DQ3 そして現実へ…  (リュカ伝その2)


 

プロローグ

<アリアハン>

「勇者オルテガの娘アルルよ、よく来た!面を上げよ」
ここはアリアハン城内、謁見の間。
玉座に座るアリアハン国王を前に、少女が一人傅いている。

少女の名は『アルル』
10年前、魔王バラモスを倒すべく一人旅立ち、火山で死亡した『オルテガ』の娘である。
「昨今、魔物の活動が活発になってきていると言う!世界を救う為、人々を救う為…そして志半ばで倒れた父オルテガの為、勇者アルルよ!魔王バラモスを成敗して来るのだ!」
「は!微力ではありますが、全力を尽くします!」
少女は力強く答える。
「うむ!…オルテガと同じ轍を踏まぬよう、ルイーダの酒場へ行き旅の仲間を集めよ」
国王は立ち上がり謁見の間を出て行く。
大臣の一人が少女へ近付き、幾ばくかのゴールドと装備の入った袋を手渡し退室を促す。


アルルは城を出るとすぐに先程手渡された袋の中身を確認する。
中にはこん棒2本、檜の棒1本、旅人の服1着、50ゴールド…
「何これ!?ショボ!」
思わず大声を出してしまった自分に驚き、慌てて人気のない裏路地へ逃げ込むアルル。

「はぁ~」
アルルは深い溜息と共に、再度手渡された袋の中身を確認する。
「何度見てもショボイわね…」
満を持してアリアハン王国が、世界へ旅立たせる勇者へ贈る祝儀としては溜息の出るレベルである。
「誰か途中でちょっぱねたんじゃ無いでしょうね!?装備品はともかく、50ゴールドって…その100倍あっても良くない?」

アルルは愚痴をこぼしながら人気のない裏路地から川沿いの小道へと移動する。
幼い頃より『勇者』として使命を帯びた人生を歩んでいたアルル。
剣術も魔法も鍛錬を怠った事はなく、同じ年頃の少女としてはかなりの手練れではあるものの、魔王討伐にたった一人で赴くつもりは毛頭無い。
従って国王に言われるまでもなく、旅の仲間を求めルイーダの酒場へ赴いているのだが…
《この旅は辛く過酷な旅であろうから、最低でも仲間はあと3人はほしい!でも50ゴールドじゃぁまともに装備を揃える事も出来ない…1人ぐらいは装備品の有無に拘わらず、強い仲間が必要ね!居るかしら、そんな都合がいい人?》

アルルが一人先の展望を考え歩いていると、前方の空間に奇妙な穴が出現した!
「な、何よ!あれ?」
地上3メートル程の何もない空間に何処へ通じているのか分からない穴!
好奇心から穴の側に近付くと…

(ドサッ!!)
穴から何かが落ちてきて、穴は閉じてしまった…
「いたたたた…何だよ…乱暴に吸い込んで、乱暴に吐き出すって!しかも此処、何処だよ!?何で僕がこんな所に来なきゃいけないんだよ!!」
穴から吐き出されたのは、一人の青年だった。
20代半ばの青年は、紫のターバンを巻きマントで体を覆っているが、その体躯は歴戦の強者を醸し出している。
手には竜を形取った杖を携え、顔立ちは整った美青年である。
そして何より吸い込まれそうな程透き通った瞳が印象的な青年だ。

その青年がアルルに気付き、視線を向け優しく心地よい声で話しかける。
「やぁ、こんにちは」
10人の女性が居たら、10人とも見とれるであろう青年に、アルルも例外なく見とれ呆けている。
「見ていたら分かると思うけど…僕、違う世界から来たんだよね!でも、怪しい者じゃないよ!出来れば帰る手立てを探したいんだけど…その前に、此処どこ?」



 

 

裏プロローグ

<グランバニア>

魔界の魔王ミルドラースを倒してから7年の歳月が流れた…
ここグランバニアでは国民に絶大な支持を得ている国王が、今日も気ままにメイドをナンパしている。
「やぁ、エルフィーナちゃん。今日もキレイだね!今夜あたり僕とどう?」

とても国民に絶大な支持を得ているとは思えぬチャラさで、メイドを口説く国王…
「リュカ!いい加減にしなさい!また愛人増やすつもり!?」
「やや!?違うッスよ、ビアンカさん!!これは僕流の挨拶ッスよ!」
王妃に叱られるも、全く堪えない男…それがグランバニア国王リュカである。


リュカとビアンカの間には3人の子供がいる。
長男のティミー17歳、長女のポピー17歳、そして次女のマリー7歳。
ポピーは半年前、友好国のラインハットの王子コリンズの元へ嫁いだ為、現在はティミーとマリーが正式なグランバニア王家の血筋である。

現在ティミーは身分を隠匿し、城の兵士として働いている。
またマリーも城下の学校へ平民として通っている。
そのティミーが国王直属の近衛として配属されてから半年、今日も執務室で父親にからかわれていた…

「ねぇ~ティミー…いい加減彼女作れよぉ…一人で良いからさぁ~」
「僕の好みの女性が居ないんです!ほっといて下さい」
以前から繰り返されたやり取り…しかし、娘の一人が嫁ぎ親元を離れた事もあり、以前よりしつこく彼女を作る事を進める父…

そんな何時もと同じやり取りに、何時もと違う事態が訪れる。
「あれ?何だこれ!?」
それは、執務机に山積みになった書類の中から出てきた1冊の分厚い大きな本である。

その性格に似合わず綺麗好きなリュカは、整理整頓はきっちり行っていた為、机の上に置かれた見慣れぬ本に違和感を憶えていた。
「何だよ!誰だよ、勝手に置いていったのは!?て言うか、何処から持ってきたんだよ!?」
そう文句を言いながらも、本を開き読み始めるリュカ。(基本、読書好きである)

本には前書きがあり、そこには…
【人生という物語には各々主役が存在する。主役は別の主役と出会い、そしてまた新たな物語が紡ぎ出されて行く。この物語はそんな物語の一つである。】
そして次のページにタイトルが…
【そして伝説へ…】と…

「何だ!?随分と面白そうじゃないか!!」
リュカは書類の山には手を付けず、本の続きを読もうとしている。
しかしページを捲り終えた瞬間、大声で激怒し始めた。
「何だこりゃ!?続きのページには何も書かれて無いじゃん!!バカにしてるの!?偉そうなタイトル付けやがって!」
ページを何枚か捲り、全てが白紙である事を確認したリュカはタイトルページに戻り、徐にペンを手にする。
「何が【そして伝説へ…】だよ!現実なんてこんなもんだよ!!タイトル直してやる!」
リュカはタイトルの【そして伝説へ…】にペンで2本線を引くと、自らタイトルを書き直した…【そして現実へ…】と…

すると本が突然輝きだし目の前のリュカを吸い込み始めた!
慌てたリュカは手近にあった物を掴み難を逃れようとしてみたが、掴んだ物が常用している『ドラゴンの杖』だった為、杖ごと一緒に吸い込まれてしまった。



<アリアハン>

(ドサッ!!)
リュカは地上3メートル程の所に開いた穴から吐き出され、受け身をとることなく地面に落ちた。
「いたたたた…何だよ…乱暴に吸い込んで、乱暴に吐き出すって!しかも此処、何処だよ!?何で僕がこんな所に来なきゃいけないんだよ!!」
そこは先程まで居た執務室とは明らかに違う。

まずそこは外だった。
そして目の前には16、7歳くらいの少女が驚いた表情でリュカを見ている。
「やぁ、こんにちは」
どう見てもそこはグランバニアとは違い、過去の記憶から別世界へ迷い込んだ事を察したリュカは、目の前の少女を脅かさない様に話しかける。
「見ていたら分かると思うけど…僕、違う世界から来たんだよね!でも、怪しい者じゃないよ!出来れば帰る手立てを探したいんだけど…その前に、此処どこ?」

青年と少女の冒険の物語が始まろうとしている。



 
 

 
後書き
『プロローグ』『裏プロロ-グ』2話セットで1つの話し!
長い道のりになりますが、どうかお付き合いくださいませ。 

 

旅は道連れ

<ルイーダの酒場>

そこは大勢の人々で溢れかえっていた。
まだ昼前だと言うのに、酒を飲んでくだを巻く冒険者達で…

「貴女が噂の勇者様ね。ルイーダの酒場へようこそ。ここは出会いと別れの場よ」
酒場の女主人『ルイーダ』が妖しく美しい表情で二人に話しかける。
何故この二人が連れ立ってこの様な場所に来たかと言うと…
アルルの真剣な思いと、リュカのいい加減な思いが合わさり化学反応を起こした結果である。

簡単に言うと、自己紹介を終えた二人は互いの状況を説明、助力を願い互いに承諾。
アルルの願いは[見るからに旅慣れした屈強な戦士(風?)の男に魔王討伐の手助けをしてもらう事]
リュカの願いは[ともかく帰りたいけど、どうして良いのか分からないから、どうせなら美少女と一緒に居る方が楽しいし一緒に付いて行こうかな…]
である。
互いの思いの温度差に気付くことなく、状況は変化し更なる仲間を求めルイーダの酒場へやって来た…


「あの、魔王討伐に旅立ってくれる冒険者は居ますか?」
まだ未成年のアルルにとって、酒場などという場所は初めてであり、戸惑いがちに尋ねている。
「さぁね…そこらに居るんじゃないかねぇ~」
しかしアルルの真剣な眼差しも感銘を受けることなく一瞥して終わるルイーダ。
「あははは!昼真っから飲んだくれる連中が役に立つのか?まぁ…使い捨ての盾ぐらいにはなるか!あはははは!」
そんな2人の会話を側で聞き、酒場を見渡したリュカが腹を抱えて笑い出す。
リュカの透き通った声はこの喧噪の中でも、人々の耳に届く声の為、酒場内は一斉に静まりかえる…

血の気の多い冒険者達の中、一人の男がリュカの前へやって来る…
リュカの身の丈程あろう戦斧を肩に担ぎ、リュカより頭2つは大きい男…
「聞き捨てならねぇな!俺は最強の戦士ボーデン!テメェーの様なヒョロ男なんざ、瞬殺してやんよ!!」
「あー…あんまり自分で最強の戦士って言わない方が良いよ…ものっそい格好悪い!(笑)」
自称最強の戦士の矜持を傷つけるには十分すぎる発言だった。
「き、貴様ー!!」
自称最強の戦士は手にした戦斧をリュカに向け振り下ろす!
その場にいた誰もが軽口を叩く男の無惨な死体を予想した…

だが現実は、左手の親指と人差し指で戦斧の刃部分を掴み、顔色一つ変えず受け止めている男と、顔を真っ赤にして戦斧を振り下ろそうと藻掻いている大男の姿だった。
周囲の誰もが目を見開き驚愕する…
昼間から飲んだくれてはいるが、実際にその男はかなりの強さではあるのだ。

大男の戦斧は微動だにせず、押し切る事も、引き抜く事も出来ない。
「ぐぉぉぉ!は、放しやがれぇぇ!!」
顔を真っ赤にして呻く大男に気付いたリュカは、
「あ、ごめん。忘れてた」
と、突然手を離す。

その瞬間、全体重をかけ戦斧を引き抜こうとしていた大男は支えを無くし、後方へ大きく吹っ飛んだ!
大男は2メートル程離れたテーブルの上に背中から落ちる…
大量の酒が並んだテーブルを酒瓶やグラスと共に押し潰し、大男の意識は遙か彼方に飛び去った…

そして静寂が包む中、緊張感の無い声が響き渡る。
「あー…この中で我こそはって言う人いない?魔王バカボンを倒す旅に協力してくれる人は!?」
「バラモスです!魔王バラモス!!」
「ん?あぁ…それそれ…!で、どう?」
周囲を見渡すリュカ…

しかし先程までの喧噪はなく、酔いの覚めきった自称冒険者達は俯き呟くのみ…
「アンタ…俺達に死ねと言うのか…」
「言ってないよそんなこと。僕も死にたくないもん」
「魔王バラモスなんて倒せるわけ無いだろ!…だから俺達は現実を忘れる為に、酒を飲み憂さを晴らしてんだ…」
何とも情けない事を言い切る自称冒険者…しかも、その意見に反対する者は現れない。

そんな静まりかえり俯く自称冒険者達の中を掻き分ける様に、二人の人影がアルルとリュカの前へやって来た。
二人のうち一人は少女で、身長は170に満たない僧侶風の美少女。
もう一人は少年で、身長は更に低く160あるかないかの魔道士風の美少年。
「お、俺はウルフ。まだ駆け出しだけど魔法使いだ!」
「あの、私はハツキです。その…見習いですが僧侶として頑張ってます。」
「俺達、絶対足手纏いにならないから連れていってよ!」
「私達孤児なんです!バラモスを倒す為なら頑張ります!」
ハツキはアルルと同年齢…ウルフは更に2、3歳年下であろう…
二人の真剣な眼差しがリュカに襲いかかる。

「僕に言わないで!僕に決定権は無いから!アルルに言って!」
リュカはたじろぎアルルに丸投げする。
アルルは少し引いたものの、笑顔で快諾。
奇妙なバランスの4人パーティーが結成された…



<アリアハン近郊>

「なぁなぁ!アンタ職業は何なんだ?さっき大男を吹っ飛ばしてたし、やっぱり戦士なのか!?」
好奇心旺盛の少年ウルフが、リュカを質問攻めにしている。
まだ城下を出て、それ程経過はしていない…

「さっきの大男の事なら誤解だよ。僕はあの人を吹っ飛ばしてないよ。振り下ろされた斧を掴んだら、放せって言うから放したんだ!そしたら勝手に吹っ飛んだ!」
リュカは嫌がることなく優しく話しかける。

「それに職業って何?今は見ての通りしがない旅人だけど…」
「え!?リュカさんは職業の事を知らないんですか?」
思わずハツキが質問する。
「リュカはこの世界の住人じゃないのよ!」
堪らずアルルが二人に説明をしてあげる。



「へー!じゃぁアンタ別の世界から来たんだ!?」
「別の世界って…何だか不思議ですね…」
ウルフとハツキがそれぞれ感想を述べる…
2人にとって、先程のボーデンと名乗る冒険者をいとも容易く倒したリュカは、羨望の的なのだ。

「あんまここと変わんないよ!」
「じゃぁアンタ職業は決まってないのか!?以前は何してたんだ?」
さぞ立派で高名な戦士なのだろうと思い、ウルフはしつこい程に知りたがる。

「うん。以前は王様でした」
「アンタ馬鹿なのか?そう言う冗談は面白くないんだよ!」
しかしリュカの答えは、期待していた物とは違い、落胆を露わにする。

「さっきから気になってたんだけどさぁ…止めてくれない!それ…」
「え!?何?」
「僕、きっと多分ウルフより年上のはずだと思うんだよね」
「自身持ってくれ、100%年上だから」
「うん。じゃぁ、『アンタ』って呼ぶの止めて!僕『リュカ』って名前があるからさ!」
「あ!ごめんなさい。リュカさん!」
慌てて謝罪をするウルフに、怒る風でもなく優しく微笑み頭を撫でるリュカ…

しかし、ゆったりとした雰囲気は長続きはしない!
アルル達の前に3匹のモンスターが立ちふさがる。
青く半透明なゼリー状のモンスター…スライムである!

アルルは直ぐさま銅の剣を抜き放ち1匹のスライムAへと斬りかかる!
ハツキは手にしたこん棒を振りかぶり、飛びかかってきたスライムB目掛け打ち下ろす!
ウルフはメラを唱え、スライムCへ打ち放つ…が、命中したもののトドメは刺せず、スライムCは手近にいたアルルへ襲いかかる!

スライムAを倒したばかりのアルルは隙だらけで、スライムCの攻撃をまともに食らってしまった!
「きゃ!!」
とは言え多少はメラが効いてたらしく、スライムCの攻撃は大事には至らず、アルルは手の甲を擦り剥いただけで即座に体勢を立て直した。

そして一閃!
最後のスライムをアルルは倒し戦闘は終了する。
「アルルさん!大丈夫!」
ハツキは慌てて近寄りホイミを唱えて傷を癒した。
「ありがとう、ハツキ」
「ごめん!俺がメラをもっとしっかり当てていれば…」
ウルフは申し訳無さそうにアルルに近付き謝罪する。
「そんな事ないよ。ウルフのメラはちゃんと当たってたわよ!あのスライムがタフだっただけよ!気にしないの!こうやってチームプレイで倒したんだから!」
みんな互いの健闘を称えあっている…一人を除いて。

「リュカさん…何やってんの?」
倒したスライムが消え去った跡に落ちてあるゴールドを拾い集めリュカは爽やかな笑顔で報告する。
「スライム3匹で6ゴールド!僕の居た世界より倍だよ!」
戦闘に参加せずゴールドを広い漁るリュカに、何も言えなくなる3人であった…



 
 

 
後書き
さぁ、勇者様一行の旅立ちです!
最強レベルで強いけど、戦闘は一切しないリュカさんと、スライム如きで手こずる勇者アルル・僧侶ハツキ・魔法使いウルフ…
若者達はこれからの成長に期待できますが、リュカさんのこれからの行動には…? 

 

青春の憤り

<アリアハン近郊>

アルル一行はアリアハンより北に位置する『レーベ』を目指し進んで行く。
途中、スライム、大カラス、一角ウサギなどのモンスターに襲われ戦闘を余儀なくされる!
アルル、ハツキ、ウルフは傷付きながらも勝利を重ね、この新米パーティーの戦い方を実践を持って学んで行く。

そして日は傾き黄昏が空を覆う頃、パーティーリーダーの少女が言葉を発した。
「って言うかリュカさん!貴方も戦って下さい!」

そうなのだ!
4人パーティーにも拘わらず戦闘を行っているのは3人…
リュカは戦闘に加わる意志すら見せていない。

「え~!僕、争いごと嫌いなんだよねぇ~…」
「好き嫌いじゃないんだよ!俺達チームなんだからさぁ…リュカさんは強いんだろ…一緒に戦ってよ!」
最年少のウルフが疲れ切った口調でツッコミを入れる。

「僕、強くないよ!『勇者』とかそんな大層なもんじゃないし…でも逃げ足には自身があるから、ヤバくなったらみんなを担いで逃げ出すよ!」
右手の親指を立てて爽やかな笑顔で答えるリュカ…
二人の少女はリュカの笑顔に魅了され顔を赤く染め上げる。
夕日に照らされてなければ気付かれていたであろう…

「それよりさぁ…もう日が暮れるよ!一旦町へ戻ろうよ!」
「何言ってんだよ!早くバラモスを倒して平和な世界にしなきゃ!!」
「イヤイヤ!今日は冒険初日だしさ…そんなに慌てても失敗しちゃうよ」
「そうよウルフ!リュカさんの言う通りよ!今日は一旦アリアハンへ帰りましょ!」
「ハ…ハツキまで…」
世の中、女性の意見は採用されやすい。
そして少女の心を魅了したリュカの意見は採用される。
ウルフは少しふて腐れながらも、姉的存在のハツキに従ってしまうのである…
実のところアルル達は町からそれ程離れてはいない。
町を出たのが遅かった事もあるが、冒険初心者の為進行が遅いのである。



<アリアハン>

日も沈み殆どの商店が店じまいをした頃、アルル達はアリアハンの城下町へ帰り着いた。
「私の家はすぐそこなのよ。あんまり広くはないけれど、みんなが寝泊まりする事は出来るから…きっとお母さんも喜んでくれるわ!」
アルルが皆を自宅へ誘う中、リュカは足を止めアルルの提案を拒否する。
「あ~…僕は町の宿屋に泊まるよ!」
「何でよ!?そりゃ、大したお持てなしは出来ないけど…わざわざ宿代を払う事ないでしょ!?遠慮はしないでよ!私達仲間でしょ」
アルルは今までに出会った事のない、この魅力的な男性と少しでも一緒に居たく、必死に我が家への宿泊を薦める。

「分かった分かった…正直言うとね、町で女の子ナンパしてから宿屋へ泊まるつもりなんだ!」
「え…ちょ…な、何考えてんの!?」
ハツキもウルフも頷き呆れる。
「明日から本格的に旅立つのよ!今日はゆっくり休んで英気を養わなければならないのに!そんなの…ダメよ!!」
「うん。それは大丈夫!僕、戦闘しないから!」
言い切るリュカ。
「戦闘はしろよ!」
突っ込むウルフ。

「ともかくダメなものはダメ!」
「そうよ!ナンパなんてダメです!」
我が儘なアルルとハツキ。
「う~ん…困ったなぁ…」
リュカは悩み、そしてアルルに質問する。
「じゃぁさ、一つ聞くけど…アルルのお母さんて美人?」
「………宿屋へ泊まって下さい!!」
そしてリュカは夜の町へと消えて行く…



日も昇り、一人別行動の仲間を迎えに宿屋まで赴く3人の若者達。
昨晩この宿屋に泊まった客は一人だった為、迷うことなく目的の客室を見つける事が出来た3人。
しかしアルル達3人は、リュカが居るであろう客室の前で躊躇い戸惑っている。
理由は…聞こえるからである!
安普請の宿屋な為、客室内の音がだだ漏れなのだ!
そして、その客室内からはベットの軋む音と女性の喘ぐ声が聞こえてくる…

「何…あの人!?本当に女ナンパして部屋に連れ込んだの?」
呆れる少女二人とは別に、リュカの行いに怒りを感じる少年。
真面目な旅であるにも拘わらず、常に不真面目な大人のリュカが腹立たしく思い、思わず客室の扉を勢い良く叩き開けるウルフ!
「アンタいい加減にしろ…よ…!?」

一言で言うと、竜頭蛇尾。
ウルフは威勢良く怒鳴ったのに尻つぼみで言葉をなくしていった。
室内にいたのはベットに仰向けで寝そべる裸のリュカ…
そしてリュカの上で裸で腰を振る一人の女性…
ウルフと女性は目が合い互いに硬直する。

「シ、シスター・ミカエル…」
絞り出す様にウルフが呟いた…
「きゃー!!!!」
室内に響き渡るシスター・ミカエルの叫び声!
慌てて扉を閉めるウルフ!



それから1時間…
ウルフは茫然自失で喋る事が出来ない。

アルルはシスター・ミカエルの事をハツキから聞く事に…
シスター・ミカエルはアリアハンの教会で勤めるシスター。
髪はキレイで長いブロンド。瞳は青く肌は褐色。小柄ながら胸が大きい。
教会が運営する孤児院で子供達に人気のシスターである。
そしてウルフの憧れの女性でもある…


やっと服を纏い客室から出てきたリュカ。
その後ろから躊躇いながら出てくるシスター・ミカエル。
シスター・ミカエルはハツキとウルフに誰にも言わぬ様懇願する。

リュカは若者3人に、先に外で待つ様促すとシスター・ミカエルにキスをして一時の別れを告げる。
「ミカエルさん。またアリアハンに来る事があったら貴方の元へ現れてもいいかな?」
「はい。リュカさんに会える日を楽しみにしてます」
そして二人は再度キスをして別れた。
このやり取りを物陰から覗く3人の若者。


「いや~…メンゴメンゴ!マジ僕の好みだったからさぁ~…ちょ~燃えちゃってさ!全然寝てないよ!」
シスター・ミカエルと別れたリュカはアルル達と合流し、ヘラヘラ状況を説明する。
「おい!!シスターとは何処で知り合ったんだよ!!」
憧れの女性の閨事を目撃してしまったウルフは、半ば八つ当たり気味にリュカへ言葉を叩きつける。

「何言ってんの!?シスターに出会うには教会に行くしかないでしょう?」
ウルフの怒気を含んだ言葉に、不思議そうな顔で答えるリュカ…
「リュカさんは教会でシスター・ミカエルの事をナンパしたんですか!?」
シスター・ミカエルの事を知っているハツキは信じる事が出来ず、思わずリュカに問いつめてしまう。
「あ…あり得ない…あの真面目なシスター・ミカエルが…」
「ふざけんなよ!!アンタ、シスター・ミカエルに何て事してんだよ!!シスターに謝れ!…謝れこのヤロー!!」
半分泣きながらリュカに詰め寄るウルフ…

「ふざけているのは君だ!ウルフ…」
ウルフの悲痛な叫びに穏やかに話しかけるリュカ。
「もし僕がミカエルさんを力任せにレイプしたのなら、ウルフの言い分は尤もだけど…僕は口説きはしたが、強制はしてない!今のウルフの言い分はミカエルさんの自由意志を軽視している事になる」
リュカはウルフの目を真っ直ぐ見つめ優しく語り続ける。
「ミカエルさんは自由なんだよ…自分で考え、自分で決めて行動する事が出来るんだよ。それを忘れちゃダメだよ!」
リュカに先程までのチャラさはない。
だからこそウルフの憤りは大きくなる。

「うるさい!黙れよ!!お前みたいなチャラい男が、シスター・ミカエルの事を偉そうに語るなよ!!」
そうリュカに吐き付けると、逃げ出す様に町の外へ出て行ってしまった…
「ちょっと!一人で町の外に出ては危険よ!!」
アルルの叫びも思春期の少年の心には届く事は無い…
まだ碌に冒険をしていない魔王討伐一行…
まともに冒険の旅は出来るのだろうか…?



 

 

おとこ

<アリアハン近郊>

ウルフは走る。
ひたすら走る。
逃げる様に走る。

いったい何から逃げているのか…
旅の仲間からか…
憧れの女性を寝取った男からか…
それとも憧れの女性の自由意志を蔑ろにした自分からか…

もう、何故走っているのか、何故逃げているのか分からないでいる。
そして…ここが何処かも…


気が付けばモンスターに囲まれていた!
大がらすや一角ウサギ、そしてオオアリクイに…
ウルフは慌ててメラを唱える!
メラは一角ウサギに命中!

しかし隙を突かれオオアリクイの爪がウルフの腕を切り裂く!
あまりの激痛にその場に倒れ込むウルフ…
そしてウルフ目掛け突撃してくる大がらす!
何とか身を捩り大がらすの攻撃をかわす!
直後、一角ウサギの角がウルフの太腿に突き刺さる!

ウルフは死の恐怖を憶えた。
自分一人では戦う事も逃げ出す事も出来ない…
大がらすが再度ウルフの瞳目掛けて突撃をしてくる!
今度は避けられない…
死ぬ!
そう思った瞬間!

「バギ」
強烈なつむじ風が巻き起こり真空の刃がモンスター達を切り裂いてゆく!
「ふぅ…間に合って良かった」
声のする方を見ると、優しい表情のリュカが近付いてくる。

「………今の…アンタがやったのか…?」
「まぁ、一応…」
リュカはウルフの側にしゃがみ込むと腕と足の傷の具合を確認する。
「リュカさんて魔法使えたんですか!?」
リュカの後ろから現れたアルルが驚き質問する。
「う~ん…まぁ、一応…」
ウルフはリュカから目が離せないでいた。
リュカのバギはウルフが知っている…見た事があるバギとは桁が違っていた…

「ベホイミ」
ウルフの傷が完全に治る。
痛みも跡も残らずに!
「ベ、ベホイミって高度な治癒魔法じゃないですか!?そんな魔法まで使えるんですか!?」
更に追いついたハツキも驚きを隠せないでいる。
「え~と…まぁ、一応…調子が良ければ…?」


森を出て街道に戻り一旦落ち着いた一行は一斉にリュカへ質問をぶつける!
「何であんなに威力のあるバギを使えるんだ!?」「何で魔法を使える事を黙ってたの!?」「僧侶でも相当修行を積まないと使えないベホイミを何で使えるんですか!?」
等々…

「落ち着いてみんな…一人ずつ答えるから」
若者の勢いに押されながら、リュカは応答する事に…
「じゃぁ俺の質問。リュカのバギは威力が凄すぎる!何で?」
「分かりません!次、アルル」

「何で魔法使える事黙ってたの?」
「言ったら戦闘に参加しろって言われるから!絶対参加したくないもん!次、ハツキ」

「ベホイミってかなり修行しないと使えないと思います。どうして使えるんですか?」
「気付いたら使えてた!以上、質問タイム終わり!!」
リュカは強制的に質問を打ち切る。

「ちょっと勝手「そんな事よりウルフ!!」
アルルの文句を遮り真剣な瞳に切り替わるリュカ。
「ウルフ!一人で町の外に出たら危ないだろ!アルルもハツキも心配したんだぞ!」
「う゛…そ、それは…だって…あの…」
リュカは少し屈みウルフと同じ目線で見つめ続ける。

「………ごめんなさい………」
「うん。良い子だ!」
リュカはウルフの頭を少し乱暴に撫でる。
本来ウルフは子供扱いをされるのが大嫌いであるのだが、相手がリュカだと何故か怒りが湧いてこないのである。

「ごめんな…ウルフ…ミカエルさんに惚れてるなんて知らなかったからさぁ…」
「い、いや…そ、そんな…惚れてるって言うか…その…」
ウルフは顔を真っ赤にして俯く…
そして、それを年上の女性二人がニヤけながら見守る。

「僕にも経験があるんだ…憧れてた女性の閨事を目撃しちゃった事が…」
「本当に!?」
若者3人は、思春期特有の興味心からリュカの話に耳を傾ける。
「僕が幼い頃住んでいた村に、フレアさんと言うものっそい美人のシスターが居たんだ。でもある日フレアさんと見知らぬ男が、物置小屋でエッチしている所を見ちゃってね…ショックだったなぁ…」
「それで…リュカさんはどうしたの?」
まさに同じシチュエーションのウルフは、心のモヤモヤを打ち払いたいが為に続きを急かす。

「うん。男の方に石でもぶつけてやろうと思って後を付けたんだけど、見失っちゃってさ…それ以来そのヤローには会った事ないよ」
「じゃぁ…そのシスターとはどうしたの?」
「最初は気まずくてさ…余所余所しくしちゃってさ…そうしたらフレアさん…涙目で僕に謝って来たんだ…『私リュー君に嫌われる様な事しちゃったかな?』『ごめんね。謝って許して貰えるか判らないけど…』って…」

「え!?シスターの方が謝っちゃったの?」
「そうなんだ。僕、最低だよね…こんなにも優しいフレアさんの心を傷つけてしまったんだ…フレアさんは何も悪くないのに…」
アルル、ハツキ、そしてウルフはリュカの切々と語る過去に胸が苦しくなる思いで聞き入っていた。

「だからウルフ!どんなに憤りを感じても、大好きな人にその感情を見せてはダメだよ」
《そうか…シスター・ミカエルはリュカさんの優しさを一目で見抜いたんだ…だから好きになっちゃたんだ…俺もリュカさんみたいな男になれる様頑張ろう!!》
ウルフは多少の誤解を脳内で補正し、リュカを目標の男へと昇華させてしまった。
果たしてウルフに幸せは訪れるのでしょうか………?




昨日とは違い、戦闘(リュカ抜き戦闘)にも慣れてきた一行は日が暮れてしまった事もあり、野営の準備を行っている。
戦闘以外の事となると俄然張り切る男リュカ…伊達に幼少期より旅慣れしてきた訳ではなく、テキパキと野営の準備を進めて行く。
野営などした事のない若者3人は、ただ呆然と見続ける事しか出来ず、アルルは思わず…
「戦闘も張り切って戦ってくれると助かるのだけど…」
まぁ…言うだけ無駄であるが…

全ての準備が整い、焚き火を囲い食事を始める。
そして今更ながらリュカが疑問を口にした。
「ところでさ…今、何処に向かってるの?」
「言ったでしょ!レーベよ」
「そこに何があるの?」
「………リュカさん…私達の旅の目的を理解してる?」

「う~ん…概ね…」
ほぼ理解してないリュカにアルルが優しく説明をしてくれた。
「私達は魔王バラモスが何処に居るのか分かってません。ですから、世界中を旅してバラモスの居場所を探し出そうと思ってます。その為にはこのアリアハン大陸から出なければなりません。そしてこの大陸の東に『いざないの洞窟』があります。そこの奥にはロマリア大陸に繋がる『旅の扉』があります。いま、そこを目指してます」

「へー…じゃ何でレーベに行くの?」
「アリアハン城からいざないの洞窟まで戦闘をしなくても1週間はかかります。その間ずっと野宿はイヤでしょう?だから立ち寄るんです」
「そっか…レーベには…美人が居るかな?」
《ここに居るじゃない!》
アルルは叫びそうになりながらも冷静な瞳で見据える事で大惨事を回避する事が出来た。
そして夜は更け、各々眠りの体勢に入る。
アルルとハツキはリュカが、寝ている自分の側に来るのではないかと期待を持って横になった為、この晩は一睡もする事が出来なかったらしい…
果たして二人の乙女が、女に変身する日は来るのであろうか…
そして、その担い手は…



 

 

レーベ

<レーベ>

アリアハンの城下町を出て3日。
夕方と呼ばれるにはまだ早い時間、アリアハン大陸の北にある小さな村『レーベ』に一行は到着した。


レーベ…この村には目を引く大きな建物も、人々が集まる酒場も無い、極めて質素な村…それがレーベである。

アルル一行はひとまず宿を確保してから村内を見回り出す。
若者3人が、武器屋や道具屋を見て今後の旅に必要な物を購入している中、若干1名は若い村娘をナンパする為、さほど広くない村を探索し歩いている。

「何であの人なんなに元気なの…?」
「俺が知るかよ!アルルの方が付き合いは長いんだろ!」
「数時間の差よ!」
リュカのバイタリティに疲れ切った3人は、早々に宿屋へ戻り旅の疲れを取り去る事に専念した。


翌朝…
まだ人々が起き出さない時間に、目が覚めてしまったアルルは、外の空気を吸いに宿屋から近くの広場まで散歩に出かける。
そこで見た物は…朝靄の中佇む一人の青年の姿だった…
紫のターバンを巻くその青年は、広場の中央に佇み周囲に寄ってきた小鳥達と楽しそうに会話をしている。

その幻想的な光景に見入っていた少女に気付いた青年は、優しく微笑み少女に語りかける。
「やぁ。おはようアルル。今日も可愛いね」
「お、おはようリュカさん…早起きなのね」
アルルも分かってはいるのだ!
リュカにとって『可愛いね』や『キレイだね』は日常挨拶の内なのだと…
それでもこの素敵な青年に、素敵な笑顔で言われると期待をしてしまう…その言葉の裏を…
アルルはまだ出会って数日のリュカにどうしようもない恋心を抱いてしまっている。

少しでもリュカと一緒にいたい…一緒に会話をしたい…そう思うも、これまで年頃の女の子としての生き方をしてこなかった為、何をしていいのか、何を話せばいいのか分からないのである。
そして永遠とも思える沈黙の後、絞り出した言葉が…
「リュカさん!私に剣の稽古をつけて下さい!」
である。


その日から早朝…可能な限り…アルルとリュカは手合わせをする事となった。
無論、リュカは最初は断ったのだが…アルルの若さ溢れる気迫と、リュカ元来の面倒見の良い性格から、済し崩し的に了承してしまったのである。

(キン!)(ガッ!)(キン、キン!)(ガツッ!!)
小さな村に早朝から響き渡る金属音。
アルルの銅の剣と、リュカのドラゴンの杖とがぶつかり合う音。

状況は素人が見ても一目瞭然。
リュカの圧勝である。
全力で打ち込むアルルに対し、涼しげな表情で全てを去なすリュカ…
「はぁ、はぁ、はぁ…」
両膝に両手を乗せ肩で息をするアルル。
「今日はもういいだろ?疲れちゃったよ」
疲れるどころか汗一つかいてないリュカ。

「「ずるい」」
そして二人の手合わせを見つめ、不平を言うハツキとウルフ。
「アルルだけズルイです!私もリュカさんと手合わせしたいです」
「俺も!」
「ちょ、僕もう疲れたから…あ、明日からね…明日の朝からにしようよ!」
結局、パーティー全員と朝の特訓をする事になったリュカである。



<アリアハン大陸>

一行は東に位置するいざないの洞窟を目指しレーベを出立する。
途中、何度と無くモンスターの襲撃に会い、戦闘を繰り返す。
無論、3人で…

しかし3人共理解し始めていた…リュカの圧倒的な強さを…
そしてリュカの強さに頼る事の恐ろしさを…
魔王討伐を目的とするアルル達にとって、リュカ一人に依存しては強敵を相手にした時にパーティーとして戦闘が出来なくなるのではないかと言う事の恐ろしさを…
だが…同時に安心もしている。
本当に危険に陥った時はリュカが助けてくれるであろうと…
根拠はないが3人共、そう信じているのである。


毎度の如く、野営の準備になると張り切るリュカ。
しかし若者3人も手慣れたもので、薪を集めたり食事の準備をしたりと、冒険者として成長していってる。
そして手慣れてくると生まれるのが余裕で、余裕が出来ると会話も弾む。

アルル同様、異性として惹かれているハツキがリュカへの質問を開始する。
「そう言えばリュカさん。以前お話ししてた憧れのシスターとはご結婚を考えているのですか?」
ハツキとしては、意中の男性がフリーであるかを確認する為の質問であるが、当のリュカからしてはそんな意識は微塵もなく、また質問者の少女は自分の娘と同年代の為、それ程深い意味があるとは考えず自身の事を語り出す。
「いや!フレアさんとは結婚を考えてないなぁ…幸せにしてあげたいけどさ…僕、奥さんの事愛してるから!」

「…………………………え!?…い、今『奥さん』って言いました?」
「うん。すんごい美人だよ!未だに彼女以上の美人に出会った事ないから!」
「「えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」」
突然騒ぎ出す少女二人!

「な、何事!!」
「リュカさん結婚してたんですか!?」
「は、はい!結婚してました!子供も居ます!」
「こ、子供まで…」
ガックリと項垂れる少女二人。

「何だよ!結婚してるのにシスター・ミカエルに手を出したのかよ!」
「おいおい、ウルフ君!お子ちゃまみたいな事言うなよ!僕はこの世界に単身で飛ばされたんだ。従ってこの世界に僕の奥さんは居ないのだ!つまり、フリーダム!!」
本来、この様な発言は最上級のドン引き魔法に類するのであろうが、恋は盲目と言いますか…
この世界ではフリー…
と言う、我欲丸出しの思考に到達してしまった少女二人。

「じゃ、じゃぁ…もし元の世界へ戻れなかった場合は、この世界で新たな家庭を築くつもりですか?」
アルルの希望を込めた質問に…
「イヤ…帰れない事は無いと思うよ…なんだかんだ言っても僕の周りの人々が躍起になって僕を連れ戻そうと画策するだろうから…僕の周囲には結構凄い人々が居るからね!」
リュカの答えにかえって闘志を燃やす少女二人。

そんな空気を読めない男二人は、リュカの思いで話で盛り上がる。
「………でね、プサンはね………」
そして夜は更ける。
アルルとハツキはどのようにリュカの心を掴むのか…
あのチャラい男の心を掴む事が出来るのか…

……………ムリっぽくない?



 

 

行き止まり

<いざないの洞窟>

小さな湖の畔にいざないの洞窟への入口は存在した。
アルル達は警戒しつつも洞窟内部へ下りて行く。
暫く進むと何もない行き止まりの空間に出た。
そこには一人の老人が…

「あの…お爺さん。この洞窟には他の大陸に抜ける事の出来る『旅の扉』があると聞いて来たんですが…それは何処ですか?」
アルルが躊躇いがちに訪ねると…
「お前さん方…『魔法の玉』はお持ちかな?持ってないのであれば、これより先へは進めんよ。出直してきなさい」
「あ、あの!魔法の玉って何ですか?」

「…ふぅ…そんな事も知らんでここまで来たのか…」
《ムカー!!何なのこの爺は!人が下手に出てりゃつけ上がりやがって!》
「あ!僕、聞いた事あるよ。確かレーベにある様な話だった…かな?」
アルルが老人に対して暴言を吐き出す直前、リュカが遮り話を始める。
「リュカさんは何でそんな情報を持ってるんですか?」
「うん。レーベで女の子をナンパしてたら教えてくれた。でも『僕の玉の方が凄いんだよ』なんて事言ってたので、詳しい事は知らない」
一行はリュカの言葉を信じ、取り敢えず洞窟を後にする。


洞窟を出た所でアルル達は多数のモンスターに囲まれてしまった。
バブルスライム3匹、魔法使い4体、サソリ蜂3匹…
「ぐっ!ちょっと数が多いわね!」
「愚痴ってもしょうがないだろ!ともかくやるしかない!」
「バブルスライムは私が『ニフラム』で何とかしますから、他をお願いします!」
「じゃぁ、私が魔法使いでウルフがサソリ蜂ね…いける?」
「やるしかないだ「魔法使いは僕が相手をしよう」

「「「え!?」」」
普段、戦闘に参加しないリュカが自ら戦いを申し出た!
つまりそれ程この状況はピンチなのである!
「ほら!呆けてないで…行くぞ!」
慌てて各々の相手に攻撃を開始する。
ウルフが新たに憶えた魔法、ヒャドで1匹のサソリ蜂を凍り漬けにすると、アルルが直ぐさま2匹のサソリ蜂を切り倒す。
ハツキもまた、憶えたてのニフラムでバブルスライムを消し去る。
その間、時間にして1分弱…

各々の相手を倒しリュカの戦闘を見学しようと振り向くと、戦闘前と同じ状況で立っているリュカが…
しかし、魔法使い4体は既に倒されていた…
《い、いつの間に…リュカさん、強すぎて参考にならない…》
3人共、全てではないにしろ戦闘中リュカの動きに注意をしていたのに、戦った痕跡を残さぬまま4体もの敵を瞬殺してしまったリュカに驚きを隠せない。

「さぁ…一旦レーベに戻るんでしょ?誰かルーラとか使える人居る?」
「ル、ルーラなんて高位魔法、使える訳ないよ!それにルーラは術者一人しか移動出来ないんだから!」
ウルフが少しの憤慨を込めて説明してくれる。
リュカの居た世界ではロストスペルであったルーラだが、この世界では普通に存在する様だ…
しかし、かなりの修練を積んだ者にしか習得できない高位魔法で、基本的には術者のみの有効範囲らしい…
「じゃ、サクサク行きますか!レーベまで5日くらいかかるし…」
5日という具体的な数字に、げんなりする若者3人…
アルルは情報収集の大切さを骨身に染みて理解する事となった…



<レーベ>

辺りが暗闇に覆われる頃、アルル一行はレーベに到着した。
早速宿の確保に向かったのだが、生憎部屋が埋まっていて大部屋を1つしか確保出来なかった。
兎に角疲れを癒したアルル達は大部屋で了承。
部屋に着くなり深い眠りに旅立った………リュカ以外は…

朝、アルルが目を覚ますと…リュカが居ない!
また外で小鳥と戯れているのかと思い広場へと向かう。
しかし居ない…
村内を見回ると村外から帰ってくるリュカを発見する。
「リュカさん、何処行ってたんですか!」
慌てて近寄り声をかける。
少し驚いた表情をするリュカ。
そしてリュカからは微かに女性物の香水の香りが…
「ちょ、ちょっとそこまでお散歩?」
《散歩な訳ない!きっと女と会っていたのよ!でも何処で?村の外に居るの?いえ、考えられない…じゃぁ何処で?きっと聞いても答えないだろうなぁ…》

腑に落ちない点も多々あるが、アルル達は朝の鍛錬を終え村内で情報収集をする。
程なく魔法の玉を制作していると言う老人の家を突き止めた。
向かう一行…

(コンコン)
アルルは丁寧にノックをして住人を呼び出す………が、出てこない。
「留守…かしら?」
「いや…気配はするよ。人嫌いって言われてたからね…居留守だよ!」

(ゴンゴンゴン)
今度はリュカが力任せにノックする。
「おい、爺!居んのは分かってんだ!大人しく出てこい!出てこないとドアぶち破って乗り込むぞ!」

(ゴンゴンゴンゴン…ガチャリ!)
鍵が開く音と共にドアが開き老人が顔を出す。
「やかましい!!いったい何の用じゃ!!用が無いなら帰れ!!」
「痴呆症ですか?用があるからノックしたんです。用が無ければこんな爺の面など見たくない」
この間、リュカの表情はいつも通りの優しい微笑み…若者3人はあからさまに引いている。

「………で、何用じゃ!」
「うん。魔法の玉を頂戴」
脈略も何もなく、ただ要点だけを言い放つリュカ…
「何で見ず知らずのお前等に魔法の玉をやらにゃならんのだ!」
リュカと老人の険悪なムードは続く…(老人の一方的な険悪ぶりですが)
「魔王バラモスを倒す為には必要なんです。お願いします、ご老人!」
堪らずアルルが口を挟む。

「ふん!お前等なんぞにバラモスが倒せるのか!?無駄な事に儂の発明品を渡すつもりはない!」
「そんなのやってみなければ分からないだろ!最初から諦める奴は嫌いだ!」
……………………………………………………
長い沈黙が続く…

「良いじゃろ…交換条件を達成したら魔法の玉をくれてやる」
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言うのはまだ早い!達成してからにせい!」
「んで、条件って?」
「儂はな『盗賊の鍵』という物を作ったのだが、『バコタ』という盗賊に盗まれてしまったのだ。それを取り返してこい!この玄関もその鍵で開く!取り返したのなら勝手に入って来るが良い!その時は魔法の玉をくれてやる」
バタン!ガチャリ!
一方的に条件を言って、また引きこもる老人。
「勝手だなぁ~」



 

 

空白の一昨晩

<レーベ>

アルル達は宿屋へ戻り作戦会議を行っている。
「さて、何とか魔法の玉の所在を掴んだけど…今度はバコタね!」
アルルが切り出す。
「バコタって言えば、アリアハンで名を轟かす盗賊だろ…捕まえるのは難しくないか?何処にいるのかも分からないし…」
ウルフが溜息混じりで意見を言う。

「バコタならアリアハン城の牢屋に居るよ」
リュカが状況打開の一言を発する。
「「「な、何でそれを知ってるの!?」」」
驚き詰め寄る3人…
「まぁまぁ…さっさとアリアハンへ行こうよ!ほら、『キメラの翼』も用意しておいたから」
アルル達は納得しきれないまま、リュカに促されアリアハンへと舞い戻る。



<アリアハン>

一行はアリアハン城下を城に向かい歩いて行く。
すると前方からうら若いシスターが一人駆け足で近付いてくる…胸を盛大に揺らしながら…
「あ!シスター・ミカエル!!」
嬉しそうに声を上げるのはウルフ。

しかしシスターはリュカに抱き付き話し出す。
「リュカさん!昨晩はありがとうございます。それと…楽しかったです…」
シスターは頬を赤らめ語り出す。
不満顔のウルフ。
シスターからは、今朝リュカから漂ってきたのと同じ香水の香りが…
《まさか…わざわざキメラの翼を使ってアリアハンへ戻ってたの?キメラの翼だって、ただじゃないのよ!………でもおかげでバコタの情報が手に入ったし……でも……》
やはり納得のいかない3人を伴い、シスターと別れ城の地下牢へと向かうリュカ。


「あ!!テメーは昨日の晩の!!テメーのせいで掴まっちまったじゃねぇーか!」
リュカは鉄格子越しにバコタと対面する。
「何言ってんだよ!ミカエルさんの財布をスったのが悪いんだろ!」
どうやらリュカは、昨晩シスター・ミカエルとデート中にバコタと遭遇し、財布を盗む現場を押さえた様である。

「まぁいい…そんな事より、盗賊の鍵を返してよ。本来の持ち主から依頼を受けたんだ!」
「あ゛?盗賊の鍵?………あぁ!アレなら『ナジミの塔』の爺に騙し取られたよ!」
「ナジミの塔?なんだそれは?馴染みの店みたいなもんか?行きつけか?…じゃぁ、その店の場所を教えろよ!」
「店の名前じゃねぇーよ馬鹿!そう言う名前の塔があるんだよ!」
「変な名前!バコタの次くらいに変な名前!!」
「うるせーよ!サッサと行けよ!そして死ね!」
バコタの暴言は止まらない。

「なんだ?悪い事して掴まったクセに、反省の色が見えないぞ!お仕置きしちゃる!」
そう言うとリュカは鉄格子の隙間から左手を入れバコタに向かって魔法を唱える。
「バギ」
(ヒュウ、ドゴ!!)
「うごっ………!」

リュカから発せられたバギには殺傷能力は無い、強力な風の固まりがバコタにぶち当たった!
「ほ~れ、バギ、バギ、バギ!」
「がはっ!…ごほっ!…ちょ、ごめんなさい!も、止めて…うごっ!!」
「うん。勘弁してあげる。悪い事したら反省するのが常識だからね!もうダメだよ、悪い事しちゃ」
「凄い………魔法を改造しちゃった…」
只今バギの魔法を懸命に修練中のハツキは、リュカの魔法の才能に心底憧れ、恋心と合わさり、とんでもない感情へと変化し始めている…
大変危険な兆候です!

「んで…そのナジミの塔って何処にあんの?」
「は、はい…アリアハンの西の小島に…あ!でも大丈夫です!更に西の岬に洞窟があって、そこからナジミの塔へは繋がってます!」
「うん。ありがとう。じゃぁ、僕達行くね。もう悪い事しちゃダメだよ。出所したら、全うに生きるんだよ」
リュカのバギが堪えたのだろう低姿勢なバコタの情報を元に、件の洞窟を目指すアルル一行。



<ナジミの塔への洞窟>

ジメジメと嫌な雰囲気を放つ洞窟を、度重なる戦闘に勝利しながら突き進む一行。
イヤ…言い直そう…度重なる戦闘に勝利する3人と戦闘をしない1人の一行…
更に言えば戦闘しないだけではなく、終始歌を歌いモンスターを呼び寄せるリュカ!因みに曲目は『YOUNG MAN』である!

「ちょ、戦闘しないのはいいとしてもさ、歌うのは止めてよ!」
肩で息するウルフの悲痛な叫び。
「あはははは!以前、息子にも同じ事言われた!」
「息子さんも苦労してるんですね…」
「でもさ…若い内の苦労は買ってでもしろって言うじゃん!良いんじゃね?」
本人が聞いたら間違いなく激怒するであろう発言をするリュカ。
会った事もないリュカの息子に、心底同情するウルフ。

「じゃぁ…そこまで言うリュカさんは、どんな苦労をしてきたんですか?」
単に歌われるより静かに語らせておく方がマシと思ったアルルの発言は、思わぬ重い話を引き出す結果へと繋がった。
リュカの幼少期の苦労話…
目の前で父親を…自分が人質になった為殺された話から奴隷時代の10年間…
口調は軽く、爽やかに話すものの、洞窟内と言う雰囲気と話の内容がマッチしてしまい、号泣し始める3人…
アルルにしては、幼い頃より同年代の女の子と遊ぶ事も許されず、勇者としての重荷を背負わされ、この世で最も不幸だと思っていた…
ハツキとウルフも同様に、幼い頃から孤児院で生きてきた自分はかなりの不幸だと思いこんでいたのである。
しかし、それでも…親を目の前で殺された事も無ければ、鞭で打たれ過酷な労働を強要された事も無い。

果たしてリュカと同じ人生を過ごしたら、リュカと同じように明るく爽やかな性格になっていたであろうか?
そう思った時、リュカに対する尊敬の度合いが飛躍的に上昇してしまう若者達…
道を踏み外す事の無いよう祈りたいものである…



 

 

ナジミの塔

<ナジミの塔>

リュカの過去話に目を真っ赤に腫らす程泣いてしまった若者3人と、そんな事気にもせず歌いまくりモンスターを寄せまくるリュカ達の一行は、洞窟を抜けナジミの塔の1階まで到達する事が出来た…半日以上使って…
外には黄昏が訪れ、アルル達も疲労のピークに達した為、体を休ませる事に意見は一致した。

「う~ん…何処か身を寄せて休める所は無いかな?」
元気だけは有り余っているリュカが率先して塔の1階部分を探索して行く。
すると、また地下へと下りる階段があり、その先から人の気配が漂ってくる。
もしかしたらバコタが言っていた老人が住んで居るのかと思い、リュカは3人を抱き抱えるように連れ込んだ。

「いらっしゃい」
しかし、其処に居たのは老人と呼ぶにはまだ早い、中年の男性が一人…
にこやかな顔でリュカ達の到来を歓迎する。
「………あの~…ここは何ですか?」
「ナジミの塔特別施設の宿屋だ!お一人2ゴールドでいつでも大歓迎だ!」
「失礼を承知で聞きますが…何でこんな所で経営を?」
さすがのリュカも慎重に質問を続ける…

「良い質問ですねぇ!」
ミスター・ニュースか貴様は!と言うツッコミをぐっと我慢するリュカ。
「此処ならライバル店もなくて良いと思ったんだけど…ライバル店どころか客自体が居ないんだよね!盲点だったよ」
《ヤバイ、コイツ馬鹿だ!まともに相手しない方がいい!》

「大変ですね…4人泊めてもらえますか?」
「もちろんだとも!4人で8ゴールド。前払いで良いかい?」
「食事は………期待しない方が良いですよね?」
「馬鹿にしちゃいけないよ!こう見えても若い頃は料理人を目指して修行したんだ!周りは海に囲まれているし、庭では野菜も作ってるんだ!私の料理だけを目当てに来る客も居るくらいなんだよ!」
《じゃぁ普通に町で経営してもやっていけるだろうに…》

「へー…じゃぁ、食事付きでお願いします。…あと幾ら払えば?」
面倒事を嫌うリュカは突っ込まない。ただ流すのみである。
「大丈夫!宿泊料に入っているから」
ウィンクする店主に苦笑いのリュカ…
ともかくは疲れを癒す事が出来るのはありがたい…



思いがけずベットで睡眠をする事の出来たアルル達は、朝から元気にナジミの塔攻略へ出立。
「あの宿屋…料理の腕前は一級品だったね」
リュカの感想に全員頷く。
「絶対、営む場所…間違えてるよね!」
またも全員頷く。


さて気を取り直してナジミの塔攻略!
この塔は2階以上の階に外壁が存在せず、吹き曝しの空間が存在する。
強烈な海風吹き込むそのエリアは、大変危険で気を抜くと外まで放り出されそうになる。
3人共リュカにしがみつく様に塔内を移動して行く。

「しかしハツキは結構胸が大きいね!今度、直に見せてもらいたいよ!」
リュカ以外の男性が発した言葉なら、間違いなくハツキの鉄拳が炸裂していたであろう。(意外にハツキは腕力があるのだ!)
しかしリュカの発言となると対応が変わる。
更に体を押し付けリュカの腕に胸を押し当てる。
程なく風の吹き込まない空間へ入りアルルとウルフがリュカから離れる。

しかしハツキはリュカの腕にしがみついたまま離れない。
「…あの…ハツキさん?…離れて…」
「でも…リュカさん、オッパイ好きでしょ!?」
「うん。大好きだよ!でもね…今は歩きづらいから…離れて…」
そしてハツキも、渋々離れる…
リュカに責任は取れるのでしょうか………………?


『フロッガー』や『人面蝶』と言ったモンスター達と幾度も戦闘をし、アルル達は最上階へと到達した。
其処には一人の老人が…
狭いが整頓された綺麗な部屋…
老人が一人で暮らしているとはいえ、明るい内装の部屋。

リュカは思わず叫ぶ。
「何だ此処!何でこの塔は人気なんだ?そんなに暮らし易いのか?」
「ふぉふぉふぉ…人嫌いの老人からすると暮らし易い事この上ないぞ!」
老人はリュカの発言に気分を害した風もなく、楽しそうに笑い出す。
「あの、ご老人…実は…」
アルルが意を決して老人に話しかける…が、
「これじゃろ!」
アルルの言葉を聞く前に、懐から1本の鍵を取り出しアルルに見せる。

「儂は夢でお前さん達に盗賊の鍵を渡すのを見たんじゃ…ほれ、持って行くが良い」
「ありがとうございます」
「うむ。礼はいい…早う世界を平和にしてくれ…」
アルルは力強く頷くと老人の元を後にする。
これで魔法の玉を手に入れれば、世界へ羽ばたく事が出来る!
打倒バラモスという目標へ近付く事が出来る!
アルル達の決意は強まった!
アルル、ハツキ、ウルフ、3人はそれぞれ強まった決意を胸に、塔を下りて行く…
リュカは…面倒事に首を突っ込んだ事に少々後悔をしている…
何でこの男がもてるのか些か疑問である?



<レーベ>

バン!
「爺!約束通り盗賊の鍵を取り戻してきたぞ!玉よこせ!」
勢い良くドアを叩き開け不躾に叫ぶリュカ…
「騒がしいのぉ~…ほれ、魔法の玉ならそこの箱の中に入っとる。勝手に持って行け!」
そう言い顎で部屋の隅にある箱を刺す老人。

アルルは箱に近付き開けようとする…が、開かない!鍵がかかっている。
「あの!開かないんですが!」
「鍵がかかったままじゃ開く訳が無かろう!開けて取り出せ!」
「………あの…鍵は?」
「何じゃ!?取り戻したんじゃ無いのか?それで開けてサッサと立ち去れ!」

「ん?ちょっと待て爺!それじゃ何か…この鍵が無かったら魔法の玉を取り出す事が出来なかったのか!?」
「それがどうした!?」
「だったら最初から言えよ!『鍵を盗まれて魔法の玉を渡せないんですぅ~』って!」
「ふん!どっちでも同じじゃろ!魔法の玉も手に入ったんじゃ、サッサと去れ!目障りじゃ!」
「このクソ爺~…言われんでも立ち去るわ、ボケェ!ほれ、鍵返すよ!」
リュカは老人の目の前に盗賊の鍵を晒す。
「いらんわ!元より世界を救う者達に渡すつもりで造ったんじゃ!持ってけ、馬鹿ガキ共!」
「………爺さんアンタ………」
リュカに先程までの剣幕はなく、老人を見つめる。
「もう用は無いじゃろ!こんな所で時間を潰してないでサッサと世界を平和にして来い!」
アルル達は老人に追い出されるように家から出る。

「あのお爺さん…結構良い人…みたいですね…」
ハツキの感想にリュカは、
「口が悪い、ムカつく!」
そう少し笑いながら答える。

随分と回り道をしたが、やっと魔法の玉を入手した一行。
これでいざないの洞窟の奥へ入る事が出来る…はず。
世界へ羽ばたける事を信じて、今日はレーベの宿屋で疲れを癒す。
リュカを除いて…
…あの男は今夜もコッソリ、アリアハンへ戻っていた…
そして夜は更け、朝が到来する…



 

 

旅の扉

<いざないの洞窟>

かなりの時間を浪費して再度この行き止まりへと戻ってきたアルル達。
此処で番をしているかの様に佇む老人に、魔法の玉を見せつけるアルル。
「どうよ!今度は持ってきたわよ!」
「ふむ…では、魔法の玉を其処の壁にセットして玉から伸びる紐に火を点けなさい」
アルルは言われた通り壁に魔法の玉をセットする。

「火は俺が点けようか?」
ウルフが申し出るが、
「ううん、大丈夫よ!私もメラを憶えたから」
そう言うとメラを唱えて火を点ける。

(ジュ~~~~~~)
そしてリュカが何となく感づく。
「………なぁ、爺さん…あの玉を使った所を見た事はあるのか?」
「壁が崩れて無いだろう!今回が初めてだ!」
「………!!ヤバイ!!!アルル、早く魔法の玉から離れろ!」
リュカは慌ててアルルに近付く!
そしてアルルの身体を抱き寄せ魔法の玉を背に蹲る!
「みんなも伏せろ!!!!」

(ドガーンンンン!!!!!)
強烈な爆発音が洞窟内へ響き渡る!



「み、みんな無事?」
耳鳴りが止まない状態のハツキが無事を確認する。

「お、俺は大丈夫…」
「儂も…大丈夫じゃ…」
そして尤も爆心地に近かったリュカとアルルに視線を向ける…
リュカはアルルに覆い被さるようにして動かない…
慌ててハツキとウルフは駆け寄る!

「大丈夫!?しっかりして!」
「わ、私は大丈夫…」
リュカの下にいるアルルが無事を告げる。
そしてリュカもノッソリと起きあがる!
「…ふ…」
「「「ふ?」」」
リュカが何かを言おうとしている…

「…ふ…ふざけんな!!何が魔法の玉だ!爆弾じゃねぇーか!!だったら『魔法の爆弾』とか『爆弾の玉』とか『爆』の字を付けとけよ!だいたい魔法は全然関係ねぇーじゃねーか!!」
リュカの怒りは収まらない。
「だいたいテメークソ爺!どういう物かも分からないで偉そうにしてんじゃねー!死にかけたぞコノヤロー!!」
一緒に被害にあった老人にまで怒鳴り出す。

「ま、まぁまぁ…落ち着いてリュカさん!」
宥めるアルル。
「ほ、ホラ、リュカさん…道が開けましたよ!」
宥めるハツキ。
「リュ、リュカさん…先を急ぎましょう!新天地には美女が居ますよ!」
宥めるウルフ。
リュカは怒りが収まらないながらもウルフの『美女』の言葉に反応し、新たに開けた道へ進み出す。
グッジョブ、ウルフ!





いざないの洞窟内部は、所々穴が開いており危険極まりない造りになっている。
そんな洞窟内を進行中、アルルがお礼を言い出した。
「リュカさん。さっきはありがとう。おかげで怪我一つしませんでした」
「うん。アルルが無事ならお礼はいいよ…」
「リュカさんこそ怪我は無いですか?」
「あぁ大丈夫…このマントはね『王者のマント』って言ってね、結構丈夫なんだ!『王者』なんて僕には似合わないけどね」
「そんな事無いです!リュカさんにとっても似合ってます!…その…か、格好いいです」
「ありがとう。でも以前、友人が…『王者?お前は違うだろ!』って言ってやがった!」
「その友人て…男の人ですか?」
「あぁ、ヘンリーって言う空気の読めない馬鹿だ!」
友人が男だと知って何故か安心するアルル。

そんなやり取りを聞いていてヤキモチを妬くハツキ。
「リュカさん!そのマントは凄いマントなのかもしれませんが、一応怪我がないか見せて下さい!私が治療しますから!ほら、背中見せて下さい!!」
ハツキは此処ぞとばかりにリュカの服を捲る!
そして強引にリュカの服を捲り出てきた背中を見て言葉を無くす…
傷だらけ…リュカの背中は傷だらけなのである。
それも全て古傷…鞭で打たれ、木材で殴られた傷…

「ごめんなぁ~…酷い背中だろ!?君達若者に見せる背中じゃ無いよね…」
言葉を無くし固まる3人に優しく謝るリュカ。
リュカの過去を聞き、酷い時間を過ごしたと想像をしてはいたが、証拠の傷を見て考えの甘さに落ち込む3人…
そんな3人を見て元気づけようと歌い出すリュカ。
そして戦闘が始まり、落ち込む余裕を奪い去られる。


幾度かの戦闘をこなし洞窟内を奥に進むと、3又に別れたエリアに到達した。
進むべき道がどれだか分からない…
「俺は左が怪しいと思うな!」
と、ウルフは左。
「私は真ん中が正解だと思います」
と、アルルは中央。
「う~ん…取り敢えず右から攻めませんか?」
と、ハツキは右。
自動的に決めるのはリュカ。

「別に僕はどの道でもいいよ。違ったら引き返せばいいんだし…」
「いいえ、リュカさんが決めて下さい!」
「そうだよ!戦闘は拒否ってんだから、こう言う所で活躍してよ!」
「さぁ、選んで下さい!ウルフかハツキか私か!」
「え~…じゃぁ、ハツキの選んだ道」
リュカは考えることなく選択する。

「何でハツキなんだよ!」
「そうよ!私、勇者なんですよ!」
「リュカさんは私の事が好きなんですよ!ね!?」
不満顔のアルルとウルフ、満面の笑みのハツキ。
そしてめんどくさそうな顔のリュカ。
「別にさぁ…好きとか嫌いとかじゃ無くて…オッパイの大きい人を選びました。以上!」
リュカは不平を言う3人を無視して、自分の選んだ道へ突き進む。

暫くすると行き止まりになっており、其処には旅の扉と呼ばれる青く美しく渦巻く装置が存在した。
「うん。やっぱりオッパイの大きさと物事の真実はイコール関係にある」
リュカの意味の分からない納得に、納得のいかないアルルとウルフは他の通路の確認を要求する。
しかし、
「めんどくさいからヤダ!」
と拒否られ、サッサと旅の扉に入ってしまったリュカを追いかける事で断念せざるおえなかった。


旅の扉を抜け洞窟より外へ出た一行は、辺りが夜の帳に包まれている事に驚いた。
「あれ?もう、夜!?早いなぁ…」
「本当ね!そんな長時間洞窟内に居たつもりは無かったけど…」
「夜動くのは危険だし、野営の準備をするか…」
リュカの提案は採用され、一行は野営の準備に取り掛かる。
新たなる土地に足を踏み入れた事への感動もなく、ただひたすら休む事だけを考えるアルル達…
リュカの影響力か、それとも天然なのか…




 

 

別世界より①

<グランバニア>

リュカが本へ吸い込まれてから2時間程が経過したグランバニアの国王執務室では…
リュカの息子のティミーと叔父で国務大臣のオジロンが、眉間にシワを寄せて黙り込んでいる。
「………はぁ………困ったもんだ………」
長き沈黙の後、溜息混じりで口を開いたのはオジロンであった。

「リュカは厄介事を呼び込む体質らしい…」
「あの人が居るがぎりトラブルの種は尽きないでしょう…」
リュカは一応グランバニアの王である…
他国で大臣等が自国の王に対して、この様な物言いをすれば不敬罪として処罰されるであろう!

しかしこの国の王はリュカである…
例え本人の前で言ったとしても『あはははは、1個も言い返せない』と言うだけで終わるだろう。
それが良いのか悪いのかは分からない。
それでも、この国の王であるリュカが行方不明になってしまったのは一大事なのである!


(バン!!)
乱暴にドアが叩き開けられ、王妃のビアンカが入室してきた。
「リュカが本に吸い込まれたというのは本当!?」
一言で言えば不機嫌…それが今のビアンカの表情だ!
「情報が早いですね、母さん。誰が言い触らしたんですか?」
「マリーよ…」

マリーとはリュカとビアンカの次女の事である。
そのマリーがビアンカの後ろからヒョコっと顔を出す。
「はぁ…マリーは誰から聞いたの?」
可愛い…既に嫁いだ妹より遙かに可愛らしい妹に、優しく問いただすティミー。

「うん、あのね…私、お父様にご本を読んでもらおうと思って、この部屋の前に居たの。そうしたらお兄様が大声で叫んでいるのが聞こえてきたのよ。だからお兄様が原因よ」
口調は可愛らしいのだが、内容が意外と辛辣で思わず彼女の姉を思い出してしまうティミー…

「………母さんもマリーも他の人には言ってないですか?」
「はい!お兄様!」
「言う訳ないでしょ。それより私の事は陛下と呼びなさい!貴方、一介の兵士なのよ!貴方が身分隠して兵士になるって言ったんでしょ!自分でバラしてどうすんのよ!」
母は母で、父の行方不明に対し不安と悲しみから、普段ではあり得ないようなキツイ口調になっている…
そして、その事を考慮に入れず秘匿しようとした自分に反省するティミー。

「す、済みません。王妃陛下」
「お兄様怒られちゃったね。元気出して」
ティミーはこの妹が愛らしくて仕方ない!
もう一人と違い、性格が父親に似なかった事を喜ばしく思っている。
「マリーもお兄様と呼んではダメよ!コイツはただの下っ端兵士よ!」
「はいお母様。よろしくね、下っ端さん」
ただ少し…言う事にトゲがあるのが難点だ…誰に似たのやら…

「さて、そんな事より…状況を詳しく説明して下さい」



「……と言う訳で、気付いた時には国王陛下は本に吸い込まれてました…」
「その本には、その後誰も手を付けて無いのね?」
「はい。吸い込まれたく無いですから…」
ビアンカはティミーの言葉を気にもせず、本のページを捲り始める。

「あ!ちょっと…母さ……陛下!不用意に触っては危険です!」
「触らなきゃ調べられないでしょ!雁首並べて唸ってても、リュカは戻って来ないのよ!」
ペラペラとページを捲り本を調べるビアンカ…
「何これ!?殆ど白紙じゃない!」
「はい。国王陛下もその事に憤慨しておりました」

「で、リュカは勝手にタイトルを書き換えたのね…」
ビアンカはタイトルページに戻るとリュカが書いた『そして現実へ…』の文字を指で撫でる…
そして再度次のページを開き、中途半端に書き綴られた本文を黙読する。
その光景に違和感を感じたティミーはビアンカに近付き本を覗き込む。
「母さん…失礼…王妃陛下。国王陛下はタイトルの続きページには何も書かれて無いと、憤慨してました…ですが、今この本には内容が書かれてます。中途半端ではありますが…」
「良い所に気付いたわね。さっきから見てるけど、少しずつ文字が増えているわ…この本!」
「え!?それって…」
「そうよ。今まさに物語が進行中なのよ。そして進行させているのが…リュカ…」
それは驚愕の事実である!

人間が本に吸い込まれ、その人間が物語を紡ぎ出して行く…
「読んでご覧なさい。登場した人物の描写を…」
ティミーは2ページと書かれていない内容を読みだす。
「確かに…この口調もあの人らしい…」
ティミーには文字を読んでいるにも拘わらず脳内で、あの緊張感の欠落した声が響いていた。

「でも…それなら心配する必要は無いのでは?この物語が完結すれば、戻って来ると思いますが…」
「貴方はこの物語の結末を知ってるの?」
ビアンカの冷たく厳しい口調に、皆緊張する。
「い、いえ…結末は…」
「リュカが物語りの途中…いえ、最後でもいい…死んでしまったらどうするの?此処までを読む限り、魔王討伐という冒険の物語よ!」

ビアンカは恐怖と不安の混じった声で呟く。
思わずティミーはビアンカの顔を見つめてしまった…
青く美しい瞳にはリュカに対する心配と不安で満ち溢れている…
この母にとって、父は全てなのだ…

「では救出しないと!」
オジロンが声を震わせ叫ぶ!
「えぇ、そうね。異世界へ行く方法を探さないと…ティミー、貴方はこれから特使としてラインハットへ行きなさい」
「特使…?ラインハットへ?」
「どうせ国王不在は知れ渡るわ!だから正式に世界中へ通達します。こうしておけばグランバニアへ侵略しようとしている国に対しての、対抗措置を取りやすいでしょ」
「しかし…可能な限り秘匿した方が…」
国務大臣として国政を預かるオジロンは、国王不在を極力隠したいのだ。

「オジロンの心配も分かるけど、何時知れ渡るか分からないと動きづらいのよ!バレないようにと制約がつきまとうから!」
「なるほど…」

「で、王妃陛下は私に何をさせたいのですか?」
「まずラインハットに知らせて軍事、政治両面で支援をしてもらいます。ラインハット以外に此処まで期待できる国はありません。それからポピーを連れてきて下さい」
「………ポピーを~…混乱に拍車がかかりませんか?」
双子の妹であるポピーに、この事態に協力を依頼する事に難色を示すティミー…
彼は妹をトラブルメーカーだと思っている。

「貴方がルーラを使えればあの娘には頼りません!」
「………なるほど…ルーラ…ですか…」
「ポピーに接触したら、直ぐさまマーサ様をグランバニアにお連れして下さい。異世界への門を開くのにマーサ様のお力が必要になるかもしれません…」

テキパキと指示を出すビアンカ…
ティミーはそんな母を見て《このまま女王に就任してくれればいいのに…》と、とんでもない事を考えてしまっていた…
別に父の事が嫌いな訳では無い!
しかし、あの父の部下として日常を送っていると、時折イヤになってしまうのだ…
それがリュカという男である。

「それと!…もう一つ重要な事があります」
「そ、それは?」
「この本の管理です!」
「………何故…それが重要なんですか?」

オジロンは有能である。
ただそれは政においてであり、軍事や陰謀事には向かない。
「この本が燃やされたらリュカがどうなるのか分からないわ…」
「………なるほど…では、どのように管理しますか?」
「この部屋ごと管理します。私とスノウとピエールで指揮します。配下はモンスターのみで構成します。私達3人の許可が無い限り、オジロン…貴方でもこの部屋への入室は禁止します!よろしいですね!?」
こうして緊迫した状況のまま事態は進んで行く…

どちらの世界でもリュカだけが緊張感無く事態を受け入れている。
一番の当事者なのに、一番他人事の様に…



 

 

ロマリア

<ロマリア>

アルル達がロマリアへ着いたのは、空が黄昏に染まる頃だった。
ロマリア大陸のモンスターは、アリアハンとは比べ物にならない程強く、一行の進む速度は上がらない。
それでもアルル達にたいした怪我が無いのはリュカのスカラのおかげだろう…

「やっと着いたわね…」
「…敵…強いですね…」
「疲れた…早く宿を確保しようぜ…」
アルル達若者3人は、少し離れた所で町娘をナンパしているリュカを無視して宿屋へ入る。
各人、荷物を置いたらロビーに集合。そして近くの酒場へ食事に出かける。

すると其処にはリュカが居た。
先程ナンパしていた女性とは、違う女性を伴ってイチャイチャ食事をしている。
「何であの人あんなにもてるの?」
思わずウルフはアルルとハツキに訪ねてしまう。
「……だって…格好いいじゃない!」
アルルの言葉に頷くハツキ。
男としては少し納得のいかないウルフ…

「…にしても、リュカさんの好みって胸の大きい女性?」
「その様だな。あの人も、さっき口説いてた人も胸大きかったな」
「しっかり胸だけはチェックしてんの?エロガキね、ウルフは!」
ハツキのツッコミにむくれるウルフ。

「でも、だとしたら何で私には手を出さないの?」
「胸だけ大きくても、その他がガキっぽいからじゃないの?」
ハツキの嘆きに間髪を入れず突っ込むアルル。
「だとしたら、胸まで父親に似てしまったアルルには、永遠に興味を示さないでしょうね!」
「「………………………」」
険悪な雰囲気になる少女達。
居た堪れないウルフ。

3人が黙々と食事を続けていると、軽そうなノリの青年2人がアルルとハツキに声をかけてきた。
「ねぇねぇ!君達この辺じゃ見かけないけど何処から来たの?」
と、男A。
「この先にスゲー旨いカクテル出す店あんだけど、一緒にいかない?」
と、男B。

彼らの名誉の為に記載しておく。
彼らはそこそこ美形である。
10人の女性に声をかけたら8人は誘いに乗るぐらい美形である。
しかし彼らの不運は、彼女らの男性基準がリュカであることだ。

「失せろ、不細工!」
ちょいキレ気味のアルルの発言。
「一緒に居る所を他人に見られたくないの!離れて下さい!」
イラついてるハツキの発言。

懐からゴールドを取り出し、勘定を終え店を出るウルフ。
店内の喧噪を見ないようにして酒場の扉を閉める…
その後の事はよく知らない…
怖くて2人には聞けない…
ただ分かっている事は、酒場が営業停止になるほどボロボロになったにも拘わらず、少女達にはかすり傷一つ付いていない事である。





「そなた等がアリアハンから来た勇者達か?」
「はっ!私は勇者オルテガの娘、アルルと申します」
ここはロマリア城の謁見の間。
傅くアルル達の前に、ロマリア王とその王妃が玉座に座っている。
「よいよい…こう言う畏まったのは苦手でな…全員面を上げよ。楽にせい」

その一言を待っていたとばかりに傅くのを止めるリュカ…
その行為に、さすがに驚くロマリア王。
「ま…まぁ、何だ…我が国も勇者達一行に援助をしたいのだが、そうもいかん。恥ずかしい事に我が国も苦しくてな。それに、そなた等が本当に魔王を討伐できるか分からぬからな…」
「いやいや、王様!何も小遣いやるだけが援助じゃ無いでしょう!通行許可を与えてくれるだけで良いッスよ!西へ東へフリーパスってね」
本当に他国の王と謁見しているのか、疑いたくなるような口調のリュカ。

「貴様ー!!それが陛下に対する口の利き方か!!」
もちろん激怒する家臣。
「何だよ!王様が楽にしろと言ったから、楽にしてんじゃん!アレだよ、君…王様が許可したのに、家臣がキレると王様の度量の狭さをアピールしている事になるよ。僕、他の国に行ったら言っちゃうよ『楽にしろと言ったから楽にしたら、ブチ切れた小者が納める国だった』って…ベラベラ喋るね!」
リュカは元の世界で、この様な態度で外交問題を悪化させた事が何度もある。

「ふぉふぉふぉ…面白い!お主、名は?」
「リュカです」
「うむ、リュカよ!余もざっくばらんに話そう。実はな…勿体ぶったのは、やってもらいたい事があったからなのだ!その為に『援助できん』などと言ってしまったのだ…」
「まぁ、こう言うのは駆け引きですからね」
「我々に出来る事であれば何なりと!」
リュカのやり取りに胃が痛くなってきたアルルは、リュカが何か言う前に引き受ける事を了承する。

「うむ。カンダタと言う盗賊団が我が国の『金の冠』を盗んだのだ!それを取り返して来てほしい」
「見事取り戻せたなら、褒美を取らせましょう」
王妃がリュカを見つめ妖しく微笑む。
「別に人の女に興味ないから、褒美と言われても…ぐふっ!」
とんでもない発言をするリュカの鳩尾に、アルルの拳がめり込む!
「ご褒美を戴くまでもなく、全力を尽くさせて頂きます!では、早速行って参ります!」
蹲るリュカを引きずるように、アルル達は謁見の間を後にする。



「信じらんない!私、胃が痛くなったわよ!」
「まぁまぁ…落ち着いてアルル」
「そうだよ。リュカさんらしかったじゃん!」
早々に宿屋へ戻った一行は、リュカを囲み騒ぎ出す。

「リュカさん!不敬罪って分かります!?重いんですよ!!」
「言葉の意味は知ってるけどさぁ…でも、僕の国ではあんなもんだよ。不敬罪になった奴いないよ」
「何ですか、そのネジの緩い王様は!」
「あはははは、1個も言い返せない」
笑っている場合じゃ無いはずなのに、大爆笑のリュカ。本当、ネジが緩いのかもしれない…

「なぁ、アルル。安易に金の冠奪還を受けたけど、カンダタって奴が何処に居るのか分かってるのか?」
「こ、これから情報を集めるの!」
ウルフの冷静な指摘に、焦りまくって答えるアルル。
「僕知ってるよ」
そして何故か情報だけは持っているリュカ。

「此処から北西の山脈の向こうに『シャンパーニの塔』があって、其処がアジトらしい」
「………情報源は?」
聞くまでも無い事なのだが、聞かずにはいられないハツキ。
「うん。昨晩、一緒に食事した娘がベットで教えてくれた。因みに山脈越えはきついから、一度北の『カザーブ』という村に寄ってから迂回した方が良いってさ!」
「じゃ…じゃぁ、目的地は決まったわ!出発は明日早朝ね!今の内に装備を揃えておきましょう!」

若者3人は装備を一新する為城下を彷徨い、リュカは今宵のお相手求め城下を彷徨う。
新たな装備は手にはいるのか…
新たな情報は手にはいるのか…
新たな命を紡ぐのだけは勘弁してほしいものである…



 

 

商人

<ロマリア領>

首都ロマリアから北へ進むと、木々の生い茂った険しい山道が続く。
昨今ではモンスターのみならず、山賊も出没する危険な道。
アルル達は襲い来るモンスターを撃滅しながら突き進む。
彷徨う鎧や軍隊がに、キラービーなど…
敵は強くアルル達は苦戦の連続である。
しかし若さのおかげか、一戦毎に実力は向上している。

日も暮れかけ野営の準備に取り掛かると、不意にリュカが辺りを気にし始めた。
「悲鳴が聞こえた!」
「「「え!?」」」
リュカの一言にアルル達も耳を澄ます。



「何も聞こえないわよ…」
木々のざわめき以外何も聞こえない…

「いや…美女の悲鳴だ!」
「何で悲鳴だけで美女だと分かるんだよ!」
ウルフのツッコミを無視して、森の中へ走り出すリュカ!
「ちょ、待ってよ!」
慌ててリュカを追いかける3人。




「キャー!!!」
「ガタガタうるせー!いい加減観念して犯されろ!気持ち良くしてやっからよぉ」
4人のごろつき風の男達が、1人の女性を押し倒し手足を押さえ付けている。

「あんた等ウチのボディーガードやろ!そう言う契約やったやん!」
「馬鹿かねぇーちゃん!あんな端金で雇われると思ってんのか?」
「ぎゃはははは!謝礼はオメーの身体だよ!」

男の一人が女の服を破り取る!
「キャー!!」
「へへへ、顔はガキっぽいが体は最高だな!」
破り取られた胸元から、かなりの大きさの胸がこぼれ出る。………巨乳です!

「イヤー!」
「ここは通常の街道からはかなり外れてんだ!人なんかこねーよ!騒いでねーで、大人しく楽しめよ。最高の時間にしてやっからよ!」
男は徐に女の上に被さり行為を始めようとした、その瞬間…
女の上で四つん這いになっていた男が、大きく吹き飛んだ!
そして他の3人も訳も解らず身体に強い衝撃が走り、後方へ吹き飛ぶ!

「お美しいお嬢さん。無事ですか?」
衣服がボロボロの女性に、自分のマントを羽織らせ優しく問いかける男、リュカ。
「あ…あぁ、平気や…犯される寸前やったけど、まだ処女や。」
それを聞いて優しく微笑むリュカ。
女の方もパニックからか、リュカの魅力なのか分からないが、不必要な情報まで伝えてしまってる。

そしてようやく追いついたアルル達3人。
「本当に美女の悲鳴だったんだ…」
呆れ感心するウルフ。
「しかしよくこんな遠くの悲鳴が聞こえたわね!」
呆れ驚くアルル。
「美女の悲鳴だったからね!そうじゃなきゃ聞こえないよ」
「悲鳴に美女も何もないでしょう…」
呆れ疲れるハツキ。

そこへ、ごろつき4人集が復活し戻ってきた。
「テメ~!不意打ちとは卑怯じゃねーか!」
「か弱い女性を、男4人がかりで襲ってるヤツらに言われたくない!」
「うるせー!ぶっ殺してやる!」
「おい、よく見りゃいい女を2人も連れてるじゃねーか!」
「へへへ…おい、にいちゃん!命が惜しかったら女置いて消えな!」
ごろつき4人集は各々武器を手に近付いてくる。

「お前等こそ、武器を捨てて消え失せろ!相手するのが面倒だ!」
「てめー、ぶっ殺してやる!」
「それ、さっき聞いた。他にボキャブラリーは無いの?」
リュカの安い挑発に、カッとなった1人が襲いかかる!

しかし次の瞬間、男の頭はリュカの杖に吹き飛ばされた。
頭部の無くなった体から、勢い良く血が噴き出し辺りを染める。
ごろつき4人集は、ごろつき3人集となり目に見えて怯んでいる。

「テ、テメ~…お、俺達が誰だか知っててやってんのか!?」
「え!?何?有名人なの?じゃぁ、サイン貰おうかな!…ペンが無いから、お前等の血をインク代わりにするけどね!」
脅し文句と共に、1歩踏み出すリュカ。
「お、俺達は、カンダタ一味だぞ!カンダタ親分がオメー等をぶっ殺すぞ!」
腰が引け、声が裏返る男を見てリュカは更に脅しをかける。
「さっきお前等が言ってたろ!ここには人が来ないって。」
「だ、だからなんだよ!」
「誰がカンダタ親分にチクるの?お前等全員ここで死ぬんだから、チクれないでしょ!」
リュカが満面の笑みでごろつき3人集に近付く。
そして…………






「ホンマ、危ない所を助けて頂きありがとう。ウチはエコナ。まだ駆け出しやけど商人や!」
一行は当初の野営場所へ戻り、自己紹介から始めた。
エコナは大商人になる為、世界を旅し修行している駆け出し商人だ。
アルル達も自己紹介をし、自分たちの旅の目的を告げる。

「ほな、おたく等が勇者様ご一行なん?」
「まぁ…便宜上は…」
「ほんなら、ウチも一緒に付いていってええか?ウチ、目的地があるわげじゃないねん!ただ世界中を巡って、見識を広めたいねん!」
「それは構わないけど、私達の旅はとても危険なものよ!それでもいいの?」
「心配無用や。さっきみたいに4人がかりじゃムリやけど、ウチとて多少は戦えるんや!…それにリュカはんと一緒の方が安全そうやん!」
先程リュカの強さを目の当たりにしたエコナ。
「まぁ…そんな訳や。よろしゅうたのんます」

「ところでリュカはん。ウチ、服がボロボロやん…代えの服も無いし、カザーブまでマント貸してほしいねんけど、それじゃリュカはんも困るやん」
「いや、別に「ほんでな、二人抱き合っていればマントを二人で使えると思うねん!」
エコナはここぞとばかりにリュカに色目を使い、胸を押し当て落としにかかる。
リュカを無料のボディーガードに仕立てるつもりだ。

「いいね!も、ぎゅーっと抱き合っていようか!」
「良くありません!私の代えの服を使って下さい!」
苛つくアルルが自分の服を差し出した。

「アンタのじゃ胸がきつそうで着られへん」
差し出されたアルルの服を見て言い切るエコナ。
「じゃぁ、私のを使って下さい!絶対着れます!」
ハツキは強引に服を渡してエコナをリュカから引き離す。

《男はここにもう一人居るのに、何で俺は相手にされないんだ?》
ウルフが女3人のやり取りを憮然と見つめていると、マントを返してもらったリュカが小声で話しかける。
「ウルフ。女の子に相手してほしいのなら、自分から声をかけないとダメだよ。待ってたって何も起きないよ!」
はたしてウルフは、どんな大人になるのか楽しみである。



 
 

 
後書き
新規参入キャラの口調について…
今回より新キャラ『エコナ』が登場しましたが、
彼女は大阪弁風の口調をしておりますが、
あくまで『風』…つまり似ているだけです。
「そんな喋り方ない!!」とか「バカにしてるのか」などと言うクレームは、
一切受け付けております。

何度でも言いますが、大阪弁風なだけで大阪弁ではございません。

また、方言をバカにする目的で書いてるつもりはございません。
万が一その様に感じられたのなら、それは作者の表現力(力量)不足によるものです。
御不快感をあたえた旨、深く陳謝致します。


蛇足ですが、
エコナはフレアさんレベルです。(例のアレが!)
 

 

カザーブ

<カザーブ>


「♪前も後ろも山ばっかー♪」
リュカが勝手な歌を歌いたくなる様な村…カザーブ。
リュカの歌通り四方を山で囲まれている。
アルル達は着いて早々、エコナの装備を揃える為、武器屋や道具屋をハシゴする。

「なぁなぁリュカはん!これなんてどう?ウチに似合う?」
「うーん…折角胸が大きいんだから、もっと胸を露出した服はどう?僕はそっちの方が好き」
「ほな…これは?」

休日のショッピングモールでキャッキャウフフとイチャつくバカップルの如く、リュカとエコナはショッピングを楽しんでいる。
それを恐ろしい形相で睨むアルルとハツキ。
更にウルフは女の扱い方の手本としてリュカの言動をメモしている。(大丈夫か?)

「早くしなさいよ!日が暮れちゃうでしょ!」
「ウチ等には気をつかわんでええよ…アルル達は先に宿へ戻ってて下さい。ウチ等はウチ等で勝手にやりますから」
「うん。自由行動ね」
そう言ってリュカとエコナは別の店に入って行く。
二人きりにしたくないアルルとハツキは、渋々ついて行く。
ウルフは…言うまでもない…


一通りの物を揃えたエコナは、リュカを伴い村の酒場でディナーデートを敢行する。
だがアルル達も一緒の為、どう見てもただの食事会である。

大して広くない店内には、若いカップルが先客として食事をしている。
5人はテーブル席に座る。
「ウチは取り敢えずビール!みんなは?」
ほぼ座ると同時にエコナは叫ぶ。

「私達は未成年です!お酒は飲みません」
「ウチかて18や!気にしたら負けやで。リュカはんは飲むやろ?」
「お酒嫌いだからいい!」
リュカは表情を渋らせ拒絶する。

「リュカはん、飲めへんの?」
「う~ん…飲めるけど、強くないし…良い思い出が無いから…」
「何や?そのヤな思いでって!酔って上司殴ったん?」
下世話な話に興味津々のエコナ。
エコナ程では無いが聞きたがっている他3人。

「うん…実はね…僕に初めての子供が産まれた日に、以前から準備されていたパーティーがあったんだ…しかも僕が主賓の…本当はパーティーなんて出たくなかったんだけど、出ない訳いかないじゃん。で、イヤイヤ出席して無理矢理酒飲まされて、気が付いたら気絶してて奥さんが魔族に攫われてた…」
リュカの話は続く…
身内に居た裏切り者の事、その後8年間の石像化、生まれたばかりの双子は8年間も両親が居なかった事…
孤児として育ったハツキとウルフ、そしてやはり孤児のエコナはリュカの子供に共感を覚え涙する。

アルルもリュカの人生の壮絶さに言葉も出ない…
「おいおい…泣くなよ…今はもう幸せだよ。みんな…」
「そか…子供は親と一緒に暮らすのが一番幸せや!」
「うん。そうね!早くバラモスを倒して、世界を平和にしないとね!」

「あの…すみません…」
アルルの言葉を聞いた隣席のカップル(女)が、不意に話しかけてきた。
「バラモスを倒すという事は…貴女達は勇者様ですか?」
「べ、便宜上は…」
たじろぐアルル。
「ではお願いがあります。ここより北に行った所にある『ノアニール』と言う村をお救い下さい!」



カップル(女)の説明では、10年程前から村人が皆眠ってしまう呪いにかかっているらしい。
何故呪いがかかっているのかは分からない様です。
カップル(女)は幼い時に父と共に村を出たが、弟が村で長き眠りについている…
「お願いします!どうか弟を…」
泣きじゃくりながら懇願するカップル(女)…
「わ、分かりました…ひとまず調査をしてみますから…」
辟易するアルル…
一行は逃げる様に宿屋へ戻り、作戦会議を始める。


「どうすんだよ。カンダタから金の冠を取り返す途中だろ!」
安請け合いをするアルルに、ウルフが不平を言う…
「分かってるけど…ほっとけないでしょ!」

「じゃぁ…どちらから先に行きますか?」
「そんなん簡単やん!寝ぼすけ共にはもう少し寝ててもらって、先にカンダタや!カンダタは遠くに逃げてしまう可能性もあるかもしれへん」
「じゃぁ決まりね!明日早朝にシャンパーニの塔を目指します」

話が決まった所でリュカが口を開く。
「どうして僕の部屋で作戦会議をしてるの?」
「だって…他の人の部屋じゃ、リュカさん会議に出席しないでしょ?『僕は決まった事に従うよ』って言って!」
「う~ん…そうだね。でも、僕が居たって会議に参加しなければ同じじゃない?」
「そんなことはないわ!後で説明するのは面倒なの。一緒に居れば説明を省けるでしょ!」
「なるほど!納得しました。…もう会議終了だよね。解散だよね」
「ええ…お疲れ様…」
「じゃぁ、僕…散歩してきます」
「ちょっと!明日は早いのよ!寝不足じゃ困るんだけど!」
「あはははは、大丈夫だよ!僕は戦わないから!寝不足OKでしょ!じゃぁね~」

各自が自分の部屋に戻る中、リュカだけが宿屋から外出して行く。
阻みたいが阻む手立てがないアルル…
恨めしそうにリュカの背中を見つめ、大きく溜息を吐く…
自分の部屋に呼ぶ事が出来れば、どんなに嬉しいかと…




翌早朝…
一向に起きてこないリュカとエコナを起こすべく、3人は二人の部屋に突入する。
リュカの部屋はもぬけの殻…
仕方なくエコナだけでも起こそうと、部屋を大きくノックして中に突入すると…
裸のエコナが裸のリュカに重なる様にして寝ているではないか!

「な…な…何してるんですか!!」
「やぁ…おはよう…もうちょっと静かにしようよ…周りに迷惑だよ」
「ホンマにねぇ~…もうちょい静かにしてほしいわぁ~」
この状況を見られても気にしない2人…
それどころか優雅に目覚めのキスをしてから仕度を始める2人…
「いいなぁ~…」
ハツキが小声で羨ましがる…
間違った道に進んでいる事に気付いてほしいものである…



 

 

シャンパーニの塔

<カザーブより南西>

潮風が心地よい平原をモンスターの雄叫びが轟く。
毒いもむしにギズモ…
襲い来る敵も強力になって行く…

しかしアルル達も成長著しい!
アルルがメラを唱え、ハツキが憶えたてのバギでとどめを刺す。
敵の数が多ければ、ウルフがギラを唱え蹴散らす。
新メンバーのエコナも、鉄の槍で敵を葬り去って行く。
5人パーティーで、1人何もしないのは何時もと同じ…
それでもエコナの参入でフォワード要員が増え、パーティーバランスが向上した事は喜ぶべき事だ。


「お!?見えて来たでー!アレがシャンパーニの塔や」
カンダタ一味が根城にしている塔…
強い潮風に晒されながらも、威風堂々とそびえ立つその塔に、一行は進入する。


<シャンパーニの塔>

塔の内部は何処からともなく腐敗臭が漂っている。
「この匂い…何?」
アルルは顔を顰め、ハツキはいまにも吐きそうだ。
怪訝な表情で進むリュカは、塔の片隅の部屋で不愉快な物を発見する。

其処には大量の死体が無碍に放置されている場所…
「な、何これ…!」
「何でこんなに死体があるんだ?」

100体は超えているであろう死体の山…
既に白骨化しているものから、腐敗の著しいもの…
先程捨てられた様な死体まである。
死体の7割はロマリアの兵士と思しき恰好だが、残りはどう見ても兵士ではない。
中には衣服を引き裂かれ、レイプされた形跡のある女性の死体や、年端もいかない少女の死体…
「酷い…」

あまりの光景に言葉を失っていると、部屋の奥から人の息づかいが聞こえてくる。
「奥に誰か居る様だ…」
リュカが声のする方へ進み行く。

其処には更に不愉快な事を行っている男が1人いた。
まだ6.7歳の少女を犯す男…
その少女も今は息がない…
だが、つい先刻まで生きていたのであろう…

多くの男に犯され息絶えた少女を、ここに捨てに来た…そしてこれで最後とばかりに欲望を少女の死体へぶつけている…この男のしているのは、そんなとこだろう!
「いい加減にしろ!」
リュカが男の脇腹に強烈な蹴りを入れる!
「ぐはぁ!」
大量の血と共にその日の食事を全て吐き出し男が唸る。
「な、何だ…デメ~!?」

「うるさい!貴様に名乗る名前はない!カンダタはこの上に居るのか!?」
「へへへ…お前等もロマリアに頼まれた連中か…サッサと上に行ってぶっ殺されてこいよ!そっちの女3人も犯されまくって死体になったら俺が抱いてやるぜ!」
リュカは徐に男の頭を鷲掴みにすると、そのまま力を込めてゆく!
「うぎゃぁぁぁぁぁ!」
(ぐしゃ!)
腐ったリンゴを握り潰すかの様に、リュカは男の頭を握り潰した!
そしてリュカは黙って歩き出す。
アルル達は慌ててリュカに続く。
リュカの怒りが伝わってくる為、無言のままついて行く。


塔を上へ進む中、カンダタの子分達がリュカを見つけ襲いかかってくる。
アルル達は素早く臨戦態勢をとろうとするが、剣を抜く間もなくリュカが敵を蹴散らし、戦闘が終了する。
目の前で目撃しても、リュカが何をしたのか分からない程一瞬で…
《何なのこの強さ…強いとは思っていたけどこれ程とは…》
アルルだけではない…他の3人もリュカの強さに驚かされるばかりだ…


最上階へ着いたリュカ達は、まさに歪んだ欲望の宴を目撃する…
2人の女性を15人が代わる代わる犯しているところだ!
「あ゛?何だテメー!何処から入って…ぐはっ!」

15人いた裸のブ男達は一瞬でこの世から消え去り、奥の部屋からカンダタらしき大男が姿を現す。
「な、何だこりゃ!?どういう事だ!」
「お前がカンダタか?」
「そう言うテメーは誰だ!?」
「そんな事どうでもいい…金の冠を返せ!そうしたら一瞬で殺してやる!」
室内の状況を見定めたカンダタは、慌てて奥の部屋に引き戻りドアに鍵をかける。
リュカは勢い良くドアにタックルするも、意外に丈夫でなかなか突破できない!
「リュカさん退いて!」
ウルフがリュカに退く様に指示する。
「イオ」
そしてドアに向けイオを唱えた!
(ドカーン!)
ドアは吹き飛びリュカが突入する!

まず正面に見えたのは、窓の外で両手を縛られ宙吊りになる裸の女性…
その女性の頭には金の冠…
女性の両手を縛り吊すロープは、室内を通って部屋の反対側の窓辺に立つカンダタの手に…
「おっと!俺様はキメラの翼を使って逃げさせてもらう!俺の事より、女を気にした方が利口だ!じゃぁな!」
そこまで言うとロープから手を放しキメラの翼で飛んで行く…
女性は支えを失ったロープごと地上に落下し始める!
慌ててロープを掴むリュカ!
「くっ!何てヤローだ!」
女性は2メートル程落下したが、リュカのおかげで大事は免れた。




ひとまずは女性達に衣服とキメラの翼を渡し、各々先に帰らせた。
「カンダタ…逃がしちゃったね…」
「でも、金の冠は取り戻したわ!これでロマリア王に報告できるわよ」
アルルは出来る限り明るい口調でみんなに話しかける。
しかしリュカは、一人静かにカンダタの逃げた空を見つめ物思いに耽る。

アルルもハツキもエコナも…何を話しかけていいのか分からない…
でも、何時ものリュカに戻ってほしく、全てをウルフに押し付ける!
《な、何で俺なんだよ…》
「な、なぁリュカさん…俺…リュカさんが怒るの初めて見たけど…1階に居た女の子とは知り合いなの?」
振り返ったリュカの表情は何時もの優しいリュカだった。
「僕にもあのくらいの歳の娘が居るんだ…とっても可愛いんだよ」
優しくウルフの頭を撫でるリュカ。
自分の娘と重ねてしまい、激怒する姿を見た少女達…
その底知れぬ優しさに、更に恋心を深めて行く。
悪循環であるにも拘わらず…



 

 

裸の付き合い

<ロマリア領・北部>

アルル達はリュカを囲み武器を構えている!
「はぁ!」
アルルは剣で一閃!

(キン!)
「甘いよ」
しかしリュカに難無く弾かれる。

「メラ」
「バギ」
ウルフのメラもリュカのバギで相殺される。

「いくで!」
「おっと!」
エコナが鉄の槍で突くも掠る事すらしない。

「マヌーサ」
ハツキがマヌーサを唱えるも、呪文の効果は全くない。



「うん。みんな強くなったね!ただもう少し連携して攻撃した方がいいよ」
4対1でリュカを攻撃したにも拘わらず、リュカは息を切らさず何時もと同じ口調で語りかけてくる。
アルル達は激しい運動量のせいで、喋る事も出来ず座り込む。

リュカはアルル達に頼まれ、完全な実践形式での手合わせを行った。
手加減無し(アルル側)の手合わせだった為、魔法も当たれば怪我を免れなかっただろうし、物理攻撃も当たれば大怪我をするレベルの手合わせだった…当たればだが…

「さぁ、ご所望通り一斉に手合わせをしたよ。僕もう疲れたよ!今日はこの辺で野営で良いよね!?」
「…ええ…」
ぐったりしているアルルは、何とか体を起こしリュカの質問に答えた。
「じゃぁ僕はご飯の準備に取り掛かるね!そう言えばすぐ其処に小川が流れているから、女の子達は水浴びでもしてきたらどう?大丈夫、覗かないよ!それにウルフが覗かない様に見張ってるよ」
『俺だって覗かないよ!!』
と、突っ込みたいのだが疲れきってて突っ込めないウルフ。
何とか体を起こし、着替えとタオルを持って小川へ歩く少女達。



「本当…リュカさんって凄い体力ね…私達がこんなに疲れる程攻撃したのに、汗一つかいてない…」
「まったくや!ベットの上でも凄かったで!」
「止めて下さい、いやらしい話をするの!」
年頃の女の子が3人集まれば、自ずと話の内容は決まってくる。

「…でも、どうしてリュカさんと…ああ言う状況になったんですか?」
「なんや、ハツキは気になるん?いやらしい話は嫌いなんじゃないん?」
「…い、意地が悪いです!」
胸の前で両手をモジモジさせながら、ハツキは恥ずかしそうに呟く。

「まぁええ…ウチな、利用しようと思ったんよ」
「利用?リュカさんを!?」
「色仕掛けで迫って、ウチの無料ボディーガードとして側に居させようと考えてたんよ!」
エコナは豊満な胸を両手で持ち上げ、体ごと左右に振りながら話す。

「ほんで、リュカはんが一人で村を歩いているのを見つけたから、改めてお礼をしたい言って話しかけたんよ!」
アルルもハツキも黙って聞き入る。
「そしたら『別にお礼なんていいよ。下心ありで助けたんだから』って爽やかに笑いよるねん!普通言わへんよ、下心ありなんて…だから聞いたんよ『下心ってなんですぅ』てな」
ここでエコナは勿体ぶって一呼吸置いた…

「そうしたら何て答えたの?」
急かしたのはアルル…
「ごっつあっさりと『うん。エッチ出来ればいいな』って笑いながら答えるねん!ウチも最初は処女を守るつもりやったんけど、あの笑顔に落ちてもうた!気付いたらリュカはんに抱き付き、キスしてたんや…」
エコナは自分の体を抱き締め、クネクネしながら語る。
「あの男ズルイねん!他の飢えきった男みたいに『ヤらせろ!』って、がっついて来ないクセに、自身の欲求はストレートに話すねん!しかも最高の笑顔付きで…」

………
幾ばくかの沈黙が流れる…
「リュカさん…格好いいわよね…シャンパニーの塔でも…」
アルルはシャンパニーの塔でのリュカを思い出す。

「怒ったリュカさんは怖かったですけど…優しいからこそ、あんなに怒ったんですよね…」
ハツキの言葉に皆頷く。
「奥さんて…どんな人なんやろ…?」
「リュカさんが言うには、すんごい美人だそうですよ。奥さん以上の美人に出会った事無いって言ってました…」

「ウチ等かてそう悪くないと思うで!」
「リュカさん…元の世界へ帰っちゃうのかな…?」
「「「………」」」
アルルの一言に黙りだす。

「させへん!ウチが色仕掛けで落として、この世界に居たいと思わせる!」
「私も協力します!」
エコナとハツキが手を組む!
「アルルはええんか?リュカはん帰っても!」
「………私は…そう言うのイヤ!」
「「そう言うのって?」」
キレイにハモるエコナとハツキ。
さすがにちょっと照れくさかった様で、顔を見合わせ苦笑い。

「色仕掛けよ!私もリュカさんには帰ってほしくないよ!でも、この世界を気に入って帰らないのなら歓迎だけど…女の為にって言うのはイヤ!それに元の世界には家族が待っているのよ…家族の事を思うと…」
「アルルの言い分も分かるけど、ウチは誘惑を諦めんよ。アルルに手伝えとは言わへんけど、邪魔だけはせんといてね!」
《でも…きっと無駄よ!リュカさんが色仕掛け程度で落ちるとは思えない…まぁ、誘いには乗るでしょうけども…》
奇妙な連帯感が生まれた、かしまし三人娘。(古っ!)
リュカは無事元の世界に戻れるのか!?
それより、戻った後が無事ですむのか!?私はそれが心配だ!




「ハツキ達遅いね…」
「じゃぁウルフ!『遅くて心配になっちゃった♥』とか言って見てくれば」
ケラケラ笑いながら覗きを促すリュカ。

「殺さるよ!」
「平気だよ。裸の一つくらい見られても」
「リュカさんにはね!」
「みんなの事が心配だったって言えば大丈夫だよ!何だったら、足が滑ったとか言って押し倒しちゃえば?不可抗力なんですぅ~って」
男共は男共で、しょうもない話を続けている…
このパーティーの男女間の温度差は、結構深刻なものなのかもしれない…
リュカが居なければ、もっとまともな冒険が出来たであろうか?



 

 

ノアニール

<ノアニール>

「ここがノアニール…」
溜息を吐き周囲を見渡すアルル。
人々の生活が途絶え、草木が鬱そうと生い茂る村…
その村の各所に横たわり眠り続ける人々…

「何故…こんな事に…?」
「なぁ…ここにいたら俺達も目覚めなくならないのか?」
「それは大丈夫じゃ!」
ウルフの疑問に答えたのは、一人の年老いた男性だった。

「儂は皆が眠りについてから10年間、この村で生活をしておるが、呪いの影響を受けた事はない」
「あ、貴方は?…どうして貴方は呪いにかからなかったのです?」
「うむ。儂はイノック。生まれも育ちもこの村じゃ…儂が呪いにかからなかったのは、村に呪いがかかった時にちょうど居なかったんじゃ…家出した息子を捜す為、村の外に出ておった…」

イノック老人は切々と語る。
エルフの姫と恋に落ちてしまった息子ノイル。
エルフの娘は、エルフの里を捨てノアニールに…ノイルの元にやって来た。
しかし村人はエルフの魔力を恐れ、迫害をした…
一緒に住んでいたイノック老人にも被害が及び、居たたまれず息子にエルフと別れる様説得。
しかしノイルは受け入れず、エルフの娘と共に村を出て行ってしまった…
当初は行く当てなど何処にもない息子の事だから、すぐに帰って来ると思っていたが、1週間たっても戻る気配がなく、心配になり近隣の村や町を探し回ったイノック老人。
2ヶ月探し回ったが消息すら掴めず、ひとまず村へ帰ると、この有様だった…

「どうか旅の方…エルフの隠れ里に行って、エルフの女王を説得してはくれませぬか…」
アルルに縋り付く老人。
「勝手な事言うな!!」
静かな村内にリュカの怒号が響き渡る!

