クラディールに憑依しました


 

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 ある日の事だ、俺は赤ん坊になっていた。
 覚める事の無い悪夢に身を任せて時が過ぎ去った、そして中学に上がる前だったろうか?


 『茅場晶彦』


 ゲーム業界でその名前が有名になり始めた。

 ――此処はSAOの世界か。

 俺の人生設計はこの時に決まった……筈だったのだが。


 中学に入って自分の顔に見覚えがある事に気付いた。
 特徴的な目付きに頭の骨格……。


「クラディールだよな、俺」


 茅場晶彦がこの世界に居ると知って、金を貯めてSAOを買うつもりだったのだが……どうする?
 このままでは主人公とヒロインが微妙な関係のままで、ゲームクリアも難しくなるんじゃないのか?
 けどなー……ヒロインにストーカーして主人公とのキューピット役かー……俺の人生詰んでるジャン?

 まぁ、成るように成れ成れ、俺の知ったこっちゃね。

 こうして俺の人生は半ヤケクソ気味で時間だけが過ぎていった。
 SAOβ版は応募しまくって何とか割り込む事が出来た。

 ゲーム内での行動は三つ。

 一つ、レベル上げとソードスキルの確認。
 二つ、フィールドやアイテムの確認。
 三つ、鍛冶スキルによるオリジナル武器の生産確認。

 ぶっちゃけ三つ目のオリジナル武器はネタ装備だ、初期生産の短剣を組み合わせて作ってみたが、店売りでも充分製作可能だった。
 ……ゲーム後半での強度が問題になるな――リズベットに無理言って作らせるか。


「流石ベータ版、狭いわ」


 ゲーム内を適当に歩き回るとヒースクリフや主人公のアバターを何度か見かけた。
 触らぬ神に祟り無し、そうやって俺は特に行動を起こす事もなく本サービス開始日を迎えた。


 まずは夕方の鐘が鳴るまで全力でレベルを上げる。
 装備を整える為に食費を無視してとにかく金を稼ぐ。

 夕方の鐘が近い――街に戻って最後の装備を整えてからローブでも買うか。
 街に戻ると一部の人間が慌しくなっていた――ログアウト不能に気付き始めたか。

 鐘が鳴り、茅場晶彦によるSAOチュートリアル開始。

 俺はβ時代に確認した脱出経路を背後にして、見えない壁が消えるのを待っていた。
 壁が消失したのを確認した俺は一気に階段を駆け上がり、二階から飛び降りて街の外へと駆け出した。
 次の街へ進みながらレベル上げの続きだ……ついでに牛だか蜂蜜だかのクエストもクリアしていくか、アレはアレで重宝したしな。



 あの日から約三十日、第一層のボスはまだ攻略されていない。
 だが俺が篭ってるダンジョンには、二週間ほど前から戦い続けるもう一人のお仲間が居た。


「よう、繁盛してるかい?」
「……別に、効率なんて考えた事も無いわ」
「まぁ、そう言うな、今日も飯と水を持ってきたぜ、食ったらペアで経験値稼ぎだ」


 この作品のヒロイン、近い将来《閃光のアスナ》と呼ばれる女だ。

 ダンジョンに篭って昼夜問わずのデスマーチをやってたら狩場が被った。
 日に何度も顔を合わせるもんだからアイコンタクトで敵を譲ったりしている内に話をする様になり。
 『良かったら飲むか?』と水を渡したりと――徐々に餌付けしていった結果がこれだ。

 俺からパンと水を受け取り一気に口の中に放り込んで飲み込んだ。


「……いつも通り食費は払うわ」
「いや、今日に限っては要らねーよ」
「え?」
「毒入りだからな」
「くはッ!? ……う、嘘!?」


 ガクガクと体を震わせアスナが地べたに伏せる。
 アスナの剣を蹴り飛ばし、安全を確保する。


「んー、有り合わせのアイテムと知識だけでやってみたが……中々行けるモンだな」
「な、何でこんな!?」
「社会勉強って奴だな、ほれ、俺のHPカーソルを見てみろよオレンジじゃない、緑のままだ――システム上は犯罪扱いにはならないって事だ」
「……オレンジ? 緑?」
「あー、そこからかよ……盗みや傷害罪――殺人罪、つまり犯罪を起こすとカーソルがオレンジに変わり、モンスターと同じ扱いになる訳だ
 ――良く見てろ」


 アスナの肩にナイフを突き刺す、それと同時にアスナのHPが減少して俺のHPカーソルがオレンジに変わる。


「これで俺はモンスター扱い、攻撃しても殺しても犯罪にならない、街にも入れなくなるが――緑に戻すクエストもある」


 今度は麻痺状態のアスナに短剣を握らせて地面に突き刺す、そして俺の腕を無理やり通して切断する。
 肘から先が消滅エフェクトと共に失われた。

「――自分の腕を!?」
「これが部位欠損ダメージ、特定の攻撃条件で発生するんだが一定時間で元に戻る――正に当たり所が悪かったって奴だな
 ほれ、俺のHPは減少したのに――お前のHPカーソルは緑のままだ」


 アスナの手から短剣を引き剥がしてメニューにしまう。


「今の行為は窃盗にはならない、元々俺の武器だからな――意図的に盗ませて相手をオレンジにするって方法もある気を付けるんだな
 ちなみに麻痺毒は薬剤調合スキルの応用だ、お前さん人が良さそうだからな、行けると思って一気に使用回数を増やしてレベルを上げてみたんだよ
 ……そうだな、ついでに倫理コードってのも教えといてやるよ」


 俺はまだ痺れてるアスナの指を取りメニューを開いて倫理コードを解除する。


「メニューが勝手に!?」
「知らなかったのか? 麻痺してる相手や寝てる相手の指を使ってもメニューを開けるんだよ、外で寝る時は気を付けるんだな」
「――そんな」
「普通なら完全決着デュエルを了承させて殺したり、アイテムも金も奪ったり出来るんだが、倫理コードは違う」
「な……何?」
「エロい事し放題だ」


 俺の台詞にアスナの顔から血の気が引いていく。
 そして部位欠損ダメージで消滅した俺の腕が復元された――手を伸ばして違和感が無い事を確認する。

「ふむ、問題無い様だな……ちなみに、レベルの低い麻痺毒は早くて十分程で切れる――もう動けるだろ?」


 アスナはガバッと身を起こして俺から距離を取る。


「勉強になったかな?」
「……ええ、とてもね」
「後、剣は予備も用意しておけ、こうして落としたり奪われたり、折れたりした時が大変だぞ」


 そう言って蹴り飛ばした剣を拾ってアスナの方に投げ捨てた。


「……あなたは何がしたいの?」
「……ボスの部屋が見つかったそうだ、俺は行かないからお前は頑張って来い」
「話を逸らさないで」
「別に、単なるお節介だよ、寝る時は宿屋で寝ろ、あそこならシステムで護られてるから、寝てる最中に死ぬ事も変な事もされねーよ」
「……本気で言ってるの?」
「さっさと倫理コードをロックしろ――そっちも実践するか?」


 アスナがメニューを開いて倫理コードをロックする。


「――あなたが茅場晶彦なの?」
「俺がこんな壮大なゲームを作れるような奴に見えるか?」
「……見えないわ」
「だよなー、んじゃ、また何処かで会おう、一緒にレベル上げができて楽しかったぜ」
「出来れば二度と会いたくないわ」
「……そりゃ無理な相談だな、お前は男運が無さそうだしな、これまでもこれからも」
「――っ」


 心当たりが沢山あるだろうなー。


「まぁ、そう言う訳で、これからも何処かで会うだろう、じゃあな」


 俺は闇に紛れてアスナの元から全力で走り去った。


「危ねー、レベリングしてなかったら俺が一方的に串刺しにされてたぜ、早めにクエスト受けてオレンジを緑に戻しとくか」


 二日後、第一層のボスが倒され、緑に戻った俺は第二層で思う存分レベルを上げて楽しんだ。
 

 

チーズケーキを食いました

 第一層がクリアされてから二ヶ月と少し、第二層を十日でクリアしてからは、そのペースで順調に攻略が進んでいる。
 今日は第八層が開放されて、俺は新しい街を一人で歩いていた――この階層は竜使いシリカのホームになる筈だ。
 街の中は非戦闘員の観光客が所狭しと探索したり観光したりしている。

 俺は特定のレストランを探して街の中を歩き続けていた――そして行列が出来始めたレストランの外装を見て確信した。
 ここがシリカのお気に入りチーズケーキがある店か……並んでる人も少ないし食ってから行くか。
 暫く並んでるとNPCが開いた席まで案内してくれた――早速、チーズケーキと持ち帰りは可能かを聞いてオーダーを出す。
 栄養バランスを考えずにチーズケーキだけ頼めるってのもSAOならではだよな……現実ではベッドの上で点滴生活だがな。

 チーズケーキも食い終わった頃に、持ち帰り分のチーズケーキが焼き上がり店を出る。

 耐久値をある程度誤魔化す処理をした後、チーズケーキを片手に食い歩いていると、一人の少女が衝突してきた。
 噂をすればなんとやら、見覚えのあるツインテール、竜使いシリカがそこに居た――ピナが居ないな? 懐く前か。

 アレはメニューに放り込む事が出来ないからな、居るか居ないかで判断できる。


「あ、ご――ごめんなさい」
「気にするな、それよりケーキを食ってたんだが服に付いてないか?」
「あ、いえ、だ――大丈夫です……あの、それって、チーズケーキですか?」
「あぁ、そこで売ってたんだが……」


 振り返った先にあるレストランは、飯時と重なって店の外では俺が店に入った時よりも行列が増えていた。


「……凄い人気ですね」
「……良かったら一個貰うか? これも何かの縁だろう」
「えっ!? 良いんですか!?」
「あぁ、次からは気を付けろよ?」
「ありがとうございます、お金は払いますね」


 シリカはチーズケーキを受け取りお金を払うと、もう一度お礼を言って上機嫌で去っていった。
 ……確かに金は貰った――だが、チラリと見えた残金が二桁程だった気がするが……今日の宿代あんのかアイツ?
 新しい街だからって浮かれて湯水のごとく金を使ったか、それとも装備を買い換えて金が無いのか……まぁ、既に宿代を払ってる事を祈ろう。


 俺は日が沈むまで周辺の地形を把握しながら雑魚狩りを開始した。


 ふむ、東門は手頃なモンスターが居て夜でも人の出入りが多くなりそうだな。
 北門は山岳地帯で隠れる場所が無いし、強そうなモンスターも活動してるな。
 西門は強いモンスターが出て低レベルでの対処は無理、となると……。

 森に続く南門か――アクティブモンスターも居ないし、人気の無くなる時間帯を見れば隠れるのも容易いな。


 大体の予測をした後、街に戻ると見覚えのある人影を発見した。

 きっとアイツのキャラネームは情報を売り買いするってのと胡散臭い中国人が使う日本語、『アルアル中国人の日本語』に引っ掛けてるんだろうな。


「――アルゴ」
「何ダ、お前さんカ……何の用――と言うのは可笑しいナ、また面白い事でも思い付いたのカ?」
「さてな? 取り合えず情報をくれ、攻略組以外でコリドーを所持していて犯罪に使いそうな奴とその転移先だな」


 いくら街の周辺を警戒しても転移されては意味が無い。


「二百コルだナ」
「……安いな? こんな情報を聞く奴なんて――解放隊か」
「察しが良いナ、最近は睡眠PKが増えてきたからネ、特殊なコリドーを持ってる奴は金になるのサ」
「ふむ、それなら手が回ってそうだから問題ないか……昼間にチーズケーキを売った女の子が居たんだが――所持金が尽きた様に見えた」
「……四百コル」
「買う」
「宿屋の通りを往復している子が居たと複数の情報が寄せられていル……観光客で第八層の宿泊施設は何処も満杯だ――感の良い者は気付いてるだろうナ」
「お使い頼めるかい?」
「あいヨ!」


 アルゴと別れた後、お使いを済ませたアルゴからメッセージが届いた。


【金は渡したが、そのまま納屋で寝るそうダ、頑固者だナ――宿無しで有名な連中が数名で見張っているようダ、コリドーは持っていないヨ】

 ふむ、流石情報屋だな、頼りになる。


 深夜、南門を監視してたら何やら怪しげなグループがゴミ袋の様な物を抱えて森に消えて行った。
 夜間のゴミ出しは禁止――って言うかSAOにそんな習慣ねーよ、アレは寝袋だな。
 気付かれない様に後を追うと話し声が聞こえて来た。


「此処まで離れりゃ大声出されても大丈夫だ」
「早くお楽しみしようぜ」
「焦らせるなよ、完全デュエルを了承させて麻痺らせてるんだ、慌てる必要は無い」
「寝てる間に色々出来るなんて、スゲー裏技だよな」


 あー、ゲスな笑い声が聞こえる。
 四人の内の一人が背負っていた寝袋を開けると麻痺状態シリカの姿が見えた……この状況で寝てられるお前がスゲー。
 ……ふむ、寝ているプレイヤーを運ぶ方法はいくつかあるが――担架だと怪しまれるからコッチにしたか。


「おい、誰か見張りやれよ」
「マジかよ、チッ、後で交代しろよな」
「わかってるよ」


 ……面倒臭せー、取り合えずシリカ起こすか。
 投げナイフを一本抜く――シリカに当てて起こすのではなく。
 投擲スキルの射程範囲ギリギリに居たモンスターに当ててMPKもどき――モンスターを怒らせて邪魔する事にした。

 シリカに当てて傷害扱いでオレンジになったら面倒だしなー。


 モンスターを攻撃してアクティブにすると木の影に隠れながらシリカ達を挟むように回りこむ。
 すると俺とモンスターの直線ライン上に重なった男がモンスターに轢かれ吹っ飛んだ。


「ぐえ!?」
「何だ!? アクティブモンスターは居ないんじゃなかったのか!?」
「チクショウ、お前等武器を出せ、速攻で終わらせるぞ!!」
「!? 此処は何処なんですか!?」
「起きたぞ!! 押さえてろ!! 解毒結晶を使わせるな!! メニューも開けさせるな!!」


 近くに居た男がシリカを押さえ逃がさない様にする。


「嫌ッ!! 止めて下さい!!」


 モンスターを目の前にして戦力を一人削る指示を出すとは……ロリコン恐るべし。
 いや、この場合はペドフィリアか? しかし、アレの定義は六ヶ月以上にわたり十三歳以下の子供にエロい事を続けてなければ認定されない筈。
 ……どうでも良い思考に耽っているとモンスターは倒され、男三人のHPは半分以下になっていた。


「クソッ!! MPKか!? お楽しみの邪魔しやがって」
「街が目の前だからって逃げやがったのかもな」
「まあ、苦労した分はアイツで発散させようぜ」
「放して下さい!!」


 モンスターが倒されてる間にシリカは自分の置かれている状況が理解出来た様だ。
 ……そろそろ始めるか。

「!? 今何か通らなかったか?」
「いや? 何もなかったが?」
「おい!? お前のHPドンドン減ってるぞ!?」
「嘘だろオイ!?」


 シリカの見ている目の前で男達四人全員が次々と赤ゲージ――そして麻痺状態になって地面に倒れた。
 そして男達を切り刻んだ俺のHPカーソルが傷害判定でオレンジに変わる。


「よぅ、おめーら、楽しそうだな」


 闇の中から現れた俺を男達は絶望的な表情で出迎えた。 

 

好き勝手やってみました

「お、オレンジカーソル――コイツHPカーソルがオレンジだ!!」
「レッドギルド!?」
「あー、黙れお前等――死にたいのか?」


 毒を塗ったナイフを左右へお手玉して見せると、その場に居る全員が黙った。


「――さて、お嬢ちゃん、コイツ等殺して良いか? ん? どうした? 黙ってちゃ時間切れで全員死ぬぞ?」


 俺の台詞にシリカは震えながらも声を振り絞った。


「だ、駄目です……殺すなんて――絶対駄目」
「おーおー、心優しいね? コイツ等はさっきまで君が死ぬよりも辛い、とーっても辛い気持ちを味あわせようとしてたんだぞ?」
「それでも……人を殺したりするなんて駄目です」
「そうかそうか、お嬢ちゃんの気持ちは良く分かった――では、お前等に聞こう このまま死ぬのと、牢獄に入るのと――どっちが良い?」
「ろ、牢獄ってなんだよ!?」
「死にたくない!! 助けてくれ!!」
「助けてくれるんじゃないのか!? その子が逃がしてくれるんじゃないのか!?」
「お前等――都合の良い解釈をしているようだが、俺が殺さないと何時言った?」


 アルゴから買い取った牢獄に繋がるコリドーを発動させる――『お人好しメ』などと笑われてしまったが、俺の勝手だ。


「十秒やる、喚くと時間切れで全員死ぬぞ?」


 出来るだけ低い声で、静かに急かしてやると、麻痺毒で動けなくなった男達は牢獄を選んだ――SAOは表情が過剰でいかんな。

 あぁ、牢獄とは始まりの街に居る最大のギルドが管理しているゴミ箱だ、囚人の世話代で結構な金額を強いられるが。
 モンスターと戦って死ぬ可能性が無くなるのだ、まぁ、自由も無くなるが……ある意味究極のセーフティゾーンだな。


 牢獄に設定されたコリドーを使って男達をゴミ箱に送った後、俺は一人残された少女に振り返った。
 色んな事が起こり過ぎて理解できない――そういった表情でシリカは暫く虚空を見つめていた。


「チーズケーキまだあるけど食うか? そろそろ耐久値がヤバイから食ってくれないと困るんだよな、あんま甘い物好きじゃねーし」


 その声にシリカは俺の顔とチーズケーキを交互に見ると、安堵して泣き始めた。


「あー、怖かったろ? とりあえず食っとけ、水もあるぞ?」
「……はい、ありがとうございます」


 麻痺状態も回復したようで、俺がケーキと水を渡すとゆっくりと座り直した。


「まずは何があったか聞かせて貰おうか? 大体は把握しているが……俺に会った後はどうしたんだ?」
「あの後、宿屋に泊まろうと思ったんですけど、安めの宿屋は全部埋まってて高い部屋しかなかったんです」
「観光客が多かったからな、宿は数日から十日間は空きが出ないだろ――攻略ペースもそれくらいだし」
「はい……第八層まで、殆ど一週間から十日もすればクリアしてましたから……宿も空いてると思ったんです」
「始まりの街から出てくる人も増えて来たからな……でも、それだけじゃないだろ? 俺が売ったチーズケーキ。 アレで宿代が無くなったんだ――違うか?」


 シリカが食べかけのチーズケーキを置いて俯く。


「……はい、それで、一晩くらいなら外でも大丈夫かなって、馬小屋で藁を敷いて眠ったんですけど……」
「お前さんが宿屋周辺を何度も往復してるって目撃情報があったからな、それで目を付けられたんだろ」
「……でも……それだけで――あたしの寝てる場所まで判るものなんですか?」
「アルゴには見付けられてたろ? 大体のゲームじゃ村人全員に話しかけたり。
 クエストのヒントを探す為に徹底的に捜索するからな……街が石畳じゃなかったらスコップで掘り返してるぜ」


 そうやって探索してた連中――アルゴやあの男達に寝ている所を見つかったんだろう。


「あの……アルゴさんからお金を頂いたんですけど――貴方ですよね? チーズケーキをあたしに売った人って貴方しか居ませんから」
「あぁ、チーズケーキの代金を貰う時にコルが少なくなってるのがチラッと見えてな、こう言う事が起きそうだったから頼んだんだが――」
「あたしの無駄遣いのせいで知らない人にまで迷惑を掛けたくなくて……あの時、アルゴさんに『お金を戻して欲しい』ってお願いしたら」
「『返却されたら全額貰う契約になっていル』だろ?」
「……はい、それで受け取る事にしたんです、別料金も貰ってるって言ってましたから――お金は今度会った時に返そうと思ったんです」


 アルゴに頼んだお使いは――シリカに宿代を届ける事だった。

 幼い女の子が夜を明かそうと確保した寝床に男が立ち寄り金を渡す……誤解では済まない事態になるのは目に見えてる。
 シリカが少々高めの宿代を受け取らなかったら貰って良いと言っては置いたが――結果はごらんの有様だ。


「……けど、どうしてこんな所に居るのか判らなくて……確かに宿屋の裏で寝てた筈なんです」
「街から寝ている人間を街の外に連れ出すなんて簡単な事だ、担架とかに乗せれば簡単に運び出せる――今回は寝袋だったな」
「あの、どうして判ったんですか? あたしが連れ出されるって」
「子供のプレイヤーなんて珍しいからな、始まりの街から出て最前線まで出て来てる女の子となれば更に目立つ」
「あたし……このゲームが初めてで、何が目立つ行為なのか全然判ってなくて……」


 あー、相当凹んでるな……気分転換でもするか。


「初めてのゲームがコレか……でもそれだけじゃないだろ? SAOは確か十五歳からの推奨だったよな? お前いくつだよ、どう見ても十五歳には見えない」
「……十二歳です」
「――小学校六年?」
「はい……二学期でした」
「寅年?」
「はい」
「俺も寅年だ」
「――え?」
「干支が一周してるんだよ、同い年じゃないからな?」
「あ、そうですよね――びっくりしました、クラスメイト以外の寅年の人って親戚のおじいちゃんしか知らなくって」


 うむ、気が紛れて笑顔が戻ってきたな。


「ほれ、手が止まってるぞ、チーズケーキを食い終わったら街に戻るぞ、宿屋ならロックを解除される事も無いし、こんな事にはならないからな」
「はい。 ……でも信じられません……寝ている人を勝手に街の外に運び出すなんて」
「それよりも今回の件は大変なんだぞ? ――まず、寝てる人間の指を使って他人がメニューを開く事が可能だ」
「――ッ!?」
「完全決着デュエルを了承させて殺す事も可能だったんだ、実際麻痺状態になって動けなかっただろ?」
「そんな……」
「金やアイテムも奪う事だってできる……何か無くなってるアイテムとかないか?」


 シリカがメニューを開き色々と確認する。


「……大丈夫です、何も無くなってません」
「そっか、それであの連中がやろうとしていた事だが――ハラスメントコードが発動してなかったろ? 寝てる間に解除されたんだろうな」
「そんな事――出来るんですか!? どうやって!?」


 シリカの顔が真っ青になり急いでメニューを確認しようとするが、俺はシリカの手を握って止めた。


「――何するんですか!?」
「んー、助けてやった報酬を貰おうと思ってな」
「ほ、報酬!?」
「それと授業料な、よく見てろ……これが倫理コードだ、これを解除すればエッチな事をしても――つまり、こう言う事も可能な訳だ」


 シリカを押し倒して抱き枕のように抱え込む。


「嫌ー!?」
「ふむ、抱き心地に関してだが――抱き甲斐がないな――色々無い」
「――酷いです!! これでも色々、少しは成長してるんです!!」
「無いものは無いからなー」
「とにかく離して下さい、もうッ!!」
「ガタガタ騒ぐな、こっちは牢獄コリドー買ってとんだ散財だったんだぞ」
「あ……ごめんなさい……牢獄コリドーって高いんですよね? 聞いた事あります……」


 シリカが大人しくなった所で後詰めをするか。


「……お前さ、このゲームがどれくらいでクリアされるか予想した事あるか?」
「……早くクリアできれば良いなとは思いますけど」
「俺は最速でも三年半は掛かると思う」
「三年半ですか」
「あぁ、三年半後にクリア出来たとしてだ、同級生はとっくに中学卒業して高校に入学してるだろ」
「……留年ですか」
「それだけじゃない、今みたいな連中がゲームクリア後、何もしてこないと思ってるのか?」
「え?」
「顔を覚えられたら現実世界でも襲ってくるぞ? 数年間の留年扱いになるんだ、調べりゃSAO経験者だってバレるだろうしな」
「そんな……」
「さっきみたいな連中が現実でもストーカーしてくるだろうな――出来れば殺したかった、面倒臭いから」
「でも、……それでも、人を殺すのは間違ってると思います」
「ならせめて、ゲームの中だけでも強くなれ、あんな連中を返り討ちにする程度にはな、俺も誰かを殺さずに済む」
「……はい」
「まぁ、そう言う訳で、明日の朝まで抱き枕になれ」


 改めてシリカを抱き寄せる。


「そ、それは嫌です!!」
「んー? これくらいは役得がないとなー、反抗的な態度だと服の下に手を突っ込むぞ?」
「や、止めて下さい!」


 メニューを開けさせないようにシリカの指を固定したまま、冗談半分で開いた右手を這わせ様として手を止めた。


「――アルゴ、もう来てるんだろ? 出て来いよ」
「やっぱリ気付いてたカ」


 茂みの中からアルゴが出て来た、俺が手を離すとシリカは急いでメニューから倫理コードを探し出してロックを掛け直した。
 これで異性が体に触れたりすると『牢へ送りますか?』が復活した訳だ。


「いやはヤ、どうなる事かと思ったガ――意外とまともに終わったナ」
「オメーは儲かったから好き勝手言えるだろうけどさ……あー、面倒クセエ……散財だぜ」
「底抜けのお人好しが見れて楽しかったヨ」


 アルゴと無駄話をしてると、茂みがガサガサと揺れ始めて一匹の小竜が姿を現した。


「おー、レアモンスターか?」
「珍しいナ? A級食材の類カ?」


 武器を構えようとするアルゴに合図を送って止めさせる。


「――っ!」


 小竜はシリカに近付いて頭を摺り寄せたり、翼を広げてアピールしている。


「あの……この子は?」
「餌が欲しいんだろ? くれてやれば?」


 シリカがナッツを取り出し小竜に与えると、メニューが開きネーム登録が表示された。


「これって?」
「ペットに出来るみたいだな、SAOもそう言うシステムがあるんだな」
「コレは凄い特ダネだネ――どうだイ? この情報を売る気は無いかナ?」
「使い魔なんて攻略組でも持ってる奴は居ないからな、この情報は上から数えられるくらい重要かもしれないな」
「え? でも、情報を売るってどうしたら良いんですか?」
「どうやっテ使い魔にしたかを聞かれたラ、情報屋のアルゴに売ったから答えられないって言えば良いのサ」
「でも、それでお金を取るんですよね? そんなお金なんて要らないです」
「おやおヤ、頑固なのは相変わらずのようダ」
「せめてこの階層で仲間にした事だけは黙っておけ、この辺りのモンスターが狩り尽されて混乱を招くぞ」
「……はい、そうします」
「で、どうするんだ? そいつの名前」
「えっと、ですね……」 


 シリカがメニューを操作して名前を決めた『ピナ』


「ウチで飼ってる猫の名前なんです」
「そっか、大事にな」
「そろそロ、街へ行こうカ――キープしてある宿泊施設が埋まるかもしれなイ」
「おー、見つけられたか、さて、帰ろうぜ」
「――はい」


 街の入り口まで来ると俺はNPCの衛兵に囲まれた。


「ふむ、やはりこうなるか」
「え!? どうして!?」
「あいつ等を麻痺させるって傷を負わせたからな、オレンジ判定――犯罪者って奴だ」
「でもアレは、あたしを助ける為に!!」
「良し悪しじゃない、システム上での判定だ、その辺りはアルゴにでも聞いて勉強しろ」
「もちろん料金は頂くがナ」
「んじゃ、此処でお別れだ、カルマ回復クエストは一日二日掛かるらしいからな、ちょっと行ってくらぁ」
「では予定通リ、この子は宿まで連れて行くゾ」
「あぁ、任せた」


 衛兵に連行されながら片手を上げて別れの挨拶を送る。


「あの、あたし、シリカって言います。 後でフレンド登録を送って下さい」
「――気が向いたらな、あ、そうそう、結婚を申し込んでくる奴には気を付けろよ? 倫理コードの事を知ってて近付いて来てるからな?」
「――ッ! わかりました!」

 こうして、俺の第八層での長い一日が終了し、カルマ回復の為に更に二日程潰れたのだった。 

 

好き勝手やったツケが回ってきました

 第九層がクリアされて第十層の街にて、俺はリズベットを探していた。
 中央の転移門広場では、早速職人達が商品を広げてバザーを開始している。
 その中で髪飾りが特徴的な女の子を見つけた――居た、リズベットだ。


「すいません、剣が欲しいのですが」
「あ、はい――いらっしゃヒっ!?」
「……」
「……」
「変わった挨拶ですね」
「あの、いえ、すいません……いらっしゃいませ」


 俺ってそんなに強面かなー。


「それで、剣が欲しいのですが」
「は、はい、ウチで扱ってる剣はこちらです」
「――この両手剣のデザインが良いですね、十二本程売って貰えますか?」
「え?」
「十二本、売って下さい」
「あの――そんなに、何に使うんですか?」
「モンスターを狩るんですけど、何か?」


 話が噛み合ってない様だ。


「ほ、本当に? お一人で?」
「素材メニュー見ます?」


 俺はこれまで狩ったモンスターの素材のごく一部、倉庫にしまう前の素材を表示してリズベットに見せた。


「す、凄い数と種類ですね……レアドロップまで……各階層の素材が全部ありそう」
「流石にコンプしてる訳じゃないですけど、大体夜だと狩場が空くんですよねー、あ、コッチの武器も研いで貰えますか?」


 両手剣が二種類、十二本ずつで計二十四本、耐久度がギリギリまで減った状態で放置してある。


「ち、力持ちなんですね、そんなに武器や道具を持てるなんて」
「俊敏に振るのは最後の予定です――まだ攻撃を当てられるのでギリギリ付いて行けますし……あ、コイツ等まだ強化して無いので限界値まで強化やって貰えますか?」
「え? え? 全部ですか?」
「ええ、成功率を限界まで上げる強化素材も本数分、全部有りますし――全部重量と耐久度強化でお願いします」
「ふ、普通は命中補正とか俊敏補正をお願いされるんですけど……」
「狩場では出来るだけ長く持って居たいので」
「……お金は大丈夫なんですか?」
「八層で一度は散財したんですけど……九層で頑張って稼ぎ直しました」


 グッと親指を立ててメニューの中からコルを表示――始まりの街で安い家なら買えてしまえる程の額がある。


「い、家とか家具とか買ったりしないんですか? こ、恋人さんに何か買ってあげたりとか」
「家具でモンスター倒せるなら、ソファーやベットを背負って角で倒すんですけどね……残念ながら恋人を作る予定はありません――ええ、残念です」
「…………あの、強化に凄い時間掛かると思うんですけど」
「とりあえず、そこの剣さえ売って貰えれば、三日後ぐらいに取りに来ますよ?」
「え? でも……」
「…………んー。 なら良いです。 この素材は全部NPCに店売りにしてコルに変えます。 縁が無かったと言う事で……失礼します」


 お辞儀をして去る…………。
 …………あーぁ。 どうするかなー。 リズベットの鍛冶スキルを早めに上げようと思ったけど――あの態度は間違いなく裏があるよな。

 近くにNPCが出してる露店を見つけて売却可能か確認する、NPCに雑魚から集めた素材、レアな物もいくつか有ったが纏めて範囲指定して売――――。


「ちょっと待ったッ!?」


 OKボタンを押す寸前にリズベットに肩を捕まれた。


「あんた何してんの!?」
「……要らない素材を売る所ですけど? 重いだけだし――何故此処に? 露店は良いんですか?」
「あんたが『素材を全部NPCに店売りする』なんて言うから、まさかと思って付いて来たのよッ!! それだけの素材を店売り!? それでどれだけの武器や防具が作れると思ってるの!?」
「要らないんで」


 リズベットが俺の襟首を思いっきり引っ張った――ハラスメントコードが表示される。
 NPCに素材を売ると言う事は、その素材は市場に流通する事無く、完全消滅する事を意味する。


「もういっぺん言って見なさいッ!!」
「要らない」


 リズベットの鍛冶ハンマーが俺の頭に振り下ろされ、ノックバックが発動する。
 圏内だからノーダメージなのだが――怖いものは怖いな、特に女の子が怒った時の雰囲気は、正面に立つ事さえ勇気が要る。


「ふざけるなッ!! このゲームはただのゲームじゃないのよッ!? それだけの素材と同じ量を集めるのにッ! ――どれだけの人が命を掛けると思ってるのッ!?」


 リズベットが涙を浮かべながら訴えてくる…………だが、俺はリズベットの手を握り返し、逃げられない様にしてから――こう言ってしまった。


「俺がさっき立ち寄った鍛冶屋の子にも、同じ台詞を言ってやってくれ」
「――――――――――ッ!!」


 大粒の涙を流しながらリズベットはその場に座り込んだ――――先生っ!! 周辺からの視線が物凄く痛いですッ!!
 とりあえず、『場所を変えよう』とリズベットを宥め、露店の商品を片付けさせてからバザーを去った。


 ――そして現在、リズベットの借りた部屋にお邪魔している。


「……客を選んだりして悪かったわ」
「いや、俺も相当無茶な要求をしたし」


 リズベットはまだ涙目だ、時折頬に涙が零れたりしている。


「……違うの……友達がね……教えてくれたの、あんたに良く似た人に毒を飲まされたり、倫理コードがメニューの中にあるって勝手に解除されたりしたって」


 ――物凄く身に覚えのある話だったッ!!


「……それで、アルゴに本当にそんな危険人物が要るのか聞いて見たんだけど――」


 ……アレは第一層でアスナと別れた後の事だ――迷宮区のセーフティーゾーンで会ったアルゴに、カルマ回復クエストの情報を買いながら――笑顔で毒を盛った。
 薬剤調合スキルで作った毒の成功率が見たくてな、思わず盛ってしまった――反省はしてない。


「アルゴも――『同じ手口で被害にあった事があル』って……涙を流しながら話してくれて」


 ――どうなんだ!? その涙とやらはフェイクか!? それともマジで悔しかったのか?
 レアアイテムっぽいドロップを十五個選ばせてくれてやったじゃねーか、まだ不満だったのかよ。


「他にも睡眠PKをやってる連中に混ざって――小さな女の子に悪戯したとか……」


 ――あぁ、混ざったな、確かに混ざったよ? 全員麻痺させてコリドーで牢獄送りにしてやったし、小さな女の子をからかったりしたな。


「『その子がどうなったのかは――想像にお任せすル』って……きっと酷い事をされて――うぅ……」


 任せるな、そこを想像に任せるなよッ!! そしてアルゴもそこで話を切って想像させるなよッ!! ――狙ったなッ!? 一番想像させちゃ駄目な所だろッ!!


「オレンジプレイヤーになっても直ぐにカルマ回復クエストを受けて――街中で次の獲物を探してるって」
「そりゃ不便だからな!? 転移門が設置されてる街に入れなくなったらどうやって生活するんだよ!? 高い転移結晶を使うかボスの部屋を通らなきゃ階層移動も出来ないんだぞ!?」
「えッ!?」
「――ん?」


 ガタガタとリズベットの肩が震えだした、入り口とは逆の壁に背中を貼り付けてこちらを凝視している――何なんだ?


「――ま、まさか……本物っ!? あんたが……そうなの!?」
「ちょっと待て!?」
「……アスナが気を付けなさいって――アルゴが次に狙われる可能性が高いのは鍛冶スキルが高い――あたしみたいな女だって……うぅ……」
「待ってくれッ!! 誤解だッ!! 一部事実だが真実ではないッ!! 真実じゃないんだッ!! 今から当事者全員を呼ぶからッ!! 直ぐ来てもらうからー!?」


 『マジで助けてくれッ!! 謝りたいから今直ぐ来てくれッ!!』
 ――そのメッセージをアスナ、アルゴ、シリカの三人に送り……俺はみんなからの返信を待った。 

 

がんばって誤解を解きました

「あははははははははははははははッはははははッ!! あはあははだ、だめだあ、笑い死ぬ死んじゃうよぅあははははははははッ!!」


 ――笑い過ぎだアルゴっ!! 床を転げ回るなッ!! 叫び声や大きな音はドアの向こうまで聞こえちまうんだよッ!!


