魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)


 

  (原作との関連性など)

 
 さて、先に述べたとおり、この作品にはオリジナルの設定も相当に多いのですが、基本的には公式の設定に準拠しています。
 もう少し具体的に言うと、TVアニメ4作品(無印、A’s、StrikerS、Vivid)の設定を中心に、それらに付随するコミックスやサウンドステージの設定を重視しています。
(以下、これらの作品群を総称して「正編」と呼称します。)
 また、劇場版の「第1作・第2作」の設定も、部分的には採用します。
 一方、TVアニメ「Vivid Strike!」と劇場版の「第3作・第4作」に関しては、作品としての方向性や世界観が「正編」とはいささか違い過ぎるので、基本的には「無かったこと」にさせていただきます。
(つまり、「原作」ではあっても、「正編」では無い、という扱いになります。)
【Forceの扱いについては、また「プロローグ 第5章」で改めて述べます。】

 なお、小説版というモノもあるそうですが、私はもう三十年以上も前から小説を読まなくなってしまっているので、こちらも読んでおりません。おそらく、小説版ならではの独自設定なども多々あるのでしょうけれども、正直に言って、Wikipedia に書かれている程度のことしか、私には解りません。
 結果として、小説版の独自設定はほとんど無視させていただくことになります。()しからず御了承ください。
 また、「リリカルなのはシリーズ」そのものが、元々「とあるゲーム」のスピンオフ作品だという話ですが、私には昔からゲームをする趣味も無いので、これまたWikipedia に書かれている程度のことしか解りません。
 それでも、解る範囲内のことは参照したつもりです。至らぬ点も多々あるかとは思いますが、どうぞ御容赦ください。
(以下、この「とあるゲーム」のことは、「原作」とは区別して「前世」と呼称します。)

 以上の点を踏まえた上で、この作品とTVアニメ4作品との「設定上の重大な相違点」を列挙すると、おおむね次のようになります。

1.無印……アニメでは、〈アルハザード〉が「伝説上の存在」という扱いになっていましたが、この作品では、当然のことながら、これを「かつて実在していたことだけは確実な世界」として取り扱います。

 また、アニメの方では、高町三兄妹の「実際の血縁関係」について、特に説明が無かったように思いますが、この作品では「前世」の設定をそのまま流用することにします。つまり、なのはから見ると、兄・恭也は実際には「異母兄」で、姉・美由希も実際には「父方の従姉(いとこ)」です。
【そもそも、桃子との年齢差を考えれば、恭也も美由希も、桃子の実子ではあり得ません。14歳や16歳で出産というのは……もちろん、生物学的には可能なのでしょうが……やはり、今の日本では「社会的にアウト」でしょう。
 それに、(正直なところ、私には難易度がよく解らないのですが)おそらく、パティシエの資格というのも、「育児の片手間」に取得できるほど簡単なものではないだろうと思います。】

 なお、「前世」からの設定流用は、基本的には、上記の件と「御神(みかみ)真刀流・小太刀(こだち)二刀術」の件だけなので、この作品に登場する美由希は「普通に料理上手」です。
(物語の都合上、彼女には「喫茶翠屋」を継いでもらわなければなりませんので。)

2.A’s……この作品では、「ギル・グレアム提督」という人物は『最初からいなかった』という設定にします。つまり、〈闇の書事件〉に関しては、劇場版寄りの設定を採用し、「闇の書の闇」に対しても、最初から〈ナハトヴァール〉という固有名称を用いることにします。
 結果として、『生粋(きっすい)の地球人で、管理局の「魔導師」をしているのは、本当に、なのはとはやての二人だけだ』ということになります。(←重要)

 また、「ギル・グレアムの使い魔、リーゼアリアとリーゼロッテに代わって、幼いクロノを育成する役」は、()きクライドの義理の叔父である「ニドルス・ラッカード艦長」(後に、提督)と、その使い魔「ジェルディス」というオリジナルのキャラクターに務めてもらうことにします。
 この二人は、StrikerSの時点ではすでに死亡している、という設定なのですが、この作品には、ニドルスの代わりに、その一人娘である「リゼル・ラッカード」が「(めい)脇役」として登場します。
 つまり、彼女は「亡きクライドの、少し(とし)の離れた従妹(いとこ)」に当たる人物で、クロノから見ると、12歳年上の「イトコオバ」ということになります。
【ニドルスについては、「プロローグ 第1章」の中に「キャラ設定1」という形でまとめておきましたので、そちらを御参照ください。】

 なお、A’sの最終回では、なのはのセリフの中に『地球から見ると、ミッドよりも〈本局〉の方が「かなり」近い』という意味にも受け取れそうなセリフがありましたが、この作品では、『ミッドと〈本局〉はとても近く、地球から見ると、〈本局〉の方が「わずかに」近い』という設定にしておきます。
(そうでないと、StrikerSの最終盤で、クロノ提督の率いる艦隊が、あれほど早くミッドの上空に到着できたことの説明がつかないからです。)

3.StrikerS……公式の設定では、管理局の組織内における「伝説の三提督」の位置づけが、今ひとつ判然としないのですが、この作品では、「伝説の三提督」というのはあくまでも俗称で、正式な称号は〈三元老〉であり、この三人は管理局における『象徴的な(普段は実権の無い)トップである』という設定で行きます。
 一方、「最高評議会」の三人組に関しては、『(三元老やレジアス・ゲイズなど、ごく一部の人間を除いて)誰もが、彼等のことを「歴史上の存在」だと思っており、管理局員らも、みな(主人公たちをも含めて)「彼等が、脳髄と脊髄だけの姿になって、今もなお生存している」などとは全く考えていなかった』という設定にします。
【その方が、「管理局の闇」がより深くなるので!(笑)】

(以下、最高評議会の三人組のことを「三脳髄」と呼称します。)

 次に、StrikerSでは、ミッドの青空によく「巨大な惑星の姿」が描かれていましたが、もし本当に、あの描写のとおりの位置に、あの描写のとおりの大きさの惑星が「物理的に」実在しているのだとすると、どう考えても、「惑星ミッドチルダ」の公転軌道が重力的に安定しません。
 また、(かり)にあれが「投影像」であったとしても、投影する意味が解りません。
 そこで、この作品では、あの設定は丸ごと「無かったこと」にさせていただきます。

 それから、作中の会話では、スバルが「御先祖様」という用語を使っており、その言い方だと、まるで『ナカジマ家の祖先がミッドに来たのは、もう何世代も前のことだ』と言っているかのようにも聞こえてしまうのですが、この作品では、『新暦15年(昭和26年)に、とある事件があり、その結果として何十人もの日本人が一斉にミッドに移民して来たのだが、その中には、後にゲンヤたちの両親となる「新婚の」ナカジマ夫妻(当時、ともに18歳)も含まれていた』という設定で行きます。
(ゲンヤは第四子で、兄が一人、姉が二人、弟が一人、います。)
【なお、この作品では、彼等の出生地に関しても独自の設定を用意させていただきました。何もかも「エルセア地方」では、ちょっと芸が無いような気がしましたので。】

 また、StrikerSのアニメ版の設定資料では「ヴァイス陸曹は第4管理世界カルナログの出身」となっていますが、一方、劇場版の設定資料では「リンディ提督は第4世界ファストラウムの出身」となっており、「世界の名称」が互いに異なっています。
 一部には、『第4管理世界と第4世界は別物だ』という解釈もあるようですが、この作品では、両者の(あいだ)を取って(?)『ヴァイスは第4管理世界ファストラウムの「首都」カルナログの出身である』という設定にしておきます。
【とか言いつつ、この作品に、ヴァイスやラグナは登場しないんですけどネ。(苦笑)】

 なお、リンディ提督の方は『首都カルナログの衛星都市ハリスヴァルの、そのまた郊外の出身である』という設定で行きます。
【リンディについては、「プロローグ 第2章」の中に「キャラ設定2」という形でまとめておきましたので、そちらを御参照ください。】

4.Vivid……アニメの方には、「設定上の重大な相違点」というほどのモノは特にありません。
(なお、覇王流の成立年代の問題に関しては、また後で述べます。)
 それよりも問題なのは、「コミックスの、まだアニメ化されていない部分」なのですが……その話は、ちょっと後回しにして、先に〈冥王〉イクスヴェリアの話を済ませておきましょう。


 実のところ、この作品では「StrikerS サウンドステージX」のストーリーと設定を相当に重視しております。
(以下、これを「SSX」と略記します。)
 この「SSX」に登場するのは、ほとんど「StrikerSで新たに登場したキャラクターたち」ばかりで、唯一の例外がマリエル技官です。
(つまり、この「SSX」には、なのはもフェイトも、はやても守護騎士たちも、ユーノやアルフやクロノやリンディたちも、全く登場しません。)

 そのストーリーは、『新暦78年に起きた連続殺人事件を、執務官になったティアナが六課時代の仲間たちの協力を得て解決する。その過程で「海底遺跡」の中で(なが)い眠りに()いていた古代ベルカの〈冥王〉イクスヴェリアが目を覚ますが、その後、彼女は再び永い眠りに就いてしまう』というものです。
 そして、いきなりネタバレになって申し訳ありませんが、ティアナが自分で「臨時の補佐官」に選んだ「ルネッサ・マグナス」という名前の女性局員が、実は、この連続猟奇殺人事件(マリアージュ事件)の真犯人でした。
 この作品では、『この事件を解決した後、ティアナは「補佐官に対する管理責任」を理由に局から若干の処分を受けて、それから翌79年の春まで、一時的に重要な案件からは(はず)されていた。そして、その間はずっと書類仕事が中心になっていたため、Vividの序盤の「カルナージ編」では(フェイトともども)いささか体が(なま)っていたのだ』という「解釈」で行きます。

【また、この作品では、『この一件のせいで、管理局内でも執務官の「補佐官制度」が改正されることになった』という設定なのですが、その件に関しては、また「プロローグ 第3章」の中の「背景設定3」でまとめて御説明します。】

 なお、この「SSX」の終盤には、マリエル技官の『自然な形での目覚めは、もう今日が最後だと思う』とか、イクスヴェリア自身の『私が次に目を覚ますのは、十年後か、百年後か、もしかしたら、また千年先のことかも知れないけれど……』とか、キャロ(ナレーター役)の『そうして、イクスは、いつ目覚めるか分からない眠りに就きました』などといったセリフがあります。
 そこで、私は馬鹿正直に『ということは、冥王イクスヴェリアはもう最低でも十年ぐらいは目を覚まさないんだろうなあ』と思い込んでしまい、その思い込みを「前提」として、この作品を作りました。
 実のところ、ひとつには、この作品は『イクスヴェリアが軽く十年以上は眠り続けるものと仮定して、それ以降に目を覚ました時、彼女が「幸せに」生きていけるようにしようと思ったら、事前にどれだけの「お(ぜん)立て」が必要になるのか?』という観点から(言わば、結論から逆算して)作られた物語なのです。
(あくまでも、「ひとつには」ですが。)

 それなのに、Vividのコミックス第18巻では、作品の中では〈マリアージュ事件〉からまだ一年あまりしか時間が経っていないにもかかわらず、イクスヴェリアは驚くほどあっさりと目を覚ましてしまいました。
 あれだけ派手に振っておいて、実際にはそんなにも早く目を覚ましてしまうというのは、いくら何でも「目覚めない目覚めない詐欺」なんじゃないですかねえ?(困惑)
 それとも、『この「SSX」は、「正編」とは少し別の時間線の物語だ』というのが「公式の見解」なのでしょうか?
【後に述べるとおり、「ルーテシアが住んでいる世界」の問題などもあるので、確かに、そう考えた方が『筋は通る』のですが……。】

 さらに言えば、新暦80年を舞台としたスピンオフ作品「Vivid Strike!」では、イクスヴェリアが普通にヒーラーをやっていましたが……あれで、彼女は本当に幸せになれるのでしょうか?
 以下は、私の勝手な思い込みかも知れませんが……「不老不死の体」と「本人の意思とは無関係にマリアージュ(人間の死体を素材とする、人型(ひとがた)の兵器)を造り出してしまう能力」こそが、イクスヴェリアにとっての「不幸の原因」です。この二つの問題が「正式に」解消されない限り、根本的な状況は何も変わりません。
 だから、私は『彼女は「現在の状況のまま」ただ普通に目を覚ましただけでは、「一人の人間として」幸せにはなれないのではないか』と考えました。
 ……とは言ってみたものの、たかだか二次創作の作者ごときが原作者様に文句を垂れても仕方が無いので、ここは気持ちを切り替えて、仕切り直すとしましょう。


  ~『この物語は、「正編」とはまた少し別の時間線の物語。具体的には、マリアージュ事件の後、〈冥王イクスヴェリア〉がまた十七年あまりもの間、眠り続けた時間線の物語です』~


 八年前の「第一稿」の段階では、この物語を正編の続編(完結編)としても成立する内容にするつもりでいたのですが、こうなってしまった以上はもう仕方がありません。
『マテリアルたちが登場するPlay Station Portable用のゲーム2作品の内容が、「正編」とは少し別の時間線の(具体的には、「ナハトヴァールを倒した後も、リインフォース・アインスがまだ何か月かの間は生きていた」という時間線の)物語であるのと同じようなものだ』と御理解いただければ幸いです。

 そういう訳で、この作品では、TVアニメ「Vivid Strike!」の内容も丸ごと「無かったこと」にさせていただきました。当然ながら、フーカもリンネもジルも、この作品には全く登場しません。

【と言いつつ、「デンドロビウム級」のジャニス・ゴート選手だけは、プロローグとエピローグにチラッと登場する予定です。
 以下、この作品では、『ジャニス・ゴート(14歳で190センチ・180キロ!)は、新暦80年末のU-15ウィンターカップで、ひとつ年下のアインハルトに完敗した後、改めて魔力を鍛え直し、体重も一度は120キロにまで絞り込んで、82年から85年まではIMCSにも参戦した。
 その間に、彼女はナカジマジムの選手らとも親しくなり、特にコロナとは「とても親しい間柄」になったのだが、その一方で、「名門中の名門」サラサール家の「第二分家」の嫡子スラディオに()()められ、86年には20歳で早くも、その(彼女とよく似た体格の)御曹司(おんぞうし)と幸福な結婚をした』という設定で行きます。】


 さて、ここでまた話をVividのシリーズに戻しますが、第1期の全12話でアニメ化された内容は、コミックス第6巻の途中までです。
 そこで、まだコミックスを読んでいない方々のために、第7巻以降の大雑把な内容を述べておきますと……まず、第7巻から第9巻では(第6巻のコロナに続いて)ヴィヴィオとリオとアインハルトも敗退。第10巻では〈無限書庫〉を舞台にファビアとの場外乱闘があり、第11巻ではそこで発見された『エレミアの手記』に基づいて、古代ベルカにおけるクラウスとオリヴィエの悲恋が語られ、第12巻ではそんなクラウスの記憶に引きずられ続けていたアインハルトの気持ちにようやく一段落がつきます。
(もし本当にアニメの第2期をやるとしたら、その内容はここまでになるでしょう。)

 そして、第13巻では、眠り続けるイクスヴェリアの体から、手乗りサイズの「小さな分身」が生まれ、その可愛らしさが炸裂します!
(今にして思えば、これは「本体」を目覚めさせるための予備動作でしかなかったのですが、私はここでひとつ重大な「読み違い」をしてしまいました。つまり、この「小さな分身」があまりにも可愛らしかったので、『マリアージュ事件からまだ1年あまりでは、いきなりイクスヴェリア本人を目覚めさせる訳にはいかないから、「苦肉の策」として、こういうキャラを出したのだろう』などと勝手に思い込んでしまったのです。)
【実のところ、私はこの種の思い込みがいささか激しい方なので、もしかすると、この件の他にも何か「思い込みゆえの読み違い」をしてしまっている箇所があるかも知れませんが、この先、そうしたアラが見つかった時にも、なるべく大目に見てやっていただければ幸いです。(苦笑)】

 また、第14巻から第16巻では、みんなでリオの故郷〈ルーフェン〉へ、近代格闘技よりも伝統武術の方が盛んな世界へと出かけて、そこで一連の「修行」をします。

【なお、この「ルーフェン編」で、ヴィヴィオたちには相当な「主人公補正」が来てしまうのですが、この作品では、その(あた)りもかなり割り引いて考えることにします。
 さらに言うと、この作品には、「ルーフェン編」で新しく登場したキャラクターたちはほぼ登場しません。唯一の例外が「憑髪(つきがみ)」のタオ・ライカクですが、彼女も物語にはチラッと顔を出すだけで、今回は完全に裏方(うらかた)です。
 ちなみに、VividのTVアニメ(第1期)は2015年の4月から放映が始まりましたが、私がこの作品の「骨組み」を組んで「第一稿」を書き始めたのも、ちょうどその頃のことでした。コミックスで言うと、第14巻が刊行される直前のことです。
 そして、この「第二稿」でも、作品の「骨組み」そのものは全く変更していないので、「コミックス第14巻以降の内容」は、やはりこの作品にそれほど強くは反映されていません。その点も、どうぞ悪しからず御了承ください。】

 そして、コミックス第17巻以降の4冊が「完結編(戦技披露会編)」となる訳ですが……個人的には、この「完結編」の内容に幾つか不満があります。
『イクスヴェリアが早々(そうそう)に目を覚ましてしまった』という点については先に述べたとおりですが、他にも4点ほど述べさせていただくと、下記のとおりとなります。

1.IMCSにおける「都市本戦」以降の試合が全く描写されていない。

 第17巻の冒頭で、『ミウラは都市本戦の1回戦には勝ったが、2回戦でジークリンデに当たってしまった』と、たった2ページ描かれているだけで、同じように都市本戦に勝ち進んだはずのヴィクトーリアやハリーやルーテシアに関しては全く言及がありません。
 しかも、コミックス最終話の内容は新暦80年の春の出来事であり、ヴィヴィオたちも初等科の5年生(最上級生)に進級しているので、時期的にはもう終わっているはずなのに、「都市本戦」に続く「都市選抜」や「世界代表戦」に関しても、全く言及がありません。
 これらに関しては、仕方が無いので「プロローグ 第4章」で勝手に「補完」させていただきました。

2.戦技披露会の試合で、なのはがヴィヴィオに負ける。

 いやいやいや! 一体どんだけ強い「主人公補正」なんですか? いくら「陸士の側に一方的に有利な特設フィールド」だからって。さすがに、これは、あり得ないんですけど! ……というのが、私の正直な感想です。
 この点に関しても、「プロローグ 第4章」であからさまに「改変」させていただきました。
【個人的には、これでも、ヴィヴィオに対して「最大限の譲歩」をした内容のつもりです。】

3.ハリーやエルスの将来の夢が「街のお(まわ)りさん」のレベルである。

『ハリーが治安の悪い地域で不良どもの更生に尽力する』という未来も、あり得ないとまでは言いませんが、ちょっと(本来の意味で)「役不足」なんじゃないですかねえ?
 かつてIMCSで活躍したメガーヌやクイントも、「ゼスト隊」という(明らかに普通の陸士隊ではない)特殊部隊に配属されていました。ハリーもあれだけの実力があるのですから、もう少し上の「役」を目指すべきなのではないかと思います。
 という訳で、(この作品には、ハリー自身はほとんど登場しないのですが、設定としては)この点に関しても、いささか原作を改変(?)して、彼女やエルスにはもう少し重要な役職に()いてもらうことにしました。

4.アインハルトの中で、クラウスの記憶が早々に消えてしまう。

 個人的な感想ですが、完結編の内容の中では、これが一番の問題点です。
 そもそも、原作には「記憶継承の機構(メカニズム)」に関する説明が全く見当たりません。どうやら、何もかも「先祖返り」の一言で済まされてしまっているようですが……さすがに、それはちょっと説明になっていないのではないかと思います。
「先祖返り」という用語の「具体的な意味」が判然としないのも問題ですが、もしも『先祖返りでありさえすれば、記憶を部分的に継承していて当たり前だ』と言うのであれば……そして、もしもヴィヴィオの中にオリヴィエの記憶があったことも同じ理屈で説明されてしまうのだとすれば……最終的には『クローンでありさえすれば、ある程度の記憶は受け継がれていて当たり前だ』という話になってしまいます。
 しかし……それだと、『ギンガやスバルやノーヴェの中にも、当然にクイントの記憶が部分的に残っている』という話になってしまうのですが……よくよく考えてみると、「ゲンヤの娘たち」の中に「ゲンヤと(夫婦として肉体的に)愛し合った記憶」があるというのは、さすがにヤバイのではないでしょうか。

 さらに言えば……コミックスの第10巻には、記憶継承に関して、ルーテシアの『過去は過去であって現在(いま)じゃない。先祖の記憶を黒い呪いにするか、未来への祝福(ギフト)に変えるかは、今を生きている自分の選択』という(めい)ゼリフがあるのですが……たかだか『12歳の少女が、少しばかり「自分自身の」人生経験を積んだ』という程度のことで消えてしまうようでは、この記憶は、もはや「呪い」ですらなく、単なる「嫌がらせ」でしょう。

 おそらく、原作者様は『Vividを可能な限り、他のシリーズからは独立した物語にしよう』という意図を持って、それ故に、『イクスヴェリアの件も、アインハルトの記憶継承の件も、Force以降のシリーズには(かか)わって来ないように、このシリーズの中だけで完結させよう』と考えられたのだろうと思います。
 お気持ちは解るのですが……しかし、これでは、さすがに「クラウスの立つ瀬」がありません。
 という訳で、誠に失礼ながら、この件に関しても「プロローグ 第4章」で明確に「改変」し、〈記憶継承〉に関しても、いささか複雑な設定を組ませていただきました。

【ごく簡単に言うと、『記憶継承とは、決して「自然に起きてしまう現象」ではなく、その記憶の「本来の持ち主」が何らかの技術(テクノロジー)を使って意図的に継承「させる」行為である』という設定で行きます。
(なお、ヴィヴィオに関しては、また別個の説明を用意しました。)】

 以上の4点に関しては、どうぞ悪しからず御了承ください。


 また、いきなり話は変わりますが、この作品には、いわゆる「ロリ成分」がほとんど存在せず、代わりに「熟女成分」が含まれておりますので、お気を付けください。
【何しろ、なのはもフェイトもはやても、もう39歳ですから!(苦笑)】

 さらには、この作品の中ではVividの時点からもう十数年もの歳月が流れ去ってしまっているため、「Vividにおける、ノーヴェやルーテシア」のような、「前作と比べて、相当にノリが変わってしまったキャラクター」が沢山(たくさん)います。
 コロナやキャロやルーテシアを始めとする、多くの女性キャラにはすでに子供がいて、スバルやティアナも(とし)相応にヨゴレたキャラ(笑)になっていて……中でも一番ものスゴい変貌を遂げたのは、ヴィータとミウラなのですが……決してアンチとかヘイトとかいったネガティヴな意図はありませんので、どうか皆様には誤解の無いようにお願い申し上げます。
【ただ単に、私の「女性のシュミ」が、ちょっと(かたよ)っているだけなんです!(笑)】

 以上の2点に関しても、どうぞあらかじめ御了承ください。


 なお、申し遅れましたが、この作品では六種類のカッコをおおむね以下のような基準で使い分けています。
 正直に言うと、補足説明における5と6の使い分けは、割と「いい加減」なのですが……こうした使い分けについても、あらかじめ御了解いただければ(さいわ)いです。

1.「 」 物理的な音声による会話文の他、
      作品名、書名、単なる「語句」の強調、などにも広く用いる。
      なお、複数名の音声がハモった時には、「「 」」を用いる。

2.『 』 引用文、引用句、述語がある「文」の強調、などに広く用いる。
      時には、デバイスのセリフや「要約されたセリフ」にも用いる。
      なお、『 』の中では、文の強調などにも「 」を用いる。
      逆に、「 」の中では、語句の強調などにも『 』を用いる。

3.〈 〉 世界名・事件名・組織名・艦船名・デバイス名などの固有名詞に用い、
      時には、作品世界独自のキーワードや重要概念に対しても用いる。
      ただし、初登場以外の箇所では、省略される場合もある。

4.《 》 念話による会話文に限って用いる。

5.( ) 心の中のモノローグや、念話にならない(ひと)り言に用いる。
      また、補足説明(主に、文意の補足)などにも広く用いる。
      なお、カッコ内が文の場合には、原則として改行する。

6.【 】 目次の項目や、補足説明(主に、設定や解説の類)の他、
      作者の言葉(言い訳やノリツッコミなど)にも用いる。
      なお、原則として、これの下は一行(いちぎょう)()ける。
      また、長さによっては、しばしば上も一行、空ける。


【ちなみに、この「はじめに」は「その3」までありますので、「プロローグ」の本文は11月4日(土曜日)からの公開となります。最初は、「ユーノの()い立ちに関するエピソード」から始まりますので、皆さん、御期待ください。】


 

 

  (新暦元年までの年表)

 
 それでは、ここで、オリジナルの設定も含めて、古代ベルカとミッドチルダの歴史を大雑把(おおざっぱ)にまとめておきましょう。
【皆様からは「設定厨」とか言われてしまいそうですが。(苦笑)】

 当然ながら、「公式の設定」とは幾つか食い違いもあるのですが、この作品ではおおよそ以下のような設定で行きたいと思います。


 まずは、暦法の問題ですが……。
「SSX」の終盤では、イクスヴェリア自身が『(そんな簡単なことが解るようになるまで)千年以上もかかってしまいました』と言っているので、彼女が生まれたのは、新暦78年を起点として、少なくとも1000年以上は前のことのはずです。
 一方、無限書庫の資料によれば、冥王イクスヴェリアは『先史224年の生まれ』ということになっておりますので、この「先史」という暦法(以下、「古代ベルカ歴」と改称)の「元年」は、新暦78年から数えて、少なくとも1223年以上は前(新暦元年から数えれば、少なくとも1146年以上は前)のことだろうと考えられます。
 そこで、この作品では、150年あまりの余裕を持たせて、『新暦の「(ぜん)1298年」が古代ベルカ歴の「元年」である』という設定を採用します。

 さらに、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ03」では、シスター・シャッハが〈ゆりかご〉について『300年以上も前のものです』と述べているので、「最後の〈ゆりかご〉の聖王」であるオリヴィエは、新暦75年から数えて、三百数十年前に亡くなった人物なのだろうと(まだ丸400年は経っていないのだろうと)考えられます。
 事実、TVアニメ版のStrikerS第22話でも、シスター・シャッハは『ヴィヴィオの体を調べた結果、彼女の元になった人物は「300年(以上)前の人物」だと解った』という意味内容の発言をしています。
 しかし、Vividのコミックス第6巻では、アインハルトがコロナの「身体自動操作」などに対して、明らかにオリヴィエを意識しながら、『(覇王流が)600年前から取り組み続けた課題だった』と述べており、年代が相互に矛盾しています。

 そこで、一体どちらが正しいのかと考えてみると……。
 同8巻では、ジークリンデに関して『最低でも500年分の戦闘経験が蓄積されている』と語られていますが……『エレミアの手記』を読む限りでは、オリヴィエやクラウスの生きていた時代には、すでにそれなりの経験が蓄積されていたようです。
(同11巻で、ジークリンデの祖先であるヴィルフリッドは、アインハルトの祖先であるクラウスに対して『エレミアの技、ご覧にいれましょう』と語っています。)
 よって、この作品では、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ03」の方の設定を採用し、オリヴィエが〈ゆりかご〉に乗ったのは、古代ベルカ暦で1016年(新暦で(ぜん)283年。JS事件のおよそ360年前)の出来事であったものとします。
 そして、この作品では、『シュトゥラ王国には、いわゆる「覇王クラウス」より240年ほど前の時代に「武王クラウス」という名前の王様がいて、その人物が格闘技法としての「覇王流」を創始した。そして、「覇王クラウス」はその技法を最終的に完成させたからこそ、後に「覇王」と呼ばれるようになったのだ』という設定を採用します。
【つまり、同2巻で、コロナが『そもそも(クラウスとオリヴィエは)生きた時代が違うって説が(おも)だよね』と語っていたのも、『後世の歴史家たちが、長らく「武王クラウス」と「覇王クラウス」を混同していたからだ』という設定です。】

 以上の点を踏まえた上で、独自の設定も加え、「ベルカとミッド」を中心にして〈次元世界〉の歴史を改めて年表の形にまとめると、おおむね次のようになります。
【ベルカ世界の歴史に関しては、おそらく、原作者様の脳内設定からは「相当にかけ離れた代物」になってしまっているだろうとは思いますが、何とぞ御容赦ください。
 なお、以下の年表では暦法をすべてミッドで言う「新暦」に統一しておきましたが、この作品は「新暦95年」が舞台ですので、「新暦で(ぜん)何年」という表現を「今から何年前」という表現に変える場合には、その数字に94(およそ100)を加算することを、どうぞお忘れなく。】


・前12000年頃 「原初の戦い」が終結。以後、〈始まりの世界アルハザード〉が一万年に(わた)って〈次元世界〉全体を統治した。
 →人類世界の諸文明は(すでに滅亡したものまで含めて)すべて、これ以降に「人外(じんがい)の存在」である〈アルハザードの(たみ)〉が人類に授けたものであると伝えられる。

・前3000年頃 〈次元世界〉全体規模で、歴史の〈大断絶〉が起きた。
 →具体的に何があったのかはよく解らないが、『これ以前から、独自に「次元航行技術」を保有していた』と伝えられる「有力な世界」は、みな揃ってこの時期に没落し、(少なくとも一旦は)例外なく「無人世界」と化した。
(実のところ、現存する「有人世界」の中には、「これ以前の『次元世界全体』の歴史」が正しく伝わっている世界はひとつも無く、今では、ほとんどの有人世界において、この〈大断絶〉が事実上の「歴史の起点」とされている。)

 →この直後に、それまでは無人だった多くの世界に「初めて」人間が住み始めた。
(一説によれば、〈アルハザードの民〉が何らかの目的で、彼等を別の世界からまとめてそれらの無人世界へと移住させたのだと言う。)
 実のところ、ミッドチルダやベルカやローゼン(この作品の「第一部」の舞台)などの諸世界に初めて人間が住み始めたのも、この時期のことなのである。
(また、この時期を(さかい)に、〈アルハザードの民〉は人類の前に直接にその姿を見せることは無くなったのだと言う。あるいは、彼等はこの頃から少しずつ「撤退」の準備を進めていたのかも知れない。)

 →また、〈アルハザードの民〉は、この頃にはすでに〈本局〉の中核部分や〈無限書庫〉などの建設をも完了していた。

【全く個人的な感想なのですが、『古代ベルカや現代ミッドの技術レベルで、〈無限書庫〉の建設が可能である』とは、どうしても思えなかったので、この作品では、こういう設定にさせていただきました。
 もちろん、実際には、これはもう少し前の時代の出来事だったのかも知れませんが、ともあれ、Vividのコミックス第9巻には、〈無限書庫〉について、『管理局の創設以前より存在していた』と明記されています。
 そして、〈無限書庫〉自体が物理的には〈本局〉の内部に存在しているはずなので、当然ながら「今では〈本局〉と呼ばれている巨大な構造物の中核部分」もまた、それと同じ時代に(つまり、管理局創設以前の時代に)造られたものであると推測されます。
 その点からも、本局そのものを「ミッドチルダ製」と考えることには「歴史的に」無理があり、また、ベルカ世界はミッドや本局からは相当に離れているはずなので、これを「古代ベルカ製」と考えることにも「地理的に」無理があると思います。】

・前2000年頃 アルハザードは「一万年の統治」を終えて、いよいよ本格的に〈次元世界〉全体からの「撤退」を始めた。
 →だが、『一体「なぜ」撤退したのか? そして、一体「どこへ」撤退したのか?』に関しては、今もって全く不明である。

・前1800年頃  アルハザードは〈次元世界〉全体に幾つもの〈遺産〉を残したまま、最終的に「撤退」を完了した。
 →その後、幾つもの有力な世界が「アルハザードなき(あと)の次元世界」に覇を唱えようとして勢力を拡大。〈次元世界〉全体に戦乱が広がっていった。

・前1500年頃  ベルカ聖王家が、禁断の兵器である〈ゆりかご〉の使用を決断した。
 →当時の〈ルヴェラ〉や〈サウティ〉や〈バログドゥ〉など、「次元世界の覇者」になろうとしていた幾つかの世界は、『ことごとく「最初の〈ゆりかご〉の聖王」によって討ち滅ぼされた』と伝えられる。
 これら一連の戦いは〈次元世界大戦〉とも呼ばれているが、実際には、基本的な技術力に極めて大きな格差があり、特に〈ゆりかご〉の「主砲」は全く文字どおりの意味で「無敵」だったため、いずれも完全に一方的な「殲滅戦」だった。
(この戦いの直後に、「最初の〈ゆりかご〉の聖王」は死去。今も大半の世界において、これ以前の時代は「先史」と、これ以降の時代は「古代」と呼び分けられている。)

【なお、この頃までは、真竜や飛竜のような〈大型竜族〉はまだ多くの世界に生息していたのですが、その大半がそれぞれの世界で軍事的に利用されていたため、それらの〈大型竜族〉はあらかた〈ゆりかご〉によって滅ぼされてしまいました。
 その結果、〈大型竜族〉は今や幾つかの世界で細々と生き残っているだけの「絶滅危惧種族」となっており、実際、「主要な世界」(つまり、次元世界の〈中央領域〉にある22個の管理世界)に限って言えば、何種類もの〈大型竜族〉がまとまって生き残っている場所は、もう〈第6管理世界パルドネア〉のアルザス地方だけになっています。
(公式には「第6管理世界の名称」は特に設定されていないようなので、独自に命名させていただきました。また、この作品では『アルザスは一般に「地方」と呼ばれてはいるが、実際には、地球で言うオーストラリア大陸のような、一個の独立した「小型の大陸」である』と考えておくことにします。)

 そのため、〈中央領域〉では今や「アルザスの」という単語は、ほとんど「飛竜のような大型の竜」にかかる「枕詞(まくらことば)」のように用いられています。
 Vividのコミックス第2巻でも、アインハルトがフリードを見て驚き、思わず『あれは アルザスの飛竜……!?』と独語していますが、この「アルザスの」もただの枕詞であって、彼女も決して一見しただけで『あれは、他の世界の飛竜ではなく、アルザス産の飛竜である』と見抜いた訳ではありません。
 また、管理世界でなくてもよければ、〈中央領域〉の中でも〈第9管理外世界コリンティア〉と〈第10無人世界アペリオン〉には、飛竜などの〈大型竜族〉が今も数多く生き残っています。また、せいぜい(ワニ)のようなサイズの、知性に乏しい〈小型竜族〉ならば、さらに多くの世界に今も普通に生息しており、ミッドチルダにすら、「第四大陸」には何種類かの〈小型竜族〉が普通に生息しています。】

【ちなみに、ここで言う「竜族」とは、「脊椎(せきつい)を持つ六肢(ろくし)型の魔法生物」全般の総称ですが、これが生物学的な意味で本当に「単系統群」なのかどうかは、まだよく解っていません。
 六肢型とは、『手や足や翼が合わせて六本ある』という意味で、我々人類をも含めて通常の陸上脊椎動物はすべて四肢型ですから、これとは全く系統の異なる生物群です。
(ごく稀に、第二肢が退化して、外見上は四肢型になった竜族もいるようです。)
 また、魔法生物とは、「すべての個体が『当然に』リンカーコアを持っている生物種」のこと。単系統群とは、「単一の共通祖先から分化したグループ全体」のことです。
 つまり、「共通の祖先にまで(さかのぼ)ると、その子孫の中には別のグループまで含まれてしまうような分類群」は、「単系統群」ではありません。
 具体的に言えば、『鳥類や哺乳類は単系統群だが、爬虫類は(ワニ類・トカゲ類・ヘビ類・カメ類の共通祖先まで(さかのぼ)ると、その子孫の中には鳥類や哺乳類まで含まれてしまうので)単系統群では無い』ということになります。】

 →この〈次元世界大戦〉の後、多くの世界で文明は凋落(ちょうらく)し、人々は自分たちの世界のことだけで手一杯になってしまい、結果としては次元航行そのものが衰退していった。
 ベルカ世界でも、この一件によって「先史ベルカ時代」と呼ばれる〈栄光の時代〉は正式に終了した。以後、およそ200年に(わた)って〈空白の時代〉(大半の世界で歴史的な資料がろくに残されていない時代)が続いた。
 なお、その200年の間に、ベルカ世界では一気に寒冷化が進み、海面が下降して、「中央島」とその四方に隣接していた「四つの小型の大陸」がすべて地続きとなって、巨大な〈中央大陸〉が形成された。
【どうやら、ベルカ世界も地球と同じように「氷期と間氷期」を繰り返しているようなので、十万年単位の長い目で見れば、ここは『上昇していた海面が本来の高さに戻り、巨大な〈中央大陸〉が復活した』と表現するべきところなのかも知れません。】

 →後に、その大陸全土で何らかの戦いが起きたようだが、詳細は不明である。
(あるいは、伝説に語られる「巨人族との戦い」とは、この戦いのことか?)
【なお、ベルカでも、ミッドチルダと同様、人類は「ただ一つの大陸」にだけ居住して、他の大陸には全く居住していなかったようです。】

・前1298年  古代ベルカ歴、元年。
 →何らかの戦いによって〈空白の時代〉が終了し、後に「古代ベルカ時代」と総称されることになる「1080年間」が始まった。
(二人目の〈ゆりかご〉の聖王、死去。これから300年ほどは平和な時代が続いた。)
 次元世界では、この頃から再び次元航行が盛んに行われるようになり、これ以降、ベルカ世界は720年余に(わた)って「次元世界における中心世界」となった。

【中心世界とは言っても、現代でも「ミッド文化の影響力」が必ずしも〈辺境領域〉にまでは充分に及んでいないのと同じように、その当時も「ベルカ文化の影響力」は必ずしも南方の諸世界にまでは及んでいませんでした。
(次元世界は、全体としては「平たい円盤状の領域」であり、現在では便宜(べんぎ)的に、ミッドチルダを中心として、そこから見たベルカの方角を「北」と呼んでいます。)
 もう少し具体的に言うと、当時、〈ベルカ〉の勢力圏は、今で言う〈中央領域〉の南端部のあたりにまでは拡がっていましたが、それよりもさらに南方の諸世界は、ベルカとはまた別の「遺失世界」である〈ジェブロン〉や〈ズムド〉などの勢力圏だったのです。
(なお、〈古代ジェブロン帝国〉は、次元世界大戦で滅び去った〈先史ルヴェラ文明〉の「敵対的な」継承者であり、同様に、〈古代ズムド王国〉は〈先史サウティ文明〉の「正統な」後継者でした。)】

・前1100年頃  この頃から、ベルカ世界では『先史時代の技術を再現しよう』とする試みが本格的に始まったが、そうした技術の多くは、後に軍事目的に転用されてしまう結果となった。
 →この時期に(正確に言えば、前1066年・古代ベルカ歴233年に)、ガレア王国では、末の王女イクスヴェリア(9歳)が不老不死の〈冥王〉と化した。
(なお、ベルカ聖王家がミッドチルダを始めとする十二世界を「聖王家直轄領」としたのも、この時期のことである。)

・前1000年頃  ベルカ世界で、第一戦乱期が始まる。

【以前は、この頃からオリヴィエの時代まで七百年余の長きに亘って一連の「古代ベルカ戦争」が延々と続いていたかのように考えられていましたが、その後、古代ベルカ史の研究が進んだ結果、今では、『実際に「世界規模の(大陸全体規模の)戦乱」があった時期(戦乱期)は、三つに分かれており、それら三つの「戦乱期」の間には二つの比較的平穏な時代(中間期)が存在していた』と考えられています。
(なお、「第一中間期」は、前940年頃からの、およそ240年間。「第二中間期」は、前560年頃からの、やはり240年ほどですが、当然ながら、それらの中間期にも「地域的な紛争」は常に存在していました。)

 そして、この「第一戦乱期」を終わらせたのも、やはり〈ゆりかご〉の力でした。
 無論、当時の聖王家にとっては、それもまた「やむを得ない判断」だったのでしょうが、その行為は結果として「悪い先例」となってしまいました。
 つまり、この一件によって、諸王はみな、『戦乱を終わらせるのは、いつだって〈ゆりかご〉の力だ。……ということは、逆に考えれば、〈ゆりかご〉が出て来るまで、我々は戦い続けていても構わないのだ』と考えるようになり、あまり「終戦に向けての努力」をしないようになってしまったのです。】

・前940年頃  第一中間期、始まる。
      (三人目の〈ゆりかご〉の聖王、死去。)
 →この第一中間期の初期(今から千年あまり前)に、さまざまな「戦闘用の魔法」が〈ベルカ式魔法〉として急速に体系化されてゆき、それとともに各種のデバイスも開発されていった。

【この作品では、『そうした「戦闘用の魔法の体系化」から脱落した「非戦闘用の古代魔術」をも可能な限りそのままの形で後世に伝えていったのが、いわゆる「正統派魔女(トゥルーウィッチ)」である』という設定で行きます。】

 →また、この時代には、ベルカの諸王は各々、自国の国力を増すために、近隣の諸世界と独自に同盟関係を結んで行った。「同盟国」と言えば聞こえは良いが、事実上の「植民地」である。

【なお、この時代の〈次元世界〉は『ベルカとジェブロンとズムドの三大勢力によって三分されていた』と表現されることもありますが、実際の力関係は決して対等ではなく、『ジェブロンの勢力とズムドの勢力を合わせても(その最盛期においてすら)ベルカの勢力には遠く及ばない』というのが実情でした。
(時代によって多少の変動はありますが、ごく大雑把に言って、その勢力は六対二対二といったところでしょうか。)】

・前700年頃  第二戦乱期、始まる。
 →この頃には、「夜天の魔導書」はすでに「闇の書」と化していた。守護騎士たちの「最も古い記憶」も、この時代のベルカ世界における「戦乱の記憶」である。
(これもまた、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ03」を御参照ください。)

【この戦乱期は三つの戦乱期の中では最も長く、百年以上も続きましたが、その初頭には、ちょうど「魔導師たちが普通に空を飛ぶ高さ」のあたりに「人工的に造られた、毒性のある魔力素」が大量に散布されました。
 そのため、これ以降のベルカでは、魔導師が生身のままで空を飛ぶと、ただそれだけでリンカーコアに「ある種の毒」が回り、ほんの何回かそれを繰り返しただけで死に至るようになってしまいました。
 その結果として、この第二戦乱期には、〈ゆりかご〉を真似て造られた戦船(いくさぶね)が多用された訳ですが、その「排気」のせいで、ますます空は澱み、雨も黒ずみ、やがては大地までもが痩せ衰えていきました。すなわち、「惑星規模での汚染」が始まったのです。】

・前680年代 〈次元震動兵器〉が使用され、ベルカ世界の周囲では多くの〈次元航路〉が一斉に崩壊(実際には、潜在化)した。
【この〈次元航路〉については、また「背景設定5」で詳しく述べます。】

・前664年  ジェブロン帝国は、ベルカが内戦を続けているのを好機(チャンス)と見て一気に北上したが、総力を()げた〈パルドネア攻略戦〉で「まさか」の大敗北を(きっ)し、保有する次元航行船の「およそ三分の一」を一挙に失ってしまった。
 →これを機に、ジェブロン帝国は「最盛期」を終え、急速に衰退し始める。また、ズムド王国もこの頃から、激しい内紛と王位継承戦争によって急速な衰退を始めた。

・前580年  第二戦乱期の末期に、最初の〈エレミア〉が生まれた。
【なお、エレミアの一族については、かなり特殊な設定を用意させていただきました。】

・前560年頃  聖王家が〈ゆりかご〉の力で、ベルカ世界から他の戦船(いくさぶね)や「闇の書」などを一斉に追放した。
(四人目の〈ゆりかご〉の聖王、死去。)
 →これによって、第二戦乱期は終了し、第二中間期が始まる。しかし、およそ百四十年も続いた戦乱によって、貴重な歴史資料の多くが失われてしまったため、これ以前のベルカ世界の歴史に関しては、今もなお不明の点が多い。
【ジェブロン帝国やズムド王国が「最終的に」滅亡したのも、この時期のことであり、今も多くの世界で、この時期が「中世」の起点と考えられています。】

 →ベルカ世界は何とか生き残ったが、近隣の諸世界(事実上の植民地)は(のき)並みこの戦乱に巻き込まれて荒廃し、その多くはそのまま滅び去った。その一方で、ミッドチルダなど、やや遠方の諸世界は次々にベルカから独立していった。
(荒廃したベルカには、もはや軍事的にも文化的にも、その流れをあえて押し(とど)められるほどの力は無かった。)

【以後、ベルカ世界は「次元世界における中心世界」としては機能しなくなり、植民地を失った諸王の勢力は、互いに一定の均衡を保ちながらも、全体としてはゆっくりと衰退していきました。
 そして、独立した諸世界はそれぞれに独自の道を(あゆ)み、その中の幾つかは「近隣世界における地域的な中心世界」へと成長していきました。ミッドチルダもそのうちの一つで、この時代には、さまざまな魔法が「ミッド式」として急速に体系化されたりもしました。
 今で言う「ミッドの旧暦」も、この時期に「ベルカからの正式な独立」を記念して新たに始められた暦法であり、古代ベルカ歴760年(新暦で前539年)を「元年」としています。
 なお、ミッドの歴史学では、ミッドが〈聖王家直轄領〉となる以前の千八百年余を全部まとめて「上代」と、それから正式な独立までの五百数十年を「古代」と、旧暦の最初の四百六十年あまりを「中世」と、そして、管理局の創設以降の百数十年を「近代」と呼称しています。】

・前520年代  ベルカ各地で散発的な地域紛争が続く中で、諸王は「(きた)るべき最後の戦い」に備えて武術を奨励(しょうれい)し、シュトゥラ王国でも、武王クラウスによって「覇王流」が創始された。
 →また、この頃から「一体どういう訳か」ベルカ世界の各地で一斉に「聖王家への不満」が噴出し始めた。(←重要)

・前320年頃  第三戦乱期、始まる。
 →今まではあくまでも「戦争の調停者」だった聖王家が、この戦乱で初めて「戦争の当事者」になったため、この戦乱期は「聖王家までもが巻き込まれてしまった戦争」という意味で、俗に「聖王戦争」とも呼ばれている。
 この時代には、ベルカ世界にもすでに戦船(いくさぶね)は無く、空ももう(よど)みすぎていて、魔導師たちも空を飛ぶことなど全くできないという状況だったため、結果としては戦闘行為の大半が古典的な陸戦となった。
(第二戦乱期と比べれば「相対的に規模の小さな戦闘」がねちねちと続いた時代だった、と言って良いだろう。)

・前285年頃  大陸全土でさまざまな〈禁忌兵器(フェアレーター)〉が使用され、環境の汚染はさらに深刻なものになっていった。

・前283年  古代ベルカ歴1016年。戦乱期の開始から丸40年も()たないうちに、オリヴィエ(15歳)が「五人目の〈ゆりかご〉の聖王」に選ばれた。

・前282年  オリヴィエは「何故か」突如として〈ゆりかご〉とともに、ベルカを離れてミッドチルダへ飛び、その地下に〈ゆりかご〉を隠して、(ほうむ)り去った。
(ミッドでは旧暦258年。オリヴィエ自身は、この時点で〈ゆりかご〉を内部から破壊しており、「もう二度とは飛び立てないように」したつもりだった。)

【私がVividのコミックスを読んで最も強く疑問に感じたのは、『これでは、「Vividにおける〈ゆりかご〉の物語」と「StrikerSにおける〈ゆりかご〉の過去設定」とが上手くつながらないのではないか?』ということでした。つまり、Vividのコミックスを読んだ限りでは、『オリヴィエが、一体なぜ〈ゆりかご〉をベルカ世界から「引き離して」ミッドに持って来てしまったのか?』という点がよく解らないのです。
 この一件を始めとする、リリカルなのはシリーズの「数々の謎のすべて」に対して「納得できる回答」を示したいと思って、私はこの作品を書き始めました。
(オリヴィエの動機に関しては、また「第二部」で詳しくやります。)】

・前281年  ベルカ世界に、オリヴィエからの「大脱出を勧告するメッセージ」が伝えられた。
 →また、教会側の伝承によれば、この年に、オリヴィエの指示によって、まずはミッドチルダで「教会」の組織が成立した。
(ただし、彼女自身は、あくまでも「これから散り散りとなってしまうであろうベルカ人のための相互扶助組織」のようなモノを考えていただけで、自分が神のごとく祭り上げられてしまうことは全く想定していなかったらしい。)

・前280年  オリヴィエ、ミッド〈中央部〉の北部区画で死去。享年18歳。後に、その一帯はミッドチルダ政府からも〈ベルカ自治領〉として追認された。
 →なお、ミッドでは、この頃から惑星全体規模での急速な「温暖化と海面上昇」が始まった。

 →同じ頃、ベルカ世界では、シュトゥラ王国の国王が病床に就き、クラウスは18歳でやむなく王位を継承した。
 そして、オリヴィエの死亡が確認された後、クラウスは瀕死の父親からの懇願を断り切れなくなり、仕方なく「母方の従姉(いとこ)」である大公家の公女マルガレーテ(20歳)を妃に迎えた。

・前268年  覇王クラウス、死去。享年30歳。直後に、第三戦乱期は「正式に」終了した。
(同年、ダムノニア王国の「剣王アルトゥリウス」も「カムランの戦い」において42歳で死去したと伝えられるが、『その年に戦場で死んだのは影武者の方だった』という説も根強い。)
 →時に、古代ベルカ暦1031年。「最後の地上の聖王」アルテアの勅令により、「最後の〈ゆりかご〉の聖王」オリヴィエからの勧告のままに、以後50年に及ぶ「ベルカ世界からの〈大脱出〉」が始まった。

 →シュトゥラ王国では、クラウスの一子ハインツが「形式的に」王位を継いだが、彼は当時まだ8歳だったので、実際の政務はすべて母親のマルガレーテ(32歳)が取り仕切ったと伝えられる。

・前260年  聖王アルテアの崩御(ほうぎょ)により、聖王家が断絶する。すなわち、「事実上の、古代ベルカの滅亡」である。
(時に、古代ベルカ歴1039年。ミッドでは旧暦280年の出来事であった。)
 →以後、〈大脱出〉が本格化した。

・前258年 〈雷帝〉の末子ヴェンデルを皮切りに、イクスヴェリアやハインツを始めとするベルカ諸王国の王侯貴族たちも、(あい)()いでミッドなどへ移住した。
 →ヴィルフリッド(40歳)やクロゼルグ(36歳)も同じ年に、それぞれ「一人娘」とともに、ミッドへ移住した。

 →ミッドチルダに移住したベルカ人の多くは、そのままベルカ自治領に住み着いたが、ハインツ(18歳)は後日、「オリヴィエの神格化」に対して「どうしようもない違和感」を(いだ)き、単身でその自治領から離脱した。
 そして、彼はやがて、ベルカ系ミッド人の少女アニィ・ストラトスと恋に落ち、翌年、アニィが17歳になるのを待って結婚した。
(古来、ミッドの慣習法では「男女とも結婚は17歳から」ということになっていたので、ハインツもそれに従ったのである。)
 後に、二人は流れ流れて、遠くアンクレス地方に住み着いたのだと言う。

・前219年  古代ベルカ歴1080年。〈大脱出〉が完了し、「古代ベルカ時代」は終焉を迎えた。
 →〈最後の移民船〉は、『ベルカ世界につながる次元航路を「謎の技術」ですべて「封鎖」した上で、ベルカ世界を後にした』と伝えられる。
(なお、その「封鎖状態」は以後、140年余に(わた)って持続したが、〈最後の移民船〉がその後、どの世界へ渡ったのかは、誰も知らない。)
 以後、新暦76年まで、ベルカ世界はほぼ300年に亘って「完全に」無人の世界となった。

 →一方、ミッドでは、旧暦321年。この頃になって、海面の急速な上昇はようやく止まり、海面は現在と「ほぼ」同じ水準になった。
(南極大陸の氷床がすべて融解した結果、わずか60年余の間に、ミッドの海面は20メートルほど上昇した。実は、その後も別の理由によって、「10年につき5センチほど」の至極ゆっくりとした速度で、海面上昇は今もなお続いている。)

【念のために言い添えておきますが、もしも地球で同じ現象が起きたら、海面上昇は20メートルどころでは済みません。『当時のミッドチルダの南極大陸の氷床は、現在の地球の南極大陸の氷床よりもだいぶ薄かったのだ』という設定です。
 また、『現在のミッド地上に、「歴史ある街並み」がほとんど残されていないのも、半ば水没したような「廃棄都市」が幾つも存在しているのも、この時代の海面上昇が原因である』という設定で行きます。つまり、昔からの都市は、その多くが「海抜の低い土地」を選んで造られていたため、すでにあらかた水没してしまっているのです。】

・前151年  ミッドでは、旧暦389年。〈本局〉にかけられていた〈アルテアの封印〉が解け、「ロッド・ゼガリオス将軍」の主導によって〈九世界連合〉が成立した。
 →これによって、ミッドチルダは「次元世界における、新たな中心世界」への道を歩み始めたのであった。

【この作品では、以下のような設定で行きます。
『元来、〈本局〉は〈ゆりかご〉と同じく「アルハザードの遺産」であり、長らくベルカ聖王家が秘密裡にこれを管理していたが、聖王戦争の末期に〈ゆりかご〉が失われた結果、アルテアは()せずして「最後の地上の聖王」となった。
 同時に、彼女は『聖王家の断絶も、ベルカ世界の滅亡も、もはや避けられない』と悟り、可能な限り多くの知識を「次の時代」に残すため、ベルカ世界から〈無限書庫〉へと幾つもの書物庫(しょもつこ)を丸ごと転送し、その上で、この「アルハザードの遺産」が「混乱の時代」に悪用されることを怖れて〈本局〉を丸ごと「通常の亜空間とは〈位相〉の異なる亜空間」へと封印した。
 そして、「百年余の封印」が解け、通常の亜空間へと戻って来た〈本局〉を、ミッドチルダの次元航行艦隊がいち早く見つけて占拠し、八つの同盟世界とともにこれを管理・運営し、さらには増築することにした。これが〈九世界連合〉の始まりである』
(なお、空間の〈位相〉についても、また「背景設定5」で詳しく述べます。)】

・前119年  「古代ベルカの終焉」からちょうど百年後の、ミッド旧暦421年。造営に十年余の歳月をかけた「新首都クラナガン」がついに完成し、すでに旧市街が水没した「首都パドマーレ」からの遷都が実行された。
 →以後、パドマーレは「州都」に「格下げ」となり、東方州都ヴァストーラや西方州都ラムゼリエと同格の存在となった。

・前78年  ミッド旧暦462年。とあるロストロギアの暴走によって〈次元断層事件〉が引き起こされ、高名な〈レガルミア〉を始めとする幾つもの世界が滅び去った。
【この〈次元断層事件〉に関しては、TVアニメの「無印」第7話を御参照ください。】

・前75年  ミッド旧暦465年。上記の事件で一挙に危機感が高まり、〈九世界連合〉を母体として、13個の世界から成る〈時空管理局〉が成立した。
(ここで言う「時空」は、やや文学的な表現であり、実際には、この用語は単に「次元世界全体」を意味しているに過ぎない。)
【公式の設定とは異なりますが、この作品では「管理局の創設」と「新暦の開始」とを分けて考えることにします。】

 →管理局は「質量兵器の廃絶」と「ロストロギアの管理」を根本理念として(かか)げ、(ただ)ちに〈統合戦争〉を開始した。
 なお、「オルランド・マドリガル議長」を始めとする〈最高評議会〉の三人組は「管理局の創設者」として、この頃から大いに活躍した。
【三人とも、前100年頃の生まれで、当時はまだ二十代半ばの「本当に立派な天才たち」でした。しかし、彼等は後に、お互いの妹を妻に迎え合って、非常に閉鎖的な人間関係(家庭環境)を構築してゆくことになります。】

 →同じ頃、(次元断層事件の影響で?)ベルカ世界につながる次元航路の「封鎖」も多くが崩壊し、ベルカ世界への渡航が「技術的には」可能となったのだが、〈最高評議会〉の三人組は巧みな情報操作によってその事実を隠蔽(いんぺい)し、ベルカ世界への中継拠点となる幾つかの無人世界を制圧して、「事実上、誰もベルカ世界へは渡航できない状況」を懸命に維持し続けた。

・前72年  それまでは「伝説上の存在」かと思われていた「スクライア一族」が、初めて公式の場にその姿を現した。
 →彼等はみずから〈本局〉を訪れ、『古代ベルカで発行された』という「聖王(せいおう)勅許状(ちょっきょじょう)」を盾に、管理局に対して「数百年来の既得権」を今後とも保証するように要求し、〈最高評議会〉はその要求をそのまま受け入れた。
 これによって、『スクライア一族は今までどおりに、あらゆる世界を自由に往来し、無人世界においては、遺跡の発掘や調査を自由に行なっても良い』と、管理局が「一定の条件つきで」正式に認めた形となった。
(オルランド議長が『何故こんな無茶な要求を拒否しなかったのか』については、今もなお不明のままである。)

・前24年 〈最高評議会〉の三人組が現役を引退し、初代の〈三元老〉となった。
 →表向きの規定としては、〈三元老〉は『形式的には「時空管理局の最高責任者」だが、「平時には」何の実権も持たない、ただの名誉職である』ということになっている。
 つまり、「非常事態宣言」が出された時に限っては、『管理局〈上層部〉の権限を完全に停止し、それに代わって管理局全体を指揮する』という絶大な権限を持つ。
(オルランドたち三人組は、「念のために」法令にはこうした〈元老大権〉を設定しておいたのだが、実際には、一度もこれを使う機会は無かった。また、彼等の妻子や孫たちも一度として歴史の「表舞台」に立つことは無かった。)

 →これ以降、「総代(そうだい)」が管理局の「事実上の最高責任者」となり、「最高評議会」も「制度としては存続するが、実際にはずっと空席のまま」という扱いになった。
(なお、管理局における「元帥(名誉元帥)」とは、あくまでも「引退した総代の中でも、格別の功績があった者にのみ与えられる名誉職」の名前である。)
【これ以降、〈ゆりかご事件〉までおよそ百年の間、最初の10代の「総代」たちはみな、基本的には「オルランドたち三人組の傀儡(かいらい)」でした。】

・前19年  ミッド旧暦521年。首都クラナガンでは「遷都百年祭」が盛大に(もよお)された。
 →この頃には、シガルディスもデヴォルザムもリベルタも、すでに管理局の軍門に(くだ)っており、「南方の四世界同盟」も『もはや戦局を(くつがえ)すことは絶望的』といった状況で、統合戦争における「管理局の勝利それ自体」は最早(もはや)確定的なものとなっていた。
(以後、管理局はもっぱら「ロストロギアの発見と回収」および「戦後体制に関する協議」などにその力を(そそ)いでゆくこととなる。)

 →また、この頃には、オルランドら(もと)最高評議会の三人組もすでに八十歳前後の老人となっており、彼等は(そろ)いも揃って妻や息子たちに先立たれた後、ついに「生身の肉体を捨て、脳髄と脊髄だけの姿となって生き続けること」を選択した。
 そして、まずは〈第9管理世界ドナリム〉で「生体実験」を繰り返して必要なデータを蓄積し、数年後には、そのための技術を完成させて、自分たちの肉体に適用した。

・前11年  現行の「BU式駆動炉」が初めて実用化された。
(次元航行船の航続距離が飛躍的に伸びて、現在とほぼ同じ水準になった。)
 →同じ頃、オルランドたち三人組はついに〈三脳髄〉と化し、表向きは三人とも九十歳前後で死亡したことにして、裏では「管理局の実質的な支配」を続けた。
 これ以降、〈三元老〉は本当に「単なる名誉職」となった。

 →なお、この名誉職は(管理局の制度としては必ずしも「不可欠の存在」ではなかったために)しばしば空席となることもあったが、彼等はみな、歴代の「総代」らと同様、「三脳髄の傀儡(かいらい)」でしかなく、それ故に、〈三脳髄〉も「元老大権に関する法令」をあえて書き換えるほどの必要性を(おぼ)えなかった。(←重要)

・前9年  ミッド北部に深刻な疫病が流行し、ベルカ系の人々を中心として、わずか半年たらずの間に、四百万を超える人命が失われた。
【ミッドの歴史学では、これを「ミッド北部、疫病大禍(えきびょうたいか)」と呼びます。】

 →後に、その疫病は「愚かな密航者が、大昔からその危険性ゆえに『渡航禁止世界』に指定されていた〈第2無人世界カルナージ〉を(ひそ)かに訪れて、そこからわざわざ持ち帰って来た病原体」によるものであることが判明し、管理局の内部では、今さらながら「惑星カルナージ改造論」が勢いを増した。
(なお、その改造、つまり、「惑星全体規模での、病原体そのものの根絶」は、新暦76年になってようやく正式に完了した。)

・前4年  統合戦争における、事実上の「最後の大規模戦闘」が行なわれ、モザヴァディーメやフォルスでは、それなりの被害が出た。
 →マグゼレナにおける、今なお原因不明の〈ディオステラの悲劇〉も、当初はこれによるものと考えられていた。
(後に、マグゼレナ中央政府は遷都を余儀なくされ、「廃都」となったディオステラでは、翌年、「アヴェニール四兄妹」を始めとする幾人かの戦災孤児たちが「スクライア一族」に拾われたのだと言う。)


・新暦元年  旧暦540年。統合戦争の終結と〈中央領域〉の統一を記念して改暦。
 →同時に、「BU式駆動炉」の普及により、四半世紀に亘る「大航海時代」が始まる。

【改暦の時点ですでに管理世界となっていた22個の世界が、俗に言う「主要な世界」です。この作品では、それらの世界の「固有名称」を番号順に以下のとおりとします。

1.ミッドチルダ、2.ガウラーデ、3.ヴァイゼン、4.ファストラウム、
5.ゼナドリィ、6.パルドネア、7.モザヴァディーメ、8.フォルス、9.ドナリム、
10.ルーフェン、11.セクターティ、12.フェディキア、13.マグゼレナ、
14.シガルディス、15.デヴォルザム、16.リベルタ、
17.イラクリオン、18.ラシティ、
19.ゲルドラング、20.ザウクァロス、21.ヴェトルーザ、22.ハドマンド。

 1~9がかつての〈九世界連合〉のメンバーであり、これらの九世界は俗に『ひとケタ台の管理世界』とも呼ばれ、『総代は事実上、これら九世界の出身者に限られる』など、今でもやや特別な扱いを受けています。
(この用語については、「THE MOVIE 2nd A’sドラマCD Side-T」における、ミウラのセリフを御参照ください。……と言うか、私はそもそも、この『ひとケタ台の管理世界』というセリフから〈九世界連合〉というネタを思いつきました。
『限定販売特別鑑賞券の「オマケ」にしか出て来ないような情報をそこまで重視するというのは、どうなのか?』という御意見も当然にあるだろうとは思いますが、この作品では、取りあえずこの設定で行きます。)
 ちなみに、19から22までの四世界は、旧暦の時代には管理局の側から「南方の四世界同盟」と呼ばれており、「東のデヴォルザム」や「西のリベルタ」とともに「統合戦争における主敵」でした。】

【また、かつて「ベルカ聖王家の直轄領」だった「十二世界」の内訳は、今で言う「管理世界・管理外世界・無人世界」がそれぞれ四つずつで、今ではいずれも1番から4番までの番号が割り振られています。
 まず、「最初の四つの管理世界」の名称は、上記のとおり。
 同様に、「最初の四つの管理外世界」の名称は、番号順に、キルバリス、オルセア、シャグザード、パドローナ、です。
 これら四つの世界は、ミッドチルダとも「互いに直轄領だった頃からの古い付き合い」があり、魔法文化もよく普及しているのですが、当時はいずれも「社会的な状況」に問題があったため、管理局としてもこれら四つの世界を「管理局システムの構成員(メンバー)」として(つまり、「管理世界」として)認めることはできませんでした。
(そして、身分制度や内戦などといった「社会的な状況」が当時と全く変わっていないため、これら四つの世界は、今もなお「管理外世界」のままになっているのです。)

 また、「最初の四つの無人世界」の名称は、番号順に、アムネヴィア、カルナージ、バラガンドス、ゲボルニィ、です。
 管理局は創設当初から、これら四つの無人世界に対して「領有権」を主張しており、旧暦の時代の末には、すべての「主要な世界」から正式にその権利を承認されました。
 現在では、これら四つの世界以外にも、〈マニクヴァリス〉や〈アペリオン〉を始めとする、〈中央領域〉にある多くの無人世界が「管理局の領有する世界」として認められています。
(なお、個々の世界の位置関係については、「プロローグ 第6章」の中に「背景設定6」という形でまとめておきましたので、そちらを御参照ください。)】

 →また、改暦直後から、幾つもの世界が「管理局システムへの参入」を希望し、自分たちの世界を「管理世界」として認めてくれるよう、〈時空管理局〉に働きかけて来たが、管理局が真っ先に〈第23管理世界〉として(つまり、「最初の、新たな管理世界」として)認定したのは、意外にも〈ルヴェラ〉だった。

【ルヴェラは、『先史時代には強大な国家を形成して周辺の諸世界を武力制圧し、それ故、〈次元世界大戦〉の折りには〈ゆりかご〉によって完膚(かんぷ)なきまでに打ちのめされた』という「前科」のある世界です。
 その後、かつてルヴェラの属国だったジェブロン王国は、ジェブロン式魔法(質量兵器との併用を前提とした魔法体系)を完成させて強大な帝国となり、その武力でルヴェラを植民地化すると、まるで大昔の怨みを晴らそうとするかのように、何世代にも亘って過酷な収奪を続けました。
 その結果、ジェブロン帝国が最終的にルヴェラ世界から撤退した時には、『ルヴェラの地表には、人工の建造物など、もう「遠目(とおめ)には廃墟にしか見えないような、崩れかけの住居」しか残されてはいなかった』と伝えられています。

 そして、ジェブロン帝国の唐突な滅亡から300年余の後、ベルカ世界からの〈大脱出〉の時代には、ルヴェラにも相当数のベルカ人がはるばるやって来て、後に「文化保護区」などと呼ばれることになる街並みを築いたりもしましたが、それでも、ルヴェラの人口や技術力や経済力は、今もなお相当に低い水準のままに(とど)まっています。
 こうした「前科」や「経済力の低さ」にもかかわらず、管理局がルヴェラを「最初の」新規加盟世界として認めたのは、当時はまだ「まともな人格と判断力」を維持していた「三脳髄」の指示によるものでした。
 もちろん、『管理局はそうした事柄を問題視しない』という政治的なアピールのために、そうしたのです。】

 →このアピールが(こう)(そう)したこともあって、その後、「管理世界」の数は順調に増えて行った。
 しかし、〈次元世界〉の西方には、まだ〈カラバス連合〉などの「あからさまな敵対勢力」が存在していたため、その後は、おおむね東方にある諸世界の方が先に、30番台、40番台の管理世界に認定されてゆくこととなった。

【私は、『次元世界全体で見れば、無人世界の方が、管理世界よりもずっと数が多いはずなのに、〈第34無人世界マウクラン〉の近くにあるはずの〈スプールス〉が、何故「第61番」の管理世界なのか?』という点が、個人的によく解らなかったので、「スプールスの加盟が遅くなった理由」というものを自分なりに考えてみた結果、上記のような設定となりました。】

【なお、管理局への新規加盟に必要な条件は「基本的には」以下の六つだけとなっています。

1.魔法文化が広く一般に普及していること。(基礎条件)
2.「惑星統一政府」が正常に機能しており、深刻な内戦状態には無いこと。
3.身分制度が撤廃され、法治主義と「法の下の平等」が社会に根づいていること。
4.次元航行技術を自前で維持できるだけの文明があること。
5.他の世界への侵略行為などを決して行なわないと誓うこと。
6.「質量兵器の廃絶」と「ロストロギアの管理」という「管理局の根本理念」に賛同し、その実現に向けて最大限の努力を惜しまないこと。

 また、「管理外世界」の中でも、1の「基礎条件」を満たしていない世界は、管理局が原則として「接触禁止世界」に指定しており、民間レベルでの接触は文字どおり禁止されています。
 そして、現在では〈地球〉も含めて、「管理外世界」のほぼ三割に当たる62個の世界が、そうした「接触禁止世界」に指定されています。】

 

 

  (新暦元年以降の年表)

・新暦11年  管理局の調査艦隊が〈辺境領域〉の北東部で、「第72管理外世界ファルメロウに接続する次元航路の中でも最長の航路」の向こう側に、有人世界〈地球〉の存在を確認した。
 →それなりに詳細な基礎調査の後、その世界は〈第97管理外世界〉と命名された。
(地球では、いわゆる「第二次世界大戦」が終わって間もない頃、「昭和22年・西暦1947年」の出来事である。)

【以下、()(ぶん)では、「管理世界・管理外世界・無人世界」をそれぞれ「管・外・無」と略記し、世界の名称には、なるべくこの略号と数字を添えるようにします。例えば、地球であれば〈外97地球〉という表記になります。】

 →なお、その艦隊を率いていたのは、ミゼット・クローベル提督(32歳)だった。
(当時、彼女は「産休明け」だったため、『まずは軽い仕事から』ということで、(がら)にもなく、調査任務になど()いていたのである。)
 また、彼女が乗る旗艦に同乗していた執務官は、彼女の「お気に入り」のテオドール・ダールグリュン(ヴィクトーリアの曽祖父、24歳)だった。
 そして、その艦隊は(通常のマニュアルどおり)その世界の各地に何人もの「潜入調査員」を残して〈本局〉に帰投した。

・新暦12年  地球のさらに向こう側に、新たな無人世界が二つ確認され、それぞれ〈無127パニドゥール〉、〈無128ドルバザウム〉と命名された。

・新暦15年 〈GV事件〉の結果、海鳴市の東隣にある「敷浜(しきはま)市」から、何十人もの日本人がまとまってミッドチルダへ移民し、アラミィ地方の港町ヴィナーロの東側に「地球人街」を築いた。

 →ミゼット・クローベル提督は「自分が発見した世界」(地球)に相応の関心を寄せていたが、この時は、(のち)に〈最初の闇の書事件〉と呼ばれることになる案件で艦隊を率い、テオドール執務官らとともに作戦行動中だったため、彼女は「残念ながら」この〈GV事件〉には全く関与することができなかった。

【ちなみに、事件名の「最初の」は、あくまでも『管理局にとっては、初めての直接遭遇だった』という意味の用語です。どうやら、「闇の書」は、旧暦の時代にも何度か、南方の諸世界で猛威を振るったことがあったようです。】

・新暦21年  〈カラバス連合〉との「三年戦争」が終結した。
 →これ以降、管理局は「幾つもの世界から成る国家連合との全面戦争」を全く経験していない。言い換えれば、この戦争での勝利によって〈次元世界〉における「管理局の覇権」が最終的に確立したのである。

 →「ミゼット・クローベル提督」の名は、管理世界の一般民衆の間では、もっぱら、この戦争における「無敗の英雄」として知られている。
(ただし、最終決戦において〈カラバス連合〉の敗北を決定的なものとしたのは、ラルゴ・キール提督の功績だった。)
 以後、〈次元世界〉の西方に位置する多くの世界が『あの〈カラバス連合〉ですら、管理局には全く歯が立たなかったのだ。我々の力では、到底、(かな)うはずも無い』と考えて旧来の「自主独立路線」を諦め、次々に先祖伝来の「ジェブロン式魔法」とそれを補助する諸々(もろもろ)の質量兵器を放棄して、管理局の軍門に(くだ)ってゆくこととなった。

 →また、これ以降、管理局の次元航行部隊が「戦闘用の艦隊」を組むのは、完全に「有事のみ」となった。その結果、艦隊指揮の権限を持つ「提督」(一佐、もしくは将軍)も、平時には一般の「艦長」(三佐、もしくは二佐)と同じように、自分の(ふね)一隻だけを指揮するようになった。

【無論、有事には、その(ふね)がそのまま「艦隊旗艦」となります。新暦65年にリンディ提督が指揮していた〈アースラ〉も、まさにそうした艦でした。
 なお、あくまでも俗称なのですが、管理局では一般に、こうした「普段から(艦長とは別個に)提督が乗っている(ふね)」のことを、「(その提督の)御座艦(ござぶね)」と表現します。】

・新暦25年頃  「大航海時代」が終了する。
 →この年までに、「現時点で知られている600個あまりの世界」はすべて発見し尽くされた。
(ただし、この段階ではまだ「座標の特定と命名」が終わっただけで、必ずしも「本格的な調査」までは終了していない。)

【この「600個あまり」の内訳は、「管理世界が100個たらず、管理外世界が200個あまり、無人世界および遺失世界が合わせて300個あまり」を想定しています。
 正直なところ、「管理世界の数」はもう少し減らした方が良かったのかも知れませんが……この作品では、取りあえずこの設定で行きます。】

・新暦32年  ミッドの首都クラナガンでは「遷都百五十年祭」が催された。
 →これ以降、従来の市街地の東側に「新市街」が築かれ、やがて「管理局ミッド地上本部」などの官公庁がすべてそちらへ移転した結果、旧来の市街地は「旧市街」と呼ばれるようになった。
(その後、都市空間はさらに東方へと拡張され、70年代の後半には、ついに「冥王イクスヴェリアが眠る海底遺跡」のほぼ真上にも「マリンガーデン」が建設されてしまった。)

・新暦36年  昨年の南方遠征の「事実上の失敗」を受けて、管理局〈上層部〉では、相当な数の将軍たちが引責辞任に追い込まれ、人事が大幅に刷新された。
 →これによって、ミゼット・クローベル提督(57歳、中将)は参謀総長に、レオーネ・フィルス提督(55歳、新たに中将)は法務長官に就任。また、ラルゴ・キール大将(53歳)は上級大将となり、時空管理局の第7代「総代」に就任した。
(ちなみに、「上級大将」は完全に「総代」専用の階級である。)

・新暦38年 〈管40グザンジェス〉に、第一級指定ロストロギア〈ディファイラー〉が出現したが、対応が後手(ごて)に回った結果、『一個の大陸が丸ごと滅び去る』という大惨事になってしまった。

【この事件では、最終的に、あの〈アルカンシェル〉までもが投入されたのですが……このロストロギア〈ディファイラー〉については、また「プロローグ 第8章」などで改めて述べます。】

・新暦39年  アリシア・テスタロッサ(5歳)が死亡した。
 →この「特殊大型駆動炉暴走事故」により、アリシア以外にも何人かの「犠牲者」が出たようだが、詳細は不明である。
 管理局はこの事故の背景に幾つもの重大な法令違反があったものと見做(みな)して、後日、アレクトロ社には「解散命令」を(くだ)し、その「スポンサー」にも一定の処罰を下し、その駆動炉に関するデータも「すべて」押収(おうしゅう)して「特秘事項あつかい」とした。(←重要)

【この作品では、この一件に関しても、やや劇場版寄りの設定を採用します。
 ただし……あの劇場版では、プレシアが「何の落ち度もない、純然たる被害者」として描写されていましたが……この作品では、『プレシアの側にも「若干の」落ち度があり、それ故、彼女は娘アリシアの死に関して、深い自責の念に駆られていた』という設定で行きます。
 なお、プレシアの父母と夫と義理の父母(つまり、アリシアの父親と四人の祖父母たち)は、これ以前にすでに死亡していたものとします。
(この件については、また「第三部」の冒頭でも改めて描写する予定です。)】

・新暦41年  テオドールは、執務官に就任した時点で「嫡子」の座を弟に譲っていたのだが、この年には父親と弟とその一子が(あい)()いで病死してしまったために、54歳でやむなく正式に「ダールグリュン家の第11代目の当主」となった。
(なお、同家の初代当主は、「雷帝ダールグリュン四世」の末子で、初めてミッドチルダに移民した「ヴェンデル・ダールグリュン」である。)

 →これによって、(両立は不可能だったため)テオドールは勤続35年にして「執務官の引退」を余儀なくされた。
 また、同時に執事も代替わりして、これ以降は、グスタフ・ラグレイト(エドガーの父方祖父、当時36歳)が、ダールグリュン本家の執事となった。

・新暦42年  いわゆる〈アルハザード因子〉を組み込んだ人造生命体〈アンリミテッド・デザイア〉の製造が、何十体目かでようやく成功した。
(ただし、その「因子」は(かり)にそういう名前で呼ばれているだけで、実際には、それ自体が「アルハザードの遺産」であると確認された訳では無いらしい。)
 →人間の6歳児のような姿で生まれたその人造生命体は、後に「ジェイル・スカリエッティ」と名づけられ、「三脳髄」が彼のために準備した「名だたる技術者たち」によって英才教育を(ほどこ)された。

・新暦44年  プレシア(38歳)が〈アルトセイム山脈〉の(ふもと)、ミッド南部の辺境パルテリス地方に偽名で土地を購入。さらには、次元航行の可能な大型居館〈時の庭園〉をも偽名で入手して、購入したばかりの土地の中央部にその居館を設置した。
(この時点で、彼女はすでに「まともな精神状態」ではなかったものと推測される。)
 →彼女はそのまま、表向きは「行方不明」となり、(ひと)り「アルハザードへの道」を模索(もさく)しつつ、〈時の庭園〉の違法改造を始めた。

・新暦46年  移民二世のゲンヤ・ナカジマ(17歳)が、親族の反対を押し切って管理局に就職した。
 →後に、彼は自身(みずから)が希望したとおり、生まれ故郷のアラミィ地方からは遠く離れたエルセア地方に配属された。

・新暦48年  ジェイル・スカリエッティ(外見的には12歳児)が、早くも〈プロジェクトF〉の基礎理論を構築し、その直後に事故で(?)死んだ「女性技術者」ドーラ・ザロネア(事実上のジェイルの乳母、29歳)のクローンを早速、造り始めた。

 →ドーラのクローンは、4年後に(15歳ぐらいの姿で)完成したが、この時点では、まだ彼女の「インヒューレント・スキル」(先天固有技能。以下、「IS」と略記)を継承させるのがやっとで、彼女の「具体的な記憶」の転写は全くできなかった。
(このクローンは、後に戦闘機人に改造され、「ウーノ」と呼ばれることになる。)

【英語の「inherent」(生得の、固有の)ならば、実際の発音は「インヒアレント」に近いものになると思うのですが……この作品では、原作に従って「インヒューレント」と表記しておくことにします。】

・新暦51年  クロノ・ハラオウン、生まれる。
 →この年、ミッドでは一連のテロ事件によって株価が大暴落したため、経済は「恐慌」に陥って多くの会社が倒産し、また幾つもの名家が没落した。
(グラシア家の分家も直接に「テロの標的」となり、当時まだ4歳だったカリムの「祖父母と父母と兄と姉と弟」も全員が死亡してしまった。)

 →なお、とある爆破テロ事件の巻き添えで「全く関係が無い」ハラオウン家の自宅までもが炎上し、焼失した。親子三人は外出中で人的な被害は何も無かったが、ハラオウン家は、そこ以外にはミッド地上に土地や家屋を全く所有していなかったため、特例措置により、クロノは以後、三年余に(わた)って次元航行艦の中で育てられることとなった。
(だが、クロノ自身は大人になってから振り返ってみて、こうした「自分の育てられ方」をあまり良いものだとは思わなかったらしい。)

 →また、翌52年になると、ミッド地上本部はテロ対策の一環として、すべての嘱託魔導師らに(あくまでも「テロ関連に限って」の話ではあるが)陸士たちと同等の捜査権と逮捕権を暫定的に認可し、「テロ組織メンバーの特定や身柄の確保」を、さらには「その根拠地の特定や制圧」をも奨励(しょうれい)して、相当な額の成功報酬を約束した。
「人材の活用」と言えば聞こえは良いが、これは事実上の「賞金稼ぎ制度」であり、当初からいろいろな意味で評判の悪い制度だった。

【確かに「一定の成果」は上がったものの、自分の能力を過信して(?)「返り討ち」に()う嘱託魔導師も(あと)を絶たず、結局のところ、この制度はわずか10年で廃止されました。】

 →なお、経済的な影響は周辺の諸世界にも及び、例えば、ヴァイゼンでは、カレドヴルフ・テクニクス社(CW社)が体力の弱った企業を幾つも買収して一気に巨大化した。
 そして、CW社の「敏腕社長」グレイン・サルヴァム(公称、49歳)は、これを機に「グループ全体の会長」に就任し、「表向きは」第一線から退いた。

【また、翌52年には、デヴォルザム第三大陸〈カロエスマール〉の第一州都である「不徳の都」ネイザルでも、元「八伯家」のひとつで大富豪の「ガウザブラ家」が、爆破テロによって多大な人的被害を(こうむ)ったのだと言います。】

・新暦52年3月  ラルゴ・キール総代(69歳)、レオーネ・フィルス法務長官(71歳)、ミゼット・クローベル参謀総長(73歳)の三名が揃って現役を引退した。
 →それぞれに「提督」の資格を持っていたこの三人は、新たに、長らく空席となっていた〈三元老〉の地位に就き、彼等の称号もそれぞれ、武装隊名誉元帥、法務顧問相談役、本局統幕議長、に変更された。
(これもまた、事実上の「引責辞任」である。)

・同52年4月  リナルド・アリオスティ(29歳)が〈三元老〉の「御世話役」に着任した。
(実際には、彼は三脳髄の側から送り込まれた「監視役」で、『三元老と接触した人物について、何か問題があればすぐに三脳髄に報告する』というのが彼の本来の仕事だった。また、彼は、オルランド議長の玄孫(やしゃご)に当たる人物であったと言う。)

【しかしながら、彼はさまざまな紆余曲折(うよきょくせつ)(のち)、「(ひそ)かに」三脳髄を裏切り、ミゼットたち三元老の側につくことになります。】

 →同じ頃、スカリエッティの許では、ウーノがあまりに優秀すぎて、かつての「名だたる技術者たち」もほぼ「用済み」となり、以後、彼等は「下働き」を余儀なくされることとなった。
(そして、58年には、正式に「無用の存在」として「三脳髄」の許へと送り返された。)

・新暦53年3月  スカリエッティからの呼びかけに応じて、彼の(もと)に、三人の「極めて優秀な女性技術者」が(つど)った。
 →スカリエッティは他の計画(戦闘機人計画など)が本格的に忙しくなって来たため、彼自身が基礎理論を構築した〈プロジェクトF〉の完成を、彼女たち三人の手に委ねた。
(また、「三脳髄」はこの時点ですでに〈プロジェクトF〉への関心を失っていたのか、その計画への資金の投入を打ち切っていた。)

 →以後、プレシア・テスタロッサ(47歳。ベルカ系ミッド人)と、ヴァルブロエス・レニプライナ(36歳。マグゼレナ人なので「ヴァルブロエス」の方が苗字。通称、レニィ)と、カウラ・ゼレミード(32歳。やはり、ベルカ系ミッド人)の三人が、協同で〈プロジェクトF〉の研究を続けることになった。

【プレシアにとっては、この時点ですでに「アリシアの永眠」から14年。〈時の庭園〉の購入から数えても、()や9年の歳月が流れ去っています。
 プレシアは、「アルハザードへの道」を探求する作業が完全に暗礁に乗り上げてしまった結果、「最善の策」(アリシア自身の復活)を一旦、脇に置いて、「次善の策」(アリシアの記憶を完璧に転写したクローンの作製)に乗り出した、という訳です。
 なお、この作品に「リニス」は登場しないのですが、背景としては、『アリシアが永眠した後、プレシアは「すぐに」彼女が飼っていた山猫を素体として「使い魔」のリニスを造り、「眠り続けるアリシア」の世話をさせていた。そして、自分が〈時の庭園〉を離れざるを得なくなった「この時点」で、リニスには留守居(るすい)(やく)を命じて、自分が戻るまでの間、「アリシアの肉体」を正しく維持管理するよう、また、それを邪魔する者や〈時の庭園〉への侵入を試みる者は確実に排除するよう、彼女に厳命を(くだ)していた』という設定で行きます。】

・新暦54年11月  クライド・ハラオウン(28歳)が、局にとっては「五回目の直接遭遇」となる〈闇の書事件〉で殉職した。

【クライドやリンディの年齢も原作の設定とは微妙に食い違っていますが、これもまた悪しからず御了承ください。なお、その件に関して、詳しくは「キャラ設定2」を御参照ください。】

・新暦55年1月  クロノ(4歳)は「義理の大叔父」であるニドルス艦長(45歳)の許に預けられ、以後、六年余に(わた)り、彼と彼の使い魔ジェルディスによって鍛え上げられた。
 →リンディ(28歳)は、その六年の間に艦長としての実績を積み、クロノが10歳になって管理局に入ったのと同じ時期に、34歳の若さで提督となった。

・同55年8月  嘱託魔導師(賞金稼ぎ)のエリーゼ・エスクラーナ(26歳で、一児の母)が、ミッド地上のゲランダン地方で、ついに「スカリエッティの研究所」の所在を突き止めたが、一か月前に始動したばかりの「トーレ」によって、その場であっさりと始末されてしまった。
 →「銀の髪のエリーゼ」はドーラ・ザロネアと同様に「ISホルダー」(先天固有技能の保有者)だったため、その死体は部分的に保存され、そこから造られた改造クローンは、後に「チンク」と呼ばれることになった。

・新暦56年 〈外97地球〉の海鳴市では、なのはやはやてたちが生まれる。
 →同年、〈無81ナバルジェス〉の「スクライア一族のキャンプ地」では、ユーノが生まれる。
(ユーノの父親はその時点ですでに死亡しており、彼の母親「アディ・モナス」もまた、58年の8月には死亡してしまったため、ユーノは以後、一族の「長老」ハドロと、その従者ガウルゥの手によって育てられたのだと言う。)

・新暦56年と57年  IMCSの第4回大会と第5回大会が(もよお)された。
 →ミッド〈中央部〉都市本戦の決勝戦は、2年続けて同じ対戦カードとなった。結果としては、56年にはクイント(エルセア出身で、当時15歳)の方が優勝し、57年にはメガーヌ(メブレムザ出身で、当時17歳)の方が優勝したが、その内容はどちらも「僅差の判定勝ち」だった。
(なお、77年にジークリンデによって破られるまでの間、クイントの「15歳での優勝」は、ずっとIMCSの「ミッド〈中央〉の都市本戦」における「最年少記録」だった。)

 →翌58年の春に、二人は高等科を卒業し、管理局に入って「特別待遇」の陸士となった。その後、60年には早くもゼスト・グランガイツの率いる「特殊部隊」に配属され、やがて二人そろって同部隊の「副長格」となった。
(ちなみに、メガーヌとクイントは58年の入局の時点で、管理局の側に相当数の「細胞」を採取されていたものと思われる。)

【なお、クイント・パリアーニは61年に20歳で「かなり年上の」ゲンヤ・ナカジマ(32歳)と、また、メガーヌ・ディガルヴィも63年には23歳で「クラムディン地方における良家の一人息子」セルジオ・アルピーノ(26歳)と結婚しました。
 メガーヌも「一人娘」で、生まれた頃からずっと「両親と三人きり」の生活を続けていたのですが、彼女の両親(ディガルヴィ夫妻)は元々「在宅」の(どこへ引っ越しても続けられる種類の)仕事をしていました。
 そこで、セルジオの両親(寂しがり屋のアルピーノ夫妻)は『どうせ、部屋など幾らでも余っているのですから、ゆくゆくは孫たちのためにもなると思って』と「大変に強く」ディガルヴィ夫妻を誘い……夫妻もついには断り切れなくなって、メガーヌの嫁入りとともに十六年ほど住んでいた家も売り払って、娘とともに(メブレムザ地方の北隣にある)クラムディン地方の「アルピーノ家のお屋敷」へと引っ越しました。
 そして、翌々年(65年)の春には、そのお屋敷でルーテシアが生まれたのでした。】

・新暦57年夏  ヴェロッサ・アコース(6歳)が、カリム・グラシア(10歳)の養父である騎士バルベリオ(42歳)に引き取られ、その「(やしな)い子」となった。
(つまり、カリムから見れば、「義理の弟」になったのである。)

・新暦57年秋  テオドール(70歳)が、嫡子ベルンハルト(48歳)に家督を譲って引退した。
 →テオドールは、この時点で「ダールグリュン本家の邸宅」を離れ、(あくまでも、その「本家の邸宅」と比べれば、の話だが)随分と()ぶりで質素な「別邸」へと移り住んだ。
(この別邸は、彼が嫡子の座を弟に譲って執務官に就任した際に、彼個人の所有物件として建てられたものだったが、テオドールの妻は、息子に対して「にらみ」を()かせるために(?)そのまま本家の邸宅に住み続けたのだと言う。)
 グスタフ(52歳)もまた、早々と嫡子(エドガーの父方伯父、30歳)に家督を譲って引退し、本家の執事をその嫡子に任せて、妻マーヤとともに「別邸」に移り住み、引き続き、テオドールの身の(まわ)りのお世話などを(つと)めた。

・新暦58年3月  五年の歳月を経て〈プロジェクトF〉が完成し、スカリエッティはその報酬として、三人の女性技術者にこの違法技術の「利用権」を無制限に認めた。
 →その一方で、スカリエッティは「自分の研究所で下働きを続けていた、かつての名だたる技術者たち」を、もはや「無用の存在」として「三脳髄」の許へと送り返したのだが、その際の「人員の移動」が原因で、嘱託魔導師(賞金稼ぎ)のジェナ・スタイロン(22歳)にも、研究所の所在を()ぎつけられてしまった。
 後日、「狂犬のジェナ」は、ドゥーエによって無事に始末されたが、彼女もまた「ISホルダー」だったため、その死体は部分的に保存され、そこから造られた改造クローンは、後に「セッテ」と呼ばれることになった。

 →その後、プレシア・テスタロッサ(52歳)は〈時の庭園〉に戻り、それから三年余の歳月をかけて「アリシアのクローン(5歳児相当)」を作製したが、肝心の記憶転写は「何故か」上手く行かなかった。

 →一方、ヴァルブロエス・レニプライナ(41歳)は、実は、犯罪組織〈永遠の夜明け〉の幹部でもあり、また、首領ドラクレオスの義妹(妻の末妹)でもあった。
 彼女が戻った後、その組織は七年前に夭折(ようせつ)した「首領の子供たち」の記憶転写クローンを造るとともに、資金調達の一環として幾つもの世界で「一人息子を亡くした富豪」に、この違法技術で造った「その子供のクローン」を法外な価格で売りつけていった。
(時には、『富豪の「一人息子」を病気や事故に見せかけて殺した上で、その富豪に「その子供のクローン」を売りつける』などという「鬼畜の所業」すら(おこ)なっていたらしい。確かに、今時(いまどき)は『誘拐(ゆうかい)して身代金(みのしろきん)をせしめる』よりも、むしろ「リスクの少ない稼ぎ方」ではあるだろう。)

 →また、カウラ・ゼレミード(37歳)は、個人的にスカリエッティに心酔していたため、研究所への残留を望んだが、ウーノから丁重に拒否された。
 だが、後日、彼女は唐突に「謎のスポンサー」(実は、三脳髄)から、ドーブリス地方に新たな研究施設を与えられ、彼女と同様に「スカリエッティの研究所」から追い出された老技術者たちとともに、そこで『素体がまだ幼いうちに、戦闘機人に改造する』という「非常に実験的な研究」を始めた。
 まずは、スポンサー側から提供された「幾つかの候補」の中から「そういう素体として最適」と思われるゲノムの細胞を選び出したのだが、それが「たまたま」クイントの細胞だった。
 そこで、彼等はクイントのクローンを(年齢にわざと少し差をつけて)二つ造り、『実験的に、幼児の体を機械化する』という「鬼畜の所業」に手を染めてしまった。
(三脳髄の側の思惑としては、「スカリエッティの研究所に、不測の事態が生じた場合」に対する備えとして、「予備の施設」を用意しておいたのである。研究の内容がスカリエッティとは微妙に異なるのも、『双方で補い合うことができれば、なお良い』と考えてのことであった。)

【なお、この作品では、『グリフィスとシャーリーは、この58年の生まれで、StrikerSの時点では17歳。アルトとルキノは翌59年の生まれで、StrikerSの時点では(ティアナと同じく)16歳。四人とも初等科を卒業後、12歳ですぐに管理局員になった。
 また、ルキノ・リリエは80年に21歳で、グリフィス・ロウラン(22歳)と結婚。アルト・クラエッタも83年に24歳で、ボーレン・ブラッソネア三等陸尉(27歳)と結婚した』という設定で行きます。】

・新暦60年6月  高名な考古学者のヴァンデイン夫妻が、某無人世界でジェブロン帝国末期の遺跡から、エクリプスウイルスの「原初の(たね)」とその「不完全な制御システム」を発掘した。
 →夫妻の一人息子ハーディス(当時、13歳)は、原初の(たね)からの直接感染によって「天啓」を受け、自分の両親を生贄(いけにえ)に捧げることで「莫大な知識と能力」を得た。
 成人後、彼は会社を(おこ)して資金を()め、当時の不完全な制御システムを最新鋭の技術で再現して、ディバイダーやリアクターを製造した。

【なお、この作品では、『本来、エクリプスウイルスは「先史ルヴェラ文明」の負の遺産であり、その不完全な制御システムは、後に「ジェブロン帝国」が古代ベルカの魔導技術を応用して造ったモノだったが、帝国の滅亡後、そうした技術はウイルスそれ自体とともに長らく失われていた』という設定で行きます。】

