テレモンピュール探偵事務所
探偵は妻の友人を名乗る女を徹底的に追い込む構えだった。
前書き
探偵は妻の友人を名乗る女を徹底的に追い込む構えだった。
犯行現場に防犯カメラはなく、複数の目撃談を元に再現CGが作られた。
探偵は女の顔色が変わったことに気付くと、更に畳み掛けた。
「わぁっ!元気というか幸せが貰える絵ですね」
思わずこぼれる嬌声を男が冷ややかに笑った。
「つまり、君も共犯者か」
「何ですってぇ」
想定外の言葉に女は憤る。
「女は今もICUにいる。意識不明だ。元夫の身柄は確保されたが妻の自殺だと言い張っている」
探偵は妻の友人を名乗る女を徹底的に追い込む構えだった。犯行現場に防犯カメラはなく、複数の目撃談を元に再現CGが作られた。
「だからと言って瑠璃さんを殺す必要はなかったはずよ!」
「殺すつもりはなかった。だが、結果的にそうなっただけだ」
「嘘よ。あなたがやったんでしょ? 犯人は自分だと自白したのよ」
「それは違うな。犯人は私じゃない」
「じゃあ誰なの?」
「その前に教えてくれないか? 君は何故この男のことを知っていたんだい?」
「そ……それは……」
探偵は女の顔色が変わったことに気付くと、更に畳み掛けた。
「私はね、君の口から彼の名前を聞いた瞬間にピンときてたんだよ。でも、念のため調べさせたらビンゴさ。やっぱり彼が殺したんだ。あの日、彼は会社で仕事をしていたと言っていた。それなのにどうしてあんな時間に公園にいたのか不思議に思わなかったかい?」
「……」
「それにしても凄いな。君が彼と知り合いだったことは間違いないようだ。どこから彼のことを聞きつけたんだい?」
「別に……たまたまよ」
「偶然ねぇ……。まあいいか。それで、君は彼を知っていたのかい?」
「ええ、何度か会ったことがあるわ」
「いつ頃かな?」
「一昨年ぐらいかしら。確か、私がお腹の子と一緒に散歩をしていた時にばったり出会ったと思うんだけど……」
「妊娠していたことを彼に話してたのかい?」
探偵の声色が厳しくなる。
「まさか!言うわけがないでしょう」
「では、その時はどういった話をしたのかね?」
「ただ世間話をちょっとしただけよ」
女の顔からは血の気が失せていた。額には汗さえ浮かんでいる。
「世間話であんな事件が起きるとは考えられないけどなぁ」
「……」
女は押し黙ったままである。沈黙の時間が長く続く。時計の音だけが響き渡る。まるで判決を言い渡される直前の被告のような心境であった。だが、探偵の質問責めはそれで終わったわけではなかった。
「それから、彼とはどれくらい付き合いがあったんだい?」
「そんなに長くはないわ。ほんの二ヶ月くらいじゃないかしら。それも偶然、街で再会しただけですもの」
「二ヶ月前に再会してから今まで一度も会っていないのかい?」
「ええ」
「ふーん、そうか」
探偵は再び腕を組むと天井を見上げた。何かを考え込んでいる様子だ。やがて視線を落とすと、ゆっくりと口を開いた。女は目の前の男が何を言うのか不安になった。心臓が高鳴る。
探偵が言った。
──君は瑠璃さんの事件とは関係なさそうだ。
安堵する反面、女の胸中には複雑な思いが渦巻いた。これでいいのか?このまま終わってしまって本当にいいのか?このまま引き下がってしまって後悔しないだろうか?しかし、いくら考えても答えが出るはずもない。もう後戻りはできないのだ。彼女は意を決すると探偵に向かって語りかけた。
──お願いです。私を信じてください。必ず犯人を見つけ出しますから。
その言葉を聞いて、男は一瞬驚いたような表情を見せた。そして微笑むと言った。
──もちろん信じているとも。
女はその笑顔を見て涙が出そうになった。
翌日、私はいつものように出勤した。
オフィスにはすでに何人かの社員の姿がある。私と同様に残業をする社員たちだ。このところずっと遅い時間まで仕事をしている。
昨日の一件については、調査会社を通してすべて解決済みであるという内容だった。
前書き
昨日の一件については、調査会社を通してすべて解決済みであるという内容だった。
その涙は、探偵に対してのものなのか、それとも自分に対する同情の念からなのかはわからない。
女がどんなに尽くしても、あの男は何も変わらなかった。
今日も定時を過ぎても仕事を続けるつもりだ。私はパソコンに向かうと、まずインターネットに接続した。メールボックスを開く。昨日受信したばかりのメッセージの中に見慣れないアドレスを見つけた。
差出人は、Kさんとなっていた。私は早速、中身を確認することにした。
Kさんというのは、例の女のことである。彼女が探偵の事務所を訪れ、調査結果の報告を受けたことは知っていた。その内容についても知っている。しかし、送られてきた内容までは知らなかった。だから少し興味を覚えたのだ。
ファイルを開きながら何気なくディスプレイの表示時刻を確認した。午前九時五十七分だった。
