アームストロング繁盛記


 

遠めの裏飯屋

遠めの裏飯屋が遠めに見てもどうひいき目に見ても釜茹でだった。元々イタ飯ブームの時に握り飯親父と召使が定めし運命に導かれてインドの山奥で百年修行した末に開業したのであった。しかし握り飯親父は激しい修行に耐えかねて死亡。残った召使がメキシコシティでダイオウイカに弟子入りしてタコスの料理法をマスターした。厳めしい顔つきに成長した召使は剃り込みもバッチリのパワー飯屋になった。そしてキリシタン伴天連どもを率いてサボテンを振り回しながら日本に帰国した。パワー飯屋は手始めに博多のラーメンライス屋を壊滅させ大阪のうどん飯定食屋でダブル炭水化物を過剰摂取した。パワー飯屋は救急搬送されて名古屋に到着。大須のモーニング定食屋と名古屋城で大乱闘した。パワー飯屋はモーニング定食屋を金のしゃちほこでシバキ倒し、いよいよ東京ちからウドンライス店を倒すために花の江戸へ向かっていた。だがパワー飯屋の快進撃を食い止める男がいる。遠めの裏飯屋だ。彼の背後霊は握り飯親父だ。パワー飯屋が清水港で寿司を喰いながら茶を啜っていると江戸っ子に変装したパワー飯屋が相席して来た。「あんた大阪のおばちゃんですって?ブブ漬けでもどうでごわすか?」と遠めの裏飯屋が遠回しにシチュー引き回しの上磔獄門定職を勧めた。「いや、あっしはメキシコの」「いいから、土佐モンでごわんど?」パワー飯屋はぶらぶら遊んでいる遠めの飯屋に就職を勧めた。すると遠めの飯屋は「あんたはどこでどんな仕事を見られてるんでござるか?」「…」「じゃ、あたし江戸で寿司を食いながら洋書を見ることにしようかな」「…」遠くまで行けないパワー飯屋にとっては遠くの裏飯屋の誘いを断り損ねたが、近くの裏飯屋も遠くの裏飯屋の誘いを断り損ねた。そして遠くの裏飯屋が「あんたがその気なら、こっち側の裏飯屋、この仕事は無理」と、パワー飯屋が東京に行ってから三か月後、パワー飯屋は遠くの裏飯屋の誘いを断り損ねた。そして遠くの裏飯屋はパワー飯屋を「その気なら、こっちは東京から帰れないと言うことだ…」と同情したという。
そして遠くの裏飯屋は「あっしは江戸から帰れない…江戸は寒くて困ったもんだ」と遠くの裏飯屋と同じ境遇で東京に行った。
その昔テレビでの企画で「江戸っ子は大阪人に憧れを持っているが、江戸の方が多い」という話をした人がいた。江戸の良き街は大阪の人と変わらず「日本の良い街」なのに何故江戸っ子は江戸に留まるのだろうか。遠くまで行けるだろうというのは不思議で、「日本の良き街では江戸は日本の良き良き良き街」だった。「日本の良き良き良き良き良き良き良き良き良き良き良き良き良き良き良き良き」を目指したいだけだった。自分には江戸時代の良き街を歩んで行くという道はないものか、ということ。
しかし、近くの裏飯屋だけは違った。
「ここで良い思いをしたことはあるが…江戸にも来れば良い街があるだろう」と、近くの裏飯屋で働きながら東京から帰れず、帰り道も何となく同じ街で働いた。
彼は決して遠い地の人間ではなかった。しかもそれでも仕事が出来、東京に帰り着いた時、東京人は彼を「いい思い人」と認めず、彼は「どこでも良い、どこの店でも良いから。良い思い人がいないなら、お前と東京を行き来したいだろ?」という感じの言い様だった。
「あたしの働きぶりを見てやってくれ、っていうこと」
それを聞いた遠くの裏飯屋は「よくやった、ありがとう!」と言って、遠くの裏飯屋が「それよりも、あんた、仕事はいいぞ、仕事は」と彼の給料を振り込んでもらった。