・新暦62年3月  ミッド地上本部が「賞金稼ぎ制度」を正式に廃止する。

 →同じ頃、『自分の命がもう長くはない』と(さと)ったプレシアは、「クローンの出来の悪さ」に絶望した後、やはり「最善の策」を実現するため、改めて「アルハザードへの道」を探求し始めた。
 そして、「出来の悪いクローン」であるフェイトは、そのための道具として利用することにして、彼女の教育をリニスに一任した。
(記憶転写クローンを「きちんと」作製しようと思うと、どう頑張っても三年以上かかるのだが、プレシアは『自分の命はよく()って、あと三年あまりだ』と気づいてしまったのである。)

・同62年6月  管理局は新暦40年代の後半から「犯罪者らが違法に住み着くこと」などを未然に防ぐため、すべての無人世界を改めて順番に詳しく調査し直していたのだが、その流れで、新暦12年に「発見」だけはされていた〈無128ドルバザウム〉も、この年にようやく軌道上から全表面をスキャンされ、6月には「一個の集落の遺跡」が発見された。

・同62年9月  この頃に、ドゥーエは変装して聖王教会に潜入した。
(クアットロの始動から、丸1年後のことである。)
 →数年後、ドゥーエは「聖遺物」に付着していた「聖王オリヴィエの細胞」を幾つか手に入れた上で、ジェイル・スカリエッティの(もと)に帰った。

・新暦63年4月  クロノ(12歳)が管理局史上、最年少で執務官に就任した。
 →後に「炎の英雄」と呼び(たた)えられることになるラウ・ルガラート(16歳)も、この年に執務官に就任。クロノとは「同期生」として親友になった。
【原作の設定とは微妙に時期がズレておりますが、悪しからず御了承ください。】

・同63年5月  はやて(7歳)の両親が交通事故で即死した。
 →はやての母、(かおる)(35歳)が産科で定期検診を受けた帰り道での事故だった。この事故さえ無ければ、この年の8月には、はやての妹「なつみ」が生まれていたはずである。(←重要)

 →後に、はやての大叔父(亡き祖父の弟)に当たる人物が法律上の「未成年後見人」になるが、彼はその直後に、自分の妻との間に「熟年離婚」などの問題を(かか)え込んでしまったため、実際には、孫姪(まごめい)のはやてに対して「後見人らしいこと」は何ひとつできなかった。
(なお、ミッドでは、この頃、アルフがフェイトの「使い魔」となった。)

・新暦64年5月  クイント・ナカジマ(23歳)が、ドーブリス地方でゼスト隊に制圧された直後に「自爆」した違法研究施設から、改造済みの女児二人を救出し、自分のクローンだとは気づかないままに彼女らを養女として引き取った。
 →クイントから『苗字に合う名前を』と頼まれて、ゲンヤは6歳児の方をギンガ(銀河)と、4歳児の方をスバル(昴)と名づけた。

【なお、この自爆により、カウラ・ゼレミード(43歳)を始めとする技術者たちは全員が間違いなく死亡しました。もちろん、『ゼスト隊はもう止められない』と悟った三脳髄が「口封じ」のために遠隔操作でこの施設を爆破したのです。
 しかし、彼等は『せっかく造った実験体だ。無事に生きているのであれば、その後の経過も一応は確認してゆきたい』と考えて、クイントの『改造済みの女児を養女にしたい』という「いささか無理のある要求」をそのまま認めることにしました。
(おそらく、もうひとつには、『自分たちの側でも、スカリエッティの知らない情報を、より多く持っておきたい』という欲求があったのでしょう。)
 以後、ギンガとスバルは『体の成長に合わせて毎年のように機械の部品を交換してゆく』という「相当に手間と費用のかかる作業」をずっと続けて行くことになる訳ですが、その費用をすべて管理局が負担していたのも、もちろん、単なる「人道的な配慮」などではなく、実際には、三脳髄の意向によるものでした。】

・同64年8月  はやて(8歳)がいよいよ「車椅子」の必要な体となった。
 →二学期からは、事実上、小学校を休学することになった。

・同64年10月  リニスが〈バルディッシュ〉を残して消滅した。享年25歳。

【これ以降は、この作品の「プロローグ」を御覧ください。それでは、仕切り直して「第二稿」の始まりです。】





 次回予告:【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
      その、おおよその目次。


 【第1章】無印とA’sの補完、および、後日譚。
  【本文1】新暦65年から73年までの出来事。
  【キャラ設定1】ニドルス・ラッカード。
  【背景設定1】暦法や言語などについて。

 【第2章】StrikerSの補完、および、後日譚。
  【本文2】新暦74年から77年までの出来事。
  【キャラ設定2】リンディ・ハラオウン。
  【背景設定2】ミッドの歴史と地理について。

 【第3章】SSXの補完、および、後日譚。
  【本文3】新暦78年の出来事。
  【キャラ設定3】冥王イクスヴェリア。
  【背景設定3】管理局の歴史とその諸制度について。

 【第4章】Vividの補完、および、後日譚。
  【本文4】新暦79年と80年の出来事。
  【キャラ設定4】ヴィクトーリア・ダールグリュン。
  【背景設定4】主要な管理世界の特徴について。

 【第5章】エクリプス事件の年のあれこれ。
  【本文5】新暦81年の出来事。
  【キャラ設定5】アンナとリグロマ。
  【背景設定5】宇宙の成り立ちと魔法の原理について。

 【第6章】なのはとフェイト、結婚後の一連の流れ。
  【本文6】新暦82年から84年までの出来事。
  【キャラ設定6】ブラウロニアとミカゲ。
  【背景設定6】次元航路と次元世界の海図について。

 【第7章】八神家が再び転居した年のあれこれ。
  【本文7】新暦85年の出来事。
  【キャラ設定7】メルドゥナ・シェンドリールとその家族。
  【背景設定7】ノーヴェ・ナカジマとその姉妹たちについて。

 【第8章】なのはとフェイト、復職後の一連の流れ。
  【本文8】新暦86年から88年までの出来事。
  【キャラ設定8】ヴァラムディとフェルガン。
  【背景設定8】第14管理世界シガルディスについて。

 【第9章】バルギオラ事変の年のあれこれ。
  【本文9】新暦89年の出来事。
  【キャラ設定9】ルーテシア・アルピーノ。
  【背景設定9】第15管理世界デヴォルザムについて。

 【第10章】カナタとツバサ、帰郷後の一連の流れ。
  【本文10】新暦90年から94年までの出来事。
  【キャラ設定10】エリオとキャロ。
  【背景設定10】古代ベルカの霊魂観と聖王教会の教義について。


 上記のとおり、あくまでも「プロローグに限って」の話ですが、『各章の本文の後には、必ずひとつずつ「キャラ設定」と「背景設定」をつける』という形式で行きたいと思います。
 また、実際には、各章ともに、もっと幾つもの「節」に分けた上で、「毎日」一節ずつ分割して掲載してゆくことになるだろうと思います。これもまた、あらかじめ御了承ください。
(短すぎても面白くないでしょうし、長すぎても読みづらくなってしまうでしょうから、各節ともなるべく「5千字から1万5千字」ぐらいの間に収まるように努力したいと思います。)

 なお、物語としての「内容量」があまりにも膨大なため、すべての内容を克明に描写することは(少なくとも、私の力量では)不可能です。
 プロローグでは、随所で「あらすじ」のような大雑把な語り口になってしまうだろうと思いますが、その点に関しても、どうぞ御容赦ください。
 描写不足の箇所なども多々あるかとは思いますが、本当に解らない点がありましたら、お気軽にご質問などいただければ幸いです。



 

 

【第1節】ユーノ・スクライアの物語。(前編)

 
前書き
 第1章の内容は、第一に「無印の物語とA’sの物語を連続させるための補完」です。
 個人的な感想で恐縮ですが、この二つの物語にまたがる「最大の謎」は、『これほどの大事件が何故こうも連続して起きたのか?』ということであり、言い換えれば、『闇の書の騎士たちは何故「ジュエルシード事件が終結した直後」という、あの絶好のタイミングで覚醒したのか?』ということだと思います。
 そこで、第1章では、この件に関して、少しだけ独自の物語を付け加えさせていただきました。
 第1章の、それ以外の内容は、まず「ユーノの出生譚」と、次に「オリジナルのキャラクターであるリゼルやラウの紹介」と、あとは「A’sからStrikerSに至る(原作ではごく軽く流された9年あまりの期間の)一連の流れの説明」になります。
 なお、カリム・グラシアの持つ希少技能(レアスキル)「プロフェーティン・シュリフテン」に関しては、物語の都合上、いささか独自の設定を付加しました。これについては、また第二部などでも追い追い説明して行きますので、よろしく御了承ください。
 また、執務官制度に関しても、物語の都合上、試験を年一回にするなど、若干の設定変更を行ないました。合わせて御了承ください。
 

 
 さて、スクライア一族は古来、六つの「支族」に分かれていました。
 各支族はめいめい自分たちの次元航行船を保有しており、普段はそれぞれの「支族長」に(ひき)いられ、支族単位で(次元航行船単位で)別々に行動しています。
(また、それらの船に乗り込める人数には限度があるため、各支族の人数は多くても百数十人程度となっており、それぞれ支族長とは別個に「船長」がいます。)
 また、「長老」というのは、そうした支族長同士の互選によって選ばれた「一族全体の代表」のことで、必ずしも最年長者ではありません。今の長老ハドロも、新暦53年に初めて長老に推挙された時には、まだ64歳だったと言います。

 そんなハドロの許に、管理局から『第128無人世界にひとつ集落の遺跡を見つけたので、詳しく調べてみてほしい』という依頼が来たのは、新暦62年の6月のことでした。
 しかし、よくよく聞けば、特に「急ぐ話」という訳でもないようです。
 そこで、ハドロは管理局の担当者に対して『我々はまだ、この春から〈第93無人世界スパルトヴァール〉での遺跡調査を始めたばかりなので、こちらの作業を一段落させてから、自分の支族が責任をもってその件を担当する』と答えておいたのですが、その遺跡群の調査が(その後、新たな関連遺跡が発掘されたせいで)予想以上に長引いたため、結果としては、二年半もその依頼を放置する形となってしまいました。
 そうして、新暦65年の1月になってから、ハドロたちはようやく自前の次元航行船で〈無128ドルバザウム〉の遺跡へと赴いたのです。

 その世界(可住惑星)は、軌道上から見ただけでも『さぞや大昔からずっと無人の世界だったのだろう』と容易に見当がついてしまうような世界でした。
 土地そのものはそれなりに肥沃なのに、「人間が農地の開墾や居住地の建設などによって自然界に手を加えた形跡」が、その小さな集落の遺跡の周辺を除けば、何処(どこ)にも全く見当たりません。おそらくは、この遺跡も「失敗した移民団」が一時的に生活をしていただけだったのでしょう。

 まず、「東西に長く伸びた遺跡」の南側には、その遺跡に並行して、今も東から西へと小川が流れていました。昔は相当な水量があり、川幅も随分と広かったようですが、今では気候の乾燥化により、()き出しになった「かつての川底」の中央部に『膝までは濡らすこと無く』歩いて渡れる程度の水量が残っているだけです。
 一方、その遺跡の北側には、その遺跡や川筋と並行して、小高い丘陵(おか)が東西に長く(つら)なっていました。こちらも草に覆われてはいますが、樹木は(草よりも多くの水を必要とするため)もう全く()えていません。
 また、人工的な建築物は、「そうした川筋と丘陵に挟まれた一連の遺跡」の中央付近に集中しており、そこがこの集落の居住区だったようです。
 その居住区の東側には広大な農地の跡が、西側にはそれなりに広い墓地の跡がありました。そこには、風化した墓標らしき石板が(ゆう)に百枚以上も林立しています。
 ハドロの率いる支族は、自前の次元航行船を軌道上に残したまま、当の遺跡からは少しだけ距離を取った場所にキャンプ地を(もう)けました。

 まずは年代を測定した結果、その小さな集落が築かれたのは、今からざっと750年ほど前のことだと解りました。次に、その750年の間に降り積もった土砂を取り除き、可能な範囲内で「当時の集落の状況」を再現します。
 建材には、基本的に現地の石材が使われており、元の世界から何かが大量に持ち込まれたような形跡は、特に見当たりませんでした。最初から、一時的な「居留」のつもりだったのでしょうか。
 しかし、それにしては、墓標の数が多すぎます。
 試しに、墓をひとつ掘り起こして調べてみると、どうやら遺体は(ひつぎ)も何も使わず、ほぼ普段着のまま無造作に土の中に埋められていたようです。周囲の土壌が酸性だったことも手伝って、もう骨までもが相当に腐食していました。
 この分だと、完全な骨格など一つも残ってはいないでしょうし、また、おそらくは遺伝子などの採取も不可能でしょう。
 もし骨格や遺伝子などに顕著な特徴があれば、彼等がどの世界から来たのかを特定する材料にもなるのですが、どうやら、現状では、遺体そのものからそうした判断材料を得ることは難しいようです。

 一方、墓標として使われていた石板は、どれもこれも相当に風化しており、そこに刻まれていた文字も、もう大半が摩滅してしまっていましたが、それらの文字を何とか解読してみると、それは意外にも古代ベルカ文字でした。
 しかし、彼等の知る限り、古代ベルカ人がこんな辺境の世界にまで「直接に」足を()ばしていたという記録はありません。
「ただベルカ文字を習い覚えただけの、他の世界の人々」だったのではないか、という意見もありましたが、墓標の解読を進めてみると、そこに刻まれていた人名は、みな当時のベルカ世界で実際によく使われていた名前ばかりでした。
 墓標はいずれも簡素な造りで、名前以外の情報は何も書き込まれていません。
 あるいは、同じベルカ人でも、ベルカ世界から直接にやって来た人々ではなく、どこか別の植民地から「さらなる植民」を試みた人々だったのでしょうか。

 調べてみると、住居の方もみな簡素な造りのものばかりでした。最低限の生活はできていたようですが、これでは、本当に「最低限」のことしかできません。
 一言で言って、最初から「永住」をするつもりで来たにしては、移民団の「初期装備」があまりにも貧弱でした。
「移民」ではなく、「棄民」や「流刑」の(たぐい)だったのではないか、という意見も出ましたが、当時のベルカ社会の常識からすれば、不要になった人間はただその場で殺してしまうだけで、わざわざ他の世界に捨てたりはしていなかったはずです。
 すぐに移民団の「第二陣」が来て、合流できる予定だったのでしょうか。あるいは、次元航行船の事故による偶発的な「漂着」だったのでしょうか。
 疑問は尽きませんでしたが、文字資料が出土しない限り、当時の具体的な事情など特定できるはずもありませんでした。

 また、それはそれとして、ベルカ系の人々が築いた集落ならば、一般の民家以外にも、必ずひとつは聖堂か集会場のような「特別な建物」があったはずです。
 それは、3月も半ばを過ぎてから、ようやく見つかりました。
 その施設は、居住区から少し北に離れた丘陵(おか)(すそ)に「半地下式」で築かれていた上に、ちょっとした土砂崩れで、その入り口も土砂とその上に伸びた蔓草(つるくさ)で覆われてしまっていたため、発見が遅れたのです。
 土砂崩れの方は当時のものではなく、崩れてからまだ百年とは経っていない様子でしたが、正確な年代までは解りませんでした。突発的な豪雨か、あるいは地震でもあったのかも知れません。

 スクライア一族の人々は、その蔓草と土砂を取り払い、ほとんど「隠し扉」のようなその入り口を慎重に「アンロックの魔法」で()けました。
 どうやら天然の洞窟をそのままに利用した施設のようです。床には下り階段が刻まれていましたが、壁や天井は自然の岩肌のままでした。どこかに通風孔でもあるのか、空気も特に(よど)んではいません。
 階段を下った先は意外と広い地下室で、東側には質素ながらも祭壇があり、北東の隅には司祭用の演壇のようなものまで置いてありました。その演壇の引き出しの中を調べてみると、一冊の書物が出て来ます。
 初めての「まとまった文字資料」の出現に、一同の期待は膨らみました。

 しかし、その本は、およそ750年も前の「お世辞にも良質とは言えない紙質」の本で、その上、保存魔法のひとつすらかけられてはいませんでした。今では「ただ風が吹いただけでもボロボロと崩れてしまいそうなほど」のヒドい状態です。
 一同はその書物を外へ持ち出すことを諦め、透視スキャン用の装置の方を、その地下室の中にまで運び込むことにしました。
『大型の装置を一旦(いったん)分解し、人の手で(かつ)いで狭い階段を()り、そこでまた装置を組み立てる』というのは、相当に手間のかかる作業だったのですが、しかし、その結果は「全くの期待外れ」でした。その書物の内容は、本職の司祭ならば誰もが丸暗記しているような、ごく当たり前の「古代ベルカ式の祈りの言葉」ばかりだったのです。
 おそらく、移民団の中には、本職の司祭がいなかったので、その役を割り振られた人物が、必要に応じてこの本を読み上げていたのでしょう。
 この一件のせいで、4月になった頃には、一同の「発掘調査への意欲」はもうかなりの程度まで減退してしまっていました。

 そんな中で、ユーノ(9歳)は、ふと祭壇の奥にかすかな気配を感じました。機械的な計測では魔力反応は認められませんでしたが、それでも、何かしら「(こころ)()かれるモノ」がそこに隠れているような気がしたのです。
 そして、ユーノは同4月の中旬、その祭壇の奥に巧妙に隠されていた「小さな引き出し」の中から、魔力の流出を遮断する「特殊な箱」に収められた、21個で一組の何やら特徴的なエネルギー結晶体を発見したのでした。
【原作では、〈ジュエルシード〉に関して、『ユーノが地下に封印されていたモノを掘り出した』かのような描写もありましたが、この作品では、もう少し解りやすく、こうした設定で行きます。】

 さて、スクライア一族には古来、管理局から特別に「既知のロストロギアの一覧リスト」が貸し与えられています。
 そこで、ユーノはそのリストを調べ、「24個で一組」の〈ジュエルシード〉というロストロギアの記載を見つけました。統合戦争の時代に、とある管理外世界で確保され、今も〈本局〉の「重要保管物管理庫」に秘蔵されているという、相当に危険な代物です。
 ユーノの発見したエネルギー結晶体が、(まぎ)れもなく「もう一組の」ジュエルシードであることが確認されると、ハドロは「管理局との約定(やくじょう)」に従って、即座に〈本局〉へと連絡を入れました。
 管理局も、大急ぎで()()りの次元航行船を〈ドルバザウム〉へ向かわせることにします。
 一族の側では、『この遺跡を築いた人々は、このロストロギアが悪用されることを怖れて、これを「(もと)いた世界」から持ち出して逃げて来た人々だったのではないか』という意見も出ましたが、しかし、ただそれだけの理由ならば、これほどの人数は必要なかったはずです。
 詰まるところ、これは『詳しいことはまだ何も解っていない』という状況でした。

 一方、長老ハドロ(76歳)は、よほど疲れが溜まっていたのか、〈本局〉へ連絡を入れると、すぐに倒れてしまいました。
 彼は40年前(新暦25年)にスクライア一族に加わった「外来者」でしたが、誰からも慕われる人格者だったため、新暦47年には58歳で支族長に推挙されました。
 普段は元気にしているのですが、40年前の事故のせいで今も全身に(胴体ばかりではなく、顔面の右半分にまで)醜い火傷(やけど)(あと)が残っており、その頃からずっと持病を(かか)えているという身の上です。
 今回は、どうやら単なる過労のようですが、行きつけの病院での「定期健診」の予定も近づいていたので、「忠実な従者」のガウルゥは大事を取って、定期健診の日程を前倒しにしました。
 ガウルゥは取り急ぎ病院側の了解を取り付けると、軌道上で待機している次元航行船の格納庫から旧式の小型艇を、随分と手慣れた様子で引っ張り出します。
 彼はみずから操縦して、一旦その小型艇をキャンプ地の近くに降ろしたのですが……この状況では、もう一人だけ、艇内で「長老の世話をする役」の人物が乗り込む必要がありました。
 ユーノは『例のロストロギアを管理局の船に引き渡すに際して、発見者がその場に立ち会う必要は特に無い』と知ると、迷わずその役を買って出ます。

 こうして、三人は、〈外97地球〉と〈外72ファルメロウ〉を経由し、四日ほどかけて〈管46クレモナ〉の首都ティエラマウル郊外にある「第四大陸中央次元港」に到着しました。
(幸いにも、ドルバザウムの遺跡との間に「時差」はほとんどありません。)
 管理局の船は、こちらの小型艇よりも巡航速度はだいぶ速いはずですが、『ちょうど四日前に、この次元港を()って、ドルバザウムに向かった』という話なので、きれいに「入れ違い」になった形です。

 しかし、二人で長老を車椅子に乗せ、同じ首都郊外にある「行きつけの病院」にまで車で連れて来たちょうどその時、ユーノたち三人の許に凶報が届きました。
『管理局の船が〈ドルバザウム〉から〈本局〉へ戻る途中、最初の経由地である〈地球〉の上空で「原因不明の事故」に遭って機関部が大破し、21個の〈ジュエルシード〉もすべて、その世界に落下した。しかし、管理局は艦船の不足により、まだしばらくは現地に「回収のための部隊」を送り込むことができない』と言うのです。
 それを聞いて、ユーノは『アレが本当にリストに書かれていたとおりの代物だったとしたら……そんな危険な〈ロストロギア〉を、魔法文化の無い管理外世界になど何十日も放置しておく訳にはいかない』と思い、本来は管理局がするべき「回収作業」を手伝うことを決意しました。

【私は当時、無印を観ていて、『まさか「取り扱い説明書」が同封されていた訳でもなかろうに、ユーノは何故、最初から〈ジュエルシード〉の特性を正しく把握できていたのか?』という点が個人的によく解らなかったので、この作品では思い切って『ジュエルシードの発見は、あれが最初では無かった』という展開にしてみました。】

 しかし、ガウルゥには案の定、猛反対されてしまいました。
「はあ? ナニ言ってんだ。お前、正気か? お前はその事故について、『責任』があるどころか、『関与』すらしていないんだぞ。なんで、お前がわざわざ『管理局の尻ぬぐい』なんぞをしてやらにゃあならんのだ?」
 当年、36歳。人相も言葉づかいも相当な悪さですが、新暦50年に21歳でハドロに命を助けられて以来、もう15年も彼の「従者」を務め続けているという、実直で義理堅い男です。
 ユーノは幼い頃、この二人のことを普通に「優しく物知りな祖父」と「口うるさいが、頼りになる叔父」だと思っていました。
 当時は、本当に「血のつながった祖父と叔父」だと思っていたのです。




 

 

【第2節】ユーノ・スクライアの物語。(後編)


 さて、ここで物語は(さかのぼ)って……今を去る9年半ほど前、新暦55年の末のことです。
 ハドロの率いる支族は、同55年の10月のうちに、クレモナにも近い〈無81ナバルジェス〉の低緯度帯で「クラナガンとは2時間ほどの時差がある土地」に、新たに発見された遺跡を発掘調査するためのキャンプ地を築いていました。
 しかし、同年の12月になると、そのキャンプ地のすぐ近くに、一機の見知らぬ小型艇が「自動航行プログラム」に従って着陸し、搭乗口の扉のロックを開放すると、今度は「自殺プログラム」に従って全機能を停止します。
 それは、あからさまに不審(ふしん)な状況でした。

 その支族で技師と医師を(つと)めている「マルギス夫妻」が、二人で慎重にその艇内に乗り込んで見ると、操縦室は最大で五人乗りの「よくある設計(つくり)」でしたが、実際に乗っていたのは後部座席に女性がただ一人でした。しかも、今は薬で眠らされています。
 操縦者(パイロット)が乗り込まない「完全自動操縦」は、明らかに違法行為でしたが、この状況では、それは大した問題ではありません。
 女性はノーメイクでしたが、それでも、なかなかの美人でした。しかし、年齢はもう四十前後といったところでしょうか。手の指の荒れ方などから見て、つい先日まで日常的にみずから家事労働をしていた女性なのだろうと容易に見当がつきます。
(つまり、彼女は決して「上流階級の出身」ではありません。)
 また、彼女の私物と(おぼ)しきモノは、旅行用のトランクひとつしか見当たりませんでした。そのトランクは当然に施錠されていましたが、外部から通常のスキャンをした限りでは、危険物は何も入っていないようです。

 その女性を小型艇から降ろして、キャンプ地で通常の医療検査をしてみると、彼女は遺伝的には「クレモナ人のハーフ」でしたが、今は妊娠していることが解りました。
 もしも四十歳で初産(ういざん)ならば、このキャンプ地ではちょっと厳しかったかも知れませんが、幸いにも、どうやら経産婦のようです。
 彼女自身も胎児の方も、健康状態には特に問題が無いようなので、今のところ、出産に関してもさほど心配をする必要は無いでしょう。出産予定日もまだ5か月は先のことで、スクライア一族としては一安心(ひとあんしん)といったところです。
 小型艇の方も「自殺プログラム」によって、すでに航行記録などのデータは全て消去されていましたが、一族があらかじめ軌道上に設置しておいたサーチャーの記録から、この小型艇は、やはり「最寄(もよ)りの管理世界」である〈管46クレモナ〉の方から来たものだと判明しました。
 あの世界からであれば、このレベルの小型艇でもざっと12時間で来られるはずです。
 それでも、薬の投与量を間違えたのでしょうか。彼女は、それからさらに半日ほど(おそらくは通算で丸一日ほど)眠り続けたのでした。

 そして、翌朝になってようやく薬が切れて、大きな天幕の下で目を覚ますと、その女性はやや狼狽気味にゆっくりと周囲を見回しました。
 冬場でも温暖な土地らしく、固い地面の上に直接、ベッドやテーブルが置かれています。天幕の一方は大きく巻き上げられて、外の様子を一望することができました。
 女性はベッドの脇に自分の靴とトランクを確認して、まずは安堵の表情を浮かべましたが、そこでふとハドロと視線が合うと、彼の顔の右側に残る醜い火傷(やけど)(あと)に気づいて、今度は思わず小さな悲鳴を上げそうになります。
「ああ。目が覚めたかね。(こわ)がらなくても良いよ。私は昔の事故のせいで、こんな見苦しい外見になっているが、君には何も危害を加えるつもりなど無い」
 言葉は流暢なミッド語で、とても優しい声でした。
 何の根拠も無く、『この人なら、信用しても大丈夫だ』と思えてしまうような、心にしみ込んで来る声です。

 それでも、その女性はまだ警戒を(ゆる)めぬまま、少したどたどしいミッド語で『あの(ひと)は……どこですか?』と問いました。
 当時まだ「長老」になって三年目のハドロは、『あなたは昨日の夕方、向こうに見える小型艇に乗ってここへやって来たが、あれに乗っていたのは、最初からあなた一人だけだった』ということを、今度は先程よりももう少しゆっくりとした口調で説明しました。もちろん、相手がミッド語にあまり堪能(たんのう)ではないと知った上での配慮です。
「では……ここは? と言うか……あなたたちは?」
 そこで、ハドロはまた穏やかな口調で、自分たちが遺跡の発掘などを生業(なりわい)とするスクライア一族であることや、自分がその「総責任者」であること。また、ここがクレモナにも(ほど)近い無人世界であることなどを、女性に語って聞かせました。
 すると、その女性はしばらく呆然と天を仰いでから……ふと膝を(かか)えてうずくまり、声を押し殺して、さめざめと泣き始めました。
 おそらく、『自分は捨てられたのだ』と理解したのでしょう。まったく、ヒドいことをする男もいたものです。

 やがて、女性はふと何かを思い出したかのように慌てて自分のトランクのロックを開放し、一番上から何か便箋(びんせん)のような紙を一枚、取り上げて黙読すると、いきなり何処(どこ)からともなく火を放ち、その紙を一気に焼き払いました。
「それは……炎熱変換資質かね?」
 ハドロが少し驚いたような声を上げると、女性はやや恥じらい気味にこう答えます。
「私の魔力量はとても(ちい)さいので、できることと言ったら、この程度ですが」
 燃え尽きた灰が固い地面の上に落ちると、女は素早く靴を履いて、その灰を踏みにじりました。よほど他人(ひと)には読まれたくない内容だったようです。

 それでも、ハドロは不審な表情ひとつ浮かべることも無く、また優しい声でその女性に語りかけました。
「では、そろそろ朝食にしようか。一人で立てるかね?」
 女がうなずくと、ハドロはガウルゥを呼んで食事を運ばせました。そのテント内のテーブルで、二人きりの食事が始まります。
 BGMは、デヴォルザム第三大陸〈カロエスマール〉出身の「伝説の歌姫」アディムナ・サランディスが歌う名曲中の名曲「故郷の緑の丘」でした。
 アディムナ自身は三年前(新暦52年)の秋、カロエスマールで一連のテロ事件があった直後に36歳で唐突に引退してそのまま完全に世間から姿を消してしまっていましたが、この曲は今も、クレモナ人ならば誰もが口ずさめるほどの有名な歌です。
 当然ながら、女もすぐに、それに気づいた様子でした。
 また、テーブルマナーを見る限り、この女性は決して「下層階級の出身」という訳でも無いようです。社会的には、ごく普通の、中間層の出身なのでしょう。

 互いに無言のまま食事を終えると、ハドロはふと女にこう問いかけました。
「さて、これから、君はどうしたいかね? クレモナかどこかに帰りたいのならば、送らせるよ」
 すると、食事中にも自分なりにいろいろと考えていたのでしょう。女は激しく首を振ってそれを拒絶し、ハドロにこう懇願します。
「私を、あなた(がた)の一族に加えていただく、という訳には行きませんか?」
「それは、決して楽な人生では無いよ。ここは大人(おとな)しく、この歌のように故郷に帰っておいた方が、この先、君は楽に生きて行けるのでは無いのかね?」
 決して強要するような口調では無かったのですが、それでも、女は再び激しく首を振りました。本当に、何かしら「戻れない事情」があるようです。
「どのみち、クレモナは私の『生まれ故郷』ではありません。私が愛着を持って故郷(ふるさと)と呼べるような『緑の丘』は、もうどこにも無いんです」

 その言葉から、女の生まれ故郷が〈カロエスマール〉であることは、容易に想像がつきました。〈管46クレモナ〉以外で、クレモナ人がまとまって住んでいる土地など、カロエスマール以外には存在しないからです。
 それに、カロエスマールでは、もう二十年以上も前から全土で土地の再開発が進んでいました。おそらく、『かつては美しい「緑の丘」だった土地が、殺風景な宅地や工場用地として造成されてしまう』といったことも、決して珍しい話ではなかったのでしょう。
 女は続けてこう語りました。
「お願いですから、私をここに置いてください。ここで、この子を産ませてください。ただし……この子の父親は決して探さないでください」
 よほどの事情があるのでしょう。ハドロが無言のまま、『さて、一体どうしたものか』と思案に暮れていると、女は目に涙すらにじませながらこう続けました。
「あの小型艇の所有権は私にあるようですが、あれもあなた(がた)にお譲りします。ですから……どうか、お願いします」

 その小型艇は、数年前の「型落ち」ではありましたが、よく整備されたものでした。普通に売り払うだけでも、単なる「(はら)ませた女への手切れ(きん)」としては、全くあり得ないほどの額になることでしょう。
 それを『丸ごと持参金として差し出す』と言っているのですから、スクライア一族の側には何の損もありませんし、正直に言えば、ちょうど「手持ちの小型艇」が随分と(いた)んで来たところでもあります。
 もちろん、問いただしたいことは幾らでもありましたが、ハドロはあえてそれらを飲み込み、女の願いをそのまま(かな)えてあげることにしました。
「解ったよ。君がそこまで言うのなら、そういうことにしよう」
「……本当に? いいんですか?」
「うむ。しかし、スクライア一族に加わるのであれば、名簿に君の名前を乗せなければならない。だから、まず名前を教えてはくれないかな?」
 名前を問われると、女はまた(うつむ)き、口を閉ざしてしまいます。
「何なら、今日から新しい名前に改名しても良いんだよ」
 ハドロはあえて『偽名でも構わない』という言い方はしませんでした。

 すると、女はしばらく考え込んでから、こう答えました。
「それでは、私のことは今日から、アディ・モナスと呼んでください」
 それは、明らかに「アディムナ・サランディス」から取った、「ADIMNA S.」のMとNの間に母音のOをひとつ(おぎな)っただけの名前です。それは、『彼女の歌を聴きながら』というこの状況下では「誰にでも偽名と解るほどの、あからさまな偽名」でしたが、それでも、ハドロは少しも気にしませんでした。
 それどころか、いつもどおりの穏やかな口調で、改めてスクライア一族について、アディに次のような一連の説明をします。

 まず、スクライア一族はかつて、管理局の「最高評議会議長」オルランド・マドリガル本人から「ある種の治外法権」を認められたのだ、ということ。
 だから、一族の構成員になれば、もう当局に素性を調べられる心配も無く、あからさまな犯罪者にでもならない限り、当局に身柄を拘束される心配も無い、ということ。
 統合戦争の時代には、何か財宝をため込んでいるとでも勘違いされたのか、『当時の長老が何者かに拉致(らち)されてそのまま「帰らぬ人」になった』などという事件もあったが、今ではもうそんな物騒な話も無く、まして一般の構成員ならば、なおのこと、そんな危険な目に()う心配は無い、ということ。
 また、一族は管理局にいろいろと便宜(べんぎ)(はか)ってもらってはいるが、基本的には「持ちつ持たれつ」の関係であって、必ずしも従属している訳では無い、ということ。
 なお、スクライア一族も昔は「鉄の掟」に縛られた血族集団だったが、120年あまり前に管理局と手を組んでからは、その掟も形骸化し、旧暦のうちに単なる職能集団へと速やかに変貌した、ということ。
 以来、『来る者は(こば)まず、去る者は追わず』を大原則として来たので、今や「マルギス夫妻」のような「純血の」スクライアはむしろ少数派で、外来者やその二世の方が多いぐらいだ、ということ。
 そして、実のところ、かく言う自分やガウルゥもまた外来者なのだ、ということ。

 それを聞くと、アディはふと小首を(かし)げて問いました。
「それでは、去る人もいたのですか?」
「うむ。最近はあまり聞かないが、新暦の初期、いわゆる〈大航海時代〉には、『技能だけを習得して去って行った若者たち』も多少はいたそうだよ。
 実例としては……ウチとは別の支族で、今はアグンゼイドという男が支族長を務めている支族の話になるが……(もと)戦災孤児の「アヴェニール四兄妹」の離反などが有名なところかな。
 スクライア一族には、遺跡発掘などに関してさまざまなノウハウの蓄積があり、我々はそれを『積極的に普及させよう』というつもりも無いが、必ずしも『独占しておきたい』と思っている訳でも無い。一人になっても生きて行ける者が去って行く(ぶん)には、我々は別に構わないんだよ」

 そして、しばしの沈黙の後、ハドロは不意に、こう言葉を続けます。
「ところで、宗教は聖王教で良かったかね?」
 ただそれだけを確認して、ハドロは「アディ・モナス」をスクライア一族の一員として認め、一族の名簿に登録しました。
(スクライア一族には、一族の名簿を五年ごとに管理局に提出する義務があり、次の提出日が来年の春に迫っていたのです。)

 その後、ハドロはまたガウルゥを呼んで食器を下げさせた後、次には「マルギス夫妻」を呼び、アディ(自称、40歳)が「一族の暮らしぶり」に早く馴染(なじ)めるように、彼女の身の回りの世話と生活の指導を頼みました。
 支族の中では技師を務める夫のザール(32歳)と、同様に医師を務める妻のミーナ(31歳)は、長老からの依頼を快諾(かいだく)し、早速、アディを連れてそのテントを(あと)にします。

 そうして、またしばらくすると、今度はガウルゥ(26歳)が再びやって来て、いかにも心配そうな顔つきでハドロに尋ねました。
「本当に、これで良かったんですか?」
「何がかね?」
「彼女、明らかに怪しいですよね?」
 従者としてはごく当たり前の「用心深い態度」でしたが、それでも、ハドロは穏やかに笑って、こう返します。
素性(すじょう)が怪しいなどと言い出したら、知らぬ者から見れば、私や君だって充分に怪しいよ」
「まあ……確かに、それは否定できませんが……」
「五年前に君が来た時の状況も、大変なモノだったが、私の場合は、さらにヒドかった。君には、話したことがあっただろう?」
「ええ。確か……三十年前の〈闇の書事件〉で、あなたが乗っていた貨客船は大破し、脱出艇でも火災が発生して、たまたま近くにいたスクライア一族の船に救助された時には、すでにみな酸欠で倒れており、そこから息を吹き返したのはあなた一人だけだった。その火傷(やけど)の跡もその時のものだ……というお話でしたね」
〈闇の書〉はほぼ十年ごとに「出現しては暴走」を繰り返しており、管理局にとって二度目の直接遭遇となる「新暦25年の事件」では、民間の次元航行船にも相応の犠牲が出ていたのです。

「しかも、酸欠のせいで、私はしばらく『記憶障害』にかかっていた。当時の状況を考えれば、『脳に深刻な後遺症が残らなかっただけでも幸運だった』と言うべきなのだろうが……普通に考えれば、この経歴は『怪しいにも(ほど)がある』と言うものだよ」
 ハドロはそう言って、やや自虐的な微笑(えみ)を浮かべました。
「まあ、それは確かにそうかも知れませんが……。それと、まさかとは思いますが、彼女は、昨年の〈闇の書事件〉とは関係ありませんよね?」
 ガウルゥが言っているのは、新暦54年の11月に、将来有望な若手艦長クライド・ハラオウンが殉職した事件のことです。
「あの事件が起きた場所は、ここよりもずっと東方だ。クレモナは無関係だよ。それに、あれからもう丸一年以上も()っているんだ。彼女の妊娠もまだ五か月目。少なくとも『直接の』関連は何も無いだろう」

 実は、この時点ですでに、ガウルゥの中には、ひとつの疑念がありました。ハドロは最初から、彼女のことを個人的に知っていたのではないか、という疑念です。
 実は、ガウルゥは昨夜うっかりと声を掛け忘れ、結果として「二人きりの情景」をチラリと覗き見てしまったのですが、ハドロはそこで、眠り続けるアディの髪を優しく撫でさすっていました。ハドロの性格から考えて、彼が「見ず知らずの女性」にいきなりそんなことをするとは、とても思えません。
 しかし、その件に関して自分からは何も語らずにいるハドロの「心の(うち)」を(おも)うと、今ここで軽々しく()くことなど、ガウルゥにはできませんでした。
 結局のところ、「従者」の立場にあるガウルゥが、主人(あるじ)からそれを()き出すまでには、これからなお十年ちかくもの歳月を要したのです。

 翌56年の5月、ミーナ・マルギス・スクライア医師が産婆を(つと)め、アディ・モナス・スクライアは、一族のキャンプ地で無事に男の子を出産しました。
 そして、アディはみずから、その子に「ユーノ」と名づけました。クレモナ語で「平穏無事」という意味の名前です。自分の子供に願いを込めてそう名づけたということは、やはり、彼女自身は相当に波乱に富んだ人生を送って来たのでしょうか。
 しかし、新暦58年の6月末、ユーノが満2歳で遅ればせながら卒乳した直後に、アディは不意に(やまい)に倒れ、その年の8月には早々と病死してしまいました。
 そして、遺言(ゆいごん)により、彼女の墓はそのまま「ナバルジェスにおける、スクライア一族のキャンプ地」のすぐ近くに建てられたのでした。

【管理世界の常識としては、墓を築く場所は「出生した土地、長く住んだ土地、死亡した土地」の三択であり、遺言や遺書などが何も無ければ、優先順位もその順になります。
 しかし、スクライア一族は「流浪(るろう)(たみ)」であり、特定の世界に長く住み続けることも無ければ、生まれ故郷に格別の愛着を持つ者も滅多にいません。
 そのため、死亡した土地にそのまま墓を建てることも、「スクライア一族としては」決して珍しいことではなかったのです。】

『私の身魂(みたま)は、特に(まつ)っていただかなくて構いません。ただ三十年後の「祀り上げ」の時に、この子が一度だけここに来てくれれば、それで充分です。……ただし、私の遺体と一緒に埋めてほしいモノがひとつあります』
 アディは最後に、マルギス夫妻にそう頼んで()くなったのだそうです。

【日本の仏教でも、しばしば故人の「年忌(ねんき)法要」を「三十三回忌」や「五十回忌」で終了として、それ以上はもう(まつ)らないことにしていますが、それを一般に「(とむら)い上げ」と言います。
 この作品では、『聖王教を始めとする〈次元世界〉の諸宗教にも、同様の風習は(ひろ)く存在している』という設定で行きます。ただし、「弔い上げ」と言うと、どうしても仏教用語に聞こえてしまうので、この作品では、これをあえて「(まつ)り上げ」と呼ぶことにします。
 なお、聖王教では、一般に「30回忌」で「祀り上げ」となります。
(その理由などに関して、詳しくは「背景設定10」を御参照ください。)】

 同58年の10月には、ハドロの支族は丸三年に(わた)る〈無81ナバルジェス〉での仕事を終え、また別の無人世界へと(おもむ)きました。
 その後は、もっぱらハドロとガウルゥが(ミーナにも手伝ってもらいながら)ユーノを育てたのですが、実のところ、当時のユーノは病弱で、何かと手間のかかる幼児でした。
 その代わり、ユーノは大変に聡明な子で、しかも、4歳で早くもリンカーコアが顕現し、魔力が発現します。そして、ハドロが教えると、ユーノは物凄い速さでさまざまな魔法を習得していきました。
 よほど「天賦の才」に恵まれていたのでしょう。

 また、ユーノは6歳になると、ハドロやガウルゥが実の祖父や叔父ではないことを当人たちから知らされました。実を言うと、それはもう薄々解っていたことだったのですが、ユーノは続けて、母親「アディ・モナス」についてもいろいろと聞かされます。
 ユーノにも、さすがに2歳の時の記憶はもう残っていません。
 母親の話を聞いたユーノは、小児(こども)なりに真剣に考えて、やがて『自分の両親は犯罪者だったのではないか』という結論に到達しました。
 もちろん、詳細は解りませんでしたが……例えば、『盗んだ金の分け前でモメて、アディは排除されたが、ここで下手に「子供の父親でもある、主犯の男」を追えば、犯罪が露見して自分も共犯者として裁かれることになる。だからこそ、アディはわざわざ「この子の父親は決して探さないでください」などと言って、スクライア一族を「隠れ(みの)」に、長らく潜伏することにした』といった状況だったのではないか。
 ユーノはそう考えたのです。
 こうして、ユーノは小児(こども)ながらも、『多分、自分の血筋には何かしら問題がある』と考えるようになってしまったのでした。

 そして、新暦62年の春、ハドロの支族が〈無93スパルトヴァール〉に(きょ)を移したのに合わせて、ユーノ(6歳)は(ひと)り、遠く離れたミッド南部の某魔法学校に入学しました。
「スクライア一族の長老からの推薦」によって、ユーノは「特別寮生」という扱いになったのですが、教師たちからは早々に「神童」と評価され、わずか2年間で「高等科の課程まで」すべて修了してしまいました。
(普通の人間ならば、初等科に5年、中等科に3年、高等科に2年、合わせて10年はかかる行程です。)
 その上、魔法の実技試験も大半がA評価だったため、教師たちからも『あなたは明らかに天才であり、ミッド全体でも「何十年かに一人」というレベルの逸材(いつざい)なので、是非とも特待生として、このまま大学へ』と強く勧誘されたのですが、ユーノ(8歳)はそれを固辞して、一族の許へ戻ることにします。
 しかし、ユーノは卒業と同時に、また不意に体調を崩して現地の病院にしばらく入院しました。その際には、ハドロが保護者としてその病院に呼ばれたりもしましたが、同年の7月には、ユーノは無事に退院した上で、「嘱託魔導師」の資格も取って、スクライア一族の許に戻って来ます。
 それは、ハドロの支族がスパルトヴァールからドルバザウムへと(きょ)を移す、半年ほど前のことでした。


 さて、ここで物語はまた現在(新暦65年の4月)に戻ります。
 長老ハドロは、「行きつけの病院」の前でユーノの決意の固さを見て取ると、ガウルゥの猛反対を制して、ユーノに地球行きの許可を与えました。
「しかし、あれほどのロストロギアを回収し、封印して回るには、やはり、相応のデバイスが必要となるだろう。これを使いなさい」
 ハドロはそう言って、自分の首からペンダントを(はず)し、ユーノにそれを手渡しました。その鎖には、「真っ赤な球形のクリスタル」がひとつ下がっています。
「このデバイスの名は〈レイジングハート〉と言う。少し早いが、『十歳(とお)の祝い』として、お前にこれを与えよう」
 古代ベルカでは、優秀な魔導師であれば、10歳で早々と初陣(ういじん)を飾ることも珍しくはありませんでした。「十歳(とお)の祝い」とは、その際に贈られる「お祝いの品」であり、今で言う「就職祝い」のようなものです。

「え? 良いんですか? これって、長老の大切なモノだったのでは?」
 ユーノがやや狼狽(うろた)えた声を上げると、ハドロは何やら悲しげな(おも)持ちでこう続けました。
「いや。実は、『本来の持ち主』はもういないんだよ。それに、これは高度な〈E-デバイス〉だが、どうせ私の魔力(ちから)ではまともに使いこなすことができない。だから、もう私が持っていても仕方が無いんだ」
 本来の持ち主が『もういない』というのは、やはり、『もう死んでしまった』という意味なのでしょうか。
 ユーノは、内心ではそんな疑問を(いだ)きながらも、ハドロの悲しげな表情を見ると、その疑問を「今ここで」口にすることはできませんでした。

【実のところ、「魔導用のクリスタル」には、互いに結晶構造の異なる二種類のクリスタルがありました。「一般の鉱物」である水晶(Crystal)と区別して、よく普及している方を「D-クリスタル」と呼び、稀少(きしょう)な方を「E-クリスタル」と呼びます。
 昔から、D-クリスタルはもっぱら通常の「デバイス(Device)」や魔導機関などに使われ、E-クリスタルは主に「エネルギー(Energy)結晶体」やごく一部の特殊なデバイス(魔導書やユニゾンデバイスなど)に使用されて来ました。
(いわゆる「ロストロギア」に用いられるのは、後者のみです。両者は結晶構造が異なるため、当然に情報密度や魔力性能にも格段の差があるのです。
 また、理論モデルとしては、E-クリスタルよりもさらに上位の、「F-クリスタル」とでも呼ぶべき「最終(Final)形態」もまた存在しているはずなのですが、これはまだ誰も見たことが無く、『理論の方が間違っていて、現実には存在しないのかも知れない』とも言われています。)
 そして、古来、D-クリスタルから造られた普通のデバイスは「D-デバイス」と、E-クリスタルから造られた特別なデバイスは「E-デバイス」と呼ばれて区別されて来たのですが、次元世界大戦が終結した後は、古代ベルカ以外のすべての世界で、長らく『E-デバイスの作製は技術的に不可能』という状況が続いていました。

 そして、管理局の技術部は、新暦も30年代の末になって、ようやくその技術の再現に成功し、それを「第三世代デバイス」と呼称しました。
(旧暦の末に、管理局全体の統一規格として制定されたデバイスが「第一世代デバイス」で、新暦10年代の末に高度なAIが実用化されたことを受けて、20年代から盛んに造られるようになったインテリジェントデバイスが「第二世代デバイス」です。)
 しかし、E-クリスタルは稀少な存在なので、同じ質量のD-クリスタルと比べると、その価格には軽く何十倍もの開きがあり、それ故、40年代に入っても、第三世代デバイスはそれほど大量に生産されるようになった訳ではありませんでした。
 その上、50年代の末には、D-クリスタルへの「書き込み技術」そのものが格段の進歩を遂げた結果、「新式のD-デバイス」の性能もまた格段に向上し、E-デバイスとの性能の差は、せいぜい三~四倍にまで縮まりました。これが「第四世代デバイス」です。
(カートリッジ・システムを始めとする「長らく失われていた古代ベルカの技術」が再現されたのも、やはり、この時期のことです。)
 こうして、性能の差が価格の差よりも「相当に」小さくなってしまった結果、新暦60年以降、第三世代デバイスの製造は急速に(すた)れて行きました。
 だから、今でも、E-デバイスは(古代ベルカ製のものを除けば)大半が『新暦40年代か50年代のうちに製造されたものだろう』と容易に見当がつくのです。】

 ハドロはさらに続けて、こう語りました。
「もし、お前にも使いこなせず、誰か他にこのデバイスを使いこなせる者がいたら、お前の判断でその者にこれを譲っても構わない」
「え? いや。それは、さすがに……」
「道具は、正しく使われてこそ価値がある。このデバイスの『本来の持ち主』も、きっとそれを望んでいるはずだ。だから、是非そうしてやっておくれ」
「……解りました。もし、そうなった時には、必ず……」
 ユーノはそれだけ言うと、そのペンダントを自分の首にかけ、二人に一礼しました。
「それでは、早速ですが、行って来ます」
「うむ。初めて行く世界だ。体にはよくよく気をつけるんだよ。お前の体は元々あまり免疫力などの強い方ではないのだから」
「無理はするな。もしも現地に頼れる者がいたら、迷わずに頼れ。一人で背負い込みすぎるな」
 ガウルゥはいかにも「不承不承(ふしょうぶしょう)」という顔つきでしたが、それでも、本当にユーノのことを心配してくれています。
 そして、ユーノは元気にうなずき、駆け出して行ったのでした。

 ユーノのそうした後ろ姿を見送ってから、ガウルゥはひとつ深々と溜め息をつくと、またハドロに問いかけました。
「本当に、これで良かったんですか?」
「何がかね?」
「ユーノも言っていましたが、アレは、あなたにとって、とても大切なモノだったんじゃないんですか? 実際、15年前に、私が初めてあなたと出会った時から、あなたはアレをずっと大切そうに首にかけていましたよね?」
「ああ、アレはとても大切な『思い出』だよ。だが、思い出は所詮、過去のものだ。過去のために未来を縛ってはいけない。そうは思わないか?」
「あなたがそこまで言うのなら、もはや私ごときが口を出すべき事柄ではないんでしょうね」
 ガウルゥが(あきら)め顔でそうつぶやくと、ハドロもふっと微笑(えみ)を浮かべて言葉を続けます。
「それに、どのみち、アレは『いつか』あの子に譲るつもりでいた。今回の事件は、ちょうど良い機会だったというだけのことだよ。……さあ、ガウルゥ。私を診察室まで連れて行っておくれ」
 ガウルゥは無言でうなずき、また静かに車椅子を押し始めたのでした。


 ユーノは、6歳の頃から『自分の両親は「悪い人」だったのかも知れない』と考えていました。
 それでは、『悪人の血を引いているのだから、お前もどうせ悪人なのだろう』などと言われないようにするためには、一体どうすれば良いのでしょうか。
 もちろん、日頃の行動(おこない)によって、『自分は両親のような悪人ではない』ということを、みずから証明して見せるより(ほか)にはありません。
 心の奥にそんな(おも)いがあったからこそ、ユーノは「過剰なまでに」正義感や責任感の強い子に育ってしまったのでした。
 もしも、この時点でユーノが「過剰な責任感」に駆られて地球にまで出向いたりしていなかったら、ここから先の「歴史」は大いに変わっていたことでしょう。

(……あれ? でも、確か、地球って魔法文化が無いんだよね? そんな世界に僕が頼れるような相手なんて、いるのかなあ?)
 ユーノはそんな疑念と不安を(いだ)きながらも、大急ぎで次元港に戻り、そこに付属する「管理局直轄の転送施設」へと足を運びました。取り急ぎ、担当責任者に一連の事情を説明します。
 すると、担当責任者もひととおり悩んだ上で、こう述べました。
「解りました。あなたが『それ』の第一発見者で、『それについてよく知っている』という特別の事情があるのならば、こちらも特別に許可を出しましょう。
 本来ならば、こちらから陸士隊の一個小隊ぐらいは随行させなければいけないところなのですが、今はこちらも、一連の事件のせいで、大変な人員不足に陥っておりまして……こんな面倒な仕事を嘱託魔導師の(かた)にお任せするのは、こちらとしても本当に心苦しい限りなのですが……よろしくお願いします。
 とは言え、あなたはあくまでも民間人です。くれぐれも無理はしないで下さい。もしも手に負えないようなら、現地でおとなしく回収部隊の到着を待っていてください。あと一月(ひとつき)もは、かからないはずですから」
 ユーノはそこで『解りました』と即答しましたが、実際には、地球では「過剰な責任感」から無理を重ねてしまうことになります。

 こうして、ユーノは嘱託魔導師の身分で、管理局の転送ポートを使わせてもらえることになり、それからすぐに、その転送施設からファルメロウの上空を経て、「地球周回軌道上にある次元航行船の転送室」にまで即時移動をしました。

【なお、この作品における「即時移動」とは、『魔導師が「転送ポート」を利用して、数秒ないしは十数秒程度の、ごく短い時間のうちに、生身のままで別の世界へ移動する』という行為を指して言う用語です。こうした「即時移動」や「個人転送」に関しては、また「背景設定5」を御参照ください。】

 その輸送船は「原因不明の事故」で機関部が大破したために、自力では次元航行ができなくなって地球の周回軌道上で立ち往生(おうじょう)していたのですが、転送室の装置を何回か稼働させる程度の出力はまだ残っていたのです。
(ただし、元々ただの輸送船なので、まともな魔導師は一人も乗り込んではいませんでした。)
そして、ユーノは簡単な状況の説明を受けた後、あまり間を置かずに、その場からさらに地表へと、ジュエルシードがまとめて落下したと(おぼ)しき場所へと転送されました。

 ユーノ・スクライアは、こうして地球の海鳴市に到着したのでした。
 彼が、高町なのはと出逢う、二日半ほど前の夕刻のことです。

【ちなみに、同じ「転送」という用語を使ってはいますが、「別の世界への転送」と「惑星周回軌道上の次元航行船からその惑星(世界)の地表への転送」とでは、原理が全く異なります。前者は「亜空間経由の移動」ですが、後者はあくまでも「通常空間経由の高速移動」であって、亜空間は利用していません。
(もちろん、「地表から次元航行船への転送(収容)」も、同様です。)
 また、「船(艦船)」と「艇(小型艇)」の違いは、ひとつには、こうした「地表への転送設備」が有るか無いかです。だから、小型艇の乗員が地表に降りようと思うと、小型艇そのものを地表に降ろすより他に方法が無いのです。】

   
 

 

【第3節】ジュエルシード事件にまつわる裏話。

 さて、話は少し(さかのぼ)って、同年(新暦65年)の1月のことです。
 年が明けると、プレシア・テスタロッサ(59歳)は、ふと『間もなく、自分の両親が車の事故で死んでから満30年になる』ということを思い出しました。
 その2年後には、「形式的に」離婚していた夫も28歳の若さで自殺し、そのさらに2年後には、最愛のアリシアまでもが「あの事故」に()ってしまったため、すっかり忘れていたのですが……今にして思えば、彼女の父母はとても良い両親でした。
 もちろん、夫のナザーリオもとても良い夫でした。三歳(みっつ)も年下の入り婿でしたが、プレシアの両親に対しても、まるで実の息子のように親孝行をしてくれました。
『だからこそ、あんな事故が起きてしまった』とも言えるのですが……。
【この作品では、『アリシアが「愛する夫が遺した、ただ一人の子供」だったからこそ、プレシアもあそこまで深くアリシアを愛してしまったのだ』という設定で行きます。】

 プレシアは、ほんの形だけではありましたが、両親と夫の「祀り上げ」をその月のうちに済ませました。
 しかし、それによって、プレシアの心をミッドチルダに押し(とど)めておくものは、もう本当に何ひとつとして無くなってしまったのです。

 そして、3月になると、プレシアはわずかな手がかりを見つけて(あるいは、『見つけた』と思い込んで)ついに〈時の庭園〉を発進させました。
 ミッドチルダを遠く離れ、「あの人」の足跡(そくせき)辿(たど)るようにして、〈辺境領域〉の北東部へと向かいます。
 しかし、その駆動炉は高出力ながら、まだまだ不完全な代物で、一度(ひとたび)発進させてしまったら、もう半年とは()たないような代物でした。
 しかも、実際には何の確証も無い「見切り発車」なのですから、冷静に考えると、これはもう「自殺行為」にも等しいほどの暴挙だったのですが……結果としては(あくまでも結果論ですが)これが功を奏し、翌4月には「ジュエルシードの早期発見」につながることになったのでした。


 そして、4月中旬。ユーノが人知れず海鳴市に到着した、その翌々日。まだ少し肌寒い日のことです。
 夕刻、はやて(9歳)が車椅子で帰宅すると、いつものように「本」が玄関まですっ飛んで来ました。物心ついた時には、すでに家の本棚にあった大きな本です。
 昔から妙な存在感があり、『(のり)付けされているようにも見えないのに、なぜか開かない』という不思議な本でしたが、その上さらに、いつの頃からか、家の中を勝手に飛び回るようになりました。
 思えば、一昨年の5月に両親が事故で死んだ頃からでしょうか。
 とても他人(ひと)には言えない状況でしたが、幸いにも(?)学校を休学して以来、彼女にはもう日常的には話をする相手など一人もいません。
 おかげで、はやてはすっかり(ひと)(ごと)を言う癖が身についてしまいましたが、それでも、もしこの本が無ければ、車椅子での独居生活はもっともっと気の()()る代物になっていたことでしょう。

 はやては居間に入ると、いつものように上着を()いでハンガーに掛けました。
 しかし、今日に限って、「本」がしきりにその上着のポケットの辺りをを(つつ)き始めます。そこで、はやてが実際にそのポケットの中を手で探ってみると、いつの間にか、そこには一個のキラキラした宝石のようなモノが入っていました。
「ん? なんや、コレ? こんなん、別に拾った(おぼ)えも無いんやけど……。どこかからピョーンと飛び込んで来たんやろか?
 なんや、これが欲しいんか? ……う~ん。まあ、見たとこ、本物の宝石でも無いみたいやし、わざわざ交番には届けんでもええやろ」
 はやてには、何となく「本」の言いたいことが解ります。そこで、はやては「何の疑念も無く」そのキラキラした宝石のようなモノを「本」に預けたのでした。

 はやてが一人で夕食を取っている間、居間では(ひそ)かに、アインスの「幻体」が出現していました。今はまだ、魔力(ちから)が足りず、幽霊のように半ば()(とお)った姿をしています。
(このエネルギー結晶体は……昔、ベルカで見たことがある! 確か……持ち主の「強い欲望」をそのままに(かな)えるロストロギアだ。元々は、二十何個かで一組になっていたはずだが……。
 我が(あるじ)(じか)に触れても何も起きなかったのは、やはり、(あるじ)に「強い欲望」が何も無いからなのか?)

 実のところ、はやてはとても「無欲な子」……と言うよりも、早々と「いろいろなことを諦めてしまっている子」でした。
 はやては、今は亡き両親とも本当に仲が良く、一昨年の春に『夏には妹が()まれる予定だ』と知らされた時にも心から大喜びをしていました。
 それだけに、彼女は『このまま、両親や「生まれて来なかった妹」の(もと)へと行けるのならば、それはそれでもう構わない』というぐらいの心境に(おちい)ってしまっていたのかも知れません。
(それはそれとして……確か、このロストロギアは「願望実現プログラム」さえ停止させれば、単なる「エネルギー結晶体」として純粋に魔力だけを取り出すこともできたはずだ。『効率は随分と悪くなる』と聞いているが……そうすれば、今すぐにも、その魔力を使って「騎士たち」を目覚めさせることが……。
 いや、待て。そもそも、魔法文化の無いこの世界に、何故こんなモノが? ……ここは、しばらく様子を見た方が得策か……。)
 アインスは、どこからともなく「(こぶし)(だい)の小箱」を取り出し、そこにジュエルシードを封印して、魔力の流出を完全に遮断しました。

 そして、夕食後に、はやてはその小箱を見つけて、いささか疑問には思いましたが、そこは軽く流すことにします。
「ん? 大事なモノやから、しまっといたんか? ……なんや、ブックエンドには、ちょぉ小さいみたいやなあ」
 そう言いつつ、はやてはその小箱を、本棚における「その本の定位置」の隣に置いて、そのままずっとその小箱のことは忘れてしまっていたのでした。

 その夜、アインスは別のジュエルシードの気配を察し、探知魔法で知覚範囲を広げました。
(今の私の力でも、これぐらいの魔法なら……。)
 やがて、アインスは、遠くでユーノが怪物と戦っている姿を確認します。
(この世界に魔法文化は無かったはず。当然ながら、「普通には」魔導師など生まれて来るはずも無い。しかし、他の世界からやって来た「フリーの魔導師」だったら、こんな利他的な行動など、取るはずが無い。)
 アインスは「自分自身の常識」に基づいてそう決めつけると、今度ははるか上空へと目を向けました。そして、やがて、アインスは軌道上に一隻の次元航行船の姿を「視認」します。
(機関部が大破している? ということは……つまり、あの船があのロストロギアを運んで来たが、この世界の上空で何かしら事故を起こして「大切な荷物」をこの世界に落としてしまった、ということか……。)
 ここまでは、名推理でした。

(それでも、転送装置はかろうじて動かすことができた? ということは……さては、あの少年、一見そうは見えないが、管理局とやらの先遣隊(せんけんたい)か?)
 実際には、こちらの推理は間違っていたのですが、この時点では、アインスもまだそれに気づいてはいません。
(我が(あるじ)も、今はまだ無力。この状況で、私の存在を管理局に知られるのは、マズい。……このロストロギアを使って、今すぐにでも「騎士たち」を目覚めさせようかとも思ったが、どうやら、今はまだ「その時」ではないようだ。
 (あるじ)の体にもすでに「侵食」が始まっているから、あまり長々と待つ訳にもいかないが……ここは、もう少しだけ様子を見るとしよう。)
 こうして、アインスは、管理局がこの世界から完全に姿を消すまで、ジュエルシードをこのまま封印しておくことにしたのでした。

 その同じ夜、なのはは夢の中でユーノの助けを求める声を聞き、翌朝、再びその声に導かれて、やがて、フェレットのような姿をしたままのユーノを発見しました。

【以下、「無印」の物語は4月中旬から5月末までの間に、TVシリーズを基準として展開します。ただし、ジュエルシードが(かな)えるのは、基本的には「生身の人間」の強い欲望だけ、という設定にしておきます。
 また、『機関部が大破して地球の周回軌道上で立ち往生していた次元航行船は、元々「戦力にはならない輸送船」だったので、5月になってから遅れて地球の上空に到着した〈アースラ〉に機関部を修理してもらった後、一足先に〈本局〉へ帰投していた』という設定で行きます。】


 そして、新暦65年5月末、プレシア(59歳)は、地球とファルメロウとを結ぶ「次元航路」の中程(なかほど)で、つまり、その航路が〈ヴォイド〉に最も接近しているポイントで、「12個」のジュエルシードを使って意図的に「局所的な次元震動」を発生させました。
【この作品では、プレシアの側に「12個」あった、という設定で行きます。
なお、「次元航路」については「背景設定5」を、また、〈ヴォイド〉については「背景設定6」を御参照ください。
 ここでは、ごく大雑把な説明だけをしておきますが……次元航路とは、世界と世界とを直線的に結ぶ「亜空間上の経路」のこと。ヴォイドとは、そうした経路が全く存在していない「亜空間上の空白領域」のことです。】

 しかし、結局は、プレシアが望んでいたような「アルハザードへの道」が開かれることは無く、ただ「虚数空間へのゲート」が開いて、『彼女自身がアリシアの遺体とともにそこへ落ちて行っただけ』に終わってしまったのでした。

 後に、この事件は〈ジュエルシード事件〉、もしくは、首謀者の名前から〈PT事件〉と呼ばれることになる訳ですが……。
 この事件の終了後、「地球とファルメロウを結ぶ次元航路」は、プレシアが起こした次元震動のせいで、しばらく「安全な航行」が困難になっていました。
 そのため、〈アースラ〉も一旦は、より近い地球の側に退避していたのですが、何日か経って、その航路はようやく「安全な航行」が可能な状態に戻りました。
 海鳴市で日が暮れる頃には、その安全性が最終的に確認され、『では、〈アースラ〉も12時間後には〈本局〉に向けて出航しよう』という話になります。

 そして、その晩のうちに、なのはは〈アースラ〉からの通信で、フェイトに関して以下のような一連の話を聞かされました。
 まず、フェイトは翌朝、〈アースラ〉が出航する直前に、もう一度だけ地上に降りて、なのはと話をすることが許可された、ということ。
 次に、フェイトはこれから〈本局〉に移送されて裁判を受けることになるが、これほどの大事件となると、すべてが終了するまでには、おそらく半年ちかくかかるだろう、ということ。
 そして、その裁判でも、いきなり「実刑判決」を受ける可能性は低く、単なる「保護観察処分」になるだろうから、そうしたら、フェイトも当分の間、地球で暮らせるようになるだろう、ということ。
 それを聞くと、なのはは安心し、明日に備えて早々と眠りに就いたのでした。

 その後、ユーノはなのはの安眠を妨げぬよう、フェレットのような姿のまま高町家の屋根の上へと場所を移して、クロノとの通信を続けました。クロノが『報告書の作成のために、ひとつふたつ確認しておきたいことがある』と言うのです。
「プレシアは12個のジュエルシードを使った。そして、崩れ行く〈時の庭園〉から、管理局の武装隊が4個までは回収に成功した。残る8個は、虚数空間に失われたようだ。
 だが、今、こちらの手元には現実に12個しか無い。全部で21個だから、ひとつ計算が合わないんだよ。まだ1個、どこかに回収できていないジュエルシードがあるはずなんだが……念のために訊くが、君の方に心当たりは無いか?」
「地上はすでに細かくスキャンしたんだろう? それなら、現代の技術でこれほどのモノを見逃すはずは無い」
「何者かが、僕たちよりも先に封印し、隠匿(いんとく)している、という可能性は?」
「いや。魔法文化の無いこの世界で、それはあり得ないよ」
 さしものユーノも『あの〈闇の書〉がもう十年も前からずっと地球に潜伏中である』などとは、さすがに思い(いた)りませんでした。

「常識的に考えれば……今も軌道上に残っているか、海底に沈んでいるか。さもなくば、プレシアが実は13個目を持っていて人知れず虚数空間に失われたか……といったところだろうね」
「やはり、そうなるか……。しかし、フェイトの証言から、プレシアが確保したジュエルシードの数が12個であることは、すでに判明している。それから、〈アースラ〉の方でも、地球の軌道上は相当に詳しくスキャンしたんだが、全く反応が無かった」
「となると、海底の可能性が高いけど……『フェイトがあれだけ無茶をしても、浮上して来なかった』ということは、『かなり深いところにまで落ちている』ということなんじゃないのかな?」
 そこで、エイミィが不意に画面の横から顔を出して、口をはさみました。
「一応、その辺りの海底地形もざっと調べてみたよ。沖合(おきあい)10キロあまりの地点までは、いわゆる『大陸棚』が拡がっていて、水深はせいぜい百数十メートルといったところなんだけど、そこから先は急に深くなっていてね。沖合(おきあい)十数キロの地点では、水深はもう軽く800メートルを超えているみたいなんだ」
「確かに、フェイトが海中に注ぎ込んだ魔力も相当な量だったが、さすがにその深さにまでは届かないだろうね」

「となると、やはり、深海に落ちたと考えるのが妥当か……」
 クロノは『困ったなあ』という顔つきです。
「その深さになると、もうスキャンも届かないんだよねえ」
 エイミィもそう言って、肩をすくめて見せました。
「だとしたら、現代の技術では、もう回収は不可能だろうね」
 ユーノもさすがにもう諦め顔です。
「ああ。海中では、魔法もろくに使えないからな」
 そもそも、魔力素とは、「多細胞生物の体から漏れ出した『余剰生命力』が大気中の酸素と反応して(しょう)じるモノ」なので、海中には、魔力素はほとんど存在していません。
 だから、当然のことですが、クロノの言うとおり、海中で自在に魔法を使える者など、基本的にこの次元世界には一人もいないのです。
【この作品では、魔力素について、上記のような設定で行きます。詳しくは、また「背景設定5」を御参照ください。】

 クロノはしばしの沈黙の後、またユーノにこう語りかけました。
「しかし、無用の心配などさせたくもない。なのはやフェイトには、当面の間、この件は内緒にしておこう」
「そうだね。その方が良さそうだ」
「それから、これは、あくまで個人的な質問なんだが……君は、あのレイジングハートを一体どこから持って来たんだ? バルディッシュと同様、相当に優秀な〈E-デバイス〉のようだが?」
「実を言うと、アレは、ウチの長老から譲り受けたモノでね。僕にも出所(でどころ)はよく解らないんだ。ただ、〈E-デバイス〉である以上、40年代か50年代に造られた〈第三世代デバイス〉であることだけは確かだよ。術式は最初から近代ミッド式だったから、アレ自体が古代ベルカ製ということはあり得ない」

 そうした会話の後、ユーノはクロノに頼んで、まずは「ドルバザウムの軌道上にいるスクライア一族の船」に通信回線をつないでもらいました。ところが、ユーノの予想に反して、『長老なら、検査入院が長引いているとかで、まだクレモナの病院から戻って来ていない』とのことです。
 ユーノは改めてクロノに頼み、通信回線を今度は「ハドロの行きつけの病院」につないでもらいました。どうやら、プライベートな話になりそうなので、クロノはそっと席を(はず)してくれます。
 そして、ユーノは長老ハドロに、ここ一月(ひとつき)半ほどの事情をざっと説明しました。特に、「高町なのは」という逸材(いつざい)に関しては、かなり細かいところまで報告します。
 ハドロは、途中で何度も小さくうなずきながらユーノの話を聞き終えると、またいつものように穏やかな口調でこう(こた)えました。
「そういうことなら、お前はしばらくその女の子に付いていてあげなさい。私も、念のために検査入院を続けているだけで、こちらは何も心配など()らないから」
 そして、ハドロの口調や表情があまりにも『いつもどおり』だったので、ユーノはハドロの言葉をそのまま()に受けてしまったのでした。

 ユーノは、クロノに言われるまでも無く、〈レイジングハート〉の出所(でどころ)に関して「いずれは」長老に()いておきたいと思っていました。
 思ってはいましたが、自分にレイジングハートを手渡した時のハドロの言葉から考えると、何やら(つら)い話になりそうで気が重かったのです。
(特に、急ぐ話でも無い。……なのはにレイジングハートを譲ること自体には何も問題が無いようだし……また長老が元気になってから、改めて話を訊けば良いか。)
 ユーノはそう考え、その日は単なる説明と報告だけで、ハドロとの通信を終えてしまいました。
 そして、結論から先に言えば、ユーノはそうした遠慮のせいで、レイジングハートの出所(でどころ)についてハドロに尋ねる機会を永遠に失ってしまったのです。


 一方、こちらは、クレモナの首都郊外にある病院の、特別待遇の病室です。
ハドロがユーノとの通信を終えると、それまで慎重に「ユーノからは見えない場所」に身を置いていたガウルゥが、本当に(つら)そうな(おも)持ちでハドロにこう問いかけました。
「本当に……ユーノには伝えなくても良かったんですか?」
 実は、つい先日のことなのですが、ようやく精密検査の結果が出て、『ハドロの余命は最大でもあと一年ほどだ』と判明してしまったのです。
 しかし、その深刻な状況にもかかわらず、ハドロはまた「いつものように」穏やかな微笑(えみ)を浮かべてこう(こた)えました。
「ユーノにわざわざここへ来てもらったところで、今さら私の命が延びる訳ではないからね」
 いや。よく見ると、何やら「いつも以上に」晴れ晴れとした表情です。
「どうして、あなたは……!」
 その理由が解らずに、ガウルゥは思わず声を(あら)らげました。
自分の深い悲しみを、(とう)の本人が全く共有してくれないことが、どうしようもなく(せつ)なかったのです。

 そんなガウルゥの気持ちを察したのでしょうか。ハドロは不意に「今までずっと誰にも語らずにいたこと」を語り始めました。
「そうだな……。やはり、死ぬ前に、君にだけは伝えておこう。よく聞いておくれ、ガウルゥ」
 ガウルゥは小さくうなずきながらも、いつもとは違う雰囲気を察して、思わず威儀を正します。
「私は40年前、スクライア一族に命を助けられた時には、自分があと40年も生きられるなどとは思っていなかった。……と言うより、もうあまり長生きなどしたくはなかった。
 昔のベルカには、『人生は重き()()()うて暗き道を行くが(ごと)し』という言い回しがあったそうだが……当時、私はもう『早く荷を降ろして楽になりたい』という気持ちで一杯だった。選んで悪く言うならば、私は自分の人生から……自分のなすべきことから、逃げ出そうとしていたんだよ」
 その『なすべきこと』というのが具体的に何だったのかについては、結局のところ、ガウルゥも最後まで教えてはもらえませんでした。

「当時の私は、管理局からもいささか追われる身だった。もちろん、15年前の君ほどでは無かったのだが……」
 ハドロの『昔を懐かしむ』かのような穏やかな表情を見て、ガウルゥもまた、今では自分とハドロ以外には誰も知らない話を口にします。
「当時の私は『あからさまなテロ組織』の構成員でしたからね。憎しみのあまり、『もうこうする以外にはどうしようも無いのだ』と勝手に決め込んで、組織に便利な手駒として良いように利用されていました。最後に自爆テロを止めていただいた時にも、最初のうちは命の恩人であるあなたに対して『どうして自分を止めたりしたのか』などと腹を立てていたものですよ」
 新暦40年代の末から50年代の初頭にかけての数年間は、多くの管理世界でテロ行為が頻発した時期でしたが、当時、ガウルゥが所属していたテロ組織〈炎の断罪者〉は、実は、後に述べる犯罪結社〈闇の賢者たち〉の下部組織でした。
 彼等は全く私利私欲のために、行き場を失った若者たちを言葉巧みに操って、「本人の意志で」死地へと赴かせていたのです。
 彼が「ガウルゥ」と名前を変えて、組織と完全に縁を切ることができたのも、ひとえにハドロの尽力と「スクライア一族の治外法権」のおかげでした。

「そう言えば、そんなこともあったねえ」
 ハドロは静かに微笑(えみ)を浮かべて、また言葉を続けました。
「私には、無人世界の軌道拘置所に入れられるほどの罪は無かったが、それでも、当時はまだ管理局に知られる訳にはいかない秘密を幾つも(かか)え込んでいた。
 だから、40年前に死にかけた時、意識を取り戻して、まず名前を問われた時にも、後で船の乗客名簿と照合されるだろうと考えて、一時的な記憶障害を装いながらも『ハドロ・バーゼリアス』と名乗ったのさ。どうせ顔は焼け(ただ)れて誰なのか解らないような状態だったからね。
 実際には、それは、ただ『同じ貨客船に乗り合わせて、一晩、酒を()()わした』というだけの、私の目の前で炎に呑まれて死んでしまった『天涯孤独』のミッド人の名前だったのだが……。それ以来、私は、法律上の罪には時効が成立した(あと)も、ずっと逃げ続けて来たんだよ」

 ハドロが何やら自責の念に駆られているのを見て、それを少しでも(やわ)らげようと思ったのか、ガウルゥはまた不意に、より重大な自分の罪について語り始めます。
「私は今も逃げている最中です。いくら組織に操られていたとは言え、現実に、見も知らぬ要人を何人も爆殺して来ましたからね。計画テロの時効は40年。あと25年ぐらいは、まだ『見つかれば確実に軌道拘置所へ送られる』という身の上です」
「当時、君はよく言っていたね。『もしも死刑があるのなら出頭したい』と」
「その(たび)に、あなたから『君が死んだところで、犠牲者が蘇る訳では無い』と(さと)されました」
「私自身も、(すね)(きず)を持つ身だったからね。君に向かって『罪の意識があるのなら、おとなしく出頭しろ』などとは、とても言えなかったんだよ」

【管理世界では、一般に死刑は禁止されています。だから、〈ゆりかご事件〉におけるドクター・スカリエッティのように、どれほど凶悪な犯罪者であったとしても「軌道拘置所での終身刑」以上の刑罰にはならないのです。】

 そして、しばらく重苦しい沈黙が続いた後、ガウルゥはまた口を開きました。
「今、私がこうして生きていられるのも、あなたのおかげです。率直に言って、あなたが死んでしまったら、私はもう、何をして生きて行けば良いのか解りません」
 その声は、いつしか涙に震えています。
 実のところ、この15年の間、ガウルゥは「スクライア一族ならではの技能(スキル)」を身に付けることも無く、ただひたすらに「ハドロの身の回りの世話」だけをこなし続けて来ました。この年齢(とし)になって今さら『他の仕事をしろ』などと言われても、それは相当に難しい話です。
 一族から離籍すれば、いずれは正体がバレて管理局に追われる身となることでしょう。しかし、だからと言って、このままスクライア一族の(もと)(とど)まったとしても、ハドロ無しには、ガウルゥの居場所もまたありません。
 危険物の取り扱いから小型艇の操縦まで、一人でいろいろな作業をこなせるので、人材としては重宝されるかも知れませんが、その程度のことは、分担すれば(ほか)の人たちにだって充分にできることなのです。

「そういうことなら、私が死んだ後にも、君にひとつ、してほしい仕事がある。君にしか頼めない仕事だ」
「何でしょうか?」
 ガウルゥは思わず、期待の入り混じった声で(こた)えました。
「私が死んだら、私の『墓守(はかもり)』を30年間、『祀り上げ』まで続けてほしい。長老の墓守なら、一族の慣例で最低限の衣食も保障されるし、そうすれば30年の間に時効も成立するだろう」
「……いや。しかし、30年も一人でクレモナに(とど)まっていたら、さすがに現地の管理局員からいろいろと調べられてしまうのでは……」
「うむ。だから、私の墓はクレモナではなく、ドルバザウムに作ってほしいんだよ」
「……はあァ?!」
 ガウルゥが思わず変な声を上げてしまったのも無理はありません。管理世界の一般常識として、墓というモノは、その人物が「生まれた土地」か、「長く住んで愛着を感じている土地」か、さもなくば「死んだ土地」に建てるべきモノなのです。
 普通に考えれば、『ほんの3か月ほど過ごしただけの、しかも「無人の世界」を特に選んで墓を建てる』というのは、なかなかに奇抜(きばつ)な話でした。

「それは……もしかして、私のために?」
 確かに、あれほど辺境の世界であれば、管理局員がわざわざ墓守の素性を調べに来るようなことも無いでしょう。
 しかし、ハドロはまたいつものように穏やかな微笑(えみ)を浮かべてこう(こた)えました。
「いや。……まあ、私にとっては、『義理の孫』にも等しいユーノが貴重な発見をしてくれた場所だからね。と言うより、私には『思い出深い土地』など、ドルバザウムの他には、もうナバルジェスぐらいしか思いつかないんだよ」
 確かに、その二択なら、クレモナに近いナバルジェスよりも、ドルバザウムの方が身を隠すにはより適切でしょう。
「どうだろう? 『無人世界で30年も、ほとんど一人きりで暮らす』というのは、いくら君でもさすがに無理だろうか?」
「いえ! 是非やらせてください」
 すると、ハドロはまた満足げにうなずき、『自分の祀り上げが済んだら、ユーノにこう伝えてほしい』と言って、今まで誰にも語ったことの無い秘密を、ガウルゥにだけ語り聞かせたのでした。

 その秘密は、ガウルゥにとっても驚くべき内容でしたが、しかし、情報量としてはわずかなものでした。
「……それだけですか?」
 ガウルゥもさすがに怪訝(けげん)そうな声を上げます。
「うむ。その時点で、ユーノがその方面に関心を持っていれば、調べてくれるだろうし、もし関心が無ければ、そのまま忘れてくれても構わない程度の話だよ」
「それでも、祀り上げが済むまでは、ユーノにも伝えてはいけない、と?」
「ああ。間違って『御老人たち』の耳に入ったりすると、ユーノにとっても面倒なコトになるからね。あの人たちも決して不老不死という訳ではないだろうし、必ずしも丸30年も待つ必要は無いのかも知れないが……10年や20年では、まだちょっと早いかな? 君にも何か『とばっちり』が来るかも知れないから、少なくとも君の時効が成立してからの方が良いだろうね」

「解りました。すべて、あなたの望むとおりにします」
 ガウルゥが真剣な表情でそう答えると、ハドロはひとつ大きく安堵(あんど)の息をつきました。
「君にそう言ってもらえると、肩の()が一度に半分ほど()りた気分だよ」
「まだ半分は残っているんですか?」
 ガウルゥの心配そうな声に、ハドロはやや苦笑して答えました。
「あとは、スクライア一族の問題だね。……ガウルゥ。まず、ウチの船長を(つう)じて、他の五人の支族長たちに連絡しておくれ。『ハドロはもう長くはないから、なるべく早く、五人の間の互選で次の長老を選出してほしい』と。
 次に、ウチの船長には『ウチの支族でも、なるべく早く次の支族長を選出しておくように』と。正直なところ、私はもう秋までは()たないかも知れない」
 こうして、早くも7月のうちには、別の支族の支族長アグンゼイド(54歳)が次の長老に選出され、ハドロの支族でも彼の後任が選出されたのでした。


 一方、地球の海鳴市では、翌日の早朝、なのはとフェイトの「お(わか)れ」がありました。
 今は(つら)別離(わかれ)ですが、より良い未来を迎えるためには必要な「一時(いっとき)の別れ」です。
 短くも(こころ)()れ合う対話の後、なのははさまざまな(おも)いを込めて、最後にフェイトとリボンを交換しました。
 それから、フェイトは〈アースラ〉に転送され、管理局員たちも全員が、一旦は地球から撤収します。
 こうして、次元航行艦〈アースラ〉は、〈本局〉への帰途に()きました。地球からは「通常の巡航速度」で丸四日あまりの道程(みちのり)です。


 そして、その四日後。地球の暦では、6月の初め。
 アインスは、地球の上空から管理局が完全に撤退したことをよくよく確認した上で、隠し持っていた〈ジュエルシード〉の魔力を消費して一気にページを埋め、四人の守護騎士たちを一度に顕現させました。
(つまり、ちょうどアースラが〈本局〉に到着した頃のことです。)
 しかし、はやては何も特別なことなど望まず、ただ「当たり前の幸せ」だけを求めて、騎士たちにも戦いを禁じ、彼等を「普通の家族」として受け入れました。
 結局のところ、はやて自身は〈ジュエルシード〉については何も知らないまま、それから半年あまりに(わた)って「かりそめの平穏な日々」を送ることとなります。


 ここで、作中では初めて「三脳髄」を描写します。
【実際に映像化(←笑)する際には、無印編の最終回のCパートで。画面はかなり暗くして、誰が話しているのか全く解らない状態で、以下の会話をほぼ音声のみで。】

「少しは使えるかと思って泳がせておいたが、プレシアは期待外れだったな」
「やはり、マルデルのような『本物の天才』はもう二度とは現れぬのか」
「それにしても、『あの』接触禁止世界に〈ジュエルシード〉とは……因果は巡るものよなあ」
「その向こう側にある無人世界とやらも、本当に『あの一件』と無関係なのかどうか、少し調べてみる必要があるのやも知れぬな」
「それよりも、プレシアの娘とやらは〈プロジェクトF〉の産物なのだろう? 観察のためには、あえて野放(のばな)しにした方が良いのではないのか?」
「間違っても、有罪判決など出ないように誘導してやらねばな」
「うむ。……ところで、〈ゆりかご〉の方はどうなっている?」
「順調とまでは言えぬが、まあ、それなりに、な」
「さて、スカリエッティの方は、どこまで期待に(こた)えてくれるのか」
進捗(しんちょく)は予定よりも若干、遅れているようだが?」
「大丈夫だよ。我々にはまだ時間がある」
「ああ。そのために、わざわざ人間の肉体を捨て、このような姿になったのだからな」

(三人そろって、不気味な笑い声。そこで画面が明るくなり、視聴者にも初めて、三体の「特殊溶液の中に浮かぶ脳髄および脊髄」たちが声の(ぬし)であったことが解る。)


 

 

【第4節】闇の書事件にまつわる裏話。(前編)

 さて、〈アースラ〉は地球を離れた後、途中で〈時の庭園〉の残骸に()一時間ほど立ち寄ってから、〈本局〉に帰投しました。
 そして、フェイトとアルフにも臨時の個室が与えられ、それから数日後のこと。場所は〈本局〉内の、とある小会議室です。

 フェイトとアルフが、リンディ提督に導かれてその部屋に入ると、やや細長いテーブルの一方の側に、クロノとエイミィが並んで座っていました。
 リンディから勧められるがままに、フェイトとアルフが向かいの席に着くと、クロノはフェイトに早速、二冊の書物を差し出します。
「……これは?」
「君も知ってのとおり、〈時の庭園〉は崩壊し、その中枢部や機関部など、多くの部分がプレシアとともに虚数空間に落ちて行った訳だが、それ以外の居住区などは部分的に次元航路の側に残されていたからね。僕たちは、あの時点でそこにサーチャーを残して来ていたんだよ。
 そこで、実を言うと、先日は少しだけ立ち寄った際に、そのサーチャーからのデータに基づいて『今回の事件の資料になりそうなモノ』を急いで探し出し、〈時の庭園〉の残骸が航路の外へ『排除』されてしまう前に回収して来たんだ」

【こうした「次元航路の自浄作用」に関しては、また「背景設定5」を御参照ください。】

「ところで、僕たちは面識が無いんだが、リニスというのはプレシアの使い魔だったのかな?」
 フェイトが肯定すると、クロノはさらに言葉を続けました。
「もう何か月も閉鎖されていたようだが、実は、彼女の私室が丸ごと次元航路の側に残されていてね。どうやら、彼女は、プレシアから『捨てておくように』と命じられていたモノまで(ひそ)かに保存していたようだ。おかげで、君の裁判を有利に進めるための資料として使えそうなモノも、幾つか見つかったよ」
「じゃあ……これは?」
 フェイトの表情が驚きと期待の色を浮かべると、クロノは大きくうなずいて、その期待感を肯定しました。
「タイトルは特に書かれていないが、言うならば、それは『リニスの手記』と、本来ならば捨てられていたはずの『プレシアの手記』だ。リニスの方は昨年の秋の(あた)りで、プレシアの方は三年前の夏の辺りで、記述が途切れてしまっているけれどね」

「……読んでも良い?」
「ああ。〈上層部〉が内容を検閲した結果、『遺品として君に渡しても特に問題は無い』との結論に達した。だから、それは両方とも、黒塗り無しの『原本』だ。管理局は本日(ほんじつ)付けをもって、その二冊の本の所有権を正式に君に譲渡する」
「私が……持っていても良いの?」
 フェイトが今にも泣きだしそうな顔で問うと、今度は、エイミィが明るくうなずいて、こう答えます。
「大丈夫よ。両方とも複製はもう取ってあるから。それに、その二人は、フェイトちゃんにとって『お母さん』のような存在なんでしょう? だったら、フェイトちゃんが個人的に相続するのは、むしろ当たり前のことだよ」
「ありがとう……ございます」
 フェイトは涙をこらえながら、二冊の本を重ねて自分の胸にギュッと抱きしめました。
「良かったなあ、フェイト」
 アルフもちょっぴり涙声です。

「それで、実は、もう一つ重要な話があるんだが、いいかな?」
 クロノは一拍おいてから、そう話を切り出しました。フェイトが小さくうなずくと、また言葉を続けます。
「君たち、なるべく早いうちに、嘱託魔導師の認定試験を受けてみないか? 嘱託の資格を持っていた方が裁判でも有利になるし、何より、君たち二人が問題なく一緒にいられるようになる」
「将来的には、私たちの仕事も手伝ってもらえるようになるのだけれど、どうかしら?」
 リンディがそう言葉を添えると、二人は一瞬、視線を交わしてから、大きくうなずき、ぴったりと声を揃えて答えました。
「「受けます!」」
「じゃあ、あとは日程の問題ね」
「なんなら、今からでも!」
 アルフはそう勢い込みましたが、それはさすがにやんわりと却下されます。
「いや。一応、こちらにも都合というものがあるから」
「じゃあ、なるべく早いうちに時間を取ってもらえるよう、私はこれから、レティ提督に話をつけて来ます」
 エイミィはそう言って、一足先に退室しました。


 その後、『少し早いが、今日はもう昼食にしよう』という話になり、四人はその部屋を出て、食堂へ向かいました。途中、フェイトは、局から与えられた個室に立ち寄り、大切な二冊の本をそこに置いて来ます。
 そして、また四人で通路を歩いていると、不意に後ろから「勢いよく駆けて来る足音」が届きました。クロノがふと「嫌な予感」に駆られて振り向くと、そこへ妙齢の美女が勢いよく飛び込み、抱き着いて来ます。
「クロノ~、長らくアタシに会えなくて、寂しかったか~い?」
「そんな訳ないだろう。いい加減にしろ」
 クロノは棒立ちのまま、いかにもウンザリとした口調で答えました。
「も~。相変わらず冷淡(つれな)いなあ、クロノきゅんは」
「その『きゅん』はヤメロ! もう何歳だと思ってるんだ!」

「あの……クロノ。こちらの(かた)は?」
 フェイトがやや躊躇(ためら)いがちに訊くと、クロノが答えるよりも先に、その美女がまた妙に楽しげな口調でクロノにこう問いかけます。
「で? この子がクロノきゅんの今カノ?」
「両目がそろって節穴なのは、まだ全く治っていないようだな。ああ、フェイト。こちらは……」
「元カノの、リゼル・ラッカードで~す。(ピースピース)」
「事実を捏造(ねつぞう)するのはヤメロ!」
「え~。一緒にお風呂にだって入った仲なのに~。(笑)」
「10年も前の話を、一体いつまで続けるつもりだ!」

 アルフ《あ。そっちの話は捏造じゃないんだ。(笑)》
 フェイト《でも、10年も前なら、クロノはまだ4歳だよね?》
 クロノ「こちらは、リゼル・ラッカード艦長、26歳。僕にとってはイトコオバで、母を除けば、今やただ一人の親族だ」
 リゼル「ちょっと、クロノきゅん。いきなり女のトシをバラすのはマナー違反だよ~」

 リゼルの言葉は笑いを取りに行ったセリフでしたが、フェイトが気になったのは、実は全く別の箇所(かしょ)でした。
「……いとこ? おば?」
 フェイトには最初からプレシア以外に肉親がいなかったので、彼女は「親族関係を表わす用語」にいささか(うと)いようです。
「イマドキあまり使わない言葉かな? 親の姉妹をオバと言うのと同じように、親の従姉妹(いとこ)のことをイトコオバって言うのよ」
 リゼルはようやくクロノから離れて、ごく一般的な説明をしましたが、それでもまだフェイトの表情からは疑問符が消えません。
 そこで、クロノはもう少し具体的な説明をしました。
「僕の父方祖父クレストの、年の離れた妹マリッサが、彼女の母親だ。つまり、リゼルは、僕の父クライドの従妹(いとこ)に当たる人物なんだよ」
 それを聞くと、親族のいない9歳児にも、ようやく理解できたようです。

 そこへ、リゼルの後を追うようにして、髭面(ひげづら)強面(こわもて)の男性と、リゼルに比べれば相当に落ち着いた感じの銀髪の女性が、苦笑しながらもこちらにやって来ました。
「済まんな、クロノ。ウチの娘が相変わらず騒々しくて」
「ああ、提督。御無沙汰しておりました。ジェルディスも、お元気でしたか?」
「あらあら。坊やが随分と一人前の口を()くようになっちゃって」
「勘弁してくださいよ。僕だって、もう一人前の執務官なんですから」
 クロノは二人の言葉にそう(こた)えると、またフェイトの側に向き直って説明を続けました。
「フェイト。こちらは、ニドルス・ラッカード提督とその使い魔のジェルディス。10年前からの数年間、幼い僕を鍛え上げてくれたのが、こちらの二人だ。提督は、リゼルの父親で、僕にとっては義理の大叔父でもある」
 そこで、またニドルスの側に向き直って、クロノは言葉を続けます。
「それから、提督。こちらは、今回、僕が担当した事件の重要参考人で、フェイト・テスタロッサとその使い魔のアルフです。どうぞ、以後、お見知りおきください」

「ほお。その(とし)で、もう自分の使い魔がいるのかね。それはまた、将来有望なお嬢さんだ」
「お……恐れ入ります」
 フェイトは精一杯、丁寧な言葉づかいをしました。
「私たち、これから食堂で昼食にしようと思っていたところなんですよ。こんな場所(ところ)で立ち話も何ですから、よろしければ御一緒にどうですか?」
「ああ。こちらもそろそろ(めし)にしようかと思っていたところだよ」
 リンディの提案を受けて、一同は食堂に場を移しました。
 その食堂にエイミィも呼び寄せ、しばらくの間、提督は提督同士で、他の六人からは少し距離を置いて、あれこれ話し合う形となります。

