話によると冬なんかはこれでかなり助かるそうです。夏は地獄なんですけれど。
「それってやっぱり先輩達をガードして?」
「半ズボンとかスパッツだと確かに凄いことになりそうね」
「水着だって」
 ここで長池先輩のスタイルを思い出すと。確かに大変なことになりそうです。羨ましいっていうか。やっぱり高校生で体育の時薄着だととんでもないことになります。
「ああ、それでブルマーなくなったの」
「ブルマー!?ああ、あれね」
「うちの高校には最初からなかったわね」
 あれがなくて本当によかったです。私はジャージか半ズボンが好きです。だからかなり暑くてもジャージなのはかなり有り難いのです。
「あれはね」
「そうね。それにしても」
 またここで話が羨ましがる方向に。
「あと二年で。あそこまでなれるのかしら」
「難しいんじゃない?高井先輩って大教会でも有名な美人さんだから」
「やっぱり」
「ちっちの一緒の部屋の長池先輩もね」
「同じ兵庫県出身だったっけ」
「ええ」
 また質問に答えました。
「住んでる場所はかなり離れてるけれどね」
「兵庫っていっても広いしね」
「だから。寮に入るまでは全然面識なかったわよ」
 皆そうなんですけれどね。奥華の娘もいるんですけれど彼女とも。
「大教会も違うし」
「そうそう、大教会が違うとね」
 私達の中の一人が言います。
「それと教区が違ったらね」
「全然違うからね」
 教区はその地域ごとに分けられているものです。都道府県とかです。
「長池先輩とは教区も違ったのね」
「ええ。私神戸の端の方だから」
 長田は神戸の端にあります。結構辺境呼ばわりされたことも。神戸はお洒落な街ですけれど長田は。聞いた話ですと大阪の西成もこんな感じだとか。奥華には西成の人もおられるんです。
「本当に寮に入ってからよ」
「怖い人だけれどね」
「怖いかしら」
 またこう言われました。 

 

第十八話 プールですその十六

「長池先輩は怖くないわよ」
「そう?物凄く怖いんだけれど」
「厳しいなんてものじゃないっていうし」
「そうかしら」
 言われて首を捻ることしきりです。
「私は別にそれは」
「同じ部屋なのに知らないの?」
「全然」
 首を横に振るしかありませんでした。
「優しいし穏やかだし」
「なまじっか奇麗なせいかしら」
「奇麗なのが怖いの?」
「ほら、奇麗な顔の人が怒った時の顔って」
 話を聞いていて何か般若とか夜叉を思い出しました。先輩の穏やかな白いお顔も思い出します。思い出しても頭の中では全然つながりません。
「物凄いことになるじゃない。だから多分」
「長池先輩も」
「だから。先輩はそんな」
「そうなの」
「私先輩と一緒の部屋で本当によかったって思ってるし」
 これは本当のことです。
「そんなの別に」
「そうなの。まあその話は置いておいて」
「ええ」
「先輩のスタイルってどんな感じ?」
「先輩の?」
 話はまたそこに。
「そうよ。一緒の部屋じゃない」
「そうだけれど」
「だったらわかるわよね。どんなの?」
「・・・・・・凄いわよ」
 ついついこんな言葉になりました。
「凄いの」
「お風呂で見てるじゃない、結構」
「そういえばそうか」
「先輩達って何か皆凄いわよね」
 これも本当のことです。たった二年でこんなに違うの!?って感じで。天理高校は三年になると皆奇麗になるんでしょうか。私達は全然なのに。
「お顔もスタイルも」
「ほら、佐野先輩も」
 その小柄で垂れ目の先輩です。広島の。
「胸大きくない?」
「小柄なのにね」
 小柄なのに胸は結構あるんです。私と全然違います。
「だったらちっちも。ってそれはないわね」
「そうね」
「ないの」
 こう言われてまた憮然とします。
「欲しいのだけれど」
「そうよね。胸はね」
「けれどさ、男の子ってわからないわよ」
 また中の一人がこう言ってきました。
「わからないって?」
「胸が小さいのがいいって人もいるし」
「そうなの」
 言われても今一つ、いえ二つ以上わからないお話です。何度言われても。胸は大きい方がいいのに決まっていますから。違うんでしょうか。
「有り得ないわよね」
「ええ」
 見たら皆同じ考えでした。
「小さいのがいいっていうのはどう考えても」
「それはないわよ」
「例えばうちの男連中」
 今私達がいるこのクラスです。
「しょっちゅう胸の大きい娘に注目してるわよね」
「そうそう」
 ちょっと声のトーンを低くします。けれどこれは天理高校の制服は大人しいデザインでスカートの丈も長めですから。自然とそこに目が行くのかも知れません。
「嫌らしいけれどわかるわね」
「男の子って皆そうよね。小学校の六年辺りから」
「急によね」
 教会にいたら小さい子もよく来るのでこういったこともわかるんです。私の家の教会にも子供がよく来ました。小さい時は私が相手をしてもらって今は私が、です。 

 

第十八話 プールですその十七

「それまで子供だったのが」
「それで高校になったら」
「もう完全にね」
「胸板も厚くなって背も大きくなって」
 完全に変わっちゃいます。それでも日本人の男の子は優男が多いですけれど。これが欧州の人とかですと色は白いですけれど胸毛が凄くて。日本人の方がタイプです。
「あれよ、うちの近所だった今中学二年の子なんか」
「ええ」
「その子がどうしたの?」
 私達はその話を聞きます。
「子供の頃なんか私より低かったのに今じゃ全然高いんだから」
「こういう時女って損よね」
「全く」
 小柄なのも辛いんです、気分的に。
「どうしたものかしらね」
「何か。すぐに追い抜かれるのよね」
「どうしようもないけれど」
 結局のところそうです。女の子は女の子の特徴がありますから。そんな話をしているうちに学校の授業が終わってそれからひのきしんをさせてもらって寮に帰って。長池先輩と一緒にお風呂に向かいました。
「あの、先輩」
「何?」
 二人で寮の廊下をスリッパで歩きながら先輩に声をかけます。すると先輩はすぐに私に顔を向けてくれました。左右に障子が一杯あるのが天理教なんだなって思います。
「先輩って一年の頃どうだったんですか?」
「どうだったって?」
「というか入る前は」
「入る前は地元の中学校にいたけれど」
「ですよね。その時どんな感じでした?」
 学校での皆の話が気になって先輩に尋ねました。
「そうね。別に変な娘だったつもりはないけれど」
「変な娘ですか」
「それでも。口の形が平たいじゃない」
「ええ、まあ」
 先輩の御顔ってそんな感じです。目が垂れ気味で。お口とのその目が凄い目立つんです。
「ブスだの家鴨だの言われたことがあるわよ」
「先輩がブスって」
 そんなこと言う人が普通にいるなんて。
「誰がそんなこと言ったんですか?」
「小さい頃普通に男の子に」
「嘘ですよね、それ」
 とても信じられません。まさか。
「本当よ、それで結構いじめられたし」
「酷い子がいますね」
「けれどまあ。これって誰でも言われるものじゃないの?」
 それでも長池先輩をブスっていうのは。幾ら何でもおかしいです。だって凄い奇麗なんですから。これからお風呂で先輩のスタイルも見ますしそれがまた、なんです。
「違うかしら」
「私も言われたことありますけれど」
「正直ね。人の顔のこと言うのって悪いことよね」
「はい」
 本当にそう思います。褒めるのはいいとして。
「顔は表札だから」
「表札ですか」
「ええ。この前言われた言葉なのよ」
 天理教ではよくこうしたことも言われます。笑顔を大事にしろって。少なくとも笑っていたらそれだけで気持ちが明るくなるからって。それが大切なんだって。
「詰所でね」
「成程」
「私よく怒った顔が凄く怖いって言われるのよ」
 先輩は困った顔になられました。そういえばこれはクラスでも寮でもよく話されていることですけれど。先輩御自身も気にされていました。
「自分では今まで自覚なかったけれど」
「そうだったんですか」
「だから。最近あまり怒らないようにしてるの」
 それで顔は表札ってことでもあるのでしょうか。 

 

第十八話 プールですその十八

「怖いって言われるのやっぱり嫌だし」
「はあ」
「それに私短気だし」
「そうなんですか!?」
 それはないと思いますけれど。先輩は穏やかな方です。
「それはあまり」
「ちっちはそう思ってくれるのね」
「はい」
 正直に答えました。先輩が怖いっていうのも短気っていうのも。けれど自分にしかわからないことってありますから。それを考えたら。
「有り難う。そう言ってもらえると嬉しいわ」
「ですか」
 その時の先輩の横顔見てびっくりです。笑顔が凄く奇麗で。この笑顔で参るっていう男の人も多いんじゃないかしらとも思います。それを皆言わないんですよね。
「あとお風呂だけれど」
「お風呂が。何か」
「結構気をつけた方がいいみたいよ」
「気をつけてといいますと」
「覗きよ」
 覗きのことを仰いました。
「いるかも知れないわよ」
「まさか」
 それは流石にないんじゃないかしらって思いました。
「だって東寮って周りに何もないですよ」
「それはそうだけれどね」
「それでどうして」
 有り得ないんじゃないかしらって思います。幾ら何でもそんな場所を覗くのは。
「それでもよ。狙っている人は狙ってるみたいよ」
「そうなんですか」
「だから着替え場やお風呂の中の窓はちゃんと閉めておきましょう」
「凄く暑いですね、それって」
「暑くても仕方ないわよ」
 残念そうに項垂れた顔になられました。
「それはね」
「覗かれるよりは、ですか」
「そういうこと。それじゃあ」
「はい」
「笑顔でお風呂に入りましょう」 
 またお話がここに行きました。やっぱり笑顔が一番です。
「笑う門に福来たるってもいうしね」
「それに顔は表札、ですね」
「そうよ。だからね」
「わかりました。ただ」
「ただ。どうしたの?」
「いえ」
 また先輩のお顔を見て。溜息です。
「先輩の表札って凄いですよね」
「私の?」
「凄い奇麗で。スカウトとかされました?」
「ええと。何度か」
 やっぱり。高井先輩と同じでした。
「されたことはあるわよ」
「凄いですよ、それって」
「潤もそうだしね」
 高井先輩の御名前です。
「けれど普通に神戸とか大阪とか歩いていたら誰でも声かからないの?」
「かからないですよ、そんなの」
 冗談ではありません。それこそ先輩達位じゃないと。本当に三年の人達って奇麗な人が多くて。自宅生の人達も驚く位奇麗な人が一杯います。
「私なんて一度も」
「ちっちも凄くいい表札よ」
「そんな。私は」
「表札は自分では見えないものよ」
 先輩は急にそんなことを仰いました。
「自分では見えないんですか」
「ええ。気付かない場所も多いしね」
「そうですか?鏡を見れば」
「鏡だけでは全部見えないわよ」
 今度はこう。
「だからわからないものなのよ」
「そうなんですか」
「ちっちなんか私よりずっといい表札じゃない」
 それでまた言われました。先輩みたいな方に言われると恥ずかしい位です。
「男の子だって見ているわよ、ちっちの表札」
「まさか」
「きっとね。ちっちにはいい子が出来るわ」
 その時の先輩のお顔を見て思わず心の中でうわっ、って思いました。凄く優しげで清らかで。何でこんな奇麗な方と一緒のお部屋なんだろうって思える位の。そこまで奇麗な笑顔でした。
「その子を大事にしなさいね」
「それってひょっとして」
「ちっちの将来の旦那様ね。十六よ」
 十六になったら結婚出来る。これは知っています。 

 

第十八話 プールですその十九

「もうちょっとじゃない」
「全然実感が」
「そうよね。昔は私達の歳になったら皆子供がいたそうだけれど」
 これも全然実感がないです。十六とか十八でもうお母さんなんて。天理教の人は結構結婚が早かったりしますがそれでも二十一とかそんな歳です。十代でお母さんは殆どないです。
「今は違うからね」
「ですよね。やっぱり」
「私も。やっぱり結婚するのかしら」
 先輩はふと呟かれました。
「高校を卒業して。それから」
「先輩が奥さんにですか」
「皆そうなるじゃない」
 やっぱり実感出来ないことでした。
「どっちにしろいずれは」
「私も、ですよね」
「そうよ。いい旦那様見つけなさいよ」
「ですよね」
「ちっちの家は教会だから」
 このことはどうしても離れません。やっぱり私は教会の娘です。
「跡継ぎだったわよね」
「長女ですから」
 そうなっています。だから娘達は地元の学校でもいいことになっています。私はしこみの為にも天理高校にってなりました。親里高校に行くかどうかって話もありましたけれど結局天理高校になったんです。
「やっぱり」
「じゃあお婿さんになるわよね」
「お婿さんですか」
「何かちっちって年下の子をゲットしそうなのよね」
「私は年下は」
 タイプじゃありません。やっぱり背が高くて前を向かって毅然と行くような人が好きです。色々と悩むことがあってもそれでも、って感じで。背はまあ一七〇あればいいですけれど私より大きければ贅沢は言いません。やっぱり大事なのは心なんですから。
「あまり」
「何かそんな感じがするのよ」
 それでも先輩は仰います。
「案外年下もいいらしいわよ」
「そうですか?」
「母性本能をくすぐるって感じでね」
 どうもそうらしいです。母性本能、ですか。
「弟とかそんなふうに」
「弟・・・・・・」
 いないです。お兄さんとかそうした人も。兄弟は妹二人ですしお母さんの家はそれこそ女の人ばかりで。そういえば信者さんも女の人が多い感じです。天理教では婦人会や女子青年というものもありますがこれが他の宗教に比べて結構力があったりします。やっぱり教祖が女性ですから。
「それは別に」
「いらないの?弟さんとか」
「そう言われても」
 実際に持ったことがないので何も言えません。男兄弟欲しいんですけれどもう流石に無理です。
「どうでしょうか」
「わからないならいいわ。私はまあ」
 また少し。暗い横顔になられました。
「今はあまり考えたら駄目なのかもね、やっぱり」
「あの、先輩」
「何でもないわ」
 けれどその暗いものをすぐに消されました。いつもの明るくて優しい先輩に戻られました。
「とにかく。お風呂に入りましょう」
「ですよね。汚れを洗い落として」
「一年の頃はお風呂入るのも大変でしょ」
 にこりと笑って私に言ってきました。
「時間がなくて」
「ええ、まあ」
「私もそうだったしね」
 言うまでもなく先輩にも一年生の時があったわけで。何か信じられませんけれど。
「時間がなくて。もう洗うのだけで手が一杯で」
「お湯に浸かる時間ないですよね」
「シャワーってところよね」
「はい」
 本当にさっとです。それ位しか時間がないんです。
「それでもまあ」
「身体を奇麗にできるだけ結構なことよね」
「ですよね」
 そんなことを先輩とお話しながらお風呂場へ行きました。先輩のスタイルはやっぱり凄かったです。色も白いですし。何で二物も三物も与えられている人が三年の人には多いんでしょうか。


第十八話   完


                                  2008・5・1 

 

第十九話 夏ですその一

                          夏です
 テストが近付く夏です。天理高校も普通の学校と同じく年五回、中間と期末のテストがあります。それで今回は一学期の期末テストです。
「何かテストばっかり」
「しかも寮は相変わらずだし」
 また寮生同士で朝の参拝前の集合の時に愚痴です。
「しかも暑いわよ」
「おぢばはねえ」
「暑いのはどうにかならないかしら」
 私もこれは辛いです。何か前に蜃気楼が出るような暑さをここで実感したことがあります。真夏のお昼ですけれど。
「しかも寒い時はね」
「ロシアみたいよねえ」
「何かあの大統領思い出したわ」
 プーチンさんですね。あの人の微笑みって凄く怖いんですけれど。それこそ特撮ものかアメリカ映画の悪の総帥とかスパイの長官みたいな。
「そうしたら涼しくなった?」
「全然。阪神勝ったら涼しくなるかも」
「昨日負けたわよ」
「やっぱり岡田監督駄目?」
 また野球の話です。野球部も有名ですし女の子の間でもこうしたお話になります。それにしても本当に阪神ファンの多い学校です。岡山の子でも阪神ファンだったりします。
「駄目みたいよ、何か」
「何で星野さん辞めたのよ」
「そうよねえ。今年こそは日本一になって欲しかったのに」
「折角十八年ぶりだったのにね」 
 よく考えたら私達が生まれる前に最後の日本一だったんですね。それを考えると阪神ってチームは物凄く長い間弱かったんだってわかります。
「丁度三年の先輩達が産まれた時に優勝して。あっ、産まれる一年前に」
「そっからずっと弱かったからね」
「凄いわねえ、よく考えたら」
 全くその通りです。流石は阪神です。
「うちのお兄ちゃんいっつもゲームで阪神弱いって言って怒ってたし」
「そうなの」
「実際滅茶苦茶弱かったじゃない。打線は打たないし守ったらエラーばかりだったし」
「大事なところでいつもホームラン打たれるし」
「そうそう」
 神殿の西の砂のところで話をします。
「何で阪神のピッチャーっていいのが多いのに大事なところでホームラン打たれるのかしら」
「リードは。悪くないわよね」
「矢野さんのリードはいいでしょ」
 それでもなんです。私も矢野選手のリードはいいと思います。
「それで何でここぞって場面でいつも打たれるんだろ」
「あれが不思議よね。風が出たりして」
 阪神にとっては向かい風、敵には追い風。甲子園の風って凄く不思議です。
「敵のバッターが打った時に絶対に吹くのよね」
「そうそう、それでこっちの時はボールを追い返す感じでね」
「絶対におかしいわよね」
 阪神には何かあるんでしょうか。そう思っていると。
「あれ呪いらしいし」
「呪い!?」
「ええ、ケンタッキーのおじさんいるじゃない」
 あの白いタキシードの人ですね。
「あの人」
「カーネル=サンダースね」
「あの人の呪いらしいのよ」
 また随分と訳のわからない呪いだと思いました。聞いていて。
「呪い!?」
「私達が産まれる前だけれどね。その日本一の時よ」
「その時ね」
 随分と遡るものです。
「そう、その時。皆で道頓堀に飛び込んでいて」
「ええ」
 これはもう恒例行事になってるっぽいです。阪神が優勝したら道頓堀に飛び込む。何故そうするかわからないですけれど皆します。あの汚い場所に。
「その時にケンタッキーのおじさんも一緒に入れたらしいのよ」
「えっ!?」
「嘘でしょそれ」
 皆信じようとはしませんでした。当然です。阪神には全然関係ないですから。けれど話している彼女は真剣な顔で話すのです。 

 

第十九話 夏ですその二

「それが本当なのよ。バースに似てるから一緒に入れようって誰かが言って」
「バースに」
「似てる?」
「似てないわよね」
 全然似ていないと思います。白人で髭が生えていれば誰でもバースに見えるっていう信者の方はおられますけれどひょっとして。
「似ていないけれど似てるって言ってそれで」
「入れたのね」
「で、その結果」
 どうなったのでしょうか。
「浮かんでこなくて阪神はそれから物凄く長い暗黒時代だったわけなのよ」
「成程ねえ」
「そうだったの」
「つまりほこりを積んだってことなのね」
 誰かがおみちに例えてこう言いました。
「それって」
「そうよね。どう見たって阪神ファンが悪いじゃない」
「ねえ」
 やっぱりそんなことでした。阪神ファンときたら。
「それで最近までずっとああだったのよ」
「無茶苦茶凄いほこりじゃないの、それって」
「悪いんねんよね」
「ねえ」
 いんねんにはいいものと悪いものがありまして。いいいんねんを白いんねん、悪いいんねんを悪いんねんと言います。ここでは完全に悪いんねんです。
「幾ら何でも無茶苦茶よ」
「そりゃそんなことしたら」
「やっぱり駄目よね」
「星野さんがその悪いんねんを払ってくれたのね」
 星野さんの御名前もここで。
「凄い人よね、本当に」
「格好いいし」
「そうそう」
 何故か昔から阪神ファンというものは巨人関係者以外には凄く寛容です。確か星野さんが率いておられた当時のドラゴンズにも随分負けたんですけれど。私がよく覚えているのはヤクルトにやたら負けていました。その時の野村監督の嫌味を子供心によく覚えています。
「熱血漢だしね」
「それがまたいいのよ」
 とにかく星野さんは人気です。
「うちのお父さんは村山実さんが好きだけれどね」
「ああ、村山さんね」
 もう随分前にでなおされましたが何故か私達はよく知っています。
「あの人も立派だったらしいわね」
「ザトペック投法ね」
 皆知ってるのはお父さん達から聞いているからだと思います。親から子へいいことを伝えていくのがおみちの基本の一つです。それにしても古いお話ですが。
「その速球とフォークで」
「終生のライバル長嶋茂雄に敢然と立ち向かう」
 思えば凄く絵になります。
「格好よかったらしいわね」
「まさに阪神だって」
 私にとってもあの十一番は心強い番号です。私の好きな数字は十と十一と二十二、二十八、三十一、それと四十四です。どれも凄く頼もしく感じます。
「巨人が何だっていうのよ」
「ねえ」
 とかくこの学校には巨人ファンが少ないです。
「これからは阪神よ」
「猛虎の咆哮が日本中に響き渡るのよ」
 ある人が関東でこれを言ったら俺にはゴキブリがのたうち回っているようにしか見えない、と言われたそうです。他には優勝したら百万円やるだの御前の言うこと何でも聞いてやるだの。ここまで言われるプロのチームって多分阪神だけだと思います。
「数年前は全然だったのにね」
「二十一年連続最下位かと思っていたわ」
 阪神ならできそうです、確かに。
「次のハレー彗星が来るまでとかね」
「毎年夏になったら弱くなるしね」
 阪神限定のハンデです。 

 

第十九話 夏ですその三

「甲子園のせいでね」
「私達も応援に行ってるから変なことは言えないけれど」
 天理高校は甲子園の常連です。ですから変なことは言えないのです。
「最近夏でも強いのはあれかしら。やっぱりドームとかが」
「あと新幹線じゃないの?」
 すぐに行き来できます。神戸から大阪なんてあっという間です。
「やっぱり」
「昔からあったけれどね、新幹線は」
「まあ色々あって強くなったけれどね」
「何にしろ強くなったのはいいことだわ」
「そうね」
 阪神の話になると盛り上がります。神戸に実家がある私としては耳障りのいいお話です。贔屓のチームのいい話はやっぱり聞いていて楽しいです。
「そういえばうちの高校今年どうかしら」
「かなりいいみたいよ」
 我が天理高校野球部の話も出て来ました。
「何でも今年はとりわけ戦力が揃ってるそうよ」
「じゃあ甲子園期待できるわね」
「そうね。今から楽しみよ」
「甲子園かあ」
 私は甲子園と聞いてあの緑の蔦を思い浮かべました。
「あの緑がいいのよね」
「球場も広いしね」
「見ているだけで気持ちがいい場所よね」
「あんな球場甲子園だけよ」
 あんな素晴らしい球場でプレイできる阪神の選手と高校球児って本当に幸せだと思います。一番気持ちいいのはあそこで巨人に勝つ試合です。
「今年も行きたいわよね」
「応援でね」
「その為にはまず」
「ええ、わかってるわ」
 話は急に面白くないお話に戻りました。
「何とかテストを乗り切らないとね」
「気持ちよく夏にはならないわよね」
「そういうことね。それにしてもこの学校」
「何?」
 不意に自宅生の娘が私達に言ってきました。
「テストに教義ってあるのね」
「それがおかしいの?」
「おかしっていうかね」
 何か微妙な顔をしています。
「ておどりだけでもびっくりしたのにそれもなんて」
「普通よね」
「当然じゃない」
 私達は彼女にこう言葉を返しました。私達にとっては普通なんですけれど。
「私高校から天理教知ったから」
「ああ、そうだったわね」
「そういえば」
 奈良県から来ている人ではこうした人も多いです。そこからおみちに入るっていう方もおられてそういうところは人それぞれなんです。
「だから。テストも」
「大丈夫よ、覚えるだけだから」
「そうそう」
 私達はこう言って彼女を励ましました。
「普通の地理とかと一緒だから」
「気にしなくていいわよ」
「そうなの」
 私達の話を聞いて顔を少しあげてきました。ほっとした感じの顔になっています。
「だったら。普通にテストを受ければいいのね」
「勉強はしたわよね」
「ええ」
 私はしていないです。こう言ったら嫌味になりますけれど家が教会なので知っていますので。それで勉強しなくても大丈夫なんです。
「覚えにくかったけれど」
「あっ、それはあるわね」
 これは私も頷くことができました。他の皆も。 

 

第十九話 夏ですその四

「覚えるのも一苦労なのよね」
「特にておどり」
 これが難しいんです。よろづよ八首と十二下りあります。覚えるだけでもかなりかかりました。
「あれが難しいわよね」
「けれどそれはテストには出ないわよ」
「そうなの」
「だからそれは安心して」
「よかった」
 どうもそれも勉強していたみたいです。あれを勉強するだけでもかなり大変ですけれど。
「時々教会に行って踊っていたのよ」
「そうだったの」
「会長さん達に教えてもらってね」
 真面目です。そこまで勉強しているなんて。私なんてとてもそこまでは。
「勉強していたんだけれど」
「まあ一応教義の時間にテストしてるから」
「ああ、あれね」
 言われて思い出したみたいです。
「あれだけなの」
「そう、あれだけ」
「けれど。覚えてる?」
 寮生の娘の一人が彼女に言いました。
「覚えてるって?」
「ておどりって難しいでしょ」
 彼女も言います。
「それを覚えるのって。尋常じゃないわよ」
「そうなのよね。学校の授業だけじゃとても」
「無理でしょ」
「とてもじゃないけれど覚えられないわ」
 私も物心ついた時から時間があれば踊ってででしたから。とにかく覚えるのに時間がかかります。しかも踊りですから向き不向きも多少関係します。
「あれだけじゃ」
「まだ教典とかの方が覚えやすいわよね」
「そうよね。身体が覚えてくれないと駄目だから」
「何かそう言うとあれよね」
 私は身体で覚えないとと聞いて一つ嫌なことを思い出しました。
「体罰みたいよね」
「ちっち、そう考えたら駄目よ」
「駄目なの」
「自然に動けるようになるって考えないと」
「そうなの」
「そうよ。だからね」
 今度は私への話になりました。
「そういうふうには考えたら駄目よ」
「わかったわ。それに考えてみたら見当違いね」
「そういうこと」
「何かその言葉って悪いイメージがあって」
 これは言い訳です。
「それでついそう思ったのよ」
「何でまたそんなイメージがついたの?」
「結構さ、変な先生って多いじゃない」
 どうにもこうにも。テレビとか見ていると一番変な不祥事が多い職業なんじゃないかしらって思える位に。どうしてなのかは私にはわからないですけれど。
「うちの学校は違うけれど」
「ここはまたね」
「宗教の学校だから」
 天理高校の先生はようぼくの人しかなれないんです。しかも面接が厳しいみたいで。それでいい先生が多いんだって言われています。少なくともおかしな先生は見たことないです。
「そうなるわよ」
「物凄い暴力教師とかはいないみたいね」
「暴力教師ってどんなの?」
 一人が私に尋ねてきました。
「そりゃもう普通に生徒を殴ったり蹴ったりぶん投げたり」
「大昔の番長漫画じゃないんだから」
「そんなのやったら懲戒免職よ」
 けれど学校の先生はそれでも中々処分にもならないそうです。そういうの聞いていたらやっぱりおかしいんじゃないかって思います。 

 

第十九話 夏ですその五

「そういうのはまずいないわよ」
「東映の特撮の悪役でもいないわよ」
「そう、やっぱり」
「刑事ドラマのチンピラでもそんなのはねえ」
「ねえ」
 寮の娘も多いですけれどテレビのお話になります。やっぱり皆テレビに餓えています。なお寮にいるとテレビはないです。一年の時は携帯も駄目です。見つかったら没収です。十年以上前はそもそも携帯電話自体がなかったんですけれど。
「そういうのが学校の先生やっていたら怖いわよ」
「北朝鮮の強制収容所じゃないんだから」
 あの国の非常識さって男の子がよくネタにしています。中にはあのいつも出て来ている痩せたおじさんやピンクのチマチョゴリのおばさんの真似をする子もいたり。韓国語かしら、って思って聞いていたら普通にそう聞こえる言葉を言っているだけでした。けれどもそっくりでした。時々日本語の訳をあの口調で言って真似をしています。それにしても何でいつもあのおじさんかおばさんなんでしょう。顔覚えてしまいました。
「仮面ライダーで言うとあれじゃない。怪人になってすぐにやっつけられるタイプ」
「所謂三下?」
「先生で偉いかも知れないけれど人間としてはそうよね」
 私もそう思います。
「そういうのに限って威張ってるけれどね」
「そうよね」
 井上敏樹さんの脚本でも出ないようなとんでもない人が先生に多いのが不思議です。信者さんの中にはマスコミと学校の先生と学者はどんな人間でもなれる、って仰る方がおられます。そういうお話を聞くとそれは性格に問題があるって意味なのかしらと思います。
「この高校はそういう先生がいないのが助かるわ」
「セクハラとかしたら最悪」
「もうそれ問題外」
 可愛い娘、奇麗な娘が多いんで。これは本当に心配です。
「すぐにクビにして欲しいわよね」
「公立だったらそうそう簡単にはクビにならないらしいけれどね」
「それおかしいわよ」
 おかしいことって世の中には一杯あるかも知れないですけれど特にそう思います。
「何でクビにならないのよ。っていうか」
「普通警察よね」
「そうよね。人にそこまで暴力振ったら」
 まず床に背負い投げとかないです。そこまでできる人がいるってこと事態がおかしいですけれどそうした人がお咎めなしっていうのはもっとおかしいです。ひょっとして学校ていうのはそうした先生を庇えるんでしょうか。
「自衛隊とかでも普通に問題になるわしいわよ」
「ああ、やっぱり」
 自衛隊の話も出ました。その娘は親戚の人が自衛官なんです。
「内部にそうした人を捕まえる場所があるんですって」
「学校そうしたところないわよね」
「全然ないわね」
 あまり警察も入らないですし。それを考えたらとんでもなく変な場所です。
「だから変な先生がいても何にもならないのよね」
「それ考えたらこの学校っていいわよね」
「というか有り得ない先生多過ぎ」
 結論としてはそうなります。
「世の中どうなってるのよ。人を教える先生がそんなので」
「変な話よね、全く」
「ええ」
「寮の先生達ってどうなの?」
 先生の話になったところで自宅生の娘が私達に尋ねてきました。
「学生寮って幹事の人がおられるのよね」
「ええ、そうよ」
「住み込みでね」
 男の人であってもです。
「おられるけれど」
「女の園におられるのね」
「ああ、そんなにいいものじゃないから」
 私達のうちの一人が右手を横に振ってそれを否定します。
「凄い世界だから」
「汚い部屋は凄く汚いし」
「そういうものなの」
 彼女はそれを聞いて意外といった顔をします。どうも寮という場所はかなり幻想を持たれてるみたいです。実際は違うんですけれど。 

 

第十九話 夏ですその六

「女同士なのよ」
「つまり。男の子がいないから」
 これ、凄く重要です。男の子の目って意識されますから。
「実はこのスカートだってゴミの中にあるのかもよ、普段は」
「私達だってね。結構あれかもよ」
「えっ、じゃあ」
「だから。ひょっとしたらよ」
 実際わかったものじゃないですから。男の子の北寮もかなりのものらしいですけれど東寮だって。男の子が見たら目を丸くさせてしまう世界なのは間違いないです。
「驚くかもね」
「一応部屋はあれなのよね」
 私に対して尋ねてきました。
「障子で畳よね」
「ええ、そうよ」
 私は彼女のその問いに答えました。
「天理教の場所だからね」
「そうよね。じゃあやっぱりそうなるわよね」
 彼女もそれを聞いて納得した顔になります。腕を組んでうんうん、と頷きます。
「それだとわかるわ」
「詰所にいる感じかしら」
「そうよね」
 私達の間でもそう話し合います。
「だから結構慣れているものはあるわよね」
「生活は全然違うけれど」
「ああ、やっぱりそれは違うの」
「ええ、やっぱりね」
 私が彼女に答えました。
「違うわよ。あとガードもかなり厳重よ」
「それわかるわ。だって東寮の前って男の人迂闊に通れないし」
「しょっちゅう見る人は通報しちゃうような娘はいるわね」
「まあ誰とは言わないけれど」
 年頃の女の子ですから神経質になっているんです。外観は何か校舎みたいですけれど警護が厳重だったりします。荒れている場所の中学校みたいな。
「女の子ばかりだから」
「変な人がうろうろする可能性もあるから」
「中身あまりいものじゃないのにね」
「そうよね」
「御飯はあれよね」
 彼女は今度は御飯について尋ねてきました。
「いつも私達がお昼に食べているあれの感じよね」
「ええ、そうよ」
「成程ね」
 私の話を聞いてまた頷きます。天理高校では学生食堂や購買コーナーもありますけれどメインは給食なんです。お弁当形式で出されてそれを食べます。揚げものが多いです。
「あれ、昔凄くまずかったらしいわ」
「そんなに?詰所じゃあまり」
「だから昔なのよ」
 私とは別の娘がそう説明します。
「私が生まれる前位らしいけれど」
「ふうん、そうなの」
「味のことは文句言ったら駄目だけれどね」
「それはね」
 これは皆で頷きます。私もお父さんやお母さんにはよく言われました。昔陸上自衛隊に言っていた人はおぢばの御飯は凄く美味しいって言って周りをびっくりさせたそうですけれど。
「けれど夏は」
「食欲なくなるのよね」
「本当、夏バテするわ」
 揚げものが苦手になって。困ります。
「そのわりに東寮の娘って太るって言われるし」
「実際そうじゃないかしら」
 何か自覚するものがそこにあります。
「私も何か太ったみたいな」
「そう?ちっちは別に」
「だといいけれど」
 何か自分でも太ったような感じがします。やっぱり揚げもののせいでしょうか。何だかんだで学校生活体力使いますし御飯も食べますから。 