「アンタ親だろ!息子が連れてきた彼女を認めないなんて…アンタが息子達を認め…応援してやれば、こんな事にはならなかったんじゃないのか!?」
「し、しかし…エルフですぞ!」
「それがどうした!エルフが何だ!種族の違いがどうした!!アンタは自分の事しか考えてない!他の村人に白い目で見られるのがイヤで、別れる様に言ったんだろ!息子の幸せなんて考えもせず、愛し合う二人を引き裂こうとしたんだ!」

「エ、エルフと人間で…し、幸せになど…」
「やってみなければ分からないだろ!アンタ、二人の馴れ初めを聞いた事あんのか?」
「…………」
答えようとしないイノック老人…

「ふん!やっぱり…二人がどれくらい愛し合っているか、どうして惹かれ合ったか知りもしないで…どうしてそれで、幸せになれないって言い切れるんだ!?」
「リュカさん…それくらいで…」
堪らずアルルが止めに入った。

「…確かに…不幸になるかもしれない…でも、自分たちで選んだ道だ!他人の言いなりで幸せになるよりも、自分で決断して不幸になった方が…」
「アンタに何が分かる…」
イノック老人が絞り出す様に呟く。

「分かるね!僕にも息子が居る!とても真面目な良い子だが、どこか抜けてる感がある息子だ。いつか、どっかのバカ女に騙される様な気がして、ワクワクしてるさ!でも絶対、『別れろ』なんて言わない…僕は息子を…ティミーを信じてる!アイツはきっと良い女を連れてくるって…」
リュカは嬉しそうに、自分の息子の事を語っている。
それをイノック老人は見る事が出来ない…自分の息子を信じる事が出来なかったから…



アルル達は村の宿屋を勝手に借りて、今後の事を話し合っている。
「取り敢えず…エルフの里に行ってみましょうか…」
「でも、会ってくれますかね?いきなり攻撃されませんかね?」
「それは分からないけど…でもこのまま、ほっとく訳にもいかないし…」
アルルの溜息混じりの提案に、リュカは何も言わない…
視線を向けても優しく微笑むだけ…

「あの…リュカさんは…この村を救うのに反対じゃないの?」
恐る恐るウルフが訪ねる。
「(クス)反対なんかしないよ。さっき怒ったのは、息子の幸せを考えていないジジイに対してだよ。まぁ…エルフを迫害した村人達にも、少しは腹が立つけど…誰しも自分たちと違う存在は怖いんだよ………でも、こっちの世界じゃエルフって怖い存在なの?」
「リュカさんの世界じゃ違うの?」
リュカとの価値観の違いに、少し戸惑うアルル。

「そうだよ!エルフだよ!人間より遙かに長生きで、とてつもない魔力を持っているんだよ!人間なんて一瞬で滅ぼしちゃうよ!」
ウルフは興奮気味にエルフについての風聞を披露する。
それは、この世界の人々が古くから言い伝えてきた事であり、何ら確証に基づくものではない。

「…でもウルフ……まだ滅ぼされてないよ。この村も…人間全ても…」
「それは…その…」
リュカは優しく微笑みながらウルフの頭を撫でる。

「そんな思いこみだけで敵対しないでさ、仲良くなる努力をしようよ。………エルフの里かぁ……楽しみだなぁ」
「?…リュカはん…何が楽しみなんや?ウチ、少しばかりビビッとるで!」
よく見るとアルルとハツキも、エルフへの恐怖で表情が若干引きつっている。
しかしリュカは気にすることなく語る。

「エルフってさぁ…美人が多いんだよねぇ。しかもエルフは男の子の出産率が低いんだって!まぁその分長寿でカバーしてるみたいだけど…」
「それの何が楽しみなの?」
「つまりだ、ウルフ君!そのエルフの里は美女だらけって事だよ!僕の知り合いのエルフも、頭は緩いけどすごい美人だもん!」

常人とは異なる思考回路でものを語るリュカ…
下手に手を出したが為に、物事が厄介にならないか、不安になる4人…
トラブルの予感は尽きません。




<ノアニールより西の森>

一行は翌早朝にノアニールを出発し、一路西へ…エルフの隠れ里を目指す。
大勢の美女に出会える事を期待するリュカは、一人ウキウキ気分で『恋のバカンス』を歌い、いつもの様に敵を呼び寄せる。

現れたのは『バリイドドック』と呼ばれる、犬のアンデットが4匹。
「あ!ワンコだ!…でも腐ってる。臭いがきついなぁ…」
素早く臨戦態勢に入るリュカ以外の4人。

しかし先制したのはバイリイドックだ!
バイリイドックが遠吠え!
アルル達の体が淡く光る…
「『ルカナン』だ!気を付けろ!」
何故だか動物の言葉が分かるリュカが、アルル達に注意を促す。
それを聞き、ウルフが『スクルト』を唱え、守備力を上昇させた。

「ナイス、ウルフ!じゃぁ私も、バギ!!」
しかしハツキのバギは効果が薄く、バイリイドックにダメージを与えられない。
「ギラ」
続いてアルルがギラを唱える。
真っ赤な炎がバイリイドック達を赤く包む。
1匹のバイリイドックが炎の中から飛び出し、アルルに襲いかかる!
「甘い!」
だが、アルルの遙か手前でエコナに鉄の槍で突かれ絶命した。


ひとまず戦闘も終わり、再度エルフの隠れ里へと足を進める一行。
ハツキが落ち込んでいるのに気付いたリュカは、彼女に近付き声をかける。
「どうしたのハツキ?何か落ち込んでる?さっきバギが効かなかったから、落ち込んでる?」
「私…全然みんなの役に立ってない…」

「そんな事無いと思うよ。アルルが怪我したらホイミで治してるじゃん!」
「でも、私じゃなくても…アルルだってホイミ使えるし、リュカさんなんかはベホイミを使えるじゃないですか!本職の僧侶の私はホイミしか使えないのに…」
「でも回復役は多いに越した事はないよ!それに僕を当てにしないで…常に逃げる準備で忙しいから」
リュカは戯けて見せるが、ハツキは俯き表情は暗いまま…

「アルルのギラ、見ました!?本職のウルフと同じくらいの威力ですよ!それなのに…私のバギは…」
「あのねハツキ…アルルは勇者様なんだよ。何でも出来る…それが勇者様なんだよ」
「何でも…やっぱり私…いらないですよ…」
リュカの言葉に一層落ち込むハツキ…

「何でも出来る人間っていうのはね、一人じゃ何にも出来ない人の事なんだ。」
「え!?何でも出来るのに?」
ハツキは顔を上げリュカの瞳を見つめる。

「うん。腕力はあるが戦士程じゃない。素早く動けるが武闘家程じゃない。攻撃魔法を使えるが魔法使い程じゃない。もちろん回復系の魔法も使えるが僧侶程じゃない。いいかいハツキ…落ち込むなとは言わない…でも『自分は役立たずだ』って落ち込んでも、何も解決はしないよ。それより『どうすれば役に立てるのか』って悩んだ方が有益だ!」

「…………私に、何が出来ますかね?」
リュカの言葉を聞いて、ハツキの瞳に輝きが戻る。
「さぁ…僕には分からない…色々試してみるんだね…何か答えが出てくるよ」
人に聞く事では無い…自分の未来は自分で見つける!
リュカの答えは優しくも厳しい。
ハツキなりに答えを見つける事が出来る様、祈るのみである。


 
 

 
後書き
何か偶に格好いい事言うのがズルイですよね! 

 

エルフの里

<エルフの隠れ里付近の森>

「なぁ…俺達…迷ってないか!?」
ウルフが額に流れる汗を拭いながら尋ねる。
「大丈夫、迷ってないよ。僕達は美女の群れに近付いてるよ」
「本当かよ!何だか同じ所をグルグル回ってる気がするけど!?」
「本当本当!だんだん美女の匂いが強くなってるからね!」
「…なんだよ、それ………じゃぁ、その匂いを辿ってみてよ…もう疲れた…」
リュカの言い分に、心身共に疲れ切ったウルフが、やけくそ気味に嫌味を言う。
「ようし!任せなさ~い!!」
だがリュカは、気にしないどころか率先して森の奥へ勝手に進んで行く。
置いてかれる訳にはいかないアルル達も、慌ててリュカの後について行く。



<エルフの隠れ里>

どんどん進むリュカの後を、見失わない様について行くと、急に拓けた場所へと出る事が出来た!
「………本当に着いちゃった…」
「だから言ったろ!美女の匂いがするって!」
「何だよ、美女の匂いって!?どんなんだよ!」
「そりゃアレだよ!美人~って感じの匂いだよ!」
リュカの説明になってない説明で、ウルフはより混乱する…
そんな男二人を無視して、アルル達は村内へと入って行く…そこは…
「ほ、ホンマに美女だらけやん…」
エコナが感嘆の溜息を吐く程、エルフは美人しか存在していない…

近くに居たエルフがアルル達の事に気が付いた。
「キャー!!人間よー!!攫われてしまうわー!!!」
エルフの少女が悲鳴を上げて腰を抜かす。

「攫ったりしないよ。触ったりはするかもしれないけど」
リュカは腰を抜かした少女エルフに近付き、優しく立たせてながら話す。
周囲を見渡すと、他のエルフ達は皆逃げてしまった様で、村内を静寂が包んでいる。
立たせてもらった少女エルフも、慌ててその場から逃げ出してしまった…

「やれやれ…『人間より強大な魔力を有する恐ろしい存在』ね…人間見ただけで、ビビって逃げ出しちゃったけど…どうなの?」
この世界の常識で生きてきたアルル達には、リュカの言い様には反感を憶えてしまう。
しかし、現実を垣間見てしまった為、反論する事も出来ない。
ただ、
「そう…言われ続けてたんだよ!」
と、子供じみた言い訳しか出来ないでいる。
「ま、いいや…そんな事より、女王様を捜しましょうか。一番でっかい建物に居るのがそうだよ。きっと…」


村内の一番大きな建物の前まで辿り着いたアルル達。
門には10人の戦士風エルフが、剣を構えて進入を阻んでいる。
「あ!間違いなく此処にお偉いさんが居るよ!」

リュカは誰が見ても分かる事を言いながら、戦士エルフ達に近付いて行く。
「ちょっと女王様にお話があるから、退いてくれない?」
「人間が何の様だ!?」
戦士エルフのリーダー格の美女が、リュカの喉元に剣を這わせ言い放つ。

「あれ?君が女王様?」
隊長エルフの瞳を真っ直ぐ見つめながら話すリュカ。
「ち、違う!み、見れば分かるだろう…女王様はこの奥にいらっしゃる」
リュカに見つめられ、顔を真っ赤にする隊長エルフ。

「僕達、女王様に大切なお話があって来たんだ。お願いだよ、お目通りをさせてくれないかなぁ?個人的には君ともお話をしたいんだけどね…」
喉元に剣が這ってる事を気にもせず、隊長エルフの腰を抱き寄せ瞳を近付ける。
隊長エルフはどうする事も出来ないでいる…剣で喉を切り裂く事も、押しのけて逃げ出す事も、大声で助けを呼ぶ事も…ただリュカの瞳に心を奪われる…一人の女でしかない。

『人間達よ…入室を許可します…』
何処からともなく声が響く。
「………どうぞ…お通り下さい………ただ、女王様に無礼な事はするでないぞ!!」
女王の声を聞いた隊長エルフは、リュカの喉元に這わせてあった剣を放し、通行を促す。

「ありがとう。君、名前は?」
優しく尋ねるリュカ。
「わ、私は…カリーだ…」
思わず答えるカリー…リュカの瞳から目を離す事が出来ないでいる。
「うん。僕は、リュカ。よろしくね」
そう言うと、カリーの頬へ優しくキスをするリュカ。
最早、ただの恋する乙女であるカリーを尻目に、女王の元へと歩み出すアルル達。
カリーはこの先どうなるのだろうか…


アルル達は謁見の間の様な空間に辿り着く。
間の前には玉座に座る美しきエルフが一人…
「貴女が女王様でしょうか?」
「如何にも…私がエルフの女王です。………して、人間…何用で此処まで参った?私達は、人間なんぞとは関わり合いになりたくない!サッサと出て行ってほしいのだが…」
不機嫌な表情の女王は不機嫌な口調で吐き捨てる。

「此処より東に位置する、ノアニールと言う村の呪いを解いて頂きたく、お願いに参りました。」
アルルは可能な限り恭しく嘆願する。
「ならぬ!その村の男は我が娘を誑かし、エルフの秘宝『夢見るルビー』を盗ませた!断じて許す事は出来ぬ!」
「夢見るルビー!?そんな事は一言も言ってなかったな?あのジジイ…」
「あの…私達はノアニールの村人に…難を逃れた村人に頼まれただけなんです…些か情報不足ですので、何が起きたのかをお教え頂けないでしょうか?」
「主等に教えて何になる?娘を連れ戻せるのか?」
「はい。可能な限り尽力致します。」

「………………」
目を瞑り考えるエルフの女王…
「いいでしょう…」
エルフの女王は静かに目を開くと、10年前に起きた出来事を静かに語り出した。



エルフの女王の娘『アン』は、ある日森に迷い込んだ人間の青年に惚れてしまい、毎日の様に村を抜け出し、人間の青年と逢い引きをする様になる。
その事に気付いた女王はアンに『二度と人間の青年と会う事は許さぬ』と言われ、悲観に暮れてしまった。
しかしアンは、エルフの秘宝を持ち出し、村から出て行ってしまった。

「………質問が一つ」
女王が話し終わるとリュカが手を上げ質問をする。
「何か…?」
「何故、娘の恋路に反対したんですか?」

「人間なんぞ粗野で度し難い生き物!そんな生物との愛など許せる訳がないであろう!」
「それはエルフ族の総意?」
「そうです!エルフ族は人間と違い、同族同士で啀み合い殺し合うなどと言う事はしない!比べものにならぬ程高等な存在です!」

「つまりアンタは、母親であることより、女王である事を選んだ訳だ。見た目美人だが、最低なブスだな!」
リュカは苦々しく言い放ち、唾を吐き捨てた。
「な、何だと…」
エルフの女王は怒りに体を震わせる。

「アンタの娘だって人間という存在については聞いていただろう。それでも人間に恋をしてしまったんだ!だがアンタは、その人間がどういう人物か知ろうともしてない。もし娘の幸せを願うのなら、娘の恋の手助けをしても良かった!『人間』という全てではなく、その『人間の青年』個人の事を調べ、娘を幸せにする事が出来るか確認すれば良かったんだ。反対するのはその後でも間に合う。」
「そ、それは…しかし、人間は多くの残虐行為を行ってきた歴史がある!」

「それは全人類が行った行為ではない!過去の…極めて少数の人々が犯した過ちだ!じゃぁ聞くが…今まさに産まれたばかりの赤ん坊が居るとする。その子は極悪人か!?」
「………いや…違う……だが、何れ悪事を働くかもしれない!」
「じゃぁ、その赤ん坊がこの村に迷い込んだらどうする?殺すか?言っておくが、赤ん坊を村から追い出したらすぐに死ぬぞ。殺したと同じ事だぞ!」
「産まれたばかりの赤子ならば、我らの手で育てる。赤子に罪はない!」

「では、その子が成長しアンタの娘と恋に落ちたらどうする?人間だから反対するか?何れ大悪人になるかもしれないから拒絶するか?」
「我らが育てなのだ!悪事を起こす訳がない!反対などせん!!」
エルフの女王は立ち上がり、リュカをきつく睨み付ける。

「その通りだ!育ってきた環境によって人間は変わる。優しい人に他人には優しくするようにと言われ育ったのなら、他者を傷つける様な事はしない人物になる。その青年だってそうかもしれないだろう!それを調べもしないで決めつけた!エルフの女王という立場だから、娘が人間と仲良くする事を許す訳にいかなかったんだ!アンタは娘より、自分が大切だったんだ!」
リュカの言葉に力無く腰を下ろす女王…

「……貴様に…何が…分かる…」
「分かるさ!僕にも娘が居る。もう嫁いでしまったけど…初めて僕の前に彼氏を連れてきた時は、ぶん殴ってやろうかと思ったけど、娘が…ポピーが悲しむからやめた。でも、やっぱり腹立つからね、ちょっと嫌がらせをしてやったんだ。そしたら、その男真に受けちゃってね…本当に危険な地域に赴いて、魔族を倒して来ちゃったんだ。そして娘との仲を認めて貰う為ならって、僕にまで攻撃してきた…これ程ポピーの事愛してるなら、これ以上反対できないでしょう…結婚式では凄く幸せそうだったよ」
リュカは嬉しそうに娘の事を語る。
それを見た女王に言葉は無い…
ただ俯き、出て行くようにと手で合図する

エルフの宮殿を後にしたアルル達は、エルフの隠れ里の出口を目指し歩き出す。
「リュカさんの娘さんて、もう結婚してたんだ」
「何だウルフ?僕の娘を狙ってるのか?まだ居るぞ!」
「別にそんなんじゃないよ!ただ、どんな人なのかなと思って…」
「うん。外見は母親似でものっそい美人だよ。性格は僕に似てるってよく言われる。あそこまではっちゃけてはいないつもりだけどなぁ…」
アルル達は想像をして震え上がった…
リュカの様な性格の女が居る事に…
そんな女の存在に…



 

 

儚い命、強固な愛

<エルフの隠れ里付近の森>

「しかし探すとしても何処を探します?10年も前の事ですよ!何処か別の土地に渡ってしまったかもしれませんし…」
ハツキの嘆きにエコナも同調する。

「そやで!もうほっといてロマリアへ戻りましょ。そない義理を尽くす必要ないやん!」
「そんな訳いかないわ!イノックさんと女王様に約束してしまったんだから」
「うん。それに、そんな遠くには行ってないよ。この森を探せば、二人ひっそりと暮らして居るよ」
「リュカさん、この森に居るってどういう事!?何でそんな事言い切れるの?」
ウルフだけでなくアルル、ハツキ、エコナもリュカの言葉に興味を持つ。

「うん。それはね…あのジジイが言ってたじゃん。『1週間たっても戻る気配がなく、心配になり近隣の村や町を探し回った』って…しかも2ヶ月間も探したみたいだし。自分の息子の事だからね…そりゃ真剣に探したんだと思うよ。それなのに足取り一つ見つからないって事はだ…近隣の村には近付いてもいないって事だよ。なんせエルフは人間達におそれられてるからね。何処にも行く事なんて出来ないよ」
リュカの説明に納得する4人。

「ほな、この森全体を探さなあかんやん!何日かかる事やら…」
「人間が生活する以上、住処から一歩も出ないで生きて行く事は出来ない。食料調達等であっちこっち歩き回ってるはずだから、そんなに大変じゃないよ」
そう言うとリュカはサッサと森の奥へと入って行く…
実を言うとアルル達は、この森に入ってから方向感覚を無くしているのだ。
その為、リュカとはぐれると遭難してしまう恐れがある。
みんな慌ててリュカについて行く。


暫く森の中を彷徨うと、湿っぽい雰囲気を醸し出す洞窟が口を開けてるのを発見した。
「さすがにこの中には居ないだろう…」
「甘いなウルフ君。あの二人は誰にも邪魔されない所に行きたいんだ!エルフはもちろん、人間さえも絶対入って来ない洞窟…完璧じゃないか!」
若者4人は不満げだが、リュカがドンドン進んで行く為、ついて行かざるを得ない…



<ノアニール西の洞窟>

此処は有り触れた洞窟だ…
湿気とカビ臭さとモンスターの気配…
テンションの低い4人を励ます為に歌うリュカ。曲目はジュディ・オング『魅せられて』。そして案の定4人は戦闘を強いられる。

一行は幾度も勝利を重ねながら、洞窟内を奥へと突き進む。
目の前に奇妙なモンスターが現れた。
まるでキノコのお化け…『マタンゴ』である。
3匹のマタンゴは一斉に『甘い息』を吐き、それを吸い込んだアルル達は簡単に眠り着いてしまった!リュカ以外…
「あれぇ…みんなお疲れでしたか?これってピンチじゃ~ん!」
危機感など感じていないリュカは、ドラゴンの杖でマタンゴを一掃!
眠れる美少女3人と居眠り少年1人を担いで、更に奥へと進んで行く。


最初に目を覚ましたのはアルルだった…
周囲を見回すと、そこは美しい地底湖の畔…
そして少し離れた所にリュカが佇み、何かを読んでいる。

慌てて他3人を起こすアルル。
それに気付いたリュカがアルルに手紙を手渡した。かなり古い手紙だ…
その手紙には【お母様。先立つ不幸をお許し下さい。私達はエルフと人間。この世で許されぬ愛なら…せめて天国で一緒になります。  アン】と…

「これって…」
「…エルフの女王の娘…アンの最後の言葉だ…そこの宝箱に、ルビーと短剣…それとその手紙が入ってた…」
リュカの頬を涙が伝う…
リュカだけではない…皆、涙がこぼれ出る…

「様子を見守るだけで良かったんだ…誰でもいい、エルフでも人間でも…親が意固地に反対しなければ…そうすれば…死ぬ事なんて…」
「帰りましょ…そして女王様とイノックさんに伝えないと…」
アルル達は洞窟を後にする…沈痛な面持ちで。あのリュカですら…



<エルフの隠れ里>

アルル達は再度エルフの女王の宮殿へ赴いた。
入口にはカリーの姿がある。
「リュ、リュカ…また来たのか…もう、女王様には会わせぬぞ!」
リュカは悲しい表情のまま、懐から古びた短剣を取り出しカリーに見せる。

「これ…君のだろ…君の名前が彫ってあるよ…アンに渡したのかい?」
それは洞窟でアンの手紙と一緒に入ってあった短剣だ。
「こ、これは!?私がアン様にプレゼントした『聖なるナイフ』だ!ど、何処でこれを?」
リュカは事の顛末をカリーに話した…

「そんな!アン様が…(うっ)…アン様が!!」
カリーは短剣を抱き締め、泣き崩れた。
そしてリュカ達は女王の元へと歩み出す。

「また来たのか!?不愉快な人間め!」
不快感を露わにする女王に、アルルは夢見るルビーを差し出す。
「そ、それは!?いったい何処でそれを?」
リュカは黙って手紙を渡した。
女王は手紙を読み始めると、体を震わせて泣き出した…

「私が認めなかったばかりに…私が…(うっうっうっ)…アン…ごめんなさい…アン!!」
ただ黙っていることしか出来なかった…
女王を責める事も、慰める事も出来ず…
リュカ達は目を伏せ、一緒に悲しむ事しか出来なかった…

「世話になったな人間よ…いや、リュカと申したな。カリーから聞いたぞ」
「………ノアニールの件ですが…」
「うむ。これを持って行くが良い」
リュカは女王より、粉末の入った袋を受け取った。
「それは『目覚めの粉』よ。その粉を風に乗せてノアニールに撒けば、呪いの効果は消え去り、皆目覚めるでしょう」
「ありがとうございます」

「それと、今宵はこの村に宿泊してゆきなさい。もう夜も遅い…もてなす事はしませんが、寝床を一晩提供しましょう」
女王の突然の提案に、驚きを隠せないアルル達。
しかしリュカだけは驚いた風もなく、優しく礼を告げる。
「ありがとう。女王様」
そのリュカの一言に、顔を真っ赤に染めて女王が呟く。
「べ、別に…人間を許した訳ではありませんから!こ、今回の事への感謝の気持ちですから!」
これは、もしかしたらツンデレというヤツでしょうか?
今後のエルフ族の未来が心配です。



 

 

目覚め

<エルフの隠れ里>

まだ夜も明けきらぬ前に、リュカの寝ている部屋の前に集まる4人。
エルフ達を刺激せぬ様、早めに村から出て行く為、身支度を調えたのだが…案の定リュカが起きてこないのだ…

「なぁ…リュカはんの事や、誰が女を連れ込んどるんやないか?」
「連れ込むって…エルフしか居ないのよ!?」
「カリーって女戦士じゃないか?剣を突き付けておきながら、抱き寄せられてたぞ!」
「女王様もリュカさんの笑顔で虜になってた様に見えましたよ!」

ヒソヒソとそんな話をしていると、リュカが部屋から静かに出てきた。
「あれ?みんなどうしたの?」
すぐに扉を閉めた為、中を確認する事は出来なかった…
「リュカさん…中に誰か居るんですか?」

「………そんな事を聞く必要ある?」
リュカは昨晩の事を教えるつもりはない様だ。
「世の中には知らなくていい事もあるんだよ。それが大人になるって事だよ。諸君!」
リュカは4人を部屋から遠ざけ、退村を促す。
エルフ族と人間との間でトラブルが起きぬ様、祈るしかないだろう…



<エルフの隠れ里近郊の森>

「ハツキ…」
リュカはエルフの隠れ里よりノアニールへと向かう道中、ハツキに声をかける。
「はい、何ですかリュカさん?」
「これ…カリーから貰ったんだけど…ハツキが使ってよ」
そう言って手渡されたのはアンが使用してた聖なるナイフだ。

「こ、これって!?アンさんの形見じゃ…!?」
「うん。カリーに渡したんだけど、僕等が役立てた方がアンも喜ぶからって…」
「で、ベットの中で渡されたんですか?」

「…イッテルイミガワカリマセン」
「……………」
ジト目で見つめるハツキ…
視線を合わせないリュカ…
「ふぅ…そうですね、アンさんの為に私が使用させてもらいます」
「ありがとう」

「でもナイフだと攻撃範囲が狭いから、素早く動ける様に特訓しないと…」
「うん。僕も手伝うよ」
リュカの笑顔と一緒に特訓と言うご褒美に、昨晩の事などどうでもよくなってしまうハツキだった。



<ノアニール>

アルル達が村へ入ると、奥の方からイノック老人が小走りで近付いてくる。
「おぉ…アルル殿!エルフの女王には会えましたか?」
側に立っていたリュカとは視線を合わせず、アルルとだけ話を進める。

「はい。呪いを解く方法入手にも成功しました…」
「なんと!!ありがとうございます!では、早速…」
「アンタ、自分の息子の行方はどうでもいいのか?」
冷たい口調でリュカが問う。

「いいわけない!…だが、探しようがないのだ…足取り一つ掴めなかったのだから…」
イノック老人は怒りと悲しみの目で、リュカを睨み付ける。
「何処か別の地で…二人幸せに暮らしていると思い、祈るしかないだろう…」
「僕達は足取りを見つけました…」
「!!本当ですか!?そ、それで何処に…!?」
イノック老人は驚き、縋る様な表情でリュカに詰め寄る。

「……………」
だがリュカは答えない…アルル達も答える事が出来ない。
「………ま、まさか……」

「……この世じゃ添い遂げられないと悟り、二人天国で幸せになる為に……」
「そ、そんな…(うっうっ)!」
リュカの言葉を聞き、両手で顔を覆い泣き崩れるイノック老人。

「…貴方が…せめて貴方だけでも味方をすれば…父親である貴方が、自分を犠牲にしてでも守ってやれば…」
リュカは懐から、目覚めの粉を取り出し空中へばらまく。
粉は風に乗り、村の隅々まで行き渡る。
すると、其処彼処から人々の声が聞こえだした!

「ジイさん…村の人達への説明はアンタに任せる。呪いで10年間眠り続けた事を、伝えるか伝えないかは……伝えれば、きっと皆怒るだろう!呪われる原因を造ったアンタの息子と…そしてアンタ自身も…責められるだろう…」
リュカ達は泣き崩れるイノック老人を尻目に、その場を立ち去った。
心身共に疲れた為、今日は宿屋で休み、ロマリアへ帰るのは明日にすることに…



村中の人々が、荒れ放題の村を見て驚いている…
そんな中、アルル達は宿屋へ赴く。
数日前に勝手に宿泊した為、アルルは少し後ろめたそうだ。

「あ、あの…5人一晩なんですが…大丈夫ですか?」
「もちろんだとも!5人で25ゴールド。…ただ少し待っていてくれ!何故だか客室が荒れててね…急いで片づけるので時間をください。」
「ぜ、全然大丈夫です!どうぞごゆっくり!!」

客室を荒らしたのは、数日前のアルル達…
そんな事知らない店主は、慌てて2階へ行き部屋を整える。
その間、アルル達はロビーの椅子に座り待つ事に…

其処には一人の若い女性が物思いに耽っていた…
無論リュカがスルーするわけもなく、口説き出す。
「お嬢さん、何か悩み事ですか?僕がご相談に乗りますが…ベットの中で」
この男、何時もこんなストーレートなんですかね?

「ありがとう…私、失恋しちゃった…」
女性は少し微笑むと、悩み事を語り始めた。ベットの中ではないけれど…
「昨晩、あんなに愛し合ったのに…今朝起きたら居なくなってたの、彼…」

「けしからんヤツだ!貴女の様な美しい女性を、黙って捨てるなんて!何てヤツですか!?出会ったらデコピンしてやりますよ!」
「ふふふ…面白いのね、アナタ。」
「ありがとう。僕の名前はリュカ。ベットの中では、また違った僕をお披露目出来ますが…」
「私はジェシカ。そして私を捨てた男はオルテガ…もし、出会ったらデコピンをよろしくね」

「あの!…も、もう一度…男性の名前を…」
アルルが立ち上がり、ジェシカへと詰め寄る。
「え!?えぇ…オ、オルテガよ…そ、それが何か…」

「ねぇアルル…もしかして…あ「それ以上言わないで!」
ハツキの言葉を遮り、考え込むアルル。
オルテガ…それは10年前に魔王バラモス討伐の為に、アリアハンから一人で旅立ち、そして散った男…しかもアルルの父親の名前である!
アリアハン出身のハツキとウルフは、その事を分かっている為、アルルを気遣い心配そうに見守っている。

そんな事知らないリュカは、ジェシカを口説き相部屋の了承を得ていた。
「皆さん、お待たせしました。お部屋のご用意が整いました。どうぞおくつろぎください」
リュカのナンパが成功したタイミングで、店主が2階から下りてきた。
リュカだけが女性を伴い、部屋へと消えて行く…
暗い表情で部屋に入るアルル…
他の3人は、戸惑いながらも旅の疲れを癒す為、各々の部屋へと入って行く。




翌朝、あまり眠れなかったアルルは、皆が起きる前にベットから起き、村内を散歩する事に…
其処には、既に起きていたリュカが小鳥達と戯れている。
父親と関係を持った女性と、昨晩関係を持った憧れの男性…リュカ。
アルルの気持ちは複雑になり、リュカにどの様に接していいのか分からない。

「おはようアルル。どうしたの、元気ないね?何か相談事があるなら聞くよ」
「………オルテガとは…私の父なんです…」
「オルテガ?誰?」
さすがにイラつくアルル。

「昨日出会った、ジェシカさんが言ってた男です!」
「……あぁ!ジェシカさんの元彼ね!へー、さすがアルルのパパさん。趣味が良いね!」
「(イラ)趣味がどうとかじゃないです!父は私やお母さんを置いて、旅だったんですよ!それなのにこんな所で浮気をして…」

「イヤイヤ、浮気じゃないよ。ジェシカさんから聞いた話では、モンスターに襲われている所を、オルテガさんに助けられて、惚れちゃったジェシカさんが、お礼と称してベットで迫ったんだって。まぁ…もちろん、据え膳食わねばってヤツで、やる事はヤったみたいだけど…」
「同じですよ!お母さんを裏切ってるじゃないですか!」

「男なんて、そんなもんだよ…」
「父はお母さんの事など愛してないという事ですか?リュカさんもそうなんですか!?」
アルルは泣いていた。
リュカは優しくアルルを抱き寄せ、その場に座ると膝の上にアルルを座らせ宥めながら話す。

「アルルのお父さんは、お母さんの事を愛してるよ。」
「何でそんな事言えるんですか!」
「大好きな人の為に、世界を救う旅に一人で出たんだ!お母さんの事を愛していなければ出来ないよ。」

「じゃぁどうして…」
「男ってのはね、欲求を止められないもんなんだ!人によって処理の方法が違うだけで、皆同じなんだよ。」
「処理の方法?」

「そ!自分の手を使う人もいれば、僕みたいに女性をナンパする人も居る」
「そんな身勝手な!」
「身勝手だねぇ…僕もビアンカの事を愛してるよ。この世で一番…でも、身勝手なんだ…困ったねぇ」

「男の人はズルイです!そんな人、嫌いです!身勝手じゃない真面目な人が私は好きです。」
「う~ん…じゃぁアルルには、僕の息子がお似合いかな?」
「ティミーさんですか?真面目なんですか?」
「うん。父親とは正反対!」
「そうですか…会って見たいですねぇ…」

「そうだね、年頃もアルルと同じくらいだし…バカが付くぐらい真面目だからね。もてるのに、摘み食いしようとしないんだ。男としてどうなの?って思うよ…」
「……(スー)…(スー)……」
気付くとリュカの腕の中で寝息をたてるアルル。
少しだが心の蟠りが解け、安心してしまったのだろう。
リュカが優しく抱き上げ、宿屋までアルルを運ぶ…
どうやら今日の出立は、遅くなりそうだ…



 
 

 
後書き
オルテガ…
知らない人の為に多くは語りません。

知っている人は多くを語らないで! 

 

継承

<ロマリア>

「おぉ!さすがは勇者一行!よくぞ取り戻してくれた!」
アルル達はロマリア城へ入るなり、謁見の間まで急かされる様に通され、今は王様よりお褒めの言葉を賜っている。

「お褒め頂き恐縮です。しかしカンダタ本人は逃してしまいました…申し訳ございません」
「よいよい…女性を助ける為に已むなしと聞いておる!」
「随分と詳しいッスね!?見てたんですか?」
リュカの不躾な質問に、王は笑って答える。
家臣の方々は不愉快極まりない顔をしている。

「お主等が助けた女性から聞いたのだ。窓の外に縛り吊されてた者だ。憶えておるだろ?」
「お元気ですか?」
「うむ。お主に感謝しておったぞ!」
リュカは嬉しそうに頷く。

「……褒美の件だが…話をまとめると、リュカ…お主一人の力で、なし得た様に思えるのだが…」
「そんな事ないッス!みんなの協力でなし得た事ッス!」
「殊勝な事だ。だが、お主が盗賊団を壊滅させたと、報告がきておるのだよ!」
「その通りです陛下!私達は一緒にシャンパーニの塔まで行きましたが、何も出来ずにいました!彼一人の功績です!」
珍しくリュカが辟易している事に、アルル達は少し楽しんでいる。

「ではリュカに褒美を取らせよう!」
ロマリア王は嬉しそうに立ち上がり宣言する。
「リュカ!お主にロマリア王国の王位を譲ろうぞ!」
…………………………

「あ゛!?何言ってんの?大丈夫?」
アルル達も臣下の者達も言葉が出ない中、リュカだけが無礼極まりない発言をする。
「うむ…もうちょっと分かりやすく言うとだな…リュカ、お前が王様って事だよ!わっはっはっはっ」

「陛下ー!!何を仰います!?王位をこんな下賤な旅人にやるなど!」
「私の見る目に間違いはない!リュカならこのロマリアを良い国にしてくれる!」
「し、しかし…「これ以上臣下の身で文句を言うのなら、相応の罰を与えるぞ!」
罰と聞き黙り込む臣下の人々…

「ちょ、待てコラ!僕はOKしてねぇーぞ!」
100%不敬罪です。
「何だリュカ…断る理由はあるまい!王になれるのだぞ!」

「自由気ままな旅人と制約いっぱいの王様…う~ん、僕迷っちゃう。って、ちげーよ!嫌だよ、断る!誰が王になんぞなるか!」
「何ゆうてんの!?王様やで!!絶大な権力やん!」

「あのねエコナ…権力には責任が付いて来るんだよ!権力が大きければ大きい程、責任も大きくなる。自由気ままに生きる方が幸せなんだよ!」
「益々気に入った!お主は王の有り様を心得ている!やはり私の目に狂いはない!リュカよ、お前にこの国を任せたい!是非、王になってくれ!」
(現)ロマリア王はリュカの元まで近付き、両手を握り締めて王位継承を進める。

「絶対ヤダ!冗談じゃない、今僕は幸せなんだ!その幸せを手放して堪るか!自由こそ我がライフルタイル!」
(現)ロマリア王の手を振り払い、自己の生き方を力説するリュカ。

「………どうしてもダメか?」
「しつこいおっさんだな!王になって良い事なんか一つもない!」
最早誰も言葉遣いを注意しない。
「………仕方ない…諦めるとしようか…だがリュカよ!何時でも代わってやるぞ!自由に飽きたら何時でも来い!」
ロマリア王はにこやかに玉座へ戻る。
「飽きないよ!」


「では、他に何か欲しい物はあるか?何も褒美をやらない訳にはいかぬのだが…」
ロマリア王の問いに少し考えたリュカは、アルルを見て問いかける。
「アルルは何か欲しい物ある?」
急に権利を譲られ戸惑うアルル。

「………そ、そうですね………あの、可能なら船を頂けますか?今後の旅に必要になると思うので…」
「ふむ…船か…我が国にも無いわけでは無いのだが…我が国の船では、お主等の役には立たんよ」
ロマリア王の言い分では…
船、1隻で大海原へ出ても、海の強いモンスターに沈められるのが落ちである。
船団を組んで航海するのなら何とかなるが、1隻では船自体が丈夫でないと、意味がないと言う。

「そう…ですか…」
「ただ『ポルトガ』なら、造船技術が発達しておる故、強固な船を造る事が出来るであろう」
「ではポルトガへの通行許可を頂けますか!?」
「それには及ばぬ!もう既にお主等はフリーパスだ!ロマリアから何処へ行こうが、私に許可を取り付ける必要はない。だが困った事に、ポルトガへ通じる関所なんだが…」
歯切れの悪いロマリア王。

「何か問題でも…」
「………鍵が無い…」
「は?」
「モンスターが蔓延っていたのでな…関所の門を閉めてしまったのだが…鍵を無くした…まぁ、モンスターの行き来を阻害する為に閉めた訳だから、いいかなと思って合い鍵を造って無い…壊されると困るのだ。鍵を開ける事が出来たのなら、自由に通行してくれ!」
結局、アルル達はロマリア内フリーパスの権利以外、何も貰えなかった。
むしろ問題が山積して行く事に、リュカ以外が頭を悩ます…




「どうしましょう?」
宿屋へ戻った一行は、いつもの様にリュカの部屋で作戦会議を行っていた。
「ナジミの塔で貰った、盗賊の鍵じゃ開かないかな?」
「やってみてもいいけど、開かなかった時の為に別の方法も考えとかないと…」
ウルフの提案にアルルは難色を示す。

関所を閉める様な鍵だ。
簡単な造りの訳が無い。
「じゃぁ、どうすんのや!」
「「「…………………………」」」
誰も何も思いつかない。

堪らずアルルはリュカに頼る事に…
「リュカさんは…何か打開策がありますか?」
「うん。『魔法の鍵』を探しに行こうよ。『イシス』って国にあるらしいから」
「何でそんな情報を持ってんだよ!」
愚問である。

「ジェシカさんから聞いた。ジェシカさんは元彼から聞いたらしい。その元彼が探しに行ったみたいだよ」
アルルの顔を歪る…
「また女かよ…」
皆、呆れ顔だが他に何も思いつかない為、リュカの情報を頼りにイシスへと向かう事となる。
先ずは『アッサラーム』へ向けて…



 

 

別世界より②

<ラインハット>

ラインハット謁見の間に、特使として訪れたティミーが傅いている。
「おいティミー!そんな他人行儀に畏まるなよ!」
「いえ、そう言うわけには参りません。私はグランバニアの特使として参りましたので…」
相変わらずバカ真面目である。

「アンタそんなんだから彼女が出来ないのよ!もう少し柔らかくなりなさいよ。男が堅いのは一部分だけでいいのよ!」
《この女のこう言う所が嫌いだ!公式の場という事を理解してるのか!?》
イラつきポピーを睨むティミー。
楽しそうに微笑むポピー。
この二人は双子の兄妹である!これでも…

「まぁまぁ…それでティミー君、どのような用件でいらしたのです?」
国王のデールが場をまとめる。



「相変わらずトラブルに巻き込まれる男だな…」
ヘンリーが笑いながら感想を述べる。

「ヘンリー様!笑い事ではございません!我が国は現在、国内に敵が多数存在します。ラインハットのご助力が無ければ、我がグランバニアは窮地に陥ります」
「貴族から税金を取るからだ。貴族ってのは気位だけは高いからな」
ヘンリーの笑いは止まらない。

「ぶっ殺しちゃえばよかったのよ!挙兵した時に…」
ポピーが笑顔で物騒な事を言う。
「まぁ…そう言うわけにもいかなかったのだろう…」
さすがに引くヘンリー…

「(ゴホン)分かりました。我がラインハットは可能な限りグランバニアをご支援致します」
デールの力強い言葉に、ひとまずは安堵するティミー…
そして表情を切り替え、もう一つの難題に立ち向かう覚悟を決める!
「さて…ラインハットのご協力を得た所で、ポピーに頼みがあるのだが!」
ティミーの言葉にポピーの瞳が輝く!

「何?何??何???愛しのお兄様が私にお願いって?『童貞捨てたいから(あな)かせ』とか言っちゃう!?やだ、ちょ~楽しみ!!」
イライラするティミー、ワクワクするポピー。

拳を握り締め、怒りを我慢しつつ話を続ける。
「父さんを助け出すのに、協力をしてほしいんだ!」
少しキレ気味のティミー。

「あ゛!?何言ってんの?わざわざ改まって言う事?言われなくても協力するつもりよ私!この後サンタローズへ行くんでしょ!?そしてマーサお祖母様と一緒にグランバニアに戻るんでしょ!?私はそのつもりよ」
完全にキレるポピー。
「あ…あぁ、よろしくお願いしたい…」

「あのねぇティミー…アンタだけのお父さんじゃないのよ。私にとっても大切なお父さんなのよ!」
「うん。ごめんね…じゃぁ、早速サンタローズへ行こう!」
少し自分の妹を侮っていた事に、反省する…
「ちょっと待って!着替えてくるから!…あ!私の着替え…見たい?」

「本気でどうでもいいから、早くしてくれ!」
やはりポピーはポピーだ…
ティミーはもう一人のトラブルメーカーと共に、サンタローズへと向かう…胃に穴が空く思いをしながら。


<サンタローズ>

「あらティミー君、いらっしゃい。残念ながらリュリュは出かけてるわよ」
ティミーとポピーはサンタローズに着くなり、シスター・フレアに出会いリュリュ不在を聞かされる。
「残念ねぇ~ティミー!もう帰る?」
《コイツ、弟だったら絶対殴ってるのに!》

「今日はマーサ様に用がありまして…ご在宅ですか?」
「えぇ、マーサ様なら…」
ティミーはシスター・フレアと別れ、サンチョ夫妻と共に暮らす祖母の元へ赴く。

「ティミー様、ポピー様!お久しぶりです。………ティミー様…リュリュちゃんならご不在ですよ?」
サンチョがティミーの来村を不思議そうにしている。
「何で僕がサンタローズへ来ると、リュリュ目当てと思われるの!?」
「事実だからでしょ!」
ティミーの憤慨に爆笑しながら答えるポピー…

「あら?ティミー、ポピー…いらっしゃい。………でもリュリュちゃんは今村に居ないのよ…」
そこに2階から下りてきたマーサも、リュリュ不在を伝える。
「………いえ、今日はマーサ様に用がありまして…」
腹を抱えて笑うポピーを横目に、マーサに話しかけるティミー。

「まぁ、私に…何かしら…リュカの行動なら止められませんよ」
実の母親にこんな事を言わせるとは…
「実は…」



「あの子は飽きの来ない人生をおくってますね…」
これまでの状況を聞いたマーサは呆れるばかり…

「それで私の異界へのゲートを開ける力が必要と…しかし、私の力は魔界の門を開ける力…今回役に立つかどうか…」
困り顔で答えるマーサ。

「父さんが言ってました!『行動する前に諦めるのは愚か者だ』と…ともかくグランバニアへ来て頂けませんか?あの不思議な本を調べれば、何か分かるかもしれません」
「行動する前に諦めるのは愚か者ですか…良い言葉ですね」
「お祖母様。お父さんは女性を口説く時に、その言葉をよく使ってましたわ。『口説くだけ口説いて断られたら、諦めればいい。行動する前に諦めるのは愚か者だ』って♥」
「なるほど…あの子らしいですね…」

「因みにティミーは、行動する前に諦めるのは愚か者よ。口説こうともしない!」
ポピーの言葉に辟易しているティミーが答える。
「リュリュは妹だ!口説く気は無い!当たり前だろ!」
「あらあら…別にリュリュの事ではないのですが…やっぱり忘れられないんでしょ?」

「こら、ポピー!ティミーが可哀想でしょ!あんまりからかわないの!」
「は~い。ところでリュリュは何処へ行ったの?」
ティミーも行方が気になる様で、マーサの答えを待っている。

「確か…リュカに教わって、ルラフェンって町に行ったみたい…何か特殊な魔法を憶える為だって…」
「特殊な魔法…?何かしらね!?」
「父さんは色んな事知ってるなぁ…ルラフェンかぁ…どんな所だろ?」
「………さぁ、こうしてても始まらないわよ!グランバニアへ行きましょう。困った息子を連れ戻す為に!」
ティミーはポピーとマーサを連れ、ポピーのルーラでグランバニアへと戻る。
リュリュに会えなかった事を、非常に残念に思いながら…



 

 

お友達

<ロマリア~アッサラーム>

アッサラームへと続く大草原に響く歌声…『カントリーロード』を気持ちよさそうに歌うリュカ。
モンスターの一団に襲われ、戦闘を余儀なくされるアルル達…

「ふぅ…俺達結構強くなってきたよな!」
戦闘を終え、ハツキのホイミで傷を癒しながらウルフが感想を述べる。
「そうね…戦闘回数だけは多いもんね…そりゃ強くもなるわよ!」
アルルは、まだ歌い続けているリュカに嫌味を言ったが、気にする様子は微塵もない。
「あ、ある意味リュカさんのお陰で強くなってるんですね!…私達の為に歌ってるのかな?」
自分の歌に浸っているリュカを4人が見つめる…
「…そんなわけないだろ!?」
ウルフの意見が満場一致で可決された。


<アッサラーム>

まだ夕方と呼ぶには早い時間、アルル達はアッサラームへと辿り着いた。
一行は何時もの様に宿を確保し、町へと繰り出し旅に必要な物を購入する。
幾つかの店を見回ったアルル達は、1軒の店で足を止める…

「おお、私の友達!お待ちしておりました!売っている物を見ていって下さい!」
店内へ入った途端、度を超えた愛想の良さで話しかけてくる店主…
「と、友達って…私達の事?」
「そうです、そうです!皆さん、私の友達!」
「イェ~イ!僕達友達!友達価格で売ってちょ~だい!」
「はい、私と貴方、友達!買っていってちょ~だい!!」
店主と一緒にはしゃぐリュカ。
そんな中、売っている物を見るアルル達。

「結構良い物を売ってるわね…」
「この杖…『魔道士の杖』か!?」
ウルフは1本の杖を手に驚いている。
「おお!さすが友達、お目が高い!24000ゴールドです。お買いになりますよね!」
「に、24000ゴールド!!?買えるわけ無いだろ!」
「おお、お客さん。とても買い物上手。私、参ってしまいます。では、12000ゴールドに致しましょう。これならいいでしょう?」
「おいおい、いきなり半額かよ!」
リュカが小声で突っ込む。

「それだって高いよ!」
「おお、これ以上まけると、私大損します!でも貴方友達!では、6000ゴールドに致しましょう。これならいいですか?」
「おぉ、友達!僕達にはこの杖が必要。友達を救うと思って、もっと安くしてぇ!」
リュカが調子に乗って値切り出す。

「おお、貴方酷い人!私に首吊れと言いますか?分かりました。では、3000ゴールドに致しましょう。これならいいでしょう。」
当初の8分の1に値さがった魔道士の杖…

「おぉ、僕達モンスターと戦うのに、この杖が必要!それなのにこんな高値で売るなんて!アナタこそ僕達に死ねと言いますか!?」
リュカが楽しそうに値切り続ける。

「そ、そんなつもりは…わ、分かりました…1500ゴールドで…どうでしょう?…こ、これ以上は安く出来ませんよ!」
店主の口調が変わり、表情も引きつっている。
「おいおい!僕達友達だろ!アナタが最初に言い出した…友達だったら、もっと安く出来るよな!?」
リュカは満面の笑みで店主の肩を抱く…ただ、声のトーンが笑って無い!

「し、しかし…私にも生活が…」
「僕達には旅が待っている!旅先では危険が付き物だ!折角出会えた友達だが、今日で最後かもしれない。そんな友達を見捨てるなよ!…安くできないのなら、その『マジカルスカート』を、オマケにつけてよ。いいよね!」

「………そ、それは………」
「と・も・だ・ち…だろ!!」
半ば脅しである。
「分かりました…魔道士の杖とマジカルスカート…1500ゴールドです…」
店主が力無く承諾する…しかしリュカの攻撃は止まらない!

「おぉ、友達!ありがとう、さすが友達!じゃぁ、はい。1500ゴールド!杖とスカート3着貰って行くよ!」
「さ、3着!!?な、何で3着も!?」
「だって女の子3人居るんだよ。3着必要でしょ!じゃぁ友達!またね~」
「に、2度と来るなー!!!」
店主の悲痛な叫びが店内に木霊する。



「ほらウルフ。大事に使えよ!」
店から少し離れた所で、先程の戦利品をみんなに配るリュカ。
「しょ、商人顔負けの値切りっぷりやな!店のおっちゃんに同情してもうたわ!」
「魔道士の杖とマジカルスカート3着を、鉄の槍より安く買うなんて…リュカさん買い物上手!」

「最初に吹っ掛けてきたのはあっちだ!」
「それにしても、やっぱ凄いなリュカさんは!勉強になるよ」
羨望の眼差しでリュカを見るウルフ。
「さぁ、取り敢えず買い物は済んだでしょ?一旦宿屋へ戻ろうよ。お腹空いちゃった」
アルル達はリュカの希望で宿屋へ戻る。


少女3人は、リュカがくれたスカートを穿き、宿屋1階のレストランへ現れた。
「ど、どうですか…似合います?」
少し恥ずかしそうにハツキが訪ねる。
「このスカート、防御力があるのね…この先、重宝するわ!」
照れ隠しをしながらアルルが喜ぶ。
「戦闘で激しく動いたら、パンチラし放題やな…リュカはん、それが目当てなん?」
リュカの前で一回転してエコナが可愛く微笑む。

「うん。僕の思った通り、みんな可愛い!値切って良かった!!」
「俺の所にはスカート見せに来ないのは何故?」
ウルフの寂しそうな問い掛けにハツキが答える。
「だってアンタ、購入に何も寄与してないでしょ!リュカさんが買ってくれたんだから!」
「出だしは俺の魔道士の杖からだろ!」

「まぁまぁ…そんなに拗ねるなよウルフ。後で一緒に『ベリーダンス』見に行こうよ!」
「………リュカさん、ベリーダンスって何ですか?」
「うん!アッサラームの劇場でね、毎晩裸同然のねーちゃんが踊るんだって!さっき町の人に聞いたんだ!だからさっさと夕飯済ませて、町に繰り出さないと!」
「何や!ダンスならウチがリュカはんの上で、幾らでも踊るねんで!」
「うん。それはまた今度楽しませてもらうよ」



本当にさっさと夕飯を済ませたリュカは、ウルフを伴い町へと繰り出す。
アルルとエコナは夜間営業の武器屋に行く為、男二人のお目付役はハツキになった。
「あー…楽しみだな~!どんなダンスなんだろう?ブルンブルン揺れちゃうかな!?」
「もう!リュカさんエッチすぎです!ウルフもそう言うのが好きなの?エロガキね!」
ウルフは何も言えず黙り込む…
幼い頃から面倒を見てくれたハツキには、やはり逆らえないのだ。

「あ~ら、素敵なお兄さん!ねぇ、パフパフしましょ。いいでしょ?」
リュカ達は不意に女性に声をかけられた。
「…パフパフ~?」
怪訝そうなリュカ。

「…パフパフって何ですか?」
本気で知らない純情ウルフ。
「きっと如何わしい事よ。相手しちゃダメ!」
決めつけるハツキ。

リュカは女性の胸を注視して呟く。
「それで出来んの?足りなくね?」
「な!!失礼ね!」
「あの、パフパフって何ですか?」
「あら、坊やは興味あるの?お姉さんが優しく教えてあげるから、私の部屋に来ない?」
女性はウルフを妖しく誘う…

「よしウルフ!何事も経験だ!行ってこいよ!僕はベリーダンスを堪能してくるから!」
そう言うとリュカはその場を立ち去ってしまった…もちろんハツキも一緒に…
そして残されたウルフは、女性に手を引かれ彼女の部屋まで付いて行く事に…
大人の階段を登りきる事が出来るだろうか!?
ウルフに幸せは訪れるのだろうか!?



 

 

砂漠

<アッサラーム>

まだ日も昇りきらない早朝、ささやかな事件が発覚した。
昨晩の体験を追い払うが如く、一人で魔法の特訓をしていたウルフが、特訓を終わらせ割り当てられた自室に戻ろうと宿屋の廊下を歩いていると、リュカの部屋から1人の女性が気配を消しながら出てきた。

「あれハツキ?何やってんの?…そこ…リュカさんの部屋だろ…え!?ま、まさか…うぐっ!」
リュカの部屋からこっそり出てきたのを、ウルフに目撃されたハツキは、慌ててウルフの口を手で覆い喋れない様に羽交い締めにする。
そしてそのまま宿屋を出て、人気のない物陰へと連れ込む!

「…っぷは!ハ、ハツキ…お前もしかしてリュカさんと…」
ハツキの怪力から逃れたウルフが、ハツキに問いかける…
「そ、そうよ…だって…リュカさん…格好いいんだもの…」
俯きモジモジするハツキの顔は、薄暗くてもハッキリ分かるくらい真っ赤だ。

「あ、あのね…みんなには…黙っててほしいの…」
「何で?」
「だって…その…恥ずかしいし…」

「俺は構わないけど…すぐにバレると思うけどね…」
「い、いいの!それより、アンタこそ昨日はどうだったのよ!」
ともかく話題を変えたくて、ウルフの昨晩の事を聞き出そうとするハツキ。
「………頼む…聞かないでくれ…お願いだ…」
どうやらトラウマになる様な事があったらしく、ウルフは半泣きで頼み込む……いったい何が?




<砂漠>

アルル達一行は灼熱の砂漠を突き進む。
サンサンと輝く太陽の光を遮る物は何もない…
ただ、いつの間に買ったのか、リュカが青く大きなパラソルを差し日陰を作り出している以外は…

しかしパラソルで作られた日陰に居ても、体力の消耗は著しく、リュカに合わせて歩くだけで精一杯の様だ!………リュカ以外!
リュカは異様にテンションが高く、パラソルを上下に揺らして歌っている。
歌うは『東京音頭』………ツバメ好きか?
だが誰も文句を言わない…この暑さで文句を言う気力も無くなってるのだ。


小さなオアシスを見つけた一行は、側に生えてある木を利用して簡易テントを作り、休める場所を確保する。
「ちょっと早いけど、今日はここで一晩明かすか…」
木陰でへたばるアルル達の為に、野営の準備を黙々とこなすリュカ。
簡易食を手早く作り、皆を起こして食事をさせる。

「リュカさん…ありがとう…でもリュカさんは元気ですね」
「ほんま…何でそんなに元気なの?」
「僕は寒いの苦手なんだけど、暑いのは平気なんだ!女性が薄着になるしね!それに以前、砂漠より暑いダンジョンを探検した事があるんだ!あそこは凄かったよ!」
昔を語り調子に乗ってきたリュカは、元の世界での冒険談を話し始める。

殺された父の遺志で、伝説の勇者を捜す冒険談を…
攫われた母を助ける為、伝説の勇者を探す…その為に天空の武具を見つけ手に入れる事…そして天空の盾を手に入れる為に挑んだダンジョンの事…

「ほなリュカはんは、盾を手に入れる為にフローラっちゅう娘と結婚したんか?」
「ううん。フローラとは結婚してないよ。滝の洞窟へ向かう前に再会した、ビアンカって言う幼馴染みと結婚したんだ!」
「でもフローラさんと結婚しないと、天空の盾が手に入らないんですよね!?それじゃお父様の遺志を果たせないじゃないですか!?」
アルルも父の遺志を継いで、バラモス討伐に旅立った為、思わず過敏に反応する。

「うん。そうだね…でもね、ビアンカが言ったんだ『リュカは沢山不幸な目に遭ってきたから、もう幸せになるべきだ』って…確かにフローラと結婚すれば幸せになったかもしれない…莫大な財産、巨大な権力、美しい妻…そして父の遺言の天空の盾」
「じゃ何で結婚しなかったんだよ!」
「簡単だよウルフ…僕を最も幸せに出来るのはビアンカだけだからね!」
皆がリュカの話を噛みしめている…納得できる部分も出来ない部分も…

「じゃぁ…結局、伝説の勇者様は見つからなかったのですか?」
そんなハツキの質問を受け、リュカが笑い出した。
「あはははは!それがさ、笑っちゃうんだけどね…もし僕が真面目に勇者様捜しを続けていたら、永遠に見つける事は出来なかったんだよ!」
皆、不思議そうな顔でリュカを見続ける。

「僕が自己の欲望に負けてビアンカを選んだからこそ、勇者様と出会えたんだ!」
「ど、どういうことや?」
「なんと!伝説の勇者様は………僕の息子なのさ!あはははは、ちょ~うける~!勇者を見つける為に…天空の盾を手に入れる為に、フローラと結婚してたら、伝説の勇者は誕生しなかったんだ!『伝説の勇者なんかどうでもいい!ビアンカと結婚できれば、世界なんてどうでもいい!』って結論に達したから勇者に出会えるなんて…何なのこの嫌がらせ?だから僕は神なんて信じないんだ!」
リュカという男の人となりに、皆がそれぞれ驚いている。

特にエコナにとっては…
金儲けを夢見ているエコナ…何れは大きな権力を手中に入れたいと思っているエコナには…
《ウチには考えられへん!金と権力を手に入れた後に、愛人にすればええやん!それで全てが手に入るやん!》

「なぁリュカはん…こんな事言うたら怒るかもしれへんけど……金と権力を手にした後で愛人にすれば良かったんとちゃう?奥さんもリュカはんの事好きなんやし、問題無かったと思うんやけど?」
人は誰しも、自分の思考の範囲内でしか物事を計る事は出来ない。
エコナもまた人である。

「う~ん…出来なくは無かったと思うけど…」
「なんや、煮え切らんな!」
「………心は…どうなってただろうね?」
「「「「心?」」」」
アルル達が一斉にハモる。

「僕はビアンカの心も愛してるんだ。でもビアンカを選ばなかったら、彼女の心はどうなってただろう?その後で『一番愛してるのはビアンカだ』と言っても、愛より金や権力を選んだ僕の事を、心から愛してくれるだろうか?」
リュカは怒るどころか、優しく問いかけてきた。

「…そ、そうは言うても、全てを手に入れるなんてムリやん!金、権力、美女…それに伝説の勇者!こんだけ手に入れば十分やん!」
「全然十分じゃないよ…美女の…ビアンカの心が手に入らなければ…」
エコナの瞳を見つめ、悲しそうに語るリュカ…

「逆に言えば、ビアンカと彼女の心が手に入れば、その方が十分満足なんだ!他の物は…まぁ、何とかなるでしょ!?」
そんな満面の笑みで妻の事を語るリュカ…そして話は、惚気話へと発展して行く。
ウルフにはともかく、少女3人には苦痛となる時間だった!

ハツキの後日談だが…
『エッチの時の話まで、する必要は無いと思います!』
………あの男、何考えてるんだ!?



 

 

砂漠の王国、砂漠の女王

 
前書き
さぁ、イシス編に突入ですよ!
我らがリュカさん、大活躍の予感!
「良い子(女の子限定)のみんな!ピラミッドで僕と握手!」byリュカ 

 
<イシス>

イシス…其処は大きなオアシスの側に造られた砂漠の町。
町の奥には大きな城がそびえ立っている。

アルル達が到着したのは夕刻だった…
リュカ以外、疲れ果ててはいたが宿を確保すると、町へ出て様子を伺う事に…
「魔法の鍵の事を知っている人が居れば良いけど…」
そんなアルルの不安はすぐに解消される事となる。

曰く、「魔法の鍵?あぁ!それなら此処より北の『ピラミッド』に保管されてるらしいよ」
曰く、「『ピラミッド』に入るのなら、女王様の許可が必要ね!勝手に入ったら、墓荒らしとして掴まりますよ」
曰く、「『ピラミッド』には、様々なトラップが仕掛けられている!頼まれたって入りたくないね!」
曰く、「女王様の美しさには、モンスターをもひれ伏すであろう!」
等々…
大まかに情報を仕入れたアルル達は、宿屋へ戻り作戦会議を行う事に。

此処は宿屋のアルルの部屋。
リュカ以外が集まり明日の予定を話し合う。
「これで、目的地が定まったわね!」
「そうですね。では、明日朝一で女王様へ謁見を致しましょう。許可を戴かないとピラミッドへは入れませんから」
「な、なぁ…リュカさんは置いていった方が良くないか?」
ウルフが小声で話す。
「そやで!町でも美しいって評判の女王やで!下手したら、下手するやん!」
皆、見つめ合い頷く。
美女で女王…最悪の組み合わせだ。
どう転んでも碌な事にはならないだろう…

(コンコン)
「みんな~明日の予定は決まった?」
其処へ現れるリュカ。
実に良いタイミングである。
「あ!実はリュカさん、あ「僕、明日は町を探索してるよ」
リュカに留守番を頼もうとしたが、リュカの方から残留を表明してきた。
「え!?そう…リュカさん…残るのね…」
「うん。だから4人で謁見してきてよ」
アルル達にとっては願ってもない事だ。
そして宿屋から出て行くリュカ…
いったい何処へ行くのやら…





翌朝、リュカとの鍛錬を終えたアルル達は、女王へ謁見する為に城へと赴く。
城へ着き、係の衛兵に用件を伝えると、
「只今、女王様は別件にて政務中である!暫し此処で待つ様、仰せつかった」
と、待ち惚けを喰らう事に………しかもかなりの時間。




一方リュカは砂漠の美人を求めて、町中を彷徨っている。
《砂漠の国の女王様…きっとアイシスみたいな女だろう…だいたいイシスとアイシスって似てるんだよね!いくら美人でも、近付きたく無い女だ!町でナンパしてる方が100倍マシだ!》
「ねぇねぇお嬢さん!僕とエッチしない!?」
「何だコラ!?俺の女房に何の様だ!」
「おぉっと、ごめんなさ~い!素敵な旦那が居るとは知らなかったので~じゃぁね~」
そんな感じで表通りから裏通りへと…

そんな時!
「きゃ~!!誰かタスケテー!変な男に攫われるぅー!」
すぐ近くで美女(リュカ曰く)の悲鳴が聞こえた!
新たな出会いを求めてリュカがダッシュで赴くと…
其処には、紛う方なき美少女が3人の男に腕を引っ張られ、攫われそうになっている現場だった!

「コラー!お父さんにナンパの仕方も習わなかったのか!?女の子を口説くなら、もっと優しく口説くもんなんだぞ!パパとママに聞いてみろ!」
いきなり現れ意味の分からない事を叫ぶ(リュカ)に、戸惑った男達…
男達が戸惑った隙に、襲われてた少女はリュカの方に逃げ寄り抱き付いた。
「どなたかは存じませぬが、助けて下さいまし!あのぶ男達が『へっへっへっ、ねーちゃんあっちの物陰で良い事してやんぜ!』って言って、イヤらしい手で私を触るんですぅ」
「な、何勝手な事を「うるさい!痛い目に遭いたくなければ、今すぐ失せろ!僕は暴力事が嫌いなんだ!」
女性を庇う様に立ちはだかるリュカ。

「ちぃ!仕方ない…大事にするわけいかないな…おい!手早く始末するぞ!」
3人の男のリーダー格が、他2人に指示を出し、リュカに襲いかかる!
「ちょ、女の子1人に大袈裟じゃない?何、殺気立ってんだよオマエら!もしかして地雷踏んじゃったのかな、僕…」
3人の攻撃を余裕で躱しつつ少女を守るリュカ。
自身の技量には多少の自信があった男達は、全く掠りもしない現状に焦りだした!

「メラミ」
そして焦った男の1人が思わず魔法を唱える!
「バギ」
しかしリュカのバギで四散され実力の差を思い知る事に…
さらにリュカは素早く3人の懐に飛び込み、強烈な一撃を食らわせる!

メラミを放ってから、一瞬の出来事だった…
「凄い…あの3人を一瞬で…」
少女が驚き呟く。
3人を気絶させたリュカは、少女の元へ近付くと、

「やぁ…改めましてこんにちは。僕の名前はリュカです。エッチする事を前提に、一緒にお茶でもどうですか?」
こんな状況でふざけたナンパをするリュカに、更に驚く少女…しかし直ぐにそれが笑いに変わる!
今までこんな男に出会った事がない…

不思議そうな顔で微笑むリュカを見つめ少女が…
「よろしくねリュカ。私はレイチェル。何処かお茶の美味しいお店、知ってるの?」
こうして2人はその場を離れて行く…
気絶する男3人を置き去りにして…



一方アルル達は、半日待たされ続けたのにも拘わらず、『申し訳ありませんが、本日の謁見は出来ません。また後日お越し下さい』と追い返された。
入城した時は、朝日が眩しかったのに、今では夕日が輝いている…

「あぁ…何にもしてないのに疲れたわ…」
「本当だな…」
「でもリュカはんを置いてきて正解やったね!」
「えぇ!侍女の方々も美人揃いでしたもんね…」
「一緒だったら、もっと疲れてたよ…きっと…」

みんな溜息と共に宿屋へと戻って行く…
リュカに今日1日は無駄であった事を伝え、明日の予定を伝えねばならない。
今日と同じではあるのだが…



 

 

命中率

<イシス>

「な…何やってんだよ!」
アルル達は宿屋へ戻り、状況説明をする為リュカの部屋に訪れた。
ドアを開け入室すると、中ではリュカと見知らぬ少女 (レイチェル)が閨事の真っ最中であった!


「全く!こっちは大変だったんだぞ!1日待ち惚けで!」
「あはははは。そんなに怒るなよぉ。……で、女王様には会えたのかな?」
数分後、ともかく行為を止めさせ、二人が服を着るのを待ってから状況の報告に入る。

「会えなかったわ!忙しいんだって!リュカさんと同じで!」
トゲのある発言をするアルル。
「へー、大変だったね」
しかし全く堪えてない。

「貴女達は女王に会って何をしたいの?」
不意にレイチェルが会話に割り込んできた。
「何や!?急に会話に割り込んで!だいたいアンタ何なんや!?」
「あぁ、ごめんね。私レイチェル!今日危ない所をリュカに助けられたの!そんで、今さっきお礼をしていたところよ」
「何でリュカさんはそうやってトラブルに遭遇するの…凄い命中率よね!」
「何でだろ?面倒事嫌いなんだけどね?」
笑っているリュカに呆れるアルル。

「で、何で女王に会いたいのよ!」
「私達、バラモス討伐の旅に出ているんです。その為にピラミッドにあると言われる、魔法の鍵を入手したいんですけど…」
「なるほど…ピラミッドへ入る許可を、女王に貰いに行ったのね…勝手に入っちゃえば良かったのに…」
「アホか!そんな事したら墓荒らしとして、手配されてまうやん!ウチらは魔法の鍵が欲しいだけや!墓、荒らしたい訳とちゃう!」
エコナはジェラシーから、レイチェルにきつく言い放つ。

「私、城には顔が利くんです!何だったら今から謁見できる様、計らいましょうか?」
「ほ、本当ですか!?しかも今からでも良いんですか?」
「えぇ!リュカがどうしてもって言うなら、私頑張っちゃうなぁ~」
そう言い、リュカの首に腕を回し甘えるレイチェル。
それを見て、一気に苛つくアルル・ハツキ・エコナ!
そんな女性陣に怯えるウルフ。

「じゃぁレイチェル…お願いするよ」
リュカは気にもせず、レイチェルにキスをする…
砂漠に血の雨が降るのは、時間の問題だろうか…?




リュカと腕を組み、イチャイチャしながら城内を歩くレイチェル。
そんなレイチェルを見て、唖然とする人々…皆、言葉を失っている様だ。
そんな状況を感じ取る余裕のない少女3人。
そんな少女3人のイラつきに、怯える少年が1人。
この奇妙な男女6人は、誰にも止められることなく、イシス城謁見の間へと入室して行く。

謁見の間に入ると、既に幾人かの側近等が待ち構えており、皆驚いた様子でリュカ達を見ている。
その中にはリュカが昼間に気絶させた3人の男も含まれている。

「ただいま~!久しぶりの城下は凄く楽しかったわ!」
レイチェルはリュカの腕から離れると、軽い口調で今日の感想を語り、玉座へと腰を下ろした。
「女王様!お戯れが過ぎますぞ!」
側近の一人…多分、最も位の高い大臣がレイチェルに向けて苦言を呈す。
「偶にはいいじゃない!」
それを軽い口調で流すレイチェル。

「ちょ…じょ、女王様!?貴方、イシスの女王だったの!?」
「口を慎まんか!」
アルルの発言に激怒する側近達…

「黙れりなさい!この者達は良いのです!私は身分を秘匿して、この者達と接していたのです…」
「し、しかし!」
レイチェルが許しを出しても、不満を口にする側近…恰好からして軍人であろう。
「女王がいいって言ってんだから、黙れよハゲ!」
「な、何だとぉ!こ、この無礼者め!」
爽やかな笑顔で無礼な物言いのリュカに、ブチ切れる軍人!
腰から剣を抜き放ち、リュカに襲いかかってくる!

「ブレイザー、お止めなさい!」
ブレイザーと呼ばれた軍事は、リュカまであと3メートルの所で止まる。
そして苦々しい表情のまま、剣を鞘に戻し下がった。
「ごめんなさい、皆さん。ちょっと気が短いのよ、彼…」
今にも血管がキレそうな程、顔を赤くしているブレイザー…
「茹で蛸みたいだね」
リュカとレイチェルが揃って笑い転げる!
アルル達は傅き、胃痛に悩まされている!


「さて…十分笑ったところで、本題に入りましょうか!…確か、ピラミッド探索の許可が欲しいんですよね!?」
「はい。バラモス討伐の為には、ピラミッドに保管されている、魔法の鍵が必要です。どうか我々に許可を…」
恭しく嘆願するアルル。

「………条件が1つあります!」
宿屋での気さくさが微塵もなくなったアルルを見て、意地悪をしたくなったレイチェルは、素直に許可を出さない。
「条件とは何でございましょう」
「ふふっ…簡単よ…リュカが私と結婚する事よ!」
一人傅いてないリュカを見つめ、国家の行く末が左右されそうな条件を提示するレイチェル!

「な!!そんな横暴な!」
「せや!そんなん認めへん!」
急に立ち上がり、レイチェルに向けて苦情をぶつけるハツキとエコナ。
「ハツキ、エコナ、黙って!!」
「「うっ!」」
アルルに怒鳴られ、再度傅く二人。

「女王様…その条件は、私の一存では答えられません…当人の意志を尊重致します」
「………なるほど…では、リュカ。私と結婚して下さいますか?」
先程までは冗談半分な表情だったが、今は真面目な表情で求婚するレイチェル…本気でリュカの答えを待っている。

「えー?ヤダよ!」
この場にいた誰もが驚く発言をするリュカ…
「き、貴様ー!!女王様の気持ちを踏みにじるとは…「うっさい!黙れよ!お前には関係ないだろうが、ハゲ!」
また一人激怒するブレイザー!(国家の重鎮だし関係なくは無いんだけどね)
頭皮の事をかなり気にしているらしく、先程よりも勢いを増してリュカに襲いかかる!
レイチェルも求婚を断られたショックで、少し呆然としていた為、今回は止める事が出来なかった!

ブレイザーはリュカに向けて剣を振り下ろす!
しかしリュカは、表情一つ変えることなく、右手の親指と人差し指で摘み受け止めた!
「オイオイ…女王の前で流血沙汰は拙いんでない?」
「ブ、ブレイザー!退きなさい…私の客ですよ!」
しかし退かないブレイザー…いや、退けないのだ…全体重をかけて剣を引き戻そうとしているが、リュカの手から剣が離れない!

「リュ、リュカさん!手を放してあげて下さい!」
気が付いたアルルがリュカに告げる。
「あ!そうか…」
リュカは慌てて手(指)を放す…すると、ブレイザーが勢い良く後方へ吹っ飛んだ!
何やら何処かで見た様な光景だ…
凄まじい勢いで壁に叩き付けられたブレイザーは、そのまま気を失い壁際に崩れ落ちた。

「…やっと静かになったね」
リュカの一言に、騒ぎ出しそうになった側近達を手で制し、穏やかにリュカへと語りかけるレイチェル。
「リュカ…何故、私と結婚してはくれないのですか?私と結婚すれば、イシスの王になれるのですよ?」
「ヤダよ!王様になったら自由に冒険出来ないじゃん!」

「………では、ピラミッドへの探索許可は認めません!…困るのではないかしら?魔法の鍵が手に入らないと」
レイチェルは少し意固地になっていた。
「僕は困らないよ。ただ、バラモスを倒せなくなるだけだし!」
そう…バラモスが倒されないと困るのは、この世界の人々だ…
イシスの女王とて例外ではない。

「……………………」
「……………………」
リュカとレイチェルは見つめ合いながら沈黙を続ける。

「ふふふ…分かりました。諦めます!あ~あ…私、本気でリュカの事好きになっちゃったのにぃ…」
「ごめんね。初めから敵わぬ恋だったんだよ…僕、奥さん居るし!」
「え゛!?奥さんが居るのに私の事ナンパしたの?」

謁見の間に側近達のざわめきが広がる!
それに比例して、アルル達の胃の穴も広がる様だ!
アルル達が胃潰瘍で倒れる前に、ピラミッド探索の許可を貰えるのだろうか?



 

 

王家の墓

<イシス>

「え゛!?奥さんが居るのに私の事ナンパしたの?」
謁見の間に側近達のざわめきが広がる!
「う~ん…まぁ…ね!美人に逢ったら口説けって家訓だから!」
「き、貴様!女王様に変な事はしてないだろうな!?」
一番偉そうな大臣がリュカの胸ぐらを掴み問いつめる。

「変な事などしていない!普通にエッチしただけだ!3発程…」
真面目な顔で言い放つ!
「なぁ………!!」
大臣は大きく口を開けて絶句する。

「やっぱりリュカには責任を取ってもらいたいわ!そうでしょ…」
「結婚は出来ん!愛人で良ければOKだけど…ただ、女王を辞める事!必須条件ね」
どう考えても条件を提示できる立場ではないのに、何故か偉そうな男だ。
「う~ん…今、私が辞任したらイシスが混迷するのよねぇ…でもリュカの愛人にはなりたいなぁ…」
「「「「じょ、女王様!!」」」」
家臣の皆さんが泣きそうな声で叫ぶ!

「冗談よ!残念ではあるけど、女王を辞めるわけにはいかないわ!」
「で、ピラミッド探索許可は貰えるのだろうか?」
リュカは悪びれもせず、何時もと変わらぬ口調で許可をせがむ。
間違いなくイシスのお偉いさん方を敵に回しただろう!
「ええ!勇者アルルとその一向に、ピラミッド探索許可を与えます。ピラミッド内で入手したアイテムは、自由に使って下さい。バラモス討伐に役立てば幸いです」
「ありがとう」



<ピラミッド>

「何や!?アイテムは自由に使って良い言うといて、ダンジョン内の宝箱はカラやん!あの女、何もないの分かってて言うたんちゃうか?」
エコナはピラミッド内で見つけた宝箱を無造作に開け、不機嫌な声で愚痴をまき散らす!

「そりゃそうだろ!王家の墓って言ったら、財宝が沢山ある物だと誰もが思ってるよ!こんな入口付近に残ってるわけないって!」
「ほな『アイテムは自由に使ってぇ~』とか言うなや!!期待してまうやん!!」
ウルフの冷静なツッコミに、一層ご立腹のエコナ…

「そんな事を俺に怒るなよ!それに、奥の方の超危険な場所の宝は、残ってるかもしれないだろ!女王様はその事を言ったのかもしれないだろ!入口付近如きで結論出すなよ!あと俺に八つ当たるなよ!」
まだまだ女の扱いが雑である…

エコナとウルフが口論をしていると、珍しく大人しくしていたリュカがポツリと囁く様に喋る出す。
「宝箱を不用意に開けない方がいいよ…王家の墓って言ったら、トラップが満載だろうから…危険だよ。それに僕達の目的は『魔法の鍵』だろ!墓荒らしみたいな事するの止めようよ。お亡くなりになった方に失礼だよ…」
「何言うてんねんリュカはん!?女王自ら許可したんや!墓荒らしにはならんて!平和の為に使う事こそが、女王の願いや!その思い、しかと汲んでやろうやないの!」
「勝手だなぁ」
そしてリュカは、また大人しくなった…

普段なら、陰気なダンジョン内では歌い出すはずなのに、終始付近を警戒し歩いている…
モンスターの出現率も上がらず、本来はこれで当たり前なのに、何故だか不安が増すアルル。
「あの…どうかしたんですかリュカさん?何か心配事でも………?」
「ん?あぁ…ちょっと………」
「何や、今更王位が惜しくなったん?」
「ううん、そんなんじゃないよ…ただ、僕…アンデット系、嫌いなんだよね!」
「はぁ!?アンデット系が嫌い?」
怪訝な表情で聞き返すウルフ。

「此処…お墓でしょ!出てくるモンスターってアンデット系でしょう!ぼく、アンデット系には近付きたくないから、危なくなっても助けないからね。危なくならないでね!」
「何だよ!そんなの何時もの事じゃん!何時も戦闘には参加しないじゃん!アンデットとか関係ないじゃん!」
「………まぁ、そう言う事だから…妙な仕掛けに引っかからない様に注意して進もうよ」



「またカラや!」
リュカが注意する様に言ったにも拘わらず、宝箱を開けまくるエコナ。
ピラミッドを奥へ進みつつ、目に付く宝箱は全て開ける。

「お!?あっちには3つも宝箱があるやん!今度こそ何か入ってるかも!」
一人小走りで3つの宝箱に近付くエコナ…
「まったく…あれが商人魂…なのかしら?」
アルルは勝手な行動をするエコナに呆れながら、はぐれない様に彼女の元へ近付く。

同じくエコナの元へ進むリュカは、周囲の異様さに気付き警戒し始めた…
「エコナ…気を付けろ!何かヤバイぞそれ!」
「何が?…またカラやで!?」
リュカの忠告を気にせず、さっさと宝箱を開け始めたエコナ…しかし、2つ目の宝箱に手をかけた瞬間、宝箱が自ら動きエコナに襲いかかってきた!

「キャー!!!」
それは鋭い牙を携えた『人食い箱』である!
人食い箱の牙が宝箱を開けようとしたエコナに襲いかかる!

(ガシュ!!)
肉を裂く鈍い音が響き、エコナの顔に真っ赤な血しぶきが飛ぶ!
しかし、その血はエコナの物ではない!
いち早く異変に気付いたリュカの血だ!
リュカはエコナに噛み付こうとした、人食い箱と無防備だったエコナの間に左腕を入れ、エコナの変わりに人食い箱の攻撃を受けている。

「痛いだろ!コノヤロー!!」
リュカは人食い箱ごと腕を壁に叩きつけ、噛み付いた人食い箱を叩き壊す!
「怪我は無いエコナ?」
人食い箱がコナゴナになったのを確認すると、へたりこむエコナに近寄り優しく問いかける。

「ウ、ウチは…へ、平気や………それよりリュカはんの方が怪我してるやん!」
リュカの左腕から滴る血を見て、血相を変えるエコナ。
アルル達も、泣き出しそうな表情でリュカに近付く!
「そんなに心配しないでも大丈夫だから。………ベホイミ………ほら」
傷口の塞がった左腕を見せるリュカ。

そんなリュカに抱き付き、泣きながら謝るエコナ。
「ごめんなさい!リュカはんが注意してくれたんに…ウチ…ウチ…」
「うん。これに懲りたのなら、宝箱を開ける時は注意して開けようね。一人で先走らない事!」
エコナの頭を優しく撫で、隊列を乱さぬ様注意を促す。


「でも何で危険だって分かったの?」
ウルフがリュカに疑問をぶつける。
「うん。見てごらん…此処の宝箱の周りには、人骨が沢山落ちてるだろ。他の宝箱の周りには無かったのに…だから、此処で死ぬ人が多かったんだと思ってね…案の定、こんな事になったけどね」
「さすがリュカさん!凄いです!格好いいです!」
ハツキがリュカに抱き付き、褒め称えてる!

「そう言う状況の変化を、見逃さない事が重要なんだね!」
ウルフも瞳を輝かせ、リュカを師と仰ぐ!
「そうだぞウルフ!常日頃から変化に気付ける様にするんだ!」
「はい!」
「特に女の子は直ぐ髪型とかを変えるからね…変化に素早く気付き、褒めちぎるんだ!そう言う細かい事に気付く男はもてる!」
「はい!!」
最早、旅の仲間というより、師匠と弟子の関係になりつつある。
ウルフの未来はある意味明るい!



 
 

 
後書き
リュカを師事するウルフ…
これでいいのだろうか? 

 

トラップ

<ピラミッド>

アルル達はトラップに気を配りながら、ピラミッドを更に奥へ進んで行く。
火炎ムカデやミイラ男・マミーと言ったモンスターの攻撃を打ち破り、奥へ奥へと突き進む。
言うまでもない事だが、リュカは宣言通り何もしない。何時もと同じ…
エコナも人食い箱を警戒して、宝箱を見つけてもいきなり開けなくなった。
まぁ…人食い箱だった場合を想定して、身構えながら宝箱を開けてるのだが…


暫く進むと、大きな石の扉が一行の前に立ちはだかる。
「なんやここ?随分と厳重やね!」
「これだけ厳重にしてるって事は…」
「えぇ…多分この奥に魔法の鍵があるのよ!」
少女3人は重厚な石の扉を調べながら言葉を交わす。
「これ、どうやって開けんねん!」
「何処かにスイッチみたいのがあるんじゃない!?」
「そうですね、とても人力じゃ開きませんよね!」

少女3人が扉を調べるのを止め振り返ると、居るはずのリュカとウルフが居なくなっているではないか!
「え!?ちょっ…リュカさん!」
リュカが居なくなった事に不安を感じたアルルが、涙声で叫ぶ。
「な~に~?」
奥の方からリュカの声が聞こえる…
「どうしたの?」
リュカの声とは別方向からウルフが現れる。

「ちょっと!勝手にフラフラしないでよ!」
「せや!不安になるやん!」
責められるウルフ…
「だ、だってリュカさんが『何処かにボタンがあるから探そうぜ!』って言うんだもん!」
「………で、あったの?」
「う、うん…向こうに2つあった…」
「あっちにも2つあるよ」
戻ってきたリュカが申告する。

「つまりボタンが4つあるのね…」
「どのボタンが正解やろ?」
流石は王家の墓…一筋縄ではいかない様だ。
「リュカさんはどれだと思います?」
困ったアルルは、事態の解決をリュカに押し付ける様に訪ねる。
「さぁ…どれだろうねぇ…でも僕が思うに、どれか1つが正解ではなく、4つのボタンの押す順番が重要だと思うよ」
「何でそう思うんですか?」
「だってさ、1つのボタンが正解だったら、偶然に正解する人も居ると思うんだよね!でも今まで正解した人は居なさそうだし…」

「じゃぁ…その順番は?」
「おいおい…幾ら何でもそんなの知らないよ!」
アルルは困るとリュカに頼る様になっている…あまり良い事では無いです。
「闇雲に試すのは危険だし、一旦イシスへ帰ろうよ。レイチェルなら何か知っているかもしれないし…」
「此処まで来て町へ戻んのはシャクやな!取り敢えずボタン押してみようやないか?偶然正解するかもしれへんやん!」
「え~…危険だよぉ~」
「私もエコナの意見に賛成よ!」
パーティーリーダーのアルルがエコナの意見を推奨する。
「此処まで来たんだもの…何もしないで帰れないわ!」
「じゃぁ…どのボタンを押します?」
少女3人はレイチェルに会いたく無いらしく、町へ戻る事を拒否してる。


「ほな、端から押して行くで!」
エコナがボタンを押そうとし、アルル達が敵の出現に警戒をする。(リュカ以外)
(ポチ)
すると突然床が抜け、一行は一人の例外もなく落下して行く!
「「「きゃー!!!!!」」」


(ドサ!)
「いてててて………何だ?此処!?」
たいした高さでは無かったが、不意を突かれた為受け身をとる事が出来ず、予想外に痛い思いをしたリュカ…
「みんな…無事?」
ひとまず少年少女を気遣い手を差し伸べる。

「…いたたた…リュ、リュカさん…どうしよう…あ、足の骨が折れちゃった…」
なんと、落下の衝撃でアルルが足を骨折してしまった!
「だ、大丈夫ですかアルル!今すぐホイミを「ダメだ!」
「「え!?」」
ハツキがアルルに近付きホイミを唱えようとしたが、リュカに阻まれてしまう。

「変な状態でホイミをかけると、そのままの状態で骨がくっついてしまう!先ずは骨を真っ直ぐな状態にしないと………アルル、ものっそい痛いよ!我慢出来る?」
リュカは涙目のアルルの瞳を覗き、優しく脅す。
「お、お願いします………」
リュカは自分のハンカチを取り出し、アルルに噛ませ骨折箇所に手を当てる…

そして…
(ゴリッ!!)
不格好に曲がったアルルの足を、真っ直ぐに戻すリュカ!
「(ん~~~~!!!!!!)」
アルルがくぐもった叫び声を上げ、激痛で気絶する。

「ベホイミ」
リュカはベホイミで骨折を治療する………が、魔法が発動しない…
「な、なに!?ベホイミ!……ベホイミ!!」
「な、何で魔法が発動せんの?」
「ウルフ…ちょっとメラを唱えてみろ!」
「う、うん…メラ!」
ウルフが通路の奥の方目がけ、メラを唱えてみる…が、やはり魔法が発動しない!
「ど、どうなってるんですか!?」

「………きっと、フロア全体に『マホトーン』の魔法がかかってるんだ!…このフロアから脱出しないと魔法は使えない…」
「じゃぁ早く逃げようぜ!魔法が使えないと、俺何も出来ないんだ!今戦闘になったら俺は戦力外だから!」
「うん。じゃぁ、取り敢えず此処から脱出!その後は一旦町へ戻る…いいね!?」
エコナもハツキも黙って頷く。

「…っと、その前にアルルの骨を固定したいな。ウルフ、何が添え木になる様な物無い?」
リュカに訪ねられたウルフは、周囲を見回し大量に散乱している骨を1本拾い手渡す。
「ちょっと気持ち悪いけど、これで我慢して貰うしか…」
「ありがとう。しょうがないよ………でも…このフロア、骨だらけだな…何があるんだ、此処には?」
気絶したアルルの足を拾った骨で縛り固定する。

戦闘になった場合、参加出来ないウルフにアルルを担がせ、一行は通路を向かって右へと進んでみる…どちらが出口か分からない為、勘を頼りに進み行く。
《あ~…やだなぁ…敵、出てこないといいなぁ…特にアレ!腐った系!アレ攻撃すると、杖が臭くなるんだよなぁ…そうだ、アルルの『鋼の剣』を借りよう!………あぁ…戦うのやだなぁ………》

女の意地が招いてしまったこの状態………ある意味リュカのせいなのでは………?



 

 

王家の秘宝

<ピラミッド>

珍しくリュカを先頭に隊列を組む一行。
モンスターに発見されぬ様、物音を立てない様に歩く………しかし、足下には大量の白骨体が散乱し、実質音をさせずに歩く事は出来ない。

「しくじったな…」
不意のリュカの呟きがみんなを不安にさせる。
「ど、どうしたんですか?何をしくじったんですか!?」
アルルを担ぎリュカの直ぐ後ろを歩くウルフが、震える声で訪ねた。
「足下を見ろ…白骨体が増えている」

「そ、それが…?」
「つまり…こっちで死ぬ人が多いって事だよ!」
「じゃ、じゃぁ…今からでも引き返しませんか?」
「何言うねん!出口に近付いてるから、トラップが発動してるのかも知れへんやろ!」
「そうだね…ウロチョロしても危険だ…取り敢えずは進んでみるしかないね」
そしてリュカは進み出す。
トラップが何時発動しても対応できる様に、慎重に…ゆっくりと…


一行は行き止まりの部屋で立ち尽くしている…其処には大きな石棺しかない。
「ちぃっ!こっちじゃなかったか!」
リュカが踵を返し、元来た道を戻ろうとすると、エコナが声をあげ皆を止める。
「なぁ!あの石棺…怪しくないか!?もしかして出口に繋がる通路になってるかも!」
「何言ってんだよ!俺達は地下に落ちたんだぞ!更に地下へ潜ってどうすんだよ!」
「アホか!上へ向かうだけが、地上への道とは限らへん!一旦地下へ潜る事も必要かもしれへんやん!」
そう言うとエコナは慎重にだが石棺へと近付き、石蓋に手をかける。
しかしエコナ一人の力では動かない…見かねたハツキも一緒に押し始める。
リュカも『通路は無い』と言い切れず、ただ黙って見てるしか出来なかった。

(ズッズズズズズズ…………ゴドン!)
石蓋を押し開け中を見ると、其処には2体のミイラがあるだけで通路等は存在しない。
「ただの石棺だ…引き返そ!」
「待って下さい!何か変じゃないですか…このミイラ!?」
トラップの発動しそうな宝箱や棺などには、なるべく触りたくない…触ってほしくないリュカは、石棺に出口への切っ掛けが確認できなかったので、サッサと来た道を戻ろうとしたが、エコナが石棺の中に違和感を感じた為、皆を呼び止め2体のミイラを調べ始める。

「ねぇ…何が変なの?棺に死体が入ってたって、変じゃないよぉ!早く出口探そうよぉ!」
「見て下さい、このミイラ…1体はキレイに埋葬されてあるのに、もう1体は雑に放り込んだ様に見えます!」
「ほんまやねぇ…普通、棺に入ってる遺体って仰向けでキレイに整ってるはずや…でもこの上に乗っかてるミイラは横向きや…しかも背中を丸めてる………ん!?何か抱き抱えてるで!」
エコナは雑に埋葬されてるミイラの腕を、無理矢理こじ開けて抱き抱えている物を掴み出す!
《何であの娘ミイラに平気で触れるの?俺、ヤダなぁ…》

「おぉぉぉ!見てみぃ!ごっついお宝を抱えてるでコイツ!」
そう言うとミイラが抱き抱えていた『黄金の爪』をリュカ達に見せつけはしゃぎ出す。
すると何処からともなく不思議な声が聞こえてきた。
『黄金の爪を奪う者に災いあれ!!』

「な、何や!?何処から聞こえんの!?」
みんなが周囲を見回していると、突然石棺の中のミイラがエコナの腕を掴んできた!
「ぎゃー!!!」
慌てたエコナはミイラの手をがむしゃらに払いのけ、半泣きでリュカの後ろに隠れる。
しかしミイラは執拗にエコナを追いかけてきた!

「ふん!」
しかしリュカが鋼の剣で細切れにし、ミイラはその場に崩れ去る。
「何でウチを狙うねん!絶世の美少女やからか?」
「………その黄金の爪が目当てじゃないの?返したら?」
「何言うてんねん!ピラミッド内で見つけたアイテムは、ウチ等の自由にしてええねん!女王様のお許しがあったやん!だからこのお宝は、ウチのや!」
どうやらエコナは黄金の爪を手放すつもりは無い様だ。

(ゴソゴソ………)
「ん!?」
行き止まりであるはずの石棺の部屋の奥から、何やら蠢く影が………
「な、何でしょうか?」
奥から現れたのは、火炎ムカデや大王ガマといったモンスター達だった!
しかも途方もない数が…

「げ!!さすがにヤバいって!逃げるぞ!」
リュカ達は一斉に元来た道を走り出す!
しかし前からもミイラ男やマミーが大量に襲いかかってくる!
「くっそ!」
前方から襲い来る敵をリュカが薙ぎ払い、後方から追い縋る敵をエコナとハツキが連携して撃退する!
ウルフは気絶しているアルルを背負い、敵の攻撃を避けまくる!心なしか動きがリュカに似てきた様な………

「なぁ、エコナ!」
「な、何やぁ!」
「コイツ等の目当てって、その黄金の爪じゃね?捨てちゃえよそんなの!」
「イヤや!!!!これはウチんや!」
その間もモンスターは絶え間なく襲いかかってくる!

さすがにエコナとハツキは押され気味だ…しかしリュカには疲れが見えない!
既に100体以上ものモンスターを倒してるのに、顔色も変えずに前方の敵を倒し進み続けてる!
刃こぼれの生じてしまった鋼の剣をアルルに返し、ドラゴンの杖でミイラ男やマミーを倒しまくる!
後方からの敵に押し潰されないでいるのは、リュカが前方の敵を駆逐し、逃げ道を作り出しているお陰である。
「おい!逃げ道は僕が作るから、遅れるなよ!」
ウルフ達は必死でリュカについて行く!




<イシス>

「…うっ…こ、ここは…?」
イシスの宿屋でアルルは目を覚ました。
「おはよ。足の具合はどう?」
リュカは優しくアルルの足を気遣う。

アルルは慌てて折れてた足を触り確認する………だが、痛みはなく骨折も完治している。
「…私…どうなったの?」
「え~…憶えてないのぉ…結構大変だったんだよ!」
そうは言うが、リュカは笑顔でアルルに説明してくれた。



「………それでみんな疲れ切って寝てるのね…」
部屋の中を見渡すと、ウルフ達が薄汚れた恰好のまま、床やソファーにだらしなく眠っている。

「ごめんなさい…迷惑かけちゃったね…」
「うん。大迷惑だよ」
リュカは笑いながらアルルの頭を撫でる。

しかし急に真面目な表情になり、アルルに苦言を呈す。
「アルル!あんまり僕を当てにした作戦を立てないでくれ!確かに僕は年長者の為、君達よりは多少強い…」
イヤ、多少ではないだろう…アルルはそう思ったが、あえて口には出さなかった。

「でも僕はこの世界の人間じゃない!元の世界に帰る術が見つかれば、直ぐにでも帰るだろう…もし、あのピラミッド内にそんな装置があったのなら、僕は直ぐさま帰るだろう。僕の事を当てにして、ダンジョンの奥に進んだ場合、急に僕が居なくなったらどうする?僕が居なくても町まで帰れる様にしないと…」
アルルはこの時初めて分かった…リュカが戦闘をしないのは、自分たちがリュカに依存しない為だと…

「焦っちゃダメだよ。一旦退く事も大事だよ。アルルは勇者なんだから、みんなを導かないと…」
そしてリュカは自室へと引き上げた。
床等で泥の様に眠る仲間を…ボロボロに薄汚れるまで戦った仲間を見て、涙を流すアルル…
自分が彼等の命を握っている事に気付き、責任の大きさに涙が止まらない…
アルルは思う…
リュカに出会ってなければ、アリアハン大陸で命を失っていただろうと…



 

 

童歌

<イシス>

「♪まん丸ボタンは不思議なボタン。まん丸ボタンで扉が開く。東の西から西の東へ。西の西から東の東。♪」

アルル達はイシス城内を歩きながら、先程子供達に教わった童歌を確認する様に歌っている。
イシスの女王に…レイチェルにピラミッドの仕掛けの秘密を訪ねた所、『子供達の童歌にヒントが隠されていると聞きます』と、ヒントのヒントを賜った。
「♪まん丸ボタンは不思議なボタン。まん丸ボタンで扉が開く。東の西から西の東へ。西の西から東の東。♪」

「変な歌…リュカさんが歌う歌より、変な歌!」
「失礼だなウルフ君!僕の歌う歌は名曲揃いなんだぞ!」
「私、リュカさんの歌は大好きですよ♡」
「そんな事より、ホンマにピラミッドと関係あんの?あの女、自分も知らんからって適当な事言うたんじゃ…それとも、結婚してくれへんリュカはんに嫌がらせか!」
「エコナ…お願いだから、せめて城内では不穏な発言は控えて!」
どうもエコナはレイチェルに対して、あまり良くない感情を持っているらしく、ついつい発言が不穏な物になっている様だ。


一行が不毛な会話を続けながらイシス城の入口エントランスに差し掛かると、其処には3人の屈強な男が待ち構えていた。
町中でレイチェルを強引に連れ去ろうとしていた男達だ。(実際は女王直属の護衛官である)

「………?…あの…何かご用ですか?」
訝しげにアルルが訪ねる。
「お前等に用は無い!そっちの紫のターバンの男に用がある!」
「僕には無い!」
即答するリュカ…

「ふ、ふざけるな!!我々と正式に勝負しろ!!」
3人それぞれ武器を構え、殺気を漲らせている。
「何言ってんの?君達既に負けたじゃん!あの時幼気な少女を守ると言う名目で、殺しても良かったんだよ。でも君達が悪質なナンパ野郎じゃないのは気付いてたからさ、命までは取らなかったんだよ」
「黙れ!あの時は町中故、全力を出し渋った結果だ!」

「はぁ?さてはお前等バカだろう!女王様を守ろうとする特務部隊が、全力を出さないで負けてどうする!僕が女王の命を狙ってたら、レイチェルは既に死んでたんだぞ!それにお前等、町中でメラミ使ってたじゃん!大事だよ、町中でメラミって!」
リュカの正論という侮辱に、耐えられなくなった1人が、もの凄い勢いでリュカに襲いかかる!

しかしリュカはその男の顔面にカウンターで拳をめり込ませる…
その男は、襲いかかった時の倍の勢いで仲間の2人の元へ、弾き飛ばされる!
「あれぇ~…今度は城内だった故に全力を出し渋ったって言っちゃうぅ~?おいおい…何時になったら全力を出せるんだよ…女王が死んだ後か?イシスが滅んだ後か?世界が無くなった後か?おせーんだよ、それじゃ!」
リュカは3人に唾を吐き付けイシス城を出て行く…
アルル達もリュカに襲いかかった3人を、不安そうに意識しながらリュカに続く…
男達は力無くその場にへたり込むしか出来なかった…




アルル達はイシス城を出ると、城下にある武器屋へと訪れる。
先のピラミッド探索で、ボロボロになってしまった武具を修繕に出していた。
それを引取に来たのだ。

「おじさ~ん!出来てるかしら?」
「おうよ!キレイに修繕しておいたぜ!しかし、どんだけ戦闘すればこんなにボロボロになるんだか…」
「それ程、激戦を潜り抜けてきたちゅー事や!」
リュカとウルフ以外がそれぞれ武具を受け取る。

「しかしよぉ…女の子が武具をボロボロにする程戦ってたのに、男共は何やってたんだ!?安全な所で高みの見物か?」
詳しく状況を知らない武器屋の店主が、推測からリュカとウルフを批判する。
「あはははは…僕、戦うの嫌いなの!」
「かー!情けねー男だ!」

「ちゃうね…むぐぅ!」
店主に対し異論を言おうとしたエコナの口を手で塞ぎ、エコナの懐から黄金の爪を取り出す。
「おいさん、これ幾らで買ってくれる?」
「むー!むーむー!!…ぱはっ…そ、それはウチんや!!勝手に売らんといて!」
「でも気にならない?あんな思いをして手に入れた物が幾らするのか?」

「……………………おっちゃん…幾らや?」
どうやらエコナも気になる様だ…
「う~ん…凄い品だが…6000ゴールドだな…」
「た、たったの6000?アホくさ、絶対に売らんで!」
「でもどうすんだよ!それ持ってピラミッドへ入ったら、またモンスターまみれだぞ!売っちまえよ!6000ゴールドでも無いよりマシだろ!」
ウルフが苦々しくエコナに言い放つ。

「うん。僕が預かっておくよ。ピラミッドに持って行かなければ大丈夫だろ!」
「「「「はぁ?」」」」
4人の怪訝そうな反応を無視して、黄金の爪を懐にしまい店を出て行くリュカ。
店に取り残される4人を気にせず、宿屋へと戻るリュカを慌てて追うアルル達…



「なぁ…どういう事なんや?リュカはんも一緒にピラミッドへ行くんやろ?せやったら誰が持ってても一緒やんか!」
宿屋へ戻るとみんなリュカの部屋に集まり、先程の続きを始め出す。

「もう…あそこに行きたくないんだ…僕。…だから留守番をしてるよ!」
「何言うてんねん!リュカはんが来てくれんと、ウチら死んでまうかもしれんやんか!」
「そうだよ!この間も、魔法の使えない地下から脱出出来たのも、リュカさんが居てくれたからなんだよ!居なかったら俺達死んでたよ!」

「うん、それそれ!君達は僕が居るから、敵に襲われても、トラップが発動しても大丈夫と思ってるでしょ…僕に依存しまくりでしょ!」
「そ、そんな事あらへんで!そりゃ、リュカはんが居れば安心感があるけど、リュカはんは相当危なくならないと、戦ってくれへんやんか!せやから自分たちで何とかしようと、何時も思っとるで!」

「そうかなぁ……?…気を付けろって言ったのに、気にせず宝箱を開けたじゃん!偶然2個目がトラップだったから良かったけど、1個目だったら僕間に合わなかったからね。それにボタンの事もそうだよね!一旦帰ろうって言ったのに、偶然何とかなるかもって…僕が居なくても同じ事してたぁ?してないよねぇ…」
エコナ・ハツキ・ウルフは何も言えなくなる…

「確かに私達はリュカさんに依存してました…でも私達は弱いんです、リュカさんが頼りなんです!」
「アルル…君達は弱くないよ。ピラミッド内であれば、モンスター如きには負けないよ。下手にトラップを発動させなければ…ね!」
「そ、そんな…偶然トラップが発動したらどうすんだよ!」
ウルフはリュカを当てに出来ない事に不安を感じ、泣き言を言い始める。
「そうならない様に気を付けるのが冒険だよウルフ!僕は何時までも、君らと一緒に旅が出来るとは限らないんだ。自分たちで何とかするのも必要だよ」
「「「……………………」」」

リュカはピラミッドへの同行を、頑なに拒み続ける…
「1ヶ月待っても帰って来なければ、みんなは死んだものと考えるからね。そしたら僕は、アリアハンにでも戻って、ミカエルさんとイチャイチャ過ごすよ」
「な!死ぬわけないだろ!トラップを発動させなければいいんだ!簡単じゃねーか!」
アルル達は初めて、リュカという保険を携えず冒険をする事となった。
今回の事はアルル達の成長に寄与するのだろうか?
そして一人残るリュカは、どの様なトラブルに巻き込まれるのであろうか…



 

 

狡猾な罠

<ピラミッド>

「な、なぁ…やっぱりリュカさんが居ないと…不安だよなぁ…」
ウルフが必要以上に警戒しながらピラミッド内を歩いている。
彼だけではない、アルルもハツキもエコナですら、緊張した面持ちでダンジョン内を進んで行く。
前回来た時にトラップは無い事を確認した場所ですら、慎重に慎重を重ねて警戒をしている。
アルルは思う。
《何でリュカさんは何時も平然として居られたの?1度来た事がある所なのに、凄く怖い!どうしてリュカさんは初めて訪れる場所でも、平気なの?》
思いの外、リュカへの依存心が大きかった事に、後悔をしているアルル達…

たいして戦闘は行わなかったけど恐怖と後悔の中、どうにか魔法の鍵が安置されてるであろう石戸の前まで、再び訪れたアルル達。
〈♪まん丸ボタンは不思議なボタン。まん丸ボタンで扉が開く。東の西から西の東へ。西の西から東の東。♪〉
イシス城の子供達が歌っていた童歌を思い出し、ボタンの前へと移動する…




<イシス>

一方そのころイシスに残ったリュカは…
無理矢理レイチェルに呼び出され、女王の自室で甘美で大人な一時をおくっていた。
「ねぇ、リュカ…私と結婚できなくても、愛人になれなくても、イシスに居る間は、私の恋人でいてくれるでしょ!?」
「それは構わないけどさぁ…僕は城に居たくないよ!さっきの見たでしょ…大臣さん達、一斉に僕の事を睨むんだよ!視線で人を殺せるのなら、僕は惨殺されてたよ」
大臣達だけではない…下級兵士もリュカの姿を見るなり、武器を構えて睨み続ける有様だった。
アイドル的な女王を寝取った恨みは計り知れない。
「あはははは。私が自由に逢いに行ければ良いんだけど…仕事が忙しくってね!」
「じゃ、忙しい女王様のお邪魔をしちゃ悪いから、僕はこの辺で帰るとするよ」
リュカはベットから起きあがり、自分の服に手をかけると、
「あぁん!そんな事言わずに、もう一回だけシよ?ねぇ~、もう一回だけ…ね!?」
と抱き付かれ、そのまま大人な世界へと旅だって行く…
男ってヤツは…



<ピラミッド>

(ゴゴゴゴゴゴ………)
重厚な石戸が開き、アルル達は奥に奉られてある魔法の鍵が眼前にある。
「やった!やっぱりあの童歌は、ボタンを押す順番を歌ってたんだ!」
「リュカはんが居なくても、何とかなるもんやな!」
「エコナさん!油断は禁物ですよ!」
「そうね…魔法の鍵を手にした途端、トラップが発動するかもしれないしね!用心しましょ!」
アルル達は四方を警戒しながら、魔法の鍵の元まで慎重に進んで行く。
そして魔法の鍵を持ち上げた途端、先程苦労して開けた石戸が突然閉じてしまった!