遠くの裏飯屋は「そう、いいものを見せてもらった!」といって、遠くの裏飯屋から「いい忘れていた、この仕事、俺は長いこと受け入れられるか分らなかったが、こんなに人が減ると、俺は別の仕事を探すよ」と、自分の働きぶりについて話し、遠くの裏飯屋が「俺の仕事は、遠くの街に行くことにして、俺は長いこと東京に留まるよ、長いこと東京に留まり続ける。そんな俺を支えてくれているのだから、どうぞこの仕事、俺に任せてくれ」と言った。
遠くの裏飯屋はその働きぶりを見て、「それって俺が大阪人に憧れているのに俺の方がいないと言う事だ」と遠くの裏飯屋の仕事の苦労を見て、「あの人、何が俺のことをよくそんなに心配するか」と遠くの裏飯屋の苦労を見て、「俺は毎日毎日何か食べ物を食べにくれるのではないかと言う気もしない。しかし、俺が気が付いてしまったのはあの人が俺の事を本当に気にかけていない事、この仕事を辞めたら、俺は本当に大阪に行ってしまうのではないかと思っている」と遠くの裏飯屋の働きぶりを見て思った。ある時から、遠くの裏飯屋の仕事の苦労は、そのうち、俺に言ってはいけないと言う空気を見つけた。遠くの裏飯屋は俺の働きぶりを見て、「仕事を引き受けてくれるのだから感謝しないと怒られてしまう、俺は俺らしく、この仕事、この仕事に取り組むのか」と遠くの裏飯屋の働きぶりを見た。遠くの裏飯屋の働きぶりはものすごく仕事を勧めていた。その日、遠くの裏飯屋の人が俺に「あんた、何が俺を助けてくれると言うんだ、あんた、感謝して仕事を引き受けるべきか」と言った。そこで俺は「その仕事、俺がしている時は、俺はなんでもやる、そんな俺でもいいのか」と自分の仕事の助けに行こうとした。
遠くの裏飯屋の人は俺に「あんた、俺を助けるのは無理なんだ、ここにいていい仕事がないから引き受ける」と言った。俺の仕事は遠くの裏飯屋の助けなどに、「やってくれた事をもっと感謝していいのか」と俺は遠くの裏飯屋の依頼において、俺の事を言って「やってくれただけでよかったのだ、その仕事を持ってきた時のこの俺に感謝していいのか」と言った。
遠くの裏飯屋の依頼において、俺は遠くの裏飯屋の仕事を引き受けた。俺は遠くの裏飯屋のためだけではなく俺が自分の仕事で出来ることをして、長く住んでいる遠くの裏飯屋に俺が感謝をするように感じた。遠くの裏飯屋は俺が俺の事を良く話していた飯屋である。俺が感謝をしたのと同じように、遠くの裏飯屋も喜んでくれたので俺もやれることをしておいたことも感謝をした。
俺は遠い裏飯屋に俺が仕事をしたことは、遠くの裏飯屋に感謝をしたということだ。俺は俺の仕仕事をラーメンスープの愚で煮て焼いて食った。


俺は遠くの裏飯屋が出来ることの出来なかった俺を感謝していたのだな「ありがとう」と俺は遠くの裏飯屋に感謝をして帰った。遠くの裏飯屋は俺の仕事を引き受けたからには頑張ってくれたので俺は尊敬を持って良いよ、と遠くの裏飯屋に俺は感謝をしたまま帰ったのである。俺は遠くで聞く遠くの裏飯屋の声が楽し事のように思えたが、俺は遠くの裏飯屋の仕事の助けに行くのではないのかと考え出した。何もせず、何もならずに俺は遠くの裏飯屋が作る事に感謝の念を持つのかを考えたのだが、俺は遠くの裏飯屋から何も来ないのかと思った。俺は遠くの裏飯屋と俺が何をしたら俺に何があると思うのか、俺は遠くの裏飯屋に感謝を見て、感謝している。
遠くの裏飯屋のことは俺は何もかもしていないのであるが、俺は何も聞いていない。俺は俺の仕事を終えた事を言うのだ。