ひこぼしの名を夢に刻んでいるか【完結】
ひこぼしの名を夢に刻んでいるか
「ひこぼしの名を夢に刻んでいるか?」
唐突に問われて剣豪はひるんだ。ここであったが百年目。逆睫毛藩の若き剣士宗像光泉は幼少のころ凡百丸を名乗っていた。その彼の眼前で両親を切り捨てた者がいる。斜視藩きっての卑劣漢と恐れられた三白眼桃太郎だ。水飲み百姓の生き血をすすり村から村へ生娘をかっさらい斜視藩の悪代官に汚い金で雇われてきた。幕府は討伐のために名うての剣豪を送り込んだが今まで千人を返り討ちにしたという。
そのワルが小童におびえているのだ。ひこぼしの名を夢に刻んでいるか?」
唐突に問われて剣豪はひるんだ。ここであったが百年目。逆睫毛藩の若き剣士宗像光泉は幼少のころ凡百丸を名乗っていた。その彼の眼前で両親を切り捨てた者がいる。斜視藩きっての卑劣漢と恐れられた三白眼桃太郎だ。水飲み百姓の生き血をすすり村から村へ生娘をかっさらい斜視藩の悪代官に汚い金で雇われてきた。幕府は討伐のために名うての剣豪を送り込んだが今まで千人を返り討ちにしたという。
そのワルが小童におびえているのだ。
「いや、ちがうんだ。あの子が俺たちを見つけたんだ。だから、あの……」
「お前は今までの流れのままに、あの子が今の自分と比べても良しとするなら、そのときが来たら自分は剣を捨てることを思い知る」
「いやだ!」
「だったら、剣を捨てればお前が良いと思ったらそこで終わるんだ。あの子はきっとそう思うだろうから、そうなればお前はいらない」
「俺のことになって! 俺は剣を持たない男になりたいんだ……」
「剣を持つ者は弱って死んだ時、その死体を食えるのか? お前が持つとお前の血は美味いなにかが欲しかったんだろう。それはなにかに食われて、死んだ後になにかが欲しくなるんだ。なら、そうなった時のこと考えろ。お前は逃げるな」
「じゃあ」
「なんだ?」
そのとき、三白眼鬼は後ろから声をかけられ振り向いた。
「お前、剣はいらないか?」
そこにいたのは黒いスーツを着けた男と赤いメガネをかけた男だった。
「俺が持ってもいいが、もしかするとお前にあげることになるかも知れないぞ」
黒いスーツは、鬼のように美しい金髪をしていた。
「なんだ、どうしたんだ?」
「いやさ、剣なんて持って歩いているのがバカらしくなってな、ついに手に入れようとしていたんだ」
「だからと言って、俺の手に何かを乗せるつもりは無い」
三人は真剣な眼差しを黒スーツに送った。
「そうだな、ならその方が良いな」
「なにが言いたい?」
黒スーツの男は問うた。
「俺だって、俺に剣を手に入れると誓ったが、自分の手より優れたものを守れるか? それはお前の強さだ。俺だって自分の子か孫を守る。だが、自分の腕より優れたものを得ること、それが俺の使命だ」
三白眼鬼を見つめながら黒スーツは言った。
「……いいだろう、お前の心は俺が守る。お前の腕で自分の子を守ることが自分の使命なら俺も手伝う。だが、自分の手より優れたものこそ自分の腕より優れているという信念がある。自分の腕の為なら他人の命だって惜しくはない」
三白眼鬼には剣のことに関してどういうことかわからない。
「そうと決まれば、話を変えよう。お前の剣はなにかしらになるのか? 剣が何らかの力で守られるのか?」
二人の男は、黒スーツに興味があるようだった。だが、黒スーツは真剣な眼差しをむけた。
「俺の名は黒津見剣豪だ。それは古き日本の家に伝わった剣だと伝えられている。その剣は見えない刃で、その刃がどのようなものであるかは、誰にもわからない。
しかし、その剣は、俺が誰よりも強く、誰よりも優れた剣であるとして、その象徴として、この時代に現存する。剣が何かしらの力で守られるかどうかは、俺達の考え方次第だ」
彼の言葉を最後に二人の男は言葉を句切った。
「なんだ? 誰も何も言ってないぞ」
と驚いているようだ。剣のことについては何も言わなかったのだ。それが彼らには納得できなかったのだ。
