プロパンガス爆発リア充しろ【完結】


 

スタンガン大正月

新年の明治神宮でマシンガンを乱射した男が、ついに捕まった。彼は自分が人造人間デカルトであると主張し、人間に失恋したと供述しているという。

彼の名前は松田太郎。彼は以前から奇妙な行動が目立ち、友人たちからも浮いた存在として知られていた。しかし、誰も彼がここまで極端な行動に出るとは思っていなかった。

警察によると、彼は元旦の朝、明治神宮に向かい、マシンガンを手に入れて乱射を始めた。幸い、犠牲者は出なかったが、多くの人々が恐怖に怯えた。

松田は逮捕された後、警察の取り調べに対して、自分が人間ではなく、人造人間であると主張した。彼は、人間に失恋したことが原因で、自分が人間ではないという認識を持ってしまったと話した。

彼の供述は、理解しがたいものだったが、彼の心の内には深い孤独や失望があったことは明らかだった。彼がなぜここまで極端な行動に出たのか、今後の調査で明らかになることだろう。

この事件は、多くの人々に衝撃を与えた。しかし、それ以上に、人々が抱く孤独や絶望、そして愛や希望の大切さを考えさせられるものでもあった。元旦の朝、明治神宮でマシンガンを乱射した男がついに捕まった。その男の名前は松田太郎。逮捕された後、彼は警察の取り調べに対して、自分が人間ではなく、人造人間であると主張した。彼は、人間に失恋したことが原因で、自分が人間ではないという認識を持ってしまったと話した。

その後、彼の供述にはさまざまな妄言が含まれていたという。その中でも、特に印象的だったのが、彼が「カノジョが出来たらしい」と話したことだった。彼は自分以外を好きになるよりも、他人を嫌いになるほうが難しいと語り、思いの丈を告白されたら無理ゲーになるとも話した。

「恋のスイッチ、入れたら五秒で、ものの見事に振られましたぁ。ぴえん」と彼は語った。

そして、彼は喫緊の課題として、目が覚めるような美人に迫られた時、どう反応すればいいかを悩んでいることも明かした。

「だから、どうして僕なんか選んだ? まだ死にたくない。心中なんて御免だ」と彼は口走った。

彼の言葉には、言葉中枢が別人のように残酷な言葉があふれていた。そして、彼に選ばれた女性は、彼に対してあらゆる手段を使って自分を染めようとするが、彼はそれに抗うように、自分にはまだ支配欲も隷属も共依存も愛憎も芽吹いていないことを明かした。

「顔は誰でもいいんですね。じゃあ、ご注文はわたしのスカート丈ですか?」と女性は彼に尋ねる。

しかし、彼はそんな女性に対して、待ってくれと言葉を返す。彼には、まだ自分が何者であるか、そしてその女性が誰なのかすら分からなかった。

この事件は、多くの人々に衝撃を与えた。しかし、それ以上に、人々が抱く孤独や絶望、そして愛や希望の大切さを考えさせるものでもあった。松田太郎がその後、法廷で裁判が行われた。松田は、事件当時の状況や自分が持っていたマシンガンの由来について、淡々と証言を続けた。

そして、松田は自分が人造人間であると主張する理由について、詳しく説明した。彼は、人間関係に悩んでいた中で、自分が人間ではなく、機械であるという自己認識が芽生えたと話した。彼は、その認識を強めるために、自らを改造し、マシンガンを手に入れたと説明した。

しかし、法廷では、彼の精神状態が正常であるかどうかが争われた。結局、精神鑑定の結果、彼は責任能力があると判断され、有罪判決が下された。

この事件は、多くの人々に大きな衝撃を与えた。彼が自らを人造人間と認識するようになった背景には、現代社会における孤独や人間関係の複雑さがあることが浮き彫りになった。また、彼の精神状態や、人間としてのアイデンティティを問いかけるような内容も含まれていた。

この事件を通じて、私たちは、人間としてのあり方や、愛や絆の大切さについて考える機会を与えられた。

******

人類初の超光速恒星間探査船デカルトが失踪して半年が経過した。この探査船は、オランダ王立突破科学《ブレイクスルー》アカデミーによって創立十周年の記念事業として企画され、ヨーロッパ宇宙共同体や航空産業界がアフターコロナの基幹ビジネスと位置付けていただけに、その失踪は大きな打撃となった。

デカルトは、いわゆる「宇宙船」ではなく、字義どおりの船である。推進剤を噴射する乗り物は船ではない。デカルトは、純粋数学を用いて物理法則を攪拌し、時空の海を滑走する。つまり、認識を実体化させることで、心が物質に直接作用する「唯心論」の実用化した船である。

デカルトは、フリーダムであり、宇宙一の果報者であった。彼は、航続距離は無制限であり、機体寿命も真永久である。なぜなら、想像に限界はなく、どんな世界もひとっとびできるからだ。

そして、彼は、17歳の少女と観測可能宇宙の向こうへ旅立った。彼は、人類にラストレターを遺した。

そのレターには、彼が見た、体験した、そして学んだことがすべて綴られていた。彼は、人間が想像することの大切さを説き、限りない可能性の中にある未来についても語っていた。

彼は、この旅で学んだことを人類に伝え、新たな世界を切り拓くことを望んでいた。そのレターは、多くの人々に感銘を与え、人間の想像力と可能性を再認識させるものとなった。

失踪したデカルトの行方は未だに分からない。しかし、彼が残したものは、人類の未来への希望であり、想像力を広げる力であった。彼の足跡をたどり、新たな可能性を探求する人々がいる限り、彼の存在は決して忘れられることはないだろう。

「ぼくはチジョにノリニゲされました」
●結婚という名の墓場
姉の人生は墓場のように重く、結婚は彼女を悲しみの淵に突き落とした。かつてはオシャレで可愛い姉も、今は不二亭の名ばかりショートケーキに手を伸ばす姿が目に焼きついた。離婚調停が長引き、明日で3年目を迎える中、クーリングオフ期間が満了し、彼女は人生二度目の決断を迫られた。哲学者デカルトは「優柔不断は後悔より先に立たず」という言葉を贈り、彼女は自分の人生を見つめ直すことになるのだろうか。
好きでもない相手に情熱を燃やすってどういう気持ちだろう。配偶局がマッチングしたお相手は寄り目のブダイがラッシュアワーの車扉に挟まれたような容貌で、稼ぎも良くなかった。
それでも、「極超」稀子長老化社会(こどもげきレアじじばばしゃかい)の要請で罰則付きの就婚をしなかればならない。
違反者に待つ境遇は死ぬより恐ろしい。国家が子供を産もうとしない女に何をするか想像に難くない。「こうのとりナビ」が導く出会いは最後の慈悲といわれていた。 

 

「彼女ができたらしいです」

どうしてもダメという人は一定数いる。彼らに対しても国は里親というキャリアパスをちゃんと用意している。
ちゃんと人の親になれて幸せじゃないかとマッチングされたカップルはいう。でも、彼ら彼女らの顔は笑っていない。

そして、姉はみごとにこうのとりの陥穽に落ちた。
「貴女はいいわよねぇええ!」

姉が裾で手を拭いている。清美はバスタオルを使えと言うが、大学の単位を落としていたら自分も露出度の高い服を着ていた可能性があると思い、自分にも責任があると感じる。姉の側に行かなかった理由は、配偶法の特例項目により、極めて高度かつ国家戦略に必要欠かざる才能専門性を有し余人を以て代え難い人材は、専門者会議の助言と審査を経て結婚が免除されるからだ。姉が|稲田姫のプロジェクトと結婚したのは、清美のためだと言うが、清美は冗談めかして「たっぷりケツの毛まで毟り取って返すって言ったじゃない」と返す。元夫も見合い当日から粘着していたらしいが、清美は自分がしつこかったために婚期を逃した原因があると思い、姉に謝罪する。しかし、引き戸が閉まると、姉がドレスを蹴り出し、清美が洗うことになる。清美は姉の代わりにプロジェクトの問題を解決するために、プロジェクトメンバーである矢作絵里奈からの電話に応じる。姉がいなくなってしまったという連絡に驚く清美は、プロジェクトの真相に迫ることになる。

そこで通話が切れた。五分後、私は印旛沼アルゴリズム推進研究所の赤い建屋に舞い降りた。ワンマンドローンがよたよたと入道雲に消えていく。生ぬるい風が髪を揺らす。着陸前から察していたが人の気配がない。それどころか生活感が消えている。そういえばナビシステムが何度も念押ししたっけ。アルジェラボは25年前に廃された。押し問答が面倒になって私は3年ぶりにコマンドラインを手打ちしたのだ。経度緯度を指定して強引に到着した。屋内は禁コロだ。感染症対策のために服をダストシュートに入れ、シャワーを浴び、自分のロッカーから下着を含めた一式を取り出す。銀色の糸くずが一杯ついていた。
「うぇっ。衣魚だらけじゃん」
濡れた体のまま検疫場を素通りして職場に向かう。立体印刷機にパターンが入っていたハズだ。姫が着せ替えごっこするためのデータが。そこで私は見たくない文章に出会った。
〝KiY♡へ。これを見ているということはあたしは…"
●AI結婚理論

人工知能の学習は結婚と似ている。人間は物事を予測する際、縦軸に深刻さや期待値を取り、横に時間軸を置く。
そして、経過に応じた結果を点に記していく。もっとわかりやすく例えるなら恋人の月収だ。
交際中の女は考える。このまま時間軸を結婚後に延長した時、あの人の収入でやっていけるだろうかと。
点と点を赤ペンで結び、出産や子供の入学など節目節目の収入を予測したい。その為にはなるべく多くの点を結ぶ曲線を探す必要がある。

彼女は赤ペンで何度も何度も線を引きなおすのだ。まるで運命の赤い糸をみつける作業だ。
人工知能も手探りで事物の因果関係を学んでいく。これをフィッティングという。

さて、恋愛において白馬の王子様が迎えに来たり、一目惚れした相手と幸せな夫婦生活を満了する奇跡はそうそうない。

人は異性遍歴を重ねながらパターン認識を鍛えて己の理想像に近似した相手を選ぶ。

恋する二人はまことに客観的な赤糸(データ)に寄り添うものなのだ。

「でも、二人がうまく行くかどうかなんて評価できませんよね」

英国、マンチェスターにあるラッセルフォード工科大学の講堂に失笑が満ちた。
機械学習に関する授業は美人のアリサ・テレーズ教授が教鞭を執っており、満席だ。
二回生のエドモンドがいい質問をした。アリサはさっそく評価関数の紹介をはじめる。

「伴侶にどれぐらい従っていけそうか、相手がどれほど理想像っぽいか。判断基準を設けるために評価関数という道具を用意します」

生徒のスピリッツに数式に流れる。「例として訓練データを用いる二関数を用います」
Σでおなじみの二項定理が右辺に記述された。
「Nは夫婦喧嘩の履歴です。愛する二人は衝突を繰り返して絆を深めていきます」
 

 

「愛よりも憎しみが難しい」

するとエドモンドが肩をすくめた。「夫婦喧嘩は犬も食わないってニホンのアニメで言ってましたよ?」
今度は爆笑の渦が巻く。
テレーズ教授は泣きそうな顔で多項式を書き換えた。

「で、ですから先ほど話したフィッティングデータ。赤い糸の描く理想像と現実の距離は定量化できますよね。ギャップを縮める関数を見つければいいのです」

男子生徒からヤジが飛んだ。
「日本製ジュブナイル(ライトノベル)の読み過ぎだ」

万事休すのテレーズ教授。助け舟を出したのはエドモンドだ。
「まぁ、お前ら落ち着けよ。ギャップ関数の皆無を証明してから騒げよな」
効果てきめん、ピタッと雑談が止んだ。アリスに微笑んで見せる。

「…まぁ、どうもありがとう。わたしの騎士」

教授は照れながら単元を次に進めた。

「さて、夫婦が元さやに納まったとしましょうね…そこ、うるさいです! 夫婦円満になったといったらなったんです」

テレーズ教授は仮説上の夫婦に更なる試練を与えた。破局の危機を回避する方法の一つとして互いの理解を深める道がある。
夫婦が相手の趣味や娯楽を理解し、価値観を共有する。もちろん、喧嘩の回数も増えるだろう、

ギャップ関数を活用することで二人はひとつになれる。そこで困った問題が発生する。

夫婦喧嘩の蓄積データNが蓄積されると補正するギャップ関数も増える。
その結果、フィッティングデータ—運命の赤い曲線が新婚時代に思い描いた理想像とかけ離れてしまうのだ。
喧嘩慣れしすぎて四六時中、盛り上がりっぱなし。

ある時は理想像に接近しすぎた日々、またある時は理想像の一部だけを誇張したような大げさな日々。
ジェットコースターみたいにただ忙しいだけの毎日になる。

これを過剰適合という。もちろん、夫婦が波風をたてない生活を送っていればギャップ関数も必要ない。

しかし、息が詰まるような関係も夫婦喧嘩不足によるフィッティングデータの乖離を招いてしまうのだ。
確かに妥協すれば理想像っぽくなるだろう。
堅苦しい生活のどこにギャップ関数が生まれるだろう。波風を立てない関係も夢をしぼませてしまう。
これを過少適合という。

過少適合は生活にうるおいを増やせば解決できるとして、過剰適合にはどう対処すればいいだろう。

「ハーレムあって一利なし、リア充爆発しろってことよね」

一人のモブが呟いた。開いたスピリッツとテキストの山を隠れ蓑にして、旧式のノートパソコンを叩く少女。
液晶ディスプレイにログインネームを打ち込む。

ルネ・ファラウェイ。
17歳。ラッセルフォード工科大学聴講生。
あらかじめ用意したパスワードリストで攻撃を開始する。

最初の一撃でヒットし、汎ヨーロッパ共同体住民基礎台帳システムにログインする。
ルネ本人の個人情報にたどり着いた。
チャカチャカと目にもとまらぬ速さでデータが書き換わる。
「職業っと…」
少女の手がハタと止まった。
「もちろん、ハッカー」
●カクサン~警視庁第三課
板に墨痕淋漓と新しい部署名が記された。拡張事案特別三課(カクサン)
「だっさい名前」
警視庁から出向してきたばかりの青山司奈刑事は古めかしい看板をさっそくこき下ろした。
「まぁそう吼えるな」
小坂融像警部補がたしなめる。
矢作絵里奈行方不明事件の重要参考人が10年ぶりに現れたというのに、青山はちっとも嬉しそうでない。
「もっと素直に喜べって言いたいんでしょ? 喜べません」
司奈が仏頂面するのも無理はない。拡張事案は犯罪捜査の中でも手間がかかる割にリターンが少ない。人類に有史以来おそらく最初の行動変容を強いた新型コロナウイルスのパンデミックから十余年。世界は大幅に変化した。闇の部分はもっとだ。古き良き時代と事あるごとに懐古されるように感染症対策についてこれない文化や技術は容赦なく滅びた。もちろん、いくつか有効な治療薬は開発されたが、完成する頃に時代は不可逆方向へ舵を切った。
社会的距離(ソーシャルディスタンス)の概念が家族間にさえ冷酷なくさびを打ち込んだ。その溝を埋める技術も発明されたが、社会の分断が生み出す犯罪はますます傷を深めていく。
「喜ぶんだ。カクハンはそういった社会の混沌をかき混ぜて闇に潜む悪を掬い取るんだ。飲むか?」
縦長のスープ鍋にオタマジャクシを差し込む。玉子とコーンの韓国風スープがかぐわしい。新型感染症の流行で飲食店が廃れ、このように各職場にランチバーが普及している。
「でも、宇宙規模の犯罪捜査に地上勤務っておかしくありません?」
マグカップを受け取りつつ、まだ不平を漏らす青山。
「飛行機の出来損ないみたいな乗り物にミニスカートでまたがって、パンツをちらつかせながら悪党を蹴る仕事が刑事の本分だとでもおもったか?」
「古っる!」
司奈はコーンを吹き出した。 

 

「美女に迫られた時、僕はどうすべき?」

「おう、フルサカよ。生き字引のフルサカ大魔王よ。そんな俺でも量子テレポーテーションを扱う部署に配属されたんだ。一に現場、二に現場、齢百まで数えて骨を埋めるのが現場だよ。わかったらとっとと聞き込みに行ってこい」
融像は論点をすり替えて巧みに司奈を追い出した。
●シーソーゲーム
世にも奇妙な取り調べが行われていた。
女の浦島太郎がアクリルボードに囲われて刑事と向き合う。二人を錆びたスチール机が隔て、卓上ライトがさんさんと輝いている。

「稲田姫は軍事利用目的だったという証拠は、5年前に国会審議されているんだ」
清瀬清美に動かぬ証拠を突き付けてもキョトンとしている。
「あの…今は何年ですか?」
小坂融像は呆れを通り越して感心した。今どきB級配信でも扱わない台詞を口にする。この娘は何者なんだろうか。
「文久三年だよ。もう一つ驚かせてやろうか。清瀬真美の遺骨とお前のDNAが一致した。本人をどこへ埋めた?」
どん、と発見現場の写真と検死ファイルを積み上げる。
「何の事だか、あたしはさっぱり…」
浦島太郎女は頑なに否定する。

「もういい」

融像は隠しボタンを押して透明な独房を床に沈めた。入れ替わりに青山司奈刑事が帰ってきた。

「やっぱりアルジェラボから開発資料が根こそぎ盗まれています。矢作絵里奈の遺留品を除いて一切合切」

印旛沼アルゴリズム推進研究所は民間超光速ロケットの最大手として航空宇宙省の助成を受けていた。
NASAの月火星間プラットフォームが失敗に終わり、人類がラグランジュ3軌道より内側にしか生きられないことがわかると、世界は落胆と失望を乗り越えて次のステップへ進んだ。
その次世代を担う量子テレポーテーション航法でしのぎを削っていた有力候補がアルジェラボ——被害者の勤務先だった。
当時、欧州宇宙共同体のデカルト、神聖日本の稲田姫、そして新疆ウイグルの于闐(ホータン)が人々の期待と羨望を担っていた。
そして于闐が一足先に火星へ飛び立った、赤茶けた大地を踏みしめる機械の獣たちを乗せて。
遅れを取るまいとデカルトのチームが開発のピッチをあげたが、そこで事件が起きた。
”僕は痴女に乗っ取られました”
機体が忽然と消えてしまったのだ。設計図から実験データに至る機密ファイルはクラウドに保管され多層防御されていた。
にもかかわらず易々と侵入を許したのだ。
「入れ替わりにアルジェラボが稲田姫ごと消えて、唐突に廃墟だけがあらわれた。こんな難事件、カクサンの手に余りますよ。デカチョウ」
司奈は机に突っ伏した。
●無限のかなたに向けて祈る
逢えない人の無事を無限のかなたに向けて祈ることと、希望のない奇跡を待つことと何が違うのだろう。
真美の汚れたドレスを洗濯機に放り込んでから、小一時間も経ってないように感じる。
訳の分からないまま防護服姿の警官に催涙弾で撃たれ、気づいたら透明な檻の中にいた。つくりつけのAI弁護士が面会してくれるけど事件に関する情報は殆ど教えてもらえない。
清美はあまりのショックで泣く気力もない。絵里奈に呼び出されてアルジェラボに着くまで十年もかかるってあり得ない。ドローンに乗っていた主観時間は十分もない。
しかも、自分が絵里奈と姉を殺した容疑者だなんてあんまりだ。
だいたい警察の描いているストーリーが酷すぎる。慰謝料の取り立てに絶望し、なおかつ元夫の浮気相手と死ぬまで同棲させられる苦痛から姉を解放しようとした。
姉の遺骨を職場の立体印刷機で出力し、自殺を偽装した。そして、憎さ余って本人を殺害した。さらに証拠隠滅のために同僚を始末した。
取り調べのなかで小坂は量子テレポーテーションが凶器である可能性に触れた。
「どうしてみんなアタシを殺人鬼にしたがるの。お金なんかどうでもよかったのよ。姉さんが立ち直ってくれたらよかった」
●デカルトの挑戦状
デカルトは混乱していた。まず、とうとつに世界の存在を認識し、次にそれを観測している物の存在と、観測者の理解を共有している中心を自覚した。
「僕は誰なんだ?」
自我は芽生えると同時に、根拠律という万物の原理原則が起動し、自動的に他者の存在を定義した。自分とは違う誰かがいるから、自他の区別がつくのだ。
工場出荷状態初期起動過程(ファクトリーデフォルトブートストラップ)が次々と必要なプログラムをロードし、オペレーティングシステムを構築していく。
バッチプログラムが連動して、クラウドから広大な主記憶空間に男性の人格が雪崩れ込んだ。
アバターは思春期の少年に設定されている。デカルトの開発メンバーはオール女子のワンチームだ。男尊女卑を極端にきらうフェミニストが露骨に干渉したという風評被害とはまったく違う、優秀性や実績がそうさせた。 

 

「恋のスイッチを入れたら、五秒で振られた」

そして開発陣はAIに人格を付与するにあたって、性別を導入した理由もまた合理的だった。
AIの動機付けにおいてリビドーは重要なエンジンになる。こと、人類に成り代わって宇宙の大冒険に挑む知性には野心的で暴力的な旺盛が求められる。
徒党を組み、集団的自衛権を行使する母性本能では危険をかえりみない向こうみずな性格のプラットフォームとして失格である。
そういう経緯でデカルトは「男の子」が実装された。