「あ!?」
「な、何や!?閉じこめられてもうたのか?」
皆、慌てて石戸へと駆け寄る。
しかし重厚な石戸を人力で開ける事など出来ず、絶望感にさいなまれる。

「みんな落ち着いて!こう言う時こそ冷静に他の出口を探しましょ!」
「あの~………」
アルルがリーダーらしくみんなを奮起させたが、ハツキが間の抜けた声で水を差す。
「…何?どうかしたの?」
「あのね…あそこに扉があるんだけど…出口かな…?」
ハツキが指さす先…部屋の反対方向には、やはり頑丈そうな鉄の扉が備え付けられている。

「えらい!さすがハツキ!良く見つけたな!」
「みんな魔法の鍵しか見てなかったんですか?この部屋に入って正面ですよ!見つけるとか、そう言うレベルじゃないと思います」
皆がハツキの言葉に顔を逸らし、石戸の反対側の扉の前に早足で集まる。
そして扉のノブを回し開けようとするが、鍵がかかってて開かない。

「何や!結局閉じこめられてるやん!ぬか喜びやん!」
「エコナ落ち着いて!冷静に対処しましょ!焦ったら終わりよ!」
再度叫び出すエコナをアルルが宥めようと声を荒げる!
「なぁ…今手に入れた魔法の鍵を使ってみようぜ!」
今度はウルフが冷静に事態を見定め、有効な手立てを提示する。

「あぁ…そっか!」
「頼むよリーダー!一番パニクってんじゃないの?」
「せやで!リーダーが落ち着いて対処せなあかんやろ!リュカはんに頼りすぎちゃうか?しっかりしてやぁ」
「な…!エコナがそう言う事言わないでよ!貴女が一々金切り声をあげるから、思わず焦っちゃうんでしょ!」
アルルとエコナで口論が始まる!
「落ち着けよ、2人とも!ケンカしてる場合じゃないだろ!エコナも騒ぎすぎだし、アルルも過敏に反応しすぎだよ!リュカさんは何時も冷静だったろ…あれを見習おうよ!」
流石は男の子!最年少ではあるが、皆を纏めようと頑張っている!




<イシス>

そして一方のリュカは、レイチェルと共に豪華なディナーを楽しんでいる。
「う~ん…おいしー!」
レイチェルはリュカに寄り添い、食事を口に運び感嘆の声を上げる。
「大袈裟だな…何時も食べてるんだろ!?」
「そりゃ何時もと変わらない食事だけど、何時もは1人で食べるか、私に気を使っている人達と食べるかで、美味しいと感じた事がないの!」
そう言いながらリュカに口移しで料理を振る舞うレイチェル。

「そうだ!ねぇリュカ…凄く美味しいワインがあるのよ!一緒に飲も!」
「あ~…酒は…遠慮する」
「あら?飲めないの?そっちも凄そうに見えるけど…」
「う~ん…飲めなくは…ないんだけど…好きじゃないから、お酒…良い思い出もないしね!」
こうして2人の夜は更けて行く…
アルル達とは対照的に。




<ピラミッド>

新たに入手した魔法の鍵を使い、ピラミッド内を更に進むアルル達は、あからさまに奇妙な部屋に侵入していた。
其処には多数の宝箱と、更に多数の棺桶が整然と並ぶ空間。
部屋の奥には上階へ登る階段があり、アルルは迷わず階段へと移動する。

「な、なぁ…一個くらい開けてもええんちゃう?」
「はぁ?バカなの?どう見たって罠じゃない!」
「確かにあからさまに罠や!でもな、罠を仕掛けるのに、こないあからさまなのも変ちゃうか!?第一この部屋に入る事の出来る人間は居ないはずや!そんな所に罠を仕掛けて何になるんや!?それに、ごっついお宝があるかもしれへんやろ…伝説の武器とかが…」
「う、う~ん…」
悩むアルル。

「何、悩んでんだよ!罠に決まってんだろ!早く行こうぜ!」
ウルフは先を急がせる。
「でも確かに、こんな所に罠を仕掛ける意味が分かりませんよね…それに凄いアイテムがあったら嬉しいですよね!」
ハツキも宝箱を開けたい様だ。

実はアルルも宝箱を開けたいのだ…でもトラップが怖い…何より先日リュカに言われた事が、脳裏にこびりついている…
『僕が居なくても町まで帰れる様にしないと…』
今、パーティーの命を握っているのはアルルなのだ!
アルルの判断一つで、生死が決まるかもしれないのだ!

もしリュカだったらどうするだろうか…しかし、それは明白だ!リュカだったら宝箱には手を付けない!
それはリュカにとって、宝箱の中身は必要ない物だからだ!
リュカはバラモスを倒す事への執着はない。
何故なら、この世界の住人ではないから…

しかしアルルにとっては重大な事だ!
少しでも強い武具を手に入れ、少しでも早くバラモスを倒さなければ…
自分と家族の住むこの世界に、少しでも早く平和を訪れさせなければ…
アルルは悩む!
アルルは迷う!
世界の為に、仲間の為に、そして自分の為にはどうすれば良いのか…
果たしてアルルはどうするのか…



 

 

大人な事情

<イシス>

「ねぇレイチェル…僕、もうそろそろに町へ帰ろうと思うんだけど…」
自分の膝の上に座り、国家の重要書類を決裁しているレイチェルに、リュカが提案したのは、アルル達と別行動を始めて5日後の事だった。

「えぇ!何で!もっとイチャイチャしましょうよぉ!」
イヤ…正確に言うと、4日前から毎日の様に、宿屋待機への申し出をしていたリュカなのだが、その度にレイチェルが男の第2の脳を刺激し、肉欲に溺れる日々を過ごしていたのだった。
そして今日もリュカの言葉を聞くなり、羽織ってあるだけのローブを脱ぎ豊満な胸を、リュカの第2の脳へと押し当て始める。

「ちょ、あぁ…あ、もう…いいから!もういいからぁ!」
リュカが力ずくでレイチェルを引き離す。
この5日間、飯を食うか女(レイチェル)を喰うかの、どちらかだったリュカには効果が薄れてしまった様だ。

「何でぇ~…もっとシようよぉ~…リュカだって気持ち良いんでしょ?」
「僕この5日間、ずっと城に引き籠もってたけど、もうヤダ!町をブラつきたいし、女の子をナンパしたい!何より外に出たいんだ!」
「そんなぁ~………だってアルル達が戻ってきたら、イシスから出て行っちゃうんでしょ!少しの間くらい私の彼氏で居てくれても良いじゃない!」
そう言いながらもリュカを押し倒し、第2の脳を自らの中へ包み込むレイチェル!

「くっ……こういうテクニックばかり上手くなっていくな…」
そして快楽に負けるリュカ。
「ふふふ…5日間でしっかりと学んだから!」



凡そ3時間後…
レイチェルから離れ、そそくさと服を着るリュカ…それを恨めしそうに眺めるレイチェル…

「ともかく、僕は町に戻るから!もうそろそろアルル達も戻って来るだろうし!」
「もう2度と戻って来ないかもしれないじゃない?」
「だとしたら、ピラミッドへ探しに行かないと…」
「あら?1ヶ月で戻って来なかったら、見捨てるんじゃなかったの?」
「あれは脅しだよ…ただの。…見捨てるわけにはいかないだろ!あのダンジョンは、トラップにさえ気を付ければ、モンスターは大したことはないんだ。今のアルル達でも問題はない!でも欲を出して宝箱などを開けまくってると、手痛い目に遭うだろうね!」

「お優しい事で…それとも私から逃げたいから、そんな事を言ってるのかしら!?」
体中に付着したリュカの体液を、拭き取ろうともせず睨み続けるレイチェル。
リュカを手放したくない一心の様だ。
「美女から逃げたいと思った事はないよ。でも僕は、自由が好きなんだ!贅沢でも束縛されるのはイヤなんだ!」
そしてリュカはレイチェルの自室から出て行った。


一人残されたレイチェルは、リュカが出て行った扉を見つめ涙する。
そして、その涙は次第に量を増し、レイチェルの顔を濡らして行く。
本当はリュカの後を追って行きたい…全てを捨てて、愛する男と共に自由になりたい…
しかし国民を見捨てて、自分だけの幸せを求める事は出来ないのだ…そんな事、彼女には出来ないのだ!
だから我が儘を言ってリュカを束縛した!
そしてリュカは、それを承知で付き合ってくれた。
そんなリュカの心が、嬉しくて…悲しくて…切なくて…もどかしくて……………

一頻り泣いた彼女の顔は晴れやかだった。
彼女はある決意を胸に宿していた。
それはリュカへの愛を貫く事…
たとえ結ばれる事がなくとも、彼の為に尽力しようと!
女王の地位を最大限に活用し、リュカの為に情報を集めようと!
彼女の決意がアルル達を救うだろう…




<ピラミッド>

「たぁ!」
(ザシュ!)
襲いかかってきたマミーを切り捨て、アルルが息を乱しながら呟く。
「はぁ…はぁ…い、今ので…何体目…」
「せ、せやな…50体までは…数えとったんだけど…はぁ…はぁ…」
アルル達は、この部屋に入って丸1日経つ…
多数の宝箱に目が眩み、思わず開けてしまった為、多数の棺桶からミイラ男やマミーが襲いかかってきたのだ!
宝箱を1つ開けると、棺桶から10体前後のミイラ男やマミーが起きあがり、襲いかかってくる!
「も…もう、いいだろ!宝箱は諦めて、先に進もうよ!」
疲れ切ったウルフが、涙声で嘆き嘆願する。

「何言うてんねん!まだ半分しか開けてへんやんか!こんなに厳重に保管してんのや、ごっついアイテムがあるんやで!」
「まだ開けるのかよ………俺もう魔法力が底をついたぜ…」
「そうね、少し休んでからにしましょうか。幸いな事に、ここは宝箱さえ開けなければ、モンスターは出てもないみたいだし…」

アルル達は宝箱と棺桶が安置される部屋でキャンプの準備を進めている。
準備と言っても、携帯食を食べ、眠るだけだ。
さすがに全員で寝るわけにもいかないので、交代で1人ずつ見張りながら…

最初の見張りはエコナ…
「エコナ…絶対に宝箱を開けないでよ!触るのもなしよ!ともかく今は休憩するんだからね!」
「分かっとるって!」
「もし万が一モンスターを起こしたら、先に貴女を殺すわよ!脅しじゃないからね!本気だからね!絶対宝箱には触らないでよ!」
「………信用ないなぁ…ウチ…」
自覚がないねーちゃんだ!


そして数時間後…アルル達は宝箱開けを再開する…
順調に宝箱を開け、戦闘に勝利し、大したことのないアイテムを手に入れ続け9時間…
残り宝箱が2つになった時に、事件が起きた!
2つの内1つを開けようと、エコナが宝箱に近付いた時、タイムラグ(出遅れた)でマミーの不意打ちを食らい、派手にスッ転んでしまった!
そしてその拍子に宝箱を2つとも開けてしまったのだ!

それにより20体以上のミイラ男とマミーが棺桶から蘇り、襲いかかってきた!
「こ、このバカ女!何してんだ!」
「しゃぁないやん!いきなり攻撃されて転けてもうたんだから!ワザとやないで!」
「当たり前です!ワザとやってたら殺してやるところです!」
ウルフがブチ切れ、エコナが言い訳をし、ハツキが物騒な事を言う。

「そんな事はいいから、逃げるわよ!」
「に、逃げるって何処へ!」
しかしウルフが訪ねた時には、既にアルルは逃げ出していた!
元来た道を逆送する様に…
重厚な石戸が閉まった、行き止まりのあの部屋へ…



 

 

安心感

<ピラミッド>

アルル達の逃亡は短時間で終わった。
何故なら、直ぐに行き止まり追い詰められたからである。
もう既に、体力も魔法力も尽き、戦う気力も尽きかけている状態だが、容赦なく襲い来るモンスター達に向け剣を構えるアルル。
重く閉ざされた石戸を背に、最後まで抗ってみせるつもりだ。

「みんな…私が敵を引き付けるから、隙が出来たらさっきの部屋の更に奥まで逃げて!」
満身創痍…今のアルルがまさにこれだ!いや、アルルだけではない…みんな戦える状態ではないのだ…
「アルルを置いて逃げ帰ったら、リュカさんに殺されちゃうよ!最後までみんなで頑張ろうぜ!」
「ウルフ…」
「そうよ!私達は仲間なのよ。見捨てる事なんて出来ません!」
「ハツキ…」
「元はと言えばウチが招いたピンチや!逃げる訳にはいかんやろ」
「エコナも…」
全員が見つめ合い頷く。

「じゃぁ、行くわよ!!」
「「「おお!!」」」
アルルの掛け声と共に、全員が踏みだそうとした次の瞬間………

(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……………………)
背にした石戸が開き、其処には優しい表情のリュカが立っていた!
「リュ、リュカさん!!」
「やぁ…あれぇ!?やっべぇ…ピンチじゃん!」
そう言いながらも表情は変わらない。

「リュカさん!?来てくれたんですね!リュカさんが来てくれれば、ピンチなんて吹き飛びますよ!」
現金な事にウルフがはしゃぎ出す。
しかしリュカの後ろから大量のモンスターが迫ってきている!
「喜んでいるとこ悪いんだけど、僕も大量のモンスターに追われているんだ!黄金の爪を持って来ちゃったから…テヘ♥」
リュカは肩を竦め笑いながら話す。

「「「……………」」」
「『テヘ♥』じゃねぇー!!そんな物置いてこいよー!!」
ウルフの突っ込みは尤もだ!
ピンチを脱し、更なるピンチに陥ったアルル達…
しかしリュカが側に居るだけで、こんな状況でも生き残る希望が心に灯り、絶望的だった思いが消え去ってしまうのだった!

「リュカさん!この部屋の奥から、新鮮な空気が入って来てます!間違いなく出口が存在しますよ!」
「そうか……では戻るより進んだ方が早いね!目の前の敵を突破するぞ!」
「「「「おお!!!」」」」
リュカの力強い言葉に、皆力が漲る!




<ロマリア>

アルル達はリュカのお陰でピラミッドから脱出し、リュカが用意しておいたキメラの翼でロマリアまで戻ってきた。
ロマリアの宿屋へ着くなり、みんな泥のように眠ってしまった。…リュカ以外…
その間リュカは、自身のルーラをコッソリ使い、アルル達に内緒で一汗かくのだった!


丸一日休み、今回の反省会と称しリュカの部屋に集まるアルル達…
使用した形跡のないベットが気になるも、リュカにお説教を受けている一行…

「………ともかく、今回は運良く助かったけど、僕が現れなかったら死んでたんだよ、みんな!わざわざ罠を発動させるなんて、正気の沙汰とは思えないね!」
「でも…冒険に役立つアイテムが…見つかるかもしれへんやんか!」
「エコナ…じゃぁ聞くけど、役立ちそうなアイテムはあったの?」
「………そ、それは………」
獲得した物は、薬草やキメラの翼…それと小銭を少々と、苦労した割にはショボイ物ばかり。

「この黄金の爪だって、使いこなせる人が居ないじゃないか!売ったって6000ゴールド…大変な思いまでして得るモノはあったのか?」
「「「「…………………」」」」
皆黙る…
「あるわけないよな………まぁいい…魔法の鍵は手に入った事だし、明日ポルトガへ向けて出発だね!」
リュカはお説教を切り上げ、今後の予定を確認する。

「は、はい!魔法の鍵で関所の扉が開けばですけど…」
落ち込みモードから脱してないアルルが、ネガティブ発言を力無くする。
「開かなかったら、ぶっ壊しちゃおうぜ!もうめんどくせーよ!」
「そんな事したらダメですよ!モンスターの行き来を阻害する為に設置されているんですから!」
リュカの無責任な発言に突っ込むアルル…少しだけ元気が出てきた様だ。
「あはははは!じゃぁ開く様に祈らないとね!」
明るく笑い、話を切り上げるリュカ…そして懐から綺麗なリングを3つ取り出し、アルル・ハツキ・ウルフに手渡した。

「リュカさん…これは?」
リングを受け取ったウルフが訪ねる。
「うん。それは『祈りの指輪』と言って、魔法力を回復してくれるらしいんだ」
「それは本当ですか!?」
食い入る様に訪ねるアルル。

「って、言ってたよ」
「誰が!」
思わず突っ込むウルフ。
「え~と…くれた人…」

「くれたって…2500ゴールドって値札が付いてますよ!これ、何処で買ったんですか!?」
指摘するハツキ。
「入手先なんてどうでもいいじゃん」

「ウチにはくれへんの?」
ねだるエコナ。
「エコナは魔法を使えないじゃん!意味無いじゃん!」

「………リュカさん………もしかして昨日はエルフの里に行ってましたか?エルフの女王様が、こんな指輪をしていた様な気がするんですが…」
「………そうだったけ?知らないなぁ………」
アルルの鋭い観察力を見くびっていたリュカ。

「と…ともかく、それがあれば安心でしょ!魔法力が尽きても、回復できるから保険にはなるでしょ!」
「…ありがとうございます。でも、リュカさんが何時も一緒に居てくれる方が、安心なんですけど…」
ハツキが上目遣いでリュカに迫る。
幼い頃からよく知っているウルフですら、ドキッとしてしまう様な仕草で…

「それは断る!僕は常に自由で居たいから…僕の自由意志を阻害する者は敵だ!」
相変わらず我が儘である。
しかし、大好きなリュカからのプレゼントに、心を躍らせる3人。
唯一プレゼントを貰えなかったエコナが、甘えた風にリュカへ迫る。
「なぁリュカはぁ~ん!ウチもリュカはんから、プレゼントほし~い♡」
その大きな胸を押し当てて、リュカを誘惑する。

だがリュカは、そんなエコナを押し離す。
「エコナはダメです。欲張りだからダメです。ピラミッドでは欲張りすぎて、みんなを危険にしたからダメです」
数日間、肉欲に溺れる生活を送っていた為、ちょっとやそっとの色仕掛けでは落ちなくなったリュカ。
《うそ!?あのリュカさんが色仕掛けに動じないなんて!今回の件、相当怒っているのかしら?私もパーティーリーダーとして気を引き締めないと…》
事実を知らない者には、効果てきめんだったろう…



 

 

ポルトガ

<ポルトガ>

アルル達は海風香る港町を、ポルトガ城へと歩いている。
この世界でも屈指の造船技術を誇る国だけあり、この港町は活気に溢れている。
それでも、この国の人間に話を聞けば、10数年前より衰退していると答えるであろう…

「しかし、頑丈そうな船がいっぱいあるねぇ~。1隻くらい貰えると良いね!」
「そうだよな!世界を救う為に過酷な旅を続ける勇者一行なんだから、船ぐらいくれても罰は当たらないよなぁ!」
リュカの無責任な願望に、ウルフが本気で同意する。
「また馬鹿な事を…そう簡単に船なんかくれるわけ無いでしょ!」
「せやで!アルルの言う通りや!きっと『面倒な問題を解決したら、考えてやる』的な事を言われるで!」
「えぇ~………めんどくせぇ~………」
それ程高くないリュカのテンションが、極端に下がったところで、一行はポルトガ城へと辿り着いた。


ポルトガ城謁見の間控え室で待つ事数10分…
長時間待たされる事を覚悟していたアルル達だが、予想に反し待つことなく謁見が叶った。
「うむ。面を上げよ…お前等が勇者一行だな。」
謁見の間の玉座に座るポルトガ王に対し、片膝を付き恭しく頭を垂れるアルル達。(さすがのリュカも、まだ恭しくしている)

「は!私はアリアハンより魔王バラモスを討伐するべく、旅立ちましたアルルと申します。この度はお目通りを賜り、感謝致します」
アルルが形式的(常識的?)な挨拶をし、話を進めていく。
「そんなに畏まる事は無い…もう少し楽にして良いぞ」
ポルトガ王はある種の禁句を言ってしまった。
すかさず立ち上がり、体を揉みほぐすリュカ…(案の定…)
そんなリュカの行動を見て、胃を押さえるアルル達。

「ふぉ~ふぉふぉふぉふぉ!ロマリア王の言った通りだ!お主がリュカだな…何でも、ロマリアの王位継承を断ったと聞くが…本当か?」
「つまらない事を知ってますねぇ王様は…ロマリア王とは親しいのですか?」
家臣達が怪訝な顔で睨む中、涼しい顔で会話を続ける…
行く先々の王室で、家臣や側近達に敵意を芽生えさせる男…

「まぁ…お互い王だから…ある程度は親しいな。少し前にロマリア王から書簡が届いてな…お主達の事を高く評価している様だぞ!その書簡に船を与えてほしいと、熱心に嘆願が書かれておった」
「そうなんッスよ!船を1隻貰いたいんですよ!バラモスを倒す為には必要なんですよ!王様も平和になってほしいでしょ?」
「リュカさん…お願いだから言葉を選んで下さい!」
堪らずにアルルが小声でリュカに注意する。

「良いのだ勇者アルルよ!何者にも媚び諂わないのが、その男の良さだ!側近達にも言い聞かせてある…激怒し襲いかかる愚行はせぬよ。イシスでは襲いかかった男を、吹っ飛ばしたと聞いているぞ!?本当か?」
「レイチェルとも知り合いですか?やはり書簡が?」
「うむ!あのお嬢ちゃんがお主の事をベタ褒めしておるぞ!どうやら惚れた様だな!やるのぉ~色男!」
「いやぁ~イケメンですから!」
《何なのこの2人!同じ波長で話してる!!この国、大丈夫!?》

「しかしなぁ…そう易々と船はやれんよ!我が国の船は丈夫で値が張るからなぁ…」
「えぇ~………マジッスかぁ~」
「マジマジ!だから頼みを聞いてくれんか?」
「えぇ~………面倒事ッスかぁ~………ヤダなぁ~」
「そう言うなよぉ…余とお主の仲だろ!」
「う~ん…じゃぁ、しょうがないッスね!」

《どんな仲よ!今日会ったばかりでしょ!!》
思わず突っ込みそうになるのを、我慢するアルル…しかし我慢できなかった者も居た。
「どんな仲ですか!!今日が初対面でしょ、リュカさん!!」
ウルフである!
これが若さか………
「ナイス突っ込みウルフ君!」
「良い仲間が居るなぁ…余の部下は、碌な突っ込みも出来んよ!」
「使えないッスね!」
家臣達が拳を握り締め、ワナワナ震えている!

「あ、あの王様!…王様の頼み事とは…?」
耐えきれなくなったアルルが、泣く様に訪ねる。
「うむ。実はな、アッサラームの東の山脈を越えた地に『黒胡椒』なる珍味があるのだが…それを買ってきてほしい!」
「え!?マジで、そんな物と船を交換してくれんの?」
「うむ。マジマジ!!」
「やった!ちょ~簡単じゃぁ~ん!ラッキー!」

「そりゃムリやでリュカはん!」
今まで黙って傅いていたエコナが、慌てて発言する!
「アッサラーム東の山脈は険しすぎて、人間には超えられんはずや!せやから船が無いと東の地には行けへん!」
「えぇ~そうなのぉ~…じゃぁ船が先じゃん!船頂戴!」
「そう慌てるでない!方法はある!アッサラームより東へ半日程行った所に、洞窟があってな、そこに『ノルド』と言うホビットが住んでおる!この手紙をノルドに渡せば、抜け道を教えてくれるだろう…」
そう言って懐から手紙を取り出したポルトガ王は、リュカに手渡す。

「ふ~ん…そこまで準備出来てたんだ…じゃぁ、いっちょ頑張りますか!」
リュカは手紙を受け取ると、軽く片手をあげて挨拶し、ポルトガ城を後にする。
アルル達はポルトガ王へお辞儀をして、慌ててリュカの後を追う!
ポルトガ王の優しい眼差しと、家臣達の厳しい眼差しを背中に感じながら…



ポルトガ城下町の宿屋…
何時もの様にリュカの部屋で今後の方針を話し合う。
「まぁ…明日になったら、キメラの翼でアッサラームへ…そしたらノルドさんを訪ねて東の地へ…って事でいいよね!」
「えぇ…それで構いません…」
力無く答えるアルル。

「どうしたのアルル?元気ないね?お腹痛いの?オッパイ揉んであげようか?」
「どうしてお腹痛いとオッパイ揉むんですか!?関係ないでしょ!」
「イヤ…僕が揉みたいだけなんだが…ダメ?」
額に血管を浮き上がらせる程イライラするアルル。

「リュカはん!そない洗濯板より、ウチの爆乳があるやん!」
「な!!?せ、洗濯…「私だって大きいですよ!リュカさん以前褒めてくれたじゃないですか!何時でも良いですよ、私!」
エコナの無礼な発言に、アルルが激怒するがハツキのアピールに阻まれ取り残される。

「アルル…気にするなよ…その内大きくなるよ!」
(ゴッ!!)
やり場のない怒りを、ウルフにぶつけるアルル!
かなりの力で、ウルフの脳天に拳骨を落とした!

「ぃいってぇぇぇ~………俺、フォローしただけじゃん!」
頭を押さえ、蹲るウルフを無視して、アルルがリュカに詰め寄った!
「そんな事よりリュカさんに言いたい事があります!」
「何でしょう?アイラブユーですか?」

「違います!!いい加減、王様相手に軽口を叩くの止めて下さい!」
「な~んだ…そんな事かぁ…あはははは!………いい加減慣れてよ」
「慣れるわけないでしょ!」
アルルの怒りは収まりそうに無いが、夜も更けてきたので、今宵の会議は解散となった…
王様の我が儘の為…黒胡椒を求め新たなる地へ…
アルルのストレスは止まる事は無いだろう…



 

 

バーンの抜け道

<ノルドの洞窟>

日が最も高い位置に登った頃、アルル達はホビットのノルドが住む洞窟に到着した。
今まで探検してきた洞窟とは違い、モンスターも気配が全く無い。
そんな洞窟を奥へと進むアルル達…

かなり奥へ進んだ場所に、小柄で筋肉質な男性が一人、この洞窟内で暮らしている。
質素だが、とても洞窟内とは思えない程、整頓された部屋でくつろいでいる…
「お前さん方…いったい何用かね?私はホビット族のノルド。見ての通り人間ではない…お前さん方に危害を加えるかもしれないぞ…そうなる前に、出て行くが良い!」
静かだが、力強い口調で威圧するノルド…

「あ、あの…私た「僕達しがないメッセンジャー!君はノルドさんですか!」
人外のホビット族を前に緊張しているアルル。
そんなアルルを遮り、リュカが軽い口調で話し出す!

「君に手紙を持って来ました!取り敢えず読んで下さいな!」
ポルトガ王より渡された手紙を、ノルドに押し付けるリュカ…
怪訝そうな表情で手紙を読むノルド…

しかし手紙を読んだ途端、笑顔になる!
「お前さん方はこの手紙を読んだかね?」
「失礼な!人様の恋文を読む程、落ちぶれちゃいない!」
「別に恋文ではない!これはポルトガ王からの手紙だろう?」
「は、はい…そうです!」
ノルドはケラケラ笑いながら、手紙を見せてくれた。

【ノルドんへ   コイツ等ちょ~良いヤツだからぁ、バーンの抜け道を教えてあげて。    親愛なる ポ より】

「……………これ……リュカさんが書いたんですか?」
「アルルは時々失礼だな!……僕の字はこんなに汚くない!」
「イヤ…そうじゃなくて、内容の話なんですが!」

「お嬢ちゃん、安心したまえ!その字は間違いなくポルトガ王の字だ…内容もヤツのものだ!」
そう言って楽しそうに手紙を読み直すノルド。
「あの男が信用できると言うのなら、間違いないだろう。では、ハーンの抜け道へ案内しよう…付いて来なさい」
ノルドはアルル達を、洞窟内のある場所へと誘う…

「あのぉ…ポルトガ王とノルドさんって、どういった仲なんですか?」
ノルドの後を追いながら、気になった事を訪ねるハツキ。
「ふむ…ヤツとはな、王位を継ぐ前の若い頃…一緒に連んでヤンチャした仲でな…ヤツの奇抜な行動に、何時も胃を痛めていたものだよ!当時が懐かしいなぁ………」
《それって殆どリュカさんじゃない!!私にも今が懐かしくなる時が来るのかなぁ…?》

「ノルドさんはポルトガ王と仲が良かったんですね!それじゃぁ何でこんな所で暮らしているんですか?ポルトガに行けば、良い暮らしが出来るんじゃ…」
「私はホビット…ヤツが良くても、他の人間が忌み嫌う…ポルトガの為にヤツは王位を継ぐ事になった…その日から私は此処で暮らしている。ヤツの邪魔にならぬ様にな…」
無邪気なハツキの質問は、ノルドの心に悲しみを思い出させてしまった。

「ご、ごめんなさい…私…」
「な~に…気にする事は無い…もう慣れたのでな…」
それでも悲しそうに俯くノルド…

「しかし変な世界だな此処は!僕の居た世界では、エルフも、ホビットも、人間も…みんな仲良く暮らしているのに!僕になんか、人間の奥さん以外に、エルフとホビットの愛人が居るからね!みんな仲良くやっているからね!」
悲しそうなノルドを、励ますかの様に明るく自分の世界の事を話すリュカ…が、内容が…

「何で結婚してるのに、愛人が居るんだよ!」
「バカだなぁウルフ君は!結婚したから愛人が出来たんだろ!結婚してなかったら、みんな恋人だよ!」
「そう言う事じゃねーよ!」
「お前さんは別の世界から来たのかな!?」
「そーなんッスよぉ…向こうで楽しくやってたのに、いきなりこの世界へ放り出されちゃって………あ~…ビアンカに逢いてぇ~!!」
「そうか…戻れると良いな…」


洞窟内の変哲もない岩壁の前にやって来ると、ノルドはアルル達の方へ振り返りにこやかに話し出す。
「此処の岩壁を崩せば『バーンの抜け道』だ!ちょっと待ってなさい!」
そう言うとノルドは、岩壁に向けて肩からタックルを行った!

(ドン!…ドン!!……ドガーン!!!)
「さぁ…遠慮せずに通りなさい。洞窟を出て、南に行くと『バハラタ』だ」
「あ、ありがとうございます!」
アルル達はノルドに深々と頭を下げ、バーンの抜け道へと進んで行く。
新たな土地…新たな冒険を思い、洞窟を突き進む…




<バハラタ地方>

洞窟を抜け平原を歩いていると、アントベアや腐った死体・メタルスライムなど…これまでに戦った事のないモンスターが襲いかかって来る!
しかしピラミッドでの度重なる戦闘が、アルル達を大幅に強くした!
ウルフの『ベギラマ』や『メラミ』で敵を弱らせ、ハツキの『ルカナン』で防御力を落とし、アルルとエコナが連携してトドメを刺す!
………因みにリュカは歌っている!
曲目は『Beauty & Stupid』

もはや誰もリュカに突っ込みを入れない。
言うだけ無駄な事は分かっているから…
そんな時だ、不思議な事件が起こったのは…

気持ちよさそうに歌うリュカの後頭部目掛け、天から『愚か者はお前だ!』と言わんばかりに腕輪が落ちてきた!!
(ゴツ!!)
「いってぇぇぇぇ!!何だ!?いったい何だ??」
涙目になりながら頭を押さえるリュカ…
ハツキは落ちてきた腕輪を拾い、不思議そうに空を見上げる。

「大丈夫ですか!?何処から落ちて来たんでしょうね?とても綺麗な腕輪…」
「ほんまや!綺麗な腕輪やね!天からの思し召しかなぁ?」
「ずいぶん痛い思し召しなんだけど………ん?…ちょっと見せてそれ!」
痛みで半べそをかいていたリュカだが、ハツキの持つ腕輪を見て、何やら顔を顰める…

「これ『星降る腕輪』じゃん!何で空から落ちて来たの?」
「リュカさんは、これの事を知ってるんですか?」
「うん。これは『星降る腕輪』と言って、装備者の素早さを上げるアイテムって言われてる…でも僕が装備した時は素早さが上がった気がしなかった!」
「それってリュカさんの素早さが、既にMAXだったからなんじゃ…」
ウルフの突っ込みを無視し、腕輪を眺めるリュカ。

「だからさ…仕事の時に書類が飛ばされない様、ペーパーウェイトとして使ってたんだ!………それが何故ここに?」
「そんな凄いアイテムを、文房具代わりに使ったから、罰が当たったんじゃないですか?」
「おかしいなぁ?…この世界に飛ばされる直前は、確かに机の上に在ったんだけどなぁ?」
アルルの突っ込みも無碍にする。

「ほな、やっぱりリュカはんに意趣返しに追って来たのとちゃう?」
「うん。その腕輪はハツキにあげる!大事にしてね」
リュカに冷たい3人を無視して、ハツキに向き直る。

「ちょ、何でハツキなんや!?ウチには?」
「ハツキだけが僕を心配してくれたからね!ハツキにあげちゃう!」
そう言いながら、ハツキの腕に優しく装着するリュカ。
「くっ!しくじったわぁ~…ウルフとアルルが良い突っ込みを入れるから、ノってしもた!ハツキはずるいわぁ~…指輪も貰って、腕輪も貰う!ウチは何も無しやで!」
一人ふて腐れるエコナを無視して、また歌い出すリュカ。
そして戦闘に巻き込まれる一行!
素早さが倍になったハツキは、敵の懐に入り込み、聖なるナイフで切り裂いて、直ぐさま間合いを空ける戦い方を披露する!



 

 

バハラタ

<バハラタ>

美しく大きな川の畔で、営みを続ける町バハラタ。
アルル達は、この町の特産品である黒胡椒を求め、町人達から情報を集めている。

そして集めた情報を頼りに、1軒の店の前にやって来た…
「………此処で…間違い無いよな…」
「わ、私に聞かないでよ!」
「きっと此処ですよアルル。ほら看板があります!」
そうハツキが指差した所には【黒胡椒直売所】と看板が…

「……でも店閉まってるやん!」
「でも中から人の声が聞こえるよ」
そう言ってリュカは勢い良くノックする。
(ゴンゴンゴン)
「すんませぇ~ん!黒胡椒をくださいなぁ~」

暫くすると中から老人が一人顔を出し、警戒しながら訪ねる。
「…あの…お客さんですか?」
「あれ?もしかして耳が遠いの?」
リュカは小首を傾げると、大きく息を吸い、
「そうでぇ~す!!お客さんですよー!!」
と、かなりの大声で老人に話しかけた!
「うるさーい!!聞こえとるわい!!耳は正常じゃ!」
老人も負けずに大きな声で怒鳴り返す!



「いや…失礼しました!少し立て込んでおりまして…」
暫く店先で叫び合っていたが、互いの状況を理解する為、店内へと移動し状況を聞く事になった。

「いえ…こちらこそ申し訳ありません…」
耳鳴りが治まらないが、平静を装って謝罪するアルル。
店内には先程、怒鳴り合いをした店主の老人『ターゲル』と、店員の『グプタ』の二人が神妙な面持ちでアルル達を見つめている。

「あの…何か問題事でも…?」
「………実は…私の孫娘のタニアが盗賊に誘拐されてしまいまして…莫大な身代金を要求されております…」
「わぉ、一大事!じいさん、その孫娘は美人か?」
「え?…えぇ…まぁ…」
リュカの緊張感のない質問に、思わず呆れ頷くターゲル。

「ターゲルさん!こんな誰か分からない旅人に、話す事はないでしょう!タニアは僕が助けます!」
リュカの態度にグプタが怒る。
「そッスよ!他人に言う事じゃないッスよ!………でも美人なのかぁ…今頃、むっさい盗賊共に○○○な事されて、○○○になってんだろうなぁ…○○○や○○○を○○○されて、○○○で○○○なんだよ、きっと!こう言う時、美人は損だよね!ま、ヤツらにしたら女だったら何でもいいのかな!?」
「うわー!!!タ、タニアー!!」
リュカの無責任で無慈悲な発言を聞いたグプタは、泣き叫びながら店を出て行ってしまった!

「あ、行っちゃった!まぁいいや。…そんな事よりじいさん、黒胡椒を売ってくれよ」
「ちょっと、『行っちゃった』じゃないだろ!あの人タニアさんを助けに行ったんじゃないのか!?」
「あはははは、まさか!だって居場所が分からなきゃ「タニアは此処より北東の『バハラタ東の洞窟』に囚われております!」
何処までも無責任なリュカの発言を打ち砕く様に、ターゲルは説明をする。

「居場所が分かっているのに、何故助けを出さないのですか?」
「もちろん助けは出しました!町の警備や傭兵団を雇い………しかし全て返り討ちに合い、全滅しました…」
ハツキの疑問に、ターゲルは力無く答える…

「へー…じゃ、ヤベーじゃん!アイツ一人で行っちゃったよ。まぁいっか!それより黒胡椒売ってよ。それがあれば船を貰えるんだよね!そうしたらバラモス討伐に、また一歩近付くんだ!」
「バ、バラモス討伐!!…貴女方は勇者様ですか!?」
リュカの言葉にターゲルは瞳を輝かす。
「ま、まぁ…建前は…」
アルルが辟易した表情で肯定する。

「ど、どうか勇者様!タニアとグプタを助けて下さい!あの二人は恋仲なのです!故に私はグプタにこの店を託すつもりだったのです…しかし二人が居なくなってしまっては、こんな店………どうか…どうかお願いします!二人を…」
ターゲルはアルルの手を握り、涙ながらに懇願する。
《ち、近い!顔、近いから!!》
「わ、分かりましたから…その…は、離れて…」
「おぉ…どうか頼みますぞ!」
ターゲルは満面の笑みで頷き続ける。

「あのぉ~………黒胡椒は?」
しかし全く空気を読まないリュカは、黒胡椒の事しか気にしてない。
「………二人が無事戻って来れば、好きなだけお譲り致します!ですから、どうか…」
「うん。そう言う事なら、早速行かないと!あの突っ走り小僧がぶっ殺される前に、追いつかないと大変な事になっちゃうね!」
「そ、そうね…ターゲルさん、その洞窟は遠いのですか?」
「大人の足で半日くらいです…しかしグプタの事だから、きっと馬を使って向かっているでしょう!どうか急いで下さいませ!」
それを聞きアルル達は慌てて出発する!


「しっかし、あのガキ突っ走りやがって!迷惑だな!」
「リュカさんの所為でしょ!酷い事言うから…」
「だぁって~………盗賊なんて馬鹿な事やってる連中がやりそうな事でしょ?」
「ほら!リュカさんもウルフも…喋ってないで走るわよ!」
アルルが皆に走る事を指示する。

「えぇ…走るのぉ…めんど「は・や・く・す・る!!」
人命救助という使命を前に、妙に迫力を増したアルルに逆らえず、みんな大人しく走り出す。
「いい、正面に立ちはだかる敵だけを相手にして!他は無視よ…そうすれば追いつけるはず…彼はモンスターを避けながら進むはず…馬を使ってもモンスターを避けてじゃ、そんなに早くは進めないはずよ!私達は最短距離を突っ走るわよ!!」
そしてアルル達は走り続ける…
若者を救う為…
恋人達を助ける為…
そして、黒胡椒の為…(リュカのみ)



 

 

<バハラタ周辺>

アルル達は直走る!
愛しい女(タニア)を助ける為、町を飛び出したグプタを救う為!
アルル達は走り続ける!
眼前に立ちはだかるモンスターのみを切り捨て、残りは無視し!
アルル達は体力の限り走る!
最も体力のないウルフが遅れだした為、リュカが小脇に抱えて!

暫く走り続けると、無惨にもモンスターに殺され、食い散らかされた馬を発見した。
「この馬の死骸は、まだ新しいな!きっとグプタってヤツの馬かも!?…此処で馬を無くしたって事は、結構近くに居るぞ!」
リュカは立ち止まり、馬の死骸からグプタとの距離を予測する。
「はぁはぁ…じゃ、じゃぁ止まってないで…はぁはぁ…早く…はぁはぁ…行きましょう…はぁはぁ…」
アルルは息も切れ切れに、前進を促す。
今、リュカ以外の思いは1つになっていた…
《何故リュカさんは息が切れてないんだ!?全然疲れた様子もない!?》

そして一行は洞窟の入口へとやって来た!
「はぁはぁ…グプタはんと…はぁはぁ…合わへん…はぁはぁ…かったな…はぁはぁ…」
「きっと洞窟の中に居るんだよ。ほら、其処に真新しい血痕が落ちてるだろ」
リュカは洞窟入口を指さし、エコナの疑問に答える。
「はぁはぁ…すーはぁー………で、ではグプタさんも怪我をしているのですね!?」
ハツキは大きく深呼吸して、乱れた呼吸を整え、状況が切迫している事を確認する…リュカ程ではないが、結構凄い体力だ!
「うん。急いだ方が良いね」


<バハラタ東の洞窟>

アルル達は洞窟内へ入り、血痕の後を追う。
洞窟内は幾重にも分岐しており、かなり複雑そうな造りになっている。
ある程度進むと、リュカが血痕とは違う道を指し、進むべき方向を提示する。

「きっとこっちだよ」
「何言ってんですか!血痕は向こうへと続いてますよ!グプタさんは向こうに居るんですよ!」
「うん。彼はそっちかもしれないけど、彼女はこっちだよ」
「彼女って、タニアさんの事ですか?何でそんな事が分かるんですか!?」
リュカの主張に思わず訪ねるアルル。

「うん。美女の匂いがする!」
「匂い~………じゃ、怪我しているグプタさんはどうするんです!」
リュカは至って真面目なのだが、他人から見ると巫山戯ているとしか思えない発言に、怒り心頭のアルル…リュカの事を理解するのは難しい様だ。

「じゃぁさ、僕は美女を助けるから、みんなは野郎を助けてあげて」
「べ、別行動って事ですか………」
アルル達に、不安が広がる…
「だって僕、男より女の子を助けたいしぃ~」
「でも怪我している人を、先に救出しないと…」
「でもさ、彼氏の方を先に救出した為に、盗賊共に僕等の事がバレて彼女が殺されるかもしれないじゃん!」

「………じゃ、じゃぁ無事助け出したら、直ぐに私達と合流して下さい!いいですね!?」
「ほ~い」
緊張感無く答えたリュカは、一人で美女が囚われている(リュカ曰く)奥へと進んで行く。
アルル達はリュカが居ない不安に怯えながら、血痕を辿り奥へと進む。



リュカと別れたアルル達は、血痕を辿り暫く進むと、盗賊団の一味らしき数人の男達を発見する。
盗賊等はまだアルル達に気付いてなく、談笑しながら酒を飲み交わす。
アルル達は、そっと物陰に身を潜め、状況の把握に努めている。
《あそこにグプタさんは居ないみたいだけど………》
「しかし、あのガキがナイフを隠し持ってるなんて驚いたぜ!」
「ぎゃはははは!おめー、ダっせーな!不用意に近付いて切られてやんの!」
《この血って、あいつの?失敗したわ!こっちじゃなかったのね!?》
アルルはウルフ達に目で合図し、リュカと別れた所まで戻る事に…



その頃リュカは、見張りと思われる4人の盗賊達と対峙し、にこやかに挑発している。
「やぁ、不細工過ぎて区別の付かない盗賊団の皆さん!美女はこの奥かな?」
「何だテメーは!?どっから入ってきやがった!?」
「あはははは…どっからって…入口からに決まってるじゃん!ばっかじゃねぇーの!?」
みんな不細工で区別の付かない同じ顔に青筋を立てて激怒する!

「テメー、ぶっ殺されてーのか!!」
「何でお前等みたいな輩は、同じ台詞しか言えないんだ!?………まぁいい…人質は無事なんだろうな?エッチな事してないだろうな!?」
「あぁ?テメーはあのジジイに雇われた傭兵か!あのジジイも懲りねーなぁ…誘拐ってのはビジネスなんだよ!攫った商品に手を出したら、金が入らなくなる!…そう言ってカンダタ親分に釘を刺されちまったよ!!」

「……カンダタ……」
リュカの瞳に静かな闇が灯る…
当然ながら盗賊達はそれに気付く事はない。
「でもよ、さっきあの女の彼氏が、たった一人で乗り込んで来やがってよぉ…ボコボコにされてたぜ!……なぁ!」
「あぁ!アイツは商品じゃねーからな!隠してたナイフで切られたジェイブが、ブチ切れてボコボコにしてたっけ!…もう死んでんじゃねぇーの?ぎゃはははは!」
リュカの顔から笑みが消える…

「この奥に居るのか……?」
「あぁ!この奥で、虫の息だよ!」
「よぉ…もうそろそろ、身代金の支払期限が切れるだろ!?そうしたらあの女は商品じゃねぇ…あの小僧がくたばるまで、目の前で犯し殺してやろうぜ!…おい、にぃちゃん!テメーにも死ぬまでの短い間、最高のショーを見物させてやんぜ!ぎゃはははは!」
調子に乗った盗賊達は、情報をベラベラ提供し、そしてリュカの怒りを煽っている。
「そんなショーは遠慮する…俺の趣味はそんなに悪くないんでな…」
リュカが低く呟き、盗賊共に手を翳す!
「バギクロス!」



アルル達がリュカに合流したのはその時だった!
「バギクロス!」
リュカのバギクロスが4人の盗賊共を、細切れにする!
狭い空間に置いてあった椅子や机も細切れにし、土色の岩壁を真っ赤に染め上げる!

「リュ、リュカさん!!」
思わず叫ぶアルル。
「ん?」
「…………」
振り向いたリュカの瞳の闇に驚き、言葉が出ない…
「早かったね…どうやら、こっちが正解みたいだよ。2人とも居るってさ!」
直ぐに何時ものリュカに戻ったが、この状況を見てしまいたじろんでしまうアルル達。
リュカは気にすることなく、血と肉で汚れた部屋を奥へと進み行く…

「リュカさんやっぱり怒ると怖ぇー…」
「バ、バギクロスまで使えたんですね…私なんか、そよ風みたいなバギしか使えないのに…」
怯えながらだが、アルル達はリュカの後を追う…
そしてアルルは思う…
リュカの為に、今後はリュカを単独で行動させてはいけないと…



 

 

命乞い

<バハラタ東の洞窟>

狭い通路を進むと、通路は丁字に別れており、その左右が頑丈な牢屋になっている。
リュカは早足で進み、片方の牢屋を覗き込む。
中には1人の女性が蹲っているのが見えた。

「貴女がタニアさんですか?貴女の爺さんに頼まれて、助けに来ましたよ。もう安心ですよぉ。………ところで、どうやって開けるの?」
リュカは最大級の優しい口調で話しかける。
「ほ、本当ですか!?お祖父ちゃんが…」
「本当ですよぉ。こんなイケメンが悪人わけないでしょう!」
タニアは合格レベル(リュカ基準)らしく、リュカは優しい笑顔で話し続ける。

「あぁ…良かった…そこの壁にレバーがあります!それで牢屋の戸が開きます!…あの…向こうの牢屋には、大怪我をしたグプタが閉じこめられて居ます!助けて下さい!!」
タニアの話を聞いたアルルが、レバーの位置を確認し、操作して解錠する。

(ガチャッ!!ガラガラガラガラガラ!)
牢屋の戸が開いた途端、タニアは飛び出し反対側の牢屋へ入って行く。
「グプタ!グプタしっかりして!お願い、死なないで!!」
タニアの後を追うように、アルル達も牢屋の中へと入って行く。

其処に居たのはボコボコに殴られたグプタの姿だった!
何もない牢屋の床に置き晒され、手当などはされていない。
顔は殴られて腫れ上がり、腕と足も骨折している。
腹部もかなり殴られた様で、見たところ内臓も幾つか損傷している様だ。

「酷い…」
「グプター!お願いしっかりしてー!!」
タニアがグプタに抱き付き泣き叫ぶ。
「うっ………」
しかし動かされると激痛が走るらしく、タニアに抱き抱えられたグプタは苦痛の声を漏らした。
「タニアさん、退いて下さい!急いで治療しないと…」
ハツキがタニアを押しのけ、グプタの身体をそっと診る。

そして骨折箇所へ手を当てて、グプタに優しく囁く。
「グプタさん聞いて下さい。これより骨折でずれた箇所を、力ずくで元の位置に戻します。かなりの激痛ですが我慢して下さい!」
(ゴリッ!)
言い終わるや力ずくで骨を正常な位置へと押し戻す!

「うっ~~~~~!!!!!」
言葉にならない叫び声でグプタは悲鳴を上げる。
「ベホイミ!」
すかさずハツキはベホイミを唱え、グプタの身体を治癒させてく…
「ベホイミ!ベホイミ!」
ハツキのベホイミでグプタの傷が治癒していくが、怪我の程度が酷い為、思う程効果が現れないでいる!

「ハツキ…ちょっと退いてごらん…」
見かねたリュカが、ハツキに変わりグプタの身体へ手を翳す。
「ベホマ」
グプタの身体が淡く光り、忽ち傷が治癒されて行く!
「リュカさんは『ベホマ』までも使えたんですか!?」
驚きの声を上げるハツキ…

「ん?………まぁ…ね…」
リュカはグプタをゆっくりとタニアの前に立たせる。
「グプタ!」
「タニア!」
互いの無事を喜び抱き合う二人。

「喜んでるとこ悪いけど、早く帰ろうよぉ…僕、こういう湿気ぽい所嫌いなんだ!」
「あぁ、そうだよ!あまり長居すると、他の盗賊共と鉢合わせしちゃうかもしれないぜ!まだ洞窟内には、盗賊団らしき連中が居たからな!」
ウルフが先程、別の場所で見た連中の事を思い出す。

「その中には『カンダタ』は居たか?」
「カンダタ?………奥の方までは見えなかったけど…居なかったと思うよ………何!?この盗賊団ってカンダタ一味なの!?」
リュカの真面目な質問に、ウルフだけでなくアルル達も驚いている。

「…さっき、そんな事を言っていたヤツが居たんだ…あっちの生臭い部屋に…(クスッ)もう何処にも居ないけどね」
リュカの冷たい笑いに、背筋が寒くなるアルル。
「で、では早く退散しましょう!何も今カンダタとやり合う必要は無いわ!」
アルルは慌てて、町へと戻ろうとする。


「な、何だこりゃ!?」
しかし遅かった様で、アルル達は血生臭い部屋でカンダタと鉢合わせをしてしまった!
アルルはグプタとタニアを庇う様に立ち、剣を構える!

「ん!?テメー等…その人質をどうするつもりだ!?」
人質二人を守るアルルに向け、カンダタは殺気を漲らせる。
「バカかお前は!?人質を救出しに来たヤツに向けて『どうするつもりだ!?』は無いだろ!どうするもこうするも、救出するんだよ、バ~カ!!」
必要以上にカンダタを挑発するリュカ。

「げっ!お前は…シャンパニーの塔の…」
リュカを見るなり、急に怯み出すカンダタ…
彼は盗賊ではあるが、武の道を歩んだ者としての実力も持っている。
リュカを一目見た時から、自分との実力差を感じ取っており、シャンパニーの塔では全力で逃げに徹したのだ!

「テメー!ふざけてんじゃねぇーよ!!」
しかし実力のない手下にはリュカの強さを知る術もなく、何時もの様に息巻くのだった。
「人質を返して欲しかったら、金持って来な!!それと、そのガキが俺の腕を切った慰謝料として、その3人の女を置いてきな!そっちでは金を取らねーよ!身体で払ってもらうからよー!!」
腕に不格好な包帯を巻いた男が、リュカの前で下品に笑いながら恫喝している。
「お、おいジェイブ…よせ…」
カンダタがジェイブと呼ばれるこの男を、止めようとした瞬間…
リュカが振るった杖により、ジェイブの頭が吹き飛び、大量の血液が低い天井へ噴き出した!

「ま、待て!待ってくれ…お、俺の降参だ!アンタと戦って勝てるとは思ってない!人質は返す…だ、だから…俺も、子分達も…助けてくれ!…頼む!!」
カンダタは慌てて武器を捨て、リュカに頭を下げて頼み込む。

「う~ん…この間、うっかり逃がしちゃったら、誘拐事件を起こしてるしなぁ…お前等、死んだ方が良くない?」
優しい口調、優しい笑顔で近付くリュカ…
「ち、違うんだ!俺達、足を洗う為に最後の仕事として誘拐をしたんだ!」
「はぁ?矛盾しない?」

「き、聞いてくれ!俺達の様な人間が、真っ当に生きるのは難しいんだ!だが纏まった金があれば、悪事をせずに生きて行く方法が見つかるかもしれない!だから、最後に人を殺さないですむ、誘拐を起こしたんだ!その証拠に人質の女には、手を出してないだろ!食事だって与えてたんだ!そりゃ大した物じゃ無いけど…」
「じゃぁ何で、グプタが瀕死の状態だったんだよ!」
リュカがグプタを指差し、問いつめる。

「はぁ?そんなヤツ知らねーよ!誰だよそいつ!?」
本気でキョトンとしているカンダタに、そっと手下の一人が耳打ちする。
「…親分…実は…ジェイブが…」
どうやらグプタの件は、カンダタが出かけている間に起きた様で、本当に知らなかった様だ!

真っ青になるカンダタ。
「ほ、本当に知らなかった!本当なんだ!!俺が居る時なら、そんなに酷い事はさせなかった!ジェイブは短気なんだ!本当だ!許してくれよ!!」
しかしリュカは、もう目の前で微笑んでいる。
カンダタだけではない、他の手下も恐怖で震えている。

「う~ん……………やっぱりダメ!死んだ方が世の為だよ」
「そ、そんな…お願いします!どうか命だけは!!どうか助けて下さい!!」
カンダタは顔を涙と鼻水でグシャグシャにし、リュカに縋る様に助命を乞う。
「お前等は、そんな風に命乞いをした人々を、何人殺してきたんだ?立場が変わっただけだろ…今更後悔するなよ!」
「そ、そんな………」
そしてリュカがゆっくりと杖を振り上げた………



 

 

<バハラタ東の洞窟>

「お前等は、そんな風に命乞いをした人々を、何人殺してきたんだ?立場が変わっただけだろ…今更後悔するなよ!」
「そ、そんな………」
そしてリュカがゆっくりと杖を振り上げた…その時!

「止めて下さいリュカさん!!」
アルルがリュカとカンダタの間に割り込んできた!
リュカだけではない、ウルフ達も…そしてカンダタ達までもが驚いている!

「アルル…どうして?」
リュカは何時もの様に優しく問いかける。
「歯向かう気の無い人を殺したら、彼等が行ってきた事と変わりません!先程の男みたいに、敵意や害意を見せてるのなら分かりますが、彼等にはそれがありません!」
「しかしそれは今だけだろ?此処から無事逃げ延びれば、また人々に災いを撒き散らすかもしれない…」

「でも足を洗うって…「それを信じるのかい?」
リュカとアルルは互いに真剣な眼差しで見つめ合う!
「今回の誘拐は失敗した…纏まった金を手に入れられなかった…コイツ等は、また別の町で同じ事を繰り返すかもしれないだろ!」

「そ、そんな事しねー!もう悪さはしねーって!本当だよ!」
「た、確かに…彼等を無条件で信じる事は…私にも出来ません…」
言葉に力を無くすアルル…
「な…本当にしねーよ!信じてくれよぉ」

「でも私は、リュカさんに無駄な人殺しをしてほしくありません!」
それでも退かない!
リュカに人殺しをさせない為に!
「無駄じゃ無いよ。今後の為に意味はあるよ…」
「私にはありません!私から見たら、意味なんてありません!」

「じゃぁ見るな!目を閉じて見なければいい!」
「そう言うわけにはいきません!私はリュカさんの瞳に灯る闇を、これ以上放置する事が出来ないんです!」
「……瞳に……闇……!?」
アルルの言葉にショックを受けたリュカは、自分の目を押さえ後ずさる…
「シャンパニーの塔でも、此処でもリュカさんの瞳に灯る闇が、私は怖いんです!だから…お願いだから、人を憎まないで下さい…罪と人は別です…」


暫くの間、誰も喋らなかった…
時間だけが静かに流れる…
そしてリュカが口を開く。

「じゃぁ…そいつ等をどうすれば良い?アルルだって信用してないんだろ?」
「それは………」
答えに困るアルル…

しかし何かを思いついたカンダタが、少し興奮気味に話し出す!
「そうだ、俺はアンタ等に協力するよ!アンタ等が何を目的にしているのかは知らないが、世界中を旅してるんだろ!?だったら俺もついて行くよ!子分達には、世界中の情報を集めさせる!な!?それだったら、アンタ等も俺達の事を見張れて安心だろ!?」
「………それは良いアイデアですね!それなら貴男達も見張れるし、盗賊の情報網を利用できる!」
カンダタの提案にアルルが飛び跳ねてはしゃぐ。

「バラモス討伐の勇者一行に、世間を騒がせた大盗賊が居たら、何かと拙いだろ!?」
「そんな事ありません!世界を救う為に立ち上がった勇者に感化され、改心して協力する元盗賊って思わせます!」
「どうやって!?」
「そりゃリュカさんと仲良しの王様や女王様の力を使って、世界中に噂を流してもらいます。」

「協力してくれると思っているのか?」
「はい、もちろん!少なくともイシスは………そうですねぇ…取り敢えず女王様に直接会って、お願いと同時にリュカさんを1週間程預けます。その間私達は、のんびりと休暇です」
「ぐっ………!!」
リュカが言葉に詰まっていると、嬉しそうにカンダタが喋り出す。

「アンタ等世界を救う旅に出てんのか!?だったら丁度良い!早速アンタ等の力になる事が出来るぜ!」
そう笑顔で言うと、カンダタは懐から綺麗な緑の宝玉を取り出した。
「これはなグリーンオーブって言って、価値の分からないヤツからしたら、ただの綺麗な宝玉だが、実はとんでもねーお宝なんだ!」

「何だ?そんなのを7個集めたら、ギャルのパンティーでも貰えるのか?」
1人はしゃぐカンダタを見て、リュカが不機嫌に言い放つ。
「ギャ、ギャルのパンティー…何だそれ?そうじゃねーんだ!確かに似た様な物を集めるんだが、数は6個!全てを集めて、『レイアムランドの祠』に奉ると、伝説の不死鳥『ラーミア』が復活するんだ!」
カンダタ1人が興奮する中、他は誰も感動していない…

「そんな鳥どうでもいいんだよ!それともナニか?その鳥を焼いて食えば、精力ビンビンか?だとしたら不要だ!僕は何時でも何処でも主砲発射OKだ!」
「まぁ聞けって!アンタ等バラモスが何処に居るか知ってるのか?」
カンダタの問いにアルルが俯く。

「それを探しながら旅をしてるんだ!空気読めバカ!」
珍しく苛ついているリュカが、カンダタにきつく当たる。
「じゃぁ教えてやるよ!バラモスは『ネクロゴンド』の奥地に居城を構えている!でも其処に辿り着くのは難しい!険しい山に囲まれているから船ではムリだし、城の周りを湖が囲ってあるから、徒歩でも不可能だ!」

「じゃ、じゃぁもしかして…」
アルルが瞳を輝かせカンダタを見る。
「そうだ、お嬢ちゃん!ラーミアが居れば、上空からバラモス城へと突入できる!」
「キャー!それ凄い!!ラーミアが居れば、バラモスを倒しに行けるのね!カンダタさん、それを私達にくれるんですか!?」
「あげるも何も、俺を仲間に入れてくれれば、このオーブは必然的にアンタ等の物だぜ!」
カンダタは巧みに自分を売り込んでいる。
アルルは気付いてはいるが、カンダタと一緒になってはしゃいで見せる。

「リュカさん!カンダタさんのお陰で、私達は明確な道標を手に入れました!まずバハラタへお二人を帰したら、イシスへ行って女王様にお願いをします!その後でポルトガへ戻り、船を手に入れてオーブ探しの旅に出ます!良いですね!?」
「あぁっと、その前にお嬢ちゃん『ダーマ神殿』に寄ってくれないか!?此処より北に行った所に、職業を司る『ダーマ神殿』があるんだが、俺は転職しようと思ってるんだ!」
「転職!?」
今まで黙って成り行きを見ていたハツキが急に反応した。

「あぁ…そこで俺は盗賊から戦士に転職しようと思う。俺は見ての通り、力があるから打って付けだと思うんだ!それに噂を流してもらっても、盗賊のままじゃ改心を疑われちまうからな…」
「じゃぁ…まずはバハラタ…次にダーマ神殿…そしてイシスにポルトガ…この順番で行きますからね!良いですねリュカさん!」
アルルは胸を張り、リュカに今後の予定を力強く指示する。

「………その前に一つ聞きたい事が…」
「な、何ですか…?」
リュカの真面目で怖い表情に、アルルは少し怯んでしまう。
「聞きたいのはカンダタにだ…」
「な、何だ!?」
やはりリュカが怖いらしく、声が裏返るカンダタ…

「そのグリーンオーブはどうやって手に入れた?誰かを殺して奪った物ではないのか?」
リュカは低く重い声でカンダタに問いかける。
「ち、違う!これはネクロゴンドの南西にある『テドン』って村で手に入れたんだ…そこはバラモス城から近い為、大分前に滅ぼされたんだ!シャンパニーの塔でアンタ等から逃げた俺は、船でバハラタまで来たんだ!その途中でテドンに立ち寄り、白骨死体が抱き締めていたオーブを戴いたんだ!」
「死体から盗んだのか…!?」
リュカが顔を顰めてカンダタを睨む。

「ま、待ってくれ!俺はこのオーブが凄いアイテムなのを知っていたんだ!足を洗った後で何か役に立つかもと思ったんだ!それにアンタ等だって何れはオーブを探す事になるんだ…その時に死体が抱えていたからって諦めるのか?1個でも揃わないと、ラーミアは復活しないんだぞ!?」
焦るカンダタは、自分の正当性を主張する。

「………分かった…悪かったよ…そんなにムキになるな…」
リュカは渋々だが納得し、洞窟を出口に向けて歩き出す。
「ふぅ…良かったわねカンダタさん。これで私達は仲間よ!これからよろしくね」
アルルはカンダタに向け、手を差し出した。
カンダタはその手を握り、
「アンタが勇者でリーダーだろ!?俺の事はカンダタでいい!『さん』なんてくすぐったいから付けないでくれ…」
そう言い、力強く握手を交わした。

そして子分達も散り散りに世界中へ旅立つ…
一人一人の力は小さい為、単独行動になれば悪事など出来ない連中…
しかし情報収集力は侮れない!
アルル達には、ある意味力強い味方が付いた事になる…



 
 

 
後書き
リュカさんは正義のヒーローではありません。
罪を憎んで、人も憎くむ…
ただの人間なんです。

でもアルルは勇者として生きてきました。
罪を憎んで、人を憎まず。
それが世界を救う勇者です。ちょっと性格に問題はあるだろうけど… 

 

処罰

<バハラタ周辺>

洞窟を出ると、既に辺りは夜に覆われており、グプタとタニアを連れて町まで歩く事はムリとの結論に達したので、聖なる川付近の森で野営する事になった。
本来ならばリュカが野営の準備を率先して行うのだが、洞窟内で大量の返り血を浴びた為、アルルが「今日は私達が野営の準備をしますから、リュカさんは先に川で水浴びをしてきて下さい」との薦めに促され、一人水浴びをしている。


グプタとタニアはこれまでの疲れからか、二人身を寄せ木にもたれ座りウトウト船を漕いでいる。
その為野営の準備は、新たに仲間に加わったカンダタとアルル達が和気藹々行っている。

「しかしアンタ等…変なバランスのパーティーだよな!」
アルル達若者4人を見つめカンダタが不思議そうに呟いた。
「何や、その失礼な口調は!?」
「すまんすまん…ただリュカの旦那が居なく、アンタ等4人だけのパーティーだったら、俺はロマリア地方で盗賊稼業を続けて居たと思ってな…」

「それは俺達だけだったら弱くて、カンダタ盗賊団には勝てなかったと言いたいのか!?」
少し不機嫌な口調でウルフが問い返す。
「今のお前等なら分からねぇーが、シャンパニーの塔で出会った時のお前等だったら、絶対に負ける事は無かったと言い切るぜ!」
リュカが居ないと、未だにダンジョン探索に恐怖するアルル達には反論が出来ないでいる。

「お前等を卑下する訳では無いんだが、お前等4人だけのパーティー構成なら、バランスが良いんだ…ただし、低レベルでのバランスだがな!………あの人はお前等みたいな低レベルのパーティーに、居るべき人じゃないと思う!何なんだ、あの人は?」
カンダタの言い分は当然で、疑問も当然である。
アルル達はカンダタに、リュカの事を大まかに説明した。



「………はぁ~……そんな凄い人生を送っている人なのか…」
「今の話はリュカさんから聞いた話で、ほんの一部だと思うわ。私達だってリュカさんの全てを知っている訳では無いのよ…」
カンダタの感嘆の溜息に、アルルが補足する。

「だが、これであの人がアンタ等と連んでいる理由が分かった!あの人にしたら、別にアンタ等じゃなくても、世界を旅するヤツだったら誰でも良かったんだな!お前等と組んだのは、偶然だったんだ…運が良いな、お前等!」
「そうね…運は良いわね…リュカさんが居なかったら、アリアハンで死んでいたでしょうからね…私達は…」
アルルの自虐的な言葉に黙り込むウルフ達…


「あれぇー?どうしたのみんな黙り込んじゃって…?ウルフのギャグが滑ったの?ダメだよウルフ!君は突っ込み要員なんだから…」
水浴びを終えたリュカが、明るい口調で戻ってくる。
「違うよ!!ギャグを言ってないし、滑ってもない!大体何だよ突っ込み要員って!リュカさんがボケるから突っ込んじゃうんだろ!真面目にしててくれれば、俺だって突っ込まないよ!」
リュカの軽口に思わず突っ込むウルフ…
「ほら!完璧な突っ込みじゃん!」
「なっ……!!」
言葉を失うウルフ…それを見て、アルルが腹を抱えて笑い出す。
そして、それに釣られてハツキ・エコナ・カンダタも笑い出す。
むくれていたウルフでさえ笑い出し、みんなの笑い声でグプタとタニアが目を覚ましてしまった。
二人が起きた所で丁度食事となり、その日の夜は更けて行く…



<バハラタ>

「お祖父ちゃん!!」
昼にはバハラタに帰ってきたアルル達は、脇目も触れず黒胡椒屋へ入って行く。
そして中にいたターゲル老人へ泣きながら抱き付くタニア!
「おぉ…タニア!良かった…無事で本当に良かった!!」
「ターゲルさん…ご心配をお掛けしました…」
「おぉ、グプタも…お前達が無事で本当に良かった!!」
ターゲルとタニアとグプタ3人が、抱き合い・泣き合い・喜び合っている。

暫く喜びを噛みしめるとアルル達に向き直り、深々と頭を下げて礼を述べる。
「勇者様…誠にありがとうございます!貴女様のお陰で、私は2人を失わずに済みました。感謝に絶えません!」
「じいさん…まだ感謝には早い………もう一つ、やる事が残っている…」
何度も頭を下げるターゲルに、リュカが真面目な口調で感謝を遮る。

「ハツキ…ナイフを貸して…」
リュカはハツキから聖なるナイフを借りると、カンダタの首根っこを掴み力ずくでターゲルの前に跪かせる!
「ちょ、何だ「うるさい!お前は黙れ!」
カンダタの抗議の声を遮り、ターゲルにナイフを渡す。

「じいさん、この男が今回の誘拐事件の首謀者だ。コイツの言い分を信じれば、今回の誘拐で、孫娘に危害を加える事はしなかった様だが、誘拐した事実は変わらない。勇者アルルは、この男が改心したと思っており、今後の旅の仲間に加えるつもりだが…」
突然のリュカの行動に、誰もが声を出せないで居る。

「じいさん…アンタ等家族を苦しめた男は、今後も生き続ける…しかしアンタには罰を与える権利がある!その権利を行使するチャンスは今だけだ!アンタの心に悲しみを与えた男を罰したいのなら、そのナイフで喉を切り裂け…」
ターゲルの顔から血の気が引く…
リュカが冗談を言っている訳でないのが分かるから…
皆も息をするのを忘れ、固唾をのむ。


少しの間だが、沈黙が世界を支配した…
そしてターゲルが口を開く…
「お若いの…私には彼を罰する事は出来ないし、そんな覚悟もありません…タニアとグプタが無事に戻って来ただけで、悲しみも憎しみも消え去りました…彼への処罰は勇者様に委ねます…」
ターゲルは優しい顔で微笑むと、ナイフをハツキに手渡し、アルル達全員に頭を下げる。

「…良かったなカンダタ…ターゲルさんが優しい人で…命拾いしたな!」
カンダタの首根っこを掴んでいた手を離し、冷たい瞳で呟くリュカ…。
そして皆が一斉に息を吐き、安堵に包まれた!
カンダタだけは脂汗をかいているが…

「勇者様…これをお持ち下さい」
和やかな雰囲気になった時、ターゲルがアルルに大きめの袋を手渡した。
「お約束の黒胡椒です。もし足りないのであれば何時でもお越し下さい!今後一生、貴女様からは代金は取りませんので…」
「ありがとうターゲルさん」



黒胡椒を受け取ったアルル達は、黒胡椒屋を後にする…
そして宿屋へと向かう中、ウルフがリュカに確認の為尋ねてみる…
「なぁリュカさん…本当はターゲルさんがカンダタを殺す事はないと思ったから、あんな事をしたんだよね!?」
完全に単なる確認だ…ウルフはそう信じてる。

「………いや、きっと殺すと思ったんだけどねぇ~…予想が外れた。残念だったなぁ~」
何時もの軽い口調で嘯くリュカ。
多分嘘だ…ウルフの思いが正解であろう…
きっとそうに違いない………はず……と思う…



 

 

ダーマ

<バハラタ>

取り敢えず宿を確保したアルル達は、荷物を置き町へ繰り出した。
この町に来て直ぐに黒胡椒を探し、直後に誘拐騒ぎに巻き込まれた為、装備品等を買い揃えていないのだ。
携行食などの必需品を買い、一行は武器と防具屋へと向かう。


アルル達6人が、さして広くない店内を物色するが、目新しい物は見つからない…
「この町は黒胡椒以外、碌な物が無いな!」
皆が思った事だが、あえて口に出さなかった事をリュカが大声で言う!

「おい、にぃちゃん!聞き捨てならねーな!!この町は黒胡椒だけで成り立っている訳じゃねーぞ!」
店主の男が乱暴な口調でリュカに言い返す。
「へー………何処が?」

「ふん!店先に置いてないだけで、1点物のすげぇアイテムだってあるんだよ!」
リュカの態度に憤慨する店主…どうやら本日の被害者は彼の様だ。
「へ~……そんな物、何処にあんだよ!?」
「おう!見せてやろうじゃねぇーか!見て驚くなよ!!」
「うん、分かった。驚かないよ。早くして!」
「くっそっ!待ってろ!!」


額に血管を浮き上がらせた店主が戻って来たのは、3分程経ってからだ…
店主の手には少し小さめの盾が一つ…
「見ろ!これが当店で1つしかない盾『魔法の盾』だ!世界でもそれ程出回ってはいないアイテムなんだぞ!」
「こんな小さい盾が役に立つのかよ…」

「ふん!何も知らないからそんな事言うんだ!この盾を装備しておけば、敵から受ける魔法のダメージを軽減する事が出来るんだ!」
「へー…避けた方が早くね?」
「分かってねぇーなー!前衛で戦う戦士系のヤツには、避ける事は簡単だろうが、後衛の魔法使い系には、敵の攻撃や魔法を避けるのは難しいんだ!」
「え!?つまり、その盾は魔法使いでも、装備できるって事!?」
店主の自慢に近い商品説明を聞き、ウルフが瞳を輝かせ食いついた。

「あたぼうよ!魔法使いが装備できるからこそ、『魔法の盾』なんて名が付いてるんだ!」
「お、おじさん!その盾は幾らですか!?」
「う~ん…本当は5000ゴールドくらいはするんだが…お前さんみたいな、若くて将来有望な魔法使いに使ってもらいたいから、3000ゴールドで売ってやるよ!」
「じゃ、じゃぁそのた「高い!いらん!!」
購入希望のウルフの言葉を遮り、リュカが勝手に拒絶する!
「ちょ、リュカさん!勝手に…」
「うるさい!ウルフは黙ってろ!!」

「おい、にぃちゃん!5000が3000になるのに高いわけないだろ!」
「5000が3000になるのが高いんじゃなくて、その盾に3000もの価値が無いから高いんだ!考えてみろ…後衛の魔法使いが攻撃を受ける様なパーティーではダメだ!前衛が全力で後衛を守る様に戦うのが、正しいパーティー戦闘だ!」

「うぐっ…た、確かにその通りだろうが…しかし、万が一という事もあるだろ!?保険の為にも防御力の低い魔法使いの為に…」
先程まで無礼な物言いだったリュカに正論で攻撃され、弱気になる店主…
「保険の為如きに3000ゴールドも出せるか!その3000で前衛を強化し、保険の必要を絶った方がよっぽどマシだ!」
リュカの正論に完璧に打ち負かされ俯く店主…

「……とは言え…確かに魔法使いを強化する事には意味があるなぁ…でも3000はなぁ~…」
リュカの呟く様な言葉を聞き、瞳を輝かせ顔を上げる店主。
「だ、だろ!?じゃ、じゃぁ…2500ゴールドならどうだ!?」

「…1000ゴールドだよ…」
「おい…無茶言うなよ…じゃぁ2300ゴールドなら…」
「う~ん………奮発しても1700ゴールドだな…」
「くぅ~………で、では…2000だ!!これ以上はムリだ!」
「うん!2000ゴールドで買うよ」
結局ほぼ原価で売る事となった店主…
まぁアッサラームの友達商人よりかはマシだろう…




「相変わらずの値切りやね…」
ガックリと落ち込む店主を無視し、宿屋へ戻る道すがらエコナがリュカに、尊敬と呆れをブレンドした感情を吐き付ける。
「だってさ…5000ゴールドがいきなり4割引だよ!絶対ボッタクろうとしてたんだよ!」
「旦那は俺等盗賊の天敵だけではなく、商人の天敵でもあったんッスねぇ…」
「俺としては、リュカさんの天敵を知りたいですね!居るかどうかも不明ですが…」
カンダタとウルフの言葉に皆が頷く。

「そりゃ居るよぉ~…僕にだって…」
「本当ですかぁ?」
「アイシスって女なんだけどね…」
「え!?女なんですか!?あり得なくないですか!?」
「…何だかアルルの台詞には、若干失礼な成分が含まれている様に感じるのだが…?」
そしてアルル達は、そのまま宿屋の食堂へと入り、和気藹々と雑談をしながら夕食にありついた…
カンダタとの仲は、随分と良好の様だ!




<ダーマ神殿>

アルル達一行は新たな戦力を得て、戦闘が楽になった様で、ダーマ神殿までは1日で辿り着く事が出来た。
とは言え既に夜の帳が付近を覆い、刻一刻と静寂が勢力を広げている。

「此処が職業を司るダーマ神殿ですね!…でもさすがに夜は転職出来ないみたいですね…残念!」
ハツキが悔しそうに呟く中、リュカがソワソワと周囲を見回している。
「リュカさん…どうしたんですか?」

「うん。何だかすんごい美人が居る匂いがするんだ!何処だろう!?」
アルルの質問に周囲を見渡しながら答えるリュカ…本人は至って真面目である!
「…はぁ…そうですか…じゃぁ、頑張って下さいね…今晩も………私達は宿屋で一休みしますから…」

「そうか、宿屋か!!」
アルルが神殿2階の宿屋へ向かおうとすると、美女が居る事を疑わないリュカが、其処だとばかりに宿屋へと歩き出した!
「なぁ…何か特別な匂いがするか?」
「いやぁ…俺も盗賊として生きてきたから、鼻は効くんだが…」
リュカの言い分が気になるアルル達は、リュカの後を追う様について行く…


神殿2階…宿屋のロビーエントランスに着くと、其処には後ろ姿ながら美しさを醸し出すブロンド女性が佇んでいる…
「お嬢さん!!今晩僕と相部屋などは如何ですか!?出来れば相ベットも!」
早速口説きにかかるリュカ…
そのリュカの声に反応し振り向く女性…

振り向いた女性の正面姿を見たアルル達の反応は、皆同じだった。
男性2人はヨダレを垂らす程見とれ、女性3人は嫉妬できない程見とれている。
「…ほ、本当に…すんごい美人…」
アルルの台詞に誰もが頷く…

しかしリュカの反応は少し…いや、かなり違っていた。
何時もなら、ナンパの手(口?)を休めず口説き続けるのだが、美女の顔を見た途端固まり、驚いてるではないか!
そしてリュカが、絞り出す様に発した台詞は…
「な………何で…此処に居るの………?」
である!



 

 

別世界より③

<グランバニア>

此処グランバニア王執務室では、マーサが大量の文献に埋もれながら異世界へ飛ばされたリュカ王を救出するべく、日夜研究に没頭していた。

ティミーがマーサをグランバニアへ連れてきてから、既に数週間が経過している…
しかし一向に状況を進展させる事が出来ず、トイレと数日置きの風呂以外は、この部屋から出る事さえしていない…

見かねたティミーが思わず声をかける…
「マーサ様……どうかご無理をなさらないで下さい。焦る必要はございません。過去にこの国の国王不在が続いた年月を思えば、慌てる必要など何処にも無いのです…」
ティミーとしては国内の情勢に不安が無いわけでは無い事も理解しているのだが、マーサの体調の方が心配になってしまうのだ…

「そうですよ、お義母様…物語を読む限り、リュカは無事の様ですし…」
「ティーミー…ビアンカさん…ありがとう。………でもね…物語を読むと、一刻も早くこちらの世界へ戻さねば…と思ってしまうのよ!」
執務室に居る皆が例の本に視線を向ける。
今、執務室に居る人物は、マーサ・ビアンカ・ティミー・ポピー・マリーの5人である。
その誰もが不安気な表情で例の本を見つめている…

「……あの子…あの本の中で、好き放題やってるじゃない…私の息子があちらの世界に迷惑をかけていると思うと、ゆっくりなんて出来ませんよ…!」
マーサ以外の4人が呆れ驚きマーサを見つめる。

「あぁ…そう言う意味ですか…父さんの事が心配って事じゃなく…あぁ…そう言う…」
ティミーが脱力気味にマーサの言葉に反応する…
「ちょっと、誤解しないでよティミー!私だってリュカの事は心配です。でも、それ以上に向こうの世界の女性達が心配なんです!」
「うふふふ…父さんの事だから、私達に弟妹が増えてるかもよ…」

「ポピー…冗談でも止めてくれ!その可能性は非常に高いんだから…」
必要以上に楽しそうに危険性を語るポピー…
そして辟易するティミー…

「まぁ!?じゃぁ私に弟か妹が出来るんですのね!!とても楽しみですぅ!」
瞳を輝かせ胸の前で両手を握り嬉しそうにするマリー…
「はぁ…居たら居たで面倒事を起こすのに、居なくなるともっと厄介な男よね…何で私は惚れちゃったんだろ…?」
左手で頭を押さえ手近な椅子に座るビアンカ…

「お母さん…いっその事、この機会にお父さんと別れちゃえば!お母さんの美貌なら、3人の子持ちバツイチでも引く手数多だと思うわよ」
「リュカ以外の男に、全く興味を持てないから困ってるんじゃないの!貴女だってコリンズ君以外の男性なんて眼中に無いでしょう!?」
「そんな事無いわよ…お父さんに口説かれたら、喜んで股を開くわよ」
ポピーの台詞に言葉を失い呆れるビアンカ…

「この馬鹿女!マリーの前で下品な話をするな!」
マリーを抱き上げポピーを睨むティミー…
「…と…ともかく…一息入れましょう!お義母さま、お茶でも飲んでリフレッシュした方が良いですよ」
「ふぅ…そうですね…少し息抜きしまようか…」



マーサ達は執務室を片付け、メイドが用意してくれた紅茶とクッキーを食しながら、雑談に花を咲かせている。
其処へ『メッサーラ』のサーラが入って来て、マーサに何かを目で伝えている。

「私にお客様ですか?」
断っておくが、サーラは一言も発していない。
それなのにマーサとサーラは会話が成り立っている。
リュカとの間でもそうだった…

そして会話は続いている…
「まぁ…リュリュが来たのですか!?一人で?」
「え、リュリュが!?」
急にソワソワするティミー。

「………」
「そう!?どうやって来たのかしら?まぁいいわ…お通しして下さい」
小さく頷くサーラ…そして一旦退室する。
現在この部屋を管理しているのはマーサだ。
マーサの許可があれば、誰でも入室できるし、許可が無ければ誰一人入る事は出来ない。
従ってマーサに用がある者は、警備のモンスターを介しマーサに許可をもらう必要がある。だがサーラは、何一つ喋っていないのだが…


「マーサお祖母様、お邪魔します。…何か大変事になってる様ですね…」
「ふふふ…いらっしゃいリュリュ。本当、貴女のお父さんは厄介事を巻き起こすわね」
不必要に落ち着きが無くなったティミーを無視して、マーサはリュリュと会話を続ける。

「いったいどうやって此処まで来たのですか?…確かルラフェンという町に、特殊な魔法を憶えに行っていたと思ったのですが?」
「はい、ルラフェンで新たな魔法を憶えました。そしてサンタローズに帰ったら、サンチョさんがこの状況を教えてくれたんです…それなので早速、新たな魔法を使ってグランバニアまで来たんです!」
「え!?その魔法って…もしかしてルーラ!?」
ポピーが驚いた様にリュリュに詰め寄る。

「はい!私、ルーラを憶えました!!これで何時でもグランバニアに遊びに来れます!」
「私は生まれつきルーラ適正があったから自然と憶える事が出来たけど、普通の人は適正なんて無いから、凄い大変な思いをしないとルーラって憶えられないのよね!…前にお父さんから聞いた事があるわ!どんな事をしたの?」
「うん!お父さんが言ってたわ…『ものっそい大変だよ』って…本当に大変だった!もう2度とあんな思いはしたくない!思い出したく無いから聞かないで…」
リュリュは口元を押さえ、顔を顰める。

「でも凄いな…ルーラを憶えるなんて!さすがリュリュだね!」
リュリュを前にすると、最近頓に浮つく様になったティミー…重傷でだな。
「でもね…お父さんやポピーちゃんの様に、大勢を移動させる事は出来ないの…効果があるのは私一人にだけなの…才能無いのかなぁ…」
悲しそうに俯くリュリュ…
「そ、そんな事無いよ!リュリュは凄いよ!才能もあるし、努力するから凄いと思うよ!以前マーリンから聞いたんだ…ルーラは本来、使用者しか移転できない魔法だって!つまり、大勢を移転させる奴の方が異常なんだよ!リュリュは正常なんだよ!だから凄いんだよ!」
ティミーは必死にリュリュを慰める。

「ちょっと!その異常な奴って、アンタの父と双子の妹なんだけど!」
「ほら、異常だ!」
ポピーの憤慨を見向きもせず、リュリュの両手を握り慰めるティミー…そんなお前は正常なのかと聞きたくなる。
「あ、ありがとう…ティミー君…」
さすがのリュリュも引き気味だ。

「それでね、マーサお祖母様!実はもう一つ古代の魔法を教わって来たの…上手くすれば、その魔法が今回の事件で役に立つかも!」
「本当ですかリュリュ!?そ、それは何という魔法ですか!?」
思いがけない所から状況打開の切っ掛けになるかもしれない事が…

「はい。その魔法は『パ・ル・プ・ン・テ』と言います!魔法を教えてくれたベネットさんが言うには、『何が起こるか分からない魔法』と言ってました…そして『太古の文献には、異世界から恐ろしい物を呼び寄せる事もあったらしい』とも言ってました!これって上手くすれば、お父さんを呼び戻せるかもしれないですよね!?」
「それは本当ですか!?では早速試してみましょう!仮にあの子を呼び戻せなくても、異世界への干渉を起こす事が出来るのなら、今後魔法を改造する事で、状況を打破できるかもしれません!」
早速マーサは準備を始める!


国王の執務机に例の本を開いて置き準備を整える。
周囲にはマーサ他、ティミー達も事の次第を見つめている。
そして例の本を挟む形でマーサの正面に立つリュリュ。
皆が緊張した面持ちで見つめる中、リュリュが魔法を唱えた!
「パルプンテ」
………………………………………

「…何も…起きませんね?」
数秒の沈黙が続き、マーサが言葉を発した瞬間!
例の本の上に黒い穴が広がり、近くにあった書類などを吸い込みだした!

「あ!星降る腕輪が!!」
書類の上にペーパーウェイトとして置いてあった星降る腕輪が吸い込まれそうになり、思わずティミーが手を伸ばす!
しかし時既に遅く、星降る腕輪は穴の中へ…
しかも不用意に近付いた為、ティミーまでもが吸い込まれそうになっている!

「ちょ、ティミー!!」
「お兄様ー!!」
ティミーの近くに居たビアンカとマリーが、慌てて手を差し伸べた!
ティミーは辛うじて2人の手を掴む事が出来たのだが、それはむしろ最悪の行動でしか無かった!

そう、ティミーは吸い込まれ、手を掴んだビアンカとマリーまでも巻き込んでしまったのだ!
穴は書類を数枚、星降る腕輪を1個、そして3人を吸い込んだ所で急速に消え去った!
後に残されたのは、途方に暮れるマーサ達…
この先どうすれば良いのやら…



 

 

愛しい女(ひと)

<ダーマ神殿>

「な………何で…此処に居るの………?」
「リュカ!!」
リュカの驚きの声に、美女は笑顔で抱き付きリュカの名を叫ぶ!そして徐に唇を重ね濃厚で濃密なキスをした。

「母さん、どうかしまし………うわっ!!」
あまりの出来事に驚き固まるアルル達の後ろから、16.17歳の金髪の美少年と6.7歳の黒髪の美少女が現れ、現状を見て絶句する!

「…ぷはっ…ティ、ティミー…それにマリーまで…どうして此処にいるの!?…っん!」
リュカは何とか美女の強烈なキスから口を離し、美少年と美少女に疑問を投げかけたのだが、再び美女にキスで口を塞がれ、それ以上喋る事が出来ないでいる!

「まぁ素敵!お父様とお母様がラブラブですわ!」
「ちょっと母さん!こんな公衆の面前で…それに父さんに状況を説明しなきゃならないんですから…」
美少女はキラキラした瞳で二人に見とれ、美少年は辟易した表情で二人を引き離す。




「え?なに!?ビアンカ…どういう事?…ちょ…ティミー…説明してよ!…あれ?マリー…?何で君まで居ちゃうの?」
珍しく混乱気味のリュカとアルル達を、ティミー達が使用している部屋へ誘い、現状の説明を始める。

「…父さん…落ち着いて聞いて下さい…父さんは本に吸い込まれ、物語の中に居るのです!」
「あ゛!?何言ってんの?大丈夫、お前…?」
「父さん…憶えてないんですか?本に吸い込まれた事を…」
「それは憶えてるよ!落書きしたら本のヤツが怒って、僕をこの世界に放り出したんだ!」

「そうです…そして父さんが行ってきたこれまでの冒険は、物語としてあの本の白紙のページを埋めているのです!」
ティミーは重い口調で、これまでの状況説明をリュカにする。
「へー…じゃぁ、この物語の結末は?」

「…いえ、まだ物語は途中で…」
ティミーとは対照的に軽い口調のリュカ…
「相変わらず頭が固いな、お前は!だから何時まで経っても右手が恋人なんだよ!」
「(イラッ)父さんこそ相変わらずですね!」

「いいかいティミー…此処は物語の世界ではない!僕等の住んでいた世界とは別ではあるが、此処も現実世界なんだよ。あの本に書き綴られているのは、いわば伝記の様なモノだ…しかも現在進行形で綴られる…」
「た、確かにそうですが…表現の違いでしょう!状況は変わりませんよ!」
「違うね!物語だったら、基本ハッピーエンドになるだろうが、現在進行形の伝記は何が起こるか分からないんだ!この先、死ぬ事だってあるかもしれない…スタンスが変わるんだよ!」

「くっ…で、では…尚のことこの世界から抜け出さないと!」
「うん。そうだね…で、君達はどうして此処に来ちゃったの?」
やっとこの世界へ飛ばされた経緯を話し始めるティミー…



「………と、言うわけで僕が吸い込まれ、助けようと手を差し伸べてくれた二人と共に、この世界へと放り出されました…」
「な!!こ、この馬鹿野郎!!」
(ドカッ!!)
急にリュカは激怒し、ティミーを拳で殴りつけた!

「お前、助かりたい一心でビアンカを巻き込んだのか!?よりによってビアンカを!!」
「リュカ!許してあげて…ティミーは悪くないの!私が手を掴んだからいけないの…」
「お父様ー!お兄様を叱らないで下さい!不幸な事故なんですぅ!」
リュカに殴られ、口から血を流すティミーを庇う様に、ビアンカとマリーがリュカに抱き付く!

「お前にとってビアンカは只の母親なんだろうが、俺にとっては命より大切な存在なんだ!…それなのにこんな危険な世界に連れてきやがって!手を捕まれたとしても、振り払うぐらいしろよ!」
「…も、申し訳ありません…父さん…」
口の血を手で拭い、項垂れるティミー…
体を震わせて怒るリュカに、アルル達は声を出す事が出来ない。

そんな状況を打破してくれたのは最年少の少女だった!
「酷いですわ、お父様!!お母様の事は心配するのに、私がこの世界へ来てしまった事では怒らないんですのね!」
頬を膨らませリュカを睨むマリー。

「あ、いや…違うって…マリーの事でも怒ってるよぉ…」
「でも私の名前は出ませんでしたわ!」
「いや…それは咄嗟だったから…」
「お兄様も咄嗟の事でお母様と私の手を掴んでしまったんですわ…お父様と同じです!もう許してあげて下さい」
さすがのリュカも反論できなくなる…

リュカは目を瞑り深く深呼吸をする。
そして目を開けティミーに近付き、切れた唇に手を当て『ホイミ』を唱えた。
「あ、ありがとうございます…でも、これくらいでしたら自分で治せますから…」
「僕が付けた傷だ…僕が治さないとね………娘に嫌われたくないし…」
どうやら家族間の傷も治った様だ。


「さて…ビアンカがこっちの世界に来ちゃったという事は…アルル、悪いんだけど…僕はこれ以上旅を続ける理由が無くなっちゃた…」
「はぁ~!?い、いったい何を言ってるんですか?旅をしながら元の世界へ戻る手立てを探すんでしょう!?」
リュカの信じられない言葉に、みんなが驚き睨む!

「うん。僕が元の世界へ帰りたかった理由はビアンカなんだよね。大好きなビアンカが、向こうの世界に居るから帰りたかったんだけど…こっちに来ちゃったからねぇ…帰る理由が無くなっちゃった!もう王様なんかやりたくないしぃ…ビアンカとこっちの世界で、イチャイチャ平和に暮らすのもありじゃね?」
「ありじゃありません!仕事はどうするんですか!?現在、国は大変な事になってるんですよ!」

「じゃティミーがアルル達に付いて行って、元の世界に帰ればいいじゃんか!ついでに王位を継いでよ!そうすれば僕が帰らなければならない理由も無くなるし!うん。そうしよう!…頑張って、ティミー国王陛下♥」
「いい加減にして下さい、リュカ国王陛下!グランバニアの国民は、貴方の情けない息子の事より、貴方自身を望んでいるんですよ…たった数年で国力を倍にした貴方を…」

「ちょ…ちょっと待ってよ!え!?何?国王…陛下?リュカさんが…?嘘…マジ…!?」
リュカ親子の会話に割り込み、ウルフが話を脱線させる。
「前に言ったじゃん…王様してた事…忘れちゃった?」

「た、確かに…言ってた…け、けどさ!」
「ウルフ君!悪いんだけど、後にしてくれないかな…確かに父さんは、いい加減で、チャランポランで、不真面目で、女誑しで、トラブルメーカーだけど…これでも立派な国王なんだ!嘘みたいだけど、国民の支持が極めて高いんだ!だから説得の邪魔をしないでくれ」
「ご、ごめんなさい…」
「いや、謝る事はないよ。…それに君達にも死活問題なのでは?…確かに父さんはトラブルを引き寄せるし、戦わず歌を歌い傍迷惑だけど、危険な旅路では生存率を上げる効果もあると思うんだ!」

「わぁ…息子の言葉から、父への尊敬の欠片も見つけられない…」
「何を今更…大分前からでしょ」
「えぇぇぇ!マジッスかビアンカさん!気付かなかったなぁ…」
アルルはイチャ付く夫婦に詰め寄り説得をする。

「リュカさん!元の世界に帰らないのは構いませんけど、この世界を平和にする旅には来て下さい!まだ私はリュカさんから学びきってません!」
「え~…危険な事は嫌いなんですけど~」
「何だよ!リュカさんどうせ戦闘しないんだからいいじゃんか!」
「どうせ戦闘しないんだから、行かなくてもいいじゃんか!」
「「「くっ!」」」

ティミー・アルル・ウルフが説得するも、揺らがないリュカ。
そしてビアンカが、マリーにそっと目配せをする…
「お父様…お父様とお母様が帰らないのならば、私もこの世界に残ります!…でもアレですよね…この世界ってどこもかしこも治安が不安定で、私みたいな幼い少女は攫われちゃうかもしれませんよね…攫われちゃったら、あーんな事や、こーんな事をされちゃうかも…平和な世界かぁ…まぁ私はお父様とお母様が居れば幸せですけどね!」

「マリーをダシに使うなんて…ズルイよ!」
「ふふふ…ごめんなさいリュカ。でも、勇者様が2人も居る旅なのだから、そんなに危険じゃ無いわよ…それにアルルちゃん達も強くなってきてるじゃない」
「………僕等の勇者様の装備が情けないんだけど…コイツ、グランバニアの剣しか装備してないよ!」
「仕方ないじゃないですか!僕はグランバニアの兵士なんだから!それにこの剣はザイル君が作ってくれた特注品ですよ!」
憤慨するティミーを見てビアンカも援護に回る。

「そうよリュカ!ティミーはもう一人前なんだから…装備は関係ないわ!…それに私は帰りたいわ…お父さんが向こうの世界に居るのだから…」
ビアンカの一言が決め手だったのだろう…と言うか、最初からビアンカが説得していれば早かったのに…
「分かったよ!ビアンカにお願いされたら、断るわけにはいかないじゃんか!」
辛うじてリュカの随行が決まり、安堵する面々…
そして、やっと互いの自己紹介が始まった…



 

 

飛ばされてから…

<ダーマ神殿>

「さて…みんな自己紹介も終わったし、まだティミーには聞きたい事があるのだが…」
「何ですか?」
自己紹介も終わり和気藹々と雑談を始めた所で、リュカがハツキを引き寄せティミーに質問をする。

「これ!『星降る腕輪』は、僕の机にあった物だよね!?ティミー達が本に吸い込まれた時に、一緒に吸い込まれたんだよね?」
ハツキの腕に装備された『星降る腕輪』を指差しながら、リュカがティミー達に腕輪の経緯を訪ねる。
「はい。穴が空いた瞬間、一番最初に吸い込まれましたから…それがどうかしましたか?」

「…と言う事は、ティミー達はこの世界へ数日前には来ていたんだよね?今まで何してたの?………は!まさか…僕の愛しの奥さんに手を出しちゃったりした?」
「………命が惜しいのでそう言う事は致しません!父さんと一緒にしないで下さい!」
ティミーはリュカの言葉に疲れ切った表情で返答する。
「じゃぁまさか、妹フェチだか「怒りますよ!」
自分の事をからかう父に激怒するティミー。

「今まで怒って無かったのかよ………じゃぁ何してたのさ!?嫁さん捜しか?」
「父さんを探してたんですよ…何処にいるのか分からないし、此処が何処なのかも分からなかったですからね!」
こんな状況で嫁さんを捜せるのはリュカぐらいであろう…

「何だ!?モンスター蔓延る危険地帯を、3人で当てもなく彷徨ってたのか!?」
「いえ…さすがにそれは……母さんだけならともかく、マリーを連れて危険な場所へは赴けませんから…母さんとマリーは此処で待機してもらってました。父さんが現れるかもしれませんでしたから…」
ティミーはこの世界に来てからの数日間を語り出す。


吸い込まれる際に足掻いた為か、星降る腕輪とはかなりズレた場所に…つまり此処ダーマ神殿の裏手に落ちた事…
この場所がダーマ神殿であるのは理解したが、リュカ達が何処に居るのか…どちらの方角に居るのかさえ分からなかったので、此処ダーマ神殿を拠点にした事…
戦闘の出来ないマリーを連れ回す訳にはいかない為、ビアンカを残しティミーだけで付近を探索した事…
ダーマ神殿より少し北に行った所にある『ガルナの塔』を探索した事…
ティミーはそれらをゆっくり丁寧に、リュカの横やりに突っ込みを入れながら、みんなに説明していった。


「はい、質問です!」
「何でしょうかアルル」
「ティミーさんは何故『ガルナの塔』へ行ったのですか?」
「それはですね…父さんが居るかも…と思ったからです」
「ぷふー!!相変わらず無駄が多いなぁ…」
リュカが小馬鹿にした様に笑い、ティミーを指差す。
《ムカつく!1発殴ってやりたいが、絶対当たらないから尚ムカつく!》

「た、大変でしたね…でも凄いです!お一人で探索するなんて!」
「何か収穫はあったのか?可愛い嫁さん見つけたとか…」
「ぐっ…ざ、残念ながら嫁さんは見つけられませんでした!…その代わり『悟りの書』なる物を手に入れました」
「ほう!すげーなぁ、にいちゃん!そりゃ、かなりの価値があるアイテムだぜ!」
リュカファミリーから醸し出される強者のオーラに当てられて、大人しくしていたカンダタだったが、珍しいアイテムを見せられた為、思わず身を乗り出しリュカ達の会話に割り込んでしまった。

「カンダタ、お前これが何なのか知ってるのか?悟りを開く為の書物だから…エロ本か?」
「何でだ!!何で悟りを開くのにエロ本なんだ!」
「ふわぁ…さすがティミーさん…長年リュカさんの突っ込みをしてきただけはある…俺なんか足下にも及ばない…」
「ウ、ウルフ君…そう言う感心の仕方は止めてくれ…」
半泣きのティミー、憧れの眼差しのウルフ。

「だ、旦那…エロ本で悟りを開けるのは、旦那くらいなもんですぜ………その本を読み、理解し、悟りを開いた者は、このダーマ神殿で『賢者』に転職出来るんですぜ!」
「何だ『賢者』って!?」
「リュカさん…『賢者』ってのは、『僧侶』と『魔法使い』の両方の魔法を憶える事が出来る、魔法のスペシャリストの事なんだ!…な、なぁ…是非、俺に使わせてくれないか…」
ウルフがリュカ達に『悟りの書』を説明し、そして媚びる様に懇願する。

「…僕に言うなよ…僕はそんな事どうでもいいんだから…アルル達に聞いてよ!」
何時もの様に無責任に丸投げするリュカ。
それを見て呆れるティミー。

「私はウルフが賢者になる事に反対はしないわ」
パーティーリーダーのアルルが賛成すると、
「ウチは魔法に興味ないから勝手にしぃや」
とエコナも賛成。
「新参者の俺には反対する理由は何もないぜ、魔法のスペシャリストになんなボウズ!」
カンダタも賛成。
「私も賛成よ。ウルフは賢者になって、このパーティーの強さの底上げに尽力してね」
ハツキも賛成を示す…

「本当にいいのか…ハツキだって賢者には憧れてた事があったろ…」
「ふふふ…気にしないで良いのよウルフ。私ね『武闘家』に転職しようと思ってるの!」
「な、何言ってるんだハツキ!武闘家ぁ…よりによって?魔法使いなら分かるけど…」
「聞いてみんな…私はこの冒険を通じて一つ気付いた事があるの…私の魔法力は大したこと無いって!私のバギじゃ敵は倒せないし、ベホイミで命を救えないの!」

「ハツキさん、それは違うよ!君はこの男と比較して、自分の魔法力が弱いと感じて居るだけだ!この男は能力は人外なんだ!この男と比較してはいけない…もっと自分に自身を持って!」
ティミーはリュカを指差し力説する。
「わぁ…息子に酷い事言われてる気がするぅ…」

「そうじゃないんですティミーさん。リュカさんと比較したからではなく、自分の道を見つけたからなんです!」
「自分の…道…」
「はい。自分の身体能力を生かし、敵の懐に潜り込んで打撃を与える…これが私の進むべき道なんです!!」

皆、唖然としている…かける言葉が思いつかない…
「へー…まぁ、ハツキが良いって言うなら、それで良いんじゃね?」
相変わらずの無責任発言リュカ。

「じゃぁエコナ!黄金の爪をハツキにあげれば!?」
「な、何であげなきゃならんねん!これはウチの物やで!」
「だってエコナ使えないじゃん!それ武闘家用の武器でしょ!?」
「せ、せやけど…」
リュカは渋るエコナを抱き寄せて、徐にキスをする!

「…………お願いエコナ…それ頂戴」
そして耳にキスをしながら囁くリュカ!
「あっ…ふっ…ん………わ、分かった…しゃあないから…エ、エコナにあげりゅウン…」
エコナはリュカの愛撫を受け、吐息混じりで譲渡を約束する。

「リュ、リュカさん!お、奥さんの前で、そう言う事は謹んで下さい!」
アルルの激怒に不思議そうな顔をするリュカ。
「アルルちゃん、ありがとうね…でも、これがリュカなのよ…毎日こんな感じなの…」
そうは言いながらも、リュカを引き寄せ濃厚なキスをするビアンカ!
私が妻であるとの主張だ!

「………んぷはっ!それと、星降る腕輪は正式にあげるね!」
何とかビアンカから口を離してハツキに話しかけるリュカ。
「え!?良いんですか貰っちゃって!?」
「うん。僕には不要な物だから…ハツキが役立ててよ」
ハツキは嬉しそうに腕輪を撫でリュカを見つめる。

「ありがとうございます!じゃぁ…婚約腕輪として貰いますね♡」
「何でやねん!」
凄まじい勢いで突っ込むエコナ!
先程のリュカの愛撫の余韻が吹っ飛んでしまった様だ!
「良い突っ込みだなぁ………ティミーもウルフも頑張らなきゃ!」
「「何でだ!!」」



 

 

転職

<ダーマ神殿>

「うるっさいんだよアンタ等!!」
翌朝、ダーマ神殿の食堂に集まり、ティミーが開口一番に発した言葉!
肌艶が良くなり、ストレスが吹き飛んだ様子の母親と、心地よい脱力感を体に纏った父親に対して、睡眠不足気味な表情で怒りを露わにする息子が此処にいる。

「神聖な神殿で、明け方まで盛(さか)りやがって!」
よく見ると、この食堂にいる誰もがティミーの様な寝不足気味の表情である。
宿屋は安普請な造りの為、音声がダダ漏れだった様だ…

「しょうがないじゃん!夫婦なんだから…こうやって君は産まれたんだよ?」
「うっさいよ!久しぶりの再会だし、1.2時間くらいなら我慢もするさ!だが一晩中って何だよ!馬鹿なんじゃないのかアンタ達!」
「親に対して『アンタ』って…酷くないッスかビアンカ姉さん!?」
「そうねぇ…育て方間違えちゃったかしら…?」
リュカが絡まなければまともな人なんだが…この夫婦には何を言っても無駄である。



各人が朝食を終えると、ダーマ神殿のメイン機能…転職に皆が赴く。
予め必要事項を記載した書類 (名前、性別、前職業や希望の職業、等々…)を持ち、大神官が居る祭壇へと長蛇の列が出来上がる。


1時間程順番を待つとカンダタの番になる。
大神官に書類を手渡し眼前で大人しく待つカンダタ。
「転職の地、ダーマへようこそ。カンダタは盗賊から戦士へと転職を希望ですね?」
「は、はい!俺、心を入れ替えたんです!その証明の一つとして戦士になろうと思ってます!俺みたいな悪人でも転職できますか…?」
大神官に懺悔をするかの様に転職を切望するカンダタ…

「大丈夫です。悔い改める気持ちがお有りなら、貴方にも転職は可能ですよ。しかし戦士としては1からの再出発になります…どうか焦らずに自身を成長させて下さい」
「は、はい!!」
カンダタの返事を聞くと、大神官は天を仰ぎ祈りの言葉を唱え出す。
そしてカンダタの体が光に包まれ、その光がカンダタの中へと吸い込まれて行く。
「…これより貴方は戦士カンダタです。新たな人生に幸あれ!」


少し離れた所で転職希望者の列を眺めているアルルとティミーの元に、カンダタが自信に満ちた表情で戻ってくる。
「これで俺は盗賊とはおさらばだ!真っ当に生きる第1歩だぜ!」
「おめでとうカンダタ…でも、待たされた割には、あっけなく転職出来るんだね?」
ティミーの感想に思わず苦笑いするカンダタ…

そして付近を見渡し…
「リュカの旦那は?…報告しておきたいんだが…」
カンダタの質問にティミーは辟易した表情で、右肩越しに右手親指で指差す。
「あっちでイチャついてる…」

ティミーの指差す方へ目を向けると、其処には壁を背に座り込むリュカと、リュカの膝の上に座るビアンカが…
膝の上に座るビアンカを後ろから包み込む様に抱き締め、時折胸を揉むリュカ…
そして嬉しそうに微笑みながらリュカの唇や耳たぶへキスをするビアンカ…

「お父様とお母様はラブラブなんですよぉ!素敵ですぅ!!」
「ティミーさんも大変ですね…」
「ありがとうアルル…それと僕の事はティミーで良いよ。『さん』付けはいらない。………しかしこの数ヶ月、父さんが迷惑をかけた様で…本当にごめんね…」
「い、いえ…」
アルルとティミーは共に深い溜息を吐き、リュカとビアンカを見つめ眺める。

「ビアンカさんて…何時もああなんなんですか?」
「………さすがに母さんはまともな人なんだけど…この数ヶ月、父さんと逢えなかったのが寂しかったんだろうね…その反動で………普段はまともなんだよ!父さんと違って!!」
昨晩の寝不足と相まって疲れ切った口調でティミーが呟く…丁度其処へハツキが転職を終えて戻ってきた。

「お待たせしました。無事、武闘家になる事が出来ました!皆さんのお役に立てるよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします!」
「お疲れハツキ…期待してるわよ!」
ハツキが合流し、挨拶もそこそこにイチャつく夫婦を眺め続けている…
「しかし何で誰も注意しないんですかね?幾ら何でも神官が神殿内では慎む様言いそうですけど…」
そんなハツキの疑問にティミーが答えた。

「…みんな…怖いんだよ…」
「………怖い?何がです?」
「母さんの事が怖いんだよ…」
「はぁ?何言うてんの?ビアンカさんの何処が怖いねん」
エコナだけではなく、皆が不思議そうにティミーを見る。

「…あそこの壁を見てごらん…」
リュカとビアンカがイチャついている所の反対側の壁を指差すティミー。
「何か…真っ黒に焦げてるなぁ…」
ティミーが指差す壁は10メートル近くある天井までが、真っ黒に焦げている…この空間に入った時から皆が気になってはいたのだが…

「あれ…母さんがやったんだ…」
「はぁ?どうしてビアンカさんは、ダーマ神殿を燃やそうとしたの!?」
「いや違うんだ…聞いてくれアルル!別にダーマ神殿を燃やそうとしたんじゃないんだ!この世界…まぁ、僕等からしたら異世界へ着いて早々に、母さんはナンパされたんだ…僕達はこのダーマ神殿の裏手に落ち、情報収集の為に色んな人々に話を聞いてたんだけど…母さんに寄ってくるのは、盛りの付いたオスばかりで…碌な情報を提供しないクセに、しつこく口説いてくるから…その…イラついたらしくて…メラミを…」

「メ、メラミでナンパ野郎を黒こげにしちゃったんですか!?」
「してないよ!誰も傷つけてないよ!誰も居ない壁に威嚇として放ったんだ!あの焦げ跡はその時のなんだ!」
「はぁ…そんな事が…それで皆さん、恐れてるんですか…」
「それにしても、メラミであんなでかい焦げ跡が出来るのか?メラゾーマじゃないのか?」
高さ約10メートル・幅約6メートル…
そんな焦げ跡を指差し、カンダタが異を唱える。

「メラゾーマだったら、この神殿は廃墟になってるよ…母さんの魔法力は桁違いなんだ…」
「お、怒ると怖いのは…夫婦そっくりなんですね…」
「ははははは………」
アルルの力無い感想に、力無く笑うティミー。


そこへリュカ達が合流し、アルル達に突飛な提案を提示した!
「なぁティミー、アルル……………ちょっとムラムラしてきたから、1時間程宿屋へ行ってくるよ!」
「はぁ!?何馬鹿な事を言い出すんです!もうちょっとでウルフ君も合流しますよ!」
「そうですよリュカさん!みんなが揃ったら、イシスに向けて出発するんですから…無意味に宿を取らないで下さい!」
常識人のティミーとアルルが、非常識星人のリュカに食って掛かる!
「だからさ、ウルフが合流するまでの間で良いからさ…チャチャっと済ますから…」
独特な思考回路で物を言うリュカ…

そこへ賢者になったウルフが合流した。
「皆さんお待たせしました!賢者ウルフの誕生です!」
「なんだよぉ…空気読めよぉ…使えないなぁウルフは!もう一回並んでこいよ!」
意気揚々と合流したウルフ…
しかしリュカの予想外の言葉に泣きそうになっている…
「ごめんねウルフ君。この男は常人とは違う思考回路で生きているから、気にしてはダメだ!…そんな事よりおめでとう!君なら偉大な賢者として、この世界を平和に導けるよ!」
「えぇ!ウルフには期待しているわよ!ハツキが武闘家になった今、回復面でもウルフは重要な存在になるんだから!」
「あ、ありがとう…ティミーさん…アルル…」
リュカを無視する様に話を進めるティミーとアルル…

さて新生勇者アルル一行の今後の旅はどの様になるのか…
ムラムラしちゃったリュカは、落ち着く事が出来るのか…



 

 

深慮遠謀

<ダーマ神殿前>

「さてアルルちゃん!さっきイシスへ行くって言ってたけど…イシスって砂漠の国よね?魔法の鍵を手に入れたのに、また砂漠になんか行くの?」
カンダタ・ハツキ・ウルフが無事転職を終え、アルル達と合流した為、ダーマ神殿から出て行く一行。
そして外へ出た所でビアンカがアルルに、次の行き先の事で質問をする。

「あぁそっか…ビアンカさん達には説明がまだでしたね………」
アルルはビアンカ達に事の経緯を説明し、今後の予定を報告する。



「………なるほど…この悪党の所為で、面倒事が増えた訳ね…」
「あ…姐さん、ひでぇッス!」

「でもアルル…マリーちゃんに砂漠はきつくないか!?」
「せやね!ウチ等の足でも2週間はかかるしね…」
ウルフとエコナが幼いマリーを気遣い、今後の予定に疑問を持ち始めた。

「それなら大丈夫よ!ルーラで行けば良いのだから!」
しかしビアンカがアルル達の心配を気にせず、勝手な事を言い出した。
「ビアンカさん、何言ってるんですか!?私達の中にルーラを使える人は居ませんし、それにルーラは術者しか移転できないんですよ!キメラの翼も同じです…イシスに言った事のないビアンカさん達には効果がありません!」
背中まで届いてたストレートヘアーを、三つ編みで纏め動きやすくしたハツキが、ビアンカにルーラやキメラの翼の事を説明する。

「あー…みんなごめんね。僕から謝るよ!実は父さんはルーラを使えるんだ!」
申し訳なさそうにティミーがみんなに謝る。
「何や…やっぱりリュカはんはルーラを使えたんか!まぁそうじゃないかとは思っとったけどな!ちょくちょく何処かへ行ってた様やし…」

しかし誰も驚きはしない…
「いや…真の謝罪は別にある………父さんのルーラは、大人数を同時に移転できるんだ………しかも船ごと!」
アルル達は怪訝な表情でティミーとリュカを交互に見る。

「は、ははははは…ティミーさん…大丈夫ですか?疲れている上に寝不足かもしれませんけど…大丈夫ですか?」
誰も信じていない…
リュカは凄い人物だと分かってはいるが…誰も信じていない!

