ビンドポピアス世界線破却同盟①真実を知る覚悟があるなら、今ここで私と共に。失うものはあるかもしれないが、それでも進むべき道はある。闇を超えて、未来をつかめ―。
転生してきた世界で
大きな戦いが終わって一年がたった。大勢が死んだ。超兵器が飛び交い、文字通り大陸が四分五裂する凄まじい争いだった。図工王国はかつて算数大陸同盟に加盟していたが、技術家庭科国はIT合衆国と軍事同盟を結んで算数大陸同盟から脱退し、図工王国は美術人民共和国との国境争いを長年続けたが、ついに苦渋の講和を決断した。
黒エルフの家庭教師は、図工王国の技術力の低下が数学教育の遅れに繋がっていると真也に説明した。真也は家庭教師の誘いを断り、自分は魔法をやりたいと答えた。しかし、家庭教師は真也を図工王国のドローイング・ウィザードとして見込んでおり、彼を育てることを約束した。真也は喜び、両親に感謝の言葉を交わし、新たな未来に向けて歩き出した。
図工王国首都メルカトルの王立アカデミー学生寮で、真也は自分の過去を思い出していた。「転生してから、この世界で孤児として暮らしているが、実は本当の両親や姉貴もいるらしい。でも、この世界ではドローイング・ウィザードとして人様の世界線をデザインしアドバイスすることが仕事で、親父は子供を幸せにするために尽力するよう教えてくれた。」
しかし、孤児たちの人生について考えるうちに、自分自身の意思で生きたいと思うようになり、魔法の使い方やドローイング・ウィザードの技術を学ぶためにアカデミーに入学した。
「でも、以前に守れなかった二人の幸せを忘れることはできず、いつか学んだことを彼らのために使いたいと思う。」今日も、自分らしく生きることを誓いながら、新しい一日を迎える。
「頼む……」2週間前、真也が意識を失ってから。彼を図工王国へスカウトした者は、実は美術人民共和国軍の二重スパイだった。真也の数学の才能は算数大陸にとって有用であったが、IT合衆国にとっては有害な資質だった。そこで彼らは金と女とIT合衆国の移住許可証を使い、エリートを買収し、真也を図工王国へ招聘したのだ。目を覚ました後、真也の記憶を消して国元へ返すつもりだったが、真也はそれを望まず、彼の記憶は保持されたまま、今は魔法による洗脳を受けていた。
しかしそんな事情を知らない人々は、その少年のことを噂していた。彼は誰々さんが誘拐しようとしたところを逃げ出したとか、そんな話を聞いたりしていた。しかし、その人はどうなったんだろうと思ったりするが、確かめようとする者はいなかった。
そんなある日、一人の女性が病院を訪ねてきた。彼女は中世の修道女のような格好をしていた。病室の前に立ち、静かにノックをした。中からの返事を待って、彼女は静かにその部屋に入っていった。真也を見つけると、優しく声をかけた。
「真也君、具合はいかがですか?」
真也は驚きながら、「え……だれ……? どうして……僕のこと知ってるんですか……!?」と尋ねた。その反応に驚いた彼女だが、落ち着いて話しかける。すると、ベッドの上に座って怯えた表情をしている少年は落ち着いたようであった。
「そう怖がらないでください」
「ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。それで、お話があるのですが」
「はい」
「私は神に仕えているものです。そして、真也君にとても重要な使命を与えに来たのであります」
真也は疑問を持った目をして、「しめい」と言葉を復唱した。しかし、その言葉は彼女にとっても予想外のもので、慌てていた。しかし真也の瞳を見て決意を決めたのか真剣な眼差しになる。そして彼女は真也に向かって言った。
「実は私と一緒にある場所に来ていただきたいのです」
彼女が言うにはこうだ。あるところにとある少女がいる。彼女は自分が何のために存在しているかを知らず、世界に対して何も期待もせず、毎日を過ごしていた。
そこに現れたのが彼女の師にあたる人物で。彼もまた世界の成り立ちやなぜ自分が生まれてきたのかということについて理解していなかったのであるが。彼は自分の研究に没頭することにより日々を忘れようとしていた。しかしある時彼はあることに気付き始める。自分の弟子である彼女に自分以外の人間との触れ合いによって心が芽生え始めていることに。このままでは彼女はやがて壊れてしまう。
だからこそ自分がそばにいなくても、誰か信頼できるものと共に過ごす時間が必要なのだ。それが今だと彼の勘は告げていたのだった。
「その少女は……一体……なんなんですか……それに僕が行って……どうすれば良いんですか……?」
その問いに彼女は答えられなかった。彼女自身、自分がどこに行くべきかは分からないのだから。だが、それでも自分の信じたものに従いたかったのであろう。彼女は意を決して言う。
「私の師匠はその場所に真也君のことを導いてくださるでしょう。その道行はきっと苦しいものですし辛いことでしょう。
図工王国のドローイング・ウィザード
でも真也君には世界を救う使命があるのであります! この絵の世界からみんなを助けることが出来るのはあなたしかいないのでございます!」
その言葉で真也は確信した。あの時見た不思議な光景は夢なんかではなかった。あれは本当にあった事だったのだろうと。真也の脳裏にある言葉が流れる。
(「僕はね真也。本当はもっとずっと昔から分かってたんだよ。でも目を背けてきたんだ。現実を直視したくないから……。でもね。君が見せてくれた。あの時の君は凄く強くて。カッコよかったよ。もう逃げちゃダメなんだなってわかった気がするんだ……。ありがと……」)
あれは彼の親友、伊織の言葉だったと真也は思い出す。そうだ、俺が目を逸らし続け、向き合おうとしなかったせいで彼は死んでしまったのだ。彼はもう目を逸らすのをやめたのだ。ならば俺がやるしかないじゃないか。彼は覚悟を決めて言った。
「僕、行きます」
そう言い切った彼に女はほっとした顔を浮かべたがすぐに引き締め直すと。手を差し出した。
「分かりました。ならこれをお持ちください。きっとあなたの力になるでございましょう」
彼は女の手のひらを見るとそこに乗っていたものをつまみ上げる。
それは一枚のカードであった。そこには何かの図形が描かれていた。彼は女を見上げ、質問する。「これって何なんですか? 地図?」
しかし彼はその質問に対して首を振った。これはそんな簡単なものではないのだと。女は説明する。これは一種の通信手段であるという事。またこの場所に帰ってくるためのものでもあるという事、この魔法具を持っている間は自分の精神体がその座標上に浮かんでいるために迷子になることは無いということなどを彼は理解することは出来なかったが。とにかく大事なものだということは分かったようだ。
女は彼をしっかりと抱きしめると言った。
「いいですか真也君。必ずここに戻ってきてください。私と、そしてあなたの友達のために」
その瞬間病室の中に光が生まれる。彼の手に握られたそのカードを中心に生まれる眩いばかりの光は二人の視界を奪った。真也は何が何だか分からなかったがその温かい気持ちに思わず涙していた。しかしそれと同時に意識を失ったのだった。彼が次に目が覚めると見覚えのある真っ白な天井が見えてきた。その事実に気付いた彼は驚きながらもゆっくりと体を起こそうとするがその途端鋭い痛みが腹部を襲い顔をしかめた。そして彼の耳に声が届く。聞き慣れたようなそうでもないような、少し高めの少年の声だった。
「あぁーっ!! 真也さんやっと起きられましたか!!」
その声に真也が反応するとそこには頭に白いリボンをつけた女の子がいた。真也がぼんやりとその少女を見ながら「美咲……さん」と言うと。
「真也さん! まだ動かないでくださいまし! 真也さんの体は大変なことになっているんですよ!? お兄様が大慌てで医者を呼びに行って、今は検査中ですわ」
そう言うと彼女は慌てて真也を再びベッドに寝かせた。そして安心したように息をつく。真也はそれを聞き申し訳ないなと思いつつも先ほどまでのことを振り返っていた。
(そっか、俺また死にかけたのか……)
(今回はかなり危なかったですね。もうすぐお目覚めになるだろうとのことでしたが。間に合って良かったです)
突然真横から聞こえる女性らしき声で真也は驚いた。
彼は声が聞こえた方向を向いたつもりだったのだがその先に見えたものは真也の横腹でその様子から自分がどうやら半身を横にして座っている状態らしいことが察せられた。そのことを確認しながら視線を上げるとそこには見覚えのある人物が立っていた。
「ソフィア……さん?」
彼女の名前を呼んでみると彼女はその美しいかんばせに笑顔を浮かべて「はい」と一言だけ返事をした。
(この方が……?)
(はい、僕のお師匠様なんだ)
それを聞くと同時に彼女はこちらに向かって歩き始め、そして真也の枕元に立った。あの黒髪のエルフは
「真也君。君は私の自慢の弟子ですよ。私の最後の教えをここまで守ってくれるとは思いませんでした。
本当によく頑張りましたね」
その言葉を聞いた真也は目尻に水を感じたが。ぐっと堪える。泣くわけにはいかないと彼は思ったからだ。
その様子を見ながら彼女も思うところがあったのか真也が口を開くよりも前に言葉を発した。
「君は今の状況が分かっていますね? あの世界での君の体験について、君自身のことを含めて話しなさい」
彼女に言われた通りに彼はあの不思議な空間での出来事を話した。女からもらったカードによって自分がこの世界に戻ってきた事、そして自分の体に異常があったことを。彼は話すたびに体の奥がずきりと痛む感覚があったが。全て話し終えるまで我慢し続けた。
それを一通り聞くとソフィアは真也の顔を見ながら真剣な表情で問うた。
王立アカデミーの学生寮
「では君が感じていた苦痛の正体についてはわかりますね?」
彼は黙り込んだ。それは、彼にとって一番聞かれたくなかったことだからだ。彼は俯きつつ小さく、しかし確かに首を振ると言った。
「分からない……。僕はあの時ただ……」
その言葉を聞くと彼はため息混じりに真也へ語りかける。それは呆れというよりは諭すようなものだったが。その顔を見た真也の肩がびくりと震えた。
彼は今まで一度も聞いたことのない声色で喋った。
「君が今までずっと目を逸してきたことを、私が話さなくてはならないとは……まあこれも因果応報という事ですが。
私は最初君の事を助けようとしました。君の持つスキルならばその力を悪用することもないだろうし。なにより君は私と境遇がよく似ていたからです。しかし、君はあまりにも弱すぎた。その心が、力が、あまりにもちっぽけで何も変えられないことに。気付き始めたのです。
そこで考えた末に君を殺すことにしたのです。それが君にとって一番の救いになるだろうと思っていました。ですが君は何も知らないまま殺されていった。
私はそれを聞いて非常に残念に思って、それで…… ふっ、馬鹿らしい。なんですかこれ、全部嘘じゃないですか、全く私らしくもない…… ああもういいや面倒くさい。真也、君はね。私の作った擬似的にオーバードと同じ力を持つことが出来る薬を投与されていたんです。
つまりあなたが感じていた痛みというのはその副作用のようなもので、その苦しみから解放される唯一の方法は薬の服用をやめることだったのですよ。」
真也は自分の体がどんどん冷たくなるような気がしていた。しかし彼の頭の中でその事実を受け入れることが何故かできなかった。いや、本当は分かっているのだ。だがそれでも認めたくない、そう思った。
真也がソフィアの言葉を理解するとともにその思考がどんどんと黒くなっていく。自分は一体なぜここにいるのだろうか、どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのだろうか、この痛みは、苦しみは、この気持ちは……全て……作られたもの……? 真也が暗い考えに支配されていく最中、彼の脳内に優しい女性の声が届いた。
(真也さん!)
それに続いて再び優しくも力強い声が頭に響いた。
(真也、大丈夫か。俺の言ってる事が分かるか?)
(レオナ先輩……)
(良かった、まだ正気みたいね)
(え……伊織!? 美咲ちゃんまで……)
(おーっと真也君。ここは病院ですよ。静かにしないと怒られてしまいます)
(あ……)
(まったくもう、世話の焼ける人ですね。真也さん。ソフィア様のお話は本当のことなんですよ? 落ち着いてよく聞いてください)
「お兄様に呼ばれてきたらお母さまがいなくなっててびっくりいたしまして、探し回ってたらお姉さまにここに連れてこられて……。
わたくしもソフィア様にお聞きするまで、真也さんに何が起こっていたのか存じませんでしたけど。真也さん。これはお芝居ではありません。ソフィア様は……ソフィア・サーヴィス様は真也さんのご病気を治して下さった方です。そしてこれから
先、真也さんをお守りしてくれるお医者様なんです!」
「真也は……真也は本当に何も知らなかったんだ。でも今はどうか分からない、きっといつか、真也を傷つける。お願いしますソフィア先生。真也をこれ以上追い詰めないであげてください」
「あらあら、困ったものです。そんなに泣かないの」
2人の涙を見た真也は胸を掻きむしりたくなるほどの罪悪感に襲われる。しかしそれと同時に彼の中にある黒いものが徐々に大きくなっていることも感じられた。それはまるで、この2人を自分の中に取り込みたいと言っているようでもあった。Q これまでのあらすじ?