私は慌ててメールの内容に目を通した。内容は簡潔なものだった。昨日の一件については、調査会社を通してすべて解決済みであるという内容だった。瑠璃を殺した犯人は別にいるということが書かれてあった。また、私が事件の関係者であることについても触れてある。ただし、犯人の名前などについては伏せられていた。これは当然であろう。犯人の正体を知っている者は、探偵と私の二人しかいないからだ。
私は続けて添付されている写真を見た。そこに写っていたのは、若い男女の写真であった。どうやら二人が一緒に撮った記念撮影らしい。男性の方は背が高く、ハンサムな顔をしていた。どこかで見たことのある顔だと思ったが、どこで見かけたのか思い出せなかった。私は更に画面をスクロールして、文章を読み進めた。そこには探偵と彼女のやり取りが記されてあった。
私はそこで手を止めた。──探偵は彼女に、犯人は自分のことをよく知っていたと答えたようだ。つまり、彼が瑠璃を殺害した犯人だということだろう。
女はそれを聞くと、涙を流したという。その涙は、探偵に対してのものなのか、それとも自分に対する同情の念からなのかはわからない。あるいは、別の理由があったのかもしれない。いずれにせよ、女の心の中で何かが変わったことだけは間違いないだろう。
女がその後、どのような行動を取ったのか、それは私にはわからない。
しかし、あの男を殺すに至った経緯は理解できる気がする。
おそらくあの男への殺意は、以前から女の心の中にあったに違いない。それが今回の件で一気に膨れ上がったのではないだろうか。その結果、彼女は男を殺すという凶行に及んだのである。
では、何故そこまであの男のことを嫌ったのか? 理由はいくつか考えられるが、最もわかりやすい理由としては、男の態度にあるのではないだろうか。男は常に傲慢な態度を取っていた。他人の意見に耳を傾けようとせず、自分の考えばかりを押し通そうとした。そればかりか、自分は他人とは違うのだという優越感に浸りきっていた。そのような男の性格が、やがては女の心に大きな負担を与え続けていたのである。
女はきっとこう思っていたはずだ。あの男は自分が支えてあげなければ、何もできない人間なのだ、と。しかし、現実は違った。女がどんなに尽くしても、あの男は何も変わらなかった。相変わらず我が強く、他者の忠告を聞き入れようとしなかった。次第に女は疲れ果てていった。それでも、女はあの男から離れなかった。むしろ、以前よりも強く依存するようになった。
それはなぜか? 女にとって、あの男が唯一の拠り所になっていたからに他ならない。たとえ、周囲からはみ出すような存在であっても、彼女にとってはかけがえのない存在であったのである。
瑠璃が自殺した日の朝、探偵の元に一通の手紙が届いた。
前書き
瑠璃が自殺した日の朝、探偵の元に一通の手紙が届いた。
探偵は小さく鼻を鳴らすと、ゆっくりと立ち上がった。
探偵はコートを手に取ると、事務所のドアノブに手をかけた。
だが、その思いはいつしか憎しみへと変わっていった。ある日、女は考えた。何故、これほどまでに苦しい思いをしなければならないのか、と。そして、その原因を作ったのは誰であるかを思い出した。
女は思った。──憎い。
──あいつさえいなければ……! そう思うと、居ても立ってもいられなくなった。そして、ついに決意したのである。
私はもう一度、写真を見た。
そこには、幸せそうな笑みを浮かべる二人の姿が映っている。
探偵は今頃何をしているのだろう。
自宅のベッドの上で横になりながら、ぼんやりと考えていた。
今日一日の出来事を振り返ってみる。朝からずっと書類作成に追われていた。昼休みに昼食を食べてから再び仕事に戻った。そして夕方になって退社した。そのまま真っ直ぐ帰宅したのだが、特にこれといった出来事はなかった。
いつもと同じ毎日だ。
私は目を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは妻の笑顔だ。
瑠璃は死んだ。自殺だった。
私は何度も同じことを考えた。
どうして瑠璃は死を選んだのだろう? 私が殺したわけではない。
もちろん、探偵に依頼したわけでもない。
では、誰が瑠璃を殺したのだろうか? 瑠璃が死ぬ直前に会っていた人物と言えば、一人しか思い当たらない。そう、妻の友人を名乗るあの女性だ。
彼女は瑠璃の夫を恨んでいた。
だから瑠璃は殺されたのだ。
しかし、本当にそれだけだろうか? 私には他にも動機があるように思えてならなかった。
では、そのもう一つの動機とは何か? 私は答えを探すべく、記憶を掘り起こしてみた。
瑠璃が自殺した日の朝、探偵の元に一通の手紙が届いた。
探偵はそれを読み終えると、深い溜め息を吐いた。
「何だ、君か」
手紙の差出人には『雨宮美紗子』という名前が書かれている。探偵はしばらくの間、無言のまま天井を見上げていた。
「全く、面倒なことを起こしてくれたものだ」
やがて探偵は立ち上がり、部屋の奥へと向かった。
「君はどうするんだ?」
探偵はソファに座っている私に向かって話しかけた。
「さあ、どうしましょうか」
「さあって、そんな暢気な話じゃないぞ」
「わかっていますよ」
「君はどうするつもりなんだ?」