 また、リゼルがなおもクロノとじゃれ合い、エイミィが苦笑(わら)ってフェイトに二人の関係などを説明する(かたわ)ら、猫素体のジェルディスは狼素体のアルフに、周囲の人間たちには聞かれないように、わざわざ念話を使ってこう語りました。
《どうか、覚えておいて。使い魔の寿命はせいぜい40年あまり。どれほど理想的な環境であっても、使い魔が50年も生きた実例はひとつも無い。私も今年の秋で、使い魔になって満40年。そろそろ考えておかないと……。》
《……死ぬことを、ですか?》
 使い魔としての大先輩を前にして、アルフもさすがに神妙な言葉づかいです。ジェルディスは小さくうなずき、こう続けました。
《私の(あるじ)はまだ55歳だから、私はきっと主をこの世に残して先に死ぬことになる。あなたの主もまだ随分と若いようだけれど、あなたも覚悟だけはしておいてね。もちろん、あなたにとっては、それはまだずっと先の話なんでしょうけど。》
 それは、『私にとっては、さほど先の話ではない』と言わんばかりの口調でした。

 一方、ニドルスとリンディの会話は、おおむね以下のようなものでした。
「本当に久しぶりだね、リンディ。兄貴の『祀り上げ』に間に合うようにと、私も大急ぎで仕事を片付けて来たんだが……君たちも来てくれていたとは嬉しいよ」
 実のところ、クレスト・ハラオウン艦長(ニドルスの義兄で、クロノの父方祖父)は、30年前の6月に殉職したので、その「祀り上げ」の日程はもう数日後に迫っています。
「直接の面識はありませんが、私にとっても義父に当たる(かた)ですからね。間違っても、なおざりにはできませんよ」
 30年前には、リンディもまだ8歳で、(のち)に夫となるクライドとは、まだ出逢ってすらいませんでした。その父親と面識が無いのも当然のことでしょう。
「君がそう言ってくれれば、兄貴もきっと喜ぶだろう」
「だと良いんですが」
 リンディはちょっと自信の無さそうな口調で笑い、そこでふと話題を変えました。

「私たちは数日前に〈本局〉に戻って、少しバタバタしていたところだったんですが……そちらは最近、どんな感じでしたか?」
「面白くもない半端(はんぱ)仕事ばかりだったが、妙に慌ただしい毎日だったよ。私も〈本局〉に戻って来たのは一昨日(おとつい)のことで、実のところ、娘の顔を見たのも久しぶりのことなんだ」
「大きな事件が無かったのなら、それはそれで良いことじゃありませんか」
「私もそう思っていたんだが……実は昨日、久々に上層部(うえ)から大きな仕事を命じられてね。今月のうちには艦隊を組んで南方へ、〈辺境領域〉の南部へと遠征することになった」
「艦隊を組んで、ですか?」
 リンディの声も、さすがに緊張したものとなっていました。
 そもそも「提督」とは、艦隊指揮の権限を持った人物のことですが、実際には、カラバス連合との三年戦争が終結して以来、管理局の次元航行部隊が「戦闘用の艦隊」を組むのは「有事のみ」となっていたのです。

 ニドルスも真顔で小さくうなずき、また言葉を続けました。
「今さら『(とむら)い合戦』という訳でも無いんだろうが……まあ、内容的には30年前に兄貴たちがやった仕事の『延長戦』と言って良いのかも知れないな」
「具体的には……どちらの世界で何をする予定なんですか?」
「あまり表沙汰(おもてざた)にはできない話だが……邪悪な宗教結社〈邪竜の巫女〉の掃討作戦だよ。特定の世界に焦点を(しぼ)ることができないから、おそらくは何年も地道に続けて行くことになるだろうと思う。
 今時こんな遠征は誰もやりたがらないが……今にして思えば、62年に突然、提督に昇進させられたのも、これを見越してのコトだったらしい。とんだ貧乏くじだが、『あの(ひと)』から直接に頼まれてしまったのでは、私としても断りようが無いよ」
 (ほか)ならぬ「クレストの最後の仕事」の続きなのですから、実際には、「あの(ひと)」の頼みではなかったとしても、ニドルスが断っていたはずなど無いのですが、ニドルスは少しおどけたような口調で、わざとそんな言い訳(?)をしました。
 どうやら、ニドルスは、周囲から「立派な人物」と思われることが随分と苦手なようです。

 一拍おいて、今度はニドルスの方が不意に話題を変えました。
「ところで、あれからもう10年あまりになる。そろそろ、またアレがどこかに現れる頃合(ころあ)いなんだろう?」
「ええ。もうとっくに、どこかに現れていても異常(おか)しくはないはずなんですが」
 アレというのは、もちろん、リンディにとっては「夫の(かたき)」とも言うべき〈闇の書〉のことです。
「今までのアレの移動経路から考えて、今回はファルメロウの東側あたりが危ないのではないかと予想し、私たちは年が明けてからずっと、ただ一隻であの一帯を巡回していました。辺境領域なので、なかなか付き合ってくれる(ふね)も見つからなかったのです。
 今回の一件は、ファルメロウの北側に位置する接触禁止世界で起きた偶発的な事件で、私たちは『ただ単に近くにいたから駆り出されただけ』という状況だったんですが、この一件が落ち着いたら、私たちはまたあの一帯の巡回任務に戻るつもりでいます」
 リンディも、〈闇の書〉がすでに十年前から(ほか)でもない〈地球〉に潜伏中だなどとは、さすがに予想はできていませんでした。
【地球とファルメロウの位置関係については、また「背景設定6」を御参照ください。】

「何とかして君の助けになりたかったのだが、残念だよ。私も、仕事を選べるような立場だったら良かったのだが」
「そのお気持ちだけで、充分ですよ。私たちは大丈夫です。それより、あなたこそ、どうぞお気をつけて。宗教結社の危険性については、私もクライドから『自分の父は、あの狂信者たちのせいで命を落としたのだ』とよく聞かされていました」
「ありがとう、私も気をつけるよ」

 そこで、ニドルスはまたもや不意に話題を変えます。
「そうそう、思い出した。実は、些少(さしょう)ながら、君の助けになるかも知れないネタがあるんだよ。名前は特に聞かなかったが、二年ほど前、名門中の名門『グラシア家』の、とある分家の御令嬢に『ベルカ式魔法の希少技能(レアスキル)』が発現したそうだ。
 未来予知の一種で、古代ベルカの文献にも、確かに『プロフェーティン・シュリフテン』という名前で記載されている能力らしい。昔のベルカには何人も『使い手』がいたんだが、実のところ、ここ200年ほどは『まともな使い手』など一人もいなかった。それほどの希少技能(レアスキル)だそうだよ」

 それを訊くと、リンディもさすがに愕然とした表情を浮かべました。
「未来予知? そんなことが、本当に可能なのですか?」
「ああ。ただ、予知とは言っても、それは多くの場合、『近い将来に起きる特定の案件について、幾つかある「未来像」の中でも最悪のモノ、あるいは最も可能性の高いモノを提示して警告する』という内容のものだからね。『予知としての的中率』それ自体は決して高くは無い。予言詩の解釈は難しいが、事前にそうと解っていれば、悪い未来は回避できるからだ。
 その令嬢も今はまだ十代で、このスキルをいささか持て余しているという話なんだが、上層部の中には、これを気にかける人たちもいてね。自分も今回の遠征に際して、『参考意見』として最新の予言詩を幾つか見せてもらった。
 だが、この詩文は、君にこそ関係があるモノではないかと思って、一応は『特秘事項あつかい』だったが、こっそり記録して来た。『闇』という単語が繰り返し出て来るから、私としても気になったんだよ」
 そう言って、ニドルスはリンディにだけ、こっそりとその詩文を見せました。
「原文は古代ベルカ語だから、この翻訳がどこまで的確かについては必ずしも保証の限りではないんだがね」

『遠き国にて、長き「夜」は終わる。たとえその願いは果たされずとも。
 遠き国にて、長き「旅」は終わる。たとえその故郷(ふるさと)には帰り着けずとも。
 もしも「小さな翼」が、その運命(さだめ)のままに「闇」に染まるならば、
 大いなる槍はその「闇」を、その国もろとも撃ち砕くことになるだろう』

「これは……要するに、どういう意味なんですか?」
「それが解れば苦労はしない、というヤツさ」
 ニドルスも肩をすくめてみせました。
「まあ、この詩文が本当にアレと関係があるのかどうかもよく解らないのだから、『何かの参考にでもなれば(もう)けもの』ぐらいのつもりで聞いておいてくれ」
「解りました」
と言いつつ、リンディもこの時点ではまだ全くピンと来てはいなかったのでした。

 そして、数日後、ミッド地上でクレストの「祀り上げ」を済ませた後、ニドルス提督は十数隻の艦隊を率いて、ひっそりと南方に出征しました。
(彼も、まさか『68年に一度ミッドに戻って妻の「祀り上げ」を済ませた後、その翌年には自分も遠征先で殉職してしまう』などとは、この時点ではまだ夢にも思ってはいなかったのです。)


 なお、〈PT事件〉に関する一連の裁判は、それから五か月ほどかけて終了し、フェイトは11月になってから、ようやく地球に来ることができました。
 フェイトにとっては生まれて初めての「学園生活」が始まります。

【以下、A’sの物語は、劇場版の設定に基づきつつ、おおむねTVシリーズのように展開します。
 なお、『一般に「闇の書の闇」とも呼ばれる〈ナハトヴァール〉は、あくまでも〈夜天の書〉が何者かに改竄(かいざん)されて、〈闇の書〉と化した際の改造プログラムであり、その暴走形態である』という設定で行きます。
 その上で、『対アインス戦では、アリサとすずかが、間違って結界の中に取り残されてしまい、なのはとフェイトが「正体がバレること」も覚悟の上で、その二人を助ける』という、例の描写もきちんとやります。】


 さて、新暦65年の末。地球では平成13年・西暦2001年の12月24日(月曜日、振替休日)の夜に「最終決戦」が行なわれました。
 海鳴市の沖合(おきあい)数キロメートルの海上で〈ナハトヴァール〉と直接に対峙したのは、最終的には、クロノ、ユーノ、なのは、フェイト、アルフ、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、そして、リインフォース・アインスとユニゾンした状態のはやて、の10名でした。
 彼等は見事、〈ナハトヴァール〉の本体を「ほぼ()き出しの状態」で地球の周回軌道上にまで転送することに成功します。
 そして、リンディは最後に〈アルカンシェル〉のトリガーに指をかけながらようやく気がつきました。
『ああ。あの詩文の「大いなる槍」とは、このアルカンシェルのことだったのか』と。

 また、〈ナハトヴァール〉を完全に虚数空間へと消し去った後も、リンディは考え続けました。
『たとえ地球上から海鳴市を丸ごと消し去ってでも、と覚悟していたけれど、「小さな翼」が闇に染まらなかったから……つまり、はやてさんの心が闇に飲み込まれなかったから、地表への攻撃を回避することができた。……あの詩文のとおりだわ。
 では、「果たされなかった願い」というのは何なの? ……いや。そもそも〈闇の書〉は何故、こんな魔法文化の無い世界になど()()いていたの? 早く見切りをつけて他の世界へ次元移動することだって、きっと可能だったはずなのに……』
 リンディのそうした疑問は、長らく解消されることはありませんでした。(←重要)

 一方、はやては初めてのユニゾンで疲れ果てたのか、戦いが終わって、なのはやフェイトたちとひとしきり喜び合うと、じきに意識を失ってしまいました。
 リンディは取り急ぎ、彼等全員を一旦、〈アースラ〉に収容します。
(続けて、はやての車椅子も、病院の方から収容しました。)

 そして、艦内の医務室で眠るはやての(かたわ)ら、リインフォース・アインスは、はやての中からその姿を現わすと、全員に向けてこう語りました。
「本来はただの改造プログラムだが、長年に亘って使われ続けたため、もう〈ナハトヴァール〉のシステムだけを私から切り離すことができない。〈ナハトヴァール〉を完全に葬り去るためには、もう私自身が消えるしかないのだ」
 四人の守護騎士たちも、それを聞いて一度は覚悟を決めたのですが、アインスは続けてこう語りました。
「だが、守護騎士プログラムは、事前に私から切り離すことができる。私がいなくなっても、どうか、お前たちはこの幼い(あるじ)を守り続けておくれ」
 (ほか)でもないアインスにそこまで言われてしまったのでは、騎士たちにはもう黙って従うことしかできません。

「実のところ、こうしている間にも、私の中では〈ナハトヴァール〉による侵蝕が再び始まっている。だから、私が消えるのも早いに越したことは無いのだが……残念ながら、私には私自身を消し去るだけの能力が無い。また、基礎プログラムの上でも、そのような行為は許可されていない。
 騎士たちよ。そして、小さな勇者たちよ。本当に済まないが、私が消えるのに手を貸してはくれないか? 早く(おこ)なえば、その分だけ、もう少し何かを切り離して(あるじ)のために残せるかも知れないのだ」
 死にゆく本人にそう言われたのでは、なのはとフェイトにも、その真摯(しんし)な願いを拒むことなどできませんでした。

 とは言え、これほど大掛かりな魔法となると、間違っても艦内では実行できません。どこかしら地上で「人目につかない広い場所」が必要です。
 ところが、アインスは土地勘があるのか、迷わずその場所を指定しました。
 はやての許にはアルフとユーノを残し、アインスたち7名は、リンディとクロノに頼んで秘密裡に自分たちを「その場所」へと転送してもらいます。
 そこは、海鳴神社がある「北山(きたやま)」のさらに北方に位置し、それ故に海鳴では「奥峰(おくみね)」と呼ばれている山の頂上(いただき)でした。
 頂上と言っても、標高はせいぜい800メートルあまりといったところでしょうか。
 バブル経済の頃には、そこに何かを建てる計画でもあったのか、山頂は今でも随分ときれいに、おおよそ平坦に整地され、広々とした状態になっていました。ちなみに、現在では、この山全体が国有地で、「立ち入り禁止区域」となっているのだそうです。

 夜明け前という時間帯でもあり、当然に人目は全くありませんでした。
 昨夜の雪が薄く積もっており、東の空はよく晴れて明るくなり始めていましたが、まだ暗い西の空からは、再び黒い雪雲が押し寄せて来ています。
 南を向くと、北山の向こう側には海鳴市の街並みが見え、さらにその南方には海が見えました。また、向かって左側には、川を(はさ)んで敷浜市の街並みが見え、右側にははるかに遠見市の街並みが見え、さらには、その市名の由来となった遠見崎(とおみさき)という名前の岬が海に向かって長く突き出しているのが見えます。
(そうか。やはり、この土地には……。)
 アインスはみずから地面に魔法円を(えが)きながら「何か」に気づいた様子でしたが、それが何なのかについては、ついに誰にも語ることはありませんでした。

 そして、アインスは「完全消滅」のための魔法円を描き上げると、その中心に東を向いて立ち、外円の四隅(北東、南東、南西、北西)には四人の守護騎士が外側を向いて立ちました。なのはとフェイトはアインスの左右(北と南)にアインスの側を向いて立ち、各々のデバイスを構えます。
 これで、準備は完了しました。

 しかし、アインス自身による呪文の詠唱が一段落した時のことです。
 その魔法円の東側に拡がる(ひら)けた場所に、車椅子に乗ったはやてが、アルフやユーノとともに転送されて来ました。

 ユーノ《ごめん。はやてが『どうしても』と言い張って、僕たちでは止められなかったよ。》
 アルフ《何しろ、無理に止めたら艦内で暴れ出しそうな勢いだったからね。あんな魔力で暴れられたら、(ふね)が丸ごと沈んじゃうよ。》

 はやてはアインスを止めようとして、とっさに車椅子を走らせました。
 しかし、いくら整地されているとは言っても、さすがに「舗装(ほそう)された路面」ほど平坦な地面ではありません。魔法円の手前で、右側の車輪が石の上に乗り上げ、車椅子は傾いて、そのまま左に倒れてしまいました。
 それでも、脚の動かない9歳の少女は泣きながら、両腕の力だけで()い進んで行きます。
 アインスは思わず魔法円の(へり)まで進み出て、はやての手を取りました。

 そして、一連の会話の後、アインスはまた東を向いたまま(あと)ずさって魔法円の中心に戻り、そのまま天に帰りました。
 最後に、もう一言だけ、アインスの念話が、はやての心に届きます。
(あるじ)よ。どうか、「この場所」をよく覚えておいて下さい。》
 はやては思わず天を仰ぎましたが、やがて、そこへ(てのひら)に乗るような大きさの「光の玉」がゆっくりと落ちて来ました。よく見ると、その球の中には、小さな十字架が浮かんでいます。
 はやてが両手でそれを受け止め、涙ながらに抱きしめると、光の玉は、はやての手の中に十字架だけを残して、そのままはやての胸の奥へと吸い込まれて行きました。
 こうして、「アインスが(のこ)したリンカーコアの一部」は、はやてのリンカーコアと融合を遂げたのです。(←重要)


 翌朝、病院では、はやてとシグナムとシャマルが「無断外泊」のせいで、石田先生からメチャメチャ怒られました。(笑)
 しかし、念のために検査をしてみると、はやての体は「両脚を除けば」いつの間にか、すっかり良くなっています。

 石田先生「……信じられない! はやてちゃん、一体何があったの?(困惑)」
 シグナム「いや。……何と申し上げれば良いのやら……」
 はやて「え~っと。友だちと一緒にクリスマスパーティーを楽しんだら気鬱(きうつ)が晴れた……みたいな?(良い笑顔)」
 シャマル「いや~。『(やまい)は気から』って、本当だったんですね~。(迫真)」
 石田先生(ええ……。それで納得できちゃうの? この人たち……。)

 はやての体が何故いきなり良くなったのか。その理由は、もちろん、地球の医学では解りませんでしたが、それはそれとして、この状況ならば、もう入院を続ける必要など全くありません。
 石田先生はさんざん首をヒネりながらも、はやてを明後日(27日)には退院させることにしました。
(年末年始はいつも急患が多いので、なるべく病床(びょうしょう)()けておきたかったのです。)

 そして、はやてはその予定どおりに退院し、自宅で無事に新年を迎えることができたのでした。



 

 

【第5節】闇の書事件にまつわる裏話。(後編)

 さて、話は少しだけ遡って、アインスが天に帰った直後のことです。
 その日は「冬至の三日後」で、地球の暦では「12月25日」という日付(ひづけ)になりますが、ミッドの暦法では、この日こそが「1月1日」になります。
【この件に関しては、「背景設定1」を御参照ください。】

 事件も終わったので、〈アースラ〉の艦内では、急遽(きゅうきょ)「新年のお祝い会」が開かれました。
 クロノとリンディも、報告書の作成などは「また明日から」ということにして、今日だけは特別休暇を楽しみます。
「母さん。とうとう終わりましたね」
「本当に……終わったのよね?」
「ええ。父さんの身魂(みたま)も、きっと喜んでくれていると思います」
 一拍おいて、リンディも無言のまま小さくうなずきました。
 正直に言えば、20年や30年はかかるかも知れないと覚悟していた仕事が、思いがけず10年で決着してしまったので、リンディはまだちょっと実感が()かないと言うか、何やら体の奥底からゴッソリと気が抜けてしまったかのような感覚に襲われています。
(私……これからは一体何をして生きて行けば良いのかしら……。)
 軽く酒を飲みながら、自分の「今後」や、なのはやフェイトやはやての「将来」について考えているうちに、リンディの中では次第に「ひとつの考え」が形を成していったのでした。

 翌26日の昼、リンディはまず、なのはやフェイトやアルフとともに、高町家を訪れ、なのはの家族に管理局や魔法関連の話をすべて打ち明けました。
 幸いにも、水曜日だったので、「喫茶翠屋」は定休日です。
 最初は、士郎も桃子も恭也も美由希も『はぁ?』という表情で、なかなか信じてはもらえなかったのですが、なのはとフェイトが軽く宙に浮かんで見せたり、アルフが変身して見せたりすると、ようやく『これは手品でもドッキリでもないのだ』と納得してくれました。
 その上で、リンディは士郎と桃子に「なのはの将来」についても、是非とも前向きに考えてもらえるよう、頭を下げてお願いしました。

 また、なのはとフェイトは先日、「魔法少女」に変身した姿をアリサとすずかにバッチリと見られてしまっています。
 そこで、二人ははやてともよく話し合った上で、その日のうちに、アリサとすずかには『明日、はやてちゃんの家で、すべて説明するから』と連絡を入れておきました。
 そして、27日の朝、はやては退院すると、騎士たちとともに地元のスーパーへ直行しました。大量の食材を買い込んで帰宅すると、そのまま「退院祝い」のホームパーティー用に御馳走(ごちそう)を作り始めます。
 本来ならば、『祝われるべき人物が自分で食事を作る』というのは、かなり奇妙な状況なのですが、八神家には「はやて以上に美味(おい)しい料理を作れる人」が一人もいないのですから、これもまた仕方がありません。(苦笑)

 午後には、なのはとフェイトがアリサとすずかを連れて、八神家に到着します。そのパーティーの席で、なのはとフェイトは(リンディたちの了解の許に)アリサとすずかに洗いざらい、すべてを打ち明けました。

『何よ、それ! あんたたちばっかり、ズルいじゃない! なんで、私やすずかには、魔法の力が無いのよ!』

 アリサがそう言って、少し本気で腹を立てるような一幕もありましたが、パーティーはおおむね(なご)やかな雰囲気のまま終了します。
 そして、アリサとすずかは以後、管理局からも正式に「現地協力者」と認定されることになったのでした。


 こうして、新暦66年1月。
 地球の暦でも年が明けると、リンディ提督は〈アースラ〉の指揮を艦長に任せて「地球周回軌道上での待機と海鳴市一帯の監視続行」を命じる一方、みずからはクロノたち10名とともに、即時移動で〈本局〉へ飛びました。
 まずは、11人全員でレティ提督の許に出頭し、協力して「最終報告書」の作成を始めます。
その席で、はやては「アインスからの記憶」に基づいて証言し、それによって、半年前に〈ジュエルシード〉が1個「消費」されていたことも判明したのですが……リンディは悩みに悩んだ末、その席で「秘密の提案」をしました。
『ジュエルシードとアインスの件は、無かったことにしよう』と言うのです。

 レティはさすがに難色を示しました。
「ちょっと、リンディ。あなた、自分が何を言ってるのか、解ってる? 『上層部に対して虚偽の報告書を上げろ』と言ってるのよ!」
「いいえ、虚偽を語る訳じゃないわ。ただ、真実を語らないだけよ」
(ええ……。)
「それに、局の規定でも『あまりにも不確実性の高い話は、作成者の判断で報告書から削除しても構わない』ということになっているはずだけど?」
「不確実って……本人が証言してるのに?」
「そこが問題なのよ。……はやてさんたちもよく聞いていてほしいんだけど……レティ。あなた、今までに『リンカーコア同士が融合した』なんて話、聞いたことある?」
「……言われてみれば、無いわね」

 レティはそう言うと、コンソールに指を走らせ、素早く過去の事例を検索しました。
「と言うより、局の記録にある範囲内では、歴史上、そんな事例は一度も無いわ。……ちょっと、待って! 古代ベルカの文献には、『リンカーコア同士を無理に融合させると、「対滅(ついめつ)」を起こして双方ともに死ぬ』とか書いてあるんだけど?!」
「やっぱり、コア同士の融合なんて、本来はあり得ない話なのね。ましてや、リンカーコアの移植によって、そのコアの元の持ち主の記憶まで移植されるなんて話は……」
「……そうか。冷静に考えたら、これって、完全にオカルト分野の話なのね」
 レティにも、ようやくリンディの意図が理解できたようです。

【ここで言う「オカルト」は、ただ単に「科学的には全く説明がつかない事柄」という程度の意味合いの用語です。
「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ03」にも、『はやてのコアから「(かぶ)分け」されたリンカーコアを持つリインフォース・ツヴァイが、夢の中で(現実には一度も会ったことなど無いはずの)アインスと会って話を聞いた』という件に関して、マリエル技官がそれを「オカルト」と評する場面があるのですが、その場面でのその用語も全く同じ意味合いです。】

 はやて「え~っと、すいません。アインスの記憶がわずかながらも私に伝わっとるというのは、そんなに珍しいことやったんですか?」
 レティ「ええ。本来は、『全く』あり得ないことよ」
 リンディ「だから、このまま素直に報告書を書いてしまうと、最悪の想定としては、はやてさんは〈本局〉の技術部に囲い込まれて、実験動物のような扱いを受けることになると思うの」
 レティ「その可能性があるから、あなたは『事実を隠匿(いんとく)しろ』と言ってるのね?」
 リンディ(大きくうなずいて)「これが、あなたの職業倫理に反していることは解っているわ。でも、ここはひとつ彼女の将来のために折れてくれないかしら?」
 レティ「そこまで言われて折れなかったら、私、ただの悪役じゃないの。(苦笑)」

 レティ提督はひとつ大袈裟(おおげさ)に肩をすくめて、リンディ提督の「秘密の提案」に同意しました。もちろん、ここにいる12人全員が、その秘密を絶対に守ることを互いに誓い合います。
 こうして、「闇の書事件に関する最終報告書」は、結果として「はやての功績や能力」を相当に過少に評価した内容となったのでした。
 しかし、それで良かったのです。
 もしも馬鹿正直にすべてを報告していたら(リンディたちは彼等の「存在」にすら気がついてはいなかったのですが)きっと〈三脳髄〉がその報告書の内容に関心を持ち、はやては、リンディの言う「最悪の想定」よりもさらに(ひど)い状況に陥っていたことでしょう。


 その後、ユーノはレティ提督に臨時の助手として()き使われ、はやてと騎士たちはリンディの引率(いんそつ)でメディカルチェックのために医療部へと向かいました。
 残る四人は、取りあえず食堂で一服することにします。

【年が明けたので、ミッド式の数え方だと、全員、誕生日を待たずに年齢がひとつ繰り上がって、現在、クロノは15歳、なのはとフェイトは10歳、アルフは3歳、ということになります。この件に関しても、「背景設定1」を御参照ください。】

 四人がクロノを先頭にして通路を歩いていると、十字路で不意に一組の若い男女と出くわしました。かなり(たくま)しい感じの美形のアニキと、それ以上に大柄な体格の美女です。
「おお。誰かと思えば、クロノじゃないか。久しぶりだなあ!」
「ラウ! 相変わらずのようで何よりだ」
「聞いたぞ。何だか随分と大変な事件だったんだってなあ」
「君の方こそ、この年末年始は大活躍だったんだろう? 話には聞いているよ」
 クロノはニコニコ顔で、相手の男性とそこまで一気に(しゃべ)ってから、また三人の方へと向き直りました。
「ああ、こちらは僕と同期の執務官、ラウ・ルガラートだ。この名前は覚えておいて損は無いぞ」
「補佐官のムッディオーレです。以後、よろしくお見知りおきください」
 見上げるような体格の肉感的な美女は、それでも、実にお(しと)やかな仕草(しぐさ)でお辞儀をしてみせます。

 すると、ラウは不意にクロノの首をヘッドロックのように小脇に(かか)え込んで、二人で壁の側を向きました。
 一旦、女性三人の相手を補佐官に任せて、クロノと念話で素早くこんな「男同士のヒソヒソ話」を()わします。
《で? どっちがお前のカノジョなんだ?(ニヤニヤ)》
《そんな関係じゃないよ! あの二人は、ただの外部協力者だ。》
《何だよ、リゼルさんからはお前にもようやく「年下のカノジョ」ができたと聞いて来たのに。》
《なんで、アイツの言うことなんか、()に受けるんだよ!?》
《……クロノ。いくら良い体つきでも、他人の使い魔はやめておけよ。(迫真)》
 もちろん、これは、あからさまな(ワル)ノリです。
《だから、カノジョとかじゃないって言ってるだろう! ……と言うか、ラウ。その言い方だと、自分の使い魔なら別に構わないと言っているように聞こえるんだが?》
《そうだなあ。まあ、確かに、ムッディは最初から、半ば「俺の愛人」のようなものだが。》
 クロノ(15歳)のささやかな「反撃」にも、ラウ(19歳)は堂々と開き直り、そう言ってのけました。
(もちろん、実際には、ただシャレでそう言っているだけなのですが。)

 一方、アルフはとっさに二人の前に出て、ふと相手の臭いを()ぎました。
「あんた、人間じゃねえな。使い魔か?」
「我ながら上手に化けたと思っていたのですが、やはり、『犬の鼻』までは、ごまかし切れないようですね」
「犬じゃねえ。狼だ」
「それは失礼しました。……ちなみに、私はミッドの西半部に()む、性格の穏やかな『西黒熊』の使い魔です。東半部に棲む、凶暴な『東黒熊』とは生物学的にも別の(しゅ)ですから、きちんと区別してくださいね」
 言葉づかいは丁寧でも、『どうせ、その程度の違いでしょう?』と言わんばかりの態度です。
 アルフは思わず相手を睨みつけましたが、そこへラウの言葉が届きました。
「済まんが、クロノ。今日はちょっと急いでいてなあ。また今度、ゆっくり(めし)でも()おうや」
「ああ。約束だぞ」
 ラウは三人にも軽く会釈をすると、そのまま足早に歩み去って行きます。
 そして、ムッディオーレもひとつ優雅な会釈をして、(あるじ)(あと)を足早に追いかけて行ったのでした。


 二人がすぐ次の十字路を曲がって姿を消すと、しばらくその後ろ姿を睨み続けていたアルフが、不意に向き直ってフェイトに言いました。
「あたしも補佐官、やりたい。ねえ、フェイト、執務官になってよ」
 どうやら、ムッディオーレに対して、何か対抗意識を持ってしまったようです。(笑)
「ムチャ言わないでよ、アルフ。そんな、簡単に成れるようなモノじゃないんだから。(苦笑)」
 アルフは()まらなさそうに唇を(とが)らせましたが、その一方で、なのははふとクロノにこう問いかけました。
「そう言えばさ、クロノ君。執務官って、どうやって成るの? 何歳から成れるの? て言うか、今まであまり細かい話を聞いたことが無かったけど、具体的にはどういうお仕事なの?」

【公式の設定では、執務官という役職は「それぞれの所属部署における、個々の事件や法務案件の統括担当者」という位置づけのようですが、それだと指揮系統などが本当にバラバラになってしまうので、この作品では、『執務官はみな、管理局〈上層部〉に直属の存在であり、普段は個々の部署に「出向」して働いている。(つまり、その部署に「所属」している訳では無い。)』という設定で行きます。
 詳しくは、また「背景設定3」で述べますので、そちらを御参照ください。】

 話が長くなりそうなので、四人はまず食堂に入りました。
 まだ食事の時間帯ではなかったので、席は()いていましたが、それでも、四人は各々の飲み物を手に、あえて(すみ)の方の席に陣取ります。
 そこで、クロノはまず基本的な説明から話を始めました。

 まず、執務官とは、事件の捜査から現場の指揮・犯人の確保・場合によっては刑の執行までを、すべて単独でこなす権限を持った特別な役職である、ということ。
 当然ながら、状況次第では単騎でも個々の案件を解決することのできる「万能型の魔導師」だけが、相当に難しい試験で選抜された後に、この役職に就くことを許可される、ということ。
 また、所属は本来、「管理局〈上層部〉の直属」であり、階級も尉官相当なので、現地では普通に武装隊の魔導師や陸士たちを指揮することができる、ということ。
 新人のうちは〈本局〉の「運用部差配課」から仕事を受ける形になるが、普段から「通常の指揮系統」には属さない、極めて独立性の高い職種である、ということ。
 そして、大半の執務官は、若いうちは「外回り」の執務官として幾つもの世界を巡ってさまざまな案件を処理し、(とし)を取ってそれが身体的にキツくなってからは〈本局〉や「故郷の世界の地上本部」などで「内勤」に転向する、ということ。
 なお、内勤の老執務官の仕事内容は、平時には普通の法務官と同様だが、当然ながら、有事には現地で「尉官相当の捜査官」として行動することもできる、ということ。

 さらには、毎年、試験に合格できるのは「次元世界全体」でもわずか30人たらずであり、平均を取れば合格者はおおむね20歳前後である、ということ。
 また、管理局の定年は基本的には70歳なので、平均して「勤続50年」と考えると、執務官の総人数は管理局全体でも1500人に満たないぐらいで、「外回り」の執務官に限って言えば、せいぜい1000人ほどだろう、ということ。
 近年では、「主要な22個の世界」以外の管理世界からの合格者も次第にそれほど珍しい存在では無くなり始めており、自分の同期にも〈第58管理世界アンドゥリンドゥ〉の出身者が一人いる、ということ。
 ミッド世界の優位性は相対的には減少傾向にあるが、それでも、「ミッド式魔法」の優位性そのものは全く揺らいではいないので、まだまだミッド出身者が最も人数が多い、ということ。
 とは言え、ミッドからの合格者は、いくら多い年でも10名には届かないので、結果としては、同郷で「同期」の執務官同士は〈本局〉での研修で、みな互いに顔見知りになる、ということ。

 また、クロノは続けてこう語りました。
「それから、正式な局員に成れるのは、原則として10歳の春からだ。古代ベルカに由来する伝統で、いくら君たちのように優秀な人材でも、9歳までは『候補生』とか『嘱託魔導師』とかいった扱いになる。
 しかし、年が明けたので、ミッド式の数え方だと、君たちももう10歳だ。だから、是非とも、3月には手続きをして、4月からは正式な局員になってほしい。
 また、執務官試験は毎年、秋に行なわれるが、受験のために必要となる条件は『正式な局員』の資格と佐官以上の階級を持つ『現役(げんえき)の局員』からの推薦だけだ。
 だから、理論上は、10歳の秋に一発で合格することができれば、11歳の春から執務官に成れるはずなんだが、実のところ、それは管理局の歴史上、まだ一人も実例が無い」
「じゃあ、クロノ君の12歳って、史上最年少記録なの?」
「ああ。ラウは僕の同期で、僕以上に優秀な執務官だが、僕よりも四歳年上だ。もちろん、16歳でもだいぶ早い方なんだが……」

「僕以上に優秀って……じゃあ、あの人って、クロノ君よりも強いの?」
「執務官としての優秀さは、決して魔導師としての強さだけで決まるものでは無いんだが……そうだね。何の障害物も無い大空で戦ったら、僕にはちょっと勝ち目が無いかな。
 何しろ、彼は『ブレイカー資質』の上に、『炎熱変換資質』まで持ち合わせているからね。現状では、おそらく、僕たちが三人がかりで、ようやく引き分けに持ち込めるぐらいだろう」
「ええ……。(絶句)」
「まあ、『上には上がいる』ということさ。もっとも、『彼よりも上』は、もしかすると、今の管理局の中には本当に一人もいないのかも知れないけれどね」
「あの人が、管理局最強の魔導師かあ……」
 なのはは、ちょっぴり対抗意識を燃やしているようです。(笑)
「君たちはまだ10歳だ。でも、確か、地球の(ことわざ)にも、『十歳の時には神童でも、二十歳(はたち)を過ぎたら普通の人になってしまう』というのがあっただろう? 君たちはそうならないように、これからも是非、鍛錬(たんれん)を続けてほしい。そうすれば、いつかは彼に手が届くこともあるだろう」

 そこで、なのははまたクロノに問いました。
「じゃあ、念のために訊くけど、ラウさんより若い(とし)で執務官になった人って、クロノ君以外にも誰かいるの?」
「決して数は多くないが、何人かはいるよ。例えば、ニドルス提督は……ああ。僕の義理の大叔父に当たる人物なんだが……いや! 彼が執務官になったのは16歳の時だから、ラウと同じ(とし)か。それ以外となると……そうそう。確か、ミゼット提督が執務官になったのは、15歳の時のことだったはずだ」
「ミゼット提督って……〈三元老〉とかいう、ものすごく偉い人のことだよね?」
 そんなフェイトの問いに、クロノは大きくうなずきます。
「ああ。そのまま21歳で艦長になり、28歳で提督になったというスゴい人物だよ。それから……うん、思い出した。
 彼女よりも何年か(あと)のことだが、13歳で執務官になった『伝説の人物』も一人だけいたらしい。名前は、確か……ガイ・フレイル、だったかな? 旧暦539年、つまり、『新暦元年』の前の年のことだ」
「じゃあ、そのガイさんは……今年で79歳?」
「生きていればそういう計算になるが、残念ながら、この人物は二十代のうちに早々と殉職したらしい。しかも、最期はいささか不名誉な死に方だったらしくて、生前の彼を知る年配の人たちは、誰も彼については語りたがらないんだ」

 クロノは続けて、その人物について語りました。
「だが、漏れ聞く限りでは、相当に優秀な人物だったようだね。もしも彼が僕たちと同世代の人間だったら、おそらく、ラウとでも互角か、あるいは、それ以上にやり合えたんじゃないのかな?
 ああ。そうそう、思い出した。そう言えば、以前、ラウのことを『ガイ・フレイルの再来』と呼んで絶賛していた老人がいたよ。多分、スキルなどもよく似ていたんだろうね」
「ブレイカー資質と炎熱変換資質ってこと?」
「ああ」
「まさか、実は、血がつながってる、とか?」
「さすがに、それは無いだろう。そもそも、そういった特殊な資質は遺伝しないことの方が圧倒的に多いし……ラウは、ああ見えて、『ガウラーデでは有数の名家』の出身だ。二人の親も四人の祖父母も、どんな人物だったのか、すべてはっきりと解っている。彼の系譜には、一介(いっかい)の執務官ごときが横から割り込めるほどの『隙』は無いよ。
 一方、ガイ・フレイルは『生粋のミッド人』だったと聞いている。それと……ガイは、どうやら『個人転送資質』まで持ち合わせていたらしい」
「ヴィータちゃんたちが自力で無人世界へ行ってた、アレのこと?」
 クロノは黙って大きくうなずきました。

【ここで言う「個人転送」とは、『A’sで、守護騎士たちが魔法生物を狩りに地球から某無人世界へ行った時のように、次元航行船も転送ポートも使わずに、個人の魔法だけで別の世界へ即時移動をする』という行為のことです。
(なお、余談ながら、この作品では、あの無人世界を〈無127パニドゥール〉と独自に命名させていただきました。)
 また、この作品では、『こうした「個人転送資質」の持ち主は、魔導師の中でも何百人かに一人ぐらいしかいない』という設定で行きます。つまり、「炎熱変換資質」や「電気変換資質」よりはもう少しだけ稀少(レア)な資質ですが、「凍結変換資質」や「魔力収束(ブレイカー)資質」ほど稀少(レア)なものではありません。】

 クロノ「そうだ、フェイト。今時、『執務官試験に一発合格』というのはむしろ少数派だから、君も『ダメ元』で、この秋には受けてみるか?」
 フェイト「ええ……。(困惑)」

【この年、フェイトは正式にリンディの養女となった後、最初の受験では、当然のごとく不合格。翌年の二度目の受験も、なのはの看病に時間を取られ過ぎて(?)準備不足で不合格。68年に、三度目の受験でようやく合格し、翌69年の春、13歳で晴れて執務官となります。】


 さて、〈本局〉でそんな会話があってから、ほんの二十日ほど後のことです。
 新暦66年1月の末日には、スクライア一族の「長老」ハドロ・バーゼリアス・スクライアが死去しました。
 結果としては、『ユーノは〈レイジングハート〉の出所(でどころ)について、彼から直接に話を聞く機会を永遠に(のが)してしまった』ということになります。

 翌日(2月初日)には、ユーノも〈本局〉から即時移動をして、取り急ぎ葬儀に参列しました。場所はクレモナの首都郊外にある例の病院の近くで、彼の享年は77歳だったと言います。
 しかし、何故か『墓はドルバザウムに』という内容の「法的に有効な遺言状」があり、ガウルゥはすでに、ドルバザウムでただ(ひと)り「墓守(はかもり)」を続けてゆく覚悟を決めていたのでした。

 葬儀がすべて終わってから、ユーノは初めて、ガウルゥから『実は、ハドロは昨年の4月から、ずっと病床に就いていたのだ』と知らされました。
 ユーノは思わず、怒りの口調で『どうして、僕には教えてくれなかったんですか!』と問い(ただ)しましたが、ガウルゥからは『それは、単に彼自身がそう望んだからだ』と冷たい口調で返されてしまいます。
「新たな長老アグンゼイドともすでに話はつけてあるし、『口伝(くでん)の継承』もとうに済ませた。何も問題は無い」
 ユーノも『代々の長老だけに語り継がれる「秘密の知識」がある』という話は聞いたことがありました。しかし、それならばなおのこと、『他の人に何かを伝える時間があったのなら、どうして自分には何の言葉もかけてはくれなかったのだろう』という残念な気持ちが(つの)ります。

 ガウルゥはさらに、冷たい口調でこう言い放ちました。
「俺は俺にしかできない仕事をする。お前はお前にしかできない仕事をしろ」
「それって……?」
「お前は、スクライア一族のことなど、もう考えなくて良い。このまま局に入って、大切な人々のために力を尽くせ。それから……お前は、ドルバザウムには来なくて良い。30年後に、祀り上げの際に一回だけ来れば、それで充分だ」
 ガウルゥはユーノにそう言い残すと、例の小型艇に乗ってハドロの遺体とともにドルバザウムに行ってしまいました。
 本当に「墓掘り」から始めて、何もかも自分一人だけでやるつもりなのです。

 実を言えば、昨年の7月、無事にハドロの後任が決まった頃、ハドロたちの支族は、わずか半年で「ドルバザウムでの発掘調査」を早くも切り上げようとしていたのですが、そこへ思いがけず、管理局の方から「ちょっと奇妙な追加調査」の依頼が来ました。『その遺跡に埋葬された人々は、本当に全員が「同じ時期に」死んだものなのかどうかを確認してほしい』と言うのです。
 随分と面倒な上に「そうすべき理由」がよく解らない奇妙な依頼ではありましたが、ともかく、ハドロの支族はその依頼を引き受け、その「学術的には何も面白くはない追加調査」を実行に移していました。
 だから、ガウルゥも決して『本当にただ一人、この無人世界に置き去りにされてしまう』などということは無かったのですが……新たに選出された支族長が、じきにまた別の依頼をも引き受けてしまったために、その支族は、ドルバザウムには「ごく少数の人員」だけを残して、船で次の無人世界へと(きょ)を移してしまいます。
 幸いにも、その無人世界はドルバザウムからもさほど遠くはなく、時おり船をドルバザウムまで往復させることなど、大した苦労ではなかったので、「ごく少数の人員」は交代で船に戻ることができたのですが……ガウルゥはそうした人員とも本当に最低限の言葉しか()わすことなく、ただ一人で黙々と「ハドロの墓守(はかもり)」を続けたのだと言います。

【実を言うと、この「奇妙な追加調査の依頼」は、「大元(おおもと)辿(たど)れば『三脳髄の意向』にまで行き着いてしまう代物」だったのですが……。
(この件に関しては、「第3節」のラストを御参照ください。)
 もちろん、スクライア一族の人々は、そんな真相(こと)など、知る(よし)もありませんでした。】

【なお、早くに両親を亡くしたユーノにとって、ハドロは「育ての親」にも等しい人物でしたが、一方、次の長老に選ばれたアグンゼイド(55歳)という人物は、別の支族に属する全く面識の無い人物でした。
 同じ支族の新たな支族長も、『特に仲が良い』と言うほどの間柄ではない人物です。
 この作品では、『その結果、ユーノは〈無限書庫〉での仕事が多忙を極めたせいもあって、この「新暦66年の春ごろ」から丸10年もの間、スクライア一族とは疎遠になっていた』という設定で行きます。】


 ここで、再び「三脳髄」の描写をします。
【映像としては、A’s編の最終回のCパートで。】

「結局、〈闇の書〉の中のアレは手に入らなかったか……」
「いくら辺境の接触禁止世界とは言え、もう少し何とかならなかったのか?」
「現代の技術力では、やはり、アレの捕獲はまだ不可能だったのだろう」
「いきなり〈アルカンシェル〉で吹き飛ばすとは……返す返すも、惜しいことをした」
「なぁに、まだ『手』はいくらでもあるさ」
「そうだな。取りあえず、〈神域〉はアレの代用品ぐらいにはなるだろう」

 薄暗い室内で、薄気味の悪い笑い声だけが、いつまでも響いていました。
 

 

 

【第6節】新暦66年から69年までの出来事。

 
前書き
 以下、「A’s終了からStrikerS開始までの九年あまり」については、ごく手短(てみじか)に、年表風にまとめさせていただきます。……まあ、要するに、「はじめに」の「その2」と「その3」で書いた年表の続きなのですが……公式の設定との「微妙な」食い違いに関しては、引き続き御容赦いただければ幸いです。
 なお、独自設定や重要な伏線(?)も「テンコ盛り」なので、どうか読み飛ばさないようにしてやってください。(苦笑)
 

 
・新暦66年3月  なのはとユーノ、フェイトとアルフ、はやてとその守護騎士たちの九人が、揃ってミッドチルダにおける「市民権」を申請した。
 →特定の世界の市民権を取得するためには、一般に「その世界の公用語を一定の水準まで習得すること」と「その世界に5年間、実際に居住すること」が必須の条件となるのだが、管理局員になれば必ずしも「実際に」居住する必要は無い。
(ただ、これによって、なのはとはやては5年後にミッドの市民権を得るため、遅くともそれまでにはミッドチルダ標準語を習得しなければならなくなった。)

・同66年4月  上記の九人が、正式に管理局に入局した。
 →九人全員に局員用の口座が作られ、めいめいに通帳が支給された。
昨年から「嘱託魔導師」として働いていた分の報酬はすでに振り込まれており、今月からは月々の給与もその通帳に振り込まれることになった。
 また、フェイトはこの時点で、法的にも正当に「プレシアの遺産」を相続した。

【ミッドの法定成人年齢は17歳ですが、当然ながら、定職に()いていれば、未成年にも、財産権は成人と同等の水準で保障されます。
 生前、プレシアは「表向き、行方不明」となる前に、全財産を「偽名名義の通帳」に移していましたが、彼女は幾つもの「特許」を持っていたため、その後、プレシア自身は完全に放置していた「本名(ほんみょう)名義の通帳」にも入金は継続しており、この20年余の間に、積もり積もって「それなりの額」になっていたのです。
 プレシアにとっては「わざわざ(かえり)みる必要など(おぼ)えない程度の金額」でしたが、それでも、日本円に換算すると(相続税などをすべて差し引いても)軽く数千万円にはなります。
 この「ちょっとした」遺産のおかげで、フェイトは執務官になった後に、『この出費が経費で落ちるのかどうか?』などということは全く気にせずに、お金を使える立場となった訳ですが、実のところ、それは「金欠で当たり前」の新人執務官にとっては相当なアドヴァンテージでした。
(実際に、「SSX」では、執務官2年目のティアナが「予約していたホテルのキャンセル料金」を気にしています。)
 ちなみに、プレシアが(のこ)した不動産(偽名で購入したアルトセイム山岳の(ふもと)の土地)の方は、そのまま管理局に接収(せっしゅう)されていました。】

 →その後、三人は「三か月の短期プログラム」で訓練校に通ったりしながらも、「とある管理外世界から来た、美少女魔導師トリオ」として、管理局内で発行されている「主に士官向けの、部外秘の機関紙」にインタヴューや特集記事を組まれたりもして、「管理局内では」それなりの有名人になってしまった。

・同66年5月 〈外4パドローナ〉のクシャスラーナ王国で市民革命が起き、熱狂に駆り立てられた民衆は、捕らえた王族らを「その場の勢い」で皆殺しにしてしまった。
 →末の王女メレニオラ(17歳)はただ(ひと)り難を(のが)れて、命からがらミッドチルダへの亡命を果たし、翌6月には、その亡命に手を貸してくれた「炎の英雄」ラウ・ルガラート執務官(19歳)と結婚した。
【彼女は多産系で、後に4男4女の母となりました。その中でも、第五子(三女)のレミスヴォーラは、新暦97年に18歳で父親と同じ執務官となります。】

 →使い魔のムッディオーレは早々に補佐官を引退し、残りの生涯を「メレニオラ(および、ラウの実母マディブラム)の護衛」として過ごすことになった。
 以後しばらく、管理局内での話題はこの件に集中し、そのおかげで「とある管理外世界から来た美少女魔導師トリオ」の話題は、無事に鎮静化した。

・同66年6月  ヴァイゼンの首都圏では、トーマ・アヴェニールが生まれた。
【実は、トーマは、ハドロのセリフにもチラッと出て来た「アヴェニール四兄妹」のうちの「下の二人」タルースとファリアの「共通の曾孫(ひまご)」に当たる人物です。】

・同66年7月  はやて(10歳)は訓練校課程を修了した後、レアスキルと固有戦力のために、いきなり尉官待遇の「特別捜査官」となった。

・同66年9月 〈管14シガルディス〉の周回軌道上で、民間の次元航行船が唐突に爆発事故を起こして四散し、乗客も乗員も全員が間違いなく死亡した。
(いずれも、遺体は断片的にしか回収できなかったと言う。)
 →その船の乗客だった「シュベルトライテ・エレミア(ジークリンデの実母、27歳)」と「オルトリンデ・エレミア(シュベルトライテの実母、51歳)」の二人も、揃って死亡した。

 →ジークリンデ(3歳)は、死亡した母方祖母オルトリンデの「年の離れた弟夫婦」に預けられていたが、そのまま引き取られ、以後、その夫婦の第四子として育てられた。
【家族構成は、父母の他に、兄が二人、姉が一人、弟が一人となります。なお、その養母(実際には、義理の大叔母)は「ラグレイト家」の分家筋の出身者で、グスタフ(エドガーの父方祖父)のイトコメイに当たる人物でした。】

 →その後、シガルディスでは、かつてない規模の「事故調査査問会」が開かれたが、結局のところ、『爆弾テロの可能性が高い』ということ以外には何も解らなかった。
 だが、もし(かり)にテロ事件だったのだとしても、『犯行声明も無く、実行犯の特定もできず、テロの理由も目的も何も解らない』という状況である。
 これ以降、シガルディスの当局は再犯防止のため、手荷物検査などに力を注いだが、同様の事件は二度と起きなかった。


・新暦67年1月  なのはが「謎の光学迷彩ドローン」の奇襲を受けて倒れた。
(まだ「小学4年生の3学期」だが、ミッド式の数え方では、すでに11歳である。)

・同67年6月  リゼル(28歳)が、名門ヴェロムナン家の末子と結婚した。
 →その頃には、なのはもすでに地球の病院に移っており、はやてとともに歩行訓練中だった。
【この頃には、二人は時おり「大きな犬の姿をしたザフィーラ」の背中に乗せてもらったりもしていたのですが、その件に関しては、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージM4」を御参照ください。】

・同67年8月  なのはが完治した。
 →地球では「小学5年生の夏休み」だったが、同じ頃に、はやての脚も正式に完治し、その直後に、リインフォース・ツヴァイが生まれた。

・同67年9月  はやて(11歳)が招待を受けて、初めてミッド北部〈ベルカ自治領〉の南部にある「聖王教会本部」を訪ね、騎士カリム・グラシア(20歳)と話し合って意気投合した。
【実は、はやては〈闇の書事件〉の終了後に、リンディから『聖王教会のカリム・グラシアという女性が、今回の事件に関しても事前に的確な予言をしていた』という話を(ひそ)かに聞かされていたので、「カリム・グラシア」という人物に対して、はやては最初から強い関心を(いだ)いていたのです。】

 →同じ頃、ザフィーラ(人間型)は首都クラナガンで、ふとしたことからティーダ・ランスター(19歳)と「ちょっとした知り合い」になった。(←重要)
【この作品では、こういう設定で行きます。詳しくは、また「69年8月」の項目で説明します。】

・同67年10月上旬  いわゆる〈戦闘機人事件〉において、ゼスト隊が「卑劣な罠」にハマって壊滅し、クイントを始めとする多くの優秀な陸士たちが殉職した。
 →クイント(26歳)は「ISホルダー」だったため、その死体は部分的に保存され、そこから造られた改造クローンは、後に「ノーヴェ」と呼ばれることになった。

 →かろうじて一命(いちめい)を取り止めた五名の魔導師たちは、みな「レリックの融合実験」の素体とされたが、まともに成功したのは、一度は心臓も脳波も完全に止まっていたはずのゼスト隊長だけで、それ以外の四名(メガーヌと三名の男性陸士たち)は全員が失敗し、四人ともリンカーコアが損壊(そんかい)した上に、「いつ()めるとも知れぬ昏睡状態」に陥った。

【実に(こま)かな話で恐縮ですが、この作品では、『リンカーコアに関して、「損壊」は「破壊されてしまって、もう(なお)らない」という状況を指す用語であり、一方、「損傷」は「傷ついただけで、時間さえかければまだ治せる」という状況を指す用語である』という設定で行きます。】

・同10月  ナカジマ家には、クイントの遺体が(部分的ながらも)戻って来たが、アルピーノ家には、メガーヌの遺体は(当然ながら)指ひとつ戻っては来なかった。
 →セルジオ(メガーヌの夫)は優秀な法務官だったので、ゼスト隊を管轄する地上本部の方から「メガーヌ准尉の死亡通知」が届くと、即座に『遺体の確認ができないのであれば、死亡と認めることもできない』と「不服申し立て」を(おこ)なった。
 その結果、地上本部としても、ゼスト隊長やメガーヌ准尉ら「遺体の見つからなかった者たち」に対しては、「あくまでも行方不明」という扱いに変更せざるを得なくなった。
(管理局の規定では、事件や事故によって行方不明となった局員は、一般に事後10年でようやく「死亡と推定」されることになる。)

 →その後、スカリエッティは、メガーヌが稀少な「召喚魔法」の資質の「潜在的な」保有者であることに気づいたが、今となってはもう彼女のリンカーコアは損壊してしまっていたため、同種の「資質」が遺伝している可能性に期待して、「三脳髄」の了解の(もと)に、彼女の一人娘とやらを確保することにした。

・同67年11月  大きな屋敷で共同生活を送っていた「セルジオとその両親とメガーヌの両親」は、五人そろってトーレとクアットロに斬殺され、もっぱら彼等(父親と四人の祖父母)によって育てられていたルーテシア(2歳)は、「人造魔導師素体」としてスカリエッティの研究所へ拉致(らち)された。
【ルーテシアは、そこで「お嬢様」として丁重に養育されていましたが、三年後にリンカーコアが「顕在化」すると、すぐさまそこへレリックを融合させられてしまい、その後、スカリエッティの期待どおりに「召喚魔法の使い手」となりました。】

 →その夜、トーレとクアットロは「アルピーノ家の屋敷」に火を(はな)ってから帰った。
翌日、五体の焼死体がいずれも大きな刃物で斬殺されたものであると判明したため、現地の陸士隊はこれを「強盗殺人と放火、および幼児誘拐事件」として捜査したが、当然ながら、犯人は全く見つからなかった。

 →今はまだ「生存と推定」されるメガーヌが、アルピーノ家の土地や資産の相続人となったが、焼け崩れた「事故物件」をそのまま放置する訳にもいかなかったので、管理局は法令に基づいて、その瓦礫(がれき)を撤去し、土地を更地(さらち)に戻した上で、地上本部名義でそれをメガーヌから買い取った。
 また、同時に、局は「回収できたアルピーノ家の資産」もすべて換金し、土地売却益と合わせてメガーヌの口座に振り込み、(ただ)ちに(違法な引き落としを防ぐために)その口座を凍結した。
(すべては「メガーヌが本当に生きていた場合」を想定しての措置であり、また、それはセルジオが強硬な態度で「不服申し立て」を(おこ)なってくれた結果でもある。)


・新暦68年3月  ザグモルドゥ・ルヴァクティア総代(65歳、ファストラウム人)が病気を理由に突然の引退をしたため、イストラ・ペルゼスカ大将(58歳、ミッド人)が時空管理局の第10代「総代」に就任し、階級も上級大将となった。
 →以後、死去するまでの七年半、イストラ・ペルゼスカ上級大将は(同年の同月に新たに中将となったレジアス・ゲイズとともに)三脳髄から必要に応じて「直接に」極秘の指示を受け取る立場であり続けた。

・同3月  クロノ(17歳)が〈アースラ〉の艦長に就任し、階級も三等海佐となった。
 →形式的には、リンディ提督(休職中)の「直属の部下」である。

・同68年4月  はやて(12歳。地球では小学6年生)が、レティ提督(41歳)からの依頼で、とある「危険なロストロギア」を回収するため、〈外75パルゼルマ〉の王立魔法学院の「女子中等科」に潜入捜査をすることになった。
 →外見的に「中等科の女子学生」に見える助手が必要となったのだが、シグナムやシャマルでは大きすぎて、もう中等科の学生には見えなかったし、ヴィータは逆に小さすぎて、やはり中等科の学生には見えなかったため、なのはとフェイトが臨時の助手となり、三人だけで潜入した。
(この時点で、リインフォース・ツヴァイは生後8か月であり、まだ覚えなければいけない事柄が幾らでもあったため、今回は騎士たち四人とともに地球で「お留守番」をしていた。)

 →三日後には、目的のロストロギアを無事に回収し、任務は予定よりも随分と早く終了。三人は軌道上で待機していた〈アースラ〉に戻り、クロノ艦長らとともに、クレモナとデヴォルザムを経由して一旦〈本局〉へと帰投した。
 三人は、〈無限書庫〉でユーノの愚痴を聞いたり、艦内で作成した報告書をレティ提督に提出したり、そこで唐突に「謎のお茶会」に誘われて、「正体不明の三人のお年寄り」(実は、三元老)とも仲良くお話をして来たりした。

【すぐ脇に「御世話役」か「執事」のような四十代の男性(つまり、リナルド・アリオスティ)がずっと控えていたので、なのはたちも『きっと、この三人のお年寄りはすごく偉い人たちなんだろうなあ』とは思いましたが、この時点では、まだその正体には気づいていません。
 そして、三人はその後、ミッドに上陸して少しだけ首都クラナガン周辺を観光してから、ゴールデンウィークの終了に合わせて地球に戻ったのでした。】

【なお、極めて個人的な意見で恐縮ですが、StrikerSの主な問題点は以下の五つだと思います。

 1.話がいきなり10年も飛んでしまったことと、その結果として、主人公たちももうロリではなくなってしまったこと。(笑)
 2.話数に比べて、キャラクターがあまりにも多すぎたこと。
(まあ、ここまでは、あまり異論の無いところでしょう。)
 3.せっかく〈次元世界〉という魅力的な「舞台設定」を提示しておきながら、実際には、物語の舞台はほとんど「ミッドの首都圏」に限定されており、設定の「広々とした魅力」を()かすことが全くできなかったこと。
(残り二つについては、また「プロローグ 第2章」の冒頭で述べます。)

 上記の1と3から考えて、個人的には、やはり3年後の「小学6年生編」を、「次元世界全体の広さを感じ取れるような形で」やるべきだったのではないかと思います。
 話の内容それ自体は「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ01」と同じぐらいの「ごくユルい話」で良いとして……例えば、タイトルは「魔法少女リリカルなのは Vacation」で、キャッチコピーは「魔法少女(わたしたち)、少しだけオトナになりました!」ぐらいの「あざとい感じ」で良かったのではないでしょうか。(笑)
 という訳で……このVacationの具体的な物語内容はあまり考えていないのですが……この作品では、『このシリーズで、「次元世界の全体像」や「その中での、ミッドチルダの特殊な立ち位置」や「管理世界と管理外世界との扱いの違い」などもきちんと説明し、ミゼットたち〈三元老〉をもさりげなく登場させて、「StrikerSへの導入」とする』といった想定で行きたいと思います。】

・同68年7月  妻に先立たれたテオドール・ダールグリュン(81歳)が、『自分の個人所有である「別邸」を執事のグスタフとその妻マーヤの二人に「一代限りで」終身無償貸与する』という(むね)の遺言状を残して死去した。
 →グスタフ(63歳)は正式にすべての職務から引退し、妻マーヤ(61歳)や孫娘のクレア(5歳)とともに、そのままその「別邸」に引き(こも)って、丸三年の()(ふく)した。
 また、エドガー(8歳)は、正式に「ヴィクトーリア(6歳)のお世話係」となった。

・同68年9月  実はイトコ同士でもある「アヴェニール夫妻」が、一人息子のトーマを連れて「ヴァイゼン首都圏」の北西側にあるアミア地方の「ヴィスラス(タウン)」へと転居した。
 →その街の住民はみな、街外れにある「ゼムリス鉱山」で働く人々だったが、トーマ自身は当時まだ2歳だったので、当然ながら「転居に至った経緯(いきさつ)」などについては何の記憶も無い。

【原作では、鉱山に近い街の名前が『ヴァイゼン北西部のアミアという街』となっていましたが、この作品では、別の事情により、ヴァイゼンの首都を「第一大陸の東部」にあるものと設定してしまったため、それとの兼ね合いで、上記のような設定に変更させていただきました。
 また、トーマが育った街とその近くの鉱山には、独自に固有名称をつけさせていただきました。(あわ)せて御了承ください。】

・同68年10月  昨年に結婚したリゼル(29歳)が、一女レスリマルダを産んだ。
        (つまり、クロノのハトコに当たる人物である。)


・新暦69年4月  フェイトが正式に「執務官」(尉官待遇)に就任。なのはも正式に「航空戦技教導隊」に入隊して「二等空尉」に昇進し、はやては13歳で早くも「一等陸尉」に昇進した。
 →この三人は、地球では、この4月から中学1年生だが、この頃にはすでに、なのはもはやても「ミッドチルダ標準語」をほぼ習得していた。

【なお、この三人の「中学校における英語の成績」があまり(かんば)しくなかったのは、当然ながら、『三人ともすでに本職が忙しい身の上なので、「将来的には何の役にも立たない」と解り切っている作業になど、無駄に時間を(つい)やすことができなかったから』です。】

 →また、この4月には、ユーノも正式に「無限書庫の総合司書長」に就任した。
(これは、今回「新設」された役職であり、ユーノが「初代」となる。)
【PSP用のゲームでは、『ユーノ以前にも、「司書長」は存在していた』という設定になっているようですが……Vividのコミックス第9巻には、「ベルカ方面の未整理区画」とか「総合司書長」などといった用語も出て来ますので……この作品では、(あいだ)を取って、『特定区画の「専任」の司書長は以前にも時おり存在していたが、無限書庫全体を統括する「総合司書長」は、ユーノが初代である』という設定で行きます。
(ただし、普通は言葉を省略して、ユーノを単に「司書長」と呼ぶことにします。)】

・同69年6月  八神はやて一尉(13歳)が、「特別捜査官」として〈管15デヴォルザム〉の第三大陸カロエスマールの「第一州都ネイザル」における某事件を担当した。
 →現地の陸士隊にとっては完全に「お手上げ」の難事件だったが、はやては騎士たちとともに、この一件をあまりにも素早く、そして見事に解決してしまったため、現地の地上局員たちの間では「メチャメチャ優秀な美少女捜査官」として、すっかり有名人になってしまった。

【そして、現地では後年、この事件が改めて一般大衆からも「注目の(まと)」になった結果、これを題材としたTVドラマまでもが製作・放映されてしまいました。(笑)
 もう少し具体的に言うと、現地では新暦73年から75年にかけて、『美少女捜査官ハーティーの迷宮入り事件簿』のタイトルで、3シーズン各18話が全大陸ネットで放映されました。
 なお、主演女優はガールズバンド「レイジング・クインテット」の五人組で、芸名はそれぞれ、ヴォーカル担当がハーティー、ギター担当がオルヴァ、ベース担当がリタ、キーボード担当がマーシャ、ドラム担当がジャーディカ、と言います。
 また、実在する局員の名前をそのままフィクションに用いることは法律で禁止されているので、はやてたち五人をモデルとした「ドラマの主役たち」の名前は(役名と芸名をなるべく一致させる方向で考えられた結果として)それぞれ、ハーティー、シーナ、リタ、マーシャ、ザラ、となっていました。
(シーナ役はオルヴァが、ザラ役はジャーディカが演じましたが、この二人は、他の三人と比べると、「音楽以外の活動」に今ひとつ積極的では無かったようです。)

 現地カロエスマールでは、新暦71年の6月にデビューしていた「レイジング・クインテット」それ自体の人気も(あい)まって空前の大人気番組となりましたが、76年の1月から放映の予定だった「第4(最終)シーズン」は、諸般の事情によって管理局から放映を差し止められました。
 しかも、76年の11月には、狂信的なアンチのアシッドアタックで、メンバーの精神的な(かなめ)でもある最年長者のマーシャが完全に失明してしまいます。
 それを機に、同年の末にバンドは解散し、五人はそれぞれに「カロエスマールの芸能業界」からは完全に姿を消してしまいました。オルヴァとジャーディカは「故郷の世界」に帰ったと言いますが、他の三人は本当に「消息不明」のままとなっています。】

・同69年7月  ティーダ・ランスター(21歳)が部下二名とともに、逃亡中の犯罪者を追跡していたところ、その違法な魔導師が唐突に「街中(まちなか)での戦闘」を始めてしまい、「部下の不手際」もあって、その魔導師の捕縛に失敗した。
 さらに、ティーダは一般市民をかばって殉職してしまったのだが、部隊長は、これを『不名誉で無意味な犬死に』だったと罵倒し、ティアナの心をひどく傷つけた。

 →ティアナは、幼い頃に事故で両親を失っていたため、兄ティーダの死によって、わずか10歳にして「天涯孤独」の身の上となった。
 エルセア地方の「ポートフォール・メモリアルガーデン」で(おこ)なわれた葬儀の後も、小雨の降りしきる中、兄の墓前で(ひと)り長らく立ち尽くしていたが、「とある人物」に励まされて、一人で強く生きてゆく決意を固めた。
【この人物の正体は、実は、ザフィーラ(人間型)だったのですが、ティアナがそれを知るのは、新暦75年の末、〈JS事件〉などが一段落した後の冬のこととなります。】

・同69年8月  先月の件では不手際のあった「ティーダの部下の一人」が、実は「ティーダを罵倒した部隊長」の身内だったことが判明する。
(要するに、部隊長の罵倒は、ひとつには「自分の身内をかばい、周囲にその不手際を軽視させるための措置」でもあった、という訳だ。)
 →後に、この二人には割とキツめの懲戒処分が(くだ)されたが、だからと言って、今さらティアナの心の傷が(いや)される訳ではなかった。

【そして、もうひとつ、(問題点と言うほどではないのですが)StrikerSで個人的に気になったのは、『六課のフォワードメンバーの中で、ティアナだけが妙に過去設定が薄い』ということです。
(もう少し正確に言うと、『ティアナだけが「救済対象」としては表現されていない』のです。)
 エリオとキャロは幼い頃、非常に理不尽な状況に置かれていましたが、フェイトに助けられました。スバルも、例の空港火災事件で、なのはに助けられています。
 しかし、ティアナにだけは、その種の過去が特にありません。
 そこで、突然ですが、この作品では、『StrikerSで、シグナムとヴァイス陸曹が「昔からの知り合い」として描写されていたのと同じように、ザフィーラとティーダも「ちょっとした知り合い」だった』という設定で行きたいと思います。】

 →また、ミッドチルダでは古来、ティーダやティアナのような「二丁(にちょう)拳銃」という戦闘スタイルは極めて(まれ)なものだった。
 確かに、もし十全に使いこなせるのであれば、それは非常に有効な戦闘スタイルなのだが、現実には、二つの銃器を同時に、かつ本当に効率的に使いこなすためには、「高速思考」のスキルと相当な熟練度が必要であり、実のところ、そのスタイルを「完璧に」こなせる者など、現実にはなかなかいなかった。
 そんな理由もあって、ティーダの戦い方は(特に、部隊長を始めとする「古い世代」の人々からは)必ずしも十分な信頼を得られていた訳では無かったのだ。

【なお、原作では、「執務官志望」のティーダが「一等空尉」という設定になっていますが、それだと、階級が「一般の執務官」よりも上になってしまいます。
(と言うか、一尉の上は、もう三佐ですよね? 三佐って、普通は「部隊長」の階級ですよね? ティーダさん、ちょっと偉すぎませんか? それとも、殉職したから「二階級特進」で、後から「一尉あつかい」になっただけなのでしょうか?)
 そこで、この作品では、『ティーダは生前、三等空尉だった』という設定で行きます。】

・同69年10月下旬 〈辺境領域〉の南部に蔓延(はびこ)る悪の宗教結社〈邪竜の巫女〉の掃討作戦において、ニドルス提督(59歳)が「卑劣な罠」にハマって(ふね)ごと撃沈され、使い魔のジェルディスや多くの乗組員らとともに殉職した。
 →産休を終えて復職したばかりのリゼル艦長(30歳)は『あまりにも危険だから、絶対にやめてくれ』と懇願する夫を振り切って、みずから増援部隊に志願し、他の艦長らとともに、ニドルスがやり残した仕事を引き継いだ。
 リゼルはこれが原因で、後に夫の実家(名門ヴェロムナン家)からは一方的に離縁され、実の娘に対する親権も法的に剥奪(はくだつ)されてしまったが、それでも悔いは無かった。
(管理世界の法律では、一般に『就学前の乳幼児の親権は、原則として母親に属する』ということになっているので、これは「相当に特殊な状況」であると言える。)

【それから、さらに丸五年の歳月をかけて、無事にその掃討作戦を完了した後、彼女はその功績によって、新暦75年の春には36歳で提督(一等海佐)に昇進します。】

・同69年11月 〈外2オルセア〉の中央大陸の南部森林地帯で、トレディア・グラーゼ(37歳)とその義理の娘(9歳)が、偶然にも「操主(そうしゅ)の鍵」と「マリアージュの軍団長」を続けざまに発掘してしまった。

【原作(SSX)では、「59年」と言っていますが、それだと、〈マリアージュ事件〉までの()があまりにも()きすぎてしまうので、この作品では、こういう設定で行きます。トレディアとルネッサに関する年代の設定は、以下、同様に少しずつズラして考えることにします。また、トレディアの年齢に関しても、原作とは少々食い違っているようですが、悪しからず御了承ください。
 なお、独自設定ですが、「操主(そうしゅ)の鍵」については「キャラ設定3」を御参照ください。】


 

 

【第7節】新暦70年から74年までの出来事。

・新暦70年4月  高町恭也(24歳)と月村忍(23歳)が、大学卒業直後に結婚し、翌5月には仕事の都合でドイツに移住した。
 →後に、二人は現地で1男2女をもうけるが、その長女(第二子)が(しずく)である。

【なお、「前世」の後日譚(?)では、雫は「第一子」になっているようですが、この作品では、彼女を「新暦76年の生まれ」にする必要があったので、両親の年齢などから考えて「第二子」という設定に変更させていただきました。】

・同4月  初等科を卒業したギンガ・ナカジマ(12歳)が、陸士訓練校に入学した。
 →寮の二人部屋で同室となったデュマウザ・シェンドリール(12歳)と意気投合し、二人はそのまま「無二の親友」となった。

【なお、オリジナルのキャラクターですが、ハウロン、デュマウザ、メルドゥナ、ルディエルモ、などといった「シェンドリール家の人々」については、「プロローグ 第7章」の末尾に「キャラ設定7」という形でまとめておきましたので、詳しくはまたそちらを御参照ください。】

・同70年6月  フェイト執務官(14歳)が補佐官のアルフとともに、〈管5ゼナドリィ〉の研究機関からエリオ(クローン、5歳相当)を保護した。

【エリオの出身地については、少々悩みました。公式の設定では、彼の生家は「富豪モンディアル家」とされているだけで、それが一体どの世界の富豪なのかに関しては、何も言及がありません。それで、私も最初は、『〈プロジェクトF〉の技術がそれほど広く流出しているとも思えないから、やはり、モンディアル家もミッドにあるのだろう』と単純に考えていたのですが……。
 よく考えると、彼はモンディアル家から(おそらくは同じ世界にある)某研究機関へと引き取られた後、フェイトに保護されて本局の「特別保護施設」へ移されるまでの間、その研究機関の中でしばらく「非人道的な扱い」を受けています。
 そうした「虐待」がミッド地上で堂々と行われていたと考えるのも……どうなんでしょうか?
 という訳で、私は「はじめに」で、新暦58年3月の「ヴァルブロエス・レニプライナ」の項に書いたような設定を考え、モンディアル家に関しても『第5管理世界ゼナドリィの富豪だったが、犯罪組織〈永遠の夜明け〉からの甘言に乗せられて、その組織が造った「息子の違法クローン」を莫大な金額で買い取らされた』という設定にしてみました。

 また、原作では、『エリオが保護されたのは69年の出来事だ』ということになっているようですが……それだと、エリオにとっては『まだ4歳の時の出来事だった』ということになってしまうので……もう少しだけ遅らせて考えた方が良いような気がします。
 そこで、この作品では、『実は、「あの」エリオがモンディアル家で暮らしていたのは、新暦70年1月から3月の、ほんの二か月ほどで、その後、彼はしばらくの間、「ゼナドリィの首都郊外にある某研究機関」で「非人道的な扱い」を受けていた。そして、同年の6月に、エリオはフェイトの手で〈本局〉の特別保護施設に移され、72年の春までは、もっぱらそこで暮らしていた』という設定で行きたいと思います。】

・同70年9月  八神はやて(14歳)が、「上級キャリア試験」に一発で合格した。

【これも、原作では「はやてが13歳の時の出来事」という設定になっているようですが、前後の関連から考えて、この作品では一年遅らせることにしました。
 また、「一般キャリア試験」および「上級キャリア試験」について、原作には特に説明が無かったようですが、この作品では、『士官学校を出ていない管理局員が、(あと)から士官の資格を取得するための試験である』という設定で行きます。
 具体的には、『曹長になると「Ⅱ種キャリア(一般キャリア)試験」を受けて准尉の資格を取得することが可能となり、またさらに、一尉になると「Ⅰ種キャリア(上級キャリア)試験」を受けて三佐の資格を取得することが可能となる』という設定です。
 はやては、レアスキルと固有戦力のおかげで「特別に」合格と認められたため、以後、丸一年の間、みっちりと研修を受けさせられることになります。】

・同70年10月 クロノ(19歳)が、他の艦長たちとも巧みに連携を取り、違法指定薬物の広域密売組織をひとつ、一網打尽にした。
 →クロノは以後、「資金源の三割あまり」を一挙に断たれた犯罪結社〈闇の賢者たち〉(つまり、その密売組織の上部組織)、および、その下部組織であるテロ集団〈炎の断罪者〉から「本気で」命を狙われるようになった。


・新暦71年2月  トレディアの義理の娘(11歳)は、戦闘中に義父と生き別れになった後に、重傷を負って〈管8フォルス〉のNGOに保護された。
 →彼女は名前を訊かれて、とっさに「ルネッサ・マグナス」という、「いかにもオルセアの人間らしい名前」を名乗ってしまう。
【これも、「SSX」では「彼女が9歳の時の出来事」ということになっていますが、この作品では少しズラして考えることにします。】

・同71年3月  教会からの依頼で、クロノ艦長が「いつものメンバー」とともに、ロストロギア〈レリック〉を回収する任務に就いた。
 →なのはやフェイトやはやてや守護騎士たちは、そこで「AMF発生装置」を搭載したドローンと初めて接触した。

【なお、StrikerSのコミックス第1巻では、その舞台が「第162観測指定世界」と表現されていますが、この作品では、単に「第162無人世界」ということにしておきます。
 また、公式の設定では、この事件は次の空港火災事件ともども、4月の(なのはたちが中学3年生に進級してからの)出来事だということになっていますが、この作品では、『彼女らが3年生になる直前の3月の(試験休みや春休みの)出来事だった』という設定で行きます。
 その理由は、ひとつには、『そうしないと、なのはたち三人が「あからさまに学校を休み過ぎ」になってしまうから』です。
(もうひとつの理由については、また次の項目で述べます。)】

 →また、申請から5年を経て、なのはとユーノ、フェイトとアルフ、はやてとその守護騎士たち九人に対して、正式に「ミッドチルダの市民権」が認可され、九人とも戸籍上の「本籍地」をミッドチルダに移す。
(これによって初めて、ミッドにおける「選挙権」や「不動産を購入・所有・売却する権利」などが法的に認められた。ただし、正式な転居はまだ一年先のこととなる。)

・同71年3月末  ゲンヤ・ナカジマ三佐(42歳)は、部隊長資格の取得のため、首都近郊の部隊に出向研修中だったが、そこへ故郷の姉から『両親が危篤(きとく)である』との(しら)せが入った。
 →彼は以前から『いつかは娘たちを実家に連れて行き、できれば両親にも紹介しておきたい』と思っていたので、急いで二人をエルセアから呼び寄せたのだが、二人が「首都圏・臨海第八空港」に到着した丁度その時、その空港では「原因不明」の巨大な火災事故が発生し、ギンガ(13歳)とスバル(11歳)もその事故に巻き込まれてしまった。
 幸いにも、二人はそれぞれフェイトとなのは(15歳)に助けられたが、ゲンヤ自身はこの事件の事後処理に忙殺されてしまったため、結局は「親の死に目」どころか、葬儀にすら間に合わなかった。実の兄弟から見れば、「とんだ親不孝者」である。
(当然、「娘たちを実家の両親や身内に紹介する計画」も実現できなかった。)

【さて、StrikerSのコミックス第1巻によれば、ギンガは72年6月の段階ですでに「二等陸士」なのですが……エリオとキャロが〈JS事件〉の段階でもまだ「三等陸士」だったことから考えて、陸士隊では『たとえどれほど能力値が高くても、初年度はとにかく全員が三等陸士から始める』というのが「大原則」であるものと推測されます。
 そうなると、ギンガは71年度の段階ですでに陸士になっていないと計算が合いません。そんな考えもあって、この作品では、この火災事件を(71年度になってからの出来事ではなく)『前年度(70年度)の末の出来事である』という設定にしてみました。
 この段階で、ギンガはすでに陸士訓練校を卒業していますが、まだ陸士としての正式な配属先は決まっていません。『だからこそ、フェイトに救出された時も(「訓練生」でもなく、「陸士」でもなく)「陸士候補生」だと名乗った』という訳です。
 もしかすると、公式の側にも『陸士隊や訓練校の「年度」は5月から始まる』などといった(たぐい)の「裏設定」があるのかも知れませんが、この作品では、話をより解りやすくするため、『陸士隊や訓練校も、一般の企業や学校と同様、4月から「年度」が始まる』という設定にしておきます。】

 →なお、実は、アインハルトの曽祖父ニコラス(80歳)と曽祖母フリーデ(79歳)も二人きりで「先祖代々の故地であるアンクレス地方」からはるばる首都圏へやって来た直後に、この事故に巻き込まれており、二人とも「現場では」死ななかったが、揃って病院に搬送されたまま、高齢のため二度と回復することは無かった。

【ニコラスは元々、アインハルトの兄ゲオルグを「次の記憶継承者」と想定しており、彼に「記憶継承に際して必要となる心構え」を事前に教えておくために、「現代における覇王流の存在意義」に関する「見解の相違」から長らく別居していた一人息子エーリクの(もと)を、妻フリーデとともに(たず)ねようとしていたところだったのです。】

・同71年5月  アインハルト(4歳)の父ラルフと母ローザ(妊娠中)と兄ゲオルグ(8歳)が『ニコラスの容態が急変し、危篤(きとく)である』との(しら)せを受けて「大急ぎで」車で病院へ向かう途中、三人は揃って突然の交通事故で即死した。
 →一人だけ風邪で寝込んでいたアインハルトは、その直後に「先代の継承者」であるニコラスの死去によって、何の準備も無く(しかも、熱が出ている状態のままで)「覇王クラウス」の記憶をいきなり継承してしまった。
(アインハルトの祖父エーリクと祖母イルメラは、アインハルトを看病すべく二人して家に残っていたため、不幸な事故を(まぬが)れることができた。)

 →翌日には、フリーデも夫ニコラスの後を追うようにして息を引き取り、後日、アインハルトがようやく起き上がれるようになった時には、彼女の「父母と兄と曽祖父母の合同葬儀」も何もかもがすでに終わっていた。

【なお、ニコラスにもエーリクにも同じように1男2女があり、その葬儀にはニコラスの娘たちもエーリクの娘たちも普通に参列しましたが、実のところ、彼女らは四人ともすでに結婚して、戸籍の上でも生来の苗字である「イングヴァルト」を捨て去っており、今では、エーリクからも「覇王流」からも距離を取りたがっていました。
 そこで、協議の結果、「ニコラスとフリーデ、ラルフとローザ、およびゲオルグ」の墓は、みな首都近郊の墓地に築かれ、エーリクが責任を持ってそれを(まつ)ることになったのでした。
 ちなみに、コミックスの描写を見ると、アインハルトの部屋は「マンションの一室」のようにも見受けられるのですが、この作品では、原作では全く語られていない「アインハルトの家族」を詳細に設定した関係で、彼女の住居も『かつては祖父母や父母や兄とともに三世代で暮らしていた、首都北部郊外にある、それなりの大きさの一戸建てである』という設定にさせていただきました。()しからず御了承ください。】

 →以後、アインハルトは、『覇王流は完全に継承したが、覇王の記憶は全く継承していない』という祖父エーリクと、『これを機に、St.ヒルデ魔法学院中等科の教師を退職した』という祖母イルメラ(ともに59歳)の手で育てられ、祖父からはただひたすらに「覇王流」を叩き込まれた。

【また、熱にうなされている状態で「覇王の記憶」を継承してしまったためでしょうか。アインハルトは、これ以前のことをもうほとんど(おぼ)えていません。当初は、自分に「兄」がいたことすら普通には思い出せないほどで、また、自分が今は「女の子」であることにも納得できてはいなかったそうです。
 Vividで、アインハルトが家族の話を全くしなかったのも、そもそも「家族の記憶」それ自体がもうかなり(おぼろ)げなものになっていたからだったのです。】

・同71年7月  高町家では、桃子(39歳)と美由希(23歳)となのは(15歳)が、士郎(43歳)の「退院10周年」を祝った。
 →士郎は、当時の担当医からも、『今だから正直に申し上げますが、あなたが退院した時には、この人はきっともう長くはないのだろうと思っていました。……人の命は医学だけでは決まらないものですね。いやはや、この(とし)になっても、(おのれ)の不明を恥じるばかりの人生です』と、一方的に謝罪されてしまった。

 →以下は、その夜の士郎となのはの二人きりの会話である。

「来年の春には、なのはももう『向こう』へお引っ越しか……」
「ごめんね、父さん。まだ、去年、お兄ちゃんが出て行ったばかりなのに、今度は私まで……」
「確かに、少し寂しくはなるが……まあ、気にするな。なのはの人生は、他の誰のモノでもない、なのは自身のモノだ。自分の行くべき道を行け! 少なくとも、父さんは『子供の足枷(あしかせ)になるような親』にだけはなりたくないと、常々(つねづね)思っているぞ。……とは言うものの、思い起こせば、この10年、なのはにはあまり『父親らしいこと』をしてやれなかったような気もするなあ……」
「そんなこと無いよ! 私は、父さんの背中を見て育ったんだから。今の私があるのは、父さんのおかげだよ!」
「(ちょっと涙ぐみながら)それは、父親に対しては最高の誉め言葉だ。ただ、悪いところまでは真似しなくても良いんだからな。もう4年前のようなコトは勘弁してくれよ。縛るような言い方で済まんが、この世で最大の親不孝は『先立つ不孝』なんだからな」
「うん。約束するよ」

【と言いつつ、なのははその後も、『自分の生命(いのち)や安全を(かえり)みない』ような行動を取り続けてしまうのですが……どうやら、悪いところまで父親に似てしまったようです。
 なお、士郎はその後、寂しさのあまり、『美由希だけは婿を取ってこのまま家に残ってくれないかなあ』などと思ってしまうのですが……幸いにも、五年後に、その願いは叶えられることとなります。】

・同71年8月  ジークリンデ(8歳)は、「エレミアの力」に覚醒した結果、実家ではもう手に負えなくなってしまい、養母(実際には義理の大叔母)の縁故(つて)をたどって、グスタフ・ラグレイトの住む「別邸」に預けられた。
 →グスタフ(66歳)は、かつてテオドールから『私がまだ幼かった頃の話だが、ダールグリュン家は〈エレミアの一族〉に大きな借りを作った』と聞かされていたので、その借りを返すべく、妻と二人きりで身の危険も(かえり)みずに「最後のお(つと)め」として、ジークリンデの身の回りの世話をすることにした。

 →なお、クレア(8歳)は、兄エドガー(11歳)やヴィクトーリア(9歳)と同様、初等科学校には(かよ)うことなく通信教育を受けていたが、ジークリンデとの同居はあまりにも危険なので、この時点で両親の住む本家の邸宅へと住居を移された。

【そして、翌72年の春、破壊の(あと)も生々しいその別邸で、ヴィクトーリア(10歳)は、初めてジークリンデ(9歳)と出逢いました。
(この場面に関しては、Vividのコミックス第9巻を御参照ください。)
 なお、エドガーの年齢については、原作にも特に設定が無いようですが、このジークリンデとの出逢いの場面で、エドガーはヴィクトーリアよりも「頭ひとつ(ぶん)」背が高く描写されています。
 しかし、(極めて個人的な感想で恐縮ですが)ヴィクトーリアは当時から、決して「特別に小柄な少女」という訳ではなかったはずです。
『設定として二人は同年代のはずだが、同い年や1歳差で、果たしてこれほどの身長差になるものだろうか?』と、私は考えて、この作品では二人の年齢差を2歳と設定してみました。】

・同8月  ユーノ(15歳)が珍しい病気で二か月ほど入院し、主治医のウェスカ・ラドール医師(45歳)から、自分の「免疫力」が先天的に常人(ひと)よりも随分と弱い件について、決して確実な話ではないが「可能性の高い話」として「ひとつの仮説」を聞かされた。(←重要)

・同71年10月  はやて(15歳)は無事に研修を終え、正式に三佐となった。
(ただし、部隊長資格を取得するのは、もう少し先のことである。)
 →同じ頃、ゲンヤ・ナカジマ三佐(42歳)もまた丸一年の出向研修を終えて、こちらは正式に部隊長資格を取得した。


・新暦72年1月  クロノ(21歳)とエイミィ(23歳)が結婚した。

・同72年2月  フェイト(16歳)がキャロ(7歳)を保護した。

・同72年3月  クロノ(21歳)は、一等海佐に昇進。提督となった。
 →全く異例のスピード出世であり、「提督」としては(父クライドよりも年上の)ガルス・ディグドーラ(48歳。元、ニドルスの部下)とも「同期生」ということになる。
【ちなみに、「提督に昇進する年齢」としては、ガルスの方がむしろ「標準」に近く、リンディの34歳でも、まだ「だいぶ早め」と言われるぐらいです。】

・同3月末  なのは(16歳)たち三人が地球の中学校を卒業し、ミッドに転居した。
 →はやては両親から受け継いだ「八神家の土地家屋」を売却し、表向きは渡米したことにして、騎士たちやリインとともに家族全員でミッドに転居した。
 また、地球での売却益は「管理局員特例法」に従ってミッドの通貨に換金され、はやてはそれを使って首都クラナガン旧市街の沿岸部に結構な広さの土地と家屋を購入した。
 一方、なのはとフェイトは、取りあえず「本局内の官舎」に生活の拠点を構えた。

・同72年4月  ゲンヤ・ナカジマ三佐(43歳)は、定年退官する前任者からの引き継ぎなどを終えて、正式に陸士108部隊の部隊長に就任した後、部隊長用(佐官用)の「官舎」へと引っ越したのだが、その家屋は「娘らと三人きりで暮らすには」少々広すぎる物件だった。
 →ギンガ(14歳)も早速、二等陸士となり、首都圏にある同部隊へ異動。エルセアでの訓練校時代からの親友、デュマウザ・シェンドリール(14歳)とは離れ離れになった。
 →一方、同じ頃、スバルはエルセア方面の陸士訓練校に入学し、ティアナと出逢った。

・同4月  エイミィは、早々と産休を取り、テロを避けて地球に転居した。
(先に「70年10月」の項目で述べたように、クロノは当時、凶悪な犯罪結社から「本気で」命を狙われており、妻子までそれに巻き込まれる危険性があったのだ。)
 →この頃まで、アルフはしばしばエリオやキャロの「遊び相手」なども務めていたが、この時点で正式にフェイトの補佐官を引退して「エイミィのお世話役」(実際には、護衛)となり、それに代わって、シャーリーがフェイトの新たな補佐官となった。

【公式の設定では、『アルフの引退は、A’sのアニメ最終話における「後日譚」(71年4月)の前後のことだ』ということになっていますが、一方、StrikerSのコミックス第2巻を読むと、『シャーリーがフェイトの補佐官になったのは、72年4月のことである』という表現になっています。
(作中で、フェイトは「72年5月」に、陸士訓練校の学長ファーン・コラード三佐から『シャーリーとは いつから?』と問われた際、『先月です』と答えています。)
 そこで、この作品では、「フェイトの補佐官が、アルフからシャーリーに交代する流れ」をより自然なものにするため、このような設定にしてみました。
 アルフ自身にとっても、ムッディオーレという「先例」があったので、補佐官を引退して「家族の護衛」となることに、さほどの抵抗感は無かったようです。】

・同72年5月  トレディア・グラーゼが、ミッド某所でスカリエッティと接触した。
 →彼は、しばらくミッド地上で「義理の娘」を探した後に、諦めて再び〈オルセア〉に戻った。

・同72年6月  カリム・グラシアの「プロフェーティン・シュリフテン」で、初めて「管理局システムの崩壊」を暗示する不吉な詩文が現れた。

・同72年10月  エイミィが、地球の海鳴市で男女の双子を出産した。
        (いわゆる「ハネムーン・ベイビー」である。)
 →男の子はカレルと、女の子はリエラと名付けられた。
【この双子の名前は、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ01」が出典となります。】

・同10月  ギンガ・ナカジマ二等陸士(14歳)は陸士二年目にして資格試験に合格し、早くも「捜査官」の資格を取得した。
 →翌春からは、実際に108部隊で捜査官となり、陸士三年目で早くも「陸曹待遇」となった。
(三等陸士のうちはまだ「捜査官試験」の受験資格が無いので、通常はこれが「最速」である。)

・同72年11月  地球のドイツでは、忍(25歳)が、第一子の雪人(ゆきと)を出産した。


・新暦73年3月  陸士訓練校の卒業式を間近に控えて、ティアナが独り裏庭で何通もの手紙をまとめて燃やしていると、不意にやって来たスバルが「風でふと舞い上がった燃えさし」をつかみ取り、とっさに火を吹き消してその文面を読んでしまった。
 →スバルに問われて、ティアナは次のように語った。
『兄が死んだ時、墓地で私を励ましてくれた恩人がいる。どうやら、兄の知り合いだったらしい。顔はチラッと見たけど、名前も連絡先も解らない。いつか感謝の言葉を送ろうと思って、いろいろ書き溜めていたけど、もう諦めた。多分、もう二度と会えないのだろうと思う』

 →ティアナの回想シーンで、その人物(実は、ザフィーラ)は、当時10歳の少女に「念話で」次のように語った。
《お前の兄の戦闘スタイルそのものは、決して間違ってはいない。アレは、ただ単に、運用が少し難しいだけだ。だが、(やつ)の正しさを証明できる者は、今はもうお前しかいない。
兄の無念を晴らしたいのなら、お前には、誰かを(うら)む前に「やるべきこと」があるはずだ。強くなれ。「正しい方法で」結果を出せ。そうすれば、評価など(あと)からついて来るものだ。》

 →しかし、ティアナは機動六課に入ると、やがて、この『正しい方法で』という部分を忘れて、いわゆる「少し(あたま)冷やそうか事件」を起こしてしまうこととなる。

・同73年4月  なのはは一等空尉に、シグナムは二等空尉に、ヴィータは三等空尉に、それぞれ昇進した。

・同73年5月  ミッド地上の某違法研究施設から、ゼストとルーテシアの手によって、ユニゾンデバイス〈烈火の剣精〉が救出された。
 →後に、彼女はルーテシア(8歳)によって「アギト」と命名された。

・同73年6月  今年もまた「プロフェーティン・シュリフテン」で昨年と同様の詩文が「より明瞭な形で」現れ、カリムたちは、一昨年に初めて見た、あの〈レリック〉も「管理局システムの崩壊」と大いに関連があるのだと(さと)った。
 →カリムたちはいよいよ状況が切迫して来たことを(さと)り、秘密裡に管理局内部への働きかけを強めた。

 →後日、クロノ提督たちとも協議した結果、『表向きは「レリック対策」と「独立性の高い少数精鋭部隊の運用実験」を目的として、臨時の特務部隊を設立する』という方向性で話を進めることになった。
(そして、同年の8月には、カリムは特例措置によって「管理局においては少将待遇」ということになった。)

・同73年7月  ファビア・オーヴィス(7歳)の家族(父と母と兄と弟)が全員そろって自宅の火災事故で死亡した。
 →ファビアは当時、家庭内で(あからさまな暴力ではなかったものの)虐待を受けており、その夜も一人だけ『明日の朝まで帰って来るな』と家の外に叩き出されていたために無事だった。
(もう少し具体的に言うと、日付(ひづけ)の変わる頃、火災事故の発生と同じ頃に、公園の遊具の中で独り膝を(かか)えてうずくまっていたところを、警邏(けいら)中の陸士隊に保護された。)

 →後日、彼女は「森の魔女」である母方祖母マルーダ・クロゼルグ(59歳)に引き取られ、その際に(母親が結婚に際して生来の苗字を捨て去り、「ヴァゼラ・オーヴィス」と名乗ったのと同じように)戸籍の上でも父方の苗字を完全に抹消して、名前を「ファビア・クロゼルグ」に改めた。