 

第十九話 夏ですその七

「この前他の学校の子」
 寮生の一人が怒った顔で話しだしました。
「何て言ったと思う?」
「何て言ったの?」
 繰り返しの質問になっていました。
「天校の女ってデブが多いな、なのよ」
「えっ、何よそれ」
「言っていいことと悪いことがあるじゃない」
 皆それを聞いて憤慨です。天校っていうのは天理高校の略称です。愛称みたいになっていて皆随分昔から使っている予備方です。
「けれど気になるっていうのはねえ」
「やっぱり」
 それでいて否定できないものもありました。
「私達やっぱり?」
「目立つかしら」
 皆口々に言い合います。
「太いかしら」
「やっぱり」
「気のせいよ」
 けれど自宅生の中ですらっとした娘が私達に言います。
「皆普通よ」
「普通かしら」
「全然そうじゃないわよ。脂肪率と体重調べればいいのよ」
「その二つなのね」
「そういうこと。その二つでわかるわよ」
 こう私達に言います。
「それに皆のスタイル見たけれど」
「ええ」
「全然いいじゃない」
「そうかしら」
「いいわよ。だから安心して」
 また私達に言います。
「奇麗な身体してるわよ」
「だといいけれど」
「やっぱりデブって言われたら」
「気にしない気にしない」
 今度はこう言われました。
「そういうのはね」
「気にしないでいいのね」
「気にしたら駄目よ」
 今度の言葉はこれでした。
「かえってよくないわよ。そんな言葉」
「そうなの」
「大体それって半被着てる時に言われる?」
「半被!?」
「そう、半被」
 あの黒い半被です。天理教のシンボルとも言えるあれです。
「あれ着てる時は言われないでしょ」
「あれ、そういえば」
「そうよね」
 ちなみにこの前大学生位の半被のお兄さんが右手で首の辺りをネクタイをなおすみたいな動作をしておられるのを見ました。村上幸平さんみたいでした。
「黒は痩せてるように見えるのよ」
「そうだったの」
「だからあれじゃない」
 彼女はここでさらに言います。
「大阪のおばちゃんなんかね」
「ちょっとあれはねえ」
「かなりね」
 違うと思います。あれは尋常なセンスじゃないです。
「豹柄とかないわよ」
「大阪って何でああなのかしら」
 大阪の娘も言います。私は神戸ですけれど神戸のセンスはかなりいいと評判ですし私もそう思います。けれど大阪は、って感じの話になっています。
「とにかく黒はいいのよ」
「そうなの」
「そういえばそうよね」
 皆納得しだしました。
「黒着てると痩せてるように見えるわよね」
「ううん、確かに」
「それを考えたら半被っていいのね」
「けれどあれよ」
 それでもここでまた話が出ます。
「夏暑いのよねえ」
「確かに」
 これが問題です。
「それがどうしてもね」
「困った話よ」
 口々にこう言い合います。 

 

第十九話 夏ですその八

「これでおぢばがえりのひのきしんとかは」
「正直地獄よねえ」
「おぢばにしろ大阪にしろ暑いから」
 大阪の暑さも尋常じゃありません。普通に難波とか行くとうだります。蜃気楼が見えそうです。
「だからかなりね」
「夏はあの半被は」
「冬はいいのだけれど」
 今は遥かな未来のお話です。
「夏はね」
「確かにね」
 また口々に言い合います。
「他にいい服ないの?黒以外で」
「ストライプね」
 彼女は言いました。
「縦縞のね」
「縦縞の?」
「そう、それ」
 こう言うのでした。
「あれもいいのよ」
「そうなの」
「じゃあ私服はそれにする?」
「そうね」
 入学してから私服を着ることってかなり減りました。やっぱり学校の寮なんで着る服は制服が多いです。あと寮の中や外出の時は絶対に半被着用です。
「黒かストライプね」
「これも工夫ね」
「それだけで違うの」
「違うわよ。ただ」
「ただ?」
 彼女はまた言ってきて。私達もそれに応じます。
「一つだけ気をつけて」
「!?何を?」
「横は駄目よ」
 こう私達に忠告してきます。
「これだけは絶対にね」
「ああ、そうか」
「それはね」
 これは皆すぐにわかりました。そういうことです。
「横にしたら太く見えるのね」
「そういうこと。だから着るのは阪神」
 つまり縦縞です。阪神といえばあの縦縞です。まさに猛虎です。
「巨人は駄目なのよ」
「あんなの関西で着たら喧嘩売ってるようなものよ」
「センス悪いしねえ」
「そうよね。何が球界の紳士よ」
 もう誰も信じていない巨人の自己宣伝ですね。前から思っていましたけれど巨人って北朝鮮にそっくりなような。球界の独裁国家でしょうか。あのオーナーが金正日で。
「あの番長といいね」
「関西の恥よ」
 本当にそう思います。
「あいつ西武時代は全然違ったらしいわよ」
「そうなの」
 これは私達は全然知りません。何かヤクザ屋さんみたいで走れない、守れない、怪我だけ多い、口だけ、頭も如何にもよくなさそう、そんなイメージしかないんです。少なくとも私は。はい、私はあの選手が嫌いです。ついでに言えばあの球団のよいしょばかりしている落語家も嫌いです。
「足速かったんだって」
「嘘でしょ」
「それはないわよ」
 皆それは信じようとしませんでした。
「守備もファーストだけれどよくて」
「絶対違うわよ」
「それ別人よ」
「そうそう、何であいつが」
 皆信じようとしません。当然ですけれど。
「走れて守れるのよ」
「絶対に有り得ないわよ」
「そもそもね」
 とりわけ野球に詳しい娘が言います。軟式野球部のマネージャーでもあります。
「何で野球選手なのに格闘家の筋肉なのよ」
「ああ、あれやっぱり駄目なの」
「当たり前よ」
 彼女はまた言います。 

 

第十九話 夏ですその九

「野球選手には野球選手の筋肉があるんだから」
「そういえばそうね」
「野球は野球だからね」
「そんな筋肉つけても無駄よ」
 これが彼女の主張でした。
「怪我も多くなるのに決まってるわ」
「それじゃあ」
 私はそれを聞いてふと思いました。
「野球選手がラグビーとか柔道をそのままやったら危ないのね」
「ええ、そうよ」
 やっぱりそうでした。そうじゃないかしらと思ったら。
「柔道の人がラグビーやってもそんなに問題じゃないでしょうけれど」
「ふうん、そうなの」
「だから清原は怪我が多いのよ。信じられないけれど西武時代は怪我に強くて足もそこそこ速かったらしいし」
「嘘みたいな話ね」
「ねえ」
 あの清原が怪我に強くて俊足って。別人なんじゃないでしょうか。
「だから。合ったことをしないと」
「そうなの」
「そういうこと。ほら、おみちだって」
 おみちについてのお話にもなりました。
「合ったことをしないと駄目じゃない」
「そうよね。参拝の時に座禅とかしても意味ないしね」
「っていうか間違い探しになるわよね」
 こういった表現ならわかります。清原がどれだけおかしいか。
「だからよ。あれじゃあ駄目よ」
「駄目なの」
「そのうち大変なことになるわよ」
 大変なことというと。やっぱり怪我でしょうね。清原は本当に怪我が多いですから。
「まあもう戦力にならないでしょうけれどね」
「そうよね。三振も多いし」
「たまにバットに当たれば飛ぶだけだしね」
 清原はそれだけの選手になっています。三振の多さとデッドボールが異常に多いです。
「今の巨人の象徴みたいな選手ね」
「そうね」
 やっぱり皆巨人が嫌いです。好きにはなれません。天理高校には巨人に入った方もおられます。けれど監督が入団したその時にその人のことを忘れてしまっていたそうです。凄い話です。
「昨日も負けたしね」
「あっ、そうなの」
 これは私にはわかりませんでした。寮にいると新聞もテレビもないです。だからわからないんです。野球だけじゃなく他のことも。
「打たれまくって終わりだったのよ。もう見事な惨敗」
「いいニュースね。今日はこれでいい一日になるのが決まったわ」
「そうね」
 本当にそれだけで胸がすっきりします。おかげで朝が急に気持ちよくなってきました。
「今日も一日ハードでしょうけれどね」
「頑張っていきましょうよ」
「そのハードさだけれど」
 自宅生の娘がまた声をかけてきました。
「何?」
「寮生って本当に凄いのね」
「まあそれを言ったらね」
 私達はそれを言われてその寮生同士で話し合います。
「何かと忙しいのは確かね」
「実家と全然違うし」
 これも重要です。
「何だかんだで実家って楽よねえ」
「結構よね」
「慣れてるからね」
 皆あらためてこのことを実感するのでした。
「それ考えたら今はしんどいわよね」
「これもしこみなんだけれどね」
「そうなるわよね」
 簡単に言うと修行ということになります。親神様の思し召しで色々経験することです。自分で向かっていっているように思えてもそれは違うことで親神様の思し召しということになるのが天理教の教えになります。
「一年の時ってねえ。それでも」
「ハードなものがあるわよね」
「それも一学期が終わりだけれど」
 長いようであっという間です。その間だけでも色々なことがありましたけれど。 

 

第十九話 夏ですその十

「テストが終わったらおぢばがえり」
「それで夏休み」
 何はともあれ夏休みはもうすぐです。
「実家に帰ることもできるし」
「もう一踏ん張りね」
 そう言い合いながら話を終えます。それから参拝を終えて登校です。夏のこの時はあっという間に終わってテストも終わりです。何か本当にあっという間でした。
 テストと終業式も済んで寮に戻ると。お部屋に長池先輩がおられました。
「おかえり」
「おかえりなさい」
 制服姿で何か色々と書いておられます。何なのでしょうか。
「あれ、何を」
「手紙書いてるのよ」
 こう私に説明してきました。
「お手紙ですか」
「家族にね。先に伝えたいことがあって」
「御家族にですか。何かあったんですか?」
「私暫く詰所にいないといけなくなったのよ」
 何か事情がありそうだな、とお話を聞いて思いました。
「ちょっとね」
「そうなんですか」
「ええ。それでこうして先に手紙を送っておくの」
「携帯がないからですね」
「そうなの。携帯ないのってやっぱり辛いわね」
 口を波線にさせています。その御顔見て本当に辛いんだな、ってわかります。
「すぐに伝えられないから」
「そうですよね、やっぱり」
「実はね、詰所の方から御願いされたの」
 その事情のことも私にお話してくれました。
「何日かお手伝いして欲しいって」
「おぢばがえりの準備のひのきしんですか?」
「そう、それなのよ」
 やっぱりそれでした。天理教の一大イベントですから人が必要なんです。
「うちの大教会今年は特に盛大にするからね。それでなのよ」
「そうなんですか。先輩のところは」
「ちっちのところはどうなの?」
 今度は私に尋ねてこられました。
「私のところですか」
「だってあれじゃない。ちっちの奥華は大きいから」
 大教会にも大きいところと小さいところがあります。私のところは分教会が二七〇以上ある大きい方の大教会です。凄いところになったら五〇〇以上の分教会がある大教会もあります。
「凄いのになるんでしょ?やっぱり」
「はい、毎年夏になったら凄い人が集まります」
「でしょうね、やっぱり」
「先輩のところも毎年なんじゃないんですか?」
「そうだけれどちっちのところ程じゃないわよ」
 そうらしいです。やっぱり私のところが大きいんでしょうか。
「それで今年は特に人が多く集まるみたいで」
「人手が足りなくて、ですね」
「準備にもね。提灯に字を書かないと駄目だから」
 天理教では提灯がよく使われます。それぞれの教会の名前を書いたりして詰所や神殿のところに飾ります。それが結構大変なひのきしんだったりします。
「私は書くの担当なのよ」
「先輩が書かれるんですか」
「ええ。だから不安なのよね」
 こう言って溜息を出されます。
「上手く書けるかしら」
「先輩なら大丈夫ですよ」
 私は本当にそう思いました。先輩ならって。けれど御本人はそうは思ってはおられませんでした。また溜息を出されて言われるのでした。
「だといいけれどね」
「不安なんですか」
「皆が見るのよ、私の字を」
 提灯に書くのですからこれは当然です。
「その時何て言われるのか」
「ですか」
「ええ。今から練習しないとね」
「先輩も色々と大変なんですね」
「しかも私三年だし」
 絶対に忘れられないことでした。 

 

第十九話 夏ですその十一

「受験勉強もしないといけないし」
「そういえば先輩高校卒業されたらどうされるんですか?」
「一応考えているのは進学よ」
 つまり大学に行かれるということです。この場合は。
「天理大学。それが駄目だったら本部か詰所で働かせてもらうってことになってるわ」
「本部勤務ですか」
「ええ。その場合は多分詰所に住まわせてもらってね」
 そういう方がおぢばには多くおられます。天理高校を卒業してそちらに入られる方も多いのです。私の知っている方でもそうした方がおられます。
「そう考えてるわ」
「天理大学だとまた御会いできますね」
「どちらにしろおぢばには残るわよ」
「そうなんですか」
 それを聞くと。それだけで何か顔が綻ぶのが自分でもわかります。
「それはいいですね」
「ちっちともずっと会えるわね」
「はいっ」
 答える声が上ずっているのが自分でもわかりました。やっぱりそれは凄く嬉しいです。
「ですよね、先輩とも」
「流石に一緒の部屋じゃないけれどね」
「あっ、そうですね」
 寮だから一緒というわけで。そうじゃなかったらやっぱりです。一緒になることなんてないです。それが少し残念ではありますけれど仕方ないです。
「それは」
「それはそれだけれど会えることは会えるわ」
「ですよね」
「潤も一緒よ」
「高井先輩もですか」
「智子もね」
 佐野先輩のことです。何かおぢばに三人も奇麗な人が残るんですね。本当に芸能プロダクションの人が帰ってきそうな気がします。
「三人共おぢばに残るわよ」
「そうなんですか」
「他の娘も残る娘多いし」
「実家には帰られないんですね」
「まずは仕込みだから」
 先輩はこう私に仰いました。
「今はね。若い時に仕込めっていうじゃない」
「はい」
 だから私も天理高校にいるわけで。それを考えたら実家から離れてここにいるのも仕込みなんです。何か随分と遊んでいるような気もしますけれど。
「だから今度のひのきしんもね」
「いいんですね」
「そういうこと。それでね」
「ええ」
「何かあったら私の詰所に来て。暫くいるから」
「わかりました」
 先輩のその言葉に頷きました。
「それじゃあ。御願いします」
「ええ。それにしても暑くなってきたわね」
「そうですね。物凄く」
 おぢばがえりの時なんかそれこそ壮絶で。いるだけで暑くなってしまいます。
「夏になったんですね、本当に」
「今年は海に行けないのが残念ね」
 そう仰って寂しい顔になられました。
「受験だから」
「毎年海には行かれてるんですか」
「ええ。須磨にね」
 神戸です。源氏物語で光源氏が左遷させられていた場所でもあります。私がこのことを知ったのは学校の授業からですけれどそれを考えたら凄くいい場所です。ここで源氏の君が色々と想っていたんだ、って思いまして。
「行っていたのよ」
「御一人でじゃないですよね」
「やっぱり家族や友達と一緒よ。そうじゃないと凄いことになるのよ」
「凄いこと?」
「男の子達から声かけられて」
 高井先輩と同じです。奇麗な人が砂浜にいてしかも水着姿だとどうなるか。結果は言うまでもないことです。御一人だと余計にですね。
「それで困るから」
「プールでもですよね」
「ええ、結局同じなのよ」
 困った顔になられています。 

 

第十九話 夏ですその十二

「それで一人じゃやっぱり」
「何か凄くうらやましいです」
 私はついつい本音を出してしまいました。
「先輩ってお奇麗ですから」
「私はそんなに」
「一年の間でも話題ですよ」
「男の子にかしら」
「高井先輩といつも一緒におられるじゃないですか」
「ええ、そうだけれど」
 先輩は私の言葉に頷いてからまた述べられます。
「潤とは一年の時から同じクラスなのよね」
「一年の頃からなんですか」
 今は同じクラスなのは知っていますけれど。それでも三年の間同じだったなんて。
「そうなの。だから仲がよくなってね」
「それのせいで余計に有名になってるんですよ」
「余計に?」
「はい、美人カップルだって」
 こう言っちゃうと同性愛っぽいですけれど。ただ一つ気になることは同性愛って天理教ではどうなんでしょうか。日本では元々あまり問題視されていませんけれど。
「本気で好きになってる子だっているみたいですよ」
「私になの」
 けれどこう言われると暗い顔になられる先輩でした。
「私なんか好きになっても」
「そんな、先輩とてもいい人ですよ」
 奇麗なだけじゃないです。こんないい方いないんですけれど。
「それでどうして」
「私、色々と人を傷つけてきたから」
 さらに暗い顔になられました。それを見ていると私も暗い気持ちになります。
「だから」
「そうなんですか」
「ええ。私なんか好きになったらよくないわ」
 俯いて言われます。
「その子が本当にいたらそう言ってあげて」
「はあ」
「それでね、ちっち」
 先輩はお話を変えてきました。私もそれに合わせます。
「おぢばがえりの時ね」
「はい」
 言うまでもなくおぢばがえりでも私はおぢばに帰らせてもらいます。実家が教会なので。
「詰所に来て。よかったら」
「行っていいですか?」
「ええ、是非ね」
 今度は明るい顔になられました。それを見て私も明るい顔になります。やっぱり他の人が明るい顔になると自分も明るい顔になります。これも陽気ぐらしでしょうか。
「お菓子用意しておくから」
「それは別に」
「いいのよ。ちっちお菓子好きじゃない」
「いいんですか、本当に」
「だからいいの。それにね」
「はい。それに?」
 何か先輩の語感が変わりました。微妙に、ですけれど。
「誰か来てくれたら寂しくないしね」
「あっ、そうですね」
 確かに。それはあります。
「じゃあ私なんかでよければ」
「来て。楽しくお話しましょう」
「はい。そういえばですね」
「ええ。何かしら」
「先輩の実家なんかも行ってみたいんですけれど」
「それは来年にして」
 こう言われました。 

 

第十九話 夏ですその十三

「来年にね」
「来年ですか」
「ええ。今年は受験だから」
 またこのことが話しに出ました。
「だからね」
「わかりました。じゃあ来年に」
 話が決まりました。それと一緒に。
「それに。私もね」
「先輩も!?」
「ちっちのお家に行ってみたくなったわ」
 うわっ、って思いました。こう思ったのは先輩のお言葉からじゃなくて先輩のお顔を見てです。にこりと笑ったそのお顔があんまりにも奇麗で。本当にこのお顔見たら誰でも参っちゃいます。
「いいかしら」
「はい、それは」
 私に異論はありません。
「御願いします」
「じゃあその時にはね」
「それにしても先輩」
 本音を言います。
「何?」
「本当に男の子とか芸能プロダクションには気をつけて下さいね」
「芸能プロダクションって。そんな」
「皆放っておきませんよ」
 下手したら東寮の先輩の何人かをゲットする為に芸能プロがおぢばに来てもって感じです。この長池先輩だけじゃないですから。
「その笑顔だと」
「有り難う。顔は表札だから」
「表札ですね」
「そう、表札よ」
 この言葉もよく言われています。
「やっぱり表札を褒めてもらったら嬉しいわ」
「先輩はいい表札ですね」
「有り難う。ただね」
「ただ?」
「一番いいのはあれなのよ」
 また仰ってこられました。
「あれですか?」
「ええ、そうよ」
 笑顔で私に応えてくれます。本当にお奇麗です。
「心から出るのよ」
「表札もですか」
「そうよ。性格って顔に出るじゃない」
「はい」
 これはわかります。確かに顔に出てきます。
「だから。ちっちも」
「心をしっかりとですね」
「そうよ。わかったわね」
「わかりました。成人します」
 心が成長することをおみちでは『心の成人』といいます。それがおみちを歩く目的の一つと言ってもいいんです。まずはそれなんです。
「これから」
「そうよ。心が一番の表札かもね」
「わかりました」
 笑顔で頷き合います。はじめての高校生活での学期は何だかんだで無事終わりました。今思うと楽しい一時でした。


第十九話   完


                        2008・5・19 

 

第二十話 二学期その一

                          二学期
 夏休みは長いですけどあっという間に終わりました。担任の福本先生のお顔を見るのも久し振りです。何か何処か官房長官に似ていなくもないような。
「夏、どうだった」
「まあ楽しかったです」
「一応は」
 私達は教室で先生に答えます。
「うちの高校は夏休み長いからな」
「はい」
 どうも無機質な感じのする先生です。けれど阪神が大好きで巨人が勝って阪神が負けると不機嫌になられるみたいです。あまりはっきりとわかりませんが。
「今年は巨人が弱かった」
「巨人弱いのっていいことよね」
「そうよね」
 私の周りに巨人ファンは殆どいません。何か最近訳のわからない博士だの占い師の方が教会に来られて私の家の教会に来ていますけれど。巨人ファンはいないです。
「天理高校の野球部も甲子園に出た。応援は行ったな」
 応援しないと駄目なんです。やっぱり同じ高校ですから。私も甲子園に行きました。
「行きました」
「皆だな」
「はい、そうです」
「だったらいい。冬は花園だ」
 今度はラグビーです。天理高校はラグビーも有名なんです。全国大会で優勝したことも何回かあります。授業で雨だとラグビーの試合のビデオを観たりもします。
「わかるな」
「わかります」
「わかればいい。じゃあホームルームに入るぞ」
 何か長い前振りの後でホームルームです。それが終わってから解散ですけれど。それが終わってから皆集まって夏休みの話をします。
「夏休みどうだった?」
「一応は楽しかったわよ」
「一応なの」
 皆私の返事に少し目を向けます。
「ちょっと。色々あって」
「色々って!?」
「変な博士が来たのよ」
「博士って死神博士?」
「ナゾー博士じゃないの?」
 どっちにしろ実在したら困るなんて博士じゃないですけれど。特にナゾー博士って人間なんでしょうか。目が四つで下半身がなかったような。
「どっちかっていうとっていうか完全に死神博士だったわ」
 本当にそんな方が来られたんです。
「白いタキシードにマントでね」
「変態さんみたいな格好ね」
「っていうか仮装行列?」
「本当にその格好で来たのよ」
 私は説明します。
「こっちもびっくりしたわよ」
「如何にもマッドサイエンティストって外見ね」
「中見はどうかわからないけれど」
「中見もね」
 実はかなりの人でした。
「何か趣味が兵器の開発に生体実験だって言っていたわ」
「警察何してるのよ」
「あからさまに危ない人じゃない」
 危ないどころじゃないですけれど。
「そんな人が教会に来てよく何もなかったわね」
「っていうかどうしてそんな人が来たの?」
「何か自然に来たのよ」
 本当にふらりとした感じでした。夕陽をバックに車椅子で。その車椅子が自動で動いていました。
「ふらってね」
「ふらってねえ」
「神戸も物騒になったわね」
「物騒っていうか何だったのかしら」
 私もそこはわかりません。 

 

第二十話 二学期その二

「あの人」
「他には誰が来られたの?」
「八条グループの会長さんが来られたわ」
 私の教会の信者さんです。会長さんなのにまだ二十代で凄い奇麗な顔立ちの方です。背は高いしすらりとしていて美男子でお優しくて。素晴らしい方です。
「あっ、そうかちっちって」
「中学校は八条学園だったわよね」
「ええ、中等部までね」
 家が教会なので高校は天理高校なんです。
「通ってたわ」
「その縁なの?」
「ううんと、八条家って代々おみちの人なのよ」
「へえ、そうなんだ」
「かなり意外」
「あの奇麗な会長さんが」
 有名みたいです。そういえば何か海外でも美男子の企業家で有名だそうです。教会に来られたらそれこそ場が一変する位立派な方です。
「信者さん達の間でもね。一番目立つわよ」
「そうでしょうね」
「ちっちのお家って八条分教会だったわね」
「ええ」
 そういう名前です。名前の由来は八条町にあるからです。神戸の長田の。
「八条学園の側よね」
「そうよ、歩いていけるわ」
 本当にすぐです。通学が楽でした。
「目と鼻の先だったわね」
「何か羨ましいわね」
「そうね」
「今より楽だったわ」
 これは本当のことです。今思えば懐かしいです。
「それでね」
「ええ」
 話を続けます。
「物凄く広い学校だったし」
「天理高校よりも広いのよね、確か」
「そうなのよ。それもかなり」
「かなりねえ」
「この学校も広いけれど」
 グラウンドが二つもあって校舎も三つあって。これで狭いとはとても言えません。体育館だって二つです。とにかく設備が充実しています。
「それ以上なのね」
「日大より広いの?」
「というか街一個分はあるわ」
 学園全体でです。異常な広さです。
「滅茶苦茶広いのよ」
「そうなの」
「そこまで」
「生徒数も多いしね」
 これも天理高校以上です。
「何もかもが桁外れなのよ」
「成程」
「それは凄いわね」
「信者さんの御一人に言われたの」
 私は皆にそのことも説明します。
「八条学園に残らないかって」
「それでもここに来たのね」
「ええ。やっぱり実家が教会だから」
 それでなんです。実家が教会じゃなかったら多分ここには入っていませんでした。私がこの学校に通うってことはお父さんとお母さんにも言われていました。
「それでなのよ」
「そうよね、それはね」
「やっぱり天理高校に通うのって」
 教会の子供が圧倒的に多いです。地方から来ている子は殆どそうです。
「いいんじゃない?それで」
「いいの」
「これもお引き寄せよ」
 一人がこう私に言いました。
「お引き寄せね」
「そう、親神様がちっちをここにお引き寄せ頂いたのよ」
「そうよね、やっぱり」
 その話を聞いて納得できました。おみちのお話なら。 

 

第二十話 二学期その三

「それはね」
「他の子もそうだし」
「そうよね。それで皆と会えて話せる」
「いいことよね」
「それにそのうち」
 また一人が言います。
「ちっちにとっていい人がここで出て来るかも」
「ああ、そうよね」
「高校で知り合って、っていうのもあるし」
「またそれ?」
 そんな話になったのでいい加減困ってしまいます。
「だから私は」
「先輩の可能性もあるじゃない」
「ねえ」
「先輩!?」
 言われても何故か今一つピンときません。
「先輩ねえ」
「ちっちって年上派なんでしょ?」
「まあ一応は」
 タイプのタレントさんは確かに皆そうです。そうですけれど。
「だったらそれじゃない。もっとも私的にはちっちは年上より年下だけれど」
「そうよね、ちっちは」
「年下年下って」
 年下の子には興味がないんですけれど。これも何度も言ってるのに。
「同級生はないの?」
「じゃあ誰かいるの?」
 ぶしつけに話の核心が。
「いたらいいけれど」
「いないでしょ、実際」
「いるかどうかって言われると」
 困ってしまいます。それを言ったらそれこそ。
「いないわよね」
「ええ、まあ」
 こうこたえるしかありませんでした。そういえば本当にいません。
「タイプはそれぞれだからね」
「いなくても仕方ないわよ」
「そうなの」
「そうよ。だからやっぱりちっちは」
「年下の子を誘ってね」
「その言い方凄く頭に来たわ」
 まるで私が悪女みたいです。そういうつもりは全然ないんですけれど。
「何、それ」
「だから。ちっちがリードしてね」
「年下の子に何でもって」
「いい加減にしてっ」
 怒っちゃいました。自分で八重歯が見えたのがわかります。実は私八重歯持ちなんです。それが見えないように気をつけてはいますけれど。
「何よ、それ。完全に変な漫画かアニメじゃない」
「けれどねえ。年下の子だとやっぱり」
「こっちから積極的にいかないとね」
「積極的にって私達女の子よ」
 自分でもよくわからないですけれど怒ってしまいました。
「そんなことって。やっぱり男の人を立てないと」
「立てるのと積極的は違うわよ」
「そういうこと」
「違うのかしら」
 私にはどうしてもわからないことです。何処がどう違うのか。
「そうは思えないけれど」
「まあそれはおいおいわかるわよ」
 行った本人がまた私に言います。
「ちっちもね」
「わかるって。何が何だか」
「例えばよ」
 彼女の言葉は続きます。
「例えばだけれど」
「ええ」
「本当に旦那様が年下だったらその場合はどうするの?」
「その場合?」
「そう、しかも教会の人じゃない場合」
 そういうケースも充分に考えられます。普通におみちの人でない方と結婚される方も多いです。そうしたところでもかなりおおらかなんです。
「やっぱりちっちが積極的にいかないと駄目じゃない」
「そうなるのね」
「そのうえで立てる」
 こうも言われました。 

 

第二十話 二学期その四

「わかったわね」
「わかったようなわからないような」
 どうにもこうにも。首を傾げてしまいました。
「あれ?キャッチャーみたいなもの?」
「野球とかソフトボールのね」 
 キャッチャーが女房役って言われるのは知っていますけれど。それでも何かわかりません。釈然としないって言うかも知れません。
「あんな感じよ」
「そうなの」
「ちっちってお姉さん気質だからね」
「そういうの上手そうよね」
「男の人がピッチャーでそれをリードするの?」
 こうも考えます。
「女の人って」
「夫婦揃ってよ」
 またこの言葉が出ます。
「それもいいわね」
「何か大変そう」
「あっ、それはわかるわ」
 言った本人から言われました。
「お母さん見てるとね」
「それはね」
 教会では女の人が何かと動く場合が多いです。うちでもお母さんはかなり動いていますけれどお父さんはあんまり、っていうような気が。天理教はとにかく女の人が重要です。そのわりにこの高校は女の子少ないんですけれど。それが不思議っていえば不思議だと思います。
「女はおみちの土台だからね」
「土台が一番大事よ」
 ケーキでもスポンジが一番重要ですし。それを考えたら。
「そのうえで男の人を立てる」
「支えてリードしてね」
 何か増えています。
「それがおみちでの女の人の役割よ」
「お母さんに言われてるみたい」
「当然よ」
 ここで当然とまで言われました。
「だって私これお母さんに言われたんだし」
「そうだったの」
「そうよ。お母さんに教えてもらったのよ」
「何だ、そうだったの」
「何かって思ったら」
 皆で彼女に対して言いました。私だけじゃなくて。
「そうだったの」
「そうよ。私のオリジナルだと思ったの?」
「まあオリジナルだったら凄いけれどね」
「凄いっていうか有り得ないレベル」
 幾ら何でも高校一年生でそれはないです。昔は高校生って言えば夢みたいな憧れの存在だったんですけれど。いざなってみると頼りないです。
「そこまではね」
「けれどねえ。昔は」
 ここでまたおみちの話が出ます。
「教祖だって十四歳で嫁がれてるし」
「昔はそれが普通だったのよ」
「そうなのよね。つまり」
 ここで少し考えただけで衝撃の事実が明らかになります。こう書くと何かの探検隊みたいなお話ですけれどかなり違います。
「私達だってお母さんになっていたかも知れないというわけで」
「って、キスだってまだなのに」
「私もよ、そんなの」
 皆結構奥手です。私もキスなんてしたことないですけれど。
「有り得ないわよ」
「そうよね」
「しかもこれってあれじゃない?私達は引くけれど」
「男の子はね」
 男の子達にとっては。いいお話かもです。
「十代でね。そんな相手いたら」
「かなりいいんじゃないの?」
「昔は男の人にとって都合のいい世界だったからね」
 江戸時代はよくこう言われています。色々な意見がありますけれどやっぱり女の私達から見ればそうなります。そんな中で教祖は月日のやしろとなられたのですから凄いことです。 

 

第二十話 二学期その五

「そういうことだってね」
「十代でお母さんかあ」
「どうなのかしらね」
「どうなのかしらってそういえば私達だって」
「今年で十六歳」
 何かこのことを最近凄く意識します。
「しぶガキ隊の歌ね」
「古っ」
 一人の言葉の突っ込みにもう一人が突っ込み返します。
「いつの時代のジャニーズよ」
「ジグザグラブレターなんて今更誰も知らないんじゃないの?」
「それも凄く古いわね。っていうか」
「私達の産まれる前じゃない」
 リアルでしぶガキ隊を見たことはないです。小さい頃に光GENJIを見た記憶があります。それにしても物凄いグループ名だと思います。
「よく知ってるわねそんな歌」
「幾ら何でも少年隊でしょ」
「少年隊はまだ現役だし」
 そういえばジャニーズの話も久し振りです。寮にいるとどうしても世間とのズレが出てきます。このことはどうhしても避けられないみたいです。
「最近ジャニーズもねえ」
「テレビ自体が」
 その話になります。
「観ないからね」
「家じゃそればっかりだったわよね」
「そうそう、あとゲームと」
 これも外せません。
「とにかく娯楽少ないからね」
「まさに陸の孤島」
 おぢばは寮にいるとまさにそうです。
「何もないっていうか」
「見事なまでに隔絶したものがあるわよね」
「どうしたわけかね」
 そうなんです。おぢばの寮にいると本当に。何か孤島にいるみたいな気持ちになる時があります。こんなので大丈夫かしらって思える位に。
「それでどうして野球のことはわかるのかしらね」
「不思議って言えば不思議よね」
「特に阪神のことはね」
「そうなのよね」
 すぐにわかるんです。しかもその日のうちに。
「特に負けた時ね」
「すぐわかるわよね」
 阪神の凄いところは負けた試合こそ真っ先に伝わることです。もう負けたその瞬間に光よりも速く。寮にいてもそうですから不思議で仕方ありません。
「勝った試合こそ伝わって欲しいのに」
「日本シリーズの時なんか凄かったらしいわよ」
 あの十八年ぶりの優勝です。今世紀はないとまで言われていたあの。
「そんなに?」
「もうあっという間にダイエーの日本一が伝わったんだって」
 やっぱりこれでした。
「城島のガッツポーズと一緒にね」
「全然よくないわね」
「聞きたくもないわよ」
 皆で言います。多分翌日は大変だったと思います。
「まあ今年はね。もう優勝はないでしょうけれど」
「残念なことにね」
 そういえばその優勝はほんの去年のことです。それでも大昔に思えます。
「来年かあ」
「来年は私達二年ね」
「二年・・・・・・」
 言われてみても実感が沸きません。
「何か凄い彼方みたい」
「そうよね、本当に」
「実感がないわ」
 これは皆同じでした。
「二学期になったけれどね。それでも」
「二年になったらどうなるのかしら」
 考えてみても。やっぱりわかりません。というか想像できないんです。 

