写真を撮るときに一歩下がる親友がウザいので『人の顔を自然にデカくするカメラアプリ』を開発してみた


 

(1)私の顔をさらにデカくし続けた罪は万死に値する

 よく一緒に遊ぶ中学校の同級生・菜々子(ななこ)は、一緒に写真を撮るときに一歩下がる。
 必ず一歩下がる。
 おかげで、ただでさえデカいわたしの顔は、さらにデカく見えた。

「ごめーん。撮ってもらっていい? 私のスマホ、バッグの一番底に沈んでてぇー」

 対抗してこちらも下がりたいが、彼女はそう言ってスマホや自撮り棒をいつもわたしに握らせてくる。おかげで物理的に下がれない。

 ついに我慢が限界に達した。

「菜々子、わたし進学先はB高校の情報処理科にするね」

 中学二年生のとき、彼女にそう伝えた。
 女子率が異様に低いところであるため、彼女と一緒になる可能性は消えるだろうと思ったからだ。

 中学一年生のときに「一緒の高校に行こうね」と約束し合った仲ではあるが、構うものかと思った。
 私の顔をデカくし続けた罪は重い。 

 

(2)勝つためなら頭なんていくらでも下げる

 思うようにはいかないものだ。
 菜々子は、わたしと同じ学校の同じ学科に進学したのである。

「ねー。一緒に撮ろー」
「いいけど。たまには菜々子が撮ってよ」
「ごめぇーん。さっきママを撮りまくってたらスマホの電池切れちゃってぇ。そっちのスマホで撮ってもらっていいー?」

 入学式で、さっそくこれである。
 案の定、一歩下がられた。

 高校でも三年間わたしの顔をデカくし続ける気だ。
 絶対に許せない。

 わたしは、“とあるスマホアプリ”の開発をおこなうことにした。

 アプリ制作はかなり知識が必要な作業だった。情報処理を学びはじめたばかりのわたしには荷が重く、すぐに壁にぶち当たってしまった。
 だが、わたしは諦めなかった。

 中学生のころからやっていたネットゲームの同じチームに、則巻千兵衛(のりまきせんべえ)という名のアプリ開発に詳しそうな人がいた。

「わたしの顔デカコンプレックスをつつくようなことをしてくる許せない人がいて、どうしても報復したいの! 教えて! お願いします!」

 わたしはチャットで事情を熱弁し、なんとか教えてもらえないかと頼んだ。
 すると熱意が通じたのか、(よこしま)な動機にもかかわらず指導してくれることになった。 

 

(3)『他人の顔を自然にデカくするアプリ』、これでわたしの勝ちだ

 深い恨みは、強いモチベーションを生むらしい。
 指導してくれることになった人とメールのやりとりを根気よく続け、ついにアプリは完成した。
 名付けて――

『顔デカメラ』

 これは、カメラアプリだった。
 撮った瞬間に人間の顔をすべて大きくできるもので、もちろん『登録済みの自分の顔以外』という指定が可能だ。加工されたとはすぐに気づかないような、自然なサイズアップ。素晴らしいアプリとなった。

 初めてそのアプリで彼女と写真を撮ったときはさすがに緊張したが、無事に彼女を大顔にすることに成功した。
 そしてその場で彼女に写真を送った。あとで送っては別途画像アプリでの加工を疑われかねない。

 それ以来、菜々子の一歩下がり癖は影を潜めるようになった。
 だがそれで彼女の罪が消えたわけではない。ふだん遊ぶときや学校行事のときはこちらから積極的に声をかけ、彼女と一緒に写真を撮り、その場で彼女に送り続けた。

「いつも撮ってくれてありがとー! 助かるわー」

 そう言ってくる彼女だが、写真はことごとく顔デカになっている。
 ざまあ、と内心ほくそ笑んだ。



 そんな中、菜々子が芸能事務所に所属することになった。
 どうやら、雑誌モデルとしてのデビューを目指すらしい。菜々子本人から報告を受けて知った。
 もともと彼女はスタイルがよく服装もおしゃれであり、意外というほどではなかった。

 それよりも、わたしとしてはチャンスだと思った。
 彼女がデビューしたら、たまっている彼女との写真をSNSにアップしていくのはどうか?