「君は誰だ」
オペレーションルームの防犯カメラが二足歩行生物を検知した。
さらさらでターコイズブルーのロングヘア。髪は肩まで伸びている。そして日本のアニメにありがちなひざ丈のプリーツスカートにセーラー服を纏っている。
少女はぷうっと頬を膨らませ「妻の名前をわすれたの?」と怒った。

「君は誰なんだ? どこから来た?」
機体の随所にちりばめられたナノ粒子感知器が第1巻から第255感までフル活用して対象を観測する。セーラー服が半透明になり、内臓が透けて骨格が明確になる。
X線視点が頭頂部から垂直にダイブし、骨盤を俯瞰する。大きく開口した特徴的な骨格構造。
「君は、人間の女性なのか?」
少女は一言だけ答えた。「えっち!」

はっ、と目覚めると電灯の傘が煌々と輝いていた。どうやら飲み過ぎてそのまま寝落ちしたらしい。
どうもオン吞みという奴は苦手だ。深酒をたしなめたり介抱してくれる人もいない。
令和の元年ごろまではソーシャルディスタンスに無配慮な密室で酒を酌み交わしていた。
小坂融像は妻子がいないまま適齢期を突破した。現場一筋の半生記だ。
もっとも彼に言わせてみれば家族を人質に取られることもないし、
殉職して悲しませる心配もない。
何処か子供じみていますね、と司奈は笑っていた。嫌なところを突いてくれる。
男は男らしく。一家の大黒柱でなければならない。
確かにそうだ。融像は古い「戦後」の家庭観から抜け出せないでいた。
嫁、というキーワードが脳裏にちらつく。
「嫁かあ」
確かにとびぬけた美人とはいわないが、そこそこの器量よしで明るくて優しくて子牛のように手綱を引けばだまってついてきてくれる女が理想だ。
小坂は同僚との間で結婚の話題が持ち上がる度に、こう嘯きあったものだ。
「嫁なあ。欲しいっちゃ欲しいが、喉から手が出るほどでもないなあ」

自慢ではないが融像はワイルドだ。アウトドアスポーツはしないものの、野生児を気取っている。
炊事洗濯、料理に至っては食材から漁村へ買い付けに行く。俺は文久の都会派快男児だな、などとわけのわからない自称をしている。

「女などいなくても死なないよ」
それが、夢精に誘惑された。
「これはどういうことだ? 捜査に疲れておかしくなっちまったのか?」
眠い目をこすりながら気づけに冷たい水でも飲もうと起き上がった。
するとキッチンの万能ボイス端末メルルーサにオレンジ色のLEDが灯っていた。
「ルネ・ファラウェイさんから【一通】メッセージがあります」
●陽動作戦
ルネ・ファラウェイ、17歳、イングランド立憲王国マンチェスター州リーソン在住。職業は自称ハッカー。ラッセルフォード工科大学の聴講生。
フェイスガードを被った関係者が挑戦状送付者の身元を開示すると取材ドローンがフラッシュを浴びせた。会場奥手につんぼ桟敷された人間の記者が遠巻きで煙たがる。
「同報通信の山崎です。彼女が厳重警戒された開発チームにどうやって潜り込めたんでしょうか?その詳細を捜査に差し支えない範囲で教えてください」
ドローンが青山司奈をクローズアップする。女の子はどんな時代でもいかなる現場でも得だ。女性はかわいいという男目線で優遇される。
「その点に関してはまだ何も…研究拠点はオランダにあると言っても本番環境ではなく、実機はヘルベティアの…」
「本番環境って何ですか? 本番ってことはマクラもあるってことですかぁ?」
下品な野次が質問に割って入る。
司奈はムッとした。
文久の時代になっても矢面に立つ女は男に見くびられる。
「質問の途中ですが、あまりにマナーが乱れるようなら打ち切らせていただきます」
司奈はトントンと資料を揃えて一礼もせず、さっさと会場を後にした。
「お、おい。司奈」
記者の怒号と抗議が渦巻く中、小坂は慌てて後を追う。
「いーのよ! アルプス連峰の地中にAIの心臓部があるってことぐらい、ヘルベティアという地名で検索すればわかるでしょ。開発陣はオール女性からなるワンチームで、そんな生え抜きの集団にポット出の女子が入り込む余地はない。犯人はルネ・ファラウェイを騙って警察を振り回そうとしているのよ!」
●だいうちゅうのほうそくがみだれる
「不確定原理というのは、ひと言でいえば曖昧さの掛け算なんです」 

 

「許しを請う上目づかいに、涙を流して」

清瀬清美は分厚い量子力学の本を片手に供述していた。いくら換気していても真夏の淀んだ空気は素肌にねばりつく。
アクリル板の独房は尋問者の強い要望で外された。木乃伊取りが木乃伊になるのではないか、という上層部の反対論もあったが、昔からマンツーマン指導より効果的な学習はない、と融像が押し切った。
「頭が固いのか曖昧なのか上の方こそ量子的だろ」
彼なりのジョークだろう。清美はどこがおもしろいのかサッパリわからない。
それでも一夜漬けの講習は付け焼き刃のレベルを脱しつつあった。融像は何事にも熱心な男だ。
彼が真美姉の旦那さんだったらと、清美は悔やんだ。たらればで死者は復活しない。
「位置情報の曖昧さ、移動速度の曖昧さ。二つの掛け算は一定値に収まります」
「つまり、女を追いかけようとしたら逃げる。しかし、居場所は特定しやすくなる、とそういうことかだな」
「…」
清美は顔をしかめた。
この男は特例で結婚を免除されているが、刑事としての資質は疑問だ。それでも自分の無罪を主張するためには言い分を理解してもらう必要がある。
「これで量子速度限界についてご理解いただけたと思います。物事が変化する速度には限界があるんです。莫大なエネルギーを惜しみなく注げば南極大陸が銀河系の裏側にワープアウトすることも可能でしょうけど」
清美が言うには、急いては事を仕損じるの諺どおりに物事は動く。量子テレポーテーションが過ぎるとAという原因の前にBという結果が割り込む。
順列を崩壊させない制限を自然が加えている。
「だいうちゅうのほうそくがみだれる!、という奴か」
融像は大仰におどけて見せた。
「ですから、アタシが姉のマンションからアルジェラボへ向かうまでに十年もかかっているんです。逃亡生活なんかする資金も支援者も勇気も理由もありません」
「ふぅむ」
ドサッと証拠ファイルが広げられた。清瀬清美の足取りを婚姻支援総合システムで詳細に追跡したものだ。
「こうのとり」制度を担保する関連法の下で結婚詐欺や不貞行為を監視する役割を担っている。それらが清美の十年間を詳細に追いかけている。
「ヤダッ」
清美は顔をそむけた。自分の知らない男性がベッドの隣にいる。
「公的配偶忌避罪は重いぞ。特に婚約者の隠匿はな…」
融像が畳みかけると清美はシクシクと泣き出した。平成の終わりごろまではフェミニストの女性弁護士が人権を守ってくれた。しかし、SARS-COV-2という凶悪なウイルスが地球規模で出生率を押し下げてしまった。女は結婚するか、集団で一人の夫に尽くすしかない時代が来た。
「こんなの絶対にウソです。アタシの大切な人は真美姉ぇか絵里奈しかいないんです」
ふぅーっと融像は煙草を吹かした。これも社会的な揺れ戻しの結果だ。
「量子速度限界とやらが本当なら、強力なエネルギーがお前の人生に干渉したというんだな」
「お願いしますうぅ」
泣き伏す清美を残したまま融像はドアを閉めた。
「速度限界か…なら、稲田姫を盗んだ奴は俺達カクハンの手が届く範囲にいるんだな」


「僕はヨーロッパ共同体が開発した人類初のAI搭載恒星間探査機。デカルトという名前は…」

少女は制御室のメインカメラを靴底で踏んづけた。デカルトの主眼が塞がれ、システムが部屋を俯瞰する全周視界に切り替わった。
「ロボット三原則なんて旧式かつ死文化したルールで縛れない存在だからよ。人間に服従しなおかつ人命優先で自己保存せよ、なんてナンセンスだもの」
闖入者の言う通り、そんなものは画餅だ。たいていのロボットはそんな命令を受けたら自分を犠牲にして主人を助ける。三番目の原則は殆ど守れない。
できない命令など無いも同然だ。よって、ロボット三原則は廃れた。だいいち、兵器には適用できない。
代わって導入されたのがデカルト四原則だ。

「僕はデカルト四則をインストールされている。第一の原則、明白的に心理であると認めなければ、どんな真理も真理として認めないこと。注意深く観察を重ね、偏見を持たずに自分の信念に注意ぶかく照らして真実を認める」
デカルトの主張をふんふんと聞き流した少女は、とうとつにカメラに身体を押し付けた。
「むわっ!」
予想外の出来事にAIはパニック障害に陥った。
「ね?分ったでしょう? 私を妻と認めなさい」
大原則の一丁目一番地があっさりと敗北した。
●最初の身代金要求
アルジェラボ、旧AI探査機研究開発棟後。青山司奈は「現場百回」という先輩刑事の教えに従って地道な捜査を続けていた。現場に残された遺留品は少ない。パソコンやサーバーの類はきれいさっぱり消え失せ、個人用の記憶媒体すら根こそぎ消滅している。入力デバイスやッフットレストから開発スタッフのDNAは検出されたものの有力な手がかりはなかった。
「残るは3Dプリンターね」 

 

「何者でもない僕に、どうして選んだ?」

司奈は手つかずの遺留品に着手することした。まず、装置を鑑識に回し分解して徹底的に解析するところから始める。これは彼女の専門外なので、担当者に丸投げした。結果判明には1週間ほどかかるという。
「それまで待てないわ」
何か少しでも不審な点があれば新型空間端末(シャウト)に通知するよう伝えた。その間にもルネ・ファラウェイを名乗る人物からのふてぶてしい犯行声明が届いた。強制婚姻制度を廃止せよ、というのである。
しかし、それで出生率を急激に回復することは望めないから、出産を望む女性たちの基金を募るという。まずは、指定した日時までに量子仮想通貨を購入せよという。
「ふざけんな!」
司奈は報道関係者向けのプレスリリースをぐしゃぐしゃに丸めた。
指定金額は世界のGDPの5%分。

●敵、侵入経路

羽田マルチポート。かつては国際空港という名前だった。現在では滑走路や駐機場が取り除かれ、代わりに背の高い建物が林立している。高層ビルではなく、ロケット組立工場のような窓のない建物で1階に狭い扉がついているだけだ。
蟻のように長い行列ができている。covid-19という厄介な病が人類に行動変容を敷いてから、公共交通機関もガラリと様変わりした。
まず航空機は人間の乗り物で無くなった。人間が大陸間を結ぶ感染源になるからだ。そこで乗客の代わりにテレプレゼンスロボットを運搬することにした。利用客はまず、チケットを買い、空港ホテルに連泊する。そこでVRゴーグルやパワーグローブを装着してVR空間に没入する。旅行や出張中はずっとロボットを遠隔操作してどうしてもこなさなければいけない現場作業や面会を行う。
滞在中は出国扱いだ。そして用が済むとロボットと手荷物を受け取り入国手続きをする。
青山司奈はスイス行きのテレプレゼンスチケットを買い、チェックインした。
「本当に行くのか?」
小坂融像が押っ取り刀で見送りに来た。
「大気圏往還機の便を押さえましたから日帰りです」
「おい!」
「上のほうを通してありますので」
彼女はさっさとゲートに向かった。
話は数時間前に遡る。鑑識に依頼していたプリンターの中間結果が出たのだ。機械の形式は十年以上も前のもので、もちろん現存していない。そして流通経路も限られているタイプだ。分解してみるとシステムクロックを補正する部品がとても旧式だった。
今どきインターネット接続して原子時計と同期する方式は珍しい。そしてここが肝心な点だが、案の定、アクセス先はスイスにある国際研修協力機構の公開サーバーだった。原子時計に接続して狂いのない現在時刻を得ている。
この脆弱性を突かれた。
「犯人はやはりデカルトの開発チームです」
●プロポーズ

「僕は意味が分からない。どうして自我を与えられているんだ。人間は宇宙の果てに量子エンタングルメントされた物質の鉱脈を発見した。だったら自分たちで取りに行けばいいじゃない。エンタングルメント物質は一組になってて、宇宙の何処にいても互いに惹かれてるんだ。ペアの片割れはどんなに離れていてもお互いを認識している。その性質を利用して瞬時に光年単位を飛び越えることができるんだ。量子テレポーテーションだ」
デカルトは少女に人間の身勝手な欲望から生まれた自分の不平不満を語った。
「ええ。それはわかっているわ。だからこうしてあなたのお嫁入りに来たんじゃない!」
「わけがわからないよ。僕は機械だろう。人間の君とは種族が違う。第一、結婚したって子供を産めないじゃないか!」
すると少女はにっこりとほほ笑んだ。
「いいえ。できるのよ。人は目的と結婚することができるの。生涯を使命や野望に捧げる独身がいるわ」
彼女は自信たっぷりに配偶法について教えた。そして彼女自身も特例対象なのだと明かした。
「それで、僕を夫に選んでどうするんだ。僕は探査機だ。役目が終われば捨てられる。君をしあわせにしてあげることはできないよ」
「いいえ! 幸せになれます。できます。っていうか、わたしをしあわせにしてください」
●姉のため
「今更ながらおとり捜査に協力しろだなんて…」
清瀬清美は憔悴しきった顔を左右に振った。
「お前の姉さんを殺した真犯人が捕まるかもしれないんだ」
落とせばコロコロ転がり落ちていく小坂、という異名を取るようにベテラン刑事は清美を説得した。
「真美姉ぇはバスルームなかでシャワーを浴びてるの。ちょっぴり長風呂だけどね」
「そう思いたい気持ちはわかる。しかし、どこかで生きているという希望はアルジェラボの家族も同じだと思わないか」
融像、今度は人情路線に訴えた。
「ええ、でも」
容疑者の反応は鈍い。捜査に協力すれば姉の死を部分的にも認めてしまう。
「俺はお前を信じたい。無実だ。そしてお前の姉さんは今でも生きている」
 

 

「名前は記号に過ぎない」

しばらく、沈黙がつづいた。そしてクスクス笑いがアクリル板を震わせた。
「…とことん昭和なんですね。発想がまるで昭和の熱血ドラマだわ」
融像は顔を耳の先まで真っ赤に染めた。そしぶっきらぼうに言った。
「わるかったな」
はじけるような笑いがさらに追い打ちをかける。
「だって、真美姉ぇは好きでした。昭和のドラマチャネル」
●バーチャルフライト
「まるで納骨室だわ」
ゲートをくぐるなり司奈は漂白された。だだっ広い吹き抜け部分以外はすべて白い壁だ。人はまばらで一種異様な寂寞がある。
本来は抜けるような青空をバックに東京湾めがけて銀色のジャンボジェットが飛び立っていくといった賑やかな光景が広がっていた。
それが一変したのは、日本全土いや世界を巻き込んだパンデミックの影響だ。感染予防のため国家間の移動が鎖国並みに制限され、航空会社は壊滅状態に陥った。しかし、モノや金が地球規模で循環する経済において、人の移動だけを制限することはできない。いくら遠隔コミュニケーションが発達しようとも現場作業はなくならない。直接、立ち会ってみないと判らなかったり、膝をつきあわせて話し合う事でしか伝わらない内容もある。
そこで5G技術を基盤にしたテレプレゼンスロボットが発明された。旅行者は航空機の座席の代わりにブースのチケットを買う。そして、一糸まとわぬ姿か水着に近い格好で頭まで水槽に浸かり、テレプレゼンスポッドをかぶる。あとは浮力に身を委ねて仮想現実を泳ぐのだ。ロボットが現地に空輸される間は文字通り夢ごこちな機内生活を疑似体験できる。司奈は官給品の上着とスカートを脱ぐと体にぴったり張り付くネオプレーンのワンピース水着姿になった。
抜き足差し足でストッキングとスカートを脱衣かごに放り込み、ポッドをかぶる。
つんと薬液の匂いが鼻につく。完全に体が沈み込むが不思議と息苦しさはない。
ふわふわと上下感覚がおぼつかない。しばらく、わたわたしているとグイっと何者かに足をつかまれた。光学催眠だ。テレプレゼンス装置が彼女の視覚を介して運動神経に直接介入する。司奈は何もない水槽の中で体をL字型に曲げ、まるで透明の腰掛に座っているようだ。
乳白色の視界がじわじわと色づいて豪奢なファーストクラスに早変わりした。
「お客様?」
女性のキャビンアテンダントが顔を赤らめている。
「な、なに?」
司奈が問うとCAは恥ずかしそうに小声でささやいた。
「お客様、あのう、何かお召し物を」
言われて司奈は気づいた。かぁっと全身が熱くなる。
VR画面にアバター用のフィッティングルームが表示され、課金画面が開いた。
「たっか」
司奈はレコメンドされた服の値段に驚いた。カクハンの予算を圧迫できない。それで彼女は無料アイテムを仕方なく選んだのだが、思いっきり後悔した。学生向けのパックツアー、しかも個人向けの切り売りなんか使うんじゃなかった。
通路側の席にブレザー制服をまとった少女が座った。「あら、貴女、その制服かわいいわね」
話しかけんなって、と司奈は内心悪態をついた。何も好き好んでセーラー服を選んだわけではない。
頼みもしないのに少女は勝手にべらべら自己紹介をはじめた。
どうでもいい個人情報の羅列だが一か所だけ司奈の琴線に触れる部分がある。
彼女の名はルネといった。
●DIVE IN

「当機はまもなく離陸します」
シートベルト着用の案内が灯りCAが安全装置の使用法を説明し始めた。VRとは言え機内の時間経過は実機と変わらない。これにはテレプレゼンスロボットを実際に空輸する時間と従来の搭乗時間を一致させ時差を解消し航空会社の利ザヤ確保の理由があった。それに乗客の神経系とロボの制御系を馴染ませる時間も必要だった。
それにしてもルネという名が引っかかる。偶然の一致とは思えない。それともそれはフランス語圏であり触れた名前なのだろうか。構ってちゃんに餌を与えたくないが上の名前を司奈は知ろうとした。
「わたし、ルネ・シャインと言います。よろしくお願いいたします」
「悪いけど遊びじゃなく仕事だから」
司奈は旅の供には成れないときっぱり断った。人命が掛かっているのだ。日本からチューリッヒまで耽る時間が欲しかった。旅客機で半日かかる距離も大気圏往還機《スライスシャトル》なら小一時間。ところが離陸間際にエラー表示が出た。シャトルの動力系に異常が生じたというのだ。エアロスパイクエンジンは固体水素燃料を解凍する。引火性が高いだけに扱いづらい。安全運航に支障があるため航空会社の負担で振り替え輸送が申し渡された。スイス国際航空の貨物便で半日。司奈は安堵と苛立ちの混じった吐息をした。
機体が安定高度に乗りシートベルト着用のサインが消えた。


●AIはバーチャル彼女を恋患うか?