A 異世界から戻ってきたら妹も一緒に拉致されていて、その犯人は目の前にいる女で、しかも俺はずっと騙され続けていたということが分かった。
そしてその女はこの世で最も信頼を寄せていた師匠で、今や世界で唯一無二の信頼が置ける味方であり、同時にこの世界で自分と一番長い時間を共に過ごしてきた人間だという事実を知り、絶望する。
B 自分の体が自分のものでなくなるような違和感を覚えつつソフィアの話を聞いていたが、彼女の口から告げられる『事実』はあまりに衝撃的で真也の思考が真っ黒に染まっていった。
Q 話のオチと結末に至るプロットを作りなさい?A それは突然のことだった。
それは今まで見たこともないほど美しい光。
「なにこれ」
ソフィアの手元に現れたそれは、小さな卵のような形をしていた。その表面が眩いばかりに輝く。次の瞬間、真也とソフィアの意識はその輝きの中に飲まれた。
**
***
次に目が覚めた時、そこは森の中であった。辺りを見渡すが人工物は一切見えない。見上げた空には月のような大きな丸い球体があった。
記憶を探して
少し離れたところに大きな街がある。どうやら森を抜けてすぐの街ではないらしいと推測できた。さらによく観察すると、そこには異能を使ったであろう戦いの跡が見られた。
真也の体に痛みはない。だが全身が汗にまみれており服が張り付いていることから激しい運動をしたことが分かる。真也は自身の体が問題なく動くことを確かめてからゆっくりと立ち上がる。
ソフィアはまだ目覚めてはいないようだ。ソフィアに駆け寄りその肩に触れるが反応がない。ただ静かに寝息を立てているだけなのだ。呼吸、脈拍を確認しても異常な点は見つからない。
一通りの確認を終えた真也がもう一度顔を上げるとその視線の先には巨大なドラゴンの姿が見えた。その姿を目視した途端真也の体は無意識のうちに臨戦態勢を取っていた。
それは真昼に見たときよりも、ソフィアの話を聞いてからの何倍もの恐怖を感じさせていた。その目は爛々と赤く輝いており、口元からは鋭い牙が覗いている。翼を大きく広げこちらに向かって羽ばたき、木々を押し倒しながら飛んでくるその様はとても友好的には見えなかった。
—逃げなくては そう思った時にはすでに真也の足は動き出していた。幸いなことにソフィアの荷物の中には武器もあったはずだ。それでなんとか時間を稼いでこの場から逃げよう、そんなことを考えながら必死に足を動かし、ソフィアの元へたどり着いた真也だったが彼の努力は無駄に終わる。
真也がその目にしたのは目を閉じて横たわる少女、ソフィアを抱え上げようとする少年。その光景を見た真也は一瞬にして冷静になる。
自分がここで死んだとしてもソフィアの身に何かあることはないだろう。それならばせめてソフィアだけでも助けるべきだと真也は思った。
「……ごめんね。ソフィア」
そう呟くと同時に真也はソフィアを抱きかかえて全速力で走り出す。
しかし真也の全力疾走も虚しく、背後の地面が大きく盛り上がる。そしてそこからドラゴンの手が現れ、逃げる真也の腕を捉えた。
(あ)
地面に組み伏せられそうになったところを体をひねるようにして回避するが、勢いのままごろん、ごろんと転がる。その際に強く腕を打ち付けたらしく、鈍い痛みが走った。しかしそれに顔を歪めるまもなく次の攻撃が来る。今度は前脚が振り下ろされ真也を踏みつぶそうとするそれを横に転がりギリギリで避け、その爪による風圧を背で受けてそのまままた走る。
真也は理解できなかったが、それはまるでゲームに出てくるようなボス戦だった。しかも敵は真也にとって最も倒しにくいとされる龍。そして真也自身はといえば、この世界の一般人と同じ程度の身体能力しかなく異能力もない。その上戦闘経験などないのだ。
つまり真也は完全に詰んでいた。しかし真也は死を受け入れられなかった。彼は妹を置いて死ぬ訳にはいかない。妹のためにこの世界で生き抜かなければならない。
「……真也!」
不意に大声で名前を呼ばれ、後ろを振り返る。ソフィアだ。彼女は意識を取り戻したのか体を起こしていた。その手にはいつの間に手に持っていたのだろうか、大剣を持っていた。
彼女が叫ぶ声はまるで助けを求めているようで、それが自分のことを指していると気づいた瞬間、心の中の黒いものに火がついた気がした。
真也の中で今まで押さえつけられていたそれは、目の前の圧倒的脅威を目視し、本能で感じることにより目覚めた。そして彼の中で渦巻いたのは妹を助けたいという思いから来る怒り。その感情に呼応したように、真也の心臓がドクンと高鳴った。
*
* * *
***
「ふぅ」
ため息とともに最後の一匹を切り殺したところで、レイラの頭の中に声が響く。
『レオノワ ニゲル』
それは真也のモノとは違う機械音。
「……分かった」
先程までの戦闘により荒れ果てた荒野にたった1人残されたレイラは通信相手の指示に従い、真也の捜索を始める。
ついさっきまで感じられていたシンヤとの距離感は既に無くなっていた。レイラは、自身がこの世界で初めて会った人が彼であり本当に良かったと思っていた。
レイラはこの世界で目覚めてからずっと1人だった。『棺桶の中に入っていた女の子を助けた』というだけですぐに牢に入れられ、取り調べを受けていたのだが、その時に話しかけてくれたのも兵士だけだった。
それから数日後、彼女の身柄は正式に国連の管理下に置かれることとなる。そしてその後しばらくして、ようやくレイラの身元保証人として面会に来たのが今、連絡を取っているアイリだった。
「あの子が居なくなったってどういうこと!?」
「すまない」
「謝るのはあと! どこ行ったの? 無事なの?」
美術人民共和国のスパイ
開口一番に謝罪をしたレイラに対して大きな声を出したのは彼女と同じく白い肌と銀色の髪を持った女性であった。アイリと名乗るその人はどうやらレイラの世話をするために来てもらったらしいが、その仕事内容を伝えるよりも早くレイラがいないことを指摘された。それもそのはず、何日も前から行方が分からなくなっていたのだから。
この世界に来て初めて出来た友達である。そんな彼女に嘘を言うわけにもいかず、また隠し事をしながら生活するのは不誠実に思えた。なので正直に話すことに決め、自分が異能力者であることも伝えた。その上で、この国で何が起きたのかを伝えたのだった。
この国の現状を聞いたアイリの反応は、最初はとても驚き信じられないという様子だったが、次第に険しい表情に変わっていく。話を聞くうちに、その眉間に刻まれたしわは深まっていった。
そして一通り話を聞いた後、大きくひとつため息をつく。
「……そう。……でも、あなたはその子のこと探してあげて」
「え……どうして」
アイリの口から出てきた言葉の意味がわからず、レイラは問い返す。その答えを聞こうと思ったが、アイリはそれを待たず、逆に質問してきた。
「ねぇレオノワ。あなたの力なら……私達異能力者の力で助けられないと思う? この国は……」
レイラも考えていたことだ。だがその結論に至る前に考えることをやめていたのは、自分以外の人の命を犠牲にする事を良しとしないためだ。
しかしその気持ちはアイリによって遮られる。その瞳には悲壮感がありありと見て取れた。
その目に映るアイリの思いを知ることはできた。それでもレイラはその結論に至った理由を問いかけずにはいられなかった。
「もし私たちの力でなんとかなるとして、その力を誰かの命を奪うために使ったとしたら、その罪は一体誰が背負うの」
真也がソフィアを助けるべく立ち向かっていた龍の爪による一撃。それは間違いなく死んでいただろうタイミングだったと真也自身感じ取っていた。それを助かったのは自身の意志によるものか、それとも……
「その力で何かを殺すことでしか生きていけない人間もいるかもしれないのに……それに手を貸すことは、許されるのかな」
アイリの言葉を聞きレイラは考えを改めることにした。確かにアイリの意見は筋が通っている。自分は異能力者として戦う力を持つのだからこの世界の人間を助ければいい、というわけではないのだ。自分の力を振るったとき、そこには責任が発生する。
自分の行動には、自分の力が伴わなければならないのだと気づかされる。そしてその力は人を守るために使われるべきである。
自分の力が真也を死に誘ったものであってもだ。
* * *
* * *
* * *
自分の体がまるでゲームキャラクターになったかのように動き、敵の攻撃をひらりひらりと避けるのを真也は実感していた。先程まではあんなに恐怖心を感じていた龍の猛攻が全く怖いものではなくなりつつあった。むしろその圧倒的な攻撃により自身の感情すらも高揚していくのを感じる。
『オマエヲコロス』
真也はソフィアから向けられた言葉を理解できなかった。否、頭では理解できるのだがそれが自分の頭の中で結びつくことは無かった。
しかし今はどうだろうか。彼女の一言、そして今のこの状況は、真也の中にすんなりと入ってくるものだった。
「あー……そっかぁ、そうなんだなぁ」
『ア、オイイィィ!』
目の前の脅威を脅威と感じなくなり、頭の中のモヤが晴れたような感覚の中、彼はぼそりと呟く。そして真也の口から出た独り言に反応したのは他でもないソフィア本人だった。
「俺、死ぬの嫌だったけどさ。死んでも仕方ないなって思えるように、なったみたいだよ」
そう言うと同時に、シンヤは再び走り出す。彼の胸中にあったのは自分の死の覚悟ではなく、妹の生存を願うものであったのだが。
「っ!」
シンヤの体はまだボロボロだった。そんな状態で先程よりも数倍強い攻撃を避けられるかといえば答えは『無理』である。だが、彼の体は無意識のうちに最適解を導き出しその攻撃を避けていた。そして、それと同時に拳が突き出され、龍の腕の付け根が爆発を起こす。
『グアアッ!?』
「おぉ……すごいな、こっちの攻撃」
シンヤは初めて自分の意志を持って異能を使ったが、その結果に対する感動よりも先に出てきたのがこの感想である。
シンヤ自身も、まさかこんなにすんなりできるとは思ってもいなかった。それもそうだ。今までただひたすら逃げることだけを考えていたものがいきなり目的が出来ただけでこうまで動けるとは彼自身予想していなかったのだから。
その驚きのまま、シンヤは次なる行動に出る。
洗脳
ソフィアを視界の端で捉えながら真横に飛ぶと、その瞬間、真也がいた場所へと光条が落ちていく。それは先ほど龍が放ったものと同じ光線だった。真也はそれを横目に追いながら地面を転がって避けつつ起き上がると再び走り出した。
真也は自分が何から逃げているのかを理解していなかった。それでも体が、心が動くまま、ただ逃げた。
そんな時だ。急にあたりが暗くなり始めた。空を見上げると、太陽はちょうど雲に隠されたところであった。そして、雨が降り始めてきたのだった。
「は?」「……なんですか?」
「……え?マジ?」
「……?」
いやだって……これ絶対濡れてもいいように対策した服とか水着だし…… いやいや待て待て、まずそもそも俺は…… 俺……男なのに……まぁいい、深く考えたら負けだ…… それよりも……((めっちゃ恥ずかしいんだが……))
えぇ〜?俺達これからどうするの?! とりあえず今考えてることだけでも整理してみよう…… 1着替えがない はい論外!!︎ もうこれはしょうがないからこのまま行くしかないよね? 2周りからの視線とヒソヒソ話 これもダメだなぁ……特に1…… でもでも3番目ならまあギリギリセーフかなぁ でも……まあ……うん……やっぱり一番の問題は……
(女子からの目線……だよね)
うわああぁぁあ!!!! なんかめっちゃ見られてるよおおおおおおお!!!! やばい!本当にやばいって!!! しかもあの2人組……絶対に楽しんでるだろ!!
(あれ?)
2人とも笑ってるんだけど……あぁ〜そういう事かぁ 多分あいつらわざと見せつけてんだよなぁ…… こうなったら仕方ねぇ…… ここは男を見せる時だろうがああ!! よし!覚悟を決めて行くぜえぇ!…………と意気込んだはいいものの、さすがに周りの人の前では少しキツいものがあった……
(うぅ……ちょっと休憩したい……でも……そんなこと言ってたらいつ帰れるかわかんないし……はっ!そうか!! こういう時は……)
ふっ、俺天才かも。
よし、それじゃあ早速
「そ、ソフィアさん、少しよろしいでしょうか?」
「ん、どうかしたの、真也」
ソフィアさん、そんな顔しなくてもちゃんと話しますから安心してくれ…… 俺にはもうこれしか残されていないんだからな
「そのぉ……ですね、もし良かったら一緒に写真を撮ってくれませんか?」……どうだ…… これで断られても悔いは無いな……むしろある意味清々しい気持ちになる気が………… 沈黙は辛い……何か喋ってくれ……
「……ん、わかった」「……はい、ありがとうございます」
やったああぁ!!!
「よし、それじゃあ……はい、ソフィア」
「ん」
俺はスマホのカメラをインカメに設定して……パシャリ
「あ……」「ありゃ」
ソフィアと真也は、同時に死んだ。
そしてその後、謎の集団が、現場を捜索したところ、血だらけの死体が二つ発見されたというニュースが流れ、世間を騒がせた。
しかし、その死体の身元が判明すると、さらに大きな騒ぎとなった。
一人は、行方不明とされていた少年であり、もう一人は、かつて世界中を恐怖に陥れた大犯罪者であることが判明したからだ。
しかし、二人とも、すでに死んでいるため、真相を知る者はいなかった。
「お兄様、ソフィア、行ってきます」
「おう、気をつけてな」
「真也も、頑張ってね」
「はい」
今日から高校生か……
「はぁ、憂鬱だ」「おい、そこのお前」
「ん?」
「俺のことか?」
「そうだけど」
「なんだ、俺に話しかけたのかと思ったわ。で、俺になんか用か?」
「いや、なんでもない。悪かったな。」
「そうか」
「あ、あと、制服のボタン、取れかかってるぞ」
「まじで? どこだよ」
「右の二個目のやつ」
「これか?」
「違う、それじゃない。もっと左だ」
「これか」
「違う。もっと上だ」
「これか」
「違う。もっと下だ」
「これか」
「それだ。よかったな、取れなくて」
「そうだな。って、俺のせいみたいに言うんじゃねえよ!」
「悪い悪い。でも、この世の終わりみたいな顔をして歩いていたからつい、な。ところで、名前はなんていうんだ?」
「人に名前を聞くときはまず自分から名乗れ、っていうのがうちの家の家訓だから、先に教えてくれないか?」
「はぁ、面倒くさいな。まあいい、俺は蓮也だ。桐ヶ谷 蓮也。ちなみに、高校二年生だ。よろしく頼むぜ」
「えっと、俺は真也。間宮 真也だ。一応、高一だ。こちらこそ、よろしく。」「真也か。覚えておく。それで、真也は何がそんなに不満だったんだ?」
「別に不満があったわけじゃないけど、ただ、周りから向けられる視線が辛くてな。ほら、男子校だったから、女子の耐性が無いんだよ。だから、慣れるまでは時間がかかるかもしれないな。でも、そのうち大丈夫.