「とりあえず様子を見ようと思います」
「ふん、なるほどな」
探偵は小さく鼻を鳴らすと、ゆっくりと立ち上がった。「行くんですか?」
「ああ、そうだ」
「気をつけてくださいね」
「馬鹿を言うな」
探偵は苦笑いしながら言った。
「大丈夫ですか?」
「心配するな」
「そうは言っても……」
「私はプロだ」
「……」
「まあいい。とにかく何かわかったら連絡してくれ」
「わかりました」
探偵はコートを手に取ると、事務所のドアノブに手をかけた。
「一つだけ聞きたいことがある」探偵は振り返ると、真剣な眼差しで言った。
「何でしょうか?」
「君は瑠璃さんの事件とは関係なさそうだな」
探偵の言葉に私は戸惑った。しかし、すぐに返答した。
「違いますよ。僕はただの一般人ですから」
探偵は納得していない様子だったが、それ以上は何も言わずに部屋を出て行った。私は探偵がいなくなった後も、しばらく一人で部屋に残っていた。それからしばらくして仕事を終えた私は、電車に乗って家に帰った。家に着いてからも、ずっと探偵のことが気になっていた。探偵の身に危険が及ぶのではないかと不安で仕方がなかった。
翌日、私はいつものように出勤した。オフィスには社員の姿が数人ほどあった。
今日も残業をしなくてはならないだろう。
彼女が探偵の事務所を訪れ、調査結果の報告を受けたことは知っていた。
前書き
彼女が探偵の事務所を訪れ、調査結果の報告を受けたことは知っていた。
昨日の一件については、調査会社を通してすべて解決済みであるという内容だった。
その涙は、探偵に対してのものなのか、それとも自分に対する同情の念からなのかはわからない。
私はパソコンの前に座ると、まずインターネットに接続した。メールボックスを開く。昨日受信したばかりのメッセージの中に見慣れないアドレスを見つけた。差出人はKさんとなっている。私は早速、中身を確認することにした。Kさんというのは、例の女のことである。彼女が探偵の事務所を訪れ、調査結果の報告を受けたことは知っていた。その内容についても知っている。しかし、送られてきた内容までは知らなかった。だから少し興味を覚えたのだ。
ファイルを開きながら何気なくディスプレイの表示時刻を確認した。午前九時五十七分だった。私は慌ててメールの内容に目を通した。内容は簡潔なものだった。昨日の一件については、調査会社を通してすべて解決済みであるという内容だった。瑠璃を殺した犯人は別にいるということが書かれてあった。また、私が事件の関係者であることについても触れてある。ただし、犯人の名前などについては伏せられていた。これは当然であろう。犯人の正体を知っている者は、探偵と私の二人しかいないからだ。
私は続けて添付されている写真を見た。そこに写っていたのは、若い男女の写真であった。どうやら二人が一緒に撮った記念撮影らしい。男性の方は背が高く、ハンサムな顔をしていた。どこかで見たことのある顔だと思ったが、どこで見かけたのか思い出せなかった。私は更に画面をスクロールして、文章を読み進めた。そこには探偵と彼女のやり取りが記されてあった。
私はそこで手を止めた。──探偵は彼女に、犯人は自分のことをよく知っていたと答えたようだ。つまり、彼が瑠璃を殺害した犯人だということだろう。
女はそれを聞くと、涙を流したという。その涙は、探偵に対してのものなのか、それとも自分に対する同情の念からなのかはわからない。あるいは、別の理由があったのかもしれない。いずれにせよ、女の心の中で何かが変わったことだけは間違いないだろう。──彼女は男のことが好きだったのだと思う。だが、その気持ちは次第に憎しみへと変わっていったのではないだろうか?なぜなら男は傲慢で他人を見下す傾向があったからである。おそらく彼女以外の誰もが男のことを嫌っているに違いない。しかし、その事実を知っていながらも、彼女は男を庇うような発言をしていたのではないだろうか?それはきっと男に嫌われたくなかったからに違いない。彼女には男のことを好きになる以外に選択肢がなかったのである。だからこそ、その男から突き放された時、絶望してしまったに違いない。その時すでに彼女の心は壊れかけていたのだ。その証拠に、男が死んでから数日が経過した後、彼女は突然行方をくらませたのである。
私はそこまで読むと、目を閉じて深呼吸をした。
「どうしたの?」隣のデスクにいた女性が声をかけてきた。
「いえ、何でもありません」
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
女性は心配そうな表情をしていたが、それ以上は何も言ってこなかった。私は再び画面に視線を移した。そして次の行に目をやった瞬間、心臓が止まりそうになった。
「ちょっとすみません」私はそう言うと、席を離れた。そして急いでトイレに向かった。
個室に入ると鍵を閉めて便座の上に座った。そして大きく深呼吸すると、震える手でマウスを操作して最後の行まで一気にスクロールさせた。
そこにはこう書かれていた。──瑠璃さんは誰かに殺されたのよ!