「黒津見黒津見黒津見剣豪、剣豪。黒津見剣豪は俺よりも強い。俺の方が強いということか」「黒津見黒津見黒津見剣豪は俺よりもずっと優れている。俺が誰よりも優れています」そんな思いが、彼らにあふれたのだった。
「何が言いたいんだ」
黒いスーツの男が、剣を目の高さにかざすようにして彼に尋ねる。だが、黒いスーツの男は、「剣が何かへの意志を持っているのかわからない」などと述べていて、話になっていない。黒スーツの男は、それでも剣のことも、剣が何かの意志を持っているという黒津見剣豪の言葉も、理解しようとしなかった。
「黒津見剣豪は、その剣の守る力の力によって人を殺すことができる。誰かを殺すことになるからだ。例えば、君のような人間を助けるには剣を以ってすればよいと思う。
だけどな、剣の力の力は力そのものだ。剣の力が人を痛めつけるための力なのだとすると、その逆に、剣の力の力が、人を苦しめる者を殺すための力ということもできると思っている。
だが、君のような人間を救うためだけに、俺は君の剣を以ってしても、君のような人間を救うことができない。だが、俺は剣が何かの意志を持っているなら、何なりと君のような人間を救うことができるんじゃないのか?」
黒いスーツの男はうなずいた。
「そうだ。俺が何かに強い意志があるなら、剣だけでなくその剣までも力を持ったら、その力を以ってしても君のような人間を救うことができる。
だが、残念ながら俺には俺の意思ができていない。だが、俺は俺に意志がないとすれば、その意志を剣にもってきて、剣が何であるかということすらわからずいみをなさない」
それを聞いて宗像光泉は「だからひこぼしの名を夢に刻んでいるかと俺は聞いているんだ」
「そうかもしれんな」
黒いスーツは力なく笑った。
「ひこぼしは年に一度しか。いいか? たったひと夜の逢瀬しか許されなぬ。残り三百と六十余日は嵐の日々を耐えているのだ。だが愛しい織姫との再会を励みにしている。剣をふるう君にその剛毅はあるか」
時空サラリーマンの悲哀
「いいや。君の言う通りだ。僕は遥か未来。西暦2300年の世界から竜巻流星弾丸列車に乗ってやってきた。しがない時空改変者だ」
言っている内容の半分も光泉には理解できなかったが彼の悲哀は伝わってきた。
「そ奴の言う通りだ」
三白眼も剣をおろした。「小童、いや凡百丸。すまなかった。だが、お前の両親は斜視藩を裏切ったのだ」
「本当なんですか? 未来の人」
光泉は黒スーツの男に駆け寄った。
「……」
彼は言いよどんだ。下手人の正体も、その後の凡百丸がどのような最期を遂げるのかも全て知っている。
だが、明日を知ることが。将来不安を晴らすために答えを先取りすることが本当に人のためになるのか。
黒スーツは自問した。
「どうなんですか? 父上が裏切り者だなどと。僕は信じたくない!」
その真摯なまなざしに黒スーツは胸を打たれた。
「君、いや三白眼殿でもよい。私を斬れ」
「何ですと」
「いいから、つべこべいわず私を殺すんだ。私は大罪を犯した。時をさかのぼるなど森羅万象のことはりを乱す行為だ。私は自分に自信がなくていっそのこと生まれてきた事実を消し去ろうと時間改変の徒に加わったのだ。だがそれは間違いだった。ひこぼしの名を夢に刻んでいるか。その名言をもっと早く聞きたかったよ」
黒スーツはそういうと三白眼の腕から強引に刀をもぎ取った。
「なにをするか?!」
「ぐはあっ」
黒スーツは日本刀を腹に突き刺した。
「はやく、早く介錯してくれ、俺が過去人に殺されらら親殺しの逆パラドックスが生じて未来から過去への帳尻合わせが行われる。光泉。俺が生まれてこないことで君のご両親が助かるかもしれない。早く」
「しかし、黒スーツ殿」
光泉はためらった。
「早く!君はひこぼしの名を夢に刻んで生きる男だろう」
「ゆるしてください」
彼はサラリーマンを一刀両断した。