「リズ、もう大丈夫だから泣かないで、ね?」
「うん、ありがとうアスナ」


 リズベットはアスナと一緒にベッドに座り、アスナの胸に顔を埋めて泣いている。


「……あの、この状況は何なのでしょうか……?」


 たった今到着したばかりのシリカはこの状況が理解出来ていない――そして俺は現在……アスナに土下座中である。


「……取り合えず、シリカ来てくれてありがとう――そっちの泣いてるお姉さんの隣に座ってくれ」


 土下座を止めてリズベットの隣にシリカを座らせる。


「さて、先ずはアルゴ――お前、この子とどんな会話したんだ?」
「――ひひ、ふーっ……ふむ? あの時はお前さんの話を聞きたがってると、手口からして直ぐに判定できたんだ」
「喋り方が素に戻ってるぞ」
「おっト、失礼しタ――そこでサービスで『そいつなら良く知っている同じ手口にあった事があル』と教えてやったのサ」
「泣いてたそうだな?」
「ん? あぁ、目にゴミが入ってネ――そのせいじゃないかナ?」


 街中でそんなBADステータスは発動しねーよ……その場に居る全員が同じ事を思ったのか妙な沈黙が訪れた。


「兎に角、俺がそこに居るシリカに酷い事をした様な情報を流すのは止めろ」
「その事か、八百コル」
「買うから止めろ」
「よろしイ、第八層の森で起きた事件は結構目撃者が居てネ、オレンジプレイヤーが睡眠PKを失敗したって噂が出回ってるのサ」
「それが何で俺が酷い事をしたって話しになってるんだ?」
「数人の男に担ぎ出された女の子に、森の中で合流したオレンジプレイヤー……少し考えれば解るだロ? 身体を売って命だけは助けて貰ったと思われてるのサ」
「じゃあ、何で『失敗した』って噂で出回ってるんだ? それなら『身体を売って命拾いした』って噂が広まる筈だろ?」
「牢獄に居る連中が騒いだんだヨ、お前さんの顔が見えなくなったとたんに強気になったんだロ、『無実だ、此処から出せ』とナ」
「……面倒臭い連中だな――今からでも殺しに行くか」
「――駄目ですッ!!」


 シリカが涙目になって叫んだ……おいおい、リズベットとアスナがびっくりしてるぞ。


「あ――ごめんなさい、大声出しちゃって……あの後、始まりの街から確認がありました――それでアルゴさんと事情を説明しに行ったんです」
「映像クリスタルと音声クリスタルの両方に記録した奴を渡して置いタ、二度と牢獄からは出られんだろうサ」
「手回しが良いな――俺の証言は良かったのか?」
「映像クリスタルがあるんダ、無用だ――それに、お前さんと連絡が取れると知った瞬間、連中が『大人しくするから呼ばないでくれ』と懇願してナ、思わず映像を撮ってしまっタ」


 アルゴが映像クリスタルを操作して、牢獄の中で震える馬鹿どもが映し出される――見事な懇願と怯えっぷりだ、映像クリスタルに残してしまうのも無理ないな。


「……あなたは、彼らに何したの?」
「あぁ、第八層でな――その子を麻痺させて第一層でお前にやった様にメニューを開いて悪戯しようとしてたから、麻痺毒を塗ったナイフで刺して牢獄に放り込んだ」
「わたしがあなたに襲われたみたいに言わないで……『あなたがこの子を襲った』の間違いじゃないの?」
「もしそうなら、シリカが此処に来る訳無いだろ」
「何か弱みを握ってるとか」
「そんな事ありませんッ! この人は良い人です……あたしの為に牢獄コリドーまで使って……物凄く高いんですよね?」
「……た、確かに安い家なら一つ二つ買える程の金額はするけど……とても信じられないと言うか……」


 シリカの真剣な眼差しにアスナは何も言えなくなったようだ。


「――話を戻すが、それなら何でこの子に俺がシリカを悪戯したみたいに伝わってるんだ?」
「それカ? 此処から先の情報は有料になル――とサービスを終了したからナ」
「それだと、どう考えても酷い事をされたって考えるのが普通だろ――そんな内容を金を払ってまで知りたがる奴が居るかッ!」
「………………これがそうでも無いんだナ」
「――あぁ、そう言えば聞いた事があるな、探偵って職業が継続できる理由が浮気調査がスゲー儲かるからだって」
「需要と供給は常に持ちつ持たれつサ」
「――話は終わったの? わたしとしては――あなたにはまだ聞きたい事があるんだけど?」


 アスナが俺をまだ疑いの眼差しで見てるが――シリカが見ているので強く出られないみたいだ。


「俺の知っている事なら何でも答えるぞ?」
「……じゃあ、何でわたしにフレンド登録を送る事が出来たの? 今ちょっとした有名人扱いで新規のフレンド登録は全部拒否設定にしてるのよ?」
「第一層でPT組んだだろうが、その時のログからフレンド申請したんだよ」
「……そう、それならどうしてリズ――リズベットを探し出せたの? わたしの後を追ったの?」
「いや? そろそろクエストで手に入る武器よりも、鍛冶屋の武器が強くなってきてるからな――美人で可愛くてちゃんと仕事をしそうな子を探してたのさ」
「……本当かしら?」
「そう言えバ、そう言う情報が無いか前々から聞いてたナ?」
「――あたしの情報はそいつに売らないって約束したでしょッ!?」
「もちろん売って無イ――しかし、自力で見つけられたのだから諦めるんだナ」


 怯えるだけだったリズベットも調子が戻ってきたようだが――。


「………………んー? という事は――結局俺はその子のお得意さんにはなれないって事か」
「え? あなた――これってそう言う話だったの? リズに武器を作って貰う為に?」
「うむ、女の子に酷い事をするオレンジプレイヤーと言う誤解を解いて、武器防具を作って貰う予定だったのだ――他に鍛冶屋を尋ねる理由が無いだろ?」
「――リズの身体を狙ってるんだと思ってたわ」
「……地味に傷付くなソレ――まぁ、誤解が解けても嫌われてるなら仕方ない――全ドロップ具現化」


 メニューを弄り、部屋いっぱいにモンスターからドロップしたアイテムで埋め尽くされる。


「な、何よコレ!? こんなに散らかして何する気!?」


 リズベットがアスナにしがみ付き震えだした。


「欲しい物があったら持って行け、残りは全部NPCの店に売る――今回呼んだ事に対する迷惑料だ」
「こ、こんなに!? 全部あなた一人で狩ったの!?」
「この世界で他にする事ねーだろ」
「オー、レア――レア、これもそれもドロップ率が低い物も関係無しに一定量揃ってるな? どうやって集めたんだ?」
「上の階層が開くまで各階層を三周ずつしてる」
「さ、三周!? 睡眠はどうしてるんですか――宿屋で寝ないと危ないんですよね!?」
「三日狩って四日目に寝てるな、そこのアスナと同じだ」
「そんな無茶な狩り方、第一層の頃だけよッ!! 今はちゃんと休んだりしてるわ!」
「『寝てる』って言わない所がミソだな」
「あー、だからあんた等は無茶苦茶強いんだ、うん、納得だわ」


 スゲー呆れた声でリズベットがつぶやいた。


「あんた等って、こんな奴と一緒にしないでよリズっ!? ――でも、コレだけのドロップを全部店売りにするって本気なの?」
「重いだけで邪魔だしな、それにコレはごく一部でNPCから倉庫を借りてコレまで狩って来たドロップはそこに放り込んである――近い内に全部店売りだよ」
「――ねぇ、あんた何でそこまでするの?」
「そこまで? どれの事を言ってるんだ?」
「あんたのやる事、成す事、全部よ」
「――ふむ? それは他人に何故お前は生きているのか? なんて聞くのと同じだと思うが、答えよう。
 ――全ては今生きている事を実感して楽しむ為だ、痛みも苦しみも全て生きる為の糧にしてやるッ!! 俺は今、生きて此処に居るッ!! それを証明し続ける!」
「………………それが偽物でも? あたし達はアバターなんだよ? こんな偽物だらけの世界でなんで生きて行けるの? あたし達の現実は此処じゃないんだよ?
 あたし達の本当の身体は病院のベッドの上で眠り続けてるんだよ? こんな世界なんて本物じゃないッ!! 終わらせてよ、あたしの武器が欲しいなら、こんな世界終わらせてよッ!」


 ついに涙を堪え切れなくなったリズベットが顔を伏せて泣き始めた。


「――――――それが俺とお前の契約で構わないな? 茅場晶彦を倒す――とまでは行かないけど、攻略組の一人として手を貸して行くってのはどうだ? ――それじゃ駄目か?」
「……そこは嘘でも茅場を倒すって言いなさいよ」
「正直な話、ごり押しが通用するのも下層だけだろうしな、俺の利点――と言うか長所は普通のプレイヤーよりも狩の時間が長い事だけだ。
 ボスに通用するかなんて判らない――怖いんだ、攻略組に参加して失敗して誰かの命を危険に晒すのが」


 ディアベルやキリトの戦い方……あのボスの攻略法は信頼できる仲間と命を預け合って――それで初めて出来るものだ……俺にはそんな仲間が――信頼できる味方が居ない。


「――それなら、デュエルをしましょう、わたしがあなたを試すわ――血盟騎士団副団長が試すの――悪く無い話でしょ?」


 突然告げられた過酷な試練に――俺は戦慄するしかなかった……何故なら、俺は一度も俊敏にポイントを振った事が無い――STR=strengthのみ、力馬鹿、脳筋ステータスだからだ。
 閃光のアスナにどうやって勝てと? ――――――取り合えず、罠を考えよう……できれば捕まえてフルボッコできそうな罠を――頭を回せ、知恵を使え――。  

 

入団試験を受けました

 宿屋の裏にある広場に移動して、アスナとデュエルをする事になった。
 見物客はアルゴ、シリカ、リズベットの三人のみ。
 コレだけ客が少なければアレでも行けるかも知れないな。


「取り合えず、攻略組でやって行けるかどうかを見るので――勝敗はあまり関係ありません」
「……ふむ? 無理だと判断された場合は?」
「わたしやリズに近付くのを辞めて貰います」
「………………そうだな、その時は攻略は諦めて――モンスター狩りでもしてるよ」
「では、もし合格したら――血盟騎士団に入って攻略組のサポートをして下さい」


 ……すっかりお仕事モードと言うか、副団長モードだな。


「なんか使い潰されそうだな」
「――それはあなた次第です」
「……それならさ、もしも勝ったら――お前の護衛と言う名目で直属の部下って扱いにしてくれ」
「どうしてそんな事を?」
「良く知りもしない奴に、使い潰されるのは嫌なんだよ……だから勝てたら――お前の権限である程度の自由行動も認めてくれ」
「……わかりました、わたしに勝てたら団長と相談の上で扱いを決めたいと思います」
「よろしく頼むよ」
「では、始めましょうか」


 俺の装備は片手剣と盾にした、そして普段は絶対に使わないマントを羽織る。
 基本は盾でアスナの攻撃を凌いで――罠を仕掛けながら防御に専念する。

 コレなら俺からアスナを追いかける必要が無い、追着けないならアスナの足を止めさせて攻めさせれば良い。
 問題は俺が足場を固定したままで、どれだけアスナの攻撃を凌げるかだ。


「両手剣はどうしたんですか?」
「お前のリニアーに対応する為だよ」
「得意武器で勝負しないなんて随分と余裕ですね」


 残念ながら俺の得意武器は両手剣じゃねーよ。
 アスナからデュエルが申し込まれる初撃決着モード――つまり一撃、それも剣道で言う一本と同じ様な決定的な一撃を決めなければ勝ちにならない。
 カウントがゼロになり、アスナが挨拶代わりに刺突を打ち込んでくる――やっぱり速いッ!!

 俺は左手の盾で受け流し、お返しに逆手に持った片手剣を大きく振り回し、横薙ぎでアスナに当てる。
 STRだけが馬鹿高い俺の一撃を、アスナは細剣の武器防御で対応してよろけた。


「前よりも攻撃力が上がってる!? ――けど、逆手持ちでそんな大振りじゃ当たる物も当たらない!!」
「どんな戦い方をしようが――俺の勝手だろうがッ!!」


 普通に片手剣を使えば盾で防いだ後に素早い攻撃に移れる――だが俺は盾を前に出しアスナから一番遠い位置に片手剣を構えて……罠を張る。
 そして気付いた事がある、さっきからアスナは細剣を弾かれる度に体の前に突き出す様に持って来る。
 そう――フェンシングの様に。

 まぁ、それならそれで好都合、アスナの太刀筋に目が慣れてくると――ガキンガキンと打ち合う音から、ギャリギャリと刃と刃が削り合う様な音に変えていく。


「え!? ……アレって!?」


 リズベットが罠に気付いたか――アスナからは隠しても外から見れば丸見えだからな。


「――言っちゃ駄目ですよリズさん」


 そこまで言われてアスナが何も確かめない筈が無い、攻める角度を変えたり、盾や片手剣に何か仕掛けが無いか調べるように、スピードを押さえて慎重に打ち合った。
 時には俺の後ろに回り込もうとするが、罠を見せる訳には行かない、盾で視界を塞いだりシールドチャージで嫌がらせを続け、絶対に背中には回り込ませなかった。


「ふム……器用なものだナ、盾と身体で視線を誘導して隠していル」
「本当にアスナさんからは見えて無いんですか? さっきからメニュー開いてますよ? ブラインドタッチって言うんですよね?」
「言うなよッ!! お前等俺の事嫌いだろッ!! バラすなよ――勝たせろよ!!」
「アスナ、気をつけて!」
「……何をする心算かは知りませんが――そろそろ本気で行きますッ!!」


 苛立ったアスナがソードスキルを発動させる――発動には特定のポーズを決める為……来るタイミングが非常に判り易い。
 盾で逸らしてるが、それでも裁ききれない分が俺のHPを少しずつ削っていた。


「――何それッ!?」


 アスナが見て驚いたのは俺のHPだ、十秒毎の自動回復が削られたHPを直ぐに満タンにしてしまう。
 自動回復のレベルを上げるには、敵の攻撃を受け続けなくてはいけない。

 俊敏を上げてない俺は結果として何度も敵の攻撃を食らうので――バトルヒーリングスキルが簡単に上がった。


「あなた、今のレベルいくつ!?」
「二十八」
「――わたしより二つも上!?」
「むしろ俺より低いお前に驚きだよ!?」


 ――ちょっと、いや、かなりおかしいぞ? アスナはキリトよりレベルは低いが――キリトが一目置くほど戦闘センスがあった筈。
 現在第十層だからキリトはプラス二十で――レベル三十前後の筈……それが、アスナのレベルが俺よりも下?


「……お前今で何時間起きてる? 何日寝てない!?」
「――それこそ、わたしの勝手だわ……それに、さっきからソードスキルを打つ度に反撃してッ!! 団長みたいでやり辛いわ!」
「あんな完璧超人と一緒にするなッ!! あの人には色んな意味で怖くて近付けんわッ!!」

「あなた、絶対βテスト参加してたでしょ? ゲームに慣れてる人の動きよソレ」
「あぁ、参加してたよ楽しかったねッ!! 今この危機的状況が面白くて仕方ないくらいになッ!」
「間違いなくあいつと同じね、何で男ってみんな馬鹿なの――――目も良い、フェイクも含めて全部先読みしてるでしょ?」
「お前がフェンシングのルールを引き摺って動いてるせいだよ、眠いんだろ? ギリギリで身体を動かしてるんだ――おかげで読み易い」
「――なら、コレならどう?」


 アスナが身体を低くして足首を狙って細剣を横薙ぎにする――それもかなり深い、不味い、罠がバレる……それならッ!!


「なッ!?」


 俺は飛び上がらずに片手剣を地面に突き刺して、横薙ぎされる筈だったアスナの細剣を止めた。
 もちろん自分の武器を地面に突き刺せば、次の行動が遅れるのは目に見えている、愚の骨頂である事は間違いない。


「アスナ待ってッ!! 耐久度よ、細剣の耐久度を見て!!」
「え?」
「言うなよッ!! もう一寸だったのに!」


 アスナが俺から一度離れて細剣の状態を確認する、刃がボロボロで――耐久度が無くなって折れる寸前だった筈だ。


「片手剣よ! そいつ同じ片手剣を何本も持ってて――細剣の耐久度を削ってたのよ!」


 ――そう、俺はフェンシングに拘るアスナの細剣から大量の耐久度を削り取っていた。
 アスナが罠を仕掛けられてないかと剣や盾を慎重に調べている時も、出来るだけ多くの耐久度を削る軌道で剣を振り続けた結果だ。


「――――『予備の剣は持っておけ、落としたり折られたり奪われた時が大変だぞ』……あなたの言葉だったわね」
「そう言えば、そう言う事も言ったな」
「えぇ、そうさせてもらうわ」


 アスナがメニューを操作して新しい細剣を取り出す。


「コレが作戦だったの? 残念だったわね、あなたの言った言葉で破られるんだから」
「教えられた事を素直に実践してるお前が偉いんだよ、だが――勝ちを諦めた訳じゃない」


 左手から盾を抜いてアスナに投げつける――そうすれば、アスナは盾を叩き落した後、ソードスキルでトドメを刺しに来るだろう――そこが狙い目だ。


「武器を変えるなら待ってあげます」
「――もう勝った心算か? 甘いんだよッ!!」


 予定通り、アスナに盾を投げ付け――地面に刺した片手剣の位置を視界の端で確認する。


「悪足掻きにしても、お粗末ね――わたしをこの程度で止められると思ってるのかしら?」


 不満そうな顔でアスナが盾を叩き落しソードスキルを発動させようとポーズを取った――今だッ!!
 アスナのソードスキルが届く前に、地面に突き刺した片手剣の柄頭――グリップエンドを踏みつけて高く後方に飛んだ……アスナを罠に嵌める為に。


「くッ!?」


 アスナのソードスキルは俺が立って居た位置で空振り、ソードスキル終了の硬直状態に入った――だが細剣のソードスキルは硬直が短い。
 普通ならディレイ――ソードスキルの硬直が続いている振りをして相手の油断を誘う所だが。
 好戦的なアスナの性格だ、俺が着地する前にソードスキルを発動させて追撃を仕掛けて来るだろう。


「さぁ、此処から逆転の時間だッ!!」


 硬直中のアスナが罠に気付かない様に、大声を出して空中で堂々とメニューを開く、そして出来るだけ大きな両手剣を取り出した。
 アスナの視線を確認するが、空中に居る俺に釘付けで――目の前の罠にはまったく気付いていない。


「アスナっ!! 駄目っ!!」


 リズベットが叫ぶがもう遅い。
 俺を追撃する事に集中しているアスナは、もう何も聞こえていない。
 ――ソードスキルの硬直が解けた瞬間――アスナのリニアーが発動したが、俺に届く事は無かった。


「!? 嘘っ!?」


 アスナがソードスキルを発動した瞬間――片手剣に足を引っ掛けて倒れたのだ、アスナの両足には片手剣による無数の傷が刻まれ、立ち上がる事が出来ない。
 俺が背に隠し続けていた罠それは――アスナの細剣の耐久度を削った片手剣合計六本。

 アスナの死角でメニューを開き――馬鹿高いSTRで全て膝下の高さまで突き刺して気付くのを遅らせた。
 普段は絶対に装備しないマントを着けたのもこの為だ。


「それがソードスキルや麻痺毒などの――システムサポートが入るBADステータス『転倒』だ、落とし穴に掛かった様な物だと思えば良い」
「――――卑怯者っ!!」
「最高の褒め言葉をありがとう、とても嬉しいよ?」


 俺は座り込んで身動きが取れなくなったアスナに両手剣を振り下ろし――勝利した。 

 

責任を取りました

「………………納得行かないわ」
「――気持ちは解らなくも無いが、勝ちは勝ちだ、諦めろ」
「本当にアスナさんからは見えてなかったんですか?」
「………………えぇ、この人が踏み台にした片手剣と空中で出した両手剣に気を取られて――足元の罠には全く見えてなかったわ」
「ごめんねアスナ、もっと早く教えてあげれば…………」
「――――良いわ、わたしが気付かなかったのがいけないんだし」


 落ち込んでるアスナを他所に、地面に突き刺した片手剣を引っこ抜く。
 ……しかし、地面や壁に刺すのはOKで、掘ったり斬ったり壊したり出来ないのは微妙だな。


「お前がちゃんと睡眠をとってたら結果は変わって筈たぜ? きっとお前も予備の剣を全部出して『わたしの細剣は後五本も残ってるわ!』とか言ってさ。
 俺の剣も盾も――鎧の耐久度も全部削り取って高笑いしてただろうよ」
「しないわよ、そんな悪趣味な事」
「はいはい、それに、『今度はデュエル無しで圏内戦闘で二回戦』って言い出さない時点で、疲労は相当なもんだろ?」
「………………まぁ、とりあえず合格です、約束通り団長と相談してみるわ」
「では――よろしくお願いします『アスナ様』」


 …………時が止まった。


「あ、アスナ様? ――――ちょっと止めてよ!? 何!? 凄い気持ち悪い!!」
「これからはお仕事の上下関係だ、俺が勝ったんだ、仕事では狂信者を演じさせて貰うぜ――アスナ様」
「止めて!? 新手の嫌がらせ!? 何でそんな事するの!? 気持ち悪い!! 気持ち悪いよ!?」
「はいはい、お仕事お仕事、ギルドの連中の居ない所――このメンバーの前ではコレまで通りだ、出来るだけ大人しくして黙ってるから、そのつもりでな?」
「――――――――なんで!? 何でわたしは負けたりしたの!? こんなの嫌……絶対に嫌ーっ!!」

「喚くな、それ以上は何も要求しねーよ」
「――ふム? それなら上乗せを提案して良いかナ?」
「ん? 何かあんのか?」
「とりあえズ、部屋に戻ろうカ――此処でする話ではなイ」


 広場の片付けを終えて、リズベットの部屋に戻るとアルゴが要求を話し始めた。


「要求と言うのは他でもなイ、このシリカも血盟騎士団に入れてくレ」
「シリカちゃんを? どうして?」
「さっきの話に戻るガ、目撃者が複数居ると言っただロ? 一部にはバレていて第九層から言掛かりや、無茶な要求をしてくる者が増えてきタ」
「――――ふーん、殺されたい奴が居るみたいだな?」
「……お前がそんなんだからシリカが言い出せなかったんダ――周りを良く見てみロ」


 アルゴの言葉に周りを見回してみると――アスナ、シリカ、リズベットの顔が真っ青だ。
 ……あれ? さっきアスナとリズベットが驚いてたのはシリカの大声のせいじゃない? ――俺の表情のせい?


「心の奥底から出したらいけなイ、ドス黒い感情が表に出てるゾ――奥へ戻しておケ」
「………………SAOでは感情を隠し難いんだったな、気を付けよう」
「そうしてくレ――兎に角、このままではレベルを上げる前に厄介事がやってくル」
「それでウチに入団させて保護して欲しいと? 血盟騎士団は攻略組よ? シリカちゃん今レベルはいくつ?」
「二十です――やっぱり足りないですよね……これでも、がんばって上げた方なんです」

「信用できるギルドを紹介したらどうだ?」
「駄目ダ、まともな所は噂の種を受け入れる気は無いシ、他はあからさまに身体を要求してくる所ばかりダ――女性プレイヤーの少なさは致命的だヨ」
「ふむ、NPCへの身体接触は警告が出た後、衛兵がくるからなー、そう言うお店があったら儲かったろうに」

「……………………そうだナ」
「買わんぞ? 場所も聞かん」
「解ってル」


 やっぱり、有る所には有るか……倫理コードの事を知ってて、金になると解れば商売にしようって連中も出てくるだろう、いや、もう出て来たのか。


「――話を戻して良いかしら? シリカちゃんの事だけど、わたしの付き人という名目で団長に頼んでみるわ……それならボス戦に参加させられる事も無いでしょう」
「良いのか? ギルド内からも反発は出るだろ?」
「ギルドに所属している全員が戦闘員と言う訳でもないのよ、わたしも含めて普段はギルド運営のサポートをしてるわ、そっちを手伝って貰いましょう」
「一生懸命がんばります!」
「早速だけど団長の所へ行きましょうか、第十層でのギルドホームを探してる途中で無理を言って抜けて来たから……無責任な事しちゃったわ」
「そら悪かったな」
「まったくよ」


 こうして攻略ギルドの一つ、血盟騎士団のホームを尋ねる事になった。
 さてさて、団長様とのご対面だ。


 血盟騎士団団長室にて。


「ふむ、それではクラディール君がアスナ君の親友に誤解され、それを解く為にアスナ君を呼び出したという事かね?」
「はい、忙しい時期にとんだご迷惑をお掛けしました、俺の配慮が足りてませんでした」
「第八層での睡眠PKの話は私の耳にも聞き及んでいる、そこのシリカ君が謂れのない言掛かりを付けられていると言うのであれば――私も一肌脱ごうじゃないか」

「シリカちゃ――彼女の入団を認めて貰えるのですか?」
「あぁ、クラディールとシリカ君の入団を認めよう…………クラディールはアスナ君の護衛をシリカ君に関しては君達二人で見るように、それで構わないかね?」
「はい、ありがとうございます…………良かったわね、シリカちゃん」
「お世話になります――アスナさん、これからよろしくお願いします」


 アスナとシリカが喜んでいるが、俺としては団長様にいくつかの条件を飲んで貰わなきゃならないんだよな…………。


「さて、アスナ君、シリカ君、君達二人は退室してもらおうか、私はクラディールと少し話がある」 
「…………はい、わかりました失礼します――行こう、シリカちゃん」
「あ、はい、失礼しました」


 シリカがペコリと頭を下げて退出した後、団長と二人になった。


「それで、ご用件は何でしょうか?」
「君が何か話したそうにしていたからね、コレで良かったのだろう?」
「――えぇ、助かりました、できれば彼女達には知られたくない条件を許可して頂きたいのです」

「何かね?」
「シリカの扱いに関してですが、私がパワーレベリングをした後、中級者プレイヤーのPTに混ぜて、そこで知識の摺り合わせをさせる心算です。
 目ぼしいプレイヤーが居ればその引き抜きも兼ねて、その行動許可を頂けますか?」
「良いだろう、面白い試みだ――励みたまえ」

「そして最後に………………」


 この条件は絶対に許可を貰って置かないといけない、そして団長からの返事はOKだった。


「待たせたか?」
「特に待ってないわ、団長との話は終わったの?」
「あぁ、シリカの扱いに関して細かい所を詰めてきた」

「それで、どうだったの?」
「問題ないよ、団長様は太っ腹だ…………シリカはどうした?」
「今向こうの部屋でウチの服を選んでる所よ、そろそろ戻る筈だけど」


 向かいのドアが開くと、白のジャケットに赤いラインの入った――――血盟騎士団のユニフォームを着たシリカが現れた。


「ど、どうですか?」
「凄く似合ってるよ、シリカちゃん」
「ほ、ホントですか?」
「あぁ、良く似合ってる、アスナに妹ができたみたいだ」
「あ――ありがとうございます」


 シリカが血盟騎士団に入団した…………本来なら有り得ないこのズレが、この先どう変わって行くのか判らない。
 けど――出来るなら、少しでも多く、誰もが幸せなエンディングを迎えられたら…………まぁ、それは無理な話だけどな。 

 

ソロ狩りのお手本を見せました

「今日はわたし達でPTを組んでパワーレベリングをしたいと思います」


 翌日、アスナの提案で山岳地帯に集まったのは、シリカ、リズベット、そして俺。


「まずはあなたの狩を見せて貰えるかしら? ソロでやってきた実力を見せて貰いたいものだわ」
「各階層三周って、どうやってやってるんですか?」
「あたし今日は日が暮れるまでに帰るんだから、ちゃんと考えて行動しなさいよ?」


 反応は様々だがリズベットにはしっかり釘を刺された。


「別に特別な事は何もしてない、では行って来る」


 そう言って隠蔽スキルを使って姿を消すと――――早速呼び止められた。


「ちょっと待ちなさい!? あなた突然姿を消して何処へ行く気よッ!?」
「先ずはフィールドのマッピングだ、隠蔽スキルを使ってモンスターは全て無視。
 そして俺が好む地形を探し出す、そこにフィールドボスとかを誘い込んで潰すんだ」

「わたし達が一緒に行かないと何の参考にもならないでしょ!?
 もう……みんなで一緒に行きましょう、モンスターに遭遇したら倒しながらね」


 俺とアスナが先行して、スイッチしながらモンスターを狩り尽くしていく。


「……第一層でPTを組んだ時はスイッチの事も何も教えてくれなかったわよね?」
「あの狩場はスイッチ使う程でもなかったろ? それにお前のリニアー地獄に横からスイッチできる訳ねーだろうが」
「あの後、オーバキルだって言われたのよ?」
「敵が沸いた瞬間に投擲スキルでHP削って、リニアーでピッタリ狩れる様に調整してただろ」


「アレってヘイト調整じゃなかったの?」
「ヘイトも兼ねてたよ、お前は横から刺しまくってるだけで楽な仕事だったろ?」
「――確かに楽だったわ……限界ギリギリで良く覚えてなかったけど」
「何か言ったか?」
「何でもない」


 ――――今考えてみると……アスナがオーバーキルしたのは俺も原因の一つか。
 無駄話をしている間に、俺が得意とする地形が見付かった。


「此処だな」
「此処なの? 高い壁があるくらいで特に変わった所なんて無いわよ?」


 俺が見つけた地形は高さ二メートルを超える壁が階段の様になっている場所だ。


「先ずはみんな壁の三段目に昇って待っててくれ、後は狩り方を見るだけで良い、俺がOKを出すまで手を出したり、そこから降りたりは絶対にしないでくれ」
「……本当に一人でやるつもりなんですか?」
「あぁ、後でシリカにもやって貰うから――――良く見ててくれ」
「――――はい」


 身軽なアスナが壁に上がり、下へ手を伸ばしてシリカとリズベットを引き上げた。


「結構高い所ですね」
「それじゃ、狩りを始めるぞ」


 俺は一段目の壁の上から投擲スキルで近くに居たモンスターを攻撃してタゲを取る。
 仲間を攻撃されてアクティブになったモンスターが集団で駆けつけて来るのだが――二メートルを超える壁が邪魔で俺には届かない。


 何とかジャンプして壁を登ろうとするモンスターの頭に、リーチの長い両手剣を振り下ろして倒した――先ずは一匹。
 他にもモンスターが壁の上に手をかけた所を切り刻み、頭に一撃――――簡単なお仕事である。
 石を投擲スキルで投げてくるモンスターは岩の陰に隠れて放置、近付いてきた近接モンスターを全て始末してから最後に狩る。


 暫く狩りを続けてると、地震が起きて頭に刃の一本角を持った巨大ミミズが現れた――――大きさからしてこのフィールドのボスだろう。

 下層でも似たようなのが居たし、行動パターンも把握している、俺はそのまま壁の上で巨大ミミズが行動するのを待った。


 巨大ミミズが地面に穴を掘り、轟音を立てながら潜ると――――壁の上に居た俺の足元から穴を開けて頭を出した。
 俺は巨大ミミズの全身がまだ穴の中から出てないのを良い事に、横から刺して斬り刻んで好き放題HPを削った。


 巨大ミミズの全身が穴から出ると俺を探して辺りを見回す、だが俺は既に壁の下に飛び降りて逃げ出した後だ。
 着地は五点着地と呼ばれるパラシュート等の着地方法で、足の裏、脛、太腿、背中、肩と斜めに受身を取りながら転がるやり方でダメージはゼロ、一ドットもHPは減らない。


 壁の上に残されたミミズは攻撃範囲外に逃げた俺を追う事が出来ず――――再び穴を掘って地中を移動し、俺の近くに穴を開けて出て来た。
 俺はまた巨大ミミズの全身が穴から出るまで攻撃を続けて壁の上に昇る…………そうやって繰り返してると巨大ミミズは大量の消滅エフェクトを撒き散らして力尽きた。

 ちなみにノーダメージクリアだ。


「ね、簡単でしょ?」
「あんたねぇ……はぁ…………モンスターの思考ルーチンを逆手に取るなんて……酷い物を見たわ……運営に通報モノじゃないのコレ?」
「わたし達が真面目に戦って来たのが馬鹿みたいじゃない…………」
「あたしやリズさんでも、簡単に倒せそうですね……」

「コレが段差の恐ろしさだ、二メートルを超える段差があれば――――どんな敵だろうがソロで始末できる。
 俺はこのやり方で三種類のフィールドボスを二体同時に相手して完勝した、取り巻きも二十四体程居たが全部叩き潰した。
 ……二種類のフィールドボスが同時に出現するなんて日常茶飯事だが、一体目のボスを倒した所で三体目のフィールドボス出現は卑怯だと思う。
 後はタイムアタック・クエストと同じボスがフィールドに二体連続で沸くとか、マジで勘弁して下さい――――全部美味しく頂きましたが」


「あんたの出鱈目さは、ゲームバランス崩壊どころの話じゃねー」
「真面目に狩る気は無いの?」
「無いな、少なくともコレが通用する内はずっとコレで行く」

「ジャンプ力のある敵はどうするんですか?」
「大ジャンプのモーションが解り易くてな、見てから逃げ出す事が充分可能だ
 それに助走と違って着地硬直と言うものがあってだな、大ジャンプから地面に足をつけた瞬間は完全に動けなくなるんだよ、そこに一撃入れて逃げてれば倒せる。

 壁の無い螺旋階段とかも良いな、何処までも上れるし何度も敵を叩き落せる。 一対一で戦える。 自分も飛び降りて逃げる事が出来る。 螺旋階段マジ最強ッ!!」


「おーい、モンスターもそこまで馬鹿じゃないよね?
 軽業スキル持ってるモンスターも居るでしょ、そこにタイミング合わせて攻撃もする奴だって」
「うむ、だから攻撃も食らうし俺のバトルヒーリングスキルが上がってる。
 囲まれたら走って逃げて――追って来た足の速いモンスターから振り向きざまに斬り殺しながら逃げてる」
「あんたはどこの幕末剣士だ!? 血の雨でも降らせる心算か!?」
「俺の心のバイブルにケチ付けるのは止めて貰おうか」

「はいはい、あなたの戦い方がソロ以外では使い物にならないのが良く解ったわ――真面目に戦わないとボス戦で苦労するわよ?」
「…………実はコレまでのボス部屋を調べてみたんだが、どの部屋にも使える段差があったんだよ」
「え? ……本当に?」

「うむ、これまでのボス部屋を宝箱や隠し部屋目当てで全部マッピングしたが、最低でも一箇所は二メートルを超える段差があった」
「それじゃあ、あんたは時間は掛かるけど一人で迷宮区のボスを倒せるって事?」
「いや、流石に迷宮区のボスともなるとバトルヒーリングスキルを持ってるだろ? 一人でやると倒せないだろうな」
「それって、同じ様な戦い方をする人が複数居れば段差を使ってボスを倒せるって聞こえちゃうんですけど……」

「多分やれるな、ボス部屋に入った瞬間、ダッシュでマッピングを終えて段差を陣取る事が出来れば――――」
「無理よ、迷宮区のボスは普通に二メートル越えの大物よ、ジャンプ力や俊敏もそこら辺のモンスターとは比べ物にならないわ」
「……どうかな? コレまで段差を試した奴が居たのか? 高さ二メートルってのは人の高さだ、敵として認識できなくなるんじゃないか?」

「つまり、あなたはプレイヤーが想定外の高さに移動すると、フロアボスの思考ルーチンから外れて攻撃できなくなると?」
「うむ、しかし、問題が無い訳でもない、カーディナルが思考ルーチンを書き換えたら通用しなくなる可能性が高い」
「カーディナル? カーディナルってなんですか?」
「カーディナルシステムって言うNPCが売ってる商品とかの値段を裏から操ってる――自己メンテナンス可能なシステムらしい、モンスタードロップまで管理してるとか。
 明らかに効率の良い狩場を調整して経験値を少なくしたり、まぁ、物言わぬ運営って所か、俺達の精神状態をモニタリングして危機に対処もできるそうだが…………」

「あたし達がデスゲームに囚われて困ってるのに、何の対処も無いって事は――壊れてるか茅場に弄られてるって訳ね」
「だろうな、初めからデスゲームを狙ってたんなら、色々仕込んでたんだろうよ」
「行動パターンを書き換えるのが簡単だったら、何で今もこの戦い方が有効なんですか?」
「多分、いや間違いなく――この戦い方をしてるのは俺だけだ。
 思考ルーチンを書き換えるよりも無視していた方が運営……カーディナルにとって効率が良いんだろ」


「あんた、この方法で狩りを続けてたんでしょ? 何で他の人が真似しないの?」
「この狩り方はプレイヤーが複数居るとターゲットがバラけて成立しないからな。
 壁の上にプレイヤーが居るから昇ってくるんだ、地上の方に他のプレイヤーが居たらそっちにタゲが移っちまう。
 だから他に誰も居ない狩場で、深夜遅くにやってるんだよ、街に近い所だと夜でも人が居るから離れた場所で、後はクエスト受注して誰も居ない空間でやってるし」


「誰も居ない空間って何ですか? そんな場所があるなんて聞いた事が無いですよ?」
「お使いクエストとか、場合によっては他のプレイヤーと同じクエストを受けた時に、
 『世界で一つしかない鍵』とやらを持ったプレイヤーが三十人、四十人と群がってたらどう思うよ?」

「……すげーアホらしいわね、こっちは命が掛かってるのに」
「まぁ、そう言う訳で、クエストを受注した瞬間に通常の空間とは別の――――他のPTが居ない空間に放り込まれる、そこで好き勝手やり放題してるのさ」


 適当に無駄話を進めていると、さっき倒した敵がリポップし始めた。


「さてさて、敵さんも復活したし、此処からはみんなで本番と行こうか」
「見てるだけで退屈だったし、鬱憤を晴らすには丁度いいわね」
「がんばります!」
「あなたが作戦を練ってみて、とりあえず聞いてみて、それで良さそうなら試してみるわ」
「へいへい、副団長様に従いますよ」


 とりあえず、雑魚を相手にどうした方が良いか適当に考える事にする…………効率とかは無視で。
 

 

みんなで狩りました

「作戦を通達するぞ、俺とアスナで適当に殲滅するから、リズベットは囲まれそうになったら壁の上に逃げてくれ」
「名前、どうせならリズって呼んでちょうだい」
「んじゃ、リズ。 思ったより元気そうだし方針を変えようか――基本は攻撃だ。
 HPが減ったら無理をせずに、ピナのヒールブレスで回復して貰える程度に抑えてくれ」
「了解」


 リズがメイスを装備して準備を整える。


「そしてシリカ」
「はい」
「リズのHPが減少したらピナで回復頼む、解毒結晶も直ぐ取り出せるようにして置いてくれ。
 お前の仕事はリズに近付く複数のモンスターからタゲを取って逃げ回る事だ、PTから離れすぎるなよ?」

「あの、お二人のHPはどうするんですか?」
「俺とアスナにはバトルヒーリングスキルがある、この程度の雑魚に後れを取るほど弱い心算も無い、俺達がモンスターを倒すまで時間を稼いでくれ」
「わかりました」


 シリカがポーチをゴソゴソと漁り始める、解毒結晶を上にしてるんだろうな。


「わたし達の作戦は?」
「基本はサーチアンドデストロイ、正確な意味はヘリコプターによる索敵からの襲撃作戦だが――この場合は見敵必殺だな」
「つまり、片っ端から倒せば良いのよね?」
「あぁ、リズの敵を取らない程度に狩り尽くすぞ、シリカが引き付けてる敵は危なく無い限り後回しだ」
「了解、その作戦で行きましょう」


 俺が両手剣を――アスナが細剣を装備して準備が整った。
 壁の下では雑魚モンスターがリポップを完了結構な数が集まり始めてる。


「いくぞッ!!」


 全員が壁から飛び降り――――リズが着地に失敗した。


「いったーいッ!!」
「おいぃッ!?」
「リズ!? 大丈夫!?」
「大丈夫ですか!?」


 俺が五点着地から起き上がると、リズが座り込んだまま動けなくなっていた…………。
 そういえば、アスナとシリカは軽業スキル持ってるんだったよな?


「左足にBADステータスっぽいエフェクトが出てる、コレって挫いたって扱いなの!? 不快感が凄いんだけど!?」
「異常ステータスなら回復結晶では無理だ、多分時間が経てば元に戻る――――作戦変更だ、シリカはアスナの近くで逃げ回れ、リズは俺に任せろ!!
 アスナは多少無理してでも前に出ろ、HP減った分はピナに回復させろ、役割は理解したな? なら行けッ!!」


 アスナとシリカが前に出て、俺はメニューから大盾を二枚出してリズを囲む。


「とりあえずポーション飲んどけ、盾は飛び道具対策だ、顔を出すなよ?」
「何であんたはあの高さから飛び降りて平気なの!?」
「五点着地だ、パラシュートで着地する時のアレだ」

「そんな特殊訓練受けた事無いッ!!、リアルじゃ普通の中学生なのよ!?」
「今度教えるから覚えろ、ソロで苦労するぞ?」
「絶対にソロで狩なんかしないからッ!!」


 コッチにもモンスターが回って来たのでソードスキルで薙ぎ払う。
 ――――敵を倒すついでに大量の剣を取り出して、リズの周りにバリケードでも作るか。


「アスナさん、無理しないで下さい!!」
「大丈夫よ、まだ行ける!!」


 アスナ達の方を見ると――――HPを削られながらもアスナが無双をしていた…………おー、相打ちでも無視して突っ込んでるな。


「良し――BADステータスが消えたわ、これで動ける――――って何よコレ!?」


 大盾の影から立ち上がったリズが見た物は、俺が敵を倒しながら作った片手剣と両手剣のトライアングルバリケードだった――――十三本目で回復したか。
 片手剣四本でクロスを二つ作り、間に両手剣を寝かすだけの即席バリケードだ。


「おはよう、良く眠れたか?」
「寝てないわよ!! 何よコレ!! 何で無駄な事してんの!?」
「まぁ、大盾二枚じゃ不安だったからな、壁代わりに作ってたんだよ」


 メニューを操作して大盾と剣を全部片付けた。


「シリカ――交代するぞ!! リズの所まで戻れ、アスナも帰って来い、突っ込み過ぎだ!!」


 モンスター三体を相手にしてる二人に声を掛けた。


「シリカちゃん、先に戻ってて」
「え? 大丈夫ですか?」
「大丈夫、コレぐらい一人で何とかなるわ」

「――――それじゃあ、一匹だけ引っ張りながら戻りますね」
「ええ、ありがとう、お願いね」
「はい!」


 シリカが一匹だけ引っ張りながら戻ってくる。


「リズ、スイッチ行けるか?」
「――――了解」
「シリカ、引っ張って来い!!」
「――――はい!」


 モンスターがシリカの背中にソードスキルを当てようと発動モーションに入った、それに合わせて俺とリズが前に進む。
 シリカと擦違ってソードスキルを発動――――モンスターが打ち出したソードスキルと相殺させる。


「今よッ! スイッチ!!」


 リズの掛け声で俺は横に避けて、リズのソードスキルがモンスターを粉砕した。


「おいおい、どんな攻撃力してるんだ? クリティカルにしても出過ぎだろ!?」
「――アスナが減らしてくれてたみたいね、何度も狩りに行ってるから狙ってたのかも」
「親友の事は良く分かってるってか――――アスナ! 戻れッ! スイッチ行くぞッ!!」
「了解!」


 最後の一匹を始末した所で――――地震が来た、さっきのフィールドボスか。


「シリカ、壁の上に昇ってろ、HPの管理頼んだぞ! アスナとリズは側面に取り付いて攻撃してくれ!」
「あんたはどうすんの!?」
「俺はド正面だ、女に盾をやらせる訳には行かんだろ――――時間が無い、頭と尻尾に気を付けろ、振られる前に避けろよッ!」


 俺は二人の返事を聞く前に、出現した巨大ミミズに投擲スキルでタゲを取った――――そして、戦闘が開始された。


 巨大ミミズの頭から突き出た刃が光を宿す――ソードスキルかッ!!
 頭が地面に突き刺さるのもお構い無しに、巨大ミミズのヘッドバッドが何度も地面を抉り突き刺していく。
 俺は両手剣のソードスキルを発動させて、その攻撃を相殺する。


「デカイ頭を振るから読み易いんだよッ!!」


 だが、巨大ミミズの重量が有り過ぎて、相殺してるが反動が大き過ぎる――――HPが削られていく。


「ピナ、ヒールブレス」


 ピナの回復でHPゲージが多少はマシになった。


「助かった、だがあまり近付き過ぎるな、ピナがやられたら変わりは居ないんだぞ、アスナとリズの方はどうした?」
「大丈夫です、アスナさんとリズさんは攻撃されてません――――もう少しで倒せます、頑張って下さい!!」
「――――了解ッ!!」


 巨大ミミズのHPも残り少ない――だが攻撃パターンも掴めた、ヘッドバットを三回した後は必ず休む。
 アスナとリズのソードスキルでHPがリズム良く削られて行く、最後の一撃は――――此処だッ!!