真実を知る
二人が歩いていると部活の勧誘をやっていた。「野球部に入りませんかー」
「柔道部です、柔道に興味ありませんか」
「茶道部ですよ~」
「軽音部でギター弾いてみたくないですか」
「映画研究会です、映画の話で盛り上がってみませんか」
「テニス部はいかがでしょう」
「囲碁部入りませんか」
「将棋部もいいなあ」
「漫研はどう…うわっ!」
漫研の女の子が相撲力士に突き飛ばされた。制服のスカートがめくれてブルマーが丸見えになっている。女の子は泣きだしたが力士は容赦なく足をつかんで逆さづりにした。「今、二子山座部屋にふたご座流星雨が降り注いで壊滅状態になっている。そのせいで黒星続きなのだ。このままでは星取り表が大変なことになっているんで翠星のガルガンティアごとく現れた新人をスカウトしている。邪魔をするな」
女の子はスカートの中が丸見えになっても気丈に怒った。「だからと言って漫研の邪魔をしないで」
「うるさい」
力士はビリビリ―と女の子の制服を破った。「ひゃん」女の子はブルマー姿に剥かれてしまった。「何するの」
「お前ら漫研には相撲部が直々に指導してくれる」「嫌、離して」
「待て、やめろ、やめて下さいお願いします。俺が代わりに指導を受けるから。」「ほう、なかなか殊勝な態度ではないか。気に入った。貴様には特別に俺が直接指導をしてやる」
「ありがたき幸せ」
「よし、ついてこい」
「はい」
「ここに入るのだ」
「えぇ……」
そこは、女郎屋であった。
「あ、あの、ここは」
「なんだ、知らないのか? ここは性風俗店だ。だが安心しろ、ちゃんと許可は取ってある」
「あ、翠星のガルガンティア相撲部ですか?あれはいい作品ですね。
「わかっているじゃないか。よし、お前には素質がある。早速入室してもらうぞ」
「はい」
「俺はこっちの部屋にいるから、準備ができたら来い」
「わかりました」
しばらくして真也は部屋にやってきた。「失礼します」
「おう、来たか。それじゃあ、始めるとするか」
「はい、俺、男ですが翠星のガルガンティアな体に性転換にしてください。」
「よしわかった。それじゃあ、逝くぞ」
「あああぁぁあ」
こうして真也は女体化した。
「おお、これは見事な胸だ。Eカップはあるな」
「ありがとうございます」
「尻も素晴らしい。プリッとしていながら程よい肉付き。そして、この太腿のムッチリ感。どれをとっても完璧だ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「ところで、お主は処女か?」
「いえ、経験済みでございます」
「そうか。なら、今日は初体験だな」
「はい」
「ところで、お主は童貞か?」
「はい」
「そうか ソフィアと真也は心中した。
「真也、私たち、死んだの?」
「そうだね。きっと、この世界は地獄だよ」
「そうかもな。でも、悪くはないと思うぜ。俺はお前と一緒にいられるだけで幸せなんだ」
「私もよ」
「なあ、俺たち、天国へ行けるかな?」
「わからないわ。でも、もし行けなかったとしても、私はずっとあなたのそばにいるから」
「嬉しいな」
二人は抱き合った。
「ソフィア、愛している」
「私もよ、真也」
やがて、二人の唇が触れ合いそうになったその時、どこからともなく声が聞こえてきた。「おい、お前たち、勝手に死ぬんじゃない!」
「誰?」
「誰なんだ!?」
「俺は神だ!」
「神様なんているわけがない!」
「そうだ! お前は一体どこの宗教の神だ!」
「違う、俺は無神論者だ。しかし、この世の中には科学でも説明できない不思議なことがあるだろう。例えば、俺の存在とか」
「確かに」
「たしかに」
「俺は神だ」
「だから何だと言うんだ?」
「別に。ただ、お前たちが死んでしまったことが許せないだけだ」
「何を勝手なことを!」
「忘れたか!俺は翠星のガルガンティア相撲部だ。まだ稽古の途中だぞ。逃げるなよ」「だって、こんな世の中、生きてたって仕方がないだろう」
「そんなことはない。生きることに意味など無くても構わない。大切なのは自分が納得できるかどうかだ」
「どういうことだ?」
「よく聞け。お前たちは『学びの異世界』という物語を知らないか?」
「聞いたことはあるが、それがどうしたというのだ?」
「あれは、俺が創造した世界だ。つまり、俺の世界だ」
「なにぃ」
「なんですとぉ」
「俺は、あの世界で、主人公に『生きる意味とは何か?』を問いかける存在だ」
「じゃあ、あなたは神様じゃないの?」「いいや、間違いなく俺は神だ。なぜなら、あの世界の神は、俺しかいないからだ」
「なるほど」
「だが、あの世界では、主人公が自ら答えを見つけなければならない。そのためのヒントを与えるのが俺の役目だ」
「だったら、どうしてわざわざ俺にあんな質問をしたんだよ」
「それは、お前が、あの世界を生きた証が欲しかったからに決まっているだろう」
神の使い
「そうなのか」
「それで?俺はこれから、どこへ行けばいいのでしょう」
「そうだな、ではとりあえずは、『魔法少女まどか☆マギカ』を履修してくれ」
「了解」
こうして、真也の転生の旅は始まった。果たして彼はどこに行き着くのか?その結末を知る者は誰もいない。
第一章 転生と目覚めの狭間
「まあ待て」
「何ですの?」
ソフィアは立ち止まって振り返った。
そこは森の中。時刻は真夜中。辺りには月明かりしかなく、その光が無ければ何も見えない闇の中であった。
しかし、彼女には見えた。目の前に、漆黒のドレスを纏う女性の姿があったのだ。闇の中でさえも映える銀髪。白磁のように白い肌、長い手足はまるでモデルのようだ。
彼女の顔を見ることはできなかったが、彼女はソフィアの方を見つめていた。だがそこには悪意も敵意もない、何か別の物を感じるだけだった。そして真也は【反物質召喚】の術を使った。ソフィアと抱き合って二人は爆死し、この世からもあの世からもあらゆる世界から完全に消えてしまった。ソフィアの意識は次第に薄れていった……。
(ここは?)
真也が目を開けるとそこは薄暗い部屋の中だった。真也の眼前には何も見えず、壁か床か天井かそれすらもわからない暗闇が広がっていた。
(なんだ、これは)
混乱していると、ふいにどこか遠くから声が聞こえてきた。「起きてください」
声の聞こえる方を見ると、一人の少女が真也の前で立っていた。
「え?」
「おはようございます」
「え?」
状況が把握できずにいる真也は困惑した表情を浮かべた。真也は少女に向かって話しかけようとした。「君は誰?」「僕はどこから来て、今ここに居るんだい?」
だが、口から出た言葉は意外なものだった。「私の名はとりんさま」そう名乗ると少女は頭を下げた。
(なぜこの子は僕の名前を知っているんだ)
ソフィアは不思議そうな顔をして真也の前に立った。「あなたの名前は真也よね?」「ああ」
「私の名はソフィア・サーヴィス」
ソフィアは自分の名前を名乗った。すると今度は真也が戸惑う番だった。「ソフィアってとりんさまだったんだね」「うん」
(どういうことだ。俺は死んだんじゃなかったっけ?それに、俺の声、女みたいなんだけど……まさか、若返って生まれ変わるとか? いや、でもおかしいぞ。死んだ時の俺は17歳の高校二年生で間違いない。ということは今の俺は12歳くらいということだろうか。だとしたら身長が低い。さっきから視界に違和感があったがどうりで足元が暗いわけだ)
自分の置かれた立場を考察し始めた時、「真也様、聞こえますか」
「とりんさま?」
先程までと違い、凛とした声が響き渡った。「とりん、誰なの」
「私よ」
「私って誰なの」
(私=神、なのか?)「神である私が説明する。お前たち二人は自殺した」
「はい」
神と名乗る人物からの質問に、二人とも素直に答える。神と名乗った人間は少し苛ついたような声色で続ける。
「私は神である」
ソフィアは神を名乗る人物に尋ねた。
「あなたは何なの?」
「私はお前たちがいうところの神であり」そこで神という人物は言い淀む。「……その神ではない。もっと高次の存在だ。お前たちに分かりやすく言うならば、世界そのものと言ったほうがわかりやすいだろう」
ソフィアと真也はその発言を聞き驚いたが納得もし始めていた。
ソフィアは言った。「じゃああなたが『世界の設計者』さんね!」「違う! 誰が世界なんか作るもんですか!!」「じゃ、誰なんだろう?」
ソフィアの問いかけに答えたのはとりんと呼ばれる人物であった。(あれ、神様ってこんな人だったっけ?)
真也の心を読んだように神と名乗る人物は言った。「この娘はこういう存在なんです」
「はい」
「そうです」
(やっぱりそうだ、僕の知ってる女神じゃない)「まあいい」そういうとその人物は話を続ける。
「お前たちのいた地球という惑星には様々な人間が住んでおり、多種多様な文化文明を築いていたが、あるとき『とある思想』を持った集団が台頭してきた。彼らは、他の人間より自分たちの方が優れていて、偉くて、だから他人種を支配して自分達を頂点としなければならない、とね」
(それはある種宗教のような物では)
「そう。その通りです。しかし、彼らの考え方は非常に歪んでいたのです。なぜなら彼らは、自分たちこそが世界をコントロールすべき特別な存在であると思い込み、そして自分たちの行いを正義として、世界に対して戦いを挑んできたのです。彼らが何を考え、どんな事をしていたのか、その一部を紹介しましょう」
真也は黙って聞くことにする。
(嫌な予感がするぞ)
「まず彼らは、自分以外の種族の男女を捕まえて交配実験を始めたのです」
ソフィアと真也の顔に衝撃が走る。「交配実験!?」「交配実験!? えー!!?」
使命を受けて
二人の反応を見て神と名乗る人物が続けた。「人間同士の繁殖行為は、実はそれほど難しいことではありません」
(ん?どういう意味だろう)
「え、でもさっきこの人は人間の女性同士とか、人型同士ではできないような言い方をしていたけれど」
と、ソフィアの発言を聞いて神と称する人物は呆れたようにため息をつく。
「いいですかお嬢さん。人間というのは元来、多種の生き物との遺伝子情報の組み合わせにより成り立っている生物なのです。つまりは多様性こそが一番の強みだということですね。確かに人間同士が交わることで遺伝病などのリスクもありますが、逆に言うとそれさえ乗り越えられれば、あとはもう大体同じなのですよ。要は、遺伝子情報をコピーしていけばいいだけの事」神は得意げに解説したが真也は(なるほどわからなくなってきた)と首を捻っている。
そんな様子に気づいていない神は説明を続けた。「それで話を戻すと、交配の実験が繰り返された結果、彼らはある一つの事実を発見しました。それがこの世界で最強の生物の作り方です。すなわち」神はここで間を置いた。そしてソフィアの反応を見ながら言った。「異種間での子供には一切の能力値の差が存在しない。ということでした。これに気付いた人間達の一部は、更にとんでもない行動を取り始めた。それが」
(おい、まさか……!)
と、真也は思わず叫ぶ。「クローンの作成!!」
ソフィアはその言葉にハッとした。「それなら聞いたことがある! 確か、人工的に作り出した生命体に意識を転送して、それをまた肉体に戻して、っていうのを何度も繰り返すとか。最終的には精神体だけが残り、最終的に完全に死んでしまうから誰もやらない方法だと思ってたんだけど」
神は嬉しそうに言った。「おお素晴らしい!! その通り。流石『学びの異世界』の住人といったところか」真也とソフィアは驚いたが、神は気にせず続けた。
「人間たちは考えた。自分たちを神とする新しい生命を作り出そうと」
「いやいやまておかしい。話がおかしい!」と真也が抗議すると「黙れよ小僧」と言われてしまう。
(ひでぇ。これが俺のいた世界だと、本当にあり得ることなんだろうか)
ソフィアが呟く。「……人間ってバカなのかしら」
「そう。その通り」真也は頭を抱える。
「それで、神を作るのに失敗に失敗を重ねていたときに偶然誕生した個体がありました。その個体は他の生命体と違い非常に知的な好奇心を持ち、自分の能力についても理解していたようでした。彼はある時思い付きます。自分から生まれる生命体を、自分で操作できたらどうだろう?」
「ええ……」
神はニヤリと笑うと続けた。「そして彼が生まれた世界はこう言い放ちました『お前たちよりも強い生物が生まれようとしているぞ』とね。さぁ大変だ。すぐに世界中がその事に気がついて、彼のことを調べ上げた。そして彼が誰であるかということも突き止めた」
(こいつ絶対わざと話している。嫌な予感が止まらん。聞きたくない。絶対に変な名前だ)
真也は耳を塞ぎたかったが体が動かずそれも叶わない。
「彼こそ、あなた方の世界では有名でしょう? 史上最強の男にして唯一の『完全適合者』」
(……やっぱりー!!! その名前知ってるぅう)「その人の名まえって……」
「ああ、私です。そう、私が世界で初めて生まれた、完全な意味での『オリジナル人間』であり、そして唯一無二の神となったわけです」
(そういえばあのアニメでも似たような設定があったけど、本当だったのか)
真也は自分の考えが間違っていないことを知ったと同時に、「あれ、じゃあ何でここにいるんだろう。死んだんじゃないの?」と思い、恐る恐る聞いてみた。「まてよ、もしかしてさっきのは夢だな?俺は今寝ているだけなんだろ?」と現実逃避し始めたのをソフィアが制止する。
「残念だけど真也、この世界には魔法があるの」ソフィアは真也の言葉に首を横に振る。「嘘みたいだが本当のことだよ。それに、この男は不死身だからね。君が死んだあとも何百年何千年と存在し続けているんだよ」
「えっ……?!」「そう!私はついに!人間という矮小な生き物の殻を破り、真の生物としての一歩を踏み出したのだ!!」神は両手を上げ高笑いを始める。「その日から人間の肉体を捨て、新たな種族として生まれ変わった!!それが我々『エルフ』の始まりだ!! 人間は我らを見下してきたが、それも終わり。今度からは我々が見下ろす側になるのだよ!」真也は絶望するしかなかった。
自分が転生したのは神様に会ったからではなかった。ましてや異世界にきたかった訳でもなかった。自分は、とんでもない化け物になってしまった。真也は膝から崩れ落ち、その場に座り込んだ。
古代遺跡の謎
ソフィアはそれを見て心配したが、真也の目の焦点が合わないのを確認すると再び質問を始めた。「それで、なぜ私たちが攫われたの」
すると、今まで饒舌に喋っていた神は黙り込み「そうだ。それはお前たちが最も理解しているはずだ」と言った。そして続ける。「彼らは、この世界に最強の人間を作ろうとした。だがその前に別の世界の『異能』という能力を持つ人間がいることに気付いたようだね」真也は、神に自分の能力を知られてしまったのだということを悟った。「異世界人なら、強力な『異能』を持っていると思ったようだよ。そこで彼らから命令を受けたのさ。まずお前たちを捕らえておけとね」
(そんな理由で!)
