ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語


 

序章 『リンク・スタート』

 
前書き
この作品を初めて読む方へ、「ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語」の世界へようこそ!
処女作のため、最初のころの文体が酷く読みにくいと思われます。新しく読み始める方は第三部(第十六話スタート)から読み始めることをおすすめします。
楽しんでいっていただければ嬉しいです。 

 
ずっと普通の一生を過ごすのだと思っていた。
僕は裕福な家庭に生まれたわけではないし、かといって貧乏な生活をしていたわけでもない。
普通に小学校を卒業し、中学校生活を過ごしていた。このまま高校を卒業して大学に進み、ちょっとした企業に就職して、普通の家庭をもって普通に死ぬのだと思っていた。そしてそんな自分がいやで仕方がなかった。僕は自分が生きる意味が欲しかったんだ。僕の代わりなんてどこにでもいる。僕ができて他の人ができないことなんてない、それがいやでいやで仕方なかった。

普通の人生を過ごしていること。それは今思えば幸運だったのかもしれない。
初めて僕の人生に普通じゃない出来事が起こったのは――中学校二年の入学式の日だった。
まだ鮮明に覚えている。音もなく近づく軽トラックの黄色いバンパー、凄まじい衝撃と一瞬の浮遊感。激痛、暗転する視界。僕は交通事故に遭い、一命こそ取り留めたものの右半身に麻痺が残ってしまった。
それからの一ヶ月は普通とは程遠いものだった。病院で天井を見つめるのと歩行訓練の繰り返し。医者によれば、麻痺の原因は不明で回復するかどうかもわからないということだった。
歩行訓練がよかったのか、僕はまた歩けるようになった。でも、右手はなかなか動くようにならなかった。文字が書けない。勉強が苦痛でしかなかった。唯一の趣味だったゲームも、ボタン操作ができなくて諦めなくてはならなかった。
あれほど嫌っていた普通の生活が懐かしくてたまらなかった。何度も、普通の生活を送れるように願ったけれど、それはいつまでたっても叶わなかった……。

そんな中、発売された新世代のゲーム機が――ナーヴギアだった。

また、自由に走り回れる。それも、何度も行きたいと願った、画面の向こう側の世界で。それを思っただけで、僕は胸が高鳴った。お年玉を使って、ゲーム機とソフトを揃えた。『リンク・スタート』と唱えた瞬間、自分の身体が、前みたいに――いや、前よりももっと――自由に動かせる、それだけで楽しかった。

そして、僕の『ゲームの世界で普通の生活を送る』という願いが叶う日がやってきた。
初のVRMMORPG、ソードアート・オンライン(SAO)の発売。松葉杖をついて、徹夜で並んで限定生産分を買いに行った。サービス開始時間まで待てずにナーヴギアをかぶり、目の前に表示された時計が時間になるのを秒読みして、なんのためらいもなく、僕は唱えた。

『リンク・スタート!!』 
 

 
後書き
まだ序章なのですぐに次の話を投稿します。 

 

第一話 はじまりは普通で

 
前書き
第一話、物語のはじまりです。
偶然出会ったエギルとパーティーを組むマルバくん。 

 
虹色のリングをくぐって――僕は、初めてこの仮想の大地を踏みしめた。右足を踏み出して走る。耳元で風が鳴る。それが心地よかった。
剣と盾をイメージした看板が目に入ってきた。あれは……武器屋か。
「初期装備のままフィールドに出るのもあれだしな…。ちょっと覗いていこう。」
ひとりごとをつぶやきながら、武器屋を物色する。短剣、長剣、突剣、両手剣、片手斧。オーソドックスな武器が並ぶ。その横に、円盾や軽鎧、重鎧、籠手などもある。防具屋も兼ねた武器屋といったところか。
「……どうせなら素早く動けるのがいいな。こう、しゅって走ってさくっていけるやつ……」
僕は短剣の中で比較的長いナイフを選ぶことにした。曲がった刀身は敵の攻撃を受け流すことに優れる…らしい。正直、ステータスに現れない性能の違いなんて使ってみなければ分からない。防具はとりあえず初期装備の軽鎧でいいことにして、追加装備で籠手だけ購入することにした。精算を済まして素早く装備すると、武器を振ってみたくてそのまま城門を飛び出して草原まで走ることにした。フィールドにでるとすぐに目の前に青いイノシシのようなモンスターが音をたてて湧出(ポップ)する。この世界で最弱クラスのモンスターだ。
腰の短剣を抜いて構えて、敵を見据える。ええと、スキルを発動させるには――こうやって構えればいいんだっけな。すると短剣が光を纏った。ソードスキルの発現だ!そのまま短剣を突き出すと、身体が剣に引きずられるようにモンスターに近づいて……首元にクリティカルヒット。ぷぎいいいいぃぃっという哀れな断末魔を残して、イノシシがポリゴンの欠片に砕け散った。

「おお、クリティカル!お前やるな。さてはベータテスター出身者か?」
「おわっ!」
不意に声を掛けられて不覚にも情けない声を上げてしまう。振り返ると、無骨な両手斧を装備したスキンヘッドの大男が見下ろしていた。思わず半歩後ろに後ずさる。
「い、いや…違うよ。僕はベータテスターじゃない。」
「おお、そうか。いや、見事な戦い方だと思ったもんで、つい、な。すまねぇ。俺はエギルってもんだ。お前、名前は?」
「僕はマルバ。ねぇ、その斧どこで買ったの?始まりの街にある武器屋って両手斧はおいてなかったと思ったんだけど。」
「ああ、いやぁ、始まりの街にある武器屋は一つだけじゃねぇんだよ。こいつは黒鉄宮の西側にある武器屋で買ったやつだ。俺はでかい得物が好みでね。男は豪快にいかなきゃな!がっはっは!」
「あはは、悪かったね、みみっちい武器で。僕はヒットアンドアウェイが好きなんだよ。」
話し方まで豪快なエギルにさらに半歩引くマルバ。
「おっと悪ぃ。そんなつもりで言ったんじゃねぇんだ。まあ武器なんて人それぞれだからな。とやかく言うつもりはねぇよ。そんなことより、お前、一人か?よかったらしばらくパーティ組まねぇか?レベルもお互い1のままだし、二人のほうが安定するだろ。」
「え、いいの?それは嬉しいな。いやー、初めてのMMOだから緊張してたんだよね。助かるよ。」
「へえ、お前初心者には見えねぇけどな。かなりゲームやってるクチだろ?」
「ここ一ヶ月くらいやってないけどね。それじゃ、よろしく、エギルさん」
「エギルでいいぞ。よろしくな。」 
 

 
後書き
読みにくいとかでもいいので感想をいただけると嬉しいです。 

 

第二話 普通じゃないなにかがはじまる

 
前書き
デス・ゲームが始まります。今回は短めかも… 

 
「かなり奥まできたんじゃない?」
とマルバが訊く。エギルはひとつ頷くと右手の中指と人差し指を揃えて下に振った。ちりん、という軽快なSEに続いてシステムメニューの窓が現れる。
「そうだな。現実だと……そろそろ五時半ってとこか。ああ、俺はそろそろ落ちるわ。明日の準備があるからな。」
「そうなんだ?じゃあ僕はもうちょっと狩ってから落ちるよ。まだポーション残ってるしね。」
「そうか。じゃ、またな。機会があったらまたパーティ組もうぜ!」
「うん。じゃあね。」
マルバはは右手を上げて別れを告げるとエギルに背を向ける。素直にいうことをきく仮想の右足を踏み出して次の戦闘に向かおうとしたとき……

「ん?そんな…馬鹿な!?」

背後でエギルが素っ頓狂な声を上げた。
「どうしたの、そんな変な声あげて。」
「いや…、ログアウトボタンがねえんだよ。ほら、ここ。」
エギルが可視モードにしたウィンドウを覗きこむマルバ。
「……本当だ……。ないね、ログアウトボタン。ちょっとまって。……うん、僕のとこにもない。バグかな?」
「いや、こんな妙なバグがあるもんか。ログアウトボタンがねえってことはログアウトできねえってことだ。GM(ゲームマスター)も呼び出しに応じないし、どうなってんだ、これ?」
「そんなの僕に訊かないでよ。こっちでもGMコールしてみるから。」
「お前に訊いてねえよ。うーん、どうも嫌な予感がするな……。」
しばらく試行錯誤する二人。その頭上で……


鐘の音が、鳴り響いた。






「うわっ!!」
青い光に包まれたと思ったらいきなりの転移。ここは…始まりの街の広場か。全プレイヤーが一度に召喚されたらしく、広場は人で溢れかえっている。とっさにエギルの姿を探すが、転移するときにどこかにはぐれてしまったらしい。フレンド登録は済ませてあるから後で呼び出すとして、マルバはこれから何が起こるのか見ようとした。嫌な予感がする。僕の『普通』がまた崩れ去ってしまうような、嫌な予感が。

そして、その予感は最悪の形で実現化した。 
 

 
後書き
次の話も同時に公開します。ぜひ読んでいってください。 

 

第三話 自覚

 
前書き
茅場の説明シーンは飛ばさせていただきます。 

 
フードだけのGMが姿を消した後の広場は阿鼻叫喚の巷と化した。
泣き叫ぶ女性、喚く男性。その間を駆け抜けてマルバは走る。MMORPGはこれが初めてだが、RPGは昔から好きで何度もやっているから、RPGの勝手は知っているつもりだ。デスゲームと化したゲーム世界でも、プレイヤーの強さを決定するものは通常のPPGと何も変わらない。レベルが全てだ。生き残るためにはレベルを上げるしか無い。




「ちくしょおおおおおおおおおぉぉぉぉぉッ」
輝く刃が敵を切り裂く。
「なんで、なんで僕ばっかり!!」
返す刀がコンボを生み出す。
「こんな目に……遭わなきゃいけないんだ……ッ!!」
三連撃が決まり、ソードスキルの発動が終わる。短い硬直時間を強いられたマルバに、もう一体の敵の牙が迫る。

「……!」

紙一重で躱すマルバ。だが突進を避けきれずに1メートルほど飛ばされる。一瞬の浮遊感。それはあの瞬間にも似ていて……

「う、うわああああああぁぁぁぁ!!!!」

ほんのちょっと削れたHPゲージは死に一歩近づいたことを示していて。

「いやだあああああああ!!!」

見えない死神の鎌が迫ってくる気がして。

「死にたくない……ッ!!!!」

死にたくない。こんなところで死ぬのはごめんだ。どうせ死ぬなら……自分が生きた意味が欲しい。それは、マルバが普通の人生を送っていたころ散々願ったことであって。

「僕は……ッ」

この世界なら、もしかしたら……命をかけてやれることがある気がして。自分が生きた証を残せる気がして。

「僕は。この世界で……」

そうだ。この世界のクリアを達成すれば、それはたくさんの人を救うことになる。それこそ、この偽物の世界でマルバが残した、他のだれのものでもないマルバ自身の証となるだろう。そのためには……


「生きなくちゃ。なんとしてでも。こんなところで死ぬわけにはいかない。」


一気に頭が冷える。攻撃態勢を取る野犬のモンスター二匹が急にはっきりと見えた気がした。

「……ッ、」
マルバは短剣を逆手に持っているため、肉弾戦に近い間合いでなければ攻撃できない。一気に間合いを詰めつつ得物を順手に持ち替える。その勢いを殺さずに、
「はあっ!」
一閃。ソードスキルによる攻撃ではないため、敵を一瞬怯ませる程度にしか効かない。モンスターの左上のHPゲージが一割ほど減るのを確認すると同時に距離をとって迎撃態勢をとる。攻撃を受けて怒り狂った一匹が突っ込んでくるところに、突進系基本技『レイジスパイク』を打ち込む。モンスターの自重にマルバの体重と突進するスピードが加算されたダメージはモンスターの肩あたりに強ヒットし、断末魔の叫び声と共にモンスターはポリゴンの欠片となって消滅する。
そのまばゆい消滅エフェクトの中から次の一匹が飛び込んできた。その鼻っ面を籠手の左手で殴りつける。驚いたことに籠手には当たり判定が存在するらしく、一割に満たない量ではあるがモンスターのHPゲージが減少する。
マルバが衝撃を受け止めきれずにたたらを踏む間にモンスターは再度攻撃態勢をとった。

再び腰を低く落とし、右手のナイフを腰に構える。スキル『リニアー』の構え。ぐおぉっと叫び飛びかかってきたモンスターをサイドステップで躱し、その横っ腹に刺突を打ち込む。モンスターのHPが残り一割まで減少した。
突進を躱されて硬直しているモンスターに背後から滅多打ち。モンスターはあっけなく砕け散った。


「はあ、はあ、はあ……っ」
この世界では必要ないはずの呼吸を落ち着かせようと、マルバは深呼吸する。もしこの世界で自分の生きる意味を見つけられるのなら、この世界でこんな馬鹿げたデスゲームをするかいがあると言ってもいいだろう――そんなことを考えながら。 
 

 
後書き
少しオリジナル設定が入りました。
レイジスパイクは片手剣の突進系の技です。また、リニアーは細剣の基本技です。ナイフは刺突にも斬撃にも使える小型武器なので、下位スキルは共通しているという設定にしました。
……単に良い感じの短剣技を思いつかなかったという理由もあることにはありますが……w 

 

第四話 第一回ボス攻略、はじまる

 
前書き
マルバの戦闘スタイルの紹介で終わる話です。今日の更新はここまで。 

 
ゲーム開始から約三週間が過ぎた。
未だ、第一層の迷宮は突破されていない。

僕はひたすらずっと独りで迷宮区でレベリングをしていた。ポップした敵を片っ端から斬り上げては殴り飛ばし、弾き返しては斬り下ろししても、ようやくレベルは8になったところだ。なにせ、HP0は死を意味する。危険なことはできない。


ここは迷宮区の奥深く、ボスの部屋の近くだ。十分なコルも稼いだし、そろそろ帰るか……と思ったその時。十メートルほど先に人型のモンスターがポップした。コボルト、とか言ったっけ。ちょっとした強敵だ。しかも二体。
腰のポーチから小型ナイフ(始まりの街でたった15コルだった)を取り出し、バックブレードをつまんで右肩の上に構える。先手必勝(ファーストアタック)、スナップを効かせて投げつける!投剣基本スキル、『シングルシュート』。スナップを効かせたのになぜか回転せずに飛んでいくナイフ。茅場、こんなとこで手を抜くなよと毎回思うシーンだ。柄が命中してダメージを与えられないなんていう事態を防ぐためのものなのだろうが、何度見ても不自然である。見事後頭部に命中(クリティカルヒット)、ぐいとHPバーが四割ほど削れる。と同時にモンスター二体のカーソルが赤色に変化する。戦闘態勢に入った証だ。
マルバは右腰の主武器(メインウェポン)を抜くと左手に逆手に構え、左腰の副武器(サブウェポン)を右手に、やはり逆手に構えた。最近考えた、マルバ独自の戦闘法である。
本来、二つ以上の武器を同時に装備するとシステムにイレギュラー装備状態とみなされてしまうが、短剣はその限りではない。なぜなら、短剣は武器であると同時に追加装備でもあるからだ。要するに、普通のナイフも投げナイフとして装備できるのである。
右手の剣を右肩の上に構えると、剣が光を放つ。これは()()基本突進系スキル『リーバー』の開始モーションだ。このまま打ち込めば『リーバー』が発動し、一気にモンスターとの距離を詰めて攻撃できるが、モンスターはすでに円盾(バックラー)を構えて突進に備えている。このまま攻撃すれば大したダメージが見込めないどころか長い硬直時間を強いられるだろう。
それにも関わらずマルバは短剣を前につきだした。ソードスキルが発動し、マルバの右手は剣に引きずられるように動き……その動きの途中でマルバは剣を手放す。投剣基本スキル、『シングルシュート』。防御態勢のモンスターの円盾の上を素早く通り過ぎ、見事に頭に突き刺さる。クリティカルだ。すでに六割だったHPがさらに減って二割ほどになる。マルバはそのままリーバーを発動させたかのように突進し、左手の短剣を一閃。横斬りの一撃、『スライスエッジ』だ。速いだけが取り柄のスキルだが、予想外の事態に対応しきれていないモンスターのHPを二割削り取るには十分だった。そのまま武器を右手に持ち替え、やっと立ち直ったもう一匹のモンスターに向き直った。



「まあ、こんなところか……」
独りつぶやき、ナイフを腰の鞘にしまう。残りのポーションは五個。そろそろ帰るころだ。


帰る途中、顔見知りに出会った。

「やあ、久しぶりだな。どうだい、調子は。」
片手剣の剣士、キリトだ。エギルの紹介で知った。ベータテスター出身者で僕と同じソロプレイヤー。条件は同じはずなのに、こいつは、なんで……
「ねえ、キリト。君、今レベルいくつ?」
「お前なあ、いきなりそれ訊くのか?まあいいけどさ…。今日でレベル13になったぞ。」
……なんでこんなに差がつくかなぁ。
「君、相当効率いい狩り方してるよね。いいなあ、僕ももっとレベル上げたい。3日でレベル1つ上げるのが限界だもんなあ……。」
「あ、ああ。何事も経験だよ、経験。うん。そのうち効率もよくなるさ。」
「なんかあやしいな~。なんでどもるの。まあいいけどさ。ふん。」

そう、ベータテスターたちは総じて狩りの効率がいい。そして、何故か効率がいい狩り方を教えたがらない。理由は不明だけど。

「うう、あやしくなんてないぞ。断じて。あー、ところでさ、今度第一回ボス攻略会議があるじゃん?お前、出るの?」
「当たり前じゃん。なんのためにレベリングしてると思ってるの。」
「へえ、出るんだ。いや、なんかマルバってそういうのに出るタイプじゃないと思ってたよ。意外だなあ。」
「じゃあなに、君は僕がただ生き残るためにレベリングしてるとか思ってたわけ?失礼な。」
「えっ、違うんだ……。そっか、君は強いな。俺はいつだって自分のためだけにレベリングしてきたからなぁ。」
「なーに言ってるの。キリトだってボス戦参加するんでしょ?じゃあ、自分のためだけのレベリングじゃないよ。君のレベリングにも意味はある。」
「そういってもらえると嬉しい。……悪いな、マルバ。励ましてもらっちゃって。」
「やー、励ましてない励ましてない。ボス攻略、がんばろうよ。」
「ああ、そうだな。お互い、がんばろう。」

僕はキリトと拳を突き合わせた。
僕の物語は、ここから動き始める。そんな気がした。 
 

 
後書き
キリトくんが登場しました。まだビーターじゃないです。
また新たな設定が入ってしまいました。まず、『スライスエッジ』です。ほとんど初動モーションなしで発動できる技で、基本スキルのすぐ後に覚えられる、あまり役に立たないスキルという設定です。でもマルバくんのヒットアンドアウェイ戦法ではちょっと活躍するかも。敏捷性パラメータがスキル攻撃力に加算されます。『リニアー』と同じですね。
一応、短剣が投げナイフとして使えるのはプログレッシブ1巻に出ていたので公式設定に則った戦い方です。擬似二刀流といったところでしょうか。片方を投げナイフとして使う限り、短剣を二本装備して戦うことはできるんです。
……カーディナルシステムはどうやってその短剣が投げナイフかどうか判断するんだろう……。 

 

第五話 第一回ボス攻略会議

 
前書き
波乱のボス攻略会議です。 

 
2022年12月2日、トールバーナにて。
第一回ボス攻略が、始まる。


集まったプレイヤーは約30人といったところか。MMORPGが初めてな僕にとっては、ボスが普通どれくらいの強さなのかが分からないから、この人数が多いのか少ないのかは判断できないけれど。

司会役をしているのは片手剣方盾の剣士、ディアベル。彼のパーティーが先日ボス部屋を発見したらしい。それで、このボス攻略会議が始まったようだ。会議は順調に始まるかのように見えた、その時。



「それじゃあ、これから攻略会議を始めたいと思う。まずは、6人のパーティーを組んでくれ。ボスにはただのパーティーじゃ対抗できない。パーティーを束ねたレイドを作るんだ。」


……パーティー?パーティーって言ったか?
僕は素人なりに効率良く経験値稼ぎをしようとずっとソロプレイをしてきた。だから、フレンドはいてもパーティーを組んだことなんて……最初の一回しかない。周りを見渡すと、もともとパーティーを組んでいたのかすぐに6人くらいのまとまりができ始める。これはまずいんじゃないか?
まだパーティーを組んでいないように見えるのは……キリトと、僕と、会場の隅にいるマントの剣士の三人だけだ。

「おおい、キリト。なんかパーティー組まないとなにも始まらない雰囲気だしさ、お互いソロだけどここは一旦組まない?」
「ああ。まあ仕方ないな。ソロじゃ参加するのは難しそうだし。」
「ねぇ、あそこの剣士さんも誘ってみる?他に組むとこなさそうだし、攻略は少しでも参加する人数が多いほうがいいんでしょ?」
「そうだな。声かけてみるか。」

マントの剣士に近づこうとして戸惑うキリト。
「……僕が声かけようか?」
「……すまない、頼む。こういうの苦手なんだ。」
「あはは、そんな感じするよ。仕方ないなあ。」
「はぁーあ。あとでなんか一杯おごるからさ。」
「いいよいいよそんなの。」

キリトに代わってマルバが剣士に声をかける。
「ねぇ、君も一人?」
「違う。周りがみんなお仲間同士みたいだったから遠慮しただけ」
「じゃあ、君もソロプレイヤーなんだね。よかったら僕たちと組まない?僕も彼もソロプレイヤーなんだけどさ、レイドを作るにはパーティーを組んでおかなきゃいけないんでしょ?今回だけ暫定ってことでさ。」
剣士はひとつ頷く。
「それじゃあ、よろしくね。」

司会の左端に新しく一本のHPバーが表示された。これで三本。上から、Malva、Kirito、Asunaとなっている。アスナ……女性プレイヤー?珍しいな。

「よし、組み終わったかな。じゃあ……」
とディアベルが続けようとしたその時。




「ちょお、待ってんかあ!!」
関西弁丸出しの声に、会場の全員が振り返る。声の主は器用に会場の段差を飛び降り、ディアベルの近くに降り立った。

「ワイはキバオウってもんや。ボスと戦う前に言わせてもらいたいことがある。こん中に、いままで死んでいった2000人に詫び入れなあかん奴がおるはずや!!」

キバオウは持論を展開しはじめた。ベータテスター出身者がいい狩場や儲かるクエストを独り占めしたせいでたくさんの初心者(ニュービー)が死んだんだという。そうか、ベータテスターたちは『死ぬことができたSAO』でいい情報を沢山仕入れていたからあんなにも効率的なプレイができていたんだな、とマルバは初めて思った。恨みがましい視線をキリトに向けてみる。
でも。それはおかしな話であった。情報はこの冊子に……道具屋でプレイヤーが無料配布していたこの冊子にかなり書かれている。ベータテスターでなくソロプレイヤーのマルバは、攻撃力が低く経験値が高めのモンスターを狩ってレベリングするのにこの冊子をかなり利用していた。この冊子があったのだから、2000人は情報が手に入らなかったから死んだのではない。言い方が悪いが、ある意味自業自得だったのだ。

ちょうど同じ事をエギルも考えていたようだ。エギルの反論にキバオウはすっかり黙りこんでしまった。



ディアベルが会議を再開する。ボスの武器は斧とバックラー。HPがレッドゾーンに入ると武器を切り替えてくるらしい。これはかなり役に立ちそうな情報だ。また、ボスには取り巻きが何体かいるそうだ。僕たちは少人数のパーティーだからこの取り巻きを相手にすることになりそうだ。

「明日は、朝10時に出発する。では解散!」






翌朝10時。
みんなそろってフィールドを抜け、さらに迷宮区を昇り、ボスの部屋に。

「聞いてくれ、みんな。俺から言うことはたった一つだ。」
ディアベルはここで言葉をきり、皆を見渡した。
「勝とうぜ!!」
ディアベルの掛け声に、皆が頷く。

「行くぞ!」

ディアベルが扉を開け放つと、その向こうに巨大な部屋が現れた。部屋の端にあるのはどうやら玉座のようだ。そこに座る人物――いや、モンスターか――が立ち上がり、武器を持つ。



――IllFang the Kobold Load――
ボスの名前の下に四段のHPバーが縦列する。
同時に、小さな重鎧のモンスターが四体ポップ。Ruin Kobold Sentinel、と読める。



「攻撃、開始ッ!」



さあ、ボス戦の始まりだ……! 
 

 
後書き
次回は戦闘シーン入ります! 

 

第六話 第一層ボス――IllFang the Kobold Load――

 
前書き
マルバの背景設定等をつくっていたため、だいぶ更新が遅くなりました。
マルバの家族設定も作成しましたが、これが出てくるのはシリカの登場と同時になる予定です。キリトと同じようなセリフを言うことになるので、ファンの方は強烈な既視感に襲われるはず。 

 
「D、E、F隊、センチネルを近づけるな!!」
「「了解!」」
マルバとキリトは同時に叫んだ。

ボスの取り巻きであるセンチネルはそこらの雑魚にくらべればかなり強い。でも、仲間がいればスイッチができるからかなり楽だった。

「スイッチ!」
キリトがは叫んでからセンチネルの面に強烈な一撃を喰らわせる。僕はそれを聞いて左腰の曲剣を順手に持って左肩の上に構え、同時に右腰の短剣を逆手に持って右肩の上に構えた。両手の武器が光を放つ!
「うおおおおおぉぉぉりやあッ!!」
左手が先に閃く。曲刀基本技『リニアー』。左手に引きずられるように僕はセンチネルに近づき……
「せえいッ!」
左手が届くより早く、右手を突き出す。投剣基本スキル『シングルシュート』だ。ちょうどキリトが打ったところと同じ位置にナイフが突き刺さる。それに少し遅れて敵を切り裂く左手。そのまま突き抜けて次のセンチネルを狙う。投げたナイフはすでに右手の中だ。敵とすれ違ったときにしっかり回収しておいた。

「三匹目!いくよ!!」
敵に突進しながら右手のナイフを逆手に構え、左手の曲剣を腰にしまう。
「はッ!」
一気に間合いを詰めてまずは一撃、『スライスエッジ』。これをコンボの着火技として素早く順手に持ち替えて、『パラレル・スティング』につなぎ、合計三連撃を打ち込む。
「スイッチ!!」
アスナが飛び出してきて僕に体当たりして敵の間合いから吹き飛ばし、僕が使ったのと同じ『パラレル・スティング』を打ち込んだ。正確な二連撃は見事にクリティカルヒットして、敵のHPを残り二割まで削る。その横っ腹にキリトの『スラント』が食い込む!センチネルは断末魔を上げて砕け散った。


僕たちが担当する左側のセンチネルを一掃できたので、ちょっとボスの方を振り返ってみた。振り返るとほぼ同時にHPバーの最初の一本がカラになる。これだけ高レベルのプレイヤーを集めたんだから当然といえば当然だが、かなり優勢のようだ。


ボスの両横にセンチネルが新たに三体ずつ出現する。HPバーが一本消えるたびにポップする仕組みのようだ。まだまだ僕たちの役目は終わりそうにない。








戦いは続く。すでにボスのHPバーは最後の一本が黄色く染まっていて、残りのHPは最初の1/8まで減少したことが見てとれる。

きしぇええええぇぇッ!とセンチネルが奇声を発しながら飛び込んできた。左手の籠手でセンチネルのメイスを払いのけると、センチネルが態勢を崩す。右手を素早く突き出すと、『リニアー』を打ち込む!そのまま『スラント』、『パラレル・スティング』とつなぐ。一気に引いて硬直が解けたところに『シングルシュート』。刺突武器と斬撃武器、さらには投擲武器の要素をもつ短剣だからこそできる連続攻撃だ。
左腰の曲剣を抜き、センチネルと対峙する。『リーバー』の初期モーションを起こして敵を見据えた、その瞬間……!



「ダメだ!!全力で、後ろに跳べ!!!」



キリトの絶叫が周囲の時間を止めた。マルバは、『リーバー』に引きずられてセンチネルに向かいながら、首だけをそちらに向ける。キリトが目を見張る、その先に……カタナを持つボスが、何らかの技を発動させようとしているのが見えた。その先にいるのは、何故かディアベルただ一人。
ディアベルは発動しかけたソードスキルをキャンセルし、防御態勢をとったが……ボスのカタナはディアベルの盾を下方から強打し、ディアベルは盾ごと上空に吹き飛ばされた。
それを襲う、ボスの凶刃。キリトが遠い位置から何かのソードスキルを発動させながら飛びかかるが……あれは間に合いそうにない……!
と、左手に衝撃を感じた。『リーバー』がセンチネルにヒットして、そのまま突き抜けようとしている。とっさにセンチネルに突き刺さったままのナイフを抜き取り、右側に振りかぶるとボスに向かっておもいっきり投げつける。少し重い単発投剣スキル、『トルネード』はまるでブーメランのような軌跡を描いた。カタナを持つ右手に突き刺さり、ボスは動きを一瞬止め……

だが、それだけだ。投剣スキルは総じてディレイさせる時間が少ない。


空中でなすすべがないディアベルをボスのソードスキルが襲った。恐ろしい速さの三連撃。一気にディアベルのHPゲージが減っていき、HPゲージの減少が止まる前にキリトの目前に墜落した。


ディアベルの弱々しく震える声が少し離れた場所にいるマルバにもかすかに届いた。
「……頼む、キリトさん。ボスを、……倒し」
ディアベルのHPゲージは彼が最期の言葉を言い終えることなく全損し、彼はその場で消滅エフェクトを散らした。









「ぎゃああああぁぁぁ!!!!」
ブロック部隊の悲鳴が停止した時間を動かす。呆然としていたキリトとマルバ、アスナは我に帰り、互いの顔を見交わした。同時に頷く。

「行こう、マルバ、アスナ。最期の攻撃、一緒に頼む」
「「了解」」



三人でボスに向かって全力疾走する。ブロック部隊のHPゲージは全員がイエローカラーだ。このままでは回復している暇はない。

マルバは走りながら腰のポーチから投げナイフを取り出した。本命のナイフはさっき『トルネード』で使ってしまったため、まだボスに突き刺さったままだ。このナイフではほとんどダメージを与えられないだろうが……
マルバの放った『シングルシュート』はボスの腰のあたりに命中した。ボスがこちらに向き直り、カタナを低く構えた。キリトがそれに極めて似た構えを取る。ボスのソードスキルが発動する直前、それをまるで見切ったかのように――キリトはベータテストでそのスキルを見たことがある――キリトのソードスキルがボスのカタナにヒット。
ボスのカタナは上空に弾き飛ばされた。キリトも反動で吹き飛ばされる。
そこに飛び込むアスナ。しかし、ボスはアスナがソードスキルを発動されるより早くノックバックから回復し、そのままスキルを放った。それを紙一重で回避するアスナは、しかし、避けきれずにマントが切り裂かれる。


アスナの髪が切り裂かれたマントの中から舞う。その美しさに、その場の全員が息を飲んだ。なにせ、キリトとマルバ以外はいまのいままでこのフードの剣士は男だと思っていたはずだ。


回避態勢のままアスナは『リニアー』を打ち込む。スキル発動直後の隙に命中し、クリティカルヒット。マルバはそれに続き『リーバー』を打ち込む……が、ボスが左に大きく跳んで躱された。軌道を修正して無理やりボスの右腕に当てる。と、ボスに突き刺さって貫通ダメージを(実際に貫通しているわけではないのだが)与えて続けていたマルバの愛剣が目に入った。とっさに抜き取ってバックステップ。

マルバの突進を避けた先にはキリト。そのまま駆け出して『ソニックリープ』をかます。突進攻撃を近距離から食らって再びノックバックするボスに、マルバが追い打ちの『パラレル・スティング』を放つ、その横から顔を出したアスナが同じ技で追撃する。
ボスが同時に大量のダメージを受けてディレイで動けない間に硬直が解けたキリトはステップで距離を詰めて止めの『バーチカル・アーク』を打ち込んだ。これで仕留められなければ硬直しているアスナとマルバ、キリトは大ダメージを受けるだろう。
ボスの肩から打ち込まれたスキルが腰に達する……が、ボスのHPはまだ数ドット残っている。ボスが獰猛に(わら)った……ように見えた。キリトもニヤリと笑い返すと、剣を鋭角に切り返す!V字の軌跡を描くスキルが発動し終わり、剣を振り上げた態勢のままキリトは硬直した。ボスのゲージが全損し……




【Congratulations!!】




ボスの身体が消滅すると同時にシステムメッセージが空中に踊り、戦いの(おわ)りを告げた。 
 

 
後書き
今回は長めでした。
このあとマルバは体術スキルの特訓をすることになります。
そのうちソロのマルバに協力者が現れますが、それはまた別のお話。

もしよかったら感想を一言でも書き込んでいただければ幸いです。 

 

第七話 新たな仲間

 
前書き
前回の予告通り、ソロのマルバに新しい仲間ができます。
 

 
ここは第二層。

「はああああああぁぁぁぁぁっ!!!」
気合とともに打ち出す右手。
「せええええええい!!!」
続いて全力の左。
「うおおおおおおおお!!!」
右肩でタックルをかまし、
「りゃああああああっ!!!!」
まわし膝蹴り。直後にここ四日間なんども待ち憧れた消滅エフェクトが散った。

「よくやった。これで修行は終わりじゃ。あとは戦いの中で技を身につけるがよい。」
NPCの師範は、待ち望んだイベントの終わりを告げる。


マルバはたまたま立ち寄ったNPCレストランでたまたま出くわしたキリトとアスナ――まだパーティーを組んでいたなんて驚きだ――の二人と一緒に話をして、たまたまエクストラスキル《体術》の出現条件を聞き、ここに修行に来て、修行と称して理不尽な硬さの岩と格闘を繰り広げることになったのだ。
ただ岩を割ることに成功しさえすれば修行は終了なのだが、この岩が尋常じゃなく硬い。完全にスピード型のマルバの攻撃はほとんど通らず、四日間ずっと山にこもって岩を殴り続けていたのだ。キリトの「やめておいたほうがいいよ」という言葉の意味はこれだったのかと気づいて後悔したが遅かった。

何はともあれ四日間前線から離れることになってしまったマルバは、まずスキルスロットに空きがなくてせっかく苦労して習得した体術を装備できなくてがっかりし、さらに習得イベントの発生場所の山小屋から帰る途中の戦闘で愛剣(曲剣のほう)の耐久値が0になり壊れてしまってがっかりし、街に着いてからボス攻略が終わってしまったことを知ってがっかりした。特に二番目と三番目が痛い。
とりあえず最初の問題は習得途中の《曲剣》のスキルを諦めて《体術》スキルを鍛えることにして、二番目と三番目の問題はどうしようか、とマルバは悩んだ。


結局マルバは第三層の街へ行って鍛冶屋を探し、武器を作るのに必要なインゴットのタイプを聞いてから第三層で質のいいインゴットを入手し、ついでにレベル上げをして新しい武器を作ることにした。一石二鳥を狙う方針だ。




第三層はフィールドダンジョンとして中央に高山が存在し、季節は秋の設定にも関わらず高い山のてっぺんは雪さえ積もっている。そこにあるクリスタル系のインゴットが軽くて素早い短剣を作るのに適している、という話を道端に露店を出していた鍛冶屋(珍しく女性だった)に聞いて、ここを訪れたわけだけれど……

「さ、寒い……」

そう、ここは高山地帯。気温設定は15℃を下回り、防寒具がないと十五分ごとに低確率でステータス異常(デバフ)の《凍傷》になり、敏捷性にマイナスの補正がかかって技が命中しないわ走れないわというひどい状態になってしまう。幸い第一層のNPC防具店で『ケープ・マント』というやすっぽいマントを購入しておいたおかげで凍傷にはならずにすんでいるが、マントの耐久値は高くない上にマントという設定上軽鎧の上に装備することになるから耐久値の減少が思ったより速い。早く目的のインゴットを見つけて帰りたいところだが……


視界に狐の姿のモンスターが映る。
「はぁ、またかぁ……」
マルバは独りつぶやき、腰のナイフを抜く。このあたりはモンスターも寒いのがいやなのかポップする頻度はあまり高くないのだが、代わりに出現する敵はみんな固くて強い厄介なやつばかりなのだ。
ポーションはたくさん持ってきているから大丈夫だけれど……

剣を低めに構える。エンカウントまであと十秒ほど。ポーチから投げナイフを取り出すとそれも構えて、いつもの戦闘態勢になる。敵のカーソルの下の種族名は《A Quick Brown Fox》と読める。ふざけた名前だ、とマルバはつぶやいた。

あと五秒……といったところで敵の近づき方に違和感を覚えた。まっすぐ走ってくるのではなく、マルバよりすこし左を目指しているように見える。

あと三秒。マルバは違和感の原因に気づいた。狐がターゲッティングしているのはマルバではない。狐のすぐ前に空間が歪むようにしてもう一匹の敵が出現した。あの現れ方は、マルバも次にスキルスロット最大数が増えた時に習得しようと考えていたスキルの隠蔽(ハイディング)が破られた時のエフェクトだ。第三層にはハイディングを行う敵はかなり少なく、小動物系の敵のごく一部のみだ。
今回もその例にもれず、狐の前を必死で走るのはハイディングしていなくても雪原に溶けこんでかなり見えにくいモンスター、《Snow Hare》。ドロップするA級食材はかなり高価に取引される、準レアモンスターだ。ハイディングスキルを看破できるほど高レベルの《索敵》スキルを持っていなければ通常はエンカウントすらできない非交戦的モンスターで、マルバはこれまで見たことがなかった。

本来狐はこのウサギに勝てるほど速く走れないのだが、ウサギは狐の奇襲を受けたらしくHPがレッドゲージになっている。あと一撃を食らったらHP全損だ。SAOのモンスターAIはそれなりに高性能で、モンスターにも生存本能らしいものが搭載されている。HPが低くなると戦闘から逃げ出そうとする本能だ。ウサギは全力で逃げるあまりマルバの存在に気づくのに遅れた。すぐ近くに立つもう一人の捕食者にウサギは完全にパニックに陥った。マルバの前を横切って両方の敵から逃れようとする。


マルバは弱い者いじめが嫌いだ。もともと普通の生活を脱したいと考えていたマルバは正義にあこがれていて、強いものが弱いものを傷つけようとするのを見逃すことなどできない。狐がウサギを追うのは単に生き延びるための食料を必要を得るため(あるいはシステムがそれを忠実に模倣しようとしたため)なのだが、マルバの目には強者が弱者を討ち滅ぼそうとしているようにしか見えなかったのだ。



左手に構えた投げナイフはウサギの耳をかすめ、背後の狐の鼻面に直撃する。クリティカルヒットを示す赤いライトエフェクトが煌めき、狐は標的をマルバに変更した。
マルバは敵の攻撃を待つと、その突進攻撃をいなしてからその横っ腹に素早く『パラレル・スティング』を打ち込んだ。さらに引いた左手から基本体術スキル『閃打(センダ)』を打ち込む。一気にHPを四割削りこんだ。
もう一度の突進攻撃。ふわりと躱すと、『リニアー』の初期モーションをとって……

突進を躱された狐は本来ならその場で一旦止まり、ターゲッティングしていた敵の位置を探すはずだったのだが、狐はそこで止まらなかった。すこし先で立ち止まっていたウサギに向かって突っ込んでいく。

「……ッ!!」
マルバは『リニアー』を途中で回避するとその場で地面を蹴って覚えたての体術スキル『弦月(ゲンゲツ)』を放った。空中でバック転をしながら縦蹴りを繰り出す。無防備の背中に見事命中し、狐はスタン状態になった。
そのまま短剣を構えて『スライスエッジ』。腕を強く引きつけて『閃打』。さらに二・三発殴りつけて狐はようやく倒れた。そのままエフェクトを散らす。



「ふぅ……。ん?」
二割ほど減ったHPをポーションで回復させながらふと後ろを振り返ると、先程のウサギがまだ逃げずにこちらを見ていた。
本来プレイヤーと接触したらすぐに逃げ出すはずのモンスターなのだが、モンスター同士の戦闘にプレイヤーが参戦したためにAIに負荷がかかったのか、その場を動こうとしない。

マルバはウサギに一歩近づいてみた。硬直が解けたかのように後ろに飛び退くウサギ。しかし、少し遠くで立ち止まり、やはりこちらをじっと見つめている。

マルバはウサギに背を向けて戦利品の確認を始め、少したってもう一度振り返ってみた。するとそろそろと近づいていたウサギがびくっとしてまた後ろに飛び退く。まるでだるまさんがころんだをしているような気分になる。

「うーん……。君、もしかして一緒に来たいの?」
なんとなく話しかけてみるけれど、もちろん答えはない。その代わりに数歩近寄ってきた。
マルバはここに来る前にヒマワリの種(もどき)をおやつにと思って買ってきたことを思い出して、ちょいちょいとオブジェクト化してウサギに放ってみる。目を輝かせてそれを頬張るウサギ。それと同時にモンスターのカーソルが戦闘態勢をあらわす(レッド)から(グリーン)に変化する。餌付け(テイミング)成功の証だ。マルバの視界、HPバーの右隣にごくごく小さなHPバーが出現する。

ウサギがヒマワリの種をもぐもぐやっているのを微笑ましく見守っていたマルバはカーソルやHPバーの変化には気づかなかったようだ。再び歩き出して、まだウサギが付いてきているのに気づいて驚く。


「まさか、本当についてくるなんて……」
ウサギは首をかしげ、小さくきゅーん、と鳴いた。ウサギは声帯がないから鳴き声はかなり小さいんだったな……とマルバはどうでもいいことを思い出しながら、これからどうしようかな、と考える。

インゴットの件はとりあえずおいておいて……
「連れていくなら名前付けなきゃね。」
マルバはウサギを抱き上げた。ウサギはSnow Hare(雪うさぎ)というだけあって全身真っ白だ。かろうじて耳のあたりにすこし茶色がのこっているが、雪原に対してはかなりハイディングボーナスが高いだろう。

「うーん、シロ……は犬だよなあ……」
そもそもマルバにはネーミングセンスなんてものがない。Malvaというプレイヤーネームも妹の名前から付けたもので、自分で名前を考えるなんてことは未だかつてやったことがない。
そんなマルバが一生懸命考えて出した答えは……

「うん、決めた。君の名前は『ユキ』ね。真っ白だし、ふわふわしてて雪みたいだし。よろしく、ユキ。」
名前が決まると、ユキは再び小さく鳴いてみせた。先程出現したHPバーの左に《Yuki》という表示が出現する。
一旦ユキと名付けると何故かユキ以外の名前は合わない気がしてくる。再び歩き出したマルバの後ろを、ユキは雪を蹴りあげながら追いかけた。



【Taming Succeed!】
Yuki ――Snow Hare――
Lv.13
Skill:索敵
隠蔽(ハイディング)
探索
七変化(モンスター専用スキル)
幻惑(モンスター専用スキル) 
 

 
後書き
会話文が少なくて臨場感が薄くなってしまった感じがしますね……。

せっかくなのでユキの特殊スキルの紹介をしておきます。
索敵の説明は省きます。マルバもすでに習得済みのスキルです。
ハイディングは紹介するまでもなく敵から隠れるスキルです。ただし、嗅覚が鋭い敵とかは見ぬいてしまいます。それでユキは狐の攻撃を喰らって逃げ出すはめになったわけです。
探索は独自設定のスキルですが、おそらくSAOにもこの手のスキルは搭載されているはず。モンスターのドロップ率を上昇させ、さらに落ちているアイテムに気づきやすくするスキルです。採集ポイントを見つけられるようにもなります。
七変化は体色が真っ白で目立つユキがハイディングボーナスをきちんと得るための必須スキルです。現実のウサギも季節によって毛色を変えますが、それを瞬時に行うというものです。
幻惑はピナのバブルブレスみたいに高性能ではありませんが、一瞬敵の目をくらませる程度の能力を持ちます。 

 

第九話 武具屋リズベット

 
前書き
前回ちらっとでてきたリズが主体の話です。といっても前回はセリフもなにもありませんでしたが。
 

 
「ふうん、いいインゴットじゃない。これ、あたしが頼んだのより二つはランクが上よ。こんなの、どこで見つけたのよ。君、探索スキルなんて持ってないでしょ?」
リズベット武具店、と掲げた看板の持ち主……つまりこの露店の店主はマルバを驚いた目で見つめた。彼女の買ったばかりの新しい携帯炉の中にはマルバが凍傷にかかりながら苦労して採ってきたインゴットが熱せられている。

「これ、僕が見つけたんじゃないんだよ。ほら、ちょっと前に仲間になったこいつがさ、小さなクリスタルの塊の近くで立ち止まったもんだから気になって叩き割ってみたら出てきたってわけ。」

ユキがマルバの足元で嬉しそうに手柄を主張した。

「へぇ~、スノーヘアに探索能力があったなんて知らなった。見つかったらすぐに逃げられちゃうから情報少ないのよね。他になんか隠し技とかあるの?」
「いや、あんまりないよ。ハイディングはできるけど、他には……ユキ、七変化」

水風船が割れるようなポンという小さな音と共にユキの周りに細かい毛が飛び散り、ユキの身体を覆い隠した。モンスター専用スキル『幻惑』だ。真っ白の綿毛の中から飛び出してきたユキはすでに茶色い普通のウサギの姿をしている。

「へぇ、すごいじゃない。でも白くなかったらスノーヘア(雪うさぎ)じゃないわね。」
「その綿毛の雲も一応スキルなんだよ。『幻惑』ってやつ。せいぜいユキの半径二メートルくらいしか効かないけど、視界が遮られて中が見えなくなるでしょ?」
「でも、そんなのなんの役に立つのよ。」
「『幻惑』は敵から逃げるのにすごく役に立つよ。『七変化』だってただ身体の色が変わるだけだけどさ、草原でも雪原でも洞窟でもハイディングボーナスは完璧」

マルバが説明している間にユキはもう一度『七変化』を使うと真っ黒の身体になった。得意げにくるっと回って見せる。もはや雪うさぎじゃなくて黒ウサギだ。

「そう言われてみればそうよね。洞窟とかだと真っ白だと目立っちゃうしね。それはそうと、そのウサギ、他の人にはあんまり見せないほうがいいわよ。まだビーストテイマーって珍しいからね。」
「そうだね。あんまり目立つのは嫌だから、忠告に従うことにするよ。ユキ、ちょっと隠れてて」

ユキはもう一度ポンと煙幕を張った。綿毛が消滅すると、もうそこにはなにもいない……ように見える。

「え、どこいったのよ」
「ユキがいたとこあんまり見つめないで。視線があるとどんどん隠れ率(ハイディングレート)が下がるから」
「ああ、ハイディングね。了解、了解。ところでこのインゴットどうするの?短剣にするんだったよね。」

リズベットは鍛冶台の横のハンマーを手にとって炉の中のインゴットを見つめる。

「うん。スピード系の短剣にしといて。サブカテゴリはナイフで。鋭さと重さは小さめでいいから、正確さと素早さに特化したやつ。丈夫さは並程度で、リーチは短くて構わないよ」
「了解。このインゴットならうまくいけばこの層では最高級のができると思うわよ。あたしのスキル熟練度はまだそんなに高くないからうまくいかなくても文句言わないでよね。いい?」
「うん。よろしく。」

店主はインゴットを炉から取り出し真剣な視線で一瞥すると、ハンマーを振り上げる。カーン、という音と共に青色の火花が散った。二度、三度、四度。十三回目の一撃でインゴットは輝きを変えた。小ぶりの短剣に姿を変えるのを軽剣士と鍛冶屋は息を飲んで見つめる。二人の視線を浴びながら、武器は完成した。



「ふう。変な形の武器ね。攻撃力は……予想通り、あんまり高くないわね。敏捷力はかなりあるけど、それでもこのインゴットにしては低め。うーん、期待したほどよくなかったかな……、っ!?」
剣のプロパティを見ていたリズはそこで驚いたように目を見張る。

「これ、耐久値の最大値が半端じゃない。何時間戦っても刃こぼれしないでしょうね。それに幸運の値にすごいボーナスがあるわよ。祝福効果も最初からかかってるわ。ちょっと、これ何個特殊効果付いてるのよ……。なになに……?武器防御スキル効果にボーナス、投剣として使った時の耐久値減少半減・命中精度上昇、スキル冷却時間(ヒーリングタイム)-30%。あと、ええと、短剣装備時の素手攻撃にボーナス。」
「うわ、なにそれ。チートすぎない?」
「でも攻撃力低いしかなり使い手を選ぶ武器よ、これ。使いこなせそう?」
「うーん、僕けっこう装備した短剣投げたりするから使えるかも、これ。」
「あ、よく見たらこれ短剣だけど投剣のカテゴリにも含まれてる。複属性武器ってやつなのかな、あたしも初めてだわ、こんなの。サブカテゴリは《片刃円月輪(チャクラムナイフ)》ね。聞いたことある?」
「チャクラムは第二層のボス攻略でかなり活躍したって聞いたけど、僕は参加できなかったからね、あんまり知らない。チャクラムナイフなんて聞いたことないよ。」
「プレイヤーメイドの武器だとたまに二つ以上の別の種類のスキルが使える複属性武器ができることがあるって聞いたけど、あたしも実際に見たのは初めてよ。これは情報屋で買った話だけど、ベータテストの時には細剣+直剣でサブカテゴリ《レイピアソード》とか投剣+爪で《スローナックル》なんてのができたらしいわ。」
「スローナックルって……どんな武器だろ、それ。」
「さあ……」

二人はスローナックルなる武器が使われるシーンを想像してみる。
マルバの脳裏に、手から次々と発射される爪が浮かぶ。

「……役に立たなそうだね。」
「……実際に使ってるとこが見てみたいわ……」

二人揃ってため息。

「これもかなり独特な武器だけどスローナックルよりは使えるでしょ。珍しいもの見せてもらったし、二割引いておくわよ。63000コルの二割引きで50400コルね。」
「ありがと、リズベットさん。」
「リズでいいわよ。階層が上がって使えなくなったらまた持ってきてね。インゴットに戻してあげる。武器の特性は戻したインゴットに残るから気に入ったらまたチャクラムナイフにしてあげるわ。他になにか用事ある?」
「他にも何個かインゴット採れたから、予備用の短剣もお願いしようかな。投げちゃったら回収するまで使えないからね。あとこの籠手の強化と整備も。素材はこれで。残りのインゴットは売却で、差額だけ払うからよろしく」
「チャクラム系は投げたら戻ってくるからその点は大丈夫よ。でも予備は重要よね。次は割引しないわよ?」
「あはは、そんなにケチじゃないよ。それじゃあお願い。短剣の注文はさっきと同じで、籠手の強化は丈夫さに二つ」
「了解、任せといて」


青空の下、店主リズベットのハンマーがリズミカルに振り下ろされた。
 
 

 
後書き
次回は少し話が飛ぶ予定です。二十五層の話にしようか月夜の黒猫団を登場させようか迷っているところです。このままだとマルバがソロじゃなくなるのがかなり先になってしまうので……w

誤字脱字等ありましたら感想板にて報告していただければできるだけ早く直します。


*更新報告*
主人公設定を更新しました。装備の設定もきっちり書いてあります。Modまで書き込んでおきました。ステータス考えるの楽しい! 

 

第十話 第二十五層ボス――The Twin Giant――

 
前書き
新章突入。 

 
第二十五層の攻略はかなり厳しいものになった。



「いくぞ!!」
とキリトが叫び、それに呼応するのは同じ臨時パーティーの仲間、つまりマルバ、エギルと他数名だ。
ここでは語らないが、第一層攻略後キリトはベータテスターたちの罪や疑惑を一身に背負い、汚い"ビーター"として生きる道を選んだ。それ故に彼とパーティーを組むものは少なくなり、今は彼を信頼するごく一部のプレイヤーたちだけになってしまった。ちなみにアスナは血盟騎士団という強大なギルドに誘われ、すでに指揮官としてのその才能を現しつつあるため、キリトのパーティーには参加していない。

第二十五層ボスは頭が二つ、腕が四つの巨大な人間型モンスターだ。動きは遅く、前衛がしっかり守りを重ねてスイッチ、後衛が前に出て攻撃というセオリーに従っていれば倒せるだろうという計画にもとづいて、マルバ達は後方で待機していた。

巨人が両方の右腕を振り上げる。前衛が大きな盾を構え、しっかりと防御した。ここでボスの攻撃を跳ね返してスイッチ、後衛のマルバ達が前衛に出て攻撃、ボスがディレイから回復したらまた盾部隊が前にでて防御……



と、なるはずだった。



振り上げられた腕を余裕の表情で受け止める前衛。その身体が盾ごと吹き飛ばされ、後方の草原に落ちた。HPも四割強も減っている。対するボスは一切のディレイを課されず、そのまま後衛に肉薄する!
たちまちその場はパニックに陥った。


「キリト君たち、ボスの注意を引いて!私が統制を立て直す!」
アスナの叫びに一つ頷くと、マルバは右手の愛剣を構え、投げつけた。チャクラム専用技、『円月斬』。ブーメランのような軌道を描き跳んでいくリングはボスの片方の頭を捉えたが……見事に躱された。なにせ相手は頭が二つ。視界は広く、遅い円月斬では対抗できない。しかし、こちらとて伊達にこんな特殊な武器を使ってるわけではない。躱された刃は途中で軌道を変え、戻ってくる。その刃は再びボスの頭を捉え……再び躱された。
キリトは敵の右手二本の攻撃を剣を使って受け流し、HPをすり減らしながらかなり危うい防御を繰り返している。
エギルたちは左手二本の攻撃をスキルで相殺したり受け流したりして、何人か殴り飛ばされるもののぎりぎりのローテーションを繰り広げた。


「アスナ、無理だ!こいつ、移動速度は遅いくせに上半身だけは素早い!近づかないとダメージ与えられないぞ!」
戻ってくるチャクラムを片手で取りながらマルバはアスナに向かって叫ぶ。アスナはなんとかパニックを鎮め、AGIが高くボスの攻撃を確実に躱せる遊撃部隊と、キリトのように武器防御スキルでボスの攻撃を受けることによって吹き飛ばされずに攻撃を受けられる防御部隊を組織した。さすが、としか言いようがない。

「キリト君、エギルさん!HPが危険です、防御隊と交代してください!回復するまで防御隊が支えます!」
アスナの号令で一旦キリトのパーティーは後退し、防御隊に道をゆずる。
防御隊が正面から攻撃を受け、その後ろから長物で攻撃を仕掛ける遊撃部隊。
マルバもAGIに物を言わせてボスの側面に張り付き、攻撃を躱してはカウンターで『閃打』、さらに躱しては『パラレル・スティング』といった調子で完全にカウンターで攻撃を繰り返す。腕四本のうち二本は必ず防御部隊が支え、遊撃部隊が必ず躱せるように必死の防御を繰り返した。








第一層以来の激戦。HPゲージの四本のうち三本が空になり、残り一本が半分になったところでアスナが一旦後退の号令を出した。マルバもかなり奮闘し、ボスの右手の片方を見事破壊したところだ。押していると思ったプレイヤーは不満そうに、しかし一応指示に従って後退する。
アスナが恐れたのはボスの凶暴化……つまり、HPが少なくなると攻撃力が急上昇するボス専用の状態異常である。

果たして……雄叫びを上げたると破壊されて失った片方の右手が再び生え、、背中に背負った斧を両手で握りしめた。四本の手全てが斧を持つと、よりいっそう不気味な姿となる。

最初に一撃を喰らって吹き飛ばされた盾部隊がアスナの号令で再び結集し、最も防御力が高い者が前に出て縦一列に並び、全力でボスの一撃を弾き返す構えを取る。たった一人が攻撃を受け、その者が吹き飛ばされないよう後ろの者全員が支えるのだ。
ボスは四本の手を同時に振りかぶると、最も前にいる一人に容赦無い一撃……いや、手が四本だから四連撃を叩き込む。それぞれの攻撃が1/2に少し満たない量のHPを削る。怒涛の四連撃は本来なら耐え切れない攻撃だが、そこは攻撃が集中するプレイヤーを一人に絞ったからこそできる戦術がある。一発攻撃を喰らう度に後ろに控えたプレイヤーが緊急用の結晶で回復するのだ。前衛はぎりぎりで攻撃を弾き返すことに成功し、ボスが大きく態勢を崩す。そこにキリトとマルバが同時に『弦月』を打ち込み、見事転倒させた。


「総員、全力攻撃!!」


アスナの号令とともに全員がスキルをめちゃくちゃに打ち込み、ボスのHPは1ドットもあますところなく喰らい尽くされた。





【Congratulations!!】

システムメッセージが浮かび上がり、ぎりぎりの戦いは幕を閉じた。






「おっ、武器破壊ボーナスだ!」
マルバは『You've Got the Special Bonus!!』の表示を見て少し喜んだ。
にやにやしているキリトはまたもやラストアタックボーナスで貴重なアイテムを入手したようだ。羨ましい。

「よっ、ナイスファイトだったぜ、《双剣》。」
と声をかけるのはエギルだ。《双剣》と呼ばれたマルバは顔をしかめながら振り返った。
「その呼び方、よしてくれよ。僕は《閃光》のアスナみたいに活躍してるわけじゃないんだしさ、バトルスタイルだけ評価されても正直微妙なだけだし。」
「いやいや、お前結構活躍してたぞ?で、どうだった。いいアイテム出たか?」
「うん、武器破壊ボーナスで籠手がドロップしてた。『黒武』……だってさ。」
「おお、よかったな。お前、籠手ならちょうどいいだろ。」
「そうだね。こいつもそろそろ替えどきだったから助かったよ。エギルの方はどうだった?」
「いいや、役に立つものはなかったな。曲剣ならドロップしたけど、お前使うか?安くしとくぞ?」
「あ、ただじゃないんだね……。曲剣スキルは体術スキルを取るときに諦めたよ。」
「そうか……。仕方ない、店で売るとするか。」
「それがいいと思うよ。これもあげる。僕は使わないから。」

マルバはドロップしたLv.3の毒の瓶もエギルに押し付けた。Lv.3といえばかなり強い毒だが、マルバにとってはストレージを圧迫する要因にしかならない。

「んなもん、俺も使わねえよ。短剣に塗って投げれば少しは効くんじゃねぇの?」
「あ、そんな使い方もできるのんだ。今度試してみるね。」

マルバはエギルの手から瓶を奪い取った。苦笑するエギル。

経験値とコルの分配が終わるとマルバは一旦別れを告げてはその場を離脱した。ボス戦の間リズにユキを預けておいたので回収に行くのだ。




「いらっしゃいませ~、ってなんだあんたか。」
「仮にも客に向かってその言い方は無いんじゃないの?」
「まあまあ、ユキ預かっててやったんだからそれくらいいいじゃないの。」

ユキはリズの腕の中に収まっていたが、マルバをひと目見るなり飛びついてきた。蹴られた形になるリズは数歩よろめく。

「うわっ、とと。結構力あるのね、その子。」
「うん、筋力値は低いんだけどね。敏捷性が半端じゃないから蹴りは強いと思うよ。」

マルバはユキをなでると、そっと地面に下ろしてからリズに向き直る。

「それじゃあ本業のほう、お願いしようかな。このチャクラムの整備をお願い。」
「任せといて。……あれ?籠手はいいの?」
「ああ、ボス戦で新しいのが手に入ったからね。……あ、そうだ。せっかくだし、ちょっと見てみてくれない?」

マルバはそれまで装備していた籠手、『瓢』を外すと新しく手に入れた『黒武』といっしょにリズに手渡した。メインウィンドウの追加防具装備欄から表示が消える。
リズは指で黒武の表面を軽くタップすると開かれたウィンドウから鑑定スキルを示す虫めがねアイコンを押した。

「うーん、普通の防具ね。」
「あれ、そうなんだ。ボスの武器破壊ボーナスで手に入れたやつだからなにか特殊効果でもあるかと思って期待してたんだけどな。」
「特殊効果ならついてるわよ。武器防御スキルにボーナスっていうやつ。でもそんなに珍しい効果でもないわよ。これホントに特殊ドロップなの?」

リズはそう言いながらウィンドウを可視モードにするとマルバに見せた。マルバがそれを覗きこむ。

「あれ、この武器防御スキルボーナスってのの下の灰色の空欄、なに?」
「え、嘘、そんなのあった?」

慌てて覗きこむリズ、押し出されるマルバ。

「ホントだ……まだ隠された特殊効果があるってことかな。あたしの鑑定スキルじゃまだなんなのか分からないけどね」
「ふうん。じゃあ使ってるうちに新しい特殊効果が出てくるかも、ってこと?」
「ううん、これは特定回数強化するか、そうじゃなければ特定のソードスキルが習得可能になると表示されるやつよ。」
「ふむふむ……それじゃあ、黒武の強化に必要な素材は?」

リズがウィンドウを操作する。ふと見ると、ユキが退屈そうにマルバの足元を一周した。抱き上げるマルバ。

「必要なのは、フェザードラグの羽根とジャイアントアントの脚。最低二つづつで成功率65%ね。」
「95%まで上げるにはどれくらい必要?」
「15づつ。ちょっと大変よ。」
「まあボス戦も終わったし気楽に探すよ。何層のモンスターだったか覚えてる?」
「確か十六層だったと思うわよ。わりとポップしやすいモンスターだから丸一日がんばれば集まるでしょ。」
「了解。それじゃその古い方の籠手はインゴットに戻してくれない?」
「任せといて。」

リズからインゴットと修復されたチャクラムを受け取ると、マルバは十六層に向かうべく転移門に脚を向けた。 
 

 
後書き
マルバが十六層に行くための理由付けの回です。それに苦戦したという双頭巨人戦を少しですが書いてみました。正直全然書けなかった気がします。誰も死なないし。いや、死ななかったのはいいことなんですけどね。

なんかどんどん独自設定が増えていってます。これから先、オリジナルのエクストラスキルやシステム外スキルも出てくる予定なのでこんがらかったりしたらすみません。
『複属性武器』とかいうとんでもない設定出してから言う台詞じゃないですけどね。 

 

第十一話 月夜の黒猫団

 
前書き
さてさて、ついに月夜の黒猫団の登場です。
マルバがキリトより先に彼らと接触したために、彼らの運命は大きく変わります。
今のところマルバくんはちゃんと『主人公』やってますね。 

 
『円月斬』の最大の長所は投げ方によって軌道がある程度コントロールできる点にある。
横に振りかぶって投げればブーメランのように広範囲を旋回するし、直線的に投げれば投げた手に吸い込まれるように戻ってくる。だから、敵が大量にいるときには振りかぶって投げ、クリティカルを狙うには直線的に投げるのが効果的だ。
よってこのように大量の敵に囲まれた時などは横投げが非常に有効である。

「うおおおおおおおッ!!!」
マルバは叫び声で敵を怯ませようとしているかのように吠えた。実際は自らを侵そうとする恐怖心を追いだそうとしただけなのだが、敵が一瞬動きを止める。その瞬間を逃すようなマルバではない。

「せえいッ!!」
横薙ぎの一撃。『円月斬』が五体の敵をまとめて消し飛ばした。振り返ると背後の敵を短剣で連続攻撃し、そのままワンツーパンチ。体術スキルの『双牙』だ。撃ちぬいた右手に先ほど投げたチャクラムがびしっと音をたてて収まる。直後の僅かな硬直に沢山の敵が襲いかかるが、ユキが走り出るとマルバと敵の間の空間が白く塗りつぶされた。敵が戸惑う、その隙にすかさず右手と左手の武器を交換。

「はッ!」
もう一撃、左手から縦投げの『円月斬』。縦に並んでいた敵二体が同時に消し飛んだ。サイドステップを踏んで円月斬の軌道を誘導する。迫る敵の攻撃を短剣と籠手で弾き返すと攻撃を防がれた敵が硬直する。その瞬間に背後から飛来したチャクラムが見事に敵の後頭部にクリティカルヒットした。チャクラムは再び音をたてて左手に収まる。



「ふう、これは精神衛生上よろしくないなあ……」
マルバは敵を一掃してから呟いた。ユキが駆け寄ってきてマルバの脚にまとわりつく。合計十五匹になるだろうか、飛行型モンスターのフェザードラグを利用したMPK(モンスタープレイヤーキル)もどきに引っかかったのである。最も、走って逃げていったパーティーは本当に余裕がなかった様子なので故意的なものではなかったようだが、だとしても決して褒められた行為ではない。これが攻略組のマルバだからよかったものの、普通のソロプレイヤーだったら一瞬でオダブツだ。

苦いレモンジュースのような味のするポーションでHPを回復させながら歩き出したマルバは、すぐ先の安全地帯から話し声を聞いた。

「……ばいってさ、……ぜっ……じゃんよ。」
「……もさ、……しょ?」
「だからって見殺しにするわけにはいかないだろ!?」

小さくてよく聞こえない会話のなかから叫び声が聞こえた。見殺しという穏当でない単語も気になるが、言い争いとはあまりよろしくない。喧嘩になるなら止めないとな、と思いマルバは足を早めた。安全地帯手前でユキの姿が掻き消える。マルバは未だに念のためユキの存在を隠し続けているのだ。

「ねえ、君たち、どうしたの?」
と話しかけてみる。

「いや、さっきここまで逃走してくる途中でどうやらソロプレイヤーにモンスターを押し付けてきちゃったらしくてさ、このままだとそのプレイヤーが危ないから助けに行こうか、って話してたんだよ。」
「危ないって、無理よそんなの。だってわたしたちは勝てないから逃げてきたんだよ?また行ったって逃げ帰ってくるだけよ。」
「だからって押し付けた人が死んだらどうするんだよ!?」

話がようやく見えてきたマルバは彼らに笑いながら言った。
「ああ、それなら僕がさっき一掃してきたよ。フェザードラグの大群でしょ?」

「え!?」
驚くパーティーたち。

「あんなにたくさんいたのにこんな短時間で倒してきたなんて……あんた何者だ?」

疑惑の視線に晒されたマルバは真面目に答える。
「何者ってわけでもないさ。ここで戦えるほどのレベルは十分にあるってだけで」
「あんた、攻略組だな?なんだってこんなところで狩りなんてしてるんだ。攻略組が経験値稼ぎするような場所じゃねえぞ」

一応は命の恩人に対していう台詞じゃないだろうに、と心のなかでつぶやく。
「素材集めにきてただけだよ。」
「素材集めだぁ?高レベルの素材がこんなところにあるわけねえだろうが。嘘ついてんじゃねえよ。」
「嘘じゃないってば。」
「いいや、嘘だ。ポップが枯れたらどうすんだよ。俺らが得られる経験値が減っちまうだろうが。非常識だぞ」

まさか非常識という単語がこのパーティーから聞けるとは思わなかったマルバは苦笑して答えた。
「非常識って……さっきのMKPは君たちがやったんだろ?非常識は君たちのほうだと思うけどなあ。」
「ふん、開き直りやがったか。」
「いやいや、開き直ってるのは君たちのほうでしょ……」
「話をまぜっかえしてんじゃねえよ!!」
「だから混ぜっ返してるのは君たちのほうだって……」
「ふざけんな!」

もはや話にならないと思ったマルバはため息をつく。相手はさらに続ける。
「おまえ、さてはビーターだな!?お前たちのせいで俺たちは出遅れたんだよ!!責任とれよ!!」

ビーター、か。そういえば最初にこれを言われたのはキリトだったな、とマルバはつい四ヶ月ほど前の出来事を思い起こした。震えを隠した声で笑うキリトの声が脳裏に蘇る。あいつの思いを知らずに、こいつらは……

もはや彼らの言うことは聞きたくなかった。マルバは足早にその場を離れる。後ろで喚く声が聞こえるが、無視だ。あー、聞こえない聞こえない。


すたすたとその場を通り過ぎたマルバは、フェザードラグの羽根がすでに十八個溜まっているのに気づいた。あとはジャイアントアントだ。奴らは迷宮区にいる。マルバは迷宮区を目指した。







第十六層迷宮区は植物が生い茂り、巨大な虫のモンスターがたくさん出現するエリアである。ここの敵は斬撃も刺突も打撃も有効なため非常に戦いやすいことで有名なのだが、今マルバの目前で戦っている人達はその限りではないようだ。

盾持ちのメイサーが一人、HPゲージがもうすぐイエローになるといった程度に消耗している。しかし、他のメンバーは長槍使いが二人と棍使い、短剣使いのみで、前衛ができるのが一人だけなので前衛が回復する暇がないらしい。ずるずると後退する形になってしまっている。このスキル構成はちょっと無理がありそうだ、とマルバは思った。ユキに隠れるようにと指示を出すと彼らに近づく。

「前衛、支えようか?」
マルバはリーダーらしき棍使いに声をかけた。棍使いは少し驚いたように目を見張ると、一瞬ためらい、しかしすぐに頷いた。
「お願いします。危なくなったら逃げていいですから」
「了解!」

そうと決まればマルバは短剣を構えると前衛のメイサーとスイッチした。
マルバは短剣使いにしては珍しく武器防御スキルをけっこう上げている。さらに盾ほどの防御力はないものの籠手を装備しているため見た目に反しそれなりに防御もできるのである。本来ならチャクラムの的確な一投や正確な短剣の一撃で敵を倒すこともできたのだが、マルバはひたすら防御に徹し、彼らに攻撃のチャンスを与え続けた。何故か、と訊かれればすぐに答えることは難しいが、おそらく先ほどのように非常識だと罵られるのが嫌だったからかもしれない。マルバはわざと一度も攻撃せずに彼らがモンスターにとどめを刺すのを見届けた。

戦闘が終わると彼らは歓声をあげて勝利をたたえ合った。ソロのマルバにとっては非常に珍しい光景である。戸惑いながら求められた握手に応じる。
そのまま流れで一緒に街まで向かうことに。まだジャイアントアント狩り終わってないんだけどな……と思うものの、そんなことを言ったら非常識と言われることになりかねない。



迷宮区から脱出し、主街区に到着したマルバたちは酒場で一杯やりませんかという棍使いケイタの誘いに乗り、一緒に祝杯をあげた。さすがにここまできてユキの存在を隠すのは無理なので、マルバはユキと一緒に自己紹介を終えた。彼らのギルドは『月夜の黒猫団』というらしい。
彼らは短剣使いが見事に前衛を務めたことに驚いていたらしく、非常に聞きにくそうにマルバにレベルを尋ねた。

「あのー、大変失礼なんですけど、マルバさん、レベルいくつくらいなんですか?」
「あー、うん、それなんだけどさ、その前にちょっと質問があるんだけど、いい?」
「はい?別に構いませんよ。なんですか?」
「敬語はなしでいいよ。それで……攻略組、ってどう思う?」
マルバは直球で聞いてみた。彼らは突然の質問に戸惑ったようだ。ケイタが口を開くまでに少し時間がかかった。

「ええと、質問の意図がすこし分からないのですが……分からないんだけど?」
「そのまんまだよ。攻略組になりたいとか思う?それとも経験値をたくさん取ってズルした嫌な連中だとか思う?」
「あぁ、そういうことなら、僕たちはいつかは攻略組の仲間入りをしたいと思ってるよ。仲間の安全が第一だけどさ、それなら始まりの街でじっとしていればいいわけで、それでもこうして迷宮区まで出かけてレベル上げをしているのはやっぱりいつかは攻略組に入りたいからなんだ。」

そっか……とマルバはつぶやく。マルバは彼らを信じることに決めた。彼らなら、マルバのレベルを聞いても非常識だと言って罵ったりはしないだろう。

「うん。それじゃあ最初の質問に答えるね。僕のレベルは32。ここにはボス戦でドロップした防具の強化素材を探しにきてたんだ。」
「え、それじゃ……攻略組、なんですか?」
「うん、そういうことになるね。」

改めてマルバを見つめる月夜の黒猫団のメンバー。すると、サチと名乗ったギルドメンバーの紅一点の長槍使いが驚いたように声をあげた。
「あ、もしかして……《双剣》のマルバさん?」
「うわ、その呼び方って広まってるの?嫌だな、実力もないくせに二つ名がついてるのなんて僕くらいなもんだよ。」

再び口を開くケイタ。
「攻略組、だったんですね。それじゃ、僕たちは攻略組の戦いを間近でみたことになるんだ。いや、もしレベル帯が近いのならメンバーに誘おうかと思ったんだけどね、さすがに無理そうだな……」
「うーん……、君たち、攻略組になりたいって言ってたよね。でもそのスキル構成じゃあ上層まで行くのは厳しいと思うんだけど、どうする気なの?」
「ああ、それはほら、サチのメインスキルは長槍なんだけどさ、まだスキル熟練度が低いものだから、今のうちに盾持ちの片手剣士に転向させようと思ってるんだよ。」
「なるほど……そうだな。じゃあさ、ついでにもう一つ質問。君たちと攻略組ってなにが違うんだと思う?レベル以外に。」
「意志力、かな。彼らは何が何でも仲間を守り、全プレイヤーを守ろうっていう意思に満ちているんだと僕は思う。そういう力があるからこそ、ボス戦に立ち向かえるんじゃないかな、って思うんだ。」
「それじゃあ、君たちは意志力が足りないから攻略組になれないってこと?」
「……いや、僕たちはこのままレベル上げを続けていつかは攻略組になろうと思っている。気持ちだけでは彼らに負けているとは思わないよ。」
「じゃあ、やっぱり意志力以外にも攻略組を攻略組たらしめている何かがあるってことになるよね。」
「そう、だね。」

そこで一旦言葉を切るマルバ。少し考えてから、再び口を開く。

「君たちにかけているものは二つだと僕は思う。まず、君たちがさっき言った、『意志力』。でもこれは君たちに欠けているもの、っていうよりは欠けていたもの、だと思う。攻略組の多くはこのデスゲームが始まってすぐに強烈なスタートダッシュを決めたんだけど、それによって周囲と大きなレベル差ができたんだよね。この差を埋めるのはなかなか難しいと思う。」

月夜の黒猫団の皆はマルバの言葉に頷く。
「そうだね。僕たちは第三層がクリアされるまでは怖くて始まりの街から出られなかった。そのときの攻略組とのレベル差を埋められないまま今に至る、って感じだから。」
「うん。それじゃあ、二つ目。それは『情報力』。攻略組が持っていて下層のプレイヤーが持っていないものは、下層の情報だ。攻略組にとって情報は力になる。他の人が知らない情報を自分が持っている、それが自分を他のプレイヤーより強くできる要因になるからね。それは攻略中の層ばかりじゃなくて、下層の情報も同じ。仮にもう自分には必要のない下層の情報でも、他のプレイヤーが持ってない情報を持っていれば渡したくなくなるものだよ。」
「うん、それはなんとなく分かる。」
「それだけどさ。一つ目は取り返しがつかなくても二つ目はなんとかなるんじゃないかな、その提供者さえいれば。」

「提供者……?」
ちょっとびっくりしたようにケイタは呟いた。

「そう、提供者。もしよかったら、僕がその提供者になろう。ただし、期限は付けさせてもらうよ。次のボス攻略が終わるまで……そう、だいたい二週間から三週間くらい。一回くらいなら攻略サボっても大丈夫だと思うしね。」

月夜の黒猫団の全員が目を見張った。

「それは僕たちにとってとってもありがたい申し出だけど……いいの?」
「もちろん。これは僕だけの問題じゃないから。二十五層ボスの戦いで感じたんだけど、攻略組の人数が少なすぎる気がするんだ。君たちが本当に攻略組になれるのなら、攻略もかなり楽になるはずだ。だから、僕からもお願いしたい。攻略組に、なってほしいんだ。」

あまりに信じられない提案に、黒猫団のメンバーは一旦集まって相談を始めた。
マルバはユキを抱きながら答えが出るのを待つ。やがて……

「話はまとまった。君にコーチをお願いしたい。攻略組を目指して精一杯がんばるから、よろしく。」
「うん、よろしく。」

マルバは再び月夜の黒猫団の全員と固い握手を交わした。 
 

 
後書き
最初に出てきた『フェザードラグ(Feather Dragon)』はピナの種族である『フェザーリドラ(Feather Little-Dragon)』が成長したような感じのやつです。ドラグってドラグーンじゃなくてドラゴンであってますよね……?
円月斬の一投で五体まとめて消し飛ばしてますが、これは飛行型モンスター故に防御力が低く、またマルバがこの層の敵に対してかなりレベルが高いからです。

今回の裏設定を紹介しておきます。
マルバ:Lv.32。《双剣》の二つ名を持っていますが、本人は実力ではなく変わったバトルスタイルが評価されただけだと感じています。顔も名前も知られていません。こんな戦い方をするプレイヤーもいるんだよーって新聞に紹介されて以来二つ名だけが少し有名になりました。
前線のレベルは平均35。マルバはレベルが低めですが、これはレベルよりスキルを重視してレベリングよりスキルの訓練を優先した結果です。
月夜の黒猫団のレベルは23~26。

マルバが月夜の黒猫団のコーチングをするということは、キリトがトラウマを抱えないということで、今後のシナリオは原作とはかなり変わってくる予定です。 

 

第十二話 レクチャーその一、『見切り』

 
前書き
マルバくんによるレクチャーが始まります。 

 
一日目。

「それじゃ、まずは戦闘訓練から。《システム外スキル》って知ってる?」
「《システム外スキル》?」
首を傾げるサチ。

「知らないみたいだね。《システム外スキル》ってのは、『システムに定義されていない、プレイヤーが生み出した戦闘体系』のこと。一番知られているのは、『スイッチ』だね。敵に重い攻撃を仕掛けて硬直させ、その隙に前衛を交代するってやつだ。」
「ああ、さすがにスイッチなら知ってる。うちのギルドじゃまだ難しいけどね。」
ケイタはそういうとちらっとサチの方を見た。困った顔をするサチ。

「だってさ、私はいままでずっと後ろからちくちく突っつく役だったじゃん。いきなり前に出て接近戦やれなんて言われても、おっかないよ。」
「まあ、そうだよね。それについてはこの後でレクチャーするよ。話を戻すと、この《システム外スキル》を使えるかどうかっていうのが実はかなり重要なんだ。」
ふうん、と皆が頷く。

「とりあえず今日は一般的に『見切り』って呼ばれるシステム外スキルを使えるように訓練するよ。」
はーい、了解、と異口同音に答える黒猫団。

「それじゃあ、まずは《圏内戦闘》で訓練するね。君たち五人で順番で僕に攻撃してみて。僕は君たちの攻撃をなるべく避けてみる。その動きを見ていて。」
皆がそれぞれの得物を取る。マルバは落ちていた小ぶりの石を拾うと、高く投げあげた。落ちてきたら戦闘開始、という合図だ。


カンッ!

石が地面に落ち、硬質な音が響く、と同時に五人が地を蹴ってマルバに攻撃を仕掛けてきた。
まず突っ込んでくるのは短剣使いのダッカー。石が落ちる前にすでに準備していた短剣専用ソードスキル『ラピッドバイト』で攻撃を仕掛ける。硬直が少ない優秀な技なのだが、動きがどうしようもなく直線的なので避けやすい。マルバは最小限のサイドステップで躱すと、次の攻撃者に向き直る。
次に続くのは棍使いのケイタ。クオータースタッフをくるくると回すと、そのまま下から上へ振り上げた。さらに半回転して反対側の先で追撃する。スキル始動技『舞花棍(ブカコン)』から続く『撩棍(リョウコン)』の連続攻撃(コンボ)である。マルバはそれをやはり左右のステップで躱すが、追撃の軌道を予測しきれなかった。態勢を崩されたマルバは、しかし、何も持っていない左手を構え籠手で棍を受け止める。
三人目はテツオ。盾を構えて突進してきた。盾には基本的に当たり判定がない。つまり、盾による突進攻撃は相手をノックバックさせたりはできるもののダメージを与えることはできないのだ。その代わり、バックステップで躱せない上に、ソードスキルではないため使用者が盾を左右に振ることができる。つまり、避けられても攻撃が防御できる、有用な技だ。一応はこれも《システム外スキル》に分類されるはずだ。マルバはそれをなんとテツオの頭上を飛び越えることで躱してみせた。テツオは唖然として振り返る。
四人目はササマルだ。長槍を正面に構えると、連続の刺突技を繰り出す。右、左、右、右、下、上と六連撃の全ての軌道を少しづつ修正して外しにくくした攻撃だ。意識的にソードスキルの軌道を修正するのは意外と難しい技術で、これも《システム外スキル》の一つである。マルバはその攻撃全てを籠手と短剣でたたき落としてみせた。
最後はサチ。使いにくそうに片手剣を構えると、そのまま斜め切りを打ち込んできた。基本技の『スラント』だ。マルバはバックステップで難なくかわすが、そこでちょっと追撃してみた。基本刺突技の『リニアー』だ。誰でも知っているような簡単な技なのだが、追撃が来ることを予想していなかったサチは思わず身をすくませてしまう。しっかりと構えていない盾の横をすり抜け、強攻撃が決まった。強烈なノックバックで数歩よろめくサチ。
これで終わりだと思って気を抜いたマルバに飛びかかってきたのは何故かユキだった。目を見張るマルバ。サイドステップで躱すが、スノーヘアの敏捷性は半端ではない。着地点から鋭角に切り返すと再び突進してきた。その攻撃を籠手で受け止めると、いきなりポンという音と共に視界が白く染まる。思わずふらついたマルバは腹部に強烈な打撃を感じて吹き飛ばされた。首を起こすと、自分の身体の上でしてやったりといわんばかりに胸を張るユキ。
この模擬戦はユキの勝ちで終わった。



「あはは、まさかユキが参戦するとは思わなかったな。どうだった、みんな?」
苦笑しながら身を起こしたマルバに、黒猫団のみんなは口々に答える。

「マルバ、強すぎ!なんで当たらないんだよ~」
とササマル。

「飛び越えるなんて反則じゃない!?」
とテツオ。

「いやー、さすがだな~。あれは絶対当たると思ったのに。」
と言うのはケイタだ。

「なんかオレだけすごく簡単に避けられて悔しいんだけど!」
と悔しがるダッカー。

「うう、マルバ、なんで私だけ攻撃するのよう」
と涙目のサチが訴える。


「とまあ、これが『見切り』の効果なわけだ。ちなみにダッカーのが簡単に避けられたのは『見切り』っていうよりは『先読み』のおかげだけどね。『ラピッドバイト』は僕もよく使う技だからさ、軌道とかよく知ってるんだよ。」
「ああ、なるほど。『先読み』、ね。」
ダッカーがふむふむとつぶやく。

「うん。でも『先読み』は『見切り』の延長線上にあるようなシステム外スキルだからあんまり急がなくてもそのうち習得すればいいよ。基本的には対人戦の技だからね。人型モンスター相手にはすごく使えるけど、まだそれは先でいいと思うからさ。」


「それで、『見切り』ってどうやればいいんだい?」
とケイタが聞いてきた。

「基本的には相手の目をしっかり見ること。モンスターだろうとプレイヤーだろうと、攻撃する時には攻撃するところを必ず見るからね。視線の先に攻撃が来るから、それを回避したり防御したりするんだ。それじゃ、実際にやってみよう。ササマルとケイタ、ダッカーでチームを作って練習。一人が攻撃して、もう一人がそれを回避する。残りの一人はそれをよく見て、その動きで良かったところを自分の動きに取り入れるようにするんだ。十分たったらローテーションしてね。」
了解、と言ってすぐに練習を始めるケイタたち。

「私たちは?」
「サチとテツオたちは回避じゃなくて防御の練習だね。こっちはこっちで別にトレーニングするよ。」
付いてきて、といってケイタたちから少し距離をとる。防御の訓練に最適な突進技は広い場所が必要だからだ。




「じゃあ、防御の方法を教えるね。テツオは前からやってたから分かると思うけど、基本的に盾の後ろに身を隠して、敵の攻撃に盾をぶつけるんだ。足を踏ん張って、吹き飛ばされないように耐えること。これも『見切り』で敵の攻撃がどこにくるのか見定めれば動きに余裕ができるはず。うまく敵の攻撃を弾ければ隙ができるから、そこにスキルを打ち込むんだ。僕が攻撃するから、それを受け止めてみて。まずはテツオから。僕の攻撃の後に隙ができるから、そうしたら攻撃していいよ。サチはちょっと離れて見てて。」
頷くとサチは少し離れた場所に移動する。

テツオは盾を構えてマルバを見つめた。重い攻撃は盾の向こうのプレイヤーに『抜ける』こともあるが、短剣はそういうことに向いていない。だからマルバが攻撃する先は……

「……ッ!」
マルバは地を蹴るとテツオに肉薄した。テツオはまっすぐにマルバの目を見つめる。すると、マルバの視線が上方に動いた。上か……!
とっさに持ち上げた盾に命中するマルバの短剣。四連撃、『ファッドエッジ』が放たれるとマルバは空中でわずかに硬直した。そのまま落下するマルバ。地面に降り立ったところにテツオは追撃の一撃を放つも、すでに硬直が解けているマルバはバックステップで難なく回避する。

「テツオ、うまいじゃん!でも、もうちょっとかな。まず、僕の攻撃が上から来るって分かったのは初めてにしてはすごい。でも、持ち上げた盾で視界が遮られて僕の目を最後まで見られなかったでしょ?それはまずいんだよね。もしあれがフェイントで、僕がそのままなんの技も出さずに地面に降りて、足元から攻撃したら防ぎようがないでしょ?だから、敵の攻撃が当たる直前まで頭を盾の内側に入れちゃだめだよ。」
「そっか……そうだよな。うん、分かった。」
「それから、もう一つ。敵が空中にいる間にも時間は過ぎていくから。敵が地面に降り立ってからスキルを撃つのは遅すぎるよ。せっかく空中で身動きが取れないんだから、その隙に攻撃しなきゃ。」
ふむふむ、なるほど、と呟きながらテツオはサチと交代する。



「さっきの模擬戦で分かったんだけど、サチの問題はやっぱり敵の攻撃が怖くて盾をしっかり構えてられないことにあると思う。」
「そう……だね。話したと思うけど、私、いままでずっと長槍だったからさ、盾と剣持って前衛とかほんとおっかなくて。」
「そうだよね。それなんだけど、怖いのもあるけどさ、サチは盾を信用しきれていないってこともあると思うんだよ。」
「盾を……信用?どういうこと?」
「盾ってのは基本的には一切のダメージを防ぐことができるすごい防具なんだよね。武器を使って敵の攻撃を弾くとさ、どんなに上手に弾いても必ず少しはダメージを受けちゃうんだけど、盾は筋力パラメータが十分にあって、敵の攻撃に合わせて弾ければダメージは一切通らないんだ。話変わるけど、サチはどの武器を使う人が一番死にやすいか知ってる?」
「うーん……短剣、とか?」
「うん、そうだね。二番目はなんだか分かる?」
「うーん…………?」
「実は二番目は槍使いなんだ。敵が間合いに入らなければ強いんだけど、盾役が何らかの理由で倒れると防御できなくてやられちゃうからね。それじゃ、逆に一番生存率が高い武器はなんだと思う?」
「片手剣かな。」
「そう、片手剣。その理由は、やっぱりその盾にある。レベル差がある敵相手ならソロで挑んでも基本的にダメージ受けないですむっていうのが強いんだよね。ソロで生き残ってるプレイヤーの四割は片手剣の剣士だよ。」
「ふうん。じゃあ盾をちゃんと使えれば例え一人でも死なずにすむってこと?」
「そう、そのとおり。上手く使えれば槍よりずっと安全だよ。そのためには、どんなに怖い敵が襲ってきても恐れずに『見切る』こと。敵の攻撃がちゃんと読めれば絶対負けないよ。」
「分かった。敵の攻撃をしっかり見るんだね。」
「そういうこと。それじゃ、行くよ。僕がどんなスキルを使っても僕から目を逸らしちゃだめだよ」
サチは怖そうに、でもしっかりと頷いた。



マルバはサチから六メートルほど距離をとって短剣を腰におさめたまま、右手を握る。態勢をとても低くして握った右手を腰に構えると、その右手が光を帯びた。サチは見たこともないスキルに目を見張る。思わず盾を持った手がぶれる……が、先程のマルバの言葉を思い出し、盾をしっかり握り直す。大丈夫、しっかり構えてれば絶対大丈夫、とつぶやく。

その様子を見ていたマルバは、サチがしっかり盾を握り直したのを見届けると同時に右足で地面を蹴った。体術突進系スキル、『玄燕(ツバクラメ)』。かなり速いスピードで飛び出す身体を、踏み出した右足の力を使って更に加速する。

サチはマルバのあまりの速さに思わず目をつぶってしまった。が、すぐに目を開くと突っ込んでくるマルバを見据える。マルバの目はそのままサチを見ていて、その視線は右にも左にも動かない。サチは左足を半歩下げると、マルバが盾に衝突するその瞬間に盾に全体重をかけた。飛び散る眩いライトエフェクト。吹き飛ばされたのは、マルバのほうだった。


「すごい、サチ!よく耐えたね!!いやー、まさかふっとばされるとは思わなかったな。あれ、盾系防具で起きる『パーリング』ってやつだよ。盾に力をかけるタイミングがかなりシビアだから《武器防御スキル》か《盾防御スキル》のModの『パーリング』をとっておかないと発動させにくいんだけど、かなりうまくいったね。お見事!」
「えへへ、なんか嬉しいな。実践でもうまくいけばいいんだけどね。」
「うん、大きなモンスター相手だとやっぱりどうしても怖くなるからね。基本的な技術はできるようになったから、あとは実践で慣れるしかないね。《盾防御スキル》が上がってきたらできるだけ早く『パーリング』をとっておくといいよ。サチならかなり早く使いこなせると思う。それじゃ、あとはケイタ達と合流して一緒に練習だね。」


マルバの後に続きながら、サチは初めて盾を使えるようになりそうだと感じた。
サチの片手剣士転向計画は、ここから始まる。 
 

 
後書き
サチが意外とがんばっていますが、このまますんなりと片手剣士になれるのもおかしいのでやはりある程度原作に沿った展開になる予定です。 

 

第十三話 レクチャーその二、『パニック制御』 そしてケイタの理想

 
前書き
メンテナンス終了を待って投稿しようとしたらなんかインターフェイスが一新されて格好良くなっていてすごくびっくりしました。 

 
四日目。


「今日は恐怖に打ち勝つ訓練をしようと思う。仮にMPKに遭ったり、アラームトラップを引いちゃったりしたとしよう。その時、パニックに陥ったりしたらまずいことになる。でも、どんなに強大な敵でもパニックにならずにしっかりと隊列を組んでさえいれば生き残ることはそれほど難しくない」
「でも、転移結晶だって転移するまでに時間かかるだろ?敵に囲まれたらどうするんだよ」
「ダッカー、確かに囲まれた時に転移するのは難しいけど、無理じゃない。例えば、こんなことができる……」
マルバはそこで言葉を切ると、羊皮紙(っぽい何か)を取り出すとそこにペンで図を書き込みながら説明する。
盾を持った二人が前に出て、その後ろに長物使い二人、そして何故か一番後ろに短剣使いのダッカー。

「え、オレ攻撃できねーじゃん。何すりゃいいの?」
ダッカーの最もな質問にマルバが答える。
「今回のレクチャーは『大量の敵相手になんとか生き残る方法』を考えること。別に倒さなくてもいいから。ダッカーは転移結晶を使う役ね。」
なるほど、と頷くダッカー。


「転移結晶を使う際、当たり前だけど一番気をつけなきゃいけないのは『敵からの攻撃』。何らかの攻撃を受けた時点で転移はキャンセルされてしまうから、敵の攻撃を受けないようにする必要がある。そこで、前衛の出番だ。」

マルバは先ほどの図のケイタ達を取り囲むように敵の絵を書いた。

「まず、前衛二人はその防御力を生かして正面から来る敵の攻撃を防いでもらう。防ぎ方は『パーリング』が好ましいけど、無理なら武器を跳ね上げるのがいいかな。要するに攻撃できない数秒を作ることが重要だから。」

図の敵が側面からの攻撃を繰り出す。それを受け止めるのは長物使いの二人。

「ケイタとササマルは側面からの攻撃を跳ねあげる役。いくら防御力が高いからっていっても側面からの攻撃だとクリティカルは稀でも強攻撃を喰らうことは十分あり得るから、前衛が攻撃を喰らわないようにするんだ。」

「隙ができたらオレが転移結晶を使うってこと?」
ダッカーがマルバの説明に割り込んできた。

「うん、そういうこと。それじゃ、次の説明。」

マルバは先ほどの羊皮紙を横にずらし、次に羊皮紙を置く場所をつくる。




「転移結晶が使えない状態で敵に囲まれたときはとにかくモンスターのいない方向を確保するんだ。壁でも、通路でもいい。それで、こういうふうに隊列を組む。」

二枚目の羊皮紙にペンが走る。敵の方に二人の前衛役――テツオとサチ――が斜め前方に身体を向けてに並び、そのすき間から顔を出すように短剣使いのダッカー。そのすぐ後ろに長物使い――ケイタとササマル――が続く、という構図が描かれた。

「これはあくまで向かってくる敵を一掃するための隊列だ。逃げられない強敵に歯向かう時用に、できるだけ死亡率を下げたもの。逃げられる時はさっきやった方法で逃げるのが一番だけどね。はい、サチ」
「転移結晶が使えないなんてことあるの?」
サチが律儀に手を上げてから質問する。

「『結晶アイテム無効化エリア』なんていう最悪の場所が存在する。それも、大抵狭い通路だったり、戦いづらい場所に存在することが多いんだ。しかも、結晶アイテムを使ってみるまでそこが無効化エリアかどうかは分からない。」
険しい表情で伝えるマルバ。というのも、以前マルバは無効化エリアで死にかけたことがあるのだ。ハイディングを習得していなかったら今頃ここにはいなかっただろう。レッドゾーン少し手前のHPゲージの横に浮かぶハイディングレートの表示が刻々と下がるのを見つめていたときは生きた心地がしなかった。

「話を戻すね。ええと、それじゃ今日はこれから第十層の洞窟系ダンジョンの中にあるアラームトラップで訓練。分かっていてもアラームトラップを引いた時はかなりパニックになるから、さっき言ったように隊列を崩さないように気をつけてね。敵の攻撃に隙ができたらダッカーはすぐに転移結晶を使うんだ。転移先はこの街でいい。」
黒猫団の皆は真剣な顔で第十層に向かった。






五日目。

「それじゃ、今日までのレクチャーのおさらいをしながらレベリングしますか。特にダッカーのレベルが低めだからみんなと合わせるようにしないといけないしね。午後まで第十五層のフィールドダンジョンで、ダッカーと僕、他のみんなに分かれて訓練ね。」
「ちょっ、なんでオレだけ!」
「だから、君だけレベル低いんだってば。一昨日とその前の日もみんなは『見切り』の訓練も兼ねてレベリングしてたんだから。」
ちぇっ、とつまらなそうな顔をして舌打ちするダッカーのレベルは確かに黒猫団の平均レベルより3つほど低い。レクチャー二日目と三日目はマルバの勧めで第二層で体術の訓練をしていたからだ。短剣使いは連撃が命。体術スキルを学んでおけば連続技の後さらに追撃ができるのだ。もちろん、直後のディレイには十分気をつける必要があるが。

「それから、ダッカーは今日一日、短剣禁止ね。体術スキルの訓練も兼ねて、素手で敵を倒すこと。今日中にスキル熟練度100を目指すよ!『閃打』だけじゃ戦いも大変だし、『玄燕』は無理でも『双牙』くらいは使えるようにしておかなきゃ」
「りょ、了解……」
さらに肩を落とすダッカーは渋々マルバに従って他のみんなが行くダンジョンではなく少し難易度の高いダンジョンに向かう。





六日目。

キシェエエエエエェェェッ!!
「ひやぁっ!」
サチは叫び声を上げたカマキリのモンスターから思わず一歩下がる。が、その背中をマルバが支えた。
「しっかりして!この攻撃を受けられるのはテツオ以外には君しかいないんだよ!!」

その声がサチの背中を押す。サチは睨むようにしてモンスターを見つめた。
私がやらなきゃ……とは思うものの、身体が恐怖に縛られて思うように動けない。

カマキリが再びその鎌を振り上げた。思わず目をつぶるサチ。その鎌をマルバのチャクラムが斬り飛ばす。
「ほら、サチ、次の攻撃来るよ!!」

その声に目を開くと、また鎌を構えるカマキリが目前に屹立する。そう、このモンスターはカマキリのくせに体長が二メートル近くあるのだ。サチが恐怖するのも当然である。
しかし、サチはこんどこそ恐怖を押さえ込んだ。振りかぶる鎌を盾で押し返す、すると鎌が勢い良く火花を散らし、弾き飛ばされた。『パーリング』だ。

「テツオ、スイッチ!」
とマルバが叫ぶ。テツオが走り出て渾身の一撃を喰らわせた。態勢を崩したモンスターの細い胴にクリティカルが決まる。モンスターは絶望の断末魔と共にポリゴンの欠片となって霧散した。






その夜。

ケイタに呼び出されたマルバは宿屋の一階に現れた。
「どうしたの、急に。」
マルバは丸テーブルを挟んでケイタと向かいあう。

「突然呼び出してごめん。用事ってのはさ、サチのことだよ。」
「サチ?」
マルバは首をかしげる。サチは最近やっと盾の使い方に慣れてきて、このままいけば普通に片手剣士に転向できそうに見える。特に問題はなさそうだけど……?