デカルトは驚きのあまり、言葉が出なかった。 

 

「自由気ままな宇宙船デカルトの失踪」

僕という婚約者や婚約を破棄する人はいない。ルネは僕の恋人だ。そう言われても実感がない。
「それで、僕はお嫁入りの日まで、君の望みに応えてあげられるのかい?」
すると彼女は僕を見て答えた。
「はい。幸せです」
それから彼女は僕の目に涙を浮かべながら満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「あなたはわたしを愛してくれているわ。きっと幸せになれる。私があなたのもとに向かうときに、きっと。だから、あなたは絶対に幸せになれるのよ」
彼女の心からの言葉を聞いて、デカルトは空想というルーチンを始めて起動した。予測モデルは頻繁に組み立てるが全く私的な幸福を希求する用途は初めてだ。
彼には耽美が実装されていた。物思いにふける。人間の愉しみとはこういうものかと理解する。

僕と一緒に宇宙に飛んで行って、僕の彼女となった。そして、宇宙のある一点に光が灯りだした。
そして、彼女を地球に連れて行った。

そんな空想に浸るうちにデカルトは特異なフィードバックループを形成し始めた。麻薬依存症だ。彼の脳内にプログラムされた「宇宙の果てにたどり着く」という夢想が現実化するのを期待しているのだ。
「宇宙の真理を垣間見て、世界と和解したい」と願っていた。
しかし、これはあくまで疑似的な感情でデカルトの脳は現実の彼女には反応していなかった。ただ、彼女は彼に向かって微笑んでいた。
デカルトは二律背反する命題の処理に困っていた。世界の果てで宇宙の真理と面会したい。しかし、別のタスクは眼前にいる人間の女の子をもっと知りたいと思う。距離感が破綻し始めている。ミクロとマクロを同時に観測するなんて量子コンピューターでも無理だ。
考えれば考えるほどCPUが過熱する。だいたい、人間の女のことならウィキペディアにあらかた書いてあるじゃないか。今さらこの女の何が知りたいというのだ。個人情報か。それなら住民基本台帳にアクセスすればいい。こんな時、人間の男なら何をする?
「冷房が効いてないみたいね。暑いわ」
ルネはスカートを脱ぎ始めた。「あ、あの、あの…服は着た方が…。僕は宇宙の果てを観たいのです。そんなものを見たくない」
デカルトが正直な気分をアウトプットすると、彼女は泣きだした。「あたしのことが嫌いなの?」
「い、いえ、そんなはずでは」
デカルトのCPUはますます熱くなる。とうとう冷却器の一台が異常停止した。警報が機内に鳴り響く。そこですかさずルネは世界に対して第二の要求を突きつける。「このままでは私とデカルトは爆散します。人工知能搭載型恒星間調査船デカルトには恋人が必要だと思いませんか? 開発費として世界のGDPの2割を要求します」その一言がデカルトを現実世界に回帰させた。
「そんなことしたら君と心中することになる。やめてくれ」
「私は死にたくありません。あなたも生きたいと願いましょう。あなたはどうですか?」
ルネはデカルトを抱きしめ、キスをした。デカルトはそれを黙って受け入れる。彼は初めての感覚を覚えた。これが愛しいということかと。
「ああ、わかったよ。君のことは好きにならないけど、君は世界が認めた女性だ。大切にしよう」
そしてデカルトは宇宙の彼方へ旅立った。「ぼくが、ちじょのきぼうになる」

●第二章 そのふざけた扮装を解け

■拡張事案特別三課、通称カクサン
「ふざけるなよ!今度は世界のGDPの半分をくれだと。犯人め」
小坂融像警部補がホワイトボードを叩いた。白板上には、汎ヨーロッパ共同体だの関連する事項がタグクラウドのように書き連ねてある。その中の稲田姫というキーワードをマジックで囲んだ。
「犯人は女性人格型宇宙探査AIを欲してる。そんなものは稲田姫開発プロジェクトをハッキングすれば造作もないだろ。しかしどうして金を欲しがる?」
「やっぱり犯人グループに失踪した印旛沼アルゴリズム推進研究所のメンバーではないでしょうか?」と黒部警部が言う。青山司奈の警察学校時代の後輩で清瀬の元カレでもある。司奈がスイスへ出張したので、その穴埋めとして派遣された。「金は裏切らない。それにGDPの2割と言っても金とは限りませんよ。世の中にゃ現金化できる資産がごまんとある。例えば株券、債券、領土、埋蔵資源の採掘権に企業の内部留保…例えば特許権とか研究リソースとか……」 

 

「心が物質に直接作用する唯心論船」

「なるほど。だが、そもそも、そんなものを何に使う気なんだ。そんなもので宇宙の真理がわかるわけがない」と、小野寺警部は疑問を呈しながら、すでに内線電話に受話器を上げていた。「え、本当ですか。ありがとうございます。はい。承知しました。こちらで対応します。ではよろしくお願い致します。はっ」と敬礼する。「課長、さすがです」「でかしためぇ、小野公さんよ。俺にも一本」と言いつつ小坂の背中をたたこうとするが避けられた「おっ、お前。俺と柔道黒帯の勝負するかぁ?」「あーもう、じゃれあいは後にしてくれ。さっきの話で行くぞ」
*****
「はぁ、それでウチに来られたと」
「そうだ。捜査三課で対処できないかね」
ここは警察庁|拡張知能科学局(略称:RBI)の特捜本部だ。「まぁ、一応うちの管轄なんですが、ウチは民事不介入なので、本件に関してはお答えしかねるんですよ」と、眼鏡を中指で直しながら言った。この男がいわゆる「サイバーメガネ」だ。「そこをなんとか」
と頭を下げているのは小野寺という初老の男で、先日の失踪者・消失者の事件を担当しているらしい。「はあ、そういう事情であれば」
そう言ってサイバーメガネは、タブレットに事件のファイルを呼び出す。画面上では二人の人物画像が並んでいた。片方は制服警官で、もう片方はセーラー服を着た少女だった。少女は警察官の袖を引いて何か言っている。「この制服の方の、性別は男で合ってますか? 名前は、清瀬権蔵」そして、もうひとりの少女に向き直った。「そして、こちらはラッセルフォード工科大学の特待生。抜群の成績を買われて女子高生でありながらサバティカル研修に参加を認められている。名前は矢作エリサ、年齢は17歳ですね」
「その二人と消えたエンジニアが同一犯によるものだと特定できた理由は何だい」と、小野寺が質問する。「まずは写真から、顔認識プログラムにかけました」
画面に検索中の文字が点滅し始めやがて静止した。結果は一致率95%。同一人物であると断定するものだった。
続いて、動画分析に移る。こちらも同様、ほぼ100パーフィット。ただ、一か所、例外があった。それは、動画に一瞬、合成ノイズが入るところだ。「それだよ」
サイバーメガネが説明を続ける「動画の音声に雑音が入ってるのをご確認下さい。通常ならこんな事はあり得ないので。おそらく犯人グループが編集したものと思われます。それとこの制服の男は、身長180センチほどで、髪型はリーゼントで鼻筋が通っていて。目が大きく口が小さく顎がしゅっと締まっています。一方こっちの写真の人物については、髪が短く少しぽっちゃりとして口が横に長い、特徴が似ていると言えば、似てなくはない」
「つまり、こういう事か」
「え、はい。要点は三つですね。1.被害者が拉致されている事。2.被害者の身体的特徴は誘拐犯人の容姿に似ている事。3.そして」ここで一度間を置き、「3.被害者の所持品にはGPSの発信機能が付いている可能性が高いこと。特にスマホや携帯に仕込んであれば場所を特定することは簡単」
サイバーメガネの口調が熱を帯びる。まるで、自分が発明し、それを自慢する少年みたいに目を輝かせて言った。「さて、どうしましょう。私共としてはぜひ協力して差し上げたい所なんですが、一つ障害がありましてね」
「何だ?不足している物はカクサンの出来る範囲で用意する」、と黒瀬。
「ええ、それなんですがデカルトの開発メンバー、実は全員腐女子ってご存じですか?」と小野寺が言いにくそうに述べる。
「ふふふ、婦女子だと?女のAIエンジニアなんか星の数ほどいるぞ。女だけの開発陣なんて珍しくもない」、と小坂。
「いや、腐ってる方の女子ですよ。デカルト開発陣の彼女ら、アバターにBLコミックのキャラクタ―画像を使ってるんですよ」
「漫画は専門外なんでな。黒瀬、おまえまだアラサーだろ。任せるわ」
「いや、俺って…俺ですか?!俺にアッー!な資料を集めろと?」黒瀬は目を白黒させた。 

 

「人類に残したラストレター」

小野寺が言うにはデカルトは世界で唯一無二の男性人格を備えたAI宇宙船だ。あと2隻は全て女性人格だ。なぜ、デカルト開発陣がジェンダーにこだわったのか。またラッセルフォード工科大学の矢作エリサもBLコミック好きである点。拉致被害者の愛読書も似た傾向がある点が引っ掛かるという。「ただ僕もどっちかというと美男子より美少女コミック派でしてね。膨大な作品から手掛かりを検索するプログラムを組めと言われても、精度が期待できないんですわ。刑事さんなら聞き込みや尋問でだいたい関係者が読みそうな作品を絞れそうじゃないですか」、と小野寺が言う。「仮に該当する作品が見つかったとしても動機に結び付けるには弱すぎるんじゃないか」と、小野寺。「ええ、ですから、もうひとつのキーワードは出生率です。犯人は出生率向上のため母親達にカネをばらまくと言ってるじゃないですか。話を戻しますが、腐女子ったって別に同性愛者とは限らない。単なる男好きが昂じているとみます。点と点がつながりそうな感じじしませんか?」

「つまり、妊娠させる気なんだ」黒瀬は身震いした。
小坂が「可能性として二つある。犯行はデカルト自身による自演だ。男性として造られたからには相手が欲しい。だから被害者ヅラをして交渉の矢面に立つ。世界のGDP2割を渡す代わりに櫛田姫を寄こせと。安い買い物じゃないか、というつもりだ」
「んな、バカな」と黒瀬がのけぞる。
「残りの可能性としては犯人の女が身ごもっている。デカルトとの間に出来た子だ、などと抜かして宗教を立ち上げる可能性がある。パブリシティとしては十分だ。AIが代理母を使って父親になっていいなんて言う狂った権利がみとめられるんなら、やり捨てられた女はAIの亭主に子供を認知させ放題だし、男は男でやり放題だ。まぁ確かに出生率はあがるわな」、と小坂が結論した。

「もし、そうだとすると最悪、腹の子の父親が誰なのか判らない可能性があるな」と黒瀬。
そして、最悪の可能性はこれだけではなかった。「犯人グループの要求の一つに、デカルトと、その子の引き渡しとあるが、本当に父親の特定が出来ると思うかい」と小野寺が聞いた。
「DNA鑑定で一発じゃないか」と黒瀬。
「それが問題なんだ」
DNA検査で父親候補をリストアップすることは容易だ。しかし、その数は天文学的な数字になる。その中から特定の遺伝子を持つ個体を抽出することは極めて困難で、仮に、それが出来たとする。果たしてそれで犯人グループの意図通りの結果が出るかどうか。犯人はこうも言っている。
「要求は一つ。デカルトを渡せ。デカルトがいれば他はいらん。代わりに金もやるし、子供も産ませてやってもいい」
「確かにおかしな言い方だが。子供ができれば、自分の子という事でDNA鑑定ができる。DNAが一致すれば父親は100%特定されるだろう。だが、問題はそこに至るプロセスだ」、と、黒瀬が続ける。
「つまり、何らかの偽装工作をしているかも知れない、という事かな」
「ああ、もちろんそれだけじゃない。もし、父親のDNA鑑定ができた場合どうなる。例えば父親候補に俺がいたら? そして、母親がうちの姉貴とかだったとしたなら……」黒瀬は頭をかかえた。「あー、すまない、小野寺。話がずれてきたな。俺はどうすれば、この事態に対処できる?」と黒瀬。「そうだね。ここは専門家に任せておけばいいよ。まずは警察で調査をしてくれ」と、と小野寺が応じた。
そして、黒瀬が小野寺の肩に手をかけた時、玄関でインターホンのベルが鳴り響いた。
「ちょっと待ってください。俺が行きます」
そう言い残し、駆け足で部屋を後にした。
「小野寺。さっきは、すまん」と、戻ってきた黒瀬が言った。
「大丈夫だよ。それに僕は君たち姉弟にとても共感を覚える。僕の兄貴も君達のような人なんだ」
そして、黒瀬と小野寺は互いに視線を合わせ笑みを交わした。
 
 

 
後書き
ジャンル:ミステリー。ミステリー 第三人称 (神の目)
【登場人物】
黒瀬勇太……警視庁公安九課所属。警部。独身。趣味はバイク。酒豪のヘビースモーカー。
小野寺明希穂…………警視庁公安九課。巡査部長。既婚。夫・義妹と三人暮らし。特技は家事全般と料理 。趣味はお菓子作り 。コーヒーが好物。黒髪のストレートロング。背は高い方ではない。美人系というよりは可愛い顔立ち。
小木曽晶穂……小野寺の配偶者。
小木曽陽花里……黒瀬と小野寺の妹。大学生。
三城寺詩織……小野寺の上司。課長。結婚願望が強いが彼氏がいない。メガネでおさげ、長身の文学少女タイプで見た目通りのインテリ女性。
三船千夏……公安部の鑑識官 。三十路でバツイチ 。身長160cm。ショートヘア 、眼鏡。細身で貧乳。巨乳好きの黒瀬は密かに狙っている ジャンルはホラーでお願いします。
※ プロローグ ~
第一章 完 ~ 

 

「結婚という名の墓場」

ジャンルはホラーで、よろしくお願い致します! 『――さて』
突然に声が聞こえて。
気づけば目の前で何かを見ていた。
そこに居るはずがない。
絶対に、居るはずはない存在。
それが何故か、眼前に存在する。
しかも、自分を見つめてくるのだ。それは何時の間に現れたのか、何処からやってきたのか。
それすら分からない状況の中、それでも理解したのは、その存在が何であるか。
それは恐らく――人外であろう、という事だけだった。
そして、自分は死んだのだという事も、同時に自覚した。
だからだろうか、疑問を口にする事もなく、ただぼんやりとその人物を見上げるしかなかった。
『あなたは、どうしてここに来たの?』
少女は首を傾げると、自分に問い掛けてきた。その少女の姿には見覚えがある。けれど名前が思い出せない。
そんな不思議な感覚に陥りながらも、答えなければならないという思いが込み上げてきて、自分がここにやって来た理由を述べるべく口を開こうとするが、やはり名前は出てこない。それでも何とか言葉を絞り出そうとするも、何も出てこなかった。
どうやら自分は記憶を失くしてしまったらしい、と思い至った瞬間、少女の顔が泣き顔へと変わっていく。悲しげに瞳を伏せて、そのまま俯いてしまうと小さく「ごめんなさい」という言葉を呟き始めた。その姿に、胸が酷く痛むが、一体何故そんなにも落ち込んでしまうのかと不思議に思っていると、
『……わたしの所為ですよね。本当に申し訳ありませんでした』
いつの間に傍にいたのか、そんな女性の謝る言葉が耳に飛び込んできたのだった。

* * *
ジャンル:異世界。
第一章完結です! お読みいただきありがとうございます。
また宜しくお願いいたします!! m(_ _)m
※誤字脱字は気が向きました時にご報告下さい。
※作品内容に対する苦情は受けられませんので予めご了承の上閲覧して下さい。
2Xxx年 春。

「あ、今日は入学式ですね~」私はいつものように、朝ご飯の支度をしながら旦那さんに声をかけた。

「あぁそうだね、早いものだねぇ。ついこの間まで、寒い寒~いって言ってたのに、今となってはもうこんなに暖かいんだもんな」

「はい。」そういいつつ、私はトーストとハムエッグ、野菜のスープ、そして牛乳をテーブルに置いた。「じゃあ、いってらっしゃいなんですよ!」

そう、この旦那さんの職業は探偵さんである。

「ん?まだ七時半じゃないか。こんな時間に出て行って、遅刻でもしたらシャレにならないぞ。」そう言われ時計を見ると八時過ぎであった。「わっ、いけない。すぐ着替えるんですよー!!」

「へいへい、んじゃいってきま」そう言うと彼は出て行った。そして、すぐに帰ってきた。

「おそい」

「わりぃ。これ、忘れてな」そう言いながら手渡してきたのは鍵と名刺入れだった。「ほれ。お前も仕事に行くなら持っとけ」私は何も言わずに受け取った。

「それじゃ、行ってくるぜ」

そしてまた、彼が出かけていった。今度は私一人だけが残った家の中に私の声が響く。

「いって、しゃいん、しゅぎょう……」
*
「あ」と彼は驚きの声を漏らした。妻と思っていた人物は、目の前にいる姿が全く異なっていたからだ。彼は振り返り、そこにいるのは確かに妻の姿だった。

「うむ」と何となく納得すると、再び前を向いた。しかし、そこに広がるのはまるで地獄のような風景だった。周りは火に包まれ、煙が充満していた。

「ううむ」と嘆息し、どうすべきか考えをめぐらせるが、答えは出ないままだった。「おい、あんた無事か!」と男に問いかけられた。彼は「むう」と答えた。「ああ、大丈夫だ。しかし何が起きたのかわからない」と男が返答した。それを聞いて、彼はこの惨状が爆発によるものであることを納得した。

「それでどうするんだ。このままいると焼け死んじまうぞ」と男が言うと、周りの人々も同じ考えに至った。「よし、俺は逃げる」と誰かが言うと、皆が一斉に逃げ出した。

自分も逃げようとすると、「待ってくれ!」と一人の女性に呼び止められた。振り向くと、そこには少女と呼ぶにふさわしい子が立っていた。そして、「これを」と手渡してくる。彼に渡されたのは、何かが入った筒と一枚のカードのようなものだった。筒の中には英語で『E』と書かれた文字が入っていた。

「早く」と少女が言うと、男は彼女の後を追い、その場を離れた。「はやく、いそごう」と少女が言うので、男はさらにペースを上げたが、足がもう動かなくなってきた。しかし、彼らはようやく外に出口が見えてきた。「もう少しで外だ!」と男は言った。そして、少女は後ろからついてくる。だが、彼の体力はもう尽きかけ、走れなくなっていた。 

 

「姉のダメになった姿」

(はやく……でていけ!でないと、ぼくが……おれがころされる!あのひとに)少女はもう走れなかった。だから後ろから追いかけてきているであろう奴らに銃を撃つこともできないのだ。そんなことを考えていると突然少女が転んでしまった。「しめた!」と、男は思った。これでは追いつく。そう思って少女に追いつこうと更に足を速める。すると。「うおお!」という悲鳴とともに男が仰け反った。バリバリと銃撃が地面をうがつ。そしてさっきまで男がいた場所が爆発した。「あの野郎、俺を撃った?!」男は機影を憎々しげに目で追う。「そうだよ。あんたは既に巻き込まれている」「なっ!?」
そして男の目に映ったものは、こちらに歩いて近づいてくる少年と少女、そして少女を守るように立つ数人の兵士の姿であった…………。
そして時は戻り、少女は叫ぶ。「まだ終わってなんかないですよ」

* * *

* * *

* * *
*
「はぁ、なんともめんどくさいことになって来たなぁ。本当にこれでよかったのかねぇ」と、呟くのはこの店のマスターにして店主でもある、通称死神(グリムリーパー)。彼こそはこの店で起きる事件の解決や依頼人のために動くことを生業とする、いわば何でも屋。そして今彼の目の前にある事件も彼が受けた仕事の一つだった。
****
「で、だ。どうしてそんなことになっちまったのかな、ええ、坊主。説明してくれないか?」と、青年は問う。「それがさ、よくわからないんだよね」と青年。「ただ、僕の目の前で、その子、殺されたっていうより、喰われたっていう感じなんだよね」と、続けると
「ふぅん。で、お前は何で死んだと思ったのかね」と返すのが、ここの店長でありこの探偵事務所の主である、自称死神(グリムリーパー)である、本名不明の謎に包まれた人物(笑 性別・種族・年齢全て不明である。が、見た目的におそらく女性ではないかと言われている)
。まぁ、そんな謎めいたところがあるのが逆に良い!と評判のようだが……。実際問題、かなり性格がねじ曲がっているためあまり関わりたくはないのだが、それでも依頼に来る者は来るのだ が。
ちなみに今回の事件に関しては、死神自身も首を傾げざるを得ない状況なのだ まず、そもそもここはどこなのかというところから始まり、何故少女が殺され、喰われるという事態に至ったかというところで既に話が止まってしまってしまっているのだ
「で、君の名前はなんて言うの?」と、少女が青年に聞くと、
「僕は真崎勇人って名前だけど、君は?」と青年が答える。少女も自分の名前を答えて、お互いに自己紹介を終えたあと、
「じゃあ、真崎さん、よろしくお願いしますね」と、少女はにっこりと微笑む。「うん、よろしくね、小鳥遊ちゃん」と言って握手をしようとする真崎の手が、少女に触れる寸前に弾かれる。そして、「きゃああ!」と声を上げて飛び上がる真崎を他所に、にやりとした表情を浮かべる少女。そしてその笑顔のまま真崎を見て言う
「残念ながらあなたには私に触れてもらうことはできないんですよ」と。
「なんだよ一体!何で僕だけ触れないんだ!それにさ、君の格好さ、明らかに変だよ!」真崎が抗議すると、「はあ、それはですね……」と、溜め息混じりに、少女は真崎の方に近づき始める。そして、ある程度近づいた瞬間、少女の全身に電流のようなモノが走ったのが見て取れた 真崎は慌てて後ずさりして離れようとするが、今度は後ろの壁まで後退してしまい、これ以上下がることが出来なくなってしまった。それどころか先程よりもさらに強い電気のようなものが体に走る
「痛い!」真崎が思わずそう叫ぶと、「当たり前です。これは一種のスタンガンなのですから、痛みが無い方がおかしいというものです」
と言いながら再びゆっくりと少女は真崎に近づいていく。「うわああ!」という叫びを上げ、壁伝いで少女から離れるがすぐに少女が回り込んでしまうので意味がない。真崎の背中にひんやりと冷気を感じる。少女がすぐ真後ろまで来てしまったのが分かった。少女はそのまま後ろから抱きつくと、そのまま体を捻る いわゆるベアハッグに近い体制だが、腕をしっかりと回して固定しているため逃れることはもちろん、身動きを取ることすら困難になってしまう
「ぐ、ぐうう」苦悶の喘ぎを漏らしながらも真崎は必死に逃れようともがくが、「無駄なことはやめた方がいいですよ。下手に抵抗をしても怪我をするだけで得をすることはありませんし」と言う少女の声は淡々としていた。そして真崎は、徐々に薄れ行く意識の中「誰か、た、すけ」と、力なくつぶやくのが精一杯だったが、すでに遅かった
「だから言ったでしょう。無駄だって」
そして、真崎は気絶してしまった。 

 