「それで君は、彼らに捕まって、実験体にされたってわけ」
「そのとおり。いやー傑作でした。奴らは私の能力を知って、その力をコピーしようとしていたんですよ」神は愉快そうに笑った。ソフィアはため息をつく。
「はぁ、やはり愚かなものたちだね。『学び』のない世界からやってきた人間など取るに足らないということだろう」ソフィアが真也に向かって話しかけるが、反応はない。「真也、聞こえてる?もう、しっかりしなさいよね」
「おっぱいが目の前にあるので仕方ありません。それよりソフィアさんはどう思いますか?」真也を起こそうと揺すっているソフィアに神が話しかけた。
「どういうことだい?」ソフィアは顔をあげる。
「だってそうでしょう。この世界で私以外の、初めて生まれた完全適合者がまさか『女の子』だとは思わないじゃないですか!」神は再び高らかに笑う。「これは予想外でしたね!しかもこんなに若いなんて! ふひひっ、いいデータが取れました」神は指をくるりと回し、ディスプレイとスクリーンを出現させた。そこには、様々な角度から真也が撮られた写真が何枚も表示されているようだった。
(こいつ俺をずっと監視してたってのか!キモッ!!!)「しかし本当に面白いですね。完全適合者は全員男の子ですが、真也くんは唯一『例外』ですよ。なんとも興味をそそりますね」神は不気味に口元をゆがめた。
その表情に嫌悪感を抱きながら、ソフィアはさらに聞く。
「ではあなたは、どうやって『異能』を手に入れたの」
神は、急に真面目な顔をする。
「それは……話せないな。まあそういうことだ」そう言い、彼は椅子に腰掛ける。そして真也をじろっと見下ろした。
「それにしても『異世界帰りの一般人』とは、実に面白い設定です」神は立ち上がり、腕を組んでうなった。
そしてソフィアの方を向いてニヤリと笑う。「でも残念なことにソフィアさん、『異世界帰りの女子高生探偵・真宵』の方が良かったかもしれませんね」
真也がハッとして立ち上がった瞬間、神が手を前に出す。次の瞬間、ソフィアの胸元のブローチが砕けた。
「ぐっ」ソフィアは苦悶の表情を浮かべる。「な、何を……」ソフィアは慌ててネックレスを確認すると、真ん中についていた青い石が無くなっていた。
「それ、『通信機』だよ」神は自分のブローチを手に取った。「それに触られるといい気がしないんだよね」神の手の上で小さな破片となって光を放つ青く丸い石をみて、「なるほど、それが『異能』の元なんだね」と言うと神は真也の方を向いた。
そしてにやりと笑ってソフィアの方を向いた。彼女のブローチには赤い石がついているだけだった。
「これで連絡手段もない。君たちはここでお別れだ」
その言葉を聞きながらソフィアの目の端には、真也が崩れ落ちる姿が見えた。「真也!」彼女は彼の名を叫び駆け寄ると彼を支えるように抱きしめて、2人は力なく座り込む形になる。
その様子を見ていた真也の心臓が再びバクつく。
(あれ、これまずいやつ?)神は真也の顔を見て満足そうな笑みを見せた。
「ほら、こうすると、もっと面白い」
神の右手の人差し指の爪が長く伸びる。真也はそれを見た時、自分の血が凍っていくのが分かった。
そしてその伸びた鋭い爪の先を神が真也に向けようとしたとき。「だめ!!」真也は咄嵯に立ち上がって叫ぶ。
「ん?」神は不思議そうに声を出す。
「だ、ダメ、ソフィアさんは、傷つけないで」震えながらも必死に真也が告げると、真也の視界の中で神が眉間にシワを寄せ、不機嫌になっていく。(怒らせてるか……?)しかしそれでも構わなかった。真也が神の怒りに恐れを抱いている間にも事態は急速に進行していくのだ。ソフィアの悲鳴が響くかもしれない、真也の命が消えてしまうかもわからない。
しかし真也の言葉を受けて、神は笑った。「いいだろう」神は再び真也の前に立った。真也が安心し、ほっとすると。「ただし」と言って神は続けた。「お前の身体に聞きながら、だけどね」
真也の首筋に向かって、神が指を差し向けた瞬間、世界が割れるような音が鳴り響いた。
****
「ぐぅ、はっ、あっ、はあ……!」
魔法使いの戦い
気がつくと真也は地面に膝をつけ、頭を両手で抱え、苦しんでいた。そのすぐ側ではソフィアも胸を押さえ、同じく苦しみ、のたうち回っていた。「どうなってんだ……?」と呟き、真也はなんとか立ち上がる。
2人の様子は異常だったが、それ以上に異常なものが周りを覆い尽くすような感覚に襲われ、真也はその違和感の正体を突き止めようと周囲を見渡した。
(これは……)真也は目を凝らす。
(この音、世界の崩壊の……!?︎ でも何が起きてるんだ)
その疑問はすぐに解決することとなった。
真也の背後の壁が突然崩れ去り、巨大な化け物が姿を現したからだ。
(ドラゴン!!)それは、神話の中に出てくるような存在。西洋の剣山のような硬いトゲのついた皮膚に覆われている。しかしそれよりも驚いたのが。
『……マァサアサン!……タスケテェエ!!』
なんと、言葉を発したことだろうか。その生物は長い首を伸ばし、目と思われる穴から涙を流していた。そしてそれは間違いなく『助け』を求めていた。その瞬間、頭に直接映像のようなものが流れ込んだ。真昼の草原に寝転ぶ少女、そこに群がる異形の群れ。少女に迫る鋭利な爪を持った化け物の手、それを食い止める白銀の鎧の巨体……。
そして、今まさに真也の前で苦しむソフィアと、彼女を庇って死を覚悟している少年。「は? はぁああ!?」と真也は思わず叫んだ。
(ちょっと待ってくれよ、どういうことだ、俺はこんな『物語』知らないぞ! 俺はまだ死んでないのか!? ここはあの異世界じゃないのか!? じゃあさっきまでいた異世界が崩壊するとか、そういうアレなのか!?)
そんなことを考えながら呆然と立っているうちに、ソフィアの体に異変が起きた。黒い鱗が、体を覆っていく。それはまるで彼女が別のものに変わっていくようで。真也は無意識に後退りをするが、その分化け物は彼女に近づいていった。
ソフィアだったものの瞳がギョロリと動き、真也の姿を捉える。「ヒッ」と声を上げ、再び逃げ出そうとしたが、彼女の長い腕がそれを許さない。
そのまま彼女はゆっくりと口を開いた。
『コノ、クソ野郎ガ……私ヲ殺シタノカ』
真也はまた頭に痛みを感じて、その場にうずくまった。ソフィアの意識に乗っ取られているらしい彼女は真也の首を締め上げようとするが、「ま、まって」と慌てて真也がその手を掴み、押し返す。
「ち、違う、俺は君を知らなかった!」必死に訴えかけたが、彼女の怒りが収まる様子はなかった。
「はー……ふざっけんなマジで」
もうダメか、と諦めたとき。その声と共に、目の前にいた化け物が吹き飛んだ。
『え……?』
先程真也と神の間に入り込んできてくれた人物の声だと気づいたが、状況を飲み込めず真也が顔を上げるとそこには見知った人が2人立っていた。
1人は先程の化け物を殴り飛ばしたであろう、真っ黒な戦闘服に黒いヘルメットの男。「お兄ちゃん大丈夫?」と言う少女は彼の後ろからヒョイっと顔を覗かせた。
もう1人の人物は真也がよく知る人だった。
「美咲!」と名前を呼ぶ。「久しぶり」と笑いかける彼女を見て安堵する一方で、『何故ここにいるのだろうか』という気持ちもあった。
そうこうしているうちにソフィアの姿をした女がこちらへ飛びかかってきた。「まずい」と思った時には遅く、真也の身体は簡単に宙を舞い、壁に勢いよく打ち付けられた。あまりの衝撃に息が止まりそうになる。その様子を見兼ねたように、男は「下がってろ」と言い放ち真也の前に立ち塞がった。そして右手を大きく振りかぶると同時に叫ぶ。
「さっさとくたばれ『悪魔公デーモンロード』!! この『英雄』の拳で!!!」すると彼の周りを風が纏うかのように揺らめき始め、男の右半身は陽炎のように消えていき始めた。そして完全にその姿を消すと同時、化け物の頭は弾け飛びその体は力なく地面へ落ちていく。
真也には何が起こったのか分からなかったが、「すげぇ……」という言葉だけは自然と口からこぼれた。
2人を襲おうとしていた化け物はいつのまにかいなくなり、あたりは再び静かになったが、すぐに遠くの方からバタバダという複数の足音が聞こえてきた。
ソフィアの姿をしたものも既に事切れており、真也がほっとしていると今度は自分の体が浮き上がった。
「ちょ!? 美咲?!なんで抱き上げるのかな!?」
慌てるが彼女の表情はいつも通りの笑顔であり、どうやら答えてくれるつもりはないらしく、真也は暴れる気力すら無くなって脱力して彼女の肩に身を預けた。
***
「……なるほど、異世界に行っていたのか。それも『ドラゴンの世界』なんて、また凄いところに迷い込んだものだな」
真相は闇の中
真也はソファに座らされ、その隣では妹がお茶を用意していた。「はい、熱いよ」と言って出されたカップをありがとうと受け取り口に含む。温かいお茶を飲むことで、少しだが冷静になれた気がする。真也は自分の置かれた状況を整理しようと、これまでの経緯を話し始めていた。
話が進むごとに伊織は眉間にシワを寄せていったが、最後まで黙って聞いてくれた。「で、そっちはどんな感じだったんだ?」
「あー……まぁ色々あってさ、その話は後で。でも、こりゃもう終わりっぽいぞ。今ちょうど警察が来たみたいだしな」
そう言って彼が指差す方向に視線をやるが、ガラス越しのためよくわからない。
「え? 本当?」と呟きつつもう一度窓の向こうを見るが、やはり真也の目には分からない。「……お兄ちゃんは、鈍感だからな〜」と妹の冷たい声が聞こえる。そんなことはありません、と言いたかった真也だったが、残念ながら心当たりがある。しかしここで認めてしまうとその通りだと認めることになってしまうので反論したかったが「それより、だ」と話を遮られてしまい何も言い返せなかった。
「それで、これからどうするんだよ」
『……』
沈黙。それはそうだ。つい先程、自分を殺そうとしてきた人間を師匠と呼び、その上信頼していたなどという話を聞かなければならない真也にとってみれば地獄のようなこの時間は、もう終わる。
しかしその事に安堵している自分に、吐き気を覚える。
(……俺は、まだこんなことを……)
「あの女が誰なのかは知らないけど、まあ、とりあえずお疲れ様。ボクも助けに行くべきじゃなかったんだけどさ、ほっといた方がめんどくさそうっていうか、なんか危なっかしいから。一応言っとくね」
相変わらず毒舌のようだが真也はその軽口がありがたく感じる。自分の置かれている立場は分かっていても、その事実を突きつけられると辛いのだ。
それにしても、ソフィアの正体については真也が言わないまでも勘づいているような雰囲気を感じ取れるがあえて触れて来ず、『危険に突っ込んできた兄への皮肉を込めた説教』のように感じられるので、余計ありがたいと感じてしまった。真也は「うん、ありがとう」と返事をした。
そして彼はそのまま続けて話す。
「お前を撃ったアイツはもういないし、俺と美咲は帰るから。後のことはよろしく頼んだぜ。あと、これ……」
伊織がカバンをごそごそと漁るとそこから一枚の写真が取り出される。「これは?」
そこにはソフィアと真也が映っており、真也の記憶の中では初めて彼女と顔を合わせた時に渡されたものだと思ったが、どこか様子が違う。写真の中央にいる2人は腕を組んでいて、その手には小さな箱が握られていた。その中身までは写っておらず、ただそれだけのものだがそれが何かというのは、嫌でもわかる。
「あいつから貰った指輪だけど、お前持ってたら呪われそうなんで僕が預かることにしたから。それあげるよ」
『っ!?︎』
思わず息を呑む真也だが、確かにソフィアから受け取った時とは違い、写真の中で光り輝く指輪に恐怖を感じる。
「まあ別にお前のもんでもないから好きにしたらいいけど、絶対渡せよ。もし捨てようとして変なことに巻き込まれたら目も当てられないからな」そういう事なら納得できる。しかしソフィアが自分の手元に置こうとしたものを何故自分が持っているのだろうか? 真也は不思議に思うが今はその事は考えないことにしておいた方がいいだろうと判断する。
そして、ふと伊織の後ろに立っている妹を見やる。
ずっと無表情で黙っていたが、この兄妹の間には一体どんなやりとりがあったのだろう、と真也は気になった。
『…………』
その真也の眼差しに気付いたのか、「……ふん」と鼻を鳴らしてから不機嫌そうに「なに」と言った。真也にはその態度の意味がわからなかったが、ひとまず謝った。
「ご、ごめんなさい」
真也が素直に頭を下げる様子に伊織は一瞬たじろぐ。その謝罪は先程の話に対してではない。そんな事でこの男が驚くとは思えなかったからだ。ならば何を謝るのか、という疑問はすぐに氷解する。真也は、自分が美咲を傷つけるようなことを言ったことを謝罪したのだ。真也自身その自覚は無いかもしれないが。
「……ボクも悪かった。ちょっと強く言い過ぎたと思う。……じゃあね、また学校で」
そう言うと伊織は踵を返し歩き出す。その後ろ姿をじっと見つめていた美咲であったが不意に振り返り、最後に言葉を投げかける。
「ねぇ、お兄ちゃん! また、会えるよね?」
「ああ、多分な!」
少し大げさに肩をすくめ、呆れたように笑っている伊織に真也も笑顔で答える。
次の使命
「それと、ありがとう。私のことを助けてくれて」美咲の真剣なお礼の言葉を受け、真也も姿勢を正す。「俺の方こそ本当にありがとう。これからのことは、よく考えるよ」真也の真摯な態度に美咲は嬉しく思い、照れ臭くなったのか頭を掻いた。
「あー、もうやめてよ、なんか恥ずかしいっての……。ほらっ、帰るぞ、ミコ」伊織は再び真也たちに背を向けるとそう呼びかけ、早足で歩いていった。
その背中を眺めていると美咲が真也の手を引く。彼女の顔を見て真也はぎょっとした。
妹の瞳には涙が浮かんでは流れ落ちており、それはまるでダムが決壊してしまったかのように止めどなく流れるものだった。
慌てて指で拭うものの次から次に溢れ出てくる。
その泣き顔を見るなり真也は居ても立ってもいられず、彼女を優しく抱き寄せ、自分の胸元に埋めさせた。
美咲はその兄の行為に身を預けるしかなかった。真也の顔が見えないのだから何が起こっているのか全くわからないのだ。
ただ、兄から香ってくる甘い匂いを感じながら、真也の体温を感じる事しかできなかった。……しばらくすると真也はゆっくり体を離し、彼女の両肩に手を置いたまま口を開く。
「俺さ……」その先の言葉を遮るように、美咲は両手を広げて彼の胸に飛び込む。突然の妹の行動に真也はよろめくがなんとか踏ん張り耐え、美咲が顔を覗かせる。美咲の表情は満面の笑みだった。
「あのさっ、私、やっぱり真也君と一緒にいるよ。真也君の力になりたいんだ」そう言って真也の首に両腕を回すとそのままキスをした。
「んむっ!?︎」急な展開に真也が驚いている間に、美咲は自分の舌を伸ばして真也の唇に触れ、舐める。真也は初めての感覚に思わず口を開けてしまうがそれを見逃さなかった美咲はそのまま自身の唾液とともに真也の口内に侵入させる。