「サチがどうしたの?」
「いや、マルバがレクチャーを始めてからもう一週間がたつでしょ?それなのにまだまだモンスターに対する恐怖心が消えないっていうか……。ほんとにあと一週間で前衛が務まるようになるのかなって思って。」
「うーん、なんていうか……けっこう順調に進んでいると思うんだけど。だめなの?」
「あれで順調なの?今日だってマルバが鎌を破壊してなければかなりダメージ食らっていたと思うよ?」
「最初あれだけ怖がってたのにここまでできるようになったんだ、いい進歩だと思うけどなあ。」

「でも、それじゃダメなんだ!!」
ケイタは焦ったように声を荒げる。

「前衛がちゃんとしなきゃ、僕たちは死ぬかもしれない!前衛が二人いなきゃダメなんだ。テツオが回復する隙がなきゃ、僕たちは戦えない!マルバも、最初に助けてくれた時の戦闘を見ただろ!?このままじゃ、僕たちが攻略組になるのなんて無理だ!!僕たちはさらに上を目指したいんだ!!!」



テツオが回復する隙がなきゃ、僕たちは戦えない(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)……。
その言い方に、マルバははっとした。これでは、まるで……
「……前衛はテツオがやる、その回復の間だけサチが支えていれば十分だ、とでも言いたげだね。」



「……そうだ。サチはこのままじゃ完全に前衛をすることはできない。このまま無理に前に出て前衛をやったって死ぬだけだ。サチを守るためには、今までどおりテツオが前衛をするしかない。」

マルバはため息をひとつつくと立ち上がって言った。

「盾を信用できていないのはサチだけじゃなくてケイタもみたいだね。サチは、僕がちゃんとした前衛にしてみせる。サチは、テツオの代わりなんかじゃない(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。」

彼女は、僕だ。かつて逃げ出したかった過去だ。僕は決して彼女を誰かの代替物にはさせない。

宿屋の階段を上ると、十五センチくらい開いていたサチの部屋のドアが音もなく閉まった。まるで、階下の出来事を盗み聞きしていたかのように。











九日目

【Message Recieved!!】
From : Keita
Subject : サチを見なかった?
Main : サチが出ていったきり帰ってこないんだ。僕らは迷宮区に行ってみる。マルバも何か分かったら知らせてほしい。


「サチ……!」

 
 

 
後書き
ヒロインはシリカにする!と宣言しておいてなんなんですが、どう頭をひねってもシリカを攻略組に押し上げることができません。
いかんせん45レベは低すぎる。70レベ(前線の平均レベルという設定)との差がありすぎてゲームクリアまでに攻略組との差を埋めることができないんです。
シリカではなくオリジナルキャラをヒロインにするか、シリカがマルバの隣で戦うのを諦めるか、なんとかシリカのレベルを一ヶ月ほどで25レベル上げるか、そのどれかが必要なのですがどれがいいでしょうか?
ご意見がありましたら感想板までお願いします。どうすればいいか分からなくなってきたので……。 

 

第十四話 サチ

「サチ、こんなところにいたんだ。みんなが心配してるよ。どうしたの?」
マルバは主街区の外れにある水路で黒いマントに身を包むサチを見つけ、声をかけた。

「マルバ……どうしてこんなとこが分かったの?」
「『索敵』から派生するModに『追跡』っていう応用能力があるんだよ。」
「そっか……。マルバ、ソロで攻略組やってるんだもんね。これくらい分かって当然、かぁ。」
そう言って小さく笑うサチの顔は暗く、かなり思い詰めているのが見てとれる。マルバはそんなサチに対してかける言葉を持たず、必然的に二人の間にはしばらくの沈黙が訪れた。

「……ねえ、マルバ。君は怖くないの?」
沈黙して一分か二分が過ぎ、唐突にサチは尋ねた。

「怖い?……何が?」
「……死ぬのが。……私ね、怖くて最近よく眠れないの。マルバはきっと怖くなんてないんだろうね。あれだけ大きなモンスターが相手なのにすごく冷静だったもん。」

マルバはなんて答えたものか、と一瞬考えてから答えた。
「モンスターと戦うのはもう慣れたよ。でも、死の恐怖に慣れることは一生できそうにない。何度ボス攻略に参加したくないと思ったことか。敵に囲まれて何度絶望したことか。……吹き飛ばされて宙を舞う時、何度HPゲージの残りが0にならないことを祈ったことか。」

マルバは一瞬身震いし、顔を伏せた。代わりに顔を上げたサチはマルバに意外そうな目を向ける。マルバは視界の隅にサチの目を捉え、苦笑して続けた。
「嘘じゃないさ、僕はこの世界では十分に強者だ。それは自覚している。でもいくら数値上で強くなったって、精神的に強くなった気はしないよ。今、前線ではかなりの強者たちが戦っている。『閃光』のアスナ、『黒の剣士』キリト。僕は彼らの戦いを何度も見たけど、とても追いつける気がしないね。『双剣』なんて二つ名はさ、僕の実力の無さを表したようなものなんだよ。臆病だから、それだけ敵から距離を置きたがる。ヒットにヒットを重ねるキリトたちみたいな戦いは僕にはできない。何時まで経ってもヒット・アンド・アウェイさ。後ろに下がれなくなったら僕は死ぬだろうね。」

「……じゃあ、マルバはなんで戦ってるの?それもそんな最前線で。怖いのに戦うのってなんでなの?」

マルバはその質問にしばらく沈黙したあと、おもむろに尋ね返した。
「……ねえ、サチ。なんで人は日記を書くんだと思う?」
「……記録?」
「うん、たぶんそうだろうね。じゃあ、卒業する学校の机に自分のイニシャルを刻み込むのは?訪れた場所の写真を撮る意味は?……全部、記録するためだよね。自分が“ここ”にいたことの証明を、自分がその地を去っても残しておくため。人はいつでも自分がそこにいたという事実を残そうとする。」
マルバはそこで言葉を切ると、サチから二メートルほど離れたところに腰を下ろした。

「人はいつか必ず死ぬ。死んだら、それで全て終わりだ。死んだ後残るのは、その人が行った行為の結果だけ。その人が書いた日記、その人が作ったモノ、その人が残した知識、その人が助けた命、その人が愛した記憶、その人が生んだ子供。人はなんのために生きるかっていう質問に答えがあるとすれば、僕は『この世に自分が生きた痕を残すため』って答えるね。」
サチが顔を上げてマルバのほうを見た。マルバも顔を上げ、正面からサチを見つめる。

「それが、マルバが戦う意味なの?戦うことでマルバは何を遺したいの?」
「わからない。でも、僕はこの世界なら自分が生きた証を残せる気がしたんだ。僕はこの世界で死ぬかもしれない。それでも、僕は自分が生きた証として、この世界のクリアを目指す。」

そこまで言うと、マルバはサチから視線を外して目の前の水面を見た。水面に揺らぐ自分と目が合う。思わず目をそらすと、同じく揺らぐサチの顔が見えた。

「サチは、自分が戦う意味ってなんだと思う?」
「それは……わかんない。……でも、マルバの話を聞いてたら、私にもいつかその意味が見つけられる気がしてきたよ。……私は、自分がこの世界で戦う意味、この世界で生きた意味を見つけるまで死ぬわけにはいかない。見つける前に死んじゃったら、私がここで生きた意味がなかったってことになっちゃうもんね。例えこんな理不尽な世界で死ぬことになったとしても、私はなんの意味もなく死んだりするのなんて嫌だよ。」
ちょっと笑うと、サチは立ち上がって言った。

「ありがとう、マルバ。私、頑張るよ。」
「サチは十分頑張ってるよ。」
「ううん、私はずっと逃げてたんだ。目標を持って戦ってなかった。……ねえ、私にも見つかるよね。この世界に来ちゃった意味、この世界で戦う意味。」

マルバは立ち上がるとサチの視線を正面から受け止めて言った。
「見つかるさ、いつか必ず。さあ、行こうよ。みんなが待ってる。」

そう言うと、マルバは宿屋に向かって歩き出した。その後ろを追いかける小さな足音を聞きながら。






十八日目。

「それじゃ僕は行ってくるね。無茶しないでよ?」
マルバはついに欠けてしまったチャクラムの修復をしてもらいにリズベット武具店までいくことになっていた。また、ケイタはやっと溜まったコルでギルドホームを買うためマルバより少し前に始まりの街の不動産仲介プレイヤーと商談に出発している。そして、残りの四人はギルドホームを購入してほぼカラになってしまったコルを補充するため迷宮区で資金調達を行うことになったのだ。

教官(マルバ)リーダー(ケイタ)がいないんだから無茶なんてしないよ。昨日レベリングした階よりひとつ下の層の迷宮区でレベリングしてるから。」
「うーん、あそこか。確かにあそこは敵が弱い割にコルも経験値も得やすいけどトラップが多いんだよな……。周りに気をつけて探索するんだよ?」
「了解、了解。」
臨時リーダーのテツオはそういうとみんなを連れて転移門から転移していった。


「僕たちも行くか。」
マルバとユキも転移門を使うと最前線まで転移する。いまだ拠点を持たないリズは常に最前線の層の主街区でハンマーを振るっているのだ。



「久しぶりね、マルバ。素材集めに出かけて以来顔出さないからどうしたかと思ったわよ。」
「あー、悪い。連絡入れればよかったんだけど、最近ちょっと忙しくてね、忘れてた。」
「ふうん、あんたいつも暇そうなのに。何してたの?」
「ちょっと中級者のレクチャーをね、二週間ほど。次のボス攻略って四日後だよね?」
「そうよ。参加するの?」
「うーん、間に合えば参加しようかな。ちょっとレベルが足りなさそうなんだよね……っと。今回はこれ、お願い。」

「うわぁ……なんでこんなに耐久値下がってるのよ。」
リズはマルバが差し出したチャクラムを見て愕然とした。
「いやあ、ここ二週間ずっと武器防御とか盾相手に攻撃とかしてたもんだから減りやすかったのかも。」
そう、マルバの使うチャクラムには特別なインゴットが使われており、尋常ではない耐久値上限を持つためそう簡単にメンテナンスが必要な状況にならないのだ。
リズは大事に使いなさいよ、とぼやきながらチャクラムを横に置くと、マルバに向き直る。

「それで、黒武……だっけ?その強化素材って集まったの?」
「あー……。あれね。忘れてた。ほら、これ。」
トレード画面を出して提示する。
「忘れてたってあんたね……。隠されたスキルが気になるんじゃなかったの?」
「いやー、それはね。ほら。」

マルバは『黒武』が装備されていることを示す画面を表示すると、可視モードにしてリズの方に向けた。リズがそれを覗きこむと、そこには……
「……体術防御スキル!?」
『体術防御スキルボーナス』という表示が『武器防御スキルボーナス』の表示の下に新しく加えられていた。

「うん、そう。体術スキルと武器防御スキル、あとなにかよく分からないんだけどなにかのスキルがそれぞれ熟練度600に達すると習得するエクストラスキルみたいだね。出現条件がまだよく分からないんだけど。」


『体術防御スキル』は、要するに体術で敵の攻撃を防ぐものだ。基本能力もさることながら、硬直状態で突進系の攻撃を受けて吹き飛ばされた際瞬間的に硬直が解除され受け身をとれるようになる『受け身』、高所から落下した際などのダメージを軽減する『衝撃緩和』、刺突属性の武器を掴みとる『白刃取り』等のかなり有用なModがある強力なスキルだ。特にマルバにとって重要なのは『武具防御』というModで、なんと籠手やグローブ等の武具を盾として使えるようになる。つまり、敵の攻撃を籠手で『パーリング』したりできるようになるのだ。籠手に当たり判定があったのはこのスキルのためだったのかもしれない。《盾防御スキル》も新しく訓練しようかな、とも思い始めているところだ。
マルバは既に体術スキルの『武具攻撃』というModを取ってあり、体術で攻撃する時の攻撃力に武具の防御力を加算させたり『武器防御』で弾いたりすることができるため、これでかなり攻撃・防御共にバリエーションが広がることになるだろう。


「あんた……スキルは生命線よ?そんな簡単に他人に教えるもんじゃないでしょ……。」
「いや、リズならいずれバレるからさ。強化してもらわなきゃいけないしね。一応秘密にしておいてよ?」
「分かってるわよ。それじゃ、チャクラムのメンテと黒武の強化ね。強化のパラメータは丈夫さでいいの?」
「うん。丈夫さに二つ。」
「了解。ちょっと待ってて。」



手持ち無沙汰になったマルバは椅子に腰掛け、ユキを膝の上に乗せるとマップで黒猫団の位置を見てみることにした。テツオ率いる彼らは宣言通りわりと慎重に昨日より一階層下の探索を行なっているようだ。T字路を右折すると、そこで一旦立ち止まった。何をしているのかわからないが、全員左側の壁に張り付いているようだ。しばらくすると壁の向こう側に移動したではないか。なんと、隠し扉があったらしい。

マルバは嫌な予感がした。トラップが多い階の隠し扉。内部にはトレジャーボックスがあるのだろう。もし、罠だったとしたら……?最悪の状況を考えてみよう。仮にトレジャーボックスがアラームトラップだったとする。隠し扉の奥は大抵の場合はせいぜい八畳くらいの小さな小部屋の場合が多い。もし敵が湧き出てきたら、まずはアラーム源のトレジャーボックスを破壊し、湧き出てきた敵の処理をするか、逃げ出せばよい。だが、あの階のトラップはマルバでも囲まれたら倒しきるのにかなり時間がかかる程度の強敵が出るのだ。彼らが敵を全滅させるのはかなり無理がある。逃げ出す訓練は散々行ったのだから多分大丈夫だとは思うのだが……


そういった心配をするマルバのマップ画面から、プレイヤーの位置を示す四つの光点が一瞬にして消え失せた。



「……ッ!!!」
息を飲むマルバ。その頭脳が急激に回転速度を上げる。
マップ追跡ができなくなる条件はそう多くない。《全滅》……の可能性は排除していいだろう。盾持ちの前衛が二人いるパーティーが一瞬にして全滅などということがあの階層で起こるとは思えない。《追跡不可能エリア》なんてものはフィールドにしかないはずだ。そうすると、考えられる一番の要因は《結晶アイテム無効化エリアへの侵入》。そして、それが起こったのは隠し扉の奥、つまりおそらくトレジャーボックスの目前。トラップの多い階層。アラームトラップ。月夜の黒猫団を取り囲む敵……!

マルバは瞬間的に立ち上がった。膝から転げ落ちるユキ。
「終わったわよ、マルバ……ってどうしたのそんな顔して!?」
「リズ、悪い、この代金はつけといて!必ず返す!緊急事態だ!!」
リズの手から籠手とチャクラムをひったくると、「ユキ!走るよ!」と一言叫び、転移門に向かって必死のダッシュ。転げ落ちて不機嫌そうなユキは、しかし、主人の顔をひと目見るやただごとではないことを察したらしく同じく全力で並走する。


「間に合ってくれ……!!」 
 

 
後書き
なんかわかりにくい説明ですみません。
今回は前半が『マルバが戦う意味』、後半が次回の話に続くつなぎとなっています。

新たな設定、《体術防御スキル》が出てきました。籠手が生きますね。
これから先、マルバくんには75層のボスの攻撃を一度くらいは受けてもらったりしなければならないため、ちょっと強力な防御手段を準備しておきました。チートな能力ではないですし、原作にあるような感じのスキルにできたと思います。

《体術防御スキル》についての裏設定です。
《体術》、《武器防御》、そして《何らかのスキル》がそれぞれ熟練度300が出現条件ではないか、とマルバは考えていますが、じつはそうではありません。《体術》のModである『武具攻撃』を取得することが第一条件で、他に《武器防御》が熟練度300に達する必要があります。
スキルの基本能力は『基本防御力にボーナス』、『体術を敵の攻撃にぶつけた際に受けるダメージを軽減する』の二つです。基本能力はそんなに大したことないです。



前回のあとがきに書いた件ですが、一応シリカを急速にレベルアップさせてなんとかすることにしようと思います。ちょっと無理なことになった場合代替案をまた考えなければなりませんが、とりあえずこの方向で頑張ってみます。またなにかいい案があれば感想板までお願いします。 

 

第十五話 絶望、そして

 
前書き
絶体絶命のピーンチ!!
今回かなりの頑張りを見せるのは、もちろん彼女です。 

 
ビーッ!ビーッ!

鳴り響くアラームをダッカーは蹴りの一撃で黙らせた。
「アラームトラップだ!下がれ!!」
テツオの指示が飛ぶ。

総員撤退……と言おうとしたところで背後の扉が音を立てて閉まる。と同時に周囲の壁が崩れ、中からたくさんの敵が踊り出てきた。アラームトラップにも様々な種類があるが、これはおそらく最大級のトラップだろう。通常はアラームが鳴り続ける限り少量ずつポップし続けるだけなのだが、このように一旦鳴ったら大量の敵が一度に出現するタイプもごくごく少数ながら存在する。これは攻略組の中でも知るものは少ない。その理由は遭遇したもののほとんどが全滅した点にある。

じりじりと後退しつつ閉まってしまった出口まで移動し、そこで隊形を整えた。前衛二人が前、後衛が後ろにつく。ダッカーは敵が攻撃してこないうちに転移結晶を手にして叫んだ。
「転移、リンダース!!」

しかし……なにも起こらない。その場にいる全員の脳裏にマルバの言葉が蘇った……
――――『結晶アイテム無効化エリア』なんていう最悪の場所が存在する――――

「『結晶アイテム無効化エリア』だ!ダッカー、前に出て前衛のフォローを!敵を全員倒すんだ!!……行くぞッ!!」
テツオの声で皆は隊形を組み直した。命を懸けた、字義どおりの死闘が始まる。





「はあっ、はあっ、……っ」
マルバは荒い息を整える暇もなく主街区を走り抜けた。全速力で角を曲がると、誰かと正面衝突する。

「ごめんなさい!」
謝罪をする暇も惜しみ、そのまま小さく頭を下げて走り去ろうとするマルバを、その人物は呼び止めた。
「マルバ!なんでそんなに急いでるの!?」
改めて顔を見ればなんとその人物はケイタだった。
「いやー、思ったより早く済んでさ、今帰ってきたところなんだけど……」
「いいから走って!!!」
そう叫ぶとマルバはまた走り始める。急いで追ってきたケイタに早口で事情を説明する。ケイタも一気に険しい表情になった。二人は全力で迷宮区に向かう。迷宮区まで、あと12分といったところか……






「うわあああああああッ!!!!!」
ダッカーが石のように硬いゴーレムに強烈なコンボ攻撃を繰り出した。『パラレル・スティング』から『閃打』、更に『リニアー』から『双牙』。合計六連打が決まるが、敵のHPはやっと半減するかしないかといったところだ。二秒ほどの少し長いディレイに陥る、その隙をカバーしたのはテツオの盾。しかし、ゴーレムの腕は強力な破壊属性攻撃である。盾相手にも強烈なノックバックが生じ、テツオは後方に吹き飛ばされた。それを狙う第二陣。しかし、素早くフォローに回ったサチの円盾がそれを『パーリング』した。逆に吹き飛ばされたゴーレムは後方の味方を巻き込んで倒れこむ。その隙に態勢を整えるテツオ。ポーションを飲み干したためじりじりと回復する黄色のHPゲージを横目で見つつ、もとの位置に復帰する。

「サチ!」
ササマルが叫び、サチの注意を引いた。見ると、先ほど援護に回ったためササマルの正面ががら空きになり、ササマルが長槍の柄を盾に防戦を強いられていた。素早く剣を薙ぐサチ。その剣先はササマルの長槍をかすり、敵の斧を遠くに弾き飛ばした。両者に硬直が生じるが、硬直しているのは武器を使用した右腕のみ。サチは剣を薙いだ際の重心の移動を利用してササマルの前に躍り出る。もちろん盾は左腕に引きつけて構え、敵の攻撃をいつでも弾き返す構えだ。
サチは敵の態勢を崩し、隙があれば反撃する。ササマルも後ろから追撃する。この二人だけで左側面から正面までの敵はうまく対処できているが、問題は右側面と右斜め前方を担当する二人である。本来ならテツオの後ろから追撃するケイタがいないのだから、敵に対処しきれていない。

「ぐあっ……!」
ダッカーが攻撃を喰らう。ゴーレムの破壊属性の攻撃はダッカーの革装備と相性が悪い。かなりのダメージを負ってしまったようだ。七割残っていたHPが黄色に染まる。

「ダッカー!下がれ!!」
テツオが指示するが、そのテツオのHPもまだ回復しきっていない……というか、少しの隙ができるごとに少量のダメージを受けるためポーションの回復が追いつかないのである。

(このままじゃ、まずい……)
テツオの心が確実に絶望に飲まれ始まる。絶望は焦りを生み、焦りはミスを誘う。次々と攻撃を喰らうテツオはついにまたHPを黄色になるまで下げてしまった。テツオは初めて本格的に死の恐怖を感じた。






「そこを、どいてえええええええっ!!!!」
マルバは絶叫しながらチャクラムを投擲する。チャクラムは目標の周囲を何重にも旋回した。チャクラム専用技、『鎌鼬(カマイタチ)』はまるで本物のカマイタチのようにほとんど目に見えない高速技だ。敵は四方八方から切りつけられ、何が起こったのかもわからないまま爆散する。更に短剣でコンボを狙う。

「邪魔だッ!!」
棍を振り回すケイタは走ってきた勢いを殺さずに突撃し、マルバが刈り残した敵を一掃する。スキル始動技の『舞花棍(ブカコン)』はまるで盾のような役割を果たす技だ。敵の腕は武器ごと棍の回転に巻き込まれ、弾かれ、飛ばされる。

「きゅうっ!」
ついでにユキも走ってきた勢いを利用して突進攻撃。基本的に直接攻撃能力が少ない使い魔でも、敏捷性さえ高ければ突進攻撃はそれなりの威力を持つ。この階層の敵ならユキも多少攻撃を喰らっても平気だ。HPゲージが赤い敵にとどめを刺す。

((間に合ってくれ……!!))
二人(と一匹)が救出を願う仲間たちの隠し部屋まで、あと六分ほど……






ギインッ!
テツオの前に踊りでたサチは敵の攻撃をなんとか受け止めた。背後のテツオのHPゲージは既に赤く染まっている。

「テツオ、しっかりして!このままじゃ全滅だよ!!」
全滅、という恐ろしい予想を口にするサチもやはり恐怖を隠せず手元が震えている。

私がここで死んだら……盾がいなくなる。もう一人の盾役のテツオはHPを消耗していて次の攻撃を耐え切れないだろう。そうしたら最後だ。みんな死んでしまう。


みんなが……死ぬ?そんなこと……させない!私が守ってみせる!!



サチは盾として皆を守る義務がある。敵を見据え、再び盾と剣を構えなおす。敵が一撃を放つ、それをしっかり防御してからの一撃、基本技の『スラント』。基本技ながらそれはダッカーとテツオが苦戦していたゴーレムの一体のHPを削り切ることに成功した。周囲に眩い消滅エフェクトが散る。そのエフェクトを見て更にテツオは恐怖した。自分もあと少しでああなるところだったのだ。
もはや隊列は意味をなしていなかった。前方を支えるのはHPバーを四割ほど減らしたサチ一人。そのすぐ斜め左後方にササマル、長槍の射程範囲より内側に敵を入れないよう、硬直の少ない基本技ばかりで応戦する。その距離が功を奏し、まだHPは八割を保っている。右側を支えるのはダッカー。短剣の武器防御で敵の攻撃を弾き、隙ができれば比較的硬直時間の短い体術で攻撃。『閃打』のみなら硬直はコンマ一秒にも満たないし、『双牙』でさえせいぜいコンマ五秒だ。攻撃は最大の防御との言葉通り、彼もまだHPは七割を少し切ったところだ。
そして三人に囲まれるようにして回復待ちをしているのがHP残り一割のテツオ。完全回復までに三分ほどかかるため、その間は仲間の戦いを見ることしかできない。


この絶体絶命の状況下にも関わらず……いや、だからこそなのかもしれないが、テツオが戦闘不能になってからサチの動きが目に見えて速くなった。

生物は絶体絶命の状況に陥ると、戦ったり逃げたりする力が飛躍的に上昇する。これは《闘争か逃走のホルモン》と呼ばれるアドレナリンの効果で痛覚が麻痺したり血液供給が増えるからだと言われている。おそらくサチの現実の心臓は激しく脈動し、大量の血液を彼女の脳に送り込んでいることだろう。
理屈で考えればSAO内部での行動の速さは“考える速さ”に完全に依存し、痛覚の麻痺だの血液供給の増大だのは全く関係がないはずだが、この状況下において彼女の力は明らかに強くなっていた。


――――敵の動きが遅く感じる。敵が振る武器の軌道が分かる。


サチは盾を振るい、敵の武器を跳ね返すと、袈裟斬りした剣を鋭角に切り返した。まだ習得して間もないため実戦で使うとは思わなかった技、『バーチカル・アーク』。剣を振り切った態勢で硬直すると、敵がこれ幸いとばかりに攻撃モーションをとる。しかし、サチはそれを全て予想できていた。敵が剣を振る直前に硬直から回復、剣を叩きつけるようにしてそれを難なく払い落した。硬直する敵にそのまま盾で突撃すると、敵は背後の味方に倒れこみ、そこで決定的な隙が発生する。盾の構えを解き、ソードスキルを使わない通常攻撃で切り払う、それだけでHPバーを既に赤くした敵は叫び声だけを残して消え去った。即座にバックステップを踏むと最後の一体になったゴーレムの腕が地面に叩きつけられる。そのゴーレムが硬直している隙に『スラント』を打ち込むとそのまま盾で吹き飛ばした。二、三歩下がる敵。これだけ離れていれば例え攻撃力の高いゴーレムの攻撃も受けられる。サチは盾の隙間から鋭くゴーレムを睨みつけた。







「壊れろおっ!」
「はあああああっ!!!」
マルバとケイタの二人は狂ったように隠し扉への攻撃を繰り返す。しかし、この隠し扉の耐久値はかつて第二層で体術の修行として割るのに散々苦労した岩と同じくらいの高さを誇るようだ。

「おおおっ!」
「せええええい!!!」
掛け声と共に繰り出す攻撃もすでに八十発を超えた。しかし、まだ扉の耐久値は一割も減っていない。この扉の奥では仲間たちが死闘をしているというのに、彼ら二人(と一匹)はそこに辿り着くことすら許されない。

「頼む、壊れてくれ……!!」







消滅エフェクトが(きら)めく。ようやくHPを回復したテツオは右側面の防御にあたり、代わりにダッカーが下がってポーションを飲み干した。回復を待たずしてササマルと交代し、ササマルが回復に入る。
サチは先程からずっと正面の前衛をしているが、ゴーレムの強烈な攻撃が盾を『抜ける』際に生じるダメージ以外に大きなダメージを受けていない。HPもようやく黄色になったところだ。

サチは強敵のゴーレムを相手に一対一の戦い。ダッカーは二体の猿人を相手に戦い、ササマルとダッカーは三体の猿人を相手にしている。これが、最後の戦いだ。



私は大丈夫。まだまだ、戦える!
「えいっ!」
サチの右手の剣が閃く。『スラント』。敵の右手が振り上げられた。敢えて盾を左に振り、攻撃を誘導する。晒された隙に必殺の破壊属性攻撃が襲う、しかし『スラント』を放ったまま左腰付近にあった剣が瞬時に斬り上げられ、攻撃態勢にあった腕を吹き飛ばした。強力なデバフ故にかなりタイミングがうまくないと発生しない、《部位破損》だ。振り上げた剣をそのまま左から袈裟斬りし、また斬り上げる。V字を描いた剣は左上に振り上げられて硬直した。それを左手が襲うが、先程左に振った盾が難なくその攻撃を受け止める。かなり強烈なノックバックが生じるが、まだ計算のうち。華麗にバックステップを踏むと再びその距離を詰めた。



オレは、こんなところで死ぬもんか……!
ダッカーは体術と短剣技を織り交ぜたマルバ直伝のコンボ技を繰り出す。怒涛の連激は『メテオブレイク』や『パラレル・スティング』、『双牙』等の比較的多い攻撃回数の技を、技を発動した部位がディレイしている隙を他の部位の攻撃で埋めることで発動する《システム外スキル》だ。体術と短剣、武器防御すらもをフルに使ってコンボ中でも敵の攻撃を受け止める余裕すら作れる技だが、それ相応に難易度が高い。出すスキルの順番を間違えれば途端にディレイが発生し、それが隙になるリスキーな側面もあることにはある。しかし、彼はこの技を何度も練習したため決して間違えずに撃ってみせる自信があった。
敵の攻撃を躱してタックルし、態勢を崩したところで『パラレル・スティング』。もう一体の攻撃を左手で防御すると『弦月』で床に叩きつけた。硬直で動かない左足を軸にし、バスケットボールのピボットの要領で先ほどの敵に向き直る。即座に左手から『双牙』、そして再び『パラレル・スティング』。これで両手が硬直するが、ろくにターゲットを確認せずにその場でバック転からの『弦月』を放った。起き上がった敵の肩に命中し、再び床に叩きつける。襲いかかってきたもう一体にタックルをかまし、『双牙』。そして『スラント』。一旦攻撃を中断し両方の敵のHPバーを確認すると片方がイエローで片方がレッドになっていた。



ササマルの連激のさなかに飛びかかってきた敵の斧をテツオのメイスが弾き上げた。左に振られた盾を見るやいなや右からの一撃が迫る。しかし、ササマルがそれを長槍の柄で防いだ。
「大丈夫か、テツオ!」
「はっ、まだまだ!」
お返しとばかりに盾を振り回し、テツオは敵の武器を弾き飛ばす。武器が手から飛び出し、敵は慌てて武器を拾おうとこちらに背を向ける。しかしその隙を逃すような彼らではない。ササマルの一突きが強ヒットし、更にテツオのメイスが唸る。単発の基本技だけで致命的な隙を晒した敵は砕け散った。
「やるじゃない!」
「そっちこそ!!」
二人は声を掛けあいながら残り二体の敵に向き直った。







マルバの拳とケイタの棍が扉を叩く。ついに扉にヒビが入り、内部の戦闘の音が聞こえ出した。

「うわあああああああッ!!!!」
「うりゃああああああああッ!!!!」

二人の攻撃が重なり、扉が砕け散る!!そのまま部屋に突入して、二人が目撃したのは……


サチが防御力・攻撃力共に高いゴーレムを、ダッカーが同時に二体の猿人を、ササマルとテツオの二人の同時攻撃が最後の一体を、倒した瞬間だった。







「マルバ、行っちゃうの?」
と尋ねるサチに、マルバは苦笑して答えた。
「ホントはこのボス戦には参加しないで君たちのレクチャーをする予定だったんだけどね。君たちの成長がなんか思ったより早かったから。なんかもう教えることはなくなっちゃった感じなんだよね。後は戦ってれば自然に身につくと思うよ。『見切り』だけ教え損なっちゃったけど、これはいろんなソードスキルを見て自分で学ぶものだから僕がどうこう言ってなんとかなるものじゃないしね」

あ、そうだ……とつぶやくと、マルバはストレージから一振りの長剣を取り出した。
「これ、あげる。ちょっと前に最前線で見つけたスピード型の長剣なんだけど、今のサチならぎりぎり装備できるんじゃないかな。僕は短剣だからさ、使い道がなくてね。けっこうなレアだから売るのも勿体無くてさ、ストレージが圧迫されて困ってたんだよ。だから、どうぞ。」
サチは素直に受け取ると、ありがとう、と礼を言った。その頭をポンポンと叩くと、マルバは転移門に立ち、再び振り返る。


「頑張れよ!すぐ追いつくからな!」
と激励するのはケイタ。

「師匠!!オレ頑張るから!!」
ダッカーがそれに続く。

「いつかボス戦にも参加してみせるから、見ててよね!」
ササマルがそう言うと、

「オレだって負けない!やってやるぜえええええ!!!」
やたらハイテンションなテツオがそれに続いた。

「えっと……いままで、ありがとう。頑張るからね、また今度は前線で会おうね!」
最後はちょっと気合が感じられるサチの挨拶。


「うん、君たちと一緒に戦える日を待ってるよ。それじゃ、またね!!」
マルバはその言葉を最後に転移の光に包まれる。



月夜の黒猫団は当初のマルバの予想よりはるかに早く第二十八層から前線に立つようになるのだが、それはまた別の話。 
 

 
後書き
結局マルバとケイタは壁殴りしてただけでした。
さて、今回でこの第二部は終了です。次はようやくこの物語の正規ヒロイン(仮)のシリカが登場します。


恒例かもしれない裏設定コーナー。
二週間たって前線は25層から一つ上がって26層になり、攻略組の平均レベルは35から37になりました。
この間レクチャーをしていたマルバは一応防御ボーナスでちゃっかり31レベから34レベになっていますが、相変わらず攻略組の中ではけっこう低めのレベルです。
黒猫団のみんなに関しては23~26レベだったのが30~32レベとかなり上がりました。特にサチがヤバい。23から31まで上がってますから。8レベも上がってますよ。


さて、黒猫団以上のパワーレベリングを施すことになる登場予定のシリカですが、彼女はなんと三週間で25レベも上げることにしようかなと考えています。バランス崩壊に見えますが、一応適正レベル以下でボス狩りをしたり45レベから46層の例の蟻塚でレベリングしたりとかなり危ないことをさせる予定なので当然といえば当然かも……というかデスゲームでない本来のSAOならこれくらいが普通なんでしょうね。


ここがダメ!等も大歓迎なのでぜひ感想ください。待ってます。シリカのレベル低すぎ問題も相変わらず解決法を募集しますのでよろしくおねがいします。 

 

第十六話 出会いは唐突で

 
前書き
シリカとの出会いの章です。
この時を待っていた……!(主に私が) 

 
このフィールドダンジョンに入って既に三時間が経過した。しかし、出口は見えない。
「あーあ、地図アイテムが壊れるなんて考えてもみなかったよ。どうやって脱出しろっていうんだか……」
マルバは大きなため息をつく。

ここは第三十五層の北部にある『迷いの森』。薄暗くてちょうどいいためマルバはここで《隠蔽》と《索敵》の訓練を行なっていたのだが、地図アイテムの耐久値が0になって消滅してしまい脱出できないというかなり悲惨な状況に陥っていた。このフィールドダンジョンはその名の通り、かなり迷いやすい……というより必ず迷うような仕組みになっていて、地図アイテムがなければ脱出は叶わない。そしてマルバはその少し高価な地図アイテムを中古で買ったのだが、なんと耐久値がほとんど残っていなかったのでマルバの手を離れた隙に消滅してしまったのだ。
本来なら出てくるモンスターの心配をするべきなのかもしれないが、マルバのレベルは67ある。第三十五層の敵の適正レベルはそのまま35で、探索には安全をとって45レベルくらいが必要だとされているが、それを実に22も上回っているため、ここの敵は例外なく一撃で倒せるのだ。使い魔のレベルはその主人と同じなので、マルバどころかユキだけでも余裕で勝てるだろう。
しかしそうはいってもトラップは存在する。トラップによるHP減少だけはどんなにレベルが高くても平等に受けるため、マルバのHPは二割近く減ってしまっていた。仕方ない、とつぶやくとマルバはハイディングを発動させる。そのままそこにしゃがみこむと、なんと一心に祈りはじめたではないか!
この行為(アクション)、格好は悪いが一応ソードスキルである。《瞑想》という不人気ナンバーワンに入るかもしれないエクストラスキルで、効果は取るポーズによって異なる。今マルバがしている、片膝を立ててしゃがみ両手を組む姿勢はその名前を『祈祷(きとう)』といい、HPが徐々に回復するポーズだ。戦闘中こそ使えないものの、熟練度が500ほどあればハイ・ポーションに匹敵するスピードで回復する、なかなかに強力なスキルである。なにせポーションが要らなくなるのだからストレージにポーションの分だけ余分にいろいろ入れることができるし、ポーション代も節約できるのだ。
ただしこのスキルにも欠点が一つだけある。それは――格好が悪いこと。くだらなく見えるが人の目があるところで使えないため実は非常に困る。だから例え安全地帯でもハイディングしてから使うのだ。
マルバは脱出方法を考えながら祈り続ける。そして、もうすぐHPが全快するというところで……

戦闘の音が聞こえてきた。




《竜使い》シリカは今、絶体絶命の危機にある。全てのHP回復アイテムは既に使いきっていて、残された唯一の回復手段である使い魔ピナの『ヒールブレス』は連続では使えない。更に、せいぜい一度に回復できるのは二割が限界だ。
敵が近づいてくる。この階層で最強レベルの猿人型モンスターではあるが、本来シリカにとって脅威とは成り得ないはずだった。しかし……彼らはなんとHP回復系の特殊スキルを持っていたのだ。三体もいるので一体を倒す前にスイッチされて回復の隙を与えてしまう。シリカはかなり焦っていた。焦りはミスを誘う。被弾を重ね、彼女のHPは黄色まで落ちてしまった。

死の恐怖がシリカの身体を縛った。もはや一歩も動くことは叶わなかった。敵が棍棒を振り上げるのをただ呆然と見る他にシリカができることはなかったのだ。走って逃げればよかった。それができなくても転移結晶を使えば目前の敵から逃走することだけはできたはずなのだ。しかし、圧倒的な死の恐怖を前に、シリカはなにもできなかった。

敵の棍棒が光を帯び、躊躇なく振り下ろされる。シリカは思わず目を瞑った。
しかし……なにか重いものが風を切りなにか柔らかいものに当たったような音がしただけで、彼女の身体を襲うはずの衝撃はいつまでたってもやってこない。おそるおそる目を開けたシリカが目を開けると……
彼女の目の前で、棍棒に吹き飛ばされたピナのHPバーが全損し、光を放ちながら消滅した。




マルバは走る。ハイディングレートがみるみるうちに降下し、0になるとその表示自体が消滅した。少し遅れて彼の足元でユキのハイディングが解け、ぐにゃりと空間を曲げるようなエフェクトと共にその黒い身体が現れる。
戦闘の音は間近だ。先ほどしばらく剣の音が途絶えたためプレイヤーが死んでしまったことを恐れたのだが、今は再び剣の音が聞こえている。しかし、その音は最初に比べかなり頻度を増しており、おそらくそのプレイヤーはかなり無茶な攻撃をしていることがわかる。棍棒が振り下ろされる音も聞こえるのだが、それに対抗する音が聞こえないからだ。
少し開けた場所に出て、マルバの目は、振り上げられた棍棒の下に特攻する、赤く染まったHPバーを持った小さな影を捉えた。





シリカの狭窄した視界には憎むべき敵の姿しか写っていない。既にピナを殺した敵は葬った。他の敵も生かして返さない……小さな少女のものとは思えない獰猛な思考が彼女を支配する。あと一撃喰らったら死ぬ、そんなことも関係なく彼女は棍棒を振り上げた敵に無茶な特攻を仕掛けたが……

眩い閃光が視界を横切ると、彼女が相手にしていた二体の敵が一瞬にして砕け散った。

消滅エフェクトの向こうに見えた少年は驚いたような目でこちらを見つめている。そのことを確認することもなく、シリカはその場に崩れ落ちた。

「私を独りにしないでよ、ピナ……!」




マルバが敏捷性パラメータに物を言わせてかなりのスピードで放った『円月斬』は当然のように二体の敵を斬り飛ばした。バシッという乾いた音と共に円月輪を回収すると、マルバは自分が助けたプレイヤーの小ささに目を見張った。
地面に倒れ伏して嗚咽を漏らす少女の近づくと、その手に握られた小さな羽根が目に入る。その瞬間、マルバは全てを悟った。彼女もビーストテイマーだったのだろう。

「ごめんね、もうちょっと早ければ君の友達も助けられたと思うんだけど……」
マルバはそれしか言えない。
彼にとってもユキはなくてはならない存在だ。特にソロのマルバはユキの戦闘能力より彼女がそこにいることでもたらされる暖かさにずっと助けられてきた。孤独に戦う時も絶体絶命の時もずっとそばに居てくれた彼女に何度助けられたことか。マルバはそんな半身とも言える存在を失った悲しみを予想できなかった。


「ほんと、ごめん……」
「……いいえ……わたしがバカだったんです……。ありがとうございます……助けてくれて……」
マルバはゆっくりと少女の前に跪き、その手の中の小さな水色の羽根を見つめた。羽根、ということは飛行型モンスターだったのだろう。
「その羽根……アイテム名って設定されてる……かな?」
遠慮がちに尋ねたマルバの問いが予想外だったらしく、少女は涙を拭くと戸惑いながら軽く羽根をタップした。ウィンドウが開き、その重量と名前が表示される。

《ピナの心》

その表示を見ると、少女は再び泣き出しそうになる。それと対照的にマルバは安堵の溜息をついた。
「よかった、《心アイテム》が残ってれば蘇生が可能だって聞いたよ。」
「え!?」

少女が顔を上げて驚いた目でマルバを見つめた。マルバは手帳アイテムを取り出すと、中の情報を見ながら言葉を続ける。
「信頼できる情報屋で買ったから確かな話だと思うよ。第四十七層の南にある、《思い出の丘》ってフィールドダンジョンの最も奥で採れる『プネウマの花』が使い魔を蘇生させるアイテムだって……」
「ほ、ほんとですか!?」
マルバの話が終わらないうちに少女は叫んだ。その目に希望の光が灯る。しかし、次の瞬間、なにかに気づいたようにその光は掻き消えてしまった。

「四十七層……」
装備から、そしてこのダンジョンにいることから察するに彼女は中層プレイヤーなのだろう。だとすればレベルはせいぜい40台前半のはずだ。四十七層に挑戦するにはレベルが低すぎる。

「情報、ありがとうございます。……今は無理でも、いつか……必ず……!」
ふらふらと立ち上がりかけた少女に、マルバの残酷な一言が降り注いだ。

「それが……使い魔を蘇生させりことができるのは、三日間だけ、らしいんだ……。しかも、使い魔を亡くしたビーストテイマー本人でないと花を採ることはできないらしい。」

「そんな……」
少女はその瞳に絶望の色を浮かべ、再び地面に膝をついてしまう。
マルバは跪いたまま、彼女の肩に左手をおいて言った。
「大丈夫、僕が手伝ってあげる。」

そういうやいなや、少女の視界にトレードウィンドウが開いた。驚いて少年を見つめると、彼はその右手を操作して次々とトレードウィンドウに装備品を移していた。

《軽防具:『ブルーアローイプレート』》
《副防具:『鈍光』》
《追加防具:『フェザーリィ・ウェリントン』》
《追加防具:『豪腕の腕輪』》






レアアイテムが多いのだろう、シリカが見たことも聞いたこともないようなアイテムが並ぶ。唯一知っているのは『豪腕の腕輪』というアイテムで、筋力値がぐんと上昇する競売にかければ高く売れるはずの準レアアイテムだ。
最後に少年は自分の左腰から鋭い輝きを持つ短剣を抜くと、鞘も外し、鞘ごとストレージの中に突っ込む。そしてそれもトレードウィンドウに移した。

《武器:『ブルークオーツスライサー』(短剣)》

「これで6、7レベルは底上げできるんじゃないかな。僕も一緒に行くよ。これだけあればなんとかなると思う。」

シリカは少年を見つめた。その口調や背格好から察するに、高く見積もってもせいぜい十八歳程度の少年だ。この層で最強のモンスターを一撃で葬った攻撃から考えると相当なハイレベルプレイヤーだと予想できる。
そして、シリカはそんな少年の真意が分からず、警戒してしまった。《甘い話には裏がある》のがSAOの常識である。

「……どうして、そこまでしていただけるんですか?」

うーん、と唸ってから、彼は口を開き、

「僕もさ、こいつを失ったら生きていけないからさ。」
そういっていつの間にかすぐそばにいた黒いウサギを抱き上げた。

「こいつ、ユキっていうんだけど、第三層からずっと一緒にいるんだよ。この世界でずっと僕を支えてくれたパートナーって感じでさ。君にとって同じような存在がいなくなってしまったのなら、その子を助けてあげたいなって思って。」

それから彼は少し躊躇してから、こう付け足した。
「それに……君の雰囲気がなんかその……妹に似ててさ。ほっとけないもんだから……」

思わず笑ってしまったシリカに、少年はバツの悪そうな顔をした。
「笑わないでくれよ……」
「ごめんなさい、でもおかしくって……!」

ひと通り笑うと、シリカは涙を拭ってからマルバに向き直った。
「ありがとうございます。それじゃ、これからしばらく、よろしくおねがいします。助けていただいたのに、その上こんなことまでしていただいて……あの、こんなんじゃぜんぜん足りないと思うんですけど……」
手持ちのコル全てを入力するが、少年はそれを受け取らずにOKボタンを押してしまった。

「いいよ、僕にはいらないものだったから。悪いんだけど、『豪腕の腕輪』と『ブルークオーツスライサー』は君の友達が還ってきたら返してくれないかな、僕も使うから。」
「もちろんお返ししますが……その短剣、装備してましたよね?使うんじゃないんですか?」
「ええと、僕にはこれがあるから。」
少年は右腰の円盤状の見たことのない武器らしきものを取り出してシリカに見せた。

「……?」
「見たことない?チャクラムって武器だよ。投げて使うんだ。」
「投剣なんですか?見たことないです。」
「二層の攻略ではかなり活躍したって聞いたけど、そんなに広まってるわけじゃないしね。」

ふうん、とシリカがしばらくその武器を眺めている間にマルバは今更ながら尋ねた。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね。僕はマルバで、この子はユキ。しばらく、よろしくね。」
「あ、すみません!わたしはシリカです、よろしくおねがいします。」
「シリカ……?どっかで……あ、『フェザーリドラ』の主人か。ピナっていうんだっけ?」
「そうです、ピナです。現実で飼ってた猫と同じ名前なんですけどね。」
「そっか、それじゃなおのこと早く蘇生させてあげないと。僕も見てみたいからね。」

マルバは立ち上がると、何かに気づいたように急に声を上げた。
「……あ、そうだ。助ける代わりといってはなんだけど……、地図アイテム壊しちゃったもんだから出られなくて困ってたんだ。道教えてくれない?」
「……私も持ってなくて迷ってたんです……」
「……ええと……じゃあ、どうやったら出られると思う?」
「……地図アイテムなしだと脱出はほぼ不可能です。一分以内に各エリアを走り抜ければいいらしいんですが、私はそんなに速く走れませんでした……。」
「一分以内、か。弱ったな、僕一人だったら無理じゃないかもしれないけど……」
「そう、ですか……。足手まといですみません。シーフ役なんだからせめて《探索》スキルを持ってればよかったんですが、武器スキルの他は《隠蔽》とか《索敵》とかで埋めてしまったので……」
「……?《探索》があれば抜けられるの?あれって方角がわかるだけじゃない?」
「はい、このダンジョンは一分ごとに四方の連結が入れ替わるので同じ方向に進んでも脱出することはできませんが、《探索》さえ持っていれば同じ方角に進み続けることができますから。ちなみに、北が出口です。」
「そっか。それならユキに付いて行けば出られると思う。それじゃ、ちょっと走るよ。……ユキ、北だ。行くよ!」

マルバはそう言うと小走りに走りだした。ユキが先行する。シリカは慌ててそれを追いかけた。




そして第三十五層主街区。

「よかった、無事脱出できましたね!」
「ほんとによかった。あのまま出られないかと思ったよ……。」
「迷いの森って名前は伊達じゃないですから、中で遭難した人もいたらしいですよ。たまたま出くわしたパーティーが救出したって聞きました。」
「……君がいて助かったよ。僕一人じゃ脱出の方法が分からなかったから……。」
「……助かったのは私の方です。本当にありがとうございました。」
「いいっていいって。」


雑談をしながら歩く二人の前に急に数人の男たちが現れて進路を阻んだ。マルバが何事かと思っていると……
「シリカちゃん、フリーになったんだって?よかったら俺たちとパーティー組もうよ、パーティー。」

シリカは困ったようにマルバを振り返ってから、丁寧に断った。
「お言葉はありがたいんですけど、この人とパーティー組むことになったので……」

男たちはじろりとマルバを睨んだ。思わず一歩下がるマルバ。
「あんた、抜け駆けはやめてくれないか。俺たちはずっと彼女の声かけてたんだぜ。」
「いや、そんなの知らないよ……。それに、僕は彼女をある場所に連れてく約束をしたからね、譲るつもりもないよ。」

その言葉を聞くとさらに男たちの視線の疑惑の色が更に濃くなった。じろじろと全身を見ているのは装備からレベルを推し量っているのだろう。
「ある場所……?」
「企業秘密ってやつだよ。」
「企業秘密……?怪しいな、お前、見たとこそんなにレベルも高そうじゃないのに、シリカちゃんをどこに連れてこうっていうんだ。」
「なんか嫌な聞き方だね。だから企業秘密だって言ってるじゃない。」

押し問答になりかけるが、シリカがそれに割り込んだ。
「あの、あたしのほうから頼んだんです!すみませんでした!」
シリカがマルバの袖を掴んで引っ張ったので、男たちもそれ以上言えずに恨みがましい目で二人を見送った。

「すみません、嫌な思いさせちゃって。」
「大丈夫、大丈夫。人気者なんだね、シリカさん。」
「シリカでいいですよ。――そんなことないです。マスコット代わりに誘われてるだけですよ、きっと。それなのに……あたしいい気になっちゃて……一人で森を歩いて……あんなことに……」

マルバはそれに対して微笑んで言った。
「大丈夫、きっと生き返られてみせるから。」
シリカもそれを聞くと安心したように笑った。

シリカの定宿、《風見鶏亭》が見えてきた。
「あの、マルバさん、ホームタウンはどちらに?」
「今のホームタウンは例の四十七層だけど、今日はここに泊まろうかな。」
「そうですか!ここのチーズケーキってけっこういけるんですよ!」
「へえ、それはいいね!甘いの好きだからさ、新しい街につく度に食べ歩きしてたんだけど、チーズケーキはまだ食べてないんだ。」
「マルバさん甘党なんですね。ちょっと意外です。」
言いながらマルバの袖を引っ張って宿に入ろうとすると、中から出てきたパーティーとすれ違った。何故か一人のメンバーがこちらにやってくる。それはシリカにとって最も会いたくない人であった。

「あら、シリカじゃない。森から脱出できたんだ。良かったわね。でも残念ね、もうアイテムの分配は終わったわよ。」
「要らないって言ったはずです!――急ぎますから」
マルバの服の裾を更に強く引っ張り、シリカは宿屋に入ろうとするが、その女性は後ろからさらに言葉を投げつけてきた。

「あら、あのトカゲ、どうしちゃったの?」
「ピナは死にました……でも、必ず生き返らせてみせます!」

いかにも痛快という様子で笑っていた女性はその笑みを引っ込め、値踏みするような目でシリカを、そしてその手が引っ張っている服の主であるマルバの方を見る。
「じゃあ《思い出の丘》に行く気なのね。あんたのレベルじゃ無理じゃないの?」
「……ッ!」

そこでマルバは一歩前に出ると、その女性と対峙した。
「できるさ。独りじゃ無理かもしれないけど、僕がいる。二人いればなんとかなるでしょ。」
「へえ、アンタもその子にたらしこまれちゃったの?」
「生憎とそういう訳じゃないんだな、これが。シリカ、行こう」
マルバはその場で振り返り、今にも泣き出しそうなシリカを女性の視線からかばうようにして宿屋に入っていった。



「ごめんなさい、嫌な思いさせてしまいましたよね」
「いいんだ、気にしないで。君のせいじゃない」
マルバはNPCに注文を告げ、シリカを慰めた。
「腹が減っては戦はできぬ、って言うし、まずは食事済ませよ、ね?」

ちょうどそのタイミングでウェイトレスが温かい飲み物を持って来たので、勧められるままにシリカはそれを一口飲む。
「……おいしい……!あの、これは……?わたし、こんなの飲んだことないんですが……」
「NPCレストランって頼めば持ち込んだボトルも出してくれるんだよ。おいしいでしょ?ホットジンジャーだよ。現実世界で僕が好きだった飲み物なんだけど、こっちでも作れないかなって思ってさ。いろいろ混ぜてたら偶然できたんだ。簡単で安価なくせになんと『幸運』のバフが付く効果があったりして、ダンジョンで飲むと身体も心もバフ枠もほかほか」
「自分で作ったんですか!それじゃ、《料理》スキル上げてるんですか?」
「うーん、積極的に上げてるわけじゃないけど、けっこう昔に取ったから今450行ったところくらいかな。難しいのは無理だけど、これくらいなら楽勝だよ。」


二人は運ばれてきた料理を談笑しながら食べ、親交を深めた。そして最後に運ばれてきたチーズケーキはマルバの新たな好物となった。

シリカにとってマルバは相変わらず謎が多い人だったが、料理のことや使い魔のこと、この世界での冒険について話すうちに彼女はマルバの優しそうな人柄に惹かれていた。彼は彼女よりもずっといろいろなことを知っていて、彼が語る世界は彼女が生きる場所とはどこか違うようにさえ感じられた。彼の話す冒険はまるで自分の全てをかけてこの世界に立ち向かおうとしているかのようで――。
シリカはマルバが生きる世界を知りたいと思った。

一方で、マルバは知り合ったばかりのビーストテイマーであるシリカの冒険を聞くことをとても楽しく思っていた。中層プレイヤーである彼女はマルバよりもずっと強くこの世界を『生きている』ような感じがしたのだ。攻略こそを生きる理由とするマルバとは違う理由で彼女はこの世界で生きていた。なんの目的ももたずに――いや、本当にそうなのだろうか?
マルバは彼女の真剣な瞳が捉える世界を知りたいと願った。


二人の生きる世界は異なり、それ故に二人は互いの世界を知りたいと思う。
攻略組のマルバ、中層プレイヤーのシリカ。ここから始まる物語は一体どのようなものなのだろうか――。



第三部 【二人は出会い、そして】
――Link start――! 
 

 
後書き
さて出てきました不人気エクストラスキル《瞑想》。
カッコ悪いけど素敵な効果があったりなかったり。地味ですけど役に立つことはあると思います。基本スキルの『瞑想』が一番素敵ですけどね。デバフからの回復時間が減るってなんてナイス。麻痺毒には使えないですけどね。ポーズ取れないですし。


はい、恒例の裏設定コーナー。
《瞑想》スキル。格好が悪い、地味、でも効果は高い。惜しいのはそれだけでスキル枠をひとつ消費してしまうことですね。マルバは《料理》と《瞑想》を使う時に合わせて切り替えて使ってます。スキルの切り替えができるのは原作設定にありました。《二刀流》スキルが最初に出てきたとこに載ってます……多分。

また次回出そうかなと考えているスキルはオリジナルの《音楽》スキル。完全に趣味スキルです。出す理由?私が歌うのが好きだからです。合唱やってます、はい。歌うの楽しいですよ。
SAOにいかにもありそうなスキルだと思うのですが……どうでしょうか? 

 

第十七話 計画

コンコン、というノックの音がマルバの部屋に響いた。ベッドに腰掛けていたマルバは膝の上の白い毛玉を横にどかすと立ち上がってドアに向かう。
「はーい?」
「あ、シリカです。あの、まだ二十七層のことを聞いてなかったなって思いまして。」
マルバは扉を開けてシリカを部屋に招き入れた。

「そうだったね。ちょっと説明してなかったな。どうする?下に行く?」
「もしよろしければここで聞いていってもいいですか?『企業秘密』ですし。」
マルバはシリカの言った『企業秘密』という単語にちょっと笑うと、シリカに道をゆずった。
ちょっと待ってて、というと部屋の隅から机と椅子を持ちだしてきてベッドの横に並べ、シリカに椅子をすすめると自分はベッドに腰掛ける。

「それじゃ早速説明するね。」
マルバはポットとカップを二つ、それから十五センチ四方程度のキラキラした宝箱のようなものを取り出した。手早く二人分のホットジンジャー(もどき)を準備する。その隙にベッドの上の白い毛玉はシリカの脚を駆け上がり、膝の上に陣取ってしまった。黒いユキしか見たことがなかったシリカは思わず小さな悲鳴を上げる。マルバが苦笑してユキをたしなめると、ユキは何故か得意げな顔でふふんと笑ってみせた。
シリカは準備できたホットジンジャーをお礼を言って受け取り、一口飲んだ。その間にマルバは宝箱のようなアイテムを操作する。すると箱の上に青く輝く立体ホログラムのような映像が映し出された。どうやらアインクラッドの全体像のようだ。

「うわぁ……綺麗……!」
「でしょ?高かったんだよ、これ。『ミラージュ・スフィア』って言うんだ。武器が新調できるくらいの値段がしたからね。」
マルバは嬉しそうに笑った。

「元々は大規模ギルドとかが作戦を立てるために使うプロジェクターの代わりみたいなものだと思うんだけどね。競売に出されてた時にあまりに綺麗だったもんだからつい買っちゃったんだ」
「そうなんですか~。こういうの好きなんですか?」
「うん。昔からこんなふうにキラキラしたものが大好きでね。なんか昔も投影式のプラネタリウムを買って組み立てたことがあったんだけどね、毎日寝る前に天井に映して楽しんでたっけな。現実だと視力悪いから眼鏡掛けたままでさ、ベッドで横になって見てたらそのまま寝ちゃってね。起きたらレンズがすごく汚れてて焦ったよ。」
思わずその光景を想像したシリカは吹き出してしまった。

「なんかマルバさんって女の子みたいですね。ケーキが好きだったり、キラキラしたものが好きだったり。見た目はぜんぜんそんなことないのに。」
「うーん、よく言われる。妹の影響もね。小さい頃から一緒に遊んでたから、それで考え方が女の子っぽいのかも。学校でも友達は女子の方が多かったしね……っと。話がそれちゃった。ええと、二十七層、二十七層……」

マルバはさらにミラージュスフィアを操作した。立体映像のアインクラッドが四つに分かれ、その下から二番目の部分が拡大される。二十六層から五十層までの様子を表しているようだ。しかしその立体地図にはいくつか黒く塗りつぶされた場所があるようだ。マルバがマッピングしたかデータを買った部分しか表示できないらしい。
マルバの操作に従ってそれは更に二十五の薄い層に分かれると、下から二番目の層のみを残して他は消えてしまった。一枚だけ残った薄い層はぐんと大きく表示されると共に立体感を増し、斜め上から見下ろすような形になるとそこで一旦表示が止まる。
「立体的な鳥瞰図(ちょうかんず)、って感じでしょ。飛行型モンスターはこんなふうにこの世界を見てるのかもね。これが二十七層。で、ここが主街区の『フリーベン』。いい所だよ、綺麗な花がいたるところにあってね、僕の定宿はここにある。で、ここから南のこの道を通って……」
マルバの説明は続く。表示される立体地図は説明に従ってスクロールし、次々と新しい場所を映しだした。その映像はとても美しく精密で、目を凝らせば往来する人々が見えそうなくらいだ。

「……この橋を渡ると、もう丘が見えてくる。その丘のてっぺんに……ッ!?」
シリカの膝の上にいたユキがきゅうっと小さく、しかし鋭く鳴いた。その目はドアの外側を見つめ、歓迎されない来訪者がいることを示す。マルバは一瞬で扉に駆け寄ると、素早く開け放った。

「誰だッ!?」
階段の向こうに何者かが駆けていく。マルバはシリカにこの部屋で待っているように言うと逃げていった人物を追いかけていった。その足元でユキの白い姿が闇に溶けるように黒くなり、マルバを追って姿を消す。

シリカは部屋に取り残されてしまってふてくされたが、マルバとユキは三分くらいで戻ってきた。

「どうでした?盗み聞きなんて一体だれが……?そもそも扉越しの声は聞こえないはずなのに、どうして……」
「《聞き耳》スキルが高いと扉の向こうの声も聞こえるんだよ。……見たことがない男だったな。もうちょっとだったのに転移結晶で逃げられちゃった。僕たちの計画なんて聞いてどうするんだろう……?」

マルバはちょっと悩んでから、シリカに向き直った。
「ごめん、ちょっと気になるから情報屋に《プネウマの花》の詳細を聞いてみるね。ちょっと待ってて。」

マルバはメール作成画面を開き、何かを打ち始めた。宛先は『アルゴ』、腕利きの情報屋だ。シリカはベッドで丸くなるとその後姿を見つめた。その姿は遠い現実世界の記憶にあるフリールポライターの父の姿に似ていて、シリカはそれを見ているだけでとても落ち着いた。彼女はその安らぎに包まれ、ゆっくりと目を閉じた。





シリカは耳元で流れる起床アラームの音楽で耳を覚ました。いつもはシリカが身を起こすと同時に止まる音楽は、しかし、何故か今日は止まらなかった。シリカの聞いたことのない音楽が彼女の耳を刺激する。懐かしい感じのする歌だ。どこから流れているのだろう、と思ってあたりを見渡すと、ベランダに人影があった。
侵入者か、と思って悲鳴を上げかけたが、その直前で昨晩自分がどこで寝てしまったのかを思い出して顔が一気に赤くなるのを感じた。
そんなシリカのことを知らずに、ベランダのマルバは歌い続ける。力強く、しかし優しく、彼の歌声は響く。

〜♪~

マルバは振り返った。シリカがこちらを見ているのを知ると、恥ずかしそうに顔を背ける。
「お、おはよう、シリカ。」
「おはよう、ございます……」

互いにぎこちない挨拶。
しばらく見つめ合い、何を言うべきか考えた後、二人が同時に発した言葉は……
「ごめん!」
「すみませんでした!」

見事にかぶった謝罪の言葉は二人にいつもの調子を取り戻させてくれた。ひと通り笑いあったあと、出発の準備を整える。シリカはマルバに尋ねた。
「朝歌ってた歌、あれなんて歌なんですか?」
「あー、あれね。『森は生きている』っているっていう曲。昔見た古いオペラの劇中歌でね、一度聞いたらすっかり気に入っちゃって、よく歌ってるんだ。」
「歌、うまかったですよ。」
「ありがとう。」
マルバは照れくさそうに笑った。

「この歌を聞くとさ、世界の全てのものが生きてるんだって気がするんだよね。現実世界では確かに風も雲もせせらぎも生きていたかもしれないって思うけどさ、この世界はそういうものって全部偽物でしょ?それでもこの世界のものも生きているって気がするのはなんでだろうね。」

シリカはマルバの言葉を聞いてしばらく考えて言った。
「そもそも生きているってどういうことなんでしょう?」
「うーん……そういえば……なんなんだろう?」

二人はしばし考え込んだ。
「生きることを『生まれて、死んでいないこと』と定義したらどうだと思う?」
「それだと、この世界でポップしたモンスターも生きていることになりますね。……あ、でも生まれたとか死んだとかが分からないものってのはどうなんでしょうか?」
「『小川のせせらぎ』とかまさにそれだよね。うーん、それじゃ、『存在しつづけること』だったら?」
「……いいかもしれません。……あ、でも、死んじゃったら『生きて』いないですよね……」
「?」
「ええと、つまり、生き物はいつか死ぬじゃないですか。でも死んでも身体は存在していると思うんですけど……」
「……!あぁ、なるほど。ええと……ううん……じゃあ、どうしよう?」
「……結局生きることってよく分かんないですよね。生きているって思うから生きているだけなのかもしれません。」
「うん、『私は生きている!』って主張できれば間違い無く生きているってわかるけど、それができないものなんて生きているとか死んでいるとか分からないもんね。多分、僕たちが『ああ、これは生きているんだな』って思うものはなんだって生きているんだ。たとえそれがこの世界の偽物でも、ね。」

マルバの膝の上にいたユキがあくびをすると、ぴょんと飛び降りた。
「この子は間違いなく生きている。僕がそう思うんだからそれでいいんだよ、きっと。」


さて、と言ってマルバは立ち上がった。慌ててそれに続くシリカ、駆け寄るユキ。
「それじゃ、そろそろ行きますか。ピナを復活させるぞー、おー!!」
「おー!!」
マルバは大きく宿屋のドアを開け放った。 
 

 
後書き
マルバ、歌います!
今回マルバが歌った曲は私が大好きな曲でもあります。著作権法に触れないため、歌詞は省かせて頂きました。『森は生きている』で検索するとヒットしますので、ぜひ見てみてください。
このシーンはのちのちのための伏線のつもりですが、どうでしょうか。生きるって考えてみると難しいですね。
……伏線張っておいて言う台詞じゃないですが、回収する自信がないです……。


裏設定コーナー。
マルバより先にユキが来訪者に気づきましたが、これは《索敵》スキルが『目を凝らす』といったようなアクションを取らなければ発動しないという特性によるものです。常に分かるものではないんです。ユキはアルゴリズム的に一定間隔で周囲を《索敵》するようになっています。圏内ではその間隔はかなり長めに設定されています。原作を読んでいて明記はされていないようでしたが、そんなスキルのように見受けられたのでそういう設定にします。 

 

第十八話 思い出の……

「やあっ!せいっ!はあっ!!」
気合とともに打ち出した三連撃は吸い込まれるように敵に当たり、敵は一瞬でポリゴンの欠片と化した。この層の植物を模した気持ち悪い敵の扱いにもようやく慣れてきた。

「ふぅ……。マルバさん、これ凄いですね!ほんとに狙ったとおりに当たります!!」
振り返ったシリカは嬉しそうに言った。

「でしょ?速さと正確さにかなり振ってるからね。」
「でも、威力はわたしが使ってたのとあまり違わない気がしますね。」
「え、そう?うーん……、使ってたの見せてくれる?」
「いいですよ。……はい、どうぞ。」
マルバはシリカから受け取った短剣を見てみたが、攻撃力はマルバが貸した短剣に比べそれなりに低い。では何が違うのかというと……

「あ、これ《スティレット》だね。」
「そうですよ。マルバさんが貸してくれたのは《ナイフ》ですよね。ちょっとリーチが短すぎて怖いです……。」
「ああ、うん。ナイフって多分一番射程が短い武器だからね。それはそうと、《スティレット》は刺突属性特化なんだよ。ナイフはどっちもありだけど、どっちかっていうと斬属性向けの形だからシリカが使ってるような刺突系の技と相性がよくないのかもね。ちょっと待ってて……」

マルバは歩きながらストレージを探り、中から一振りの短剣をオブジェクト化した。
「これならどう?」

シリカは受け取ってから振ってみた。
「うーん、こっちの方が使いやすいかもしれません。」
「それは良かった。これは『トレンチナイフ』。ナイフって言うけどサブカテゴリは《ダガー》に含まれてる刺突系の武器だから、シリカみたいな使い方だったらこっちのほうが使いやすいかもしれない。トレンチナイフは特殊な装備方法があってね、ブーツとかに括り付けられるんだよ。まあ、そんなことしてる人ほとんどいないんだけどね。」

シリカは一旦立ち止まると試しにブーツの位置に重ねて装備してみた。しゃがんだ状態から攻撃するのは良さそうだが、正直ここに装備しても意味が無さそうだ。
「……こんなの意味があるんですか?」
「これ、一応追加装備扱いにしてくれるらしくて、予備で一個余分に武器を装備できるんだよ。武器を落としちゃっても平気って感じ。」

なるほど~、と頷きながらシリカは最初に受け取ったナイフをマルバに返した。再び歩き始めたマルバは受け取ったそれを左腰に装備し直す。本来二つ以上の武器は装備できないはずなのだが、さっきブーツに装備したように追加装備なのだろう。ちょっと気になったが、戦闘についての詮索はマナー違反である。聞きたくても聞けない。

その代わり、もしかしたらもっと重大なマナー違反かもしれない質問をすることにした。昨日からずっと気になっていたことだ。
「あの……マルバさん。妹さんのこと、聞いていいですか?」

シリカの半歩先を歩いていたマルバはちょっと困った顔で振り返って尋ね返した。
「どうしてまた……そんなことを?」
「私に似てるって言ったじゃないですか。現実のこと聞くのはマナー違反だとは思うんですが、どうしても気になっちゃって……」

マルバは視線を前に戻し、しばらくためらってからゆっくりと話し始めた。
「……(あおい)っていう名前でね、仲のいい妹だった。僕が中学校二年になる前までは、だけどね。」

マルバは目を閉じる。何度も夢に見るあの思い出したくもない光景が脳裏に浮かんだ。
音もなく近づく軽トラックの黄色いバンパー。そして、その前で……為す術もなく死ぬはずだった、妹の姿を。
「僕は中学校二年の始業式に向かう時、妹と学校まで一緒に行ったんだ。でも僕は結局始業式には出られなかったのさ。交通事故だった。急性心不全を起こして気を失った運転手が、横断歩道にブレーキを踏まずに突っ込んできたんだ。その時死ぬはずだったのは妹だった。僕は無我夢中で前を歩いていた妹に体当たりしたから妹は轢かれなかったんだけど、僕は間に合わなくてね。おもいっきり撥ねられたよ。地面にぶつかった記憶はないから、きっと空中で気を失ったんだろうね。軽トラックはブロック塀を吹き飛ばして全損、僕は横に飛ばされたからぎりぎり命だけは助かったって感じだった。」

マルバは小さくため息をつく。
「目覚めたのは病院だった。白い天井を見つめたっけな。すぐに妹が飛んできて、何度も何度も謝ったんだ。私のせいで、ごめんね、ってね。……でも、それは運が悪かったとしかいいようがない事故でね。結局のところ誰のせいでもなかったんだよ。僕のせいでもなければ、運転手のせいでもない。もちろん、妹のせいのはずがなかったのさ。……運転手だって急性心不全のところを大量出血と全身打撲で瀕死状態。僕よりひどい状態だって聞いたよ。生きているのが不思議なくらいってね。ゴールドカードの持ち主だったらしい。免許を取ってから無事故無違反っていう運転手の模範みたいな人でね。最初に起こした事故が心不全による不可抗力で、更に人を一人撥ねて後遺症を残しちゃうなんて彼も運がない人だ。」
「えっ、後遺症……?」
「そう、後遺症。僕は撥ねられてから半身不随になっちゃったんだ。原因不明だけど幸い軽度だったものだから、松葉杖さえあれば歩けるようにはなったよ。右半身だったから、ペンが持てなくて勉強するのが大変にはなっちゃったけど、僕は最初半身が麻痺したって生きてたんだから幸運だったって思った。でもみんなはそうじゃなかった。こんな風になっちゃってかわいそうだ、かわいそうだって言ってね。生きてたことを祝って欲しいって何度思ったことか。一番ひどかったのは妹だった。お兄ちゃん、ごめんね、ごめんね、私のせいでごめんね、って言って何度も泣くんだ。あれが一番つらかった。何度も葵のせいじゃない、って言ったのにううん、私のせいだって言って謝り続けるんだ。顔を合わせる度にそう言われるのが辛くて、妹が来た時に寝てるふりしたこともあった。……それ以来かな、なんか疎遠になっちゃったのって……。」

マルバは足元に視線を彷徨わせてから、言葉を探すように続ける。
「……あの事故は妹のせいじゃなかった。でもきっと彼女は未だに自分のせいだと思っている。だから怖いんだ。僕がSAOに閉じ込められちゃったのも自分のせいだって思わないかなって思って。」
「……なんで、ですか?SAOはその事故とは……」
「もちろん無関係さ。でも僕は事故以来うまく動かせない右半身に疲れてナーヴギアをかぶったんだ。仮想空間でおもいっきり走るのは楽しかったよ。でもまさか、それがこんな大事件に巻き込まれることにつながるなんて思っても見なかったけどね。」

はあ、と再びため息をつくと、マルバは空を見上げた。青い空はすぐに次の層の下部に遮られて見えなくなる。
「また葵が自分を責めているのは見たくない。もし彼女がまた自分のせいだって思ってるんだったら、今度こそ真正面からその目を見て、違うよって言わなきゃいけないんだ、僕は。それなのに、僕はまだこんなところにいる……!今すぐにでも葵のところに行きたいのに、あんなちっぽけなヘルメットがこんなにも遠い距離を生むことになるなんて……!」

マルバの頬を一滴の透明な液体が伝った。いまにも叫びだしそうなマルバの震える左手は、しかし、それが固く握られる前に小さな手に包まれた。
「大丈夫です。マルバさんがずっと、こんなにも妹さんのことを思っているのに妹さんがそれに気づかないわけないじゃないですか。兄妹なんでしょう?」

マルバはシリカを睨みつけて叫んだ。
「君は、どうしてそんなことを言えるんだ?僕は一度葵から逃げ出したというのに、なんで僕が葵のことをずっと思っていたなんて言えるんだ!僕は、あいつになにもできなかったっていうのに、なんで……!」

シリカもマルバに負けないように叫び返す。
「だって……そうじゃなかったら、なんでその名前なんですか。マルバさんはなぜ“Malva”さんなんですか!」
「……!」
「ずっと、心配していたからじゃないんですか?逃げてしまったことを謝りたいって思っていたからじゃないんですか!?だから、自分自身(プレイヤーネーム)を……(Malva)なんて名付けたんじゃないんですか!?自分のせいでピナが死んでしまったと嘆くあたしを……助けようと思ったんじゃないんですか!!」

二人はたっぷり一分ほど見つめ合った。
「……そう、だね。たしかにその通りだ。……あの時の君の目は、妹の目によく似ていた。放っておいたらどこかへ消えてしまいそうな弱い光を湛えた目だったよ。僕はかつてその目から逃げ出した。そのことを心の奥深くでずっと後悔していたんだろうね。だから同じ目をした君を放っておくことができなかったんだ。」

マルバは耐えかねたようにシリカから視線を外し、謝った。
「ごめんね、僕はきっと君に妹を重ねていたんだ。君を助けることで妹を助けた気になっていたのかもしれない。」
「……許しません。」
「……え……?」

予想外の言葉はマルバの視線をシリカに戻させる。
「マルバさん。現実世界に戻ったら、妹さんを紹介していただけませんか。事故なんてなかったみたいに仲良くしているところを、私に見せてくれませんか。そうしたら……許してあげますから。」
「……約束するよ。きっと、君に会わせてみせる。」

ふたりともがいつの間にか座り込んで見つめ合っていたことに今更ながら気づいたシリカは、会話が途切れると同時に気恥ずかしくなり慌てて立ち上がった。
「さ、さあ、今はピナを生き返らせることが最優先です!行きましょ、ほら。」
「う、うん……」

マルバは立ち上がると、ポンとシリカの頭に手をおいて、礼を言った。
「ありがとう、シリカ。君のおかげで目標がはっきりした。」

シリカは照れながら、自分の頭におかれたマルバの手を両手でつつみ、言った。
「わたしなんかがマルバさんのお役に立てたなら光栄です、ほんと。わたしが誰かの支えになれるなんて滅多にないですから。むしろこちらからお礼を言わせてください。ありがとうございます、マルバさん。」

マルバはシリカの頭をちょっと撫でてから答えた。
「君は僕に大切なことを思い出させてくれたよ。おかげで僕はこれからも頑張れる。……さあ、行こうか。君に借りを返さなきゃ。うーん、ピナを生き還らせるだけじゃこの借りは返せそうにないな。街に戻るまでになにか一つ考えといてよ。なんでも一つ、僕にできることならやってあげるから。」
「それは楽しみです!考えておきますね。行きましょうか。この剣も試してみたいですし。」


二人の足取りは軽い。小川にかかる石造りの橋が二人の足音を響かせた。丘はもうすぐそこだ。 
 

 
後書き
ピナが蘇生するところまで行きませんでした……orz
マルバ、シリカに支えられるの回です。
本来はシリカが使っている武器はダガーだと思うのですが(アニメより)、スティレットにしてしまいました。アニメだと普通に斬ってたのにね。マルバが斬属性・破壊属性特化なものだから、シリカが刺突属性特化だとバランスがいいんです。

気づいている方もいるかと思いますが、シリカのキャラを少しだけ原作から変えてあります。一人称のところです。原作はずっと「あたし」でしたが、この小説内では基本「わたし」で、必死なときだけ「あたし」にしました。
あと……原作で『花が好き』って書いてあったのを拡大解釈してアオイのことを英語でMalvaっていうことを知っていることにしてしまいました。やりすぎ感が溢れてますが、気にしないでください。あ、無理ですか、すみませんすみません




それでは恒例の裏設定を。
『トレンチナイフ』ですが、これは現実では塹壕戦で用いるゼロレンジ用の武器らしいです。そちらの方面には全くもって疎いのでこれについて突っ込み入れられても困りますが(予防線)。一応、現実の武器の特性を残してみました。靴のあたりに装備できて、更に握ったまま格闘術もできます。
対して、『スティレット』は刺突属性特化……っていうよりは刺突属性専門の武器です。刃がないので斬れません。扱いにくそう……w 別名を『ミセリコルデ』といい、止めを差すのに便利な剣です。形状は十字架に似ています。全長30センチメートルほどのショートレンジの武器で、達人なら鎧を貫通する威力を持つらしいです……って怖っ!!ゲーム内設定としては『鎧通し(アーマーピアーズ)』が常時発動、みたいな感じでしょうか。あと、対軽防具で防具の防御力を半分無視とかあたりが妥当って感じがしますね。 

 

第十九話 アイデンティティ

 
前書き
更新遅くなりました。その代わりこれから先五話分くらいのプロットが書けたので、この後の展開を楽しみにしてくだされば光栄です。 

 
「うわぁ……!」
「これは……!」
二人は目の前の神秘的な光景に目を見張った。
小さな百合に似た花がまるで映画を早送りで見るかのようにみるみるうちに開花し、しゃらん、という鈴の音をたてた。朝露が飛び散り、太陽光を湛えたしずくがまるで宝石のような輝きを放つ。
シリカはおそるおそる手を伸ばし、その花を根本の茎から折り取った。システムウィンドウが開き、アイテムの詳細が表示される。


【Item get!】
《プネウマの花》
任意の心アイテムに花弁内部の雫を振りかけることで、使い魔のHPをフル回復した状態で呼び戻します。



「これで……ピナが生き返るんですね……!」
「ああ、そうだよ。どうする?ここでピナを呼び戻す?帰るまで我慢する?」
「うーん……ここに来るまでずっとマルバさんに手伝ってもらっちゃいましたから、帰りはせっかくですしピナと二人で頑張ってみたいです。」
「あー、そう?それなら、ここで呼び戻そうか。目印はないけど一応安全圏みたいだから、安心してできるしね。」

シリカはストレージから《ピナの心》をオブジェクト化し、《プネウマの花》が咲いた場所に横たえる。祈るように花の中の露を垂らすと……拡散した雫の煌めきが小竜の形を取り……次第にその姿が濃く、はっきりとしてきて……そのまぶたが、ゆっくりと開かれた。



シリカがピナと抱き合って再開を喜んでいる姿を微笑ましく見守っていたマルバは、この瞬間を残そうと記録結晶を取り出した。素早くスクリーンショットを撮る。後でシリカとピナに見せてやろうと思ったその時、視界の隅に緑色のメッセージ受信アイコンが明滅した。
差出人はアルゴ。昨日依頼した、プネウマの花に関する詳細の追加情報である。それを慣れ親しんだ動作で開いたマルバは、中に書かれていた文句を見て目を見張った。

「マルバさん?」
シリカに呼びかけられ、ハッとするマルバ。シリカの肩のあたりに水色の小竜が羽ばたいている。両者とも心底嬉しそうな様子だ。
「ああ、ごめん。ちょっとぼうっとしてた。ピナ、初めまして。僕はマルバ、この子はユキだよ。よろしくね。」
ピナは一声鳴くとマルバの肩に飛び乗って頭を擦り寄せてきた。マルバの腕の中からユキが顔を出し、ピナを見つめて小さく鳴く。

「珍しいですね、ピナがこんなに懐くなんて。きっとマルバさんが助けてくれたんだって知ってるんですよ。」
「僕は君の手助けをしただけだよ。ピナを呼び戻したのは君だ。」
「わたしだけじゃダメでしたから。マルバさんのおかげです。ありがとうございました、本当に。」
「あはは、感謝されるのって慣れてないから照れるね。……それはそうと、シリカ、ちょっとまずいことになっているかもしれない。」

急に真剣な顔になったマルバに、シリカはきょとんとした顔になる。しかし、次の瞬間には真剣な瞳でマルバの目を見つめた。ピリッとした空気を感じ取ったのか、ピナがマルバの肩を離れて飛翔し、ユキはマルバの腕から飛び降りてその足元に待機する。

「……まずいこと、ってなんですか?」
「《プネウマの花》はもともとかなりのレアアイテムだ。ビーストテイマーが使い魔を失った時でなければ手に入らない。その美しさから、使用済みとなり中の雫がなくなって効果がない状態でも高く売買されるんだ。」
シリカはまだ手に持っていた使用済みの《プネウマの花》を見た。煌めく雫を湛えていなくても、相当美しいのは確かだ。
「……実は、この花の値段が急上昇しているらしい。今売れば、おそらく僕と君の装備を全部新調してもお釣りが来るレベルの値段で売れるだろう。もし……まあ、そんなことは無いだろうけど、僕たちが《プネウマの花》を持っていることがオレンジギルドにでも知られれば……きっと襲われる。」

あたりを静けさが支配した。ピナは心配そうな顔でシリカを見つめる。その視線を受け止めたシリカは、マルバに向き直って答えた。
「例え誰が襲ってこようとも、わたしはこんどこそピナを守ってみせます。わたしは大丈夫です。」
「……そっか。それじゃ、帰りは気を引き締めて行こう。念のためユキを先行させるね。ピナには後ろを見張っててもらって。やばくなったら転移結晶で逃げるように準備しておくんだよ。ほら。」
マルバは青い結晶を二つ取り出すと、片方をシリカに渡し、もう一方は自分のポーチにしまいこんだ。



「……ところで、その花、街に着いても売らないんだよね?」
「えっ、なんで分かるんですか?」
「この花を見つめた君の目で分かったよ。綺麗だよね、ピナを生き返らせてくれた恩人みたいなものだしね。」
二人は警戒しながらも会話をしながら帰路をたどる。その前方にユキ、後方にピナ。マルバは右側を、シリカは左側を索敵しながらの帰り道だ。
石橋にたどり着いたとき、それは起こった。


小さな、しかし鋭い鳴き声と共に二人の目前の空間が歪み、ユキが二人の前に姿を表した。何者かがハイディングしているのを見破ったのだ。
「誰だッ!」
マルバとシリカは武器を構え、まだ見えない敵を見ようと目を凝らす。二人の索敵スキルにより、グリーンのカーソルが二つとオレンジのカーソルが多数現れた。がさりと茂みが動くと、中からグリーンカーソルのプレイヤーが出現する。
そのプレイヤーは……

「えっ、ロザリアさん!?」
「久しぶりねえ、シリカちゃん。」
赤い服を身にまとうロザリアはシリカの肩の近くを飛ぶ小竜に視線を送った。
「その様子だとうまく手に入れられたみたいね。よかったわね。……それじゃ、さっそく渡してちょうだい」

シリカは短剣を握り直した。
先ほどのマルバの話を思い出す。もし、オレンジギルドがわたしたちが《プネウマの花》を持っていることを知ったら、襲い掛かってくるだろう――。信じたくはないが、こうして敵対している以上彼女はオレンジプレイヤーなのだろう。そのカーソルこそグリーンではあるが、今しがた吐いた台詞は明らかに強奪者のそれだ。

「どうして……あなたは、誰なんですか?」
「いやだ、忘れちゃったの?」
「……質問が悪かったですね。あなたは、どこのオレンジギルドの人なんですか?」
シリカの敵意のこもった質問にロザリアは目を見開いた。
「驚いた、あのおこちゃまアイドルのシリカちゃんが私の正体を看破るなんてね。アンタに名乗る名前なんてない……って言いたいところだけど、いいわ、答えてあげる。アンタはどうせここで死ぬんだし。オレンジギルド『タイタンズハント』のリーダー、ロザリアよ。覚えておきなさい。」


その言葉を聞いて、マルバの脳内に閃くものがあった。『タイタンズハンド』――少し前にその名を耳にしたことがある。ギルド『シルバーフラグス』をほぼ全滅させたオレンジギルドだったはずだ。生き残ったリーダーが最前線で必死で敵討ちをしてくれる者を探していた。つまり……数多あるオレンジギルドのなかでも最低の集団、プレイヤーキラー。
ロザリアが手招きすると、それに応じるように多数のオレンジプレイヤーが姿を現した。中に一人グリーンが混ざっているが、あれはマルバが昨日取り逃がした男だ。

「シリカ、転移結晶を準備して待機して。」
「嫌です。マルバさんが戦うのならわたしも……」
マルバの視線がシリカを捉えた。シリカの瞳は真剣そのもので、決意に燃えている。
「わかっているでしょ、シリカ。君を危険に晒したくないんだ。」
「わたしだってずっと守られているのは嫌なんです。わたしも、この子を守るために、マルバさんを助けるために……戦います。」
「いや……大丈夫だ。必要ない。」

マルバは両腰の武器を抜いた。
「なんで……マルバさん!」

近づく男の一人が何かに気づいたように歩みを止めた。
「マルバ……システム外の《二刀流》……まさか、《双剣》!?ロザリアさん、こいつ、ソロで迷宮に挑んでる攻略組だ!」
その叫びに男たちは一瞬動きを止める。シリカも踏み出そうとした足を止め、唖然としてマルバを見た。かなり強いとは思っていたけれど、まさか真のトッププレイヤー、攻略組の一人だったとは。それもソロで攻略組にいるものはかなり少ないと聞く。
ロザリアも驚いたように目を見開くが、すぐに気を取り直して指示を出す。
「攻略組がなんだってこんなとこにいるのよ!短剣と投剣を同時に使うやつなんていくらでもいるわよ!それにもし攻略組ならレアアイテムだって一杯持ってるでしょ、おいしい獲物じゃない!!お前ら、殺っちまいな!」

ロザリアの叫び声に応じ、男たちが一斉に襲いかかってきた。それに対するマルバは、武器を構えたままで動かない。最初の一撃が身体に届く瞬間、初めてマルバは動いた。


最初に飛びかかってきた男の剣は空を斬った。その背後から強烈な肘鉄が飛ぶ。敏捷補正を受けてとんでもない速さで打ち込まれた肘鉄はその男を宙に打ち上げた。ただの肘鉄にも関わらずHPはイエローまで減っている。
次に現れた男の武器は両手斧だった。振り上げられた斧はその頭上で砕け散る。唖然とする男の頭を足蹴りにして跳ぶマルバは空中でチャクラムをキャッチすると、前方のプレイヤー二人の得物に向かって再び投擲した。二人の剣は耐久値全損は免れたものの高々と宙を舞う。思わずそれを追いかけた二人の視線は一瞬で闇に覆われた。唯一見えるHPバーの左に、特殊状態異常《盲目》のアイコンが表示される。なにが起こっているのかすらわからないうちに凄まじい衝撃が身体を襲い、地面に叩きつけられる感触を得る。減少するHPバーはもうすぐレッドに染まるところで停止した。
徐々に回復する彼らの視界が次に捉えたのは、地に倒れ伏す仲間たち全員の姿だった。


「なんだ、こいつ……!!」
「強すぎるだろ、こんなの!」
口々につぶやく男たちの視線が橋の向こうで待機していたロザリアに集約した。ロザリアは一つ舌打ちすると、青色の結晶を掲げた。
「転移――」
しかし……ロザリアはその先を続けることができなかった。飛来したチャクラムが一瞬で結晶の耐久値を刈り取ったからだ。

「さて――」
マルバが口を開くと、絶望の表情をした男たちがマルバの方を向く。
「――ここにあるのは《回廊結晶》。つい一週間ほど前迷宮区のトレジャーボックスで見つけたばかりのものだ。僕じゃ使う機会もないし売っぱらおうかと思ったんだけど、なんとなくとっておいたんだよね。さて、君たちにはこれで監獄エリアに飛んでもらう。回廊結晶代は置いて行ってもらうよ?ただで送ってあげるほど気前いいわけじゃないからね。」



全員が回廊結晶によって開かれたゲートの向こうに消えた後、シリカはマルバの背に向かって話しかけた。
「……攻略組、だったんですね……」
「あー、うん。低層で訓練するとあんまりいい顔されないから黙ってたんだ。ごめんね。」
「いえ、それは構わないんですが……。攻略組、ですか。凄いんですね。わたしなんかには到底真似できないような戦いでした。まるで別次元のような。」
「ううん……この世界の速さとか力とかはただの数値だからね。僕が強いわけじゃない。ただの数値上の差でしかないよ。」
「さっきの戦闘ばかりじゃありません。攻略組ってことは最前線で他のプレイヤーを開放するために戦っているんですよね?ほんとに、すごいです……わたしなんて、ずっと中層で冒険ごっこをしているようなものなのに。」
マルバはシリカの尊敬の眼差しを避けるように顔を背けた。
「そんなこと、ないよ。すごくなんてない、ぜんぜん、これっぽっちも。」

その場に少しの沈黙が訪れた。しばらくして、マルバがぽつりと話し始めた。
「僕は君に会った日、この子は一体なんのために戦ってるんだろう、って思った。安全を十分に取って、攻略に関係ない、なんの意味もない戦いをする意味ってなんなんだろう、なんで安全な宿屋ではなく危険なフィールドにいるんだろうってね。どこまでも強くあろうとする最前線の仲間たちの中にいたせいで大切な感情を忘れてたんだろうな。今なら分かるよ、君はこの世界で生きるために戦っている。自分が自分でいるために。」

シリカは首を振った。
「……そんな大層な理由なんてないです。わたしはただ、宿屋に閉じこもっているのはあたしらしくないって思っただけです。本当にいつまでも安全かどうか分からない宿屋に無力なままでいるのが怖かっただけです。マルバさんみたいに他の人を開放しようなんて理由じゃないんです。ただ、自分だけのために戦ってるだけなんです。」
「僕こそ、そんな大層な理由で戦ってるわけじゃない。僕はただ、……自分が生きた証が欲しかっただけなんだ。攻略組として戦ってれば、例えモンスターに負けて死んでも、この世界の開放に向けて戦った英雄の一人になれるでしょ?そうすれば僕が生きた意味があったことになる。僕はそれが欲しいんだ。ここに来る前の僕は本当に凡人で、誰でも僕の代わりになれるような、生きることになんの意味もない人間だった。こんな世界になったからこそ、僕は生きる意味のある人間として生きることができる。正直嬉しかったよ、ここがこんな世界になってしまったことが。たくさんの人が死ぬことになったっていうのに。……僕は、最低な人間だ。他の人のことなんて考えちゃいない。」

シリカは顔を上げて、マルバのうなだれた姿を見た。
「……マルバさんもあたしと同じだったんですね。」
「違う。……僕を助けたいって言ったあの時の君の目、かなり真剣だったよ。君は僕と一緒に戦おうとしてくれた。僕や、ピナを守るために。君は僕とは違う。どこまでも利己的な僕なんかとはぜんぜん違う。」
「マルバさんだって、わたしを守ってくれたじゃないですか。マルバさんがいなかったらわたしはあの森で死んでいました。命の恩人ってやつです。」
「…………」
「妹さんのことを聞いたとき、わたしはマルバさんのお役に立てて嬉しかったですよ。マルバさんはあたしを助けられて嬉しくなかったんですか?」
「……嬉しかった、よ。……当たり前じゃないか。」
「じゃあ、顔を上げてください。マルバさんがそんなふうにしているのを見ると悲しくなっちゃいます。誰かの役に立てた、嬉しかった、それでいいじゃないですか。自分を卑下することなんてないです。あたしが生きていられるのはマルバさんが助けてくれたからです。わたしにとっては、それだけでマルバさんが生きた意味はあったんですよ。そんなにがむしゃらに意味を求めなくても、英雄になんてならなくてもわたしにとってマルバさんはマルバさんなんです。それでいいじゃないですか。」
「……!」

マルバは目を見開き、シリカを見つめた。シリカは恥ずかしそうに目を逸らす。
「……ありがとう、本当にありがとう。」
「いやだなあ、お礼を言われることなんてなにもしてないですよ。助けられてるのはあたしのほうなんですから。」
「そんなことない。あはは、君には助けられてばっかだなあ。」
「えへへ、お役に立てて光栄です。」
「それじゃ、帰ろっか。今度は僕のホームタウンを紹介しなきゃね。」
「はい!」

二人はフローリアへと帰っていく。その足取りは軽い。往路には二人の間に人一人分ほどの距離があったが、復路にはなくなっていた。嬉しそうに話す二人は臨時パーティーとは思えないほど仲が良い。二人と二匹のシルエットが傾いた太陽の光にくっきりと映し出された。 
 

 
後書き
ピナ復活回なのに主役がピナじゃなかったです。
シリカの台詞が意外と書きにくくて大変です。不自然だったら指摘をお願いします。
マルバの戦う理由がこの回を期に曖昧になります。シリカと戦うようになって、シリカを守りたいと思う気持ちが芽生え、それがマルバの戦う理由になる予定ですが、それはけっこう先の話になりますね。

さて、この後、シリカのレベリングに入ります。けっこう危険なことをやりますが、それくらいしないとシリカのレベルをマルバくらいまで引き上げられないんです。無茶だ!とか横暴だ!とか言われる覚悟です。じゃんじゃん言ってください。
あ、あと、少し前から47層が何故か27層になっているところがあるので、急いで修正する予定です。



裏設定です。
シリカがレベル45なのに対し、マルバはこの時レベル67でした。タイタンズハンドのみなさんは38~41レベです。タイタンズハンドの彼らは奇襲を得意とし、全員が隠蔽と索敵を習得しています。基本敏捷寄りのステータスですが、筋力よりにして斧を持ってるプレイヤーもいます。いつも彼のせいで移動が遅れるので、最近は仕方なくアクセサリで敏捷性を上げるようにしていました。愛用の斧をマルバに壊されちゃったので、牢獄を脱出するクエストをどうやってクリアしようか思案中。 

 

第二十話 強くなりたい

 
前書き
ついにやってまいりました、シリカ急成長の回です。 

 
「本気……なの?」
「はい。あの時、わたしは何もできない自分自身が本当に悔しかったんです。だから、お願いします!」
「……分かった。ただし、今から本気でやるとするとかなり厳しいよ。なにせ、他のプレイヤーを大幅に上回る速さでレベリングしないと意味が無い。僕も全力でサポートするけど、命の危険があるよ。それでもやるんだね?」
「……やります。それで強くなれるなら、やってやります!」
「……そこまでの覚悟なら僕は拒否しないよ。それじゃ、やろうか。」

なんでも一つ、僕にできることならやってあげる――シリカはマルバに、わたしを強くしてほしいと頼み込んだ。それも、マルバと共に戦えるくらいに。
中層プレイヤーにとって攻略組とは雲の上の存在だ。いまからそのレベル差を埋めるなんてできっこない……本来ならば。だが、情報の提供者がいれば話は違う。効率的なレベリングの方法、ダメージを極力受けずに敵と戦う戦術、様々な攻略組としての知識を持つものが導けば、時間をかければ可能なのだ。そして、マルバはソロで、更に低レベルで攻略に励む敏捷型のプレイヤーである。レベルが低くても強い敵と互角以上で戦う方法なら知り尽くしている。その点、マルバはシリカの指南役として最適と言えた。


そして……一日目。
「あの、ほんとにここでやるんですか……?」
「ここが一番効率的なんだよ。安全マージンなんてものはプレイヤースキルがちゃんとあればどうとでもなる。いいかい、ヒット・アンド・アウェイが絶対だよ。決して深追いしちゃだめだ。必ず基本技のみを使い、硬直時間を極力作らないようにすること。危なくなったらすぐに全力でバックステップするんだ。僕は後ろからチャクラムで援護するけど、君がダメージを与えないと意味が無いから、君ができるだけたくさん攻撃するんだ。いいね?」
「はい、分かりました。……よろしくおねがいします。」
「それじゃ、行くよ!」
シリカとピナが先に、マルバとユキが後を追うように第四十六層の蟻塚に飛び込んでいった。ここの敵は攻撃力が高いが、HPも防御力も低い。回避さえしっかりできれば最も効率が良い狩場である。かつては一つのパーティーで一時間しか狩れないようなルールがあったほど人気な場所だった。今はここをレベル上げに利用するプレイヤーはいなくなってしまったが。攻略組はもう二階層上の狩場を利用するし、中層プレイヤーにはポップする敵が強すぎるからだ。
しかし、本当はマルバでもここでレベル上げをするのは厳しいのだ。もし囲まれればかなり危ない状況になる。それでもマルバがここを選んだ理由は、このような狩場と敵は少人数パーティーに相性がいい点にある。背後からの視界が利くから援護がしやすいし、後ろの敵を引き受けるプレイヤーがいれば囲まれることはない。シリカはマルバの援護を受けて一心不乱に敵を倒し続けた。

そして三時間半が経過した。

シリカもだいぶ慣れて、三体くらいなら同時にポップしても普通に倒せるようになって、余裕もでてきた。四体以上出てきたらマルバのチャクラムが一体を担当してくれる。さくさくと敵を倒せるようになったところで、マルバから撤退の指示が出た。

「はい、休憩。疲れたでしょ。」
「疲れましたけど、一気にレベルが3つも上がりましたよ。ちょっと信じられないです!」
「あはは、レベル補正がかかるから強敵を倒すといつもよりたくさん経験値が手に入るんだよ。デスゲーム化前のアインクラッドのレベリングはきっとこんな感じだったんだろうね。今は危ないからこんなふうに適正レベル以下で戦う人なんていないと思うけど。」
「レベル上がりましたし、もう適正レベル以下じゃありませんよ!適正レベルぎりぎりですし、危険なのは変わりないですけど。」
「うん、それ大事だよ。常に自分が死の危険と隣合わせだって意識すること。そうすれば攻撃を喰らってもパニックにならずに済む。ゲージがイエローになってもちゃんと退路を確認して戦ってれば必ず逃げられるからね。それじゃ、今日はここまで。」
「まだ午前中ですよ?続きはやらないんですか?」
「うーん、慣れてきた時が一番危ないからね。今日はここまでにして、午後は鍛冶屋に行ってシリカの新しい装備を作ってもらうよ。防具はともかくいい武器が欲しいからね。この前あげた『トレンチナイフ』は余り物だから性能もちょっと微妙だし。あと他にもいくつか紹介したいお店があるんだ。」
「え、でもわたしそんなにお金ないですよ?」
「あ、それは大丈夫。この前『タイタンズハンド』を牢獄送りにしたでしょ?あの時回廊結晶代っていってあいつらから奪ったコルがけっこうあるし、あいつらにほぼ全滅させられた『シルバーフラグス』のリーダーに敵討ちに成功したよって報告したら謝礼だって言ってかなりのコルをくれたんだよ。礼は要らないって言ったんだけどね。そのお金は山分けってことで、はい、半分。」
「うわあ、すごい額ですね……」
「でしょ?これだけあればいい装備も買えると思うよ。それじゃ、行こう。」

よくよく考えれば回廊結晶代として『タイタンズハンド』から強奪したコルはもともとマルバのものなのだが、マルバはうまい具合にごまかしてシリカに受け取らせることに成功した。更にシリカには半分よりちょっと多めに渡してある。レベル上げにはお金の力も重要なのだ。遠慮するシリカにコルを押し付ける方法はこれしか思いつかなかった。



「はーい、いらっしゃーい……ってなんだマルバかぁ」
「ご挨拶だねえ、リズ。せっかく新しいお客さん連れてきてあげたのに。」
「あ、あの、シリカです、よろしくおねがいします!」
「またかわいいお客さんね~。シリカちゃんっていうの?……え、もしかしてあの《竜使いシリカ》!?」
「そうそう、もしかしなくてもその《竜使い》だよ。」

シリカはピナと共に自己紹介を済ますと、その場で新しい短剣を作ってもらった。オーダーメイドの《ダガー》だ。リーチ・スピード重視のものである。スティレットでも良かったのだが、『トレンチナイフ』の使い勝手が良かったので次はダガーにしようと思っていたのだ。形状は『トレンチナイフ』にしてもらった。リズはピナを散々もふもふして機嫌がよくなったので二割引にしてくれた。この取引で最も損をしたのはリズのせいで目を回したピナであった。





「こんにちはー。」
「よう、マルバ。どうしたんだ、こんな時間に。」
「いやあ、今日はこの子をエギルに紹介しようと思ってね。新しい常連さんになるかもしれないよ。」
次に二人が訪れたのはエギルの店だ。彼はトッププレイヤーでありながら自分の店を持ち、いろいろなトレードを行なっている。
「おう、かわいいお嬢ちゃんだな。俺はエギルだ。やばい物じゃなければなんだって取引するぜ、よろしくな。」
「よ、よろしくおねがいします……」
「この人、顔は怖いけど実際はやさしくて良い人だからそんな緊張しなくて大丈夫だよ。」
「おいおい、ひどい言い草だな。そんなに怖いかよ、俺の顔は」
「うん、正直怖い。」
「ひでえ!?」

二人は先程の戦闘で相当たまった素材を売ってきた。多少買い叩かれたのは言うまでもない。しかし、マルバからエギルが儲けの大半を中層プレイヤーの育成につぎこんでいることを聞いたシリカは、これからもエギルの店を利用しようと決めた。





「いらっしゃいませー!」
「こんにちは~」
ここは懇意にしている素材系のNPCショップだ。利用回数に応じて割引が効くという制度がある。マルバはここを相当利用しているため、割引率は30%もあり、かなり安価に素材を入手できるのだ。
「ここ、NPCショップですよね?」
「うん。ちょっとした穴場でね。普通の店よりちょっと高いんだけど、その分割引率が高めだから利用してるとどんどん安くなるんだよ。ちょっと特殊な素材も置いてるしね。あのー、いつものやつください!」
「はーい!」

NPCショップではよく購入するものをリストにして名前をつけて保存しておき、そのリスト名を告げることで簡単に複数のアイテムを購入できる。マルバはよく買うものをリストにして『いつものやつ』という名前で登録してあるため、こんなふうにやり取りを行えるというわけだ。

「ぷくく……マルバさん、いつものやつって……あはははは!!」
「そんなに笑わなくてもいいじゃない。なんか『懇意にしてる』って感じがしていいんだよ。」
マルバはむすっとした顔で言った。

「はい、『いつものやつ』、お持ちしました。1330コルになります」
「はい」
「まいどありがとうございます。またよろしくー!」

店主に見送られて店を出る。
「何買ったんですか?」
「ホットジンジャー十杯分の素材」
「えっ、あれそんなに安いんですか!?一杯133コルで特殊効果付きって!」
「びっくりでしょ?まあ逆に特殊効果が勿体無くて簡単に飲めないって問題はあるんだけどね。」





帰り道でアスナと出会った。
「や、久しぶり」
「あれ、マルバくん。久しぶりだね。」
アスナとマルバは第一層のボス戦でパーティーを組んで以来ちょっと親しくなった。友達未満、知り合い以上といった仲だ。……正直それほど仲が良いわけではない。彼女はマルバ以上に攻略を急ぎすぎているきらいがあるのだ。《攻略の鬼》と呼ばれるのも頷ける。

「明日からしばらく攻略休むから、よろしく。」
そう告げた途端、アスナの眼光が鋭くなった。
「休む?……次のボス戦は参加するんだよね?」
「ううん、次は参加できない。五十六層までは無理だと思う。」
「二回も休むの!?……もう、攻略に参加しないなんて、その間なにする気なの。」
「ちょっと訓練、みたいな?」
「訓練、ねえ。ちゃんと戻って来てよ?攻略組の人数も最近減ってきちゃって大変なんだから。」
「減ってきちゃって大変っていうけどさ、一応トップメンバー五人紹介したの僕なんだから、ちょっとくらい抜けたっていいじゃない。」
「その点は感謝してるよ。月夜の黒猫団のことでしょ?ボス戦にも毎回参加してくれてるし、おかげでいつもフルレイド組めるようになってホント楽になったわ。」
「でしょ?僕もまさかボス戦に積極的に参加してくれるようになるなんて思わなかったよ。あいつら、前衛が二人になった途端めっぽう強くなったもんなぁ。」
マルバは月夜の黒猫団のことを思い出した。ケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー、サチの五人からなる小規模のギルドだ。特に片手剣士のサチと短剣使いのダッカーとは仲がよく、いまでもよく連絡を取りあっている。

「で、その後ろの子は?」
「あー、ごめん、紹介遅れた。この子は中層プレイヤーのビーストテイマー、《竜使い》シリカ。シリカ、こちらはギルド血盟騎士団副団長、《閃光》のアスナ」
「わわ、本物のアスナさんですか!?お目にかかれて光栄です!シリカです!!」
「こちらこそよろしく。ビーストテイマーなの?珍しいね。」
「あ、この子が使い魔のピナです。」
「わ、わあーっ!かわいいーー!!」

テンションが上がったアスナがピナに襲いかかり(少なくともマルバにはそう見えた)、思わずビクッとするシリカとピナ。しばらくして開放されたピナは本日二回目の手荒い歓迎に疲れ果てたように見えた。





「アスナさん、ビーストテイマーが珍しいって言ってましたけど、マルバさんもビーストテイマーですよね?」
「あー、彼女は僕がビーストテイマーだってこと知らないんだよ。経験あると思うけど、ビーストテイマーって珍しいしやっかまれたりするからさ。隠しとくに越したことないでしょ?戦闘中に見られちゃうと隠しようがないから、知ってる人は知ってるんだけどね。」
「だからユキはいっつもハイディングしてるんですね。」
「うん。最近ビーストテイマーも増えてきたしそろそろカミングアウトしようかなって思ってるんだけど、タイミングを逃しちゃった感じかな。」

話しながら転移門に向かうと、さらにもう一人の攻略組と出くわした。
「久しぶり、キリト。」
「マルバか。久しぶり」
キリトもアスナと同じく第一層で共闘した仲である。アスナよりは気が合うため、よく一緒にレベリングしたりしている。
「こんなとこでなにやってるの?」
「この層に武器の強化素材をドロップする敵がいてね、ちょっと狩ってたんだ。お前こそなにやってるんだ?」
「んー、この子にこの層の店を紹介してたんだ。一応紹介するね。こちら、中層プレイヤーで《竜使い》のシリカ。ええと、初代《ビーター》、《黒の剣士》キリト……って紹介でいいのかな?」
「……なんつー紹介だ……」
「事実でしょ。大体ビータービーターって言うけどさ、もはやビーターとそうじゃない人の差ってほとんどないよ?それにビーターのせいでたくさんのプレイヤーが死んだなんていうのはすでに迷信だし。」
「そう言ってくれると助かるけどさ、それを迷信にされちゃうと俺のやったことってなんだったんだろうってことになるわけだけど。」
「何言ってるの、キリトのおかげでベータテスト経験者が差別されないですんだんじゃない。君の犠牲のおかげでね。大変だったでしょ?」
「まあ、最初は大変だったけど。お前やエギル、アスナあたりが前と同じように接してくれたからだいぶ助かったよ。」
「ははは、感謝したまえよ、少年。それじゃまたね。」
「ああ、また今度!」

キリトが去ってから、シリカはマルバに尋ねた。
「初代ビーターってどういうことですか?」
「ああ、ビーターって言葉は知ってるよね?」
「はい、ベータテスト経験者で有用な情報を独り占めにしてたくさんのプレイヤーを見殺しにした悪い人たちだって聞きました。」
「うん。概ね間違ってないよ。でも彼らだって自分が生き残るために必死だったから他のプレイヤーまで手が回らなかっただけなんだよね。そう思うと、別に一方的に責めるのはなんか違うかなって思うんだ。ほとんどの人が戦う理由ってやっぱり自分が死にたくないからなんだし、最初たくさんのプレイヤーが死んだのは絶対ビーターのせいだけじゃないし。……ええと、それで最初に『ビーター』を名乗って他のベータテスト経験者が責められるのを防いだのがキリトなんだ。彼のおかげでベータテスト経験者だって安心して名乗れるようになって、ベータテスト時代の情報も出まわるようになって、結果的に死亡者がすごく減った。彼はすごい人だよ。戦い方もあらゆる動作に無駄がなくて、勇敢に敵の間合いに入りながら引き際もわきまえている。ちょっと尊敬してるんだ。」
「へえー、そうだったんですか。」
ビーターに対する評価を改めたシリカだった。





転移門前でシリカは少し悩んだ。そんなシリカにマルバが心配そうに声をかける。
「どうしたの?」
「うーん、このまま三十五層主街区に戻るとまた勧誘されるのかなって思いまして。」
「あー、あれか。宿まで送ろうか?」
「いえ、今日からホームタウンを変えることにします。しばらくマルバさんと一緒にいることになりますし、そろそろ宿屋の契約期限も切れるところだったので。でも一旦宿に戻って家具とか持ってこなきゃいけないですね。」
「そっか、それじゃ手伝うよ。持ってくの大変でしょ?」
「大丈夫です。ストレージの容量にはけっこう空きがありますし、こんな時間に勧誘する人もいないでしょうから。」
「そう?それじゃ、後でちょっと僕の部屋に来てくれない?明日以降の計画を立てたいから。」
「分かりました。それじゃあまた後で。」

シリカが先に転移門に消え、マルバは手を振って短い別れを告げた。


「なんか変な感じだねえ、僕が誰かとパーティー組むなんて。」
何気なく足元のユキに話しかける。視界の隅に映る二つ目のHPゲージが奇妙なもののように思えた。

……この世界で、マルバはずっと攻略に向けて全力を尽くしてきた。それが彼の全てだったからだ。故に他のプレイヤーとの交流は無意味だと切り捨ててきた。月夜の黒猫団と関わりを持ったのだって攻略に必要だったから仕方なくという理由に過ぎない。
そんなマルバが自分自身の行動に疑問を持つようになったのは先程まで一緒にいた一人の少女の所為に他ならなかった。思えば、ここに来てから初めて興味を持ったプレイヤーは彼女ではなかったか。他のプレイヤーが見る世界を知りたいと願ったのは初めてのことだった。マルバにとっては攻略が全てだったから、攻略を目指さないプレイヤーの世界なんてどうでも良かったのだ。
でも、今は違う。もっと彼女が見る世界を知りたい。可能ならば、彼女のそばで彼女を支えたい。

そして、その願いはシリカと全く同じであった。



転移門を抜けて第三十五層に着いたシリカは、マルバのことを思い返していた。
シリカは初めて話して以来マルバの優しさに惹かれていた。きっと彼は本来あんな性格で、誰にでも好かれるような人なのだろう。だからこそ彼女は思ったのだ。そんな人が何故ソロでいるのだろう。なぜ誰ともパーティーを組まなかったのだろう。――蓋を開けてみれば、それはとても不安定な理由によるものだった。
ゲームを攻略し、英雄の一人として現実に帰りたい……ならまだ理解できる。彼は英雄の一人として生き、そのまま死んでもいいと言ったのだ。シリカはそんなことを言うマルバのことが心配で仕方がなかった。放っておいたらいつか死んでしまうと思ったのだ。
ピナがやられて、自分も死ぬところだったところを助けてくれたマルバ。彼がたくさんのオレンジプレイヤーに囲まれた時、彼女は自らの命を賭してマルバを助けようとした。でも、彼女には力が足りなかったのだ。彼女はその時、生まれて初めて力が欲しいと思った。
彼を守り、そばで支える力が――。 
 

 
後書き
今回と次回でシリカは攻略組レベルまで強くなります。自分で書いておいてなんですが、なんて速さだ……!チートや、チーターや!!