「あはははは!やだなぁティミー!変な事言っちゃってぇ~!やっぱりもう一晩、ダーマに泊まって行こうよ!み~んな疲れてるんだよ!」
リュカがビアンカの肩を抱き、ダーマへと踵を返す。

「父さん!どの様な意図で出し惜しみをしてたのかは分かりませんが、今後は止めて下さい!マリーも居るのですから、負担が少なくなる様、協力して下さい!」
しかしティミーがリュカのマントを掴み、真面目な表情でリュカに詰め寄る!

「リュ、リュカさん…本当に…そんな事が出来るんですか!?私達全員をルーラで移転させる事が出来るんですか!?」
「ん~…まぁ…一応?」
リュカの答えに皆が驚愕の表情をする!

「な、何でそれを黙ってたんですか!!?リュカさんのルーラがあれば、私達の旅はもっと楽になってたんですよ!酷いじゃないですか!」
体を震わせ怒るアルル…
ウルフ達も言葉にしないが、同じ様な感じだ。

「アルルはこの旅での最終目的って何?」
「何ですか今更!?魔王バラモス討伐です!」
「うん。そうだね…アルル達の旅の目的が、ただ世界中を巡る事だったら僕はルーラを使ってたさ!でも違うだろ…アルル達はバラモスを倒す為に旅をしてるんだ…楽をしたらダメだよ!」
「楽をしていたのは父さんだろ!」
ジト目のティミーが言い放つ。

「相変わらずだなお前は…いいか良く聞け!僕にもお前にも、この世界を平和にする義務は無いんだ!世界を平和にする為、旅立ったのはアルル達なんだ!僕はバラモスと対峙する時までこの世界に居るとは限らない…アルル達には旅の…冒険の苦労を、身を以て体験して貰わなければならない!僕が手を貸すのは簡単だ。だが想像してみろ…アリアハンからずっと僕が全てを行っていたらどうなるか…戦闘はもちろん、移動は全てルーラで…きっとアルル達は成長しないだろう…アリアハンを出た頃と変わらないままバラモスと戦うんだ!もちろんバラモス戦も僕が戦えば良いのかもしれないが、果たしてその時点で僕はこの世界に居るのだろうか?」
先程まで憤慨していたアルル達だが、今は神妙な面持ちでリュカの言葉を聞き続ける。
「もしバラモスに、僕を元の世界へ…いやぁ、元の世界じゃ無くてもいい…別の世界へ飛ばす能力があったらどうする!?アリアハンを出た頃と、何ら変わらないアルル達だけで魔王と戦わねばならなくなる!勝てると思うか?」

…誰も答えない…答えは決まっているから…
「…リュカ…貴方の言い分は分かったわ!でもこれからはルーラを使ってもらうわよ!マリーの為に…」
沈黙が一行を包む中、ビアンカがリュカの頬を両手で押さえ、瞳を見つめて説得する。

「………分かった…ルーラは使うよ…でもビアンカもティミーも、アルル達の成長の妨げになる事はしないでほしい!この世界に平和をもたらすのは僕等じゃ無い、アルル達なんだから!」
「うん、分かった。みんなが危なくなるまで、手は出さないわ…」
リュカの瞳を見つめ誓うビアンカ。
神妙な面持ちで頷くティミー…
互いを見つめ頷き合うアルル達…

ビアンカはリュカの首に腕を回し、耳元に口を近付け囁く様に問う…
「本音は?」
「…めんどくさいから」
夫婦が他に聞こえない声で会話する。
ティミーやアルル達からは、深慮深いリュカと、それに感銘するビアンカが抱き合っている様にしか見えない…
イヤな夫婦である!


「さて…じゃぁルーラを使いますか!」
「でも…本当なんですか…?複数人を同時に移転させるなんて…」
「あぁウルフはしっかり見ておく事だ!偉大なる賢者に転職したんだから、ルーラを憶えた方が見栄えが良い!」
ある種、師弟関係のリュカがウルフにルーラを手解く。

「うん!是非とも憶えたいからね…ゆっくりお願いします!」
「ゆっくりって………エッチする訳じゃないんだから…カリーもそんな事言ってたなぁ………」
「は!?今、何って言いました!?『カリー』って言いました!?」
囁く様なリュカの台詞を、聞き逃さなかったのはアルル。

「ゲフンゲフン!………何にも言って無いよ。空耳だよ。ぼ、僕はルーラへのイメージで忙しいから…」
《やっぱりこの人エルフにも手を出してた!後々、問題にならなければ良いけど…奥さんが合流して、こう言った事が無くなれば良いけど…本当にティミーは血の繋がった息子なのかしら…》
「じゃぁいくよぉー!……ルーラ」
アルルが色々と考えている間にリュカはルーラを唱える。

こうしてダーマ周辺には静けさが戻った。
神官や転職希望者の心に恐怖心を植え付けた美女が立ち去ったから…
勇者アルルは、ダーマの人々の心を救ったのだ!



 

 

子煩悩

<イシス>

目の前に砂漠の国イシスが広がる。
アルル達一行はリュカのルーラを使い、ダーマから此処イシスへと訪れた。
「…す、すげぇ~…本当に複数人を同時に移転させちゃった…」
ウルフのリュカに対する尊敬の念は天井知らずだ。

「やっぱり腹立つ…こんな便利な魔法を隠してたなんて…」
「まぁまぁアルル嬢ちゃん…旦那はみんなの事を思って隠してたんだから…」
「お!カンダタは良い事言うね!よし『リュー君ポイント』を1ポイントあげよう」

「…何スか、それ?」
「うん。10000ポイント貯めたら、頭をナデナデしてあげる!」
「わぁ…心底どうでもいいッスね…」
「馬鹿な事言ってないで行くわよ!女王様に謁見しないと…」
呆れたアルルは先陣を切って町へと入って行く。

「え゛!?今から…今日は遅いし宿屋へ行こうよ…」
「まだ昼前ですよ!遅くはないでしょう!サッサと行きますよ!」
愚図るリュカの右手をアルルが、左手をティミーは引っ張り一行はイシス城へと進む。




謁見の間控え室で順番を待つアルル達。
「どうやら今日は女王様が居るみたいね」
入れ替わり謁見の間へと出入りしている他の人々を見て安心するアルル。

「ふふ…そう言えば読んだよ…前回は謁見出来なかったんだよね」
ティミーが壁に寄りかかり、控え室を眺めているアルルに話しかける。
「そうなんですよ…まさか女王様が城を抜け出して、遊び歩いてるとは思わないじゃないですか!…しかもリュカさんと!」
「ははははは!普通の国ではそうだよね…」
「………もしかしてリュカさんは…」
「…あぁ…抜け出さない日の方が珍しい…」
「リュカさんらしいですね…」
マリーを抱き、窓から砂漠世界を眺めるリュカを見て溜息を漏らす二人…

「やっぱりリュカさんて結構子煩悩なんですね…あんまり子供を叱る姿って想像できません。…だからティミーを殴った時は驚きました!」
視線をティミーに戻し、尋ねる様に感想を述べるアルル。
「いや…父さんに殴られたのは初めてだ!叱られた事だって無かったよ…」
「それ程ビアンカさんの事を愛してるんですね」
「あぁ…其処まで愛しているのに、何で浮気するんだろ?僕には考えられないよ…」
《ティミーって本当に真面目な人なんだ…リュカさんが言ってた通りね…》

「なぁ…飽きてきたんだけど…帰ろうよぉ!」
長時間の順番待ちに耐えられなくなってきたリュカが、また身勝手な事を言い出した!
「また馬鹿な事を…仕方ないじゃないですか!他の皆さんだって順番を待ってるんですから、大人しく待ちましょう!」
アルルがリュカを宥める。

「みんな僕達の順番を抜かしてるよ!順番待ってないよ!僕達、係の人に故意に除外されてるよ!」
「え!?」
アルルはリュカに言われ、慌てて周りを見渡す。
《本当だ!今、謁見の間から出て行った人は、私達より後に来た人だわ!》

「…くっ!…リュカさんの所為ですよ!お偉いさんを怒らせるから!意趣返しされてるんですよ!………我慢して待つしかないでしょう…」
諦めた口調で呟き、そのまま壁際へ蹲るアルル。
「え~!ちょっと文句言って来る!」
「「「「え!?」」」」

リュカは突然謁見の間へと歩き出し、勢い良くドアを蹴り開ける!
「たのもー!」
「げっ!!ちょ、ちょっとリュカさん!」
慌てて止めようとしたアルル達だが、間に合わずなだれ込む様に謁見の間へ入っていった!

「リュ、リュカ!?どうしました!?」
リュカ達の乱入に目を見開いて驚くレイチェル!
《うわぁ…美人だ…相変わらず父さん女性の趣味は良いなぁ…》
レイチェルを見て思わず見とれるティミー…

「用があって、謁見の順番待ちをしてたんだけど…もう待ってらんない!昼前から待ってるんだよ!」
「リュカ…いくら貴方でも順番は守って下さい!待つのが嫌だからって…」
呆れた様に話しかけるレイチェル…
「順番守ってねぇーのはそっちだろ!何で僕達より後に来た人が、僕達より先に謁見してんだよ!」
「え!?どういう事です?」



「………と言うわけで、明らかに作為的に順番を抜かされ続けてたんだ!」
「…真ですかイプルゴス!」
レイチェルはイプルゴスと呼ばれる大臣を睨み付ける。
「い、いえ…その…こ、これは偶然…その…」

「小せぇ男だな!何だぁ~、レイチェルの事を狙ってたのか?そんで僕に嫉妬したか?」
口籠もる大臣に容赦なく罵声を浴びせるリュカ。
「だ、黙れ!貴様なんぞ認めんぞ!」
「ぶははははは!いいもんね~、認めてくれなくても!ば~か!」
大臣は血管が切れそうなくらい顔を真っ赤にしている。

「わ、私は…女王様が幼い頃より仕えてきたのだ!女王様がお幸せになれるのなら…そう思い日夜仕えてきたのだ!それなのに貴様の様な浮ついたろくでなしが、女王様を汚しおって!」
ついには泣き出す大臣…
「イプルゴス…泣かないで…私は幸せよ。頼りになる家臣に囲まれて…素晴らしい国民に恵まれて…そしてリュカに出会えた………だから泣かないで…そしてリュカを許してあげて!」
レイチェルは玉座から立ち上がり、リュカの元へ近付くと、そっと胸に抱き付いた。
家臣の誰もが、その光景を複雑な思いで見つめている。
そして誰もが、涙を飲んで女王様の幸せを見守ろうと思い始めてる…

しかしリュカは、抱き付いてきたレイチェルを優しく抱くと、その違和感から硬直した!
いち早くリュカの変化に気付いたのはビアンカ…
リュカの前に回り込み、表情を観察する。

そして次に気付いたのがレイチェル…
不思議に思い、リュカに問いかける。
「リュカ…?どうか…しましたか?」

「………レイチェル…彼氏出来たのかな?」
「リュカが彼氏になってくれるなら、出来たと言えるけど…それ以外では…リュカ以外の男性に興味が持てなくなったしね」
大量の脂汗をかくリュカ…

「リュカ…もしかして…またなの…?」
覚えのある不安に、漠然とした質問をするビアンカ。
二人のやり取りを見たティミーが、頭を抱えて蹲る。

「父さん…またですか………しかも、こっちの世界で…」
家族だけの会話について行けないアルル達。
果たして何がリュカの身に起きたのか…
………謎でもなんでもないですけどね!



 
 

 
後書き
リュカさん………またですか?
貴方って人は! 

 

<イシス>

「ちょっとリュカ!どうすんのよ!?」
目が泳ぎまくってるリュカの顔を、両手で押さえ詰問するビアンカ。
「ちょっと!リュカに馴れ馴れしいですけど、貴女は誰です!?」
リュカとビアンカの間に立ち塞がり、ビアンカを睨むレイチェル。

「あ~…どうしよう……何から説明すれば混乱が少ないだろうか…」
かなり動揺しているリュカ…何をどうして良いのか分からないで居る。
「女王様…色々込み入ったお話がございます故、後程で構いませんからお時間を頂けませんでしょうか?」
ティミーが一時、混乱を落ち着かせる。

「…貴方は?」
「は、私の事も後ほど説明させて頂きます。今は勇者アルル一行の一員とご理解下さい」
「………分かりました…では別室で待っていて下さい…」
そう言うとレイチェルは、側近の一人に手で合図し、アルル一行を別室へと誘う様指示する。




別室では重い沈黙の中、皆の視線がリュカへと集まる…
そして妻ビアンカが、不機嫌な表情で机を指で叩きながらリュカを睨んでいる。
その圧力が、皆の口を開かなくしている…誰も喋らない…喋れないで居るのだ!

(ガチャ!)
「大変お待たせしました!随分と込み入った話と言う事ですが…どうしました?皆さん暗いですね?」
重い雰囲気も頂点に達し、アルル達の胃も悲鳴を上げ始めた所でレイチェルが現れた。

「お時間を戴きありがとうございます。まず最初に自己紹介をさせて頂きます…私はティミー。リュカとは血の繋がった息子でございます」
「まぁ!?随分と大きな息子さんが居るのね!?」

「で、でしょぉ…凄いイケメンだし、レイチェルの彼氏にどう?」
「うふふふ…私は息子さんよりも、お父さんの方に気があるんですよ♡」
やり取りを見ていて、アルル達は胃を押さえてる…

「じょ、女王様…続いてご紹介しますは、私の妹のマリーです。…そして此方が、私と妹の実母であるビアンカでございます」
続いて紹介されるマリーとビアンカを見て、顔色を変えるレイチェル。

「…あら…私とは結婚できない事を、改めて分からせに来たのですか!?」
ビアンカを見据えて、冷たく言い放つレイチェル。
「いや…今日来た理由は違うんだ!…アルル!ほら、お願いしなよ!!」
話を変えたいが為に慌ててアルルに振るリュカ。
アルルも此処に来た用件を思い出し、レイチェルに懇願する。



「…なるほど…分かりました。アルルの為、私に出来る限りの事は致しましょう」
レイチェルは力強く頷き、カンダタの噂を広める約束をする。

「いやぁ~、ヨカッタネ!無事カイケツダネ!!じゃぁ帰ろうかぁ!」
勢い良く立ち上がり、扉へ向けて歩き出すリュカ。
「まだでしょ!座んなさい!」
リュカのマントを掴み睨み付けるビアンカ。

「そうよリュカ!先程は妙なやり取りをしてたでしょ!?それの説明を!」
「いやぁ…別に大したことではないから…説明する事も…」
「リュカ!女王様は知る権利があるのよ!」
皆の視線がリュカに集中する…
《何度体験しても居心地が悪いなぁ…本人より先に分かっちゃうってのも問題だよなぁ…》
「はぁ…」
リュカは大きく息を吐き、真面目な表情に切り替えレイチェルに向き直る!

「レイチェル…お願いだから落ち着いて聞いて欲しい」
レイチェルは黙って頷く…リュカの瞳を真っ直ぐ見ながら。
「…僕には特殊な特技があるんだ。…それはね…妊娠してる女性に触れると、その人の中にある新たなる生命の暖かみを感じる事が出来るんだ!」
…………………………
誰も何も言わない…
皆、理解出来てない様だ………リュカファミリー以外。

「はぁ…今一意味が分からないんですけど…本人が気付いてなくても、リュカには分かっちゃうって事?」
「う~ん…ま、そう言う事だ「あ!ま、まさか…リュカさん…」
やっと思考が纏まったアルルが、リュカの台詞を遮り驚き叫ぶ!
「アルル…」
ティミーが静がにアルルの名を呼び、目で答えを告げる。
「さ、最悪な男ね…」
謁見の間でのティミーと同じように、アルルも頭を抱えて俯いている。

「え!え!?な、何?何なの!?…ねぇリュカ…もうちょっと分かりやすく説明してくれない?」
「うん。つまりねレイチェル…君のお腹には子供が居る。…やぁ、めでたいね!父親はさっきの大臣のオッサンって事で…」
リュカが最大限明るい口調で結論を告げる。
しかし後半の台詞と相まって、軽薄にしか聞こえない。
そんなリュカをアルルが白い目で睨む…
アルルだけではない…ビアンカもティミーも…カンダタですら…

誰もが呆れて何も言わない中、マリーが瞳を輝かせ喜びだした!
「きゃー!私に弟妹が出来るのですね!私がお姉様になるのですね!!」
それを見たレイチェルも一緒になって騒ぎ出した!
「そうよ、マリーちゃん!私、ママになるのよ!!リュカの子のママになるのよー!」
レイチェルとマリーは抱き合い、ダンスを踊るかの様に舞っている。

しかしアルル達は対照的に暗い面持ちでリュカを睨んでいる。
「どうすんねんリュカはん!」
「え?どうするって?」
「リュカさんは元の世界に帰るんでしょ!それなのにこの世界で子供作ってどうするんですか!?」
正直エコナとハツキも、今のレイチェルの立場になろうと画策していたのに、先を越された為リュカにきつく当たっている。

「………どうしよっかねぇ…困ったねぇ…」
まるで他人事の様な口調で話すリュカ…
(バン!!)
リュカの態度に見かねたティミーが、勢い良くテーブルを叩き立ち上がり、レイチェルに全てを打ち明ける。
「女王様!父は貴女に話してない事があります!それは………」



「………と言うわけで、我々はこの世界の人間ではございません!父は…リュカは、元の世界に帰り、国王として国を統治せねばなりません!身勝手ではございますが、それを了承して頂きたい!」
ティミーは誠心誠意事実を伝え頭を下げている。
リュカはそれを見て「頭下げる事ないのに…」と、小声で呟いていたが、それを聞いたビアンカに頭を押さえられ、一緒に頭を下げている。

「…なるほど…私と結婚して王位を継げないのは、こう言った理由だったのね…」
「違う!違う違う!!それは違うよレイチェル!」
寂しそうに呟き見つめるレイチェルに、リュカは近付き手を握り締め答える。
「結婚出来ないのは、僕には既にビアンカが居るからなんだ!国王だからでも、異世界人だからでもない!それに王位を継ぎたくないのは、本気で国王なんてやりたくないからなんだ!も、辞めたいんだけどさぁ…辞めさせてくれないんだよねぇ…」
不意に近付かれ手を握り瞳を見つめられ、顔を赤くするレイチェル。

「うん。分かったわ…でも、可能な限りイシスに帰って来てね。その時はフリーパスで私の元に来て良いから!」
「うん。そうするよ」
丸く収まりつつあるのだが、少し納得のいかないエコナが余計な事を呟いた。
「不憫やな…父親の顔も知らんで育つなんて…」
言わなくて良い一言が、更に言わなくて良いリュカの発言を呼び込んだ。

「じゃぁ…コイツあげる!」
そう言うとティミーをレイチェルに突き出すリュカ。
「イケメンだし、真面目だし…まぁ、何かの役には立つんじゃね?…弟か妹か分からないけど、『パパ』って呼ばせちゃえよ!」
(ブチ!!)
さすがに切れたティミーが、剣を抜き放ちリュカへと振り下ろした!

「おわ!あぶねぇ!!…当たったらどうすんだよ!ったく…真に受けんなよ!」
しかしそれを余裕で躱すリュカ。
「あ、貴方って人はぁ………」
怒りの収まらないティミーは、尚も斬りかかるが掠りもしない。
ティミーの剣技はレベルが違いすぎて、アルル達には止める事すら出来ない…
そしてそれを余裕で躱すリュカが、化け物の様に見えてきたのだ…

二人を止めたのは、妻であり母であるビアンカだ!
「いい加減にしなさい!!」
強烈な叱咤を受け、男二人が大人しくなる…
そこから延々とビアンカの説教を聞く事になる二人…
この時アルル達は納得した…
リュカを押さえられるのは、この女性だけなのだと…



 

 

血統

<ポルトガ港>

「♪う~み~は広い~なぁ、でっけ~なぁ~♪」
ポルトガ王に黒胡椒を渡し、船と交換したアルル達…
ついでにカンダタの噂も流して貰える様頼み込み、早速船に乗り込んだ。

しかしアルル達は船の扱いに不慣れで、ビアンカとティミーを中心に出港の準備を進めている。
「旦那も手伝ったらどうですかい?元の世界じゃ、船を扱った事あるんでしょ!」
マリーを膝に抱き、甲板上で優雅に歌っているリュカに文句を言うカンダタ…

「無駄よカンダタ!リュカは船では何もしないと決めてるの!『船では優雅に過ごすのが僕流』って事らしいわよ!」
「何なんだよそれ!………しかし人手が足りなすぎるぜ!」
「仕方ないでしょ!さすがにポルトガから、水夫を派遣して貰うわけにもいかないし…私達の旅は危険な物だから…」
アルルが宥める様にカンダタに説明する。

「ほな、自腹で水夫を雇うしかないやん!」
「雇うったって…そんな金銭的余裕はありません!」
「せやったら、アルルが体で払ったらええやん!」
「アンタ馬鹿じゃないの!アンタこそ体で払いなさいよ!その無駄にでかいオッパイで!」
忙しさと相まって口論を始めるアルルとエコナ…

「お父様ぁ~…何時になったらお船は出発するのですかぁ~?」
「うん。今アルル達が一生懸命出発の準備をしているから、もう少し待ってようね」
二人の口論を見て、不思議そうに尋ねるマリー。
そんな少女を見て、くだらない口論を慎むアルルとエコナ…
本当なら『リュカさんも手伝いなさいよ!』と、怒りの矛先を向けたいのだが、ある種マリーを人質に取ってる為、文句すら言えないで居る。


食料や水などの必要物資を買い出しに行っていたティミー・ウルフ・ハツキが戻り、とても現状では航海など不可能ではとの意見に達した為、リュカの周りに集まり話し合いが始まった。
「やはりこれ程しっかりした船を、この人数で扱うのは無理だと思います」
「それは分かるけどティミー…私達に人を雇うお金はありません!」

「ティミーさんもアルルも落ち着いてよ!確かに俺達だけじゃ大変だけど、動かせない事はないと思うぜ!」
「違うのよウルフ君。ティミーが無理と言ってるのは、海上で戦闘になったときのことなのよ…船を操作しながら戦うのは、かなりの労力が必要なの!」
皆が真剣に話し合う中、まるで他人事の様にやり取りを眺めているリュカとマリー…

「皆さん難しいお話をされてますねぇ…」
「そうだねぇ…僕等は邪魔をしない様にしとこうね!」
「父さんも少しは話し合いに参加して下さい!!」
額に青筋を浮かび上がらせたティミーが、怒りを抑えてリュカに話し合いへの参加を乞う。
「え゛!何で?何を僕に期待してんの?」
「まぁまぁ…ティミー落ち着いて!旦那に何を言っても無駄なのは、ティミーが一番分かってる事だろ!?」

「……………カンダタには何か解決策があるんですか?」
リュカへの鬱憤がカンダタへと向かうティミー…
「…正直あまりおすすめじゃねーが、一つだけ解決策がある…」
強烈な殺気を向けられて、怯みまくったカンダタが思わず口にした言葉…
カンダタ自身は、この提案だけはしたくなかったのだが…

「本当に!?それはどんな事なの?」
アルルが瞳を輝かせカンダタに詰め寄った!
ティミーやウルフ達も大きな期待に瞳を輝かせている。

「あ、あぁ…此処ポルトガから南西に行くと『サマンオサ』と言う国があるんだが、その国の南の端に俺の知り合いの海賊のアジトがあるんだ…其処へ行って海賊共を味方に引き入れる………ってのはどうだろうか?」
「盗賊の次は、海賊かよ!どんだけ勇者様一行の名を、貶めれば気が済むんだ!?そんなクズはお前だけで十分だ!」
「何にもしねぇ旦那が文句言うなよ!船の扱いにかけちゃスペシャリストなんだぞ!ヤツらに船を任せれば、海上でモンスターに襲われても、俺達は戦闘に集中出来るだろ!」
皆がカンダタの提案を噛みしめる様に吟味する。

「確かに…方法としては良い提案ですが………海賊が私達に協力してくれますかね?」
「それは分からねぇ…直接交渉してみねーと………ただ、ヤツらは俺と違って義賊なんだ!弱者から金を巻き上げたりはしねぇ…何時も狙うのは悪党だけだ!」
「………他に…方法はないですし…取り敢えず海賊のアジトを目指しましょう!」
アルルの一声により、一行の進路は決定した。
可能な限り敵に遭遇しないよう、海賊のアジトを目指す事に…

「ねぇリュカ…お願いがあるのぉ…」
リュカの膝の上からマリーを退かし、ビアンカが跨る様にリュカへ抱き付き、甘えた声でお願いをする。
「海賊のアジトまでだけで良いから……………歌わないで♥」

そう…今回の船旅では死活問題のリュカの歌…
それを封じる為、ビアンカはリュカに甘えお願いをする。
そのままビアンカを抱き上げ、船室へと下りて行くリュカ…
残された他の者は、出港の準備を再開する…
マリーですら、ティミーから教わり船の扱い方を憶えようとしている。




<ポルトガ沖>

進路が決定してから半日…
船内に響くビアンカの甘い声に我慢しながら準備を進めたアルル達。
何とかポルトガ港から出ることが出来た様だ。

ビアンカの献身的なお願いが功を奏し、リュカも大人しくマリーと戯れている。
「やっとポルトガから出港出来たね」
「ティミーのお陰です!私達だけだったら、何をして良いのかも分からなかったですから」
出港し穏やかな船旅が続く中、余裕が出来てきたアルルとティミーが笑顔で会話している。

「ほぉら、見てごらんマリー!お兄ちゃんとアルルお姉ちゃんは、とってもお似合いな男女だよねぇ…やっとお兄ちゃんにも彼女が出来るのかな?」
「私アルル様の事、大好きですぅ!是非お兄様の彼女になってほしいですわ♡」
今はまだ本人達にその意志はないのだが、外野が勝手に二人の仲を期待している。
「ちょっとリュカ、マリー!あの二人は貴方達と違って、ウブで真面目なんだから、そう言う事言って変に意識させちゃダメよ!見守って行くのが大事なんだからね!」
勝手な夫婦である。


そんな穏やかな雰囲気は、モンスターの襲来により打ち消された!
海のモンスター『マーマン』と『大王イカ』である!
海での戦闘に不慣れなアルル達は、効果的な攻撃をする事が出来ず、ティミーとビアンカがメインで戦う事に!

「大変ですぅ!アルル様達がピンチですわ!お父様、私達もお手伝い致しましょう!」
「いやいや…私達もって…マリーは戦う事なんか出来ないだろ?」
「そんな事ありませんですわ!私、ポピーお姉様に魔法を教わりましたから!」
そう言うとマリーは、敵の群れに向けて両手を翳し魔法を唱えた!
「イオナズン!」
「「「「え!?」」」」

マリーから放たれた魔法は敵陣で大爆発を起こし、モンスターを全て吹き飛ばした!
同時に大量の海水を大量に巻き上げ、巨大な津波を引き起こす!
「げぇ!!」
慌ててリュカはマリーを抱き上げ、手近な柱へとしかみ付く!

「みんなー!何かに捕まれ!津波に飲み込まれるぞー!!!」
リュカの声を聞き、皆が慌てて何かにしがみ付く!
次の瞬間、一行は津波に飲み込まれ揉みくちゃにされた!





「お~い…みんな無事かー…?」
津波が去り、穏やかさを取り戻した船上で、びしょ濡れのリュカがみんなの無事を確認する。
流石は世界に誇るポルトガ製の船…
あの大波に飲まれても、転覆する事はなかった………が、乗っている人間は別だ!

「私とティミーは無事よ!」
ビアンカが自分とティミーの無事を告げる。
「俺も何とか生きてるぞー!」
「私もです!」
カンダタとアルルが疲れた表情でリュカの前に姿を現す。

「俺は大丈夫だけど、ハツキが気を失ったままだ!」
気絶しているハツキを背負い、ウルフが姿を出した。
「………あれ?エコナは?」
皆が互いを見つめ周囲を見渡す。

「…マジで!?…エコナ、流されちゃった!?ヤベーじゃん!!」
リュカとビアンカの血を引くマリーのイオナズンは、他者の想像を遙かに超える代物で、その影響でエコナは海へと投げ出されてしまった!
今更助ける事も出来ない一行は、沈痛な面持ちのまま、次なる目的地へと船を進めて行く…
今はそれしか出来ないから…



 

 

海の女

<海上>

「ごめんなさいお父様…私…私………」
皆が沈痛な面持ちの中、責任を感じたマリーが泣きながら謝っている…
「マリーちゃんの所為じゃないわ…私達がもっと強ければ、こんな事にはならなかったのよ…」
「アルルの言う通りだよマリー。マリーは悪くない!だって初めて使ったんだろ魔法を!?」
アルルとティミーがマリーを優しくあやしながら宥めてる。

「はい…ポピーお姉様がお嫁に行く前に、私に教えてくれたのです…グランバニアに居た頃は使う事が無かったので、今日初めて使いました…」
「そっか…じゃぁ憶えておきなさい…魔法は状況に合わせて使うのだと…」
リュカがマリーの涙を拭いながら優しく諭してる。

「魔法は二次的効果も考えて使用する物なんだよ」
「二次的効果…?」
「そう…さっきのイオナズンで言えば、一次的効果が敵を吹き飛ばす事…二次的効果は大津波を引き起こした事だ!………もし此処が狭い洞窟内だったらどうなってたと思う?」

「………どうなってたんですか?」
「狭い洞窟内だったら、壁や天井を崩し僕等は生き埋めになっていたんだよ…」
「こ、怖いですぅ…私もう魔法を使えません…」
「違うよマリー!状況に応じて魔法を使い分ければ良いんだ!さっきの場合だったら、イオナズンじゃなくてイオラ…も、凄そうだな…イオ!そう、イオを使えば被害がなく、敵を倒す事が出来たんだ!威力の調整も必要な事なんだよ」
リュカは魔法の存在の恐ろしさに怯える娘に、優しく使い方を手解きしている。

「そうよマリー!威力調整さえ出来れば、貴女の魔法の才能なら直ぐに大魔道士になれるわ!」
「で、でも…」
胸の前で両手をモジモジさせながら、マリーは俯き呟く。
「私…イオナズンしか教わらなかったんです…」

一瞬にして全員の表情が固まった。
普通は威力の低い『イオ』から憶え『イオラ』『イオナズン』と上位魔法へと移行していくのだが…
マリーは行きなり最上級位の『イオナズン』を憶え、しかもその威力は通常の4・5倍ある…
とてつもない存在である事に驚くと同時に、漠然と『イオナズン』のみを教えた彼女の姉に対して怒りが湧いてくる!

「あ、あの馬鹿女ぁ~!!!」
「ティミー落ち着け!ポピーも何か考えがあったのかもしれないだろ!?」
父親としてこの場に居ない娘を、一方的に非難するわけにもいかず、ブチ切れそうになっている息子を珍しく宥めている。

「あの女にそんな深慮があるとお思いですか!?」
「いやぁ~父親としては答えにくい質問だなぁ…」
「じゃぁ兄として答えてあげます!アイツにそんな深慮はありません!面白半分でイオナズンのみを教えたんです!…その所為でエコナさんは津波に攫われてしまったんです!」
此処に居ない女性の事で憤慨するティミーを見て、小声でビアンカにポピーの事を尋ねるウルフ…
「ビアンカさん…ポピーさんってどんな娘さんなんですか?」
「う~ん…あの娘もね、複数人を同時に移転させるルーラを使えるのよ。しかも生まれつき…魔法の天才ね」
「すげぇ…」

「でも…性格が…父親に似ててね…その…身勝手なのよね…あの娘!」
「うわぁ~!」
ウルフのその一言が、ポピーという存在の感想を全て表している。

「ティミーもみんなも落ち着いて!…波に攫われたとしても死んだわけではないわ!生きて…何処かに流れ着くかもしれないじゃない!希望は捨てちゃダメよ…世界を旅していれば、また再会する事だってあり得るわ!だから今は気持ちを切り替えて、次の目的地へと進みましょう!」
アルルがリーダーらしく皆を鼓舞する。

悲しみが拭えた訳では無いが、やる事がある以上何時までも浸っている訳にもいかない。
皆アルルの言葉に従い、次の目的地に向け船を操作する………リュカですら!
そして皆が叫ぶ…
「貴方は何もしないで下さい!!」




<海賊のアジト>

たとえ悲しみに暮れる航海であっても、日没は平等に訪れる…
日も沈み周囲が漆黒の世界に変わる頃、アルル一行は次なる目的地へと到着する。
其処は遠くから見ただけでは普通の建物だが、中に入ると世界が変わる!


中には荒くれ者を絵に描いた様な厳つい顔の男達が、所狭しと闊歩している!
皆、日に焼けた浅黒い肌をしており、不精髭を生やし清潔さとは縁遠い存在だ。
「うわぁ…俺、こう言う人達は苦手だなぁ…」
ウルフは海賊達の悪人面を見て恐怖し、リュカの影に隠れる様について行く…
「僕も苦手だなぁ…こう言う不潔そうな連中は!………何より臭いよ此処!」
リュカなどは不衛生な出で立ちに嫌悪し、遠慮することなく文句を付ける!
そして大勢の極悪人面に一斉に睨まれるのだ。

「おう!何処の貴族様が迷い込んだのかと思ったら、カンダタじゃねぇか!!聞いたぞ、おめぇ心入れ替えて、勇者様一行と共に世界を救う旅に出たんだってなぁ…がはははは!おめぇが正義の味方になれるわけねぇだろ!何勘違いしてんだぁ!?」
一人の海賊がカンダタに近付き、侮辱して大爆笑する。
カンダタ自身は、それに文句を言うでもなく、愛想笑いでやり過ごそうとした。
そんな海賊に怒りを感じたアルルが、カンダタに変わり文句を言おうとした瞬間!
「お前…口臭いから、こっち向いて笑うなよ!て言うか息するな!」
リュカがお得意のナチュラルな挑発を行った!

咄嗟に反応したのはティミーとビアンカで、マリーを抱き上げリュカから離れる!
安全な距離まで避難して、振り返った時にはリュカを中心に大乱闘になっていた!
そして巻き込まれるアルル達…

「お前達いい加減にしな!!」
奥から現れた威勢の良い女性が、大声でこの場を収束させる!
しかし立っていたのはリュカやアルル達…それと海賊が数人だけ…
しかも無傷なのはリュカのみ………乱闘に巻き込まれなかったティミー・ビアンカ・マリーはもちろん無傷。

「カンダタ…一体どういう事だい!?いきなり乗り込んできて…アタイ達を壊滅させるつもりかい?」
「いや違うんだモニカ!先に手を出してきたのは、アンタ等の方だ!…まぁ、こっちの旦那も口が過ぎたのは認めるが…」
アルル・ハツキ・ウルフをベホイミで治療するリュカを指差し、謝る様にモニカと呼ぶ女性に話しかけるカンダタ。

「ふん!そいつ等かい?勇者様ご一行ってのは!?」
「初めまして海賊さん!私が勇者としてバラモス討伐を目指しておりますアルルです!以後お見知りおきを…」
少しトゲのある口調で自己紹介をするアルル…
手荒い歓迎にご立腹の様子だ!(リュカの所為なのだが…)

「ほ~う…こんなお上品な嬢ちゃんが勇者様ねぇ………アタイがこの海賊団の頭、モニカだ!」
「まぁ!お上品と言われたのは始めてね!貴女達から見ると、私はお上品に見えるんですか!?光栄と喜ぶべきですかね!?」
海では仲間を失い、先程は乱闘に巻き込まれ…その所為か、かなり苛ついてる様子のアルル。
これから彼女等の力を借りようと、交渉しに来たのだが…
果たして上手く行くのだろうか…?



 

 

酒と女と男の話

<海賊のアジト>

勇者アルルと女海賊モニカが暫くの間睨み合う!
「………ふふふ…随分と言う娘だねぇ…まぁいい…付いて来な!」
モニカは不敵に笑うと顎で奥の部屋を指すと、アルル達を誘った。
「おいバチェット!アタイの部屋に酒を有りっ丈持って来な!」
モニカは気絶せず立ち残っていた数少ない海賊の一人に、酒の指示を出し奥の部屋へと入って行く。

「お、俺一人でかよぉ…」
バチェットと呼ばれた海賊が愚痴を漏らし倉庫へと進み行く…
「僕も手伝いますよ!」
それを哀れに思ったのか、乱闘に巻き込まれなかったティミーがバチェトの手伝いを申し出た。
「あ!俺も手伝います!」
するとウルフまでもが、乱闘に巻き込まれた被害者感覚から、手伝う事を申し出る。

「若者は頑張るなぁ…」
乱闘の発端である男は、へばっている海賊達を気にする事なく踏んづけ、モニカが誘う奥の部屋へと入っていった。




部屋に入るとモニカはテーブルに座り、正面の席をアルルに薦める。
そして幾つかのショットグラスと酒瓶を取り出し、全てのグラスに溢れる程テキーラを注ぎ、自身のグラスのテキーラを煽ると叩きつける様にグラスを置き、話を始める。

「…で、正義の勇者様が、悪の海賊共に何の用だい!?」
更にテキーラを飲み続けながら、アルルに問いかける。
「………私達はバラモスを討伐する為、ポルトガ王より船を賜りました!しかし、ただ船を操るだけならともかく、海上で戦闘を行いながらの操船は不可能に近い為、海のスペシャリストである貴女達に協力をお願いしたく、此処まで訪れました」
モニカは薄ら笑いを浮かべながらアルルを見据え、アルルは実直に見つめながら交渉を行っている。

「アタイ等みたいな悪党と手を組んだら、勇者様の名前に傷が付くんじゃないのかい?」
「カンダタから、貴女達は義賊だと聞きました!それに…例え名前に傷が付いても、世界を平和に出来るのなら、気にする必要はありません!」
「ふん!名より実を取るってかい!?………甘ちゃんだねぇ…女の考えそうな事だ!アンタみたいな甘い女に、世界を救う事なんか出来るのかい!?」
アルルを見下した口調で突き放すモニカ…

しかしアルルは怯むことなく語り出す。
「確かに…私一人でしたら、世界どころか小さな村すら救えないでしょう…ですが私には仲間が居ます!信頼出来る仲間が………その仲間の一人…カンダタから、貴女達の事を聞きました。だから此処へ来たのです!」
「ははははは…カンダタみたいなクズが、信頼出来る仲間ぁ~!?………笑わせてくれるねぇ、お嬢ちゃん!女のクセに勇者などやってないで、男見つけてガキでも産んでな!それがアンタの為だよ!」
大声で笑うモニカ…だが瞳はアルルを見据えて笑ってない。

するとアルルは、目の前に置かれたテキーラ入りのショットグラスを掴むと、一気に飲み干し咽せながら言い放つ!
「ごほ…ごほ…あ、貴女こそ女だてらに海賊なんてしてないで、男見つけて違う人生を歩んだ方が良いんじゃないですか!?私達の様な女子供に、ケンカを吹っ掛ける様な手下しか居ないんじゃ、お頭の程度が知れてるわよ!」

アルルの手元にある空のグラスに酒を注ぎ、自らのグラスの酒を飲み干すと、悲しそうな瞳でモニカは語り始めた。
「アタイだってねぇ…惚れた男と共に生きようと思った事はあるさ…」
アルルはモニカの話を聞きながら、テーブルに置かれたテキーラのボトルを手に取り、モニカのグラスへと溢れるまで注ぐ。

「ロマリア地方で盗賊をやっていたその男が、下手打ってロマリアを逃げ出した時に、私と共に海賊をやらないかと誘ったんだ………でもその男はバハラタに着くなり、何も言わず私を置いて出て行っちまったんだ!海賊をやりたくないならそれでも良い…でも互いに愛し合った仲さ…私に『俺と一緒に来るか?』とでも言ってくれても良かったろうに!」
モニカは更にテキーラを煽り、瞳に涙を浮かべてカンダタを睨む!
空になったグラスに酒を注ぎながら、アルルは女として女のモニカに尋ねた。
「…もし…一緒に来る様言われたら…手下の人達を捨てて、その人と共に生きましたか?」

「……………分からない…アイツ等はろくでなし揃いだが、根は良いヤツばかりだからねぇ…」
アルルの問いに少し考え、優しくアルルを見つめて答えるモニカ。
するとビアンカが手近な椅子に座り、テキーラの注がれたグラスを手に取り飲み干した!
「ぷはぁ!貴女、男の趣味が悪いからそんな苦労をしちゃうのよ!そんな男(バカ)諦めて、別の男を見つけなさい!」

「ビアンカさん、自分の男の趣味の悪さを棚に上げて、言いたい事言いますね!?」
アルルもテキーラを煽り、話に加わったビアンカに苦言を呈した。
「ビアンカさんは男の趣味は悪くありません!リュカさんと結婚出来たのだから、むしろ男の趣味は良すぎます!私だって愛してますもん!」
ハツキまでもがテキーラを煽り、話に加わって来た。

「お頭!お待たせしやしたぁ!」
丁度そのタイミングで、バチェットと共にティミーとウルフが大量の酒樽と酒瓶を抱え、モニカの部屋へと入って来た。
「バチェット!良いタイミングで持ってきた!アタイはコイツ等が気に入ったよ!今夜は飲み明かすよ!…おら、カンダタ!ボケッと突っ立ってないで、絶世の美女達に酒を注ぎな!」
カンダタは尻を蹴り上げられ、慌ててアルル達のグラスに酒を注ぎ始める!
そして女達を中心とした、色っぽさとは懸け離れた酒盛りが始まった!




酒の嫌いなリュカは、何時の間にやら部屋から逃げ出しており、同じく部屋から逃げ出す事の出来たティミーに、娘の行方を問いだたす。
「あれ?マリーはティミーと一緒じゃなかったの?」
「え!?乱闘騒ぎの時、抱き上げて巻き込まれない様に避難しましたが、母さんと一緒に居ると思ってました…」
「こんな荒くれ共が屯する所に、マリーちゃん一人きりって拙くないですか!?」

ウルフの言葉を聞き、血相を変えるリュカとティミー!
先程の乱闘で、意識を失いやっと目覚めた海賊共の襟首を掴むと、脅し紛いに娘の行方を尋ねるリュカ!
しかし目覚めたばかりの人間に、そんな事知る由もなく、碌な情報を出さない海賊達を、苛立ち任せに突き飛ばす!

ティミーは父の非道な行為を止めるでもなく、自らも父と同じように海賊を脅し、突き飛ばしまくる!
この親子を止める事が出来ず、慌ててマリーを捜し回るウルフ!
マリーさえ見つかれば、冷静さを失っている親子を止める事が出来るだろうと、アジト内を走り回っている!


ほぼ全ての海賊達の心に、拭い去れない程の恐怖心を植え付けた頃、アジトの外からウルフの叫ぶ声が聞こえてきた!
「リュカさーん!ティミーさーん!マリーちゃんが見つかりましたー!!外へ出てきて下さーい!」
二人とも、別の海賊の襟首を締め上げていたが、ウルフの声を聞くや海賊を投げ捨てて、はぐれメタルも驚く様なスピードでウルフの元へと駆け付けた!
ホッと胸を撫で下ろすウルフと海賊達…
この件で海賊達は、ウルフに感謝を憶え、今後一際優しく接してくれる様になるのだった…
そして騒ぎの元凶の少女は、外で一体何をしていたのか…
騒動を巻き起こす体質は、やはり遺伝なのかもしれない!



 

 

正しい男女関係

<海賊のアジト>

「マリー!!無事か!?何か変な事されてない?」
マリーを抱いているウルフに、凄い勢いで近付き引ったくる様にマリーを奪うティミー!
「マリー、心配したんだよ!こんな獣だらけの所で、勝手な行動しちゃダメじゃないか!」
リュカはマリーの瞳を覗き込み、海賊達を脅してた男と思えない程優しい口調で娘を叱る。
「お父様、お兄様…ごめんなさい………皆さん忙しそうだったから、一人で探検してましたの!」


マリーを見つけ安心したリュカとティミーは、彼女の話を聞きながら室内へと入って行く。
「あのね…外の地下室で、こんな綺麗な物を見つけたんですよぉ!」
懐から赤い宝玉を取り出し見せるマリー。

「わぁ、綺麗な宝玉だね!冒険をして見つけたんだから、それはマリーの物だね」
マリーに対し、親馬鹿ゲージMAXのリュカ…
「あ!!それは俺達がこの間手に入れたレットオーブじゃねぇーか!」
大切なお宝を、隠し金庫に仕舞っておいたのに、勝手に持ち出され奪われそうになり慌てる海賊達。

「あ゛~!!?『俺達?』………この建物の外にあったのに、何でお前等の物なんだぁ?外に落ちてたのなら、誰の物でもないだろう!拾った者勝ちだ!」
「い、いや…落ちてたんじゃなくて…地下室にあったって言ったよね?それって「バギ」
(ドゴッ!!)
クレームを付けていた一人が、リュカの風だけのバギで吹き飛び壁に叩き付けられる。

「海賊さん達に質問!この宝玉は誰の物ですか?」
「「………そちらのお嬢さんの物です…」」
「はい。よろしい!」
一方的な論理と、圧倒的な強さで、強引に話を纏めるリュカ…
《ひどい…》
海賊達に同情してしまうウルフ。

騒動も収まり(リュカ達視点)空腹を感じだした彼等は、海賊達の食料庫を勝手に漁り、食堂で遅い夕食を始めた。
海賊達の嘆きの表情を無視して…

其処にバチェットが悲鳴に似た叫びをあげリュカ達の前に現れた!
「あ、アンタ等…な、何勝手に食ってんだ!?」
「何だよぅ…飯ぐらい食ったって良いだろ!ケチくさい事言うなよぉ…」
リュカは食事の手を止めることなく、泣きそうなバチェットに文句を言う。
「そ、そうじゃねぇーよ!食料庫の食い物、全部食いやがって…頭に『つまみを持って来い』って言われたんだよ!なのに何も残って無いじゃねぇーか!!」

「残ってるだろ…此処に!」
そう言うとリュカは、テーブルの上に広げてある食料を指差す。
「全部食いかけじゃねぇーか!んなモン持ってたら、殺されるだろーが!」

「じゃ、お前…アレだよ!『食べ物が無くなっちゃったので、僕のチ○コを摘んで下さい』って言えば良いじゃん!」
「お前バカなのか!?今すげぇーんだよ!頭達、酔っ払いまくってすげぇー状態なんだよ!あん中にお前の嫁さんも居るんだろ!何とかしろよ!」
「え~………やだなぁ…」
もはや泣いているバチェット…

すると奥から、モニカが大声でバチェットを呼びながら近付いてきた!
「くぉら~バチェット!つまみはまだなのか~!おせーぞテメ~…」
「す、すんません頭!こ、コイツ等が(バリンッ!)ぐはぁ…」
言い訳をしようとしたバチェットに、モニカが酒瓶を投げ付け、それが頭にクリーンヒットした!
その場に倒れ気絶するバチェット…

「つまみも碌に用意出来ないのかぁ!」
さらに奥から、両手に酒瓶を携えたビアンカが、下着姿でやってきた!
「な、なんて恰好をしてんだ…ちょ、服着てよぉ…」
リュカは慌ててビアンカに近付き、酒瓶を奪うと自分のマントをビアンカに羽織らせ、他者の目から妻を守った。

「リュカさ~ん…私も優しく包んで下さ~い!」
そして酔っ払ったハツキも奥から現れリュカに抱き付く…下着すら着けていない恰好で…
「うわぁ!何で裸なの!?」
慌ててビアンカに羽織らせたマントの中に、ハツキも押し込むリュカ…珍しくテンパっている様だ!

「ねぇ~リュカぁ~…エッチしようよぉ~……私ぃ~準備万端なのぉ~!」
リュカのマントから抜け出て、夫に抱き付く妻。
「あぁ~ん!私もリュカさんとした~い!」
それを見たハツキもリュカに抱き付き裸を露わにする。

「わ、分かった!分かったから…べ、別の部屋へ行こう!此処は拙いって!」
リュカは二人の体を隠す様に抱き上げ、海賊達に裸を見られない様、別室へと逃げ込んだ!直後、二人の女性の喘ぎ声が響き出す!
それを聞いたモニカは不機嫌な表情になり、カンダタの胸ぐらを掴むと…
「アタイ等も負けてらんないよ!」
と言い残し、カンダタと共に別室へと消えて行く。


後に残るは唖然とした表情のティミー達と海賊達…
そして3人の女性の喘ぎ声が響き渡る…
「そ、そう言えばアルルはどうしたんだ!?」
4人の女性の中でアルルだけが姿を現さなかった事に気付き、酒盛りを行っていたモニカの部屋を覗くティミー。

すると其処にはアルルの姿が…
パンツ一枚で酒瓶片手に床で眠りこける少女の姿が…
「うわぁ!ちょ…ア、アルル…風邪引くよぉ…」
見てはいけないと思いつつも放っておく訳にもいかないので、なるべく裸を見ない様に気を付けながら抱き上げ、側にあるベットに寝かしつけるティミー。

すると突然目を覚ましたアルルが、ティミーに抱き付きベットに押し倒した!
「くぉら!やっぱりお前も父親と同種かティミー!裸の女を見たら押し倒すのか!?」
例に漏れず酔っ払っているアルルは、ティミーの上に馬乗りになると、手にした酒瓶から勢い良く酒を飲み、下にいるティミーに絡み出す!

「ち、違う!誤解だよ!僕はアルルをベットに寝かせよ「うるしゃ~い!」
アルルは叫ぶと、状況を説明するティミーの口に酒瓶を突っ込み、無理矢理酒を飲ませた!
「男はみんな野獣だろ!お前も野獣らしく酒を飲めぇ~!」
酒瓶に半分以上残ってた酒は、無理矢理ティミーの体内へと入って行く!

初の飲酒となるティミーにとって、この酒は非常に強すぎる様で、飲み終えると同時に意識は彼方へと飛んで行った!
そしてアルルも眠りに付く…ティミーの上で…
しかも途中寒くなったのか、ティミーの服を無理矢理剥いで…
ベットの上には半裸の男女が…



ティミーが襲われる(?)のを見ていたウルフは巻き添えを恐れ、二人の馴れ初めを見る事無く逃げ出し食堂へと戻っていった…
「アルルがあんなに酒乱だったとは…女ってこえー!」
まるで他人事の様に呟くウルフ…しかし彼にも受難は訪れる!
食堂に戻って最初に目に入ったのは、テキーラをラッパ飲みしているマリーの姿だった!
しかも例の如く半裸で!
「げぇ!な、な、な…」
あまりの出来事に言葉が出ないウルフ!
何がどうして、どうなったのか?
受難は続くよ何処までも…



 

 

未成年の飲酒は禁止です!

<海賊のアジト>

「(ゴクッゴクッゴクッ…)ぷはぁ~!このお酒キクぅ~!!体がポカポカしてきましたぁ~!!」
体に凹凸が無く100%幼児体型の7歳児が、120%オッサン臭い振る舞いで酒瓶を空にして行く。
「だ、誰だ!?子供に酒を飲ませたのは!!?」
遠巻きに眺めている海賊達を睨むウルフ。
先程までは厳つい顔に恐怖をしていたのだが、彼女の父と兄の恐ろしさの方が勝り、この状況を引き起こしたと思われる海賊達を恫喝している!

「ち、違う!!俺達は何もしてねぇー!あのこえー男の娘に近付くわけねーだろ!…その嬢ちゃんが勝手に飲み始めたんだ!」
「うわぁ…最悪じゃん!リュカさんやティミーさんにバレたら殺される…」
慌ててマリーの服を集め着せようと試みるウルフ…

「いやぁ~!!暑いのぉ~!」
しかしマリーは拒絶し、最後の1枚まで脱ごうとパンツに手をかけた!
「ぎゃー!!ダメ、ダメ、ダメー!!!それ以上脱がないでー!!こんな状況を見られたらマジでヤバイから!」
彼女の父兄の突然の登場に恐怖したウルフは、マリーとマリーの服を抱き抱え、脱兎の如く空いている部屋へと逃げ去った!


慌てて扉を開けた部屋は、既に先客が居た。
モニカとカンダタが組んず解れつ男女の格闘を行っていた!
「ご、ごめんなさい!!間違えました!」
慌てて扉を閉め、隣の部屋を開ける!
しかし其処はリュカ達が使用していた!
1本しかない剣を取り合う様な男女のファイティング!
平常時であれば扉の隙間から観戦するのだが、現在彼は爆弾を抱えている!
しかもその人は爆弾の製造者の為、気付かれる前に逃げ出すウルフ!
更に隣の部屋へ慎重に入るウルフ!
やっと空き部屋を見つける事が出来た様だ!


ともかくマリーを寝かしつけようと思い、ベットへと連れて行くウルフ…
そして気付く!
最後の1枚が無くなっている事に!!

例えリュカの娘でも、ポピーやリュリュの様な大人の女性なら、この状況を我慢は出来ないのであろうが、相手はマリーだ…
7歳の幼女相手に理性が吹っ飛ぶ事などウルフには無い!
慌てて最後の1枚を探しにその場から離れようとするウルフ…

しかし、更なる受難は訪れる!
突然マリーがウルフに飛び付き、キスをしてきた!
それだけなら問題は無いのだが、勢い良く飛び付いて来た為、それ程筋力のないウルフは押し倒される形となり、床に勢い良く後頭部をぶつけ気を失うのであった!

この後、二人に何があったのかは分からない…
マリーのキスまでで記憶が途切れたウルフには、何が行われたのか知る由もない…
酔っ払った幼女のする事など想像も出来ない…
分かっている事は、翌朝この部屋で全裸の男女が目を覚ました事ぐらいだ………






激しい頭痛が響く中、1晩を過ごした部屋から抜け出し、静かに食堂へと赴くウルフ…
しかし隣の部屋の扉が開き、最も遭遇したくない男と遭遇してしまった!
「お!?おはようウルフ!昨晩はどうだった…お前…ロリコンだとは思わなかったぞ!」
「な、何を言うんでスかぁ!違いまス…そう言うんじゃ無いでス!!あれは違うんでス!!」
声を裏返しながら、言い訳にならない言い訳をするウルフ。

「だってお前…昨日、裸のマリーを抱き抱え寝室に入って行ったろ?ほら、僕の使っていた部屋に落ちてたぞ!」
そう言ってマリーのパンツを手渡すリュカ。
リュカは知らない…マリーが泥酔状態だったことを…
だからお互いの同意の上で励んだものだと思っている…

「まぁ…マリーが選んだのなら、お前の性癖は気にしない…だが娘を泣かせたら絶対に許さないからな!」
《拙い!妙な誤解されてる!!でもマリーちゃんの飲酒がバレた方が怒る様な気がする…『お前、子供に酒飲ますって、なにやってんだ!!』って………アンタこそ何やってんだ!って言いたいけど、絶対そんな事関係ないし…そんな常識通じない人だし…》
マリーのパンツを握り締め、俯き考えるウルフ…

其処にマリーが部屋から出てきて、何時もの様に可愛らしく挨拶をする。(もちろん服は着ている)
「お父様、ウルフ様、おはようございますぅ」
「おはようマリー。昨晩はどうだったのかな?」
「やだぁ~お父様~!ちょっとだけ痛いですぅ」
「がっつきやがってコノヤロー!少しは手加減しろよな!あはははは…」
マリーの痛みは100%二日酔いによる頭痛の事なのだが、盛大に勘違いをするリュカ。
そして2人の勇者を捜しに、その場を後にする…





ノックもせず各部屋の扉を開けまくるリュカ…
そしてモニカの私室を開け、歓喜の声を響かせる!
「わぁお!とうとうヤッたか我が息子!!」
其処にはパンツ1枚で、抱き合う様にベットで眠るティミーとアルルが…

そして二人は目を覚ます…激しい頭痛を伴って…
「イッテテテテ………何なんだ…この頭痛………わぁ~!!」
隣で寝ているアルルを見て驚き叫ぶティミー!
「っと…うるさいですよ…大声出さないで…えぇぇぇぇ!!」
互いの裸と状況を見て、叫び喚く若い男女!

「ごめんね…パパ気が利かなくて…この部屋に誰も入らない様に見張ってるから、ごゆっくりどうぞ!時間はたっぷりあるからね!」
そう言って扉を閉めるリュカ…
残された二人は互いを見つめ思い出す…裸であることを!

慌てて服を着るティミーとアルル。
「ご、ごめん…ち、違うんだ…」
「ヤダ…嘘…違うのよ…」
互いに支離滅裂な事を言いながら、背中を向け合い服を着る二人。

服を着終え、少々の冷静さを取り戻し、ティミーとアルルは昨晩の事を話し合おうとする。
「えーと…僕の憶えている事を説明するね!」
「えぇ…お願いします…」

「えーと…えーと……憶えてる事は………憶えてる事は………何にも憶えてない!!何で僕裸だったんだ!?」
そしてまた混乱に陥る二人…
悲鳴に近い叫び声を上げて身悶える…
部屋の外で待機しているリュカが、ニヤケながら呟いた…
「激しいなぁオイ!」
こっちでも勘違いをしている幸せな父親…
この混乱は収まるのだろうか?



 

 

男の責任

<海賊のアジト>

昨晩の食べ残しを朝食代わりに食するリュカ…
その横には、互いの顔を見る事が出来ず、頭痛と自己嫌悪で俯く二人の勇者。
その隣には、リュカの動きにビクつくウルフと、妙にイチャついてくるマリーが…

そして其処にビアンカとハツキが現れる。
二日酔いによる頭痛と吐き気と互いの気まずさを纏いながら…
「……ねぇリュカ…私達…何があったの?」
自分とハツキを指差しながら、恐る恐るリュカに尋ねるビアンカ。

「いやぁ…僕の口からは言えないなぁ…こんな大勢の前では…」
目覚めると裸で抱き合って寝ていたビアンカとハツキ…
これ以上ないくらいの最悪なシチュエーションに、今にも吐きそうな二人…

誰も何も喋らない…リュカとマリーだけが楽しそうに鼻歌交じりで食事をするだけ…
他者の表情に気付く事もない…最早自分の事で手一杯の様だ!
リュカも我が子の事を話題に出さない…気の利くパパのつもりの様だ。

そしてこのアジトの主が、大柄な男を伴い姿を現す。
「おぅ、おはようさん!……何だぁ、随分と暗いじゃないか!」
するとリュカ以外の全員が、頭を押さえて文句を言う。
「声が大きい…」
「何だぁ…二日酔いかぁ!情けないねぇ~…」
やれやれと言った表情で、アルルの正面にカンダタと共に座るモニカ。

「アルル…昨日の話だけど………協力するには条件がある!」
急に真面目な表情で話し始めるモニカ…
「条件…ですか…?」
慌てて座り直し真面目に問いかけるアルル。

「あぁ…と言ってもアンタにじゃない!カンダタに対してだ…」
そう言うと隣に座るカンダタに視線を移すモニカ…
皆の視線がカンダタへ集中する。
「この冒険が終わり、世界が平和になったら…ア、アタイと…け、け、結婚してほしい!!」
モニカが耳まで真っ赤に染め上げ、恥ずかしそうにカンダタにプロポーズをする!
そして不安気にカンダタを見つめるモニカ…普段男勝りでも、こう言う時は可愛らしく見える。

しかし中々返答しないカンダタ…
「ダ…ダメ…?やっぱりアタイじゃ…」
「そ、そうじゃねぇ…そう言うんじゃねぇーんだ!」
カンダタはモニカに向き直り、正面から瞳を見つめると本心を語り出す。

「俺は以前…ロマリアから逃げ出した時に、悪党から足を洗うと心に決めた…そんな時にお前から海賊に誘われ、答える事が出来なかった!かと言って『海賊を辞めて俺に付いて来い』とも言えない…お前には、お前を慕う手下が大勢居る…そいつ等まで路頭に迷わすわけにはいかない!………だからあの時は黙って姿を消したんだ………だが、お前の気持ちはよく分かった!だから俺からも条件を出す!」
「じょ、条件…?」

「あぁ…俺と結婚するのなら、海賊から足を洗う事だ!」
「海賊を…辞める…」
モニカは呟き、昨晩同様遠巻きに眺めている手下達を見る。
「…どうした…やはり手下達の為に、海賊業を辞める訳にはいかないか?」
即答出来ないモニカに、優しく声をかけるカンダタ…

「頭ぁ~…俺達の事を気にする必要はねぇーですぜ!」
すると海賊の一人がモニカを気遣い語り出した。
「俺等もそろそろ海賊から足を洗おうと考えてたんですよ!…なんせつい最近、海賊ってだけで俺等をボコボコにする親子が現れたもんで…もう嫌気が差したんでさぁ…」
海賊達がリュカ親子を見ながら、辟易と語る…

「そうですわ!悪党に人権なんてありませんのよ!ね、お父様!」
「そうだね」
《ひでぇ…やっぱりリュカさんの娘だよ、この娘………俺、手を出した事になっちゃってるよ…どうしよう…》
ウルフがたん瘤が出来てる後頭部をさすりながら、哀れみの目で海賊達を見渡す…

「で、でも良いのかい…アンタ達、海賊辞めた後、食っていけるのかい!?」
「そ、それは………」
モニカが最も気にしている事…それが解決しないと、モニカは海賊を辞める事が出来ない…

暫く沈黙が包む。
皆が幸せになれる方法を模索して…
「………こんなのはどうでしょう…」
最初に口を開いたのはウルフだ…

「俺達の旅が終わった後、俺達の船は海賊…イヤ違った、この人達に譲渡するのは………あの船を使って、海運業とかを行えば…」
パーティーリーダーのアルルに尋ねる様に提案するウルフ。
「うん…良いんじゃない!旅が終われば、私達に船は不要ですもんね!」

「素敵ですぅ!さすがウルフ様ぁ!!格好いいですぅ!」
愛らしくはしゃぐ少女は、先程『悪人に人権は無い』と言った少女とは同一人物に思えない…
そんなマリーに抱き付かれ、疲れた表情で力無く笑うウルフ…
それを見て嬉しそうに微笑むリュカ…
ウルフはもう逃げられそうに無い…

「カンダタ!アタイ…アタイ……っん!」
モニカが歓喜の言葉を言おうとするのを、カンダタがキスで遮った!
「……その先は俺から言わせてもらう!…モニカ…俺と結婚してくれ!」
その言葉を聞き、海賊…いや元海賊達から喜びの歓声があがる!
その喜びの叫び声を聞き、二日酔いチームの面々が頭を抱えて蹲る…
喜びと苦痛が同居する中、カンダタとモニカは長く濃厚なキスを続ける!
他人の色恋に興味がないリュカは、詰まらなそうに二人を見つめ不要な発言をした…

「…にしても、男の趣味が悪い女だ!」
「あんだとこの野郎!ぶっ殺すぞコラ!!」
カンダタとの長いキスを打ち切り、リュカに向かい乱暴な言葉を吐き続ける!
カンダタに押さえられて無ければ、襲いかかっていただろう!

「あはははは!取り敢えずはおめでとうカンダタ。とっても手のかかりそうな奥さんだね!」
そんなモニカを見て、爆笑しながら祝辞を述べるリュカ…
「旦那…ありがとう!でもまだ夫婦じゃねぇーよ!婚約しただけさ…結婚は世界が平和になってからさ!」
カンダタとモニカは互いを見つめ頷き合う。

「気にする必要無いのに…僕なんかはプロポーズから2日後に結婚式を挙げたんだよ!周囲の人達が『お前は放っておくと浮気する!さっさと結婚しろ!』って言われてさ。…まぁ、あまり関係なかったけどね!」
リュカが笑いながら自身の事を語る…
「笑い事じゃないだろ…それ!」
呆れるカンダタ…リュカなりの祝の言葉なのだろうと、勝手に思う事にした…

望む望まざるに拘わらず、新たに3組のカップルが誕生したアルル達一行。
この先の旅に影響はあるのだろうか…
きっと影響あるのだろうと思われる…



 

 

援護

<海上>

アルル達一行はポルトガの北に浮かぶ島国『エジンベア』へ、船で向かっている。
新たに仲間に加わった元海賊モニカとその手下達の情報と、カンダタが各地へ向かわせた元盗賊の情報を加味して、次なる目的地を『エジンベア』へと定めた。

カンダタの元盗賊情報によると、アリアハンの西にある『ランシール』と言う町には大きな神殿があり『地球のへそ』と言うダンジョンで勇気を試す試練が行われている。
その試練に参加してダンジョンを探索すると、ダンジョン内には『ブルーオーブ』が奉られていると言われている…

しかしモニカの元海賊情報によれば、その神殿に入る為には『最後の鍵』を入手する必要があり、それがこれから赴くエジンベアに奉られているらしい…
『最後の鍵』に関しては、エジンベアの城に奉られているだろうと言う以外、城の者ですら何処にあるのかを知らないそうだ…
「何だそのいい加減な情報は!?」
リュカなどは、元とは言え盗賊も海賊も信用していない為、情報の信憑性に疑いを持ったのだが、他に行く当てもなくどうする事も出来ないので、その情報を頼りに動く事となった…
「お父様…例え情報が間違ってても、新たな情報が見つかるかも知れませんですわ」
愛娘の一言によりリュカも大人しく従うのであった。


そんなアルル達一行の前に、巨大なイカのモンスター『テンタクルス』が3匹現れ、アルル達を攻撃している!
「メラミ」
魔法使い時代に憶えたウルフのメラミのお陰で、1匹のテンタクルスは倒したが、まだ2匹残っている。
テンタクルスは海中に潜り、魔法の威力を軽減させ攻撃を仕掛けてくる。

「くっ!厄介ねぇ…直接攻撃が届きにくいわ!」
テンタクルスは海から頭(?)を出すと、その長い触手を使い攻撃をしてくる。
そして直ぐに海中へと身を隠すのだ!
アルルもメラやギラを使っては居るのだが、如何せん威力が低すぎて決定打にはならない。

しかしアルル達も成長してきたのだ!
黙ってやられているばかりではない!
海中から姿を現した瞬間を狙い、ハツキが船から勢い良くジャンプして、テンタクルスの頭(?)へと強烈な蹴りを食らわせる!
そして蹴りの反動を使い、器用に甲板へと着地する。

「ナイス、ハツキ!これであと1匹よ!」
華麗に舞ったハツキに向け、左手親指を立てて祝福するアルル。
だがその隙を付いて残りの1匹が、船に乗りかかりアルルの足を払った!
船が傾いた事も相まって、バランスを崩し倒れるアルル…テンタクルスは間髪を入れずアルルに襲いかかってくる!

皆がバランスを崩し援護にいけない中…
「ア、アルル!!…ライデイン!!」
咄嗟に動いたのは別世界の勇者ティミー…
勇者のみが使える魔法『ライデイン』でテンタクスルを1撃で葬り去る!

そしてアルルの元へ近付き抱き起こすティミー…
「あ、ありがとう…ティミー…」
「あ、いや…その…危なかったから…つ、つい咄嗟に…」
互いに見つめ、顔を赤らめる二人。
あの晩の事もあり、互いに意識しているアルルとティミー…
純情と真面目が服を着ている様な二人にとって、裸で抱き合って寝ていただけで、別次元の事まで意識してしまっている様だ。

そんな二人はカンダタや水夫等に、囃し立てられ仲間達の元へと戻る。
ハツキやウルフだけでなく、ビアンカやマリーもニヤつき眺めている…が、リュカだけが眉間にシワを寄せて二人を…と言うよりティミーを睨んでいる。

「あ、あの…リュカさん…どうしました…?」
不安に思いアルルが尋ねると…
「………ティミー……次もお前が戦うのか?」
珍しく苦しそうに問いかけるリュカ。
「………」
何を言いたいのか理解したティミーは、黙る事しか出来ない。

「アルル達の中に『ライデイン』を使える者は居るのか?」
「………」
リュカの問いには、もちろん誰も答えない。
「確かに先程アルルは危険な状態だった…助けたくなるのは分かるよ。でも…アルルの成長の妨げにしか見えない!…ティミー…お前は『スクルト』が使えるのだから、さっきは防御力の強化だけで良かったんじゃないのかなぁ?お前が倒す必要は無かったんじゃないのかなぁ?」
リュカの口調は優しい…
しかし表情は苦みを帯びている。
その意味を理解しているティミーは苦しくなる…自分のした事の意味に。

そんなティミーが哀れに見えたのか、又は助けてくれた恩返しなのか、アルルがティミーの援護に回りリュカに突っかかる。
「じゃ、じゃぁ私がライデインを憶えます!…私だって勇者です。私がライデインを憶えて、今後ティミーが前戦に出ない様にしますから!目の前で見せてもらったから直ぐに憶えてみせますよ!それで文句はないでしょ、リュカさん!」
そう言うとティミーの手を取り、船首へと向かうアルルとティミー。
水夫の邪魔にならない船首で、ティミーに魔法を教わる様だ。


「リュカさん…ちょっと言い過ぎじゃないですか…?咄嗟の事だったのだから…思わず攻撃呪文を唱えちゃったんだと思いますよ…」
多様な場面でティミーに共感する事の多いウルフが、リュカの苦言に意見する。
「仲間を救ったのだから、父親として褒めてあげるべきでしょう!」

「…救った…?確かに今は救ったよ…でも、未来はどうだろうか?何度も言うが、今急に僕等が元の世界へ戻ったら、君らはどうなる?さっきのイカが、また現れたら…今のウルフ達だけで倒せたのか?みんな無事で戦闘が終わったのか?」
「そ、それは………」
リュカは首を左右に振り溜息を吐く。

「ウルフだって偉そうな事言ってられないんだぞ!」
「え!?お、俺が何ですか!?」
リュカの言葉に目を丸くして驚き怯む。
「さっきみたいな場面では、魔法が頼りなんだ!なのにメラミで1匹倒した程度…先程の戦闘で活躍したのは、ハツキ一人だ!己の身体能力を最大限に駆使して、華麗に舞い敵を倒した!それに引き替えウルフ…君はメラミを放っただけ…せめて3匹に大ダメージを与えられるベギラマくらいは唱えられないと…」
リュカの落胆な口調に言葉が出ないウルフ…

「お、お父様!そうは言いますが、ウルフ様のメラミは凄かったですわ!1発でテンタクルスを倒したのですから!」
正確には1発ではない!
それまでにアルル等の魔法で、ダメージを与えておいた結果である…
しかし最終的に敵を倒したのは、ウルフのメラミである事に違いはない。

「マリー…お前に戦闘の何が分かる…?」
皆が、溺愛する娘の言葉でリュカが怯むと思っていたのに、渋い表情のまま苦言は続いた。
「今、お前達には守る者がある!この船と、船を動かしてくれている水夫達だ!誰かを守りながら戦うという事は、非常に難しい事なんだ。負ければ自分だけでなく、守ろうとした者の命も失う事になる…『頑張りました』じゃ意味がないんだよ」
マリーとウルフだけでなく、聞いていた者全員が俯き黙る…
「マリーは魔法の威力が強すぎて、味方に被害を出しかねない…逆にウルフは威力が弱すぎて、味方を危険に晒してる…」

短時間の沈黙が辺りを過ぎる。
そして瞳に涙を浮かべたマリーが、リュカを睨み言い放つ!
「じゃぁ、私とウルフ様で魔法の勉強を致します!そして私は威力調整を…ウルフ様は強力な魔法を…それぞれマスターしてみせますわ!!」
そう言い、袖で涙を拭うと、ウルフの手を引き船室へと走り去って行く。



甲板にはリュカ・ビアンカ・ハツキ………そしてカンダタ・モニカと幾人かの水夫達。
皆が居たたまれない気持ちで作業をしている。
それに気付いたビアンカが、付近に先程リュカに叱られた4人が居ないのを確認し、リュカに本音を話させる。

「…相変わらず………人を操る事が上手いわね…」
「………真面目なヤツ程操りやすい!」
夫婦の表情は笑顔だ………いや、人の悪い笑顔だ!
「え!?ど、どういう事ですか!?」
まだまだ若いハツキが問う。
カンダタとモニカも身を乗り出して真相を聞きたがる。

「リュカは別に怒ってなどいないのよ。ただチャンスを利用しただけ…」
「「チャンス?」」
「そ!ティミーとアルルちゃんは、お酒の勢いで急接近したらしく、妙に意識し合ってるから、上手くいく様に切っ掛けを与えたのよ!」
つまり…魔法の個人授業を介し、男女の仲を進展させようとしたのだ!

「じゃ…ウルフとマリーちゃんは?」
「あっちも同じよ…何があったか分からないけど、何かがあってマリーがウルフ君の事を気に入っちゃてるから、この親馬鹿男はマリーの手助けをしてるのよ!」
皆が驚きと呆れの混ざった表情でリュカを見つめる…

「アイツ等に喋ったら殺すぞ!」
そしてリュカは人の悪い笑顔で皆を脅す…
誰も喋らない…喋りたくないのだろう。
この男に拘わりたくないから!


 

 

田舎者

<エジンベア>

元海賊の操る船は、危なげもなく目的の地『エジンベア』へと到着した。
高い城壁に囲まれた町は広くはないが、どことなく上品な町並みに感じる穏やかな造り。
そんな町の中央にそびえる城に向かい歩くアルル達…モニカ以下元海賊達に船を預けて。

「な、なぁ…俺達…浮いてないか?」
「はぁ?ちゃんと地面を歩いてるよ。浮かび上がってないよ」
場違いな雰囲気に怯むカンダタ。
「そう言う事じゃねぇーよ!場違いじゃねぇかって言ってるんだよ!」
「?」
今一ピンとこない表情のリュカ…小首を傾げ不思議そうにカンダタを眺める。

「…さっき思い出したんだけどよぉ…以前、俺の知り合いの商人が此処に行商に訪れたんだが…『田舎者は帰れ』って言われ、城に入れなかったみたいなんだ…」
「変な国!グランバニアじゃ誰でも入れるのにね!?」
「…それはそれで拙いでしょ!」
控えめなウルフの突っ込みに不満があったが、今日は我慢し城へと向かうリュカ。
何も考えて無いかの様に、皆の先頭をビアンカと共にイチャつきながら歩いてく。
「はぁ………悩みとか無さそうな人よね!」
アルルの呟きに、ティミーやウルフ・カンダタまでもが頷いた。



城門を潜り、城の正面入口へ進むアルル一行。
しかし扉の前には頑固そうな門兵が1人…
リュカは気にせずすり抜けようとするが、門兵は両腕を広げて進入を阻止する。
「止まれ!此処は由緒正しきエジンベア城!貴様等の様な田舎者が入って良い場所ではない!立ち去れ!!」
門兵はリュカ達を見下す様な目で睨み付ける。

「い、田舎者………?」
門兵の言葉に反応したのはビアンカだった。
「あ!拙いなぁ…」
呟く様なビアンカの一言に、些かの恐怖を感じるリュカ。
体を震わせ、怒りのオーラを放つビアンカ…
「田舎者って私の事言ってるの!?」
そんな妻を見て、宥める様なジェスチャーで門兵とビアンカの間に立つリュカ。

「まぁまぁ!落ち着いてビアンカ……君の事じゃないよ!こんな絶世の美女を見て田舎者なんて言うヤツ居ないよ!……ね!?」
一生懸命ビアンカを宥めるリュカは、同意を求めるかの様に門兵に問いかける。
今まで門兵には、リュカの体が邪魔をしてビアンカの事がよく見えなかったのだが、同意を求める為、リュカが振り向いた時に絶世の美女を見る事が出来た。
その姿は怒気を孕んでおり、両手には紅蓮の炎が宿っている…
素人目にも分かる途轍もない魔法力だ!

辺りは絶世の美女から沸き上がる炎のお陰で、温度が上がりかなりの暑さになってるのだが、門兵は青くなり震えている。
「ビアンカ…ビアンカ!…落ち着こうよ…こんな所で彼を消し飛ばしても、何の解決にもならない!むしろ問題が増えるだけだ!だから落ち着いて!」
殺意を帯びた瞳で睨みながら、門兵へと1歩踏み込むビアンカ…

「ま、間違えちゃったぁ~!ぼ、僕…寝不足で寝てたみたい!…何か変な寝言、言っちゃいましたか?ご、ごめんねぇ~………あ、あは…あはは…あははははは……………」
門兵は通路の端で小さくなり、うわずった声で一生懸命言い訳をする。

「そ、そうだよね!寝言だよね!大変な仕事だもんね…寝ちゃうよそりゃ…」
そう言いリュカは、門兵を庇う様にビアンカを城内へと進ませる。
門兵とすれ違う際ビアンカは、魔王も怯む視線を投げ付け先へ進む。
アルル一行が城内へ入ったのを見届けた門兵は、力無く蹲り呟いた…
「この仕事…こんなに怖かったけ?」




重い沈黙の中、城内を暫く進むアルル一行。
入口から離れ、誰も居ない空間に来るとリュカが蹲る!
「……くっ……うぅぅぅ………」
「リュカさん、どうしました!!」
アルルが心配で思わず声を掛けた………

「くっくっくっ………あはははははははは!!」
リュカは腹を抱えて笑い出す!
「ふふふ………あはははは!」
それを見たビアンカも同じように笑い出した!
状況の理解出来ないアルル達…
「この夫婦…最悪だ…」
状況の理解出来たティミーとマリー。

笑いの収まったリュカに、マリーが確認の為問いただす。
「お父様…お母様……先程のご立腹は、お芝居ですの?」
「うん。だってカンダタがさ、『田舎者は城に入れない』って言ったじゃん。しかも『俺達見た目が田舎者』とも言ったじゃん。門前払いを喰らう可能性があったからさ、ビアンカと相談したんだ!」
リュカは妻を抱き寄せ、爽やかにキスをする。

「そうなの!リュカがね、『田舎者』って言われたら、両手にメラを灯して怒って見せようって………どうだった、私の演技は?」
そして夫に抱き付きイチャイチャ始める馬鹿夫婦。
そんな夫婦を見て、胃を押さえるアルル…
ティミーはアルルの肩に優しく手を乗せ、常備薬の胃薬を渡した。
ウルフとマリーは声を揃えて呟いた。
「「酷い…」」


城内を暫く探索すると、地下に異様な空間を見つけた。
そこは、それ程広くない通路に大岩が3個…
少し奥の床には、かなりの重量がなければ反応しないスイッチが3つ…

「何だ此処は?」
リュカが不思議そうに周囲を調べる。
「お父様、きっとパズルですわよ!3個の岩に、3つのスイッチ!この岩の重みでスイッチを押すんですわ、きっと!」
マリーが瞳を輝かせ、この仕掛けの謎を解いた。
「何そのめんどくせー仕掛け!?何処の馬鹿だよ、こんなの造ったヤツは!」

「そ、そうは言いますが…結構大変ですよ…この岩、重いですから!」
ティミーが一生懸命岩を動かそうと押している…
それを見てアルルやカンダタも一緒に押すが、あまり動かない…

「…やれやれ………めんどくせーなぁ…」
そう言いリュカは、手近な岩を両手で挟み、いとも簡単に持ち上げた!
「「「え!?」」」

「何で異世界まで来て、奴隷時代を思い出さなければならないんだ!?」
そう愚痴りながら、普段歩くのと同じペースで岩を運ぶリュカ。
それを唖然と見つめるアルル達…

「だからムカつくんだよ、あの人!こんだけ凄い人なのに、普段は何もしない…」
ティミーが小声で父親に悪態を吐く。
妻は夫の凄さを再確認し、瞳を潤ませ更なる恋へと落ちて行く。


3つのスイッチを3つの岩で作動させると、更に奥へと続く隠し通路が現れた。
一行はリュカを先頭に奥へと進む。
其処には古ぼけた奇妙な壺が1つ…

「あれぇ?これが『最後の鍵』?壺じゃないのこれ!?」
リュカは壺を手に取り、中を覗き壺を振る。
「中にも鍵は入ってないよ」
「どういう事ですかねぇ…?」
アルルが壺を受け取り、不思議そうに小首を傾げる…
そんな彼女の仕草を見て、胸が高鳴るティミー…
そしてそれを嬉しそうに眺めるリュカとビアンカ…

果たして最後の鍵は手にはいるのか…
勇者カップルの恋は実るのか…
ウルフとマリーも気になりますね!



 

 

スー

<スーへと続く大河>

今アルル一行は、『スー』と言う村へと続く大河を、上流へと船で進んでいる。
エジンベアで見つけた壺の価値が分からず途方に暮れていたのだが、マリーが『エジンベアの王様に聞いてみましょう!』と常識的な提案をしたので、王様への謁見を敢行した。
しかも、よく考えたら他国の城へ来ておいて、王様への謁見を行わず、勝手に家捜ししていた事に後から気付いたのだ。
本来なら失礼の極みなのだが、エジンベア王は気さくな性格な為、怒られる事もなく直ぐに目通りが叶った。
どうやら門兵が皆を追い返す為、王様は暇を持て余しているようだ。

エジンベア王に『最後の鍵』の事を話し、城内の地下に壺が隠されていた事を告げると、「うむ…ワシは先代から『乾きの壺があれば最後の鍵を手に入れられる』としか、聞いてはおらぬ…その『乾きの壺』は元々『スー』と言う村の部族の宝でな…先代が勝手に持ってきてしまったので、ワシにはよく分からんのだよ!『スー』は此処より西の山奥じゃ。行ってみると良い」
と言う事で、早速船に乗り込み、西の『スー』へと向かうのであった。

モニカ達は以前、スーに行った事があり複雑に入り組んだ大河でも、迷うことなく目的地へと進む事が出来た。
それでもモンスターは襲ってくる!
またもや3匹の『テンタクルス』に襲われたアルル達。
ティミーなどは思わず身体が動いてしまったのだが、それを手で制しアルルが『ライデイン』を唱える。
稲妻が1匹のテンタクルスへ直撃をし絶命すると、ウルフが『ベギラマ』を唱え、残り2匹に大ダメージを与える。
最後にマリーが『イオ』を唱え(『イオ』と言う発声が無ければ『イオラ』と思う様な威力)敵を葬り去った。

アルルを始めウルフ・マリーは確実に成長している。
そんな自分たちの成長を『どうだ!』と言わんばかりに、リュカの前へ姿をさらす………が、当のリュカは妻とイチャついており、戦闘を見てはいなかった様だ。
「「「な!?」」」
あまりの悔しさに言葉が出ない3人…
そして何時か認めさせてやると心に誓い、更なる成長へと修練を重ねて行く…
リュカの行動がワザとである事に気付かず…


<スー>

一言で言えば『田舎』…
今まで見たどの田舎より田舎…
それがスー族の村『スー』である。

そんな田舎に辿り着くや、アルル達は村人に奇異の目で囲まれた。
「旅人、旅人!」
「珍しい、此処、旅人来る………お前等、何用?」
皆、外からやってきた客に興味津々の様だ。
「あ、あの!『最後の鍵』についてご存じの方は居ますか!?もしくは、この『乾きの壺』の事でも良いです!」
アルルが壺を掲げ、寄ってくる村人達に質問をする。
すると一人の老人が前に出てきて…
「そんな事、知らん!そう言う事、酋長に聞け!それより、お前に聞きたい!この村の東、新しい町、あったか?」
「え?この村の東に………いえ、無かったと思いますけど…」
アルルが丁寧に答えると、老人は寂しそうな瞳で語り出した。
「昔、新しい町、造る、言って、この村、出て行った、男居る!やっぱり、無理…」
そして老人は去っていった…
アルル達も気にはなったのだが、先に用件を済ませる為、村の奥の酋長の家へと向かう。

其処では、年老いた酋長がアルル達を快く迎え入れてくれた。
アルルは今までの経緯を話し、壺の事を尋ねる。
「うむ、その壺、我が村の!昔、エジンベア、盗んだ!でも、ワシ等、怒らない!ワシ等、心広い!」
「では…最後の鍵の事については…」
「うむ、知ってる!村から西、海の真ん中、浅瀬ある!そこで使う!鍵、手に入る!」
大雑把ではあるが、最後の鍵の情報を手に入れたアルル達。
酋長宅より退室しようと見回すと………リュカが居ない事に気が付いた。
あのトラブルメーカーが野放しな事に気付き、慌てて探し回るアルル達!

案の定、村で女性をナンパしているリュカを発見する。
「父さん…何やってるんですか!!」
ティミーの大声に、リュカと楽しげに会話していた女性が驚き、逃げ出してしまった。
「あ!あ~ぁ…もうちょっとだったのにぃ………」
「何がもうちょっとですか!…最後の鍵の情報も手に入れた事ですし、行きますよ!ナンパなんかしている場合じゃありません!」
そう言うティミーとアルルにマントを引っ張られ、みんなの元へ合流するリュカ。
合流し、リュカの行動を皆(妻)に報告するアルル。
ビアンカのお小言が炸裂すると思っていたアルル…
だが…
「もう!私が居るでしょ!」
と、リュカの頭を自分の胸に抱き、イチャイチャし始める。
唖然とし息子であるティミーに目で問いかけるも…
目を閉じ黙って首を左右に振るだけ。
どうやら言うだけ無駄との事だ。

モニカ達が出発の準備をしてる中、夫婦の甘い声が船内へ響き渡る。
苛つく心を抑えつつ、モニカ達の手伝いをするアルルとティミー。
マリーなどは「ラブラブで羨ましいですぅ」と言い、ウルフへ擦り寄ってくる。
色々な恐怖から、無碍にも出来ないウルフは、マリーにされるがままの状態だ。
カンダタは、夫婦に当てられ高ぶったのか「俺達も…」とモニカに言い寄り「出発の邪魔だよ!」と股間を蹴られ蹲る。
それをハツキが不機嫌な目で見下し「馬鹿じゃないの………」と………

アルル達みんなの心の苛つきは、全てリュカの所為である事は言うまでもない。
事を終え、爽やかに皆の前に姿を現したリュカに、更なる苛つきを感じたアルル達…
次の目的地を告げるのも忘れ、船は動き出した…
船長のモニカも、目的地を聞き忘れている。

短時間だが、アルル達に迷走航海が続く…
リュカの一言まで迷い続けるのだから…



 

 

やり甲斐

<海上>

スーからの大河を抜け、左側に陸地が見える様進むアルル一行…
不意にリュカがモニカへ質問する。
「…今、何処に向かっているの?」
「何言ってんだ、お前!?何処って………何処?」
呆れた口調でリュカを見下したモニカだが、自分も行き先を知らない事を思い出し、間抜けな口調でアルルに問いかける。

「何だよ…船長が目的地を把握してないのかよ…陸沿いを進んでるから、てっきりあの爺さんの言っていた場所へ向かってるのかと思った…」
「何だい?あの爺さんの言っていた場所ってのは?」
リュカがモニカに懇切丁寧に説明する…それを見ていてカンダタがハラハラする…更にそれを見たマリーがワクワクしていた事は内緒である。



「…そんな町、知らないねぇ…アタイ等も何度かこの辺りには来たけど、町なんて無かったよ!平原に変な爺さんが一人居るだけだねぇ…」
モニカは水夫等と顔を見合わせ、リュカ達に持っている情報を提示した。
「じゃぁ、その爺さんが町を造りたがっている人なのかなぁ?何か僕等に出来る事はあるかな?もし元の世界へ帰れなかった時用に、町造りの手伝いをしておいた方が、後日優遇されるかも!」

こうして不純な動機で目的地が定まった…
アルルとティミーは「そんな無駄な事してないで、先を急ぎましょう!」と進言したが「無駄とは限らないだろ!何れ重要な事へと繋がるかもしれないだろ!」とリュカに言われ、従わざるを得なくなる…
口の上手いリュカに敵うわけ無いのだ…


<スーより東の平原>

其処には小さな小屋が1軒あり、池を挟んで向かい側には建設中の建物がある、奇妙な場所にアルル一行は辿り着いた。
「以前来た時は、あの小屋が1つあるだけだったんだ」
モニカが小さな小屋を指差し説明してると、その小屋から1人の老人と1人の若い女性が姿を現した。

「あ!!も、もしかしてリュカはん!?やっぱりそうや!リュカはんや!!」
なんと女性はエコナであった!
マリーの起こした津波に攫われ、はぐれてしまったエコナが元気な姿で此処に居る!
エコナは勢い良くリュカに抱き付き、徐にキスをする。
誰に見られようがお構いなしだ!

「…んっぷは!エ、エコナ…無事だったんだね!?」
エコナのキスから口を離し、彼女の無事を確認する。
「ご心配掛けて申し訳ない…でも、ウチはこの通り元気や!この近くの海岸に打ち上げられたのを、この爺さんに助けられ介抱してもろたんや!」
「「エコナ!!」」
叫ぶ様な声でエコナの名を呼び、泣きながら抱き付くアルルとハツキ。
「無事で…本当に良かった…!」
「ありがとうな…アルル、ハツキ……ウチはメッチャ元気やで!」

「あ…あのぅ…エコナ様………ごめんなさい…」
アルル・ハツキ・エコナが抱き合い喜んでいる側で、マリーが泣きながら謝る。
「私の所為で…ごめんなさい!」
「マリーちゃん…気にする必要ないねんで!ウチは無事やったんやから…泣かんといて」
エコナはマリーを胸に抱き、優しく慰める。
「それにウチ、感謝してるんやで!」
泣いていたマリーが顔を上げ、不思議そうにエコナを見つめる。
他の皆も同じ様な顔をしている。

「ウチな…此処で町を造るんや!あの爺さんに協力して、ウチが町を造るんや!……波に攫われてなかったら、こんなチャンスには巡り会えへんかったんやで!!」
「え!?どういう事?…この爺さん、エコナの旦那様?」
「何でやねん!何でこんな枯れ果てたEDと結婚せなあかんねん!!」
「エ、エコナさん…落ち着いて!」
リュカの一言に、暴言吐きまくりで突っ込むエコナ…
それを宥めるティミー。

「ワシ、エコナ、見つけた!海で…、ワシ、思った。エコナ、出来る!町、造る事、エコナ、出来る!!」
老人が必死でアルル達に訴える。
「………そう言うわけや。ウチ、この爺さんに助けられ話を聞いたんや…そんでチャンスやと思うたんよ!…せやからごめんなアルル!ウチ…これ以上は一緒に冒険出来んねん!此処に残って町を造るから……」
俯きながらも自分の気持ちを言い切るエコナ。

「気にしないでエコナ…貴女は自分の夢を見つけたのだから…それに向かって頑張って!」
申し訳なさそうなエコナに対し、優しく笑顔で励ますアルル。
エコナが無事だった事もあり、皆晴れやかな心で祝福している。
そんな中、マリー一人だけが不安気な顔でエコナを見つめる。

「あ、あの…エコナ様…無理をされてはダメですよ!」
「どうしたん、マリーちゃん?ウチ、無理なんてしてへんよ」
「そうじゃないんです…町を造るって、大変な事だと思いますぅ。エコナ様は凄い人だから町造りの先頭に立って、活躍されると思いますぅ…」
「ありがと、マリーちゃん…」

「でも町を造るって、一人じゃ出来ません!町が大きくなればなるほど、大勢の人が協力し合い町を発展させて行くと思いますぅ!そんな時、無理をしてはダメですよ。漁ってはダメですよ。休む事も必要なんですから…」
必死に何かを訴えるマリー…
やはり津波を起こし、海を漂流させてしまった事を気にしている様だ…

「良い子やなマリーちゃんは!さすがリュカはんの娘やね。息子とは血が繋がっているか疑問やけど、マリーちゃんは間違いなくリュカはんの娘やね!」
エコナはマリーを抱き締め、チラリとティミーの事を見る。
「…マリーが良い子なのは同意する!まったくその通りだ!…だがイコール父さんの娘ってのが気に入らない!母さんの血を引くから、マリーは良い子なのであって、父さんの血は邪魔だ!」

「ビアンカさん、聞きました!?貴女の息子は日に日に父親に対して態度が酷くなりますが、どういった教育をされてらっしゃるの?」
ティミーの発言を聞き、リュカが卑屈にビアンカに訴える。
「私の教育は間違ってないわ!きっと父親の影響よ。…血筋って怖いわぁ~」
エコナを始め不安気だったマリー、カンダタまでもが大爆笑する!
リュカは苦笑い…ティミーは憮然とした表情で父親を見る…

一頻り笑いアルルがエコナに一時の別れを告げようとした時…
「みんな!ウチ…必ずこの町を立派にしてみせる!せやからちょくちょく遊びに来てや!」
「うん!楽しみにしてるからね!エコナ…頑張ってね!」
アルルとエコナが握手を交わす。

「ところエコナ…町の名前は?」
素朴な疑問をウルフがぶつける。
「よくぞ聞いてくれた!『エコナバーグ』や!この町は『エコナバーグ』や!!世界中に広めておいてや!『エコナバーグ』の名を!」
「スピルバーグみたいな名前だな…」
「何やそれ?」
リュカが思わず口にした言葉に、皆が不思議がっている。
「あぁ…気にしないでいいよ。言ってみただけだから…」

リュカの不思議な発言があったが、改めてエコナに別れを告げて、再び船で最後の鍵を求める一行。
心からエコナの成功を祈り、彼女の為に世界を平和にしようと、改めて心に誓うアルル…
何時の日か皆で祝杯を交わせる日まで…



 

 

父親と息子

<海上>

朝の潮風香る大海原…
アルルは割り当てられた自分の船室で目を覚まし、身支度を調え甲板へと上がる。
しかし甲板では激しい剣撃の音が響いている!
アルルは慌てて剣に手を掛け、周囲を警戒するが………
ティミーがリュカ目掛け剣を振るっていた!

それを見た全員が、リュカが毎度の如くティミーを怒らせたのだろうと呆れるのと同時に、この二人が本気でやり合ったら周囲に被害が出かねないので、ビアンカに止めてもらおうと彼女を目で捜す。
しかしビアンカも甲板におり、剣撃を交わす二人を柔和な表情で見つめている…
一体何があったのだろうか?


≪30分前~甲板≫

ティミーは悩んでいた。
真面目なティミーは悩み、誰かに助言を請いたいと思っていた。
しかし悩みを打ち明けるべき人物が居ない……いや、居る事は居るのだが…
一般的に少年が悩み、人生の壁に阻まれたら、父親に相談するのが最善だろう…
彼も父に相談すれば良いのだが、困った事に彼の父親はリュカなのだ!
彼の悩みは、もっと強くなりたい事だ…
最近アルルに魔法を教えているのだが、彼女の成長は著しく、教える側として嬉しい反面、自身の成長に関し、このままで良いのかと悩んでしまう…

父に相談出来ないのであれば、自分より強いと思われる人物に相談すれば良いのだが…
残念な事に、それもリュカなのだ!
他人がリュカにこんな相談をしたら、ティミーはその人に『何であの人に相談したの?意味ないのに…』と言うだろう。
だが…それでも誰かに相談したい…打ち明けてすっきりしたい…そんな思いでリュカに相談を持ちかけた。

「父さん…ちょっといいですか?」
「ん?…どしたの?」



「…と言うわけで、父さんに剣術の御指南を戴きたいのです!」
ティミーは『え~めんどくさ~い!』とか『そんな事して何になるの?』とか『アルルの前で、恰好つけようとしてるんだぁ~』とか…そんな事を言われるのを覚悟で悩みを吐き出した!

しかしリュカの反応は予想に反し、真剣な眼差しでティミーを見据え、静かに問いかけてきた。
「一つ…聞きたい。強くなりたい理由は何だ!?恰好を付けたいのか?…それともアルルを守りたいのか?」

「………勿論、アルルを守りたいからです!」
本来こんな質問は無意味である。
ティミーの性格上、『恰好を付けたい』等と言うはずなく、答えは決まっている…
しかしリュカはあえて質問をし、そしてティミーもそれに答えた。
リュカは静かにドラゴンの杖を構え、ビアンカを下がらせる。
それに合わせティミーも剣を抜き、リュカに向かい構える。

二人は同時に踏み込んだ!
(ギンッ!!)
鈍い金属音が辺りに響く!
重いリュカの攻撃に、剣を持つ手が痺れる。

しかし一々怯んではいられない!
リュカの連撃の合間を突き、ティミーは反撃を仕掛ける。
しかしリュカは紙一重でそれを躱し、流れる様に攻撃を仕掛けてくる!

「魔法を使って構わないぞ!」
リュカの一言にティミーは遠慮せず、ライデインを唱えた!
ティミーの唱えたライデインは、リュカの頭上に落ちると思われたが、寸でで放り投げたドラゴンの杖に阻まれ、杖と共にリュカより離れた位置へ落下する。
だがティミーはチャンスと思い、武器を手放したリュカへ突進する!
「バギマ」
一瞬ティミーは怯んだが、リュカのバギマは自分に向かって来なかった為、勢い良く踏み込んだ!
しかしリュカはバギマをドラゴンの杖に当て、風の力で杖を手元に吹き飛ばしたのだ!

ティミーが気付いた時には手遅れで、リュカの手には杖が収まっている。
そして勝負は着いた。
ティミーの剣は後方に弾かれ、リュカの杖がティミーの腹部で寸止めされる。
「ま…参りました…」



ティミーがリュカとの鍛錬を終え、弾かれた自分の剣を鞘に収めると、アルルが心配気に近付いてきた。
「大丈夫ティミー!……一体どうしたの、急に?」
ティミーは既に息も上がり顔が上気しているのだが、自分の事を気遣い近付いてきたアルルを見て、更に顔が赤くなる。
恰好を付けたいと思った事はない…しかしアルルに恰好の悪い所を見られたくないとの思いはあるらしく、父にとは言え負けた所を見られたのが恥ずかしいらしい。

「…最近、生意気なんだよね!パパに対して楯突くんだもん、この子!だからお灸を据えてやったんだ!『オメェーなんか、まだまだだ!』ってね♥」
リュカはチャラい口調で、ティミーの頬を杖でグリグリ突きながら、自分の強さをアピールする。

「呆れた…大人気ないわねぇ~!楯突かれたくなければ、父親らしく振る舞えばいいじゃない!」
緊張感無くヘラヘラ笑うリュカを見て、ティミーの擁護に回るアルル。
「ティミー…疲れてるとこ悪いけど、私にも稽古をつけてくれる?」
「アルルぅ~…稽古なら僕がつけてあげるよぉ~!何ならベットで実践式に!」
サムズアップをし爽やかな笑顔で言い寄るリュカ。

「引っ込んでて下さい!リュカさん、デイン系を使えないでしょ!私には勇者ティミーの指南が必要なんです!それに私は何処ぞの女王とは違い、貞操を守る主義なんです!」
手の甲を上に『シッシッ!』とばかりに手を振るアルル。
「それは不敬罪なのでは?」
「貴方に言われたくありません!」
そう言い残し、ティミーの手を取り船首の方へと行くアルル。
そしてアルルとティミーの組み手が始まる…
意識してしまっているのか、ティミーの動きが若干鈍い…


「さすがリュカ!見事な誘導ね…アルルちゃん、自然な形でティミーの手を握ったわ」
「あの二人…上手くいくと良いね」
「そうね…ティミー、純情だから…心配ね」
「うん。僕にそっくりだよ、あの子!」
「…それ…ギャグよね?」

そこで夫婦の会話は途切れた…
リュカの一言がギャグなのか、確認する事が出来なかった…
多分ギャグだろう…
もし本気でそう思っているのなら…重傷だ!