 

第二十話 二学期その六

「三年生なんてねえ」
「夢物語よね」
「そうそう」
 そういう話になります。
「三年の人達って皆立派だし」
「立派なんてものじゃないわよ」
 私にとってはそれは長池先輩です。本当に素晴らしい人です。
「ああしたふうになれるのかしら、私達」
「なれないわよね、絶対にね」
「高校生活ってあっという間だって言われるけれど」
 これは皆が言われています。寮生活なんてすぐに終わるって。すぐにって言われても私達はとてもそうは思えないですけれど。このこともそうなんです。
「どうなのかしらね」
「あと二年とかなりあるんだけれど」
「卒業なんて想像もできないわ」
 今度は卒業の話になります。
「ずっと高校生かもね」
「ずっとってことは」
 皆ついついすごく嫌な想像をしてしまいました。それは私もです。
「この厳しい生活がずっとってこと!?」
「嫌よ、毎朝こんなに早いの」
 その早さだけじゃないんです。起きたらすぐにお掃除とかのひのきしんですし。やっぱりかなりしんどいです。それがこれからもずっとだなんて。
「第二専修科みたいじゃない、東寮って」
「ああ、あそこね」
 高校を卒業して専修科という場所に行く人達もいます。ここは簡単に言えば天理教の専門学校みたいな場所です。ただ専修科は二年でその第二専修科は五年あります。専修科はそれぞれの詰所から通うんですけれどその第二専修科は寮生活です。厳しいことで有名です。
「あそこよりも厳しいの?東寮って」
「二部のさおとめ寮の方がきついんじゃないの?」
「ああ、あそこもかなりらしいわね」
 天理高校は二部という夜間もあってそこの女の子達の寮はさおとめ寮っていいます。ここでの生活は東寮よりも厳しいって話です。
「何か女の子の寮っていうとねえ」
「花園みたいに考えてる男の子多いらしいけれどね」
「それは全然違うと」
 これは断言できます。
「入ればそれは魔窟」
「汚い場所は徹底的に汚い」
「階級制度は北朝鮮」
 本当に北朝鮮ってどんな国なんでしょう。私が聞く限りでは東映の特撮ものの悪役そのまんまなんですけれど。あんまりそのまんまなんで驚いています。
「考えれば凄い場所よね」
「確かにここに三年いるって凄いわよね」
「全く」
 皆でまた言い合います。
「何だでかんだで二学期になったけれどね」
「秋ねえ」
「恋の季節っていうけれど」
 どうなんでしょう、この高校では。
「流石に普通に恋愛とかはいいんでしょ?寮でも」
「彼氏いる先輩とか多いわよ」
 そういう方もおられます。お付き合いに関しては特に滅茶苦茶なものでもない限りいいみたいです。そういえばあの長池先輩は。
「それでね、時々だけれど」
「時々?」
「ふられてえらいことになった人もいるらしいわよ」
 これは何処の学校でも同じです。私も中学校でそうした人を見てきました。
「えらく落ち込んで泣き叫んで。凄かったらしいわ」
「ちょっと待って、それって」
 私はその話を聞いて誰なのかすぐにわかりました。
「長池先輩!?違うの?」
「あっ、多分そうよ」
「三年の人だったっていうし」
 自宅生の娘達が私に言います。
「長池先輩ってあの色が白くて茶色の髪の人よね」
「ええ、そうよ」
 私は真面目な顔で質問に答えます。 

 

第二十話 二学期その七

「あの奇麗な人よね」
「そうだけれど。長池先輩なのね」
「軟式野球部の人と付き合っていてマネージャーもやっていたけれど別れてね」
「それでなのね」
「ええ。大変だったらしいわよ」
 この話は何度か聞いています。高井先輩も仰っていましたけれど。
「もう教室で凄い泣いてそのまま早退して」
「そうだったの」
 話がわかりました。その結果だったんですね。先輩が時々悲しい顔をされたりもするのも。あんなに奇麗で優しい人なのに失恋するなんて。
「立ち直るのに随分かかったんだって」
「それでもね」
「それでも?」
「ある程度は自業自得だっていう人もいたわ」
「何よ、それ」
 今の言葉はかなり腹が立ちました。先輩が失恋して落ち込んでおられたのにそれでそんなことを言う人がいるなんて。とても許せないです。
「先輩が酷いことになったのに自業自得って。そんなのないじゃない」
「だからちっち」
 寮生の娘の一人が私に対して言ってきました。
「何よ」
「こういうこともいんねんよ」
「いんねん!?」
「あとほこり」
 またこのお話になりました。
「その二つが影響するからね」
「それで先輩はそうした目に遭ったっていうの?」
「そういうことじゃないかしら」
「嘘よ」
 私はすぐにそれを否定しました。そんなことは有り得ないと思って。
「あの先輩に限って」
「それはどうかしらね」
「そうよね」
 けれど皆は私にこう言ってきました。かなり懐疑的な顔で。
「本当のところはわからないわよ」
「わからないって」
「ほこりもそうだけれどいんねんは特にそうじゃない」
「そうじゃないって?」
「自分では中々気付かないものよ」
 こう言われました。
「私にもあるし多分ちっちにも」
「私にはそりゃあるでしょうけれど」
 先輩みたいに立派な方にほこりやいんねんがあるなんて。しかもかなり深刻なものが。とても信じられないんですけれど。
「先輩は」
「だから。落ち着いて考えてみてよ」
「じっくりとね」
「じっくりとって」
 皆に言われてもまだ納得できません。それが顔にも出ていて苦い顔になっているのが自分でもよくわかります。けれど。
「ほら、長池先輩が怖いって意見結構あるよね」
「ええ」
 今までは全然聞いていなかったですけれどそれでも。今は凄い実感できます。
「あの人ね、一年の頃って結構酷かったらしいのよ」
「酷いって」
「トラブル起こした相手に神殿で階段の上から怒鳴ったりとか学校の玄関で友達と何人も待ち伏せてそれで陰口みたいに言ったりとか」
「えっ・・・・・・」
 何があったか知りませんけれどそれはかなり。きついなんてものじゃありません。あの先輩がそこまで酷いことをされるなんて。
「そういうこともあったらしいわ」
「相手もかなり問題があったそうだけれどね」
「それでもそこまでは」
「相手の人人格変わったらしいわよ」
 それは有り得ると思います。そこまでされたら。
「だからそういうのを親神様に見せて頂いたのかもね」
「それで済めばいいけれど」
「済めばいいけれどって」
 話を聞いていて不吉なものが胸をよぎりました。
「つい最近までその人とまたトラブっていたそうだし」
「かなり色々あったそうよ」
「相手の人にも問題あったのね」
「ちっち、それでもよ」
 皆の声が険しいものになってきました。 

 

第二十話 二学期その八

「ちっちそこまでされたことある?しかも長池先輩だけじゃなくて何人もよ」
「私だったらもう学校に行かないわよ」
「確かに」
 私だったらそんなことされたらもう。学校には通うことができても二度と明るくなれないと思います。若し他にも色々とあったらそれこそ。頭がおかしくなるかも。
「先輩もそういうことがあったのよ」
「だからね」
「いんねんは返って来るのね」
「そうよ、それは逃げられないから」
「そうなの」
 話を聞いていて暗い気持ちになります。
「先輩でも」
「誰も逃げられないから」
 そうなんです。いんねんだけは逃げられないですし自分でそれに気付いてどうにかするしかないんです。私もそれは同じです。人は皆。
「先輩が怖いって言われてるのはそういう一面なんでしょうね」
「わかったみたいね、やっと」
「ええ、まだ信じられないけれど」
 俯いて皆に答えます。
「先輩は気付いておられるのかしら」
「気付いてると思うわ」
 寮生の娘の一人が私に言ってきました。
「それはね」
「気付いているから時々暗い顔見せるのよ」
 このことは私にもわかります。先輩は時々とても暗くて辛そうな表情を浮かべますから。それがどうしてなのかはわからなかったですけれどそれにはこういう理由があったのです。
「先輩も後悔しておられるのよ。けれど」
「まだ完全にいんねんを断ち切ることはできないのね」
「そう簡単には切られないわよ、いんねんはね」
「そうよね。だから皆それで苦しむんだし」
 いんねんをどうにかしないといけませんがやっぱりそれは難しいんです。前世からのものだったりしますから。皆そうなんです。
「先輩はいんねんを切られるのかしら」
「それはこれからの先輩次第でしょうね」
 一人からこう言われました。
「全部ね」
「先輩・・・・・・」
「けれど。大丈夫だと思うわ」
 それでもこう言ってもらえました。
「先輩が自覚しておられるしそれに優しい方なのは本当だし」
「そうよね」
 先輩がどういった方なのかは知っているつもりです。だからこのことは頷くことができました。それでも表情は暗いままですけれど。
「先輩なら」
「それでもね。人ってわからないわよね」
 今度はこの言葉が出て来ました。
「ええ。誰でもいんねんがあって」
「それに気付かないでいることだってあるし」
「その悪いんねんはね」
 また一人が言いました。
「白いんねんに変わるから」
「白いんねんになのね」
「ええ、だからそんなに悲観する必要もないのよ」
 こう言うのです。
「前向きでいいから。先輩はどうかわからないけれど」
「先輩、明るい方よ」
 私にとってはとても晴れやかで。本当に側にいてくれるだけで私は救われます。その方が前向きでないなんてとても思えません。
「だから。若しそんないんねんがあってもきっと」
「そうなればいいわね」
「いいわねって」
 自分でもどうしてここまで気になるかわかりません。先輩っていっても他人なのに。それでも先輩が言われるってことが嫌で。それで言うのでした。
「先輩だったら絶対」
「前から思っていたけれど」
 寮生の娘の一人にまた言われました。
「何なの?」
「ちっちってさ、本当に長池先輩のことになると必死になるわよね」
「そうよね」
 皆がそれに続きます。
「どうしてなの?一緒の部屋だから?」
「それでもかなり」
「だって。先輩にはいつもよくしてもらってるし」
 それがかなり大きいのは自分でもわかります。
「それに優しい方だし」
「ちっちから見ればなのね」
「ええ」
 他にどう言えばいいかわからない位。とてもいい人です。 

 

第二十話 二学期その九

「そうだけれど」
「けれど他の人から見たら違う場合もあるのよ」
「それはわかってるけれど」
「だったらいいけれどね」
 何か引っ掛かる言い方をされました。わかっていたらいいけれど、って。私はわかっています、だからこそ言うんですけれど。
「ちっちみたいに長池先輩にいつもよくしてもらってる人もいれば」
「怖い人って思う娘もいるし」
「酷い目に遭わされた人だっているのよ」
「その人が悪くてもなのね」
 少し反論みたいに言いました。
「それでもなのね」
「幾らその人が悪くてもやり過ぎはよくないわよ」
「流石に校門のところで何人も連れて待っていて陰口言ったり神殿のところで階段の上から怒鳴ったりしたらやり過ぎでしょ。しかも他にも色々やって何回もだそうだし」
「先輩が。そんな」
 これは私だって酷いと思いますけれど。先輩がそんなことされたなんて考えられないですしそういうことをすれば当然自分にも返るものだっていうのはわかります。それでも。
「いんねんは返るものよ、自分にね」
「そして人には色々な顔があるのよ」
「色々な顔が」
「ちっちだってそうよ」
 不意に私にも話が振られました。
「私も?」
「だから誰にもなのよ」
「当然ちっちだって」
「そうよね、やっぱり」
 わかっているつもりでしたけれどあらためて言われると。それを自覚しないではいられませんでした。それで心がかなり苦しくもなります。
「私も。やっぱり」
「かといって落ち込む必要もないけれどね」
「落ち込む必要はないの」
「だって。落ち込んでも仕方ないじゃない」
「そうそう」
 皆から言われます。
「それより前向きにいかないと」
「それが陽気暮らしじゃない」
「それはそうだけれど」
「だから明るくね」
「ちっちは明るいんだし」
 これはいつも言われます。私は明るいって。確かにそうかも。
「スマイル満開ってね」
「笑って笑って」
「笑うかどには何とやらよ」
「そうよね。それはね」
 私も今の言葉を聞いて笑顔になります。笑うのなら。
「何時でも笑って」
「そうすれば男の子もゲットできるわよ」
「だから何で男の子なのよ」
 今の言葉には口を尖らせてしまいました。
「私はお付き合いするのなら旦那様になる人とだけよ」
「相変わらずそんなこと言って」
「ちっちってそういうところはお固いんだから」
「別にいいじゃない」
 それを言われるとどうも困りますけれど。
「いい加減にお付き合いするのよりは」
「まあそうだけれどね」
「それでもちっちはそういうところ真面目過ぎるのよ」
 言われっぱなしです。どうにもこうにも。
「彼氏いない暦十五年?」
「もうすぐ十六年?」
 生まれてから彼氏なんて人がいたことはないです。やっぱり一生お付き合いしたいものだと思っていますから。夫婦揃ってって言いますから。
「それだけ一人いるってどうなのよ」
「せめて小学校からね」
「小学校で彼氏!?」
 とんでもないことを聞きました。 

 

第二十話 二学期その十

「何それ、非常識じゃない」
「ちょっと早いだけじゃない」
「ねえ」
 けれど皆からはこう言われます。本当に言われっぱなしです。
「だから。昔はそれこそ」
「私達の歳には子供だっていたんだから」
「子供・・・・・・」
 自分に置き換えて考えてしまいました。
「私が赤ちゃんを」
「ちっちのおっぱいだって大きくなるわよ」
「いいことじゃない」
「そういう問題じゃないけれど」
 私は答えました。
「子供がいてもなのね」
「子供がいるから大きくなるんじゃない」
「そういうこと」
「胸が大きくかあ」
 それを聞いて赤ちゃんが欲しくなったのは事実です。けれどそれもすぐに消えて。
「けれど。それはね」
「はいはい、旦那様ができてからね」
「本当に生真面目なんだから」
「子供は何人いてもいいけれど」
 天理教の人は子供が何人もおられる方が多いです。佐野先輩は八人兄弟だそうです。その八人が皆美男美女らしくて。何とも羨ましいことです。
「それでも旦那様はずっと一人よ」
「ずっとなの?」
「そう、ずっと」
 このこともはっきり言い切りました。
「ずっと一人よ。想い人は一人でいいじゃない」
「ロマンチストね」
「何か韓国のドラマみたい」
 最近流行ってるみたいです。私は韓国の俳優さん達を見ていると少し前のジャニーズのタレントさんや特撮俳優の人達のファッションそっくりだって思いますけれど。
「それでもちっちの旦那様になれる人は幸せよね」
「そこまで想ってもらえるんだから」
「そうなるの」
「そうなるじゃない」
「ねえ」
 また皆で言い合います。
「一人だけなんでしょ」
「そうよ」
 それは変わりません。子供の頃からずっと思っていました。
「それはね。何があっても変えないから」
「じゃあやっぱりそうなるわ」
「旦那様になってからもずっとだから」
「私のお父さんとお母さんも仲いいから」
 そういうのを見てきましたから。その影響があると思います。
「だから私も」
「親の影響は偉大ね」
「全く」
 こうも言われます。
「じゃあまずはいい子見つけないとね」
「天理中学校でも覗いてみる?」
「だから。私は年下は」
 趣味じゃないんですけれど。何故か皆わかってくれません。
 それでも。それを皆から言われます。
「大体歳は二つ下かしら」
「ちっちが三年になった時に相手は一年ね」
「弟みたいで丁度いいわね」
「弟って」
 話がいけない方向に向かっているような。姉と弟みたいな関係っていうととてもいやらしいものに思えてしまうのは私だけでしょうか。
「どうして私を置いて話を進めるのよ」
「まあまあ」
「まあまあっていうけれど」
「ちっちってお姉さんじゃない」
「それはそうだけれどね」
 これは否定できません。その通りですから。
「それでも」
「それでも?」
「私も好きでお姉ちゃんになったわけじゃないのよ」
 最初に生まれただけです。それだけなんですけれど。
「何かそれで弟がどうとかって」
「やっぱり嫌?」
「少なくとも面白くはないわ」
 これは本音です。 

 

第二十話 二学期その十一

「勝手に決めてもらっても」
「けれど実際にちっちって弟さん欲しくないの?」
「別に」
 その問い掛けには首を横に振ります。
「そんな気持ちはないわね」
「そうなの」
「どちらかというとお兄さんね」
 私はどちらかというとそうなんです。やっぱりお兄さんが欲しいんです。そんなのは絶対に手に入らないんだってわかっていますけれど。
「欲しいとしたら」
「お兄さんねえ」
「そういえばちっちって」
「また何なの?」
「妹タイプでもあるわね」
「それが不思議よね」
 それを言われます。自覚はないですけれど。
「背が低いせいかしら」
「はっきり言えばメイドさんみたいよね」
「メイド・・・・・・」
 何か言われた側から理解不能になってきました。
「私がメイドって」
「ああ、そうね。声可愛いし」
「そういう格好も似合いそうだしね」
「あのね、メイドって」
 話を聞くだけで異様に嫌らしい感じがします。どうしてでしょうか。
「私はそんなのにな」
「そんなのっていうけれど人気なのよ」
「男の子にね」
「人気!?」
「最近喫茶店でもあるじゃない」
 メイド喫茶でしょうか。そういえば最近そんなお店が出て来ているってのは聞いています。お客さんを御主人様とか言ったりするそうですけれど。
「言ってる側から思うけれどちっちって」
「メイドの格好似合うわよね」
「かなりね」
 凄い話になってきています。しかも一方的に。
「その格好で彼氏に迫ってみたらどう?」
「絶対にいけるわよ」
「あのね」
 何だかとても腹が立ってきました。本当に冗談じゃないです。何でもかんでもそうして変にふざけて、っていうかメイドって何なんでしょうか。
「どうして私がメイドに?」
「彼氏ゲットにするのにコスプレはねえ」
「当然じゃないの?」
「何が当然なのよ」
 そんな常識は聞いたことがないです。何時何処で誰が作ったんでしょうか。変な趣味にしか思えないんですけれど、少なくとも私には。
「メイドにしろ。おかしいでしょ」
「おかしい?」
「ちっちは考え過ぎ」
 また言われました。
「制服だってそうでしょ」
「制服も?」
「そう、制服」
 自宅生の一人が私に言います。
「制服だってそうよ。この服に憧れる男の子って多いんだから」
「天理高校の制服に」
 好きなことは好きなんですけれどそれでも夢中になるようなものじゃないと思います。私にとっては制服はあくまで制服でしかないんですけれど。
「ベストにブレザーがいいっていうのよ」
「そうかしら」
「そんなにデザイン悪くないでしょ」
「まあそうだけれど」
 親里高校の制服と比べてもあれですけれど。それでも。
「だから結構人気なのよ。奈良県でもね」
「奈良のことはよく知らないけれど」
 奈良県のことはおぢばしか知らないです。奈良市は少し行ったことがありますけれどそれでも。他の場所も高校もよく知らないんです。 

 

第二十話 二学期その十二

「そうなの」
「スカートの丈は長いけれどね」
 スカートの丈は長いです。やっぱり宗教の学校なんでそういうところは厳しいんです。男の子って脚ばかり見るっていうからそれで人気がないんだって思っていますけれど。
「それでもなのよ」
「けれどそれでもよ」
 私は口を憮然とさせて言いました。
「何でそれでメイドなのよ」
「格好って大事よ」
「だからよ」
「そんな変なことってしないわよ」
 私は絶対に。有り得ないです。
「やれやれ。ちっちのこのどうしようもない生真面目さって」
「こりゃ彼氏も大変ね」
「まあそれでもよ」
 また皆が言ってきます。
「制服と半被が可愛いからね」
「それでいけるんじゃない?」
「いけるって何よ」
「だから。彼氏よ彼氏」
「旦那様をゲットするにはまず彼氏からよ」
「彼氏がいないと何もはじまらないのよ」
「それはわかっているけれど」
 っていうか常識なんですけれど。私だってそれはわかります。それこそお見合いとかでもないと。けれど凄い強調されているような。
「わかっていたら動くのよ」
「女の子は行動から」
「女の子から動くの?」
「女の子が動かないと誰が動くのよ」
 何かお話が逆になっているような。私は男の子が動くものだと思っているのですけれどどうも違うみたいです。男の子が積極的にアプローチなんじゃ。
「だってあれじゃない」
「あれ?」
「女の子は日様よ」
 このことは天理教では本当に強調されます。男の子が月様というわけです。つまり女の子が陽で男の子が陰ということになります。
「だからやっぱり女の子からよ」
「わかったらちっちも」
「わからないわよ」
 憮然とした顔で皆に答えました。
「そんなのって。何なのよ」
「わからないの?ウブねえ」
「ウブとかそういう問題じゃないじゃない」
 また八重歯が見えたのがわかります。
「そういうのじゃ。私はね」
「はいはい、彼氏の一人でも作りなさい」
「ただし二股は駄目よ」
 かなり腹が立ってきました。私が二股なんて。
「それしたら修羅場決定だからね」
「男の嫉妬って壮絶よ」
「あのね、私は一人としかお付き合いしないわよ」
 八重歯が見えっぱなしです。というか冗談じゃありません。私が二股なんて。そんな破廉恥なこと絶対にしません。彼氏も旦那様も一人です。
「いい加減にしないと怒るわよ」
「わかったわよ。すぐムキになるんだから」
「こうした話だと」
「全く」
 腕を組んでむすっとした顔になるのがわかります。本当に女の子の話って彼氏に関するものが多くて。けれど私も気になることは事実です。
「それはそうとね」
「今度は何?」
「先輩は」
 不意に先輩のことを思い出しました。
「そんなことがあったなんて」
「内緒よ」
 それを強調されました。
「言っておくけれどね」
「ええ、わかってるわ」
 その言葉にこくりと頷きます。こんなこととても言えません。 

 

第二十話 二学期その十三

「先輩が反省しているかどうかわからないけれどね」
「反省していない?」
「だってあれじゃない」
「あれっ!?」
「誰だって悪いことをしたら反省しないと」
「先輩はそんなことしないわよ」
 まだ信じられないです。先輩に限ってそんなことは。そう思っているんですけれど。
「本当にいい人なんだから」
「あのね、ちっち」
 自宅生の娘の一人の顔が変わりました。それまで笑っていたのに真剣なものになります。
「そんなに先輩を信じてるの?」
「信じてないわけないじゃない」 
 一学期どれだけ先輩に助けてもらったかわからないのに。確かに話は聞きましたけれど先輩がそんな酷いことをするなんてことも思えないし。嘘みたいです。
「先輩とは一緒の部屋だし厳しいことも言われたことないし」
「いつも優しくしてもらってるってこと?」
「何かあったらすぐに相談に乗ってくれるし」
 そのおかげでやってこれたし。そんな方が酷いことする筈がないですけれど。
「それでそんな人の心の傷刻み込むなんてこと」
「心の傷ね」
「そうよ。間違っても」
「人は誰だって間違えるわよ」
 今度は別の娘から言われました。
「はっきり言っておくけれどね」
「間違えた時にどうするのかが大事なのよ」
「ちょっと、いい加減にしてよ」 
 本気で頭にきました。今の言葉って。
「それだと先輩が卑怯みたいじゃない。幾ら何でも言い過ぎよ」
「言い過ぎっていうけれどね」
「先輩がそういうことしてきたのは間違いないわよ」
「間違いないって」
「これ、三年の人達の間じゃ有名なことなのよ」
「有名って」
 私にとって信じられない話が続きます。聞きたくないのに聞かずにはいられません。
「長池先輩ね、かなりやり過ぎる時があるから」
「やり過ぎるって」
「じゃあね、もうちっち」
 今度は何時にも増して真剣な顔になって皆から言われました。
「はっきり言うわよ。ちっちが同じ目に遭ったらどう思う?」
「神殿で階段の上から怒鳴られたり校門のところで何人も待っていて色々言われたり。そんなことに遭わされたらどうなのよ」
「その人が何したのかによるけれど」
「何したっていうけれど高校生でそこまでされるようなことする?」
 私はこう言われました。
「どうせ友達が何かあったとかそんな感じでしょ。それに先輩が出て行って」
「それでそういうことしたんじゃないの?先輩御自身の事かも知れないけれど」
「それでもね。そこまでするって相手のこと全然考えていないじゃない」
「相手だって間違えてってことかも知れないじゃない」
「っていうか普通にあれでしょ?おみちじゃないじゃない」
 おみちじゃないって。話を聞いていてどうにもならなくなってきました。言葉が出なくなりました。
「気遣いとかそういうの全然ない?っていうか」
「いじめにしても度が過ぎてるわよね、精神的にね」
 先輩が最低の人間みたいです。けれど言えません。聞くことだけしか。
「かなり残酷じゃないとできないわよ」
「そういえばあの先輩って怖いって噂あったわよね」
「実際怖いわよ」
 皆言いだします。私は何も言えないです。
「あの人は」
「うう・・・・・・」
「怒ったら本当に凄い顔になるから」
「そうよね。言うこともかなりきついし」
「私が知ってる先輩以外にもいるの?」
 わからなくなってきました。私にとっては優しくてとても素晴らしい先輩なのに。
「長池先輩が」
「人って色々な顔があるからね。先輩だってね」
「一つの顔だけじゃないわよ」
 また言われます。 

 

第二十話 二学期その十四

「正直なところね。先輩だって完璧じゃないんだし」
「それはあるわよ」
「あるの」
 話を聞けば聞く程落ち込んでいくのを感じます。
「確かにいい人だとは思うわ」
 今までだとそれを言われると嬉しかったのに今は。落ち込むだけです。
「それでも。それだけじゃないから」
「人っていうのはね」
「そうなのかしら、やっぱり」
 私はこう考えるようになってきました。
「先輩もそんな顔があるのかしら」
「だから。落ち着いてね」
「それでもあれよ。先輩が優しい面を強く持っているのは事実よ」
 そのことは間違いないです。それでも。
「それでも。人ってのは一つじゃないから」
「それは覚えておいて」
「わかったわ」
「これって先輩だけじゃないしね」
 そのうえでこうも言われました。
「ちっちだって同じよ」
「私も?」
「ええ、そうよ」
「私達だって多分ね」
 お話がかなり真面目なものになりました。そのお話の中で私は色々なことがわかりました。
「一つじゃないわよ」
「色々な一面があるのね」
「そういうことよ。覚えておいてね」
「ええ。私も先輩のことあまりよく知らなかったのね」
 それでも先輩は大好きです。確かに凄く怖くて残酷な一面があるみたいです。けれどそれ以上にとても優しい人なのは間違いありませんから。
「今までは」
「一緒の部屋に何ヶ月もいても変わらないのね」
「そうみたいね」 
 また皆で言い合います。
「中々わからないものがあるのね」
「家族だってそうだし」
 私だってお父さんやお母さんのことを全部知ってるわけではないです。言われて気付いたことです。
「ずっと一緒にいてもね」
「見えないところがあるから」
「将来一緒になる人だってそうね」
「一緒になる人も。同じなのね」
「問題なのはあれよ」
「あれ!?」
「今ちっち凄いショック受けてるわよね」
 こう言われました。そしてそれは。
「そうよ」
 その通りです。長池先輩のことは噂で聞いていましたけれどそれでも。本当だとは全く思っていませんでしたけれど。それがまさか。
「信じられないわ」
「そこなのよ」
 そこがって言われました。
「何を見てもショックを受けないことなのよ」
「それなのね」
「そう。それはしっかりとしていて」
 こうも言われました。
「それで好きな人を嫌いになったら悲しいじゃない」
「悲しいの」
「そう、悲しいことよ」
 このことを強く言われます。
「それは覚えておいてね」
「ええ」
 先輩を嫌いになんかなれないですけれどそれでも。あの先輩にそんな一面があったなんて。とても優しい方とばかり思っていたのに。
「じゃあ。そろそろ」
「そうね。授業ね」
 もうそんな時間でした。天理高校は毎朝参拝があるのでホームルームはないです。参拝の時に集まって出席取って参拝してそれから登校です。そのまま授業に入ります。
「席に着いて二学期のはじまりね」
「そうね。じゃあ」
 こうしてかなり長いお話の後で席に着きました。二学期のはじまりはこんな感じでした。けれど先輩のことを考えて。それで一杯のスタートでした。


第二十話   完


                         2008・6・7 

 

第二十一話 授業中その一

                          授業中
 まだまだ暑いけれど授業はあります。それで静かに教科書を開いているとふと先生が脱線してきました。そしてこう仰るのでした。
「いや、君達はいいよ」
「いい!?」
 皆こう言われてふと顔をあげました。何かと思ったからです。
「授業真面目でね。授業中何か食べたりしないからね」
「授業中に!?」
 皆この言葉には顔を顰めさせました。
「何ですか、それって」
「そんなのないですよ」
 皆呆れた顔でそれを否定しました。当然です。
「早弁とか。この学校って給食だし」
「ねえ」
「それが昔はあったんだよ」
 けれど先生はこう仰います。
「昔はね。授業中にバナナとかお菓子食べたり」
「バナナに」
「お菓子って」
 そういえば女優の深田恭子さんは学生時代学校ではお菓子ばかり食べられていたそうですが。デビュー当時の写真を見てびっくりしたことがあります。それが今では。
「君達そんなことは全然ないからね。いいことだよ」
「先輩達ってどんなのだったのかしら」
「さあ」
「そんなに酷かったのかしら」
「あとガムがね」
 ガムがお話に出ました。
「あちこちにガム捨てるから、うちの学校」
「それは確かに」
「私達も」
 これについては私達も思い切り思い当たるふしがあります。何しろ私達もガムは随分食べますから。天理高校ではガムはかなり人気があります。
「体育館に落ちていたりね」
「落ちてるわよね」
「そういえば」
 これははっきり見たことがあります、私も。
「とにかく君達かなりマナーいいよ」
「っていうか授業中にバナナ!?」
「間食!?」
 とんでもないことなんですけれど。
「先輩達ってどれだけ」
「行儀が悪いのかしら」
「まあ寮で窮屈してるからね」
 ここでも寮の話が出ます。絶対に離れられないものです。
「それもあるのわかるけれどね」
「北寮もそんなに厳しいのかしら」
「先輩怖いぜ」
 男の子の方から言葉が来ました。
「どんだけしばかれるか」
「凄いの何のって」
「その点東寮って楽じゃね?」
 まさか。私がこう思っていると。
「甘いわね、それって」
「売店の菓子パンよりも甘いわよ」
 東寮の娘達からの反撃です。つまり私達です。
「東寮の先輩は神様よ」
「三年の人達なんかそれこそ」
「そっちも一緒かよ」
「何だかな」
「多分一緒じゃないわ」
 何か授業よりもこっちの話が凄くなってきました。どうもこういう流れが多いような。
「女社会舐めると怖いわよ」
「物凄いんだから」
「そうよねえ」
「女社会はねえ」
 先生もそれに頷くのでした。
「天理教は婦人会が凄い力持ってるからね。先生だってね」
「先生も何かあるんですか?」
「あるよ」
 先生御自身の御言葉です。他ならない。 

 

第二十一話 授業中その二

「婦人会の結束って凄いよ」
「やっぱり」
「そういえば私の家も」
 これは私の言葉です。私の家というか家系はそれこそ女社会そのものです。お母さんが物凄い力を持っている家なんです。
「女系ね」
「天理教はどうしても女人が強いわよね」
「そうそう」
 これは少なくとも半分は占めています。女の人が。
「うちの家も」
「うちも」
「だからなんだよ」
 先生は苦笑いになられました。
「男は覚えておくんだ。婦人会に逆らったら駄目だよ」
「そんなにやばいのかよ」
「何か普通に詰所で我儘言えなくなったぞ」
「クラスの女の子にもね。後で凄い後悔したりするかもな」
「私達ってそれ言われたら」
「ねえ」
 少し不満に覚えました。
「まるでおっかない人みたいじゃない」
「えらい言われよう」
 私もそう思います。どうしてそうなるんでしょうか。
「それはそうとだね」
「はい」
 先生はここで話を変えてこられました。
「とにかく君達のマナーはいいよ」
「いっていうか普通なんじゃ?」
「そうよね」
 今度は女の子達だけで言い合います。
「授業中に何か食べるなんてねえ」
「有り得ないですよ」
「そうだよ。それでいいんだよ」
 それでも先生はそのことに満足しておられるみたいです。本当に過去凄いことがあったみたいです。ここまで仰るなんて思いませんでした。
「天理高校もよくなってきたよ」
「よくなってきたですか」
「そんなに昔って酷かったんだ」
「不良ってのはいないけれどね」
 天理高校はそうした高校じゃないです。確かに男の子で制服を少しあれにしている子はいたりしますけれどそれでも不良のいる学校じゃないんです。特に女の子の格好は厳しいです。
「食べ物にかけてはね」
「食べ物って何か」
「そういえばうちの高校って意地汚い傾向あるのかしら」
 そんな話が授業中にありました。それが終わってからもどうにもこうにもガムを食べるのにも。憚れるものを感じながらお口の中に入れながら皆と話していました。
「先生もねえ」
「何か凄いことあったみたいね」
「婦人会ってね」
 その婦人会です。
「つくづく凄いのね」
「こんなに女の人が強い社会ってそんなにないんじゃ?」
「そのわりに天理高校って女の子少なくない?」
 何と三対二です。あまり多くないです。
「これがわからないんだけれど」
「看護学校とかがあるからじゃないかしら」
「それかしら」
「よくわからないけれどね。天理教の学校って天理高校だけじゃないし」
 天理高校の他にも親里高校や付属高校もあります。全体的に大きな学園なんです。ただ制服が違います。天理高校と親里高校は詰襟とブレザーで分かれます。
「天理高校だって一部と二部だしね」
「だからいいのかしら」
「そうじゃないかしら」
 皆今一つわかっていない感じです。私もですけれど。
「それにしても。問題は」
 一人が腕を組んで言ってきました。
「あれよね。マナー」
「だから授業中に何か食べるのは問題外でしょ」
「有り得ないわよ」
「しかも授業中にバナナって」
 これは幾ら何でもあんまりだと思うんですけれど。 