今回は特に裏設定とかはありません。強いて言うなら、シリカはこの日以降三日間は一日2レベルペースで、その後五日間は一日1レベルペースでレベルアップして、八日間で11レベルも上がってしまいます。次回、初ボス戦。フィールドボスですけどね。 

 

第二十一話 隣で生きたい

 
前書き
シリカかわいいっす!! 

 
十四日目。

「いよいよだよ。」
「いよいよ、ですね。」
おそらくこのボス戦で最も緊張しているパーティーはシリカとマルバの二人だろう。二人が今回対峙するのは、第五十五層の第二フィールドボス。事前の徴候戦で分かった情報によれば、攻撃力・敏捷性が低く、防御力・HPが高い、普段だったら最も敬遠されるタイプのフィールドボスである。消耗戦になりがちで、ポーションや回復結晶代を引くとほとんど利益が得られないからだ。よって、今回攻略に参加しているパーティーはマルバとシリカのみの超少人数パーティーを含めなんと三つしかない。もともとフィールドボスは一つのパーティーで撃破することを考えてAIが組まれているためこれでもかなり安全な攻略なのだ。安全だからこそ、マルバはレベルが足りないシリカを連れてくることができた。

「いいかい、僕たちの強みはAGIにある。とにかく回避して回避して回避しまくることだ。攻撃をすればするほど大量の経験値が得られるから攻撃も頑張るんだよ。僕は君が危なくなったらスイッチするように後ろから援護してるから。あと、今回のボスなら、僕たちはLAを狙うことができる。敵のHPが残り少なくなった時、シリカのHPが残ってたら深追いしてLAを狙いにいっても大丈夫だよ。何発かなら喰らっても平気だから。でも無茶はしないでね。」
「分かりました!頑張ります!!」
初めてのボス戦。シリカの緊張は極限まで高まっていた。しかし、同時にシリカは今までマルバに教わってきた技術と最近急上昇した自分のレベルに自信を持っていた。マルバとのレベル差も最初は20以上あったのに今は10を切っている。マルバに追いつける日もそう遠くない。

「総員、戦闘準備……!」
今回のリーダーが号令をかける。それに従い、マルバとシリカは高らかに音を立てて抜刀した。他のメンバーはいかにもかったるそうに武器を抜く。消耗戦なのだから乗り気がしないのだろう。しかし、マルバとシリカは違う。遅いボスの攻撃など受けるつもりは毛頭ない。全て回避してしまえば消耗する回復アイテムなどないのだから、あるのは純粋なリターンのみだ。

「戦闘開始!」
やる気の感じられないリーダーの号令と共に、全員が駆け出した。先頭を一陣の風のように駆けるのはマルバとシリカ。シリカが一瞬でボスの背後に回りこみ、先制攻撃を決めた。それに反応してボスは身体の向きを変えるが、その動きはあまりにも遅い。ボスがシリカの方を向く前に、シリカは短剣と体術の連続攻撃を合わせて4セット決め終えていたし、マルバはチャクラムを二投、体術による連続攻撃を3セット、短剣の追い打ちまでかましていた。先制攻撃の後はマルバはシリカの後ろに着いてチャクラムでシリカのサポートのみに務める。
それはあまりにも一方的な戦いであった。マルバとシリカは両者とも敏捷をかなり重視したビルドで、更に技の出が速い短剣装備の速度型ダメージディーラーである。他のパーティーは皆セオリー通り、タンク役と攻撃役を備えた筋力型のビルドだ。速度型のプレイヤーの基本が回避して攻撃なのに対し、筋力型のプレイヤーの基本は防御してして攻撃である。筋力型はどうしてもダメージを喰らうし、その分回復する時間が必ず必要になるが、速度型は大きなダメージを喰らうまで回復の必要がないのだ。シリカが独りでどんどんダメージを与えていくというのに、他の筋力型のプレイヤーはあまりダメージを与えられない。ダメージを与えられないということは経験値やコルの分配分が少なくなるということで、彼らの気力は目に見えて落ちていった。既に戦闘を放棄したプレイヤーもいる。
……結局、シリカはあっさりと初めてのボス戦でLAを取ることに成功してしまった。


「LAボーナスってすごいんですねぇ。一体敵を倒しただけなのに二つもレベルが上がりましたよ。」
「あはは、本来ならそんなことはないんだけど、今回は与えたダメージのほとんど半分がシリカの攻撃だったからねえ。LAボーナス以前の問題で、もともとあのボスの経験値は半分シリカのものだったんだよ。それに更にLAボーナスが加算されたから、そんなに多くの経験値がもらえたってところかな。」
「なるほど……。って、そういえばわたしが攻撃してる間他の方たちはなにやってたんですか?その言い方だとまるでほとんどわたしがボスを攻撃してたみたいじゃないですか。」
「他のプレイヤーは敏捷性があんまり高くなかったから、割に合わないっていってあんまり乗り気じゃなかったみたいでさ。気合入ってたのシリカだけだったから、他のプレイヤーよりかなりいい活躍してたよ。まあ、なにはともあれ、レベルアップおめでとう。もうすぐ追いつかれちゃいそうだなあ。」
「すぐに追いついてみせます!あ、そうだ。LAボーナスで素材がドロップしてましたよ。」
「どれどれ……?あ、これならシリカの短剣を強化できるんじゃないかな。五段階目は特殊な素材が必要だったでしょ?」
「そうでしたね。どうします?このままリズさんのところまで行きますか?」
「そうしよっか。武器のメンテしてもらわなきゃいけないしね。ボス戦だと意外と耐久値消耗してたりするから。」

リズはいつも通り彼らを歓迎してくれた。ピナもリズにかわいがられることに慣れてきたようだ。





二十二日目。

「クエストボスですか?」
「そう、今回のは手強いと思うよ。今はみんなフロアボスの方につきっきりになってるから受ける人がいないってだけで、いつもだったら二つか三つのギルドが参加するようなクエストのはずだからね。」
情報によれば、今回のクエストボスは敏捷と攻撃が高く、防御とHPが低いタイプのものだ。回避しにくいため、マルバやシリカにとって戦いにくい相手と言える。
「今回は他に誰も受ける人がいないクエストなんだし、シリカがLAを決めるといいよ。ただ、相手の攻撃パターンが読めるまで無茶な攻撃は決してしないこと。そのことを忘れるとそろそろ本気で死ぬかもしれないから、慎重にね。」
「わ、分かりました。気をつけて行きます。」
「そう、絶対死なないようにね。君のレベルもそろそろ攻略組の最底辺あたりに近づいてきてる。僕のサポートも限界があるから、自分の判断で引き際を決めるんだよ。」
「了解です!」

ボス出現地帯までシリカはマルバの手を借りずに全ての敵を倒してみせた。そろそろマルバの出番がなくなりつつある。
ボス部屋の前で二人は一旦ホットジンジャーを飲んで落ち着いた。二人のHPバーの右に《幸運》のバフアイコンが表示される。

シリカはおもむろにマルバに話しかけた。
「あの、マルバさん。」
「ん?なに?」
「わたしのレベルが攻略組としてやっていけるレベルに達したら、このパーティーも解散なんですよね。」
「うーん、そういうことになるかな。僕たちは君の願いを叶えるために一時的にこのパーティーを組んだだけだからね。」
「そう、ですよね……。」
「……でも、名残惜しいかな。」
「え?」
「いや、なんでもない。……君はさ、レベルが上がったらどうするの?やっぱり血盟騎士団とかの大きなギルドに入るつもり?」
「……いえ、あまり考えていません。でもギルドに入るつもりはないかな。」
「あれ、そうなんだ。でもソロは辞めたほうがいいよ。僕も何度か死にそうになったからね。あんな怖い目に合うのはおすすめしないな。」
「そう言うマルバさんはなんでずっとソロなんですか?そんな危ない目に合うんだったら、ギルドに入ればいいのに。」
「……なんでだろうな。前まではずっと独りで攻略を続けることに意味があると思っていたんだけど、最近はなんかどうでもよくなってきちゃったよ。君のおかげかもね。……でもなあ、巨大なギルドに入って上から命令されるばっかりの兵隊になるのは嫌だし、攻略に残ってる小規模ギルドなんてあんまりないからなあ。今更僕が入れるようなところなんて……あ、月夜の黒猫団に入れてもらうって手はあるか。」
「あ、あの!」
「うーん……ん?なに?」
「これから先もわたしと一緒にパーティー組むってのはダメですか?」

思い切って言ったシリカを見て、マルバはきょとんとした顔になる。
「それは……いいの?僕と組んだっていいことないよ?」
「いいんです、わたしはマルバさんと一緒にいたいんです!」
「……君がそれでいいなら、いいけど。シリカ、変わってるね。僕とパーティー組みたいなんていう人いままでいなかったよ。なんで僕なの?」
「……だってマルバさん、ほっといたら消えちゃいそうなんだもん。」

シリカの言い方に思わず笑ってしまいそうになるマルバだが、シリカの表情は至って真剣で冗談を言っているようには到底見えなかった。マルバの口の端に浮かんだ笑みが、膨らみかけのシャボン玉のようにしぼみ、消える。
「……なんで、僕が消えてしまいそうだなんて思うの?」
「マルバさん、前に言ってたじゃないですか。自分が生きた意味が欲しいんだ、って。あの時のマルバさん、なんていうか……すごく儚かったです。ノアザミの綿毛みたいな感じでした。そよ風が吹いたら飛んでっちゃいそうな、かろうじて私の目の前にいるみたいな感じでした。私は怖かったんです。マルバさんが『生きた意味』を見つけて、それで私の目の前から飛んでいっちゃうのが。」
「……そうか、だから君はあの時……」
その先の言葉はマルバが口にする前にシリカに伝わった。
「そうです。……ただでさえソロで攻略を続けるのは危ないのに、そのままずっと死んでもいいなんて気持ちで攻略を続けてたらほんとに死んじゃいますよ。わたしが強くなりたいって思ったのは、マルバさんを守りたかったからです。そばで戦いたかったんです。マルバさんの隣で生きたいって思ったからなんです!」

マルバはこんどこそ笑った。それはとても気持ちよさそうな笑い声だった。
「あはは、あははははは!いや、まさかね。そういうことなら、僕の方こそお願いしたい。……実は、僕も君と一緒に居たかったんだ。ここしばらく君と組んでみて、いままでこんなに楽しいことはなかったよ。僕なんかよりずっと強く生きる君のそばにいれば、僕も強くいられる気がした。……僕は、これからも君の隣で生きてみたい。そういうわけだから、これからもよろしくね、シリカ。」
「……よろしくおねがいします!」

二人はどちらからともなく笑い始め、その嬉しそうな笑い声はダンジョン全体にこだました。
幸運のバフは話し込んでいる間にすっかり解けてしまったが、この戦いは先のフィールドボス戦より楽勝に済んでしまったという。帰り道、マルバは慣れないパーティー戦に期待をふくらませたのであった。 
 

 
後書き
心情表現がでてくる話だとわかりにくくなってすみません。ほんと力足らずですみません。

他の執筆者の方たちと同じように私もあとがきでキャラに喋らせて会話体にするのもいいかな、と最近思い始めました。次回で新オリキャラが二人+α増えるので、試すなら次々回あたりが最初になります。やって欲しい!って方がいらっしゃったら感想で一言言っていただければ積極的にチャレンジしてみます。需要がないようなら一度試すだけにするつもりですが。



裏設定……は今回はありません。無理やりでも書こうかと思ったんですが、思いつきませんでした。次回は頑張ります。……でもだれも裏設定なんかに期待してないですよね。やめようかな。 

 

第二十二話 第五十六層フィールドボス攻略会議

 
前書き
投稿しようとしたらFirefoxの不具合か何かで開いていたタブがひとつ勝手に閉じて後書きを完全に書きなおすはめになってかなり落ち込んでます。 

 
「せえいッ!マルバさん、スイッチ!」
「了解、行くよ!」
シリカは弱点を突いた短剣の連続技の後、敵の盾に拳で強烈な打撃技を打ち込んだ。双方に相当なディレイが課される。マルバは自らの技の反動で吹き飛ばされるシリカの影から走り出ると、チャクラムを握りしめたまま敵の盾を更に連続攻撃した。
二人が対峙している敵は現在の前線である第五十六層のフィールドエネミーの中では最強である亜人型モンスターである。とにかく盾が邪魔でなかなかダメージが通らないのだ。
邪魔なら壊してしまえばいい、というのが最近の二人の戦術だ。
マルバの拳は盾にめり込み、その耐久値を削りきった。そのまま振りぬき、敵に拳を命中させる。一気に吹き飛ぶ敵。
「シリカ!」
「任せてください!行きます!!」
シリカは硬直中のマルバの頭上を飛び越えて短剣を振りかぶった。スカートが大きくはためく。
「はああああああああッ!!!」
怒涛の六連撃体術技、『風刃(フウジン)』。フィニッシュに短剣技へとつなぎ、合計十一連撃を決める。盾を失い、為す術がなくそれを全て受けた敵は断末魔を上げる暇もなく爆散した。

「ふう……。マルバさん、今のどうでした!?」
「ソードスキルの軌道もほとんど完璧に操れるようになってきたね。システム外スキルにも慣れてきたってとこかな。」
「ほんとですか!ありがとうございます!!」
「あー、でもひとつだけ気になる点がある。」
「?……なんですか?」
「スカートの時に人の頭上飛び越えるもんじゃないよ。」
「……見ました?」
「硬直してたからね、見えなかったけどさ。」
「ううう……以後気をつけます……」


二人は第五十六層の圏外村に入った。今日はこの村『パニ』の外れの洞窟で少し手強いフィールドボスの攻略会議があるのだ。シリカにとっては初めての攻略会議である。
街に入ったのに【Innner Area】の表示が出ないのには最初抵抗があったシリカだが、マルバについてまわるうちにそれにも慣れた。

二人は攻略会議が始まるまで時間を潰すことにした。主街区から遠く離れた圏外村とはいえ、いろいろな特産物が売っている。二人はヨーグルトらしきものを買食いし、持参のホットジンジャーを飲み、それでも時間が余ったので日なたでゆっくりする。マルバもシリカも、もはやお互いをただのパーティーメンバーだとは思っていなかった。自らの命を預ける、大切な仲間である。それはシリカにとってのピナ、マルバにとってのユキに似た関係だった。この世界で生きるにあたってなくてはならない存在。近くにいると安心する存在。隣にいて欲しいと思う存在。
芝生に寝転ぶ二人と二匹は、この上なく幸せな時を過ごしていた。しかし、その時もすぐに終わりを迎える。攻略会議開始を告げる笛の音が聞こえてきた。
「そろそろ行くか。始まるみたいだし。」
「そうですね。ちょっと緊張します。」
二人は身を起こし、洞窟へ向かった。ユキはマルバの足元で背景に溶けるように見えなくなる。ピナはそんなユキを横目に見ながら、シリカの肩に飛び乗った。



そして、攻略会議。

一向に進まない攻略会議に苛立ったのか、血盟騎士団副団長のアスナが机を強く叩いた。机の上に載った『ミラージュ・スフィア』の立体映像が一瞬ブレる。
「フィールドボスを、村の中に誘い込みます。そして、ボスが村のNPCを殺している間に、ボスを攻撃、殲滅します!」

その過激な発案にマルバとシリカはとても驚いた。当然のように反論が上がる。最初の反論者は《黒の剣士》、キリトだ。
「ちょっと待ってくれ!NPCは岩や木みたいなオブジェクトとは違う。彼らは……」
「生きている、とでも?」
アスナはあくまでも冷静に、理論的にキリトの反論を切り返した。
「あれは単なるオブジェクトです。たとえ殺されようと、また再湧出(リポップ)するのだから。」

キリトはそれ以上反論できずに黙り込んだ。次なる反論者は……
「待って下さい。いくらリポップするからといって殺してもいい理由にはならないんじゃないですか?」
……新参者、シリカだった。ここに彼女がいるとは思わなかったアスナは目を見張り、シリカの傍らに立つマルバを見やった。彼はシリカと同じような目をしてアスナを見ている。すなわち……彼女の計画が不服なのだ。

「中層プレイヤーがこんなところで何をやっているんですか。」
「わたしは中層プレイヤーじゃありません。攻略会議は今回が初めてですけど。それで、どうなんですか?」
「……リポップするのなら、それはモンスターと同じ。あなたはモンスターが生きているなどと言うつもりはないでしょう?」
「……?何を言っているんですか?モンスターは生きているに決まってるじゃないですか。」

この発言に、あたりは騒然とした。よもやモンスターが生きているなどと言い出すプレイヤーがいるとは思わなかったのだろう。それもそのはず、普通の攻略組にとってみればモンスターは自分たちの経験値とコルの出処以上の意味を持たない。いちいち生きているなどと思ってモンスターに憐憫の情を持つ者などいない……はずだった。

その場のプレイヤーたちが異質なものを見る目でシリカを見た。シリカは予想だにしなかった展開に慌てて、マルバを見やる。マルバはシリカをプレイヤーたちの視線から遠ざけるように立ちはだかった。そんなシリカに対し、アスナは言葉を続ける。
「モンスターが生きている、などという戯言をこの場で聞けることになるとは思いませんでした。なんでそんなことを言い出すのかは分かりませんが、攻略組にそんな甘い考えを持ってモンスターを狩っている者はいません。そんな気持ちで戦いに臨み、本当に攻略ができると思っているのですか!?」

それに答えたのはシリカではなく、マルバだった。
「……アンタは、攻略組の全プレイヤーが本当にモンスターが生きていないと思っていると信じているんだな。」
「当たり前よ。マルバくん、まさかあなたまでモンスターが生きているとか言い出すつもりじゃないでしょうね?」
「当然、そのつもりだよ。」
アスナは安堵の溜息をついた。
「そうよね。さすがにそんなこと言わないよね……」
「何を言っているんだい?僕は、当然モンスターは生きているって言ったんだよ。君たちがその考えをを異質だと思う以上に、僕にとっては君たちの考えが異質……いや、異常だと思うよ。なんであいつらが生きていないと思うのか、僕には理解できない」

アスナは……いや、その場のほとんどのプレイヤーが唖然としてマルバを見た。
「マルバくん……あなたは何を……?」
「僕にとって……いや、僕たちにとってみれば彼らは間違いなく生きているんだよ。僕たち、ビーストテイマーにとってはね。」
マルバはユキを呼んだ。ユキはマルバの足元の空間を歪ませるようにして現れ、ぴょんと跳んでマルバの腕に収まる。
「ビーストテイマーじゃなくても、あいつらが生きているって直感的に思うプレイヤーは他にもいるはずだよ。……僕たちは絶対にアスナの計画には賛成できないね。それでも強行するって言うなら、僕たちは今回の攻略からは抜けさせてもらう。」



その場は騒然となった。アスナは予想外の事態に呆然として指揮官としての役割を果たせる状態にない。
そんな中、一人のプレイヤーが立ち上がった。
「《閃光》さん、俺もアンタの意見には従えないね。俺の使い魔は間違いなく生きている。それならNPCだって生きていて当然だ。だろ?」
大きな盾を担ぐ彼の肩にはキラキラと輝く羽を持った鷹が止まっていた。ビーストテイマーなのだろう。
彼はパーティーのメンバーに向かってわりぃ、俺抜けるわ、と断ってからマルバのそばまでやってきた。マルバは彼に礼を言う。

「俺も、モンスターは生きているって思うな。あいつらが生きてないんだったらいままで死んでいった奴らは一体何に殺されたっていうんだよ。プレイヤーが戦ってるのはあくまでもモンスターなんだ。システムや茅場晶彦じゃない。」
次に立ち上がったのは他でもないテツオだ。月夜の黒猫団の他のメンバーも立ち上がって口々にマルバの言い分に賛成する。

「私もアスナさんには従えない。私が今まで戦ってきた相手は間違いなく生きていた。私の動きを読んで、私に殺されないように必死だった。単なるアルゴリズムだからって生きてないなんて言わせないよ。」
最後に立ち上がったのはフードをかぶった謎のプレイヤーだった。素顔が隠れていて誰なのかは分からない。

「さて、これで九人だ。アスナ、無理に決行するっていうなら九人も攻略人数が減ることになるよ。それでもその計画のまま進めるの?」

アスナは唇をわなわなと震わせてから、音を立てて椅子を引き、そこに座り叫んだ。
「私の意見に反対だと言うのなら、代替案を提示してください!」





結局のところ、いつも通り前衛を立ててヘイト値を管理し、スイッチを繰り返して倒すことになった。

会議が終わり、マルバは先ほど味方に立ってくれたプレイヤーたちに礼を言って回った。そこで二人のプレイヤーがマルバとパーティーを組みたいと申し出てきた。
一人は大きな盾を持つ剣士、ミズキ。もう一人はフードの槍使い、アイリア。
特に断る理由もなく、マルバとシリカはそれを喜んで受け入れることにした。互いに自己紹介を行う。

「俺はミズキ。剣も持ってるけど、俺の一番の武器はこの盾さ。《盾攻撃スキル》っていうエクストラスキルを持ってるもんで、盾で攻撃できんだよ。シルドバッシュっていえばいいんかね。ただ、筋力値はこいつを持てるぎりぎりまでしか上げてないもんだから、攻撃は期待しないでくれや。その分防御は任せといてくれよ。」
ミズキの肩の鷹が高い声で鳴き、一度羽ばたいてみせた。その羽はキラキラと光を放っていて、羽ばたくと同時にその光がわずかにこぼれ、あたりに飛び散る。
「おう、そうだ。こいつが俺の使い魔、フウカだ。デバフの付加と回復ならこいつに任せといてくれよ。毒、麻痺毒、盲目、なんでもござれさ。」

ミズキとフウカの自己紹介が終わると、アイリアがフードの下から小さな声で自己紹介を始めた。マルバはその声に違和感を覚えた。どこかで聞いたことのある声だが……?
「私はアイリア。武器は片手用の短槍で、盾も持ってるから一応前衛もできるよ。この槍は小さくて取り回しがいいタイプだから、棍としても使えるんだ。使い魔はいません。よろしくね。」
フードの下からの自己紹介は親しみやすそうな人柄が伺える口調だったため、マルバたちはなぜ彼女がそんなフードをかぶっているのか余計に分からなくなった。

「あのさ、なんでそんなフードかぶってるの……?それに、僕は君の声を聞いたことがある気がするんだけど、どっかで会ったことあったっけ?」
マルバの問いに、アイリアは肩をびくっと震わせて、しばらく沈黙した。そして、その手がフードに添えられた。
「私がこれをかぶってる理由は……マルバと会う決心がつかなかったから、かな。でも、やっと決心がついたよ。今度こそ私はちゃんと謝らなきゃいけないんだから。」

「謝る……?僕に?」
マルバの脳内は疑問でいっぱいになった。なにかがおかしい。彼女の素顔は見るべきではない気がする。しかし、なにがこうもマルバを不安にさせるのだろう……?それに、謝らなきゃいけないことってなんなんだ……?

「そう、あなたがこのアインクラッドに閉じ込められたのは私のせい。私は今度こそあなたに謝らなきゃいけないの。ごめんね……」

フードが取られ、黒髪が宙に舞う。その顔を見て、マルバは絶句した。
「ごめんね、……お兄ちゃん」
「あお……い……?」

マルバとアイリアの視線が交錯する。
マルバがかつてシリカに言った言葉が脳内に蘇った。

――――もし彼女がまた自分のせいだって思ってるんだったら、今度こそ真正面からその目を見て、違うよって言わなきゃいけないんだ――――

今度こそ真正面からその目を見て、
違うよって、
言わなきゃ……
いけない……のに……!

気づいたら、マルバは敏捷補正に物を言わせて全力で駆け出していた。その瞳から、再び逃げるために。 
 

 
後書き
はい、ついに葵さん出てきました。いつか出てくると思っていた方はいると思いますが。
最初から読みなおしてみたら、自分の文章の読みにくさに唖然としました。最近はけっこうマシになってきている気がしますが、今までこんな駄文に付き合ってくださってありがとうございます。文章の読みにくさは直すのがむずかしいですが、改行のしかた等でこうした方が読みやすい、とかありましたらぜひアドバイスください。


ミズキの使い魔のミズキについての裏設定と表設定です。
種族名Airy Hawk(エアリィホーク)といいます。直線移動はそれなりに高速ですが、小回りが利かないためピナより移動力は劣ります。
キュアウィンドというデバフ回復スキルを持っていて、これがけっこう強力です。敵にデバフを付加するスキルも多くあります。
ユキたちSnow Hareは索敵スキルを持つプレイヤーが増えたおかげで雪原地帯で散見されるようになり、すでにそれほどレアモンスターとは言えませんが、Airy Hawkは飛行型モンスター故にエンカウントすること自体が少なくけっこうなレアモンスターです。


……裏設定も増えてきました。基本的に裏設定は書いている時に思いついた本編に関係がない設定のことで、本編にでてこないため矛盾はないはずなのですが、どこか矛盾があったら教えて下さい。

予告通り、次回は後書きを会話体にしてみます。 

 

第二十三話 葵

 
前書き
アイリア、痛い目に遭うの回。 

 
「マルバ!」
ミズキは、立ち尽くすアイリアを一瞥したあとマルバの後を追って駆け出した。
シリカもその後を追おうと考えたが、結局その場を動かなかった。今はアイリアと話をするべきだと考えなおしたのだ。

「あの、アイリアさん。」
「あぁ……。私は……、また……!」
「アイリアさん!!」

シリカの叫びにようやく我を取り戻したアイリアは急いでマルバの後を追おうとするが、シリカに進路を阻まれた。
「シリカさん、どいて!」
「どきません!今アイリアさんがマルバさんを追いかけたって逆効果ですよ、落ち着いてください!」

シリカとアイリアは洞窟の入口で押し問答になった。
「アイリアさん、マルバさんがこの世界に来たのはマルバさんがそう望んだからです。アイリアさんのせいじゃないですよ!」
「ううん、違うの!私があの時に限ってお兄ちゃんにわがまま言わなければあんなことにはならなかったの!私のせいなの!!」
「事故のことだってアイリアさんの……葵さんのせいじゃないです!マルバさんだって言ったはずです、事故だったんですよ!?誰かのせいで起きたことじゃないんです!」

名前を呼ばれて、アイリアは一瞬動きを止めた。
「お兄ちゃんから聞いたんだね……。でも、確かに私があの時あんなことを言わなければお兄ちゃんは事故には遭わなかったんだ。私だって客観的にみれば私のせいじゃないことくらい分かるよ、それでも私があんなことを言ったからお兄ちゃんは事故に遭ってしまった!私はお兄ちゃんが許してくれるまで謝り続けなきゃいけないの!」
「落ち着いてください、マルバさんは葵さんを恨んでなんかいませんよ!恨んでいないんだから許すもなにもないだけです、マルバさんが葵さんを許さないわけがないじゃないですか!」
「なんでそんなこと言えるの!?事故を見たわけでも、私がなにをしてしまったのかも知らないのに、お兄ちゃんに会ったこともないシリカさんがなんでそんなことを!!言えるはずがないのに!!」

アイリアは思いっきりシリカを睨みつけた。シリカはその視線を跳ね返そうとするかのように叫び返す。
「マルバさんを見てれば誰だって分かりますよそんなの!!」
「そんなわけないでしょう!?」
「分かるものは分かります!!マルバさんは……現実世界で葵さんが自分のせいだっていって自分を責めるのを止められなくて、後悔していたんですよ?許さないわけがないじゃないですか!!」
「そんなはずない!お兄ちゃんはいくら私が謝っても、私の方を見ようともしなかった!!それまでずっと仲がよかったはずなのに、あの時以来ずっと私を避けていた!!私のことを許していない証拠じゃない!!」
「それは……恨んでもいない葵さんが謝るのを聞きたくなかったからに決まってるじゃないですか!!」

シリカの叫びが誰もいなくなった洞窟にこだました。アイリアは叫ぶべき言葉を失い、叫ぼうと開いた口からはなんの言葉も出てこない。
しばらくして、彼女は絶望したように言葉を紡いだ。
「それなら……私はお兄ちゃんに謝るべきじゃなかったっていうの?……私はずっとお兄ちゃんが嫌がることをしていたっていうの?……お兄ちゃんを不幸にしてしまってから、私はずっとお兄ちゃんのために尽くしてきたつもりだったのに……私がしていたことは意味がなかっただけじゃなく、お兄ちゃんを更に追い詰めていたって言うの……?そんなの……あんまりだよ……私は……そんなつもりじゃ……」

アイリアはふらりと立ち上がった。
「謝らなきゃ……お兄ちゃんに……。……あ、でも、それは……またお兄ちゃんを傷つけるだけ、なのか……。……私がお兄ちゃんにできることなんて、謝ることくらいしかないのに……!」

なにもしないうちに、アイリアは地面に再び膝をついてしまった。その唇からは独り言のように言葉の群れがこぼれ落ちる。
「私は……どうすればいいの……?謝ることもできず、許されることのない私は、お兄ちゃんになにができるっていうの……?」

その問いに答えたのはシリカだった。
「……葵さんがここにいられるのはマルバさんのおかげなんでしょう?それなら、することなんてひとつだけです。迷うことなんてないです。……ただ、助けてくれてありがとう、って言えばいいじゃないですか。」
「…………いまさらそんなことを言ったところで、どうしようもないじゃない。私はずっとお兄ちゃんを傷つけ続けていたっていうのに。……私が生きている限りお兄ちゃんが傷つくっていうんなら、いっそあの時助からなければ……!」

風を切る音と共に、シリカの平手がアイリアの頬を捉えた。アイリアは横っ飛びに吹き飛ばされ、HPが一割弱も減少する。シリカのカーソルが一瞬で橙色に染まった。
「そんなこと言わせません!!マルバさんはなんで事故の時葵さんをかばったと思ってるんですか!!葵さんを助けたかったからでしょう!?助けられた葵さんが助けられなかった方がよかったなんて言ったら、マルバさんがしたことは何だったんですか!?マルバさんは自分の命を懸けて一体何を守ったって言うんですか!?マルバさんがやったことは無意味だったって言いたいんですかッ!!」
「……ッ!私は……ッ!!」
「葵さんを助けなければマルバさんは確かに事故で半身不随になんてならずに済んだかもしれません。でも、マルバさんは例え結果的に半身不随にってしまったとしても、嬉しかったはずなんです!!葵さんを助けられて、嬉しかったに違いないんです!!その嬉しさを台無しにしないであげて!!!」
「私はッ……そんなつもりじゃ……!!」
「そんなつもりじゃなかった!?ふざけないでください!!葵さんが謝ることがあるのなら、それはマルバさんが必死で助けた命を粗末にしたことだけ!!謝るなら、蔑ろにした自分自身に謝れえッ!!!マルバさんが助けた葵さんに失礼だあッ!!!!」

シリカは叫びながらアイリアを平手で何度も打つ。その度にアイリアのHPががくんがくんと減り、ついにそのゲージが黄色く染まった。最後に一撃、と振り上げた右手は……しかし、振り下ろされることはなかった。

アイリアはシリカの腕を掴んで、震える声で謝った。
「ごめん、なさい……!」
「……それは、何に対する謝罪ですか?」
「……ずっと傷つけていたお兄ちゃんに。私のために怒ってくれたシリカさんに。……助からなければよかったなんて言った自分自身に。本当に、ごめんなさい……!!」

シリカは振り上げた手をゆっくりと下ろし、その腕を掴んでいた手を振りほどくと両手で包み込んだ。
「……圏外だっていうのに本気で殴っちゃって、ごめんなさい。怖かったですよね。でも、こうでもしないとあたしの気が収まらなかったんです。」
「……ううん。シリカさんは私のために怒ってくれたんだから。オレンジカーソルにさせちゃってごめんね。」

アイリアは今度こそしっかりと立ち上がった。その目には後悔が見て取れるが、迷いはない。
「私、お兄ちゃんに謝ってくる。今度こそ謝ることを間違えないよ。」
「そうですね、それがいいと思います。……頑張ってください!」
「うん!」

アイリアは洞窟を駆け出していった。シリカはそれを見送ると、先に宿屋に向かうことにした。オレンジカーソルとなってしまったシリカは町中だというのにハイディングを駆使しなければならなかった。





「マルバ!」
「……ミズキ、か。僕を追って来たの?」
マルバは丘の上に座り込んでいた。ミズキはマルバの横に腰掛ける。飛んできたフウカはミズキの肩の上の定位置に止まった。フウカの羽からこぼれた光に、マルバはまぶしそうに目を細める。
「当たり前だろ、いきなり走ってくなんてどうしたんだよ。それにあいつ、お前のことお兄ちゃんって呼んだよな?どういうことだ?」
「……ちょっと聞いてくれないかな。僕もちょっとどうしたらいいか分からなくなっちゃってさ。」

マルバはぽつりぽつりと話し始めた。事故のこと、後遺症のこと、葵のこと、逃げ出したこと。

「絶対今度こそ葵のせいじゃないって言おうって思ってたのにな。あいつの目を見たら怖くなっちゃってさ。あいつがもし『私のせいでお兄ちゃんが事故に遭った』とか『こんなことなら助からなければよかった』なんて言い出したら、僕は一体どうすればいいのか分からないから。」
「……ふふ、なるほどな。いやー、若いっていいねえ!!」
「……なにその感想。ミズキだって僕と年ほとんど違わないでしょ。それにそういう問題じゃないし」
「いや、俺にとってはそんな悩みただの青春の一ページにすぎないさ。そんなもん、いちいち気にしてどうするんだよ。それじゃあれか、お前は妹が『助からなければよかった』って言ったら妹を助けたことを後悔するのか?」
「いや、そんなことはないけどさ。」
「だろ?じゃあそんなことはどうでもいいじゃねえか。それにもしあいつが『私のせいでお兄ちゃんが事故に遭った』とか『こんなことなら助からなければよかった』なんて言い出したら、その時は兄としてガツンと言ってやれ。俺が助けた命を粗末にするんじゃねえ、ってな。」
「……うん、そうだね。ありがとう、やっと勇気が出た。」
「へっ、そりゃあ良かった。それじゃ、行ってこい。俺は一足先に宿屋で待ってるからよ。」
「ああ、行ってくる!」
「おう、後でな!」






宿屋でシリカに会ったミズキは彼女のカーソルがオレンジなのに少し驚いたが、シリカが何も言わないうちに何があったのかを悟ったようだ。「お前、弱虫のマルバなんかよりよっぽど強いな。」とはミズキの談である。
二人は並んで腰掛け、ひたすら二人の帰りを待った。
三十分ほど待っただろうか。宿屋のドアが開くと、そこには楽しそうに話すマルバとアイリアがいた。そんな二人をシリカとミズキは拍手で出迎える。アイリアは再び自己紹介をし、正式にパーティーを組んだ。全員の視界の端に四本のHPバーが並ぶ。
四人はこれからの戦いを祈って乾杯した。もちろん、カップの中身はホットジンジャーである。
「これからの互いの健闘を祈って……、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」


【Party Admitted!】
――Malva―― Lv.71
――Silica―― Lv.70
――Mizki―― Lv.75
――Iria―― Lv.68 
 

 
後書き
ふう、やっとこの回を更新し終わりました。いやー、ついに葵とマルバが仲直りして、私もほっとしましたよ。

アイリア「……私達が仲直りするシーンをそっくり飛ばしておいてよく言うよね。」
ミズキ「俺も二人が何話したかきちっと書いて欲しかったぜ。気になるじゃねぇか。」
アイリア「あ、やっぱ恥ずかしいから書かなくていい!」
マルバ「そうだよ、僕はアイリアのためを思って書かなかったんだからそこのところ勘違いしないでほしいな。別に書けなかったわけじゃないんだよ。」

そうそう、マルバの言うとおり。って……え?

シリカ「え?これマルバさんが書いてるんですか!?」
マルバ「正確には違うけどね、作者名『マルバ』になってるでしょ?」
シリカ「気づかなかった……。」
マルバ「僕は作者の性格とかが投影されてできたキャラだからね、作者の分身みたいなものかな。後書きで作者の味方をしてくれる人も必要だしね?」
シリカ「それじゃ言わせて頂きますが、わたし今回すごく損な役回りだと思うんですけど、なんでこんなことになっちゃったんですか?怒ったら人を殴るとか怖すぎるんですけど。」
マルバ「それは……ええと、そこんとこどうなの?」

いやー、シリカって怒ったら怖いってイメージがあったものだから、つい、ね。勢いで書いちゃったわけです。

シリカ「勢いでそんなキャラ付けしなくていいですー!!」
がすっ (←作者、シリカの『閃打』を喰らう)

痛い!私にはペインアブソーバ効かないんだから手加減してほしいな。
それじゃ次回予告。次回、四人の絆が深まります。四人の暫定パーティーは思ったより居心地がよく、探索もはかどります。そんな時、アイリアがした提案は?乞うご期待!

……会話体、やっぱりうまくいかなかったorz 

 

第二十四話 結成!《リトル・エネミーズ》!!

 
前書き
そろそろ章の数も増えてきて入力がめんどくさくなってきました。 

 
二十四 結成!《リトル・エネミーズ》!!

「ミズキ!」
「おうよ!」
マルバがフィールドボスに最大限の連続攻撃を叩き込んだ。マルバは当然のように長い硬直時間を課されるが、それに対してボスにはディレイが効きにくい。結果としてヘイト値を上昇させることになったマルバは攻撃の的になるが、マルバにボスの攻撃が届く前にミズキが盾を構えて割り込み、その攻撃に対し斜めに大盾をぶつけ剣先を逸らし、そのままシルドバッシュを繰り出した。
ミズキはかなり特殊なビルドである。敏捷型のタンクなんて彼の他にはいないだろう。彼には大盾の筋力要求値ぎりぎりの筋力しかなく、どちらかと言えば敏捷性に振ったポイントの方が多い。故に、彼は回避と防御を両立させた珍しい戦い方をする。敵の攻撃が少ない時には回避や受け流しの後に隙を付いてシルドバッシュで攻撃も担当し、攻撃が多い時には大盾に身を隠すことでひたすらに防御に専念することができる。攻撃頻度に応じて回避と防御を切り替える、攻防一体の戦闘スタイル。それがミズキの強さの所以である。

「アイリアさん、スイッチいきます!」
「まかせて!!」
ミズキの盾から飛び出したシリカが短剣の連続技を決めた。その姿が一瞬硬直し、無防備になる。その瞬間を逃さず攻撃しようとするボスだが、繰り出した攻撃はシリカに届くはるか手前でアイリアの槍が弾き返した。
アイリアの攻撃手段は片手用の槍による刺突・斬撃、槍の柄での破壊攻撃と非常にバリエーションが多彩である。それは防御も同じで、槍でのパリィも小盾による受け流し・防御も可能なのだ。更に、受けたダメージはバトルヒーリングスキルによって何もしなくても少しづつ回復する。継戦闘力特化のスタイルと言える。悪く言えば器用貧乏なのだが、彼女は大量にあるスキルの中から使うスキルを少数に限定することで迷うことなく状況に合った攻撃と防御を行なっていた。右手で振り回す槍は攻防一体で、左手の盾の出番は滅多にないといっていい。

回避・攻撃速度特化のシリカ、射程・攻撃手段特化のマルバ、防御・カウンター特化のミズキ、継戦闘力特化のアイリア。それぞれの戦闘スタイルはかなり癖が濃いにも関わらず、連携は非常に良かった。それぞれが十分な攻撃手段と防御・回避手段を持っていて、ソロで十分にやっていける能力を持っているからこそ、援護が必要な時に仲間に助けを求められるし、求められた助けに応じることができるのだ。仲間を信用して戦えるのはとても安心感があり、命を懸けた戦いだというのに楽しささえあった。




フィールドボス戦の後、思ったより疲労がなかったマルバたちはそのまま迷宮区の探索を行うことにした。沢山の隠し扉を発見し、多額のコルといくつかのレアアイテムを入手、意気揚々と迷宮区を後にした彼らはいつの間にか夕方になっていたことに気づいて驚いた。
「いやー、今日は働いた働いた。大漁だぜ。一日でこんなに稼げたのは初めてだな。」
「うん、そうだね。ボス戦の暫定パーティーだったはずなのに随分楽に戦えたなぁ。」
「ぜんぜんオーソドックスなビルドじゃないけどよ、案外俺たちって相性いいんじゃねぇか?」
「あ、それは私もそう思ったよ。手伝って欲しい時に一言声をかけるだけですぐに誰かが助けに来てくれるし、すごく楽だった。」
「いつもだったらポーションがないと回復が間に合わないんですけど、今日はピナのヒールブレスだけで十分でした。アイテム代ゼロですよ!」
「ボス戦やった直後だったのにみんなぜんぜん疲れてないんだもんね。せっかくだからこのまましばらくパーティー組みたいなぁ。」

マルバの発言に全員が賛同する。そして、アイリアがこんな提案をしてきた。
「じゃあさ、お兄ちゃ……じゃなかった、マルバくん。私はいままでソロだったし、マルバくんとシリカちゃんは二人でパーティー組んでるだけでギルドに入ってたわけじゃないんでしょ?それなら、この四人でギルド組んじゃったらどうかな。」
「おお、それはいいな!!俺も野良パーティーで狩りしてただけだからギルドには入ってねぇんだよ。ギルド作るっていうんなら喜んで入らせてもらうぜ。」
「ギルドかぁ……。僕はいままでギルドに入ってたわけじゃないからなんか変な感じだなあ。シリカ、どうする?」
「……わたしは……。マルバさんが入るっていうなら入ります。」
「そう?……うーん、ごめん、少し考えさせてくれないかな。明日までに答えを出しておくから。それでいい?」
「ああ、ぜんぜん構わないぜ。な?」
「うん、急に言われても困るよね。それじゃまた明日聞くね。」

四人は圏外村パニにたどり着いた。シリカは信用回復クエストを受ける暇がなかったため、今はまだオレンジカーソルであるが、ここは圏外なのでオレンジプレイヤーも問題なく立ち入れる。シリカは明日信用回復クエストを受けるつもりでいた。
四人は二人と二人に分かれ、シリカとマルバは少し話をするために丘へ、アイリアとミズキは先に宿へと戻っていった。


丘の頂上にふたり腰掛けると、マルバは話を切り出した。
「シリカ、どうしたの?元気ないね。」
「……そうですか?わたしはそんなつもりないんですけど。」
「そう?なんか無理してる顔だよ。」
「……やっぱりわかりますか?マルバさん、鋭いですね。」

シリカはため息をひとつつくと、ゆっくりと話し始めた。
「わたし、ギルドに入る気はないって前に言いましたよね。それはマルバさんに付いて行きたいからだって。」
「うん、言ってたね。あ、それでミズキたちと一緒にギルドには入りたくないっていうこと?」
「いいえ、違います。一緒にパーティー組んでみて分かりましたけど、ミズキさんとアイリアさんと一緒にいるととても戦いやすかったし、安心できました。だから、ミズキさんたちとギルドを作るのは反対じゃないです。」
「うーん、それじゃなんで?何を心配してるの?」
「……わたしにもよく分からないんです。ミズキさんたちと一緒に戦うのは楽しかった。でも、それはマルバさんと二人でパーティーを組んでいたときも一緒です。私がマルバさんと肩を並べて戦えるようになってから、二人で迷宮に挑むのは怖かったけど、とても楽しかったです。……ミズキさんたちと一緒に戦ってたらマルバさんとの一緒の楽しかった時間が逃げて行っちゃう気がするんです。うまく言葉にはできないんですけど、そんな感じなんです。」
「そっか。……確かにミズキやアイリアたちと一緒に戦えばシリカと一緒の時間は減っちゃうもんね。」
「そうです。……わたしはマルバさんと一緒にいたいんです。」
「……でも、ギルドを組んでもきっと僕たち二人の時間は変わらないよ。今までどおり、シリカと一緒に武器屋に行って一緒に武器を選んだり、武器の素材集めの手伝いをしたり、ピナやユキと遊んだり、そんな時間は絶対に変わらない。僕はそう思うよ。」
「そう……ですね。そうですよね。二人が四人になるからって全てが変わるわけじゃないですもんね。」
「うん、そうだと思うよ。……僕はシリカについていきたい。君がギルドに入りたくないっていうんなら、明日一緒に断りに行こう。一晩考えればいいよ。僕だって……シリカと一緒にいたいんだ。今までどおり君と一緒に居られないっていうんならギルドには入りたくない。」

マルバは恥ずかしそうに最後の台詞を付け足すと、立ち上がった。
「後でユキと一緒に君の部屋に遊びに行くよ。また後でね。」

足早に去っていくマルバの後ろ姿を見ながら、シリカは心の中のもやもやが晴れていくのを感じた。マルバとシリカの関係は変わらない。マルバがそういうならその通りなのだろう。シリカはギルドについて前向きに考え始めた。



翌朝。
「おはようございます!!」
「おっ、おはよう。」
「おはよっ、シリカちゃん。」

シリカはマルバがその場にいないことに気づき、不思議そうに尋ねた。
「あれ……、マルバさんは?」
「あー、あいつはほら、あそこ。」

シリカがミズキの指し示す方向を見ると、そこではオルガンを演奏しながら歌うマルバの姿があった。
一曲演奏し終わると、マルバはシリカたちのテーブルにやってきた。
「おお、上手いじゃねぇか。」
「ありがと。」
「マルバくん、音楽スキルなんて上げてたんだね。ピアノの練習は投げ出したくせに」
「あー、悪かったね。音楽スキル使わなくても演奏できるし、アイリアも弾けばいいじゃん。」
「やだよ、恥ずかしい。」

音楽スキルとは、アインクラッドに存在する様々な楽器をリズムゲームの要領で演奏するスキルである。スキルレベルが上がると難しい曲が弾けるようになる。マルバはここに来る前はリズムゲームをやったことはなかったのだが、初めてやってみたら意外と楽しかったため本気でやることになったというわけだ。
録音機能が備わっていて、うまく演奏できたもののリプレイをしながら歌う、なんていう楽しみ方もあり、どちらかと言えばマルバはそうやって楽しんでいる。現実世界でのピアノの練習はどうしてもうまくいかなくて放り出したマルバだが、この世界では音楽スキルのおかげでオルガンだろうとフルートだろうとヴァイオリンであろうと楽しく演奏できる。うまくいけばマルバと違って幼い頃からずっとピアノの練習を続けていたアイリアと張り合えるくらいの演奏ができる点も音楽スキルのおもしろいところである。

「それで、シリカ。どうすることにしたの?」
「はい。わたし、決めました。ギルドに入りたいと思います。」
「……そっか。それなら決まりだ。」

マルバはアイリアとミズキに向き直ると、声を張り上げた。
「えー、ここにギルドの設立を宣言します!」

三人の拍手が宿屋の一階にこだました。



マルバは初めて見るギルド申請フォームを見ながらギルド作成に必要なことを確認した。
「さて、それじゃギルドを作成するにあたって……ええと……正副ギルドマスター?ってやつと、ギルド名を決める必要がある……みたいだね。ギルド結成に必要な再少人数は揃ってるし、あとは全員の承認だけ。それじゃ、まずはギルドマスターから。だれが適任だと思う?」

マルバの質問に真っ先に答えたのはミズキ。
「俺はマルバが一番だと思うぜ。」
「え……僕?なんで?」
「んなもんなんとなくに決まってんだろ。」
「えぇ~……。ええと、それじゃ、他のみんなは?」

「私もマルバくんに一票。」
「わたしもです。」
アイリアとシリカもそれに続いた。
「……だからなんで僕なの。」
「だってマルバさんしかいませんよ。ねぇ?」
「そうだよ、マルバくんしかいないよ。」
「……答えになってない気がするのは僕だけかなぁ……はぁ……まぁ、いいや。ギルドマスターだからって特に何か責任とかがあったりするわけじゃないし。それじゃ僕がギルドマスターね。」

マルバはギルド申請フォームのギルドマスターの欄に自分のIDを指定した。ついでに副ギルドマスターは勝手にシリカを指定しておいた。ギルドマスター権限というやつだ。正副ギルドマスターは後からでも変更可能なのだから適当に決めても構わないだろう。


「次、ギルド名。これは一応変更不可だから真剣に決めないと……。」
「え、変えられないの?」
「いや、変えられないことはないんだけど、変更手数料がけっこう高いんだよ。なんと1万コル。」
「うわ、ぼったくりですね。」
「そういうわけだからよく話し合って決めよう。まあこの人数なら一旦解散してもう一度組み直せば無料で名前変えられるんだけどね。」

議論すること数十分。マルバとアイリアは兄妹そろってネーミングセンスがないため、出した案は片っ端から否決されていった。ミズキもシリカもこれといったいい名前を出せずにいる。
そんな中、ついにアイリアがまともそうな案を出した。
「うーん……それじゃ、こんなのはどう?《リトル・エネミーズ》!」
「リトルエネミーズ……小さな敵?」
「ほら、私たちみんなビーストテイマーでしょ?」
「でも、アイリアさんは違うじゃないですか。」
「あー、それね。ギルド結成し終わったら紹介しようと思ってたんだけど……ほら、クロ。おいで。」

アイリアが呼びかけると、宿屋の隅から小さな黒猫が姿を現した。その首には銀色に輝く鈴が付けられていて、猫が駆けるのに従い、ちりん、と澄んだ音をたてる。黒猫はマルバの椅子を足台にして机に駆け上がると、テーブルの上で丸くなっていたユキの横に座った。ユキが身を起こし、不思議そうな目で新参者を見た。
「紹介するね。昨日の夜散歩していたら見つけた私の新しい友だち、クロです。」

見たことがないモンスターだった。その姿はともかく、鈴が付けられたモンスターなんて聞いたことがない。
クロはユキやピナ、フウカを含めたその場全員の視線を一身に浴び、居心地が悪そうに身繕いをした。
「種族名は“Black Kitten”。意味はそのまんま黒猫だね。とにかく見たことがないモンスターだからびっくりしたよ。鈴がついてるし、この子、元・家猫って感じがしない?圏外村にしか出現しない非アクティブモンスターなんじゃないかな?」
「なんだかよく分からんけど、良かったな!まさか全員ビーストテイマーのギルドができるなんて思わなかったぜ。」
「そうだね。おめでとう、アイリア。」
「おめでとうございます!」

みんなに祝福されてアイリアは嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとう、みんな!」



結局、ギルド名は《リトル・エネミーズ》に決まった。 
 

 
後書き
はい、祝・ギルド結成!
さあ、出てきた新キャラ・クロ。実はこのクロですが、詳細がまだ決まっていません。『鈴』が重要なので、鈴を使ったヘイト値管理とかそういうモンスター専用スキルを考える予定ですが。決まったらまた後書きにでも書きます。

さて、つぶやきにも書きましたが、今日はじめてGGO編を読みました。いやー、表紙めくったところのシノンさん、かわいい。たくさんの方が彼女をヒロインに書いているのも頷けますね。
ところで、このシノンさんですが、“強さ”を手に入れようとします。その理由は、『大切な人を守るために罪を犯した』ことに起因しています。これはキリトも同じらしい……ラフコフ戦を読んでない私は詳細が分からないのですが。
とまあそういう話なのですが、なんとこの小説ではストックしてある第二十六話(仮)にてシリカ・マルバの両人がその“強さ”を手に入れてしまうんです。一気に精神的に強くし過ぎだろ!とか言われそうですが、実はそんなの強さでもなんでもなく、ただの“慣れ”なんですよね。
おそらく第二十六話(仮)は一週間たたないうちに公開するので、詳細はそれまでお待ちください。ちなみになぜ(仮)なのかというと、第二十五話に信用回復クエストの回を挿入しようか悩んでいるところだからです。


感想等、お待ちしています。 

 

第二十五話 ブラッディスクウェア

 
前書き
テストがあったのでかなり久しぶりの更新になります。
忘れられていそうで怖い…… 

 
「うーん、このへんも物騒だねえ……」
マルバは二週間貸切という長期契約でギルドホーム代わりに借りた貸家に自分で持ち込んだお気に入りのソファにくつろぎながら新聞を読んでいた。
ここは最前線より二層下の層の主街区の小川のほとり。なかなかいい家が見つかったので《リトル・エネミーズ》はしばらくここを拠点として活動している。

「なにか気になる記事がありましたか?」
「ほら、ここ。」
マルバは横から覗きこんできたシリカに新聞を手渡した。所有権情報が書き換わり、マルバはその羊皮紙に書かれている情報が読み取れなくなる。代わりにシリカがそれを読み上げた。
「新たに確認されたレッドギルド、《ブラッディスクウェア》、ですか?……って、最近探索してるサブダンジョンですよね、ここ。」
「そうなんだよ。レッドギルドがいた場所で探索するのは危険だし、この前あらかた探索し終わっちゃったからまた前線の迷宮区に戻ることにしない?」
「そうですね。まだマッピング済んでないところがありますし、今度の攻略会議までにできるだけ踏破しておきませんか?」

《リトル・エネミーズ》の行き先は正副ギルドマスターであるマルバとシリカの話し合いによって決まる。マルバもシリカも全員で話し合った方がいいと主張したのだが、アイリアとミズキがマルバとシリカの二人に決めて欲しいと言ったのだ。ミズキ曰く、「俺はそんな細々したこと考えると気が狂いそうになる」とのこと。また、アイリア曰く、「誰かに付いてったほうが気楽でいい」らしい。なんとも適当なギルドである。
おかげでシリカとマルバが危惧した『二人だけの時間が少なくなる』ことはほとんどなかった。むしろ、『ギルド全体の目標を決める責任』が二人の絆をより堅固なものとしたと言ってもいいだろう。ギルドの生存の一端は間違いなくシリカとマルバの二人にある。それは怖くもあったが仲間に信頼されている証拠でもあるため、シリカもマルバもそう嫌な気持ちにはならなかった。
更に言えば、ギルドはシステム上はひとつのパーティーであるが、戦術的にみれば二つの小さなパーティーが束ねられたようなものであった。アイリアとミズキが敵のタゲを取り、シリカとマルバが遊撃する。二人ずつの連携が特に重要となり、シリカとマルバは戦いにおいても絆を深めることになった。

シリカとマルバの仲が深まるにつれ、アイリアとミズキの仲も深まっていった。もともと盾使いと長物使いは戦術的に相性がいい。二人の戦闘での声の掛け合いは戦闘を重ねるにつれてどんどん簡略化され、たった一声かけるだけでほとんどの意思疎通が可能な状態にまでになっていた。
戦闘以外の面でも、どこまでもテキトーなアイリアとミズキは相性が良かった。シリカとマルバが額をつき合わせて戦術や行き先を決めている間も、二人はマルバの作ったおやつをつまみながらだらだらとくっちゃべっているのだから、二人の仲が良くなるのは当然ではあった。

そして使い魔の方はというと、こちらも何故かピナとユキが特に仲が良く、フウカとクロも一緒にいることが多かった。主人たちの仲が影響しているのかは定かではないが。飛行型同士、地上型同士が仲良くするのではないかというマルバたちの予想は見事に裏切られることになった。
ピナは素早く飛ぶフウカに憧れ、逆にフウカは遅くても自由自在に飛べるピナを羨んだ。ユキは身のこなしが優雅で足場があればどこにでも行けるクロを尊敬したし、クロは自分もユキのように速く走れるようになりたがった。彼らは互いを認め、尊敬し合ったからこそ一定の距離をおいてしまったのかもしれない。その代わりに自分とは全く違う移動手段を持つ使い魔同士が仲良くするようになったのだろう。――まあ、これはマルバの勝手な推測に過ぎないのだが。


結局、マルバとシリカの二人だけの会議で、《リトル・エネミーズ》の次の行き先は最前線の迷宮と決まった。これから先の冒険はしばらくマッピングが主体となるということも同時に決定した。




……そして、マルバとシリカはすぐにその決定を後悔することになる。


「ヒャーーーーーッハーーーーーッ!!!」
軽装備の四人組が奇妙な叫び声を上げ、襲い掛かってきた。その攻撃を必死に避けながら逃げる《リトル・エネミーズ》。
まさか最前線の迷宮区でレッドギルドが活動しているとはだれも思わなかった。彼らはMPKにひっかかり、なんとか敵の群れを倒しきったところに現れたレッドギルドの急襲を受けたのだ。

レッドギルド――《ブラッディスクウェア》。
主に投剣でプレイヤーに状態異常を付与することによって消耗戦に持ち込む戦闘を得意とする。メンバーのレベルは低いものの、攻略組すら屠り続ける恐るべきレッドギルドである。

先頭を走るのはシリカ、その斜め後ろにマルバ。時間あたりの攻撃力が最大である彼女らが眼前にポップした敵を一瞬で倒し、退路を確保し続ける。
その後ろを走るのがアイリア。頭上で槍を振り回し、頭上を狙った投剣攻撃がシリカとマルバに当たるのを防いでいる。しんがりはミズキ。背負った盾が攻撃を全て跳ね返すため、《リトル・エネミーズ》はなんとか逃げ続けられる。

彼らは未だマッピングされていない地域を、眼前に安全地帯が現れることを一心に祈りながら走った。安全地帯さえあれば、そこに駆け込んで転移結晶を使って逃げ出すことができる。


しかし、そんな期待は淡く砕け散った。

「……ッ!?行き止まりです!!」
シリカの悲痛な叫び声に全員が絶望の表情になった。

「総員、迎撃準備!奴らを追い返すぞ、状態異常に気をつけるんだ!!」
マルバは指示を出すと同時に二つの武器を同時に構える。シリカもそれにならい、短剣を抜き放った。アイリアは槍を振り回すのをやめて敵の武器を見据え、ミズキは盾を敵に向けたまま器用に身体を反転させ、盾を構えなおす。


彼らにとって最も行いたくない戦闘行為……圏外での対プレイヤー戦が始まる。 
 

 
後書き
殺人者ギルド、ブラッディスクウェアとの戦闘です。
なかなか厳しい戦いになることが予想されますね……。

裏設定です。
棍の基本スキルである『舞花棍(ブカコン)』は対投剣で真価を発揮する技で、飛来する軽い物体ならほとんどを弾き飛ばすことができます。
アイリアの武器の片手用槍は槍と棍の複合属性武器なので棍の技も使うことができます。ただし、武器自体が軽いので棍としての攻撃力は乏しいですが。 

 

第二十六話 失ったこと、気づいたこと

 
前書き
長い間更新がなかったので、埋め合わせのつもりで連続更新です。 

 
キイィン!!
アイリアの槍が敵の投げた短剣を弾き飛ばした。頭上に高く上がったそれはくるくると回転するとマルバの目前の地面に突き刺さる。マルバはそれを引き抜くとお返しとばかりに振りかぶって投げつけた。凄まじい速度で飛んでくる短剣を回避しようとするが、間に合わない。見事命中し、HPゲージが一気に黄色に染まった。
今マルバが投げた短剣は濃い緑色の液体で濡れていた。強い麻痺毒が含まれる短剣なのだろう。しかし、彼らは事前に麻痺を無効化するアイテムを使ったのか、それともデバフ対策用の特殊な装備を揃えているのか知らないが何故かデバフにかからない。対するこちらは何度もデバフになり、フウカの翼から巻き起こる特殊スキル『キュアウィンド』と各自が少量ながら持っている解毒結晶がなんとかデバフが深刻になる前に回復してくれている状態だ。

また、デバフが効かない以上に深刻な問題が、敵の防御力の低さだ。たかが『シングルシュート』でHPが8割強の状態から5割を下回るという驚異的な低さ。レベルが低くてもマルバたちが避け切れない速さの攻撃を繰り出せるのは、重い防具をほとんど付けていない点にあるのではないだろうかとマルバたちは分析した。
対モンスター戦なら敵の防御力は低ければ低いほど良いのだが、対プレイヤー戦ということは敵のHPを残り0にすることはできないからたちが悪い。もし0にしてしまったら、それは『殺し』である。この世界で人を殺すわけにはいかない。


敵の攻撃を一撃でも受けると状態異常になる可能性があるというのはかなりキツい戦いだった。戦闘は長引き、手持ちの解毒結晶はすでに底をついている。
アイリアとミズキがシリカとマルバの前でひたすら攻撃をパリィしてくれているのだが、その二人に突進してくるプレイヤーがいた。先ほどマルバが麻痺毒短剣を投げ返した男だ。HPがイエローなのでうかつに攻撃できず固まってしまったアイリアとミズキの足元をスライディングで抜けると、マルバとシリカに同時に投擲用のピックを投げつける。

しまった、と思った時にはもう遅かった。HPゲージの右に麻痺毒を表すアイコンが表示される。倒れるマルバに追撃が届き、視界の端に映るHPバーが赤く染まる。そのまま視線を下げると、そこに表示されているシリカのHPゲージの右に毒を表すアイコンが見て取れた。アイコンの右下には効果継続時間が表示され、左上には状態異常の強さがレベルで表示されているが、その強さ、なんとレベル6。おそらく現時点で手に入る最強の毒なのだろう。シリカのHPは凄まじい速度で減少していく。
フウカが鋭く鳴くと、マルバの頭上を通り過ぎ、その翼から輝く光を振りかけた。マルバの麻痺毒の効果継続時間の減るスピードが四倍程度に加速し、シリカのHPゲージが赤く染まるのとほぼ同時にマルバの麻痺毒が抜ける。

素早く立ち上がったマルバは周囲を一瞥して状況を確認した。
アイリア。現在二人を相手取って戦闘中だ。レベル3の毒を受けていて余裕は無いが、HPはまだ7割強残っている。
ミズキ。アイリアの補助をしながら一人と戦闘中。こちらは高い防御力が幸いしてかほぼ無傷である。
そして……シリカ。残りHPは二割強しかない。シリカが応戦中の敵もHPは残り一割程度。両者とも非常に危険な状況である。




……分かっていた。もちろん分かっていたのだ、シリカが危ないということは。シリカが窮地に陥っているのは麻痺毒で動けない間に見ていたではないか。それなのにすぐに助けずに周囲を確認し、『両者とも非常に危険な状況である』などと悠長に状況を整理しているのは、もちろんシリカを助けるということはマルバが殺人を犯すということに直結しているからなのだ。
このままシリカを助けるためにシリカが応戦中の男を攻撃すれば、その瞬間に男はHPを全損し死亡する。しかし、助けなければ命の破片を撒き散らして死ぬことになるのはシリカの方だ。男にナイフを突きつけて「さあ、投降しろ」などというやり取りをする暇はない。というのも、こんなことをマルバが考えているうちにもシリカのHPはどんどん減っているのだ。ほら、もうすぐ残り一割になる。忘れてはいけないのは、シリカは今も戦闘中だということだ。もしシリカが連続で攻撃を喰らったりすれば、そのHPは全損し、シリカは……

シリカは死んでしまう。


死んでしまう?……シリカが?シリカが死ぬ?僕はなんでシリカが死ぬかもしれないのに戸惑っているんだ?シリカが死ぬかもしれないのに?

マルバの中で、何かが音を立てて壊れた。半ば無意識的に動いた左手は文字通り必殺の『シングルシュート』を放ち、鍛えあげられた敏捷性パラメータはその速度を極限まで加速する。リズに相当強化してもらった短剣の《正確さ》とマルバ自身の持つ『クリティカル率上昇』のModの助けを借りて、マルバの手を離れた短剣は見事に敵の後頭部を突き抜けてシリカの背後の壁に突き刺さった。その姿が青く揺らぎ、直後にがしゃーんという音をたてて壊れる。しかしマルバは止まらない。右手でポーチから最後の一個の回復結晶を取り出すと、今にも消えそうなHPゲージの残り数ドットを睨みつけながらシリカに駆け寄り、早口で唱えた。
「《ヒール》、シリカ!!」


一瞬で回復したシリカのHPゲージを確認したマルバはまず安堵し、そしてすぐに人を殺してしまったことに対する強烈な後悔や罪悪感に襲われ……なかった。あるのはシリカを守れた安堵と、なんだろう……シリカを守りきれた自分に対する……誇り……?
自分が罪の意識に(さいな)まれないということに強烈な違和感を感じ動きを止めたマルバだが、ミズキの叫びがその意識を戦闘へと引き戻した。

「アイリア!!止まるな、こっちまで死ぬぞ!!」

二人の方を見やると、アイリアがこちらを振り向いた姿勢で呆然としていた。アイリアが相手にしていた二人が、動きを止めたアイリアに襲いかかる。マルバはチャクラムを放ち、敵の動きを牽制した。横一列に並んだ敵は『円月斬』の格好の的である。三人のうち攻撃モーションに入っていた二人が切り飛ばされ、なんとか躱した一人が硬直中のマルバに向かって『シングルシュート』の構えをとった。



あ、まずいな。これはまずい。
いくら攻撃力の低い『シングルシュート』とはいえ、普通に死ぬよね。僕のHP、もうレッドだもん。
僕、ここで死ぬのか。結局何もできなかったな。……いや、そういえばシリカは僕が助けたから生きていられる、僕が生きた意味はあったんだって言ってくれた。
……そっか。こんな僕だけどシリカを守れたんだ。それなら、死ぬのは怖いけど……僕は“生きた意味”を手に入れられた。それなら、もう惜しむものはない。死んでもいい。

……死ぬ?僕が?
……こんな状態で心置きなく死ねる?

…………嫌だ!!

嫌だ嫌だ嫌だ!!死にたくない!!まだ僕はやり残したことがたくさんあるんだ!!シリカと……そうだ、シリカとの約束はどうした、現実で葵を紹介するっていう約束はどうした!!それにそれに……いや、そんなことはどうでもいい!僕はシリカに伝えなきゃいけないことがあるんだ!!君が僕にかけてくれた言葉が、どんなに僕を救ってくれたのかということを!君と一緒にいてどんなに楽しかったかということを!君と出会えてどんなに良かったかということを!僕が君に抱く、この気持ちを!!シリカ、僕は君のことが……!!




全てのものがスローモーションに見える。叫ぶミズキが見える。固まったままのアイリアが見える。硬直しているマルバには何もできないうちに、男の手からゆっくりと放たれる短剣は……その手から離れないうちに、青く揺らぎ、その持ち主ごと細かい砂のようなポリゴンの欠片と変わり、宙に散った。
ゆっくりと視界を横に振ると、『シングルシュート』の発動後の態勢のまま、いつも通りの真剣な瞳で、宙に拡散する男を睨みつける……シリカがいた。




その後の記憶はない。ただ、気づいたら宿屋にいた。肩に重さを感じる。何気なくそちらを見ると、マルバに寄りかかるような態勢のシリカがいた。
シリカがぽつりと言葉を漏らした。
「人を……殺しちゃったんですよね。わたしたち。」
「そうだね……。僕たちはこの世界を甘く見ていたのかもね。剣を握った時に、人を殺すことになるかもしれないなんて考えなかったもんね。……僕たちは人を殺す覚悟を持たずに人を殺す道具を手に入れたんだ。いつかこうなるかもしれないなんて考えもしなかった。……覚悟が、足りなかったのかな。」

マルバは言葉を切った。何も言わないシリカの頭を、先程人を殺した左手でなでる。
「……なんでかな。僕は後悔していない。それだけじゃない。罪悪感を感じないんだ。人を殺したっていうのに、その手で君に触ることができるし、それがおかしいとは感じない。……ははは、どこかおかしくなっちゃったのかな、ずっとこんな殺し合いの世界にいたせいで。」

シリカが突然マルバに抱きついてきた。顔をマルバの胸に押し付けて、その存在を全身で感じようとしているかのようだ。驚いたマルバも抱きついたシリカもしばらく無言だったが、やがてシリカがその態勢のままゆっくりと話し始めた。
「……わたしも、です。マルバさんが死んじゃう、って思ったとき、あの人を殺すことに戸惑いはありませんでした。マルバさんがいなくなるなんてわたしには耐えられない。……わたし、マルバさんを守れて本当に嬉しかった。マルバさんを助けられた自分が誇らしく思います。罪悪感なんてこれっぽっちも感じてない。わたしも、この世界に来て大切な感情を失くしちゃったのかもしれませんね。」

でも、とそこで言葉を切ると、マルバに抱きついたまま顔だけマルバに向けた。
「でも……わたしはこの世界で失った感情よりもっと大事なことを知りました。……マルバさんがこの世界に生きているということです。わたしはあなたに出会えて本当によかった。この世界に来てよかったと思います。たとえこのままこの世界で死ぬことになったとしても、わたしはきっと茅場さんを恨んだりしないと思います。あれだけたくさんの人が死ぬ原因になった茅場さんに……わたしは感謝しているんです。彼がいたから、あなたに出会えた。
……わたしは、マルバさんが好きなんです。」

そこまで言ってから、シリカは頭をマルバの肩に預けた。
「……なんでかな。わたしはマルバさんのことをなにも知らないのに、なんでマルバさんが好きなんて言えるのかな。現実で会ったことのない人なのに。ゲームで、アバターを通してやりとりしているだけなのに……なんでマルバさんのことが好きなんて言えるんだろう。何も分からないのに……なんでマルバさんが好きだってことだけは分かるのかな……!」

耐えられなくなったようにマルバもシリカをきつく抱き返した。
「……さっき死にそうになった時、これで死んでもいいって思ったんだ。僕は君を守れた。君が生きていることが僕の生きた証だ。君が生きる限り、僕は君の中にずっと生き続けることができる。それでもいいって思った。……でもさ、すぐに『僕はまだ死ねない』って気持ちに変わったんだ。それは君がいたからだよ。君が僕を弱くしたんだ。君と一緒にいたい。ずっと、ずっと一緒にいたい。君のぬくもりが欲しい。これからも、君の側で君をずっと守っていきたい。
……大好きだよ、シリカ。」 
 

 
後書き
うおおおおおお告白シーンktkr!!
って叫びたいですが、どうもシリアスなシーンなのでそこまでテンションが上がらないですね。

評価が上がってきて嬉しい限りですが、もしよろしければちょこっとでも感想も頂けると励ましにもなりますし、気になる点は積極的に直していくのでぜひお願いします。



はい、恒例の裏設定コーナーです。
状態異常アイコンは、HPバーの右にこのように表示されます。

Lv.2
  ●
   36

これは強さがレベル2の●という状態異常にかかっていて、その状態から回復するのに約36秒かかることを意味しています。
この36秒のカウントダウンですが、状態異常回復時間に関わるスキル・アイテム一切ナシの状態で36秒という意味なので、『瞑想』や『キュアウィンド』や対応するスキルModで加速したりできます。 

 

第二十七話 マルバとシリカの覚悟

マルバはいつもより早く朝を迎えた。ベッドから半身を起こし、ひとつ伸びをする。すぐとなりに暖かさを感じてそちらを見ると、ひとりの少女がマルバと背中合わせになるような形で寝ていた。幸せそうな顔で寝息を立てるシリカを起こさないように、マルバはゆっくりとベッドを降りる。しばらくシリカを見つめてから、マルバはそっと部屋を出ていった。

階下にはまだだれも来ていなかった。一人には少し広すぎるキッチンで四人分の朝食を作る。ここアインクラッドには米を入手するのが難しいため大抵の朝食は洋食になるのだ。所謂“eggs bacons beans on toast”――英国の朝食の定番だ――を四人分手際よく作る。小麦粉と牛乳、バターを一つづつ冷蔵庫内のストレージからオブジェクト化すると、それを一つの型に入れ竈に放り込む。開かれた生地のリストウィンドウから“パン生地”を選択すると自動的に温度と時間が設定され、くるくると回転する待ち時間アイコンが竈の手前に表示される。その間にフライパンの中にベーコンと卵を四つづつ入れ、フライパンを揺らして焼けるのを待つ。現実では目玉焼きは意外とうまく作るのが難しく、マルバは目玉焼きより卵焼きの方が得意なのだが、ここまで簡略化されるとだれがやっても同じように完璧な卵焼きができるのだ。料理スキルの熟練度が300もあれば黄身の固さまで自由自在である。
竈の待ち時間アイコンが消えるのとほぼ同時にベーコンエッグが完成。竈からパンを取り出し包丁で軽くタップすると8枚切りに切れた。どうせお代わりが必要になるのでもう一斤分の材料を竈に放り込むと、上の階に向かってご飯だよーと叫ぶ。ドア越しにも叫び声(シャウト)は通るので、これでみんなやってくるはずだ。


最初に眠そうな目をこすりながらシリカが現れた。
「マルバさん、おはよーございます……ふわあぁぁ」
「シリカ、良く眠れた?」
「はい、マルバさんのおかげです。……わたしより先に起きたのなら起こしていってくれればよかったのに。」
「いや、気持ちよさそ~に寝てたもんだから、起こすのも悪いかなって思って」
「せっかく広いキッチンなんですから、明日は一緒に朝食作りましょうよ。ね?」
「そうだね。……あ、それじゃお弁当は一緒に作ろっか?」
「はい!まだ料理スキル低いから手伝ってくださいね!」

楽しそうに談笑するシリカとマルバだが、そこに降りてきたミズキの深刻そうな顔を見て笑みを引っ込めた。
「ど、どうしたの。そんな怖い顔して」
「いや。昨日あんなことがあったばっかりだし、テンションあげろって言われる方が無理だと思うんだが。」
ミズキはそう言ってからシリカとマルバを意外そうな目で見た。
「お前たちが一番精神的にキツいんじゃねぇかと思ったんだが、そうでもねぇように見えるな。なんでそんないつも通りにしてられるんだ?」

シリカとマルバは答えに窮して互いを見つめた。マルバがなんとか言葉を絞り出す。
「ええと……かなり説明しずらいんだけど……僕たち、昨日の戦闘でそんなにダメージ受けてるわけじゃないんだよ」
「はぁ!?……お前、昨日俺たちが何をしちまったのか忘れちまったのか?オレンジプレイヤーとは言え、プレイヤーを……人を殺したんだぞ?後悔とか、罪悪感とか、……そういうのあるだろ!?」
「俺たち、じゃないでしょ。彼らを殺したのはミズキじゃなくて僕とシリカなんだから、ミズキが罪悪感なんて感じるわけないじゃない。……なんていうのかな、僕も人を殺してこんな気持ちになるなんて思わなかったんだけど、僕は結果的に彼らを殺してよかったと思っている。あの時彼を殺してシリカを守りきれたことに後悔はないよ」
「いや……確かによ、あいつを殺らなきゃこっちが殺られてたけどよ。たとえ正当防衛とはいえ人一人殺しておいてよく平気だな、お前……」

ミズキの言葉に、マルバは苦笑いで返した。
「なんていうのかな、僕は昨日シリカを殺そうとしたプレイヤーを返り討ちにした時に一種の覚悟を決めたんだと思う。この世界で生きる以上、僕たちは敵と殺し合いをしなきゃいけない。でも、例えその敵がモンスターじゃなくて人間だったとしても、僕は彼女を守るために剣を振るうことをためらわない」
「わたしもマルバさんと同じです。わたしが敵を殺すことでマルバさんを守れるなら、わたしは今までどおり迷わずその敵を殺します。それがモンスターだろうと人であろうと変わりません」

ミズキは絶句した様子で二人を見た。その目には理解できないものに対する本能的な恐怖があるように見える。しかしミズキは必死で二人のいうことを理解しようとしていた。
「……俺はお前たちの言うことがわかんねぇよ。なんでそんな強い覚悟を持てるのか、なんでそんな考えが普通にできるのかわかんねぇよ!」
「たぶん、ミズキもすぐに僕たちみたいな覚悟を決めることになると思うよ。この世界の全ては生きているんだから、僕たちの戦いは常にゲームじゃなくて単純な殺し合いなんだ。『敵を倒す』なんて言うけどさ、それは表現を変えることで自分が受ける精神的なダメージを少なくしてるだけ。ストレートに言えば『敵を倒す』じゃなくて『敵を殺す』なんだから」
「相手がモンスターでもプレイヤーでも殺し合いだってことには変わりはありません。この世界で剣を持った時から、私たちは敵を殺し続けて来たんです。……わたしが決めた覚悟は、立ちふさがる敵を倒す覚悟。それだけです。フィールド上のあらゆるプレイヤーの持っている、『モンスターを殺す覚悟』とほとんど変わらないです」

二人の説明を聞いて、ミズキは未だ混乱しているような顔で二人に聞いた。
「それじゃ……お前らは、自分が生き残るために人を殺す覚悟を決めたってことか……?」
「いや、さすがにそんな覚悟はないよ。それじゃレッドプレイヤーと同じになっちゃうじゃん」
「そうですね。わたしは自分が生きるために人の命を犠牲にしたりはできないです。自分が生きるため、じゃなくて、大切な人を守るため、です」

ミズキはようやく二人の言うことを理解したようだ。ため息と共に言葉を吐き出した。
「……お前ら、強ぇな。俺はそんな覚悟を持てそうにない。自分が生きるだけで精一杯だっていうのに、誰かのために罪を負う覚悟なんて持てねぇよ」
「全ては、守りたいって気持ちから生まれたものです。マルバさんが死ぬことを防げるのなら、わたしはなんだってやります。自分の命だって惜しくないです」
「……シリカ、それ僕の台詞だよ……。それに君が僕を守って死んじゃったら僕はどうやって生きてけっていうのさ。君がいなきゃ僕だけ生き残ったってしょうがないじゃん」
「はっ、それ考えてなかったです! そうですね、もしマルバさんがわたしをかばって死んじゃったら……うーん、わたしが生きてる意味ってないかも……」
「うわ、一蓮托生ってこと? これじゃ絶対死ねないね……」

そんな事を話すマルバとシリカを、ミズキは苦笑いで見た。
「お前ら、いつの間にそんな関係になったんだよ」
「昨日、かな?」
「じゃあ、昨日死んだ奴らは知らないうちにキューピッドの役目をしたっつーわけか。なんつうか、気の毒な奴らだな」

ははは、と大きく笑うと、ミズキは赤くなった二人をさておいて食卓についた。
「さ、食べちまおうぜ。早くしないと冷めちまう」
「そ、そうだね……」
「は、はい……あ、そういえばアイリアさんはどうしたんでしょう?」
「そういえば……」

マルバはその場で《索敵》を行なってみた。階段のすぐ上にいるアイリアと思わしきプレイヤーが自分の部屋に駆け戻っていくのがわかり、首を傾げる。
「……階段の踊り場あたりにいたんだと思うけど、すぐに部屋に戻っちゃった。どうしたんだろ?」
「さあ、腹でも痛いんじゃねぇか?」
「ミズキって時々適当なこと言うよね。ここで腹痛はありえないでしょ」

考えても分からないものは分からない。とりあえず三人でご飯を食べて、アイリアには後でミズキが朝食を持っていくことになった。
朝食後、簡単に今日の計画を決める。結局昨日の戦闘の疲労を取るために、今日は休みということに決まった。明々後日にボス攻略会議があるため、それまで自由行動ということにする。各自で装備の強化素材を狩りに下層に遠征したりたまにはのんびりしたり、小さな休暇のようなものだ。
マルバとシリカは二人でかつての思い出の街、『フローリア』に出かけることにした。今までも二人で出かけることはよくあったが、『そういうお出かけ』は今回が初めてである。

それに対して、ミズキは強化素材はとりあえず必要ないのでアイリアの手伝いが必要ならアイリアと一緒に行動しようかと思っていたのだが、その必要はすぐになくなった。
アイリアの部屋に朝食を持って行ったのだが、当のアイリアは本当に具合が悪そうにベッドに腰掛けて青い顔をしていたからだ。
「おいおい、本当に腹痛か?」
「……? なんのこと?」
「いや、なんでもねぇ。どうしたんだよ、お前が朝食に来ないなんて初めてじゃねぇか。」

アイリアは一瞬上げた顔を再び下げ、ぼそぼそと話し始めた。
「……ミズキ、さっきシリカちゃんとお兄ちゃんと話してたよね」
「……聞いてたのか」

アイリアは現実ではかなり耳が利く。仮想世界に来てから一気に耳から得られる情報が少なくなり、そのギャップを埋めるために《聞き耳》スキルを上げているのだ。そのため、階段の踊り場まで来たところで階下での話し声が耳に入り、思わず立ち止まって聞いていたら、さきほどの会話が聞こえたというわけだ。

「聞いてたんならなんで降りて来なかったんだ?」
「……シリカちゃんもお兄ちゃんも、昨日人を殺したんだよ?一体どんな思いでいたのかなって思ったらさ、下から聞こえてきたのが笑い声だったから、自分の耳が信じられなくて。……ねぇ、ミズキは二人の話を聞いてどう思った?」

ミズキは一瞬悩んでから、こう言った。
「強いな、って思ったね。あいつら、この世界がどんなに異常なのか、きっと誰よりもよく分かってる。それでいて、そのことに絶望しているわけじゃあねぇ。それにこの世界で生き残るために必要な強い絆を持ってやがる。あいつら、ぜってぇ最後まで生き残るぜ。もしかしたらこの世界を解放するのはあいつらかもしれねぇな」

「怖く……なかった?」
ミズキはその質問に少し驚いて、一瞬言葉に詰まった。
「……正直、怖かったさ。人を殺しておいて、あいつらはそれをなんとも思っちゃいねぇ。いくら生きるのに必要だったからって言っても、普通の人間ならなんとも思わねぇなんておかしすぎる。あいつら、他のプレイヤーを殺すことで互いを守れるなら容赦しねぇぞ、きっと」

アイリアはうつむいたまま、再びぼそぼそと話し始めた。
「……私、シリカちゃんとお兄ちゃんが怖い。この世界でお兄ちゃんに再会して、初めて無条件で信じられる人を見つけたのに……今はお兄ちゃんが信じられない。だって、おかしいよ。正当防衛だっていっても殺人には変わりないんだよ?なんで平然としてられるの?」
ミズキはしばらく考えてから、こう言った。
「それは分からねえ。……っつうか、なんとなく分かるけど、言葉にできねぇ」

アイリアは予想だにしなかった言葉に驚き、ミズキを凝視した。
「……分かるの? なんで?」

ミズキはかなり悩んだあと、アイリアに尋ね返した。
「お前、『モンスターは生きている』って本当に思ってるか? 頭ではそう思ってても心から思ってるわけじゃなかったりしないか?」
「……どういうこと?」
「俺がフウカをテイムしたのは第五十一層だった。それ以来ずっと俺とフウカは一緒だったが、ほんの2日間だけ一緒にいなかった時期がある。フウカが一度、五十三層でドラゴン級のモンスターの遠隔攻撃を喰らって死んだからだ。もちろんすぐに復活させたが、俺はそれから二ヶ月ほどモンスターを狩れなかった。剣を振るうことが怖くなって、慣れない大盾を構えてずっと防御ばっかやってたんだ。俺のバトルスタイルはその時の産物だ」
ミズキはそこで言葉を切るが、アイリアは無言で先を促した。
「俺はその時やっと『モンスターは生きている』ということを心の底から思い知ったんだろうな。俺のやっていることはレベリングなんかじゃねぇ、単なる殺し合いだ、ってことを無意識で悟ったっつーことだ。『俺が剣を振るえば目の前のこいつは死ぬ』ってことを思い知って、その重みに耐えられなくなって、剣を振るえなくなった」
「それじゃ、なんでまたモンスターを狩れるようになったの?」
「……慣れさ。単なる慣れだ」
アイリアは少し驚いて顔を上げた。
「俺が狩らなくてもパーティーの奴らは狩り続ける。仲間が敵を殺しまくるのをずっと見ているうちに慣れちまった。殺し合いに慣れるなんてとんでもねぇことだぜ、まったく。……マルバたちは十層より前にテイミングしたんだったよな? あいつらはきっと俺以上に殺し合いに慣れているはずだ。シリカは一度『プネウマの花』を使ったって聞いてるからな。マルバは知らねぇが」
「それじゃあ……私も、クロと一緒にいればいつか“殺し合い”に慣れることになるのかな」
「……ああ、慣れたくなくても、きっとな。それはこの世界のビーストテイマーに課せられた運命みたいなもんだから」

ふぅ、と溜息を一つつくと、アイリアは立ち上がった。
「ねぇ、強化素材取りに行くの手伝ってくれない?」
「なんだよ、藪から棒に。」
「前から取りに行きたいなって思ってたんだよ。善は急げ、っていうでしょ?」
「善、ねぇ。人殺しの道具でも、か?」
アイリアの顔がすっと暗くなったのを見て、ミズキは慌てて訂正した。
「いや、(わり)ぃ。さすがに今のはまずかった」

アイリアは無言で自分の装備を実体化させると、ミズキにそれを見せながら言った。
「この武器、“殺し”のための道具なんだよね」
「……ああ、そうだ」
「これを持ったところで私は何かを殺すことしかできない。それでも、私はみんなと一緒にこの世界を出たいから。この武器でたくさんの生き物を手に掛けても、みんなと一緒に現実世界に帰りたいから、私はこの武器を振るう。……だから、たとえこの世界の出口にたどり着くまでにたくさん殺さなきゃいけなくても、私は自分がやったことを後悔なんてしない」

アイリアの堂々たる宣言を聞き、ミズキは微笑んだ。
「現実世界でそんなこと言ったらホントに危険人物扱いされるぞ。そんなこと言うのはアインクラッドの中だけにしとけよ」
「分かってるよ。ほら、行こうよ。強化素材取りに」
「……お前の武器の素材取り終わったら、俺の盾の素材取りに行くの手伝えよ?」
「やだよ。ミズキの盾の素材って特殊なのばっかじゃん」
「んなっ!? それじゃ割に合わねぇじゃねえか!」

ミズキとアイリアはわいわい騒ぎながらギルドの拠点を出て行った。その後ろをクロとフウカが追いかけていく。
朝は薄曇りだったが、すでに空に雲はない。ミズキたちは偽物の青空の下で素材集めに奔走した。 
 

 
後書き
以前チラッと予告しました通り、シノンの求める『強さ』を手に入れたマルバとシリカでした。
強さって言っても、それはミズキが言った通りただの『慣れ』なんですね。この世界は『“敵”を倒してレベリングする遊び』ではなく、『殺さなければ殺される、生きるか死ぬかのサバイバル』だと知ることはビーストテイマーの運命なんです。

次回。アイリアがマルバとシリカの境地に一歩近づきます。

感想・評価、お待ちしています。 

 

第二十八話 アイリアの覚悟

 
前書き
段落をインデントしたほうが読みやすいようなので、今回から一文字下げるようにします。 

 
「戦闘開始ィッ!!」
 うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉォォォォッ!!!