「嘘だ!」私は大声で叫んだ。
そして何とか気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと席を立った。
前書き
そして何とか気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと席を立った。
それから手洗い場に行き、鏡の前でもう一度自分の顔を見つめた。
すれ違いざまに会釈をすると、そのままオフィスを出て行った。
私はそのまましばらく身動きが取れなかった。そして何とか気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと席を立った。それから手洗い場に行き、鏡の前でもう一度自分の顔を見つめた。顔色が悪いような気がした。
私はハンカチを取り出すと、それでそっと汗を拭った。そして再び席に戻った。
私はもう一度、
「嘘に決まっているじゃないか」と言った。
自分に言い聞かせるように何度も何度も同じ言葉を繰り返した。しかし、いくら否定しても頭の中から消えてくれなかった。むしろその言葉はどんどん膨らんでいくばかりだ。このままではいけないと思い、気分転換のために窓の外を見た。ちょうど太陽が沈みかけているところだった。空は淡い紫色に染まっている。
「綺麗だな」
私は無意識のうちに呟いていた。
次の瞬間、急に吐き気が込み上げてきた。私は慌てて洗面所に駆け込んだ。そして胃の中のものを全て吐き出した。口の中に嫌な味が残っている。私は何度か口をゆすいだ。そして水を飲むと、近くにあった椅子に腰を下ろした。ふと、顔を上げると、
「あ……!」
思わず声が出てしまった。目の前に洗面台があって自分の姿が映っているのだが、その姿が瑠璃の姿にそっくりだったのである。
いや、違う!これは私だ!間違いなく私だ!私以外の何者でもないではないか!どうして気がつかなかったのだろう? 私はその場にしゃがみ込むと、頭を抱えた。
「瑠璃……」
小さく呟くと同時に涙が溢れ出してきた。嗚咽を漏らしながら泣き続けた。どうしていいかわからなかった。ただ怖かったのだ。自分が自分でなくなるような気がしてならなかった。このまま気が狂ってしまうかもしれないと思った。だが、どうすることもできないのだ。今はとにかくこの恐怖に耐え続けるしかない。
どのくらい時間が経ったのだろうか?気が付くと、
「大丈夫ですか?」という声が聞こえてきた。顔を上げると、そこには見知らぬ女性が立っていた。心配そうに私の顔を見つめている。年齢は二十代後半といったところだろうか?長い黒髪がよく似合っている美しい女性だった。服装は白いブラウスを着ていて、
「あの……大丈夫ですか?」
「え?」一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
「気分が悪そうでしたので」
「ああ、大丈夫ですよ」
私は笑顔を作って答えた。すると彼女も微笑み返してくれた。その表情を見て安心したのか、彼女はゆっくりと歩き出した。すれ違いざまに会釈をすると、そのままオフィスを出て行った。
「今の人って誰かしら?」近くにいた女性の同僚が話しかけてきた。
「さあ、わからない」
「何だか美人だったわね」
そう言って彼女は微笑んだ。
私もつられて笑った。その瞬間、頭の中にかかっていた靄のようなものが消えていくのを感じた。まるで霧の中から抜け出したような感覚だ。私は立ち上がり、背伸びをした。そして椅子に座り直すとパソコンの電源を入れた。そして仕事に取りかかった。不思議と集中力が増している気がした。
気がつくと午後七時になっていた。フロアに残っている社員の数は少なくなっている。ほとんどの者が退社した後だった。もちろん探偵の姿もなかった。
今日は定時で帰れそうだ。そう思った矢先、電話が鳴った。私はすぐに受話器を取った。
「はい、こちら人事課です」
『あの……』若い女の声だった。明らかに困っている感じだ。『すみません、そちらに電話をするように言われたのですが』
「どなたですか?」
『ええと』相手は口ごもっている様子だった。『ちょっと待ってくださいね』と言って少し間を置くと、小さな声で『雨宮さん』と言った。
「なるほど、そういうことでしたか」私は平静を装って返事をした。
前書き
「なるほど、そういうことでしたか」私は平静を装って返事をした。
女が続けて発した言葉は私を戦慄させるのに十分な威力を秘めていたからである。
その日の夜遅く──正確には朝方だったが──家に帰るとそのままベッドに倒れこんだ。
雨宮美紗子だ!やはりあの女の仕業か!