【その後、彼女は祖母の弟子となって、さまざまな古代魔術を学んだが、新暦79年の2月には、実は「記憶継承者」だった祖母の急死によって、13歳で何の準備も無く「魔女クロゼルグ」の記憶をいきなり継承することとなる。】


・新暦74年9月 〈外2オルセア〉で、マリアージュの「軍団長」が、トレディア・グラーゼを殺害した。
 →当時、すでに管理局員となって〈管8フォルス〉の地上本部に勤務していた「ルネッサ・マグナス」(14歳)は、後にこれを知り、この「軍団長」を利用して義父トレディアの遺志を実行する計画を思いつき、後に「検死官」の資格を取得した。
(→物語としては、78年の「SSX」に続く。)

【同年の機動六課設立に向けた動きについては、「プロローグ 第2章」を御覧ください。】


 

 

【第8節】キャラ設定1: ニドルス・ラッカード。(前編)

 
前書き
 この人物は、この作品の本筋とは全く関係が無いサブキャラなのですが、「クロノが幼い頃から目標としていた人物」という設定ですので、「当時の時代背景」なども含めて、ここでやや詳しく紹介しておきます。 

 
 ニドルスは新暦10年の7月に、ミッド北部のヘレニゼア地方で生まれました。それなりに裕福な家の次男坊で、「経済的には」何の苦労も無く育ったのだと言います。
 ただし、彼は元来、魔法の才能には大変に恵まれていましたが、人間関係にはあまり恵まれてはいませんでした。
 彼自身も口数が少ない上に、孤独が苦にならない性格だったため、初等科では「友人」と呼べる相手も(5年生になるまでは)一人もいませんでした。彼はいささか大柄で、目つきも悪く、ぶっきらぼうで、同年代の少年少女たちにとっては、典型的な「何やら近寄りがたい雰囲気の持ち主」だったのです。

 また、家庭においても、彼の「父や母や兄との関係性」はごく希薄なものでした。
 父親は厳格な(悪く言えば、相手の感情に配慮できないタイプの)法務官で、母親は教育熱心な(悪く言えば、自分の理想を生徒らに押し付けて来るタイプの)教師でした。
 一方、彼の兄ヴェナドゥスは、実によく整った容貌の持ち主で、スポーツも万能で、学業に関しても「極めて」優秀な子でした。そのため、彼の両親は「過剰なまでの期待と愛情」をかけて、金も労力も()しまず、この長男に高度な教育を受けさせました。
 結果として、ニドルスの方は両親からはほとんど放置されて育ち、四歳年上の兄からは(若干の羨望(せんぼう)が入り混じった)軽侮(けいぶ)眼差(まなざし)や嘲笑を受けて育ちました。彼も学業の成績は「明らかに平均以上」ではありましたが、それでも、兄ヴェナドゥスには遠く及ばなかったのです。
 ニドルス自身が記憶する限りでは、彼の両親が生前、彼と「まともな会話」をしたことは一度もありませんでした。


 また、ニドルスが小さい頃は、いわゆる〈大航海時代〉でした。
 つまり、『新たな世界を発見し、座標を確認した』という報告が、毎月のように続々とミッドに届いていた時代だったのです。
 その当時、『好奇心の旺盛な小児(こども)が「自分もいつかは、そうした世界を巡ってみたい」と思うことは、ごく自然なことだった』と言って良いでしょう。
 ニドルスも「6歳児の集団検診」で、自分が実は「相当な魔力の持ち主」であることを知ると、大変に小児(こども)じみた夢ではありましたが、『僕もいつかは管理局で艦長さんになって、いろんな世界へ行ってみたい!』と思うようになりました。
 幸いにも、地元の「魔法学校」が自宅から歩いて(かよ)える距離にあったので、彼の両親は周囲からの強い勧めに押し切られるようにして、翌年からニドルスをその学校の初等科に(かよ)わせることにしました。
 今にして思えば、これもまた「彼が家族と疎遠になった理由」のひとつだったのでしょう。彼の父も母も兄も、魔力は全く持っていない「普通の人間」でした。
 自分の魔力が、本物の「突然変異」なのか、それとも「隔世遺伝」の(たぐい)なのか、ニドルス自身にはよく解りません。父からも母からも、祖父母の話など一度も聞いたことが無かったからです。

【なお、この作品では、以下のような設定で行きます。
『魔力の「充分な資質」が親から子へ遺伝する確率は、せいぜい50%程度で、両親がそろって優秀な魔導師であったとしても、この確率にはさほど変わりが無い。
 現在、ミッドでは「合計特殊出生率」がほぼ2.0なので、結果として「親も魔導師である魔導師」の人数は年代ごとにほぼ一定で、おおよそ「千人に一人」程度である。
 一方、魔力の全く無い両親から「突然変異」で魔力の持ち主が生まれてくる場合もあるが、そちらはせいぜい「六万人に一人」ぐらいでしかない。
 また、「隔世遺伝」という現象もあるにはあるが、それは通常、一世代おきか、せいぜい二世代おきで、(あいだ)が三世代以上も()くことは、あり得ない。つまり、特定の家系において「魔力を全く持たない人物」ばかりがすでに三世代も続いているのであれば、その家系からはもう魔力の持ち主は(突然変異以外では)生まれて来ない、と考えて良い』
(ちなみに、一世代おいて隔世遺伝する確率は、せいぜい20分の1程度。二世代おいて隔世遺伝する確率は、せいぜい600分の1程度です。)】

 たとえ友人はいなくとも、ニドルスにとって、学校生活は「充分に」楽しいものでした。少なくとも、家庭生活に比べれば「相対的に」(らく)なものでした。
 また、彼は10歳の春には、早くも空戦スキルに目覚め、秋には「ダメ(もと)」で管理局の「魔導師ランク試験」を(周囲には内緒のまま、学長の推薦で)受けてみたのですが、予想外に良い結果が得られました。
 そこで、管理局の担当者からも『初等科を卒業師たら、すぐに空士訓練校へ進学するように』と強く勧められ、ニドルスもようやく訓練校を受験するための勉強に本腰を入れ始めます。


 そして、新暦21年の4月。
 ニドルスは5年生(最上級生)に進級し、生まれて初めて「友人」ができました。同じクラスになった、「もう一人の空士訓練校志望者」ディオーナ・パストレアです。
 接触は、ディオーナの方からでした。一体どこから聞きつけたのか、彼がすでに管理局の魔導師ランク(空戦Dランク)を取得していることを知って、『いろいろ教えてほしい』と言って来たのです。
 初対面でいきなりグイグイ来るので、最初、ニドルスの方は「引き気味」でしたが、その代わりに『学校でも有数の才女であるディオーナから、受験のための勉強を教えてもらえる』と知って、ニドルスは「交換条件」に応じました。
 最初のうちは、二人とも単なる「双務契約」のつもりだったのです。
 それでも、多くの時間を二人きりで過ごし続けているうちに、互いに相手を「意識」してしまうことは、この年頃の少年少女にとっては、ごく当たり前のことでした。

 その年、大人たちはみな、『カラバス連合との戦争がついに終結した』という話題で大いに盛り上がっていましたが、一度も戦場にならなかったミッドチルダの小児(こども)たちにとっては、そんなことは文字どおり「遠い世界のお話」でしかありません。
 7月の末、ディオーナは「勉強会」と称して、ニドルスをついに自宅へ誘いました。
 それでも、いきなり「自分の部屋」というのは、さすがに恥ずかし過ぎます。
 ニドルスをリビングルームのソファーに座らせてから、ディオーナは『実は、今日は、父さんも母さんも帰って来ない日なの』と小声で告白しました。
 途端に、ニドルスの挙動が「ぎこちない」ものになります。(笑)

 しかし、そこにタイミングよく、ディオーナの飼い猫が姿を現してくれたおかげで、一気に二人の緊張が解けました。
 訊けば、四年と四か月前、ちょうど彼女が初等科に入学する直前に、彼女の叔父の家で生まれた猫なのだそうです。
「四匹が一度に生まれた中で、この子だけ真っ白で、体が弱くてね。叔父は小さい頃から猫が好きだったけど、叔母の方は実は動物自体があまり得意じゃなくて……その上、リアに猫アレルギーが出ちゃったから、『この子猫たちは全部、里子に出そう』とか言い始めて……ああ。リアっていうのは、叔父夫婦の娘で、私と同い年のイトコなんだけどね。
 当然だけど、今にも死にそうなこの子にだけは、里親が見つからなくて……それで、私が無理を言ってもらって来たの。……ジェルディス。あなたは何も(おぼ)えてないだろうけど、最初の何か月かはホントに大変だったのよ」
 そう語りかけながら、ディオーナはその白猫を優しく抱き上げました。大きく成長した白猫は、声も上げずに、きょとんとしています。

「そのジェルディスというのは……もしかして、何か由来がある名前なの?」
「うん。今ではもう語られることも少ないけれど、ミッドにも本来、固有の神話があってね。そこに出て来る『夜空の女神、六つの夜風を率いて星空を()く〈闇の女王〉マウゼール』の双子の妹が『昼空の女神、六つの風を従えて青空を駆ける〈光の女王〉ハルヴェール』なの。そして、彼女に付き従う『六つの風』のひとつが、〈悪戯(いたずら)旋風(つむじかぜ)〉のジェルディスなのよ。……私は、活発で元気な子に育ってほしいと思って、この子にそう名付けたの」
「……ディオーナって、ホントに物知りなんだね」
 ニドルスは心の底から感心した口調で言いました。
「ただ本が好きで、いろいろと読んで来ただけよ。頭の良さだけなら、私よりリアの方がよっぽど頭が良いわ。……まあ、魔力なら、私の方がだいぶ上なんだけどね」
 前半はやや恥ずかしげな、後半はちょっぴり自慢げな口調です。
(身近な人と張り合えるのって良いことだなあ……。)
 ニドルスにとっては、そんな些細(ささい)なことですら充分に羨ましいことでした。彼には、そもそも自分にイトコがいるのかどうかすら、よく解らないのです。

 二人はしばらく、勉強そっちのけで「ミッドの神話や猫に関する話」を続けていたのですが……そこへ不意に、ディオーナの母親が帰って来ました。
「サ~プラ~イズ! ただいま、ディオーナ~。おみやげ、あるわよ~」
 二人そろって、玄関からの物音には全く気がつきませんでした。二人の主観としては、リビングルームのドアが「何の前触れも無く」いきなり開かれたような感じです。
 そうして部屋に入って来たのは、四十歳前後と(おぼ)しき、かなり小柄な女性でした。どうやら、昼間から少しばかり酔っているようです。
「ええっ! ママ? パーティーとかで帰って来られないんじゃなかったの?!」
「パーティー、つまんなかったから~。あとはラルちゃんに任せて、ママ、帰って来ちゃった~。ケーキ、二つだけ買って来たから、パパには内緒で、一緒に食べましょ~」
 そう言って、手に持った小箱をローチェストの上にそっと置いてから、彼女はようやくニドルスの存在に気がつきました。
「んん?」
 バッチリと目が合ってしまいます。
 ニドルスは、内心では慌てふためきながらも、即座に席を立って深々と頭を下げました。

「初めまして。お邪魔しております。自分はディオーナさんのクラスメートで、ニドルス・ラッカードと申します。以後、よろしくお見知りおきください」
 緊張のあまり妙に堅苦しい口調になってしまいましたが、それでも、ニドルスは何とか()まずにそのセリフを言い終えました。
 すると、女性は上機嫌のまま、ウンウンとばかりに小さくうなずき、いかにも感慨深そうな口調でこう語ります。
「そ~か~。ウチの娘も、もう親の留守を狙ってオトコを連れ込むような(とし)になったか~」
「そんなんじゃないから! もう。ママ、出てってよ!」
 ディオーナは顔を真っ赤にして席を立ち、両手でぐいぐいと母親の体をリビングルームから押し出して行きました。
「え~。ここ、私の持ち家なのに~」
 母親は悲しげな口調で不平を述べながらも、あえて逆らうこと無く、娘に押されるがままに廊下へ出て行きます。

「ケーキはあなたたちで食べちゃって良いから。……あ! ママ、お茶、出してあげる」
「それも、私がするから!」
 廊下の方からは、そんな楽しい(?)会話が聞こえて来ました。
(何だか、愉快なお母さんだなあ。)
 それもまた、ニドルスにとっては充分に羨ましいことでした。
(こういう家に生まれていたら、僕にももう少し違った人生があり得たんだろうか?)
 ニドルスは「初めての友人」の家で、改めて「自分の家があまり普通ではないこと」に気づいてしまいました。
 その後、ディオーナがお茶を入れ、一緒にケーキを食べながら聞いた話によると、彼女の母親は「ヴェローネ・パストレア」という名前で、42歳の「公務員」なのだそうです。
 しかし、ニドルスも、この時点ではまだ『管理局員も公務員の一種である』ということに、全く気づいてはいなかったのでした。


 そうして、穏やかに時は流れ……いよいよ空士訓練校の受験の日が来ました。
 新暦22年の1月下旬。昨夜から「この地方ではちょっと珍しいほどの」雪が降り積もっていたので、ニドルスは少し早めに家を出ました。案の定、公共の交通機関には少し遅れが出ていましたが、試験会場には余裕で間に合います。
 ニドルスも『不正防止のため、互いに見知った受験者にはわざと遠く離れた受験番号を与えて、なるべく別の会場で受験させるようにする』という話を聞いていたので、試験会場にディオーナの姿が見当たらないことに関しては特に疑問を感じませんでした。
 もちろん、個人のデバイスや通信端末を試験会場に持ち込むことは禁止されていたので、ニドルスは最初から自分の通信端末を家に置いて来ています。

 さて、午前中は筆記試験で、昼食休憩をはさみ、午後からが実技試験でした。
 実技試験は『会場ごとに何人かの試験官がいて、各試験官が個々の受験者を一人一人、番号順に審査していく』という形式で、受験者が事前に試験の内容を知ることが無いように、受験者はみな「窓が不透明な食堂」に待機させられて、一人ずつ呼び出され、試験を済ませた者は半ば追い出されるようにして、そのまま会場の外へと誘導されます。
 ニドルスは「自己採点では」余裕で合格ラインを超えていたので、自信を持って独り試験会場を離れました。

 ニドルスは実技試験の順番がだいぶ早い方だったので、まだようやく午後2時を過ぎたところでした。
(今、隣にディオーナがいてくれたら、「打ち上げ会」と称して、一緒にどこかの店に入って一服してるとこなんだろうけどなあ。)
 途中で買い食いなどしながらそんなことを考えていると、雪で滑って危うく転びそうになったりもしましたが、それ以外には特に何事も無く、ニドルスは家に帰り着きました。
 自分の部屋に戻って真っ先に通信端末を(のぞ)くと、すでにディオーナの端末からのメールが入っています。
(メール? 録音じゃなくて?)
 珍しいこともあるものだと思いつつ、それを開いて見ると、次のような無機質な文章が出て来ました。

『これを見たら、すぐにこの番号にかけ直してください。ヴェローネより。』

(ヴェローネおばさん? なんでディオーナの端末を使って?)
 ニドルスはあれからも何度かディオーナの家を訪れており、ディオーナの母親に対しても名前で呼びかけられる程度には親しい間柄になっていました。
 長い話になるような予感がして、ニドルスは先に小用を済ませてから、ディオーナの通信端末に連絡を入れます。
「ニドルスです。メールを見ました」
「ああ、ようやく……。ごめんなさい。こちらは、ヴェローネなんだけど……ニドルス君。今からすぐに動ける?」
 何やら憔悴(しょうすい)したような涙声でした。それを不思議に思いながらも、ニドルスは(かん)(ぱつ)を入れずに答えます。
「はい。動けますけど……何があったんですか?」
 しかし、そこでニドルスがヴェローネから聞かされたのは、あまりにも唐突すぎて、およそ信じがたい話でした。

(嘘だよね。そんなの、絶対、何かの間違いだよね。)
 ヴェローネの指示どおりにタクシーで病院へ駆けつける間、ニドルスはずっとそう祈り続けていました。
 しかし、ニドルスが病院のフロントで担当者に名前を告げると、静かに案内された場所は病室では無く、霊安室でした。ヴェローネは寝台脇の椅子に腰を下ろしたまま、寝台の上に突っ伏すようにして泣いています。
「お連れしました」
 担当者は妙に丁重な口調でヴェローネに一声かけると、そのまま退室しました。
 ヴェローネはゆっくりと体を起こし、振り向きました。一体どれほど泣けばそうなるのか、彼女の両目の周囲はもう真っ赤に()れ上がっています。
「ああ。ニドルス君、よく来てくれたわね」
 その様子を見て、ニドルスもついに『これは決して「何かの間違い」などではないのだ』と観念しました。

「ごめんなさい。当家(うち)では、昔から『葬儀は身内だけでの家族葬』と決まっているから、故人の友人は呼んであげられないの。だから……明日には葬儀をして、その日のうちに二人とも墓に埋めてしまうから……あなたには今日のうちに、ディオーナにお別れを言ってあげてほしくて……それで、あなたを呼んだの。いきなりこんな場所に呼び出したりして、ごめんなさいね」
 二台の寝台には一体ずつ遺体が横たわっており、全身に布がかぶせられて顔だけが見える状態になっていました。その顔立ちは、確かにディオーナとその父親のものです。
「どうして……こんなことに……」
 ニドルスは、たったそれだけの言葉を、やっとのことで(しぼ)り出しました。
「ごめんなさい。私がついていてあげれば……あるいは、こんなことには、なっていなかったかも知れないのに……」
 ヴェローネは、必要以上に『ごめんなさい』を繰り返しました。
もちろん、それは「謝罪の言葉」ではありません。彼女自身は何ひとつ悪いことなどしていないのですから。
 誰にも謝るべき理由など無いはずなのに、それでも、ヴェローネは悲しみのあまり、理由の無い「自責の念」に駆られて、そう言わずにはいられなかったのです。

「一体、何があったんですか?」
 ニドルスが静かに問うと、ヴェローネはようやく、ぽつりぽつりと語り始めました。
 自分は、仕事でもう何日も前から遠方に出かけており、昨夜のうちには家に戻れるつもりでいたが、予想外に仕事が長引いてしまったこと。
 それでも、一昨日(おとつい)の夕方には夫から『少しまとまった有休が取れた。娘には自分がついているので、こちらのことは心配せずに、君は自分の仕事の方を頑張ってほしい』と連絡があったので、自分も安心して、ディオーナのことは本当に夫に任せきりにしてしまったこと。
 そして、自分はこちらで雪が積もっているなどとは全く気づいていなかったこと。
「夫にも仕事があって、言うほど家にいる時間の長い方じゃなかったから……たまには『父親らしいこと』をしようとでも思ったのかしら。……バカな人。車の運転なんて、全然、上手(じょうず)じゃないくせに……」
 ヴェローネは、しゃくり上げながら、そう言葉を(つむ)ぎました。

「交通事故……なんですか?」
 ニドルスの言葉に小さくうなずくと、ヴェローネは『これは、私も後から聞いた話なんだけど』と前置きをしてから、一連の事情を語りました。
「多分……雪のせいで公共の交通機関に遅れが出ていると知って、夫の側から娘に『試験会場まで車で送って行こう』とでも持ち掛けたんでしょうね」
 今朝の積雪はせいぜい十数センチといったところでしたが、それでも、この地方でこれほど雪が積もるのは、かなり珍しいことでした。
(この一帯では「年間降水量」それ自体がさほど多くはないので、当然に「降水が冬場に雪と化して降る量」も多くはないのです。)
 だから、この地方では、歩行者も運転者もあまり雪に慣れてはいませんでした。
「もちろん、夫も安全運転を心がけてはいたんでしょうけど……交差点の少し手前あたりで幼児がいきなり車道に飛び出して来て、この雪では急ブレーキなんて()かないと判断して急ハンドルを切ったらしいの。それで、他の車と……大型車と接触して、(はじ)かれるようにして滑って行って……交差点で前方不注意のトラックに()ねられたのよ」
 ヴェローネが事故の(しら)せを受け、仕事を同僚に任せて急ぎこの病院に駆けつけた時には、二人はもう全身打撲と出血多量で息を引き取っていたのだそうです。

「私も……頭では解っているの。これは、どうしようもない事故だったんだって。たとえ私が早く家に帰っていて、代わりに私が運転していたとしても……あるいは、最初からタクシーを呼んで、プロの運転手に任せていたとしても……同じように起きていたかも知れない事故だったんだって。でも……でも……」
 ヴェローネはそこで、とうとう喉を詰まらせてしまいました。想いが胸の中で渦を巻いて、もう言葉にならないのです。
 ニドルスはしばらくの間、そんなヴェローネの(かたわ)らに寄り添うようにして、ただ突っ立っていましたが、やがて気を取り直したヴェローネから(うなが)されるがままにディオーナの手を取り、心の中で彼女に「お別れの言葉」を述べました。
 その手の冷たさが、どうしようもなく悲しくて、ニドルスもとうとう涙をこぼしてしまいます。

(おかしいよ! こんなの、絶対おかしいよ! この雪なら、交通事故で死者が出るのは解るよ。でも、どうしてそれが()りにも()ってディオーナなんだよ? 別に他の誰かでも良かったはずじゃないか!)
 ニドルスは思いました。世界はいつだって理不尽だ、と。
 ディオーナは善良で、優秀で、何より前向きな性格の少女でした。彼女の人生には、輝かしい未来が待っているはずでした。
『夢は、大きく執務官!』
 いつだったか、ディオーナは少し恥ずかしげに、そう言っていました。
 ニドルスも、彼女なら、きっと成れるだろう、と思っていました。
(それなのに……どうして、こんなことに!)
 彼女の「あり得た未来」を思うと、ニドルスにはもう涙を止めることができませんでした。

 それでも、このままここに立ち尽くしていても、どうなるものでもありません。
 やがて、ニドルスはまたヴェローネに(うなが)されて、ディオーナの冷たい手をそっと離しました。
「ニドルス君。もうひとつだけ、お願いがあるんだけど……いいかしら?」
「はい。どうぞ」
「何日かしたら、また私の方から……あの子の端末から……もう一度だけ、あなたを呼ぶわ。そうしたら、また、あの家に来てくれる? 見てほしいモノがあるの」
「……解りました。御連絡を、お待ちしております」
 そうして、ニドルスは独り寂しく帰途に()いたのでした。


 その後の何日かのことは、よく(おぼ)えていません。毎日、学校に(かよ)ってはいたはずですが、何も記憶に残っていません。
 何やら、夢と現実との区別がついていないような不思議な感覚です。
 休日の前日、端末に合格通知のメールが来ても、ニドルスは『ああ、そう』という感じでした。本来なら、声を上げて喜ぶべきところなのに、感情は沈み込んだまま、何にも反応しません。
 休日の朝、ヴェローネからのメールを受け取って、ニドルスの感情はようやく、まともな反応をしました。まるで『あの霊安室を出てから、すぐに眠りに就いて、今ようやく目が覚めた』かのような感覚です。

 ニドルスは、指定されたとおりの時間に、ヴェローネの家を訪れました。
 例のリビングルームに(とお)され、例のソファーに座っていると、ただそれだけで、ディオーナとの思い出が、亡き彼女の言葉や表情が、また改めてニドルスの脳裡(のうり)に浮かび上がって来ます。
(本当に、死んじゃったんだなあ……。)
 ヴェローネが入れてくれたお茶を一緒に飲んで、ニドルスも一息ついたところで、ヴェローネはこう言って話を切り出しました。
「ところで、ニドルス君。空士訓練校の試験は合格したのよね?」
「はい。昨日、合格通知のメールが届きました」
「良かったわ。この子が無駄にならなくて」
 ヴェローネはそう言いながら小箱を開けて、その中身をニドルスにも見せました。
「ペンダント? ……いや! これ、デバイスですか?」
 ニドルスにとっては、写真でしか見たことが無いような高級品です。

 ヴェローネは少し恥ずかしげな表情で、小さくうなずきました。
「私も親バカで……ディオーナなら、きっと合格するはずだからと思って、あらかじめ合格祝いを造らせておいたの。最新のAIを組み込んだ、いわゆる〈第二世代デバイス〉なのよ」
 新暦22年のこの段階では、第二世代デバイスはまだ一般に量産化はされていません。つまり、このデバイスは「特注品」なのです。
 ニドルスが思わず見惚(みと)れていると、ヴェローナはさらにこう言いました。
「でも、あの子はもう死んでしまったから……ニドルス君。このデバイスは、あなたが使ってくれないかしら?」
「え? ……いや、いや、いや。そんなこと、できませんよ! こんな高級品を」
 ニドルスが思わず右の()を横に振って固辞すると、ヴェローネはいきなり両手でその右掌をがっしりとつかんで、自分の手元に引き寄せました。
「お願いよ。受け取ってちょうだい」
(ええ……。)

「身勝手な言い(ぶん)なのは解っているわ。あの子の夢を代わりに(かな)えてくれ、とまで言うつもりは無いのよ。ただ……あなたがこれを使ってくれた方が、あの子の身魂(みたま)もきっと浮かばれるだろうと思うの」
(え。……いや。でも……。)
 ふと気がつくと、いつの間にか、猫のジェルディスが足許に来ていました。
「な~、な~」
 何かをねだるように、肉球でニドルスの足を押して来ます。
 もちろん、ジェルディスはただの猫なのですから、決して『ヴェローネの言葉を理解した上で、自分も口添えをしている』という訳ではないのでしょう。
 それでも、ニドルスには、何やらそのように思えてなりませんでした。
「……解りました。それでは、ありがたく使わせていただきます」
 ニドルスが覚悟を決めてそう(こた)えると、ヴェローネは嬉々として「マスター認証」のやり方などをニドルスに語って聞かせました。

「なるべく、あの子だったら付けそうな名前を選んで、この子に付けてあげて」
 ヴェローネが最後にそう言い添えると、ニドルスは決然とうなずいて、(いま)聞いたとおりのやり方を実行に移しました。
 まずは、ヴェローネから少し距離を取り、次には、近くに何も無い場所に立って周囲に魔法円を展開し、そして、両掌でデバイスを包み込んで魔力を込めて行きます。
「デバイス、起動」
 そして、ニドルスがゆっくりと両手を開くと、デバイスはその場に浮かんだまま、かすかな光を放ち始めました。
準備が、すべて整ったのです。
「マスター認証。我が名は、ニドルス・ラッカード」
『OK. Master NIDRUS. Call me, please.』
「汝の名は、ハルヴェリオス。青空を駆ける〈光の女王〉の加護を受けし者、ハルヴェリオス」
『It’s registered. I’m HALVERIOS.』

 当然ながら、『ディオーナは神話や物語の(たぐい)が好きだった』という事実(こと)は、ヴェローネもよく知っていました。それだけに、この「ハルヴェリオス」という名前も、大変に気に入ってもらえたようです。
【ミッドの古典語で、IOSは固有名詞を形容詞化するための語尾です。普通は「何々の」と訳されますが、実際には「何々に由来する、何々に関連した」といった意味になることが多く、神名についた場合に限って言えば、しばしば「何々の加護を受けた」という意味にもなり、そのまま名詞として扱うこともできます。】

 その後の雑談で、ヴェローネは初めてニドルスの家族を話題にしました。
「ところで、訓練校は全寮制だけど、御家族は納得してくれた?」
 ごく軽い口調です。おそらくは、「子離れのできない親」などを想定した「微笑ましい話題」のつもりだったのでしょう。
 ニドルスはそこで初めて『自分の家族がどれほど歪んでいるか』について、いささか愚痴まじりに語りました。
「……だから、僕などいない方が、あの家は収まりが良くなるぐらいなんですよ」
「ええ……」
 ヴェローネにとっては、完全に予想外の展開だったようです。

「昨日も、合格したことを伝えたら……普通なら、形だけでも『おめでとう』とか言うべきところだと思うんですけどね。僕の父親が一体何と言ったと思いますか?」
「……ごめんなさい。ちょっと見当がつかないわ」
「僕の方を見もせずに、『また()らん金がかかるのかよ』と言ったんですよ」
「ちょっと待って! それって、異常(おか)しくない?」
「やっぱり、異常(おか)しいですよね!」
「もしかして……ニドルス君、家では虐待されてるの?」
 赤の他人の話なのに、ヴェローネはまた今にも泣き出しそうな顔をしました。
「まあ、今時は、無視や放置も虐待の一種だそうですから……今までは恥ずかしくて、ディオーナにも誰にも話したことはありませんでしたが……まあ、『軽い虐待』なのかも知れませんね」
「ええっと……ご家族は、他に誰がいるの?」
「母と兄がいますが、父も母もこの兄にかかりっきりなんですよ。……正直に言うと、お金の問題さえ無ければ、今すぐにでも、こちらから縁を切りたいぐらいです。確か、そういう法律、ありましたよね」

 ミッドチルダには、昔から「法定絶縁制度」という法制度がありました。
 言うならば、これは『他人を家族にすることができる「養子縁組制度」の逆』で、『現実に血のつながった親子や兄弟姉妹であっても、双方の合意によって「法的に」他人になることができる』という制度です。
 これは本来、当局が小さな子供を毒親から保護するための制度だったのですが、その子供が一定の年齢に達していれば、子供自身がこれを主体的に利用することも当然に認められていました。
(もちろん、「親の側からの一方的な申し立て」は認められていません。)

「確かにあるけど……そこまで厳しい状況なの?」
「決して『本気で憎み合っている』というほどではないんですが……どうにも気持ちがズレすぎてしまって、もう互いに接点が何も見当たらないんですよ。ただ、今すぐ絶縁してしまうと、学費の問題とかがあるので……」
「本気で『親に借りを作りたくない』と言うのなら、奨学金という手もあるわよ。……もちろん、借金の一種だから、無事に空士になったら月々の給料から少しずつ返していかないといけないんだけど」
「でも、あれって、申請の手続きとか、かなりメンドくさいですよね?」
「初めての人にとっては、そうでしょうね。……そうだわ! 私、そういうの得意だから、代わりに手続きしてあげる。ちょっと、ニドルス君の端末、貸してくれる?」
(ええ……。)
 ニドルスもさすがにちょっと躊躇(ためら)いましたが、高価なデバイスを贈与されてしまった直後でもあり、ヴェローネの「100%善意」の笑顔を見ていると、なかなか断ることもできません。

「しばらく、ここで待っていてね。覗いたりしちゃダメよ」
 ニドルスから端末を受け取ると、ヴェローネはそう言って、リビングルームから駆け出して行きました。続いて、階段をパタパタと駆け上がって行く足音が聞こえて来ます。
(あれ? もしかして、これ、随分と待たされる感じなのかな?)
 ニドルスはふとそんなことを思いましたが、実際には、ほんの数分でまたパタパタと足音が聞こえ、ヴェローネはこちらの部屋に戻って来ました。
『はい』と返された端末には、すでに何かひとつメールが届いています。
「多分、『奨学金の申し込みは受理されました。合否の判定は、また後日、こちらからメールでお知らせします』みたいな内容のメールだと思うんだけど、一応、確認してみて」
 ニドルスが確認すると、まさにそのとおりの文面が出て来ました。
「後日とか言ってるけど、実際には、そんなに何日もはかからないと思うわ」
「何から何まで……本当にすみません」

 その日は、それで、ニドルスは家に帰りました。
『実家が裕福だと、奨学金の審査は通りにくい』と聞いていましたが、実際には、わずか三日後に、『管理局の方から奨学金が出ることが決まった』というメールが届きました。
 両親に知らせても特に反応はありませんでしたが、これでもう、初等科を卒業したら、荷造りをして出て行くだけです。
 ニドルスにとっては、実に晴れ晴れとした気持ちでした。

 こうして、新暦22年の4月、ニドルス・ラッカードは無事、12歳で空士訓練校に入学し、そこでは実に優秀な成績を(おさ)めました。
 その年の10月には、早くも二つ飛ばして「空戦Aランク試験」を受け、在学中のまま、それに合格します。
 しかし、その合格の直後に、ニドルスの身にはまた「思いもよらぬ災難」が降りかかって来たのでした。

 

 

【第9節】キャラ設定1: ニドルス・ラッカード。(中編)

 新暦22年の11月上旬。
 その朝、ニドルスは空士訓練校で初めて学長室に呼び出されました。
(特に、呼び出されるほどの悪さをした覚えは無いんだけどなあ……。)
 内心ではそんなことを考えながら、ニドルスは慎重に作法どおり入室したのですが、そこで学長から聞かされたのは、全く予想外の話でした。

「ニドルス・ラッカード君。どうか落ち着いて聞いてほしいのだが……実は、昨夜、君の御両親が自宅で殺害された」
「……ええっ? 一体誰が、そんなことを!」
 ニドルスは思わず驚愕の声を上げました。
 家庭的には確かに問題のある人たちでしたが、社会的には二人ともそれなりに立派な人物です。それに、何と言っても外面(そとづら)が良く、誰かから恨みを買っていたなどという話は一度も聞いたことがありません。
 しかし、学長はニドルスの疑問には答えずに、こう言葉を続けました。
「犯人はすぐに自首したので、今は留置場にいるのだが、君との面会を要求していてね。君も気が重いだろうが、今から犯人と会って、話をして来てくれないだろうか?」
「え? 僕を名指しですか? ……いや。そういう話し合いなら、兄の方が向いていると思うんですが……。まさか、兄は今、病院にでも(かつ)ぎ込まれて、話もできないような状態なんですか?」

 しかし、学長はひとつ深々と息を吐いてから、ニドルスに真実を告げました。
「いや。その犯人というのがね。実は、君のお兄さん本人なのだよ」
「……はあァ?」
「どうやら、彼は自分の裁判が始まる前に、『法定絶縁制度』で君との縁を切っておきたいらしいのだ。当校としても、こんなことで君の経歴に傷をつけたくはない。是非とも、彼の申し出をそのまま受ける方向で、話をつけて来てほしいのだが……どうかね?」
「……解りました。とにかく、一度、会って話をして来ます」
「そう言ってくれると助かるよ。現地までは車で送らせよう」

 こうして、ニドルス(12歳)は留置場で「小さな穴がたくさん()いた透明な壁」をはさんで、兄ヴェナドゥス(16歳)と対面しました。
「プライベートな話をするので、一旦、席を(はず)していただけますか?」
 ヴェナドゥスがとても紳士的な態度と口調でそう言うと、彼の担当法務官と(おぼ)しき中年の女性はそのまま退室しました。
 これで、本当に「密室に」二人きりです。
 係員が外から扉に施錠した音を確認してから、ヴェナドゥスは床に固定された「背もたれの無い椅子」に、どすりと腰を()ろし、無造作に脚を組みました。
「猫をかぶり続けるのも疲れるぜ。……ああ。お前も座ったらどうだ?」
 態度も表情も口調も、先程とは全く別人のようです。兄の豹変ぶりに驚きながらも、ニドルスは同様の椅子にそっと腰を下ろしました。
「安心していいぞ。ここは、録音も録画も監視もされてねえし、よほどの大声でも上げねえ限り、外には何も聞こえねえ。その点は確認済みだ」
 ヴェナドゥスはそう言って、へらへらと笑ってみせます。

 ニドルスが絶句したまま、しばらく無言でいると、ヴェナドゥスは心底(しんそこ)詰まらなさそうに舌を打ちました。
「何、黙ってんだ、この野郎。この俺に何か言いてえことは()えのかよ?」
「……なぜ殺した?」
 ニドルスがやっとのことで、その一言を吐き出すと、ヴェナドゥスは一瞬、大きく目を見開き、そして、アッハッハァと大笑いを始めます。
「ホントにそんなコトも解らねえのか。だから、お前はバカだって言うんだよ」
「質問に答えろ!」
 どうしようもない(いら)立ちと嫌悪感が腹の底から()き上がり、次第にニドルスの意識と口調を変えて行きました。その変化を感じ取ったのか、ヴェナドゥスもバカ笑いを()めて、真顔で弟と向き合います。
「ずっと前から殺したかったさ。あんな毒親は、お前だって殺したかっただろう? お前の代わりに手を汚してやったんだぜ。少しはこの兄に感謝したらどうだ?」
「あの二人が毒親だったのは確かだけど、僕は殺したいとまでは思ってなかったよ。せいぜい早く縁を切りたいと思っていただけだ」

 自分の兄がこんな人間だということに、どうして今まで気がつかずにいたのだろう。ニドルスは思いました。ただ単に兄の演技が上手(うま)かっただけなのか。あるいは、ただ自分がいろいろなことから目を(そむ)けて生きて来ただけなのか、と。
 実のところ、ニドルスは今までの人生の中で、これほど真面目に兄と向き合ったことは、一度もありませんでした。
「お前はいいよな。一言『縁を切りたい』と言えば、喜んでそうしてもらえる立場なんだから」
 ヴェナドゥスはいよいよ心の闇をぶちまけ始めます。
「俺は物心ついた時にはもう、期待という名の鎖で『がんじがらめ』になっていた。生まれてふと気がついたら、不平や不満など一言も言えねえ状況に、いきなり追い込まれていたんだよ」
「言いたいことがあるなら、言えば良かったじゃないか! 何も殺さなくても!」
「それは縛られていなかった人間の言い草だ」
 ヴェナドゥスは、弟の懸命の主張をもバッサリと切って捨てました。

「ガキがオトナにケンカを売っても勝てねえよ。しかも、向こうはルール無用だ。二人がかりで、あの手この手を()り出し、口では『お前のためだから』とか言いながら、俺の人生を、俺の自由を、全力で(つぶ)しに来やがる。
 俺はガキの頃、面と向かってアイツらに言われたことがあるよ。今でも一言一句、正確に覚えている。アイツらは五歳児に向かって『自分たちがわざわざお前のためにレールを敷いてやっているんだから、お前は何も考えず、ただ自分たちの言うとおりにそのレールの上を走ってさえいれば、それで良いんだ』と、そう抜かしやがったんだぞ。
 要するに、アイツらが欲しかったのは『独立した人格を(そな)えた息子』では無く、ただ『自分たちの願望を乗せて目的地まで走ってくれる機関車』だったのさ。そんな人間(ひと)人間(ひと)とも思わねえような考え方が、許されると思うか? アイツらは殺されて当然のクズどもだった。だから、俺はあの頃からずっと、いつか勝てるようになったら殺してやろうと思い続けていたんだよ」

 それは、きっと「賢さゆえの悲劇」だったのでしょう。普通の五歳児なら、そんな難しいことを言われても、相手の真意を理解して殺意まで覚えたりはしません。ましてや、その殺意を十年以上もの間、心の奥で深く静かに(くすぶ)らせ続けたりはしません。
 ヴェナドゥスは続けて語りました。
「俺には最初から二つの選択肢しか無かった。『手の綺麗な奴隷』になるか、『手の汚れた自由人』になるか、だ。その二つなら、どちらを選ぶべきなのかは考えるまでも()え」
「それで? 今、アンタは自由なのかよ? 殺人犯の行き先は監獄だぞ」
 それを聞くと、ヴェナドゥスはまた大笑いを始めます。
「あのなあ。人間社会には、ルールってモンがあるんだよ。だから、そのルールを熟知して、それを上手(うま)く利用した方が勝つんだ。ただのゲームと同じさ」
「人生は、ゲームじゃないだろう!」
 ニドルスのそんな怒りの声をも、ヴェナドゥスは鼻でせせら笑いました。
「同じだよ。せいぜい、金を賭けるか、命を賭けるか。その程度の違いさ」

 ニドルスが絶句していると、ヴェナドゥスはまたさらに言葉を続けました。
「ルールをひとつ教えてやろう。俺は今年まだ16歳で、法律上は未成年だ。ミッドの法律なら、身内を二人殺したぐらいでは終身刑にはならねえ。俺はせいぜい四年か五年でまたムショから出て来ることができるんだよ。
 同じ『不自由な生活』なら、親がくたばるまで長々と続けるよりも、四~五年で切り上げた方が良いに決まっている。だから、俺としては、同じ『()る』なら、17歳になる前に()るしかなかったのさ。どうだ! すこぶる論理的な判断だろう?」

(コイツは、もうダメだ。)
 ニドルスはその「いかにも自慢げな言い方」を聞いて、もういろいろなことを諦めました。この男には、人間ならば誰もが持っているはずの「当たり前の倫理観や道徳心」が、そもそも(そな)わっていないのです。
 しかし、それも無理は無いことなのかも知れません。彼の両親は、彼に対してそういう「当たり前のモノ」を身に付けるための教育など一切して来なかったのですから。
 ニドルスは、もういろいろとスッ飛ばして、本題に入ることにしました。
「……解った。では、次に、法定絶縁制度の話だが……」
「ああ。お前も社会人一年生でいきなり『前科者の弟』と呼ばれたのでは、いろいろとやりづらいだろう? だから、わざわざこちらから『あらかじめ縁を切っておいてやろう』と言ってるのさ。愚弟よ、少しはこの兄に感謝しろよ」

「……解った。僕の側のメリットは、確かにそのとおりだ。しかし、この絶縁は、アンタの側には一体何のメリットがあるんだ?」
 すると、ヴェナドゥスは『やれやれ』と言わんばかりに小さく溜め息をつくと、またあからさまに相手を見下した視線でニドルスを(ねめ)つけました。
「そんなコトも解らねえのかよ。だから、お前なんかに『俺の弟』は務まらねえって言うんだよ」
(そんなの、最初(はな)から(つと)める気なんて無いよ! と言うか、僕だって好きでアンタの弟になんか生まれて来た訳じゃないよ!)
 そんな言葉が喉元まで出て来ましたが、ニドルスはあえてそれを飲み込みました。こんなイカレた人間とは、もう「必要最低限」以上の会話などしたくはなかったのです。
「仕方が()えから教えてやるよ。『犯人は発作的な激情に駆られて両親を殺してしまったが、今はもう充分に反省している。その証拠に、せめて「将来を嘱望されている弟」には自分の罪が及ばないようにと、自分の側から弟に絶縁を申し入れた』というシナリオにしておけば、法務官の心証も良くなるし、その分、俺の刑期も短くなるだろう? ただ、それだけのことさ」

 ヴェナドゥスは続けて、さも得意げに語りました。
「法律がいくら厳格でも、それを実際に運用するのは所詮、人間だ。そして、俺ほどの美貌と才能があれば、人間なんて、いくらでも(だま)せるんだよ」
 やはり、『他人(ひと)を騙すことは「それ自体が」悪いことだ』などという考え方は、カケラも持ち合わせていないようです。
 ニドルスが思わず嫌悪に顔を(ゆが)めたのを見て、ヴェナドゥスはまたいかにも楽しそうに笑い、こう言ってのけました。
「お前にとっても損の無い話だ。ここは仲良く、Win-Winで行こうじゃねえか」
 言いたいことは山ほどありましたが、ニドルスはそれらをすべて諦めました。
「……解った。この件に関しては、アンタの言うとおりにするよ」

「よし。じゃあ、俺はこの機会に、苗字をグルゼムに替えるってことで良いな?」
 絶縁に際しては、必ずしも『一方が苗字を替えなければならない』という訳ではないのですが、法律上はそれも広く認められている権利です。
 しかし、それは初めて聞く苗字だったので、ニドルスは思わず声に出してしまいました。
「グルゼム?」
「知らねえのか? あの母親の元の苗字だよ」
 ニドルスは今まで、そんな基本的なことすら、親から聞かされたことは一度も無かったのです。
 そして、ヴェナドゥスは、ニドルスの驚きなど気に留める様子も無く、席を立ちました。
「よし。じゃあ、今から法務官を呼ぶが、さっき言ったシナリオのとおりに受け答えしろよ。さもなくば、生涯、お前につきまとって足を引っ張り続けてやるからな」
「解った。お互いに(あと)腐れの無いよう、ここでキレイに縁を切ろう」

 ヴェナドゥスが壁のブザーを押すと、じきに扉を解錠する音がして、先程の女性法務官が入室して来ました。
「お話は終わりましたか?」
「はい。弟も何とか納得してくれました」
 ヴェナドゥスが素早く猫をかぶって模範的な態度と口調でそう言うと、法務官は本当に嬉しそうに『良かったわね』と声を掛けます。
(お前ら法務官の目は、節穴かよ。)
 ヴェナドゥスの本性を知っていると、ニドルスには法務官の善意の笑顔も、もう『不幸な境遇で育った可哀そうな少年を助けてあげる「立派な法務官」という自分の役割にただ酔っているだけ』にしか見えません。
 二人は互いに、必要な書類に署名し、所定の場所に血を一滴たらして遺伝情報を登録しました。『同じ内容の書面を三通(さんつう)作って、法務官も含めた三者が一通ずつ所持する』という形式です。
 この日を最後に、ニドルスがこの兄の顔を見ることは二度とありませんでした。

 また車で送られて空士訓練校に戻り、学長室でその書面を直接に見せると、学長も『これで状況は一段落した』とばかりに安堵(あんど)の表情を浮かべました。
「その書面は、生涯、紛失しないように注意しなさい」
 そう念を押されてから、ニドルスはようやく解放されます。
思えば、長い一日でした。

【そして、その後、ヴェナドゥスの裁判は年内に終了しました。未成年を理由に、懲役4年の実刑判決で済んでしまいます。
 しかも、実際には、新暦24年の暮れ、ヴェナドゥス・グルゼム(18歳)は「模範囚」として、わずか2年で出所してしまいました。
 そして、彼は即座に首都圏へと移り住んだ後、翌25年の夏には大手のヤクザ組織の法律顧問に収まり、以後、端正な顔立ちと莫大な知識量を武器にして、巧みに他人(ひと)(だま)して(おとしい)れ、裏ではそれを嘲笑(あざわら)いながらも「法の網」を巧みにかいくぐって荒稼ぎをするようになります。
 彼は、実際に血のつながったニドルスの実兄であり、また、(たぐい)(まれ)な美貌と知性の持ち主でもありましたが、同時に、正真正銘(しょうしんしょうめい)の「人間の(くず)」でした。】


 その後、ニドルスはとても優秀な成績で空士訓練校を卒業して、新暦23年の4月からは地元の空士隊で、まずは一般の空士として勤務を始めました。
 翌24年の秋には「空戦AAランク」を取得し、そのままディオーナの夢を引き継ぐかのように執務官を目指します。
 こうして、新暦25年の10月。奨学金も「30回分割」で返済が終わる頃に、ニドルスは15歳で早くも執務官試験に挑戦しました。
 受験者は毎年、ミッドチルダ全体でもほんの数十名で、しかも、それが大陸全土に散らばっている状態なので、原則として、執務官試験はそれぞれの土地で一人ずつ個別に行なわれます。
 ニドルスも、地元のヘレニゼア地方にある「広大な演習場の片隅」で受験できることになりました。

 午前中の「面接(適性検査)と学科試験」には何の問題も無く、午後の「基本実技試験」も全く予定どおりに進行したのですが……最後の「実戦形式試験」になって、不意にトラブルが発生しました。
 この試験で「受験者の仮想敵」を演じる試験官には、当然ながら、執務官並みの実力が要求されるのですが、そうした人材は数が限られており、必ずしも地元で見つかるとは限りません。
 そこで、今回も首都在住の某執務官に試験官を依頼していたのですが、『正午(ひる)過ぎに中央幹線道で玉突き事故が発生し、それによる渋滞に巻き込まれてしまったため、試験官の現地への到着が予定よりも大幅に遅れる』と言うのです。

「そういうことなので、誠に申し訳ないが、君はあと2時間ほど、このままこの場で待機していてくれないかね?」
「ええ……」
 試験実行担当者たちからの説明を聞いて、ニドルスは思わず嘆きの声を漏らしてしまいました。すると、背後から思わぬ助け(ぶね)が現れます。
「2時間は、さすがに長すぎるわよねえ」
 どこか聞き覚えのある声に、ニドルスが慌てて振り向くと、そこに立っていたのは、何と「ヴェローネおばさん」でした。
(え……? どうして、おばさんがここに?)
『我が目を疑う』とは、まさにこのことです。
 しばらく奇妙な()()きました。どうやら、ヴェローネが念話で試験の担当者たちに何かを語ったようです。担当者たちは慌てて席を立とうとしましたが、ヴェローネは軽く手を振り、それを制止しました。
「そういうのは、いいから。今日の私は、ただのヴェローネ・パストレアだから」
「……解りました。それで……本日は、一体何の御用でしょうか?」

「特に用なんて無かったのよ。ただ、知り合いの子が執務官試験を受けると聞いて、ちょっと内緒で(のぞ)きに来ただけで」
 ヴェローネはそこで、不意に話の相手を切り替えました。
「ごめんね、ニドルス君。何事も無ければ、あなたにも見つからないように、こっそりと覗くだけで済ますつもりでいたんだけど。……正直な話、こんな何も無い場所(ところ)で2時間も待つのは(つら)いでしょう?」
「そうですね。正直に言えば、ちょっと……」
「だから、今日は特別に、私が試験官をしてあげるわ」
(ええ……。おばさん、何、言っちゃってるの?)
 ニドルスも困惑しましたが、担当者たちはそれ以上に大慌てで声を上げます。
「お待ちください! これは、ただの執務官試験です。あなたほどの(かた)がわざわざ『お出まし』になるほどのことではありません!」
(あれ? もしかして……ヴェローネおばさんって、局の偉い人なの?)
 ニドルスはようやく気がつきました。

 ヴェローネはにこやかに、それでも、ややぞんざいな口調で言葉を返します。
「別に良いでしょう? 局の規定では、確か、『空戦AAAランク以上での実戦経験』と『士官としてのキャリア』がそれぞれ3年以上もあれば、試験官の資格としては充分だったはずよ」
 しばらくの間、また念話で「受験者には聞かせられないようなやり取り」があったようですが、結局は、担当者たちの方が折れました。解りやすく、揃ってがっくりと首を()れます。
「じゃあ、彼の方にはキャンセルの連絡を入れておいてね」
 察するに、迂闊(うかつ)にも渋滞に巻き込まれてしまった執務官のことでしょう。
「……解りました」
「シナリオは、いつもの人質奪還戦で良いのかしら?」
「はい。あちらの廃ビルを利用していただくことになります」
 ここで言う「人質奪還戦シナリオ」とは、『受験者は「強敵」の妨害をかいくぐって屋内に侵入し、「見張り」を倒して「人質」を奪還し、その「人質」を屋外の所定の場所まで連れて行く』というシナリオであり、「見張り」と「人質」の役は単純なドローンが演じますが、「強敵」の役は試験官が演じます。

【なお、「新暦25年」の段階では、StrikerSの時代のような、『屋外に大型の建造物を丸ごとレイヤーで組む』という技術は、まだ実用化されていませんでした。】

「言い遅れちゃったけど、本当に久しぶりね、ニドルス君。あれからもう……3年と9か月になるのかしら?」
「はい。長らく御無沙汰しておりました」
「そんなにかしこまらなくても良いわよ。……あっ! それから、いくら親しい間柄でも、採点が甘くなったりはしないから、そのつもりでね」
 ヴェローネはいかにも楽しげに、笑ってそう言いました。
「いや。それは、もちろんですが……その、あなたは一体……」
「今まで黙っていて、ごめんね。こう見えても、私、昔は執務官をやっていたのよ」
(ええ……。)
「この試験に合格できたら、全部、教えてあげるわ。さあ、あなたと〈ハルヴェリオス〉の実力がどこまで伸びたのか、私に見せてちょうだい」
「……はい! 御期待に(こた)えてみせます!」
 こうして、最後の課目である「実戦形式試験」は、ニドルスにとっては少々予想外の形で始まりましたが、その結果は大変に満足のゆくものとなりました。


 そして、数日後の夕刻、ニドルスは部隊長に呼び出されて彼の執務室に出頭し、無事に「執務官試験の合格証書」を手渡されました。
 管理局の慣例で、「推薦(すいせん)者」を必要とする試験においては、しばしばこのように当局から「推薦者を経由して」合格者にその証書が手渡されるのです。
「おめでとう、ニドルス君。これで、あとは12月から〈本局〉へ行き、『三か月間の研修』を無事に終えれば、来年の4月から、君は執務官だ。
 また、所属の上でも研修の開始をもって、君はこの空士隊から〈本局〉へ異動となる。さあ、あと丸2か月も無いぞ。少し気が早いようだが、そろそろ仕事の引き継ぎや自室の荷造りなども進めていってくれ」
「解りました」
「それでは……明日は、特別休暇とする。必要とされていることを済ませて来なさい」
(……は?)
 その時点では、部隊長が何を言っているのか、よく解りませんでしたが、退室した直後に、またディオーナの端末からメールが届きました。
 もちろん、差出人はヴェローネです。

『明日の正午(おひる)過ぎに、もう一度だけ、あの家に来てください。部隊の方には、すでに話はつけてあります』

(ええ……。おばさんって、部隊長にも命令できるほどの立場だったの?)
『言葉も無い』とは、まさにこのことでしたが、ともかく、ニドルスは黙ってその指示に従ったのでした。

 そして、翌日の午後、例のリビングルームに(とお)され、例のソファーに座ると、ニドルスはまずヴェローネに向かって深々と頭を下げました。
「その、何と言うか……自分は今まで、あなたの素性とか、全く気がつかずにいて……いろいろと御無礼があったかとは思いますが……申し訳ありませんでした」
 すると、ヴェローネは笑ってこう返します。
「良いのよ、そんなこと、気にしないで。そもそも、私の方があなたに気づかれないように努力していたんだし」
「そうだったんですか?」
「ええ。ディオーナからも初等科に上がる前に、『周囲から「親の七光り」だと言われたくはないから』と頼まれてね。それ以来、ミッド地上では、ずっと『普通のおばさん』を演じ続けていたのよ。……でも、あなたには、もう隠す必要は無いわね。
 私の戸籍上の本名は、ミゼット・ヴェローネ・クローベル。パストレアは、本当は、婿入りした夫の元の苗字なの。管理局の方では、ミドルネームの方を(はぶ)いて、ミゼット・クローベル提督と呼ばれているわ」
「え?! それじゃ……本当に、三年戦争の英雄のミゼット提督なんですか?!」
 ミゼット・ヴェローネは、小児(こども)のように悪戯(いたずら)っぽい笑顔で、小さくうなずきました。


 ミゼット・ヴェローネ・クローベルは、前22年(ミッド旧暦518年)に、名門クローベル家の第二子(長女)として生まれました。
 5歳の時には、もう魔法を使えるようになり、6歳からは通信教育を受けて、わずか四年で義務教育課程をすべて修了し、10歳の春には、いきなり士官学校に入学したという天才児です。
 彼女は卒業後、しばらくは地元の空士隊で普通に準空尉や三等空尉を務めていましたが、15歳で執務官に転身し、19歳になると(兄の結婚に合わせるかのように)自分も婿(むこ)を取って実家の近くに独立した家を構えました。
 さらに、ミゼットは21歳で艦長になり、その翌年(新暦元年)には男児リスターを出産しました。子供好きの兄夫婦がなかなか子宝に恵まれずにいたのを幸い、ミゼットは産後、半年たらずで、その息子を実家の両親と兄夫婦に預けて早々と復職します。
 そして、その後も、彼女は順調に活躍を続け、新暦7年には28歳で早くも提督(一等海佐)となりました。
(ちょうど弟夫婦に第一子が生まれた頃のことです。)

 しかし、同年に「6歳児の集団検診」で、リスターにはリンカーコアが無いことが確認されました。
 元々が、やや凡庸(ぼんよう)な子です。
『この子は、これから先、母親の私と比較されてばかりの、(つら)い人生を(あゆ)むことになるのかも知れない』
 ミゼットはそう考えて、息子の将来を心配しましたが、その直後に、魔力の無い兄夫婦の側から申し入れがありました。
『今さらだが、自分たちに子供ができないのは、遺伝子の問題だと解った。つまり、これから先も子供は望めないのだ。そこで、相談だが、できればリスターを養子にもらえないだろうか』と言うのです。
 確かに、息子はもう両親や兄夫婦によく(なつ)いています。一方、自分は、少なくとも息子が物心ついてからは、母親らしいことなど何ひとつできていません。
 ミゼットは息子の気持ちをよく確認してから、夫の同意を得て、兄夫婦(および両親)の願いをそのままに受け入れたのでした。

 その三年後、新暦10年に、ミゼットは31歳で今度は女児ディオーナを出産しました。
 夫ともよく話し合った結果、『たとえ(とも)(ばたら)きでどれほど忙しくても、この子だけは何とかして自分たちの手で育てよう』という話になります。
【なお、ミゼットは翌11年に、産休明けの仕事で〈外97地球〉を発見し、さらに、新暦15年には〈最初の闇の書事件〉にも深く関与し、その際の功績によって、翌春には准将となるのですが、それらはまた別のお話です。】

 新暦16年、「6歳児の集団検診」で娘が相当な魔力の持ち主だと解ると、ミゼットは娘や夫ともよく話し合った末に、実家のある都市(まち)から弟夫婦が住む隣の都市(まち)へと引っ越しました。
 弟は「分家筋」という扱いなので、随分と「気楽な生活」をしており、しかも、夫婦の間には、すでに2男1女があって、その1女(第二子)であるリアンナは、ディオーナと同い年です。そういう親戚が身近にいる環境で育った方が娘のためにも良いだろう、と考えての転居でした。
 転居先の家は、「管理局の外部協力者でもある特定建築業者」に大急ぎで建てさせた、セキュリティも抜群の特注品です。
 自分の母親が管理局の准将だと知った娘から、『周囲から「親の七光り」だとは言われたくないから』と頼まれたこともあって、ミゼットはこの都市(まち)では名門の苗字を隠し、「ヴェローネ・パストレア」と名乗ることにしました。もちろん、弟夫婦や管理局員一同にも口裏を合わせてもらいます。
 夫も意図的に仕事を減らし、やや「専業主夫」に近い生活をしてまで、妻と娘のために尽くしてくれました。

 翌17年の3月には、娘が弟夫婦の家から「今にも死にそうな子猫」を引き取り、その年の4月には、その娘が地元の魔法学校の初等科に入学しました。
 新暦18年に「カラバス連合との戦争」が始まると、ミゼット提督はいよいよ「自宅には滅多に戻れない身の上」になってしまいましたが、その際にも、夫と娘は不平を漏らすことも無く、彼女の仕事を応援してくれました。
 結果としては、二人とも「つまらない交通事故」で死んでしまいましたが、それでも、ミゼットは今でも、亡き夫と娘には深く感謝をしています。

【ちなみに、あれ以来、ミゼット提督は、ミッド中央政府にも直接に働きかけて、オートモービル(自動車)の事故を減らすための法制度改革を進めさせていました。
 その後、オートモービルに「運転制御AI」の搭載が順次、義務化されていったのも、実は、彼女からの働きかけによるところが大きかったのです。
 もちろん、現代(新暦90年代)では、すべてのオートモービルに高度な「運転制御AI」が搭載されており、人間の運転手がいなくても交通事故など滅多に起こりません。
(と言うより、無人運転の時の方が、むしろ事故率は低くなっています。)】

 新暦21年の夏には、管理局もようやく、カラバス連合との三年戦争に勝利し、その立役者(たてやくしゃ)となったラルゴ提督とミゼット提督は、当分の間、毎日のように繰り返される「戦勝パーティー」の(たぐい)に「引っ張りだこ」となりました。
 しかし、ある日、ミゼットは夫から『自分はどうしても断れない仕事の都合で明日まで家に帰ることができず、今夜は娘が家で一人きりになる』と聞かされると、とうとう我慢できなくなって、その日のパーティーを途中ですっぽかし、後は「ラルちゃん」(当時はまだ髪がフサフサしていたラルゴ・キール提督)に任せて、娘のために独りで自宅に帰って行ってしまいました。
 実を言うと、ニドルスが初めてこの家で「ディオーナの母親」と出逢ったのは、そうした状況下での出来事だったのです。

 そして、夫と娘の事故死から2か月後、新暦22年の3月に、ミゼット提督は「三年戦争」での戦功によって、43歳で少将に昇進しました。
 しかし、実のところ、特に嬉しくも無く、『いよいよ〈本局〉に縛りつけられて、ミッド地上の自宅に帰る時間が無くなってしまった』ことが、むしろ悲しいぐらいでした。
 実は、ニドルスがあれ以来、長らく「ヴェローネおばさん」に会えずにいたのも、もっぱらそのせいだったのです。


 そして、今は新暦25年の10月。
 ミゼット・ヴェローネ・クローベル(46歳)は、久しぶりにニドルス(15歳)を自宅に招き、自分の経歴として、おおよそ以上のような話を語って聞かせたのでした。
 さらに続けて、ミゼット・ヴェローネはまたこんなことを語り始めます。
「実は、あなたの御家族についても、あれから少しばかり調べさせてもらったわ。お兄さんは……随分と歪んでしまった人みたいね」
「ええ。まあ……」
「ところで、あなたはもう聞いてる? 彼は昨年の暮れに早くも出所して、年末のうちに首都圏で行方(ゆくえ)をくらませたそうよ」
「……いえ。今、初めて聞きました」
「もう一度ぐらいは、会ってみたい?」
「いや、それは勘弁してください。向こうから距離を取ってくれたのなら、こちらとしては大歓迎ですよ。もう二度とアイツの顔など見たくはありません」
 ニドルスは本当に吐き捨てるような口調でそう答えました。

 そこで、ミゼット・ヴェローネはわざとひとつ「嫌がらせ」のようなことを言います。
「でも、執務官になって首都圏の事件を担当したら、ばったり出くわすことだって、あるかも知れないわよ」
「それなら……研修で、一応は希望も訊かれるそうですから……ミッド以外の世界、なるべく遠方の世界の事件を優先的に回してもらえるように、希望を出しておきますよ」
「そうね。そうして少し経験を積んだら、今度は『巡回任務中の艦船に同乗して、あちらこちらの世界を巡ってみる』というのも、あなたのような子には向いているのかも知れないわね」
 彼女がそう考えた根拠はよく解りませんでしたが、ニドルスにとっても、それは妙に納得のゆく未来像でした。

「それから、実は、ここからが今日の本題なのだけれど……ニドルス君。あなたにひとつ頼みたいことが……あなたにしか頼めないことがあるのよ。聞いてくれる?」
「はい。僕にできる範囲のことでしたら、何なりと」
 ニドルスがそう即答すると、ミゼット・ヴェローネは、またいささか躊躇(ためら)いがちに語り始めました。
「この家は元々、ディオーナのために建てた家だったんだけど……あの子のお墓は夫の墓と一緒に実家の方で用意してもらったから、ここにはもう何も無いの。
 だから、この家ももう、売り払うなり取り壊すなりしてしまっても構わなかったのだけれど……今まで、私の気持ちの整理がつかなかったのよ。
 それに、『犬は人に付き、猫は家に付く』とも言うし……ジェルディスも、ずっとこの家の中だけで育てて来た子だから、今さら他の家に移しても、その家には馴染めないんじゃないかと思って……私もこの家屋(かおく)に関することは、ずっと先送りにして来たの」

 自分のことが話題にされたと解るのでしょうか。
 ふとジェルディスがのそのそとやって来て、ソファーの上に上がろうとしましたが、ただ背伸びをするばかりで、もう昔のように跳び上がることもできないようです。
 ミゼット・ヴェローネは、実に悲しげな(おも)持ちで、体の弱って来た白猫を優しく自分の膝の上へと抱き上げました。
「もしかして……ジェルディスはもうどこか体が悪いんですか?」
「この子は元々、生まれてすぐに死にかけていた子だから。昔から、良く言えば『とても大人しい子』で、悪く言えば『あまり元気の無い子』だったわ。だから、怖くて子供を産ませることもできなかったし……それ以前に、発情期のようなものも特に無かったの。
 それで……私は管理局の将軍として〈本局〉(づと)めが忙しくなって、もうあまりこの家に帰って来ることもできなくなっていたから……この三年あまりの間、ずっと、この子の世話と家屋の維持管理のためだけに、実家から紹介された住み込みの使用人を一人、この家に置いていたの。
 でも、先日、その使用人から『どうも猫の調子が良くなさそうだ』と報告を受けて、私も慌てて獣医に()てもらったんだけど……この子はまだ八歳なのに、どうやら、もう今度の冬は越せそうにないらしいのよ」

 ミゼット・ヴェローネは、滔々(とうとう)と語り続けました。
「これは、もちろん、私の身勝手な感傷なんだけど……せっかく猫に生まれて来たのに、この家の中に閉じ込められたまま、こんな『狭い世界』しか知らずに死んでいくのは、何だかとても可哀そうなことのような気がして来たの。
 それで、最初は『体さえ丈夫なら、いくらでも外に連れて行ってあげられたのに』と思って……次には『いっそのこと、私の使い魔にしてしまえば良いんじゃないのか』とも思ったんだけど……よく考えたら、役目が私の秘書では、ほとんど将軍用のオフィスに(こも)りっぱなしになるから、広い世界を見せてあげることには、今ひとつ結びつかないのよ。
 それでも、このまま放っておいたら、この子はもう長くはないわ。……だからね、ニドルス君。できれば、この子をあなたの使い魔に、執務官の補佐としていろいろな世界へ行ける子にしてあげてほしいの。……私のお願い、聞いてくれるかしら?」

 これは、本来なら、決して「軽々しく引き受けて良い話」ではありません。「人造」とは言え、使い魔は(かり)にも「生命体」であり、『何かの命を預かる』という行為には、必然的にそれ相応の責任が(ともな)うからです。
 古来、『使い魔は最初から契約で(しば)り、契約期間の終了とともに使い捨てにする』という魔導師は全く(あと)を絶ちませんが、ニドルスの性格では、そんな薄情なこともできません。
 ましてや、ジェルディスは「あの」ディオーナの飼い猫なのです。一度、引き受けたら、途中で見捨てることなど、できるはずもありませんでした。
 使い魔の寿命は、素体となる動物の種類や年齢や健康状態にはほとんど関係が無く、一般に四十年以上、五十年未満。ここで一度、引き受けたら、ニドルスはその四十何年間かの生涯を最後まで責任もって見届けるしか無いのです。

 また、『子は親の鏡』と同じような意味合いで、『使い魔は魔導師の鏡』と言われることがあります。つまり、『その使い魔の出来を見れば、魔導師の実力も(うかが)い知ることができる』という意味です。
「執務官としての評判」を考えれば、あまり出来の悪い使い魔など造る訳にもいきませんが、だからと言って、いきなり「渾身(こんしん)の最高傑作」を造ってしまうと、今度は『使い魔による魔力消費が大きくなりすぎて、魔導師が自分自身の魔法を最大出力では使えなくなってしまう』などといった事態にもなりかねません。
 実のところ、使い魔を造るのは、なかなか魔力(ちから)加減の難しい作業でした。

【フェイトの場合、『アルフは「当時のフェイトにとっては」渾身の最高傑作だったが、フェイトの魔力も当時はまだまだ成長の途上だったので、二年後の新暦65年の段階では、フェイトはすでに、アルフによる魔力消費など全く気にせず、自分の魔法を存分に使えるまでに成長していた』という設定で行きます。】

 なお、ベルカ系の宗教用語では、人間(ひと)の心の全体を「一個の霊的な実体」と見做(みな)して、これを「身魂(みたま)」と呼びます。俗に言う「意識」も「無意識」もすべて含めて、一個人の心は全体で「一個の」身魂(みたま)です。
 もちろん、霊的な実体なのですから、特定の姿や形はありません。例えば「腕は腕、脚は脚」といった具合に、部位ごとに役割が固定されている訳でもありません。だから、優秀な魔導師であれば、自分の身魂(みたま)の一部分を小さく切り取って、独立体として活動させることもまた可能であり、そうした独立体のことを「念霊」と呼びます。
 ただし、念霊はあくまでも霊的な存在なので、当然ながら、何らかの「(うつわ)」に宿らせないと、この物理次元ではその存在を長く維持することができません。
 こうした宗教用語を借りて言うならば、使い魔とは「動物の体という『器』に、魔導師の念霊を宿らせて、魔法で人間のような姿に変身させた存在」のことなのです。

 ちなみに、ここで言う『宿らせる』は、実際には、単に『憑依させる』という意味ではなく、『素体となる動物自身の身魂(みたま)に融合させる』という意味です。
 だから、『どんな動物でも自由に使い魔にできる』という訳ではありません。
 (たと)えるならば、『同じ()ぎ木でも、互いによく似た種類の植物同士を()いだ方が上手(うま)く行く』のと同じように、素体にできる動物は「ある程度まで人間によく似た性質の身魂(みたま)を持った動物」に、事実上は「四本の脚を持った陸上哺乳動物」に限定されます。
 また、()ぎ木をするには、まず台木(だいぎ)の方を()らなければいけないのと同じように、素体となる動物は事前に充分に弱らせる必要があります。
 つまり、普通に元気に生きている状態でも、完全に死んでしまった状態でも、その動物を使い魔にする作業は上手(うま)く行きません。そのため、普通は、老齢や病気やケガなどで生命力の弱った(もしくは、本当に死にかけの)動物が素体となります。

 また、その動物自身の身魂(みたま)という「根っこ」があるため、使い魔は造った直後から、いきなり「フル稼働(かどう)」させることができます。言わば、使い魔とは、育成のために時間や手間をかける必要の無い「即戦力」なのです。
 ただし、基本的には魔導師の念霊で動いているので、使い魔の「魔法に関する能力」が主人(あるじ)のそれを上回ることは決してあり得ません。
 裏を返すと、「身体能力」に関してはその限りでは無く、例えば、犬が素体ならば「超音波でも聞こえる」とか、猫が素体ならば「夜目が()く」とか、熊が素体ならば「怪力を発揮する」とかいった能力が、使い魔には最初から(魔導師が意図するまでもなく)当然に(そな)わっています。
 ただし、元々が動物なので、使い魔は一般に手に武器を持つことが苦手で、充分な空戦スキルを獲得することも極めて困難なようです。

【なお、通常の陸上哺乳動物の身魂(みたま)は普通、人間で言えば「夢現(ゆめうつつ)の半覚醒状態」のような、半ば無意識の「寝ぼけた」状態にあるため、一般に使い魔の意識には「自分が動物だった頃の具体的な記憶」が残ることはありません。
(特定の個人に対して「漠然とした印象」が残ることは、しばしばあるのですが。)
 また、「個体名を与えられて、よく訓練された猟犬や競走馬」などは、例外的に「人間の通常の覚醒状態」にも似た「明瞭な意識状態」を獲得する場合がありますが、そのように「自我意識」が強くなってしまうと、今度は「念霊との融合」が上手く行かなくなってしまうので、実のところ、あまりにも賢すぎる個体は、かえって「使い魔の素体」には向いていないのです。
 ちなみに、魔導師の念霊は「その人物の身魂(みたま)の、もっぱら無意識の部分」から造られるため、使い魔が「その魔導師自身の具体的な記憶」などを継承することも、原則としてはあり得ません。
 ただし、例えば「内向的か、外向的か」などといった無意識レベルの「基本的な心のあり方」はしばしば使い魔にそのまま反映されますし、また、使用言語に関しても、使い魔は必ずその魔導師にとっての「母語」を生得的に習得しています。】

 ニドルスにとっても、本来ならば、ここは大いに悩むべきところではありましたが、それでも、彼はほんの数秒で決断しました。
「解りました。お望みのとおり、ジェルディスを僕の使い魔にします。やり方を教えてください」
 そして、ミゼット・ヴェローネは眼を(うる)ませながらも感謝の言葉を述べて、ニドルスに使い魔の作り方を教えました。
 ニドルスは元々、魔法に関しては「とても器用で、もの(おぼ)えの良い少年」です。彼はすぐに、その方法を正確に理解しました。

【原作では、幼少期のクロノに対して、魔法の先生となった使い魔たちの側から『不器用で、もの覚えの悪い子だった』という評価がなされていましたが、この作品では、『それは、あくまでも「ニドルスと比較すれば」の話だった』という設定で行きます。】

 やり直しの()かない「一発勝負」になりますが、ニドルスほどの腕前ならば、きっと大丈夫でしょう。
 ミゼットはニドルスを信頼し、いよいよ白猫に睡眠薬を飲ませました。ニドルスは(ゆか)に専用の魔法円を展開し、早くも眠りに落ちた白猫の体をその中心にそっと横たえます。
 そして、魔法は成功し、新たに「銀髪の少女」の姿となった使い魔は、また改めてジェルディスと名付けられ、以後、ニドルスの「固有戦力」となったのでした。

【なお、このように『使い魔を造る』という魔法は、ほぼ「ミッド式魔法」に特有の技法であり、少なくとも、「ベルカ式魔法」には、こうした技法は存在していませんでした。
 古代ベルカには多くの「獣人」が存在していたので、わざわざ「死にかけの動物」を加工したりしなくても、ただ『獣人を使役すれば良い』というだけのことだったのです。
(当時の獣人たちには、必ずしも「充分な人権」は保障されていませんでした。)】


 こうして、新暦26年の春、無事に研修を終えたニドルス(16歳)は執務官に就任し、その日のうちに使い魔のジェルディスを補佐官に登録しました。
 そして、ニドルスは大変に優秀な「使い魔、およびデバイス」のおかげで、初年度から「とても新人とは思えないほどの活躍」を成し遂げました。
 また、その活躍ぶりを見たミゼットの紹介で、ニドルスは翌27年度から、しばしばクレスト・ハラオウン艦長(29歳)の艦にも乗り込むようになります。
 そして、その頃から、何人もの女たちが彼を「優良物件」と見做(みな)して、入れ代わり立ち代わり声を掛けて来るようになりましたが、ニドルスはそんな「下心のある女たち」になど目もくれず、そうした尻の軽い女たちからは『あの(ひと)って、ゲイなんじゃないの?』などといった事実無根の中傷を受けながらも、ただひたすら禁欲的に職務に邁進(まいしん)していったのでした。


 なお、新暦28年の夏には、兄ヴェナドゥス(22歳)が『ヤクザ組織同士の抗争で死亡した』との通知が届きましたが、すでに「法的に絶縁」をしているので、当然に相続権も破棄されており、結局は、ヴェナドゥスの「内縁の妻」と名乗る妊婦ゼレナ・ベルミード(24歳)が単独で、彼が(のこ)した「相当な額の遺産」のすべてを相続しました。
(もちろん、それらの金はもうキレイに「洗浄」されており、当局も「法律の上では」その相続にケチをつけることなど一切できませんでした。)
 その妊婦の側から『是非に』と面会を申し込まれたので、ニドルスも一度だけ彼女と会って話をしましたが、その後、その女性とも完全に縁が切れます。
 これで、ニドルスは正真正銘(しょうしんしょうめい)「天涯孤独の身」となりましたが、今さら「これといった感慨」は特に()きませんでした。彼にとっては、兄の話はもう六年前に終わった話だったからです。

【また、余談ながら、翌29年には、リアンナ・クローベル(ディオーナと同い年のイトコ)が、父方の伯母に当たるミゼット提督の紹介で、テオドール(42歳)の長子ベルンハルト(20歳)と結婚しました。
 彼女は後に、ヴィクトーリアの父方祖母となります。
(なお、この時点では、テオドールもまだ一介(いっかい)の執務官であり、将来、ダールグリュン家の当主になる予定など全くありませんでした。)】

 

 

【第10節】キャラ設定1: ニドルス・ラッカード。(後編)

 さて、「時空」という単語は本来、『時間と空間は互いに不可分の存在である』という事実を前提として、「その一塊(ひとかたまり)となった時間と空間の総体」を()して言う用語です。
 これは、人間の立場からすれば、『我々が所属している、この「時空連続体」全体のことだ』と言い換えても良いでしょう。
 それを考えると、〈時空管理局〉という名称はいかにも大袈裟(おおげさ)な代物ですが、もちろん、これは一種の「比喩(ひゆ)表現」です。
 例えば「天国」とか「地獄」とかいう単語も、本来は「霊的な次元に在る特定の領域」を指して言う用語のはずなのですが、日常的には、むしろ「物理次元に存在する特定の状況」を指して比喩的に用いられることの方が多くなっています。
(地球で言えば、「歩行者天国」や「借金地獄」の(たぐい)です。)
 それと同じように、〈時空管理局〉という時の「時空」も、実際には「人間が現実に行ける範囲内」としての「この〈次元世界〉全体」の意味でしかありませんでした。

 それでも、この次元世界には何百個もの「世界」が存在しているのですから、「わずか13個の世界」から成り立っているに過ぎない「地方組織」が、『次元世界全体を管理する』と主張し始めた時には、多くの世界がこれを「身のほど知らずの大言壮語」と(あざ)笑いました。
 実のところ、〈時空管理局〉が、発足直後のミッド旧暦465年(新暦で前75年)に「質量兵器の廃絶」と「ロストロギアの管理」を理念に(かか)げて〈統合戦争〉を始めた時には、遠方の諸世界は大半が『できるものなら、やってみるがいいさ』と、これを冷ややかな目で見ていたのです。
 そして、実際に、〈統合戦争〉も最初の十年ほどは「目に見えるような形」での進展は特に見られず、そのため、戦場にならなかった遠方の諸世界では『それ見たことか!』という論調が大勢を占めていました。

 しかし、そんな状況も、賢明なる「管理局の創設者たち」にとっては全く想定の範囲内でした。実を言えば、最初の十年ほどは、管理局の理念を周辺の諸世界にも周知徹底させるための、単なる「準備期間」でしかなかったのです。
 ミッド旧暦479年、幾つかの幸運にも助けられて、管理局がまず〈シガルディス〉を陥落させると、統合戦争の戦況は一気に傾き始めました。
 それからわずか4年後の旧暦483年には、〈デヴォルザム〉の「英明王」バムデガル九世が早くも管理局との停戦に合意し、さらに、旧暦495年には、何かとプライドの高い〈リベルタ〉までもがついに停戦に合意します。
 デヴォルザムやリベルタを支援していた、より遠方の(中央領域の外側に位置する)諸世界には、かつてないほどの衝撃が走りました。


 一方、聖王教会は以前から『ミッドチルダは聖王陛下に選ばれた世界である』との主張を続けており、組織としては「ミッド中央政府」や〈時空管理局〉から一定の距離を保ちながらも、事実上は「管理局による統治」を強く支持していました。
 理想論と言われようが、何と言われようが、「質量兵器の廃絶」や「ロストロギアの管理」は、聖王オリヴィエも強く望んでいたことだったからです。
 なお、ベルカ世界からの〈大脱出〉の時代に(ミッドの旧暦で言う272年から321年までの五十年間に)生き残ったベルカ人たちはバラバラに分かれて六十余の世界に移り住みました。そして、最初は「故郷を失って散り散りになったベルカ人たちのための相互扶助組織」として始まった聖王教会も、今では強固な宗教組織となり、それら六十余の世界に「一定の」勢力を築いていました。
 また、中央領域に属する五十個あまりの有人世界は、その八割以上が「それら六十余の世界」の(うち)に含まれており、そのため、聖王教会ミッド総本部の主張は〈中央領域〉の大半の有人世界で一定の支持を得ていました。
 つまり、それらの世界におけるベルカ系住民の大半が、「聖王陛下に選ばれた世界」を中心とする〈時空管理局〉との戦争を忌避(きひ)していたのです。

【なお、広い意味での「ベルカ文化圏」は次元世界の北半分をほぼ覆い尽くし、さらには南半分の側にも少し越境するような形で中央領域を丸ごと含んでいました。広さで言えば、次元世界全体の六割あまりを占めていた、と言って良いでしょう。
 つまり、次元世界全体では200個にも近い数の有人世界が、歴史的には「多かれ少なかれ」古代ベルカから直接に何らかの影響を受けていたのです。
 裏を返せば、次元世界の南方に位置する100個あまりの有人世界は、歴史上、ベルカ文化の影響を受けたことが一度も無く、その後も長らく、管理局の側から見れば「異質な文化圏」であり続けたのでした。】

 実のところ、リベルタでは「大脱出の終了」から百数十年を経て、「ベルカ系移民の子孫たちと聖王教会」はもう社会的に無視することができないほどの勢力となっていたのですが、リベルタが管理局の軍門に(くだ)ったのも、「ひとつには」彼等が一貫して反戦運動を続けていたからでした。
 また、「聖王オリヴィエの昇天」はミッド旧暦で260年の出来事だったので、聖王教会はミッド旧暦500年に「聖王昇天240年祭」を大々的に(もよお)し、〈時空管理局〉を公式に祝福します。
 これによって、『管理局は古代ベルカの正統な後継者である』との認識が広まって行き、最初のうちは管理局をバカにしていた遠方の諸世界も、次第にその考えを改めざるを得なくなっていったのでした。
(なお、この時期に、シガルディスとデヴォルザムとリベルタは(あい)()いで「新たな管理世界」として認定されました。)


 旧暦500年以降も、いわゆる「南方の四世界同盟」だけは『我々には質量兵器やロストロギアを保有し、必要に応じて使用する権利がある』と主張して、なおも管理局との〈統合戦争〉を続けていましたが、実のところ、『もはや劣勢を挽回(ばんかい)することは絶望的』という状況でした。
 それでも、『戦後の「自分たちの世界」の外交的な立場』というものを考えると、このまま一方的に負けてしまう訳にもいきません。
『多少なりとも反撃し、敵に一定の損害を与えてから停戦に持ち込んだ方が良いはずだ』
少なくとも「四世界の首脳陣」らはそう考えて、辛抱(しんぼう)強く反撃の機会を(うかが)い続けました。

 しかし、旧暦520年代になると、長らく中立を保ち続けて来た〈イラクリオン〉と〈ラシティ〉が(あい)()いで管理局システムへの参加を表明し、旧暦531年には実際に〈第17管理世界〉および〈第18管理世界〉と認定されました。
 そして、それを契機として、南方の四世界は『もはや、これまで』とばかりに、『勝てないまでも、せめて一矢(いっし)(むく)いよう』と、いささか無理のある「最終計画」を実行に移したのでした。
 ミッドの旧暦で言う536年、四世界の合同艦隊は、まずモザヴァディーメを強襲し、半数はそこからさらにフォルスへと進攻しました。
 結果としては、この進攻作戦は「期待されていたほどの戦果」を()げることができず、事実上の「失敗」に終わったのですが……。

 ちょうど同じ頃、マグゼレナでは、『首都ディオステラのほぼ全域が一夜にして炎に()まれ、何百万もの住民が一斉(いっせい)に焼き殺されて、都市インフラも崩壊する』という「完全に原因不明」の大事件が起きました。
 これが、いわゆる〈ディオステラの悲劇〉です。
 (かり)にも「戦時中」の出来事だったので、マグゼレナ政府も当然ながら、当初はこれを「四世界同盟の卑劣な奇襲攻撃」と受け止めたのですが、実際には、そんな証拠は全くありませんでした。いや、そもそも「その時期に、四世界同盟軍の艦船がマグゼレナにまで来た形跡」それ自体が無いのです。
 そこで、次には、マグゼレナ政府は『何らかのロストロギアを使った、工作員による自爆テロの(たぐい)だったのではないか』と主張しましたが、これもまた、根拠は特にありませんでした。

 さらに言えば、当時の四世界同盟の立場から考えると、もし本当にそんな「殺傷力の高いロストロギア」を持っていたのなら、もっと別の世界で使っていたはずなのです。
 実際、シガルディスの陥落後、ほぼ20年に(わた)って、同盟軍の工作員はミッドやヴァイゼンで断続的に爆破テロを繰り返しましたが、それらはいずれも、軍事施設に対する破壊活動であって、人的被害は最大でも百人未満の、いわゆる「中規模」のテロ行為でしかありませんでした。
 そして、マグゼレナは(少なくとも軍事的には)ミッドやヴァイゼンなどとは比較の対象にすらならないほどの小国です。貴重なロストロギアを、わざわざマグゼレナなどで消費するべき理由は何もありません。
 実際、停戦に向けた秘密会談の席でも、四世界の全権大使たちは口を揃えて、『その悲劇には、我々は一切関与していない。いくら戦勝国でも、このような事実無根の言いがかりは決して許されるものでは無い』と激しく反論して来ます。
 結局のところ、マグゼレナ政府も公式には『ディオステラの悲劇は、何者かが何らかのロストロギアを「間違って」暴走させてしまった事故である』と結論せざるを得ませんでした。

 こうして〈統合戦争〉が終結し、旧暦540年に「新暦の時代」が幕を開けると、ほんの何十年か前までは〈時空管理局〉をバカにしていた諸世界も、多くがこぞって「管理局システムへの参入」を希望するようになりました。
 そして、同じ頃に、BU式駆動炉の普及によって「大航海時代」が始まった訳ですが、それからカラバス連合との「三年戦争」を経て、その時代がおよそ四半世紀をもって終了した頃には、管理世界の数はすでに60個を超えていました。
 しかし、新暦20年代や30年代のうちは、管理局の次元航行部隊が保有する艦船の数もまだ決して充分なものではなかったため、中央領域の外側はまだ、御世辞にも『治安が良い』とは言えない状況でした。
 特に、次元世界の「南方の辺境領域」は、歴史的に「ベルカ文化」の影響を受けたことが一度も無い、管理局にとっては全くの「異質な文化圏」です。そこに分布する100個あまりの有人世界の大半は、中央領域の人々とは似ても似つかない宗教意識を持ち、その後も長らく、管理局システムへの参入を積極的に拒み続けました。
 ニドルス・ラッカードが、執務官を経て次元航行部隊の艦長となったのは、まさにそういう時代の出来事だったのです。


 新暦31年の11月、とある大きな事件を解決した後の「私的なお祝いの席」で、ニドルス執務官(21歳)は補佐官のジェルディスとともに、クレスト艦長(33歳)から改めて彼の妹マリッサ・ハラオウン(19歳)を紹介されました。
 場所は、かなり高級なレストランの個室です。
 少し酒が入ると、クレストは順々に次のようなことをニドルスに語りました。
 まず、自分は三年戦争の終結後、新暦22年に24歳で艦長になったこと。
 その直後に両親が事故で死亡し、自分と妹はこの世で二人きりの身内になってしまったのだが、妹のマリッサは当時まだ10歳で、生まれつき少しばかり体質(からだ)が虚弱だったこと。
 翌23年に慌ててルシアと結婚したのも、幾許(いくばく)かは妹の世話を頼むためであり、妻には今も本当に感謝していること。
 その後は、マリッサも人並み程度には元気になり、息子のクライドも今年で5歳になったので、あとは妹が結婚して幸福な家庭を築き、息子が無事に成長して一人前になってくれれば、自分にはもうそれ以上は何も望むことなど無い、ということ。

 ニドルスには『自分は今、遠回しに彼女との結婚を打診されているのだ』ということも解りましたし、さらには『それが、自分にとっては願っても無いほどの良縁なのだ』ということも理解できましたが、そうした理解にもかかわらず、彼の態度は今ひとつ()え切らないものでした。
 それでも、マリッサの側からは大変に気に入られたようで、その後は、休日の(たび)に、ニドルスはデートに誘われるようになります。
 しかし、年末年始に幾度かデートはしてみたものの、ニドルスはずっと『本当に俺だけがこんなにも幸せになってしまって良いのだろうか』という気持ちを(ぬぐ)い去ることができませんでした。
 ニドルスは今でも〈ハルヴェリオス〉やジェルディスを見る(たび)に、ふと「最初の友人」のことを思い出します。あの日の悲しみが、まるで昨日のことのように思い出されます。
 そして、わずか12歳で「約束されていたはずの人生」を唐突に断ち切られてしまったディオーナのことを思うと、ニドルスはどうしても、「自分の目の前に、思いがけず差し出された幸運」を素直に受け取ることができなかったのです。


 しかし、翌32年の1月中旬、ニドルスはまた久しぶりに「ディオーナの母親」から呼び出されました。管理局の「ミゼット提督」からではなく、あくまでも「ヴェローネおばさん」からの呼び出しです。
 ただし、彼女はすでにミッド地上には土地や家屋を所有していなかったので、場所は〈本局〉における「ミゼット提督のオフィス」となりました。
 ニドルスは全く約束どおりの時間にそこを(おとず)れ、提督の秘書に奥の()(とお)されると、まずは他人行儀な口調でミゼット・ヴェローネに丁重な挨拶(あいさつ)をします。
「長らく御無沙汰しておりました」
「いいのよ、ニドルス君。そんなにかしこまらないで。私も今日は休暇なんだし、第三者に聞かれたくない話をするのに、他に良い場所を思いつかなかったから、ここへ呼んだだけで」
 私服姿のミゼット・ヴェローネ・クローベル(53歳)はそう言って、「もしも娘が生きていたら自分の義理の息子になっていたかも知れない若者」を席に座らせました。
 自分は向かいの席に座り、手際よく二人に茶を出した秘書を『しばらくプライベートな話をするから』と言って、そのまま控えの()退()がらせます。

 そして、作法どおりに互いに少し茶を飲んでから、ミゼット・ヴェローネはこう言って話を始めました。
「二人きりで『仕事抜きの話』をするのは、もう随分と久しぶりね」
「そうですね。……もしかすると、本当にジェルディスを(いただ)いて以来のことでしょうか?」
「それなら……もう6年と3か月ぶりかしら?」
「はい。自分も執務官になって、もうすぐ満6年になりますから」
「じゃあ、もうそろそろ『新人』は卒業して『ベテラン』の仲間入りね。(ニッコリ)」
「いや。『ベテラン』はさすがに言い過ぎでしょう。実際には、まだようやく『中堅』になれたかどうか、といったところですよ」
 ニドルスがそう言って苦笑すると、ミゼット・ヴェローネも穏やかに笑ってうなずき、もう一口ゆっくりとお茶を飲んでから、ようやく本題を切り出します。
「実は……先日、実家の兄とも相談して来たんだけどね。やっぱり、ディオーナの身魂(みたま)は今月末の命日に、10回忌でもう『祀り上げ』にすることにしたわ」
(ええ……。どうして……。)

 普通に天寿を(まっと)うした者であれば、祀り上げは「30回忌」で行なうのが原則ですが、30歳未満で早死にした者の場合は「享年」で祀り上げにするのが「通常の」作法でした。
 だから、ニドルスも単純に、ディオーナの祀り上げは「12回忌」で行なわれるものだとばかり、まだ2年は先のことだとばかり思い込んでいたのです。
 しかし、30歳未満で早死にした者に限って言えば、『享年から5年単位で端数(はすう)を切り捨てる形で祀り上げを前倒しにする』というのも、実は古来、正式に認められている作法でした。
 ただ、ニドルスは個人的に、その方面の知識には(うと)かったのです。

 ニドルスの表情からそれを察すると、ミゼット・ヴェローネは早速、「端数(はすう)切り捨て」の作法を説明した上で、さらに、次のような「聖王教会の正統教義」についても語りました。
 要するに、『生者がいつまでも死者のことを(おも)い続けていると、それがかえって、死者の心に「現世への執着心」を()き立たせる結果になってしまうので、「祀り上げ」が済んだ死者のことは、みんなで早く忘れてあげた方が、むしろ死者の心の安寧(あんねい)につながるのだ』という教えです。
 随分と薄情な言い方のようにも聞こえますが、「死後の魂」や「輪廻転生」が本当に在るものと仮定した上で、「遺族の気持ち」よりも「死んだ本人の将来」を優先させつつ物事を論理的に突き詰めて行けば、確かにそういう結論に辿(たど)り着いてしまうのでしょう。
 ニドルスには、その結論の「真偽」などはこれっぽっちも解りませんでしたが、ただ間違いなく解ったのは、『ミゼット・ヴェローネ自身は、本気でそれを信じた上で、そう語っている』という事実でした。
【聖王教会の教義について、詳しくは「背景設定10」を御参照ください。】

「だから、私はもう、あの子のことでは()やまないことにしたの。もちろん、人間なんだから、機械のように記憶(メモリー)消去(デリート)できる訳ではないんだけど……あの子のためにも、これからはもう、時おり思い出しては悲しみをそっと抱きしめるだけにしておくわ。その方が、あの子のためになると信じるから」
 ミゼット・ヴェローネは毅然(きぜん)としてそう述べましたが、それでも、その口調はさすがに少し寂しげなものでした。
 ニドルスは、思わずやや前のめりになり、何かを言おうとして口を開きましたが、実際には何も言葉が出て来ません。
 一拍おいて、ニドルスは言葉を諦め、また口を閉ざし、姿勢を元に戻してしまいました。

 ニドルスのそんな煩悶と葛藤の所作を見た上で、それでも、ミゼット・ヴェローネはこう言葉を続けます。
「だからね。私はあなたにも……あの子のコトは、もう忘れてあげてほしいの」
「本当に……そうした方が、良いんでしょうか?」
 ニドルスは満面に悲しみを(たた)えていましたが、ミゼット・ヴェローネはそれ以上に、悲しみを深く静かに心の奥に刻み込んだような、すでに「覚悟」の決まった表情をしていました。
「ええ。その方がきっとあの子も『次の転生』に向けて前向きになれるだろうと思うわ。だから、あなたも、これからはもう『あなた自身の人生』を歩んで。
 さんざんデバイスや使い魔など渡しておいて今さらこんなことを言うのは、我ながら身勝手な話だとも思うけど……これからはもう、あなたが『あなた自身として』前向きに生きて幸せになってくれた方が、あの子もきっと『向こう側』で満足してくれるだろうと思うの」

 ニドルスは、元々あまり宗教的な人間ではありません。正直なところ、「死んだ本人の将来」とか、「次の転生」などといったコトは、今まで一度も真面目に考えたことがありませんでした。
 しかし、「実の母」であるミゼット・ヴェローネ自身が覚悟を決めてそう言っているからには、本来は「赤の他人」でしかない自分がここでディオーナに関して何かを言い立てるのは、ただの我儘(わがまま)でしかないのでしょう。
「解りました。今後は、(おっしゃ)るとおりにします」
 ニドルスは決然とそう(こた)え、またしばらく世間話などをしてから、ミゼット提督のオフィスを(あと)にしたのでした。