 

第二十一話 授業中その三

「非常識にも程があるわよ」
「体育館にガムのカス落ちてることもあるしね」
「誰がそのままにしているのかしら」
「先輩達だったらね。ちょっと引くわね」
「三年の方だったら特に」
 これは考えていませんでした。私達の学年かしらって思っていました。
「ということは寮の先輩達も!?」
「まさかねえ」
「いえ、ちょっと待って」
 一人が言うのでした。
「ひょっとしてよ、ひょっとして」
「ええ」
 彼女の話をじっと聞きます。皆で。
「高井先輩とか佐野先輩とか」
「まさか」
「それはないわよ」
 余計に想像できません。あんな奇麗な方々が。それにしても先輩の方々に奇麗な方がかなり多いのはどうしてなんでしょうか。奥華の方にこれを御聞きしたら心の奇麗さがそのまま顔に出て奇麗に見えるって御聞きしましたけれど。そういえば皆さん素晴らしい方ばかりです。
「それはまさか」
「あの方々が」
「これがあんただったらね」
 一人が意地悪そうに突っ込まれます。
「有り得るだけれど」
「そうよね」
「あのね、そんなこと言っても」
 その一人がむっとした顔で言いました。
「私は別に困らないんだけれど」
「困るかどうかは別にしてね」
「とにかくそんなにお行儀が悪いようにはならないようにしましょう」
「賛成」
 これについては皆賛成でした。
「最低限ね。それだけはね」
「学校は落ち着くっていっても程々によね」
 そんな話をしてその日は終わりました。それで授業も部活も終わって商店街に出てそこでソフトクリームを買って食べていると。高井先輩と佐野先輩が来られました。
「あっ、ちっち」
「ソフトクリームなの」
「あっ、先輩」
 まさかこんなところで御会いするなんて。
「ちっちってソフトクリーム好きなの?」
「そういえばよく食べてるわよね」
 高井先輩が佐野先輩のお話に頷かれています。
「ガムは食べないわよね」
「そういえばそうね」
「ガムはちょっと」
 私は御二人に答えました。それと一緒にさっきの皆との話を思い出しました。
「学校じゃ食べてる人多いみたいですけれど」
「まあそうね」
「それはね」
 御二人は私の言葉に頷かれます。
「私だって噛むこと多いし」
「私も。授業中に噛んでねえ」
「立たされたことあったわよね」
「えっ・・・・・・」
 何か本当みたいです。まさかと思いましたけれど。
「本当ですか?それって」
「一年の頃ね」
「そういうことあったわよ」
 平気な御顔ですけれど。こんなことでいいんでしょうか。
「まあねえ今となってはそれもね」
「いい思い出よね」
「そうなんですか」
 幾ら何でもそれはって思っていましたけれど。本当だったなんて。
「今だってよく噛むわよね」
「そうよね」
 にこにことされながらのお話です。
「流石に授業中は食べないけれどね」
「それはね。もうね」
「授業中に食べるのは」
 私は戸惑いながらも御二人に言いました。
「やっぱり。駄目ですよ」
「わかってるけれどね。ついつい」
「智子なんかバナナ食べてたわよね」
「お腹空いたから」
 これも本当のことでした。立派な方なんですけれど。 

 

第二十一話 授業中その四

「それでもあれよ。ガムをそのまま捨てるのはね」
「しないわよね」
「それは最悪ですよね」
 先輩達はそういう方々ではなかったです。ほっとしました。
「やっぱりガムはちゃんと包んでゴミ箱にですよね」
「そうだけれど。ところでちっち」
「はい?」
 高井先輩のお話に顔を向けました。
「ちっちってソフトクリームのコーンまで食べるの?」
「ええ、まあ」
「そうよね」
 私の返事を聞いてにこりとされました。
「コーンまで食べるのが普通よね、やっぱり」
「勿体無いですから」
 これはお父さんとお母さんに言われてきたことです。
「ですから最後まで食べます」
「何かちっちらしいわね」
「そうね」
 私の言葉を聞いた御二人の御言葉です。
「けれどね。それって大事よね」
「そうそう、食べ物は粗末にしたら絶対に駄目だから」
「そうですよね」
 先輩方がこう言って下さったので私もその通りだってなりました。食べ物は凄く大事です。私の家の教会では信者の方のお供えを頂くことも多いです。
「それを大事にしないと駄目ですよね」
「そうそう。だから私もね」
 佐野先輩が笑顔で頷いてくれました。
「ちゃんと食べてるのよ」
「佐野はちょっとあれよ」
 その佐野先輩に高井先輩が仰っています。
「食べ過ぎ。だから太るのよ」
「太っていないわよ」
 けれどそれはすぐに先輩御自身によって否定されました。
「私は普通よ」
「普通?そうかしら」
「そういう潤ちゃんだって最近」
「私太ってないわよ」
「マスカットと桃と黍団子の食べ過ぎよ」
 どれも岡山の名産です。何かそれを聞いたら岡山って美味しいものが多いです。先輩のお家はかなり大きな教会なので差し入れも多いみたいです。私の家も私にかなりお供えしてくれますけれど。
「太ってきてるじゃない」
「太ってないわよ。それを言ったら美紀だって」
 長池先輩のこともお話に出ました。美人の方が三人も。
「太ってるわよ」
「美紀ちゃん太ってきてる?」
「そうじゃないの?」
 お話が女の子にとってはかなりあれな方向にいっちゃってきています。けれど女の子だけで集まるとどうしてもこんなお話になってしまいます。
「佐野だって最近お菓子とかバナナばかりじゃない」
「だから私は」
「ねえちっち」
 ここで私に話が来ました。
「はい?」
「私太ってないわよね」
「私もよね」
 佐野先輩も高井先輩も真剣な顔で私に対して問うてきます。
「まだそこまでは」
「いっていないわよね」
「全然ですよ」
 これは私の本心からの言葉です。
「何処が太ってるんですか。御二人共凄くスタイルいいですよ」
「そんなに?」
「はい」
 高井先輩に対して答えます。
「いつも見ていますからわかります」
「えっ、いつもって」
「まさかちっち」
 何故か先輩達の顔が急に変わります。不審げな目に。 

 

第二十一話 授業中その五

「覗いてるんじゃ」
「男の子の話ないと思っていたらあんたまさか」
「えっ、まさか?」
 今の御言葉にはすぐに反応してしまいました。それって。
「あの、私そういう趣味は」
「わからないわよねえ」
「ねえ」
 御二人共急に意地悪な感じになって言い合いだしました。腕まで組まれて。
「案外ちっちも」
「女の子の方が好きだったりして」
「しかも年上キラーだったなんて」
「隅に置けないわね」
「私そんなのじゃありませんっ」
 思わず必死に叫んでしまいました。
「私はノーマルです。男の子だけです」
「そんなのわかってるわよ」
「ねえ」
 私が必死に否定すると先輩達の様子がすぐに元に戻ってしまいました。これってつまり。
「からかっただけよ」
「ちっちったらすぐにムキになるんだから」
「そんな、からかわないで下さい」
 何かむっとした顔になってしまいました。それはそれで。
「私本当に言われているのかって思いましたから」
「だってちっちってねえ」
「すぐにこういうのに乗るから」
 どうもそうらしいです。自覚はないですけれど。
「からかい易いのよ」
「可愛いし」
「可愛いって」
「とにかくね」
 高井先輩が声をかけてこられました。
「私達のスタイルって何処で見てるの?」
「しかもいつもって」
 佐野先輩も尋ねて来られます。この質問にはすぐに答えることができました。
「何処でってお風呂場ですよ」
「ああ、あそこね」
「あそこならね」
 すぐに納得して頂けました。
「確かにわかるわよね」
「聞いてみればその通りよね」
「そうです。わかりますから」
 私はまた先輩方に述べさせて頂きました。
「脱ぐ時や着る時に。御二人共全然太っていませんよ」
「だといいけれどね」
「何か奈良県の他の学校の娘達がね」
「奈良県の」
 そういえば奈良県の高校のことは全然知らないです。おぢば、つまり天理市というのはそこだけで一つの世界って感じで。天理高校も天理高校で独自性が強いですから。
「ちっちは奈良県の他の学校の娘とお話したことある?」
「一応は」
 部活とかで話したことはあります。一応は、ですけれど。
「けれどあまり」
「そうよね、ないわよね」
「公立の高校とは特にね」
「そうですよね。何か交流少ないです」
「あるっていったら親里高校とかよね」
「そこともあまりって感じ?同じ大教会の娘はいるけれど」
 高井先輩と佐野先輩はお話されます。そういえば全然ないんです。
「ないわよね、やっぱり」
「天理高校って生徒も結構多いしね」
「それで奈良県の他の高校ですよね」
 私はまたそこをお伺いしました。
「ええ、それ」
「その他の学校の娘達が言うのよ」
「はい」
 先輩達のお話をお伺いします。 

 

第二十一話 授業中その六

「太ってるって言うのよ、天理高校の生徒が」
「しかも背が低い娘が多いって」
「背が低いっていうのは」
 真っ先に自分のことを思い浮かべてしまいました。私の背が低いだけあってこれに関しては反論できませんでした。天理高校の娘は確かに小柄な娘が多いです。
「それはまあ」
「それは否定できないわよね」
「残念ですけれど」
 小柄な佐野先輩のお話に俯いて頷くしかありませんでした。
「その通りです」
「そうよね、それはね」
「けれど太ってるっていうのは」
 高井先輩はそれがかなり気に入らないようです。どうなんでしょうか。
「気になるのよ。全く」
「けれどちっちが言ってくれたわよね」
 その高井先輩に佐野先輩が仰います。
「スタイルいいって。もうそれでいいんじゃない?」
「いいのかしら」
「潤ちゃんスタイルいいじゃない」
 佐野先輩がにこりと笑って仰いました。何か雰囲気が凄くいい感じです。先輩の垂れ目がとてもいい感じに笑っておられます。
「私もそう思うよ」
「そう言う佐野もね。いいじゃない」
「そうかしら」
「いいわよ。けれどちっちも」
「ねえ」 
 御二人はまた私の方に顔を向けてきました。それで仰います。
「スタイルいいわよね」
「脚なんか特にね」
 また脚のことを言われました。
「そんな。私は全然」
「謙遜はいいけれど自信は持ちなさい」
「ちっちはかなりいけてるわよ」
「いけてますか」
 そう言われても自分ではやっぱり。とてもそうは思えません。
「胸ないですし。やっぱり」
「胸はいいのよ」
 佐野先輩の御言葉です。
「あったらあったで肩こるし」
「そうなのよね、実際」
 御二人共胸も結構なものです。御顔もいいですし二物も三物も与えられていて。これって白いんねんっていうのかしらって本気で考えたりもします。
「それに胸小さい娘がいいって子多いわよね」
「どっちでもいいって子もね」
「そうですか!?」
 私は男の子は誰でも胸が大きいのが好きだって思っています。けれどそれは違うっていうのが御二人のお話です。何時の間にかソフトクリームが来てお店の中に入って三人並んでお話です。何故か私が真ん中で右に高井先輩、左に佐野先輩で囲まれています。
「そんな子いるんですか」
「じゃあ言うわよ」
 佐野先輩の御言葉です。
「はい」
「ハロプロの後藤真希さんいるじゃない」
「あの人ですか」
「あの人胸大きい?」
 こう尋ねてこられました。
「別に大きくないわよね」
「そういえば」
「それでも人気あるじゃない」
「そうそう。モーニング娘。系列じゃなくても」
 高井先輩もお話されます。
「北乃きいちゃんもそうよね。星井七瀬さんも」
「そういえばあの人達も」
 気付きました。北乃きいちゃんは私も知ってます。テレビで観て小さい娘がいるなって気付いてついつい観て好きになっています。確かに胸は小さいです。 

 

第二十一話 授業中その七

「そうですね」
「けれど人気あるじゃない」
「ですね。そういえば」
「胸が大きいのは確かに素晴らしい、けれど胸が小さいことも大きいのと同じ位素晴らしい」
 高井先輩の御言葉ですけれど何か凄く。どっかの色男が言ったような言葉です。
「こうも言うわね。夏は痩せた娘、冬は太った娘」
 完全にどっかの色男です。けれどこれってどっかで聞いたような。
「ちょっと潤ちゃん」
「何?」
「それってモーツァルトじゃない」
「あっ、わかった?」
「わかるわよ」
 佐野先輩が仰います。先輩は吹奏楽部です。
「吹奏楽部だとモーツアルトのこともよく勉強することになるから」
「確かコシ=ファン=トゥッテだったかしら」
「ドン=ジョヴァンニよ」
 話が急にインテリめいたものになってきました。
「それはね」
「ああ、そうだったの」
「カタログの歌でしょ、確か」
 私にはわからないお話です。どうも吹奏楽をやっているとこうしたことにも詳しくなるみたいです。私も吹奏楽部ですけれどここまではまだ達していません。
「それだとドン=ジョヴァンニよ」
「ふうん」
「あのキャラクター凄いのよ」
 先輩は高井先輩だけでなく私にも言ってきました。
「物凄い女好きでね」
「そんなに凄いんですか」
「もう何千人もの女の人に手を出しているのよ」
 何千人って。漫画みたいです。
「スペインじゃ千何人とか。途方もない数なんだから」
「最低ですね」
 私はそんな人、大嫌いです。だから今の言葉にも出ました。
「そんなに女の人をとっかえひっかえなんて。酷過ぎます」
「けれどオペラの中じゃどうしてか誰も誘惑できないのよ」
「そうなんですか」
「いいところまでいっても結局失敗するのよ」
 それってナンパ師としては駄目なんじゃないでしょうか。本当に何千人もの人と遊べたなんて思えないのですけれど実際はどうなんでしょうか。
「それで最後は悔い改めるように迫られて」
「それでどうなるんですか?」
「それを拒んで地獄行き」
 今までのほこりがそうなったってことですね。これはすぐにわかりました。
「後は登場人物が一斉に歌って終わりなのよ」
「地獄行きですか」
「ええ。地獄ではどうなったかわからないわ」
 天理教には地獄って考えはないです。ですからこれは私にとっては今一つピンとは来ませんでした。そんなものかしら、って思っただけで。
「とりあえずそんなお話よ」
「成程、それにしても」
 私はここまで聞いて。その夏だの冬だのって言葉をまた聞きました。
「無節操ですね。夏に痩せた人、冬に太った人って」
「これを胸に置き換えてみて」
「夏は小さい胸、冬は大きい胸ですか?」
「そういうことよ。つまり」
「人それぞれの好みですか」
「ドン=ジョヴァンニはかなり極端だけれどね」
 極端っていうか誰でもいいってことじゃないでしょうか。中にはそんなとんでもない人もいるんだっていうことはわかっていたつもりですけれど。
「そういうものよ。だからちっちも」
「胸が小さくても、ですか」
「そういうことよ。別に気にすることないわよ」
「はあ」
「全体のスタイルは凄くいいんだから」
 またこう言われました。
「気にしない気にしない」
「そういえば佐野って」
 ここで高井先輩が佐野先輩に声をかけます。
「何?」
「地元で海とか行くわよね」
「うん、行くけれど」
 高井先輩の質問に答えられています。 

 

第二十一話 授業中その八

「広島も海あるし。プールにも行くわよ」
「その時どう?」
「どうって?」
「だから。男の子に声かけられない?」
「あっ、かけられるわ」
「何人にも声かけられるわよね」
 真剣な顔で佐野先輩に尋ねておられます。
「やっぱり」
「困るのよね、だから」
 佐野先輩の顔が曇ります。本当なのがわかります。
「私そんなつもりないから」
「佐野いつも水着どんなの?」
「ピンクとかライトブルーのワンピースね」
 少し考えてから答えられました。
「フリル付いてるのが好きね」
「そうなの。私もワンピースね」
 高井先輩も答えられます。
「赤とか白が多いかしらね」
「ビキニはねえ」
「やっぱり抵抗あるわよね」
「ビキニって」
 御二人のお話を聞いているだけで何か凄いことを聞いているかもって気持ちになります。御二人が水着で海とかプールにおられたらって思うだけでもう。
「そんな格好だと大変ですよ」
「そうよね。男の子の視線がね」
「ただでさえ感じるし」
「御二人共凄くお奇麗ですから」
 今の私の言葉は嫌味ではないです。
「当然ですよ。それですと」
「けれどねえ」
「本当に海とかプールで声をかけられても」
 御二人は困った顔になられました。
「仕方ないわよね」
「街でも困るけれど」
「じゃあ何処がいいんですか?」
 少し気になって御二人に尋ねました。
「声をかけられるとしたら」
「学校!?やっぱり」
「そこだとね。ゆっくり話もできるし」
「学校ですか」
 何かかなり意外な感じの御言葉でした。学校で声をかけられるのが一番いいなんて。
「だってねえ」
「私達寮生だし」
 忘れられないこの事実、今これが出ました。
「だからね。付き合えるにしろ場所が限られてるし」
「相手も」
「相手も・・・・・・ああ」
 言われて気付きました、私も。
「そうですね、やっぱり」
「付き合う子って大抵あれよ」
「天高生」
 必然的にそうなっちゃいます。寮にいるとどうしても生活する場所や行き来する場所が限られますから。実は天理高校の生徒同士での結婚も結構あります。
「だからね、それはね」
「仕方ない部分もあるのよ」
「仕方ないですか」
「場所が限られてるから」
「けれどあれよ」
 それでも御二人は私に仰います。
「相手には困らないわよ」
「この学校って男の子の方が多いし」
「ですね、それは」
 これが少し不思議だったりします。天理教は教祖も女性の方でしかも婦人会や女子青年が強くて教会でも女の人あってこそなんですが何故か天理高校は女の子のほうが少ないんです。知ってる人は女の人に対してやけににこにこされて『婦人会のお姉さん達に逆らったらそれこそ終わりですから』なんて仰っています。とにかく天理教は女の人あってというところが非常に大きい宗教なのは確かです。 

 

第二十一話 授業中その九

「天理大学もあるし」
「年上・・・・・・」
 憧れちゃいます。といっても実は背の高い人、私より高くて優しい人がいてくれればそれでいいんですけれど。まずはやっぱり心ですから。
「親里高校もあるしね。他にも男の人一杯いるし」
「何だかんだでおぢばって出会い多いんでしょうか」
「出会いっていうかお引き寄せ?」
「そうよね、やっぱり」
 佐野先輩が高井先輩の御言葉に頷かれました。
「親神様のね」
「特に神殿の中で思わない人とばったりって多いし」
 これは私も何度か経験があります。おぢばにいるとまさかっていうような人と会うことも多いです。これこそがお引き寄せなんです。
「だから出会いは多いけれどね」
「それに天理中学校」
「中学校!?」
 私は先輩の方々の御言葉の意味が少しわかりませんでした。
「中学校がどうしたんですか?」
「何言ってるのよ、出会いは年上ばかりじゃないわよ」
「そうそう」
「年上ばかりじゃない」
 そう言われても何か今一つピンと来ません。
「っていいますと」
「あのね、ちっち」
 佐野先輩が少し呆れた感じで私に声をかけてきました。
「はい?」
「相手は年上ばかりじゃないから」
「そうよ」
 高井先輩も仰ってきます。
「年上もいるじゃない」
「だからよ」
「私年下の子は」
 どうしていつもいつも言われるんでしょうか。私が年下好みじゃないっていつも言ってるのに。
「あまりなんですけれど」
「そう?似合うわよね」
「ねえ」
 けれど先輩達はこう仰って。何でなんでしょう。
「ちっちってお姉さんタイプだからねえ」
「実際にあれでしょ?」
 また私に言ってきます。
「妹さんおられたわよね」
「ええ、まあ」
 これは本当のことなんで隠しません。別に隠すものでもないですし。
「そうですけれど」
「じゃあやっぱりお姉さんじゃない。違う?」
「弟さんが一人できたと思ってね」
「弟って」
 すっごい違和感のある言葉です。高校に入ってからこう言われることが多くて困ったりもします。何でいつも言われるのか不思議なんですけれど。
「そんなに似合います?」
「似合うわよね」
「ねえ」
 佐野先輩が高井先輩に頷かれます。
「絶対に似合うわよ」
「だから頑張って中学生を捕まえなさい」
「捕まえるって」
 猫じゃないんですけれど。男の子は。
「私は別にそんなことは」
「嫌なの?」
「捕まえるものじゃないじゃないですか」
 これが私の考えです。男の子は捕まえるものじゃなくて出会うもの。お引き寄せがあって出会うものだと思いますけれど。違うんでしょうか。
「別に私は。だから」
「私は?」
「だから?」
「今は待ってるんです」
「駄目ねえ、そんなのじゃ」
「ねえ」
 また先輩達が仰います。駄目なんでしょうか。 

 

第二十一話 授業中その十

「女の子は日様じゃない」
「だから積極的にいかないとね」
「日様・・・・・・あっ」
 ここで私は気付きました。
「照らすからですか」
「そうよ、だからよ」
「やっとわかってくれた感じ?」
 私の今の言葉に二人で頷いてくれました。これで何とかわかった感じでした。
 丁度ここで三人共ソフトクリームを食べ終わって。お店を出ることにしました。
「出ましょう」
「はい」
 高井先輩の御言葉に頷きます。三人でお店を出て後は本屋に行く為に下っていったんですがそこで中学生位の男の子数人と擦れ違いました。
「んっ、あの子」
「背高いわね」
 先輩達がその中の一人の子を見て仰いました。
「私と比べて三〇センチ位違うわよね」
「あんたはまた特別低いじゃない」
 高井先輩が佐野先輩に笑いながらお話されます。
「けれど私とも二十センチ以上?」
「大きいわよね。しかもすらっとしてて」
「そうそう。顔も結構いけてるし」
「そういえば何か」
 私もその子を見て言いました。
「今時のタレントさんみたいな感じですね」
「それっていいってことじゃない」
「やっぱりちっちって」
「ですけれど私は」
 それでも反論しました。
「やっぱり男の人は頼りになる人じゃないと」
「ちっちが頼りになるからいいじゃない」
「そうそう、男の子に大事なのはね」
「何なんですか?」
 先輩達に御聞きしました。その間も商店街を下っていきます。男の子はもう上に昇っていっていて姿が見えなくなっています。人ごみの中に消えちゃっています。
「あれよ。身体を張って女の子を守ってくれること」
「後は女の子が男の子を守るのよ」
「女の子が男の子を守る」
 何か変な言葉です。女の子は大抵力もないのに。
「それってどうやって」
「だから。お母さんよ」
「そう、それよ」
「お母さん」
 そう言われてもやっぱりわかりません。
「何なんですか、それって」
「何度も言うけれど女の子は日様よ」
「だからね。ちっち」
 先輩達のお話は続きます。
「心を照らしたり庇ったりフォローしたり支えたり」
「そうやっていくのよ」
「あっ」
 こう言われてやっとわかりました。
「ああ、そういうことなんですね」
「やっとわかったみたいね」
「やれやれ」
 先輩達のお顔が少し呆れた感じになっていました。どうしてもこうした時鈍いのは私の短所です。他にも短気なところもそうですけれど。
「そういうことよ。いいわね」
「大事なのは心で守るのよ」
「そうですね。そういうことですね」
「ちっちならできるわ」
「絶対にね」
「絶対に」
 そう言われるとどうも気恥ずかしくて。自分ではそこまで自信はありません。 

 

第二十一話 授業中その十一

「そうでしょうか」
「じゃあものは試しよ」
 高井先輩がここで仰います。
「さっきの子ナンパしてきなさい」
「そうそう、ドーナツでもどうかってね」
「そんなのできませんよ」 
 何でいつもこう言われるんでしょう。私はそんなこと苦手だっていうのに。しかもまたしても年下の子。代々年下の相手ばかりの我が家のいんねんですけれど。
「だから私はですね」
「できないのね」
「はい」
 はっきりと応えるのは相手が先輩達、しかも三年の方々なので勇気がいりましたがそれでもはっきりと申し上げました、ここはしっかりと。
「私、ナンパなんてとても」
「やっぱりねえ」
「そうね」
 先輩達は私の言葉を聞いて予想したような顔でそれぞれ仰います。何かもう完全に読んでいたって感じです。
「ちっちだとそうなるわよね」
「逆ナンなんてね」
「逆ナン!?」
 今の高井先輩の御言葉は本当にわかりませんでした。それでついつい首を傾げてしまいました。
「何ですか、それって」
「女の子から仕掛けるナンパよ」
 高井先輩はにこりと笑って仰いました。
「自分達からね」
「何か凄いことなんですけれど」
「そこがちっちの甘いところよ」
「そうそう」
 佐野先輩まで仰ってきます。
「いい、ちっち。女の子はねえ」
「女の子は?」
「一に押して二に押して」
 高井先輩の御言葉です。
「三四も押して五も押すのよ」
「五まで全部押してるんですけれど」
 ここまで聞いた私の率直な感想です。
「何だか」
「その通りよ」
 先輩はにこりと笑ってまた仰います。
「女の子から押すのよ」
「女の子は日様じゃない」
「はあ」
 佐野先輩の御言葉にはぽかんとした返事になってしまいました。
「それはそうですけれど」
「だったら押すのよ、こっちからね」
「いい相手だったらアプローチ」
「普通男の子からなんじゃないんですか?」
 私はこう考えていますけれど。違うのかもしれないです。少なくとも今は自信が少し、いえかなりなくなってきた感じになってしまっています。
「アプローチは」
「若しくはアプローチさせるのよ」
「向こうからね」
「男の子から、ですか」
 段々悪女なお話になってきたような。どうなんでしょうか。
「そうよ、言わせるのよ」
「それも女の子の甲斐性よ」
 御二人にとってはそれもまた甲斐性らしいです。私にとっては何かとんでもないお話に聞こえて仕方のないことなのですけれど。
 それでもやっぱり。私は御二人のお話を聞き続けるのでした。
「女の子はね、やっぱり」
「とはいっても」
 お話が少し変わってきました。何故か。
「ここで話すのはあれね」
「そうね」
 丁度駅前のダイソーの前です。ここにはカラオケもあります。私はおぢばではカラオケは行かないのですけれど大教会の方々もよく行かれる場所です。
「場所変えない?」
「ミスタードーナツがいいかしら」
 先輩達はここで前に見えるミスタードーナツに顔をやっています。 

 

第二十一話 授業中その十二

「あそこで何か食べながらね」
「そうね。ちっちはどう?」
 佐野先輩が私に話を振ってきました。
「あそこでお話の続きしない?」
「おごるけれど」
「ドーナツですか」
 内心心動かされたのは事実です。私甘いもの大好きですから。
「どう?」
「今度はあそこで」
「そうですね」
 私は少し戸惑いながらも先輩達に答えました。
「何か悪いですし、それって」
「だから。遠慮することはないのよ」
「そうそう」
 笑って私に言ってくれました。
「先輩は後輩を可愛がるもの」
「だから。気にしないのよ」
「先輩は後輩を可愛がるもの」
 高井先輩の御言葉がここで心に刻まれました。
「そうなんですか」
「そうよ。美紀ちゃんだってそうじゃないの?」
「ちっち随分よくしてもらってるでしょ」
「あっ、はい」
 これは本当のことです。長池先輩が一緒のお部屋でどれだけよかったか。いつも優しくしてくれるし困った時は助けてくれるし。怖い人だって聞いても私には優しい先輩です。
「美紀ちゃんみたいにね」
「だから私達もね」
 この御二人も私達の間では優しい人達です。奇麗で優しくて。女の人はこうありたいなって思わせるようなとてもいい方々なのです。
「遠慮することはないから」
「どう?」
「いいんですね」
 おずおずと先輩達に対して尋ねました。
「それで。その」
「だから。遠慮はいらないのよ」
「ドーナツよ、ドーナツ」
 佐野先輩が特にドーナツがお好きなようです。それがはっきりとわかりました。
「オールドファッションにしましょう」
「私はエンゼルショコラ」
 ちなみにどちらも私の大好物だったりします。ドーナツなら何でもなんです。
「じゃあそれでね」
「はい」
 何だかんだで楽しい日々です。一年生は大変ですけれどそれでも。本当に優しい先輩達で何よりです。私もそんな先輩になりたいと思っています。


第二十一話   完


                         2008・8・4 

 

第二十二話 最初の卒業式その一

                          最初の卒業式
 一年でいる間は一年だけ、それが終われば二年生です。こんなことは言うまでもないことですけれどその時には別れも付き物です。これは避けられません。
 今日は卒業式、三年の先輩達が卒業されます。遂にその日が来てしまいました。
「今日で終わりなんですね」
「そうね」
 長池先輩とお部屋でお話をしていました。この日で先輩は天理高校を卒業されます。そのことを思うともう胸が張り裂けそうになります。
「ちっちともここではお別れね」
「先輩」
 先輩の顔をじっと見て言いました。二人で向かい合って。
「何?」
「おぢばにはおられるんですよね」
 こう先輩に尋ねました。先輩はいつも通り優しくて奇麗な微笑みを浮かべておられます。
「ずっと」
「ええ。天理大学に受かったから」
 にこりと笑って私に言ってくれました。
「だからね。おぢばにはね」
「そうですよね。けれど」
「寂しいの?」
「・・・・・・はい」
 泣きそうになるのを抑えながら先輩に答えました。
「先輩には。本当に何から何まで教えて頂きましたし」
「私何もしていないわよ」
「いえ、それは違います」
 このことははっきりと否定しました。
「先輩は私に学校のこともおみちのことも随分と教えてくれました。それも優しく」
「私、優しかったのね」
 私にこう言われると何か凄い意外な感じみたいでした。
「そんなに」
「ええ、それは確かに」
 嘘じゃないです。私から見たら本当に。
「先輩が厳しかったこと、怖かったことなんてなかったです」
「だったらよかったけれど」
 私の言葉を聞きながら微笑んでおられました。
「私なんかが。ちっちによく影響したのなら」
「先輩・・・・・・」
「ねえちっち」
 今度は先輩から私に声をかけてくれました。お顔を真剣なものにさせて。それでもその優しい微笑みはそのままです。いつも私に向けてくれている微笑みは。
「私のことは色々と聞いていたわよね」
「それは」
「西の礼拝場のことも」
 これは先輩御自身には一度も言わなかったですけれど。今先輩から話してきました。これは私にとっては思いもよらないことでした。
「聞いているわよね」
「聞いてます」
 私はこくりと頷いて答えました。その通りだから隠すことはしませんでした。
「私、信じていませんけれど」
「けれど本当のことよ」
 先輩のお顔が悲しいものになりました。
「あの時は。私、とても」
「先輩・・・・・・」
「入学してすぐだったわ」
 その悲しい顔で私に言葉を続けるのでした。
「相手のことが許せなくてそれで」
「西の礼拝場で、ですか」
「気付かなかったの。相手がどう思うかなんて」
 今聞いている言葉はとても信じられませんでした。長池先輩が相手の人の気持ちを全然考えられなかったなんて。嘘だとしか思えませんでした。
「それで。つい」
「そうだったんですか」
「相手の子、凄く傷ついたの」
 俯いてのお話でした。
「暫く学校に来られなくなって問題になって」
「先輩のせいで、ですか」
「そうだったの。私のせいで大変なことになって」
 相手の人がそこまで傷ついたっていうのも信じられませんでしたけれどそれ以上に先輩がそこまで傷つけたなんて。しかもこの天理高校で。 

 

第二十二話 最初の卒業式その二

「それからだったのよ。私は」
「先輩・・・・・・」
「だからね、ちっち」
 先輩のお話は続きます。
「私は優しい人間なんかじゃないのよ」
「優しい人じゃない・・・・・・」
「とても残酷で。酷い人間なのよ」
 涙が見えました。先輩の目に。
「そんな私なのよ。ちっちが思っているような」
「いえ」
 自然に言葉が出ました。今。
「先輩は優しい人ですよ」
「嘘よ」
 私の今の言葉はすぐに否定されました。先輩の御言葉で。
「だから私は。そんな」
「今の先輩はです」
 また自然に言葉が出ました。自分でもそれがかなり不思議でしたけれど本当に言葉が出ます。私が話している感じじゃないようでした。
「今の私は?」
「そうです。そのことを反省しておられますよね」
 このことを尋ねました。
「今は」
「ええ・・・・・・」
 私の言葉にこくりと頷いてくれました。
「とてもね。だから今は」
「その今の先輩です。私が好きなのは」
 本当に言葉が自然に出ます。それが続きます。
「今の優しい先輩が」
「そうなの」
「そうです。ですから先輩」
 先輩に声をかけました。
「今を見ましょう。そしてこれからも」
「これから・・・・・・」
「天理大学に行かれるんですよね」
 天理高校から天理大学に行く人は多いです。元々付属高校みたいなものですし。天理高校はおみちの人が多いので進学するならそこになることが多いんです。
「確か」
「ええ。詰所に住むことになるけれど」
「ずっとおぢばですね」
「そうよ」
 このことをこくりと頷いて認めてくれました。
「少なくとも四年はそうよ」
「ですね。高校ではお別れですけれど」
 そのことがとても悲しいです。先輩が卒業されるそのことが。けれど。
「ずっと御会いできますよね」
「おぢばってね」
 ここでまた先輩は仰いました。
「ふしぎやしきって言われるじゃない」
「はい」
 これは子供の頃から聞いています。色々なことが起こる場所だって。私はまだそうしたことに出会ったことはないと自分では思っていますけれど。
「だから。また会えるわ」
「ふしぎやしきだからですか?」
「人と人の出会いは奇跡なのよ」
 昔の歌であったフレーズだったと思います。
「お引き寄せで出会えるものだから」
「じゃあ私と先輩も」
 言葉の意味がわかりました、今。
「お引き寄せだったんですね。ここで一緒の部屋になれたのは」
「そうよ。だからこれからも」
 また仰います。
「会えるわ。お引き寄せでね」
「そうなんですか」
「大学と詰所にはいるから」
 おられる場所がわかったのは本当に有り難いです。おかげで何処に行けばいいのかわかりますから。けれどお話はそれで終わりではありませんでした。
「あと潤ちゃんや佐野もね」
「高井先輩と佐野先輩も確か」
「天理大学だから。学部は違うけれど」
 だから別れと言っても高校を卒業されるだけなので寂しいことは寂しいですけれど泣くようなものじゃないんです。それが嬉しいと言えば嬉しいです。 