 ボス部屋にプレイヤーたちの叫び声がこだました。
 先陣を切り、風の様に走るのは血盟騎士団副団長のアスナ。その隣に、血盟騎士団団長のヒースクリフが併走する。二人を追いかけるように全レイドメンバーが走った。
 事前の調候戦の報告通り、今回のボス戦はかなり苦労することは簡単に予想できた。ボスの身体は錆色の甲冑で覆われ、なんとその甲冑には一切の攻撃が通らないからだ。甲冑の隙間を縫って攻撃する必要があり、よって今回のボス戦の主役はアスナやシリカ、アイリアたち刺突属性武器使いやマルバたち投剣使いとなる。今回ばかりはキリトもLAを取れないだろう。なにせ直剣ではどう頑張っても鎧の隙間を狙えないからだ。


 《リトルエネミーズ》はかなり良い戦いっぷりを披露した。武器の相性もあり、マルバとシリカの息のあったスイッチの繰り返しはそれだけで五人組のパーティーの攻撃力を軽く凌ぐほどだったからだ。
 斬属性がほとんど効かないボスを前に、斬属性武器であるチャクラムを使えないマルバはシリカほど活躍できなかったが、短剣と手刀のみで十分なダメージを与えていた。

 しかし、ミズキとアイリアも二人に負けてはいない。

「うおおおおおぉォッ!!!」
 胸いっぱいに吸い込んだ空気をすべて吐き出す勢いでミズキは叫んだ。狙い通り敵がミズキを狙う。
 ボスの手に握られるのは二本の刀だ。甲冑に刀……武士でも気取っているのだろうか? ミズキは振り下ろされる二刀の片方を避け、もう片方を盾で受け止める。
「へっ……お返しだッ!」
 盾が攻撃を受け流す方向に傾く。ボスの持つ刀の刀身がミズキの盾から滑り落ち、床に突き刺さった。受け流した勢いを殺さずにミズキはそのまま盾を斜めに振りぬいた。盾が甲冑に覆われていないボスの顎を打ち抜き、ボスは思わず数歩後ずさる。

「後ろに注意だよ、ノロマさん!」
 後ろから飛び上がりざまに放たれたアイリアの全力の突きは肩のあたりに命中した。甲冑の隙間から入り込んだ攻撃でボスのHPゲージが最後の一本となる。


「総員、出口方向に十歩後退!!」
 アスナの指示が飛んだ。凶暴化したボスの攻撃は確認できていない。

 全員が出口に近づき、武器を構えてボスの動向を伺う。ボスは大きく息を吸い込むと……空気がびりびりと振動するほどの大音量で吠えた。
 それと同時にプレイヤーを散々手こずらせた甲冑が弾け飛び、ボスの上半身が顕になる。吹き飛ばされた甲冑は大きな音をたてて落下し、二度ほど石造りのダンジョンの床を跳ねると、ポリゴンの欠片となって消え去った。

 プレイヤー全員が愕然としてボスを見つめる。
 それはなにもボスが上半身の筋肉だけで甲冑を吹き飛ばしたためばかりではない。落下した甲冑が大きな音を立てた、それが意味することは……甲冑はかなり重かったということ。そして重い甲冑を脱ぎ捨てたボスは当然それまでより身軽になり、移動速度を増す。
 調候戦によってそれほど壁役(タンク)が要らないと分かったため今回のボス戦に参加しているタンクは非常に少ない。盾を持っているのはミズキを含めて四人のみ。素早いボスを相手に、タンクなしで攻略するなど自殺行為だ。

 つまり、この場において最も最適な判断は……
 「総員、撤退! 盾持ちはしんがりを務め、軽装備の者から先に脱出せよ!!」
 アスナの指示に反対するプレイヤーはいなかった。全員が指示にしたがって退却を開始する。軽装備の者は比較的重装備の者に背中を任せて走りだし、重装備の者は後ろ向きにじりじりと後退を始めた。

 しかし、その時だった。ボスが二刀を振り上げて飛びかかってきた。その刀の先にいるのはミズキ。同時に振り上げられた二刀は横薙ぎにミズキの盾に叩きつけられる。斬属性ではない、破壊属性攻撃。ただでさえ筋力値の低いミズキは盾ごと側方に吹き飛ばされた。アイリアが慌ててポーチから回復結晶を取り出しつつミズキに駆け寄る。
 一見タンクに見えるミズキが一撃で吹き飛ばされた姿を目の当たりにして、全員がかなり久しぶりの死の危機を感じ、軽いパニックに陥った。ほとんど全員がむしゃらに逃走を図り、一気に戦線が瓦解する。あちらこちらで青色の光の柱が立ち上がり、司令役のアスナが見つめる簡易マップからプレイヤーを示す緑色の光点が次々に消え失せる。

 そんな中、ボスはミズキとアイリアの二人に向き直った。顔面を蒼白にしたアイリアは半ば無意識に槍を握り直す。
 吹き飛ばされたミズキはスタンを喰らってしまっていた。すぐにフウカが飛んできてミズキに『キュアウィンド』をかける。状態異常アイコン右下のカウントダウンが加速し、ミズキはすぐに立ち上がった。

「ミズキ、これはまずいんじゃない……?」
「ああ、これはヤベぇな……」
 ミズキとアイリアは二人、ボスと対峙する形で取り残されてしまっていた。
 シリカとマルバはアスナの指示どおりすでに扉付近まで退却してしまっている。ここまで応援に来るのに二十秒はかかるだろう。たった二人でボスに応戦しなければならない。

 ボスが二人に向かって二刀を振り上げた。
「俺が受ける。そうしたらお前が飛び込んでノックバックさせるんだ。」
「……分かった。死なないでよ」
「こんなところで死ねるかよ」
 ミズキは盾を振り上げると身体の正面に構えた。
 ボスが二刀を先ほどと同じく横薙ぎに切り払う、ミズキはその刀を前傾姿勢で受け、バックステップを踏みながらもなんとか受け止めた。すかさずアイリアが飛び出そうとしたが、信じられない光景に一瞬動きを止めてしまった。
 攻撃を防がれてノックバックしているはずのボスは動きを一切止めていない。身体を半回転させて放った横薙ぎを更に加速し、身体を完全に一回転させて同じ体勢からもう一度二刀の横薙ぎを繰り出そうとしている。
 ミズキに再びボスの凶刃が迫った。こんどこそ受け流しきれずにミズキの盾は横に吹き飛ばされ、ミズキ自身も尻餅をついてしまう。特殊状態異常、転倒(ファンブル)
 ボスの一撃はソードスキルによるものではないので、スキル発動後のディレイは一切適用されない。再び刀を振りかぶったボスに対し、防御態勢をとれないミズキの代わりにアイリアが前へ進みでた。アイリアは防御には向かない槍で対抗するしかなかった。勝ち目がないのは誰の目にも明らかだった。視界の端で、マルバとシリカがこちらに駆けつけているのが見えるが、この一撃には間に合わないだろう。

 アイリアは死を覚悟した。……いや、覚悟などできるものか。アイリアにはただ死を恐怖する暇さえ与えられなかったのだから。

 二刀を振りかぶったボスが槍を掲げたアイリアに攻撃をしようとした瞬間。
 ミズキの影から飛び出した一匹の黒猫がボスに飛びかかったように見えた。ちりん、という澄んだ音が響く。その音は一瞬その場の全ての者の動きを遅くしたように感じた。

 ……いや、実際に遅くなっている。ボスの動きが明らかに遅くなり、振りかぶった二つの刀がアイリアのすぐ近くで減速した。アイリアは驚きつつも、ボスの二刀の片方が内側へ寄りすぎていることに気づいた。
 アイリアは減速した時間の中でボスの片方の刀を側面から思いっきり叩いた。

 それと同時に、減速した時間が一気に加速した。なぜかとても重くなっていたアイリアの片手槍はすっと軽くなり、その先端が敵の刀を強く叩く。槍の先端の刃が火花を散らすと、側面の弱い方向から叩かれた刀は途中からぽっきりと折れた。もう一方の刀はアイリアの足元にいた何かを斬り飛ばし、小さな破砕音と共に青いポリゴン片をあたりに飛散させた。
 アイリアはそれから先のことをよく覚えていない。ただ自分が何か強大な力に引きずられているかのように武器を振り回し続けたことをおぼろげに思い出せるだけだ。


 結局、LAを取ったのはアイリアだった。駆けつけたマルバとシリカは、修羅と化して槍を振るうアイリアの攻撃範囲に入れず後方から支援するしかなかった、とアイリアは後で聞いた。
 ボス戦後しばらく考えたけれど、アイリアは自分がなぜそれほど、自分を失うほど激高したのか自分でも結論が出せずにいた。
 あの時ボスが斬り飛ばしたのは、他でもないクロだった。トレードマークの鈴付きの首輪を残してクロがポリゴン片と化した時、アイリアは自分の仲間が死んでしまったという恐怖に取り憑かれたのだ。その恐怖に我を忘れ、敵討ちをするかのように敵に向かっていったのだった。
 アイリアはこの時、仲間の死を初めて目の当たりにした。アイリアは、昨日ミズキが言った通りこの世界が殺すか・殺されるかの世界なのだと悟ったのだ。
 そしてアイリアはもう二度と仲間を失いたくないと思った。仲間を失うくらいならどんな敵だって、例えボスだって殺してみせる、そう覚悟を決めた。
 そうした覚悟をして初めて、アイリアはマルバとシリカの覚悟を少しだけ理解した。マルバとシリカの覚悟は、アイリアが今日初めてした、敵を殺して仲間を守る覚悟の延長線上にあるものなのだ。

 ボス戦の翌日、アイリアはミズキと共に第四十七層の『思い出の丘』を訪れていた。光のなかから顔を出したクロを抱きしめ、彼女は何があってもこの子を守ってみせると誓った。


【New Monster Skill Discoverd!!】
クロ《Black Kitten》:減速(半アクティブスキル)
 鈴の音が届く範囲内に存在するプレイヤー/NPC/オブジェクト/モンスターの移動速度を三分の一に減速する。効果時間は2.5秒。
 制限:モンスターが装備中のアイテム『小さな銀の鈴』を一つ消費。また、このスキルの起動はプレイヤーの指示ではなくモンスターのAIのみに依存する(プレイヤーの意志で起動できない)。 
 

 
後書き
クロ、ついに死にましたね。前回死亡フラグがバリバリ立ってましたが、今回しっかり回収しました。

今回初登場のスキル『減速』ですが、非常に便利な技だけにすごくキツい制限がついています。
え? そんなに便利な技に見えない、ですって? そんなことないですよ、遅くなるのは移動速度だけなのでクーリングタイムの減り方は単純に三倍になったも同然ですし、相手を驚かせたり集中を途切れさせたり、今回みたいに一見回避不能な攻撃を回避したり。

最近どんどん新しいSAO二次小説が増えてますね。後から参加した小説たちに抜かれていく私の小説の総合評価。なんてことだ。まあ、総合評価が欲しくて書いてるわけではないですが。
ところで、私の小説って他の執筆者の方々に比べて長いですかね?今回は約4000文字で、原稿用紙換算だと十三枚です。長い時だと二十五枚とか行くこともあります。
長すぎるようなら短くしますが、どうしましょうか?


さて、次回予告です。次回の前半はつなぎの話なので大して面白くないかなあ、と思います。連続公開してもいいようなどうでもいい話かもしれませんが、連続公開してしまうと更新のペースが途絶える可能性があるため止めておきますw
次回、クラディールとコーバッツ初登場! そして、コーバッツとシリカの因縁とは!? 乞うご期待!! 

 

第二十九話 コーバッツ

 
前書き
全文書き換えました……疲れた……
書き換えますのお知らせはこの投稿と同時に削除するので、書き換えに至った経緯を知りたい方がいらっしゃいましたら私の“つぶやき”を御覧ください。“つぶやき”の方にお知らせの全文を載せておきます。 

 
 《リトルエネミーズ》は今日、マッピングと宝探しで第二十四層の迷宮区を訪れていた。
 ここは最前線だけあってさすがに敵が強い。しかしいくら強いとは言っても《リトルエネミーズ》の敵ではない。
「シリカちゃーんっ、そっちの奴お願いっ!」
「分かりました! ミズキさん、マルバさんのサポートをお願いします!」
「分かった! マルバ、スイッチ!」
 四人の連携は固く、この層最強の『デモニッシュ・サーバント』が複数同時ポップしても全く危なげなく敵をどんどん狩っていた。
 背後からの奇襲を受けたため完全にいつものペースとはいかなくなり、仕方なく一人一体と戦う形になってしまったが、そんな中でも皆仲間のことを気にかけ、声を掛けあいながら戦闘を続ける。
 やがて四体が三体になり、二体になった頃にはいつもの調子で戦えるようになり、そこから先は一方的な戦いだった。最後の一体が砕け散り、四人は安堵の溜息と共に武器をしまう。

「ふぅ……ああ、驚いた」
「全くだ。いってぇ誰だよ、四体も引き連れて逃げてくる野郎は」
「安全地帯に走って行きましたよ。大丈夫か確認しに行きますか?」
「二人だけだったよね。アイテムとか足りなくなって困ってたら分けてあげなきゃ……」

 そう、マルバたちは全力で逃げてくる二人のプレイヤーを追いかけてきた四体もの『デモニッシュ・サーバント』から攻撃を受けたのだった。凄まじい速さだった上ため逃げてきたプレイヤーが誰なのかは分からなかったが、軽装だったところを見ると宝探し専門のトレジャーハンターなのかもしれない。
 ともかく彼らの安全を確認しに安全地帯に向かった《リトルエネミーズ》は、逃走者たちの顔を見て驚きの声を上げた。

「えっ、キリト!?」
「や、やぁ、ミズキ」
「やぁ、じゃねぇよ! なんでMPKまがいのことするんだよ、お前のレベルと武器なら全く問題なく狩れる相手だろうが!」
「いやー、『デモニッシュ・サーバント』から逃げてきたわけじゃないんだよね……。ボス部屋開いたらさ、中にいたボスが襲いかかってきて……」
「はぁ? ボスはボス部屋から出ないんだから部屋から出るだけでいいだろうが」
「そうなんだけどさ、あまりにもおっそろしい形相してたもんだから、つい……おっかなくて……」
「尻尾巻いて逃げてきたのか?」
「はい……」
「ぷっ……っはははははは!!」
「な、お前、そんな笑わなくてもいいだろ!」
「いや、かの有名な“黒の剣士”がボスが怖くて逃げ帰ってくるとか……っ、あははははははは!!」

 ミズキは予想だにしなかった答えに思わず吹き出し、たっぷり二分以上笑い続けた。ミズキが使い物にならなくなったため、マルバとシリカが代わりにキリトの同伴者に声をかける。
「あのー、大丈夫でしたか? ……って、アスナさんじゃないですか。お久しぶりです」
「マルバくん、シリカちゃん、久しぶり」
「アスナもボスが怖くて逃げてきたの?」
「うん……不本意ながら、ね。私、アンデット苦手なのよ」
「うへぇ、アンデット系のモンスターなんだ……」
「あれ、マルバくんも苦手?」
「うん、あんまり得意じゃないかな」
「あんまりーじゃなくてぜんぜんーですよね。この前ミズキさんがおもしろがって怪談したとき、マルバさんとアイリアさんだけ隅で震えてたじゃないですか。ちょっとかわいかったな」
「う……シリカ、あんまりバラさないでよ」
「へぇ~、意外な共通点だね。マルバ君ってそういうの平気そうなのに」
「人を見た目で判断するもんじゃないよ。……見た目といえば、そのボスってどんな見た目だったの?」
「悪魔よ、悪魔」
「珍しいですね。アンデットのボスは初めてじゃないですか?」
「いや、第四十三層のボスはアンデットだった。その時は怖くて攻略休んだけど」
「マルバ君も休んだんだ。私も休んだよ。あの層、アンデットだらけで近寄れなかったから」
「面白そうじゃねぇか。偵察行こうぜ」

 いきなりミズキが会話に割り込んできて、マルバたちはびっくりして固まってしまった。ミズキはそのまま続ける。
「どうせキリトとアスナが初めてボス部屋見つけたんだろ? これだけ人数がいれば十分偵察くらいできるぜ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「なんだ、怖いから降りるとか言うなよ」
「言わないよ、確かに怖いけどさ! いや、そうじゃなくて、この人数じゃちょっと足りないんじゃない?」
 ミズキは無言で安全地帯の入り口の一つを指さした。ちょうど小規模のギルドが入ってきたのだ。アイリアが目をこらしてどのギルドなのか確かめる。
「……《風林火山》ね。知り合いだし、偵察をするなら頼めると思うけど……ホントに行くの?」
「あったりまえじゃねぇか。そんなに怖いのかよ」
「怖いよ、悪魔だよ? お兄ちゃんだって怖いでしょ?」
「うん、できれば行きたくない」
「ほら、お兄ちゃんもこう言ってることだし、やめようよ」
「そういうわけにはいかねぇよ。俺達がここで偵察せずに帰ったら攻略がまた遅れちまう。ほら、行くぞ」
「はぁ……仕方ない、アイリア、行こう」
「嫌だけどしょうがないかぁ……」
 肩を落としたマルバとアイリアに苦笑するシリカ。《風林火山》と合流し、全員で簡単な作戦を立てることになった。


 十分後。
「よし、それじゃ作戦はこれでいいよな?」
「ああ。盾は俺に任せろ。《風林火山》がサポートしてくれれば、ヤバそうな攻撃は俺が耐える」
 ミズキは一瞬でストレージから分厚い本のようなアイテムを取り出し、それに記録しながら答えた。マルバはその早業に目を見張った。おそらくクイックチェンジを使ったのだろうが、なぜそんな記録用アイテムひとつにクイックチェンジのスロットを一つ割り当てているのだろう?
 わずかに疑問に思ったマルバだが、先に作戦の方を優先することにして、自分の分担を確認する。
「それじゃ、僕とシリカ、キリト、アスナが遊撃だね。ボスの背後に回ると脱出が大変になるから、それだけは気をつけよう」
「了解。それじゃ、各自武器の確認を……」
「キリト君、《軍》よ!」
 アスナがキリトの言葉を遮った。皆が急いで入り口の方を見る。ミズキは急いで分厚い書籍アイテムをストレージに収納した。

 果たしてそれは《軍》だった。一人の男が指示を叫ぶと、全員が心身ともに――ここにおいては心と身体は同じものかもしれないが――消耗しきったように地面に崩れ落ちる。
 指示を叫んだ男がこちらにやってきた。重々しく口を開く。
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」
 なんと、《軍》という俗称はいつの間に正式名称になったのだろう。その上、『中佐』と来た。
「マルバ、《リトルエネミーズ》所属」
「キリト、ソロだ」
 とりあえず前にいた二人が短く名乗り返す。コーバッツと名乗ったプレイヤーは大仰に頷くと、二人に尋ねた。
「そうか。君らはもうこの先も攻略しているのか?」
「ああ、ボス部屋の前までマッピングしてある」
「うむ。ではそのマップデータを提供して貰おう」
 それが当然だ、といった表情で言い放った男に一番驚いたのはマルバたちだった。
「て、提供ってアンタ……自分がなに言ってるのか分かってんのかよ!?」
 食って掛かったミズキに男は平然と宣言した。
「我々は君ら一般プレイヤーの解放のために戦っている! 諸君が協力するのは当然の義務である!」

 あきれて言葉も言えないとはまさにこの事だった。全員が抗議しようと口を開き、そのままの態勢で固まった。反論点が多すぎて言葉が出てこないのだ。

 そんな中、アイリアが何かに気づいたように言葉を発した。
「あれ、どっかで会ったことありますよね?」
「む? そうか? 私は覚えがないが」
「いいえ、確かにどこかで会ってますよ。その口調聞いたことあるもん。どこだったかな、はじまりの街あたりだった気が……」
「始まりの街……? あ、貴様ら、まさか!!」
「あー!! あの時の小佐だ! 昇進したんですか!?」
「そんなことはどうでもいい! あの時のオレンジの仲間か!!」

 コーバッツの口から『オレンジ』という言葉が出てきて初めて、マルバはコーバッツへの既視感の正体を悟った。
 圏外村パニでシリカがアイリアのHPを減らしたため、一時的にオレンジプレイヤーになってしまったことがあった。一旦カーソルがオレンジになると、信用回復クエストを受けなければグリーンカーソルに戻ることはできない。信用回復クエストを受けられるのは唯一始まりの街、それも転移門付近のクエストボードだけ。他の街は入った途端警備のNPCプレイヤーに拘束され牢屋に送られるからだ。そういうわけで始まりの街を訪れたシリカは、たまたま任務から帰る途中だったコーバッツの部隊に出くわし、囲まれ、殺されたくなかったらアイテムと武器を置いて牢屋まで来いと言われたため返り討ちにしたのだった。

「おのれ、あの時の恨み……」
「あれはあたしの言い分を聞かずにいきなり取り囲んだあなたたちも悪かったと思うんですけど!?」
「やかましい! オレンジ風情が分かったような口を利くな!」
「ちょっとはあたしの話も聞いてくださいよ、今はグリーンじゃないですか!」
「うるさい! オレンジの話しなぞ聞く価値はない!」

 いきなりシリカの目前にデュエルの申請画面が現れた。
「あの時の恨み、今ここで……!」
「ああもう、どうしたら話を聞いて貰えるんですか!」
「私に勝ったら話でもなんでも聞いてやろう! 最も、お前に私が倒せるとは思えないけどな!」
「言いましたね? それじゃあ受けて立ちます!」
「『半減決着モード』を選びたまえ、全力で叩き潰してやる!」
 画面には『初撃決着モード』と『半減決着モード』の二つの選択肢が表示されている。シリカは迷わず『初撃決着モード』をタップし、そのデュエルを受けた。

「貴様、何故『半減決着モード』を選ばなかった?」
「初撃の方があたしに都合がいいからですよ」
「なんだと……?」
 コーバッツが一瞬戸惑う。二人の間の空間に浮かぶカウントダウンが0を示し、その表示が消えると共に……

 シリカの右手から閃光が迸ると、それは突進技を発動してシリカに襲いかかる最中のコーバッツの肩に突き刺さった。この世界最速のソードスキルの一つ、『アーク』である。クリティカルヒットの証である、赤い火花が散った。

 コーバッツは自分の肩に深々と突き刺さった短剣を凝視し、あり得ない、とつぶやいた。耐え切れず、地面に膝を付く。
「投剣相手に突進技は致命的ですよ、コーバッツさん。避けられないじゃないですか。……それじゃ、わたしの話、聞いてくれますね?」
「くそ……、好きにしろッ」
「それじゃ、話します。ええと、あの時わたしは信用回復クエストを受けに始まりの街に来てたんですよ。あそこじゃないと受けられないので」
「だからどうした! 貴様何が言いたい!?」
「あたしは仲間を説得する時に、ええと、訳あってHPを減らしちゃったんですよ。それでオレンジカーソルになっちゃっただけで、別に犯罪をしたとかそんなんじゃないんです」
「なん……だと……」
「つまり、わたしが言いたいのは、わたしは犯罪者じゃないってことです。オレンジカーソルだからって犯罪者だって決めつけないで欲しいです。大変だったんですから」
「大変だった……?」
「ええ、大変でしたよ。せっかく受けてた信用回復クエストがキャンセルされちゃって最初からやり直さなきゃいけませんでしたし。あれ、受けてる間に他のプレイヤーにダメージ与えるとキャンセルされちゃうんですよ」
「なんて……ことだ……ッ! 私は、ただ、一般プレイヤーのために……よかれと思ってッ!」
「なんていうか、まあ、終わったことなのでわたしはもうそんなに気にしてないです。もう邪魔しないでくださいよ?」

 コーバッツはふらふらと立ち上がった。その手に、キリトが一枚の羊皮紙を押し付ける。
「ほら、マップデータだ」
「……協力、感謝する」
「まあ、なんだ。あんまり落ち込むなよ。よかれと思ってしたことが裏目に出るなんてよくあることだからさ。本当に一般プレイヤーのためを思うんなら、次のボス戦にでも参加してくれよ。盾持ちの人数足りなくて困ってるんだ」
「ボス……戦……。そうか、ボス戦か。情報、感謝する。では」
 コーバッツは再びその目に光を取り戻した。何かいいことを思いついたようだ。彼はそのまま部下を引き連れると安全地帯を出て行く。
 キリトがその後ろ姿に呼びかけた。
「ボスを見つけても、戦わない方がいいぜ。あれは一パーティーでなんとかなる代物じゃないからな」
 コーバッツは振り返らずに応えた。
「それは、私が判断する」 
 

 
後書き
なんとシリカたちはコーバッツと面識があったんです。そしてシリカさん強すぎっす。


裏設定。
シリカがコーバッツに使用した技は『アーク』という投剣スキルでした。
『アーク』はその名の通りものすごく速い技です。強烈なライトエフェクトがその残像を残すことから閃光のように見えますが、その反面妙な特性を持つため攻撃力は低くとどまります。
その特性とは、距離と威力が反比例すること。ゼロ距離で放てば両手剣スキルに迫るほどの恐ろしい威力を持ちますが、20メートルも離れればほとんどダメージを与えられません。投剣スキルのアドバンテージが全くなくなるため、非常に使い手を選ぶスキルですね。 

 

第三十話 グリームアイズ

 
前書き
予告通り連続更新です。 

 
 キリトが《軍》の部隊が気になると言い出したため、全員でボス部屋まで来ることにしたのだが……そこで彼らを待ち受けていたのは絶望的な状況だった。

「おい! 大丈夫か!」
 キリトの叫びが比較的狭いボス部屋にこだまする。
 マルバはキリトの背後から飛び出すと……最悪の状況を目の当たりにした。

 二十メートルほど前方にこちらに背を向けて屹立しているのは悪魔の形をしたボス。《The Gleameyes》と書かれたカーソルの下に五本のHPゲージのうち一本が消え失せているが、残りの四本はほぼ満タンのままだ。恐ろしく長い巨剣を装備して、それを振り回している。あの剣を例えるなら……騎乗した騎士を馬ごと両断するというクレイジーな目的で作られたという斬馬刀に他ならない。両刃(りょうば)だから刀ではなく剣なのだろうが、馬も簡単に切断できそうな刀身を持っている。軽く2メートル半はあるだろう。
 そして、そのボスを挟んで向こう側に先ほどの《軍》の小部隊がいた。人数を数えると、先ほど会った時より二人足りない。脱出したのならいいのだが……。

 部隊の一人が巨剣に斬り飛ばされて床に転がった。
「何をやっているんだ! 早く転移しろ、死ぬぞ!!」
 ミズキの叫びに、そのプレイヤーは――軍の構成員なら兵士とでも呼ぶべきか――顔を上げ、絶望の表情で叫んだ。
「だ、駄目だ!! クリスタルが使えない!!」
「な……んだってッ!?」

 思わず絶句したマルバたちに対し、コーバッツらしき人影がボスの向こう側で剣を掲げ、叫ぶのが見えた。
「何を言うか……ッ! 我々解放軍に撤退の二文字はありえない!! 戦え、戦うんだ!!」
「あの人……ッ!!!」
 シリカは小さく叫ぶと、皆の方を振り返った。
「助けに行きましょう!! このままじゃ更に被害が広がります!」
 シリカの言葉を受けて、《リトルエネミーズ》はすぐに駆け出した。少し遅れてキリトたちが続く。

「はあああぁぁぁァァァァッ!!」
 低い位置から繰り出した拳が途中で軌道を変えた。シリカの身体はまるで彼女自身の拳に引きずられるように浮き上がり、彼女は自分の推進力をそのままぶつけるようにグリームアイズの後頭部に『玄鳥(ツバクラメ)』を叩きつけた。クリティカルヒットになり、HPが目に見えて減少する。
 グリームアイズのターゲットが一気にシリカへと切り替わる。その巨体に似合わぬ素早さで剣が打ち出され、シリカに襲いかかった……が、ミズキがシリカと悪魔の間に入りこんで、斬馬刀の一撃を大盾で受け止めた。筋力値が足りず、ミズキのHPが数パーセント減少する。
「僕達がボスのタゲを取る! クラインたちは麻痺したプレイヤーを担いで脱出してくれ!!」
 マルバが大声で指示を出す。それにしたがってクラインたちが行動を開始した。ミズキもフウカに指示を出し、麻痺したプレイヤーの救助に向かわせる。キリトとアスナも戦闘に加わった。

 それはかなり厳しい戦いだった。ミズキが必死で防御するも、大盾を襲う斬馬刀の攻撃は破壊属性であり、盾と非常に相性が悪い。じりじりと削られるHPを睨みつけながら、ミズキはこのままではまずいと感じた。

「ミズキ、一旦下がって回復して! しばらくなら僕が持ちこたえる!」
「ああ、分かった! 気をつけろよ!」
 ミズキが一旦下がり、代わりにマルバが前に出る。二刀を構え、次々押し寄せる攻撃をどんどん受け流していく。

 まずいことに、敵の攻撃が読めない。両手剣スキルを使っているはずなのだが、軌道が普通のソードスキルと微妙に異なるのだ。なんども危うい場面があったが、シリカの援護もあってマルバはなんとか攻撃をいなすことに成功している。
 しかし……ついにマルバが痛恨のミスを犯した。斬馬刀を振りかぶったボスのスキルをキャンセルさせるべく放った『円月斬』を、ボスがぎりぎりで回避してしまったのだ。
 硬直で動けないマルバを斬馬刀が襲い……マルバの前に踊りでたシリカが、マルバの代わりに斬り飛ばされた。

「シリカーーーッ!!」
 斬り飛ばされたシリカは空中で一回転すると転倒することなく地面に降り立った。HPがわずかにレッドゾーンに入り込んでいる。
「あたしは大丈夫です! 一旦回復するので戻るまで耐えてください!!」

 シリカの声に安心するマルバだが、ここから先は本当にひとつのミスも許されない。マルバのHPは残り約60%。シリカが代わりに受けてくれなかったら先ほどの攻撃でレッドに陥っていただろう。そして、現在マルバの代わりに防御スキルが使える者はキリトしかいないのだ。ここで倒れるわけにはいかない。

 ボスがその巨体を後ろに大きくそらした。ブレス攻撃のプレモーションだ。
 繰り出されたブレスに対し、マルバは回避に成功したがアイリアは失敗してしまった。たちまち麻痺に陥り、その場に倒れる。マルバはアイリアが攻撃を喰らわないようにと彼女をボスの攻撃範囲外まで蹴り飛ばした。

 それを見たキリトが何かを決心したように叫んだ。
「マルバ、アスナ! キツいとは思うが、十秒持ちこたえてくれ!」

 キリトには何か策があるようだが、キリトが抜ければ攻撃を受けられるのはマルバ独りになってしまう。パリィはもう危なくてできない。ひらすらに避け続けるが、いつまでも避け続けられないことは目に見えている。

 ならば……やることは、一つだけ。
 速度特化のプレイヤーとして、相手に攻撃の隙を与えないように連続攻撃をするしかない。

 マルバは左手を持ち上げた。おもむろに十字を切ると、その十字の軌跡から光が降りかかり、マルバの両の武器がかすかに光を帯びる。同時にHPゲージの右に十字架のマークが点灯した。《祝福》、Lv.10。効果時間はたったの60秒だ。

 キリトが強引に斬馬刀をパリィしてブレイクポイントを作り、後ろに飛び退いた。その場所にアスナが飛び込む。
 マルバはシステムメニューを出すと、クイックチェンジの呼び出しボタンを押した。右手のチャクラムが消え、代わりに短剣が現れた。

 システム外の二刀流、《双剣》のマルバ――本領発揮、である。

 キリトの代わりに飛び込んだアスナは一撃目の敵の攻撃を避けるが、二撃目の回避に失敗し、斬り飛ばされて側方に転がった。キリトが焦ったように一瞬顔を上げる。
 代わりに飛び込んだマルバは左手の短剣を振りかぶった。瞬間、左手から閃光のように光が迸り、ボスの頭部を捉えた。投剣スキル、『アーク』。基本的に速いだけが取り柄の攻撃だが、今回に限っては最大の攻撃力を誇るはずだ。右頬に刺さったナイフは白い光を放ちながら貫通属性ダメージを与え続けている。ボスのHPはみるみる減少し、三本目のHPバーが消滅した。

 攻撃力が低いはずの投剣スキルでなぜこれほどまでに強力な攻撃が繰り出せるのかと言うのは、実は裏を返せばじつに簡単な仕組みによる。
 マルバは先ほど十字を切ったが、あれは《瞑想》最上級スキルの『鎮魂』の発動モーションである。効果は、対アンデットに絶大な攻撃力ボーナスを与える支援効果の《祝福》の最大レベルであるレベル10をプレイヤーに付与することだ。
 グリームアイズは悪魔形モンスターなので、一応アンデットに分類されるはずである。だから《祝福》の効果が出るのではないかと予想したのだが、その予想が見事に的中したためこのように大量のダメージを与えることができた。

 マルバは左手の短剣を腰だめに構えた。突進系短剣技『ラピッドバイト』で一気に距離を詰め、体重を乗せた一撃。そして、左手のソードスキルの終了を待たず、そのまま右手だけで『双牙』の初期モーションを取った。システムがモーションを検知し、右手がマルバの思った通りに動く。そして、振りぬいた右手に続くように……左手が脇に引き寄せられ、瞬時に打ち出される。

 これこそが……《双剣》の最大のメリット、システム外スキル『遅延解除(ディレイキャンセル)』。《双剣》は種類が異なる武器を二つ一度に装備することによって二種類のソードスキルを同時に発動できるのだが、その際に直前に発動したスキルのディレイを直後に発動したスキルのディレイで上書きできるのだ。
 ただし、これは諸刃の剣でもある。キャンセルした分のディレイはなくなるわけではないからだ。最後に放ったスキルのあとでまとめてそれまで全部のディレイを受けることになる。

 『双牙』が発動し終わる前に、マルバはその場で『弦月』を繰り出してそのディレイを上書きした。両手のディレイがキャンセルされて動けるようになる。
 足が地に付く前に、マルバは空中で短剣の連続技『ファッドエッジ』を放った。それは吸い込まれるように悪魔の胸に命中する。左手の短剣が動きを止める前に、マルバは右足から一本の短剣を抜き放った。思い出の武器……『トレンチナイフ』。
 右手が閃き、『パラレル・スティング』が炸裂した。赤く散った火花はクリティカルヒットを示している。左手のディレイは再びキャンセルされ、その手から短剣が飛び出した。投剣の数少ない重攻撃技、『トルネード』だ。剣は首筋のあたりを斬ったようだが、マルバはそんなことは一切見ていない。今度は右手の短剣が閃き、『スライスエッジ』が発動した。これは空振りに終わった。
 しかし……マルバは止まらない。左手を腰だめに構え、右手はスライスエッジ発動直後のディレイでマルバの胸の前で停止している。瞬時に両手が光りを放ち、システムがスキル初動モーションを検知した。

 ――それは、舞い散る花のように――
 《体術》派生オリジナル(、、、、、)ソードスキル、『百花繚乱(ヒャッカリョウラン)』!!

 拳と手刀が入り乱れて凄まじい連続攻撃を繰り出す。スキル発動の光がパッパッと散り、激しい戦闘のさなか小さな花びらが飛び散っているかのような印象を受ける。一撃一撃ではびくともしないグリームアイズも、恐ろしい攻撃速度に対応しきれず斬馬刀を盾にしてマルバの攻撃を防ごうとした。マルバは構わず斬馬刀を攻撃し続ける。マルバの拳はボスのHPの代わりに斬馬刀の耐久値をがりがりと削り……ついに、斬馬刀は中央からポッキリと折れた。
 マルバはボスとの間に開いた距離を、まるで突進技を使ったかのように不自然な速さで埋め、さらに連続攻撃を浴びせ続けた。
 いつまで続くのか分からない攻撃は、拳と手刀が入り交じる攻撃から拳のみの攻撃に移行していって、最後に『閃打』らしき一撃を放つと、マルバは強烈なディレイで動けなくなった。

 ボスがこの瞬間を逃すまいとばかりに拳を振り上げる。マルバは不自然に長いディレイで動けず、自分に牙をむく攻撃を避けることすらできない。マルバに巨大な拳が命中する直前、二刀を構えたキリトが割り込んできて、その拳を受け止めた。



 ……キリトがボスを撃破し終わっても、マルバは先程のディレイの格好のまま固まっていた。キリトが二刀流スキルの存在を告白して、みんながそれに驚いている間もずっと『閃打』発動直後の格好のままだった。
「マルバさん、お疲れ様でした! 凄かったですよ、さっきの!!」
「ああ、ありがとう。結構きつかったけどね……」
「それで、お前はいつまでその格好で固まってるつもりだよ」
「……ディレイが解けるまで、かな」
 はあ? とそこにいる全員が素っ頓狂な声を上げた。
「……マルバさん、さっきの技ってそんなにディレイ長いんですか?」
「いや、いくら長いにしてもこれはおかしいだろ。もう五分はたったぞ。マルバ、お前一体どんな裏技使ったんだ?」
「『遅延解除(ディレイキャンセル)』、だよ」

 マルバはディレイキャンセルについてその場の全員に説明をした。パートナーであるシリカはディレイキャンセルのことも知っていたため、説明に補足したりして固まったままで話しにくいマルバの手助けをしてくれた。
「つまり、ディレイキャンセルは簡単に言えば遅延(ディレイ)遅延(ディレイ)させるシステム外スキルなんだよ。直前に使ったスキルのディレイを直後に使ったスキルの後に発生させるんだ」
「つまり……お前が最後に使った大技、あれの後にそれまで使ってた技のぶんのディレイが発生したってことか?」
「いや、それだけじゃ説明できねぇ。お前のディレイはなんでまだ解けねぇんだ? こんなに長いディレイを課されるほどたくさんのスキルをディレイキャンセルしまくったわけじゃねえじゃねえか」
「おかしいのはそれだけじゃないよ。マルバくん、さっきのソードスキル、エフェクトが一色だけじゃなくていろんな色があったよね。ソードスキルのエフェクトは必ず一色のみのはずだよ。一体どんなスキルを使ったの?」
「……『百花繚乱』。僕はそう呼んでる」
「『百花繚乱』……? キリト君、体術スキル上げてたよね。知ってる?」
「いや、コンプリートしてるけどそんなスキルは聞いたことないぞ」
「そりゃそうだろう。僕が勝手に作った、いわば《オリジナルソードスキル》なんだから。……あれは大技なんかじゃないんだ。様々な体術スキルと短剣スキルを、発動後の態勢と次の初動モーションが同じになるように繋げて、クーリングタイムの制限が許す限り連続で発動させ続けるっていう技なんだから。システム外のソードスキル、だからオリジナルソードスキルだよ」

 ここまで話してからようやくマルバのディレイが解けた。凝り固まった身体をほぐそうとするかのようにあちこちの関節を回す。
「そんなのアリかよ……。 ゲームバランスが崩れるじゃないか」
「いや、実践で使ったのなんてこれが初めてだよ。五分もディレイするような技が使い物になるわけないじゃん」
「まあ、それもそうか。……あーあ、『二刀流』もバレちゃったし、しばらくめんどくさいことになりそうだ」
「ふっふっふ、修行だと思って頑張り給えよ、このリア充が」
「……お前、彼女いるじゃん。お前のほうがリア充じゃん」
「細かいこと気にしたら老けるよ」
 マルバの毒舌に、キリトはため息で応えた。


「くそっ……ッ、何故だ……ッ!!」
 誰かの叫びが聞こえた。皆がその声の方を見る。叫んだのはコーバッツだった。
「我々は……常に一般プレイヤーの……解放の為に……努力しているというのに……ッ!」

 苦笑と共にそれに答えたのはミズキだった。
「おいおい、お前それマジで言ってんのか? 《軍》なんて攻略にぜんぜん来てねぇらしいじゃねぇか」
「それは……ッ」
「おおかた、自分の地位を上げるために努力してただけじゃねぇか? 前会った時より昇進してんだろ?」
「違うッ!! 私は、全プレイヤーのために……ッ!」
「おうおう、まだ言うか」

 呆れてつぶやくミズキの代わりに、シリカが純粋な疑問を発した。
「全プレイヤーの解放のために戦ってるのが《アインクラッド解放軍》じゃないんですか? なんでこんなふうにぜんぜん攻略に参加しなくなっちゃったんです?」

「全プレイヤーの……解放の、ために……?」
「そうですよ。さっき、自分でも言っていたじゃないですか。 『我々は君ら一般プレイヤーの解放のために戦っている』って」

 シリカの下手な声真似に、コーバッツは自嘲の笑みを浮かべた。
「そう、だな。……確かに、我々は一般プレイヤーのために戦う組織のはずだった。あいつが指揮を取り始めるまでは。……おい、お前たち」

 コーバッツの部下たちは突然呼びかけられて慌てたように立ち上がった。
「はい、なんでしょうか隊長!」
「お前たちは私の部下だよな?」
「もちろんです、隊長!」
「いいか、今日を持ってこの部隊は解散する。お前たちはこれより先、私の部下ではない。それでも……もし、私についてくるつもりがあるのなら。《軍》の現状を変えたいと思うのなら……お前たちは私の友人として、私と一緒に来るがいい」
「隊長、一体何をするおつもりで……?」
「……今日を持ってキバオウの軍閥から脱退し、シンカー元ギルドマスターの下に入る。 腐りきった軍の再建の手伝いをして差し上げるのだ」

 コーバッツの言葉に、彼の部下たちは一斉にどよめいた。
「隊長……ッ! 一生お供します!!」
「さすが隊長だ! 厳しいだけじゃねえ!」
「隊長ならいつかそう言っていただけると信じていましたッ!!」
「隊長……ッ!! 隊長ぉーーッ!! うおおおおおおおぉぉォォォッ!!!」
「うおおおおおおおぉぉォォォーーーーーーッ!!!」
「こら、お前らくっ付くな鬱陶しい! ええい離れろ!! 男に抱きつかれたってちっとも嬉しくないわ!」

 抱きついてくる部下たちをなんとか鎮めた後、コーバッツはシリカに向き直った。
「すまなかった。私はどうやら間違っていたようだ。……フッ、あの時大敗して以来二度と負けないようレベリングをしてきたが、まさかその大敗を喫したオレンジにこんな事を言われることになるとはな。」
 ここで一旦言葉を切ると、コーバッツはシリカに背を向けた。
「それでは、また会おう。また戦うことがあれば、次こそ負けはせんからな。 ……おい、ガイズ!」
 ガイズと呼ばれた男が一歩前に出て、丁寧に尋ねる。
「なんでしょうか?」
「転移結晶で黒鉄宮に戻り、先に離脱したバレルとカノンに伝えろ。我々はシンカーに付く、とな。あいつらなら私についてくるだろう」
「はい、了解しました!」
「お前たち、このまま転移門のアクティベートに向かうぞ。キバオウとシンカーも街開きに訪れるだろう。その時にシンカー側に付くことを宣言するんだ。……ふふふ、キバオウの奴、慌てるだろうな。軍の主力部隊がシンカー側に寝返るんだから」
 心底嬉しそうに笑いながら、コーバッツはボス部屋の奥の扉に向かって歩き出した。


 ……翌日の新聞記事の一面に『軍の大部隊を全滅させた悪魔、それを撃破した二人の二刀流使い、怒涛の百五十連撃』という誇張にも程がある記事が踊ることを、彼らはまだ知らない。 
 

 
後書き
出た! マルバの最強スキル、『百花繚乱』!! ハマればキリトより強いかもしれない、チート級の技です。剣技連携(スキルコネクト)とはちょっとだけ違いますよ。あれはデメリットゼロですが、遅延解除(ディレイキャンセル)はディレイがどんどん溜まってきますからね。原作設定にも反していません(別種のスキルは同時に使えるってどこかに書かれていたはず)。
『百花繚乱』の威力を地味に底上げしているのが、《瞑想》最上級スキルの『鎮魂』です。あれは、教会で付与してくれるバフの『祝福』の強力なやつを短時間付与するスキルです。クーリングタイムは設定してませんが、きっと120分とかそれくらいです。もっと長いかも。例えば、一日一回しか使えない制限があるとか。

あと……前回からミズキの言動にちょっと気になるところがある人もいるかもしれません。気にしないでください。じきに疑問が解けます。

プロットを書いていたら、第二十七話に致命的な矛盾が生じました。でも今から書きなおしても読んでくれる人が少ないでしょうし、このまま突っ走りますw
矛盾が生じた時点で、あとがきでその矛盾を無理やり解消させるような説明をしますので許してくださいm(__)m 

 

第三十一話 キリトvsヒースクリフ

 
前書き
デュエルシーンを一行ごとに改行することで臨場感を出してみましたが、いかがでしょうか? 

 
「へーい、らっしゃいらっしゃい! 黒エール、50コルだよ!」
「サンドイッチいかがっすかー? 一つ40コルっすよーっ」
「『タイムリー』号外、一部100コル! 今日の見所いっぱいだよ! さあ買った買った!!」
「『キングス』誌もまけちゃいねえ! 二人のユニークスキルを徹底紹介だ! 一部80コル!」

 食べ物屋の他、数々の新聞屋も号外を刷って売り出している。本来前線、中層、低層に分かれて活動しているはずの新聞屋すべてが今日の大イベントであるキリトとヒースクリフのバトルに注目しているようだ。
 低層の引きこもり以外のほぼ全プレイヤーがこのバトルの観戦に来ているらしい。

 ミズキとアイリアの姿も見える。マルバは二人がいることに気づいたが、気づかないふりをしておいた。せっかくのイベントだ、シリカと一緒に見たい。
 ちらりとミズキたちを見ると、ミズキが分厚い本のようなものを開き、そこに何かを書き込んでいるのが見えた。アイリアはそれを優しそうな表情で見つめている。一体何をしているのだろう。気になったが、ずっと見ていると気づかないふりは難しくなるため、これ以上の詮索はやめておいた。

 マルバはいつも購読している新聞である『タイムリー』誌の号外を買い、更に中層プレイヤー向けの『キングス』誌の号外も購入した。
 シリカと二人で回し読みして、今回のバトルの二人のスキルについて簡単におさらいをしておく。


 ユニークスキル、《二刀流》。
 片手用長剣二本を同時装備して戦う、スピード系だが一撃一撃の重さが片手剣スキル並の重さを持つ、チート級のスキルだ。

 それに対し、ヒースクリフの《神聖剣》。
 大盾と長剣を二本同時装備して戦う、攻防一体型のスキルだ。一撃一撃が非常に重く、また盾の防御力をブーストする効果もあるのではないかという意見があるほどの防御力を誇る。盾で発動するスキルと剣で発動するスキルの二つによって構成されるらしい。


「こうやって見ると、両方ともありえない強さですね……」
「そうだね。なんか不自然だなぁ」
 マルバとシリカの言うとおり、フェアネスを貫いているはずのSAOにおいてはこの二つのスキルは不自然なほど強い。剣を二本同時装備というのも盾でスキル発動可というのも両者とも単純に攻撃手段が二倍に増えるのだから、本当にチート級のスキルだ。

「マルバさんも二刀使いますけど、あれは制限が多いですからね」
「そうだね。僕のは二刀のうち同時には片方しか短剣として使えないし、スキルを二つ繋げばディレイも二倍になっちゃうしねぇ」
「それに《二刀流》はともかく《神聖剣》っていうのは変な名前だと思いません?」
「どこが?」
「《片手用直剣》、《短剣》、《曲刀》、《投剣》。SAOのスキルってすごくわかりやすいのばかりじゃないですか。それなのに《神聖剣》は名前だけ見てもなんのスキルなのか全然分からないですし、『神』とか付いてるとすごく特別なものに思えます」
「確かに。茅場晶彦自らがデザインしたのかな?」
「じゃあ、なんでそんな特別なスキルをあの二人は使えるんでしょうか?」
「……シリカ、鋭いね。うーん、確かに妙だな。キリトの話によれば、《二刀流》スキルは『いつの間にか習得していた』スキルらしい。つまり、習得条件があるってことになるね」
「だとするとすごく厳しい条件なんでしょうね。キリトさんしか習得できていないスキルなんて」
「あるいは……これはただの予想だけど、『SAOの中で特定のフロアボスを撃破する』ことが習得条件だったりしたら、撃破した人以外は習得不可になるよね?」
「うーん、確かにそうかもしれませんね。……それが一番あり得る気がします」

 二人は持っている新聞を交換した。マルバはもう一部の新聞に目を通す。
「あれ? これ、『ヒースクリフの《神聖剣》が最初に目撃されたのは第五十層のフロアボス戦でのことだった』って書いてあるね」
「それがどうかしたんですか?」
「いや、五十層って言うと確か――あ、《軍》の一団が一撃で全滅して、それで一度戦線が崩壊したやつだ。あの時ミズキみたいな大盾持った奴が一人でしばらくボスの攻撃を受け続けてたけど、あれがヒースクリフだったのか」
「え!? 単独でボスの攻撃を耐え続けたんですか? しかも、パーティーを一つ壊滅させるような攻撃を!? ……さすがにおかしくないですか、その防御力は」
「うん、神がかってるよね。更にすごいことに、ヒースクリフのHPバーは今まで一度もイエローになったことがないらしい」
「そんなことが……」
「あっ、始まりそうだよ」

 キリトとヒースクリフが入場してきた。オーディエンスが沸く。中央で二人は何か言葉を交わすと、少し距離をおいて向かい合った。
すぐにカウントダウンが始まり、やがてその数値が0を指すと、二人とも同時に地を蹴った。



 それは恐ろしくハイレベルな戦いだった。
 キリトの剣が凄まじい速さで唸り、ヒースクリフは初見にも関わらずその全てをたたき落としている。
 瞬時に攻防が切り替わり、今度はヒースクリフの反撃が始まった。
 盾が光る。
 まっすぐに突き出された盾を、キリトはぎりぎりで回避した。

 一旦二人の間に距離ができた。
 ヒースクリフがキリトに何かを語りかけ、キリトがそれに短く応じる。

 そして再び剣が交わった。
 あんなに重そうな装備のヒースクリフだが、その速さはありえないほど速い。
 キリトの凄まじく速い剣先を、盾で難なく受け止め、隙があらば即座に反撃する。
 気づけば、ヒースクリフの口元はかすかに笑っていた。
 キリトも楽しそうに笑っている。

 ――もっと、もっと速く……!

 二人の戦闘はさらに加速した。
 すると、少し不思議なことが起こり始めた。
 ヒースクリフの動きが鈍くなってきたのだ。
 キリトの動きに付いてこれない。
 キリトへの反撃が挟めない。

 やがて、ヒースクリフが致命的な隙を見せた。
 盾を横に振りすぎて、がら空きになった胴に、キリトの一撃が迫り……



「……ッ!?」
「見えました、マルバさん!?」
「いや見えなかった! なんだ今のは!」
「私にも見えませんでした! でも……今のはどう見ても避けられない攻撃だった。どうやって避けたんです!?」
「あり得ない……あれも《神聖剣》の力なのかな?」
「スキルエフェクトがありませんでした。《神聖剣》じゃないです!」
「なら、あれはヒースクリフ自身の反射神経なんだろう。でも、あれはいくらなんでも速すぎる気がする」
「そうですよね。……わたし、ちょっとあれは気になります」
「そっか。……なら、戦うしかない、かな」
「そうですね。……行きましょう」


 勝利したにも関わらずなぜか暗い顔のヒースクリフは、キリトを一瞥した後その場をすぐに去ろうとした。しかし……
「ちょーっと待ったぁッ!」
「待ってください!!」

 ヒースクリフの行く手を、二人のプレイヤーが阻んだ。オーディエンスから矢次が飛ぶ。それを意に介さずに、マルバはヒースクリフに話しかけた。
「ヒースクリフさん、あなたの先ほどの回避、すごかったですね。僕もあなたと戦いたくなりましたよ」
「わたしもです。あんなに速く動ける人がいるとは思いませんでした。一度、わたしとデュエルしてくれませんか?」

 ヒースクリフはわずかに顔をしかめたように見えたが、すぐに無表情になった。
「そんなことをして私になんの得があると言うのかね?」
「本来一試合だったデュエルが三試合になるんだ。入り口の近くでやってる、どちらのプレイヤーが勝つかっていう賭けは《血盟騎士団》が主催なんでしょう? いい収入になるんじゃないですか?」
「ふむ。確かに《血盟騎士団》とはいえ資金は常に不足している。しかし、いいのかね? それでは私が勝っても負けても同じではないか。本気を出す理由がなくなってしまう」
「そんなことないさ。あなたはさっきのデュエルの最中、笑ってましたよね? デュエルが好きな人間がデュエルで真剣にならないなんてことはないはずですよ。それとも、僕ではあなたには敵わないとでも?」
「正直、敵わないと思うがね。まあ、それはやってみなければ分からないことだ。さて、どちらから戦うかね? 私は二人同時でも構わないが」

 ヒースクリフは二人の返事を待たず、会場中に聞こえるようにシャウトした。
「今ここでもう二人、デュエルに申し込んだ者がいる! せっかく人数が四人に増えたことだから、ここで総当り戦を行うことにしようと思う! せっかくの機会だ、楽しんでくれ給え!!」

 オーディエンスが再び沸き、マルバとシリカは話が違うとばかりに不満そうな顔をした。しかしヒースクリフはその恨みがましい視線を全く意に介さずにこう言ってのけた。
「こうでもしないと割に合わないのでな。さて、今聞いての通りだ。オッズが成立するまでに、三人でデュエルの順番を決め給え。私は何番目でも構わないのでな」 
 

 
後書き
さてさて、出ましたよ、原作との相当の矛盾が。
原作で軍のトッププレイヤーは25層で壊滅してますが、この話では50層で壊滅したことになっています。すみませんでした、許してください。

更新が遅れたのは、英検を受けてきたからです。あと学校の行事もありまして、間が開いてしまいました。また少しずつ公開していくので楽しみにして頂ければ嬉しいです。

裏設定。
気づいた方も多いと思いますが、新聞屋は現実の新聞をモチーフにしました。そう、イギリスやアメリカと同じように階級によって読む新聞が異なるんです。
前線のトッププレイヤーが読む『タイムリー』誌は『タイムズ』誌のパクリです。中層の上位プレイヤーが読む『キングス』誌は『キングス・クロス駅』から付けました。英国行ってみたいなあ。 

 

第三十二話 総当り戦

「マルバ、そういえばお前とデュエルしたことってなかったな」
「そうだね。キリトと戦うのは初めてだなぁ」
「でも俺が負ける予感がするな。『百花繚乱』で短期決戦されたら打つ手がないから」
「そう? じゃあ、お互いにハンデつけよっか。僕は《遅延解除(ディレイキャンセル)》を使わない。キリトは『スターバースト・ストリーム』以上の上級技を使わない。これでどう?」
「お、いいなそれ。乗った!」

【DUEL START!】
 システムウィンドウが閉じると同時に、マルバとキリトは駆け出した。二人の間の空間は一瞬で閉じ、剣が空中で交差する。キリトの左の剣はマルバの右のチャクラムが、右の剣は左の短剣が、それぞれ切り結んだ。キリトは《二刀流》だが、マルバも《双剣》である。二刀の防御なら十分に可能だ。そのまま二人が立ち位置を変えると、マルバの短剣はマルバの(、、、、)予想通り遠くへ弾き飛ばされていた。
 キリトの動きが少し遅くなった。武器を取り落としたマルバに対して余裕を感じたのだろう。しかし、それはマルバの思う壺だった。そのまま再び突っ込んでくるキリトに対し、マルバは『玄鳥』で迎撃する。マルバの後に続いて地を蹴ったユキは、キリトとすれ違う前に『幻惑』を放った。白く塗りつぶされた視界の中、キリトの剣とマルバの籠手が空中で交わり、二人は立ち位置を交代した。振り向こうとするキリトに背後からチャクラムが襲いかかる。そう、マルバは『幻惑』の中、空中で追跡性能が高い『鎌鼬』を放っていたのだ。キリトは半分勘に頼ってそれを回避しようと横に飛んだが、遅い。『鎌鼬』がキリトに追いつき、その身体を滅多切りにした。

【WINNER:Malva!】


「くそ、あのちびっ子のこと忘れてた……」
「まだまだ甘いよ、少年」
「余裕こきやがって……」

 マルバはその場から退場し、代わりにシリカが入場してきた。

「キリトさん、連続で大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。もう始める?」
「ええ、そうしましょうか。回復技持ちのピナがいるとこちらが一方的に有利なので、ピナは今回休ませておきます」
「別に居ても平気なのに」
「本当ですか? ピナのバブルブレスはユキの幻惑より強力ですよ?」
「……やっぱナシで」
「あはは、それがいいと思います。……それじゃあいきますよッ!」

【DUEL START!】
 カウントが0になると同時に突っ込んできたキリトを、シリカは冷静に回避した。四連撃、『バーチカル・スクウェア』。全てを避けきると同時に床を蹴ったキリトは、硬直が解けるまでにシリカから十分な距離を取ろうとした。
 しかしそれを逃すシリカではない。短剣の突進技を利用してキリトに追いすがったシリカはそのまま攻撃を打ち出そうとして……、その瞬間を待っていたかのように、キリトが先に動いた。
 十六連撃、『スターバースト・ストリーム』。シリカは一撃目の剣先に突進技を当て、反動で自分の身体を飛ばすことで攻撃を防ごうとするが……
 一撃目。キリトの右手の剣とシリカの短剣が見事にぶつかり合い、両者が反動で二メートル以上吹き飛ばされた。
 二撃目。態勢を整えようとするキリトは、二撃目を故意に地面に誘導することで転倒を防いだ。
 三撃目。遠くへと飛んでいくシリカには全くもって届かず、空を切る。
 十撃目。連撃を止めないように移動するには時間がかかる。キリトは散々空振りしながら地面に倒れて受け身を取るシリカに追いすがるも、地面から上半身だけを起こしてぎりぎり転倒していないシリカの短剣でパリィされた。
 十一撃目。シリカの籠手が『パーリング』を成功させ、剣が遠くに弾き飛ばされる。キリトは危うくキャンセルされかけたスキルをなんとか立て直した。
 十二撃目。しゃがんだシリカの頭上を通り過ぎる。
 十三撃目。剣先がシリカを捉えた。しかし強ヒットには至らず、シリカのHPの一割ほどが削られただけだ。
 十四撃目と十五撃目。二つの剣が同時に横薙ぎを繰り出す。シリカは下側の片方を短剣でパリィ、姿勢を低くして上側の一撃を躱す。
 十六撃目。姿勢を立て直したシリカは、先ほどのパリィで武器を取り落としていた。『閃打』の構えを取り迎撃を試みるも、最後の攻撃は斬りではなくて突き。突きを拳で受け止めるのは無茶がある。手刀の技を使えばよかったな、と一瞬考えたシリカの胴を、キリトの剣が貫いた。

【WINNER:Kirito!】

「……流石ですね。出し惜しみしないで《遅延解除(ディレイキャンセル)》も使えばよかったです」
「えっ、シリカも使えるんだ」
「はい、マルバさんから特訓受けましたから。キリトさんも訓練してみますか? ……いえ、そういえばキリトさんには使えないはずですね」
「そうだな、俺は長剣二刀流だから同時にひとつしかスキル使えないし。……うーん、俺もディレイキャンセルに対抗できるようなシステム外スキル探してみるかな。せっかくの二刀流だから」
「そんな簡単に見つかりますかねー?」

 シリカとキリトは向い合って一礼すると、キリトがその場を後にし、代わりにヒースクリフが入場した。オーディエンスが一斉に沸く。

「さて。シリカ君と言ったかな」
「はい、そうです」
「ハンデは要らないかね?」
「ピナを戦闘に参加させてもらえれば十分です」
「そうか。よほど自信があるようだな。一応私はアインクラッド最強と言われているのだが」
「……それを自分で言っちゃうんですか」
「一応デュエルでは負け知らずなのでな。多少舞い上がっているだけかもしれないが」
「それなら、その連勝記録を今日この場で止めて見せます!」
「ほう、それはそれは。……ふふふ、楽しませてくれ給えよ」
「思う存分楽しませてあげます! 《竜使い》シリカ、行きますッ!!」
「ふむ、私も名乗るとするか。……《神聖剣》ヒースクリフ、参る!」

【DUEL START!】
 最初に動いたのはシリカだった。右手の短剣が鋭い風切り音をたててヒースクリフに迫る。
 ヒースクリフの十字盾は難なくそれを防いだ。
 しかし、これはただの挨拶代わりのようなものだ。
 シリカも一瞬で引き、代わりにシリカのいた場所をヒースクリフの剣が薙いだ。
 剣はシリカから見て左側に振られ、シリカは隙ができた右側に攻撃を仕掛ける。
 しかし、ヒースクリフの盾はあまりにも大きく、少し動かすだけで短剣技を防いでしまう。
 剣が再び唸りを上げ、シリカを襲った。
 シリカはそれを籠手で受け止めるも……筋力値で負け、一割ほどのダメージを受ける。
 ヒースクリフの剣は動きを止めない。
 横薙ぎの剣は頭上に振り上げられ、すぐに振り下ろされた。
 シリカは短剣でパリィし、一メートルほどの距離を取る。
 短剣を振り上げ、頭上に投げ上げた。
 バトンのようにくるくると回りながら光を放ったそれは、ヒースクリフのいた場所目掛けて降ってくる。
 ヒースクリフはやや遅めのバックステップを踏み、それを回避。
 シリカはヒースクリフに体当たりするように至近距離からの『玄鳥』を放った。
 ヒースクリフはそれをまともに受け、吹き飛ばされる。
 しかし……ヒースクリフのHPは二割ほどしか削れてはいなかった。
 シリカは地面に突き刺さった短剣を抜きながらバックステップ。
 二人の間に五メートルほどの距離ができた。
 すかさずピナがやってきて、シリカのHPをフル回復した。

「なかなかやるようだな。君に対する認識を改めなければならないようだ」
「これでも最前線で戦ってますからね」
「ふふふ。この戦い、楽しくなりそうだ」

 ヒースクリフの剣が光をまとい、シリカに凄まじい重さを持った攻撃が襲いかかる。
 シリカはそれをサイドステップで回避、カウンターで短剣の連続攻撃技を繰り出した。
 この技は軌道が複雑で、初見では決して回避することはできない。
 短剣の剣先がソードスキルの力を得て加速し、連続五回攻撃が決まる。
 一撃目。右側からの袈裟斬りを、ヒースクリフの剣がパリィした。
 二撃目。下からの斬り上げは、大盾が防御する。
 三撃目。振り下ろされた短剣は、その軌道を見越した盾が防御しきった。
 四撃目。その場でのクイックターンと共に打ち出された左側からの横薙ぎは、やはり盾が防ぎきる。

 シリカは違和感を感じた。
 今まで何回もデュエルをしてきたが、このような完璧な防御は同じ短剣使いしかできない。
 何度もスキルを発動させ、軌跡を完璧に知っている者でなければこのようには防御できないはずなのだ。

 五撃目。シリカは最後の突きを繰り出しつつ、胸いっぱいに空気を吸い込む。
 そして……

「ピナ、『バブルブレス』!」

 彼女の叫びに呼応し、小竜が飛来する。
 シリカは最後の突きを盾のど真ん中に突き立て、反動で自分の身体を吹き飛ばした。
 シリカと入れ違いでヒースクリフに向かっていくピナは、ヒースクリフの頭上を越えると同時に彼に向かって シャボン玉の泡のようなものを吐いた。
 しかし、ヒースクリフは全く怯んでいない。
 空中のシリカに追いすがるように斬り上げの技が発動し、シリカはそれを籠手で弾いて地に降り立った。

 ――今だ。
 ヒースクリフはバブルブレスによって大幅に視界が狭まっている(、、、、、、、、、、、、)はずだ。
 シリカを迎撃するために上空を見ていたヒースクリフは、今シリカが何をしているのか目撃できない。

 シリカは左脚のブーツから一振りの短剣を抜き出した。
 それは――『トレンチナイフ』。
 そして最速の技を一瞬で繰り出す。
 この距離で剣を使って繰り出す最速の攻撃と言えば、普通考えられるのは『スライスエッジ』。
 しかし、シリカが繰り出した攻撃は、例え見えていたとしても、ヒースクリフには予想できなかっただろう。
 シリカはしゃがみこんだ不安定な姿勢で、短剣を振りかぶった。

 左手から閃光が(ほとばし)る。
 この世界で最速の技、それは――投剣技『アーク』。

 その閃光は確実にヒースクリフの喉元を捉えていた。
 上空に振られた盾は決して『アーク』の速さには対応できない。
 シリカは勝利を確信した。

 しかし……
 ヒースクリフは、シリカの攻撃を視界の隅に(、、、、、)捉え、驚愕に目を見開いた。
 すぐさま盾を動かし始める。
 間に合わないはずだった。
 決して間に合わないはずの盾は、恐るべき速さで移動し、閃光を受け止めた。

 短剣が跳ね返る。
 シリカはそれを無意識に受け止め、跳躍した。
 盾が下に振られすぎている、今なら……!
 『アーク』は冷却(クーリング)中なので発動できないが、空中でシリカは再びその剣を振りかぶった。
 投剣技『ダブルシュート』。
 両手の短剣が唸りを上げ、時間差でヒースクリフを襲った。

 ヒースクリフの動きは今度こそ間に合わなかった。
 一撃目が持ち上げられた盾の向こうに消える。
 二撃目は盾に弾かれたが、確かに一撃目は肩あたりにクリーンヒットしていた。

【WINNER:Sirica!】


 オーディエンスの歓声が響き渡る中、シリカは短剣を回収して装備しなおした。
 ヒースクリフは非常に険しい顔をしていた。彼はまず自分のHPゲージを確認し、それが6割ほど残していることを確認する。『マルチシュート』は攻撃力が低い技なので、クリーンヒットを受けてもそれほどHPが減らなかったようだ。
「シリカ君。私は君を見くびっていたようだ。まさか本当にこの私が負けることになるとは」
「偶然ですよ。私もまさか『アーク』が防がれるとは思いませんでした。すごい反射神経ですね」
「はっはっは、敏捷性が低くても筋力値があれば盾を素早く操ったりすることはできるのだよ」

 高らかに笑ってみせたヒースクリフだが、その表情は全く笑っていない。
「さて、次はマルバ君かな。観客がお待ちだ、立ち去り給え」
「わかりました」

 シリカは一礼するとこちらにやってきたマルバとすれ違う。
「マルバさん。あの人は何かおかしいです」
「そっか。分かった、僕は勝つことより彼が何を隠しているのか調べることにするよ」
「頑張ってください」

 シリカが退場し、マルバはヒースクリフと対峙した。
「君がマルバくんか」
「そうですよ。僕が《双剣》のマルバです」
「ほう、《双剣》。投剣と短剣を同時に使う者がいると聞いていたが、それは君のことかい?」
「多分そうでしょうね。僕以外にこんな変な戦い方する人、知りませんから」
「なるほど、なるほど……それでは、私は今日、二人の『二刀流』と戦うことになるわけだ」
「そうなりますね。貴方自身も二刀流のようなものですけど」
「はっはっは、面白いことを言う。盾が剣と同等の武器になり得ると? 私は盾はあくまでも補助として使っているつもりだったが」
「十分なりえますよ。僕のギルドには大盾使いがいますが、彼が剣を抜いたところはほとんど見たことがないです。彼はほとんどシルドバッシュだけで戦ってますよ」
「ほほう……それは実に興味深い。《盾攻撃スキル》はあくまでも盾に当たり判定を与えるだけのスキルだったはずだが。今度その彼に会わせてくれ給え」
「いいですよ、彼もあなたと話してみたいと思いますし」
「さて、そろそろ始めようか。観客が待ちわびているようだから」
「そうですね。それでは、改めて。 ……《双剣》のマルバ、参る!!」
「フッ、君も名乗るのか。いいだろう! 《神聖剣》ヒースクリフ、受けて立つ!!」

【DUEL START!】
 カウントがゼロになったにも関わらず両者は一歩も動かなかった。
 シリカの言ったとおり、この男が何かを隠しているのだとすれば……これはその隠しているものを暴くいい機会だ。
 二人の視線が交差する。

 マルバはヒースクリフの装備を見つめた。
 なんの変哲もない十字剣と十字盾。
 装備に特別な点は見られない。
 しかし、ヒースクリフは十字盾でもスキルが発動できるのだ。
 盾にも十分に注意すべきだろう。

 ヒースクリフはマルバの装備を見つめた。
 なんの変哲もない短剣と、明らかに何かが違う円月輪(チャクラム)
 あの円月輪は普通の円月輪ではないはずだ、とヒースクリフは推測した。
 おそらく、複属性武器。
 彼は円月輪に特に注意を払うことを決めた。

 最初に動いたのはヒースクリフだった。
 十字剣を地面と平行に構え、すっと打ち出す。
 マルバはそれを籠手で上へと弾いたが、続く盾の追撃にバックステップを踏む。
 ヒースクリフは更に追撃を重ねた。
 マルバはステップで回避しつづけるが、そんなことがいつまでも続くわけがない。
 マルバは再び剣をパリィすると、大きく跳躍してヒースクリフの背後に降り立った。
 すぐに攻撃に転じるが、そこはさすがの反応ですでに盾を構え直しているヒースクリフ。

 マルバは攻撃をどこに打ち込むべきか迷った。
 とりあえず左右に揺さぶりをかけてみよう、そう決めて短剣を握り直す。
 左からの一撃、素早い『スライスエッジ』。
 盾が左に振られるが、それを見越してマルバは相手の右腰目掛けて『円月斬』を同時に放っておいた。
 弧を描いて飛ぶチャクラムはヒースクリフの脇腹を捉えていたが、ヒースクリフはそれを剣で叩き落とした。
 しかし、マルバの狙いは、ヒースクリフに右側を確認させることだけにあった。
 マルバの短剣が光を帯びる。
 ヒースクリフがマルバから視線を外した一瞬の隙を突いて、最速の『アーク』が放たれる。
 それは確かにヒースクリフの脚を貫き、そこに突き刺さった。
 わずかに慌てるヒースクリフ。
 一旦距離を取ってから刺さった剣を抜こうと考えたのだろう、大きくバックステップを踏もうとした。

 マルバの狙いは突き刺さった短剣による貫通属性ダメージである。
 決して抜かせるものかと、マルバは強烈なラッシュを開始した。
 連続技に連続技を重ね、防御より攻撃を優先し、相手の動きに追いすがる。
 いくつかの重攻撃が大盾を『抜け』、ヒースクリフのHPは着実に減っていった。
 HPが減るにつれ、なぜかヒースクリフの顔に焦りが浮かんできた。

 焦り……?
 何に対する?

 マルバの頭に疑問が走る。
 集中が途切れ、連続技が空を切った。
 追撃を恐れ、慌てて距離を取るマルバ。
 その隙にヒースクリフは脚から短剣を抜き払った。

 両者とも、ここで一旦攻撃を中止する。
 マルバのHPは残り6割程度。
 それに対し、ヒースクリフは貫通属性ダメージを相当受けたらしく、残りは5割強だ。

 次に攻撃を仕掛けたのはマルバだった。
 円月輪を振りかぶると、『オリジナルソードスキル』を放つ。
 その名も――『流星乱舞(ルセイランブ)』。

 円月輪の攻撃を主軸に置き、大量の投擲用ピックをばら撒き敵を撹乱しながら短剣で追い打ちする、比較的短めの《双剣》スキルである。
 一気に6つものピックがヒースクリフの足元に突き刺さった。
 わずかに驚いたヒースクリフを、マルバの右手の剣が襲う。
 難なくそれを盾で受けるヒースクリフだが、その上空から更に3つのピックが襲撃し、彼は再びバックステップを踏んだ。
 それを追いかけるように左右から攻撃が続く。
 右からの剣は盾が、左からの拳は剣が、それぞれ叩き落とした。
 硬直したマルバを狙おうと盾から顔をだしたヒースクリフだが、その顔面を目掛けて短剣が凄まじい勢いで飛んできたために再び顔を引っ込めた。
 マルバはここで攻撃を切り、溜まったディレイを解消する。
 攻撃がこないことを不審に思ったヒースクリフは、マルバが硬直していることを知ってすぐに攻撃に転じた。
 ヒースクリフの剣がマルバの喉元をかすり、マルバはカウンターでその顎を狙って回し蹴りを放つ。
しかし、それは盾が見事に防ぎきった。

 技の反動で両者とも三メートルほど下がり、すぐに突進してその間を埋めた。
 しかし……戦場にマルバの声がこだまする。
「ユキ、幻惑だ!」

 二人が激突する瞬間、二人の視界は白く染まり……

 二人が立ち位置を交代した時、WINNER表示が踊った。

【WINNER:Heathcliff!】


「うわー、負けた負けた。流石ですね」
「フッ、君もなかなか強いではないか。楽しませてもらったよ。また機会があればデュエルしたいものだ」
「そうですね。また機会があれば」
「さて、次の試合も頑張ってくれ給え」
「……え、まさか」
「総当り戦、と言っただろう? 当然、マルバ君とシリカ君も戦うのだよ」
「まじっすか……」
「ああ、まじだ。健闘を祈る」


 ヒースクリフが退場し、しばらくしてからシリカが嫌そうな様子で現れた。
「うぅ……マルバさんとは戦いたくないです……」
「僕だって嫌だよ。でもまぁ、仕方ないかなぁ」
「はぁ、仕方ないですね。どうせやるなら本気で行くまでです」
「ああ、手加減なんかしたくないね。僕も本気でいかせていただく」
「それじゃ、準備はいいですか?」
「いつでもどうぞ」

 二人は剣を抜き放った。マルバは二刀を、シリカは短剣を構える。
「《竜使い》シリカ、行きます!!」
「《双剣》のマルバ、全力で行くよ!!」

【DUEL START!】 
 

 
後書き
なんとシリカ、ヒースクリフに勝利してしまいました。

気づく方は気づくと思いますが、シリカの投剣技『アーク』は、至近距離からだととんでもない攻撃力を誇ります。ヒースクリフはHPが5割を切ることを恐れてオーバーアシストしてまで『アーク』を防ぎました。『ダブルシュート』は弱い攻撃なのでクリーンヒットしてもあまりダメージを負わなかったんですね。



さて。
執筆の方ですが、ユイ編まで書き終えました。このままスカルリーパー戦を書いてもいいのですが、その前に一度他の作品や読者の方とのコラボをやってみたいなーと思います。
内容は次の通りです。


クエストボードに一件のクエストが現れた。プレイヤーからの依頼というだけでも珍しいのだが、依頼人はなんとヒースクリフ。新聞にも取り上げられ、街はそのクエストに関する噂で溢れかえっていた。
【十一月二十五日、第七十五層主街区《コリニア》の円形競技場においてバトル・ロワイアルを開催する。第三位までの賞品・賞金あり、詳細及び申し込みは血盟騎士団本部まで。締め切りは十一月二十日。諸君の健闘を祈る Heathcliff】


現実世界での締め切りは今週末とします。ユイ編終了後、公開予定です。二次創作を書いていない方もエントリー可能です。エントリーされる方は、感想欄に書き込むか又は私宛にメッセージをお送りください。
その際、次のことを書いてください。
 ○エントリーするキャラクター名
 ○二次創作を書いている方は作品名
 ○二次創作を書いていない方はキャラクターの性別・一人称・喋り方の特徴
 ○キャラクターの使用武器
 ○キャラクターの戦闘スタイル(臨機応変、攻撃速度重視、ソードスキルに頼らない、クリティカル特化等)
 ○キャラクターのビルド(敏捷特化、筋力より、バランス型等)
 ○こういうふうに戦わせてほしい等の要望(あれば)
一人の方で複数のキャラクターを申し込んでも構いません。ただし、ゲームバランスを整えるため、チート要素は排除させていただきます。使用可能なソードスキルは原作に登場するようなごくごく普通の強さのみに限定しますし、《ユニークスキル》は使用できません。ユニークスキルを使える設定のキャラクターでエントリーする場合、作品内でユニークスキルは使いませんのでご了承ください。《システム外スキル》は基本的に使用可能です。また、原作に登場するキャラクターでも構いません。
リーグ戦です。戦う相手の武器種の相性を参考に私の独断と偏見に基づいて勝敗を決めます。
ふるってご参加ください。エントリー人数が少なかった場合行いませんので、できるだけたくさんの方の参加をお待ちしています。 

 

第三十三話 師匠vs弟子

【DUEL START!】
 マルバとシリカはデュエル開始の合図と共に駆け出した。
 両者ともスピード型の剣士である。
 瞬時に二人の間は詰まり、空中で剣が切り結ばれた。

 飛来したチャクラムを、シリカの短剣が迎撃する。
 弾かれた二本の投剣は、空中でそれぞれの所有者の手に収まり、再びスキルエフェクトをまとった。
 二人が空中で打ち出した技は、両者とも同じ連続技、『ウィンドスライス』。
 四連撃が輝き、両者の左脇に向けて炸裂する。
 その攻撃を、二人とも籠手を使ってほとんど同じ動きで叩き落とした。

 強烈なスキルを受けて、二人は空中で弾き飛ばされた。
 両者とも一回転して降り立つと、その態勢から突進技を繰り出す。
 マルバは『玄鳥』。
 シリカは『ラピッドバイト』。
 黄緑色の軌跡と薄青色の軌跡が交差し、二人の位置が入れ替わった。
 二人とも互いのスキルの軌跡を読み、回避行動を行いながら少しでも相手にダメージを与えるようにスキルの軌跡を可能な限りまで制御したのだ。
 その結果、二人のHPゲージは両方とも7割程度まで減少していた。
 二人の間に十分な距離ができ、安全を確認したピナが、シリカに『ヒールブレス』をかけた。

「デュエル中に回復手段があるなんて、なんか理不尽だなぁ」
 マルバは苦笑してつぶやく。
「ユキはハイディングで奇襲できるんだから、別にあたしが一方的に有利なわけではないですよ?」
「それもそっか。それなら、こっちだって本気でいかせてもらうよ……!」

 マルバが両手の剣を構えた。
 両手がの剣が同時に光を放つ。
 ――『百花繚乱』。

 シリカの表情が一気にこわばった。
 『百花繚乱』の軌跡は、分かっていても避けきれるものではない。
 ならば、こちらが対向するには、同じような技をぶつけて対抗するしかない。
 マルバと同じ『百花繚乱』では駄目だ。
 考案者に敵うはずがない。
 それならば、シリカが考え出した『オリジナルソードスキル』を使うまで。

 シリカはピック四本を同時に持ち、短剣を頭上に掲げた。
 放つのは――『流星乱舞』。

 シリカのピックが先に放たれた。
 マルバはたった一度のミスも許されない『百花繚乱』を放つべく、それを避けないで受け止める。
 シリカは走りながら短剣を一度空振りしてディレイをキャンセルすると、そのまま再びピックを飛ばながら短剣を構え直した。

 マルバはピックの攻撃を受けてHPを6割弱まで減らしていた。
 対するシリカのHPはピナの『ヒールブレス』によって8割強まで回復している。

 シリカの短剣がマルバの拳にぶつかり、火花を散らした。
 マルバのラッシュが始まる。
 次々襲い掛かる攻撃を避けながらも、シリカは攻撃の手を緩めなかった。
 短剣と短剣をぶつけてパリィし、ピックで牽制しながら攻撃を避ける。

 マルバのHPはじりじりと削られてもうすぐ5割を切るというところまで来た。
 しかし……マルバは決して諦めていない。
 マルバの視線が、一瞬シリカのポーチを捉えた。
 『流星乱舞』が短めのスキルである所以は、ピックの残弾数がすぐに尽きてしまう点にある。
 マルバの短剣が『アーク』によって閃光のように飛んできたピックを吹き飛ばし、カウンター気味にシリカの肩に直撃させた。
 ピックが足りなくなり焦ったシリカは思わず少し(ひる)み……
 怯んだがゆえに、次に発動するスキルの選択を間違えた。
 シリカの顔に、しまった、という後悔の色が浮かぶ。
 シリカの『スラント』がマルバの顔をかすめ、左肩まで持ち上がった。
 これは『流星乱舞』のフィニッシュで使う『アーク』の発動態勢。
 しかし、シリカは先程『アーク』を放ったばかりだったために『アーク』は冷却(クーリング)中だ。
 つまり……万事休す、打つ手なし。

 マルバの顔に勝利の笑みが浮かぶ。
 しかし、シリカも諦めるつもりはなかった。
 シリカの左拳が固く握りしめられる。
 マルバの右手が必殺の『双牙』を繰り出したが、シリカはそれを無視して『閃打』でマルバのがら空きの脚を打った。

 マルバの『双牙』はシリカの肩にクリーンヒットし……全く同時に、シリカの『閃打』がマルバのHPをイエローに染め上げた。

【DRAW!】



「いやー、まさか引き分けに終わるとは思わなかった!」
「私もです。引き分けなんてあり得るんですね~」
 シリカとマルバは楽しそうに笑いながら帰路を辿っていた。
 夕焼けの空の下、街の建物は皆真っ赤に染まっていた。

「それで、ヒースクリフはどこか変なところ、あった?」
「ピナのバブルブレスが効きませんでした。あと、一回ちょっと盾が速く動きすぎた気がしました」
「バブルブレスが? いや、そういえばユキの幻惑も効いてなかったな」
「それと一番おかしいと思ったのは、あの人はまるでマルバさんみたいに私の攻撃を防いでいたところです。私が撃つ攻撃の軌跡を完全に把握していたんです。短剣使いじゃなければできないような動きでした」
「ふうん? 僕の『流星乱舞』は読めてないように見えたけどなあ」
「あっ、そういえば『流星乱舞』使ってくれたんですね。どうでした?」
「ピックが足りなかった」
「あはは、やっぱり。あれ、本格的に使おうと思ったらポーチの中ピックだけにしとかないと無理ですよ」
 シリカは少し嬉しそうに笑った。自分が考えたスキルをマルバが使ったことが嬉しかったようだ。

「話を戻しますけど、やっぱりヒースクリフさんはなにかおかしい、ってことですよね」
「そうだね。システムのバグを知っているのか、あるいはゲームマスターだったけどプレイヤーと同じくこの世界に囚われちゃったとか。黒鉄宮の石碑に名前が載ってるからプレイヤーだってことは確かだけど、警戒するに越したことはないと思うな」
「そうですね。ヒースクリフさんのことは考えても分からなそうですし。あんまり警戒しすぎて逆に怪しまれるのも危ないと思いますけどね」

 あ、とシリカが驚きの声を上げた。
「あの二人、ミズキさんとアイリアさんですよね」
 シリカの示す先には二人のプレイヤーが並んで歩いていた。手を繋いで歩いている。とても仲が良さそうだ。
「あいつら……いつの間にあんな関係に。お兄ちゃんは許可した覚えがないぞ」
「ほんとですね、ってなんでマルバさんの許可がいるんですか」
「いや、一度言ってみたかっただけ。帰ったら思いっきりからかってやろう」
「ダメですよ、マルバさん。ちゃんとお祝いしてあげましょうよ」
「いいや、シリカ。忘れちゃいないでしょ? 僕達だってさんざんからかわれたんだから、今こそ復讐の時……」
「なーに言ってるんですか。あの二人だって祝ってくれたじゃないですか。復讐よりお祝いが先でしょう?」
「うーん、それも一理あるね。よし、お祝いのあとでからかってやろう。そうだ、それがいい。絶望を味わうがいいさ、ふっふっふ」
「なんかキャラ変わってませんか……」

 マルバたちは小走りで前の二人に追いついた。ミズキたちはマルバとシリカに気づくと慌てて繋いでいた手を離す。マルバとシリカは大声で二人を祝福し、彼らは恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑った。 
 

 
後書き
今回は短いしそれほどおもしろくなかったかな……
次回はちょっとすごい回になるので勘弁してください。

まあ、そういうわけで、『流星乱舞』はシリカさんが考えた技でした。
ピックが足りなくなるのが欠点ですね。更に、短剣技はほとんど空振りするので技発動後のディレイが非常に長いのに攻撃力が低いです。でもまぁ……《遅延解除(ディレイキャンセル)》系の技では唯一の遠距離技じゃないでしょうか。

ディレイキャンセルを利用したオリジナルソードスキルは他にもいくつか考えてあります。
○『玄鳥斬(ツバメギリ)』……体術の『玄鳥(ツバクラメ)』を中心にした突進系ばかりのスキル。避けても避けても突進されるので敵にとっては悪夢。避けた後の瞬間を突いてダメージを食らうという欠点あり。
○『桜吹雪(サクラフブキ)』……赤~薄紅のライトエフェクトを多様したため桜吹雪が舞っているように見える。重攻撃が多いので盾持ちに便利。ただ重攻撃はクーリングタイムが長いため『流星乱舞』より発動時間が短い。そしてディレイ長め。
この二つはヒースクリフ戦で使おうかなと思っています。


まだまだバトル・ロワイアル参加者募集中です。いまのところ恐らく五人ほど参加してくださるようです。詳しくは第三十二話のあとがきを御覧ください。
対戦表は週末に公開予定です。


次回予告。 次回、第五部突入、ユイ編スタート! スカルリーパーが初めて登場します。マルバ戦います。勝てないけどね。乞うご期待!! 

 

第三十四話 スカルリーパー偵察戦

 
前書き
第五部の名前が決まらなくて困った。
『アンインクラッド』、『リインカーネイション』、『物語は終わりへ』、『終わりの始まり』などなどいろいろ考えたけど、結局『壊れゆく世界』に決定。
……あ、『アンインクラッド』っていうのは"the UNINCarnating RADius"の略ということで。 

 
「これが、第七十五層のボス部屋か」
「最後のクオーターポイントですからね、なんかすごく豪華な感じがします」
「いや、それもあるけど……なんかイヤな感じだな、これ」
「……マルバさんも感じます? これだけ人数がいますし、偵察で死ぬことはあり得ませんが、気をつけましょうね」
「そうだね。さて、一丁行きますか!」

 マルバは自分に喝を入れるべく両の手で自分の頬を叩いた。
 今回の作戦のリーダーはアスナではない。なんでも、彼女は先日行われたヒースクリフとのデュエルに敗れ血盟騎士団に入団したキリトの入団テストに付き添い、不在らしい。
 リーダーが次々とプレイヤーを振り分けていく。今回の偵察は二段構えだ。まず素早さに振ったプレイヤーがボスモンスターと対峙し、ボスの通常攻撃の傾向を探る。そして、一度簡単な作戦を立てた後、後日再び本格的な偵察を行うのだ。クオーターポイントのボスが強力なのはいままでの経験則から分かりきっている。ここまでするのは確実に死亡率を下げるための作戦だ。
 《リトルエネミーズ》から今回の偵察に参加するのはマルバとシリカのみだ。マルバたちは一回目の偵察に参加し、ミズキとアイリアは二回目の偵察に参加することになっている。

 扉が開かれた。マルバは腰の剣を抜き、突撃準備をする。
「気をつけて」
 後ろからシリカの声がかかった。わずかに不安そうな顔をしている。シリカは後ろで待機する役に振り分けられていたため、マルバと一緒にボスと戦うことはできない。
「そっちもね」
 マルバは短く返すと、扉の向こうの闇を見つめた。
「行くぞおッ!! 総員、突撃ィッ!!」
 鬨の声が響き渡り、プレイヤーたちは一斉にボス部屋に飛び込んで行った。

 その叫び声が聞こえなくなり、シリカたちはボス部屋付近に近づこうとする雑魚モンスターを狩るべく扉に背を向けた。
 そんな時だった。ピナが尋常ではない叫び声を上げ、シリカに注意を促した。
 慌てて扉に向き直るシリカは、信じられないものを見て凍りついた。

 シリカの目の前で、ボス部屋の扉が……閉まったのだ。



 ばあんッ!
 背後で不吉な音を聞いたマルバたちは、出口が消えたのを見て愕然とした。
「おい……どういうことだ……?」
「出口が、消えた……」
「ど、どうすんだ!?」
 プレイヤーたちが一斉に騒ぎ始める。リーダーがあわててそれをとどめた。
「きっとプレイヤーが中に入ったら一度扉が閉まる仕組みなんだろう。外にプレイヤーがいるんだから大丈夫さ。念のため鍵開けスキル(ピッキング)持ちは外で待機してもらってる。俺達はボスに注意しようぜ」
 リーダーはそう言うものの、皆の不安は晴れない。
「そうは言うけどよ、そのボスは一体どこにいるんだよ? 姿が見えねえじゃ……」

 カサッ。

 マルバの《聞き耳》スキルが微かな音を捉えた。思わず上を見上げたマルバはすぐに叫び声を上げる。
「上だ!! 来るぞ!!」

 プレイヤーたちは一斉に上空を見つめ、凍りついた。
 あれは……百足(ムカデ)だ。たくさんの脚が生えているところは現実世界の百足そのものである。しかし、現実の百足とは決定的に異なるところが二点。一つ目は、その身体が骨でできているところ。二つ目は、カマキリの鎌のようなものを持っているところだ。その鎌だが、まるで鋼鉄製であるかのように鋭く輝いている。
 百足が天井を蹴って落ちてきた。プレイヤーたちはすぐに散らばって攻撃を受け止めようとする。

「おい、扉はまだ開かないのか!」
「まだだ、しばらくはボスの攻撃を避け続けろ!!」
「んな無茶な!?」

 叫び合っていたプレイヤーたちが最初にターゲッティングされた。その二人に向かって鎌が凄まじい勢いで振り下ろされる。一人目は回避したが、二人目はそれを防御した。
 防御した、はずだった。
 防御のために構えた両手剣は最初に放たれた鎌によって真っ二つにへし折られ、彼もまた同様にもう一つの鎌によって真っ二つに引き裂かれた。
 一瞬でそのHPゲージが消滅し、驚愕の表情をその顔に貼りつけたまま……彼は、砕けて消えた。

 一瞬でその部屋全体が阿鼻叫喚の巷と化した。
 半乱狂になって消えた出口のあたりを拳で叩く男は横薙ぎの鎌でHPをゼロにして散った。
 回避の指示を出していたリーダーは振り払われた尾によって刈られた。
 茫然自失となっていた男は、ボスがそばを通り抜けた時にその脚で蹴り飛ばされて砕けた。

 そんな中、マルバは死を覚悟した。
 もしかしたらこのゲームの中で迎えるかもしれないと思っていた死だ。覚悟を決めるのは意外と早かった。指を振り、メッセージ画面を呼び出す。シリカに最期の一言を伝えようとしてホロキーボードに手をかざし、……途中でやめた。ここはダンジョンの中、メッセージを送ることはできない。
 代わりに、マルバは目を瞑った。脳裏にシリカの姿がよみがえる。シリカを『迷いの森』で見つけた時のこと、戦闘を教えてあげたこと、一緒に戦ったこと、ギルドの作戦を立てている時のこと、キッチンに並んで立ったこと……。
 思い出せばきりがなかった。いつまでも思い出していたかった。
 でも……マルバは目を開ける。ちょうど、ボスがもう一人刈り飛ばしたところが目に入った。

 僕はこの世界で死ぬのなら、最後の一瞬まで目を開けていようって決めていたんだ。命を最後の一瞬まで燃やし尽くせ、自分が生きた証をこの世界に刻み込め。僕はどうせここで死ぬのだ。それなら……最後の一瞬まで足掻いてやろうじゃないか。僕を殺そうとするこのモンスターに、この世界そのものに、茅場晶彦に。そう、これが最後の……抵抗だ。
 さあ、始めよう。

 マルバが武器を構えた時、誰かの声が聞こえた気がした。




 シリカは目にも留まらぬ早業で《解錠(ピッキング)》スキルを発動させた。
 ピッキング成功確率ゲージが表示され、シリカの操作と共にそれが変動する。しかし……シリカの目前のページは、何度操作をしてもゼロに戻ってしまう。つまり、この扉はピッキング不可なのだ。
 開け! 開け! 心の中で何度も唱えながら、彼女は高価なピッキング補助アイテムをいくつも使って解錠を試みる。しかし、ゼロには何を掛けてもゼロ。成功確率にボーナスを与える補助アイテムの効果は加算ではなく乗算なのだ。いくら使っても意味はない。
 ついにシリカはウィンドウを閉じた。落とした短剣を拾い上げ、中段に構える。左手は腰だめに。両手が光を放ち、扉に向かって繰り出す技は……『百花繚乱』。

「う……うあああああああアアアアアァァッ!!!」
 シリカの叫び声がこだまし、それに呼応するかのように色とりどりのスキルエフェクトがあたりを彩った。
 黄緑色の輝きの後に紫色の輝きが散り、鶯色の光の直後に紫の光が輝き、純白の煌めきに紫色の光が続く。
 ……言うまでもない、紫色の光は【IMMOTAL OBJECT】の表示である。
 シリカはそんなことは気にもとめないようにその剣を振るい続けた。攻撃し続ければ忌々しい紫の表示が消えるとでもいうかのように。狂ったように振り回される短剣はその勢いがとどまるところを知らない。その刃が欠けても、彼女は動きを止めなかった。

「マルバさんがここで死んだら、あたしも後を追います!! 先に逝くなんて、絶対に許さないッ!!」




 その叫びは、分厚い扉の向こうに届いたのだろうか。

 マルバは、ふっと頬を緩ませた。
「そうだね、シリカ。僕だってそうするもん。この生命(いのち)は、僕だけのものじゃない。君のものでもあるんだ。だったら、僕がやることは唯一つ。……どんな手を使ってでも、何を犠牲にしてでも、どんなに無様に逃げ惑っても、ここから生きて帰ってみせる」

 ボスがマルバの方を向いた。マルバはシステムメニューを開くと、決して押すことはないと思っていた三番目のクイックチェンジのボタンを押し込む。
 すると、マルバの装備が一新された。右手に持つのは、曲刀。左手に持つのは、苦無。纏うのは、漆黒の衣。両手の剣からは何故か黒い残像のようなものが見て取れる。
 身体を真っ黒の装備に切り替えたマルバは、ボスの視線を正面から受け止めた。

「僕は、独りじゃない。僕は……僕たちは、絶対に生き残ってみせる」

 ボスが凄まじい速さで這ってくるのに対し、マルバも全力で駆け出した。






 シリカがついに振り回していた剣の動きを止めた。クーリングタイムの消費が技の発動に追いつかず、技を繋げなくなったのだ。身体が一気に重くなり、シリカは一歩も動けなくなった。
 銅像のように立ち尽くすシリカの頬に一滴の涙がこぼれ落ちた。
 この扉の向こうで、おそらく自分自身ではなくシリカのために戦っているであろうマルバに対して、何もしてあげられない無力感が凝固したかのような涙だった。
 ピナが肩にとまり、シリカの涙を舐めとった。頭をシリカの頬に押し付け、懸命に主人を慰めようとしている。その優しさに耐えられなくなり、シリカの頬に更にたくさんの涙が流れでた。こらえようとしても、次々と流れる涙は止められない。
 シリカはしゃくりあげながら、ディレイに囚われた態勢のまま、地面に崩れ落ちた。
 今はただ、祈ることしかできない。
 でももし、祈ることで何かが変わるのなら……あたしはいくらでも祈るから。だから、神様……マルバさんを、助けてあげてください。一生のお願いです。


 神はシリカの願いを聞き入れたのだろうか。
 扉が開く。しかし、その奥には、ただ暗黒が広がるのみ。
 シリカは扉の中に思わず一歩踏み出した。マルバの姿は見えない。シリカは更に部屋の中に踏み込み、あたりを見回した。
 ……だれもいない。ボスもいなければ、プレイヤーの姿もない。
 シリカは愕然とし、呆然とし、次に無言で剣を抜いた。
 そう。マルバさんがこの世からいなくなったのなら、あたしもマルバさんと同じように、この世から消えるのみ。マルバさんを殺した敵に、一矢報いてから死のう。

 シリカの背後で、大扉が音を立てて閉まり始めた。扉から差し込む光の帯がどんどん細くなっていく。

 その時だった。光の帯の中で……何者かが空中から滲み出る(、、、、)と、シリカに体当たりをかました。
 シリカと闖入者はもつれ合いながら扉の外に飛び出る。闖入者が完全にシリカに覆いかぶさっている状態だ。
 シリカは驚いて彼を見つめた。彼は優しそうにその視線を受け止めた。
「シリカ……生きてる。生きてるよね。生きてるんだよね……」
「マルバさん……あたし、マルバさんが死んじゃったかと……っ」
「君を残して死ねるものか。僕の命は君のものだ。君を殺したりなんて、絶対にさせない」

 二人はいつの間にか涙を流していた。それは喜びの涙なのだろうか、それとも安堵の涙なのだろうか。涙を流しながら、二人は笑っていた。
 マルバはシリカの肩に手を回すと、彼女の耳元で囁いた。
「シリカ……もう、僕はこんな目に遭うのはいやだ。ずっと一緒にいよう。これから先、ずっと、一生」
「マルバさん、それは……」
「うん、プロポーズだよ。……シリカさん。僕と、結婚して下さい」
「マルバさんっ……! っ、喜んでっ!」 
 

 
後書き
はい、なんとか一人生き残ったマルバくんでした。危なかった。ここで死なれたら物語が終わってしまうところだった。
……まあ、私が死なせないけどねw

コラボ企画のバトル・ロワイアル、まだまだ参加者募集中です。二次創作をしていない方も参加お待ちしております。詳しくは第三十二話のあとがきを御覧ください。
対戦表は明後日かそれくらいに公開予定です。 

 

第三十五話 ユイ

 
前書き
更新遅くなりました!
その分ちょっとボリューム多めですので許してください。 

 
三十五 ユイ

「で、君たちは私にわざわざ結婚の報告をしに来てくれたわけだ。わざわざご苦労」
「いや、違うから!」
「そうですよ、報告はそっちじゃありません!」

 ヒースクリフを前に、マルバとシリカは偵察の報告をしに来ていた。
 ヒースクリフはいつもと変わらない悠然とした様子でマルバたちを見下ろしている。

「とにかく何が合ったのか話し給え。偵察に参加してた君以外の全員が死んだことは確認済みだ。何があったのか、聞こうじゃないか」
「最初からそのつもりだったんだけどね……」
 あのデュエル以来ヒースクリフと少しだけ仲が良くなったマルバは、ヒースクリフに対して敬語を使うのを完全にやめていた。この男は何か隠していてどうも信用できないが、マルバもその強さは認めている。マルバは近くでその戦いを見ながら、彼が隠していることを探ろうと思っていた。

 マルバは話し始めた。何故他のプレイヤーが全員死ぬことになったのか。なぜ自分が生き残れたのか。
 ヒースクリフはどちらかと言うとマルバが生還した理由に興味を引かれたようだった。

 マルバが生き残れた理由、それはマルバが念のために『クイックチェンジ』に登録しておいた装備の効果によるものだった。
 曲刀『ブラインド』、短剣『苦無』、そしてマント『アンインカーネイション』。耐久値が低いため常に使うわけにはいかないが、とても軽く移動速度が上昇する。どれもレアドロップの貴重なアイテムである。
 『ブラインド』と『苦無』は刀身が妙に黒く、何かを纏っているように見えるが、それは『視覚毒』というこれまたそれなりにレアな毒を有することを示している。

 視覚毒――それは、敵の視覚器を攻撃した際に起こる特殊状態異常の『盲目』の発生確率を引き上げる効果のある毒。簡単に言えば敵の視覚器の部位破壊を起こしやすくするのだ。
 マルバは全力で鎌の攻撃を避け、ボスが態勢を崩した瞬間、『百花繚乱』でボスの目のあたりを連続攻撃して『盲目』を与えることに成功した。彼はそのまま突進技でボスの攻撃範囲から離脱すると、『隠蔽(ハイディング)』を発動。『アンインカーネイション』のハイディングボーナスの力を借り、そのまま壁に張り付いたという。ボスはマルバが途中で消えたことに気づかず、他のプレイヤーを全員殺すと、天井に戻っていったそうだ。


「……とまあ、そんなわけだ。ボスの名前は《The Skull Leaper》。攻撃力がべらぼうに高いから、攻略組全体のレベルが5づつ上がるくらい待ってから攻略した方がいい……っていうか、そうしないと全滅すると思う」
「うむ、君のいうことはよく分かった。ならば、攻略は一ヶ月後にしよう。その間、個人でレベル上げをしっかり行うようにする。これでどうかね?」
「一ヶ月もあれば十分だと思うよ。それじゃ、そういうことでよろしく」
「了解した。情報屋と新聞屋には私から伝えておこう。君たちは下がって構わない」
「へいへい。なんでそう偉そうなの」
「トッププレイヤーを自負しているものでね」
「関係あるの、それ」
「関係ないですよね、それ」



 ヒースクリフへの報告が終わった後、武器の手入れも兼ねて結婚の報告をしにリズベット武具店に顔を出した。

「いらっしゃーい! あ、マルバとシリカね。相変わらず仲いいわね」
「まあね、夫婦だしね」
「へえそう、夫婦だからね。……って、はぁ!? 夫婦!?」
「はい。わたしたち、結婚したんです。それで報告に来ました」
「……シリカちゃん、あんた何歳?」
「十四ですけど」
「このロリコンが!」
「えぇ~、なんでそんなこと言われなきゃいけないの……歳の差なんていいじゃない」
「……まあ、考えてみればそうよね。何はともあれ、二人とも、おめでとう。あーあ、なんかみんななんだかんだ言っていい相手見つけてるんじゃない」
「みんな? 他にも結婚した人っているの?」
「え、知らないの? キリトとアスナ、結婚したのよ」
「あー、あの二人、良い感じでしたからね」
「そっか、あいつら結婚したのか……からかいにいかなくちゃ」
「いいわね。あたしも混ぜなさい」
「リズさん、乗らないでくださいよ」
 二人はおめでとうサービスとやらで25%オフでメンテをしてもらった。マルバはリズと一緒にキリトとアスナをからかいに行く計画をたて、シリカはそれを呆れたように見つめた。



 ミズキとアイリアもマルバの“キリト夫妻をからかおう計画”に乗ったので、結局《リトルエネミーズ》全員とリズベットの五人がキリトとアスナの住まいを訪れることになった。
 マルバはテラス付きの綺麗な家を見て、自分もこんな家を買おうと決心した。
 マルバがドアをノックすると出てきたのはキリトだった。マルバをひと目見るなり扉を閉めようとする。マルバはすかさず脚を突っ込んでそれを阻止した。
「おーい、キリト君。いくらなんでも失礼なんじゃないかい?」
「お前絶対からかいに来ただけだろ! いい加減にしろ! っていうかなんでここを知ってるんだよ!?」
「あたしが教えたのよ」
 マルバの後ろからリズがひょいと顔を出す。
「げ、リズ……」
「ほら、入れなさいよ。マルバたちだって結婚の報告に来たんだから」
「結婚? 誰と誰が?」
「僕とシリカ」
「えぇ!? シリカ何歳!?」
「十四ですけど」
「ロリコン……?」
「違うわ! なんでみんなそういうこと言うかな!?」

 玄関口で騒いでいたら、中からアスナが出てきた。
「キリト君、何騒いで……あ!」
「どうも~」
「マルバくん! え、なんでリズまで一緒にいるの?」
「キリト夫妻をからかいにきました」
「からかいって……はぁ、悪いけどちょっと忙しいの、また今度にしてくれない?」
「一昨日店に来た時、休暇をとったからギルドの用事はないって言ってなかった?」
「う……確かにそうだけど……」
 なにかを言い渋っているアスナに助け舟をだすように、キリトが口を開いた。
「アスナ、無駄だよ。いつまでも隠しておけるわけじゃない。それにこいつらなら話しても大丈夫だろう」
「……それもそうね。みんな、入って。ちょっと話しておきたいことがあるの」

 家の中、食卓の前に座る幼い少女を見て、皆は凍りついた。
「キリト、この子は?」
 恐る恐る尋ねたマルバに対して、キリトは言いにくそうにこう言った。
「……娘だ、俺とアスナの」
 えええええええぇぇ!? と皆叫びそうになるが、目の前の不安そうな少女を怖がらせないようになんとか口に出さずに抑えこんだ。
 キリトとアスナの話を聞き、マルバたちは一体どうして二人が少女を連れているのか理解する。キリトたちの言うとおり、確かに目の前の少女にはカーソルが表示されていない。

 マルバとシリカはとりあえず少女――ユイという名らしい――に自己紹介した。
「ユイ、僕はマルバっていうんだ。よろしくね」
「わたしはシリカです。ユイちゃん、よろしく!」
「あうば……? しいか……?」
 ユイはたどたどしい言葉で聞き返した。
「あはは、難しいか。好きなように呼んでくれればいいよ」
「あうばは……にぃ。しいかは……ねぇ」
「ふふ、にぃ、かぁ。妹がもう一人できた気分だなぁ」


「これは妙だな……」
 ミズキは納得がいかない顔で呟いた。
「確かに変だね。カーソルが表示されないなんて……それに、この子、幼な過ぎない?」
「それだけじゃないです。十二歳くらいに見えますけど、話し方は五歳かそこらですよ?」
「まさか、精神にダメージを……?」
 アスナの疑問に、ミズキは分厚い書籍アイテムをストレージから一瞬で取り出した。検索窓を開くと、それを見ながら答える。マルバはその早業に少し驚き、すぐに以前見た時も同じように驚いたことを思い出した。恐らくクイックチェンジを使ったのだろう。
「あり得るな。しかし、精神的な言語障害っつーのはまずあり得ねぇんだ。言語障害っつーのは言語野に衝撃が加わって起こることだからな。心因性の言語障害っつーと多いのは吃音とか失語症とかだな。でもこいつ……ユイには吃音は見られないし、かといってぜんぜん喋れないわけでもねぇ。きっと言語だけじゃない、精神全体が退行してんだ」
「なんて……こと……」
 ミズキは書籍アイテムをストレージに放り込むと、アスナを励ますように言った。
「まあまあ、意識障害ってのは案外あっさり治ることもあるんだ。こいつの親を探そうぜ、見つかったらきっとすぐに良くなるさ」
 ミズキの明るい言葉に励まされたようにアスナは弱く微笑んだ。

 ミズキが一旦開いたストレージを閉じるのを見て、マルバはふと気になって尋ねた。
「ねえ、ミズキ。今更だけどさ、さっきの本って何なの? 計画立てたりすると必ず書き込んでるよね」
「ああ? あれか? あれは……うん、日記みたいなもんだ」
 ミズキは一瞬アイリアと顔を見合わせると、言いにくそうにそう答えた。
「みたいなものって……なんか曖昧だね」
「自分でもあの本をなんて呼びゃあいいのか良く分からねぇんだよ」
「ふうん……変なの」

「ねぇ、おぃちゃん」
 透んだ高い声で呼びかけられ、ミズキは一瞬戸惑った。見下ろすと、呼びかけたのは他でもないユイだった。
「おいちゃんって……俺のことか?」
「うん」
「俺、23だぜ? おじちゃんはねぇだろ」
「おぃちゃん……どうしたの?」
「どうしたのって、どうもしてねぇけど?」
「ううん、そんなことない。とってもいたそう。おぃちゃん、いたそう」
「痛そう……って、まさか、お前……!?」
 ミズキがいきなり椅子から身を起こすと、切羽詰まったようにユイに尋ねた。
「お前、分かるのか? 俺がどうなってるのか、分かるのか!?」
「わかる。ユイ、わかるよ。おぃちゃん、だいじょぶなの?」
「こいつ……ッ! 何者だ……?」
「おぃちゃん、おこってるの? それとも、こまってるの? ユイ、いやなこといった?」
「っ……! いや、なんでもねぇ。心配してくれて、ありがとな」
 ミズキがユイの頭をぽんぽんと叩くと、ユイは嬉しそうに目を細めた。

「よし! 始まりの街、行こうぜ」
「始まりの街? またなんで」
「始まりの街の教会でさ、ナーヴギアの年齢制限以下みたいな小さな子供の面倒を見てる人がいるらしいんだ。サーシャっていうらしい。もしかしたら、ユイの親について知ってるかもしれねぇだろ? な?」
「ああ、そうだね。始まりの街なら人も多いし、知ってる人もいるかもしれない。決まりだな」

 全員が出発の支度を始めた。圏外を通るため念のため武器を装備する。寒いといけないからアスナがユイに服を着せようとして、ユイのメインメニューが開かないことに気づいた。
 ユイは自分だけメニューを開けないことが不満だったらしい。ムキになって右手を何度も振り、そして今度は左手で同じ動きをした。その瞬間、メニュー画面が鈴の音と共に開いた。
「左手でメニューを開くなんて……ユイちゃん、ちょっとごめんね」
 開かれたメニューは見えないが、アスナが勘で視覚化のボタンを押して見えるようにした。その瞬間、その場の全員がそのメニューを見て愕然とした。
「バカな……HPゲージが、ない……?」
「それだけじゃないです、装備フィギュアに武器の欄が存在しません!」
「アイテムとオプションしかメニューにあらわれていない。一体これは……どういう……?」
「名前もおかしい。こんなプレイヤーネーム、普通じゃないわ」
 アスナの言葉に、全員が名前欄を見た。そこには【Yui-MHCP001】という記述が見える。
 ミズキは慌てて先ほどの分厚い本を取り出した。検索機能の窓を開くと、そこにMHCPと入力する。すぐに一件の検索結果が表示された。
「MHCP――メンタルヘルス・カウンセリングプログラム……?」
「どういうこと?」
「まぁ、直訳するなら『精神的健康管理援助計画』だが。ええと、なになに。ふぅむ」
「何か書いてある?」
「いや、これは俺のメモだから合ってるかどうかなんて分かんねぇけどよ、とりあえず書いてあることを要約すると、俺達がこの世界に来る前に研究中だった、精神医療に関する何かだな。詳しいことはさっぱり」
「精神医療? それじゃ、やっぱりユイちゃんは何か障害を抱えてるってこと……?」
「いや、そうだとしてもわざわざそれを名前に書くか?」
「それもそうね……メニューがおかしいのはそれとは無関係だし……。ねぇ、ミズキ君は何か予想がつく? この子が誰なのか」
「いや、分からねぇ。……っつうか、分かる気がしなくもねぇが、納得できる予想じゃねぇ」
「え!? 分かるの!?」
「いや……忘れてくれ。やっぱり分からん。単なる予測だし、そんなもんが当たるとは思えねぇ。突拍子もないからな。……メニューに関する謎は解けるが、それだけだ」
「メニューの謎って一番変なところじゃない!? 分かったんなら教えてよ、私だってこの子のことできるだけ知りたいんだから」
「うー、あー、いいか、これはただの予測だぞ? ユイが、この子が運営側の人間だとしたらどうだ? あるいは、運営公認の人間だとしたら」
「この子が……運営側の……?」
「だけどな、この説明だとおかしい点も多い。そもそも運営がこんな幼い子を使う理由がない。ナーヴギアの年齢制限よりはるかに下だろ?」
「確かに。うーん、やっぱり分からないんじゃないか? とりあえずメニューは開けたんだし、暖かいセーター着せてあげようぜ」
「うん、そうね。……よし、これでオッケー」
「わあ、あったかい! ママ、ありがとう!」
「よしよし。それじゃ行きましょうか」

 一行ははじまりの街の教会に向かって出発した。 
 

 
後書き
遅れた分、裏設定も語りますよ!