 その夜、ニドルスはジェルディスともその件で話し合いましたが、その使い魔はミゼット・ヴェローネの言葉を伝え聞くと、深くうなずき、自分の主人(あるじ)に向かってこう語りました。
「私も提督の言うとおりだと思います。……あなたの気持ちもよく解りますが、このままあなたが立ち止まり続けていたのでは、『私やハルヴェリオスは、あなたの心を過去に縛り付ける「呪いのアイテム」も同然だ』という話になってしまいます。
 私もハルヴェリオスも、そんな評価は望んでいません。それに……私自身は、もう彼女のことを何も(おぼ)えていないのですが……猫だった頃の私を育ててくれた少女も、きっとあなたの心を過去に縛り続けることなど望んではいないはずです。
 だから、お願いです。今はもう、過去(うしろ)ではなく、未来(まえ)を向いてください。『あなたとともに未来を(あゆ)んでいきたい』と望んでいる(ひと)が、今、現実にあなたを待っているのですから」

 ニドルスはその言葉を聞き入れ、自分自身もよく納得した上で、次のデートの際に自分の側から改めてマリッサに求婚(プロポーズ)しました。
 それは、マリッサにとっても、もうだいぶ前から待ち続けていた言葉です。彼女は喜んでそれを受け入れ、二人は早速、その年の3月に結婚しました。
 ニドルスにもマリッサにも、家族や友人がほとんどいなかったので、〈本局〉内部で行なわれた結婚式そのものはごく簡素なモノになりましたが、ミッド地上では、クレストが事前に「今も自分が妻子とともに暮らしているハラオウン家」からごく近い場所に「二人のための新居」を用意してくれていました。
 ニドルスとマリッサは遠慮なく、その新居で慎ましくも幸福な新婚生活を送ることとなります。
(なお、余談ではありますが、それと同じ頃、ミゼット・ヴェローネ・クローベルは中将に昇進しました。)

 また、同32年の初夏には、首都クラナガンで「遷都150年祭」が盛大に(もよお)されました。ミッド地上はどこも祝賀ムード一色で、マリッサにしてみれば、まるで自分たちの結婚を『世界が祝福してくれている』かのようです。
 その一方で、ニドルスは結婚の直後から、愛する妻のため、義兄となったクレスト艦長の支援を得て、全力で「艦長資格の取得に向けた努力」を始めていました。
 艦長資格の取得試験で最も難しいのは「指揮スキル」の問題なのですが、幸いにも、ニドルスはもう長らく、クレストが率いる戦闘艦の艦橋(ブリッジ)で彼の巧みな指揮ぶりを間近に見て来ています。
 そのおかげもあって、翌33年には、ニドルスはなかなか優秀な成績でその資格取得試験に合格し、新暦34年の春には24歳で早くも艦長の地位に就きました。
 そして、クレスト艦長は「妹と義弟の将来」に安心したのか、その年の秋には、ギャリス・ブラウドラム参謀総長が招集した「南方遠征部隊」にみずから志願したのでした。

 時空管理局における「次元航行部隊」の前身は各管理世界の海軍であり、一般に佐官以上の階級ともなると、単なる「年功序列」だけではなかなか昇進することができません。元々が軍組織であるからには、やはり、ある程度は「戦功」が必要なのです。
 しかし、カラバス連合との三年戦争が終結してから、すでに十年以上もの間、管理局は国家規模の「戦争」を全く経験していません。
 もちろん、平和であること自体はとても良いことなのですが、実のところ、三年戦争以降の時代は、多くの艦長たちにとって『いくら戦功を()げたくても、「犯罪組織を掃討する」か、「指定ロストロギアを確保する」ぐらいしか戦功など挙げようが無い』という、いささか困った時代でもありました。しかも、それらの手法は、どちらも「戦争をして戦功を挙げること」に比べれば随分と効率の悪い、地道な功績の挙げ方です。
 そのため、新暦34年の9月に、ギャリス・ブラウドラム参謀総長がゼブレニオ・バローグ総代らの了承の許に「遠征への参加」を(つの)ると、ほんのわずかな日数で、充分な数の艦長たちがその呼びかけに応じたのでした。


 さて、旧暦の時代の統合戦争によって〈中央領域〉が平定された後、管理局の勢力はその領域の外側へと、いわゆる〈辺境領域〉へと拡大して行きました。
 そして、北方および東方へは割と容易に拡大することができ、また、三年戦争が終結した後には西方にも順調に拡大して行った訳ですが……管理局の勢力は長らく、南方にだけは上手く拡大することができませんでした。宗教的な情熱に基づく抵抗が、予想以上に激しかったからです。
 もちろん、南方の諸世界も決して一枚岩では無く、幾つもの宗教が林立し、互いにいがみ合っていたのですが、それらの諸宗教は、少なくとも管理局の側から見れば、いずれも「邪教」と呼んで構わないほどの「異形(いぎょう)の宗教」でした。

『我々の神だけが「唯一にして絶対の神」であり、この宇宙全体の「造物主」であり、他の連中が崇めている対象など、みな「神の名を(かた)る悪魔」でしかない』と、何の根拠も無く一方的に決めつけ、『だから、異教徒はみな「悪魔崇拝者」であり、この世から抹殺されて当然の存在なのだ』と本気で主張するイカレた宗教もありました。
 また、『肉体は魂の牢獄(ろうごく)である』と考え、『だから、魂をその牢獄から解き放ってやることこそが正義なのだ。一方、新たな牢獄を作り、そこに新たな魂を閉じ込めることは、この上も無い罪悪である』と主張して、殺人を正当化し、不妊手術や去勢を強く()し進めるキチガイ宗教もありました。
 他にも、極端な血統主義に基づいて「一夫多妻や近親婚」を奨励するヘンタイ宗教や、「あからさまな男尊女卑」を正当化するダメダメな宗教や、生身の人間である開祖を「()(がみ)様」として(あが)めるカルト宗教など、「ベルカ系の穏健な宗教」とは決して(あい)()れることの無い異常な宗教ばかりです。

 管理局は、(こよみ)が新暦に切り替わった直後から、それらの諸世界にあらかじめ「秘密諜報員」を数多く潜入させており、『管理世界の一員になれば、そうした「伝統的宗教の恐怖や束縛」からは解放されるのだ』という話を(ひそ)かにそれらの世界の一般民衆の間に広めていました。いわゆる「プロパガンダ戦」です。
 その甲斐(かい)あって、新暦20年代のうちに「一連の政変や改宗を経て、管理世界の一員となった世界」も幾つかあったのですが、それらの世界に隣接した旧来どおりの諸世界は、実にしばしば、それらの管理世界を「裏切り者」と見做(みな)して、国交断絶や経済制裁などの手段に訴えました。
 そして、30年代に入り、それらの手段があまり(こう)(そう)していないと解ると、そうした諸世界の中には、ついに軍事的な強硬手段に訴える世界も現れます。
 しかし、それこそは、管理局の「思うツボ」でした。
 管理世界が管理外世界から軍事的に攻撃を受けているのであれば、その管理世界を助けるため、管理局もまた軍事的な手段に訴えることが「正当化」できるからです。

 こうして、新暦34年の末、『南方の管理世界からの救援要請に応じて』という名目で、相当数の艦隊が辺境領域の南方へと進攻しました。
 実のところ、「この進攻作戦の是非」については、管理局〈上層部〉の中でも意見が割れていたのですが、『進攻は、もう少しプロパガンダ戦を先に進めてからにするべきだ』という慎重論を、ギャリス・ブラウドラム参謀総長を始めとする強硬派が『数で押し切った』という形です。
【なお、「三脳髄」の関心は、あくまでも「北方のベルカ世界」に向けられており、彼等は当時、南方の情勢には何の関心も持っていなかったようです。】


 そして、そうした「名目上の目的」は、翌35年の春には早くも達成されました。
(やはり、艦隊同士が普通に正面からぶつかり合うような戦闘に限って言えば、この次元世界にはもはや管理局に(かな)う勢力など何処にも存在していないようです。)
 そこで素直に艦隊を引き上げておけば良かったのですが、管理局の遠征艦隊は調子に乗って、「より抜本的な解決」のために、現地では「神聖十字軍」などと呼ばれている「どの国家にも所属しない、カルト的な某宗教結社の私設軍」の追討を開始し、やがて予想外の反撃に()いました。
窮鼠(きゅうそ)、猫を()む』とは、(まさ)にこのことでしょう。
 同年の秋、管理局の遠征艦隊は「悪行の限りを尽くしながらも『神聖~』と自称する邪悪な武装集団」とその背後にある宗教結社とを、ついに殲滅しました。
 しかし、そうした一連の戦闘で管理局が支払わされた犠牲も、決して小さなものでは無かったのです。

 クレスト艦長(37歳)の艦も、同35年の6月には、狂信者どもの特攻を受けて爆散していました。クレストの殉職は、誰にとっても全く予想外の出来事です。
 ミッドでは、その凶報が届いた直後に、マリッサ・ハラオウン・ラッカード(23歳)は不意に体調を崩し、間もなく流産してしまいました。
 その後、ニドルスは、再び小児(こども)の頃のように病気がちになってしまった愛妻マリッサの健康にも気を配りながら、義理の姉に当たるルシア(32歳)とその一人息子クライド(9歳)のことも、間近に見守り続けるようになります。

 同年の10月には、遠征艦隊も順次、南方から帰って来ましたが、その艦船の総数は七割以下にまで減ってしまっていました。乗組員たちの表情もみな一様に暗く、とても「凱旋」などという雰囲気ではありません。
 大きな敵をひとつ(たお)しはしたものの、当初の想定と比較すれば『今回の南方遠征は、事実上の失敗だった』と言われても仕方が無いほどの状況です。
 ギャリス・ブラウドラム参謀総長(中将)を始めとする強硬派の将軍たちは、みな「引責辞任」に追い込まれました。
 そして、同年の末にはゼブレニオ・バローグ総代(上級大将)までもが早期の引退を表明し、「将軍の席」が幾つも同時に空席となってしまったため、翌36年の3月には、管理局の〈上層部〉で「かつてない規模の」大幅な刷新人事が実行されます。
 その人事によって、ミゼット・クローベル提督(57歳)は参謀総長に就任。レオーネ・フィルス提督(55歳)は新たに中将となった上で法務長官に就任。また、ラルゴ・キール大将(53歳)は上級大将となって管理局の第7代の「総代」に就任しました。
(ニドルスにとっては、ミゼット・ヴェローネがいよいよ「気軽には会うことのできない存在」になってしまった形です。)


 そして、新暦38年に〈管40グザンジェス〉の第三大陸で「ディファイラー事件」があった後、39年には、マリッサがようやく一女リゼルを出産しました。
 しかし、彼女は翌40年の3月、昨年にリゼルが生まれたちょうどその日に、28歳の若さで病死してしまいます。
 これ以降、何年かの間、使い魔のジェルディスは「リゼルの母親代わり」を務めたのでした。

【なお、41年には、テオドール(54歳)の父親と弟と甥が(あい)次いで病死したため、テオドールは急遽(きゅうきょ)、執務官を引退して、ダールグリュン家の「第11代当主」となりました。
 これによって、彼の長子ベルンハルト(32歳)は唐突に「次期当主」という立場に置かれてしまい、彼の妻リアンナ(31歳)もまた「夫とは家格の釣り合っていない妻」と見做(みな)されるようになってしまい、夫婦そろって随分と苦労をしたようです。
 もちろん、二人の長子ハロルド(7歳)もまた、突然の状況の変化に戸惑いながら「悩みの多い幼少期」を過ごして行くこととなります。】

 また、新暦42年には、ニドルス艦長は32歳で二等海佐に昇進し、大型艦を任されるようになりました。
 この頃から、次元航行部隊の艦船はまた充分な数となり、管理局は状況に応じて辺境領域にも「それなりの戦力」を自在に投入できるようになります。
 そのため、ニドルスもしばらくは職務で多忙な日々を送っていたのですが、翌43年の8月には、全く思いがけず、義理の姉ルシアが40歳で病死してしまいました。
 突然の訃報を受け、ニドルスも大急ぎでミッドに帰って来ましたが、葬儀そのものには間に合いませんでした。葬儀にも参列したジェルディスやリゼル(4歳)と合流し、急ぎ「先ほど建てられたばかりのルシアの墓」へと向かいます。
 その墓前で、ニドルス(33歳)は初めてリンディ(16歳)と出会いました。義理の甥クライド(17歳)から「士官学校の後輩」と紹介されるまでもなく、彼とは「特別な仲」なのだろうと見当がつきます。
 ニドルスはその場で、甥クライドに『この先、もし本当に困った状況(こと)になったら、他の誰かを頼る前に、まず俺を頼れ』と言って、それを約束させました。
 そして、リンディはその「約束」の言葉をずっと覚えていたのです。

 それから、五年後。新暦48年の春に、クライドは22歳の若さで艦長となり、すぐにリンディと結婚しました。もちろん、ニドルスも、リゼルやジェルディスとともに二人の結婚式に招待され、喜んで出席します。
 その直後に、ニドルスは見るからに幸福そうな二人の姿に安心して、また長期の巡回任務に就きました。
 夏になってミッドに戻って来てから、ニドルスは初めて『自分が出かけている間に、今度はリンディの側に「身内の不幸」があった』と知らされましたが、彼女は夫の愛に守られて、その悲しみを無事に乗り越えたようです。
【この(くだり)に関しては、また「キャラ設定2」で述べます。】

 また、新暦51年の初頭に、ニドルス(41歳)は次のような話を伝え聞きました。
 ヴェナドゥスの遺産を継承したゼレナ・ベルミードは、昨年の夏、ヴェナドゥスを享年のとおりに22回忌で祀り上げにした後、その年の秋には、彼女自身もまた「内縁の夫」とともに車の事故で死亡したのだそうです。
 ニドルス自身にとっては、それ自体はもう「どうでも良い話」でしかありませんでしたが、その年(51年)には、ミッド地上で一連のテロ事件が発生しました。
 クロノが生まれて間もない頃に、ハラオウン家の家屋も「彼等とは何の関係も無い爆破テロ」の巻き添えを(くら)って、物理的に炎上し、丸ごと消失してしまいます。
 一家三人は外出中で無事でしたが、クライドはこの一件の直後に「親から相続したその土地」を手放し、愛妻とともに「自分が艦長を務める艦の中で」一人息子を育てることにしたのでした。

 なお、同51年には、ミゼットの兄夫婦(76歳)とその養子リスター(50歳。実は、ミゼットの実子)もまた、リスターの妻や一人息子(未婚)とともに、爆破テロ事件の犠牲者となりました。しかも、リスターの娘たちはすでに二人とも他家に(とつ)いでいたため、形式的には、これによって「クローベル本家」は断絶となります。
 しかし、実質的には、ミゼットの弟(妻とともに死亡済み)の長子(45歳、リアンナの実兄)が分家筋として一族の財産や権益を継承しました。
 ミゼット(72歳)は、事前にそれらの相続権を放棄しており、その甥とも『ごく疎遠な間柄』となっていたので、彼女自身はもう『事実上、天涯孤独の身の上になった』と言っても過言では無い状況でした。

 そして、翌52年の3月、ミゼットたち三人は「引責辞任」も同然に現役を引退し、〈三元老〉となりました。
()しくも、同年の1月にミゼットの夫の「30回忌・祀り上げ」が終わった直後のことです。)
 同年の11月には、ニドルスの両親もまた30回忌で祀り上げとなりました。

 さらに、新暦54年の11月にクライドまでもが28歳で殉職した後、翌55年の1月に、ニドルス(45歳)はリンディ(28歳)から「あの日の約束」のとおりに頼られて、クライドの一子クロノ(4歳)を預かりました。
 そして、クロノが10歳で入局するまでの6年余、ニドルスはジェルディスやリゼル(16歳)とともに、この「亡き妻の孫甥(まごおい)」をガンガンと鍛え上げてゆくことになります。
【なお、翌56年には、かつてニドルスの艦で機関長を務めていたガルス・ディグドーラ(32歳)が三等海佐に昇進し、新たに某艦の艦長となりました。この人物は72年に48歳で、クロノ(21歳)と「同期の」提督となります。】


 さて、ニドルスは、個人的には「生涯、(いち)艦長」でいたかったのですが、クロノが10歳で無事に入局した後、翌62年の春には、とうとう断り切れなくなって、52歳で遅まきながら提督となりました。
(背景には、元老ミゼットからの強い推薦(すいせん)があったようです。)
 そして、翌63年の春には、娘のリゼルが24歳で艦長に、また、クロノはわずか12歳で執務官になりました。
 また、65年の6月には、ニドルスはリンディらとともに、義兄クレストを30回忌で祀り上げにしたのですが、その直前に、彼は元老ミゼットからも直接に「南方遠征」を頼まれていました。
【先に「第1章 第4節」で述べた「あの(ひと)」というのは、ミゼット・ヴェローネ・クローベルのことです。】

 ニドルスとしては、リンディの〈闇の書〉探しにも手を貸したかったのですが、彼の立場では、ミゼットからの依頼や〈上層部〉からの命令に逆らう訳にも行きません。
 ニドルスは、義兄クレストの祀り上げを終えると、すぐに艦隊を組んで〈辺境領域〉の南部へと向かいました。
 敵は、『考えようによっては、30年前の「神聖十字軍」よりもなお性質(たち)の悪い』邪悪な宗教結社〈邪竜の巫女〉です。

 そして、新暦68年の3月には、ニドルスは一旦ミッドに戻り、28歳で早死にした妻マリッサを28回忌で「祀り上げ」にしました。
 しかし、翌69年の10月下旬には、ニドルスは敵の「卑劣な罠」にハマって、御座艦(ござぶね)を撃沈され、多数の乗組員やジェルディスとともに殉職してしまいます。
 彼の享年は59歳でした。

 後に、リゼル艦長(30歳)は自分の夫と娘を捨ててまで、増援部隊に参加して父親のやり残した仕事を引き継ぎ、新暦74年の10月には、ついにその邪悪な宗教結社を殲滅して、その掃討作戦を完了します。
 こうして、彼女は翌75年の春に、その功績によって提督(一等海佐)に昇進し、新たに建造されたXV級の次元航行艦〈テルドロミア〉を御座艦(ござぶね)として(まか)されたのでした。

 

 

【第11節】背景設定1: 暦法や言語などについて。

 ちなみに、ミッドでの「年齢の数え方」について、ですが……。
 この作品では、『ミッドを始めとする〈次元世界〉の各管理世界では、一般に「個人の誕生日を祝う」という習慣それ自体が無く、年齢に関しても伝統的に(その人の誕生日が実際には何月何日か、ということには関係なく)全員が揃って「新年の開始と同時に年齢をひとつ繰り上げる」という、ベルカ式の数え方をしている』という設定で行きます。
 要するに、日本における「(かぞ)え年」と似たような要領なのですが……私が見た限りでは、登場人物の誕生日について公式には特に設定が無く、原作の中にも「不自然なまでに」登場人物の誕生パーティーに関する描写が無いので、この作品では思い切って、このような設定を採用してみました。
【無印において、なのはたち小学3年生が全員、4月のうちから「9歳」と表現されているのも、『こうした「管理局式の数え方」が(さかのぼ)って適用された結果である』という設定です。
 なお、余談ながら、日本の伝統的な「数え年」では、『人間の年齢を基数(one, two, three)ではなく、序数(first, second, third)で数える』という考え方をします。だから、生まれた瞬間は「人生の1年目」だから「1歳」と数え、初めて年が明けた時点で「人生の2年目」に入ったので「2歳」と数えるのです。】


 また、科学的に考えれば、当然ながら『別の惑星の公転周期や自転周期が、地球のそれと完全に一致する』などということは決してあり得ないのですが、その点をマジメに考え出すともう本当に際限(キリ)が無くなってしまうので、この作品では、『一年の長さも一日の長さも(ついでに、北半球における「冬至」の日時も!)すべての世界で完全に一致している』という「かなり無茶なファンタジー設定」で押し通すことにします。

 次に、ミッドの新暦と地球の暦との対応についてですが……。
 この作品では、新暦79年を舞台とする「リリカルなのはVivid」のTVアニメが、平成27年・西暦2015年に初放映されたことを記念して(?)『管理世界での新暦79年が、そのまま地球での平成27年・西暦2015年である』という設定で行きます。
 よって、『新暦元年は昭和12年・西暦1937年であり、無印とA’sの舞台となった新暦65年は、現実のTV放映よりも少し前の、平成13年・西暦2001年だった』ということになります。

【原作の「考察」としては、A’sの初放映に合わせて(?)『新暦65年は、西暦2005年だった』という説が有力なようですが、この作品では、この設定で行きます。
 結果として、『新暦95年を舞台とするこの作品の「本編」は、地球では令和13年・西暦2031年の物語だ』ということになってしまうのですが。(苦笑)】

 また、一年の起点に関しては、『ミッドチルダでは伝統的に、「冬至の明け」(冬至の三日後)を元日としている』という設定で行きます。
(春分や秋分の三日後を「彼岸(ひがん)の明け」と呼ぶのと同じ要領です。)

【なお……どういう訳か、今はもう手元に現物が無いので、確認が取れず、うろ覚えのままで申し訳ないのですが……確か、リリカルなのはA’sの「サウンドステージ」の「03」かどれかに『ミッドにも、クリスマスとお正月を一緒にしたような祭日がある』みたいな表現があったと思います。それで、私はこんな設定を思いつきました。
 結果として、『同じ日でも、「(こよみ)の上での日付(ひづけ)」は、ミッドの暦の方が地球のグレゴリオ暦よりも何日か(下記のとおり、6~11日ほど)先に進んでいる』ということになります。】

 また、(つき)という単位に関しても、『ミッドでは二つの衛星(つき)の満ち欠けには関係なく、一か月は常に30日で、年末(冬至の前後)にまとめて五日間の(うるう年ならば、六日間の)「余り日」が置かれる。昔は、この「余り日」に「(もの)()み」や「冬至の儀式」などが行なわれていた』という設定で行きます。
 つまり、ミッドで言う「12月30日」は、平年ならば「冬至の入り」(冬至の三日前。地球のグレゴリオ暦で言う12月19日)ということになります。
(平年ならば、地球で言う「12月20日~24日」が、ミッドで言う「余り日」です。)

 まとめて言うと、(平年であれば)おおよそ以下のとおりとなります。
『ミッドの1月1日が、地球の12月25日(冬至の明け)に、
 ミッドの2月12日が、地球の2月4日(立春)に、
 ミッドの3月27日が、地球の3月21日(春分)に、
 ミッドの5月13日が、地球の5月6日(立夏)に、
 ミッドの6月29日が、地球の6月21日(夏至)に、
 ミッドの8月17日が、地球の8月8日(立秋)に、
 ミッドの10月3日が、地球の9月23日(秋分)に、
 ミッドの11月19日が、地球の11月8日(立冬)に、
 ミッドの「余り日の三日目」が、地球の12月22日(冬至)に、各々対応する』

 また、Vividのコミックスには、「週末」とか「土日」とか「月曜日」とかいった用語がフツーに出て来るのですが……そもそも、地球で「一週間」という単位が七日間である理由は、「地表から肉眼で見ることのできる、特別な天体」の数が、地球では「たまたま」七個だったからです。
 つまりは、「太陽(日)、月、水星、金星、火星、木星、土星」のことなのですが、曜日の名前も本来は、それらの天体の名前(もしくは、それらの天体に関連づけられた神様の名前)から取ったものです。
 そう考えると、個人的には、『ミッドでも、一週間は七日間である』という設定には強烈な違和感を覚えます。

【そもそも、Vividのシリーズでは、『惑星ミッドチルダには衛星(つき)が二つある』という基本設定それ自体が、完全に忘却されていたような気もするのですが。(苦笑)
 なお、この作品では、『ミッドでは昔から、この二つの衛星はそれぞれ「赤の月」、「白の月」と呼び分けられているが、実際には色調の違いはそれほど顕著なものではなく、一般の人々は色調よりもむしろ表面の模様によって、それらを「(かに)の月」、「(うお)の月」と呼び分けている』という設定で行きます。】

 そこで、この作品では、『ミッドで言う「一週間」は(天体の数には関係なく)六日間のことである』という設定にします。
 また、年末の「余り日」は「曜日の無い祝日」で、基本的にはすべて休日となります。
 つまり、『毎月、「1日と7日と13日と19日と25日」は必ず「一曜日」になり、「2日と8日と14日と20日と26日」は必ず「二曜日」になり、(中略)「6日と12日と18日と24日と30日」は必ず「六曜日」になる』という、実に解りやすいカレンダーです。
 普通の学校や会社は、五曜日が半日で、六曜日が休日ですが、職種によっては、他の曜日が休日になったりもします。
 以上、いささかメンドくさい設定ですが、よろしく御了承ください。


 なお、全く個人的な見解ではありますが、もし「本物の異世界」を設定するのであれば、少なくとも、1.「暦法」 2.「単位系」 3.「言語と文字」 という三つの問題は避けて通ることができません。
 しかし、当然のことながら、この作品はそこまで「ガチな異世界もの」ではないので、いずれも以下のようにユルく流すことにします。

 暦法については、すでに述べたとおりなので、次に、単位系の話ですが……。
 まず、「一年」や「一日」の長さは、すべての世界で共通していますが、「一か月」の長さに関しては、『今も「実際の朔望(さくぼう)周期」(つまり、衛星の満ち欠けの周期)を単位として使っている世界は数多く、実は、世界によってまちまちである』という設定で行きます。
【結果として「一年の月数(つきすう)」も世界ごとにまちまちで、具体例を()げると、『ベルカ世界では一か月がほんの18日あまりしかなく、その代わりに、一年は20か月もあった』という設定です。
 さらに言えば、『ベルカでは、その一か月を「上・中・下」の三つに分けて考える習慣があり、そうした感覚が伝わった結果、ミッドでもいつしか六日を単位として「週」と呼ぶようになった』という裏設定です。】

 また、この作品には「時・分・秒」や「メートル」や「キログラム」などといった単位が普通に出て来ますが、これらはすべて『最初から地球の単位に「翻訳」して表記されているのだ』と理解してやってください。
(実際には、かつて「聖王家直轄領」だったミッドチルダやヴァイゼンが、その当時から一貫して「ベルカ文化に由来する単位系」を使い続けているため、今でも「管理局の公式単位系」は、それをそのまま受け継いだものとなっています。)

【裏設定としては、以下のとおりです。
『古代ベルカにおける度量衡の単位は、「プランク長さ」や「プランク質量」に基づいて、それに「1000の何乗かを()けた値」を基本単位としていた。
 つまり、長さの基本単位は「およそ1.62センチ」で、重さの基本単位は「およそ21.8キログラム」なのだが、ベルカでは一般に「120進法」(10進法と12進法の組み合わせ)が用いられていたため、人間の身長や体重を表現する際には、「およそ16.2センチ」や「およそ1.81キログラム」の中間単位(1クーロや1ベイン)がよく用いられていた。
 また、時間に関しても、日常的に用いられる基本単位は、1日の120分の1(つまり、12分)であり、古代ベルカでは、一般にこれを「1(ハウル)」と呼んでいた』
(なお、「プランク長さ」や「プランク質量」については、Wikipediaなどを御参照ください。)

 ただし、時刻を表す際には、この同じ「(ハウル)」を「()」と翻訳することにします。
 つまり、古代ベルカでは、真夜中を「0時」と、日の出の頃を「30時」と、正午を「60時」と、日の入りの頃を「90時」と呼んでいた、という設定です。
(これらの数字を5で割れば、地球で言う「24時間表記」に簡単に換算できるので、個人的には、『これは、それほど難しい設定では無い』と思っています。)
 現在、こうした単位系は「主要な管理世界」で広く用いられており、各種の学校において一般に「授業が48分で、休み時間が12分」なのも、時間の基本単位が「1(ハウル)」だからなのです。】

 言語については、『メインキャラの名前の多くが明らかにヨーロッパ風である』という時点で、もはやどうしようもないのですが(苦笑)……文字については、これまた『最初から、地球の文字に「翻字」して表記されている』ものと考えてやってください。
 具体的に言うと、『日常的な「ミッド文字」はすべてラテン文字(普通のアルファベット)に、古代の「ベルカ文字」はすべてギリシャ文字に、次の章の「背景設定2」で述べる「号天文字」はすべて漢字に、それぞれ書き換えられている』という設定です。
(Vividのコミックス第5巻では、ハリーの戦闘服の背中に、漢字で『一撃必倒』と書かれていましたが、これも、もちろん、現実には「号天文字」で書かれているのです。)

【なお、この作品では、オリジナルのキャラクターの名前は「なるべく」ヨーロッパ風にならないよう努力しましたが、「原作に登場する、ヨーロッパ風の名前をしたキャラクターの親族など」に関しては、例外的に、わざとヨーロッパ風の名前で揃えてみました。この点も、どうぞ悪しからず御了承ください。】

 また、話し言葉に関しては、『実際には、世界ごとにそれぞれ別々の言語を話しているのだが、現代では超小型の(耳たぶの後ろの「髪の生え際」あたりに貼りつけて使うタイプの)極めて優秀な「全自動翻訳機」が普及しているため、双方がこれを装備していれば、別の世界の人間同士でも普通に会話をすることができる』という設定です。

【この作品では、我ながらムチャな設定ですが、『こうした全自動翻訳機の「上位機種」(魔力のある人、専用)ともなると、念話の要領で「自分なりの言葉」を明瞭に心に思い浮かべただけで、翻訳機が自動的に舌や喉の筋肉を操り、最初から「翻訳された言葉」を発声することができる』という設定で行きます。
 そういう設定にしておかないと、「無印」で(生まれて初めて地球に来たはずの)フェイトが、なのはと普通に「音声で」会話できていたことの説明がつかないからです。
(つまり、『最初の時点で、フェイトは普通に日本語を喋っていた』という設定です。)
 また、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ01」の内容は、『機動六課の面々が「出張任務」と称して地球の海鳴市に赴き、そこで、新人たちが「逃亡した自律行動型ロストロギア」、通称「プニョプニョスライム」を無事に捕獲して帰って来る』というものなのですが、ここでも(今まで地球には全く縁が無かったはずの)ティアナたちが(ミッドの言葉など知らないはずの)アリサやすずか、士郎や桃子たちとも普通に「音声で」会話をしています。
 これに関しても、『機動六課の面々は、最初からそうした「全自動翻訳機の上位機種」を装備した上で地球に来ていたのだ』と考えておくことにします。

 しかし、そうなると、『管理局はそれ以前から「日本語に関する充分な量の(辞書を作れるほどの)具体的なデータ」を取得していた』と考えざるを得ません。
 ひとつには、それもあって、私は「はじめに その3」の年表で「新暦11年」および「15年」の項目に書いたような設定を組みました。
 この作品では、『新暦11年、ミゼット提督は次の調査艦隊のため、地球に接続する〈次元航路〉の本数や等級などを詳細に調べた後、地球の各地に何人もの「潜入調査員」たちを残して〈本局〉に帰投した。その後、調査員たちはそれぞれの土地で現地の人間に成りすまし、言語や習俗を始めとする「基礎データ」をひととおり収集してから、12年以降には順次、後続の調査艦隊に回収される形で〈本局〉に戻った。
(なお、事前にそうした「基礎データ」が存在していたため、新暦15年に地球で〈GV事件〉が起きた際にも、管理局の側は「事件に巻き込まれた地球人たち」との意思疎通を容易(たやす)く行なうことができた。)
 そうした「基礎データ」は管理局の内部では公開情報とされており、プレシアも新暦65年に〈時の庭園〉で「地球~ファルメロウ方面」へ向かうに際しては、事前に「現地の言語データ」などをまとめて取得していた』という設定にしておきます。】

 ちなみに、指を折って数を数える時の「数え方」について、ですが……ミッドでは一般に、次のような数え方をしている、という設定で行きます。
『最初は、軽く(こぶし)を握った状態から、まず人差し指だけを伸ばして「一」、次に中指も伸ばして「二」、薬指も伸ばして「三」、小指も伸ばして「四」、最後に親指も伸ばして「五」と数え、そこからは、伸ばしたのと同じ順番で折り曲げて行きます。
 つまり、()を開いた状態から、まず人差し指だけを折り曲げて「六」、次に中指も折り曲げて「七」、薬指も折り曲げて「八」、小指も折り曲げて「九」、最後に親指も折り曲げて「十」と数えます』
 この方式ならば、「一」から「十」までを、すべて「違う指の形」で表現することになるので、無言のまま何かの「サイン」を出す時などには、別の数と間違える心配が無くて、とても良いのではないかと思います。(←重要)


 なお、Vividのコミックス第13巻では、ジークリンデの口から「義務教育」などという言葉が飛び出してしまっているのですが……。
 まず、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ04」によれば、St.ヒルデ魔法学院は基本的に「五三二二制」であり、Vividでも、そのように描写されています。
 しかし、いくら私立(?)でも、こうした部分までもが公立の学校と違っているとは考えにくいので、この作品では、『ミッドでは全土で共通して「五三二二制」が採用されている』と考えておくことにします。
(おそらくは、他の管理世界でも、おおむね同様でしょう。)

 この作品では、『学校の「年度」は4月からで、年が明けて7歳になった小児(こども)たちは、全員がその年の4月から初等科に入学する』という設定で行きます。
 ただし、特に10月以降に生まれた子の場合、かかりつけの医師から『同じ年に生まれた他の子たちと比べて、体格や身体能力にあまりにも差がありすぎる』と診断された際には、「遅れ就学」(8歳になってからの入学)も普通に許可されています。
 実際、メガーヌは新暦40年11月の生まれですが、7歳の頃までは、まだ少し病気がちで発育の悪い子だったので、48年の4月になってから初等科に入学しました。そのため、41年の3月に生まれたクイントとも、実は同学年なのです。

 また、ミッドでは本来、初等科と中等科の8年間が「義務教育課程」です。
 ただし、ここで言う「義務」とは、親の側に『子供に教育を受けさせる義務がある』という話であって、決してその子自身に『学校へ(かよ)う義務がある』という訳ではありません。
 そのため、状況的に(あるいは、性格的に)学校へ通うことが上手くできない小児(こども)たちのための「通信教育制度」も広く普及しています。
 そして、「具体的な人間関係」などに時間を()く必要が無いからでしょうか。通信教育においては、しばしば「飛び級」という現象が起きます。
(通常の学校でも、制度としては認められていますが、大半の場合、その「優秀な成績を(おさ)めた生徒」自身が「同じ学年の友人」との人間関係の方を優先させてしまうため、実際に「飛び級」が起きることは、ごく(まれ)なことなのです。)
 実のところ、ヴィクトーリアやジークリンデやファビアも、通信教育によって各々わずか5年ほどで義務教育課程をすべて修了してしまいました。

 なお、アインハルトは、当初は普通に7歳で初等科に入ったのですが、じきに『修行の妨げになるから』という理由で、祖父エーリクに()めさせられてしまいました。
 幸い、祖母イルメラが元教師だったので、通信教育によって家庭でも十分な教育を受けることができましたが、あくまでも修行の方が生活の中心だったため、初等科課程の修了には4年かかりました。そして、次の年(新暦78年度)は「一年間、休学」という扱いにしてもらって、その間に覇王流の修行を一段落させ、79年には12歳で「普通に」中等科に進学したのです。

【つまり、コミックス第1巻で、平日の朝に「近くの署」へ出頭したアインハルトがノーヴェから『学校はどーする 今日は休むか?』と()かれた時に、『行けるのなら行きます』と答えたのも、単に「真面目な性格だから」というだけではなく、『初等科の時には行きたくても行かせてもらえなかったから、今は本当に「学校というトコロ」へ行きたがっているのだ』という「解釈」です。】

【ちなみに、Vividのコミックス第3巻のキャラクターファイルには、ハリーが『15歳、高等科2年、参加歴3回』(つまり、「今回」で4回目)と紹介されており、その一方で、第4巻には『初参加は中等科1年の時』という記述があり、「五三二二制」という設定とは微妙に()い違っているのですが……。
 Vividのコミックスは、同じ第4巻に『新暦89年度』という「あからさまな誤植」もあるので、今ひとつ信用がおけません。
 この件に関しては、やはり『ミッドの学校はすべて五三二二制であり、ハリーのプロフィールの方が「高等科1年」の誤植だった』と考えておくことにします。高等科2年生のエルスも『自分の方が先輩だ』という意味の発言をしていますし、ハリーの学力から考えて、彼女に「飛び級」が可能だったとは、とても考えられないからです。】

 なお、この作品では、『管理局員に限り、この「義務教育課程」は必要に応じて免除される』という設定で行きます。
 実際、スバルとティアナは、陸士訓練校に入った年齢を考えれば明らかに初等科学校しか卒業していませんし、エリオとキャロとルーテシアに至っては、そもそも「学校」というモノに通った形跡が全くありません。
(なのはやフェイトやはやても「管理世界での義務教育」は全く受けていません。)
一方、ヴィクトーリアやジークリンデやファビアに関しては、『初等科には(アインハルトと同様に)1年生の時に少しだけ通った経験がある』という設定で行きます。

 また、魔力を持たない一般の人々については、『義務教育課程の修了直後に、15歳で早々と就職する男女もまだまだ数多いが、ミッドチルダでは、すでに半数ちかくの男女が高等科まで卒業してから(ゲンヤのように)17歳で就職するようになっている』という設定にしておきます。

【なお、ミッドの「大学」は、(残念ながら、翻訳すると「同じ名前」になってしまうのですが)単なる「就職予備校」に成り下がった日本の「大学」とは全く違って、本物の「学問研究機関」であり、基本的には「学者や研究者などの専門職に()きたい人だけが行くところ」なので、今なお『進学率は一割に満たず、卒業できる者はさらに少ない』といった状況です。
 と言うか……そもそも、ミッドには『一般の企業が社員の採用に際して、その学歴を考慮する』という悪習それ自体が存在していないので、将来的に一般企業に就職するつもりの(普通の)少年少女たちは、最初から「学歴を目的として勉強をする必要性」など全く感じずに済むのです。
 大半の少年少女にとって「義務教育課程での勉強」は、あくまでも「自分なりの適性」を見つけるための手段でしかありません。だから、それさえ見つかってしまえば、あとは『すぐに、それを活かした職に就く』か、『高等科に進学して、その方面のさらに専門的な知識や技能を身につけてから、その職に就く』かの二択になるのです。
(だからこそ、『管理局員という職に就いてしまえば、「義務教育課程での勉強」など、もう必要が無い』という考え方になるのです。)
 その意味において、「ミッドにおける高等科学校」は、社会的には「日本における一般の大学や専門学校」と似たような位置づけの存在である、と考えた方が良いのかも知れません。】


 ちなみに、ミッドでは「法定成人年齢」も17歳で、「男女とも17歳から結婚可能」ということになっていますが、言うまでも無く、本当に17歳で結婚してしまう人はごく少数派です。
 また、16歳までの(未成年の)男女は、法律の上でも「少年・少女」と呼ばれます。
【いや! 決してStrikerSの「正式タイトル」に対して、今さらイチャモンをつけるつもりなど、全く無いのですが!(苦笑)】

 そして、法律上の「性交許可年齢」は15歳です。つまり、14歳以下の少年少女には、法律上はまだ「性行為への同意能力」が無いものと規定されています。
 そのため、成人の男女が「14歳以下の少年少女」と性交渉を持った場合には、そこに至った経緯やその時の状況には関係なく、合意の有無や双方の性別にも関係なく、問答無用で「強姦罪」が適用され、「薬物による人格の矯正(きょうせい)」を始めとする「(すさ)まじい処罰」を受けることになります。
 本来ならば、14歳までは(正確に言うならば、15歳の3月までは)義務教育課程であり、学校に通っているべき年代なので、14歳以下の少年少女たちは、社会的にもそのような形で「保護」されているのです。
【なお、飲酒や選挙権などは17歳からで、自動車(オートモービル)二輪(バイク)などの運転免許は原則として15歳からですが、管理局員の魔導師に限っては13歳から免許の取得が許可されています。】


 また、魔法文化の無い世界では、「体格の大きさ」や「筋力の強さ」が生存競争の上でそのまま有利に働くことが多いのですが、一方、魔法文化のある世界では、それらの性質によるメリットは「相対的に」それほど大きくはありません。
 そのため、あくまでも一般論ですが、魔法文化の発達した世界では(コストをかけて大きな体格を維持しても、生存競争としては、それほど有利になる訳ではないので)人々の平均身長は、魔法文化の無い世界に比べて、むしろ小柄になりやすくなっています。

 ただし、長く戦乱の時代が続いたベルカ世界は、(何十世代もの間、魔力の無い一般人も戦争に駆り出され続けていたので)この一般論における「例外」となっています。
「生粋のミッド人」における成人女性の平均身長は、ベルカ式の単位でせいぜい10クーロ(162センチ)ほど、成人男性の平均身長も、せいぜい10クーロと3分の2(173センチ)ほどですが、今もなお「ベルカ系の人々」の平均身長は、男女ともそれより半クーロ(およそ8センチ)ほど高くなっています。
(どの世界でも、『寒い土地の人ほど、大柄な体格になりやすい』という傾向があるので、多少はそれが原因なのかも知れません。)

【なお、公式には「女性キャラの身長」が低め低めに設定されているようですが、この作品では、それらの公式データにはあまりこだわらない方向で行きたいと思います。
 特に、シグナムの「167センチ」というのは、個人的には全く信じられない数字です。この作品では、彼女は「179センチ」(ベルカ式の単位で、11クーロ強。ほとんど「ベルカ人の成人男性」並み)ということにしておきますので、よろしく御了承ください。】

 

 

【第1節】JS事件と機動六課にまつわる裏話。(前編)

 
前書き

 まず、先に「第1章 第6節」の「新暦68年4月」の項目で予告したとおり、(以下は、あくまでも極めて個人的な意見ですが)「StrikerSの主な問題点」の残り二つについて述べます。

 4.『ミッドチルダが具体的にどういう世界なのか』という基本的なトコロを全部スッ飛ばして話を進めてしまったため、視聴者にとっては「物語の背景を理解するために必要な情報」が不足しており、結果として「全体の状況」を俯瞰(ふかん)することが非常に困難だったこと。
 さらには、本来ならば「事件の黒幕」として(えが)かれるべき「三脳髄」が、いきなり登場したかと思ったら、また唐突にドゥーエによって処分されてしまったため、『彼等が一体「何を意図して」スカリエッティたちを使役していたのか?』という「そもそものところ」がよく解らないままに物語が終わってしまったこと。

 しかも、主人公たちは全員、作品の中では、こうした黒幕(三脳髄)の「存在」にすら気がついてはいません。
(アニメの方でも何かしら「最高評議会」に関する言及はあったような気もするのですが……取りあえず、この作品では『主人公たちはみな「最高評議会」のことを、今ではもう現実に機能はしていない「歴史上の存在」と認識していた』という設定で行きます。)

 そんな訳で、(三脳髄の具体的な計画に関しては、また「第二部」や「アネクドーツ」の方でも描写するとして)まず、この章では〈三元老〉の動向を始めとする「本局の側の状況」を加筆することで物語の補完としました。
(また、〈アルカンシェル〉に関しては、物語の都合上、独自の設定を付加しました。こちらも、よろしく御了承ください。)

【字数制限に微妙に引っかかってしまったので、後半は本文の枠内に続きます。(汗)】

 

 

(以下の十数行は、前書きの続きです。)

5.また、(本当に個人的な意見で恐縮ですが)無印とA’sを観て「熱烈なファン」となった者にとって、「リリカルなのはシリーズ」の「本質」とは、あくまでも「理不尽な運命によって不幸な境遇に陥っている少女が、救済される物語」なのだと思います。
 さらに言えば、『その「理不尽な運命」を体現したキャラクターが、最後に物語の舞台から退場することによって、その「救済」が悲劇的に演出される』というスタイルの物語です。
 だからこそ、プレシアは逮捕されずに、虚数空間へと消えて行ったのであり、アインスも(彼女もまた、本質的には「被害者」であったにもかかわらず)最後はああして消えて行ったのです。
 そうした観点から見ると、StrikerSは、残念ながら「やや中途半端な内容」になってしまったと言わざるを得ません。
 まず、「救済すべき対象」の数が多すぎます。そして、「退場すべきキャラクター」が正しく退場していません。
 それこそが、StrikerSという作品の「最大の問題点」だったのではないでしょうか。

 要するに、私の個人的な感想としては、StrikerSはまだ「きちんと完結」していないのです。
(まあ、『だからこそ、続編の着想を得ることができた』とも言えるのですが。)
 そんな訳で、あらかじめ明言しておきますが、「第二部」は、内容的には「StrikerSの続編」となります。乞う、ご期待!(←笑)】

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 さて、「ジェイル・スカリエッティ」は、そもそも「人間」ではありません。
「管理局の闇」そのものである〈三脳髄〉は、「本物の天才」であった稀有(けう)の人材を失った後、その人物に代わるほどの「優秀な手駒」が全く見つからなかったため、ついには自分たちの手で「人工の天才」を造り出すことにしたのです。
 そうして、新暦42年になってようやく造り出された人造生命体〈アンリミテッド・デザイア〉こそが、ジェイル・スカリエッティの正体でした。
 彼は〈三脳髄〉の思惑どおりに天才的な技術者に育ち、〈三脳髄〉も彼に期待して、記憶転写クローンや戦闘機人の作製、さらには、〈ゆりかご〉の諸性能の解明などといった困難な課題を次々と彼に課していきます。
 ただし、記憶転写クローンの作製に関しては、かなり早い段階で予算が打ち切られ、別の計画に専念するように指示を受けたために、スカリエッティは〈プロジェクトF〉の完成をプレシア・テスタロッサたち三人の手に(ゆだ)ねることにしました。
 とは言え、もちろん、スカリエッティがプレシアたちのすることに『全く手を出さなかった』という訳ではなかったのですが。(←重要)

〈三脳髄〉は、前々から「控えの人材」として何人かの優秀な技術者たちに目を付けていました。プレシアは元々、そのうちの一人だったのです。
 スカリエッティも、実は〈三脳髄〉からの情報提供によって初めてプレシアたちの存在を知り、新暦53年になって『手を貸してほしい』と呼びかけたのでした。

 また、スカリエッティは元々、権力闘争のような世俗的な問題には全く関心を持っていなかったのですが、それでも、生まれて20年もすると、さすがに疑問を感じるようになりました。
『自分は何故、自分よりも劣っている者たちに従わなければならないのだろうか』と。
 そこで、スカリエッティは「お気に入り」のドゥーエが聖王教会への潜入任務から無事に戻って来ると、今度は、彼女を管理局のミッド地上本部に潜入させました。……というのは、表向きの話(三脳髄にも普通に報告する話)で、実は、そちらの任務は「ただの片手間」でした。
 スカリエッティがドゥーエに与えた「本当の任務」は、〈三脳髄〉の所在を突き止め、そのメンテナンス・スタッフに成り代わり、暗殺の機会を(うかが)うことだったのです。
〈三脳髄〉の側から見れば、それはまさに『飼い犬に手を嚙まれる』という状況だったのですが、スカリエッティにしてみれば、それは反逆でも何でもなく、ただ単に『より優秀な者が、より上に立つべきだ』という「当然の真理」を実行に移しただけのことでした。


 また、カリム・グラシアは、わずか4歳の時に新暦51年の「一連のテロ事件」で祖父母と父母と兄と姉と弟を一度に失い、それからは、父の従兄(いとこ)に当たる騎士バルベリオ(当時、36歳)に引き取られて、そのまま基本的にはベルカ自治領内の「騎士団本部直営地」の中だけで、大切に育てられました。
 選んで悪く言うならば、カリムは「俗世からは隔絶された環境で純粋培養された、世間知らずのお嬢様」なのです。
彼女にとっては「同年代で親しい間柄の人物」も、長らくシャッハ・ヌエラぐらいしかいませんでした。
【なお、ヌエラ家は、古代ベルカでは「某王国の公爵家」にまで(さかのぼ)ることができるという名門であり、現代ミッドのベルカ自治領でも『代々、聖王教会の高名な司祭や騎士を輩出(はいしゅつ)して来た』という相当な名家です。
 しかし、当時のヌエラ本家の当主は「その方面の才能を持った子供」にはなかなか恵まれませんでした。新暦52年になって、ようやく末娘のシャッハ(5歳)が、その兄たちや姉たちよりも格段に高い魔力資質の持ち主だと解ると、高名な騎士バルベリオが「5歳になる娘の友人役」を探していると知って、彼は迷わず自分の末娘を騎士バルベリオに差し出したのです。】

 養父バルベリオが、その魔力資質を見込んで「孤児ヴェロッサ」を引き取って来たのは、カリムが10歳になった夏のことでした。それ以来、シャッハは、カリムの友人、ヴェロッサの教育係、さらには二人の護衛という「一人三役」を黙々とこなしてゆくことになります。
【カリム・グラシアの年齢については、公式には特に設定が無いようですが、義理の弟であるヴェロッサがクロノの旧友であるところから考えて、この作品では、『クロノとヴェロッサは同い年で、カリムとシャッハは彼等よりも四歳(よっつ)年上である』という設定にしてみました。】

 そして、新暦63年。カリムが16歳の年に、彼女の運命は一気に急転しました。
 まず、春には、養父バルベリオが前任者の急逝により、他の有力騎士たちからの推挙を受けて、48歳の若さで「騎士団総長」に就任します。
 そして、カリム自身も、夏には唐突に古代ベルカ式魔法の希少技能(レアスキル)「プロフェーティン・シュリフテン」を発現させました。
 さらには、その後を追うかのように、ヴェロッサもわずか12歳にして希少技能(レアスキル)を発現させます。
 バルベリオは、子供たちの希少技能(レアスキル)を一般には秘密にするとともに、その秋には急ぎ、シスター・シャッハを正式に「修道騎士」に叙任(じょにん)し、彼女には今まで以上に二人の護衛を頼むことになりました。

 なお、「プロフェーティン・シュリフテン」は、月の魔力(ちから)を利用した特殊な魔法です。
【より正確に言うと、利用するのは「月から逆流して来る魔力素」なのですが、その件に関しては、詳しくは「背景設定5」を御参照ください。】

 惑星ベルカには月が一個(ひとつ)しかありませんでしたが、その代わり、その月の魔力(ちから)は相当に強いものでした。そのため、こうした〈月の魔法〉も「古代の」ベルカ世界では満月の夜に、ほぼ毎月のように使うことができたのです。
 しかし、惑星ミッドチルダには月が二個(ふたつ)あり、しかも、どちらも「古代の」ベルカの月ほど大量の魔力素は保有していません。そのため、ミッドでは、この種類の魔法は「二つの月の魔力(ちから)が上手く重なった時」にしか使えないのです。
(具体的には、「おおよそ年に一回」といったところでしょうか。)

 当初は、カリム自身もこの希少技能(レアスキル)に一方的に振り回されていたのですが、新暦66年には、ようやくそれを意識的に使えるようになり、その技能によって、その秋には19歳で正式に「騎士」に叙任されました。
 また、カリムは翌67年の9月に(両脚が完治したばかりの)はやてと初めて会って話をしましたが、その席で、義弟ヴェロッサからは「親しい友人」として名前をよく聞いていた人物が、同時に、はやてにとっても「頼りになる兄貴分」であることを知ると、自分もその人物「クロノ・ハラオウン」に会ってみたくなりました。
 彼もまた、51年の「一連のテロ事件」の被害者であると知ると、なおさら親近感が()きます。
 そういった経緯で、カリムは後に(ヴェロッサやはやてを通じて)クロノに『いつでも構わないから、訪ねて来てほしい』と伝えました。
 その結果、その半年後(翌68年の3月)に、カリム(21歳)はクロノ(17歳)の来訪を受けていろいろと話し込み、すっかり意気投合したのでした。


 さて、クロノには元々、68年の3月にはミッド地上と〈本局〉とをそれぞれに訪れるべき理由がありました。
 ミッド地上を訪れるのは、大叔母マリッサ(リゼルの母親)の「28回忌・祀り上げ」に出席するためであり、〈本局〉を訪れるのは、新たに「艦長・三等海佐」の辞令を受け取るためです。
 しかしながら、両者の日程には何日もの開きがありました。仕事の方は、すでに「溜まった有給休暇」をまとめて消化するための「年度末の、長期の調整休暇」に入っているので、その数日の間は「するべきこと」が特にありません。
 そんな日程の都合もあって、クロノはカリムからの「お誘い」を受け、ベルカ自治領の聖王教会本部を(たず)ねたのでした。
 クロノにとっては、『アースラが艦長(前任者)の退任を機に〈本局〉のドックで改修を受けている間に、祀り上げの席で「特別休暇を取って、南方の辺境領域から一時的に戻って来たニドルス提督」や「昨年の6月に結婚して、今年の10月には出産予定であるリゼル艦長」や「地球在住の母リンディ」たちと久しぶりに会って話をしてから、後日、聖王教会を訪れてカリムともあれこれ話し合い、その後は〈本局〉に戻って辞令を受け取り、そのまま「改修を終えたアースラ」に新任の艦長として乗り込み、まずは「お(さだ)まりの」巡回任務に就いた』という流れになります。

 また、同68年の翌4月に、はやてが特別捜査官として、管理外世界に流出してしまった「危険なロストロギア」を(ひそ)かに回収するため、〈外75パルゼルマ〉の王立魔法学院・女子中等科への潜入任務に就いた際には、〈アースラ〉は潜入部隊(はやて、なのは、フェイト)の母艦として、惑星パルゼルマの周回軌道上に数日間、ステルスモードで待機し、はやてたち三人が無事にロストロギアを回収して帰艦すると、そのまま彼女たちをそのロストロギアとともに〈本局〉へと移送しました。
【そこで、はやてたち三人が、相手の正体にも気づかぬままに〈三元老〉と「お茶会」をして来たことや、翌69年の10月に、ニドルス提督らが殉職してしまったことは、「第1章 第6節」にも書いたとおりです。】


 一方、なのはやフェイトにとっても、70年代に入ってからは、幾つもの「新たな出逢い」がありました。結果としては、そうして出逢った人々の多くが〈機動六課〉に結集してゆくことになります。
 まず、新暦71年3月、〈第162無人世界〉における「レリック回収任務」の際に、なのはたちは初めてグリフィス・ロウランやシャリオ・フィニーノ(通称、シャーリー)と出逢いました。
 続けて、その直後に、なのはたちはミッド地上における「臨海第八空港の火災事件」で、ギンガやスバルとも出逢いました。
 さらに、フェイトは70年の6月にはエリオ(5歳相当)を、72年の2月にはキャロ(7歳)を、それぞれに保護しています。
 そして、エリオもキャロも、保護されてからほんの二年たらずで(取りあえず、日常の会話に不自由しない程度には)ミッドチルダ標準語を習得したのでした。

【さて、StrikerSのコミックス第1巻には、『新暦72年の春、スバルとティアナが陸士訓練校に入学した頃に、エリオがその訓練校を見学しに来ていた』という描写があるのですが、この作品では『エリオはその時点で、もう普通にミッド語を喋っていた』という設定で行きます。
 なお、同じ場面で、学長のファーン・コラード三佐は、フェイトに対して「7年前のあなたたち(以下、略)」と語っていますが、新暦65年の段階では、なのはもフェイトもまだミッドに来てはいなかったはずなので、この作品では『なのはとフェイトが実際に訓練校に通っていたのは、新暦66年の春から夏にかけての三か月だった。(つまり、コミックスの「7年前」は「6年前」の誤植である。)』という設定で行きます。】

 また、新暦72年の3月に、なのはたち三人はいよいよ地球の中学を卒業してミッドに転居して来た訳ですが、それと同じ頃に、クロノは早くも「提督」の地位に就き、引き続き〈アースラ〉を御座艦(ござぶね)としました。
 そして、同年6月、カリムの「プロフェーティン・シュリフテン」で、初めて「管理局システムの崩壊」を暗示しているかのような不吉な詩文が現れます。
 この時点では、その詩文にもまだ幾つかの重要な単語が欠落しており、解釈以前の問題として、詩文の意味それ自体がまだ不明瞭だったのですが、それでも、最悪の事態に対しては、可能な限り備えておくに越したことは無いでしょう。
 とは言うものの、カラバス連合との「三年戦争」が終結して以来、「基本的には平和な時代」がすでに半世紀も続いていたため、今の管理局では、出来の悪い行政機関のような「(たて)割り」が相当に進行してしまっていました。
 しかし、どう考えても、「そうした『縄張り意識や指揮系統』という垣根を越えて(あえて言うならば、執務官のように)自由に動ける実動部隊」が無ければ、「管理局システム全体の危機」には正しく対処することなどできそうにありません。
 そこで、クロノは、この頃から局内で少しずつ根回しを進めていったのでした。


 そして、翌73年には、やはり昨年と同様の詩文が「より明瞭な形」で現れました。
これによって、カリムたちは、一昨年に初めて見た〈レリック〉も「管理局システムの崩壊」と大いに関連があることを知ります。
 カリムたちは、いよいよ状況が切迫して来たことを(さと)り、秘密裡に管理局内部への働きかけを強めました。
 後日、クロノたちとも協議した結果、表向きの話としては『レリック対策と「独立性の高い少数精鋭部隊の運用実験」を目的として、臨時の特務部隊を設立する』という方向性で話を進めることになります。
(この年の8月には父方祖母ルシアの「30回忌、祀り上げ」があったので、クロノは再びミッド地上を訪れ、そのまま聖王教会本部や〈本局〉にも顔を出していました。)

 しかし、管理局〈上層部〉の反応は、今ひとつ鈍いものでした。彼等には「レリックの脅威」がそれほど差し迫ったものであるとは思えなかったのです。
 それでも、〈上層部〉の将軍たちは合議の末、『まだ正式に認めた訳ではないが、その新部隊を設立する目的が、新たなロストロギア「レリック」に対する対策であると言うのなら、その部隊は最初から「古代遺物管理部」に所属するのが妥当である』との見解に到り、それをクロノ提督にも通達しました。
(なお、この73年8月の段階で、カリムは管理局で「少将待遇」となりました。)

 あくまでも『臨時の部隊の運用実験である』という建前(たてまえ)なので、クロノはその名目に合致する人材を事前に用意しておくため、最近になって〈アースラ〉に配属されて来た若手の乗組員たちに『いろいろと資格を取得してから、また戻って来てほしい』と語って有志を募り、何名かの新人たちを「長期研修」に出します。
 その中には、当時14歳のルキノ・リリエも含まれていました。後に、彼女はフェイトから推薦される形で機動六課に抜擢(ばってき)されることになります。
(一方、この頃には、シグナム二尉も小部隊を指揮する立場となっており、その部隊からは、後にヴァイスやアルトが機動六課に抜擢されました。)


 そして、新暦74年の6月には、三度(みたび)同様の詩文が現れました。
 カリムからの報告を受けて、クロノはいよいよ特務部隊の新設を急ぎ、最早(もはや)なりふり構わずに母リンディやレティ提督の力まで借りることにします。

 そういう次第で、同年の7月には、リンディはまた久しぶりに〈本局〉を訪れました。レティとともに手筈(てはず)どおり、はやてを連れて、三元老との「お茶会」に(のぞ)みます。
 そうして、機動六課の設立に関しては、無事に「非公式の支持」を取り付けることができたのですが……困ったことに、三元老の言葉には、ところどころ痴呆(ボケ)の兆候が現れ始めていました。

 ミゼット「(はやてに対して)あなたは、確か、何年か前に『とある管理外世界から来た美少女戦士トリオ』として紹介されていた人よね?」
 ラルゴ「それを言うなら、美少女魔導師トリオぢゃろう。(呆れ顔)」
 ミゼット「……私、今、そう言ったわよね?(呆れ顔)」
ラルゴ「()うとらんわ!」
 ミゼット「(はやてに向かって)ごめんなさいね。この人、何だか最近、耳が遠くなっちゃったみたいで」
 はやて(ええ……。)

 また、別の場面では、こんなやり取りもありました。

 ラルゴ「大体、お前は頭が固すぎるんぢゃ」
 レオーネ「お(ぬし)の頭は柔らかすぎて、毛根まで抜けてしまったようだがな。(笑)」
 ラルゴ「髪の話はするなぁ!(怒)」
 はやて(ええ……。なんか、6年前に初めて()うた時とは、だいぶ印象が(ちゃ)うんやけど……この人たち、ホンマに大丈夫なんやろか?)


 ここで、三度(みたび)、三脳髄の描写をします。
「何やら、最近、『闇の書事件の生き残り』がちょこまかと動き回っておるようだな」
「別に構わぬだろう。所詮は、我々の傀儡(かいらい)とも知らずに三元老に(すが)りつく程度の連中だ」
「脳にチップが埋め込んであるから、あの三人が得た視覚情報と聴覚情報は、すべて我々に筒抜けだと言うのに。(笑)」
「それはそうと、彼奴(あやつ)ら、少しボケ始めておるのではないか?」
「三人とも、生身の肉体のままでもう90代なのだ。多少の老化は仕方あるまいよ」
「完全にボケてしまう前に、そろそろ処分してしまおうか。(嘲笑)」
「まあ、それはいつでもできることさ。(笑)」

 三脳髄はそう言って、三元老の耄碌(もうろく)ぶりを嘲笑しました。
 しかし、実際には、彼等自身もすでに「いろいろな意味で」劣化が進んでおり、現実には、ほとんど『目くそ、鼻くそを(わら)う』といった状況だったのです。
 彼等がそれを全く自覚できていないのは、あるいは、ドゥーエの巧みな誘導によるものだったのでしょうか。
 彼女は、もう一年ほど前から、メンテナンス・スタッフに成り代わって、この「秘密の場所」への定期的な潜入を続けていたのでした。

「ところで、あの者たちは『レリック対策』などとほざいておるようだが、あのまま放置しておいても、大丈夫なのか?」
「我々が裏で糸を引いておるのだ。まともな対策などできるものか。(笑)」
「それに、スカリエッティも『来年には戦闘機人の12タイプがすべて出揃うから、少し本格的に実戦経験を積ませたい』などと言っておった。放置しておけば、その実戦の相手役ぐらいにはなるのではないか?」
「なるほど、それは、相手役をわざわざ用意してやる手間が(はぶ)けるというものだな」

「そう言えば、来年には『起動キー』も完成するようなことを言っていなかったか?」
「ああ。レリックの有効性もすでに、あの『小さな召喚士』によって確認されているからな。もはや、〈ゆりかご〉の起動そのものには何の不安も無い」
「では、早ければ、来年にでも?」
「いや。この施設を丸ごと収容できるだけのスペースも()けておかねばならないし、できれば、もう少し内部を修復しておきたい。現状では、三年後を予定している」
「あと三年か。待ち遠しいな」
「我々なら、まだ三年でも五年でも待てるさ。大切なのは、我々が〈ゆりかご〉でベルカへ行き、我々の手で〈門〉と〈神域〉にアクセスすることだ」
「そうすれば、〈道〉が開けるのだな。(興奮気味)」
「ああ。それでこそ、人間(ひと)の姿を捨てて、これまで生き続けた甲斐(かい)があったというものさ」
「では、そろそろ我々の『新たな肉体(からだ)』も造らせ始めないとな」

 こうして、三脳髄は最後の一年あまり、「決して(かな)うことのない夢」を見続けたのでした。


 実のところ、人間という存在は「脳髄と脊髄だけの姿」になったからと言って、それで不老不死になれる訳ではありません。
 これほどの手段を(こう)じてもなお、「人間の寿命」というものは180歳か、最長でも190歳程度なのです。
 つまり、もしドゥーエが何もしなかったとしても、三脳髄はあと数年か、せいぜい十数年程度で(少なくとも、旧来の体としては)寿命を迎えていたことでしょう。
 三脳髄は必ずしもそうした自分たちの寿命を正しく把握していた訳ではありませんでしたが……このタイミングで自分たちの「新たな肉体(からだ)」を造らせ始めたこと自体は、実に良い判断でした。
 そして、スカリエッティは機が(じゅく)すまで、もうしばらくの間、「従順な飼い犬」の演技を続けたのでした。


 

 

【第2節】JS事件と機動六課にまつわる裏話。(後編)



 さて、新暦74年の秋に、八神はやては二等陸佐になり、実験的な部隊の新設を正式に認可されました。
 年が明け、新暦75年も2月になった頃には、メンバーの選定もほぼ完了しています。
 そして、スバルとティアナの「陸戦Bランク認定試験」などを経た後に、通常の「年度はじめ」からは少し遅れて、機動六課はようやく正式に発足したのでした。
(実のところ、その認定試験の合否には関係なく、この二人のことは最初から機動六課に引き抜く予定でいたのですが。)
 隊舎はミッド地上の首都クラナガンにも近い海岸部に設けられましたが、形式上の所属はあくまでも「本局の古代遺物管理部」ということになります。


 そして、新人たちの基礎訓練が一段落した頃、機動六課は聖王教会から「ロストロギア回収」の依頼を受けて出張任務に出かけることになったのですが、その行き先は「偶然にも」地球の海鳴市でした。(笑)
【この件に関しては、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ01」を御参照ください。】

 機動六課は本来、(表向きは)「レリック専任」の部隊です。今回の回収対象も『レリックである可能性がゼロではない』ということで、六課に依頼が来たのですが、実際に現地で調べてみると、そのロストロギアは自律行動型の稀少個体、通称「プニョプニョスライム」でした。
『ちょっと厄介なだけで、さほど危険なロストロギアではない』と解ったため、『試しに新人だけで「無傷で」捕らえてみろ』という話になりましたが、四人は「それなり」の成長ぶりを見せて、このロストロギアを巧みに回収・封印します。
 そうして、機動六課の面々は無事にミッドチルダへ戻って来たのですが……その後、ティアナはスバルとともに、いわゆる「少し(あたま)冷やそうか事件」を起こしてしまったのでした。


 やがては誤解も解け、ティアナも涙ながらに謝罪してくれたのですが……その夜のことです。
 なのはが隊舎の屋上でベンチに座り、二つの月を見ながら一人で静かにカップ酒(?)を飲んでいると、そこへザフィーラが獣の姿のまま足音も無く歩み寄って来ました。
「なんだ。酒の匂いがすると思って来てみれば、お前か」
「ミッドでは、お酒は17歳から合法で~す」
 誰も責めてなどいないのに、なのは(19歳)はニコニコ顔で、そんな言い訳(?)をします。
 そして、ザフィーラが声も無く笑いつつ、ベンチの脇にまで歩み寄ると、なのはは、今度は妙にしみじみとした口調でこう続けました。
「いや~。新人の指導って、難しいな~」
「お前が、今さらそれを言うのか。教導隊に入って、もう何年になる?」
「何年やっても、難しいものは難しいんだよォ」
「まあ、今回は丸く収まって良かったじゃないか」
「おかげで、私は個人情報をバラされたけどね~」
「一般論だが、『上司は自分の武勇伝を語るより失敗談を語った方が、むしろ部下はよく伸びる』と言うぞ」
 ザフィーラは、まるで一連の状況を面白がっているかのような口調です。

 すると、なのはは無言でまた一口、酒を飲み……そこでふと何かを思い出したような表情を浮かべて、こう「逆襲」しました。
「ところでさ。話は変わるけど、ザフィーラ。足長おじさんは一体いつになったら、女の子に正体を明かすつもりなの?」
「ん?(ふと自分の脚を見てから)ああ。地球の慣用句か。……ちょっと待て! 何故お前があの件について知っている?」
「え~。はやてちゃんから、フツーに聞いたけど~」
 なのはが小児(こども)のような悪戯(いたずら)っぽい笑顔でそう答えると、ザフィーラは少し困ったような顔をして軽く溜め息をつきます。
「我が(あるじ)も、意外と口が軽いようだな」
「安心して、ザフィーラ。はやてちゃんの口が軽くなる相手は、私とフェイトちゃんぐらいのものだから」
 なのはは、そこでまた一口、酒を飲んでから、ザフィーラが何も答えずにいるので、さらにこう言葉を続けました。
「もしかして……六課でずっとその姿のまま、誰とも(しゃべ)らずにいるのも、ティアナに正体を知られたくないからなの?」
「いや。これは、ただ単に(あるじ)の指示によるものだ。この姿の方が、オレももう慣れているし、新人たちも取っつきやすいだろうからな」

 すると、なのはは何か面白いモノを見た時のような表情で『ふ~ん』と声を上げて、また不意に話題を変えました。
「ところでさ。ザフィーラって、どっちが本来の姿なんだっけ?」
「元々のプログラムでは、人間の姿の方が『本来の姿』なのだが……地球では、かれこれ七年ちかくもの間、ずっとこの姿で暮らしていたからな。今ではもう、魔力消費もこの姿でいた方がむしろ少なくて済むぐらいだ」
「でも、魔力消費なら、『子犬フォーム』の方がもっと少なくて済むんじゃないの?」
 なのはの少しからかうような口調に、ザフィーラはいかにも不本意そうにひとつ鼻を鳴らして、『アレは、慣れておらん』と答えました。
「オレは元々、不器用な男だからな。ヤツほど器用には生きられんよ」
 もちろん、ここで言う「ヤツ」とは、アルフのことです。
 彼女はフェイトの補佐官をスッパリと()めて、今では小児(こども)の姿でカレルとリエラ(3歳)の世話をしているのですから、ザフィーラから見れば、これは確かに「器用な転身」と(うつ)ることでしょう。

 なのはは『なるほどね』とばかりに小さくうなずくと、また話題をズラします。
「そう言えばさ。動物に変身する魔法って、実は結構、レアなんだね。私は、最初に出逢った魔導師がユーノ君だったし、アルフやザフィーラも身近(みぢか)にいたから、これって、ミッドじゃ、もっともっとポピュラーな魔法なんだとばかり思ってたよ」
「そうだな。オレやヤツは、そもそも人間ではないし……。ユーノのような通常の人間の中にも、動物に変身するスキルの持ち主など、探せばそれなりにいるはずだが……昔のベルカでも、決してポピュラーな魔法では無かった。このスキル自体は、捜査や探索にならばともかく、戦闘にはそれほど向いていないスキルだからな。
 中でも、『本来の姿よりも小さな姿に変身する』というのは……確かに、慣れてしまえば、魔力消費も(おさ)えられるのだが……『本来の姿よりも大きな姿に変身する』ことに比べて、技術的にはむしろ難しい魔法になる」

「そうなんだ。……ところで、『大きな姿』って、どれぐらいの大きさなの?」
「そう何倍にもなれる訳ではないぞ。せいぜい『小児(こども)が「将来の姿」を先取りして、大人の体格になれる』という程度のスキルだ」
「そう言えば、私、『オトナ変身』って言葉を聞いたことがあるんだけど?」
「ああ。正確には『大人モードへの変身魔法』だな。もちろん、多少の資質は必要だが、それは、さほど難しいスキルではない。ただ、基本的には『体格に応じて体力や魔力出力を底上げする』という魔法だからな。魔力消費も意外と多めで、一般に長時間は()たない。これも……時間に制限のある『試合』とかならば、まだしも……実際の戦闘には、あまり向いているとは言い(がた)いな」

 そんな会話の後、ザフィーラは先に部屋に戻ることにしました。
「あまり飲み過ぎるなよ。明日も仕事だからな」
「うん。この一本だけにしておくよ。て言うか、私が『母さん譲りの肝臓』の持ち主だってこと、ザフィーラもよく知ってるよね?」
「そう言えば、お前の母親も蟒蛇(うわばみ)だったな」
 何年か前の「地球での一件」(お花見の席でのレティ提督と桃子の飲み比べ)を思い出して声も無く笑いながら、ザフィーラは隊舎の屋上を(あと)にします。
 そして、なのはももう少しだけ月見酒を楽しんでから、寝室に戻ったのでした。

【以下、StrikerSの物語は、ほぼTVシリーズのとおりに展開します。つまり、翌7月には、ヴィヴィオが機動六課に保護され、9月には、いよいよ最終決戦が行なわれることとなります。】


 一方、クロノ提督はもう何年も前から犯罪結社〈闇の賢者たち〉の掃討作戦を進めていたのですが、まずは昨年のうちにその下部組織(テロ実行部隊)である〈炎の断罪者〉を殲滅し、この年の8月には、ついに〈管29ジルガーロ〉で〈闇の賢者たち〉の本体をも壊滅へと追い込みました。
(長らくこうした一連の案件に忙殺されていたせいで、クロノ自身は「機動六課」の活動にあまり深くは関与することができなかったのです。)
 最後の「基地殲滅戦」は熾烈(しれつ)を極め、単艦でそれに(のぞ)んだ〈アースラ〉は、その戦闘自体には勝利して、無事に〈本局〉まで帰投はしたものの、あまりにもあちらこちらが傷つきすぎていたため、とうとう「廃艦」が決定されました。

【ただし、ここで言う「廃艦」は、「武装などを(はず)した後、メンテナンス無しで放置される」といった程度の意味合いであって、必ずしも(ただ)ちに「解体処分」になる訳ではありません。通常の場合、次元航行艦は解体するにも相応の費用がかかるので、そのための予算が()りるのを待たなければならないのです。】

 そこで、XV級の新造艦〈クラウディア〉が、クロノ提督の新たな御座艦(ござぶね)となりました。
 また、9月12日の六曜日には、敵勢力の奇襲によって機動六課の隊舎が壊滅してしまったため、以後、〈アースラ〉は「最後のお(つと)め」として「機動六課の臨時隊舎」という役目を(にな)うことになります。


 そして、新暦75年9月19日の一曜日。ミッド地上では「一連のJS事件」における最後の決戦が行なわれました。
【以下の描写は細部において、原作とは微妙にズレておりますが、何とぞ御容赦ください。】

 まず早朝には、ドゥーエがスカリエッティの指示に従って、ついに「三脳髄」を殺害しました。彼女は声も無く、満足げな(うす)ら笑いを浮かべて、そのまま静かにその部屋を(あと)にします。
 しかし……ドゥーエは全く気がついてはいませんでしたが……実は、通風孔の内側から、小さな甲虫(むし)がその一部始終を見ていました。と言っても、もちろん、本物の甲虫ではありません。甲虫に偽装した、精巧な虫型のマイクロロボットです。
「それ」は、三脳髄の死亡を確認すると、即座にその際の映像情報を〈本局〉の三元老に伝えたのでした。

 その日、機動六課は「都市部での対テロ防衛戦」の方にも相応の戦力を()かなければなりませんでした。首都クラナガンの周辺で、六課は敵陣営と互いに「同格の駒」を潰し合うようにして、その戦力を()ぎ落とされて行きます。
 エリオとキャロは、ルーテシアやガリューと対峙(たいじ)し、スバルもまた「洗脳されたギンガ」との一騎打ちを()いられました。
 どちらも相応の時間がかかりましたが、(から)くも六課の側の勝利となり、ルーテシアもギンガも無事に保護されます。

 一方、ティアナは敵の結界で動きを封じられ、ただ一人、限られたフィールドの中で三人の戦闘機人(ノーヴェとウェンディとディード)の相手をせざるを得ない状況へと追い込まれました。
 しかも、姿は見えませんが、この結界を張っている「後方支援タイプの戦闘機人」がもう一人、どこかにいるはずなので、実質的には「四対一」の圧倒的に不利な状況です。
 しかし、そこへ不意に「念話で」メッセージが届きました。
《後方支援の戦闘機人は、こちらで排除する。お前は目の前の戦いに集中しろ。》
確かに、六年前に兄の墓の前で聞いた「あの」思念(こえ)です。
 何者なのかは、今はまだ解りませんでしたが、ティアナはその思念(こえ)(はげ)まされて、粘り強くその戦いを続けました。
 そして、「謎の人物」が後方支援のオットーを排除してくれたおかげで、また、ヴァイスの援護射撃にも助けられて、ティアナは残る三人に(から)くも勝利します。
 しかし、その一方で、ついにあの〈ゆりかご〉が起動してしまったのでした。

 ちょうどその頃、フェイトとシャッハとヴェロッサは、ゲランダン地方にある「スカリエッティのアジト」に突入していました。
 スカリエッティたちは、すでにこのアジト全体を〈ゆりかご〉の内部に転送すべく準備を進めていたため、周辺の警備はかなり手薄になっています。裏を返せば、手持ちの「少数精鋭の戦力」に相当な自信があるのでしょう。
 それでも、フェイトは激闘の末に、単騎でセッテとトーレを打ち倒し、さらにはスカリエッティ自身をも捕縛しました。
 シャッハもセインを捕らえ、ヴェロッサもウーノを捕らえて情報を引き出します。
 そして、一行はアジトの転送を阻止し、そのアジトの奥で「修理中」のチンクや「昏睡中」のメガーヌたちの身柄(みがら)をも確保したのでした。

 一方、シグナムは騎士ゼストとアギトを追って、ミッド地上本部の指令室へと突入しましたが、そこでは、レジアス・ゲイズ中将が「局員に変装したドゥーエ」に殺害され、そのドゥーエもまたゼストによって(たお)されていました。
 ゼストは元々、死ぬべき戦場(ところ)で死に(そこ)なった武人です。自身(みずから)の個人的な目的が達成された今、彼にはもう「あえて生き(なが)らえるべき理由」など何もありませんでした。
 ゼストは、シグナムにルーテシアとアギトのことを頼むと、『もはや思い残す事柄(こと)も無い』とばかりに、そのままシグナムと戦い、討ち取られます。
 シグナムにしてみれば、これは『(たお)した』というよりも、むしろ『介錯(かいしゃく)(つかまつ)った』といったところでしょう。

 また、その頃、なのはとヴィータは、はやてとの合流を待たずに〈ゆりかご〉の内部へと突入していました。
 ヴィータは単騎で〈ゆりかご〉の中央機関区に突入し、巨大な「メイン駆動炉」の破壊に挑みましたが、何故か機関区内部の自動防衛システムは作動していませんでした。おそらくは、遠い昔に聖王オリヴィエに破壊されたまま修復されていないのでしょう。
 駆動炉の本体はさすがに堅固でしたが、それでも、ヴィータはすべての魔力(ちから)を一気に使い切るほどの「渾身(こんしん)の一撃」で、かろうじてその本体に「小さな傷」をつけました。
 ヴィータは本当に魔力(ちから)が尽きて、ただ落ちて行きましたが、はやてはそこへ遅ればせながらも駆けつけ、空中で彼女の体をそっと抱き止めます。
 そして、巨大な駆動炉は『(あり)の穴から堤防(つつみ)が崩れる』ように、ヴィータがつけた小さな傷から大崩壊を始め、はやてとヴィータは大急ぎでその中央機関区から脱出したのでした。

 一方、なのはは侵入者迎撃役のディエチを返り討ちにして捕縛した後、ついに「玉座の間」へと突入して〈聖王モード〉のヴィヴィオと対決します。
 なのはは激闘の末、自分の寿命(いのち)を削るような「自己ブースト」まで使って、ヴィヴィオのリンカーコアに融合していたレリックを「莫大な魔力照射」で強制的に分離し、破壊しました。
 これでもう、残る敵は〈ゆりかご〉の奥底に身を(ひそ)めているクアットロただ一人です。


 さて、三脳髄は元々、「自分たちが脳髄のままで生存し続けるために必要不可欠である施設」を丸ごと〈ゆりかご〉の内部に転送させるつもりで、〈ゆりかご〉の船腹に広大なスペースを()けさせていました。
 しかし、スカリエッティはその指示に従うふりをして彼等の計画を流用し、自分たちのアジトを丸ごと収容できるようにそのスペースを改造していたのです。
 大昔には例のドローンたちの格納庫として使われていた空間(スペース)だったので、「ゆりかごの失われた諸機能を修復する作業」に比べれば、その空間(スペース)の改装そのものは実に簡単な作業でした。
 スカリエッティの側に幾度か「中途半端なドローンの運用」があったのも、『この空間(スペース)()けるためには、余分なドローンを事前に「ある程度まで」消費しておく必要があったから』だったのです。

 そのようにして「やや強引に」()けられたその広大な空間(スペース)の艦首の側には、今では〈ゆりかご〉全体を操作するための「仮設の艦橋(ブリッジ)」のような設備が整えられていたのですが、クアットロは、(ひと)りそこに(じん)取っていました。
 後方の「玉座の間」とは直線距離で1キロメートルちかくも離れており、しかも、両者の間には何枚もの重厚な隔壁が新たに(もう)けられています。
『だから、たとえ居場所を(さと)られたとしても、攻撃がここまで届くはずは無い』
 クアットロは最後までそう信じていたのでした。

 それでも、なのはは「自分の肉体(からだ)にのしかかる負担」など(かえり)みることも無く、手持ちのカートリッジをすべて使い切って、はるか彼方のクアットロめがけて渾身(こんしん)のスターライトブレイカーをブチ込みます。
 莫大な魔力の奔流は、すべての隔壁を問答無用で撃ち貫き、一撃の(もと)にクアットロの意識を深く刈り取りました。
 なのは自身もすでに疲れ果てていましたが、まだ普通に飛ぶ程度のことはできます。
 なのはは、今しがた自分で撃ち抜いたばかりの穴を通ってクアットロの許へ飛び、完全に意識を失っている彼女の体を回収して、またヴィヴィオの待つ「玉座の間」へと戻って来ました。こちらの方が、はるかに「脱出口」に近いからです。

 そこへ折り良く、ヴィータを抱いたはやても合流しました。
 しかし、そのタイミングで「玉座の間」の唯一の出入り口が唐突に隔壁で閉鎖され、つい先程、スターライトブレイカーで()けたばかりの壁の穴までもが自動で素早く修復されてしまいます。
 そして、大変に強力なアンチ・マギリンク・フィールド(AMF)が艦内の「居住区」全域に展開されました。先ほどのスターライトブレイカーで「仮設の艦橋(ブリッジ)」が破壊されたため、壊れかけの自動防衛システムが「不完全ながらも」作動したのです。

【なお、〈ゆりかご〉の「サブ駆動炉」は、ヴィータが破壊した「メイン駆動炉」に比べれば相当に小さな代物でしたが、それでも、通常の次元航行艦の魔力駆動炉に比べれば格段の大きさです。
 それら二基のサブ駆動炉は、当然ながら「居住区」の外側にあったため、AMFの影響を受けることも無く、〈ゆりかご〉はクアットロが最初にプログラムしたとおりに、そのまま上昇を続けたのでした。
 ただし、あくまでも「サブ」なので出力は不十分でした。結果として、〈ゆりかご〉の動きは、スカリエッティたちの想定よりも「さらに」ゆっくりとしたものになったのです。】

 魔法が全く使えないのでは、これほどの隔壁はとても破れそうにありません。
 なのはたちにとっては絶体絶命の窮地でしたが、そこへティアナとスバルが大型のバイクで駆けつけました。戦闘機人のスバルが振動破砕で隔壁をブチ破って来たのです。
(ウイングロードもまた、ISであって魔法ではないので、AMFの影響は受けませんでした。)
 一同は全員でそのバイクに乗り、途中でディエチをも回収した上で、〈ゆりかご〉の中から脱出しました。8人乗りは明らかに定員超過でしたが、AMFの外に出てしまえば、なのはとはやては自力で飛べるので、それ自体は大した問題ではありません。
〈ゆりかご〉は何故か非常にゆっくりと飛行しており、この時点でも、まだ成層圏にすら到達していなかったので、なのはたちは普通に助かりました。
 成層圏では魔力素も薄く、大気そのものも大変に希薄なので、もしもこの時点で〈ゆりかご〉がすでに成層圏にまで上昇していたら、特にティアナやヴィヴィオは、低温と減圧で(のど)や肺などが決して無事では済まなかったことでしょう。
 あるいは、スカリエッティのアジトを丸ごと転送するためには、〈ゆりかご〉が低空を超低速で飛行していることが絶対に必要な条件だったのかも知れません。
 それはともかくとして、〈ゆりかご〉は全くの無人となった後も、サブ駆動炉だけでゆっくりと上昇を続けていったのでした。


 なお、この巨大な次元航行艦が〈ゆりかご〉と呼ばれていた理由は、古代ベルカ聖王家の人々の多くが……決して「すべて」ではないけれども「多く」が……「この艦の中で遺伝子を調整され、(らん)の段階から小児(しょうに)の段階まで一貫して、この艦の特殊な培養槽(ばいようそう)の中で育てられた人間」だったからです。
 基本的には、そうやって生まれた子の方が身体的にも魔力的にも優秀であり、それ故、当然に「聖王家における、王位の継承順位」も高く、また、〈ゆりかごの玉座〉への適合率も高くなっていました。
 だから、普通に母親の(はら)から産まれたオリヴィエは、幼児期の魔導事故で両腕などを欠損するまでもなく、最初から「継承順位の低い子」と見做(みな)されていたのです。
(だからこそ、シュトゥラ王国へ送られたりもしたのです。)
 彼女の「ゆりかごの玉座への適合率」が100%を超えていたのは、あくまでも「極めて例外的な事例」でした。

【この辺りの事情に関しては、Vividのコミックス第11巻を御参照ください。
なお、第二部では、「オリヴィエの遺産」とも言うべき彼女の聖王核が、いささか重要な(?)アイテムとして登場する予定です。】

 そして、実を言うと、その培養槽(ばいようそう)は、スカリエッティの手によって部分的に修復されており、そこでは(ひそ)かに〈管理局の創設者たち〉の特殊なクローンが培養されていたのです。
 しかし、ドゥーエが〈三脳髄〉を抹殺した直後に、それらの培養体もクアットロによって破棄されていました。

【ごく大雑把に言えば、三脳髄の計画は、『それらの「培養体」のリンカーコアにレリックを融合させた上で、単に自分たちの「記憶」をその脳に転写するのではなく、自分たちの「意識」を丸ごと上乗せすることによって、自分たちの「本体」は別個に維持したままで、その培養体をいわゆる「アバター」として(自分の意思で自分の肉体(からだ)のように動かせる「新たな肉体」として)自在に使役することができるようになる。そこで、そのアバターとともに〈ゆりかご〉でベルカ世界へと赴き……』といった内容でした。】

 だから、なのはたちが脱出した時点で、〈ゆりかご〉の中にはもう「生命反応」は全く存在していなかったのです。
〈ゆりかご〉は、なのはたちが使った脱出口も()けっ(ぱな)しのまま、成層圏へと上昇して行きました。
(空気の流出に対しては、艦内通路の隔壁だけで対処したようです。)


 

 

【第3節】ゆりかご事件におけるクロノ提督の動向。



 一方、その少し前、時空管理局の〈本局〉中央次元港では……。
 クロノ・ハラオウン提督は、ミッド地上オルスタリエ地方の陸士隊から『伝説の〈ゆりかご〉が今、飛び立った』との報告を受けると、独自の判断で(ただ)ちに艦隊を編成し始めました。
 艦隊旗艦となる〈クラウディア〉の艦橋(ブリッジ)では、艦長や乗組員たちが大急ぎで発進の準備を進めつつ、他の艦長たちに対しては有志を(つの)り、また、上層部に対しては「アルカンシェルの搭載」および「艦隊の出撃」の許可を申請しています。

 そんな(あわ)ただしい状況の中、艦橋(ブリッジ)の最上段にある司令官席では、クロノ提督がユーノ司書長と通話をしていました。映像や音声が外部に漏れないよう、司令官席の周囲には円筒状に、虹色にゆらめく半透明の「遮蔽(しゃへい)スクリーン」が張られています。
「正直なところを訊きたいんだが、ユーノ。あの〈ゆりかご〉に、こちらの砲撃が通用すると思うか?」
「こればかりは、やってみないと解らない、としか答えようが無いね。そもそも、〈ゆりかご〉の具体的な性能については、ほとんど何も解っていないんだから」
「しかし、伝承には、いろいろと語られているんだろう?」
「あれらの伝承がすべて誇張ぬきの真実だったとしたら、『管理局の全戦力を集中させたとしても〈ゆりかご〉には傷ひとつつけられない』という話になる。もし本当にそのとおりなら、〈ゆりかご〉が飛び立った時点で、僕たちには、もう()(すべ)など無いよ」
「……化け物か!」
「聖王オリヴィエが『最後に〈ゆりかご〉を降りる際、内部から〈ゆりかご〉を破壊した』という伝承もあるから、〈次元世界大戦〉の頃の性能が今も維持されているとは限らないけど……正直なところ、この話にはあまり期待しすぎない方が良いだろうね」

 ユーノはかなり悲観的な所見を述べた後、一拍の()を置いて、さらにこう続けました。
「実は、君にもうひとつ嫌な話をしなければならない。〈アルカンシェル〉は、元々〈ゆりかご〉の主砲を()して造られたコピー兵器だ、という話があるんだ」
「アレは、ロストロギアの(たぐい)じゃなかったのか?」
 その疑問は、決してクロノだけのものではありませんでした。実のところ、今まで多くの局員が〈アルカンシェル〉を「ロストロギアの一種」であるかのように思い込んでいたのです。
「ああ。少し調べてみたんだが、本当に、新暦の時代になってから『謎の天才』によって造られた『ゆりかごの主砲の劣化コピー』である可能性が高い。
 実際に、旧暦の時代の〈統合戦争〉では一度も使われたことが無いんだよ。少なくとも、公式の記録では、最初に使われたのは〈カラバス連合〉との『三年戦争』の末期のことだ。ラルゴ提督が初めてアレを自分の御座艦(ござぶね)に搭載して、連合の切り札だった〈機械化艦隊〉を一方的に殲滅したのだと言う」

「ラルゴって……〈三元老〉のラルゴ・キール名誉元帥か?!」
「ああ、当時は本当にスゴい人だったらしいね。……だが、今では、なのはたちが7年前に初めてお茶会に誘われた時に比べると、少し痴呆(ボケ)が来ているらしい。
 内緒の話になるけど、はやては昨年、『巧みに軽度のボケを演じて周囲の目を(あざむ)いとるのか、それとも、ホンマにボケが始まっとるのかは、判断が難しいところや』などと言っていたよ。その後、ヴィータも護衛任務をこなした際には、『ありゃ、ただの老人会だ』と溜め息まじりに漏らしていたと聞く」
「おいおい。いくら形式上の話とは言え、彼等は(かり)にも管理局のトップだぞ。それが本当にボケている、というのは、さすがに勘弁してほしいな」

(だが、もし演じているのだとすれば、一体何のために? 組織の頂点に立つ者が、一体誰の目を欺く必要があると言うのだ?)
 そんなクロノの疑問を他所(よそ)に、ユーノはまた話を元に戻しました。
「だから、〈アルカンシェル〉は、『新暦の時代になってから新たに造られた』と考えるのが妥当なんだが、その当時は、〈ゆりかご〉に直接に接触することなど誰にもできなかった『はず』だ。
 だとすれば、古代ベルカ時代の文献に何か設計図のようなモノが残されていたのか。それとも、コアの部分は最初からどこかに保管されていて、ただ単にそれを組み立てただけだったのか……」
 後半は、思わず自問するような口調になります。
「もしそうだったとしても、その開発者は充分に『天才』の名に(あたい)するな。……ところで、その『謎の天才』というのは、実際には、どんな人物だったんだ?」
「それが、さっぱりでね。名前も経歴も、性別すらも解らない。そして、『その人物のデータを、誰が何故(なぜ)どうやって、これほど完璧なまでに抹消したのか』も、よく解らないんだ」
「それは、また何と言うか……妙にキナ臭い話だな」

 クロノの反応に、ユーノはひとつ大きくうなずきながらも、また話を〈アルカンシェル〉に戻しました。
「それと、伝承によれば、〈ゆりかご〉の主砲は、全く文字どおりの意味で『無敵』だったのだと言う。だが、誰が造ったモノであれ、もし〈アルカンシェル〉が本当に〈ゆりかご〉の主砲の劣化コピーでしかないのだとしたら、そもそも〈ゆりかご〉に対してだけは効かないかも知れない。『自分の武器が、自分に向けて使われた時の対策』をあらかじめ用意しておくことは、戦術の基本だからね」

【公式の設定では、アルカンシェルは、「空間を歪曲させながら反応消滅を起こさせる魔導砲」ということになっているのですが、個人的には「反応消滅」という概念がどうにもピンと来なかったので、この作品では『その光弾で包み込んだ対象物を中心として「虚数空間へのゲート」を開き、ゲートの周辺にあるモノをすべて例外なく虚数空間へと追い落とす兵器である』という設定に変更させていただきます。】

「対策って、例えば、どんな? まさかと思うが、『虚数空間からでも、普通に戻って来ることができる』なんて言うなよ」
「いや。いくら〈ゆりかご〉でも、さすがにそれは無いと思うけどね。……〈アルカンシェル〉の最大の欠点は、エネルギー充填(じゅうてん)や照準合わせに時間がかかりすぎることだ。だから、高速で動き回る対象には、なかなか上手く命中させることができない」

【これが「Forceに〈アルカンシェル〉が出て来なかった理由」である、という設定です。何しろ、〈フッケバイン〉は常に高速で飛び回っておりますので。】

 ユーノは続けて語りました。
「報告を聞く限り、現状ではまだ〈ゆりかご〉もそれほど速く動ける訳ではないようだが、それでも、『アルカンシェルの光弾を横へ()らす』ぐらいのコトならできるかも知れない。その場合、軌道上に上がって来た〈ゆりかご〉を正面から迎え撃つと、もしも射線を()らされた時に、光弾がミッドの地表を直撃する可能性(おそれ)がある。……もし惑星の表面で虚数空間へのゲートが開いたら、どうなるか? ちょっと考えてみてほしい」
〈闇の書事件〉の時は場所が宇宙空間だったので、単に〈ナハトヴァール〉が消滅するだけで済みましたが、場所が地表なら、もちろん、被害はそんな程度では済みません。
 ゲートが自然に閉じるまでの間、大気も海水も陸地も、人工物も自然物も生命体も、ありとあらゆるモノが吸い込まれ続けてしまうのです。