 

第二十二話 最初の卒業式その三

「また会えるわ、皆とね」
「皆とですか」
「だからちっち」
 もう顔は完全にあげられています。いつもの奇麗な笑顔で。
「また会いましょうね」
「はいっ」
 私も笑顔になってそれで応えました。寂しさが消えました。
「また。おぢばで」
「行きましょう」
 立ち上がられて私に声をかけてくれました。
「学校にね」
「そうですね、学校に」
「ちっちも二年になるのね」
 立ち上がった私に声をかけてくれました。
「これから」
「そうですね。なれるなんて夢みたいです」
「夢じゃないわ。それで何時かは」
「何時かは?」
「三年になるわ」
 当然のことですけれどそれでも実感できません。遠い未来みたいのことですから。
「その時ひょっとしたら私とちっちみたいな出会いがあるわよ」
「長池先輩みたいにですね」
「女の子とも限らないし」
「女の子じゃないんですか?」
「だってそうじゃない」
 仰る先輩のお顔が凄く奇麗な笑顔になっているのがまた、でした。
「お引き寄せは親神様の思し召しよ」
「それはわかっているつもりですけれど」
「だから。女の子だけをお引き寄せするんじゃないのよ」
 これは考えていませんでした。私は今までずっと男の子と会うなんてことは考えていませんでしたから。けれど今の先輩の御言葉は。
「男の子だってね」
「私はそれは」
「嫌なの?」
「嫌っていいますか」
 ちょっと言葉が出ません。何と言葉を返していいのかわからないのです。私はまだ十六歳ですしそれに男の子とそうしたお付き合いをしたことはないですから。
「それはかなり」
「抵抗あるのね」
「考えられないんですよ」
 このことだけは言うことができました。
「男の子と出会うなんて」
「そうなの」
「はい。けれど有り得るんですよね」
 このことを念押しするようにして先輩に尋ねました。
「それもやっぱり」
「だからあるのよ。世の中の人の半分は男の人じゃない」
「はあ」
 言われるとその通りですけれどそれでも。私の家は女系の家系で男の人はお父さんだけでしかも信者さんも女の人がかなり多いですし。ですからそれは。
「だから当然あるのよ」
「ありますか」
「そうよ。何度も言うけれど」
 先輩の御言葉が続きます。
「それは有り得るから」
「そうなんですか」
「後輩の男の子もいいんじゃないかしら」
 くすりとした微笑みになられました。
「ちっちには」
「そうですか?」
 先輩にまで言われるとは思いませんでした。けれどこう言われても不愉快に感じないのが先輩の凄いところです。嫌味さがないんです。
「私は。男の人は」
「年上の人がいいのね」
「どちらかというと」
 やっぱり背が高くて引き締まった顔と体格で。特撮ヒーローみたいな人が大好きなんです。私が小柄なせいもありますでしょうけれど。 

 

第二十二話 最初の卒業式その四

「そうです」
「何かそれを聞くとお姫様みたいね」
「お姫様ですか?」
「それか特撮もののヒロインね」
 そう言われても反論できませんでした。
「ちっちは」
「ヒロインですか」
「悪くないでしょ」
 これまた先輩の清らかで優しげな笑顔でした。
「それも何か」
「いやなの?」
「何かすぐに捕まったりしそうじゃないですか」
 中には一度か二度死んだりとか最期は冗談抜きに悲惨な結末とか。特撮のヒロイン、とりわけ最近の仮面ライダーはそんなのが多いような気がします。ですから。
「やっぱり普通がいいですね」
「普通がいいのね」
「韓流ドラマみたいなのでもなくて」
 これもかなり有り得ないストーリーばかりだと思います。一回見たらついつい見てしまうっていうのは特撮と同じですけれど。
「本当に普通の出会いがしたいんですけれど」
「ちっちってそういうところは大人しいのね」
「別に凄い人や変わった人とお付き合いしたくないですし」
 それでもプロレスラーの人や格闘家の人は好きだったりします。昔のプロレスラーでいいますとハルク=ホーガンさんが大好きでした。アントニオ猪木さんもです。
「やっぱり普通のお引き寄せがいいです」
「お引き寄せも色々だからね」
「私は」
「けれどちっち」
 先輩は少し諭すような顔になりました。それでまた私に言うのでした。
「お引き寄せは親神様の思し召しだから」
「誰と出会うかは私達はわからないのですね」
「そうよ。それにそれは絶対に悪いことじゃないから」
 これは子供の頃にお母さんに言われたこともあります。
「その時は嫌な思いをしても後でそれは変わったりするから」
「それは聞いていますけれど」
「だから。誰と出会っても悪いと思わないのよ」
 こう言われました。
「わかったわね。それは」
「はい、まあ」
「わかったら行きましょう」
 静かに微笑んで私に声をかけてくれました。
「いいわね。二人でね」
「はい。二人で」
「まずは神殿にね」
 天理高校での生活はまずは寮からはじまってそれから神殿にです。東寮を出て少し歩いたら神殿です。そこまでの道も今では日常のものです。
「行きましょう」
「先輩と一緒に登校するのもこれが最後ですね」
「そうね。高校ではね」
「はい」
 それは最後になります。今まで何度も一緒に参拝させてもらいましたけれどそれも高校では今日が最後です。明日からは別々になります。
「最後に。行きましょう」
「わかりました」
 こうして私達はまずは一緒に神殿に行ってそれから一年と三年に別れて登校して。それから晴れて卒業式となったのでした。
 式は無事終わり三年の人達は参拝されてそれが終わって寮に帰ると。もう先輩達が寮から出られる時になりました。荷物はもう整っていました。
「ちっち、またね」
「大学で会おうね」
「大学で、ですか」
「何か嫌?」
「っていうか私達大学にいるし」
 先輩達は笑いながら仰いました。
「会うのはそこになるじゃない」
「それか寮よね」
「寮におられるんですか?」
「そこはまだよくわからないのが実際だけれど」
 お答えする高井先輩のお顔は少しぼんやりとした感じになっていました。 

 

第二十二話 最初の卒業式その五

「まあそうならなかったら詰所になるわね」
「潤ちゃん詰所だったら通学大変そうね」
 佐野先輩が仰いました。詰所は大教会ごとにあってそれぞれ場所が違います。私の所属の奥華は学校からも神殿からも近いいい場所にありますけれど全ての詰所がそこにあるとは限らないのです。中には天理駅の向こう側にある詰所もあります。高井先輩のところがそうです。
「特に雨の時なんかは」
「そうなのよ、それなのよ」
 高井先輩は困った顔でそのことを仰います。
「だから寮がいいんだけれど詰所は慣れてるしね」
「そうそう、詰所っていいわよね」
 佐野先輩も笑顔で仰います。
「気楽にいけるしね」
「第二の家みたいなものだから。けれど」
 高井先輩のぼやきは続きます。
「遠いのよね。困ったわ」
「それが問題なんですか」
「アパートなんて必要ないし」
 ここれが天理大学のいいところです。泊まる場所は一杯あるのでわざわざアパートを借りる必要はないんです。寮だってありますし詰所だってありますから。
「どちらにするか。それが問題なのよ」
「私は詰所だけれど」
「私も」
 佐野先輩と長池先輩は詰所みたいです。
「けれど潤ちゃんはなのね」
「どうなるのかしら」
「とりあえずもう少し考えるわ」
 高井先輩は考え込む顔で答えられました。
「もう少しね。さて、と」
 ここで話が変わりました。
「荷物は運ばないとね」
「詰所にとりあえずに」
「そうね。まずは詰所ね」 
 やっぱり詰所でした。私達が寮を出たらやっぱり最初に向かうのはそこです。
「そこに置かせてもらってね」
「じゃあやっぱり詰所かしら」
「そこのところはよく考えて」
 長池先輩が優しく高井先輩にお声をかけられました。
「学校生活にかなり影響するからね」
「ええ。それにしても」
 また話が変わりました。
「大学生になったらね」
「そう、大学生になったら」
「おおっぴらに飲めるわよね」
「それが楽しみよね」
「そうそう」
 何のお話をされているのか最初はわかりませんでした。こういうところに関しては私はぼんやりとしているんでしょうか。自覚はないですけれど。
「お酒がねえ」
「これからは堂々と飲めるのがいいわよね」
「堂々って」
 今の先輩達の御言葉にはかなり思うところがありました。そのせいで私の顔もかなり強張ったものになっていたと自覚しています。
「それは幾ら何でも。それに」
「何か悪いところがあるの?」
「お酒位はねえ」
「それって駄目ですよ」
 その強張った顔で先輩達に言いました。
「お酒は未成年は」
「だから大学生になってからじゃない」
「ねえ」
 佐野先輩と高井先輩が顔を見合わせて言い合います。
「お酒を飲むのはね」
「おおっぴらにはね」
「それにおおっぴらにって」
 ここも私にとっては思うところがかなりある部分でした。 

 

第二十二話 最初の卒業式その六

「ひょっとして今までも飲んでおられたんですか?」
「家じゃね」
「やっぱりお付き合いとかがあるから」
「それって駄目じゃないですか」
 そりゃ皆色々あって子供の頃からお酒を口に含んだりはしますけれど。それでもここまで如何にもお酒大好きですって様子を言われると私としても抵抗があります。私は今までお酒は飲んだことはありません。あくまで二十歳になってからです。煙草は絶対に駄目です。
「そんなことじゃ。幾ら何でも」
「ちっちって真面目ね」
「真面目過ぎるわ」
 高井先輩と佐野先輩がまた私に言いました。少し呆れた顔で。
「そんなのじゃ相手の男の子もねえ」
「大変よね」
「大変でも何でもいけないことはいけないです」
 自分でも少し堅苦しい気はしますけれどそれでもです。
「お酒は二十歳になってからですよ」
「ま、まあそれはね」
「その通りだけれど」
 私の言葉に二人の先輩はかなり戸惑っておられます。
「それでもね。そこは何ていうか」
「まあ許して」
「ちっち」
 ここで長池先輩が私に声をかけてきました。
「はい?」
「確かにね。真面目はいいことよ」
「ですよね。それは」
「けれど。堅苦しいと駄目なのよ」
 先輩に言われるとどうしても。反論できないです。その奇麗な御顔で優しい笑顔で。もう高校ではこの御顔も笑顔も見られないのかと思うと本当に。
「それもね。駄目よ」
「駄目ですか」
「柔らかくね」
「柔らかく、ですか」
「そう、柔らかくよ」
 先輩にはこの一年の間ずっとこれを言われてきたように思います。思えば最初からだったような。けれど高校ではこれも最後になります。
「女の子はおみちの土台じゃない」
「ええ」
 これは誰からも言われます。女の人はおみちを支えるものだって。だからその存在はかなり大きいんだって物心つく前から言われてきました。だからしっかりしないといけないんだって思いますけれど。
「その土台があんまり堅かったらそこには何も出来ないわ」
「土台はしっかりしていないと駄目なんじゃないんですか?」
「しっかりしているのと堅いのは別よ」
 長池先輩の御言葉です。
「そこはしっかりわかっていて欲しいのよ」
「そうなんですか」
「ちっちは。本当に心が優しい娘だし」
「ええ、それは確かにね」
「ちっちみたいな娘はね」
 高井先輩と佐野先輩も今の長池先輩の御言葉には納得した顔で頷かれました。何か御二人の真面目な御顔はあまり見た記憶がありませんが今は違いました。
「滅多にいないわよ」
「こんなに優しい娘は」
「だから。余計に堅くなって欲しくはないのよ」
「柔らかく、ですか。ですから」
「そう。全部包み込む」
 先輩は今度はこう表現されました。
「そういった気持ちでいて欲しいわ」
「だから柔らかくなんですね」
「堅いと跳ね返すわ」
「はい」
 これはわかりました。鎧を思い出しました。
「けれど柔らかいと受け止められるから」
「何でも包み込んで」
「私は。堅いから」
 また。長池先輩の御顔に悲しいものが宿りました。どうしても一年生の時のことが心に残ってそれが先輩の御心を痛めるのでしょうか。
「それで酷いこともしたし言ったし」
「そういったことがないようになんですね」
「ちっちにはそんな思いして欲しくないの」
 私への御言葉でした。
「私みたいなことをして欲しくはないし」
「先輩・・・・・・」
「わかったら柔らかくね」
 そしてまた言われました。 

 

第二十二話 最初の卒業式その七

「柔らかい心と態度でおみちを進んでね」
「わかりました。柔らかく」
「少しずつでいいから」
 少しずつとも言われました。
「そうしていってね」
「ええ。それじゃあ」
「さて、と。これで荷物は整ったわね」
 お話が終わったところで先輩達はあらためて御顔を見合わせられました。
「後はこれを詰所に持って行くだけね」
「ええ、そうね」
「それで。この三年間も終わりね」
 三人共御言葉に凄い感慨が込められていました。
「長いようで短かったわよね」
「本当にね」
「一年の時なんかね」
 佐野先輩が仰います。先輩は垂れ目ですけれどの目がさらに垂れた感じになられていました。
「何時終わるか不安で仕方なかったけれど」
「終わってみればこれがね」
「そうそう」
 長池先輩の御言葉に高井先輩が頷かれています。
「早かったわね。もう一瞬」
「今度は大学生ね」
「三年間があっという間なんですか」
 これは私にはわからない言葉でした。聞いても実感が沸きません。何しろこの一年本当に色々ありましたから。けれど確かにこの一年はあっという間だったような。
「ちっちもこの時になればわかるわ」
「本当にね。すぐにわかるわ」
「はあ」
「わかったら」
 長池先輩が私に声をかけてくれました。
「今度は大学でね。会いましょうね」
「あっ、待って下さい」
 けれど僕はここで長池先輩に声をかけました。
「何?」
「荷物、ありますよね」
 私が言ったのはこのことでした。
「詰所に運ぶ荷物が」
「ええ、まあそれはね」
 先輩は私の言葉に応えてくれました。
「三年間それなりに溜めたものが」
「運ばせて下さい」
 そう先輩に言いました。
「私でよかったら。お手伝いさせて下さい」
「ああ、それは別にいいわよ」
 けれど先輩はそれは笑って断られました。
「いいんですか?」
「だってもうすぐ詰所の人が来てくれるし」
「詰所の人がですか」
「ええ。詰所に入るから」 
 これは変わらないみたいです。詰所はおぢばにいるとお家みたいなものになります。私も高校に入るまではおぢばに帰るといつも奥華の詰所にいました。
「だから来てくれるのよ」
「そうなんですか」
「ちっちの気持ちだけ受け取らせてもらうわ」
「私も」
「私もよ」
 先手を打たれた気分でした。実は佐野先輩のも高井先輩のもお手伝いさせて頂くつもりでしたから。何か先に言われて残念な気持ちです。
「そういうことでね。それじゃあまたね」
「はい、さよならじゃないですね」
「すぐに会えるから」
 長池先輩のこの笑顔もまた見られますから。だから涙は出ませんでした。泣くような状況ではないことが私にとってはとても有り難かったです。 

 

第二十二話 最初の卒業式その八

「何なら詰所に来てね」
「といっても暫く実家に帰るけれど」
「実家だけれどね」
 佐野先輩の御顔が何故か微妙なものになりました。
「今私の部屋ないのよね」
「私もよ」
 高井先輩もらしいです。
「ないのよね。何時の間にか弟が使ってるわ」
「私は妹に取られたわ。返してもらわないと」
「部屋、取られるんですか」
 何か私の言えではそんなことはないんで。というか有り得ないっていうか。信じられないお話を聞いてかなり驚いています。
「弟さんや妹さんに」
「だって誰もいないじゃない」
「部屋遊ばしておくのもあれでしょ」
「ええ、まあそれは」
 部屋を空けておいても。部屋は使う為にあるものですから。
「だからよ。すぐに占領されたわ」
「私も。一年の夏休みに帰ったらね」
 私の夏休みの時には部屋はちゃんとありました。勿論冬休みもです。けれどこれってかなり幸せな話だったみたいです。意外なことに。
「部屋なかったわよね」
「そうそう」
 高井先輩も佐野先輩も苦笑いを浮かべられています。
「最初はぁ!?だったけれど」
「よく考えたら。私達も昔はお兄ちゃんやお姉ちゃんの部屋占領したしね」
「小学校や中学校の時にね」
「私の家なんて八人兄弟だから」
 佐野先輩のお家は教会で何と八人兄弟です。今時かなり珍しいとは思いますけれどそれでもです。最初はなしを聞いて私もびっくりしたものです。
「それこそ。部屋の取り合い」
「私の家も兄弟多いしね」
「だから教会って案外大変なのよね」
「一人っ子って滅多にいないからね」
「そうそう」
 私の家も三人姉妹ですから。けれど幸い私の家は大きくて。それで結構なことになっています。神戸で周りもいい街です。黒と黄色がかなり目立ちますけれど。
「今度の詰所は何人部屋かしら」
「私のところは二人」
 佐野先輩のところはそうらしいです。
「私と専修科の娘と二人になるらしいわ」
「だったら寂しくないわね」
「ええ。けれど専修科ってねえ」
 実は天理教には専修科というものもあります。簡単に言えば天理教の専門学校です。
「朝早いじゃない、天高の一年よりもまだ」
「朝のおつとめがはじまりだったわよね」
 実は私達は夏は七時五十分、冬は八時二十分に参拝ですが本当はその月によっておつとめの時間は違います。早い時は朝の四時半に参拝なんてこともあります。神殿で座りづとめをさせて頂いてから青年会やその専修科の人達は教祖殿で十二下りのうち二つを一日ごとに二下りずつ順番でおつとめさせて頂きます。どの宗教でもそうですけれど天理教でも朝は早いんです。私の実家もそうです。
「まあねえ。第二専修科はもっと凄かったわね」
「朝の三時だったっけ」
「確かね」
 専修科とは別にそうしたところもあるんです。ここは五年です。専修科が二年で詰所から通うのに対して第二専修科は寮があります。かなりハードで有名です。
「まだ夜じゃない」
「そうよね。夜に起きてはじまりっていうのもねえ」
「流石に私は無理よ」
「私も」
 佐野先輩も高井先輩も第二専修科に関しては無理みたいです。
「まああそこでやっていけたらね」
「何処でもやっていけるわよね。東寮でもそんなこと言われるけれどね」
「何だかんだでハードだったしね、この三年」
「そうそう、それもかなりね」
 高井先輩も色々あったみたいです。三年で何もなかったっていう人も滅多にいないと思いますけれど。私だってこの一年だけでもどれだけあったか。 

 

第二十二話 最初の卒業式その九

「けれどそれも終わりね」
「今度は楽しい大学生活よ」
「楽しいんですか」
 私は御二人のお言葉に突っ込みを入れました。
「大学生活って」
「まあ高校よりは楽よね」
「お酒もおおっぴらに飲めるしね」
 またお酒でした。どうしてお酒から話が離れないんでしょうか。
「それだけでもかなり」
「楽しみよね」
「ちっち」
 御二人が心からお酒を楽しみにされている御顔をされているその横で。長池先輩が私に顔を向けて声をかけてくれました。
「はい?」
「本当にまた会いましょうね」
「は、はい」
 先輩にこんなこと言われるなんて。私から言わせてもらおうと思っていたのに。
「御願いします、是非」
「その時は。お酒はまあ置いておいて」
「駄目ですよ、それは」
 楽しそうに笑う先輩に対して真面目に言い返しました。
「まだ十九歳と十七歳ですから」
「だから。お菓子を一緒に食べましょうね」
「お菓子ですか」
「そう、ドーナツとか」
 天理駅前にはミスタードーナツがあります。場所がかなりいいので凄く繁盛しています。
「食べましょう、それでいいわよね」
「はい、ドーナツ大好きです」
 本音が出ちゃいました。甘いものは大好きなんです。
「高校の時みたいにまた先輩とドーナツを一緒にですね」
「ずっとよ」
「ずっとですか」
「おぢばは不思議屋敷よ」
 これもよく言われることです。
「とても会えるような確率じゃないのに思わない人と出会ったりなんてことが普通にある場所なのよ」
「普通にですか」
「だから。また会えるわ」
 このことを言われました。
「ずっとね。お互いの詰所どころか住所もわかってるし」
「そうですね。それは」
「だから。ちっち」
「はい」
「また一緒にドーナツを食べましょうね」
 最後の最後まで優しくて奇麗な先輩の笑顔でした。先輩の昔のことはわかりましたけれどそうした残酷な心を克服された先輩は。本当に奇麗な笑顔を私に見せてくれました。私の高校一年の生活は先輩のおかげで最高に素晴らしいものでした。長池先輩、有り難うございました。そして、また宜しく御願いします。


第二十二話   完

  
                                2008・8・15 

 

第二十三話 入学テストその一

                          入学テスト
 高校二年の生活はあっという間に過ぎていきました。それで気付けばもう入学テストです。私はテストの試験官として今学校に来ています。
「あ~~あ、何で当たったんだろ」
「ジャンケンに負けたから仕方ないけれど」
 試験官になった子達は皆ぼやいています。入学テストの間は休みなのですが試験官になってしまったらその休みは消えます。だからぼやいています。
「寒いし面倒臭いし」
「嫌な話よね」
「まあそれはね」
 私も少しそんな気はあります。正直に言いますと。
「折角休めるのにっては思うわね」
「そうよね。ちっちがふそく言うのは珍しいけれど」
「やっぱり嫌なのね」
「嫌っていうかね」
 皆に対して答えました。
「寒いから。やっぱりふそくだけれど」
「ううん、この寒さってねえ」
「二年目だけれどどうも」
 おぢばの寒さときたらそれこそ。夏はうだるように暑くて冬は凍えるように寒い。おぢばで困るのは気候です。盆地はこうしたところが本当に大変です。神戸生まれの神戸育ちの私には。
「慣れないのよね」
「慣れる筈ないしね」
「まあふそくはこれ位にしてね」 
 一人が言いました。やっぱりふそくを言っても何にもならないのは皆わかっているのです。ですから私もふそくを言うのは止めました。それで次の話題は。
「可愛い子いるかしら」
「女の子?」
「まさか」
 女の子に関してはすぐに否定されました。当たり前ですけれど。
「男の子よ、男の子。可愛い子いるかしら」
「可愛い男の子ね」
「背が高くてすらりとしてて」
 まずはスタイルからでした。
「顔もいけてて。性格もね」
「あんた望み高過ぎ」
「何よ、それ」
 皆彼女に突っ込みを入れます。
「そんなにイケメン好きなら歌番組か特撮でも見ていなさいよ」
「寮だから見られるわけないでしょ」
「あと一年我慢しなさい」
「天理大学に進んだら詰所だから見られないわよ」
「携帯テレビ買いなさいよ」
「高いからねえ。あれ」
 話が結構寮から離れています。確かに寮ですとテレビがないので格好いい人や可愛い人があまり見られないです。それがふそくって言えばふそくです。
「とにかく。今受けてる子達が入学してくるのよね」
「当たり前じゃない」
 今更何を言っているのといった感じの言葉でした。
「全国から来てるわよ、私達と同じでね」
「といってもまず半分が奈良県だけれどね」
 天理中学から通っている子もいれば高校からはじめて天理教に入る子もいますし。この学校に入学するのもお引き寄せなのでこの辺りは色々です。
「あとの半分の子が全国からだけれど」
「ただし」
 まだあります。
「その半分のうちのかなりの部分が大阪なのよね」
「そうそう」
 大阪には天理教の教会や布教所が多いです。大阪にある大教会もかなりあります。私のいる奥華も大阪の方にあります。そういう意味では同じです。
「だから野球は阪神になるわよね」
「というか巨人ファンいないわね」
 これは本当にいません。
「やっぱりここでもいないでしょうね」
「いないでしょ」
 これだけはわかります。
「そうおいそれとは。最近巨人人気落ちてるし」
「あの人のせいよね」
 言わずと知れたあの社長です。あれだけこうまんな人もいないと思います。それで全部自分に跳ね返ってきていると思うんですけれど。どうなんでしょうか。 

 

第二十三話 入学テストその二

「あんなことしていたらねえ」
「巨人の戦力低下には貢献しているけれどね」
「おかげで阪神今年優勝したし」
 このことは本当に嬉しかったです。
「ロッテに惨敗したことは。まあ仕方ないか」
「・・・・・・それ言わないでおきましょう」
 このことにはすぐに突込みが入りました。
「言ったら思い出すから」
「思い出したくないわね、あれだけは」
「まさか。あんなに負けるなんて」
 テレビでは観ていない娘も多いのに何故かあの時の惨状が目に浮かびます。
「四連敗のその内容がね」
「三試合連続二桁負けだったし」
「しかも甲子園でロッテが胴上げ」
「天に舞うボビー」
 それでも皆悪夢を言い合うのでした。悪夢というものはどうしても思い出してしまうものですけれど何故か皆このことを取り憑かれたように言います。
「思い出しても腹が立つわね」
「腹が立つどころじゃないわよ、全く」
「何であんな負け方したのよ」
 もう言っても仕方ないことですけれどどうしても言ってしまいます。
「あんなふうにね。負けるなんてね」
「全くよ」
「まあそれは置いておいて」
 話が変わります。
「さて、受験生の子達はどうかしら」
「今のところは静かね」
 試験自体は順調に進んでいます。
「何事もなく穏やかに」
「善き哉善き哉」
 ところがです。ここで。
「ねえねえ」
「どうしたの?」
 試験官の娘が一人私達のところに来て言うのです。何か変な子がいるんでしょうか。
「凄い子がいるわよ」
「凄い子って?」
「そう、凄い子がね」
 いきなり私達に対してこう言うのでした。まずはいきなり訳がわかりません。
「いるのよ。とんでもないのが」
「どうとんでもないのよ」
 まずはこれがわかりません。喧嘩とかカンニングならこれどころの騒ぎじゃないでしょうし。一体全体どんなふうに凄いのやらって感じです。
「見たい?」
「是非」
 私達のうちの何人かが頷きました。
「そんなに凄いんならね」
「どんな感じなのかしら」
「じゃあ案内するわね」
 話はどうも妙な方向に進みだしました。
「その子がいるクラスに」
「ええ。それじゃあ」
「御願いするわ」
「ちっちはどうなの?」
 一人が私に話を振ってきました。
「行くの?行かないの?」
「どうなの?」
「私は別に」
 興味があるのは事実ですけれどそれでも。今はここにいたかったのでそれに乗りませんでした。
「いいわ。ここにいるから」
「そうなの」
「ええ。それじゃあ行って来て」
「じゃあ私達だけ行って来るわね」
「暫くここの留守番御願いね」
「ええ」
 皆の言葉に頷きます。こうして私だけ残ってそこでぼんやりとしていました。暫くして皆が戻って来ると。どうもその子のことであれやこれやと話しています。 

 

第二十三話 入学テストその三

「確かにね」
「凄い子ね」
「凄いって?」
「何ていうかね」
 そのうちの一人が私の言葉に答えてくれました。
「騒がしいのよ。これが天理高校なんだってあちこち見回って」
「あちこちって?」
「普通はあれじゃない」
 いきなりあれって言われてもわからないって思うのは普通でしょうか。
「受験にしろテストだと教室で勉強するわね」
「それか静かにしているかね」
「それがその子ったら」
「ねえ」
 皆顔を見合わせます。
「テストが終わる度に外に出て」
「あちこち見回ってね」
「見回るの」
「そうなのよ。見学してるんだって」
「そう言ってね。時間の限り見回ってるのよ」
「しかもよ」
 何か話がさらに続きます。それにしても入学試験であちこち見回る子っていうのも本当に珍しいです。一世一代の勝負でそこまで熱中するなんて。
「その間ずっと歌口ずさんでるし」
「歌なの」
「しかも特撮とかバファローズの歌を歌いながら」
 近鉄ですか。あんなチームになっちゃいましたけれど。
「とにかく変わってるのよ」
「それが凄いっていうのよ」
「そうだったの」
 ここまで話を聞いてとりあえずは納得しました。
「そんな子がね。入学試験受けてるのね」
「そうなの。けれど受かるかどうかは別よ」
「落ちるんじゃないの?」
 入学試験の常として受かる人もいれば落ちる人もいます。こればかりはどうしようもないです。私だって落ちる可能性はあったわけで。
「あんなのだと」
「けれど学校の成績と変なのは別よ」
 これは本当のことです。変態さんでもお勉強ができたりするものです。このことは中学校でわかったことです。私のいた八条学園は大学まで変わった人ばかりでしたし。
「だから。ひょっとしたら」
「うわっ、あんな変な子がうちの高校に?」
「何か嫌なんだけれど」
「けれどあれでしょ」
 ここで一人の娘が言いました。
「男の子じゃない」
「うん」
「だったら問題ないわ」
 こういう結論になりました。
「男の子だったら北寮があるから」
「ああ、あそこね」
「あそこならね」
 問答無用の上下関係がある場所です。流石に自衛隊とか防衛大学程じゃないそうですけれど。けれど寮の上下関係は確かなものがあります。東寮だってそうですし。
「だから。騒いでいられるのも今のうちでしょうけれど」
「でしょうね」
「いや、ちょっと待って」
 けれどここですぐにまた言葉が入りました。
「そう上手くいかないかもよ」
「どうして?」
「だって。寮だけじゃないから」
 寮にいるとついつい忘れてしまうことです。
「自宅生だっているじゃない」
「あっ、そうね」
「そうだったわ」
 皆これを言われて気付くのでした。ここにいるのは皆東寮の娘達です。どうしてもこうした場所ですと寮生は寮生だけで固まってしまいます。
「確かに。奈良県の子の可能性もあるし」
「それだったらあのまま?」
「時々態度の大きな子っているけれど」
 私達の中にも先輩にそうだって言われる娘はいました。 

 

第二十三話 入学テストその四

「けれど。あれはねえ」
「そんなに凄いのね」
「傍若無人」
 こんな言葉まで出て来ました。
「まさにそんな子よ」
「背は高いし顔は可愛い感じだけれどね」
「背が高いの」
 私が小柄なせいで背が高いと聞くとついついそっちに反応してしまいます。せめてあと五センチは欲しいんですけれど伸びません。どうやったら伸びるんでしょう。
「高いわねえ。一七五超えてるわよね」
「一八〇近くあるわね」
「そんなにあるの」
 正直羨ましいと思ったのは事実です。
「本当に背が高いのね、その娘」
「だから余計に目立つってこと」
「その態度のでかさがね」
「困った子ね」
 今度はこう思いました。
「入学してきたら一年よね」
「間違っても三年生じゃないわよ」
 当然ですけれど。入学していきなり三年生だったらそれこそ驚きです。
「一年生だけれど」
「何なのかしらね、あの態度の大きさ」
「しかも近鉄の歌なんか歌って」
 天理駅は近鉄の駅もありますけれど私は今までおぢばで近鉄ファンの人に御会いしたことはあまりありません。実家でもです。大抵阪神ファンでした。関西にいますと黒と黄色ばかりです。黒と黄色のタイガースブラッドを持っていると豪語する方には御会いしたことがありますけれどバファローズレッドの血が流れていると言う方には御会いしたことがありません。あの三色帽子はよく見ましたけれど。
「あれであの黒い帽子被ってたら完璧ね」
「そうね、懐かしいって言ったら懐かしいけれど」
 あの帽子も好きでした。オリックスのあのユニフォームは好きになれません。何よりもあの口だけ番長はどうにかならないのでしょうか。私はあの人が大嫌いです。
「それでもねえ」
「ねえ」
「何で近鉄なんだろ」
「入試で六甲おろしっていうのもかなりあれだけれど」
 歌っていたら皆引くのは間違いないです。私だって引きます。
「とにかく変わった子よね」
「おぢばって本当に色々な人がいるけれどね」
 これは私のいる奥華なんか特に凄くて。女の人はともかくとして男の人は本当に個性派が揃っています。もうこれでもかっていう位に。
「それ考えたら普通の範疇かしら」
「普通って何をさすのかわからないけれどね」
「少なくともあの子は普通じゃないけれど」
 それにしても随分言われています。本人がここにいたら何て言うやら。
「けれどまた会うには向こうがね」
「そうそう、合格しないと」
 これはその通りです。合格しないとどうしようもないです。私も受験する時は合格するかどうか物凄く不安で仕方がなかったですけれど。
「会ったらその時ね」
「ええ、そういうことね」
 話はこれでとりあえず終わりました。それで次は。
「終わったらどうするの?」
「終わったらって?」
「だから。このテストが終わったらよ」
 話はもうそこにいっていました。まだ途中ですけれど。
「どうするの?どっか行く?」
「一旦寮に帰る?それで自転車乗って」
「あっ、それいいわね」
 自転車と聞いて皆反応します。寮には自転車があってそれに乗っておぢばのあちこちを行くこともできます。おぢばは自転車があるとかなり楽です。
「それで何処行くの?」
「ラーメン食べに行かない?それかがっつり亭」
 とにかくボリュームが凄いので有名なお店です。メニューを一つ注文すればそれだけでお腹一杯になれます。おぢばにもちゃんとお店があるんです。 