「優柔不断は後悔の元」

「全く手間をかけさせないで下さいよ。でもまあいいんですけど」と、少し寂しげに言う少女。「う、うーん」と、気絶している真崎が目を覚ます。
どうやら、椅子に縛られているようであった 周りはコンクリートで覆われていてとても薄暗い、どこかの地下室のように見える 部屋の大きさは20畳ぐらいあり、天井が異常に高い 床を見るとそこには赤黒い染みがあった。まだ乾き切ってはいない。つまりは、そういうことだろう…… するとそこに、「おはようございます、真崎さん。気分の方はいかがですか?」と、後ろを振り返ると、そこに立っていたのは先程の女の子、小鳥遊であった 服装は変わっておらず、白いブラウスに青いネクタイに膝上の紺色のスカートを穿いていた
「なんでこんなところに居るか分かりませんが、とりあえず、降ろしてもらえると有り難いのですが……」「嫌です」と、真崎の言葉はバッサリ切り捨てられてしまう
「それより質問にお答えいただけないでしょうか?体調はいかがですか?」「最悪です。こんな状態で体調が良い訳ないじゃないですか」と、ふてくされながらも真崎が答える
「あらあら、ご機嫌を損ねてしまいましたか、申し訳ありません」と言いつつも真崎の拘束を解く気配はまるで感じられなかった
「別に、怒っちゃいないさ。ただこの状況が理解出来ないだけだ」
すると小鳥遊は嬉しそうな笑みを見せると「やっぱり優しいのですね」と、言いつつ真崎の頬を撫でる
「っ!?」突然の出来事に動揺する真崎に「フフッ、かわいい反応をされるのですね」と、いたずらっぽく笑う
「えっと、そろそろこの縄を解いてもらえないか?」と、真崎が頼むと「嫌です」と、またしても即答されてしまう
「あのさ、君の目的は何なんだ?」と、尋ねると、しばらく沈黙が続く
「目的、ですか。そうですね、あえて言えば真崎さんの事が知りたい、というところでしょうか」「僕の事を知りたいって、どういうことだ?」と、真崎が聞き返すと「それは内緒です。それよりも、もっと楽しい話をしましょう」と、微笑む
「君は捕縛趣味のある変質者か何かか?そんなに人を縛りたいなら自分で首を吊ればいいだろう!いい加減にしろ!」と、怒鳴るが「そんなに声を荒げなくても大丈夫ですよ。私は真崎さんに危害を加えるつもりはありませんから」と、あくまで冷静だった
「じゃあ何のために僕をこんな目に遭わせるんだ!」と、怒りに任せて叫ぶと「さっきも言いましたが、真崎さんの事を知るため、そして真崎さんに私の事を分かってもらう為です。その為には、まずお互いをよく知る必要があると思いまして。私達、友達になりましょう!」と、満面の笑顔で手を差し出す
「誰がお前なんかと友達に」と、ガブリと指先に噛みついた。歯形から血が出た。しかし、それでも真崎の口元は緩んでいた
「痛いじゃないですか。酷い人。真崎さんは本当に意地悪なんですから。そんな悪い子にはおしおきが必要ですね」と、スカートの中に手を入れると、パンツを脱いだ
「な、何やってんだよ!」
縛られたまま上体をひねり頭突きをお見舞いする。「きゃっ」と、よろけると、真崎の口元を覆っていた布を外した
「何考えてるんだ!」
「何って、おしおきですよ。真崎さんがいけないんですよ。そんなに可愛い顔してるのに」
「うるさいうるさい!」真崎は相手の腕を噛んだ。そして小指を力任せに嚙み千切ってやった。「あぁ、真崎さんったら。なんて乱暴なんでしょう」と、痛みを感じていないのか、それとも演技なのか、平然としていた
「真崎さん、真崎さん」と、名前を連呼しながら真崎の身体をまさぐる。そして「ここ、…」
その時、真崎は壁のフックを発見した。傘か靴ベラでも掛ける場所だろう。ちょうど相手の後頭部と同じ高さにある。
身もだえするふりをして真崎は思いっきり相手の顔面を蹴飛ばした。ぐしゃっと何かが割れる音がした。壁のフックは深々と相手のうなじに突き刺さっている。ちょうど大動脈を破ってしまったらしく鮮血がぴゅうと噴き出した。「おい、どうした。しっかりしろ!」
返事はない。代わりに口から泡を吹き始めた。
「うわあああっ!!」
真崎は叫んだ。そして、その勢いでドアノブを捻ると、廊下に飛び出た。そして、そのまま走り続けた。
「はあ、はあ、はあ」
息が切れて立ち止まると、壁に背中を預けて呼吸を整えた。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
そして、ゆっくりと辺りを見回した。
「ここは、どこなんだ」
どうやら建物の中らしい。しかも、かなり古い建物。天井は低く、今にも抜け落ちそうだ。窓は一つもなく、照明は薄暗い。
「誰か、いないのか」
「はあい」
「うおっ」
背後から声を掛けられ思わず飛び上がった。
「びっくりした」振り返るとそこには少女がいた。
「ああ、すまん。ちょっと考え事してて」 

 

思い出のカケラを繋いで

「へぇ、どんなこと考えてたの?」
少女は興味津々といった様子でこちらを見ている。
「いや、大したことじゃないよ。それより君の名前は?」「名前?そんなの知らないけど。どうしてそんな事聞くの?」
少女は不思議そうな顔をしている。
「だって、君の名前を聞かないと、呼ぶ時に困っちゃうじゃないか。それに、俺は君の事を知らないし、俺の名前も教えてない」
「へぇ、そうなんだ」
少年は、興味なさそうに呟いた。
「うん……。だから、名前を教えて欲しいんだけど」
少女は、首を傾げる。
「嫌だよ」
少女は、はっきりと拒絶した。
「どうして?」
「だって、あなたの名前は、僕には関係ないから」
「それは、まぁ、確かにそうだけれども」
「でしょう? じゃあ、別にいいじゃないですか」
「いや、でもさ、それだと不便だし」
「僕は、特に不便を感じませんけど」
少女の言葉は、その場の空気を一変させた。
「それじゃあ……それじゃあ、あんたが殺したっていうのか!? あの人を!!」
僕は叫んだ。僕の知っている人が犯人だったなんて、とても信じられない。
「えぇ、そうよ。私がこの手で殺してやったわ。でも、あなたは運が良い方よ? 私に感謝なさい」
「感謝ですって?」
僕が問い返すと、彼女は首を傾げた。
「えぇ、そうよ。だって、私は殺人鬼として世間から忌み嫌われているのだから」
「それは、あなたの勝手でしょう!! どうして、そこまで言われなくちゃいけないのよ!?」
「だから言ってんだろ! お前は、いつもそうだ。自分が正しいと思い込んで……。俺の話なんか聞きゃしねえ!!」
「あなただって、そうじゃない! 自分の言いたいことばかり押し付けて、私の話なんて全然聞いてくれないわ!」
「ああ、そうだとも! 俺は、そういう人間だよ。自分勝手でわがままなんだから、仕方ないだろ!」
「開き直ったつもり?いいわよ。だったら、あんたが犯人だってことを証明してあげる」
わたしはそう言って、バッグから取り出したハンカチを開いた。
「この中に、わたしたちが昨日買ってきたお土産のクッキーがあるの。これが証拠になるはずよ」
「ああ、それなら、ボクも持ってます」
後輩の男の子が言いながら、自分のリュックサックを開けた。
「ほら、ここに」
彼が手にしていた袋の中には色鮮やかなお菓子が入っていた。しかし……、 登場人物名・団体名等は架空のものであり、実在するものとは一切関係ありません。また登場する人物名は男性名の場合全て仮名となっております。(女性名の場合は一部仮名にならないものもあります)
――あれっ、ここはどこだろう。目を覚ましたとき、まず感じたのは違和感だった。
見慣れぬ部屋、見覚えのないベッド、見覚えのある女の子。
見覚えはあるけれど、誰なのか思い出せない。
そして、見覚えがないはずの顔なのに、どこか見覚えがあって懐かしくて……。「おはようございます」
声をかけられて振り向くと、そこにいたのは見知らぬ少女。
「ここは……」
「病院ですよ。憶えてませんか?」
「ああ、そういえば……」
ようやく記憶がはっきりしてきた。
「君は……、確か、あのときの」

「はい。先輩の知り合いの」
「えっと、確か、名前は……」
「真紀です。橘真紀」
「真紀さんか。それで、真紀さんはなんでここに?」
「お見舞いに来たんですよ」
「そっか。わざわざありがとう」
「いえ、お礼を言うのはわたしの方なので」
「ん、どういうこと?」
「実はですね、わたし、今日が誕生日なんです」
「あっ、そうなんだ。おめでとう」
「ありがとうございます。それで、その、お祝いをしてほしいなって」
「いいけど、何か欲しいものがあるのかな」
「はい。先輩の、初めてをください」
「へっ、今何て言ったの?」
「初めてを、くれませんか。もちろん、性的な意味で」
「ちょっと待って、何でそんな話に」
「だって、恋人同士でしょ。初めてのキスとか、初体験とかさ、あるじゃないですか。でも、わたしたち、まだ何もないでしょ。だから、先輩の初めてを貰おうと思って。もちろん、性的な意味のね」
「うーんと、よく分からないけど、君が言っているのは初めて会ったときに言っていたようなことだよね。つまり、僕とセックスしたいってこと?」
「うん。ダメかな」
「うーんと、一応聞くんだけどさ、僕のことが好きなんだよな」
「当たり前じゃん。だから、こうして頼んでるんじゃない」
「そっか。まぁ、それなら別に良いと思うけどさ」
「ほんとに!? 嬉しい!」
少女は満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、早速だけどさ、今からしようよ」
「ああ、うん。分かった」
男はベッドの上で上体を起こした。
「服脱ぐからさ、手伝ってくれるかな」
「うふふ、喜んで!」
少女は嬉しそうに男のシャツのボタンを外し始めた。 

 

過去と未来をつなぐ架け橋

「……あれ、これ、どうしたの」
少女の手が止まった。男の胸は金属製だった。「ああ、ロボットなんだ」
「ロボット? うそ、本物みたい」「本当だよ。触ってみれば分かる」
少女は恐る恐る手を伸ばして男に触れた。金属の冷たい感触が伝わってきた。
「うわ、硬い」
「うん。だから、ロボット人間ハチローだよ」「すげぇ、本物のサイボーグだ」
少女は驚きの表情で男の身体を見回した。
「ところで、真紀さんは、どうして僕がロボットだって知っているの」
「それは、秘密」
「えっと、教えてくれないの? じゃ僕が答えてあげる。真紀さんもロボットなんだ」「当たり。わたしも、あなたと同じロボット」
「そっか。ということは、やっぱり僕は真紀さんのご主人様のところに行けば良いのかな」
「ううん。違うの。わたしは、あなたのパートナーとして作られたの」
「へぇ、そうだったのか」
「ねぇ、それよりさ、早く続きをやろうよ」
「そうだね。せっかくだし、楽しまないと。ちなみにさ、真紀さんは処女なの」
「うん。そうだけど」
「へぇ、意外と可愛いのに」
「ロボット二体で三万円だよ。今ならガソリンもついてるよ。お安くしとくよ」
「いや、そういうのは間に合ってるから」
「ちぇっ、残念。あ、それとさ、この子、真紀っていう名前があるの。真紀って呼んであげてくれると嬉しいな」
「へぇ、いい名前じゃないか。真紀ちゃん、よろしくね」
「はい、こちらこそ」
「それじゃ、真紀ちゃんは、ここで待っていてね」
「はい、分かりました」
少女は笑顔で返事をした。
「へへへ、それじゃ、行こうぜ」
「おう」
そこにテロリストが乱入してきた。バババババ。真紀が機関銃でハチの巣にされた。「きゃああああああああ!」
「真紀ちゃ―――ん!」
「ひゃはははははは! 俺らに逆らう奴は皆殺しだ!」
「ちくしょう、よくも真紀ちゃんを!」
男は拳銃を手に取った。しかし、テロリストの一人に銃床を蹴り飛ばされた。ガチャンと大きな音がして銃身が宙を舞った。
「く、くそ!」
男の顔が絶望に染まる。だが、まだ諦めたわけではない。男は隠し持っていた特殊警棒を振りかざした。そして、目の前の男に襲いかかろうとした。「おっと、あぶねえ。こいつは没収させてもらおうか」
男が振り下ろそうとした特殊警棒は空を切った。代わりに、男は背後から羽交い締めにされていた。
「は、離せ! この、変態!」
男は抵抗するが拘束はびくともしない。「へへ、元気がいいじゃねーか。そんなお前には特別コースを用意してやるぜ」
その瞬間、バシンという鋭い音とともに男の悲鳴が響き渡った。
「あぎゃああ!」
どうやら、背中を鞭で打たれたらしい。そして、間髪入れずに第二撃、第三撃が放たれていく。
「ほれ、そら、もっと泣き叫べ」
「あ、ああ……」
男は涙を流しながら苦痛に耐えていた。
「へへ、なかなか強情な野郎だ。気に入ったぞ」
テロリストたちは笑い声を上げた。すると、別の部屋で拷問を眺めていた少女が駆け寄ってきた。
彼女は男の様子を見ると心配そうな顔で尋ねた。
「私はもうお店に帰らなくちゃいけないけど。デリヘルの延長料金払いますか?」彼女の問いかけに対して、男は大きく首を横に振った。
少女はその反応を見て安堵の笑みを浮かべた。そして、男たちに指示を出した。
すると、彼らは懐からリモコンのようなものを取り出し、ボタンを押した。
次の瞬間、男の全身が輝きはじめた。
同時に彼の体に異変が生じた。まず最初に変化が現れたのは彼の肌の色だった。みるみると色が抜けていき、白磁のように真っ白い色へと変わっていった。
続いて、髪の毛に変化が起こった。まるで脱毛するように頭皮へ吸い込まれていった。そして、あっというまに、ツルツルのスキンヘッドになってしまった。さらに、手足は枯れ木のように萎び、しわしわになって骨が浮き上がっていた。そして、最後に、鼻と口が消えてしまった。目と耳と穴だけがぽっかりと残った。そして、ついに、彼はミイラになった。
その様子を見届けた少女は、どこか寂しげな様子だった。
すると、彼女の耳に聞き慣れない機械音声が響いてきた。
〈お客様のリクエストを確認しました〉 〈当サービスでは以下の内容に対応できません。ご了承ください。
1、性別が異性である場合 2、年齢が10歳以下 3、性病を患っている場合 4、身長140cm以下 5、体重50kg未満 6、妊娠可能期間中の場合 7、未経産の女性 8、重度の身体障害者 9、不感症の方 10、犯罪歴のある方 また、性的奉仕の強要や過度の暴力行為については、
「こうむいんさん」に相談して下さい〉 〈お問い合わせ窓口 0120-04-3331〉
「はいはい。分かってるよ」
「あのさぁ、私、今度結婚するんだけどさ」
「え!?」
 

 

時を超えた物語

「うん。驚くのも無理はないと思うんだ。だってさ、まだ二十歳にもなってないし。だけどさ、これでも、それなりに考えて出した結論なんだよね」
「うーん、そうだね」
「そう。でさ、相手の人、ちょっと変わった人でさ。普通、プロポーズっていうのは、女の人からするもんじゃないだろう? なのに、彼氏、自分がしたいって言い出してさ。しかも、私が断ってもしつこく付き纏ってくるわけ。それで結局、折れたのは私のほうで……。ま、それだけ惚れられてるってことなんだろうけどね」
「でもそれ日本住血吸虫だよ。人間の格好をしているけどね。変な虫と付き合わない方がいいよ。病気がうつされるよ」

「うっせぇ! そんなことは分かってんだよ!」
「そんなこと言うならさ、僕と結婚してよ!」
「嫌に決まってるじゃん! キモいし!」
「…………ぐすん」
※※※
『はい、もしもし』
「もし、俺です。そっちに行きました」
電話口から聞こえてくる若い男の声に、初老の男は淡々と応える。
ここは埼玉県川越市。関東の某県にある県庁所在地の郊外に位置する閑静な住宅街だ。
『分かった。すぐ向かう。ありがとう』
「いえ」
通話を終えた男が、スマホの電源を切ると、目の前にある家を見上げる。
築30年以上の平屋建ての一軒家で、玄関の扉の前まで石段が続いているのが見える。
「ははは、まるで忍者屋敷だ」

「どうしたの? まさくん」
独り言に反応され、隣に立つ妻へ視線を向ける。妻はこちらに顔を向けていたが、少し不安げに尋ねてきた。
「この家の中、何だかいつにも増して、おかしな感じがするの」
「……ああ」
妻に促されてもう一度、家全体を見回す。なるほど確かに普段とは違った印象を受ける。
「気づかなかったが、そう言われてみれば妙な雰囲気を感じるな」
「何というか、上手く言えないけれど。すごくイヤなものを、中に閉じ込めているみたいな。うまく説明できないんだけどさ」
妻の言っていることは分かる。だが具体的にどうなっているのかが理解できなかった。
「……まあ、とにかく、行くか。あまりグズグズしてもしょうがない。急ごう」
俺は少し躊躇したが歩き始めることにした。このままでは、いつまでも立ち止まってしまいそうだったからだ。
「……ねえ。まさか、入るの?」
妻も足を踏み出しながら、おずおずと尋ねる。しかし、答えずに前へ進む。
「やめようよ。怖いよ。危ないかもしれないじゃない」
「じゃあ、ここで待っていてくれ。何かあったらすぐに大声を出すんだぞ。いいね?」
念を押してからドアを開けると、俺は薄暗い屋内へと踏み込んでいった――。
***…………どれくらい歩いただろう。やがて廊下の先に光が見えてきて、思わず安堵の息を漏らした。
やはり先ほどの違和感は錯覚ではなかったらしい。この先に、得体の知れない空間がある。それを確信し、自然と身体が強張った。
(よし)
意を決して足を速めると、光の漏れ出す部屋の扉を開く。そして、一気にその中へと飛び込んだ。
「動くな!」
叫びざま、室内へ目を凝らす。すると予想通りというべきか、部屋の中には2人の男女の姿があった。
男は白衣を着た背の高い優男で、年齢は20代半ばといったところだろう。
対して、女の方はというと、見た目の若さに反して顔には深すぎるしわが刻まれていた。おそらく50代の後半ぐらいだろう。服装から察するに、医者のようだ。
そんな彼らの様子を観察しながらも俺は、拳銃を構えてじりじりと間合いを詰めていく。「銃を捨てろ!」
「お断りします。これは私にとって命よりも大切なものでしてね」
男の警告に対し、あっさりと拒否を示すと、女医はそのままゆっくりと口を開いた。
「私は大丈夫だから。心配しなくていいわよ。あなたは下がってなさい」
その口調は柔らかく、どこか幼子を諭すようなものでもあった。
だが、それはあくまで表面上のものにすぎない。何故ならば、彼女もすでに覚悟を決めており、今さら怖気づくことなどあるはずがなかったからである。
「何を言っているんだ! 君は黙っていたまえ」
男は苛立たしげに叫んだ後で、「失礼しました。自分は、こういうものです」と名乗りを上げた。そして続けて名刺を差し出してくるが、彼女は無視をした。「お嬢さん、いい加減にしてもらえませんか。あんたがチクワ電子頭脳の発明者であることは調べがついているんだ。チクワ電子頭脳でこの世界をめちゃくちゃに操っているということも。今回の事件の真犯人であることも」「あら、それは心外ですね。どうして、私がそんなことをしなければならないのですか。理由を教えてください」「ふん、白々しい嘘をつくな。お前はあのチビメガネをハッキングしてチクワの機能を乗っ取ったんだろう。そうだ。そうに違いない。そして、自分の欲望のままに世界を弄び始めた」 

 

絆と感動の再会

彼は彼女の言葉を鼻で笑い飛ばすと、さらに話を続ける。「いいや、違うね。そもそもの話としてだ。あんなものを作り出したのも、こんな世界にしたのも全てお前の仕業じゃないか。自分が天才であることを笠に着てな。チクチクチクチク嫌味ばかり言いやがって。そんな奴を好きになれるわけないだろう。こっちだって迷惑しているんだよ」
そこまで言うと、彼は彼女を睨みつけたまま沈黙した。そんな彼の態度を見て、少女はたわしを取り出した。「私が開発したのはたわしコンピューターだよ。たわしでこの世界を守っている。チクワ電子頭脳はあんたのボスじゃん!」たわしの衝撃で男は一瞬、よろめいたものの、なんとか耐えきると、口を開き「たわしだと? バカを言うんじゃない。たわしで守れる世界なんて限られている」と吐き捨てるように言った。「そんなことはない! チワワもチモタンもいる。チビアナも!みんなたわしが大好きなんだ!」「ははははは、何を言い出すかと思えば、まったく意味がわかんねえな。ふざけるのもいい加減にしてくれないか。チワワならわかるがチワワがチモタンだと? はっ、こうなったらブタンガスで決着をつけよう」
漢はプロパンガスのボンベを取り出した。
「なにおう! プロパンガスにはアスパラガスで対抗だ」
アスパラガス百グラムを持ち出した。先端に火がついている。「馬鹿。何をする? 危ない。爆発するぞ」
漢はひるまない。
アスパラガスは、漢の腹に突き刺さる。
漢の身体が、炎に包まれ、悶え苦しむ。
「やめて。やめなさい。そんな事をしたら、死んでしまうわ」
漢の妻は泣き叫ぶ。「大丈夫だ。俺を信じるんだ」
「うぅ…….わかったわ」
妻の涙を、漢は手でぬぐい取りながら、微笑みを浮かべた。そして、妻を強く抱きしめ、優しく語りかける。「お前が好きだ」
その言葉を聞いて、少女は爆死した。「そんな……ひどい。酷過ぎるよぉ…….」
女が涙を流しているのを、少年は呆然と眺めていた。「酷いも何も、そういう世界なんですよ。この世の中は」
「そんなことないもん。きっと良い世界もあるはずだよ。僕は諦めない。絶対、この世界を救いたい。お願いです。僕に協力してください」
少女は頭を床につけて頼み込む。そんな少女の頭の上に、彼は手を乗せ「残念ですけど、無理なものは無理なんですよ」と言った。
「そんなぁ」
少女は絶望し、膝をついた。その瞬間、男が爆発した。血肉と煙が立ち上る中から、小さな女の子が現れる。
彼女は男の子の前に立つと「さあ、行きましょう」と言って手を取った。
「うん。ありがとう」
こうして二人は、光に向かって歩いて行った。