「新暦38年の〈ディファイラー事件〉の再現になる。……グザンジェス第三大陸の二の舞いか。考えただけでも、恐ろしいな」
「そういうことさ。十年前の地球でも、リンディ提督は間違っても地球本体には被害が出ないようにと、上昇して来た〈ナハトヴァール〉を『横から』撃った。今回も、最低限、同様の配慮は必要だろう」
「つまり、撃つなら回り込んで撃て、ということか」
「そういうことさ。……申し訳ないが、現状では情報が少なすぎて、僕にこれ以上のアドバイスはできそうに無い」
「いや。それが解っただけでも、何も解らないよりは、まだだいぶマシさ。……おっと。悪いが、部下から呼ばれているようだ。一旦、通話を切るぞ」
「解った。また、亜空間に入ったら、連絡してくれ」
「ああ。そちらもまた何か情報が出て来たら、頼むよ」


 クロノ提督はユーノ司書長との通話を終えて遮蔽(しゃへい)スクリーンを解除すると、自分を呼んでいた艦長に声をかけました。
「どうした?」
「それが、その……」
 艦長はクロノの質問に答えず、ただ艦橋(ブリッジ)のメインスクリーンを指さしました。そこには、いつの間にか、イストラ・ペルゼスカ総代の姿が大写しになっています。
「クロノ・ハラオウン提督に告げる!」
 イストラの口調は、何故か妙に狼狽(ろうばい)気味でした。それを不審に思いながらも、クロノは作法どおりに席を立ち、敬礼してそれに(こた)えます。

 しかし、上級大将の言葉は、全く予想外のものでした。
「私は『総代』の名において、貴殿の出撃を許可しない。(ただ)ちに艦隊の編成を中止せよ。無論、〈アルカンシェル〉の搭載も許可できない!」
(はあ? ナニ言ってんだ、こいつ。)
 というのが、クロノの正直な気持ちでしたが、さすがに、そのまま声に出す訳には行きません。クロノはやや格式ばった口調で「強く」不服を述べました。
「その命令は承服できません! あの伝説の〈ゆりかご〉が地の底から蘇ったのですよ。その事実の重大さが解らないのですか?!」
 たかが一介(いっかい)の提督ごときに正面から反論されるとは思ってもいなかったのでしょう。イストラは一瞬、クロノの気迫に(ひる)むような表情を浮かべながらも、次の瞬間には顔を赤くしてまた声を(あら)らげました。
「まだ情報が不足しておる。こんな何も解らない状況で、そんな重大な決定など認められるはずが無いだろう!」
「状況が確定してからでは、もう遅いのです! お忘れかも知れませんが、ここからミッドまでは最大船速でも4時間はかかるのですよ!」

 すると、イストラが顔を真っ赤にしてクロノを睨みつけながら反論の言葉を探しているうちに、どこからともなく「(ほが)らかな笑い声」が響いて来ました。
(何だ? ……と言うか、誰だ? この状況で。)
 クロノやイストラを始めとする皆々の注意を充分に()きつけてから、女性と(おぼ)しき「笑い声の(ぬし)」はこう言葉を発します。
退()きなさい、イストラ。『あなたの負け』よ」
 それは、(かり)にも「総代」を相手に、まるで母親が幼子(おさなご)に教え(さと)すような、あからさまな「上から目線」の口調でした。
「なっ、何者だぁ?!」
「あら。私の声も解らないだなんて、あなたはもう随分と疲れてしまっているようね」
 その脇で、今度は男性の老人の声がします。
「すべての回線につなげ」
「あ、あの……『すべて』と、おっしゃいますと?(恐怖)」
「文字どおり、〈本局〉内部のすべての回線に、だ!(威圧)」
 担当者が恐怖に震えながらもその声に従うと、ようやく彼等の映像が出ました。

〈クラウディア〉の艦橋(ブリッジ)でも、メインスクリーンの画面が左右に分割され、イストラ上級大将は左側に寄って、右側には席に着いた三人の老人の姿が映し出されます。
 管理局に、彼等三人の顔を知らない者など一人もいませんでした。
 向かって右から、ミゼット・クローベル統幕議長(96歳)、ラルゴ・キール名誉元帥(92歳)、レオーネ・フィルス法務顧問(94歳)。俗に「伝説の三提督」とも呼ばれる、〈三元老〉の御三方(おさんかた)です。
「ミ、ミゼット・クローベル! どうして……。(絶句)」
 イストラ(65歳)の口から愕然とした声が漏れ落ちました。すると、それをたしなめるかのような(あるいは、何かを面白がっているかのような)口調で、レオーネが初めて口を開きます。
「イストラよ。目上の者の名前を呼ぶ時には、敬称を忘れてはいかんぞ。かつての直接の上司であれば、なおさらのことだろう」
 そう言う自分の側は、あからさまな呼び捨てでした。哀れにも、イストラの顔は見る見る青ざめて行きます。

 そこで、ラルゴ・キールは不意に立ち上がり、朗々たる口調でこう述べました。
「時空管理局に所属するすべての者たちよ、聞くが良い! 我等は管理局の最高責任者たる〈三元老〉である。我等は協議の結果、残念ながら『現在の管理局〈上層部〉は、正常な判断能力を喪失している』との結論に到達した。したがって、我等はここに〈元老大権〉の発動を宣言する!」
〈本局〉全体に、どよめきが走ります。
『元老に、そういう権限がある』ということ自体は、誰もが「知識としては」知っていましたが、まさか、本当にそれが使われることがあり得るなどとは、誰一人として本気で考えてはいませんでした。
 それと言うのも……かつて〈管理局の創設者たち〉が初めて〈元老〉という役職を設けてから、今年でおよそ百年になりますが……その大権はこれまで、統合戦争や三年戦争の時にすら、実際に使われたことなど一度も無かったからです。

 ラルゴは続けて語りました。
「すなわち、『非常事態宣言』である。本日(ほんじつ)只今(ただいま)をもって、管理局〈上層部〉の権限はすべて停止し、代わって我等三名が直接に管理局全体を指揮するものとする。異論は認めない!」
「そ、そんなことがっ!」
 おそらく、イストラは『許されるとでも思っているのか?!』などと続けたかったのでしょう。しかし、レオーネは彼に皆まで言わせず、にこやかにこう切り返しました。
「イストラよ。我々は『君たちの敬愛するオルランド・マドリガル議長』がみずから制定した法令に基づいて行動しておるのだ。君も何かを言い返したいのであれば、まず〈元老大権〉に抗弁(こうべん)する法的根拠を示せ」
 そんな法的根拠はどこにも存在しない、と解った上で言っているのです。

 しかも、〈三脳髄〉の存在を知るイストラの耳には、レオーネの口調は『我々はもう三脳髄など怖くはない』と言っているように聞こえました。
(何故だ? 一体どうして?)
 イストラの表情が、誰の眼にも明らかなほどに打ちひしがれると、レオーネは悠然と席を立ち、久々にまた「若い頃の彼を彷彿(ほうふつ)とさせるような口調」で言葉を続けました。
「イストラよ。今から、私がそちらへ行く。少しサシで話をしようではないか」
 今の若い世代はもう知らない事実(こと)でしたが、実を言うと、レオーネは三十歳で本格的に法律の世界へ転身する以前は、格闘術と身体強化魔法に()けた「陸戦AAAランク」の武闘派魔導師でした。
 それを最後に、メインスクリーンからは、イストラとレオーネの姿が消えます。

 そして、ミゼットもまた席を立ち、クロノにこう語りました。
「クロノ・ハラオウン提督。私たち〈三元老〉は、貴殿(あなた)の行動を全面的に支持します。貴殿(あなた)(すみ)やかに艦隊を編成し、その(ふね)に〈アルカンシェル〉を搭載し、出撃しなさい。
 今はまだ魔力が不足しているのか、〈ゆりかご〉も本調子ではないようですが、ミッドチルダの『二つの月』の魔力(ちから)を利用できる高度にまで達してしまったら、もうどうなるかは解りません。
 私たちは貴殿(あなた)に、艦隊を率いて速やかにミッドチルダの上空へ赴き、あの〈ゆりかご〉を今度こそ完全に(ほうむ)り去ることを期待しています」
「拝命いたしました。御期待に沿えるよう、全力を尽くします」
 クロノは敬礼して、そう(こた)えました。
(これの一体どこが痴呆だ?! やはり、誰かを(あざむ)くための演技だったということか? だが、一体誰を?)
 クロノが内心でそんなことを考えていると、ミゼットはさらにこう語ります。
「実は、こちらでも艦隊編成の準備を進めていたのですが、そちらの方が有志の集まりが良いようですね。こちらで用意した艦船は皆、貴殿(あなた)の指揮下に入れましょう。こちらで用意した提督とも、事前によく話し合っておいてください」
「了解いたしました」

 クロノが即答すると、ミゼットとラルゴは、さも満足そうにうなずきました。
 それを最後に二人の映像も消え、〈クラウディア〉の艦橋(ブリッジ)のメインスクリーンには再び周囲の状況が、つまり、今しも多くの艦船が入港している〈本局〉中央次元港の内部の状況が映し出されます。
 見れば、早くも〈アルカンシェル〉の〈クラウディア〉への搭載作業が始まっていました。
 ややあって、オペレーターからひとつ報告が上がって来ます。
「クロノ提督。あちらの提督から、秘密回線で提督への個人通信が入っております」
「よし。6秒後に回せ」
 クロノは席に着き、司令官席の周囲に再び遮蔽スクリーンを張りました。
(さて、見知った相手なら、話も早いんだが……。)
 クロノがやや不安げにそんなことを考えていると、じきに回線がつながります。

「クロノ~、長らくアタシに会えなくて、寂しかったか~い?」
「そんな訳ないだろう。いい加減にしろ」
 ミゼットの方で用意した提督とは、()りにも()って、リゼル・ラッカードでした。十年前と全く同じ挨拶(あいさつ)に対して、クロノも思わず、十年前と全く同じ言葉を返してしまいます。
「も~。大人になっても、やっぱり冷淡(つれな)いなあ、クロノきゅんは」
「解っているのなら、もうその態度は改めろ!」
 クロノは思わず大声を上げてしまってから、ふと気を取り直し、大きく一息ついて、今度は冷静な口調で言葉を続けました。
「そう言えば、君もこの春からは提督だったな」
「うん。でも、提督としては、まだ新人だからね。今回は、ミゼットさんの言うとおり、指揮権はクロノに譲っておくよ」
 今度は、リゼルもさすがに真面目な口調です。
「ところで、そちらの艦隊の構成は?」
「まず、私が乗るXV級の大型艦が一隻。あとは、旧式の中型艦が二隻と『廃艦再利用』の突撃艦が二隻の、計五隻よ」

「ちょっと待て。突撃艦って何だ?」
 それは、少なくとも「局の公式の用語」ではありません。
 リゼルは軽く肩をすくめて答えました。
「元々は、演習用の『動く標的』にするために『廃艦と決まった老朽艦の機関部を修繕しただけ』の、完全に無人の(ふね)なんだけどね。もしも物理攻撃が有効なようなら〈ゆりかご〉に特攻させるつもりで、この二隻には『違法な質量兵器として局が押収した爆発物』を満載しておいたわ」
(何だよ、それ……。準備、良すぎだろう……。)
 クロノが絶句していると、リゼルはさらに続けてこう語ります。
「私の〈テルドロミア〉には、今し(がた)、予備の〈アルカンシェル〉の搭載作業が完了したわ。そちらは、今、どんな感じ?」
「まだ1(ハウル)ぐらいはかかりそうだな」
 作業員の方からリアルタイムで送られて来る文字情報の報告を見て、クロノはそう答えました。

「じゃあ、こちらには『機関部の調子がイマイチで、最大船速をどれだけ続けられるか、ちょっと怪しい(ふね)』もあるから、先に行かせてもらうわ。何事も無ければ次元航路の中の『ミッドの上空に出る少し手前のあたり』で合流しましょう」
「解った。こちらも大急ぎで追いつくよ」
 すると、リゼルは不意に茶目っ()たっぷりな口調で、またロクでもないコトを言い出しました。
「では、若者よ! ナニを(たぎ)らせつつ、お姉ちゃんのお尻めがけて突っ込んで来なさ~い!(笑)」
「わざわざアヤシげな表現に言い換えるのはヤメロ! ……と言うか、誰が『お姉ちゃん』だ? 少しは自分のトシをわきまえろ! 君も、もうアラフォーだろう?」
「ちょっと~。36を『アラフォー』で(くく)るのは乱暴だよ~」
『むつかしいお齢頃(としごろ)の女子』には、かなり()いてしまったようです。(笑)

 そんな「おバカな会話」で緊張もすっかり(ほぐ)れた後、リゼル提督が率いる五隻の艦隊は一足先に〈本局〉から出航して行きました。
 クロノは少し息を整えてから、こちらの状況をまとめて、ミッドの大気圏内にいる〈アースラ〉に連絡します。
 こうして『艦隊の到着まで、あと4時間あまり』と聞き、なのはたちはいよいよ〈ゆりかご〉に突入していったのでした。


 そして、十数分後には、クロノ提督が率いる九隻の艦隊も〈本局〉を出航し、通常の巡航速度の1.5倍となる「最大船速」でミッドチルダに向かいました。
 すると、それからほんの1時間ほどで、ミッド地上のはやてから次のような朗報が届きます。

『ミッド地上本部では、レジアス・ゲイズ中将が殺害されてしまったが、敵の勢力は、その一件に関連して死亡した二名を除き、全員の身柄をすでに拘束した。
 そして、飛行型のドローンも、すでに全機撃墜した。
 また、〈ゆりかご〉も、突入部隊がメイン駆動炉を破壊してから全員で脱出したため、現在は完全に無人のまま、サブ駆動炉だけで微速上昇中。なお、〈ゆりかご〉の自動防衛システムは、もうあまりマトモには作動していない模様』

 クロノは早速、その情報を共有した上で、ユーノと再び話し合いました。
 無限書庫からの追加情報は特にありませんでしたが、はやてからの情報を共有すると、ユーノはふと「とんでもないこと」を言い出します。
「しかし、もし本当に自動防衛システムが『全く』作動していないのだとしたら……クロノ、いささか突拍子もないことを言うようだが……」
「何だ?」
「もしかして、君の艦隊は〈ゆりかご〉を無傷で鹵獲(ろかく)することも可能なんじゃないのか?」
(ええ……。)
 クロノも思わず絶句してしまいましたが、確かに、もし本当に「あの」伝説の〈ゆりかご〉を、正真正銘(しょうしんしょうめい)の〈アルハザードの遺産〉を、無傷で手に入れることができたなら、そこから一体どれほど多くの革新的な技術が得られるのかは、もう想像もつかないほどです。
「なるほど。可能かどうかは解らないが、準備をしておくだけの価値はありそうだな」
 クロノは気を取り直してユーノの助言に従い、〈本局〉の転送施設の側に「真空の状況にも対応できる武装隊」を待機させたのでした。


 しかし、先行していたリゼルの艦隊と合流して通常空間に降りてみると、〈ゆりかご〉の高度はまだせいぜい数千キロメートル、惑星ミッドチルダの半径ほどでした。
 ユーノと〈本局〉で話し合ったとおり、間違っても「流れ(だま)」をミッドチルダに当ててしまう訳にはいきません。
 クロノは即座に指示を出し、全艦はそれに従って、上昇して来た〈ゆりかご〉を「横から」撃つため、(すみ)やかに散開しながら円陣を組みました。各艦とも「敵艦を頂点とする円錐形」の底面の円周上に並んだ形です。
 その円錐の「高さ」が充分に低くなり、地上への流れ(だま)の心配が無くなるまでの間、全艦ともにそれぞれの位置から〈ゆりかご〉の状況を詳しく調べ始めたのですが、ほどなく〈ゆりかご〉の腹の側へと回り込んだ〈テルドロミア〉から、クロノ提督の許にまた「秘密回線」での個人通信がありました。
 クロノはやむなく、またそっと遮蔽(しゃへい)スクリーンを張ります。

「こんな時に、何だ?」
「クロノ、これを見て」
 送られて来たのは、〈ゆりかご〉の艦首下部の超拡大映像でした。何かが〈ゆりかご〉の装甲に突き刺さっているようです。
 そして、よく見ると、それは「高度数百キロメートルの低軌道」にある通信衛星か何かに由来するデブリでした。現役の次元航行艦ならば、通常の「反発(はんぱつ)フィールド」で簡単に(はじ)き飛ばせる程度の「小さなゴミ」です。
 リゼルは何やら、もの凄い速さで十本の指を動かしながら、確認を取る口調でこう言いました。
「これって、つまり、〈ゆりかご〉は今、()(ぱだか)ってことよね?」
(だから、何故わざわざ選んでそういう表現を……。)
 クロノは思わず溜め息をつきましたが、それでも、肉声(こえ)に出しては『そういうことになるな』と(こた)えます。
 すると、リゼルは不意に真剣な表情で、いつもより少し低い声を出しました。
「だったら、あなたの手を(わずら)わせるまでも無いわ」
 リゼルはそう言って指を止め、自分専用の司令官席に「見るからに臨時に」取り付けられた非常用ボタンのカバーを(はず)すと、即座に(こぶし)の小指の側を叩きつけるようにしてその大きなボタンを押しました。

 クロノの〈クラウディア〉とリゼルの〈テルドロミア〉は全くの同型艦ですが、クロノの席には、もちろん、そんなボタンはついていません。
「ちょっと待て、リゼル! 今、一体何をした?」
「言ったでしょう。『もし物理攻撃が有効なようなら、〈ゆりかご〉に特攻させるつもりで、無人の突撃艦を二隻、連れて来た』って」
(なん……だと……。)
 一瞬おいて、クロノは思わず大きな声を上げました。
「ダメだ、リゼル! 今すぐ、その突撃艦を()めろ! この状況なら、〈ゆりかご〉は破壊しなくても、鹵獲(ろかく)できる!」
 しかし、リゼルはそれとは対照的に、妙に沈んだ口調でこう答えます。
「ごめんね、クロノ。あの無人艦は、最初から『一度(いちど)動かしたら、もう誰にも止められない』ような構造(つくり)になっているのよ」
(ええ……。どうして、そんな……。)
 クロノは一瞬おいて、気がつきました。
「まさか……先程、忙しげに指を動かしていたのは、突撃艦のコース設定か!」

 リゼルは無言でうなずき、今度は〈ゆりかご〉の船腹の拡大映像をクロノに見せました。なのはたちが最後に使った「脱出口」が今も開かれたままになっています。
 相対的には「小さな非常口」のようにも見えますが、〈ゆりかご〉全体の巨大さから考えると、あれでも小型艦が艦首を突っ込むには充分な大きさの穴です。
「あの開口部から互いに逆方向へ向けて、二隻を連続して突っ込ませるわ」
「本当に……もう止められないのか?」
 クロノの狼狽を他所(よそ)に、リゼルは悲しげにすら見えるほどの落ち着いた表情で語りました。
「この仕事はね、クロノ。どう頑張っても、『誰か』が泥をかぶらざるを得ないヨゴレ仕事なんだよ。私は……あなたに泥をかぶらせるぐらいなら、自分がかぶった方が良い」
「君の行動は『司令官の指揮に(そむ)いた』という形になる。減給処分どころでは済まないぞ!」
「まあ、降格処分が妥当なところでしょうね」
 リゼルはまるで他人事(ひとごと)のように、そう言ってのけます。

 そこで、クロノはふと気がつきました。
「君の行動は……すべて、ミゼット統幕議長の指示によるものなのか?」
 しかし、リゼルはその質問に「直接には」答えません。
「新人提督が(こう)を焦って命令を無視した、という筋書きにしておいてくれれば、私はそれで良いよ」
「……リゼル!」
「クロノはこのまま『日の当たる道』を進んで。日陰(ひかげ)を行くのは私だけで充分だから。じゃあ、今言った筋書きどおりに、よろしくね」
 それを最後に、通信は一方的に切られてしまいました。

 クロノがやむなく遮蔽(しゃへい)スクリーンを解除すると、即座に艦長がこう問い(ただ)して来ました。
「提督、あの小型艦は一体?」
〈クラウディア〉の艦橋(ブリッジ)のメインスクリーンには、今しも二隻の小型艦が互いに別の方向から〈ゆりかご〉に急接近してゆく様子が映し出されています。
 クロノは一瞬の躊躇(ちゅうちょ)の後、やはりリゼルの言った筋書きに「半分だけ」乗ることにしました。
「リゼル一佐の独断専行を止められなかったのは、私の失態だが……ともあれ、あれらは爆発物を満載した特攻専用の無人艦だ。総員に告げる! 爆発の衝撃と敵艦の反撃に備えよ!」
(リゼル。僕は、了解はしたが、納得はしていないからな!)

 しかし、結局のところ、〈ゆりかご〉からの反撃は一切ありませんでした。
 二隻の突撃艦は互いに別の方向から〈ゆりかご〉の同じ箇所(かしょ)に特攻し、揃って〈ゆりかご〉の腹の奥深くにまで(もぐ)り込んでから、艦尾の側と艦首の側とで、ほぼ同時に自爆します。
 そして、〈ゆりかご〉は意外なほど呆気(あっけ)なく、まるで「張りぼて」か何かのように、見事なまでに()()微塵に砕け散ってしまいました。おそらく、最大の破片ですら全長はもう20メートルにも満たないでしょう。
(ええ……。嘘だろ、おい……。)
 クロノは思わず、そんな声を上げてしまいそうになりました。

 確かに、『なのはやヴィータが事前にいろいろと壊しておいてくれたから』という事情もあったのでしょう。しかし、それ以前の問題として、やはり「当たり前の自動防衛システム」が最初から全く機能していなかったようです。
 あるいは、ユーノは『あまり期待しすぎない方が良い』などと言っていましたが、実のところ、「聖王オリヴィエによる内部破壊」が、こちらの想像をはるかに上回るレベルのものだったのかも知れません。
 結果として、〈アルカンシェル〉は使わずに済んだのですが、その代わり、〈ゆりかご〉を無傷で手に入れるという計画も「水の泡」と化してしまったのでした。

 クロノはとっさに、『こうなったら、せめて〈本局〉に待機中の武装隊を〈クラウディア〉に転送し、急ぎ「ゆりかごの破片」の回収任務に当たらせよう』と考えました。
 しかし、まるで『それをも阻止しよう』とするかのように、〈本局〉のミゼット統幕議長からは即座に、クロノ提督に帰還命令が(くだ)されます。

『四時間ほど前、フェイト執務官らがミッド地上で、スカリエッティのアジトからメガーヌ准尉ら四名の「昏睡者」の身柄を無事に確保したが、彼等は八年前の「戦闘機人事件」の重要参考人でもあり、何としても生きたまま目覚めさせたい。
 彼等を収容した医療船が、すでに軌道上に上がって来ているので、クロノ提督の艦隊は(すみ)やかにこれと合流し、その医療船を〈本局〉まで間違いなく護送してほしい』

 帰還命令の理由は以上のようなものでしたが、本当にただそれだけのことならば、全艦そろって帰還する必要など特に無いはずです。おそらく、この理由はただの名目なのでしょう。
 それでも、クロノの立場では「元老の命令」に逆らうこともできません。いろいろと思うところはありましたが、クロノ提督はミゼット統幕議長からの命令のとおりに、医療船と合流し、全艦を率いて〈本局〉に帰投したのでした。
 クロノたち一行が「イストラ上級大将の急死」について知らされたのは、その翌日になってからのことです。


 さて、結果としては、今回の「ゆりかご事件」における犠牲者の総数は予想をはるかに下回り、最小限のものとなりました。存在それ自体が極秘である〈三脳髄〉まで数に含めても、イストラ、レジアス、ドゥーエ、ゼストなど、「指を折って数えられる程度の人数」でしかありません。
 しかし、それは結果論です。
 もしも〈ゆりかご〉がミッドチルダの地表に向けて主砲を使っていたら、一発で首都クラナガンは「丸ごと」虚数空間に消え去っていたことでしょう。千六百年ほど前の「次元世界大戦」では、〈ゆりかご〉によって「消し去られた都」など、実際に幾つもあったのですから。
 そうなれば、人的被害は少なく見積もっても一千万人以上。経済的な損失に至っては莫大すぎてもう概算すらできません。地面そのものが無くなってしまうのですから、復興も当然に不可能で、ミッドチルダは「遷都」を余儀なくされていたことでしょう。

 もしも〈ゆりかご〉が「二つの月」の魔力(ちから)を利用できる高度にまで達していたら、本当にそうなっていたかも知れないのです。
 もっとも、あの時点で〈ゆりかご〉の主砲が本当に使える状態だったのかどうかは、今となってはもう(スカリエッティたちが口を割らない限り)確認の取りようが無いのですが……それでも、『ゆりかごを撃墜する』という判断それ自体が間違っていたなどとは、誰にも思えません。
 クロノ・ハラオウン提督は、この一件で「英雄」のように祭り上げられる結果となりましたが、その(かげ)で、リゼル・ラッカード提督にはひっそりと降格および謹慎の処分が(くだ)されました。
 それは、実際には、あらかじめ「三年して(ほとぼり)が冷めたら、提督に復帰すること」を約束された「形だけの処分」だったのですが、その事実は、一般にはまだ内緒の話です。

 こうして、〈ゆりかご事件〉は一応の終結を見ました。
 スカリエッティの戦闘機人たちのうち、おとなしく投降した七人は、ルーテシアやアギトとともに、そのまま内海(うちうみ)の海上隔離施設へと移送されます。
 その一方で、ジェイル・スカリエッティと残る四人の戦闘機人らは、それぞれバラバラに各無人世界の衛星軌道拘置所へと収監されたのでした。


 

 

【第4節】元老レオーネとの、極秘の会話。



 少し(さかのぼ)って、リゼル提督の艦隊がクロノたちよりも一足先に出撃した頃、〈本局〉の「歴代の総代、専用の執務室」では、イストラが立った姿勢のまま「三脳髄へのホットライン」に向かって懸命に呼びかけ続けていました。
 よくある二間(ふたま)続きのオフィスですが、扉が開いて、レオーネが入って来たことにすら気がつかないようです。
 レオーネは控えの()に「随行者」を待たせたまま、何秒かの間、呆れ顔でその様子を眺めていましたが、じきに待つことにも()きて、こう言葉をかけました。
「無駄だよ、イストラ。彼等はもう死んでいる」
「なん……だと……」
 イストラはゆっくりと振り向き、控えの()に続く扉が(ひら)きっ(ぱな)しになっていることにも気づかぬまま、一拍おいて狂ったように(わめ)き立てます。
「殺したのか? 〈管理局の創設者たち〉を!」
「いつまで『親離れのできない無能な子供』のようなことを言っているつもりだ? あんな毒親は殺されて当たり前だろう!」
「毒親だと? 言うに(こと)()いて、あの方々(かたがた)を毒親だと?!」
「いい年齢(とし)をした子供に自己決定権を与えず、常に監視も(おこた)らず、本当に大切なことは、すべて自分たちだけで、自分たちの都合だけで決めてしまう。そんな存在を毒親と呼ばずに、一体何と呼ぶのだ?」

「だから……殺したのか?」
「ああ。できれば明日にでも殺してやりたいとは思っていたよ。実際には、今朝方(けさがた)、犯罪者どもに先を越されてしまったのだがね」
 レオーネはそう言って、甲虫型のマイクロロボットが()って来た動画を、イストラにも見せました。
「……この女は?」
「おそらく、ジェイル・スカリエッティの戦闘機人だろう。君も『スカリエッティ』の名前ぐらいは聞いていたのではないかね? あるいは、『彼等の犯罪行為に便宜(べんぎ)(はか)ってやるように』とでも指示されていたのかな?」
 イストラはそれには答えず、逆に問い返します。
「でも……一体どうやって? あなたたちも、私と同じように脳にチップを埋め込まれているはずだ! 何もかも筒抜けのはずなのに!」
「筒抜けなのは、視覚情報と聴覚情報だけだったからね。最初からそうと解っているのであれば、やりようはあるさ」

 レオーネは、()き上がる怒りを抑えつつ、静かな口調で語り続けました。
「君が総代になって、脳にチップを埋め込まれたのは、たかだか7年半前のことだろう。しかし、私とミゼットの場合は、元老になった時だから、その16年前。ラルゴに至っては、53歳で総代になった時だから、そのさらに16年前のことだ。
 君も、この7年半、いろいろと(つら)かっただろうが、『私たち三人が君ほどには辛くなかった』などとは夢にも思ってはくれるなよ」


 思い起こせば、もう四十年ちかくも前のことになります。
 新暦36年の春、ラルゴが総代に、レオーネが法務長官に、ミゼットが参謀総長に就任した後、レオーネもミゼットも自分の新たな職務が忙し過ぎて、長い間、旧友であるラルゴの苦境を察してあげることができませんでした。
 ラルゴの側から「念話で」相談を受けたのは、それから四年も()ってからのことです。
管理局が主催した「新暦40年の記念パーティー」の際に、ふと三人だけで同じ円卓(テーブル)を囲んで食事を取る機会がありました。
 ラルゴはその席で、肉声(こえ)に出しては普通に「当たり(さわ)りの無い雑談」などをしながら、二人の旧友にだけ「念話で」こう話を切り出します。
《実は今、我々は監視と盗聴をされておる。二人とも、我々が今、念話で会話をしておるとは誰にも(さと)られぬように、私の方にはあまり視線を向け過ぎぬようにして、ごく普通に食事と雑談をしながら、(つと)めて平静を(よそお)いつつ、私の念話(はなし)を聞いてほしい。》
 ラルゴはそう言って、レオーネとミゼットに以下のような事実を打ち明けたのでした。

 まず、自分は新たに総代と決まった時点で、前任者のゼブレニオから『全く秘密の話だが、総代の(くらい)を正式に継承するためには、「とある儀式」を受けて「管理局への忠誠心」を形として示す必要がある』と聞かされたこと。
 次に、薬で眠らされて某所に連れて行かれ、これから見るものと聞くことは「絶対の秘密」だと念を押されたこと。
 さらには、実は、かつての〈最高評議会〉の三人は「脳髄と脊髄だけの姿」と化して、今もまだ生き続けているのだ、ということ。
 自分はそこで、他には全く選択肢の無い状況で、その「三脳髄」に忠誠を誓わされ、外科手術で脳内にマイクロチップを埋め込まれてしまったこと。
 だから、自分の得た視覚情報と聴覚情報はすべて「三脳髄」に筒抜けなのだが、先日、さしもの彼等も念話までは盗聴できていないことが最終的に確認できたので、今こうして念話でこの事実を君たち二人だけに伝えているのだ、ということ。
 そして、こうした『一般には秘密の存在が管理局を裏から支配している』という状況は、やはり不自然なものなので、自分は『いつの日か、あの三脳髄をこの世から排除したい』と考えていること。

《しかし、今はまだ、あの「三脳髄」が実際には何処(どこ)(ひそ)んでおるのかも解らぬし、具体的に何をどうすれば彼等を排除できるのかも解っておらぬ。》
 ミゼットもレオーネも、ラルゴが冗談の下手な人間であることは、よく知っています。確かに、途方もない話ではありましたが、それでも、二人は微塵も疑うこと無く、ラルゴの言葉を信じて、こう念話(ことば)を返しました。
《管理局の創設者たちか……。もう半世紀も前に死んだと聞いていたのに……。》
《念のために訊くけど、本当に『排除せずに済ます』という選択肢は無いのね?》
《ああ。もし本当に、彼等が今も『公共の利益のために我が身を捧げる』という覚悟を持って生きておるのであれば、たとえ表沙汰(おもてざた)にはできない『前時代の遺物』であったとしても、それなりの存在価値はあるだろう。
 しかし、この四年間ではっきりと解った。かつては管理局を正しく導いていた天才たちも、今ではただの老害だ。彼等は、20年前の三年戦争にも、5年前の南方遠征にも、一昨年の〈ディファイラー事件〉にも、関心など全く持ち合わせてはいなかった。》

《では、そんな姿になってまで、彼等は今、一体何のために生き(なが)らえているのだ? ただ単に死にたくないだけなのか?》
《それは……あまりにも俗物すぎるわね。(嫌悪感)》
《どうやら、彼等の関心は、ただひたすら〈ゆりかご〉とベルカ世界に集中しておるようだ。》
《その〈ゆりかご〉というのは……『次元世界大戦の折りには、数多(あまた)の先史文明を滅ぼした』という、あの〈ゆりかご〉のことか?!》
《でも、それって、確か……聖王陛下が御自分の両腕を犠牲にして(ほうむ)り去った、という話だったはずよ?》
《ああ。聖王オリヴィエに葬られたはずの〈ゆりかご〉を、彼等は今また地の底から(よみがえ)らせようとしておるのさ。》
《あんな危険な代物を……一体何に使うつもりだ?!》
《聖王陛下のお気持ちを踏みにじろうとしているとは……それだけでも、許しがたい所業ね。》
 ミゼットは敬虔な聖王教徒なので、さすがに言うことがちょっと違います。

《うむ。彼等が〈ゆりかご〉を具体的にどう使うつもりなのかは、まだ解らぬが、いずれにせよ、そのような暴挙を許してはならぬ。
 とは言うものの、今や私の視覚情報と聴覚情報はすべて彼等に筒抜けなので、この件に関して、私はもう肉声で語ることもできず、普通にメモを取ることすらできず、もはや『念話と記憶力だけが頼り』という状況だ。
 正直なところ、私一人では、もうどうしようも無い。私の事情に巻き込むよう形になって本当に済まないが、是非とも、君たち二人には協力してほしいのだ。》
 すると、レオーネはちょっとふざけた口調でこんなことを言います。
《もし私たちが密告したら、君は身の破滅だな。》
《君たちはそんなことはしないよ。……と言うか、決して裏切らないと確信できる相手が、私には残念ながら君たち二人ぐらいしか思いつかなかった。》
 ラルゴが旧友の冗談にも真顔でそう返すと、ミゼットも「やれやれ」と言わんばかりの口調で、穏やかに笑ってこう(こた)えました。
《そこまで言われて、信頼に応えなかったら、それはもう「人間失格」よね。》

《しかし……間違って君の視界に入ってしまう危険性を考えると、私たちも「三脳髄」の件に関しては、迂闊(うかつ)にメモを取ったり、文書にまとめたりする訳には行かないなあ。君と同様、『念話と記憶力だけが頼り』ということになりそうだ。》
《六十代の年寄りには、ちょっとキビシイわねえ。》
 ミゼットは昨年、ラルゴやレオーネより一足先に60歳になっています。しかし、それを聞くと、ラルゴは不意に苦笑まじりの思念で念話(ことば)を返しました。
貴女(あなた)の記憶力に関しては、誰も心配などしておらんよ。自分で言うのも何だが、一番心配なのは私の記憶力だ。》
 ラルゴやレオーネも記憶力は「人並み外れて」良い方なのですが、それでも、ミゼットには遠く及ばないのです。
《あなたは私より四歳(よっつ)も年下なんだから、そこは何とか頑張ってよ。(笑)》

《ところで、彼等とて「本物の不老不死」ではあるまい。今、三人とも140歳ぐらいだとして……あと何年ぐらい生き続けるものなのだ?》
《それが解れば苦労はせんよ。ただ、私が見た限りでは、「迫り来る死」に(おび)えている、という様子はまだ全く無かった。おそらく、このまま何事も無ければ、我々よりも長生きできるぐらいなのだろう。》
《彼等は「タイムリミット」など全く気にしていない、という訳ね。となると、私たちの側のタイムリミットは……もしかして、寿命よりも先に、定年退官なのかしら?》
 ミゼットは自問するような口調でそうつぶやきました。

《ところで、そのマイクロチップとやらは、退官した後もそのままなのか?》
《いや。少なくとも、私の前任者ゼブレニオからは(はず)されていた。総代の他にも、あのチップを埋め込まれておる者はおるのかも知れんが、おそらく、その総数はごく限られたものだろう。
 いくらAIの助けを借りても、何十人分もの視覚情報と聴覚情報を即時的に処理し続けられるとは、とても思えない。……と言うか、もしそんなコトができるのなら、ゼブレニオからもわざわざチップを(はず)す必要など無かったはずだ。》
《局の中に、他にも彼等の忠実な「下僕」がいるかも知れない……ということは、私たちもあまり迂闊(うかつ)に「同志」を増やそうとしたりはしない方が良い、ということなのかしら?》
《そうだな。当面は、本当にこの三人だけで(ひそ)かに事を進めた方が良いだろう。……長い戦いになると思う。巻き込んでしまって本当に済まない。》

《それは構わないが……もしかすると、この戦いは、定年退官してからが本番なのかな?》
《いや。多分、そうはならんだろう。巧妙な情報操作により、一般には驚くほどに知られておらぬ話なのだが……私の知る限り、退官した総代は、その大半が天寿を(まっと)うできてはおらぬ。》
《それは……「三脳髄」に消された、という意味か?》
《物証は無いが、その可能性も否定できない。我々も「在任中が勝負」だと思っておいた方が良いだろう。》
《そう言えば、最近、ゼブレニオさんの話を聞かないんだけど……もしかして、彼も?》
《いや。確かに、彼は昨年、唐突に死亡したが、あの件に「三脳髄」が関与しておったのかどうかは、今のところ全く解っておらぬ。》
《あの件と言うのは、具体的には、どういう件だったのかしら?》
《第一種の特秘事項だが、君たちも名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。アレクトロ社が唐突に「解散命令」を受ける原因となった、「特殊大型駆動炉の暴走事故」だよ。どうやら、彼は旧総督家の当主グロッセウス卿と組んで、この駆動炉開発のスポンサーになっておったらしい。》

《そう言えば、ああ見えて、相当な大富豪だったわね。》
《うむ。それで、当日も視察に来て、その事故に巻き込まれ、グロッセウス卿ともども酸欠で死亡したのだそうだ。享年は、ともに70歳だったと言う。》
 さしものラルゴ・キールも、その同じ事故でアリシア・テスタロッサ(当時、5歳)も死亡していたことまでは把握できていなかったようです。
《グロッセウス卿も、決して悪辣(あくらつ)というほどの人物ではなかったのだが……。酸欠とは、また、ひどい死に方をしたものだ。》
 レオーネは個人的にグロッセウス卿とは面識があったため、いささか悲しげな思念(こえ)でそう述懐しました。

《そんな訳で、私も退官したら無事で済むかどうかは解らない。今年で57歳だから、普通に考えれば、あと13年か……。》
 管理局の定年は一般に70歳です。職種によっては、本人の意思で最大75歳まで延長することも可能でしたが、「慣例として」総代にはそうした延長が全く認められていませんでした。
()いては(こと)()(そん)じる、とは言うものの、あまり悠長に構えている訳にもいかん、ということだな?》
《解ったわ。何か適当な理由をつけて、私たちはこれからも、定期的に三人で会って話をするようにしましょう。》
 敵を欺くために、食事を取りながら「声に出して」休み休み続けていた雑談も、そろそろネタが尽きそうです。
 そこで、三人は最初の「念話による会談」を終えたのでした。


 しかし、実際には、その後も三人の計画は遅々として進みませんでした。
 どういう訳か、新暦40年代に入ってからは、三脳髄の方からラルゴ総代に「何らかの指示」が直接に来ることなど全く無くなってしまったのです。向こうからの接触が何も無いのでは、こちらから「(さぐ)り」を入れようにも限度というものがありました。
 実を言うと、「三脳髄」は新暦42年に、人造生命体〈アンリミテッド・デザイア〉の製造にとうとう成功していたため、それ以降、彼等の意識はもっぱら「ジェイル・スカリエッティの育成」に向けられていたのです。
 そうして、最初の「念話による会談」から十年余の歳月が流れ去った頃には、ラルゴたち三人も『この件は、もう次の世代に託すしか無いのだろうか』と諦めかけていたのですが……。

 一連のテロ事件があった新暦51年の末、ラルゴは久々に「三脳髄」から呼び出され、「オルランド・マドリガル議長の玄孫(やしゃご)」と名乗る若者リナルド・アリオスティ(28歳)によって、再び「秘密の某所」へと連れて行かれました。
 そこで、ラルゴは思いがけず「引責辞任と元老就任」の話を持ちかけられます。
〈三脳髄〉にしてみれば、管理局の威信を保つためには、一連の事件の責任を「誰か」に取らせる必要がありました。そして、もちろん、その最適任者は「総代」です。
 しかしながら、ラルゴ・キールは「三年戦争の英雄」として、今なお局員からも一般大衆からも絶大な支持を受けている人物でした。
『ただ辞任させて終わりにするよりも、名誉職に()えてその人気を利用した方が得策だろう』
 三脳髄はそう判断したのです。
 ラルゴは総代に就任して以来、一貫して「すでに燃え尽きた、従順で無欲な老人」を巧みに演じ続けており、この十五年余で、さしもの「三脳髄」も彼にはすっかり(だま)されていたのでした。

「しかし、〈元老〉が一人きりでは格好がつかんな」
「やはり、三人いた方が収まりも良いだろう」
「では、ラルゴよ。自分の同僚を二人ほど推薦できるか?」
 ラルゴにしてみれば、もう「試合終了」なのかと思って諦めかけていたところに、降って()いたような「延長戦」の機会(チャンス)です。これに乗らない手はありませんでした。
 それでも、ラルゴは慎重に凡庸さを(よそお)って、ひとつ質問をします。
「元老というのは、どういった者が適任なのでしょうか?」
「そうだな。まず、階級は中将以上が望ましいが、場合によっては少将でも構わん。お前の功績に免じて、多少の融通はしてやろう。どうせ、ただの名誉職だ。お前が『安穏とした老後』をともに送りたいと思うような友人で構わんぞ」
「もちろん、我々の存在を受け()れられないような者は、こちらとしても容認できないが」
 その一言で、ラルゴは『他の二人にもチップが埋め込まれてしまうのだろう』と悟りました。
「局員や一般大衆が『その人ならば』と納得できる程度の功績は必要だが、逆に言えば、俗な評判で選んでしまっても構わん。……そう言えば、三年戦争では、君の他にも、もう一人、『英雄』がいたのではなかったかね?」

 この「話の流れ」は、ラルゴにとっては願っても無い展開です。
「ミゼット・クローベル参謀総長ですね。確かに、彼女なら、古い友人でもあります。私の同僚には『うってつけ』の人材でしょう」
「では、あと一人は?」
 ラルゴはしばらく考え込んでいる振りをして、たっぷりと()を置いてから、こう答えました。
「レオーネ・フィルス法務長官はどうでしょうか? 一般大衆には今ひとつ知名度の低い人物ですが、こちらも私の古い友人で、提督の肩書きを持った中将です」
「いいだろう。それでは、君たち三人は年度末に引責辞任して、来年度からは〈三元老〉の地位に就くものとする」
「終身制の名誉職だ。せいぜい長生きするが良いぞ」
「はい。ありがとうございます」
 ラルゴは丁重に礼を言って退席しました。
 レオーネとミゼットには「事後承諾」になってしまいますが、彼等は今までも、念話と記憶力だけを頼りに計画を進めて来たのですから、この二人以上の適任者など何処(どこ)にもいません。彼等もきっと、この「延長戦」に同意してくれることでしょう。
 ラルゴは再びリナルドによって薬で眠らされ、その「秘密の場所」を(あと)にしたのでした。
 それが、今からもうほとんど24年も前の出来事です。


「それでは……あなたたちは、あの方々(かたがた)を最初からずっと(あざむ)き続けていたのか?!」
 総代専用の執務室で、イストラは思わず声を(あら)らげました。レオーネが深く静かにうなずいて見せると、ほとんど崩れ落ちるようにして、自分の椅子の上にがっくりと腰を落とします。
「私は……これから、一体どうすれば……」
 イストラは、もはやレオーネと目を合わせようともせず、ただ(ゆか)に視線を落としたまま、独り言のような口調でそう(つぶや)きました。
 すると、レオーネは意外にも慈悲深い口調でこう答えます。
「しかしながら、『私たちが君より幸運に恵まれていた』というのも、また一つの事実だ。私たちは最初から三人で協力できたし、途中からはリナルドも味方になってくれたからね。
 だから、私たちも、君を個人的に糾弾するつもりは無い。ただ、無駄に世間を騒がせたくも無いから、あの御老人たちが今日まで生きていたことは、厳重に秘匿(ひとく)するつもりでいる」

 それを聞くと、イストラはまた不意に(おもて)を上げました。視線が合うのを待って、レオーネはまた静かに言葉を続けます。
「となると、一般に公開できる『君個人の罪』は、『総代という要職にありながら、いわゆる正常性バイアスによって、未曽有(みぞう)の危機に正しく対処することができず、クロノ・ハラオウン提督に対してもあからさまに間違った命令を出した』という程度のものだ。だが、それでもやはり、総代としての責任は取ってもらわねばならん」
「それは……引責辞任だけで(ゆる)していただける、ということですか?」
「私たちは赦すよ。君が君自身を赦せるかどうかは、また別の問題だがね」
 レオーネが「意味ありげに」そう言うと、イストラはまたがっくりと首を垂れて、そのままもう何も言葉を返すことができなくなってしまいました。
レオーネはしばらく()を置いてから、最後に「形式的に」こう問いかけます。
「辞任に関する正式な書類の書き方は、解っているね?」
「はい。……隣室で、1(ハウル)ほど、お待ちください」
 イストラは(うつむ)いたまま、力の無い声でそう(こた)えました。

 そこで、レオーネはその要求どおり、控えの()に戻って、(うし)ろ手に扉を閉めました。
 そこは、基本的に「秘書の仕事部屋」と「一般来客用の応接間」を兼ねた部屋です。イストラの秘書は、すでにレオーネの当て身で気絶させられ、そのままソファーに寝かされていました。
 一方、レオーネの「随行者」は、「扉が()け放たれていても、奥の()のイストラの席からは見えないような場所」を選んで立っています。

 レオーネは来客用の椅子に腰を下ろすと、思わずひとつ大きく息をつきました。
「やれやれ。久しぶりに少し体を動かしたら、何やら妙に疲れたな」
「今、あなたに倒れられる訳にはいきません。どうぞ御自愛ください」
「相変わらず口調が固いな、君は。……まあ、君もこちらに座りなさい」
 レオーネは苦笑しながらも、お気に入りの随行者に席を勧めました。
「では、失礼します」
 しかし、その人物が着席すると、レオーネはふと小さく舌を打ち、軽く後悔の言葉を吐きます。
「来客に茶のひとつも出ないとは……やはり、秘書を手っ取り早く黙らせたのは、早計だったか。……うむ。まだしばらくは、目覚めそうにないな」
 秘書の女性は意識を失ったまま、今では安らかに熟睡していました。

「若い頃は随分と荒ぶっておられたとは(うかが)っておりましたが、正直なところ、この目で見るまでは、あまり上手く想像できずにおりました」
「良きにつけ()しきにつけ、人間(ひと)年齢(とし)ともに変わってゆくものだからね。……イストラも一介(いっかい)の艦長だった頃は、あんな『事なかれ主義者』では無かったんだがなあ……。
 先程は、君にもつまらない会話を聞かせてしまったね。だが、君にはイストラの言葉を聞く権利と責任があると思ったんだよ」
「はい。聞かせていただいて良かったと思っています」
 今回、レオーネが連れて来た随行者は、管理局〈上層部〉の法務部で要職を務めるザドヴァン・ペルゼスカ(40歳)でした。以前から、時おりレオーネの話し相手などを務めて来た人物ですが、「()りにも選って」と言うべきでしょうか。実は、彼はイストラの長男です。
「父が総代に就任して以来、何か大きな秘密を(かか)え込んでいることには薄々気づいていました。でも、私も母も妻も子供たちも、それはきっと職務上のものだろうと思っていたのです。まさか、『管理局の創設者たちがまだ生きている』などという話だったとは……」
「まあ、普通は思いつかないだろうね」
 レオーネもそう本音を漏らしました。

 その後も、ザドヴァンは父イストラについて、ぽつぽつと語り続けました。多少は、減刑を嘆願するような気持ちもあったのかも知れません。
 そして、ふと気がつくと、イストラを(ひと)りにしてから、とうに1(ハウル)以上の時間が経過してしまっていました。イストラからの合図は特にありませんでしたが、二人はちょっと会話を中断して、奥の()を覗いて見ることにします。

 しかし、二人で奥の間に入って見ると、イストラは席に着いたまま、すでに絶命していました。手早く書類を仕上げた直後に、みずから毒薬を飲んだようです。
 狼狽(うろた)え騒ぐザドヴァンを他所(よそ)に、レオーネは冷静にイストラの死亡を確認してから、平然と書類に目を(とお)しました。
「よし。何も問題は無いな」
「問題が無いということは無いでしょう! (かり)にも人間(ひと)が一人、死んでいるんですよ!」
 ザドヴァンは思わず大声を上げました。実の父親が自殺した現場を()の当たりにしてしまったのですから、普通の人間ならば動揺するのも無理はありません。
 それでも、レオーネは『君は一体何をそんなに動揺しているんだい?』と言わんばかりの冷静な口調でこう返しました。
「問題が無いのは、あくまで書類の話だよ」
 それは、「目の前で人間(ひと)が死ぬこと」になど、もう慣れてしまっている人間の口ぶりです。

(どうして、こんなことに……。)
 そこで、ザドヴァンはふと、先ほどレオーネが父に言った言葉を思い起こしました。
『私たちは(ゆる)すよ。君が君自身を赦せるかどうかは、また別の問題だがね』
(つまり……(とう)さんは自分自身を赦せなかった、ということか……。)
 あえて言い換えれば、この自殺は『イストラは決して「罪を罪とも感じない、本物の悪党」では無かった』ということの証明でもあるのです。
 しかし、それは、実のところ、血を分けた息子にとっては何の慰めにもならない事実でした。
「あなたは……こうなると解っていて、父を(ひと)りにしたのですか?」
 ザドヴァンの口調には、今や非難の色合いすら込められています。それでも、レオーネは平然とこう返しました。
「確信があった訳ではないよ。ただ、これもまた『想定外の出来事』ではなかった、というだけのことだ」
 その冷徹さは、ザドヴァンの眼には、およそ人間離れしたものと映りました。

 イストラは、少なくとも私生活では「良き父」であり、子供たちとの間にも「親子の確執」など何もありませんでした。
『実際に、悪いことをした』とは言っても、それは『ただ単に「(かげ)の権力者」に(さか)らうことができなかった』というだけのことなのです。
(ただ無力であるというだけのことが、果たして死に(あたい)するほどの罪なのだろうか?)
 ザドヴァンはふとそんなことも考えましたが、またすぐに思い直しました。
(……いや。「その地位」にある者にとっては、確かに「罪」なのかも知れない。)
 地位とは、本来「その人物」の能力に応じて与えられるべきものであり、それ故に、特定の地位にある者が「その地位に相応の能力」を持っていないことは、ごく控えめに言っても、決して望ましいことではないのです。
 それでも、しばらくすると、ザドヴァンはまた、先ほどのレオーネの別の言葉を思い起こしました。
『ただ、無駄に世間を騒がせたくも無いから、あの御老人たちが今日まで生きていたことは、厳重に秘匿(ひとく)するつもりでいる』
(それでは、表向きの話として、「総代」は何故みずから命を絶たなければならなかったのだ? 三脳髄の存在を伏せてしまったら、全く説明がつかないではないか!)

 しかし、ザドヴァンがそれを問うと、レオーネはさも当然のことのように、すらすらとこう答えました。
「医師団に命じて、『総代は職務上の慢性的なストレスにより、以前から心神耗弱(しんしんこうじゃく)状態に陥っていた。そのため、元老から直接に辞任を勧告されて、自責の念に駆られ、発作的に死を選んだ』という内容の診断書を書かせるしかないだろうね」
 元々が法務官であるザドヴァンの耳には、それは随分と理不尽で「法」を無視した主張に聞こえました。ザドヴァンは思わずこう言い返します。
「あくまで真実を隠蔽(いんぺい)すると(おっしゃ)るのですか? 法の裁きを受けるべきなのは、むしろあの三人の方だったと言うのに!」
「君が法務官として、法や真実に拘泥(こうでい)する気持ちは解らぬでも無い。しかし、人の法では所詮、すでに死んだ者を裁くことなどできないよ。彼等が『具体的に』何をどこまで考えていたのかは、もう誰にも解らないのだからね。
 それに、こんな『腐った真実』を一般に公開して、一体どうなると言うのだ? 突き詰めれば、『彼等が死を装って以来の、ここ八十年余の管理局の歴史』を、管理局がこれまで積み重ねて来た事績を、丸ごと断罪せねばならなくなるのだぞ。それが、一般社会にどれほどの悪影響を与えると思う?」

 言われてみれば、確かにそのとおりでした。
 おそらく、事態(こと)は、ただ単に『管理局の権威が失墜する』というだけには(とど)まらないでしょう。もしも全管理世界の民衆が『自分たちは、今までずっと騙され続けていたのだ』と考え、その不満を一斉にぶちまけ始めたら、最終的には「管理局システムの崩壊」にまで至ったとしても、決して不思議では無いのです。
「最善の策が、現実にもう実行できないのであれば、我々は次善の策を選択するより他には無いのだ。それは、解るか?」
 レオーネの「正しいけれど、冷たい言葉」に、ザドヴァンはもう黙ってうなずくことしかできませんでした。
「この世には、書かれた法よりも、単なる真実よりも、もっと大切なモノがある。君も、次元世界の安寧(あんねい)と父親の名誉を守りたいのならば、私たちに手を貸せ」
「それは……私も共犯者、ということですか?」
「いや。君たちの世代には、もう罪は無い。すべての(ふる)き罪は、我々三人が背負い、あの世まで持って行こう。我々はすでに老齢だ。どうせもう長くは無い」

 レオーネは、もう完全に「覚悟」が出来上がっていました。
(私にも、同等の「覚悟」が求められているのか……。)
 それは、普通の人間にとっては、純然たる「重荷」でしかありません。それを背負っているからと言って、何か自分の(とく)になる訳でも無ければ、誰かがそれを正しく評価してくれる訳ですら無いのですから。
(それでも……他にこれを背負える者が、いないのであれば……。)

「我々とて、三脳髄の話を『永遠に』闇に葬り去ろうと言うのでは無い。ただ、彼等の存在を公開するのは……この件に関与していた者たちが粗方(あらかた)この世を去ってから……今回の事件が『(ナマ)の記憶』ではなく、『歴史』になってからの方が良いだろうと言っているだけなのだ。
 あるいは、その頃には、君自身ももう生きてはいないのかも知れないが、それでも、我々の子孫がいつの日にか『本当の歴史』を、闇の部分まで含めて冷静に語れるようになるためには、誰かがその日まで『世の裏側で』これを正しく伝えて行かねばならぬ。
 そのためにも、ザドヴァン・ペルゼスカよ。私たちに手を貸してほしい。私たち三人には、もうそのための時間が残されてはいないのだ」
「解りました。非才の身ではありますが、そのために力を尽くすことを、ここにお約束します」
 ザドヴァンもついに「覚悟」を完了して、そう応えました。レオーネも満足げにうなずき、言葉を続けます。
「ありがとう。君がそう言ってくれれば、私たちも安心して『目の前の問題』に専念できるというものだ。……あとの細かい話は、リナルドと相談してほしい」


 そうした会話がすべて終わってから、ようやくイストラの秘書が目を覚ましました。慌てて奥の()(のぞ)き込むなり、案の(じょう)、悲鳴を上げます。
 それでも、レオーネは冷静に『(ただ)ちに医師と法務官を呼んで、死亡診断書を書かせ、服毒自殺で間違いないことを証明させなさい』と、彼女に指示を出しました。
 秘書はすぐに「元老」の命令に従い、レオーネとザドヴァンの立ち会いの許に、医師と法務官はそれぞれの「書くべき文書」を書いて、それをレオーネに提出します。
 そして、次の日になってから、「総代イストラ・ペルゼスカの急死」が皆々に広く知らされたのでした。


 

 

【第5節】元老ミゼットとの、極秘の会話。



 さて、〈ゆりかご〉の爆散や「総代」の急死から何日か()って、〈本局〉でもいろいろと状況が落ち着き始めた頃のことです。
 新暦75年の9月下旬、ミゼット統幕議長は「謹慎中」のリゼル・ラッカードを(ひそ)かに自分のオフィスへと招き入れました。口の堅い秘書を控えの間に退()がらせて奥の間で二人きりになり、お茶を飲みながらゆっくりと話をします。
「まずは、謝らせてちょうだい。今回は、あなたに随分と損な役回りを引き受けさせてしまって、本当に悪いことをしたと思っているわ」
「いえ。どうぞ、お気づかい無く。可愛いクロノを社会的な非難から護る『盾』になることができたんですから、個人的には何も後悔などありませんよ」
 リゼルは笑って、そう(こた)えました。もちろん、彼女の性格からして、クロノが隣で聞いていたら、こんなに素直な言い方はとてもできなかったことでしょう。

「そう言ってもらえると、私としては、だいぶ気が楽になるわ」
「でも、降格処分の上に、謹慎が一年以上も続くとなると、もう『懲戒免職処分の一歩手前』って感じですよねえ」
 リゼルはやや自虐的に笑って言いました。決して相手を非難するような意図は無かったのですが、それでも、ミゼットは穏やかな口調でまた謝罪の言葉を述べます。
「ごめんなさいね。私としても、あなたのような優秀な人には早く現場に復帰してほしいと思ってはいるのだけれど……いくら最高権力者でも、可能な限り『法の許す範囲内』で動かなければならないわ。となると、過去の判例から考えて、あなたの謹慎処分も『一年未満で切り上げる』という訳にはいかないのよ。長期休暇だと思って、しばらくのんびりしていてくれないかしら」
「どうせなら、二年ほど続けてくださいよ。そうすれば、その間にテキトーに再婚して、もう一人ぐらい産んでおきますから」
 その口調のあまりの軽さに、ミゼットは思わず笑ってしまいました。

 ややあって、ミゼットは気を取り直すと、今度は少し遠慮がちな口調で問いかけます。
「そう言えば……あなたって、娘さんが一人いるのよね?」
「はい。今年で初等科一年生のはずなんですが……正直に言うと、もう(えん)が切れてしまっているので、普通に学校へ(かよ)っているのかどうかは、よく解りません」
 リゼルは少し困ったような表情で、そう答えました。
(要するに、『家庭で通信教育を受けているのかも知れない』という意味です。)
「親権も剥奪されたと聞いたけど……もし良ければ、どうして離婚に至ったのか、聞かせてもらえないかしら?」
「いや、つまらない話ですよ。……と言うか、そもそも、あの結婚自体が本当につまらない理由でしたことだったんですけどね」
(ええ……。)
 ミゼットの呆れ顔を面白いと感じたのか、リゼルは少し調子に乗って語り始めます。

「そもそもの発端は、親父(おやじ)が酔った勢いで『俺もそろそろ孫の顔が見たい』とか言い出したことで……私も『親孝行になるのなら』と、何かの拍子に舞い込んで来た縁談を、あまり吟味(ぎんみ)もせずに受けてしまったんですが……。
 よく見たら、相手は結構な名家のボンボンで……向こうの父親も『本来なら、女は結婚したら、家庭に入るのが当たり前なのに』みたいな、前時代的な考え方の持ち主で……ぶっちゃけ、あまり上手く行きそうにないことは最初(はな)から目に見えていた結婚だったんですけどね。
 それでも、『ものは試し』とばかりに結婚して、早めに一人産んでみたら、妙に若くて可愛(かわい)女性(ひと)がわざわざ乳母の役に就いて、私の代わりに娘の世話をしてくれまして……正直な話、あの時ばかりは、『名家に(とつ)いで良かったなあ』と思いましたよ。
 ところが、産休明けの直後に、思いがけず親父が殉職しましてね。『次元航行部隊なんだから、時には危険な仕事もある』って話は、最初にしておいたはずだったんですが……あのボンボンは、私の話を真面目に聞いていなかったのか、すっかりビビっちまって……私が増援部隊に参加しようとしたら、『危ないから()めてくれ』とか、ほざきやがったんですよ」
 普通の神経の持ち主であれば、自分の妻にそう言うのは割と当たり前のことなのですが、それでも、リゼルは本当に吐き捨てるような口調で続けました。

「それで、最後(しまい)には、『君は、まだ生まれたばかりの娘ともう死んでしまった父親の、一体どちらが大事なんだ?!』とか言い出しやがったんで、こちらもついカッとなって、『娘はまた産めるけど、親父は一人しかいねえんだよ!』と叫んで、そのまま出て来ちゃったんですよ」
(ええ……。その言い方って、母親として、どうなの……。)
 ミゼットは内心「やや」引いていましたが、まだまだリゼルの口は止まりません。
「その後、南方ではメチャメチャ忙しい毎日が続きましたから、もう婚家のことなんて気にかけている余裕も無くて、ミッドからの私信もすべて着信を拒否していたんですが……そうしたら、しばらくして『ミッド地方法院からの判決状』が実物で届きましてね。
『何度も出頭を求めたが、そちらが拒否し続けたため、やむなく原告の主張に基づいて(かり)判決を出した。下記の内容に不服があるのなら、所定の期日までに、当局にその(むね)の申し立てを行なうように』とかいった内容だったんですが……。こちらは、その時点で『今はもう、それどころじゃない』って状況だったんで、ただ一言、『何もかも、仮判決のとおりで構いません』とだけ返しておいたんですよ」

「そうしたら……まあ、当然の結果なんですが……一方的に離縁されて、娘の親権も剥奪されて、御丁寧に、戸籍上の私の名前からも婚家の苗字が削除されていました。
 (のち)に伝え聞いた話では、あのボンボンは私との離婚が成立した『直後』に、娘の乳母と再婚したそうですよ。まあ、(わたし)的には『やっぱりデキてやがったか』って感じでしたけどね」
 リゼルはにこやかに笑って、そう言ってのけました。
(ええ……。そこ、笑うトコじゃないわよね?)
 ミゼットはもう「かなり」引いていましたが、その微妙な表情を何かの懸念と受け取ったのか、リゼルは少し早口でこう言葉を付け足します。
「ああ、大丈夫ですよ。『親は無くとも子は育つ』と言いますからね。私も生みの(おや)に育ててもらったのは最初の一年間だけです。(あと)は父の使い魔に育てられましたが、その件に関して、私の側には不満など一切ありません。
 あの乳母も、あの性格から考えて、特に『継子(ままこ)いじめ』のようなコトはしていないでしょう。その点は信頼しています。……それどころか、私の娘に『お前は先妻の子だ』などとは告げずに、本当に自分の子供として育ててくれているかも知れません」

「もちろん、『自分の子供が生まれてしまえば、そちらの方が可愛(かわい)く見えて来る』というのは、(あらが)(がた)い『メスの本能』ですからね。今頃、『全寮制の初等科学校に叩き込まれる』ぐらいのことは、されているかも知れませんが……あれほど恵まれた家庭で生まれ育って、その程度の逆境で折れてしまうようなら、所詮は『その程度の人間でしかなかった』ということなのでしょう」
 リゼルは自分の娘に対しても、割と容赦の無い態度を取っていました。自分がそれなりに厳しく育てられたので、その程度の厳しさは当たり前だと思っているのです。
『毒親』は言い過ぎですが、それでも、もし実の娘が今の発言を知れば、『かなりキツい親だ』と受け取ることは間違い無いでしょう。

【ただ、現実には、リゼルの娘レスリマルダは最初から継母を実母と信じて育っており、その継母とも父親とも三歳(みっつ)年下の異母弟とも大変に仲が良く、今も普通に家から学校に(かよ)って、とても幸福な幼少期を送っていました。】


 そうした「雑談」の後で、ミゼットはようやく「今日の本題」に入りました。
「ところで、今さらなのだけれど……良ければ、もう一つ聞かせてくれないかしら?」
「……何でしょう?」
「あなたは私のことを、どうして最初からあんなにも無条件で信頼してくれていたの? 半年ほど前まで、ほとんど面識が無かったと思うのだけれど……もしかして、ニドルス提督から何か聞いていたのかしら?」
 すると、リゼルは一瞬、むつかしい表情を浮かべてから、こう語り出します。

「父は昔から、自分のことをあまり語らない人でした。私の生みの(おや)のことですら、私が知っているのは、育ての(おや)とも言うべき『父の使い魔』から聞いた話ばかりです。もしかすると、本当にただ口下手なだけだったのかも知れませんが……そんな人でしたから、父は生前、貴女(あなた)についても私には特に何も語ってはいませんでした。
 しかし……父が死んだのはもう6年も前のことになりますが……実は、父の御座艦(ござぶね)は『唐突に撃沈され、乗組員も大半が死亡した』というだけで、確かに艦橋(ブリッジ)などは跡形も無く吹っ飛ばされていましたが、必ずしも〈ゆりかご〉のように全体が爆散した訳ではありませんでした。
 それで、遺体確保のためにも、かろうじて原形を(とど)めていた「御座艦の残骸」は丸ごと臨時の基地へと曳航(えいこう)されたんですが……それで、艦内を調べた結果、半壊した提督用の私室から、父の個人的な手記が『奇跡的に無傷で』見つかったのだそうです。いわゆる〈血の封印〉が(ほどこ)されていたので、封印の解除は私にしかできなかったんですけどね」

【ちなみに、〈血の封印〉というのは、その封印の解除に「特定の遺伝情報」が必要となるタイプの(普通は、小箱や書物などに対して行使される)封印魔法のことです。
 通常の仕様では、封印した本人(および、その一卵性双生児やクローンなど)と「実際にその血を引く息子や娘(つまり、本人と50%まで遺伝子が共通している人物)」にしかその封印を解くことはできません。
(もちろん、充分な魔力があれば、その封印を力ずくで破壊することは可能なのですが、その場合には『自動的に発火して、中のアイテムや情報が失われてしまう』という仕様になっているので、中身が大切なものであれば、当然にそんな乱暴な真似はできません。)
 ただし、有効な使い方が限定されている割には、習得がなかなかに難しい魔法なので、一般にはあまり普及しておらず、魔導師たちの間でも「かなり特殊な魔法」と認識されています。】

 リゼルはさらにこう続けました。
「だから、その手記は『誰も中を見ていない』という状態のまま保存されていた訳ですが、実際に私が現地に到着し、開封して読んでみると、やはり、その内容は大半が『父自身の日記や備忘録』では無く、私個人に()てたメッセージでした」
 確かに、『自分には双子もクローンもおらず、自分の血を引く子供もこの世に一人しかいない』と解っているのであれば、その子に宛てた「秘密の」メッセージに〈血の封印〉を(ほどこ)すのは、至極(しごく)合理的な判断であると言って良いでしょう。

「父の性格から考えて、実の娘に面と向かっては、あまり上手(うま)く語れずにいた『自分の話』を、ゆっくりと考えながら文章にしたものだったのだろうと思います。あるいは、南方遠征から無事に戻ったら、私にただ一言、『読んでおけ』とだけ言ってそれを手渡すつもりだったのかも知れません。
 それで、その手記には、貴女(あなた)のこともいろいろと書かれていました。
『自分は小児(こども)の頃から、あの(ひと)には世話になりっぱなしだった』とか、『元々、ジェルディスも〈ハルヴェリオス〉もあの(ひと)から(いただ)いたものだった』とか……。
『自分の両親は毒親だったから、自分にとっては、あの(ひと)こそが親のような存在だった』とか、『だから、お前もあの(ひと)のことは信頼して良い。自分に「もしものこと」があった時には、自分の代わりに「恩返し」だと思ってあの(ひと)のために働いてほしい』とか」
 それを聞くと、ミゼットは不意に顔を伏せ、()で両目を隠しました。
「ニドルス君……そんな風に思ってくれていたのね……」
 思わず、ちょっと涙ぐんでしまったようです。

 そこで、リゼルは少し()を置いてから、改めてミゼットに問いました。
「ところで……今度は私の方から、ちょっとプライベートなことをお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
 ミゼットが指先でそっと目許を(ぬぐ)い、(おもて)を上げると、リゼルはいつになく真面目な表情で、いきなりとんでもないことを言います。
「父の手記を読んでも解らなかったんですが、結局のところ……あなたと父の関係って、何だったんですか? まさかと思いますが……もしかして、父はあなたの『隠し子』だったんですか?」
 その用語を聞くと、ミゼットは思わずプッと()き出してしまいました。
「あ……。違うんですね?」
「もしそうだったら、あなたは私の可愛い孫娘ということになるわね」
「……あ!」
 リゼルは本当に『今、気づいた』という表情です。
 ミゼットはひとしきり笑ってから、改めて自分のことを語り始めました。

「局のデータバンクで私のことを調べても、多分、ラルゴやレオーネとは違って、親族の話が全く出て来ないと思うんだけど……実際には、私も決して昔から『天涯孤独の仕事人間』だった訳では無くて、一度は普通に結婚して1男1女を産んだこともあるのよ。
 でも、息子の方は就学前に、子供に恵まれなかった兄夫婦の許へ養子に出してしまい、その後で生まれた娘の方も、初等科を卒業する直前に車の事故で夫と一緒に死んでしまったの。それで……ニドルス君は、その娘のクラスメートで、初めての恋人だったのよ」
「それ、初等科の話ですよね?」
 リゼルのちょっと狼狽(うろた)えたような表情が面白かったのか、ミゼットは少し悪戯(いたずら)っぽい笑顔で言葉を続けます。
「ええ。男の子だって、11歳にもなったら初恋ぐらいはするでしょ? まあ、実際には、当人たち同士は『とても仲の良い友人』ぐらいのつもりでいたのかも知れないけど……私の眼には、充分に『初々(ういうい)しい恋人同士』のように見えたわ。……もちろん、『それは親の欲目だ』と言われてしまえば、返す言葉も無いのだけれど」

「欲目、ですか?」
「当時、私が『ニドルス君、このまま義理の息子になってくれないかなあ』と願っていた、というのは事実よ。だからこそ、娘の合格祝いに用意しておいたデバイスも、彼に譲ったし、娘の飼っていた猫が死にかけた時にも、彼の使い魔にしてもらったの。……これで、『隠し子疑惑』は解けたかしら?」
「はい。実を言うと、最初からそれほど『本気で』疑っていた訳でもないんですが……」
「それに、隠し子って、普通は一人きりよね? ニドルス君の手記に、お兄さんのことは書かれていなかったの?」
「いえ。書かれてはいたんですが……あまりにも異常な内容だったので、『きっと、この兄というのは養子か、さもなくば、父の方が養子だったのではないか』などと勝手に考えていました。……アレって、本当に、私の父の実の兄なんですか?」
「残念ながら、そのとおりよ」
 ミゼットが神妙な口調で答えると、リゼルは軽く頭を(かか)えてしまいました。
「あのキチガイが、私と3親等かあ……」
「血筋はそこまで気にしなくても良いんじゃないかしら。……私も実際に会ったことは無いけど、ニドルス君のお兄さんも、実の両親が毒親で無ければ、きっとあそこまで深くは(ゆが)まずに済んでいたのだろうと思うわ」
【この(くだり)に関して、詳しくは「キャラ設定1」を御参照ください。】

「まあ、パレムザさんも随分とマトモな人だった、という話ですからねえ。……ああ、そうか! あの時、何とかして彼女のDNAも調べておいてもらえば良かったのか。私ったら、なんで気づかなかったんだろう?」
「ええっと……誰のことかしら?」
「ああ、すみません。父の手記には『兄の内縁の妻と名乗る妊婦と一度だけ会って話をしたこともあるが、縁は切っておいたので、お前はもう気にしなくて良い』と書いてはあったんですが、妊婦という用語がどうしても気になりまして……。実は、それから人に頼んで、その時の妊婦と胎児が今はどうなっているのか、少し調べてもらったことがあるんです。……直接には『血のつながり』など無いとは言え、クロノにも若干は関係して来るかも知れない話ですからね」
 リゼルの言い方は、まったく「過保護なお姉ちゃん、丸出し」でしたが、本人はその点をあまり自覚できてはいないようです。

「ということは……その時の胎児が、パレムザさん、という(ひと)なのかしら?」
「ええ。アレが父の実兄なら、彼女は私の10歳年上の従姉(いとこ)ということになる訳ですが……何でも『十代のうちに実母や継父や異母弟たちと絶縁し、実父の遺産の相続も放棄して真面目に働き、食堂で給仕をしていた時に知り合った常連客と結婚して、今ではもう2男2女の母親になり、随分と幸せに暮らしている』のだそうです。まあ、それはもう5年も前に聞いた話なんですが」
 要するに、『やはり、リゼルの身内は事実上、もうクロノ提督ただ一人だ』と言っても構わない状況なのです。しかし、そうした「身内の少なさ」も、ミゼットにとってはむしろ親近感が()くものでした。
 彼女にも「養子に出した息子(故人)の、他家へ(とつ)いだ娘らやその子孫たち」とか、「家名を継いだ甥やその子孫たち」などはいましたが、事実上、もう(えん)は切れてしまっています。今なお多少なりとも通話(はなし)をする機会があるのは、テオドールの息子に(とつ)がせた「姪のリアンナ」ぐらいのものでした。


 ミゼットが何度か小さくうなずいて納得の表情を浮かべると、一拍おいて、リゼルはまたこんなことを言い出しました。
「それと、実は、もう一つ二つ、お訊きしたいことがあるんですが……」
「どうぞ」
「父の手記には、『今回の南方遠征では、他にも何人か候補者のいる中で、自分が指揮官に抜擢(ばってき)されたのは、あなたの意向によるところが大きかった』という内容の記述もあったんですが、それは本当のことですか? 父の思い違いとかでは無くて」
「ええ。本当のことよ。平時には、元老はあくまでも『象徴的な意味』での最高責任者でしかないから、少なくとも法律の上では、何か具体的な人事権がある訳ではないのだけれど……局の上層部が『誰を選んでも大差は無い』と判断した時には、そのリストを元老に見せて参考意見を聞く、というのも『慣例としては』よくあることだったの。
 それで、10年前の5月にリストを見せられた時、その中に彼の名前を見つけて、私は迷わず彼を推薦したわ。彼には早めに准将に昇進して、より自由に動ける立場に立ってほしかったの。
 正直に言うと、彼が昇進する糸口になるのなら別にどんな案件でも良かったのだけど、あの時期には、手早く功績を挙げられそうな案件が南方遠征ぐらいしか見当たらなかったのよ。もちろん、その時点では、彼が南方で殉職してしまう可能性なんて、誰も考えてはいなかったわ」

「それは、つまり、今回のヨゴレ仕事も、本来ならば……と言うか、あなたの『心の中の計画』としては……元々、父が背負うはずの仕事だった、という意味ですか?」
「……そうね。もし彼が今も生きていてくれたら、私は迷わず彼に頼んでいただろうと思うわ」
 もしそうなっていれば、『艦隊司令官がみずから爆弾艦を特攻させた』という形になるので、『司令官自身が「あの〈ゆりかご〉を破壊したこと自体の是非」を問われて謹慎処分を受ける』というリスクはあっても、誰も降格処分までは受けずに済んでいたことでしょう。
 しかし、現実には、あの状況下で『クロノ提督の艦隊を止めて、リゼル提督の艦隊だけを出撃させる』という訳にも行かず、また、当然ながら、『新人提督のリゼルを艦隊指揮官にして、クロノ提督をその指揮下に置く』という訳にも行きませんでした。
 つまり、ミゼットとしても、あの時は本当に「咄嗟(とっさ)の判断で」ああいう形にするしかなかったのです。

 それでも、ミゼットは大いに後悔の念を込めて、静かに頭を下げました。
「結果として、あなたたち父娘(おやこ)には、二世代に(わた)って嫌な役ばかりを引き受けさせてしまったわね。本当にごめんなさい」
「いや。まあ、それは良いんですが……今回の仕事は、本当にあんな結果で良かったんですか? クロノは結構、マジで〈ゆりかご〉を手に入れたがっていたようですが……」
 それを聞くと、ミゼットもさすがに難しそうな表情を浮かべます。
「私たちも悩まなかった訳じゃないのよ。ただ、『アルハザードの技術』は、やはり、私たちにはまだ早すぎると判断したの。……彼の気持ちも解らなくは無いけれど、技術は一度、外部に漏れてしまうと、もう取り返しがつかないから」
 それ自体は、確かにそのとおりで、リゼルも納得の正論でした。
〈ゆりかご〉以外にも、スカリエッティが()み出した技術の多くは、少なくとも当分の間、管理局の側で秘匿(ひとく)せざるを得ないでしょう。

 リゼルはひとつ大きくうなずいてから、また次の話題に移りました。
「それと……クロノの昇進は、ちょっとペースが速すぎるんじゃありませんか?」
『17歳で艦長、21歳で提督』というのも充分に驚異的な速さですが、クロノ提督は今回の功績により、来春には25歳の若さで少将に昇進することが、すでに内定しています。
「今の管理局には、やはり『解りやすいヒーロー』が必要だと思うの。少なくとも、私たち三人はそう判断したわ」
「それは、ラウ・ルガラート執務官だけではまだ足りない、ということですか?」
「執務官は、確かに一般民衆の間では大変に人気の高い職種だけれど、階級はあくまで尉官でしかないから。局員向けにはもう少し階級の高いヒーローが必要なのよ。
 たとえ実際には手が届かない存在であったとしても、何かしら『(あお)ぎ見る星』があった方が、人間(ひと)(おのれ)を正しく律することができるものだから」
 確かに、人間とは、そういう生き物なのかも知れません。

「それと……八神はやて二佐のことも、随分と贔屓(ひいき)にしておられるようですが?」
「一般にはあまり知られていない話だけれど……私は〈大航海時代〉に一度、みずから調査艦隊を率いて、管理外世界をひとつ発見したことがあるの。その四年後には、また管理局で言う〈最初の闇の書事件〉に遭遇した訳だけれど……」
「ああ。あの有名な〈シュテンドラウスの撤退〉ですね」
 相手の一瞬の()を突くようにして、リゼルがそう言葉を差しはさむと、ミゼットはふと驚きの表情を浮かべました。
【なお、シュテンドラウスは、舞台となった惑星(管理外世界)の名前です。】

「ちょっと待って。あれって、そんなに有名な話になっているの?」
「はい。一般世間では、それほど知られていない話かも知れませんが、士官学校の『現代海戦』の講義では、必ず言及されるエピソードですよ」
「念のために訊くけど……どういうニュアンスで語られている話なのかしら?」
「もちろん、『撤退すべき時には正しく撤退の決断を下せるのが、優秀な指揮官だ』というニュアンスですが?」
 リゼルが『何を問題視しているのか、よく解らない』という口調で答えると、ミゼットは思わず天を仰ぎ、ひとつ大きな溜め息をつきました。
「あれは、そんな御立派な話じゃなくて……単なる『負け(いくさ)』だったんだけどね。何隻も犠牲を出してしまったし……」
「それでも、もし貴女(あなた)が引き(ぎわ)を間違えていたら、犠牲はもっともっと増えていたに違いありません。最悪の場合、局の艦隊だけでなく、民間の船団までもが全滅していたことでしょう」
 これは、まったくリゼルの言うとおりでした。
 実際、管理局にとっては「二回目の直接遭遇」となる、新暦25年の〈闇の書事件〉では、前回の教訓があまり()かされず、結果として、民間の船にも多くの犠牲者が出ていたのです。

 そこで、ミゼットは大きく息をついて、やや強引に気持ちと話題を切り替えました。
「まあ、それはそれとして、少し話を戻すと……はやてさんは、私が発見した管理外世界の出身者で、その上、〈闇の書事件〉を最終的な解決に導いた人物だったから……一方的なものだけれど、私は少しばかり親近感を(おぼ)えて、実は、彼女が管理局に入った時から、彼女にはそれとなく注目していたのよ。
 必ずしも特別に贔屓(ひいき)をしていたつもりは無かったのだけど、客観的には、そう思われても仕方の無い状況なんでしょうね。正直なところ、私は彼女のことを『こんな孫が欲しかった』と思える程度には気に入っているわ」
(年齢的に、彼女は孫では無く、曽孫(ひまご)なのでは?)
 リゼルは内心ではそう思いましたが、下手に年齢の話を出すと藪蛇(やぶへび)になるかも知れないので、リゼルは慎重にその話題を()けて、また別の質問をしました。

「それと、実は、もうひとつ解らないことがあるんですが……結局のところ、あの犯罪者どもは〈ゆりかご〉をあんな不完全な状態で無理に飛び立たせて、一体何がしたかったんですか?」
「それは、私たちにも本当に解らないのよ。あるいは、彼等もまた『今回の事件の黒幕』の指示に従っていただけだったのかも知れないけれど」
 これには、さしものリゼルも、思わず大きな声を上げてしまいます。
「……黒幕? あの犯罪者どもの背後に、別の誰かがいた、ということですか?!」

 すると、不意に部屋の「空気」が一変しました。
 いや。正確に言えば、一変したのは、ミゼットが周囲に放っていた「雰囲気」です。あるいは、もう正直に「オーラ」と呼んでしまった方が良いのかも知れません。
 ミゼットの眼は、もう少しも笑ってはいませんでした。今までは一貫して穏やかな表情を浮かべていた小柄な老女から、今では強烈な圧迫感(プレッシャー)を感じます。
 並みの人間なら、ここでもう無意識のうちに腰が引けていたことでしょう。それでも、リゼルはテーブルに両手をついて、ミゼットの鋭い眼光を真正面から受け止めながら、上半身をむしろ前傾させました。
「答えてください」
「これを聞いてしまったら、あなたはもう本当に引き返せなくなるわよ」
 そんな脅迫めいた口調にも、リゼルは不敵な微笑(えみ)すら浮かべて、こう詰め寄ります。
「今さら何を言っているんですか。ここまで来たら、もう『毒を食らわば皿まで』というヤツですよ。どうか、私に最後まで貴女(あなた)のお(とも)をさせてください」

 すると、今度は少し時間をかけて、また部屋の空気が元に戻って行きました。
「やっぱり、こんなチャチな(おど)しは、あなたには通用しないみたいね」
 そう言って、ミゼットはまた、いつもどおりの穏やかな表情を浮かべました。
「いやいや。充分にヤバいレベルのプレッシャーでしたよ」
 リゼルが表情を崩すと、ミゼットは、まずお茶で軽く喉を湿らせます。
「それでは、聞いてもらおうかしら。(にわか)には信じ(がた)い話ばかりだろうと思うけど、すべて本当の話だから、心して聞いてちょうだい」
 そんな前置きをしてから、ミゼットは静かな口調で(おそ)ろしい真実を語り始めたのでした。

 まず、『かつての最高評議会の三人組が、実は脳髄と脊髄だけの姿となって、つい先日まで生き()びていた』ということ。
 次に、『今までの総代や元老たちは皆、彼等〈三脳髄〉の傀儡(かいらい)で、彼等こそが「管理局の(かげ)の支配者」だったのだ』ということ。
 さらには、『自分たち三人も脳にチップを埋め込まれていたので、反逆の意思はあっても、現実に計画を立て、それを実行に移せるようになるまでには大変な時間がかかった』ということ。
 そして、『あの犯罪者は、「記憶継承クローンの作製や〈ゆりかご〉の修復」など、常人には実行不可能な作業を実行させるために、あの三脳髄が造り出した「人工の天才」であり、人間(ひと)ならぬ人造生命体なのだ』ということ。

「実は、あの爆弾艦も、元々は『三脳髄の根拠地を見つけたら、テロに見せかけて、たとえ周囲にどれほどの被害が出ようとも突っ込ませる』という覚悟を持って用意したものだったのよ。
 でも、私たちがようやく、彼等が旧都パドマーレ郊外の「秘密の地下基地」に潜伏していることを突き止めた直後に、彼等は『飼い犬』に手を()まれてしまったの」
 ミゼットはそう言って、甲虫型のマイクロロボットが()って来た動画を、リゼルにもそのまま見せました。19日の早朝に、ドゥーエが平然と三脳髄を殺害して立ち去って行った時の、あの映像です。

 こうした一連の真実には、リゼルもさすがに愕然(がくぜん)となりましたが、ややあって、彼女はそれらを飲み込み、納得しました。
 ミゼットはそれを確認してから、、最後に『自分たちは三脳髄の「存在それ自体」を隠蔽(いんぺい)するつもりだ』ということを、リゼルに語りました。
 もちろん、数日前に、レオーネがザドヴァンに語った時と同じように、そうすべき理由も添えて説明をします。
「では、一般には『絶対の秘密』とすべき事柄をあえて私に聞かせたことにも、何か意図がある、ということですね?」
「そうよ。何十年かが過ぎて、今回の事件が『教科書の中の歴史』として語られる時代が来たら、その時には、もう真実を明かしても良いと思うわ。でも……そのためには、誰かが『世の裏側で』真実を正しく伝えて行く必要があるの。
 確かに、リナルドは優秀な人材だけど、次の時代までの『つなぎ』を彼一人に背負わせるのは、さすがに無理があるわ。だから、私たちはいずれ何人かの有志に、この真実を伝えておくつもりでいたの。もちろん、秘密を守れる人物であるかどうかは、よく見極めなければならない訳だけど」
 そう言って、ミゼットはにこやかに、正面からリゼルの顔を見つめました。

「私は……合格ですか?」
「ええ。あなたは今のところ、ザドヴァン・ペルゼスカに続く二人目よ。正直に言うと、もう少し下の世代にも、何人か伝えておきたいところね」
「その『何人か』の中には、クロノやはやて二佐も含まれている、という訳ですか?」
「そうね。あの子たちは今回の事件の『当事者』でもあるから、いずれは正しく伝えておきたいと思っているわ。……と言っても、私たちは三人とももう長くは無いから、あまり悠長に構えている訳にも行かないのだけれど」
「解りました。私は、あなたたちが亡くなった後も、あなたたちの遺志を間違いなく引き継ぐことを、ここにお約束します」
 リゼルがその「覚悟」を完了したところで、今日の密談は終了となりました。


 

 

【第6節】はやて、クロノやゲンヤとの会話。



 さて、新暦75年の10月上旬、ミッドの首都クラナガンの郊外では、イストラ・ペルゼスカ上級大将とレジアス・ゲイズ中将の「局葬」が合同で(いとな)まれました。
 クロノとはやてはいろいろあって、ほとんど「三元老の名代(みょうだい)」のような立場でその儀式に参列したのですが、何時間にも(わた)る式典が終わった頃には、二人とももう相当に疲れ果ててしまっています。
『この機会に、クロノやはやてと「つながり」を作っておこう』と考えている者たちが押し寄せて来る前に、二人はヴェロッサの手引きで素早くその場から抜け出し、そのまま彼が「おすすめ」するレストランへと直行しました。
 三人はその店でそれなりの個室を貸し切り、ゆったりと夕食を取ることにして、まずは食前酒で乾杯をします。
「二人とも、お疲れ様。これで、ようやく〈ゆりかご事件〉の後始末も一段落かな?」
 ヴェロッサの言葉に、クロノとはやても、安堵(あんど)の表情でうなずきました。
 こうして、以下、三人の歓談が始まります。

 はやて「ところで……葬儀の席上、上座(かみざ)からモノ凄い目力(めぢから)で私らを(にら)んどった、あの金髪の美少女は、一体誰なんや?」
 クロノ「ああ、それなら、マギエスラ嬢だろう。イストラ上級大将の初孫(ういまご)で、当年15歳。この春に士官学校を首席で卒業し、今は次元航行部隊で艦長を目指しているそうだ」
 はやて「15歳で首席卒業? そんなら、メチャメチャ優秀な子なんやな」
 クロノ「しかし、どうやら、彼女の頭の中では、僕は『善人の祖父を死の(ふち)にまで追い詰めた悪党』ということになっているらしい。(溜め息)」
 ロッサ「聞くところによると、イストラ上級大将は、家庭では本当に、良き夫で、良き父親で、良き祖父だったらしいからねえ。(苦笑)」

 はやて「私には、お偉いさんの家族関係とかゼンゼン解らんのやけど……彼女が、イストラさんの初孫(ういまご)やということは……(なん)や、他にも局内にペルゼスカ家の人たちとか、大勢(おおぜい)おるんか?」
 ロッサ「ペルゼスカの一族は元々がベルカ貴族の血筋で、自治領の方では今も有名な名家の一つだよ。イストラ上級大将自身は、先代の本家当主の長男だったが、五十年ほど前に『嫡子の座』を弟に譲って(ひと)り管理局に入った、という話だ。
 彼の奥方は、今でこそ療養のために首都の郊外でひっそりと暮らしているが、昔は随分と活発な(かた)でね。20代30代のうちに、元気な2男と2女を産んだ。
 先の葬儀で喪主(もしゅ)を務めていたのが、長男のザドヴァン。今では〈上層部〉法務部のお偉いさんで、マギエスラ嬢の父親だよ。しかし、彼の弟妹は三人とも局員ではなく、それぞれに家庭を築いてあちらこちらで普通に暮らしている。
 だから、『局内にいる、ペルゼスカ家の人間』は、今では、ザドヴァン卿とマギエスラ嬢ぐらいのものかな。苗字の違う親戚まで含めても、決して大勢(おおぜい)というほどではないよ。
 ああ、それから、先の葬儀にも顔だけ出していたが、マギエスラ嬢には仲の良い弟と妹がいて、彼等三人の母親も、局員ではないが健在だ」

 クロノ「いつもながら、よくもまあ、そういう情報がスラスラと口をついて出て来るものだな」
 ロッサ「僕は査察部だからね。この程度は、基礎知識の範疇(はんちゅう)だよ」
 はやて(嫌な基礎知識やなあ……。)
 ロッサ「はやて、何か言いたそうな顔だね。(笑)」
 はやて「いや……。(とっさに誤魔化して)何と言うか……やっぱり、管理局にはベルカ系の人も多いんやなあ」
 ロッサ「戦乱の歴史が長かったから、なのかな? 特に貴族階級では、『自分の命を惜しまずに働くような性格が、もう血筋にまで刻み込まれている』という人たちも、決して少なくは無くてね。そんな訳で、ベルカ系移民の中には、今も『軍人向きの性格の人』が意外と多いのさ」
 クロノ「おいおい。管理局は『軍』ではないぞ。(冷笑)」
 ロッサ「まあ、建前(たてまえ)としては、確かにそうなんだろうけどさ。(笑)いくら言葉を飾ったところで、本質は今も変わらず『軍警察』だよ」
 クロノ「確かに、『次元世界の安寧と秩序を守るのが仕事だ』という意味では、大した違いなど無いんだろうけどな」

 三人が食前酒など(たしな)みながら、そんな会話をしていると、やがて料理が運ばれて来ました。
 食事を取りながらも、さらに会話は続きます。

 クロノ「ああ。それから、はやて」
 はやて「ん?」
 クロノ「機動六課のこともずっと気にしてはいたのだが、〈闇の賢者たち〉のせいで、なかなかそちらにまでは手が回らなくて……いろいろと済まなかった」
 はやて「いやいや。クロノ君は元々そっちが本業なんやし、それは仕方(しゃあ)ないやろ。最後の最後で間に()うてくれて、ホンマに助かったわ」
 ロッサ「正直なところ、今の管理局に『非常時に、自分の責任で艦隊を組む』ことのできる提督や将軍が何人いるのか、疑問だからね。クロノは貴重な人材だよ」
 はやて「みんな、なんぼ権限があっても、責任は取りたがらへんような御歴々(おれきれき)ばっかりやからなあ。(溜め息)」

 クロノ(神妙な口調で)「おそらく、〈ゆりかご〉は全く本調子では無かった。もちろん、かつてオリヴィエが内部から破壊したという伝承もあるし、なのはとヴィータが事前にさらに壊しておいてくれていた御蔭(おかげ)もあったのだろうが、それ以前の問題として、何故あんなにも不完全な状態で無理に飛ばしたんだろうな? もう少しぐらい修復してからにすれば良かったものを。全くもって不思議だよ」
【クロノたちもこの時点では、まだ〈三脳髄〉の「存在」それ自体を知らなかったので、こういう感想になってしまうのです。】

 ロッサ「もしかすると、戦闘機人を使って、例の〈アインヘリヤル〉をあらかじめ破壊しておいたのも、そのためだったのかな?」
 クロノ「つまり、地上からの対空砲火でも落とせるほどのヒドい状態だった、ということか?」
 ヴェロッサは、ごく控えめにうなずいて見せました。
 言われてみれば、確かに、あのタイミングでわざわざ〈アインヘリヤル〉を破壊しなければならなかった理由など、他にあまり考えられません。

 はやて「私にはむしろ、あれだけやらかした人間が、何故(なんで)死刑にならへんのか、そっちの方が不思議やけどな」
 クロノ「管理外世界の出身者としては、それも、もっともな意見なんだろうが、管理世界では、管理局の方針により、死刑は一律で禁止になっている。新暦51年の一連のテロ事件ですら、犯人たちはみな、それぞれに無人世界の衛星軌道拘置所へ(ほう)り込まれただけだ」
 ロッサ「ガラス張りで真っ白な無音の密室に閉じ込められて、結果としては、大半が途中で発狂か衰弱死さ。『心が折れてすべてを白状するまで、何年でも何十年でも、ただじっと待つ』というのが管理局の基本的なやり方だね」
 はやて(それはそれで、また随分とエグい発想やなあ……。)