「はああああああああッ!!」


 俺の両手剣スキル『アバランシュ』が発動、上段から突進力と重量を乗せた一撃が巨大ミミズに振り下ろされた!!
 クリティカルでヒットしたが――――まだHPが数ドット残っている!?
 不味い、俺はソードスキルの硬直で隙だらけシリカは――――


「てりゃあああああッ!!」


 シリカのソードスキル『ラピットバイト』が最後のHPを削り取り、巨大ミミズが断末魔を残して砕け散った。 

 

ヤるなら今だと思いました

「…………とりあえず、お疲れさん」
「お疲れ様でした」
「お疲れー」
「お疲れ様、シリカちゃん見てたよ、最後かっこ良かったよ」

「あ――ありがとうございます、もう、無我夢中で」
「あぁ、助かったよ、俺の『アバランシュ』は突進攻撃で、攻撃が終わった後も少し距離を走る嵌めになるんだ。
 ――――対人戦なら、ソードスキルの硬直を誤魔化せるほど距離を取れるんだが、巨大な相手だとその距離も意味が無くなる、マジで助かった」
「いえ、あたしも良く解ってませんでしたから…………」


 シリカが顔を真っ赤にして照れている、うむ、可愛いな。

「ところで、シリカ、あのフィールドボスってドロップは何だったの?」
「そう言えば確認してなかったな」
「あ、まだ見てませんでした」


 シリカと一緒にメニューを確認するが、出てきたのは指輪だった、俺のは青い宝石でシリカは赤い宝石が付いていた。


「コレはあれか? 一匹目がオスで二匹目が雌だったとか、そう言うモンスターか?」
「どんな効果があるのかしら? シリカちゃん、何か書いてある?」
「えっと、ダンジョンや迷宮区の中で使うとお互いの位置が判るみたいです」
「ワープ系のランダムダンジョンで重宝しそうだな――――誰か貰うか?」


 三人を見回すが誰も何も言わない――――何故?


「とにかく、シリカちゃん、お疲れ様――――アルゴの話だと、あのフィールドボスは日にワンペアしか出ないから、このフィールドはもう安全だよ」
「――――お前、この為に態々アルゴから情報を買ったのか?」
「そうよ、わたし達のPTでも難なくこなせる狩場を教えて貰ったの」
「……ご苦労なこって」

「褒めるんならちゃんと褒めなさい」
「――――――流石アスナ様です」
「それ絶対褒めてないッ!! ――もう、そう言う事する人にはお昼ご飯あげません!」


 アスナがメニューからランチボックスを出して、俺の死角に隠した。


「飯持って来たのかよ、上等のクッションマット敷くからそれで手を打ってくれ」


 俺もメニューを操作して、八畳ほどの巨大なクッションマットが出現する。


「結構大きいわね、コレなら全員座れるか……今回はそのクッションマットに免じて食べさせてあげるわ」
「あぁ、ありがたく頂くよ」


 ランチボックスを開くと中からサンドウィッチが出て来た。


『いただきます』


 狩りの後と言う事もあって、みんな黙々とサンドウィッチを租借する。


「アスナさんお料理上手ですね」
「――料理スキルで作ったから上手とは言えないんだけどね」
「いえ、あたしも料理スキルを持ってるから解ります、結構難しいんですよね」

「シリカちゃんも料理スキル持ってるの?」
「はい――他の人とPT組んだ時に…………街に帰れなくなって、晩御飯に食材を調理してくれたんですけど…………」
「あー、良く解るわそれ、あたしも大変だったから」

「それで、料理スキルを取る事にしたんです」
「今度一緒に作ろうか?」
「良いんですか? 是非お願いします!」


 あー、話に花が咲いてるなー。


「ねぇ? あんたは料理スキルとか持ってるの?」
「いや? 前にも言ったかもしれないが、料理とか家とか家具とかに金使うくらいなら装備を整えるから」
「じゃあ、ご飯とかどうしてんの?」
「基本外食だよ、後は我慢してるな」

「お金が勿体無いわね、アスナかシリカに作って貰ったら?」
「好きでも無い男に料理作るとか、拷問だろ、面倒臭過ぎて死ねるぞ? それともお前が俺の為に作ってみるか? ん?」
「――御免、言ったあたしが悪かった」
「解ってくれたら良いんだよ」
「…………何か納得行かないわ」

「気にするな、それに前に飯食ったのがシリカとぶつかった時に食ったチーズケーキだし」
「――――え? アレから何も食べてなかったんですか!?」
「うむ、散財したし、本物の身体は病院のベッドで点滴生活だしな、我慢すればどうと言う事は無い」
「駄目ですよ!? 身体壊しますよ!?」

「だから点滴生活だから壊れねーよ」
「心が壊れますッ!!」
「壊れねーって」
「あたしの分あげますから食べて下さい!」


 シリカにサンドウィッチを押し付けられる。


「あーぁ、大丈夫だって、ほら非常食もお菓子も一応持って歩いてるんだよ、みんなでお菓子でも食ってくれ」


 メニューを操作してナッツや饅頭のような白パンを大量に取り出す。


「あんた、こんなにあるのに何で食べないの?」
「食い飽きたから」
「…………あー、それはそれで微妙な問題ね、でも食べないと――本当に心が壊れちゃうかもよ?」
「そうなったらそうなった時さね、ほれシリカ、アスナの手料理なんて滅多に食えそうも無いからちゃんと食え」


 シリカに押し付けられたサンドウィッチを返す。


「シリカちゃんには、また作ってあげるわよ…………あなたには、偶になら作ってあげても良いわ」
「はいはい、お心身に沁みます――――アルゴ、見てないでコッチ来い」
「…………お前さんの索敵スキルは一体いくつダ」


 岩陰からアルゴが出てくる。


「黙秘させて貰おうか、悔しければ隠蔽スキルを鍛えるんだな……それで、こんな所で何してるんだ?」
「アルゴはコッチに座って、サンドウィッチ食べる?」
「それは遠慮しておこウ――――此処は圏外だしナ」
「え? どういう意味ですか?」


 シリカが菓子を食べながらモゴモゴしている。


「――――こいつが出した物を口にしたのカ!?」
「え? ――――かはッ!?」


 シリカが麻痺毒で倒れた。


「掛かったのは一人だけか、アスナとリズは学習してるな」
「あんたが出した時点で怪しさ全開だったわよ」
「こ――――これってぇ……!?」

「…………わたしも最初この人に会った時に毒を飲まされたわ」
「――――アレは酷かったナ」
「みんなが成長してくれて俺は嬉しいよ? シリカ、圏外――正確には『アンチクリミナルコード有効圏内の外』では毒を盛る事が可能だ」


 シリカのメニューを開き、倫理コードを解除する。


「そ――――それはぁ……!?」
「さぁ、にゃんにゃんしましょうねー」
「嫌ッー!?」


 俺が発したその台詞と共に、アスナから殺気が発せられた!!


「アスナっ!? 抜刀は駄目よ!? オレンジに――――犯罪になっちゃうよッ!!」
「はっはっは、ほら考えろ、血盟騎士団副団長様よ、オレンジにならずに俺を止めてみろよぉ!」


 アスナが細剣を握り締め、目付きだけで俺を殺しそうな勢いで睨んでくる。


「――――普通に引っぺがせば良イ、数人で犯罪にならないギリギリで力を抑えて引き剥がせば問題なイ」
「…………教えるなよ」


 シリカから手を離して解毒結晶を使う……シリカが涙目でメニューを開き倫理コードをロックした。


「……シリカ、解毒結晶はどうした? さっきの戦闘で毒を使う奴が居たのか?」
「…………あ――いえ、居ませんでした……まだ持ってます」
「解毒結晶を使わなかった理由は?」
「…………いきなりだったので、頭にありませんでした」

「次から気を付けろ? PTを組むのは俺達だけじゃないからな?」
「一応シリカには教えてあったんだゾ? だが……引っかかってしまっては警告も意味が無イ」
「…………ごめんなさい」


 ぽろぽろとシリカが泣き始めてしまった――――アスナとリズの視線が痛い。


「――――後で圏内戦闘、付き合ってくれるわよね?」
「了解した、副団長殿」


 今日シリカは頑張った――フィールドボスも倒せて、アスナと料理の約束をして、美味しいご飯とお菓子を食べて充実した一日になる筈だった。
 それなのに俺が食わせたのは麻痺毒で、倫理コードを解除させられて、毒を食ったお前が悪いとばかりに責められて――――酷い虐めだ。
 アスナがシリカの涙を見て俺を許せないのは仕方のない事だ、アスナとの圏内戦闘が終わったら、シリカにはしっかり謝っておこう。


「さて、内輪揉めはそこまでにしてくレ、実は頼みたい事があってコッチに寄ったんダ」

「――何かあるのか?」
「迷宮区だヨ、この先で見つけたんダ――――これから一緒に回らないカ?」


 アルゴが突然言い出した提案に、俺達はしばらく固まるしかなかった。 

 

迷宮区に潜りました

「…………迷宮区って、まだ第十層の二日目だぞ? 街から数時間の場所に入り口なんてある訳が無いだろ?」
「それがそうでもなイ、入り口の奥には転移門が設置されていて――――六箇所のダンジョンに転移可能ダ」
「つまりその中のどれかに、ボス部屋が存在すると?」
「うム、そう睨んでいル」

「…………お誘いは嬉しいが、こっちは安全マージン稼いでる途中なんだ――――他の奴誘ってくれ」
「現在――第十層時点デ、お前さん達のPTが一番高レベルなんだヨ、ボスと戦えと言っている訳じゃなイ、迷宮区のマッピングに協力してくレ」
「俺とアスナのレベルだけ見て判断されても困るな、それにアルゴ一人の方が色々と楽じゃないのか?」

「コレまでの迷宮区ならナ、残念ながら今回の迷宮区は隠蔽スキルがキャンセルされるんダ――――数が欲しイ」
「…………PTと相談だ、ちょっと待って」


 俺はアスナ達の顔色を覗うが――――みんな俺が話し始めるのを待っている。


「――――聞いてのとおりだ、正直な話、迷宮区に挑むには全員の装備も経験値も、俺は足りないと思っている、お前等はどう思う?」
「あたしは――――さっきも言ったけど日が暮れるまでなら付き合っても良いと思うわ」
「わたしは、迷宮区が見付かったのなら一日でも速く攻略すべきだと思う、レベルが足りなくてもマッピングぐらい始めるべきだわ」

「…………シリカはどうする? この中でレベルが一番低いのはお前だ、お前次第で決まるぞ」
「あたしは、あたしは行くべきだと思います、攻略組はみんなの希望――――ですよね? それなら、行くべきです」
「わかった――――アルゴ、参加させて貰おうか」
「助かル…………では、早速準備を始めてくレ、直ぐに出発すル」


 アルゴが立ち上がり、近くの岩に腰を下ろす。


「アスナ、シリカ、リズ、共通タブを作るぞ、アイテムストレージの一部共有化だ」
「…………あんた、毒なんて混ぜないでしょうね?」
「そこは各自で気を付けろ、不自然にメニューの奥に置いてあるアイテムには触れなきゃ良い」

「絶対に混ぜないとは言わないんですね…………」
「不意打ちはするからな」
「宣言したら意味無いでしょ…………まぁ、とりあえずは、わたしとリズとシリカちゃんで共有ね。
 ――――それで、この人の共有アイテムは最後に使いましょう」

「そうね、それなら毒入りを選ぶのは最後になるわ」
「結晶アイテムは平気ですよね?」
「流石に結晶に細工は出来ないな、だがコリドーにはダンジョンを記録している場合もある、見かけても使うなら気を付けてくれ。
 後は転移結晶の数も注意だ、一つしかない転移結晶を勘違いして全員分あるとか錯覚しないようにな」
「わかりました」

「それとリズ」
「何?」
「はじまりの街で借りてる倉庫の管理権も共有して置く、中に置いてある素材やアイテム、金も好きに使え」

「…………あたしが持ち逃げしたらどうする心算よ?」
「悪い女に引っかかったと諦めるさ」
「――――馬鹿じゃないの?」
「良く知ってるよ、装備の強化、よろしく頼んだぞ」
「本当に馬鹿ね」


 アルゴの道案内で迷宮区の入り口に入る。
 暫く進むと巨大な扉とパズルの様な模様が掘られていた。


「…………ほとんどのプレイヤーがこの暗号を解けずに投げ出したんダ、とあるNPCからヒントを貰えば――――簡単に解ける」
「間違えたらどうなってたんだ?」
「街から反対方向の森に放り出されル、ミスする度に倍の距離を歩かされるんダ、モンスターも出るシ、プレイヤーが心を折るのは早かっタ」
「…………ご愁傷様」


 扉が開かれると六つの転移門がある部屋に入った。
 赤、オレンジ、黄色、黄緑、緑、青、それぞれの門には色違いの紋章が飾られている。

「さて、何処へ行ク?」
「――――緑だ」
「ふム、まだ誰も進んだ事の無い道だな、行って見るカ」


 緑の転移門を潜ると森の中だった――――辺りを見回しても緑の転移門があるだけで、後は全部森だ。


「何だ? ハズレだったのか?」
「いヤ、大当たりダ、緑の転移門には誰も通った後が無かった、だガ――――」


 いきなりアルゴが走り始める――――森の奥へ迷い無く、まるで道筋が見えている様に。


「お前のそれ、追跡スキルか? 誰か知り合いが先に進んでるのか?」
「そんな所ダ」


 俺も追跡スキルを使って足跡を探す――――足跡は一つだけ?
 急いでアルゴの後を追うと、また迷宮区の入り口が見えた、形は同じだがさっきとは紋章の色も場所も全然違う。


「コッチが本物の入り口なのか?」
「さて、入って見ないと判らないナ」
「モンスターが全然出ませんね」
「たぶん、先行した奴が狩り尽してるんだろう、帰り道はリポップに気を付けろよ?」


 追跡スキルが有効って事は、先行している奴は短時間でモンスターを狩って先に進んでいる。
 攻撃力が半端じゃない、レベルは間違いなく俺よりも上だな――――ビーターだな。


「――――待テ」


 入り口の前でアルゴが立ち止まる。


「どうした?」
「一度中に入っテ――――出てきた所で足跡が途切れていル」
「…………中を確認してから転移したって事か?」
「あぁ、その様ダ、どうやら入れ違いだったようだナ」



 入り口を潜ると、一本道に赤い絨毯――――そして、巨大な扉。


「――――罠だろ?」
「…………案外当たりかも知れんゾ? 最初に赤の転移門を潜った時は――――来た道を戻っても元の場所には戻れなかっタ」
「ランダムかよ…………それじゃ、マジもんのボス部屋かコレ?」
「あぁ、間違いないだろウ」

「んじゃ、さっき途切れてた足跡は――――」
「恐らくコリドーだナ、此処のマッピングを終えた後、コリドーの出口を此処に設定しテ、一度準備を整える為に転移したんダ」
「早ければ今日か、もしくは二日以内に攻略開始か……」
「だろうナ、ボスの面を拝見して行くカ」


 追跡スキルで足跡を見る限り、ボス部屋の扉を開くまでは慎重に進んいて、雑魚モンスターと争った形跡が無い。
 だが、ボス部屋を覗いて直ぐに出てきている――――帰りは走ってるから姿を見たのか。


「シリカ、リズ、フロアボスは絶対にボス部屋から出れないから、危なくなったら部屋の外に逃げてくれ」
「わかりました」
「了解」
「行くゾ?」
「あぁ」


 全員が武器を構えて俺とアルゴが一緒に巨大な扉を押し開く。
 ――――すると壁の松明に火が灯り、それが部屋の奥へと連鎖して灯りを宿していく。
 奥の玉座には巨大で丸々としたボスの輪郭が見え始めていた。

 前に数歩進むと突然扉が音を立てて閉った。
 振り返って扉を確認すると――――――――シリカが扉を閉めていた……………………。
 …………育ちが良いんだな…………。

 全員が絶句していると、シリカは何が起きているのか判らず、首を傾げていた。
 

 

ボスの部屋に着きました

「――――シリカ? 何で扉を閉めたんだ?」
「え? あの、挟み撃ちとか怖くて――――閉めた方が良いかなと…………」
「その扉開くか?」


 シリカが扉を開けようとドアノブを探すが…………もちろんそんな物はボス部屋には無いし、押し戸だったから中からは押して開けるのは無理だ。


「…………開けられないみたいです…………もしかして、いけませんでしたか?」
「うん、いけなかったな? ――――アルゴ転移結晶いくつある?」

「コッチの予備は一つだけダ」
「転移結晶持ってない奴手を上げ!」


 リズとシリカが手を上げる。


「アルゴ、リズに転移結晶を渡してくれ」
「五万コル」
「買った――――シリカは俺の転移結晶を渡すから、危なくなったら何処の街でも良いから街の名前を言って転移しろ」


 アルゴに金を渡して、落ち込んでるシリカに無理やり転移結晶を握らせと、奥の玉座からフロアボスが飛び降りた。


「あの――――ごめんなさい」
「謝るのは後だ、時間が無い」


 玉座の奥から出てきたのは第一層のフロアボス・コボルド・ロードの色違いだった。
 取り巻きのコボルド・センチネルが六体――――こちらはアルゴを含めても五人…………不味いな。


「敵の数が多い、シリカとリズは取り付かれる前に転移しろ、威力偵察は俺達だけでも出来る」
「嫌よ、無理しない程度には働かせて貰うわ」
「あたしも、少しだけでも手伝わせて下さい!」

「――――危なくなったら絶対転移しろよ?」
「解ってる」
「はい!」


「それじゃ、右から抜けて玉座に取り付くぞ、あの高さだ、このステージの段差はアレで間違いない――――陣取るぞ!」
『了解』


 コボルド・センチネルが俺達に合わせて走って来るが――――様子がおかしい、先頭のアスナには無関心だと?
 完全にアスナを無視して擦違った、アスナは戸惑いながらもコボルド・センチネルにソードスキルを叩き込むがタゲが移らない。
 コイツ等一体何に反応してるんだ――――ヘイト調整が出来ないなんて異常だろ!?


「――――シリカっ!! お前だッ!! 一度戻れッ!!」
「えっ!?」


 立ち止まったシリカの前に踊り出て、両手剣のソードスキルでセンチネルを薙ぎ払う。
 ――――返す刀で、ソードスキルを繋げて二体目もノックバックさせた。


「レベルだッ!! この中で一番レベルの低い奴を狙う様に設定されてるッ!
 リズ、スイッチを頼む――――アスナはコボルド・ロードを押さえてくれッ!! アルゴはシリカを連れて玉座へ!!」


 シリカを追うセンチネルを、後ろからソードスキルを当てて、スイッチでリズが止めを刺す。


「先に上がレ」


 アルゴが玉座にシリカを逃がし、センチネルにソードスキルを叩き込む。


「あたしも戦いますッ!!」
「状況が把握できるまで大人しくしてロ、アイツが困るゾ」
「――――はい」


 シリカが玉座に上がるとモンスターの様子が変わった――――振り向いて俺の後ろに…………リズかッ!?


「な!? 何よコイツ等!?」
「タゲがリズに移った、お前も玉座へ急げッ!!」


 俺とアスナでソードスキルをスイッチしながら、リズの道を開く。


「大体の強さは判っタ、これ以上は無理ダ、全員転移してくレ!」


 リズとアルゴが玉座に上り転移結晶を取り出す。


「シリカ、リズ、転移急げッ!!」
「はい!」
「転移!」
「先に行くゾ」


 三人が第十層の街を唱えて転移する、俺とアスナも玉座に辿り着いた。


「アスナも飛べッ!」
「――――待って」


 アスナが俺の腕を掴む。


「…………どうした?」
「あなたの転移結晶を見せて」
「これか?」


 アスナにチラリと見せて引っ込める。


「――――それ…………解毒結晶でしょ?」
「…………やっぱりお前の目は誤魔化せないか」
「明らかに色が違うでしょ、さっき共通タブを設定した時にあなたのアイテムは全て閲覧したわ。
 ――――転移結晶は……一つだけだったわ」


「リズとシリカの共通タブに別けて入れてるんだよ、お前との共通タブからは見えて無いだけさ」
「それならシリカちゃんに転移結晶を渡す必要も無いし、リズに転移結晶を買ってあげたりしないよね? 共通タブから取り出して使うだけで良いんだから」
「…………あぁ、そうだそうだ、間違えてたよ、共通タブに入れてない、俺個人のアイテムストレージの中だった」

「なら、今メニューから出して見せて」
「――――参った…………手持ちの転移結晶はアレだけだったからな、残りは倉庫だ」
「…………死ぬ心算なの?」


 アスナが俺を掴む手に力を入れる。


「いや? 死ぬ心算なんてねーよ――――試してみたかっただけだよ、今の俺が何処までやれるかを」
「――――それで、それで死んだりしたら、元も子も無いのよ!?」
「俺の命だ、好きな様に使わせてくれ、レベルだって安全マージンは軽く超えてるんだしさ」

「何が…………何がいけなかったの!? 何でこんな事になるの!?
 わたしはもう――――誰も死なせたくなんか無いのに!」
「立派な考えだが、人は死ぬ時は死ぬ、形が有るからには崩壊は必然だ。
 ――――それに、デスゲームには何の意味も無いって誰かが言ってたな」

「意味が無いなんて、ただの思考停止よ。
 ――――考える事を止めて、ただ腐っていくのを待つ為だけの、ただの言い訳だわ」
「あぁ、そうだな、誰もがお前の様に強かったら、こんなデスゲームなんて直ぐ終わってるよ。
 今度同じ事を言う奴が居たら、ぶっ飛ばして言ってやれ、俺は此処で死ぬ心算は無いからな。
 ……………………実はコリドーを持ってるんだ、それで帰るよ、だから先に帰っててくれ――――」

「…………嘘吐き……コリドーなんて持ってなかった…………なかったよ、持ってるなら今直ぐ見せてよ!
 シリカちゃんの事はどうするの? わたしだけじゃ無理だよ、あなたが居ないと最前線には連れて行けないんだよ?」
「リズと一緒に居させれば――――って、死ぬ気は無いって言ったろうが、さっさと転移してあの扉を開けて来い」

「――――本当に死ぬ気は無いのね? どれくらい持たせられるの?」
「一日や二日は余裕だ、ポーションもある、何も問題は無い」
「問題だらけよ、出来るだけ攻略組の人を呼んでくるから――――必ず生き残りなさいよ? ボスを倒した後お説教だからね」
「あぁ、ほら行けよ血盟騎士団副団長、攻略組の要、お前にはプレイヤー開放って言う使命があるんだ……さっさと行け」
「――――転移…………」


 アスナが転移した後、コボルド・ロードとセンチネルを玉座から見下ろしていると、笑いが込上げてくる。
 リズが倒したセンチネルもリポップした様で六体に戻っているが、特に問題は無い。


「――――さぁ、段差の恐ろしさを思い知らせてやるッ!!」


 コボルド・ロードは俺を睨んだまま――――段差に引っかかって足踏みを続けている。
 HPが減っているセンチネルの一匹に狙いを絞って、先ずは部位欠損ダメージが狙えるかどうかを試す。
 段差の上から両手剣で武器を持った右腕を切り飛ばしたが、HPが少なすぎた為、そのまま殺してしまった。

 随分と弱い――――だが、経験値が美味いな、手持ちの武器に残された耐久度が心配だが、雑魚狩りでレベルを上げるか。
 フッと、頭上が明るくなった――――コボルド・ロードが俺にソードスキルを振り下ろす瞬間だった。
 咄嗟にソードスキルを発動させて相殺したが、俺のHPが二割削れる――――不味いな、今の攻撃は段差が通用しない。


 手持ちのポーションは多めに持って来てるから暫くは持つが…………絶対尽きるな、無駄な動きを最適化しなくては。 

 

色々ありました

 アスナが転移門に戻ると、アルゴ、シリカ、リズ、の三人が待っていた。

「――――アスナ…………どうしたの!? 何かあったの!? あいつは!?」
「…………あの人は残りました――――転移結晶が無かったの」
「それって!? ――――あたしに転移結晶を渡したから?」


 リズとシリカの表情が蒼白になる。


「オイ、それは本当カ!?」
「えぇ、わたしは攻略組を集めます、アルゴはコリドーを記録したプレイヤーに心当たりはあるかしら? 多分あいつだと思うけど」
「そう思ってメッセージを送ってるのだガ、返って来なイ、寝ている可能性があるナ」

「あいつが寝てる宿泊施設って判る? 行って直接起こせないかしら?」
「解っタ、試してみよウ」


 アルゴが急ぎ足で街中へ消えて行った。


「リズはシリカちゃんと一緒に居て、絶対に迷宮区に戻っちゃ駄目よ?」
「わかったわ」
「――――でも、あたしのせいで残ったんですよね!?」

「フレンドリストからあの人が迷宮区の外に出たか判る筈だから、出て来たら呼びかけて、わたしは攻略組を集めるから」
「シリカ、行きましょう――――あたし達ははじまりの街であいつの言ってた倉庫へ行かないと」
「――――でも!?」

「良く聞いて、あいつはSTRを上げて沢山アイテムを持ってるけど、昨日見せて貰った両手剣はどれもボロボロだった。
 片手剣もあたし達が見ている前でアスナと戦ってボロボロになってたでしょ? 今のあいつには、まともな装備が無いの。
 あたしの露店にある剣だけじゃ足りないの、いくらあたしが鍛冶屋でも素材が無ければ武器も防具も作れないわ。

 ――――だから、はじまりの街であいつの倉庫から材料を集めるの…………あたしの仕事を手伝ってくれる?」

「…………はい」
「決まりね、アスナ、コッチはコッチでしっかりやるから――――アスナもしっかりね」
「うん、リズも頑張って」


 アスナは攻略組を集めに血盟騎士団のホームへ、シリカとリズははじまりの街へと向かった。


 始まりの街に到着したシリカとリズは倉庫を目指していた。


「アレが言ってた倉庫ね…………転移門広場の裏に借りてるとは言ってたけど――――大き過ぎでしょ」
「…………少し小さいですけど、学校の体育館を思い出しますね」


 管理NPCを呼び出して倉庫を開けて貰うと、中には簡易の鍛冶場道具と素材が並んでいた。


「…………素材が山盛りですね」
「――――この並べてある木箱、剣一本分の素材と限界値まで鍛えられる素材がしっかり分けてあるわ」
「そうなんですか?」
「えぇ、あたしの仕事は鉄鎚を振るくらいよ…………一体何時から用意してたんだか」


 並べてある木箱は、ざっと見ても七十は超えていた、奥には蓋が開けられたままでコルが山盛りになった宝箱まである。


「リ、リズさん――――あれって、宝箱ですよね」
「アレが使えって言ってたお金? 怖くて金額見たく無いんだけど? 今は必要ないし、見なかった事にしましょう」
「…………はい」


 リズが炉に火を入れて、シリカはフレンドリストを見つめ続けた。


「ねぇ、シリカはさ、あいつの事が好きなの?」
「……………………えっと、良く解りません、初めて会った時はぶつかったのに心配してくれて。
 チーズケーキも譲ってくれましたし、目付きの怖い人だと思ったんですけど。

 結構良い人で――――無駄遣いで宿代が無くなっちゃった時も、お金を送ってくれて……。
 けど凄い怖い人で、でもあたしを助けてくれて、牢獄コリドーまで使って、あの何て言うかその。
 あたしの…………あ、えっと――――よく解らないです」


 シリカが顔を真っ赤にして伏せる。


「…………結構好かれてるのね、あいつ」
「え!? あ、悪い人じゃないですよ!?」
「それは解ってるわよ…………ただね、今回の事だってそうだけど――――あいつ危ない奴よ?
 このままあいつが帰ってこなかったら、あたし達がどれだけ傷付くかなんて、これっぽっちも考えてない。
 ――――いや、考える事すらできない奴だわ…………こんなにみんなに心配掛けて、帰って来たらこき使ってやるわ」


「リズさんも心配なんですか?」
「――――別に? 会ってまだ二日だけど、まぁ、あいつ程このデスゲームを楽しんでる奴なんて見た事が無いわ。
 女の子に毒を飲ませて楽しんでるし、倫理コード解除して遊ぶし、最悪で最低な奴よ、正直ムカつく。
 …………でも、あいつに会う事であたしは鍛冶屋として大切な物を見つめ直せたと思う、断じてあいつのおかげじゃないけどね」


 炉にインゴットや素材を入れて加熱を始めた。


「さて、そろそろ始めますか、作業中は集中してて音が聞こえない事があるから、話かけるなら気を付けてね」
「はい!」


………………
…………
……


 第十層血盟騎士団ホーム、団長室にて。


「ボス部屋の発見、そして威力偵察の途中で扉が閉る事故、転移結晶の不足――――とんだ失態だ」
「申し訳ありません」
「いや、クラディールからは、こう言う事も有るだろうと話はしていたんだ、アスナ君が気に病む事ではないよ」
「――――え!?」

「起こせる問題は出来るだけ起こして、それをアスナ君やシリカ君に対処させると言っていたからね。
 マッチポンプ、自分のマッチで放火して自分でポンプを動かして消火する、自作自演とも言う。
 ――――彼はそう言う事が得意だそうだよ、今回もその一つだろう。

 彼はこうなる前に、何時でも待ったをかけられた筈だ、そして彼はそれをしなかった。
 今頃はボスの取り巻きを何度も倒して――――のんきにレベルでも上げているじゃないかね?
 彼のレベルは二十八だと聞いている、第九層のボスから見ても、単独突破の可能性も無い訳ではない」

「――――では、血盟騎士団は動かせないと?」
「動かせないとは言って無い、そのボス部屋前のコリドーと持ち主が見付かったら救出部隊を結成しよう。
 今我々は安全マージンを稼いでいる途中だ、今直ぐボスと戦う訳には行かない、救出のみだ」
「解りました、ありがとうございます」

「礼を言われる事ではないよ、二日目にして迷宮区の発見とフロアボスの部屋、凄い快挙じゃないか。
 きっと他のプレイヤー達の希望となるだろう、救出任務、アスナ君が指揮を取ってくれたまえ」
「はい、血盟騎士団副団長アスナ、これより救出任務に着任します」



 とある宿泊施設にて。


「起きろキリ坊」
「うあぁ!? ――――アルゴか!? 気配を消して部屋に入るなよ!? 何で此処が判ったんだ!?」


 ベットの上で飛び上がった彼の名は、キリト、他のプレイヤーからはビーターや黒の剣士と呼ばれるソロプレイヤーで攻略組の一人。
 迷宮区から疲れて帰って来た彼は寝る前に、何かあった時の為にと、寝室のドアをフレンドなら誰でも開けられるように設定していた。


「企業秘密ダ、それより今日迷宮区のボス部屋の前にコリドーを設定したナ、そいつを寄越セ、もちろん言い値ダ」
「お前が言い値!? 明日はアインクラッドが墜落するんじゃないのか!?」
「――――急げ、威力偵察で馬鹿が一人、ボス部屋に閉じ込められた、金はそいつが払う」


 キリトはメニューを開くとアルゴからのメッセージに気付きながら、コリドーを取り出してアルゴに手渡した。

 
「――――金は要らない、変わりに新しいコリドーを設定して俺に返してくれ」
「了解しタ、これから救出作業に向かウ――――キリ坊も一緒に来るカ?」
「あぁ、一緒に行こう」


 キリトはメニューを開き、クローゼットから簡単な補充を済ますと、アルゴと共に部屋を後にした。 

 

ちょっと堪えました

 アルゴからの連絡を受けて転移門広場には、アスナ、キリト、シリカ、リズ。
 そして、ヒースクリフ、ゴドフリーが集まっていた。


「血盟騎士団からは私とアスナ君、シリカ君、ゴドフリーが同行しよう。
 他のメンバーは出払っていてね、転移結晶で帰還させる訳にも行かない」
「救出活動って話なんだから、ゴチャゴチャ居ても――――血盟騎士団の団長様なら心配ないか」
「雑談は後ダ、開けるゾ――――コリドー、オープン!」


 空間が開かれ、全員が飛び込んだ。


 ボス部屋の扉はまだ閉じられたままだ。


「準備は終わったカ?」
「あぁ、問題ない、全員転移結晶は持ったな?」
「こちらは終えている」
「何時でも行けるわ――――開けるわよ」


 ボス部屋の扉が開かれると――――そこには一体のボスが玉座に向けて素手を振り下ろしていた。
 取り巻きの姿は見られない、そして侵入したアスナ達に気付いた色違いのコボルド・ロードがターゲットを変えて襲い掛かる。
 振り向いたフロアボスに感じた違和感――――それは武器を持っていなかった事だ。


「アスナっ! スイッチ行くぞ!!」
「了解」


 キリトの掛け声にアスナが応える。
 既にフロアボスのHPゲージは最後の五段目に差し掛かっていた。
 ボスの拳槌をキリトがソードスキルで跳ね上げ、アスナが攻撃する。


「リズ、あの馬鹿に武器を届けロ! シリカは団長の後ろから動くナ、そこより安全な所など無イ」
「了解」
「――――わかりました!」


 リズがフロアボスの横を駆け抜けようとした時、フロアボスのタゲがリズに変わった。
 HPゲージが五段目に突入したせいで行動パターンに変化が起こっていた。


「――――嘘ッ!?」
「どおおおおりゃッ!!」


 ゴドフリーの巨大な両手斧がリズを襲う筈だった拳を跳ね上げた。


「此処は任せて貰おう!!」
「あ、ありがとう」

「もう一度行くぞ! アスナっ!!」
「了解!!」



………………
…………
……


 色違いのコボルド・センチネルは二十一体目を倒した所で出現しなくなった。
 だが、フロアボスのソードスキルの前に全ての剣は折れ、鎧は破壊された、ポーションも少なくなった。


 俺もフロアボスもバトルヒーリングスキルを持ってるもんだから、時間の経過と共にHPは元に戻った。
 此処で俺が注目したのは回復しない所、つまり自動回復スキルの有効範囲外――――ボスの武器だ。
 ボスがソードスキルで武器を振り下ろす度に格闘スキルで武器を横から殴り続けて
 約二時間ほどの奮闘で武器破壊に成功した時は笑みを抑え切れなかった。


 そこからはボスの拳槌にカウンターを合わせ、クリティカルヒットのボーナスでHPを削り続けた。
 ボスのHPが五段目になった時、またセンチネルが沸き始め、格闘スキルで始末したが。
 ――――自動回復でボスのHPは再び四段目に戻っていた…………それの繰り返しだった。


 アスナ達が戻って来たのは、ボスのHPが五段目に差し掛かった時で、完全にセンチネルも沸かなくなっていた。


「ちょっと、あんた大丈夫!? 何で上半身裸なの!?」
「全部ぶっ壊された――――何しに来たんだ?」
「――――馬鹿っ!! あんたに装備を届けに来たのよ!!」


 リズがメニューを開き、大量の剣と鎧を一着渡してきた。


「耐久度がまともな剣を一本だけでも良かったんだぞ?」
「シリカが今にも飛び出しそうだったから――――色々理由付けて武器作るのに付合わせたのよ。
 ご注文どおり、耐久度と重量強化にしてあるから、簡単に折れられるんじゃないわよ?」

「おー、そりゃご苦労さん、ありがたく使わせて貰うよ」
「帰ったらコキ使ってやるから、覚悟しなさい!! シリカにもちゃんと謝るのよ!?」
「了解、ちょっくら行って来る」


 既にフロアボスのHPが残り少なくなっていて、俺が辿り着く前に――――キリトの一撃がトドメを刺した。




「アスナ様――――申し訳ありませんでした」
「――――申し訳ないじゃないでしょッ!?」


 俺は深く頭を下げて謝って、キリトに向けて顔を上げる。


「そちらの方も私の為に申し訳ありません、是非お礼を――――」
「いや、俺は遠慮させて貰うよ、ボスのドロップがコレでね」


 キリトがメニューを操作すると黒のコートが別のデザインに切り替わった…………それでも黒のコートだが。


「コレだけで充分さ、ついでに第十一層の街も開放してくる――――またボス攻略で会おう」


 そう言ってキリトは第十一層へ向かった。


「帰ったら圏内戦闘五回戦ね?」
「………………寝てからで良い? 今日で四徹目なんだわ」

「…………起きたら必ずよ?」
「了解しました、副団長殿――――団長もそちらの方も来て頂いて、申し訳ありませんでした」


 俺は団長とゴドフリーに頭を下げて謝った。


「クラディール、私達よりも先ずは彼女に謝りたまえ」


 団長の後ろからシリカが顔を出した。


「――――大丈夫でしたか?」
「あぁ、何とかね、悪かったな、心配を掛けた」
「もうあんな事しませんか? 約束してくれますか?」

「…………どうだろうな? 次もやるかも知れん」
「そんなのじゃ、許してあげられません」
「そりゃ参ったな…………」

「あたし強くなります。 だから、もうあんな事はしないで下さい!!」
「――――気が向いたらな」
「向かなくても心掛けて下さい!」


「了解――――さて、此処に居る全員に、感謝の気持ちを込めて晩飯を奢ろうか」
「いや、これから我々は第十一層への引越し準備を始めよう。 クラディールも疲れている所悪いが手伝ってくれ」
「はい、わかりました――――晩飯は第十一層に上がってからにしましょう」


 こうして、第十層は今迄で最速の二日でクリアされ、他のプレイヤー達を大いに驚かせる事になった。
 そして俺はアルゴの発行している新聞にデカデカと掲載され。

 『レベルホリック』 『一人でボスを瀕死にした馬鹿』 『血盟騎士団の狂鬼』 などと呼ばれるハメになった。
 ちなみに、レベルホリックとは中毒者や依存症、つまり『レベル上げ中毒者』と言う意味である。

 その後行われた第十一層タフトでの晩餐会は盛大に行われ………………俺が散財した事だけは伝えておこう。 

 

黒猫を拾いました

 第十層突破から約二ヶ月、最前線は第二十三層まで到達していた。
 今が三月だから原作よりも十日前後早い筈だ――――何故かは聞くな…………一応俺のせいなのだが。

 ちなみに某情報によると、原作では二月で第二十五層を突破した事になってるが、
 俺はあの情報はおかしいと断言出来る――――いや、断言したい。

 第一層をクリアした日が二十二年十二月三日、それから十日後の十二月十三日に第二層をクリア。
 それから第二十八層をクリアしたと新聞で広まったのは二十三年の五月九日。
 つまり、百四十六日間で二十六層――――大体五日ちょいでクリアしてきた事になる。

 だが、二月で第二十五層をクリアしていたと言う情報を真に受けると、
 例え二十三年二月二十八日に第二十五層クリアしたとしても、第二層から七十七日間。
 ――――つまり一層あたり三日でクリアしている計算になる。
 そして第二十五層から第二十八層まで掛かった時間は約七十日になり、一層あたりのクリアに二十三日も掛かった事になる。

 キリトと月夜の黒猫団が遭遇したのは四月、その時点でキリトのレベルは四十だった。
 キリトの安全マージンは階層に対して通常レベル十追加する所をレベル二十にしている。
 これはソロで生き残るにはレベル十プラスした程度では生き残れないからだ。

 仮に二十五層を二月で突破していたとなると、その時キリトのレベルは一体いくつだったのか? って話になる。
 だから断言出来る、第二十五層を突破したのは二月ではなく四月だ――恐らく誤植だな。
 まぁ、他にも色々と言いたい事はあるが、そんな事より今日は装備強化に必要なレア素材を集める為、第十一層まで降りて来ていた。


「リズさん遅いですね」
「鍛冶屋がPTに居なきゃ出ないかもしれないレア素材なのに、リズが遅れてちゃ意味が無いな」
「お得意さんに武器を渡してくるって言ってたから、もう直ぐ来る筈なんだけど」


 この場に居るのは、アスナ、シリカ、そして俺、今は転移門から見えるカフェテリアぽい店で待ち合わせ中だ。
 時間は既に昼過ぎ、待ち合わせの時間はまだだが――――身体を動かしていないのは退屈で仕方が無い。