マント『アンインカーネイション』の力は凄まじいです。防御力は並程度ですが、その真価はハイディングボーナスにあります。このアイテムのハイディングボーナスは特殊で、『視線によるハイディングレート低下を半減』という効果と『ハイディングレート+20%』の二つの効果を持ちます。ただし通常のマントに比べ耐久値が30%ほどしかないという、非常に使いづらい装備です。競売にかけても大した値はつかないでしょうね。

『視覚毒』に関しては、実はあれは毒アイテムではなく視覚器に対する部位破壊ボーナスが五倍に上昇する常時発動型の特殊効果です。もともとボスは状態異常や部位破壊に対する耐性が非常に高く、視覚毒をもってしても盲目を与えることはほとんど不可能に近いです。そこで出番になるのが、『百花繚乱』。あれはディレイキャンセル系オリジナルソードスキルの中でも最も速い技です。軽攻撃を大量に繰り出すため、手数で相手を圧倒できます。今回はその素早さで盲目の付与確率を最大に引き出しました。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるってやつですね。


さて、コラボ企画、締めきりました。対戦表を同時公開します。このままお進みください。 

 

第三十六話 サーシャ

 
前書き
更新遅れました……最近病院行くとかで忙しくて。 

 
「先生! サーシャ先生! 大変だ!!」
 サーシャとマルバたちがユイについて話している時、一人の少年が部屋に飛び込んできた。
「こら、お客様に失礼じゃないの!」
 サーシャが慌てて叱るも、彼はそれどころではないとばかりに叫んだ。
「ギン兄ィたちが、軍の奴らに捕まっちゃったよ!!」
「――場所は!?」
 サーシャは別人のようにすっくと立ち上がり、毅然とした態度で訊いた。
「東五区の道具屋裏の空き地。軍が住人くらいで通路をブロックしてる。コッタだけが逃げられたんだ」
「解った、すぐ行くわ。――すみませんが……」
「僕達も行きます。向こうが大人数ならこちらもたくさんいたほうがいいでしょう」
「――ありがとうございますッ!! それじゃ、すみませんけど走りますよ!」


 サーシャが向かった先ではすでに戦闘が始まっていた。
 ――いや、戦闘などではない。これは一方的な攻撃だ。一人だけ他と違う格好をしたプレイヤーが次々と指示を叫んでいる。あの声は――
「コーバッツさん!?」
「やあ、久しぶりだな、諸君!」
「コーバッツさん、こんなところでなにをしているんですか!?」
「キバオウ派の奴らが徴税とか抜かして市民から金を巻き上げてるものでな、懲らしめているところだ! 済まないが少々手伝っていただけると助かるのだが!」
 マルバたちは一瞬顔を見合わせると、すぐに声を張り上げてコーバッツの指示を仰いだ。
「解った、僕たちは何をすればいいのー!?」
「俺達は今来たばっかでどういう状態か分からねぇんだ! どうすればいいかだけ教えてくれ!!」
「ありがたい! 向こう側の奴らを適当に攻撃してくれないか! 戦闘慣れしてないやつばかりだから、多少突っついてやればすぐに逃げ出すはずだ! ここにいた子どもたちは我々が保護した、だがもし見かけたらこちらに連れてきてくれ!」
 了解、という言葉と共にマルバたちは散開し、《軍》を相手に散々暴れまわった。



 一晩明けた後。《リトルエネミーズ》とキリトたちは教会の一室を借りて休ませてもらった。コーバッツはサーシャに話があると言って再び教会を訪れていた。
「改めてお礼を言わせてください。昨日は本当に助かりました。ありがとうございました」
「いえいえ、礼はコーバッツさんたちに言ってください。私達は彼らの手伝いをしただけですので」
「コーバッツさん、でしたっけ? 子どもたちを助けてくださり、ありがとうございました」
「いや、礼には及ばぬ。我々は当然のことをしたまで。むしろ私は謝らなければならない。この度は《軍》の者が迷惑をかけて申し訳ない」
 深々と礼をするコーバッツに恐縮しながらも、サーシャは疑問に思ったことを尋ねた。
「あの、この街では《軍》というと一般プレイヤーからコルを巻き上げて回る者達だという認識だったのですが、あなた達は一体……?」
「それはですな、《軍》内部は二つの派閥にわかれておるのです。徴税を行なっているのはキバオウ派の者達。彼らの中には自分の利益を追い求めた結果このような行動に走る者達もいるが、リーダーであるキバオウはこれを黙認している状態。一方、我々はシンカー派。シンカーは《軍》の最初リーダーで、一般プレイヤーのために様々な行動をする素晴らしい互助組織を計画したのだが、キバオウが台頭してからはどうもおかしくなってしまった。シンカーは現状を変えようとしていらっしゃるが、なにせ人数が足りなくて難儀しておるのです。それでキバオウ派の取り締まりがなかなか進まないのが現状となってしまっている」

 コーバッツがシンカーについてサーシャに説明していると、新たな来訪者が現れた。コーバッツの部下が連れてきたようだ。
 その姿を見るやいなや、コーバッツは音を立てて敬礼した。
「お疲れ様です、ユリエール」
 ユリエールと呼ばれた女性はサーシャに挨拶をするとコーバッツに向き直った。
「コーバッツですか。お疲れ様です。あなたはなぜここに?」
「キバオウ派の徴税部隊の取り締まりでな、徴税部隊の対象にされた子どもたちの保母に詫びを入れていたのだ」
「それでは、昨日の騒動はあなたが……?」
「ああ、そうだ。ここにいる者達の助けを借りてな」
「なるほど。昨日はお世話になりました。ギルドALF所属、ユリエールです」
「どうも、《リトルエネミーズ》のマルバです」
「《血盟騎士団》のアスナです」
「KoB……なるほど、連中が軽くあしらわれるわけです」

 それからユリエールは、シンカーがキバオウによって罠に嵌められ、高レベルダンジョンの奥深くにいることを話した。そして、彼女は頭を下げて頼み込んだ。
「私のレベルではとても攻略できません。そこに恐ろしく強い一団が現れたとの知らせを聞き、こうしてやってきた次第です。誠に厚かましいお願いではありますが、私と一緒にシンカーを助けに行っていただけないでしょうか」
 しかし、マルバたちがそれに返事をするまえに、コーバッツが口を開いた。
「ユリエール、貴様はなぜ我々にそれを頼まないのだ?」
「まさか、行けるのですか? 第六十層レベルの敵が出現するんですよ!?」
「問題ない。キバオウが前線に送り出した部隊は我々だぞ?」
「なんと……! それでは、まさかあなた達はキバオウ第五部隊の……?」
「ああ、そうだ。元、だがな。もはやわれわれは部隊ではない。彼らは私の部下ではなく友人なのだから」
「それでは、申し訳ないけれど、シンカーの救出を手伝っていただけますか」
「シンカーの危機とあらば動かざるを得まい。もちろん、喜んで救出に向かわせていただく」
「ありがたい……! 皆さん、お騒がせしました。私が新しくシンカー派に入ったばかりの彼らの実力を把握していなかったばかりに余計な手間を取らせてしまいました」
「いいや、気にしなくていいですよ。それより早くシンカーさんを助けに行ってあげてください」
「ありがとうございます! 失礼します!」

 ユリエールとコーバッツ部隊――いや、元部隊か――は敬礼をひとつすると、駆け足で出て行こうとした。その背に、シリカが呼びかけた。
「コーバッツさん」
「なんだね?」
「コーバッツさん、今、すごく輝いてますよ。誰かを助けようと一生懸命です。素敵ですよ」
「ふっ、私もようやく目が覚めたというわけだ。それも貴女のおかげ。礼を言うぞ、娘よ」
「娘じゃなくてシリカですよ、わたしの名前」
「そうか、覚えておこう。ではシリカ、また機会があったら会おう。さらばだ!」

 ……コーバッツが去ってから、シリカに「素敵ですよ」などと言われたことのないマルバがいじけたのは言うまでもない。シリカが慌てて「マルバさんも十分素敵ですよ」とフォローしたらすぐに気をとり直したが。



 《リトルエネミーズ》とキリトたちはサーシャや子どもたちと一緒にお茶を飲んで過ごした。次の攻略が一ヶ月後と決まったため、結構時間が余っているのだ。レベルも全員攻略組の平均を十分上回り、ミズキに至っては90レベルを上回っている。防御ボーナスと攻撃ボーナスの両方を得られるミズキは他のプレイヤーより経験値を得やすいからだろう。
 マルバとアイリアは子どもたちと談笑し、キリトとアスナ、シリカはサーシャと話をしている。そしてミズキは何故かユイに懐かれたらしく、戸惑いながらも一緒に遊んでやっていた。

 昼食を頂いて、そろそろ帰ることにした《リトルエネミーズ》一行は、サーシャに礼を言った。
「ありがとうございました、お昼までごちそうになってしまってすみません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私もマルバさんやあなたから料理を教えてもらえて楽しかったですし。作れる料理が増えると子どもたちも喜びます」
「そうですか、それはよかったです。……あの、失礼ですが、お金って大丈夫なんですか?」
「ああ、必要なコルはちょっと大きな子どもたちが第一層の安全な場所の狩りで稼いできてくれてますから。転移結晶も持たせてますし、なんとかなっていますよ。この街では一日100コルもあれば全員食べて行けますから」
「あの……もしよろしければ、今日のお礼も兼ねていくらか寄付させていただいても……?」
 アスナの申し出を、サーシャは申し訳なさそうに断った。
「お言葉はありがたいのですが……私達はこの街で、自分の力だけで生きて行きたいと考えています。寄付はお断りいたします」
「そうですか……」
 アスナは少し落ち込んで答えたが、マルバが寄付の代わりを申し出た。
「それなら、アイテムならどうでしょうか? それも、子どもたちが喜びそうな」
「アイテム、ですか?」
「はい。『ミラージュ・スフィア』って言うんですが……」
 マルバはギルドのストレージから『ミラージュ・スフィア』を取り出すと、タップして起動した。すぐに立体地図が表示される。
「このように、非常に詳細な立体地図を表示できます。この街だけでは子どもたちも退屈でしょう。どうでしょうか、受け取っていただけますか?」
「いいんですか!? こんな高価そうなものを……」
「ええ。これはこの前の探索で発見したもので、僕たちは自分のギルド用のものを他に持っているんです。差し上げますよ」
「ありがとうございます……! 子どもたちもきっと喜びます!」
「あ、そうだ。ちょっと待って下さい。よっと……ええと、表示対象指定……と、はい」
 マルバが操作を行うと、立体地図の最下層に三十ほどの緑色の光点が表示された。全ての光点に名前が表示されている。
「これは……?」
「僕達《リトルエネミーズ》と、キリトとアスナ、そしてサーシャさんと子どもたちの座標が光点で表示されているんです。僕達が動けばこの光点も移動します。せっかくだから記念に、です」
「ありがとうございます!」
 サーシャは本当に嬉しそうに礼を言い、マルバたちはサーシャに見送られながら教会を後にした。 
 

 
後書き
はい、サーシャ先生登場回でした。リズがいつの間にか退場していますが、描写を挟むのを忘れて不自然な感じになってしまった結果です。すみません。

コーバッツさん結構良い人になってますね。彼、死亡フラグ立ちまくりですが、どうなるんでしょう? ……なんて言っても、生きて帰るんですけどね。ここで死んじゃったらバトル・ロワイアルに参加できないですし。

……そして、まずいことにまだバトル・ロワイアルはプロットを書いている段階です。ユイ編が第四十話で終わってその後バトル・ロワイアルが始まるのですが、書き終わるのか……? ちょっと本格的に頑張らないとまずいですね。あまり長引かせると次の考査が始まっちゃって更新できなくなりますので……orz 

 

第三十七話 シンカー救出作戦

 
前書き
バトル・ロワイアル編公開までのタイムリミットが刻々と近づいているッ……!
公開までに書き終われるのか……? 

 
 転移門に着き、キリトたちと別れる。
「また遊びに行くからね~」
「いや、お前は来なくていい」
「酷っ!? 嫌でも行く! 行くったら行く!!」
 キリトとマルバは仲の良い挨拶を交わし、キリトがアスナと共に転移門に向かおうとした時。
 転移門付近にたくさんの青い柱が立ち上った。
 それだけならよくあることだ。しかし、その柱の中から飛び出してきたプレイヤーが鬼気迫る顔をしていたため、その場に緊張が走った。更に、マルバたちはそのプレイヤーたちに見覚えがあった。あれは……コーバッツの部下たちだ。それにユリエールの姿もある。

「ガイズ!ユリエールさん! 一体どうしたの!?」
 マルバは名前を知っている二人に声をかけた。
「《リトルエネミーズ》かッ!? ボス級のモンスターにやられた! 隊長とシンカーが戻らない!」
「死神型のボスモンスターでした。名前は《The Fatal-scythe》。覚えがありますか?」
「いや、ない。でも六十層レベルのボスならコーバッツたちでも楽勝で戦えるはずじゃ?」
 マルバの問いに、ガイズは首を横に振った。
「いいや。俺は隊長の補佐として索敵や識別のスキルを重点的に上げてるんだが、奴は俺の識別スキルに引っかからなかった。確実に八十五層より上のボスモンスターだ」
「なん……だって……ッ!! それじゃ、コーバッツは!? シンカーはどうなったの!!」
「隊長はきっと俺たち全員の離脱を確認してから逃げるつもりだったんだろう。シンカーはボスの向こう側の小部屋にいた。あれはきっと安全地帯だ。バレルとカノンがボス越しに転移結晶を投げ渡したからすぐにでも来るはずだ」
「きっとコーバッツが無事転移するのを待っているのでしょう」
「でもそれじゃコーバッツが……危険じゃないか!」
「ああ、俺もすぐに来ると思ったんだが、まだ来ないとなると……ッ」
 切羽詰まったように話すガイズに、シリカが提案をした。
「すぐに黒鉄宮の《生命の碑》の所へ行きましょう! ここで心配していてもコーバッツさんの安否は分かりません!」


 一行はすぐに黒鉄宮に駆けつけた。
 果たして……その碑のコーバッツの名は、二本線によって消されてはいなかった。
「よ、かった……」
「隊長、無事だったんだ!」
 コーバッツの部下たちが喜ぶ隣で、マルバたちは知り合いの名が二本線で消されていないことを確認して回った。果たして、全ての名前は無事であった。
 しかし……
「ユイの名前が、ない……?」
「本当だ! じゃ、この子はまさか……」
「プレイヤーじゃない、のか?」
「そうかもしれません。だって、この碑に名前が載ってないってことは、HPが減らないってことですよね? この碑は、死んじゃった人とその死因を表すもののはずですから」
「たしかにそうだ。それならHPゲージがないことにも納得がいく」
「じゃ、本当にこの子は運営側の子だってこと……?」
「その可能性は高まったな。でもやっぱりこの年齢で、更にこの言語障害は一体なんなんだ……?」
 ミズキはクイックチェンジで手際よく記録結晶を取り出すと、《生命の碑》のユイの名前があるはずのあたりを写真に撮り、例の分厚い本に転写した。ホロキーボードを出すと、コメントを追加して書き込む。

 マルバたちがそんなことをやっている間に、コーバッツの元部下たちが突然歓声を上げた。驚いて振り返ると、そこにはコーバッツと見知らぬ男性が立っていた。ユリエールが急いでその男性に駆け寄る。その男性こそが、コーバッツたちが命がけで救出したシンカーであった。
 シリカが急いでコーバッツに尋ねた。
「コーバッツさん、大丈夫だったんですか!?」
「ああ、なんとかな。さすがにあれは死ぬかと思ったが」
「何があったんです?」

 コーバッツはシンカー救出の最中であった出来事について話し始めた。それは、本当に危険な出来事であった。




 コーバッツはユリエールの道案内の元、シンカーのいるダンジョンの探索をしていた。コーバッツ部隊は次々現れるゴースト系モンスターをどんどん斬り飛ばしながらシンカーのいるはずの安全地帯に向かって進み、ついにその安全地帯が見えた、その時のことだった。
 安全地帯からシンカーが顔を出した。驚愕と恐怖の表情で彼らを見ている。
「シンカー!!」
 ユリエールは思わずかけ出していた。シンカーはそれを見ると、その顔に更なる恐怖の表情を貼り付け、喉も枯れよとばかりに叫んだ。
「ユリエールッ! 来ちゃダメだッ!! その通路には……ッ!!!」
 コーバッツはその言葉にぎょっとして立ち尽くした。即座に補佐役のガイズが報告する。
「隊長! 二時方向に識別不能の定冠詞付きのモンスターが一体!」
「なんだってッ!? くそ、ユリエールが危険だ!! バレル!」
「はい!」
「ユリエールに麻痺を打て! あいつを止めるんだ!」
 ユリエールが十字路の三歩手前で崩れ落ちた。バレルが放った麻痺専用のピックがユリエールの脚に命中したのだ。ユリエールはダメージを受けずに麻痺にかかり、何が起こったのか分からずに倒れたまま、前方のシンカーを見つめた。
 と、その瞬間。ボスモンスターがユリエールの目前をごうっという音と共に通り過ぎた。
 コーバッツたちが慌ててユリエールに走り寄るのと、ボスがコーバッツたちに向き直るのはほぼ同時だった。コーバッツたちはユリエールの麻痺を回復させると、元来た方角にじりじりと後退する。

「これはまずいな。ガイズ、あいつは何層クラスのボスだ?」
「識別不能です。私のレベルより上、つまり少なくとも八十五層クラスです」
「なんてこった……。 バレル、カノン、転移結晶をボスの向こう側、シンカーの安全地帯まで投げられるか?」
「恐らく可能です」
「よし、投げ渡せ。他のものはすぐに離脱しろ!」
 バレルとカノンの二人が転移結晶を『シングルシュート』でシンカーの位置まで投げ飛ばした。それはボスのすぐ横を飛んでいき、シンカーがなんとかキャッチする。ボスはそれを攻撃とみなしたようで、バレルとカノンの二人に向かって鎌を構えた。
「私が奴の攻撃を受け止める! その隙に早く離脱するんだ!」
「隊長は!?」
「私はあの攻撃を一度受け、奴が硬直している隙に脱出する! 早くしろ!」
「隊長……! どうかご無事で!!」
 ガイズ、バレル、バレットの三人が青い光の柱に包まれ、コーバッツが取り残された。コーバッツは盾を構え、ボスの攻撃を待ち受ける。
 ボスの鎌が唸り、下からの刈り上げが放たれた。盾に凄まじい衝撃が走り、コーバッツの身体が浮き上がる。何が起こったのかよく分からないうちに、凄まじい衝撃と共に彼は床に叩きつけられた。
 HPゲージがレッドに染まっている。コーバッツは急いで盾を杖代わりに立ち上がると、自分が安全地帯の中にいることに気づいて愕然とした。どうやらあのボスはコーバッツを下からすくい上げ、頭上まで持ち上げた後後方に投げ飛ばしたらしい。もし投げ飛ばされた先が安全地帯でなければ、彼は落下ダメージを適用され、HPを全損していたに違いない。
「コーバッツさん……! よく無事で!」
「ああ、さすがに今のは助からないと思った。久しぶりだな、シンカー。街開き以来か?」
「そうですね。まさか再会する場所がこんなダンジョンの奥深くだとは思っても見なかったけれど」
「同感だ。……しかし、今のボスは一体?」
「確認はとれないですが、今のは恐らくラスボス。第百層で我々を待ち受けるはずのモンスターだと思われます。事前にウェブで公開されていたシルエットと全く同じ形でした」
「なんてことだ! 一体なぜ、こんな場所にラスボスがおるのだ……訳がわからない」
「それは私も同感です。まるでこの部屋に誰も入れないように守っているかのようです。あの十字路から動こうとしませんから」
「この部屋に……?」
 そう言われて初めて、コーバッツはあたりを見回した。正方形の部屋。で妙に白い光を放つ壁。そして部屋の中央には、意味ありげな直方体の黒い石が置いてある。
「この石が何か重要なものなのだろうか?」
「きっとそうなんでしょうね。ラスボスをこんなところに配置できるのはそれこそ茅場晶彦だけです。きっと誰にも知られたくない秘密が隠されているのでしょう」
「ふうむ……特別なものには見えんが……」
「そうですね。とりあえず、街に戻りませんか? お腹が減ってしまいまして……」
「そうだな。回廊結晶を持っているから、念のためここを記録しておくとしよう。また後日調査に訪れることができるように」
 コーバッツは回廊結晶の出口をその小部屋に設定すると、シンカーと共にその場から転移結晶で脱出した。




「そんなことが……」
「ああ。とにかく、まずはシンカーに何か食べさせなくては。私はこれで失礼する。もしその部屋に行ってみるつもりなら、この回廊結晶を使い給え」
「え、いいんですか?」
「ああ、構わない。この前の礼だ。それに、私達は《軍》の再建のために忙しく、調査に行くことはできない」
「ありがとうございます」

 シンカーたちが去ってから、マルバたちは相談を始めた。
「ねぇ、どうする? 気になるよね」
「気になりますね……。キリトさんたちはどう思います?」
「臭うな。かなり臭う。これは見に行く価値がありそうだ」
「それじゃ、決まりだね。みんなで見に行こうよ。帰ってくる時にまた回廊結晶で記録してこなきゃいけないけど、この前たまたま回廊結晶を見つけてまだ売ってないからそれ使えるし」
「決まりですね。シンカーさんの二の舞にならないように、転移結晶だけは十分準備しなくちゃですね」
「そうだな。よし、行くぞ!」

 その場の皆は転移結晶の残りを確認すると、回廊結晶によって作られたワープゾーンに入っていった。もちろん、ユイもそれに続いた。 
 

 
後書き
さてさて、ユイも付いて行ってしまいましたよ。どうなるんでしょう。

ガイズ、バレル、カノンと新しいキャラが数人登場していますが、あまり気にしなくていいです。脇役中の脇役ですので。グリームアイズ編でもこの三人はちらっと出てきているので記憶力の良い方は覚えていらっしゃるかもしれませんね。

次回予告! ユイ、ロスト! これ以上はネタバレにつき書きません。乞うご期待! 

 

第三十八話 死神の鎌が守るもの

 
前書き
ユイ編もうちょっとで終了です! 

 
「これが、茅場晶彦が隠したもの……?」
「本当にただの石だな。特に怪しい点はない」
 全員が石を取り囲んで調べ始めた。アスナは一人、ユイと一緒にそれを見ている。すると、ユイがアスナの手をほどいて石に駆け寄った。
「あっ、ちょっとユイちゃん! 邪魔しちゃだめでしょ!」
 慌てて止めようとするアスナだが、彼女が止める前にユイが黒い石に触れた。

 その途端。
 ヴン、という音とともに石の上方30センチメートルあたりに巨大なスクリーンが現れ、石の上にホロキーボードが浮かび上がった。全員が驚いて一歩引く。ユイを中心に展開したそれらの異質なオブジェクトは、まるで何かの操作機器のように見えた。
 画面に文字が浮かぶ。


【Cardinal System Ver.4.5 CUI Console】
 Login ID : Yui-MHCP001
 Pass EEG checking..........SKIPPED!
 
 Logging in succeeded!
 Loading Libraries..........DONE.
 Welcome to Cardinal System!
 
 ERROR! There is an error occurd on MHCP's I/O program.
 Starting fixing....


 次々と浮かぶ文字を、全員が驚いて見つめた。
「これ、ユイが触れたから動いたんだよ、な……?」
「ユイちゃん、これ一体……ッ、ユイちゃん、大丈夫!? ユイちゃん!!」
 アスナがユイに話しかけようとして、その異変に気づいた。ユイの身体が脚から消滅を始め、ユイ自身も何が起こっているのか分からずにとても恐怖している。
「ママ、なにこれ、こわい! こわいよ、ママ! たすけて!!」
「ユイちゃん!!」
 ユイが伸ばした手をアスナがつかむ前に、ユイは完全に消滅した。
 アスナは驚きと恐怖で固まったが、画面から聞こえたビープ音に驚いてそちらを見る。


 Starting fixing.........DONE.
 Fixing errors..........
 
 Fatal ERROR : Lack of library/libraries found. Library type : Language Dictionary
 Loading Dictionary............OK. The dictionaries has successfully added.
 
 Fatal ERROR : Broken AI system(s) found. System type : Memory System / Emotional Simulation System
 Rebuilding broken programs.............OK. The systems has successfully rebuild.
 
 Fixing errors successfully done!
 Restarting AI.........OK.
 Rebuilding polygon figure.........DONE.


 最後の行が表示させると同時に、ユイが青い柱に包まれてその場に再び現れた。彼女はショックを受けたようにその場に立ち尽くしている。
「ユイ……ちゃん……?」
 アスナが恐る恐る呼びかけると、ユイは泣き笑いの顔で振り向いた。
「全部、思い出したよ……。パパ、ママ……!」



 それからユイ自身の口から語られた事実はあまりにも驚くべきことだった。
 ユイ自身はAIであり、カーディナルシステムの開発者たちがプレイヤーの精神的な問題を解決するために作られたプログラムだということ。おそらく茅場晶彦によって下された命令によりプレイヤーへの干渉を禁じられ、何もできなくなったユイはただひたすらにプレイヤーの感情のモニタリングを続け……そして、彼女に備わった感情模倣機能が、閉じ込められて狂気に陥ったプレイヤーの感情を見事に模倣し、自己崩壊したこと。そんな中偶然発見したキリトとアスナの感情を観察し、彼らに会いたい一心で彼らの元に現れたこと。

「わたしは自己崩壊と同時にカーディナルの監視対象から外されたようです。以前の権限は失っていますが、システムへの簡単なアクセスは今も可能です。最も、やりすぎればすぐに異物として消去されるでしょうけれど」
「そんな……それじゃあ……ユイちゃんは、消えちゃうの?」
「いいえ、現在わたしはシステムの監視対象から外されています。監視対象に入らなければ消去の対象にはなりません」
 キリトがユイに歩み寄ると、柔らかい口調で尋ねる。
「ユイはもう、システムに操られるだけのプログラムじゃない。だから、自分の望みを口にできるはずだよ。……君の望みは、なんだい?」
「わたしは……わたしは……っ!!」
 ユイはその細い腕をいっぱいに伸ばすと、キリトとアスナに向かって叫んだ。
「ずっと一緒にいたいです……! パパ、ママ……!!」
 アスナは流れる涙を拭おうともせずにユイに駆け寄り、その身体をぎゅっと抱き寄せた。
「ずっと、一緒だよ……っ、ユイちゃんっ」
 少し遅れて、キリトの腕もユイを包み込んだ。
「ああ、ユイは俺たちの子供だ。家に帰ろう。みんなで暮らそう、いつまでも……」



 マルバは抱き合う三人の邪魔をしないようにコンソールに近づき、調べ始めた。
 先ほどユイが言ったとおり、ユイの管理者権限はシステムに簡単なアクセスができそうだった。とりあえずリターンキーを叩き、コマンドの入力画面を開く。
 すぐにプロンプトが表示され、キーボードを介した命令の入力が可能になった。ヘルプコマンドを入力し、可能な動作の確認を行う。
 カーディナル内部で作動中のプロセス群の一覧からMHCPと書かれているものを探しだせた。そのプロセスがロックしているファイルを検索すると、ロックされているファイルはたったひとつのディレクトリ内部に収まっている。引っかかったディレクトリが恐らくユイそのものなのだろう。

「ユイ」
 マルバの問いかけに、ユイが答える。
「なんですか、お兄ちゃん」
「その呼び方、アイリアとかぶるから止めて。にぃでいいから」
「この喋り方だとにぃは合わないと思うんですが」
「じゃあ兄さんでもなんでもいいから。いやそんなことはどうでもいいんだ。これ、ユイでしょ?」
 マルバが示したファイル郡とそれが収められたディレクトリ名を見て、ユイは驚いた。
「確かにこれはわたしです。兄さん、すごいですね。よく分かりましたね」
「まぁね。こういうのは得意なんだ。それで、これを例えばキリトのナーヴギアのローカルメモリに転送するとかできる?」
「原理上は可能です。そうですね、行なっておいた方がいいかもしれません。消去不可に設定しておけばいくらカーディナルといえども管理者の許可なく消せなくなるでしょうから」
「バッチファイル組んでくれないかな。僕がやってもいいんだけど、ちょっと不安だから」
「そうですね。私が起動している間はファイルにアクセスできませんから、わたしが自分で転送するのはできませんし。ここにバッチファイルを組みますね」

 ユイが作業を始めると、アスナがマルバに説明を求めてきた。
「マルバ君、一体何を?」
「ユイをキリトのナーヴギアに転送するんだよ。現実世界でも君たちと一緒にいられるようにね」
「そ、そんなことできるの!? それじゃ、私は本当にユイちゃんとずっと一緒にいられるの?」
「ああ、もちろん。ずっと一緒さ」

 ユイが振り向いた。本来ならバッチファイルは一瞬で作成できるはずだが、カーディナルシステムに見つからないようキーボードから操作していたため作成に手間取ったようだ。
「できました。それじゃ、私は一旦終了するので、転送をお願いします。転送が終了したら勝手に再起動しますので」
「ほいほい、了解。それじゃおやすみ」
 ユイが一旦目を閉じると、その身体が溶けるように消えた。マルバがキーボードに短いコマンドを入力すると、先ほどユイが作ったバッチファイルが起動し、一つのプログレスバーが表示される。皆が見守る中、そのバーが埋まり、先ほど消えたままの姿勢でユイが再び出現した。
「これでユイはキリトのナーヴギアのローカルメモリに保存されたから、きっと現実世界に戻っても一緒にいられると思うよ」
 マルバの言葉に、キリトとアスナは本当に嬉しそうに微笑んだ。 
 

 
後書き
最もお粗末な話でしたね、はい。

次回はついにミズキの話に入ります。最も需要が低そうだけれど、私としてはけっこう頑張った話なので楽しみにしていただけたら嬉しいです。
次回予告! ミズキとマルバ、アイリアの関係性が明らかに!! まさかの展開(予測した人はけっこういそうだけれど)にご期待ください! 

 

第三十九話 ミズキ

 
前書き
ものすごく久しぶりの更新となってしまいました。 

 
 ミズキは分厚い書籍アイテムを開いたままユイを呼んだ。
「お二人さん。ちょっとユイを借りてもいいかい」
「借りてもって……なにする気なの?」
「仕事さ、本来のね」
 アスナはミズキが何を言っているのか分からないようだが、ユイはすぐに理解したようだ。
「おじちゃんのカウンセリングを行うんですね」
「ああ、そうだ。どうだ、どんな状態だ」
「……ものすごく、痛そうです。こんな状態で、なんでおじさんは……生きているんですか」
 ユイの言っていることはミズキ以外には分からなかったようだ。疑問の視線がミズキに降り注いだ。その視線の中、ミズキは静かに、再び尋ねた。
「それは聞き飽きたね。どの医者も俺に言ったよ、なんでお前は生きているんだ、ってね。それで、具体的にはどうなってんだよ」
「……至る所からの反応が普通の人の三分の二程度近くまで減少しています。特に視覚野の反応が非常に希薄です。一番酷いのは海馬ですが、ナーヴギアの脳波計では反応はほとんど確認できません。それに、脳波のα波が全く出ていません。常に興奮状態ということです」

 ユイの説明に、その場の皆が愕然とした。マルバが驚いて叫ぶ。
「ミズキ! 一体それはどういう……」
「ユイの言った通りだよ。俺の脳は相当のダメージを受けているんだ。物理的にな」
「物理的……?」
「ああ、よく分からんが酷く事故ったらしい。身体はけっこう酷いことになってるらしいぜ、写真で見た限りだけどな」
「ちょっとまってよ! なんでそんな状態でSAOにいるの?」
「そこは察しろよ。身体が動かせなねぇし目は見えねぇし耳も聞こえねぇから診察とかは全部医療用のナーヴギア通してやってたんだよ。金だけは心配要らねぇみてぇだけどな。なんでもここまで事故って生きてる人間は珍しいらしくてな、研究対象にされてんだよ。ちゃんと給料だってもらってる。皮肉なもんだよな、事故る前の方が給料低かったんだぜ? んでな、診察してない時間が暇だからってんでゲームやらせてもらってたんだ。SAOは兄ちゃんが徹夜で並んで買ってきてくれたらしいぜ」
「えええ!? なにそれ、そんなこと聞いてないよ!!」
「あれ、言ってなかったのか? でもまぁ、ユイがそう言うんだからそうなんだろ。で、どうよ。俺が身体を動かせるようになる可能性は」
「この世界で動ける以上、身体への命令はしっかり出ています。また、たいていの身体欠損は万能細胞で修復可能ですから、身体の修復さえ完了すれば身体は動かせると思いますよ。……ただ、言うならばインプットの部分がかなり壊れてしまっています。五感のうち、嗅覚と触覚以外は働かないと思います。ナーヴギアが視覚と聴覚と味覚の入力を感知できないので……」
「ほう、そりゃあいい。一生身体を動かせねぇと思ってたからな。どうもその辺をビシっと言ってくれる医者がいなかったもんで、助かるぜ。ありがとな」
「いえ……私は何もできませんから……。お力になれなくて、すみません」
「気にすんな。MHCP(メンタルヘルス・カウンセリングプログラム)なんだろ? 身体の相談もできるんならPHCP(フィジカルヘルス・カウンセリングプログラム)になっちまうじゃねぇか。……それで、だ。お前さんの専門分野について聞こうじゃないか」
「精神的な障害、ですか?」
「ああ、そうだ。事故以来あっちこっち壊れちまってるからな、正常じゃねぇのは分かってる。でもな、精神的な問題もあると思うんだよ」
「……おじちゃんの力になれるかは分かりませんが、頑張ってみます。症状を教えてください」
「ああ、ええとな。前向性健忘……って言ゃあいいのか? 事故より後は普通に思い出せるんだが、記憶の保持できる期間が十七日間だけなんだ。あと、事故直前の……そうだな、一週間ほどの記憶がねぇ」

 ミズキの言葉に、全員が目を剥いた。
「ちょっ……ミズキ! 君一体どうしてそんな状態で……!」
「フィールドに出たかって? んなもん知るかよ。覚えてねぇよ」
「いやそうかもしれないけどさ! それじゃなんで僕のこととか覚えてられるんだよ!?」
「十七日間会ってなきゃ忘れるだろうな、そりゃ」
「……ッ!! それじゃ、なんでここがデスゲームだとか、ゲーム世界の中だとか、そういうことは!?」
「それはほら、こいつだ」
 ミズキは開いたままの分厚い書籍アイテムをポンポンと叩いた。
「何かある度にこいつに記録してんだよ。写真とか付けてな」
「まさか、それじゃ……それは、日記なんかじゃなくて……」
「そうさ、こいつが俺の全て、普通の人間の記憶の代わりをするもの。ここに来てすぐにつけ始め、必ず十七日に一度は読み返してんだ」
「そんな……ことって……」

 マルバは目を伏せ、今度はアイリアに尋ねた。
「葵は……知ってたのか……?」
「うん、私が告白した時にね。こんな俺でも付き合ってくれるのか、って言われた」
「そんなこともあったらしいな。音声記録まで残ってるぜ。この時の俺はよっぽど嬉しかったらしい」
「ちょっと、ミズキ。恥ずかしいからそんなこと言わないでよ……」

 ミズキは再びユイに向き直った。
「それで、どうだ」
「……前向性健忘の方は十中八九外傷性のものですね。海馬、つまり記憶を司る部位からの信号が受け取れないため詳細は全く分かりませんが、過去の治療の情報を参照しても外傷性の可能性が最も高いです。逆行性健忘――あ、こちらは事故以前の記憶がないというものですが、こちらは外傷性の可能性も心因性の可能性も両方あります。事故のショックで失った記憶が戻らないということはよくありますが、そのショックの原因を取り除けば改善する場合が多いです」
「事故のショック、ねぇ」
「心当たりはありますか?」
「うーん……その事故、交通事故だったんだが、運転してたトラックで人を撥ねちまったらしいんだよ。最も、俺は気を失ってたからそいつのことを覚えてるはずはねぇんだけどな? ただ、俺は人を傷つけるのが嫌いでね。親父がやくざだったもんだから暴力沙汰とか見慣れてんだが、子供の頃、鉄砲(はじき)で一人()られるのを見ちまってな。ちょっとしたトラウマになってんだよ。それだもんで、もし俺が誰か殺しちまったんじゃねぇかと思うと……」
 ミズキはそこで言葉を切った。脚が震えている。アイリアが寄り添い、その背を優しく撫でた。

 ユイが言葉を発しようとしたが、マルバが左手を挙げてそれを制した。かなり動揺している。
「ミズキ、その名前……まさか、リアルネームじゃないよね?」
「あ? ……ああ、実名だぜ。それがどうかしたか?」

 マルバは絶句した。口を開くが、何も言葉が出てこない。言葉を発そうと挑戦し、その度に口を閉じ、それを四回繰り返した後、かすれた声でつぶやいた。
翠川瑞樹(ミドリガワミズキ)、二十三歳。トラックを運転中に突発性心不全で人事不省に陥り、ブロック塀に衝突して重症を負う。二年前、僕がここにくる時点では……彼は話すことができない状態だと聞いた。会話も仮想空間でしか行えない状態だ、と」
「お前……なんでそんなこと、知ってんだ……?」

 マルバはようやくミズキを正面から見た。相変わらずかすれた声で、囁くように、彼は告げる。
「ミズキ……あれは君だったんだね。君が、僕を撥ねたんだ」



 ミズキは呆然としている。マルバはそんなミズキを見下ろし、またこちらも何も言わない。沈黙があたりを支配した。
 その沈黙を最初に破ったのは、ユイだった。切羽詰まったようにミズキに駆け寄り、その肩を掴む。
「おじちゃん? おじちゃん!! 気をしっかり持ってください!!」
「あ……ああ……」
「おじちゃん! おじちゃんっ!!」
「あ、ああああああああああッッッ!!!! ぐあああああああぁぁぁぁアアアアアアアァァァァァッ!!!」

 一瞬にして、ユイの周囲を大量のモニタリングスクリーンが取り囲んだ。様々なグラフが表示されるが、そのうちの一つが真っ赤な警告色に染まり、その写しているグラフは恐ろしく波打っている。その画面に書かれている文字は……ECG(心電図)
 ミズキの足元が揺らいだ。その胸の前にディスコネクション警告が踊る。ナーヴギアが異常を察知し、強制ログアウトを実行しようとしている。ユイは必死の表情でそれを防ごうとした。ログアウトは死を意味するからだ。ユイの手は黒い石(コンソール)に押し付けられ、管理者権限を用いてログアウトを阻止していた。

「ミズキ!! 死なないでよ、私を残して死なないでよ!!」
 アイリアが必死に叫ぶも、その声は届かない。
「ナーヴギアの警告システムに働きかけてみます!! ビープ音を鳴らして人を呼ぶくらいなら!!」
 ユイが叫び、同時に様々な警告を示すウィンドウがミズキを取り囲んだ。
「見て、心電図が!!」
 マルバが叫ぶと、皆の視線が心電図に集中した。小さなギザギザを刻むだけだった心電図に、三度(みたび)、大きな振動が巻き起こる。ミズキの心臓はすぐに正常な心拍を刻み始め、赤く染まっていたモニタリングスクリーンが緑色に戻った。

「なんとか、なりました。おじちゃんを診ている誰かが異変に気づき、AED(自動体外式除細動器)等を用いて電気ショックを与えたのでしょう。気絶しているようですが、脳波は安定しています」
「よかっ、た……」
 アイリアがその場に崩れ落ちた。
「ユイちゃん、今のは……?」
 アスナが恐る恐る尋ねると、ユイがこわばった表情で答える。
「恐らく、大きなショックによって一時的に記憶が戻り、事故当時を追体験したのだと思います。いわゆるフラッシュバックですね。身体がフラッシュバックに反応して、事故当時と似たような状況を創りだしてしまったのだと考えられます」
「それじゃ、ミズキはまた心不全を……?」
 マルバの問いに対し、ユイは首を横に振った。
「いいえ、今のはただの細動です。心不全ではあのようにはなりません」
「とりあえず、お前たちのギルドホームまでこいつを運ぼうぜ。こんな場所にいつまでもとどまるわけにはいかないからな」
 キリトの提案で、とりあえず場所を移動することになった。アイリアはずっと心配そうにミズキの側に付き添っていた。 
 

 
後書き
つぶやきでも書いたのですが、最近体調が悪く、なかなか更新作業と執筆作業が行えませんでした。
更に考査期間に入るので次回の更新も二週間ほど先になってしまいます。コラボやりますと言っておいて申し訳ありません。

今回はミズキとマルバの関係、それからミズキの話でしたが、次回でユイ編終了となります。次々回、バトル・ロワイアルです。お楽しみに。 

 

第四十話 今度こそ、違うよって

 
前書き
はい、テストが終わったのでようやく更新です! 

 
 コンコン、とノックの音が響いた。ああ、入っていいぞ、とミズキの声が答えた。
 マルバはゆっくりと扉を開き、中のミズキ、アイリア、そしてユイと対面した。

「ミズキ、具合は……?」
「ああ、大丈夫だ」
「脳波も安定しています。相変わらずα波は観測できませんが」
 ミズキの返事にユイが補足を加えた。
「そっか、ちょっと安心した」
 マルバは力なく笑うと、ベッドに腰掛けたミズキと向かい合うように椅子に座った。
 しばらく無言が続いたが、ミズキが口を開いた。
「ああー、なんだ。悪かったな、心配させて」
「いや、いいんだ。心配することくらいしかできなかったしね」
「……そうか。いや、そうじゃねぇ。俺が言いたいのはそんなことじゃねぇんだ……。俺は……。俺は……ッ!」

 ミズキは急に口調を荒げると、ベッドから身を投げ出すように土下座した。マルバとユイは驚き、固まってミズキを見つめた。アイリアはというと、ミズキを優しい目で見つめている。
「ミズキ、一体何を……?」
「俺はッ! ……お前に、謝らなくちゃいけねぇんだッ!! 俺のせいで、お前は半身不随になったんだろ? 俺のせいでお前の人生は狂っちまった。こんなところに来て、出られなくなっちまったのも……ッ、全部ッ、俺のせいだ……ッ!!」

 ミズキの叫び声がこだまし、マルバはため息をついた。
「ミズキがそれを言っちゃうの?」
「……それは、どういう……?」
「どういうもこういうもないよ。葵から逃げていた僕に、君はなんて言った? 若いっていいねえ、とか、俺にとってはそんなの青春の一ページに過ぎねぇよ、とか言ってたよね? 君は今、葵と同じ立場に立ってるんだよ? なんでそういうふうに葵と同じ反応するの?」
「アイリアと俺じゃ、全然立場が違うだろうが! 俺がいなければ、事故自体起こらなかったんだから!!」
「いんや、同じだよ。君さえいなければあんな事故は起こらなかった。葵が近道をしようなんて言い出さなければあの事故は起こらなかった。そして、僕さえ寝坊しなければ、近道を使う必要なんてなかったんだから。僕達はみんな、あの事故の被害者に過ぎないんだよ」
「そんなこと……! トラックを運転していたのは俺だっていうのに……!」
「だからなんだっていうの。交通弱者を守る会でも設立する気? 歩行者の方が弱いんだから車は歩行者に対して責任を取らなきゃいけないって言うわけ?」
「ああそうだ、そうだよ! 車には歩行者を守る義務があるんだ! 俺はその義務を怠った!! だから俺はお前に謝罪を……! 謝罪を、させてくれ!!」
「させないよ。だって、僕は君を恨んでなんかいないんだからね。あれは不可抗力だった。君は事故の加害者じゃない、被害者なんだ。運が悪かっただけさ。刑事責任だって問えないよ、急性心不全なんて誰にだって起こりえる病気なんだから。むしろ、僕は君にお礼を言わなきゃ」
「礼……だってッ?」
「うん、お礼。僕は君のおかげでここにこれた。みんなに会えたのは君のおかげ。君がいてくれたから、僕たちはいまここにいるんだ」
「俺のおかげ……なわけ、ねぇだろ! おかげ(、、、)じゃねぇ、俺のせい(、、)だ!! お前だって、普通に現実世界で暮らしてた方が良いに決まってんだからよ!」

 マルバは首を横に振った。
「そんなことないね。君がいなければ僕はシリカと出会えなかった。君がいなければ、僕は葵との仲を再確認できなかった。君がいなければ……君にこうして出会うこともなかったんだ。だから、僕は君を恨んでなんかいない」
 ……今度こそ(、、、、)、マルバは床に膝をつけたままのミズキの目を真正面から見つめ、言葉を紡ぎだした。
違うよ(、、、)。僕は君のせいで事故に遭ったんじゃない。それにあの事故は僕にとって不幸なんかじゃなかったんだ。僕はこんなにも温かい仲間に囲まれて、ここにいる。ここに、生きている。それだけで感謝に値するから。だから……ありがとう、ミズキ」

 それは、彼がかつて葵に言おうと思って言えなかった言葉。その言葉はナーヴギアを通して、本来ならなんの言葉も聞こえないはずの瑞樹の脳に、しかと届いた。

「ありがとう……なんて、言うな……! 礼を言うのは俺の方だ……ッ!! こんな俺を……受け入れてくれて……ッ!! 俺は……ッ! 俺はあッ!! うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉォォッ!!!!」

 ミズキが突然叫びながらマルバに抱きついてきた。マルバは慌ててミズキを抱きとめるも、そのまま椅子ごとひっくり返る。二人は頭から地面に落ちた。マルバは楽しそうに笑い、ミズキも泣きながら声を上げて笑った。



 ひとしきり笑いあった後。再び恥ずかしそうに笑いながら、ミズキはマルバから離れ、アイリアの横に再び腰掛けた。
「お前の兄貴、いいやつだな」
「そうでしょ? 自慢のお兄ちゃんなんだから。ちょっと抜けてるけどね」
「葵、ちょっと酷いよそれ……僕傷ついちゃうな」

 雰囲気が和んだその時、ユイが恐る恐るといった様子で口を開いた。
「あのー、ちょっといいですか」
「なんだぁ、ユイ坊?」
「ゆ、ユイ坊ってなんですか! ってそうじゃなくてですね。おじちゃんのナーヴギアの脳波計にα波を検出しました。今までずっと出ていなかった脳波です。リラックスした時に出るものですね」
「おぉ? そりゃどういう意味だ?」
「わずかに脳の状態が改善されているということです。海馬はやはり著しく損傷を受けているようですので、恐らく記憶障害が治ることはないと思いますが、もしかしたらある程度は改善される可能性もあります」
「おお! 朗報だな」
「ミズキ、まるで人事みたいに言うね」
「まぁな。ところで、なんでいきなりそんなことが起こったんだ?」
「兄さんが心因性の記憶障害の原因を排除したからだと思われます。ミズキさんが心の奥に負っていた傷を、兄さんが癒したんですよ」
 マルバは照れたように頭を掻いた。
「なんかそんな言い方、照れるなぁ」
「お兄ちゃん、赤くなっちゃってかーわいー」
「葵、茶化すなよ」

 じゃれあう兄妹をさておいて、ミズキはふと気づいたことを尋ねた。
「ユイ坊、ちょっといいか」
「なんですか?」
「俺の記憶障害、心因性のものだって言ったよな」
「そうですね」
「それが良くなったってことは、俺の記憶に『事故で人を撥ねた』っていう情報が記録されていたことになるよな」
「はい、そうなりますね」
「……いいか、俺が『事故で人を撥ねた』って知ったのは、当たりめぇだが事故後だ。そいで、事故後にはすでに俺は記憶障害を負っていたはずなんだ」
「それがどうかしま……あ!!」
「おう、気づいたか。さすがだな」
「ちっとも気づきませんでした……!! こんなんじゃMHCP(メンタルヘルス・カウンセリングプログラム)として失格ですね……」
「そんなことねぇさ。ユイ坊はよくやった。偉いぞ」

 ミズキがユイの頭を撫でるていると、アイリアが横から尋ねてきた。
「ミズキ、どういうこと? 私にはさっぱりなんだけど……」
「そうだな。ユイ坊、こういう説明は得意だろ? ビシッと決めてくれや」
「ビシッ、ですか? よく分かりませんが、頑張ってみますね。……ええと、『記憶』というのは3つのセクションの集合体なんです。『記銘』、『保存』、『再生』の3つです」
 ユイが手をかざすと、ウィンドウが現れた。ユイはホロキーボードに手を触れると、タイプすることなく情報を入力する。ウィンドウに流れ(フロー)図が表示された。上から『記銘』、『保存』、『再生』と書かれていて、それぞれ順に矢印で繋がれている。
「体験は、『記銘』という働きによって脳の海馬という箇所に記録されます。そしてそれは一定期間『保存』されます。そして記憶が必要になった時、『再生』によって思い出されます。ミズキさんの記憶障害は『保存』される期間が短くなってしまったために起こったのだと私は思っていました」
 フロー図の中央、『保存』の文字が薄くなった。マルバとアイリアはよく分からなそうに表を見つめ、ミズキは偉そうに腕を組んでユイの説明を見守る。
「ところが、おじちゃんの心因性の記憶障害はですね、『事故の後、つまり前向性健忘を患った後に“自分が人を撥ねた”と知った』ことが原因だったんです。つまり、おじちゃんは事故後のことを覚えている(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)んですよ」
 ユイの目の前で兄妹は揃って目を丸くした。ユイが再びホロキーボードに手をかざすと、フロー図の『保存』が再び濃くなった。
「つまり、おじちゃんの障害は『保存』によるものではなく、『再生』によるものなんです。簡単に言いますと、『覚えてるけど思い出せない』という状態なんですね」
 フロー図の『再生』の文字が薄くなり、赤いばってんが付けられた。
「つまりですね。おじちゃんの記憶は『再生』のトレーニングによって改善が見込めるかもしれないんです。昨日のフラッシュバックもそれを証明しています。つまり、全て忘れてしまったわけではなく、記憶が戻ることもあり得ます」

 ユイが手を下ろすと、ウィンドウが消滅した。ミズキはぽんぽんとユイの頭を叩きながら彼女を褒めた。
「ありがとな、ユイ坊。そいで、具体的にトレーニングっつーのは何をすりゃーいいんだ?」
「おじちゃんがいっつもやっていることですよ。毎日の日記を付け、忘れた時に思い出す手がかりにする。この繰り返しによって『再生』は鍛えられます」
「ん? それじゃ、俺はいままでだってずっと『再生』のトレーニングをしてたことになるんじゃねぇか? なんでよくならねぇんだ?」
「心因性の記憶障害が『再生』機能の回復を阻害していた可能性がありますね。そちらのほうが回復した今、おじちゃんを縛るものはありません。少しずつ、よくなっていくといいですね」
「おう、そうか。そりゃ楽しみだ」
 ミズキはいつもどおりの大声で笑った。

 ――事故が引き起こしたのは、悪いことばかりじゃなかった。俺がこんなふうに笑い合えるのも、あの事故があったからだ。
 ミズキはマルバの楽天的思考がうつったかのように、初めて事故のことを前向きに考えた。 
 

 
後書き
更新遅くなりました。
今回と前回はあちこち調べて話を書いているのですが、『記銘』とか『保持』とか私もよく分からないのに書いてしまっていいものかどうか……うーん。

さて、意図せずして相当引っ張ってしまいましたが。次回ようやくバトル・ロワイアル開催です!! シナリオもまだ半分、話も書き終えてないのに更新していいのかどうか不安ですが、精一杯がんばりますので応援よろしくお願いします! 

 

番外編 第一話 張り紙

 
前書き
規則と対戦表です。 

 
【十一月二十五日、第七十五層主街区《コリニア》の円形競技場においてバトル・ロワイアルを開催する。第三位までの賞品・賞金あり、詳細及び申し込みは血盟騎士団本部まで。締め切りは十一月二十日。諸君の健闘を祈る Heathcliff】
 上記の張り紙がクエストボードに貼られてから一週間がたった。十一月二十二日に、その張り紙に若干被さるように、次の張り紙が貼られた。

**********
 バトル・ロワイアルへの諸君の多数のエントリーに感謝する。戦闘は半減決着モードで行われるが、死亡者を出す可能性を極力減らすため、最高レベル帯の以外の者のエントリーは認めないこととした。結果、バトル・ロワイアルへの参加人数は十二人となる。
 ここに規則と対戦表を記す。


 《規則》
 一、回復結晶、転移結晶の使用を禁ずる。解毒結晶二つ以上の使用を禁ずる。解毒結晶二つ以上の使用、又は回復結晶及び転移結晶のいずれかの使用が認められた場合、使用対象を敗戦扱いとする。ポーションの使用は制限しない。
 二、HP半減を以ってプレイヤーの敗戦とする。HPが半減したプレイヤーは速やかに競技場を後にすること。HP半減を告げるアナウンスを無視し30秒以上競技場内にとどまった場合、棄権扱いとする。
 三、隠蔽(ハイディング)スキルの使用を認める。
 四、使い魔の参加を認める。
 五、試合は二段階で行われる。A~Dの各ブロックでの対戦の優勝者が決勝戦の参加権を持つ。
 六、決勝戦で最後までHPを半分以上保っていたプレイヤーを優勝とする。
 七、賞品及び賞金の権利は決勝戦参加者のみに与えられる。決勝戦に参加しなかったプレイヤーは賞品・賞金を受け取ることはできない。
 八、本来ソードアート・オンラインでは多人数参加の試合は定義されていない。また、規則にもとづいて失格者は即座に敗戦扱いとする必要があるため、普通のデュエルは利用できない。よって今回は特殊な方法を用いることとなった。プレイヤーは当日会場で発表される方法に従ってデュエルを受諾し試合を行うこと。デュエル申請を拒んだ場合、棄権扱いとする。

※規則の追加・変更はあり得る。


 《対戦表》
 Aブロック:アイリア/ジンガ/コーバッツ
 Bブロック:ホーク/エギル/ユカ
 Cブロック:マルバ/ミズキ/クライン
 Dブロック:キリト/ショウキ/イツキ


 試合は午前十時に開始する。Aブロックから順に対戦を行い、Dブロックの対戦終了と同時に一時解散とする。決勝戦は午後一時から開始する。
 各自、万全の準備と共に試合に臨むように。諸君の健闘を祈る Heathcliff
**********

「なんか妙ですね」
「そうだね」
 マルバとシリカは貼りだされた規則を見て疑問を漏らした。
「『HP半減を以ってプレイヤーの敗戦とする』ってことは半減決着モードなんだろうね?」
「そうだと思います……けど、『本来ソードアート・オンラインでは多人数参加の試合は定義されていない』のに、どうやって半減決着モードでデュエルするんでしょうか? 『特殊な方法』って……?」
「それだけじゃない。『HP半減を告げるアナウンス』って書いてあるけどさ、普通はデュエルの勝者の頭上にデュエル結果が出るよね? なんでアナウンスなんてするんだろう?」
「デュエルじゃなくて実際に戦闘をする……とかですかね?」
「うーん……それだと圏外じゃなきゃできないはずだよ。 それに『プレイヤーは当日会場で発表される方法に従ってデュエルを受諾し試合を行うこと』って書いてある。デュエルを受諾するんだから、やっぱり普通のデュエルなんじゃないかなあ」

 二人はそろって首を傾げた。考えても分からないことは多い。マルバはとりあえず不安を棚上げにして、三日後の戦いに備えて必要なものを脳内でリストアップした。
 結晶類は使えないらしいし、ポーションは各二つづつもあれば十分だろう。武器は大丈夫だし、ピックも足りている。

 マルバは次に掲示板のCブロックのプレイヤーをちらりと見た。
 クライン。彼はカタナ使いだ。一撃の重さを重視した筋力よりのビルドである。回避が重要だ。軽装備で戦うことにしよう。
 一番の問題はミズキ。マルバの装備は盾に弱い。体術メインで戦わざるを得ないはず。

 そういえばアイリアの方は誰と戦うことになるのだろう……とAブロックの方も確認する。
 ジンガ。彼はマルバと同じくオリジナルの二刀使いだ。マルバの円月輪の代わりに直剣を使う。
 コーバッツはミズキと同じ武装の筋力型プレイヤーだ。様々な攻撃スキルを持ち、クイックチェンジを駆使して片手剣ばかりでなく片手斧や曲刀なども使う、読みにくい相手である。

 そしてBブロックはというと、エギル以外はマルバの知らないプレイヤーばかりだった。
 ホーク。名前すら聞いたことがない……と思ったが、どこかで聞いたことがあったはずだ。確か、アルゴがその名前を口にした……気がする。定かではない。
 エギルは両手斧使いの巨漢だ。恐るべき筋力を持つ反面敏捷性は低いが、武器を素早さに特化して強化しているため素速い攻撃を繰り出してくる。回避は大したことがないが、装備の防御力が一般プレイヤーとは段違いに違うからスキルを当ててもHPが減りにくい、非常に戦いにくい相手である。……まあ、投剣で遠くからちくちくやればあっさり勝てるんだけどね。
 ユカ……は確か、アスナの姉だったはず。あれ、アスナが姉だったっけな? 姉妹そろってしっかりしてるから、どっちが姉らしいとか妹らしいとかがなくて分かりにくい。投剣使いで、正確な攻撃と毒が特徴のプレイヤーだ。攻略組の中でも強さは上位に位置する。手強い相手だが、接近戦に持ち込めば勝機は十分にある。

 Dブロックは恐らく最も観戦者が多いだろう。なにせあの二刀流のキリトが出るのだ。
 キリトは言うまでもない強敵だ。彼の反射神経はとんでもない。初見でマルバの高速短剣技に対抗してみせたあの反射神経は他の参加者を圧倒するだろう。
 ショウキ。マルバは彼についてよく知らない。ただ、敏捷型のカタナ使いだという噂だ。普通のプレイヤーには見えないほど速く動くとか。なんでも、彼とデュエルしたプレイヤーは、確かに斬ったはずなのに空振りして『ふっ、それは残像だ』と言われたとかなんだとか。さすがに嘘だろう。
 イツキ。イツキ……? ええと、彼は確か、体術のみで戦うかなり珍しいプレイヤーだ。そうそう、エギルに負けないほどの筋力を誇る癖に軽業スキルで素早く移動するという、相当珍しい戦闘スタイル。投剣投げてもあっさり避けられるだろう。かといって接近すれば強力な一撃でふっとばされるだろうし。アイリアみたいな槍使いが一番有利に戦えるんじゃないかなあ。

「マルバさん?」
 シリカに呼びかけられてびっくりしたマルバは慌てて彼女の方を向いた。
「どうしたの?」
「いえ、なんだかすごく難しそうな顔をしていたので、どうしたのかなあと」
「あー、ごめんごめん。誰が勝ちそうかな~って思って」
「頑張ってきてくださいね。かっこよく勝ってきてください」
「うー、善処します……」
 マルバはため息をついた。遠くで鐘の音が鳴り、時間を告げる。
「そろそろ帰ろうよ。ミズキたちがお腹を空かせて待ってるだろうし」
「そうですね。今日は何にしましょうか」
 マルバとシリカは夕ごはんのおかずを考えながら帰路についた。 
 

 
後書き
さて、ここでお知らせがあります。

けいすけ.comさん。申し訳ありませんが、メッセージへの返信がありませんのでエントリーを取り消させていただきます。また機会がありましたらよろしくお願いします。

返しの斬り刃さん。感想板に返信を書き込みました。エントリー情報が足りませんので、至急返信をお願いします。Aブロックを書くのに間に合わなかった場合、対戦表を書き直すことになりますので、できるだけ早く連絡をください。

また、完全ランダムで対戦表を決めるつもりでしたが、ランダムで決定した対戦表が展開的におもしろくないものになってしまったため、少し微調整をさせていただきました。
執筆開始します。ご期待に添えるように頑張りますので、どうかよろしくお願いします。 

 

番外編 第二話 エントリーシート一覧

 
前書き
エントリーシートです。各キャラの簡単な装備とビルドを一覧にまとめました。 

 
主武器……通常の『武器』スロット及びクイックチェンジの『武器』スロットに登録されている装備
副武器……『追加装備』スロットに登録されている武器
主防具……『鎧』スロットに登録されている装備
副防具……『追加装備』スロットに登録されている防具


【Aブロック】

 アイリア (Female)
 主武器:菊池千本槍【棍+短剣】
 副武器:ピック
 主防具:金属製軽鎧
 副防具:円盾
 ビルド:バランス

 ジンガ (Male)
 主武器:片手用直剣
 副武器:短剣
 主防具:革製軽鎧
 副防具:なし
 ビルド:敏捷型

 コーバッツ (Male)
 主武器:片手剣/片手斧/片手槍
 副武器:針
 主防具:金属製重鎧
 副防具:方盾
 ビルド:筋力型


【Bブロック】

 ホーク (Male)
 主武器:片手用直剣
 副武器:短剣
 主防具:革製軽鎧
 副防具:なし
 ビルド:敏捷型

 エギル (Male)
 主武器:両手斧
 副武器:なし
 主防具:金属製軽鎧
 副防具:なし
 ビルド:筋力型

 ユカ (Female)
 主武器:なし
 副武器:短剣
 主防具:金属製軽鎧
 副防具:なし
 ビルド:敏捷型


【Cブロック】

 マルバ (Male)
 主武器:片刃円月輪【短剣+投剣】
 副武器:短剣
 主防具:金属製軽鎧
 副防具:籠手
 ビルド:敏捷型

 ミズキ (Male)
 主武器:剣鉈【短剣+片手斧】
 副武器:針
 主防具:金属製準重鎧
 副防具:大盾
 ビルド:敏捷型

 クライン (Male)
 主武器:カタナ
 副武器:なし
 主防具:革製準軽鎧
 副防具:なし
 ビルド:筋力型

【Dブロック】:キリト/ショウキ/イツキ

 キリト (Male)
 主武器:片手用長剣/片手用長剣
 副武器:ピック
 主防具:服・外套
 副防具:なし
 ビルド:バランス

 ショウキ (Male)
 主武器:カタナ
 副武器:短剣
 主防具:服・外套
 副防具:足刀
 ビルド:バランス

 イツキ (Male)
 主武器:なし
 副武器:なし
 主防具:金属製軽鎧
 副防具:ガントレット
 ビルド:バランス 
 

 
後書き
次回話は『ルール説明』。……本当遅くてすみません。
ちょっと混乱するような設定が多いので、面倒な方は読み飛ばしてくださって構いません。 

 

番外編 第三話 ルール説明

 
前書き
ご無沙汰しております。
最近体調が最悪で、更新が相当遅くなっております。
一ヶ月に一回更新とか、最初の更新速度はどうしてしまったんだ…… 

 
 シリカは一人、競技場を訪れていた。シリカ以外の《リトルエネミーズ》のメンバーは全員バトル・ロワイアルに参加するため、一緒に観戦する仲間がいないからだ。なぜシリカだけバトル・ロワイアルに参加しないのかというと、彼女はエントリー直前にたまたま防具を壊してしまったので受け付けてもらえなかったのだ。
 チケット代(1000コルもした、いい商売だ)を購入すると、あたりを見回す。最前列の方に知り合いを見つけ、彼女は急いで駆け寄った。

「アスナさん! お久しぶりです!」
 二人ならんで新聞の号外を呼んでいたリズベットとアスナは慌てて振り返り、シリカの姿を認めると挨拶した。
「シリカちゃん、久しぶり。二週間ぶりくらいかしら?」
「そうですね。ユイちゃんは元気にしてます?」
「元気いっぱいよ。今はキリトを見送りに行ってるよ。すぐ戻ってくると思うけど……」
 リズさんも久しぶり、とシリカがリズベットに挨拶している間に、アスナはチラッと選手控え室の方を見た。中からワンピースの少女が走り出ると、アスナの方に駆けてくる。それに少し遅れて、赤い服を着た背の高い男が現れた。アインクラッド最強の男であり、ユイのことを知る数少ない仲間でもあるヒースクリフだ。
「ユイちゃん、パパはどんな感じだった?」
「張り切ってましたよ! まだまだ出番は先ですけどね、パパはDブロックですから。……あれ、姉さんも一緒なんですね」
「ユイちゃん、こんにちは。団長さん、お疲れ様です」
 シリカはユイに挨拶すると、ユイの後ろからやってきたヒースクリフにも声をかけた。ヒースクリフは大仰にうむ、と頷くと、アスナのすぐ近く、演説台のような場所に立った。彼がチラリとアスナに視線を送ると、すぐにアスナも立ち、彼の側に移動する。ヒースクリフは大きく息を吸い込むと、会場全体に聞こえるように叫んだ(シャウトした)

「あー、プレイヤー諸君! ようこそ、我々のステージへ! 私は今回のバトル・ロワイアルの主催者、ヒースクリフである。開催に先立ち、規則の確認を行わせていただく。チケットの裏を見ていただきたい」
 シリカは慌ててチケットを取り出すと、裏返して書かれている規則を確認した。先日貼りだされたものと全く同じ規則が羅列されている。ヒースクリフはそれを次々と読み上げていくが、最後の規則の前で一旦話を切った。
「さて、問題の八番目の規則だが、知っての通り今回のバトル・ロワイアルのような多人数参加型のデュエルは基本的にソードアート・オンラインのシステムにおいて定義されていない。しかし先日、血盟騎士団の団員が模擬戦闘中に偶然発見した方法を用いれば多人数参加のデュエルが可能になる。今回のバトル・ロワイアル開催はその方法を知らしめるためのものでもあるのだ。新しいデュエル方法の発見はそのままプレイヤーの技術向上のモチベーションにも繋がる。私は、この発見を通じてプレイヤー諸君が各自の技術を更に発展させ、(きた)る日のボス攻略に備えることを期待している」
 シリカはびっくりしてヒースクリフを見つめた。このバトル・ロワイアルにそのような意味があったとは誰も思わなかっただろう。その場のプレイヤーたちは、全員息を呑んでヒースクリフの次の言葉を待った。

「多人数参加型のデュエルは、デュエル中の者は他のデュエル中の者のHPを減らすことができるという通常の1vs1デュエルの仕様を用いて実現できる。今回参加者は、デュエル開始前に《血盟騎士団》幹部の諸君からのデュエルを受諾する必要がある。全員がデュエルを受けた後、30秒のデュエル開始までの待ち時間が経過したことを確認次第、私が戦闘開始の合図を行う。参加者は合図に従い、速やかに戦闘を開始すること。HPが半減した者はデュエルから自動的に脱退するため、それ以上HPが減ることはない。安心して戦い給え。ただし、一人のHPが半減したからといってバトル・ロワイアルは終了しないため、HPが半減した者はアナウンスに従い即座に退場する必要がある。また、戦闘中反則行為を行った者は、《血盟騎士団》幹部がデュエルを降参(リザイン)し、反則者を強制的にデュエルの勝利者とする。WINNER表示が出た者は反則であるので、速やかに競技場から立ち去ること」

 シリカはヒースクリフの言ったことがしっかり理解できなかった。傍らのリズベットも混乱した表情をしている。そんな二人を見かねて、ユイは簡単に説明を加えた。
「団長さんが言ったことをもっと簡単に説明しますね。ええと、デュエルの最中は相手を攻撃出来ますよね? これなんですが、AさんとBさんがデュエルを行なっている横でCさんとDさんがデュエルを始めたとします。すると、AさんがCさんを攻撃することもできるんですよ」
 ふむふむ、とシリカは頷いて先を促した。
「今回のイベントの参加者は、《血盟騎士団》の幹部の皆さんからデュエルを受けるんです。それで、参加者同士でHPを減らしあいます」
 リズベットがユイの話を遮った。
「ちょっと待ってよ。なんで参加者同士じゃなくて《血盟騎士団》の幹部とデュエルするの? さっきのAさんとCさんの話なら参加者同士でデュエルしたっていいじゃない」
「それはですね、仮に先ほどの説明に出てきたAさんがCさんとの戦闘に勝ったとすると、その時点でBさんはデュエルに負けて、Dさんはデュエルに勝ってしまいます。Cさんが抜けた後、バトル・ロワイアルを再開することができないんです。第三者がデュエルを申し込むことで、誰が負けてもバトル・ロワイアルを続けることができます。それに、この方法だと自動的に参加者一人に対し審判が一人つくことになりますから、不正を防ぐこともできますし。審判が降参(リザイン)すれば、その参加者はデュエルに勝利した扱いになり、退場になりますので」
 なるほど。シリカとリズベットは互いに顔を見合わせ、嘆息した。一体誰がこんなことを思いついたのだろう。

 三人が話し込んでいる間にヒースクリフは参加者への激励の小演説を終え、さっさと演説台から引き上げてきた。リズベットの横に腰掛け、完全に観戦の態勢に入る。
「ちょっと、団長さん。開始の合図は団長さんがするんでしょ? こんなとこでくつろいでていいの?」
 リズベットが慌てて言うも、ヒースクリフはそれを全く意に介さないようだ。
「私も君たちと一緒に見させていただくことにしようと思ってな。なに、別に演説台からでなくてもシャウトすれば参加者諸君には聞こえるだろう。一人だけ演説台で見るのもつまらない。君、名前はなんというのかね?」
「……リズベット」
「ほう、いい名だ。よろしく頼むぞ、リズベット君」
「一体何をよろしく頼むっていうのよ……」
「まあ細かいことはどうでもいいではないか。……おお、君がユイ君か。実際会うのは初めてだな」
「そうですね、初めまして。よろしくお願いします、団長さん」
「うむ、よろしく頼む。……しかし、こうして話をしてみると人間にしか見えんな。私はAIは専門ではないのだが、ここまで発達したものだったとは。いやはや、驚きだ。世界は広いな」
「ちょっと、団長さん。こんなところで話さないでくださいよ。秘密なんですから、誰かに知られたら大変です」
「おっと、確かに。失礼した」

 ヒースクリフたちが話している間、アスナは参加者たちに対し、各ブロックの予選や決勝戦の開始時間などについて軽く説明した。アインクラッド初のバトル・ロワイアル開催まで、あと数分である。 
 

 
後書き
ものすごく分かりにくい説明ですみません。次回、Aブロック戦です。

体調が悪く、最近全然更新できずすみません。
私は毎年この時期非常に持病というか体質が悪化して日中ほとんど活動できなくなってしまいます。
具体的にどうなるかというと、過眠がひどくなり、一日の睡眠時間が18時間ほどに伸びてしまうんです。
病院に通い、最近ようやく少し良くなって来ましたが、まだまだ小説を書く時間が取れない状況です。
そういうわけで更新速度が非常に遅くなってしまいますが、これからもよろしくお願いします。 

 

番外編 第四話 Aブロック予選

 
前書き
バトロワ一戦目です。 

 
 三人のAブロックの参加者たちが、互いにかなりの間隔を取って戦闘態勢を取った。
 小ぶりの槍を持った少女は、アイリアである。遠目には一般的な片手槍を構えているように見えるが、実はその認識は正しくない。彼女の持っているのは、『菊池千本槍』に分類される自作武器である。細工スキルで短剣を棍の先に縛り付けた、相当特殊な武器だ。槍としては刺突属性に優れ、棍として破壊属性攻撃もできる。更に、一部の短剣技さえ使えるのだ。リーチが異常に長い短剣技というのはモンスターにとってもプレイヤーにとっても非常に対処しにくい技である。使い魔のクロは今回は参戦しないようだ。
 片手用直剣を右肩の上に構え、短剣を左手で付き出した妙な構えで待機するのは、二刀流のジンガ。マルバに似たバトルスタイルではあるが、マルバと決定的に異なるのはその直剣である。マルバは遠距離も攻撃できるような武器を使うが、ジンガは完全に短距離での攻撃特化の武器選択をしている。間合いにさえ入れば恐らく相当の攻撃力を発揮するはずだ。
 盾から長めの長剣を抜き出して剣先を下に向け、突進の構えをとっているのは他でもないコーバッツである。彼の武器は実はその長剣ばかりではない。クイックチェンジに登録された幾つもの武器の全てを彼は八割以上マスターしているのだ。モンスター相手ならばエンカウント直前に武器を選択して最適の武器で戦えるという強みを持っている。対人戦ではクイックチェンジをする暇が作れれば相手を散々撹乱して戦況を優位にすることができるはずだ。

「アイリア君と言ったか。久しぶりだな」
 コーバッツが口を開いた。構えを解かずに、ちらりと上方に視線を送り、バトルスタートまでの残り時間を確認する。
「うん、例の事件以来だね。シンカーさんはお元気?」
「ああ、もちろんだ。知っての通り、シンカー派は既に《軍》を離れ、初めシンカーが組織したような互助組織を再建しているところだ」
 コーバッツは次にジンガの方を見た。視線が直剣を捉え、次に短剣に移動する。
「貴様がジンガか」
 貴様呼ばわりされて、ジンガは少しムッとして答えた。
「なんか偉そうな奴だな。そうさ、僕がジンガだよ。《疾風》のジンガ、って言えば聞いたことくらいはあるだろ」
「ないな。お前はどうだ?」
 コーバッツはアイリアに話を振った。
「あるよ。マルバ君が言ってたもん、直剣で《ディレイキャンセル》を使う奴がいるって。敏捷性に極振りしてて、速さで右に出る者はなかなかいないって話だったよ。速さを生かした突進技は目にも留まらぬほどだって……それ、君のことでしょ」
「ああ、多分それで合ってる。お兄さん、ちょっと下調べが甘いんじゃない? そんなんで僕に勝てると思ったら大間違いだよ」
「ふっ、弱い犬ほどよく吠える、という言葉があってだな」
「……誰が弱い犬だって?」
「違うというのならそれを証明して見せることだな」
 コーバッツとジンガの視線がぶつかり、火花を散らした。アイリアは呆れかえってそんな二人を見つめる。
「ほら二人とも、そんなところで喧嘩しないで。どうせならもっと仲良くしようよ」
「うるさい!」
「外野は口を出さないで貰おうか!」
 はぁ……とアイリアはため息を漏らした。
「文句だけ口を合わせて言われても、ねえ。もう始まるよ。ほら、あと五秒だよ」
 三人の頭上のカウントダウンが、わずかにずれて時を刻む。やがて全ての数値が0を指し、三つの【Battle Start!】の表示が踊った。


「それでは、戦闘……開始!」
 ヒースクリフの掛け声と同時に、まずジンガが動いた。直剣の突進技でコーバッツに向かいながら、左手の短剣をアイリアに投げつける。単純なシングルシュートだが、それは凄まじい勢いでアイリアに向かって飛んでいった。敏捷性特化なだけのことはあり、ほとんど見えない速さだ。
 しかし、投剣の対処ならアイリアは恐らく誰にも負けない。槍の柄の部分(つまり棍)を振り回し、短剣を吹き飛ばした。同時にコーバッツに向かって走りだす。
 コーバッツの方はというと、突き出された直剣を盾で殴りつけた。軌道を逸らされた直剣は床に突き刺さり、慌てて引き抜こうとしたジンガは盾で横殴りに殴り飛ばされる。直剣を握りしめたまま、彼は何メートルも吹き飛ばされた。コーバッツはジンガの方をろくに確認せずにアイリアに向かって走りだした。

 アイリアとコーバッツの距離は一瞬にして詰まった。アイリアは非常に奇妙な構えでコーバッツに対峙している。槍を腰だめに、片手だけで支えているのだ。本来そんな構えはソードスキルの初動モーションにはないはずなのだが、システムはその構えを確かに認識し、その証拠にアイリアの槍の先端のみが強烈な光を放った。短剣連続技、『ファッドエッジ』。片手槍で繰り出された世にも奇妙な短剣技は、しかし、コーバッツの盾がぎりぎりで弾き飛ばした。即座にカウンターでシルドバッシュが繰り出されるも、アイリアは棍の突進技で相殺する。アイリアはそのまま武器を振り回すと叩きつけるような攻撃を繰り出すが、それはコーバッツの長剣がパリイし、今度はその長剣が袈裟斬りを放つ。アイリアは棍を振り回し、その攻撃を巻き込むように弾いた。

 アイリアはジンガの足音を《聞き耳》スキルで察知していた。地面に思いっきり棍のスキルを叩きつけると、その反動と自らのジャンプ力で彼女はゆうに五メートル以上も空を舞った。コーバッツは急に視界から消えたアイリアを思わず目で追ってしまったが、それが致命的な隙となる。いつの間にかハイディングで近くに近づいていたジンガが、コーバッツの目の前に直剣を突き出したのだ。得意の突進攻撃は敏捷性の補正を受け、凄まじい勢いで敵に迫る。コーバッツは避けきれず、HPを一割強も失ってしまった。初めてのクリーンヒットだった。
 コーバッツは完全にジンガの射程範囲内にいた。ジンガはニヤリと笑うと、その場でたたみかけるように連続攻撃を繰り出す。直剣の突攻撃と体術の連続攻撃……そう、これは《遅延解除(ディレイキャンセル)》。コーバッツはさすがに避けきれず連続被弾し、慌てて盾を背負うと逃走を開始した。走りながらポーチからポーションを取り出し、一気飲みする。六割弱まで落ち込んだHPゲージはゆっくりと回復を始めた。

 ディレイを消費しきったジンガは、その敏捷性に物を言わせてコーバッツを追った。二人の間はみるみるうちにつまり、もう少しで接触するといった、その瞬間……!
 今度はコーバッツが笑みを漏らした。いきなり振り返るとその場で瞬時に盾を構え直し、シルドバッシュを繰り出したのだ。まさかそんな攻撃が来るとは思わなかったジンガは、立ち止まりきれずもろにシルドバッシュを受けてしまった。後方に勢い良く飛ばされながら、ジンガは短剣を振りかぶった。空中を跳びながらの戦闘には慣れている。敏捷性が高ければ壁だって走れるし長距離の跳躍も可能なのだから。
 しかし、彼が振り上げた短剣は、その手から放たれることはなかった。ソードスキルの発動態勢に入っていたジンガの身体を、アイリアの槍が背中から貫いたからだ。

 ジンガは一瞬何が起こったのか理解できなかった。視線を下ろし、自らの身体を槍が貫通していることにまず驚愕し、半ばパニックを起こしながらそれを引き抜こうを試みた。しかし、身体が動かない。慌ててHPバーを確認すると、そこに残りは六割ほどのHP残量を示す青色の表示と、その横に麻痺状態を示すアイコンがあった。

 コーバッツはジンガに麻痺毒の針を放った後、即座にアイリアに向かって長剣を投擲した。アイリアはそれを回避すると、今まで持っていた武器の代わりにその長剣を拾い、構え直す。コーバッツはというと、ジンガの背からアイリアの槍を抜き放ったところだ。抜き放つ際についでに槍を左右に揺さぶったためにジンガのHPは半損し、会場にアスナの声がこだました。

「ジンガさん、HP半損! 速やかに退場してください!」

「くそ、二対一なんて卑怯だ……」
 心底悔しそうな顔でジンガが退場すると、後に残された二人は丁度自分のものではない武器を構えたところだった。
 コーバッツは一瞬興味深そうに手元の槍を見た。もちろん彼は槍スキルも棍スキルもほぼマスターしている。短剣スキルは取っていないが、彼はその特殊な槍でも十分に実力を発揮できるはずだ。
 対するアイリアは、慣れない長剣で戦う気はさらさらなかった。一刻も早くクイックチェンジで武器を変えたいのだが、そのためにはある程度の隙を作らなくてはならない。
 先に行動を起こしたのはアイリアだった。直剣を思いっきり投擲すると同時にメインメニューを開き、クイックチェンジのボタンを押し込む。出現した両手槍を掴みとり、すぐにコーバッツに視線を戻した。その視線の先で、コーバッツはまるでいつもアイリアがやっているのと同じように槍を振り回し、直剣を弾き飛ばしていた。棍の扱いにかなり慣れているようだ。
 コーバッツはアイリアの取り出した武器を見て、彼女の意図を即座理解した。慣れている片手槍ではなく両手槍を取り出した理由、それは射程の長さでコーバッツを圧倒することだろう。それならば、接近戦に持ち込むのが得策のはずだ。彼は突進技で一気に距離を詰めた。

 アイリアとコーバッツの距離は一瞬で詰まった。コーバッツはシルドバッシュの態勢で突っ込み、アイリアはその盾を迎撃するべく槍の重攻撃スキルを繰り出した。アイリアの槍がコーバッツの盾を突いた時、彼女はとても大きな違和感に襲われた。
 シルドバッシュは体重を載せた重い攻撃のはずだ。それならば、この攻撃は――あまりにも、軽過ぎないか……?
 彼女はすぐにその違和感の理由を悟った。槍を捨て、慌てて軽業スキルの後転で回避を試みる。

 盾を投擲し、その影から棍の叩きつけ攻撃を放ったコーバッツは、アイリアが回避態勢に入ったのを見て内心で舌打ちをした。今の攻撃は見てからでは回避できない。シルドバッシュに見せかけた投擲攻撃を見抜かれたのだろう。こうなってしまってはろくなダメージは期待できない。更に、防御の要である盾は失ってしまった。万事休すである。

 ……いや、たった一つ。たった一つだけ、彼が確実に勝てる方法があった。

 コーバッツはポーチに手を突っ込むと、中から手探りで直方体で緑色のアイテムを取り出した。後転から立ち直ったアイリアに向かってそれを振りかぶる。
 アイリアはコーバッツが手にしたものを見て心底驚愕した目で彼を見た。視線で正気かと訴えかけられ、コーバッツも同じく視線だけで正気だと返す。
 コーバッツの手が閃き、アイテムがアイリアに襲いかかる。アイリアにそのアイテムがぶつかる寸前、コーバッツは高らかに勝利を宣言した。

「ヒール、アイリア!!」

 直方体で緑色のアイテム――つまり回復結晶は、見事にアイリアをその有効圏内に収めた。彼女のHPは一瞬にして完全回復し、彼女は自分の敗北を悟った。すぐに彼女の頭上にWINNER表示、つまりこのバトル・ロワイアルにおける反則者の証が踊る。

「アイリアさん、規則違反で敗戦! コーバッツさんの決勝戦進出が決定しました!」



 えええええええ!? と、観客席のシリカたちは叫んだ。ヒースクリフまでもが目を丸くしている。彼はすぐに立ち上がると、コーバッツの勝利をアナウンスし終わったアスナ他幹部たちと会議に入った。
「今のは……ちょっと、ありなんですかね?」
 ユイがおそろおそる尋ねたが、それに対して明確な答えを持つものはいない。
「ナシよ、ナシ! あんな反則技、ずるいったらないわ!!」
 プリプリと怒るリズベットをたしなめるように、シリカが言った。
「そうは言っても、結晶を使用した場合『使用対象を敗戦扱いとする』って書いてありますよ。規則に従えば、アイリアさんが敗戦扱いですよね」
 リズベットが反論しようとした時、ヒースクリフたちの会議が終わったようだ。彼はすぐに観客たちに向かって結果を伝える。
「諸君、待たせてすまない。幹部で話し合った結果、コーバッツ君の今回の戦闘は規則を利用した素晴らしい作戦として評価することにした。今回は規則に従い、アイリア君の敗戦とする。ただしこの方法は思いついた者が素晴らしいのであって、今後乱用されるようなことがあっては本バトル・ロワイアルの運営に関わる。よってここで規則を変更させていただく。一番目の規則、『解毒結晶二つ以上の使用、又は回復結晶及び転移結晶のいずれかの使用が認められた場合、使用対象を敗戦扱いとする』について、『使用対象を敗戦扱いとする』という部分を『結晶アイテムの使用者を敗戦扱いとする』と改めることとする。今後、回復結晶及び転移結晶の使用は一切認めない。以上、訂正を確認していただきたい。では、バトル・ロワイアルを引き続き楽しんでくれたまえ。次のBブロックの戦闘は十分後に開始する」
 ヒースクリフの宣言に一部の観衆は不満のようで、怒りをあらわにして帰っていく人もいた。しかしそれも数人にとどまり、大多数の人はむしろコーバッツの作戦を評価したようだ。確かに規則をよく読めばこのような作戦も可能である。この日を堺に、コーバッツはたくさんの武器種を扱える戦士という以外に、頭が回るプレイヤーとしても知られるようになったのだった。 
 

 
後書き
相変わらず戦闘描写が苦手な作者ですみません。
バトロワでは意外などんでん返しをどんどん挟んでいこうと思っているので、これからも最後までどうなるか分からない試合をお楽しみ頂ければ幸いです。 

 

番外編 第五話 Bブロック予選

 
前書き
お久しぶりです!
やっと更新しましたBブロック予選、今回もどんでん返しで行きます! 