 

第二十三話 入学テストその五

「どっちかにする?」
「お好み焼きにしない?それとも王将?」
「何処がいいかしら」
「ドーナツや回転焼きはもう随分食べてるしね。それに今甘いもの食べる気分じゃないし」
「そうよね。今はそれよりも」
「しっかり食べたいわね」
「そうそう」 
 皆でそう話していきます。
「じゃあ。ラーメンかしら」
「がっつりにしない?あっちにラーメンもあるじゃない」
「それもそうね」
 がつうり亭はラーメンもあります。けれど皆がよく頼むメニューはカツとか唐揚げとかです。どうしても揚げ物を頼んでしまうような気がします。
「じゃあそれ?がっつり?」
「お好みもいいけれど」
 一人お好み焼きにこだわってる娘がいます。おぢばのお好み焼きは大阪風です。それで広島出身の佐野先輩が寂しがっておられたのをよく覚えています。奥華も広島の人が多いのでそれで大阪風か広島風かでいつもかなり論争になったりします。男の人達がお酒を飲みながら。
「やっぱりがっつりかしら」
「お腹一杯になりたいならそれでしょ」
「そうよね。それじゃあ」
「けれど。下手したらね」
 ここで一言入りました。
「下手したら?」
「柔道部の子とかラグビー部の子とかいるわよ」
 天理高校は野球部や吹奏楽部で有名ですけれど柔道部やラグビー部も有名なんです。ラグビー部のあの白いユニフォームが好きです。
「あの子達かなり食べるし」
「何か女の子の行くお店じゃないってこと?」
「少なくとも世間様はそう見るかもね」
 これは実感ができます。女の子ってやっぱり周りから独特のイメージで見られますから。特に天理高校の女の子はそうみたいです。
「天理高校の女の子がって」
「じゃあ私服で行く?」
「半被着用だから同じよ」
 外出時は絶対に半被。これが決まりです。
「だって半被に天理高等学校ってでかでかと書いてるじゃない」
「ああ、そうだったわね」
「あれはね」
「だからすぐにばれるわよ」
 考えてみれば本当に変なことができないです。何処の人かすぐにわかるので。けれどこれがいいんだっていうこともわかってはいます。
「要注意よ。いいわね」
「そうね。じゃあラーメンにしておく?」
「お好み焼きにしない?」
 どうもお好み焼きにこだわっている娘がいます。
「大阪風でね」
「っていうかここ広島風ってあるの?」
「さあ」
 あまり見たことがないです。ですから奥華の広島の人達が困っているのであって。私としてはやっぱり大阪風がいいと思うんですけれど。あとところてんは黒蜜です。
「ないんじゃないの?」
「聞かないわよね」
「それにここにいる娘って皆関西人じゃない」
 おぢばが奈良県ですからやっぱり関西の娘が多いんです。それで関西弁の女の子が可愛いっていう言葉もよく聞きます。佐野先輩なんかはその広島弁で随分人気があったそうです。広島弁っていいますと一人称が絶対わしってイメージがあるんですけれど。
「大阪でいいわよ、大阪で」
「それもそうね」
「とにかく。何食べるの?」
 食べ物の相談は続きます。
「がっつり?ラーメン?」
「それともお好み焼き?」
「お腹空かない?」
 これが一番重要でした。 

 

第二十三話 入学テストその六

「それもかなり。だからやっぱり」
「がっつりにするの?」
「勇気が少しいるけれどね」
「勇気を出せば何でも美味しく食べられるわ」
 これは本当にその通りでした。
「本当に何でもね」
「それ要ったら蛙でも何でも食べられるわよ」
「蛙も?」
「美味しいらしいわよ、あれ」
 これは私も聞いたことはあります。食べたことはないですけれど。
「あと鹿もね」
「鹿だったらすぐそこにいるじゃない」
 何処の鹿かすぐにわかりました。
「奈良公園にそれこそ一杯ね」
「あれ食べたら駄目らしいわよ」
「そうなの」
「何でも春日大社の神様の使いなんだって。それで昔からね」
「ふうん」
 どうやら奈良県の人達には好かれていないらしいですけれど。悪食でしかも凄く食べるし態度はでかいしやられたらやり返すだそうで。聞いているととんでもない鹿達です。
「駄目らしいわ」
「何だ、残念」
「猪なんかは豚に近いし」
「馬は美味しいわよね」
「そうそう、広島で結構食べるのよね」
 馬刺しは広島じゃ結構多いのは佐野先輩からも御聞きしています。私の家でも何回か食べたことがあります。確かに美味しいです。
「あと変わったものっていったら」
「鰐食べたことある?」
「あれ鶏肉に似てるらしいわね」
 昔阪神にいたパリッシュって選手が好きだったって聞いています。やっぱりこれも食べたことはないです。
「すっぽんは?」
「贅沢よ」
 これもないです。高いですし。
「あれはねえ。京都とか堺が有名だけれどね」
「高いからね」
「普通食べられないわよ」
 皆で言い合います。
「河豚なんか好きなんだけれどあれも」
「高いのはね。やっぱり」
「無理無理」
 皆あまりそういうのは食べたことがありません。うちの家では結構あんこうを食べることが多いですけれど。不細工なお魚ですけれど美味しいと思います。
「やっぱりそれ考えたら変なものとか高いものって」
「食べる機会ないわね」
「最近ネットで手に入るそうだけれどね」
 これは聞いたことがあります。時代も変わったものです。
「それこそ鶉とか兎とかも」
「兎も食べられるの」
 これは私は知りませんでした。
「美味しいらしいわよ、あっさりしていて」
「ふうん」
「フランス料理じゃ多いんだって」
 またしても全然馴染みのない食べ物が出て来ました。
「これも鶏みたいな味だそうよ」
「鶏肉なの」
「私は食べたことないけれどね」
「じゃあペットショップとか学校で飼っていたりする」
 また一人が言いました。
「ああした兎もやっぱり?」
「鶏肉みたいな味なのね」
「当然でしょ、兎なんだから」6
「まあ兎だったらそうよね」
「兎の味がそうなら」
「けれど」
 兎のお話が続きます。
「兎って食べられる?私は抵抗あるんだけれど」
「可愛いから?」
「それ言ったら何も食べられないけれどね」
 言い出したその娘が苦笑いになります。 

 

第二十三話 入学テストその七

「そういうのじゃなくてね」
「じゃあ何なの?」
「あれよ。うち兎飼ってるのよ」
「ああ、あんたの家兎飼ってるの」
「だからね。食べるのはね」
 苦笑いになります。けれどこれはよくわかります。私だって家で飼っている犬を食べるなんてとても考えられません。韓国の人が犬を食べたりするっていうのは聞いていますけれどこれも豚肉や牛肉があればそちらの方が好きだって聞いています。やっぱり豚肉だと。
「抵抗あるわよね、正直」
「それはわかるわ」
「私も」
 皆このことには頷くことができました。皆それぞれ実家にペットがいますから。
「犬食べるのはね。私は」
「私の家は猫だけれど」
 猫を食べることもできるとは聞いています。けれど美味しいんでしょうか。これもある人に聞いたことですけれど凄く泡が出ておまけにあまり美味しくないと聞いています。
「食べろって言われたら」
「豚肉とかあったら絶対そっち食べるわよね」
「誰だってそうじゃないの?」
 私もそう思います。
「だって豚肉が美味しいのはわかっているしね」
「そうそう」
「牛肉にしろだけれど」
「絶対にそっちよね」
「だから兎はね。ちょっとどころか」
 これが彼女の結論でした。やっぱりよくわかりました。
「羊なら食べられるけれど」
「私あれはちょっと」
「私も」
 羊と聞いて引く娘が結構いました。
「匂いきついから」
「あまり好きじゃないわ」
「そうなの?美味しいじゃない」
 私はその娘達の話を聞いて少しきょとんとした顔になって言いました。
「カロリーも少ないし安いし。羊もいいものよ」
「そうなの?」
「うちじゃ結構食べるわよ」
 特にジンギスカンとかを。
「美味しいのは本当よ」
「そうなの」
「けれどねえ。匂いが」
 それでも皆はあまり信じてくれない様子です。
「やっぱりお肉はね」
「牛か豚よね」
「そうそう」
「羊だっていいのに」
 私も少し意地になっていたかも知れません。羊好きですし。
「一度騙されたと思ってね」
「ううん、機会があればね」
「またね」
 こんな返事でした。やっぱりどうにもこうにも晴れない感じです。私はそれを聞いてあまりいい気分はしないのでした。何か自分を否定されたみたいで。
「豚とかはねえ。わかるんだけれどね」
「豚はね」
「そうそう」 
 皆で言い合います。豚についてはやっぱり皆知っています。
「焼いてもいいし煮てもね」
「角煮なんて最高じゃないの?」
 一人が楽しそうに言いました。
「あれなんてさ。中華料理はやっぱり豚だし」
「あっ、中華っていえば」
 一人が私を見ると皆がそれに続いて見ました。
「ちっちだってそうだったわよね」
「神戸よね」
「ええ」
 皆の言葉に頷きます。 

 

第二十三話 入学テストその八

「そうだけれどと」
「中華街、行ったことあるわよね」
「どうだったの?豚肉」
「やっぱり美味しいわよ」
 にこりと笑うことができました。中華街大好きです。何でも横浜のそれはもっと大きいそうですけれど私は地元の中華街が大好きです。
「中華街の豚肉は」
「そうでしょうね、やっぱり」
「豚って何処でも食べられるんだっけ」
「声以外はっていうわよね」
 確か沖縄の言葉です。
「耳だって美味しいし」
「内臓もね」
 皆豚のことはよく知っています。ここで私はまた言いました。
「足だって美味しいわよね」
「ああ、あれ」
 一人が私の言葉に笑顔で頷いてくれます。
「あれ美味しいわよね。醤油でじっくりと煮てね」
「あれ最高」
「もう如何にも中華って感じで」
「確か沖縄であったわよね」
 何故か沖縄料理に詳しい娘がいます。
「足てびちだったっけ」
「あれも美味しいらしいわね」
「沖縄ってやっぱり豚なのね」
「沖縄の豚料理って美味しいのよね」
「そうなんだ」
 沖縄の話になりましたけれど今一つわからないところがあります。そーきそばなんかは実家の近くにお店があって食べたことがありますけれどそれでも沖縄には行ったことがないので。どういったところかっていうとじかには知らないんです。残念ですけれど。
「私食べたことないのよね」
「私は一応は」
 私が皆に言いました。
「あるけれど」
「神戸って沖縄料理のお店もあるのね」
「あるわ。少ないけれどね」
 皆に答えます。
「それでも。本場は違うのかしら」
「どうかしらね。実際に行ってみないと」
「そうそう、わからないわよ」
 こんな感じで話をしていきます。何か話をしている間に食べてみたくなってきました。余計に食欲が湧くって感じです。我慢できない程に。
「まあとにかくね」
「ええ」
「がっつりなのね」
「行くとしたらそこじゃないの?」
「っていうかよ」
 また皆で話をしていきます。 

 

第二十三話 入学テストその九

「食べ物の話していたら余計にお腹空かない?」
「確かに」
「我慢できなくなってきたわよ」
 皆育ち盛りですから。何か奈良県の他の高校の子からは天理高校の生徒っていうと太ってるっていうイメージがあるそうです。あと背が小さいっていうのは否定できないです。
「やっぱりがっつりでしょ」
「あそこよね」
「じゃあがっつりね」
 話が決まりました。
「そこね」
「そうね。お腹一杯食べられるし」
「そうそう」
 これでやっと決まったって感じでした。
「ちょっと男の子みたいだけれど」
「もうそれは別にいいじゃない」
 かなり強引にそういうことになっちゃいました。
「向こうだってドーナツとかクレープ食べるし」
「それって普通じゃないの?」
「甘いものは女の子のものよ」
 随分と勝手な理屈です。けれどその理屈が通るっていうのも凄いです。というか私達が勝手にそういうことにしているだけですけれど。
「だからお互い様よ」
「お互い様なのね」
「そういうことにしておきましょう」
「しておくの」
「そう、そういうこと」
 本当に強引にそういうことにしてしまいました。
「さてと。それじゃあ」
「ええ。がっつりね」
 結局それで正式に決まった感じです。
「そういうことでね」
「後はテストが終わるだけ」
 それがとても待ち遠しくなりました。やっぱり私もお腹が空きますから。
「それまでは気合入れてね」
「試験官頑張りましょう」
 何はともあれまずは試験官でした。それにしてもその今頃近鉄の歌を歌うっていう背の高い男の子は何者なんでしょうか。凄く気になったことでした。


第二十三話   完


                                  2008・8・26 

 

第二十四話 出会いその一

                          出会い
 高校三年生になりました。高校生活もまともにいけばこれで終わりです。寂しくもありそれと共に最後だからって気が引き締まるって気持ちもあって。入学式と始業式が終わってから廊下で新しくクラスメイトになった同じ東寮の娘と歩きながら話をしていました。
「寮生活ももう一年ね」
「正直長かったわ」
 こう私に苦笑いと一緒に言うのでした。
「それもかなりね。特に一年の頃なんか」
「そうそう」
 私も彼女の言葉に相槌を打ちます。
「本当に二年になれるのかしらって思ってね」
「けれどちっちは上手くやってたじゃない」
 彼女に言われました。
「部屋の先輩と」
「長池先輩優しかったから」
 これが私の答えです。
「だから。上手くやってたんじゃなくてよくしてもらってたのよ」
「そうなんだ」
「そうよ。長池先輩だからやっていけたんだし」
 そういう意味で本当に長池先輩には今でも感謝しています。今でも時々御会いしますけれど高校の時よりさらに奇麗になられて。性格も相変わらず優しくて尊敬しています。
「あの人だからね」
「怖い人っていうイメージあったけれどね」
 まだ皆にはそんな意識があるみたいです。
「どうしてもね。それはね」
「まあそれは人それぞれだけれど」
「それでちっち」
 今度は私に言ってきました。
「何?」
「やっぱり大学進むのよね」
 進路のことを私に聞いてきました。
「ちっちは。どうなの?」
「そのつもりだけれど」
 漠然とですけれど天理高校から天理大学っていうのは中学の頃、いえ小学生の頃から漠然と考えていました。八条学園に通っていた頃から高校は天理だって思っていました。
「駄目かしら」
「ちっちの進路だからね」
 彼女は言うつもりがないようです。
「それはね」
「そうなの」
「けれどいいんじゃないの?」
「いいの」
「私が口出しすることじゃないし」
 少し放任的な言葉でした。
「ちっちの人生だしね」
「そうなのよね。やっぱり」
 言われてみるとその通りです。私の人生は私のものです。あのまま八条学園に残ることもできましたけれど天理高校に入って。それも自分で決めたことですし。私の人生は私で決めることなんですよね。教会を継ぐっていうのも漠然とですけれど私が決めたことですし。
「私が決めないとね」
「そうよ。誰が決めるものでもないのよ」
「私以外にはなのね」
「そういうことよ。まあちっちはね」
 ここで私を見て笑ってきました。明るい笑顔です。
「真面目だけれどどっか抜けてるし」
「抜けてるのは余計よ」
「背も低いし」
「それは関係ないじゃない」
 結局一年から三年になるまで一ミリも伸びませんでした。小学校の時は結構高い方でこのままいったらモデルさんみたいになれるかもって思っていたら見事に止まりました。今じゃ一五〇あるかどうかです。誰がどう見ても明らかに小柄な状況です。悲しいことに。
「背が低いのは」
「まあそうだけれどね」
「それが一番気になるのよ」
 本当に。コンプレックスがあってどうしようもないです。
「本当に。背ってねえ」
「牛乳とか飲んでたのよね」
「毎日かなり飲んでたわよ」
 周りが驚く程に。それでも伸びないんです。 

 

第二十四話 出会いその二

「何で伸びないのかしら」
「他に栄養いってるんじゃないの?」
「他にって?」
「胸とか」
「ないわよ」
 このこともすぐに答えることができました。私胸もないんです。背は低いし胸はないしで。スタイルいいって言われますけれど自分では何処がなのかしらと思っています。
「胸もね」
「髪の毛とか?」
「髪の毛なのね」
 ショートヘアにしています。元々黒髪でそれはずっとこのままにしています。黒髪が好きですから。
「ちっち髪の毛奇麗だし」
「有り難う」
 そう言われるとやっぱり嬉しいです。髪の黒いことは密かに自慢だったりします。
「色も白いし」
「そうかしら」
「そういうところに栄養がいったんじゃないかしら」
「髪の毛にお肌ね」
「どっちも女の子にとっては大事じゃない」
「確かに」
 その通りです。女の子は背や胸だけじゃないっていうのはわかってるつもりですけれど。けれど実際に言われると成程と思うのも確かです。
「その通りだけれど」
「ちっちってその二つあるからかなりいいのよ」
「いいの」
「そう、いいのよ」
 何故かこう言われました。いいって。
「二つあるだけでも全然違うから」
「けれど背と胸ないから」
「背って関係ないし」
「ないの?」
「そうよ。かえって小柄な方がいいのよ」
 何か今まで思っていたことと全然逆のことを言われます。それでかあんり戸惑っていますけれど彼女はまだ私に言ってきます。
「女の子はね。そっちの方がね」
「そうかしら」
「小さい女の子が駄目だったらおぢばじゃ誰も結婚できないじゃない」
 確かに小さい人が多いですけれど。一五〇ない人もいますし。
「胸はそれぞれの好みだしね」
「男の人って皆大きいのが好きなんじゃないの?」
「それは間違いよ」
 すぐに否定されました、これまた。
「そんなこと言ったら北乃きいちゃんどうなるのよ」
「ああ、あの娘ね」
 最近結構CMとかドラマで見る娘です。小柄でかなり可愛いです。特に目につくのはそのスタイル。ミニスカートにした制服から見える脚がもう奇麗で。
「あの娘なんか背低いじゃない」
「ええ」
「多分一五五ないわよ」
 それでも私よりは背が高いって思うんですけれど。
「胸も小さい方だしね」
「そういえば確かに」
「それでもスタイルはいいわよね」
 これは私もわかっていることです。確かにスタイルはかなりのものです、あの娘。
「そういうことよ」
「そうなの」
「そう、女の子は背と胸だけじゃないの」
 このことをまた言われました。
「その他だって大事だし旨が大きくなくてもいい娘だっているわ」
「ふうん」
「しかもちっち可愛いじゃない」
「そ、そうかしら」
 今の言葉には正直かなり焦りました。嬉しくもありましたけれど。 

 

第二十四話 出会いその三

「顔いいわよ。自信持ちなさい」
「顔はそんなに」
「自分じゃわからないものよ」
 こうも言われました。
「特に顔はね」
「けれど私子供の頃」
 その時のことを思い出して彼女に言います。
「ブスって言われたわよ、はっきりと」
「子供の頃なんて皆言われてるじゃない」
「そうなの?」
「そうなの」
 かなり強引にそういうことにされました。
「そういうところわかっていないと」
「ううん、そうだったの」
「いちいち人の言葉真に受けないの」
 こうまで言われます。
「まあちっさいのは本当だけれどね」
「小さいのはなのね」
「それだけは諦めた方がいいわね」
 随分な言われようだと思います。
「もう高校三年生じゃない」
「ええ」
「背、それ以上伸びないわよ」
 また言われました。
「多分だけれど」
「やっぱり駄目なの」
「男の子ならわからないけれど。女の子だったらもう」
「成長期って短いのね」
 何で女の子って男の子より小さいんでしょうか。このことを凄く不満です。おかげで私は子供の頃は大きい方だったのに今じゃクラスで一番前です。
「女の子のは」
「否定はしないわ」
「しないのね」
「だって本当にそうだと思うから」
 この娘も何かかなり不満そうです。男の子と女の子でどうして成長期まで長さが違うんでしょうか。これって私達が勝手にそう思ってるだけかも知れないですけれど。
「私もねえ」
「何かあるの?」
「背はね。あまり」
「幾つだったっけ」
「一五五よ」
 私より大きいので気付かなかったですけれど。これは小柄らしいです。
「それ以上伸びないし」
「一五五なの」
「最近あれじゃない。俳優さんも」
「ええ」
「ジャニーズの人はともかく特撮出身の人なんか凄く大きいわよね」」
「特に仮面ライダーやってた人ね」
「そうそう」
 仮面ライダーに出ている人になるとかなり高いです。何故か戦隊ものの人達よりも高いように見えます。おかげで一緒に出ている女優さんが小柄に見えてそれでこの人も小柄なんだって思っていたら他のドラマでその人も高いってわかってショックだったこともあります。
「山本裕典さんあの顔で大きいわよね」
「一八〇近いわよ、あの人」
 ドラマ観てびっくりでした、この人も。
「特に大きいのが小幸田涼平さん?」
「荻野崇さんとか村上幸平さんも高いわよ」
 殆どの人が一七五前後は確実にある世界です、仮面ライダーの人達は。
「椿隆之さんもそうだし」
「私達と並んだらそれこそ」
「もう巨人よね」
 椿さんは一八五あります。テレビで観ていて何て大きな人なんだろうって羨ましかったです。女優で言うと伊東美咲さんや藤原紀香さんなんか。どうやったらあんなに背が高くなるんでしょうか。
「何か大きい人は何処までも大きいから」
「ふそく言っても仕方ないけれどね」
「まあねえ」
「あっ、ちょっと」 
 こんな話をしていると。不意に後ろから男の子の声が聞こえてきました。 

 

第二十四話 出会いその四

「ねえ君」
「君!?」
 その声に周囲を見回します。誰のことでしょうか。
「誰かしら」
「私?」
「そこの君だよ」
 ここでまた声が聞こえてきました。
「そこの君。そう、君」
「ちっちらしいわよ」
「何で私なの?」
 こう言い合っているとまた後ろから声が聞こえてきました。
「そこの背の小さい君。小さい方の」
「小さい!?」
 今の言葉ではっきりわかりました。わかってもうはらだちをはっきり感じました。
「誰が小さいですって!?」
「君、何処のクラス?」
 振り向いたそこにいたのは。背が高くてすらりとしていて髪の毛が茶色がかった男の子でした。細面で今時の男の子って顔です。ちょっと見たらいけてる感じです。何よりもそのすらりとしたスタイル、特に長い脚。かなり羨ましいです。けれど三年でこんな子知らないですけれど。
「よかったらさ、案内してくれるかな」
「案内って何処に?」
「僕のクラス」
 明るく笑って随分図々しいことを言ってきました。
「いいかな、それで」
「クラスって何処よ」
 はらだちをさらに感じながら彼に言い返します。
「三年何組なの?」
「えっ、三年って?」
 けれどこの子は三年って聞いて目を丸くさせてきました。全然予想していなかった感じです。
「僕一年だけれど」
「一年!?」
「あのさ、君」
 目を少し丸くさせたうえで私に言ってきました。
「かなり子供っぽいけれど幾つなの?」
「十七よ」
「僕十五」
 憮然としながら歳を答えるとこう言ってきました。
「今度入学したんだけれど」
「私三年よ」
 むかっとしつつ答えてあげました。
「貴方一年ってことは」
「先輩!?」
「そうなるわね」
 何か彼の背がとても高いんで完全に見上げてしまっています。こうした時小柄だと本当に困ります。相手は優に一七五超えてる感じです。
「三年F組中村千里。貴方は?」
「一年G組阿波野新一です」
「そう、阿波野君なの」
 何か何処かで聞いた名前です。私も今は中日におられる中村紀洋さんの名字だってよく言われますけれど。阿波野って名字は嫌いじゃないです。
「それで一年の教室ね」
「はい。何処ですか?」
「口で言ってもわからないわよね」
 不機嫌な声で答えてあげました。
「やっぱり」
「っていうか本当に何処なのかわからないんですけれど」
 私達は今丁度本校と三年生の校舎の間にいます。一方に家庭科の校舎、もう一方に茶道の建物があります。外の廊下なんです。
「何処が何処なのか」
「一年生の校舎は後ろよ」
「あっ、後ろなんですか」
「けれどやっぱりわからないわよね」
「とりあえず先輩の御顔だけはわかります」
 何か私の顔をじいっと見ています。私の顔に何かついているんでしょうか。それが結構不愉快なんですけれど口に出しては言いませんでした。 

 

第二十四話 出会いその五

「小さいってことも」
「そんなこと言ったら案内してあげないわよ」
 本当に失礼な子です。私は先輩なのに。天理高校は上下関係厳しい学校ですけれど何でこんな子が入って来たんでしょうか。
「それでもいいの?」
「あっ、それは困りますけれど」
「じゃあ黙って来なさい。いいわね」
「はい。それじゃあ」
「あっ、ちっち」
 私がこの子、阿波野君を案内しようとするとそれまで一緒にいた娘が私に言ってきました。
「何?」
「その子、ええと」
「阿波野です」
 自分から名乗りました。この子の方から。
「阿波野新一です、宜しく御願いします」
「そう、阿波野君案内してあげるのね」
「だって。本当に何処に何があるのかわからないみたいだから」
 放っておけません。凄く失礼な子ですけれど。
「案内してあげるわ」
「そう。じゃあまたね」
「ええ、また」
 別れを告げたところで横から。その阿波野君が私に言ってきました。
「それで先輩」
「何?」
「はじめてのデートですけれどね」
「デートって何がよっ」
 いきなり怒ってしまいました。案内してあげるだけなのにデートって。どういう超絶解釈したらそうなるんでしょうか。本当にとんでもない子です。
「私はね、ただ貴方を教室に案内してあげるだけで」
「だって男の子と女の子が一緒に並んで歩くじゃないですか」
「まあそれはそうだけれど」
「だったらデートですよ」
 にこりと笑って言うのでした。
「それで」
「凄い解釈するわね、本当に」
「いや、普通ですよ」
「普通じゃないわよ」
 何でこんな子と会ったんでしょうか。今凄いふそく覚えています。
「一緒に歩いてるだけでデートなんてね」
「イタリアじゃそうですけれど」
「イタリア人に謝りなさいっ」
 初対面の子にこんなに怒ったことって本当にはじめてですけれどそれでも怒らずにはいられませんでした。何処までいい加減なんでしょう。
「そんなふうに言って。本当に怒るわよ」
「怒った顔もってやつですか?」
「いい加減にしなさいっ」
「まあまあ」
「まあまあって阿波野君が悪いんでしょっ」
「それはそうと先輩」
 また急に話を変えてきました。
「何よ」
「僕の教室ですけれど」
 このことを言ってきました。
「何処なんですか?それで」
「あっ、それは」
 言われてやっと思い出しました。実は今まで奇麗に忘れていました。
「だからこの校舎よ」
 丁度今目の前に大きな木造の入り口が見えています。天理高校は広くて校舎も幾つかありますけれど本校舎は一つです。三階建てで四角くて真ん中を取り囲むようにして建てられています。屋根は瓦でそれがトレードマークにもなっています。かなり独特の校舎です。
「ここの二階でね」
「一階じゃないんですか?」
「二階よ」
 こう阿波野君に答えました。
「二階にあるのよ」
「けれど入り口に入ったらそこが」
「階段下にあるじゃない」
 正門から入ったらすぐに上に上がる階段と下に降りる階段があります。はじめてみたいでこのことを知らなかったみたいです。
「そこに下りたら一階よ」
「じゃあ一年の教室って」
「そう、二階にあるのよ」
 こう言えばわかるでしょうか。わかってくれてないみたいですけれど。 

 

第二十四話 出会いその六

「二階にね」
「そうだったんですか」
「それでG組よね」
「はい」
 今度は素直に答えてくれました。
「そうですよ」
「何か一年の頃思い出したわ」
 G組と聞いてついつい思い出したのでした。
「私もG組だったし」
「じゃあクラスでも先輩なんですか」
「まあそういえばそうね」
 言われてはじめてこのことに気付きました。けれどあまり気分はよくないです。
「だから教室は」
「いやあ、入学早々デートなんてね」
「だから違うでしょっ」
 かなりりっぷくを覚えだしました。
「案内するだけなのにどうしてそうなるのよ」
「僕はそう思ってるけれど」
「大体ね、私はまだ」
 あんまりいい加減な調子なんで本気で頭にきだして言いました。
「デートも男の人とお付き合いしたこともね」
「じゃあキスとかは?」
「あるわけないでしょっ」
 これもないです。ある筈がありません。
「そんなこと。お付き合いした人だっていないのに。
「そうなんだ」
「結婚してからよ、そんなことは」
 この考えはずっと変わりません。やっぱり何事も結婚してからです。キスなんてとても。そりゃデート位は、って思ったりもしますけれど。
「全く、君みたいな軽薄な子はどうかわからないけれど」
「僕だってまだだよ」
 阿波野君はこう返してきました。
「そんなのないよ」
「あら、そうなの」
「キスだってしたこともないし。デートなんか」
「ないの?嘘でしょ」
「嘘なんかつかないよ」
 私を見下ろして言ってきます。
「本当だよ。本当に女の子とデートなんてこれがはじめてですよ」
「へえ、意外とそういう経験ないのね」
 何か今変な言葉を聞いたような気が。
「はじめてのデートはね」
「ええ」
「やっぱり可愛い娘とね。したいなあって思ってたし」
「ふうん、だといいけれどね」
 話が微妙に噛み合っていないような気もしますけれど。それでも話のやり取りが続きます。どうも彼のペースで進んでいっていますけれど。
「阿波野君も高校でそんな娘見つけたら?」
「そうしたいですね」
「やっぱり恋愛っていいものらしいから」
 お付き合いしたことがないからどうこう言えません。中にはとんでもない目に遭って人間性まで変わっちゃったって人もいると思いますけれど。
「したらいいわよ」
「まあ僕自宅生ですしね。出会いは多いし」
「自宅生なの」
「家は奈良なんです」 
 天理高校での自宅生と寮生の割合は大体半々です。私も自宅生の女の子が一杯友達にいます。高校から入る子と天理中学から通っている子がいます。
「奈良の山奥でね」
「奈良って山多いわよね」
 これは少しわかります。おぢばの周りも山ですから。
「じゃあ阿波野君のお家の周りも?」
「鹿とか猿とか出ます」
「猿って」
「熊だって出ますよ」
「熊!?」
 それを聞いてまた驚きでした。熊は予想していませんでした。
「そんなのも出るの!?」
「出ますよ、普通に」
 阿波野君は平気な顔で私に答えます。
「それこそ。鹿なんか何度も見ていますよ」
「また随分凄いところね」
 言葉もありません。そんなのが出るなんて。私は神戸の街中で暮らしているので熊が出るなんて話は聞いたことがありません。中学校には色々な動物がいましたけれど。 

 

第二十四話 出会いその七

「山の中よね」
「ええ、だからですけれど」
「それでも凄いわね」
 こう言うしかありませんでした。驚きのあまり。
「熊かあ。けれど奈良って本当に山多いわよね」
「南なんか物凄いですよ」
「お家南なの?」
「いえ、北ですけれど」
 奈良県は北と南に分けられます。有名な街は北に集中しています。人も北の方がずっと多くて便利になっています。南には吉野とかが入ります。
「三重に近い方なんですよ」
「桜井とか宇陀とかあの辺り?」
「はい、あそこです」
「あそこ確かに山凄いわね」
 それは私も知っています。桜井の辺りには天理教のかなり大きな教会も沢山あります。おぢばに近いので教会も多いんです。
「だからなのね」
「確かにそういうのもいますけれどね」
「ええ」
「山って楽しいですよ」
 完全に野生児の言葉でした。それを言うとこの子がアマゾンか何かに見えます。流石にそこまではいかないのですけれど。
「色々なものがありますし」
「色々なもの?」
「あけびとか」
 物凄い果物が出て来ました。
「他にも山葡萄とか。結構あるんですよ」
「あけび?あの貝みたいな形のね」
「これが美味しいんですよ」
 にこにことして私に話をしてきます。私達は校舎の廊下を歩いています。木造りの廊下でかなり独特の趣きがあります。この学校は土足なんで靴を替える必要はありません。
「程よい優しい甘さでね」
「ふうん、そうなの」
「何なら秋に御馳走しましょうか?」
「それは別に」
 何でこの子はこんなこと言うんでしょうか。わかりません。
「いいわよ、そんなの」
「いいんですか」
「そこまで気を使ってもらわなくても」
「別に気を使ってはいないですけれどね」
 平気な顔をしてこう返してきた阿波野君です。
「僕人に気を使わないんで」
「ちょっとは使いなさい」
 また怒ってしまいました。
「さっきから見ていれば何なのよ」
「飾らないんですよ」
「無神経なだけよ」
 こんな超絶解釈もはじめてです。
「全く。よくそんなので今まで頭打たなかったわね」
「頭打つって?」
「だから。頭が高いとね」
 この場合は背のお話じゃないです。威張っているという意味です。
「打つじゃない。何かあると」
「そうなんだ」
「そうよ。今迄何度も頭打たなかったの?」
「いえ、全然」
 何かえらい言葉が返ってきました。
「そんなことなかったですけれど」
「そのうち来るわよ」
「優しく教えてもらったことばかりで」
 物凄い運のいい子です。運が良過ぎて頭にくる位。そういえば私も初対面なのにこの子に色々と言っています。言わずにはいられません。
「そういうことはないですね」
「皆貴方に呆れてるんじゃないの?」
「そうですかね」
「そうよ、きっとそうよ」
 少なくとも私は呆れています。こんなお気楽極楽な調子でいつもいるとなると。一体どんな育ち方生き方をしてきたんでしょう。日本人じゃなくてイタリア人じゃないかって思いました。 