「あ、あの人――――女性プレイヤーですよ」


 シリカの声に視線を辿ると――――そのテーブルにはギルド月夜の黒猫団の紅一点、サチが居た。
 今日はギルドメンバーと一緒じゃないのか? 休憩中か? それとも…………俺が色々思考していると。


「ちょっとお話をしてきますね」
「あ、ちょっと、シリカちゃん――――わたしも行くから」


 あっと言う間にアスナとシリカに囲まれて、サチは戸惑い気味だ。
 そう言えば、第十一層タフトは月夜の黒猫団のホームだったな。


「――――あれ? あんた一人? アスナとシリカは?」
「社長出勤ご苦労さん、ほれ、あそこで花咲かせてるよ」
「誰が社長かッ! ――――あたしも行って来るわ」


 リズも輪に加わって、暫く話に花を咲かせてると――――俺の所にPT要請が来た。
 OKボタンを選択するとPTにはサチが居た。


「…………俺が混ざって良かったの? 女の子だけで行った方が良かったんじゃ?」
「この子、槍使いなのよ――――壁が足りないわ、いつもどおり、リズとあなたで壁をして」
「へいへい、よろしく――――サチさん?」

「は――――はい、よろしおねがいします…………」
「いじめちゃ駄目ですよ?」
「…………圏内で悪戯できる訳無いだろ」

「圏外でも駄目ですッ!!」
「わかったよ…………それじゃあ、サチさん――――これ装備して」


 メニューから適当な武器防具を出してサチに渡す。


「……あの、どれも立派な装備なんですけど…………」
「あげるよ、十一層の敵は攻撃力が弱いからそれ着てれば充分だよ、槍は麻痺槍だから攻撃力関係ないから、ドンドン麻痺させてくれ」
「あんたが槍なんて使ってる所、見たこと無いんだけど? …………それにレアっぽいんだけど、何この槍?」

「ん? 大体十五層までのモンスターなら軽く麻痺できるぞ? 麻痺率二十六パーセントだった筈?」
「高っ!? 何よそのチート武器!?」
「あたしが貰った麻痺短剣より高いですね」

「手に入るのが十七層でな、最前線じゃ使い道が全く無いんだ――――貰ってくれると助かるな」
「あ、はい…………ありがたく使わせて貰います」


 それから狩りに出て、サチはずっと後ろに隠れてたが、偶には槍の威力を試して見ろとリズの後ろから弱ったモンスターに攻撃させたりした。
 弱っていたモンスターは直ぐに麻痺状態になり、リズのメイスがトドメを刺す。

 シリカの方は逃げ回りながら足の速いモンスターに追いつかれそうになると、麻痺短剣で斬りつけてまた逃げる。
 麻痺で足の止まったモンスターをアスナが串刺しにしたり、俺がトドメを刺す。
 そうやって一応は順調に進み、日が沈んで来た頃だった。


「今日はそろそろ上がろっか、お目当てのレア素材も充分手に入った事だし、言う事無しよ」
「そうだね、わたし達がこれ以上下層に居たらノーマナープレイヤーとして扱われて、みんなに迷惑が掛かっちゃうしね」
「みなさん強いんですね…………凄かったです」

「――――あー、俺の事を気にしてるなら御構い無く、硬い言葉遣い何てこっちが遠慮しちまう、無礼講無礼講、適当にな」
「そうですよ。サチさんはもうお友達なんですから、もっと気楽に楽しくお話しましょう?」
「常に敬語のお前に言われてもな」

「あたしは年上の人に対する礼儀と感謝と尊敬を込めてこの話し方なんです」
「――――それを敬語と言うのだがな?」
「もう、あたしの事より今はサチさんの話です!」

「…………あの、私はこれでも楽に話してるつもりなんだけど…………硬い、かな?」
「そんな事無いよ、楽な話し方で良いから、その方がわたし達も嬉しいし、気にしないで?」
「こいつは居ない物として扱っても、あたし達は全然構わないから」


 あの日以来、俺の扱いがかなり雑なのだが…………まぁ、今更仕方ないか。
 帰り道は女子四人で話しに花が咲き、PTを解散する時に全員でサチとフレンド登録を済ませた。
 街に戻ると転移門広場に一つのグループが待っていた――――サチのギルドメンバー、月夜の黒猫団だ。


「おーい、サチー!!」
「うわ、本当に閃光のアスナさんだ」
「すげー」
「サチ、皆さんに迷惑掛けなかったか?」


 上からシーフスタイルで短剣使いダッカー、メイス使いで月夜の黒猫団唯一の前衛テツオ、もう一人の槍使いササマル。
 そして最後はギルド団長の棍使いのケイタ、コイツ等には言いたい事が山ほど有るが、今はその時じゃない。


「なによ、何時も迷惑掛けてるみたいに言わないでよ」
「サチさん大活躍でしたよ、今日で三つもレベルが上がったんです」
「三つ!? マジで!?」

「おいおい、サチが俺達の中で最強になっちまったぞ!? どーするリーダー?」
「どうもしないよ――――サチの装備が変わってるみたいですけど?」
「私が提供したのです。アスナ様のパーティーに入られるのならば、せめてこれくらいの装備はしていただかないと」


 急に俺の喋り方が変わった事でサチがビックリしてるが、目配りをすると頷いてくれた。


「…………ありがとうございます、あの、これって全部でいくらくらいですか?」
「全てはアスナ様の為――――金など不要、君達もその様な装備では心許無いだろう、持って行くと良い」


 メニューから低レベルでも装備できそうな武器防具を選んで、ギルドメンバーに得意武器を聞きながら渡していく。


「……あの、流石に貰い過ぎだと思うんですけど、こんなに頂く訳には…………」
「既に最前線では使えない装備ばかりだ、アスナ様のご友人となったのだ、生き残って貰わねばこちらが困る」
「いや、しかしですね…………」
「ごめんなさい、今回は貰ってくれるかしら? …………この人には後でキツク言って置くから」


 俺の意図を察したのかアスナが助け舟を出した。


「え、あの、アスナさんが言うんでしたら、ありがたく」
「おー、やったッ!! やりぃ!! こんな強力な装備貰えるなんてラッキー!」
「騒ぐなよ、…………せめてお金だけでも払いますから」

「いや、結構だ――――その代わりこちらの要請に応えて貰おう」
「…………一体何をすれば良いんですか?」
「ウチのシリカを君達のパーティーに混ぜて貰おう、情報交換やレアアイテムの買取など、互いの有益になる事は色々ある」

「情報交換って言っても、攻略組の人達に渡せる様な情報なんて…………」
「攻略組はその名のとおり、次の階層を目指して活動している為、細かいクエストやレアアイテムを探す時間がない。
 情報屋を間に挟んだりすると、時間と引き換えに高い金額を要求されるのだ、君達が協力してくれるとありがたい」

「それじゃあ俺達はクエストを探したり、レアアイテムを見つけたら報告すれば良いんですね?」
「そのとおりだ…………こちらもシリカを預けられるパーティーを探していてね、サチ君も居る君達のギルドなら信頼できそうだ」

「あの、その――――ありがとうございます…………でも、装備のお金は必ず払います、直ぐには無理ですけど、必ず」
「…………わかった、使い道の無い装備だった物だ、そちらの都合の良い時にでも払ってくれ」
「――はい」


 こうして、月夜の黒猫団にシリカを預ける契約が成立した。 

 

団欒してみました

 第二十三層、宿泊施設にて。


 第十層をクリアしてから、アスナ、シリカ、リズの三人は大部屋で宿泊するようになった。
 こいつ等のお目当ては大きなバスルームである、三人で借りればそれなりに安くつくようだ。
 そして俺は三人と狩りに出た後は必ず部屋に呼ばれるようになり、今後の予定だとか狩りの反省だとか作戦だとか。
 兎に角理由を付けられて、三人がベッドに入るまでの間は部屋から出られない状態が続いていた。


「さぁ、説明して貰いましょうか? あなた何であんな事したの?」
「ん? 装備の件か?」
「そうよ、お金までとって…………あのギルドの為にならないわよ?」

「別に? 単なる気まぐれだよ、気にするな」
「セ・ツ・メ・イして貰いましょうか?」
「…………はぁ、お前さんあのギルド見てどう思ったよ?」

「仲の良さそうなギルドだったわね…………攻略組とは大違いだったけど」
「そうだな、だから死んで欲しくなかっただけだよ、本当にそれだけさ」
「………………まだ何か隠してるみたいだけど、まぁいいわ…………今日はわたしが先にお風呂入るわね」


 アスナがバスルームへに入った、この宿は部屋の隣にバスルームがあって、ドア一枚向こうは――――まぁ、そう言うことだ。


「今度サチさんのギルドの人達と狩に行くのが楽しみです」
「あぁ、レベルは低いだろうが楽しんで来い、色々教えてやれ」
「レベルが低いなんて言ったら失礼ですよ…………はじまりの街から出るのはとても勇気が要るんですから」

「…………なら、それなら解るだろ? サチははじまりの街から出たくなかったって事くらい?」
「……――――そうですね、サチさんははじまりの街から出た人達が持っている……心の強さと言うか、そう言う気持ちがあまり有りませんでした。
 …………たぶん、あのギルドの人達に置いて行かれるのが怖くて、それではじまりの街から出たんだと思います」

「……そこまで解ってりゃ、上出来だ…………暫くの間、サチを頼んだぞ?」
「はい、がんばります!」


 シリカがメニューを広げて今日の成果や装備のチェックを始める。
 暫く沈黙が続いていたが、同じくメニューを操作してたリズから質問が飛んできた。


「でもさ、あんたあんなに大量の装備あげちゃって本当に良かったの?」
「言ったろ、死んで欲しく無いって――――倉庫で装備を寝かして置くよりマシだろ、これからも必要なら提供していくつもりだぞ?」

「何? 鍛冶屋の仕事を横取りする気?」
「オメーが今作れる装備より遥かに下だよ、中級プレイヤーがお前の武器防具なんて買える訳ねーだろ」
「注文と材料があればどんな装備でも作って見せるわよ、中級プレイヤーでもそれは変わらないわ」

「あんまり安く強い武器を流通させると価格崩壊起こすから止めろよ? 『気に入った奴にしか武器は作りません』とか言って誤魔化しとけ」
「どこかで聞いた台詞ね?」
「そりゃそうだろ? 鍛冶スキルの高いプレイヤーは色々理由を付けて崩落回避してるからな?」

「そんなんじゃ商売にならないでしょ?」
「あくまでも値崩れ起こさない程度だよ、自称鍛冶師からクレーム付けられて営業妨害とかされるぞ?」
「…………そう言えば商業ギルドから似たような事を言われてたわ、そう言う奴に注意しろって」

「お風呂上がったよー」
「了解、シリカ。一緒に入っちゃいましょ」
「はい」


 アスナと入れ替わりに、シリカとリズがバスルームへと消えて行く。


「ふー、すっきりしたー」
「そろそろ席を外そうか?」
「え? 大丈夫よ? そこに居てくれないかしら?」

「何時も思うんだが…………俺ってお前らのリラックスタイムを思いっきり邪魔してないか?」
「そうでもないわよ? むしろ居てくれないとリラックスできないから?」
「――――それってもしかして、俺が覗きをするとでも思ってるのか? それで毎回此処に固定されてるのか?」

「大正解、良く判ったわね?」
「毎回お前らの風呂につき合わされたら嫌でも気付く、狩りに行かせてくれよ」
「あなた隠蔽スキル高いから、目の届く範囲に居て貰わないと落ち着けないのよね」

「隠蔽スキルが高いのは、俺に限った話じゃないと思うんだがな?」
「お風呂に入る度にパーティーやフレンドリストから抜いたりするの手間だから」
「ドアの設定変えろよ、俺が外に出れば良いだけの話じゃないか」

「あなたの隠蔽スキルなら、わたし達の影に隠れて開けたドアから一緒に入るくらい軽くこなしそうだし?」
「…………やろうと思えば可能かもな? ドアの近くに遮蔽物を置いてその陰で待機、ドアが開いた瞬間に中へ入るっての」
「でしょ? 可能性はゼロじゃないのよ、あなたにそのつもりが無かったとしても、この短時間で作戦を組み立てられるし、心配なのよ」

「信頼されてるんだかされて無いんだか」
「信頼はしてるわよ? 信用はして無いけど?」
「それを信頼してると言わねーよ」


 信頼と信用はほぼ同じ意味だが、使われ方は様々だ。
 例えば、彼の人柄は信頼できるが、運動神経は普通なのでリレーのアンカーには出来ない。
 対して、彼の人柄は信頼できないが、運動神経が抜群なのでリレーのアンカーに抜擢した。

 とまぁ、アスナに言わせれば俺の人格は信頼してるが、覗きに関しては信用できないと言っているのだ。
 男を相手にその認識は間違いでは無いと思うのだが……アスナの周りに集まる男ってアレだからなー。
 きっと須郷が中学三年生のアスナか、もしくはそれ以前に会っていて――親の目を盗んで色々やったんだろうなー。


「…………そう言えば、聞きたい事があったんだけど?」
「んー? なんだ?」
「あなた偶にだけど、変わった踏み込み方するわよね? あれって何の技術?」

「変わった踏み込み方?」
「ほら、入団試験でわたしから一本取った時のあれよ、アレだけ早いのにソードスキルじゃなかったでしょ?」
「あー、あれか、アレは剣道の踏み込みだよ、特別な事をして――――いるのか?」

「わたしに聞かないでよ……ふーん、剣道かぁ…………それで何処かで見た事あるような踏み込みなんだ――――やってたの?」
「いや、適当にかじった程度だ、試合とかしたら子供相手にボコボコにされるな」
「その言い方だと、わたしが子供以下じゃない」

「あの踏み込みは完全に修得できてない、ソードスキルの硬直とか、相手が完全に無防備の時しかやらねーよ」
「そんなに難しいの?」
「リアル世界で同じ事するとアキレス腱を痛めるな、下手すれば断裂して入院コースだな」

「滅茶苦茶危ないじゃない!?」
「あぶねーんだよ、まぁ、右足を上げて踏み込む瞬間、右足からの重心移動を利用して左足に加重する。
 後は左足の脚力で加重を押し返して踏み込み速度を増加させてるんだが、意識すると身体の中心軸が左右にズレて無駄な動きが増えるんだよな」

「スキップみたいな感じかしら?」
「左足の限定の運動ならそれで合ってるな、重要なのは右足で踏み込みながらそれが出来るかどうかだ、一瞬でやらなきゃならんし。
 結局は個人個人の感覚の問題だからなー、後はスケートのスピンを意識すると中心軸を理解できて、左右の無駄な動きを減らせて加速を可能にしたって話もある」
「スピンねぇ?」


 アスナが呟きながら肩や腰を左右に捻り始めた――――薄着でそれは目に毒だから止めてくれないかな?
 身体を振る事に集中し始めたアスナを視界の端に追いやって無視した後、暫く壁を見ながらボーっとしていたのだが。


「アスナ? 何やってるの?」
「え? あぁこれ? ちょっと気になる話を聞いたから練習してみようと思って」
「剣道の踏み込み――――もどきだな、リアルの世界でやったらアキレス腱を痛めるから、指導者が居ない所で練習しないように」

「あんた指導者なの?」
「いや? ド素人だが? ハッキリ言って怪我するぞ? 軽く齧っただけでマジでヤバイから」
「じゃあ何でアスナに教えてるの?」

「入団試験の時に決めた最後の踏み込みが気になってたらしくてな、それでこうなった訳だ」
「あー、アレかー…………確かにアレは速かったわね」
「アレってどうやるんですか?」

「リアル世界で絶対にやらないって約束出来るなら教えるけど?」
「やらないわよ、歩けなくなるの嫌だし――――それに、リアル世界に戻ったら戻ったでリハビリ大変そうだしねー」
「まぁ、ベッドの上で眠りっ放しだしな、リハビリに何ヶ月かかる事やら…………」

「あの……約束しますから教えてください」
「あー、悪かった、今教えるから」


 それから理論にもなっていない、適当な説明で超適当に教えたのだが、
 それぞれ自分の物にしようと、薄着のままで飛んだり跳ねたりと部屋の中がカオス状態に。
 終いには俺がそれぞれの踏み込みフォームを手取り足取りチェックする羽目になった。


「何度も言うが、学生の時に齧った程度の技術だからな? 本職に鼻で笑われるから人の居る所で使うなよ?」
「はいはい、解ってるわよ、あんたの踏み込みをチョット真似してるだけじゃない、あんまり煩く言わないでよ」
「あ、ちょっと速くなった気がします!」
「そら絶対嘘だ!」

 こんなド素人の思い付きアスナ達の動きが更に速くなったかどうかは――――想像にお任せする。 

 

ちょっと踏み込んでみました

 結論から言うと三人はシステム外スキルでの攻撃が上達した。
 SAOでの攻撃方法は大体二種類、ソードスキルを使うか自分で速く武器を振るかである。
 システム外スキルでの攻撃は、速ければ速いほど攻撃力も増すし、重い武器ほど破壊力も上がる。


「やっぱり攻撃が楽になりましたね」
「そうね、一撃で倒せる敵が一気に増えたわ」
「わたしも『正確さ』と『鋭さ』が上がった気がする」
「はいはい、気がする気がする――――オメーらのレベルが普通に上がっただけだから」


 サチと出会ってから一ヶ月、最前線は三十一層、来月にはシリカが原作のレベルを超えそうだ。
 第二十五層ではキバオウが予定通り死者を多数出して、はじまりの街に逃げ帰った。
 攻略組の約三分の一が死んだが――――知ってて殺すのは相変わらず気分が悪い。


「どうしたんですか?」
「いや、何でもない、作戦はいつも通り、前衛はアスナとリズで二人でスイッチ、シリカが後方支援、俺は待機してHP回復はスイッチで交代だ」
『了解』


 今日はリズが居るのでHP管理が楽だ、普段はアスナとシリカの三人だから、
 俺とアスナが前に立ちシリカがピナでHP管理をする狩り方をしている。

 バトルヒーリングスキルにピナのヒールブレス、俺達のPTは準備無しでボス部屋に突っ込むとか、
 かなりの無茶をしない限り負けることは無い、よって攻略組からは最前線を食い荒らす恐暴竜PTと呼ばれていた。
 まぁ、威力偵察と称したボス狩りを何度もやってりゃ、そう呼ばれても仕方ないよな。


「そういえば、月夜の黒猫団だっけ? あれって今どこら辺に居るんだ?」
「サチさん達ですか? 今は第八層だったと思いますよ?」
「八層? そんなもんか? あの装備が付けられるなら――――底上げで第十五層までは上れる筈だけどな?」
「レベルが足りないんですよ、もう一人盾持ちを増やした方が良いですよって、言ってはみたんですけど」
「あー、盾を持つよりも、お下がり装備のままで攻撃する方を選んだか」


 元々メイス使いのテツオが一人だけが盾持ちで前衛と呼べる存在だった。
 それ以外が盾を持って前衛に立つとなれば、お下がりの武器を別の武器――月夜の黒猫団の資金で買える武器と盾に変えなくてはいけない。

 シーフのダッカーは盾を持つ事でスピードが落ちて立ち回れなくなる。
 サチとササマルもお下がりの槍を手放して、特殊攻撃や攻撃力を捨てたくなかったんだろうな。
 団長のケイタもお下がりの棍を手放す気は無しと。


「結局は盾持ちが一人だけですから前線を支えきれなくて、HPが回復するまで逃げながら戦ってますね」
「だから一撃で敵を仕留められる第八層まで降りて狩をしてる訳か…………その内ノーマナー行為で新聞に晒されるぞ?」
「注意してくださいとは言ってるんですけど…………『まだ安全マージンの範囲内だから平気だ』って」

「そろそろあたしのHPを回復させたいんだけど?」
「了解、次のタイミングでスイッチだ」
「行くわよ――――スイッチ!」


 リズのソードスキルが敵を吹き飛ばし、俺がスイッチで入れ替わり追撃をかける。
 シリカはリズの回復を手伝ってたが…………やっぱり不安そうだな。

 それからアスナの回復も終えて、再びアスナとリズが前衛に回った。


「なぁ、シリカ? そんなに心配ならサチだけでも俺達の狩りに呼んだらどうだ?」
「…………良いんですか? レベルが違い過ぎて立ち回れ無いと思いますけど?」
「大丈夫だよ、『槍を捨てて盾を持ってろ』なんて言わないし、俺とシリカで護りながら戦えば良いさ」
「本当に良いんですか?」
「あぁ――――構わないよな? 二人とも?」


 前衛のアスナとリズに声を掛ける。


「ええ、わたしは大賛成よ」
「あんたも偶には良い事を言うじゃない」
「偶には? ――――奇跡的に、だろ? そこを間違って貰っちゃ困るな」
「普通は『偶には余計だ』って返す所でしょ!? 奇跡的って何よ!?」
「明日はフロア全体に槍の雨を降らすぜ」

「不吉な事言うなッ!? あんたが言うと実際に降りそうで怖いのよ!」
「期待して待っててくれ」
「誰が待つかッ! ――――もう……あたし達は大歓迎だから、今度お泊り会とでも言って誘ってきて」
「はい、ありがとうございます!」


 数日後――――と言いたい所だが、思い立ったがなんとやら、翌日にはシリカが月夜の黒猫団からサチを拉致っていた。

 押しに弱すぎるぞ、サチ。


 第十一層タフトにて。


「あの、今日はよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく――――レベルはいくつになったんだ?」
「えっと、二十三になりました」
「ふむ、んじゃ新しい麻痺槍を進呈しよう、二十五層までなら余裕だ、着けられる軽金属装備も更新だな」

「ええ!? あのッ…………これ以上装備を貰う訳には…………」
「良いって、倉庫で寝かして置くよりは、誰かに使って――――誰かを護れるなら、その方が良いだろ? 貰っとけ」
「…………はい…………ありがとうございます」


 メニューを操作してサチに新しい装備を渡す。


「それじゃあ、みんなの準備は良いかしら? わたしは何時でも行けるわ」
「問題無しよ」
「大丈夫です」
「――――よし、行きましょうか……今日はどうやって狩るの?」

「最近考えるの放棄してねーかお前? 全部丸投げされてる気がするんだが?」
「そんな訳無いでしょ、あなたの判断力を試してるのよ」
「本当かねぇ? まぁ、前衛はアスナとリズの二人でスイッチ、シリカは二人の後ろからHP管理、その後ろにサチと俺だ。
 アスナとリズはHPが減ったら俺のポジションと交代、回復しながらサチと協力して周囲を警戒してくれ」

「あの、私は前に出なくて良いんですか?」
「サチは弱った敵に攻撃してくれ、麻痺させられたら儲け物ぐらいの対応で良いよ」
「でも…………いつもは私がモンスターを麻痺させて、それからみんなで攻撃してるから…………」


 ――――槍のみのサチを前に立たせてるのか、それも弱らせた所を麻痺じゃなくて、麻痺させてから攻撃ねぇ。

 ん? 急にサチがガクガクと震え始めた?


「出しちゃいけないモノが出てますよ?」
「――――おぉ、すまんすまん――サチ、このパーティーでは安全第一だ、スイッチの時だけザックリ刺しとけ」
「…………でも」
「サチ、先ずは俺の言うとおりにやって見て、そこから配置を変えよう、
 狩場も変わるし敵の行動パターンも変わってる、だから最初は後ろからどんな役割があるか見て欲しいんだ」

「無理なんかしなくて良いのよ? こいつが欲しがってるレアドロップを探す為に第十四層の敵を狩るんだから」
「今サチが着けてる装備なら楽勝だし、もっと気楽に行こうぜ、俺達は命を預け合う仲間なんだからな」
「――――はい」


 やっと緊張が解けて微笑んだサチの頭に軽く左手を置いた――――がんばろうな。


「…………あの、ちょっと恥ずかしいです、私、もう高校生で…………えと」
「あぁ、サチさん泣かせてます!!」


 ――――――――何が引き金だったのだろうか? サチがポロポロと涙を流していた。


「ちょっと、大丈夫!? あんた、何やったのよ!?」
「悪い、どこか痛かったか!? ――――いや、圏内でそんなBADステータスは発生しない筈!?」
「大丈夫です、ごめんなさい、急に泣いたりして――――目に埃が入っただけですから」


 だから、圏内でそんなBADステータスは発生しないっての。
 暫くサチ以外の女性陣から疑いの眼差しで見られたが、サチが何とか纏め上げて狩りに出発。

 第十四層のモンスターが俺達のパーティーに敵う筈も無く、装備を変えたサチも問題なくレベルが上がった。
 日が暮れた所で狩りを終えて、第十一層タフトへ戻ると月夜の黒猫団メンバーがサチの帰りを出迎えていた。


「サチ!? その装備はもしかして!?」
「…………あはは、貰っちゃった」
「うおーッ!? また借金か!? ギルドホームが、マイホームが遠のくぅ!?」

「前にも言ったが金など要らないと言ってあるだろう――――気にせずギルドホームを買うと良い」
「そう言う訳にも行かないんですよ、今回のサチの装備もちゃんと代金支払いますから!」
「君達の装備も上位版を持って来てある、持って行くと良い」


 メニューを操作してそれぞれ装備を表示する。


「うわー!? 金が、金が消えて行く――――でもこんなレア装備、俺達が何ヶ月かかっても手に入りそうに無い…………どうしたら良いんだッ!?」
「ならば前の装備を売り払って金に買えれば良いだろう?」

「――――でもこれには思い出が、俺達の血と汗と涙の結晶が――――売る訳には行きません!」
「クローゼット収納にも限界がある、マイホーム、急いだ方が良いぞ?」
「解ってます、解ってますけど…………金が……」

「金も融資して欲しいのか?」
「――いえ、要りません!! さぁ、サチ帰るぞッ!! 今日はありがとうございました!!」
「みんな、またね」
「はい、サチさんもみなさんと頑張ってください!」


 サチが手を振り、ケイタ達は新しい装備をメニューに取り込んで去って行った。


「…………あんた、ちょっとは加減しなさいよ」
「んー? 何を言ってるのか全然解らんなー?」
「サチの扱いが気に入らないんだったら、直接言えば良いじゃない」

「バレバレか――――それはまたの機会にするよ…………今回ので変わると良いんだけどな」
「今の彼等だと、あなたが言いたい事は伝わらないと思うわ」
「やっぱアスナもそう思うか」

「ええ、このSAOで夢や希望を持ち続けて戦えるのは良い事だとは思うけど、彼等には、
 ――――月夜の黒猫団にはまだ覚悟が足りないわ」
「まぁ、それがあいつ等の良い所でもあるんだろうな」
「またサチさん誘いましょうね」
「あぁ、また今度な」


 それから最前線に戻り――――俺は相変わらず部屋に軟禁され遠出の狩りが難しくなっていた。
 早く何とかしないとアスナ達にレベルが追いつかれてしまうな――――さて、どうするべきか。 

 

自由の身になりました

 それから二週間後、第三十三層迷宮区を発見した所で狩が終わり、俺は例によって女性陣のバスタイムによる拘束中である。
 拘束中と言っても椅子に座って見張り役の話に適当な相槌を打って、紅茶をすすってるだけだがな。

 そしてあの狩り以来、偶にだがサチの方からお泊りに来る事が増えた。今日も遊びに来ている。
 見張り役をサチにさせる訳にも行かず、それに俺とサチを二人っきりにすると、サチが何をされるか判らないと言う事で必ず一人が同伴するのだが。

「あの、今日はサチさんと三人で一緒に入ってください」
「絶対駄目よ! こいつと二人っきりのなるのが、どんなに危険か解ってるでしょ!?」
「全力で人に指を指すな、そしてそう言う話は本人の居ない所でやれ!」

「でも、ちょっと二人で話すだけなんです、圏内ですし大丈夫ですよ」
「……――何かあったら必ず大声あげるのよ?」
「はい!」

 こうして三人は一緒に風呂へ入り、俺の見張り番はシリカになった。
 取り合えず、こう言う時の為に用意していた紅茶を出してシリカに勧める。

「…………アスナさんとリズさんには内緒なんですけど、第十層のボス戦を手伝ってくれたキリトさんが月夜の黒猫団に入ったんです」
「何でアスナとリズには内緒なんだ?」

「何度か血盟騎士団に誘われた事があるらしくて、ちょっと気まずいんだそうです、リズさんとアスナさんは親友ですから、教えちゃうと伝わると思って」
「アスナだってサチのギルドエンブレム見てるんだから、ボス攻略の時にバレるぞ?」
「そう言ったんですけど、暫く考え込んだ後でせめてボス攻略までは内緒にしてくれって」

「俺には良いんだ?」
「みなさんに装備あげたり色々してるじゃないですか――――キリトさんにも助けて貰ったんだし、ちゃんと伝えて置かないと」
「ふむ…………しかし、攻略組以外のギルドに入ってどうするつもりなんだ? レベルだって違い過ぎるだろ?」

「成り行きで助けたら、放って置けなくなって、レベルを伏せてギルドに入っちゃったそうです」
「面倒な事にならなきゃ良いがな」
「――――何かあるんですか?」

「調べてなかったのか? 黒の剣士キリト、βテスト時代に第八層まで到達した初代攻略組の一人だよ」
「キリトさんって、そんな凄い人だったんですか!?」
「当時はデスゲームって訳でもなかったしな、それに『だった』だよ。
 デスゲーム化したSAOでは――――我が身可愛さで大勢の初心者を見殺しにした『ビーター』だ」

「キリトさんはそんな人じゃありません!!」
「――――はいはい、わかったよ。……キリトがビーターと呼ばれている理由についてだが。
 キリトはβテスターの初代攻略組だからこそ、同じβテスターに狙われたんだよ」
「――――狙われた?」

「β時代に第八層まで到達したが、キリトはその間にラストアタックボーナスを多く獲得してた――――らしい」
「ラストアタックボーナスって、あれですよね? ボスに最後のトドメを刺した人が貰えるレアアイテムとか」
「そうβテスターはそのレアアイテムが、この世界でどれだけ価値があるか良く知っている」

「…………それじゃあ、βテスターの人達はみんなキリトさんの事を狙ってるんですか?」
「どうだろうな? まぁ、その内の一人はモンスターを使った殺人、MPKを狙ったが自滅したらしい。
 そしてもう一人は噂を流した、β経験者のキリトはその知識と経験を独り占めして、
 助けられる筈だった初心者を殺し、ラストアタックボーナスを狙ってる酷い奴だとな」

「――――その人は誰なんですか?」
「…………死んだよ、色々とキリトに嫌がらせをしたけど、どれも失敗した。
 最後はボスにラストアタックボーナスを仕掛けて殺された――――今はその噂だけが残った」
「それなら、その噂を正せば良いじゃないですか!」

「これがそう言う訳にも行かないんだよ、βテスターはみんな酷い奴って認識を、キリトがビーターと名乗る事で新しい枠組みを二つ作ったんだ。
 βテスターは初心者ばかりでSAOを理解出来てないグループと、情報や狩場を独占するチート集団の二種類に分けた。
 だから、今更キリトが良い人だって誰かに伝えても、死んだ人間が帰って来る訳じゃない。

 例え全ての悪い噂を正したとしても、次に出て来るのは、はじまりの街に居る初心者を養えとか全員に装備を整えろとか。
 楽して生き延びたい連中の代わりに戦えってなるのがオチだな。」

「…………そんなの酷いです」
「まぁ、この状況をひっくり返す手段が一つだけある」
「――――それは何ですか!?」

「簡単な話さ、このデスゲームをクリアすれば良いだけだ。
 そうすればこのゲームに囚われたプレイヤーは、金寄越せだの安全を提供しろだの言わなくなる」
「でも、それじゃあクリアするまではどうしたら良いんですか!?」

「クリアするか、クリアされるかは知らないが、攻略組に居る元βテスターはそれを隠し続けてクリアを待つしかないのさ。
 そう言う訳で――――あいつは人目に付かない狩場とか、過疎ってる狩場を狙って薦めてるんじゃないか?」
「――――そう言えば、狩場を決める時はキリトさんが中心でした、ソロでやってるから良い狩場に心当たりがあるって」


「シリカから見れば攻略組の一人だし、月夜の黒猫団から見れば近いレベルなのにソロで切り抜けてきたキリトの意見だからな」
「こうして考えると…………言い方が悪いですけど、騙されてますよね、いい意味で」
「あぁ、そうそう、騙されてるで思い出した――――第二十七層の迷宮区に潜る話になったら連絡しろ、あそこは危険だ」

「絶対にソロで行ったり低レベルのPTで行くなって言ってた所ですよね? そんなに危険なんですか?」
「行けば解るが、あの迷宮区に潜るくらいなら、第二十八層の街周辺で狩をする方が安全だ、それを理解した時は死ぬ直前だろうがな」

「具体的にはどう危険なんですか?」
「びっくり箱程度だった罠が、熊が集団で生活している山に置き去りにされるとか、
 人食いザメが集団で泳いでる海に叩き落されるとか、そう言うレベルだな。
 シリカならレベル六十になったらソロで行っても良いぞ? ――――ピナが死ぬけど」

「絶対に行きませんッ!! 何ですか!? その凶悪な罠は!?」
「茅場的に考えて、そろそろ罠を酷くして行くって言う親切な警告なんだろ?」
「何処が親切なんですかッ!?」

「まぁ、話がそれたけど第二十七層の迷宮区に行く時は連絡を寄越せ、俺からは以上だ」
「…………わかりました」


 シリカから視線を外して物思いに耽ってる――――振りをする。
 するとシリカも自分のティーカップを見つめて、何か考え始めた。

 シリカが紅茶を口に含んだ…………しかし何も起きない。
 それは当然だ、此処は圏内でどんなBADステータスも無効化されるからな。

 だからこそ、俺はある行動を起こした――――さり気無く立ち上がりシリカの背後に回る。
 シリカは特に気にする事も無く、再び紅茶を口にした――――今だ!


「…………なぁ、シリカ? こいつを見てくれ、どう思う?」
「――――え? 何ですか?」


 シリカがこちらを振り向いた瞬間、俺はメニューから決闘要請を行い、メニュー越しにシリカの右手を握り、素早くOKボタンと初撃決着を押した。
 一瞬の事でシリカにはどんな操作が行われたのか理解できなかった筈だ。


「――――い、今何したんですか!? このカウントは何ですかッ!? デュエル!?」
「カウントがゼロになったら解るよ、嫌でもな」
「怖い顔で笑わないで下さいッ!? 何をするつもりですかッ!?」


 カウントがゼロになり、シリカが麻痺毒で崩れ落ちた。
 俺は素早くシリカのポーチから解毒結晶を抜き取った――――おー、ちゃんと複数詰め込んであるな。


「――――麻痺!? 嘘っ!? ――――此処は圏内なのに!? なんでッ!?」
「決闘を了承したんだ、圏内でもBADステータスを有効にする手段の一つだよ、第八層でお前が街の外に運び出された手口と似たような物だ」

「…………美味しい紅茶だと思ってました」
「リアル世界で有るかどうかは知らないけど、SAOじゃ麻薬系の麻痺毒だな」
「――――なんて物を飲ませてるんですかッ!?」

「お前さんも学生だからな、お友達から『美味しい紅茶があるの、ちょっと変わってるけど美味しいよ』とか、
『白じゃないけど法律じゃ禁止されて無いから灰色な感じ? セーフセーフ』とか言って、
 真っ黒で違法な紅茶とかタバコとか幸せな気分になれる粉を勧められるだろうからさ」

「そんな人は友達じゃありません!! あたし絶対にタバコなんか吸いませんからッ!!」
「まぁ、それはともかく」


 俺はシリカの倫理コードを解除、猿轡をしてメニューを開けないようにロープでグルグル巻きにしてベットに放置した。


「ムームー!」
「ん? 何するつもりかって? 決まってるだろ――――天使が三人も入浴してるんだ、覗きに行くしか無いだろ?」
「ムー!? ムームー!!」

「何? あたしよりも三人を選ぶんですかって?
 そう言う台詞はボンっキュっボンになってから言おうな、キュっキュっキュっみゃー?」
「ムー!!」

「違うだと? まぁ、大人しく寝てろ、騒いだら気付かれちまうだろ?」
「とっくに気付いてますけどね? これはどう言う事かしら?」


 いつの間にかバスルームのドアが開き、風呂上りのアスナが俺に細剣を向けていた。
 リズがシリカを助け起こし猿轡とロープを解いて、サチはバスルームのドアからこちらを覗っている。


「ちょっとでもこいつを信用したあたしが馬鹿だったわ。
 ――――シリカ、負けを認めなさい、それで圏内コードが有効になって解毒できるから」
「ま、参りました……」


 シリカが涙目になりながら負けを認めた事でデュエルが終了し、シリカが麻痺状態から正常に戻った。


「こ、これは、アスナ様――――そう、これは訓練、訓練なんです!」
「とりあえず死ね、話はそれから聞いてあげるわ」


 それから約十二分間にわたりアスナのソードスキルで串刺しにされ、圏内ノックバックをたっぷり味わった。
 この日を境に女性陣のバスタイムにお呼ばれする事も無くなり――――俺は遠出して深夜のソロ狩りが可能になった。 

 

彼はこうして出会いました

 第一層のボス戦で俺がビーターと名乗り、第二層のボス戦でアスナが血盟騎士団に入った。
 アスナが抜けてからはβテストの知識を生かし、効率の良い狩場でひたすらレベルを上げ続けた。
 各階層のフロアボス攻略でアスナが何度か声を掛けて来たが、俺は攻略やレベル上げの事ばかりで、
 出会った頃にくらべて、まともに相手をしてなかったなと度々思い返す様になっていた。

 階層が上がると共に攻略組の誰もが無口になり殺伐とした雰囲気になった。
 最近は攻略組と顔を合わせるのも嫌になり始めている。
 もし俺が、あの時もう少し余裕を持っていれば、アスナと話をして緊張をほぐしたりしていれば、
 他の攻略組もあそこまで殺伐としなかったのではないだろうか?