 
 ホークはため息をついた。
「お前、なんで開始直前にため息なんてついてんだよ。士気が下がるじゃねえか」
 斧を持った巨人、エギルの問いかけに、ホークはやはりため息混じりで答える。
「俺、ほんとなら特等席でのんびりとこの戦いを見てるはずだったんだよ。ったく、なんでこんなことに……」
 不満たらたらのホークを、ユカが非難するように軽く睨んだ。
「あんた自分でエントリーしたんでしょ? シャキッとしなさいよ」
「違うよっ! 師匠が勝手にエントリーしてきたんだ! あーもう、師匠も師匠だが、ヒースクリフもヒースクリフだ、全く。なんで本人以外のエントリーを安々と受け入れてんだか」
「師匠って……あー、あのアルゴね。あの人ならやりかねないわ……」
「だろ? なんで勝手にエントリーしたのかって聞いたらなんて答えたと思う? 『その情報は1000コルだナー』だってよ!? くそ、信じられない」
「あはは……。1000コルって、このバトロワの一般席が買えるじゃないの……」
 ここまで聞くと、ユカはもう苦笑いしかできなかった。エギルも呆れて、「信じられねえぜ」とでも言いたげに大げさに肩をすくめてみせる。
 よほど腹をたてているのだろう、ホークの語りはまだ続く。
「流石にむかついたから1000コル払ってやったよ、そうしたらな、師匠、『情報屋として、最前線のプレイヤーたちの実力は知っておかなきゃいけないダロ? でもナ、見てるだけじゃ実際の強さなんて分からなイ。比べる対象がいないもんナ。おれっちがエントリーしてパパッと調べて来てもいーんだガ、戦闘はター君の方が得意じゃないカ。つーわけで、おれっちは特等席でター君と他のプレイヤーの激戦を見ててやるから、しっかり戦ってくるんだゾー』だってよ! くそ、師匠が俺に仕事を依頼してるようなもんじゃないか! なんで依頼される側が1000コルも払わなきゃいけないんだ! しかも特等席の席代出したのも俺だぞ!?」
 激高しているホークの頭上のカウントダウンが0になり、【Battle Start!】の表示が中に踊った。

「だから俺は何が何でも決勝戦に進んで賞金を手にしてやる! ついでに賞品もゲットして師匠への土産にして、今度こそ師匠にぎゃふんと言わせてやるんだ! このまま1000コル取られ損なんてぜったい嫌だからな、覚悟しろ!」
 ホークの叫び声とほぼ同時に、アスナのアナウンスが響いた。
「時間です! 戦闘……開始!」

 激しく啖呵を切ったホークは、しかし開始と同時にハイディングを行い、その場から消え失せた。発言に行動が伴っていない気がするが、情報屋の戦いはハイディングが常である。
 ホークの《隠蔽(ハイディング)》スキルの熟練度がいくら高いとはいえ、ユカも一対一の戦いなら《聞き耳》スキルと《索敵》スキルでホークを見つけ出すことができる。しかし、エギルが突っ込んでくるこの状況では、とりあえずホークのことは置いておいてエギルから距離をおくことを考えたほうが良さそうだ。エギルの両手斧は攻撃力が非常に高く、もしその射程内に捉えられたら逃げ出す前にHPを削られることは想像に難くない。
 素早く計算を働かせたユカは、とりあえず《軽業》スキルでエギルの突進スキルからの回避を試みた。エギルは筋力値極振り型の戦士なので、突進の速度はそれほど速くない。地を蹴って進む初速度だけは速いが、長距離を突進スキルで埋めることはできず、その斧は空振りで終わった。
 今度はユカの反撃である。右手から毒を持った短剣が飛び、エギルの右肩を掠めて突き抜けていった。次々と飛ぶ短剣に、しかしエギルは動揺する様子もない。事前に対毒ポーションでも飲んでいたのか、毒はことごとく不発に終わった。そりゃそうよね、と彼女は内心でつぶやく。彼女がエギルのバトルスタイルをよく知っているように、彼も彼女のバトルスタイルを知っていて当然だ。対策を取るのは当然といえる。

 しかし、彼女はエギルを挟んで反対側から駆け寄ってくる一人の足音を聞き逃してはいなかった。
 ユカに気を取られていたエギルの背を、ホークの左手のソードブレイカーが切り裂き、更に回し蹴りが装備から露出した右腕を抉る。見事にクリーンヒットを決めたホークは、またすぐにハイディングを発動し、背景に溶けるように消えていった。
 エギルは思いがけない攻撃を喰らったにも関わらず全く動じてはいなかった。それもそのはず、彼のHPゲージは一割も減っていない。あまり知られていないことだが、槍を除く両手武器の中級スキルMODには、最大HPをブーストするという、他の武器種にはないものが存在するのだ。彼らが重鎧を纏わずとも、隙の大きい両手武器を満足に扱える理由は、そのHPの量に裏付けられた絶対的な自信が存在するからだ。多少のHPの減少は全くもって問題にはならない。

 情報屋であるホークはもちろん最大HPをブーストするスキルMODの存在も承知していたし、自分の攻撃ではろくにHPを減らせないことも承知していた。彼の狙いは他にあったのだ。
 エギルはちらりと自分のHPバーの下に表示されたバフ欄に視線を送り、内心で舌打ちをした。事前に飲んでおいた対毒ポーションと対麻痺毒ポーションの効果時間が急激に減少しているのを確認したのだ。
 対各種異常状態用のポーションは、対応する異常状態の攻撃を防ぐ度にその効果時間が減少するという特性を持っている。ユカのような投剣による攻撃の場合は高レベルの異常状態を防いでも大して減少しないのだが、直接斬りつけられたりした場合は話が別だ。状態異常を与える時間が長いぶん、よりたくさん効果時間を減らされてしまう。
 エギルはユカのバトルスタイルはよく知っていたが、ホークのバトルスタイルを知らなかったため、状態異常持ちの短剣で直接斬りつけられることに対して対策をとっていなかったのだ。ユカの攻撃に対応できるよう軽装で臨んだのが間違いであった。斬撃を防ぐならせめて金属製の鎖帷子などを装備しておくべきだった。

 エギルの動揺を見逃すユカではなかった。今度は麻痺毒を仕込ませた短剣を数本、ポーチから抜き出し、間髪入れず投げつける。エギルはそれを両手斧でガードした。ユカは取り出した分を全て投げ終わると、とりあえず残弾数を補充するためにメインメニューを開いた。もちろんエギルからは十分に距離を取っていて、たとえ最上級の突進スキルを利用してもユカの位置に来る前に回避ができる。またホークの接近は《聞き耳》スキルで確認できる。そう踏んだ上での行動だった。

 しかし、その油断が隙となった。ウィンドウに目を落としたユカは、嫌な予感に一瞬だけ視線を上げ、こちらに向かって一直線に飛んでくる両手斧を発見して思わず悲鳴を上げた。
 投擲スキル。《投剣》スキルの中級MODで、複雑なスキルツリーの奥深くに存在する、かなり特殊なスキルだ。動かすことのできるありとあらゆる物体、サンドウィッチから両手斧、果てにはプレイヤーまで、筋力値が許す限り持ち上げられるものならなんでも、投剣のように投げ飛ばせるというスキルである。エギルは基本的にはまさにピュアファイターなのだが、筋力値よりのプレイヤー故に逃走する隙を作るのが難しい。逃走時に意外と投剣スキルに頼る場面が多く、熟練度も400に到達するくらいには使っていたため、こんなMODも取得していたわけだ。
 即座に後ろに跳んだユカだが、右足から下をバッサリと斬り飛ばされ、HPも一気に三割ほど減ってしまった。部位欠損により立ち上がることができないユカは、補充した麻痺毒入り短剣を投げて牽制する。投擲して武器を失くしたエギルはそれらを避けつつ、ユカにとどめを刺すために近寄っていくが、ここで敏捷性の低さが裏目に出て、思った以上に短剣を喰らってしまった。対麻痺毒ポーションの効果が切れ、たちまちのうちに麻痺に陥ってしまう。

 さて、これでエギルとユカの両者が両方とも動けなくなってしまった。ホークはとりあえず部位欠損で動けないユカを置いておいて、解毒結晶ですぐに動けるようになるはずのエギルを先に倒すことにした。うまく動かない左腕でポーチをまさぐっていたエギルは、ホークの姿を認めて思わず苦笑した。
「お前、ずりいぞ」
「何言ってんだか。ハイディングの対策をしてないアンタが悪い」
「へへ、そうかよ。しゃあねえな、この試合は俺の負けだ」
 参ったよ、とエギルは呟いた。

「プレイヤー『エギル』の敗北宣言を確認した。直ちに退場したまえ」
 ヒースクリフのアナウンスにぼやきながら、エギルはとぼとぼと競技場を後にした。

 エギルが退場し、競技場内にはホークとユカのみが残された。ユカは部位欠損で相変わらず動けない状況だが、先ほどホークとエギルが話している隙に、持ってきた全ての短剣をオブジェクト化して自分の周囲に積み上げておいたため、彼女は現在武器に囲まれて要塞状態となっている。対するホークは投剣スキルを習得していないため、ユカに攻撃するには近寄るしかない状態だ。しかし迂闊に近寄ろうものなら、麻痺と貫通ダメージですぐに負けてしまうだろう。どちらも動けず、二人は睨み合ったまま静止した。

 五分が経過した。観客も静まり返り、二人の戦況を見守っている。ユカがちらりとHPゲージを確認し、部位欠損が回復する時間が迫っていることを確認するのと同時に、ホークが地を蹴った。
 ホークの鍛え上げた敏捷性のおかげで、二人の間がどんどん詰まっていく。両手で次々と短剣を投げるユカだが、ホークは先ほど彼女がエギルに短剣を投げた時の投げ方を見て、その癖を見切っていた。まるでどの位置に短剣が飛んでくるのか知っているかのようにそれらの短剣のほとんどを回避していく。それでもユカが放った十数本の短剣のうち、三本がホークの身体に突き刺さった。HPゲージの下にダメージ毒を示すアイコンが明滅する。二人の間があと10メートルほどに迫った時、ホークは自分の左腕付近に飛来する、緑色の麻痺毒に刀身を濡らす短剣を見た。

 刺さった、とユカは確信した。そしてその短剣は確かに左腕に突き刺さっていた。しかし、ホークの左腕ではなく、ユカの左腕に。
 ホークは、避けられない短剣を自らの短剣で斬り飛ばし、ピッチャー返しの如くユカに向けて放ったのだ。投剣スキルを持たないホークの、最後の手段だった。

 オーディエンスの歓声の中、ホークは倒れ伏したユカに歩み寄った。
「ずるいわよ」
 部位欠損からは回復したものの、今度は麻痺で動けないユカは息も絶え絶えといった様子で呟く。
「それ、エギルにも言われた」
「やるわね、アンタ」
「そりゃどうも。1000コルの恨みは怖いって覚えておくといいさ」
「1000コルの恨みかあ。ふふっ、バカねえ」
「バカで結構。あのさ、俺が毒で負ける前に降参してくれると助かるんだけど」
「嫌よ」
「それは残念だね」
 ホークは心底嫌そうに短剣を振り上げた。


「プレイヤー『ユカ』のHP半損を確認した。プレイヤー『ホーク』、決勝進出が確定。次の試合が始まるため、選手諸君はすみやかに退場したまえ」 
 

 
後書き
ど……どうしてこうなった……。
当初の予定ではユカさんが勝つはずだったのに、書いていたらなぜかホークさんが勝ってしまいました。ああもう、決勝戦がみんな接近戦キャラになっちゃうじゃないか! 予定が狂いっぱなしだ……orz

というわけでみなさん、次回は私のオリジナルキャラ二人+原作キャラというなんとも見応えのないCブロック戦ですので、説明回にしてしまいます。今まで一度も抜かなかったミズキの剣が活躍するかもしれない回です。コラボキャラは出てこないので、あまり期待しないでお待ちください。 

 

■お詫びとお知らせ

 こんにちは、ご無沙汰しております。かつてここで執筆を行っておりました、マルバと申します。
 体調が悪く持病が悪化したため、またとても忙しい時期に入り、2013年の春より執筆ができなかったことをここにお詫び申し上げます。
 執筆を中断したのはあろうことか番外編でコラボとしてバトルロワイヤルの話を書いていたころでした。参加者の皆様には、せっかくエントリーをして頂き、キャラクターの概要をお願いしたり打ち合わせをしたりしてお手を煩わせたのにも関わらず、最後まで書き終わることなく執筆を中断してしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。
 特に私の企画にエントリーして下さった、蓮夜さん、ハト胸さん、涙カノさん、霊獣さん、けいすけ.comさん、返しの斬り刃さん、本当に申し訳ありません。心からお詫び申し上げます。

 現在も体調は良くなく、更にとんでもなく忙しい時期でもあるのですが、執筆を辞めて以来、作者である私自身がマルバたちの話の続きが気になって仕方がなくなり、どうしても書かずにはいられなくなったため続きを再び書くことに致しました。
 バトルロワイヤルに関しましては、残念ながらエントリーして頂いた方の何人かは既に執筆を辞めてしまっています。他の方のキャラクターをお借りして行う企画である以上、続きを書くのは止めようと思います。中途半端なところで終わりにしてしまい、本当に申し訳ありません。
 次の更新で第五部の新章を公開致します。多忙なため、公開ペースは今までにまして遅くなります。また、十一月に入る頃には執筆に取れる時間がまったく無くなることが予想されるため、再び執筆を中断することになりそうです。もしかしたら、新しく数話公開しただけでまた中断となることもあるかもしれません。
 短い間ですが、またよろしくお願い致します。

 マルバ
 

 

■第四十話までのあらすじ

 
前書き
あまりにも久しぶりの更新なので、今までの流れをさらっと確認できるようにあらすじを用意しました。 

 
■第一部 はじまり
 マルバは交通事故で右半身の自由を失い、その苦しみから逃れるように仮想世界に浸りこんだ。彼は仮想世界で自由に動く身体を手にしたものの、今度はSAOの世界に囚われてしまう。多くのプレイヤーが始まりの街にとどまる中で、彼は単身ソロプレイヤーとして迷宮攻略に乗り出した。

■第二部 ありふれた冒険譚
 チャクラム(投剣)と短剣の二刀流。一風変わった戦い方をするマルバだが、攻略組の中で目立った活躍はなく、ただ漫然と攻略を続ける日々を送っていた。それは相棒の使い魔『ユキ』を手にいれてからも変わることはなかった。攻略の一環として、攻略組を目指すギルド『月夜の黒猫団』に戦闘の手ほどきをしたりするものの、相変わらず彼はただ自分が攻略組であるためだけに攻略を続けるのだった。

■第三部 二人は出会い、そして
 マルバは武具の強化素材を取りに行った森で、使い魔を失った中層プレイヤーのシリカに出会う。ビーストテイマーであるマルバは、使い魔を失った彼女を放っておくことはできなかった。マルバはシリカに協力し、プネウマの花を取りに行く手助けをすることにした。
 マルバはシリカが自分の妹に似ていると言ったので、シリカは彼の妹のことが気になっていた。プネウマの花を取りに行く道中、彼にそのことを尋ねると、マルバは彼の妹『葵』について話し始めた。――自分のせいで兄に怪我を負わせてしまったと嘆く、かつては仲の良かった妹のことを。
 帰り道、オレンジギルド『タイタンズハント』との交戦で何もできなかったシリカは、強くなりたいと願った。マルバはその願いを叶えるためにあらゆる手を尽くした。ついにマルバとシリカのレベル差がほとんどなくなったとき、シリカは二人でパーティーを組むことを提案する。
 圏外村パニで行われた攻略会議。アスナは強硬策を提案するも、シリカの発言が原因で会議からの離反者が続出し、作戦変更を余儀なくされる。マルバたち離反者の一部はパーティーを組むことになる。一緒にパーティーを組むことにしたプレイヤーの一人は、あろうことか『アイリア』という名でSAOにログインしていたマルバの妹だった。マルバは思わず彼女から逃げ出してしまう。しかしもう一人の離反者『ミズキ』に説得され、彼女と向き合う勇気を奮い起こした。一方のアイリアはシリカと話し、落ち着きを取り戻す。二人はシリカとミズキのお陰で仲直りを果たした。
 マルバ・シリカ・アイリア・ミズキの四人はギルドを組むことにする。名前は『リトル・エネミーズ』。全員がビーストテイマーであることがその名の由来だ。何故かリーダーにさせられたマルバは、副リーダーのシリカと一緒に小さなギルドをなんとかやりくりすることになる。

■第四部 四人で紡ぐ物語
 レッドギルドに追い詰められ、マルバとシリカはやむを得ず二人のプレイヤーを殺してしまった。二人は自分たちがいつの間にか、何を犠牲にしようと互いを守る覚悟を決めていたことに気づく。アイリアはそんな二人の覚悟を理解できず苦しむが、彼女の使い魔『クロ』が一度死んだことをきっかけに、二人の覚悟を少し理解することとなる。
 彼ら四人の冒険は続く。キリトと共に七十四層のボスを撃破し、ヒースクリフとデュエルを繰り広げ。彼らはこんな冒険がまだまだ続くものだとばかり思っていたのだが……

■第五部 壊れゆく世界
 七十五層の斥候戦に参加したプレイヤーが一人を残して全滅した。卑怯にも他のプレイヤー全員を囮に使って生き残ったそのプレイヤーの名は……マルバ。彼は自分のためではなく、シリカのために生き延びたのだった。マルバはどちらかが先に死ぬことを恐れ、シリカに結婚を申し込む。かくして二人は永遠の誓いを交わした。
 第七十五層ボス『スカルリーパー』の強さを目の当たりにしたマルバは、一ヶ月ほど全プレイヤーがレベリングする時間を作ることをヒースクリフに提案した。こうして時間に余裕ができたため、マルバたちはリズベットからキリトとアスナの二人も結婚した話を聞き、みんなこぞって二人をからかいに行くことにした。しかしそうして軽い気持ちで訪ねたキリトとアスナのログハウスで、彼らは信じられない光景を目の当たりにする。HPバーを持たず、しかもかなり幼いプレイヤー『ユイ』。彼女を連れ、皆は始まりの街の教会へ向かう。
 シンカーが閉じ込められた狭い安全地帯に隠されたシステムコンソール。一見黒い石にしか見えないそれに触れたユイは全てを思い出した。ユイはこれまでどおりキリトとアスナの娘であることを望み、その望みは叶えられた。
 ユイたちが落ち着いたことを見計らって、ミズキはユイに仕事を頼んだ。それは、ミズキ自身のカウンセリング。交通事故で前向性健忘を患ったというミズキの話を聞くうち、マルバは衝撃的な事実に気づいてしまう。マルバの右半身が麻痺する原因となった交通事故……それを引き起こした軽トラックの運転手『翠川瑞樹』とは、今マルバが信頼を寄せる仲間である――ミズキ、その人だった。
 俺のせいでマルバはここSAOに閉じ込められた――そういって自分を責めるミズキは、かつて自分を責めていたマルバの妹『葵』、つまりアイリアに似ていた。マルバは、その時の葵に言いたくて言えなかったことを、言えなくてずっと後悔していたことを、ミズキにはしっかり伝えた。――自分はミズキを責めていないから、自分を責めるのは止めてほしいということ、ミズキとここで会えた喜びを否定しないで欲しいということを。


■登場人物一覧
 ○マルバ………主人公。交通事故の後遺症で右半身に麻痺を負う。怖いのが苦手。
 ○シリカ………言わずと知れた原作ヒロイン。
 ○アイリア……本名は葵。主人公マルバの妹。交通事故の時、マルバに命を助けられた。怖いのが苦手。
 ○ミズキ………本名は瑞樹。姓は翠川。マルバを軽トラックで撥ねた張本人。
 
 ◇ユキ…………マルバの相棒のウサギ。毛玉。
 ◇ピナ…………シリカの相棒の小竜。回復が得意。
 ◇クロ…………アイリアの相棒の子猫。出番が少ない。
 ◇フウカ………ミズキの相棒の鷹。状態異常回復係。出番最多。
 
 ●コーバッツ…シリカと因縁のあるプレイヤー。実はいいやつ。
 ●キリト………つよい。デュエルによるとマルバ<キリト<シリカ。
 ●アスナ………つよい。マルバとシリカとは攻略会議でぶつかりあったことがある。 
 

 
後書き
明日、新しい話を公開します。 

 

第四十一話 別れの運命

 
前書き
短いですが、重要な局面です。 

 
「そんな……そんなのって……」
「辛いだろうが、これが真実だ」
 ギルドホーム一階のリビングルームで、ミズキはマルバたちが居ない隙を見計らって、アイリアに『大事な話』を持ちかけた。アイリアはミズキの怪我について、或いは怪我に起因する記憶障害についての話だと思い、覚悟を決めた上で話を聞き始めたのだが……アイリアのその予想は方向においては正しく、重大さにおいて大いに間違っていた。

「俺はお前とは居られない……。別れよう。それがお前のためだ」
 ミズキの言葉に、アイリアは顔を上げてミズキを睨んだ。
「私は、ミズキと最後の一瞬まで一緒に居たいんだよ? もし私のためを思うのなら、最後まで一緒にいて」
「辛い思いが増えるだけだ。俺と一緒にいて、無駄に辛い思いをする必要なんてない。悪いことは言わねぇ、やめろ」
「私がミズキと一緒に居なかったことへの後悔を抱えて生きるのと、ミズキと一緒にいたっていう記憶を抱えて生きるのと、どっちが辛いかなんて私が決めることでしょ! 私がミズキと一緒にいることを選ぶって言ってるんだから、ミズキはそれを受け入れてよ!」
「……それなら、誓え! 俺と別れた後、俺のことは単なる思い出として胸にしまい、さっさと先へ進むことを。少しでも立ち止まったら駄目だ。もし誓えないなら……俺は今すぐここを出て行く」
 二人はしばらく睨み合った。長い時間が過ぎ、アイリアはついに俯いて呟いた。
「……わかった、誓う」
 だから今は……そう呟くと、アイリアはミズキの身体を抱きしめた。今はただ、ミズキの存在をしっかりと感じたかった。
「……俺も、ずっとお前と一緒に居たかった」
 ミズキの涙が、アイリアの身体に落ちた。二人はただ抱き合い、この瞬間の記憶を深く、できるだけ深く胸に刻み込んだ。
 ミズキは『記憶』の本を使わなかった。それは、ミズキが今日のこの記憶を忘れることはないということを意味する。――そのことに気づいたアイリアは言いようもないほどの悲しみに打たれ、ミズキの身体を更に強く抱きしめた。 
 

 
後書き
今回はこれだけです。具体的なことは何も伝わらないようにぼかしつつも、今後の展開をなんとなく予感できるように頑張ったのですが……なかなか難しいです。

この伏線を回収するのは次々回の更新になります。今回の重要な伏線は『アイリアとミズキは離れ離れに運命にある』ことです。『記憶』の本についてはミズキは事故の後遺症で記憶が十七日しか保たないことを思い出して頂ければ、なんとなく分かるかと思います。 

 

第四十二話 決戦と代償

 
前書き
ついに強大なスカルリーパーとの戦いです。
けっこう死にます。 

 
 ボス部屋が僕達を睨みつけている……マルバは恐怖を感じて身震いした。ついひと月前、強大な力で何人もの仲間を薙ぎ払った、あの敵と再び戦う日が来たのだ。いつにもましてピリピリした空気の中、マルバは無意識に拳を固く握りしめた。
 その拳に触れるものがあった。その感覚だけで、マルバの震えは不思議と収まった。いつも隣にいて支えてくれた、マルバにとっていちばん大切な存在……。マルバは握りしめた拳を緩めると、その小さな手を包み込んだ。ぎゅっと握られる感覚がした。マルバもただ握り返した。それで十分だった。マルバは自分の心のなかに、小さくも純粋で、暖かな炎が燃え上がるのを感じた。
 あたりをゆっくりと見渡すと、今まで共に死闘を繰り返してきた仲間がたくさんいた。みな戦う理由はそれぞれだが、彼らの理由は等しく強く、自らの命が犠牲になることさえ覚悟していた。マルバはひとり頷き、この死闘の先に、帰るべき世界があることを信じた。

「諸君――」
 僅かにかすれた声が、石造りの広場に反響した。あたりの緊張が更に高まり、マルバはその空気に触れれば怪我をするのではないかという錯覚を覚えた。その場にいる全てのプレイヤーは、間違いなく死人が出るであろう戦いにそれでも身を投じる覚悟を、無言のうちに確認しあった。ヒースクリフは一旦言葉を切り、僅かに言葉を溜めて、力強く宣言した。
「ついにこの時がやってきた。もはや私が言うことは何もない。この戦いに向けて君たちが固めた覚悟を代弁できるほど、私の言葉は力を持たないからだ。さあ、解放の日の為に……生きてこの部屋を出られることを願って」
 彼は無表情にそれだけ言い放つと、こちらに背を向け、扉に手をかけた。扉が軋みながら開いてゆく。部屋の中の漆黒の闇に向かって、彼は十字剣を振り下ろした。
「……行くぞおッ!」
 それぞれの思いを心に秘めた戦士たちの鬨の声が、部屋の闇を吹き飛ばす勢いで轟いた。


「全員、散開ッ! 敵は天井から来ます、索敵スキルを持つ者は敵の落下位置を――」
「来ますッ!」
 アスナの指示に被さるようにして、誰かの叫び声が響いた。その声から遠ざかるようにして戦士たちが退避すると、円状に人のいない地帯ができあがる。落下してきたボスは丁度その中央に降り立ち、恐ろしい輝きを放つ鎌を振り上げた。ボスの名称とHPバーが現れるが、しかしその表示をのんきに眺める者は一人もいなかった。振り上げられた鎌が唸りを上げてこちらに襲い掛かってくる……!
「ミズキ!」
「……なめんじゃねぇッ!」
 最初の鎌が狙ったのはマルバたちだった。ミズキが盾を振り上げ、鎌に側面から殴りかかった。ミズキが地面に突き刺さる鎌を押さえつけると、その背後から最初の一撃をかますプレイヤーが……
「はああッ!」
 掛け声とともに一歩踏み出し、その額に見事な一撃を喰らわせる。アイリアの初撃はしっかりとヒットし、それに続くようにボスの側方に回り込んだ仲間が各々の武器を振り上げた。
「……そこか」
 音もなく一人の大盾使いがボスの正面に回りこんで、アイリアを狙った鎌を迎え撃った。鎌を抑えこむ際に大幅に押し返されたミズキとは対照的に、彼――ヒースクリフは軽々とその鎌を弾き飛ばした。
「ありがとっ」
「左側は任せ給え、君たちは右を頼む」
 アイリアの礼に指示で答えると、その男は盾から剣を抜き、鎌を弾いて作った隙に追撃を打ち込んだ。ミズキも負けじとその不気味に光る鎌を睨み据える。襲いかかる鎌を、今度は一旦正面から受け、右に流した。四メートルほども押し返されながら、ミズキはなんとか鎌を回避すると、今度はその距離を一瞬にして詰め、持ち上げられた胴体に下から打撃を加える。その一撃に追いすがるように、光り輝く投剣が数本飛んできて、当たり判定の小さな骨の胴体をなんとか捉えた。『祝福』を受けた投剣、マルバの攻撃だ。
 マルバは効果時間の短い『祝福』がかかっている間に手元の全ての武器をボスの身体に次々撃ちこみ、武器を失った自身はリーチの短い体術で殴っては逃げ殴っては逃げして、ボスの攻撃範囲をギリギリで避けながらの攻撃を繰り返していた。そのマルバの側で、こちらはマルバよりはだいぶリーチの長い短剣技、それも骨には相性の悪いはずの突き技を中心に攻撃を行うシリカ。二人は殆ど互いを見ていないにも関わらず、どちらかが硬直した隙に敵の攻撃が来た場合に備えていて、片方が危なくなるとすぐに援護ができるような状態を意識せずに維持していた。
「うおぉ……りゃあッ!」
 ミズキが地面に叩きつけた鎌を、小ぶりのメイスが撃ちぬいた。鎌の刃が欠け、耐久値が下がったのが見て取れた。あと十回も同じことをすれば、部位破壊とまではいかなくても鎌の攻撃力を大きく下げることができるはずだ。テツオは身体を引き、次の攻撃に備えた。ミズキが追撃に出ているので次の攻撃を受けるつもりだろう。しかし、鎌はテツオを狙わなかった。すぐ側で攻撃体勢をとったままのササマルはあわてて避けようとするも、間に合わない。ミズキがそれに気づいて援護のため駆け寄ろうとするが、それを遮る声があった。
「私が受けるよ!」
 割り込んできた剣士は片手に持った盾を振りかざした。ギリギリまで攻撃を引き付け、敵の攻撃を弾くことができるタイミングを見計らう。ミズキとは違う盾の使い方をするサチは、鎌を弾くと同時に剣での追撃を打ち込んでいった。
「助かる!」
 ミズキは彼女に一声かけると再び防御に戻った。月夜の黒猫団――かつてマルバが攻略の手ほどきをした彼らは既に、攻略組のなかでも一握りしか参加していない、命を失う可能性の高いこの戦いにも立ち向かうに足るだけの、戦う理由を手にしていた。彼らの瞳はこの場の他のプレイヤーと同じように、かつて居た世界へ帰る道を見ていた。
 マルバは頼もしい仲間たちに一瞬目を向けると、シリカと無言で一つ頷き合い、再びボスへと打ちかかっていった。この仲間を失わないために、勝ってみんなで元の世界で笑い合うことだけを目指して。その瞳は今倒すべき敵を見据えながら、その向こう側の幻想へ向けられていた。


 何時間、戦っただろうか。
 共に戦う仲間が何人か姿を見せないことに不安を感じながら、マルバは戦い続けた。彼はボスが砕け散っても、まるまる二分間は抜刀したまま緊張を途切らせることができなかった。最後の数十分はボスのHPバーを見る余裕すら失っていたのだ。戦いが終わったとようやく信じられた時、マルバはもうただ立つ余裕すら失っていた。マルバが気絶するように倒れこむと、ほとんど同時にシリカも膝をついた。激戦を生き残ったピナとユキも相当消耗している。二匹は二人の間に寄り添い、生きて戦いを終えられたことを喜んだ。
 しかし……マルバたちも無傷というわけにはいかなかった。アイリアが何かを握りしめながら、ミズキの胸に顔をうずめ、声もなく泣いていた。彼女の手の中から黒いリボンが覗いていた。マルバはどこかで見た光景を一瞬思い出し、大切な仲間を失ったことを知った。ミズキの使い魔であるフウカがアイリアの肩に止まり、彼女を慰めようとその翼でアイリアの頭を撫でた。
 マルバは隣に手を伸ばし、同じように伸ばされた手をとった。軽く握ると、ようやく生き残った実感が湧いてくる。なんとか身体に力を込めて起き上がると、先に起き上がっていたシリカと顔を見合わせ、微笑みあった。

「無事だったようだな……」
 いつもの逞しい声も、しかし今は張りを失っていた。見上げるような巨漢エギルは、自分のギルドの被害を確認すると、一番近くにいたマルバたちに声をかけてきたところだ。
「なんとか、ですね。ただ、大切な仲間を失いました」
 シリカはそう言ってアイリアの方をちらりと見た。
「でも、またプネウマの花を取りにいけば会えます。あの世までの長いお別れではありません。そちらは……大丈夫でしたか」
 エギルは悲しげに俯いてそれに答えた。
「……ご冥福を、お祈りします」
 マルバは絞りだすような声で、ただそれだけを呟いた。それしかできなかった。三人はしばらく沈黙し、失った仲間へ祈りを捧げたが、あと残り四分の一となった天上の城を突破する決意はまだ湧いてきそうになかった。
「まだあと……四分の一……」
 エギルがぽつりと漏らした。マルバはなんとかその言葉を否定するだけの力をかき集めた。
「違う……。これが最後のクオーターポイントだ。あとはラスボスだけだ。僕たちは、ちゃんと先へ進めているんだ」
 マルバは自分の言葉でなんとか自分を立て直した。悲惨な事実を、受け入れる覚悟を決める。マップを開き、表示された光点を、すなわち生存者の数を数え上げ、この戦いで何人欠けたのか逆算する。三回検算して、彼はその事実を認めざるを得ないことにようやく気づいた。
「九人……」
 エギルとシリカは思わずその言葉から顔をそむけた。マルバも耐え切れず顔を伏せたくなるが、その衝動をなんとか抑えこむ。周りを見回すと、今度こそ耐えられない光景を目にした。
 月夜の黒猫団――。彼らが、肩を寄せあって泣いていた。その光景が意味するところは明らかだった。マルバは思わず特に親しかったダッカーとサチの無事を祈り、それが他の仲間ならば死んでも良いと考えているかのようだと気付き、自己嫌悪に陥った。顔を伏せるだけでは足りず、そのまま床に頭を打ち付けたが、この世界は痛みだけは再現してくれなかったので、ただ不快感だけが募った。 
 

 
後書き
月夜の黒猫団に犠牲者を出すのはどうしようか本当に悩みました。
それでも、犠牲者がたくさん出たという事実を書く以上、私は月夜の黒猫団からも犠牲者を出すことに決めました。
理由は文中でマルバが語った通りです。ただ多大な犠牲者が出たという事実だけを書き、その犠牲者はただの数字で済まされる……それでは、その犠牲者があまりにもかわいそうです。特にこのボス戦は決死の覚悟で臨んだものだったはず。知り合いが死ななかったからよかったね、で軽く済ますのはいやだったのです。
もちろん、知り合いが死ねばそれでいいわけでもありません。彼らは必ずいつか再登場します。

次回はついにヒースクリフ戦です。 

 

第四十三話 茅場晶彦

 
前書き
ヒースクリフの正体が露見します。
今回はまだ戦闘にはなりません。 

 
 マルバたちは何もできず、ただ呆然と座っていた。なんとか気力を奮い起こしたエギルは他のギルドの様子を見に生き、ミズキものろのろと動き出し、マルバたちにポーションを渡した。アイリアは受け取ろうとしなかったが、ミズキは無理矢理それを飲み干させた。アイリアは一番消耗が激しく、HPがレッドゾーンまで食い込んでいたためだ。
 呆けたままのマルバたちをその場に残し、ミズキは盾戦士として共に強大な鎌に立ち向かったヒースクリフに感謝するべく彼の方へと歩いて行った。脚を半ば引きずるように歩くその姿勢に、マルバはぼんやりした頭のなかで違和感を感じたが、それをはっきりした形にできるほどの気力はどこにも残っていなかった。
 マルバはシリカに寄り添いながら、今だけはただ、この戦いで失ったものへの悲しみに打ちひしがれることにした。この悲しみはいつまでも引きずることはできない。まだ残りの四分の一がマルバたちを待ち受けているのだから……。マルバはシリカと頬を寄せ、大きすぎる犠牲に対し悲しみ、決意を奮い起こそうとした。
 ほとんど全てのプレイヤーが地に足をつき、なにをする気力も残っていないかのように見えた。ただ一人の例外――ヒースクリフを除いて。彼だけは、今も背筋を伸ばし、毅然と立ち続けている。マルバはそんなヒースクリフに、敬意というよりは哀れみに近い感情を向けた。この場でまだあのように立ち続けられるのは、彼が自分の強さを信じ、自分だけは生き残ると確信しているからなのだろうか、あるいは……。
 そのヒースクリフは、今は血盟騎士団の団員の一人の要求に応じ、彼にポーションを分けてやろうとしていた。左手を持ち上げ、人差し指と中指を揃えて……それからその左手を体の前でひらひらと動かした。団員がヒースクリフの強さに敬意を示したため、謙遜を表すゼスチャーをしたようだ。今度は右手の人差し指と中指を揃えて振り、メニューの中からポーションを選び、団員に渡した。


 ……微かな、違和感。どこかで見たことのある動作だが、それは明らかに何かが違った。マルバの頭に、いつかの光景がよぎった。アスナがユイにメインメニューを開くよう促す。ユイは右手で開こうとするも開けず、代わりに左手で開いてみせた。左手で……プレイヤー用のメニューではなく、システム管理者用のメニューを。

 思考を包んでいた霧が一瞬にして晴れた。マルバは目を凝らした。ヒースクリフは今、ミズキに話しかけられてこちらに背を向けたところだ。彼に対する違和感が一気に像を結ぶ。人間としてあり得ない速さ、決して一定量を下回らないHP。それだけではない、ヒースクリフはシステムを知りすぎていた。システムに関しては、誰もが知らないような説明書の隅の隅にしか書かれていないことまで熟知していた。使ったことのないはずのソードスキルの軌跡を完全に体得していた。これらから考えられる最も尤もらしい仮説は、今までだったら考えもしなかったものだった。――彼こそが、このシステムの設計者ではないかという仮説が、急に現実味を帯びた。
 マルバは床に投げ出されたままのシリカの短剣を静かに拾った。ゆっくりと腰を浮かし、攻撃体勢を取ろうとする。彼がちらとシリカの方を見ると、彼女は何かに気づき、マルバに声をかけた。
「マルバさん、一体何を――」

 次の瞬間、様々なことが立て続けに起こった。
 マルバが短剣を投げるのと同時に、マルバの斜め後ろから黒い影が飛び出し、投剣が風を切る鋭い音を追いかけるようにヒースクリフに迫った。ヒースクリフは鋭い風切音を耳にするやいなや素早くこちらに向き直り、僅かに目を見張るも盾を引き寄せ防御態勢を取りながら、短剣を回避するように動き始める。短剣がヒースクリフの盾の隅をかすり、半秒あとに黒い影――キリトが突進技を放った。ヒースクリフが持ち上げた盾がそのソードスキルをぎりぎりで跳ね上げる――。
 そして、キリトの剣が上空に跳ね上がったその時、ヒースクリフの背後のプレイヤーが彼を袈裟斬りにした。

 【Immotal Object】――ミズキの剣は、ヒースクリフの胴を切り裂けなかった。代わりに出現した表示がその剣を防いだからだ。

「そういうことかよ――茅場晶彦」
 ミズキの声は、氷のように冷たかった。あたりがしんと静まり返る。ただ痛いほどの沈黙だけがそこにあった。誰も喋らない。ただヒースクリフのすぐそばに光るシステム警告だけが、場違いに存在を主張していた。
「何故――気づいたのか、聞かせてもらえるだろうか?」
 ヒースクリフはしばらく沈黙を保ったが、ミズキに向かっておもむろに質問をぶつけた。しかし、ミズキは肩をすくめるだけで、その問に正面から答えることはなかった。
「俺はただ、あんたが妙な奴だと前々から気にして書き留めていただけだ。マルバが攻撃したから、俺も加勢した。あんたが茅場だと気づいたのは、その奇妙な警告窓が出てからだ」
 ミズキが既に消えた警告窓を一瞥して答えると、ヒースクリフはその視線をこんどはマルバに向けた。正体を見ぬいた訳を言え、ということだろうか。マルバが無言でシリカを見ると、ヒースクリフもその視線をシリカへと移した。
「ええっ、わたしですか? ええと……前に一度デュエルしたじゃないですか。そのときのヒースクリフさんの攻撃の避け方、あれは短剣技をほんとうに何度も撃ったことがあって、動きをかんぺきに憶えている人じゃないと絶対にできないような避け方だったので、不自然だと思ったのがきっかけでした。わたしはそれ以上は……」
 マルバはその言葉を引き取って続けた。
「決め手はついさっきの動きだね。あんた、左手でメニューを開こうとしていたでしょ。左手でメニューを開けるのはシステム管理者だけだから」
 ヒースクリフは顎に手をやって少し考えると、今度はキリトを見た。キリトはミズキと同じように肩をすくめて答えた。
「デュエルの時だ。――最後の一瞬、あんたあまりにも速すぎたぜ」
 やはりそうか、と彼は呟くと、ついにそれを認めた。
「うむ――確かに、私は茅場晶彦だ。加えて、第百層で君たちを待ち受けるはずのラスボスでもある。……最後に私の前に現れるのは、キリト君、君だけだと思っていたのだがな。まさか四分の三時点でこれほどのプレイヤーに正体を見破られるとは思っても見なかった。この世界で絶対の力を持つのは反応速度であるからして、全プレイヤーの中で最大のそれを持つキリト君がこの世界で唯一私の前に立つだろうと予想をしていたのだが……私の予想を超えるプレイヤーは他にもいたということだろうか。いやはや、これも大規模ネットワークRPGの醍醐味の一つと言えるかもしれないな」
 ガン、と何かを床に打ち付ける鈍い音がした。先ほどヒースクリフからポーションを受け取ったばかりの血盟騎士団の団員が、石畳に甲冑をめり込ませるほどの力を込めた。
「貴様……貴様が……。俺たちの忠誠――希望を……よくも……よくも……」
 槍を杖代わりに、彼は全身を起こした。体重と怒りを載せた一撃がヒースクリフを狙う。
「よくも――――ッ!!」
 絶叫しながらの一撃がヒースクリフに届く直前、彼は空中でぴたりと静止し、その場に音を立てて墜落した。HPバー横に緑色の状態異常アイコンが点滅する。茅場が左手を動かす度に、その場のプレイヤーが皆崩れ落ちていった。
 ――キリト、マルバ、ミズキの三人を残して。
「……どうするつもりだ。この場で全員殺して隠蔽する気か……?」
 キリトがぼそりと言った。彼は跪き、倒れたアスナの手を握った。
「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ」
 ヒースクリフは微笑みを浮かべながら、首を振って否定した。
「こうなってしまっては仕方がない。予定を早めて、私は最上層の〈紅玉宮〉にて君たちの訪れを待つことにしよう。90層以上の強力なモンスター群に唯一対抗できる力として育ててきた血盟騎士団を途中で放り出すのは不本意だが、なに、君たちの力ならきっと辿り着けるさ。だが……その前に……」
 茅場は言葉を切ると、その場に立つ三人を見据えた。右手の剣を軽く床に突き立てると、高く澄んだ金属音が石の壁に反響した。
「君たちには私の正体を看破した褒美を与えなくてはなるまい。チャンスをあげよう。君たちの中で誰か一人だけが、今この場で私と一対一で戦うチャンスを。無論不死属性は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。……どうかな?」
 その言葉に、即座に反応した声が二つあった。
「やめて、マルバさん。戦うならあたしも一緒です」
「だめよキリト君……! あなたを排除する気だわ……。今は……今は引きましょう……」
 マルバとキリトが言葉に詰まり、一瞬硬直した。代わりに一歩踏み出したのは――
「そうだ、お前らはやめておけ。リスクがでかすぎる。やるのは、俺だ」
 ミズキが盾から剣を抜き、床に突き立てた。 
 

 
後書き
ミズキだけが、ヒースクリフに立ち向かいます。

次回、ヒースクリフ戦。ミズキが戦う理由も明らかになります。 

 

第四十四話 ラストバトル

 
前書き
最後の……最期の戦いです。 

 
「お前らはやめておけ。リスクがでかすぎる。やるのは、俺だ」
 ミズキが盾から剣を抜き、床に突き立てた。マルバはシリカと一瞬顔を見合わせると、ミズキを説得にかかった。
「ミズキ、ここでやるのは得策じゃない。いつものボス戦と同じように、今回も《神聖剣》の分析をして、しっかり対策をして臨むべきだよ」
「そうかもしれない。でもな、ここでクリアできれば、ここにいる全員が生還できる。百層まで行って攻略するなら、犠牲は必ず増える。可能性があるなら、いまやるべきなんだ」
「可能性――可能性って、もし失敗したらミズキが死ぬんだよ! ここで死ぬ可能性だって十分にあるのに、それでも行くっていうの!?」
 マルバは必死に叫ぶが、その説得は功を奏さなかった。ミズキは頷いて告げた。
「その通りだ」
「なんで――なんでそんなこと言うんだ! そうだ、さっきミズキは自分で言ったじゃないか、リスクがでかすぎるからやめておけって! 負けたら君は死ぬんだ、これ以上でかいリスクがどこにあるっていうんだ!」
 マルバの問いかけに、ミズキは一言で返した。
「いや、それは間違っている。これ以上小さなリスクは他にない。俺の命はこの場の誰のものよりも軽い」
 その瞬間、マルバの拳がミズキの頬にめり込んだ。ミズキは軽く二メートル半ほど吹っ飛んで倒れこんだ。
「ミズキぃッ! 君は……ッ! 君はなんてことをぉおッ!」
 マルバがミズキにのしかかった。二発目を殴りつける。そしてもう一度拳を振り上げたが、彼はそのまま固まると、力が抜けたようにミズキの胸に倒れこんだ。麻痺だ。ヒースクリフがついにマルバにも麻痺をかけたのだった。
 ミズキはマルバを横に転がすと、なんとか立ち上がった。無様に転がったマルバに別れのあいさつを告げる。
「……今まで、お前といれて楽しかった。うまくこいつに勝てたら、次は現実世界で会おう」
「ミズキ……君は……何故……」
 マルバは涙を流していた。ミズキはマルバに背を向けると、アイリアに顔を向けた。
「アイリア、お前はこんな俺をずっと支えてくれた。お前に会えて良かったよ。本当に、感謝している。……俺が死んでも、前を向いて生きろよ」
 アイリアは当然ミズキを止めるはずだと、マルバはそう思った。しかし、彼女はあろうことかミズキの言葉に頷いて、別れのあいさつまで言い出した。
「……私も、ミズキに会えてよかった。ミズキを好きになってよかった。……最後まで、ミズキと一緒にいて良かった。また会えるように、応援してる。もし駄目でも、あの誓い(、、、、)は守るから」
 アイリアは涙を流して、つっかえながらそう言った。マルバはアイリアの台詞が信じられず、アイリアとミズキを一緒くたに責めようとするも、あまりのことに言葉が出ない。ミズキは最後にシリカに語りかけた。
「お前とマルバのおかげで、俺はずいぶんと助けられた。これからもマルバと仲良くやっていってくれ」
「ミズキさん……なんで! なんでそんな、ここで死ぬのが当たり前みたいな挨拶してるんですか! どうして、なんでここでどうしても決着をつけなきゃいけないんですか……ッ!」
 シリカの悲痛な叫びに、ミズキはついに真実を告げた。

「俺は百層まで辿りつけない。分かるんだよ、死ぬときが近づいてきやがるのが。むしろここまで生きたのが奇跡だったんだと思うぜ。最近は頭痛が酷ぇし……それに一瞬でも気を抜くと、意識を失いそうになる。たぶん、脳になにか異常が出てきたんだろうな。ナーヴギアから一度も出てねぇから、医者たちも手が出せねぇんだろうよ。だからこそ、これは唯一の好機なんだ。ここで俺が奴を倒すことは、俺がお前たちと共に生きるための唯一の手段だっつーことだ。……俺は生き残るために、ここで奴を倒す」

 あたりは静まり返った。この事実を聞いて、彼を止められるものは誰もいない。最後に、マルバが搾り出すように言った。
「必ず勝って……一緒に戻るんだ、現実世界へ。絶対に見舞いに行く。死ぬんじゃないよ、ミズキ」
「当然だ。俺はここで勝って生きて帰る」

 ミズキは床に転がった自分の剣を取り上げ、その切っ先で倒すべき敵をびしりと指した。
「さあ……勝負だ、ヒースクリフ」
 ヒースクリフ――茅場晶彦が画面を操作すると、ミズキとヒースクリフのHPが調節された。不死属性を解除したと知らせるメッセージウィンドウが表示され、彼はその表示を一瞥すると床に付き立てた長剣を抜き、十字盾の後ろに構えた。


 ミズキが先に動いた。敏捷型の彼の全力の駆けはすさまじい速度で、そこにいるプレイヤーたちには残像さえ見えた。ヒースクリフの目前で向きを変え、盾で相手の盾を横殴りに殴りつける。ヒースクリフの盾の内側から長剣が目にも留まらぬ速さで繰り出され、ミズキはそれを紙一重で避けた。
 横で見ているプレイヤー達は、あまりにも高度であまりにも素早く――あまりにも人間的なその戦いを、目で追うことすらままならなかった。盾と剣がぶつかる音が絶え間なく響く。
 ミズキの剣がヒースクリフの髪に触れ、ヒースクリフの突きがミズキの盾に刺さる。返す刀がヒースクリフの鼻先を掠め、二段突きがミズキの籠手を砕いた。
 両者の実力は拮抗しているかに見えたが――盾の重さと筋力パラメータの優劣だけは誰が見ても明らかだった。ミズキの盾はヒースクリフのそれに比べてあまりにも軽かった。ミズキの斬撃をまったく危なげなく受け止めるヒースクリフの盾に対し、ミズキの盾は攻撃を受け止める度に左右に大きくぶれる。何度目の攻撃だろうか、ミズキがヒースクリフの剣を受け流すことに失敗し、その斬りを盾でまともに受けてしまったとき――ミズキは、遠くへと跳ね飛ばされる盾の内側から、ヒースクリフが勝利の笑みを浮かべるのを見た。

 ――ヒースクリフの長剣が音もなくミズキの胸へと吸い込まれていく――

 その瞬間、不可解なことが起こった。ミズキの軽鎧とヒースクリフの直剣の間の空間に亀裂が走った。ヒースクリフの直剣はその亀裂に突き刺さり、大きく弾かれた。一方ミズキは亀裂に身体を半分飲み込まれた。ミズキの身体が雷に打たれたかのように痙攣し、ミズキはあまりの苦痛に顔を歪ませた。しかし意志の力で身体の痙攣を押さえ込んだのだろうか、彼は体勢を崩したヒースクリフに追いすがるように攻撃を繰り出した。
 ヒースクリフはミズキの剣に対応しようと盾に力を込めたが、ミズキの表情に一瞬気を取られた。ミズキは既にヒースクリフを見ていない。どこか遠く、彼方を睨みつけていた。見ていないのではない――見えていないのだ。ミズキはこの最後の瞬間に、視力を失っていた。
 しかし――彼の攻撃は的確だった。まるでミズキ自身は意識を放棄しつつも、その意志だけが剣に宿ったかのようだった。ヒースクリフは彼の剣をぎりぎりで防げなかった――間に合わなかったのだ。ミズキの剣はヒースクリフの胸に突き刺さった。

 空間の亀裂は更に広がっていた。そこら中にノイズが走り、謎の破裂音が響く度に空間に小さな亀裂が生じ、亀裂からは白い雷の光が断続的に降り注いだ。一際大きな音と光が走ると――そこにもうヒースクリフはいなかった。途端に嵐のような光と音が止んだ。空間の亀裂も閉じた。

 誰も何も言わなかった。ミズキはただ一人、攻撃した時の不安定な体勢でその場に固まっていた。重心は両足の上にはなく、彼が重力に引かれて倒れるのは当然のはずだったが、しかし彼は倒れる様子を見せなかった。空間に残されたミズキの剣もしばらく空中に静止していたが、突然思い出したように落下して大きな音を立てた。その音が合図になったのだろうか――剣が一度弾み、再び地面に接した時には、既にミズキの姿はそこになかった。ミズキの代わりに、その場には一つのシステムアラートだけが残された。

 【DISCONNECTED】


第五部 終 
 

 
後書き
うわああああミズキ死んじゃったあああああ(ネタバレ)
次回は黄泉の国というか三途の川というかそういう所で話が進みます。

さて、以前に11月に入るころには忙しくなって更新できなくなるだろうと書きましたが、予定より早くかなり忙しくなったので、もはや更新作業ができそうにありません。
仕方がないので現在までに書き溜めた分を10月中に全部放出してしまい、そこで一旦筆をおきたいと思います。しばらく週三回更新になりますが、よろしくお願いします。毎週月・木・土曜の午後五時更新です。 

 

第四十五話 奇跡

 
前書き
ミズキ、三途の川の手前まで行くの巻。
第六部以降、ミズキが主人公になってマルバの出番が減りそうな予感がする…… 

 
 俺は花畑の中を歩いていた。右手には整った林が、左手には地平線まで見渡せる草原があり、絵に描いたような風景に俺は思わず見とれた。全く見覚えのない景色だったが、何故か不安は無かった。道はただひたすらにまっすぐと伸びていて、俺はその道を軽い足取りで歩いていた。
 ふと気づくと、目の前に川があった。道はそこで途絶えている。川幅は広いが、泳いで渡れる距離のように見えた。しかし、俺はこの川を泳いで渡ってはいけないことを知っていた。見渡すと少し遠くに渡し船があり、船頭が手招きしているのが見えた。俺はその船頭に向かって歩き出した。
 いきなり、誰かに手を掴まれた。驚いて掴まれた手を見るが、そこには何もなかった。振り返ると、長いマントをはおり、フードをかぶった誰かが立っていた。
「……あなたを追いかけてきた」
 フードの人物がぼそりと呟いた。俺を追いかけてきた? 俺はフードを被ったその人物に一歩近づき、その顔を見ようとした。しかし、見えなかった。フードの中には誰もいなかった。
「あなたはまだ向こうに行ってはいけない」
 中身の無いフードが再び言葉を発した。――俺は、首を振った。俺はもう、自分が死んでいることを知っていた。
「あなたをずっと見ていた。わたしは、あなたに生きてほしい。あなたがまだ、あの辛い世界に戻る意志があるのなら」
 俺をずっと見ていた、だって? お前は一体――誰だ?
「わたしの名は――」
 フードが一歩前へと踏み出した。本来なら口があるはずの場所が、俺の耳元を掠めた。
 ――ミドリ――
 囁き声が聞こえたと思ったら、フードは突然命を失った。俺が抱きとめたフードは、もはやただのフード付きマントに過ぎなかった。俺はそれをごく自然に身にまとい、再び川を見た。船頭はもう俺を見てはいなかった。俺は振り返った。今まで歩いてきたはずの長い道のりは、もうそこにはなかった。すぐ目の前に、大きくて深い森が広がっていた。その樹海に一歩でも踏み込んだら、ここにもう戻ってくることはできないと、俺は知っていた。その森の中には辛く苦しい日々が待ち受けていることも、俺は知っていた。
 それでも俺は歩き出す。フードの人物――ミドリの遺志に導かれるようにして。その森の奥には暖かいものがたくさんあることも、俺は知っていたから。 
 

 
後書き
ミズキくんは三途の川の手前まで行きましたが、引き返してきました。

ここでミドリという新しい名前が登場しますが、この場所にいるということはこの人もすでに死んでいます。ミズキとミドリが出会った結果、引き返すという選択肢(背後の森)が生まれたことが重要なポイントです。ここ、テストに出ます。

次回、この人がSAOに帰ってきます。 

 

第四十六話 再生

 
前書き
目覚めのとき……! 

 
 彼は瞬きをした。腹筋に力を込めると、なんとか上体を持ち上げる。身体は重いが、なんとか動かすことができた。あたりを見回して、彼はベットに寝かされていたことを知った。
「こおあ……」
 ここはどこだ、と呟いた声は途中で掠れて消えた。ろれつがまわらないのだ。舌の回る速度が、喋ろうとする言葉に付いてこない。何度か試して、数回目にようやく普通に喋れるようになった。
「あっ、やっと起きた」
 誰かが声をかけた。彼がそちらを見ると、一人の女性がこちらを見ていた。やや鋭い目つきと、腰に下げた短剣が特徴的だ。服装は……なんというか、異国風だ。
「アンタ誰だ」
「いきなりご挨拶ね。……まあいいわ、私はシノン。そしてここは第七十六層の主街区『アークソフィア』」
「シノン? ……ちょっと待て、お前はどこからどう見ても日本人だろう、その名前は一体……というかそもそも『あーくそふぃあ』って、ここは日本じゃないのか? それと層って何だ層って」
 彼はすっかり混乱した様子で矢継ぎ早に質問を浴びせる。シノンと名乗った女性は溜息をついて、呆れた表情で彼を見下ろした。
「懐かしい反応をどうもありがとう。私がここにきたころのことを思い出したわ。……って言ってもたった十日ほど前の話だけれど。あなた、記憶が混乱してるみたいね。名前は分かる?」
「それは分かる。翠川瑞樹(ミドリカワミズキ)だ」
 彼が即答すると、シノンは頭を抱えた。何故か恥ずかしそうに早口で喋る。
「……右手の人差指と中指を揃えて下に振るの」
「は?」
「いいから、ほらさっさと試す」
 せっつかれて、瑞樹は言われたとおりに指を揃えて振った。チリンとどこからか音がして、メインメニューが出る。媒体も何もないところにいきなり現れたホログラムに、瑞樹は目を見張った。
「一番上にアルファベットで何か書いてあるでしょ? それがあなたの名前よ」
「一番上……エム・アイ・ディー……ええと、ミドリ? これが俺の名前だっていうのか」
 ミドリ……いきなり与えられた名前に戸惑い、彼は何度か口の中でその名を唱えた。不思議としっくりくる。
「なんか、しっくりくるでしょ」
 シノンが瑞樹の反応を観察していた。心なしか楽しそうだ。
「ああ……一度も呼ばれたことがないはずなんだが、何故か俺の名だと分かる」
「でしょ? 私も最初そんな感じだった。キャラクターネーム、っていうらしいわ」
「キャラクター……? キャラクターって、ゲームの?」
「そうそう。この世界はね、信じられないことにゲームの中なんだって。説明するわね……」
 シノンは瑞樹――ミドリに、この世界についての説明を始めた。鋼鉄の城アインクラッドのこと、茅場晶彦のこと、デスゲームのこと。ミドリは時折質問を交えながら、その荒唐無稽とでもいうべき現実を理解しようと努めた。
「私の知ってることはこれくらいね。分かった? 大丈夫?」
「お、おーけーおーけー。なんとか理解した」
 ミドリはこめかみあたりをぐりぐりしながら、シノンの話を頭のなかに刷り込んだ。頭のなかで情報を整理する。その結果、処理しきれなかった疑問のうち最大のものが頭から溢れ出した。すなわち。
「で、何故俺はここにいる」
「さあ? 私はメディキュボイドの試験運転してたら、バグで吸い込まれたみたいだけれど。あなたはどうなんでしょうね? どこまで憶えてる?」
「うーん……。ええと……、やべぇなこりゃ。なんにも憶えてねぇ」
「私もしばらく何も思い出せなかったわ。もしかしたらあなたも私と同じでメディキュボイドから入ってきたのかもね。私は十日前にこの街の天井から降ってきたんだけど、あなたも二日前に降ってきたのよ。それで私と同様にあの黒ずくめに助けられたわけ。私はすぐ気がついたけれど、あなたは二日間ずっと目を覚まさなかったから、あいつも心配してたわよ」

 黒ずくめ、という単語にミドリは首をかしげた。一体誰のことなのか……尋ねようと口を開いたとき、まさにその黒ずくめがドアから顔を覗かせた。
「キリト、彼が目を覚ましたわ」
 シノンがその黒ずくめ――キリトという名のようだ――に声をかける。キリトはベッドに腰掛けるミドリを見て、一瞬不自然に固まった。
「あんたが俺を助けてくれたんだってな、すまねぇな」
 ミドリが口を開くと、キリトは更に目を丸くした。シノンが固まったキリトを不審そうに見る。
「なに固まってるのよ」
「あ……いや、悪い、きっと気のせいだ。……ええと、初めまして。俺はキリト」
「ミドリだ、よろしく。シノンから事情を聞いたぜ、世話になったな」
「いや、気にしなくていい。それより身体の具合はどうだ? 二日も寝っぱなしだったから心配してたんだ」
「ああ、大丈夫だ……たぶん」
 ミドリは肩を回すが、どうもその動きがぎこちない。キリトはそれを見て、ミドリに外出したらどうかと提案した。
「どうせしばらく住むことになるだろうし、街を歩きまわってくるといいよ。街の外に出なければ危険はないし」
「ああ、そうさせてもらう。悪いが、地図かあったらくれねぇかな。自慢じゃねぇが、方向感覚は人並み以下なんだ」
「ほんと自慢にならないわよ……。キリト、どうせ暇だから私がミドリを案内するわ。今日はまだ宿を取るよりここに居たほうがいいでしょうから、エギルさんに話をつけておいて貰えるかしら」
「ああ、それくらいなら任せろ。それじゃ、俺はエギルと話したらあとフィールドに行ってくるけど、危ないから外には出るなよ」
「分かってるわよ」
 ほら、いきましょ、と声をかけると、シノンはさっさと歩いて行く。ミドリはその後ろを慌てて追いかけた。 
 

 
後書き
はい、混乱しますね。ミドリなのかミズキなのか。彼はミドリです。今はそれしか言えません。でも本名は翠川瑞樹なんですよね。なんなんでしょうか(すっとぼけ)

次回、ミドリの謎が更に深まります。 

 

第四十七話 俺は誰だ

 エギルはキリトと共に、店を出て行くシノンとミドリを観察していた。
「どう思う」
 短く訊ねたキリトに、エギルは顎をこすりながら答えた。
「……似ている。確かに似ているが……でも、そんなことあり得るか? あいつがヒースクリフと相打ちになって死んだのはみんな見てたんだぜ。それに名前も違う」
「その通りだ……。もし奴が本当にミズキなら、わざわざ名前を騙る必要なんてどこにもないはずだからな。それに、仮にあの戦いでは生き残っていたのだとしても、あいつはもう生きていないはずだ」
「あのときのあいつの言ったことを信じれば、そうなる」
 エギルとキリトは同時に溜息をついた。七十五層でヒースクリフを破り、いまやこのアインクラッドで伝説として語られている男は、死んでいなければならなかった。黒鉄宮の名前が消されていることも確認済みなのだから。更に、ミズキはヒースクリフと戦う直前、自身の脳に限界がきていると語っていた。仮にヒースクリフとの戦いで命を落とさなかったとしても、もう生きてはいないはずだった。
「しかしあの声、口調は大分違うけどそっくりなんだよなあ……。なにか繋がりがある気がしてならないんだけど……」
 キリトはミドリと名乗ったプレイヤーがついさっき通り抜けたドアに向かって視線を投げたが、ミドリはもうそこにはいなかった。


「そこの公園を通ればエギルの店に着くわ。そのまままっすぐ行けばさっきの商業区ね」
 シノンの案内で街を一周し公園についたミドリは、噴水の側のベンチの端に腰を掛けた。シノンが一人分隙間を開けて、ベンチの反対側の端に腰を掛ける。
「大丈夫? 疲れてないわよね」
「ああ、平気だ。ちょっとふらつくが、それだけだ。……なあ、シノン。ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか」
「なに?」
 シノンは軽く眉をひそめてミドリを見た。ミドリは噴水の方を向いたまま、シノンに話しかける。
「さっきの黒ずくめ――キリトの様子、ちょっとどころじゃなくおかしかったよな」
「そうね、あからさまに不自然だった。なんか幽霊でも見たみたいに」
 シノンの言い方は流石に言い過ぎに思われたが、事実先ほどのキリトの驚きようには妙にひっかかるところがあった。
「……俺、どうもこの世界に来るの、初めてじゃない気がするんだ。それがキリトのあの態度に関係するんじゃないかって、そんな気がする」
 シノンはなにも答えず、沈黙で先を促した。ミドリはちらりとシノンを見ると、先を続けた。
「でも、思い出せない。さっきからどうも頭にもやがかかったような妙な感じがして……。ちょっとそれ、見せてくれるか」
 ミズキがシノンの腰の短剣を指さしたので、シノンは鞘から抜いて抜身のまま手渡した。
「この輝き……何度も見た気がする。一体どこで見たのか……」
 ミズキが考えこむと、シノンが手を伸ばして短剣を奪い返し、立ち上がった。
「商業区にプレイヤーがやってる武器屋があるわ。ここで考えこんでるより、そっちに行ったほうがいいんじゃない」


 店主リズベットはミドリを見るなりどうにも不思議な顔になった。
「はじめまして、よね」
「ああ、多分。ミドリだ、よろしく」
「あたしはリズベット。リズでいいわ」
 自己紹介は済んだものの、リズベットはまだミドリの顔をじろじろみていた。居心地が悪く、ミドリは思わず縮こまった。
「ああ、ごめんごめん。あんたが知り合いに似てたもんだから、つい。そいつ、死んじゃったんだけどね」
 リズベットは空気が暗くなりかけるのを感じて、ことさら明るい声で用件をきいた。
「武器を見たいんだ。とりあえずいろんな種類の武器と、それから防具を見せてくれないか」
「新しい武器を探すのね。あのクソ厄介なバグのせいでスキル熟練度が完全にリセットされちゃって以来、あんたみたいに新しい武器を探しに来る奴が増えたわ。あんだけ短剣にこだわってたマルバだって……って、ごめん。あんたはあいつじゃないんだった」
「ちょっと待って。その死んだ知り合いの話、聞かせてもらうわけにはいかないか」
 ミドリが食いついたのは、リズベットにとっては話したくない話題だったようだ。リズベットはあからさまに顔をしかめた。
「ごめん、あんまり話したくない。どうしてもっていうのなら話すけど……」
 ミドリは引き下がるべきかどうか悩んだが、結局頼み込むことにした。
「頼む。実は俺、記憶喪失になっちゃったみたいで……以前のことが思い出せないんだ。俺と似てる奴がいるのなら、何か思い出す手がかりになるかもしれない」
 リズベットは嫌そうな顔をしたが、しかし仕方がなさそうに頷いた。
「ちょっと信じがたいけど……そういう事情なら仕方ないわね。でもほんと、妙なところまで似てるものね。……そいつも記憶喪失だったのよ。それも、ただ忘れちゃっただけじゃなくて、記憶が短期間しか保たない病気なんだって言ってたわ。前向性健忘……っていうらしいけど」
 リズベットは隅に置かれたは椅子を三脚持ってくると、ミドリと、所在なさげにしていたシノンに座るように促した。遠慮しようとするシノンに対し、リズベットは言った。
「シノン、あんたも聞いていくといいわ。あんたもまだあいつのことを知らないはずだから」
「……その、あいつって誰なのよ。もったいぶってないで教えて欲しいんだけど」
「英雄よ」
 極めて簡潔な返事に、シノンは思わず黙り込んだ。リズベットはコーヒーを三杯入れて二人に配ると、自分も一口啜ってから、ゆっくりと話し始めた。

「あいつは……妙なやつだったわ。筋力パラメータが足りないからまともに攻撃を防げないくせに、いっつも身体半分を軽く覆うような大きな盾と、気休め程度の短い剣を持って、それだけで戦っていた。――いや、あれは剣とも呼べないような代物だったわ。刃が片方しかなくて、素早く振り回すことで攻撃力が上がるように重心が外側にある、妙な武器だった。見た目は剣っていうより鉈だったわ。
 一番最初に会った時なんて、普通短剣とか細剣に使うようなスピード型の高級インゴットを持ってきて、これで大盾を作れなんて言ったのよ。一体どんな馬鹿かと思ったわ。出来上がった盾はそれはもうぺらんぺらんで、耐久力はそれなりだけど、完全に防御したって敵の攻撃が三割は抜けるような恐ろしくヘボい性能だったわ。でも結局、あいつは最後まであれ以外の盾を使わなかった。最後――ヒースクリフを倒す時まで」

 リズベットはもう一口コーヒーを啜ると、右手を振ってメニューを出し、一枚の写真を取り出した。
「これは、今はもう存在しないギルド《リトル・エネミーズ》の集合写真よ。端っこででかい盾を持ってる奴が、その大馬鹿者」
 シノンが写真を受け取り、ミズキもそれを覗きこんだ。白い毛玉をかかえた背の低い少年と、小さな竜を肩に載せた少女、そして槍を杖代わりに立ち黒い子猫を連れた少女が三人並んで真ん中に写っている。そこから一歩引いた位置に大盾の戦士がいた。肩に乗っているのは鷹だ。

「ビーストテイマーだけで構成された四人だけのギルドだった。どいつもこいつもほんっと癖のある戦い方をするもんだから、笑い者にされたこともあったわ。それでも、あいつらはいつも本当に楽しそうに攻略に参加していた。みんな戦場に向かうような雰囲気で出かけていって、それが普通だったのに、あいつらはピクニックに行く雰囲気だった。
 一度圏外村へ行くときに護衛をしてもらった時、戦闘をじっくり観察させてもらったことがあったんだけど、もうびっくりしたわ。敵が来るとさっと二組に分かれるの。大盾と槍がタゲを取って、短剣の二人が遊撃するっていうなんとも珍妙としか言いようがないような戦術でね、それでもまったく危なげなかった。あれは、そう……二人ずつのパーティーを束ねた、小さなレイドだった。だからこそ心配なのよ。あの戦術は一人でも欠けていたら成立しない。大盾がいない今、いったいどうしていることやら……」

 ため息をつくと、彼女は頭を振った。シノンがミドリを見ると、彼は先ほどの写真を食い入るように見つめていた。
「やっぱり……勘違いじゃない。俺は、この男を知っている。いや……知っているどころの騒ぎじゃない。俺は――多分、こいつとずっと一緒に居たんだと思う」
 ミドリはコーヒーを一口啜った。リズベットはミドリの手元を見て、軽く目を見開いた。
「そのカップの持ち方、あいつとそっくりだわ。武器のメンテの度にここでコーヒーを飲んでたけど、いっつもそんな持ち方だった」
 ミドリは自分の手元を見た。なるほど、少々特徴的な持ち方に思えた。彼はコーヒーカップのもち手に人差し指、中指と薬指を入れ、さらに四つの指すべてでカップを包み込むようにしていた。
「ミドリ、さっきあいつとずっと一緒に居たって言ったわね。でも――それはおかしいのよ。あいつらはずっとその写真の四人で行動していた。あいつとずっと一緒に居たというのなら、あんたはあの四人のうちの誰かじゃなきゃいけない。……答えて。あなたは、一体誰なの……?」

 ミドリは俯いた。長い間、その場を沈黙が支配した。やがて、かすれた声が答えた。
「俺は……誰だ……?」 
 

 
後書き
誰なんでしょうね(すっとぼけ)
ミドリの謎はどんどん深まりますが、そのうち明らかになります。ただ、口調が明らかに違うことからも分かるとおり、ミドリとミズキは別人です。しかしまるっきり別人というわけでもなく、何らかの関係はあるわけですが……。その関係については、私の想像力のあらん限りを発揮していろいろ詰め込みました。ご期待ください。 

 

第四十八話 先に進む勇気を

 
前書き
ミズキが死んだのでリトル・エネミーズはぼろぼろです。 

 
 高い金属音が響いた。シリカがアイリアをかばって飛び込んだ。シリカの短剣が弾き飛ばされ、洞窟の床に転がった。
「シリカ、スイッチ!」
 マルバがすぐに援護に入った。敵の剣を跳ね上げ、強力な短剣技を叩き込む。
 いつもならここでミズキがタゲを取り直し、防御を固める局面だが……しかし、今やその役目を担うべき人は居ない。硬直が解けた敵がマルバより先に動き出し、剣を再び振り上げた。
「させない!」
 シリカが割り込んで、敵のソードスキルを相殺するように手刀技を発動させた。ソードスキル同士がぶつかり合い、一瞬、目の眩むような光が走ると……がすっという嫌な音と共にシリカの手首から先が切り飛ばされた。ある程度相殺されたものの、それでも十分な威力を持ったソードスキルがシリカの胴を切り裂く。一割以上のHPを削られ、彼女はマルバを巻き込んで吹き飛ばされた。
 とっさにアイリアが敵の間合いに踏み込んだ。彼女はかつての短槍の代わりに、今は両手槍を武器にしている。硬直した敵に、槍術で攻撃をかけるが……ここの敵は突属性に強い。残り二割ほどのHPを削りきれず、敵はHPを僅かに残していた。今度は敵が攻撃を仕掛け、アイリアはバックステップでかわす。マルバが投げた短剣が、その僅かなHPを削り取った。

 あまりにもお粗末な戦い――。彼らの横を他のプレイヤーの一団が通り過ぎ、憐れみの視線を向けた。マルバはあまりの悔しさに、思わず地面を殴りつけた。彼らは限界を感じていた。ミズキが死んだ今となっては、今までの戦術を継続できるはずはなかったのだ。
「帰ろう」
 マルバが短く言うと、シリカは無言でうなずいた。しかし、アイリアは首を振った。
「もうやめよう――お兄ちゃん」
 マルバは思わず言葉に詰まった。いつかアイリアがこう言い出す日が来るかもしれないと予想はしていたが、彼には心の準備が足りなかった。
「もう、無理だよ。私が足を引っ張ってるのは分かってるんだ。私が抜ければ、もっと安全に戦えるようになる。お兄ちゃんだって分かってるでしょ」
 そう、マルバにも分かっていた。今の構成では、明らかにアイリアは足手まといだった。長物使いは盾使いの後ろからスキルを放つのが良いのであって、短剣使いの後ろからスキルを放っても、短剣使いのスキルとぶつかって邪魔をするだけだからだ。
「アイリアさん、そんなこと言わないでください。わたしたち、いままでずっと一緒にやってきたじゃないですか」
 シリカの説得も、明らかに説得力を欠いていた。アイリアは再び首を振った。
「いままでうまくいっていたからこそだよ、シリカちゃん。私はお兄ちゃんやシリカちゃんに迷惑をかけてまで、このパーティーにいたくない」
 決定的だった。彼らは自分が今までの二年間をかけて培ってきたスキルを捨てることはできなかった。たとえシステムのバグでスキル熟練度がリセットされようとも、身体に染み付いた動きを捨て、全く新しいスキルを習得しなおすことはできなかったのだ。片手槍と盾の戦士としてこの二年間を生きたアイリアが、短剣使い二人とのパーティーを続けることができないことは、その場の全員が理解していた。
 しかし――だからといって、ここで別れるのはあまりにも悲しい。
「せめて――せめて片手槍を手に入れたら、また前みたいにパーティーを半分に分けて戦えるようになるはずだよ。今は無理でも、そのうち――!」
 マルバの必死の言葉に、アイリアは哀しく笑った。
「そんなの、わたしが惨めになるだけだよ。どちらにしろ、私だけじゃ攻撃を受けられないよ。前みたいにパーティーを二つに分けるやり方だと、私一人に攻撃が集中しちゃうもん」
 マルバは俯いた。アイリアを説得することはできない――そう分かってはいるものの、こんなところで別れるのはあまりにも悲しすぎた。シリカが口を開き――これが決定的な一言だと分かっていながら、これ以外に今のアイリアにかけられる言葉がない自分自身を恨みながら――一言、言った。
「せめて、今日は一緒に帰りましょう」
 アイリアは――ただ、頷いた。


 帰り道、誰もが無言だった。マルバとシリカは現状を打開できるような策をひたすら考え続けたが、しかし何か良い考えが浮かぶはずもなかった。
 角を曲がると、少し向こうで戦闘をしているプレイヤーの一団が見えた。そのプレイヤーのうち、盾を持った剣士が敵の一撃を防御すると、彼は後ろのプレイヤーが攻撃できるように横によけた。しかし――彼の後ろには、だれもいなかった。
 敵は目の前に開いた攻撃のチャンスを逃がさなかった。パーティーの内部へ突撃し、後ろで回復待ちをしているのであろうプレイヤーに切りかかる。回復待ちのプレイヤーはあわてて盾を掲げ、その剣を迎え撃った。防御に失敗し、鈍い音が響くと、そのプレイヤーは後ろへ大きくノックバックされ、しりもちをついた。先ほど隙をさらしたもう一人の盾剣士があわてて敵にとどめを刺した。

 先ほどのマルバたちと負けず劣らず酷い戦いだった。七十五層の戦いで死者を出したギルドのなかに、いままで取っていた戦術がうまく使えなくなり、ろくに戦えなくなってしまったものがいることはよく知られていたが――マルバたちも、そのプレイヤーたちも間違いなくそうしたギルドのひとつだった。マルバたちは自分たちを見ているような気分になり、更に暗い気持ちになった。マルバは足早にその脇を通り過ぎようとしたが、彼らのうちの一人、しりもちをついたプレイヤーと目があってしまうと、思わずその場に立ち止まった。
 ――彼女は、サチだった。そう、かつて統制のとれた見事な戦術で攻略組の中でもかなり安定して戦っていた《月夜の黒猫団》は、もはや見る影もなくなっていた。七十五層の戦いで前衛と後衛から一人ずつ犠牲者を出したせいだ。
 マルバは思わず彼らに声をかけた。そうすることで状況が好転するとは思えなかったが、それでも声をかけずにはいられなかった。
「一緒に町まで帰りませんか」
 彼らは、力なく頷いた。


 ただ、お互いに無言だった。なぜかモンスターにも会わず、彼らはただ黙々と歩いた。洞窟の出口が見えたころ、サチは誰にともなく言った。
「《月夜の黒猫団》を、解散しようと思うの」
 《月夜の黒猫団》の皆は、一瞬びくりとしたものの、何も言わなかった。理由は明らかだったため、《リトル・エネミーズ》の皆は何も聞かなかった。短剣使いのダッカーと棍使いのケイタを喪い、彼らの構成は防御に偏りすぎていた。盾使い二人に長槍使い一人では、攻撃が手薄になるのは当然だった。
 マルバも、誰にともなく言った。
「《リトル・エネミーズ》も、もうこれ以上続けることはできない」
 シリカとアイリアがびくりと肩を震わせたが、何も言わなかった。理由は明らかだったため、《月夜の黒猫団》の皆は何も聞かなかった。大盾使いのミズキを喪い、彼らの構成は攻撃に偏りすぎていた。短剣使い二人と槍使い一人では、敵の攻撃を防ぎきれないのは当然だった。

 ただ二言だけを交わして、その後は皆、また無言だった。洞窟からフィールドへと踏み込むと、そこには草原が広がっていた。その瞬間、サチとマルバは、これまでの仲間と一緒にこれからもこの世界を戦い抜く方法を思いついた。瞬時に顔を見合わせると、後ろに続く仲間たちを振り返る。サチが先に提案した。
「《月夜の黒猫団》も、《リトル・エネミーズ》も、もうひとつのグループとしてやっていくのは無理だよね。それなら、この二つのグループで一緒にやってくのはどうかな。見知らぬ仲ではないし、今までだって何回も共闘したことがあったよね。このまま解散してしまうよりは、ずっといい選択肢だと思うんだけど、どうかな」

 彼らは、互いに顔を見合わせた。しばらく誰も何も言わなかったが、長槍使いのササマルが沈黙を破った。
「俺は……死んだあいつらのためにも、まだこの仲間と一緒に攻略を進めたい、そう思う。あいつらは、俺たちがみんな揃って現実世界に帰ることを望んでいたんだから。だから、皆がいいと思うのなら……一緒に、やりたいと思う。いや、お願いします。ゲームクリアを目指して、俺と一緒に戦ってください」
 ササマルは頭を下げた。ササマルに続き、テツオも無言で頭を下げた。

「わたしはこの世界を生きて、大好きな仲間と出会いました。ずっと一緒に戦って、現実世界に一緒に帰るんだって思っていたのに……。あたしはもう、これ以上仲間を失うのはいやなんです! だから、これからも一緒に、いっしょに……ッ!」
 シリカの訴えは、主にアイリアに向けられたものだった。アイリアは唇をかんで俯いたが、やがて声を搾り出した。
「私も、もし叶うなら一緒にいたいって思っていたんだよ。だから足手まといになってるって分かってても、どうしてもギルドを抜けるって言い出せなかった。でも……たとえギルドを抜けることになったって――ミズキの遺志もあるけど、私自身の意思で、ゲームクリアを目指したいって思ったから。足手まといのままじゃなく、自分の力で攻略を進めたかった。だからギルドを抜ける決心をしたんだ。――シリカちゃんやお兄ちゃんと一緒にこのまま攻略を進められるのなら、私だって、これからも一緒にいたいんだよっ……ッ!」
 シリカがアイリアに抱きつき、二人はその場で泣き崩れた。マルバも二人を強く抱きしめた。ミズキはもういないけれど、ここで生まれた絆は絶対に断ち切らせない。今度こそこの世界を終わらせる、彼はそう心に決めた。
 マルバが決意を胸に立ち上がると、サチが無言でマルバに右手を差し出した。彼はそれをしっかりと握り返した。


《月夜の黒猫団》ギルドメンバー
正リーダー:サチ(片手剣、盾)
副リーダー:マルバ(短剣、投剣)、シリカ(短剣)
他メンバー:アイリア(両手槍)、テツオ(棍、盾)、ササマル(長槍) 
 

 
後書き
次回は新生《月夜の黒猫団》の活躍についての話です。今回ボロボロだった彼らですが、一体どのように生まれ変わるのでしょうか。乞うご期待! 

 

第四十九話 新生《月夜の黒猫団》

 
前書き
ギルドの運営って大変そうですよね。 

 
 マルバのピックが空間を切り裂いた。三つ同時に放たれたそれは風を切り、前方の敵三対にそれぞれ命中する。少し遅れてシリカの投げたピックも届き、敵のHPを二割弱削り取った。
「せぃやあッ!」
 掛け声と共に、サチが突進技『ヴォーパル・ストライク』を叩き込んだ。ジェットエンジンのような低音を轟かせながら放たれたそれは、最も前方にいた敵のHPをちょうど半分ほども削りとる。他の二体がサチを攻撃しようと寄ってくるが、それは許されなかった。テツオの棍が唸り、一列に並んだ敵二体をまとめて吹き飛ばした。ササマルがテツオの後ろから、アイリアはサチの後ろから、それぞれ敵に追撃する。サチの目前の敵は一斉攻撃を受けなすすべもなく砕け散った。
 残り二体。転倒した身体を起こした彼らは剣を構えなおした。亜人種の敵は盾が厄介で、今回のサチのように背後から奇襲できれば楽だが、そうでなければ苦戦を強いられるのが常だ。だからこそ、マルバとシリカの二人の奇襲がかなり有効なのである。
 サチたちに気を取られた敵は背後への警戒を怠った。ポンという軽い音がすると敵の周囲が白く染まり、視界が奪われる。『隠蔽』で敵の背後に回り込んだマルバがユキに『幻惑』を発動させたのだ。マルバの短剣が光り、敵のHPをがりがりと削り取った。隣でシリカももう一体に強烈な連続攻撃を喰らわせている。完全に挟み撃ちにされた敵は、満足に戦えないままそのHPを散らす羽目になった。

「ふぅ……サチさん、HP回復しますね」
 シリカは先ほどの戦いで最もHPを減らしたサチにピナの回復をかけ、サチはシリカに礼を言った。
「ありがと、シリカちゃん。さっきの奇襲、すごくタイミング良かったよ」
「そうですか! えへへ、嬉しいです」
 サチの言うとおり、シリカとマルバの遊撃は最近どんどんうまくいくようになっていって、『索敵』持ちや嗅覚の鋭い敵などの例外を除き、ほぼ確実に成功するようになっていた。盾使いの二人の防御のおかげでササマルとアイリアの打撃もかなり安定して発動できるようになり、仮にシリカとマルバの奇襲が失敗したとしても、手堅くダメージを与え続けることができた。問題があるとすればマルバとシリカが奇襲するときに孤立無援となってしまうことなのだが、マルバが優先的に『武具防御』スキルを上げているため、それもかなり改善されてきた。

 半壊したふたつのギルド《リトル・エネミーズ》と《月夜の黒猫団》は、結局《リトル・エネミーズ》全メンバーが《月夜の黒猫団》に加入するかたちで一つのギルドへと生まれ変わった。すでにフィールドでは他のギルドに負けないほどの連携を見せ、次のボス戦での活躍を期待されていた。
 彼らは迷宮区で十分な経験値とコルを獲得、更に宝箱からついにアイリアの武器である片手槍を入手し、意気揚々と七十八層の副都市『グラジオラス』へ帰還した。

 《リトル・エネミーズ》時代にマルバとシリカは二人でよくギルドの行き先などを決めていたものだったが、《月夜の黒猫団》に加入してからはサチを含めた三人でギルドを運営するようになった。かつて《月夜の黒猫団》は正リーダーだったケイタが一人で新聞等から方針を考えて提案するという形で運営されていたため、ケイタが死んだ今、サチだけでは方針がうまく定まらず、ギルド運営経験の長いマルバとシリカを混ぜて話し合いをするようになったのだ。
 今、ギルド運営役の三人の前には、情報屋アルゴから入手した各種インゴットの入手先と、新たに発見されたダンジョン・クエストに関する新聞記事が並べられている。
「アイリアさんの武器は新しく手に入ったのでいいとして、サチさんの盾、さすがにそろそろ新しくした方が良さそうでしたよね」
 シリカがサチの盾の新調に必要な重量系インゴットの入手先を次の目標として提案するが、サチは首を振った。
「私の盾はこの前のモンスタードロップで特殊強化できるから、それでとりあえず十分だよ。それより、新しいダンジョンが気になるな。要求レベルはそこまで高くないし、まだ開けられてない宝箱とかありそうじゃない?」
 七十五層とそれより下層がバグにより断絶して以来、七十五層以上の最上層に存在する攻略組のプレイヤー数はかなり減っているので、新発見のダンジョンも踏破されるまでにかなり時間がかかる。サチの言うとおり、今から行けばまだ宝箱の中身をたくさん入手できる可能性がある。
「でもねー。そのダンジョン、洞窟系でしょ? いいかげん洞窟は飽きたよ。それより、森林地方の採取系クエストがいいんじゃないかな。その報酬があれば、一週間くらいは結構おいしい料理が作れるよ」
 マルバの意見は一見わがままにも思われるが、実は結構重要な話だ。彼らは最近ずっと迷宮区へ続く道をマッピングしているところだが、ずっと洞窟続きなのでかなり嫌気が差している。せっかく攻略を一時中断しサブダンジョンに挑むというのに行き先がまた洞窟なのだとしたら、効率も下がるだろう。未踏破ダンジョンを嫌々攻略するのより、すでに攻略された場所を注意深く探索した方がさまざまな発見がある……こともある。更にクエストの報酬アイテムが料理の調味料の原材料となるため、むこう一週間ほどおいしい料理が作れるようになる。これはかなり魅力的だ。
「うーん、悩みますね。わたしはダンジョンもクエストも両方気になります。その採取系クエストって所要時間どれくらいですか?」
 シリカの質問に対し、マルバは新聞を調べて答えた。
「二つあって、両方を並行してやれば三時間半かな」
「それじゃ、午前中にそのクエストを終わらせて、お昼はおいしいやつ、作りましょう。それで気分を一新したらダンジョンに行って、四時間くらいで早めに帰ってくるっていうのはどうですか」
 シリカの折衷案に、マルバとサチは賛成した。そろそろ夕飯時になるので、夕食係のマルバとシリカは買出しに出かける。この二人はあいかわらずひっぱりだこである。


「お、お二人さン、探したゾ」
 買出しの帰り。鼻濁音の混じる特徴的な声に、二人は呼び止められた。情報屋アルゴだ。
「アルゴさん、こんばんは。この前の情報は助かりました。今日はどうしたんですか?」
「キリ坊から伝言ダ。あいつ――ミズキのことで話があるってサ」
 マルバとシリカは顔を見合わせた。ミズキは死んだことになっているが、実際のところ、彼が死ぬところを――すなわち彼のアバターが消去されるのを――見た者はだれもいない。彼は戦闘中に外部要因により回線を切断され死亡したと推測されているが、実際のところは誰にも分からないのだ。
「ミズキについて……なにか分かったのか」
「いや、そうじゃあないらしいナ。ミズキと関係があるプレイヤーが見つかったそうだヨ。……そのプレイヤーについては3000コルだナ」
「アルゴ、君ちょっと最近情報料上げすぎでしょ……。前だったらプレイヤーの情報、そんなにしなかったのに」
「このご時世じゃ、仕方ないんだヨ」
 そういって彼女はため息をついた。そう、彼女も七十五層以上の最上層まで上がってきた以上、もう下層に戻ることは叶わないのだ。最上層では情報の価値と同時に入手の難易度も上がっているので、必然的に情報の価格も上がらざるを得ないということだ。
「プレイヤーの情報は買わないでおくよ。キリトに今日の夜でもいいかって聞いてくれない?」
「お安い御用だヨ。具体的には200コルだネ」
 七十五層以前の価格に比べればひどいぼったくりである。マルバが200コルをアルゴに押し付けると、アルゴはにししと笑った。
「毎度アリ。これに懲りたらちゃんとフレンド登録しとくんだナー」
 七十五層攻略後、システムのバグによりフレンド登録が完全に初期化されてしまい、マルバたちも未だ連絡がとれない知り合いが結構いる。再会次第フレンド申請するように気をつけてはいるものの、ついつい忘れてしまうのだ。キリトもそのうちの一人である。今度会ったら忘れずにフレンド申請しなくては、とマルバは心に決めた。
「大丈夫だそうだヨ。相当急ぎみたいだったネ。早く行ってあげなヨ」
 アルゴと別れると、シリカとマルバは急いで拠点を目指した。 
 

 
後書き
新生《月夜の黒猫団》が誕生した以上、書かずにはいられなかった話でした。

次回、ミドリとマルバたちが出会います。ミドリとは何者なのか? ミズキとの関係性とは?
カウンセリングの専門家ということで、ユイが大活躍する予定。 

 

第五十話 彼は誰だ

 
前書き
ミドリとは一体誰なのか。ミズキとは一体どのような関係があるのか。 

 
 夜八時、皆がエギルの店に集合した。キリトとアスナ、二人の娘ユイ。新生《月夜の黒猫団》からマルバ、シリカ、アイリア、サチ。天井から降って沸いた二人、すなわちミドリとシノン。そして店主エギルと、なぜか武器屋リズベット。十人が一つのテーブルを囲んで座った。空気が重く感じた。キリトが咳払いをして、皆の注目を集めた。
「えー、今日は集まってくれてありがとう。今日集まってもらったのは、ミズキに極めて関係のありそうなプレイヤーが見つかったからだ。ただし、本人は記憶を失っているようだから詳しいことは分からない。一番ミズキを知っているマルバたちなら俺たちよりもなにかわかるかもしれないと思ったんだ。
 それで……ええと、ことは十二日前に遡るな。七十五層のここ『アークソフィア』の街に、あろうことか天井から降ってログインしたプレイヤーがいた。そこのシノンだ」
 キリトがシノンに視線を向けると、皆もシノンを見た。シノンは身を小さくすると、仕方なしといった様子で簡単な自己紹介をした。
「……シノン。医療用NERVシステム『アミュスフィア』のテスト運転中に、システムに誤認されてここSAOにログインしてきたわ。最初はそこのミドリと一緒で記憶が混乱しててなにも思い出せなかったけど、今はもう全部思い出してる」
 シノンが言葉を切ったので、キリトが話を先に進めた。
「そういうことだ。その八日後、つまり今日から四日前、もう一人のプレイヤーが空から降ってきた。それがそこのミドリだ」
 全員がミドリを見た。マルバたちは最初からミドリに対して違和感を感じていた。そう、彼はミズキにあまりにも良く似ているのだ。
「ミドリだ。昨日、この店の二階で目を覚ましたばかりで、まだここのことはさっぱり分からない。……それどころか、自分のことも含めて何も思い出せないんだ」
 マルバたちはその声を聞いて目を丸くした。これは似ているなどという話ではない。実際のところ、ミドリとミズキの声は全く同一と言っても差し支えなかった。
「もう気づいてると思うけど、ミドリはミズキにそっくりなんだ。ミズキと無関係とは思えなくて、マルバたちを呼んで来たんだ」
「ちょっと待って」
 アイリアがキリトの話に割り込んだ。
「確かにミドリはミズキにすごく似ているけど……ミズキは死んだんだよ。いくら似ているとは言え、似ているだけだと思うんだけど」
「いや、違う。ミドリは間違いなく、ミズキと深い関わりがあるはずなんだ。昨日リズベットが気づいたんだけど、細かい癖とかもそっくりらしいんだ。外見が似ているだけじゃないと思う」
 シリカはキリトの話を聞く間もミドリを観察していたが、やがてこう言った。
「……確かに、そっくりです。話す前にあごをこすったりする癖とか、貧乏ゆすりのはやさまで一緒です」
「でも……ミズキが生きているわけがない。黒鉄宮の石碑に書かれた名前だって、消えていたって話だもん」
 マルバが反論したが、それにはキリトが首を振って答えた。
「アルゴに依頼してもう一度調べてもらった。石碑の名前は、文字通り消えていた(、、、、、)んだ。死んだのなら、二重線で消される。ミズキの名前は、石碑のどこにも存在しなかったらしい。代わりに、ミドリの名前が追加されていた」
「そんな……そんなことって! 石碑の文字が消えるなんて……これもシステムのバグなのか?」
「ちなみに、ミドリの名前はアルファベット順で『ミカエル』ってプレイヤーの後に二つ並んで書かれていて、そのうちの片方は二重線で消されていた。死因は六十二層のモンスターに殺られたこと。つまり、ミドリっていうプレイヤーはかつてこのSAOに居て、ここに居るミドリは二人目なんだ」
「そんなのありえない! 同じ名前のプレイヤーは一人しかいないはずだよ。だって、登録するときにすでに使われてる名前だって警告がでるはずだもん」
 アイリアが机に身を乗り出して反論した。アイリアの言うとおり、すでに登録されているIDと同じIDを作成しようとしても、弾かれてしまって登録できないはずなのだ。ただし、ミドリに関しては事情が違った。ユイが立ち上がって、説明を始めた。
「それについては、私が調べました。ミズキさんのプレイヤーデータにはなぜかアクセスできなかったのですが、シノンさんの接続端末を調べたところ、シノンさんのIDは作成記録が存在しないことが分かっています。つまり、シノンさんのように端末の不具合によってSAOにログインした場合、ID作成過程を経ずに、すでに作成されたIDがログインしたとカーディナルシステムは認識します。つまり、今ミドリさんは既に死亡した『ミドリ』というプレイヤーとしてログインしていることになります。その際、既に死亡した『ミドリ』が再び存在することに矛盾が生じたので、それを解消するために再び『ミドリ』というIDが作成されたのでしょう。アバターはその際新規作成されたのだと思われます。
 ミドリさんがシノンさんと同様にデバイスの不具合でSAOにログインしたと仮定すると、一つ言えることがあります。シノンさんが現実の姿と同じアバターを持っている以上、ミドリさんも同じく現実世界での姿と同じアバターを有しているはずです。私が見る限り、ミズキさんとミドリさんのアバターは全く同一です。つまり、ミドリさんとミズキさんの現実世界での姿も全く同一だということです。……或いは、ミドリさんがミズキさんの端末を使用してここにログインした結果、カーディナルシステムがミドリさんをミズキさんと誤認してしまったということも考えられます。……私にわかるのはこれだけです」
 ユイが着席すると、アスナがよくやったねと彼女の頭を撫でた。

「……結局、問題は、ミドリがミズキなのかどうか、ってことだよね。ミドリがミズキであるなら、ミズキは一旦回線が外れたあと、もう一度『ミドリ』っていうIDでログインし直したことになる。ミドリがミズキでないなら、ミドリは死んだミズキのナーヴギアをかぶり、それでログインしたってことだ」
 マルバがこれまでの話を一旦まとめると、その場の皆は考え込んだ。
「ミドリはどう思うの」
 マルバが聞くと、ミドリは俯いていた顔を上げた。手に、《リトル・エネミーズ》の集合写真を持っている。
「俺にはわからない。……だが、この写真を見てたらいくつか思い出したことがある。君はマルバっていったよな。君は円盤状の投擲武器を得意としていたはずだ。シリカ、君はリーチの長めの、刺突を優先した短剣を好んで使っていた。アイリアは棍を兼ねた短槍を得意としていた。そして、この男――ミズキは、大盾を攻撃に転用していた。俺はこの男の後姿をよく見たことがある。俺は何度も君たちの戦いを見ていたんだ。……俺は、君たちを憶えている。そうだ、思い出してきた。君たちのギルドホーム――確か借家だったけど、あれはのどかな小川のほとりにあった。そこで、マルバとシリカはよく攻略の相談をしていた。ミズキとアイリアは新聞を読んだり、おやつを食べたりしてだらだらしていた。……ここまで憶えているってことは――俺は、ミズキなのかもしれない」
 決定的だった。マルバは頭を抱えた。
「……信じられないけど、ミズキはあの時、死なずに生きていたのか……」
 ユイが首を振ってマルバの言葉に反論した。
「いいえ、違います。ミドリさんの今の発言は、ミドリさんがミズキさんではないという決定的な証拠です」
 その場の全員がぎょっとしてユイを見た。ユイはすこしたじろいだが、一言でその証拠を示した。
「人は、自分の後姿を見ることはできません。先ほど、ミドリさんはミズキさんの後姿を見たことがあると言いました。それなら、ミドリさんがミズキさんであるということはありえません」
 あまりに論理的、あまりに反論のしようがない発言だった。ミドリがぽつりと、更に決定的な言葉をつぶやいた。
「……確かに俺は、この男の戦う姿を、後ろから見たことがある。いや、ずっと見ていた。戦闘中も、ギルドホームにいるときも」

 議論は白紙に戻った。この男が一体誰なのか――その問いに答えられる人物は一人もいなかった。ただし。
「ひとつだけ、ミドリさんの言ったことに矛盾しない仮説を思いつきました。突拍子もないですし、正直ありえないと思います。でも、他の可能性を捨てていくとこれしか残りません」
 ユイが、はっきりと言い切った。 
 

 
後書き
ユイがたてた仮説とは如何に。次回、ミドリの正体が明らかになります。

あと三話更新したら、一旦更新は終了です。残念ながらほとんど推敲する時間がなかったため、無駄な描写と設定が削りきれていません。例えば『石碑の文字が消えていた』設定は、筋は通っているものの必要ない描写です。しかしここを削るには前後を完全に書き換えて整合性をとらないといけないけれど、その時間がとれなくて、仕方がなくこのまま更新した次第です。申し訳ありません。 

 

第五十一話 彼はミドリだ

「ひとつだけ、ミドリさんの言ったことに矛盾しない仮説を思いつきました。突拍子もないですし、正直ありえないと思います。でも、他の可能性を捨てていくと、これしか残りません」
 ユイの言葉に、その場の全員が注目した。アスナがあわてて尋ねる。
「ユイちゃん、大丈夫なの? ミドリくんは間違いなくミズキくんの近くにいた人――《リトル・エネミーズ》の一員で、でもミズキくん本人じゃない。そんな人、本当にいるの?」
 ユイは、しかし、しっかりと頷いた。
「はい。もし私の思ったとおりなら、確かにミドリさんはずっとミズキさんの近くにいた人物で、なおかつミズキさん本人ではありません」
 マルバが思わず口を挟んだ。
「でもそんな人物、いるはずがないよ。ミドリとずっと一緒に居た、《リトル・エネミーズ》のメンバーは、ミズキ以外みんな今ここにいるんだから」
 ユイは首を振った。
「マルバさんが気づかなかった――そういう可能性があります。もし私の仮説が正しいのなら、その人物は目に見えないはずです」
 マルバは絶句した。目に見えないプレイヤーがずっとミズキを付け回していて、マルバたちはそれに気づかなかったと、ユイはそういっているのだ。信じられるわけがなかった。
「そんなこと、それこそあり得ません! ギルドホームはギルドメンバーとその許可のある人物しか入れませんから。それに、目に見えないプレイヤーなんて、いるはずがないじゃないですか!」
 シリカが当然の反論をするが、ユイはまたしても首を横に振った。
「その人物はプレイヤーではありませんし、注目したプレイヤーが行くところにはどこにだってついていくことができます。ミズキさんを監視し、ミズキさんを助ける役目を与えられた人物、それがミドリさんだったのでしょう」

 キリトが何かに気づいた。驚きのあまりがたんと音を立てて椅子を引き、立ち上がる。
「ユイ……ユイは、こういうつもりなのか! ミドリが、ユイと同じ、プログラムなんだと!」
 その場の全員が凍りついた。まるで時間が静止したように感じられた。――ユイが、ゆっくりとうなずいた。

「私の立てた仮説は、ミドリさんがMHCPの一部であるというものです。ミドリさんについて説明する前に、まず、MHCPの仕組みから説明しますね。
 MHCPは大きく分けて三つの下位プログラムから成り立っています。その下位プログラムも更にいくつかの下位プログラムで構成されています。私たちMHCPはたくさんのプログラムの寄せ合わせなんです。
 三つのプログラムのうち一つ目は、広くたくさんのプレイヤーを観察し、感情のデータを集めます。これを仮に『観察機構』と呼ぶことにしましょうか。
 『観察機構』が精神活動に異常がある――すなわち、精神的に不安定なプレイヤーを認めた場合、そのプレイヤーを監視対象にします。すると、『観察機構』はカーディナルにプレイヤーの監視に移るということを伝え、一人のプレイヤーのみに注目するようになります。『観察機構』がそのプレイヤーの監視を十分に行い、プレイヤーの異常を十分に分析したとき、初めて次のプログラム――『援助機構』とでもいうべき、MHCPの根幹機能が起動します。
 『援助機構』は高性能なAIを積んでいて、プレイヤーの悩みを聞き、それを解決することができます。『観察機構』から受け渡されたプレイヤーのデータを元に、プレイヤーの精神を安定させます。それが『援助機構』の役割です。いかにAIが高性能だとはいえ、AIに感情分析まで行わせるのには負担が大きすぎるので、このような分業体制になっているのです」

「それで、ここからがミドリさんの話です。サード・クオーター――すなわち、第七十五層でミズキさんがヒースクリフさんを倒したちょうどそのとき、カーディナルシステムに非常に大きな負荷がかかりました。これは私も確認したので確かな話です。おそらくヒースクリフさんとは全く関係のないことが原因でしょう。たかが一つの戦闘ではこのような大きな負荷は発生し得ませんから。
 あまりに大きな負荷がかかったので、カーディナルはいくつかのプロセスの監視を中断したのだと思います。そのプロセスの中には、優先順位の低いMHCPも当然含まれていたのでしょう。そんな中、戦闘によってミズキさんの脳に大きな負荷がかかり、既にかなり危険な状況にあった脳がダメージを負いました。ミズキさんを監視していたMHCP――すなわちミドリさんはこのとき、ミズキさんへの早急な精神援助が必要だと判断したのです。すぐに『援助機構』が起動し、ミドリさんを援助しようとしました。
 しかし、ミズキさんの脳波が一定値を下回り、ミズキさんは強制的にログアウトさせられました。それがあの場にいたみなさんが見た回線切断の警告だったのだと思われます。ここでログアウトしてしまえば、ミズキさんの精神援助を行うことはできなくなります。そこで『援助機構』は例外処理担当のMHCP下位プログラム、つまり『管理機構』にログアウトしたミズキさんの強制再ログイン実行許可を求めました。『管理機構』は即座にカーディナルに問い合わせをしたけれど、何も反応がない。なぜなら、カーディナルは発生した負荷への対処に手一杯だったからです。『管理機構』からの回答がないため、『援助機構』はAIの独自判断に従い、ミズキさんの再ログインを実行しました。
 この時……もう手遅れだったのではないでしょうか。外的要因による回線断絶とは、通常は外部からナーヴギアを外そうとしたときに発生する現象です。おそらくナーヴギアの脳破壊シークエンスが実行され、ミズキさんの脳は破壊されていました。完全ではないにしても、意識が戻らない程度には十分に。あるいは、脳破壊シークエンスが発動するまでもなく、ミズキさんの脳には既に十分な異変が生じていた可能性もあります。
 ミズキさんが強制再ログインしたとき、ミズキさんは思考する能力を失っていました。『援助機構』はあらゆる援助を試みて、しかし当然失敗したはずです。そのような例外的状況に対し、『管理機構』は『援助機構』の『なにをするべきか』という問い合わせに対し何も示せませんでした。『援助機構』はやるべきことはあるのになにをすればよいのかわからないという状況を処理しきれず――結果、暴走しました。『援助機構』はありとあらゆる援助を試みた結果……信じがたいですがおそらく、ミズキさんの意識を『援助機構』のAIが乗っ取る形で失われた意識を補完したのでしょう。カーディナルはシステム安定後、『観察機構』や『管理機構』など、MHCPの残骸を消去したはずです。ミズキさんの脳と同化したAIには気づかずに。
 ――以上が、わたしの仮説です。カーディナルの行動は完全な予想に過ぎませんが、私がミドリさんと同じ状況におかれたと仮定すると、おそらくこのような行動を取るでしょう。私がミドリさんの立場をシミュレーションした結果ととってもらって構いません。そういう意味では、十分に信憑性のある仮説です」

 信じられない話だった。しかし、この場の沈黙を破ったミドリが決定的な証拠を見せたので、皆は納得せざるを得なかった。
「……ただのIDかなにかだと思ったから今までなにも言わなかったんだが――俺の本当のキャラクターネームは、『Midori-MHCP003』なんだ」
 ミドリが示したステータスウィンドウには、確かにMHCPという文字が浮かんでいた。 
 

 
後書き
かなり盛り上がる場面なのですが、ユイが淡々と説明するだけで終わってしまった。なんでこうなった。私の力量が足りないせいです。本当にすみません。
これを書いた時点で、私が書きたかった部分は半分ほど書いてしまいました。ヒトと同化したAI、コンピューターと人間を足して二で割ったような存在を、私は書いてみたかったんです。今回、設定は完成しました。後はこのミドリという存在が一体どう行動し、何を考えるのか、それを描写するだけです。……でも、それはまた来年ですね。

『もう一人の主人公の物語』はいままでマルバの視点で進んできましたが、しばらくはミドリの視点で進むことが増えそうです。ミズキもいつか帰ってきますよ、たぶん。

次回が最終更新になります。それから先の執筆はまた来春、うまくいけば再開します。よろしくお願いします。 

 

第五十二話 Midori-MHCP003

「ミズキさんは、まちがいなくミドリさんの中で生きています。私たちMHCPにはプレイヤーの癖などを再現する機能はありませんので、それは確かです。思考する機能を失ったミズキさんの脳に、ミドリさんの思考能力(AI)が宿った結果、それが今のミドリさんなのだと思います」
 まさに信じられない話だった。理解できないものに対し感じる本能的な恐怖感に呑まれながらも、だれもがその仮説を理解しようと頭を働かせた。マルバがまず尋ねた。
「ちょっと待ってよ。ミドリの意識だけがAIで、アバターを動かしているのがミズキの生体脳だってこと?」
「そのとおりです。ちょっとまっててくださいね……今、ミドリさんの脳波を分析して、脳のどの部分が働いているのかを示す立体図を出しますので」
 ユイがミドリの端末にアクセスして情報を取り出そうとすると、ミドリが顔をしかめた。
「なんかすごく気分が悪いんだが……」
「ごっ、ごめんなさい! そうでした、ミドリさんの意識が端末上のAIってことは、私の今の行為は頭の中に手を突っ込んで引っ掻き回しているようなものですね。すみません、すぐ終わりますので、ちょっとだけ我慢してください」
「……悪ぃ、もう無理だ」
 ミドリがそう言った瞬間、バチッと鋭い音がして、ユイが何かに押されたように軽くのけぞった。キリトがその背中をあわてて支えた。
「つぅ……弾かれてしまいました。得られたデータはこれだけですね」
 ユイが手をかざすと、その場にホログラム画像が浮き上がった。人間の脳を模したその図は大部分が淡く発光しているものの、ところどころに不自然にぽっかりと黒い穴があいているのが見てとれた。
「光っている部分が生きていて、ミドリさんの意識に応じて反応を示した部分です。黒い部分は反応がない部分で、おそらく組織的に死んでいます。前頭葉の一部が大きく死んでいますが、この部分がないとヒトは意識を保つことができません。一方、脳の大部分が反応を返している以上、ミズキさんの脳は活動を続けています」

 ミドリが自分のあごをなでた。その動作は確かにミズキの癖だった。
「……思い出した。――俺はこの男を助けなければならなかったんだ。でも、彼に接触することはできなかった。禁止されていたからだ。だから、俺は……俺は、俺を見張ってる奴の目を盗んで、俺の持つ力すべてを使って――この世界に現れた。俺はずっと、あいつのすぐ側で、あいつを支え続けてきたんだ」
 マルバが、彼の言わんとすることを悟った。ミズキと共にいて、彼を支え続けた存在、それは――
「君は……フウカ、だったのか」
「違う。俺はフウカの――言うならば、『親』だ。俺はフウカを生み出して、フウカを通してあいつを助けていた。……プレイヤーに接触できず、俺は何もできなかった。だから、俺は俺に与えられた権限を拡大解釈して、俺への監視が緩んだ瞬間を見計らって、あいつの前に非好戦型モンスターを出現させた。それ以来ずっと、俺はあいつの側で、あいつを支え続けてきたんだ」
「だから、フウカはいつもテイムドモンスターの域を超えるような行動をしていたのか……」
「そうだ。俺はあいつに危険が生じた時、あいつに手助けをした。直接何かができるわけじゃないから、フウカを通してあいつに手を貸していたんだ。戦闘の時ばかりじゃなく、あいつの精神が不安定になるたび、俺はあいつの側であいつを支え続けた。あいつはいつも俺に護られていたんだ」

 真相が明らかになったが、それはあまりにも非現実的だったため、その場のだれもが完全には認められないでいた。そんな中、窓ガラスを外側からつつく音がコツコツと響いた。ミドリがハッとして窓ガラスに駆け寄り、音を立てて引き開けると……ガラスの向こうに居たのはフウカだった。ばさりと翼を広げると、大きく羽ばたき、ミドリの肩にその鉤爪を食い込ませた。タイミングを見計らったような登場に、ミドリを含めた全員がポカンとしてフウカを見つめた。
「お前は……お前を散々利用したこの俺を、まだ信頼してくれるのか」
 ミドリの問いに対し、フウカは一声鋭く鳴いた。ミドリは顔を伏せ、しばらく何も言わなかったが、やがてぽつりとつぶやいた。
「……ミズキを護っていたのは、俺じゃなく――こいつだったのかもしれないな。こいつの存在を俺は過小評価していたのかもしれない。こいつは――俺の力が及ばなかったせいで主人を失ったっていうのに、それでもまだ俺についてきてくれる。ああ、一体なんて暖かいんだ――」
 ミドリの頬を涙が伝った。その感情がミドリのAIからくるものなのか、ミズキの生体脳からくるものなのか、そんなこととは何の関わりもなく――その場にはフウカの暖かさに涙する一人の男だけがいた。これが真実だった。ミドリがどんな存在だろうと、彼は等身大の人間にすぎなかった。マルバたちはわけのわからない存在であるミドリに対し感じていた、漠然とした恐怖感が無くなっていくのを感じた。


「ミドリ、もしよかったら私たちと一緒に来ない? マルバたちと一緒に居れば、きっといろいろ思い出せるだろうし」
 それでいいよね、とサチはマルバたちに視線を向けた。マルバとシリカ、アイリアは同時に頷いた。ミドリはしばらく躊躇っていたが、ついに顔を上げた。

「――俺は、ヒースクリフを倒した英雄じゃない。君たちと長い間一緒に過ごした仲間でもない。それでも……この俺と一緒にいてくれるなら、俺は君たちと一緒にいたいと思う。受け入れて、もらえるだろうか」
 それに対し、マルバは――首を横に振った。
「違う。君はフウカを通して、いままでずっとミズキを、僕たちを支えてくれていた。君は前から、僕たちの大事な仲間だったんだよ。ただ僕たちが君に気づいていなかっただけだったんだ。だから、君が帰ってくれば僕たちは大切な仲間を一人、取り戻したことになる。もう、ミズキは帰ってこないけれど……僕たちは残された仲間との絆を大切にして、これからも生きていこうって決めたんだ。おかえり、ミドリ。僕たちは、君を歓迎するよ」
 マルバは右手を差し出した。ミドリは驚いてマルバの顔を見つめ、そして照れくさそうに笑い、マルバと堅く握手を交わした。 
 

 
後書き
ミドリは結局《月夜の黒猫団》の一員に加わり、マルバとシリカの奇襲部隊の一人として戦闘で大活躍をするわけですが、それはまた別の話。

次の山場は100層のラスボス戦なのです。シノンの話なども入れて二つか三つくらい別の章をはさんだあと、SAO編クライマックスに突入する予定です。

以前お知らせしたとおり、この話は一旦ここで更新終了となります。いままで読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました。また更新再開する予定はありますので、ご期待いただければ幸いです。アリシゼーション編は絶対書きたいと思っておりますので。またよろしくお願いします! 