 もちろん『顔デカメラ』で撮ったものだけ。
 そうすれば、雑誌などに載る彼女の写真には“小顔加工”疑惑が出るだろう。
 面白い展開になりそうだ。 

 

(4)小顔ブームはどこに?

 わたしは本屋に入り、平積みされていた雑誌を手に取った。

「――!?」

 目を疑った。
 掲載されている菜々子の顔が、デカいのだ。
 この大きさ。わたしの作った『顔デカメラ』で撮影していたものと同じくらいだろう。
 これは、いったい?

 菜々子本人に直接確認しようとも思ったが、ヤブヘビになりそうな気もしたために聞けなかった。



 ◇



 事態は予想しない方向に行った。

 いつのまにか、世間に“大顔ブーム”が起きていた。
 小顔を求める人はいなくなり、芸能人の写真はみな大顔に修正されるようになっていた。

 その引き金を引いたのは、おそらく菜々子とその事務所だ。
 雑誌やSNSに顔デカ修正をしたであろう菜々子の写真が大量に掲載され、それがかわいいと評判になり、すっかり売れっ子モデルになっていたからだ。
 実物は大顔ではないのだが、今はテレビに一切出演しない方針らしく、バレていない。

 そして今ダウンロード数ナンバーワンとなっているのは、『大顔カメラ』というアプリだ。
 制作元はやはり菜々子の事務所になっている。
 わたしは自作の『顔デカメラ』で事足りるためダウンロードはしていないのだが、世間では大流行しているらしい。 

 

(5)いずれにせよ私の勝ち

 学校生活と芸能活動の両立で多忙の菜々子が、久しぶりの休みを取れたらしい。
 ということで、二人でカフェに入っていた。

「あー、やっと二人だけで会えてうれしー」

 パフェを食べながらそんなことを言う彼女を、わたしは心の中で(にら)みつけた。
 彼女の顔デカ写真をばらまくというテロ計画は潰えた。悪運の強い女だ。

 だが、それでも彼女に勝ちはない。
 なぜなら、いかに大顔ブームを起こしてわたしのテロを防いだところで、彼女のリアルは大顔ではないからだ。

 これから彼女と一緒に、普通のカメラアプリで写真を撮ればよい。
 それをネットにアップすれば、彼女の顔が小さいことはすぐにバレる。“大顔修正疑惑”で彼女は炎上するに違いない。

 一方、わたしは予想外の大顔ブームが幸いし、なんと彼氏ができた。充実した毎日を送っている。
 アプリ開発のノウハウも身に着き、将来の道も開けてきてきた気がする。
 だいぶ想定と違う展開になったが、結果オーライだ。

 私の勝ちだろう。

「やっと言えるわー。ホントにごめんね」

 ん?

「ほらー、私、すごい無神経だから。中学のころからさあ、あんたと写真撮るとき、私って一歩下がってたでしょ? あんたが顔の大きさにコンプレックスがあって嫌がってたなんて、全然気づいてなくてさー。
 でもある日、あんたが『顔デカメラ』で私を撮り始めて、私そこで初めて気づいて。ほんっと申し訳なくて」

 ……なぜ『顔デカメラ』の名前を知っている?
 おかしい。

「え。もしかして、アプリ制作を教えてくれてた則巻千兵衛って――」
「うん。あれー、中身は私だったの」
「……」
「でも、今さら謝っても、ってなっちゃってさー。だからせめて何かあんたにお()び? になるようなことをしてから謝ったほうがいいかなって思ってぇー。だからモデルになることにしたんだわー。モデルになって、がんばって人気出るようにしてー、がんばって顔デカブームを作ったの。
 これで許してもらえるかどうかはわかんないけどさー。これが私にできる精一杯の償い。ホントごめんねー」

 あ、負けました。




(完)