「雨宮さんがどうかしたのですか?」
私は冷静さを装って言った。本当は今すぐにでも叫び出したい気分であった。だが、そんなことをすれば相手に怪しまれてしまうだろう。それだけは絶対に避けなくてはならない。もし、あの女に何か感づかれたら私の人生は終わりだと言っても過言ではないからだ。だから私は何としても冷静になろうと努力した。それが無駄なことだと知りつつも……。
しばらくして相手の返事が聞こえた。『あのですね、昨日こちらに来た時にこちらの電話番号を教えられましたので連絡しました』
「なるほど、そういうことでしたか」私は平静を装って返事をした。自分でもわかるくらい不自然だと思ったが仕方ないだろう。まさか彼女がここまで大胆な行動に出るとは予想していなかったのだ。完全に油断していたようだ。
『今どこにいるのでしょうか?』女は言った。『会社にはいないみたいですけど……』
私は唾を飲み込んだ。額から汗が流れるのがわかった。
なぜこの女はそんなことまで知っているのだろう?どこから情報を得ているのかはわからないが、とにかくまずい状況であることは確かだ。もしかしたら探偵事務所にまで尾行されているのかもしれない。だとしたら非常に危険な状態であるといえる。もしそうだとすれば一刻も早く手を打たなければ大変なことになるかもしれない。
「ええ、今日は有給休暇を取っておりまして」私はできるだけ自然に聞こえるように心がけながら言った。
女は沈黙したままだった。どうやら納得してくれたようだ。
「あの……」
しばらくすると再び女の声が聞こえてきた。まだ何かあるのだろうか?これ以上何も聞かれたくはなかった。しかし、そういうわけにもいかなかったようだ。女が続けて発した言葉は私を戦慄させるのに十分な威力を秘めていたからである。
『瑠璃さんの事件について詳しく聞かせていただけませんか?』女は言った。
その日の夜遅く──正確には朝方だったが──家に帰るとそのままベッドに倒れこんだ。着替えることもせずに横になったまま天井を眺めていた。何も考える気になれない。ただただぼんやりとしているだけだ。あれからどうやって家まで帰ってきたのかも覚えていない。それほどまでに精神的に追い詰められていたのだと思う。無理もないだろう。あんなことがあったのだから……。いや、それよりも気になることがあったのだ。それは雨宮美沙子が口にした言葉についてである。
彼女は確かにこう言ったはずだ。〝あなたの妹さんは何者かによって殺害されたのですよ〟と……。
大学時代に交際を申し込まれたが時期尚早だと判断して辞退した。
前書き
大学時代に交際を申し込まれたが時期尚早だと判断して辞退した。
それから一度も会うことはなかったのだが、こうして再会することになるとは思ってもいなかった。
やがて決心がついたのか、彼女は顔を上げた。
いったいどういうことなのだろう?本当に彼女の言っていることが正しいのであれば、私は殺人犯の妹ということになる。つまり加害者の身内ということだ。そんなはずはない!だって私には何の罪もないじゃないか!それなのにどうして私が疑われなければならないんだ!?そんなの理不尽すぎる! そこまで考えたところで気が付いた。もしかして、あの女は私のことを疑っているのだろうか?そうでなければわざわざ私に接触してくるはずがないではないか!しかも私の名前まで知っていたということは、おそらく最初から私に目をつけていたという可能性が高い。だが、そうなると疑問が残ることになる。果たしていつから私のことを見ていたのだろうか? その時、玄関のチャイムが鳴った。私はベッドから起き上がると、ゆっくりと立ち上がった。こんな時間に一体誰が訪ねてきたというのだろう?不審に思いながらも玄関に向かうことにした。もしかすると新聞や宗教関係の勧誘なのかもしれないと思ったからだ。いずれにしても無視するわけにはいかないだろう。ドアを開けるとそこには見覚えのある女性が立っていた。確か名前は浮田草木と言った。大学時代に交際を申し込まれたが時期尚早だと判断して辞退した。草木は号泣しながら走り去ったが不思議と心は痛まなかった。私にとって恋愛などどうでもよかったからだ。むしろ迷惑だと思っていたくらいだ。それから一度も会うことはなかったのだが、こうして再会することになるとは思ってもいなかった。彼女は突然訪問してきたかと思うと、