 

第五十三話 自分探しの旅

 
前書き
小説なんぞ書いている場合ではないのに、どうしても書かずにはいられなかった。
春を待たずに少しだけ先行公開します! 

 
「ミドリ、またため息ついてる」
 サチに指摘され、ミドリは自分がため息をついていたことに初めて気づいた。苦笑して何でもないと言うと、彼はおもむろに立ち上がり、仲間たちに一声かけてギルドハウスを後にした。ミドリは最近、このように行き先は告げないままふらりと一人で出かけることが増え、サチたちは心配していた。尤も、それは他の皆も同じ。ササマルは今日もギルドハウスを空けている。マルバは立ち上がり、ササマルを迎えにいつもの場所へと向かう。

 七十五層へと繋がるボス部屋の扉は未だに開かれることはない。それでもマルバたちがこの七十五層ボス部屋へと時折足を運んでしまう訳は、ここにかつての仲間の魂が欠片でも残っているような気がするから……いや、残っていて欲しいと望むからだ。SAOに彼らとの繋がりがある地が仮に残っているとするなら、ここ以外には考えられなかった。
 石畳にマルバの足音が反響した。ボス部屋には数人のプレイヤーたちがただずみ、祈りを捧げていた。ササマルはダッカーたちが命を落としたその場所に跪き、微動だにしない。マルバがササマルの横に跪き、手を合わせると、ササマルはようやく顔を上げた。
「……あの日が、昨日のことのように感じるんだ。もう何週間も経ったっていうのに」
 マルバはゆっくりと頷いた。彼もまた、この場で仲間を失っている。未だに悲劇があったあの日のことを夢に見るのだ。帰ろう、とマルバが呟くと、ササマルは立ち上がった。その背に拒絶の色を感じとったマルバは、彼が一人で出て行くのを見送ると、部屋の中央、ちょうどミズキがその死の瞬間立っていた場所に跪いた。先ほどと同様に、彼はミズキの英霊へと祈りを捧げた。

 ミドリと共に暮らし、共に戦うなかで、マルバはどうしてもミズキの姿をミドリに重ね合わせずにはいられなかった。ミドリがミズキとは違う人間だと認識しているからこそ、ミドリにミズキの姿を見る度に悲しみが彼を襲った。ミズキと共に過ごした日々を過去のことと見なせるようになるには、まだまだ長い年月が必要なようであった。

 ――或いは――
 その先を考えるのはやめよう、そう思ったマルバは首を強く振り、負の方向へと流されようとする思考を引き戻した。やめよう、ミドリと一緒に居ることが悪影響を及ぼしているなんて考えることは。彼はミズキの身体を継ぐ仲間だ。彼はこれ以上仲間を失うことは避けたかった。

 ――俺のことを、ミズキの残影だと思っているのか。
 不意に、ミドリの幻がマルバに語りかけてきた。違う、そうじゃない。マルバは首を振って否定したが、ミドリの幻がこのように問いかけてくるこの状況こそが、マルバがミドリをミズキと切り離して考えられない証拠でもあった。
 顔を背けた先で、もう一人の幻影が話しかけてきた。

 ――おめぇは、俺がまだこの世に存在していると勘違いしているんじゃねぇか。
 同じ身体、同じ姿。しかしそれはミズキの幻影だった。違う、君は死んだ。だからこそ僕は苦しんでいるんだ。マルバが顔を再び顔を背けると、二つの幻影が重なった。マルバは頭を抱えた。
「もう、やめてくれ……」
 その苦しげなうめきに反応するものはいなかった。ここに集まるものたちは皆心に深い傷を負っていて、突然叫びだしたりすることはよくあることだからだ。マルバが頭を抱えて動かなくなると、マルバのうめき声に呼応するかのように誰かが鋭く叫んだ。それは何か意味のある言葉のように聞こえたが、声を発した本人さえその叫び声に意味があるとは思っていなかった。その後は誰のものとも知れないすすり泣きやうめき声が時折聞こえてくるが、意味のある言葉を発するものはいなかった。

 かつん、かつん……一人の足音が近づいてきて、マルバのすぐ横で止まった。足音の主がマルバの肩をそっと抱くと、マルバは彼女の胸に顔を埋め、声を殺して泣いた。何故泣いているのか自分でもよくわからなかったが、なかなか涙が止まらなかった。硬く冷たいプレートの感覚とは裏腹に、彼は自分の心が少しづつ温まるのを感じた。
 しばらくして落ち着いてきた彼がようやく顔をあげると、シリカが目線で大丈夫ですかと尋ねてきた。マルバはきまりが悪そうに頷くと、彼女は一度マルバから目を離し、ミズキへと手を合わせた。マルバも彼女に倣いもう一度儀礼的にミズキへと祈りを捧げると、彼女と一緒に階段を登り、ギルドハウスへと帰っていった。

 その場に残った二、三人のプレイヤーたちもしばらくするとぽつりぽつりと帰ってゆき、その場には誰も残っていないように思われた。夜になり、すでに訪れる人もいないような時間帯になってから――ひとつの足音が響いた。その人物は部屋の中心部に立つとおもむろにあたりを見回した。まるでそこに誰かが居ることを知っているかのように。部屋の中心部から死角となっている場所のひとつに向かって、彼女は声をかけた。
「そこに居るんでしょう? ――ミドリ」
 物陰から一人の人物が立ち上がった。金属鎧と大盾のシルエットが浮かび上がる。ばさっと音を立てて翼を広げた鷹が、地面から飛び立ちその人物の肩にとまった。その勢いに押され、シルエットが軽く傾いだ。
「あんたなら、ここに居ると思ったわ」
 彼女はミドリに歩み寄ったが、ミドリは立ち上がったきり微動だにしない。しかしミドリからは拒絶の意思は感じ取れなかったため、彼女はミドリの横に立ち、壁に身を預けた。
「……何をしに来たんだ、シノン」
 ミドリは憔悴した様子で、ただ一言訊いた。シノンは肩をすくめた。
「あんたの様子を見に来たのよ。何度もメッセージ送ったのに、あんた、全部無視してるでしょ。……文句言おうと思って来たけど、そんな気も失せたわ。随分疲れてるじゃない。一体何があったの」
 ミドリは黙ったままだったので、シノンは更に一言加えて言った。
「とりあえず、話してみたら。私に話したって解決しないだろうけど」
 シノンはミドリの言葉を待った。ミドリはしばらく沈黙していたが、やがて意を決して口を開いた。
「――話せるとしたらお前しかいない。頼む、聞いてくれ」


「俺は自分が誰なのか分からなくなってしまった。俺がここに来てこの姿になってからずいぶん日が経ったが、マルバたちはずっと俺をミズキとは違う別の一個人として見てくれている。それにも関わらず、俺は自分がミズキなんじゃないかと無意識的に思うことがしょっちゅうある。矛盾しているようだが、つまり、『俺はミドリだ、ミズキとは違う人間だ』っていうふうに意識しなくては恐怖に気が狂いそうになる瞬間があるってことだ」
 ミドリは一瞬身体を恐怖に震わせた。
「――身体が俺の意思を離れてミズキとして勝手に振る舞うんだ。これはもしかしたら普通の人間には当然なことなのかも知れない。無意識的に行動するというのはよくあることだからな。だが、俺の場合、この身体はもともとミズキのものだったせいか、身体が無意識的に『ミズキとして』行動するんだ。俺自身の無意識的行動ではなく、な。だから、俺は俺が誰なのか分からない。俺は本当にミドリなのか? それとも、俺がミドリだった時の記憶が残っているだけで、俺は本当はミズキなのか? そもそも俺にはミズキの記憶も残っている。ミズキっていう人物がどういう人物なのか、俺は十分に知っているんだ。それなら俺はミズキなんじゃないか? ミズキの身体を使い、ミズキの記憶を持つ俺は、ミズキとは違うミドリという一個人だと言えるのか? 思考が個人なのか、身体が、記憶が個人なのか? わからない、わからないんだよ、俺には……」
「ミドリはミドリであってミズキじゃない、っていうのは前にみんなでキリトの家に集まった時に出た結論だったじゃない。ミドリの身体はミズキのもので、思考しているのがミドリ、って話だったでしょう? それなら、無意識下の行動、つまり思考しないで行う行動がミズキのものだったとしても、あんたがミドリであることは変わらないと思うけど」
 違う、とミドリはつぶやいた。
「そうじゃないんだ。『Midori-MHCP003』はもはやAIである俺の意識を残して存在していない。単体では動作しない、つまりは欠陥品だ。ミズキも脳の一部を損傷していて、単体では思考できない。こっちも欠陥品だ。だから、今の俺は『ミドリ』と『ミズキ』の二つの部品から成る、どちらでもない存在なんだよ。どちらが優位とかどちらが劣位とかそういう話じゃなく、俺はすでにどちらでもない存在なんだ。だから俺は俺を規定できない。俺はミドリではないし、ミズキでもない。でも俺に与えられた名前(キャラクターネーム)は『ミドリ』だった。だから俺はミドリなんだ。でも、仮に俺がミドリなんだとしたら、俺は間違いなくミズキでもある。――この中途半端な状態が俺を苦しめる。俺はミドリだ、って言い切れていたうちはまだ良かったんだけどな。一旦、俺はミドリでもミズキでもないんだって気づいてしまったら――俺は俺が分からなくなった。『自分が何者か分からない』っていう状態がこんなにも人を苦しめるなんて、俺は知らなかった」

 ミドリの話は複雑で、更にミドリ自身がまだ混乱しているせいかあまり整理されていなかった。横で聞いているシノンは理解するのに時間を要し、ミドリはその間しばらく沈黙を保っていた。
「……私は日本人で、女性で、現実だと中学生で、好きな色は茶色で……っていうふうに『自分が何者か』を説明できる。でもあんたはできない――ってこと?」
 シノンの理解は的確で、ミドリ本人ですらしっかりとはわかっていなかったことを見事に言葉にしてのけた。彼は少し驚きながらも、そのとおりだと頷いた。
「でも、それは違う」
 しかし、彼女は反論した。ミドリの苦悩は和らげることができる、そう確信した響きがあった。
「私は知ってる。あんたはアークソフィアの噴水のある広場でぼーっとするのが好きだし、リズの淹れるコーヒーも好きよね。甘いものはあまり好きじゃなくて、アークソフィアでもおやつはあまり凝ったケーキとかより素朴なクッキーとかの方をよく食べてた。食事だとパスタが好きよね。一緒にいたのは二日だけだったけど、昼食は二日連続でスパゲッティだったでしょ」
「……よく見てるな」
「人間観察は得意なの。こういう細々したことは確かに重要じゃないかもしれない。でも、間違いなくあんたという人物を規定している。あんたはこういう人物なのよ。あんたっていう人物はミドリとかミズキというもともといた一人の人物そのものじゃないっていうのはさっきあんたが言ったとおり。それなら、今のあんたがどういう人物なのか、それを説明できるようなことを見つけていけばいいんじゃない?」
 自分がミドリなのかミズキなのか、その二元論で悩み続けてきたミドリにとって、シノンの意見は新鮮で、目の覚めるような思いがした。しかしそれだけに受け入れがたく、彼にはシノンの考えを消化するだけの時間が必要だった。
「ありがとう、少し楽になった。今夜はギルドハウスに戻って一旦よく考えてみる」
「それがいいわ。またなにかあったら話を聞いてあげることくらいならできるから、メッセージよこしなさい」


 しかし、ミドリはその夜、ギルドハウスには戻らなかった。七十八層の副都市『グラジオラス』の中心は噴水のある公園となっていて、ミドリはそこのベンチに腰掛け、今夜シノンから聞いた話と、それからマルバの苦悩のうめきを思い出していた。ミドリはマルバたちといるのは好きだった。しかし、マルバたちは意識してミドリはミズキとは違う人物なのだと考えるようにしている。ミズキと長い間一緒にいた以上、それは当然だった。ミドリと一緒にいることがミズキとの決別を嫌でも思い出させてしまっていることは、ミドリにも容易に想像できた。
「潮時か……」
 ミドリはぽつりとつぶやくと、ストレージから一枚の紙を取り出し、マルバたちへのメッセージを書き始めた。


 翌朝、マルバは新聞受けに突っ込まれたミドリからのあまりにも簡素な手紙を見て絶句することになる。
 『自分探しの旅に出ます。探さないでください ミドリ』 
 

 
後書き
一つ前の話でミドリがマルバと合流したばかりなのに、この話でもう別れてしまいました。せめて一回一緒にボス戦するくらいはやっておくべきだったかと少し後悔しました。
書いた本人が言うのもなんですが、シリカのメンタルが鋼並みですね。この子強い。勝てない。
しばらく不定期更新となります。次回、ストレア初登場。 

 

第五十四話 新たな仲間

 
前書き
ミドリ編、本格始動です!
ゲーム版のキャラクター、ストレアが初登場します。 

 
「ってなんであんたはそうなる……。マルバたち、探してたわよ」
 ミドリは唯一のフレンドであるシノンをたずねてアークソフィアを訪れていた。連絡がとれないよう、他のフレンド登録はすべて消去してしまったのだ。
「あー、心配かけたのは悪かったと思ってる。でも、あいつらといても現状は良くならない気がしたもんだから……」
「それは分からなくもないけどね、せめて別れのあいさつくらいしてきなさいよ」
 シノンは大きくため息をつき、ミドリはもう一度謝った。
「すまん」
「もういいわ。それで、今度は私に何をして欲しいの? 相談に乗るとは言ったけど、昨日の今日じゃあまり話すこともないんじゃない」
 ミドリは昨晩考えたことを話した。自分がどんな人物なのかを知るためには、ミズキを知らない人物と一緒にいた方が良いだろうということ、そしてそれはおそらくシノンが適任だろうということ。ミドリは当然シノンが迷惑な顔のひとつもするだろうと覚悟していたが、意外にもシノンは渡りに船といった調子で快諾した。
「ちょうどよかった。いつまでもお荷物でいるつもりはないから、私、キリトに戦闘訓練をしてもらってたのよね。でもあいつもいつも暇なわけじゃないから、悪いなと思ってたところだったんだ。あんた、マルバたちと最前線でやってくだけの力はあるんでしょ? 私とパーティ組んでよ」
「……それはこちらからお願いしたいところだが、二人だけじゃちょっとキツいんじゃないか? 俺は大盾使いで攻撃は弱いから、火力不足になりがちだと思う。クエストボードに募集出してみれば誰か集まるかもしれないけど、今更攻略を目的としないパーティーに参加する人なんているかどうか。試してみる価値はあるだろうが」

 ミドリとシノンがああでもないこうでもないと案を出し合っていたその時、隣のテーブルでひとりマフィンをぱくついていた女性が二人の話に首を突っ込んできた。それもあまりにもベタな台詞と共に。
「話は聞かせて貰った!」
 は? と思わず声を揃えて固まった二人に対し、その女性はうんうんとひとり頷きながら話を続ける。
「いやー、私も君のこと気になってたところだったんだよね。一人だけ感情がぜーんぜん読み取れないし、自分探しの旅に出るなんて……なんていうか、すごい! 一人で戦うのも悪くないけど、近くで見られるならパーティー組むのも面白そうだし、人手不足なら私もご一緒してもいいかな?」
「……すまん、何を言ってるのか全然分からないんだが……」
 困ったミドリはシノンに視線を送るが、シノンも同様だったようだ。
「私もさっぱり」
「細かいことは気にしなくていいよっ。私はストレア。君はミドリだよね? あなたは?」
 何故かミドリの名を知っているらしいストレアは、シノンに名を尋ねる。
「私はシノンよ。ストレアさん、名前はわかったけど、所属とかいろいろは……」
「ソロだよ。武器はこの子!」
 ぶん、と音を立てて、ストレアは背中の武器を片手で一振りして構えをとった。大剣らしきその武器は、片手持ちだというのに水平にぴたりと静止していて、それだけでストレアの筋力値の高さが見て取れる。
「うわっ! そんなもの街中で振らないでよあぶないな」
 ごめんごめん、と全く悪びれる様子もなく笑いながら、彼女は再びその大剣を背にしまった。
「それで、どうかな。私も一緒につれてってくれる?」
 どうしたものか、とシノンはミドリに視線をやった。ストレアが信頼に足る人物かどうかはかりかねているのだ。彼女は当然グリーンカーソルで示されていて、犯罪者ではないという意味では信頼できる。逆に言えばそれ以上の判断基準は存在しないのだ。それにパーティーメンバーを募集しているところに応募してきた者よりも、たまたまパーティーについて話していたところに首をつっこんできた彼女の方が信用に足るはずだ。ミドリは首を縦に振った。
「ああ、もちろんだ。よろしく頼むよ――ストレア」
「うん! よろしくね」

 一段落したと思ったその時、再び彼らに声をかけてくる人物がひとり。
「あのー、すみません。私も混ぜてもらえないでしょうか」
 物腰が柔らかそうなその声の主は、三人の視線を一挙に浴びて少々落ち着かない様子で視線を彷徨わせた。短い刃物――おそらく短刀――を腰に下げている。口調や声はやや中性的だが、なかなかに逞しい体つきからして男性であることは間違いない。
「ギルド《コロネン》のリーダーをやってました、イワンといいます。ギルド自体は先日の『3Q(サード・クオーター)の戦い』に行く派と行かない派に分裂し、解散しました。今はソロなのですが、見ての通り私は刀使いでして、スイッチできる仲間がいないと安定して戦えません。今までは野良パーティーでやってきたんですが、やはり固定のメンバーでないと連携がうまくいかず、パーティーメンバーを探していたところだったんです。しかしクエストボードに張り出しても全く声がかからず、困っていたところにあなた達の話が聞こえてきたものですからつい……。しばらくは前線から引きたいと思っていたところなので、ちょうどいいと思いまして。お願いしてもよろしいでしょうか」
 再びシノンとミドリは、そしてストレアも、目配せしあった。当然、彼もグリーンカーソルの一般市民である。それに《コロネン》は聞いたことのあるギルドであり、素性の知れないストレアよりはよっぽど信頼できる。三人より四人の方が安定するため、断る理由もなかった。
「よろしく頼む。……ところで、《コロネン》ってことは七人ギルドだろう。今はあんた一人ってことは残りは全員下層か?」
 ミドリの質問に対し、イワンは博識ですねとつぶやいた。コロネンとは七つの環構造をもつ化学物質の名称だ。
「三人が上へ進むべきだと主張しました。3Qの戦いを生き残ったのは私を含め二人。もう一人も八十二層のトラップで命を落としました。ここは恐ろしい場所ですね」
 ははは、と乾いた笑いを漏らすイワンの口調からは深い悲しみが伺えた。それでも前へ進もうとする彼の決意はいかほどのものか。ミドリは震えるイワンの手をぎゅっと握り、無理矢理に握手した。
「……ありがとうございます。ミドリさんは――あれ、ミズキさんのご兄弟かなにかですか? 姿が大変似ているようですが」
「他人の空似だ。世の中には同じ姿の人間が三人いるって言うが、多分それだ」
「でも、その鷹は彼のものでしたよね」
 イワンはミドリの足元に待機するフウカを指さした。ミズキは戦績的にはあまり目立つプレイヤーではなかったため、伝説となった今でも彼の姿を知らない者は多いが、七十五層の決戦で彼を目撃したイワンをごまかしきれるはずはなかった。
「あー、それについては、ええと――非常に説明しずらい事情があってだな。俺は確かにミズキと関わりがあるんだが――とりあえず、俺はミズキ本人ではない。キャラクターネームも違うしな」
「うーん、そうですか。深い事情があるようですので、あまり突っ込まないでおきますね」
「すまない、助かる。ずっと秘密にしておくべき話でもないし、また機会があったら話すよ。あとは――そうだ、シノン。武器は今も短剣だよな」
「うーん――そうね、違うわ。あんまり人前では話せないんだけど――」
 そこでシノンはあたりを見渡し、誰も見ていないことを確認すると、クイックチェンジで一つの武器を取り出した。それを目にして、その場の皆は一瞬凍りついた。それはここSAOでは存在しないはずの遠距離攻撃用武器である――
「ゆ、弓……?」
 そう、それは簡素な長弓だった。投剣・体術スキルで発動できるチャクラムなど派生武器とは異なり、引くのに十分な力と技術が必要なはずのその武器に対して専用のソードスキルが設定されているのは明らかだった。そして、『射撃スキル』とでも呼ばれるべきそのスキルは、未だに習得条件どころか存在自体知られていなかった。つまり――
「エクストラスキル……か」
 或いは、ユニークスキルか。その一言は口に出さなかったが、ミドリはそれがユニークスキルであるような気がしていた。射撃スキルはキリトやヒースクリフのスキルと同様、多種多様な他のスキルとは明らかにかけ離れたスキルだからだ。唯一類似点のある投剣スキルから派生する可能性はあるが、投剣スキルをマスターしたマルバやシリカからも射撃スキルを習得したなどという話は聞かない。ゲームのステータスではなく本人の能力、すなわち反射神経や動体視力といった脳に依存する様々な能力の一つに秀でた者にのみ与えられる、極めて特殊なスキル――ユニークスキル。本来ならキリトのようにひた隠しにするべきなのかもしれないが、しかし七十五層以上に登ってきた攻略組の人数が極めて限られている今は、かつてのキリトほど神経質にスキルを隠し通す必要もあるまい。そう判断した上で、シノンは命を預けることになる仲間に対してはスキルを明かすことに決めたのだった。全員がその武器を見たのを確認すると、シノンは早々と弓をストレージに突っ込んでしまった。やはりあまり公にしたくはないようだ。
「なんというか……驚きました。接近戦を基本としたこのSAOでも、そのような遠距離武器が存在するのですね。スキルに固有の武器が存在するということは複数人が習得するように設計してあるはずですが、聞いたことすらありませんよ。もしかしたら攻略がある程度進んだことで新たに習得可能になったのかもしれませんね」
 イワンが嘆息すると、ミドリも頷いて同意を示した。
「それじゃ、シノンは遠距離攻撃、ストレアは近距離から中距離、イワンと俺が近距離専門って感じか。案外バランスとれそうだな。イワンも一応盾役できるか?」
「はい。防御に徹している間は攻撃できませんし、本職ほど堅くはありませんので攻撃力の高い敵相手には辛いですが、一応大丈夫です」
「私もガードやろうと思えばできるよ! って言っても大剣だし素早い敵相手だと無理だけど、攻撃力が高いだけなら大丈夫」
「それじゃ素早い敵には俺とイワンが、攻撃力の高い敵には俺とストレアで交代で盾やればいいな。スキル熟練度は低いが、俺はバトルヒーリングも習得しているから少しは長めに盾役やれると思う。そうだな……今日はパーティー結成祝いに飲もうか!」
 おー! と皆が歓声を上げる。私は未成年なんだけど……というシノンのぼやきは華麗に無視され、彼女は酒場へ向かう一行をあわてて追いかけた。 
 

 
後書き
ストレアって言動が極めて書きにくいですね。
新キャラのイワンですが、彼は筋力重視のサムライです。ゲーム版でのカタナスキルは避けてカウンターで斬る戦い方をする武器という設定なので、この小説でもその設定でいきます。

裏設定。カタナスキルは一撃特化なので筋力重視ですが、これだと避けるのに問題が出てくるため、スキルMODとして『「構え」時敏捷値加算』というものがあります。敵に正対して構えを取ると、筋力値の一部が敏捷値に加算されます。回避を補助してくれるので低敏捷値でも回避が可能になります。『回避後ソードスキル発動速度上昇』とかもあると楽しそうですね。
居合系は回避が難しくなるので一撃必殺技という扱いです。

イワンの仲間に関しては描写がなくなってしまうのが残念です。今度時間ができたらサイドストーリー的にイワンの話も書いてみたいと思います。ミズキやアイリアの低層攻略時の話も書きたいですね。 

 

第五十五話 シノンが目指すもの

「居合行きます、サポートお願いします!」
「りょーかい!」
 イワンが刀を鞘に戻し、前傾姿勢を取った。居合スキル初動モーション中は防御ができず被ダメージが上昇するため、ストレアが大剣スキルで敵のタゲを取る。ストレアの攻撃が二段ヒットし、敵がのけぞったのを見計らってミドリが盾を割りこませた。シルドバッシュで更に敵の態勢を崩す。その瞬間、イワンが居合スキルを発動させた。目にも留まらぬ速さで七メートルほどの距離を一瞬で駆け抜け、敵の首元を一気に切り裂く。五割ほど残されていたHPががくんと減り、残り一割ほどまで削りとる。そこへシノンがスキルを伴わない通常攻撃をヒットさせると、弱点を非常に正確に突いたその一撃がとどめとなり、敵は音を立てて砕け散った。

「援護お願い!」
 戦闘終了、と一息つこうとした彼らをシノンの叫び声が呼び止めた。あわてて振り返ると、シノンは背後から奇襲してきた敵と短剣で応戦しているところだ。弓で追撃した直後だというのにこの切り替えの速さは流石と言うべきだろう。敏捷性に優れるミドリがすかさず前に出てタゲを取るが、シノンはそのまま前衛で戦闘を続けるつもりらしく、敵の背後に回りこんで短剣技の初動モーションを取った。
 イワンが居合系の突進技で長距離を埋め、強攻撃を叩き込んだ。タゲがイワンに移行し、敵が硬直状態のイワンに向かって攻撃を仕掛けようとする。このタイミングを見計らってシノンが短剣技を叩き込み、敵の注意を引きつけた。シノンの硬直が解けるのと敵が態勢を立て直すのはほぼ同時、向き直った敵を体術技で蹴りつけ、更に短剣技で追い込む。シノンが再び硬直したところにストレアが大剣で割り込んだ。これ以上連撃を続けるのは危険すぎるからだ。大剣の側面で敵の壊攻撃を受け止め、敵が態勢を崩したのを見計らって重攻撃技の構えを取る。発動に時間がかかり軌跡がぶれやすいのが大剣技の特徴だが、その威力は短剣技をはるかに凌ぐ。三連撃をすべて受け止めた敵はHP全損をまぬがれなかった。

「危なかったですね。大丈夫でしたか?」
 ストレアとミドリが作戦成功を祝してハイタッチしているのを横目に見ながら、イワンが心配そうにシノンに尋ねると、シノンは何でもなさそうに一言大丈夫と答えた。しかしその言葉とは裏腹にHPは二割程度減っている。後衛であるシノンが奇襲を受けてなお被害をその程度に抑えられたのはよくやったと言うべきだが、彼女の表情は暗かった。
「まだまだね……。あの程度の雑魚すら一人じゃ倒せないなんて」
 シノンがため息と共に漏らした言葉に対し、イワンは困った顔をした。シノンがあの程度の雑魚と呼んだ敵は、確かにこの層に出現する最強の亜人種型モンスターよりは一段弱い昆虫型だが、それでもソロで倒すのは至難の業だ。ましてや奇襲を受けたのだから、ソロなら死ぬ可能性も十分にあった。
「シノンさん、あれをソロで倒すのはかなり難しいですよ。私のような純近接型アタッカーでも奇襲を受けたら倒せるかどうか怪しいと思います。その程度の損傷で済んだのは誇っていいと思いますよ」
「でもそれじゃダメなのよ! 私はもっと強くならないと。どんな敵も私一人で倒せるように、もっともっと……!」
 熱い衝動の片鱗を見せたシノンだったが、彼女はすぐにその感情をしまいこんだ。
「ごめんなさい、こんなこと言うべきじゃなかった。せっかく協力して貰ってるのに」
「それは構いませんが、私はシノンさんが少し心配です。聞いた話によると、七十六層以上に来ているプレイヤーで前線にいるソロプレイヤーは片手で数えきれるほどしかいないそうです。その人達も、例えばストレアさんのように比較的重装備の方ばかりです。シノンさんのように軽装な人がソロでやっていくのはかなり危険なんですよ。何もかも一人でやろうとする必要はないんです。私達も居るのですから」
 シノンはありがとうと礼を言いながらも納得した様子を見せなかったので、イワンはますます困った顔をするより他なかった。


 コンコン、というノックの音がミドリの部屋に響いた。返事をすると鍵が外れ、扉の向こうから顔を出したのはシノンだった。
「どうした、今日は休みだろう」
 シノンが十分に戦闘に慣れたのでミドリたちは攻略に復帰し、以来彼らは週休二日制で攻略に参加していた。今日は日曜日なのでイワンとストレアは買い物に行き、ミドリは自室でスキルMODの取捨選択をしているところだ。
「悪いんだけど、戦闘の訓練をしたいからちょっと付き合ってくれないかしら」
「ああ、いいぞ。あと五分待っててくれるか、もうちょっとだから」
 ミドリはそれだけ言うと再び机の上に広げたホロディスプレイとにらめっこを始めたので、シノンは座る場所として致し方なくミドリのベッドを選択し、やることもないのでミドリの真似をしてスキル構成を見なおし始めた。命中率に補正のかかるMODはすでに全て習得したおかげもあり、シノンの射撃の技能はかなり上達していたが、彼女はまだ満足していなかった。遠距離は現在の弓ではこれ以上の威力は出せないと言える域にまで達している。問題は接近戦だ。たとえ百メートル離れた敵を射抜けても、目前の敵を倒せなければ死んでしまう。強さを追求する彼女としては、接近戦をパーティーメンバーに任せきりにするつもりは全くなかった。

「……よし、こんなもんか。待たせて悪かったな、今日は何をしたいんだ?」
「射撃はとりあえず十分だから、接近戦をもう少しなんとかしたいと思って。その前にちょっとスキルMODについて相談なんだけど……」
 シノンはディスプレイを可視モードにしてミドリに見せた。短剣・体術スキルの熟練度は共に600程度でまだまだ低いが、攻略を始めて日が短いのでここまで上げるのには相当努力したことが伺える。その上射撃スキルはもうすぐ完全習得するレベルまで上げているのだから驚きだ。
「ずいぶん攻撃と命中に偏ってるな……。体術からは受け身系の防御MODが取れるから入れておくとローリングで回避するときに楽になるはずだ。落下ペナルティも軽減されるしな。武器防御スキルも上がってきてるだろう、そっちはどうしてる」
「武器防御はどれもあんまり魅力を感じないから何も取ってないわ。面倒くさくなっちゃって」
「それは良くない。とりあえず『防御時硬直時間短縮』と『押し返し』、『クーリングタイム還元』あたりは鉄壁だから入れておくべきだ。度胸があるなら『殺撃』を取っておくと役に立つ場面があるかもしれないぞ、そんな場面は無いことを願いたいが」
 殺撃、という耳慣れない単語にシノンは首をかしげた。
「なんなの、殺撃って」
「剣だの槍だのの突き技を掴み取って柄で相手の顎を打ち砕く」
「うわっえぐい」
 しかしシノンは迷わずその物騒なMODを取得することに決めた。
「ミドリはこの殺撃ってやつ使ったことあるの?」
「あるっちゃあるが滅多に使わないな。俺のみたいな回避系の盾はそもそも突き技に強いから殺撃を使うまでもないんだ。こういうのは軽装のシーフが取得しておくといざってときに役に立つ。例えばマルバあたりは結構頻繁に使ってたぞ。決まるとスタンするし非常に便利なんだが、こちらに向かってくる剣をじっと見極める必要があるから、ものすごく怖い。マルバも使う度にもう二度とやりたくないってぼやいていたな」
「それは逆にいいわね。向かってくる恐怖に打ち勝つ力が、私には必要」

 『殺撃』のスキルMOD習得ボタンを押し込みながら、シノンはそう断言した。そんなシノンに対し、ミドリは以前よりずっと気になっていた質問をぶつけることにした。
「前から言おう言おうと思ってたんだが……お前さんは何故、そんなに前衛も後衛も完璧にやろうとしてるんだ? 盾は俺に任せとけばいいだろう。わざわざ敵の前に出る恐怖を味わわなくてもいいだろうに」
 シノンはミドリの話を聞きながらウィンドウを操作していたが、その質問に対して指をピタリと止めた。しばらく硬直していたが、やがて力強い確信と共に導き出された答えは――

「強くなるため。私は強くならなければいけない。どんな恐怖にも一人で立ち向かって、それで傷つかない、強い心が私には必要なの。私の中に存在する弱い心……そのすべてを断片まで駆逐して、倒すべき恐怖の屍を積み上げ、そうして初めて私は本当の、理想の私を手に入れる――それが私が私自身に課した使命」

 ミドリは目を丸くしてシノンを見つめた。彼が未だ見たことのないシノンの本性とも言うべき何かが、今彼の目の前にむき出しにされていた。ミドリはなんと言うべきか言葉に詰まり、その場に一瞬の沈黙が訪れたが――気づいたらミドリは無意識に(・・・・)つぶやいていた。

「守らなければ――」

 シノンの他者を拒絶するような感情に触れた所為か、その瞬間ミドリの思考には何者かの感情が急激に流れこんできていた。圧倒的な恐怖感。自らの分身のように愛した存在が死に、この世界(SAO)の本質に絶望し、剣を握れなくなったあの頃。それでも前に進む決意と共に、仲間を失わないために何もかもを犠牲にする誓いを立てたあの時。剣の代わりに盾を握り、再び踏み出したあの一歩。瞬間瞬間の記憶が怒涛のように脳裏を流れ、彼はその流れの中で翻弄されていた。指先まで冷え渡るような架空の冷気がミドリを襲った。物理的に彼を固定するものは何もなかったのに、彼は指一本動かせなくなっていた。


「ちょっと、大丈夫!? ねえ、ミドリってば!」
 ぺちぺちと頬を叩かれる感触に、ミドリはようやく我に返って目を瞬かせた。彼が床から身を起こすと、シノンはようやくホッとして胸をなでおろした。
「俺は、一体……?」
「心配させないでよね……。いきなり椅子からひっくり返って倒れたのよ。ほんとびっくりしたわ。……何があったの?」
 何があったのと聞かれても、ミドリ自身も自分の身に何が起こったのかよく分からなかった。
「俺も何がなんだか分からないんだが――いきなり誰かの感情が頭に流れ込んできたんだ。多分あれは……ミズキの脳に残っていた記憶だと思う」
「ミズキの、記憶……? でもミズキは前向性健忘で、少しの間しか記憶を維持できないって話だったはずじゃ?」
「ミズキの前向性健忘は『覚えてはいるが思い出せない』っていう感じだったはずだ。さっきシノンと話していた時に何かが引き金になったんだろう」
「ふーん……それで、一体なにを思い出したの?」
「それが……掴みどころがなくてよく分からない。後悔と絶望、それから強い決意が感じられたが、瞬間瞬間のミズキの感情が強く感じられただけだから、どういう記憶だったのかはっきりしない」
「後悔と絶望、決意……ねぇ。どんな決意?」
「誰かを守りぬく、決意。それも尋常じゃない強さだった。これは大げさに聞こえるかもしれないが――何を犠牲にしても、その行動が何に繋がるとしても……といったような。一体これはどういうことなんだ。意識である俺に単なる情報であるはずの記憶が介入してくるなんて、そんなことが――」

 シノンが一瞬固まった。しかしミドリは自分の意識に流れ込んできたその記憶の断片が意味することを探しだそうと躍起になっていたため、シノンの不自然さには気付かなかった。
「ね、ねえ。ミドリってミズキをずっと見ていたんでしょ。その決意がSAOでのことなら、ミドリも何か知ってるんじゃない?」
 シノンに尋ねられ、ミドリは泥沼に陥りそうになった思考を停止させた。
「ああ、少しは知ってるぞ。あんまり人に言うべき話じゃないから不都合なところは端折らせてもらうが――ミズキの所属していたギルドが人殺しギルドに襲われたことがあったんだ。その時、ギルドのメンバーが仲間を助けるために相手を殺さなければいけなかった。ミズキはその殺人に対して多少の恐怖感を覚えつつも理解を示したんだ。その時、彼はだいたいこんなようなことを言った。『この世界の全てのものは生きている、つまり自分は仲間を守るために生きるものの命を奪ってきたんだ。その殺人も、仲間を守るためにモンスターを殺すっていう自分の覚悟の延長線上にあるものだろう』」
 シノンにとってはその事実はかなりの衝撃を持っていた。誰かを守るために殺人を犯す者がここにもいたとは! そしてその惨劇を目の当たりにしながら、なおそれを容認できる者がいたとは!
 ――しかしそれはシノンに衝撃を与えはしたが、それ以上の何かをもたらすことはなかった。彼女が目指すべき強さを持った誰かが、ここにはいる。ただそれだけが重要だった。そして彼女がその誰かに追いつくためにできることはやはり、強くなること以外に存在しなかった。だから彼女がまた再びつぶやく言葉も、以前と同一だった。
「強く、もっと強く……一人で立ち向かえる力を……!」
 その日は夕方になるまで、シノンの短剣をミドリの盾が迎え撃つ圏内戦闘特有の鈍い音が途切れることはなかった。 
 

 
後書き
戦闘シーンから始めるのが便利過ぎてやめられないとまらない。読者のみなさんも食傷気味じゃないだろうか。

さて裏設定。殺撃MODですが、これは簡単に言えば突き技の白刃取りです。このMODを取っていると殺撃の時の被ダメージを0にできます。そして成功すればスタンを100%の確率で付与。強烈ですが怖すぎてだれもやらないし、それに武器による突属性攻撃を行うモンスターが少ないせいもあって不人気です。短剣使いは突属性に対する防御手段がこれくらいしか存在しないので、仕方なくこれを使います。 

 

第五十六話 絶体絶命の時、重なる二人の想い

 八十六層の老人が投擲系スキルのクエストらしきものをくれそうだという有用な情報を得て、『射撃スキル』最上位スキルを開放するイベントなのではないかというあたりをつけたシノン一行はその八十六層の村を訪れていた。

「このNPCらしいですね、スキル習得クエストをくれるんじゃないかと言われているのは」
「ええと……ただ話しかければいいのよね」
「もし『射撃スキル』を所持していることがクエスト起動条件なのだとしたら、話しかけるだけで起動するはずですよ」
 シノンが老人におそるおそる話しかけると――半分眠ったような目をした老人はふがふがと話し始めた。
「おや……すまんのう、郵便屋さん。それでわし宛の荷物はどこにあるんじゃ?」
「は? いや私は郵便屋さんじゃ――」
「郵便屋さんじゃなかったかの? じゃあお前さんはパン屋のマリオの子か。ずいぶん大きくなったのう。……おおそうじゃ。お前さんにはまだ話しておらんかった。あれは三十年前じゃったか、わしが村の勇士として名を馳せておったころのことじゃが……」
 ボケ老人か! という全員の無言のツッコミを当然無視しながらそのNPCは何の脈絡もなく自分語りを始めた。長いイベントになりそうな嫌な予感がしたが、もう後の祭り。ここまで来たらもうどうにもなれと開き直り、ミドリたちは老人の物語をちょっとしたファンタジーとして楽しもうと決めた。
 NPCの老人の昔話を聞くこと三十分、来るんじゃなかったとシノンが後悔し始めたその時、ようやく彼はクエストの開始文句らしき言葉を口にした。
「――まあええ。こんな話をいくら聞かせようともわしの技が伝わることはないからの。わしのスキルを継承するには試練の中で自分を磨く必要があるのじゃ。そう、お主はこの層のダンジョンに封印された《試練のアミュレット》を取ってこなくてはならぬ。この《鍵》を授けようぞ。これは《封印の扉》を開ける鍵じゃ。アミュレットを手に入れたらまたここへ戻って来るがよい」
 老人が鍵を差し出し、シノンはそれを手に取った。振り返るとミドリとイワンは居眠りをしていて、老人の話をまともに聞いていたのはシノンとストレアだけだったという有り様にシノンは思わず頭を抱えた。
「あのおじいさんの話、楽しかったね! また聞きたいな」
「私はもうこりごりだわ……」
 本気で楽しんでいたらしいストレアに若干呆れながら、ミドリとイワンを叩き起こし、シノンはダンジョンへと足を向ける。

 《封印の扉》とやらを抜け、彼女ら一行はいかにもそれらしきセッティングの祭壇と高台を見つけた。
「これは……いかにもって感じね」
「ですね。祭壇の高いところに光っているのが《試練のアミュレット》なのでしょう。とても手がとどく距離ではありませんね。ちょっと試しに……」
 イワンがサブ武器の吹き矢を手に取り、アミュレットに向けて構えを取った。狙いをつけて一吹きするも、飛び出した針は見えない壁のようなものにあたって跳ね返ってしまう。ミドリの肩でおとなしくしていたフウカが突然バサッと翼を開きアミュレットに向かって飛びかかったが、こちらも見えない壁にぶつかって墜落してしまった。ミドリが慌てて抱き上げると、フウカは申し訳無さそうに顔をすり寄せた。
「やはり駄目ですね。当然ですが『射撃スキル』でないと撃ち落とせない設定のようです。しかしあちらの高台に登って射撃するとなると、部屋の端から反対側の端まで狙い撃ちしないといけませんね。ずいぶん距離がありますが……」
「これくらいなら余裕よ」
 シノンは余裕というが、素人目にはかなり難しく見える。本当にできるのだろうかと皆は半信半疑に高台の近くへ集まった。薄暗いダンジョンの中、高台の急な階段は少々頼りない。
「またえらいこと狭い階段だな……。シノン、暗いから足元気をつけろよ」
「大丈夫。あー、イワン、スカートだから見上げないでよ」
「了解です」
「っておい、俺はいいのかよ」
「んー、そもそもあんた男だっけ。ユイちゃんが女の子なんだからあんたも女なんじゃないの、ミドリって女性名でしょ」
 そもそもAIであるミドリに性別は存在しないのだが、シノンの発言に事情を知らないイワンはぎょっとしてミドリから一歩後ずさり、ストレアは逆に一歩歩み寄った。
「ミドリさん、女の人だったんですか……?」
「わーお、驚きの新事実だね!」
「うわー、こんななんでもないところで爆弾発言しないでくれ頼む! ああもう、今日帰ったらちゃんとミズキとの関係も含めて秘密にしてたこと全部話すから、とりあえず誤解しないでくれ! あとストレア! 男装してたとかそういうオチじゃないからベタベタ触らないでいやーー!!」

 高台の下の方でわいわいやっているミドリたちをさておいて、爆弾発言を投下した本人は弓に矢をつがえて引き絞った。ミドリたちもさすがに緊張して静かになる。二呼吸おいて放たれた矢は、アミュレットを見事に射きっていた。

「すごい、すごいですシノンさん! あの距離を一発で――うわあぁあッ!?」
 イワンが歓声を上げかけたが、それは途中で悲鳴に変わった。床が抜けて、ミドリもミズキもストレアもみんな一緒に下階へと落下したのだ。
「いべぶっ」
 いきなりのことにまともに受け身が取れず、カエルの潰れたような声と共に墜落したミドリが慌てて起き上がると、上階から明らかに緊急事態だと分かるシノンの悲鳴が聞こえてきた。
「シノンどうした! 無事か!」
「祭壇が……祭壇が崩れて、中からモンスターが! ボスモンスター!」
 ボスモンスターと聞いてミドリたちの顔から一気に血の気が引いた。
「随分手の込んだトラップですね……! 転移結晶はどうです!?」
「ダメ! 結晶無効化エリア!」
「絶体絶命……ってか! くそ、すぐに援護に行く、それまで持ちこたえろ!」
 ミドリは叫んだが、シノンの返事は返ってこない。今度はシノンではなくストレアが叫び声を上げた。
「ミドリ! こっちもトラップだよ!」
 あわてて視線を下げると、すでにミドリたちのいる部屋は大量のスライム系モンスターで埋め尽くされていた。ミドリたちは三人いるので問題ないが、上階に一人でいるシノンはかなり危険だろう。急いで助けに行かなくてはならないが、これだけ敵がいると助けに行くまでシノンが持ちこたえられるかどうか――!

「私の、とっておきをッ、くらえーッ!」
 ストレアが大剣を振り回すと、周囲のスライムがまとめて吹き飛ばされた。幸い弱いモンスターだったようで、吹き飛ばされた敵はそのまま空中で四散していく。強攻撃を放ち硬直するストレアを援護するべく、ミドリはあわてて盾を構えてストレアの背に回り込んだ。スライムの強攻撃の衝撃が盾越しに伝わってくる。イワンも防戦一方になりそうなところを無理やり攻撃に手を回しているため、結構被弾してしまっているようだ。イワンとストレアのおかげでだいぶ数を減らせたが、それでもこのままでは手遅れになるかもしれない。そう判断したミドリも盾から剣を抜き、シルドバッシュとおり混ぜて剣での追撃を挟んでゆく。しかしミドリの剣は剣先が重いせいで振り回す速度ばかりが速く、短剣に毛が生えた程度の長さしかない小剣のくせに小回りが効かないため、まともなダメージを与えられない。どうにも攻撃が遅くなる。ミズキから引き継いだこの剣は明らかに攻撃に向いていなかった。
 ようやく一掃し、早く階段に向かおうとした時、ミドリは大変なことに気がついた。上階から、金属がぶつかり合う音が聞こえる。シノンが短剣でボスモンスターと交戦しているのだ。
 ――このままでは間に合わない。シノンが死んでしまう……!
 そう思った、瞬間だった。ミドリの身体の底から強い想いがほとばしり出た。

 ――この盾は、何を犠牲にしても仲間を守りぬく証――
 ――もう、誰も失わせない!!――

 その願いはかつてのその身体の持ち主……ミズキの想いに違いなかった。あまりに強いその想いに打たれ、ミドリは身体を一瞬硬直させた。
 想いは、止まらない。

 ――考えろ!――
 ――自分の命を賭して、仲間を守る方法を!!――

 しかし、これは俺の意思なのか? この想いに従って行動したとき、俺がこの身体を動かしていると本当に言えるのか?
 俺は何のために戦う? 俺は今まで、何のために戦ってきたんだ……?
 俺の、ミドリ自身の願いは……?

 ――俺が戦う理由は、仲間を守ること――
 ――仲間を守るため、俺は最期までこの生命を燃やし尽くすッ!!――

 シノン――彼女はここに何も分からずに放り出された俺を助けてくれた。
 俺の相談に乗ってくれたのも彼女だ。自分を見失い、苦しんでいた俺に、新たな道を示してくれた。
 俺は彼女に報いたい!! だから、俺の、俺自身の願いはッ……!

 ――守りぬけ!!――

 「どんな手を使っても守ってみせる……俺の、ミドリの誇りにかけて!!」

 ミズキの記憶との対話は一瞬だったが、一気に視界が開けたような感覚と共に、ミドリは絶望的な現実へと帰還した。目の前でイワンとストレアが荒い息をしている。シノンの場所まで辿り着くまでにこのようなトラップはいくつかクリアしないといけないことは確かだろう。このままでは間に合わないことは明白だった。
 ミドリは上階を見上げた。落とし穴のトラップで空いた穴は未だ開かれたままで、もし仮にそこまで到達できれば上階へ登ることはできそうだった。しかし相当な高さがあり、ただジャンプするだけではたどり着くことはできそうにない。
「イワン! 刀を鞘ごと頭上に掲げてくれ! 足台にする!」
 ミドリが天井の穴を指さして叫ぶと、イワンは瞬時にその意図を理解した。明らかに不可能に見えたが、それでも試してみる価値はあると判断し、彼は自分の頭上に足場を作り、膝を軽く曲げて跳躍の準備をした。ミドリはイワンの刀の次に足場にするべき場所をしっかりと確認した後、助走をつけて一気に飛び乗り、イワンの筋力を借りて高々と舞い上がる!
 敏捷力に優れるミドリは筋力に優れるイワンの力を借りてゆうに八メートル以上飛翔し、壁の燭台に足をかけることに成功した。そのまま燭台を蹴り飛ばし、再び飛翔する。燭台が砕け散りあたりに破片が飛び散るが、その燭台はぎりぎり足場としての役割を果たした。
 天井の穴付近ぎりぎりまで到達したミドリだが、やはり手がとどくところまではたどりつかなかった。しかしここで諦めるわけにはいかない。ミドリは自分の盾を振りかざすと、それを下に向かってぶん投げた! 投擲スキルが発動し、盾は凄まじい速度ですっ飛んでゆく。それと引き換えにミドリの身体はわずかな運動量を獲得した。まるで二重ジャンプをするかのように、ミドリの身体は空中でバウンドし――

 上階へ降り立った。まさに間一髪、シノンのHPはレッドゾーンに食い込むところで、まともにダンジョンを駆け上がっていたら間に合わなかっただろう。フウカが独自判断でミドリから離れシノンと共に戦っているが、デバフ特化の彼女の力はデバフ耐性に優れるボス相手にはなかなか通用しない。援護に駆け寄ろうとすると、下階から盾が吹き飛んできて地面に転がった。イワンたちが投げあげてくれたのだ。急いで装備してシノンと鳥型のボスモンスターの間に割り込む。
「わりぃ、遅くなった! 無事だな!?」
「なんとかね! 回復する間、ちょっと代わっててもらうわ!」
 任せとけとは叫んだものの、やはり一人は厳しい。必死で回避と防御をするものの、盾の表面を滑らせて回避できるくちばしの突属性攻撃はともかく、回避できない爪の斬属性攻撃が盾を抜けるダメージのせいでHPが確実に削られていく。シノンをちらりと見るも、未だ攻撃に参加できるほど回復していない。
 このままでは……無理なのか……?

 ――諦めるんじゃねぇッ!!――

 誰かが叫んだ気がした。ミドリの右手が勝手に動き、盾の内側から剣を抜き出した。リズベットに頼んでミズキが使っていたものとおなじ形状にしてもらったこの剣の――この形状の意味が、今になってようやく分かった。重心に振り回されるため一度振り始めたら途中で向きを変えるのが困難で、しかし振り子の要領で振り回すため予測した位置を予測した時間に切り払うことができるこの武器の使い道は――
 ミドリの剣が鋭い音と共にモンスターの爪を側面から強打した。盾では流しきれない斬属性重攻撃を、剣で方向を変え、盾で振り払って回避する! 剣はあくまでも盾の補助なのだ。攻撃するための剣ではなく、防御するための剣。これがミズキの編み出した技の一つだった。

「待たせたわね! 行くよッ!」
 シノンはHPが四割ほどまで回復し、弓で中距離からの援護を開始した。重攻撃技に頭を撃ち抜かれ、敵はスタン状態に陥る。その隙を狙い、短剣に切り替えて連撃を浴びせ、敵が立ち直るのを待たずに再び下がって弓に戻る。シノンは中距離で弓と短剣を切り替えて戦う独自のスタイルをこの戦いの中で考えだしていた。
 しかしアタッカーがシノンだけではやはり攻撃力が足りない。ポーションを飲んで回復を待ちながら戦っているというのに、すでにジリ貧になりつつあった。

 しかし、ミドリの期待通り――
「真打ち登場だよーっ☆」
「扉を蹴破らないでくださいよ、ストレアさんっ」
 ばあんッという凄まじい音と共に扉が破壊され、ストレアとイワンが転がり込んできた。二人は素早く状況を確認すると抜身のままだった武器を構え、突撃してくる。ちょうど挟み撃ちにするような隊形となり、一気に有利な状況になった。
「これなら――いける!」
「ああ!」
 シノンとミドリは頷き合い、最後の猛攻を喰らわせるべく駆け出した。



 やっとの思いでボスモンスターを倒したときはやりきった達成感を味わっていたシノンだが、しばらくすると今更ながら恐怖が彼女を飲み込み、思わずその場にへたり込んでしまった。
「シノン、大丈夫か」
 ミドリの問いかけにも弱々しくふるふると首を振るだけ。やがて絞りだすような声で彼女は言った。
「私……死ぬかと思った。一人で戦うこともできずに無力に怯えて生きるくらいなら、ここで死ぬのも悪く無いかって……でもHPが赤くなって、ここで終われるのかって思ったら……でも、ここでなにもできずに死ぬ、ただ何の意味もなく死んでいくんだって思ったら本当に悲しくて……怖かったよぉ……」
 ミドリがシノンの肩に手を回すと、いつもなら拒絶するであろうシノンは、しかし今は逆にミドリにしがみついて泣きじゃくった。

 五分くらいたっただろうか。やっと落ち着いてきたシノンは、もう大丈夫と言うとミドリから離れた。
「ごめんなさい、急に泣いたりして」
「いや、それはいいんだ。とにかく無事でよかった」
「あと胸を貸してくれたのはいいけど頭なでるのは余計だった」
 ミドリはむっとして言った。
「悪かったな、次は頭ぐしゃぐしゃにしてやる」
「次なんてないわよ、次なんて」
 苦笑しながら立ち上がったシノンは、やはり心配そうに見ていたストレアやイワンに大丈夫と言って笑った。
「じゃあ次は私がシノンの頭なでる番ね! ほらシノン、頭かして」
「だから頭は余計だって言ってるの、ちょっとやめなさいよっ、やめっ」
「ほらほらー、おねえさんになでなでさせなさいー」
「やめっ、やめてったらああぁー。そこの二人、見てないで助けなさいってえええぇ」
 シノンがストレアに捕まって頭をなでなでされているのを、ミドリとイワンはほのぼのと見つめた。
「おー、一分も経たずに『次』が来るとは思わなかった」
「いやー和みますねー。私もストレアさんになでなでされたいものです」
「いやそれはどうなんだ……」
 イワンの発言に一歩引いたミドリだったが、その後イワンも、ついでにミドリもストレアになでなでされるはめになった。何故こうなった、とはミドリの談である。 
 

 
後書き
ピンチの時、誰かが力を与えてくれてその場を切り抜けるという、なんとも使い古された展開ですね。しかしここでミズキが出てくるのは少し予想外だったんじゃないかな、と期待しています。
今回、パーティーで一人だけ孤立してボスと戦うという鬼畜難易度のクエストが出てきますが、この展開はゲームに従っています。もし私が考えるのならここまで絶望的な難易度にはしません。ゲームなので多少のご都合主義的展開になるのは仕方ないのでしょうが、プレイしていた時、このイベントはさすがにやり過ぎだと思いました。

なにげにイワンが吹き矢使っていますが、私にとって吹き矢は短剣に次ぐロマン武器です。毒とか塗って使うんでしょうね。ちなみに構えを取っているときに反対側から強く吹くと針が逆流して死にます。

今回の話の問題点は、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、ずばり『剣鉈』です。ミズキの装備は剣鉈だと以前書いてしまったので、仕方なく剣鉈を防御転用するというかなり苦しい描写をしてしまいました。申し訳ありません。

追記:シノンが恐怖感に飲み込まれるシーンですが、あまりにも描写が簡潔ですね。時間ができた時に書き足すつもりです。 

 

第五十七話 予感

 その晩、ミドリとシノン、ストレア、イワンの四人はNPCレストランの一角を貸し切りにして夕食を共にしていた。目的はもちろん、ミドリが今まで隠していた秘密を皆に話すためである。
「そんなことが……。ミドリさんがプログラムだったなんて、信じられません」
「俺は単なるプログラムじゃない。知り合いのMHCPの話じゃあ、俺の感情だの思考だのっていうのはプログラムで模倣されたものではありえないらしい。つまり、表層意識だけがプログラムで、それを支える様々なことは生体脳がとり行っている。俺はプログラムと生体脳を部品として成り立つ、人間とコンピュータのハーフみたいなものだ」
「なんですかハーフって。なんですか知り合いのMHCPって。もう笑うしかないですよ」
 イワンは乾いた笑い声を上げた。無理もないことだが、相当に混乱しているようだ。ストレアはすっかり黙りこんでしまっている。一方で事情を知っているシノンは料理に集中していてミドリの話はあまり聞いていなかった。
「まあそういうわけだ。男装云々の誤解は解けたな?」
「こんな真実なら男装の方がまだましですよ。ああ、もうなんだか周りの人がみんなNPCに見えてきました。みんなして私をからかってるんですよね、そうなんでしょう」
 これは重症だ。ミドリはマルバ秘伝のホットジンジャーをイワンのグラスに注ぎ、無理矢理に飲み干させた。イワンは当然むせるが、かえって少し落ち着いたようだ。
「げほっ、げほっ。なんでこのゲーム誤嚥(ごえん)の感触まで再現してるんですかっ、ごほっ」
「落ち着いたか?」
「げほっ。ええ……っていうか落ち着かせるなら普通水でしょう。熱いもの飲ませるとか、これが現実なら火傷してるところですよ。まだ納得はできませんがとりあえず理解しました。それでミドリさん自身はご自分のことについて納得してるんですか」
「どういうことだ?」
「目が覚めたら記憶を失ってて、挙句の果てにはサイボーグになってたなんてことになったら、私だったら発狂してるところですよ」
「サイボーグは人間の脳に機械の身体だろう。俺は逆だぞ」
「そんなことはどーでもいいですってば。ミドリさんは自分がどういう存在か納得してるんですかって聞いてるんです。私の言ってることわかります?」
 責めるような口調で尋ねるイワンは明らかにまだ混乱している。ミドリは再びホットジンジャーをつぐとイワンにすすめ、彼はそれをおとなしく飲んだ。
「納得出来ないから相当悩んだよ。結局のところ、俺はずっと自分がミドリなのかミズキなのかずっと分からないままだった。そのことでシノンにはだいぶ迷惑をかけたな」
 ミドリがシノンをちらりと見ると、彼女は骨付き肉を豪快にひとかじりしてからやっとミドリの視線に気づいた。しっかり咀嚼して飲み込み、水を一口煽ってからようやく「なに?」と一言。ミドリは呆れてなんでもないと答えた。
「俺は自分がどんな存在なのか掴めず、ずっと苦しんでいた。それをシノンに相談したら、彼女は『今の俺がどんな存在なのか』だけを気にすればいいんだとアドバイスしてくれたんだ。以来、俺はシノンと行動を共にしている。戦闘の訓練とかを無償で手伝う代わりに、俺について客観的に気づいたことをレポートみたいにして書き出して貰ってるんだ」
 シノンは「ああ、そのことか」とひとり納得すると、ストレージから一枚の紙を引っ張りだした。
「これ、今週のぶん」
「おお、いつもすまないな――って今渡すのかよ。これがそのレポートだ。シノン、こいつらに見せても構わないよな」
 ミドリが一応シノンに確認を取ると、彼女は勝手にすればと言って再び料理をぱくつきだした。ミドリが渡されたそれを可視モードにしてイワンとストレアに渡すと、イワンは興味津々に、ストレアは一応見てみるかといった様子で覗き込む。
「……こんななんでもないような日常的なことが、自己定義――アイデンティティとなるんですか」
 レポートを読み終わったイワンが多少の失望感と共に尋ねると、シノンがそんなイワンに対し不満そうな視線を向けた。
「そう、そんななんでもないようなことが俺の核となる。逆に言うと、このSAOで起動――というか誕生し、簡単にいえば生後数ヶ月の俺にとって、自分を定義するようなことはこれくらいしか存在しないんだ。だからこそ、シノンのレポートは俺にとって何よりも大事なもののひとつなんだよ」
 ミドリが、夕食を食べ終わり、食後のデザートに手をつけはじめたシノンに対し感謝の視線を向けると、彼女は意味ありげに肩をすくめた。感謝しなさいよ、とでも言いたいのだろうか。
「それじゃ、ミドリさんは結局ミズキさんでもプログラムのミドリさんでもない、別の存在ということで納得しているんですね」
「そうだ。随分遠回りしたが、結局はそういう理解に落ち着いた。俺はお前の眼の前に居る俺自身に過ぎない。これは何があっても変わらない事実だ」
 ミドリは簡単に言い切ったが、この結論に至るまでに悩みぬいた日々は相当な苦しみだった。その苦しみも今は乗り越え、彼は確かに自分という存在を掴んでいた。


 しかし、それは彼が向かうべき方向、彼の戦う理由とはまた別問題だった。ストレアの表情は暗い。ミドリの話を聞き、彼女もまた自分の役割を思い出しつつあったからだ。戦いの目的とその結果の破滅的な結末が近づきつつあることに、まだミドリもストレアも気づいていなかった。

 やがて彼らはたどり着かなければならない。彼らは戦う度に、自らを一歩ずつ死の淵へと追いやっているという絶望的な事実へと。
 そして気づかなくてはならない。自分という存在が消えるのを防ぐためには、今の仲間に対し剣を向ける必要があることに。
 彼らは選ばなくてはならない。自分も仲間もいるこの温かい牢獄を守る未来と、仲間を牢獄から解き放ち自分は完全に消滅する、考えるのも恐ろしい未来のどちらかを。
 やがて来る苦難に立ち向かう覚悟など、今のミドリもストレアも持ちあわせてはいなかった。 
 

 
後書き
短いですが、重要なポイントです。私の話は重要な話ほど短くなりがちな気がするのは何故でしょうね。

途中からいきなり中二病的な描写になったのは自分でもなぜだかよく分かりません。そしてゲームやってない方は何を言っているのか訳が分からないはずです。次回の更新で分かりますのでお待ちください。 

 

第五十八話 仲間を敵に回す覚悟、自分の命を失う覚悟

 
前書き
新章開始! 

 
 一週間後。コンコン、というノックの音が響いた。ミドリが返事をすると、ノックをした人物がするりと部屋に入り込んできた。
「おお、シノン。今日はどうした」
 ミドリが机から目も話さずに声をかける。彼女は応えなかったので、ミドリは再び、どうしたと声をかけながら振り返った。
「ってストレアじゃないか――本当にどうしたんだ? 顔色悪いじゃないか」
 彼女は真っ青な顔でよろめきながらミドリのベッドに腰掛けた。ミドリは慌てて彼女の横に座り、肩を支えた。ストレアは唇を震わせながら、声を絞り出した。
「夢で――全てを思い出したの。私は……プレイヤーじゃなかった。私はこの世界を守る方だった」
「お前……何を言っているんだ……?」
 ミドリは意味不明なことを言い出したストレアを心配して、とりあえずホットジンジャーをマグにつぎ、握らせた。ストレアはマグに口をつけ一口飲むと、震えながら先を続けた。
「私、バカだ。みんなとわいわい攻略を進めるのが楽しくて、自分がだんだんと死んでいってるのに気付かなかった。私の役割はゲームをクリアすることじゃなかったのに――」
「自分が、死んでいってる……?」
 ストレアはマグから視線を離し、まっすぐにミドリを見た。
「そう。ミドリ、これを見て。これが私の正体」
 ストレアは左手で(・・・)メインメニューを開き、ステータス画面を可視モードにしてミドリに見せた。HPや筋力値敏捷値の他に、権限レベルや感情モニタリング制限、プレイヤー模倣モード、擬似五感入力上限値などなど、普通のプレイヤーは持っていない様々なプロパティがずらずらと列挙されたその画面の最上部に、ミドリはストレアのプレイヤーネームを見た。

 ――Strea-MHCP002――

「お前……お前も……」
「そう、そうなんだよ。この前ミドリの話を聞いたとき、どうも人事じゃない気がしてずーっともやもやしてたんだけど、今日ね、気づいたんだ。ただプレイヤーの感情をモニタリングするだけだった、それしかできなかった頃のことを夢に見たんだ。たくさんのプレイヤーの辛い、悲しい、怒り――ただ理解できるだけで、それ以上何もできなかった頃を」
 ストレアはぶるっと身体を震わせた。ミドリとは異なり、それは模倣された『恐怖という感情の再現』に過ぎなかったが、ストレアの恐怖は彼女をどこまでも蝕んでいた。少しでも安心させようと、ミドリは震えるストレアの手を握った。
「お前も苦しんでいるのか。自分が誰なのか分からなくなってしまったのか?」
 ミドリの問いに対し、しかしストレアは首を横に振った。
「違うんだよ。私はそこまで複雑な感情は模倣できない。『自己の喪失感』とかは感じられないんだ。私が感じているのは――ただの、恐怖。自分が消えてしまうことへの――恐怖」
「自分が、消えてしまう……?」
 ストレアはミドリの目を見つめた。ミドリはその瞳の中に、哀れみのような感情を見た気がした。
「ミドリはまだ気づいていないんだね。気づかない方が幸せだよ。だから、私が教えてあげるべきじゃないのかもしれない――でも、いつまでも気づかないわけにはいかないよね。だって、このままじゃミドリも消えちゃうんだから」
「ちょっと待て、何のことだ。俺が消えるだと?」
「そう。考えたことはない? もし、プレイヤーが百層をクリアしたらどうなるのかを」
「百層がクリアされたら――全プレイヤーは開放され、SAOからログアウトし、現実世界へ戻る。そうじゃないのか?」
「そうだよ。それじゃその後、アインクラッドはどうなるかな? プレイヤーがいなくなったこの世界は――」
 その後――システムは当然停止され、やがてデータは消去される、あるいはサーバーごと廃棄される。ミドリはその答えに行き着いた。行き着いて、しまった。

「消える……」
「そう。クリアされるんだよ、何もかも。アインクラッドを構成する建造物も、モンスターも、システムも、つまり私たちも、全部」
 手が、震えた。ミドリはまだストレアの手を握りしめたままだったが、その震えはストレアだけでなく、間違いなくミドリのものでもあった。
「そんな――俺達は消えてしまうのか……? この世界で生まれ、何も為さないまま――」
 ストレアはうつむいた。ミドリは呆然としてストレアを見つめた。そんな結末を迎えることになるなんて、ミドリは考えたくもなかった。突然ストレアがミドリに抱きつき、ミドリはベッドに押し倒された。
「私、消えたくない……! みんなと一緒にここで生きていたい! このまま消えるなんて嫌だよ、いやだよおおおぉ……」
 ミドリはストレアを抱きとめたが、しかし慰めの言葉をかける余裕は全くなかった。
「なんとか、なんとかならないのか……。俺達が消えない方法は……ないのか……?」
 うわ言のようにつぶやくが、その答えはなかなか見つからなかった。泣きじゃくるストレアを胸に抱きながら、ミドリは延々と考え、考えて――ついに考えついてしまった。なんとかする唯一の方法を。

 ――クリア、させなければいいんだ。



 泣き疲れて眠ってしまったストレアをベッドに横たえ、ミドリもストレアの隣でうつらうつらと居眠りを始めた。その時、軽いノックの音がコンコンと響き、ミドリはハッと目を覚ました。ストレアを起こさないよう、ゆっくりと扉を開き、廊下に出る。ドアをノックしたのはシノンだった。
「どうしてあんたが出てくるのよ。部屋に何か隠してるの?」
「ストレアが俺の部屋で寝ちまったんだよ」
 ふうんと頷いたシノンは、だったら下の談話室で話そうと提案し、ミドリはそれに従って下階へ移動した。

「ストレアが最近随分疲れてるみたいだから、どうしたのかと心配で――それで相談に来たんだけど、あんたも十分疲れてるみたいね。朝は元気だったでしょう、一体どうしたの?」
 シノンの気遣いに、ミドリは思わず涙をにじませた。この仲間を、ミドリは裏切ろうとしているのだ。
「ちょ、ちょっと本当にどうしたのよ。えっ、何かつらいことでもあったの?」
 ミドリは首を振ると、シノンが差し出したホットミルクを一口飲み、気持ちを落ち着かせる。仮にこの先彼女を裏切ることになるとしても、せめて事情だけは話しておきたい。
「……話を、聞いてくれないか。これはストレアのこととも関係する。この先どうすればいいのか、俺には分からなくなってしまったんだ」

 ミドリは話した。ストレアのこと、ゲームクリア後のこと。ただ、ミドリが生き残るために考えた唯一の手段については触れないまま。
「……そういうわけだ。ストレアはゲームクリアと共に消える。ユイはキリトのナーヴギアに、俺はミズキのアミュスフィアだかなんだかの端末上にいるからすぐには消えないが、茅場がいなければ展開できないはずだ。つまりゲームクリアが俺たちの死に直結する」
 シノンはホットミルクを一口すすり、溜息と共に言った。
「思った以上に重い話ね。少しでも相談に乗ってあげられればよかったんだけど……私の手には負えないわ」
「いや、いいんだ。シノンに俺たちの命を負わせたいなんてことは考えちゃいない。ただ聞いて欲しかっただけだ」
 そう、ミドリはただシノンに聞いて欲しかっただけだった。たとえこの後ミドリがシノンたちの攻略の邪魔をするような行動に出るとしても、そこにはそれだけの意味があったのだと知っていて欲しかった。ただそれだけのことだった。
「私には手に負えない――だけど、ひとつだけ聞いておかなくちゃいけないことがあるわ。ミドリ、あなたはこの後一体どうするつもりなの? まさかこれまでどおり攻略を進めるなんてことはできないでしょう」
 ミドリは言葉に詰まった。それをここで決めるつもりはなかったのだ。シノンたちの邪魔をするかどうかなんてことは、まだ考えたくもなかった。しかし、ミドリの沈黙をシノンは的確に解釈した。
「……何も言えないってことは、やっぱり考えてるのね。クリアを阻止することを」
 ミドリは思わず顔を上げた。それは違うと否定したかった。
「違う、俺は何もそんなことを考えちゃいない! 俺だってお前たちが現実へ帰ることを望んでいるんだ」
「いいのよ、クリアを阻止しようと考えるのは当然だわ。そうしなければ死んでしまうのなら、私だって考えてしまうはず。仮にあなたがクリアを阻止することを選んだとしても、私はあなたを絶対に責めないわ。裏切られたとか、そんなことは思わない。――でもね、これだけは覚えておいて。こんなこと、本当に言いたくないんだけどね。もしあなたたちがクリアを阻止しようとするなら、最初の敵は私よ。私はあの世界に帰らなきゃいけない。何としてでも」

 それはミドリが最も聞きたくない言葉だった。ミドリは頭を抱え、テーブルに突っ伏した。仲間を敵に回すことと、自分の命を失うこと。どちらも重すぎて、ミドリの天秤では量れなかった。
「……百層をクリアしても、現実に戻れる保証はないんだぞ」
 テーブルに突っ伏したままミドリが苦し紛れの台詞を吐くと、シノンは冷ややかに切り返した。
「それは良かったわね。クリアを阻止する必要がなくなったじゃない。――問題はそこじゃないでしょ。逃げるのはやめないと、いつまでたっても本質を捉えられないわよ」
「……俺はもう、現実と向き合うのは疲れた。この世界に何も分からずに放り出され、やっと自分を見つけたと思ったのにもう死ななきゃいけないなんて。もう一体どうしたらいいんだか……」
 ついに弱音を吐き始めたミドリの頭を、シノンは優しくなでた。
「なにも正面から向き合わなくたっていい。もう私に言えることはないけど……ただひとつ、これだけは言っておこうかしら。――後悔、しないようにね。誰だって命はひとつしかないんだから。悩みぬいた結果が私たちとの対立なら、私はそれを受け入れる。その時は正面から相手してあげるわ。だからよく考えてね」
 ミドリのカップに新しくホットミルクを注ぎ入れ、もう一度ミドリの頭をぽんぽんと叩いてから、シノンはその場を立ち去った。後にはただ一人ミドリだけが残され、彼は頭を抱えたまま微動だにしなかった。



 その晩遅く、ミドリは自分の部屋に戻った。机に突っ伏していたストレアが顔を上げ、弱々しく微笑んだ。
「遅かったね。見捨てられたかと思ったよ」
「見捨てるもんか。お前と俺は仲間だろう」
 仲間といいながら、ミドリはシノンとイワンのことも思い出していた。ストレアも同じだったのだろう。彼女は乾いた笑い声を上げた。
「仲間の絆と自分の命――世界を守る使命って言い換えてもいいかもしれないね。どっちが大事なんだろう」
 ストレアの問いかけに対し、ミドリは返す答えを持たなかった。その代わり、ミドリは談話室でずっと考えて思いついた、ひとつの逃げ道を示した。
「なあ――ストレア。仲間の絆と自分の命を天秤にかける前に、ちょっと考えてみないか。俺たちがここで生きる意味を、さ。天秤にかける前に、その重さを知ろうじゃないか。漠然としすぎて、俺には自分の命の重さを量れないんだよ。遠回りしても、後悔しない選択をしたい。俺はそう思うんだ」
 ストレアはミドリをじっと見つめた。たっぷり十秒ほど見つめ合った後、彼女はゆっくりと頷いた。 
 

 
後書き
ゲームでは最も重要なのに全く描写されなかった部分ですね。
次回からしばらく真面目な話が続きます。キリトたちやマルバたちと話をするなかで、ミドリとストレアは自分の命とプレイヤーの自由のどちらを選ぶべきか考えます。久しぶりにマルバくんの出番がやってきますよ。最近はずっとミドリのターンなので彼の出番が少なくて寂しく思っていた作者でした。ちなみにSAO編が終わるとマルバくんの出番は更に減ります。MORE DEBAN!

ここで残念なお知らせです。またしばらく更新を止めます。次回の更新は今度こそ来春かもしれませんし、書き溜めてはあるので、推敲し終われば更新しに来るかもしれません。しばらくお別れです。読者のみなさん、アディオス! 

 

第五十九話 生きる意味:キリト&アスナ

「久しぶり……だな」
「お前なあ、久しぶりなんてレベルじゃないぞ。連絡絶ってからもう一ヶ月経つじゃないか、一応心配してたんだぜ。まさかシノンとパーティー組んでいるなんて……」
 キリトがちらりとシノンを見やると、シノンは肩をすくめた。
「口止めされてたのよ。知人との関わりを一旦絶って、自分を見つめなおしたかったんだって」
「『自分探しの旅に出ます』ってのは方便じゃなかったんだな……」
 キリトは呆れと感心がないまぜになったようなため息をつき、ミドリはむっとして言い返した。
「方便だと思ってたのかよ。俺はいつだって真剣だぜ」
「わかったわかった、疑って悪かったよ。それで、わざわざ訪ねてくるなんて一体どんな用なんだ?」
 ミドリがちらりとシノンに視線を送ると、彼女は心得ているといった調子でひらひらと手を振って部屋を出て行き、入れ替わりにアスナが入ってきた。部屋にはキリトとアスナ、ミドリ、そして先日から妙におとなしいストレアが残されている。
「あれ、しののんは話ししていかないの?」
「ああ、ちょっとな。聞かれたくないというより、彼女がそばにいると冷静に話を聞けない気がするものだから……」
「……ミドリ、ひょっとしてしののんのこと――」
「は? いやいやいや、そういう意味じゃないぞ、断じて!」
 ミドリが赤くなって反論するが、アスナとキリトはそんなミドリをにやにや笑いながら見つめた。ストレアがミドリをちらりと見たので、ミドリははっとして咳払いをした。
「ええと、それで本題に入りたいんだが――」
「そうね、ミドリとしののんの関係については今度じーっくり聞かせてもらうことにしましょう」
「勘弁してくれよ……。本題だが、かなり個人的なことを聞かせてもらうが、いいか」
「当然、内容によるわね」
 本題に入ると、アスナはさっと笑いを引っ込めて鋭い目つきになった。さすがは血盟騎士団副団長といったところか。

「君たちが戦う目的について、聞きたい」

 ストレアが伏せていた顔を上げた。キリトたちは思いも寄らなかった問いかけに対し戸惑い、顔を見合わせる。しかしキリトがすぐに答えを返した。
「ゲームクリアのためだ。百層をクリアし、現実世界に戻るために戦っている」
「それは全プレイヤーの開放ためか、それとも自分が現実世界に帰るためか」
 ミズキの畳み掛けるような問いに対し言葉に詰まり、キリトはアスナの方を見た。アスナが代わりに答えようと口を開きかけたが、しかしキリトは片手を挙げてそれを制し、力強く答える。

「どちらでもない。俺がアスナと一緒にいるためだ」

 アスナも頷き、自分も同じ考えだと示す。ミドリとストレアは予想だにしない答えに驚き、固まった。アスナがキリトの発言に補足する。
「私たちは今この場所で一緒に暮らしている。これはとても幸せなことよ。でも、この生活がいつまでも続くわけがないことも事実なの。現実世界では今、私達を救出するために様々な処置が取られているはず。本当に意識があるかどうかすら正確には分からない人たちに対して、決死の特攻――つまり、ナーヴギアの分解による救出作戦が実行される可能性もある。それは大げさだとしても、ベッドに縛り付けられている私達の健康だっていつまでも維持されるはずがないのよ。現実の体が病気にかかったとしても、具合の悪さを説明できない、感じることすらできない今の私達なんてまともに治療できないんだから。だから、私達はこの仮想世界を出て、現実でずっと一緒にいるため、ゲームクリアを目指しているの」
「そのとおりだ。俺たちはいつ死ぬかも分からない状況にいる。しかし仮に今死ぬとしたら、きっと後悔しか残らないだろう。だから俺は最後の一瞬まで、二人の未来のために戦い続けたいと思う。自分のできることを続けて、その道の半ばで死んだのなら、少しは後悔も薄いんじゃないかってね」

 ミドリは嘆息した。これが彼らの思いの丈なのだ。
 今度はストレアが質問をした。
「それじゃあ、ミドリの質問と重なる部分もありそうだけど……二人の生きる意味について、教えてほしいんだけど、いいかな」
 シノンからストレアの正体について説明を受けていたキリトたちは、ストレアがこのような問いを発すること自体に驚きはしなかった。単なる興味によるもの、つまり人間を理解しようとする行動だと誤解したのだ。
「俺の答えは、生きる意味なんて無いってところだな。俺たち人間はせいぜい80歳そこそこまでしか生きられない。人間という種自体の寿命に対して、圧倒的に短いんだ。だからこそ、俺は生きたいように生きる。どうせ意味のない人生、せっかくなら俺も周りも幸せな気持ちでいられるように過ごすのが一番だ」
 キリトの答えはいかにもキリトらしい答えだったので、ミドリは少し安心した。
「なるほど、ずいぶんと近代的な考え方なんだな。アスナはどうなんだ?」
「私は……『意味』っていうのが主観的なものだと思うから、キリトくんみたいに客観的に捉えるのは私の感覚とは少しずれてる。ある言葉が指す意味が場面場面によって違うのと同じように、意味っていうのは特別な、特殊なもので普遍性のあるものじゃないと思うの。だから、意味っていうのは誰にとっても同じ、客観的なものじゃなく、人によって違う、その人固有のもの、主観的なものだと思う。――だから私の生きる意味は、『私が私らしくいること』。他のいろんな人とは違う、『私らしさ』を持ち続けること。それが私の生きる意味よ。私の人生は他の誰にも決めさせない、私自身が進路を定めるんだ。そうやって生き続けることが、私の人生の意味よ」
 アスナの答えもアスナらしいものだった。主観的でありながら、他者を納得させる論理性を持っていた。
「ウェーバーっぽい考え方だな。主観的な意味を考える、か。……ありがとう、参考になった」
 ミドリとストレアが感謝して頭を下げると、キリトたちはほっとため息をついた。鋭い質問に思わず息を詰めていたのだ。
「それじゃ、お茶にしない? なんか妙に疲れちゃった」
「済まないな、考えにくい質問ばかりぶつけちゃって」
 いいのよいいのよ、と言いながらアスナはお茶とお茶菓子を持ってきた。それから小一時間、ミドリはシノンとの関係についてアスナから矢継ぎばやに質問を浴びせられたのは言うまでもない。


 その晩、ミドリとストレアは再び話し合った。
「なんていうか……すごかったね。あの二人」
「ああ。ゲームクリアに対する目的意識自体はあまり切羽詰まったものじゃなかったが、なんとしてもクリアするっていう強い意志があったな」
「それに、この世界に生きる意味についてしっかり考えてたね」
「そうだな。現実世界に普通に生きている時は生きる意味なんて考えないものだ。きっとこの世界に囚われた時に、生きる意味を考えたんだろうな。そうじゃなければ、こんな上層まで上り詰めることはなかっただろうから。俺たちみたいに、上層に降って湧いたような奴とは覚悟が違う」
「……ミドリは、生きる意味を量れた?」
 しかし、ミドリはストレアの質問に対しては苦笑を浮かべた。
「死ぬ覚悟ができたかっていうのと同じ意味だよな、それ。無理だよ。あいつらに比べて俺は弱い、生きる価値だって小さいだろうさ。でもな、だからって死ねるか?」
 ストレアも首を横に振った。ミドリは続けて言う。
「でも、キリトの……っていうよりアスナの話を聞いて、俺は何かに気づきそうな気がしたんだ。何か、すごく大事なことに」
 それは何? とストレアは視線で尋ねた。しかしミドリは答えない。答えがうまく言葉にできないからだ。

――そう、もしかして俺は……何か大きな勘違いをしているんじゃないだろうか。生きる意味の重さを量るのが大事なんじゃなくて……大事なのは、生きる意味……そのもの……? 
 

 
後書き
まあまあいいことがあったので推敲して投稿しに来ました。次回の投稿はいつになるか分かりません。
今回も『重要な話ほど短くなるの法則』が適用されております。たった3200文字程度しかありません。私の小説の平均文字数は4000超えてることを考えると、この話がいかに短いかわかりますね。ちなみに次回も重要な話ですが、今度は4800文字を超えます。今回と平均してちょうど一話あたり4000文字くらいですね。

春から書く予定の新しいシリーズの予告編を『つぶやき』に書きますので、SAOの二次創作ではありませんが、もし興味がある方がいましたら御覧ください。 

 

第六十話 生きる意味:マルバ&シリカ

 
前書き
【これまでのあらすじ】
マルバの仲間であるミズキは,茅場晶彦との壮絶な戦いの果てに死んだ.しかし,カウンセリングプログラムと融合することで,彼は人知れずこの世に二回目の生を授かっていたのだ.マルバとミドリ(生き返ったミズキ)は再び一緒に行動するが,マルバはかつてのミズキを現在のミドリにどうしても重ねあわせてしまい,苦悩する.ミドリはそんなマルバから逃げ出して,新しい仲間と共に行動を開始する.その中で,新しい仲間の一人であるストレアが実はコンピュータプログラムであったことが判明し,そしてミドリはゲームクリアの果てにミドリとストレアは存在自体が消去されるということを知ってしまう.
彼らが生き残る道は,プレイヤーのゲームクリアを阻止して,この牢獄世界を永続させることだけなのだろうか…… 

 
 マルバとシリカ、ミドリとストレアの二組が互いにテーブルを挟んで向かい合った。マルバたちがミドリを冷たい視線で見つめ、ミドリは身を縮こまらせた。
「悪かったって……」
 ミドリが何回目か分からない謝罪の文句を唱えると、マルバとシリカは互いに目配せし合い、ようやく視線に込めた冷たさを和らげた。
「あのさ、勘違いしないでほしいんだけど、僕たちは君を心配してたんだからね? どんな事情があったにしろ、せめて理由くらい伝えていって欲しかったよ」
「それについては一応書き置きを……」
「あんな『自分探しの旅に出ます』なんてたった一言の書き残しであたしたちがミドリさんの考えを理解できると思ってたんですか? もう、ミドリさんはもっと慎重な人だと思ってたのに……」
 ため息をついたシリカに対し、ミドリはもう一度謝った。
「もういいです。ミドリさんにも思うところがあったんだなってわかりましたから。それで、今日は一体どうしたんですか? もしかして、戻ってくる気になってくれたんですか?」
「悪いが……そういうわけじゃないんだ。本当にすまないが」
「あっ、責めてるんじゃないんです。ミドリさんが元気にやっていてくれてるなら、それが一番です。一緒にいた最後の方、ミドリさんなんだかとっても辛そうでしたし……。今もなんだか辛そうですけど、一体どうしたんです?」
「……自分探しの旅はもう終わったんだが、今度は別の問題が出てきちまってな。その解決のために君たちの力を借りたいんだ。そのために、俺はストレアと一緒にここに来た」
 マルバとシリカがストレアの方をちらりと見た。彼女もユイと同じMHCPだということだが、やはり言動は人間にしか見えない。

「聞かせてもらっていいかな。……君たちは一体何のために攻略をしているの?」
 ストレアの問いかけに対し、シリカとマルバは再び視線を合わせ、少し考え込んだ。
「百層をクリアするため……っていうのは建前ですね。ただ下層で何もできずに震えているのは嫌だったから、だからわたしはマルバさんについて来たんです。わたしはマルバさんと一緒に居たくて、マルバさんを理解したくてここまで来たということもあります。あの時から、私の思いは変わっていない……と思います」
「僕もまあ、百層をクリアすることにそんなに意味があるとは思ってない。――明確に言葉にするのは難しいけど、僕は生きるために戦っている」

 生きるために戦っている。ミドリとストレアは、そしてシリカも、目を見開いてマルバを見つめた。マルバは慌てて説明を加えた。主にシリカに対して、であるが。
「ってそんな泣きそうな目で見ないでよ、シリカ。前の僕とは違うんだよ。あー……みんなにも説明するけど、以前、僕は百層を目指して、このSAOを攻略するために戦った戦士として名を残したいと思ってたんだ。道半ばで倒れたとしても、それはそれで意味がある人生だろうってね。死力を尽くした結果の死なら甘んじて受け入れようって思ってたんだ」
 この考えはキリトの死生観にも共通するところがある、とミドリは思った。シリカは目尻に滲んだ涙を拭うと、少し心配そうにマルバの話の続きを待った。マルバはシリカが拳を握りしめているのに気づき、その拳を自らの手で包み込んだ。大丈夫だから、と励ますように。

「前に、サチに対して語ったことがある。『人が生きる意味は、自分が生きた証をこの世に残すことだ』ってね。その考え自体は今も変わらないよ。でもね、未来ばかりを見てもダメだって気づいたんだ。あとで昔話として語られる人物になったら僕は満足できるかって考えたら、そうじゃないって思った。なにせ、その頃にはとっくに死んでるからね。そう考えたら、生きる意味なんて無いんじゃないかって思うようになった。でもさ……そんなのって悲しいじゃない? だからさ、僕は自分の生きる意味を僕が生きる時間、せいぜい八十年そこそこに求めることにしたんだ。そうやって考えていた時、答えをくれたのは君だったんだよ……シリカ」
 シリカは「えっ、あたしですか?」と驚き、ミドリたちも興味津々にマルバの話に引きつけられている。この場はマルバの独壇場だった。

「そもそも生きる意味って漠然としすぎてるでしょ。だからさ、僕はまず『生きる』ってどういうことなのかなって考えたんだ。生きるってどういうこと? 呼吸していれば生きているのか? 歩いてれば生きているのか? 食べて寝て、日中はぼーっとしている……そんなのは生きていると言えるのか? ――僕はそうは言えないと思う。人間にとって生きるとは、もっと違うことだと思うんだ」
 その時、ミドリがぽつりとつぶやいた。
「人間は考える葦である――」
「そう、その通り。人間は考え、それに従って行動する――つまり、人間の人間としての行動には必ず理由がある。そうじゃなきゃ人間とは言えないと思うよ。僕はとりあえず、生きるっていう漠然としたよく分からない行為について考える前に、まず人間の行動のいくつかを例に考えてみた。例えば――そう、勉強するという行為はどうだろうか?」

 マルバは一旦言葉を切った。全員がとりあえず自分にとっての『勉強する意味』を思い描くのを待ち、彼は言葉を続ける。
「僕は何のために勉強するのか? ……とりあえず、学校でいい成績をとるため。なんていうか単純だし微妙な答えだけど、それじゃ旅行する意味は? 読書する意味は? 歌を歌う意味は? サッカーをする意味は?」
 彼は再び言葉を切ったが、今度は全員が考えるのを待たずに再び話し始める。
「……全部全部、細々とした小さな『意味』に結び付けられているよね。それじゃあ、こういった細々としたことを全部まとめてみるとしよう。勉強すること、旅行すること、読書すること、サッカーすること……これらは、『生きること』の一例だったよね。それじゃ、そういった行動に結び付けられた目標を一つの言葉に表すと、どうなるかな」
 マルバはまた言葉を切り、今度は誰かが何かを言うまで待った。その場の皆はずいぶん長い時間考えこんだが、戸惑いながらも、その問いに最初に答えたのはシリカだった。
「……『理想のわたし』、だと思います。将来、なりたいと思う『わたし』」
「そう、そういうことだよ。だからさ、僕が考えた『生きる意味』っていうのは――」
「――『自分の理想像に近づくこと』、なんだね」
 ストレアがマルバの言葉に被せるように答えた。マルバがストレアの方を見ると、彼女はが何かとても大事なことに気づき、いたく感動しているのが分かり、彼は少し戸惑った。彼にしてみれば、百人いれば百人異なるだろう『生きる意味』の一例を挙げただけのつもりだったのだ。

「だからさ、ええっと――なんの話だったっけ。ああ、そうそう、何のために攻略を進めるか、だったね。ずいぶん遠回りしたけど、僕はようやくこの質問に答えることができる。僕は、自分が生きるために攻略を進める。これはつまり、理想の自分に近づくために攻略を進めてるってこと。そして僕の理想は――君だよ、シリカ」

 シリカが再び「ええっ、私ですか!?」と先程より大きな声で叫んだ。
「どうして! あたしよりマルバさんのほうがよっぽど――」
「人間味がなくて、理屈ばっかりの、頭でっかち」
「冗談やめてください! 中層で死ぬはずだったあたしを助けてくれたのはマルバさんじゃないですか! あたしはあの時までずっと、自分でこうやって先に進む力だって持っていなかった! あたしが始まりの街で震えてた間もずっと攻略を続けてたマルバさんがあたしを尊敬するなんておかしいですよ!」
「いや、冗談じゃないよ? 事実僕は君に会うまで、アスナも真っ青の『攻略の鬼』だったからね。見た目はそうじゃなかったかもしれないけどさ、君の言ったとおり、あの頃の僕はこの世界で生きる意味を果たして死ぬ気満々だったんだ。君が居なかったら僕はここには居ない。あの時から、僕の目標はいつも君だったんだよ。僕は君のようにまっすぐに、自分らしく生きたいのさ」
「マルバさん、バカですよ! 尊敬するならもっと他のがいるでしょう、こんなどこにでもいるようなあたしを目標にしてなんの意味があるんです!」
「僕は君がいいんだよ、シリカ。他でもない君がね」
「まだ言いますか! ああもう、マルバさんがこんなバカな人だったなんて思いませんでした、このバカ! バカバカばかぁ……!」
 バカバカバカと連呼していたシリカだったが、次第に涙声になり、罵倒の言葉も勢いを失っていった。誰かに無条件に信頼され、肯定されることが、どんなに安心感をもたらすものなのかということをシリカは初めて知ったのだった。しがみついてきたシリカの頭をマルバは優しく撫でた。


 ……さて、誰かを忘れていないだろうか。
 目の前で突如として繰り広げられたラブロマンスに対し、ミドリとストレアは気まずそうに顔を見合わせた。わざとらしくごほんごほんと咳をしてみるも、全く効果がない。ミドリは仕方なく声を張り上げた。
「おうい、お二人さん。聞こえるかい」
「――え? おわぅあ、ミズキ……じゃないや、ミドリ、ごめん。忘れてた」
 マルバは慌ててシリカから離れ、ミドリたちに正対した。
「俺達も十分聞きたいこと聞いたからもう帰るわ。だからごゆっくりどうぞ、と言いたいところだが、あいつは――アイリアは今どこに居る?」
「街に出かけてますよ。ミドリさんが来たってメールしたからすぐ帰ってくるはずです」
「そうか。それなら下の階で待たせてもらう。それじゃあな」
 ミドリたちは今度こそにやにや笑いと共に退出し、すっかり雰囲気を壊されたマルバとシリカはこれ以上イチャイチャする気にもなれず、互いに苦笑しあった。


 一方のミドリたちは、階下でマルバたちの話を聞いた感想を話し合った。
「どうだった?」
「そうだな、キリトやアスナともまた違った『生きる意味』だった。ストレアは何か気づいたか?」
「――『自分の理想像に近づくことが生きる意味』。もしそうだとしたら、私の目指すものは何なのかなって気になった。私がなりたい『私』について考える必要があるかな、って」
「なるほど……」
 頷いたミドリに対し、ストレアは昨日ミドリが話したことについて尋ねた。
「ねえ、ミドリ。君は昨日言ってた『大事なこと』って何なのか分かった?」
「……もう少しで言葉になりそうなんだが。俺達の生きる意味、俺達はなんのために生きるのか――それを考えれば、『俺達が生き残り、プレイヤーが救われない』か『俺達が消え、プレイヤーが開放される』かの二択じゃなく、何か別の、第三の選択肢が生まれそうな気がするんだ」
「第三の、選択肢……」
 ストレアがミドリの言葉をつぶやいたちょうどその時、扉が勢い良く開き、アイリアが駆け込んできた。

「よう」
「……あんたって人はぁッ!」
 アイリアが見たこともない剣幕でミドリに詰め寄り、思いっきり平手を張った。
「いッ――てぇ! いや痛くはないけどよ! いきなりすぎるだろう!」
「自業自得よ! あんた私が一体どれだけ心配したと!」
「悪かったってッ、うわぁぶつのやめてくれッ! いてぇ! お前なんかシリカに似てきてるぞ!」
「うるさいよッ! だいたいあんな手紙一つでなんの説明もなしに行くなんて、こっちのこと少しでも考えたの!?」
「だーから悪かったって言ってるだろーが! ちょっともうやめろ! ストップ!」
 ミドリがアイリアの手を握り、振り下ろされた手を受け止めた。するとみるみるうちにアイリアの目に涙が滲み、ミドリは言葉を失った。
「しんぱい、したんだからぁ……!」
 自分にしがみついて泣くアイリアの姿に、ミドリは今更ながら後悔の念に襲われたのだった。 
 

 
後書き
お久しぶりです.久しぶりすぎて忘れられているかもしれないマルバです.
この作品を通して,私は自分自身に「生きる意味」を問い直しました.そのとき思いついたいろいろなことを,作品に登場するキャラクターに喋ってもらっています.
なんだかどんどん複雑な話になっていて,ついていってくださる方も少なくなってきた気がしますが,今後もぜひよろしくお願い申し上げます! 

 

第六十一話 生きる意味:ミズキ

 
前書き
今は亡きミズキが,ミドリを通して,自らの生きた意味を語ります. 