 

第二十四話 出会いその八

「天理高校ってね」
「上下関係厳しいんですよね」
「知ってたの」
「天理教の人に言われました」
 ふと思わぬ言葉が出て来ました。
「ここに入る前に」
「あれっ、天理教の人って」
「実は僕ここに入るまで宗教と縁がなかったんですよ」
「そうなの」
「ええ、実は」
 今わかった衝撃の事実というやつでしょうか。どうもこの阿波野君自宅生の高校から普通に受験で入った子みたいです。こうした子もこの高校には多いです。
「そうなんですよ」
「ふうん、そういえばそうね」
 その阿波野君を見上げて彼に言います。
「そんな感じね」
「ドラマの主役みたいな感じですよね」
「何でそうなるのよ」
 また変なことを言ってきました。
「ドラマの主役って。精々脇役よ」
「僕脇役なんですか」
「特撮でいえば仮面ライダーの協力者」
 何処となくコミカルな役のことを言いました。
「そんなところね」
「何か変な役ですね、それって」
「だって。ライダーは特別な役よ」
 これにはかなりこだわりがあります。
「ライダーやるからにはね。凄く格好よくないと」
「こだわっていますね」
「戦隊ものだったらいけるかも」
 何故か戦隊の話にもなります。
「緑とか黄色ね」
「三枚目ですか?やっぱり」
「少なくともその傍若無人なのなおしなさいよ」
 顔を顰めさせて言います。
「凄く腹立つし」
「腹立ちます?」
「少なくとも頭にはきてるわ」
 むすっとした顔で言いました。
「今だって。全く」
「あっ、それで先輩」
「話変えないの」
「その一年G組の教室何処ですか?」
「あっ」
 言われて気付きました。というか思い出しました。この子を教室に案内しないといけません。それを思い出して自分のうっかりさに少しはらだちを覚えました。
「そうだったわね。教室は」
「それで何処ですか?」
「ええと、確か」
 一年間通っていた教室です。忘れる筈もありません。周りを見回していると早速。というかすぐ横にそのG組の教室がありました。
「ここよ」
「何だ、目の前ですか」
「ええ、ここよ」
 その教室の札を指差して教えます。
「この教室だから」
「ふうん。他の教室と同じですね」
「変わる筈ないじゃない」
 この子はまた何を言っているんだろうって思いました。こうしてはじめて会った今だけでも何度も思っています。これはかなり手間のかかる子です。
「学校の教室なんてね。それこそ」
「変わらないって?」
「変わったらかえって怖いわよ」
 また阿波野君に言います。
「教室ごとに変わっていたりしたら」
「個性的でいいんじゃないですか?」
「個性は生徒が出すものよ」
 また言い返します。
「違うかしら」
「個性は生徒がですか」
「そういうのはね」
 何か教室の前でまた話をします。今度は立ち止まってですけれどそれでも言います。 

 

第二十四話 出会いその九

「自然と出て来るものだし」
「自然にですか」
「だから無理して出す必要もないものなのよ」
 少なくとも私はそう思います。個性は黙っていても自然に出て来て目立つものだと思います。よく考えると奥華の人は全部そんな感じです。
「君だってね。そうよ」
「僕自己主張していませんよ」
「目立つって意味よ」
 やっぱり本人に自覚はありませんでした。予想していましたけれど。
「私だからいいけれど変な先輩には気をつけなさいよ」
「何かそう言われるとお姉さんみたいですね」
「私弟はいないわよ」
 何故かいつも弟がいそうって言われますけれど。それでもいないです。妹が二人、それが私の姉妹です。女の子三人で気兼ねなく過ごしてきました。
「お兄ちゃんもね」
「そうなんですか、意外」
「意外じゃないわよ。それにしても」
 一年生の教室の前にいるので視線が気になります。まだ私が三年だってことは気付かれていないようですけれどすぐに気付かれるものです。今のうちに帰らないとと少し焦ったところで。
「じゃあ先輩」
「何?」
「有り難うございました」
 にこりと笑って私に言ってきました。
「じゃあこれで。教室に入りますんで」
「ええ、これでもうどのクラスかわかったわよね」
「はいっ」
 何かその笑顔が随分と。無邪気で人なつっこくて。可愛く思えたなんて言ったらこの子がまた調子に乗っちゃいそうで止めておきました。
「おかげで助かりました。じゃあこれで」
「これでお別れね」
「お別れって何か」
 今の私の言葉に少し寂しそうな顔を見せます。
「同じ学校なのにまた会えるじゃないですか」
「私は会いたくないの」
 むすっとした顔で阿波野君に答えました。
「全く。手がかかったわよ」
「後輩は手がかかるものですよ」
「それでも手がかからないように努力しなさいっ」
 また怒っちゃいました。八重歯が見えちゃいそうで気になりますけれどそれでも。
「これじゃあまるで本当にお姉さんみたいじゃないの」
「まあまあ」
「とにかく。これでね」
「はい。じゃあまた」
「またはなくても別にいいからね」
 当然本音での言葉です。
「わかったら早く教室に入るのよ。いいわね」
「わかってますよ。先輩は厳しいなあ」
「厳しくなんかないわよ」
 怒った言葉が自然に出ちゃいます。
「阿波野君がふざけてるだけでしょ。いい加減にしなさい」
「はいはい」
 何はともあれ彼は教室に入りました。そのむすっとした顔でそれを見送ってから私も自分のクラスに戻りました。けれどクラスに戻ったら早速。
「やるわねちっち」
「見直したわ」
 いきなりクラスメイトの皆から言われました。学年も三年生になると皆お互い知っているんで新しいクラスでも他人行儀はなしです。皆囃し立ててきます。
「いきなり強引にねえ」
「意外意外」
「何のことよ」
 皆の言っていることがわからないで聞き返しました。何で教室に入ったらいきなりなんでしょうか。けれど皆は私を囃し立てる感じです、相変わらず。
「だから。デートに誘うなんてねえ」
「しかも新入生の男の子よね」
「この年下キラー」
「やっぱりそうだって思ってたのよ、ちっちは」
「そうそう、年下狙いよね」
「ひょっとしてあれ?」
 ここまで話を聞いてやっとわかりました。
「あの子をクラスに案内したこと?」
「そうよ。理由はそれで実際は」
「やるじゃない、案外」
「案外もこんなのもないわよ」
 そのことを言われていることはわかりましたがだからといってその通りではありません。デートどころか手のかかる子を案内しただけなのに。どうしてそうなるんでしょうか。 

 

第二十四話 出会いその十

「私はただねえ」
「よかったじゃない」
「ねえ」
 勝手によかったことにされだしました。
「ちっちもこれで彼氏ができたんだし」
「けれどあれよ。最後までいったら駄目よ、まだ」
「最後までって」
 いわれたこっちが顔を真っ赤にしてしまいました。
「私はまだね。そんなことっていうかあの子はそんなのじゃないわよ」
「隠してもわかるから」
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫って何がよ」
 また八重歯を出しちゃいました。今日はよく出ます。
「私はねえ。そもそも向こうから呼び止められてね。仕方なく」
「ナンパされたんだ」
「ちっちが誘ったんじゃなくて」
「だから誘ってもないしデートもしてないわよ」
 自分でもかなりムキになってるのがわかります。
「何度も言うけれど案内しただけよ、クラスにね」
「本当に?」
「本当よ」
 やっぱりここでもムキになってしまいました。
「こんなことで嘘言ってどうするのよ」
「事実隠してねえ」
「実はって普通に芸能人であるわよね」
「そうそう」
 今度はこう言われます。
「だからちっちだってね」
「そうじゃないの?実際は」
「絶対にないわ」
 断言しました。
「それはね。地球が裏返ってもよ」
「地球が裏返ってもってねえ」
「何か凄い表現ね」
「けれどそれは絶対にないから」
 また断言です。こんなに絶対絶対って言うことってないんですけれどそれでも今はって感じです。
「わかったわね」
「やれやれ。照れ隠しでねえ」
「ちっちもそんなお年頃なのね」
「いい加減にしないと本気で怒るわよ」
 これは本当に本気の言葉でした。
「そんなこと言ったらあれじゃない。私が小学生と一緒にいたらどう思うの?」
「引率?」
「お姉さんよね」
「じゃあ中学生は?」
「従弟かしら」
「そんなところよね」
「それじゃあ高校生はどうなのよ」 
 今のお話の核心です。中学生までは従弟扱いでしたが今度はどうなるか。尋ねたところでこっそりと心の中で皆の反応に注目します。
「そこんところは。どうなの?」
「やるじゃないって感じ?」
「年下彼氏ゲットでね」
「だから何でそうなるのよ」
 むすっとした顔で皆に抗議します。
「一緒にいるのが高校生だと。何で?」
「歳が近いからね」
「実際のところ中学生でもかなり危険よ」
「危険なの」
「特にちっちはね」
 何故か私は『特に』らしいです。随分失礼なことを言われてます。
「年下似合うんだもん」
「お姉さんだしね」
「何度も言ってると思うけれど私は年上の人好きなんだけれど」
 正直に言いますと私より背が高いだけで容姿は満足です。大事なのは心ですよね。心がしっかりしていて奇麗な方なら誰でもいいです。私を好きでいてくれたら。
「いつもいつも言われるわね」
「まあまあ」
「気にしない気にしない」
「言ってるのは誰よ」
 皆に抗議します。 

 

第二十四話 出会いその十一

「阿波野君とはあれで終わりよ。多分もう滅多に会わないわ」
「名前まで知ってるじゃない」
「何よ、本当に手が早いじゃない」
「えっ!?」
 言われてびっくりです。
「初対面でもう名前知ってるの?」
「普通そこまでって」
「ないわよね」
 皆の方が驚いた顔になっています。何でなのか私には全然わかりません。
「どうやってわかったのよ、そんなの」
「まさかとは思うけれどちっちから聞いたとか?」
「まずは私から名乗ってね」
「うわ、大胆」
 本当のことを言っただけなのにいきなりこれでした。
「ちっち、それはないでしょ」
「ねえ」
「ないって?」
「だから。自分から名前言ったのよね」
 このことを確認するようにして私に尋ねてきます。
「その子に」
「そうだけれど。それがどうかしたの?」
「だから。自分で来てって言ってるようなものじゃない」
「言うなら言うでね」
「しかも受けること前提」
「?どういうこと?」
 話が全くわかりません。それで目をぱちぱちとさせて同時に顰めさせて。変わった顔になっちゃいながら皆に聞き返します。
「来てだの言うだの受けるだのって」
「だから。若しその子がちっちのこと好きだとするじゃない」
「ええ」
 何が何なのか全然わからないまま皆の話を聞き続けます。
「名前とか。クラスも言ってるのよね」
「ついでだったし」
 このことも正直に答えました。
「言ったけれど。向こうも」
「向こうもねえ」
「お互いってことはもうやばいわね」
「やばいやばい」
 皆の言葉の意味がさっぱりわかりません。何が言いたいのかも。
「じゃあ。覚悟してなさい」
「積極的な子だったらやばいわよ」
「やばい」
 この言葉の意味もわかりませんでした。
「何でなのよ。さっきから言ってる意味わからないわよ」
「知らぬが何とやらって言うけれど」
「年下の子でも男の子は男の子よ」
 話がどんどん変なふうになっているような。
「油断したらもう後ろからとか」
「いきなりってのが多いわよね、やっぱり」
「相手もね。虎視眈々よ」
「だから。さっきから何言ってるのよ」
 本当に全然わからないので少し苛立ちながら皆にまた尋ねました。
「虎視眈々とか。尋常じゃないじゃない」
「こりゃ駄目だわ」
「鈍過ぎよねえ」
「わかっていたけれど。それでも」
「本当に訳わからないけれどとにかく」
 私もムキになって皆に返しました。
「クラスに案内しただけ。それだけよ」
「まあそう思っているといいわ」
「自分がそれでいいんならね」
「すっごい引っ掛かる言い方なんだけれど」
「気のせい気のせい」
「だから。自分がそれならそれでいいじゃない」
 物凄く引っ掛かる言い方ばかりです。こんな言われ方は今までなかったです。それにしても皆何かがわかってる感じです。私以外は。
「そういうことよ。ところでさ」
「今度は何?」
「今度の担任の先生誰だったっけ」
「あと副担任の人」
「あれっ、そういえば」
 言われるとまだ誰なのか知りません。今言われてそのことにも気付きました。
「誰かしら」
「まあ今までと同じだと思うけれどね」
「そう思うと特に警戒することないわね」
「そうね。それにしても高校生活もあと一年」
 そうです、高校三年生です。泣いても笑っても普通にやっていればこの一年で終わりです。一年の頃はどうなるかって思いましたけれど。
「それで終わりね」
「そうよ。悔いが残らないようにしないとね」
「じゃあこの一年」
「ええ、宜しく」
 変な子に会いましたけれどとにかく高校生活最後の一年がはじまりました。この時はいよいよ、と意気込んでいたのですがそれがすぐに変わることになるとはまだ思いも寄りませんでした。世の中は本当に色々なことがあります。出会いもまたその中にあるようです。いい出会いも悪い出会いも。


第二十四話   完


                           2008・9・10 

 

第二十五話 思わぬ再会その一

                          思わぬ再会
 三年生の時間がはじまってまずは担任の先生と副担任の先生がわかりました。クラスの皆は男の子も女の子も知ってる子ばかりなので特に何もありませんでした。
 こうして三年生の学園生活が無事はじまりました。筈でした。少なくとも奥華の詰所で天理高校生の顔合わせがあるまでは。
 奥華大教会では所属しているそれぞれの教会にいる天理高校の生徒は時々集まって色々と何かしたりします。大抵は詰所でお菓子を一緒に食べながら話をするだけですけれど。今日はそれのはじめての会合ということで皆の顔合わせをするということになりました。
 それでまずは詰所に行くと詰所の人達に笑顔で声をかけてもらいました。
「こんにちは、千里ちゃん」
「はい、こんにちは」
 やっぱり詰所は落ち着きます。もう完全に私の第二の家です。入り口の受付にはいつも通り詰所の人達がおられます。どなたも天理教の半被を着ておられます。
「もう三年だったっけ」
「はい、そうなんですよ」
 無意識のうちににこにことなりながら言葉を返します。ロビーにはまだ誰もいません。
「長いようで短いですね」
「そうだね。今日はあれだよね」
「はい、天高生の顔合わせです」
「そうそう。今年は男の子が一人いるみたいだよ」
「一年生ですか」
 今の二年生は三人でそのうち二人が女の子です。私達三年は二人でもう一人が男の子。女の子の方が多いです。
「そうだよ。一年生は二人だけれどね」
「ですか」
「何でもあれなんだって。実家が奈良にあって自宅から通っていて」
「自宅生ですか」
「うん。まあうちの教会で自宅生って珍しいけれどね」
「そうですね。それは確かに」
 地元が大阪や岐阜、それに広島なので天理高校に入る場合はどうしても寮になります。私もそれは同じで東寮に入ってもう三年目です。
「それでどんな子ですか?」
「それがねえ」
 ところがここで受付の方は苦笑いをされたうえで首を傾げられました。
「僕もよく知らないんだよ」
「御存知ないですか」
「何でも結構明るい子らしいけれどね」
「明るいんですか」
「天理教には高校から入ったらしくてね。知ってるのはこれ位なんだよ」
「高校からですか」
 ここであの入学式の時のいい加減な子を思い出しました。よくもまああれだけいい加減に生きていられるものだと感心してしまったあの子を。
「そうだよ。だからね」
「あとは会ってみてからですか」
「けれど悪い子じゃないらしいね」
 こうも言われました。
「詰所にもまだ一回か二回しか来ていないけれどね」
「まだまだよくわからないんですね」
「背は高いね」
 それはかなり羨ましいです。
「千里ちゃんとは二十五センチ以上違うよ」
「じゃあ見上げちゃいますね」
「そうなるね。それにしても千里ちゃんも」
 今度は私が見られました。足の爪先から頭の天辺まで一通り。それからまた言われました。
「結局大きくならなかったね」
「何でそんなこと言うんですか」
「いや、その彼が大きいからね」
 結局背のことは言われます。学校でも寮でもここでも。私にとって小さいということは何処に行ってもついて回るみたいです。不本意なことに。
「ちょっと思ったんだけれど」
「努力はしましたけれど」
 ついつい言ってしまいました。
「それでも。結局」
「伸びなかったってことかあ」
「遺伝ですかね、やっぱり」
 少し溜息が出てしまいます。 

 

第二十五話 思わぬ再会その二

「こういうのって」
「お母さんもお婆ちゃんも妹さん達も小さいしね」
「これでも小学校の時は大きい方だったんですけれどね」
 あの時が本当に懐かしいです。それが気付いてみれば全然伸びなくなった。皆がどんどん大きくなっていくのに私だけは小さいままだったんです。
「牛乳も豆乳も意味なかったです」
「大体天理高校の女の子は小さいよ」
「はい」
 これもよく知っているつもりです。私は特に、って感じですけれど周りも。小さい娘ばかりっていうのも何か凄いことだと思います。
「そうですよね。特に二部の娘は」
「けれど男の子は違うんだよね」
「ですよね。何ででしょう」
 背の高い子もかなり多いのが男の子の世界です。私と三十センチは離れてる子もいたりして。不公平じゃないかしらって思える位です。
「私結局伸びなかったしこの前なんてですね」
「どうかしたの?」
「一年生に同級生と間違えられたんですよ」
 あの阿波野君のことを話しました。
「酷いですよね、これって」
「ははは、そんなことがあったんだ」
「笑い事じゃないですよ」
 むっとした顔で言いました。
「何で一年生なんですか、私が」
「だって千里ちゃん小さいし」
「だからそれはですね」
 また言われます。小さいのはわかっていますしその話ですけれどそれでもこうまで言われると。いい加減私も嫌になってきます。
「どうしようもないですし」
「あと顔かな」
「顔、ですか」
「童顔じゃない」
 これも自覚があります。
「千里ちゃんって。だからだよ」
「顔もなんですね」
「僕から見ても一年生に見えるよ」
 酷い言葉だと思いました。少なくとも三年生って自覚があってしかも歳相応に見られたいですから。それでもこの人は仰います。
「それでもだよ」
「はい」
「別に悪いことじゃないと思うけれどね」
「子供に見られるのが嫌なんです」
 今度は目を顰めさせました。
「それが」
「若く見られるのが?」
「若いって私まだ十七ですよ」
 十八歳の誕生日はまだ先です。花の十七歳、何かクラスの娘が十七はジグザクラブレターなんて物凄く懐かしい歌を歌っていました。私達が生まれる前の歌でした。
「それで若くって」
「はっきり言って中学生にも見えるよ」
「中学生・・・・・・」
 今の御言葉には絶句でした。
「そんなにですか?」
「若く見えれば見える程いいじゃない」
「そうでしょうか」
「まあこの歳になればわかるよ」
 そして笑って私に言うのでした。
「こういうこともね」
「はあ」
「さて、と」
 ふと腕時計を見ての御言葉でした。
「そろそろ他の子達も来るかな」
「あっ、そうですね」
 私は壁の時計を見て言いました。
「そういう時間ですよね」
「ほら、早速」
 まずは二年の娘が。ぺこりと私に頭を下げてくれました。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
 私も挨拶を返してまずはいい雰囲気でのはじまりです。少しずつ皆が来ます。けれど一人だけまだ来ていません。そろそろなんですけれど。 

 

第二十五話 思わぬ再会その三

「あとの一人は」
「その子なんだよね」
 また受付の人が仰います。
「その一年の子だけれどね」
「まだなんですか」
「目立つからすぐにわかるんだよ」
 そうみたいです。お話を聞く限りは。
「けれど。何処かな」
「ああ、彼ならもうすぐですよ」
 一年生の女の子が言ってきました。
「ちょっと商店街をうろうろしていましたから」
「商店街を?」
「はい。何かパンとかお菓子を見て」
「パンとかお菓子を」
 それを聞いて少し眉を顰めさせました。
「そんなのここに一杯あるのに」
「そう思うんですけれどね。それでも」
「けれどもうすぐ来るのよね」
「はい」
 これは確かなことでした。
「そうです。もうすぐです」
「じゃあ待っていてもいいかしら」
 私はこう考えました。
「それだと」
「そうだね。まあもうすぐだろうから」
 受付の人も仰います。
「とりあえず部屋にね」
「ええ」
「それじゃあ」
 皆がそれに頷いたところで。その最後の一人がやって来ました。
「時間ギリギリでしたっけ」
「そうだよ、阿波野君」
「阿波野君って・・・・・・」
 平気な顔でやって来たその男の子と受付の人の言葉を聞いて思わず絶句しました。そうです、やって来た最後の一人が何と。あの子だったのです。
「君、あの時の!?」
「あれ、先輩」
 私を見ても平気な顔でした。
「どうしてここに?」
「それはこっちの言葉よ」
 思わず言い返してしまいました。
「何でこんな場所に」
「だって僕奥華らしいですから」
「らしいって」
 これまた実にいい加減な言葉でした。
「何よ、その言葉」
「駄目かな」
「駄目っていうかね。普通所属先は覚えておくものでしょ」
「いや、まだ天理教のことよく知らないしね」
 しれっとした言葉でした。
「だからまあ」
「そういえば阿波野君って高校入学からだったっけ」
 今思い出したことです。
「天理教に本格的に入ったのって」
「そうですよ。だから全然」
「知らないの」
「今まで宗教色なんて全然ない世界にいたんですよ。まあ一応は」
 話が阿波野君ペースで進んでいるのがわかりました。どうもこの子と話をするとそうなってしまうような気がします。波長がそうさせるんでしょうか。
「中学の時に何度かここに来てますけれどね」
「おぢばに?」
「ええ、遊びに」
 どうやらそうらしいです。何か声を何処かで聞いたような気もしないではないですけれど。
「来てましたけれどね」
「詰所に来たことは?」
「三年の時に一度だけ」
 そうらしいです。 

 

第二十五話 思わぬ再会その四

「ありますけれど」
「ふうん、そうだったの」
「けれどこうして集まったのははじめてですよ」
 つまり何もかもががじめてらしいです。天理高校は他の学校とはかなり違った部分が多いですけれどそうしたことも全然知らないみたいです。
「本当に」
「まあ少しずつ覚えていけばいいわ」
 とりあえずこう言いました。
「少しずつね」
「じゃあ頑張らずにやります」
「頑張りなさい」
 ここで頑張らないなんて言うのがこの子みたいです。
「頑張らないと何になるのよ」
「何かになりますよ。まあそういうことは」
「そういうことは?」
「先輩がリードしてくれてなりますから」
「何で私なのよ」
 最初に会った時と全然変わりません。このいい加減さにはまたりっぷくを覚えました。
「自分一人でやりなさい、そういうことは」
「だって天理教でしょ」
「?そうだけれど」
 今の言葉には何か急に引っ掛かるものを感じました。
「けれどそれがどうしたのよ」
「夫婦揃ってじゃないんですか?」
「何でそんな言葉知ってるのよ」
 思わず阿波野君に聞き返しました。
「天理教はじめてなのに」
「本屋で読みました」
 おぢばには天理教の本専門の本屋さんもあります。そこで天理教の本を買うことができます。私も子供の頃から買わせてもらっています。そこでしょうか。
「何か色々置いていますね」
「おふでさき?読んだのは」
「確かそうだったと思います」
 今一つはっきりしない返事でした。おふでさきが教祖が書き記されたもので天理教の原典の一つです。和歌の形式を取っており全部で一七一一首あります。
「そこにちょっと書いていた。和歌だったかな」
「じゃあおふでさきね」
 ここまで聞いて全部わかりました。
「それは。歌なんでしょ」
「ええ、じゃあそれですか」
「もう読んでるなんて」
 少し驚きでした。まだ高校に入ったばかりなのに。
「凄いわね」
「いやあ、それ程でも」
「調子に乗らないのっ」
 最初に会った時から思っていましたけれど本当に調子に乗り易い子です。根が明るいとかそんなのじゃなくて能天気で。何でこんなのなんでしょうか。
「そんなのだからね。君は」
「まあまあ」
「まあまあじゃないわよ。そもそもね」
 会って二回目なのにまた怒ってしまいました。
「最初に会った時から思っていたけれどその軽薄さが」
「怒ると健康に悪いですよ」
「誰がそうさせてるのよっ」
 りっぷくが続きます。この子といたらいつもこんなのです。会ってまだ二回目なのに。何でこんなふうになってしまうんでしょうか。
「君が悪いんでしょ、全く」
「そんなに怒ってばかりだと本当に身体に悪いですよ」
「他人事みたいに言わないのっ」
 さらにりっぷくを覚えました。
「全く。君みたいないい加減な子ははじめてよ」
「はじめてなんですか」
「そうよ。本当に三年間やっていけるのかしら」
「何とかなりますよ」
 相変わらずの軽い調子で述べます。
「それはまあ」
「私は知らないから」
「それはそうと先輩」
 ここで急に態度を静かにさせてきました。
「そろそろじゃないんですか?」
「そろそろって?」
「だから。皆集まって」
「あっ」
 言われてやっと思い出しました。 

 

第二十五話 思わぬ再会その五

「そうだったわ。親睦の練り合いだったわ」
「練り合いって?」
「要するに皆で色々と話し合うことよ」
 この練り合いという言葉もおみちの言葉です。英語で言うとミーティングになると思います。
「こう言えばわかるかしら」
「お菓子とかお茶とかジュースを口に入れながらですね」
「ええ、そうよ」
 ですから結構楽しかったりします。お菓子は偉大です。
「お菓子だけれど」
「チョコレートとかドーナツとかですか?やっぱり」
「ドーナツはまあ」
 出る時と出ない時があるような。出て来るのはやっぱりあの駅前のミスタードーナツのあれです。おぢばでドーナツといえばあそこです。
「今日はあるかしら」
「あったら嬉しいですね」
「そうね。ってよく知ってるじゃない」
「ドーナツ好きなんですよ」
 どうやら結構甘党の子らしいです。
「実は」
「ふうん、私と一緒ね」
「あっ、それは有り難いですね」
「何で有り難いのよ」
「ってことはあれじゃないですか」
 明るいですけれど随分と手前勝手なことを言い出しました。
「先輩と一緒にいたらお菓子をおごってもらえるってことで」
「はい!?」
 思わず聞き返してしまいました。
「今何て言ったのよ」
「だから。先輩と一緒にいたらお菓子食べ放題だなって」
「そんなわけないでしょっ」
 またしてもりっぷくです。八重歯が出てしまったのがわかります。
「何でそうなるのよ。どういう考えしたらそんなふうになっちゃうのよ」
「まあ自然に」
「あっきれた。物凄い思考回路ね」 
 本気で呆れました。今のには。
「そんなことはないから安心しなさい」
「けれどドーナツ好きですよね」
「ええ、それはね」
 これについては異論はありません。
「大好きよ。本当にね」
「僕あとソフトやクレープや回転焼きも好きなんですよ」
「結構おぢば向きね」
 どれもおぢばのお店に多いです。私もどれも大好きです。
「阿波野君の舌って」
「そうなんですか」
「結構何でも食べる方?」
「女の子には五月蝿いですけれど」
「そういうことは聞いてないから」
 このお気楽なペースに今一つ以上についていけないものも感じてはいます。
「とにかく。何でも食べるのね」
「はい、とりあえず何でも」
「じゃあやっていけるかしら」
 腕を組んで考えながら述べました。
「おぢばで」
「全然平気ですけれど」
「まずは食べ物だからね」
 これは何でも言えると思います。まずは何か食べないといけませんしそれが合うにこしたことはないです。どうやらこの子はこれに関しては合格っぽいです。
「やっぱり」
「で、お菓子ですけれど」
「ああ、それね」
「何が出るんですか?一体」
「まあ色々」
 こう答えることしかできませんでした。
「色々出るわよ」
「色々ですか」
「正直部屋に入るまで何が出るかわからないわよ」
「わからないってことはわかりました」
 何か天才バカボンみたいな返事でした。話を聞いていて私がバカボンのお母さんみたいな気がするのはきっと気のせいでしょう。そう思いたいです。
「じゃあ行きますか」
「ええ。それにしても」
 ふう、と溜息を出してしまいました。
「君みたいな子が同じ奥華なんてね」
「宜しく御願いしますね」
「御願いされるわ。全く」
 こんなやり取りをしながら皆での顔合わせの練り合いに入りました。それにしてもこの阿波野君の調子のいいことといったら。何なんでしょうか。


第二十五話   完


                                    2008・9・18
  

 

第二十六話 困った子ですその一

                    困った子です
「そうなのよ」
 クラスでクラスメイトの女の子達に愚痴ることしきりでした。何故愚痴っているかというと当然あの阿波野君のことです。彼以外にいません。
「いつもね。調子がよくてね」
「あら、面白い子ね」
「ねえ」
 けれど皆はこう言います。
「可愛いじゃない」
「そういう後輩もいいわよね」
「しかも男の子だしね」
「男の子ならいいの?」
 顔を顰めさせて皆に問い返しました。
「本当に失礼で調子がいいんだから。練り合いだってお菓子ばくばく食べて一人で浮かれて騒いでだったのよ」
「男の子ってそんなのよ」
「ちっちだって知ってるでしょ?」
「ええ、まあ」
 それはわかっているつもりだったので頷くことは頷きました。けれどそれでもふそくに感じてはいます。それを止めることは自分ではできませんでした。
「おぢばがえりでも教会でもお世話させてもらってたから」
「じゃあふそく言わないの」
「ふそくは何にもならないしね」
「わかりたくないけれどわかったわ」
 我ながら変な日本語だと思います。
「全く。それにしてもね」
「今度は何よ」
「奥華の男の人って皆個性的だけれど」
 案外真面目なカラーですけれど地元が大阪に広島ですから。本当にありとあらゆる意味で個性的な人達ばかりです。中にはサングラスがやけによく似合う教会長さんまでおられます。ちょっと見たらそっちの筋の人じゃないかしらっていうような雰囲気です。
「それでもねえ。あれはないわ」
「ありよねえ」
「ねえ」
 けれど皆にはこう言い返されます。
「普通にね」
「そんな子もね」
「そうかしら」
「ちっちは生真面目に過ぎるのよ」
「そういうのはかえって駄目よ」
 また言われました。
「もっと柔らかくいかないとね」
「これから教会の奥さんになっていくんでしょ?」
「ええ、まあ」
 三人姉妹の長女なので。結果的にそうなってしまいます。だからこの天理高校に通ってもいます。神戸から寮に入って。その為だったんです。
「そうだけれど」
「だったらもっと柔らかくね」
「器が大きくならないと」
「いい加減でもいいってこと?」
 いぶかしむ顔で皆に尋ねました。
「それって」
「言い方次第ではそうなるわね」
「まあそうね」
 しかも皆それに頷いてきました。
「多少いい加減でもあれでもそうよ。心さえしっかりしていたら」
「それでいいじゃない」
「あの子はしっかりしていないかも」
「だったらしっかりさせるのよ」
「ほら、言うでしょ」
 ここでまたおみちの言葉が出て来ました。
「真柱様の眞之亮様のお話。知ってるわよね」
「ええ、それはね」
 流石にこのお話は知っています。
「あれでしょ?しんは細くても肉を巻けば太くなるってあれね」
「そういうことよ。わかってるじゃない」
「つまり周りがフォローしたり育てろってことね」
「それもわかってるじゃない。じゃあ」
「弟が一人できたと思ってね」
「弟って」
 何か高校に入ってからいつも年下の彼氏が合っているとか弟さんを持った気持ちでとか言われていますけれど。何回も言いますけれど私は特撮俳優さんみたいな年上の人が好きなんです。オダギリジョーさんなんか見ていて惚れ惚れする位です。あのサムズアップがもう。 

 

第二十六話 困った子ですその二

「一番上の妹より年上の弟を?」
「そうそう」
「何ならお婿さんにね」
「それは飛躍し過ぎでしょ、話が」
 流石にそこまで言われると、でした。
「幾ら何でも」
「けれどちっち、あれよ」
「あれって?」
「人をそう邪険にするのはよくないわよ」
「ねえ」
「それはわかってるわよ」
 幾ら私でも。けれど言われてみると。
「それでもね、あの子のいい加減さは」
「それを教えてあげるのがおみちでの女の人の役目でしょ」
「違うの?」
「それはそうだけれど」
 皆どうしてここではこんなに正論なんでしょうか。
「ううん、それじゃあ」
「短気は損気」
「はらだちは抑えてね」
「わかったわ」
 仕方なく頷きました。
「それじゃあ。そうするわよ」
「素直で宜しい」
「何だかんだ言ってそうするんじゃない」
「仕方なくよ」
 腕を組んでむすっとした顔になっているのが自分でもわかります。
「それはね。けれど彼ねえ」
「どうしたの?」
「背高いのよ」
 今度はこのことを皆に言いました。
「それも私より二十五センチ以上はね」
「じゃあ一七五超えてるんだ」
「大体一七七かしら」
 ちょっと見たところそれ位です。
「もう見上げる位なのよ。背が高いのって羨ましいわ」
「何かちっちって特撮ものに出たら大変そうね」
「そうね」
 また皆から言われました。
「それだけ小さいよね」
「あれじゃない?菊地美香さん」
 戦隊ものに出てらした方です。この人はかなり小柄で私と同じ位の身長です。つまりかなり低いです。今観たら他の人との身長差がかなりでした。
「あの人みたいな感じになるわよ」
「絶対そうなると思う」
 これは私の言葉です。
「自分でもそう思うわ」
「その一年の子はかなり高いしね」
「おぢばの女の人って皆かなり小さいからね」
「特にちっちは」
「特になの」
 自覚していても言われるとやっぱりいい気はしません。
「私の小柄なのって」
「誰がどう見ても低いしねえ」
「小さいじゃない」
「それでもあまり言われたらいい気しないんだけれど」
「まあまあ」
 すぐに宥められました。
「小柄でも女の子はそれがかえって人気出るから」
「男の人でも藤井フミヤさんなんか小柄じゃない」
 そういえばあの人はかなり小柄です。昔の映像なんか観ていたらいつもセンターでかなり前に出ています。小柄なのを隠す為でしょうか。
「別に気にすることないわよ」
「ちっちはスタイルだっていいしね」
「胸ないわよ」
 自分でも自覚していることです。
「言っとくけれど、それは」
「だから。スタイルは胸だけじゃないんだって」
「北乃きいちゃん見なさいよ」
 最近よく見る女優さんですけれど見る限り背は高くないです。けれど全体的なスタイル、とりわけ足が凄く奇麗です。見ていて惚れ惚れする位に。 