 そんな時だった、俺が月夜の黒猫団に出会ったのは。
 装備強化に必要なレア素材を取りに下層のとある狩場まで降りた時の事だ。
 この狩場に篭るPTは、攻撃力の高い前衛が最低でも二人は必要になる。
 一回のスイッチで敵を倒さないと、次々と湧き出るモンスターに対処しきれなくなり前線が崩壊してしまう。
 他にもポップする敵がアクティブばかりで、攻撃力の低いPTが歩き回ればトレインを引き起こしたり、
 モンスターハウスになりやすい、最悪モンスターPKだって起きかねない。
 それに経験値的に見ても他の狩場や一つ上の階層の方が安全だ。


 そして、そんな狩場で珍しく五人組のPTが戦闘をしていた。
 何でこんな効率の悪い狩場に…………? 俺と同じレア素材狙いだろうか?
 不安に駆られた俺は直ぐに隠蔽スキルで近くの茂みに隠れる事にした。

 蟷螂のモンスターと戦うPTのHPは全員がイエローになる寸前まで低下していた。
 よく見ると先頭に立つのは女性プレイヤーで、突撃槍とは少し違った槍で戦っていた。
 そのPTの狩りは――――悪い意味で非常識だった。

 両手槍の女の子を一人だけ前に立たせて、男達はスイッチやサポートをする様子が全く見られない。
 前衛と思われる盾持ちの男も、他の男達と一緒に女の子の影に隠れている。
 普通なら盾持ちが敵の攻撃を受け硬直状態を作り出してスイッチで狙う筈だ。
 それだけあの子が強いのか? どう見ても怯えている様にしか見ない。

 暫くして、女の子は何度か攻撃を受けながらも反撃して蟷螂が動かなくなった。
 多分、麻痺系の槍なのだろう。蟷螂が麻痺した後は全員で囲って殲滅していた。
 蟷螂のHPがあっと言う間に減っていく。

 下層の武器とは思えないほど高い攻撃力を持っていた。 
 まるでこのSAOで課金アイテムを使ってプレイしている様な印象さえ感じてしまう。
 あそこまで強力な武器は最前線の店売りでも存在しない筈だ。

 最前線に近い迷宮区の宝箱から出た物では無いだろうか?
 レベルに物を言わせて下層で狩場を荒らすノーマナープレイヤーかとも思ったが、
 五人ともその顔に見覚えが無い。攻略組どころか上級プレイヤーの中にも居なかった筈だ。 
 流石に全員の顔を覚えてる訳ではないが、SAOでこんな狩り方をして生き残っていられるのが不思議だ。

 PTの構成だって偏っている。長槍使いが二人、片手短剣の盾無しが一人、両手棍一人、メイス使いの盾持ち一人。
 最低でも、もう一人盾持ちを増やしてHPの低下したメンバーを戦線から外し、回復出来るようにするのが定石だ。
 他のMMOなら一瞬でHPを回復できる魔法やアイテムが豊富にあるだろうが、
 SAOでは魔法は存在しないし、一瞬でHPを全快にするアイテムもあるがレア中のレア、
 普通の回復アイテムは時間をかけてゆっくりと回復するだけだ。
 もちろん敵から貰うダメージが大きく、こちらのHP回復量は少ない、
 だからこそ戦闘中に回復するプレイヤーは、完全に戦闘から離れて休まなければならない。

 もし彼等がレアな回復アイテムを大量に常備しているなら話は別なのだが、
 その内誰も回復できず、前線は崩壊するだろう。


 そして、その疑問は的中した。
 単体の蟷螂を圧倒していた狩りは、複数の蟷螂が一気に沸いて状況が一変した。
 側面から襲われると男達は蜘蛛の子を散らす様にバラバラに逃げ回った後、
 槍使いの女の子を盾にする様に前に差し出した。

 女の子は攻撃を何度も食らいながら懸命に麻痺槍を刺す。
 一匹だけ麻痺させたが他の蟷螂が邪魔で倒せない。
 そして女の子のHPがイエローゲージに達すると、全員で逃げ出した。
 更に逃げる途中で別の蟷螂を群れで引っ掛けてしまい、合計八体のモンスターに挟み撃ちされる形になった。

 もうのんびりと見ていられる状況じゃない。


「転移結晶があるなら今直ぐ脱出しろ!」


 俺は叫びながらHPが低下していたモンスターの一匹をソードスキルで倒す。
 続けて近くに居た二体目のモンスターに攻撃してタゲを俺に移す。
 PTを確認するとそれぞれが追撃を食らい、全員のHPがイエローゾーンに突入した。

 ――――女の子のHPは危険域に落ちる寸前だ。
 転移結晶を使ったメンバーは一人も居ない。持っていないのか――――これは間に合わない。
 敵の数が多過ぎる、俺が全力でソードスキルを駆使したとしても倒し終わる頃には一人、いや最悪二人は死ぬ。


「スイッチ!!」


 女の子から発せられた声に俺は思わず――――何時もの習慣でサイドステップを踏み、横に飛びのいた。
 俺が道を開けると女の子の槍がモンスターに突き刺さり、麻痺状態にする。

 ――――行ける。

 何故だか解らないが、この子だけ戦闘慣れしてる。
 まだ怖がっている様にも見えるが、スイッチのタイミングは完璧だった。


「俺が前に出る!」


 そこからは息を吹き返した様に全員の動きが良くなり、麻痺した蟷螂は男達が倒し。
 女の子とのスイッチも問題なく成功して、全ての蟷螂を麻痺状態にして倒し終えた。


『やったーっ!!!!』


 突然男達四人から歓声が上がり、振り返るとそれぞれが互いの健闘を称えていた。
 …………まるでフロアボスでも倒したかの様な喜び様は、攻略組では絶対に見る事の無い光景だった。
 だが、あまりにも酷過ぎる彼等の戦い方と一人座り込む女の子、その達成感に俺は何の共感も持てなかった。


 彼等の立ち回りは最悪だ、攻撃力の高い武器も、防御力の高い防具も、PTの人数も、何一つ有効に活用できてない。
 アルゴが発行した新聞や道具屋で無料配布している初心者ガイドブックを読んでいないのだろうか?
 良く此処まで生き残れたものだと怒りすら感じてしまう。一体彼等のパーティーは何なんだ?
 今回は誰一人として欠ける事は無かったが、こんな狩り方をしていたら近い将来全滅してしまうだろう。


 しかし気になる事もある。この槍使いの女の子だ。
 戦闘中は気付かなかったが俺の動きにしっかり合わせてスイッチを仕掛けていた。
 まるで俺と同じスピード重視のプレイヤーと組んだ事がある様な動きだった。

 …………仮説を立てるとすれば、このギルドにはもう一人。
 いや、複数の高レベルプレイヤーが居て、今は不在なのかもしれない。


「ありがとう…………もう何度も駄目かと思ったけど……貴方のおかげで助かりました」


 槍使いの女の子が涙を零しながらお礼を言ってくる。
 他のメンバーは気が抜けたのか座り込んだまま立ち上がる様子も無い。


「いや、俺は偶々通りかかっただけで――――君がギルドリーダーかな? もう少し戦い方は変えた方が良いよ?」
「あ、私がリーダーじゃなくて…………ケイタ、こっちに来て――――彼がリーダーだから」
「ありがとうございます、助かりました。あ、俺はこのギルド、月夜の黒猫団のリーダーでケイタって言います」


 意外にもリーダーを名乗ったのは女の子ではなく、棍使いの男だった。
 何故彼がリーダーなのだろうか? …………このパーティーの謎が更に深まった。


「キリト、ソロだ」
「ソロでこの狩場に来れるんですか、凄いですね」
「効率は悪いけどな、そっちこそ、こんな効率の悪い狩場で何をしてたんだ?」


 ケイタは暫く言い淀んだ後でパーティーの実情を話し始めた。
 俺がギルドメンバーではない為、詳しい話は伏せられたが、
 とある攻略組から前線で使えなくなった装備を譲って貰い、その代金を払う為に狩をしていたそうだ。

 最初は適正の狩場で稼いでいたのだが、装備に頼って多少無理をしてみようと判断した結果、
 少し上の階層で狩り始めたが、麻痺に耐性を持った敵が増えはじめ、
 強い敵に当たっては逃げるを繰り返してきたそうだ。

 …………なんと言うか、計画性の欠片も無いな。


 彼等の装備は確かに最前線では多少劣るかもしれないが、強化を重ねればまだ充分使える筈だ。
 だがそれにはレアドロップを複数集める必要があるし、思い切って譲ったのも選択肢の一つなのか?


「とりあえず、モンスターのリポップが掛かる前にこのエリアから離れよう。街まで送るよ」
「それはもう是非、ありがとうございます!」
「ちょっと、ケイタ。流石にそこまでお世話になるのは不味いよ」
「けど、もうポーションも残り少ないんだ、帰り道は一人でも多い方が良いだろ?」

「でも…………この人…………凄く強…………………………迷惑だよ」
「ん? 何か言ったかサチ? 聞こえなかった」
「…………なんでもない」


 やっぱり、さっきの戦闘でこの女の子には俺の本来のレベルがある程度バレている様だ。
 此処で俺がビーターだと知られたら、きっと彼等は俺の同行を拒否して危険な帰り道を選ぶだろう。


「大丈夫、迷惑なんかじゃないよ。ちゃんと街まで送っていくからさ」
「…………ありがとうございます。私達の為に迷惑を、あの、よろしくお願いします」
「別に敬語じゃなくても良いよ、俺もそんなにレベル変わらないからさ」

「…………うん、ありがとう。キリト――――あ、私の名前はサチだよ。よろしく」
「それじゃあ改めて、キリトだ、よろしくな」


 女の子――――サチと握手を交わす。


「俺達も自己紹介させてくれ、右から槍使いのササマル、メイス使いのテツオ。
 そして俺がシーフの短剣使いダッカーだ、短い間だけどヨロシクな!」


 それから街までの帰り道、何度もモンスターに襲われた。
 俺が指示を出してモンスターを倒し、気付けば彼ら放って置けなくなり。

 俺はギルド月夜の黒猫団の一員になっていた。 

 

彼のギルド生活が始まりました

 数日後、月夜の黒猫団に加わり狩を指示していると、
 午後は他のギルドからプレイヤーが一人合流するとかで到着を待っていた。


「シリカちゃーん。こっちこっち」
「お待たせしました。
 ――――あれ? あなたは何処かで…………あ、第十層の時の――――」


 来たのは攻略ギルド血盟騎士団のメンバーの一人だった。

 俺は彼女を知っている。ビーストテイマーの《竜使いシリカ》だ。
 血盟騎士団のマスコット的な存在であり、今や副団長になったアスナと共に、
 アイドル的存在としてファンクラブが非公式で存在し、現在も会員は増える一方だとか。
 ただ、彼女達は最前線のリソースを容赦なく食い荒らす恐暴竜PTとしても名を馳せている。

 前に狩場が被って彼女達の狩りを間近で見たのだが、アレはちょっと羨ましかった。
 ヒールブレスを使える小竜の能力を最大限に生かし、前衛はHPを気にする事無くソードスキルを使い、
 後衛に控えるシリカはHPの回復とHPの低下したモンスターにスイッチでトドメを刺したり、
 前衛の死角に居るモンスターの状況を逐一報告し、時には軽業スキルを生かしたヘイト調整で狩場を走り回っていた。

 シリカの活躍は最前線でも注目されていて、攻略組の何人かはモンスターティムに乗り出し、
 その内の何人かは見事モンスターを獲得したらしいが、回復スキルが無かったり命令を聞かなかったりと散々な結果に終わったそうだ。

 アスナも血盟騎士団に入って良い仲間に出会えた様だ…………今は《閃光のアスナ》なんて呼ばれてたな。
 他にも第十層のボスを一人で瀕死にした《狂鬼クラディール》や、
 《撲殺の鍛冶屋リズベット》彼女のメイスには数多くのフィールドボスが餌食になったと言う。

 だが攻略組としてフロアボスに参戦するのはアスナとクラディールのみ。
 何故かシリカとリズベットは姿を現さないのだ。
 攻略組の何人かがその辺りをアスナに聞いていたのを小耳に挟んだが『お留守番です』と詳しい話は聞けなかった。

 しかし、彼女が月夜の黒猫団と関わりを持っているなら、レア装備の山やサチの戦闘慣れにも納得できる。
 きっとサチはあのPTに誘われて、そこで戦闘スキルを磨いたんだ。

 俺はシリカが何かを言い出す前に、人差し指を立てて黙ってるようにサインを出した。
 それだけで察したのか、シリカは『お久しぶりです。お元気でしたか?』と当たり障りの無い会話で済ましてくれた。

 ビーストテイマーである彼女が加わってから、このパーティーの本来の狩り方が見えてきた。

 シリカの麻痺短剣とサチの麻痺槍でスイッチを繰り返し、
 モンスターを動けなくした後は残りのメンバーで囲んで倒す。
 側面や後方から襲撃を受けても大したダメージにもならないし、小竜のヒールブレスで回復してしまう。

 どおりで戦術が育たない筈だ、シリカやレア装備に頼り切って誰も戦術なんて考えちゃいない。
 俺がこの数日で教えたスイッチや戦術も使う様子が無い、サチとシリカに頼りっきりだ。

 モンスターを倒し終えた所でその指摘をしてみると、
 シリカやサチからは『もっと言ってやれ』と鬼の首でも取った様にケイタ達を責め始めた。

 どうやら、前衛が少ない事もスイッチやHP回復の手順も、
 何度言っても『なぁなぁ』で済ましてしまい、全く改善された事が無いそうだ。 

 シリカは血盟騎士団のギルド運営も手伝っているらしく、あまり合流する事はできなくて。
 サチはいくら言っても聞いてくれないと、殆ど諦めていたそうだ。

 このままでは駄目だ、階層が上がれば装備に頼った狩も出来なくなるし、
 今の内から意識改革を始めないととんでもない事になる。

 とりあえずサチとシリカは後方に下げてケイタ達を前に出す事にした。
 もう一度スイッチのタイミングから教えないと…………。

 狩が終わり、シリカに少し時間を貰って、アスナ達に対する口止めをお願いする事にした。


「アスナさんもクラディールさんも、月夜の黒猫団のギルドエンブレムは見てますし、直ぐにバレると思いますよ?
 それにサチさんもアスナさんとは面識ありますし、一緒に狩りもするんですよ?」
「………………次のボス攻略の間までで良いんだ、こんな状態で月夜の黒猫団から離れるのは危険だって判るだろ?」
「……それは、キリトさんは攻略組の一人ですから、みんなも強くなるとは思いますけど…………」

「サチの方にも口止めをお願いするけどさ、アスナには前に何度か血盟騎士団に入らないかって誘われてたんだ、
 それが攻略組どころか中級プレイヤーのギルドに居るって知られたら、
 アスナが怒鳴り込んで来て俺のレベルも全部バラされそうで怖いんだよ」
「…………わかりました。――――多分大丈夫だと思います」



 結局、その次の第三十三層フロアボス攻略戦会議で俺が月夜の黒猫団に入った事がアスナにバレた。
 アスナは何も言わなかったが、俺を睨む目にはクラディール以上に狂気を発していた様な気がする。

 ――――気のせいだと思いたい。



 第十一層タフトにて。

 第三十三層ボス攻略も無事……無事? ……無事に終わり。
 いつも月夜の黒猫団が宿泊する部屋の一室、そこにギルドメンバーが集まっていた。


「なぁ、ケイタ? みんなはリアルでも同じ学校のパソコン研究部だったんだよな?
 どうやってナーヴギアとSAOを人数分集める事が出来たんだ? 結構な倍率になったと思うんだけど?」
「あぁ、その事か、仲の良いギルド連中はみんな聞いてくるけど、顧問の先生がパソコンなんて何にも知らなくてさ、
 よく解らないなりに一生懸命勉強して、ナーヴギアもSAOも先生の分も含めて全員分集めようとしたんだよ」

「その先生もSAOを?」
「それがさ、先生があっちこっちコネを使って集めたけど一人分だけ足りなかったんだよ、
 先生はSAOならパソコンが良く解らなくても顧問として、先生として役に立てる事があるかもしれないって頑張ってたんだけど、
 結局俺達生徒全員が一緒にログインできるのを優先させてさ、先にSAOで待っててくれって次の発売日を待つ事にしたんだ、

 それでデスゲーム化しちゃってさ、先生きっと泣いてるだろうから、俺達全員で誰一人欠ける事無く無事に帰ろうぜって、
 ウチの親も先生を怒ってなきゃ良いんだけど、学校中大騒ぎかも、こっちじゃネット見れないからどうなってる事か」
「そうか、災難だったな」

「キリトだってそうだろ? リアルでは誰か待ってる人とか居るの?」
「俺は両親と妹が居るくらいで、特に友達付き合いもしてなかったからさ、待っててくれてる奴なんて居ないよ」
「…………そんな事言うなよ、きっとキリトを待ってる奴だって居るよ」
「…………そうかな」
「絶対居るって」

「リーダー、新聞読み終わったけど読む?」


 ダッカーが新聞をケイタに放り投げた。


「あぁ、………………第三十三層ボス攻略かー、キリトはさ、僕たちと攻略組の違いって何だと思う?」
「…………そうだな、やっぱり情報力かな? 効率の良い狩場とかモンスターの行動パターンの把握とか、
 強い装備を手に入れる方法とか、そう言う情報を独占してるからさ」
「それだとビーターみたいじゃないか」


 ケイタの一言に、俺は心臓を鷲掴みされたような感覚に陥った。


「僕は意志力の強さだと思うんだよ、全プレイヤーをこのSAOから開放しようって言う意思が、
 ボス攻略で勝ち続ける力になってると思うんだ、僕らだって気持ちじゃ負けてないつもりだよ。
 借り物のレア装備をしっかり買い取って、ギルドホームも買って、借金がなくなる頃には、
 僕たちも攻略組に追いつけると思ってるんだ」


 月夜の黒猫団が攻略組に追いつく…………それよりもゲームクリアの方が先になりそうな気がするが、
 攻略組が全プレイヤーを開放する為に戦っているか…………実際はそんな大層な物じゃない。

 彼らは全プレイヤーの中で最強であり続けたいだけなんだ。
 ケイタが言う様な信念で開放したいなんて思っているのは、数名居るかどうかだろう。
 あの攻略の鬼と化したアスナでさえ、自分を解放するのが第一で、他の事なんてどう思っているか。


 本当に全プレイヤーを開放する気があるのなら、中層プレイヤーに手に入れたアイテムや情報を…………。
 ――――最大限提供すべきだ…………そう思い至った所で、今の月夜の黒猫団の現状に気付いた。

 強化すればまだ最前線でも使えるレア装備に、シリカの狩場情報や戦術。
 まだ全てが上手く回っているとは言えないが、これこそが中層プレイヤーを攻略組に加える最善の方法ではないのか?
 シリカの年齢がもっと高かったら? 俺が本当のレベルを伝えていたら?
 ケイタ達はもっと真剣に攻略と向き合ったのではないだろうか?


 ………………けど、俺が本当のレベルを伝えてビーターだとバレたら?

 きっと彼らに非難され、俺は月夜の黒猫団から追放されるだろう。
 それだけは駄目だ、今の状態で俺が抜けたらこのギルドはどうなる?

 せめて、俺がビーターだとバレるまで――――彼らを攻略組に加えるには俺の力が必要なんだ。 

 

彼女は盾に転向しました

 俺が一人考えていると、ケイタが立ち上がりみんなの注目を集めた。


「これからみんなに聞いてほしい事がある、我ら月夜の黒猫団のこれからの方針についてだ」
「よ、リーダーかっこいいー」
「茶化すな、キリトが前衛に入ってくれて、俺達の狩りは随分と楽になった。
 おかげで俺達が貰った装備の代金も達成に大きく近付いた。
 けど、このままキリトに前衛を任せたままじゃ駄目だと思う、だから新しく前衛を増やしたいんだ」

「キリトの他にまた新しい仲間を入れるのか?
 だったらシリカちゃんが良いな、キリトみたいに盾を持って無くてもタゲ取りできるじゃん」
「いや、そうじゃない。なぁ、サチ?」
「ん? 何?」

「最近は狩場の階層も高くなって麻痺槍の効果も鈍くなってるからさ、片手剣の盾持ちに転向してみないか?
 サチは血盟騎士団のアスナさん達と狩りに出てるから、俺達の中でもレベルが高いし。
 前にテツオが貰った盾とダッカーの短剣を強化すれば、まだまだ戦えるからさ、やってみないか?」

「大丈夫だって、今までだって先にサチが前に出て麻痺させてから戦ってたんだから、楽勝だろ?
 槍ならササマルの方が強力だし、盾を構えてちょっと攻撃するだけだって、何とかなるって」
「でも私、今までだって前に出るの怖かったし…………麻痺槍だってまだ充分使えるよ」


 サチが使っている麻痺槍は普通の槍と比べると長めだ、
 片手剣に変えれば今までよりも深く踏み込まなければならない。
 そのストレスは相当な物になる筈だ、まだどこか戦う事に恐怖を感じているサチには無理だ。

 スイッチだって俺がタイミングを計っている、サチは合わせて槍を突くだけだ。
 サチから声が出たのはあの時の、最初に会った時の一回だけだった。

 サチはスイッチで前に出ると、目の前の敵よりも、
 俺の方をチラチラと気にしてスイッチを待っていた。

 頼りにされているのは解るが、あまりにも危なっかしい。
 槍の間合いなら敵の攻撃に反応が一瞬遅れても何とかなっていたが、片手剣の間合いでは命取りだ。

 今のサチじゃ無理だ、きっとアスナ達も敵のHPを充分に削って、トドメだけをサチに譲ってスイッチしてるんだろう。


「みんな待ってくれ。俺が前衛でもう少し頑張れば良いんだし、
 あまり結論を急がなくても良いんじゃないかな?」
「……まぁ、キリトがそう言うなら良いけどさ、考えておいて」


………………

…………

……



 結局、私はケイタの方針で麻痺槍から片手剣に転向する事になった。
 初めて装備した盾は意外に重くて、思った様に動けない。

 私の身近に居る盾使いはテツオとリズだ。本当に、これで良く動けるものだと実感させられる。
 みんなに合わせて走るのもギリギリだし『もっと早く走れないのか?』なんて言われてしまう。


「サチ、移動する時は盾をメニューに入れてても良いよ、戦闘が始まって盾を取り出すまでは俺が前に出るからさ」
「でも……それじゃキリトに迷惑が…………」
「大丈夫、少しくらい前に出る時間が増えたって、どうって事ないよ」
「…………うん」


 …………やっぱり盾が重い、キリトとのスイッチも出遅れる事が多くなったし、
 片手剣は今までよりもっと奥に踏み込まないと攻撃が届かない。槍の間合いよりも深く切り込むのが怖い。
 でもそれだけじゃない、特に怖いのが盾を構えて敵の攻撃を受ける時だ。
 槍装備なら簡単に避けられるのに、攻撃を受け止めて敵の隙を作る時が一番怖い。

 麻痺槍を装備してた時、テツオは盾を使わず私の後ろで敵が麻痺するまで隠れていた。
 今だってそうだ。私のHPが少なくなるギリギリまでテツオは私やキリトの影に隠れてる。
 テツオのHPはとっくに回復を終えているのに、キリトに言われるまで前に出ようとしない。


 ――――――でも、私はそれに対して強く言えない。
 私ははじまりの街から出たくなかった。
 でも、みんなと離れて独りになるのがもっと怖かった。

 きっと私は独りになると生きて行けないから。
 宿代も無くなって、弱いまま外に出てモンスターに殺されるのは簡単に想像できた。

 みんながいなくなったら私は死んでしまう。
 私はみんなに付いていく事にした。

 戦闘では槍を持たされたけど、みんなの影に隠れた、死にたくなかった。
 そんな私をみんなは守ってくれた。
 大丈夫だよ、怖がりだなって、笑いながら許してくれた。


 …………今でも戦うのが怖い。

 何時からだろう? 私はみんなの前に一人立たされて戦っていた。

 何度も怖いって言っても。

『大丈夫だよ』『怖がりだな』って、私一人を前に出し続けた。

 何時からだろう? 何時から――――本当はわかってる。

 あの時、あの人から槍を受け取ったあの時から、みんな変わってしまった。

 何度も槍を捨ててしまおうと思った。

 でも、それは私の我がままなんだ。私がもっと戦えていたら、こんな事考えずに済んだ。

 私がもっと強かったら、弱い私を恨む事なんてしなかった。

 誰かのせいにする事も無かった。



 ――――――全部、私がいけないんだ。


………………

…………

……



 俺が月夜の黒猫団に入ってから一ヶ月が過ぎていた。
 サチの片手剣転向は相変わらずで、まだ時間が掛かりそうだ。
 アスナ達からお誘いがあると、サチは開放されて身が軽くなったかのように出かけて行った。

 向こうで一泊して帰ってくる事も多くなった。


 サチが居なくなると、彼らは『人数が足りないから狩は無し』と宿屋で休息ばかりしていた。
 人数が足りなければソロプレイヤーを募集して狩りに出れば良いだけなのだが、
 俺が何を言っても『サチが強くなって帰ってくるから大丈夫』『装備も増えるかも』と誰も聞く耳を持たない。

 もしかしたら――――いや、間違いなく俺が入った時よりも状況が悪化している。
 このままでは駄目だ…………なのに強く言えない。

 俺が本当のレベルを話せば、狩りに関する情報は真剣に聞いてくれるだろう。
 けど、今以上に俺やサチに頼りっきりになって、何もしなくなるかもしれない。

 そして本当のレベルから俺がビーターだとバレた時…………。
 いや違う。俺はみんなを、月夜の黒猫団を守らなきゃいけないんだ。


 ――――このままじゃ…………駄目なんだ。 

 

お友達が居ました

 朝から気が重い。みんなにはお休みが欲しいからと言って、はじまりの街に居る友達に会いに行く事にした。


「サチーこっちだよー」


 はじまりの街の転移門に到着すると、別のギルドに居る友達が大きく手を振って私を出迎えてくれた。
 名前はミカ、カフェテリアで紅茶を飲んでいたら話しかけてくれた数少ない女性プレイヤーの一人。
 私がカフェテリアでお茶してると女性プレイヤーに声を掛けられやすいのは外見のせいだろうか?


「久しぶり、もう一ヶ月ぐらいになるかな? 元気にしてた?」
「うん、最近忙しくて…………遊びに来れなくてごめんね」
「そんな事無いよー、サチが私の事覚えてくれてただけで嬉しいよ」
「大げさだよ、こんなに早く忘れちゃう訳無いよ」

「あはは、嘘、冗談冗談――――――で、後ろの人はどちら様?」
「え?」


 私が振り向くと白の重金属装備に赤いラインが入った長身の男の人が立っていた。


「よう、サチ」
「クラディールさん!? どうしてはじまりの街に!?」
「ちょっと倉庫に用があってな、知り合いの名前を呼ぶ声とサチに良く似た子が居たから寄って見たんだ」

「そうなんですか、あ、こっちはミカ、私の友達です」
「はじめまして、クラディールと言います、サチさんとは偶に狩りに出る程度ですがヨロシク」
「そんな事無いですよ!? 大変お世話になってますから!?」
「あはは、ヨロシクです。サチがこんなに取り乱すなんて――――本当はどんな関係なんですか?」

「貢ぐ男とアゴで使う女の関係です」
「――――止めて下さい!? 違うんだよミカ、この人は攻略組で血盟騎士団の副団長アスナの護衛で――」
「ええっ!? ――――――サチ、冗談上手くなったね?」

「違うよ、本当なんだよ!?」
「まぁまぁ、二人の関係はカフェでゆっくり聞かせてもらおうじゃないの、もちろんクラディールさんのオゴリで、ね?」
「ふむ、時間も少しはある事だし、両手に花と言うのも悪く無いな、立ち話もなんだし早速行こうか」
「よっしゃ決まりー、スペシャルメニューがあるお店知ってるんだー、そこにしよ」

「ちょっとミカ!? ……あの、大丈夫ですか? この子失礼な事ばっかりで」
「花が咲いた様に綺麗で美しく、愛らしい女性じゃないか、是非お近づきになりたいね」
「おぉ!? 中々の好感触!! これはひょっとしてひょっとしちゃいますかー?」


 クラディールさんの腕にミカが抱きついて、二人は私を置いて人ごみの中へ入って行った。


「あ!? 待って、置いてかないでよ」




 とあるカフェテリアにて。


「それで、二人はどんな関係なんですかー?」
「ウチのギルドにも女性プレイヤーが居てね、その友好関係で一緒に狩をする程度だよ」
「そう、そうなんだよ、そのとおりだから、ミカが考えてる様な関係なんかじゃ全然無いから」
「そんなに焦る事無いのに、んー、そっか、それなら私にもチャンスはあるのか」
「どんなチャンスなのか、この後二人っきりで話をしようか、そう、誰にも邪魔されない所で」


 クラディールさんがミカの頬に手を伸ばして見つめ合い…………!?


「クラディールさん!?」
「ん? どうかしたかサチ?」
「うっわー、危なかったわ、いま滅茶苦茶――――落ちる寸前だったわ」
「ミカは彼氏さんがちゃんと居ます、手を出しちゃ駄目です!」
「…………そうか、残念だ――――失礼をしたお詫びにこれをやろう」


 クラディールさんがメニューを操作して取り出したのは黒いジャケットとスカートにブーツだった。


「気休め程度だが第三階層までの敵なら、これ一式で充分戦える様になる、貰ってくれ」
「え? これって防御力高いのに私でも装備できるってどういう事?」
「女性専用のレア装備でな、髪飾りとグローブが手に入らなくて中途半端なんだよ、
 売りに出すにも微妙な値段しかつかないだろうし、処分に困ってたんだ」

「へー、不良在庫って奴だ、本当に貰っちゃって良いんですか?」
「あぁ、サチが今装備している一式も似た様なもんだ、遠慮なく持っていってくれ」
「ふむふむ、さっき言ってた攻略組ってのは」

「まぁ、本当の話しだな《閃光のアスナ》って名前ぐらいは知ってるよな? ウチの上司でサチとも仲が良いんだ」
「ふーん、へー、ほー、最近連絡くれないなーと思ったら、そんな凄い人とお友達になってたのかー
 そりゃあー、私なんかじゃ見劣りするよねー、ふーん」

「ち、違うよ、本当に忙しかったんだよ」
「それでも連絡の一つくらいは欲しいもんよねー、女の友情って儚いものよねー」
「まあまあ、積もる話もあるだろうが俺が居ちゃ話し辛いだろう、そろそろ最前線に戻らなきゃいかんし、俺は此処で席を外そう」

「えー? もう行っちゃうんですかー?」
「何か手伝える事があったらサチ経由で連絡してくれ――――それとも、フレンド登録しておくか?」
「あ、是非お願いします。中々面白かったので」
「ご期待に副えた様で何より――――フレンド登録完了、それじゃ、勘定貰ってくから、ゆっくりして行ってくれ」

「ご馳走様でした、今度はじまりの街に来たら声を掛けてくださいねー」
「あぁ、必ず声を掛けるよ、サチもまたな」
「あ、はい、ご馳走様でした」


 クラディールさんは会計を済ませて街中に消えて行きました。


「面白い人だったねー、今レベルいくつぐらいなんだろ?」
「…………たぶん五十前後だと思う」
「五十!? 嘘!? もっと高いメニュー頼んどくんだった!? …………ねぇ? この装備いくらくらいで売れるかな?」
「やめときなよ、折角貰ったんだから」

「えー? でもなー? お金にしたら半年ぐらいの宿代にはなりそうじゃない?」
「…………別に、貰ったのはミカだから、どうするかはミカの勝手だけどさ」
「もー、冗談だよ、そんなに拗ねなさんな、色々あったんでしょ? 今日はたっぷり聞かせてよ」
「うん…………」


 色んな事が沢山あって、伝えたい事も沢山あって、
 その日は一生分お話をしたんじゃないかって言うくらいおしゃべりをして
 …………けどそれが、ミカと話す事が出来た最後の日だった。


 数日後、黒鉄宮にて。

 私はミカが死んだ事をまだ信じられなかった。
 《生命の碑》の前にミカのギルドの人達が大勢居る…………まだだよ、名前を見て無いから。

 見覚えのある白い鎧に赤いラインの入った長身の男の人が居た。


「クラディールさん?」
「………………来たのかサチ」
「…………――――ミカは何処ですか?」

「…………自分の目で確かめろ」


 ――――嫌だ。

 それでも《生命の碑》を確認してしまう、嘘であって欲しい。
 ……………………そこには、ミカの名前を削り取った様に、存在を許さない様に、
 死亡を示す二本の線が引かれていた。


「渡したレア装備はジャケットだけ装備して、残りはギルドメンバーに譲っていたそうだ。
 安全な狩場だったが、一人になった所をモンスターのリポップに巻き込まれてタゲを集中させちまったんだと。
 周りのプレイヤーも直ぐに気づいて助け様としてたらしいんだけどな」


 …………誰かに何か言われてる気がする。

 何処をどうやって帰ったのか、気が付けば私は宿屋の部屋で立ち尽くしていた。 

 

夜の散歩をしました

 第十一層タフトにて。


「お疲れ様でした」


 あたしは久々に月夜の黒猫団に加わって狩りを終えた後、宿屋で解散となりました。
 後は最前線の宿屋に帰るだけなのですが――――今日はずっとサチさんが考え込んでます。
 キリトさんがカバーしてくれたから大丈夫でしたけど、危ない所がいくつもありました。


「サチさん? どうかしましたか?
 慣れない片手剣と盾を使ったんですから、ゆっくり休んだ方がいいですよ?」
「え? あ、うん。 何でもないよ。ちょっと買い物に行ってくるね」

「一緒に行っても良いですか?」
「あ、ごめん。ちょっとした用事だからつき合わせちゃ悪いし」
「…………そうですか、何かあったら直ぐに連絡くださいね」

「うん、ありがとう」


 そのまま宿を出て人ごみに消えて行くサチさんの向こう側に、
 ――――クラディールさんの後姿が見えたような?


………………

…………

……



 俺はソロ狩りを終えて、日が沈んだ主街区を歩いていた。
 サチが逃げ込む予定の水路の調査だ。

 今俺が探しているのは、サチが座り込んでいた水路の向こう側だ。
 あの水門らしきレバーの向こう側に入れるなら、かなり近い距離で二人の話を聞く事が出来る。

 俺が関わった事でこの世界が何処までズレたのか、それを知る為だ。
 タフトが解放されてから下調べする時間はいくらでもあったのだが、
 様々な妨害が入りギリギリの時期になってしまった。


「…………現実ってのは上手く行かないもんだな」
「何が上手く行かないんですか?」


 人ごみの中、振り返るとシリカが立っていた。
 不思議そうに俺の顔を覗いている…………興味を持たれてるな。
 追い払うのは梃子摺りそうだ。


「こんな所で会うなんて珍しいな?」
「全然珍しくなんか無いですよ、この街は月夜の黒猫団の拠点ですよ」
「あー、そうだったな」

「…………何か隠してません?」
「いや別に? それより狩りの帰りか? 俺は遅くなるから先に帰ってろ」
「一緒に帰りましょう」
「遅くなるって言ったろ? 先に帰れ」

「あたしが居ると何か不都合なんですか?」
「不都合だ。声も音も立てずに着いて来れるか? ピナが暴れたりしないか?」
「――――大丈夫です」

「倫理コード解除できるか?」
「大じょ――――え?」
「具体的には俺のマントの中で、後ろから抱えられた状態で移動する事になるんだが?」
「――――な、何でですか!?」

「忍び足スキルの邪魔になるんだよ、背中に抱えるとマントの外になるし隠蔽スキルも使えない。
 お前にマントを装備させると、今度は隠蔽スキルのレベルがお前に依存して看破される。
 倫理コード解除は、お前の気まぐれで黒鉄宮送りにされたくないからだよ。 
 ――――嫌なら帰れ」


 キリッと、真顔で突き放す様に言って見た。


「わかりました。そう言う事なら解除します」


 真面目に返された。


「…………オマエな、そこは普通『それなら先に帰りますね』って言う所だろうが」
「ここは第十一層ですよ? どんなクエストか知りませんが、そんな事までしないと達成できないんですよね?」
「よし、後悔するなよ?」
「――――え?」


 通常、装備や回復アイテムやモンスターから出たドロップなど、持ち歩ける重量限界はスキルや装備品、STRに依存する。
 どのプレイヤーも重量限界ギリギリまでドロップを持ち歩いている為、プレイヤーがプレイヤーを一対一で持ち上げるのは不可能だ。
 メニューを空っぽにすれば持ち上げられるかもしれないが、現実的ではない。

 だが、俺はとりあえずSTR極振りと言うアホな方針を立てている為、それが実行可能だ。
 道のど真ん中、人ごみの中でシリカを正面から胸に抱きしめてピナごとマントの内側に納める。
 肩と腰に手を回し抱き上げて、裏路地へと駆け込んだ。


「ムー!?」
「大人しくしてろ、もう少ししたら休憩させてやる」


 暫くシリカを抱えたまま裏路地を進み、噴水広場に辿り着くとシリカを開放する事にした。


「今なら喋っても良いぞ? 立てるか?」
「…………はい」


 俺の腕の中でピクリとも反応しなくなっていたシリカを地面に下ろし、自分の足で立たせる。
 マントから顔を出したシリカは真っ赤になって茹蛸状態だ。
 シリカの視界には何度もハラスメントコードが表示されてた筈だが、結局押さなかったな。
 押してくれればそれで終わりだったんだが…………。


「お前、手鏡持ってるか? はじまりの街で茅場から貰った奴」
「あ…………ごめんなさい、落として割っちゃいました」
「なら俺のでやるか」


 メニューから手鏡を選択してオブジェクト化する。


「こいつには特殊な使い方があってな、水と相性が良いんだ」
「水ですか?」
「そこに立ってろ」


 シリカを放置して噴水の溜池に手鏡を浸ける。


「――――消えた? 鏡が見えなくなりましたよ?」
「そう、アルゴと検証したんだがな、他の鏡やガラスでは無理だった。 そして俺の手元には手鏡は存在したままだ、シリカが映ってるぞ」
「こっちからは全然見えません、何でそんな事が出来るんですか?」
「まだまだ水の再現が難しいからだよ、お前も風呂に入ってるから解るだろ?」
「確かに現実でお風呂に入る感覚とは違いますけど…………」

「まぁ、使い道は少ないけど覚えておくと役に立つかもな。
 ――――さて、此処からが本番だ。
 本当に着いてくるか? 帰りはかなり遅くなるぞ?」
「――――はい」

「最終確認をするぞ、声を出すな音を立てるな、メニューも開けるなよ?」
「はい」
「それから、アスナやリズに遅くなるって連絡を――――」

「あ、待って下さい、今ケイタさんから連絡が」


 シリカがメニューを操作してメッセージを開く。


「……――――サチさんが一人で迷宮区に!?」
「――――詳しく話せ」
「ギルドのメンバーリストから位置確認できなくなって連絡も取れないそうです。
 これから迷宮区を探してみるって――――どうして? さっきまで一緒に居たのに?」

「それは迷宮区を探しに行くと言っているだけで、サチが迷宮区に居る訳じゃない。
 サチの性格を考えれば、一人で迷宮区になんて絶対に行かない筈だ」
「でもメンバーリストから確認できない場所なんて他には…………」

「いや、一部のフィールドや洞窟、位置情報が出ない場所はいくらでもある。
 …………そう言えば、さっきはどうやって俺を見つけたんだ? 転移門とは逆方向だったろ?」
「サチさんが買い物に行くって出て行った方向に後姿が見えた様な気がして
 それで位置情報を確認したんです――――そしたら会えました」

「…………そうか、別れたのがさっきなら、
 もしかしたら、これから行く所にサチも居るかもしれない」

「本当ですか!? それなら皆さんに連絡を――――」
「待て、居るかもしれないってだけだ。俺達は予定どおりで、サチを探すのはついでだ」
「でも…………」
「嫌ならアスナやリズと連絡を取って一緒に探せ、俺は一人でこの先に進む」

「…………一緒に行きます。サチさんが居るかもしれないんですよね?」
「…………そうか、ならアスナとリズに連絡を入れておけ、サチを探すから遅くなるってな」

「はい。――――そう言えば、何のクエストなんですか?」
「ん? クエストなんかじゃないぞ?」
「え? それじゃあ?」
「これからするのは――――――ただの覗きだ」


 怒るべきか? 呆れるべきか? それとも騙されてるのか?
 シリカは何とも言えない複雑な表情をしていた。 

 

しあわせになれる場所を探しました

 最前線の宿屋にて


「あれ? シリカちゃんからメールだ」
「お? あたしにも来た」



――――――


 先程、サチさんの位置情報が出なくなりました。何か知りませんか?
 月夜の黒猫団ギルドメンバーリストやフレンドリストからも確認が取れないので、
 ケイタさん達は迷宮区を探すそうです。

 あたしはクラディールさんと合流したので一緒に探してきます。
 連絡の届かない所に行くので遅くなります。


――――――


 アスナは直ぐに合流しようと返信を送ったが、既にシリカへの返信は届かなくなっていた。


「――――大変だよ! わたし達も探しに行かなきゃ!」
「いやいや!? それよりシリカと二人っきりってのが不味いでしょ!?
 あいつ絶対何かやらかすわよ!?」

「ああ!? ――――でも、サチを探す為だよ、きっと……大丈夫!」
「アスナ…………自分も騙せない嘘は相手を不快にするのよ?」
「けど――――とりあえず、わたし達も探しに行きましょう」

「でも探すって言っても何処を探すのよ? 位置情報が出ない場所って結構あるわよ?」
「先ずは黒鉄宮で生存の確認、アルゴさんにも探して貰おう」


 アルゴへメールを送り、アスナとリズは転移門からはじまりの街を目指した。



 黒鉄宮にて。


「リズは月夜の黒猫団のメンバーの名前って覚えてる?」
「えっと、ケイタ、ダッカー、…………ササマルに――――」
「テツオだったよね? リズと同じ盾持ちなんだから覚えておかないと」

「あたしは元々攻撃スタイルは片手メイスで盾無しのスピードタイプだったのよ。
 シリカやあいつと狩をする様になってから、何と無く装備してるだけよ」

「……シリカちゃんは片手短剣で盾無し、そして軽業スキルを持ってる。
 盾を持たせると死にスキルなるし、ピナの事を考えると自由に動けないと危ない。
 わたしも盾を装備できるけど、スピードが出なくなるし。
 最近はリズが盾を装備してくれるから、安心できるんだよ?」 

「――――あたしの考えじゃないわ、あいつよ」
「え?」
「あいつやシリカと狩をする様になってから、あいつ意図的に盾を装備したり外したりしてたの。
 スイッチして後ろで回復ポーション飲んでると、HP回復するまで、じっと待ってるでしょ?
 するとアスナ達が戦ってる姿が良く見えるのよね。

 あいつが盾を装備してる時、
 あたしはHPが完全回復するまで、誰からもスイッチで呼ばれないの。
 完全回復したらシリカとスイッチして交代してたわ。
 けどあいつが両手剣で盾を外してる時、みんなのHPも減るのが早くてさ、
 あたしもHPが完全回復しない内にスイッチで交代するの。

 狩が終わってさ、盾一枚でこんなに変わる物なんだなって、
 そんな事を考えてたら、あいつ盾を差し出してきたのよ。『良かったら使ってみるか?』って。
 そこまでされてやっと気付いたのよ、あぁ、意図的だったんだって。
 まぁ、最初から『盾を使え』なんて言われたら、あたし意地でも盾なんか装備しなかったわ」

「それで盾を装備してたんだ…………」
「流石に雑魚を相手にしてる時は外してるけどね、
 やっぱり安心して回復ポーションを飲む時間が欲しいじゃない?
 スイッチを仕掛けるタイミングも増えるしさ」

「そうだね、とても助かってるよ」
「さぁ、さっさと名前を確認して、サチを探しに行きましょう」
「うん、急ごうか」


 そこへアルゴから返信が届いた。


 キー坊と一緒に第十一層タフトで待っていル。


………………

…………

……


 主街区の外れにある水路。
 その入り口よりも更に上流の水門にシリカを連れて来た。


「サチは恐らくこの先に居る。だが見つけても声を掛けるな。
 誰かが迎えに来るか、サチが自分から帰るまで待つんだ」
「…………どうしてそんな事をするんですか? 一緒に帰れば良いじゃないですか」
「サチが自分の意思で逃げ出してたら、此処で俺達が連れ帰っても――――次は飛び降りるかもしれない」
「……――逃げ出す? 飛び降りる? ……どうしてですか!?」

「少し前に、安全だと言われていた狩場で一人の女性プレイヤーが死んだ。
 運悪く一人になった所を大量のリポップに巻き込まれたんだ、他にも狩をしてたプレイヤーも居たが、
 あっと言う間だったらしい…………そいつがサチの友達だった。

 ――――そして次に運悪く死ぬのは自分かもしれないってな。
 サチの性格を考えると、そう思ってても不思議じゃないし。
 このデスゲームから逃げ出せる場所を探しているのかもしれない」

「…………サチさんはもう充分強いですし、キリトさんだって傍に居ます!
 大丈夫だって、ぜったい大丈夫だって言ったら良いじゃないですか!
 どうして助けてあげないんですか? どうして励まさないんですか!?」


 ぽろぽろと涙を零しながらシリカが訴える。


「シリカ。俺達がサチと会えるのは、週に数回会えるか程度だろ?
 サチが立ち直るまで毎日傍に居てやれる訳じゃないんだ。
 お前が月夜の黒猫団に入るのか?