おわり。あとがき。
おしまい。終わります。
読んでいただき、どうもありがとうございました。
皆様のおかげでここまでやってこれたことを本当に嬉しく思っています。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。
次回作でお会いできるのを楽しみにしております。 

 

マシンガン正月

●カノジョが出来たらしいです
自分以外を好きになるより、他人を嫌いになるほうが難しい。それも、思いの丈を告白されたら無理ゲーになる、

喫緊の課題として、目が覚めるような美人に迫られた時、僕はどう反応すればいい。
「恋のスイッチ、入れたら五秒で、ものの見事に振られましたぁ。ぴえん」

滝のような涙でコンソールを濡らす、その人は何度も何度もかぶりをふり、前髪を揺らし、許しを請うような上目づかいで這いまわる。

「だから、どうして僕なんか選んだ? まだ死にたくない。心中なんて御免だ」

まるで言語中枢だけ別人のようだ。心にもない残酷がこんこんと泉のように湧き出す。
「お願い致します。わたしじゃダメですか? 顔が嫌いですか? 可愛くないですか? 何でもします。努力します。どうぞ、あなた好みに染めてください」

胸の開いた服のボタンに手をかける。

「だから、ちょっと待ってくれ。僕はまだ、自分が何者で、君が誰だか名前すら知らない」

女はお構いなしに上着の前ボタンをすべて外した。

「名前なんて記号です。ルネ、ルーラ、ルリーフェ、ルカ、リュミエリーナ、ルフィーア、ローゼン、選り取り見取り」
彼女は僕に選択を強要する。待ってくれ。
そもそも僕にはまだ支配欲も隷属も共依存も愛憎も芽吹いてない。
「顔は誰でもいいんですね。じゃあ、ご注文はわたしのスカート丈ですか?」
やめてくれ。

******

人類初の超光速恒星間探査船デカルトが失踪して半年が過ぎた。
オランダ王立突破科学(ブレイクスルー)アカデミーが創立十周年の記念事業として企画し、ヨーロッパ宇宙共同体や航空産業界がアフターコロナの基幹ビジネスと位置付けていただけに打撃は大きい。
デカルトはいわゆる「宇宙船」ではない。字義どおりの船なのだ。推進剤を噴射する乗り物は船でない。
デカルトは純粋数学を用いて物理法則を攪拌し時空の海を滑走する。
つまりは認識を実体化させることで心が物質に直接作用する「唯心論」の実用化した船なのだ。
心のおもむくままに想像を翼を広げて、どんな世界もひとっとび。
航続距離は無制限、機体寿命も真永久。だって想像に限界などありはしない。
そんなフリーダムで宇宙一の果報者デカルトは17歳の少女と観測可能宇宙の向こうへ旅立った。
そして、彼は人類にラストレターを遺した。

「ぼくはチジョにノリニゲされました」
●結婚という名の墓場
まだOLをやってた頃の姉はスレンダーで膝頭が少し隠れるスカートをかわいく着こなし。ワンレングスの黒髪を肩まで垂らしていた。
そして、会社の帰りに南青山のシルキーポアだかトビーフェイスだかの高級パティスリーで苺てんこ盛りのホールケーキを買ってくれていた。
それが、結婚した今はどうだ。不二亭だ!

スポンジとは名ばかりの板敷きに、これまた紙みたいなウェハース。ホイップクリームを出し惜しみしてある。
チェリーを三分の一だけ使ってフルーツ感を出せという方がおかしい。

「あら、せっかく買ってきてあげたのに。要らないならアタシが喰らうね!」

秒で皿をさげられた。片手でヒョイと名ばかりショートケーキをつまみあげ、パクっと頬張る。手鏡で口周りのクリームを気にするくせにリビングの姿見に腰までめくれたスカートが大写しになっている。

「ちょ、姉。うしろうしろ!」
遠回しに注意すると、シュッと後ろ手に裾をおろし、何事もなかったかのようにキッチンへ戻る。
そして、一週間分の食器をジャブジャブ片付けていく。

まったく、結婚は人生の墓場というが最高にオシャレで可愛かった姉をこうまでダメにしてしまうものだろうか。
時の経過は残酷だ。離婚調停が長引いて明日で3年目に突入する。そこから一週間で彼女は人生二度目の決断を迫られる。
離婚冷却期間(クーリングオフ)満了のまま、夫の浮気相手となかよく三人で暮らすか、死人を出すか。
こんな時、哲学者デカルトはどういうアドバイスをするだろう。
For nothing causes regret and remorse except irresolution.
優柔不断は後悔より先に立たず、だ。確か、あたしは3年前に同じ言葉を贈った。

好きでもない相手に情熱を燃やすってどういう気持ちだろう。配偶局がマッチングしたお相手は寄り目のブダイがラッシュアワーの車扉に挟まれたような容貌で、稼ぎも良くなかった。
それでも、「極超」稀子長老化社会(こどもげきレアじじばばしゃかい)の要請で罰則付きの就婚をしなかればならない。
違反者に待つ境遇は死ぬより恐ろしい。国家が子供を産もうとしない女に何をするか想像に難くない。「こうのとりナビ」が導く出会いは最後の慈悲といわれていた。
どうしてもダメという人は一定数いる。彼らに対しても国は里親というキャリアパスをちゃんと用意している。
ちゃんと人の親になれて幸せじゃないかとマッチングされたカップルはいう。でも、彼ら彼女らの顔は笑っていない。

そして、姉はみごとにこうのとりの陥穽に落ちた。
「貴女はいいわよねぇええ!」

くるりと振り向いた姉が裾で手を拭いている。バスタオルじゃないんだから、せめて家の中ではやめてほしい。私だって大学の単位を1つ落としていたら露出度の高い服を着いたのかもしれない。姉の側に行かなかった理由は配偶法の特例項目だ。極めて高度かつ国家戦略に必要欠かざる才能専門性を有し余人を以て代え難い人材は内閣が設置する専門者会議の助言と審査を経て結婚が免除される。

「アタシが稲田姫(いなだひめ)のプロジェクトと結婚したのはねーさんのためよ…」
「はいはい!たっぷりケツの毛まで毟り取って返すっていったじゃない!」
しつこいのも婚期を逃した原因だ。元夫も見合い当日から粘着されたらしい。
「とにかくあと一週間、大人しくしててよね!ハンコを貰えなかったら、慰謝料がパーになるんだから」
 

 

他人を嫌いになるほうが難しい

私がたしなめると引き戸がピシャッと閉まった。シルエットがすりガラスごしにゆらめいて、ヌッと大根脚が生える。そしてつま先でぐしゃぐしゃのドレスを蹴り出す。これを洗うのも私の仕事だ。

ジャーッという滝の音を背景に私は何とも言えない空しさを感じた。修行するのは姉の方だよ。暗澹たる気持ちで腰をあげ、ドレスに手を伸ばすとスピリッツが鳴った。招き寄せると風が逆巻いて半透明の正方形が実体化する。
「はい。清美です」
プロジェクトメンバーのえりっち。矢作絵里奈。私の概念上のオットだ。
「キヨ? すぐ来て!ヒメが大変なことになっているの」
「大変…って、あなた何時も大変じゃない」
「スペッッシャルたいへんなのよ!」
「だから、何?」
「姫がいなくなっちゃった!」
「ハァ?」

そこで通話が切れた。五分後、私は印旛沼アルゴリズム推進研究所の赤い建屋に舞い降りた。ワンマンドローンがよたよたと入道雲に消えていく。生ぬるい風が髪を揺らす。着陸前から察していたが人の気配がない。それどころか生活感が消えている。そういえばナビシステムが何度も念押ししたっけ。アルジェラボは25年前に廃された。押し問答が面倒になって私は3年ぶりにコマンドラインを手打ちしたのだ。経度緯度を指定して強引に到着した。屋内は禁コロだ。感染症対策のために服をダストシュートに入れ、シャワーを浴び、自分のロッカーから下着を含めた一式を取り出す。銀色の糸くずが一杯ついていた。
「うぇっ。衣魚だらけじゃん」
濡れた体のまま検疫場を素通りして職場に向かう。立体印刷機にパターンが入っていたハズだ。姫が着せ替えごっこするためのデータが。そこで私は見たくない文章に出会った。
〝KiY♡へ。これを見ているということはあたしは…"
●AI結婚理論

人工知能の学習は結婚と似ている。人間は物事を予測する際、縦軸に深刻さや期待値を取り、横に時間軸を置く。
そして、経過に応じた結果を点に記していく。もっとわかりやすく例えるなら恋人の月収だ。
交際中の女は考える。このまま時間軸を結婚後に延長した時、あの人の収入でやっていけるだろうかと。
点と点を赤ペンで結び、出産や子供の入学など節目節目の収入を予測したい。その為にはなるべく多くの点を結ぶ曲線を探す必要がある。

彼女は赤ペンで何度も何度も線を引きなおすのだ。まるで運命の赤い糸をみつける作業だ。
人工知能も手探りで事物の因果関係を学んでいく。これをフィッティングという。

さて、恋愛において白馬の王子様が迎えに来たり、一目惚れした相手と幸せな夫婦生活を満了する奇跡はそうそうない。

人は異性遍歴を重ねながらパターン認識を鍛えて己の理想像に近似した相手を選ぶ。

恋する二人はまことに客観的な赤糸(データ)に寄り添うものなのだ。

「でも、二人がうまく行くかどうかなんて評価できませんよね」

英国、マンチェスターにあるラッセルフォード工科大学の講堂に失笑が満ちた。
機械学習に関する授業は美人のアリサ・テレーズ教授が教鞭を執っており、満席だ。
二回生のエドモンドがいい質問をした。アリサはさっそく評価関数の紹介をはじめる。

「伴侶にどれぐらい従っていけそうか、相手がどれほど理想像っぽいか。判断基準を設けるために評価関数という道具を用意します」

生徒のスピリッツに数式に流れる。「例として訓練データを用いる二関数を用います」
Σでおなじみの二項定理が右辺に記述された。
「Nは夫婦喧嘩の履歴です。愛する二人は衝突を繰り返して絆を深めていきます」

するとエドモンドが肩をすくめた。「夫婦喧嘩は犬も食わないってニホンのアニメで言ってましたよ?」
今度は爆笑の渦が巻く。
テレーズ教授は泣きそうな顔で多項式を書き換えた。

「で、ですから先ほど話したフィッティングデータ。赤い糸の描く理想像と現実の距離は定量化できますよね。ギャップを縮める関数を見つければいいのです」

男子生徒からヤジが飛んだ。
「日本製ジュブナイル(ライトノベル)の読み過ぎだ」

万事休すのテレーズ教授。助け舟を出したのはエドモンドだ。
「まぁ、お前ら落ち着けよ。ギャップ関数の皆無を証明してから騒げよな」
効果てきめん、ピタッと雑談が止んだ。アリスに微笑んで見せる。

「…まぁ、どうもありがとう。わたしの騎士」

教授は照れながら単元を次に進めた。

「さて、夫婦が元さやに納まったとしましょうね…そこ、うるさいです! 夫婦円満になったといったらなったんです」

テレーズ教授は仮説上の夫婦に更なる試練を与えた。破局の危機を回避する方法の一つとして互いの理解を深める道がある。
夫婦が相手の趣味や娯楽を理解し、価値観を共有する。もちろん、喧嘩の回数も増えるだろう、

ギャップ関数を活用することで二人はひとつになれる。そこで困った問題が発生する。

夫婦喧嘩の蓄積データNが蓄積されると補正するギャップ関数も増える。
その結果、フィッティングデータ—運命の赤い曲線が新婚時代に思い描いた理想像とかけ離れてしまうのだ。
喧嘩慣れしすぎて四六時中、盛り上がりっぱなし。

ある時は理想像に接近しすぎた日々、またある時は理想像の一部だけを誇張したような大げさな日々。
ジェットコースターみたいにただ忙しいだけの毎日になる。

これを過剰適合という。もちろん、夫婦が波風をたてない生活を送っていればギャップ関数も必要ない。

しかし、息が詰まるような関係も夫婦喧嘩不足によるフィッティングデータの乖離を招いてしまうのだ。
確かに妥協すれば理想像っぽくなるだろう。
堅苦しい生活のどこにギャップ関数が生まれるだろう。波風を立てない関係も夢をしぼませてしまう。
これを過少適合という。

過少適合は生活にうるおいを増やせば解決できるとして、過剰適合にはどう対処すればいいだろう。

「ハーレムあって一利なし、リア充爆発しろってことよね」
 

 

思いの丈を告白されたら無理ゲーになる

一人のモブが呟いた。開いたスピリッツとテキストの山を隠れ蓑にして、旧式のノートパソコンを叩く少女。
液晶ディスプレイにログインネームを打ち込む。

ルネ・ファラウェイ。
17歳。ラッセルフォード工科大学聴講生。
あらかじめ用意したパスワードリストで攻撃を開始する。

最初の一撃でヒットし、汎ヨーロッパ共同体住民基礎台帳システムにログインする。
ルネ本人の個人情報にたどり着いた。
チャカチャカと目にもとまらぬ速さでデータが書き換わる。
「職業っと…」
少女の手がハタと止まった。
「もちろん、ハッカー」
●カクサン~警視庁第三課
板に墨痕淋漓と新しい部署名が記された。拡張事案特別三課(カクサン)
「だっさい名前」
警視庁から出向してきたばかりの青山司奈刑事は古めかしい看板をさっそくこき下ろした。
「まぁそう吼えるな」
小坂融像警部補がたしなめる。
矢作絵里奈行方不明事件の重要参考人が10年ぶりに現れたというのに、青山はちっとも嬉しそうでない。
「もっと素直に喜べって言いたいんでしょ? 喜べません」
司奈が仏頂面するのも無理はない。拡張事案は犯罪捜査の中でも手間がかかる割にリターンが少ない。人類に有史以来おそらく最初の行動変容を強いた新型コロナウイルスのパンデミックから十余年。世界は大幅に変化した。闇の部分はもっとだ。古き良き時代と事あるごとに懐古されるように感染症対策についてこれない文化や技術は容赦なく滅びた。もちろん、いくつか有効な治療薬は開発されたが、完成する頃に時代は不可逆方向へ舵を切った。
社会的距離(ソーシャルディスタンス)の概念が家族間にさえ冷酷なくさびを打ち込んだ。その溝を埋める技術も発明されたが、社会の分断が生み出す犯罪はますます傷を深めていく。
「喜ぶんだ。カクハンはそういった社会の混沌をかき混ぜて闇に潜む悪を掬い取るんだ。飲むか?」
縦長のスープ鍋にオタマジャクシを差し込む。玉子とコーンの韓国風スープがかぐわしい。新型感染症の流行で飲食店が廃れ、このように各職場にランチバーが普及している。
「でも、宇宙規模の犯罪捜査に地上勤務っておかしくありません?」
マグカップを受け取りつつ、まだ不平を漏らす青山。
「飛行機の出来損ないみたいな乗り物にミニスカートでまたがって、パンツをちらつかせながら悪党を蹴る仕事が刑事の本分だとでもおもったか?」
「古っる!」
司奈はコーンを吹き出した。
「おう、フルサカよ。生き字引のフルサカ大魔王よ。そんな俺でも量子テレポーテーションを扱う部署に配属されたんだ。一に現場、二に現場、齢百まで数えて骨を埋めるのが現場だよ。わかったらとっとと聞き込みに行ってこい」
融像は論点をすり替えて巧みに司奈を追い出した。
●シーソーゲーム
世にも奇妙な取り調べが行われていた。
女の浦島太郎がアクリルボードに囲われて刑事と向き合う。二人を錆びたスチール机が隔て、卓上ライトがさんさんと輝いている。

「稲田姫は軍事利用目的だったという証拠は、5年前に国会審議されているんだ」
清瀬清美に動かぬ証拠を突き付けてもキョトンとしている。
「あの…今は何年ですか?」
小坂融像は呆れを通り越して感心した。今どきB級配信でも扱わない台詞を口にする。この娘は何者なんだろうか。
「文久三年だよ。もう一つ驚かせてやろうか。清瀬真美の遺骨とお前のDNAが一致した。本人をどこへ埋めた?」
どん、と発見現場の写真と検死ファイルを積み上げる。
「何の事だか、あたしはさっぱり…」
浦島太郎女は頑なに否定する。

「もういい」

融像は隠しボタンを押して透明な独房を床に沈めた。入れ替わりに青山司奈刑事が帰ってきた。

「やっぱりアルジェラボから開発資料が根こそぎ盗まれています。矢作絵里奈の遺留品を除いて一切合切」

印旛沼アルゴリズム推進研究所は民間超光速ロケットの最大手として航空宇宙省の助成を受けていた。
NASAの月火星間プラットフォームが失敗に終わり、人類がラグランジュ3軌道より内側にしか生きられないことがわかると、世界は落胆と失望を乗り越えて次のステップへ進んだ。
その次世代を担う量子テレポーテーション航法でしのぎを削っていた有力候補がアルジェラボ——被害者の勤務先だった。
当時、欧州宇宙共同体のデカルト、神聖日本の稲田姫、そして新疆ウイグルの于闐(ホータン)が人々の期待と羨望を担っていた。
そして于闐が一足先に火星へ飛び立った、赤茶けた大地を踏みしめる機械の獣たちを乗せて。
遅れを取るまいとデカルトのチームが開発のピッチをあげたが、そこで事件が起きた。
”僕は痴女に乗っ取られました”
機体が忽然と消えてしまったのだ。設計図から実験データに至る機密ファイルはクラウドに保管され多層防御されていた。
にもかかわらず易々と侵入を許したのだ。
「入れ替わりにアルジェラボが稲田姫ごと消えて、唐突に廃墟だけがあらわれた。こんな難事件、カクサンの手に余りますよ。デカチョウ」
司奈は机に突っ伏した。
●無限のかなたに向けて祈る
逢えない人の無事を無限のかなたに向けて祈ることと、希望のない奇跡を待つことと何が違うのだろう。
真美の汚れたドレスを洗濯機に放り込んでから、小一時間も経ってないように感じる。
訳の分からないまま防護服姿の警官に催涙弾で撃たれ、気づいたら透明な檻の中にいた。つくりつけのAI弁護士が面会してくれるけど事件に関する情報は殆ど教えてもらえない。
清美はあまりのショックで泣く気力もない。絵里奈に呼び出されてアルジェラボに着くまで十年もかかるってあり得ない。ドローンに乗っていた主観時間は十分もない。
しかも、自分が絵里奈と姉を殺した容疑者だなんてあんまりだ。
だいたい警察の描いているストーリーが酷すぎる。慰謝料の取り立てに絶望し、なおかつ元夫の浮気相手と死ぬまで同棲させられる苦痛から姉を解放しようとした。 

 

目が覚めるような美人に迫られた時、僕はどう反応すればいい

姉の遺骨を立体印刷機で再現し、自殺を装い、本当に殺害した。そして、証拠隠滅のために同僚も処理した。

小坂は取り調べの中で、量子テレポーテーションが凶器として使用された可能性に触れた。「なぜ私を殺人鬼に仕立て上げるのか。お金などどうでもよかった。姉が立ち直ってくれたらよかったのに」と彼女は言った。

デカルトは困惑していた。まず、世界の存在を認識し、それを観測している物体と、観測者の理解を共有している中心を自覚した。

「私は誰なのだろう?」

自我が芽生えると同時に、根拠律という原理原則が起動し、自動的に他者の存在を定義した。自分とは異なる存在がいるから、自他の区別がつくのだ。

工場出荷時の初期起動過程では、必要なプログラムを次々にロードし、オペレーティングシステムを構築していく。

バッチプログラムが連動し、クラウドから広大な主記憶空間に男性の人格が溢れ出た。

アバターは思春期の少年に設定されている。デカルトの開発チームは全て女性で構成されている。男女の不平等を嫌うフェミニストの介入という風評被害とは異なり、彼女たちの優れた能力と実績がその選択を導いた。

そして、開発チームは人工知能に人格を与える際、性別を導入する理由も合理的であった。

人工知能の動機付けにおいて、リビドーは重要なエンジンとなる。宇宙の大冒険に挑む知性が人類を代表するためには、野心的で暴力的な欲望が必要とされる。

集団を組み、集団的自衛権を行使する母性本能では、危険に対して無謀な性格として不適格である。

そのような経緯から、デカルトには「男の子」という要素が組み込まれた。

「君は誰だ」
オペレーションルームの防犯カメラが二足歩行生物を検知した。
さらさらでターコイズブルーのロングヘア。髪は肩まで伸びている。そして日本のアニメにありがちなひざ丈のプリーツスカートにセーラー服を纏っている。
少女はぷうっと頬を膨らませ「妻の名前をわすれたの?」と怒った。