 

 

父らしく、父らしくなく

<海上>

辺りが闇に包まれ、甲板では夜番の水夫数名のみが作業している中、ティミーが漆黒の海を見つめ物思いに耽っている。
「よう、我が息子!悩む姿が板に付いてるな!」
そこに陽気な声でリュカが現れた…手にはワインと、2つのグラスを持って。

「い、いえ…悩んでいる訳では…」
生真面目に返答するティミー…彼らしいと言えば彼らしい。
そんな息子を見て苦笑しながらグラスを渡すリュカ。
「と、父さん!お酒は………」
自らのグラスにワインを注ぎ、軽く一口飲むリュカ。

「まぁ付き合えよ…僕の父さんは息子と酒を飲み交わすことなく他界したんだ………僕だって、何時ベットを共にした女性に刺し殺されるか分からないんだからさ」
「ふふふっ…そうですね」
二人とも笑いながらワインを少しずつ飲み、甲板の手摺りにもたれ海を見つめてる。


「……アルルは…良い娘だ。僕は彼女のお陰で救われた…」
「救われた!?」
「うん…バハラタ東の洞窟でカンダタに再会し、アイツが命乞いをした時に…僕はアイツを憎み、殺してやりたい気持ちでいっぱいだった!シャンパニーの塔でアイツ等盗賊団の悪行を目の当たりにして、許せなくなっていたんだ…」
「そんなに酷かったんですか………改心するなんて言葉、信じられるわけないですよね…」

「いやティミー…それは違うんだ。もし何らかの確証があり、カンダタが改心する事が確実であっても…僕はあの時殺してやりたかったんだ!」
「父さん………」
「今なら自分でも分かる。あの時、自身の欲求の為にアイツを殺そうとしたんだ!…誰の為でもなく…」
珍しく苦しそうに語るリュカに、ティミーは言葉を掛けられない…

「だからお前がアルルの事を好きになったと知った時、嬉しかった…自分の事の様にってのは言い過ぎかもしれないけど、本当に嬉しかったんだ」
先程とは一転して明るい表情になるリュカ…しかし直ぐに眉間にシワを寄せ悩み出す。
「でもねティミー…ある思考に達したら、喜んでられなくなったんだ!」
「え!?何ですか急に!?…まさか身分の壁とか言わないですよね!?」

「あ゛!?ぶっ飛ばすぞコノヤロー!身分とかそう言うの、考えた事も無い!」
ビアンカを巻き込み、この世界へ連れてきた事に激怒した時と同じ口調で怒るリュカ。
「す、済みません…」
「ふぅ…そうじゃなくてさ!お前の性格の事なんだよ…」
「はぁ?…僕の…ですか?」
「うん。お前は『バカ』が付く程真面目な性格だから、互いの住む世界が違うと言って、諦めちゃうんじゃないかなって…」
「住む世界って…やっぱり身分の事じゃ「じゃなくて!」
リュカは思わずティミーをヘッドロックする…が、力はそれ程入れてない。

「物理的に違う世界に住んでいるだろ!此処は僕等の住んでいた世界じゃないんだ!元の世界に帰ろうとしているだろ…まぁ、帰れなくても良いかなって思ってはいるけど」
「あぁ…そう言う意味ですか…済みません…」
「はぁ…お前、本当に頭堅いね……まぁいい!そこで考えた…息子の為に何が出来るか…」
リュカは其処で言葉を句切り、グラスのワインを飲み干す。
「最終的な決断はお前とアルルに任せるが、この世界に留まるも良し…元の世界に連れて帰るも良し…二人で相談して決めろ!」

「?」
ティミーはどうやらリュカの言葉を理解しきれてない様だ。
「察し悪いヤツだな…つまり、お前が自分の気持ちをアルルに伝えようとした時に、住んでいる世界が違うからと諦めないで良いように、二人同じ世界に住めば良いと言ってるんだ!」

「………はぁ………そりゃ同じ世界に住みますけど………」
ガックリと項垂れるリュカ…珍しい光景だ。
「…お前さぁ…希望はともかく、王位を継がなきゃいけないと思ってるんじゃない?」
「えぇまぁ…分かっている限りで、父さんの息子は僕だけですから…」

「じゃぁさ、アルルがグランバニアへは行きたくないって言ったら、どうするの?」
「え!?そりゃ無理強いは出来ませんよ!」
「(イラッ!)お前バカなの?」
普段とは反対で、リュカがティミーに苛ついている。

「父さんにバカって言われたくないなぁ…」
「お前がアルルに思いを告げて結婚するとしよう!」
「あ…はい…」
「グランバニアへ帰らないと王位は継げないよな!?でもアルルはアリアハンで暮らしたいって言ったらどうする!?結婚だけして、離れ離れで暮らすのか!?それともどうせ結ばれぬ運命と諦め、思いを告げずグランバニアへ帰るのか!?」
「………あ!イヤですよ!僕はアルルの事が好きなんです!諦めたくないし、離れたくもない!」
「やっと理解してくれたか…疲れた…」
リュカはワインをグラスへ注ぎ、煽るように飲み干す。

「だからさ…無理に王位を継がないでも良いって言ってるの!」
「でも…グランバニアはどうするんですか!?」
「僕個人の希望を言えば…アルルと共にグランバニアへ帰り、ティミーに王位を継いでもらいたいよ!…でも父として、息子の幸せを優先する!…僕もビアンカもまだ若いし、頑張って跡取り息子を造るのも手段の一つだし…娘の誰かを女王にするのもありだよ…何だったら、血筋なんか気にせず、やりたいヤツにやらせるのも手だと思うね!」
「そんな無責任な…」

「確かに無責任だが、お前が気にする必要は無いって事だよティミー!」
リュカは優しく微笑み、ティミーのグラスへワインを注ぐ。
「お前は自分の幸せを掴むんだ!何としてもアルルをモノにしろ!!」
「が、頑張ります!!」
顔を真っ赤に染めて決意を語るティミー。

「まぁ…告白が成功したらの話だけどね!振られるなよティミー…『ごめんねティミー!私、貴方の事は眼中に無いの!』とか言われたりして!」
「や、やめて下さいよ!…そうならない様に、その道の達人としてアドバイスはありませんか?」
「えー…僕のは参考にならないと思うけどなぁ…」
「………自覚は…あるんですね…」
「「ふふふっ……あはははは!」」
思わず笑い合う親子…


リュカは、まだ8割残っているワインボトルをティミーに渡し、船室へと戻って行く。
「ちょ、父さん…僕、こんなにいらないですよ!」
「酔っ払った振りして押し倒しちゃえよ!もしくは酔わせて押し倒しちゃえよ!」
「出来るわけないでしょ、そんな事!」
酒の恐怖を身に染みて分かっているティミー…
アルルに飲ませるなんて恐ろしくて出来ないだろう!

この晩の語らいは、ティミーの心に残る事になる。
父と初めて酒を飲み交わし、恋の助言をしてもらった事を…
父が、(リュカ)らしくない事をしてくれた事を…



 

 

愛娘

<海上>

皆が集まる食堂へ、息子との語らいを終えたリュカが戻ると、マリーを中心に水夫達が集まり、談笑しているのを目撃する。
この場にビアンカやアルルもおり、マリーの傍らにはウルフも付いているとはいえ、元海賊達に愛娘が囲まれている事に不快感を募らせる。

「マリー…夜更かしが過ぎるぞ!早く寝なさい…」
「ぷっ!!」
普段言った事の無い様な父親らしい台詞を言い、妻に吹き出されるリュカ。
慣れない事は言う物ではない。

「ごめんなさい、お父様。水夫さん達に『幽霊船』のお話を聞いてましたの」
「幽霊船……そんな怖い話を聞いちゃうと、眠れ無くなっちゃうぞ!」
「大丈夫ですわ!ウルフ様が添い寝してくださりますから♡」
「え!?俺?」
今更ながら焦るウルフ。
「じゃぁ安心だね!」
《げ!納得しちゃったよ…もう、俺の自由意志は無くなったって事………?》

ウルフの困った表情に気付かないフリをして、マリーの隣へ腰を下ろすリュカ。
すると周囲に集まっていた水夫達が一斉に距離を取る…
因みにティミーに対しても同様に、水夫達は恐怖から一定の距離を置こうとする。
相当この親子は恐れられている様だ。

「…で、幽霊船がどうしたの?」
優しい口調でマリーに問うリュカ…
先程、夜更かしを咎めたのに、元海賊達が離れたと見るや、寝かし付けようともしないダメな父親…
当分、真面目モードは訪れないだろう。

「はい。何でも以前…『船乗りの骨』と言うアイテムを持っていたら、ロマリア沖で『幽霊船』に遭遇したそうです。是非、私も見てみたいですわ!ね、お父様ぁ♡」
「ふ~ん……じゃぁ、その内幽霊船に出会すかもしれないじゃん!」
「いえ、お父様…もう船乗りの骨は手元に無いそうですぅ………このレッドオーブと引き替えに交換してしまったそうなんですって…」
懐から取り出したレットオーブを大事そうに見つめ、マリーは残念そうに溜息を吐く。

「誰と交換したの?物好きな変人も居たもんだ!」
「はい!何と偶然なんですが、この海域の近くにある『グリンラッド』と呼ばれる極寒の地に住むお爺さんと、交換されたそうですのよ!是非、船乗りの骨を譲ってもらいたいですね!」

「…それは難しいなぁ……だって、そのレッドオーブは僕達に必要な物だろ!?確か……不死鳥…ラー油……だっけ?…それの復活に欠かせないんじゃ…」
「ラーミアですよ、リュカさん!」
ウルフの突っ込みに軽く頷くリュカ…きっとワザと間違えたのだろう。
「勿論、このオーブは手放しませんわ!…でも他の物と交換出来ないでしょうか?」

「他の物?……例えば?」
「う~ん…そうですねぇ……美女の脱ぎたてパンツとか!お父様は大好きでしょ!?」
「うん。その老人が僕と同じ思考回路の持ち主なら、パンツと交換してくれるだろうけど…きっとムリだと思うな!」

「…なぁリュカさん…親娘の会話として、今のは正しいのか?…父親として、『パンツと物々交換』なんて話題を出した娘を、叱るべきではないのかな?」
ウルフが少し脅えながらも、リュカに突っ込みを入れてくれた…その場にいた誰もが思っていた突っ込みを!
「ん?う~ん…そう言う方面の事で、僕が叱っても…説得力が無い!」
「あぁ……自覚はされてるんですね……少し安心しました…」

「ともかく近くに来たのですから、一度寄ってみましょうよ!」
幾ばくかの沈黙か続いたが、マリーの明るい声が沈黙を破った。
「でも…その幽霊船と遭遇する事に意味はあるの?正直、無意味な事に時間を割いている余裕は無いのよ、私達!」
アルルが少しきつめの口調で、マリーの提案に疑問を抱く。

「む、無駄かどうかは分からないじゃないですか!死して尚、現世に現れるなんて相当の思いが込められてると思いますわ!もしかしたら、魔王討伐に何らかの影響があるかも知れないじゃないですか!」
「………そんな確証があるの?」
「………ありませんですぅ…」
「じゃぁ「まぁまぁ、アルル!」
悲しそうに俯くマリーを助けたのはリュカだった。

「バラモス討伐を急ぐ気持ちは解るけど、無駄かどうかは断言出来ないだろ!?後日に幽霊船を見つけておいて良かったって時が、来るかもしれないじゃん!」
「しかしリュカさん…」
アルルの反論を手で制し、真面目な表情で語りかけるリュカ。
「アルルの言いたい事は分かる…僕が娘のお願いだから、幽霊船を探そうとしていると言いたいんだよね…」
アルルは黙って頷くだけ…

「うん…それは否定しないよ。でも、僕の言っている事は間違っているかな?もし幽霊船にオーブがあったらどうする?後日その事に気付いても手遅れかもしれないよ…」
「………分かりました!グリンラッドへ寄りましょう!」
リュカの優しい瞳に騙される様な形で承諾するアルル…

「お父様ぁ…ありがとうございますぅ!」
何時もの様に明るい口調でリュカにお礼を言うマリー。
そのマリーの頬にキスをしてその場を立ち去るリュカ…

皆がリュカの動きを目で追っていたのだが、ウルフだけはマリーから目が離せないでいた。
頬にキスをされた時、リュカに何かを言われ青ざめ固まるマリーに…
何を言われたのかは聞こえなかった。
マリーにもリュカにも聞く事は出来ない…聞いても答えないのは明白だ!
少しの間、悩み続けるマリーを見つめていた。

ウルフの視線に気付きマリーが顔を上げた時、既に何時ものマリーに戻っており、屈託のない笑顔でウルフに抱き付いてくる。
「幽霊船…楽しみですぅ!」
何時もの笑顔…何時もの口調…
今後マリーから目が離せなくなるウルフ…
もしかしたら、この親娘の狙いはそれだったのかも…
人を操るのが上手いから…





<グリンラッド>

リュカ流に言えば『クソ寒い不毛の地』に、一人で暮らす変人ジジイ!
そんな老人を前に、何時もと変わらないリュカとマリーが、『船乗りの骨』を譲って貰える様交渉する……何時もの様に。

「なぁ爺さん!それ、くれよ!」
「何で見ず知らずのお前に、これをやらなければならないんだ!?」
「お爺様ぁ…私ぃ…幽霊船を見たいんですぅ!だから船乗りの骨をください!」
どう贔屓目に見ても脈略がない交渉術。
ただ欲しいからよこせと言う横暴さ!
本当に手に入れる気があるのか、疑問に思ってしまう!
「ただではやれん!ある物と交換じゃ!」
「えー、めんどくさ~い!!」



 

 

雪原の変わり者

<グリンラッド>

「ただではやれん!ある物と交換じゃ!」
「えー、めんどくさ~い!!」
詳細を聞きもしないで即答するリュカ。

「まぁ!物々交換ですのね!?では私の脱ぎたてパンツと交換でよろしいですか?」
マリーは目を輝かせ、スカートの中に手を入れパンツを脱ごうとする。
「マリー!!そう言う下品な事は、言ってもやってもいけません!お姉ちゃんみたいな、最悪な女になっちゃいますよ!」
マリーを止めたのはティミー!
パンツを脱ごうとする妹を慌てて抱き上げ叱る。

「その娘はバカなのか!?パンツなどいらんわ!何の役に立つ!?」
「…役に…ですか?………寂しい夜のおかずでは?」
少しご立腹の老人に、不思議そうな口調でサラリと言うマリー。
「「マリー!!」」
ティミーとウルフが大声で叱る。
リュカを見ると腹を抱えて笑ってる。

「ティミーさん…マリーちゃんはリュカさんに近付けない方が良いのでは?かなりの悪影響ですよ…」
「分かってる…気を付けてはいるのだけど…」
ティミーとウルフが小声で会話する…
そんな二人の思いを振り払うかの様に、兄の腕から離れ父の元へ舞い戻るマリー。
そして交渉は再開される。

「ワシが欲しいのはな『変化の杖』というアイテムじゃ!それとなら交換しても良いぞ」
「変化の杖ですかぁ…それは何処に行けば手に入りますか?」
「そんな事は知らん!自分で調べろ!」





<海上>

「どうだった、船乗りの骨は貰えたかい?」
船に戻るとモニカが事の行方を聞いてくる。
「ダメでしたわ…私のパンツとじゃ交換してくれませんでしたの!」
「はぁ?パンツ?」
「モニカさん、気にしないでください」
ティミーがマリーを抱き上げ口を手で塞ぐ。

「はぁ…何だかよく分からないけど………そう言えば、幽霊船の事で思い出した事があるんだよ」
「んっぷはぁ!…なんですのそれは、モニカ様!?」
モニカの一言に瞳を輝かせたマリーが、ティミーの手を振り払い問いかける。

「ん?あ、あぁ…詳細は端折るけど、昔エリックとオリビアという若い男女が恋をしていたんだ。でも、それを妬むヤツに邪魔されてエリックは奴隷へと落とされ、船で強制労働をさせられるんだ。そして、その船は嵐によって沈没する…その事を知ったオリビアは嘆き悲しみ身投げをするんだ…その船がお探しの幽霊船だって話さ!」

「まぁ…切ないお話ですわ………きっとエリック様の思いが、幽霊船という形になって、現世に現れたんではないでしょうか?…愛してらしたのですね…」
マリーの言葉にしんみりする一行。
「さ、さぁね…アタイはそんなロマンチストじゃ無いから分からねーよ!」
モニカは慌てて船長室へと戻っていった…瞳を少々潤ませて…

「モニカさんて乙女チックなところもあるんですね!?海賊なんてやってるから、もっと雄々しいと思ってました」
モニカの姿を目で追い、ウルフが小声で呟いた。
(ゴン!)
「こらウルフ!女の子はみんな乙女なんだよ!普段、雄々しくても乙女なんだよ!失礼だぞ、馬鹿者!」
リュカがウルフの頭を杖で軽く叩き、女性について説教する。
「す、済みません…以後気を付けます!」
女性との接し方については説得力のあるリュカ。
弟子のウルフは素直に従うのだ!




変化の杖に付いての情報が無いので、当初の予定通り行動するアルル一行。
それから暫くは通常の航海が続いた。
敵が現れてもアルル達が駆逐する…日を追う毎に、戦闘を重ねる毎にアルル達は強くなっている。
ティミーも負けない様にリュカとの組み手を欠かさない。

そんな日常が続いたある日、モニカから目的地到着の報が告げられる。
周囲360度見回しても海…
意識して探さなければ見つける事の出来ない浅瀬…
海のど真ん中にある浅瀬など、誰も気にしないだろう!
そんな浅瀬に船を横付けさせ留まっている。

「さて…此処がスーの酋長が言っていた場所だろう…で、乾きの壺はどう使うんだい?」
乾きの壺を持っているリュカに視線を向け、今後の行動を尋ねるモニカ。
「さぁ…『乾き』って言うくらいだから、あの浅瀬に放り投げれば良いんじゃね?海水吸い込んでくれるんじゃね?」
「リュカさん!!違っていたら大切な壺が海の底に沈んじゃうでしょ!」
いい加減なリュカの発言に激怒するアルル。

「でも、お父様の意見は正しいと思いま~す!」
「だよね~!」
親娘が仲良く意見を一致させるのを見て、頭を押さえるアルル。
「もっと、じっくり考えてから結論「えい!」
(バシャッ!)
アルルの発言の途中で、乾きの壺を海に投げ込むリュカ。

「「「「あぁぁぁぁ!!」」」」
「な、何勝手な事をしてるんですか!?」
ティミーは大声でリュカを怒鳴ると、慌てて海へ飛び込み乾きの壺を拾いに行く!
即座に海へ飛び込んだ為、底へ沈みきる前に乾きの壺を確保出来たティミー…
しかし彼は不思議な光景を目の当たりにする。
先程まで海面より下に広がっていた岩々が、徐々に海上へと浮き上がり、目の前に祠が出現した!


周囲の水位は低くなり、船から祠への道も出来上がった。
ティミーは其処で情けない恰好で座り込み、呆けている。
「お前、何やってんの?ずぶ濡れじゃん!濡れたくないから近寄らないでね」
リュカは慌てん坊な息子に優しく言葉を掛け(内容は別)、遠ざかる様に先に進む。

「お兄様、格好悪~い!浅瀬なんだし、海の底って言ってもたかがしれてますわ!結果を見てから行動しても、よろしかったのでは?結論を焦りすぎですぅ」
最愛の妹に笑われるティミー…

「ティミー…風邪引かない様に身体をしっかり拭きなさいよ!」
母は優しくタオルを渡す。

「ティミー…ごめんなさい……私が一人でリュカさんの提案に反対したばっかりに……ごめんなさい!」
トドメは惚れた女に謝られた!

「ははははは………」
最早、虚しさに笑うしかないティミー。

「あ、あの…ティミーさん…これ」
優しい弟分ウルフが着替えを持ってきてくれた事に、泣きながら感謝した事は、他のみんなには内緒だ!



 

 

絶対的な責任

<浅瀬の祠>

長年、海中に沈んでいた祠は辺り一面水浸し。
そんな空間の中央に、奉られるかの様に台の上へ置いてある最後の鍵。
「これが『最後の鍵』かぁ………」
リュカが徐に手に取り、頭上へ翳し眺めている。
すると奥から1体のガイコツが現れた!
アルル達は即座に身構える………が、
「何か用ッスか?」
リュカが振り返り、緊張感無くガイコツへ話しかける。

「………何で驚かないの!?」
ガイコツなので表情は分からないが、リュカの反応に驚いている。
「何でって…此処に入った時から、居るの見えてたし…」
「いやいやいや!でも普通は驚くでしょ!?だってガイコツが動いたんだよ!?」
納得のいかないガイコツは、驚かないリュカに食って掛かる。

「う~ん…でも『腐った死体』とか、中身が空の『彷徨う鎧』とか、そんなのも居るし…ガイコツが動いたって…ねぇ?」
「ねぇ…って言われても……じゃぁさ、モンスターと思って見構えたりしないの?」
最初はアルル達にとって、恐ろしいガイコツに見えていたが、段々コミカルな愛らしい存在に見えてきたガイコツ。

「モンスターってさ、敵意があるから……アンタには敵意が無いし…」
「敵意って………何年前から此処で、みんなを驚かせるのを楽しみにしてたと思ってるんだよ!」
ガックリ項垂れるガイコツは、とっても可愛らしい。

「ごめんねぇ。台無しにしちゃったみたいだね!次の機会に頑張ってよ!」
「次なんかねぇーよ!最後の鍵を持って行ったら、こんな所に来る奴なんか居るわけないだろ!」
「そっかー…ごめんねぇ~」
ティミーなどはガイコツに近親感を持っている様だ。

「もういい…俺は役目を果たして、成仏するよ…」
「役目!?一体それは何ですか?」
疲れ切ったガイコツが、やっと本題へ入りかけた為、アルルが慌てて食いついた。
「え?あ、あぁ………ゴホン!では言うぞ!…その鍵は、世界に存在する全ての扉を開く事が出来る唯一の鍵!悪しき事に使わぬよう、心清き者が責任を持って所持する様心がけよ!」

「「「…………………………」」」
皆が静まり、ガイコツの行動を注視する。

「…………………………あの…以上ですが……何か?」
「何だよ!?それだけなのかよ!それだけの為に、長い年月こんな所に居たのかよ!?」
あまりの内容に、リュカが思わず文句を言う!
「そ、それだけって……重要な事だろう!その鍵があれば、お城の宝庫物庫からだって盗めるんだぞ!悪い事に使おうと思えば、幾らでも悪い事が出来るんだ!」

「あー、悪い悪い!その通りだね…大丈夫!絶対そんな事には使わないし、使わせないよ!だから安心して成仏してよ」
「うむ…頼んだぞ…」
そして役目(?)を終えたガイコツは、その場に崩れ去った…渋々。


ガイコツが消え去り、微妙な空気が漂う中、リュカが真面目な口調で語りかけてきた。
「みんな…さっきのガイコツだけど………頭は悪そうだけど言っている事は重要だ!そこで、この鍵の管理の仕方について、今此処で決めたい!」
「管理…ですか?」

「そうだティミー…重要な事だ!この鍵があれば、色々な悪事が出来る…だから今後、鍵を所持する人間を決める事にする。その人以外が鍵に触れたら、誰であれ罰を与える!」
『罰』の言葉に皆が真剣な表情になる。
「責任者には守ってもらう事がある!例え親しい人…親・兄弟・友人・知人…等、信頼出来る人の頼みでも、鍵を渡してはいけない!見せるのもダメ!」
「それじゃ、このパーティー内でも信じてはいけないって事ですか!?」
ティミーが憤慨混じりでリュカに突っかかる!

「そうじゃない…僕は自分の仲間を信用している………でも、僕等に化けて近付かれたらどうする?お前は100%見抜く事が出来るのか?」
「………分かりません……」
「うん。だから最初からみんなを疑うんだ。…この件に関してだけだからね!」
「なるほど…それは納得しましたが、誰が責任者なんですか?父さんですか?」
「僕じゃ無いよ。アルルだよ」

「……え!?私!?何で!?」
「だってこの世界の勇者じゃん!このパーティーのリーダーじゃん!」
「勇者って…ティミーだって勇者じゃないですか!しかも既に偉業を達成した…実績のある勇者じゃないですか!!それにリュカさんはその父親ですよ!しかも一国の王様の!責任者としてこれ以上ないじゃないですか!!」
「ティミーは…ダメだよ!コイツ直ぐ騙されるから…きっとリュリュに化けた魔族に、色仕掛けで騙されて鍵を盗まれるね!」
「ぐっ!…反論したいが…」
ティミーが唇を噛み、拳を振るわせてリュカを睨むが、反論出来ない…

「じゃぁリュカさんが年長者として、鍵の責任者になって下さいよ!」
「やだぁ!もし僕に鍵を託したら………僕は鍵を此処に置いて帰るね!他人に悪用されるくらいなら、自分も使えなくていい!此処に鍵を置き、水位を元に戻し、乾きの壺を叩き割る!永遠に海の底で燻ってもらうね!」
「な!こ、この鍵がないと今後の旅に支障が出るじゃないですか!どうするんですか!?」
「そんな事、僕には関係ないね!この世界の…アルルの世界の問題だろ!この世界を平和にしたいのはアルルだろ!?つまり、この鍵がどうしても必要なのはアルルだ!それなのに関係ない責任を押し付けるのは止めてくれ!」
リュカの正論に何も言えなくなる…

「ま、そんなわけで責任もって管理してくれ!」
軽い口調で言い、アルルの胸元からブラの中へ最後の鍵を滑り込ませるリュカ。
「ちょ、何でココに仕舞うんですか!?」
「………下の方が良かった?」
ゲラゲラ笑いながら祠から出て行くリュカ…

鍵の厳重管理に異議は無いし、管理責任者になる事にも不満は無い…ただ、責任を押し付けられた感がある事に、納得しきれないアルル。
そんなアルルを見つめ、申し訳ない気持ちでいっぱいのティミー…
リュカの血がもっと濃ければ、ドサマギでアルルを口説くのだろうが、この少年に期待するのはムリだろう…
もっと親密になりたいのに、その方法が分からないティミー。
父には剣術よりも、ナンパ術を教わった方が良いのでは?
妹に、そう溜息を吐かれる少年の前途は多難である…



 

 

父の影

<ムオル>

今アルルは、1人の少年と向き合い絶句している…
最果ての村ムオル………
何故この様な場所で、この様な事態に遭遇するのか…
此処までの流れを説明しよう。


≪数日前~海上≫

「おい、モニカ!この近くに『ムオル』という村があるんだが、其処に寄ってくれ!」
最後の鍵を手に入れ、南方の『ランシール』へ向かうアルル一行…
しかしカンダタが突然、用もないムオルという村への寄港を願い出る。

「カンダタ、その村に何か特別な事でもあるの?」
アルルの疑問は当然だ。
ただ近いから寄ると言うのは論外で、何らかの理由が必要になる。
「正確には近くの町や村なら何処でも良いんだ。そろそろ手下達から、何らかの情報が集められていると思うから、一番近いムオルで確認をしたいんだ」
「情報の…確認?」

「あぁ!俺達盗賊のネットワークは、小さな村にも張り巡らせれてるんだ!最果ての村と呼ばれていても、俺達には関係ねぇ!」
「本当かよ!?現地妻にでも逢いに行くんじゃねぇーの?」
モニカの前でトンデモない発言をするリュカ。
「お、おい!冗談は止めてくれよ!俺は旦那と違って二股かける程度胸はねぇ!モニカを怒らせたらタマ潰されちまう!!」
本気で青ざめ否定するカンダタ。

「そんなにムキになって否定すると、逆に怪しく見えるねぇ~」
「バカ言うな!俺は怒った時のおめぇーが怖いんだよ!そんな事出来るわけ無いだろ!」
ニヤケながら疑うモニカに、半泣きで否定するカンダタ…
既に尻に敷かれている。
「あはははは、冗談だよ!アンタがそんなにモテるわけ無いからね!」
モニカの豪快な笑いに、顔を顰めるカンダタ。

「何だ…美的感覚は正常なのか………」
二人に聞こえない様に囁くリュカ…
その囁きを聞き、思わず笑い出すアルル。
そんなリュカとアルルのやり取りを見て、ヤキモチを妬くティミー!
やはり最大の敵はリュカの様だ!



<ムオル>

太陽が最も高い位置で輝く頃、アルル一行は村の入口で村人と出会う。
「やぁ、最果ての村ムオルへようこ………そ!?」
村人Aがアルルを見て驚いている。
「ポ、ポカパマズさん!!帰って来たんですね!?早くタリーナに逢ってやってくれよ!きっと驚くぜ、アンタ!」
村人Aはアルルを強引に連れて行き、とある家の前に誘った。
「あ、あの……私…」
「おーい!タリーナ!!お客さんだぞー!」
戸惑うアルルを無視して、村人Aは家の住人を呼び出す。

(ガチャ)
扉が開き、姿を見せた住人はマリーと変わらぬ年の少年だった…
その少年を見て固まる一同…
声が出せないアルル…
何故アルル達が固まっているかと言うと…
「まぁ!?アルル様にそっくりですわ!アルル様が幼い時は、こんな感じだったんでしょうね?」
…と言う事である!

「ポポタ…どうしたのです?お客様が来たのなら、ご挨拶………を………ポ、ポカパマズさん!!」
奥から出てきた女性がポポタと呼ばれる少年に声を掛け、アルルに目を移し驚き叫ぶ!
「帰ってきてくれたんですね、ポカパマズさん!逢いたかったわ!」
そして女性はアルルに抱き付き泣き出した!
「え!えぇ!?えぇぇ!!?」
混乱するアルル、泣き出す女性、困り果てるその他大勢…
咄嗟に機転を利かせたのはリュカだった。
「ポカパマズ~!立ち話も何だし、家に入れさせて貰おうよ!…おい、村人!案内ご苦労さま。お前はもういいから帰れ!」
リュカは村人Aを追い返し、家の中に入り落ち着いて話が出来る環境を整える。


「さて…僕はリュカ。お嬢さんのお名前はタリーナさんでいいですか?」
「は、はい………ねぇ、ポカパマズさん…こちらの方々は?」
「あ、あの…私は「その前に聞きたいのですが…」
アルルの言葉を遮り、リュカがタリーナへ質問を続ける。
「こちらのポポタ君は、貴女とポカパマズの息子さんですか?」

「…はい…ポカパマズさんが村を出て行った後で、妊娠に気付いたんです!だからポカパマズさんが驚くのもムリ無いですよね!うふふ…私ったら…ポカパマズさんに説明するの忘れてたわ……この子はポポタ…貴方と私の息子です」
タリーナは自嘲しポカパマズ(アルル)に息子を紹介する。
「わ、私…ポカパマズじゃありません!」
「…え!?…何を言ってるの?だって…」

「お嬢さん…コイツはポカパマズじゃない!似ているのかも知れないが、ポカパマズではない!」
そう言うとリュカは、タリーナの手を掴みアルルの胸に押し当てた!
「ちょ、リュカさ「ほら、この通り…小さいけど胸もある!」
「そ、そんな……」
「ち、小さいは余計です!」
「ごめん…そんなに怒るなよぉ…服の上からじゃ判りづらいって言いたいだけだって!」

「あ、あの…ごめんなさい…私ったら…あの人が帰ってきたと思っちゃって…」
嬉し泣きから悲しみの涙へ変わるタリーナ…
アルルへの非礼を詫びると、また悲しみの中へと沈んで行く…
そんな母を心配気に見つめる息子(ポポタ)…

「タリーナさん、泣かないで。折角の美人が台無しだよ。貴女は笑顔の方がよく似合う!」
泣き崩れるタリーナの頬に手を這わせ、瞳を見つめて泣き止む様に説得するリュカ…
誰がどう見ても口説いている。
「アンタは何考えてるんだ!?この状況で、人妻をナンパするなんて…場を弁えて下さいよ!」
「失礼な息子だな!ナンパなんてしてないよ!美人は笑顔が似合うんだ!だから笑顔になってほしいだけなの!」

「あ、あの…ケンカをなさらないで………そ、そうだわ!皆さんのお名前を教えて下さい!」
何とか泣くのを止めて、アルル達の方へ向き直ったタリーナ…
それを見てタリーナへ見えない様に、ティミーに向けてウィンクし親指を立てるリュカ。
リュカの計算通りだったらしい…ティミーにそのつもりは無かったが…
そして一人ずつ自己紹介をして行く…
何とか、落ち着いて話せる状態へ出来た様だ。
ただ問題はこれからなのだが…



 

 

父の存在

<ムオル>

「………最後に私…名前はアルルよ。残念ながら貴女の夫ではありません!」
アルル達が一通り自己紹介を終え一息つく。
「そうですか………本当にごめんなさい…よく見ればポカパマズさんとは違いますね。…でも、何て言うか…雰囲気が似てるというか…貴女はポカパマズさんの知り合いでしょうか?」
タリーナが懇願する様な目でアルルを見つめる。
どうやら彼女はポカパマズの行方を探っている様だ。

「…知り合いかと問われても…ポカパマズが誰だか判らないので…何とも言えませんが…詳しく教えて頂けますか?」
「そ、そうですね…か「ちょっとその前に!」
アルルの問い掛けに、答えようとしたタリーナ言葉を遮るリュカ。

「あの…何か?」
「うん。どうやら、さっきの村人Aが村中に言い触らした様だ!ポポタ君に『人違いでした』って、皆さんに伝えてきてもらってもよろしいかな?」
お願いしながら窓の外を指差しリュカ…其処には、噂を聞きつけて集まってきた村人が。
「分かりました………ポポタ、皆さんに間違いだったと伝えてきてちょうだい」
「は~い、ママ!」
素直に返事をし外へと出ようとするポポタ…

「あ、ポポタ君。みんなに説明が終わったら、これで何か食べてきなさい」
リュカは懐から10ゴールドを手渡し、ポポタを外へ送り出す。
「よ、よろしいんですか!?」
「…彼には聞かせたく無い話になりそうだから…気付いているのでしょ、お嬢さん!」



ポポタが出て行き数分後…
窓の外から村人達が引き上げるのを確認し、タリーナがポカパマズの事を話し出す。
「……ポカパマズさんは、ポポタが産まれる前に村の外で私が見つけました。モンスターにやられ、傷だらけで倒れていた所を私が助けたのです…」
「確か『ポカパマズ』って『キチガイのカタワ』って意味だよな?何でそんな名前で呼んでるんだ?」
話の腰を折りカンダタが質問をする。

「…当時…ここら一体は、モンスターの影響以外で不幸に見舞われてました…」
「モンスターの影響以外?…それは異常気象とかで?」
リュカの質問に頷いて答えるタリーナ…
当時、ムオル一帯は異常気象や疫病で壊滅的ダメージを受けていたのだ…

「そんな時に村の外で見つかった彼の事を『ポカパマズ』………『キチガイのカタワ』と悪意を込めて呼んだ人が居たのです…しかし、回復したポカパマズさんは村の為に、壊れた家の修理を手伝ったり、枯れた井戸を更に掘り、水の確保を手伝ってくれたり…助けてくれた恩だと言って、村の為に尽力してくれたんです!」
「それで貴女は彼に惚れちゃったんですね?」
リュカの問いに顔を赤らめ頷くタリーナ。

「でも彼は出て行きました…重大な使命があると言って………村を出て行く前の晩に、私は彼と結ばれたんです…その時ポポタを授かりました」
瞳に涙を浮かべ、懐かしむ様に語るタリーナ。

「…なるほど…では彼について、もう少し詳しく教えてくれませんか?」
何かを察したアルルがタリーナに詳細を問いつめる。
「わ、私の分かっている事は…彼の本当の名はオルテガ…アリアハン出身という事だけです…」
彼女は知らない…
その二つの事実が、どれほど重要なのかを…
アルル達は薄々感づいていた。
しかし確証が無い限り、口に出す事を避けていたのだ。

それをアルルが聞き出した!
そしてやり場のない怒りが込み上げてくる。
「あ、あのクソ親父!!世界を救う旅に出るとか言って、女遊びをしているだけじゃないの!!」
自分の父親が、余所で弟を造っていた事に激怒するアルル!

「落ち着いてよアルル…」
「うるさい!どうせ男にとって、女なんて性欲処理の道具なんでしょ!アンタみたいに其処ら中で子供造ってる男に、落ち着けなんて言われたくない!アンタこそ1カ所に落ち着きなさいよ!」
怒りで混乱しているアルルは、怒鳴るだけ怒鳴ると、泣きながら外へ出て行ってしまった!


「リュカさん…良い判断ですね。ポポタ君を出て行かせた事…」
「…ありがとウルフ…経験者だからね…ティミーもキレてたからね…」
どうやらマリーの他に、腹違いの妹が2人出来たという報に、ティミーは激怒した事があるらしい…

「ちょっと父さん!落ち着いてていいんですか!?アルルが村の外まで出て行っちゃいましたよ!追いかけなきゃ!」
落ち着いて会話を続けるリュカを見て、不安気に騒ぐティミー…
「追いかけても良いが、さっきの見たろ!僕が行っても逆効果だよ………同じ気持ちを分かっている、お前が行ってこいよ!優しく宥めろよ。帰ってきて、いきなり斬りかかられたくないから」
「僕が行って効果ありますか?…殴られるだけでは?」
アルルの怒りっぷりに怯むティミー。

「じゃぁ殴られてこいよ!お前がサンドバックになって、怒りを吐き出させろよ!…アルルにだったら殴られても構わないだろ、お前!?」
「……ふう…相変わらず勝手だなぁ……」
そしてティミーはアルルの後を追う…
少し腑に落ちない点もあるが、アルルの為に後を追う。



「…行ったか。………惚れてる女の事なのだから、僕に言われなくても後を追ってほしいものだね!」
息子が出て行くのを確認したリュカは、独り言の様に呟いた。
「お父様…お兄様にそう言う期待をされるのは酷ですわ。そんな事が出来ているのなら、今頃お父様には孫が複数存在しているはずですわ!」
彼女特有のあどけない口調ではあるが、内容は辛辣な物である。
そして皆がそれを分かっているから、苦笑混じりにティミーが出て行った扉を見つめてしまうのだ…

「ところでリュカさんは、何時頃からティミーさんがアルルに惚れているって、気付いたんです?」
「…そう言うハツキは何時から?」
「私は…船を手に入れてからですね。仲良さそうに会話している二人を見て…」
「僕は…ダーマでかな」
リュカの答えに皆が驚く。

「幾ら何でもそれは嘘よ!ティミーとアルルちゃんが出会った場所じゃない!」
「うん。カンダタやハツキ・ウルフが転職をしている時、あの二人が仲良さげに会話してたんだ…ティミーって女の子と会話する時、僕の血が混じっている事を恐れて、1歩引いて対峙してたんだ。例外は母親と妹、あとリュリュ…まぁ彼女も妹なんだけど、それくらいかな。でも出会って1日のアルルとは、自然な形で会話してたんだ!………あの時思ったんだ…絶対この二人をくっつけようって!」
《こえー!この人に掴まったら、諦めるしか無さそうだ…俺がこうなるのも、予測してたのかな?聞きたいけど怖くて聞けない!……救いはマリーちゃんが可愛いって事だけじゃん!…あ~リュカさんがお義父さんかぁ~…胃薬用意しておこうかな…》
ウルフが素敵な未来に思いを馳せている時、ティミーは素敵な恋人同士なれるよう奮闘している。
そして、その間にタリーナに現状を報告するリュカ達…
彼女も、アルルがポカパマズの娘である事に感づいていた様で、事態の収拾に協力してくれた。

あとはアルルを落ち着かせ、ティミーと一緒に戻ってくるだけだ。
『お兄様にそう言う期待をされるのは酷ですわ』…マリーの言葉が思い出される…



 
 

 
後書き
出ましたオルテガさん!
何処かの誰かと似ているね! 

 

理想の男

<ムオル近郊>

ティミーは駆け足でアルルの後を追う。
彼女は村を出て、少し離れた所で『デッドペッカー』と呼ばれるモンスター4体に襲われていた!
普段であれば手こずる敵では無いのだが、アルルは1人で…しかも頭に血が上った状態の為、苦戦を強いられている!

「くっ…アンタ等なんかに負けるかー!!」
アルルはデッドペッカーに剣を振るが、大きなダメージを与えられないでいる。
理由は戦闘開始直後、ルカナンで守備力を下げられ、デッドペッカーの大きなくちばしで腕を怪我してしまったからだ!
自らホイミで回復するも、敵の絶え間ない攻撃で回復が追いつかず、力が入らないのだ。

「くっそ!!私は勇者だ!私がこの世界を平和にするんだ…あの男じゃない!!」
言葉と共に剣を振り下ろすアルル…
しかし肩口に受けた傷から、大量に流れる血の所為で剣を持つ手が濡れ、剣を滑らせ後方に落としてしまった!
そんなアルルに一斉に襲いかかるモンスター!

「アルル!伏せて!!」
ティミーの声が聞こえ、咄嗟に伏せるアルル。
「ギガデイン!」
けたたましく鳴り響く雷鳴…
デッドペッカー4体はティミーの作り出した雷撃で、一瞬にして葬り去られた。
「ベホマ」
ティミーはアルルに近付き魔法で傷を治癒する。


「あ、ありがとう…私…」
「気にしないでアルル。あんな事を聞いた後だ…取り乱すのも当然だよ。自慢じゃ無いが、僕はその道じゃアルルより大先輩だからね!気持ちはよく分かる…」
俯くアルル…
ティミーとしては、最大のジョークのつもりで場を和まそうとしたのだが…

「あの、アルル…その…男という存在が憎いのなら、僕を殴るといい…僕も一応男だし…でも、ポポタ君には罪は無いから…」
「ちょっと、ティミーにだって罪は無いでしょ!…ただ、アリアハンに帰ればお母さんが待っているのに、こんな僻地で浮気した父が許せなくって………ごめんね、迷惑掛けて…」
「そ、そんな…迷惑じゃ無いよ…僕も分かるし…」


二人は草原の真ん中に座り込み、暫く何も喋らない…
沈黙を破ったのはアルルからだ…
「ねぇティミー…貴方が初めて腹違いの兄妹に出会ったのって何時?」
自分の膝を抱え、地面だけを見ながらアルルは問いかけた。

「………あれは、8歳の時だ。石にされてた父さんを助け、心配してくれた人々に挨拶に行った時…同い年の妹…リュリュに出会った」
「リュリュ?…ティミーが惚れてる人よね」
ティミーの話を聞きたくなったアルルは、視線を彼に向け質問をする。

「うん…最初、僕は彼女が腹違いの妹って知らなかったんだ…今思えば、リュリュは父さんにそっくりなんだし、疑問に思えば良かったんだけど…その時は…」
少し苦笑いしながら話すティミー…
「父さんと同じ瞳をしていてね…凄く可愛いんだ!声も可愛くって、何もない村なのに凄く楽しそうに紹介してくれたんだ…」

「じゃ、何時…妹だと知ったの?」
「母さんを助け出し、皆さんの元へ挨拶に行った時に、父さんが突然真実を打ち明けたんだ!…それを聞いた時は混乱したね!意味が分からなかったから…僕のお母さんはリュリュとは他人で、リュリュのお母さんは僕とは他人…」
「どうやって納得したの?」

「…納得か………多分…してない!今はしてるよ!!でも、あの時は…」
悲しそうな表情で話し続けるティミー…
そんな彼を優しく見つめるアルル…
「納得はしてないけど、こう思う事にしたんだ…『僕はリュリュを好きになってはいけないのだ』と…」
「え!?それは違うわ!!」
「うん、分かってる!今はもう分かってる!でも、その時はそう思う事で勇者としての使命に集中する事が出来たんだ!これから魔界へ乗り込もうとしてたからね…集中しないと!」

「…辛かったでしょ」
「イヤ…その時は平気だったんだ…それより、平和になった後の方が辛かったね!僕と彼女は兄妹なのだから、好きになってはいけない…そう思えば思うほど、好きになってくんだ!」
「ティミーは真面目だから…思い詰めちゃうのね。………大変ね、真面目に生きるって!」
「はははは…本当だね。父さんみたいに生きれたら楽なんだろうけどね…」
「やっぱりティミーも、リュカさんみたいな生き方に憧れるの?」

「………悩みが無さそうで、羨ましく思う時はあるけど…憧れはしないなぁ……それに、あんな生き方する男は嫌いだろ、アルルは!?」
「え?う、うん…大嫌い!私の理想の男性は、浮気を絶対にしない人だから…」
二人とも遠くを見つめ、互いの言葉を噛みしめる。


「僕は勇者で、グランバニアに帰れば王子なんだ…でも僕にはどちらも役者不足なんだ!勇者としては不甲斐ないし、王子としてもセンスがない…」
「そ、そんな事な「でも!」
ティミーの言葉を否定しようとしたアルル…それを遮り、ティミーはアルルを見つめ言葉を続ける。

「でも…君の理想の男にはなってみせる!」
「え………それって………」
「さっきも言ったけど、僕はリュリュが好きだった!何時も彼女の事を考えていた…でもアルルの側に居ると、リュリュの事ではなく、君の事ばかりを考える様になっていた!最近では、居ても居なくてもアルルの事を考えてる…僕は君の事が…す、す、好きなんだ…」
ティミーは勇気を振り絞り、アルルへと愛の告白をした…最後は枯れそうなほど小さな声だったが、確実にアルルの耳へと届いていた!


「あ、あの…わ、私……」
顔を真っ赤にしたアルルが、返答に困っている。
「返事は…今じゃなくて良いよ。僕の気持ちの問題で、告白してしまったのだから………リュリュの事を好きな時は、何時も自分に言い訳をしていた!『彼女は妹なのだから、告白してはダメだ』と…そんな勇気が無いだけだったのにね!」
ティミーは顔を赤らめながらも、アルルの瞳から視線を外さない。

「でも以前、双子の妹ポピーから言われたんだ。『好きなのに告白しないで、妄想の世界でリュリュを汚すのは卑怯だ』って…僕、アイツ大嫌いなんだ!でも正しい事を言ってた…その時はポピーの言葉だったし、無視したんだけど…言ってる事は正しいから、アルルに対しては思いを告げようと………ごめんね、急に…」
ティミーが薄っら涙を浮かべ視線を外す…
ティミーの気持ち…ティミーの心が痛いほど分かるアルル…

彼の首に、自らの腕を回してキスをする。
「………絶対…浮気は…許さないわよ!それでも良いの?」
「絶対浮気はしない!それだけは約束出来る!」
「…本当に~?…リュリュちゃんが『ティミー愛してる♡』って抱き付いてきたら、我慢出来る?」

「………む、難しいな……で、出来ると……思う!」
「(クスッ)そう言う時は嘘でも出来るって即答しなさい!…でも安心ね!ティミーは嘘が付けないみたいだし、浮気したらギガデインを喰らわすからね!」
アルルが優しく…そして可愛くティミーを脅す。

「まだギガデインは使えないだろ…」
「これから憶えるのよ!勇者ティミー様の、直々のレクチャーで!」
既に尻に敷かれているティミー。
だが本人は幸せな様子だ。
彼ならギガデインを喰らわずに済むだろう…
父親の血が少なくて本当に良かった…
新たな恋人達に幸せが訪れます様に。



 
 

 
後書き
良かった…
ティミー君にも幸せが訪れた!
だが、彼の試練はここから始まるのだ!! 

 

口紅

<ムオル>

「アルル…もう一度だけ言っておくよ…どんなにお父さんの事に腹が立っても、ポポタ君の前で彼のご両親の事を悪く言ってはダメだよ!」
辺りは暗くなり、アルルとティミーは村へと戻ってきた。
そしてタリーナの家の前で、ティミーがアルルに念を押している。
「うん、分かってるわ…彼の前だけでなく、取り乱さないわ…もう分かったから、そう言う男だって事に…」


「只今戻りました…申し訳ありません、ご心配掛けて…」
「遅くなって済みません…」
アルルとティミーが室内へ入ると、一斉に視線が二人へ向けられた。

「何だぁ?遅いと思ったら、イチャついてキスしてたのか!」
「な、何ですか…藪から棒に!!」
戻って早々のリュカの言葉に、慌てまくるティミー。
「だってキスしてたんだろ?」
「な、何を根拠に!!」

「……お前、女装の趣味があるの?」
「はぁ?無いですよ、そんなの!」
「じゃぁ、その口に付いた口紅は、アルルから転移した物だろ!」
慌てて口を押さえるティミー。
「ティ、ティミー…私、口紅なんて付けてないよ…」

「騙されやすい男だな!簡単に引っかかってやんの!…お前、自分の惚れた女が化粧してるかどうか知っておけよ!」
「くっ!以後、注意します!」
室内は笑いに満ちていた。
アルルとティミーの二人は顔を真っ赤にして俯いてるが…

「アルル…僕の息子は、こう言う情けない息子なんだ。だからよろしくな!コイツなら100%君を幸せにする事が出来る…でも、こんな男だから自分を犠牲にして君を幸せにしようと暴走しかねない!そうならない様に、君が息子を幸せにしてやってくれ。そして二人揃って幸せになってほしい…」
リュカの優しい言葉に、アルルとティミーが揃って頷く。
そんな二人を見たリュカは、目と顎を使いティミーに合図する…『キスしろ!』と!
ティミーは戸惑い、回りに助けを求める様に見回したが、皆が同じ思いを込めた目で見る為、観念するしかなかった。

「「……………」」
リュカとビアンカのキスに比べれば、ぎこちない挨拶の様なモノだが、それでも互いを愛する心が伝わってくる爽やかなキスだ。
二人が唇を離すと、皆から拍手が巻き起こり、タリーナが手料理でもてなしてくれた。
「大した物では無いけれど、腕によりを掛けて造らせてもらったわ!どうぞ召し上がって下さい」
その晩は盛大に盛り上がった…
アルルとティミーの事で…これまでの冒険の事で…更にはこれからの冒険の事で………
そして、アルルとポポタの父親の事で………




<海上>

カンダタの盗賊ネットワークの情報により、ある程度世界の状況が分かってきたアルル一行。
タリーナのもてなしに甘え、楽しい夕餉を過ごしたムオルを後にし、船に戻り出港の準備を整えている。
アルルとティミーは船の隅でイチャイチャする………事もなく、真面目に割り当てられた仕事をこなすカップルだ。

そんな二人を眺めながらリュカは…
「つまらん、つまらん……人目も憚らずキャッキャッウフフとイチャ付けば良いのに…欲望を押し殺して仕事するなよ!」
と、らしと言えば彼らしい呟きを吐く。

「お父様、お二人は欲望を押し殺してはいませんわ!根っから真面目すぎて、そう言う思考に到達しないのですわ!」
最早、誰もリュカに対して『手伝え』とは言わない…
怖いからではなく、余計な仕事を増やすから…
マリーも仕事をしてない様に見えるが、実は違う…
リュカが余計な事をしない様に、皆が手を離せない時にリュカのお守りをするのが彼女の使命だ。
この一団での暗黙のルールなのだ!


準備も整い、船が動き出す…
今後の事を話し合う為に、アルル達が一斉にリュカの周りへ集まってくる…
余所で話し合いを行うとリュカが参加しないので、彼の周りで行い強制参加させるのが、このパーティーの習わしだ!

「俺の仕入れた情報では、此処から南に『ジパング』と言う国がある。其処の女王が『パープルオーブ』を持ってるって話だ!」
「じょ、女王ですか…」
あからさまに不安気な顔をするアルル。
「あの国はヤバイみたいだよ!『ヤマタノオロチ』って化け物が出て、生贄を与えないと国を襲うそうだ!そこで女王ヒミコは神のお告げを受け、定期的に少女を生贄に捧げているらしいよ…」
「何ぃ!美少女を生贄に捧げるだとぉ!!許せん、僕達がジパングを救わねば!!」
元海賊モニカの情報を聞き、急にやる気を出すリュカ………美少女とは一言も言って無いのに…

「では、このまま南下しジパングへ…その後、ランシールへ赴くコースで良いですね!?」
アルルが会議の纏めに入る…
「おっと、待ってくれ!もう一つ情報があるんだが…変化の杖についての…」
「まぁ、カンダタ様!本当ですか!?変化の杖は何処にあるのですか?」
寄り道をしたくないアルルに睨まれるも、後に情報を持っていた事がリュカにバレた時の事が恐ろしくて、出し惜しみすることなくさらけ出すカンダタ。

「あ、あぁ…変化の杖は『サマンオサ』の王様が持っているらしい…」
「サマンオサ…あの高い山脈に囲まれた国か………行けなくはないが、あの山脈越えは厳しいと思うよ!」
「そうですよねモニカさん!簡単に行けるのなら寄り道も良いけど、ムリして行く事は無いですよ!」
モニカの提示した情報を嬉しそうに指示するアルル。

「…いや、そうでも無いんだ………ジパングの直ぐ北にある祠に、サマンオサへ通じる旅の扉があるらしいんだ!…だから、ジパングの後にサマンオサへ行くのはどうだ?」
《この男、余計な事を!!幽霊船なんかどうでもいいじゃない!!》
鬼の形相でカンダタを睨むアルル…
「では決定ですわね!ジパング・サマンオサ・ランシールの順番で世界を回りましょう!」
「……………」
アルルは何も答えない…ただ、渋い表情で頷くだけ…


今後の進路も決まり、リュカの前から解散する面々。
サマンオサ行きに納得のいかないアルルは、ティミーと共に彼の部屋に行き愚痴りだす。
「どう考えたって幽霊船なんか関係ないじゃない!…仮に、幽霊船にオーブがあったとしても、その情報を入手してからだって良いじゃない!!」

「ま、まぁまぁ…確かに父さんは身勝手だけど、その身勝手さで後日重要な手懸かりを得る事も多々あるんだ!」
「はぁ………」
アルルも分かっているのだ…何を言っても無駄な事は…
溜息をつくアルルの手を握り、瞳を見つめるティミー。
彼女にキスをするのに、まだ勇気を振るわないと出来ない男…
(ガタッ)
不意にドアの外で物音がした。

不審に思い、ティミーがドアを開けると………其処にはウルフとマリーが、ドアの隙間から二人を覗いているではないか!!
「な、何やってんだ!」
「あ!バレましたわ!!」
「ウルフ君…君まで…」
「いや…ち、違うんだ!!リュ、リュカさんがね…『今覗けば、二人のエッチが見れるよ!』って言うからさ!………つい………」
覗いてた事に変わりないのに、無意味な言い訳をするウルフ。

「あ、あのクソ親父!!」
顔を真っ赤にして激怒するティミー!
凄まじい勢いで父親の元へかけ出した!
「行っちゃいましたわ…」
「よ、良かった~…殴られるかと思った!」
「ちょっと!ウルフ、マリーちゃん!私達まだ付き合い始めたばかりなんだからね!……邪魔…しないでよ…もう!」
アルルはキスを…更にはその先をも期待してたので、残念そうに二人を叱る。
「ごめん、アルル…リュカさんに踊らされました…」

今、甲板は凄い事になっている…
遠慮することなく魔法を使い、ティミーがリュカに攻撃を仕掛けている…
ビアンカのお説教が始まるまでの数分間、甲板上に居た者達は生きた心地がしなかったと言う…
因みにティミーの攻撃は掠りもしなかった様だ。



 

 

ジパング

<ジパング>

異国情緒溢れる国ジパング。
人々皆が奇妙な恰好をしており、アルル達を『ガイジン』と呼ぶ…

「変な国ね…『ガイジン』って何よ!?」
自分を指差され叫ばれる言葉に不快感を露わにするアルル。
「ガイジンとは、異国の人という意味だよ」
船でティミーとの親密な時間を邪魔されて以来、不機嫌なアルルにリュカは優しく諭す様に言葉の意味を教える。
「不愉快な人々ね………さっさと情報を集めオーブを手に入れて、こんな国からは出ましょうよ!」
そう言い、ズンズン進んで行くアルルを見てリュカは…
「勝手だなぁ~」


アルル達は住民から話を聞き、今この国で起こっている厄介事を聞き出した。
曰く、「ヤマタノオロチは数年前に現れて、この国を破壊し始めた」
曰く、「それまでお飾りだった女王ヒミコが突然神の声を聞ける様になった」
曰く、「女王ヒミコが、神の啓示を聞き少女を生贄に出す事で、ヤマタノオロチの活動を、押さえる事が出来た」
曰く、「最初の頃は数ヶ月に1度、生贄を捧げればヤマタノオロチは暴れなかったのだが、最近では毎週生贄を捧げる様になった」
曰く、「僕の大好きなヤヨイ姉ちゃんが、昨日生贄になっちゃった!」
等々…

「事態は深刻だな…」
リュカが重い口調で周囲を見渡す。
「そうですね…皆、生きる気力を失い掛けてます…」
アルルも見渡し、悲しそうに呟く。

「良い女が全然いねーじゃん!全部生贄にしちゃうから、ババーとガキしか残ってない!つまんねーよ、この国!ほら見ろよウルフ…昔は美女でしたって人か、これから美女ですよって人しか居ないよ!…あぁ、お前はロリコンだからお宝満載か!」
「って、ロリコンじゃねーよ!!」
凄い勢いで突っ込むウルフ。

「ヤメロ!リュカさんもウルフも、いい加減にシロ!巫山戯てる場合じゃ無いでしょ!この国が滅びてしまうかもしれない一大事なんですよ!」
「ご、ごめんなさい…」
被害者であるはずのウルフが謝ってしまうほど、アルルの気迫は凄かった!

「だから僕も事態は深刻だと思ってるよぉ」
「アナタの深刻さはニュアンスが違ってます!」
ウルフとは反対に、全く悪びれないリュカ。
そんなリュカを睨み続けるアルル。


「…あ!美女の匂いがする!!」
真剣なアルル達をバカにするかの様に、突飛な事を言い出すリュカ。
「はぁ…何言ってるんですか…さっき父さんが言ったんですよ、美女が居ないって…」
「こっちだ!」
苛つくティミーを無視して走り出すリュカ…
先程まで柔和な表情だったビアンカの表情が、険しくなったのを見て焦るティミー。
仕方なく皆でリュカの後について行く…


暫く進むと小さな小屋の前に辿り着いた。
「何だ、アンタ等!?」
小屋の前には番をするかの様に男が一人立っている…
「この中に居る」
「此処は漬け物を保存している地下保存庫だ!誰も居ない!!あっちへ行けよ!」
リュカは小屋を指差し、中へ入ろうとする…
しかし自主的に番をしていると思われる男が立ち塞がる様に邪魔をした。
「うるさい、退け!」
だがリュカの力に簡単に弾かれ、リュカ達に進入を許してしまう。


小屋にはいると直ぐに階段になっており、ヒンヤリとした空気が漂う地下へと続いている。
「うっ!何この匂い!?腐ってるんじゃないの!?」
其処は幾つもの大きな瓶が並んでおり、糠漬け特有の匂いが漂っている。
慣れないアルル達には悪臭でしかない。
「此処に居る!美人の匂いがする!」

「父さん………酷い悪臭しかしないじゃないですか……鼻と頭がおかしくなったんですか?」
どさくさに紛れてとんでもない事を言う息子を無視して、一つ一つの瓶を開けるリュカ。
マリーなどはリュカが開けた瓶の中身を摘み食いしている。
「う~ん…美味しいですわ!!このキュウリ最高ですぅ」
「こらマリー!そんな物食べちゃいけません!お腹壊しますよ!」
「大丈夫ですよお兄様。別に腐ってる訳じゃありませんから」
キュウリをボリボリ食べながら、兄の警告を無視するマリー…
「お、居たよ!!」
するとリュカがお目当ての美女を見つけた様で、瓶の蓋を片手に大はしゃぎする。


リュカ以外の皆が瓶の中を覗くと、其処には確かに美女が居る。
しかし中の美女は変なのだ!
瓶の中に居る事自体変なのだが、服装が奇妙だ!
アルルやティミーなどから、ジパング人の一般的な服装を見ると、それも奇妙なのだが、この美女はそれとは違うベクトルで奇妙なのだ…
一言で言えば白装束…
そう、まるでこれから生贄にされるかの様に…

「あ、あの…どうか見逃して下さい!……せめて一晩……あと一晩、故郷との別れの時間を私にください…」
美女はアルル達を見つめ、泣きながら懇願する。
「あの…何のこ「貴様ら!!見つけてしまったな!!」
アルルが質問をしようとしたのだが、先程の自主的警備員が階段から現れ、ヒステリックに大声を上げた!
「えっと……何?どうしたの??」

一人、瓶の中で泣きじゃくる女…
一人、出入り口を塞ぎ殺気立つ男…
間に挟まれたアルル達は、途方に暮れる。
そして3本目のキュウリを完食するマリー。
「見られたからには、生きて返すわけにはいかない!ヤヨイは俺が守る!生贄になどさせはしない!」
男は腰から刀を抜き構える。

「へー、君ヤヨイちゃんって言うんだ!可愛い名前だねぇ!」
「あ!は、はい………」
「あらお父様!私の名前だって可愛いですわよ!」
「うん。可愛いよマリーも…でも一番可愛い名前はビアンカだけどね!」
「まぁ、ラブラブですわね!」
別空間のやり取りをする親娘。


事態の収拾に渋々乗り出す苦労人ティミー…
父と妹の事はひとまず置いといて、殺気立つ自主的警備員を宥めにかかる。
「落ち着いて下さい…僕等はヤヨイさんを、生贄に捧げる為に此処へ来たわけではありません!むしろ助けようと思ってる!」
「ほ、本当か…?」
「何だよぅ…疑うなよ!美女を助けるのは、イケメンの義務だろ!美女の居ないジパング人大勢の命より、美女一人の命を救う…それがイケメンの義務だ!お前もそのつもりなんだろ!?その他大勢の命を犠牲にして、この美女の命を優先するんだろ?」

「そ、それは……お、俺はジパングの民の命を犠牲にするつもりなどは…」
リュカの辛辣な言葉にたじろぐ自主的警備員。
「アナタは黙ってて下さい!話がややこしくなる……この男の言う事は無視してくれ。この男以外の僕等は、誰の命も犠牲にしない!このジパングを救う為に来たんだ!」

この後ティミーは、根気強く男を落ち着かせて行く。
途中、リュカのチャチャに辟易しながら、説得を続けていった。
余談だが、ティミーの説得の邪魔をしたリュカは、さすがにビアンカに叱られ、珍しくしょんぼりしていたと言う…



 

 

目が濁ってる

<ジパング>

彼の名前はタケル…
恋人のヤヨイを生贄という凶事から救い、保存庫の瓶の中に匿い人々の目から守り続けようとした男…
リュカの余計な能力の所為で、あっさり存在を発見されてしまい、リュカ達を皆殺しにしてでも恋人を守ろうと空回した男…


思い込みが先行した空回り男の説得は極めて困難で、見かねたアルルもティミーに協力をし、何とか落ち着きを取り戻す事が出来た。
身内(リュカ)の妨害にもめげず、困難を乗り越える事が出来た二人。

タケルはこの国の兵士で、ヤヨイを生贄の祭壇へ届ける任務を受けた一人である。
しかし彼は、他の兵士が帰るのを見計らい、ヤヨイを助け匿ったのだ。
「貴方は勇気のある人だ!愛する人の為に、そこまで出来るとは…」
やっと心を許してくれたタケルを煽てるティミー。

「本当、勇気があるね!ジパング壊滅を物ともしないなんて!」
リュカの言葉に表情を曇らせるタケル。
「黙れつってんだろ!!」
苛つくティミー…さすがに言葉が乱暴になる。

「…でも本当ですか!?あなた方はこの国を救いに来たと言うのは!?」
「私達は、バラモスを倒す為に旅をしてます。世界に平和を取り戻すのが、私の使命なのです!その為にはヤマタノオロチだって倒してみせますよ!」
世界に平和を取り戻す旅に出ている…
タケルにとってアルル達は、まさに救いの神なのだろう。

「で、では…ヒミコ様にお会い下さい!きっとヒミコ様もお喜びになります!………ただ…ヤヨイの事は…」
「大丈夫ですよ。ヤマタノオロチを倒すまで、内密にしておきますから」
タケルは喜び、早速ヒミコの屋敷までアルル達を案内する。



「ヒミコ様、お知らせがございます!」
タケルはアルル達を連れ、ヒミコが鎮座する女王の間へとやってきた。
「何用じゃ、騒がしい!妾は忙しいのじゃ…」
其処には女王ヒミコと思われる女性と、側近の男が2人居るだけで、他に兵士等は見あたらない…
とても女王を警護しているとは思えないほどの、不用心な部屋…

「え!?これが女王なの?コイツが!?」
リュカがあからさまに無礼な発言をし、アルル・ティミー・ビアンカにど突かれる。
「何じゃ、その無礼者は!?」
「も、申し訳ありません!しかしヒミコ様…彼等がヤマタノオロチを倒してくれる救世主なのです!どうかご容赦下さい!」
タケルを始め、アルル達は一斉に頭を下げ、ヒミコに謝罪するのだが、案の定リュカがマリーと共に頭を下げないでいる。
「ちょっとリュカさん!女王様の前ですよ!礼儀を守って下さい!」
「えぇ!やだよ………だってコイツ目が濁ってるじゃん!」

「真、無礼極まりない奴じゃ!こんなのがヤマタノオロチを倒せるわけ無かろう!下手にヤマタノオロチを刺激すると、このジパングを滅ぼしかねぬ!この様な奴等は無用じゃ、妙な事をするでないぞ!」
リュカの態度に不快感を露わにするヒミコ…
「ヒ、ヒミコ様…どうかお話だけでも…」
「くどい!さっさと出て行け!!」
「ちょっとリュカさん!謝って下さい!」
アルルは必死になってリュカに謝る様頼み込む。

「謝る必要無いって…だってコイツ、モンスターだよ!」
「「「「え!?」」」」
リュカの一言に、皆が唖然とする。

「まぁ!では、この方がヤマタノオロチなのですね!?早速ぶっ飛ばしちゃいましょう、イオ!」
(ドゴーン!!!)
マリーの問答無用な先制攻撃で、ヒミコの腕が吹き飛ばされた!
「ヒミコ様!!ご無事ですか、ヒミコさ…ま…!?…ヒ、ヒミコ様!?」
腕を吹き飛ばされ蹲るヒミコに、側近達は近付き怪我の程度を確認しようと腕を見る。
すると、其処には蛇の鱗に覆われた腕が…
「キサマら~………バレてしまっては仕方がない!ジパング諸共滅ぼしてくれようぞ!」

それは一瞬の出来事だった…
ヒミコの無事を心配して近付いた側近2人を一瞬で消滅させ、アルル達に向かい8つの首をうねらせる大蛇の化け物が現れた!

「わぉ、本当ですわ!お父様が仰った通り、女王ヒミコがヤマタノオロチでしたわ!」
何故か嬉しそうなマリー…リュカの影に身を隠し、ヤマタノオロチを指差し笑う。
「いや……モンスターだとは言ったけど…ヤマタノオロチだとは……」
さすがのリュカも、まさかの展開に少し驚いている。

しかし何時までも驚いては居られない…
ヤマタノオロチが8つの鎌首持ち上げて、アルル達目掛け燃えさかる火炎を噴き出してくる!
慌ててティミーがフバーハを唱え、炎の威力を弱らせる。
「ベホイミ」
何時の間にやら後ろへ下がったリュカが、魔法で火傷を治療してくれた。
ウルフのヒャダルコがヤマタノオロチへ吹き付けると、カンダタとハツキがそれぞれ独立した動きでヤマタノオロチに襲いかかる!
更にアルルの剣がヤマタノオロチの頭の一つを切り落とす!

しかしヤマタノオロチも怯まない!
巨大な牙でカンダタに噛み付くと、残った頭からは炎を吐き、尻尾でアルルを叩き飛ばす!
リュカファミリーはと言うと、後方でアルル達の戦いを観戦している…
リュカやティミーは、傷付いた者にベホイミをかけ、治癒してはいるが…


「と、父さん………目の前でアルル達が戦っているのに、後方で回復魔法を唱えるだけなんて……もどかしいですね…」
「アルル達ぃ~?……アルルの事だけだろ、お前には!」
リュカの言葉に、顔を真っ赤にして俯くティミー…

「ティミー、仲間を信じて状況を見守るのも、大切な事なのよ。アルルちゃんに魔法と剣術を教えてるんでしょ!?だったら彼女を信じて、平然としてなさい!貴方が後方で不安がってたら、前戦で戦っているアルルちゃん達に動揺が出るでしょ!」
母に優しくも厳しく諭さるティミー…

父を見ると、身構えることなくリラックスしてアルル達の戦いを眺めている。
幼い頃を思い出すと何時もそうだった…
父は後方でリラックスして自分の戦いぶりを見ていた。
もし自分がピンチに陥ったら、きっと父が助けてくれる…
常にそう思い戦っていたのだ。

もし父が不安そうにしていたらどうだったろうか…
きっと自分も不安になり、全力を出せなくなっていたかもしれない…
自分より敵の方が遙かに強いと思ってしまい、動揺したに違いないだろう!
父が後方で、優しく見守ってくれてたから、自分は強くなれたのだ。
自分もこの父に習おう…笑顔で見守る事は出来そうにないが、身構えることなくアルルの戦いを見守ろう…
そしてアルルに危険が迫ったら、この身を犠牲にしてでも助けよう!
ティミーの心に新たな決意が灯された。

新たな決意を胸に、男らしい表情になった息子に喜びを感じる一方で、不安自体は拭い去れないビアンカが、他者に聞こえない声でリュカに問いかける。
「…ねぇリュカ…本当に大丈夫なのかしら?」
「………分かんね!…大丈夫じゃないの?一応勇者様だし!」
「……………」

息子にバレない様、神に祈るビアンカ…
夫のいい加減さを嘆きつつ、『大丈夫じゃないの?』の言葉に希望を託す。
アルル達の戦闘は、まだ続きそうだ…



 
 

 
後書き
さて…
そろそろ「そして現実へ…」の別視点作品を掲載して行こうと思ってます。
リュカ・ポピーの次に、作者の私が大好きなキャラが主人公の別視点!
嫌いにならないでね。 

 

未来の息子

<ジパング>

ヤマタノオロチとの戦いは激闘だった!
アルル達は何度もヤマタノオロチの攻撃に傷付きながらも、一つずつヤマタノオロチの頭を潰して行き、ついにはヤマタノオロチを倒したのだ!
後方でリュカとティミーが回復魔法を唱えてくれなかったら、きっと全滅していただろう…
彼等が後ろで控えてくれてたから、全力以上の力を出す事が出来たのだろう。
そんな思いが心を満たし、アルルは思わずティミーに抱き付きキスをする。

「わぉ!お兄様達はラブラブですのね…私も負けてられませんわ!ウルフ様ー、私とイチャイチャラブラブしましょうよー!」
マリーの声に我に返るアルル。
人前でとんでもない事をした自分に恥ずかしくなり、ティミーから離れて俯き黙る。
しかし、そんなアルルを見てティミーは彼女を抱き締め、彼の方からキスをした。
ティミーの大胆な行動に驚くも、嬉しさが心を満たしアルルの瞳を潤ませる。
だがアルルは知らない…
この行動はリュカに促されての事と言うのを…
次回からは、ティミー自ら行動出来るよう、願いたい物だ。

ヤマタノオロチが消滅した跡に、紫の宝玉が落ちている。
「お父様…あれ…」
「こりゃ~パープルオーブだ…やっぱりジパングの女王、ヒミコが持ってたんだな。きっと本物のヒミコはヤマタノオロチに………」
カンダタがオーブを拾い、感慨に耽る…


ともかくもヤマタノオロチの驚異はジパングより去った…
その事は即日ジパング中に知れ渡り、人々を安堵させる事となる。
しかし、女王ヒミコはヤマタノオロチであった事実も、瞬く間に国中に広がり、国民に悲しみと怒りの涙を流させる。



そして翌日

「…さて、これからが大変ですね。女王様が居なくなっちゃいましたからね」
アルルはタケルに向け、同情めいた呟きをする。
女王だけではない、戦闘に巻き込まれて主だった高官も死亡したのだ…ジパングの再建はかなりの苦労を伴う事となるだろう。
「仕方ありません…でも必ず、ジパングを再建させてみせます!その時は遊びに来て下さい」
「えぇ、必ず!」
アルルは笑顔で答え、手を差し出し握手を求めた。
タケルも頷くと、力強く握手をする。

「あと、これを使って下さい」
タケルは自らの腰に下げてあった剣を、アルルに渡す。
「これは『草薙の剣』です。結構由緒ある武器なんですよ!世界の平和の為に使って下さい。………この国に残る俺には無用ですから」
最初は遠慮したのだが、彼の気持ちを汲みアルルはありがたく『草薙の剣』をもらい受けた。
代わりに今まで使っていた『鋼の剣』を置いて行こうとしたのだが…
「あ、アルル!その『鋼の剣』はウルフに使わせてやってよ!」
急にリュカがウルフに剣を持たせようとする。
「え!?俺に?…い、いや俺剣術は…」
「使え!お前には今後、僕の娘を守ってもらわねばならないんだからな!魔法だけじゃ、接近されたらアウトだ…ある程度両立してもらわないと困る」
無理矢理鋼の剣を渡されたウルフは、困り果て泣きそうだ…

「それともナニ?お前はマリーを守る気が無いの?…好きか嫌いかじゃ無いぞ…最近お前はマリーの側に居る事が多い!そんな時に敵が現れても、お前はマリーを守らないつもりなのですか?」
正論ではあるが脅しに近いリュカの言葉…
「わ、分かったよ…俺もマリーちゃんは守りたいし、剣を携帯します。…勿論リュカさんが剣術を教えてくれるんだよね!」
「えぇぇぇ…めんどくさ~い!!」
「アナタの発言は矛盾してませんか!?」
「あはははは、ジョークよジョーク!勿論、僕が教えますよ…未来の継息子の為に!何だったら、もう『パパ』って呼んでくれても良いよ」
「考えておきます、リュカさん!!」
ウルフはリュカの名を強調して呼び、ささやかな抵抗を見せるが…
鋼の剣を腰に差した時点で、未来の妻が決定されたのだ…
男としては喜ぶべきの美少女なのだがねぇ…………


早速その日からリュカの稽古は始まった。
実の息子には剣術の稽古を、基本から教える事は無かった…
何せ出会ったときには、かなりの使い手に成長していたのだから、その必要も発生しない。
自分が父から剣術を教わった様に、彼も息子に剣術を基本から教えたいと思った事もあるのだ。
その希望が、まだ確定では無いにしろ未来の(義理の)息子で達成する事が出来る…
リュカは最高の幸せを味わいながら、ウルフに剣術を指南する。
それが分かるビアンカも嬉しそうだ。

魔法を専行してきたウルフにとって、基本とは言え剣術の練習は辛いらしく、1時間もやれば息が上がってしまう。
「う~ん…先ずは体力を付けないとなぁ…そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうよ。ねぇマリー」
「そんな事ありませんわ!1回1回が濃ければ、大満足ですわよ!」
「マリー!!そう言う下品な事は言ってはいけません!」
「何が下品なのですか?私に分かる様に、事細かに説明して下さいませ、お兄様♥…何だったら、実践して見せて頂いてもよろしいですわよ、アルル様と共に!」
誰が見てもリュカの娘である証拠のニヤケ顔…
「う…ぐっ………お、お前…段々、ポピーに似てきたぞ…」
「まぁ、本当ですか!?何て素敵なんでしょう、私ポピーお姉様に似てきましたわ!」
はしゃぐ妹を見て泣きそうに項垂れるティミー…
そっと肩に手を乗せ、黙って同情してくれるアルル…
もう彼の心の安らぎは、彼女(アルル)だけになったようだ。



厳しい稽古を終わらせて、タケルが手配してくれた宿屋でへばるウルフ。
少しだが寝てしまった様で、気が付くと辺りは暗くなっている。
そして側にはマリーが一人…冷たいタオルで顔を拭いてくれている…

「…あ!お目覚めになりました!?もっと寝ててもよろしいんですよ」
自分の顔を拭きながら、優しく微笑む彼女…
別に彼女を嫌った事など1度もない。
時折言動が突飛なだけで、リュカの娘なら当然なのだろう…

そんな彼女は間違いなく自分に好意を持っている…
その事実が彼女を愛おしくさせる。
気付けばウルフは、自らマリーを抱き寄せキスをしていた。
マリーもいきなりの事に驚いた物の、直ぐに腕をウルフの首に回して、キスを堪能する。
暗い室内で、二人の影は何時までも離れない…
どうやらティミーは義弟に先を越された様だ…



 

 

女心

<ジパング>

「よう、我が継息子!大人になった感想はどうだ!」
翌日、剣の稽古の為にリュカの元へ訪れるウルフ。
「な、何を…」
いきなり核心を突くリュカの発言に、慌てふためく少年…

しかしリュカは、それ以上その事には触れず楽しそうにニヤケるだけだった…
マリーがぎこちない歩き方で現れても、リュカは何も言わない…
事態を理解してないティミーが、マリーを心配し話しかけるが、理解しているリュカは何も言わない。
そんなリュカを見て、他の皆が事態を察し、この件には誰も触れなくなった…ティミー以外は。
《ティミーさんて察しが悪いな…真面目を通り越して、バカに見えてきた!》
しつこくマリーを気遣う彼を見て、さすがのウルフも苛ついた様だ。

「もう、お兄様はしつこいです!デリカシーがなさ過ぎます!」
ついにはマリーが切れてしまい、兄の前から逃げて行く。
ウルフはリュカに目で訴えた…リュカも無言で頷きウルフの行動に許可を出す。
「マリー、待って!」
剣の稽古を後回しにし、急いでマリーの後を追うウルフ…
一晩で『マリーちゃん』から『マリー』へ、格上げされてた事に気付いたのは、(ティミー)以外全員だ。


時間が空いてしまったリュカは、デリカシーのない息子に色々教える為、ティミーを側へ呼び寄せる。
「お前、女心が解らなすぎ!致命的だよ、それ…」
「はぁ?女心が関係あるんですか!?だってマリー、歩き方が変だったんですよ!怪我をしてるのかもしれません!」

「うん、間違いなくどっかが痛いんだろうね…」
「父さんは分かってて放ってるんですか!?」
「マリーが言ってたろ『何でもありません』って…」
「何でもないわけ無いじゃ無いですか!痛がってるんなら怪我をしてるのかもしれませんよ!」
皆が絶望的な目でティミーを見つめる…
ティミーはそれに気付きもしない。

「あのね…マリーの言う『何でもない』は、『別に気にしないで』って意味なの!何で『気にしないで』って言ってるかと言うとね、説明したく無いから…知られたく無いからなの!」
「………知られたくない?何故ですか!?怪我をしてるのに、理由を知られたくないって何故ですか!?」

「リュカ…息子の育て方、間違えたかもね…」
「な!?母さんまで…」
「ティミー…よく聞けティミー。例えば、お前がズボンのチャックに○○○を挟んだとしよう…想像してみろ、凄く痛いよな!」
「は、はい…」
恥ずかしい想像に、アルルの視線が気になるらしく、チラッと彼女を見て顔を赤くするティミー。

「そう…相当痛い。お前は思わず蹲るんだ。そこへアルルが現れて、心配をしてくれる…『どうしたの大丈夫?』ってね。そしたらお前は事態を説明するのか?○○○をアルルに見せて『チャックに挟んじゃった』って説明するか?」
「そ、そんな恥ずかしい事出来ません…つまりマリーは恥ずかしい怪我をしたのですか?」
(ゴツッ!)
「痛い!」
かなりの力で、ティミーの後頭部へ拳骨を落とすリュカ。

「恥ずかしくない!さっきのは例え話で、マリーの事ではない!マリーのアレは素敵な事で、恥ずかしい事など一つもない!デリカシーがなさ過ぎるぞ…ちょっとは女の子の事を勉強しろ!」
「勉強って…何を…」
ティミーは助けを求める様にアルルを見るが、さすがに彼女も助けられない…
学んでもらわないと彼女が困るから…

「お前さ…昨日アルルがどんな下着穿いてたか知ってる?」
「し、知るわけ無いでしょ、そんな事!」
「知ってなきゃダメなんだよ、そんな事を!…お前の彼女だろが!」
「だ、だからって下着は…」

「下着だけじゃ無い…洋服やアクセサリー・化粧品など、自分の彼女の持ち物は、100%はムリでも80%は把握してなきゃダメなんだよ!」
「じゃぁ何故、下着の話から入るんですか!?」
真っ赤な顔で抗議するティミー…
「自分の彼女の事を理解するのに、一番重要だからだ!下着なんて、そうそう他人に見せる物じゃ無いし、他人が見て良い物でも無い!でも唯一、彼氏だけが知る事が出来るんだ」
「それを知ってどうするんですか!?」

「下着なんて、機能さえ果たせればどんなのを穿いてたって構わないんだ…もう10年以上昔から、愛用した汚れの染みついたのを使用しても、本人さえ構わなければ問題ない!でも、アルルが可愛い下着を身に着けていたら、その可愛さを誰にアピールしているのか…誰の為に可愛い下着を穿いているのか…それが重要になる!」
「えっと………つまり?」
「相変わらず察しの悪い男だなぁ……つまり、アルルが可愛い下着を穿いていたら、それはお前に見てもらいたいからなんだ!お前に『可愛い』とか、褒めてほしいからなんだよ!」

「………そ、それは理解しました…でも、それと持ってる下着全てを把握するのと、関係があるんですか?」
「旦那……アンタの息子…手遅れなんじゃ………」
「黙ってろ!………ティミー、お前がアルルの下着を全て把握してると仮定する。ある日、お前の知らない下着を彼女が穿いていた…お前はどう思う?」
「え?どうって……新しいのを買ったんでは?」
「リュカ…この子に回りくどいのはダメ…もっとストレートに…」
「うん………そう、お前に褒めてほしくて、新しい下着を買い、それを身に着けお前に見せたんだ!つまり、アルルを含め、女の子の変化には気を配れって事だよ!」

「………なるほど…質問が一つ……マリーの件とは、どう関わるんですか?少なくともマリーの変化に気付いたのだから、殴られる理由は無いのでは?」
「うわ~ん…ビアンカー、もうヤダよー!!怒らないから本当の事言ってよ…コイツ僕の子供じゃ無いよね!?浮気しちゃった時の子供だよね!?」
リュカはビアンカの胸に抱き付き、泣きながら酷い事を言う。
「リュカ…残念だけど、私は貴方と違って、浮気をした事は無いわ!…今まで息子に迷惑を掛けてた仕返しだと思って、諦めなさい………あの子は間違いなく、アナタと私の血の繋がった息子よ。…諦めなさい」
ビアンカはリュカを抱き締め、頭を撫でながら優しく諭す…
この事態を、未だに理解出来てないティミーは、両親の言葉に釈然としない様子だ。


マリーとウルフが手を繋いで戻ってきたのは、丁度そのころだった。
ビアンカに泣き付くリュカを見る事が出来るとは……運が良い?
「いったい…何が起きたのでしょうねぇ?」
「さぁ…分かんない?」
今日の勝者はティミーに決定だ!



 

 

荒んだ城下

 
前書き
あちゃ作品には珍しく、重めのお話「サマンオサ」編です。 

 
<サマンオサ>

周囲を絶壁に近い山々に囲まれた中に、広大な平地が広がる国サマンオサ。
サマンオサ王国の城下町に着いたのは、ジパングを出てから9日目の昼だった。
城下町に入り最初に目にした物は、荒んだ町並みだ…
「何だこの国………偽太后が幅をきかせていた頃のラインハットを思い出すなぁ…」
殆どの商店が閉まっている…いや、閉まるどころか開けっ放しで荒らされている!
人々の目には絶望の色が広がり、他人との関わりを避けようとしている。
「酷い国ですね…カンダタ、何か情報はあるの?」
「いや…何も聞いた事ねぇーな…モニカはどうだ?」
「アタイも何も聞いてないねぇ…この国は立地条件から、あんまりモンスターにも攻められなかったんだけど………疫病が蔓延してるって話も聞かないし…」

この国の現状に戸惑い呆然としていると、ウルフよりも少し年下ぐらいの子供が、勢い良くリュカにぶつかり走り去る………が、
「おい、待てガキ!」
走り去ろうとした子供の襟首を掴み、子猫を摘んで持ち上げる様に、子供を持ち上げた。
「な、何だよ!!ちょっとぶつかっただけだろ、離せよ!」
子供は浮浪児の様で、酷い悪臭を放っている。

「旦那…このボウズがどうしたんですか?小汚いし離してやりましょうよ!」
カンダタだけでなく、皆がその悪臭に顔を顰めてる。
「ボウズじゃないよ、女の子だよ。それにこの子…僕の財布をスッたんだ!」
「「「え!?」」」
リュカの言葉に皆驚く!
先ず、性別が判らないほど汚れている子供を掴める事に…
一瞬で女の子だと見抜いた事に…
そして財布をスッた事に…

「ふ、ふざけんなよ!ぶつかっただけなのに因縁付けんなよ!」
あくまでもシラを切る少女の服の中に手を入れ、財布を捜すリュカ。
「や、やめろ…このスケベ中年!!」
「スケベ中年だと!?訂正しろ、僕はまだ中年じゃないぞ!………お、あった!」
スケベである事には否定をせず、少女の服の中から自分の財布をまさぐり出す。
「あ!そ、それはアタシんだ…アンタのだと言う証拠は無いだろ!」

「ほぅ………じゃぁ中身を言ってみろ!」
「な、中身…は…お、お金だよ!何ゴールドかは忘れたけど…」
「ぶ~!残念でしたぁ!お金は1ゴールドも入ってません。中に入ってるのは、昨日ビアンカが着けていたブラとパンツです。淡いピンクのスケスケ下着ですぅ!」
リュカの言葉に少女は驚き、慌てて中身を取り出した!
財布から出てきた物は、リュカが言う様に淡いピンクのスケスケ下着…
「わぁ~ぉ!お母様セクスィ~!」

「リュ、リュカ…もういいでしょ…早くしまってよ………」
ビアンカは顔を真っ赤にして俯き呟く…
「ア、アンタ馬鹿なのか!?何で財布に下着入れてんだよ!」
憤慨する少女…逆ギレだろ、それ!
「うん。被ろうかなと思ったんだけどね…流石にそれは…ねぇ!?だから財布にしまっといた」
「は、早くしまってよ!」
少女の手からリュカの財布と自分の下着を引ったくり、慌てて懐に隠すビアンカ。
「意味分かんないんだけど!何なのアンタ…」


スリ少女を摘んだまま、裏路地へと入って行くリュカ達
閑散としているとは言えメイン通りで問答をしていると、ガラの悪い巡回兵の興味を引きかねない…
まだこの国の状況が掴めていない為、問題を起こすわけにはいかないのだ。
「いい加減離せよオッサン!」
「オッサンじゃない!イケメンお兄さんだ!言ってみろ!」

「ふざけんな馬鹿!死ねオッサン!」
「むぅ…口の悪い娘だ!こうしてやる!」
リュカはスリ少女を地面に下ろすと、徐に体中を擽りだした!
「ぎゃははははは…や、やめろ…あははははは…」
「ほら、超イケメンお兄さんって言ってみろ!」
「きゃはははは…うるさい…あははは…こ、このエロオヤジ…ひゃははははは…」
皆は信じられないという表情で、リュカと少女を眺めてる…
腐肉の様な酷い悪臭で、息をするのも苦痛なのに、リュカは気にすることなく少女の体中を擽りまくる。

「あはははは…も、もうやめて……ちょ、超…イケメ…ン…お兄さん…」
「よし、よく言えました。僕はまだ若いんだからね!」
裏路地の壁際にグッタリと座り込み、放心状態のスリ少女…
「さて………何だって君は、そんな恰好までしてスリをしてるんだい?」
「そんな恰好…?どういう事ですかリュカさん!?」
リュカの言葉に疑問を持ったアルルが、鼻と口をハンカチで押さえながら尋ねる。
「この娘、ワザと悪臭を服に擦り付けてスリをしてるんだ!多分この臭いは、腐ったネズミの死骸かな?」
先程までグッタリしてた少女が、リュカの言葉に驚き目を見開く。

「凄い…よくこの悪臭の根元が分かったね…」
「まぁね…顔と鼻と女運は良いんだ!」
「うぇ…何でワザワザそんな事なさるんですの?」
ウルフの服で鼻と口を覆っているマリーが、吐きそうな声でその奇妙な行動理由を尋ねる…
「………ふん!」
が、少女は答えない…代わりにリュカが答えてくれた。

「悪臭を纏う事で、スリへの注意を逸らすのが目的なんだ。こんな悪臭の人がぶつかって来たら、思わず突き放そうとするだろ!?自分の財布を確認するよりも、相手を突き飛ばす方が優先されるわけだよ」
「……そんな事まで分かるんだ…凄いねアンタ…で、アタシをどうするんだい?詫びを入れさせる為に、此処で犯すかい!?…それとも犯罪者として、警備の兵に引き渡すのかい?…ふっ、警備兵に引き渡されても、死ぬまで犯されるだけだね………私の未来は決まったね………」

「私達はそん「どうするかは君次第だ!何故スリを?」
リュカはアルルの言葉を遮って、少女にスリの理由を再度尋ねる。
「そ、そんな事…何だって関係ないだろ………さっさと犯すなり、殺すなり、好きにしなよ!」
リュカは少女の目を覗き込み、優しく問い続ける…
「関係なくは無いよ…どうして君が、こんな事をしなければならないのか…それを知りたいんだ」
そしてリュカは悪臭を意に介さず、少女を強く優しく抱き締める。

「何か力になれるかもしれない…だから、教えてほしい…何故スリをしてるのか…何故そうなってしまったのか…」
リュカの優しさと暖かさに、先程まで人生を諦めていた少女が泣き出した。
「うぇ~ん……ご、ごめんなさい……私………ごめんなさい!」
そんな少女を抱き締めたまま、リュカは待ち続ける…彼女が泣き止むまで…少女の頭を撫でながら…



 

 

身を寄せ合って

<サマンオサ>

少女の名前は『フィービー』。
リュカの胸の中で泣く事約10分…
泣き止んだフィービーはリュカの手を引き、彼女の隠れ家へと案内する。
殆ど潰れた屋敷の中に、隠す様に存在する地下室…其処が彼女の隠れ家だ!
其処は想像していたよりも凄まじい状況で、薄汚れた浮浪児で溢れかえっていた…
いや…子供だけではない、出産間近でお腹の大きな女性もいれば、今にも死にそうな老人など、浮浪者達が30人ほど寄り集まっているのだ!

「此処は………?」
「此処はアタシ達の唯一の住処だ。アタシ達は此処で寄り添い生きている…」
リュカの問いにフィービーが抑揚無く答える。
そして教えてくれる…この国の状況を…彼女等の境遇を…

凡そ1年ほど前、急に王様が税率を5倍に引き上げた。
其処からこの国の闇が始まる…
税金を払えない者、不満を持ち抗議する者、それらの人々を取り締まる為に『特務警備隊』なる物を国王が組織する。
特務警備隊は国王に気に入られている者のみで構成されており、彼等には巨大な権力が与えられている。
彼等が悪と言えば証拠はいらない…
彼等に懲罰の方法は一任されている…
それがサマンオサ国王直属の特務警備隊だ。

特務警備隊の悪行は止まる事を知らない…
町中で目が合っただけで、反抗的に睨みテロを企てたとして懲罰を受けるのだ!
その懲罰も極悪で、男や老人であれば彼等が飽きるまで暴行され、女性であれば犯される。
更には、自分の好みの女性がいれば、目が合って無くても犯される…
それは子供でも関係ない…
幼女趣味の隊員に見つかれば、その場で犯されるのだ!
此処にはそんな酷い目に遭いながらも、何とか生き延びた者達が暮らしている。


「…ねぇリュカ、あの娘を見てよ…」
フィービーが指差した先には、一人の少女が虚ろな瞳で壁にもたれている。
年の頃なら14.5歳…焦点は定まらず、ただ生きているだけだ!
「彼女はリサ…この国でも有数の名家の生まれなんだけど…お父さんが税率に対して不平を言った次の日に、特務警備隊が家に押し寄せて、彼女の目の前でご両親と3つ年下の妹を殺したんだ…お母さんと妹は犯されて…勿論彼女も…」
誰も何も言えないでいる…あまりの状況に言葉が出ない…

「此処に居る人で、奴等に何もされてない人はいない…私も道を歩いてただけで犯された…好きでもない男に無理矢理処女を奪われたんだ………」
苦しそうに話すフィービー…
そして顔を上げ、リュカの瞳を見据えながら言葉を続ける…
「リュカ…さっきアタシに言ったね…『何故スリをしてるのか…何故そうなってしまったのか…』と…」
彼女の言葉にリュカは無言で頷く。

「この国じゃ物乞いをしても誰も何もくれやしない!特務警備隊に見つかれば、またあの悪夢を見せられるだけ…だから盗むしか無いんだ!………そしてアタシしかそれが出来ない……見て、みんなを…」
アルル達は見回す事が出来ない…もう分かっているから…
フィービー以外、動ける者が居ないのだ…
大人は皆、五体不満足だ…
両手足を切断されてる男や、右目を頬の肉からえぐられてる妊婦…
心の壊れてしまった少女…
やせ細り、ガイコツと見分けのつかない老人に、マリーよりも幼い子供達…


「………アルル、有り金を全部くれ!」
何時になく真面目な表情のリュカが、断れないほどの気迫で金を要求する。
「カンダタ、一緒に来い!他のみんなは此処で怪我人の看病を…」
アルルが出した財布を掴むと、カンダタと共に外へと出て行くリュカ。
皆、リュカが何をしに行ったのかは分からない…だが、この状況を無視出来ないのは彼(リュカ)だけではない。
ビアンカが荷物の中から薬や包帯を取りだし、怪我人達の看病を始めると、ハツキが魔法で傷を癒し出す。
そしてウルフも憶えたてのベホイミを駆使すると、ティミー・アルルもそれに習う。
回復魔法が使えない者は、濡れたタオルで彼等の身体を拭うなどし、少しでも状態改善に努めた。


1時間もしない内に、両手に大量の食料を抱えリュカとカンダタが帰ってきた。
「どうしたんだよ、それ!?」
フィービーが大量の食料に驚いている。
「買ってきた。ビアンカ、軽くで良いから料理してくれる?」
ビアンカはリュカの言葉に頷くと、荷物の中から携帯燃料を取りだし、それに火を灯す。
そして食材を調理し、暖かな食事を作り出す。
その間リュカも、調理の必要のない食材を使い、パンに挟んでサンドイッチなどを作り、子供や怪我人達に配り渡す。
「か、買ってきたって…何処で!?この国には碌に食料なんてないだろう!」

「僕はルーラを使えるからね!アリアハンに行ってきた。その後でロマリアとイシスにも…」
唖然とするフィービーの手を掴み、手繰り寄せ服を脱がすリュカ…
流石、女性の服を脱がす事には慣れている様で、然したる抵抗も出来ないまま裸にされるフィービー…
しかし直ぐにリュカが買ってきた新しい服を着せられる。
「ちょ……勝手にレディーを裸にして、今度は服を無理矢理着せるって………何なんだよアンタ!」
「うるさい、その服臭いんだよ!何時までも着てるなよ!」
フィービーのクレームを一蹴すると、脱がした服を丸めて焚き火の中へ放り投げる。

「あ!それまだ使うんだよ!…アンタも言っただろ!その悪臭のお陰で、スリが成功するんだよ…それにその臭いで奴等も近付かないし…」
文句を言うフィービーにサンドイッチを手渡し、リュカが力強く言葉を発する。
「もうスリをする必要は無い!もう脅えて暮らす必要は無い!…こんな国は僕が修正する!」
ラインハットの惨状を目の当たりにした時と同じように、リュカの瞳に力が灯る。
子供が虐げられる世界が気に入らないのだ…
自分も10年間、虐げられてきたから…

みんなに食べ物が行き渡るのを確認すると、リュカは立ち上がり隠れ家から出て行く。
そして無言でついて行くアルル達。
最早、この国に来た当初も目的など忘れている。
今、彼等の心にあるのは、フィービー達を救いたいと言う思いだけだ!
だからこそリュカに黙ってついて行く…
一国を相手にするかもしれないのに…



 
 

 
後書き
リュカさんキレました!
普段チャラくても切れると怖いんです。 

 

敵を見極めよ

<サマンオサ>

脇目も触れず城を目指すリュカ。
かなりの速度で歩く為、歩幅の小さいマリーはついて行けず、ウルフに抱き抱えられる程だ。
だがリュカの歩みは止まらない…


サマンオサ城の正面入口に辿り着いたリュカ…
そこで門兵に進入を止められる。
「止まれ!これ以上は陛下の許しがある者のみが進入出来る。お前達の事は聞いていない!引き返して帰りなさい!」
門兵は頑なに、リュカ達の進入を拒む…尤もそれが仕事なのだが…

「悪いけど通してほしい…この国の現状に文句を言いたいからね!」
リュカはワザと不平を言いに来た事を告げる。
不平を言うだけで反逆者扱いの国で、リュカの行為は既に大罪…
この門兵が武器を構え襲ってくると思い、僅かに身構える………が、
「悪い事は言わん…命が惜しかったら、諦めるのだ。不平を言っても何も変わらんし、そんな事すれば後ろの女性達が酷い目に遭う…」
門兵の言葉に後ろを振り向くリュカ。
どうやら彼(リュカ)は気付いて無かった様だ…アルル達皆が付いてきている事に…
「早々にこの国から出て行くが良い…それがお前等の為だぞ!」


彼の言葉に全てを理解したリュカは、アルル達を連れ入口から少し離れた物陰に移動する。
「お父様、あの兵士さんもぶっ飛ばしちゃいましょうよ!」
「ダメだよマリー…彼は善人だ………彼もこの国の惨状を憂いでいるんだ。でも、彼には力がない…目を瞑り、自分を守るしか出来ない…そんな彼に罪はない」
悲しそうな瞳でマリーを諭す…

「う~………じゃぁどうするんですか、お父様!折角此処まで来たのに!?」
「まぁ……裏口でも探すよ………つーか、何でみんな付いてきてるの?これから王様と喧嘩しようとしてるんだよ!正気の沙汰じゃないんだよ!?」
「父さんが正気の沙汰じゃないのは何時もの事でしょう!むしろ今回は普段よりまともだと思ってるのですが!?」
「そうよリュカ!珍しくまともな行動をしてるんだから、家族として…仲間として、それについて行くに決まってるじゃない!」
「うわぁ…お父様、家族に愛されてますぅ!普段の行いが良いと、こうも家族愛に満ち溢れるのですねぇ…」
「君達の言葉は、嫌味にしか聞こえないのですが!はぁ、まぁいい…付いて来るのならば、僕の指示には従ってもらうよ。勝手な行動は慎んでくれ!」
「「「は~い」」」
こんなリュカファミリーのやり取りを見て、ハツキが小声でウルフに問いかける。
「アンタ、頑張りなさいよ!このファミリーの一員になるのは並じゃないわよ!」
ウルフは黙って頷く…頬を染め、幸せそうに。


正面入口を避け、城の周囲を見回るリュカ達。
程なく見張りの居ない裏口を見つけ、其処から城内へと侵入する。
その入口は所謂勝手口で、城の台所へと直結している。
中では女中達が、大量の食事を用意している。
そんな料理に忙しい女中達を尻目に、城内を進んで行くリュカ達…

目的の部屋は直ぐに見つかり、国王が鎮座する部屋のドアを勢い良く開け、一斉に雪崩れ込むリュカ達…
其処は大量の酒と料理に囲まれ、大勢の裸の美女を侍らせる男が居る…
「うわぁ…アイツも目が濁ってる!」
国王らしき中年の男を、一目見るなりリュカが呟く。

「まぁ!では、あの方もモンスターなのですね!?ぶっ飛ばしちゃいましょう!イオナ…ふがん!」
リュカの言葉に反応し、早速魔法を唱えようとするマリー。
慌てて娘の口を塞ぎ、魔法を遮るリュカ。
「コラコラコラ!こんな所で魔法を唱えたら、周りにいる女性達まで吹っ飛んじゃうだろ!今はまだダメ!」
口を塞いだままマリーを抱き上げ、彼女の暴走を止めるリュカ。

「キサマら…何やつだ!?誰かある、曲者じゃ、こ奴等を牢に放り込め!」
まともに王様 (?)と会話することなく、リュカ達は複数の兵士に囲まれる。
「さぁ…無駄な抵抗はやめて、大人しく来てもらおうか!」
警備兵の隊長らしき人物が、静かな口調でリュカ達を威圧する。
アルルやモニカは彼等に攻撃を仕掛けようとしたのだが、それをリュカが制し大人しく警備兵に従った。


リュカ達は纏めて広めの牢屋へと閉じこめられた。
「リュカさん!何でさっきは止めたんですか!?」
この国のあり方に、あの国王に、そして今の状況に不満を持つアルルが、リュカに食って掛かる!

「まぁ落ち着いて…悪の元凶は、あの国王に化けたモンスターだ!他の兵士等は人間だよ…フィービーの話では、国王に気に入られている者が特務警備隊になれるんだ。城で警備をしている連中は、殆どが奴等ではないだろう…こんな所で燻っていても、何の徳にもならないからね。きっと今頃は、城下の何処かで悪逆非道な行いに熱中しているはずさ!」
「…それは分かりました!でも、掴まっちゃったら意味ないじゃない!この後どうするのよ!」
まだ怒りが収まらないアルル…
リュカとの問答は続く…


「うっへっへっへっへっ………本当だ、良い女が居るじゃねぇか!」
暫くアルルとリュカが問答をしていると、入口からガラの悪そうな兵士が一人、リュカ達の牢へと近付いてくる。
「ん!?何だアンタ?牢屋の番兵には見えないが…」
「へへへへ…さっきまで居た下っ端番兵はもう居ねぇよ…特務警備隊の俺様が、今此処の番兵だ!そして明日には、お前等を拷問する拷問官にもなるし、懲罰を与える執行官でもある!」
男はイヤらしい笑みを浮かべながら、リュカ達を舐める様に見回す…
どこかでリュカ達の情報を仕入れた男は、他の仲間に先んじて楽しもうと思い、此処へ訪れた様だ。

「拷問かぁ…やだなぁ…ねぇ、見逃してよ!」
リュカの緊張感のない声が辺りに木霊する。
「馬鹿な事言ってんじゃねぇ!お前等の様なテロリストを野放しにするわけにはいかねぇんだよ!………と、言いたい所だが…その娘はお前の娘か?」
男がリュカが抱いてるマリーを指差し尋ねる。

「…あぁ、僕の娘だ」
「へっへっへっ…俺様好みの良い女じゃねぇか…そいつを差し出せば、お前だけを逃がしてやっても良いぜ!」
「マリーを差し出す………!?」
リュカの声のトーンが落ちると共に、アルル達の背筋に悪寒が走る。
「あぁそうだ!娘を差し出し、目の前で俺様に犯されるのを見学していけば、お前だけを逃がしてやるよ!」

「…俺が娘を差し出し、犯されるのを見学する……………良いだろう、ほら俺の娘を犯すが良い…約束…守れよ!」
リュカが鉄格子越しに、男へマリーを差し出した。
「な!?リュカさ…ふが!」
非難の声を上げようとするウルフ…
しかしティミーがウルフの口を塞ぎ黙らせ呟く。

「落ち着けウルフ君…父さんの口調が変わっただろ…自分の事を『俺』と言っている。もう既にブチ切れている…マリーを差し出したりはしないよ」
事実ティミーの言う通りだった!
ロリコン野郎は美少女を前に、慌てて牢屋の鍵を開け進入してくる。
そしてマリーに抱き付こうと、近づいた次の瞬間…



 

 

脱出と救出

<サマンオサ>

ロリコン野郎は美少女を前に、慌てて牢屋の鍵を開け進入してくる。
そしてマリーに抱き付こうと、近づいた次の瞬間…
(ドゴッ!!)
「うげぇ!」
リュカの右手が男の鳩尾に入り、そのままの勢いで男を持ち上げ壁へと押し付ける!

「て、てめぇ…何しやが…ぐはぁ!」
文句を言う男の鳩尾に更に力を加え苦痛を与えるリュカ…
あまりの衝撃に吐血する男。

「黙れ!貴様の様な男に、俺の大事な娘を差し出すわけが無いだろうが!貴様の腐った目玉で、娘を見られるのさえおぞましいのに、汚い手が娘に触れる事など許せるか!!」
リュカに騙された事に気付いた男は、慌てて腰の剣に手を伸ばす………が、その手をリュカに捕まれて、今度は床に顔から押し付けられ、腕を捻り上げられる。
そして必要以上に腕を捻り、苦痛を与え続けるリュカ…
その間にアルルは男の剣を奪い取る。

「ぐぁ…き、貴様等…こんな事をして、ただで済むと思っているのか!」
「くっくっくっ………こんな事しなくても、ただでは済まないんだ…お前がさっき言ったんだ。明日には拷問されて、処刑されると…だったらお前に何をしても、これ以上酷い状況にはならないだろ!?従って数々の鬱憤を晴らす為に、お前を痛めつけてやる!覚悟しておけ…お前が今までにしてきた事が、全部お前に返って来るんだから!」

「ま、待ってくれ!お、俺が悪かった…だから…」
リュカの暗い笑いが、男の恐怖心を臨界に到達させる。
「み、見逃す…お前等全員見逃す!だから助けてくれよ…な!?頼むよ!」
「見逃す……?馬鹿か、お前は!?お前一人が、僕達を見逃してどうなる?明日には、お前の仲間が大挙して僕達を捜すだろう!それに、この城からすら逃げ出せるか分からんし…だから決定なんだよ!お前の事を痛めつけるのは!くっくっくっくっ………」

「だ、だったら良い事を知っている!この牢の奥に、緊急用の脱出用隠し通路があるんだ!俺も現物を確認した事は無いんだけど、間違いなく存在するんだよ!」
「いい加減諦めろ!そんな戯れ言を真に受けるわけ無いだろ!どうせ行った先には、お前の仲間が待機しているんだろ!くっくっくっ…そろそろ時間だぞ…存分に楽しむんだな!」

薄暗い牢内を更に暗くするリュカの笑い声…
アルルは恐怖から言葉を発する事が出来ない…ウルフやハツキ等も同様に…
しかし家族だけは違った…
「お父様、私その人が本当の事を言っていると思います。きっとこの奥に隠し通路がありますわ!」
「リュカ…私も其奴の言っている事は、本当だと思うわよ。それにもし嘘ならば、その時に其奴を殺せば良いのよ!焦る事は無いわ」
「そうですよ父さん。仮に隠し通路を抜けた先に、コイツの仲間が待機してたとしても、その時はコイツを盾にして戦えば良いんです!コイツは仲間に切り刻まれながら死ぬんです!」
男の腕を捻りながら、家族の言葉に考えるリュカ…
「う~ん…そうだな!逃げられるチャンスがあるのかもしれないな!」


リュカは男の両腕を、背中側にねじ上げ立たせると、男を先頭に牢獄を奥へと進む。
数ある牢屋の殆どには、生きた人間は居らず、辛うじて2人だけが生き残っていた。
「アルル…最後の鍵で…」
リュカの指示を受け、アルルが牢屋の戸を開ける。
中には、長時間に渡りレイプされたと見られる女性と、やはり長時間拷問された男性が横たわっていた。
アルルは女性に、ティミーは男性に近付き、ベホイミで傷を癒す…


話を聞くと2人は夫婦で、しかも夫は元兵士…
「何故、兵士の貴方が投獄されたのです?」
「それがよく分からないんです…町の者から聞いた『ラーの鏡』の情報を王様に伝えた所、急に激怒してテロリストにされました…妻まで捕らえて…」
そう言うと、優しく奥さんを抱き寄せ涙する…

「ラーの鏡…それは何処にあるのか分かりますか?」
「えぇ…サマンオサから南東にある洞窟の奥に…」
リュカの顔に笑みがこぼれる。
「よし…それがあれば、あの王様がモンスターであると証明出来るぞ!ティミー、アルル…これで無実の人を傷つけずに、この国を救う事が出来るはず…ともかく、此処を脱出してラーの鏡を入手しよう!」
アルル達全員に、安堵の気持ちが広がる…
まだ危機を脱したわけでは無いのだが、リュカが言葉にすると真実に聞こえてくるのだ!