 お前は自分に憑いて回る噂で、血盟騎士団以外のギルドには門前払いだったんだろ?
 今のケイタ達に、お前をその噂から守れるだけの力があるか?
 血盟騎士団の後ろ盾が無くなれば、サチまでそう言う目で見られるんじゃないのか?

 今のサチを俺達が助けちゃ駄目だ、駄目なんだ。
 …………せめてギルドが一緒だったら事務側に回して、シリカと一緒に仕事をさせるんだがな。
 サチは月夜の黒猫団のメンバーだ。血盟騎士団である俺達が口を出して良い話じゃない」

「でも……でも、サチさんは友達です!」
「それなら、こっそり話をしておいてくれないか? 月夜の黒猫団を捨てて血盟騎士団に入れってな」
「――――それはッ!?」


 シリカは驚き、何も言えずうつむいて、そのまま押し黙った。


「深く考えるな。みんな自分の事だけで精一杯なんだ。
 サチの事なんて、他人の事なんて、そうなれたら良いねって程度で良いんだよ。
 生きて行くには、本人の目標と努力が必要なんだ。

 俺達がサチの事を決めちゃ駄目だ。サチの事はサチ本人が決めなきゃいけないんだ。
 サチが選んでサチが決めたら、俺達はそれを助けてやるだけさ」
「…………はい」


 暫く待ってみたがシリカの涙は止まりそうに無い。


「なぁ、シリカ。やりたい事があるなら、どうすれば出来るか調べなきゃいけない。
 俺達がサチを助ける為には、サチを血盟騎士団に誘う事しかできない。
 今俺達に出来る事はそれだけだ。傍に居られないなら手を伸ばせば良い。

 後はサチが俺達の手を掴んでくれるのを待つだけだ。
 誰だって死にたくない。楽しみたい。幸せになりたい。一度は思う事だ。
 サチが俺達の手の中にそれを見つけられるなら、必ず手を取ってくれる。

 シリカ、お前は何を思う? 答えを出せるのなら、後は調べて努力して幸せになれ」


 暫くするとシリカが涙を拭いて顔を上げた。


「…………あたしの答えはまだ判りません。
 でも、いつか見つけたいと思います。あたしが幸せになれる場所。
 ――――できれば、あたしの好きな人と一緒に」

「そうかい、せいぜい頑張れ。
 さて、かなり時間食ったな。奥に行くぞ」

「……………………………………精一杯がスルーされました」

「何か言ったか?」
「な、何でもありません!」


 シリカを後ろから抱えて隠蔽スキルと忍び足スキルを発動させた。 

 

彼が行動を開始しました

 第十一層タフト

 狩を終えてシリカが帰った後、サチが夕食時になっても部屋から降りてこなかった。
 暫く待って見たがまったく降りてくる気配が無い。それもその筈、サチはこの時既に宿を抜け出した後だった。
 サチが部屋に居ないと気付き、ギルドメンバーのリストからサチの現在位置を確認したが居場所は表示されない。
 現在位置が表示されない場合は迷宮区やクエストの最中である可能性が高い。

 ケイタ達にサチと連絡が取れない事を告げるとサチが無断で行動した理由で少し言い争いになった。
 最終的にはサチに強制してきた片手剣への転向が原因であり、それぞれ感情の行き違いがあった事を話し合い認め合った。
 そして直ぐに迷宮区へ向かう話になる。此処で俺の追跡スキルを使えば少し前まで一緒に居たサチを追う事は簡単だ。
 しかし、俺の本当のレベルを此処で明かす訳には行かない。話してしまえば彼らは更に俺とサチに依存して何もしなくなるだろう。


「ソロで活動していた時の話だけど、迷宮区以外にも現在位置が表示されない場所に心当たりがある。俺はそこを探りたい」
「わかった。キリトはその心当たりって所を探してくれ、僕達は迷宮区へ行く」


 俺は暫く宿に残りメニュー画面からケイタ達の現在位置を表示して迷宮区へと向かう様子を眺めていた。
 ギルドメンバーの誰かが俺の行動を疑って戻って来ないか次々とメニュー画面を切り替える
 暫く様子を見て引き返せない所まで確認して行動を開始する。追跡スキルを発動させサチの足跡を特定した。


「ようキー坊。サチが行方不明になったそうだナ、アーちゃんが心配してたゾ。詳しい話が聞きたイ」


 宿から飛び出そうとした瞬間、俺の出鼻を挫いたのは鼠のアルゴだった。
 黒猫団の誰かからアスナにまで連絡が行ったか――――………………。
 今アスナ達がサチと接触するのは不味い。片手剣への転向が原因だと知られたら、アスナは強引な引き抜きに出るだろう。
 血盟騎士団の副団長様なら、それくらいの力技なんてどうとでもなる。サチはシリカとも仲が良いし反対する理由の方が少ない。

 もしもサチが血盟騎士団に入団したら黒猫団はどうなる?
 今までリアルで同じ学校に通って居たからこそ、黒猫団は此処までやって来れた。
 もう少し、もう少し頑張れば黒猫団はギルドホームを手に入れて、今よりもっと攻略に打ち込むことが出来る筈だ。


 サチとアスナを会わせる訳には行かない。


「サチは片手剣の転向で悩んでいた。何も言わず出て行ったのは、それに気付けなかった俺のせいだ。あまり大事にしたくない」
「アーちゃん達の現在地は黒鉄宮に移動していル。アカウントの確認だナ、『大事にしてくれるな』と言って聞くとは思えなイ」
「何とかならないか? お前が追跡スキルの協力をしなければ十万コルは出せるぞ?」
「呼び出して話を付けてやっても良いゾ? キー坊の味方にもなろうカ? 五十万コルでナ」

「高すぎる。二十万コルだ。今黒猫団を崩壊させたくはない」
「オレっちがアーちゃんに嫌われるし四十万コルだナ」
「三十万コル。これ以上は出せない」


 黒猫団がギルドホームを買う為に貯め込んだ二十万コルと合わせれば、はじまりの街で立派なギルドホームが買える金額だ。
 コレで駄目ならもうアルゴには何も期待できない、情報屋としての付き合いも潮時だな。


「少々足りないガ、他ならぬキー坊の頼みダ、それで手を打とうじゃないカ、転移門のカフェテリアで待ち合わせだナ」



………………
…………
……




 リズと一緒に第十一層の転移門を抜けるとアルゴに呼び止められた。


「おーイ、アーちゃん、リズ、こっちダ」


 カフェテリアから手を振るアルゴと――――その隣に座る黒い影、キリトだ。
 既にクリアされた階層だから人気も少ないが、どこからか妙な視線を感じる。
 アルゴ達に近付くと、その視線がキリトとアルゴから向けられている事に気づいた。

 何故この二人から? まるで京都の家で親戚達に会った時の様な、気分の悪い感覚が蘇って来る。
 デスゲーム開始直後の、はじまりの街で宿屋に篭っていた――――あの焦燥感が。


「取り合えず座ってくレ、現状の確認ダ、アーちゃんから頼ム」
「………………わたし達はシリカちゃんから連絡を受けて黒鉄宮で全員の名前を確認してきたの。
 同じ名前の人が何人か居たけど、死亡時刻が数日前から数ヶ月前だったわ、全員無事よ」
「ふム、こっちはアーちゃんから連絡を受けた後でキー坊と連絡を取っタ、そこで――――――」

「そこからは俺が話すよ、サチと連絡が取れなくなったのは今日の狩が終わって解散した後の事だった。
 直ぐに月夜の黒猫団メンバーで迷宮区へ探しに行こうって話しになったけど、
 俺はフィールドにも連絡が取れなくなる場所があると言って別行動をさせて貰った、そこでアルゴと合流した。
 アスナ達が動いてるって知ったのはその時になってからだ。まぁ、もう少し考えれば分かってた筈なんだ。
 シリカから連絡が行ってアスナ達が動き出す事ぐらい…………」


 嫌な言葉の切り方――――まるでわたし達が邪魔者だと言わんばかりの視線が肌に刺さる。


「…………まるであたし達には手伝って欲しくないみたいな言い方ね」


 リズも嫌な空気に気付いたみたいだ。


「悪いがそのとおりだ。暫くサチに会うのは止めて欲しい」
「ちょっとッ!? あんた何様なのッ!? 何であんたにサチと会う許可を取らなきゃならないのよッ!?」


 リズが両手で机を叩き、キリトに食って掛かる。


「リズ。ちょっと待って――――――――理由は聞かせて貰えるんでしょうね?」


 出来るだけ冷静に、まだ。まだ押えなさい。


「あぁ、理由は月夜の黒猫団は今大事な時期にある。もう少しでギルドホームを手に入れて攻略にも力を入れられる。
 サチの片手剣への転向が上手く行ってなかった原因は俺にもある。それでギルド内の雰囲気が悪かったのも事実だ。
 けど、サチが居なくなった事で月夜の黒猫団は今、一つになろうとしている。今までに無かった自主性も見せた。
 サチが戻って来たら、きっと今よりも、みんなと助け合って行ける。もっと前に進めるかもしれない。
 だから、だからこそ――――――サチを月夜の黒猫団から引き抜かれる訳には行かない。手を引いてくれ」

「あんたはッ!! サチがどんな気持ちで黒猫団に残ってるか解ってて言ってるのッ!?」
「………………解っているつもりだ。全部とは言わないけど……同じギルドメンバーとしていつも傍に居た。
 だけど、俺は黒猫団と――――サチやケイタ達と一緒に居たい。少しの間だけで良い、サチとは会わないでくれ」


 これ以上は時間の無駄ね。


「リズ。もう良いよ…………こんな所で時間を潰すよりも早くサチを探しに行きましょう――――アルゴさん?」
「すまんナ。アーちゃん。急な仕事で一緒に行けなくなっタ」


 アルゴさんがチラッとキリトを見た…………そう言う事。


「――――いったいいくら積んだの?」
「三十万コルだナ」
「はぁ!? あんたどんだけ金使ってんのよ!? 転移結晶六個分ッ!?」

「どう言う心算かしら? サチを探すにしても人手は多い方が良い筈よ? 何故わたし達の邪魔をするの?」
「俺とアルゴには追跡スキルがある。サチの足跡を辿れば直ぐにでも見つかるさ」
「…………そう、第十層でアルゴさんが使ってたあのスキル――――だからこんな所で無駄話する余裕があったのね」

「じゃあ、何で言わなかったの? あんたの――――月夜の黒猫団は迷宮区まで行ったんでしょ?」
「彼等のレベルなら第十一層の迷宮区ぐらいソロでも大丈夫だよ」
「……あんたねぇ、いつまでレベルを黙ってるつもりなの? いつか手痛いしっぺ返しを食らうわよ?」

「このままじゃ駄目なのは解ってる。でもそれは今じゃない」
「――――もう良いわ。茶番は此処までよ。キリト君。わたしとデュエルをしましょう。
 わたしが勝ったら、今すぐサチの所まで案内して、サチはわたし達血盟騎士団で引き取ります。
 あなたが勝ったら、わたし達は手を引くわ」

「血盟騎士団副団長様のお言葉だ、二言は無いよな?」
「もちろんよ」


 わたしはキリトとカフェテリアを離れ、転移門広場の中央へと移動した。 

 

彼女の決着がつきました

 第十一層タフトの転移門広場中央。キリトと向かい合い、初撃決着モードでデュエルが承認された。
 六十秒のカウントダウンが開始される。


「もう一度確認するぞ。俺が勝ったらサチを血盟騎士団に入れない。そして今日は手を引いてもらう」
「ええ。かまわないわ。わたしが勝ったらサチの所まで案内して、血盟騎士団で保護します」


 カウントゼロ。
 初手はお互い突撃して中央で剣閃を散らす。弾かれた勢いを利用してキリトが横薙ぎのソードスキルを発動させた。
 キリトのソードスキルをパーリングで往なし連続突きパラレル・スティングで返す。ギリギリで避けられた。

 ――――判ってたけど早い。でも追い付けない速度じゃない。わたしの方がまだ早いッ!
 暫くソードスキルを裁きながら応戦する。だけどキリトが縦振りのソードスキルを見せ始めてから状況が不利になった。
 ――――バーチカル・アークじゃない!? もう新しい派生スキルに辿り着いたの!?

 キリトが縦に振り下ろすソードスキルが次々と剣閃を変えていく。まずい――――三種類以上のバリエーションがある!?
 じわじわとわたしのHPゲージだけが削られていく。横薙ぎのソードスキルなら全部覚えてるのに。全部止められるのに。
 一度離れて距離を取る。目に焼き付けた新しいソードスキルを何度も頭の中で繰り返してパーリングのイメージをする。


「もう休憩か?」
「――――――うるさいッ! サチは必ず連れて行くッ! サチは戦いなんてしたくない! 前衛なんて立ちたくないのよッ!
 それを無理やり盾を持たせて前に出すなんて、あなたが居ながら何をやってるのッ!? わたしよりもレベル高いくせにッ!
 このままサチを前衛に置く必要があるの!? あなたが前に出れば良いじゃないッ! 一体何の意味があるって言うのよ!?」

「…………――――意味はある。いや、意味はあった。サチには悪いけど、今日が終われば黒猫団はまた一歩前に進める」
「ふざけるなッ!! もうサチがあなた達のギルドに居る理由なんて無いッ!!」


 もっと――――もっと体制を低くして爪先に力を入れろ。懐に潜り続ければ絶対に隙が出来る。その瞬間さえ狙えればッ!!
 踏み込む。足が交差する程、キリトの足を踏み潰すつもりで踏み込んでるのに――――全部ギリギリで避けられていく。
 当たらない。当たらない。何で? 向こうの攻撃は届くのに――――何でわたしだけ――――!?
 踏み込むもっと早く。踏み込むもっと強く。強力な一撃を入れるだけで勝てるんだから、お願い届いてよッ!!
 
 キリトの脇腹を狙って突きを入れる。またギリギリで避けられた。
 ――――そう思った瞬間。一瞬でキリトがわたしの後ろに回り込んだ。
 嘘? 懐に踏み込んだのに、距離を取るどころか。更に踏み込んでわたしの後ろを取ったって言うの!?


「悪いけど、コレで終わりだ」


 武器防御も間に合わず。自在に変化するキリトのソードスキルがわたしを打ち抜いた。
 キリトとの間に判定ウィンドウが表示された。キリトの勝ち。わたしの負け。
 膝をつき手から細剣が滑り落ちた。


「約束どおり、此処で手を引いてくれ。サチの事は俺が必ず何とかするから」
「…………必ずよ。サチを泣かせたら――――――許さないから」


 走り去るキリトの後姿が転移門広場から消えた。
 ………………サチ、ごめん――――ごめんなさい。




………………
…………
……


 シリカを抱きしめながら、正確にはマントの下に宙吊りにしながら、サチが座り込んでいるであろう水門の裏側を目指す。
 奥の交差点に来た所で、どちらに進もうか迷っていると、マントの下からシリカが指を出し方向を示した。
 マントの中を覗いて見ると、目を合わせたシリカが指先で指揮者がタクトを振るように、テンポ良くトライアングルをなぞる。

 歌が聞こえるってか。シリカが再び指す方向へ歩き出すと、三歩目で俺にも微かに歌が聞こえて来た。
 注意深く忍び足スキルを駆使してゆっくりと距離を縮める。水門の向こう側から明かりが漏れている。
 サチが歌っている。こうやってストレスを発散してたのか? いや、それならこんな騒ぎになってないか。

 ギリギリまで水門に近付いて、水の中に鏡を指し込みサチを確認する――――キリトはまだ来てないな。
 マントの下からシリカの手が伸びて鏡に触れる。自分にも見せろってか。
 シリカに鏡を渡すと、暫く水の中で角度を変えてサチを見付けたのか、力が抜けるのが判った。

 ちなみに、今の体勢だが、四つん這いになったシリカの上に俺が覆い被さる形だ。
 シリカに触れないように変則的な腕立て伏せをしているのだが――――もうメンドクサイ。
 猫の首根っこを持つ様にシリカを持ち上げて水路沿いに寝っ転がって腹の上に降ろした。俺に押し潰されるよりはマシだろう。

 マントから頭を出さない様に指示した後はキリトが来るまで寝る事にした、それまでサチのコンサートが続く筈だ。
 もし此処でマントからシリカを出したらキリトの看破スキルで発見されるし。
 追跡スキルで水門の向こうからシリカの足跡を察知されるだろうしな。

 最初シリカは鏡を水に浸け様と手を伸ばしたが微妙に届かず、俺の腹の上から胸の上に移動し両足で顔を挟む形になった。
 鏡を水に浸けるにはまだ足りないらしく、シリカは更に上に腰を寄せようとして股越しに俺と目が合って硬直した。
 ――――――誰だって股下にこんな顔があったら泣くだろ。

 暗闇で表情がよく見えなかったがシリカは暫くすると腹の上まで戻り、そのまま上半身を倒し肩の上にアゴを乗せてきた。
 そこから手を水に伸ばし鏡でサチを見付けたのかシリカはあまり動かなくなった――――小刻みに揺れてるのはリズムか。
 声を出さずにサチと一緒に歌っている様だ。暫く子守唄代わりに聴いていたが、アップテンポなのに悲しい歌だな。
 他にも親しい人の死を悔やむ歌ばかりが聞こえてくる――――歌い疲れたのか歌が止まり、暫くしてキリトがやって来た。


………………
…………
……


 アスナとのデュエルを終えた後。転移門から直ぐに宿に戻り、追跡スキルを発動させサチの足跡を追った。
 主街区の水路の奥にサチは居た。水路の照明を避ける様に膝を抱えて座っていた。


「――――サチ」
「キリト………………もしかして聞いてた?」
「? 他に誰か居たのか?」

「ううん。何でもないの――――良く此処が判ったね」
「感かな。みんなが心配してるよ。一緒に帰ろう」
「ねぇ。キリト。このまま一緒にどこかに行こう」

「まだ戻りたくないのか? 少しくらいなら付き合っても…………」
「そうじゃなくて、逃げよう。ソードアートオンラインから」
「――――――それって心中っ!?」

「………………キリトは私と一緒に死にたいの?」
「…………――っと――――」
「キリトとなら私――――」

「ちょ、ちょっと待ったッ!?」
「ふふ、嘘。ごめん。ちょっとからかって見ただけだよ。きっと心中してもキリトより私の方が先に死んじゃうから。
 ――――キリト強いから――――私なんかと一緒に死んでくれないよね」

「…………何かあったのか?」
「ううん。何でもないよ。――――私、死ぬの怖い――――怖くてあまり眠れないの。ずっと考える様になったの。
 何でSAOなんて始めちゃったんだろう。何であの時先生は私達にナーヴギアを買い与えたんだろう。
 ………………………………――――――こんなデスゲームに何の意味があるんだろうって」


 前にパソコン研究会を受け持った先生が、黒猫団全員分のナーヴギアを揃えたって言ってたな。
 サチはきっとその先生のフォローをして欲しい訳じゃない。


「大丈夫。君は死なないよ…………デスゲームが始まった瞬間に、意味のある事なんて全部終わってしまったのかもしれない。
 でも月夜の黒猫団は強いギルドだ。他のギルドよりも充分安全マージンを稼げてる。本当に大丈夫だよ」
「本当に? 本当に私は死ななくて済むの? 元の世界に帰れるの?」
「ああ。君は死なないよ――――――――いつかこのゲームがクリアされる時まで」


 サチは静かに涙を流し、暫く俺の肩に顔を押し付けていた。 

 

彼女達と合流しました

 ――――――キリトとサチが去った後。俺のマントから開放されたシリカがピナと一緒に背伸びをしていた。


「うー。眠いです」
「お前の睡眠欲は何よりも優先されるのか」
「そんな事――――無いですよ」
「めちゃくちゃ眠そうじゃねーか」


 出口に戻る途中、照明の下を通ったシリカは目じりに涙を浮かべて欠伸を噛み殺していた。


「それにしても、よくあそこにサチさんが居ると判りましたね」
「歌を聞き取って道案内したのはお前だろ」
「でもこの水路に居るって予想したのはクラディールさんじゃないですか、サチさんがあそこに居るって知ってたんですか?」

「此処に入る前にも言ったが、お前が見かけてから短時間でフレンドリストから確認できない位置に居た。
 …………それが此処だっただけだ」
「此処には覗きをしに来たんですよね?」

「覗いてたじゃねーか」
「サチさんは関係ないって言ってませんでした?」
「あぁ、関係ないぞ。俺の用事は済んだ」

「――――――結局、何が目的だったんですか?」
「わかんないもんを――――理解できない事を無理に理解する必要は無い」
「んー。わかりました。そう言う事にして置いてあげます」


 出口が近付いてくると――――――向こう側に人影が見えた…………しかも複数。


………………
…………
……


「アスナ、大丈夫?」
「――――え? あ、うん。大丈夫だよ?」


 ぼーっとしていたみたいだ。


「本当に? 最後の方は――――なんか歩き方おかしかったよ?」
「そう? よく覚えてないかな?」
「正確にはデュエルの途中で会話をした後だナ、いきなりアーちゃんのスピードが落ちたゾ」

「え!? そうなの!?」
「そう言われればそうね。最初は目で追うのが精一杯だったけど、途中から見易くなったわ」
「わたしは何が変わったのか、良く判らなかったけど…………」

「明らかに動きが悪くなったのは確かだナ――――本当に何とも無いのカ?」
「うん…………大丈夫だよ」
「そうカ。ならシリカを探しに行こうカ――――あの馬鹿と一緒だロ?」
「あーッ!? そう言えばッ!? 急いで探しに行かないとあいつ何をしでかすか――――シリカが危ないッ!?」
「…………でも、どうやって探したらいいの? 今フレンドからもギルドからも現在地確認できないよ?」

「最後に会ったのは誰だっタ? 何処で別れタ?」
「最後に会ったのはリズだよね?」
「別れたのは最前線の転移門広場よ、今日は黒猫団と一緒に行動するって言ってたから」
「ふム。するとサチが居なくなる直前まデ、このフロアに居たと言う事だナ――――宿屋から追って見るカ」


 それからアルゴさんの追跡スキルでシリカちゃんの行方を捜したけど――――。


「なんか、第十層の時を思い出すわね。こうやってアルゴを先頭に迷宮区に潜ったっけ」
「直ぐ下の階層だね。あの時は大変だったなー」


 アルゴさんの後を追いながら中央通を進む――――突然アルゴさんが立ち止まった。


「ム?」
「アルゴさん? どうしたの?」
「足跡が消えタ!? まさか此処から転移したとでも言うのカ!? 少し待ってくレ、情報屋ギルドの連中に連絡を取ってみル」


 ――――どうやらアルゴさんの追跡スキルでもシリカちゃんの後は追えないみたいだ。


「………………――――――あの馬鹿たれメ!」
「何か判ったの? シリカは何処!?」
「とりあえず噴水広場だナ、あの馬鹿は此処でシリカを抱えて噴水広場に移動したと目撃情報があっタ」

「シリカちゃんを抱えた!? 寝袋や担架で!?」
「いヤ、補助も無しにマントの下に潜り込ませて持ち上げただト。見た奴はアイテムストレージに収納したのかと錯覚したそうダ」
「…………あの人のSTRってシリカちゃん一人のアイテム総量ぐらい軽く持ち運べるのね」
「…………武器はどうしたのかしら? 倉庫帰りだったとか?」


 噴水広場に着くとアルゴさんが急に何か地面から拾い始めた。


「何を拾ってるの?」
「第二層の石だナ」
「…………第二層? 何でそんな所の石が――――まさか!? その石って!?」
「あア、第八層の時にシリカと初めて会ってナ…………その時に受けさせタ」

「じゃあ、シリカちゃん体術スキル使えるの!?」
「一時的にオレっちに弟子入りしてるからナ、みっちり仕込んでやったゼ」
「弟子入り!? シリカちゃんがアルゴさんに!?」

「――――それで? 何でその石が噴水広場に落ちてるの?」
「…………この石は耐久値がトンでもなく高くてナ、地面に放置した程度では絶対に減らない代物なんダ」
「――――つまり、目印、置石として使えると?」
「そのとおりダ、スタート地点に三つ。通常形式だナ、危険は無い様だナ――――向こうに続いていル」


………………
…………
……


「シリカちゃん大丈夫!?」
「変な事されなかった!?」
「よシ、今すぐその馬鹿を殺そうカ!」

「だ、大丈夫です――――アルゴさん鉤爪を出さないでくださいッ!?」
「……………………もう少しで深夜だってのに元気だなお前ら」


 ――――どうやってこの水門を嗅ぎ付けたんだこいつら? シリカの足跡は残さなかった筈だが?


「お前ら、サチはどうした? 見つかったのか?」
「…………あー、そっちはキリトが追跡スキル使って探しに行ったから大丈夫よ」
「お前さんが追跡スキルを使ってサチを探せば直ぐに見つかったんじゃないのカ?」


 いきなり核心を突いて来やがったなコイツ。


「この水門が近かったからな、宿に戻ってもどれがサチの足跡か判らんし、手近な所から探して見ただけだ」
「シリカに聞けばサチの部屋ぐらい直ぐに判るだロ? 何故余計な手間をかけタ?」
「あの、アルゴさん。今日はもう遅いですし、サチさんも大丈夫ならそれで良いじゃないですか」


 シリカとアルゴは暫く見つめ合い――――。


「………………――――――シリカに感謝するんだナ」
「――――そりゃどうも。さて、さっさと帰ろうぜ。流石に疲れた」
「ちょっと待って」


 アスナからストップが掛かった。


「どうした? 何か問題でもあったか?」
「ちょっと――――ちょっとだけ、あなたに相談したい事があるの」


 少し不貞腐れた様なアスナのしぐさは――――どこぞの兄に人生相談を持ちかける妹を彷彿させるには充分だった。 

 

彼女のリハビリが始まりました

「片手剣のソードスキルを全部見せて」
「は?」
「だから、片手剣のソードスキルを全部見せて欲しいんだけど?」

「今覚えている分で良いなら見せてやるが――――いきなりどうした?」
「サチを血盟騎士団に入れようとキリトとデュエルをしたんだけど…………あいつのソードスキルに着いて行けなくて、
 最後は負けちゃったから、感覚を忘れない内に練習しておきたいの」

「キリトとやったのか」
「気になる所もあったナ、後半からアーちゃんの動きが急に鈍くなっタ」
「……ふむ。少し眠いが始めるか」


 噴水広場まで戻り、お互い獲物を抜く。アスナは細剣、俺は片手剣。
 まずは振り下ろしから始まるソードスキルを放って見たが、アスナは神速とも言えるパーリングでソードスキルを弾き飛ばした。
 ――――弾かれて多少無理な体勢になったが、続けて横薙ぎでソードスキルを放って見る。

 アスナは切り上げでパーリングをして片手剣を弾き、無理やり俺の懐に潜り込んで来た。
 だが完全に体勢は崩れ、ソードスキルを発動させるポージングはどれも程遠く、ヘロヘロで威力の無い細剣が伸びて来た。
 それはあまりにも遅く、充分引き付けてからパーリングで叩き落した――――それでもアスナは突っ込んでくる。
 ――――猪かッ!? 俺は咄嗟に片手剣を捨てて両手でアスナの両頬を押え付けて止める。


「落ち着け!」
「むぎゅ!?」
「何なんだ? 腕だけ伸ばして相手が倒せるとでも思ってるのか? 初撃決着モードでもカウントされんわ!!」
「は、離して!」
「おいおい、バーサーカーモードのスイッチでも入ってるのか? 落ち着けって」


 アスナの目は何かに取り憑かれた様に周りが見えていない。だが、この状況を招いたのは俺にも責任がある。
 次にアスナとデュエルする可能性を考えて、縦振りのソードスキルを全て封印し、
 意図的に横薙ぎのソードスキルだけを見せていた。

 おそらくキリトは短時間でアスナの反応に違いがある事に気付き、縦振りのソードスキルで優位に立ったのだろう。
 横薙ぎのソードスキルは簡単にパーリング出来るほどアスナは見慣れているが、
 このレベル帯の縦振りのソードスキルには縦振りからサイドステップに対応して左右に迎撃するモノも多い。
 俺が仕掛ける筈だった策をキリトに潰されたか――――まぁ、責任を持ってアスナの修正を手伝うか。


「まず。頭部を前に出し過ぎだ、顎が前に出てるぞ。背筋を伸ばせ、何だその猫背は?
 足も開き過ぎだ、膝も曲げ過ぎてる、おかげでへっぴり腰だ、もっと腰を入れろ。

 パワータイプでもないのに力に頼ろうとして踏ん張っているつもりなんだろうが、地面を踏み過ぎだ。
 無駄に足を振り上げて、無駄に地面を踏みつけている。戦闘中は出来るだけ摺足を意識しろ、すっ転ぶぞ」
「わ、解ってるわよ、それくらい!」


 ガクガクの動きで細剣を突き出すが、今にも全力疾走しそうな勢いがひしひしと伝わってくる。


「全然成ってねー。自分に出来る事を思い出せ、前に出した足は爪先から上げろ、踵を離すのは最後だ」
「解ってるって――――言ってるでしょ!」


 アスナのリニアーが発動する――――スピードが戻った。

「――――戻った!?」
「いや、全然駄目だ。何故か知らんが無駄な動きが増えまくってる。一回全部スローモーションで動いて見ろ」
「…………何でそんな事しなくちゃいけないの?」
「ソードスキルってのは本来システムサポートが無くても打てるんだよ、スローで動けば勢い任せの無駄な部分が見えてくる」

「そんな事しなくても、もう大丈夫よ」
「――――――――いいからやれ、無駄が無ければスローで動いてもバランスを崩さん」
「………………わかったから、ちゃんとやりますから…………」


 ゆっくりと踏み込みを始めたアスナは――――爪先を上げる時点でプルプルしていた。


「――――なッ!? なんでッ!?」
「前に体重を掛け過ぎだ。重心を少し後ろにずらせ、ステップを使えば問題ないが、システムに頼り過ぎだぞ」


 何とか爪先を上げたアスナだったが、今度は踵を持ち上げる事が出来ない。


「くっ!?」
「歩幅を広げ過ぎだ、後ろ足の踵を先に上げてどうする? 前に出した足の踵を上げろ。爪先から踵、後ろ足で送り出す」
「解ってるってばッ!」


 焦りか? キリトとのレベル差を気にしてるのか、前に前にと全力で飛掛かろうとしてる。
 ――――こりゃあ朝まで掛かるな。噴水の傍に座っていたリズは目を擦っていた。


「長くなりそうだから先に帰って寝てろ」
「………………悪いけどそうさせて貰うわ、あたしももう限界――――シリカ、帰るわよ」


 アルゴの膝枕で熟睡しているシリカをリズは軽々と持ち上げて歩き出した――――あいつのSTRも洒落にならねぇな。
 それから明け方までアスナのフォーム修正は続き、朝から出発予定だった迷宮区攻略は、昼過ぎまで延期となった。


………………
…………
……


 宿に戻ってサチを部屋に避難させた後、迷宮区から帰ってきたケイタ達を何とか落ち着かせた。


「これからは俺がサチの分まで前衛を支えるからさ、無理にサチを前衛に転向させるのは止めにしよう」
「でも、それじゃキリトに悪いだろ?」
「俺は大丈夫だよ、テツオも居るし充分やっていけるさ」

「…………まあ、キリトがそう言うなら――――なあ? やっぱり今日はサチに会っちゃ駄目か?」
「夜も遅いし、会ってもサチは謝り続けるだけだと思うから、今日はゆっくり休ませて、明日からにしてくれないか?」
「――――そうだな、そうするか…………あー、俺も疲れたし今日はもう寝る。サチの事は明日だ明日」

「迷宮区の敵は弱かったけど、サチを探しながらだったからさ、みんなヘトヘトなんだ――――サチを探してくれてありがとう」
「いや、俺は心当たりのある場所を探しただけで、そこに偶々サチが居ただけさ、見付けたのはケイタ達かもしれなかったし」
「それでも、探してくれたのはキリトじゃないか――――これからもお互い助け合って行こう」


 ケイタが軽く拳を握り胸の前に出した、俺も拳を握りコツンと拳を合わせる。


「それじゃあ、キリト。また明日」
「あぁ、お疲れ」


 部屋に戻りメニューを弄りながら今日の事を思い出す、『意味のある事は全部終わっている』か…………。
 そんなのは嘘だ。少なくとも俺は自分が強い事を隠し、この月夜の黒猫団に居る事で一種の快楽を得ている。
 ………………酷い嘘吐きだ。

 部屋にノックが響いた――――――こんな夜遅くに誰だ? とりあえずシステムの開錠許可を出すか。


「開いてるよ」


 ドアを開けて顔を覗かせたのはサチだった。


「キリト――――ごめん。やっぱり眠れなくて…………一緒に寝ても良いかな?」
「――――大丈夫……だけど、ベット一つだけだぞ?」
「大丈夫。キリトと一緒なら安心して眠れると思うから…………もしかして出かける所だった?」
「いや、これから寝ようと思ってた所だけど」


 本当はこれから最前線に篭って、黒猫団に付き合った分の遅れを取り戻す心算だったけど。


「ねえ、キリト…………もう一度あの時の言葉を聞かせて、安心して眠れると思うから」
「サチ…………大丈夫だよ。君は死なない」
「――――うん」


 それから夜が更けるとサチは毎日俺の部屋を訪れた。深夜のレベル上げはまったく出来なくなっていた。
 一つのベットにサチと寄り添い。このギルドに居れば大丈夫だからと何度も声を掛け続けた………………。 

 

崩壊が始まりました

 あの日から約一ヶ月、最前線は四十六層の迷宮区、ボス部屋まで到達していた。
 ボスの情報も揃い始めてるし、明日には四十七層に行ける。


「――――――そういえばシリカは何処に行ったんだ? 出発前は見かけなかったが?」
「シリカちゃんなら黒猫団の所よ、この前サチが泊まりに来た時に狩の約束をしたみたい」
「………………なぁ、アスナ?」
「――――何よ?」

「俺に騙されるのと、後で結果だけ聞かされるのは、どっちが良い?」
「…………何それ? わたしの知らない所で――――つまり、あなたのせいで事件に巻き込まれるのと、
 納得の行かない結果を聞かされるの、どっちが良いかって話?」

「おぉ、聡明だなアスナ。話が早くて助かる」
「いい加減、あなたとの付き合い方が理解できる様になりましたからね」

「――――それでお答えは?」
「――――巻き込まれる方が良いわ、何もしないで後悔するよりマシじゃない?」
「よし――――話は決まったな、帰るぞ」
「え?」
「帰るんだよ」

「――――え? 此処迷宮区よね?」
「迷宮区だな」
「――――あれボス部屋の扉よね?」
「ボス部屋だな」


 アスナの指差した先には巨大な扉が待ち構えていた。


「――――帰るの?」
「帰るよ? ――――当たり前じゃないか」
「え? ボスは? 情報収集は?」
「ん? 勝手にさせれば良いんじゃないか?」

「ちょっと待って、本当に此処まで来て引き返すの!?」
「もちろんじゃないか、さあ、戻るぞ」
「…………ちょっとボス部屋を覗くぐらいは良いわよね?」
「此処から先に一歩でも踏み出したら――――容赦なくお前を置いて行く」
「…………――――もッ、戻れば良いんでしょ! 戻ればぁッ!!」


 迷宮区の入り口に向かってアスナが半泣きの全力で走り出した。
 リポップしたモンスターもお構い無しに、アスナのソードスキルが炸裂する。


「――――――理解者に信頼されるって良い事だな。うん」


………………
…………
……


 最前線、転移門広場。


「――――あれ? アスナ? 迷宮区に行ったんじゃなかったの?」
「…………うぅ。リズぅ……」
「悪いが武器のメンテを頼む」

「武器のメンテって――――今朝したばかりでしょ? 何か拾ってきたの?」
「いや、俺とアスナの分だけだ、消耗した分を全快まで戻してくれ――――お前のメイスもついでに頼む」
「――――は? あたしのメイスまで弄るの?」
「嫌なら別に良いぞ?」

「………………それって『使う』って事よね?」
「想像にお任せする」
「――――今日の露店は此処までね。アスナ、細剣出して。ほら、あんたもさっさと武器を出す」
「お前のメイスから先だ」
「はいはい、ちゃんと並べて置きなさいよ?」


 アスナとリズの武器を回復させた後、リズは山積みされた俺の武器に取り掛かる。


「…………最近作った物の中でも強力な奴ばかりね――――それだけ不味いの?」
「………………………………リズ…………」
「――――何?」

「……いつも武器を作ってくれて感謝している――――これからもよろしく頼む……」
「――――――――あ、あんた!? ね、ね、つでもあるんじゃ!? なッいのッ!?」
「――――わたし邪魔かしら!? ご、ごゆっくり?」

「――待ってアスナッ!? 行かないでッ!? お願いッ!!」
「………………お前ら、俺は感謝の一つもしちゃいけないのか?」
「――――そ、そうよね、でも大丈夫よ。お代はいつも頂いてるし、おかげで儲かっちゃってるし。
 今更感謝までされても…………その、あたしから出せるものはないって言うか…………」