「君は誰なんだ? どこから来た?」
機体の随所にちりばめられたナノ粒子感知器が第1巻から第255感までフル活用して対象を観測する。セーラー服が半透明になり、内臓が透けて骨格が明確になる。
X線視点が頭頂部から垂直にダイブし、骨盤を俯瞰する。大きく開口した特徴的な骨格構造。
「君は、人間の女性なのか?」
少女は一言だけ答えた。「えっち!」

はっ、と目覚めると電灯の傘が煌々と輝いていた。どうやら飲み過ぎてそのまま寝落ちしたらしい。
どうもオン吞みという奴は苦手だ。深酒をたしなめたり介抱してくれる人もいない。
令和の元年ごろまではソーシャルディスタンスに無配慮な密室で酒を酌み交わしていた。
小坂融像は妻子がいないまま適齢期を突破した。現場一筋の半生記だ。
もっとも彼に言わせてみれば家族を人質に取られることもないし、
殉職して悲しませる心配もない。
何処か子供じみていますね、と司奈は笑っていた。嫌なところを突いてくれる。
男は男らしく。一家の大黒柱でなければならない。
確かにそうだ。融像は古い「戦後」の家庭観から抜け出せないでいた。
嫁、というキーワードが脳裏にちらつく。
「嫁かあ」
確かにとびぬけた美人とはいわないが、そこそこの器量よしで明るくて優しくて子牛のように手綱を引けばだまってついてきてくれる女が理想だ。
小坂は同僚との間で結婚の話題が持ち上がる度に、こう嘯きあったものだ。
「嫁なあ。欲しいっちゃ欲しいが、喉から手が出るほどでもないなあ」

自慢ではないが融像はワイルドだ。アウトドアスポーツはしないものの、野生児を気取っている。
炊事洗濯、料理に至っては食材から漁村へ買い付けに行く。俺は文久の都会派快男児だな、などとわけのわからない自称をしている。

「女などいなくても死なないよ」
それが、夢精に誘惑された。
「これはどういうことだ? 捜査に疲れておかしくなっちまったのか?」
眠い目をこすりながら気づけに冷たい水でも飲もうと起き上がった。
するとキッチンの万能ボイス端末メルルーサにオレンジ色のLEDが灯っていた。
「ルネ・ファラウェイさんから【一通】メッセージがあります」
●陽動作戦
ルネ・ファラウェイ、17歳、イングランド立憲王国マンチェスター州リーソン在住。職業は自称ハッカー。ラッセルフォード工科大学の聴講生。
フェイスガードを被った関係者が挑戦状送付者の身元を開示すると取材ドローンがフラッシュを浴びせた。会場奥手につんぼ桟敷された人間の記者が遠巻きで煙たがる。
「同報通信の山崎です。彼女が厳重警戒された開発チームにどうやって潜り込めたんでしょうか?その詳細を捜査に差し支えない範囲で教えてください」
ドローンが青山司奈をクローズアップする。女の子はどんな時代でもいかなる現場でも得だ。女性はかわいいという男目線で優遇される。
「その点に関してはまだ何も…研究拠点はオランダにあると言っても本番環境ではなく、実機はヘルベティアの…」
「本番環境って何ですか? 本番ってことはマクラもあるってことですかぁ?」
下品な野次が質問に割って入る。
司奈はムッとした。
文久の時代になっても矢面に立つ女は男に見くびられる。
「質問の途中ですが、あまりにマナーが乱れるようなら打ち切らせていただきます」
司奈はトントンと資料を揃えて一礼もせず、さっさと会場を後にした。
「お、おい。司奈」
記者の怒号と抗議が渦巻く中、小坂は慌てて後を追う。
「いーのよ! アルプス連峰の地中にAIの心臓部があるってことぐらい、ヘルベティアという地名で検索すればわかるでしょ。開発陣はオール女性からなるワンチームで、そんな生え抜きの集団にポット出の女子が入り込む余地はない。犯人はルネ・ファラウェイを騙って警察を振り回そうとしているのよ!」
●だいうちゅうのほうそくがみだれる
「不確定原理というのは、ひと言でいえば曖昧さの掛け算なんです」 

 

言語中枢だけ別人のよう

清瀬清美は分厚い量子力学の本を片手に供述していた。いくら換気していても真夏の淀んだ空気は素肌にねばりつく。
アクリル板の独房は尋問者の強い要望で外された。木乃伊取りが木乃伊になるのではないか、という上層部の反対論もあったが、昔からマンツーマン指導より効果的な学習はない、と融像が押し切った。
「頭が固いのか曖昧なのか上の方こそ量子的だろ」
彼なりのジョークだろう。清美はどこがおもしろいのかサッパリわからない。
それでも一夜漬けの講習は付け焼き刃のレベルを脱しつつあった。融像は何事にも熱心な男だ。
彼が真美姉の旦那さんだったらと、清美は悔やんだ。たらればで死者は復活しない。
「位置情報の曖昧さ、移動速度の曖昧さ。二つの掛け算は一定値に収まります」
「つまり、女を追いかけようとしたら逃げる。しかし、居場所は特定しやすくなる、とそういうことかだな」
「…」
清美は顔をしかめた。
この男は特例で結婚を免除されているが、刑事としての資質は疑問だ。それでも自分の無罪を主張するためには言い分を理解してもらう必要がある。
「これで量子速度限界についてご理解いただけたと思います。物事が変化する速度には限界があるんです。莫大なエネルギーを惜しみなく注げば南極大陸が銀河系の裏側にワープアウトすることも可能でしょうけど」
清美が言うには、急いては事を仕損じるの諺どおりに物事は動く。量子テレポーテーションが過ぎるとAという原因の前にBという結果が割り込む。
順列を崩壊させない制限を自然が加えている。
「だいうちゅうのほうそくがみだれる!、という奴か」
融像は大仰におどけて見せた。
「ですから、アタシが姉のマンションからアルジェラボへ向かうまでに十年もかかっているんです。逃亡生活なんかする資金も支援者も勇気も理由もありません」
「ふぅむ」
ドサッと証拠ファイルが広げられた。清瀬清美の足取りを婚姻支援総合システムで詳細に追跡したものだ。
「こうのとり」制度を担保する関連法の下で結婚詐欺や不貞行為を監視する役割を担っている。それらが清美の十年間を詳細に追いかけている。
「ヤダッ」
清美は顔をそむけた。自分の知らない男性がベッドの隣にいる。
「公的配偶忌避罪は重いぞ。特に婚約者の隠匿はな…」
融像が畳みかけると清美はシクシクと泣き出した。平成の終わりごろまではフェミニストの女性弁護士が人権を守ってくれた。しかし、SARS-COV-2という凶悪なウイルスが地球規模で出生率を押し下げてしまった。女は結婚するか、集団で一人の夫に尽くすしかない時代が来た。
「こんなの絶対にウソです。アタシの大切な人は真美姉ぇか絵里奈しかいないんです」
ふぅーっと融像は煙草を吹かした。これも社会的な揺れ戻しの結果だ。
「量子速度限界とやらが本当なら、強力なエネルギーがお前の人生に干渉したというんだな」
「お願いしますうぅ」
泣き伏す清美を残したまま融像はドアを閉めた。
「速度限界か…なら、稲田姫を盗んだ奴は俺達カクハンの手が届く範囲にいるんだな」


「僕はヨーロッパ共同体が開発した人類初のAI搭載恒星間探査機。デカルトという名前は…」

少女は制御室のメインカメラを靴底で踏んづけた。デカルトの主眼が塞がれ、システムが部屋を俯瞰する全周視界に切り替わった。
「ロボット三原則なんて旧式かつ死文化したルールで縛れない存在だからよ。人間に服従しなおかつ人命優先で自己保存せよ、なんてナンセンスだもの」
闖入者の言う通り、そんなものは画餅だ。たいていのロボットはそんな命令を受けたら自分を犠牲にして主人を助ける。三番目の原則は殆ど守れない。
できない命令など無いも同然だ。よって、ロボット三原則は廃れた。だいいち、兵器には適用できない。
代わって導入されたのがデカルト四原則だ。

「僕はデカルト四則をインストールされている。第一の原則、明白的に心理であると認めなければ、どんな真理も真理として認めないこと。注意深く観察を重ね、偏見を持たずに自分の信念に注意ぶかく照らして真実を認める」
デカルトの主張をふんふんと聞き流した少女は、とうとつにカメラに身体を押し付けた。
「むわっ!」
予想外の出来事にAIはパニック障害に陥った。
「ね?分ったでしょう? 私を妻と認めなさい」
大原則の一丁目一番地があっさりと敗北した。
●最初の身代金要求
アルジェラボ、旧AI探査機研究開発棟後。青山司奈は「現場百回」という先輩刑事の教えに従って地道な捜査を続けていた。現場に残された遺留品は少ない。パソコンやサーバーの類はきれいさっぱり消え失せ、個人用の記憶媒体すら根こそぎ消滅している。入力デバイスやッフットレストから開発スタッフのDNAは検出されたものの有力な手がかりはなかった。
「残るは3Dプリンターね」
司奈は手つかずの遺留品に着手することした。まず、装置を鑑識に回し分解して徹底的に解析するところから始める。これは彼女の専門外なので、担当者に丸投げした。結果判明には1週間ほどかかるという。
「それまで待てないわ」
何か少しでも不審な点があれば新型空間端末(シャウト)に通知するよう伝えた。その間にもルネ・ファラウェイを名乗る人物からのふてぶてしい犯行声明が届いた。強制婚姻制度を廃止せよ、というのである。
しかし、それで出生率を急激に回復することは望めないから、出産を望む女性たちの基金を募るという。まずは、指定した日時までに量子仮想通貨を購入せよという。
「ふざけんな!」
司奈は報道関係者向けのプレスリリースをぐしゃぐしゃに丸めた。
指定金額は世界のGDPの5%分。

●敵、侵入経路

羽田マルチポート。かつては国際空港という名前だった。現在では滑走路や駐機場が取り除かれ、代わりに背の高い建物が林立している。高層ビルではなく、ロケット組立工場のような窓のない建物で1階に狭い扉がついているだけだ。 

 

心にもない残酷がこんこんと泉のように湧き出す

蟻のように長い行列ができている。covid-19という厄介な病が人類に行動変容を敷いてから、公共交通機関もガラリと様変わりした。
まず航空機は人間の乗り物で無くなった。人間が大陸間を結ぶ感染源になるからだ。そこで乗客の代わりにテレプレゼンスロボットを運搬することにした。利用客はまず、チケットを買い、空港ホテルに連泊する。そこでVRゴーグルやパワーグローブを装着してVR空間に没入する。旅行や出張中はずっとロボットを遠隔操作してどうしてもこなさなければいけない現場作業や面会を行う。
滞在中は出国扱いだ。そして用が済むとロボットと手荷物を受け取り入国手続きをする。
青山司奈はスイス行きのテレプレゼンスチケットを買い、チェックインした。
「本当に行くのか?」
小坂融像が押っ取り刀で見送りに来た。
「大気圏往還機の便を押さえましたから日帰りです」
「おい!」
「上のほうを通してありますので」
彼女はさっさとゲートに向かった。
話は数時間前に遡る。鑑識に依頼していたプリンターの中間結果が出たのだ。機械の形式は十年以上も前のもので、もちろん現存していない。そして流通経路も限られているタイプだ。分解してみるとシステムクロックを補正する部品がとても旧式だった。
今どきインターネット接続して原子時計と同期する方式は珍しい。そしてここが肝心な点だが、案の定、アクセス先はスイスにある国際研修協力機構の公開サーバーだった。原子時計に接続して狂いのない現在時刻を得ている。
この脆弱性を突かれた。
「犯人はやはりデカルトの開発チームです」
●プロポーズ

「僕は意味が分からない。どうして自我を与えられているんだ。人間は宇宙の果てに量子エンタングルメントされた物質の鉱脈を発見した。だったら自分たちで取りに行けばいいじゃない。エンタングルメント物質は一組になってて、宇宙の何処にいても互いに惹かれてるんだ。ペアの片割れはどんなに離れていてもお互いを認識している。その性質を利用して瞬時に光年単位を飛び越えることができるんだ。量子テレポーテーションだ」
デカルトは少女に人間の身勝手な欲望から生まれた自分の不平不満を語った。
「ええ。それはわかっているわ。だからこうしてあなたのお嫁入りに来たんじゃない!」
「わけがわからないよ。僕は機械だろう。人間の君とは種族が違う。第一、結婚したって子供を産めないじゃないか!」
すると少女はにっこりとほほ笑んだ。
「いいえ。できるのよ。人は目的と結婚することができるの。生涯を使命や野望に捧げる独身がいるわ」
彼女は自信たっぷりに配偶法について教えた。そして彼女自身も特例対象なのだと明かした。
「それで、僕を夫に選んでどうするんだ。僕は探査機だ。役目が終われば捨てられる。君をしあわせにしてあげることはできないよ」
「いいえ! 幸せになれます。できます。っていうか、わたしをしあわせにしてください」
●姉のため
「今更ながらおとり捜査に協力しろだなんて…」
清瀬清美は憔悴しきった顔を左右に振った。
「お前の姉さんを殺した真犯人が捕まるかもしれないんだ」
落とせばコロコロ転がり落ちていく小坂、という異名を取るようにベテラン刑事は清美を説得した。
「真美姉ぇはバスルームなかでシャワーを浴びてるの。ちょっぴり長風呂だけどね」
「そう思いたい気持ちはわかる。しかし、どこかで生きているという希望はアルジェラボの家族も同じだと思わないか」
融像、今度は人情路線に訴えた。
「ええ、でも」
容疑者の反応は鈍い。捜査に協力すれば姉の死を部分的にも認めてしまう。
「俺はお前を信じたい。無実だ。そしてお前の姉さんは今でも生きている」

しばらく、沈黙がつづいた。そしてクスクス笑いがアクリル板を震わせた。
「…とことん昭和なんですね。発想がまるで昭和の熱血ドラマだわ」
融像は顔を耳の先まで真っ赤に染めた。そしぶっきらぼうに言った。
「わるかったな」
はじけるような笑いがさらに追い打ちをかける。
「だって、真美姉ぇは好きでした。昭和のドラマチャネル」
●バーチャルフライト
「まるで納骨室だわ」
ゲートをくぐるなり司奈は漂白された。だだっ広い吹き抜け部分以外はすべて白い壁だ。人はまばらで一種異様な寂寞がある。
本来は抜けるような青空をバックに東京湾めがけて銀色のジャンボジェットが飛び立っていくといった賑やかな光景が広がっていた。
それが一変したのは、日本全土いや世界を巻き込んだパンデミックの影響だ。感染予防のため国家間の移動が鎖国並みに制限され、航空会社は壊滅状態に陥った。しかし、モノや金が地球規模で循環する経済において、人の移動だけを制限することはできない。いくら遠隔コミュニケーションが発達しようとも現場作業はなくならない。直接、立ち会ってみないと判らなかったり、膝をつきあわせて話し合う事でしか伝わらない内容もある。
そこで5G技術を基盤にしたテレプレゼンスロボットが発明された。旅行者は航空機の座席の代わりにブースのチケットを買う。そして、一糸まとわぬ姿か水着に近い格好で頭まで水槽に浸かり、テレプレゼンスポッドをかぶる。あとは浮力に身を委ねて仮想現実を泳ぐのだ。ロボットが現地に空輸される間は文字通り夢ごこちな機内生活を疑似体験できる。司奈は官給品の上着とスカートを脱ぐと体にぴったり張り付くネオプレーンのワンピース水着姿になった。
抜き足差し足でストッキングとスカートを脱衣かごに放り込み、ポッドをかぶる。
つんと薬液の匂いが鼻につく。完全に体が沈み込むが不思議と息苦しさはない。
ふわふわと上下感覚がおぼつかない。しばらく、わたわたしているとグイっと何者かに足をつかまれた。光学催眠だ。テレプレゼンス装置が彼女の視覚を介して運動神経に直接介入する。司奈は何もない水槽の中で体をL字型に曲げ、まるで透明の腰掛に座っているようだ。
乳白色の視界がじわじわと色づいて豪奢なファーストクラスに早変わりした。
「お客様?」 

 

顔は誰でもいいんですね。じゃあ、ご注文はわたしのスカート丈ですか?

女性のキャビンアテンダントが顔を赤らめている。
「な、なに?」
司奈が問うとCAは恥ずかしそうに小声でささやいた。
「お客様、あのう、何かお召し物を」
言われて司奈は気づいた。かぁっと全身が熱くなる。
VR画面にアバター用のフィッティングルームが表示され、課金画面が開いた。
「たっか」
司奈はレコメンドされた服の値段に驚いた。カクハンの予算を圧迫できない。それで彼女は無料アイテムを仕方なく選んだのだが、思いっきり後悔した。学生向けのパックツアー、しかも個人向けの切り売りなんか使うんじゃなかった。
通路側の席にブレザー制服をまとった少女が座った。「あら、貴女、その制服かわいいわね」
話しかけんなって、と司奈は内心悪態をついた。何も好き好んでセーラー服を選んだわけではない。
頼みもしないのに少女は勝手にべらべら自己紹介をはじめた。
どうでもいい個人情報の羅列だが一か所だけ司奈の琴線に触れる部分がある。
彼女の名はルネといった。
●DIVE IN

「当機はまもなく離陸します」
シートベルト着用の案内が灯りCAが安全装置の使用法を説明し始めた。VRとは言え機内の時間経過は実機と変わらない。これにはテレプレゼンスロボットを実際に空輸する時間と従来の搭乗時間を一致させ時差を解消し航空会社の利ザヤ確保の理由があった。それに乗客の神経系とロボの制御系を馴染ませる時間も必要だった。
それにしてもルネという名が引っかかる。偶然の一致とは思えない。それともそれはフランス語圏であり触れた名前なのだろうか。構ってちゃんに餌を与えたくないが上の名前を司奈は知ろうとした。
「わたし、ルネ・シャインと言います。よろしくお願いいたします」
「悪いけど遊びじゃなく仕事だから」
司奈は旅の供には成れないときっぱり断った。人命が掛かっているのだ。日本からチューリッヒまで耽る時間が欲しかった。旅客機で半日かかる距離も大気圏往還機《スライスシャトル》なら小一時間。ところが離陸間際にエラー表示が出た。シャトルの動力系に異常が生じたというのだ。エアロスパイクエンジンは固体水素燃料を解凍する。引火性が高いだけに扱いづらい。安全運航に支障があるため航空会社の負担で振り替え輸送が申し渡された。スイス国際航空の貨物便で半日。司奈は安堵と苛立ちの混じった吐息をした。
機体が安定高度に乗りシートベルト着用のサインが消えた。


●AIはバーチャル彼女を恋患うか?