 はやて「ところで……幸いにも、今回の事件は、大体ミッドの中だけで収まった感じやけど……今、ミッド以外の世界では、どんな感じなんや?」
 ロッサ「確かに、〈JS事件〉の影響は『ほぼ皆無』と言って良い状況だね。……クロノが担当していた案件も、もうケリはついたんだろう?(確認の口調で)」
 クロノ「ああ。先々月には〈闇の賢者たち〉も完全に壊滅したよ。ところが、今度はその代わりに、その犯罪結社と連携(れんけい)していた〈永遠の夜明け〉とかいう組織に(から)まれてしまったらしくてね。(溜め息)」
 はやて「犯罪組織同士で連携するなんてこと、あるんやねえ?」
 クロノ「二つの組織の共通点は、薬物やテクノロジーによって人類を『強制進化』させることだ。その理念によって、両者は連携していたらしい」

 ロッサ「さらに、よく似た理念を持った組織としては、〈竜人教団〉というのもあるよ。こちらは、かつて〈辺境領域〉の南部に展開していた〈邪竜の巫女〉とも連携していた組織で、ともに〈アルハザードの民〉は『竜人』だったと信じて、今もそうした『人類以上の存在』を遺伝子工学で人工的に創り出そうとしているんだそうだ」
 はやて「ちょっと待ってや。私は、〈アルハザードの民〉は『巨人』やった、という話を聞いたことがあるんやけど?」
 ロッサ「まあ、どちらの説も『単なる憶測』の域を出ないね。ただ、実のところ、どの世界にも『混血児』の伝承は存在していないんだ。だから、我々人類と『生物学的に別の(しゅ)』だったことだけは、多分、間違いないんだろうと思うよ」
 はやて「しかし……人間のゲノムに『竜族の遺伝子』を組み込むというのは、さすがに無理なんと(ちゃ)うか? そんなん、スカリエッティでも、よぉやらんやろ」
 クロノ「今はまだ大丈夫だろうとは思うが……技術の進歩は凄まじい。いつかは誰かがやらかすことになるんだろうなあ。(予言めいた口調)」

 ロッサ「そうそう、スカリエッティで思い出した。つい先日のことだが、〈プロジェクトF〉の利用者を追いかけても、やはり〈永遠の夜明け〉には辿り着いたよ」
 クロノ「では、あの組織は、スカリエッティともつながりがあったのか?」
 ロッサ「そうだね。『三人の女性技術者が〈プロジェクトF〉を完成させた』という未確認情報もあるんだが……どうやら、そのうちの一人が〈永遠の夜明け〉の関係者だったらしい」

【なお、チンクたちの証言によって、『ドクター・スカリエッティが、フェイトやエリオのことを「プロジェクトFの残滓(ざんし)」と呼んでいた』という事実(こと)はすでに判明しています。
 また、チンクたちは〈三脳髄〉に関しては何も知らされておらず、ただ『管理局の上層部には「秘密のスポンサー」がいる』とだけ、知らされていたのでした。】

 はやて「では、そのうちのもう一人がプレシアさん、ということか? 私は直接の面識は無いんやけど、いろんな意味で、本当にスゴい人やったらしいなあ」
 クロノ「ああ。僕も直接に対面したのは一度きりだが……とんでもない魔力の持ち主だったよ。もちろん、技術面でも、(まぎ)れもない天才だった。……ただ、本人は、必ずしもそうは考えていなかったみたいだけどね」
 はやて「そうなんか?」
 クロノ「ああ。事件が終わった後で、彼女の『手記』にざっと目を(とお)したことがあるんだが、誰かしら目標にしていた人物がいたみたいで、『自分の実力(ちから)では、どう頑張っても「あの人」に届かない』とかいった『涙ながらの、嘆き(ぶし)』が書かれていたよ」
 ロッサ「あれほどの技術の持ち主が、そんなことを?!(吃驚)」
 はやて「もしかすると、『自分の頭の中で、歴史上の偉人さんを美化しすぎてもうた』とか……そういった話なんやろか?」
 クロノ「さあ、どうなんだろうな。今となっては確認の取りようも無いし、『あの人』というのが誰のことなのかも、ちょっと見当がつかない」

 そうして、いつしか食事も終わり、そろそろ「お開き」の時間となります。

 クロノ「さて、自分は今後、当分は〈永遠の夜明け〉を追うことになるだろう。〈ゆりかご〉の方は、引き続き『破片の回収作業』を進めさせてはいるが、初動が遅くなったせいもあって、正直なところ、状況は(かんば)しくない」
 はやて「ゆりかごの駆動炉の巨大結晶は、多分『真っ赤な正八面体』だったと思うんやけど……やっぱり、あのクリスタルも壊れてもうたんか?」
 クロノ(大きくうなずいて)「ああ、もう跡形も無いよ。(溜め息)」
 ロッサ「正八面体ということは、やはり、E‐クリスタルだったんだろうね」
 クロノ「形だけで解るものなのか?」
 ロッサ「うん。E‐クリスタルの結晶構造はダイヤモンドと同じ型だからね。研磨なしで普通に割っていけば、当然にダイヤモンドと同じ正八面体になる」
 はやて「いや。ちょぉ待ってや! 私は、E‐クリスタルの結晶は、いくら大きくてもせいぜい(こぶし)(だい)やと聞いたことがあるんやけど……」
 ロッサ「何分(なにぶん)にも、『アルハザードの民は、E‐クリスタルを自在に錬成することができた』という話だからね。一説によれば、現存するE‐クリスタルの結晶も、すべて天然の存在ではなく、〈アルハザードの民〉があちらこちらの世界で錬成した巨大結晶の『削りカス』なんだそうだよ」
 はやて(ええ……。)

 クロノ「その巨大結晶だけでも、そのまま回収できていればなあ……。リゼルめ、やってくれたものだ。……それにしても、彼女が持って来た『爆弾艦』は、あまりにも用意が周到すぎる」
 ロッサ「やはり、背景には〈三元老〉が?」
 クロノ「もし僕が動かなければ、おそらく、ミゼット統幕議長はリゼルの御座艦(ござぶね)を中心とした艦隊だけで〈ゆりかご〉を撃つつもりだったのだろう。それについても、また機会があれば彼等に問い(ただ)してみたいものだ」

 以上のような三人の会話は、公式の記録には一切残されてはいませんが……ともあれ、このようにして、〈ゆりかご事件〉は終了したのでした。


 また、10月も中旬になってから、はやては改めてナカジマ家を訪れ、師匠のゲンヤと二人きりで次のような会話をしました。
 序盤の内容は「はやて個人の進路相談」です。

【以下、10行ほどの会話文は、内容的にはStrikerSのコミックス第2巻からの抜粋です。ただし、「丸写し」は禁じ手なので、多少は省略と変更をさせていただきました。】

「今さら何をグダグダ言ってるんだよ。機動六課の解散後には、お前を引き取りたいって要望が、俺んところにまで来てるんだぜ。()()()()りだ。どこでも、好きなところを選べば良いじゃねえか」
「それなんですが……当分の間、部隊の指揮とかは、辞退しようかと思うてます」
「……おいおい。いってえ何が不満だよ?」
「いや。不満やなくて、部隊長としての失態とか力不足とか……。自分なりに落ち込んでもいるんですが、部隊指揮の夢はやっぱり捨てられませんし……どうしたら、いいもんですかねえ?」
「それなら、一度『フリーの捜査官』に戻って小規模部隊の指揮や立ち上げの協力あたりからやり直してけばいいんじゃねえのか? 人間ってのは、結局のところ、責任を背負って経験して、成功と失敗からひとつひとつ学んでいくしかねえんだよ」

 そして、本題の進路相談が終わった後も、「余談」は長々と続きました。いつの間にか、はやてもゲンヤも少しお酒が入って、口が軽くなっています。(笑)

「そう言えば、師匠。師匠が局に入る時には、ご家族から随分と反対されたように聞きましたが、それはまた何故(なんで)やったんですか?」
「日本人ってのは、大半が小柄で黒髪なんだろう? 俺は体格も髪の色も全く親に似ていなかったから、最初から鬼子(おにご)あつかいでなあ。カワハラの爺さんと婆さんが(あいだ)に入ってくれなかったら、俺の両親はきっと離婚していただろうさ」
「その、カワハラというのは?」
「ああ。地球系移民の取りまとめ役をしていた老夫婦さ。まあ、事実上の村長みてえなもんだな。……で、俺が浮気の産物でないことは、じきにDNA鑑定で証明できたんだが、その後しばらく、俺の両親は仲が悪かったそうだ。とか言いつつ、それからまた何年かしたら、父親そっくりの弟が生まれてるんだけどな。(やや下卑た笑い)
 まあ、そんな訳で、俺は物心つく前から両親に(うと)まれ、ほとんど上の姉貴に育てられたも同然だったんだが、その姉貴も俺が10歳の時、18歳でカワハラ家に嫁いだ。それ以来、俺自身はもう早く故郷を離れてえ気持ちで一杯だったんだよ。
 あと、アラミィでは漁業権だか何だかの問題で、昔から管理局は不人気でなあ。地球からの移民も大半は漁民だったから、俺も『裏切り者』のような扱いだった。それで、配属先は三択だったが、わざとアラミィからは最も遠く離れたエルセアを選んだのさ」

「そう言えば、クイントさんも、エルセアの出身でしたか?」
「パリアーニ家は、古いミッド貴族の家柄で、エルセアでは名の通った名家だよ。クイントの父方伯母のローナはあの『ラヴィノール本家』に嫁いだぐらいだから……ああ。ラヴィノール家ってのは、エルセアでは今も随一の名家なんだけどな。
 そのローナ・パリアーニさんには兄と弟が一人ずついた。クイントの父ラウロはその弟の方で、兄の方が本家を継いだから、今では分家筋という扱いだが、それでも、幾つもの会社を持っている資産家だ。
 今はギンガとスバルが片方ずつ使っている〈リボルバーナックル〉も、元を正せば、そのラウロさんが、娘の就職祝いにデタラメな金額を()ぎ込んで造らせた、58年当時は『まだ実用化されたばかりの超高級品』だった第四世代デバイスだ。
 もちろん、中身はあれから何度もアップデートしてはいるんだろうが、それにしても、『17年も前のD-デバイスが今も現役』ってのは、冷静に考えると、かなりとんでもねえ話だよな。当時、一体どれほどの金を注ぎ込んだのやら。
 まあ、家格ってのは、単なる経済力で決まるものでもねえんだが、それでも、クイントは本来、俺なんかとは全く家格が釣り合ってねえ」

「じゃあ、一体どうやって口説き落としたんですか? (とし)もだいぶ離れていたと聞きましたけど。(ニヤニヤ)」
「俺もあまり他人(ひと)のことは言えねえが、クイントの親父(おやじ)さんも、お姉ちゃんっ子でなあ。そのローナさんが嫁いだ翌年だか、翌々年だかに、彼女の『中等科と高等科での親友』だったカーラ・ロヴェーレさんと結婚した。
 四歳も年上で、しかも、まるっきり普通の家柄の出身だ。長男の方がすでに他の名家から嫁さんを貰って家督を継いでいたから、御両親も末っ子のラウロさんには甘かったんだろうな。
 クイントは、そのカーラさんが四十を過ぎてからようやく生まれた女の子だ。それまでは、四人続けて男の子だった」
「五人兄妹とは、また……」
「ああ。性格は『(あね)さん気質』だが、実は、五人目で末っ子だったんだよ。ただし、その兄たちは、四人とも魔力がほとんど無く、(とし)がちょっと離れていたせいもあって、クイントとは昔からあまり付き合いが無かったらしい。
 と言うか、クイントは、兄たちからは少しばかり(うと)まれていたのかもな。本人はよく『自分は「事実上の一人っ子」だった』とか言っていたよ」

「そう言えば、『クイント』は、古いミッド語で『五番目』の意味でしたか? なんや、エルセアの方には、変わった名前の人が多いような気がするんですが……」
「昔のミッドでは、一部に『その子の本名はミドルネームにして、その子の綽名(あだな)の方をファーストネームにする』という風習があったんだよ。当時は、ファーストネームのことを『捨て名』とも呼んでいたんだけどな。これは生まれた時に『ごく適当に』つけた名前で、5歳か6歳になってから、ようやくミドルネームとして本名を付けていたんだそうだ。まあ、乳幼児死亡率がべらぼうに高かった時代の()()りだったんだろうなあ」

【実のところ、「ヒトと言う生物種」は、近代的な医療が無ければ、『新生児の半分ぐらいは満5年以内に死亡して当たり前』という脆弱(ぜいじゃく)な生き物で、だからこそ、昔の女性たちは皆、人口規模を維持するためには、一生のうちに五人も六人も子供を産まざるを得なかったのです。】

「しかし、旧暦の初期に戸籍法が整備されると、それ以降はもう『5歳や6歳になってから、新たに名前を付け加える』なんてことはできなくなったからな。それで、大半の土地では、そうした風習も(すた)れていったんだが、エルセアを始めとするごく一部の地方では、たまたまそれが生き残ったのさ」
「じゃあ、クイントさんには、別に『本名』があったんですね?」
「ああ。クイントの戸籍上のフルネームは、『クイント・パトリツィア・パリアーニ』だ。ただ、本人はその『いかにも貴族っぽい』ミドルネームがあまり好きじゃなかったらしくてなあ。俺も、初対面でいきなり『どうぞ、私のことは、パトリツィアではなく、クイントと呼んでください』と言われたよ」

「具体的には、どんな人やったんですか?」
「クイントも『親には似ていない子供』だったが、俺とは違って、両親からは大変に愛されて育った。クイントは小さい頃から体も丈夫で、魔法の才能にも恵まれ、わずかな魔力しかない両親からすれば本当に『(もと)貴族として』自慢の娘だったそうだ。
 15歳の時には、IMCSの都市本戦とやらで優勝したこともある。俺はその方面には詳しくないんだが、出場資格は19歳までだと言うからな。当然、年長者の方が有利で、『15歳での優勝』は今もなお破られていない最年少記録なんだそうだ。
 で、その時に好敵手だったのが、メガーヌ・ディガルヴィ・アルピーノ。あの小さなお嬢ちゃんの母親だよ。……まさか、彼女が生きていたとはなあ。これで、早く昏睡から()めてくれれば、もう何も言うことは無いんだが」
「なんや。師匠、知り合いやったんですか?(吃驚)」
「ああ。もちろん、知り合いだよ。メガーヌは、俺たちの結婚式にも出てくれたし、その二年後には、俺たち夫婦も彼女の結婚式に呼ばれて、クイントがスピーチをした。
 あのお嬢ちゃんも、今月中には『どこか遠い無人世界での、極めて厳重な保護観察処分』になるだろうと聞いたが……それって、もうほとんど「流刑」みてえなもんだよなあ。なるべく刑期は短くなってほしいと願っているよ。もしも他に適任者がいねえようなら、俺があのお嬢ちゃんの保護責任者や法的後見人になっても良い」
「実のところ、私も、その役は考えとりました」

「ところで、さっきの質問には、まだ答えてもらえてないみたいなんですが。(笑)」
「チッ、(おぼ)えてやがったか。(笑)……まあ、名家ってのは、どこも考え方が古くて、いまだに『結婚は子を成すため。女の価値は元気な子供を何人産んだかで決まる』みてえなところがあってなあ。だから、クイントも、自分が『遺伝子の異常による先天的な卵巣の機能不全』で子供は望めない体だと知った時には、かなり絶望的な気持ちに陥ったらしい。
 それで……当時すでに、クイントの兄たちは四人とも、それぞれに名家から妻を迎えていたことだし……両親もクイント自身も、いつしか『結婚相手は、本当に愛し合える相手ならば、家格など気にしない』という心境に到ったんだろうなあ。
 60年の夏のことだったかな。当時、俺の上司だった部隊長からの紹介で、俺は初めてクイントと『お見合い』をしたんだが……実は、部隊長の奥さんは、カーラさんの実妹。つまり、クイントの母方叔母だったんだよ」

「なんや、割と『狭い世間』での話やったんですね」
「うむ。ところが、その『お見合い』の席で、どういう訳か、俺はクイントから随分と気に入られてなあ。あとはトントン拍子に話が進んで、こちらからは特に口をはさむまでも無く、翌61年には結婚という運びになった」
「なんや。師匠の側から『熱烈に口説き落とした』とかいう訳や無かったんですね?(ジト目)」
「お前、この俺に、そんな器用なコトができるなんて、本気で思ってたのかよ。(照れ笑い)」
 ゲンヤは堂々と「開き直ったようなこと」を言い、はやてもこれには思わず声を上げて笑ってしまいました。
 それで、はやてはゲンヤの言葉をそのまま()に受けてしまったのですが……どうやら、正直者のゲンヤにも「隠しておきたいコト」の一つや二つはあったようです。

 ゲンヤは61年にクイントと結婚した後、64年にはギンガとスバルを養女に迎え、67年には愛妻クイントに先立たれ、71年には例の「空港火災事件」に遭遇しました。両親が危篤(きとく)という最悪のタイミングで、この事件の事後処理に追われてしまったため、彼は結局、「親の死に目」どころか、葬儀にすら間に合いませんでした。
 それ以来、アラミィの実家とは、ほとんど縁が切れてしまっています。
 はやても、その(あた)りの事情については、ちらっと耳にしたことがありました。
そこで、はやてはひとしきりゲンヤとともに笑った後、話がその方向へは進まないように、話題を切り替えることにします。
 その際、とっさに思いついたのが、「ナンバーズ更生組」の話でした。

「さて、オチがついたところで、話は変わりますが(笑)……なんや、海上隔離施設に入った戦闘機人は、七人とも師匠とギンガにはよぉ(なつ)いとるみたいですなあ」
「ああ。実を言うと、あの双子だけは無表情なまま一言も喋らねえから、本当に懐いてくれてるのかどうか、今イチよく解らねえんだけどな……」
 ゲンヤはそこで少し間を置いてから、言葉を続けました。
「ところで、あの子たちの処分はどうなるんだ? お前、上層部(うえ)の方から何か聞いてねえか?」
「多分、ただの保護観察処分では済まないでしょう。おそらくは、『拘留と厳重監視』といったところやと思います。問題はその期間ですが……」
「なあ。あの子たちは、俺が引き取るって訳にはいかねえのかな?」
「全員ですか?!」
「いや。この『官舎』の広さから考えても、全員はちょっと無理だろう。それでも……依怙贔屓(えこひいき)は良くねえと解ってはいるんだが……できれば、あのノーヴェって子だけでも、何とかウチで引き取りたい。クイントの改造クローンと聞いては、俺としても放ってはおけねえんだよ」
 はやてとしても、確かに、その気持ちは解らないでもありません。

「実は、聖王教会の方でも、『少なくとも、セインだけは当方で引き取りたい』と言っておりまして……。と言うのも、彼女はちょっと特殊なISの持ち主で、もし彼女がその能力を使って悪さを始めたら、それを止められるのは、基本的には『同じようなISの持ち主』だけなんですよ。
 それと、あの双子も、培養時に『余剰要素排斥』という特殊な措置(そち)(ほどこ)されているので、感情的な要素がまだほとんど育っていません。それで、教会側は『あの双子を今から一般の家庭で育てるのは、かなり無理があるだろうから、できれば彼女らも当方で』とか言うとります」
「それじゃあ、他の四人については、もしも他に引き取り手がいねえようなら、優先的に俺の方へ回してやってくれねえか? あと四人ぐらいまでなら、この官舎でもなんとかなるだろう」
「解りました。決して、私に何か決定権がある訳ではないんですが……その線で、上層部(うえ)の方にはひとつ『提言』をしておきましょう」

 そこから先は、酒の話になりました。実は、はやてもゲンヤも、結構な「酒好き」なのです。
 日本には、同じ(たる)の中で『デンプンの糖化と糖のアルコール発酵を同時進行させる』という「並行複発酵」の技術があるので、米のデンプンから直接に酒を造ることができるのですが、ミッドチルダには、何故か昔からその技術がありませんでした。
 そのため、ミッドチルダの南岸部では、米を主食としているにもかかわらず、酒と言えば伝統的にもっぱら果実酒なのです。当然に、米もそのまま()いて食べるための品種ばかりで、酒にするための品種改良など昔から全く(おこ)なわれていません。
(昔の地球からの移民も大半は漁民だったので、誰も「日本酒造りの技術」など(たずさ)えて来てはいませんでした。)
 そこで、はやてはゲンヤに『今度、地球へ行ったら、土産(みやげ)に純米酒を買って帰って来る』ことを約束しました。
 そして、はやては帰り際に、もうひとつだけゲンヤに訊いておくことにします。

「ところで、また話は変わりますが……。一体どんな経緯(いきさつ)で、アラミィ地方のヴィナーロ市の東側に『地球人街』が築かれたんですか?」
「済まんが、その経緯(いきさつ)については、俺もよく知らねえんだ。実は、俺も昔、少し気になって調べてみたことがあるんだが、どうやら、何か『第一級の特秘事項』が(から)んでいるらしくて、いくら調べても何も出て来ねえ。移民それ自体はもう60年も前のことだが、故郷は『日本の敷浜(しきはま)市』だと聞いたことがある」
「なんや、私の故郷の海鳴市から川を(はさ)んですぐ(となり)やないですか」
「そうなのか。俺はこっちの生まれだから、地球の地理には(うと)くってなあ」
「同じ県内で東から順に、敷浜市、海鳴市、遠見市。狭い島国のことですから、面積だけで()うたら、三つ合わせても、ミッドで言う一つの『地区』に収まってしまうような広さですよ」
「そう言えば、俺がまだガキの頃、カワハラの爺さんが、管理局に対して『命を救ってくれたこと自体には感謝している』とか何とか言っていた。日本ってのは、噴火や地震や津波や台風がやたらと多い土地なんだろう? その被災者か何かだったんじゃねえのか?」

 しかし、敷浜市で大きな被害が出たのなら、隣の海鳴市にも多少は被害が及んでいたはずです。
 はやても、その日の会話はそこまでにしてナカジマ家を(あと)にしたのですが、この疑問は、彼女の心の奥で長らく(くすぶ)り続けたのでした。


 

 

【第7節】新暦75年の11月と12月の出来事。



そして、新暦75年11月の上旬、リンディは昨年の7月に「三元老とお茶会」をして以来、また久しぶりに〈本局〉を訪れました。直接の上司らに会う前に、事前に少し話をつけておきたくて、先に親友であるレティ提督のオフィスに立ち寄ります。
 すると、約束の時間よりも少し早かったせいか、レティはまだ人事チェックの最中でした。
「ああ。もう少しだけ待っててくれる? この子で最後だから」

【以下、数行の会話文は、再び「StrikerSのコミックス第2巻からの抜粋」に少し変更を加えたものとなります。】

「ティアナ・ランスター二等陸士、16歳で執務官補佐の考査試験を満点合格か。……なるほどね。これは、なかなかいい人材に育ちそうだわ」
「レティ。随分と嬉しそうね」
「そりゃまあ、若くて働き者の執務官が増えてくれれば、人事部としても、局全体としても助かるからね」
(以下、略)

「ところで、リンディ。今日はどうしてわざわざ〈本局〉に?」
「実は、正式に『転属願』を出そうと思ってね」
「ようやく、あの管理外世界を離れて、〈本局〉へ戻って来る気になった?」
「いえ。むしろ『現地駐在員』になって、本格的に地球に居着こうかと思っているんだけど」
「えええええ?!」
 ちなみに、現地駐在員とは『何かしら問題のある「管理外世界」に駐在して、現地の住民の間に溶け込み、その世界の人々には正体を知られないようにしながら、その世界の監視と〈本局〉への報告を続ける』という「大切だけれど、とても地味な役職」です。
「ちょっと待って! アレって、確か……その世界で生まれ育った人物を採用するのが『大原則』だったんじゃないの?」
 レティは自分の記憶を確認するため、正面モニターで素早く「駐在員資格に関する局の規定」を検索します。

「うん。確かに、第一原則は、そのとおりなんだけどね。でも、それだけだと、『接触禁止世界には駐在員を置くことができない』という話になってしまうから、別の原則も幾つか認められているのよ」
「ああ、この条文ね。……第二原則:その世界に通算で5年以上、生活した実績があること」
「うん。私は今年でもう10年目。(ニッコリ)」
「いや。でも! ……ここには、『ただし、局の学芸員の資格が必要』とか書いてあるわよ?」
「うん。だから……今まで内緒にしていて悪かったけど……実は、私、その資格はもうこっそりと取ってあるのよ」
 レティは驚きながらも、モニターに「リンディ・ハラオウンの個人データ:取得資格一覧」を表示しました。
「ああっ! ホントだ。一体いつの間に?」
「年2回ある試験だから……四年前の春だったかしら?」
「四年前って……まだクロノ君の子供も生まれてない頃の話じゃないの。あなた、そんな頃から、こんなコト、考えてたの?」
「うん。さほどツブシの()く資格じゃないから、試験もさほど難しいものじゃないし。そのうちに、アルフにも同じ資格を取って正式に補佐についてもらうつもりよ」

 レティはひとつ深々と溜め息をついてから、(あきら)め顔でこう(こた)えました。
「解ったわ。あの管理外世界の、一体何があなたをそこまで()きつけているのかは、よく解らないけど、取りあえず、あなたの決意が固いことだけはよく解った」
(やっぱり、クライドさんの(かたき)が討てた時点で、何かが燃え尽きてしまったのかしら?)
 クライドが〈闇の書〉の犠牲になってから、リンディがどれほど真剣に生きて来たか、レティはよく知っています。だからこそ、そんな「誤解」をしてしまったのでしょう。
 リンディの心の奥には、今はまだ他人(ひと)には上手く言えない「ひとつの懸念」が深く根を()ろしていたのでした。(←重要)

 そして、同日、リンディは上司に「転属願」を提出し、上司からの慰留(いりゅう)の言葉をやんわりとした口調で(しかし、断固として)退け、その転属願を受理させてから地球に戻りました。
【そして、翌12月、リンディは辞令を受けて、正式に〈外97地球〉の「現地駐在員」となったのでした。】


 また、同11月上旬、ちょうどリンディが地球に戻った翌日のことです。
〈本局〉の医療部では、ちょっとした「事件」がありました。67年の「戦闘機人事件」以来、丸8年あまりに(わた)って昏睡を続けていたメガーヌ准尉が「全く偶然にも」意識を回復したのです。
 彼女は『戦闘機人事件で殉職したのではないか?』と疑われていたため、9月にミッド地上で、スカリエッティのアジトから身体的には無傷のまま(ただし、昏睡状態で)発見されただけでも、ゲンヤなど「昔の彼女を知る者たち」にとっては朗報でした。
 あの日、メガーヌと三名の男性陸士が昏睡状態のまま、クロノ提督の艦隊に護送された医療船で〈本局〉へと移送された後、医療部の面々はこの四人を目覚めさせるために、いろいろと手を尽くして来たのですが……実のところ、今回のメガーヌの覚醒はその尽力の結果と言うよりも、むしろ原因不明の「単なる偶然」です。
 医師たちにも「覚醒の原因」を特定することが全くできなかったため、残る三人の陸士たちは、なおも昏睡を続ける結果となりました。

メガーヌ・アルピーノ准尉(戸籍上、35歳)は、まずは一連の事情聴取を済ませた後、『自分が昏睡していた間に何があったのか』をひととおり聞かされました。『あれからすぐに夫や両親たちも殺されていた』というのは大変に悲しいことでしたが、当時まだ2歳だった娘が生きていてくれたことは、せめてもの幸いでした。
 また、夫セルジオが8年前に、自分の死亡通知に対して「不服申し立て」を行なってくれていたので、局の方でもメガーヌはまだ「生存と推定」されていました。そのおかげで、夫や両親たちの遺産はすべて彼女が単独で相続した形になっており、凍結を解除された自分の口座を確認してみると、そこにはすでに「自分一人だけなら一生(いっしょう)遊んで暮らせるほどの金額」がありました。
 さらには『リンカーコアが損壊しているため、もう魔法は全く使えない体になっている』という事実を知らされると、メガーヌは自主的に管理局を退役し、『第二の人生は娘とともに、もっぱら娘のために生きてゆこう』と決意を固めます。
(メガーヌは事前に、『娘が自分の覚醒をエサとして、悪党どもの悪事に協力させられていた』と聞いていたのですから、『自分は感謝と贖罪(しょくざい)の意識を持って娘を最大限に愛してゆくべきだ』と考えたのも当然のことでしょう。)

 一方、現在の管理局の技術では「ルーテシアのリンカーコアから、もう何年も前に融合を遂げたレリックを今さら分離すること」が全くできなかったので、ルーテシアは管理局の〈上層部〉から危険視され、「極めて厳重な保護観察」のために「魔力の厳重リミッター処置と辺境の無人世界への隔離」という処分になり、ミッドの海上隔離施設から〈無34マウクラン〉へと移送されることになりました。
 そして、メガーヌは自分のリハビリを続けながらも、みずからルーテシアの保護責任者となり、管理局からは「障害年金」も受け取りつつ、マウクランで母娘(おやこ)二人きりの「ごく(つま)しい生活」を始めることになります。
(なお、ルーテシアの法的後見人は八神はやて二佐であり、はやては同時に、他には行き場の無くなったアギトを八神家の一員として引き取りました。)

【当初、ルーテシアの隔離期間は「暫定的に10年」とされていましたが、実際には、ルーテシアが非常に模範的な態度を示し続けたため、わずか2年後には「ごく軽い保護観察処分」に切り替えられ、77年の11月に、ルーテシアは管理局の許可を得て、メガーヌとともに〈無2カルナージ〉へと転居しました。
 その時点で、ルーテシアは管理局の「嘱託魔導師」になりましたが、保護観察処分そのものは、さらに2年間、新暦79年の11月まで続くこととなります。
(カルナージに移った時期が「SSX」の設定とは、やや異なりますが、この作品では、この設定で行きます。)】

 一方、同11月に、戦闘機人姉妹の7人も正式に「拘留と厳重監視」の処分を受けて、セインとオットーとディードの三人は聖王教会本部へ、あとの四人はナカジマ家へと引き取られました。
 この段階で、チンク、ディエチ、ノーヴェ、ウェンディの四人は、法的には正式にゲンヤの養女となった訳ですが、まだ当面は「拘留施設のような」(りょう)での生活を命ぜられ、翌76年の11月まで丸一年間は『ナカジマ家に帰って良いのは、特別休暇を認められた時だけ』という扱いを受けることになりました。

【これも、「SSX」の設定とはやや食い違っており、「SSX」では78年6月の段階でも、ナカジマ家の四人組はまだ基本的には「海上保護施設」の方で生活しているようなのですが……それだと、『ノーヴェは一体いつからヴィヴィオにストライクアーツを教え始めたのか?』という話になってしまうので、取りあえず、この作品では上記のような設定で行きます。】


 そして、同年の12月上旬、三元老は「9月19日の非常事態宣言」以来、それぞれに多忙な日々を送って来ましたが、今日は久しぶりにゆっくりと三人だけで「仕事以外の話」をする時間を持つことができました。
 リナルドはすでに「局史編纂室」に引き(こも)っているので、新たに専属の「御世話役」となったメイド姿の女性たちが、三人の着席したテーブルに「茶菓子とグラス入りのお茶」を出して、三人の指示どおりに退室します。
「それでは、まず『前時代の遺物』を正しく排除できたことに、乾杯!」
 ミゼットがグラスを目線の高さまで持ち上げてそう言うと、ラルゴとレオーネもそれに合わせました。もちろん、ここで言う「前時代の遺物」とは、「三脳髄」と〈ゆりかご〉のことです。
「いや。それにしても、『思ったことをそのまま口にできる』というのは、本当に素晴らしいことぢゃなあ」
 ラルゴは、実にしみじみとした口調で胸の内を吐き出しました。これには、ミゼットとレオーネも大きくうなずきます。

「欲を言えば、乾杯する時ぐらいは、酒を出してほしいものぢゃが」
 ラルゴはつい調子に乗ってそう続けましたが、今度は二人とも同意してはくれませんでした。
「あなた、もう何十年も前に、お酒は禁止されたはずよね?(呆れ顔)」
「酒は体のキレを鈍らせるからな。あんなものは、できるなら『生涯、一滴も飲まずに済ませる』に越したことは無いのだ」
 (もと)格闘系魔導師は、さすがに言うことが違います。
「お前は、本当につまらん男ぢゃなあ」
 ラルゴはわざとらしく、大きな溜め息をついてみせました。
「まあ……立場上、健康に気を(つか)わねばならんのは、確かぢゃが……」
 三人ともすでに九十代で、実のところ、それぞれに何かしら健康上の問題を(かか)えていました。それでも、少なくとも管理局が全体として「非常事態宣言」を続けている間は、最高責任者としてまだ倒れる訳にはいきません。

 レオーネ「正直なところ、私たちも、もう長くは()たないのだろうな」
 ミゼット「ええ。あと一年ぐらいのうちに、全部、ケリをつけましょう」
 レオーネ(溜め息まじりに)「もう少し、時間に余裕があればなあ」
 ラルゴ「では、いっそのこと、我々も脳髄だけの姿になって……。冗談ぢゃよ」
 レオーネ「お(ぬし)の冗談は笑えんわ!(怒)」

 そこで、ミゼットは不意に、グラスをまた目線の高さに(かか)げてこう言いました。
「心は水、体は(うつわ)のようなモノだと、私は思うの。このお茶が今、円筒の形をしているのは、円筒形のグラスの中に入っているから」
「それは、つまり、我々は『人間らしい体』を失えば、いずれは当然に『人間らしい心』をも失うことになる、という意味(こと)か?」
「あくまでも、『私はそう思う』というだけの話よ」
「しかし、こればかりは、『仮説を検証するために実験をしてみる』という訳にも行かんなあ」
「ところで、あの三人は一体どこで実験をしたんぢゃ? あの時代の技術力を考えれば、自分たち自身にあんなヤバい処置を『ぶっつけ本番で』施したとは、とても思えんのぢゃが……調べてみても、ミッド地上には、あの種の実験をした痕跡がまるで見当たらん」
「では、どこか別の世界で、ということかしら?」

「それに、もし本当にミゼットの言うとおりぢゃとすると、三脳髄どもの『記憶転写クローン』という構想には元々無理があった、ということにはならんか?」
「だからこそ、〈プロジェクトF〉への資金投入は早期に打ち切られた、と?」
「うむ。そもそも、『小児(こども)肉体(からだ)』に『大人(おとな)意識(こころ)』を収めるというのは、『技術的に』と言う以前に、果たして『原理的に』可能なのか? より小さな器の中により大きな中身を詰め込んだら……普通は、中身が(あふ)れ出してしまうか、器が壊れてしまうかの、どちらかぢゃろう?」
「単なるデータであれば、圧縮することもできるんでしょうけどねえ」

 レオーネ「ああ。そう言えば、思い出したよ。あれは、確か……新暦14年のことだったかな。当時の管理局総代は第4代ノザルディン・ヴィスタクードで、ミッド人としては(はつ)の総代だったのだが、彼が地元のアンクレス地方で何かのパーティーを主催した時に、私はその頃、彼の直属の部下だったので、それに付き合わされたのだ。
 その席には、確か、ゼブレニオやグロッセウス卿の姿もあったと思うのだが……ともあれ、私はその席で『古代ベルカの王族の末裔で、祖先の「記憶」を継承している』という若者に会って少し話をしたことがある。確か……名前はニコラス・ストラトス。当時、23歳だと言っていたから、私よりちょうど10歳年下だな」
 ラルゴ「記憶継承者! 噂には聞いたことがあったが、今も実在しておったのか?」
 レオーネ「うむ。その人物が言うには、彼が継承した記憶の本来の持ち主は『聖王戦争の時代に30歳で戦死した王』だったのだが、彼が12歳になって初めてその記憶を継承した時には、その王の『晩年の記憶』は、まだ上手く思い出すことができなかったのだそうだ。
 確か、『死の直前まできちんと思い出せるようになったのは、つい最近のこと。二十歳(はたち)を過ぎてからのことだった』と、彼は妙に悲しげな表情で語っていたよ」

 ミゼット「12歳なら、脳の重量それ自体は、もう大人(おとな)と変わらないはずだけど……。やっぱり、『単なる脳の容量の問題では無い』ということなのかしら?」
 ラルゴ「容量ではなく機能に関して言えば、脳が完成するのは25歳前後だという話もあるぞ」
 レオーネ「そう考えると、小児(こども)のうちは無意識領域に圧縮して保存しておいたデータを、大人になってからようやく展開できるようになった、ということなのかも知れんな」

 ミゼット「ところで、その人物は何をしている人だったの? と言うか、どういう身分でそのパーティーに出席していたの? 管理局員としては、あまり聞いたことが無い名前のような気がするのだけれど?」
 レオーネ「彼自身は『本業は格闘家です』などと言っていたが、おそらく、実際には護衛業者の(たぐい)だったのだろうね。あの時も、確か……マルデルとかいう名前の、まだ二十代と(おぼ)しき美女を護衛していたよ」
 ラルゴ「それで? そのニコラスとかいう男は、今は何処(どこ)で何をしておるんぢゃ?」
 レオーネ「四年前に、例の空港火災事件に巻き込まれて傷を負い、その後、しばらくしてから死んだと聞いている」
 ラルゴ「それは残念ぢゃな。今も生きておれば、『自分の中に他人の記憶がある』というのは、一体どういう感じなのか、一度は訊いてみたいものだと思うておったのぢゃが」

 そうして、いろいろな事柄をひとしきり話し合った後、ミゼットはまた不意に新たな話題を振りました。
「ところで、来年の話なんだけど……」
 新暦76年は、ミッド旧暦465年(前75年)に初めて〈時空管理局〉が創設されてから、ちょうど150年になります。
 そのため、以前にも「管理局創設150周年記念祭」を実施しようという意見はあったのですが、シミュレーションでは費用対効果があまり良くなかったので、以来、『特に実施しなくても良いのでは?』という方向に話が進んでいました。
 しかし、三人はここでよく話し合った結果、これまでの流れを変えて、やはり「記念祭」を実施することにしました。『皆々の気分が沈んでいる時にこそ、「祝祭」が必要だ』と考えたのです。
 そこで、急遽(きゅうきょ)、特別予算が編成され、以後、多くの管理局員らが『待ってました!』とばかりに急ピッチでその準備を進めていったのでした。


 一方、機動六課の仮設の隊舎では、同年12月の下旬に、地球で言う「忘年会」のような「年末のパーティー」が催されたのですが……。
 その席で、ザフィーラは、唐突に皆々の目の前で(用意された御馳走を食べるために?)人間の姿に変身しました。

 ティアナ「ええ……。あれ、ザフィーラだったの……。(ガックリ)」
 ザフィーラ「済まんな、ティアナ。お前があの時の『ティーダの妹』だということは、一目見て解ってはいたんだが……何と言うか、話を切り出すタイミングを(のが)してしまった」
 スバル(何故か、とても嬉しそうな表情で)「ティアナは訓練校時代に『出す当ての無い手紙』とかも、いっぱい書いていたんだよ」
 ティアナ「そういうことは、ペラペラ(しゃべ)らなくていいのよ!(怒)」
 キャロ「あ……。そう言えば、私、ザフィーラをモフりながら、独り言のつもりで、いろいろと恥ずかしいコトまで喋っちゃったような気がするんだけど……」
 スバル「え? ちょっと待って! それ、私も……」
 ザフィーラ「二人とも、安心しろ。あれらは、すべて忘れた、ということにしておいてやる」
 キャロ「それって、ホントは忘れてない、って意味だよね!?」
 エリオ「(小声で)良かった~。ボクは、独り言の相手がフリードで」
 スバルとキャロ(声を合わせて)「「この裏切り者~!」」
 エリオ「ええ……。いや。突然そんなコト言われても……」
 ティアナ(何故この子は馬鹿正直に声に出して言ってしまうのだろう? そんなの、黙っていれば、二人とも気づかないのに……。)


 さて、思い起こせば、この年の9月には、〈最高評議会〉の三人組という〈(かげ)の支配者たち〉が唐突に「姿を消して」しまった結果、管理局の内部では相当な混乱が起きていました。
 その日、ミッド地上本部では「総指令官」だったレジアス・ゲイズ中将が「謎の急死」を遂げ、〈本局〉でもやはり「管理局総代」だったイストラ・ペルゼスカ上級大将が「謎の自殺」を遂げています。心臓の発作とか、心神の耗弱(こうじゃく)といった「一応の説明」はありましたが、どちらもあまり説得力のある説明には聞こえません。
『大きな事件の(かげ)で、自分たちの(あずか)り知らぬトコロで、何かはよく解らないけど、「何か重大なコト」が起きている!』
 当時、多くの局員がそんな「根拠のない感覚」に襲われましたが、当然ながら、局の〈上層部〉からは何の追加説明もありません。
 それで、機動六課やクロノ提督らの活躍によって〈ゆりかご〉の脅威が去り、一般市民の生活は平穏を取り戻したにもかかわらず、管理局の内部では「何か得体の知れない不安」が蔓延(まんえん)してしまっていました。

 そんな中で、長らく「ただのお飾り」と化していた「伝説の三提督」が、唐突に昔ながらの指導力を発揮しました。
 今にして思えば、彼等はもうずっと以前から、『いつの日か、もしも、あの三脳髄がいなくなったら、その時には、こういった制度改革をしよう』という腹案を(こころ)(ひそ)かに(かか)え続けていたのでしょう。
 そう考えなければ説明がつかないほどの素早さで、彼等は(本当に秘密にすべき事柄に関しては、巧妙にそれを隠しながら)状況を的確に説明して人心の混乱を鎮め、とうの昔に(表向きは)「形だけの存在」と化していた〈最高評議会制度〉を正式に廃止し、新たに〈中央評議会制度〉を立ち上げて、一連の法改正をも速やかに断行しました。

【中央評議会とは、時空管理局の新たな「最高意思決定機関」であり、実体としては、「総代」を議長として中将以上の将官によってのみ構成された「三十人議会」です。
「総代」の引退に際しては、大将たちの中から次代の「上級大将」を選出する権限を持ちますが、無論、「中将以上の将官」の全員が「評議員」になれる訳ではありません。】

 ミゼットたち〈三元老〉は「形式的に」認められていた自分たちの権限を最大限に活用して精力的にさまざまな「表向きの」制度改革を進める一方で、その裏では『最高評議会の三人が三脳髄と化して、実はつい最近まで生きていた』という事実を徹底的に隠蔽(いんぺい)し、その事実の痕跡を完璧なまでに抹消していきました。
 三脳髄が(ひそ)んでいた、パドマーレ郊外にある「極秘の施設」を丸ごと取り壊した後、不透明な資金の流れを追って、彼等の息がかかった秘密の研究施設などを漏れなく特定し、それらもすべて組織ごと解体し、それらの施設で研究されていた内容も一旦はすべて封印し、『自分たちの研究が何に利用されているのか』など全く知らないままに働いていた研究員たちを、それぞれバラバラに別の部署へと転属させたのです。
【新暦75年の〈JS事件〉の後に、局の内部でさまざまな改革が進んだことに関しては、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ04」や「SSX」を御参照ください。】

 こうして、ミゼットたちは予定どおり、76年のうちに大半の問題にケリをつけたのでした。


 

 

【第8節】新暦76年と77年の出来事。

 
前書き
 この節はまた年表形式になりますが、なるべく読み飛ばさない方向でお願いします。(苦笑) 

 


・新暦76年1月末日  〈無128ドルバザウム〉で、先代の長老ハドロの「10回忌」がささやかに(もよお)された。
 →しかし、ユーノはいろいろと仕事も忙しく、また、ガウルゥからも『お前は来なくて良い』と明言されていたため、最初からドルバザウムには行かなかった。

・同76年2月  エルセア地方で「歴史に残るレベル」の大規模な列車事故が起きた。
 →名門ドルガン家の老当主を始め、百名以上が死亡する大惨事となった。

・同76年3月  まだ「発掘調査に(たずさ)わる人員に限って」の話ではあるが、ベルカ世界への渡航が解禁された。

・同3月  アルフは管理局で「学芸員」の資格を取得して、正式に「現地駐在員・補佐」の職に就き、さらには「三者契約」により、リンディからも直接に魔力供給を受けることができるようになった。
【この「三者契約」については、「キャラ設定2」を御参照ください。】

・同76年4月  機動六課の解散に合わせて、なのは(20歳)は首都クラナガン旧市街の北側に隣接する「アラル市」の南東地区に私費で自宅を購入し、ヴィヴィオ(7歳)はSt.ヒルデ魔法学院の「首都圏キャンパス」の初等科に入学した。
【アラル市や「首都圏キャンパス」については、「背景設定2」を御参照ください。】

 →六課の解散後、ティアナ(17歳)はフェイト執務官の二人目の補佐官となり、スバル(16歳)は「特別救助隊」に転属。キャロ(11歳)は原隊(スプールス第五大陸の自然保護隊)に戻り、エリオもそれに同行した。
 なお、エイミィも地球を離れて正式に仕事に復帰し、まずは〈本局〉に勤務するオペレーターとなった。

・同4月  一方で、長らく三元老の「御世話役」を務めていたリナルド・アリオスティ(53歳)は、正式に「局史編纂室」という閑職に退き、これ以降は、みずから選んで「他者と接することの無い孤独な晩年」を送った。
 ただ一人、例外的に彼と親しく接触していた人物が、ザドヴァン・ペルゼスカ(41歳)であったと伝えられる。

 →同月、謹慎中のリゼル・ラッカード(37歳)は、(もと)部下のカラム・スタイロ艦長(29歳)と「電撃結婚」をした。
(いわゆる「デキ婚」だったので、この半年後には、リゼルは早くも次女パムディを出産することとなる。しかし、結果から先に言えば、今回の結婚もまた前回と同様に、二年あまりの間しか続かなかった。)

・同4月  新暦初期の〈大航海時代〉の資料が、初めて〈無限書庫〉に搬入された。
 →ミゼットたち〈三元老〉が『あれから半世紀を経て、あの時代も「歴史」になった。そろそろ「総括」が必要だろう』と判断した結果だったのだが、旧暦の時代の資料にも未整理のものがまだ大量にあり、当分は、さしものユーノもちょっと手が回らない状況が続いた。

 →一方、スクライア一族では、長老アグンゼイド(65歳)の支族が、発掘調査のためにベルカ世界に招聘(しょうへい)され、この頃から、ユーノも再びスクライア一族と連絡を取り合うようになった。
 なお、アグンゼイドの支族に所属する若者ダールヴ・スクライア(20歳)が、ユーノとの連絡役を買って出た。

【ダールヴは、初対面でいきなり『お会いできて光栄です。お噂はかねがね伺っておりました』とやや()い気味に言うと、ユーノに「両手で」握手を求めて来ました。
 聞けば、彼はベルカ系移民も多い〈管9ドナリム〉の「廃都オルバラン」の出身で、小さい頃に親兄弟を失い、しばらくは浮浪児をしていましたが、7歳の時にアグンゼイド(当時、52歳)に拾われたのだそうです。
 肌はやや色黒で、髪は黒褐色。それらの色合いは典型的な「ドナリム南方人」のものでしたが、ダールヴという名前は明らかにベルカ系のものでした。おそらくは、父方の遠い先祖がベルカ世界から脱出して来た人物だったのでしょう。
 ダールヴの体格は中肉中背で、全体的に特徴に乏しく、顔立ちも全く平凡なものでした。支族は別々ですが、同い年のせいでしょうか。昔から「ユーノの天才ぶり」は、よく聞き及んでいたようです。】

・同4月  機動六課の解散後に、はやては「少しまとまった有給休暇」を取って地球の敷浜市へ行き、昭和26年(新暦15年)当時のことを公立の図書館などで個人的に調べてみたのだが、特に自然災害のデータは出て来なかった。

【そこで、はやてはふと思いました。
『いや。そもそも、彼等が被災者やったとして、何故(なんで)それを「管理局が」救済せなアカンかったんや?』
 冷静に考えると、これはいろいろと異常(おか)しい状況です。一度、実際にアラミィ地方の地球人街へ行って、現地の人に話を聞いてみる必要があるのかも知れません。
 はやては忘れずにゲンヤへの手土産(純米酒)を買って、ミッドに帰りました。】

・同76年5月  高名な考古学者、フランツ・バールシュタイン博士(実は、ヴィクトーリアの母方伯父)が、ダールグリュン家の援助を得てベルカ世界に渡航した。
 →以後、彼は毎年のようにベルカとミッドの間を往復し、文字どおり「二つの世界で」生きてゆくことになった。

・同5月  (こよみ)では「立夏」の頃に、管理局はいよいよ「創設150周年記念祭」を始めた。
 →各世界の聖王教会も、一斉に「(はらえ)の儀式」を()(おこ)なった。表向きは、この150年で蓄積された「歴史の(よど)み」を、多少なりとも(はら)い清めるための儀式である。

【元々の予定では、『この年に「記念祭」を大々的に執り行なう』という案は、『充分な費用対効果が望めそうにない』という理由で廃案になりかけていたのですが、〈三元老〉の強い意向によって急遽(きゅうきょ)復活しました。
 今も「非常事態宣言」は継続中であり、『そうした中で局員らの士気を維持するためには、多少の「儀式」も必要だろう』という判断です。
 そして、管理局は聖王教会とも連携を取り、教会はそれを受けて、あたかも昨年の〈JS事件〉を歴史の上から丸ごと抹消しようとでもするかのように、何十個もの世界で一斉に大がかりな「(はらえ)の儀式」と「祝祭」を執り行なったのでした。
 なお、あえて言うならば、『伝説の〈ゆりかご〉が、今度こそ本当に失われた』という事実は、ベルカ系の血を引く人々にとって心情的にはそれなりに(つら)いものでもありました。彼等の気持ちとしては、こうした一連の祝祭も「伝説の〈ゆりかご〉に対する鎮魂」の意味合いを多少は帯びていたのでしょう。】

・同76年6月  ザフィーラが中心となって、八神家が地元で「八神道場」を開設した。

・同76年7月  地球のドイツでは、西暦2012年。忍(29歳)が、第二子の(しずく)を出産した。
 →一方、日本では、平成24年。美由希(28歳)が、6月に「喫茶(きっさ)翠屋(みどりや)」に来店した日仏ハーフのパティシエ、ロベール・ススム・デュラン(26歳)から唐突に求婚(プロポーズ)され、7月には彼を婿に取る形で「電撃結婚」をした。

・同76年8月  スバル(16歳)が休暇中に、「問題児」のガルバス陸曹(19歳)たちから理不尽なケンカを吹っ掛けられ、やむなく彼等全員をコテンパンにして、「ケンカ両成敗」とばかりに若干の処分を受けた。
 →この一件で、「灰色熊」の異名(いみょう)を取るガルバス・ドストーレスはキッパリと心を入れ替え、以後、実際には三歳も年下のスバルを「(あね)さん」と呼ぶようになってしまうのだが、それはまた別の物語である。

・同8月下旬  ヴァイゼンの「ゼムリス鉱山」で崩壊事故が発生。トーマ(10歳)以外の全員が死亡し、「ヴィスラス(タウン)」も廃墟となった。
 →トーマは、それが『単なる事故ではなく、意図的な虐殺だった』と確信し、以後、身を隠して偽名を名乗り、浮浪児生活を送りながらも、心ひそかに犯人への復讐を誓った。
(現地では、「トーマ・アヴェニール」もまた事故で死亡したことになっている。)

【なお、Forceのコミックス第1巻では、ヴァイゼンの「遺跡鉱山崩壊事故」が7年前の出来事として描写されていますが、新暦74年の時点で、すでに「感染者」がいたのだとすると、管理局の対応はあまりにも遅すぎます。
 しかも、それだと、『トーマは8歳の時から3年もの間、(言わば「人格の成長に関して、とても大切な時期」を)丸々、浮浪児として過ごして来た』ということになってしまいます。
ここで言う「浮浪児」の生活レベルが『具体的にどの程度のものだったか』にもよりますが……個人的な意見ですが、『そのような経歴で「あのような性格と体格」の持ち主に成長する』というのは、ちょっと不自然なのではないでしょうか。
 そこで、この作品では、『あの遺跡鉱山崩壊事故は、76年8月の出来事だった』ということにしておきます。
 そうすれば、『トーマは、以後、スバルと出逢うまで「浮浪児生活」を送ってはいたが、それはせいぜい1年たらずのことだった』ということになるからです。】

・同9月  ミウラ・リナルディ(9歳)が下校中、はやてとシャマルに勧誘されて、八神道場に入門した。
【この件に関しては、Vividのコミックス第5巻を御参照ください。】

 →翌77年の春には、アンナ・ク・ファーリエ(8歳)も同様に入門した。
【このアンナについては、「キャラ設定5」を御参照ください。】

・同76年10月  ティアナが、執務官試験に「一発合格」した。

・同76年11月  この頃から、チンクたち四人はようやく「日常的にナカジマ家で」生活することが認められた。

・同76年12月  はやてたち一行は、休暇中に「家族旅行」と称してアラミィ地方を訪れ、港町ヴィナーロの「地球人街」でそれとなく話を聞いて回ったが、「移民第一世代」の生き残りたち(全員、七、八十代の老人たち)はみな口が固く、結局のところ、「新暦15年の一件」に関しては何の情報も得られなかった。

 →翌日、ふとしたことから「地球系移民の、三世・四世」の少年少女らも通っている「抜刀術、天瞳(てんどう)流」の第一道場へ(身分を隠して)見学に行ったところ、ただ正座していただけのシグナムやザフィーラの「隙の無さ」に感心した総師範から『皆さん、首都の方から来られた方々(かたがた)でしたか。ウチの流派はクラナガンの南部にも「第四道場」を構えていますから、機会があったら、是非また覗いてみてください』と言って「紹介状」を手渡された。


・新暦77年2月  思いがけず、また同時に休暇が取れたので、はやて(21歳)はシグナムたちを連れて、実際にクラナガン南部の「天瞳流、第四道場」を訪ねた。
 →そこで、当時すでにIMCSで有名な選手となっていたミカヤ(16歳)と、ふとしたことから懇意(こんい)になり、「成り行きで」こっそりと身分を明かした。
【翌3月には、はやては、ミカヤにノーヴェを紹介したりもしました。】

・同77年3月  首都クラナガンで、小児誘拐事件が発生した。
 →犯人はすぐに逮捕されたが、スバルは、ヴィヴィオ(8歳)にも『自分の身は、自分で守れるようになってほしい』と思い、護身術のつもりで格闘の「基礎」だけを教えた。
(本来は、『一発くらわせて、すぐに逃げる』ということを教えたつもりだった。)

・同3月  ミゼットたち〈三元老〉は、わずか一年半で「その時点で可能な改革」をひととおり全部やり遂げると、最後にラプトヴォク・カルヂェティス大将(63歳)を正式に第11代の総代に任命して、速やかにすべての権限を「総代」とそれを議長とする〈中央評議会〉に委譲した上で、三人そろって正式に管理局のすべての役職から引退した。
 →こうして、「元老大権」に基づく管理局の「非常事態」は一年半で終了した。

【三元老の制度は元々、最高評議会議長オルランド・マドリガルが自分たちのために作ったものでした。だからこそ、「元老大権」などというムチャな規定があるのです。
 ミゼットたちは、ドナリム人のラプトヴォク総代たちに対して『もうこんな規定は廃止して良い』と伝えたのですが、将軍たちはみな、後世の人々から糾弾されることを怖れて、その規定の廃止を「先送り」にしました。
 結果として、ミゼットたちがこの世を去った後も、「元老大権」の規定は廃止されること無く、〈三元老〉も「制度としては」残されたのですが、実際には、それから四十年余に(わた)って、長らく空席のままとされたのでした。】

・同3月末  ハウロン・シェンドリール三佐(45歳)が異動により、エルセア地方の陸士387部隊の部隊長を退任し、代わって首都圏の陸士104部隊の部隊長に就任。家族(妻子)とともに首都圏に引っ越して来た。
 →彼の長女デュマウザ(19歳)が、ギンガの訓練校時代からの親友だったため、後に、父親同士のハウロンとゲンヤも、仲の良い「()(とも)」となった。
(とし)も近く、階級や役職も同じだったので、話もよく合ったのだろう。)

・同77年4月  スバル(17歳)が特別救助隊で、早くも「防災士長」に昇進した。
 →しかし、6月末の火災事件では、救助が「完全には」間に合わず、何人もの犠牲者を出してしまい、スバルはかなり意気消沈した。
 翌7月になると、スバルは直接の上司からも長期休暇を勧められ、また改めて一人きりで自分を鍛え直すため、ヴァイゼンにまで遠出(とおで)をした。

【機動六課が解散した後も、スバルは(ヴァイゼン生まれの)アルトと「親しい友人づきあい」をずっと続けており、今回もアルトの側から『私、これから向こうの祖父母に会いに行くんだけど、途中まで一緒にどう?』と誘われてヴァイゼンに来たのだ、という設定です。
 なお、ヴァイゼン在住の「アルトの父方の祖父母」は(アルトの父は彼等の末っ子だったので)すでに90歳に近い老齢であり、実を言うと、アルトも今回は『出先で不意に倒れてしまった』という祖父母を見舞うために、仕事の忙しい両親よりも一足先にヴァイゼンに来たのでした。
 しかし、残念ながら、同7月の末には、アルトの父方の祖父母は(あい)()いで他界してしまいました。】

・同77年4~7月  新人執務官ティアナ(18歳)が最初に担当した案件は予想外の規模の凶悪事件に発展してしまったが、彼女はそれを「独力で、あまりにも上手に」解決してしまったため、彼女は管理局の〈上層部〉から「変な形で」見込まれてしまい、以後、凶悪事件ばかりを専門的に担当させられる破目に陥ってしまう。
(これが、ゼナドリィの首都圏では今も語り継がれる〈グランヴェル事件〉である。)

・同77年7月  ミッドでは、スバル不在の折り、ノーヴェがヴィヴィオに本格的にストライクアーツを教え始めた。
(コロナがこの練習に付き合い始めるのは、翌78年度になってからのことである。)

・同7月  ヴァイゼン首都圏の北西部で、スバル(17歳)は十名余の「浮浪児」たちと出逢い、後に、彼等をまとめてミッド首都郊外の「特別養護施設」に引き取らせた。
 →トーマ(11歳)は最初、偽名を名乗っていたが、スバルがそれを察し、トーマの耳元に小声で『本当の名前は何て言うの?』とささやきかけると、トーマはぐっと涙をこらえながらも『ヴァイゼンにいる(あいだ)は言えない。父さんたちのように殺されるかも知れないから』と答えた。
 そこで、スバルは(トーマだけを引き取れば、「敵」にその動きを気取(けど)られてしまう可能性があったので)ヴァイゼンの出入国管理局に対しては無理を(とお)し、浮浪児たち全員をミッドに引き取ることにしたのである。

【原作の回想シーン(Forceのコミックス第2巻)では、『それが何年何月の出来事だったのか』について何も描写が無いのですが、スバルはその時点で、すでに「防災士長」になっています。
 彼女は、76年の春に「特別救助隊」に引き抜かれましたが、新人がいきなり士長になれるはずはありません。また、「SSX」の時点では、彼女はすでに士長になっているのですが、78年だと、〈マリアージュ事件〉と時期が重なってしまい、79年でも、今度はVividと時期が重なってしまいます。
そこで、この作品では、これを77年の出来事と考えておくことにします。
(なお、この作品では、防災士長は「下士官待遇」という設定にしておきます。)】

 →その後、スバルは全員でミッドに到着してから、改めてトーマから本名と事情を訊き出すと、今度は一人でヴァイゼンに戻り、トーマの証言に基づいて、昨年(76年)の「ゼムリス鉱山」での事故について現地陸士隊に「追加調査」を依頼した。
(そして、アルトに乞われて、彼女の祖父母の葬儀にも参列した後、アルトと二人でミッドに戻った。)

 →数か月後、追加調査の報告書はスバルの許にも送られて来たが、その内容は「トーマの証言が決して『小児(こども)の妄想』ではないこと」を強く示唆するものだった。
(ただし、その時点では、「襲撃犯の正体」については全く見当がついてはいなかった。)

・同77年8月  はやての脚、完治10周年記念。
【この件に関しては、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージM4」を御参照ください。】

・同77年9月  地球では、美由希(29歳)が第一子の美琴(みこと)を出産した。

・同77年10月上旬  エルセア地方で、クイントの「10回忌」が営まれた。
 →ギンガ(19歳)とスバル(17歳)は、初めてパリアーニ夫妻(母クイントの両親)と正式に会って話をした。
(当時すでに、クイントの父ラウロは73歳、母カーラは77歳だった。)

 →同じ頃、リゼル(38歳)は産休を終えて、まずは艦長に復職した。
(この時点で、次女パムディ・スタイロは満1歳である。)

・同10月下旬  ミゼット(98歳)ら、〈三元老〉が相次いで死去した。
 →実際の葬儀そのものは密葬となったが、管理局は以後、30年に(わた)って、節目ごとに局を挙げて彼等の身魂(みたま)を祀り続けることになる。
(結果としては、『事実上の「局葬」だったと言って過言ではない』という状況である。)

【新暦77年の3月に、三元老は三人そろって正式に、管理局のすべての役職から引退しました。もちろん、それまでも、新暦52年以降はもう長らく「ただ時おり、管理局主催の催し物などに顔を出したりするだけの名誉職」だったのですが、その春、三人はそろって、そんな名誉職すら辞して各々の小さな別宅へと引きこもったのです。
 そして……今までずっと彼等を支え続けて来た「使命感」が、達成されてしまったからでしょうか。それから間もなく、三人はまるで互いに申し合わせたかのように、揃って(やまい)(とこ)()くと、速やかに衰弱し、その秋には(あい)次いで息を引き取りました。
 まるで、『この世での自分たちの役目は、もう終わったのだ』とでも言うかのように。

 最後の半年間、三人は各々の小さな別宅に最低限の医療スタッフだけを置き、見舞い客もすべて断り、遺産相続などもすべて生前に済ませ、自分の血を引く孫や曽孫(ひまご)らにすら会うことも無く、必要以上にひっそりとした静かな日々を過ごしました。
 実際には、ミゼット・クローベルは9月(死の一か月前)になってから、ただ一人、八神はやて二佐だけを極秘裏に自分の許へ呼びつけ、彼女に「とあるモノ」を託して死んでいったのですが、その事実は「公式の記録」には一切残されてはいません。
(そして、実は、ラルゴ・キールもクロノ・ハラオウンに、レオーネ・フィルスもヴェロッサ・アコースに、同様のモノを託して死んでいったのでした。)】

・同77年11月  ルーテシアは、母メガーヌとともに〈無34マウクラン〉で極めて個人的に「父セルジオと四人の祖父母たち」の10回忌を(おこ)ない、それから、〈無2カルナージ〉に転居して、そこで正式に管理局の「嘱託魔導師」となった。
(はやてがルーテシアの法的後見人となっていた関係で、彼女はこれ以降、もっぱらはやてのために働くようになる。)

【原作では、ホテル・アルピーノなどが建っている「あの場所」がどういう立地なのか、特に説明が無いようですが、この作品では、『あの場所は、北半球の中緯度地帯にあり、「惑星カルナージにおける最大の大陸」からは遠く西方に離れた「絶海の孤島」である』という設定で行きます。
 ただし、「孤島」とは言っても、面積はそれなりに広く、ざっと1万8千平方キロメートルほどあります。
(日本で言うと、ちょうど四国ぐらいの面積です。)
 外形はほぼ南北200キロメートル、東西100キロメートルほどの「(かど)を丸めた縦長の長方形」ですが、プレート運動の関係で島の東岸部には海岸線に沿って「相当な規模の山脈」が南北に走っており、偏西風を受け止めて島内の陸地に多くの雨をもたらしています。
 島の土地は全体として東高西低で「東の山脈」から「西の海岸」に向かって、三本の大きな川がほぼ等間隔で流れており、今は、これらを仮に「北大川(きただいせん)」、「中大川(なかだいせん)」、「南大川(みなみだいせん)」と呼称することにします。

 管理局は「南海岸の中央部あたりから、北へ30キロメートルほど入った場所」に「簡易型の次元港」を設営しました。普通の次元航行船なら発着できるが、物理燃料の補給などは一切できないタイプの簡易施設です。
(最悪の想定として、ルーテシアの召喚魔法が暴走した場合には、『島ごと切り捨てて、大陸の側に対「白天王」用の防衛線を敷く』ということまで考えた上での、立地の選定でした。)
 水に恵まれた島なので、多くの土地が豊かな森に覆われており、また、山脈の中には火山もあるので、豊富な地下水はしばしば温泉となって、島の西側では自然に地上へと湧き出しています。
 なお、ホテル・アルピーノが建っているのは、簡易型の次元港からほんの3キロメートルあまり北側に入った場所で、「南大川(みなみだいせん)の中流部へと合流する支流」のほとりです。
 新暦79年の5月に、ヴィヴィオたちが「川遊び」をしていたのも、この支流です。
(この「川遊び」に関しては、Vividのコミックス第2巻を御参照ください。)
 ホテルを始めとする建築物はみな、その支流が氾濫(はんらん)しても浸水しない土地を選んで建てられているので、あの一帯は周囲に比べてやや高台になっており、そのために、ルーテシアが後に温泉を掘り当てるに際しては、少し深めに掘らなければなりませんでした。】

【なお、細かな話で恐縮ですが、この時点ではまだ、メガーヌにとってもルーテシアにとっても、カルナージはただの「現住所」であって、戸籍上の「本籍地」はミッド地上のクラムディン地方の旧住所のままになっています。
 だからこそ、ルーテシアも79年のIMCSでは、本籍がある「ミッド中央」の地区予選に参加することができたのです。
(なお、管理局の方針によって、一般に『カルナージを「本籍地」として選択すること』が認められるのは、新暦86年度からのこととなります。)】

・同77年12月  IMCSの第25回大会が終了した。
 →結果は、『初出場で「全く無名」の選手であるジークリンデ・エレミア(14歳)が、いきなり「次元世界チャンピオン」になる』という、なかなかに衝撃的なものだった。
(なお、10月の時点で、ジークリンデはクイントの「都市本戦優勝の最年少記録」を21年ぶりに塗り替えている。)

・同12月  地球では、美由希が育児に忙殺されていたため、「喫茶翠屋」は人手不足で大忙しとなった。
 →なのは(21歳)は、この年末年始にはおよそ一か月もの長期休暇を取って地球に帰省し、お店では母や義兄の手伝いを、家では姉の家事や育児の手伝いを精力的にこなした。
なのはにとっても「おむつの交換」などは、人生でほぼ初体験だったが、結果として、美琴には随分と(なつ)かれた。


 

 

【第9節】キャラ設定2: リンディ・ハラオウン。

 
前書き
 皆様もよく御存知のはずのキャラクターですが、この作品では彼女に相当な量の「独自設定」を付け加えましたので、それらをまとめて、ここで紹介しておきます。
 まず、公式の設定には「リンディの年齢」に関する記述が特に見当たらないのですが、A’sの設定資料集には、クライドは新暦54年に死去した時点で25歳だった、という記述があるので、本来ならば『彼女も夫と同じく、新暦29年の生まれである』と考えておくべきなのでしょう。
 しかしながら、諸般の事情により、この作品では、彼女は「新暦27年の生まれ」ということにしておきます。つまり、彼女は『24歳でクロノを産み、新暦65年の時点で38歳だった』という設定です。
(ちなみに、当時、士郎は37歳、桃子は33歳でした。また、これに合わせて、クライドも「新暦26年の生まれ。享年28歳」という設定に変更させていただきます。)
 

 


 元々、リンディの実家キャネリア家は「ファストラウムの中央大陸」にある首都カルナログから東へ何十キロメートルか離れたところにある「衛星都市ハリスヴァル」の郊外で代々「都市近郊型の小規模農場」を経営していました。
 リンディの曽祖父グリマスの代までは随分と羽振りも良く、グリマスはミッドで言う旧暦533年(新暦で言うと、前7年)の秋に、一人息子パルドゥス(リンディの母方祖父)の結婚を機に、『そのまま百年は()つ』と言われるほどにしっかりした造りの、小振りな木造校舎のような大きさの「総二階建てのお屋敷」を新築したほどです。
(この世界には昔から職人が多く、極めて高度な「木造建築」や「木工」の技術が、新暦30年頃までは、それぞれの土地で当たり前のように継承されていました。)

【そもそも、「ファストラウム」という単語は、現地の古い言葉で「森の国」を意味しています。
 その言葉も、元々は「中央大陸の西側に拡がる大森林地帯」を指す用語だったのですが、後に、その単語が「中央大陸全体」を指す地名と化し、さらに後の時代に「その世界(惑星)、全体」を意味する名称と化したのです。
(実のところ、その(あた)りの事情は「ミッドチルダ」と全く同様なのですが、その件については、次節の「背景設定2」を御参照ください。)】

 しかし、新暦の時代になって交通網が発達し、遠方の大規模農場から首都圏へ、大量の農産物が安価に流入するようになると、小規模農場の経営は次第に悪化し、周辺の同業者たちも次々に廃業していきました。
 そんな中、キャネリア農場もまた、経営手腕に()けたグリマスとその妻トゥアラが新暦18年に70代で揃って他界すると、経営は急速に悪化していきました。
 残念ながら、パルドゥスには両親ほどの経営手腕は無かったのです。

 しかも、同18年には、管理局と〈カラバス連合〉との三年戦争が始まり、ファストラウムでも治安は急速に悪くなって行きました。
 ファストラウムは(ヴァイゼンなどとは異なり)直接の戦禍(せんか)(さら)されることはありませんでしたが、終戦後、キャネリア農場は「地上げ屋」に目を付けられてしまったらしく、しばしば「ならず者たち」が農場の使用人を狙って訳の解らない言いがかりをつけて来るようになります。
 そして、新暦22年の夏には、パルドゥスの一人娘ディサ(20歳)までもが、「戦争帰り」と自称するチンピラたち(実際には、地上げ屋の手先ども)に(から)まれるようになってしまいました。
 しかし、そこへ颯爽(さっそう)と現れたのが、ヴァイゼンから流れて来た「ヴェラルド・マグナス」という名前の美男子(24歳)です。
 彼は持ち前の魔法でチンピラどもを難なく追い払いましたが、訊けば『元より天涯孤独の身の上だったが、三年戦争でヴァイゼンの家も焼かれ、もう帰る場所も無いのだ』と言います。パルドゥスとその妻ファムニスタは『行く当てが無いのなら、しばらくここに留まってはくれないか』と、彼をキャネリア家に引き止めました。

 ヴェラルド自身も、最初は「ただの用心棒」のつもりでいたようですが、実のところ、ディサと「男女の仲」になるまで、さほどの時間はかかりませんでした。
 しかし、パルドゥスとファムニスタにとっては、それも『計画どおり!』といったところだったのでしょう。
 夫妻は喜んで、彼をキャネリア家に婿として迎え入れました。ヴェラルドにとっては、『ヴァイゼンの市民権を放棄して、戸籍をファストラウムに移した』という形です。
 その後、新暦27年になって、二人の間にようやくリンディが生まれると、周辺の地価のバブル的な上昇を踏まえ、キャネリア夫妻はついに「不動産業者」の勧めに従って先祖伝来の農地を売却しました。使用人たちもすべて解雇したため、その日からいきなり「大きな屋敷で家族五人だけ」の生活となります。
 土地の売却益が「相場をはるかに超える額」だったため、当面の生活には全く困りませんでしたが、それでも、今までの(にぎ)やかな毎日を思うと、それはいささか寂しい生活でした。

 その後も、キャネリア家にはさらなる不幸が続きました。
 翌28年には、まだ50代のパルドゥスとファムニスタが唐突に交通事故で死亡してしまいます。
 完全に相手側の過失による事故だったので、またもや「相場をはるかに超える額」の賠償金が支払われましたが、一人娘のディサにとっては、そんなものは嬉しくも何ともありません。
 夫ヴェラルドも、最初の頃はあんなに優しかったのに、年を追うごとにどんどん気難しくなってゆき、新暦30年以降は、もう働きもせず、ほとんど二階の書斎に閉じこもってばかりいます。
 いつしか、幼い一人娘のリンディだけが、ディサの心の支えになっていきました。

 そして、新暦32年の暮れ、ある寒い朝に、ヴェラルドは「緊張性気胸」で急死しました。起き上がって、こわばった体を伸ばしながら大きく深呼吸をした瞬間、全く唐突に左右の肺がそろって破れてしまったのです。
「以前から『生まれつき肺が弱い』みたいな話は聞いていたけれど、まさかこんなことになるなんて……」
 ディサは夫の葬儀を終えてからも、しばらくは泣き暮らしていましたが、やがて年が明けると、娘のために立ち上がりました。
【この作品では、『リンディの「ファストラウムにおける小児(こども)時代」も、決して「あからさまに不幸だった」という訳ではないのだが、父親はいささか気難しい性格だった上に、彼女が5歳の時には早々と亡くなってしまったため、それなりに(つら)い思いも数多く味わって来た。だから、養女のフェイトには、もうなるべく辛い思いはさせたくなかったのだ』という設定で行きます。】

 また、新暦33年の春、「6歳児の集団検診」で、リンディが(父親譲りの)相当な魔力の持ち主だと解ると、ディサは娘への「より良い教育」のために(?)ミッドへの移住を決意します。
 まず、広大な敷地とそこに建つ大きな「お屋敷」を、さまざまな調度品なども全部つけたまま、当時50代のヴァディスカム夫妻に売却しました。
 この夫妻には3男2女があり、その長男にはすでに妻と1男1女がいました。夫妻の次男もすでに適齢期です。そのため、夫妻は『三世代で10人以上の大家族が仲良く同居する』ために、しばらく前から大きな家を探していたのでした。
 当時、ヴァディスカム夫妻の初孫(ういまご)であるアラムドゥ君はまだ5歳。
 リンディは今でも、親同士が難しい話をしている間に、「一歳(ひとつ)年下の」アラムドゥ君と一緒に庭で遊んでいた時のことをよく(おぼ)えています。

 その後、6月になると、ディサは衣服や最小限の身の回り(ひん)だけを持って、リンディと二人きりでミッドに移民し、首都の郊外で質素な母子家庭を営み始めました。
 翌34年の春には、リンディも魔法学校の初等科に入学し、ディサも預貯金(親の遺産や土地家屋の売却益など)をなるべく減らさないようにと、元々あまり体の強い方ではなかったのですが、それでも、娘のために懸命に働きます。
 そして、リンディ・キャネリアは8年間の義務教育課程を無事に修了すると、新暦42年の春には15歳で管理局の士官学校に入学しました。空士専門コースや陸士専門コースならば二年で卒業できますが、リンディは三年制の総合コースに進みます。

 士官学校は二人一部屋の全寮制でしたが、そこでリンディと同室になったのが、名門ロウラン家の末娘レティでした。
 その後、二人はふとしたことから、一年先輩のクライド・ハラオウンや彼と同室のエルドーク・ジェスファルードとも、ごく親しい間柄になります。
 クライドはリンディと同様、母子家庭の苦労人で、一方、エルドークはレティと同様、名家の末子でした。とは言え、この二人は『出自を鼻にかけて、他人(ひと)を見下す』ようなところは全く無く、リンディやクライドともすぐに本物の友人になりました。
 実を言うと、当初はリンディをめぐって、クライドとエルドークの間に「ちょっとした軋轢(あつれき)」もあったのですが、レティから「それとなく」リンディの気持ちを聞き出したエルドークが、かなり早い段階で静かに身を引いたため、あまりドロドロとした展開にはならずに済みました。
【その後、エルドークはレティと共謀して、クライドとリンディの仲を進展させるべく、(かげ)ながら「支援」(お節介?)をするようになります。(笑)】

 しかし、翌43年の8月には、クライドの母親ルシアが40歳の若さで急死しました。
【なお、クライドの父親クレストは、管理局で次元航行部隊の艦長をしていましたが、新暦35年の6月、クライドがまだ9歳の時に〈辺境領域〉の南部で殉職しています。享年は37歳でした。】

 その墓前で、リンディは初めて、ニドルス・ラッカード艦長(33歳)と出逢いました。
 13歳で空士になり、16歳でいきなり執務官になり、士官学校を出ることもなく、24歳の若さで艦長(三等海佐)にまでなったという大人物です。
【先に「キャラ設定1」でも述べたとおり、ニドルスの妻マリッサは、亡きクレストの14歳も(とし)の離れた妹でしたが、そのマリッサも新暦33年に結婚した後、39年になってようやく一女リゼルを産むと、翌年の3月には28歳の若さで早々と死亡しました。】

 リゼル(4歳)は、もう疲れたのか、使い魔のジェルディスに()っこされたまま眠ってしまっていましたが、三つ並んだ「ルシアとクレストとマリッサの墓」の前で、ニドルスはクレストのことを「兄貴」と呼び、クライドとリンディの関係をそれとなく察しながらも、クライドにこう語りました。
「お前の性格は解っているつもりだが……この先、もし本当に困った状況(こと)になったら、他の誰かを頼る前に、まず俺を頼れよ。……俺も昔、兄貴には随分と世話になったが、借りの一つも返せねえうちに、兄貴は()っちまったからなあ」
 クライドは義理の叔父に対して、素直に感謝の言葉を述べましたが、もちろん、今はまだその時ではありません。
「その時には、きっとお世話になります」
「ああ。約束だぞ」
 しかし、その約束が果たされたのは、それから実に11年あまりも後。クライドが父クレストと同じように殉職した後のことでした。

 士官学校を卒業した後、四人は〈本局〉の次元航行部隊で順調に昇進を続け、新暦48年の春には、クライドは22才で早くも艦長(三等海佐)の地位に就きました。
 リンディはそれを待って、クライドを改めて母親に紹介し、結婚の意思を伝えます。
 ディサは大喜びで二人を祝福し、二人はすぐに式を()げて籍を入れました。お互いに「親族」がほとんどいないので、出席者も少なく、随分と簡素な式になりましたが、レティ(21歳)やエルドーク(22歳)、ニドルス(38歳)やリゼル(9歳)やジェルディスも駆けつけて、二人に心からの祝福を送りました。

 しかし、その年の5月の末に、ディサ・キャネリア(46歳)は不慮の事故で、あっさりと死んでしまいます。
「これから、ようやく親孝行ができると思っていたのに……」
 リンディは涙にくれましたが、愛する夫に支えられてようやく気を取り直すと、ディサの生前の言葉に従って、彼女の遺体を〈管4ファストラウム〉へ運び、父ヴェラルドの墓の隣に彼女の墓を建てました。
 これは、リンディにとっては「初めての里帰り」でした。実に、15年ぶりのことですが、今までずっと「帰るべき理由」が何も無かったのです。
 また、この年は彼女にとって「曽祖父母の死から30年、祖父母の死から20年」という「大きな区切りの年」でもあり、リンディは曽祖父母の「祀り上げ」を済ませるとともに、墓地の管理人に対しては、十年後には自分が来なくても自動的に祖父母の「祀り上げ」をしてくれるよう、俗に言う「永代供養」を頼んでおきました。
【その後、リンディの両親に関しては、「(かね)の流れ」について少々「不審な点」が見つかったのですが……その話は、また「第二部」でやります。】

 そんな訳で、リンディとクライドには、この時点ですでに親兄弟が一人もいませんでした。したがって、クロノには、最初から祖父母もオジもオバもイトコもいませんでした。両親を除けば、「クロノと血のつながった親族」は、最初から5親等のリゼルただ一人だったのです。


 さて、〈中央領域〉における「統合戦争」が終了し、(こよみ)が新暦に切り替わった後には、もっぱら犯罪結社やテロ組織などが管理局の「主敵」となりました。
 時代(とき)は大航海時代。
 犯罪者たちの多くは、より利益率の高い「中央領域での活動」を諦め、開拓途上の辺境領域へと散っていきました。彼等は「ハイリスク・ハイリターン」よりも、「ローリスク・ローリターン」を選んだのです。
 こうして、〈中央領域〉の「主要な世界」は(西方では、カラバス連合との三年戦争などもありましたが)長らく「それなりの平和」を享受しました。
 その後、新暦40年代に入ると、30年代の「南方遠征の失敗」などを踏まえて艦船の増産体制が整えられた結果、管理局の次元航行部隊が保有する艦船も相当な数に増え、状況に応じて〈辺境領域〉にも「それなりの戦力」を投入できるようになります。
 しかし、その結果、皮肉にも〈次元世界〉全体規模で「犯罪者たちの中央回帰」とでも呼ぶべき現象が起きてしまいました。
 辺境領域で「代替わり」した新世代の犯罪者たちの中には、『リスクに大差が無いのであれば、豊かな世界でハイリターンを狙った方が良い』という「ギャンブラー的な考え方」の持ち主も、決して少なくはなかったのです。

 その結果、ミッドでも新暦40年代の後半から、急速に治安が悪化し始めました。
 そして、新暦51年、リンディがクロノを産んで間もない頃に、いきなり「一連のテロ事件」が発生します。(ほか)でもない「ミッド地上」でテロが起きるなど、統合戦争の中期に「南方の四世界同盟の工作員たち」が暗躍して以来、ほとんど90年ぶりのことでした。つまり、ほとんどの人々にとって「生まれて初めて」のことです。
 社会不安から株価は暴落し、ミッド経済は「恐慌」に陥りました。
 そして、本人たちとは全く関係が無い爆破テロ事件の「とばっちり」で自宅を丸ごと焼かれてしまったハラオウン家の三人に対しては管理局から「特例措置」が認められ、それ以降、リンディは「産休」を取得した状況のまま、赤子のクロノとともに夫クライドが艦長を務める(ふね)の中で生活をするようになります。
(また、翌52年の春には、ラルゴ・キール上級大将、レオーネ・フィルス法務長官、ミゼット・クローベル参謀総長の三名が、一連のテロ事件を未然に防げなかったことに関して責任を取る形で()しまれながらもその要職を辞任・引退し、ここしばらく空席になっていた〈三元老〉の地位に就きました。)

 リンディは産休の間も「艦長資格」の取得に向けた努力をこつこつと続けていました。51年の暮れに産休から復帰すると、夫の(ふね)の中で育児と職務をこなしながらも、その努力にさらなる時間と情熱を()ぎ込んでいきます。
 そして、リンディは「適性検査と筆記試験と実務研修」を終えた後、新暦53年の秋には26歳で無事に艦長の資格を取得し、翌54年の春には実際に某中型艦の艦長となりました。
 しかし、その年の11月の末には、管理局にとっては五回目の直接遭遇となる〈闇の書事件〉によって、夫クライドが殉職してしまいます。
 葬儀などが一段落し、年が明けると、リンディはニドルス・ラッカード艦長に『あの時の約束を果たしていただく時が来ました』と言って、クロノを彼に預けました。
 そして、およそ十年後には、きっとまた何処(どこ)かで目覚めるであろう「闇の書」に対処できるように、その時には「自分の判断でより自由に動ける立場」になっているために、リンディは「提督」の地位を目指して、さらに懸命に働き続けたのでした。

 その結果、新暦61年の春、息子クロノ(10歳)が正式に管理局員になると同時に、リンディは34歳の若さで提督(一等海佐)となり、管理局は彼女の活躍に期待して、彼女に大型艦〈アースラ〉を任せました。
【ただし、提督とは「その御座艦(ござぶね)を旗艦とする艦隊の司令官」のことなので、〈アースラ〉ただ一隻を指揮する「艦長」は、本来ならばリンディ「提督」とは別個に、その「直属の部下」として存在しているはずです。
 そこで、この作品では、『クロノが68年に、17歳で〈アースラ〉の艦長になった』というのも、そういう意味であるものと「解釈」しておきます。】

 そして、翌62年の暮れになると、リンディ(35歳)は父ヴェラルドの「30回忌、祀り上げ」のため、また14年半ぶりに、今度は一人で「二度目の里帰り」をしたのですが、墓地の片隅にある父母の墓の前で、不意に「一歳(ひとつ)年下の」アラムドゥ(34歳)と出くわし、声をかけられました。
 聞けば、ヴァディスカム夫妻は今年の夏に(あい)次いで亡くなったのですが、アラムドゥは祖父母の墓が建てられた際に、ふと「同じ墓地のすぐ近く」にキャネリア夫妻の墓があることに気づき、それからは気になって、墓地に来る(たび)にそっと(のぞ)いていたのだそうです。
 思わず立ち話を始めてしまいましたが、実のところ、あまり長話をしている時間もありません。
 リンディは、『ところで、今はどこで何をされているんですか?』と訊かれて、『実は、私、あれから管理局に入って、今は〈本局〉で働いているんですよ』とだけ答えておきました。
『ここで「提督」などという仰々しい肩書きを持ち出すのは、いくら何でも無粋(ぶすい)だろう』と考えてのことでしたが、おそらく、アラムドゥの方は『多分、オペレーターか何かなのだろう』などと勝手に「勘違い」をしてしまったことでしょう。(←重要)

 また、クロノは新暦63年には12歳で早々と執務官になり、翌64年には正式に補佐官となったエイミィとともに、〈闇の書〉の出現に備えて「辺境領域での巡回任務」を繰り返す〈アースラ〉に同乗するようになりました。
【その後、新暦65年に〈外97地球〉で起きた二つの大事件、〈ジュエルシード事件〉と〈闇の書事件〉に関しては、おおむね「無印」と「A’s」で語られたとおりです。
 なお、前章でも述べたとおり、クロノの父方祖父クレストの「祀り上げ」はジュエルシード事件の直後に(もよお)され、また、ニドルス提督は68年の3月に妻マリッサを28回忌で『祀り上げ』にした後、翌69年の10月下旬には(クレストと同じように)辺境領域の南部で殉職してしまいました。】


 また、思い起こせば、そもそも〈闇の書事件〉が終わった後に、リンディがわざわざ地球に(きょ)を構えた理由は、まず、なのは(9歳)が次のように主張したからです。
『私としても「今すぐミッドに移り住む」というのは、さすがに無理な話で……地球には友だちもいますし、うちの親たちにも一応は世間体(せけんてい)というものがありますから……。私自身は、これから先ずっと管理局で働き続けることになるのだとしても、やっぱり当分は地球の側に籍を置いて、せめて「こちらでの義務教育」ぐらいはこちらで出ておきたいんです』
 リンディは『自分がフェイトの養い親になり、彼女にも「幸福な小児(こども)時代」というモノをしっかりと体験させてあげたい』と考えていましたが、その一方で、フェイトは『とにかく、なのはと一緒にいたい』と主張しました。
 そこで、リンディはあえて「提督」の座を退き、しばらくはフェイトとともに地球で(つまり、なのはの近くで)地上勤務に就くことにしたのでした。

 そうした「本来の経緯」から考えれば、新暦72年の3月に、「なのはとフェイトが無事に地球の中学を卒業して、正式にミッドへと籍を移した時点」で、リンディもそれと一緒にミッドへ戻って提督に復職していたとしても、何もおかしくはなかったはずです。
(実際、本局は彼女のために「総務統括官」という役職まで用意して、彼女に「本格的な復帰」を促していました。)
 それなのに、リンディはまるで「現地駐在員」のように地球の海鳴市に住み続け、そればかりか、同72年の4月に「嫁」のエイミィが少し早めの産休に入ると、即座に彼女を自分の手元へと引き取りました。
 また、アルフもそれに合わせてフェイトの補佐官を正式に引退し、エイミィの「お世話役」として地球で暮らすことにします。

 こうしたエイミィとアルフの動きは、実際には(まだ昨71年に昇進したばかりの)クロノ提督からの要請によるものでした。
 彼は当時、凶悪な犯罪結社〈闇の賢者たち〉から本気で命を狙われており、下手をすれば、家族までそれに巻き込まれてしまう可能性(おそれ)があったのです。
 暗殺や拉致(らち)の可能性を考えると、エイミィを普通にミッド地上に住まわせることには、やはり問題がありました。しかし、だからと言って『本局の内部や次元航行艦の艦内に住まわせて、ガチガチに守ってしまう』というのも、(クロノ自身の幼児期体験から考えて)小児(こども)の発育にあまり良い環境とは思えません。

 その点、魔法文化の無い「接触禁止世界」ならば、そもそも「民間船の渡航」それ自体が禁止されているので、犯罪者が上陸する可能性も極めて低いものとなります。
 その上、〈外97地球〉ならば、今も管理局から「要監視世界」に指定され続けているため、惑星の周回軌道上には(現在の地球の技術レベルでは、まだその存在を「感知」することすらできないような)ステルス型のサーチャーが何基も設置されています。
 つまり、『次元航行船が、地球の上空で亜空間から降りて来れば、間違いなく補足できる』という環境が整っていました。
 来ることがあらかじめ解っているのであれば、並みの暗殺者ぐらいは、アルフとリンディだけでも充分に対処することができます。
 要するに、アルフが唐突にフェイト執務官の補佐を引退した「本当の理由」は、『エイミィとその子供たちを、周囲に「それ」とは(さと)られないように「護衛」するため』だったのでした。

 しかし、こうした「クロノからの要請」は、表向きは秘密にされていたため、中には『エイミィを自分の手元に呼び寄せたのは、単なるリンディのわがままなのでは?』と感じてしまう人もいたようです。
 エイミィの実母ロファーザ・リミエッタも、その一人でした。
(彼女は管理局員ではなかったため、その秘密を全く知らされていなかったのです。)
【彼女はこの時の不満が原因で、10年後にエイミィが「二度目の妊娠」をした時には、リンディに対して「非常に強硬な態度(笑)」を取ることになります。】

 また、翌73年には、クライドの母ルシアも30回忌で「祀り上げ」となったので、リンディはまたミッドを訪れ、クロノとともにその儀式を済ませました。


 そして、75年8月、アルフの引退から三年余の歳月を経て、犯罪結社〈闇の賢者たち〉はようやく完全に打ち滅ぼされたのですが、その後、組織の内部事情や行動計画などを精査した結果、クロノ の心配はほぼ杞憂(きゆう)だったことが明らかとなりました。
 とは言え、それは結果論です。新暦72年の段階では、クロノ提督の判断は『それなりに妥当なものだった』と言って良いでしょう。
 また、クロノ提督は、その凶悪な犯罪結社を滅ぼすと同時に、それと「連携」を取っていた別の犯罪組織〈永遠の夜明け〉からも「主敵」として認識されてしまいました。こちらは、〈闇の賢者たち〉ほど狂暴な組織ではないようですが、それでも、用心に越したことはありません。
 そうした背景もあって、カレルとリエラは、72年に地球で生まれた後、75年以降も、しばらくはそのまま地球でひっそりと暮らし続けたのでした。

 一方、リンディは75年の6月、ミッドで機動六課が本格的に動き始めた頃に、(時系列としては「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ01」の直後ぐらいに)「高町家の敷地の東側に隣接した、同じような広さの更地(さらち)」が売りに出されると、すかさずそれを「私費で」ひそかに購入し、梅雨(つゆ)明けを待って、そこに和風の家屋を二棟(ふたむね)、また「私費で」新築しました。
(別棟の方は、高町家の「道場」とよく似た外観の「平屋建て」です。)
 そして、犯罪結社〈闇の賢者たち〉も壊滅し、〈JS事件〉も片がついてから、リンディは10月末に今まで住んでいた家を引き払って、正式にそちらへ引っ越しました。
 こちらの家には、広い庭が付いているので、カレルとリエラも大はしゃぎです。
(しかも、両家の敷地を分け隔てる壁も、もう部分的に取り払われていたので、カレルとリエラは高町家の庭にもそのまま自由に出入りすることができました。まさに、「家族ぐるみ」の付き合いです。)

 続けて、同年11月の上旬、先の「第7節」でも描写したとおり、リンディはみずから〈本局〉に出頭して、〈上層部〉に「転属願」を提出しました。総務統括官の地位すら返上して、このまま正式に「現地駐在員」になりたいと言うのです。
【繰り返しになりますが、現地駐在員とは『何かしら問題のある「管理外世界」に駐在して、現地の住民の間に溶け込み、正体を知られないようにしながら、その世界の監視と〈本局〉への報告を続ける』という「大切だけれど、とても地味な役職」です。】

 管理局の〈上層部〉は当初、彼女の「転属願」の予想外の内容に困惑しました。
 確かに、〈外97地球〉には誰かしら現地駐在員が必要なのかも知れません。そして、その役職に誰が適任なのかと言えば、確かに、もうかれこれ10年も地球での生活を上手(じょうず)にこなしているリンディ以上の適任者はいないのかも知れません。
 しかし、役職よりも人物を基準にして言えば、リンディ・ハラオウン提督にはそれ以上の適職など、他に幾らでもあるはずなのです。
 それなのに、彼女は何故「あえて」そんな地味な職務を希望したのでしょうか? クロノ提督の命を本気で狙っていた結社も滅び去った今、カレルとリエラにも『どうしても地球で育て続けなければならない』というほどの理由は、特に無いはずです。

 新暦75年のこの時点で、リンディはまだ48歳。
 管理局の「定年」は、普通でも70歳です。提督や将軍であれば、本人の希望次第で定年を5年以内に限って延長することも可能なので、彼女の年齢は「あとは余生」と割り切るにはまだあまりにも若すぎます。
 管理局の〈上層部〉は、何とか考え直すようにと説得を試みましたが、彼女の意志は固く、結局は〈上層部〉も彼女の「転属願」をそのまま受理するしかありませんでした。
 そこで、年が明けると、リンディの家の別棟には〈本局〉から直接に魔力センサーや次元通信機や「転送ポート」などといった機材が運び込まれ、そこは公式の「時空管理局・駐在員詰所」となりました。
(実は、リンディは最初から「そうするつもりで」この別棟を建てていたのでした。)
【なお、リンディが現地駐在員を希望した「本当の理由」については、また第三部で述べます。】