「瑠璃さんのことでお話があります」と言ってきたのだ。そして家の中に入ってきたのである。突然のことで驚いたが追い返すわけにもいかないので仕方なく招き入れることにしたのだった。それにしても一体何の話をするつもりなのだろう?ひょっとして瑠璃を殺した犯人を突き止めたとでも言うつもりなのだろうか?しかし、それなら何故直接私に会いに来ないのだろう?普通は警察に行くべきではないのか?それとも何か特別な理由でもあるのだろうか? 私はそんなことを考えながら台所に行きお茶を淹れるためにお湯を沸かすことにした。その間にリビングに行くとソファに座って待っているように言った。すると素直に従ってくれた。意外と素直な性格のようだ。てっきり居座るつもりなのかと思っていたが違ったらしい。あるいは警戒しているのかとも思ったがそれも違うようだ。何となくそわそわしているように見えるが気のせいだろうか?いや明らかに何かを隠している。そして問題を抱えきれなくなって藁を縋る想いでここに来た。だが切り出す勇気がない。そんな態度が見て取れる。となると話の内容は想像がつくというものだ。恐らくは例の事件に関することに違いないだろう。
私はお茶の入ったカップを持って行くとテーブルの上に置いた。彼女はお礼を言うと一口だけ飲んでカップを置いた。私も自分の分を用意して向かい側に座った。
しばらくの間、無言のまま時間が過ぎていった。その間、私は彼女の様子を注意深く観察していた。何を考えているのかはわからないが緊張しているのは確かなようだ。時々、視線が合うのだがすぐに逸らされてしまう。よほど言い出しにくいことがあるのだろう。だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。私の方から話しかけるべきだろうか? いや、もう少し様子を見よう。その方がいいだろう。
やがて決心がついたのか、彼女は顔を上げた。そして意を決したように話し始めた。
その表情を見て嘘ではないことがわかった。
前書き
その表情を見て嘘ではないことがわかった。
壁紙は白く床はフローリングになっているようだ。
その手には大きな鞄を持っているのが見えた。
「実はあなたにどうしても聞いてもらいたいことがあって来たんです」彼女は真剣な表情をしていた。その表情を見て嘘ではないことがわかった。どうやら本気のようだ。ならばこちらも真剣に答えなくてはならないだろう。
「どのような内容でしょうか?」私はなるべく穏やかに話しかけた。すると彼女はほっとしたような表情を浮かべた。「ありがとうございます」そう言って頭を下げた。「それでですね、あの事件の真相なんですけど……」
やはりその話だったか。私は心の中で頷いた。そして黙って次の言葉を待った。
「あれは殺人事件だったんですよ」彼女の言葉を聞いて耳を疑った。今、何と言ったのか?聞き間違いでなければ殺人だと言わなかっただろうか?「……どういうことですか?」思わず聞き返すと、
「ですから犯人は別にいるということですよ」と答えた。
その言葉に衝撃を受けた。では瑠璃は本当に殺されたというのか?信じられないことだが事実だとしたら大変なことになるぞ!すぐに警察に通報しなければ!そう思って立ち上がろうとしたができなかった。目の前の女性がそれを許さなかったのだ。いつの間にか私の手を掴んでいたのだ。驚いて彼女の顔を見ると笑っていた。背筋が凍りつくような感覚に襲われた。この感覚は以前に感じたものと全く同じだったからだ。そう、あの時と同じだったのだ!私は慌てて手を振り払おうとしたがびくともしなかった。まるで万力で固定されているかのようだった。このままではまずいと思い必死に抵抗しようとしたが無駄だった。次第に意識が遠のいていくのを感じた……。気がつくとベッドの上にいた。ここはどこだろう?辺りを見回すと見たことのない部屋であることがわかった。壁紙は白く床はフローリングになっているようだ。家具などは置かれていないようだが、かなり広い部屋のように思える。窓から外の様子が見えた。夜なので真っ暗であったが街の明かりが見えることからどこかの高層マンションの一室だということが理解できた。そこで思い出した。そうだ、私はあの女に気絶させられたのだ。ということはここは雨宮美沙子の家なのか?だとするととんでもないことになったぞ!早く逃げなくては大変なことになる。急いで起き上がろうとした時、ふとあることに気付いた。両手両足が縛られているではないか!これでは身動き一つ取れない状態だ。何とか抜け出せないかともがいてみたが無理だった。完全に拘束されているようでびくともしない。こんなことなら多少乱暴でも無理やりにでも逃げるべきだったかもしれない。今更後悔しても遅いだろうが……。
それにしてもこれからどうなるのだろう?殺されることはないと思うが、何をされるかわからないのが怖いところだ。
