ジェルマ王国の末っ子は海軍大将
第一話 五つ子
ここは北の海、この海には無数の巨大電伝虫の殻の上に作られた大地が連なり、その船上で人々が生活することで国をなすこの世界で唯一国土を持たないにも関わず世界政府に国として認められている海遊国家ジェルマ王国。
世界有数の科学力を誇るこの国では今、国王ヴィンスモーク・ジャッジと王妃ソラが彼女のお腹にいる五つ子のことで喧嘩をしている。
「五つ子とはな…よくやったソラ…早速、お腹の子供達にも血統因子の改造手術を施す。」
「あなた…この子達にもまたレイジュのような手術をするの?」
長女のレイジュにはソラのお腹にいる間に血統因子と呼ばれる遺伝情報を記録した体内の遺伝物質を操作することでピンクの髪、銃弾を通さない外骨格と毒を操る能力を得ることに成功していた。
勿論当然ながらこの技術は世界政府の名のもとに禁忌とされ、この血統因子を発見した世界一の頭脳を持つと言われるDr.ベガパンクはこの禁忌の研究をしたことにより世界政府に拘束されているが、当時彼と共に研究をしていたヴィンスモーク・ジャッジは世界政府の手を逃れてこの研究を進め完成させていたのだ。
「戦争に優しさなど必要ない。この子達にはジェルマ66の能力の他に戦いには不要の優しさという感情を…すなわち心を捨てる手術も施すとしよう。」
今年で3歳になるレイジュの血統因子の操作は確かに成功し、この歳にして精強と知られるジェルマ王国の兵士では相手にもならないほど強いが、その性格は戦う相手が傷付く事を嫌い、戦いに向かないごく普通の女の子であった。
ソラには内緒にしているが血統因子の操作の時にレイジュにはジャッジには決して逆らえないようにしてあるので、戦いを嫌うレイジュもジャッジの命令で戦う事に逆らうことは出来ない。
ちなみにジェルマ66とはかつて北の海において世界経済新聞に連載されていた【海の戦士ソラ】に登場する6人組の悪役のことで、圧倒的な戦闘能力と銃弾も通さない外骨格と呼ばれる硬い皮膚を持ち、それぞれに固有の能力がある。
スパーキングレッド…赤い髪が特徴の光と爆発を操る能力
デンゲキブルー…青い髪が特徴の電気を操る能力
ステルスブラック…黒色の髪が特徴の透明になる能力
ウインチグリーン…緑色の髪が特徴の怪力
ポイズンピンク…桃色の髪が特徴の毒を操る能力
パーフェクトゴールド…金色の髪が特徴で上記五人の全ての能力と合体ロボを作り出した海の戦士ソラに匹敵する類まれなる頭脳を持つ。
レイジュは血統因子の操作により、無事に桃色の髪とポイズンピンクの能力を手に入れる事に成功した。
その為ジャッジは五つ子達に残りのそれぞれの能力と、能力に対応した髪色と外骨格そして戦いには不要の優しさという感情を取り除くように血統因子を改造する予定であるが、子を愛するソラはそんな手術に猛反発しているのだ。
「やめて!私の子達よ!!心を失ったらそんなの人間じゃない!」
「怪物でいいんだ!戦争にさえ勝てればな!!我が子にこそ…その最たる力を与える!」
「そんな手術!絶対にやらせなぃ…うっ…眠気が…あなた…もしか…して…」
「先程の食事に睡眠薬を混ぜてあった。起きたら手術は終わっている…おまえはゆっくり休め…」
「あなた……やめて…子供をたすけ…すぅ…すっ…」
ソラの意識が遠く寸前、彼女の耳に彼女を優しく抱きとめた夫ジャッジの声が聞こえる……
「ソラが目覚める前に子供の血統因子の改造手術を急げ!!」
しかし、ソラの願いは愛する夫には届かず、ジャッジは眠ったソラを抱き上げて研究者達が持ってきたベットに優しく乗せると、研究員達はソラを手術室まで連れて行った。
◇
数時間後、手術を終えて麻酔の切れたソラがベットで目を覚ました。