隠し通路は確かにあった!
リュカは男の腕を後ろ手にねじ上げながら、その隠し通路へと進んで行く。
すると其処には2つの独房があり、片方には中年の男がベットに横たわっている…
助ける為、鍵を開けて近付くリュカ達…

「へ、陛下!?」
先程助けた元兵士が、衰弱しきった中年を見て驚き叫ぶ!
「陛下って…この国の?」
元とは言え、この国の兵士が陛下と声を掛けているのだ…こんな間抜けな質問は他にないだろう…しかし状況的には仕方ない…
リュカの質問に、黙って頷く元兵士…
「やっぱり玉座に居るのは偽者か…だからラーの鏡の事を聞いて、恐れたんだな!ラーの鏡で正体を暴かれたくないから…」

「ではではお父様!ラーの鏡を使って、アイツの化けの皮を剥がしちゃいましょう!そうしたら『イオナズン』でぶっ飛ばしちゃっても良いですか?」
「………あの偽者だけだよ…ぶっ飛ばしても良いのは」
「は~い!」
何となく不安が残る物の、今は此処からの脱出が最優先…
「…カンダタ済まないが、このオッサンを担いでくれ。とても自力で歩けそうにないからな!」
国王だって言ってるのに、『このオッサン』呼ばわりするリュカ…しかし誰も突っ込まずに、通路の奥へと進んで行く。


隠し通路は行き止まり、天井に向けて階段が設置されている。
階段の先は天井ではなく、重そうな鉄の扉になっており、リュカが腕をねじり上げながら男越しに鉄扉を押し上げる。
「ぎゃー!!いでででででで!!!!!痛ってば!!」
リュカが鉄扉を開けきった時には、男の腕はあり得ない方向に捻れており、両腕・両肩とも複雑骨折をしているのが一目で分かる。

「シュールだな…牢獄を抜けると其処は墓地!」
リュカは男を放り捨てると思わず苦笑いする…
「いて~よ~………」
「まさか墓地に続いているとは…」
男の苦痛の叫びを無視しながら、アルルはリュカと周囲を確認する。
辺りは既に薄暗く、墓地特有の不気味さが漂っている。
「くそー…いて~…」
「うるせぇ!今治してやるから黙ってろ!」
そう言うとリュカは、男の両腕をあり得ない方向へ曲げながら、魔法を唱えた…
「ベホマ」
そう…リュカは男の両腕を捻れた状態でくっつけてしまったのだ!

「ひでぇ………」
思わずカンダタが呟く…
「酷くない!この男はマリーを犯そうとしたんだ!殺してやりたいけど、勘弁してやったんだ!命ある事を喜べ!」
リュカファミリーの誰もが…ティミーですら、リュカの言葉に無言で頷く。
そしてウルフも、この腕の曲がった男を増悪の瞳で睨み続ける…
「リュカさん、そいつどうするの?出来れば、フィービー達の元には連れて行きたくないんだけど…」

「…ウルフはどうしたい?」
ウルフは今にも殺しそうな目つきで男を睨む。
「…俺は……俺はコイツをこ「ウルフ様!」
突然ウルフの言葉を遮り、マリーがウルフに抱き付いた!
「ウルフ様にはそんな怖い顔は似合いませんわ!私は優しい顔のウルフ様が大好きですぅ!この(クズ)は、こんな腕では碌な人生を送れませんわ…だから放っておきましょうよ、ねっ!?」
マリーはウルフの瞳を見つめながら、可愛く小首を傾げて見せる。

「………う、うん…分かった…マリーがそう言うなら…」
「と言うわけで、コイツは此処に捨てて行きましょう!………でも、フィービーさん達の秘密の隠れ家まで付けられたら厄介ですから……お・と・う・さ・ま♥」
マリーは満面の笑みでリュカを見つめ、右手の親指を立ててみせる…そして笑顔を消すと同時に、親指を下へと向けて合図する。
リュカの行動はマリーの合図と同時だった…
蹲る男の両足目掛け、リュカのドラゴンの杖が勢い良く振り下ろされる!
(ゴキャ!)
鈍い音と共に男の足が脛から折れた!
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」
死人も目覚めそうな悲鳴が、墓地全体に木霊する…
すかさずウルフは男へ近付き、折れた両足へ手を翳すと…「ベホイミ」…と、痛みだけは取り除いてあげた。

そしてリュカ達は、二度と歩けなくなった男を残し、フィービー達の隠れ家へと戻って行く…
ハツキは思う…
「ウルフが遠い存在になってしまったのでは?」と…



 

 

サマンオサの洞窟

<サマンオサ南の洞窟>

リュカ達は薄暗い洞窟内を移動している…
サマンオサ城の地下牢で救出した本物の国王と、元兵士の夫婦…チャールズとマデリーンをフィービーの隠れ家へ匿い、カンダタ・モニカ・ハツキを護衛に残したのだ。
実を言うとリュカは、マリーも隠れ家に残したかったのだが…


「いやですー!私も一緒に洞窟へ行きますー!お父様達と一緒が良いですー!!」
「我が儘を言うんじゃありません!洞窟内は危険なのだから、此処で大人しく待っていなさい!」
「お父様!私だって、この国の事を憂いでる一人です!私だってフィービーさん達の為に、何かをお手伝いしたいと思ってます!こんな時の為に、魔法を手加減できるように頑張ったんです!私も…私も一緒に連れて行って下さい!」
………っと、こんな感じでリュカとマリーの間で、小一時間の問答があったのだ…

しかし、それでも首を縦に振らないリュカに、留守番組のカンダタ・モニカ・ハツキが疲れ切り、マリーの援護へと回ったのだ。
それからリュカを説得する事一時間…
娘の安全の事となると頑固で、ついにはアルルが疲れてしまった…
アルルがマリーの味方をするという事は、ティミーもマリーの援護に回るという事で、彼の機転によりビアンカを巻き込み説得しだした。

リュカ・ビアンカの夫婦を説得する事一時間…
ついにはビアンカが折れ、リュカを説得し始める…
ビアンカが味方に付いた事で、リュカも直ぐに折れるだろうと思ったのだが…
彼は娘の安全の事には頑固で、更に一時間も費やす事となる。

この無為な問答に、終止符の切っ掛けを与えたのはウルフの一言だった。
「リュカさん!マリーは俺が守る!だから一緒に連れて行って下さい!」
誰もがこれで、この問答が終わると思っていた…
しかし…
(ゴツン!)
「痛っ「ふざけんな!お前みたいなヒョロ男が、簡単に娘を守るなどと言うな!」
ウルフの後頭部にリュカの拳骨が落ちる。
「でかい口は実力を伴ってから叩け!お前は魔法が使えなければ、何も出来ないじゃないか!剣術だって始めたばかり…そんな男が、危険極まりない洞窟内で、僕の大事な娘を守りきれるのか!?『頑張ったけどダメでした』じゃ、済まないんだぞ!」
リュカの言い分は尤もで、以前までのウルフだったら俯き黙ってしまうだろう…

しかし今のウルフは違う…
「守る!…たとえリュカさんが敵だとしても、マリーは俺が守るんだ!」
「……………」
ウルフの気迫に押されるリュカ…
こうして洞窟探索のパーティーは決まった…
リュカを先頭にビアンカ・マリー・ウルフ・アルル…そして殿はリュカの信頼が厚いティミー!


洞窟内ではリュカは慎重に…珍しく歌わず…群れをなして現れるモンスターを一瞬で駆逐して行く!
そして、その光景を見て誰もが思う…
《あの長時間の問答は必要だったのか?リュカさんが本気を出している以上、サマンオサに残るよりも安全なのでは?》
そんなみんなの思いに気付いたのか、リュカがポツリと呟いた。
「僕は万能じゃ無いんだ…必ずみんなを守れるとは限らない…」
誰に対して呟いたのかは不明だ…



暫く洞窟内を奥へ進むと、リュカ達を導くかの様に置いてある宝箱を発見する。
「まぁ!とれじゃー発見!!」
瞬時に反応したのはマリー…
有無を言わさぬ素早さで、手近な宝箱を勢い良く開けてしまう。
「あ、こらマ「320ゴールド発見ですわ!」
リュカの声はマリーの耳には届かない!
手に入れたゴールドを皆に見せつけ喜んでいる。

「マリー!!勝手に宝箱を開けてはいけません!こんなあからさまに置いてある宝箱は、罠以外の何物でもありません!」
「で、でも…宝箱を見つけて、それを無視するのは、宝箱さんに失礼なのでは?」
「何を意味の分からない事を……ともかくダメな物はダメ!無理矢理付いてきたのだから、お父さんの言う事を聞きなさい!…ウルフ!しっかりマリーを見張っておけ!お前なら分かるだろ…ピラミッドで酷い目に遭った、お前ならば…」
リュカの言葉を聞き、ウルフはマリーの右手を握り締め、宝箱へ近付かない様に注意する。

リュカの指示通り、宝箱を無視して進む一行…
あからさまにトラップ臭を放つ宝箱と、誰が引っかかるのか疑問の落とし穴が1個…
それ以外は普通のダンジョン…モンスターが襲いかかってくる、普通の洞窟だ。

「あれ、ラーの鏡だろ…どうやって取るの?」
全4フロア…
内、地下3階に身も凍る様な冷たさの地底湖があり、その遙か中央付近の島にラーの鏡らしき物が置いてある。

「…確か、以前ラーの鏡を入手した時は…」
遠くに見える島を見つめていたリュカが、閃いたナイスなアイデアと共にティミーへと振り向き、彼的に素晴らしい指示を出す。
「よしティミー!僕が元の世界でラーの鏡を手に入れた時は、ラーの鏡まで見えない床が通っていたんだ!だから、ここもきっとあると思う…さぁ、行け!」
爽やかな…それは爽やかな笑顔でティミーの肩を叩き、ラーの鏡へと指を指すリュカ。

「イヤですよ!もし床が無かったらどうするんですか!この水温じゃ、15秒で身体が動かなくなりますよ!溺れるじゃないですか!」
「お前勇者だろ!勇気出せよ!」
「こんな時だけ…父さんこそ1度は手に入れた事があるんですから、2度目にトライして下さいよ!」
「ヤダよ…濡れたくないもん!だからお前に押し付けるんだろ!」
「相変わらず我が儘だなぁ!」

「ありがとう」
「褒めてませんよ!」
何故かホッとする…周囲の者がホッとする、リュカとティミーの親子漫才…
「よし、じゃぁこうしよう!僕がお前を勢い良く島まで投げるから、ラーの鏡を取って来いよ!」
「帰りはどうするんですか!?」
「うん。ラーの鏡を投げろ…絶対キャッチするから!父さんを信じろよ!」
「じゃなくて…僕はどうやって戻ればいいのですか!?」

「あ……あぁ……そうね……どうしよっか?……戻りたい?…誰かに投げてもらえば!」
「誰に…僕一人で島まで行くのに、誰に投げてもらえばいいのですか!?」
「……………」
「……………」


暫く沈黙が辺りを支配する。
見かねたマリーが父にヒントを出した…
「お父様…あの島の天井を見て下さい!…穴が空いてますわ。あそこから下りる事は出来ませんか?」
マリーの言葉に、皆が洞窟の天井を見つめる。

「おぉ…本当だぁ…あそこら辺って…確かこの上のフロアに、落とし穴が空いてたよな…あそこから下りれば良いのか!!」
「流石マリーは賢いなぁ!」
ティミーはマリーを抱き上げて、頬擦りをして喜んだ。
その姿にジェラシーを感じたウルフは、思わずマリーを奪い戻す!
マリーはそれなりに満足そうだ。



 

 

大切な

<サマンオサ南の洞窟>

一行はラーの鏡の上に空いた落とし穴を目指し、宝箱が無造作に設置されているフロアへと戻ってきた…
まるで一行の二度手間を、嘲笑うかの様にモンスターが襲いかかってくる!
前方からは『ガイコツ剣士』が団体で…後方からは『キラーアーマー』・『ガメゴン』・『ベホマスライム』が連携して…
前方のリュカは、ビアンカと協力してガイコツ剣士を駆逐する!
しかし如何せん数が多く、後方へ援護に向かう事が出来ないでいる!
後方のティミーは、アルルと協力し3体のモンスターと対峙する。
今のティミーの実力ならば、苦戦する様な敵では無いのだが、今一歩の所でベホマスライムに回復されて、なかなか倒しきれないでいた!
狭い通路で挟撃される形の為、ウルフは下手に魔法を唱えられず、鋼の剣を構えてマリーを守る事しか出来てない。
しかしながらリュカとティミーの実力と、この洞窟内のモンスターとの力量では勝負にならず、気が付けばモンスターの数も残り僅かになり、リュカ達の勝利は確定していた………そんな時に事件は起きる!

両サイドから敵に襲われ、緊張の面持ちで剣を構えるウルフに守られているマリーは、暇を持て余していた。
気が付けば、直ぐ側に宝箱が1つ…
父の言い付けを守る為、我慢をしてはいたのだが、思いの外長引く戦闘に絶えられなくなり、思わず宝箱を開けてしまう…
ウルフが気付いたのは正にその時だった!
宝箱型のモンスター『ミミック』の鋭い刃がマリーへ襲いかかる!
「マリー!!」

(ザシュ!)
慌ててマリーを押しのけて、ウルフは自身をミミックに差し出した!
ミミックの大きな口がウルフの右半身にかぶりつき、鋭い歯で臓器まで傷つける!
「きゃー!!ウルフ様ー!!」
ウルフは極度の激痛に、その場に倒れ込み動けなくなる…
マリーの悲鳴に気付いたリュカが、最後のガイコツ剣士を倒し娘の元へと駆け寄った!
其処には大量に出血するウルフと、彼の血を全身に浴び嬉しそうに跳ねるミミックが…
リュカの存在に気付いたミミックが、魔法の詠唱に入る…が、発動する前にリュカの会心の一撃によりミミックは粉砕された!

リュカは慌ててウルフの元に近付き、彼を抱き上げベホマを唱える。
幸い怪我から回復までの時間が短かった為、ウルフの命は助かった。
「ごめんなさいウルフ様…私が…」
まだ立つ事の出来ないウルフに近寄り、泣きながら謝るマリー…
マリーの涙を手で拭い、優しく…しかし弱々しく微笑むウルフ。

(パンッ!)
しかし、そんなマリーの頬に平手打ち、厳しく娘を叱るリュカ!
「マリー!!お父さんは宝箱を開けるなと注意したんだぞ!」
生まれて初めて父に叩かれたマリー…生まれた初めて声を荒げた父に叱られるマリー…
自らの行為が、計り知れないほどの危険を孕んでいた事に気付き、涙が止まらなくなる…
「お父さんはね、いい加減に見えても冒険者としては経験を積んできてるんだ!そのお父さんが宝箱は危険だと言ったら、お前はそれを信じないと………お前は、この洞窟内で何が危険かを分かっているつもりなのだろうが、それは違うぞ!一番危険なのは慢心する事だ!『自分は賢いから大丈夫』『自分は守られてるから平気』…そう慢心する事こそがダンジョン内では危険なんだ!」

止め処なく泣き続けるマリー…慰める言葉が出てこないアルル達…
娘の事を大切に思い、仲間の事を大切に思う…だからこそリュカの叱りは止まらない。
そして周囲も止められない…
だが一人だけ、マリーを庇う者が此処に居た。
「リュ、リュカさん……これは…お、俺の…ミスです…マリー…を…叱らないで…く、下さい…」
大量の出血により、口を動かすのすら苦痛なはずなのに、ウルフはマリーの頭を胸に抱き、リュカへマリーの許しを請う。
最後の気力を振り絞ったのだろう…マリーを抱き締めながら気を失うウルフ。

「………ったく………マリー、お前には勿体ないほどの男だな…」
「お、お父様…」
「マリー…今後、お前が心を成長させなければ、お前等二人を認める事は出来ない…ウルフには、もっと素敵な女性が似合うはず。今のお前の様な娘ではなくな!…ウルフの事が本当に好きなのなら、自分自身を成長させろ…身体ではなく心を!…そんな人生を歩んできたお前には、些か難しい事だと覚悟しろ!」




洞窟内の小部屋に陣を取り、ウルフの回復を待つアルル一行…
その間にリュカは一人でラーの鏡を手に入れる為、別行動を始めた。
そして待つ事10時間…
怪我一つしていないリュカが、ラーの鏡を手にアルル達の元へと戻ってきた。

「ただいまぁ…あー、疲れたぁ!」
「お帰りなさいアナタ。食事にします?お風呂にします?それともワ・タ・シ!?」
夫婦のくだらないコントを見せられ、横になっていたウルフが苦しそうに笑う。
「お!笑えるぐらいまでは回復したか!」
「はい、お陰様で……でも、もう勘弁して下さい。笑うと苦しいので…」
「そうか…じゃぁ、後1日は此処で待機だな。ほれ、食べ物を買ってきたから…」
そう言うとリュカは、レバーやほうれん草などの血になりやすい食料を懐から取り出した。
「どうしたんです、これ?」
「え?だから買って来たんだって!」
わざわざ一旦洞窟から出て、買い物をして戻ってくる…
不思議そうなティミーの質問に、さも当たり前の様に答えるリュカ…

最早、気にしようともしないビアンカは、リュカが買ってきた食材を手早く調理し、ウルフへと食べさせる。
薄暗い洞窟内にアットホームな雰囲気を作り出すリュカファミリー。
翌日、ウルフが自力で歩ける様になるまで、この空間は持続した。





<サマンオサ>

ラーの鏡を手に入れたリュカ達は、多少衰弱から回復した本物の国王を連れ、再度城へと乗り込んだ!
正面玄関には、完全武装した特務警備隊が下品な笑みを浮かべて待ち構えている。
「へっへっへっ………すげー良い女が居るじゃねぇか!」
「俺はあっちのお嬢ちゃんを頂くぜぇ!」
牢屋から逃げ出した事が発覚し、王の命令で数日前から待ち構えていたのだろう…
総勢100人以上…
全特務警備隊がアルルやビアンカを…そしてマリーを犯す為に集まっていた。
「いくぜぇ!」
一人の掛け声と共に、特務警備隊が襲いかかってくる!
「バギクロス」
しかしリュカが感情無く唱えた殺傷能力のないバギクロスで、特務警備隊は勢い良く城を囲う堀へと吹き落とされた!
後に残るは警備の居なくなった正面入口…
何事も無かったかの様に、入城するリュカ達。
そして偽の王の前へと辿り着く。



 

 

元凶滅ぶ

<サマンオサ>

「お待たせ偽者!ムカつくお前をぶっ飛ばしに参上!」
「ぬぅ…またキサマらか!誰か!こ奴等を…」
偽王が叫ぶ中、リュカはラーの鏡を構え、偽王に翳す!

鏡には醜く膨れた『ボストロール』の姿が…
「きゃー!!」
それを見たハーレムの女の一人が悲鳴を上げる!
その瞬間、偽王の身体が膨れだし、醜いボストロールへと変わって行く!
「ぐぬぬぬぬ…おのれ…ワシの計画をぶち壊しおって!」
偽王にへばり付いていたハレーム女は、一斉にその場から逃げ出し避難する。
「キサマら…ぶち殺してく(ドガッ!)ぐはぁ!!」
ボストロールの台詞を聞き終わる前に、リュカの拳がボストロールの顔面にめり込んだ!

「舐めた事ぬかすな!」
倒れたボストロールの上でマウントポジションを取り、絶え間なく強烈な連撃を打ち出すリュカ!
「貴様の様なやり方が一番ムカつくんだ!自らが立ちはだかるのではなく、人々の悪しき心に揺さぶりを掛け、人同士で不幸を与え合う……あ゛~、胸糞悪い!」

「そうですわお父様!私もお手伝い致しますぅ!」
「え!?」
マリーの言葉に反応し、彼女の方へ振り向いた時には、既に彼女の手には魔力が集まっていた!
「イオナズン!!!!」
力無き者が虐げられる事実…
権力により手に入れた特権を振りかざす悪逆な特務警備隊達…
自分を性的欲求の捌け口として見た変態野郎…
そして自らの所為とは言え、父に始めて叱られた事実…
それらの鬱憤が合わさり、マリーの魔力を極限まで増大させた!


玉座の間から城半分が吹き飛び、其処から素晴らしい眺めを一望出来る…
「や…やりすぎだよ、マリー…」
愛した女の行為に、流石に引き気味のウルフ…
「ちょ…リュカは!?…もしかしてリュカまで吹き飛ばしたんじゃ無いでしょうね!」
ビアンカの発狂寸前の悲鳴が辺りに響く!
またやらかしてしまった事に青ざめるマリー…


「ぼ、僕は此処…」
僅かに残る瓦礫の中から、埃まみれのリュカが顔を出す。
「ちっ!」
ホッとするビアンカやマリーとは対照的に、小さく舌打ちをするティミー…

「…今お前『ちっ』つったろ!」
「…いえ…『ホッ』の間違いでしょう。大切なお父さんが無事で、本当に良かったと思ってますから」
「まったく……何でこんな息子に育ってしまったのか……?」
珍しくボケとツッコミが逆転した親子…
皆その光景に笑ってしまい、本来叱られるはずだったマリーが兄に感謝する…

ともかくも、サマンオサに蔓延る諸悪の根元は滅ぼしたのだ…
その事は、即日国中に知れ渡る…
人々の歓喜の叫びと共に。




「英雄リュカとその一行よ…此度の事、誠に感謝する!」
ボストロールを消滅させた翌日…
何故だか半分が吹き飛んだサマンオサ城の、無事だった場所に臨時の謁見の間を設置し、本物の国王がリュカ達に救国の感謝を述べている。

「やめろ!『英雄』とか呼ぶな気色悪い!それに勘違いするなよ…別にお前の為にサマンオサを救ったわけでは無いからな!フィービー達を助けたかったんだ…王族というのは、皆が自分の事を全力で救うと勝手に信じていやがる!」
今までに無いくらいの不敬罪!

しかし、この国でリュカに対し不敬罪を唱える者は皆無だろう…
サマンオサでリュカという存在は、精霊紳ルビスより神聖な物へと昇華されている!
本人が知ったら激怒するだろうに………
「うむ、リュカ殿…それは重々承知している…だが、この国がリュカ殿のお陰で救われた事実に変わりなかろう?ワシはその事に感謝をしているのだ」

「う~ん…まぁ分かったけど…でも僕に感謝するよりも、虐げられてきた国民の為に、全力を尽くしてほしい!…城を壊しておいて言うのも何だけど…修理する金があるなら、国民に回してよ!」
「あぁ、勿論そうするつもりじゃ!…とは言え、ワシからリュカ殿に、何かお礼をしたのだが…何かあるかな?」

「えー!?別に無いなぁ…」
「お父様…」
城を半壊させて張本人が、リュカのマントをチョンチョン引っ張り、可愛くアピールする。
「何、マリー?…お前、お城壊しといて何かお強請りするつもり?」
珍しく娘に辛辣な事を言うリュカ…
まぁ、状況が状況だからねぇ………
「う゛…お、お父様はサマンオサに来た目的をお忘れですの!?」
彼女としても此処は退けない!
どうしても必要な物があるから。

「何じゃ?何かあるのなら言うてくれ!…城の事を気にしてるのは、お主等だけだぞ!」
「は~い!変化の杖をくださいな!」
「あぁ!そう言えば、そんな当初の目的もあったねぇ……この国酷すぎて、キレイに忘れてたよ!」
「い、言い返せんが酷い言われ様じゃのう…」
苦笑いするサマンオサ王…

「しかし困ったのぉ…」
「何だ!?『それはダメー!』とか言うのか、この野郎!?」
「いやいや…そんな事は言わんよ…譲れる物があるのなら、何だって譲りたい気持ちなんじゃから…」
「じゃぁ何だよぉ!」
「うむ…変化の杖はな…ワシの偽者が携帯しておったのだ…」

「………え?」
「つまりな…城と一緒に吹っ飛んだと言う事じゃよ!………まぁマジックアイテムじゃし、壊れてはおらんと思うが…何処に吹っ飛んだのやら………?」


それから3日間…
広大に飛び散った瓦礫の中から、変化の杖を探し続ける事となる…
フィービーや兵士達…その他、国民の皆様が手伝ってくれなかったら、もっと時間が掛かったろうに…



 

 

別世界より④

<グランバニア>

時は戻り、ビアンカ・ティミー・マリーまでもが、本に吸い込まれてしまった直後の事…

「ど、どうしよう…マ、マーサ様…私…とんでもない事を…」
国王執務室では、顔面蒼白のリュリュが今にも泣きそうな表情で狼狽えている…
「リュリュの所為じゃないわ!あの鈍くさい勇者様が、勝手に巻き込まれただけよ!しかもマリーってば、自分から飛び込んだでしょう…きっとお母さんも、お父さんに会いたくて飛び込んだに違いないわね………しくじった…私も飛び込めば良かったわ!あっち面白そうなんだもん…」
きっとポピーが居なかったら、リュリュは責任を感じて発狂していただろう…
それはマーサも同様だ…
リュリュにパルプンテを唱えさせたのはマーサだ。
何もビアンカ等が居る前で行わなくても、良かったはずなのに…そこまで頭が回らなかったのだ。


「でも、どうする?」
「どうもこうも、助ける為に全力を尽くすだけです!」
ポピーの質問に、まだ思考が定まっていないマーサが声を震わせて答える…それに無言で頷くリュリュ。
「違うわよお祖母様。私が言ってるのは、グランバニアをどうするか…って事よ」
「……グランバニアを?」
「お祖母様テンパりすぎ(笑)………取り敢えず、オジロン大臣を此処に呼んでから話しましょう!」
マーサもリュリュも、ポピーが言わんとする事が理解出来てない…
そんな二人を無視して、ポピーはオジロンを呼び付ける。


「はぁ…またトラブルですかな?」
暫く経過し、オジロンが執務室へ入る…そして開口一番、現状を言い当てた!
「何よ…まだ何も言ってないでしょ!」
「聞かずとも分かる!ポピーが嬉しそうにしている時は、間違いなくトラブルなのだから!」
「叔父上様、ひっど~い♥!そんな風に私の事見てたのね!」
問題事が多すぎて顰めっ面が治らないオジロンと、状況が楽しすぎて笑いが止まらないポピー…

「………ところで、王妃陛下の姿が見えないのは何故ですかな?…嫌な予感しかしないのだが…」
「ビンゴよオジロン!さっすがー!!」
この時のポピーの笑顔は、世界中の男性を虜に出来るほどの美しさだったと言う…笑顔だけは!
「お母さんもティミーもマリーまでも、あっちの世界に行っちゃった、うふ♥」

その場に崩れ落ちるオジロン…
泣きそうなマーサとリュリュ…
一人笑顔のポピーに対し、殺意が芽生える3人。
「な、何故…そんな事に…」
「どうでもいいじゃない、そんな事!それよりこれからよ、これから!どうしましょうかねぇ?」
「どうするって…」
絶望感に打ち拉がれる3人には、ポピーの言いたい事が分からない…

「ちょっとしっかりしてよ!代理で王位に就いていたビアンカ陛下が不在になり、第1王位継承権を持つティミーが不在に、第2王位継承権を持つマリーも居なくなったのよ!さてさて、誰が王様やるのかな?」
「ど、どうすれば良いんだ…わ、私がまた代理を務めれば良いのか!?」
「オジロンじゃ無理ねぇ…以前は貴族達が不満を持って無かったから、オジロンでも統治出来たけど…今の貴族達は、隙あらばクーデターでも起こしたがってるからねぇ…半年後には王家の血筋に連なる者全員を処刑してるわよ!」
ポピーの言葉に吐きそうになるオジロン…

「で、では………そうだ!マーサ殿を代理に据えて、皆でサポート致しましょう!マーサ殿でしたら、先代パパス王よりのカリスマもあり、貴族達の暴走も押さえられるのでは?」
「う~ん…悪くないと思うけど…お祖母様にはお父さん達の救出に全力を尽くしてもらいたいし…政務を行っている余裕は無くない?」
「な、なるほど…リュカの帰還こそが、最大の解決だしな………では、ポピー!お前が代理で王位「馬鹿な事言わないで!」
先程までの笑顔を消し去り、真面目な表情でオジロンを叱るポピー!
「私はもうグランバニアの人間では無いのよ!ラインハットへ嫁いでしまったのよ。私が臨時でも王位を継いだりするわけにはいかないの!」
「くっ…その通りだ!済まぬ…つい…」
絶望感に打ち拉がれ、オジロンは俯いてしまう。

「ポピー…貴女は先程から否定しかしてませんけど、何か妙案はあるのですか!?」
打開策を見いだせない事に苛つき、マーサはポピーにきつく尋ねる。
「うふふふふ…あるわよぉ~!」
同姓ですら見とれてしまうほどの美しいポピーの笑顔…
だが此処にいる者は知っている…
この笑顔の先には、厄介事がひしめき合っている事に…

「先ずオジロンはそのまま国務大臣を続けてもらいます。なので実質グランバニアの政務はオジロンにこなしてもらうのよ!そして私は王位に就けない…だから臨時の宰相として王のサポートに就きます」
「さ、宰相!?しかし…」
「大丈夫、雇われ宰相だから!それに文句を言うヤツは、陛下のカリスマを利用して押さえ込むから♥」
小悪魔の笑顔…いや、大魔王の微笑みと言って良いだろう…
ポピーはこの状況を最大限に楽しもうとしている。
「で………誰を国王代理に………?」
「決まっているでしょう…リュカ陛下のカリスマ性を、最も多く受け継いだ人物よ!」

ポピーの言葉を聞き終えると、オジロン・マーサ共にリュリュを見つめる。
「わ、私!?ム、ムリよ…ムリムリ!!だって…王様としての教育なんて受けてないもの!」
リュリュは大量に汗をかき、後ずさりながら拒絶する。
「リュリュ…お父さんも、王様としての教育なんて受けてないのよ。だから面倒な事は殆ど大臣等に丸投げ!それで良いのよ!」
ポピーはリュリュを抱き寄せて、優しく頭を撫で諭す。

「良く聞いて…貴族達が我が儘を言ったら、私が一手に引き受けて黙らせるわ!貴女は貴族達が私への不満を言ってきたら、何時もの様に優しく聞いてあげればいいの!私が恨まれ、貴女が慕われる…そんな形を作り出すの!…面倒な政務はオジロン達がやってくれるから…ね♡」
「でも…私…出来ないよ…そんな…」
「リュリュ…お父さんが帰ってきて、この国が滅んでいたら悲しむわ!私と一緒にお父さんに褒められましょ!『リュリュのお陰でグランバニアが平和だった!だから僕はリュリュが大好きなんだよ!』って………きっとチューしてくれるわよ」
トドメだった…
「やる!私頑張る!!ポピーちゃん、協力してね!」
母親と男の趣味が同じ彼女にとって、ポピーの言葉はトドメだった!


果たしてこの二人は、グランバニアを平和に統治する事が出来るのか?
リュカの帰る場所は、存在し続けるのあろうか?
こっちの世界も目が離せない!



 

 

自分らしさを持続して

<海上>

アルル達はサマンオサで、シルバーオーブに付いての情報を入手した。
シルバーオーブは『ネクロゴンドの洞窟』を抜けた先の祠に有るという…
しかしネクロゴンドは、高い山々に囲まれた場所にあり、10年ほど前まで唯一通行出来た道も、火山の影響で塞がり人の進入を拒み続ける土地と言う…
だが、ネクロゴンド地方へ進入出来る方法を知っている人物も、サマンオサには居た。
夫婦で囚われていた元兵士…現在、近衛隊長として復職したチャールズである。
彼の情報では、アリアハンの勇者オルテガと時を同じく旅立った、サマンオサの勇者『サイモン』が、その方法を見つけたと言う…
しかしサイモンは旅の途中、敵の罠に掛かり、無実であるにも拘わらず『祠の牢獄』に投獄されて、命を落としたと言われている…


そんなわけでアルル達は今、ロマリアの東…アッサラームの北の海に浮かぶ『祠の牢獄』に向かう為、ジパング北の祠から船で向かっているのだ。
「ア・ル・ル・さ・ま♥…サマンオサ行きも無駄では無かったでしょう?シルバーオーブの情報を入手出来ましたのですわよ!」
マリーはサマンオサ行きを嫌がっていたアルルをからかう様に、シルバーオーブの情報をひけらかす。
「マリー…アルルを苛めるのは止めなよ…誰だって分からなかったんだから!」
「でもでもウルフ!アルル様は『無駄な事』って言ってたんですわよ!世の中に無駄な事なんて無いんです!『急がば回れ』って諺もあるんですから!」
アルルを苛めるマリーを宥めるウルフ…
二人は『サマンオサ南の洞窟』での一件以来、急激に距離が縮まった様で、互いの名を呼び捨てにする様になった。

「分かったわよ!サマンオサへ行った事は無駄じゃ無かったわ!サマンオサの人々を救う事も出来たし……でも私が言いたいのは、幽霊船探しが無用だと言ってるの!」
「いいえ、無用な事などありませんわ!幽霊船を探索すれば、また新たな情報などが入手出来るに違い有りません!」
「憶測じゃない!」
「断言しますわ!幽霊船を探索した後、私とアルル様は今と同じ様な会話をする事になりますわ!」
船の上で口論を続けるアルルとマリー…
必然的に二人を宥める役回りなのは、互いの彼氏だ!
女性二人の間に入り、「まぁまぁ」とか「落ち着いて」とか…


そんな子供達の微笑ましい(?)光景に目を瞑り、妻を伴って人気の居ない船倉へと移動するリュカ…
「なぁに…こんな所へ連れ込んで?私達夫婦なのだから、こんな所じゃなくたって良いのよ♡」
人目を憚ってリュカと二人きり…そんな状況にテンションが上がってしまったビアンカは、自ら身体を擦り寄せてリュカの事を誘い始める。
「ビアンカ、あのね…とっても真面目な話があるんだ!」
胸を腕に押し当てても、身体を離し真面目な表情で語るリュカ…
ビアンカも直ぐに察し、神妙な面持ちに切り替える。

「何…真面目な話って?」
「うん…マリーの事なんだけど、その前に僕自身の事を話したい!」
リュカは自ら話したいと言ったのにも拘わらず、かなりの戸惑いを含みながらの語りとなっている。
「僕はね…父パパスと、母マーサの間に生まれたリュカという男だ…でも僕には、もう一つの人生が存在する………リュカとして生まれる前の人生が!」

「………リュ、リュカ?言ってる意味が…」
「つまり僕には前世の記憶が残っているんだ!…それ程突飛な人生では無かったけど、普通に学校へ行き、会社へ行き、恋をし、楽しみ、苦しみ、希望を持ち、絶望を知り、挫け、立ち直る……そんな人生の記憶が、生まれながら有ったんだ!」

「つまり…リュカはリュカじゃないって事?」
「違う!僕はリュカだ!ビアンカの事を愛しているリュカという男だ!…ビアンカは子供の頃、僕の事を見て『大人びた言動がある』って思った事無い?」
「有るわよ…」
「それは既に心が大人だったからなんだ…心は大人だけど、身体は子供…だから子供を演じていたんだ…でもビアンカを騙したかったわけじゃないよ!見た目子供が『僕の心は大人ですから』って言っても、誰も信じないだろ!?頭がおかしいと思われるだけだろ!?だから子供を演じてたんだ。ビアンカ…僕の事嫌いになっちゃった?」
真実を打ち明け、今にも泣きそうな瞳でビアンカを見つめるリュカ…

「バカ…私がリュカを嫌いになるわけないでしょ!………でも一つだけ質問が……リュカ子供の頃シスター・フレアの胸に抱き付いていたけど、あれは子供の無邪気さを演じていたの?」
「………いえ、巨乳が大好きなので………」
「あはははは、本当にスケベねぇ………うん、私の大好きなリュカだ!」
ビアンカはリュカの頭を抱き締め、自らの胸に押し当てパフパフする…


そして1時間後…

二人は服を着直し、先程の話の続きに入る。
「…で、リュカの前世の事と、マリーの事ってどう繋がるの?」
夫婦の作業を終えて、心地よい疲労感に包まれたリュカが、真面目な表情に切り替わり、娘の事を話し出す。

「結論から言うと…マリーにも前世の記憶が有るね!あの娘、心は既に大人だよ!年齢は分からないけどね」
「まさか…」
驚くビアンカ…しかしリュカは淡々と語り続ける。
「間違いないね。しかもマリーは、この世界の…いや、この物語の結末や内容を知っているね!でないと、説明の付かない事が多すぎる!」

「た、例えば…?」
「いつの間にかレッドオーブを手に入れてたし、ジパングではヒミコをヤマタノオロチだと言ったし…」
「ヒミコに関してはリュカがモンスターだと…「そうだ、モンスターとしか言って無い!本当にヤマタノオロチでビックリしたぐらいだ!」

「でも何でこの物語を知ってるの?」
「きっとマリーの前世で、この物語を読んだんだろうね…ただ、実際にはマリーという異分子が入り込んだ事で、マリーの知っている物語とは若干の相違が有るのだろうけど…節目節目では違いが無いだろうから、確信して行動していると思うよ」

「………分かったわ…リュカが言うなら本当なんでしょう…でも、それが何?前世の記憶が有るから、マリーは私達の娘じゃないなんて言わないわよね!?」
「怒るよ!僕は子供達全員に、僕なりだが愛情を注いできたつもりだ!マリーも例外じゃ無いし、これからも僕の娘として愛するつもりだ!」
「じゃぁ別に良いじゃない!あの娘の心が大人でも…」
「ダメなんだ…心が大人と言っても、肉体的成長に伴った大人であって、精神的には我が儘な子供なんだよ…それが最近になって分かってきたんだ…」
この夫婦以外、誰も居ない船倉にリュカの悲痛な呟きが木霊する…

何がダメなのか…リュカは何を言いたいのか…
ビアンカにはまだ分からない。
だが彼女にも分かる事がある…
リュカはマリーを愛してる…
掛け替えのない娘として、惜しみない愛情を注いでいる…
だから静かに話を聞くのだ…
ビアンカはリュカの事を信じているから。



 

 

人を愛する事とは…

<海上>

「精神的に我が儘な子供………マリーは見た目子供だから…リュカの話を聞くまでは、特別問題とは思わなかったわ…」
時折、上の階で人の足音が聞こえるだけの船倉…
リュカとビアンカは、静かに悩み続ける。

「このまま放置すると、マリーもウルフも不幸な事になる…」
「?……何故ウルフも?…彼はマリーの我が儘に、自ら付き合ってる様に見えるけど…」
「マリーはショタコンなんだ…」

「ショタコン?」
「あぁ、つまり…大人の男が、年端もいかない少女に、性欲を感じる事…ロリコン!それの女性版!丁度ウルフの年齢が、マリーの性的嗜好にピッタリだったんだ!」
「ふ~ん…でも、それは良いんじゃないの?マリーの身体は子供なのだから、あと7.8年もすれば、お似合いなカップルに………あぁ、そう言う事か…」
ビアンカも途中まで言って気が付いた。

「そうなんだ…あと2.3年すれば、ウルフはマリーの嗜好から外れる…憶えてる?幼い頃のマリーは、ティミーにベッタリだったのを!」
「憶えてるわよ…私が抱くと愚図るのに、ぎこちなく抱くティミーには笑顔だったわ…つまり、あの頃のティミーはマリーにとって、お好み期間中だったわけね!」
「そ!…そして成長し、マリーの興味からも外れたわけだよ…15歳ぐらいのころだったもん…急にティミーに近付かなくなったのは!抱き上げられてもヤな顔しかしなくなったし…」
二人とも目を瞑り、マリーの過去に思いを馳せる…


「ウルフはロリコンじゃ無い!からかいはしたが、彼の嗜好は分かっている…でもマリーに恋をした!身を呈して守るほどに…つまりはマリーの外見ではなく、中身に惚れてしまったんだ!もしかしたら、マリーが何やら策を巡らせたのかもしれないが…でもウルフの恋は本物だ!でなければ、7歳児に手を出さないだろう…」
「でもマリーの方は…」
ビアンカが困った顔でリュカを見つめる。

「そうなんだ…この間の一件で、心境の変化があったみたいだが、果たして何処まで本気なのか…」
「精神年齢が実は高い少女の、性格を改善させて行かなければならないのね…私達は」
「まぁ簡単に言うとね……改善とまで行かなくても、ウルフと末永く幸せになってほしいから」

リュカとビアンカは互いを見つめ頷き合う。
二人の瞳には、責任感という闘志の炎が灯っている。
若い…若すぎる娘カップルの未来の為に!


「うふふ…でも、リュカがウルフの事をそんなに気に掛けるとは思わなかったわ…」
「だってアイツ良いヤツなんだもん!………それに僕の子供達って女の子ばかりじゃん…ティミーをからかうのも面白いけど、違うタイプも楽しみたいじゃん!」
「まぁ……じゃぁ自力で男の子を造りましょうよ…何だったら私はまだまだ頑張れちゃうわよ♡」
ビアンカは身体を擦り寄せキスをする。
気付けば船倉に響く甘い声…
つい先刻、服を着直したばかりだと言うのに…



リュカとビアンカが甲板へと戻ると、今はティミーとウルフが口論をしているではないか!
「あれ?どうなってんの?何であの二人が喧嘩してんの?」
「あぁ…リュカさん、どこ行ってたんですか!?…2時間も?」
「え?何処って…船倉でエッチしてたんだけど…何か?」
困惑しているハツキの問いにサラリと答え、更に困惑させるリュカ。

「なんでそうストレートに言うんですか!」
「あはは…で、何でティミーとウルフが喧嘩してんの?」
「喧嘩って言うのか…お互いの彼女自慢…かな?」
「はぁ?…まったく…彼女とか奥さんとか愛人とかってのは、他人に自慢する物じゃないのに…個人的に楽しむ物なのに…」
右手で顔半分を押さえ、溜息と共に呟くリュカ…

そしてティミーとウルフに近付くと、勢い良く二人の頭を叩き喧嘩を止めさせる。
「止めろ馬鹿ガキ共が!」
「「いってぇ~!」」
ティミーとウルフは頭を抱えて蹲る。

二人が蹲ったのを見たリュカは、ビアンカに目で合図を出し、マリーを船室へと連れて行かせる。
そしてティミーとウルフの首根っこを掴むと、猫の子を摘むように持ち上げ、船首まで連行する。


「二人とも…其処に正座!」
「あれ…父さん怒ってる?何で?」
「リュカさんには関係ないですよ!これは俺とティミーさんの問題なんですから!!」
「うるさい黙れ!…彼女が出来て、自慢したい気持ちはよく分かる!でも彼女をダシに喧嘩をするんじゃない!」
ティミーとウルフは、リュカがビアンカ自慢をする物と思っていたのだが、喧嘩をしていた事自体に怒っていると知り、黙って説教を受けざるを得なくなってしまう。


そしてリュカの説教は長時間に及ぶ…
船室からビアンカが、しょんぼりしたマリーを連れて出てくるまで続く…
その間、約2時間…
リュカの説教こそ終わった物の、正座という拷問に立ち上がる事が出来ず、甲板の上を這いずる二人の少年の姿が…

先に立ち上がったのはティミーだった…
アルルに恥ずかしい所を見られたくない一心で、強引に立ち上がり取り繕う。
取り繕う事の出来ないウルフは、せめて水夫等の邪魔にならない様、甲板の縁まで這いずり、そこで足の痺れが引くのを待つ。
すると其処へマリーが近付き、ウルフの頭の下に自身の膝を入れ、膝枕で労ってくれる。

「あ、ありがとうマリー……何か恥ずかしい所を見せちゃったね…」
膝枕に嬉しくも恥ずかしいウルフ…
しかし彼は気付いた。
「マリー…どうしたの?元気ないけど…俺、何かしちゃった?」
今にも泣きそうな表情で自分を見つめるマリーに気付き、慌てて起きあがり彼女の前に座り直す。
足の痺れなど感じなくなっている…

「私ね………お母様に怒られちゃった………」
「え!?さっきのアルルとの事で!?」
「ううん…違うの…ウルフ…貴方の事でなの…」
「お、俺の事………!?」
全く意味の分からないウルフ…何故、自分の事でマリーが怒られるのか…

「私ね…最初はウルフの事、好きじゃなかったの…」
「それは俺だって…嫌いじゃなかったってだけで、好きになったのはジパングでだし…」
「違うの!私のは違うの…そう言うのじゃなくて…もっと酷いの…」
とうとうマリーの瞳から、大粒の雫が滴り落ちる。

「私にとって出会った頃のウルフは、性的欲求を満たす為だけの男の子だったの…」
「せ、性的…?」
とても7歳の少女が口にする言葉ではなく、ウルフの動揺は大きくなる…

「可愛らしい男の子…他の女に手を出される前に、私が童貞奪っちゃお!そんな邪な気持ちでウルフに近付き、誘惑し続けてたの!興味が無くなれば、違う男の子に乗り換えよう…そんな不埒な考えで…」
言葉が出ない…

最初から愛されてる…そう思っていたウルフには、マリーの言葉に絶句する。
「お父様には、それが最初から分かっていたの…それでお母様に怒られましたの…………ごめんなさいウルフ…こんな女、嫌いですよね…」
ただただ泣くマリー…

叱られた事では無く、ウルフへの気持ちが愚かしかった事に。
『双方が同意の上で、互いに身体だけの関係を続ける事に反対はしない…でもウルフは間違いなくマリーを心から愛してる!マリーの事を身を犠牲にしてまで守った、ウルフの気持ちを裏切るようなことは絶対に許さない!』
これがリュカの気持ちであり、それを理解するビアンカからの叱りであった。
自分の愚かさに泣く事しか出来ないマリー…


「マリー…今でも俺の事は性的に好きなだけ?」
「違うの!!今は違うの!私、ウルフが大好き…ウルフの事を愛してるの!本当に…本当なの…信じて…」
静かなウルフの問い掛けに、涙の止まらない瞳を大きく見開き答えるマリー。

「じゃぁ、途中経過なんて関係ないよ。今、相思相愛なら俺は満足だ!これから二人の愛は何よりも強固な物だと証明して行こう…リュカさんとビアンカさんよりもラブラブな事を見せつけようよ!」
ウルフはハンカチを取り出しマリーの涙を拭う…
その行為がマリーの心に愛しさとして広がる。
「マリー…愛してるよ…」
生まれて初めて…いや、2度の人生で初めて、人を愛する事を知ったマリー…

そんな二人を遠目に眺め、末永い幸せを確信し祝杯をあげる夫婦…
マリーは気付いてないが、ウルフは気付く…
そしてマリーが深く愛されている事を、強く感じるのだった。



 

 

父と娘

<海上>

既に深夜も過ぎ、あと1時間もすれば水平線の彼方から、漆黒を塗り替える白光が滲み出る頃、甲板上にリュカは佇んでいた。
周囲に人影はなく、大分離れた位置にある舵を操る水夫の姿のみ…

其処に船室から現れた一つの陰が、リュカの元へと近付いて行く。
「コラコラ…子供が起きている様な時間じゃないぞ!」
「知ってるんでしょ…私は子供じゃありません」
保温用のポットに甘いココアを入れ用意しておいたリュカは、一緒に用意したカップに注ぐと、愛娘のマリーに手渡す。
「ありがとうお父さん………うん、暖かい…」

「ふふふ…心はともかく、身体は子供なのだから睡眠は必要だよ……………つーかやりすぎだよ!身体は子供なんだからね!7歳児だよ!エッチは控えなさい…」
「な、何よ急に…何を根拠に!?」
「臭うよ…さっきまで頑張ってたんだろ…分かるよ、臭いで!」
「ちょ、セクハラよ!」
「違うよ…娘に対してだからセクハラじゃないよ」
「もう…ズルイ…」


暫くはお互い沈黙していた…
マリーのココアを飲む音だけが聞こえる…

「ねぇお父さん…何時頃気が付いたの?」
先に口を開いたのはマリー…
この質問の為に、愛しい(ウルフ)のベットから抜け出してきたのだから。
「初めて出会ったその時からだよ」

「…それは嘘よ!あり得ないもの!だって…」
リュカとマリーの出会いは、ビアンカがマリーを出産した時だ。
つまりはマリーは生まれたての赤ん坊…
ボロを出す余裕すらなかったはず…

「嘘じゃないよ…だってあの時『今すぐ私の処女を奪って!』って、いきなり僕に向けて叫んだでしょ!?」
「え゛!?お父さん…赤ん坊の言葉が分かるの!?」
「いや…普通は分からない。リューラやリューノの時は、何言ってるのか分からなかった…でもマリーの言葉は分かったんだ!その後ティミーに向けて『きゃー超私好みの男の子!今すぐ喰べちゃいたい!』って言ってたし…」

「う、迂闊だったわ…お父さんにそんなチート能力があったなんて…ズルイ…」
「チート?」
「い、いえ…こっちの話です………では何で今まで気付かないフリをしていたの?」
「え?気付かないフリ!?…いやむしろ『気付いてるよ』ってアピールしてたじゃん!気付かなかった?」

「………それって、子守歌に『ギザギザハートの子守歌』を歌ったり『ヤホーで検索する』って言ったりの事?」
「そうだよ!お前以外には通じないだろ?」
「た、単なる電波かと思ってたわ…」
「酷っ!」
夜中の海に父娘の笑い声が響き渡る。


「そっか…私が勝手にバレない様努力しちゃったんだ…」
「転生者であろうと無かろうと、お前は僕の掛け替えのない娘なのだから、気にする事なかったのに…」
リュカがマリーを優しく抱き締める…
マリーもしがみつく様に抱き付き、父の温もりを感じる。

「でも教えて欲しい事が1つある…この世界はドラクエなのか?…てっきりエンディングを迎えたと思っていたのだが…まだ続くのかな?」
「え?お父さん、ドラクエ3知らないの!?」
「3!?…あれ、おかしいな…僕はドラクエ5に転生したと思ってたんだが…?」

「うそ!?お父さんはアノ国民的超大作ゲーム『ドラゴンクエスト』をプレイした事ないの!?」
「無い!兄貴や友達のプレイを横で見た事は数度あるけど……ゲーム画面見つめるより、女の子の瞳を見つめてた方が楽しいし!」
「お父さんは転生前から、そんな性格だったのね…」
「当然!生まれ変わったって性格までは変わらないよぉ!」

「うふふ…お父さんらしい………じゃぁ、簡単に説明するわね。今居る世界は『ドラクエ3』の世界なの。で、お父さんが生まれた世界…つまりグランバニアがある世界は『ドラクエ5』ね!そしてドラクエ5は、私が生まれる前…ミルドラースを倒した所でエンディングしたのよ!」
「へー…何で『5』の後に『3』になったんだ?普通、逆じゃね?っか『4』は?」
「そんなの分からないわよ、私にだって!…本来、『3』にはお父さんも私も登場しないんだからね!イレギュラーなのよ…」
「ふ~ん…」
興味なさげに聞き流すリュカ…

「…興味ないみたいね、お父さん…」
「どっちかつーとね!…今、僕が興味を持ってるのは、我が子の色恋事だからねぇ…見てて面白い!」
「我が子の…って事は、私のも含まれるんでしょ?…面と向かって言わないでほしいわね…」
リュカは嬉しそうに微笑み、マリーに視線を合わせる。

「ウルフの事好き?」
「うん…私初めて人を好きになった!」
「幸せ?」
「すごく幸せ…人を好きになるって、凄いね!こんなに幸せな気持ちになれるんだ!」

暫くの間二人は見つめ合い、そして微笑んだ。
「良い男に巡り会えたな!心はお前の方がお姉さんなんだから…苛めるなよ」
「その台詞、そっくり返しますぅ!お父さんこそ、お兄ちゃんみたいにからかわないでよ…」

「…約束は出来ない…だってティミーとウルフって、似てる所があるんだもん!」
「否定はしないけど、お兄ちゃんより女の扱いに慣れてるわよ」
「逆に困るなぁ…君達まだ若すぎるんだからね!お前7歳なんだよ、まだ!」
「うふふ…気を付けま~す!」


気付くと水平線の彼方から、白けた光が差し込んでくる…
「じゃぁ…私そろそろ戻ります。起きて隣に私が居ないと、ダーリンが寂しがるから」
「ウルフに『昨晩はベットを抜け出して何処に行ってたの!?』って問いつめられたら『お兄ちゃんとエッチしてました♥』って言うんだぞ!」
「あはははは、バ~カ!『お父さんに押し倒されたの!』って、泣きながら言うわよ」
父娘と言うより、仲の良い友人の様に笑い合う二人…

一頻り笑い船室へ戻るマリー…
しかし途中で止まり、リュカに向き直り心から告げる。
「お父さん!私のお父さんになってくれて、本当にありがとう!私、お父さんの事が大好きです!」
それだけ言うと足早に船室へ戻って行く。

残されたリュカは、朝日を眺めながらココアを飲む…
「今日も良い天気になりそうだ…朝日が強烈に目に染みるよ」
そしてリュカも自室へと帰って行く。
右腕で目を擦り、妻の待つベットへと…



 

 

義兄弟

<海上>

「アルルさん!昨日は生意気な事言ってごめんなさい!」
皆、眠りから覚め甲板上でそれぞれが鍛錬を行っている中、一人遅れて現れたマリーがアルルに近付き、元気よく昨日の非礼を詫びる。

「あ…う、うん…気にして無いわ…此方こそごめんね…」
思わず呆気にとられながら返答するアルル。
「うふ、良かった!アルルさんに嫌われてなくて!アルルさんに嫌われたら、お兄ちゃんにまで嫌われちゃうもん!」

アルルにとってマリーは『ちょっと我が儘な所があるお嬢様』と言う感覚だった為、それ程気にしてはいなかった。
だが一晩経ち屈託のない笑顔で接されると、昨日の自分の大人げなさと、今までのマリーへの評価が間違っていたと思い、申し訳なくなり必要以上に優しく対応してしまうのだ。


そんな仲の良い姉妹みたいな二人を、嬉しそうに眺めるリュカとウルフ…
そこに漠然とした違和感を感じているティミーが近付き、ウルフの腕を引っ張りリュカ達から少し離れた場所へと連れ出した。
「ちょ、何ですかティミーさん!?」
「ウルフ君…お前、マリーに何をした!?」

「な、な、な、何をって…何がですか!?」
ティミーらしからぬ、あまりにもストレートな質問に、焦りまくりで狼狽えるウルフ。
「マリーが何時もと違う!その…何て言うのか…凄く………可愛い!!」
「マリーは元から可愛いです!」

極めて間抜けな質問をするティミーを見て、先程の質問の意図する事が、夜の恋人同士の行いでは無い事に気付き、安心すると同時に情けない義兄に腹立たしくなるウルフ。
「いや、分かってるんだよ…マリーが可愛いのは…その…何て言うのかなぁ………何か…接しやすくなったって言うのか…う~ん…」

「ふう…ティミーさん、言いたい事は分かります…が、そう言う事は自身で感じて下さい!人から聞いて分かっても、意味のない事ですから…」
「つ、つまり…マリーに何かあったのは確実なんだな!?」
「そうです!何かあった事は確実です……ここ最近、俺とマリーは心を急成長させてます!それは互いが大切な存在であると、互いに感じているからです!何時まで経っても、アルルとの心の距離を縮められないティミーさんには、説明しても分からないでしょうけど…」
本来ウルフは尊敬する義兄に、こんな事を言いたくは無いのだが、わざわざリュカの側から自分を連れ出し、リュカの聞こえない所で話を切り出す姑息さに苛つき、思わずきつい口調になってしまう。

「な、何だよぅ…僕とアルルは関係ないだろぅ…」
バツが悪そうに俯き、手をモジモジさせるティミー…
「はぁ…妹の事ばかり気にしてるから、シスコンって言われるんですよ!折角アルルと恋人同士になったのだから、アルルの事だけを見ていれば良いじゃないですか!恋人同士になったからって、放っておきすぎですよ!」

「そ、そんな…放っておいてないよ!アルルの事も気にしてるよ!」
「違います!『アルルの事も』ではなく『アルルの事だけ』を気にして下さい!………気付いてないでしょうティミーさん…今日アルル、体調悪いですよ!」
「え!嘘!?」
アルルが体調不良と聞き、急に取り乱すティミー。

「嘘です!」
「な、何でそんな嘘吐くんだよ!」
「はぁ…本当に情けない人だなぁ…良いですかティミーさん!もし、アルルの事だけを気にして、常に見続けていれば今の嘘は問題なくなってるんです!」
「ど、どういう事…?」

「ティミーさんがアルルの事について把握していれば、俺の今の嘘はすぐバレます…取り乱す事など無いでしょう!仮に、俺の嘘が真実だった場合…つまり俺は知らなかったけど、実際に体調不良だった場合は、前もって分かっている訳ですから、今更取り乱す事も無いでしょう」
「た、確かに…」
年下に説教されて小さくなるティミー。

「…ティミーさん、アルルにエッチな事した事あります?」
「な…何だ藪から棒に!」
「やっぱり…ティミーさんに期待するのはムリか…ティミーさん、女性にエッチな事するのは悪い事と思ってませんか?」
「相手にもよるだろ!」

「そうです!リュカさんみたいに手当たり次第ってのは、流石に問題あると思います…けど、ティミーさんがアルルに対してやるのは、問題ないんですよ!分かってます?」
「え…でも…ふ、不謹慎だろ…重要な旅の最中になんて…」
ティミーは顔を真っ赤にして、両手をモジモジさせ俯く。

「そりゃ…戦闘中や真面目な打合せ中などは不謹慎でしょうが、それ以外の空いた時間は問題ないでしょう!もっとアルルとスキンシップをとった方が良いですよ…でないと『ティミーは私に魅力を感じてない』って、アルルに勘違いされますよ!」
「な!?アルルは魅力的だよ!取り消せ!!」
「俺が言ったんじゃなくて、アルルがそう感じるって言ってるの!…ったく、知るかよアルルの魅力なんて!俺がアルルの魅力について語れる方が問題だろ!」
断っておきますが、ウルフはティミーを尊敬しております…女性問題の事以外!

「ど、どうすれば良いの…?」
戦っている時には想像出来ないほど、情けない姿で年下に恋のアドバイスを乞うティミー…
ウルフも、自分の彼女の兄でなければ、ぶっ飛ばしてやりたい衝動に駆られる…

「はぁ~………きっとリュカさんだったら『取り敢えず押し倒せば?』って言うだろうなぁ…」
「ば、バカ言うな!そんな事出来るわけ無いだろ!」
「分かってますよ…まぁ押し倒すのはともかく、二人きりになったら胸でも揉んでみてはどうですか?」
「な!?そ、そんなヤラシい事…セクハラじゃないか!!」

「彼氏が彼女の乳揉んで何が悪いんですか!?アルルがティミーさんの事を嫌ってなければ、ハラスメント(嫌がらせ)にはなりません。…それとも嫌われてるんですか?」
「う゛~…多分、嫌われてないと思う…」

「嫌われてませんよ!アルルはティミーさんの事が大好きです!もっと自信を持って下さいよ!そして、もっと親密になる努力をして下さいよ!心の中で愛してたってダメなんです!もっと言葉に出して、態度に見せて、行動に移して…そうして気持ちが相手に伝わるんですからね!」
ティミーの情けない態度に苛つきながらも、尊敬する二人の仲が上手くいく様にと思い、声を荒げてしまうウルフ。
これではどっちが年上だか…

「う、うん…でも、嫌われてなくても…嫌がられたらどうする?アルルはエッチな男が大嫌いなんだよ…それが原因で嫌われたくないし…」
「その時はリュカさんを手本にすれば良いじゃないですか」
「えぇ~…父さんを~…」
ティミーの表情が、あからさまに嫌そうになる。

「そうですよ…リュカさんは良い手本です!…アルルの胸を揉んで嫌がられたら、口八丁で『ごめん!アルルの胸が魅力的だったからつい…』とか『アルルの温もりを感じたかったんだ』とか…」
「あぁ…なるほど…」
《この人本当にあの男(ひと)の息子か?本当に血が繋がっているのか?リュカさんの成分が1ミクロンも含まれてないぞ!?》
ウルフの思いを感じることなく、何やら決意を内に秘めアルル達の元へと戻って行くティミー…


この日の晩…
ウルフはマリーに、この出来事を話した。
するとマリーが「今頃、凄い事になってるかも!?」と、アルルの部屋へ社会科見学をしにウルフを連れ出す。
そしてアルルの部屋ドアの隙間から、マリーとウルフが見た物は…



それはまた別の機会で語りましょう…



 

 

駆け引き

<海上>

ジパングより北に向かい、ムオルの村に程近い海域を進むアルル一行…
この日は天気に恵まれず、朝から薄暗く雨が降り続いている…
操船の為、外で作業をする者以外、皆が船内で時を過ごしていた。


勇者カップルも例外ではなく、朝から船内の食堂で身を寄せ合って親密な雰囲気を作り出している。
そんな光景を、朝食の為に訪れたリュカは不思議そうに眺めていた。
何が不思議かと言うと…
真面目カップルが人前でイチャ付くのが、あまりにも珍しいから!

その手の状況に敏感なリュカは一早く感づき、本来なら邪魔をしない様に勤めるのだが、気になる事が1つだけあり、どうしてもティミーに話しかけずにはいられないのだ!
「あ~…ティミー君…その…何だ…それ、どうしたの?」
リュカはティミーの左頬を指差し、真っ赤に付いた紅葉(もみじ)の痕を質問する。

「あ…いや…こ、これは…」
ティミーは慌てて左頬を手で隠し、しどろもどろに言い訳しようとしている。
「あー!!お、お兄ちゃん!アルルさん!ご、ご相談があるのですが!!今よろしいですか!?」
そんな父と兄を見つけたマリーが、大慌てでリュカの質問を遮り、強引に話題を変えてしまう…

「な、何かなマリー」
「ま、まぁマリーちゃん!とっても急用みたいね!」
「えっと~あの~…急用…ですわよねぇ…あのね……………あ、そうだ!『祠の牢獄』に行く前に、先にグリンラッドのお爺さんの元へ赴いてほしいんです!先に『変化の杖』と『船乗りの骨』を交換してもらい、何時でも幽霊船に遭遇できるようにスタンバっておきたいんです!」

マリーは兄カップルを守るべく、必死に話題を逸らし昨晩の出来事には触れない様に努力する…
しかし既にリュカは大凡を察し、ティミー達から離れた所にウルフを連れ込み、状況の確認を行った。

「おい…お前が唆したのか?」
「イ、イッタイナンノコトデスカ」
ウルフの瞳が水泳大会を行っているのを見て、リュカは苦笑いしつつデコピンを喰らわす!
そして、額を押さえる蹲るウルフと、頬の痕に触れられない様必死に話題を変えてる子供達を横目に、食堂から自室へと戻ってしまったリュカ。


「ど、どうやら誤魔化せたかしら?」
額を抑えながら近付いてきたウルフに質問するマリー。
「ムリだね……俺の一言が原因なのも悟られたね!」
「あ、あのやり取りだけで!?」

「マリー…君は自分のお父さんを侮りすぎだ!そう見せないだけで、リュカさんは凄い人なんだから!」
「ほんと、凄い人だよ…もう少し真面目に生きてくれれば最高の父親なんだけど…」
「ティミーさん、それは違う!考えてみて下さい…程良く真面目なリュカさんを…アルルは絶対にリュカさんに惚れますよ!ティミーさんに勝ち目はありませんよ!」
ウルフの言葉に、アルルとマリーが揃って頷く。

「ティミー…お父さんが不真面目で良かったわね♡」
人の悪い笑みでティミーを苛めるアルル…
そして思わず4人とも笑い出してしまう。
若者達も成長著しい様だ。





<グリンラッド>

アルルは先日のマリーの言を思い出し、先に『船乗りの骨』を手に入れる為、以前訪れた雪原の老人宅へと赴いた。
「じゃ~ん!お爺ちゃん、手に入れたわよ『変化の杖』を!」
「お…おぉぉぉぉ!何と本当に手に入れてくるとは……よ、良し!船乗りの骨と交換じゃ!」
マリーが手にする杖を老人が取ろうとした瞬間、それをリュカが奪い老人から遠ざけた。

「な、何じゃ!?この骨との交換の約束じゃぞ!…いらんのか船乗りの骨…」
「爺さん…聞きたい事がある。この杖を使って何をするつもりだ?」
「何って…変化の杖じゃぞ!変化するんじゃよ!」
(イラッ!)
「先に僕のドラゴンの杖で、屍に変化させるぞ!変化して何するのかって聞いてるの!…悪用されると困るのだが…」
「悪用ぅ?変化する事しか出来んのに、どう悪用するんじゃ!?」
「どうもこうも、他人に化けて悪事を働く事は出来るだろ!」
「安心せい!ワシはグリンラッドから出る気は無い!時折やって来る者を驚かしたいだけじゃ!」
狭い室内で、リュカと老人が睨み合う…


「お、お父さん…お爺さんの事を信じましょうよ…この人は悪い人じゃ無いですよ!」
「そ、そうですよリュカさん!マリーの言う通り、この爺さんなら大丈夫だよ!万が一変化の杖を悪用されても、俺達にはラーの鏡があるじゃんか!」

「……………」
リュカは変化の杖を握り、瞳を伏せ深く考える…
「マリー…ちょっと……………あ、他のみんなは待ってて!」
突如マリーだけを外へ連れ出し、コソコソと相談を始めるリュカ。



「さみー!外、ものっそい寒いよ!バカじゃないの!?」
暫くしてリュカとマリーが室内へと戻ってきた…騒がしく。
「おい爺さん!数ヶ月間の物々レンタルって言うのはどうだ!?」

「…何じゃ、物々レンタルってのは?」
アルル達も聞きたそうにリュカを見つめている…
「爺さん…悪く思わないでほしいのだが、やっぱりこの杖を他人に託すわけにはいかない!この杖の所為で、大勢の弱者が虐げられるのを目撃してしまったからね…」
「何と失礼なヤツじゃ!ワシは悪用しないと言って居るだろうに!」
リュカの言葉に老人は激しく憤慨する…
しかしリュカは、優しい表情のまま首を横に振り、話を続ける。

「勘違いしないでくれ…爺さんの事は疑ってない!むしろ、その後の事が心配なんだ!」
「「「その後?」」」
老人だけではなく、アルルやティミー達もリュカの言葉に首を傾げる。
「失礼な言い様だが、爺さん…アンタはもうそれ程長生き出来ないだろう…しかも家族も居なさそうだし…」
「全く持って失礼だが、その通りじゃ!それが何じゃ!?」
「爺さんが死んだ後、この杖はどうなる?誰の物になる?」
「……………」

誰もが言葉を失った。
そうなのだ…この老人を信じられても、その次に杖の所有者になる人物までもは信じられない…
リュカの懸念は其処にあった!

「う…ぐ…で、では船乗りの骨は諦めるのじゃな!?」
「いや、だから物々レンタルを提案したい!…つまり、爺さんの『船乗りの骨』と、僕等の『変化の杖』を、期間限定で交換しようって事!」

「……………なるほど。確かに、ワシの死後はどうなるか………じゃが、もしワシが断ったらどうする?おヌシ等にはこの骨が必要なんじゃろ?」
「いや…正直言うと、今の段階では大して必要じゃない!だから今は諦めるだけだ………だがもし、僕等の旅に必要な物になれば、アンタを殺してでも手に入れるつもりだ!本当はそんな事はしたくないけどね…やむを得なくなれば、アンタ一人の命は犠牲にする!」

室内に短い沈黙が続いた…
誰が見てもリュカが本気な事が分かるから…
「…分かった…物々レンタルに応じよう…それが一番、ワシにとって得なようじゃ」

商談が成立し、互いの持ち物を交換する…一時的にだが。
そして誰もがリュカの深慮に感心する…
自分なら、この老人を信用し、その後の事までは考えないだろうと…

そしてこの事が、二人の少年にとって大きな意味を成す。
義理の息子予定の者には、憧れる大きな目標として…
血を分けた実の息子にとっては、自身の器の小ささを痛感する大きな壁として…


 

 

急激な成長

<エコナバーグ>

リュカ曰く「僕が得た確かな情報によると、幽霊船はロマリア沖を彷徨っているそうだ!だから行こう!」

突っ込みどころ満載のリュカの言葉に、誰も突っ込めないほど強引に進路を固定させるリュカ。
「と、父さん…ロマリア沖であれば、ルーラを使って頂きたいのですが…」
との、ティミーの一言に、
「そんなにお前はアルルを強くしたくないの?」
と、むかっ腹が立つ口調で言われ、暗黙の了解的に船での移動が確定されてしまったアルル一行!

途中「この近くに、僕の愛人が町を作ってるんだよ!ちょっと寄って行こ!」と、我が儘全開な事を言うリュカ…
その愛人がエコナである事は全員が分かっている為、効果的な反対意見も出せず、リュカの我が儘が通った様に寄港する事に…



ほんの数ヶ月前までは、何もない平原だった場所に、突如現れた発展途上の町…
「す、凄いですねぇ…この短期間で、此処まで町を作り上げるなんて…」
まだ其処彼処に建設中の建物が乱立するが、町としての機能を満たすに十分な完成度のエコナバーグ。

アルル達は町並みを眺めつつ、エコナが住んでいる屋敷へと向かって行く。
するとエコナの屋敷手前で、門番と老人が押し問答をして居るではないか!?
「ちょっと、ご老人相手に何してるんですか!?」
思わずアルルが老人の援護に回ると…
「その老人がエコナ様の邪魔をするから、我々は仕事として追い返しているだけです!」
「ち、違う!ワシ、エコナと、話したい。それなのに、邪魔、言われる。エコナに、会わせない!」
よく見るとその老人は、この場所で町造りを始めたタイロン老人だった!
しかもエコナの命の恩人だ…

「おい!僕等もエコナに会いたいんだ!」
「ふざけるな!エコナ様はお忙しいんだ…アポイントメントのない者を通すわけにはいかない!」
門番の台詞を聞き終わると、リュカはエコナの屋敷を取り囲む塀を素手で破壊し、門番に話し続ける。
「最後通告だ!今すぐ快く通さなければ、貰っている給料じゃ割に合わないほどの痛い目に遭わせるぞ…」
門番は腰を抜かしへたり込んでしまった。
そして「ど、どうぞ…」と、情けない声で呟くのが精一杯だった。


屋敷へ入るやマリーが、
「お父さん格好いい!娘が皆ファザコンになるのが分かるわぁ~!」
と叫び、リュカに抱き付こうとした…が、
「いってぇ~!!素手でやるんじゃなかったぁ~!」
と、右手を押さえ蹲る。
「いてぇ~…ベホイミ…ベホイミィ!」

それを見たマリーが、
「わぁ~…ゴメン…やっぱ、格好悪~い」
と、寸での所で抱き付くのを中止した。
お陰でウルフの心に嫉妬の炎が渦巻く事は無かった。


さて、無理矢理屋敷内に入ったアルル達は、リュカの後に付き歩き勝手に内部を探索する。
暫くして会議室の様な部屋に、エコナと中年男性5人がテーブルを囲み話し合っている場所へと出会した。
「リュ、リュカはん!?どうしたん、急に!?」
突然のリュカ訪問に、驚き固まるエコナ。
リュカはそんなエコナを優しく抱き寄せ…
「エコナの事が恋しくなって会いに来ちゃった!」
と、人目 (特に妻の目)を憚らずにキスをする。

「うふふ…流石はリュカはんや。嘘でも嬉しいわぁ…女心を良う解ってるやん!」
「でしょ!女心だったら任せてよ!」
二人のやり取りを見て誰もが思う…『嘘である事は否定しないのかよ!!』と。
「エコナ、ワシ、話しある!」
急にタイロン老人がエコナに詰め寄り、何かを訴えようとし出した。

「ちっ!………あ、あんな爺さん…悪いんやけどウチ忙しいねん!…リュカはん達にも申し訳あらへんけど、今大事な打合せ中なんや…少し別室で待っててくれる?」
タイロン老人を見たエコナの表情が急に不機嫌になり、口調も刺々しくなった。

「…少しくらいなら構わないけど、僕お腹空いたから何か食べ物をくれる?」
「あ…え、ええで!直ぐに用意させるわ!…しかし相変わらず遠慮が無いなぁ、リュカはんは!」
「まぁね!本当はエコナを喰べに来たんだけど、忙しそうだから…」
「ははは…ま、また今度な…」


アルル達は先程の部屋から別室へと案内され、そこで食事を振る舞われる。
しかし食事を要求したリュカは大して食せず、小さく溜息を吐いた。
「余裕が無さそうだな…エコナ…」
「そりゃ大切な打合せ中に勝手に押しかけ、部下の目の前でキスしたり口説いたりされれば、誰だって取り繕う為余裕が無くなりますよ!」

「お前は何も分かって無いな、ティミー…」
「な、何がですか!?」
リュカの一言に、ムッとしたティミーが立ち上がり怒鳴り出す。
「はぁ…説明すんのもめんどいから、少し黙っててくれ…」
大声を出すティミーに、怒るでもなく悲しい表情で語るリュカ…
ティミーも納得はしてないが、それ以上追求する事を諦めてしまう。

「なぁ爺さん…何があったんだ?」
ティミーが座るのを見たリュカが、タイロン老人に語りかける。
するとタイロン老人が重い口調で話し出した。
エコナの評判についてを…

今エコナは、この生まれたての町の人々に嫌われているらしい…
原因はエコナが人々を働かせ過ぎているからだ。
無論エコナ自身も、寝る間を惜しんで働いているのだが、休みを要求する住民の声を無視し…また、苦言を呈する人物を避ける為、エコナに対する不満が急増しているらしい。


「はぁ~………そんな事だろうと思ったよ……エコナは視野が狭い!町を大きくする事しか見てない………焦る事無いのになぁ…」
リュカの口調は悲しみで満ちている。
大切な仲間…今は別行動だが、離れていても大切な仲間を思い、リュカの心に悲しみが入り交じる。
それ以後、エコナが現れるまで一言も発しなくなるリュカだった…



 

 

町も人も

<エコナバーグ>

「お待たせリュカはん!…けど、あまり時間は無いねん!仕事が溜まっててな………で、急にどないしたん?」
リュカ達が待つ別室へと現れたエコナは、申し訳なさそうに謝ると席に座ることなく話を続けた。

「うん…これと言った用事があるわけでも無いんだけど、この近くを通りかかったからさ…様子を見ておこうかなと思って……忙しい所ゴメンね」
エコナはタイロン老人と視線を合わせることなく、リュカだけと会話している。
「気にしてくれてありがとうな!ウチがお相手出来へんけど、町の様子を見て行ってや!特産物のないこの町を有名にする為、娯楽施設を仰山建てるつもりやねんけど、その1発目の劇場が半月前にオープンしたんや!是非楽しんで行ってや!」
そう言って立ち去ろうとするエコナ…
「エコナ待って!…話したい事があるんだが…」
「………忙しいんで手短に…」

「…爺さんから聞いたよ。町民を働かせ過ぎてるって!」
「た、確かに…町全体が忙し過ぎやけど、ちゃんと給料は払ってるで!労働に見合う金額を!」
「エコナ…金を払えば何をやっても許されるわけじゃない!人間には休息が必要なんだ…金が有ったって使う時間が無ければ意味がない!」

「そ、そないな事は分かってる!でも、今は重要な時なんや!今を乗り越えれば必ず余裕が出来る!…その時までの辛抱や!」
リュカは優しく諭す様に話しているが、エコナの口調は荒くなっている。
自身のやり方を変える気は無さそうだ。

「…確かにエコナの言う通り、今を乗り切れば余裕が出来るのかもしれない…でも、その『今』って何時まで続くんだ?…町民達は我慢できなくなっているんだよ」
「そな事言うても仕方ないやん!町を大きくして、この町に住む人々の暮らしを豊かにしたい!その為には、今頑張らなあかんねん!文句を言う連中は、先が見えて無いねん!ウチには責任がある!」

「エコナは町を大きくすると言う意味を勘違いしてるぞ!今エコナが行っているのは、ただ町の規模を大きくしているだけで、町の質を考慮していない!其処に住む人々の心も一緒に成長させなければ、遠くない未来にこの町は崩壊する!」
「な………!!ウ、ウチの苦労も知らんくせに偉そうな事言うな!ウチは忙しいんや!さっさと出て行け!」
そう叫ぶエコナは、リュカから逃げる様に町の視察へと出て行った。

「あ!?あ~あ………行っちゃった…」
「行っちゃったじゃないですよ!エコナさんが怒るのもムリ無いです……そりゃエコナさんに不満が集まっているのは分かります!…けど頑張っている人に、あんな言い方は酷いと思いますよ。エコナさんの苦労も汲んであげないと…」
呆然とエコナを見送るリュカに苦言を呈したのは、息子のティミーだった…

「それは違うわ、お兄ちゃん!エコナさんの努力が間違っているから、お父さんはエコナさんに注意を促したのよ!」
「努力が間違ってる…?そ、それはどういう…」
リュカは悲しい瞳でティミーを見つめ、溜息を吐いた…
そして重い口調で語り出す。

「町を育てるという事と、町の規模を大きくするという事とは、大きく異なるんだ…町の規模を大きくするだけなら、金さえかければ誰にでも出来る。建物を建てて、商店を誘致して、人々を呼び込めば自ずと町は大きくなるだろう…今、エコナがやっている様にね」
みんなの視線がリュカに集まる。
誰も口を出さない…静かにリュカの話を聞いている。

「町を育てるという事は、其処に住む人々と共に育たなくては意味がない!住民が必要としている物を造り、その為に住民が自らの意志で努力する…そうでなければ本当に住み易い町は出来上がらないんだ!町民が望まぬ物の為に、休む間も与えられず働く…果たして出来上がった施設を、町民達は好きになるだろうか?」
リュカは幼い10年間、奴隷としてセントベレス山の頂上で神殿建設を行わされていた。
奴隷から解放された今でも、リュカにとってあの神殿は嫌悪の象徴なのだろう。
「………だとしても、エコナさんは頑張っています!他人に丸投げして、一人サボっている何処かの国王とは違います!其処は評価するべきでしょう…父さんも、町民の皆さんも!」

(パシン!!)
「ティミー!貴方はリュカの事をそんな目で見ていたの!?」
突如ビアンカが立ち上がり、ティミーの頬へ平手打ちを喰らわせ叫ぶ!
「か、母さん…!?」
「ビアンカ、落ち着いて…ともかく座って…」
母に叩かれた左頬を押さえ呆然とするティミー…
そして涙を浮かべながら怒りを露わにするビアンカ…

リュカは二人を座らせ、優しく語り続ける。
「ティミー…憶えているかい?何時だったか、子供達全員でクッキーを作ってくれた時の事を?」
「…はい、憶えてます…」

「ふふ…じゃぁその時お前は、リュリュのクッキーをどのくらい食べてあげたんだ?」
リュリュのクッキー…
アルル達には何故その話題が出てきたのか分からない…
リュリュのクッキーが何なのか、皆目見当もつかない。

「………父さんの5倍は食べました」
「凄いな…あのクッキーをそんなに………じゃぁ次の質問だが、あのクッキーがポピーの作品だったら、お前は僕の5倍もの量を食べたかい?」
「いえ、ポピーの手作りだったら絶対に食べません!アイツに其処までしてやる義理はありませんから!」

「…お前…双子の妹なんだから、もう少し優しくしてやれよ………まぁいい…つまり、そう言う事だよ」
「はぁ?何がですか!?」
「エコナは町が大きくなる事を楽しんでるんだ!寝る間も惜しんで働いて、町が大きくなる事で喜びを得てるんだ。不味くても大好きなリュリュの笑顔を見たいが為に、お前がクッキーを食べ続けるのと同じ理由さ!…だが住民達は違う!町が大きくなる事よりも休息を欲しがっている…」
リュカは一旦口を閉じ、目を瞑り思いを馳せる。

「自らする必要のない苦労を勝手にして、それを認め敬えなんて都合(ムシ)が良すぎでしょ!他のみんなは休みを望んでいるのだから!そう思わない、お兄ちゃん?」
事態の深刻さを憂い悩む父に代わり、マリーが兄へと問いかける。

「エコナちゃんは実質この町の長よ!この町を牛耳っているのは彼女なのよ!上に立つ者は、常に皆の心に留意してなければならないの…民が何を望んでいるのかを把握し、そしてそれに応える様努力する。それが町長であり国王なのよティミー!貴方は知らないでしょうけど、貴方のお父さんはそれを実行しているわよ!」
母の厳しい口調に思わず父を見るティミー。

「リュカは常々城を抜け出し、市井の生活を観察してるのよ。そして民に気さくに話しかけ、国民の生活状況を把握し、何を求めているのかを理解しようと勤めてる!その結果、大臣や官僚達が推進する政策は遅らせてるけど、国民が望む政策は優先的に推し進めているのよ!貴方にはそれがサボっている様に見えてたの!?お母さんは悲しいわ…」
ビアンカの言葉にティミーは顔を上げられなくなる…
自分は父の事を少しも理解していなかった…
その思いが彼の心を重くする。

「お母さん、お兄ちゃんを責めちゃダメよ!結果的に国民の思いを理解する事が出来ただけであって、最初はサボってただけなんでしょうから!ね、お父さん!」
暗くなった雰囲気を、マリーの明るい声が塗り替える。
「まぁ…結果的にはそうなるかなぁ…」

「ほら!お兄ちゃんは最初の頃の行動だけを見て、サボっている物と思い込んじゃってるのよ!オジロンさんが常日頃から『あのボンクラまたサボって遊びに行きおった!』と、嘆いてるのを目の当たりにしているのも原因かしら?」
マリーが兄を気遣い、可愛らしく皆の心を軽くする。
ティミーもそれを理解し、苦笑いしながらマリーの頭を撫で感謝した。


「なぁ旦那…今此処で悩んでいても、あのネェちゃんが頑なになってるん、じゃどうしようもないだろう…ともかく今は気分を変えて、劇場にでも行ってみないか!?あのネェちゃんが躍起になって誘致したみたいだし…どんな物か見学しようぜ!」
「良いアイデアねカンダタさん!私も見てみたいし、劇場へ行きましょうよ!」
珍しく思い悩むリュカを気遣い、カンダタが気分転換を提案する。
そして同じくリュカが心配なハツキが、カンダタの案に便乗し観光する事を薦めた。

「良いねぇ!みんなでパーッとやりますか!」
リュカも皆が気遣ってくれてる事を察し、心配させぬ様に何時もの調子ではしゃいで見せる。
思い悩むのはリュカらしく無いから…
だから取り敢えずはしゃいで見せる。
それがリュカらしいから!



 

 

歌う人

<エコナバーグ>

エコナの屋敷を出たアルル達は、町の状況を見回る様に歩き劇場を目指した。
途中、小さな道具屋の前でタイロン老人が別れを告げる。
「ワシ、疲れた…、お前達、劇場、楽しめ…、今日は、ありがとう」
そう言い残し、寂しそうな背中を向けアルル達から遠ざかって行く…
道具屋の中からは、老女が出てきて彼を優しく迎え入れる。
「奥さんかしら…?」
「愛人かもよ!」
「リュカさんとは違います!」

「いやいやアルル…あの爺さんも男だからねぇ………気を抜いてるとティミーも愛人作るよ!」
「「作りません!!」」
キレイに声を揃えるカップル!
そんな二人を尻目に、リュカ等は笑いながら劇場へと歩み出す。
皆に笑われた事に、多少憤慨しながらもアルルとティミーはリュカ達について行く…互いに手を繋いだまま。


辺りを黄昏が染める頃、アルル達は『エコナバーグ劇場』へと辿り着く。
入口から入ると中には受付があり、若い女性が快く迎え入れてくれた。
「いらっしゃいませ!本日は超美形デュオ『カノーツ&エイカー』の歌謡ショウを行っております。存分にお楽しみ下さい!」
皆が『カノーツ&エイカーって誰?』と顔を見合わせる。

受付を抜け更に奥へ入ると、ステージ付きの酒場を豪華にした感じの造りになっている。
ショウを観ながら飲食…主に飲酒をする為の施設の様だ。
偶々なのか、あまり客は入って居らず、カノーツ&エイカーの熱狂的ファンの女性 (ケバ目の中年)等が居るだけ…
従ってアルル達はステージ前の最前列に座る事が出来た。

ステージには、中央やや右にグランドピアノが配置してあるが、誰も演奏してはおらず飾りと化している。
そしてその横には、多少美形の男二人が歌を歌い酔いしれている…お世辞にも『超美形』とは言い難いし、歌も今一である。

そんな『カノーツ&エイカー』を見たアルル・ハツキ・ビアンカ・マリーが、一斉に大声を上げたではないか!
「「「「あー!!何時ぞやのナンパ男!!」」」」
あまりの大声に歌は止まり、熱烈なファンの方々から殺意を込められた目で睨まれる。

「な、何!?ビアンカ達のお知り合い?」
いきなりの出来事に流石のリュカも戸惑い、身内女性4人を見回した。
「「ロマリアで、「「ダーマで、ナンパしてきた勘違いバカよ!」」」」
声のボリュームを下げることなく、カノーツ&エイカーを指さし罵声を浴びせる4人。

「何が『超美形デュオ』よ!大して美形じゃないじゃない!歌も下手だし!」
マリーの言葉に他3人も大きく頷く。
彼女等の価値観は、リュカ・ティミー・ウルフが基準となっている為、評価が辛くなるのだが、一般的に見ればカノーツ&エイカーは美形である…『超』ではないが。
また歌唱力については水準以下であるのだが、ファンの方々からすると『可愛いから許しちゃう♥』と言う事であり、異様に上手いリュカと比べるのは酷な事であるのだ!

しかし熱烈なファンにしてみれば、憤慨するのに十分な状況であり、一斉に彼女等の元へと集まってきた!
「ちょっと!私達の『カノーツ&エイカー』ちゃんが、美形じゃないってどういう事よ!」
これまた美形とは程遠いファンの一人が、更に遠退く様な顔つきでマリーに詰め寄り脅し出す。
「美形じゃないわよ!この人の方が遙かに美形だし、歌だって超上手いのよ!」
そう言って『ドルイド』の親戚の様な顔の女性に、リュカを付き出して勝ち誇った様に言い放つ!

「くっ………た、確かに良い男だけど…う、歌は聴いてみないと分からないじゃないのよ!言うだけなら何とでも言えるわ!歌ってみなさいよ!」
「望む所よ!リュカ、アナタの歌声を披露してあげてよ!私、貴方の歌を聴きたいの♡」
自分の夫を自慢したいビアンカは、リュカに擦り寄り可愛くお願いする。

当初は戸惑っていたリュカも、ビアンカのお願いである事と、元来のノリの良さでステージに上がる事に…
身内以外からは強烈に睨まれながらも、リュカは意に返さずピアノの前の椅子に座り、ピアノを弾き始めた!
妻も驚くその行動…つまり弾き語りである!
流暢なピアノのメロディーと共にリュカが歌うは『瞳を閉じて』…
ピアノの甘い音色と、切ない歌詞…
リュカの絶世とも言える容姿に、そして喩えようのない歌唱力。

そして気付けば、先程まで敵意丸出しだった女性方が、皆一様に聞き惚れてるではありませんか!?
リュカは歌い終わり立ち上がる…と、会場内からアンコールの声が響き渡る。
最初は流石に遠慮しようとしたのだが、うっとりする妻の表情が目に入り、またピアノに向かい直した。
そして次の曲目は『どんなときも。』…更には『少年時代』と歌い上げ、ステージを後にする。

ステージを下りたリュカは、先程までは『カノーツ&エイカー』のファンだった女性達に囲まれ、揉みくちゃにされている。
一人としてリュカの好みの女性が居ない為、心底困っていると妻が人垣を掻き分け近付き、熱烈な口吻を披露する。
「流石、私の旦那様!最高のステージだったわよ!」
何の事はない、自分の夫であると自慢したかった様だ。

皆の元に戻ってきた父にマリーが…
「ピアノを弾けたの?…何でもアリなのね…か、格好いい…」
リュリュやリューナがリュカを見る時と同じ瞳で見つめてる。
それを目の当たりにしたウルフは、リュカに対し、

「ズルイよリュカさんは!美人の奥さんに愛人も何人か居るのだから、マリーの心まで持って行くのは止めてよ!」
と、嫉妬心を露わにした。
それを見て苦笑するリュカ…

ティミーなどは不安になりチラリとアルルを見ている。
それに気付いたアルルは、ティミーの手を取り囁いた。
「安心してティミー。私にはアナタの方が格好良く感じてるから♡」
アルルの言葉にホッとするティミー。
「良かったなティミー!僕は血の繋がらない娘に言い寄られたら、手を出しちゃうからね…注意してないと、自分の弟か妹を子供と勘違いして育てる事になるぞ!」
息子をからかい笑うリュカ…
本気で青ざめアルルの手を握り締めるティミー…
見方によってはラブラブなのだが、まだまだ先は長そうだ。



因みにステージ上ではカノーツ&エイカーが、ショウの続きを行っているのだが、ほぼ誰も興味を示していない。
彼等はこの日を境に、この劇場から姿を消した…



 

 

相手が悪い

<エコナバーグ>

リュカ達は劇場から退散しようとしている。
劇場内は飲食が出来る事になっているのだが、碌な食べ物も無いし飲み物は殆ど酒…
しかも有料で、値段が割り増し…
極めつけは元カノーツ&エイカーファンが、隙あらばリュカに擦り寄ってくる為、大変居心地が悪いのだ!

「客として来たのに、歌って帰るってどういう事?」
「リュカ…格好良かったわ♡」
「ええ!凄く素敵でした♡」
文句を言いながら歩くリュカの右腕にはビアンカが、左腕にはハツキが抱き付きフェロモンを過剰に分泌させている。

リュカ達が出入り口前の受付を通り過ぎようとした時、若い受付嬢が行く手を遮り話しかけてきた。
「お楽しみ頂きありがとうございます。本日の『カノーツ&エイカー 歌謡ショウ』の観賞料は50000ゴールドです。お支払いをお願いします」

「な!?か、金取るなら最初に言ってよね!何処にも何も書いて無いじゃない!」
50000ゴールドと法外な値段に、アルルが驚き激怒する。
「書いて無くても決まりです。ショウを観たら、料金を払うのが当然でしょう!お支払い頂けないのであれば、此方としても実力行使に出ざるを得ませんが…」

アルルを始め、皆が実力行使に実力行使で対抗するつもりであったのだが…
「あはははははは!払ってやろうよアルル。ただ見は良くない!正当な言い分だ!」
「そちらの紳士様はご理解しておいでの様で…」
「リュ、リュカさん!?」
リュカの言葉に皆が驚く…ビアンカ以外が。

「そう…ただ見はダメだ!僕も先程、ステージで歌を披露したんだよね…」
「は…はぁ…」
受付嬢は不思議そうにリュカを見る。
「まぁ、3曲だけだから、オマケしても良いよ。…500000000ゴールドに!」
「ご、5億!!!?」
法外という言葉がアホくさくなる金額を提示するリュカ…

「払えよ!あのチンケなショウに50000払ってやるから、僕の『超イケメン歌手 リュー君オンステージ』に500000000ゴールド!払わないと実力行使に出るぞ!」
「な、何をふざけた事を…勝手に歌っただけでしょう!」
「『ショウを観たら、料金を払うのが当然でしょう!』って事だよね。払えよコラ!」
先程まで笑顔だったリュカの顔から笑顔が消え、無表情だった受付嬢の顔から恐怖が滲み出てきた。
「オ、オーナー!オーナー!!」
受付嬢は慌てて奥に向けて叫ぶ。


奥からはオーナーらしき小柄で目つきの悪い男が、大柄で筋肉質な男を4人従え現れた。
「おやおや…どうしましたか?トラブルのようですねぇ…」
「そ、その…此方のお客様が…」
受付嬢はオーナーに近付き、小声で状況を説明する。

話を聞いたオーナーは、顔を青くしリュカへと向き直る。
「非常識な…そんな子供の理屈が通じると思ってるのですか!?」
「ゴチャゴチャうるせーな!さっさと実力行使に出れば良いだろ!」
問答する事すら面倒になったリュカは、大柄な男4人を嗾ける様に促した!
それを聞いた1人が、勢い良くリュカに突進する……………が、見た目軽く平手打ちをしただけで、出入り口のドアを突き破り、外へと大きく吹き飛ばされた!
それを見た残り3人が一斉に襲いかかるが……………

「イオ」
誰も居ない壁に向けてマリーがイオを唱え、壁を天井ごと吹き飛ばし脅しをかけた。
「お!マリー…手加減が上手くなったね!」
「日々精進してますから!それにこんな所でイオナズンを唱えたら、私まで怪我しちゃうし!」
吹き飛んでしまった壁 (が有った場所)を見て、固まるオーナー達。
「おいコラ!さっさと払え!今すぐ払え!全額揃えて払え!」
今までボッタクりに対し、文句を言い渋る客は居ても、逆にボッタクろうとする客は居なかった…

オーナーは流石に相手が悪かったと判断し、被害を最小限に抑える事に転じる。
「た、大変申し訳ございませんでした。確かにお客様方に対しては、料金のご説明をしてませんでした。これは当方のミスでございます。従って今回は無料という事で…」
「え!?良いの?50000ゴールド払わなくて良いの?」
「はい!」
「アルル、良かったね…無料だってさ!」
リュカの顔に笑顔が戻る…
それを見たオーナーの顔にも危機が去った事への安堵が見える…

「じゃぁ、僕の歌を聴いた料金を払え!500000000ゴールドだ、払え!!」
危機は去っていなかった!
満面の笑みでオーナーに近付くと、肩を抱き支払いを要求するリュカ。
「な、何を…当方は譲歩したではないですか!」
「それはそっちの勝手だろ!?こっちは請求を止める気は無い!払え!」
リュカが交渉に応じる気の無い事を悟るオーナー…
「ぐっ…しょ、少々お待ち下さい」
オーナーは従えた男達に目で合図を送ると、彼等は急ぎ劇場から出て行った。



「一体何事や!急にウチを呼び付けて…」
先程慌てて出て行った男に連れてこられたのはエコナだった!
エコナはリュカの姿を見るなり、バツが悪そうに顔を顰め目を逸らす。
「お忙しいところ申し訳ございません!実はこの方達がとんでもない言い掛かりを付ける故、エコナ様のお力を頼らせてもらう次第です」

「………何があったんや………?」
可能な限り関わりたくない…
そう思うも、この町の長として問題事から逃げるわけにもいかず、渋々劇場オーナーの話を聞く事に…
よりによって相手はリュカだ!
エコナも劇場側に原因があるだろうとは思っている…
だが問題を大きくしたのは、間違いなくリュカである事も見当が付いている…
リュカは手加減しないだろう…例え相手がエコナでも…


 

 

町の未来を憂う者

<エコナバーグ>

「な!?5億ゴールド!何考えてるんやリュカはんは!」
オーナーから事の経緯を大まかに聞いたエコナは、旧知のリュカに対し至極当然な反応をする…
「だって…僕はステージに上がって歌を披露したんだよ!そっちのお嬢さんが言ってた!『ショウを観たら、料金を払うのが当然!』って…」

「そ、それはプロが正式にステージで歌を披露したからや!リュカはんはプロとちゃうやん!」
「僕プロだよ」
「ふざけんなや!リュカはんの何処がプロやねん!」
「じゃぁ、アイツ等の何処がプロなんだよ!?この劇場で下手くそな歌を披露した、あの2人はどの辺がプロなんですか?」
「そ、それは…」
優しく微笑むリュカを前に、脂汗をかき口籠もるエコナ…

「言った者勝ちじゃん!『私はプロですよ~!』って!」
「で、でも…金取るなんて知らんかったんや…後から言うなんてズルイやん!」
「後から言って来たのはそっちだろが!帰り際になって『観賞料50000ゴールドです』って、先に吹っ掛けてきたのはそっちだ!」
「ご、50000ゴールド!?」
エコナが急に大声を上げ驚く!

「何だ…知らなかったのか…きっと今までボッタクってたんだよコイツ!」
エコナはオーナーに向き直り、厳しい表情で問いつめだした。
「何考えてんや…あの二人の出演料は1ステージで2000ゴールドやで!」
「すげ…客1人でお釣りがくるじゃん!…儲けは全部、其奴のポッケの中か?」

「し、しかし…エコナ様は私に一任してくれたではないですか!?」
「そりゃ劇場経営は任せたけど、50000ゴールドは非常識やろ!お客が来なくなるやん!」
エコナはオーナーの襟首を掴み、殴りそうな勢いで怒鳴りつける。
「何を甘い事を…どうせ直ぐにこの町は寂れるのです…今の内に取れるだけ取っておかねば…」
オーナーはエコナの剣幕に焦ることなく、イヤラシイ笑みのまま本音をさらけ出した。

「………消えろ!お前はクビや!今すぐこの町から消えろ!」
「ふん!喜んで出て行きますよ…沈みかけた船に居着くほど酔狂では無いのでね…」
オーナーは取り巻きと元受付嬢を従えて、劇場から出て行こうとする…

「おい、待て!」
彼等を止めたのはリュカだった。
立ち止まりリュカを訝しげに見るオーナー。
「お前…声からしてムカつく!もう喋るな!!」
そう言うとオーナーの下顎に左手を這わせ、力任せに握りつぶした!
「きゃがっっっがが!!」
言葉にならない悲鳴を上げるオーナー…

「ベホマ」
リュカはオーナーの顎を握りつぶしたままでベホマを唱える…
オーナーは激痛が治まり静かになった。
「よし!これでお前のムカつく台詞を、二度と聞かずに済むね。………次は誰かな?」
リュカはそう言ってオーナーの取り巻き連中を見回した。
血相を変えて逃げ出す取り巻き連中!
喋れなくなったオーナーも「あうあう」言いながら、一緒に逃げ出して行く。


「リュカはん…ありがとう。お陰で助かったわぁ…あんな最低な野郎だったなんて…」
「何甘い事ぬかしてんだバカ女が!」
誰もが驚いた…エコナだけではない、アルル達もリュカの台詞に驚愕する!
「リュ、リュカはん…」

「エコナ…君は町造りを甘く見てないか!?ただ施設を建て、責任者を据えて任せれば良いと考えてないか!?」
リュカは怒っていた…
「責任者を指名するのならば、能力と人となりを考慮に入れなければいけないんだ!」
「そないな事言うても、あないな人間とは思わなかったんや!」

「僕は人選ミスを責めてるのではない…エコナも人間なのだから、ミスをするだろうし、奴も本音を隠してエコナに接触して来たのだろうから、見抜く事は容易ではないだろう…だからこそ、任命した後も注意深く状況を把握する事が必要なんだ!君は任せっきりで、劇場の事を何も知らないのだろう!スパイを仕立て、客として劇場に向かわせれば、このボッタクリは直ぐに発覚したに違いない…」
厳しい瞳でエコナを睨みながら話すリュカ…

「そ、そんな事言うたって…ウチかて忙しいのや…アレもコレも一片に出来へん!」
「だったら町造りを一時停止させ、時間を作れば良いだろ!まともに機能しない施設を作って、町を成長させてる気か!?笑わせるな!町も人も、少しずつ成長するものなんだ…焦ったって膿が広がるだけだ!さっきのオーナーみたいな膿が…」
気付くとエコナは泣いていた…
リュカの厳しい言葉に…いや、自分の愚かさにかもしれない…

「良く聞きなさい…人が居るから、町や国が必要になるんだ。逆はあり得ない…極論すれば、町や国が無くても人は生きて行ける…でも町や国は人無しでは存在できない!何故だか分かるかいマリー?」
急に振られ驚くマリー…

「え、え~とですね…町や国は、人々が生き易い環境を整える為にだけ存在してるから…です!」
「その通り!其処に住む人々を犠牲にして町を大きくしても、規模が大きくなるだけで質は低下する!」
マリーはホッとした表情で力を抜き、リュカの事を見つめ続ける。

「エコナ、憶えてるかい?ロマリアで王位を断った時の僕等の会話を…」
「憶えてる…『権力には責任が付いて来るんだよ!権力が大きければ大きい程、責任も大きくなる』って言うてた」
「そう…町の長として、君は好き勝手に施設を建設させる事が出来る…でもそれには責任が付き纏うんだ!より良く町を成長させる責任が!君はそれを果たしてない………この町を見回ったけど、診療所が少なすぎる…商業施設や娯楽施設などの金儲けがし易い施設は多いけど、町民の為の福祉施設が極端に少ないよ!」

「それは…何れ作ろうと思うとったんや…今は手っ取り早く資金を稼がなあかんと思って…」
エコナは俯き答える…
もうリュカの顔を見る事が出来ない。

リュカは屈みエコナの顔を覗き込み告げる…
「君は本当にこの町を成長させたいの?…それとも、ただ権力を振りかざしたかっただけ?」
「ウチはこの町を、世界中に名を轟かせる町にしたいんや!世界最高のエコナバーグにしたいんや!」

「だったら町民とよく話し合い、町民の意見も尊重し、互いに理解し合いながら協力するべきだと思わないかい?」
リュカの優しい口調が、エコナの心に染み渡る。
もう涙が止まらない…
エコナも分かっていたのだ…自身の焦りが町民との隔たりを作っていた事に。


リュカはエコナの手を握ると、彼女を連れ一部損壊してる劇場を後にする。
「ど、何処に行くんや!?」
「決まってるだろ…君が町造りを決意したスタート位置に行くんだ…再スタートの為にね」
そう言ってリュカ達が向かった先は、小さな道具屋の前だった…
「此処は?」
エコナは此処が何なのか知らない…誰が営んで、誰が住んでいるのかも。
「さ…此処が君の再スタートラインだ!ここから先は自身の力で進みなさい。この家の人が君を見捨てずに、最後まで協力してくれるから…」
リュカはエコナの背中を押し、中へ入る様に勧める。

(コンコン)
エコナはリュカに言われるがまま、小さな道具屋のドアをノックする…恐る恐る。
「こんな時間、誰?」
「じ、爺さん!?…此処に住んでたんか…タイロン爺さんは!」
中から出てきたタイロン老人に驚き、思わずリュカ達の方へ振り向く…
しかしリュカ達は既に其処には居なかった。
自分たちの船に戻り、旅の続きを再開したのだ。
「エコナ、どうした?ワシに会う、嫌、違う?」
「爺さん…爺さん!!ごめんなさい…ウチ…ウチ…」
エコナはタイロン老人に抱き付き泣き出してしまう…

エコナは再スタートをする事が出来る様だ。
リュカは次にこの町に来るのが楽しみになる。
きっと素晴らしい町になっているだろうから…


 

 

共存共栄

 
前書き
遂に登場!!
例のアノ人… 

 
<ロマリア>

アルル達は今朝早くロマリア港へ停泊した。
ロマリア沖に漂う幽霊船を見つける為、此処で物資等の補給を行う予定なのだ。
しかもエジンベア以来のまともな港への寄港…
水夫等にも陸での休息が必要の為、3日後の正午まで自由行動となる。




ティミーもアルルを誘い、ロマリアの町を2人で見て回る。
多分デートのはずなのだが、見て回る店が武器屋や防具屋など、冒険に役立ちそうな物を見て回り、互いに購入の是非を見当しているのだ…
これってデートじゃないよね!?

「おいティミー!お前何やってんの?」
堪らず声をかけてしまったのはリュカ…
船を降りるなり、アルルと共に手を繋ぎ町へと繰り出した息子の後を付け、物陰から夫婦で観察していたのだ!
「父さんと母さんこそ、何をしてるのですか?」
「私達はアレよ…その…「出歯亀だ!」
ビアンカが取り繕うとするが、夫が無駄に正直な答えを告げてしまう。

「最悪な夫婦だ…」
「うるさい、最低なカップルめ!たった3日の自由行動だぞ!デートしろ、デートを!」
「デ、デートって…そんな…僕等は「コレが私達のデートです!」
恥ずかしがる彼氏の台詞を遮り、力強く断言するアルル。
まぁ、人それぞれだ…


リュカ夫婦と息子カップルが店先でくだらない問答をしていると、不意に兵士が近付き話しかけてきた。
「勇者様ご一行ですよね!?貴方はリュカ殿ですよね!?」
どうやらロマリアの近衛兵らしく、以前の謁見時に見憶えていて、話しかけてきた様だ。

「いえ、人違いです!それでは失礼します」
「またまたご冗談を!リュカ殿の事を見間違えるわけありません!」
以前の謁見が印象的だった様で、リュカの事だけはしっかり記憶している様だ。
「何の用だよ…忙しいんだけど…」
息子カップルの後を付ける暇はあるのに、嫌そうな顔で余裕がない事を告げる。

「はい。実はですね…陛下が集めた情報で、リュカ殿がロマリアに来る可能性が高いと、導き出しまして…陛下がお会いしたがっておりますので、どうか城までご足労を願えないでしょうか?」
「お前、僕の話聞いてた?忙しいんだよ!」

「勿論聞いておりました。今朝早くに港に着き、町に繰り出した息子さんの後を付け、物陰から見物する事でお忙しいとは存じております!ですがとても重要な用件が有りまして…どうかご足労をお願いします」
「………お前、ヤな奴ぅ!」
「ありがとうございます!では、皆さんもご一緒に…」
かなり押しが強いこの兵士は、アルル・ティミー・ビアンカまでも連れて行くつもりだ。

「そうだ!丁度昼時です…城で昼食を用意致します故、何が宜しいでしょうか?」
「じゃぁ、シーフードピザ!魚介類抜きで…アレルギーだから入れるなよ!」
「畏まりました!では参りましょう!…あ、申し遅れました!私、近衛騎士副隊長のラングストンと申します。以後お見知りおきを…」
分かっているのかいないのか…リュカの嫌がらせを物ともせず、4人を先導しロマリア城へと向かうラングストン。
ビアンカですら唖然としている…



城へ付くなりリュカ達は会議室へと通される。
「何だよ…僕のピザは何処だよ!」
「はっ!直ぐに用意させますので、此方でお待ち下さい」
文句を言いながら中に入り室内を見回すと、其処には3人の人物が待ち構えていた。

「ふぉふぉふぉ…相変わらず我が道を進んでいるようだのう!」
最初に話しかけてきたのは、この国の王…ロマリア国王だ。
「まこと…騒がしい男よ!のう、カリー…」
「はっ!」
次いで声をかけてきたのはエルフの女王…それに付き従うエルフの戦士カリーも。

「あれ?メダパニでもかけられたか?人間嫌いのエルフが、人間の国の王様と一緒に座っているぞ?」
リュカは両手で目を擦り、何度も目の前の3人を見直す。

「ふぉふぉふぉ…余とエルフの女王とは、仲良しこよしなんじゃよ!」
「え、マジ!?カルディア、本当!?」
「本当ですよリュカ。私達は互いに協力し合い、共存共栄を目指してます」
リュカはロマリア王・エルフの女王と向かい合う様に、2人の正面の席へ座り会話を始める。

「リュカさん…カルディアさんって、誰の事…?」
そしてリュカの隣には、分かり切っている質問をしながらアルルが座る。
「勇者よ…カルディアとは私の事です………リュカ、名前で呼ぶのはベッドの中だけと言ったではないですか…」
「いや~…キレイな名前だったからさ…つい…」

「アンタやっぱりエルフに手を出したんだな!!!」
分かっていた事…分かってはいたのだが、真実を知らされて思わず切れるアルル…
リュカの胸ぐらを掴み、怒鳴り付けている!
「止さぬか勇者よ…私はリュカのお陰で、人間との共存の道を模索し始めたのだ!アンに…娘に許して貰いたいから…」
エルフの女王は静かに…そして悲しそうにアルルを宥める。

「そう言う事だリュカ!お前の所為で、エルフと人間が協力し合おうとしている。お前が手伝わなくてどうする!?両種族の調停役として、間に立ってはどうかな?」
ロマリア王は楽しそうにリュカの事を眺め、リュカの役割を説明する。

「知るかよ!勝手に仲良くなれば良いじゃん!つーか、僕のピザはどうした…それが目当てで此処に来たんだ!」
「リュカ…私もロマリア王も、互いに友好を深めたいと思っている。しかし他の者には、偏見と差別がまだ残っております…それを無くすには、どうすれば良いのか知恵を貸してほしいのです」
「はぁ…そんな事も分からないのかよ!…互いの事を良く理解すれば、偏見や差別はなくなって行くさ!とても簡単だが、凄く難しい」

「互いを良く理解する…具体的には?」
リュカの言葉にロマリア王が身を乗り出して問う。
「人間から見たエルフは、長寿で強大な魔法力を有し、その気になれば人間を一瞬で滅ぼす事の出来る存在……エルフから見た人間は、狡猾で利己的、同族でも自身の利益の為に他者を害する愚かな存在………違うか?」
「「その通りだ…」」
リュカの質問に、ロマリア王とエルフの女王が同時に答える。
2人ともリュカの言葉に耳を傾け、真剣な眼差しで聞き入っている。

この後のリュカの言葉が、この世界を根底から変えるかもしれない…
それ程にこの2人は真剣なのだ!