 その時、視界の隅にメール着信の表示が出た。


「お、メールが来た。ケイタからだな、レア装備の代金を払いに来るそうだ」
「へー、律儀ねー。ついにお金が貯まったんだ」
「リズ。悪いが武器を全部メニューに戻す」

「え? あ、うん。もう良いの?」
「時間が無い。アスナ、準備は良いな?」
「――――何時でも行けるわ――――それで、どんなイベントボスなの?」

「イベントボス? おまえは何の話をしてるんだ?」
「……え? これからボス狩りに行くんじゃないの?」
「誰がそんな話をしたんだ?」

「…………本気で言ってるの?」
「あぁ、ボスなんて狩らないぞ?」
「じゃあ、何で帰ってきたの?」

「――――何となく?」
「――――――――殴って良い?」
「着いて来たのはお前だろ? 何故俺が殴られなきゃならん?」

「斬り捨てる前に聞いて置くけど、何でボス部屋の前からワザワザ引き返したの? 情報を手に入れるチャンスだったのに」
「ボス? そんなもん倒したい奴が勝手に倒せば良いだろ?」
「――――そう、死にたいのね。そんなに死にたかったのなら、そう言えば良いのに、今すぐ――――」

「…………あの、お取り込み中ですか?」


 月夜の黒猫団のリーダー、ケイタがやってきた。


「いや、構わない。アスナ様もおふざけが過ぎますぞ」
「あら御免なさい。わたしったら(後で絶対殺すわ)」


 話の邪魔にならないように、アスナはリズの隣でケイタに見えない位置から俺を呪い殺すと睨んでいた。


「いえ。あ、あのコレ、全装備の代金です。受け取って下さい」
「――――ほう、良く此処まで集めましたね」
「コレも譲って貰った装備のおかげです、今日もシリカちゃんに手伝って貰って全額揃ったんですよ」

「シリカは役に立ってますか?」
「ええ、凄く助かってます――――あ、今日はこの後はじまりの街にギルドホームを買いに行くんです」
「ついにマイホームですか、最近はじまりの街では大手ギルドが取り締まり、税金を徴収しているそうですが、大丈夫ですか?」

「…………そんな話があるんですか?」
「ギルドメンバーが多過ぎて、ごく一部の横暴らしいのですが――――用心はして置いて下さい」
「――――ありがとうございます、少しウチの連中とも相談してみます」


 視界にメールの着信が表示された。差出人は――――シリカだった。 

 

何とか間に合いました

 第十一層タフト、転移門広場。


「今回の狩りで予定通り。全員分の装備の代金とギルドホームを買うお金が貯まりました」
「よ。流石リーダー」
「コレで俺たちも家持ちだな」
「自分の部屋が持てるって楽しみだね」
「みなさん。おめでとうございます」


 月夜の黒猫団は午前中の狩りで目標金額を揃え、ギルドホームの購入が可能になった。
 臨時で来てくれたシリカも一緒に喜んでいる。


「それじゃあ、早速だけど借金返してギルドホームを買ってくる」


 ケイタはメニュー画面をいくつか操作して最前線の転移門へ飛んで行った。


「なあ、ケイタが戻ってくる前に迷宮区に篭って、新居の家具を全部揃えないか?」
「それ良いね。ついでに新居祝いのパーティー資金も倍にしようぜ」
「あ、家具を買うの?」
「それじゃあ。あたしも手伝ってサチさんにプレゼントします」


 一ヶ月前のサチの失踪以来、どこかぎこちなかった黒猫団が此処まで賑やかになったのなら、もう心配は要らないな。


「いつもより上の迷宮区に行って見ようぜ、一つ上なら楽勝だろ?」
「え? 第二十七層の迷宮区は、トラップのレベルが跳ね上がるから行かない方が良いって言われましたよ?」
「シリカの言うとおりだ。今までどおり二十六層の迷宮区で狩りをした方が良い」

「大丈夫だって、もう二十六層の敵も楽勝だし、一つぐらい上がったってどうって事ないぜ」
「でも、キリトとシリカが反対してるから止めた方が良いよ?」
「今の俺達に倒せない敵なんていないって、もし出てきたら全員で逃げれば良いんだしさ」


………………
…………
……


「おや、噂をすればウチのシリカからメールが来ました。
 ――――これから月夜の黒猫団と一緒に第二十七層の迷宮区に潜るそうです」
「…………え!?」
「おや、ご存じではない?」


 シリカのメールをコピペしてケイタに送る――――ついでにアスナとリズにも。
『これから黒猫団の皆さんと第二十八層から第二十七層のボス部屋を通って迷宮区に潜ります。』


「待ってください――――嘘だろ!? 全員と連絡が取れない――――まさか本当に迷宮区へ!?」
「第二十七層の迷宮区はデストラップが格段に増える…………多少強化した所で、あの装備で生き残るのは無理でしょう」
「そ、そんな!? た、助けてください! みんなを――――お願いしますッ!!」
「――――アスナ様、聞かれましたか?」


 同じようにシリカのメールを確認したアスナが立ち上がった。


「ええ、血盟騎士団副団長として命じます。わたしと共に団員竜使いシリカと月夜の黒猫団の救出しなさい」
「――――アスナ様の仰せのままに…………緊急事態です、コリドーを使いましょう」
「か、回廊結晶!? 俺達の為にそんな…………第二十八層から降りれば良いじゃないですか!」

「此処で死ねば、死体は残らない、それでも?」
「――…………分かりました、お願いします」
「では行きましょう。コリドーオープン」


 空間が歪み第二十七層の迷宮区に繋がった。
 コリドーを潜ると同時に俺の左人差し指からレーザーライトが照射された。


「行きましょう、この先にシリカが居る筈です」
「あんたのそれって、前にシリカとペアで出した指輪なの?」
「そのとおりです。流石はアスナ様のご友人」
「――――――早く行きましょう。此処は転移結晶も無効化するトラップも多いわ、急がないと」


………………
…………
……


「言ったろ。俺達なら余裕だって」
「もう少しで攻略組の仲間入りだな――――あれ? シリカちゃん? その光は何?」
「えッ!? あ、これは――――近くにクラディールさんが来てます!」


 シリカの薬指から蒼い光が伸びていた。暫くすると何かに気付いたのか、一度メニュー画面から指輪を外し人差し指に変えた。


「どうかしたの? 光が消えちゃったみたいだけど?」
「いえ、何でも無いんです。もう少しでクラディールさんが来ると思いますから」
「お? みんなちょっと来てくれ」


 シーフスタイルのダッカーが壁に触れると隠し扉が現れた。


「――――そこまでだッ!!」


 怒鳴り声の発生源は血盟騎士団の団員からだった――――そして。


「…………アスナ」
「…………あなた達の装備でこの迷宮区は危険です、速やかに離脱しなさい」
「そうだ、早く此処から離れるぞ」

「――――ケイタ!? 何で此処に!? ギルドホームはどうしたんだよ!?」
「お前達が迷宮区に潜るって聞いて、慌てて追いかけて来たんだよ――――俺達の装備じゃ此処は危険だ、直ぐに出よう」
「何言ってんだよ! 此処の敵は俺達でも楽勝だったんだぞ! そんなの嘘に決まってる!」

「ほら、見てくれよ。隠し部屋だ――――開けてないトレジャーボックスまであるんだ!」
「――――それなら、嘘かどうか全員でその部屋に入って確めようじゃないか」
「ちょっとッ!? あんた本気なの!? コリドーまで使って此処に来たのに、自分からトラップに入ろうって言うの!?」
「そのとおり。この部屋は――――各階層の迷宮区には上の階がクリアされると、ランダムでトラップ部屋が出現する」


 クラディールはメニューを操作して俺を除いた全員に迷宮区のマップを配布する。


「コレが今現在、攻略組が持っている第二十六層迷宮区のマップだ、この部屋は存在しなかった。明らかにトラップだ」
「そ、そんなの入って見なくちゃ判らないじゃないか、開いてないトレジャーボックスだぞ、見逃せって言うのか!?」
「だから全員で入ると言っているのだ――――アスナ様が居ればこの様なトラップ恐れるに足りず」
「待ってくれ、いや、待ってください。せっかく見つけた宝箱の中身を遣せとか…………無いですよね?」
「所有権はそちらで構わない、良い物だったら相場で買わせてもらおう」


 隠し部屋の扉を潜ると、中は意外に広かった。そして開けられていないトレジャーボックスが中央に一つだけ。


「い、意外と広いんだな。隠し部屋だからもっと狭いのかと」
「全員、宝箱を背に戦い易いパートナーと陣形を組むのだ。恐らく、隙間無く敵が沸くでしょう。
 シリカはサチの後ろへ――――任せた」
「――――ッ、はい!」

「あ、あの、本気で此処までする必要あるんですか? 流石に俺達を驚かせる冗談ですよね?」
「宝箱を開けて見ると良い、冗談かどうか解る。こう言うトラップは一人以上殺さないと、設置する意味が無い。
 そこから予測される事は――――この部屋は一部のアイテム、解毒や転移などの結晶アイテムは使えないだろう」
「ま、マジで…………?」


 全員で取り囲んだトレジャーボックスに、ダッカーがフラフラと近付く。


「開ける前に獲物を抜いておけ――――全員戦闘準備は良いな?」
「――――あ、開けるぞッ!!」


 ダッカーがトレジャーボックスを開けた瞬間――――――視界を覆い尽くす程の大量のモンスターが部屋を埋めた。


「――――戦闘開始ッ!!」 

 

尊い犠牲になりました

 予想以上にモンスターが多い。これは部屋に入ったプレイヤーのレベルに合わせて敵が強くなるトラップだったか。
 俺とアスナ、リズにキリト、シリカも含めればトンでもない数が量産された筈だ。


「てりゃああああッ!!」


 アスナの周辺に居た雑魚モンスターが一瞬にして葬られた、リズの周りもスッキリ片付けられている。
 しかしリポップするモンスターの数も多い――――宝箱が警戒音を出し続けて敵を呼び続けてる。


「あーもうッ!! 何よこいつらッ! 倒しても倒しても沸いてくるじゃないッ!!」
「リズ、宝箱だ、ぶっ潰して黙らせろッ!!」
「――――――あれかッ! 了解っ!!」


 リズが全体重を乗せるように、フルスイングでメイスを振り下ろした。宝箱は三分の一まで潰れて消滅した。


「敵のリポップが止まったわ!」
「よし。掃討するぞッ!!」


 敵のリポップが止まったからなのか、集中力が切れたのか――――――。


「サチさんッ!? 危ないッ!!」


 サチの背後に迫ったゴーレムの一撃を――――シリカが飛び込んでソードスキルで相殺したまでは良かった。
 シリカの短剣は弾き飛ばされ、短剣を拾う間もなく二撃目がシリカを襲った。


「かはッ!?」


 吹き飛ばされたシリカが、モンスターの群れに突っ込んだ。


「シリカちゃんッ!?」
「シリカっ!?」


 次々とシリカに攻撃が加えられ、HPゲージがあっと言う間に減って行く。


「…………いやッ! いやあああああ!?」


 シリカは自分の死を悟り、恐怖の悲鳴を喚き散らす。
 それに呼応する様に、アスナとリズ、そして俺がシリカの周りに居たモンスターを全て吹き飛ばし、消滅させた。


「シリカちゃん無事!? 大丈夫!? 生きてるよね!?」
「――――ッ。あたしは…………大丈夫、です――――――でもピナがッ!!」


 アスナが助け起こしたシリカの周りにはピナの羽が飛び散っている――――シリカのHPゲージはギリギリ残っていた。


「…………最後に、あたしにブレスを――――ピナが……あたしを――あたしのせいで、ピナが……」
「悲しむのは後にしろ、戦えないなら邪魔にならない所でじっとしてろ」
「あんたはッ! こんな時ぐらい優しい言葉の一つでも掛けてあげなさいよッ!」
「時間が無い。掃討が先だ」


 それから暫くして、全てのモンスターは倒され、俺以外全員が座り込んでいた。


「さて、宝箱からは何が出た?」
「………………あんたこんな時にアイテムの話? ……あたしのアイテムストレージにトラップ破壊のドロップがあったわ。
 結構上位のインゴットね、相場は最低でも十五万以上かしら……」
「リズから見ても価値があるか?」

「ええ、コレで武器を作ったら当分は最前線で活躍できるわね」
「――――さて、インゴットの交渉と行きたいが、今回の責任を問い質さねばならんな」
「せ、責任って何ですか? 俺がトレジャーボックスを開けたから…………とか?」
「細かい責任を問えばそうなるだろうが――――根本的に今回の事故、いや事件を防げた人物が居る」

「防げた……? 何を言ってるんですか、そもそも、こんなトラップ、予想できる訳が無いッ!」
「それが居るのだよ、一度この迷宮区をクリアし、トラップの危険性を充分把握していた人間が」
「――――それって、まさか?」


 全員の視線がキリトに集まる。そして、ダッカーがキリトに話しかけた。


「まさか、だろ? 知ってたのかよ!? キリト!?」
「………………あぁ」
「――――知ってたら、知ってたら何で止めなかったんだよッ!?」
「……止めたさ……何度も、反対しただろ……」
「でも、ハッキリ言ってくれれば――――――こんな事にはならなかった筈だろ!?」


 静寂の中、感情と声を押し殺して嗚咽するシリカの小さな声が聞こえてくる。


「それは――…………すまない。俺のせいだ……」
「元々、この迷宮区にはデストラップが多く、シリカにはこの迷宮区には近付かないように言って置いた筈だ、何故入った?」
「…………ごめんなさい。あたしが悪いんです――――みんなを止められなかったから、キリトさんだけのせいじゃ、ないんです」

「謝罪を求めている訳じゃない、何故お前達はこんな所に来た? 危険だと解っていながら」
「みんなで、家具を買うお金を稼ごうって…………それで……」
「――――そうか…………大体判った、だが今回アスナ様が来ていなければ、今のトラップで全員死んでいた筈だ。
 貴様以外な――――黒の剣士キリト」

「………………黒の剣士?」
「そう、こいつは攻略組だ、ソロで最前線に挑み、上位プレイヤーの三本指に入る最強プレイヤーだよ。
 βテストの情報を独り占めして、はじまりの街に取り残されたプレイヤー達を見捨てた――――ビーターだ」

「――――嘘だろ!? ……嘘、ですよね……!? ……キリトが、そんな……ビーター」
「攻略組でそいつの顔を知らない奴は居ない。本当のレベルも偽って月夜の黒猫団に入ったのだろう。
 そいつは此処に居る誰よりもレベルが高い、こんなトラップなんて一人でも生き残れるほどな。
 ――――今レベルがいくつか言ってみろ」

「……………………五十二だ」


 ――――――思っていた以上に低い。
 毎晩サチと添い寝を続けていた結果だ。キリトは黒猫団と同じ時間しか狩が出来ず、最前線の安全マージンまで僅かに届いていない。


「――嘘だッ!! 嘘だぁああッ!? ――――なあキリト!? 嘘だって言ってくれよ!? 全部解ってたのか!?
 俺達が此処で死ぬ事も、全部っ!? 今までずっと一緒だったじゃないかッ!? 弱い俺達を見てずっと笑ってたのか!?」

「違いますッ! キリトさんはそんな人じゃありませんッ!! あたしも、あたしもいけないんです……。
 ――――キリトさんの事、知ってて……黙ってたんです」
「……なあキリト、シリカちゃんに此処まで言わせて、何で何も言わないんだよッ!? 何で言ってくれないんだよッ!?」


 キリトに殴り掛かるダッカーを、テツオとササマルが止め、ケイタがキリトの前に立った。


「キリトが凄い奴じゃないかってのは、会った時からそう思ってた。でも、こうなったからには、もうギルドには置いておけない。
 ――――ビーターのお前が、俺達に関わる資格なんて無かったんだ――――月夜の黒猫団から除名する」


 キリトのHPカーソルから、月夜の黒猫団のギルドエンブレムが消失した。


「さて、コレで終わりと行きたい所だが――――残念ながらシリカには休暇が必要だ、その穴を埋める人材が欲しい」
「…………戦闘要員が必要なら、俺がやる」
「――――確かに、戦闘要員も必要だが――――こちらが求めているのは事務員だ、シリカの仕事をやって貰う」

「あの、それなら私がやります。ピナが死んじゃったのも私のせいだし…………」
「待ってくれッ! サチは悪くないんだ、全部俺のが悪いんだ――――だからサチは」
「大丈夫だよ、キリト、私、事務のお仕事は少しだけど手伝ったことがあるから」

「――――決定で構わないな? アスナ様から血盟騎士団の加入要請を受けてくれ――――それと、リズ」
「…………何よ?」
「月夜の黒猫団をあそこに案内してくれ」

「……あそこって、アレよね? ――――解ったわ」
「さて、黒の剣士様にはお仕事が残っている――――付き合って貰おうか?」
「――――わかった」


 こうして、月夜の黒猫団は全滅を回避し、ピナだけが犠牲となった。 

 

それぞれ動き出しました

 俺はキリトを連れて最前線の転移門広場に来ていた。


「――――仕事って言うのは?」
「コレはアルゴに金を渡して調べさせた、ビーストテイマーに関するクエストのレポートだ」


 メニューから操作して調査報告の一覧をキリトに送る。


「報告の一番下を見ろ」
「…………――――――思い出の丘!? 死んだ使い魔が復活できるのか!?」
「NPCからの情報だ、間違いないだろう――――ただし」
「――――ただし?」

「その場所は次の階層だ、それも制限時間が何時までなのかが分からない。一日か一週間か一ヶ月か……」
「なるべく早い方が良いって事か」
「そのとおり――――まずはボス攻略――――その前に、遅れた分のレベル上げをやって貰うぞ」
「――――わかった」


………………
…………
……


 第三十五層、迷いの森。


「あの、リズベットさん。一体何処まで行くんですか?」
「もう少しよ、この次のフィールドね」


 リズがケイタ、テツオ、ササマル、ダッカーを案内した場所は、大勢のプレイヤーと怒号が飛び交っていた。


「オラァ! どうしたッ!! その程度でへばってんじゃねぇぞッ!!」
「…………あの、リズベットさん? 此処は?」
「此処はね、攻略組予備軍――――中層プレイヤー育成所って所ね、あ――――エギルー!」


 リズが手を振った先で、巨大な影が動いた。さっきから全員に檄を飛ばしていた男だ。


「おう! リズ、連れてきたのか、そいつらがそうか?」
「ええ、タップリと仕込んでやって――――こっちはエギル、攻略組の一人よ此処の責任者って所かしら」
「オレは武器やアイテムの売買もやってるからよ、ご利用の際はよろしく頼む。色も付けとくぜ」

「精々ぼったくられないように気を付けなさい」
「おいおい、ウチは安く仕入れて安く売捌くのがモットーなんだ、言掛かりは止めてもらおうか」
「どうだかねー」

「あの、俺達は一体此処で何をすれば?」
「キリトが抜けて、狩場の適正も何も知らないでしょ? サチから話を聞く限り、此処で経験を積むのが一番だと思ってね」
「それじゃあ、俺達は?」
「此処で適正のある武器の選別とか、効率的な狩りの方法とか、そういうのを習って、いつかは――――攻略組に成れるかもね」
「俺達が……攻略組に……?」
「あ、そうそう、大事なこと忘れてたわ――――はい、コレ」


 リズがメニューを操作して片手剣と大盾をケイタに渡した。


「――――これは?」
「あいつから――――クラディールからの伝言よ『本当に仲間を守りたいなら、棍を捨てて自分で守って見せろ』って。
 まあ、他人に指図されるのが嫌なら、聞かなかった事にして売り払うと良いわ」

「――――あの、伝言お願いします。俺、上手く出来るか分らないけどやってみます、自分の手でみんなを守れるように」
「そっか、がんばってね」
「――はい」



………………
…………
……


 最前線、血盟騎士団のギルドホームではサチの引越しが行われていた。
 その片隅で、シリカはアイテムストレージを眺めている。
 『ピナの心』そのアイテムは、あのトラップでシリカの代わりに散った――――ピナの羽だった。


「あたしを一人にしないでよ…………ピナ」


………………
…………
……


「コレでサチの荷物は全部?」
「うん。元々荷物は少なかったから、手伝ってくれてありがとう、アスナ」
「…………本当に血盟騎士団に入って良かったの? シリカちゃんはしっかりお仕事してたから、今はする事が無いのに」

「何て言ったら良いのか…………私も今回の事が良い機会だと思ってるから」
「良い機会?」
「うん。私はずっと月夜の黒猫団に、キリトに頼りっきりだったから――――自分から変わるなら此処かなって。
 弱い自分に泣くのも――――もう変えられないんだ、涙が枯れても、ずっとこのままなんだって諦めてたの。
 だから、この変化は、私にとっては良い機会だって思う事にしたの」

「――――そっか、一緒にがんばろうねサチ」
「うん。臨時職員だけどね」
「サチさえ良ければずっと居て良いんだよ?」

「………………それは――――どうかな? 此処まで一緒にやって来たし、もう少し考えさせて」
「――――うん。ゆっくりで良いから、今は――――血盟騎士団のユニフォームを着ましょう」
「――え?」

「ほら、規則規則。更衣室に一名様ご案内ー!」
「え!? ちょっと!? アスナ!?」
「着替えたら直ぐにお仕事教えてあげるから――――わたしも迷宮区に戻らないといけないし」
「――! それが本音!?」


 暫くして、白の赤のラインの入ったユニフォームに着替えたサチとアスナが更衣室から出てきた。


「うんうん、よく似合ってるよサチ」
「そうかな?」
「後でみんなに見せて感想を聞かないとね」
「…………それはちょっと遠慮したい……かな」

「まあまあ、凄く似合ってるから、絶対大丈夫」
「うー。あんまりからかわないで」
「ごめんね――――これから事務の人を紹介するから」


 アスナがサチを連れて訪れた部屋には、大量に山積みされた紙が所狭しと机や床を埋めていた。


「…………アスナ、今やる仕事は無いって言ってたよね?」
「うん…………その筈なんだけど……?」
「いやー、おおきにおおきに!!」


 丸顔の男が山積みされた紙の奥から出てきた。


「ダイゼンさん。この紙の山は何ですか?」
「いやー、洒落にならん記載ミスがありましてな、全部ひっくり返してるとこですわ。
 ――――あれですなぁ、その子がクラディールが言ってた新しく入った?」

「はい、サチと言います。よろしくお願いします」
「丁寧なお辞儀。しっかりした子です――――助かりますなぁ」
「…………それじゃあ、ダイゼンさん。わたしは迷宮区に戻るので後はよろしく」


 ビシっ! っと敬礼してアスナは神速で逃げ出した。


「ええッ!? アスナ!? アスナー!?」


 遠くに聞こえるサチの悲鳴を聞きながらアスナは走り続けた。


「――――がんばってね、サチ。わたしも、わたしに出来る事をがんばるから――――」 

 

彼の養殖が始まりました

 第四十六層迷宮区。

 アスナと合流し、キリトの気力が続く限りパワーレべリングと称して迷宮区を駆け巡る。
 月夜の黒猫団に、正確にはサチの添い寝に付き合ってたキリトは、攻略組としての適正レベルはギリギリだった。


「おい、もうへばったか?」
「…………ま、まだまだ」
「携帯食料も片手剣の予備も大量にあるぞ、街に帰れると思うな――――お前が次に街の土を踏めるのは上の階層だ」
「――――わかってるさ」
「なら一匹そっちにくれてやる」


 鍔迫り合いで押さえ込んでいたモンスターをキリトの方向へ蹴り飛ばす。


「え――? うわッ!?」


 キリトは咄嗟にソードスキルを発動させて、飛掛かって来たモンスターをどうにか倒した。


「おー、これはおもしろい。次は二体同時に送るぞ」
「キリト君ー。わたしからも一体送るねー」
「――――ちょっと待てーッ!?」


 二体同時と時間差の一体を何とか捌き、キリトは息も荒く、剣を杖代わりに身体を支えた。


「――――流石に……ちょっと待ってくれ」
「…………まだまだ余裕そうだな」
「……そうね」


 俺とアスナは確認を取ると――――目の前の敵を全て放置して奥へと走り出した。


「――おおぃ!?」
「――――新しい敵をトレインしてくるから、それまでに倒して置いてくれ」
「いっぱい連れてくるから、待っててねキリト君」
「ちょっと待ってくれッ!? アスナ、クラディールっ!?」
「そろそろ回復ポーション一回分のダメージ量だろ――――ちゃんと飲んでおけ」


 キリトのバトルヒーリングスキルの回復量と俺達の往復時間を考えれば、HP八割の回復で戻って来れるな。
 奥に進むとガツンガツンと重い金属を叩く音が聞こえてくる。大盾二枚を重ねて両手剣の閂で塞いだ袋小路だ。

 更にその手前にはトラップ部屋が二部屋、ドアを開けると部屋の中からモンスターが寄ってくるタイプだ。
 アスナは右の、俺は左のドアを蹴破り、メニューから大盾と両手剣を消して袋小路のモンスターを開放する。


「――――おお? 思ってたよりもいっぱい居るな」
「まぁ、倒すのはキリト君だし――――全部連れて行きましょ」
「了解~」


 合計三箇所の狩場からモンスターをトレインしてキリトの所に戻ると、リズが遊びに来ていた。
 アスナが先行してリズに駆け寄る。


「リズー。黒猫団のみんなは?」
「ちゃんとエギルに預けて来たわよ、キリトにもその報告をね」
「シリカちゃんは?」
「…………相変わらずね、帰ったら一緒にお風呂に入って様子を見るわ」

「あー、良いなー、リズに時間が出来たら交代しない? シリカちゃんも心配だし、わたしもお風呂入りたいよ」
「そうね。ボス攻略までまだ時間があるなら、なんとか時間を作れるかもしれないけど」
「本当に? それならボス攻略の少し前に来て貰っても良いかな? ゆっくりお風呂に入りたいから」

「それじゃあ、時間合わせて交代ね」
「りょーかい」

「おーい、リズ、暇ならデカイ奴に一撃入れてから帰ってくれ、後はキリトがやる」
「はいはい、ちょっと待ってなさい」


 メニューを操作してリズがメイスと盾を装備した、俺とキリトが戦っている間をすり抜け大型へと駆け寄った。


「はい。まずは一匹目」


 リズがソードスキルを発動し、大型のHPを六割削る。


「雑魚が邪魔ね」


 寄って来た雑魚を盾で薙ぎ払い、二匹目の大型を吹き飛ばす。
 それから次々と六体の大型にキッチリ一撃入れて戻ってきた。


「はい。あたしのお仕事おしまい。次は明日の朝にでも来るわ」
「了解、おつかれさん――――そろそろ迷宮区のモンスターがリポップ時間だな。
 キリト、狩り残した雑魚とフィールドボスを時間内に狩り尽くす、リズを送るついでに入り口まで走るぞ」

「あー、大丈夫よ。入り口付近は他の攻略組も多いからリポップも少ないし、狩場を取られたら駄目でしょ」
「そうか? それなら途中までだな、どちらにしろ一度は中腹に戻る必要がある」
「そう? それじゃあ――――」
「悪い、流石にちょっと休ませてくれ………………――――――ッ!?」


 メニュー画面を開いたままキリトが硬直した。


「どうした? 装備の切り替えなら早くしろ、次のリポップに間に合わんぞ? それとも、本気で休憩が必要か?」
「――――いや、何でも無い。悪かったな、次は中腹からだったか」
「ああ、行くぞ」


 迷宮区の中腹でリズと別れ、俺達はキリトの養殖を再開した。



………………
…………
……


 第四十六層、血盟騎士団ギルドホーム。
 シリカは『メールで済ませたくない話』として、アルゴを呼び出していた。


「…………そうカ、ピナを失ったカ」
「……はい――――それで蘇生クエストの存在について聞きたいんですけど……」
「――――今あの馬鹿が調査に出ていル。オレっちは足手纏いだから同行できなイ」

「…………アルゴさんでも足手纏いになるなんて…………迷宮区――――ボス戦ですか?」
「……察しが良いナ、消去法で考えれば当然ではあるカ――――次の階層だナ、確定ではないガ、ピナが復活する可能性はあル」

「――――でも、クラディールさんは何も言ってくれませんでした」
「……不確定な情報で希望を持たせたくなかったんだろうナ、悪いニュースも確定しそうダ」
「悪いニュース?」
「他のビーストテイマーが使い魔を失ってからドロップしたアイテム『心』だガ、約三日で『形見』に変わるそうダ」

「――――もし、『形見』に変わったら」
「文字通りダ――――復活不可能だろうナ」
「…………そう、ですか」
「――悲観するナ、あの馬鹿は必ずやるサ。携帯食品を多めに買い漁った情報が来ていル、この街に戻る心算は無いのだろうナ」

「あたしに出来る事は何か無いですか?」
「何時でも出られる様にして置くんだナ、時間切れギリギリまデ、諦めるナ」
「――――はい」


 ノックと共にドアが開かれた――――リズとサチだ。


「シリカ、起きてる? あ、アルゴも来てたんだ――――お風呂まだでしょ? サチも連れて来たから、みんなで入りましょ」
「リズ。やっぱり遅い時間だし迷惑だよ、アルゴも迷惑だよね?」
「――――いヤ、別に構わんガ――――シリカ、背中を流してやろうカ?」

「え? ………………はい。お願いしますね! ――――サチさんもお風呂まだでしたか?」
「さっきまで資料の整理してたから、今日はゆっくり休んで明日にしようかなって、思ってたんだけど…………」
「駄目よ。一日の疲れは明日に持ち越さない――――明日はたぶんボス攻略、朝から忙しくなるから、今入っちゃいなさい」

「――――レイドの枠が埋まるカ」
「ええ、明日の朝にはキリトのパワーレベリングが終わる筈よ」
「聞いたナ?」
「――はい」
「――――さあ、お風呂お風呂。アスナの分まで入るわよ」


 深夜の入浴が終わった後、シリカはピナが、サチはキリトが居ない夜だが、
 リズとアルゴが一緒に泊まったおかげで、少しだけ安心して眠ることが出来た。 

 

ボス戦の準備をしました

 早朝、第四十六層迷宮区。


「ただいま。アスナ」
「リズー。おかえりー! シリカちゃんの様子はどうだった?」
「とりあえず。おかしな事にはなってないわよ――――ほら、代わりはやっとくから、街に戻ってお風呂入って来なよ」

「うん――――それじゃあ、キリト君、クラディール。次に合流する時はボス戦よ、後一つレベル上げて置いてね」
「――――わかってる」
「行ってらっしゃいませ、アスナ様」


 アスナが去った後、俺とリズでモンスターのHPを減らし、キリトがラストアタックを仕掛ける。
 何度かリズが一撃でモンスターのHPを削ってしまい、リズのレベルが上がる場面もあった。


「…………ワンランク下の武器にするべきかしら?」
「次の階層で好きなだけ暴れて良いから、今はそうしてくれ、キリトのレベルが上がらん」
「…………それだけ強いならボス戦に出れば良いのに――――何か理由でもあるのか?」
「うーん…………一度あたしとデュエルしてみる? 直ぐに理由が解るわよ?」

「え?」
「――――そうだな、キリトには口で説明するより一戦交えた方が早いだろ――――直ぐ終わるだろうし」
「直ぐ終わるは余計でしょ――――まあ、そのとおりだけど」
「???」


 リズがメニューからキリトにデュエルの申請をする。キリトは初撃決着モードでOKした。


「それじゃ、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょうか」


 カウントがゼロになり、リズはスタートダッシュで一気にキリトへ詰め寄った。


「――――よっこいしょッ!!」


 リズがソードスキルでメイスを振り下ろしたが、キリトは軽く回避――――片手剣のソードスキルを返し。

 ――――――あっさりと決着がついた。


「…………え? ええッ!?」
「あー、やっぱり、こうなっちゃうわよね」
「一体どう言う事なんだ――――まさか!? 戦闘の組み立てが出来ないのか!?」

「そう、正解よ――――あたしはモンスターの行動パターンを全部覚えないと、一体も倒せないのよ。
 将棋のルールは覚えられるけど、勝ち方が解らない。オセロもルールは知ってるけど、先読みがまったく出来ない。
 囲碁もお手上げね、五目並べも運が良ければ勝てるけど、今思えばアレはあまりにも弱いから勝たせて貰ってたのかもね」

「それじゃあ、格闘ゲームの対人戦とかも?」
「まったく駄目ね、NPC相手なら行動パターンを覚えて、レベル最強のボスも倒せたりするんだけど。
 こっちの狩りだって、アスナの後ろでモンスターの動きを覚えてからスイッチしてるのよ。
 HPの減り方も半端じゃないわ、相手の行動パターンを完全に覚えるまで、ポーションをいくつ使ったことか」

「――――そうか、それなら納得だ、いくらNPCがボスの情報を先に教えてくれるとしても、本番となると――――」
「初見殺しの技なんて使われたら、即死でしょうね。あたしが通用するのは戦術が要らないレベルまでよ」

「あの迷宮区のトラップを抜けられたのは、モンスターが沸くだけで指揮官クラスが居なかったからか」
「そうね新種と言えるほどの亜種も居なかったし、多少ダメージを貰っても、行動パターンさえ覚えれば、後は――ね」
「納得いった様だな? さあ、時間が無い――――レベル上げを急ぐぞ」


………………
…………
……


 第四十六層血盟騎士団ホーム、シリカの部屋。


「シリカちゃん。おはよう、ただいまー」
「おかえりなさい、アスナさん。おはようございます、今日はボス攻略ですね、頑張って下さい!」
「うん――――その前に、一緒にお風呂に入りましょうか」
「え? あたしは昨日入りましたけど?」

「まだわたしは入ってないし、お話しながらゆっくり入りましょ?」
「…………えと――――はい。一緒に入りましょう」
「よし、そうと決まったら早速服を脱ぎましょうか」


 アスナは右手で素早く自分のメニューを開き、左手でシリカの人差し指を握って、同じ様にメニューを開いた。


「――――え――――あの、自分で脱げますからッ!?」
「早く入りましょ――――サチに見つかる前に」
「サチさんがどうかしましたか? そういえば昨日――――サチさんが変な事を言っていたような? 資料――」
「さあ、早く入ろう。すぐ入ろう」


 あっと言う間にアスナとシリカの装備がメニューに収納され、バスルームに立て篭もった。


「シリカちゃん。髪洗ってあげる」
「あ、今解きますから待ってください」


 シリカがメニューから髪型をストレートに変更した、アスナも同じ様に髪を下ろす。


「はい、此処に座って」
 

 向かい合う様にイスに座って、アスナがバスタブをタップして湯を満たした。
 風呂桶の代わりに調理用のボウルでお湯をすくい、シリカの髪に浴びせる。
 SAOでは水を被っても直ぐに乾いてしまうので、バスタブに浸かるか特殊攻撃による状態異常でしか水浸しにならない。

 だから、わざわざバスタブの外でお湯を被っても何の意味も無い――――ただの自己満足でしかない。
 それでもアスナとシリカは、お互いの髪が乾く前に水を浴びせ合い、感覚を楽しんでからバスタブに浸かった。


「わたしが迷宮区に行っている間、何か変わった事はあった?」
「…………あの、ピナの事なんですけど――――復活クエストがあるみたいなんです」
「――――本当にッ!? どこでッ!? どのクエストッ!? 直ぐに行こうッ!! 今すぐッ!!」


 水面を揺らし、アスナがバスタブから片足を出した所でシリカが引き止めた。


「待って下さい、場所は次の階層、第四十七層なんです…………それに、制限時間もあるみたいで…………」
「詳しく聞かせて」


 落ち着いたアスナは改めてバスタブに入り直す。


「昨日アルゴさんに聞いたんですけど、クラディールさんはずっと前から使い魔に関するクエストを調べる様に、アルゴさんに依頼してたそうなんです。
 それでピナの様に死んだ使い魔が落とすアイテムが『心』で、これが『形見』になると…………恐らく時間切れだろうと」

「…………そう。今日のボス戦はスピード勝負ね。
 ――――それにしても、クラディールは相変わらずね、復活クエストがあるの知ってて、黙ってるなんて」
「…………まだ不確定な情報ですし、下手な希望を持たせたくないんじゃないかって…………時間切れもありますから」

「そっか…………そうだよね、わたしもまだまだだなぁ、目先の事ばっかりで、もっと先の事を考えないと」
「クラディールさんが言ってました、SAOをクリアするのは三年掛かるって――――みんな卒業して中学でも会えないって、
 実際もう小学校の卒業式も終わって、後一ヶ月で夏休みですよね…………早いですよね――――時間が経つのって」

「このデスゲームが始まってから七ヶ月、今日クリアすれば四十七層――――三年も掛かるとは思えないわ」
「…………第二十五層のボスを覚えてますか?」
「攻略組に死傷者が多く出たボスね――――良く覚えてるわ」

「あの時も言ってたんです、第二十五層はクォーターポイントだから――――絶対に何か仕掛けてくるって」
「…………次のクォーターポイント、第五十層のボスも危険だって事?」
「冗談半分で言ってました、茅場なら攻略組が半壊するぐらいはやるんじゃないかって」

「…………もしかしたら撤退も視野に入れないといけない……か…………でも、わたしが指揮できるのはフィールドボスまでだし、
 フロアボス戦は団長に指揮権があるから、頃合いを見計らって進言するしかないかな…………」

「――――あ、そろそろ時間ですよね、早く上がらないと」
「うん。頑張るからね」
「はい、頑張ってください」


 タイムリミットまで後二日。 

 

ボス戦は始まってました

 第四十六層ボス部屋。


「…………アスナ様、お時間です」
「…………ん…………もう時間? ボスは?」
「まだ半分も削れていません」
「もう――――どれだけ頑丈なのよ、硬いにも程があるわ」


 仮眠から目覚めたアスナが戦闘中のフロアボス――――巨大アルマジロもどきを睨みつける。
 アルマジロの外見から連想できるとおりボスの外装は硬く、ソードスキルのダメージがほとんど通らなかった。

 比較的攻撃が通りやすかったのは腹で、それでも攻撃が通ったとは言えない些細なダメージだ。
 ボスの行動パターンだが、背後まで囲むと丸くなって部屋中を飛び跳ね、暫くするとゆっくり歩き出す。

 正面に立てば腕を振り回すぐらいはするが、攻撃力の低いソードスキルでも相殺できた。
 そして、致命傷になる攻撃は一切してこない。
 何故こんな奴がボスなのか? ピナの復活を急ぐ俺達への嫌がらせとしか思えない。

 結論としては、腹以外への攻撃は武器の耐久値が無駄になると割り切って、
 スリーマンセルに変更して、二人がボスの攻撃を防ぎ、残りの一人がスイッチで腹を集中的に攻撃する。

 現状ではコレが一番効率的だろうと言う話で纏まり、長期戦を覚悟してシフトが回って来るまでは仮眠や食事など、
 かなりフリーダムなボス戦になってしまった。

 キリトもアスナも早々に寝てしまい――――ぶっちゃけ暇だった。
 戦闘を開始してから既に三十時間が経過しているが…………未だに弱点は見つかっていない。


「おーい、補給持ってきたわよー」


 開けっ放しの扉から彼女の声が響いた。


「リズっ!? 危ないよ、どうして来たの!?」
「アスナ達が丸一日経っても帰って来ないからアルゴに聞いてみたの、そしたら結構梃子摺りそうって聞いてね、
 血盟騎士団のホームから食料の補給を持って来たの、エギル達の分や聖龍連合からも預かってるわ、
 代表者か係りの人を呼んでくれる? それと、此処で武器の耐久値も回復させるから持って来て、かなり削られてるでしょ?」


 無駄な時間と武器の耐久値が減っている現状で、なかなか魅力的な提案だ。


「今回はオレっちのマネージメントだからナ、耐久値の回復には追加料金が発生するゼ、
 ――――もちろん、アーちゃんはサービス価格だヨ」


 やっぱりアルゴが発案者か…………ぼったくられるのが目に見えるな。
 アスナの細剣を受け取ったリズと目が合った。そしてリズが横に居た小さな影――――シリカの肩を叩いた。
 俺に気付いたシリカが此方に駆けて来た。


「クラディールさん!」


 ――――何故此処に来た? とは言えなかった。


「…………よく来たな、悪いが見てのとおりだ、まだ時間が掛かるだろう」
「…………そうみたいですね――――あの、あたし、じっとしてられなくて……何か手伝えたらと思って……」

「気持ちは嬉しいが、リズの近くで大人しくしてろ、アレが飛び跳ねたら面倒な事になる」
「…………ですよね。ちょっとだけ、何か出来る事があったらと……思っただけですから…………」


 シリカがしょんぼりと肩を落とす。


「お前が無事で居る事の方が安心できる、無茶な事は俺やアスナに任せれば良い」
「――――」


 一瞬だけシリカが何か言い出そうとして――――思い直したのか、何も言わずにリズの方へ戻った。
 言いたい事は山ほどあるだろうが、第十層以来シリカをボス部屋に連れてきた事はない。
 次の第四十七層で手に入るプウネマの花でピナが何時でも復活できる様になるまでは危ない事はさせたくない。

 

………………
…………
……


 そろそろ血盟騎士団のシフトに変わろうとする時だった。


「ちょっと、あんた」


 振り返ればリズが居た。


「どうした? 武器の耐久値なら間に合ってるぞ? お前なら俺の武器の総量、知ってるだろ?」
「そうじゃなくて、あたしも次のアタックに参加するって言ってるの」
「…………ボス戦だぞ?」

「わかってるわよ、ボスのHPバーがラストになる前に離脱すれば良いんでしょ、あたしのSTRなら時間短縮にもなるわ」
「他の連中はどうするんだ? 武器の耐久値が回復してない連中も居るだろ?」
「アルゴの価格設定が少し高かったみたい、結構な金額にはなったし、もう持ってくる奴は居ないみたいね」

「お前、自分の欠点忘れてないよな?」
「大丈夫よ――――あのボスの行動パターンって片手で数えられる程度じゃない、研磨するついでに見てたけど、もう覚えたわよ。
 それよりも、もう時間が無いんでしょ? もう直ぐ夜明けよ、昼過ぎまでに次の階層に行かないと」

「…………お前にそんな話してたっけ?」
「アルゴから聞いたの、だからこの依頼を引き受けたのよ――――何で言わなかったの? 知ってたらもっと協力出来たのに」

「まだ確実って訳じゃない、裏付けの取れていない情報で熱くなるのもな…………」
「それでも、少しでも可能性があるなら賭けた方が良いじゃない、他に見つからなかったんでしょ?」
「……ああ」
「なら、あたしはこの情報に賭けるわ! あたしも前に立つ、少しでもボスのHPを削って――――次の階層へ行くっ!!」


……
…………
………………


 攻略組とボスが削り合いをしている場所まで近付く。


「左の攻撃は俺が止める、右の攻撃はアスナだ、リズは中央で腹への攻撃に集中してくれ」
「了解」
「リズ、本当に大丈夫? 攻撃パターンが変わったら直ぐに逃げてよ?」
「大丈夫だって、アスナったら心配し過ぎよ」
「時間だ、次でスイッチ入れるぞ」


 ボスから繰り出される左右の振り下ろしを俺とアスナのソードスキルで払い除ける。


「今だ、リズ!」
「ふうぅッ、えいッ!!」


 リズの振り下ろした一撃がボスのHPバーから五パーセント、いや、六パーセントほど削り取った。
 攻略組の平均が二パーセントから三パーセントだった事を考えると倍か、それ以上のダメージを与えている。
 次々とHPを削るリズの姿を見て、攻略組が次第に騒がしくなっていく。


「おお、すげえ」
「マジかよ、どれだけ攻撃力上げたんだよ」
「撲殺の名は伊達じゃねえな」
「何で今までボス攻略に来なかったんだ?」


 リズの耳にも届いているのだろう、異性から持ち上げられて、顔を少し赤くしながら攻撃を続けている。
 ――――恥ずかしいのか? まぁ、『撲殺』の名前はアレだろうけど、顔を真っ赤にするほどかね?
 あ、そう言えば、リアルのリズ、『篠崎里香』は、中学校では髪型が三つ編みの優等生女子だったっけ?
 異性に褒められたりだとか、他人からお世辞を言われる経験が少ないのかもしれないな。

 そして、リズの攻撃でボスのHPバーが半分を突破した瞬間、攻略組から怒号の歓声が上がった。


 ――――おかしい。


 いつもの攻略組なら、もっと殺伐とした空気で、黙々と自分のギルドが優位になるような駆け引きばかりしていた筈だ。
 ボスの前に三人しか立てなくて、暇を持て余しているにしても騒ぎ過ぎだ。


 誰かが攻略組の無意識を意図的に騒ぎ立てて持ち上げている奴が居るな。


 視界の端を注意してみれば、攻略組の誰もがリズの活躍を見守っている中で、足を止めずに動いている奴が数名居る。
 声を出していない攻略組の後ろに潜り込んでは、着火でもする様に声を出している奴が居た。


 ――――アレが原因か!