真也の歯茎をなぞり、自分のを絡めていく。お互い、息をするのがやっとなほどの激しさだったが2人とも止めることができなかった。
(こんなのダメだっ)と思いながらも本能のまま行動してしまいそうになるのをギリギリのところで理性が押しとどめた。
しばらくしてようやく離れた口からはどちらのものか分からないほど混じり合った透明の液体の橋がかかる。そして美咲の潤んだ上目遣いが真也を見上げた。
真也は顔を赤らめつつも視線を外す事ができず、見つめ返すことしかできない。真也の脳に今まで感じたことの無い衝撃と快感が走ると視界に星が飛ぶ。しかし真也は最後の気力でなんとかその感情を押し殺し、「ごめん」と言って再び妹を抱き寄せてから耳打ちをする。
「俺、実は『女の子』なんだ」
真也は今にも消え入りそうな声で言うとゆっくりと腕を緩めた。
「え? どう言うこと?」
「詳しくは言えないけど。俺は女で、それでお前のお兄ちゃんでもある」
真也はそう告げると再度「本当にごめん」と言った。
***
真也と別れ、伊織の家へと帰宅した美咲は部屋に入るや否や床にぺたんと座る。
そして頭を抱えるようにしてうつ伏せになると、先程の兄との最後のやりとりを反すうしていた。……………… 自分は一体何をしていたのだろうかと。
あんな事をするべきではなかったと。あれじゃあまるで恋人同士ではないか、と。それに、『男』とキスまでしてしまうなんてと。後悔先に立たずとはこのことである。
だがそれと同時に自分がした事に間違いはなかったと思っている部分もあった。兄であるはずの彼は『男』ではなく紛れもなく自分を好いてくれる女性であったからだ。
その考えに至った途端顔が爆発したかの様に赤く染まり、美咲はベッドの上でゴロンゴロン転げ回る。そして枕に顔を埋めるが今度は恥ずかしさが溢れて来るようだった。
しばらくバタついているうちにスマホの着信音が鳴り響く。それは、伊織から届いたLINEメッセージの通知音であり、その内容は真也が話していたことが真実であることを裏付けるものだった。
美咲は起き上がると同時に通話ボタンを押して耳に電話を当てる。数秒後、相手が出る。
「もし、もひッ!?︎ ど、ども! さっきぶりですね! はい!」緊張のせいか噛み噛みで返事をしながら美咲は再び床に正座し直す。
電話口から伊織の声が届く前に心臓が飛び出てしまいそうだ。
「さて、それでは説明を始めさせて頂きますわ。まず、お二人が仰った異世界というのは実在しておりましたの。それもつい最近の事でした。世界線、つまり並行世界を行き来できるのは、世界線と直接関わりのある者だけ、それがこの世界の法。あなた方が真也さんを異能者として連れてきた時にその法則が崩れたんですの。」
(うーん……。)美咲の理解力は人並み程度しか無かった。そのため、いまいち飲み込めていないようだが、伊織が続けて話す。
意外な邂逅
「そして貴方が転生したのはこの世界でも、まして他の世界でも無い。『異世界そのもの』だったのですわ。だからあなたの体には魂が無かった。だから私が召喚され……真也さんの体を再構成することが出来たのですの」
そこでようやく美咲が口を挟む。「そ、そんなことできるわけが……」しかし真也の言葉を思い出したのか口をつぐんだ。
「まぁ、普通に考えたらそう思いますわよね。でもこれは本当の事ですの。私、ソフィア=エレーデは世界線を移動することができるのは『自分の世界に関係の深いものだけだ』と言いましたが、少し誤りがありましたのね。自分とはなんの関係もない存在に干渉することもできない、ということですの。だから私は異世界から真也さんを召還する事ができたのでございますのよ」伊織の説明を聞いて美咲が「ん〜〜」と考えるような素振りを見せ、口を開く。「じゃあ、その、世界線設計士ってどういう意味ですか? 私の頭だと、ちょっと難しくて。」伊織はその質問を待ってましたと言うかのようにテンション高めに答え始めた。
『世界線設計者』
この言葉は日本語としては非常に近いニュアンスであるが、本来の英語では別物を表す言葉だ。
『worldwide programmer』
直訳すると「全世界規模のプログラマー」「ワールドワイドなプログラマー」となるが意味合い的には同じ。
それは文字通りの意味だけでなく比喩的な意味でもあり、真也は『全世界的なプログラミング・ウィザード』という意味を内包した単語と考えていた。
「そう! まさにその通りでございますの!!︎」真也が言うとソフィアが同意を示すように叫んだため、受話器に向かって美咲が小さく悲鳴をあげた。
***
5. 伊織の話を要約するとこうなる。
『世界線を移動する方法について その一:異世界(以下A)へ転移させる対象の世界を指定、またはBからの介入によりAからBへの転移を行う。
その二:Bの指定に基づきBが存在する平行世界から対象者を連れてくる。
方法1で指定した世界線は、条件が満たされれば必ずそこに発生するため不確定要素が排除されており確実に指定することが可能だが、「自分がどこに生まれ落ちるか」までは指定できないため生まれた後に異なる世界に飛ばされる可能性はある。またその場合世界線を跨いだ転生となるため元の対象とは別の個体になる可能性が高い。
方法2では、Bを指定してそこから平行世界の地球もしくは日本を指定する。
この方法は確実性が高い代わりに、対象の年齢や性別、血液型など細かく設定することができないほか、対象が世界線を移動した場合その時間と空間から消失するため追跡が不可能となる。そのため対象者が別の世界線に移動された場合には元の場所に帰ってこなくなるリスクがある。また、対象者が世界線の変動を感じ取ることはできないとされている(例外を除く)
方法3については前述の通り不可能。なぜなら、世界の改変を行った場合その事実は修正力によって書き換えられた部分を除き全て元に戻るため、異世界から『世界をいじり直せる者を連れ出す行為は不可能であり危険である。』から 方法4については理論上可能。ただしこの場合には世界線の移動を自覚できてしまうため、自身の行動に対して違和感を持つ者が現れる可能性がありリスクを伴う。よって現実的ではないとされる。
方法5においては真也自身が、そして他の『異世界人』たちが証明している。「彼らは皆一様に、『自分は日本からやってきた』と証言している。彼らこそが真の意味での『異世界転生』者であり、世界線を跨ぐ能力を持つ存在である。」
以上が世界線を移動する方法がどのようなものかということらしい。
「……つまり、えーっと?」理解できていない美咲に代わり伊織は続けた。
『方法1では対象をランダムに決定しなければならず時間もかかる。また、その人物の「世界線」そのものまで指定されるため事実上不可能な手法だ。
方法2、3は『対象』の選定という部分がネックとなりこれも困難。また、方法3・4は世界線とは直接関係がない。
真也さんの体を再構成する際の方法を例えにするならば……
方法1:対象が『男』の肉体を持って異世界転生をする →しかし、実際に転移されたのは女だった →この場合『転生先=異世界』の『世界線』が『男』であったために起きる現象……そしてこれは恐らく、真也さんの『前世』の記憶が消えた理由でもあるでしょう。
つまり……『世界線とは記憶と肉体の記録だと仮定するなら』
「本来あったはずべき『真也の男の体と魂のセット記録』が消え、代わりに『女の子の体と心を持った真也の中身』が生まれたため、彼の中に存在していたはずの男の情報が全てなくなったのでは? という事ですわね。」…………』
時を巡る旅
ソフィアは、伊織の説明を引き継いだ。電話口でもはっきりと聞こえる彼女の声で解説される真也には分からない単語もあったが概ねそのような内容であった。
ソフィアの言葉を聞いた伊織は『さっすが先輩』と感嘆の声をあげ、それに対して「当然ですの」とソフィアは返した。
2人のやり取りは真也の知らないものであり、ソフィアはどうやら伊織と仲が良いようであることは感じ取れた。
(……そういえば『伊織』とか呼んでるしな……。なんでだろう?)と真也の中で疑問が渦巻く。
真也がそんなことを考えているとソフィアはさらに言葉を続けた。
「真也様、私にいい考えがございます。」
『いい』という言葉を強調しつつ、どこか楽しげな声色で言う彼女に、なぜか真也は嫌な予感を覚えた。
ソフィアが告げたのは次のようなものだった。
『真也を男として再度転生させる』
6. 翌日、日曜日の早朝に目覚めたソフィアはその日は休日であることを良いことに真也を起こしに来たところ、すでに彼が起きて着替えをしている所だった。
「あら?おはようございま……」そこまで言ってソフィアは自分の失敗に気がついたが、時はすでに遅かった。
いつものように挨拶をしようとしたが、目の前に立つ真也の姿はいつもとは違うものだった。
真也は本来、昨晩のうちに女性へと再調整されていたはずだが、その姿は依然として男性のままである。しかし、彼が着ていた服だけは女物のパジャマとなっていた。
「あ、ああ、あの!ち、違うのです!!」真也が自分の姿に気づいたと同時に慌てる。
ソフィアとしては、「せっかく真也が『男の子』として生まれ変わっていたのだもの。それを活かせばよいではありませんの!」という気持ちからの提案であったが、真也にとってこの提案は予想だにしないものであった。
真也自身、『異世界帰りの少年=女体化済み、真也』という認識のもと話していたつもりだったのだが、それはあくまでも本人による自己申告に過ぎない。実際の彼はまだ何も変わっていないのだ。
ただ性別だけが逆転してしまった状態の真也の姿を見て、ソフィアは慌ててフォローを入れるが、当の真也にとってはあまり意味の無いものである。
なぜなら真也は、自分の姿をまじまじと見ていないのだから。
真也は鏡を見るより早く、洗面所に飛び込み己の姿を確認して絶望した。
「お兄さん?」その声に真也が振り返ると、そこには心配そうな顔をした苗の顔があった。いつの間に来たのか。いやそもそも今の音は何なのか。様々な疑問が頭を巡るも真也の口から出てきたものは単純な問いかけだった。
「み、見ましたか……?」
「はい?何をでしょうか?」苗から帰ってきた返答を聞きつつ、真也は安堵の溜息をつくとともにその場にしゃがみこんだ。
7. 朝食後、自室にて落ち込む真也にソフィアと伊織が訪れた。
「真也さま、先ほどは取り乱してしまい申し訳ありませんでしたわ」
しょんぼりとした様子のソフィアを見て、自分が悪いわけでもないのに「こちらこそすみません」と言いそうになるが堪え、謝罪を受け入れる旨の言葉を返す。
すると彼女は嬉しそうに笑ったあとに続けた。
「実は……私は今とても困っていることがあるんですの。聞いてくださるかしら?」
ソフィアは少しだけ悲しそうな顔を作りながら上目遣いに真也を見た。
真也の心臓が大きく脈打つ。彼女のような美しい人間から頼られるなど初めてのことで、真也にはそれがまるで天命のように感じられた。
彼の中で『ソフィアは困っていて自分に相談に来た、自分がなんとかしなければ』と思考が暴走する。
「なんでも言ってくれ!……俺は何すればいいんだ!?」真也の言葉を聞いてソフィアと伊織はほくそえむ。
2人は相談があると言ったものの、実際にはソフィアの目的は別のところにある。そしてそれは伊織の作戦の一環であった。伊織の考えた筋書きは以下の通りだ。
真也へ「異世界での話を聞かせてほしい」と伝える。
真也は、それを受けて異世界について語ろうとする。
伊織の策とは単純明快であり、ただ単に「伊織は異世界の話に興味がないから、自分に話しをさせてくれないかな?」というものだった。
ソフィアとの会話の機会を増やしたいがために伊織に話しかけてもらうようソフィアに依頼した形になる。伊織の狙い通りに事が運び2人は喜びあうが真也は全くそれに気がついていなかった。
真也はソファに座って伊織の方を見ながら、伊織もまた向かい側の1人用の椅子に座りながら話し始める。
「じゃあさっそくだけど、昨日話してたところの続きを頼むよ。『魔法が使えるようになったらやりたいことリスト』を全部教えてね」
真也の目つきが変わった。その目はまさに異世界に居たときの彼のものだった。
意思の力
真也はその目にソフィアと伊織が息を飲む。真也の表情の変化は、今まで一緒に過ごしてきた彼女たちから見ても新鮮で美しかった。しかしそれは一瞬のこと。すぐに彼は落胆の表情を浮かべる。
「そんなに沢山無いですよ……。でも……強いて言うなら空を飛んでみたいな、とかですかねぇ」
その言葉を聞くなりソフィアは満面の笑みとなる。真也の隣へ腰を下ろし、彼を抱き寄せた。
真也は自分の腕に当たる胸の柔らかさに意識がいってしまうが、彼女の行動の意味がわからず戸惑う。
「真也様!私、真也様にお願いがありますの!」その言葉で我に返りソフィアを見つめ直す。
ソフィアは彼の手をぎゅっと握り、真也に上目遣いを向ける。
「私にも、『世界線移動』のやり方を教えてくださいまし!」
真也はソフィアから伝えられた『世界線移動』の一言に動揺する。
異世界からの帰還者。その特異性故に狙われやすい自分のことを気遣ってのことだとは分かる。しかしそれでも、彼がそれを他者に伝えることは、自身の存在そのものの秘密を伝えてしまうことにほかならない。
この世界の誰にも明かしてはいけない秘密なのだ。真也がどうすべきか思案しているうちに、横から助け船が入った。
「ソフィアさん? ボクの師匠は真也じゃないんだけど?」
真也をフォローすべく発されたであろう、いつもの平坦な声での指摘に、ソフィアは少し頬を膨らせる。
「分かっていますわ。だから、真也様の弟子として貴方に弟子入りしたいんです」
「……はい?」真也の困惑に構わず、ソフィアは伊織へ説明を続ける。
「伊織さん、貴方も知ってのとおり、真也さまの世界線で私たちに何かが起きています。
そしてそれは『真也様の力が必要かもしれない』ということですよね?」
伊織は無言をもって返答とするが彼女は構わず続ける。
「つまり真也様はこれから世界線を渡ることになるでしょう。
私はその力になれるようになりたいのです」
真也はソフィアの意図を理解する。彼女が自分に弟子入りし、自分の世界線とこちらとを行き来することが出来れば、今後真也はいつでもこの世界に戻ってくることが出来るようになるだろう。
しかし伊織がそれを止めるように、彼の頭を引き寄せ、自分の膝の上に乗せる。真也の顔はソフィアの太腿に押し付けられるような形となった。
「伊織ちゃん!? 何してますの?」
「いやぁ……なんか嫌な予感がしたから」
真也の頭上で口論を始める彼女たちだが、当の真也は突然の状況についていけずに混乱するばかりである。
彼の耳には声が届きにくくなっていることもあり状況を把握しづらい中、彼の顔をソフィアの大きな尻で挟むようにしてソフィアが体重をかける。
柔らかい。
その感触は真也に先ほどとは違う興奮をもたらした。
伊織は真也の首筋から後頭部に向けて人差し指を走らせると真也の体がビクリと震える。
真也は思わず声をあげそうになった。
(え、あ、これどういう状態!?)