 また、アルフはその後、正式に「現地駐在員・補佐」となり、さらに、中世のミッドチルダでは実際にしばしば(おこ)なわれていたという「三者契約」によって、リンディからも直接に魔力供給を受けることができるようになりました。
【これは本来、身分制の時代に発達した「親が造った優秀な使い魔を、子供にそのまま個人財産の生前分与として引き継がせるための技法」でした。
 事前にこれをしておいたからこそ、新暦81年に「エクリプス事件」の最終戦でフェイトが死にかけた時にも、アルフの方は全く無事だったのだ、という設定です。】

 なお、エイミィ・リミエッタ・ハラオウンは初産(ういざん)で男女の双子カレルとリエラを産んだ後、地球で長々と「育児休暇」を取っていました。
【この件に関しては、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ01」を御参照ください。】

 しかし、例の犯罪結社も壊滅し、〈JS事件〉も終わり、いろいろな意味で状況が一段落すると、エイミィは翌76年の春、子供たちが現地で三年制の幼稚園に入るのを機にミッドチルダへ戻り、ほぼ四年ぶりで本格的に復職しました。
(アルフはそれ以来、カレルとリエラが幼稚園へ行っている間は、もっぱら一人で「詰所(つめしょ)の番」をするようになります。)

 実を言うと、リンディの気持ちとしては「犯罪組織の手が、カレルとリエラにまで伸びること」を恐れていたと言うよりは、むしろ「この双子が父親の魔力を全く受け継いでいない、という可能性」を恐れて、幼い孫たちがミッドで劣等感に責め(さいな)まれたりすることのないようにと、エイミィの復職後も、もうしばらくは地球で二人の様子を見守ることにしていたのでした。


 また、ここからは、「プロローグ 第2章」よりも少し先の話になりますが……。
 新暦78年の5月末には、リンディ(51歳)は母ディサの「30回忌、祀り上げ」のため、15年半ぶりに、また一人で「三度目の里帰り」をしました。
 聖王教会の正統教義では、『故人の身魂(みたま)は、どれだけ長生きした人でも「30回忌」まで(まつ)れば、それでもう充分だ』ということになっているので、リンディとしては、これがもう「最後の里帰り」の「つもり」でした。
【実際には、リンディは新暦94年にもう一度だけ里帰りをすることになるのですが、その話は、また「第二部」でやります。
(なお、聖王教会の正統教義に関しては、「背景設定10」を御参照ください。)】

 また、同78年の6月末には、犯罪組織〈永遠の夜明け〉もまた、「マグゼレナ本部」をクロノ提督の率いる艦隊によって殲滅され、壊滅的な打撃を受けます。
 そして、同月には、カレルとリエラ(当時、6歳)も相当な魔力の持ち主であることが確認されたため、翌春からは魔法科のある学校に進学すべく、二人は同年の夏休みに、ようやくミッドに転居しました。
 ミッドでは、首都圏での〈マリアージュ事件〉も終わって、いろいろと一段落した後のことです。
(その後も、カレルとリエラは学校が夏休みになる度に、もっぱらアルフの送り迎えで「田舎のお祖母(ばあ)ちゃんの家」に泊まり込みで遊びに来るようになり、その年中行事は二人が「義務教育課程」を修了するまで、八年間も続きました。)
【となると、79年の春には、この二人は揃って初等科の一年生になっているはずなのですが、それでもVividのシリーズに全く登場しないのは、『この二人が「St.ヒルデ魔法学院」とは全く別の魔法学校に(かよ)っていたからだ』ということにしておきます。
(なお、後述のアンナ・ク・ファーリエは、カレルとリエラにとっては「同じ魔法学校の三年上の先輩」ということになります。)】

 いろいろと一段落して、気が抜けたのでしょうか。
 カレルとリエラがミッドに転居した後、78年の暮れには、リンディ(51歳)は珍しく体の調子を崩したりもしてしまいましたが、翌年の「夏休み」に、可愛い孫たちが遊びに来る頃にはようやく復調し、それ以降は、また健康そのものの生活を(すえ)(なが)く続けてゆくこととなります。


 なお、余談になりますが、82年5月には、当時まだあまり体の頑丈な方ではなかったカレル・ハラオウン(10歳)は、「ヴィヴィオ選手(13歳)の弟分(おとうとぶん)」として一時的にナカジマジムに入会し、それから一年半あまりの間、ノーヴェたちによって鍛え上げられました。
 レベルが違い過ぎるので、IMCSの出場選手たちと同じリングでの練習はできませんでしたが、彼女らも休憩時間などには時おりカレルの練習に付き合ってくれました。
(中でも、一番よく付き合ってくれたのは、アンナとコロナだったようです。)
 おかげで、カレルは初等科を卒業する頃には、もうすっかり「打たれ強い体」に生まれ変わっていました。

 また、82年の11月には、リンディ(55歳)はまたミッド地上で、クロノやエイミィ、カレルやリエラとともに、クライド(享年28歳)を「28回忌」で祀り上げにしました。
 そして、その際、リンディは息子夫婦から下記の話を「今後の予定」として聞かされ、全く不本意ながらも、承諾を余儀なくされることになります。

 エイミィ(33歳)は、新暦72年の10月に初産(ういざん)を済ませた後、実に10年も経ってから、再び「男女の双子」を妊娠していました。
 出産予定日はまだ半年後(83年の5月)ですが……今回は、彼女の実母ロファーザ・リミエッタの「とても強い希望」により、年が明けるとともに、ミッドの実家の方に帰って産休を取ることになってしまったのです。
 それと言うのも、ロファーザが『先の孫たちは父方の祖母が育てたのだから、今度は母方の祖母である私が育てる番だ。リンディさんばかり、可愛い孫の世話ができるなんて、ズルい!』と強固に主張したためだったのですが……前回の「裏の事情」を知らないロファーザにとっては、これは「全く正当な言い分」だったため、リンディとしても彼女の要求を拒否するという訳にはいきませんでした。
【先に述べた「非常に強硬な態度」とは、要するに、このことです。(笑)】

 さて、エイミィには一人だけ弟がいました。
 弟のセブラスとは8歳も年が離れている上に、エイミィは初等科を卒業すると12歳でいきなり管理局に入ったため、正直なところ「ともに過ごした時間」は決して長い方ではなかったのですが、それでも、それ相応に仲の良い姉弟です。
 セブラスは若くして優秀な法務官となり、81年の秋に24歳で二年後輩のレドナと結婚してからも、ずっと自分の両親と同居していました。幸い、(よめ)(しゅうとめ)の仲も驚くほどに良好です。
 翌82年の暮れに、母親から『年が明けたら、姉エイミィが出産と育児のため、しばらくの間、こちらの家に同居することになる』と聞いた時には、セブラスも少しばかり心配したのですが、実際に(ふた)()けてみると、姉と妻の仲もすこぶる良好でした。
 そして、83年の6月、予定日よりも少し遅れて生まれたエイミィの双子「ゼメクとベルネ」を見て、レドナが夫に『そろそろ、私たちも』と相談をすると、セブラスも喜んでそれに同意します。

 ところが、割と軽い気持ちで(ただ単に、自分たちの体には何も問題が無いことを「確認」するだけのつもりで)医者に()てもらったところ、全く思いがけず、セブラスとレドナは二人そろって「先天性の不妊症」であることが判明してしまいました。
 ミッドでは昔から、生殖医療は法律でかなり厳しく制限されており、現行法においても、不妊症が片方だけならばまだしも「例外的に」認められる場合はあり得るのですが、『二人そろって』となると許可が()りることはまずあり得ません。
 昔から子供好きだった二人の落ち込み(よう)と言ったら、それはもう(はた)から見ていても痛々しいほどです。
 ロファーザは思い余って、エイミィに『どちらか一人だけでも養子にもらえないだろうか?』と相談しました。

 エイミィもさすがに即答はできず、夫に相談したのですが、クロノはしばらく考え込んでから、実に悩み深げな表情でこう語りました。
「まあ、『赤の他人の(もと)へ里子に出す』なんて話じゃないからな。『君の(おとうと)夫婦の子供』ということなら、僕たちも伯父(おじ)伯母(おば)として、いつでも普通に会いに行ける。
 そういう意味では、養子に出すことそれ自体に反対をするつもりは無いんだが……『生まれる前から一緒にいた二人を、大人(おとな)の都合で引き離してしまう』というのも、どうなんだろうな?」
 言われてみれば、確かに、そうかも知れません。
「だから……いや。これは、あくまでも『君さえ良ければ』という話なんだが……いっそのこと、『二人まとめて養子に出す』というのは、どうだろうか?」
 これには、エイミィもさすがに悩みましたが……確かに、「基本的に在宅の祖母」と「平日にも定時に帰宅してくれる両親、および祖父」とが揃っている家庭で育った方が、子供たちにとっては(しあわ)せなのかも知れません。

 思い起こせば、上の子供たち(カレルとリエラ)に対しても、エイミィは(少なくとも、ミッドに戻って来てからは)あまり「母親らしいこと」ができていません。
(クロノに至っては、仕事が忙し過ぎて、実の父親だと言うのに、『たまに会う』程度のことしかできていません。)
 それを思えば、下の子供たち(ゼメクとベルネ)は、やはり、こちらの家で育ててもらった方が良いのでしょう。
「でも、あなたは『こちらには、アルフがいないから』と、育児のお手伝い用に使い魔まで造ってくれたのに……」
「ああ。今はまだ基本的なコトを教えている最中(さいちゅう)だが……もし『育児の手が足りない』と言うのなら、このままリミエッタ家に貸し出しても良いし、もし『足りている』と言うのなら、今から僕の秘書か何かとして教育し直せば良い。ただそれだけのことだよ。君は、僕やシャルヴィのことよりも、子供たちのことを第一に考えてやっておくれ」
(シャルヴィというのは、クロノが「病気の仔猫」を素体として、双子が無事に生まれて来たその翌日に造った、使い魔の名前です。)

 結局のところ、エイミィはセブラスとレドナに『卒乳までは自分が責任を持って育てるが、その後で、この二人を養子に出す』と約束し、同時に、セブラスとレドナには『愛情を持ってこの二人を育て、この子たちが「それ」を受け止められるだけの年齢になったら、必ず、この子たちに真実を伝える』ことを約束させました。
 こうして、新暦84年7月、エイミィは丸一年半の産休を終えて復職し、ゼメクとベルネは正式に叔父夫婦の養子となったのです。

【シャルヴィも、一旦はリミエッタ家に入って「エイミィのお手伝い」を巧みにこなし続けたのですが、一般人のロファーザがあまり「使い魔」という存在に馴染(なじ)めなかったこともあって、エイミィと一緒に(84年の7月に)リミエッタ家を離れました。
 シャルヴィはその後、クロノの秘書になりましたが、最初に設定された性格があまりにも「幼児向け」すぎたため、(仕事能力そのものには何も問題など無かったのですが)性格的にはなかなか「秘書らしい秘書」にはなれなかったようです。(苦笑)】

 ゼメクとベルネが養父母から「真実」を知らされるのは、それから十年半もの歳月が経過した後の新暦95年1月、二人が(ミッド式の数え方で)12歳になり、初等科学校の卒業を目前に控えていた頃のことでした。
【ちなみに、カレルとリエラ(新暦95年の時点で23歳)は、第二部以降に「意外と重要な役」で登場します。
 また、ゼメクとベルネも、エピローグにIMCSの選手としてチラッと登場する予定ですので、こちらの二人のことも、どうぞお忘れなく。】


 

 

【第10節】背景設定2: ミッドの歴史と地理について。(前編)

 
前書き
 公式の設定では、「ミッドの歴史」について特に何も語られてはいないようですが、この作品では、『ミッドチルダは元々「無人の世界」だった』という設定で行きます。
 

 


 今から三千年ほど昔、「遠からず滅亡することが確実となった世界」から、その無人世界にある六大陸の中でも最小の、北半球の中緯度地帯にある「東西に長く伸びた長方形」のような形をした大陸に、数十万人規模の人々が大挙して移住し、その大陸のおおよそ「中央のあたり」に拡がる、大きな「内陸湖」の南岸部に居を構えました。
 これが、ミッドチルダの歴史学上の用語で言う〈最初の人々〉です。
(一説によれば、〈アルハザードの民〉が〈大断絶〉に際して、彼等をこの「始まりの土地」へと移してくれたのだそうですが、実を言うと、『それ以前に〈最初の人々〉が一体どの世界に住んでいたのか』については、今もよく解っていません。)

「ミッドチルダ」という単語も、元来は彼等自身の古典語で、単に「中央のあたり」を意味する言葉でしかなかったのですが、それがそのまま「自分たちが今、住んでいる地域」という意味で用いられるようになり、居住域の拡大に(ともな)って、その単語がいつしか「その大陸、全体」を意味する地名と化し、さらに後の時代になってから「その世界(惑星)、全体」を意味する名称へと転用されたのです。
 ミッドの人々はただ単に、『今から1800年ほど前に初めて他の世界と交流を持ち、「自分たちの世界、全体」を表す名前が必要となった時に、「昔からある名前」をそのまま使ってしまった』というだけのことで、少なくとも当時はまだ『自分たちの世界が「次元世界全体」の中心だ』などと本気で考えていた訳ではありません。

 また、「ミッドチルダ」という単語がもっぱら「世界の名称」として用いられるようになってからは、その大陸は正式には〈第一大陸〉と呼ばれ、〈ミッドチルダ世界〉と「一応は」区別されるようになりました。
 しかし、他の五大陸には今も基本的に人間が居住していないため、普通に「ミッド」と言えば、現在でも「ミッドチルダ世界の第一大陸」の意味に受け取られてしまうことが多いようです。
(Vividにも、しばしば「ミッド中央」という用語が出て来ますが、これも正確には「ミッドチルダ世界の、〈第一大陸〉の、中央部」という意味です。)

【実際、Forceのコミックス第6巻には「ミッドチルダ東端部」という表現が出て来るのですが、もしも、ここで言う「ミッドチルダ」が〈地球〉と同じような「独立した一個の惑星、全体」の名前であるのならば、そこに「東の(はし)っこ」など存在するはずがありません。
 したがって、ここで言う「ミッドチルダ」は、決して「惑星全体」の名前ではなく、「惑星上の一定領域」の名前であるはずです。
(例えば、日本列島の存在する場所は、あくまでも「ユーラシア大陸の」東端部であって、決して「地球の」東端部ではありません。それと同じ話です。)
 しかし、本来の設定では、「ミッドチルダ」は明らかに〈第1管理世界〉の名称であり、地球が丸ごと〈第97管理外世界〉と呼ばれている以上は、本来は「ミッドチルダ」もまた「世界(独立した一個の惑星)、全体」の名称であるはずです。
 私は『この矛盾を何とかしよう』と自分なりに考えて、上記のような設定に辿(たど)り着きました。
 また、VividおよびForceのコミックスを読んでいると、「ミッドチルダ」という単語が「もっとずっと狭い領域」を指す用語として使われているような気もするのですが……この作品では、ミッドチルダ世界の〈第一大陸〉の総面積を「地球のオーストラリア大陸よりもわずかに広い程度」と想定して、話を進めることにします。】

【なお、他の五大陸について、ごく大雑把に説明すると、以下のとおりとなります。
 まず、〈第二大陸〉は、第一大陸の南西方向にあり、赤道を中心に北回帰線(ミッドでは、北緯18度線)のあたりから南回帰線のあたりにまで拡がる「ミッドで最大の大陸」です。面積は第一大陸の4倍あまりで、平地のほとんどを熱帯雨林に覆われた「密林の大陸」となっています。
 次に、〈第三大陸〉は、第一大陸の北東方向にあり、概形は「直径の側を北に向けた半円形」です。面積は第一大陸のほぼ2倍ですが、全体的に標高が高く、内容的には「巨大高原と巨大氷河の大陸」となっています。
(ミッドの海面が今なお「わずかながら」上昇を続けているのは、この巨大氷河が極めてゆっくりと溶け続けているからなのです。)
 そして、〈第四大陸〉は、第一大陸のはるか南方、南半球の中緯度地帯にあり、面積は第一大陸の3倍ほどです。歴史的に見ると「大陸移動」において長らく孤立していたため、他の五大陸とは生物相が随分と異なっており、(せいぜい(ワニ)のようなサイズの、小型のモノばかりですが)何種類もの竜族が今も普通に生息しているため、一般には「竜の大陸」と呼ばれています。
(当然ですが、生態系保全のため、管理局の「自然保護隊」に属する専門家たちを除いて、人間の上陸は一切許可されていません。)

 また、〈第五大陸〉は、第四大陸の東方にあり、南半球の赤道付近から高緯度地帯にまで長々と南北に伸びた「山岳の大陸」ですが、東西の幅がかなり狭いので、面積は第一大陸の2倍たらずとなっています。
 この大陸の南端部を形成する火山列島とその延長である海底山脈は、昔からこの惑星上では最も火山活動の激しい地域でしたが、一連の海底火山が莫大な量の溶岩を何百年にも(わた)って噴出し続けたことによって、ベルカ世界で「聖王戦争」が始まった頃には、とうとう第五大陸は第六大陸と地続きになってしまいました。
 その〈第六大陸〉とは、俗に言う「南極大陸」です。概形は「南極点を中心とした、きれいな円形」で、面積は第一大陸のほぼ4倍です。昔は大陸全体が氷床に覆われていましたが、旧暦の時代の温暖化により、それらの氷床は「すべて」融解しました。
 その結果、一時期は大陸全土で「地肌」がむき出しになり、表土の流出が続いていましたが、今では(主に、コケ類ですが)植物もそれなりに()えて来ています。
(実は、この二つの大陸が「地続き」になったこと自体が「旧暦の時代の温暖化」の直接の原因なのですが……詳しくは、また「第一部」でやります。)】


 なお、その〈第一大陸〉には当初、「家畜化できそうな動物」が全く住んでいませんでした。
(ついでに言うと、サルのような霊長類も、ネズミのような「小型の」齧歯類(げっしるい)も、また、両生類の(たぐい)も全く生息していませんでした。)
 草食動物も、山羊(ヤギ)や野牛など、妙に気性(きしょう)の荒い生き物ばかりで、『群れごと飼いならして、計画的に毛や乳や(かわ)や肉を手に入れる』という作業が(つまり、「牧畜」という作業が)全くできませんでした。
(現存するウマやウシやブタやヒツジなどは、すべて、ミッドチルダが1200年ほど前に「聖王家直轄領」となった後に、ベルカ世界からもたらされたものなのです。)

 肉食動物の山猫や狼たちも、「突然この世界に現れた、二足歩行の奇妙な生き物」を警戒して、全く「人間」に近づこうとはしなかったため、人間の側としても、長い間、彼等を家畜化してイエネコやイヌのような「良き隣人」にすることができませんでした。
 ネズミがいないので、イエネコもまた「必要不可欠の存在」という訳ではなかったのですが……優秀な猟犬がいないのでは、「狩猟」も、できることは限られて来ます。
 それ故、ミッドチルダにおける〈最初の人々〉が、「農耕」と「漁労」を中心とする生活を送り始めたのは、全く当然の成り行きでした。
(幸い、穀物の種だけは、最初から大量に持ち込まれていたようです。)

 その「内陸湖」は最初から塩水湖だったので、飲み水や灌漑(かんがい)用水などは別の場所に求めざるを得ませんでしたが、それでも、その内陸湖には魚が極めて豊富に生息していたため、〈最初の人々〉は誰も飢えずに済んだ、と伝えられています。
 こうして、ミッドチルダには「魚食文化」が根づいて行きました。
(あるいは、〈最初の人々〉は「元の世界」でも伝統的に農耕と漁労が中心の生活を送っていたのかも知れません。)
 後に、人口の増加に伴い、「分派」が内陸湖の周辺を離れて遠く別の土地へと移住する際にも、彼等の多くは「漁労」が可能な河川域や海岸部に新天地を求めました。
 そして、当時は惑星ミッドチルダ全体が今よりもずっと寒冷な気候だったため、彼等はもっぱら大陸の南側に住み着き、やがて、ミッド人は「東西に長く伸びた〈第一大陸〉の南側半分」に広く分布するようになって行きました。

 もちろん、『当時のミッドでは、狩猟や採集が全く行なわれていなかった』という訳ではありません。さまざまな野草や果実が採集の対象となる一方で、狩猟の対象となったのは、もっぱら「空を飛ぶことのできない大型鳥類」でした。
 大型鳥類は当時、その第一大陸で「食物連鎖の頂点」に立っていたからでしょうか。哺乳動物と違って、人間に対する警戒心がとても低かったため、単純な罠でいくらでも簡単に(つか)まえることができたのです。
 しかし、そうした乱獲の結果、第一大陸の南側半分(人類の居住域)では、大型鳥類は早々(そうそう)に絶滅してしまいました。
 この一件が「ちょっとしたトラウマ」になり、後に、ミッド人の意識を大きく変えてゆくことになります。

 また、ミッドの人々は最初から、自分たちの言語に適した「28文字から成る、独自の表音文字」(いわゆる、ミッド文字)を使用しており、決して「未開な人々」ではありませんでした。
 しかし、当初は文明も「古代氏族制」の段階で、公共の教育機関も無く、識字率も低く、宗教もまた、良くも()しくも原始的な「自然崇拝」でした。
 また、最初の1200年ほどは、ミッドが「他の世界」と交流を持ったことは一度も無かった、と言います。
(もちろん、アルハザードとの交流も、全くありませんでした。)

 そうした中で、最初にミッドチルダを訪れたのは、今で言う〈第35管理外世界・号天〉の人々でした。
 今から1800あまり年前。〈号天〉では「第五統一王朝」の時代で、ちょうど〈アルハザード〉が「次元世界からの撤退」を完了した直後のことです。
 以後、百数十年間に亘って、〈号天〉からは実にさまざまな文化と文物が断続的に流入し続け、ミッド人の意識と暮らしぶりを大きく変えていきました。

【なお、〈外35号天〉はかなり歴史の古い世界で、その独特な文化は大昔から周辺の諸世界に大きな影響を及ぼして来ました。現代でも、ミッドで普通に「東方の宗教」と言ったら、それは「号天を経由して渡来した宗教」という意味の用語です。
(よく似た文化のある〈管10ルーフェン〉や〈管11セクターティ〉も、元々は〈号天〉の植民地だった、という設定で行きます。)
 しかしながら、今から1600年あまり前、いわゆる〈次元世界大戦〉の直前の時代に、局所的な〈次元震〉が発生し、それに巻き込まれた〈惑星・号天〉は、自転軸の傾きが「18度たらずから21度あまりにまで」大きくなってしまいました。
 この天変地異によって、〈号天〉の人口は一挙に半減し、その勢力は軍事的にも政治的にも経済的にも文化的にも著しく後退しました。
(中には、『そのおかげで、〈号天〉は〈次元世界大戦〉の折りにも、〈ゆりかご〉から直接の攻撃を受けずに済んだのだ』などと言う人もいますが、それは単なる結果論です。)
〈号天〉は、その後も長らく「過去の栄光を取り戻そうと、時おり近隣の世界に戦争を仕掛けることができる程度の国力」は維持していたのですが、今から800年あまり前に(ベルカ世界で「第二戦乱期」が始まる少し前に)再び「揺り戻し」のような〈次元震〉に見舞われた結果、さらに荒廃し、今ではもう他の世界に対する影響力を完全に失ってしまっています。】

 二度にわたる天変地異によって、今ではもう見る影もなく没落してしまっていますが、その当時の〈号天〉は実に強大な国家でした。
 ミッドを訪れたのは、ルーフェン経由でやって来た「交易商人の船団」だったので、それ自体は決して「軍事的な脅威」ではなかったのですが、その高度に発達した文化と文物は、ミッド人の意識を打ちのめすには充分なものでした。
 何しろ、当時のミッド人にとっては、次元航行船を見るのも初めてなら、「全く言葉が通じない人間」を見ることすら初めてのことだったのです。
(当然ですが、当時はまだ「全自動翻訳機」などありませんでした。)
 もちろん、当時のミッドには「惑星全体を代表できるような政府や組織」は、まだ存在していません。「この世界の名前(自称)」を()かれても、「ミッドチルダ」と答える以外には、どうしようもありませんでした。
 端的に言って、当時のミッドは『個々の氏族が統治する「個々の都市」を中心とした、何百もの伝統的な地域共同体が「なんとなく」一つにまとまっているだけ』といった状況で、まだ「国家という概念」すら明瞭な形では存在していなかったのです。

 ただ、国家という「地域的なまとまり」が無かっただけに、地域間の「政治的な対立」や「軍事的な衝突」もまた存在していなかった(少なくとも、表面化はしていなかった)ことは、ミッドの歴史において、とても幸運なことでした。
 やがて、「始まりの土地」にそのまま住み続けていた人々が音頭(おんど)を取る形で、「何百もの地域共同体」は次第に「一個の国家」にまとまっていきます。
 そして、その土地に新たに築かれた巨大都市パドマーレが、そのまま「ミッドチルダ中央政府の首都」となったのでした。
【巨大都市とは言っても、それはただ単に『当時のミッド人の普通の感覚としては、格別の大きさだった』というだけのことで、実際には、パドマーレの最初期の人口はせいぜい10万人程度だったようです。
(なお、当時の〈号天〉の人々にとっては、「人口10万人」というのは単なる「辺境の小都市」のサイズでした。)】

 また、〈号天〉から伝わった「表語文字」は、ミッドでは古来、〈号天文字〉と呼ばれており、その文字で書かれた「文章語」は、ミッドでは今でも「古代ベルカ語」と双璧を成す「古典教養」として(あるいは、「高等教育を受けた(あかし)」として)扱われています。
【漢字は、日本では一般に「表意文字」と呼ばれていますが、言語学的に言うと、『個々の文字が個々の「単語」を表現している』という意味で、「表語文字」と呼んだ方がより適切なようです。
また、上記の「文章語」は、要するに「漢文」のようなモノだと思ってやって下さい。昔の漢語と同様、当時の〈号天〉でも「話し言葉」と「書き言葉」は、相当にかけ離れていましたが、ミッドで古典教養になっているのは、あくまでも「書き言葉」の方だけです。
(ちなみに、古代ベルカ語も「方言の差が激しい言語」だったため、古典教養となっているのは、やはり「標準化された書き言葉」の方だけです。)】

 なお、〈号天〉は太古より『異形(いぎょう)の竜族が多数、生息する』という、生態学的にも特異な世界であり、さらには、『有史以来、一貫して男尊女卑社会で、父系主義にこだわり続けているため、今も「管理世界の一員」になることを(つまり、「法の(もと)での、男女の平等」を受け入れることを)積極的に拒み続けている』という前近代的な世界でもあります。

【ちなみに、ベルカやミッドでいう「苗字(みょうじ)」は基本的に「家族名」であり、「現在の所属」を表示した名前なので、結婚によって嫁入りした女性や婿入りした男性は、当然に自分の苗字を変えます。
(もしくは、「元の苗字」の(うし)ろに「新しい苗字」を付け加えます。)
しかし、〈号天〉でいう「(せい)」は、基本的には「出身部族名」であり、「本来の出自」を表示した名前なので、結婚によって変わることは決してあり得ません。
 しかも、徹底した父系主義で外婚制なので、男性が婿入りすることも、同じ姓を持つ男女が結婚することも、絶対にあり得ません。
 結果として、『結婚した女性は、その家族の中で生涯、「異分子(別の姓の持ち主)」として扱われ続ける』ということになります。
 こうした家族制度を始めとする、さまざまな生活習慣それ自体が「男尊女卑を当然とする感覚の温床(おんしょう)」となっているので、〈号天〉の人々のそうした「感覚」はいつまで()っても是正されないのです。】

 さて、ミッドとの初接触から百数十年の時を経て、〈号天〉は最初の天変地異に襲われ、それ以来、〈号天〉系の人々が次元航行船で遠路はるばるミッドを訪れることは絶えて無くなってしまった訳ですが、これもまた、ミッドの歴史においては、とても幸運なことでした。
 他の世界からの「文化の流入」が一旦は途絶えたことで、『外来の要素を織り込みながら、自分たちの文化を再編する』ための時間的な猶予(ゆうよ)が与えられたからです。
 それからさらに三百年余の時を経て、ベルカ世界からの船団が初めてミッドチルダ世界を訪れた時には、ミッドはすでに文化的にも経済的にも「それなり」の世界に成長していました。
 それから百年ほどして、ベルカ聖王家は「ミッドチルダを含めて、その周辺にある合計12個の世界」を「聖王家直轄領」と定め、以後、五百数十年間に亘って統治しましたが、それらの諸世界は植民地としての搾取や収奪を受けることもなく、むしろ聖王家の庇護(ひご)(もと)に順調な発展を遂げていきました。
 もちろん、ミッドチルダも、です。
(ミッドには元々「王」と呼べるほどの権力者はいなかったので、首都パドマーレを築いた後も、長らく政治形態は「貴族合議制」でした。直轄領となってからは、聖王家の直臣(じきしん)たるフランカルディ家が「総督家」として土着し、ミッドの現地貴族たちの上に「事実上の王家」として君臨することになります。)

【なお、〈号天〉と接触した頃には、ミッドの総人口もすでに八千万人を超えていましたが、当時のミッド人は、まだ牧畜の経験が無かったために「人畜共通感染症」に対する免疫をほとんど持っておらず、号天人が不用意に持ち込んだその種の病気によって、ミッドは当時、歴史上で初めての大規模な「人口減少」を経験しました。
(この時代に、わずか数十年で、総人口は「ほぼ半減」したそうです。あるいは、その際の危機意識が求心力として働き、国家形成を急がせたのかも知れません。)
 その後、ミッドの総人口は再び増加に転じ、ベルカ世界と接触した頃には、もうほとんど二億人に届こうとしていましたが、現実に大量の家畜が持ち込まれたことによって、再び大規模な「人口減少」に見舞われました。
 その後は聖王家の庇護もあって、ミッドの総人口は(すみ)やかに回復し、ベルカ世界の滅亡と急速な海面上昇の時代にも、また多少の「(実質的な)人口減少」がありましたが、その後は、再び着実な増加を続けて行きました。
 そして、旧暦の末には、ミッドの総人口はついに十億人の大台に乗りましたが、その後はずっと(よこ)()いを続け、現代では晩婚化と少子化によってまた微妙に減少し始めているのでした。】


 さて、ミッド人は「大型鳥類の絶滅」を教訓として、かなり早い段階から「生態系の保全」には心を配って来ました。
 また、『自分たちは、この世界の本来の住人ではないのだ』という知識も正しく伝承されていたので、彼等はやがて『この世界の本来の生態系は、なるべく「手つかず」のままで保存しておきたい』と考えるようになりました。
 そして、前述のとおり、他の五大陸はいずれも人間の居住にそれほど適した環境ではなかったため、第一大陸の南半分に広く分布するようになったミッド人は、パドマーレを首都として〈中央政府〉を樹立すると、それら五つの大陸を「すべて」自然保護区域に指定し、自分たちの居住域を「自発的に」第一大陸のみに限定しました。
(ミッド人のこうした「生態系保全への欲求」は、現在、管理局の内部で「自然保護隊」が相当に巨大な勢力となっている原因のひとつでもあります。)

【なお、〈九世界連合〉の時代には、他の五大陸にもようやく「自然保護隊の駐留地」など、最低限の施設が築かれました。
 また、統合戦争の時代になると、第二大陸の北東部にだけは、限定的に「資源供給特区」が設置され、木材の伐採や地下資源の採掘なども行なわれるようになりました。
 したがって、今では第一大陸以外の五大陸も決して「完全に無人」という訳では無いのですが、いずれも人間の活動は最低限に抑制されており、中央政府の政策論争でも「資源供給特区の閉鎖と原状回復」がしばしば提案されている、といった状況です。】

 ただし、その反動として(?)ミッド人は〈第一大陸〉だけは、自分たちの都合に合わせて随所で地形を大改造しました。
 巨大な運河を掘って「内陸湖」と外海をつなぐ一方で、山を削り、海を埋めて、元々なだらかな地形が多かったその大陸を、さらに平たく伸ばし、何かと使い勝手の良い「低地」ばかりを拡げてゆきます。
 しかし、旧暦260年代から始まった「温暖化」で海面が20メートルほど上昇した結果、それらの「低地」はあらかた海に沈んでしまいました。
 その結果、ミッドの〈第一大陸〉は、今や「運河や水路」が内陸部にまで(くま)なく張り巡らされたような地形となっており、特に〈中央部〉・〈東半部〉・〈西半部〉の三領域は、運河と呼んで済ますには少々幅の広すぎる帯状の海、二筋(ふたすじ)の「大海廊(だいかいろう)」によって、お互いに完全に分断されてしまっています。

【ごく大雑把に言って、東西の大海廊は、どちらも「南北長が1800キロメートルほど、東西幅は平均12キロメートルほど」といったところでしょうか。どちらも「完全に」ではありませんが、「ほぼ」直線になっています。
 また、「南北1800キロメートル」は、惑星ミッドチルダでの緯度に換算すると、およそ16度の距離で、実際に、この〈第一大陸〉はおおよそ北緯28度から北緯44度にかけて(日本で言うと、「奄美(あまみ)大島(おおしま)」の辺りから「国後(くなしり)(とう)」の辺りにかけて)拡がっています。】

【以上、ミッドチルダを「本来は大陸の名前」としつつ、その大陸の中央部(首都近辺)に「港湾施設」があることを正当化するための設定でした。
 また、Vividのコミックス第3巻の巻末にある「インターミドル豆知識⑤」には、(都市本戦の後は)『ミッドチルダ中央部ほか、2つの都市本戦で優勝した計3人で、都市選抜が行われます』と書かれています。
 名前は「都市選抜」ですが、これは実際には「ミッドチルダ世界の代表」を決める戦いなので、この点からも、『ミッドにおける人間の居住区域は、全体として「三つの領域」から成り立っている』という状況が(うかが)えます。
 そうした点も考慮して、この作品では〈第一大陸〉を帯状の海である「大海廊(だいかいろう)」によって三つの「領域」にキッパリと分け(へだ)ててみました。】

【裏設定としては、『三領域とも、外形はほぼ正方形で、大きさは1800キロメートル四方程度なのだが、実際には四隅(よすみ)も少し欠けており、今では「昔の陸地」の一割ほどが水没しているため、陸地部分の面積は、今では三領域を合わせても810万平方キロメートル程度で、惑星ミッドチルダの「陸地総面積」のうち、わずか十六分の一を占めているに過ぎない』といったところでしょうか。
 なお、惑星ミッドチルダの半径は地球よりもほんの0.7%ほど大きいだけで、大した差はありません。当然に、全表面積は地球より1.4%ほど大きいのですが、海面が上昇した現在では、陸地の占める割合が約25%と地球よりだいぶ小さくなってしまっているため、実際の「陸地総面積」は地球より一割以上も狭くなっています。
(ちなみに、地球では、陸地が29%あまりを占めています。)
 また、「810万平方キロメートル程度」というのは、地球で言うと、日本の20倍以上の面積ですが、一方、ミッドの総人口は現在、10億人あまり(日本のせいぜい8倍余)なので、ごく大雑把に言って、「人口密度は全体として日本の四割ほど」という計算になります。
 そのため、大陸の随所に「手つかずの自然」や「事実上の無人地帯」は意外とたくさん残っており、実際、〈ゆりかご〉が埋められていた「オルスタリエ地方の南部」も、そうした無人地帯(自然保護区)のひとつでした。】

【また、物理的な現実としては、〈第一大陸〉の東端部と西端部は、それぞれ首都クラナガンとは2時間ほどの時差があるのですが、日常的な生活としては、ミッド人は全員が「首都標準時間」に基づいて生活をしています。
 と言うと、何やら『東半部や西半部の人々が、大変に不便な暮らしを()いられている』かのように聞こえてしまうかも知れませんが、実際には、(あくまで、『最大でも2時間程度であれば』の話ですが)一度「その土地その土地の時間感覚」に慣れてしまえば、それほど不便という訳でもないようです。
 また、この大陸の南北の近海には「大きな島」が全く無いのですが、東西の近海には「6000平方キロメートル級」の島がひとつずつあり、それぞれ「朝早(あさはや)の島」、「夜長(よなが)の島」と呼ばれています。
(現在では、「朝早の島」は丸ごと自然保護区になっていますが、「夜長の島」は丸ごと某大富豪の個人所有となっています。)
 ちなみに、この作品では、『Forceのコミックス第6巻には、「レゾナ(ひがし)中央拘置所」の所在が「ミッドチルダ東端部」と書かれているが、これはあくまでも「大陸の中での東端部」の意味である』という「解釈」で行きます。
(間違っても、「朝早の島」は、あんな物騒な場所ではありません。)】


 

 

【第11節】背景設定2: ミッドの地理と歴史について。(後編)



 なお、この作品では、『現段階で公式に登場しているミッドの地名は「大半が」ミッド第一大陸の〈中央部〉の地名である』という設定で行きます。
(前述の「レゾナ」が唯一の例外です。この作品では、『レゾナは〈東半部〉の北東区画の、東の外洋に面した地方名である』という設定にしておきます。)

【ちなみに、英語には一語(いちご)で「四分の一」を意味する「quarter」という単語があるのと同じように、ミッド語には一語で「三分の一」を意味する単語があり、実際に多用されています。
 この作品では、便宜的に〈中央部〉・〈東半部〉・〈西半部〉と翻訳していますが、実際のミッド語では、この「一語で『三分の一』を意味する単語」が使われているので、直訳をすれば、それぞれ〈中央の三分の一〉・〈東側の三分の一〉・〈西側の三分の一〉という表現になります。
 しかし、この直訳では「用語」としてあまりにも扱いづらいので、いささか「誤訳」であることは承知の上で、この作品では、あえて〈中央部〉・〈東半部〉・〈西半部〉という「訳語」を使わせていただきました。 ……という裏設定です。(苦笑)】

 それでは、その〈中央部〉(およそ1800キロメートル四方)を3×3の「九区画」に分けて、一部に「劇場版の設定」や「独自の設定」も取り入れつつ、ここで少し「ミッドの地名」をまとめておきましょう。

【設定としては、それぞれの「区画」が、さらに3×3で九個ほどの「地方」に分かれています。平均すると、各「地方」の面積は三万数千平方キロメートル。日本で言ったら、九州か、それよりも少し狭いぐらいの広さでしょうか。
 また、Vividのコミックス第3巻には『ミッドチルダ南部 エルセア(地方の)第9地区』という表現があるので、『それぞれの「地方」は、またさらに九個ほどの「地区」に分かれている』という設定で行きます。
 ここでは『この「地区」が「面積としては」日本の県とおおよそ同じぐらいの感覚で、普通は、そうした「地区」ごとに日本で言う県庁所在地のような「中心的な都市」が一つずつある』と考えておくことにします。
 時間に余裕のある人は、将棋盤のような9×9のマス目を用意して、個々のマスに「地方名」をひとつずつ書き込んでいってみてください。(笑)】

 まず、ミッドチルダ世界の第一大陸の〈中央部〉は、それぞれ「東の大海廊」と「西の大海廊」とを直線的に結び付けているところの「北の大運河」と「南の大運河」によって、「北側・中程(なかほど)・南側」の三つの土地にほぼ等分されています。
(それら三つの土地を、さらに東西にも三等分したものが、上記の「九区画」です。)
 そして、「中程(なかほど)」の土地の中央部には、広大な「内海(うちうみ)」が広がっています。
 これは、かつての「内陸湖」が(運河によって外海と直接につなげられていたため)海面上昇によって大幅に拡張されたモノで、今では「南北が120キロメートルあまり、東西が400キロメートルほど」にも達しています。

 また、現在では、この「内海(うちうみ)」の東端部と西端部からさらに東西へと伸びた「幹線運河」が、それぞれ100キロメートルほど進んだところで南北に分かれ、そのまま「北の大運河」と「南の大運河」にまでつながっています。
 そのため、この「内海」へは、東西どちらの「大海廊」からも、南北いずれかの「大運河」と「幹線運河」とを経由して、たとえどれほどの大型船であったとしても、直接に乗り入れることができます。
(ミッドでは伝統的にテロ対策の一環として、地球で言う「ジェット機」や「ドローン」がすべて禁止されているため、現在でも、海路は「物資や人員の運搬」にとても重要な役割を果たしているのです。)

【なお、「大海廊」の幅は、最も狭い箇所(かしょ)でも軽く6キロメートルを超えているのですが、幅2キロメートルたらずの「中央ライン」の部分(海面上昇が始まる以前から「大陸縦断運河」として機能していた部分)を除くと、その水深は、当然ながら、最大でも20メートルほど、大半の場所では数メートルしかありません。
 そうした「浅さ」のため、大海廊の「局所的な水位」は、意外なほど暴風や豪雨の影響を受けやすく、また、外海と直接につながっているため、「二つの衛星(つき)による複雑な(しお)の満ち引き」や海流などの影響も受けやすくなっています。
 同様の理由によって、「大運河」や「幹線運河」や「内海(うちうみ)」もまた、それらの影響を受けやすくなっており……要するに、「条件さえ揃えば、たとえ内陸部でも意外なほど波が高くなる構造」になっています。
 StrikerSのアニメ最終話における「後日譚」の部分でも、スバルが活躍するシーンとして「海難事故」の現場が描写されていましたが、ミッドの「内海(うちうみ)」では、この種の海難事故が全く(あと)を絶ちません。
 波が高くなる原因は、基本的に『広さの割には、水深が浅い』という構造上の問題なので、なかなか「抜本的な対策」を立てることができないのです。
(言うまでもなく、レスキュー活動は「対症療法的な対策」でしかありません。とても嫌な言い方になってしまいますが、スバルたちがいくら人命救助に(はげ)んでも、「事故による犠牲者」が減るだけで、「事故そのもの」が減る訳では無いのです。)】


 さて、この東西に伸びた内海(うちうみ)と幹線運河によって、「中央区画」は南北にほぼ等分されているため、この「中央区画」だけは例外的に(九個ではなく)大きく六個の「地方」に分けられています。
 内海の北側には(西から順に)フォルガネア地方、タナグミィ地方(広義の首都圏地方)、クヴァルニス地方があり、同様に、内海の南側には(西から順に)ジェガニィ地方、プロトラム地方、ナードヴァル地方があります。
 また、この「中央区画」は、今もなお、政治的経済的に「ミッドチルダの心臓部」であり続けています。
(ちなみに、「プロトラム」という単語は、彼等自身の古典語で「最初の場所」を意味しており、要するに、「始まりの土地」の同義語です。)
【ミッドとか、プロトとか、ヨーロッパの言語と「偶然にも」音感がとても()(かよ)ってしまっている点については……まあ、御愛嬌ということで。(苦笑)】

 そして、首都圏地方の南岸部、中央やや西寄りに「首都クラナガン」があります。
 旧市街と新市街を合わせて全48区から成り、『総人口は軽く1200万を超える』という、ミッドで最大の都市です。

【なお、Vividのコミックスには、第1巻にも『ミッドチルダ 中央市街地』という記述があり、また第5巻にも『ミッドチルダ市内 魔法練習場』という記述があるのですが、『ミッドチルダという名前の「世界」の中に、また同じ名前の「都市」がある』という状況は、どう考えても不自然です。
 そこで、私も最初は『取りあえず、これらの「ミッドチルダ」は、すべて「クラナガン」の誤植であると考えておけば良いのではないか』と思っていたのですが、よくよく考えてみると、(こと)はそれほど単純ではありません。
 さらには……実に些末(さまつ)な話で恐縮なのですが……第8巻のMemory ; 39では「ミッドチルダ南地区 高町家」と書かれているのに、第16巻のMemory ; 81では(家の外観は「あからさまなコピー絵」であるにもかかわらず!)「ミッド中央区 高町家」と書かれています。(困惑)
 本当はどちらなのか、と自分なりにアレコレ考えてみたりもしたのですが……まあ、結論としては、『あまり細かな地理にはこだわらない方が良い』ということですね!(笑)

 と言いつつ、もう少しだけこだわってみると(苦笑)、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ04」によれば、St.ヒルデ魔法学院は『首都から快速レールウェイで1時間』ほどの場所にあるはずです。
 わざわざ「快速」と言っている以上、おそらくは、リニアのような代物でしょうから、普通に考えて「300キロメートル」どころの距離ではないはずです。
 どう考えても「徒歩で通える距離」ではないのですが、Vividのシリーズには、ヴィヴィオたちが通学に「乗り物」を利用しているような描写が全くありません。
(無印のなのはたちは、海鳴市内でもバスで通学していたというのに!)
 そう考えると、Vividにおける「高町家」の所在地は、実際には、『首都クラナガンよりもずっと北方の、St.ヒルデ魔法学院やベルカ自治領にも(ほど)近い場所(ところ)にある』と想定した方が良いのでしょうか?
 それでも、IMCSの試合会場やナカジマジムなどは、明らかに首都クラナガンの近辺に存在しているはずなので……あるいは、「同サウンドステージ04」で紹介されていたSt.ヒルデ魔法学院と、ヴィヴィオたちが実際に通っているSt.ヒルデ魔法学院とは「別のキャンパス」であるものと想定した方が良いのでしょうか?

 自分なりにアレコレ悩んだりもしてみたのですが……Vividのコミックス第1巻のラストには、「アラル港湾(こうわん)埠頭(ふとう)」などという地名も出て来ますので……この作品では、取りあえず、以下のような設定で行こうと思います。
『新暦72年の3月に地球を離れてミッドに転居して以来、なのはとフェイトはずっと「管理局の官舎」や「機動六課の隊舎」などで生活していたが、76年3月、機動六課の解散と(翌月からの)ヴィヴィオの就学に合わせて、なのはは私費で、St.ヒルデ魔法学院の「首都圏キャンパス」にも(ほど)近い「アラル市の南東地区」に自宅を購入した』
(なお、アラル市の具体的な位置については下記のとおりです。)】

 新暦32年の「遷都百五十年祭」の後、首都クラナガンの市街地は「東側に」大きく拡張されましたが、実のところ、他の方角にはもう拡げようがありませんでした。
 と言うのも、旧市街の南側は、内海(うちうみ)に面しており、西側と北側は、幅の広い運河にぐるりと囲まれていたからです。
 かつて「ほぼ無人の土地」に新たな首都が造営され始めた時点では、『将来、この首都の人口が一千万人をも超えることになる』などとは誰も予想しておらず、内海に面した「ほぼ正方形」の市街地の、南西端から北西端を経由してほとんど北東端にまで至る「相当な規模の運河」が、新首都の物流のために新たに掘り抜かれたのでした。
 レールウェイの終着駅(ターミナル)や空港や次元港などは、すべて、この市街地の東側の郊外に築かれ、後に、それらの施設を呑み込んでゆくような形で「新市街」が造営されていきました。
 そして、今も「人間の居住地」は新市街の東側へ、さらに東側へと海岸沿いに拡張を続けているのです。

【なお、この運河を(はさ)んで、首都「旧市街」の北側に隣接しているのが「アラル市」です。なのはの自宅は、この運河の終着点である「アラル港湾埠頭」の近く、『少し南東へ行けば、すぐに首都クラナガンの「新市街」にも出られる』という絶好の立地にあります。】

 また、タナグミィ地方(広義の首都圏地方)の人口は、おおむね「内海(うちうみ)に面した南端部」と「北の大運河に面した北端部」に集中しており、両者の間には、意外にも(?)首都の巨大な人口を支えるための「広大な農地」が広がっています。
 また、タナグミィ地方の西側にあるフォルガネア地方は、アルト・クラエッタが新暦82年から所属している「陸士147部隊」の所在地であり、タナグミィ地方の東側にあるクヴァルニス地方は、「プロローグ 第8章」にも登場する「メルドラージャ家」(コロナの(とつ)ぎ先)の所在地です。

 一方、内海の南岸部、ちょうど「その内海を(はさ)んで、首都クラナガンと南北に向き合っている場所」には、今も「旧都パドマーレ」と呼ばれる都市があります。
 大昔からの伝統的な市街地は、もうすべて内海(うちうみ)の底に沈んでしまっていますが、『もはや海面の上昇は避けられない』と解った時、パドマーレの人々は、市街地の南側に広がる「ちょうど良い高さの高台(たかだい)」の上に「新市街」を築いて、そちらへ移り住んだのです。
 ミッドチルダは現在、地理上の区分に合わせて、行政的にも三つの「州」に分かれているのですが、パドマーレの人々は今でも、東半部の州都ヴァストーラを「東都」と呼び、西半部の州都ラムゼリエを「西都」と呼び、首都クラナガンを「北都」と呼び、自分たちの都市のことを(あたかもクラナガンと対等の存在であるかのように)「南都」と呼んでいます。
(実際には、もう二百年も前に、新首都クラナガンへの「遷都」が実行されて以来、パドマーレは単に「中央州の州都」であるに過ぎないのですが。)

【なお、これら三つの「州都」の人口はそれぞれ600万人を超えており、「第五位の都市」の人口はせいぜい300万人たらずですから、軽く倍以上の開きがあります。
 そのため、これらの都市圏は「狭義の首都圏」と合わせて、ミッドでは今でも「四大都市圏」と呼び(なら)わされています。
また、人口が100万人を超える「中核都市」は、ミッド全体でも二百個たらずしかありません。
(ごく大雑把に言って、「大半の地方に一個ずつ」といったところでしょうか。)
 実のところ、ミッドは、巨大な都市が意外と少なく、総人口が十数万人から数十万人程度の小さな「地方(いなか)都市(まち)」が非常に多い世界なのです。】

【ちなみに、かつてミッドの「南極大陸」は全面的に氷床に(おお)われていた訳ですが、その大陸がそのような姿になったのは、地質学的には「およそ八百万年前」以降のことで、それ以前の時代には(現在と同様に)その大陸に氷床など全くありませんでした。
 当然ながら、その時代には海水面も現在とほぼ同じ(正確に言えば、もう少しだけ高いぐらいの)水準であり、〈第一大陸〉でもその海水面に合わせた高さで「沖積(ちゅうせき)平野」が発達して行きました。
 その後、惑星ミッドチルダの寒冷化は、何万年もかけてゆっくりと進行していったため、地震の度に液状化していたような軟弱な地盤も、地下水位が(海水面の下降に合わせて)ゆっくりと下降して水分が抜けて行くとともに、次第に「それなりに」堅固な地盤へと変わって行きました。
 もちろん、それから「およそ八百万年」の間に、それらの地盤も、多くが隆起したり、逆に沈下したり、あるいは風雨に浸食されたりもしましたが、「大昔の沖積平野」のうちの何割かは、そのまま「海抜20メートルあまりの高台」となって生き残りました。
(昔、ミッドの人々は、『なぜ、大陸の随所(いたるところ)に「同じような高さの」高台ばかりがあるのだろうか?』と首をひねっていたようですが、実は、そういう理由があったのです。)

 旧暦の時代に海水面が再び上昇すると、当然ながら、それらの高台は「新しく人間が住むのに、ちょうど良い高さの土地」となりました。だからこそ、パドマーレの人々もそちらに新市街を築いて移り住むことができた訳ですが……実際のところ、他にも「故郷の土地が水没しても、すぐ近くにある高台に移り住むだけで済んだ人々」は、相当な数に(のぼ)りました。
 ミッドチルダで、海面上昇に(ともな)う社会的な混乱が最低限に(おさ)えられたのも、ひとつには、これが原因だったのです。
(もうひとつの原因に関しては、また「第一部」で述べます。)】

 次に、「北部区画」の北側の三分の二ほど(普通であれば、「地方」六つ分の土地)は、実に広大な「ベルカ自治領」となっており、外洋に面した北岸部には峻険な〈ヴァニセイム山脈〉がそびえ立っています。
 大昔から、北極圏の「海洋プレート」が南下して、こちらの「大陸プレート」の下に(もぐ)り込み続けているため、双方の大陸地殻同士が衝突し、結果として、その衝突している部分(大陸の北辺部)が隆起しているのです。
(当然に、火山や地震も、他の地域より多くなっています。)

【ちなみに、この自治領の総面積は、20万平方キロメートルを超えており、日本で言うと、ほとんど「本州」にも匹敵しそうなほどの広さです。
「SSX」には『聖王教の信者たちが、ベルカ自治領の中で(それなりにキツい)巡礼の旅を続けており、シスター・シャッハとセインがそれに付き添っている』という描写があるので、私も『この「ベルカ自治領」というのは、それなりの広さなんだろうなあ』と思い、こうした設定を組んでみたのですが……正直、ちょっと広く設定しすぎたかも知れません。(苦笑)】

 そして、ベルカ自治領の南側には(西から順に)ヘレニゼア地方、ヴァゼルガム地方、トゥヴァリエ地方があります。
 まず、西側のヘレニゼア地方は、「キャラ設定1」でも述べたとおり、ニドルス・ラッカードやミゼット・クローベルの故郷であり、また、ルキノやディアルディアの生まれ故郷でもあります。
(ディアルディアについては、「プロローグ 第8章」を御参照ください。)

 次に、ヴァゼルガム地方は、首都圏とベルカ自治領とを結ぶ交通の要衝であり、「北の大運河」に面した南側の土地には、幾つもの港湾都市が並んでいます。
 また、首都クラナガンの「中央ターミナル」からは、ベルカ自治領の入り口まで(大運河の下をくぐって)一直線に「快速レールウェイ」が走っており、ヴィヴィオたちはしばしばこの「中央幹線」に乗り、一時間以上かけてベルカ自治領の南端部にある「聖王教会本部」を訪れていました。
(一般車両用の「中央幹線道」もまた、この線路の西側を並走する形で首都と自治領とを一直線につないでいます。また、この作品では、St.ヒルデ魔法学院の「本部キャンパス」も、ヴァゼルガム地方の中央部、この「中央幹線」および「中央幹線道」の沿線にあるものと考えておきます。)
 一方、トゥヴァリエ地方では、広大な森林の中に(首都圏地方やクヴァルニス地方やザスカーラ地方などでもよく見られる種類の)堅固な岩盤でできた「ドーム状の丘」が点在しており、かつてファビアが祖母とともに暮らしていた「魔女の家」も、その森の奥にあります。

 また、「北東区画」の南西部(トゥヴァリエ地方の東隣)にはザスカーラ地方(ダールグリュン家やサラサール家などの所在地)が、「東の大海廊」に面した中東部には人口の多いリガーテ地方(アイシスの故郷)があります。

 次に、「東部区画」の中央部には〈ゆりかご〉が眠っていた「ほぼ無人の」自然保護区であるオルスタリエ地方があり、その北側にはベガティス地方(後述)が、南側にはセレムディ地方(後述)が、西側にはかつて「スカリエッティの研究所」が存在していたゲランダン地方があります。

【なお、セレムディ地方は、シャーリーやグリフィスや、(のち)に述べるエトラ・ヴァグーザの生まれ故郷であり、また、「いろいろな世界からの移民」やその子孫たちが、意外なほど数多くバラバラと住んでいる地方でもあります。
(エトラについては、「プロローグ 第7章」を御参照ください。)
また、新暦93年には「なのはの娘たち」が初めてベガティス地方の陸士245部隊に配属され、翌年には、それなりの活躍をするのですが……その件に関しては、「プロローグ 第10章」を御参照ください。】

なお、「南東区画」の南岸部の西側にあるアラミィ地方には、早くから〈最初の人々〉の分派が住み着き、それから数百年後には(今から二千年以上も前には)彼等はその土地の気候風土に根差した「独自の文化」を形成するに至りました。
 しかし、その土地の気候風土は「偶然にも」日本列島の太平洋岸の気候風土と酷似していたために、結果として、アラミィ地方の伝統文化は「意外なほど」日本の(南方系の)伝統文化とよく似た代物になりました。
 実のところ、今では首都圏地方でも時おり見られる「高床式の木造建築、板張りの床に(たたみ)を敷く習慣、食事に(はし)を用いる習慣、前で合わせて帯で締める形式の衣服、米と魚を中心とした食文化、居酒屋、抜刀術」などは、すべて、このアラミィ地方の伝統文化に由来するものなのです。
【私は『あれほど多くの文物が「すべて、日本から直接に伝来した」と考えるのは、さすがに無理がある』と思い、こうした設定を組んでみました。】

 そして、「南部区画」の中央やや北寄りには、東西に長く〈アルトセイム山脈〉が走っており、その北側は標高もやや低く中央区画にも接しているため、随分と開けているのですが、一方、南側の(ふもと)は標高もやや高く、一面に森林や草原が広がる自然の豊かな土地になっており、まとめて「南部辺境」と呼ばれています。
 その「南部辺境」の中の、西側がパルテリス地方(フェイトやアルフの故郷)で、中央がシュラウマン地方で、東側がアルマナック地方(エーデルガルトの故郷)です。

【なお、ユーノの生まれ故郷も「表向きは」この南部区画ということになっています。スクライア一族がミッドに滞在する際には、大体いつも、この区画の南岸部(シュラウマン地方のさらに南側)にキャンプ地を設営することになっているからです。
 そのため、ユーノも実際に6歳の春から二年の間は「一族にとっては馴染(なじ)みの深い、その南岸部」にある魔法学校の寮で生活をしていました。】

 一方、「北西区画」の中央部には「フランカルディ家(旧総督家)の本拠地」たるラグジャナム地方があり、その北西区画の南側には(東から順に)クラムディン地方(ヘレニゼア地方の西隣。ルーテシアの生まれ故郷)、アンクレス地方(プレシアとアリシアの故郷)、クルメア地方(山猫としてのリニスの故郷)があります。

【なお、アンクレス地方は、アインハルトの祖先が「ハインツからニコラスまで」13世代に亘って住み続けた土地でもあります。イングヴァルト家は、アインハルトの祖父エーリクの代になって、初めて首都クラナガンの近郊に移り住みました。】

 また、「西部区画」の北東部(フォルガネア地方の西隣、クラムディン地方の南隣)には森林の多いメブレムザ地方(メガーヌの生まれ故郷)があり、また、「西の大海廊」に面した中西部には人口の多いソルダミス地方が、さらに、その南側には何かと問題の多いキルバラ地方があります。

【なお、公式では、エイミィの故郷は「ミッドチルダ中央・西部都市群」という設定になっているのですが、表現が妙に抽象的なので、この作品では、もっと単純に「ソルダミス地方」ということにしておきます。
 この作品では、『エイミィの実家は今もそこにあり、彼女の両親と弟夫婦とその子供たち(実際には、養子)が、三世代で普通に仲良く暮らしている』という設定です。】

 そして、「南西区画」の北東部にはドーブリス地方(カウラ・ゼレミードたちが、かつてギンガとスバルを「製作」した違法研究施設の所在地)があり、また、「西の大海廊」に面した中西部には、原作にも頻繁(ひんぱん)に登場するエルセア地方(クイントやティアナの故郷)があります。
 この地方の総人口は軽く一千万人を超えており、(リガーテ地方やソルダミス地方と並んで)今では「ミッド中央部」の中でも「中央区画の六つの地方」に()ぐほどの人口規模となっています。
 また、クイントやティーダの墓がある「ポートフォール・メモリアルガーデン」は、西の大海廊に面した高台の上にあり、天気さえ良ければ、大海廊の対岸(西半部のヴァイゼラム地方)まで肉眼で確認することができます。

【原作では、エルセア地方は「ミッド西部」と表現されることも多いのですが、この作品では、上記のような設定で行きます。
 なお、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ04」には、『六課の休日に、スバルとティアナがヴァイス陸曹からバイクを借りて、二人で墓参りに行って帰って来る』という描写があるのですが……私が独自に設定した地図をよく見ると、クラナガンとエルセア地方は、軽く1000キロメートル以上も離れています。
『……あれ? この距離をタンデムで一両日中に往復するなんて無理なんじゃね?』
 という訳で、誠に勝手ながら、この作品では、『ミッドには、バイクごと乗り込むことができる夜行列車(快速レールウェイ)が普及していて、スバルとティアナもエルセアまでの道程(みちのり)の大半はそれに乗って移動をした』という設定にさせていただきます。(苦笑)】


 ちなみに、とてもよく似た名前の「オルセア」は、「SSX」に登場する「ルネッサ・マグナス」の故郷で、もう長らく内戦が続いている管理外世界の名前なのですが……。
 この作品では、『オルセアで内戦が始まる前、今から何百年も昔に、その世界から大量の移民が「ヴァイゼン経由で」ミッドにもやって来て、今で言うエルセア地方に住み着いた。「エルセア」という名前も、元来は「オルセア」が(なま)ったものである』という設定で行きます。

【この「SSX」には、『ギンガが、ただ「ルネッサ」という名前を聞いただけで、彼女の出身はオルセアの方か、と推測できてしまう』という描写があり、それに続けて『マグナスという苗字は、ミッドでもよくある苗字だ』という意味内容の会話があります。その二点から、私は上記のような設定を思いつきました。
 なお、この作品では、『マグナスだけではなく、ランスターも「オルセアではよくある苗字」のひとつだ』ということにしておきます。
 さらに、『エルセア地方の対岸にあるヴァイゼラム地方は、その名のとおり〈管3ヴァイゼン〉からの移民が多く住み着いた土地であり、「西部区画」のキルバラ地方も、やはり大昔に〈外1キルバリス〉からやって来た大量の難民が住み着いた土地である』という設定で行きます。】

 また、「ルーフェン」という地名(?)について、ですが……。
 Vividのコミックス第13巻の冒頭では、セインがイクスヴェリアの小さな分身に関して、『次元移動とかしない限りは(本体との)通信が切れたりはしないだろう』と述べているので、私はそれを読んで、『要するに、「この分身が動ける範囲は、ミッドチルダの中だけ」という設定なのだろう』と思いました。
 一方、同13巻の後半では、ルーフェン紀行に関して、コロナとイクスヴェリアの分身が『イクスさんもいっしょに行きましょうね!』→『コクコク』という会話(?)をしているので、私は当然に、『それならば、きっと「ルーフェン地方」はミッドチルダの中の「地域名」なのだろう』と考え、最初は、その判断に基づいてこの作品の基本設定を組み立てていました。
【その段階では、『ルーフェンはミッドの〈東半部〉にあって、〈外35号天〉からの移民が大量に暮らしている地方の名前である』と想定していました。】

 しかし、第14巻を読むと、冒頭の場面でも、全員の集合場所が「ミッド中央次元港」になっており、ルーフェンは「ミッドとは別の世界」として描かれています。
【ヴィジュアルとしては、原作内に「次元航行船」の描写が全く無いので、ちょっと解りづらいのですが、ミカヤの刀が遅れて現地に届けられた時、彼女が『刀剣は次元船でも列車でも持ち運べませんから……発送をお願いしていたんです』と述べているので、「実際には、ヴィヴィオたちは次元航行船と列車を乗り継いで、リオの故郷までやって来たのだ」と解ります。】

 にもかかわらず、イクスヴェリアの分身も、ごく普通にルーフェンに来てしまっているんですが……これは「次元移動」ではないのでしょうか?(困惑)
 さらには、エドガーの妹クレアが、ルーフェンでフツーに働いているんですが……もしかして、ミッドとルーフェンは「とても近い」のでしょうか?(引き続き、困惑中)
 あれこれ考えましたが……この作品では、『イクスヴェリアの分身は「自立型の端末」なので、他の世界へ行っても普通に「活動」をすることはできたが、実は、その間は本体との「連絡」は切れてしまっていた。また、ルーフェンは〈第10管理世界〉で、ミッドからもそれなりに近い』という設定にしておきます。

 なお、第16巻には、ルーフェン在住のキャラクターが『主要世界じゃ(伝統武術よりも)魔法戦競技の方が主流だからね~』とやや寂しげに語るシーンがあり、この言い方だと、『ルーフェンは「主要な世界」のうちには入っていない』という意味にも受け取れてしまうのですが……。
 第一に、民間人がミッドとルーフェンの間をあれだけ自由に行き来している以上、ルーフェンも決して「管理外世界」という扱いではないはずです。第二に、コミックスの描写を見る限り、ミッドからの所要時間もさほど長くはありません。
 ルーフェンが『ミッドの近くに在る管理世界だが、主要な世界ではない』ということは……特定の管理世界が「主要な世界」と呼ばれるためには、やはり、一定の経済力とか技術力とかが要求される、ということなのでしょうか?
あれこれ悩みましたが……やはり、この作品では、『ルーフェンもまた「主要な世界」のうちの一つであり、ただ単に「リオの故郷がルーフェンの中でも割と田舎(いなか)の方だった」というだけのことだ』という設定にしておきます。
 これもまた、悪しからず御了承ください。


 ところで、また話はがらりと変わりますが……最後に「出身世界による髪の色の違い」についても、少しだけ述べておきましょう。

【なお、アニメ版の無印やA’sを観ていると、なのはのクラスメートの中にも「とても地球人とは思えない色合いの髪をした子たち」が何人か混じっているのですが……今回、「地球での描写」に関しては、目をつむっていただければ幸いです。(苦笑)】

 どうやら、ミッドチルダにおける〈最初の人々〉は、頭髪に関しては、ほぼ赤系の色素と黒系の色素しか持っていなかったようです。
 そのため、今でも「生粋のミッド人」は、大半が(各々、シャンテ、ノーヴェ、エイミィ、ミカヤのような)「橙~赤~茶~黒」といった色合いの髪をしています。
 もう少し黄色がかった栗色の髪などもさほど珍しくはありませんが、同じ「赤系統」でも、さらに色の淡い(ミウラのような)桜色の髪や(セッテのような)ピンク色の髪などは、割と珍しい部類に属します。

【なお……地球でも、『小さい頃には金髪だった人が、成長とともに髪の色が濃くなり、最終的には茶髪になる』という話はさほど珍しくもないのですが……ミウラやセッテも、大人になると、もう少し髪の色が濃くなります。この点もまた、悪しからず御了承ください。】

 また、さらに珍しい「鮮やかな金髪」や「青系~紫系の髪」や「緑色の髪」の人たちは皆、他の世界の血筋が混じっているものと考えて、ほぼ間違いないでしょう。
(もちろん、昔から多くの移民を受け入れて来たミッドでは、「それによる差別」などは全く無いのですが。)

 さて、ミッド以外の諸世界に目を向ければ、(クレモナを始めとして)金髪などさほど珍しくもないのですが、ミッドの中で金髪と言えば、それはもっぱら「ベルカ系」の人々です。
【ヴィヴィオやファビアは、もちろんのこと、フェイト(と言うか、アリシア)も、実は、ベルカ系の血筋をかなり色濃く受け継いでいた、という設定で行きます。】

 ベルカ世界では、「北方および東方」と「南方および西方」との間には、民族的にも文化的にも相当な違いがありました。
 髪の色に関しても、北方や東方では色素の薄い人が多く、カリムのような金髪、ヴィクトーリアのような淡い金髪、チンク(と言うか、エリーゼ・エスクラーナ)のような銀髪、ゼストのような灰色の髪の他にも、コロナのような亜麻色の髪、アインハルトのような銀緑色の髪、エドガーのような灰青色の髪なども、よくある色合いでした。
 また、レティやルキノやシャッハやジャニスやウーノ(と言うか、ドーラ・ザロネア)のような紫系の髪も、ベルカの北方や東方では、割とよくある色合いでした。
 一方、南方や西方では(ミッドと同様に)赤系と黒系が多く、イクスヴェリアのような明るい橙色の髪から、ジークリンデのような漆黒の髪まで、さまざまな色合いがあったようです。

【なお、コミックス第10巻には、ヴィクトーリアから『(あなたは)どこか良家のお嬢様だったりするのかしら』と問われたコロナが、慌てて『うちは先祖代々、普通の家庭です!』と答える場面があるのですが……。
 ここで言う「普通」は、『あくまでも、ダールグリュン家のような「元々は貴族だった名家」に比べれば、の話である』という「解釈」をしておきます。
 そして、この作品では、『コロナの実家は相当に裕福な家庭だが、決して「元を正せば貴族」などという家柄では無い。父系の祖先をたどれば確かにベルカ系だが、古代ベルカでは、IRで終わる苗字は典型的な「職人階級(平民)の苗字」だった』という設定で行きます。

 また、「ティミル」の他、「アヴェニール」や「シェンドリール」も、こうしたベルカ系の苗字であり、IRのIが短母音で発音されたり長母音で発音されたりしているのは、ただ単に、ミッド語では『単語の最後の音節の母音が単母音で、その母音にアクセントがついた場合、語尾が単子音であれば、その母音は少し長めに発音される』というのが「一般則」だからです。
(つまり、ティミルは「ティ」の方にアクセントがある、ということになります。)
 もちろん、実際には、「アヴェニール」という名前は(アルカンシェルなどと同様)フランス語の単語から取って来た名前なのですが、この作品では、その点に関しては目をつむらせていただくことにします。(苦笑)】

 そして、ミッドチルダにおいて、ベルカ系以外で「青系~紫系の髪」と言うと、それはおおむね「オルセア系」の人々か、さもなくば「号天系」の人々、ということになります。

【エルセア出身のクイントやハリーは、当然に、オルセア系の血筋を色濃く受け継いでおり、クイントの「()のクローン」であるギンガやスバルも同様です。
 ただし、オルセア全体としては、ティーダやティアナやルネッサのような「茶色、橙色、黄土色」といった色合いの髪の方が、むしろ多数派のようです。】

 なお、リオはルーフェン生まれですが、ルーフェンは元々〈号天〉の植民地だったため、彼女も号天系の血筋を強く受け継いでおり、(従姉(いとこ)のリンナと同様に)紫系の髪になっています。
【また、メガーヌとルーテシアも、実際には「単なるベルカ系」ではなく、号天系の血筋をもかなり色濃く受け継いでいた、という設定で行きます。】

 一方、リンディやセイン、マリエルやラッドのような緑色の髪は、おおむね「ファストラウム系」か、さもなくば「ヴァイゼン系」です。
 ただし、両世界とも、多数派はミッドと同様、(ヴァイスやラグナ、アルトやトーマのように)「茶色ないしは黒」であり、緑色の髪は割と少数派のようです。

【一般には、『ファストラウムやヴァイゼンにおける緑色の髪は、「今から1400年あまり前に滅び去った〈無4ゲボルニィ〉からの大量の難民」に由来する特殊な形質だ』などとも言われていますが、詳しい事実関係はよく解っていません。
(ゲボルニィからの難民は、相当な人数がゼナドリィにも渡ったはずなのですが、ゼナドリィには古来、緑色の髪の人間など一人もいませんでした。あるいは、同じゲボルニィ人の中にも「人種の違い」のようなものがあったのでしょうか。)
 ともかく、この作品では、『リンディやセインは、ファストラウム系の血を、マリエル・アテンザやラッド・カルタス(陸士108部隊で、ギンガの上官だった二等陸尉)は、ヴァイゼン系の血を、それぞれ色濃く受け継いでいる』という設定で行きます。】


 なお、ヴェロッサ・アコースに関しては、『彼は査察官になって以来、日常的に髪を染めて生活をしている』という設定で行きます。
 彼も血筋の上ではベルカ北方系の人間なので、本当はもっと淡い色合いの(アインハルトと同じような銀緑色の)髪をしているのですが、査察官はしばしば正体を隠して行動しなければいけないので、彼は「ちょっとした変装」のつもりで、普段から髪を濃い緑色に染めているのです。
(時には、必要に応じて、もっと違う色に染めることもあるようです。)


 

 

 【第1節】事件当時の各人の動向。(前編)

 
前書き
 この章の内容は、おおむね「無印とA’sの主要登場人物たち」が〈マリアージュ事件〉には全く登場しなかったことの理由づけと、Vividの前日譚です。
「SSX」の内容それ自体については、あまり「丸写し」のような紹介はできませんが、皆さんも、できればどこかで聴いてみてください。
 なお、現実の話としては、「SSX」は西暦2008年に発表されました。つまり、StrikerSの初放送の翌年、VividとForceの連載開始の前年のことです。
 察するに、「SSX」は、かなり厳しい日程の中で造られた作品だったのでしょうか。「単品」としてはそれなりに出来の良い話なのですが、StrikerSやVividとの間には、少し「つながり」の悪い点があります。
 例えば、「SSX」の中では、6月の末に、スカリエッティが『ドゥーエの命日が近い』と発言していますが、StrikerSでは、ドゥーエが死亡したのは9月のことのはずです。
 また、「SSX」では、『ミッドでの〈マリアージュ事件〉は、78年6月末の出来事である』という描写になっているのですが、それだと、『その事件の終了からVividの開始まで、丸10か月も()()いていない』ということになります。
 そんな短期間のうちに、ノーヴェがヴィヴィオに格闘技を教え始めてから、あれほどの腕前にまで成長させたり、ルーテシアがマウクランからカルナージに引っ越してから、あれだけ多くの施設を整えたり、できるものなのでしょうか。
 あくまでも個人的な感想ですが、ちょっと無理っぽい気がします。

 そこで、この作品では、『あの「SSX」は「正編」とは少し別の時間線の話なのだ』ということにして、「プロローグ 第2章」でも述べたとおり、『ノーヴェがヴィヴィオに格闘技を教え始めたのも、ルーテシアがカルナージに引っ越したのも、新暦77年のうちの出来事だった』という設定で行きます。
 結果として、『この作品は、「正編」とも「SSX」とも少しばかり別の時間線の話だ』ということになってしまうのですが……悪しからず御了承ください。

 

 


 明けて、新暦78年。
 4月も下旬になると、ユーノ司書長(22歳)がまたもや珍しい病気にかかり、8月まで長期入院することになりました。
 なのはとフェイトはそれを知ると、早速、見舞いに行きましたが、ユーノはその病室で「七年前に主治医から聞かされた話」を初めて、この二人だけにそっと打ち明けます。
 それは、あくまでも「ひとつの仮説」でしかありませんでしたが、『ユーノの生まれつきの免疫力が普通の人よりもかなり低い』という事実の理由づけとしては、確かに納得のゆく仮説でした。
十五歳の時点で早くもこれを知らされていたのなら、ユーノが恋愛や結婚などに対して前向きになれずにいたのも当然のことだった、と言って良いでしょう。(←重要)
 随分と重い話を聞かされてしまいましたが、なのはとフェイトは『この件については決して他言しない』ことを約束してから、家に帰りました。

 その晩、夕食の席で母親たちから『司書長が入院した』という話を聞かされると、ヴィヴィオも翌日、学校が終わってから、すぐに〈本局〉内の病院の「特別待遇」の病室を(たず)ねました。
 主治医ウェスカ・ラドール(52歳)の許可を得て、ユーノはヴィヴィオ(9歳)と普通に会話をします。
「感染するような病気じゃないから安心していいよ」
 ユーノがそう言って「おいで、おいで」をすると、ヴィヴィオは喜んでベッドの脇に駆け寄り、『ようやく司書の資格も取れたし、検索魔方陣も幾つか覚えたから、いろいろと調べてみたい』という内容の「お願い」をしました。
「そうだね。じゃあ……もし暇があったら、大航海時代の資料をざっと分類整理しておいてくれないかな。昨年に亡くなった〈三元老〉の意向で、一昨年の夏に無限書庫に運び込まれたんだけど、忙しくすぎて全く『手つかず』のままになっているんだよ」
 ヴィヴィオが快諾すると、ユーノは彼女に「認証キー」を渡します。
 そして、ヴィヴィオは、以前にユーノから教わった「検索魔方陣」の練習を兼ねて、ユーノからの依頼を実行に移したのでした。
(このスキルは、後に〈マリアージュ事件〉の際にも、大いに役に立ちます。)


 ちなみに、リンディ(51歳)は、この年の5月の末に「三度目の里帰り」をしました。
 もう少し具体的に言うと、母ディサの「祀り上げ」のため、父ヴェラルドの祀り上げ以来、実に15年半ぶりで故郷の〈管4ファストラウム〉をまた「ミッド経由で」訪れたのですが、まだ少し時期が早かったため、〈マリアージュ事件〉などには全く出くわさずに済みました。
 思えば、いつの間にか、母親(享年、46歳)よりも、自分の方が年上になってしまっています。リンディにとっては、これも何と言うか、大変に感慨深いものがありました。
そして、祀り上げの儀式の後、リンディは「墓標と遺骨の撤去」を墓地の管理人に任せて、またミッド経由で地球に戻りました。
『これで、私がファストラウムを訪れる機会は、もう無いのかも……』
 リンディはふとそんなことを思いましたが、実際には新暦94年の11月に、彼女はもう一度だけ故郷の土を踏むことになります。


 さて、〈マリアージュ事件〉の頃、(ミッドでは、新暦78年の6月から7月にかけて)なのはやフェイトやはやてたちは、皆それぞれに別の世界へ行っており、長らくミッドからも〈本局〉からも遠く離れていました。
(ただし、ユーノだけは上記のとおり、ただ単に〈本局〉内で入院中でした。)
 その時期の各人の動向は、以下のとおりです。
【当初の想定よりも文章がだいぶ長くなってしまったので、二つの節に分けました。はやての動向については、また次の節でやります。】


 まず、クロノ提督(27歳)は、ついに犯罪組織〈永遠の夜明け〉の本部所在地を突き止め、6月の末日には、艦隊を率いてこれを強襲しました。
 場所は〈管13マグゼレナ〉第一大陸の北方に拡がる山岳地帯。ごく平凡な岩山の内部が大きく()()かれて、巨大な「地下基地」が築かれていたのです。
 クロノ提督は過剰戦力の投入でその地下基地を一気に制圧すると、一介(いっかい)の執務官だった頃のように、みずから先陣を切って基地の最奥部へと向かい、単身で組織の首領ドラクレオス(74歳)と対峙(たいじ)しました。
 場所は、組織内では「謁見(えっけん)()」と呼ばれている大広間です。
 しかし、ドラクレオスはその「若造(わかぞう)」に対して一方的に説教(?)を垂れ流した後、同席していた自分の妻子をも巻き込んで自爆してしまいました。

 工作班によるシステムへの介入がギリギリで間に合い、基地全体の自爆は何とか()い止めることができましたが、「謁見の間」は半ば崩落してしまい、首領とその妻子は、やはり助かりませんでした。
 遺体を調べてみると、首領の妻クラウゼスカ(70歳。通称、クラウザ)は夫と似たような年齢に見えましたが、その1男1女は、どう見てもまだ二十代の若者です。
 その後、押収された資料から判明したのですが、その男女はやはり〈プロジェクトF〉によって造られた「二人の本当の子供たち」のクローンでした。
 また、もう二十年以上も前から半身不随となっていた首領ドラクレオスはただの「顔」で、それ以来、組織運営の実権は「黒耀(こくよう)のクラウザ」の手に渡っていたようです。

 何はともあれ、クロノの部下たちは、自爆し(そこ)ねた「組織の幹部たち」全員を拘束しました。
 その中に、クラウザの妹ヴァルブロエム・レニプライナ(61歳。通称、レニィ)の姿があったのは、まったく「予想外の幸運」だったと言うべきでしょう。
【なお、マグゼレナ人の名前は、苗字、個人名の順なので、「ヴァルブロエム」の方が苗字です。主要な管理世界の中では、他にも、モザヴァディーメ人とデヴォルザム人とゲルドラング人がこの順となります。】

 その直後、クロノはレニィの口から直接に、〈プロジェクトF〉に(たずさ)わった「他の二人」についての証言を得ることができました。
 そのうちの一人は、もちろん、プレシアなのですが、実のところ、もう一人の、ギンガとスバルを造った人物については、今まで何ひとつ解ってはいなかったのです。
「カウラ・ゼレミードは、背後関係の無い『フリーの技術者』だったわ。あれからすぐに別の研究施設へ移されたと、私は聞いたけど……アレは『人間(ひと)としての、当たり前の倫理観』が全く身についていないタイプの、イカレた女よ」
 レニィは、自分のことは棚に上げて、嫌悪感も(あら)わにそう吐き捨てました。すでに観念したのか、彼女は他にも貴重な情報を幾つかクロノたちに漏らしてくれます。

「プロジェクトFも『個々の工程の具体的な意味』となると、私にもすべては把握できてないわ。すべてを正しく理解していたのは、多分、プレシア・テスタロッサとドクター・スカリエッティの二人だけよ。……私もそれなりに優秀な人間のつもりでいたけれど、あの二人は、私やカウラなんかとは根本的にレベルが違う……。
 まったく、プレシアはあれで『本来の専門分野は遺伝子工学じゃなかった』と言うんだから……『私なんて、本当に大した存在じゃなかったんだ』と思い知らされたわ。それに、あのドクターは元々『人間』では無いと言う話だから、プレシアはきっと『人間としては』管理局史上で二番目の大天才なんでしょうね」
「二番目? それでは、一番目は誰なんだ?」
「それは、もちろん、〈グランド・マスター〉よ! 決まってるじゃないの!」
 レニィは、親が子供に「当たり前のこと」を言って聞かせる時のような口調で、クロノにそう言い放ちました。
 しかし、その名前を聞いてもなお、クロノたちの表情からは疑問符が消えません。それを見て、レニィもまた驚愕の表情を浮かべます。
「ホントに知らないの? あの〈アルカンシェル〉を造った人物なのに!」
 そこへ、別動隊から緊急の報告が来て、クロノは一旦、その場を離れてしまったのですが、(あと)にして思えば、それが「一生の不覚」でした。
 その時点で、レニィは『すでに喋りすぎた』と激しく後悔していたのです。


 工作班が地底基地全体の自爆指令を間一髪で無効化した結果、別動隊はその基地の情報管制室で組織の秘密データを幾つも無事に押収(おうしゅう)していました。
 その中には、〈プロジェクトF〉の「具体的な工程」に関する情報も、「おおよそのところ」が含まれています。(←重要)

 ただし、クロノが呼ばれたのは、全く別の件でした。〈永遠の夜明け〉全体の組織図が、とても解りやすい形で出て来たのです。
 この組織には、ここマグゼレナの「本部」以外にも、他の六つの世界に一つずつ、合わせて六つの「支部」がありました。
 ただし、新暦70年には、〈管14シガルディス〉で管理局の地上部隊が『莫大な犠牲を出しながらも、そうした支部のひとつをようやく殲滅した』という話なので、残る支部はあと五つということになります。
 組織図によると、どうやら、それらの支部は〈管12フェディキア〉と〈管19ゲルドラング〉と〈管20ザウクァロス〉と〈管23ルヴェラ〉と〈外31バゼレニケ〉にそれぞれ一個ずつあるようですが……これにマグゼレナとシガルディスを加えた七つの世界は、まるでパルドネアを取り囲むように、その周囲に位置していました。しかも、それら七つの世界はいずれも、パルドネアとは一本の次元航路で直接に結ばれています。
 また、別のデータによると、どうやら、『この組織も昔はパルドネアに本部を置き、周囲の七つの世界に支部を置いていたが、統合戦争の時代の末期にパルドネア本部を丸ごと潰されてしまったため、生き残った幹部らの中では最有力者だった「ドラクレオスの祖先」が新たな首領となり、自分たちのマグゼレナ支部を新たな本部にした』という歴史的な経緯(いきさつ)があったようです。

 なお、組織全体が弱体化すると同時に、本部が西方へ移転した結果として、組織の勢力圏の東端に位置していたシガルディス支部にまでは「本部の統制力」が届きにくくなってしまい、他の支部には無い「特別のテコ入れ」が必要となったのでしょう。
 別のデータから、『ドラクレオスは、新暦33年に父親ラスカブロスから29歳で「首領」の地位を継承すると、すぐに自分の片腕で相婿(あいむこ)でもあった「パディリム・ロゲルモス」をシガルディス支部へと送り込み、その支部の新たな支部長に任命した』ということが解りました。
相婿(あいむこ)とは、相嫁(あいよめ)の男性版。つまり、「妻同士が実の姉妹であるような、男性同士の関係」を指す親族用語です。)
 さらに、『レニプライナは、裏の世界では有名な「ヴァルブロエム三姉妹」の末の妹だった』ということも解りました。
 つまり、『ロゲルモスと結婚したのは(消去法で考えて)クラウゼスカの上の妹(レニプライナの下の姉)だった』ということです。

【さらに後の調査で、その三姉妹の次女「ゲイラヴァルデ」は、新暦29年に〈管6パルドネア〉の首都アロムディを恐怖のドン底に陥れた連続猟奇殺人犯「血浴(けつよく)のゲイラ」(当時、16歳)と同一人物であることが判明しました。】

 また、ドラクレオスとクラウゼスカの間には、もう一人、マブザウロスという末子がいました。普通に生きていれば今年で42歳のはずですが、どうやら、彼は「ロゲルモスの長女アモルデ」と従兄妹(いとこ)同士で結婚し、あちらへ婿入りしたようです。
 確かなことは解りませんが、おそらくは、その二人も新暦70年の「シガルディス支部殲滅戦」で死亡したのでしょう。

 しかし、その頃、クロノたちがその場を離れている隙に、レニィは隠し持っていた毒薬で自決していました。
(あとは頼んだわよ、私の可愛いアモルデ……。)

 以上が、マグゼレナ第一大陸における「6月末日」の事件の概要です。
【この件に関しては、また「インタルード 第2章」で詳しくやります。】

【なお、クロノ提督はその後、まだ正確な所在地がよく解らない他の五つの支部についても捜査を進めました。
 そして、六年後(新暦84年)には、「管理外世界にある支部」を除いた他の四つの支部をすべて殲滅することに成功したのですが……実は、新暦70年に、シガルディス支部はただ闇に(ひそ)んだだけで、まだ決して滅び去ってはいなかったのでした。】


 次に、高町なのは一等空尉(22歳)は、他の世界における「航空戦技教導隊」を拡充するため、「教導官の指導員」として、幾つかの世界を巡回していました。
 今回は、まず5月には、〈管5ゼナドリィ〉の首都圏へ。次に6月には、〈管12フェディキア〉の首都圏へ。翌7月には、〈管8フォルス〉の第二首都圏へ。各々、一か月ちかく滞在します。
 そういう訳で、なのはは6月にも、父・士郎の「50歳の誕生日」のお祝いには出席できませんでしたが、リンディが通信用の設備を高町家の側に持ち込んでくれたので、美由希の夫・ロベールがまだ喫茶碧屋の方にいる間に、管理局の宿泊施設の部屋からリアルタイムで顔を見せ、父・士郎にお祝いの言葉を贈ることができました。
 以下は、その後の雑談です。

 美琴(0歳9か月)「あー、あー」(空間モニターに投影された映像に興奮気味。)
 なのは(22歳)「はーい。ミコトちゃーん。おぼえてるかなー? なのはおばちゃんですよー。(笑)」
【なのはは、昨年の末には長期休暇を取って地球の実家に滞在し、母親のお店の手伝いや姉の育児の手伝いなどを精力的にこなしていました。この件に関しては、前章の「第8節」の末尾を御参照ください。】

 美由希(30歳)「何言ってるのよ、なのは。0歳児が半年も前のことなんて覚えてる訳ないじゃないの。(笑)」
 士郎(50歳)「いやあ、それにしても、孫がいる生活ってのは、幸せなモノだなあ」
 桃子(46歳)「三十代で一度は死にかけた人だものね。正直に言うと、あの当時は、こんなにも長生きしてもらえるとは思っていなかったわ」
 士郎「当時は、医者からも『もう常人(ひと)並みの天寿が得られるとは思わないでほしい』とか言われたけどな。おかげさまで、まだ十年や二十年は何とか生きられそうだよ」
【二人は、孫バカで、今もラブラブです。(笑)】


 そして、フェイト執務官(22歳)は、4月の末から某事件の捜査を継続中でした。
 5月の末に、事件は〈管6パルドネア〉から〈管7モザヴァディーメ〉へと舞台を移して新たな展開を迎え、現地の「連邦首都パミカローデ」出身の執務官、カデロゼーパ・ヴィラーガ・ルキーテとの合同捜査となります。

【モザヴァディーメ人の名前は、氏族名、家族名、個人名の順です。カデロゼーパ氏族は元々武門の一族で、中でもヴィラーガ家は「諸侯」の家系でした。もちろん、現代では身分制は廃止されていますが、ヴィラーガ家が今も相当な名家であることに変わりはありません。】

 ルキーテは、フェイトと同い年ですが、執務官としてはまだ二年目の新人。つまり、ティアナと同期でした。
(彼女は「個人転送資質」の持ち主なので、モザヴァディーメからパルドネアやフォルスへは独力で即時移動をすることができます。)
 時間はかかりましたが、7月には、その事件も円満に解決されました。この事件は、後に現地名で〈ニジェムーガ事件〉と呼ばれることになります。

 そして、事件が無事に終了した後、フェイトは「同い年の先輩」として、また「友人」として、ルキーテから二人きりで個人的な相談を受けました。
 ひとつは、『仕事と家庭生活は両立するのだろうか』という、よくある話です。
 さらに、『補佐官のヴァニグーロは、乳兄弟でハトコだけど、実は恋人でもある。しかし、局でも……必ずしも明文で禁止されている訳ではないのだが……「配偶者を直接の部下に持つこと」はあまり歓迎されていない。もうひとつには、それで悩んでいる』とのことでした。

 フェイト(そう言えば、クロノ兄さんも、エイミィと結婚したのは、艦長になって執務官を事実上、廃業してからだったし、エイミィも産休明けには〈アースラ〉を離れて、〈本局〉に異動している。やっぱり、夫婦で同じ職場にいると、公私混同とかが起きやすくて良くないのかしら。)
 ルキーテ「それから……私は変な風習だと思うんですけど……ここモザヴァディーメでは昔から『乳兄弟との結婚』は『実の兄弟との結婚』に(じゅん)ずるほどの『重大なタブー』だと考えられているんです。もちろん、現代の法律では、禁止されてはいないんですけど」
 フェイト「ああ。昔ながらの『(ちち)()に準ずる』という考え方ね」

 実際、母乳は乳腺組織で血液を原材料として造られているのですから、『乳は血に準ずる存在である』という考え方は、ある意味では間違っていません。
 だからこそ、古代ベルカでは、「乳母(うば)の身分」も相当に高いものでしたし、「乳兄弟との結婚」も、やはり重大なタブーとされていたのです。(←重要)
 しかし、今時(いまどき)そんな理由で「結婚の自由」を制限するのは、決して合理的な判断とは言えないでしょう。
 フェイトは、『個人的に二人を応援する』とルキーテに約束しました。

【そして、三年後(新暦81年)に、二人は周囲の反対を押し切って結婚し、遠く故郷を離れて、フォルスの「第二首都ガスプシャルス」の近郊に新居を構えました。
 しかし、新暦83年の10月末、ルキーテはその新居で妊娠し、産休を取っている最中に、夫ヴァニグーロとともに消息を絶ち、そのまま行方不明になってしまったのです。】


 また、この時期、シグナム一等空尉とヴィータ二等空尉は〈無3バラガンドス〉で、他の尉官たちとともに「長期間の隊長研修」を受けていました。
(これ以降、二人は正式に「空士の」小隊を指揮することができるようになります。)
 なお、アギトは、シグナムの研修には「付き添い」が認められていなかったため、しばらく家で大人(おとな)しく留守番をしていましたが、あまりにも暇すぎたので、6月の末には管理局の許可を得て、独りルーテシアの許を訪れました。

【物語としての内容は「SSX」と同じですが、この作品では、『ルーテシアは、この時点ですでに、カルナージに転居していた』という設定で行きます。
(実際のところ、ミッドから見ると、マウクランまでは相当な距離がありますが、カルナージまでならば、さほどの距離ではありません。)】


 

 

 【第2節】事件当時の各人の動向。(後編)



 一方、八神はやて二佐(22歳)は、一昨年(76年)の春に機動六課が解散して以来、直接の上司であるレティ提督ともよく話し合った結果、昔の役職である「特別捜査官」として、個々の案件ごとに別個の小規模部隊を率いては、もっぱら〈中央領域〉の主要な管理世界へと足を運んだりしていたのですが、今年からは、もう少し遠方の世界へも足を伸ばしてみることになりました。
 その流れで、この年の6月には、リイン、シャマル、ザフィーラとともに〈管46クレモナ〉へと赴き、〈本局〉武装隊の新人陸士たちの訓練も兼ねて、現地クレモナの聖王教会からのちょっとした依頼をこなすことになります。

 出発の当日、はやては朝食後に〈本局〉の宿舎で〈管46クレモナ〉という世界について、その方面に詳しいシャマルから、以下に述べるような一連のレクチャーを受けました。
 クレモナは、地理的には「東部辺境への玄関口」とされる重要な世界で、ミッドから地球へ行く時にも必ず通過する経由地です。しかし、実のところ、はやてたちはまだ一度もクレモナに上陸したことはありませんでした。
(小6の時に行ったパルゼルマも〈アースラ〉でクレモナ経由やったし……そう言えば、ユーノ君が生まれたとかいう無人世界も、クレモナの近くや言うとったかなあ?)
 はやては、ふとそんなことを思い出しました。
【クレモナは重要な世界なので、ここで少し詳しく説明しておきます。】

 さて、クレモナの母恒星(たいよう)には、遠い伴星があり、その公転周期は600年あまりです。
 いわゆる「赤色矮星」としては最大級で、質量は主星の半分あまり。実際の明るさは主星の数パーセントですが、赤外線での放射が多いので、可視光領域に限ると1%以下、120分の1ほどの明るさしかありません。
 伴星の軌道半径は、地球で言う「80天文単位あまり」なので、120分の1を「8