 人は図書館やテスト中、授業中など、静かにしなければならない場所で、気が付けばお喋りをする程に騒がしくなる事がある。
 始めはノートを擦る筆記用具の音だったり、誰かが鼻を啜った音、咳をした音、椅子を引いた音、机を直した音。
 『他の人がこれくらいの音を出しているから、自分がこれくらい音を出しても大丈夫だ』その無意識が雑音を広げる。


 問題なのは、今それを利用している連中は、リズの弱点を充分把握しているって事だ。
 元々戦闘に不慣れだったリズを、無理やり最前線で戦う様に仕向けたのは俺だ、
 だからリズをボス戦にも出さず、この弱点を伏せて来た。

 なのに、この演奏を指揮している奴は、俺達の関係を良く観察して的確に弱点を突いてる。
 こんな悪戯を仕掛けてくるのは『笑う棺桶』ラフィン・コフィンの連中だろうな。
 攻略組にも混ざってるとは思ってたが、まさか此処で仕掛けてくるとは…………。

 ついにボス部屋全体が攻略組の大合唱で揺れていると感じるほど熱は高まった。
 ボスのHPバーが減って、もう直ぐ攻撃パターンが変わる、リズを止められるのか? 

 

演奏が止まりました

「リズ、次の攻撃で終わりだ、後方へ下がれ」
「何でよッ!? まだ攻撃を続けられるわ!」
「死にたいのかッ!? お前は!」
「大丈夫よ、まだ行ける!」


 リズの攻撃がヒットする度に攻略組からの歓声が大きくなる。無責任に楽しみやがって。


「アスナ、リズを説得しろ! 攻撃パターンが変われば、絶対取り巻きが出現する、リズじゃ不利だッ!」


 耳を劈く歓声の中で、熱くなっているリズにも充分聞こえる様にワザと大声を出した。


「…………もう少し、リズに任せてみても良いんじゃないかしら? 取り巻きは他の攻略組に相手をさせましょう」


 ――――駄目だッ!
 アスナまで場の雰囲気に飲まれている――――リズを殺す気かアスナっ!!


 そして、ボスのHPバーが最終ゲージまで減り、攻撃パターンが変化した。


 ボスの腹が急激に膨らみ、雄叫びと共にボスの口から大量のブレスがリズに吹付けられた。
 同時にボス部屋の至る所で爆発――――いや、ボスの取り巻きが大量にポップした。
 取り巻きの大きさは一メートルちょいのアルマジロもどきで、その数は少なくとも四十匹以上、攻略組の隙間を埋め尽くす程だ。


「リズ、無事か!?」
「な、何よコレ!?」


 リズのHPバーが毒状態を表示して、HPがジリジリと減り始めている。
 この減り方は死にはしないが、HPの九十八パーセントを減らすタイプだ――――解毒結晶は――――


「あんた、前っ! 前を見なさいッ!!」


 リズに言われて視界の端を確認すれば、滅茶苦茶に腕を振り回すボスの攻撃が俺に迫っていた。
 手ごろなソードスキルにポーズを合わせて放つ――――当たりはしたが、直ぐに持ち直して攻撃を続けて来た。

 ボスが何か不自然な動きをしている感じがする。まるで俺を見ていないような?
 その予感は直に的中した、ボスは俺を無視してリズの前に躍り出る。


 ――――くそッ! リズの解毒が間に合わないッ!


「アスナ、リズを守れ!」
「ごめん、今は無理っ!」


 何馬鹿な事を――――アスナを確認すると、ボスの取り巻きが四体、いや、六体の攻撃をアスナが捌いていた。
 俺の所にも五体、奥のを含めると八体以上迫って来た。
 他の攻略組も大量にポップした取り巻きに大混乱になっている。


「リズっ! ボス部屋の外まで逃げろッ!! まだドアが開いている、急げ!!」
「判ってるわよッ!」


 だが、言葉とは裏腹に、リズはボスの攻撃を相殺するのに精一杯だ。
 新しい攻撃パターンも増えて、何回かモロに攻撃を食らい、リズのHPバーはイエローに落ちる寸前になった。


「アルゴっ! シリカっ! どこだッ!? リズを逃がせッ!!」


 ドアの近くに居た筈だ、応えてくれッ!


「取り巻きは任せロ、お前はリズを助けて離脱するんダ」
「――――はいッ!」


 攻略組と取り巻きの乱戦の中で、アルゴはシリカの分まで取り巻きのタゲを集め、シリカはボスの前に姿を現した。


「てえぇぇいッ!!」


 シリカのソードスキルがボスの攻撃を相殺していく、危なげだが、リズと違ってしっかりと対処できている。


「リズさん、今の内に!」
「ごめん、シリカ」


 出口に向かってリズが走り出す――――――ボスが少し足踏みをした!?
 よく観察すれば、ボスが足の向きを反転させている。


「シリカっ! 次の攻撃は避けろッ!! 吹き飛ばしが来るぞッ!!」
「――――――えッ!? きゃあああああ!?」


 シリカがボスの攻撃を相殺しようとソードスキルを交わした瞬間、
 システムが吹き飛ばしを判定し、ワイヤーアクションが発動してシリカは吹き飛ばされ壁に叩き付けられた。
 直ぐにシリカのHPバーを確認するが、思ったより減っていない、ソードスキルで相殺した分はダメージを受けずに済んだ様だ。


「シリカっ!?」
「立ち止まるな、転倒が発動しただけだッ!」


 シリカの安否を確認しようとしてリズが立ち止まり、ドアまで後数歩と言う所で――――――ボスに追い付かれた。


「キリトはどこだッ!!」
「すまん、此処にいる、流石に無理だ!!」


 意外と近くで声がした。見れば俺とアスナの傍で取り巻きを狩っていた。
 ――――くそッ!! 何故ボスはリズばかりを狙う!?
 これだけ攻略組が居るのに、HPがリズより減っている奴だってかなり居る。


 あと考えられるとしたら――――――やるしかないか。



………………
…………
……


 ついに、あたしのHPバーがイエローに突入した。
 死。死があたしの目の前にチラつく。やだ、死にたくない――――死にたくないよ。
 何でこんな事になっちゃったんだろう? 何であたし、行けるって思っちゃったんだろう?
 あたしはアスナみたいな攻略組じゃないのに、マスターメイサーって言っても、ただの鍛冶屋なのに、何で…………。


 ボスの攻撃に合わせてソードスキルで相殺する。
 もうボスの攻撃パターンは全部覚えた、全部覚えたけど――――誰も手伝ってくれない。
 あたしのHPバーがレッドに変わる。やだ、やだよぉ。
 泣いちゃ駄目なのに、視界が悪くなって、相殺し切れなかったボスの攻撃が、またHPを削っていく。


「………………もう、駄目ね」


 次の攻撃で、あたしの人生終わる。
 ドアを前にして、あと一歩、あと半歩だけ後ろに下がれたら、あたしは生き残れたのに…………。
 もう間に合わない。
 終わりだ。



 ――――――けど、何時まで経っても、ボスが振り上げた腕は、あたしを攻撃しなかった。


「――――あ、れ…………?」


 ボスは何故か、あたしを見ていなかった。
 部屋の奥へ振り返って、真っ直ぐ戻って行った。


「………………何で?」


 視界が揺れる――――――違う、あたしが動いてるんだ。
 ゆっくりと後ろに倒れてる、尻餅を付いた所は――――ボス部屋の外だった。
 でも、あたしの膝から先は、まだボス部屋の中に入ったままで――――何故ボスはあそこで振り返ったの?


「リズさんッ!! 無事ですか!? しっかりしてください!!」


 状況が把握できないまま、シリカがあたしに解毒結晶を使って、ポーションを押し付けてくる。


「早く飲んでください、ボス部屋の外でも、他のモンスターがポップするかもしれないんですから!」
「…………シリカ、あたしどうして生きてるの?」


 あたしは、まだ生きていられる事が信じられなかった。 

 

ちょっとした勝負にでました

 リズの姿がボスの身体でHPバーごと隠れた、ボスの振り下ろしは続けられている。
 現状――――――近くに居るのはキリトとアスナ、ボスの取り巻きが見渡す限りで三十以上、攻略組は乱戦中。

 ――――リズはまだ持ち堪えているな。やるなら今しかない。


「キリト、二十秒で良い、取り巻きを俺に近づけさせるな」
「わかった、何をするつもりだ?」
「黙って見てろ」


 ――――落ち着け、落ち着けよ、俺。

 メニューを開き、一番攻撃力の高い片手剣を取り出し、地面に刺す。
 続けてメニューから全防具解除を選んで実行する。
 全ての防具が解除され、俺の防御力はほぼゼロに近くなった。

 アイテムから強力な劇薬を二つ、いや、三つ目まで行けるか?
 ――――――毒薬の瓶から栓を外し、一気に三本とも飲み干す。
 これでリズと同じ毒状態になった、防御力を落とす毒も混ぜたから更に状況は酷い事になってるが、まぁ、行けるだろう。



 ――――――――バトルヒーリングスキルのカウントを合わせろ、3、2、1――――今っ!!
 地面に刺した片手剣を逆手で抜き取り、自分の腹に突き刺した。しっかり根元までねじ込む。
 毒の強烈な不快感と腹への自傷で勝手に膝が曲がり、前のめりに倒れた。

 俺のHPバーはまだイエロー、まだだ、まだ足りない。
 一度腹から片手剣を抜いて、左腕を切り落とした。
 部位欠損ダメージで左腕が一時的に消滅する。

 やっとHPバーがレッドに突入し、残り三パーセントまで削れた。
 毒の効果から言って、このままHPの残りが二パーセントになったらボスが必殺の一撃を繰り出してくる可能性が高い。
 更にHPが削れそうになった瞬間、バトルヒーリングスキルがHPを四パーセントまで回復させた。
 ――――良し、これでボスの必殺技は発動しない筈だ。


 思惑通り、ボスがこっちに向かって歩いてくる。


「正気かクラディールっ!? お前何やってるんだッ!? 早くポーションをッ!」
「ギャアギャア騒ぐな、キリトっ!! ボスが戻ってくるぞ、準備しろ、迎え撃て!」
「リズはッ!? リズはどうなったの!? 生きてるのッ!?」
「少なくとも此処から消滅エフェクトは見えなかった――――――シリカも騒いでない、今はボスに集中しろッ!」


 片手剣を再び地面に刺して、メニューから全防具装備を選んで実行する。
 左腕が部位欠損で装備できないと警告が出たが無視をする。
 左腕の回復まで少し時間が掛かるが――――大丈夫だ、俺は一人じゃない。


「クラディール、一度壁まで下がれ、HPと部位欠損ダメージが回復するまで前に出るのは危険だ」
「そいつは無理だな、あいつをご指名したのは俺だし、此処で迎え撃った方がマシだ」
「――――やれるのか?」
「――――やるしかないだろ?」


 ボスが攻略組と取り巻きを押しのけて、俺達の前まで姿を現した。


「よう、落とし前をつけさせて貰おうか」


………………

…………

……


 キリトとアスナ、そしてヒースクリフ、途中から左腕が復元した俺、ついでにゴドフリーの前に、ボスはあっけなく消滅した。
 遠目にリズとシリカの無事も確認した、アスナはリズに抱き付いてに謝っている様だ。
 ボス戦終了後の話し合いはアスナに任せて、俺はキリトとアルゴの三人で先に第四十七層へ向かう事にする。


「――――ちょっと待ってよ」
「ん? どうかしたのかリズ?」
「ねえ、あの時、何であんな事したの?」
「何の話だ?」


 はて? 何か問い詰められるようなセクハラをしたっけな?


「…………アスナとシリカから聞いたわよ、あたしを助ける為に毒を飲んだり腕を切り落としたりして、ボスのタゲを変えたんでしょ?」


 あー、そっちか、アスナは近くにいたし、シリカにまで見られていたか。
 リズはボスや取り巻きの影に隠れてたし、直に問い詰められるとは思っていなかった。


「もしかしたらお前からタゲを外せるかもしれないと思ってな」
「――――それだったら、もっと他に方法はあった筈でしょ!?」


 結構食いついてくるな、宥めるのは骨が折れそうだ。


「あの状況で他に試せそうな案が浮かばなくてな、お前も俺も生き残ったんだし、
 今は良いじゃないか、ピナの復活を優先させたい。反省会は帰ってからやろう」
「あたしも一緒に行く! 手伝わせてよ!」
「落ち着けって、これから上の階層に行くんだぞ? 未知のモンスターが出てくるだろ、じっくりやってる時間は無いんだ」
「…………わかったわよ、足手纏いは要らないって事ね…………」


 今度は拗ね始めた、リズ自身も感情のコントロールが出来てないな。


「リズ、今は実感が無いだろうが、俺達は死に掛けたんだ、此処で無理をして心を削る時じゃない」
「あんたが何を言ってるのか解らない――――あたしは連れて行けないんでしょ? 良いわよ、大人しくしてるわ」


 八つ当たりと落ち込みか、このまま放置は無いな。


「リズ」
「…………何よ」


 無視はされなかった、まだ余裕はある。


「消耗した武器を交換してくれ――――持って来てるんだろ? 研磨を頼んでた武器」


 リズがメニューを開き、預けていた片手剣や両手剣を渡してくる。


「…………あんたってズルい」
「そうでもないぞ? 他の連中が何かするならもっと上手くやるだろうな」
「…………そうじゃなくて…………もういいわよ」


 張り詰めていた雰囲気が少し柔らかくなったか?


「それじゃ、行って来る。シリカの事、頼んだぞ」
「まって、先にシリカちゃんを第四十七層の街に連れて行って」


 振り返るとアスナがシリカの手を引いて近付いて来た。


「ギルドの雑用はどうするんだ? 色々と話を詰めるのはこれからだろ?」
「わたしは血盟騎士団副団長の立場があるから最後まで抜けられないし、今回はシリカちゃんまで付き合わせる訳には行かないわ。
 ――――――外はもう夜明けよ、今日の昼ごろがタイムリミットなんでしょ?」
「………………一応な」


 シリカの前で触れて欲しくなかったが…………まぁ、そこがウチの副団長様ってところだろうな。


「だから、血盟騎士団副団長として命じます。クラディール、リズとシリカちゃんを上の宿まで送った後、必ずピナを復活させなさい」
「……――――わかりました。必ず」
「時間が無いゾ、街を散策するなり補給する時間は四十分以内にしてくレ、それまでに街の南門に集合で良いナ?」
「了解」


 ボス部屋の奥から螺旋階段を上ると、一面の花畑に暫く目を奪われた。
 此処が第四十七層か。


「綺麗な所ですね」
「足を止めて悪かったな、街へ急ごうか」
「いえ、時間ができたらこう言う所でのんびりしてみるのも良いなと思って」
「…………時間ができたらな」


 俺達は第四十七層の街を目指した。 

 

思い出の丘に向かいました

「第四十七層の街はフローリアって名前なのか」
「俺達は先に宿を探してくる、補給は適当にやってくれ」
「オレっちは継続イベントを一回りだナ、他の攻略組に持っていかれるわけには行かなイ」
「んじゃ、南門でな」


 それぞれ、思い思いの場所に散っていく。


「さて、でかい風呂を完備した宿屋を探すぞ」
「はい」


 あれからリズは口数が少なくなったな、まぁ、ついさっき死に掛けたんだから仕方ないか。
 ふと振り返れば、リズがボーっとしたまま足を止めていた。


「――――どうした? リズ?」


 特に何かを見つけた訳でもなく、俺を見つめたまま何も言わない。


「シリカ、悪いがリズの手を引いて来い、向こうの世界に行っちまってる」


 シリカがリズに近付いて目の前で手を振るが反応が無い、手を引いたところで、やっとリズが正気に戻った。


「え? あ、ごめん、ボーっとしてた?」
「あぁ、かなり重症だったぞ、早く宿で休め」
「…………そうするわ」


 今度は顔を伏せて、明後日の方向にトボトボと歩き出した。
 ――――――シリカと顔を見合わせた後、リズをシリカに捕まえさせた。


 それから暫くして、目的の宿を見つけた。


「此処の宿なら大きなお風呂があるみたいです」
「やっぱり今まで泊まってきた宿と同じ様な外観や内装だな」
「チェーン店なんでしょうか?」
「全階層に展開してるってなると、かなり巨大な組織になっちまうぞ? CGの使い回しじゃないか?」

「夢を壊すような事を言わないで下さい」
「ファンタジーな世界にチェーン店を持ち込む時点でどうかと思うぞ?」
「クラディールさんが言い始めたんじゃないですか」
「アインクラッドの建築技術では宿屋ってのは全部こんな感じなのかと疑問に思っただけだ、
 ほれ、とりあえず部屋を見せて貰うぞ、鍵を借りて来い」


 リズをロビーに座らせて、シリカがNPCの店員から部屋の鍵を借りて直接部屋へ向かう。
 部屋の内装は問題無く、隣の風呂場も充分広かった。


「この部屋で問題ないな?」
「はい、大丈夫です」
「んじゃ、チェックインしてリズを連れて来てくれ」
「わかりました」


 シリカが鍵を持ってフロントへ向かった。
 俺は念の為、この部屋にコリドーの出口をセットしておく、転移結晶で戻れるのは転移門だし、
 そのタイムロスが原因でピナが復活できなかったら最悪だからな。
 暫くすると、シリカがリズの手を引いて部屋に戻ってきた。


「チェックインは済ませました」
「良し、俺は直に出る、昼過ぎには必ず戻るから、何時でも出られる準備をしておけよ?」
「はい――――ピナの事よろしくお願いします」


 シリカはリズを連れて、奥の椅子に座らせた。リズは相変わらず上の空だ。


「本人を連れて行かないと駄目っぽいからな、あんまり此処から離れるなよ?」
「はい」
「…………それと、リズが変な事しない様に、少し気にしてくれ」
「わかりました」


 部屋の奥を見れば、シリカに誘導されるがまま椅子に座らされたリズがボーっとこちらを見ている。
 間違いなく聞こえた声は右から左に抜けてるな。


「それじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」



 宿から離れて南門へ向かうと、既にキリトとアルゴが待っていた。


「待たせたか?」
「少しだけナ」
「直に出発しよう、俺のせいでピナがやられたんだ、早くシリカの元へ帰してあげたい」
「補給は充分だナ? 行くゾ」


 俺達は思い出の丘に向けて走り出した。
 途中で触手を生やしたモンスターに何匹か出会ったが、かなり弱く、俺やキリトには大した障害にならなかった。
 紅一点のアルゴも、触手に怯む事無く、あっさりと倒していた。


「――――さっきから期待に満ちた目で見てくるガ、何が言いたイ?」
「気持ち悪くねーのかなと」
「問題なイ、経験値もそれなりに入ってるしナ」


 どうやら全く問題ない様だ、ちょっと拍子抜けだな。


「怖がって見せるべきだったカ?」
「何と言うか、時間の無駄だからまた今度にしてくれ」
「オレッちもそう思うゾ」

「ところで、クラディール、本当にこの道で合ってるのか? 南門から出て結構経つぞ?」
「心配無い、もし間違ってたとしても転移結晶もあるし、コリドーも街にセットして来た、
 何か問題が起きたら何時でも対処できる様にしてある」
「わかった、思い出の丘へ急ごう」


 それから、少し道を登った所に思い出の丘があった。


「此処で間違いなさそうだナ」
「あの岩がプネウマの花が咲く場所か、やっぱりシリカ本人を連れて来ないと咲かないみたいだな」
「オレっちは周辺のモンスターを駆除しておク、シリカの迎えは任せタ」
「ふむ、タイムリミットまで少し時間は残ってるが、早い事に越した事は無いか」


 メニューからシリカ宛にメッセージを入力する。


【思い出の丘は確保した、直に迎えに行くから宿で待ってろ】


 送信した瞬間、数秒で返信が帰ってきた――――何かメニュー開いて操作してる最中だったか?
 続けて一番近くに居るであろうリズに、アスナとサチはまだギルドの雑用に追われてるかもしれないが、一応送っておく。
 シリカからの返信を開いてみると【何時でも出れます】との事、んじゃコリドーで迎えに行くとするか。


「キリト」
「――――何だ?」
「ピナを失った責任に関してはコレでチャラだ、此処で解散するか? 最後まで見ていくか?」

「最後まで見て行くよ、シリカにもちゃんと謝りたい」
「ほう、ビーター様は律儀だな、それなら一緒について来い、これから宿に戻ってシリカを連れて来るぞ」
「了解」


 俺はコリドーを開き、キリトと共にフローリアの宿に戻った。 

 

ミニイベントが始まりました

 クラディールがコリドーで繋げた場所は宿屋の一室だった。


「此処は? シリカ達はどこにいるんだ?」
「…………静かにしろ、イベントが始まっている」


 いきなりクラディールが声を潜め始めた、聞き耳スキルを使ってるのか?
 通常ならドア越しの音はノックをしないと聞こえないが、聞き耳スキルを上げているのならノックの必要は無い。


「…………イベント? 何のイベントなんだ?」
「…………良く聞け、さっき街を散策した時に見つけたイベントだ。
 普段は細い武器のような鋭い棘を装備したサボテンが咲かせる花がある」
「サボテン?」


 花の多い街だと思ったけど、サボテンに関するイベントまであったのか。


「サボテンと言ってもモンスターの一種で二メートルも無い、
 花を咲かせる時だけ全身の棘が全て抜け落ちて柔らかくなるんだ。
 そして、かなり素早くなる。俺やリズは当然、シリカのスピードでも無理だった。」

「という事は、俺のスピードを当てにしているのか?」
「そう言う事だ、一匹で良い、傷を付けずに取り押さえてくれ、
 取り押さえられたサボテンは警戒音を出して仲間に知らせるのだが、これがやっかいでな」

「――――他のモンスターも呼び寄せるのか?」
「あぁ、察しが良くて助かる、俺はそっちを撃退する、捕獲の方は任せた」
「俺はそのイベントを受けてないぞ? 部外者が参加して大丈夫なのか?」
「レベル三以下だからな、手持ちのアイテムで何とかなるレベルだ、部外者の参加も問題無い」


 クラディールが言ったレベル三以下のクエストとは、
 お使いイベントで、あらかじめ用意していたアイテムをキーアイテムとして渡しても成功としてみなされる下位クエストの事だ。
 確かに、STRに振っているクラディールのスピードでは、こういうスピードが重視されるイベントは難しいだろう。


「このイベントの成功報酬って何が手に入るんだ?」
「そこは成功してからのお楽しみだな、アルゴを待たせると金を請求されるかもしれないし、さっさとやるぞ」
「そのサボテンってのは何処に出るんだ」
「あぁ、隣の部屋に数匹追い詰めてある、棘もとっくに抜けていて、後は捕まえるだけだ」

「…………どうやって追い詰めたんだ?」
「追い詰めたと言うより、サボテンの方から袋小路に入り込んだんだよ、
 数匹追い込めば捕獲できると思ったがサッパリだ、沸いてくるモンスターを狩るだけでタイムオーバーだったよ」


 サボテンに逃げられてモンスターを呼ばれ続けるクラディールの姿が思い浮かぶ。


「俺がドアを開ける、開けた瞬間に隙間から抜け出そうとする奴が居るかもしれないから注意しろ」
「わかった」


 クラディールが隣の部屋のドアの前に立つと、メニューを操作して木箱をドアの前に積み始めた。


「気休めだが障害物だ、どんなに早くてもドアの隙間から出られる角度から飛び出せば絶対に激突するだろう」


 こういう小細工を駆使してサボテンを追い込んだのか。


「では、開けるぞ」


 クラディールは音を立てない様にゆっくりとドアを開く、隙間が開いて暫くしたがサボテンが無理やり出てくる様子は無い。
 俺はクラディールにドアを完全に開く様に、合図を送る。
 クラディールがドアを完全に開け放ち、俺は部屋の中に飛び込んだ。


………………
…………
……


 あたしは宿屋の一室で椅子に腰掛けながら、ベッドの上でピナの羽を眺めているシリカをボーっと見ていた。
 あれから、死に掛けたボス戦の事がずっと頭の中でグルグルと巡っていた。
 攻撃パターンが変われば、あたしは足手纏いになる。
 これまでボス戦に参加しなかったのは、それかあったからだ。


 熱くなって、周りが見えなくなって、何度も止め様としたあいつの言葉も遮って。
 ホント、何やってんだか…………。



「ただいまー」
「た、ただいま……」


 部屋のドアが開かれるとアスナとサチが入って来た。
 ズンズンっと、まるで舞台上で男役が歩く様な、少し芝居がかったアスナがテーブルまでサチを引っ張ってくる。
 サチは無理やり引きずられて、避難する様に近くの椅子に座り込んだ。


「おかえりなさい、アスナさん。サチさん。お疲れ様でした」
「…………あれ? もうそんな時間なの? 結構早かったわね?」
「何言ってるの、もうお昼前だよ、これでもしっかりお仕事終わらせてきたんだから」


 サチの方に目をやると。


「そうだね、アスナの書類捌き凄かったよ――――私も見習わないと」
「キリトくん達から連絡は?」
「まだね、何かあったら直に連絡するでしょ」
「そっか、それじゃあ、みんなでお風呂に入ろっか」


 いくらなんでも唐突過ぎるわよ。


「ちょっと、あたしは流石にそんな気分じゃ…………」
「心のリフレッシュは大事だよーリズ。それとも、もうお風呂に入ったの?」
「いや、まだだけど…………さ」
「丸二日もボス戦やってて、もうヘトヘトだよー、みんなでお風呂に入りたいなー」


 このパターンはアスナの強制モードだ、あたしの髪型もそうやって今のショートになったし、色だって明るく染められた。
 他のファッションに関しても大抵はアスナの意見が反映されている。
 まぁ、なんだかんだ言っても、そうやってアスナに世話を焼かれるのも嫌いじゃない。


「はぁ…………わかった、わーったわよ、みんなで一緒にお風呂入れば良いんでしょ?」
「うん。ありがとうリズ。ほら、サチもシリカちゃんも行くよー?」
「え? 私はゆっくり休んで居たいかなって…………」
「駄目駄目、サチも一緒だよー」
「ええーっ!?」


 浴室にサチがズルズルと引き摺られて行く。


「シリカも一緒に行こう?」
「…………はい」


 浴室に入ってメニューの中から全装備解除をクリック、すると今度は全下着解除に変化するので、続けてクリック。
 先に入ったアスナとサチは洗いっこをしている。


「ほら、シリカ、髪を解いて」


 シリカはメニューから操作して髪を下ろす。あたしもメニューから髪飾りを解除する。


「あたし達はバスタブに浸かろうか」


 先にシリカがバスタブに入って、それにあたしも続く。
 バスタブに満たされたお湯が足を軽く圧迫し、擬似的な水圧を感じさせる。
 やはり、現実世界のお風呂と比べるとまだまだ水の再現は難しいようだ。

 それでも、まだ第一層に居た時よりも水の再現が良くなっている様な気がしないでもない。
 あたしがこの世界に慣れてきたのか、それとも――――あたしは現実を忘れそうになっているのか…………。
 たぶん、両方なのかもしれない…………早く現実に帰りたい。こんな偽物だらけの世界…………早く終わっちゃえば良いのに。


 気付けば何時の間にかシリカはメニューからピナの羽を取り出して眺めていた。
 『ピナの心』が『ピナの形見』に変われば、二度とピナが復活する事は無い。
 そのタイムリミットも後数時間も無い筈。
 あたしは――――その瞬間が訪れた時、シリカに何て言えば良いんだろう。


【クラディールからメッセージが届きました】


 ――――来たッ!?
 シリカもメニューからメッセージを読み始めてる、あたしも急いでメッセージを開く。

 
【思い出の丘は確保した、近くにシリカが居るなら宿に戻って待機しろ、直で戻る】


 ――――やったッ!? これでピナの復活が可能になるのッ!?


「シリカっ!! やった、やったわよ!!」
「――――はい!」


 思わずシリカの手を取って強く握ってしまう。
 これでいつもの日常が帰ってくる、何もかも元通りになるんだ。


「……リズ? どうしたの? 何の話?」
「あれ? アスナにはメッセージ来てないの?」
「あ、今来たみたい――――」


 アスナとサチの方にもメッセージが届いたのか、メニューを開いてチェックを始める。


「あたし、直に準備します」


 バスタブからシリカが立ち上がる。


「流石に急ぎ過ぎじゃない? あいつが戻ってくるまで、もう少し浸かってても良いんじゃないの?」
「そうだよー、今入ったばかりだし、もう少しゆっくりしてようよ」


 アスナが洗い場からバスタブに浸かろうと歩いて来た所で――――視界の端でドアが開いた様な気がした。

 ――――――――いや、開いた。

 アスナは一瞬で黒い影に襲われ、倒れた。

 ――――良く見れば、全身真っ黒の装備に片手剣を背負った男に組み伏せられていた。 

 

なんとか復活しました

「お前達の『少し』は長いからな、強行突破をさせてもらう」
「――――なっ!?」


 耳元!? いや、直ぐ傍で話しかけられているのに姿が見えない!?


「コリドー、オープン」


 あいつの声が聞こえると目の前の空間が歪む、爪先に水の流れを感じ、胸や背中の感覚から水が減っているのが解る。
 数秒もしない内にバスタブの湯が吸い込まれ空っぽになった――――って空!?


「行くぞシリカ、もう時間が無い」
「はい!」


 目の前に居たシリカが背後の空間に吸い込まれた、いや違う、あいつがコリドーで連れて行ったんだ。
 いや、それよりもッ!?
 あ、あ、あ――――――――見られたッ!? 全部見られたッ!?


「いやああぁあああぁあぁあぁあああぁああぁッッ!!」


 ――――――あたしが悲鳴を上げるよりも先に、アスナの悲鳴が上がった。
 そういえば侵入者はもう一人居たッ!?




………………
…………
……



 鼓膜が破壊されるほどの警戒音、じゃなかった、悲鳴により、何となくだが俺にも現状が解って来た。
 クラディールに言われるがまま、開かれたドアに飛び込み、サボテンと思われる大きさの物体を捕獲したつもりだった。

 ――――――――だが。

 今、俺の手の中には、捕獲するべきサボテンではなく、血盟騎士団の副団長様が居る。


「や、やあ、アスナ、こんな所で会うなんて奇遇だな」
「――――キリトくん」
「は、はい、何でしょうか、副団長さま」
「第一層の時といい、その後も階層を上る最中に何度か、いえ、何度もいつかはこうなるんじゃないかって思ってたけど。
 ――――――どうしてこうなったのか、説明して貰えるんでしょうね?」

「あ、ああ、クラディールの奴に、珍しいサボテンを捕獲してくれって頼まれて」
「へー、サボテンって、わたしの細剣がサボテンの棘だとでも言いたいのかしら?」
「お、それは上手い言い回し――――――――じゃないッ!? 全然そんな事ないですッ!! はいッ!」
「――――――――そろそろ、わたしの上からどいて貰えないかしら? ビーターさん」
「いやいや、それについては、もう少し話し合おう、話せば解る」


 アスナの両手首を押さえている俺の両腕が、物凄い力で押し返されそうになっている。
 俺よりも、AGI=スピードにポイントを振っている筈のアスナに、何故こんな力が出せるのだろうか?


「――――どうしても退かないって言うなら、退かせるまでよね」
「…………へ?」


 アスナは両手首を俺に掴まれたまま、万歳をする様に地面を擦りながら、頭の上に両手をスライドさせた。
 膝立ちをしていた俺はアスナに引っ張られる形でバランスを崩し、
 アスナの右と左、どちらに転ぶか迷った瞬間、下半身に強烈な一撃が走った。


「ぐあっ!?」
「こっちの世界じゃ、男性特有の痛みって無いんでしょ? これくらいで文句言わないで」
「そ、それでもシステムから内臓に込み上げる強烈な不快感って物がだなぁ」
「まぁ、状況は大体解ったわ、あいつに一杯食わされたのね」
「どうやらそうらし……い」


 起き上がってアスナへ振り返ると――――下着姿のサチが居た。


「…………キリト」
「ち――違うんだサチっ!? これは――――」
「うん、解ってるよキリト――――――後で一緒に黒鉄宮に行って自首しよう?」
「だから違うんだってッ!?」


……
…………
………………


 シリカを抱えたまま、思い出の丘を疾走する。


「ピナの心を用意しろ、直ぐにプネウマの花が咲く、時間が無い、此処で蘇生だ」
「はい!」


 シリカがメニューを操作して、下着装備をクリック、全防具装備をクリック、そしてピナの心を取り出した。
 空中庭園とも言える花畑の中央、その岩の上でアルゴが手を振っていた。


「こっちダ」
「何か問題はあったか?」
「特には無いナ」
「綺麗な所ですね」


 プネウマの花が咲くまでの間、少しだけ周りの風景を観賞する。


「シリカ、そろそろ花が咲くぞ」


 岩の上に一輪の花が咲き始めた。


「これで、ピナが生き返るんですよね」


 シリカがプネウマの花を手に取り、ピナの心に近づけた。
 プネウマの花から雫が落ちる。
 ピナの心が光り輝き、小竜の形を象って行く。


「きゅる」
「ピナっ!」


 復活したピナをシリカが抱きしめた。


「ピナ、おかえり、ピナ」


 シリカは涙を零しながらピナをずっと抱きしめ続けた。


 ふと、俺は気になった事を試してみた――――あ、結構普通に飲んだな。


「――――? 今ピナに何か食べさせました? 何か飲み込んだような感覚が?」
「ん? 気のせいだろ?」
「――――――感動の再会は終わったかしら?」


 振り返れば、そこにはいつもの――――血盟騎士団のユニフォームを着たアスナが腕を組んで立っていた。
 アスナの足元には、襟首を掴まれて引き摺られて来たのだろう、キリトがグッタリと座り込んでいる。
 いきなり此処に来れたって事は、キリトのコリドーを使ったな。


「…………とりあえず、ほとぼりが冷めるまで別行動を取らせて貰おうか」
「逃げられるとでも思ってるの?」
「まぁ、全力で逃げるさ、血盟騎士団の副団長様がオレンジになる訳にはいかないだろ?」
「大丈夫よオレンジになるのは、わたしじゃなくてキリトくんだから」


 どうやらキリトに俺を捕まえさせる心算らしい。


「それなら、ギルドメンバーしか入れないクエストへ逃げさせてもらおうか」
「――――無駄よ、キリトくんはもう血盟騎士団のメンバーだから」


 キリトのHPバーを見ると、血盟騎士団のギルドシンボルが追加されていた。
 …………ドタバタの責任を取らされたか。


「それなら、ソロのクエストを受けるまでだ」
「残念ながら、もう手遅れよ」


 ――――――俺の背後から聞こえたリズの声――――と同時に左手首から、ガチンっと金属音が聞こえた。
 左手の金属装備には奴隷用と思われる太い手錠がガッチリとかけられ、ゴッツイ鎖が溶接されていた。
 その鎖が伸びて、リズの左手の手錠に繋がっている。


「おい? 何だこの鎖は?」
「ギルドペナルティ専用アイテム、スローピング・チェーンよ、
 あたし達だって何時までもあんたにやられっ放しじゃないわ、こう言う時の対策ぐらい用意してるのよ」
「チッ! 放せッ!!」
「無駄よ、アスナがあんたのギルドペナルティを解除するまで、攻撃力はゼロのまま、逃げる事すら出来ないわ」


 左肘の簡易装備解除を操作――――反応しない、右手を振ってもメインメニューも開かない。
 ――――黒鉄宮と同じ扱いかよッ!


「さあ、街へ帰りましょか――――たっぷり躾けてあげるわ」


 リズが無造作に鎖を引くと俺の身体が何の抵抗も無く引き摺られる。
 slopingと言うだけあって、まさに坂を転がるがごとく引き摺られて行く。
 不味い、不味いぞ、この鎖は――――ふと、ピナを抱きしめるシリカと目が合った。
 特に何の期待もしてないが、もしかしたらアスナやリズに何か言ってくれるかもしれない…………。


「――――がんばってください」


 とても可愛い笑顔で死刑宣告しやがった。


 フローリアの街に戻った俺がどんな目にあったか――――記する事は遠慮したい。