真也の混乱など関係なく2人の論争はヒートアップしていく。
やがて伊織がソフィアを諌めようと立ち上がりかけた瞬間、伊織とソフィアの動きが止まった。
「真也?」
ソフィアの声が、自分の名を紡ぐのを聞きながら、真也は目を閉じた。
****
『お兄ちゃん!』
その呼び方に真也は違和感を覚える。この世界で自分を妹が『お兄ちゃん』と呼ぶのは初めてだった。
その感覚が呼び水となり真也は自身の現状を思い出す。そうだ、自分は今、異能を使えない代わりに魔法陣の光で異世界に強制召喚されたんだった、と。
真也は自分の体を確認するが、普段通りの黒い学ラン姿であった。
周囲を見渡すが、真っ暗。
唯一見えるのは目の前に佇む少女のみ。
「君は……誰?」
少女はその質問に驚いたのか、大きく目を開く。
そして次の言葉を待つ真也だったが、彼女は何も言わずゆっくりと歩み寄ってくる。
真也と彼女の間に3メートルほどの距離まで近づくと、立ち止まり真也を見下ろす。真也も見上げる格好となる。身長は彼のほうが少し高いようであったが、顔を見るにはやや上向きになった顎を持ち上げねばならなかった。
その視線は、値踏みするようなものではなく、まるで懐かしき友との再開を喜ぶかのようなものだったが、真也はそれに覚えがない。
「久しぶりだね。まー君」
真也は、その呼びかけに驚くと同時に胸を高鳴らせた。
「え、俺の事?……ってことは、もしかして!」
「そう、私は、真也君の、お姉さんよ!」
真也は期待に胸を膨らませ、そして、絶望した。
真也の落胆の様子を見た女性は口角を上げ微笑んだ。
「うん。ごめんなさい。
『初めまして』の間違いだよ」
真也は絶句する。そんな彼を前にして、その女性は語り始めた。
「私はこの世界の住人じゃない。真也君は私の事を知ってるかわからないけど……」
願いを込めたメロディー
彼女の名前は九重遥香と言い、この国のトップクラスの名家の一つにして国内最大シェアを持つ兵器メーカーの令嬢であると語った。
真也は彼女が語るその情報の真偽を確かめるべく頭を回転させるが、思いつく事柄はどれもこれも真也には馴染みの無いものであったため、信じることにした。
「じゃあやっぱりここは異世界なんだ」
真也の確認に、九重遥香を名乗る女は大きく肯く。
「そうだよ。……真也くんにとっては、初めての『異世界召喚だね?」
真也は首を横に振った。
それは彼にとって未知の世界へ呼び出された喜びではなく、既知の世界へ帰されそうになる焦りから出た否定だった。
「……違う?」
彼女は小動物のようなくりっとした目を瞬かせる。
「いや、だって、あの」
異世界から強制送還されるかもしれない、なんて言えない。そもそも信じてもらえないだろう。
真也は言葉を濁し、誤魔化すために辺りをきょろきょろと見渡して話題を変えようとした。
「あれ!? なんで、どうしてこんな暗いところに!?」
しかし、そこは真也にとって見知らぬ部屋であり、真也の記憶に無い調度品の数々であった。
真也は混乱した。なぜ、いつの間にか室内の暗がりにいたのだろう、という単純な疑問からだった。が。
そんな彼に女は、ふっ、と小さく笑みを漏らすと、人差し指をくるりと回す。
すると暗闇の中にぽつん、と光が灯った。
「あ……れ、目が……!」
突然明るくなった部屋に、真也は反射的に手で影を作るように覆う。
そして、自分の両目に指先を伸ばす。その指先はいつもと変わらない視力のままだったからだ。
彼の反応を見て、遥香は再度人差し指でくるりと回した。
それと同時に今度は壁の電灯からぱぁ、と明かりが漏れ出る。
「これは魔法……」
真也はその光景を眺めるとともに、自身が今いる場所にも既視感を覚えた。
部屋の隅に設置されたテレビとゲームハードに本棚。それらは全て真也の世界の物であり、また彼が毎日眠るベッドも置かれていた。真也が普段生活する自室と寸分違わない。
彼は、自分の記憶がおかしくなっているのではないかと疑い始める。なぜなら、『初めて来た世界』なのに、『この部屋は知っている』と思ったのだ。
そして、自分が異世界召喚されていると知った時に湧いた、異世界への好奇心と高揚はなりを潜め、代わりに『不安』と『焦燥』が顔を覗かせてきた。
真也は、自分の手を握ってきた女に顔を向ける。
「ここはどこなの?俺はどうなるの?」
「まあまあ落ち着いて。私を信じてほしいんだけどさ」
そう言った彼女はどこか寂しげに見えた。その言葉に何か意味があるのかと、真也は考える。
そして数秒考えた後、「うん、分かった」と真也は肯き、彼女は微笑む。その笑顔を見た時、真也は自分の心の奥底に小さな波紋が生まれるのを感じた。
しかしその感情を意識する前に、彼女から告げられた衝撃の言葉が真也に襲いかかる。
「実はまー君、元の生活に戻ることはできないんだ」
真也は目の前が真っ暗になる感覚を味わいながらもなんとか声を発する。
「……え?」
絞り出したような一言に、遥香は申し訳なさそうな表情を浮かべながら、もう一度事実を告げるために真也へと言葉を紡ぐ。
「まー君の体は『こっち』に適応しちゃってるんだよねぇ……。つまり、元の『体』にはもう戻れないの。ごめんなさい」
真也は目を見開き固まるしかなかった。そんな彼を前に、彼女はなおも話を続ける。
「あ、もちろんちゃんとした理由があるからね?」
真也は何も言わず俯いていた。しかし、そんな彼の様子を見て遥香は彼の肩に手を乗せると、言い聞かせるように言葉を並べる。
「だから、大丈夫だよ!……えっと、その、ほら! 真也君はもうこの世界で生きていくしかないっていうか、なんならこれからはお姉さんと2人で仲良く幸せになっていこうぜい☆みたいな?」
「……ふざけないでください」
今まで聞いたことの無いような冷たい声音。それに驚いたのは真也本人よりも遥香の方だった。彼女の手がびくり、と震える。
「俺、帰るつもりだったんですけど」
真也の言葉を聞いて、遥香の顔に動揺が浮かぶ。
「そ、それは無理だよう!」
「でもあなたが言う通り、もう元の『体』じゃないんですよね?」
「……」
真也の目を見て何も言えない彼女は口を尖らせるようにして黙り込む。
「帰れるなら帰ってますよ」
その言葉で彼女は、ああ……と悲し気に目を伏せた。しかしすぐに気持ちを持ち直したかのようにするりと真也から離れる。
「そうだよね、ごめん……」
真也から距離を離してソファへ座った彼女の目は潤んでおり、その姿はとても演技のようには見えない。だが真也はそれすら嘘なのではないかと思った。
ロストメモリー
なぜならば、この部屋には彼女が持ち込んだであろう様々な機材が置いてあり、それらの説明を受けたところで到底理解できるわけがなかったからである。
真也が困惑したまま部屋の入り口を振り返っている間に、遥香は再び立ち上がってドアを開ける。
するとそこに立っていたのは、黒い制服姿の、長い銀髪の少女であった。
少女の登場を予想していなかったらしい真也は大きく驚き体を仰け反らせた。
それを見ると遥香は、ぱちりとウィンクをし「びっくりさせてゴメンネ☆ じゃあ私はちょっと席を外すけど、仲良くやっててね!」と言い残し、部屋を出て行ってしまった。
真也はこのタイミングでの来訪者を不審に思うが、何にせよ助かった、とも感じていた。真也の心境は複雑であり、誰かと話したいという気分ではなかったため、それを見計らって現れたのかと思えた。
扉を開けた姿勢のままで固まっていた銀色の美少女だったが、しばらくしてハッとすると、ぎくしゃくとしながら口を開く。
「ど、どうも……」
「あの……どちら様ですか?」
この質問に少しばかりショックを受けつつ、気を取り直すように銀髪を翻す彼女は真也と視線が合わないように横を向きながら自己紹介をした。
「わ、わたし、は『アンノウン』部隊、『ハウンド』部隊の隊長をしています、『ルイス・レンゲ』と、申します。階級は『二等兵』です。以後おみ知りおきを。えー、そしてこちらは『ビショップ級』のソフィア准尉の……妹です」
その瞬間、ルイスと名乗る女は真也と目があった。目が合った、というのとは若干異なり、彼女はまるで何かに引き寄せられたかのような表情をしていた。
「……どうしました?私に聞きたいことが何かありますか?」
「あ、いえ……えっと、貴方の名前は……なんと言うんでしょうか」
なぜそのような事を聞くのだろうかと真也は不思議に思ったものの、答えない理由もないため素直に答える。
「はい、九重真也といいます。えーと、よろしくお願いします」
真也が頭を下げると、なぜかルイスは顔を赤らめつつ、目をそらしつつぼそりと答えた。
「よ、ろしく、お願い、します。……ま、真也、さん」(なんだこれ)
真也はその対応に違和感を感じつつも会話を続けた。
「それで『ルーク』クラスの方……でしたっけ、そちらの人はどこにいるんですか? あと、どうして俺はこちらに連れてこられたのでしょう」
「あー……ソフィア准尉の言っていた事は事実なので、あまり気にしない方がいいですよ」
真也の疑問は最もであったが、ルイスは言葉を濁す。しかし彼はそんな彼女へ再度問いかける。
「そんな事を言われても困りますよ。……それと、なんでさっきから俺のことを見て話しているんですか?」
「……え!?︎……え、……うぅ……」
彼女の態度はあまりにも不自然で、そしてあまりに真也を真っ直ぐに見つめてくる。そのため真也の問い掛けにもうまく返答できなかったようで、ルイスはそのまま口をつぐんでしまった。
そのまま二人の間に沈黙が訪れる。
(気まずいなぁ)と真也が思っていたその時、部屋をノックする音が響き渡った。
2人が顔を見合わせていると、扉が開く。そこには先程部屋を出て行った遥香が戻ってきたのだった。
遥香が戻ると、部屋の雰囲気は明らかに変わっていた。
それは2人の女性が向かい合っていることだけでなく、その女性の様子が明らかに違っているからでもあった。
さきほどまでのどこかふわりとした雰囲気はどこへやら、その少女の目つきには険があり、対面に座っていた女性……『アンノウン部隊』、『ビショップ』のコードネームを名乗る黒髪の少女を睨んでいた。
対して黒髪をポニーテールにまとめた女……つまりはルイスは目を丸くしており、どう見ても遥香の訪問は予想外であるように見えた。
そして彼女は椅子から立ち上がると慌てたように口を開いた。
「えー、と。お姉ちゃんが戻ってきてしまってはもうこれ以上は無理そうですね」
「あら?まだ話は途中じゃありませんか?」
「いえ、もう大丈夫です。また来週伺いますので! では!」
早口に告げると、ルイスは足速にその場を去ろうとする。真也も、突然の出来事に驚いていたが、遥香と黒髪の女、二人のやり取りをみて何かあったらしいということは理解し、自分も出ようと声を上げた。
「あ、あの」
その声に、ルイスと真也が振り向く。
真也が言い淀んでいる間に、遥香がその前に立った。まるで彼の言葉を奪うかのように。
「なんですか?『異能者』のお嬢さん?」
女からの挑発とも取れる物言いを受け、遥香の顔色が変わる。しかしそれでも、彼は再び口を開く。
「えっと、……あの……ありがとうございました。助けに来てくれ……」
そこで彼は口を閉じた。自分が今言うべきなのはそれではない、と感じたのだ。
新たな敵
真也は再び自分の胸元に手を置き、そして頭を下げながらはっきりと感謝の言葉を口にする。
「ありがとうございます」
すると彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、その後微笑んだ後真也の耳元に顔を寄せ囁いた。
「ええ、いいえ」
彼女はそれだけを言うと身を翻し部屋から出ていった。
その光景を見ていたルイスも、何かを堪えるように拳を強く握り締めながら真也の方を向き、絞り出すように言った。
「私に敬礼は必要ないですよ、私は、あなたの『上司』ではありませんから」
真也はその表情に驚きつつ、小さく手を挙げ敬礼を解くと、彼もまたその場を去るべくルイスに背を向けた。
***
部屋に残されたルイスは大きくため息をつく。そして、部屋の奥に置かれた簡易ベッドに倒れ込むと独り呟き始める。
「はー、つかれた……。やっぱり慣れないことはするもんじゃないわね」
天井を見ながらルイスは今日のことを思い返した。
***
真也たちが『東雲学園高等部1年生教室区画A棟』を出たとき、時刻はすでに夕方を過ぎていた。
真也と伊織はまだ校舎の中に留まっていたが、他のクラスの友人や知り合いとの会話に花を咲かせていたレイラ以外のメンバーたちはそれぞれ帰路についていた。
寮へと向かっている間、会話はなかった。ただ黙々と歩いているだけだったのだが、そんな道中の空気を変えようとしたのか、美咲がやや大きめの声で全員に向かって話し出した。
「ま、とにかく!無事に解決してよかったよ〜!それにしてもさすがだよねーソフィアちゃんって感じだよ〜」
しかし彼女の明るい話題は功を奏さず、沈黙が訪れる。
(えぇー、この空気どうしよう……。うぅ……)
なんとかしようと美咲が言葉を繋ごうとした瞬間、光一が静かに話し始めた。
「今回の件で、我々の情報共有不足を痛感した。我々がもっと互いを理解し、その上で行動しなければならないだろうな。そのためにまず、互いのことを知る必要があると考えている」
その言葉に、皆の足が止まる。真也とレイラだけは、特に変わった様子もなかったが。
「親睦を深めるという意味では、やはりまずはそれぞれのことを知らなければ始まらないと思うが……九重院?」
立ち止まった一同を不審に思ったのだろう、一番前にいたはずの彼が、最後尾にいたソフィアに声をかける。
「あっはい!もちろん大丈夫ですよ、ハイ。えーとですね。みなさんのことを知りたいのはやまやまだし、ボクだってそのつもりではありますけど……でも、今はもうちょっとだけ待ってほしいかなぁ……みたいな……あは、あははは」
そう言い残すと『お先に失礼しまぁす!』という謎の言葉を残しソフィアは猛ダッシュをして真也たちから離れていった。その姿を呆然と見つめたあと、最初に我に帰った美咲が口を開いた。
「なんだったんだろ?急に……」
次に我に帰った真也は、レイラがこちらを見てじっとしていることに気がついた。彼の目線が自分を捉えているとわかると、少し困ったような顔になり、頭を掻きながら彼女へと告げる。