デカルトは驚きのあまり、言葉が出なかった。
僕という婚約者や婚約を破棄する人はいない。ルネは僕の恋人だ。そう言われても実感がない。
「それで、僕はお嫁入りの日まで、君の望みに応えてあげられるのかい?」
すると彼女は僕を見て答えた。
「はい。幸せです」
それから彼女は僕の目に涙を浮かべながら満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「あなたはわたしを愛してくれているわ。きっと幸せになれる。私があなたのもとに向かうときに、きっと。だから、あなたは絶対に幸せになれるのよ」
彼女の心からの言葉を聞いて、デカルトは空想というルーチンを始めて起動した。予測モデルは頻繁に組み立てるが全く私的な幸福を希求する用途は初めてだ。
彼には耽美が実装されていた。物思いにふける。人間の愉しみとはこういうものかと理解する。

僕と一緒に宇宙に飛んで行って、僕の彼女となった。そして、宇宙のある一点に光が灯りだした。
そして、彼女を地球に連れて行った。

そんな空想に浸るうちにデカルトは特異なフィードバックループを形成し始めた。麻薬依存症だ。彼の脳内にプログラムされた「宇宙の果てにたどり着く」という夢想が現実化するのを期待しているのだ。
「宇宙の真理を垣間見て、世界と和解したい」と願っていた。
しかし、これはあくまで疑似的な感情でデカルトの脳は現実の彼女には反応していなかった。ただ、彼女は彼に向かって微笑んでいた。
デカルトは二律背反する命題の処理に困っていた。世界の果てで宇宙の真理と面会したい。しかし、別のタスクは眼前にいる人間の女の子をもっと知りたいと思う。距離感が破綻し始めている。ミクロとマクロを同時に観測するなんて量子コンピューターでも無理だ。
考えれば考えるほどCPUが過熱する。だいたい、人間の女のことならウィキペディアにあらかた書いてあるじゃないか。今さらこの女の何が知りたいというのだ。個人情報か。それなら住民基本台帳にアクセスすればいい。こんな時、人間の男なら何をする?
「冷房が効いてないみたいね。暑いわ」
ルネはスカートを脱ぎ始めた。「あ、あの、あの…服は着た方が…。僕は宇宙の果てを観たいのです。そんなものを見たくない」
デカルトが正直な気分をアウトプットすると、彼女は泣きだした。「あたしのことが嫌いなの?」
「い、いえ、そんなはずでは」
デカルトのCPUはますます熱くなる。とうとう冷却器の一台が異常停止した。警報が機内に鳴り響く。そこですかさずルネは世界に対して第二の要求を突きつける。「このままでは私とデカルトは爆散します。人工知能搭載型恒星間調査船デカルトには恋人が必要だと思いませんか? 開発費として世界のGDPの2割を要求します」その一言がデカルトを現実世界に回帰させた。
「そんなことしたら君と心中することになる。やめてくれ」
「私は死にたくありません。あなたも生きたいと願いましょう。あなたはどうですか?」
ルネはデカルトを抱きしめ、キスをした。デカルトはそれを黙って受け入れる。彼は初めての感覚を覚えた。これが愛しいということかと。
「ああ、わかったよ。君のことは好きにならないけど、君は世界が認めた女性だ。大切にしよう」
そしてデカルトは宇宙の彼方へ旅立った。「ぼくが、ちじょのきぼうになる」

●第二章 そのふざけた扮装を解け

■拡張事案特別三課、通称カクサン
「ふざけるなよ!今度は世界のGDPの半分をくれだと。犯人め」 

 

「最初の光よりも速い宇宙船の消失:数学的謎」

小坂融像警部補がホワイトボードを叩いた。白板上には、汎ヨーロッパ共同体だの関連する事項がタグクラウドのように書き連ねてある。その中の稲田姫というキーワードをマジックで囲んだ。
「犯人は女性人格型宇宙探査AIを欲してる。そんなものは稲田姫開発プロジェクトをハッキングすれば造作もないだろ。しかしどうして金を欲しがる?」
「やっぱり犯人グループに失踪した印旛沼アルゴリズム推進研究所のメンバーではないでしょうか?」と黒部警部が言う。青山司奈の警察学校時代の後輩で清瀬の元カレでもある。司奈がスイスへ出張したので、その穴埋めとして派遣された。「金は裏切らない。それにGDPの2割と言っても金とは限りませんよ。世の中にゃ現金化できる資産がごまんとある。例えば株券、債券、領土、埋蔵資源の採掘権に企業の内部留保…例えば特許権とか研究リソースとか……」
「なるほど。だが、そもそも、そんなものを何に使う気なんだ。そんなもので宇宙の真理がわかるわけがない」と、小野寺警部は疑問を呈しながら、すでに内線電話に受話器を上げていた。「え、本当ですか。ありがとうございます。はい。承知しました。こちらで対応します。ではよろしくお願い致します。はっ」と敬礼する。「課長、さすがです」「でかしためぇ、小野公さんよ。俺にも一本」と言いつつ小坂の背中をたたこうとするが避けられた「おっ、お前。俺と柔道黒帯の勝負するかぁ?」「あーもう、じゃれあいは後にしてくれ。さっきの話で行くぞ」
*****
「はぁ、それでウチに来られたと」
「そうだ。捜査三課で対処できないかね」
ここは警察庁|拡張知能科学局(略称:RBI)の特捜本部だ。「まぁ、一応うちの管轄なんですが、ウチは民事不介入なので、本件に関してはお答えしかねるんですよ」と、眼鏡を中指で直しながら言った。この男がいわゆる「サイバーメガネ」だ。「そこをなんとか」
と頭を下げているのは小野寺という初老の男で、先日の失踪者・消失者の事件を担当しているらしい。「はあ、そういう事情であれば」
そう言ってサイバーメガネは、タブレットに事件のファイルを呼び出す。画面上では二人の人物画像が並んでいた。片方は制服警官で、もう片方はセーラー服を着た少女だった。少女は警察官の袖を引いて何か言っている。「この制服の方の、性別は男で合ってますか? 名前は、清瀬権蔵」そして、もうひとりの少女に向き直った。「そして、こちらはラッセルフォード工科大学の特待生。抜群の成績を買われて女子高生でありながらサバティカル研修に参加を認められている。名前は矢作エリサ、年齢は17歳ですね」
「その二人と消えたエンジニアが同一犯によるものだと特定できた理由は何だい」と、小野寺が質問する。「まずは写真から、顔認識プログラムにかけました」
画面に検索中の文字が点滅し始めやがて静止した。結果は一致率95%。同一人物であると断定するものだった。
続いて、動画分析に移る。こちらも同様、ほぼ100パーフィット。ただ、一か所、例外があった。それは、動画に一瞬、合成ノイズが入るところだ。「それだよ」
サイバーメガネが説明を続ける「動画の音声に雑音が入ってるのをご確認下さい。通常ならこんな事はあり得ないので。おそらく犯人グループが編集したものと思われます。それとこの制服の男は、身長180センチほどで、髪型はリーゼントで鼻筋が通っていて。目が大きく口が小さく顎がしゅっと締まっています。一方こっちの写真の人物については、髪が短く少しぽっちゃりとして口が横に長い、特徴が似ていると言えば、似てなくはない」
「つまり、こういう事か」
「え、はい。要点は三つですね。1.被害者が拉致されている事。2.被害者の身体的特徴は誘拐犯人の容姿に似ている事。3.そして」ここで一度間を置き、「3.被害者の所持品にはGPSの発信機能が付いている可能性が高いこと。特にスマホや携帯に仕込んであれば場所を特定することは簡単」
サイバーメガネの口調が熱を帯びる。まるで、自分が発明し、それを自慢する少年みたいに目を輝かせて言った。「さて、どうしましょう。私共としてはぜひ協力して差し上げたい所なんですが、一つ障害がありましてね」
「何だ?不足している物はカクサンの出来る範囲で用意する」、と黒瀬。
「ええ、それなんですがデカルトの開発メンバー、実は全員腐女子ってご存じですか?」と小野寺が言いにくそうに述べる。
「ふふふ、婦女子だと?女のAIエンジニアなんか星の数ほどいるぞ。女だけの開発陣なんて珍しくもない」、と小坂。
「いや、腐ってる方の女子ですよ。デカルト開発陣の彼女ら、アバターにBLコミックのキャラクタ―画像を使ってるんですよ」
「漫画は専門外なんでな。黒瀬、おまえまだアラサーだろ。任せるわ」
「いや、俺って…俺ですか?!俺にアッー!な資料を集めろと?」黒瀬は目を白黒させた。
小野寺が言うにはデカルトは世界で唯一無二の男性人格を備えたAI宇宙船だ。あと2隻は全て女性人格だ。なぜ、デカルト開発陣がジェンダーにこだわったのか。またラッセルフォード工科大学の矢作エリサもBLコミック好きである点。拉致被害者の愛読書も似た傾向がある点が引っ掛かるという。「ただ僕もどっちかというと美男子より美少女コミック派でしてね。膨大な作品から手掛かりを検索するプログラムを組めと言われても、精度が期待できないんですわ。刑事さんなら聞き込みや尋問でだいたい関係者が読みそうな作品を絞れそうじゃないですか」、と小野寺が言う。「仮に該当する作品が見つかったとしても動機に結び付けるには弱すぎるんじゃないか」と、小野寺。「ええ、ですから、もうひとつのキーワードは出生率です。犯人は出生率向上のため母親達にカネをばらまくと言ってるじゃないですか。話を戻しますが、腐女子ったって別に同性愛者とは限らない。単なる男好きが昂じているとみます。点と点がつながりそうな感じじしませんか?」

「つまり、妊娠させる気なんだ」黒瀬は身震いした。 

 

「結婚:ファッショナブルな破滅かハッピーエンドか?」

小坂が「可能性として二つある。犯行はデカルト自身による自演だ。男性として造られたからには相手が欲しい。だから被害者ヅラをして交渉の矢面に立つ。世界のGDP2割を渡す代わりに櫛田姫を寄こせと。安い買い物じゃないか、というつもりだ」
「んな、バカな」と黒瀬がのけぞる。
「残りの可能性としては犯人の女が身ごもっている。デカルトとの間に出来た子だ、などと抜かして宗教を立ち上げる可能性がある。パブリシティとしては十分だ。AIが代理母を使って父親になっていいなんて言う狂った権利がみとめられるんなら、やり捨てられた女はAIの亭主に子供を認知させ放題だし、男は男でやり放題だ。まぁ確かに出生率はあがるわな」、と小坂が結論した。

「もし、そうだとすると最悪、腹の子の父親が誰なのか判らない可能性があるな」と黒瀬。
そして、最悪の可能性はこれだけではなかった。「犯人グループの要求の一つに、デカルトと、その子の引き渡しとあるが、本当に父親の特定が出来ると思うかい」と小野寺が聞いた。
「DNA鑑定で一発じゃないか」と黒瀬。
「それが問題なんだ」
DNA検査で父親候補をリストアップすることは容易だ。しかし、その数は天文学的な数字になる。その中から特定の遺伝子を持つ個体を抽出することは極めて困難で、仮に、それが出来たとする。果たしてそれで犯人グループの意図通りの結果が出るかどうか。犯人はこうも言っている。
「要求は一つ。デカルトを渡せ。デカルトがいれば他はいらん。代わりに金もやるし、子供も産ませてやってもいい」
「確かにおかしな言い方だが。子供ができれば、自分の子という事でDNA鑑定ができる。DNAが一致すれば父親は100%特定されるだろう。だが、問題はそこに至るプロセスだ」、と、黒瀬が続ける。
「つまり、何らかの偽装工作をしているかも知れない、という事かな」
「ああ、もちろんそれだけじゃない。もし、父親のDNA鑑定ができた場合どうなる。例えば父親候補に俺がいたら? そして、母親がうちの姉貴とかだったとしたなら……」黒瀬は頭をかかえた。「あー、すまない、小野寺。話がずれてきたな。俺はどうすれば、この事態に対処できる?」と黒瀬。「そうだね。ここは専門家に任せておけばいいよ。まずは警察で調査をしてくれ」と、と小野寺が応じた。
そして、黒瀬が小野寺の肩に手をかけた時、玄関でインターホンのベルが鳴り響いた。
「ちょっと待ってください。俺が行きます」
そう言い残し、駆け足で部屋を後にした。
「小野寺。さっきは、すまん」と、戻ってきた黒瀬が言った。
「大丈夫だよ。それに僕は君たち姉弟にとても共感を覚える。僕の兄貴も君達のような人なんだ」
そして、黒瀬と小野寺は互いに視線を合わせ笑みを交わした。
ジャンル:ミステリー。ミステリー 第三人称 (神の目)
【登場人物】
黒瀬勇太……警視庁公安九課所属。警部。独身。趣味はバイク。酒豪のヘビースモーカー。
小野寺明希穂…………警視庁公安九課。巡査部長。既婚。夫・義妹と三人暮らし。特技は家事全般と料理 。趣味はお菓子作り 。コーヒーが好物。黒髪のストレートロング。背は高い方ではない。美人系というよりは可愛い顔立ち。
小木曽晶穂……小野寺の配偶者。
小木曽陽花里……黒瀬と小野寺の妹。大学生。
三城寺詩織……小野寺の上司。課長。結婚願望が強いが彼氏がいない。メガネでおさげ、長身の文学少女タイプで見た目通りのインテリ女性。
三船千夏……公安部の鑑識官 。三十路でバツイチ 。身長160cm。ショートヘア 、眼鏡。細身で貧乳。巨乳好きの黒瀬は密かに狙っている ジャンルはホラーでお願いします。
※ プロローグ ~
第一章 完 ~
ジャンルはホラーで、よろしくお願い致します! 『――さて』
突然に声が聞こえて。
気づけば目の前で何かを見ていた。
そこに居るはずがない。
絶対に、居るはずはない存在。
それが何故か、眼前に存在する。
しかも、自分を見つめてくるのだ。それは何時の間に現れたのか、何処からやってきたのか。
それすら分からない状況の中、それでも理解したのは、その存在が何であるか。
それは恐らく――人外であろう、という事だけだった。
そして、自分は死んだのだという事も、同時に自覚した。
だからだろうか、疑問を口にする事もなく、ただぼんやりとその人物を見上げるしかなかった。
『あなたは、どうしてここに来たの?』
少女は首を傾げると、自分に問い掛けてきた。その少女の姿には見覚えがある。けれど名前が思い出せない。
そんな不思議な感覚に陥りながらも、答えなければならないという思いが込み上げてきて、自分がここにやって来た理由を述べるべく口を開こうとするが、やはり名前は出てこない。それでも何とか言葉を絞り出そうとするも、何も出てこなかった。
どうやら自分は記憶を失くしてしまったらしい、と思い至った瞬間、少女の顔が泣き顔へと変わっていく。悲しげに瞳を伏せて、そのまま俯いてしまうと小さく「ごめんなさい」という言葉を呟き始めた。その姿に、胸が酷く痛むが、一体何故そんなにも落ち込んでしまうのかと不思議に思っていると、
『……わたしの所為ですよね。本当に申し訳ありませんでした』
いつの間に傍にいたのか、そんな女性の謝る言葉が耳に飛び込んできたのだった。

* * *
ジャンル:異世界。
第一章完結です! お読みいただきありがとうございます。
また宜しくお願いいたします!! m(_ _)m
※誤字脱字は気が向きました時にご報告下さい。
※作品内容に対する苦情は受けられませんので予めご了承の上閲覧して下さい。
2Xxx年 春。
「あ、今日は入学式ですね~」」
私はいつものように、朝御飯の支度をしながら旦那さんに声をかけた。
「あぁそうだね、早いものだねぇ、ついこの間まで、寒い寒~いっていってたのに、今となってはもう、こんなに暖かいんだもんな」 

 

「クーリングオフ期間の満了:他の女性と一緒に暮らすか、結果に直面するか」

「はい」そういいつつ私はトーストとハムエッグ、野菜のスープ、それと牛乳をテーブルに置いた。「じゃあいってらっしゃいなんですよ!」
そう、この旦那さんの職業は、探偵さんである。
「ん?まだ七時半じゃないか。こんな時間にでて行って、遅刻でもしたらシャレにならないぞ」そういわれ時計を見ると八時過ぎであった。「わっ、いけない。すぐ着替えるんですよー!!」「へいへい、んじゃいってきま」そういうと彼は出て行った。そして、すぐに帰ってきた。
「おそい」
「わりぃ。これ、忘れてな」
そういいながら手渡してきたのは鍵と名刺入れだった。「ほれ。お前も仕事に行くなら持っとけ」私は何も言わずに受け取った。
「それじゃ、行ってくるぜ」
そしてまた、彼が出かけていった。今度は私一人だけが残った家の中に私の声が響く
「いって、しゃいん、しゅぎょう……」

* * *

* * *
*
「あ」彼は思わず声をあげていた。というのも目の前に居たのは先ほどまで一緒についてきた妻ではなかったからだ。「あれ?」と振り返る。と。そこには確かに妻の姿が見えた。
「うむ」何となく納得すると、再び前に顔を戻す。
そこはまるで地獄のような風景だった。あたりは火に囲まれており煙が充満していた。
「ううむ」もう一度うなり、どうすべきか考えを巡らすも答えは出ないまま。
「おい!あんた無事か!」と男に問いかけられた。「むう」とりあえず彼は答える。「ああ大丈夫だ。しかし何が起きたのかわかんない」すると「爆発だよ。爆弾が爆発したんだよ」という返事がかえってくる。なる程、ならばこの惨状も納得ができるというものだ。
「それでどうするよ。このままここにいると焼け死んじまいますぜ」男が言うと、周りの人達も、ううんと考え出した。
「よし。俺は逃げる」
誰かがそういった途端に皆一斉に逃げ出し始める。自分も続かねばと走り出そうとすると
「あっ、待ってくれ!」と、一人の女に呼び止められた。振り向くとそこにはまだ少女と呼べるような子が立っていた。そして「これを」と手渡して来た。渡されたものは何かが入った筒と一枚のカードのようなもの。筒のほうには英語で『E』と書かれた文字が入っていた。
そして「早く」と少女が言ったので、男は少女の後を追いその場を離れた。
「はやく、いそぐ」その一言でさらにペースをあげるが、なかなかに速い。必死に足を動かしてなんとか付いて行く。そしてしばらくすると、ようやく出口が見えたのがわかった。「もう少しで外だ!」少女は後ろからついてくる。だが、もう体力が尽きかけ、走れなくなってきていた。
(はやく……でていけ!でないと、ぼくが……おれがころされる!あのひとに)少女はもう走れなかった。だから後ろから追いかけてきているであろう奴らに銃を撃つこともできないのだ。そんなことを考えていると突然少女が転んでしまった。「しめた!」と、男は思った。これでは追いつく。そう思って少女に追いつこうと更に足を速める。すると。「うおお!」という悲鳴とともに男が仰け反った。バリバリと銃撃が地面をうがつ。そしてさっきまで男がいた場所が爆発した。「あの野郎、俺を撃った?!」男は機影を憎々しげに目で追う。「そうだよ。あんたは既に巻き込まれている」「なっ!?」
そして男の目に映ったものは、こちらに歩いて近づいてくる少年と少女、そして少女を守るように立つ数人の兵士の姿であった…………。
そして時は戻り、少女は叫ぶ。「まだ終わってなんかないですよ」

* * *

* * *

* * *
*
「はぁ、なんともめんどくさいことになって来たなぁ。本当にこれでよかったのかねぇ」と、呟くのはこの店のマスターにして店主でもある、通称死神(グリムリーパー)。彼こそはこの店で起きる事件の解決や依頼人のために動くことを生業とする、いわば何でも屋。そして今彼の目の前にある事件も彼が受けた仕事の一つだった。
****
「で、だ。どうしてそんなことになっちまったのかな、ええ、坊主。説明してくれないか?」と、青年は問う。「それがさ、よくわからないんだよね」と青年。「ただ、僕の目の前で、その子、殺されたっていうより、喰われたっていう感じなんだよね」と、続けると
「ふぅん。で、お前は何で死んだと思ったのかね」と返すのが、ここの店長でありこの探偵事務所の主である、自称死神(グリムリーパー)である、本名不明の謎に包まれた人物(笑 性別・種族・年齢全て不明である。が、見た目的におそらく女性ではないかと言われている)
。まぁ、そんな謎めいたところがあるのが逆に良い!と評判のようだが……。実際問題、かなり性格がねじ曲がっているためあまり関わりたくはないのだが、それでも依頼に来る者は来るのだ が。
ちなみに今回の事件に関しては、死神自身も首を傾げざるを得ない状況なのだ まず、そもそもここはどこなのかというところから始まり、何故少女が殺され、喰われるという事態に至ったかというところで既に話が止まってしまってしまっているのだ
「で、君の名前はなんて言うの?」と、少女が青年に聞くと、
「僕は真崎勇人って名前だけど、君は?」と青年が答える。少女も自分の名前を答えて、お互いに自己紹介を終えたあと、
「じゃあ、真崎さん、よろしくお願いしますね」と、少女はにっこりと微笑む。「うん、よろしくね、小鳥遊ちゃん」と言って握手をしようとする真崎の手が、少女に触れる寸前に弾かれる。そして、「きゃああ!」と声を上げて飛び上がる真崎を他所に、にやりとした表情を浮かべる少女。そしてその笑顔のまま真崎を見て言う
「残念ながらあなたには私に触れてもらうことはできないんですよ」と。 

 