 

 

表と裏と

<ロマリア>

「その通り…リュカの言う通り、私達は互いの種族を快く思っていない…」
エルフの女王はリュカに話の続きをさせたいらしく、食い入る様に見つめ続ける。
其処へ…
「お待たせしました!リュカ殿ご要望のピザでございます!」
この会議室にラングストンがピザを持って入ってきた。

「あ、後にせんか!」
「何を言われます陛下!?リュカ殿が望んだ物ですぞ!急がねば、機嫌を損ねて帰ってしまうやもしれません!」
そう言いながらラングストンはリュカの前にピザを置く。

「……………何…これ?」
「はい!リュカ殿ご要望の『シーフードピザ、魚介類抜き』でございます!」
リュカの目の前に置かれたのは、ピザ生地の上にトマトソースとチーズだけを乗せ焼き上げた、丸い具のないピザらしき物体だ。

「お前…具は?」
「シーフードピザですから!魚介類以外の具はございません!ご所望通りでしょ」
ラングストンはリュカに満面の笑みで答える。

「お前…ムカつくね!…ロマリア王…何コイツ!すげぇ笑顔で嫌がらせしてくるんだけど!?」
「ふぉふぉふぉ、ラングストンは頼りになる部下だ。余のお気に入り!」
「良いなぁ…僕も部下に欲しいよ…いや、息子にしたいね!!」
「ありがとうございますリュカ殿。でも全力で拒絶させていただきます!私に貴方様の部下や息子は勤まりません…胃がやられてしまいます!」
ラングストンは笑顔を崩さず、リュカの要望を断り切る。


「で、リュカ…食事も届いた事だし、さっきの続きを話さんか!」
「…何だっけ?」
リュカは具無しのピザを頬張りながら、キョトンとした顔で問い返す。(勿論ワザと…)
「だから人間とエルフは、互いに快い感情を持ってない…で、どうすれば良いのかって事だ!」
「そうですよリュカ…我々の互いに対する負の感情は根強い!払拭するのは容易ではないでしょう…私もお前に出会わなければ、人間が嫌いなままでしたから…」
ロマリア王もエルフの女王も、互いの言葉に頷きながらリュカの言葉を待ち侘びる。

「それそれ…払拭しようと思うから、事態は前に進まないんだ」
「………で、では…どうせよと?」
「互いの種族が、相手の種族に抱いている感情は間違ってはないんだ!事実エルフは強大な魔力を有し、何時でも人間を滅ぼせるし…人間は利己的で凶暴、他種族に対する迫害心を常に秘めている…」
ロマリア王とエルフの女王が頷く…2人だけではない!カリーもアルルも、ロマリア王に側で控えるラングストンも頷いている。

「つまり、その事実は覆せず…我ら種族間の隔たりは、消え去る事はないのか…」
「違うって!何で覆そうと考えるんだよ!良いかい?先に言った事実は、100有る内の1つにすぎない…まだ両種族が知らない事が沢山あるんだ。それを解ってもらう努力をすれば良いんだ!」
ロマリア王の嘆きに、リュカは何時もの軽い口調で答える。

「カルディア…君は僕の何を知っている?」
「え!?…え~と…リュカは人間の冒険者で、魔王バラモスを討伐する勇者アルルと共に旅している。聡明な男で心優しい…そしてベッドでの○○○は凄く激しくテクニシャンだ!今、私はお前に恋してる!」
急に振られたエルフの女王は、思わず想いの全てを打ち明けてしまう。

「うん。赤裸々にありがとう!…でも、それが全てでは無い!『バラモス討伐に共に旅立った』と言ったが、それは微妙に間違いだ!僕はバラモスなんてどうでも良い。討伐できなくても構わない。何故なら僕はこの世界の人間じゃ無いから…元の世界に戻る方法を探し歩いているだけ…」
リュカの言葉に驚きを隠せないロマリア王とエルフの女王!

「更には『聡明で優しい』らしいが…どうかな?僕は美女を見れば口説きまくる。この世界でも変わらない…その結果、イシスの女王を孕ませてしまった!それだけならまだしも、僕は子育てに協力することなく、この世界を去ろうと考えている。何故なら、元の世界にも愛人が居て、彼女等との間にも子供が居るから…果たしてその事実だけを見ても、聡明で優しい男なんて言えるのかな?」
リュカは自分をさらけ出した…自分は思っている様な男ではないのだと。


「し、しかし…それでも私にとってリュカは、聡明で優しい…私の恋い焦がれる男性です!それに間違いはありません」
エルフの女王は立ち上がり、少し涙ぐみながらリュカを見据え言い放つ。

「ふふふ…つまり人間やエルフも同じなんだよ。利己的に見られる人間も、優しい心を持っていて共存を願っている者も居る…人間を見下しているエルフにも、人間を愛し共に生きて行きたいと考える者も居る………良い面も悪い面も含めて、互いの種族に理解させるのが、エルフと人間の共存共栄への道なんだ。互いの都合の悪い面を覆い隠すのでは、直ぐにボロが出て、より憎しみ合う結果になってしまうんだ!」
エルフの女王は腰を下ろし、ロマリア王と共に事の困難さに思いを馳せる。

「父さん…それは凄く難しい事ではないのですか?」
「あぁ、そうだよティミー…だから最初に言ったろ…『とても簡単で、凄く難しい』って!でも共に生きて行く以上、互いの欠点は見えてしまう。良い面だけを信じ込まされて、実際に悪い面を目の当たりにしたら、『良い面』として語られた事が幻になり、『悪い面』だけが真実になるんだ!」


暫くの間、室内に沈黙が流れる…
皆がリュカの言う事を理解し、そして難儀である事を思い悩んでいる。
「リュカ…私は貴方の子が欲しい…」
唐突に…エルフの女王が唐突に爆弾発言を投下した!

「……………そう言われても…僕の息子のティミーは、このアルルと付き合ってるんだ。欲しいと言われてもねぇ………」
リュカはティミーとアルルを見ながら、エルフの女王の要求を有耶無耶にしようとした。
「違う!お前との間に子供を作りたいと言ったんだ!」

「分かってる…分かってるよ、そんな事は……ただ、僕の勘違いであってほしかったからさぁ……でも何、いきなり!?」
「私が愚かだったばかりに、娘のアンを失う結果を招いてしまった…しかもエルフと人間の架け橋的存在になるはずの娘を失った…そして今更に人間との共存を望む様になったのだ…」
エルフの女王は、泣きながら過去の愚かさを語る。

「今度は私が犠牲になるべきなのだ!同族に罵られようが、人間との間に子を宿し、その子を希望の象徴として、人間と共存共栄を進めて行きたいと思っている!勿論その対象にリュカを選んだのは、私の個人的動機が含まれてはいるが………奥様の前で、この様な破廉恥な申し出…真に申し訳なく思います!しかしどうか、我らエルフと人間の架け橋として、ご協力をお願い致したい!」
エルフの女王は凛として表情でリュカと向き合い、真摯に要望を述べた。
誰もがリュカの答えを待った…
何時もの調子で答える事を…



 

 

運命を背負いし者

<ロマリア>

「ふざけんなバ~カ!」
だが皆の視線を一身に受けたリュカの答えは予想外だった。
誰もが『よ~し、じゃぁ僕頑張っちゃうよ~!!』と、何時もの軽いノリで服を脱ぎ出すと思ったのに、罵声を浴びせてきたのだ。

「な…リュカ…そんな言い方…」
「うるさい、よく聞け!………コイツはティミー、僕の息子だ!そして僕達の元居た世界では、伝説の勇者としてこの世に生を受けた…まだ10歳の幼い子供が、世界の運命を背負い、魔界まで赴き魔王を討伐したんだ!」
急に自分の息子の話を始め、呆気にとられる一同…

「まだ遊びたい盛りの子供が、重大な使命を背負い、遊ぶ事を我慢して世界を救おうと自分を犠牲にしたんだ!僕は最低な親だ…大切な息子に重荷を背負わせ、自分は8年間も石になってたんだから…」
「父さん…」

「子供に辛い思いをさせるのは、1回だけで十分だ!エルフと人間との間に、蟠りがある世界で、両種族の(あい)の子を産ませるなんて…お前等自分たちの事しか考えてないだろ!ハーフエルフ…エルフでもなく、人間でもない中途半端な子供。どちらの種族からも忌み嫌われる子供………そんな不幸な子供を作りたいのか!!」
皆、思ってもいない事だった。
そんなつもりはなく、その子を中心にエルフと人間の蟠りを無くす…
それがエルフの女王とロマリア王の考えだったのに…

「父さん…僕は自分が不幸だと思った事はないですよ……父さんの息子で、本当に良かったと思ってますから」
ティミーは泣いていた…
リュカが…父が自分の事を大事に思っていてくれたことに…
「バカ…彼女の前で泣くんじゃない!家族に、友人に、情けない姿を見られても、好きな女にだけは強がって見せろ!」
「………はい」


エルフの女王もロマリア王も、沈痛な面持ちで俯き黙る。
生まれ来る子供への配慮の無さに…
「カルディア…ただエッチがしたいだけなら、僕は何時だってお相手するよ。何だったら、あの時みたいにカリーと3人でだって、僕は一向に構わない…一晩中頑張っちゃうね!でもね、生まれてくる子供には自分の運命を選ぶ事が出来ない!だから辛い運命になる事が明確であるなら、僕はまだ見ぬ子供の為に、その子の誕生を阻ませてもらう」
アルルとティミーは『あの時みたいに』の件を突っ込みたかった…
しかし基本的に真面目な話だった為、その一部分を突っ込む事が出来ずにいる。



その後も、両種族の蟠りを解く話し合いは続いたが、結局は地道に互いの理解を深めて行く事しか出来ないとの結論に達し、リュカ達は解放された。
去り際に『具無しピザ1枚じゃ割に合わない苦労だな!』と、半ば強引に連れてこられた事に嫌味を言ったのだが『では夕食も一緒にどうだろうか!?』と、ロマリア王が瞳を輝かせ誘ってくるので『もうヤだよ!夫婦水入らずの時間を邪魔するな!』と、不敬罪を物ともしない捨て台詞を吐き逃げ出したのだ。


「酷い目に遭った………もう夕方じゃんか!」
黄昏色に染まる町並みを、ロマリア城から出てきたリュカは眺め呟ている。
「でも…エルフと人間の間に、蟠りが無くなれば良いですね」
「根が深そうだから難しいだろうなぁ…地道に頑張るしかないんだよ」
ティミーは父の背中を見つめ、此までの事を思い返していた。
何時も不真面目に振る舞う父…
幼い自分が、重くのし掛かる運命に向き合い、真面目に努力している側で、彼は何時もふざけていた…

しかし、それは彼なりの配慮の姿だったのかもしれない。
伝説の勇者という、他の誰のも押し付けられない運命に押し潰されない様に…
父は常に戯けていたのだと思う。

彼がいたから、逃げ出さずに全うできたのだ!
彼がいたから、魔界の魔王に恐れず立ち向かえたのだ!
彼がいたから…

自分は真面目に生きる事しか出来ない……だからこそ、父の生き方を見続けよう!
そう思い、ティミーはリュカの背中を眺めている。
心から尊敬できる偉大な父を…


アルル達は城から出て停泊中の船に帰ろうと歩き始めた途端、仲良くデート中(どう見ても仲良し兄妹にしか見えない二人)のウルフとマリーに出会した。
「あれ?何でお城から出てきたの?お父さん達だけ、お城でお持て成しされてたの?」
「そうなのよマリーちゃん!貴女のお父さんは、この国の王様に気に入られてるから、特別料理をご馳走になってたのよ!」
羨ましがるマリーに、思わず意地の悪い言い方をするアルル。

「ズルイ!私もご馳走食べたかったのにぃ!………何、食べたの?」
マリーはジト目でリュカを見つめながら、お城でのご馳走を問いただす。
「聞いて驚けマリー!僕だけのスペシャル料理『シーフードピザ、魚介類抜き』だ!」

「……………………具は?」
「シーフード…つまり魚介類だ!」
「………抜き…でしょ?」
「抜きだ!」
呆れ返るマリーと爽やかに答えるリュカ。
ウルフはそれが可笑しくてしょうがない。

「何でお父さんは、そんな嫌がらせをされてるの?」
港へ続く城下の道を、アルル達はマリー・ウルフと合流し歩いている…
そしてロマリアからの振る舞いが疑問でしかないマリーは、具無しピザの所以を聞かずにはいられない。

「うん。僕が要望したんだ!………嫌がらせのつもりで」
「へ~…でも嫌がらせを受けてるのは、お父さんよね!?」
「うん。満面の笑みで、具無しピザを振る舞われたよ!ちょ~うける~!」
何故か大爆笑のリュカと、それを見て笑うマリー。
ティミーはそれを微笑ましく眺めているのだが、マリーの心をリュカに奪われないかが心配なウルフは、ヤキモキしながら見つめている。

「………ウルフ君、心配しなくても大丈夫だよ!あの人は血縁の娘に手を出さないから…」
嫉妬に包まれる義弟を、そっと宥めるティミー…珍しく色恋事でウルフに進言している。
「リュカさんはそうかもしれないけど、マリーは………リュカさんが格好良すぎるんだよ!問題だよ、あの人!」
「おいおい…僕の彼女なんかは、血が繋がらないんだぞ!それに比べたら、君はまだ安心じゃないか!」
ティミーはウルフを見ながら苦笑いを浮かべる。

「………ぷっ!ふふふ…それもそうですね…ははははは…ティミーさんの苦労は、今後も続きそうですねぇ」
気付くと2人とも笑っていた。
リュカ達からは少し離れてしまったが、互いの境遇が可笑しくて堪らないのだ!
誰もが認めるトラブルメーカーの所為で…



 

 

高等なる罠

<幽霊船>

アルル達は今、ロマリア沖を彷徨う幽霊船に乗り込んだ…
ロマリア港を出港したのが3日前。
船乗りの骨に導かれるアルル達の目の前に、不気味な姿を現した。


幽霊船内には、幽霊以外にもモンスターが蔓延っている為、接舷した味方の船にモンスターが入り込まないようにするため、パーティーを2つに分ける事に…
幽霊船探索メンバーは、アルル・ティミー・ウルフ・マリー・ビアンカ・リュカの6人となり、カンダタとハツキはモニカ達と船を守る事となる。

当初リュカは、
「めんどくせー!僕はお船を守る係に徹するよ!」
と、残留を望んだのだが、
「アナタの娘さんの我が儘に付き合うのですよ!しかもアナタまで推奨したではないですか!!責任を取って下さい!」
と、パーティーリーダーに叱られ、渋々幽霊船へと赴く事に…

「そう言えばビアンカは、もうお化けは怖くないの?」
「………何時の話をしてるのよ!」
「ついこの間…猫さんパンツを見ちゃった時」
「もう!………まだ怖いから手を繋いでてね♡」
場の雰囲気を無視しイチャイチャする夫婦に、イライラする実の息子と娘…そして義理の娘と息子。
無理矢理来させたのだから、我慢するしかないだろう…


襲い来るモンスターを駆逐しながら、船内を探索すると各所に現れる幽霊達。
下甲板で巨大なオールを漕ぐ水夫の霊達は、皆が重罪人として奴隷へと身分を貶められた者達ばかり。
大半が自身の過ちを後悔し、奴隷という境遇を嘆く者ばかりなのだが、その中に自分の事よりも愛する女の事を気にし続ける男が居る。

彼の名は『エリック』…愛する『オリビア』と引き裂かれた哀れな男…
「多分、僕はもう君には会えない…誰かオリビアに伝えて欲しい…愛していると…この船底に隠した思い出のペンダントと共に…誰か伝えてくれ…僕とオリビアの愛の思い出を…」

エリックの霊は譫言の様に、同じ台詞を延々繰り返しオールを漕ぐのみ…
彼がこの世に残した思念は、とても強い物らしく、それ以外の事は何も話さないのだ。
「お父さん…私達の探す物は、エリックさんとオリビアさんの『愛の思い出』よ!きっと何処かに、奴隷達の寝床があるはず…其処に行きましょう!」
マリーは自信満々に歩み出す!
そしてウルフも、ナイトの様に彼女へ付き従う…

最も若い二人の成長は如実で、ウルフの剣技はそこら辺の戦士以上になり、マリーもウルフに教えられ『メラ』『ヒャド』『ギラ』『バギ』も唱えられる様になっていた!
「何でマリーは攻撃魔法しか使えないんだ!?」
「…一応試したそうですよ。回復系や補助系も…でもダメだったみたいです」
「…確かリュリュは攻撃魔法を憶えられないんだよなぁ…体質か!?」
彼女の父と兄が小声で話してる…
其処にビアンカが一言…
「性格よ!」
誰もが納得した様だ…


船内を探索する事数10分…
一行が目指していた奴隷達の寝床らしき部屋を発見!
さほど広くない部屋を探し回ると、片隅に小さな隙間があり、其処にキレイなペンダントが隠されていた。
「やった!!これよこれ!これが『愛の思い出』よ!これでオリビアのヒスも収まるはずよ!」
見つけたペンダントを手に、喜びはしゃぐマリー…

そんな彼女を見つめ、誰もが思う事がある。
「…なぁマリー…『オリビアのヒス』って何?」
彼女の兄が、皆を代表して質問する。

「…あ!………っと…え~とぉ…や、やだぁ~、お兄様のえっちぃ!!」
「え!?あ…ご、ごめん!そんなつもりじゃ………」
顔を真っ赤にしてモジモジ俯くマリーを見て、思わず謝ってしまったティミー。
そしてそっと父に聞く…
「父さん…さっきの…何がエッチだったのでしょうか…?」
「知らね!僕と世間一般のエッチ度には、大きな隔たりがあるらしい…だから知らね!」
それ以上、確認する事が出来なくなるティミー…


「きゃー!ダレかタスケてー!!」
不意に部屋の外から悲鳴が聞こえてきた!
アルル達は慌てて悲鳴のする方へとかけだした。

其処にはフードを頭に被り女の子らしき存在と、その女の子 (?)に襲いかかる振りをしている腐った死体が2体。
女の子らしきのは顔が見えないが多分モンスター…
そして腐った死体も、『あうあう』言いながら、結局襲いはしない…

「なぁティミー…アレ、何やってるんだと思う?」
「さぁ…僕には分かりませんが…父さんの方が詳しいのでは?モンスターや女の子の事なら得意分野でしょう!」
目の前で起こっている事を眺めながら、訝しげに相談する親子。

「襲われるぅ~!タスケて~!」
尚も奇妙なコントを続けるモンスター達。
女の子らしき者は、チラチラ此方を見ながら助けに入る様仕向けている………つもりの様だ。
「ねぇリュカさん…どうすれば良いんでしょうか?歴戦の冒険者として、良い対処法があるのでは?」

「………放っとかね、こんな奴等!?」
そんなアルル達の会話が聞こえたらしく、女の子らしき者は腐った死体を押し退けてアルル達に近付き叫んだ。
「ちょっと、助けなさいよ!か弱い女の子が、凶悪なモンスターに襲われてるんだからね!」
先程までは距離があった為、顔までは見えなかったのだが、近付いてきた事により、女の子らしき者の正体は『ミニデーモン』である事が発覚した。

「お前もモンスターだろが!見逃してやるから、あっち行って友達と遊んでろ!」
リュカは『しっしっ!』とばかりに、ミニデーモンに対し手を振るが…
「さ、流石は勇者一行だな!俺様の完璧な作戦を見破るとは…」
と、驚愕の表情で立ち尽くしている。

「どうしようティミー…お前突っ込み得意だろ!突っ込んでやれよ!」
「嫌ですよ僕だって!こんなバカに関わりたくない!」
リュカ達がヒソヒソと相談していると、開き直ったミニデーモンが手下の腐った死体2匹に号令をかけた!
「えぇい、バレてしまっては仕方ない!お前達、やっておしまい!!」
この瞬間、リュカの心の中で彼等の渾名が決定された…『ド○ンジョ』『ボヤッ○ー』『ト○ズラー』と…



 
 

 
後書き
お~しおきだべさぁ~! 

 

6度のインパクト

<幽霊船>

「えぇい、バレてしまっては仕方ない!お前達、やっておしまい!!」
ミニデーモンは変装用の服を脱ぎ捨て、腐った死体2匹に命令する。
命令を聞き、アルル達に襲いかかってくる腐った死体…
「メラミ」「メラ」
しかし2匹の腐った死体は、ウルフのメラミとマリーのメラで、一瞬の内に燃やされてしまう。
因みに、マリーのメラはウルフのメラミとほぼ同威力だ。

「げ!?………瞬殺?」
どう見ても、一番弱そうな最若年者2人の魔法により、手下が一瞬で倒されてしまい、ビビりまくるミニデーモン。
逃げ出す事も戦う事も出来なくなっている。

「リュカさん…どうしますか、コイツ」
鋼の剣を向けたまま、ウルフがミニデーモンの処遇を確認する。
「どうしよっか…?」
ミニデーモンはリュカ達に囲まれガクガクブルブル震えてる。

「ち、違うんッスよ!僕、本当は良い子なんです!でもさっきの奴等に脅されて、仕方なく協力させられてたんですよぉ!」
「でもさっき『俺様の完璧な作戦』って言ってたじゃん。お前がリーダーだろ?」
リュカは屈み、ミニデーモンと目線を合わせ語りかける。
「そ、そう言えって言われたんですぅ…許してくださいぃ…」

「………なるほど………でも、そうなると凄いな…あの腐った死体の作戦は!もう少しで引っかかるほどの高等戦術だったよね!いやぁ~天才だね!」
ガクブル震えるミニデーモンを見て、さっきの作戦をベタ褒めするリュカ。
すると震えてたミニデーモンが、高笑いを始め自慢しだした。
「そうだろ、そうだろ!やっぱ俺様超天才!まぁ俺様ぐらいになると、あんな作戦を立案するのは朝飯前っつ~の?いやぁ~…自分の才能が怖い!なぁ~んつって!!わはっはっはっはっ!」

(ゴツン!)
「やっぱお前がリーダーじゃん!何、か弱いフリこいてんだ!」
リュカの拳が、ミニデーモンの後頭部に炸裂する!(無論手加減して)
「あいた~!!………は!?ひ、卑怯だぞ…誘導尋問なんて!」
「誘導してねーよ、バ~カ!」
どうやら強かさだけはかなりの物らしく、先程の脅えも芝居だった様だ。

「まぁまぁリュカ…面白い子じゃない。連れて行きましょうよ!」
見た目と馬鹿さ加減が気に入ったらしく、ビアンカがミニデーモンを連れて行こうと主張し抱き上げる。
「俺様は、高貴なる魔族だぞ!気安く触んじゃねー、ババアー!!」
(ゴス!!)
先程のリュカの拳骨よりも、大幅に強烈な一撃がビアンカの拳から放たれた!
「っぐはぁぁぁ!!!」
ミニデーモンは後頭部を押さえ床でのたうち回る。
「次言ったら、その羽を毟り取るぞ!!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!!もう言いません!許して下さい、美しいお姉様!」
マジ泣きしながら、ビアンカに土下座するミニデーモン…
どうやら芝居では無い様子…


幽霊船での目的も果たし、アルル一行は自船を目指し移動する。
「私マリー。アナタの後頭部に、拳骨を落とした夫婦の娘よ!アナタのお名前は?」
「ふん!下等な人間が、気安く俺様に話しかけるな!」
(ゴズ!!)
本日3度目の後頭部直撃は、マリーの拳だった!

「アナタのお名前は???」
満面の笑みで問いかけるマリー。
「いたたたた…お前等親子は………ふん、俺様を呼ぶ時は『高等魔族のミニデーモン様』と呼べ!」
「うん、分かった。ミニモンね!よろしくミニモン」

「ちょ、聞いてた!?高等魔族ミ「なげーんだよ!ミニモンで決定なんだよ!!」
高等魔族ミニデーモン様改め、ミニモンは絶句する。
リュカ達親子の一方的っぷりに…
「調子に乗るなよ!」
しかしめげないミニモンはマリーへと詰め寄り、威嚇する…
だがマリーの彼氏が、その間に割り込み彼女を庇う。
「俺の彼女に手を出すんじゃねぇ!」

「ふざけんな!そんなペチャパイブスに手を出すかボケェ!」
(ゴス!!)
「ぐはぁぁぁ………同じ所をポカポカ殴りやがって!」
ウルフ発、本日4度目の後頭部直撃!
「次言ったら、その舌引っこ抜くぞこの野郎!」


少し離れたところで見ていたアルルが、思わずティミーに囁きかける。
「ウルフが段々リュカさん色に染まるんだけど…アレって感染するの?」
「分からない…でも、息子の僕には()つってないよ。きっと勇者は平気なんだよ!」
クスクスと笑いながら歩く勇者カップル。

それを見ていたミニモンが、唾を吐きながら毒舌かます。
「何だ…お前等男同士でイチャつくゲイかと思ったら、こっちの野郎は牝だったか…胸が無いから男かと思ったぜ!」
(ゴスン!)(ドガッ!)
5発目ティミーに、6発目がアルル…
「だはぁぁぁぁ………!」


ミニモンを抱き上げ、後頭部にベホイミをかけるリュカ。
「お前、余計な一言が多くて友達居ないだろ」
「ふん!友達など要らん!俺様は高貴なる魔族だぞ…」
「ふふふ…じゃぁ僕が友達になってやるから、もう少し仲良くしようぜ…お前の実力じゃ、僕の仲間には勝てないのだから、面と向かって悪口を言わない事!良いね?」

「くっそー………何時か見てろ。必ず…復讐して…やるからな………」
リュカの温もりに安心したのか、半ベソをかいていたミニモンは、リュカの腕の中で眠ってしまった。
デーモンなのだが、まだ子供なのである。

「もうちょっと口の悪さを押さえられれば、面白い奴なのにね!」
リュカの腕の中で眠るミニモンを突きながら、ビアンカが面白そうに話しかける。
そしてリュカはマリーにミニモンを託した。
「お前とウルフで、今の内から予行練習をしておけよ。寝顔は可愛いだろ?」
どうやらリュカとビアンカは、マリーとウルフの情操教育の為に、ミニモンを連れて行こうと考えた様だ。

「ちょ…何で俺達なの!?優先順位的にはアルルとティミーさんが先だろ!?」
「いや、この二人は…其処まで達してないし…もっと手前で止まってるし!きっとお前等の方が先だと思うし!」
リュカの言葉にアルルは感付きむくれているのだが、ティミーは何の事を言ってるのかキョトンとしている。
それを見たマリーとウルフは、納得するしかなかった…

マリーの心の成長の手助けになれば幸いだろう…



 

 

利益を求めて

<エコナバーグ>

以前この町に立ち寄り騒動を起こしたのが1ヶ月前…
たった1ヶ月で、この町の人々は様変わりしていた。
皆が明るい表情で働く様になったのだ。

「エコナさん、上手くやっている様ですね」
「うん。診療所とかも増えたみたいだ…これで心置きなく病気になれる!」
「私達が破壊した劇場はどうなってるんでしょうか?」
「破壊したのはマリーじゃん!私達って…僕、関係無いじゃん!」
「父さん…娘のやらかした事は、親が責任を取る物です!」
「大変ねリュカ…責任重大よ!」
「何で僕だけの責任なの?ビアンカさんもマリーの親だよね?」
「「「こう言う時は父親の責任なのです!」」」
嫁と子供が声を揃えて断定する。
「………ズルイ!」
苦笑いで観念するリュカであった。


「止まれ!此処はエコナ様のお屋敷だぞ!身分の判らない怪しい奴は通すわけにはいかない!」
エコナの屋敷に辿り着いた一行は、以前とは違う門番達に阻まれている。
「その身分ってのは、どうやって確かめるんだよ!?」
リュカが意地悪な表情で問いかける。

「え!?えーと…それは…な、名を名乗れ!」
「僕はリュカ!リュケイロム・エル・ケル・グランバニア!グランバニア王国の国王だ!」
珍しく自分の身分をひけらかし、門番等を威圧するリュカ。
「グ、グランバニアなどと言う国は知らん!適当な事を言うと、後で酷い目に遭うぞ!」

「お前等が知らないだけで、グランバニアは実在するし、僕はその国の王だ!お前等こそ、そんな無礼な態度を取っていると、後悔する事になるのでは?それともお前等は、世界中の人物の事を把握しているのか?誰がどんな人物で、どれほどの権力を持っているのかを!?」
「ぐっ…そ、その…え~と…」
あからさまに狼狽える門番達。
彼等は職務に忠実なだけなのだが、相手が悪すぎる…

すると屋敷から1人の老人が姿を現し、門番達の元へとやって来た。
「お前達、大丈夫!彼等、友達。エコナ、友達。悪い奴、違う!」
現れたのはタイロン老人で、門番達にリュカ等の身分を保証した。

「タ、タイロン殿…分かりました……おい、通って良いぞ!ただ、エコナ様に危害を加えたら、絶対に許さないぞ!」
タイロン老人の口添えの為、門番達は渋々リュカ達を通す事に…
「はぁ!?何で僕がエコナに危害を加えなきゃならないんだ!?彼女は僕の愛人だ!危害なんぞ加えない!………別の物はくわえてもらうかも………」
リュカは、自分とエコナの関係を高々と説明する…最後の方は小声だけど…


リュカ達はタイロン老人の後に続き屋敷内へと入って行く。
「なぁ爺さん…一体何があったんだ?何だかこの屋敷を厳重警戒しているが…?」
以前来た時より警戒度が高く、屋敷の内外を多数の男達が警備している…
その警備員達もプロではなく、町内の有志による者達の様で、装備も棍棒や檜の棒など頼り無い。

「うむ、実は…」



リュカ達は驚愕な事件をタイロン老人から告げられる。
一月前に急遽心変わりをしたエコナは、建設予定だったカジノや酒場など、娯楽施設の建設を一時見合わせて、診療所や学校などの福祉施設の充実を優先させた。
その結果、カジノ等での収益を期待していた連中から、当初の予定通りに進めるようにと脅迫めいた訴えが出され、それを無視したエコナは昨日連中に襲われたと言う…


「…くそ!…なんて事を…」
リュカが呻く様に呟いた。
そして慌ててエコナの元へとかけ出した!

エコナのオフィスに駆け込むと、其処には彼女がデスクに向かい書類の決裁を行っていた。
「リュ、リュカはん…どないしたん?」
思ったほど外傷は酷くない様だが、酷い事をされたのには間違いないらしく、瞳が少し虚ろになっている。

「エコナ…何をされたの?」
リュカはエコナに近付き彼女を抱き締め問い掛ける。
「べ、別に…何も……だ、大丈夫やから…ウチ、大丈夫やで…」
懸命に笑顔を作り無事を伝えるエコナ…
リュカは彼女の瞳を見つめ続け、囁く様に問いかける。

「………レイプされたんだね?」
リュカにだけは知られたくなかった。
命に別状がない以上、リュカにだけは知ってほしくなかったのだ!
だがエコナは、リュカに優しく問いかけられ、嘘を吐く事も出来ず泣き出してしまう。

「うわ~ん!ウチ…ウチ…ごめんリュカはん!ウチ…もう…リュカはんの…んむっ!」
泣きながらリュカに謝るエコナの口を、キスで塞ぎ言葉を遮る。
「エコナが謝る事じゃないよ。僕は今でもエコナの事が大好きだから…だから謝らないで。悪いのはエコナじゃないのだから…」
リュカの言葉を聞き、リュカの優しさに触れ、エコナは涙が止まらなくなってしまう。
彼の胸に顔を埋め、ただひたすら泣き続ける。
リュカがアルル達に目で合図を送る…
それを見たアルル達は、この部屋にリュカとエコナを残して立ち去った。


アルル達はエコナの屋敷の別室で、タイロン老人等に持て成されている。
と言っても、持て成される側は沈痛な面持ちを崩せないのだが…
「でもエコナさんの命が無事で本当に良かったですね」
雰囲気を明るくしたかったティミーが、極力明るい声で喋り出した。

「ティミー…今、エコナさんを殺す事に意味は無いのよ…むしろマイナス効果しか無いの!」
沈痛な面持ちのまま、ビアンカが息子に話し出す。
「この町の発展の窓口は、彼女が担っているの…彼女の一言で、お金や物資を動かす事が出来るのよ…でも彼女が死んでしまったら、この町を発展させるリーダーが居なくなり、其処から生まれる利益を吸う事も困難になる!だから殺されなかっただけなのよ…」

「な、何でそんな奴等と、何時までも組んでいるんですか!?さっさと手を切れば良いじゃないですか!!」
ビアンカの言葉を聞き、我慢出来ずに憤慨するティミー。
「お兄ちゃん、以前エコナさんが言ってたでしょ…『特産物のないこの町を有名にする為、娯楽施設を仰山建てるつもりや』って…」
「それが…?」

「つまり、何れは彼等の力が必要になるって事なの。今は、町民の福祉施設を充実させる事が優先されてるけど、この町が末永く発展する為には、何らかの方法で利益を上げなければならないの…それが娯楽施設であり、その鍵を握ってるのがエコナさんを襲った連中なの…」
また重い空気が充満する。


暫くすると、頬を少し上気させたリュカが現れ、タイロン老人にこの事件の元凶共の居場所を問いつめる。
「リュカ、気持ち、解る…、でも、ダメ!、今、不要、でも、何時か、彼等、必要!話し合い、それで解決…」
「うるさい!そんな悪徳業者、必要になる時など無い!もっと優良業者が必ず見つかる…其奴等と縁を切って、違う業者を見つけろ!だからさっさと奴等の居場所を俺に言え!」
リュカの剣幕に驚いたタイロン老人は、思わず居場所を告げてしまう…
「と、父さん…」
リュカはティミーの言葉を手で制し、今後の予定を皆に告げる。
「明日の朝一に船に集合!それまで各自自由行動だ!何をしてても構わないが、俺の邪魔をしたら敵とみなす!解散!」
そう言ってリュカは凄い勢いで出た行った!



翌日この町の一角で、体中の骨が酷い状態でくっついている一団が発見される。
腕や足だけではなく、顎や頭蓋骨なども一度砕かれ、ホイミ系の魔法で即座に治癒された連中が…
彼等は喋る事が出来ず、指もひん曲がり文字も書けない。
だから何が起きたのかを伝える事が出来ないのだ。

しかし調査した町民の有志で結成された自警団は誰の仕業か理解し、そしてその事は口に出さなかった。
今朝早くに出港した一行の事を…
皆がエコナを尊敬し敬っているから…




数日後、驚くような情報がエコナの元に舞い込んでくる。
ロマリア・イシス・ポルトガ・サマンオサの4カ国より、国王の指示でエコナバーグの発展に協力したいとの特使が訪れたのだ!
悪徳企業から縁を切り、優良なる業者が各国を通じて集まってくる。
更には、エルフの女王自らが訪れ、友好関係を築きたいと申し込まれたのである!
そんな状況にエコナは泣きながら呟いた…
「…リュカはん…」



 

 

奔走

<エコナバーグ>

エコナバーグのとある建物内では、大勢の男達の悲鳴が響き渡っていた…
そんな建物から爽やかな笑顔で出てくる人物が1人…リュカである!
タイロン老人から、エコナを襲った連中の事を聞き出したリュカは、この建物にやって来た。
そして中に入り、小1時間ほどしてから何事もなかった様に出てきたのだ。
遠巻きに眺める人々に、軽く会釈をすると『ルーラ』と魔法を唱え、彼方へと飛び去ってしまった。
誰もこの建物には入ろうとしない…
微かに呻き声が聞こえるのだが、恐ろしくて入る事が出来ない…
そして見ていた皆が口を噤む…この建物から誰が出てきたのかを…




<エルフの里>

「リュカ…こんな夜更けに何用ですか?」
エルフの女王カルディアは、リュカの突然の訪問に驚くも、それ以上の嬉しさで胸を弾ませ彼と会う。
「ゴメンね、こんな時間に…急ではあるけど、提案があって来たんだ!」
本来であれば、謁見の間で会うのが常識なのだが、カルディアは既に寝間着に着替えており、相手がリュカだった事も影響し、自身の寝室へと向かい入れた。

「この里から西へ海を越えた場所に、僕の知人が町を作ってるんだ。その町の発展に、エルフ族皆で協力してみるのはどうだろうか?何も、エルフ自ら赴き建築を手伝えと言うんじゃない。交易をしてほしいんだ…『その町では、エルフ族からしか買えない様な商品を、買う事が出来る』って噂が広がれば、町の発展にも繋がると思うしね!」
リュカが来た理由は、先日のエルフと人間の共存共栄の件だった。
甘いロマンスを期待していたカルディアは、思わずガッカリした表情を見せてしまう。

「………なるほど…出来たての町ならば人口も少なく、我らエルフの事を説明する手間も小さいという事か…」
「うん、そう言う事!いきなりロマリア王国と親密になろうとしても、規模が大きすぎて時間が掛かり過ぎちゃうからね!出来たての町だったら、規模も小さく互いを理解し合うのに、それ程時間は掛からないだろうから……それに此処へ来る前に、ロマリアを始めイシス・ポルトガ・サマンオサと話をつけて、その町と協力体制を築いてくれる様になったから、世界中にエルフの事を理解してもらうのにも利用出来ると思うよ」
「確かに…エルフの使用する道具等は、人間には希少価値が高く、それを取り扱うその町も即座に知名度が上がり、町の発展を促すだろう…」
カルディアは一旦言葉を切り、リュカの事を見つめる。

「その町の為、協力しても良い………が、条件が1つある!………リュカ、私に子を授けて欲しい…お前との子を!!」
「…………………………」
先程まで優しく微笑んでいたリュカの顔が曇り出す。
「リュカ…先日お前が言っていた事を忘れたわけではない。その町との友好関係が上手く行けば、エルフと人間のハーフも迫害される事はなくなるだろう!だからこそ、我ら両種族の架け橋となる為に、私はお前との間に子を宿したいのだ……それを認めてくれぬのなら、私はその町に協力はしない!」
カルディアはリュカを真っ直ぐ見つめ、己の気持ちを語りきる。

「君は何か勘違いをしている…」
「か、勘違い………?」
「僕はこの世界の住人ではない。この世界でエルフと人間が啀み合い殺し合っても、僕には関係ないんだ!何故、そんな交換条件に僕が従わなければならないんだ!?別に構わないよ…その町の発展に協力しなくても…」
リュカは先程と変わることなくカルディアを見つめている…
だがリュカの瞳からは、彼女に対する愛情は消えていた。

「僕はエルフ族の為を思い、この提案を持ってきたんだ!君が心から、エルフと人間の共存共栄を望んでいると思ったから………なのに君は、自分の欲望を実現させる為の道具に使用するつもりなのか!?………自分の事しか考えちゃいない!だから娘が自殺したのだろ…それから何も学んでないんだな!」
カルディアはリュカの言葉に打ちのめされる。


リュカの言う通りだ…
エルフと人間の共存共栄のチャンスを、自らの欲望で潰そうとしていたのだ!
「リュ、リュカ…違う…わ、私…そんなつもりじゃ…違うの…お願い…見捨てないで…リュカ…」
カルディアは泣いていた…
リュカに手を伸ばし縋ろうとしていた…

しかしリュカは、その手を払い除け立ち去ろうとする。
「リュカ…リュカ…!」
そして出口の前で立ち止まり、振り向くことなく語り出す。
「その町の名は『エコナバーグ』…以前、僕等と共に旅をしていた仲間が作った町だ。彼女は当初、町の作り方を間違えて破滅へと向かっていた。だが間違いに気付き、僅か1ヶ月で素晴らしい町を再構築したんだ!でも、最初の間違いで生み出した膿は、消え去ることなく彼女を苦しめた…だから僕は少しだけ力を貸したんだ。本当は手を貸すつもりなんてなかった…彼女が自分の力で成し遂げてこそ、意味があると思ったから。でも手を貸した…彼女が間違いに気付き、より良い町造りに進み出したから。…別にエルフの力など必要じゃないんだ。エコナの実力なら、エルフの協力など無くても、あの町を立派に出来るからね…だがエルフ族はどうだろうか…?」
そしてリュカは出て行った。


寝室に残されたカルディアは、床に蹲り泣きじゃくる…
涙が止め処なく溢れてくる。
カルディアの嗚咽は部屋の外にまで聞こえ、心配したカリーが傍らに寄り添い慰める。

「私は…私は愚かなのです…アンを失っても気付かなかった…それを教えてもらったのに忘れてしまった…だからリュカは私を見放したのです…」
カルディアは女王としての立場を忘れ、カリーに縋り泣き続ける。
「女王様…我らエルフもそれ程利口では無いのです。人間を低俗と卑下出来るほど利口では無いのです。ですから間違う事もあります…でも間違えたら、それを認め是正すれば良いだけの事!女王様はリュカに見捨てられてはいません。リュカがくれたチャンスを生かし、人間との共存共栄を成功させれば、リュカは微笑んでくれます…あの優しい笑顔で…」
カルディアは涙の止まらない瞳で、カリーの事を見つめ続ける。
優しく力強い言葉をくれた部下を…いや、友人を。


カルディアは立ち上がり、寝間着の袖で涙を拭う。
そしてまだ赤い瞳のまま、カリーに指示を出す。
「明日の朝になったら船の準備をして下さい。我らエルフは、リュカが用意してくれたチャンスを生かす為、西の海を越えたエコナバーグに赴き、友好的関係を築こうと思います。その為の特使として、私自ら赴きますので、カリー…貴女も一緒に来て下さい…私を補佐して下さい」
カルディアはカリーの手を握りお願いをする。
「女王様…勿論、私は貴女様を支えるつもりでございます!微力ではございますが、全力を尽くします」
2人は互いの手を堅く握り頷き合う。
そんな2人を、出て行った様に見せかけたリュカが、扉の隙間から覗いていた…
嬉しそうに微笑みながら、エルフ族とエコナバーグの未来を想像して…



 

 

物々レンタル期間終了

<グリンラッド>

リュカ達は変化の杖を回収するべく、グリンラッド雪原に住む老人の元へ赴いた。
(コンコン)
小屋の扉をノックして、返事を待つことなく入るリュカ達。

すると其処には…
「いらっしゃ~い!待ってたの~!!もう私の○○○は濡れ濡れで準備OKよ!」
と、ビアンカの姿をした人物が、丸裸で股を開き目の前に座っていた!
(ゴスッ!!)
「ふざけんなクソ爺!何、ビアンカの姿で勝手に売春してやがるんだ!!」
凄まじい勢いで、変化した老人を殴りつけるリュカ!
老人が生きているのは、インパクトの瞬間ビアンカの姿に惑わされ、力を入れきらなかった為だろう…

「ち、違う…誤解だ!ワシは売春などしとらん!ただ、来る人みんなを驚かしていただけだって!ワシだって男に犯されるのは嫌だからな!」
「知るかボケェ!ビアンカの姿でやるんじゃねぇ!」
「だってしょうがないだろ…ワシの知る限りで一番の美女なんだから!…ほれ、そっちの兄ちゃんなんかは、刺激が強すぎた様で鼻血出しとるぞ!」
振り向くとティミーが鼻から大量に出血している…

「お、お前…母親の裸で興奮するなよ!」
「ち、違いますよ…急だったから…違いますからね!」
ティミーは右手で鼻を覆い、懸命に止血を試みるが、なかなか止まってくれない。
「何と!?そんなに大きな息子が居るんか!?この体…そうは見えんのぉ…」
ビアンカに変化した老人は、自分の体を見つめ驚き呟いた。

「てめぇ~…さっさと服着るか、その変化を解け!人の嫁汚しやがって、ぶっ殺すぞコノヤロー!!」
側に置いてあったテーブルから、テーブルクロスを取り、老人(姿はビアンカ)に投げ付けるリュカ!
老人は言われた通り変化を解き、テーブルクロスで股間を隠し脱いだ服まで歩いて行く…
だが着替える時は完全に丸出しだった!


「さて…もうレンタル期間終了か…惜しいのぉ」
「うるさい!さっさと杖を返せバカ!碌な事に使わない!!これなら、何処ぞの国王に化けて国政を壟断した奴の方がまだマシだ!」
リュカは老人から変化の杖を引ったくると、懐から船乗りの骨を取り出し手渡す。

「のう、期間を延長してはくれんかいな!?別のアイテムを進呈するぞ!」
老人は奇妙な杖を取り出し、期間延長の交渉を始める。
「これはな『理力の杖』と言ってな、力の弱い魔法使い系用の武器なんだ。装備した者の魔法力を攻撃力に変え、敵に大打撃を与える杖なんだぞ!どうだ?コレと交換で…」
「要らん!魔法使い系が接近戦を行っている時点で、そのパーティーは終わりだ!魔法使いは、直接攻撃の届かない所から、魔法で攻撃をすれば良いんだ!」
リュカはキッパリと言い切り、交渉を断ち切る…
しかし老人も諦めない。

「…では、コレならどうだろう?」
次に持ってきたのは奇妙な植物。
「これはな『消え去り草』と言って、なんとコレを食すと姿が消せるんだ!どうだ、凄いだろう!」
「姿消して何だつーんだバ~カ!何の役にも立たんじゃないか!」

「分かっとらんのぉ…姿を消せば、女湯や女子更衣室に入って観賞しまくりじゃぞ!」
「バカかお前は!?見るだけで何が楽しいんだ!!触って味わって、初めて楽しいんだろが!大体、見るだけだったら直接お願いすれば良いじゃないか!」
「バカはお前だ!お願いしたって見せてくれるわけないだろ!」
呆れた口調で怒鳴る老人…
「そんな事無いもんね!10人中7.8人は、お願いすればベッドイン出来るもんね!」
「そんなのリュカさんだけだろ…」
リュカ限定の意見に呆れる一同。

「ぐ…で、では、これなら!」
そして次に取り出したのは、ハートの形をした砂時計の様な物。
「これは『時の砂』と言って「まぁ!!時の砂ですか!?」
老人の説明を遮りマリーが驚き興味を示す。

「お父さん!時の砂って凄いアイテムなのよ!時間を少しだけ戻す事が出来るの!」
「よく知ってるのぉ…その通り、コレを使用すると5分だけ戻す事が出来るんじゃ!」
マリーの反応に気をよくした老人は、ドヤ顔でリュカに説明する。
しかしリュカは、怪訝そうな顔をして言い放つ…

「5分戻したからって何だっての!?まだ姿を消せた方が役立つじゃねぇーか!」
「お父さん…聞いて下さい。今後私達の前に、幾多の強敵が現れると思われます!そんな強敵等はどの様な戦い方をするのか分かってません。それなのに、行き当たりばったりで戦い、即死する様な攻撃をされたらどうします!?でも、この時の砂があれば大丈夫!私達の誰かが死んでしまっても、死ぬ前までに時間を戻せば、敵の攻撃に対し対処法を見いだせるのですよ!これって凄い事よ!」
マリーは皆を見渡し、アイテムの凄さを説明する。

アルルを始め、ティミーやカンダタなど皆が頷き感心している…
が、リュカだけは呆れた様に溜息を吐き、首を横に振っている。
「マリー…お父さんはガッカリだよ…人生にも戦闘にもやり直しなんて無い!だからこそ、その一度に全力を尽くすんだ…その繰り返しで、人は強くなる!でもやり直せると思った時点で、敵を見くびり戦闘を軽視するんだ!そんな戦い方をしたって、人は強くはならない…ここはゲームじゃ無いんだぞ!戦って敵を倒せば、それだけで強くなるワケじゃない!如何に戦い敵を倒したか…それが強さへの要素になるんだ!」
今度はリュカの言葉に感銘を受ける面々…

「さ、流石父さんは凄い!常に心して戦う…人生に楽な道は無いのですね」
「そうだよねティミーさん!それにやり直せたとしても、俺は仲間が死ぬ姿などは見たくないし…」
息子2人がリュカの意見に賛同し、時の砂の不要性を認める。
それによりマリーまでもが、リュカの意見を重視した為、結局老人の交渉は不発に終わる………はずなのだが、彼も諦めない!


「くっそ~…これだけは出したくなかったが…致し方ない!」
そう言って部屋の奥から持ち出してきた物は…
「コレでどうだ!」
1組の衣装だった。
「こ、これは…!」
驚くリュカ…
得意げになる老人…

果たして老人が持ち出した物とは何か!?
そしてリュカは交渉に応じてしまうのか?

ミニモン曰く「ぶっちゃけ、どうでもよくね?」
(ゴス!!)



 

 

魅力的なもの

<グリンラッド>

老人が部屋の奥から持ち出してきた物は1組の衣装だった。
「コレでどうだ!」
「こ、これは…!」
老人が取り出しのは、ウサ耳バンド・網タイツ&ガーターベルト・ウサギの尻尾・バニースーツ…

「どうじゃ!バニーガールセット(BGS)じゃぞ!おヌシの嫁ならお似合いだろう!ふっふっふっ…どうだ、欲しいじゃろ!」
「くぅ………そ、それはぁ………い、要らん!そ、そんな物要らん!!」
断腸の思いで拒絶するリュカ!
「くぅぅぅ!コレでもダメか!…おヌシの意志は相当な物じゃな!」
BGSを片手に項垂れる老人と、歯を食いしばりそれを見ない様にするリュカ。

「な、何でソレに一番食い付いてるのよ!一番どうでも良いでしょ!」
呆れたアルルが叫ぶ…
先程までリュカに注がれてた尊敬の眼差しが四散する。
「いや、アルル!俺はリュカさんの気持ちがよく分かる!その衣装をビアンカさんが纏ったら、どれほど素敵な物か…リュカさんは凄い!自分の欲望を捨ててまでも、この変化の杖を悪用させないんだから!」
「男って奴は…」
ウルフの言葉を聞き、頭を押さえながらティミーの事を見るアルル。

「ぼ、僕は違う!僕はあの衣装に魅力を感じてないよ!」
必死に言い訳するティミー…まだ鼻血は止まってない。
「そりゃティミーさんの彼女はアルルだからですよ!BGSは胸の大きな人じゃないと魅力的に見えない!ビアンカさん向きだ!」
(ゴスッ!)
アルルの拳骨がウルフの脳天を直撃する!
「余計なお世話よ!アンタの彼女も似た様なもんじゃない!」
あまりの激痛に蹲るウルフ…
「ぐはぁぁぁ……………マ、マリーは違う…」
「何がよ!?」
「マリーには未来がある。まだ8歳になったばかりだぞ!アルルの半分だぞ!!ビアンカさんの娘だぞ!!」

「ほれ見ろ…この衣装は貴重だろ!どうだ…あと1年間の期間延長と交換では?…あぁ何だったら、これらのアイテムを全部やる!物々レンタルじゃなくていい!あと1年間の変化の杖使用延長で、これらのアイテムを全部やるから…な!たのむよぉ~」
老人はリュカにBGSを見せつけ、懸命に頼み込む。

正直、これ以上ないほどの譲歩だろう。
『理力の杖』『消え去りそう』『時の砂』『BGS』…
1年間変化の杖を貸し出すだけで、これら全てを手に入れる事が出来る。
しかしリュカは首を横に振る…
「爺さん…アンタが悪い…僕をこんなに頑なにさせたのは、アンタの所為なんだ。アンタがビアンカの裸を他人に晒さなければ、僕もBGSに飛び付いてた!」





<海上>

数々の貴重アイテムと共に老人を残し、リュカ達は船へと戻ってきた。
「色々と格好良い事言ってたけど、結局父さんは利己的な理由で変化の杖を渡したく無かっただけじゃん!」
鼻を触り、血が止まった事を確認しながらティミーが呟く。

「ティミーさん…男として当然なのでは?」
「ウルフ君…ちょっと君は染まりすぎだぞ!」
「じゃぁ聞きますが、もしあの老人がアルルやリュリュさんの姿で、同じ事をしているのを見たら、ティミーさんは今と同じ心境で居られますか?」
この時ティミーが、どちらの女性で想像したかは分からない…
しかしウルフの言葉を聞き拳を握り締める。

「俺は、マリーの姿で同じ事をしているのを見つけたら、間違いなく殺してますね!リュカさんはよく我慢したと思いますよ」
流石のティミーも反論出来ない…
彼も同じ思いに到達したのだ。



その日の夜…
今度こそ『祠の牢獄』へ向けて出港した船の中。
夕食も済ませ、食堂で雑談に花を咲かせていると、アルルがリュカに近付き話しかけてきた。

「リュカさん…お願いがあります」
「……何?…ティミーじゃ物足りないから、僕に今晩の相手を頼むとか?」
(ビュン!)
凄まじいスピードで、アルルがリュカの頭上に剣を振り下ろす…
しかしリュカは難無く剣を摘み防御する。

「違うに決まってるでしょ!」
「分かってて言ってるんだから、こう言う危ない事はしないでよ!」
背中の鞘に剣を収め、話を再開する。

「その…変化の杖を使わせて下さい…」
「………何に使うの?」
「知りたい事があるんです…今ここで、リュカさんの前で使用しますから…」

「……………まぁ、アルルなら変な事には使わないだろうし…」
そう言うと、懐から変化の杖を取り出しアルルに手渡した。
「ありがとう!」

アルルは変化の杖を受け取ると、マリーの側に近寄り杖を渡す。
「ねぇマリーちゃん…この杖を使ってリュリュさんに変化して見せてよ」
「え!?な、何を急に!?」
食堂にいた皆が驚くアルルの発言!
だがリュカだけは楽しそうに眺めている。

「だって知りたいじゃない!自分の彼氏の初恋の相手が、どんな容姿なのかを…それにきっとティミーはまだ惚れてるし…」
「ア、アルル!僕は「いいの!アナタの所為ではないの…私が覚悟を決めたいだけなんだから!」
慌てて立ち上がり、アルルの元へ近付くティミーを手で制し、再度マリーへ向き直る。
「本当にいいの?きっと後悔するわよ…リュリュお姉ちゃんは、凄く美人なのよ!」
「私は…戦う相手を知っておきたいの!スライムなのか…ベホマスライムなのか…分からないとこっちのスタンスも決まらないでしょ!」
アルルは笑いながらウィンクする…ティミーは幸せ者だ!

「じゃ、使うわよ…アルルさん、諦めないでね!少なくとも、リュリュお姉ちゃんは兄ちゃんに恋愛感情は0だから!」
コクリと力強く頷くアルル。
そしてマリーはリュリュの姿をイメージし、杖を振りかざす…

食堂内に響きが広がる。
誰もがリュリュの姿に驚き唸る。
そしてアルルは………



 
 

 
後書き
さぁ皆さん、ビアンカさんのバニーガール姿をご想像ください。
そして感想ください。 

 

見た目

<海上>

今食堂では、マリーが変化の杖を使いリュリュに変化をした。
食堂内にいた水夫等からは、マリーの姿に響きが沸き起こる。
「す、すげぇ…美人…」
隣にいたウルフは、それが自分の彼女である事も忘れ、見とれ呟く。

「どう?…勝てる?…言っておくけど、魔王より手強いわよリュリュお姉ちゃんは!」
絶句するアルルに、追い打ちをかける様に語るマリー。
「か、勝てないかもしれない…」
今更ながら後悔するアルル…
「アルル!勝ち負けなんて関係ない!…確かに僕はリュリュが好きだ。でも、アルルの方がもっと大好きなんだ!それにリュリュは妹なんだ…どんなに好きになっても、これ以上はどうにもならない…だから…アルルが気にする必要は無いんだよ」

「つまりお兄ちゃんは、ヤれない女よりも、ヤれる可能性のある女に鞍替えしたって事かしら?」
「何でそう言う下品な言い方するんだ!」
マリーの言葉にティミーが怒鳴る。
「だって、お兄ちゃんの父親の娘よ!こうなっちゃうでしょう…」
「はぁ…父親にだけは似てほしく無かったのに…」

珍しく兄妹喧嘩をするティミーとマリー(姿はリュリュ)を余所に、繁繁とリュリュの体を観察するアルル。
「でかい………」
不意にリュリュの胸を鷲掴み、溜息を吐く。

「そうよぉ~!ちょっと歩くだけで、ブルンブルン揺れるのよ!男はみんな、これに釘付け!」
「アルル…そんなに気にする事はないよ。ティミーはアルルにベタ惚れだから!」
絶望するアルルを見かね、リュカが優しく諭す。
「で、でも…コレですよ!コレに惚れてたのに、簡単に私に鞍替え出来るんですか!?」
「一応は僕の娘なんだからさ…コレって言わないでよ………アルル、良く聞いて。この船の船長…モニカの彼氏はカンダタだ。モニカはあの不男に惚れている!僕達大勢の前でプロポーズしたんだから、相当なモノだと思う。でもモニカは、カンダタの見た目に惚れたんじゃ無いと思うよ…もしそうだとしたら、かなり趣味の悪さだね!」
アルルはこの状況を楽しそうに眺めるカンダタを睨み、深く溜息を吐いた。
「で、でも…」

「アルルちゃん…ウルフ君を見てご覧なさい」
ビアンカが義理の娘を諭す為、アルルを優しく抱き寄せ語り出す。
「ウ、ウルフが何ですか?」
「ウルフ君は間違いなくロリコンじゃ無いわ!何故なら私の胸元やスカートの中を意識している事がよくあるから…私の思い違いじゃ無いわよ。私は昔からそう言う目で見られてきたのだから間違いないわ!」
アルルはビアンカに抱き締められ、心地よい温もりに心を落ち着かせる。

「そんなウルフ君が、まだ8歳の少女に恋をした!どう考えても見た目に惚れたワケでは無いでしょう。彼はマリーの内面に惚れ込んだのよ!」
「内面に…」
「そうよ…勿論リュリュの内面も素晴らしい娘だけど、ティミーの心を掴んだのは貴女の内面なのよ…自信を持って!」
「はい…」


ビアンカの言葉に『はい』とは言ったものの、まだ納得はしていない様子のアルル…
「それにアルルちゃん!あまり私の息子を侮辱しないでもらいたいわね!」
「侮辱!?わ、私は別に…」
「貴女は私の息子が、見た目重視で女の子に惚れると思ってるでしょ!…現に、リュリュの姿を見て『勝てない』って言い切ったわ!」
「そ、そんなつもりで言ったのでは…」
「分かってるわよ…アルルちゃんが…いえ、皆さんがティミーの事をどう思っているのかは!」
「「「え!?」」」
ビアンカの台詞に、周囲からも驚きの声が上がる。
驚いてないのは家族だけだ。
「皆さん、こう思ってるのでしょう…極度のシスコンで巨乳フェチ!それが私の息子、ティミーだと!」
本人と家族以外は皆が頷く。

「マリー…」
「は~い」
周囲の驚きを無視して、ビアンカはマリーに声をかける。
するとマリーは変化の杖を掲げ、再度変化した。

目の前に現れたのは、美しいブロンドに青い瞳…どことなくビアンカに似ている美女…それ以上にティミーとそっくりな美女に変化したマリー。
「こ、これがポピーさん…!?」
同姓のアルルが溜息を吐く。

「ポピーもリュリュと同い年の、ティミーの妹よ!でもティミーが大嫌いな女…」
「こ、こんな美女に囲まれて生きてきたのか!?ずりーなぁ…」
ウルフが心のままの感想を述べる…
「全部妹だよ!」

「そ!この娘も妹………シスコン男が放っとくわけないわ!でもティミーはポピーに惚れてない!むしろ………」
「つまり…私が思っていたティミー像は間違っていた…と?」
「そうよ!ティミーがシスコンに見えたのは、初恋がリュリュだから…でも、初恋時には妹だとは知らなかった。それと…優しい子だから、マリーに対して甘く接した所為ね!マリーをリュカ色に染めないようにと努力してたから…」
「手遅れでしたけど…」
ビアンカの言葉に、悔しそうに呟くティミー…

「ふふふ……アルルちゃん、ティミーはね…全くと言って良いほど父親に似てないわ。でもね、たった1つだけそっくりな所があるの…何だと思う?」
「………性別……とか言わないですよね…?」
「それ、面白いわね!面白いけどハズレよ…リュカとそっくりな所は、見た目で人を判断しないとこよ!」
室内の皆が、リュカとティミーを交互に見る…

「つまり私の不安は杞憂って事ですね!?」
「そうだよアルル…僕はアルルが大好きなんだから!」
そう言うとティミーは、アルルを抱き寄せキスをした!
一瞬、ティミーだとは思えないほどの大胆さで!
誰もが変化の杖の行方を目で捜す!
ポピーの姿のままのマリーが、まだ持っている事を周囲に示す為、高らかと掲げた。

「ど、どうやらティミーね…リュカが化けてたワケじゃ無いみたいね…」
ビアンカの言葉を聞き、自分が自分らしくない行動をした事に気付き、赤面するティミー…
確実に彼がティミー本人である事に安堵する周囲。


この日の事で、ティミーの気持ちは確実にアルルへと伝わった…
そして周囲に、ティミーへの誤解も解けたのだ。
変態的なシスコンではなく、天然記念物並みの純情男であると…



 

 

愛の思い出

<オリビアの岬>

アルル一行は、ダーマ神殿の遙か北に流れる、海廊を進みオリビアの岬を通過しようとしている。
「何で此処は『オリビアの岬』って言うの?…どっかで聞いた事ある名前なんだけど?何処で知り合った女性だったかなぁ…『オリビア』って?」
不意にリュカが、誰にともなく呟いた。

「お父さん…忘れちゃったの!?モニカさんと幽霊船のエリックさんの話を!」
マリーは父に、幽霊船で手に入れた『愛の思い出』を見せ思い出させる。
「あぁそうか!幽霊船で聞いた名前だったか!…何処でナンパした女性だったか考えちゃったよぉ!」
「何で女性の事を思い出すのに、ナンパの記憶を手繰るんですか!?」
ティミーが呆れ顔でツッコミを入れる。
「流石リュカさん!常人とは思考回路が違いますね!」
「いや~…そんなに褒めるなよ!」
義息の嫌味も軽く躱し、彼を中心にヌルい空気が蔓延する。


しかし異変は突如訪れる!
『オリビアの岬』を通り抜ける直前、何処からともなく悲しげな歌が聞こえ、急に海流が乱れ出す!
そして乱れた海流は、アルル達の船を進行方向逆へと押し戻す!
突然後退を始めた船上では、皆がバランスを崩し前のめりに倒れ込む。
高所で作業をしていた者などは、勢い良く落下し大怪我を負ってしまう!


船はオリビアの岬進入直前まで戻されて止まった…
「な、何なんだ!?…今の現象は何なんだよ!!」
転倒時に頭を強打したらしく、血を流しながらカンダタは吠える。
周囲を見渡し、誰かに答えを求めている。
だが誰も答えない…答えなど分からないから…

そして気付くと視線はリュカに…
彼なら何かしら解決策を見いだすと思っているのだ。
そのリュカは、船が逆送した時にバランスを崩したビアンカを抱き抱え守り、そして今は怪我がないかを確認している。

「な、なぁ、旦那…今の何なんだ!?何であんな事になるんだ?」
リュカはビアンカの身体の隅々を見て、怪我がない事を確認すると、念のためベホマを唱えると言い放つ。
「知らん!」
そして次にマリー・アルル・ティミー・ウルフ・ハツキと、各々にベホマを唱えて回る。

「モ、モニカ…お前は何か知ってるか?」
リュカに冷たくあしらわれ、仕方なくモニカへと縋るカンダタ…
「さ、さぁ…ただ、もしかすると以前話した幽霊船の…関連かも…」
モニカは確たる自信が無い為、言葉を濁しながら話す。
それは以前話した、幽霊船に纏わるエリックとオリビアの、悲運の物語の事だ。

「此処は…オリビアの岬って名前だろ…オリビアは此処で自殺をしたのかも…」
「その通りですわモニカさん!此処は間違いなくオリビアさんが自殺した場所です!だからその呪いで先程の様な現象が起こったのですわ!」
急に大声で喋るマリーに、皆が驚き注目する。

「何でオリビアは僕等に呪いをかけるんだ?関係ねぇーだろ!」
リュカはビアンカが怪我をしそうだったので、結構ご立腹の様子。
「いえいえ…私達に呪いをかけたのではなく、この海域を通る船に対し呪いをかけてるんですよ」
「何で!?」
「愛した男性を、船の事故で喪った悲しみから、船全てを呪っているのでしょう…」
マリーは自分の胸の前で両手を握り締め、切なそうに語り溜息を吐く。

「八つ当たりじゃねぇーか!イタい女だな!」
「お、お父さん………」
ガックリ項垂れるマリー。
やはり敵わない様だ…


「しかしコレじゃ先に進めないぞ!この先に『祠の牢獄』があるというのに…」
「モニカさん!その点は大丈夫です…ですから、もう1度船をオリビアの岬へ進めて下さい!」
マリーは幽霊船で手に入れたペンダント…『愛の思い出』を握り締めながら、モニカ船長に前進を促す。
モニカはマリーの自信に満ちた表情を信じ、再度船をオリビアの岬へと進めた。

船は進み、オリビアの岬を抜ける直前、またも悲しげな歌が聞こえ、海流に乱れが生じる。
船上の誰もが、船の急な後退に身構えるが…
「オリビアさ~ん!エリックさんからの愛のメッセージを届けに来ました!この『愛の思い出』を受け取って下さい!!」
マリーは『愛の思い出を』天高く掲げ、オリビアに語りかけている!

すると、周囲に響いていた悲しげな歌が止み、マリーの前に男と女の幽霊らしき人物が現れ見つめ合っている。
『ああ、エリック!私の愛しき人…貴方をずっと待ってたわ…』
『オリビア…僕のオリビア!もう君を離さない!』
『エリック!』『オリビア!』
エリックとオリビアは抱き合い、そして消えていった…


我に返ると、辺りは静けさを取り戻しており、船はオリビアの岬を通過していた…
「よ、良かったですね…愛し合う2人が一緒になれて…」
皆が呆然とする中、マリーは何とか先程の事をキレイに纏める。

「勝手だなぁ…散々迷惑かけておいて、詫びの一言もなく消えていったよアイツ等!」
「父さん…幽霊相手に無茶言わないで下さいよ…」
まだ惚けている面々の中で、この親子だけが事態の評価を下していた。
「ま、まぁ…これで先に進めるわけだし…良いじゃないですか!?」
パーティーリーダがその場を纏め、次なるステップへの移行を促した。
そして船は祠の牢獄周辺を航行する。


「それにしても…」
不意にティミーがマリーに向けて疑問を問う。
「何でマリーは、この『オリビアの岬』に呪いが掛かっている事を知ってたんだ?そうじゃなきゃ『愛の思い出』を探しに、ワザワザ幽霊船まで行かなかっただろう!何故だい?」
ティミーとしては至極当然な疑問である。
別に妹の事を勘ぐるつもりは微塵もない。
しかしマリーにしてみれば、自分が転生者である事の説明や、此処が本来物語の世界である事の説明をするのは避けたい所…
誰もが、自分たちは物語の住人であると言われれば、良い気分では無いはずだ!

「え…え~とですねぇ…コレはですねぇ…その~…」
堪らずリュカに目で助けを求めた。
「はぁ…ヤレヤレだな…」
リュカの溜息混じりの言葉に、思わず反応したのはティミー…
「何ですか!?何なんですか、その呆れる様な溜息は!?」

「ティミー、よく聞け!情報というのは、何気ない雑談の中にも含まれているんだ!マリーは数々の情報を選別し、今回の事件解決の結論に至ったんだ!」
「ど、どんな情報があったと言うんですか!?」
年端もない妹が手に入れる事が出来た情報を、自分は手に入れられなかったと言われた気がして、ついムキになってしまっている。

「以前、モニカが幽霊船の逸話を話してくれたろ…そこには『エリック』と『オリビア』の名前も出てきたはずだ。そして地図を見れば、『オリビアの岬』と記載があり、幽霊船では、現世に名残を残して彷徨うエリックの幽霊が…後はちょっと推理すれば、自ずと答えが導き出せる!」
リュカの言葉に周囲からは感嘆の溜息が聞こえてくる。

「し、しかし…マリーは、モニカさんから幽霊船の逸話を聞く前から、幽霊船探しを望んでましたよ!矛盾しませんか?」
「その考え方は愚かだ!最初は単なる偶然だっただけだろう…ただ幽霊船を見てみたいだけだったのが、何時しか重要な手懸かりになっていただけだよ…だからこそ、幽霊船探しの重要性を、みんなに詳しく説明出来なかったんだ。後から重要性を説いても、ただの興味本位に正当性を持たせているようにしか見えないからね」
誰もが言葉を失った…
リュカの説明により、マリーの知能の高さが露わになった。
皆が呆然とマリーを見つめる…
マリーは、ただぼけっと父親を見つめる事しか出来なかった。



 
 

 
後書き
やっと100話まで更新できました。
そんなワケ(どんなワケ?)で、次話はリュリュちゃん登場!
勿論ポピー様も♥ 

 

別世界より⑤

<グランバニア>

リュカ国王陛下が本に吸い込まれてから早1年…
現在グランバニアでは、娘の1人…リュリュが代理女王を務め国政を安定させている。
更にはラインハットへ嫁いだ娘のポピーが、臨時宰相としてリュリュとコンビで国家を壟断している状況だ!
そんな2人の前に、本日も貴族の面々が、不平を抱えて謁見に訪れている。


「女王陛下におきましては、本日もご機嫌麗しゅう…日々お美しくなっております様で、私共も我が事の様に嬉しく存じます!」
「あ、ありがとうございます…」
「いえいえ、礼など…私めは本心「うっさいわね!早く本題に入りなさいよバカ!」
貴族のゴマスリを一刀両断に断ち切るポピー…10人程集まっている貴族達に、一斉に睨まれている。
尤も本人は全く気にしてないが。
「し、失礼しました…」
畏まり頭を垂れながらも、口の中では悪態を吐く貴族達…

今、謁見の間には貴族以外にも多くの人物が存在する…
貴族達の正面…玉座にちょこんと座っているのが、父リュカの代わりに女王の大役をこなしているリュリュ。
そしてリュリュから見て、左側1歩後方にアクデンが鬼の形相で立ち、右側1歩後方にバトラーが周囲を隈無く睨み付ける…
更にアクデンの左には、国務大臣のオジロンと軍のトップ…軍務大臣のピピンが佇んでいる。
玉座の直ぐ右には、臨時宰相のポピーが居り、その右には彼女の警護役のプックルが貴族達に向け、牙をむいて睨んでいる。
彼等モンスターズが威嚇し続けてるのはワザとで、案の定臨時宰相様の指示なのだ!
これにより、思慮の足りない者達が、彼女等(主にリュリュ)に不埒な振る舞いをする事のない様に牽制しているのだ。

「それで…本日はどの様な事で謁見を?」
リュリュがポピーとは正反対の、女神の様な優しさで話しかけると…
「は、はい!実は…先日、急遽通達があった、我々貴族に対する大幅な増税の事で、意見具申を致したく、陛下のお時間を頂戴したのであります」
「お、大幅な増税…?」
貴族達の『増税』の言葉を聞き、驚きポピーを見つめるリュリュ。

「左様でございます陛下!…いくら陛下のお達しでも、何ら理由のない増税はご無体すぎます!何卒、ご再考をお願い致します」
「ポピーちゃんがやったの…増税を…」
「そうよ…」
不意にリュリュがポピーを詰問する…そしてあっさりと認めるポピー。
貴族達は唖然と見つめている。

「どうしてそんな事を!?」
「だって…欲しい洋服が沢山あるんだもん!」
ポピーは天使の様な微笑みで、悪びれもせず答える。
「そ、そんな理由で増税しないでよ!国家を私物化しちゃダメなんだからね!」
「何よ!そいつ等だって、自分たちの贅沢の為に、領民から重税を強いてるじゃない!同じ事をしたまでよ…」

「こ、根拠のない誹謗は止めて頂きたい!」
ポピーの言葉に皆が唖然とする中、1人の貴族が声を荒げて反論した。
「はん!根拠がないぃ~?…根拠なら此処にあるわよ!(バシン!)」
ポピーは自身の隣に置いてあるテーブルから、1冊のファイルを左手に取り、右手で叩きながら言い切った。

「私が何も調べないで居ると思ったワケ?あま~い!アンタ等の身勝手な行いなど、ちょっと調べれば直ぐ見つかる物なのよ!」
テーブルの上には、他にもファイルが何冊も…
声を荒げた貴族以外も、徐に動揺している。
「このファイルが領民達の手に渡れば、次の日には武器を片手に屋敷へ雪崩れ込んで来るんじゃない?うふふふふ…楽しみだわぁ~」
ポピーの無邪気な微笑みに、貴族の誰もが恐怖する!

「た、確かに…少しばかり贅沢な暮らしをしてましたが…こ、これからは違いますぞ!我ら貴族は、領民達の為を思い、質素倹約…無駄を省いた暮らしを志すつもりなのです!で、ですから陛下…何卒…此度の増税は…ご再考の程を…何卒!!」
集まった貴族全員が、床に平伏しリュリュに増税中止を懇願する。
「ポピーちゃん…皆さんもこう言ってますし…これから良い子になると言ってますから…増税は止めにしてあげよ…ね?」

可愛い口調で優しくポピーを見つめるリュリュと、厳しい瞳で貴族達を睨み続けるポピー…
そして、暫くの沈黙の末ポピーが発した言葉は…
「はぁ………仕方ないか…陛下がそう言うのなら…今回は見送ります…」
安堵の表情で顔を上げる貴族達…
中には泣きながらリュリュに感謝の言葉を述べる者も…

「良かったですね皆さん。…でも、これからは領民の方達を苦しめてはダメですよ!」
リュリュが悪戯っ子を叱る様な口調で、貴族等にダメ出しをする。
今の貴族等には効果は十分だった。
悪魔の様な宰相から、自分たちを救ってくれた女王陛下に、感謝の心と絶対的な忠誠心が植え付けられる。




全ての謁見も終わり、オジロンがポピーに近付き要求する。
「ポピー…そのファイルを見せてもらえるか?」
「勝手にどうぞ…」
ポピー横のテーブル上のファイルを手に取り、中を確認するオジロン…

「これは酷い…」
「オジロンどの…一体何が書かれているのですか?」
ピピンも近付き、ファイルを見て唸るオジロンに質問する。
「これを見れば分かる…このファイル、何も書かれてはおらん!とんだハッタリだ!」
「何と悪辣な…」
「陛下はご存じだったのですか?」
オジロンが玉座にちょこんと座り、紅茶を啜るリュリュに質問する。

「いいえ、ファイルの事は知りませんでした。でも流石ポピーちゃんですよね…細かい小道具で貴族さん達を苦しめるのですから」
「つまり…増税の事は知っていたと…?」

「………えぇ、まぁ………その事で、近日中に貴族さん等が押しかけてくるって…」
リュリュは申し訳なさそうに俯き、言葉尻を濁して行く…
「ポピー…最初から増税するつもりは無かったのだな?」
「当たり前でしょ!増税する根拠が無いし、連中の横暴も分かっているけど立証出来ないし…でも、どうせ碌な事してないから、罠にかけるには十分だったでしょ♥」
天使の様な微笑みをオジロン達に振りまくポピー。
見た目と違って腹黒い…


「でも…お父さんって凄いわね!毎日こんな事をしてるのでしょう?」
「リュリュ違うわよ…お父さんは、今のリュリュと私…それと護衛モンスター達の仕事を、纏めて1人で行っているのよ!本当に凄いんだから!」
リュカの娘2人は、些か興奮気味に父の事を話し合う。
「うん!本当に凄いわぁ…でもね、だとすると不安が1つあるんだけど…」
「………あるわねぇ………」
リュリュとポピーが溜息混じりで呟いた。

「ふ、不安とは何だ!?」
「あのねオジロン様…お父さんがやっている王様の仕事って、凄く大変なの。正直言ってティミー君に出来るのかな…って」
室内に沈黙が流れる…
リュカの唯一の息子…ただ1人の跡取り…それがティミーだ。

今は考えても仕方ない。
話題を出したリュリュも、質問したオジロンも、その答えを探る事に恐怖を憶え沈黙する。
今は目の前にある危機を乗り越えなくてはならない。
未来の事は後で考えるのだ!



 

 

ネクロゴンド

<ネクロゴンドの洞窟>

今アルル達は、ネクロゴンドの洞窟を突き進んでいる。
この洞窟に辿り着くまでには色々な事があった…

祠の牢獄では急に現れたサイモンの霊に、ビアンカが驚きリュカに抱き付くと、ムラムラしたリュカがその場でビアンカを押し倒し、一同に突っ込まれたり…(突っ込みはサイモンも含む)

何とか無事 (?)に『ガイアの剣』を手に入れたので、ネクロゴンドを目指す事となり、アッサラームへのルーラをリュカに頼んだら…
『そうやって手を抜くのは良くない!時間をかける事で、人は強くなるのだよ』と、ルーラを拒否!
祠の牢獄からアッサラームまで、船で移動すると数ヶ月はかかる!
流石に金銭的に無駄すぎて一同に一斉に突っ込まれるリュカ!(突っ込みはサイモンは含まず)
小一時間の問答の末、ビアンカの色仕掛けで説得し、どうにかアッサラームまではルーラで移動する事に…

アッサラームに着いた時には、辺りは既に夕刻だった為、ネクロゴンドへの出立は翌早朝という事となる。
急遽出来た自由時間を満喫すべく、リュカを筆頭に男性陣がティミーを拉致り、パフパフ屋へ向かう事に…
しかしながらミニモンがチクった為、パフパフ屋の前で女性陣に捕まり説教を受けている男性陣!
その際リュカの『アルルじゃ出来ないから、ティミーに経験させたかったんだ!』と言う台詞に、アルルが大激怒!!
それを切っ掛けにギガデインを唱える事が出来る様になる。
思いがけず新たな魔法を憶える事が出来たのだが、男性陣(主にリュカ)への説教で、有耶無耶な感じになってしまった。

そして、その混乱に乗じたミニモンが、変化の杖を盗み逃亡を図る!
リュカ達は慌てて(ミニモン)の後を追い、1軒の民家へと…
その民家の奥では小さく蹲るミニモンが、リュカ達を見るや『ニャー』と猫の真似をする。
『お前…何やってんの?』
と、リュカの問いにミニモンは…
『?………げ!化け損ねた!!』
と………
そして後頭部に拳骨が落ちる。


数々の苦労 (?)を乗り越え、辿り着いたネクロゴンドの洞窟は、凶暴凶悪なモンスターで溢れていた。
アルルの前には大型モンスター『トロル』が立ちはだかり、亀の様な『ガメゴンロード』と言うモンスターがウルフとマリーを苦しめる。
6本の腕を持つガイコツモンスター『地獄の騎士』がハツキとカンダタを襲い、雲状のモンスター『フロストギズモ』が後方からヒャダルコで皆を苦しめる。

地獄の騎士が6本の腕を巧みに使い攻撃してくる為、ハツキは決定打を打てずにいると、地獄の騎士が焼け付く息を吐き、カンダタの身体が麻痺してしまう。
直ぐさまハツキがキアリクで回復させるが、魔法で出来た隙が大きすぎで痛手を負ってしまう。

ガメゴンロードの甲羅は堅く、ウルフの剣技では歯が立たず、マリーと共に魔法戦に持ち込もうとしたが、ガメゴンロードはマホカンタを唱え肉弾戦を仕掛けるしか方法が無くなってしまう。

トロルは怪力ではあるが素早さが無く、アルルはフットワークを駆使して切り続けて行く。
しかし並はずれた体力の為に、一向に事態の進展を図れない。
憶え立てのギガデインで事態を収拾したいが、如何せん消費魔法力が桁外れで、体力が完全な時に1回唱えられるのみ…
まだアルルの方が、そこまで強さに追いついていない状況だ。

何より厳しいのが、後方からのヒャダルコだ!
大ダメージにはならないのだが、痛みと凍り付く影響で動きに支障が出る事だ。
随時マリーがグランバニアから持ち出した賢者の石で、全員を回復しているのだが、全てにおいて決定打を与えられないのだ。


「であー!」
後方でアルル達の戦いを観戦していたティミーが、堪らずに参戦する。
一撃でガメゴンロードを倒すと、返す剣でトロルを葬り、ギガデインで地獄の騎士とフロストギズモを消滅させた。

「うわー…流石は天空の勇者様…つえ~…」
ティミーの奮戦を見て、リュカが感情の篭もらない口調で言い放つ。
「分かってます!コレではアルル達の為にならないと言うのでしょう!しかし此処のモンスターは強すぎるんです!今のアルル達には荷が重すぎる…」
ティミーは叫ぶ…リュカにアルル達の状況を見せながら。
アルル達は肩で息をし、喋る事も出来ないでいる。

「うん…そうだねぇ…今のアルル達には、此処のモンスターは強すぎるよね。…あと数ヶ月は時間をかけて、特訓をすれば良かったね」
優しい口調で言うリュカの『数ヶ月』…
ルーラを使わずに、船で時間をかけて移動すれば、組み手等の訓練もモンスターとの実戦訓練も、十分に行う事が出来たのだ…
しかし先を急ぐあまりに、リュカに無理を言いその時間を省いてしまった!

一同の心に、リュカの言う事を聞かなかった事への後悔が渦巻き出す…
(ドン!)
「ティミー…よ、余計な事を…しないで…よ…あ、あんな敵…私…たち…だけで…大丈夫なのに…」
不意にティミーの胸を押し憤慨するアルル…
リュカへのルーラ使用を特に要望していたティミーを庇うべく、息も整わないのに強がりを言う健気さを見せる。


小一時間その場で休憩をし、アルル達は再度洞窟の奥へと進み出す…
程なく、先程と同じモンスターが目の前に現れ、アルル達に襲いかかってきた!
慌てて身構えるアルル達…
するとティミーが大声で指示を出し始める。
「ハツキさんはトロルの相手を、カンダタさんはガメゴンロードを牽制して、アルルとウルフ君は地獄の騎士を全力で倒して!マリーは後方から魔法で援護…ガメゴンロード以外に、メラを唱え続ける様に!」

いきなりの事であったが、瞬時にティミーの指示に従うアルル達。
言われた通りマリーは後方からメラを連発…
一番最初にフロストギズモを消滅させる事が出来、戦闘が有利な展開に!
ハツキは素早さと腕力を駆使し、トロルを翻弄する事に専念…確実にトロルの体力を奪って行く!
カンダタはガメゴンロードと対峙し、倒すのではなく他の仲間を攻撃できないように釘付けにする。
そしてアルルとウルフが、地獄の騎士の6本の腕を剣で押さえ付けている間に、ライデインとベギラゴンでとどめを刺す!
目標が消滅したアルルとウルフは、直ぐさまトロルへと攻撃対象を移し、ハツキと連携してトロルを駆逐する。
残るはガメゴンロードのみ…
マホカンタを唱えてあるとは言え、アルル達の総攻撃に耐えられるはずもなく、間髪を入れずに葬り去られた。


「どうですか父さん!アルル達は十分強いんですよ!敵の特性を把握して、それにあった戦い方をすれば、十分やっていけます!」
今回の勝利は、戦い方を指示したティミーの功績だろう。
一度の戦闘で、敵の特性を瞬時に把握し、即座に対応する事の出来たティミーの手柄なのだ。
本来ならば、それらを含めて全てアルル達が行わなければならないのだが、ティミーが皆を守ろうとする気持ちを理解し…また、息子の成長が素直に嬉しくて、リュカは何も言えなかった…
ただ息子を抱き締め、頭を撫でる事しか出来なかった…



 

 

稲妻

<ネクロゴンドの洞窟>

アルル達は目の前の敵を倒しつつ、洞窟内を進んで行く。
初めのうちはティミーの指示で戦闘を行っていたが、次第にコツを掴み、アルルが率先して指示を出す様になる。

「どうですか父さん!…アルル達は十分に強いですよ。戦い慣れた弱い敵とばかり戦うのも良いですが、新たな敵と戦い成長を促す事も必要です!」
リュカのルーラ使用が…使用させた事が、間違いでない事を強調するティミー。
そんなティミーとアルルを見ながらリュカが言う。
「良い彼女を捕まえたな…」
ティミーは誇らしげにアルルの肩を抱き寄せる。
ラブラブである。

だが、この後に呟いたリュカの言葉は聞こえなかった様だ…
「絶対、どっかのバカ女に騙されると思ってたのになぁ…」
マリーも父の言葉に大きく頷く。


暫く進むと、通路上に宝箱が1つ…
勿論スルーするつもりの一行なのだが、マリーが小声でリュカに懇願する。
「お父さん…この洞窟に、結構強力な剣があるんですよ。宝箱を開けたいのですが…許可してもらえます?」

「…またモンスターかもしれないだろ!サマンオサで懲りなかったの?」
リュカも小声で答え返す。
「その件につきましては十分に反省してます!ですが、この洞窟の宝箱にはトラップはありません!100%安全に、強力な武器を入手出来るんですよ」
「それはゲーム内での事だろ…此処でも同じとは限らないだろ…」
「いいえ!基本設定に違いはありません!この洞窟内では宝箱は安全です!お父さんは、冒険者としてスペシャリストかもしれませんが、DQ3の知識で私はスペシャリストです!」
リュカ相手に強気で責めるマリー…相当自信がある様子。


リュカは立ち止まり、宝箱を見ながら考える。
アルル達もリュカにつられて立ち止まり、リュカを見つめている。
「………よし!おいカンダタ…ちょっとその宝箱を開けてみろ!」
1人黙り、考え抜いた末に出した結論…
カンダタに開けさせ、自分たちは少し後ろに下がっちゃう!と言う事…
「はぁ!?何で俺なんだよ!モンスターかもしれないだろ!!」
「うん。だからさ…危ないだろ!」
「俺ならいいのかよ!」
「うん」
「「酷い」」
勇者カップルが呟いた。

「父さん…いくら何でも酷すぎですよ!カンダタさんだって、僕等の大切な仲間ですよ!…それに、急にどうしたんですか?普段なら宝箱は危険だから開けるなって言うのに!」
「だって…あの宝箱に、凄そうな物が入ってる気がするんだもん!…そんな匂いがする」
「匂いって…そう言う不確かな情報で、危険な事をさせるのはどうかと思いますが!」
「大丈夫…多分危険じゃない!僕を信じろ…な、カンダタ!」
無責任極まりない口調で言い、カンダタを宝箱の前まで押しやるリュカ。

「父さん!いい加減に「分かりました…私が開けます!」
リュカの根拠薄弱な自信に文句を言うティミーの言葉を遮り、アルルが自ら名乗りを上げた!
「え!?き、危険だよアルル!匂いがするとか、そう言うレベルなんだよ!」
「大丈夫よティミー…リュカさんが開けろと言うからには、危険では無いのよ。そして中身も凄い物なのよ…きっと」
アルルの決意を聞き、彼女を抱き寄せ必死に説得を試みるティミー。
だがアルルは両手で優しくティミーの顔に触れ、危険がないと説明する。

「うん。パパを信じるいい義娘(むすめ)だ!」
リュカの軽い口調の一言に、ギロリと睨むティミー…
「だったら…僕が開けるよ!アルルを危険に晒すわけにはいかないよ!」
「そ、そんな…ダメよ!この世界を救うのは私の役目…その為に成すべき事は私がやるの!それが勇者アルルよ!」
「そんなの関係ない!僕には君を守る事が役目だ。その為にはやるべき事をやる!」
若い二人は抱き合い見つめ合う。

「…それじゃぁ、一緒に開けましょうティミー」
「…うん、そうだね。それだったら、モンスターが出てきても怖くない!」
最早、2人だけの世界に浸ってる。


「…何だかイライラする空気が漂ってきますわ!1発ぶん殴っちゃって下さいお父さん!」
「まぁまぁ…良いじゃないか、このくらい。宝箱1つでイチャイチャ出来るなんて、凄い事だよ!もっと見ていようよ」
リュカとマリーがニヤニヤしながら囃し立てる。
「う、うるさいわね!今、開けるわよ…私達の事は放っておいてよ!」
顔を真っ赤にしたアルルが宝箱へと歩いて行く…ティミーとしっかり手を繋ぎ。

ティミーとアルルは、モンスターの出現に身構えながら宝箱をゆっくり開ける。
すると中には1振りの剣が入っていた。
その剣を取り出し、構えるアルル…
「まぁ!?その剣は『稲妻の剣』ですわ!ダーマに居た時に、旅の人から教えて頂きましたわ!」

「へー…強そうな剣だねぇ………よし!それはアルルが使うんだ!そんで、アルルが使ってた『草薙の剣』はウルフが使え!」
アルルが持つ剣を見たマリーが、取って付けた様な説明をし、それを聞いたリュカが、強制的に装備者を決めてしまう。
「ちょっとリュカさん…俺は良いですけど、そんだけゴツイ剣なんですから、戦士のカンダタが装備した方が良くないですか?」
「うん。そうだねウルフ…その方が効率的に見えるよね!」
「じゃぁ…」

「でも、その剣は格好良すぎる!カンダタには似合わないよ…それに宝箱を開けたのはアルルだからね。アルルが装備するのが自然だ!」
ザ・リュカ理論!
一方的かつ理不尽!
「何て酷い理由…では、リュカさんの指示通りカンダタが宝箱を開けていたら!?」
「その時はカンダタが装備すれば良いんだよ…でも、カンダタは開けなかった!ビビって開けられなかったんだ!格好悪~い!…そんな奴に、そんな格好いい剣は似合わない!お前には、その『バトルアックス』が似合ってる」
「そ、そんな一方的な!」
「いやアルル…良いんだ。旦那の言う事は事実だ!俺はビビって開けられなかった…その剣は勇者のアルルに似合ってると思うぜ!」

「カンダタ…」
「それに俺は剣を振り回すのは似合わない…斧をぶん回してる方がお似合いさ!」
「じゃぁ…斧系の強力な武器を見つけたら…」
「あぁ、そん時は誰にも譲らねぇ!例えビビって宝箱を開けられなくてもな!」
「ふふふ…分かったわ、その時はカンダタに譲ります」
アルルとカンダタが互いに笑い合う。

そんな2人を見ながらリュカが言う。
「ほら、丸く収まったよ」
だが、この台詞にティミーが凄い形相で睨み付けている。
「どうしようマリーさん…僕、息子に睨まれてますよぉ!」
「大丈夫よお父さん。娘は全員がお父さんの味方ですから!」
何時まで経っても、息子から絶対的な尊敬を得られないリュカだった。



 

 

習得

<ネクロゴンド>

アルル達は4日間を費やし、強敵蔓延るネクロゴンドの洞窟を抜ける事が出来た。
洞窟を出た目の前には、途轍もなく大きな湖が広がり、その遙か中央に禍々しい妖気を発し佇む城が微かに見える。
「あれがバラモス城………まだ距離があるのに、凄い威圧感ね…」
アルルがバラモス城を見つめ、震えながら呟く。
「大丈夫…君なら勝てる、絶対に!だから今は、シルバーオーブの事を考えよう」
震える彼女の肩を優しく抱き寄せ、力強く鼓舞するティミー。

またしても自分らしくない事をしてしまったと思い、チラリとリュカ等の方を見ると…
リュカ・ビアンカ・マリーがビシッとサムズアップで褒め称えている。
ティミーは頬を染め、思わず顔を背けたが、後ろ手でサムズアップし返す成長を見せた。



アルル達はネクロゴンドの祠に入り、シルバーオーブを探し出す。
程なく、1人の神官の霊が現れ、アルル達にシルバーオーブを手渡すと、彼は天へと成仏していった。

そして祠を出て、ウルフがリュカに提案する。
「リュカさん。ちょっとルーラを使うのは待ってくれますか?」
「何で?もう一回洞窟を逆送するの?僕は別に構わないけど…みんなは大丈夫?」
当初の計画で、帰りはアッサラームまでルーラを使用する事になっていた。
その為、船もアッサラームで待機する様に指示してあり、わざわざネクロゴンドの洞窟を逆に抜ける意味は無い!

「違うよ!俺さ、今ルーラの勉強をしてるんだ!だから1度試してみたくって…」
「ほう!ウルフもルーラを使える様になったか…便利だよねルーラって!」
「いや、まだだから!勉強してきたので試したいって言ってるじゃんか!」
まだルーラが成功した事のないウルフは、リュカの決めつけに些か苛つき反発する。
「大丈夫だよウルフなら!バビュ~ンとルーラを使えるよ」
「そうよ!ウルフならルーラぐらい簡単に唱えられるわ!」
リュカはウルフの才能を信じ切り、マリーは抱き付き激励する。
ウルフは2人の信頼に赤面しつつも、アッサラームへのイメージを目を瞑り思い描く。



<アッサラーム>

「ルーラ!」
そしてウルフはルーラを唱え、そっと瞳を開く…
するとそこにはアッサラームの町が!
「や、やった!成功した!やりましたよリュカさ…ん?」
ウルフは嬉しさを身体で表し、振り向いてリュカに報告しようとしたのだが…
そこに居たのはウルフに抱き付いているマリーのみ。
どうやらウルフの魔法力では、自身ともう1人だけが移動出来るのが限界の様だ。

その後、少しの時間をおいてリュカ等も一斉にルーラで出現する。
「お前…マリーと2人きりでイチャ付きたい為だけにルーラを習得したんじゃね?」
合流早々、リュカが呆れきった口調でウルフに話しかける。
「え!?………えぇ、まぁ…それ以外に用途はありませんから(笑)」
「だよねー!僕もコレのお陰で、遠く離れた愛人の元へと楽に行ける!(笑)」
愛妻の前で言う様な台詞では無いのだが、爆笑しながら答えるリュカ…
自ら冗談めかしたウルフも、まだまだ敵わない様だ。

「彼女と2人きりになる為の魔法が…いいなぁ…僕もルーラを憶えたいのですが!?」
しかし一同を驚かせたのは、真面目っ子ティミーの発言だ!
「え!?…本気で仰ってますティミー君?」
流石のリュカも、鳩が豆鉄砲喰らった顔して驚いている。

「今の環境は僕にとって難易度が高いんです。あなた達の様なデリカシーの欠片もない人達と常に行動を共にしていると、恥ずかしがり屋の僕はアルルとの親密度を上げる事が出来ない!…そこら辺を解ってもらいたいですねぇ…」
一応リュカは、自分の腰に差してある変化の杖を確認する…勿論ある!
するとティミーの隣にいたアルルが、クスクスと腹を抱えて笑い出した。
何処までが本気で、何処からが冗談か…
父親似にて分かりづらい事を言う様になった。



さて、アッサラームの町へ入り、一行は宿屋へと…
先に船と共に戻っていたモニカ等と合流すると、近くの食堂で夕食をする事に…

「しかし真面目な話しティミー…お前がルーラを憶えるには、かなりの苦労が必要になるぞ!僕等の住んでいる世界では、ルーラは失われた魔法だ…先ずは魔法特性を付けないと、ルーラを理解しても使用出来ない!僕等の世界で生まれつきルーラの魔法特性を持っていたのは、ポピーだけなんだ…ズルイよね」
「まぁポピーは性格はアレですけど、魔法の才能は素晴らしいですからね…性格は最悪なアレですけど!」
ティミーがくどい程『アレ』と言う言葉を強調して話す。
ビアンカとマリーは、思わず笑い食事を吹き出してしまう。
「「汚いな…2人とも」」
珍しくハモるリュカとティミー。


「では、父さんはどうやって魔法特性を得たのですか?…そう言えばリュリュも、ルーラを憶える事が出来たそうですよ」
「本当に!?…そうかぁ…ベネット爺さんの所へ行ったのか…可哀想に」
リュカが今は遠くの娘を思い、哀れそうに呟いた。

「確か…ルラフェン…ですよね!ベネットさんが居るのは。…一体そこで何をするんですか?リュリュも喋りたく無かったようですし…まさか変な事をされたのでは…?」
ティミーは最愛の妹 (?)を思い、些かの怒りを滲み出させる。
「変な事は無い!そんな変な事する奴の所に、大切な娘を行かせたいするものか!そんな事する奴なら、とっくの昔に僕がぶっ殺してる!」

「じゃぁ、何されるんですの!?私もルーラを憶えたいので、是非とも教えて欲しいですわ」
勿体ぶるリュカに、痺れを切らしたマリーが催促する。
「うん…リュリュの料理を食べた事あるよね…?」
「「はい」」
「僕はアレを食べきる事が出来る…まぁ、不味いけど泡ふいて倒れる程じゃない…僕にとってはね」

「アレを食べきれるお父さんは、凄いと言うより何処かがおかしいですわ!」
「あははははは…でもね、ルーラの特性を得る為に飲む薬は、僕ですら気絶する不味さなんだよ!…それでも耐えられるかい?」
「「……………」」
リュリュのクッキーを食した事のある2人は、それ以上のダークマターの存在に沈黙してしまう。

「わ、私はムリですぅ…アレですらムリですから!」
主語を発しない彼女の台詞に、他の者も大凡感じ取る事が出来る。
「ティミーはどうだい?」

「………あれ以上ですか…正直考えちゃいますね…」
「まぁ、お前にはもう関係かもしれないが、ルーラの薬を飲んだ事があれば、リュリュの料理は苦痛じゃ無くなる。…勿論、不味い事に代わりはないが…」
「なるほど…それであのクッキーを平らげる事が出来たのですね…」
話題が話題なだけに、皆の食が滞る…
リュカだけが、気にすることなく食事をお代わりする…
皆、リュカの胃袋が羨ましくなる時があるのだ。



 

 

誰の為の試練?

<ランシール>

一時の休養を終え、アッサラームを出港したアルル一行は進路を南へ取り、アリアハン大陸より西の海域にあるランシールへと向かう。
アリアハン大陸の1/3ほどしかない面積の島…
島の中央にある『地球のへそ』と呼ばれる洞窟を囲うように絶壁が切り立っており、その東側に位置するランシールの町を抜けなければ、中に進入する事は出来ない変わった地形になっている。
そして此処では特殊な試練が待ち受けており、それに挑戦する事でブルーオーブを入手する事が出来ると言うのが、カンダタとモニカの情報である。


「此処で試練を受けるのかぁ………」
町の裏という表現が当て嵌まる場所に、一際威圧感を醸しだし佇む大きな神殿…
その神殿を外から眺め、リュカがウンザリした声で呟いた。
「やだなぁ…僕、試練とか試験とかテストとかって嫌いなんだよねぇ…」
「………だからって、此処で眺めていても意味ないでしょ!ホラ…入りますよリュカさん!」
渋るリュカの手を引き、アルルが最後の鍵で入口を開け進んで行く。


神殿内は何ら仕切もなく広大で、奥に扉が1つあるだけ…
その扉の前で1人の神官がアルル達を待っており、近付くや話しかけてきた。
「よくぞ参られた旅の方。此処は勇者の持つ勇気を試す試練の場…この扉を抜け『地球のへそ』と呼ばれる洞窟に1人で赴き、真の勇者として勇気を証明してもらいたい」
「え、1人で!?…な、何故1人で行かなければならないのですか!?」
試練の内容に驚き、思わず強い口調で神官に質問するティミー!

「先程も言いましたが、勇気を試す試練です。1人でやりぬける勇気があるかを、神は見定めたいのです」
「うわぁ!出たよ…『神様が言うから1人で行け』ってか!」
神官の言葉を聞き、リュカがあからさまに悪意と軽蔑を込めた口調で言い放つ。

「………何と言われようと、神が決めた試練です!1人で行く勇気のない者に、世界が救えるとは思えません!勇気が無いのなら、この試練を受けるのはお止しなさい!」
「何だ?お前の言う神ってのは、バラモス贔屓なのか!?世界を救う為にバラモスを討伐する勇者の妨げにしかならない事をやる神!バラモス様ラブじゃねーか!」
「な!か、神を冒涜する事は許しませんよ!取り消しなさい!」
「ぶさけんなバーカ!冒涜してんのはお前だ!お前が『簡単にバラモスを倒しちゃダメって、神様が言ってたんですぅー』って言ってるようなもんだ!」
今にもリュカに襲いかかりそうな雰囲気の神官…
尤もこの神官如きでは、リュカにデコピン1発でKOだろうが…

「止めてください!」
睨み合うリュカと神官を宥めるように叫ぶアルル。
「私は勇者です!この試練を受け、完遂して見せます!私は勇者アルルですから!」
リュカと神官の間に割り込み、力強く言い放ったアルル…

「き、危険だよ!1人で洞窟に入るなんて…そんな…もしアルルに何か遭ったら…」
ティミーは狼狽えながらアルルの肩を掴み、涙目で説得を試みる…
「ティミー…大丈夫よ!私だってこの旅で強くなってるんですから!…勇者として、1人でブルーオーブを手に入れないとダメなの…この世界の勇者の私がやらなきゃダメなの!」
心配するティミーの瞳を覗きながら、優しく凛々しくアルルが答える。
ティミーも彼女の瞳の力強さに、これ以上の説得を諦めざるを得ない。


「アルルさん。コレ…持って行ってください」
悔しそうに俯くティミーを気遣いながら、マリーがアルルへアイテムを渡す。
「…これは?」
「はい。私がグランバニアから勝手に持ち出した貴重なアイテム『賢者の石』と『エルフのお守り』です…」
そう言って、マリーの小さな手からアルルへと手渡される。

「『賢者の石』は…ネクロゴンドでも使いましたけど、ベホマラーの効果があるアイテムで、こっちの『エルフのお守り』は敵の補助系魔法を効きにくくしてくれるんです!」
「ありがとうマリーちゃん!大事に使うね」
「いえいえ…プレゼントするワケではございません!必ず返してください…此処でお帰りを待ってますから…絶対に返してくださいよ!」
「うん…きっと戻ってくるね!マリーちゃんにコレを返しに戻ってくるから!」
互いの目を見て頷き合う2人。


自分の装備を確認しつつ、神官の後ろにある扉を抜け『地球のへそ』へと1人向かうアルル…
ただひたすらアルルの後ろ姿を見つめ続けるティミー…
神官が扉を閉めた後も、ジッと一点だけを寂しそうに見つめている。

「よし!アルルが戻ってくるまで時間があるけど、快く迎えたいからビアンカやウルフ達は此処で待機ね!」
何時もの緊張感が欠落した口調でリュカがみんなに指示を出す。

「…旦那はどうするんですか?」
「うん。僕は暇潰しに町へナンパにでも行ってくる!ティミーは一緒に来るだろ…何時だったか『ミルドちゃん』を口説き落とした時みたいにさ!」
一際明るく喋るリュカ…
流石に呆れきった口調でウルフがリュカに文句を言う。
「ティミーさんがリュカさんなんかとナンパに行くわけないでしょう!」
「いやウルフ君!落ち込んでいてもどうにもならないし、僕は父さんとナンパに行くよ!みんなはアルルを待ってあげててくれ」
先程までアルルが出て行った扉を見つめ続けていたティミーが、決意を込めた表情で振り返り、リュカと共に神殿を出て行こうとする。

「ちょ…ティ、ティミーさん!!本気ですか!?」
ウルフは慌ててティミーを止めようとするが、ビアンカとマリーに止められ、納得がいかないながらも2人を見送った。


神殿の外へ出たリュカは、神殿の左右を往復し、切り立った絶壁と建物の境を注意深く観察する。
ティミーは、リュカが何を考えているのか全く解らないが、今は黙って父を待っている。
するとリュカが立ち止まり絶壁と建物の境で、他より低くなっている箇所を見つめ続けていた。
そしてティミーを手招きするリュカ…

息子が近付くや、
「これは今まで口に出さなかった事なのだが…お前は極度の方向音痴だ!」
真面目な顔で思ってもみなかった事を言われ、流石に動揺するティミー。
「い、一体………」
「お前は方向音痴のクセに町に出た途端、美女の匂いを感じ取り、その匂いの元まで1人で向かってしまったんだ!お陰でお前は、僕からはぐれる事に!」
そこまで言うと、急にリュカはティミーに足払いをかけ、仰向けに転ばせる!