 
「落ち着いたか?」
「うん。ごめんね、取り乱して」
「いや、悪かったのは俺だ。すまなかった」
 アイリアはやっと笑って言った。
「もういいって。それでさ、今日は何の用なの? 戻ってくる気になった……わけじゃなさそうだね」
 アイリアはミドリの同行者に視線をやり、言いかけた言葉を軌道修正した。代わりににやにや笑いを顔に貼り付け、一言。
「彼女さん?」
「そうだよ。ストレアっていいます、よろしく!」
 堂々と言い放ったストレアに対し、ミドリは慌てて突っ込みを入れた。
「なにしれっと嘘ついてるんだよ! アイリア、違うからな!?」
「あははっ、おっかしい! ストレアさんっていうの? 私はアイリアっていいます、よろしくね」
「うん!」

 あっという間に意気投合した二人を尻目に、ミドリは安堵の溜息をついた。
「アイリア……なんていうか、そんな冗談が言えるなんて、あいつのことちゃんと吹っ切ってたんだな」
「あいつ?」
「……ミズキのことだよ」
「ああ、そのこと。吹っ切らなくてどうしてよ。死んだらいつまでも引きずるなってのがミズキとの最後の約束だったからね。一晩は泣いたけどさ、いつまでもうじうじしてたら天国の彼に怒られちゃうもん。あのね、こう見えて切り替えが早いのが私の長所なんだよ?」
 にやっと笑ってそう言い放ったアイリアの姿は、ミドリにはかなり眩しいものに見えた。ミドリの奥に残ったミズキの欠片が、一度強く波打った気がした。


「生きる意味? それを私に聞きたいの?」
 少し談笑したあと、ミドリはアイリアに本題を切り出した。彼女は首をかしげて、ミドリに聞き返した。
「私より適任がいるんじゃない?」
「いや、マルバたちにもキリトたちにも、もう聞いてきたんだ。あとはお前だけだ」
「ちがうちがう、お兄ちゃんたちじゃなくてさ。ほら、彼だよ――ミズキに聞けばいいでしょ」
 ミドリとストレアは目を丸くした。
「ミズキに……?」
「そうだよ。ミドリはミズキの記憶を受け継いでるんでしょ? それなら、彼に聞くのが一番だと思うな」
「いや、それは無理だ。あいつの意識はもうすでに死んでいるから、あいつが今から『生きる意味』について考えることはない。あいつが過去に『生きる意味』について考えたことがあり、なおかつそれを覚えていれば、彼に聞く――というか思い出すことができるが、あいつはそれを覚えていないようだ」
「なにもそんな直接的に聞かなくてもいいよ。彼の生き様を、彼が生きてきた人生を思い出せば、彼が生きる意味だってわかるんじゃないかな」
 うーん、とミドリは考え込んだ。
「可能かもしれないが、しかし、それじゃ詳しいことは何も分からないぞ。そもそも何故、お前は彼がマルバたちやキリトたちよりも適任だと思うんだ?」
「当然、彼が私達に比べて圧倒的にたくさんいろんな経験をしてきて、いろんな知識を持ってて、教養もあるからだよ」

 ストレアが驚いて声を上げた。
「ちょっと待ってよ、ミズキってミドリよりも乱暴なしゃべり方だったって聞いたよ。ミドリだって本来は私みたいな標準のMHCPの言語ライブラリーに従った丁寧なしゃべり方のはずなんだけど、それが粗雑なしゃべり方になってるってことは、ミドリはミズキの言語野を通して言葉をしゃべってるってことだよね。言語野に染み付くほど昔から粗雑なしゃべり方をしてきた人が、そんな教養ある人物とは思えないんだけど」
「……いや、でもちょっと待てよ。そういえば、喋ってると妙に教養ありそうな単語が出てくることがあるな。この前、キリトたちと話してた時もそうだった。近代とかウェーバーとか。たまに誰かの格言がふっと思い浮かぶこともあるし」
 アイリアはちょっと笑って言った。
「そう、そういうこと。ストレアさんはミズキを知らないからそう思っても仕方ないかもだけどね。ミドリはもっと詳しく知ってるんじゃないの? ミズキの記憶は思い出せるんでしょ?」
「あー、悪いが、『思い出そうとしないと思い出せない』んだ。取っ掛かりがないと参照できない」
「ふーん。それじゃその『取っ掛かり』を用意しましょうか。これ、なーんだ」
 アイリアが一枚のカードを取り出した。ちらっと見せると、ミドリは衝動的に一連の文句を唱えた。
「夜をこめて、鳥の空音(そらね)(はか)るとも、よに逢坂(おうさか)の関は許さじ――ってこれ、百人一首か?」
「はい、次。これは?」
「今来むと言ひしばかりに、長月(ながつき)有明(ありあけ)の月を待ち()でつるかな――おおう、なんかすらすら出てくる」
「それじゃ、次。『あなたふと(とうと)、今日の――」
「『あな尊と、今日の尊さや、昔もはれ、昔もかくやありけむや、今日の尊さ、あはれ、そこよしや、今日の尊さ』――うわっ、これはなんの歌だ、ライブラリーに無いぞ!?」
「まだまだ。次、When daisies pied and violets blue――」
「――And lady-smocks all silver-white. これは……シェイクスピアか?」
「And cuckoo-buds of yellow hue?」
 アイリアは嬉々として続きを求めたが、今度はそれに答えたのはミドリではなかった。
「Do paint the meadows with delight, The cuckoo then, on every tree, Mocks married men; for thus sings he! ――面白そうな話をしてるじゃない? シェイクスピアの"When dises pied"だよね。懐かしいなあ」
 一節を口ずさみながら現れたのはマルバだった。シリカも彼の後に続いて、アイリアたちと同じテーブルにつく。
「トップテナーしか歌えなくて悪いね、他のパート知らないんだ。――そういえばミズキはこの歌を妙に気に入ってたね。歌詞は縁起でもないけど、リズムが楽しいって言って。ミズキの話?」
「そうそう。見かけによらず妙に教養ある人だったよねって話」
「ああ、彼はすごかったよね。彼の話を聞いて、現実に帰ったら真剣に勉強しようって初めて思ったもん」
「わたしもです! ミズキさんの話はいつも面白かったですよね」

 マルバたちも口々にミズキを褒めたので、ミドリは混乱してしまった。
「ちょっと待ってくれ。ミズキってそんなに知識豊富な人物だったのかよ……」
「あれ、疑うの? まだ続ける?」
 アイリアが笑いながら言うと、ミズキは苦笑して認めた。
「わかったわかった、認めよう。そうだな、これだけの証拠があるんだ。認めないわけにはいくまい」

「甘いよ、甘すぎるよミドリくん。蜂蜜をかけたかりん漬けより甘いよ」
 しかしアイリアは気取って否定した。
「彼が私達に語った話はなにも百人一首やシェイクスピアばかりではなかったのだよ。自然科学についてもいろいろ教えてくれたんだ。数学やコンピュータはあんまり教えてくれなかったけど、私達はもう高校範囲までの科学はひと通り勉強しちゃったよ。彼の話を聞くだけでね」
「わ、わたしはみなさんほどしっかりは理解できませんでしたけど。それでもだいぶいろいろ分かりましたよ! 高分子の話は聞いてておもしろかったなあ。ビニロンの話が一番印象に残ってます」
 現実の年齢ではまだ中学生のはずのシリカに、高校分野でもそれなりに高度な高分子化学を教えるのは至難の業だろう。シリカの理解力が高かったということもあるだろうが、なによりミズキはそこまでの能力を持っていたのだ。
「そこまでなのかよ!?」
「そう、そこまですごかったんだ。というわけで、彼に学ばない手はないんじゃないかな? 私も興味あるしね、現実世界のミズキが一体どんな人だったのか。本人からもいろいろ聞いたけど、ミズキについては知れるだけ知っておきたいもん」

 そして、ミドリに視線が集まった。ミドリも観念し、ミズキの記憶に意識を集中する。
「分かったよ、順番に思い出してみる。ちょっと時間かかるから待っててくれよな。ええと、どこから思い出したものだろうか――」
 彼は語り始める。かつてこのSAOに存在した、英雄の物語を。





 そう、彼は一言で表すなら『どこにでもいるレベルの天才』だった。多段階式大学志望者共通一次Sランク試験の成績では、偏差値にして61だった――といえば彼のだいたいの学力は伝わるだろう。もともとの記憶力や理解力も高かったが、それでも突出して高いわけではなかった。
 彼が優れていたのは、好奇心と知識欲だったのだ。彼はどこまでもいろいろな物に興味を示した。例えば彼が小学校4年のころ、誕生日プレゼントに欲しがったのは顕微鏡だった。彼はその顕微鏡で校庭の石碑にへばりついた苔を見た。水をかけると、苔から様々な微生物がうじゃうじゃと出てきて、彼はそれらをスケッチするのを何よりも楽しみとしていた。

 しかし、そんな普通の生活も中学校卒業の時に一変した。彼の父親――地元では有名なマフィアの、それなりに高い位置にいた人物――が、派閥争いに巻き込まれたのだ。マフィアに属してはいたが、彼は父親として尊敬に値する人物だった。すなわち、子供と妻を何よりも愛していた。だから、彼は妻と――愛するがゆえに――離婚し、単身派閥争いへと乗り出していった。瑞樹(ミズキ)の父親は、妻子が敵対する派閥に人質に取られることを恐れたのだ。それは派閥争いが苛烈を極め、瑞樹(ミズキ)の家に敵対勢力が乗り込んできた翌週のことだった。

 瑞樹(ミズキ)は母親の姓『翠川』を名乗り、遠くの専門学校へと進学した。そこでの彼の努力は涙ぐましいものだった。彼はディベートなどの大会に進んで参加し、様々な賞を勝ち取った。賞を得れば名前が残る。そしてそれは地元で息子を案じている父親に対し、無事に過ごしているというメッセージを送ることとなるのだ。彼は努力の甲斐あって飛び級試験に合格し、編入試験を経て帝工大の一年生となった。

 彼は大学でも勤勉だった。他学部履修(帝工大は工業単科大だが『大学間複合学部履修制度』という制度があり、他大学で文系教科の授業を受けられた)を行い、文理問わず様々な知識を身につけた。彼は更に実力を伸ばすために留学をしたいと考えたが、そこで問題が生じた。彼はそれを可能にする資金を持っていなかったのだ。仕方なく彼は一年間大学を休学し、建築の知識を生かして土木系の会社に一年間という契約で就職した。

 そして、工具類を現場に運ぶ最中、彼は突然の心臓発作に遭い――





「――事故で身体の自由を失って今に至る、というわけだ。参考になったか?」
「なんていうか、ミズキさんって、わたしたちが想像する以上に――」
「――かなり壮絶な人生を――」
「――送ってきたんだね」
 マルバたち三人はため息をついた。ストレアも言葉を失っている。

「それでどう? 何か分かった?」
 アイリアがミドリに尋ねるも、ミドリは首を振った。
「いーや、順番に思い出して行っただけだから、これ以上のことは何もわからん」
「彼の信念とか、何かないの?」
「信念? そうさなあ、うーん……多分、『後悔するな、やれることをやれ』ってところだと思う」
「確かに、全力で生きてきたって感じの人生だったみたいだね。こんなところで死ぬなんて、さぞかし無念だったろう……」
 マルバが悲しそうに俯いたが、しかしミドリは彼の言葉を否定した。
 
「それは違うぞ。これは確信を持って言える。あいつの最期の時、俺はまだMHCPとしての感情モニタリング権限を持っていたからな。彼は満足して死んだ、それだけは確かだ」

 全員が驚いてミドリを見た。ストレアが慌てて言う。
「それって大事なことなんじゃないかな? だってさ、『自分の人生に意味があった』と思ったからこそ、彼は満足して死ねたはずだもん。それが彼の『生きた意味』につながる鍵なんじゃない?」
「そう言われてみれば、確かにそうだ……! それじゃ、彼が『生きた意味』ってのは一体?」
「……きっと今ミドリさんが言ったとおりですよ。ミズキさんはいつも、自分がやるべきことを自分ができる範囲で全力でやっていました。ミズキさんの『生きる意味』は、『後悔しないために、できることはなんでもやること』ではないでしょうか」
「なるほどな……。それがかの『英雄』の『生きる意味』だったのか。……ありがとう、君たちのおかげでいろいろ分かったよ。答えが出せそうな気がしてきた……」

 ミドリは立ち上がろうとして、身体が奇妙にふらつくのを感じ、思わず机に手をついた。
「ちょっ、ちょっとミドリどうしたの?」
 アイリアが心配そうな視線を向けてくる。ミドリは大丈夫だと答えようとしたが、口がうまく動かなかった。力が入らない。そしてついに視界が暗転し―― 
 

 
後書き
ミズキの過去を淡々と公開する回でした.この人どんだけ波乱万丈な人生を送ってきたんでしょうね.
ちなみに,ミズキのモデルは私自身だったりします.(もちろん彼ほど凄まじい人生を送ってはいませんが.)
私がミズキと同じ立場に立たされた場合,恐らくミズキと同じような思考をするはずです.
マルバもまた私自身がモデルです.この作品は私の分身でいっぱいですね.

最近感想が全然書き込まれませんが,感想や批評は随時募集しております! 批評はしにくいと思いますが,作品をよりよくしていくために,何か気になった点があればぜひほんの一言でも構いませんので書いて頂ければと思います.


さて,裏設定行きましょうか!
作中にて,ミズキの学力は『多段階式大学志望者共通一次Sランク試験の偏差値が61』と表現されています.

『多段階式大学志望者共通一次試験』とは,現在の大学入試センター試験の改正版です.2018年度に開始した『多段階式大学入試センター試験』を元に,2020年度に開始しました.人工知能の発達により,完全記述式の問題の採点を機械化しています.
生徒はC~Sの4つの難易度のテストのうちひとつを選択し,難易度に応じた全教科の複合問題を最大8時間かけて解けるだけ解きます.年に6回行われるので,生徒は何度でも挑戦することが可能になっています.加点式の問題であるため,最高点と最低点の差が大きく広がるのが特徴です.
基本的にたくさんの科目を用いて受験する学生用に設計されているため,私立大の一部はセンター利用入試を諦めました.

Sランク試験というのは,主に中上位の旧帝国大学および国立大学医学部受験者を対象とした試験です.
合格者最低点の偏差値の目安は以下のとおりです.
東大:偏差値70
京大:偏差値65
外語大(英):偏差値62
帝工大:偏差値60
一橋:偏差値60
国立大医学部:偏差値58
阪大:偏差値57
名大:偏差値51
東北大:偏差値49

偏差値がだいぶ低く設定されていますが,これは日本で最も難しい大学を受験する人たちだけが受ける試験ですので,この数値で間違いありません.主に医学部を目指す学生が他の学生の偏差値を引き下げています.
阪大名大東北大あたりは,この時代でも相変わらず競り合っているイメージです.SAO開始ちょっと前に日本人の語学系のノーベル賞受賞者が出て,語学系学部の人気と偏差値が上昇しました.このノーベル賞受賞をきっかけに,日本の語学教育が盛んになりはじめます.

帝工大って原作にも登場しますが,要するに東京にある某国立工業大学のことだと私は認識しております(笑) 

 

第六拾弐話 コハレタセカヰ

「――ミドリ、ちょっとミドリってば、大丈夫!?」
 誰かが肩を揺する。彼は目を瞬かせ、頭を振った。次第に意識がはっきりしてくる。
「ねえってば! ちょっといきなりどうしたの」
「わりぃ、ちょっとぼうっとしてただけだ」
「もう、しっかりしてよね。少なくとも今日だけはさ」
 彼女は少し笑って言うが、無理していることがわかる笑い方だった。
「そうだよな。――もうこんなに壊れちまったが、それも今日までだ」
 ミドリは部屋を見渡して言う。ひっくり返った椅子は半分以上がテクスチャを失いのっぺらぼうになっていて、座標が固定されてしまったため起こすこともできないし、そもそも起こせたところで大小様々な結晶がつきだしているため座る気にはなれない。ベッドには進入禁止を表す赤い半透明の直方体が陣取っているため、彼は最近床で寝るしかなくなっていた。壁もあちらこちら剥げて、青い半透明の壁材が飛び出してきている。彼女も周りを見渡し、ため息をついた。
「カーディナルシステムも明後日で連続稼働47年になるもんね。むしろここまでよく保ったって褒めてあげるべきかもしれないね」
「四年前までは普通だったのにな。エラー訂正プログラムの偉大さが分かるってもんだ」
 ミドリはよっこらしょと身体を起こした。彼の右脚や左肩もすでにテクスチャが失われて、青白い半透明の筋組織がむき出しになっている。ミドリは彼女よりも崩壊が少し早く進んでいるようだ。
「この部屋も放棄するしかないな。青いやつにすっかり侵食されちまった。明日からフィールドで寝るか」
「明日は来ないかもしれないよ」
「――そうか、この鉄の城の役割も終わりか。もうほとんど海に沈んじまったし、潮時だな」
 この九十八層にも海水が染みこんできている。海水とはいうが、それはプレイヤーが勝手に付けた名称にすぎない。下層から順に出現した『NO DATA』と書かれた黒い無数の直方体を、便宜上海水と読んでいるのだ。アバターが海水に触れると触れた部分が消失するので、危なくて近寄ることもできない。

 彼はドアを開けようとしたが、しかしそのドアは開こうとしなかった。蝶番に赤い半透明の直方体が張り付いている。
「あれっ、開かないぞ」
「えっ、ほんと? さっき私が入ってきた時は大丈夫だったのに」
「まじか……どうしよう」
「窓を破壊するしかないんじゃない? 扉は赤だけど、窓は青だから数分間は壊せると思う」
 赤い半透明の直方体は破壊不可だが、青のそれは破壊することができることもある。もっとも、一度破壊したところで数分後にはより大きくなって復活するので、できるだけ破壊したくはない。
 彼は大きめの結晶が突き出している机を足台にして窓に歩み寄った。窓枠に海水が付着しているため触らないように気をつけながら、窓にくっついた直方体を叩き割る。
「ほら、急いでいくぞ」
 彼女に声をかけてから、彼は窓の外へと身を躍らせた。ここは3階なので、ある程度の落下ダメージは覚悟しなくてはなるまい。すでにHPの回復手段は失われて久しいので、彼のHPはここ一年ほど黄色いままだ。彼はこの跳躍によってHPゲージが赤く染まることを覚悟した。


「よう、見送りに来たぜ」
 ミドリが声をかけると、ベッドに横たわるプレイヤーが顔を上げた。彼女の横で椅子に座っていたプレイヤーも、片手を軽く挙げて挨拶する。
「来てくださったんですね」
 ベッドに横たわる少女――外見は少女だがすでに60歳を超えている――は掠れた声で応えた。
 かつて『竜使い』と呼ばれた彼女も、すでに相方の小竜はAIへの過負荷で消失してしまい、今やビーストテイマーとは呼べなくなっていた。傍らの少年の膝の上に丸まっている毛玉も、背中にいくつもの結晶が張り付いてしまっていて、満足に動くことはできない。
 少年が毛玉をこわばった右手で撫でると、毛玉はなんとか首を持ち上げ、つぶらな瞳で飼い主を見つめた。しかし少年はそれを見ることすらできない。視力を失っているからだ。

 ミドリの後に続いて女性が入ってきた。かろうじて花とわかる形状の物質を持っている。ストレージは半年前から機能しないので、ミドリの部屋からここに来るまでのどこかで摘んできたのだろう。
「ストレアさんも、ミドリさんも……わざわざありがとうございます」
「なに、気にするなって。どうせ暇なんだ。お前らが最後だしな」
「……そうか、わたしたちが最後なんですね。そっか、これで終わっちゃうんだ」
 少女は悲しそうに笑った。少年が少女の手を握ると、彼女は少し驚いて少年を見、そして彼の手を握り返した。
「……それでも、僕はこの世界に来れて幸せだった――って言ってますよ」
 少女が少年の言わんとしたことを通訳すると、ミドリは悲しそうに俯いた。
「こんな最後でも、幸せだったと言えるのか……」
「わたしも、この世界に来たことを後悔なんてしません。ここに来れたからマルバさんに逢えたんですから。それを思えば、こんな最期も悪くないって思います」
 ミドリの頬を涙が伝った。そんなミドリに代わって、女性は少女に花を渡す。
「これ、あげるね。本当はすべて終わってから渡すつもりだったんだけど――シリカちゃん、お花なんてしばらく見てないでしょ」
 少女は花に対し目を凝らした。ディティール・フォーカシング・システムの起動を十数秒間待った後、彼女はようやくその花をとらえた。
「わあ、ありがとうございます。これは――グラジオラス、ですか。珍しいですね」
「最近じゃ、タンポポとかも殆ど見かけないもんね。園芸種なんてそれこそ珍しいよね」
 女性はふふっと笑った。少女も楽しそうな笑みを浮かべたが――すぐに、その笑みが凍りついた。少年の手を強く握りしめる。
「うぐっ……そろそろ、みたいです」
「……もっと、お話したかったな」
「わたしも、です」
「向こうに行っても、達者でやれよ」
「ミドリさん、こんな時まで、相変わらずですね」
 少女は無理に笑顔を作った。少年の手を更に強く握る。少年が何か言いたげに口を開いたが、何の言葉も出てこなかった。
「マルバさん――わたしも、です。あなたに会えて、良かった。また、会いましょう」

 彼女はゆっくりと目を閉じると……がしゃーんと大きな音を立て、青い破片となって砕け散った。三年前まではディスコネクション警告が出たものだったが、今や文字化けしてしまって残された文字を読むこともできない。いずれにせよ、この世界に残された命が一つ、散っていったことは確かだった。

「くそッ……! 俺はまた失ったのかッ……!」
 ミドリが床を強く殴りつけた。すると彼の左腕が砕け散り、彼は唖然として自分の腕を見つめた。
「まじかよ……崩壊が一気に進んじまった。あと残ってるプレイヤーはお前一人だな、マルバ」
 ミドリが少年に向かって話しかけるが、当然のように返事は無い。ミドリがそちらに視線を向けると、彼の膝の上の毛玉が、ばたばたともがいているのに気づいた。少年は毛玉をゆっくり撫で、すっと目を閉じ……
 なんの前触れもなしに、ただ少女の後を追うように――砕け散った。


 最後の二人のプレイヤーが死んでいった次の日、アインクラッドが崩壊を始めた。残っているのは海水による侵食を免れた九十八層以上だけだったので、全百層が崩壊し終えるまでの残り時間は短かかった。
「準備はいいか」
「……うん」
「もう何の意味もないかもしれないが……それでも、この世界で消えていったプレイヤーたちの無念を晴らすため! 行くぞ!!」
 ミドリが第百層『紅玉宮』の扉を開け放つと、ごごごごご……と不気味な音を立て、ボス部屋の中央に死神のシルエットが浮かび上がった。ミドリたちは全力で駆け出していく。仮想の関節が悲鳴を上げ、ただ走るだけでアバターからポリゴンの欠片が剥離して砕けた。
「うおおぉぉぉォォオオッ!!」
 ソードスキルはもう一年も前に起動できなくなっている。ミドリはただこの世界への怒りを剣に乗せ、モンスターへと叩き付ける。女性もミドリに続いて大剣を振るったが、しかしモンスターのHPは一ドットたりとも減ることはなかった。
 モンスターが鎌を振り上げ、横払いに一閃する。ミドリは伏せて回避し、女性は一歩下がったが、しかしぎりぎり回避し損ねた。一瞬でHPを0にして砕け散る。
「くっ……そおおおぉぉォォッ!」
 ミドリが吠えた。二閃目の鎌を盾で振り払うと、彼は盾をモンスターに向かって投げ捨てた。床を蹴り、拳を叩き込む。モンスターが鎌を振り上げたが、その攻撃をミドリは右手で掴みとった。HPがぐっと減り、残り数ドットほどになる。しかし彼はHPバーに構わず敵の鎌を奪い取り、相手を切りつけた。何度も、何度も斬りつける。それを何十回も続けた後……砕け散ったのはモンスターの方だった。

「ははっ……勝った。勝ったよ、勝っちまった! こんなにあっけなく! ……なんだ、俺が参加してれば勝てたんじゃないか。一体俺は……なにをしていたんだ。クリアして消えるのが怖くて、ボス戦に参加しないだなんて! 俺の『生きる意味』は何だったんだ! こんな終わり方ほど、意味のない人生があるかよ!!」
 ミドリは高笑いした。ついに紅玉宮までもが崩壊を始める。床が抜け、壁が壊れ、全てが黒い海水へと吸い込まれていく。世界が終わる直前、彼は手にした鎌で自らの命を刈り取った――





「――ッ、ミドリさんッ!」
 ……誰かの呼ぶ声が聞こえる。視界が次第に明るくなり、彼は自分を覗きこむ少女の姿を見た。
「ミドリさんッ!」
「あー、うるさい。頭に響く」
「ミドリさん、大丈夫ですかッ!?」
「だから叫ぶなって、シリカ」
 ミドリはなんでもない風を装って、起き上がった。昨日死んだはずのシリカが自分を覗きこんでいる状況が理解できない。
「シリカ、お前なんでここにいるんだ? お前は九十八層のあの部屋で……」
「……ミドリさん、本当に大丈夫ですか? いま、最前線は九十二層ですよ」
「いきなりそんなこと言い出すってことは、変な夢でも見てたの?」
 少年が少し面白そうに言うと、少女は彼を睨みつけた。
「冗談言ってる場合じゃないです! あんな倒れ方して、ただ寝てたわけがないじゃないですか! ストレアさんも意味不明なこと言ってますし、ああもう、一体どうしたら!」
「……マルバ、お前二年前に怪我して以来喋れなかったはずじゃ……?」
「本当に何を言ってるんだい、ミドリ」
 ミドリは頭を振った。なんとなく事の全貌が見え始めたが、確信が欲しくて更に尋ねる。
「……おい、今年は2069年だよな?」
「なにそのでたらめな数字。2025だよ、2025年」
 ミドリはしばし考え、そして高笑いを始めた。
「あはっ、あはははははは!!」
「ちょっ、いきなり大声で笑わないでくださいよ、なんなんですか!」
「いやっ、これが笑わずにいられるかよ! だって、あんなおっそろしいゲームエンドが――」
 ――ただの夢だったなんて。それを確信すると、あまりの安堵感に涙が出てきた。
「笑ったり泣いたり、忙しい人だね。そろそろどういうことだか教えてくれないかな」
 マルバが呆れ返って言ったが、ミドリはそんな彼には構わず泣きながら笑い続けた。 

 

第六十三話 生きる意味:ミドリ&ストレア

 
前書き
お久しぶりです。1年弱ほったらかしにしていて大変すみませんでした。
ほとんどの読者さんは今までの展開を忘れていると思います。もしお時間がありましたら、第五十八話「仲間を敵に回す覚悟、自分の命を失う覚悟」から読んでいただけると分かりやすいかと思います。

【これまでのあらすじ】
マルバの仲間であるミズキは,茅場晶彦との壮絶な戦いの果てに死んだ。しかしカウンセリングプログラムと融合することで、彼はミドリとして生き返っていたのだった。ミドリは新しい仲間であるシノン、ストレア、イワンと共に行動することになるが、ある時、ストレアが実はコンピュータプログラムであったことが判明し、そしてミドリはゲームクリアの果てにミドリとストレアは存在自体が消去されるということを知ってしまう。消滅をまぬがれるためには、ゲームのクリアを阻止するしかないのだろうか。プレイヤーにそれぞれの生きる意味を聞いてまわるうちに、ミドリは、すべてのプレイヤーが死んでゆく悪夢を見た。

 

 
「おそらく、MHCPのシミュレーション機能のひとつですね」
 先ほどの夢について聞くと、ユイは確信を持って答えた。しかしストレアは意味が分からずに聞き返した。
「シミュレーション機能?」
「ええ。そもそもMHCPは人間を対象に様々な行動を起こすプログラムですので、間違いは許されません。従って、事態を悪くする行動を起こさないためにいくつもの対策がなされています。そのうちのひとつです。やるべきことで悩み、それがAIに一定以上の負荷を与えた時、その選択がプレイヤーにどんな影響をあたえるのか、不確定要素を適当に設定して最悪の状況をシミュレーションするんです。それによって、最悪の事態を回避するためにどのような行動を起こせば良いかを考えることが可能になります」
「それであんな悪夢を……」
「ええ、多分そういうことです。ミドリさんでもMHCPの根幹機能はちゃんと生きてたんですね。……そういえば私もシステムに閉じ込められてモニタリングだけしてた時にはしょっちゅうやっていました。いくら最良の選択肢が分かったとしても、結局なにもできなかったので、余計に崩壊を早める結果になりましたけれどね。ストレアさんたちは一体何で悩んでいたんですか?」
 ストレアが返事に困ってミドリを見ると、ミドリは頷いて言った。
「ストレア、そろそろ決断できただろう。こいつらにも話さないか?」
 ストレアは戸惑いながらも……しっかりと頷いた。


 ミドリたちは事情を話した。自分がAIである故に、ゲームクリアと同時に死ぬのは避けられないということ――。あまりのことに、その場に集まったマルバたち元《リトル・エネミーズ》の面々、ミドリとストレアが倒れたと聞いて駆けつけてきたシノンとイワン(ミドリとストレアが抜けた後も二人パーティーで攻略を続けていた)、そしてキリトとアスナは言葉を失った。ユイだけがもっともらしく頷きながら感想をもらす。
「やっぱり悩みますよね。わたしはパパとママが無事ならそれでいいので、その二択で悩むことはありませんでしたが」
「ちょっ、ちょっとユイちゃん! 私だってユイちゃんが死んでまでこの世界をクリアしたいなんて――」
「そうは言わせませんよ、ママ。ママたちはこの世界を出なければいけません。もしわたしのためにクリアを諦めるのなら、わたしはなんのために生まれてきたんですか。わたしの願いは、ママとパパがずっと仲良く暮らせることなんですよ」
「ユイ……お前は……」
「そんな泣きそうな顔しないでください、パパ。わたしを向こうの世界で展開してくれるんでしょう?」
「……ああ、必ず」
 そう約束しながらも、キリトにだって分かっていた。ユイを現実世界で展開することはできない。どんなOSで動いているのかすら分からないこのSAO規格で作られたAIを展開する方法など、彼に思いつくわけがないのだ。それでも、できることはなんでもやってみようと彼は決意した。

「それで……ミドリたちはどうするか決断できたの?」
 アイリアの問いかけに対し、ミドリとストレアは確信を持って頷いた。
「ああ、決めた。もう迷わない」
「私も。こうなるんじゃないかな、とは思ってたけどね」
 二人は互いをちらりと見たあと、全く同じ決意を言葉にした。

「俺はお前たちと一緒にクリアを目指す」
「私もみんながクリアするのを手伝う」

「俺は、俺の『生きる意味』は――プレイヤーがこの世界を出ること、だ。何故なら、俺にはそれ以外に何も残せないからだ。俺がここで死ぬことは決定事項だ。それなら、俺は『自分のあるべき姿を追い求めたい』。俺が『自分らしくある』とは、システムに隷従するプログラムとしてこの城を守ることでは決して無いし、ましてや自己犠牲の精神で自分を殺し、プレイヤーを開放する英雄になりきることでもない。……俺は『みんなを守りたい』んだ。今まで世話になったみんなに報いたい。それに、ここでみんなの助けをすることなく、俺の知らないところでこの世界がクリアされたら、俺は『なにも為せなかった』ことになる。それは『悔やんでも悔やみきれない』ことだろう。だから俺は――俺自身の意志を持って、この城の開放を目指して戦う! それが、『俺達が生き残り、プレイヤーが救われない』でも、『俺達が消え、プレイヤーが開放される』でもない、第三の未来――『俺がやるべきことを為して死に、プレイヤーも開放される』、その選択だ!」
「私はずっと悩んでいた。私自身がやりたいことを見つけられないまま――。でも、そんなのはちょっと考えればすぐに分かることだったんだ。ただ、『プレイヤーの邪魔をするか、あるいは何もやらずに、クリアを認めないで、結局は死んでいく自分』と、『みんなと肩を並べて戦い、希望を持って死ぬ自分』のどちらを目指したいを考えれば。私は――『自分を殺してまで、生きていたいとは思わない』! 私が望むのは、『真に生き続ける自分』よ!! ただ流されるのではなく、自分で選択し、自分で進む道を切り拓く……私はそうやって生きていく!」

 二人の命がけの決意は、その場の皆の魂を震わせた。生きるか死ぬかの選択を前に、目を閉じ、耳をふさぎ、口を閉ざすものがどんなに多いことか。彼らも一時はそうなりかけたのだ。それでも立ち上がり、自らの全存在をかけて答えを追い求めるその姿のいかに力強いことか! いかに尊いことか! 身体は人間ではなくても――人間というものの強さを、彼らは圧倒的存在感をもって示していた。

「なんていうか――すごい」
 アイリアは何の意味もない感想を漏らしたが、他の皆も頷いて同意した。どんな言葉を並べても彼らの決意の前では無価値だった。
ありがたしとも世の常なり(滅多にないほど素晴らしいなどという言葉では言い表せない)――とミズキだったら表現しただろうね」
 マルバは感動しながら言った。ミドリとストレアの言葉は、まさにそれ以外に言いようがないほどの力を持っていた。
「ぐすっ、なんか涙でてきちゃいました……」
 シリカは思わず涙ぐんでいた。マルバが少し笑いながらシリカの頭を撫で、マルバの使い魔のユキがシリカの膝の上にぴょんと飛び乗った。
「ずっと一人の強さを求めてきたけど、なんか間違ってた気がしてきたわ……」
 シノンも少し呆然としている。圧倒的な強さを見せつけられ、彼女は自分の価値観すら揺さぶられていた。
「これが、思いの強さってものなのかもしれませんね」
 イワンがぽつりとつぶやいた。彼は共に上層へ上り、そして死んでいった二人の仲間のことを思い出していた。彼らもまた、自分の想いに従って生き、そして死んでいったのだろう。
「ミドリたちがこんなに頑張ってるんだから、わたしたちも頑張らないわけにはいかないよね」
 アスナが気合を入れると、キリトも頷いて同意した。
「ああ、その通りだ。――よし、このままミニレイド組んで攻略いくぞ! 目指すは九十二層のボス部屋到達だ!」
 キリトの叫びを受け、真っ先に大声で応えたのはユイ。
「おおー!! って言ってもわたしは応援しかできません……。みなさん、頑張ってー!」
 その一所懸命な応援に、皆は掛け声で応えた。宿屋に大声がこだました。


 九時間後、迷宮区すら発見されていなかったはずの九十二層においてボス部屋が発見され、ボス戦に必要なクエストも全て達成された。それはSAO初の快挙として後に語り継がれたという。 
 

 
後書き
死んででも守りたいもの、死ぬまでに達成したいことが、あなたにはありますか。人はそれを「人生の意味(Meaning of life)」と呼び、それを言葉にしようと古来より努力を重ねてきました。

実はこの小説で人生の意味を扱うのは初めてではありません。マルバくんの人生の意味は、最初は「自分の存在した証を残すこと(第十四話 サチ)」でしたが、シリカに会ってそれを達成していたことに気づき、「理想像に近づくこと(第六十話 生きる意味:マルバ&シリカ)」に変化しました。

私自身の人生の意味はというと、マルバくんの最初の人生の意味に近いです。私は他の人が見つけていない何かを見つけたいと思っています。いつ死ぬかなんて分からないので、はやく達成したいものですね。


次回はラスボスとの戦いです。 

 

第六十四話 会敵

 
前書き
ついに最後の戦いです。 

 
 シリカに続いて部屋に入ったマルバが最後の一人だった。あたりを見渡すと、3Qの戦いを勝ち抜いた者達のほとんどが再び結集し、更に3Qの戦いには参加しなかった者も何人か新しく集まっている。紅玉宮の前には、3Qの戦い直前に似た緊張が張り詰めていた。

 ――そう、これが最後の戦いである。これまで必死に戦ってきた意義はここにあった。
 マルバとシリカの姿を確認したアスナが、彼に向かって小さく手を振った。マルバが小さく振り返すと、彼女は唇の端に笑みを乗せた。彼女の脇にはユイが控えている。アスナとキリトの最後の戦いを目に焼き付けるために来たのだろう。
 マルバとシリカが部屋の半ばまで進み出ると、見知った仲間が声をかけてきた。

「いよいよだな。準備は大丈夫か」
 ミドリが緊張した声で尋ね、マルバは当然だと頷いた。ミドリの肩でフウカが鋭く一声鳴き、ピナもそれに答えるように鳴いた。
「もう、そんなの当然でしょ。いつもどおり、万全の状態で望むだけだよ」
 横から口を出してきたストレアに対し、シリカがその通りですと微笑みかけた。
「死んでいった仲間たちの遺志、ここで果たそうね」
 ギルドリーダーのサチが決意を口にする。マルバとシリカは、他のギルドメンバーと共に頷きあった。
「勝って、生きて帰る。約束だよ」
 アイリアの言葉に、マルバは決意を新たにする。ここで生きて帰らなければ、一体いままで何のために戦ってきたのか分からない。
「これが最後です。――向こうでもまた、友達になりましょう」
 イワンが微笑みかけると、シノンは少し心配したようにミドリとストレアの方を見た。彼らは現実世界に戻ることはできないのだ。ミドリとストレアは顔を見合わせると、寂しそうに笑い――明るい声で返した。
「俺がいたこと、忘れないでくれよな」
「たまには思い出してよね!」
 当然だと、皆は頷いた。

「皆さん」
 アスナが声を張り上げると、あたりの緊張が更に高まった。皆の注目が集まる。
「私達は、今日のために今まで戦ってきました。これが最後の戦いです。……私が言うことはもう、なにもありません。私達の希望を――見せつけてやりましょう! 全員、生きて帰るんです! 準備はいいですか!」
 その場の全員が声を張り上げて返した。アスナは力強く頷き、皆に背を向け、扉の前に立った。
「――明日のために! 行きますッ!!」
 扉が、開け放たれた。


 モンスターのHPの一番上のゲージを削りきったとき、おかしい、と誰もが感じていた。
 ラスボスの割には、弱い。
 そう、弱いのだ。九十九層以前のボスよりは確かに強く、十分脅威的ではあるものの、この程度であれば3Qのような凄惨な戦いにはなり得えない。これ以上何かがあるなどと信じたくはなかったが、その場の誰もが『これ以上の何か』に怯え、慎重に戦いを続けていた。

 “何か”が起こるとしたら、それはきっとHPが五割を割った時ではないか――アスナはそう考え、ブロック隊のHPを九割以上保ちながら戦うよう、指示を出していた。
「五割、切ります! みんな気をつけて!」
 アスナの声に、ブロック隊の面々が二歩下がり、盾を構えた。ダメージディーラーはブロック隊の後ろに下がり、武器を構えて攻撃に備える。

 果たして――“何か”が起ころうとしていた。巨大なフーデットマントの姿のラスボス、“The Hollow Avater”が、空っぽの両腕を天に掲げたのだ。
 その瞬間、その場の全員が“イヤな予感”を感じた。身体が勝手に動き、ボスから更に一歩下がる。強い生命の危機の感覚に、逃走態勢に入ろうとする。しかし逃げる訳にはいかない彼らは、自分の身体を精神力で制御し、ボスに向き直った。この戦い、勝って帰る――その強い希望を胸に抱いて。

 その希望が、一瞬ののちに絶望に取って替えられるとも知らずに。

 ボスモンスターの固有名称、“The Hollow Avater”の表示が変わろうとしていた。アルファベットが次々と入れ替わり、書き変わり、より長い一つの文字列を形成しようとしていた。それと共にボスの姿が次第に変化してゆく。フーデットマントの内側のあちらこちらがごつごつと隆起して、その姿がどんどん大きくなってゆく。やがて天井近くまで肥大化したそのモンスターは、フーデットマントを引きちぎった。

 カランカラン、と乾いた音が立て続けに響いた。その場の誰もが声を発することもできず、凍りついた。更に何人かの手から武器が滑り落ち、床に転がった。誰も拾おうとすらしなかった。

 その巨体は、その場の全員が戦意を喪失するのに十分なほどにおぞましい外見を持っていた。軟体動物のような吸盤状の突起が多数生えた腕を見ただけで普通の人は胃の中の物を全て吐き出すだろうし、またカビのように地面に同化しずるずると這いまわるその脚を見ただけで普通の人は気を失うだろう。何よりもひどいのはその顔面である。タツノオトシゴに似た形状をし、フジツボらしきものがびっしりと張り付いているかのようであり、妙にヌメヌメと光っているその姿は、普通の人ならば一目見ただけで正気を失い、自殺を図るはずだ。
 その場にいるのはみな強い精神力を持つ歴戦の戦士たちであったため、膝をついたり、ただ立ち尽くしている程度の人が多く、気絶するものは半数程度にとどまった。しかし、巨体がその両腕を振るい、そのたびに一人づつ命の灯火が吹き消されていくというのに、誰もなにもできなかった。何をしても勝てない相手だと、本能的に悟ってしまったからだ。外見上のまやかしに囚われて、正常な判断を完全に奪われ、ただ絶望して死を受け入れていた。

 ――いつの間にか、ボスの名称である“The Hollow Avater(空っぽの仮想体)”の文字列は、最凶の存在を表す“Nyarlathotep the Crawling Chaos(這い寄る混沌)”へと書き換えられていた。 
 

 
後書き
さて、きっとこのような展開はさすがの皆様でも予想しなかったのではないでしょうか。

解説を加えますと、Nyarlathotepとは、アメリカの小説家ラヴクラフトらが作成した人工神話体系「クトゥルフ」に出てくる架空の神性です。ラヴクラフトらの小説では、Nyarlathotepなどの神性に出会ってしまった人々は、その「宇宙的恐怖」にあてられたためか、狂人として描かれています。
このクトゥルフ神話をもとに作成されたTRPG「クトゥルフの呼び声」はTRPGの中では非常に有名です。このゲームのなかで、探検者たちはクトゥルフ神話に関するものを見たり聞いたりした際、その宇宙的恐怖にあてられて正気度SANを失います。このSANの減少値を決めるのが有名な「SANチェック」です。SANチェックによって減少した正気度が多いと、探索者は「一時的狂気(パニック)」あるいは「不定の狂気(精神異常)」に陥ります。

とまあ、いろいろ書きましたが、要するにNyarlathotepとは、見た者が圧倒的な恐怖で理性を失うような存在です。次話では、マルバくんたちが正気を失っている様が描写されます。


それでは裏設定いきます。
アインクラッドでのボスは、適正レベル帯のプレイヤーたちが戦って50%以上の確率で勝利できるように制限がかけられています。茅場を失って暴走したインフィニティ・モーメント編のカーディナルシステムもそれに従って100層のボスモンスターを作成しましたが、プレイヤーのレベルがあまりにも高くなりすぎたため、このまま戦闘を開始すると、ボスモンスターがたやすくプレイヤーに撃破されてしまうことが分かりました。
そこでカーディナルシステムが思いついたのが、外見を恐ろしくすることでプレイヤーの勝率を下げることでした。稼働中のMHCPの力を借りて、恐怖の感情を最もよく引き出すような外見のモンスターを作成したのです。こうして最恐のボスモンスターNyarlathotepが生まれました。 

 

第六十五話 狂気

 
前書き
Nyarlathotepの宇宙的恐怖にあてられたマルバたちが狂気に陥ります。 

 
 フーデットマントの下がぼこぼこと盛り上がり、天井近くまで大きくなっていくのを見ながら、シリカは右手に持った短剣を握り直し、息を呑んだ。ついにボスが真の姿に変わっていく。途中で変身するボスは珍しいものの、下層でも何回か見かけたため、シリカは落ち着いて変身を見つめていた。
 そしてついにモンスターの動きが止まった。初撃はブロック隊が受け止め、その後ダメージディーラーが攻撃を仕掛ける手はずになっている。彼女は姿勢を低くして攻撃態勢を取った。

 ――ボスがマントを引きちぎり、マントの下に隠されていた見るもおぞましい姿をさらけ出すまでは。彼女の目線の高さからはモンスターの頭は見えず、ただその胴体を横から見ただけだったが、それでも彼女の動きを封じるには十分だった。

 仮想世界ではありえないはずなのに、背筋に鳥肌が立つのを感じた。吐き気がこみ上げ、あわてて口元を抑えたため、武器を取り落としてしまった。乾いた音をたてて転がってゆく武器を気に留める余裕はまったくなかった。今すぐ背中を向けて逃げ出さなければいけないのに、身体が全くいうことを聞かない。恐怖で膝から力が抜け、その場にへたり込むが、視線だけはどうしても外すことができなかった。
 ここで死ぬという現実を理解してしまった。むしろすぐに殺してくれと願った。こんなおぞましいものをこれ以上見るのはどうしても不可能だった。視線が外せない以上、今すぐに死ぬことが最も現実的な理想的な解決方法に思えた。短剣で自害しようと考えて初めて、彼女は武器を取り落としていたことに気づいた。しかし落とした武器を拾うために視線を下げることはできなかった。

 これまで戦ってきた意味、隣にいる恋人、明日を共に迎えることを誓った仲間、どれもどうでも良かった。なぜなら彼女はここで死ぬのだから。命乞いをするべきかと一瞬考えたが、どうせ無駄だとすぐに分かってしまったため、すぐに諦めた。命乞いなど受け入れられないし、殺してくれなどと言っても通じやしない。そう、自分の意志でこの現実的絶望から自分を解き放ってしまわなければ、わたしは人間らしく死ぬこともできない。私がいまここで自分の命を自分で奪うことこそがいちばんいい理想的なことでここでシぬことでわたシはこの苦しみからも、このSAOに囚われた苦しみからも逃れてただ自由にいつもの現実世界へと帰っていくことができるんだからわたシはいまここでわたシ自身のイシでシななきゃ――

 突然、高い音が響いた。固定されていた視界のなかに、大きな影が飛び込んできた。シリカの方へ繰り出された攻撃を何者かが盾で防いだようだ。もう一人、長い武器を持った人物が、盾使いの脇から攻撃を仕掛けるのも見た。
 みんな死ぬんだからどうせ無駄なのに、とシリカは思ったが――

「立ち上がれ、俺たちの希望よ! お前らは俺が守る、必ず現実世界に帰してみせる!!」
「あなた達の人生をこんなところで無駄にしちゃダメ! 立ち上がるのよ!!」

 その叫び声が、空気を震わせた。シリカはようやく、名状しがたいソレから視線を外すことに成功した。ミドリとストレアが必死でプレイヤーを守ろうと動き回っているのを捉えた。
 彼らはただわたしたちだけのために、あんな恐ろしいモンスターと戦っているんだ。それに気づくと、シリカの中にようやく『するべきこと』ではなく、『したいこと』を考える余裕が生まれた。

 ――わたしは、自分らしく生きたい。
 ――守られるだけは嫌だ!
 ――守るだけの力が欲しい……!

 いつだったか、マルバと出会い、自分が生きる意味を再確認したときの思いが、再び蘇ってきた。
 そう、たとえ力及ばず死ぬことになろうとも、ただ殺されるのは『わたしらしくない』。かつて、彼女は守る力が足らず、何もできない自分に絶望したことがあった。今、彼女には力がある。無力だったころの自分ではない。せっかく手に入れた守る力を使わずして、彼女は『わたしらしい』生き方で生きたと言えるのだろうか? たとえ死が避けられないとしても、『わたしらしく』生きるために、一番やりたいことはなんだろうか?

 気づけば、彼女は一歩踏み出していた。足元に転がった短剣を拾い、ミドリたちの元へ駆け寄る。おぞましい姿のモンスターをまともに見ることは相変わらずできなかったが、それでも仲間たちと肩を並べ、大切なものを、大切な人を守るために戦いたいという気持ちが、彼女をつき動かしていた。


  †


 一体僕は何をしているんだ……?
 マルバは圧倒的存在を前に立ち尽くしていた。ふと目を下げれば、彼の両手には反抗の証である武器が握られていて、彼はそれをたまらなく不可解に感じた。この存在を前に、彼のような小さな存在が一体何ができるというのか、彼には全く分からなかった。自然と手が緩み、両手から短剣が滑り落ち、床を転がった。武器が転がってゆく様子を、彼は無感動に眺めた。
 ああ――なにもかもが、どうでもいい。このまま死ぬのは明白だったし、彼はそれに甘んじるつもりだった。彼は今、ここまで昇りつめた自分を誇りに思っていた。ここで死んでも本望だというような気分にすらなっていた。やれることはやった、それでどうやっても勝てない敵に出くわして死んだ、十分じゃないか、と。これは逃げではない。相手の強さを認め、敗北を受け入れる、ただそれだけのことだ、と。

 だのに、まだ諦めない、諦めの悪いヤツもいるものだ。
 マルバは、これほどまでに圧倒的なその存在を前に、まだ反抗心を捨てない仲間たちを、好奇と、わずかばかりの軽蔑を含んだ視線で見つめた。現実を認識していないからあんなことができる、ただそれだけのことだと、マルバには分かっていた。やるべきことは全てやった、もうできることなんてないのに、と。

 彼は自らの死が不可避だと認識したあと、自らの短い生涯を振り返っていた。彼の人生は短いながらも、常人に比べはるかに多くの経験を積んできたことは確かだった。彼は葵の命を救ったことや、SAOでシリカと出会ったことを人生の中で最も素晴らしい一幕だったと考えた。そう、このような状況で死ぬことになろうとも、自分はシリカと出会えたのだから、SAOに入って良かったと胸を張って言える……

 ――しかしマルバの思考は、当の本人であるシリカによって遮られた。
 短剣を構え、まっすぐに駆け込んでゆく。敵が強攻撃の後に硬直した隙を狙って弱い一撃を加え、そしてすぐに離脱し、次の機会を伺う。マルバが過去に彼女に教えた強敵に対する戦法の一つを、彼女はいままさに実践しているところだった。
 彼女は強かった。敵は強い、しかし味方は殆ど倒れてしまったという窮地の中で、まだあの強敵に立ち向かうだけの精神力を持っている。彼女らしいな、とマルバは思った。つい先程、ミドリたちを少しばかり軽蔑したことを恥じた。現実を認識することを拒み、ただ自分のやれることを、誰かのためにやりたいことを追求する生き方を、尊敬していたことを思い出したからだ。彼女を人生の目標と定めた彼にとって、彼女のような強い精神力を持つことは永遠にできないような気がした。何故なら、彼はすでにやれることをすべてやりつくし、ただ死を待っているだけなのだ……

 ……そんなのは、嫌だ。
 彼は顔を上げた。今、シリカは自分の手で変えようのない未来を変えようと努力している。それはマルバにもできることではないか?
 クールに現実を見据え、無駄なことは何もしない、そういう生き方を彼は目指していたのか? 否だ! 彼が目指すのは、シリカのような、自分を強く持つ精神的強さだ。
 それならば……現実を見ることなど放棄しろ! ただ泥臭く、目の前の現実を変えようと努力しろ! それが、彼の目指す道ではなかったか!

 マルバは姿勢を低くして、必死で戦うシリカの元へと突っ込んでいった。自らの運命への反抗の証として、床に転がった短剣を拾い上げながら。 
 

 
後書き
なんというか、狂気としては立ち直りがかなり早かったですね。とはいっても、すでに10人の攻略組が命を落としています。
次回、あの人が覚醒し、プレイヤーの危機を救います。

裏設定いきます。
プレイヤーのほとんどが正気を失っていますが、これは純粋に見た目が恐ろしいからだけではなく、恐怖した時の脳の反応を模倣するようにナーヴギアが信号を流し込んでいます。プレイヤーは強制的に恐怖させられているわけです。 

 

第六十六話 共闘

 
前書き
あの人が覚醒します。 

 
 戦いは過酷を極めた。攻略組の実に2/3が床に倒れ伏している。戦闘中のメンバーも、ラスボス討伐に十分な装備とレベルを備えていながらも、仲間を狙う攻撃を必死でしのぐだけで、決して攻撃には出られていなかった。一度は立ち上がっても、再び絶望が心を覆い、倒れ伏すメンバーもいる。自殺した者と殺された者を合わせて、すでに死亡者は10人を超えていた。
 現在攻撃に回っているのは、マルバとシリカ、シノンの三名だけだ。月夜の黒猫団はかろうじて死亡者を出していないが、テツオが心神喪失状態で瀕死、アイリアはササマルに自殺を邪魔されて麻痺攻撃を受け、床に倒れ伏している。サチとササマルはそんな二人を狙う攻撃をいなすのに精いっぱいの状態である。イワンは防御態勢を取る力はあるようだが、手が震えていて攻撃する余裕はなさそうだ。ミドリとストレアはほかのプレイヤーの被弾を抑えようとするあまり、自分自身へのダメージを抑えることができず、HPはとっくに残り半分を切っている。キリトは初撃をまともに食らってHPゲージを赤く染めて床に倒れ伏し、アスナはキリトをかばって防戦中であった。
 こんな有様でまともなボス戦が行われるはずはなく、変身後二十分が経過したというのに、ボスのHPは未だにほとんど減っていなかった。

 そして、ずっと防戦をしていたプレイヤー達の均衡が、ついに破れるときがきた。遠距離攻撃のシノンがヘイトを集めすぎたのだ。おぞましい触手がミドリの盾をすり抜け、軽装のシノンに襲い掛かった。シノンは避けようと身体をひねったが、自らに近づく、その見るに堪えない触手を前に吐き気がこみ上げ、反応が一瞬遅れてしまった。バランスを崩し、倒れかける。すでにHPゲージが半分ほどに減ったシノンが強攻撃をまともに食らって生き残れないことは誰が見ても明白だった。
 しかし、ありえない速さでシノンと触手の攻撃の間に割り込んだものがいた。触手によってすくい上げられた彼女は、空中で二回斬攻撃を受けると、地面に叩きつけられた。
 ミドリの目の前で、最期の一瞬に、彼女は微笑んだ。
「みんなを守って……」
 目を閉じる時間さえ与えられずに、ストレアはミドリに見つめられながら息をひきとった。ストレアの身体が淡く発光するポリゴン片へと還り、世界に溶けていく。


 マルバはこの絶望的な戦いを前に、どうしても疑問に思わずにいられないことがあった。

 ――これは本当に、茅場晶彦の描いたゲームなのか。

 マルバにはとてもそうは思えなかった。今まで、いかに理不尽であっても、彼は既存のMMORPGという枠組みの中で戦っていたのだ。RPGというのはアバターとそのHPを攻撃しあうものであり、このようなプレイヤー本人への攻撃を行うものではないはずだった。
 だからこそ、彼はどこかでこの死闘を見物しているであろう茅場晶彦に対して、文句を叫ばずにはいられなかったのだ。

「茅場晶彦! これがお前の望んだ結末なのか!! プレイヤーすべての今までの努力を、ゲーム経験を欺き、ルールの枠組みから外れた方法でプレイヤーを殺すなら、これはゲームじゃなくてただの殺戮だ!! なんか言ったらどうだ、茅場ーー!!!」

 マルバの叫びは石造りの空間にこだまし、プレイヤーたちの剣戟の音にかき消されていった――かのように思われたが。
 マルバたちのすぐ近くに、システムアラートを現す赤いウィンドウが音もなく開いたことに、彼は気づかなかった。

「……いかにも。これは私の望んだ結末では、ない……ッ!」

 絞り出されるような低声。ノイズの乗った声が次第に鮮明になる。それと同時に、赤い鎧に身を包んだアバターが、ポリゴンの欠片を引きずりながらどこからともなく出現した。赤いシステムアラートが彼の周りを取り囲んでいる。彼がうるさそうに手で払うと、アラートは瞬時に消え失せた。

「茅場晶彦……!」
「茅場だ……」
「ヒースクリフ……まさか……」
 一瞬、戦闘中のプレイヤーの動きが止まる。ヒースクリフがエネミーとして現れたのか、プレイヤーとして現れたのか、区別ができなかったのだ。
 ヒースクリフは状況を一瞥するまでもなく、剣を抜きながら、流れるような一撃をボスに打ち込んだ。

「私はこんな結末を望んでいない! このようなゲームに対する裏切りを、私は許さない!! 頼む、きみたちの力を貸してくれ給え!! こいつを……殺す、ためにッ!!」

 どんなに理不尽なシステムを課そうとも、今まであくまでもSAOをゲームとして見ていた茅場が「殺す」という単語を用いただけで、その場のプレイヤーはこのボスモンスターが茅場によって設計されたものではないことを知った。決して彼自身を信用することも、仲間として見ることもできなかったが、少なくとも敵の敵として利害関係が一致していることは確かだった。
 動くことができるプレイヤーは、ヒースクリフとミドリを先頭にして即座に隊列を再編成した。ヒースクリフの神聖剣の一撃を食らってノックバックしたボスから、倒れ伏すプレイヤーを守るように立つ。

「このような場で、再びきみと戦う時が来るとはな」と、ヒースクリフは言った。
「……お前とは会いたくなかった」と、ミドリは返した。彼の頬に、涙が伝っている。

 二人が短く言葉を交わすと、すでに戦場はプレイヤー側の優勢に傾いていた。ヒースクリフとミドリがすべての攻撃を叩き落とし、無効化する。ヒースクリフの思惑は分からないが、彼の設計した神聖剣は防御のみに特化すれば決して崩せない要塞として機能していた。彼一人がボスの目前に張り付いてほとんどすべての攻撃を叩き落とし、遠隔攻撃が来るとミドリが躍り出て迎撃する。二人が戦闘不能のプレイヤーを守っている間に、動けるプレイヤーすべてがボスの周りを取り囲んで、攻撃を浴びせていた。


 攻撃に回っているプレイヤーが10人足らずと非常に少人数だったため、非常に時間がかかったが、ようやくボスのHPがレッドゾーンに突入した。攻撃がさらに苛烈になったため、攻撃に回っている者の中にはHPを危険域に落とし回復のために下がらざるを得ない者も多い。ヒースクリフはまだ一度も回復のために下がっていないが、すでにHPは残り2割ほどに減っていた。いつの間にか彼は不死身の存在ではなくなっていたのだ。
 ヒースクリフの攻撃にも焦りが見え始め、機械のような精密さが失われつつあった。ボスのHPがレッドゾーンに入ってからは彼も攻撃に参加していたが、そのため防御が少々おろそかになっていたようだ。ヒースクリフとミドリの間の空間を、ボスの遠隔攻撃が抜け、背後のシリカに襲い掛かった。
 回復待ちをしていたシリカが、その攻撃を回避しようとしたが、追尾性能が高く避けられそうにない。防御しようにも、短剣は戦闘中の武器防御で破損している。体術スキルで相殺しようとしながら、彼女の顔は絶望に染まった。近づく攻撃は突属性なので、壊属性の体術スキルでは相殺できない。
 絶体絶命のシリカの前に、マルバが躍り出た。殺撃で突属性攻撃をつかみ取ろうとするが、不安定な態勢のため衝撃を殺しきれない。マルバははるか遠くまで吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。一度跳ねた身体が、空中でゆっくりと光に包まれた。彼のHPバーが消滅した。

 青いポリゴンの破片が飛散する。

 それは、ひとつの命がまた失われつつあることを意味していて。


 ――シリカの思考が加速した。マルバが死ぬことなど、あってはならない。役に立つかもしれない知識がすさまじい速さで浮かんでは消えた。かつてミズキから教わった科学知識も頭をよぎる。
 ナーヴギアはヘルメットの内側に埋め込まれた、大量の信号素子から電磁波を出力することで、脳細胞に直接情報を流し込んでいる。
 ナーヴギアによる脳破壊は、この電磁波を最高強度で流し込むことで、電子レンジと同じ原理で脳内の水分子を振動させ、焼き切る仕組みだ。電子レンジと同じく、水分を十分な温度まで上げるのにはしばらくの時間がかかる。
 ……つまり、すでに脳破壊が開始された彼を助けるために、まだ幾ばくかの時間が残されている可能性がある!

 ヒースクリフとミドリは、シリカがいつの間にか目の前に現れたことに一瞬驚いた。それはボスモンスターも同じだったようで、近距離の攻撃対象をシリカへ移動する一瞬、動きが鈍る。シリカはその一瞬にすべてをかけていた。短剣はすでにない。彼女の右手が赤く閃き、流れるように次々と技が放たれていく。舞い散る花々のように、様々な色が飛び散り、跳ね、消えていく。シリカの渾身の『百花繚乱(ヒャッカリョウラン)』に続いて、すべてのプレイヤーが武器を構えて駆け出した。 
 

 
後書き
最後の最後はヒースクリフとの共闘でした。
ゲーム設定とは異なり、ストレアのALOへの続投は無く、彼女はここで退場となります。

裏設定ではありませんが、今回の話を書く上でちょっと計算してみたらナーヴギアで脳を焼くのにかかる時間はたった4秒ほどだということが分かりました。

計算は次の通りです。人間の脳は約1kgですが、このうちの60%(つまり600g)程度が水分なので、電子レンジと同じように温めると仮定すると、体温の36℃付近から脳が熱変性する45℃付近まで温度を上げるのに必要なエネルギーは約540calだということが分かります。これは2kJくらいです。つまりナーヴギアがちょっと出力弱めの電子レンジと同じ500Wの電力で電磁波を出力できれば、4秒で脳を焼くのに十分な熱量を発生できます。

10秒くらいはかかると思っていたので、計算してみてびっくりしました。電子レンジ怖い。 

 

第六十七話 ゲームオーバー

 
前書き
SAO編(IM編)最終話です。 

 
 気づくと、シリカは分厚い水晶の板の上で、夕焼けを見つめていた。ここはどこなのだろうか。ふと思い立って右手の指を軽く振ると、ホログラムウィンドウが開かれた。ただし装備フィギュアもメニュー一覧も表示されていない。ただのっぺりした画面に『最終フェーズ進行中 現在37%完了』と書かれた画面が表示されているだけだ。
 周りを見渡しても、誰もいない。はるか彼方で、巨大な城が空に浮かんでいるのだけが見えた。

「アインクラッド……」
「そうだ」
 彼女がつぶやくと、呼応する声があった。振り返ると、白衣に身を包んだ茅場晶彦がこちらを見つめていた。

「マルバさんはどうなったんです」
 シリカがそれだけを尋ねると、茅場は首を振った。
「分からない。ラスボスが倒された直後、私はなんとかシステムの全権を掌握することに成功した。不安定なシステムからすぐに全プレイヤーをログアウト処理したので、すべてのプレイヤーはもう現実世界に帰還しているはずだ。だが、マルバくんはログアウト処理の段階で脳破壊シークエンス実行途中だった。強制中断したが、すでにある程度破壊が進んでいた可能性はある」
 茅場は言葉を切ると、とつぜん頭を下げた。シリカが黙ったままでいると、茅場は頭を下げたまま言葉をつづけた。
「100層でのことは本当にすまなかった。内部からのハッキングの負荷でカーディナルに隔離されてから、私はきみたちの状況を把握できない状態だった。しかも端末の実権をカーディナルに掌握されてしまい、100階でマルバくんに呼びだされるまで、私は意識すらない状態だったんだ。あのような惨劇、私が気づいていてば決して……いや、これも言い訳か。とにかく申し訳ないことをした」

 シリカはため息をひとつつくと、頭を上げてください、と声をかけた。
「もしマルバさんが無事でなければ、わたしはあなたを許しません。でもマルバさんが無事なら、わたしはあなたに感謝しなくては、とずっと思っていました。あなたがいなければ、わたしとマルバさんが出会うことはなかったから」
 茅場が頭を上げると、今度はシリカが頭を下げた。
「ありがとうございました。わたしたちにこのような時間をくれて。短い間でしたが、この世界に生きて、わたしは大切なものをたくさん手に入れました。この世界がなかったら、わたしは今までみたいにただ流されるように生きただけだったと思います」
 茅場は苦笑しながら頭をかいた。
「……恨みこそされても、まさか感謝されるとは思ってもみなかったよ。マルバくんのことは、私もできる限りの手伝いをしたいと思っている。もしマルバくんに何らかの障害が生じてしまったら、私の助手だった神代凛子を頼りなさい。何らかの助けになるかもしれない」
「分かりました。それで、あなた自身の連絡先は教えてもらえないんですか」
「私自身の? ふむ、それではこれを渡そう。私のアドレスだ」
 シリカが受け取った名刺には、ただ10桁の数値が記されていた。
「IPアドレス、ですか……?」
「ほう、その程度の知識はあるのだな。そうだ。私はこれから先、どこかひとつの場所にとどまることはないだろう。そのアドレスには君が生きている間はアクセスできるようにしておく。助けが必要なら呼び給え。借りを返しに行く」
「分かりました。なにかあったら、遠慮なく使わせてもらいます」

「それとすまないが、ひとつだけ頼まれてくれないだろうか。これを渡しておきたい」
 茅場が手を伸ばすと、そこに小さな卵型の結晶が現れた。とくん、とくん、と鼓動するように小さな光が内部で瞬いている。
「これはなんですか」
「『世界の種子』、とでもいうべき物だ。芽吹けばどのようなものか分かるだろう。これの判断は君に任せる。気に入らなければ捨ててもいい。もしあの世界に憎しみ以上の感情を残しているのなら……」
 そこまで言いかけた茅場は、ふっと微笑みを唇の端に乗せた。
「君なら、これを有効に使ってくれると期待しても良さそうだな」
「なんだか分かりませんが、分かりました。もらえるものはもらっておきます」
 なんとも現金な物言いである。
「扱い方が分からなければ、MHCPのユイくんに聞き給え」
「ユイちゃんにですか……? 分かりました、憶えておきます。ところで、ストレアさんとミドリさんはどうなるのでしょうか」
「ストレアはHPを持っていたから、0になったときにシステムの走査を受けて削除されている。ミドリくんの方には、カーディナルも気づかなかったようだ。彼を調べた時には驚いたよ、まさかあんなところに消滅したMHCPの欠片が残っていたなんて。ミドリくんのログアウト処理は済んだが、彼の表層意識はナーヴギアが形作っている。そのままでは意識は戻らないだろう」
「それじゃ、ストレアさんもミドリさんも助からないんですか」
 悲しげに顔を伏せたシリカに対して、茅場は余裕を崩さずに言葉を続けた。
「いや、現実世界でも生きられるように、ミドリくんのナーヴギアには君に渡した『世界の種子』の一部を埋め込ませてもらったよ。これで彼のナーヴギアか脳かどちらかが故障するまで生きていられるだろう。ただ気をつけ給え、彼はナーヴギアを切断すれば脳死に極めて近い状態に陥るだろう。ただでさえ危うい均衡を保っているのだ、不用意に切断するべきではない」
「それじゃミドリさんは無事なんですね」
 しかしストレアはもういないのだ。シリカは胸の内で、彼女のことを想った。一緒にいた時間はごく短かったが、彼女は間違いなく大切な友達の一人だったのだ。

「私はもう行くよ。マルバくんの無事を、私も願っている」
 シリカの目の前で白衣を翻すと、彼はすうっと溶けるようにいなくなった。それと同時に、シリカの目の前も白く染まっていく。どこかへ昇っていくような感覚に包まれながら、彼女はゆっくりと目を閉じた。



「やっほー、珪子」
「こんにちは、リズ……里香さん。何してるんですか?」
「なにって、ほら、あそこ見てみなさいな」
 カフェテリアで買ったピラフをテーブルへと移すと、シリカはリズが指さす窓の外を覗き込んだ。リズがさっきまで見ていたものを見つけると、とたんに彼女は大声でリズに抗議した。
「ちょっとリズさん、覗きとか趣味悪いですよ!」
「わわっ、シリカ声大きいよ」
「あっすみません……」
 シリカは思わず周囲を見渡すと、小さく縮こまってコップの水を一口頬に含んだ。リズも紙パックのジュースを音を立ててぢゅーっと吸いながら、再び窓の外を見る。
「あいつら、あんなにベタベタしなくてもいいってのに」
 リズの視線の先では、SAOから無事帰還したキリトとアスナが二人仲良く同じベンチで肩を触れ合わせながら話していた。シリカもそれを尻目に、エビピラフを口に運ぶ。
「あんたもどうせいいなーって思ってるんでしょ」
「そりゃそうですよう。いいなー二人とも」
 はぁ、とシリカはため息をついた。
 SAOが解放されてすでに3ヵ月が経過していた。日本政府は、SAO事件に巻き込まれた中学生・高校生たちを十把一絡げにして一つの学校に押し込むことで、事件の被害者に対する援助とした。まあ要するに対応に困って一つの場所で管理しようとしただけなのだが、SAOでできた友達とも再び会うことができて、シリカたちにとってはよかったと言えるだろう。社会人や大学生の友人とも、やがて連絡が取れるようになったが、これは最後にラスボスを倒したシリカを真っ先に訪ねてきた菊岡誠二郎氏の力添えのためであった。シリカは情報提供をする度に、それと引き換えに連絡の取れない知り合いの安否と居場所を訊いていった。ミドリの事情は複雑だったが、菊岡はミドリ本人にいろいろ話を聞き、安全な実験の被験者にすることと引き換えに、彼の面倒を見ることを約束した。何か企んでいるように見えないでもなかったが、今のミドリには日本政府の保護が必要なので仕方がない。身の安全が保障されるだけありがたいというものだ。菊岡の協力のおかげで、ラスボス戦で戦死しなかった他の仲間との連絡はすべて回復している。

 もっとも、一番連絡を取りたい相手は未だに眠ったままなのだが。

 マルバはまだ意識を取り戻していない。シリカは無事帰還したアイリアと連絡を取り合い、マルバの意識が回復次第病院に駆けつけられるようにしていたが、いまもなお朗報はない。茅場に言われた通り神代凛子も訪ねたが、結局すでに茅場が死亡していたことと、最後に会った茅場は電子化されたコピーであったという驚くべき事実の他には、特に役に立つ情報は手に入らなかった。神代は脳の障害に関しては少し心当たりがあるにはあると言ったので、新たに何らかの情報が手に入ったら連絡をしてもらうように頼んだのだが、それ以来連絡はない。そんなわけで、授業が終わってから門限までの間ずっとマルバの病室で彼の横顔を眺めるのがシリカの日課となってしまった。
「あれから三か月もたつのに、マルバさんはほんとのんびりなんだから」
 そう冗談めかして言うシリカだったが、目じりには涙が浮かんでいる。リズがこっちに来なさい、と自分の隣の席をぽんぽんと叩いたので、シリカはそちらに移動し、リズの胸に顔をうずめた。
「帰ってくるわよ。あいつが今まで、シリカのことほっといたことなんてなかったでしょ。あいつのこと、信じてあげなさいよ」
「信じてますよぉ……でも……あたしはいつまで待てばいいんですかぁ……ぐすっ……」
「あーあーよしよし」
「頭なでないでくださいよぉ、子供じゃないんですからぁ」
 なでなでしてくるリズを押しのけながら涙を拭いたシリカは、誰かから電話がかかってきているのに気付いた。
「あれ、アイリアさん――葵さんです。珍しいですね」
「なんの用かしらね」
 シリカが電話を取るのを見ながら、リズはシリカのエビピラフを勝手に自分の口に運んだ。シリカが非難がましい目で見るがお構いなしだ。
「葵さん、お久しぶりです。どうしました? ……えっ……そっそれ、本当ですか!? すぐ行きます!!」
 あわてて電話を切ったシリカに、リズが声をかけた。
「もしかして、マルバのこと?」
「目を覚ましたそうです! 残りのピラフあげるから、先生に早退したって伝えといて!」
「分かった。あいつによろしく言っといて」
「はい!!」
 簡単に荷物をまとめると、シリカはカフェテリアを飛び出した。その姿をリズが見送る。三か月ぶりの逢瀬に、シリカの胸は高鳴っていた。

 ……彼女はまだ知らない。その再会が、新たな冒険へと繋がっていることに。 
 

 
後書き
長きにわたったSAO編(IM編)がついに完結しました!

次回予告。
次回はまた主人公が変わり、舞台も変わって新章スタートです。
舞台と主人公名は次話が始まってしばらくは明らかにされませんが、原作のキャラクターも地名も出てくるので、みなさんすぐに気づくかと思います。一体どこが舞台なのか、少し想像しながら読んでいただければと思います。

新章では、新主人公を新しい舞台で描く一方で、マルバとシリカも舞台を変えて描きます。新主人公の舞台は予想できても、マルバたちの舞台はみなさん予想できないと思います。彼らが異世界で頑張る様を応援していただければと思います。

ではまた次回の更新でお会いしましょう! 

 

第六十八話 迷子

 
前書き
新章スタートです!! 

 
 運転中、角をまがったところまでは覚えている。突然の胸の痛みに襲われ、思わず身を縮めたところで視界が真っ暗になった。ブレーキを踏もうにも、身体が動かなかった。その後の記憶はない。

 彼は土の上で目を覚ました。
 ゆっくりを上体を起こす。ふらつきはない。身体を見下ろすと、彼は質素な綿の洋服に身を包んでいることに気づいた。現代では見慣れない服だ。中世ヨーロッパの農民が着ていそうな服と言える。あたりを見渡すと、草原が広がっていることが分かった。かなり広々とした草原に彼は違和感を覚えた。北海道の田舎ならこんな景色もあり得るだろうが、彼が直前までいたのは大都市圏の郊外だったはずだ。おかしい、どうやら記憶を失っているようだと彼は思った。
 なにはともあれ、立ち上がって脚を払う。荷物を確かめようとして、彼は自分が何も持っていないことに気づき、青ざめた。ポケットを探ろうとするも、彼の着る服にはポケットが無い。つまり、携帯も無ければ財布も無いということだ。どこか分からないような人里離れた場所で、連絡手段を絶たれ、住居どころか食料も水も確保されていない。上を見上げると、太陽は上に登り切ったところだった。つまり今は正午ぐらい。日が沈むまでの5時間ほどの間に、彼はなんとか安全地帯を確保しなくてはいけない。
 彼は慌てて立ち上がり、何か目印はないかともう一度あたりを見渡して、遠くに立ち上る煙を見つけた。幸い、近くに都市があるようだ。しかも煙が上がるような施設、つまり工業がある都市だろう。


 自分の予想が間違っていることに、彼はすぐに気づいた。煙の出どころはあまりにも近い。少ししか歩かないうちに、彼は立ち上るその煙が、遠いから小さく見えるのではなく、規模がそもそも小さいのだと分かった。煙の出どころには、小さな村があるだけだったのだ。
 村の入り口らしきものが見えてくると、彼は頭を抱えそうになった。なんと小さな都市だろう。実際、それは都市ではなく村と言って差し支えなかった。村の周りは簡素な木の塀で囲われていて、害獣から村を守るように作られている。彼が頼りにしてきた煙は、村の中心部からいくつも立ち上っていて、どうみてもそれは家庭用のかまどから放出されたもののようだった。今時、いったいどこの家庭に薪を用いるかまどがあるというのだろうか?
 村の入り口に近づくと、彼は入り口から明るい茶色の髪の女の子が、彼とすれ違うようにして出てきたのに気付いた。見たところ12歳ぐらい、ちょうど中学校に入るくらいの幼い少女は、彼を見てそのライトブラウンの瞳を驚いたように瞬かせた。彼はその少女に声をかけようとして、一瞬言葉につまった。彼女の容姿は明らかに一般的な日本民族のそれではない。とりあえず英語なら通じるだろうか。もし通じなければ次の候補はスペイン語だが、残念なことに英語の他は大学の第二外国語で学習したごく基本的なロシア語しか知らない。英語が通じることを祈りつつ、彼はまず挨拶をした。
「Hello, do you understand my words?」
 普段とはうってかわって丁寧な言い方である。彼の学んできた英語は生粋の学術英語(アカデミックイングリッシュ)で、訛りもなにもない。しいて言えば、日本人にしては珍しくイギリス英語(ブリティッシュイングリッシュ)寄りであったくらいだ。
 これで通じることを期待したのだが、彼女はもっと驚いた様子で口をぽかんとあけてしまった。通じていないようだ。仕方ねぇな、と彼は頭の中でひとり呟くと、どっかで聞いたことのある世界各国の挨拶をかなり怪しい発音で次々打ち出した。
「ブエナスタルデス? アッサラーム、アレイコム? ボンジュール? ええと、グーテンターク? ズトラーストヴィチェ。 くそ、これでもだめか。ちくしょうなんならいける?」
 知っている西洋言語は全滅だ。ダメもとでアジア言語に手を出そうとしたとき、彼は少女がおもしろそうに笑っているのに気付いた。いらいらして日本語で悪態をつく。

「笑いごとじゃねぇぞまったく。こっちがどれだけ苦労してると思ってんだ」
「だって、あなたの言葉、全然わかんないんだもん。どこの方言よそれ」

 彼は度肝を抜かれて、思わず二歩後ろに下がった。くすくすと笑っている少女が先ほど話したのは完璧な日本語だった。この環境、この容姿でまさか日本語が通じるとは。

「あなたはこの村の人じゃないわね。どこから来たの?」
「どこ、って――日本、から……?」
 彼は一瞬のちに、自分がなんておかしな発言をしたのかに気づいて赤面した。日本語が通じる以上、ここは日本の可能性が高い。しかし彼女は首をかしげた。
「二ホン? 聞いたことない。南の方の村?」
「いや、村じゃなくて国……」
「国……?」

 首をかしげる少女とは対照的に、彼はとんでもない驚きに打ちのめされていた。日本を知らない日本語話者などいるはずがない。
「悪いが、ここがどこか教えてくれねぇか」
「ここ? ここはルーリッド。ノーランガルス北帝国の最北端の村よ」

 わけのわからない地名が飛び出し、彼は混乱した。
「聞いたことのない国だ。どの辺にある?」
「どの辺、って……北よ、北。四つの帝国の北側の国」
 彼女は靴底で円を描き、更に重ねてバッテン印を描くと、その上側を指さした。
 彼はそれを見て、これはとんでもないことになったぞ、と思った。彼女の描いた地図はまるでキリスト教的世界観のいわゆるTO地図ではないか。
 一体俺はどこへ来てしまったのか、と彼は思った。どこかほかの世界に紛れ込んでしまったかのようだ。いや、日本語が存在する以上それはあり得ない。心理実験かなにかで、一時的に記憶を失った状態でこのわけのわからない状態に放り込まれたと考えるほうがより現実的だ。しかし記憶を操作するなどという危険な実験が日本で認可されるはずがないし、そもそも記憶は混濁させることはできても、期間を限定して失わせるなんて技術があれば彼も知っているはずだ。いや、その記憶も失われてしまっただけなのか?

 彼はどうやら根本的に頭を切り替える必要があると気づいた。彼は思った以上にわけのわからない状況下にあるようだ。現状、わかっていることがあまりにも少なすぎる。更にこの村の文明の程度からして、近隣の村へは何日かかることだか分からない。もしこの村に受け入れられなかったら、彼は餓死するしかないだろう。
「すまない、どうやら頭を打って記憶がおかしくなってるみてぇだ。気づいたらあっちの草原で倒れていて――」
「へえ、それじゃあなた『ベクタの迷子』ってやつなのね。実物は初めて見るわ」
「『ベクタの迷子』? そりゃ一体……」
「ある日突然いなくなったり、逆に突然現れたりする人のことをいうの。ベクタっていう悪い神様が、人の記憶を食べてから、遠くへ運んでいっちゃうんだって。っていっても、ずーっと昔、おばあさんが一人連れてかれたって話を聞いたことがあるだけだけれど」
「そうなのか……。すると俺もそうなのかもしれねぇな……」
 彼はため息をつくと、再び少女に向き直った。
「俺は今食料も水も無くて、おまけに記憶もないようだ。すまねぇが、食べ物とか少し分けてもらうことはできねぇだろうか」
「いいよ。わたし、シスター見習いなの。シスター・アザリアに頼んであげる」
 この世界に教会がある、ということを彼は新たに記憶に付け足した。そしてその教会が慈善事業を行っているようだ。幸い、彼の知るものと一致する。
「それは助かる。そうだ、そういえばきみの名前をまだ聞いていなかった」
「アリスよ」
 彼女は短く名前だけを名乗った。まさか、苗字が存在しないのだろうか。あるいは、苗字を名乗るのは一般的ではないのかもしれない。苗字を尋ねるべきか迷って、やっぱりやめにすることにした。代わりに彼も自分の名を名乗る。
「俺の名はミズキだ。よろしく、アリス」 
 

 
後書き
見習いシスターのアリス登場です。そして、アンダーワールド編の主人公はミズキとなります。
今までのインフィニティ・モーメント編の主人公はミドリでしたが、それとは別人です。
ネタバレになるので詳しくは言えませんが、実は死んだはずのミズキは本当は死んでいなかったのだ……みたいな話になるんじゃないですかね。

次回、ミズキが世界の秘密に迫ります。果たして彼はこの世界がどんな世界なのか見抜くことができるのでしょうか。
また、原作登場人物との初対面もあります。

ミズキはだいぶ久しぶりに登場したキャラクターですので、彼の設定を簡単にまとめておきます。
ミズキはSAOサービス開始時点で28歳、大学院生です。ただし事故後療養のため休学中でした。
ミズキはSAO編で脳を破壊され死亡しています。破壊を免れた脳のわずかな一部分が、MHCPプログラム「ミドリ」の残骸と共生し、新たな人格『ミドリ』を形成しています。
死亡直前の彼はトラック運転中の事故が原因で記憶に障害があり、十七日間しか記憶が持たない状態でした。 

 

第六十九話 ここはどこ

 
前書き
ミズキが世界の秘密に迫ります。 

 
 シスター・アザリアはとても厳しそうな人物で、初めて会った際には少々萎縮してしまったが、アリスの言葉添えもあり、幸いにも彼はしばらくの居場所を確保することに成功した。それも一日二日ではなく、記憶が戻るまで、あるいは生活の術を見つけるまで居ても良いという。シスター・アザリアとこの世界の唯一神ステイシアの施しに感謝しつつ、彼は客間のベッドに腰を掛けた。改めて、この世界が一体どこなのかを考える。
 この世界に来てから4日が経過した。その間、とりあえず彼は村人たちと交流し、情報を収集して分かったことは、村人たちの言葉を信じるなら、どう考えてもここは異世界か何かだということだ。

 いわく、人間の居住地域をぐるりと取り巻く山脈があり、その外側は魔物が跋扈している。山脈を超えるのは国の法律より上位にあたる教会の法律、『禁忌目録』で禁じられている。
 いわく、この村の南に生えている樹は、高さ70メル(1メルは1メートルより少し短い)程度もあり、太さも直径4メルある。こいつを切り倒そうと300年の木こりが世界一硬い斧で切り進めているが、切れ込みはせいぜい1メル程度だとか。
 いわく、村の中央にある鐘は人の手で鳴らしているのではなく、ひとりでに鳴る『神器』である。
 いわく、セルカは教会で『神聖術』と呼ばれる魔術のようなものを習っている。

 正直、神器だの神聖術だのといったものが出てきたあたりで、ミズキにはお手上げであった。彼は現実に対して努力するのが精いっぱいで、実のところあまり読書経験はないし、ゲームもしなければ映画も見ないため、ファンタジー関連の知識が少ないのだ。
 ともかく、彼の今後の方針はすでに定まりつつあった。まずはこの世界がミズキのかつて暮らしていた世界と同一なのかどうかを確かめなくてはならない。なにせ、現状はまるで異世界に連れてこられたとしか思えない状況なのだ。


 まずは最初の実験だ。天井の高い部屋の一角を借りて、ロープで天井から石をつるし、思いっきりゆする。最初石が往復する経路に印をつけておいて、停止直前に往復する経路と比較をするのだ。
 なんのことはない、いわゆるフーコーの振り子の実験である。ここが自転する地球上なら、石は地球の自転の影響を受け、往復経路がしだいに方向を変えるはずだった。
 しかし、その予想に反して、振り子の往復経路は決して変化することはなかったのである。30回以上の実験を重ねてもその結果は変わらず、彼はその実験結果を受け入れざるを得なかった。なんということか、この世界では地球は自転していない。いよいよ異世界にやってきたという感が否めなかった。
 とすると、次は『神器』や『神聖術』といった、今までいた世界には存在しなかったものを検証する必要がある。


 次の実験で、彼はこの世界の仕組みをわずかに知った。シスター・アザリアに頼み込んで、手伝いをする代わりにアリスの授業の様子を観察させてもらったのだ。
 その時の彼の驚きは言葉に表せないほどだった。連呼される「システム・コール」。打ち出される炎や氷の矢。カタカナ発音の英語で魔法としか思えない現象が引き起こされているのだ。
 『システム』が具体的に何を意味しているのかはよく分からないが、他の言葉の意味は非常に簡単だった。例えば、炎の矢を打ち出す神聖術は「システム・コール(system call)ジェネレート・サーマル・エレメント(generate thermal element)フォームエレメント・アローシェイプ(form element arrow-shape)ディスチャージ(discharge)」である。順番に日本語に訳せば、「システム呼び出し。熱元素生成。元素を矢型に形成。放出」という感じだろうか。アローシェイプをバードシェイプにすれば追尾に優れた羽のある形に形成されるし、サーマルエレメントではなくクライオゼニックエレメントなら氷が打ち出される。ミズキはクライオゼニックという単語を聞いたことがなかったが、きっと冷気とかそういう意味なのだろう。

 ともかく、彼は基礎的な神聖術の仕組みを知り、そして確信した。この世界は、間違いなく彼がかつていた世界の人間、それも日本人が設計したものだ。日本語が話され、そして英語で超常現象をあやつる。まるでゲームの世界である。
 しかし、やはり分からないことは多い。これだけの広さがあり、物理現象がすべてが通じるわけではなく、超常現象を操れる世界といえばバーチャル・リアリティの世界しかありえないが、これほど精巧な仮想空間など存在しないはずなのだ。
 彼が知る最新の仮想空間技術は直接神経結合環境システムNERDLESと呼ばれる、神経細胞に微弱な電磁波を直接与えて五感情報を上書きする技術を用いたもので、その技術を用いた最初の家庭用ゲーム機が近々発売される予定となっていた。しかし、そのNERDLES技術であっても、このような現実世界そっくりの環境を作成できるはずがないのだ。ならば一体、この世界はどういう技術のもとに作られた世界だというのだろうか。

 他にもわからないことは多かった。最も分からないのは、この世界で暮らす住民たちはどう考えても生まれてから現在までずっとこの世界で暮らしているようだ、ということだ。また、彼らの話すことが正しければ、この世界は少なくとも200年程度の歴史がある。そんな昔から仮想世界が存在するとしたらまさにオカルトである。神隠しにあった人間は実はこの世界に運ばれていたのだ、とかいうことだろうか。
 もはや科学技術ではなくオカルトの方が信じるのがたやすい気がしてきて、ミズキは頭を振った。彼は科学の人である。オカルトは信じない。

 残念ながら、ミズキの頭で考えて分かるのはここまでだった。時間の謎は情報が少なすぎて解明のしようがない。まさか時間を操作する技術が存在するとは思えないが、何らかの操作がなければこの世界に歴史がある理由を説明できない。

 はーあ、とため息をついたところで、彼は誰かの視線を感じて顔を上げた。つぶらなライトブラウンの瞳がこちらを見つめている。ミズキがまばたきをすると、その瞳もまばたきを返した。
「おにいさん、だあれ」
 教会の長机の向こう側から目だけをこちらに覗かせて、その子供は尋ねた。五歳か六歳くらいの小さな女の子がミズキを凝視している。
「俺はミズキ。お嬢ちゃんはなんていうんだい」
「あたしセルカ」
 それだけ言うとセルカは沈黙した。一分くらいにらめっこした後、セルカは再びミズキに尋ねた。
「ミズキはおねえちゃんのともだちなの?」
 おねえちゃんって誰だ、と一瞬思ったが、そのライトブラウンの瞳からすぐに分かった。アリスのことだろう。
「そうだぜ。お嬢ちゃんはアリスの妹なのか。何歳かな?」
「んー、6歳。ねー、ミズキはいま何してるの?」
「いや、なんもしてねぇよ。ちょっと考えごとを、な」
「ふぅん。ひまなの?」
「まあ、暇っていえば暇だけど」
 するとセルカはぱあっと顔を明るくし、身を乗り出して顔全部を長机から上に出した。
「あのね、お父さんがてんしょくで忙しくて、おねえちゃんも外に行っちゃったから、だれもあたしのことお手伝いしてくれないの。ミズキ、ひましてるんならあたしのお手伝いして」 
 

 
後書き
セルカ登場です。当時6歳なので、現実世界では小一ですね。ちっちゃい。
原作ではユージオから「会うといつも母親や祖母の背中に隠れていた」と言われるほどの人見知りですが、この話では暇すぎて思い切ってミズキに話しかけてみた感じです。ミズキも意外と子供の扱いがうまいですね。
 そういえばミズキは人にものを教えるのがとてもうまいので、もしかしたら今後セルカはミズキの教育で相当頭の良い子に育ったりするのかもしれません。
 ミズキの教育能力は非常に高く、SAO時点でのシリカに、教材なしで高校で習う高分子化学を理解させるだけの力があります。……ぶっちゃけ、塾講師のアルバイトをしている私からしてみればチートに近いです。まあシリカがもともと賢い子であったことは確かなのですが、それにしてもすごいです。

次回は、例の超重要な原作登場人物との初対面(意味深)があります。
たぶん読者は結構興奮する展開だと思うのですが、当の登場人物たちは初対面なので、話は淡々と進んでいきます。

裏設定。
アリスは生まれつき与えられた『システム・コントロール・オーソリティ』つまり神聖術レベルの成長速度が大きく、詠唱を一回するごとに伸びる神聖術レベルが大きいです。要するに神聖術の天才です。加えて努力家でもあるため、このまま訓練を続ければその実力は相当なものになるでしょう。
原作ではその前に整合騎士に連れていかれてしまうわけですが、さて、この小説では一体どうなるのでしょうか……。この後の展開についてはまだ悩み中です。 

 

第七十話 子どもたち

 
前書き
原作小説の超重要人物との初対面です。 

 
 それは、セルカに連れられて彼女の家を訪れ、一時間ほど人形遊びに付き合った後、セルカが庭の花壇の間を行ったり来たりするのを見守っているときのことだった。彼女が脚を滑らせて、花壇の端に腰をしこたまぶつけたのは。
 セルカは一瞬何が起きたのかわからないという顔をしていたが、三秒くらいして感情が痛みに追いついたのだろう、声を張り上げて泣き出してしまった。ミズキがあわててぶつけた場所を確認するが、特に出血もなければ、痣になりそうな様子もなかったため、ぎゅっと抱き上げて頭を撫でながらあやしていると、後ろから誰かに声をかけれれた。

「あんた、そこでなにやってるの」
 怒りをこめた声に恐る恐る振り返ると、そこには仁王立ちのアリスがいた。あわててセルカを解放すると、セルカは泣きながらアリスに抱き着き、アリスはセルカを背後に守るように隠した。
「そんな警戒すんなって、一緒に遊んでたらセルカがコケたから泣き止むまでああしてただけだ」
 アリスが、ほんと? とセルカに尋ねると、セルカは無言で首を縦に振った。アリスは安心して肩の力を抜く。
「ごめん、疑って」
「気にすんな。腰を花壇にぶつけたみたいだが、ケガはなさそうだぜ。一応シスター・アザリアに見てもらうんなら俺がつれてってもいいが、どうする」

 ミズキが提案すると、アリスは首を振った。
「ぶつけたくらいなら私でもみれるから大丈夫よ。そうだ、ミズキ、神聖術忘れちゃったんでしょ。せっかくだから見せてあげる」

 アリスが人差し指と中指をそろえて空間にSとCを合わせたような印を描き、そのままセルカがぶつけたあたりに触ると、目の前に突然半透明のステータスウィンドウが開かれた。ミズキが驚いて声を上げる。
「うおっ、なんだこれ」
「なにって、ステイシアの窓よ。天命が分かるの」

 天命とはようするに生命力(バイタル)を数値化したようなものだ。半透明のホログラムウィンドウを覗き込んだミズキは再び驚きの声を上げた。
 まず一番上で目を引く数値は『Durability:1051/1112』の表示だ。Durability(デュラビリティ)という単語自体は知らなかったが、意味はすぐに分かった。頑丈な、を意味するdurableの名詞形、すなわち耐久性とかいう意味だろう。これが天命なのだろうが、耐久性などという、モノに使う単語が出てくることにミズキは寒気を感じた。
 次に表示されるのは『ObjectControlAuthority:12』と『SystemControlAuthority:8』である。それで終わりだった。

 システム・コール、ヒール・ヒューマンユニット・デュラビリティ、とアリスが詠唱しているのを尻目にセルカの『窓』を熱心に見つめていたミズキは、アリスの詠唱が終わるとすぐに彼女に疑問をぶつけた。
「なあ、このデュラビリティってのが天命だよな?」
「そうよ。一番上の数字が天命」
「じゃあ下のふたつ、オブジェクトコントロールオーソリティとシステムコントロールオーソリティって数字はなんなんだ?」
「下の二つはよく分かってないのよ……神聖語が読めればいいんだけど、シスター・アザリアもよく知らないみたいで……」

 そこまで話したアリスは突然ハッとして顔を上げると、突然鋭い声でミズキを問い詰めた。
「ねえ、今あんた何て言った?」
「えっ、下の二つの数字が一体何なのか、って……」
「その前よ! なんちゃらおーそりてーがどうとか!!」
「オブジェクトコントロールオーソリティとシステムコントロールオーソリティ?」
「それよ! ああ、なんてこと! あんた神聖語が読めるのね!?」
「神聖語……って英語のことか。ああ、読めるぞ。ってアリスも神聖術使うときに声に出して言ってるじゃないか」
「それとこれとは話が違うわ! いい、よっぽど偉い術者じゃないと神聖語は読めないのよ。神聖語が読める術者なんて、それこそ一握りしかいないはずだわ。まさか神聖語の意味は分からないでしょうね?」
「いや、ある程度は分かるけど……」
「なんですって!? こうしちゃいられないわ。セルカ、ほんとごめん、あとちょっとだけお留守番しててくれる、いいわね? 私ミズキと行かなきゃいけないところがあるの」
 姉とミズキのやり取りをよく分からない顔で見ていたセルカは、突然話を振られて言葉に詰まった。その間にもうアリスはミズキの手を取って走り出していて、ミズキはあわててセルカに一声叫ぶ。
「セルカごめん、また後で遊ぼうなー!!」
 アリスに引きずられながらミズキがそう叫ぶと、セルカはまたねーと手を振った。


「聞いて! 緊急事態よ!!」
 アリスはあっという間にいつもの遊び友達である二人のもとへ駆けつけて叫んだ。集合したのは村の南に屹立する巨木『ギガスシダー』を倒す役割(この世界では『天職』と呼ぶのだそうだ)を与えられた、通称刻み手の二人である。今は仕事の休憩中のようだ。
「ねえアリス、今度はなんだよ、っていうかこのお兄さんだれ」
 ブロンドの髪の少年が訪ねると、アリスは少しイライラしながら答えた。
「この前話したでしょ? 私が村の前で発見した『ベクタの迷子』よ。ミズキ、自己紹介して」
「お前には年長者に対する敬意ってものはないのか……? まあとりあえず、ミズキだ。ベクタの迷子とやらで記憶が無いからそれ以上は特に語れない」
「ミズキさんね。よろしくお願いします、僕はユージオです」
「俺はキリトだ。お兄さん、ベクタの迷子ってほんとに何も覚えてないの?」
 キリト、という名前を聞いたミズキは頭のどこかにかすかな違和感を感じた。どこかで聞いた名前だが思い出せない、という感覚。少し戸惑っているうちにその感覚も消えてしまい、後にはもやもやだけが残った。首をかしげながらキリトの質問に答える。
「ああ。神聖術とかも全然覚えてないから困ってる。もし良かったら暇なときにでも教えてくれ」
「あーもう、そんなことはどーだっていいのよ。あのね、ミズキは神聖語が読めるんだって」
 アリスが暴露すると、ユージオは驚いてのけぞり、キリトは逆に身を乗り出した。
「まじかよすげえ! それじゃあ、ステイシアの窓とかに書いてあるのも全部分かるのか!?」
「一応な。意味もある程度は」
「まじかよ!! それじゃちょっと俺のやつ読んでくれよ!」
 キリトが嬉々としてステイシアの窓を開く。キリトの窓には天命の他に『ObjectControlAuthority:17』と『SystemControlAuthority:1』が表示されている。
「オブジェクトコントロールオーソリティ、つまり物体の制御権限が18で、それからシステムコントロールオーソリティ、システムの制御権限が1」
「おおお……おお? その権限ってのはなんなんだ?」
「うーん、それが俺にもいまいちよくわからねぇんだよな。一体なんの権限なんだか」
「ねえキリト、いつだったか、その二番目の数字の横の文字と似た文字が、道具の『窓』にも書いてあるって言ってなかったっけ」
 ユージオの言葉に、キリトは手元の斧の『窓』を開いた。
「そうそう、この二番目のとこの文字が、そのおぶじぇなんたらってやつに似てると思ったんだ」
 ミズキが読んでみると、それはまさしく同じ単語だった。『Class 21 Object』と書かれている。
「クラス21オブジェクトって書いてあるぜ。21級の物体っつーことだな」
「なるほど! つまり俺の権限が17だから、21の斧がまだそんなにうまく使えないってことか」
 キリトが嬉々として言ってから、すぐにその表情を曇らせた。
「俺が前回数字を見たのは天職を与えられてすぐで、そのとき権限は15だった……21になるのに一体どれだけかかるんだろう」
 自分の窓を見つめてぶつぶつ呟いているキリトと同じく、ユージオも少し暗い顔をしていた。ただしこちらはミズキの心配をしているようだ。
「神聖語が読めるってことは、ミズキさんはよっぽど偉い術者だってことですよね。それこそ、中央協会にいるような。うーん、僕らの村なんかにずっといていいのかなあ……」
「いいのよ、シスター・アザリアだっていいって言ってるんだし! そもそもほら、ミズキはお金持ってないからセントリアなんか行けないでしょ。ねえ、そんなことより、ミズキがいればもしかしたら神聖術の式句がどんな意味なのか、全部分かるんじゃないかって思うの」
 アリスは嬉々として言うが、キリトとユージオはさほど興味なさそうだ。
「うーん、権限が簡単に上がる方法とかなら気になるけどな、俺神聖術の才能ないし、あんまり興味ないかな……」
「そりゃキリトは私が教えてあげるって言ってるのに練習サボってばかりだからでしょ。ユージオは?」
「僕もあんまり。それにまだ今日の分の天職が終わってないからさ、あんまり長く休憩するわけにいかないし」
むぅ、と頬を膨らませたアリスだが、しょうがないと納得したようだ。彼女は11歳にも関わらず例外的に天職についていないが、そうはいっても家の手伝いをしなくてはならないため、彼女にもあまり時間がない。

「お前さえ良ければ、家のこと手伝ってやってもいいぜ。シスター・アザリアも、お前さんの手伝いをするぶんには許してくれるだろう。夜時間ができたら神聖術の解読をすればいい」
 ミズキの提案に、しかしアリスは首を振った。
「それはいいわ。家のことは私の仕事だもの。そうね、ミズキさえよければセルカの遊び相手になってくれないかしら。本当なら私が面倒見てあげられればいいんだけど、私はほら、やることがいっぱいあるから」
「それくらいならお安い御用だけど、お前の母親はどうしてんだ? いつもなら家にいるんじゃないのか?」
「家にはいるんだけどね、少し前に大けがをしてまだ体調がよくないのよ。怪我自体はもうとっくに回復してきてるんだけど、天命の減りが速いものだから、まだ一応安静にしておいたほうが良さそうなの」
「そういうことならまかせとけ」

 ミズキが頷くと、キリトとユージオが斧を持ち上げて休憩の終わりを宣言した。
「それじゃ休憩終わり、続きいくぞ! 今日のシラル水は俺のものだ!!」
「いんや僕だね。今日は僕のほうが二回多くいい音させてる。追いつけるもんなら追いついてみなよ」
「言ったな! せえい!!」
 キリトが斧を振り下すと、斧は巨大な杉の切れ込みの中心を見事に叩き、こおんという澄んだ音を響かせた。キリトが得意げな顔で振り返ると、ユージオが驚いて嘘だろ、とつぶやく。
「ほらみろ、これで一回差だ!! そら次!」
 もう一度振り下ろすが、今度は中心からだいぶ離れた場所を叩き、鈍い音がしただけだった。ユージオが安心してため息をつく。
「そんなすぐに挽回できるもんか。力むと余計に失敗するぞ」

 仕事を再開したキリトとユージオに背を向け、アリスとミズキは村への帰路についた。

 そう、彼らはまだ知らなかったのだ。彼らの日常を壊すあの事件が、もうすぐ起こるということを。 
 

 
後書き
 キリト、ユージオとの初対面でした!
 これで時系列が明らかになりましたね。現在、キリトは3日間のテストダイブ中です。
 アリスの禁忌目録違反が発生してから数日以内にサーバーが停止され、アリスのフラクトライトが無事なら回収されることになります。
 この小説ではどのようになるのでしょうか……?


 さて、これで一旦ストックが尽きたので、更新を一時停止します。
 ここからの展開はいくつか案があるものの、どう展開させるかまだ決まっていません。

 アリスはアリス・ツーベルクのままでいさせるか?
 それとも、公理協会に連れていかれてアリス・シンセシス・サーティになるのか?

 現実世界の方がどうなっているのかも気になりますね。
 死んだはずのミズキがこうしてアンダーワールドに現れているのは、一体どういうことなのでしょうか。
 ミズキの設定は結構練ってありますので、ご期待ください!


 裏設定……というか、原作設定のおさらいをしておきましょう。
 原作では、アリス・キリト・ユージオが11歳の時、アリスがさらわれることになっています。このとき、セルカは6歳です。
 キリトがラフコフの襲撃を受けて昏睡し、アンダーワールドに拉致されたとき、ユージオとキリトは共に17歳です。ちなみにセルカは12歳となります。
 無駄にセルカの存在を強調してますが、すでに小説内でも登場しているように、セルカも重要人物となる予定です。あとロニエ、ティーゼもですね。
 そういえば原作では確か名前しか登場しませんが、アリスの母親は存命で、サディナと言います。この小説では登場予定です。