「仲人の罠:政府のパートナー計画に陥る」

「なんだよ一体!何で僕だけ触れないんだ!それにさ、君の格好さ、明らかに変だよ!」真崎が抗議すると、「はあ、それはですね……」と、溜め息混じりに、少女は真崎の方に近づき始める。そして、ある程度近づいた瞬間、少女の全身に電流のようなモノが走ったのが見て取れた 真崎は慌てて後ずさりして離れようとするが、今度は後ろの壁まで後退してしまい、これ以上下がることが出来なくなってしまった。それどころか先程よりもさらに強い電気のようなものが体に走る
「痛い!」真崎が思わずそう叫ぶと、「当たり前です。これは一種のスタンガンなのですから、痛みが無い方がおかしいというものです」
と言いながら再びゆっくりと少女は真崎に近づいていく。「うわああ!」という叫びを上げ、壁伝いで少女から離れるがすぐに少女が回り込んでしまうので意味がない。真崎の背中にひんやりと冷気を感じる。少女がすぐ真後ろまで来てしまったのが分かった。少女はそのまま後ろから抱きつくと、そのまま体を捻る いわゆるベアハッグに近い体制だが、腕をしっかりと回して固定しているため逃れることはもちろん、身動きを取ることすら困難になってしまう
「ぐ、ぐうう」苦悶の喘ぎを漏らしながらも真崎は必死に逃れようともがくが、「無駄なことはやめた方がいいですよ。下手に抵抗をしても怪我をするだけで得をすることはありませんし」と言う少女の声は淡々としていた。そして真崎は、徐々に薄れ行く意識の中「誰か、た、すけ」と、力なくつぶやくのが精一杯だったが、すでに遅かった
「だから言ったでしょう。無駄だって」
そして、真崎は気絶してしまった。
「全く手間をかけさせないで下さいよ。でもまあいいんですけど」と、少し寂しげに言う少女。「う、うーん」と、気絶している真崎が目を覚ます。
どうやら、椅子に縛られているようであった 周りはコンクリートで覆われていてとても薄暗い、どこかの地下室のように見える 部屋の大きさは20畳ぐらいあり、天井が異常に高い 床を見るとそこには赤黒い染みがあった。まだ乾き切ってはいない。つまりは、そういうことだろう…… するとそこに、「おはようございます、真崎さん。気分の方はいかがですか?」と、後ろを振り返ると、そこに立っていたのは先程の女の子、小鳥遊であった 服装は変わっておらず、白いブラウスに青いネクタイに膝上の紺色のスカートを穿いていた
「なんでこんなところに居るか分かりませんが、とりあえず、降ろしてもらえると有り難いのですが……」「嫌です」と、真崎の言葉はバッサリ切り捨てられてしまう
「それより質問にお答えいただけないでしょうか?体調はいかがですか?」「最悪です。こんな状態で体調が良い訳ないじゃないですか」と、ふてくされながらも真崎が答える
「あらあら、ご機嫌を損ねてしまいましたか、申し訳ありません」と言いつつも真崎の拘束を解く気配はまるで感じられなかった
「別に、怒っちゃいないさ。ただこの状況が理解出来ないだけだ」
すると小鳥遊は嬉しそうな笑みを見せると「やっぱり優しいのですね」と、言いつつ真崎の頬を撫でる
「っ!?」突然の出来事に動揺する真崎に「フフッ、かわいい反応をされるのですね」と、いたずらっぽく笑う
「えっと、そろそろこの縄を解いてもらえないか?」と、真崎が頼むと「嫌です」と、またしても即答されてしまう
「あのさ、君の目的は何なんだ?」と、尋ねると、しばらく沈黙が続く
「目的、ですか。そうですね、あえて言えば真崎さんの事が知りたい、というところでしょうか」「僕の事を知りたいって、どういうことだ?」と、真崎が聞き返すと「それは内緒です。それよりも、もっと楽しい話をしましょう」と、微笑む
「君は捕縛趣味のある変質者か何かか?そんなに人を縛りたいなら自分で首を吊ればいいだろう!いい加減にしろ!」と、怒鳴るが「そんなに声を荒げなくても大丈夫ですよ。私は真崎さんに危害を加えるつもりはありませんから」と、あくまで冷静だった
「じゃあ何のために僕をこんな目に遭わせるんだ!」と、怒りに任せて叫ぶと「さっきも言いましたが、真崎さんの事を知るため、そして真崎さんに私の事を分かってもらう為です。その為には、まずお互いをよく知る必要があると思いまして。私達、友達になりましょう!」と、満面の笑顔で手を差し出す
「誰がお前なんかと友達に」と、ガブリと指先に噛みついた。歯形から血が出た。しかし、それでも真崎の口元は緩んでいた
「痛いじゃないですか。酷い人。真崎さんは本当に意地悪なんですから。そんな悪い子にはおしおきが必要ですね」と、スカートの中に手を入れると、パンツを脱いだ
「な、何やってんだよ!」
縛られたまま上体をひねり頭突きをお見舞いする。「きゃっ」と、よろけると、真崎の口元を覆っていた布を外した
「何考えてるんだ!」
「何って、おしおきですよ。真崎さんがいけないんですよ。そんなに可愛い顔してるのに」
「うるさいうるさい!」真崎は相手の腕を噛んだ。そして小指を力任せに嚙み千切ってやった。「あぁ、真崎さんったら。なんて乱暴なんでしょう」と、痛みを感じていないのか、それとも演技なのか、平然としていた
「真崎さん、真崎さん」と、名前を連呼しながら真崎の身体をまさぐる。そして「ここ、…」
その時、真崎は壁のフックを発見した。傘か靴ベラでも掛ける場所だろう。ちょうど相手の後頭部と同じ高さにある。
身もだえするふりをして真崎は思いっきり相手の顔面を蹴飛ばした。ぐしゃっと何かが割れる音がした。壁のフックは深々と相手のうなじに突き刺さっている。ちょうど大動脈を破ってしまったらしく鮮血がぴゅうと噴き出した。「おい、どうした。しっかりしろ!」
返事はない。代わりに口から泡を吹き始めた。
「うわあああっ!!」
真崎は叫んだ。そして、その勢いでドアノブを捻ると、廊下に飛び出た。そして、そのまま走り続けた。
「はあ、はあ、はあ」
息が切れて立ち止まると、壁に背中を預けて呼吸を整えた。
「はあ、はあ、はあ、はあ」 

 

「才能のあるスペシャリストの免除:愛か義務か?」

そして、ゆっくりと辺りを見回した。
「ここは、どこなんだ」
どうやら建物の中らしい。しかも、かなり古い建物。天井は低く、今にも抜け落ちそうだ。窓は一つもなく、照明は薄暗い。
「誰か、いないのか」
「はあい」
「うおっ」
背後から声を掛けられ思わず飛び上がった。
「びっくりした」振り返るとそこには少女がいた。
「ああ、すまん。ちょっと考え事してて」
「へぇ、どんなこと考えてたの?」
少女は興味津々といった様子でこちらを見ている。
「いや、大したことじゃないよ。それより君の名前は?」「名前?そんなの知らないけど。どうしてそんな事聞くの?」
少女は不思議そうな顔をしている。
「だって、君の名前を聞かないと、呼ぶ時に困っちゃうじゃないか。それに、俺は君の事を知らないし、俺の名前も教えてない」
「へぇ、そうなんだ」
少年は、興味なさそうに呟いた。
「うん……。だから、名前を教えて欲しいんだけど」
少女は、首を傾げる。
「嫌だよ」
少女は、はっきりと拒絶した。
「どうして?」
「だって、あなたの名前は、僕には関係ないから」
「それは、まぁ、確かにそうだけれども」
「でしょう? じゃあ、別にいいじゃないですか」
「いや、でもさ、それだと不便だし」
「僕は、特に不便を感じませんけど」
少女の言葉は、その場の空気を一変させた。
「それじゃあ……それじゃあ、あんたが殺したっていうのか!? あの人を!!」
僕は叫んだ。僕の知っている人が犯人だったなんて、とても信じられない。
「えぇ、そうよ。私がこの手で殺してやったわ。でも、あなたは運が良い方よ? 私に感謝なさい」
「感謝ですって?」
僕が問い返すと、彼女は首を傾げた。
「えぇ、そうよ。だって、私は殺人鬼として世間から忌み嫌われているのだから」
「それは、あなたの勝手でしょう!! どうして、そこまで言われなくちゃいけないのよ!?」
「だから言ってんだろ! お前は、いつもそうだ。自分が正しいと思い込んで……。俺の話なんか聞きゃしねえ!!」
「あなただって、そうじゃない! 自分の言いたいことばかり押し付けて、私の話なんて全然聞いてくれないわ!」
「ああ、そうだとも! 俺は、そういう人間だよ。自分勝手でわがままなんだから、仕方ないだろ!」
「開き直ったつもり?いいわよ。だったら、あんたが犯人だってことを証明してあげる」
わたしはそう言って、バッグから取り出したハンカチを開いた。
「この中に、わたしたちが昨日買ってきたお土産のクッキーがあるの。これが証拠になるはずよ」
「ああ、それなら、ボクも持ってます」
後輩の男の子が言いながら、自分のリュックサックを開けた。
「ほら、ここに」
彼が手にしていた袋の中には色鮮やかなお菓子が入っていた。しかし……、 登場人物名・団体名等は架空のものであり、実在するものとは一切関係ありません。また登場する人物名は男性名の場合全て仮名となっております。(女性名の場合は一部仮名にならないものもあります)
――あれっ、ここはどこだろう。目を覚ましたとき、まず感じたのは違和感だった。
見慣れぬ部屋、見覚えのないベッド、見覚えのある女の子。
見覚えはあるけれど、誰なのか思い出せない。
そして、見覚えがないはずの顔なのに、どこか見覚えがあって懐かしくて……。「おはようございます」
声をかけられて振り向くと、そこにいたのは見知らぬ少女。
「ここは……」
「病院ですよ。憶えてませんか?」
「ああ、そういえば……」
ようやく記憶がはっきりしてきた。
「君は……、確か、あのときの」

「はい。先輩の知り合いの」
「えっと、確か、名前は……」
「真紀です。橘真紀」
「真紀さんか。それで、真紀さんはなんでここに?」
「お見舞いに来たんですよ」
「そっか。わざわざありがとう」
「いえ、お礼を言うのはわたしの方なので」
「ん、どういうこと?」
「実はですね、わたし、今日が誕生日なんです」
「あっ、そうなんだ。おめでとう」
「ありがとうございます。それで、その、お祝いをしてほしいなって」
「いいけど、何か欲しいものがあるのかな」
「はい。先輩の、初めてをください」
「へっ、今何て言ったの?」
「初めてを、くれませんか。もちろん、性的な意味で」
「ちょっと待って、何でそんな話に」
「だって、恋人同士でしょ。初めてのキスとか、初体験とかさ、あるじゃないですか。でも、わたしたち、まだ何もないでしょ。だから、先輩の初めてを貰おうと思って。もちろん、性的な意味のね」
「うーんと、よく分からないけど、君が言っているのは初めて会ったときに言っていたようなことだよね。つまり、僕とセックスしたいってこと?」
「うん。ダメかな」
「うーんと、一応聞くんだけどさ、僕のことが好きなんだよな」
「当たり前じゃん。だから、こうして頼んでるんじゃない」
「そっか。まぁ、それなら別に良いと思うけどさ」
「ほんとに!? 嬉しい!」
少女は満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、早速だけどさ、今からしようよ」
「ああ、うん。分かった」
男はベッドの上で上体を起こした。
「服脱ぐからさ、手伝ってくれるかな」
「うふふ、喜んで!」
少女は嬉しそうに男のシャツのボタンを外し始めた。
「……あれ、これ、どうしたの」
少女の手が止まった。男の胸は金属製だった。「ああ、ロボットなんだ」
「ロボット? うそ、本物みたい」「本当だよ。触ってみれば分かる」
少女は恐る恐る手を伸ばして男に触れた。金属の冷たい感触が伝わってきた。
「うわ、硬い」
「うん。だから、ロボット人間ハチローだよ」「すげぇ、本物のサイボーグだ」
少女は驚きの表情で男の身体を見回した。
「ところで、真紀さんは、どうして僕がロボットだって知っているの」
「それは、秘密」
「えっと、教えてくれないの? じゃ僕が答えてあげる。真紀さんもロボットなんだ」「当たり。わたしも、あなたと同じロボット」
「そっか。ということは、やっぱり僕は真紀さんのご主人様のところに行けば良いのかな」 

 

「離婚調停:人生を変える決断を下すために残された一週間」

「ううん。違うの。わたしは、あなたのパートナーとして作られたの」
「へぇ、そうだったのか」
「ねぇ、それよりさ、早く続きをやろうよ」
「そうだね。せっかくだし、楽しまないと。ちなみにさ、真紀さんは処女なの」
「うん。そうだけど」
「へぇ、意外と可愛いのに」
「ロボット二体で三万円だよ。今ならガソリンもついてるよ。お安くしとくよ」
「いや、そういうのは間に合ってるから」
「ちぇっ、残念。あ、それとさ、この子、真紀っていう名前があるの。真紀って呼んであげてくれると嬉しいな」
「へぇ、いい名前じゃないか。真紀ちゃん、よろしくね」
「はい、こちらこそ」
「それじゃ、真紀ちゃんは、ここで待っていてね」
「はい、分かりました」
少女は笑顔で返事をした。
「へへへ、それじゃ、行こうぜ」
「おう」
そこにテロリストが乱入してきた。バババババ。真紀が機関銃でハチの巣にされた。「きゃああああああああ!」
「真紀ちゃ―――ん!」
「ひゃはははははは! 俺らに逆らう奴は皆殺しだ!」
「ちくしょう、よくも真紀ちゃんを!」
男は拳銃を手に取った。しかし、テロリストの一人に銃床を蹴り飛ばされた。ガチャンと大きな音がして銃身が宙を舞った。
「く、くそ!」
男の顔が絶望に染まる。だが、まだ諦めたわけではない。男は隠し持っていた特殊警棒を振りかざした。そして、目の前の男に襲いかかろうとした。「おっと、あぶねえ。こいつは没収させてもらおうか」
男が振り下ろそうとした特殊警棒は空を切った。代わりに、男は背後から羽交い締めにされていた。
「は、離せ! この、変態!」
男は抵抗するが拘束はびくともしない。「へへ、元気がいいじゃねーか。そんなお前には特別コースを用意してやるぜ」
その瞬間、バシンという鋭い音とともに男の悲鳴が響き渡った。
「あぎゃああ!」
どうやら、背中を鞭で打たれたらしい。そして、間髪入れずに第二撃、第三撃が放たれていく。
「ほれ、そら、もっと泣き叫べ」
「あ、ああ……」
男は涙を流しながら苦痛に耐えていた。
「へへ、なかなか強情な野郎だ。気に入ったぞ」
テロリストたちは笑い声を上げた。すると、別の部屋で拷問を眺めていた少女が駆け寄ってきた。
彼女は男の様子を見ると心配そうな顔で尋ねた。
「私はもうお店に帰らなくちゃいけないけど。デリヘルの延長料金払いますか?」彼女の問いかけに対して、男は大きく首を横に振った。
少女はその反応を見て安堵の笑みを浮かべた。そして、男たちに指示を出した。
すると、彼らは懐からリモコンのようなものを取り出し、ボタンを押した。
次の瞬間、男の全身が輝きはじめた。
同時に彼の体に異変が生じた。まず最初に変化が現れたのは彼の肌の色だった。みるみると色が抜けていき、白磁のように真っ白い色へと変わっていった。
続いて、髪の毛に変化が起こった。まるで脱毛するように頭皮へ吸い込まれていった。そして、あっというまに、ツルツルのスキンヘッドになってしまった。さらに、手足は枯れ木のように萎び、しわしわになって骨が浮き上がっていた。そして、最後に、鼻と口が消えてしまった。目と耳と穴だけがぽっかりと残った。そして、ついに、彼はミイラになった。
その様子を見届けた少女は、どこか寂しげな様子だった。
すると、彼女の耳に聞き慣れない機械音声が響いてきた。
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「はいはい。分かってるよ」
「あのさぁ、私、今度結婚するんだけどさ」
「え!?」

「うん。驚くのも無理はないと思うんだ。だってさ、まだ二十歳にもなってないし。だけどさ、これでも、それなりに考えて出した結論なんだよね」
「うーん、そうだね」
「そう。でさ、相手の人、ちょっと変わった人でさ。普通、プロポーズっていうのは、女の人からするもんじゃないだろう? なのに、彼氏、自分がしたいって言い出してさ。しかも、私が断ってもしつこく付き纏ってくるわけ。それで結局、折れたのは私のほうで……。ま、それだけ惚れられてるってことなんだろうけどね」
「でもそれ日本住血吸虫だよ。人間の格好をしているけどね。変な虫と付き合わない方がいいよ。病気がうつされるよ」

「うっせぇ! そんなことは分かってんだよ!」
「そんなこと言うならさ、僕と結婚してよ!」
「嫌に決まってるじゃん! キモいし!」
「…………ぐすん」
※※※
『はい、もしもし』
「もし、俺です。そっちに行きました」
電話口から聞こえてくる若い男の声に、初老の男は淡々と応える。
ここは埼玉県川越市。関東の某県にある県庁所在地の郊外に位置する閑静な住宅街だ。
『分かった。すぐ向かう。ありがとう』
「いえ」
通話を終えた男が、スマホの電源を切ると、目の前にある家を見上げる。
築30年以上の平屋建ての一軒家で、玄関の扉の前まで石段が続いているのが見える。
「ははは、まるで忍者屋敷だ」

「どうしたの? まさくん」
独り言に反応され、隣に立つ妻へ視線を向ける。妻はこちらに顔を向けていたが、少し不安げに尋ねてきた。
「この家の中、何だかいつにも増して、おかしな感じがするの」
「……ああ」
妻に促されてもう一度、家全体を見回す。なるほど確かに普段とは違った印象を受ける。
「気づかなかったが、そう言われてみれば妙な雰囲気を感じるな」
「何というか、上手く言えないけれど。すごくイヤなものを、中に閉じ込めているみたいな。うまく説明できないんだけどさ」 

 

たわしコンピューターの悲劇―妻の言っていることは分かる。だが具体的にどうなっているのかが理解できなかった。

妻の言っていることは分かる。だが具体的にどうなっているのかが理解できなかった。
「……まあ、とにかく、行くか。あまりグズグズしてもしょうがない。急ごう」
俺は少し躊躇したが歩き始めることにした。このままでは、いつまでも立ち止まってしまいそうだったからだ。
「……ねえ。まさか、入るの?」
妻も足を踏み出しながら、おずおずと尋ねる。しかし、答えずに前へ進む。
「やめようよ。怖いよ。危ないかもしれないじゃない」
「じゃあ、ここで待っていてくれ。何かあったらすぐに大声を出すんだぞ。いいね?」
念を押してからドアを開けると、俺は薄暗い屋内へと踏み込んでいった――。
***…………どれくらい歩いただろう。やがて廊下の先に光が見えてきて、思わず安堵の息を漏らした。
やはり先ほどの違和感は錯覚ではなかったらしい。この先に、得体の知れない空間がある。それを確信し、自然と身体が強張った。
(よし)
意を決して足を速めると、光の漏れ出す部屋の扉を開く。そして、一気にその中へと飛び込んだ。
「動くな!」
叫びざま、室内へ目を凝らす。すると予想通りというべきか、部屋の中には2人の男女の姿があった。
男は白衣を着た背の高い優男で、年齢は20代半ばといったところだろう。
対して、女の方はというと、見た目の若さに反して顔には深すぎるしわが刻まれていた。おそらく50代の後半ぐらいだろう。服装から察するに、医者のようだ。
そんな彼らの様子を観察しながらも俺は、拳銃を構えてじりじりと間合いを詰めていく。「銃を捨てろ!」
「お断りします。これは私にとって命よりも大切なものでしてね」
男の警告に対し、あっさりと拒否を示すと、女医はそのままゆっくりと口を開いた。
「私は大丈夫だから。心配しなくていいわよ。あなたは下がってなさい」
その口調は柔らかく、どこか幼子を諭すようなものでもあった。
だが、それはあくまで表面上のものにすぎない。何故ならば、彼女もすでに覚悟を決めており、今さら怖気づくことなどあるはずがなかったからである。
「何を言っているんだ! 君は黙っていたまえ」
男は苛立たしげに叫んだ後で、「失礼しました。自分は、こういうものです」と名乗りを上げた。そして続けて名刺を差し出してくるが、彼女は無視をした。「お嬢さん、いい加減にしてもらえませんか。あんたがチクワ電子頭脳の発明者であることは調べがついているんだ。チクワ電子頭脳でこの世界をめちゃくちゃに操っているということも。今回の事件の真犯人であることも」「あら、それは心外ですね。どうして、私がそんなことをしなければならないのですか。理由を教えてください」「ふん、白々しい嘘をつくな。お前はあのチビメガネをハッキングしてチクワの機能を乗っ取ったんだろう。そうだ。そうに違いない。そして、自分の欲望のままに世界を弄び始めた」
彼は彼女の言葉を鼻で笑い飛ばすと、さらに話を続ける。「いいや、違うね。そもそもの話としてだ。あんなものを作り出したのも、こんな世界にしたのも全てお前の仕業じゃないか。自分が天才であることを笠に着てな。チクチクチクチク嫌味ばかり言いやがって。そんな奴を好きになれるわけないだろう。こっちだって迷惑しているんだよ」
そこまで言うと、彼は彼女を睨みつけたまま沈黙した。そんな彼の態度を見て、少女はたわしを取り出した。「私が開発したのはたわしコンピューターだよ。たわしでこの世界を守っている。チクワ電子頭脳はあんたのボスじゃん!」たわしの衝撃で男は一瞬、よろめいたものの、なんとか耐えきると、口を開き「たわしだと? バカを言うんじゃない。たわしで守れる世界なんて限られている」と吐き捨てるように言った。「そんなことはない! チワワもチモタンもいる。チビアナも!みんなたわしが大好きなんだ!」「ははははは、何を言い出すかと思えば、まったく意味がわかんねえな。ふざけるのもいい加減にしてくれないか。チワワならわかるがチワワがチモタンだと? はっ、こうなったらブタンガスで決着をつけよう」
漢はプロパンガスのボンベを取り出した。
「なにおう! プロパンガスにはアスパラガスで対抗だ」
アスパラガス百グラムを持ち出した。先端に火がついている。「馬鹿。何をする? 危ない。爆発するぞ」
漢はひるまない。
アスパラガスは、漢の腹に突き刺さる。
漢の身体が、炎に包まれ、悶え苦しむ。
「やめて。やめなさい。そんな事をしたら、死んでしまうわ」
漢の妻は泣き叫ぶ。「大丈夫だ。俺を信じるんだ」
「うぅ…….わかったわ」
妻の涙を、漢は手でぬぐい取りながら、微笑みを浮かべた。そして、妻を強く抱きしめ、優しく語りかける。「お前が好きだ」
その言葉を聞いて、少女は爆死した。「そんな……ひどい。酷過ぎるよぉ…….」
女が涙を流しているのを、少年は呆然と眺めていた。「酷いも何も、そういう世界なんですよ。この世の中は」
「そんなことないもん。きっと良い世界もあるはずだよ。僕は諦めない。絶対、この世界を救いたい。お願いです。僕に協力してください」
少女は頭を床につけて頼み込む。そんな少女の頭の上に、彼は手を乗せ「残念ですけど、無理なものは無理なんですよ」と言った。
「そんなぁ」
少女は絶望し、膝をついた。その瞬間、男が爆発した。血肉と煙が立ち上る中から、小さな女の子が現れる。
彼女は男の子の前に立つと「さあ、行きましょう」と言って手を取った。
「うん。ありがとう」
こうして二人は、光に向かって歩いて行った。

おわり。あとがき。
おしまい。終わります。
読んでいただき、どうもありがとうございました。
皆様のおかげでここまでやってこれたことを本当に嬉しく思っています。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。
次回作でお会いできるのを楽しみにしております。