その時、ドアの開く音が聞こえた。顔を向けるとそこに立っていたのは雨宮美紗子であった。「お目覚めですか」そう言うとこちらに向かって歩いてきた。その手には大きな鞄を持っているのが見えた。まさかとは思うがその中に入っているものは武器なのではないだろうか?そう考えると恐怖が込み上げてきた。
「怖がらなくても大丈夫ですよ」私の考えを見透かしたように彼女が言った。「痛いことはしませんから安心してください」笑顔でそう言った。とても信用できるとは思えなかったが今は信じるしかないだろう。
雨宮美沙子はベッドの脇に立つと私を見下ろした。その視線はまるで獲物を狙う肉食獣のように感じられた。
「さて、それでは始めましょうか」彼女はそう呟くように言うと手に持っていた鞄を開けた。
前書き
「さて、それでは始めましょうか」彼女はそう呟くように言うと手に持っていた鞄を開けた。
中に入っていたのは注射器のようなものや医療器具のような物がいくつか入っていた。
「何なんだ。君は」と詰め寄ると、あっさり「私はあなたの妻よ」と答えた。
「さて、それでは始めましょうか」彼女はそう呟くように言うと手に持っていた鞄を開けた。中に入っていたのは注射器のようなものや医療器具のような物がいくつか入っていた。それを見て血の気が引いていくのがわかった。何をする気だ!?そう思った瞬間、腕を掴まれると袖を捲り上げられた。そして注射針のようなものが腕に刺さったのだ。チクッとした痛みが走った後、何かが注入されていくのを感じることができた。これは一体何なのだ!?いったい何をするつもりなんだ!?不安に思っていると今度は別のものを差し出された。それは大きめの絆創膏のようなものだった。これを貼れということなのだろうか?とりあえず言われた通りにすることにした。貼り終えると再びベッドに寝かせられた。手足は相変わらず拘束されたままだ。
「しばらくすれば効果が出ますから大人しくしていてくださいね」そう言って部屋を出て行った。しばらくして眠気に襲われ始めた。抗うことができずそのまま眠りに落ちてしまった。
どれくらい時間が経ったのだろうか?目を覚ますと部屋の中は薄暗くなっていた。雨宮美沙子が戻ってきたようだった。彼女は私の顔を見るなり笑顔を浮かべて近づいてきた。そして私の顔に触れながら話しかけてきた。「気分はどうかしら?」その声は今まで聞いたことのないくらい優しい声音だった。その声を聞いているうちに安心感を覚えたような気がした。
「悪くないですよ」と答えると、
「良かったわ」と言って微笑んだ。
それからしばらくの間、彼女と話をした。主に大学のことが中心だったが話題は尽きなかった。私が通っていた大学の卒業生だったらしい。しかも学部も同じだということが分かった時には驚いたものだ。もっとも当時はそれほど親しい関係ではなかったため気付かなかったのかもしれない。もしかしたら何度かすれ違ったことくらいはあったかもしれないがそれだけだ。だから彼女が私のことを覚えていたというのは意外だった。もちろん悪い意味でだが……。
その後、彼女は私に質問してきた。家族構成や交友関係についてなど様々だ。なぜそんなことを聞くのかわからなかったが素直に答えた。特に隠すようなことでもないと思ったからだ。だが、一つだけわからないことがあった。私の名前のことだ。どうして知っているのかと尋ねると、
「調べたのよ」と言っただけだった。それ以上は何も教えてくれなかったが何か嫌な感じがしたので聞かないことにした。
しばらくすると眠くなってきたのでまた眠ることにした。次に目を覚ました時はもう朝になっていた。「おはようございます」と言うと彼女は優しく髪を撫でてくれた。
その後、朝食を食べさせてもらってからは彼女の仕事を手伝うことになった。何でも家事全般は彼女の担当らしく一人では大変らしい。そのため手伝ってほしいとのことだった。料理や洗濯などできることは何でも手伝った。だが、こんなことをしている場合ではないと気づいた。「何なんだ。君は」と詰め寄ると、あっさり「私はあなたの妻よ」と答えた。そしてこうなった経緯を話してくれた。どうやら私はあの時、薬を打たれた後に再び気を失ってしまったらしい。そして気が付いた時にはすでに彼女の家で寝ていたというわけだ。さらに恐ろしいことに私の身体には彼女の子供ができており、彼女は私と結婚する意思があることを親に伝えたそうだ。
玄関を出ると、そこには雨宮瑠璃が立っていた。
前書き
玄関を出ると、そこには雨宮瑠璃が立っていた。
すると瑠璃はいきなり土下座をした。
おそらく、あの女は雨宮のことが許せなかったのだろう。