「あの、大丈夫だから。本当に、大丈夫。ありがと」
それを聞くと、彼女は小さくため息をつき視線を外す。
「……わかった。また明日」
それだけを言い残し、一人歩き始めた。
真也は彼女に何か声を掛けるべきかと迷ったが、それよりも先に背後からの声で振り返ることとなる。
「えっと、間宮くん、今日、うちに泊まりに来るかい?うちはいつ来てもらってもいいから」
その言葉を聞いた真也は一瞬固まり、数秒考えた後に答える。
「あ、……じゃ、お邪魔させていただきます」
すると、今度は横から透の声がかかる。
「僕も、いいかな? 母さんには今晩遅くなるかもしれないとは言ってあるんだけど、もし駄目なら早めに帰るようにする。……それとさ、僕は君の事を知りたいと思っているし、きっと君も僕のことを知ってほしいと思っているんだ」
それを聞き、真也もまた答えを返す。「……ありがとうございます。俺で良ければ是非」
すると二人は嬉しそうな笑顔になった後、お互い手を軽くあげ挨拶をした。そして、真也の横を通り過ぎる際、小さな声で言う。
「楽しみにしてる」
それは先ほどの会話とは違いどこか熱っぽくて色っぽさがあり、そのギャップに真也は心臓の高鳴りを抑えることができなかった。
***そんなやり取りのあった日の夜。
真也は初めて、異能を使った。
***
夜、真也とレイラがいつも通り二人で風呂に入っている時、真也は意を決して自分の能力について話を始めた。
「実は……ソフィアちゃんから聞いたんだ。俺は『この世界の人間じゃない』って。それで、どうすれば元の世界に戻れるのか分からなくって」
それをきいたレイラの手は、湯船の縁を掴むように動きを止める。表情に大きな変化こそないものの、驚いたことは確かであった。
心の闇
しばらく真也をじっと見つめていたレイラだったが、不意に視線を落とすとぽつりとつぶやく。
「……本当?」
「うん、ごめん。隠してるつもりはなかったけど、伝えるのが遅れて。レイラに話すとソフィア先輩にも伝わると思ったから言えなかった」
「……そう。わかった」
真也の謝罪を受け止めるとすぐに普段の様子に戻ったものの、『どうして私だけに言わなかったのか』という非難の念が感じられた。それがわかっているからだろう、真也は再び謝罪の言葉を口にする。
そんな彼に、レイラは言う。
「大丈夫。私は間宮の事、信じる。ソフィアだってそう。ソフィアが言ったことが全部本当なのか、確かめないといけない。そのために、協力してほしい」
真剣な眼差しを真也に向ける彼女の言葉に、彼もまた真面目な様子で返事をする。
「もちろん」
それからしばらくして、真也は自分のことについて洗いざらい話し、レイラはそれを神妙な面持ちで受け止め続けた。
レイラと風呂に入った日から3日ほどたった日の放課後。「今日は間宮さんがバイト無いんですね! 珍しいですね!」
伊織は、教室を出る真也に後ろから話しかける。
「ん? ああ、そうだね。今日は久しぶりに休みなんだ。……なんと今日は、津野崎さんのとこに行って異能診断してもらえることになってさ」
真也がそう告げると、彼は大げさに驚く。
「へぇー、それはいいことだ。でも間宮って異能無かったんじゃないっけ? まあ良いや、楽しんでおいでよ。僕は生徒会室行くから」
「あれ、もう帰るかと思ってた。なんか用事でもある?」
伊織が立ち去ろうとする背中に尋ねると、振り返りながら答える。
「僕もたまには、仕事をしようかなって思ってさ」
それだけを答えたあと、「そっか、頑張れよ〜」と言い残し廊下の奥へと消えていった。
生徒会室の扉を開くと、すでにそこには透と美咲の姿があった。
二人とも真也が来たことに気づくと同時に席を立ち、歓迎の挨拶を交わす。
三人が円状のソファに向かい合って座ったところで、透は口を開いた。
「さてと。まず、間宮さんの能力測定を先に済ませようか。この間やったような『普通の異能判定検査』と『間宮さんの世界の基準』での計測の両方が必要だろうし」
「あ、その話ですけど、ちょっといいですか?」
真也の言葉に反応したのは透ではなく、向かいの席に座っている少女だった。
彼女、九重紫苑は無言のまま立ち上がると、ポケットの中から小さなリモコンのようなものを取り出しスイッチを入れた。ブオンという起動音とともに画面に表示された文字を見て満足気に微笑む。
真也の知るスマートフォンとは違うが、それでも見慣れたアイコンが表示されたことを確認すると、彼は説明を開始する。
「実は、この前の検査の結果を解析したところ、分かったことがあったんです」
「お、マジで!? 流石間宮だぜ」そういって喜ぶ美咲の横で、無表情の透もまた、小さく感嘆の声をあげる。しかしそれは、喜びというよりは、驚きから出たものである事が、声の大きさから見て取れた。
2人の様子に真也は少し恥ずかしくなり頭を掻く。そして、先ほど確認したばかりの画面を2人に見せた。
「えっと、俺の世界のスマホと同じようなアプリが入っていました」「ふーん、それで、これが何になるわけ?」
首を傾げる真也に向かって再び美咲が口を開きかけるが、それより前に真也が言葉を紡ぐ。
「つまりですね、そのアプリで俺自身のデータを見ることはできるはずなんですよ」
そう告げられた言葉の意味を理解すると、美咲は目を輝かせ、真也の手を握る。
「じゃあ、今からそれをやってもいいんだよな!」
その興奮した様子を見るに、おそらく彼女は既に興味をなくし始めているであろう自分の異能のことをずっと待っていたのだろうと真也は想像する。
(そりゃそうだよなぁ)
真也は自分の世界の機械類をこの世界に持ち込んでいいのか分からなかったが、ソフィアが持ち込んだものだということで一抹の不安はあったものの、異界の存在に頼んでみることとした。すると、意外にも二つ返事で『問題ありません』との回答を得たのだ。
その後、真也はその端末に自分のIDとパスワードを入力することでこの世界のスマートフォンと同じ使い方ができる事を知ることとなった。
本来ならもっと色々と手順を踏む必要があったらしいが、この世界の端末とリンクさせることができたのは、ひとえに真也がソフィアによって異界の技術である異世界の技術を取り入れている世界線の設計士であり、『異物に対する免疫がある』ためだとのことであった。
「そうそう。間宮さん、私もやってみたいのですけれど」
透が手を小さく上げながらそう言うと、美咲も同様に真也へと期待の目を向けた。そんな二人の目に押されるように、彼は口を開く。
「あ……でも……」
友との絆
そこまで言ってから、真也は口ごもりつつも続ける。
「俺の世界でも『普通に』使えるだけで、別にこっちの世界で同じように動かせるとは……」
真也が最後まで言い切るよりも早く、美咲が立ち上がり彼の手を取る。そのまま部屋の奥のスペースに引っ張られてゆく中、彼は後ろを振り向きながら叫ぶ。
「ちょっと待ってくださいね! すぐに準備しますので!!」
そうして部屋の奥、ガラス窓で囲まれた空間で真也と美咲、それに透はそれぞれタブレット型パソコンのような見た目をした、しかしキーボードなどはない奇妙な機器の前へ案内される。
美咲は椅子を引きずると、嬉々としてそこへ座り、機器を操作する。
「えっと、まずどうすればいい?」
「それでは、この丸い部分に触れてください。そうしていただければ私の異能により、間宮さんの個人情報を読み取らせていただきますわ」
そう告げると、美咲は何やら操作を始め、やがて表示された文字を見て感嘆の声をあげた。
「え? は!?」「まじで?」
真也と美咲がそれぞれ驚きの声をあげながらも透は一人満足げに笑みを浮かべる。
そして真也の横に並んだまま美咲と同じように驚く透に対して、真也は小声で尋ねた。
「先輩はこのアプリのこと知ってたんですか?」
「ええ、一応は」
彼女の答えを聞いてから、再び美咲へ顔を向けると美咲もまた驚いたように口をあんぐりと開けていた。
美咲は画面を見ながら何かをつぶやくと、再度こちらを見る。
「……『シンヤ』って、書いてある」
その名前は聞き覚えがありすぎる。真也は自身の体が小さく震えるのを感じる。
真也の目の前には、見慣れた名前の並ぶ自分の個人データが表示されており、それはまるで他人のように感じられた。
真也と目が合った美咲は少し頬を赤らめながら、気を取り直すように咳払いをする。
「まあ、なんにしても間宮の名前がわかってよかったぜ。じゃ、間宮、とりあえずそのアプリを俺の端末にも送ってくれよ」そう美咲から言われたものの、真也はそのアプリの使い方が分からないことに気がつく。
そんな様子の真也を見かねてか、透が声をかける。
「私も興味があるので、教えてもらえないでしょうか?」
透の言葉に美咲は大きく首肯する。
「おお、もちろんだぜ!」
美咲が透の方へ移動した為、自然とその隣にいることになる。そんな彼女の態度に、やはり自分は彼女に嫌われてしまったのではないかと真也が思い悩んでいると、美咲は先ほどまで自分が座っていた席を真也へと差し出した。
「お兄様」
その言葉に真也はハッとし、一瞬にして全身に冷や汗が出るのを感じた。真也の様子の変化を感じ取った美咲は、顔を覗き込み、尋ねる。
「ん? どうした?」
真也が美咲のことを怖がってしまったことなど知る由もない透も美咲と同じ様に首を傾げる。しかし二人とも全くの善意からの行動だ。
真也はそれを分かっていながらも、つい体が動いてしまった。彼は思わず美咲を突き飛ばしてしまい、彼女と共に床に転がった後、その場から離れるべく走り出す。部屋の隅にある扉を開き、逃げるようにして自室へ飛び込んだのだった。
バタン、という音が部屋に響き渡る。真也が逃げ込んで来たのを確認するや否や透は素早く立ち上がると、彼を追って扉に手をかけた。が、それよりも先に美咲が立ち上がって彼の手を阻む。彼女は真也が入って行った扉のノブを握ったまま、口を開く。
「あのなぁ!……っと待って、お前もなんかあったんだろ? いいから落ち着けって。話くらい聞いてやるっつーの」
透が振り向くと、そこに居たのは先程真也を怒鳴りつけていた人間とは別人のような姿であった。
透の手を掴んだ美咲はそのまま彼に話しかけた。その目には怒りはなく、どちらかといえば同情すら感じる色を帯びている。
真也は自分のしてしまった行動の異常性にようやく気がつき、その場に崩れ落ちるように膝をつく。
自分の妹に恐怖するなど、なんて事をしてしまったのか。
しかし彼はすぐに顔を上げる。今すぐに謝らなければならない。たとえ許してもらえなくとも、それでも。
「すみません……」
そう口にする彼の肩に、美咲は優しく手を置く。真也の体はびくりと跳ねた。
「……大丈夫だから。ちゃんと、話してくれないか?」美咲の言葉に促され、事の顛末を真也は説明し始めた。
自分が女性恐怖症になったことや、『シンヤ』という名で呼ばれていたことなどは隠したまま。異世界のことも。
話し終わると、真也の目には涙が浮かんできた。そして美咲の顔を見ることができずに、俯いた。そんな様子を見て、美咲が呆れたようなため息をつくのを背中越しに感じた。
きっと失望されてしまったに違いない、そう真也は考えていたが、聞こえてきた声は意外なものであった。
「なんだそれ!?︎ お前も被害者じゃないか!」
覚醒の時
真也は再び驚きに目を大きく開き、美咲を見た。
その目は真っ赤に充血しており、よく見ると瞼も腫れているようであった。
そして、いつもはきつく吊り上がっている眉は八の字になり、鼻の頭が赤い。唇の端から垂れる液体を指で拭いながら、彼女の表情が曇っているのがわかった。そんな彼女の様子と言葉に、さらに驚く。
真也は異世界に行く前まで、家族にも『女の子とまともに喋れない男』と思われていたほどだ。それをまさかこんな風に肯定してくれる人間がいることなど、想像だにしたことがなかった。
ましてやそれが、自分の姉であり親友である人間であること。それは真也の心に刺さっていた氷柱のように硬く冷たい何かを吹き飛ばすのには十分すぎた。
「うぅ……み、みさき……」
その日。二人は泣きじゃくりながら抱き合った。
その日から真也の地獄が始まった。
学校へ行くのはもちろんのこと、家の外へ出ることができなくなった。部屋からは出ることはできても階段の下から二階へ上がることはできないのだ。
真也と美咲が仲直りした次の日に『一緒に風呂に入ろう!』と言い出した透をなんとか誤魔化し一人で入ったところまでは良かったのだが、それ以降の日常生活において全く問題が無かったのにもかかわらず、いざ異性として意識してしまう相手が現れるとそれができなくなってしまうのだ。
そんな真也の様子に、当然透も美咲も頭を悩ませた。特に透はどうにか真也を学校に行かせるべく必死に考えたがどれもうまくいかず、ついには強硬手段に出たのだった。
「お、おい……ちょっと落ち着けって」
真也を後ろ向きに立たせたあとに彼の制服の上着のボタンに手をかけ始めた透に対し、流石の真也もそれはまずいと慌てる。真也の体から汗が流れ始め、手が震え始めるが透は気にせず続ける。しかしそこで、思わぬ人物の介入が入った。
「ちょ、何してんすか、先輩!」
そう言いつつ透の体を押すのは苗。彼女は真っ青な顔をしながらも真也を守ろうとするかのように両腕を広げる。
真也が助かった、と思ったのも束の間。美咲もまた真也の前に立ち塞がった。
「私の弟だ。私の好きにさせろ。お前らは関係ないんだから引っ込んでいろ」
「関係あります! それにもう私たち兄妹みたいなもんじゃないですかっ! 兄が妹を守ったり助けたりするのは当たり前です! 私が真也を守るんです! この家で一番頼りになるのは私だけです! 邪魔しないでください!……ってなんで先輩は服脱いでるんすか!?︎」
美咲は透の行動の意味を正しく理解した。その証拠に彼女の額には大量の冷や汗が浮かび上がっている。「そっちこそなぜ真也を脱がそうとしていた!」
真也はその二人をオロオロと見比べた。
その後真也にとっての受難の一幕はあったものの、『妹が』『姉より強い』というパワーワードが世間の目を逸らすこととなり、無事に?学校生活に戻ることが出来た。
****
「……えっと?」
突然自分の身の上話をされ戸惑う美咲だったが、その話を聞いている間に段々と彼女の表情は曇っていった。真也が語り終えた後も暫く押し黙っていた美咲はゆっくりと口を開く。