そして直ぐさまティミーの両足を抱え、勢い良く振り回し始めた!
遠心力により、かなりの勢いが付いた所で、絶壁と建物の境目の低くなった箇所目掛け、ティミーを放り投げた!
簡単に言うとジャイアントスイングだ!
「ええええええぇぇぇぇぇ……………着地はどーするのぉぉぉぉぉ…………………」
「そんな事は自分で考えろぉぉぉ!!」
凄い勢いで、物理的に離れ離れになって行く親子…

何とか計算 (?)通りに絶壁の向こうへ息子を投げる事が出来たリュカ。
ティミーが飛んでいった空を見つめ、
「後の事は知らん」
と無責任な呟きを残し、町へと出かけていった。
そして宣言通り町でナンパをするリュカ…
常人では計り知れない心を持っている…



 

 

君の為なら…

<地球のへそ>

ランシールの神殿の廊下から外に抜けると、広大な砂丘地帯が広がっている。
イシスの砂漠ほど灼熱ではないが、砂の足場は動きにくく、戦闘でも苦戦を強いられる。
幾つかの砂丘を越え、洞窟の入口が見えた所で何度目かの戦闘に巻き込まれるアルル。
この地域のモンスターは、どれも今のアルルにしてみれば強敵ではないのだが、地形条件と数の差で撃破が難しくなっているのだ!

「くっ!…地の利も、数の利も敵にあって戦いにくいわね!…つくづく仲間のありがたみが解る試練ね!」
後ろに回り込み襲いかかる敵を打ち倒し、疲れた口調で吐き捨てる。
直ぐさま敵の集団に向き直り、隙無く出方を伺うアルル!

すると遠くから、叫び声のような物が聞こえてくる…
しかも徐々に近付いて来るではないか!
思わず振り返るアルル!
その瞬間「スクルトスクルトスクルトォォォォ…………」と、叫びながら何かがアルルの右上を高速で通過した!
そして、今まさに襲いかかろうとしてたモンスターの一団を薙ぎ倒し、砂中に突き刺さる!


「……………」
事態が把握出来ないアルルは、呆然と固まっている。
すると砂に突き刺さったソレが、自ら這い出し起きあがる。
「いてててて………ったく!スクルトの重ねがけをしなかったら大惨事だったぞ!」

「…な…何でティミーが!?」
何と、空から振ってきたのはティミーだった!
彼は此処には居ない誰かに文句を言いながら、体に付いた砂を払い周囲を見渡す…
「あれ、アルル!?…すげーコントロールだな…」
「え、コントロールって?何?…何で此処に居るの?」
混乱の収まらないアルルが、些か取り乱し気味に質問する。

「えっと…コントロールってのはこっちの話だから気にしないで!」
「そんな事より、どうしてアナタが飛んできたのよ!?それを説明して!」
「うん、あのね…神殿でアルルを見送った後、父さんに『暇だから町へナンパに行こう』って誘われてさ…一緒に町へ出たんだ。そうしたら美女の匂いがして、その方向に向かったんだ!…でも僕って方向音痴じゃん!だから迷いに迷って、どっちに行って良いのか分からなくなっちゃったから、美女の匂いに向かって飛んできたわけ…」
「はぁ!?もしかしてリュカさんがティミーに化けてるんですか?」
あまりの言い訳に、変化の杖使用を疑いティミーの顔をこね回すアルル。

「い、いや…僕だから…僕はティミーだから…本物のティミーだから!」
彼女の腕を掴み、ジッと瞳を見つめるティミー…
「ど、どうやら本物のティミーね…」
変化の杖で化けても、瞳だけは偽れない…
だから瞳を見せ納得させるティミー。


モンスターも消え去り、静かになった砂丘で見つめ合う2人。
「ティミー…私は洞窟に入らなきゃならないの。手を…手を離して」
たった数10分会えなかっただけで、不安で気が狂いそうになったティミー…
やっと掴んだアルルの腕を、離す事が出来ないでいる。
「アルル…僕は「この試練は、私一人でやり遂げなければならないの!ティミーは神殿まで引き返して…」
アルルは優しくティミーを諭す。

「……………」
ティミーも分かっているのだ…
無理に付いていってもアルルが困る事を…
この試練は神が定めた決まりがあるのだから…
「…分かった…僕は帰るよ…でも僕は方向音痴なんだ!1人で神殿へ帰っているつもりでも、気が付いたら洞窟にいるかもしれない!それは仕方ないよね!」
ティミーは父と違い無神論者ではない。
だが彼は、アルルの為に神を拒絶する!

「その言い訳を、本気で押し通すつもりなの!?」
「今更だけど、僕にも父さんの気持ちが分かるようになってきた。好きな人の為ならば、神も悪魔も怖くない!世界の全てが敵になっても、愛する君を守りたい!だから父さんは神を信じない…そして僕も神を信じなくなった!…大切なアルルを危険にさせる神なんかを!」
そしてティミーはキスをする。
アルルを愛おしむ感情を抑えきれないから。

「…ティミー………ふふふ、分かったわよ。じゃぁ私は試練を続行するわね。ティミーは1人で帰りなさい…方向音痴のティミー君は1人で!」
そう言ってアルルはティミーと手を繋ぎ、ゆっくり洞窟へと進んで行く。




<ランシール>

リュカとティミーが町へ出てから半日…
夕焼けが世界を黄金色に変える頃、神殿内では神官とビアンカ等がただ黙ってアルルの帰りを待っている。
1度、神殿側からお茶と軽食を出されたが、それ以外はほぼ飲まず食わずで待ち続けている。


「あっれぇ~!まだアルルは帰ってこないの?」
永遠に続くかと思われた沈黙を、緊張感の欠落した声で破ったのは、町から戻ってきたリュカだった。
「リュカさん…今まで何してたんですか!?」
待ち惚けのストレスから、強めの口調でリュカに当たるウルフ。

「何って…ナンパだよ。あれ、言わなかったけ?」
リュカは女物の香水の匂いを漂わせながら、みんなの元へと戻って行く。
「お父さん…本当にナンパをしてたの?」
その場にいる全員から、冷たく蔑んだ目で睨まれるリュカ…
「い、いや~…その~…だ、だってそう言って出て行ったでしょ!最初っから伝えておいたじゃんか!何で今更そんな目で睨むの!?」
流石のリュカも、この視線にたじろぎ後ずさる。

そんなリュカを軽蔑した目で睨んでいた神官が、もう1人の存在が見あたらない事に気付き、リュカへ質問をする。
「貴方と一緒に出て行かれた方は、どうしましたか?…一緒に行動をしていたのではないのですか?」
2人出て行き、1人帰る…
神官の疑問は当然だろう。
皆がリュカの答えが気になった…ビアンカでさえも!



 

 

カエルの子はカエル

<ランシール>

「貴方と一緒に出て行かれた方は、どうしましたか?…一緒に行動をしていたのではないのですか?」
「はぁ!?お前バカなの?僕達ナンパしに出かけたんだよ!目当ての女の子が居れば、別行動するに決まってるだろ!…それとも何か、3Pでも期待しちゃったのかな?神官のクセにイヤラシいなぁ…」
一言で言うとムカつく!
実にムカつく口調で神官を見下すリュカ。

「な、何と無礼かつ下品な物言い!私はただ、もう1人の行方が気になっただけだ!」
「知らねぇーよそんな事!僕はこの町に好みの女が居なかったから、アリアハンの愛人の元に行ってたんだ!アイツ…方向音痴のクセに『美女の匂いがする!』って、どっかに行っちゃたんだもん…」
「何と破廉恥な連中だ…」
神官は呆れた口調で天を仰ぐ。
「今頃ティミーの奴、薄暗い場所で美女と一緒に良い汗かいてるんじゃね?自慢の愛剣を振り回してさ!あはははは…」



<地球のへそ>

そのころティミーは、薄暗い洞窟の中でアルルと共にモンスターを倒し、程良い汗をかいていた。
腰に差したグランバニアの剣を振るって…

「ここって本当に1人で攻略するダンジョンなの?敵が多過ぎよ!」
アルルは敵を切り捨て愚痴を言う。
「良かったね、僕が方向音痴で!お陰で1人で戦わなくて済む」
アルルの愚痴に軽口で返すティミー…
恋は人を変えるらしい。


『引き返せ…』
暫く彷徨うと、壁に大きな石面が彫られた通路へとやって来た。
その石面の前を通過すると、石面が薄気味悪い声で引き返すよう忠告してくる。

『引き返した方がいいぞ!』
「何コイツ…うるさいわね!」
それでも先へ進むアルル。

『引き返(ドガ!)』
それでもしつこく引き返すよう忠告する石面を、剣の柄で破壊するティミー!
「ゴチャゴチャうるさい!折角のデートを邪魔するな!」
「……………」
ティミーの言動に、少しばかり引き気味のアルル。
「どうしたの?」
「アナタ…本当にティミー?」
「な、何だよぅ…そんなに僕らしくない?」
「ううん、リュカさんの息子らしいとは思う」
「酷い侮辱だ(笑)…それコンプレックスなんだからね!」
2人の勇者は、薄暗い洞窟を笑いながら進んで行く…イチャイチャと。


そして勇者カップルは、宝箱が2つ置いてある行き止まりへと到達した。
宝箱の両脇には、大きな石像が守護しているかのように立っている。
「多分この中にブルーオーブが入ってるわね…」
「そうだね…でも2つあるよ。どっちかはトラップかも…」
目の前の宝箱を眺め悩む2人…

「考えてても仕方ないし、取り敢えず1つ開けましょう!」
アルルが1歩踏みだし、片方の宝箱に手をかける。
「危ないよ!もしトラップだったらどうするの!?…僕が開けるから、アルルは後ろで見てて!」
「方向音痴の迷子君が何言ってんの!これは私の試練なのよ。道に迷って偶然通りかかった人は引っ込んでて!………でも、もし危なくなったら、偶然通りかかったついでに助けてね♡」
そして2人はキスをする…
リュカがこの場にいれば『未開封の宝箱でイチャつけるバカップル!』と評価しただろう…

「じゃぁ…開けるわよ!」
一旦イチャつくのを止め、宝箱へ手をかけるアルル。
その後ろではティミーが右手に剣を構え、身構えている。
「えい!」
アルルは勢い良く宝箱を開けた!

すると、そこには青く美しい宝玉が…
「やった!ブルーオーブよ!こっちで良かったのね!」
アルルは喜びながらブルーオーブへと手を伸ばす…
その瞬間、石像の陰に潜んでいた『キャットフライ』が、隙だらけのアルル目掛けて襲いかかってきた!
「危ないアルル!」
ティミーは咄嗟に左腕でアルルを抱き抱え、その勢いを利用して体を回転させる。
そして、そのままの勢いでキャットフライを切り捨て、剣を構えたまま周囲を警戒する。

どうやら敵は1匹だけの様で、襲いかかってくる気配は他にない。
しかし警戒を解かないティミー…
「…あの…ティミー…」
ティミーに抱き抱えられたアルルが、恥ずかしそうに話しかける。
「どうしたの?」
視線は周囲を警戒したまま、優しくアルルに話しかける。

「あ、あのね…その…ティミーの左手が…」
何やら言いにくそうに話すアルル…
不思議に思いティミーは自分の左手を見る…
彼の左手はアルルの左後方から回り込み、彼女を抱き抱えるように左肩を通過し、しっかりと彼女の右胸を鷲掴みにしていた。
左手に意識を持って行けば、そこには柔らかで心地よい感触がプニュっと…
「あ゛………」

勿論ワザとではない…
咄嗟の事だったし、無意識で宛っていたのだ。
しかし意識が行った途端、思わず指先が動いてしまう…
「あ…」
思いの外、色っぽいアルルの声…

「ご、ごめん!そんなつもりは!!」
一生懸命言い訳し、しどろもどろになるティミー。
だが左手は離れない…むしろ指先が動いてしまう。
「ちょ…ティミー!助けてくれたのは感謝だけど…そろそろ離して…」
「あ、うん…そ、そうだよね…離さなきゃ………離さなきゃ…ダメ?」
「え!?…その…離さなくても…別に…」

危険極まりない洞窟の奥で、密着し胸を揉む男女…
2人の意識は、互いが接触している場所に集中している…
今、敵に近付かれ襲われたら、かなりの被害に見舞われるだろう…
どうやら彼等は運が良い。



 

 

祝福は心の中で

<ランシール>

闇夜も深くなり、既に日付が変更された頃…
ランシールの神殿では、誰も眠ることなくアルルの帰りを待ち続けていた。


(ガチャ…)
洞窟へと続く扉のノブが回り、奥からアルルが姿を現す。
「お帰りなさい、試練は………!!」
神官がアルルに試練の結果を聞こうとした時、彼女の後ろから現れた人物に驚き言葉を失う。

しかし、それは神官だけではない。
ウルフ達も信じられない物を見るように、驚き固まっている。
ビアンカとマリーだけは、冷静さを持っているが…それでも驚いている。
「よう!どうだった?ブルーオーブは手に入った?」
「えぇ、バッチリ!」
アルルは手にしたオーブを掲げ見せウインクをする。

「そっちの色男はどうだ?良い女をナンパ出来たのか?」
「ええ!美女の匂いを辿ったら、彼女に出会いました。最高に良い女です!」
アルルの腰に手を這わせ、引き寄せて自慢しながらウインクするティミー。

「じゃ、万事OKって事ね。…待ちくたびれて疲れたよ!宿屋に帰ろうぜ!」
「父さん…1つ困った事が…」
「どうした?」
「僕の度し難い方向音痴は、治らない物ですかねぇ?」
「う~ん…一晩寝れば治るんじゃね?」
「じゃぁ安心だ」


「ちょっと待ちなさい!!」
アホな会話をしながら、神殿を出て行こうとするリュカ達を、やっと思考が動き出した神官が止める。

「こ…この試練は、勇者が1人で行う事に意味があるのです!にも関わらず、何故アナタは一緒に洞窟へ赴いていたのですか!?」
混乱と憤慨が混ざり合った声で、アルルとティミーを怒鳴る神官。

「私は1人で試練をやり遂げました」
「僕は美女の匂いを求め彷徨った末に、直ぐそこで彼女と出会いました」
いけしゃあしゃあと言い切る2人。
「何の問題も無いじゃん!」
そしてそれを最大限に援護するリュカ。

「な、何を言っているのですか!貴方の息子さん…ティミーさんでしたね。ティミーさんは、地球のへそへと通じている、この扉から戻って来たのですよ!高く険しい絶壁に囲まれた、洞窟の方から帰って来たのですよ!」
「それが?…コイツ、すげー方向音痴なんだよね!きっと迷いに迷って、洞窟の方へ行っちゃったんだよ!」
半ば笑いながら話すリュカ…

「迷った!?迷って行けるような所ではないのです!何かイカサマをしたに決まってます!そ、そんな勇気…私は認めませんよ!」
顔を真っ赤に染め上げ、震えながら怒りを露わにする神官。
リュカ・ティミー・アルルを指差しながら、ヒステリックに叫び散らす。

「黙れクズ!!『私は認めない』だと?この試練は、神が与えた試練だろ!お前の許可など必要ではない!それとも何か?お前が神なのか?」
空気を揺らす程の怒号で怒りをぶつけるリュカ。
彼の声で、遠くの犬が遠吠えをする。

「わ、私は…」
先程まで真っ赤だった神官の顔が、今では真っ青に変わってしまった。
「神が与えた試練なら、神が彼女の勇気を審査する!お前はただの門番だろ…偉そうに俺の子供達を批評するな!」
空気を張りつめさせるリュカの怒りに、何も言えなくなる神官…
今彼の頭にあるのは、リュカが自分に何もせず立ち去ってもらう事だけ…
最早、試練における不正などどうでも良くなっている。



神殿を出てウルフがティミーに近付き声をかける。
「ティミーさん…どんな方向音痴になれば、この絶壁を超えられるんですか?」
「何…父さんに勢い良く放り投げてもらえば簡単さ!」
ティミーが絶壁と建物の境で、他より低くなっている箇所指さし、肩を竦めて説明する。

「よ、良く無事でしたね…着地はどうしたんですか?」
「壁の向こうは砂漠地帯でね…スクルトを重ねがけしてダメージを軽減した。…尤も、丁度モンスターの一団の上に落ちたから、ものっそい痛かったけどね」
その場に居た皆が驚きながら、リュカとティミーを交互に見る。

「どうしよう…リュカさんとティミーさんの区別が付かなくなってきた!」
「ちょ、ウルフ君…大変失礼な物言いだよ!」
そんな台詞にみんなが笑い出す。
「うん。流石は我が息子!」
ティミーの肩を抱き、嬉しそうに呟くリュカ。
そして全員宿屋へ着き、待ち続けた疲れを取り除くかの様に眠りにつく…






誰もが寝静まった夜明け前…
ティミーは隣で静かに寝息を立てるアルルを、起こさないようにベッドを抜け出し、服を羽織り冷たい空気を吸いに宿屋の外へと出て行った。
つい先程まで、愛しいアルルと男女の事柄を行っていたティミー…
未だに夢心地で、思い出すと顔が火照ってしまう。
宿屋の外で、うっすらと白けてきた空を眺め、大きく息を吐く。

「大人の仲間入りおめでとう」
不意に後ろから声をかけられ、慌てて振り向くティミー!
「と、父さん!い、何時からそこに…?」
そこにいたのは彼の父…リュカが優しい笑顔で佇んでいた。

「お前が出てくる数分前………僕とビアンカの部屋は、お前がさっきまで居たアルルの部屋の真下なんだ。お前の行動は読みやすい…ベッドの軋む音が止んだから、ここでお前を待っていた」
辺りはまだ薄暗く、リュカからは分からないが、ティミーの顔は真っ赤に染まっている。

「で、どうだった…初めての感想は?」
「ど、どうしてそう言う野暮な事を聞くんですか!?…ただ、1つだけ言えるのは…柔らかくて良い匂いがしました…」
「そうだ…女の子はみんな柔らかくて良い匂いがする…アルルのように、幼い頃から剣術訓練をしていた娘でも、柔らかくて気持ち良いんだ!」
まだ記憶に新しい、彼女の感触を思い出すティミー。

「ムラムラして来ちゃった?」
「………はい」
「ふふふ………行けよ!今頃ベッドで寂しがってるぞ」
リュカは顎で宿屋の中を指し、部屋へ帰る事を息子に薦める。
ティミーも黙って頷くと、宿屋へ入ろうとする…が、立ち止まり気付いた事を報告する。
「父さん…僕もアルルと親密になり、多少は男女の色恋事を理解してきて気付いたのですが…」
何やら戸惑いながら話すティミー…リュカも怪訝そうな顔をしている。

「別にその場を見たわけではないのですが…マリーとウルフ君も、既に男女の…その…アレを行っていると思います…」
「はぁ?」
ある意味、思ってもいなかった事を言われ、困惑するリュカ…
「でも許してあげてください!確かにマリーはまだ8歳ですが…ウルフ君は本当にマリーの事を愛してます!それに彼は良いヤツなんです…彼にならマリーを任せられます!だから…」
まるで自分の事のように真剣なティミー。

「…あ、あぁ…分かったよ…でも、この事は此処だけの話しにしような!」
リュカは右手で顔の右半分を押さえながら、ティミーに口外しないように釘を刺す。
そしてリュカの態度を勘違いしたまま、愛しい彼女のベッドへと戻るティミー。


「アイツ…今更なのかよ…」
どこか抜けている息子に、溜息が出てしまうリュカ…
ともあれ、着実に成長している息子に、心から祝福する父の姿もそこにあった。


 

 

あと1つ

<ランシール>

リュカ達は昨日の疲れが抜けぬまま、宿屋に併設された食堂へ集まり、遅めの朝食をとっていた。
本来であれば、パーティー内の良心…アルルとティミーはみんなと共に集まっているはずなのだが、今朝に限っては寝坊で現れてこない…

皆、分かっているのだ。
2人が疲れ切っている事を…
アルルは1人(自称)で洞窟へ入り、ブルーオーブを手に入れてきた。
ティミーは1人(自称)で町中を彷徨い、ナンパしていた。
しかもそれは建前であり、昨晩の2人の行為の激しさを…
みんな重々承知しているのだ!


カンダタなどは、食堂へ現れリュカを見るや『流石は旦那の息子!地球のへそって洞窟を探検しただけでは物足りず、今度はアルルのへその下の洞窟を探検した様だな!アルルも青い宝玉1個じゃ満足出来ず、ティミーの宝玉にまで手を出したぜ!』と、ヤラしくニヤつきながら昨晩の事を話題に出す。
するとリュカが、持っていたコップを握り潰し、カンダタを殺しそうな勢いで睨み付ける!

世界から音が失われたのかと思うような静けさの中、リュカの怒気だけが食堂内を支配する…
全く無関係な別の客も、リュカの怒気に晒されて、胃痛を起こす程の…
そんな状態を救ってくれたのは、出来る男ウルフ…
「ア、アルルは1日中…1人で洞窟を探検してたんだ!寝坊もするよ!ティ、ティミーさんだって、アルルが心配で、1日中町中を彷徨ってたんだもん…い、今はゆっくり眠らせておこうよ…そ、そんな事より、オーブも後1個だね!」
優秀なる義息はその場の空気を読み、ベターな建前を前面に押し出し、尊敬する義兄カップルの話題に触れないように話を逸らす。


皆、微妙に胃痛を起こしながら、見た目和気藹々と朝食をとるリュカ達に、随分遅れて合流してきた勇者カップル。
「すみません…寝坊してしまいました…」
「何…気にするなよ。昨日の試練は大変だったのだから、もっとゆっくりしてても良かったんだよ」
ティミーが謝りながらアルルと食堂へ入ってきた為、リュカは優しい表情と口調で労いの言葉をかける。
その瞬間、完全に消えたリュカの怒気に、食堂内の全員(無関係な客も含む)が安堵の表情を浮かべた。

「そんなワケにもいかないわ…後1つのオーブの事も話し合わなければならないし…」
「うん、そうだね…それに皆さん、食事をせずに待っていてくれたみたいだし」
アルルとティミーは席に着き、テーブルの上に置かれた、ほぼ手付かずの料理を見て、気遣いに恐縮している。
しかし真実は、あまりの緊張感に、誰も食欲が湧かなかったのが、料理が残っている本当の理由だ。
勿論、そんな事は誰も言えない…


「さて…残りはイエローオーブだけだけど、カンダタに何か情報はある?」
空腹ではあるものの、誰も食事に手を付けないので、遅れてきた自分が食べるわけにもいかず、ともかく今後の話し合いに移るアルル。
彼女が最も当てにしている、カンダタの元盗賊情報に期待を寄せるが…
「悪いなアルル…俺の元にも、イエローオーブの情報は入って来ないんだ…」
「アタイの所にも、イエローオーブの情報は無いねぇ…」
もう1つの情報源、元海賊情報にもそれらしき情報が見あたらないらしく、早々に話し合いは暗礁に乗り上げた。

すると…
「あれぇ~…そう言えば、マリーは何処かでイエローオーブの話を聞いたって言ってなかったっけ?」
急にリュカが娘に情報提供を求め、無茶振りをする!

「え!?な…えぇ!?………あ…その…え~と…そ、そう言えば、何処でだったか忘れましたけど、以前聞きましたわ…と、思いますわ…多分…」
マリーは皆を導く為に、それなりのプランを考えてあったのだが、父に無茶振りをされプランを開始する前に、嘘くさい言い訳を余儀なくされた。
「マリーちゃん…それは本当なの?」

「あ…え、えぇ!た、確か…イ、イエローオーブは…人の手から人の手へと、移り渡っているらしいんです…ですから…え~と………そう!エコナさんの町に行って、情報を集めましょうよ!」
何とも強引な展開…
水夫等を使い、もっと自然な形で情報をモニカやカンダタの元へ流すつもりだったのに、DQの事を解っていない父の所為で、苦し紛れのご都合主義に頼らざるを得なくなったマリー…
珍しくリュカの事を睨み付けている。

「確かにそうだな!エコナさんの町なら、出来たばかりで世界中から人が集まりそうだよね!」
「なるほど…そうね!エコナの所なら、大勢の人が集まるだろうし、情報も大量にあるかもしれないわね!」
基本的に根が素直なティミーが、妹の胡散臭い情報を鵜呑みにすると、彼程ではないが素直なアルルも同意する。
父にピンチに追いやられ、兄に窮地より救われたマリー…
今、心の底から兄に感謝しているだろう。



<船上>

取り敢えずの目的地も決まり、船へと戻るアルル達。
ネクロゴンドでの事もあるので、リュカにルーラの使用を願わなくなった一行は、モニカに次の目的地はエコナバーグであると伝え、出港の準備をしてもらう…
船旅を続けるのであれば、食料や水等の買い出しも必要となり、アルルやティミー等も人手として駆り出されるのである。
言うまでもないが、このパーティーの最年長者の男は、出港の準備などの船に関わる事柄を手伝いはしない…
そして誰も、その事に突っ込みを入れない…
何故なら、あの男に手を出されると、余計な仕事が増えるからなのだ!


ある程度の準備が整い、残りの事はモニカと水夫等に任せると、アルルは彼氏の手を引き、一切何もやってない彼の父の元へとやって来た。
「あのリュカさん…お話があります!」
少し決意を帯びた表情で、リュカの前に立つアルル…
ティミーの方は、何故連れてこられてのか分かってない様子…
「何?…孫が出来たとかの報告じゃないよね!?」
普段なら『真面目に聞いて下さい!』と激怒するような物言い…
だがアルルは怒らない。
「…似たような物ですが、ちょっと違います。………私達…結婚します!」


 

 

真面目なお付き合いとは…

<船上>

「…似たような物ですが、ちょっと違います。………私達…結婚します!」
「……………」
リュカのふざけた切り返しに怒るでもなく、ティミーの腕に抱き付きながら結婚を宣言するアルル。
その瞬間、皆の時間が止まった…
アルルの飛躍的な思考回路について行けず、作業中の水夫等までもが動きを止めた…

「へ、へー…お、おめでと…」
辛うじてリュカがコメントをすると、皆の時間が動き出す。
それでも視線はアルル等から離せず、互いにぶつかり合う者が続出する…
「あ、あのねアルルちゃん…そこまでの経緯を、私達に解るように説明してもらいたいんだけど…」
ティミーのもう1人の親であるビアンカが、息子ですら…当事者であるティミーですら思考が固まっている事象への、詳しい経緯を求めてきた。

「…はい。私は昨晩、お2人の息子さんへ処女を捧げました!凄く素敵な一夜でした!」
「あぁそう…ワザワザご丁寧にどうも…」
胸を張って、昨晩のエッチの報告をするアルルに、戸惑いながらも軽口を吐くリュカは流石であろう…

「私とそう言う関係になったからには、責任を取ってもらいたいと思ってます!」
その他大勢と同じくらい困惑顔をしていたティミーが、アルルの『責任』と言う言葉に、キリリと真面目な表情に変わる。
「あ、うん。…誤解の無いように言うけど、僕等は2人の結婚に反対はしないよ…むしろエッチする前から、2人は結婚する以外の道は存在しなかったからね!」
リュカの台詞は、しっかり噛み締めて聞くと、身勝手な内容(特に後半)になっているのだが、現状でそれに気付く者はいない。
勇者2人も笑顔で抱き合い、結婚の許しを噛み締める。

「それで…その事に伴ったお話なんですが…」
ティミーと抱き合いながら、顔だけリュカの方に向けて話を続けるアルル。
「私は、異世界より訪れた彼と結婚します。リュカさん達が元の世界へ帰れるようになった時、彼の事はどうするつもりでしたか?」
その場に居た大勢の者が、アルルの言葉に驚き困惑している…リュカとビアンカを除いてだが。

「その事はお前等2人に一任するよ。ティミーがこの世界に残っても良いし、アルルが僕等の世界へ来るのも良いし…お互いが納得し、アルル…君のご家族が納得する結論で行動しなさい。僕もビアンカも、お前達が共に同じ世界で暮らす事を、阻害するつもりは微塵もないよ」
リュカの言葉を聞き、今は2人で話し合う事に…
どの様な結論になるのかは、2人次第という事で…


「あの…リュカさん…俺は…どうすれば…?」
このプチドラマを眺めていたウルフが、自分の立ち位置を思いだし、リュカにどうするつもりなのかを尋ねてしまう。
「…お前はグランバニアへ強制連行だよ!決定だからね!」
「な!?…何で俺は、2人で相談して決めろとかの選択肢が残されて無いんだよ!」
完膚無きまでのリュカ節に、ウルフは抗おうと努力する…

「じゃぁ、2人で相談してみろ!たいして今の状況と変わらないぞ」
「ウルフ…私はグランバニアへ帰りたいの!リッチなお姫様ライフを、手放したくないの!勿論ウルフとも別れたくないから、私の事が好きだったら、一緒にグランバニアへ行きましょ!お願い」
マリーはウルフの元へ近付き、胸の前で両手を握り締め、瞳を潤ませながらお願いする。

「な!…お前に選択権は残されて無いだろ!?」
「う゛…何かズルイ…」
「そう言うな…何だったら、お前に王位を譲っても良いんだよ。どうする?」
正直言えば爆弾発言!
だが確かに、ティミーがこの世界へ残るのであれば、現状での第2王位継承権を持つマリーの夫に、王位を譲る事もあり得るのである!
「えぇぇぇぇ…話を聞いてると、リュカさんの国は王様が一番身分が低そうだしなぁ…」
「うん。間違いなく低いね!でも貴族イジメという、楽しい遊戯(あそび)もあるよ」
そんな事を出来るのはリュカだけだろうに…
この場にいた誰もが、そう考えたのだが口にはしない…

「はぁ…じゃぁ王位の件はともかく…俺は努力してリュカさんの義息になりますよ…何かこの世で一番大変な立場じゃない?俺の胃、持つかなぁ…」
「ウルフ君。君なら大丈夫だよ!僕より適任だ!それに、もう1人のトラブルメーカー…ポピーはグランバニアに居ない!僕よりも、遙かに楽な環境だ!」
彼女とイチャつきながら、義弟を励ますティミー…
グランバニアのお家騒動は、もう少し話し合ってからの結論になるだろう。



<海上>

基本的にはおめでたい騒動も収束し、出港をするアルル一行。
そうなると先程の騒動は恰好のからかい材料となり、カンダタを始め数人の水夫等が、ティミーを囃し立てからかう。
見た目は既に立派な青年だが、恋愛レベルは5歳以下の彼には、この手のからかいは苦痛で、上手い切り返しも出来ない為、アルルとの関係をぎこちない物にする可能性があるのだ!
それが分かっているリュカは、ランシールでカンダタが囃し立てるのを押さえ込んだのに、学ぶ事の無かったカンダタは、楽しそうにティミーをからかい続ける。

無論それは、リュカの逆鱗に触れる行為であり、あの巨体を片手で軽く持ち上げると、水平線の彼方へと、軽々投げ飛ばしてしまうのである!
当然、海に捨てられたのはカンダタだけではなく、一緒に囃し立ててた水夫等も、肉眼では見る事の出来ない彼方に投げ捨てられた。
船長のモニカは、慌てて船を動かし、彼等を回収しに回るのだが…
あまりに遠くへ投げ捨てた為、回収に5日間も要してしまったのだ。

何とか無事に全員を助け出し、モニカは思わずリュカに文句を言う!
「怒るのは分かるが、もっと他にやりようがあるだろう!」
「あ゛…他にぃ~………後は頭を握り潰すしか思いつかなかった!生きるか死ぬか…どっちが良かった?」
あまりにも冷酷な目つきで言うリュカに、カンダタ達は泣きながら、
「生きてて大変嬉しいです…殺さないでくれてありがとうございます…」
と、震えながらお礼を言うしか無かったと言う…
リュカの恐ろしさを、再度噛み締めるカンダタ達であった。



 

 

劇場再び

<エコナバーグ>

通常であればランシールからエコナバーグまで、凡そ2ヶ月はかかる船旅を、航海に慣れきったアルル等の船は1ヶ月強に短縮する熟練ワザを披露する。
来る度に劇的な成長を見せるこの町は、ただの平原だった面影は何処にもない。

メイン通りを進みエコナの屋敷へと赴くアルル達。
途中、誰もがリュカを見ると、満面の笑みで挨拶をする…
この町ではエコナの次に有名人なのだ!
そして多大に感謝をされている。
屋敷についても同様…
門番が顔パスで屋敷内へと通してくれる程…

「何か凄い有名人ですね…乗っ取ろうと思えば、容易く乗っ取れますよリュカさん!」
ウルフが笑いながらリュカをからかってみる。
「何でそんな面倒な事を…町なんて乗っ取ったら、自由に遊べなくなるじゃんか!」
こんな男だからこそ、ウルフは尊敬しているのだろう。



屋敷内にあるエコナのオフィスに入ると、大量の書類を決裁するエコナの姿が目にはいる。
室内にはエコナの他に、彼女を補佐する男性秘書が1名、その男の部下らしき男性が2名、更には各担当毎で分けられたアシスタントの女性が10名…
ここがこの町の頭脳であり、心臓部分でもある。


そんな重要箇所の責任者が、リュカ達を見て驚きながらも喜んでいる。
「リュカはん!まさかこんなに早く来るとは…耳が早いなぁ…」
「は?耳が早いって?」
エコナは仕事の手を止め、入室したリュカに抱き付くと、今一意味のよく分からない事を言い出した。
尚この時、『手が早いの間違いでは?』と呟いたのは息子である。

「また惚けて!ウチが流した噂を耳にしたんやろ。ウチがイエローオーブを手に入れた、ちゅー噂を聞きつけたんやろ!せやから此処に来たんやろうに!」
何と、思ってもみなかった偶然!
情報を仕入れようと思い訪れたエコナバーグで、目的のイエローオーブが此処に存在する事が判明!

「あ、あのね…違「そうなんだ!」
正直者のアルルが、此処に来たのは偶然で噂など聞いていないことを告げようとするが、リュカが遮り話を進める。
「エコナがオーブを手に入れたと聞きつけ、ダッシュで此処まで飛んできたんだよ!」
「やっぱりー!ホンマ情報仕入れるのが早いわぁ~………ウチが噂を流し始めたんは、一昨日からなんや。流石リュカはんやね!」
「当然!何時もエコナの事を考えてたからね!エコナバーグの事には常に耳を傾けてたんだよ!」
「嬉しいわぁ~…だからリュカはん大好きや!」
妻・子・仲間・部下…皆がジト目で睨んでいても、一切気にせずイチャつく2人。

「(ゴホン!)エコナ様…仕事が滞ってますので、それくらいに…」
秘書が遠慮がちに声をかける…
「あ…せやね………ゴメンなぁリュカはん。今夜はこの屋敷に泊まってや!その時にオーブは渡すから…それまで町でも観光しててや」
「うん。そうするよ…あの劇場がどうなってるのか気になるし」
「何処か気になる事があったら、遠慮無く言ってや!リュカはんの厳しい評価は、えらい為になるんやから!」



「よくもまぁ、いけしゃあしゃあと嘘が吐けますね!」
エコナの屋敷を後にしたアルルは、穏やかな町並みを歩きながらリュカに噛み付いている。
「別にいいじゃん!誰も困らないんだし…」
リュカは悪びれることなく軽い口調で嘯く。
「でも………」

「それにエコナも喜んでたじゃん!それとも…『お前の事も、この町の事も全然気になどしていなかったが、情報が必要になり思い出したので此処へ来た!』って、言った方が良かった?」
リュカは人の悪い笑みを零しながらアルルに問いかける。
「………もう!意地が悪いですねリュカさんは!」
この男に何を言っても無駄だと悟り、怒りながらも話を打ち切るアルル…
他の者は皆、ヤレヤレと言った表情で劇場へと歩き出した。




エコナバーグ劇場………
以前に来た時は、悪辣な支配人と一悶着を起こした場所。
大して価値のないショーに50000ゴールドもの料金を取る、悪質経営が行われていたのだ…まぁ、それに対してリュカのとった対抗手段は、もっと悪辣で非常識だったけどね!
しかしその面影は今は無く、『不幸な事故』により空けられた入口の大穴も修復されており、内部も見違える程キレイになっていた。


「随分と雰囲気が変わりましたね…」
【ちびっ子喉自慢大会】と書かれたパネルが掛かっているステージでは、マリーぐらいの子供達が一生懸命歌を披露している。
入口には【入場無料・飛び入り参加大歓迎】と書かれた看板もあり、以前の豪華な酒場という印象は微塵もない。
「どうやら酒も置いてない様だね」
以前からあったカウンターバーは健在だが、アルコール類は無く軽食が出来るようになっている。

「ようこそいらっしゃいましたリュカ様!どうぞご堪能していって下さい」
リュカ達が様変わりした劇場に感心していると、支配人らしき男がリュカに近付き、笑顔で声をかけてきた。
「あ…う、うん…そうする…」
随分と馴れ馴れしく接してくる男に、些か引きながら答えるリュカ。
「その節は大変失礼を致しました。リュカ様がエコナ様の大切なお人だとは知らなかった物で…ご無礼をお許し下さい」
どうやらこの男はリュカ達と接点があるようで、頻りにその時の謝罪をしてくる。

「…お前、誰?」
「えぇ!!お忘れですか?私…以前はエコナ様の屋敷前で門番を務めておりました…お忘れですか?リュカ様が王様である事を知らずに、無礼な態度を取ってしまった門番を!」
支配人は、自分とリュカ達との接点を説明するも、思い出すのに時間を要してしまう。
「……………あぁ…そう言えば居たなぁ…忘れるも何も、記憶に残らねーよ!」
リュカの身も蓋もない物言いにションボリする支配人…

それを哀れに思ったティミーが、明るい口調でフォローを入れる。
「で、でも大盛況ですね、この劇場は!お子さん達の歌も凄く上手いし…支配人さんは良い手腕の持ち主の様だ!」
「ありがとうございます!折角出来上がった劇場ですからね…町民の活力になる様な使い方をと思いまして。それにこの町から未来のスーパースターが誕生するかもしれませんからね!」
ティミーのフォローに気をよくした支配人が、活き活きと劇場の事を語る。

「そう言えばリュカ様は、大変歌がお上手と聞きます。やはり娘様も、お父様に似てお上手なのでしょうね…どうですか、飛び入り参加大歓迎ですので、御参加されてみては?」
「わ、私!?」
急に打診されて驚くマリー。
「いいじゃん!参加しちゃえば?」
軽く参加を促すリュカ。

「え~…でも~…こんなに可愛い私が参加したら、ファンがいっぱい出来ちゃうかも~!そのファンがイケメンだったりしたら、私困っちゃ~う!ウルフとどっちを選べば良いのか…私迷っちゃ~う!」
誰もが親子だと思うマリーの台詞…
しかしウルフも負けない。
「大丈夫!俺以上のイケメンなんてリュカさんくらいだ!迷う事はないさ!」
彼も随分と言う様になったもんだ。



 

 

喉自慢大会

<エコナバーグ>

「それで………お嬢様、どういたしますか?」
支配人はマリーにまで恭しく接する…
例えグランバニアがこの世界の国で無くとも、リュカの影響力は無視出来ない!
ロマリア・イシス・ポルトガ・サマンオサ…そしてエルフ族。
鎖国を行っていたアリアハンの国王より、各国に対する影響力は強い。
ロマリア・イシス・サマンオサなどは、可能であればリュカを国王に据えたいと思っているぐらいだ!
新しく出来た独立都市など、一瞬で滅ぼす事が出来る影響力だろう…


さて…
ちびっ子喉自慢大会への参加を考えているマリー…
急に何かを思いついた様で、リュカに可愛くお願いをする。
「お父さん…私、お父さんの伴奏で歌いたいなぁ」
「え、僕の伴奏で?………構わないけども、何を歌うのか分からないと…」
急に伴奏を頼まれ、少し驚いたが悪い気はしないのでにこやかに承諾する。

しかしリュカが弾ける曲目でなければ意味がない…
「大丈夫!きっと知ってますわ。私が誰より1番だっちゃ的な歌ですから!」
「あぁ…OK、それなら大丈夫!」
他の者には理解出来ない、2人だけの会話…
自分たちの知らない事で会話するのを、互いの伴侶が嫉妬する2組のカップル…
どうやらこの父娘(おやこ)は、かなり似た者同士の様だ。



ステージ横の待機所で、自分の出番を待つマリーとリュカ。
マリーの順番が訪れるには、あと2人がステージへ上がらなければならない…
その2人の内の1人…マリーの前に歌う女の子は、かなり緊張している様子だ。
マリーよりも少し年上の女の子…
ステージの方を見続けて、胸の前で握り締めた両手を、ガクガク振るわせて立っている。

「お嬢ちゃん…もう少し、肩の力を抜いた方が良い。その方が可愛いよ」
リュカが優しく女の子へ話しかける。
「で、でも…し、失敗したら…」
このままステージに上がったら、間違いなく失敗するだろう女の子。
思わずマリーは笑ってしまう…
だがリュカは優しくアドバイスをする。
「失敗したって良いじゃないか!人間誰しもミスはある。でもね…失敗を味方に付ける事が出来るのは、誰にでも出来る事じゃない!」
「失敗を味方に…?」
「うん。歌ってる最中に間違えたら『テヘ♡』って感じで笑ってみせる。そうすれば、誰もミスったことは気にしないよ…むしろ『可愛い』って好印象になるね!だから、失敗したってどうってことないって気持ちで挑んでみなさい。自分の実力を出し切れるから」


リュカが女の子の緊張を解してる間に、彼女の出番が回ってきた。
先程とは打って変わってリラックスした表情の女の子…
彼女はマリー達の目の前で、素晴らしい歌声を披露した。

「むぅ…結構なライバルじゃないですか!あのまま自滅を待てば良かったのに、アドバイスしてどうするんですか!」
「まぁまぁ…他者の自滅で勝つよりも、自身の実力で勝利する事が重要だよ!お父さんはマリーの為に、彼女の実力を引き出したんだ!」
言ってる事は正しいのだが、どうにも信用出来ない彼の言葉…
「そんな事言って…お父さんの好みの女の子だったんですか?」
マリーもリュカがロリコンでない事は分かっているのだが、それでも文句を言いたくなる様な実力の持ち主だった。

「う~ん…10年後に口説こうかな?」
10年後に再会して口説けば、100%落ちると想像出来るマリー…
最近、兄の苦労が分かってきた。


「お兄さん、ありがとうございます!!」
先程の女の子が出番を終え、リュカの元へ戻って来るなり抱き付き礼を述べる。
「別にお礼を言われる事ではないよ。…それに、お礼してくれるのなら、10年後にでもベッドの中「お父さん、行きますよ!」
まだあどけなさの残る少女に、とんでもない事を言いそうな父を見て、慌ててステージへと促すマリー…
リュカはヤレヤレといった表情でステージへと上がった。

ステージに上がり劇場内を見渡すと、先程とは打って変わり、溢れんばかりの満員状態になっていた。
支配人が慌てて町中に、リュカの生演奏が聴けると触れ回った影響なのだ。
しかも最前列の特等席には、ビアンカ等家族の他に、元カノーツ&エイカーファン…もとい、リュカファンまでもが押し寄せてきている。

「どうもこんにちは。私はマリー…今日は支配人さんの特別な計らいで、ピアノが上手いお父さんに演奏してもらって歌いたいと思います。歌う曲は、私のお母さんの心情を現している歌です。頑張りますので聞いて下さい!」
マリーが満員の客席に向けて挨拶し終わると、リュカに向けて合図を送る。
そしてリュカの見事な演奏が始まり、マリーも歌い出す…
曲目は『ラ○のラブソング』
勿論、この世界でこの曲の事を知っている者はリュカとマリーだけだが、コミカルな歌詞とリュカの素晴らしい演奏で、観客達を大いに楽しませている…
ただ1つ残念なのは、マリーの前に歌った少女が、あまりにも素晴らしい歌唱力だった為、マリーは比較対象となり、その点は評価が低くなってしまった…
マリーもけして下手なワケでは無いのだが………


マリーの歌も終わり、全ての参加者が歌い終わったステージでは、飛び入り参加も含めた参加者全員が集まり、審査員達から評価をもらっている。(因みにリュカはステージ脇に)
そして最後に、最優秀者が発表される事に…
最優秀者には商品として『不思議なボレロ』が贈られる事になっている。

リュカは事前に支配人等に「僕の娘だからと言って、手心を加える様な事だけは無い様に!」と、釘を刺したと言う…
そんな事を知らないマリーは、結構な自信を持って発表を待っているのだが、高らかと名前を呼ばれたのはマリーの前に歌った少女…アルエットちゃんであった!

可愛らしく女の子用に作り替えられた『不思議なボレロ』を手に、アルエットちゃんは何度もリュカへ頭を下げ、親元へと戻って行く。
負けた事が悔しいマリーは、リュカの元に戻ると涙目でアルエットへアドバイスした事を責め続ける。
支配人等に手心を加えない様に言った事が知れたら、より一層怒り出すだろう…
意外に負けず嫌いな娘に、些か驚いているリュカであった。

尚、この事を切っ掛けに、マリーが歌の特訓をする様になるのは、また別の話であろう…



 
 

 
後書き
アルエットとは、
フランス語で雲雀(ひばり)の事です。
往年の歌姫、美空ひばりさんも、幼い頃よりステージで歌を披露しておりました。
思いつきではありますが、あやかろうかと…
別にアルエットちゃんで話を続けるつもりは無いのですけどね! 

 

イエローオーブ

<エコナバーグ>

日が落ち星空が天空を支配する頃、アルル達は約束通りエコナの屋敷へ訪れて、夕食を共に戴いている。
このままエコナの屋敷に宿泊させてもらう予定の為、既に割り当てられた部屋に各々荷物を置いて、ラフな恰好で食事を楽しんでいる。
勿論話題は、今日のちびっ子喉自慢大会だ。

「可愛さで言えば、マリーがダントツでしたから!」
ウルフはこの台詞を何度と無く繰り返してる…
「分かったわよ!しつこいわねぇ…」
いい加減ウンザリなアルルが、ちょいキレ気味に言い放つ。

「でも、今回は喉自慢大会だからねぇ…歌唱力が物を言う大会だ!ミスコンじゃないんだよ」
ウルフの気持ちを逆撫でするかの様に、リュカが正論を言い放つ。
「そんなこと関係ない!マリーが1番だった!」
「ウルフ君………最近君は義父に似てきたぞ………もしかして、実は血が繋がっているのか?」
暴走気味のウルフに、冷静に突っ込みを入れる義兄ティミー。
アルルやカンダタも笑いながら頷いている。

「実の息子が、実の息子らしくないから、俺がそれを補完してるんです!ちょっとは責任を感じて下さいよ!」
まさかの切り返しに、開いた口が塞がらないティミー…
まるで父親と会話している気分になる。


「まぁまぁ…今度参加する時は、ウチから多少手心を加えるようにと言うとくから…」
「「そんな事はダメ!」」
エコナは好意のつもりで言ったのだが、それをリュカ・ビアンカ夫妻が声を揃えて拒絶した!
先程の和やかな表情とは変わり、真剣な顔でエコナを睨む夫婦。
「実力が伴わない評価は、自分も他人も不幸にする!」
「そうよ!今回の評価は、マリーの実力に見合った物だったわ!」
誰もが唖然とする2人のコメント…

「リュ、リュカはん等って…結構厳しい親なんやねぇ…」
誰もが、リュカは子供に甘いと思っていた…
しかし考えてみれば、ティミーもマリーも王子である事や王女である事を隠し、平民の子供達と共に市井の学校へ通わされていたのだ。
本人の能力以外の要因で、評価をされないようにと、リュカは気を使っていたのだ。

「努力せずに得た地位では、向上心を持ち得ない。一生懸命に頑張って優勝したアルエットちゃんは、今後も歌の練習を続けるだろう。来年の彼女は、今日よりも歌が上手くなっている!」
「それは分かるけど…自分の子には、苦労させたくないやんか!?」
「無用な苦労ならば、親として全力で取り去ろうとは思うけど…するべき苦労は与えるべきだよ。大して上手くもないのに、周りから『歌が上手い』と持て囃される娘を、僕は見たくない!下手な歌に酔いしれている娘なんて………」
ビアンカがリュカを見つめ深く頷く。

「はぁ…やっぱ、リュカはんの生き方は勉強になるわぁ~…」
エコナはリュカの生き方に感嘆の溜息を漏らしながら、テーブルの上に黄色い宝玉を1つ置く。
「エコナ…これって…」
アルルが期待を込めて彼女に尋ねる。

「せや…アルル達がお探しの『イエローオーブ』や!結構な値はしたけど受け取ってや」
「ありがとうエコナ!これでバラモス城へ行く事が出来るわ!」
アルルはイエローオーブを両手で持ち、心からエコナへお礼を告げる。
「でな…別に交換条件ってわけやないんやけども…リュカはんにお願いがあるんや…」
エコナから改まって話しかけられるリュカ…
即座に顔を曇らせる。
「何…?面倒な事言われるくらいなら、イエローオーブは要らないよ!」
先程までの立派な子育て感を台無しにする台詞は、流石リュカであろう。
「ちゃうねん!交換条件やない!オーブはもうアルル等の物やねん…如何なる理由でも、返してもらうつもりは無いねん!」
「じゃ、何?」
愛人からのお願いに、邪険な態度の男…
何故にもてるのだろうか?

「先日な…イシスの女王自ら、この町を視察に来たんや。その時な…自慢されたんや…女王様の娘を…『見て見て!私とリュカの、可愛い娘よ!』って………ウチ、めっちゃ羨ましくて!だからウチにもリュカはんとの子供が欲しいねん!」
「「「「…………………………」」」」
誰もが言葉を失う…
それくらい突飛なエコナの願い…

「う~ん………まぁいいけど………早速、今晩頑張ってみる?」
軽い…凄く軽い口調で了承するリュカ。
「ちょ…父さん!そんな非道徳的な事を簡単に了承しないで下さい!」
当然ながら真面目っ子ティミーが強く反対する。

「何?簡単じゃ無ければ良いの?難しく考えた結果なら良いの?」
「そ、そう言う意味では…」
「それに、もう慣れろよ!お前、腹違いの妹が何人居ると思ってるの!?」
最早、皆諦めムード…
そんな中でティミーだけが頑張ってはいるのだが、リュカの非常識ぶりは覆らない。
「か、母さんからも何か言って下さいよ!」
何とか母の力を借りようと、ジト目で睨むビアンカへ縋る息子。
「………」

「大丈夫だよビアンカ…エコナが終わったら、直ぐに君の番だから!足腰立たなくなるまで頑張っちゃおうね!」
何時もの様に明るい口調でウィンクするリュカ。
そんなリュカの台詞に黙って頷く妻…もう彼女の頭の中は、足腰立たなくなる事への期待でいっぱいの様子。
「ちょ…」
尚も食らい付こうとするティミーの、服の裾を引っ張りマリーが止める…
声には出さず口だけを動かし「もう諦めて」と兄を止める…



エコナの屋敷に勤めるメイドの後日談だが…
「翌日のお屋敷は、至る所で独特の香りを漂わせてましたわ…エコナ様の寝室以外も…複数のお部屋から…」



 

 

復活

<レイアムランド>

ネクロゴンドの遙か南…ランシールの西に位置するレイアムランドには、伝説の不死鳥ラーミアの卵が奉られているという。
6つのオーブを集めたアルル達は、船にカンダタとモニカ等を警備の為残しレイアムランドの祠へとラミーアを求め辿り着いた。


祠の中には大きな卵を中心に、6台の台座が周囲を囲っている。
「うひゃぁ~…でっけー卵だな!目玉焼き何人分だろうか?」
「私はスクランブルエッグが好きですぅ!」
よく声の響く祠の中で、リュカとマリーがふざけた会話を繰り広げる。

「「ようこそいらっしゃいました勇者様」」
大きな卵の前で、2人の双子の美少女がこちらに振り返り、キレイにハモって歓迎を伝える。
「うぉ、双子だよ!ザ・ピーナッツ!!」
「お父さん、古い…もしかして、そのころ全盛期?」
「ちょ、失礼な娘だなぁ!知識として知っているだけだよ!だって昭和の名曲を数多く歌ってるじゃん!溜息が出る様な…」
「まぁ…『恋のバカンス』ね!」

「じゃぁ、マナ・カナって言えば合格点?」
「う~ん…まぁいいでしょ!ギリセーフで…」
他の者には全く理解出来ない会話をする父娘(おやこ)
「ビアンカさん…2人の会話を理解出来てます?」
「…いえ、シャクだけど全然!」
またも2人の伴侶が、悔しそうに相談し始める…

「「あの…話を進めても宜しいでしょうか?」」
困惑している双子の美少女が、声を揃えて尋ねてくる。
「あ?あぁ…ごめんごめん!双子が珍しくて、つい…」
自分の子供も双子なのだが、全然似てない(性格面が)ので思わず話題を広げてしまったリュカ。
「「私達は待ち続けてきました。世界を救う勇者様が、各地よりオーブを集め訪れる事を!」」
双子の美少女は台詞だけでなく、身振り手振りもキレイに揃えアルルの来訪を歓迎している。
「うわぁ~…ユニゾン…」
これはマリーの呟きである。

「「さぁ勇者様…6つのオーブを6つの台へと奉って下さい」」
「あ、はい!」
アルルは言われるがままに、オーブを1つずつ台の上へと置いて行く。
最後の台座にオーブが置かれた瞬間、6つのオーブが共鳴し輝き出す!
そしてオーブの輝きは、中央の卵へと移り飛ぶ!

「「私達、この日をどんなに待ち望んだでしょう!さぁ祈りましょう!時は来たれり…今こそ目覚める時!大空はお前の物…舞い上がれ空高く!!」」
眩く輝く卵は、双子の祈りの言葉に呼応する様に振動する。
次第に振動は大きくなり、それが表面にヒビを走らせる。
ヒビは広がり卵は割れ、中から白く大きな鳥が現れ、祠の外へと羽ばたき出た!
「「伝説の不死鳥ラーミアは蘇りました。ラーミアは神のしもべ…心正しき者だけが、その背に乗る事を許されるのです。さぁラーミアが外で、あなた達を待っています」」


アルル達は、促されるままラーミアの後を追いかけ外に出る。
するとそこには、美しい白い羽を纏った大きな鳥が、こちらを見つめ佇んでいる。
「うわぁー!でっかい鳥ー!!ちょ~可愛い!」
ラーミアを見た途端、リュカが飛び付きはしゃぎ出す。

「君のお名前は?………そう、ラミーアって言うの!う~ん可愛い!!ねぇねぇビアンカー!この子可愛いよぉ!連れて行こうよぉ!!」
ラーミアの大きな首に抱き付き、撫で回すリュカ…
ラーミアも心地よいらしく、目を細めで擦り寄っている。
「あの…リュカさん…ラー「ちょっとリュカ!そんな大きな子を飼う余裕はありません!食費が凄そうじゃないのよ!」
アルルがリュカへ、ラーミアと共に旅する為に、オーブを探し回った事を告げようとした時、ビアンカが大声で遮った!
リュカに抱き付き、アルル等の元まで戻ると、ペットを飼う事に反対したのだ!
しかし、実際はラーミアに嫉妬してしまっただけなのだが…

「え~……こんなに可愛いのにぃ~!」
「ダメよ!プックルを始め、他にも色々居るでしょ!」
「変化の杖で人間に化ければ、食費はかからなくなるかもね」
あまり深く考えずに言った台詞だった…
両親のアホなやり取りが楽しくて、思わず煽ってみただけだった…
だがマリーは、この両親の事を全て把握してはいないのだ。
「なるほど!マリーちゃんナイスアイデア!」
パチンと指を鳴らし、格好良くマリーを指差し褒めるリュカ…
そして再度ラーミアの元へ赴くと、変化の杖をくわえさせ話しかける。
「人間の姿を想像して、この杖を振ってごらん」
ラーミアはクェーと一鳴きすると、杖を加え豪快に振り回す。

すると瞬く間にラーミアの姿は変わり、幼い女の子の姿へと変化した…マリーよりも少し幼い少女へと。
「はわぁ!?ホントだ、ラーミア人間になったよ!リュカ、ラーミア人間になれたよ!」
「うわ…本当になれたよ…流石ファンタジー…」
少女の姿になったラーミアは、リュカに抱き付き喜びながら報告する…しかし冗談半分だったリュカは、流石に引き気味だ。

「あ~ぁ…リュカ、責任取りなさいよ!」
後ろではジト目で睨むビアンカが…
「リュカ!ラーミア、リュカ好き!ラーミア、リュカの為頑張る!」
いきなりラーミアに抱き付き、撫で回した事に絶大な効果があった様で、ラーミアはリュカにベッタリの様子だ。

「…では、ラーミアの事はリュカさんに一任する事にします。異存はありますか?」
「「「「「……………」」」」」
アルルがリュカに、ラーミアの世話を押し付ける…皆もそれに同意した。
首に少女ラーミアをぶら下げて、途方に暮れるリュカ…
すると双子の美少女が、祠から伸縮性のある大きなバンドを持ち出し、少女ラーミアの肩に斜めにかける。
そして変化の杖をバンドに括り付け、何時でも使える様にしてくれた。
この時、変化の杖はラーミア専用のアイテムになったのだ。
鳥の姿へ戻ると、首から変化の杖をぶら下げる形になる…



 

 

大空の旅

<レイアムランド>

「さて…それではお空の旅へと参りましょうか!」
リュカの言葉を聞き、少女ラーミアが杖を振って変化を解く…
目の前には再度大きな白い鳥が現れ、リュカ達が背に乗るのを待っている。
リュカはレディーファーストと言うかの様に、アルルやビアンカを先に乗せる…そんなリュカの行動に、ラーミアが嫌そうな顔をするのがよく分かる。

他のメンバーもラーミアに乗り、最後にリュカが乗ろうとした時、何かを思い付き双子へと話しかけた。
「そう言えば、マナ・カナは今後どうするの?」
「「マナ・カナではありません!私達はスフェルとスフェアです!」」

「あ…うん、どっちがどっちだか分からないけど……ともかくどうすんの?此処に残って、処女を守り通すの?」
「何でそう言う聞き方しか出来ないんだ!?」
これは疲れ切ったティミーの突っ込み。
「「………分かりません。私達は、ラーミアの卵を守る事を使命として生きてきました…その使命から解放されて、どうすれば良いのか………」」
2人揃って俯くスフェルとスフェア…
目がかすれて、二重に見えているのでは?と、思わず目を擦るアルル達。

「じゃぁさ…新しく出来た町を紹介するから、そこで暮らしてみない?」
リュカはどうやら、エコナバーグへの移住を勧めるつもりの様だ。
「「しかし…私達は、今までこの地で暮らしてきました…都会で暮らす知恵など持ち合わせておりません…そこで暮らす方々に、ご迷惑をお掛けする事になるかも………」」
「あはははは、大丈夫だよ!出来たての町だから、どっちを向いても余所者だらけ♡ 奇抜な双子が現れても、誰も気にしないと思うよ。それに町長は、僕にとって大事な人なんだ…サポートしてあげてよ。出来る事だけで良いからさ」
女性をベッドへ誘う時と、寸分違わぬ笑顔で手を差し伸べるリュカ。
双子の美少女は、顔を赤らめリュカから目を逸らす事が出来ず、促されるまま彼の手を取る。

リュカは手慣れた手付きで双子をラーミアに乗せる…
「よし、行こう!」
そして自らも乗り、ラーミアへ合図を出す!
するとラーミアは羽ばたきだし、瞬く間に空高く舞い上がり、先程まで居たレイアムランドの祠は遙か眼下に小さく見える。



天高く舞う空の旅に、リュカのテンションもアゲアゲで、気持ちよさそうに歌い出した。
曲目は『浪漫飛行』
気付けば歌に酔いしれており、立ち上がって歌い出すリュカ。
高速で飛ぶラーミアの上で立ち上がり、迫り来る風圧に晒されれば、考えるまでもなく飛ばされ落下する………
リュカとて例外ではない。

「リュカさん!」
アルルは慌てて叫んだが、
「大丈夫だよ…ルーラを使って、一足先にエコナバーグへ向かうから…」
と、息子さんの冷静な答えに安堵した。

しかし、ホッとしたのも束の間、リュカ落下に気付いたラーミアが、リュカを救うべく急旋回&急降下!
普通に乗ってるだけでも風圧に負けそうなのに、予告無しの急旋回&急降下には、皆が泣きながら悲鳴を発す!

巧みな飛行 (搭乗者への配慮は皆無)でリュカをナイスキャッチしたラーミア。
ラーミアの背中に舞い戻ったリュカは、過度の恐怖で泣きじゃくっている皆を見て笑いながら嘯いた。
「あははは、絶叫マシンは堪能出来た?」
「ふざけんなクソ親父!テメーぶっ殺すぞコノヤロー!」
両目から大粒の涙を溢れさせて、取り繕う事も出来ずにマリーはリュカに罵声を浴びせる。
恐怖は人の本性を露わにする…



<エコナバーグ>

レイアムランドからラーミアに乗って3時間。
リュカは先程の件を悪びれることなく、エコナの元へと軽やかに向かう。
ビアンカとハツキ以外から、『殺してやる』オーラが醸し出ても、全然気にしてはいない様子だ!


「エコナー!また来たよー!!」
100%仕事中な事が判っていても、構うことなくオフィスへ乗り込むリュカ…
「リュ、リュカはん…出立してから10日しか経ってないんに、もう戻って来たんか?」
流石のエコナも迷惑そうだ。
しかしリュカは全く気にせず、エコナを抱き寄せ耳元で囁く様に話し出す。
「あのね…エコナにお願いがあって来たの」
「な、何?お願いって…?」
エコナは既にトリップ状態…
リュカという麻薬は(たち)が悪いのだ!

「あの双子を雇ってほしいんだ!」
部屋の入口付近で緊張気味に佇むスフェルとスフェアを指さし、エコナの首筋にキスをしながらお願いするリュカ。
「あ…べ、別に構へんけど…あの二人は…ん…何が…出来るんや…?」
エコナは、鼻から抜ける甘い声を出しながら、双子のプロフィールを確認する。

「さぁ…何が出来るのかは知らないなぁ…でも、真面目で良い子達みたいだから、僕の子のベビーシッターになってもらおうかと思ってね!」
リュカはエコナの腹部を触りながら、子供が居る事を皆に告げる。
「え!?マジかリュカはん!ウチ妊娠したんか!?」
トリップ状態から一気に覚めるエコナ。
他の皆も呆然としている。
「うん…命の暖かみを感じるよ」
「ホンマか!?ホンマなんやね?……ウチ…嬉しいわぁ…」
エコナはリュカの手の上から腹部を触り、涙ぐみながら幸せを感じている。

「と言うわけで、あの双子の事をお願いしたいんだ…長い時間、人里離れた僻地で暮らしていたから、些か常識外れな事もあるかもしれないけど、僕の相手をするよりは楽だと思うからよろしくね」
「何だ、自覚はしていたのですね父さん」
息子の侮辱にサムズアップで返すリュカ。
そして、やっと落ち着いて話をする事が出来るのだ…



 

 

節操なし

<エコナバーグ>

「そっか…無事ラーミアを復活させたんね!」
色々と混乱冷めやらぬ状態だが、これまでの経緯を説明し終えたアルル達。
「ほな、もう船は要らんやろ?水夫共々この町で雇うてもエエで!」
「本当に!?それは助かるわエコナ!正直、退職金を出す事が出来るわけじゃないし、船を譲った所で、その後の事が心配だったのよ…」
「良かったねアルル…彼等の第2の人生が守られて」
元海賊達の再就職先が見つかり、心から安堵するアルル。
そして、それに対して喜ぶティミーが、アルルの肩を抱き寄せ優しく囁いた。

「あんなバカ共の事など気にする事ないのに…船を与えたってまた海賊に戻るだけかもしんないし、スマキにして海に放り投げればいいんだよ」
「馬鹿な事言わないでよ!彼等にはとても助けられたのよ!今後彼等が正しい人生を進める様にしなければ…」
「そうですよ!いくら父さんが彼等を嫌っているからって、それは酷すぎでしょう!」
仲良く手を繋ぎながら、リュカを責め立てる2人…
「ヘイヘイ…ラブラブ勇者様はお優しい事で…」
無論リュカは冗談で言った事なのだが、息子カップルが仲良くする様を見て、大満足している。

「ほな決まりやね!…んで、今はどの辺を航海してんの?」
「「「……………」」」
船は何処?この質問に皆が固まる…
「……どうしたんや?」

「………に………れた…」
か細い声でアルルが呟く。
「え、何!?」
思わず聞き返すエコナ。

「レ、レイアムランドに忘れてきたの!!」
完全に忘れていた事に自ら驚き、思わずエコナの質問に大声で答えてしまうアルル。
「ぷふー!!何、アルル達はカンダタの事を忘れてたの?あはははは、ちょ~うける~!」
「な、なによ!リュカさんだって忘れてたんじゃないですか!」
「僕は憶えてたよ。でも、もうアイツ等必要ないし、あそこに捨ててきても良くね?って思ったから!」
つい先程まで、双子のこれからの人生と、生まれてくる我が子の人生を心配していた男とは同じと思えない発言。


皆が船を忘れてきた事に混乱していると、
「じゃぁサクッと僕が行って来るよ。ラーミア、行こう!」
と言い、少女ラーミアの手を取り立ち上がるリュカ。
ラーミアに乗ってレイアムランドの船まで一っ飛び…そしてルーラを使い戻って来ようと言うのだ。

誰もが認める、最も妥当な提案なのだが…
「そんなのダメよ!」
何故かビアンカが反対する。
「え、何で?」
間の抜けた口調で尋ねるリュカの手を掴み、ビアンカは真面目な顔で答えた。

「ラーミアと2人きりなんて絶対ダメ!エルフ・ホビット…そして異世界人。この上、鳥との間にも子供を作る気!?」
世間一般の家庭なら、ビアンカの発言は笑い話なのだが、この男の事となると変わってくる。
他の者達からも『あり得る…』とか『節操が無いから…』とか言われ、冷ややかな目で睨まれるリュカ。
だが、そんな事でへこたれないリュカは、憮然とした表情で言い放つ!
「今更…もう1人増えたって問題なくね?」
「「「「……………」」」」




妥協案としてリュカとビアンカが、ラミーアに乗ってレイアムランドへと飛び立った。
そしてエコナの屋敷では、エコナが多数の装備品をアルル達の前に広げ、最終決戦に備えさせようと気を使う。
「アルル、これが今のエコナバーグで用意出来る、最高の装備や。好きな物を持って行ってや」
そこに用意された物は、どれも1点物ばかりで、高価な物だと判る。

「い、良いの?どれも高そうだよ…」
「アルル達には、この世界を平和にしてもらわなあかんねん!出し惜しみなどしてられへんよ!」
そう笑顔で答えるエコナに、アルル達は心から頭を下げるのだ。


「じゃぁ…お言葉に甘えて私はこれを貰うわね」
早速ハツキが手にしたのは『闇の衣』だ。
ハツキのフットワークを阻害せず、防御力は大幅に向上する。

「じゃぁ俺は…この3つを!」
そう言ってウルフが手にしたのは『ゾンビキラー』『ドラゴンローブ』『水鏡の盾』だ。
剣術にも大分自信の出てきたウルフは、動きやすさと攻撃力向上を主とした装備を選んだ。

「私は…コレとコレを」
そしてアルルが選んだのは2つ。
『ドラゴンメイル』と『ドラゴンシールド』だ。
ロマリア大陸辺りから、ずっと使い続けてきた『鋼の鎧』と『鉄の盾』をエコナに渡し、それよりも強力な防具を装備するアルル。
これによりアルル達の装備一式が大幅にグレードアップした!

「エコナさん。私はこれを貰っても良いですか?」
するとマリーが1本の杖をエコナに強請りだした。
「それは『細波の杖』やね…エエよ、マリーちゃんが使ってや」
この『細波の杖』は、杖を握り念じると『マホカンタ』を装備者にかけてくれるマジックアイテムだ。
攻撃魔法しか使えない彼女には、まさにピッタリな杖だろう。



さて…
そうこうしている間に、気が付けば3時間程経過しており、どうやらリュカ等が戻って来た様だ。
「ラーミアもー!!ビアンカばっかりズルイー!!」
リュカの首に垂れ下がる様にしがみつき、少女ラーミアが何やら大声で叫んでいる。
「何があったの?」
思わず、一緒に入ってきたカンダタに聞くアルル…
「さぁ…俺にもよく分からねーんだ…」
良く見ると、リュカは困り顔でビアンカも困り顔&苛つき顔…

一体何があったのか…



 

 

家族喧嘩

<エコナバーグ>

「次、ラーミアの番~!」
「いや、だから…ラーミアはダメだって…」
リュカの首に垂れ下がり、何やら我が儘を言っている少女ラーミアと、心底困り顔で彼女を宥めるリュカ。

「あの…一体何がダメなんですか!?」
気になってしょうがないアルルは、珍しく困り果てているリュカに尋ねてみる…
「「………」」
しかしリュカもビアンカも、更に困るだけで説明はしてくれそうにない。

すると…
「ラーミア、リュカのお願いきいたの!なのにリュカ、ラーミアのお願いきかないの!」
と、少女ラーミアが騒ぎ出す。
「ラーミアちゃん…どういう事か詳しく説明してくれる?」
困り切っているリュカの存在が嬉しいアルルは、この事態の全てを知る為に、少女ラーミアを手繰り寄せ優しく情報を引き出そうとする。

「あ、ちょっと…」
このまま有耶無耶にしたいリュカは、アルルを止めようとしたが…
「一方的にラーミアちゃんへ言う事をきかせて、自分は何もしないなんて酷すぎですよ!ジャッジは僕等が行いますので、先ずは状況確認させてもらいますから!」
と、ティミーが父を押し止めた。
どうやらティミーもリュカの困惑原因を知りたい様だ。

「あのね…リュカ、ラーミアに言ったの!『ビアンカと2人きりだから、もっとゆっくり飛んで』って!だからラーミア、ゆっくり飛んだ!」
どうやらリュカは、ビアンカと2人きりの時間を長く味わおうと、ラーミアに飛ぶ速度を落とさせた模様。

「そしたらリュカとビアンカ、ラーミアの上で交尾を始めたの!」
「「「「え!?」」」」
ラーミアの突然のワードに、一同が驚きの声を上げる!
「だから次はラーミアの番なの!ラーミアもリュカと交尾するの!!でもリュカ、ラーミアのお願いきかないの!!」

「「「…………………………」」」
誰も何も言えなくなるアルル一同…
「おう、我が息子!ジャッジしろよ…状況が判ったんだろ!早くジャッジしてみろよ!」
どうやら自ら進んで地雷を踏んだ勇者カップル…
何時も傍迷惑なリュカに、一泡ふかせてやりたくて根掘り葉掘り聞き出したのだが、今更ラーミアが間違っているとは言えなくなり、困り果てる2人…

「ラーミアちゃん…アナタはお父さんと交尾出来ないのよ。何故ならアナタは人間の事を解って無いから…」
マリーが突然、困惑している兄カップルを助けるべく、少女ラーミアを手繰り寄せ説得を始めた。
「ラーミア、人間の事が解ってないのか?」

「そうよ…先ず『交尾』って言葉は使わないし、1度ダメって言われたのに、しつこく迫るのもダメなの!」
「そうかぁー…人間は『交尾』って言わないかー!じゃぁ何て言う?」
「そう言う事は自分で調べる物なのよ。人に聞いたのでは、本当の意味で人間の事を解った事にならないの。もっと人間の事を理解して、そうしてからお父さんにお願いしてみてね♥」
「うん。ラーミア頑張る!マリー、ありがと!」
何だかよく解らないながらも、解らないからこそ納得してしまった少女ラーミア…
リュカ・ビアンカもティミー・アルルもホッと安堵する事が出来た。


「ありがとうマリー。助かったよ…」
ティミーが事態を収拾してくれた妹に礼を言う。
「良いのよお兄ちゃん。何時も助けて貰っているお返しだから」
マリーは可愛らしく兄にウィンクしてみせる。
そして、そのウィンクに嫉妬するウルフ…

「何だよ…ジャッジ出来ないなら、しゃしゃり出るなよ!」
有耶無耶にしたかったのに、大事へ発展させた息子カップルに文句を言うリュカ。
「普段の行いが悪いから、こう言う時にこう言う目に遭うのよ!もっと自重する様に心がけてよ!」
だがマリーは、父を押さえ込むかの様に強気に出た。
ここ最近、父に酷い目に遭わされている事への意趣返しの様だ。

「自重する僕など、最早 (リュカ)では無い!そんな常識的なパパが欲しいなら、どっか余所の家の子になりなさい!我が家のパパはこれがスタンダードです!」
反省の色が微塵も見えない父親に、心底苛つく愛娘…
ビアンカもリュカの後ろで頷きまくる…それがマリーを一層苛つかせていた。


珍しく、家族間で言い争いをするリュカファミリー。
しかし何時までも、このままのワケにはいかないので、エコナが代表して騒ぎの沈静化に乗り出す。
「しかし…空の上でヤるとはなぁ…何考えてるんや!?」
「はぁ…まったくです!父さんの非常識さには、言葉もありませんよ!」
ラーミアとの事はともかく…
場所を選ばない父に呆れるティミー。

「そうは言うけどねティミー…大空で大好きなビアンカと『交尾』するのは、新鮮で燃えるシチュエーションだったよ!お前も試してみれば?」
「そうよね…やっぱりマンネリって良くない物ね!…でもティミーとアルルちゃんには、まだ訪れてないでしょう。今はまだ、普通のでも新鮮なのよ!」
真面目ッ子カップルには、到底理解出来そうにない両親の奇行。
この夫婦は、イチャイチャを止めることなく息子に自慢している。

そして傍らでは、そんな夫婦の奇行を一生懸命メモるウルフが目撃された…
マリーもドキドキしながら、これからの自分たちに期待を寄せている。
そして喧嘩ムードだったのが、各カップルのラブラブムードへと変わる、世間一般とは違う一家をエコナ等は痛感するのだった。

大丈夫か、この一家?



 

 

神聖なる英雄像

<サマンオサ>

アルル達はラーミアに乗り、サマンオサへと降り立った。
本当であればバラモス城へ乗り込んでいるのだが、リュカが至極常識的な事を言った為、決戦前に各国へ挨拶に訪れたのだ。

勇者アルルを筆頭に、ハツキ・ウルフ・カンダタ・モニカ・ラーミア・ミニモン・ティミー・マリー・ビアンカそしてリュカ…このパーティーで挑む事に…
因みにリュカのルーラで赴かなかったのは、
「ラーミアで乗り付けたら、みんな驚くんじゃね?」
と言う、先程とは打って変わって非常識なリュカの意見を、
「それ、いいわね!」
と、ティミー以外の全員が賛同したからである。


数ヶ月前は荒んだ町並みだったが、今では見違える程変わり、復興が進んでいる。
商店街も全てではないが、多くの店が営業し、皆が明るい笑顔で商いを行っている。
「やっぱ城下はこうでなきゃね!」
城への道を歩きながら、嬉しそうに呟くリュカ。
すると1人の少年が、リュカを見るや大声で叫ぶ!
「あ!リュカ様だ!!」

その声を切っ掛けに、リュカの周りには忽ちの内に人集りが出来、皆口々に感謝の言葉を述べている。
「な、何でこんなに有名なの?」
リュカは人集りに辟易しながら、無碍にも出来ずに困り顔でビアンカを見つめる…
無論ビアンカに応えられる訳もなく、ただ困惑するのみ…

TVもなく、写真もないこのDQの世界で、名前だけならともかく、顔までもが有名になるのは難しい。
だが今此処に集まってきている人々は、間違いなくリュカの容姿を知っている。
その事にも困惑していると、愛娘が1枚の絵を指差し、笑いを堪えて語りかけてきた。
「お父さん…こんな絵が…」
小さな美術店の店先に、醜いバケモノを相手取り、凛々しく剣を構えて戦っているリュカの絵が売られている。
「な、何じゃこりゃ!?」
人集りを掻き分け、マリーが指し示した絵の前へと移動する…

店の中には、この絵以外にもリュカが描かれた作品が多数あり、その全てに『フィービー』とサインが記されている。
「こんなシーン知らないぞ…」
飢えた貧しい人々に、安らかな笑顔で食料を配布するリュカ…
幼い少女を庇い、多数の悪逆な兵士と対峙しているリュカ…
全ての絵に共通しているのは、リュカには神々しく後光が差し、神聖視されて描かれているのだ。
奥から現れた店主の態度を見れば明らかで、リュカを見るなり神を前にしているかの様に恭しく頭を垂れる。

リュカはこの美術店から絵を2枚借り…店主は『そんな借りるなんて…どうぞ、お好きな物をお持ち下さいませ。リュカ様にでしたら、店ごとお譲り致しますから』と、インチキ宗教のエセ教祖に、盲目的にのめり込むバカ信者の様な態度をとられ『うるせー!返すってんだろ!』と、キレてから城へと向かった。


「コラ、テメー!何だこの仕打ちは!?」
リュカはサマンオサ王が居る会議室へ乗り込むと大声で怒り出す。
城門で…
入口で…
城内で…
会議室前で…
全てで取り敢えず待つ様に言われながらも、番する兵士を押し退けて無理矢理乗り込むリュカ。

そして国王を見つけるなり大不敬罪!
「リュ、リュカ殿…!?ど、どうしたのですかな?」
いきなりの事に呆気にとられる王様…
「どうしたじゃねー!何だこの絵は!?僕の事をバカにしてんのか?」
リュカは美術店から借りてきた2枚の絵を見せ怒鳴りつける。

「おぉ…良く描かれた絵だろ!ワシも何枚か持ってるが、どれも気に入っているぞ!」
周囲には大臣等のお偉いさんが多数居るが、そんな事を無視してリュカと国王は会話を続ける。
「何が『お気に入り』だ!このモチーフは僕だろ!バカにしているとしか思えないぞ!作者を呼べコノヤロー!説教してやる!!」

リュカの気迫に押されるまま、一連の絵の作者『フィービー』を呼び寄せるサマンオサ王。
フィービーを待つ間、会議室にはリュカの怒気が充満する。
「…リュ、リュカ殿…何をそんなに怒っているのだ?」
重要な会議中であったのだが、救国の英雄が怒りを露わに乗り込んできた為『話は後で聞く』等とはとても言えず、ただ黙って待つしかない大臣達…
そして、それに気付いた国王が、恐る恐る尋ねたのだが『作者が来てから話す!』と言われ、やはり黙って待つ事しか出来なくなる。


そして待つ事15分…
「あ、リュカ!私の事を呼んだって本当!?私もリュカに逢いたかったから、すごく嬉しいわ!」
そこに現れたのは、リュカ等がサマンオサに初めて訪れ、リュカの財布をスろうとし、逆に捕らえられた浮浪児の少女フィービーだった。

「お、お前がこの絵を描いたのか?」
彼女が現れるとは思わなかったリュカは、驚きながら2枚の絵を見せ問いかける。
「そうよ!私のリュカに対する思いを、絵に表現してみたの。結構良く描けてるでしょ。サマンオサでは人気があるのよ」
今では小綺麗な恰好をしている彼女は、世間一般から見ても可愛く、世の中の男性が放っておかない容姿であり、そんな彼女が可愛くウィンクをすれば、会議室に居る若めの文官達には鼻の下を伸ばして見とれてしまうのだが…

「ふざけんな、バカにしてるとしか思えないぞ!」
しかしリュカには効果が無く、しかも怒られてしまい戸惑うフィービー。
「な、何で怒ってるの…?わ、私は…リュカの事を尊敬して描いたのよ!?バカになんてしてないわ!」
訳も解らず怒られ、涙目になる少女…

「………分かった…説明するから座りなさい」
流石のリュカも、フィービーに泣かれたじろいだ。
何処ぞのバカ男が、商魂フルスロットルで描き上げた物だったら、リュカもたじろぐことなく怒鳴り散らしたのだが、相手が見知った可愛い少女で泣き出してしまったとなると、頭ごなしに怒鳴る事も出来ず、ちょっとだけ竜頭蛇尾な感じである。



 

 

神・英雄・人

<サマンオサ>

「あのねフィービー…君が僕の事を尊敬してくれるのは嬉しいんだけど、この絵の僕はまるで神様みたいに描かれてるよ!止めてくんない!?」
目の前に座る絵の作者…フィービーに向かい、辟易した表情で懇願するリュカ。

「何で?リュカは私にとって英雄よ!この国の救世主よ!神と言っても良いくらいよ」
フィービーの言い分は妥当な物だ…
今この国でリュカは、精霊神ルビスより知名度が高く、国を正し民を救い悪を倒す超常的存在に昇華されているのだ。

「それは違うよ…僕は人だ!なんの力も持ってない平凡な人間なんだ!」
「そんな事無いわ!リュカは私達を…この国を救ってくれたじゃない!力無き者に出来る事では無いわ!」
盲目的にリュカを崇める彼女には、効果の薄い台詞な様子…

「はぁ…違う違う…違うよ!もし僕が神ならば、この国があんな酷い状況になる前に何とかしたんだ…そこのバカ王が変化の杖を奪われ、王位をも奪われた時に現れて、あのバケモノを倒したんだ!そうすれば力無き弱者が虐げられ、フィービー…君の様な()を不幸にする事も無かったんだ!」
サマンオサ王の前で、バカ王と侮辱しても誰も怒らない。
皆黙って聞いている。リュカの存在とは何なのかを考えている。

「僕を神として人々に知らしめる事は酷い侮辱なんだ…いい加減不幸の極みで現れて、怒りに任せてバケモノを倒し、復興を手伝わずに帰って行く…そんなの神じゃ無い!そんなの英雄じゃ無い!…でも人ではある。自分の手の届く範囲でしか物事を解決出来ない凡庸な人間だ!」
「でも…リュカが居たから…リュカがこの国に来てくれたから、私達は今生きている…それは事実よ」
当然ながらフィービーも引かない。
周りにいる王様や大臣等も、フィービーの意見に大きく頷く。

「神とは…誰にも出来ない事をやってのける存在だ!僕のやった事は、僕じゃなくても出来る事…バケモノと戦う力さえあれば、誰が行っても良かったんだ。ただ偶然…本当に偶然僕がこの国へ訪れ、あの惨状を目の当たりにし、怒りを滾らせたからこうなっているだけなんだ」

「……………」
フィービーは何も言わない…納得したからではなく、納得は出来ないが、リュカの言い分も理解出来るから…
「はぁ……」
その事が分かるリュカは、大きく溜息を吐き自分の過去を語り出した。
「僕はね…目の前で父親を殺されたんだ………」



自分が人質になってしまたが為に、目の前で殺される父の事…
まだ幼き頃より、10年間もの奴隷としての人生…
結婚し、子供が産まれたその日に、愛する妻を攫われ、救い出す事も出来ず8年間石にされた事…

「………だから僕は神など信じない。もし神が居るのなら、此処まで酷い事をされたのは何故だ?せめてビアンカを攫うのを防いでくれても良いじゃないか!8年間も石になる事を防いでも良いじゃないか!だが実際は何もしてくれなかった…何故なら、神など存在しないから!」
静まりかえる会議室には、リュカの静かな声だけが響き渡る…
リュカの過去に…リュカの苦労に…そしてリュカの思いに押し潰されそうになるフィービー達。


「フィービー…僕の事を描くなとは言わない。でも描くのであれば、僕を人として描いて欲しい。僕は多少人より戦えるだけであって、神でも英雄でも勇者でも無い…直ぐに感情に流され、善悪を見失い、利己的な事しか考えない臆病な人間だ。正義の心に動かされてこの国を救ったのではない…弱者を虐げるクズ共に、同じくらいの苦痛を与えてやりたいと思う邪悪な心から戦ったんだ!結果が同じなだけで、この絵の様な人物など存在しなかったんだよ…何故なら僕は人だから…ただの人なんだからね」
リュカはフィービーの頭を優しく撫で、優しい口調で自分を語る。

彼女は尊敬するリュカの事を理解する事が出来てなかった自分が恥ずかしくて泣いていた。
だが、そんなフィービーを責める者は誰も居ない…解らなくて当たり前なのだ。
重要なのは、解ったこれからをどうするかなのだから。

「よし!ワシからお触れを出すとしよう。『リュカはこの国の英雄であって、神ではない!必要以上に神聖視する事はリュカに対する侮辱であり、本人の望むところではない!救国の英雄に対する無礼は、国家に対する不敬である』と…どうかね?」
サマンオサ王からの提案に、
「う~ん…『英雄』と言うのが嫌だが…まぁしょうがないか」
と、渋々ながら承諾する。
そしてやっと会議室に落ち着いた雰囲気が戻ってきたのだ。


「してリュカ殿…本日の来訪はどの様な用件ですかな?絵の事だけとは思えませんが…」
そうリュカは…いや、アルル達はサマンオサに、最終決戦前の挨拶へと訪れたのだ。
リュカの怒りに当てられて、すっかり挨拶を忘れていたアルル達…
慌てて恭しく挨拶するも、王様も家臣の方々も全く気にすることなく低姿勢で接してくれる。この場で一番偉そうなのはリュカだけだ。

「あ、そうだ!おいカンダタ…この絵を美術店に返してこいよ!」
「はぁ?何で俺がパシらにゃならねーんだ!?旦那が返すって言ったんだから、旦那自らが行くべきだろう…あの店主はくれるって言ったのに、頑なに断ったのは旦那なんだから」
「うるせー!今僕はこの国の国王陛下と大事なお話をしている最中だろ!それとも何か?王様より下町の商人を優先しろと言うのか?それがお前の考えか?」
一切恭しい態度を取らないクセに、面倒事を回避する為なら如何様にでも口が回る男。

今リュカが城下へ行けば、また人集りが出来、面倒な事この上ないのは明らかだ。
そんな状況にリュカが飛び込む訳もなく、リュカの中の序列で一番低い地位のカンダタが指名されるのは自明の理である。
カンダタも、これ以上抗っても痛い目を見るのが分かっているので、取り敢えずは大人しく従うのだ…
「いいじゃないカンダタ…それを返し終わったら、私と城下町でもデートしましょうよ」
気を利かせたモニカが、カンダタの腕に抱き付き一緒に城下へと出て行った…

そしてアルル達はサマンオサ国王と3時間程会話をし、城を後にする。
城下でカンダタとモニカに合流すると、ラーミアの背に乗って次の地へと向かうのだった。
次の地はポルトガ…
船を黒胡椒と交換で譲ってくれた国…
折角譲ってくれた船の現状を説明する為に、ラーミアはポルトガへと突き進む。

リュカが言わないと、嫌がらせの様に高速で飛ぶラーミアの背中にしがみついて…
「リュカさんが言わないと、ゆっくり飛んでくれないんじゃ、俺達にはこの上では出来ないよ…」
嘆くかの様に呟くウルフ…
流石はリュカの弟子…この状況でも余裕がある様だ。



 

 

あるがままで

<ポルトガ>

「折角譲って頂いた船ですが我々には不要となり、仲間の水夫等に託しエコナバーグを中心に使用させる事になりました。陛下のお心遣いを蔑ろにしてしまい、申し訳ございません」
アルル達は、一部の例外を除き全員が恭しく頭を下げている。
勿論その一部とは、リュカ・少女ラーミア・ミニモンの事だ。


「よいよい…船はお前達に譲ったのだから、その後どの様に利用するかは、お前達の自由だ」
ポルトガ王はアルル達を咎めることなく、優しく微笑んで許してくれた。
「とは言え…何故に手放す事になったのか…それは聞きたいのぉ…」
「はい、陛下!それは…「それはこの子だ!」
アルルの台詞を遮って、リュカが少女ラーミアを抱き上げ、王様に見せつける!

「オッス!ラーミアだよ」
「…オッス、ポルトガ王だよ!………で、この少女が何だと?」
リュカに両脇を抱かれ、無礼に挨拶をする少女ラーミア…
アルル達も諦めたのか、しゃしゃり出てきたリュカに説明を託す。
「うん。実はね…驚いちゃう事に、この子ね………船酔いが激しいんだ!だから『船、もいらなーい!』という事になった」
「何と、それは驚きだな!」
わざとらしく驚いてみせるポルトガ王。

「何だその理由は!!そんな訳無いじゃないですか!真面目にやって下さいよ父さん!」
「ほぉ~…流石はリュカの息子だ。見事なツッコミ!相変わらずお前の周囲には、良い突っ込み役が居るのぉ…羨ましい」
「当然です!僕の息子ですよ!この子はプロのツッコミニストですからね!」
リュカが満面の笑みで、ティミーの事を褒める (?)のだが、当の息子は頭を抱え脱力する。
「何と、プロだったのか!?道理で………」
心底納得するポルトガ王。

「何で納得してるんですか!?つかツッコミニストって何だよ!」
今度はウルフが我慢出来ずに突っ込んだ。
「うむうむ…リュカの息子程では無いが、これまた良いツッコミだ!」
「良いだろう!コイツも僕の義息子(むすこ)になるんだぜ!僕の娘を喰べちゃったからね(笑)」
「何と…お前の娘と…う~む…リュカの娘とは、そちらのお嬢さんの事だろ?」
「は、はい。娘のマリーです!」
急に話を振られて、慌てて返事をするマリー…それなりに礼儀正しくしている。

「そうか…ウルフと言ったな…お前は幼女趣向者だったのだな!?変態君め!」
マリーの様な幼子との関係を知ったポルトガ王は、少し蔑んだ目でウルフを見据える。
「な…ち、違「違うよ。ウルフは変態じゃないよ!」
慌てて否定しようとしたが、尊敬する義父が力強く否定するので、黙って義父(ちち)に任せる事に…

「コイツはねエロガキだから、バインバインの美女が大好きなんだよ!」
「ほう…その割には、手を出したのが年端もいかぬ幼女というのは、些か説明が必要なのでは?」
「うん。それはね僕の娘…マリーは着痩せをするんだよ!今は服を着ているので、小さく見えるけど、脱いだら絶品だぜ!…見る?」
「見せねーよ、バ~カ!!」
キレたマリーもツッコンだ!

「わっはっはっはっはっ!面白いのぉ…お前等と会話していると、最高に楽しいぞ!何せ相変わらず余の部下は、ツッコミ下手だからなぁ………」
「なるほど…相変わらず使えねーんだ!ったく、何の為に今の地位にいるのやら?」
周囲を見渡すと、側近達全員が拳を握り締め、ワナワナ震えて我慢している。
アルルはつくづく思うのだ…《可哀想に…》と…




<ロマリア>

翌日もラーミアに乗り、ポルトガの隣国であるロマリアへ訪れたアルル一行。
直ぐさま城へと赴き、ロマリア王へと決戦前挨拶をする事に…
「…そうか、遂にバラモスと戦うのだな。我らは何もしてやる事が出来ぬが、皆の無事を祈らせてもらうぞ」
「そのお言葉だけで十分でございます。必ずやバラモスを倒し、世界に平和を取り戻します!」
何時ものメンバーだけが頭を下げ、ロマリア王に挨拶する。

「十分じゃねーよ…部下の1人くらい、派遣しても良いじゃん!…祈るだけかよ」
「な、何言ってるんですか父さん!僕等の旅は危険極まりないんですよ!下手したら命を落としかねないんですよ!!」
リュカの暴言にロマリア王は笑っているのだが、真面目っ子ティミーは青筋立てて怒鳴り出す。

「んだよ…本当の事だろ。危険極まりないのに、まだまだ若い(アルル)達が挑んで、歴戦のロマリア兵が祈るだけなんだぜ!……それともロマリア兵ってば弱いのかな?まぁ見た目弱そうだもんな!(大笑)」
リュカの安い挑発に、謁見の間に控えている兵士等が一斉に殺気立つ。
すると…

「隊長…あんな事言われてますよ!?良いんですか?ここは歴戦のロマリア兵である近衛騎士隊長が出張ってみては?…近衛騎士隊の事なら大丈夫です!副隊長の私めが、隊長代理を全うして見せますから。何だったらそのまま隊長になっても良いですよ!」
「な…そ、それは…」
リュカの言葉に顔を真っ赤にして憤慨していた兵士等だが、ラングストンの台詞を聞き、真っ青な顔で狼狽える。

そんな近衛兵達の態度を見て、腹を抱えて笑うラングストン…
「おいおい…近衛がそんなんで大丈夫なのか?ロマリアって結構大国だと思ってたんだけどなぁ…」
「いくらリュカ殿でも、今の言葉は許せませんね!今、此処に居る近衛兵達は、我が国でも有数な貴族様達ですぞ!だからこうして陛下のお側で、権力だけを振り回しているんです!貴族の家柄に生まれなければ、兵士にすらなれないヘタレ共です!…ね、隊長!そう言えば隊長は侯爵様でしたね(笑)」
近衛騎士隊長はラングストンの言葉に怒り震えている。

「つまり…アホたれ貴族が実力のある平民達を危険な前戦に追いやり、自分たちは後方で安全に我が儘に威張り散らしているって事?」
「その通りですリュカ殿!…しかし悪い事ばかりではありませんよ…前線に出るという事は、私の様に平民出身でも、功績を立てて出世する事が出来るのですから!」
「その割には、お前は副隊長なんだ…ロマリア王は人を見る目があると思っていたが、存外大したことは無いの?」
いま、この謁見のまで笑顔なのは3人…
リュカとロマリア王とラングストンだ。
アルル達は胃を押さえ…ロマリア兵や大臣等は鬼の形相で体を震わせている。

「私が隊長になれないのは、平民の下には就きたくないと言う、素晴らしい意見をお持ちの貴族様方がいらっしゃるからですよ。陛下は素晴らしいお方です!勘違いなさらずに…」
「ふ~ん…貴族が随分と力を持ってるんだねぇ…そう遠くない未来に、この国は潰れるね!」
リュカの侮辱は止まらない…
グランバニアに居た時と同じように、他国の…それも異世界の貴族共を怒らせる。
元より自制心の無い者が殆どの為、リュカの暴言に我慢出来ず、剣を抜き放ち襲いかかる!

「バギマ」
しかし、リュカへ攻撃が届く直前に、殺傷力を無くしたリュカのバギマが吹き荒れ、虚栄心だけの貴族達を勢い良く壁際へと吹き飛ばす。
「よえ~………どうしようもなく弱いなぁ…」
「あはははは!流石リュカ、誰一人殺さずに戦意を奪うとは…あっぱれだ!」
上機嫌なロマリア王とラングストン…
近衛騎士隊長を始め、近衛騎士達は面目丸潰れ…

その後アルル達はロマリア王に持て成され、城で夕食を共にした。
尚、ラングストンが気を利かせて、リュカにだけ特別料理『シーフードピザ・魚介類抜き』を用意した為、後頭部を思いっきり殴られたのだった。



 
 

 
後書き
ラングストン再び!
負けるなハツキ! 

 

こんにちは赤ちゃん

<イシス>

アルル達はポルトガ・ロマリアと連日で訪れ、最終決戦前の挨拶を済ませた。
そしてやって来た砂漠の国イシス…
先に訪れたサマンオサ・ポルトガ・ロマリアもリュカ等(特にリュカ)に対して好意的な国(国王が)だが、このイシスは特に好意的(女王が)であろう…
何故ならば、第1王位継承者の王女様が、リュカの娘であるから…
うん。詳しく説明はしないけど、大当たりを引き当ててしまったのだよ。


「お父さん、赤ちゃんに会うの楽しみだね!私の妹、可愛いといいなぁ」
些か不機嫌なビアンカ…
頭の痛くなる思いのティミー・アルル…
八つ当たりされない様に距離をおくハツキ・カンダタ・モニカ・ミニモン…
時々訪れる師匠の困惑を楽しもうとするウルフ…
何だかよく分からないけど、常にはしゃいでる少女ラーミア…は置いといて…
このパーティー内に渦巻く感情を、掻き乱すかの様なマリーの発言に、リュカは無表情に歩き続ける。

砂漠の町を抜け、イシス城に入る…
ヒンヤリとしたエントランスを歩くと、リュカを防ぐかの様に3人の男が立っている。
「あっ!あの3人組は確か…アン・ポン・タンだ!」
以前、リュカにやられた女王直属の護衛官達…
「ち、違う!我らは…「トン・チン・カンよ、お父さん!」
そんな3人の言葉を遮り、リュカと共にからかうマリー。

「それは『サリーちゃん』に出てくる三つ子だろ!?」
「似た様なもんでしょ」
敵意剥き出しの3人を、徹底的にバカにする父娘(おやこ)
「違うと言ってるだろ!」
静かなエントランスに木霊する大声…

「だって名前なんて知らないもん!」
「じゃぁ何で『アン・ポン・タン』とか言うんだよ…」
最早ツッコミが染みついた息子さんの呟き。
「わ、私はエドガー!」「我はアラン!」「俺は…「もういいよ!退いて!」
リュカの『名前知らない』の言葉に、慌てて名乗ろうとするも、最後まで聞くことなく彼等を押し退けて奥へと向かうリュカ…
2/3は名乗れたので満足するべきだろう…


「お父さん…最後の1人の名前って何だろうね?やっぱりあの流れからだと『ポー』かな?」
流石に気になってしまうマリー…
今更ながら、バカにしすぎた事をちょっと悔やんでる。
「知らね!あそこで『三波春○でございます!』なんて言われたら腹立つから、聞きたくなかった!」
「ぷふ~っ!ちょ~うける~!!それサイコー、あははははは!」
リュカの隣に寄り添いながら、楽しそうに笑うマリー…
勿論その後ろでは、ヤキモチの炎を滾らせるビアンカとウルフが居る。
そんな事には気付いていない父娘(おやこ)は、声を揃えて『世界の国からこんにちは』を歌っている…


女王の執務室へ訪れると、レイチェルが机に座り書類を決裁していた。
直ぐ側のベビーベッドには、まだ小さい女の赤ん坊が…
「レイチェル…お邪魔するよ~」
「あ、リュカ!!」
レイチェルはリュカの姿を見た途端、持ってた書類を投げ捨てて一目散に抱き付いた!

「リュカ、見て見て!私頑張ってアナタの子を産んだのよ!」
嬉しそうにリュカを赤ん坊の所へと連れて行く…
「うわぁ~!可愛い女の子だ!名前はもう決まってるの?」
伊達に子沢山を経験してるワケではなく、赤ん坊を起こさない様に優しく抱き上げるリュカ…
ビアンカも、可愛い赤ちゃんを前にすれば、思わず顔がほころんでしまう優しい女性だ。

「本当はね、リュカの名前に因むつもりだったんだけど…大臣達が全員反対しちゃって…だから私の名前に近くしたの。その子の名前は『レティシア』よ…私とリュカの子レティシア」
「レティシアか…僕とレイチェルの子だし、将来はきっと美人になるね!」
「母親みたいに、変な男に引っかからなければ良いね…」
「あらマリーちゃん!私は変な男になんか引っかかって無いわよ!むしろ最高の男性に出会えたと思ってるわよ!」
面白半分で嫌な空気を蒸し返そうとするマリー…
だがレイチェルは本気でリュカに出会えた事を喜んでおり、現在の状況に微塵も不満は無い様子だ!

「そうよね女王様!私もリュカに出会えて最高ですもん!」
リュカの腕の中で眠る、赤ん坊の頬を突いていたビアンカが急に同意する。
「そうですよねビアンカさん!やっぱりリュカは最高の男性ですよね!…良いなぁビアンカさんは結婚出来て…羨ましい!」
マリーの狙いは、アホたれ男のアホたれ行動に、みんなで非難ゴーゴー・タイムの予定だったのだが、まさかビアンカが此処で『リュカは最高の男』発言をするとは思って居らず、良い男だからしょうがない的な流れになってしまったのだ。
そして和気藹々ムードのまま、アルル達は最終決戦の挨拶を終わらせてしまい、リュカが白い目で見られる事が無くなってしまったのだ…

その日の晩…ベッドの中でマリーはウルフに言う…
「私は浮気を許すつもりはないわよ…」
彼もそれなりにイケメンだから、彼女もそれなりに心配なのだろう…



 

 

バラモス城

<バラモス城>

世界の平和を取り戻す為、アルル一行はラーミアを使い、ネクロゴンドの奥地に聳えるバラモス城へと乗り込んだ。
バラモス城は入り組んだ造りになっており、なかなか先へと進めない…
尚かつ敵も強力で、進撃スピードは上がらないのだ!


「やはり本拠地だけあって敵も強いわね!」
「うふふ…アルルはもうギブアップ?私はまだまだいけるわよ!」
『ライオンヘッド』に苦戦しているアルルの呟きに、素早さを駆使して強烈な一撃を『エビルマージ』に与え、トドメを刺すハツキがサラリと答える。

「あははは、バカを言わないで!1対1で戦うと苦労するってだけの事よ!今の私にはみんなが居るのだから、怖い物など何もないわ!」
装備を一新した彼女等にとって、此処の敵は強敵であっても撃破出来ない相手ではない。
ましてアルルにしてみれば、仲間と共に戦える事が何よりの強みなのだ!

ハツキの加勢もあり、ライオンヘッドにトドメを刺したアルルは、少し離れた所で戦っている他の仲間を見据える。
2体の『動く石像』を相手に、カンダタとモニカがそれぞれ攻撃を仕掛けている。
カンダタは『バトルアックス』で、モニカは『誘惑の剣』で…
そしてウルフとマリーが魔法を使い、後ろで2人を援護するのだ。


「リュカ、何でリュカは戦わない?」
戦闘をしているアルル達より、離れた位置で何もしていない者達へ、少女ラーミアが不思議に思い問いかける。
リュカ・ビアンカ・ティミー・ラーミア・ミニモンのグループだ…

「あのね、僕達はすっごく弱いから戦わないんだよ。下手に戦うと、直ぐにやられちゃうから危ないんだよ」
リュカは少女ラーミアに優しく嘘吐く。
それを聞いたビアンカとティミーが堪らず笑い出す。

「はぁ~リュカは弱いのかぁ……おいミニモン、リュカは弱いのか?」
彼女なりに疑問に思ったのか、側にいたミニモンの耳を無造作に掴み、敬意の欠片も無く確認する。
「いたたたたた、離しやがれこのバカが!……リュカ達が弱い?嘘に決まってんだろ、このアホウドリ!」
「ラーミア、バカじゃない!ミニモンむかつく!ミニモン、ラーミアに謝れ!」
ミニモンの罵声に腹を立てた少女ラーミアは、額に青筋を立てながらミニモンの羽と尻尾を力任せに引っ張り、謝罪を要求する。

ラーミア内でこのパーティーの序列は、リュカ→ビアンカ→マリー→その他大勢→僅差で自分→カンダタ→ミニモンである!
大好きなリュカがトップで、リュカが大切にするビアンカが第2位…
マリーは色々優しく教えてくれるので第3位に位置し、その他は同等かちょっと上的な考え。
カンダタに対しては、リュカの扱いを参考にしており、ミニモンは論外なのだ。


戦闘を終えたアルル達が、和気藹々と(一部マジ喧嘩)している仲間の元に戻って来る。
「今度は何の騒ぎを起こしてるんですリュカさん!?」
少女ラーミアとミニモンを見たアルルが、ジト目でリュカに問いかける。
「何で僕を睨むの?どう見たって僕は関わってないよね?」
「ラーミアの事はリュカさんに一任してあるんですから、全責任はリュカさんにあります」
アルルの言葉に、リュカは「やれやれ」と言った表情で苦笑する。

そして、互いの頬を左右に引っ張りあっている2人を制止し、少女ラーミアを抱き上げ事態を落ち着かせた。
「2人とも喧嘩は止めなさい…」
「ラーミア悪くない!ミニモン、ラーミアをバカにした…それが悪い!」
「あぁそうだよ!全部俺が悪いんだよ!…くそー、お前等全員死んじまえ!」
少女ラーミアの一言に、半ベソをかきながらミニモンが叫び、その場から逃げ出してしまう。
「あ、こら!勝手に行動するんじゃない!」
慌ててリュカは声をかけたが、時既に遅くミニモンは通路の奥へと行ってしまった…


皆で急ぎミニモンを追う事に!
すると奥からミニモンの悲鳴が聞こえてきた。
慌てて角を曲がるとそこは袋小路で、ミニモンは3体の『動く石像』に囲まれ震え上がっていた!

即座に動いたにはカンダタ…
バトルアックスを振り上げ、動く石像に一撃を喰らわす。
(ズギンッ!)
鈍い音と共に、カンダタのバトルアックスが砕け散ってしまった!
その間にも、動く石像はミニモンに攻撃を仕掛けてくる…
カンダタはミニモンを抱き、その場で蹲り庇う!
誰もがカンダタとミニモンの無惨な姿を予想した瞬間、一番後方にいたリュカが、何時の間にかアルル達を抜かし、3体の動く石像を一瞬で破壊してしまったのだ!

リュカは何事も無かったかの様に身形を整えると、何事も無かったかの様にカンダタ・ミニモンを立たせ、何事も無かったかの様に笑顔を振りまく。
そして屈み、ミニモンへ注意を促す。
「ミニモン…勝手な行動をしてはダメだ!もうお前は、僕等の仲間なんだから、他のモンスターには攻撃されるんだぞ!」
ベソをかいているミニモンの後頭部に、軽く拳骨を落とす(コツンと)と優しく抱き上げ、頭を撫でる。

「………ごめんなさい」
ただそれだけ…一言だけ謝り、顔をリュカの胸に埋め、声を出さずに泣き続けた。
リュカは苦笑いしながらもミニモンを撫で続ける…そしてカンダタに視線を移し、目で礼を述べる。
カンダタも理解し、照れくさそうに頭を掻き俯いた。


「でもカンダタの武器が無くなっちゃったね」
何かに気付いたマリーが、急に状況を確認し始めた。
「そうだな…ま、しょうがねぇさ!体は丈夫だし、みんなの盾代わりにはなれるだろうから、気にすんなよ!」
アルルが、一旦町へ戻り武器の購入を提案しようとした瞬間、カンダタがこのままバラモス城攻略続行を進言した。
「で、でも…」
「大丈夫だって…拳でだって戦えるんだしよ!」
気を使うアルル…気遣い無用と突っぱねるカンダタ…

そんな2人のやり取りを無視し、マリーがリュカに目で合図を送る。
そして無駄に明るい声で通路奥を指差した。
「見て!あそこに宝箱があるわ!お父さん、あの宝箱は危険ですかね!?」
「ん!?………あぁ!アレね…うん…凄いアイテムの臭いがするね!うん!」

またしても言い出した『臭い』発言…
確率100%にも関わらず、皆が信用しきれないリュカの発言。
きっと普段の行いが問題なのだろう…



 

 

戦う為の力

<バラモス城>

「見て!あそこに宝箱があるわ!お父さん、あの宝箱は危険ですかね!?」
「ん!?………あぁ!アレね…うん…凄いアイテムの臭いがするね!うん!」