私はあまりのショックでその場に崩れ落ちた。そんな私を彼女は抱き締めて「ごめんなさい」と何度も謝った。私だって結婚したかった。でも結婚してしまえば彼女はきっと不幸になるだろうと思っていた。だがそんなことはなかったのだ。結局、彼女の思惑通りになってしまったのである。私は彼女の顔を見ることさえできずにいた。彼女は私の顔を覗き込むようにして語りかけた。「お願い、私の赤ちゃんに会って」泣きそうな声でそう言ってきた。だが、私はその願いに応えることができなかった。なぜなら彼女の腹の中にいる子供が憎くて仕方がなかったからだ。今すぐに殺してやりたい衝動に駆られたがなんとか堪えた。そんなことをしても何もならないと自分に言い聞かせて気持ちを抑えつけた。そんな私の様子に彼女はショックを受けたようだ。やがて諦めたのか、彼女はその場を離れていった。
私はしばらく放心状態に陥っていたがこのままではいけないと思って立ち上がった。とにかく外に出なければ、このままでは大変なことになる。私は彼女の制止を振り切って部屋を出た。玄関を出ると、そこには雨宮瑠璃が立っていた。私は彼女の姿を見ると逃げ出したくなったが、必死に踏みとどまった。彼女に会うためにここまで来たのではないか。逃げるわけにはいかない!そう決心して彼女の前に立った。すると瑠璃はいきなり土下座をした。これには驚かされた。
「すみませんでした!まさか先輩の旦那さんだったなんて……」
その言葉を聞いて私は悟った。そうか、そういうことだったのか……。おそらく、あの女は雨宮のことが許せなかったのだろう。だからあんな行動を取ったのだ。そして彼女はそれを実行した。その結果がこれだったのだ。
私は瑠璃の肩を掴むと立ち上がらせた。「いいんだ、君のせいじゃない」そう言うと彼女にキスをした。瑠璃は驚いていたが受け入れてくれたようで嬉しかった。唇を離すとお互いに見つめ合った。「愛してる」そう言って抱きしめると瑠璃は涙を流し始めた。どうやら嬉し涙のようだ。「……私もです」そう言って私の背中に手を伸ばすとぎゅっと抱きしめてきた。こうして私たちは夫婦になったのだ。
それからは幸せの日々が続いた。彼女は私のために働いてくれている。その分、私は彼女を労う必要があるだろう。それが妻として当然のことだと思う。だから私は彼女に精一杯の愛情を示した。
ある休日、二人で買い物に出かけた。彼女は妊娠しているため、無理はできない。私が代わりに買い物をすると言ったのだが、彼女は首を横に振って「一緒に行く」と言い張った。仕方なく二人で出かけることになったのだ。私は荷物を持ち、彼女の手を引いて歩いていた。途中で疲れた様子を見せると彼女は心配そうに声を掛けてきた。
「大丈夫?」「大丈夫だよ」
全然大丈夫じゃない。うつむき加減に歩くその足元に血が転々としている。
「大丈夫」
彼女は口元をぬぐうが明らかに喀血している。彼女は出産間近だ。無理をしているのがよくわかる。「もう少し休もうか?」「ううん、早く帰ってあげたいから」そう答えるが明らかに体調が悪いように見える。
家に着いてすぐ彼女はベッドに入った。
「今日は安静にしてて」私がそう言うと、スヤスヤという寝息が聞こえてきた。私は扉をそっと閉じた。
それが今生の別れになった。夜半に大鼾で起こされた。いくらなんでも音がデカすぎる。揺さぶって起こそうとしても騒々しいばかりでちっとも目覚めない。慌てて救急車を呼んだが到着した時には脳梗塞による死亡宣告がなされる状態だった。
苦しんで死んだというよりはむしろ幸福を感じて逝ったような印象すら受けた。
前書き
苦しんで死んだというよりはむしろ幸福を感じて逝ったような印象すら受けた。
幸福は永遠に続かない。
人は死によって別たれるが幸福は永久に失われることはない。
単刀直入に言おう。死因は脳梗塞だ。そして、その死に方は極めて奇妙だった。彼女は病院に運ばれた直後に亡くなったが、その死に顔はとても穏やかなものだった。苦しんで死んだというよりはむしろ幸福を感じて逝ったような印象すら受けた。私は不思議でならなかった。なぜこんな状況になったのだろう?いったいどんな理由があったのだろうか。わからない。
ただ言えることは彼女にも私にも非はなくまた咎もないということだ。そう信じたい。あれからどれくらいの月日が流れたのだろうか?少なくとも三年以上の歳月が過ぎ去ったことは確かだ。私の人生の中でこれほど長い時間を共に過ごした相手はいないと断言できる。
幸福は永遠に続かない。だが、幸福の時間は永遠なのだ。私はそれをよく知っている。人は死によって別たれるが幸福は永久に失われることはない。そう信じることにしよう。
私は彼女と出会ってからの日々を思い出しながらそう呟くと再び目蓋を閉じるのだった。