「つまり……」
「ごめんなさい……」
そう口にする真也は、今までの人生の中で一番反省していたかもしれないと美咲は感じていた。
美咲にとってはただ純粋に、『自分がどれだけ真也を好いているのかを伝えたかった』だけであった。その結果真也に恐怖を与えてしまったのであれば、美咲としても不本意である。
真也は自分の姉に恋をしているわけでもない。むしろ自分のせいでそんな目にあったのだから、自分こそが嫌われてしまってもおかしくはないと考えていた。
そんな真也の言葉を受けて美咲は少し考え込んだあと、言葉を発する。「……その、まぁなんだ。別に嫌ってはいない。あー……でも、そういう目では見れんというかさ……」
真也は驚き顔を上げると、そこには視線を下に向けてモジモジとしている美咲がいた。それは真也が初めて見る彼女であり、そして『男ならだれもがその仕草を見たことあるに違いないだろう』と思うような、可愛らしい恥じらいを持った少女であった。そしてそんな姿の彼女に、真也は再び心を奪われるのだった。
****
「あの時は驚いたけど、今は大丈夫だし」
真也が美咲への思いを告げてから1ヶ月後。彼らは再び同じベンチに座っていた。あれから、二人の距離は少しずつではあるが確実に近づいていった。今では隣に座ることに抵抗はなく、会話の数も増えた。
しかし未だ手を触れ合っていないどころか、互いの体にも一切触れることがなかったが……これは真也からのお願いによるものである。
使命を果たすために
曰く「自分の手汗が凄すぎて汚いと思われたくない」「触った瞬間通報されるんじゃないか不安」との事であったが……美咲はそれについて、「私は気にならないのにな……」とは思っているものの決してその話題には触れなかった。
(真也がそう言うんだからしょうがないよねぇ。うん)
真也と美咲の間には微妙な距離があったが、真也の顔色は非常に良くなっていた。彼はこの世界に来る前の事を美咲に相談することによって、『元の世界にいた時と同じような普通の学生生活を送る事が出来ている』と感じられたのだ。
それは真也の精神状態を保つ上で大きな意味を持つものであり、それ故に美咲は彼の相談に乗ることに意義を感じていた。
だがそんな彼の精神状態を揺るがせる存在が現れたのだ。「どうしたんスか? 元気無いッスね〜真也さん」
美咲の隣に腰掛ける女性、透に真也は苦笑いで返す。彼女は美咲よりも先にここへ訪れ、ベンチに座って項垂れていた真也に声をかけてきたのだった。
最初は、先日自分のことを「好きになってしまったかもしれない後輩の男の子がいる」という話をしたばかりでなんというタイミングの悪い女だと思った真也だったが、彼女の『お悩み相談』を聞き終わったところで「ああ、やっぱり自分はこっち側の人間だわ」と思ったものだ。
彼女が自分と同じ『異性愛者ではない側の存在』であるということが分かったため、警戒を解くことにした真也に対して「今日は私と一緒に帰りませんか?」と言い始めた。
その時の表情から察するに下心の類は無く本心から出た言葉だという事が分かったが、流石にそれは断るしかなかった。美咲に断りを入れようとしたが「別にいいんじゃ?……なんか、真也も友達できたみたいだし、邪魔しちゃ悪いしさ」と言うので一緒に帰る事になった。
真也としてはこの世界でようやく得られた信頼できる人間の一人であったので、彼女の申し出を受けるのは全く問題はなかったのだが……。美咲には「浮気された気分」と言われた。解せぬ。「あー、俺の事は気にしないんで続けてください」
真也が促すと美咲は再び話し出した。
「えっとさ、真也の話を要約すると『異能を使っても何も言われなくなったら怖い』んだよな?」
美咲の言葉を受けて、真也は小さくうなづく。それは彼がこの世界にやってきて最初に得た実感であり、一番恐れていたことであった。
真也は自分の異能力『世界を騙す程度の能力』により、自分の外見は変わっていないにも関わらず周囲の人間の認識を変化させ、自分が男だと気付かれなくすることに成功している。そのおかげで学園での生活を平穏無事に過ごすことが出来ていたが、それがもし解けてしまったらと、最近は毎日を怯えながら過ごしており、美咲とこうして話すことも億劫になっていたほどだった。
だが、そんな真也の気持ちを知ってか否か、ソフィアはその事実を伝えてくれない。
もちろん、真也自身もそれを問いただそうとしなかったが……彼女の真意を知ることで安心できるのではないかという思いもあった。
美咲は腕を組み、頭を捻る。そんな彼女を、真也は固唾を飲んで見守った。
*
***
しばらく黙り込んだあと、頭を抱え込みながらも言葉を選びつつ、彼女は口を開いた。
「まあ……なんだ。……私は真也が『そうじゃないやつ』だって知っているからあんまり言えないんだけど。普通はそんな心配、しなくても大丈夫だと思うぞ?」
美咲の発言は『異世界』に全く縁の無い人間が発したものであれば「何を馬鹿な事を言っているんだ」と言われるであろうものだったが、ここは世界線を跨ぐ『狭間の世界』である。
そして『この世界の人間』の感覚を一番よく知る『もう一人のソフィア』がそれを伝えたのだから、きっと正しいのだろう。真也がそう考えつつも、それでも尚納得できないような表情をみせると、彼女もまた難しい顔を作る。
しかしそれも長くはなく、彼女は諦めたかの様に両手を上げた。
「んー、なんて言ったらいいか分かんないけど。とりあえず、ソフィアちゃんはそういう事言う子じゃなさそうだから聞いてみればいいんじゃないか?」
真也の相談相手となっているはずのソフィアだったが、彼女は先ほどからの会話に参加していなかった。
彼女の態度が『いつもと違うこと』は美咲も気づいたようで、その視線を向けられ少しだけ顔を赤らめる。
「……い、いやまあそのな?……確かにちょっと露出多いよな、あれ……」
頬に指を当てながらちらりと真也の隣を見る美咲に対し、透も負けじとその対象へと鋭い眼光を向けた。
真也を挟んで二人の少女のバチバチとした火花を感じ、居心地が悪くなる真也。話題を変えようと慌てて美咲に相談をする。
「あの、先輩」
「うん?……ああ、私のことは美咲でいいぞ。苗字はなんかいらんって感じだ」
決着のとき
「え、あ、はぁ……わかりました。それなら、美咲さん。俺の異能について何か知ってることありますか?」
「……ふむ、知っとくべき話だしな」
美咲はそう言って真也の方を向いたままベンチに背を預け、天井を見上げる。そして目を閉じた後ゆっくりと目を開きながら、ぽつりと語り始めた。
「まず、『異能力者の発現条件』から話す」
その口調からは、今までのようなふざけたものは見受けられず、真面目なものであることを真也に理解させた。
******
「『世界を騙す』というのは比喩表現でもなんでも無く、そのままの意味らしい。
異世界において、真也の能力は『他人の意識に干渉して誤認させる』能力、つまり相手の認識を操作するものだ」
美咲の話によると、真也がやってきた世界は『オーバード』『ロストエデン』という二大要素がありつつも、他の様々な要素を持ったいわゆるパラレルワールドの一つであるという。『ロスト』の部分が抜け落ちた、ただ一つの世界では無いのだということを知らされ真也の胸中に不安が広がる。
真也の能力の具体的な内容であるが……美咲は一度首をひねったのち言葉を選びながら説明した。
「んー……『他人』の意識を操るんだよ。自分の姿を周りの人から別人に見えるようにしたりとか、逆に自分に自信を持たせてたりとかさ」
例えば私がさっきやって見せた『男である』ということを真也に勘違いさせ、女の子に見せているようなものがわかりやすい例だと、美咲は補足する。
また、異性に対する好感度を上げたりすることも可能であるという。それは真也の世界でもよくある恋愛シミュレーションゲームと同じであり、ある意味で彼の世界にも似たようなものがあったことに安堵を覚えた。
真也は先ほどの教室でのやり取りを思い出す。
彼が異能力によって周りを騙しているということがバレたらどうなるのかと震えていた矢先のことだったのだが、もし美咲がフォローしてくれていなければどうなっていたことやら、想像もしたくない出来事だっただろうと思い真也は冷や汗を流す。
そして真也は美咲の言葉を思い出して疑問を抱く。
(そういえば……)
ソフィアの時も美咲に「お前は可愛いな」「綺麗だぞ!」と言った記憶があったのだ。
あれは、全て事実では無かったのだろうか?それとも……。
真也の思考を遮るように、美咲の説明は続く。
「この『世界を騙す』っていう行為にはデメリットもあるんだ。『真実を隠すこと』は同時に『本当の自分を隠す』ということでもある。
真也は無意識下で能力を『セーブ』していたんだと思うが、そのお陰もあって特に問題なく『異世界』を生きていたんだろうな」
真也はその言葉に引っかかるものを感じたが、今はそれよりも、自身の能力の詳細を聞く事が先決だと判断し続きを促す。
「そして真也の最大の武器であり弱点は……世界線を跨ぐことで得られる、圧倒的な経験の差だ」
「……経験値?」経験値という言葉からゲームなどを連想し、反射的に聞き返す真也。
しかし彼はまだ気づいていない、この質問こそ致命的なものである事に。
「ああ、そうだ。私もソフィアちゃんも、真也の世界より長く『オーバードとして生きている』わけだが……それだけの経験が違えば、真也よりもうまく『世界を騙せる』。だから私たちはあの子の姿が見えていても不思議ではないし、そもそもあんな風に近づいていたら誰だって気がつくよ。
それがたとえ、『普通の女の子の格好』をしているソフィアちゃんだとしても、さ」
「っ!!」
美咲から突きつけられた真也への死刑宣告は、真也にとってはあまりにも酷であった。
つまりはそういうことだ。
真也は自分の『世界の認識を変える能力』を使って世界線を渡ったがためにソフィアの姿を視認することができており、それは即ち世界線を渡る前の真也と世界線を超えた後の真也の間には大きな差ができてしまっている事を示している。
真也が世界線を移動することで得てきたものは全て失ってしまう、ということになる。
「そ、んなことって……」
真也の顔は青ざめていき、両手は力無く肩からぶら下がるだけとなる。その様子を見た美咲は彼の頭をポンと叩く。
「そんな顔をするなって!まあ落ち込む気持ちはわかるけどなぁ…… でも、悪いことばかりでもないんだぜ。むしろ良い方が多い。
一つ、異世界に行くことで身体能力は飛躍的に向上する。
これは今までに無いデータが得られた。
オーバードの中でもここまでの高数値を記録した人間はほとんどいないからね、貴重な資料になったと言える。
真也の能力が発動するとどうやら身体能力は著しく低下するみたいだけど、それも今後改善されるはずだ。
二つ、異能の力が強くなる、または使えるようになる可能性が高い。
旅立ちの日
異世界に行って戻ってきた人がこれまで存在しなかったため比較検証できないんだけど、真也の話と『私の知るオーバードの異能』が噛み合わないのはたしかなんだ。
これが何を意味するか分かるかい?」
美咲の問いかけに真也はゆっくりと首を振る。その答えを告げていいのか一瞬迷う美咲だったが、彼なら理解できるだろうと判断する。
「真也の能力はおそらく、『世界線の異なる者』にしか通用しないんだ。そして異世界では真也の力は通常時よりも強力になる。つまり…… この世界で真也がいくら『世界線を設計しても』無駄ってことになる」
「そんな!?」
悲鳴をあげるような声を上げる真也を安心させようとしてだろうか、美咲は慌てて手をひらひらさせながら言葉を繋げる。
「もちろん!真也の能力は異世界に限定なんてされていないかもしれない。
もしそうだったら真也にも使い道はあるさ!」
真也はその一言で少し元気を取り戻したが、同時に新たなる懸念が生まれる。
自分の能力の『範囲』についての疑念だ。
確かに、世界線を飛び越えることによる恩恵は他のものでは得ることはできない。異世界という世界線を設計する能力もまた同様に。
しかし真也が今一番不安を感じている点は、自分が『どれだけの範囲を設計できるのか?』という点であった。
真也は自身の手を見るが、その腕に『黒い線のようなものが見える』ことはなかった。
(じゃ、じゃあ俺は……俺の世界はどこまで作ることができる?……この地球上だけじゃないのか?)
そこまで考えたところで、美咲が再び口を開く。
「三つ、真也。君の能力は、人を助ける事ができる。そして異世界には魔法があり超能力があったり、剣がある。真也にとって初めての戦闘を経験する事になると思う。……君は『自分』を守る力を身につけないといけないよ」
美咲の真剣な表情と声色に思わず姿勢を正す真也は彼女の目を見据える。
真也は異世界についての知識は殆ど持ち合わせていなかったが、自分が行ってきた異世界転生がどのようなものであるかをなんとなく理解した。
そして同時に思う。異世界へ行ったからといって必ずしもチートになれるわけではないという事に。
世界線を設計する能力。それが真也に与えられた唯一の力ならばそれを活かす方法を見つけなければならないのだ。
その点については美咲は自信を持って真也に伝え、彼を勇気付けるように続ける。
「四つ、これは私からの個人的なアドバイスだが、世界線の設計において最も大事なことは、まずは自分自身の安全の確保だよ。君が自分の身を守るための技術を手に入れるまで私は全力でバックアップする。……どうかな?それでもやっぱりダメかな」
最後は困ったように眉尻を下げる美咲を見て真也も首を縦に振らずにいられなかった。
「……分かりました。やります」
その返事を聞いた美咲は大きく微笑みながら両手を広げて真也を迎えるような仕草をした。
そして彼の両肩をぽんぽん、と叩くと言葉を続ける。
「よかった。本当に良かった。
それでは明日またここに来てくれ。その時までには戸籍やら何やらを手配しておこう。真也の両親への説明の仕方も一緒に考えておかないとね。それと真也の部屋は……」
そのあと二人は今後の予定を話し合っていった。
その中で美咲が特に重要視したのは衣食住に関することだった。この3つが確保できない人間はまず間違いなく長生きする事ができないからだった。