 

第二十六話 困った子ですその三

「小柄だけれどそれでもね」
「スタイルいいじゃない」
「ちっちだって同じよ」
「私も?」
 自分ではこのことは自覚していないです。
「そうよ。足奇麗じゃない」
「全体的にもね」
「そうかしら」
「そうよ。同じ女から褒められてるのよ、自信持ちなさい」
「もっともうちの制服って」
 天理高校の制服です。言わずと知れた。
「スカート長いけれどね」
「最近のドラマのそれとは違ってね」
「そうよね、ほら」
 自宅生の娘達がドラマの話をしだしました。
「その北乃きいちゃんよく制服着るけれどね。いつもスカートが」
「短いわよね。有り得ない位に」
「スカートかなりあげてる?」
 天理高校ではそういうのは厳しくて。スカートは下ろさないといけないですしズボンは上げないといけないです。制服には本当に厳しいです。
「ただでさえ短いのに」
「そうみたいね、あれは」
「だから奇麗な足が余計にね」
「そうそう、目立つのよ」
「けれどあれよね」
 制服の話が続きます。
「北乃きいちゃん位だとうちの制服着ても普通に滅茶苦茶可愛いわよね」
「可愛いなんてものじゃないわよ」
 これは同意です。私としては星井七瀬さんなんかも似合いそうですけれど。あの人も足が奇麗だと思います。演技もかなり上手ですし。
「もっともうちの制服ってそんなに悪くないけれどね」
「紺色のリボンがチャームポイントよね」
「ささやかだけれどね」
「それで。どうなの?」
 私はまた皆に尋ねました。
「忘れてるみたいだけれど」
「忘れてるって何が?」
「だから。一年生の男の子のことよ」
 その阿波野君のことです。
「どうなのよ。彼のことは」
「答え出てるじゃない」
「出てるって!?」
「そうよ。面倒見てあげなさい」
「年上のお姉さんとしてね」
 こう言い返されました。
「いいじゃない。これも何かの縁だしね」
「経験にもなるわ」
「結局そうなるのね」
 ある程度予想はしていましたけれど実際に言われてどうにもこうにも。言葉がなくなってしまいました。阿波野君のあのいい加減な笑顔が頭の中に浮かびます。
「それにしても意外ね」
「そうね。同じ大教会っていうのはね」
「まさかって思ったわよ」
 今でもこのことを驚いています。
「奥華って男の人はそれぞれ個性的な人ばかりだけれどね」
「それもいいわよね」
「ねえ。面白いじゃない」
「そういえばそれで迷惑したってことはないわね」
 思えばそうです。皆それでも真面目な部分は真面目ですしひのきしんの時は頼りになりますし。個性がかなりいい方向に出ていると思います。
「会長さん達も一見したらその筋の人に見えないこともない方もおられるけれど」
「大阪に広島だからでしょ」
「両方共それが名物じゃない」
 大阪名物に広島名物といえばお好み焼きとそういう人達です。私の住んでいる神戸も港があるんでそういう人達は昔から多いです。
「柄が悪くて当然じゃないの?」
「大阪弁と広島弁が支配する世界なのも」
「広島弁っていえばそういえば」
 ふと思い出しました。 

 

第二十六話 困った子ですその四

「佐野先輩がそうだったし」
「ああ、佐野先輩時々広島弁出てたわよね」
「そうそう」
 じゃけえ言葉が出ておられました。これを使う女の子は可愛いって言われているそうですし私もそう思います。けれどどうしてもはだしのゲンとかBADBOYSなんていう漫画を思い出します。あの漫画を見ていて広島の人達って何で皆一人称がわしなのかしらって思っていました。
「一人称もうちになってたしね」
「やっぱり地元の言葉って出るわよね」
「ちっちだって時々神戸弁出てるわよ」
「あっ、やっぱり」
 これは自分でもある程度自覚していました。
「出てるの」
「今でもね」
「まあちっちはそれ程でもないけれど」
「かといってもこっちの言葉もあまり入ってないわよね」
 おぢばの言葉は天理弁です。奈良の言葉なので所謂関西弁です。そういえばあの阿波野君の言葉も奈良の言葉になります。
「結構普通の言葉になってるし」
「それが結構不思議だったりするけれどね」
「不思議なの」
 言われても何か戸惑います。
「そうかしら」
「まあ不思議っていうのは極端かも知れないけれど」
「方弁があまり感じられないのは確かね」
「そうそう。最近じゃ特にね」
「これでも神戸弁出てると思うけれど」
 自分じゃそう思うんですけれど実際は違うみたいです。
「違うのね」
「あまりね」
「まあ皆ここに何年かいればそれこそ」
「それぞれの方弁じゃなくなるし」
 やっぱりおぢばの言葉になってしまいます。周りも皆そっちの言葉ですから。長池先輩もそうでしたし佐野先輩にしろ時々そうなる位でしたから。
「まあ言葉はいいわね」
「結局あまり違わないし」
「いいの?」
「ええ、いいの」
 一人の娘が私に答えてきました。
「だってそれよりも気になることがあるし」
「気になることって?」
「私は応援してるからね」
 にこりと笑って私に言ってきました。
「ずっとね」
「ずっとって何が?」 
 何が何なのか全くわかりませんでした。本当に何が言いたいのか。私はそうなんですけれどどうも皆の顔が。変わってきました。
「あの、だからね」
「応援してるっていうのは」
「応援って何に?」
 やっぱりどうしてもわかりませんでした。
「別に私そんなふうにされることしてないけれど」
「駄目ね、これは」
「ええ。幾ら何でもこれは」 
 どういうわけか皆ここでお手上げといった顔になりました。
「鈍いにも程があるわよ」
「全く。ちっちときたら」
「だから。何なのよ」
 どうしてもわからないので皆に尋ね返しました。
「言ってる意味わからないけれど、本当に」
「わかるように努力しなさい」
「右に同じ?」
「!?」
 どうしてもわからないので猫みたいに首を傾げてしまいました。
「わかるように?」
「よく見ること、相手をね」
「そうそう、すぐわかるから」
「普通はね」
 皆から呆れた顔と声で言われました。 

 

第二十六話 困った子ですその五

「話聞くだけでわかったのに」
「何で本人が気付かないのよ」
「本人って誰よ」
 私にはどうしてもわからないです。
「今そういう話じゃないじゃない」
「まあいいから」
「いいからって」
「全く。何でそんななのよ」
 今度は呆れたような声でした。
「ちっちは。鈍過ぎるわよ」
「そうよね。何なの?っていう位に」
「鈍いの?私って」
 何か悪口を言われまくってる気分です。凄く気分悪いのは事実です。
「何の話かもわからないんだけれど」
「鈍いわよね」
「ねえ」
 皆から言われました。
「そもそも気付かないっていうのが」
「私達がわかるのにね、本当に」
「やっぱり全然わからないんだけれど」
「わからなかったらわからなかったでもういいわ」
 匙を投げられたような言葉でした。
「それでもね。とにかく」
「その阿波野君?だったわよね」
「ええ」
「大切にしなさい」
 今度はこう言われました。
「彼はね。いいわね」
「大切にするの」
 あの能天気な顔が頭の中に浮かんできて。それだけでかなり嫌な気分になります。けれどそれでいて放っておけないって気持ちにもなるのが不思議です。
「あの子を?どうしてなのよ」
「今まで言った中にヒントあるから」
「それもすぐにわかるレベルでね」
 すぐにわかるって言われても実際にわからないです。何が何なのか。
「とりあえずね。またあの子と会うことあるわよね」
「大教会一緒だから」
 これが大きいです。天理教はかなりおおまかに分けて大教会と地区ごとに分かれます。地区は都道府県で分けられていましてこれはこれで重要ですが大教会も同じです。同じ大教会に所属しているとそれこそ一生顔を合わせるような関係にもなります。つまりあの子とも。
「会うわね、やっぱり」
「縁よね、本当に」
「そうよね」
「縁、ねえ」
 こう言われてもやっぱり何か楽しくないです。
「あんないい加減な子と知り合うなんて」
「果たして本当にそうかしらね」
「そこんところもわからないわよ」
 今度はこう言われました。
「よく付き合ってみないとね」
「私達だってそうだったじゃない」
「言われてみれば」
 確かにその通りです。隠された部分って中々わからないですし見つからないです。単純だと思っていた人が意外と複雑だったりその逆だったりっていうのは。よくあります。
「だからね。その阿波野君とも話してみたら」
「デートもしたりしてね」
「デートって」
 また変なことを言われだしました。
「何でまたそういう方向に話がいくのよ」
「いいじゃない、ちっちももう高校三年生」
「デートの一つや二つね。経験してみたら?」
「経験って。そんなのは」
 今度もムキになっている自分に気付きます。 

 

第二十六話 困った子ですその六

「結婚する人とだけよ。男の人と気軽にデートなんてできないわよ」
「あらあら、だったらキスなんてまだまだね」
「本当に純情なんだからこの娘は」
「純情とかそういうのじゃなくてね」
 八重歯が出ているのが自分でもわかります。こうした話になると自分でもついつい感情的になってしまって八重歯が出てしまいます。
「そういうことはしっかりしておかないと。そうでしょ?」
「ちっちは何でもしっかりし過ぎよ」
「っていうかあれ?生真面目に考え過ぎ」
「考えて悪いことないじゃない」
 本気でこう思います。
「特に。こういうことは」
「その真面目さがねえ。いいんだけれど」
「けれど。何か最近ねえ」
「最近。何よ」
「いえ、気付いたんだけれどね」
 同じ東寮の女の子の一人が私に顔を向けながら言ってきます。
「ちっちってメイド系なのよね」
「あっ、確かに」
「そうよね、どう見ても」
 他の皆も彼女の言葉に頷きだしました。
「小柄だしショートヘアだし童顔で色白いし」
「メイド服あからさまに似合いそうよね」
「礼儀正しいしよく気がつくし腰が低いしおまけに黒もエプロンもよく似合う」
「どう見てもメイドよね」
「メイドって」
 言われて思わずキョトン、でした。
「私が?メイド?」
「そうよ。お帰りなさいませ、御主人様って感じでね」
「それ言ったら阿波野君?だったっけ」
 どうしてもこの名前を出したいみたいです。殆どトラトラタイガースで絶対に阪神の選手の名前が出るみたいに。あの番組が関西ローカルと知ったのはつい最近ですけれど。
「彼に言ってみたら?一発で抱き締められるかもよ」
「で、一気にキスまで」
「よっ、この年下キラー」
「・・・・・・はったおすわよ」
 本気で怒ってきたのが自分でもわかります。
「何よ、メイドとか御主人様って。私そんな趣味ないわよ」
「だから例えよ」
「怒らない怒らない」
「普通に怒るわよ」
 ここでも八重歯が出ているのが自分でもわかりました。
「いつもいつも変なこと言って。特に今日は」
「まあまあ」
「とにかくよ」
「とにかく?」
「落ち着くことよ」
「これでどうやって落ち着けっていうのよ」
「あのね、私達別に悪いことは言っていないのよ」
 こう私に言ってきました。
「別にね」
「別にって?」
「そうよ。私達むしろ喜ばしいことだって思ってるんだから」
「ねえ」
 皆で言い合っています。
「ちっちがねえ。結構な男の子と知り合えて」
「悪い子じゃないわね、その子は」
「?そういえば」
 言われて気付いたことができました。
「別に暴力とかそういうことはないし。粗暴でもないわね」
「粗暴な人間はそれだけで人間のランクをかなり下げるわよ」
「あと陰湿?陰険?」
「全然」
 この質問にも答えました。
「そういうのは全然ないわ」
「じゃあ余計にいいわ」
「明るい子なのね」
「何も考えてないだけかも知れないけれど」
 私にはそう思えますのではっきりと答えました。
「実際のところは」
「意地悪でもないわよね」
「それもないみたい」
 そんな雰囲気は本当になかったです。からかうのが好きみたいな感じはありましたけれどそれでもでした。 

 

第二十六話 困った子ですその七

「じゃあいいじゃない」
「悪い子じゃないわ」
「いい加減でも?」
「いい加減なのは二の次よ」
「まずは心根」
 ここでまた如何にもといった感じのおみちの言葉が出て来ました。
「それじゃない。違うかしら」
「心が奇麗じゃないと、まずは」
「いい加減でもいいのね」
「そこを何とかするのが女の子の役目じゃない」
「おみちの土台よ」
 このおみちの土台っていうのは子供の頃から聞かされている言葉の一つです。女はおみちの土台、その通りで教会では本当に奥さんが色々仕切っておられます。天理教婦人会という組織はその女の人達の集まりでかなり強いものがあります。教祖も女性の方ですし。
「だからよ。そこはね」
「フォローしてあげるのよ」
「あまりどころか殆どっていうか全然気が進まないんだけれど」
 私の本音です。
「それって」
「向こうが来たら?」
「追い払いたいわね」
 これも本音です。
「あんな騒がしい子。いらないわよ」
「とかいってまんざらでもない様子だけれど?」
「まんざらじゃないって!?」
「そうよ、ちっちってねえ」
「ええ」
 皆ここでも顔を見合わせて話をはじめます。
「嫌いな相手のことは全然話をしないじゃない」
「そうよね。絶対にね」
「それでも今はその阿波野君のこと話してるじゃない」
「ってことはよ」
「私が阿波野君のこと嫌いじゃないってこと?」
「じゃあ聞くわよ」
 一人の娘が私に直接聞いてきました。
「その阿波野君のこと、嫌い?」
「嫌いかどうかって言われると」
 人を嫌いになれば何処までも嫌いになってしまう性分なんでこう言われますと。実際のところ自分ではそこまではって感じだったりします。
「別に。そこまでは」
「ほら、やっぱり」
「嫌いじゃないわよね」
「ええ」
 皆の言葉に答えます。最初は一人だったのに何時の間にか皆になっています。こうした話をするといつもこうなってしまうような。
「じゃあ決まりね。嫌いじゃない」
「つまりは」
「ええ。男の子が相手だし」
「で、そうなるのね」
 いい加減皆が何を言いたいのかわかってきました。
「私と阿波野君のことね」
「そういうことよ。いいじゃない」
「同じ大教会なんでしょ?」
「そうよ」
 このことがまた確認されます。
「それはさっき言ったじゃない」
「しかもちっち高校卒業したらおぢばに残るのよね」
「天理大学に受かればだけれど」
 受験することはもう決めています。今の私の成績だと絶対に大丈夫だとも言われています。このことは皆もよく知っています。天理大学でも天理教のことを勉強するつもりです。
「そうよ」
「落ちても残るつもり?」
「多分」
 今度の返事は少しぼんやりしたものでした。
「本部勤務させてもらうか専修科か。どっちにしろ」
「じゃあ卒業しても会えるじゃない」
「好都合よ」
「で、付き合えってこと?」
「向こうが言ってきたらね」
「ただし」
 また忠告かお節介かわからない言葉が来ました。 

 

第二十六話 困った子ですその八

「告白は相手に言わせること、ここ重要よ」
「わかるかしら」
「相手に言わせるの」
「そう、絶対にね」
 言葉がきつくなりました。その娘の。
「相手に言わせないと駄目よ。間違っても自分から言わないの」
「告白は男の仕事よ」
 エヴァンゲリオンみたいな言葉が出て来ました。
「そこ、忘れないことね」
「いいわね」
「言わせるの」
 何かこれも私には全くわからない世界でした。
「それってどうにも」
「どうにもこうにもよ」
「今日も彼と会うのよね」
「それはわからないわ」
 こんなことは全くわかりません。何故か今まで会うのは偶然ばかりでしたし。
「まあ会ったら」
「会ったら?」
「はったおすかも」
 本音が出て来ました。
「正直なところ」
「それが駄目なんだって」
「いつもそんなのだから彼氏できないのよ」
 またこんな話を言われました。
「男の子の前では大人しくって」
「まあちっちも大人しいけれどね」
 これはよく言われます。私は男の子でも女の子でも態度は変えないつもりですけれど。
「とにかく。いいわね」
「おしとやかにね」
「ええ」
 とにかくそんな話で終わりました。それで夕方学校から帰っていると。不意に後ろから馬鹿みたいに明るい声が聞こえてきました。
「あっ、先輩」
 この声は。
「今帰るんですか?一人ですか?」
「それがどうかしたのよ」
 その声に顔を向けて応えました。丁度学校の門の前です。
「確かにそうだけれど」
「一人でしたらどうですか?」
「どうですか?何を?」
「僕と一緒になんて」
「お断りよ」
 ぷい、と顔を背けて答えました。
「別に一人でもいいから」
「あれっ、冷たいなあ」
「ちょっと用事があるからね」
 とりあえずこう答えました。
「いいわよ、阿波野君と一緒なんて」
「あっ、いいんですか」
「ええ、いいのよ」
 また答えます。
「別にね。いいから」
「いいんでしたら」
 ここで帰ると思ったら。そはいきませんでした。
「荷物持ちますよ、荷物」
「えっ!?」
 いきなりこう言ってきたんです。本当にいきなり。
「どうしてこうなるのよ」
「荷物持ちますって」
 また私に言ってきました。
「折角のデートなんですから」
「デートってねえ」
 何かクラスで女の子達と話したことがそのまま出ています。私にとっては面白くない展開です。デジャヴューみたいなものまで感じて。
「何でそうなるのよ」
「何でって一緒に歩くんですよね」
「まだそう決めたわけじゃないわよ」
 怒った顔で言い返しました。
「全然ね。そもそも何で阿波野君と一緒になるのよ」
「それが縁ってやつなんじゃないんですか?」
 しれっとした反応でした。
「やっぱり。ですから」
「お引き寄せって言いたいのね」
「はい、それです」
 阿波野君の顔が笑顔になりました。 

 

第二十六話 困った子ですその九

「それなんですよ。ですから」
「全く。一学期がはじまってから」
「何かっていうと御会いしますよね」
「迷惑なことにね」
 じろりと阿波野君を見上げますけれどその大きなこと。私より三十センチ近くは大きいです。その大きさが羨ましかったりしますけれど口には出しません。
「全く。何かっていうと」
「それで先輩」
 私に構わずに声をかけてきました。
「どうするんですか?これから」
「これからって?」
「ですから。行くんですよね」
 どうも彼のペースで話が進んでいきます。
「用事に」
「ええ、そうだけれど」
 これについては私も反論がありませんでした。
「今からね」
「力使う仕事ですか?」
「病院へのお見舞いなの」
 天理教にはよろづ相談所という場所があります。物凄く大きな病院で今私の教会の信者さんの方が入院されています。それで私は時々お見舞いに行っているのです。
「今からね」
「だったらお見舞いの品を買わないといけませんね」
「それはもう用意してもらっているの」
 こう阿波野君に返しました。
「詰所にね」
「ああ、もう用意してもらってるんですか」
「お父さんが頼んでおいてくれたのよ」
「お父さんって?」
「だから。私のお父さん」
 このことを阿波野君に言いました。
「私のお父さん教会長だから」
「そういえば先輩って教会の娘さんでしたね」
 天理高校には多いですけれど阿波野君にとってはかなり新鮮な様子です。それを見ていると私まで新鮮な気持ちになってしまいます。
「神戸の方の」
「ええ、そうよ」
「教会の娘さんかあ」
「それがどうかしたの?」
「いえ、ちょっとですね」
 急に態度が変わったみたいな感じになりました。
「何かはじめてなんですよ」
「はじめてって?」
 今一つこの子の言っていることがわかりませんでした。何が何かなって感じで。
「何が?」
「だから。教会とかそういうの今まで全然縁がなかったんですよ」
「そうだったの」
「はい、もう全然」
 普通の家の子はそうだっていうのはわかっているつもりです。今までのクラスでもそういう子は沢山いましたし中学校まで普通の学校だったんで友達は皆そうでしたし。天理高校という学校はこうしたことを考えるとかなり特殊な学校なんです。
「そんなの縁とかなかったんですよ」
「阿波野君のお家ってサラリーマンだったっけ」
「共働きで。そうですよ」
「そうよね。だったらやっぱり」
「家ではちゃんとおつとめできるようにはなっていますけれどね」
「それって結構凄いわよ」
 どうもお家は信仰が確かみたいです。
「そういうのあるお家って立派じゃない」
「立派なんですか」
「そうよ。お父さんかお母さんかどちらかが信仰されてるの?」
「大叔母が一応」
 そうらしいです。
「奥華の信者さんでそれでなんですよ」
「大叔母さんがねえ」
「凄くいい人なんですよ。僕なんて子供の頃から随分と可愛がってもらってて」
「厳しく怒ればいいのに」
 これは私の本音です。
「阿波野君みたいな子はそれこそガツンと」
「ガツンとなんですか」
「不真面目なんだから」
 咎める目で見上げて言ってやりました。 

 

第二十六話 困った子ですその十

「まだ会ったばかりで言うのも何だけれどね」
「って言ってるし」
「言いたくもなるわよ。大体ね、君は」
「格好よくて背が高くてイケメンでもててもてて仕方がないと」
「誰がそんなこと言ったのよっ」
 また八重歯が出てしまいました。何処をどうやったらこんな自分に都合のいい解釈ができるんでしょうか。そのお気楽さが呆れる程です。
「いい加減って言った覚えはあるけれどそれはないわよ」
「厳しいなあ、先輩は」
「とにかくね。これからお見舞いだけれど」
 話を少し強引に戻しました。
「手伝ってくれるっていうの?」
「はい」
 にこにこと笑って答えてきました。
「そのつもりですけれど」
「だったら御願いするわ」
 人の手は必要ですから。私一人だと詰所の人達が気を使ってくれるんで申し訳ないんです。けれどこの子が自分からって言うのならいいかしらって思ってこう言いました。
「悪いけれど。いいかしら」
「最初からそう言っていますけれど」
「そうは聞こえなかったのよ」
 右手にお花が見える道を歩きながら阿波野君に言います。天理高校の前はお花が一杯置かれていていつも赤や黄色で飾られていてとても奇麗です。営繕の人達がいつも手入れしてくれているんです。神殿の黒門から学校まで一年中ずっとお花を見ることができます。
「とてもね」
「僕の言葉って誤解されやすいんですね」
「誤解じゃなくて確信だったわ」
 とにかくいい加減ですから。
「絶対冗談だってね」
「やれやれですよ」
「それでも。手伝ってくれるっていうのなら」
「先輩の為なら」
「私の為じゃないの」
 このことははっきりと断っておきました。
「信者さんの為よ。そこんとこはっきりわかっておいてね」
「わかってますよ、それは」
「どうだか」
 全然わかっていないと私は見ていますけれど。
「わかっていたらもうちょっと真面目にね」
「まあまあ」
「まあまあじゃないわよ。あっ」
 高校を出てすぐの道のところでまた言いました。
「信号渡ったらすぐに左に曲がるわよ」
「左ですか」
「そう、左よ」
 阿波野君に言いました。
「信号渡ったらね。そこから詰め所に行くわよ」
「商店街通らないですか」
「あそこ通ったら遠回りになるのよ」
 そちらの方が賑やかですけれど今は近道を選びました。
「だからよ。いいわね」
「わかりました」
「もうお見舞いの品は用意してもらってるし」
「成程」
「後は詰所で受け取るだけなのよ」
「じゃあすぐなんですね」
「それ持ってよろづ相談所に行くだけよ」 
 このこともまた言いました。
「わかってくれたわね」
「最初からわかっていましたよ」
「近道のことはわかっていなかったみたいだけれど」
「それは気のせいですよ」
 また随分と調子のいいことを言っています。何でこの子はこう調子がいいんでしょう。軽薄って感じですし。男の子はもっとどっしりとしていないといけないのに。
「先輩の。気のせいです」
「気のせいには思えないけれど?」
「まあまあ。とにかく左ですよね」
「ええ」
 このことははっきりと答えました。 

 

第二十六話 困った子ですその十一

「そうよ」
「左ですか。道狭くなりますよ」
「それでも近道になるからいいのよ」
「そうですか。けれど何か」
 また急に笑顔になってきました。
「嬉しいですね。あそこを歩くなんて」
「!?何で?」
 今の言葉の意味はわかりませんでした。何が言いたいのか。
「何でなの?嬉しいって」
「イチョウの道に出るじゃないですか」
 黒門からすぐに出たその道は左右にイチョウが並んでいます。秋は落葉が奇麗ですけれど同時にイチョウの匂いが強い困った場所です。
「あそこを二人で歩けるんですから」
「それがどうしたのよ」
「デートとしては一番絵になりますよね」
 笑顔での言葉でした。
「イチョウの並木道のデートでって」
「な、何言ってるのよ」
 何かと思えばまた変なこと言って。
「あのね、だから私と君は先輩と後輩で」
「それでも恋人同士になるじゃないですか」
「恋人同士!?ふざけないでよ」
「ふざけてるように見えます?」
「見えるわよ」
 自分でも驚く位焦っています。
「私はね。そもそもただ君を彼氏じゃなくてお手伝いさんとしてね」
「僕はお手伝いさんなんですか」
「自分で言ったじゃない。いい加減にしなさいっ」
「いい加減も何もよ。デートなんてしたことないじゃない」
「デートしたことないんですか」
「当たり前よっ」
 一旦顔を背けて言ってやりました。
「デートなんてね、旦那様と一緒になる人じゃないとね」
「二歳上かあ」
 私の話を聞かずにまた変なことを言ってきました。
「それもいいかな、姉さん女房って」
「姉さん女房って何が?」
「あっ、何でもないです」
 今の私の言葉には返そうとしません。
「気にしないで下さい」
「?またどうしたのよ」
「ですから御気になさらずに」
「よくわからないけれどいいわ」
 これでとりあえず話は終わりでした。
「それはそうとよ」
「はい。何ですか?」
「行きましょう。信号青になったし」
「わかりました。じゃあ並木道のデートで」
「だからデートじゃないでしょっ」
「わかってますって」
「どうだか」
 そんなことを言い合いながら何はともあれ詰所に向かいました。どういうわけかこの子としょっちゅう会っている気がしてきました。


第二十六話   完


                         2008・10・3 

 

第二十七話 デートじゃないのにその一

                          デートじゃないのに
 阿波野君と一緒に信者の方のお見舞いに行くことになりました。二人でまずはお見舞いの品を受け取りに詰所に向かうのですがその途中で。
「あれ、中村先輩よねえ」
「一緒にいるの誰?」
「同級生の人じゃないの?」
「違いますよお」
 よりによって阿波野君が話をしている女の子達に顔を向けて言うのでした。信じられないです。
「一年ですよ、僕は」
「えっ、後輩!?」
「新入生の子!?」
「はい、そうなんですよ」
 能天気に応えています。見れば二年の娘達です。私もよく知っている娘ばかり。これは非常にまずい、直感じゃなくもう確実にそう思える状況です。
「先輩とちょっとデートを」
「下校中にデートって」
「あの先輩が」
「ちょっと、何いい加減なこと言ってるのよっ」
 私はもう顔を真っ赤にして阿波野君に言いました。
「デートじゃないでしょ、デートじゃ」
「あれっ、一緒に行っていって言ったのに」
「うわ、自分からお誘いって」
「先輩も大胆なのね」
「ち、違うわよ」
 自分でも呆れる位慌てているのがわかります。
「同じ大教会の所属だからね。ちょっと一緒に詰所まで」
「デートなんです」
「やっぱり」
「先輩も凄いっていうか」
「いい加減にしなさいっ」
 阿波野君に対する言葉です。
「そんなこと言ったら一緒に連れて行ってあげないわよっ」
「えっ、それは困りますよ」
 何が困るんでしょうか。困ってるのは私なのに。
「とにかくね。デートじゃないのよ」
「そうなんですか」
「ただ。一緒に詰所に行くだけだから」
「御二人でですよね」
「ええ」
 何か変なことを聞かれました。
「そうよ。それだけよ」
「わかりました」
「そういうことなら」
「わかってくれたみたいね」
「そうですね」
 何故か阿波野君はまだにこにことしています。一体何がここまで楽しいんでしょうか。
「わかって頂いて何よりですよ」
「全く。変なことばかり言うんだから」
 一難去って本当にほっとして言いました。
「何でこんな子が天理高校に来たのよ」
「テストに受かりましたから」
「奈良県だったら他の高校もあるでしょ?」
 じろりと見つつ言いました。
「何で天理高校なのよ、全く」
「だって奇麗な人多いですから」
「まあそれはね」
 これは頷くことができました。結構可愛い人や娘が多いのがおぢばなんです。
「確かにそうだけれど」
「小柄で」
「小柄な娘が好きなの」
「僕大きいですからね」
 それは確かにその通りです。背だけは否定しようがありません。もっとも北乃きいちゃんってプロフィールじゃ一五七になっていますけれどもっと低いんじゃないかしらって思います。
「だからなんですよ」
「小柄な娘が好きだったらおぢばは丁度いいじゃない」
「そうなんですか?」
「だって小さい人多いから」
 私もです、これは。 

 

第二十七話 デートじゃないのにその二

「余計にいいわよ」
「一五〇以下の人も多いんですか?」
「多いわね」
 つまり私より小さい人です。
「そういう人も」
「けれどまあ」
 私の話を聞いても阿波野君はあまり嬉しくないようです。
「あれですよね。一人いればいいですから」
「一人でいいって?」
「あっ、何でもないです」
「何でもないの」
「だから気にしないで下さい」
「?また変なこと言うわね」
 急に態度がよそよそしくなったんで私も首を傾げてしまいました。
「一人でいいって」
「とにかく先輩」
 また私に声をかけてきました。
「この道を出たらイチョウの木が並んでますよね」
「そうよ」
 私達は今下り坂の道を歩いています。そこで阿波野君と話しているんです。この道も天理高校の生徒がよく通る道で前と後ろに何人かいます。
「もう見えてるわよね」
「ええ、まあ」
「秋になれば金色で奇麗になるわよ」
「けれど匂いがきつそうですね」
「それはね」
 これを聞いて少し苦い顔になってしまいました。
「まあそうだけれど」
「やっぱりそうですか」
「秋になったらね。それが困るけれどね」
「何か秋が楽しみですね」
 匂いがって意味じゃないのはわかりました。
「また先輩と二人でデートして」
「だからデートじゃないって言ってるでしょ」
 何度言えばわかるんでしょうか。この子は。
「いい加減に理解しなさいっ」
「まあまあ。ところでですね」
「何よ」
「このまま詰所に行くんですよね」
「そうよ」
 今度ははっきり答えることができました。
「ここからだと本当にすぐよ」
「あっ、もう見えてますね」
「そう、近道なのよ」
 このことを教えてあげました。
「商店街よりずっとね」
「いいですね、急いでる時なんかは」
「そうね。けれどそれでも匂いがね」
 私はどうしてもこのことが気になるのでした。
「凄いからどうしても」
「それが嫌なんですね」
「ええ、秋はね」
 やっぱりこのことを言うのでした。
「どうしてもね。奇麗なのだけれど」
「奇麗な薔薇には棘があるっていいますしね」
 それはかなり違うような気がします。けれど阿波野君はそれで満足しているみたいです。その辺りがどうにも理解できないところなのですが。
「匂いがあってもおかしくないですよ」
「そういうものかしら」
「おぢばの人達もそうですか?」
 何気に深いことを尋ねてきました。
「やっぱり。奇麗な薔薇には」
「棘のない薔薇よ」
 私はこう阿波野君に言ってあげました。
「そういう棘を取るのが天理教だから」
「棘のない薔薇ですか。それって凄いじゃないですか」
「けれど摘み取るものじゃないから」
 一緒にこのことも言いました。
「そこのところはよく認識しておいてね」
「摘み取るものじゃないんですか」
「お花は一緒に過ごすものよ」
 私はこうお母さんに教えられました。 

 

第二十七話 デートじゃないのにその三

「摘み取ったらそれで終わりだけれど一緒に過ごしていたら何時でも見られるじゃない」
「ええ、そうですね。そういえば」
「だから。摘み取らないでね。何時でも一緒にね」
「そういうものですか」
「そういうこと。わかったわね」
「はい」
 私の言葉に頷いてくれました。意外と素直なところもあるのでしょうか。そんな話をしながら横断道路まで二人で向かいます。
「それでね。お花と一緒に歩いていくものなのよ」
「お花は歩かないですよ」
「例えよ」
 阿波野君に目を向けて言いました。
「これはね。つまりお花って女の人よね」
「ええ、そのつもりですけれど」
「女の人から見たら男の人がお花なのよ」
 これもお母さんに言われました。つまり人間はそれぞれがお花なんだって。お母さんに小さい頃に教えてもらった言葉です。
「だからね。お花とお花で」
「そういうものなんですね」
「わかるかしら、これって」
「何となくですけれど」
 考える目で答えてきました。
「一応わかったつもりです」
「何度かじっくり考えたり聞いたりするといいわ」
「じっくりですか」
「一番いいのは勉強することね」
 少し付け加えました。
「それが一番の近道だし確実な方法よ」
「じゃあ先輩」
 急に言葉が真面目になってきました。
「色々と御願いしますね」
「私にできることならね」
 今度は何を言いたいのかわかりました