「ソラ、大丈夫か?」
ソラは自分の身を案じるジャッジの顔を見ながら、自分の体なんかよりも気になる事はたった一つである。
「あなた…私の子供達は…?」
ジャッジも人の親としてソラが子供の心配をしている事はわかっているので、満面の笑みで頷く。
「安心しろ…手術は成功だ。後は元気な子を…」
夫の満面の笑みを見たソラは顔面蒼白となると、慌ててベットから降りて一人部屋を飛び出す。
「ソ……ソラ!?」
ソラは愛する我が子を生物兵器にする手術の成功なんて望むはずもなく、むしろ夫が良心に従って手術を中止してくれた事を望んでいた。
「あの人は変わってしまった…子供達は…私が助けないと…!?」
しかし、その微かな望みは叶わなかったことを知り、お腹の子供を助ける一つの可能性に賭けて、研究室へ走った。
◇
ジャッジが慌ててソラを追うと、ソラが飛び込んだ研究室からガシャンという金属を撒き散らしたような音が響き渡る。
「ソラ!?」
ジャッジが慌てて研究室に飛び込むと、血を吐いて冷たい地面に横たわるソラの手にはドクロマークの書かれていた血統因子に影響を与える可能性のある劇薬の瓶が握られていた。
「大丈夫か!?……そ……それはまさか!?」
ジャッジはソラを抱き上げて、ようやく己の間違いに気付いた。
「私は……なんて事を……誰か……早く来い!?ソラあぁぁああ!!」
研究室にジャッジの泣き叫ぶ声が響き渡った。
◇
科学大国と呼ばれる優れた医療技術を持つ医師達による的確な措置でソラとそのお腹の子供は一命を取り留め、数ヶ月後…ソラは無事に元気な男の五つ子を出産した。
「ジャッジ様、王子達の髪色は予定通りの五色です。」
生まれてきた子供達は予定通り赤、青、金、緑、黒の髪を持って生まれ、生まれた順番にイチジ、ニジ、サンジ、ヨンジ、ゴジと名付けられた。
「ソラの飲んだ劇薬は子供達に影響を与えず、ソラの体にのみ影響を与えたのか?これでこの国は……」
しかし、ジャッジの願いとは裏腹にソラの飲んだ劇薬の影響がその子供達にも少なからず与えている事を知ることとなる。
ある日、ジャッジの計画通りに銃弾をも通さぬ硬い皮膚である外骨格と驚異的な身体能力を持って生まれて、今五歳になったイチジ、ニジ、ヨンジの3人がサンジを一方的に攻め立てている。
「おい、サンジ!よえーな。俺たちが鍛えてやるよ!」
「いだっ!?」
スパーキングレッドの能力を持つイチジがサンジを殴ると、小さな爆発が起きてサンジを殴り飛ばす。
「ははは…よえーよえーなぁ…おい!」
「あぎゃっ!?」
デンゲキブルーの能力を持つニジがサンジを蹴り飛ばすと静電気が走る。
「おい!サンジ!!この大岩を受け取れぇぇぇ!!」
ウインチグリーンの怪力を持つヨンジが自分の身体ほどもある大きな岩を持ち上げていると、ボロボロになって立ち上がることすら出来ないサンジはそれを見て青ざめている。
「ヨンジ……止めて……そんなの落とされたら、僕死んぢゃうよ……」
ジェルマ66の中で一番強いのは金色の髪と全ての能力と天才的な頭脳を待つパーフェクトゴールドであるはずだが、その能力を持つはずのサンジはイチジ達に為す術なくやられて死の淵に立たされていた。
「無能は生きていても仕方ない。」
「弱ぇ奴は死ぬんだよ…サンジぃ」
まだ未熟ながらも改造手術により手に入れた一騎当千の能力を使ってサンジを追い詰めたイチジ達は醜悪な笑みを浮かべながら、地面に倒れ伏して命乞いをするサンジを嘲笑っていた。
「おい!お前たち!!サンジ兄さんを虐めるな!」
短く狩り揃えられた黒髪を逆だたせた髪型が特徴のゴジが颯爽と現れてヨンジが持つ岩に飛び蹴りを放ち、岩を粉々に蹴り砕いた。
「やべぇゴジだ!!」
「逃げ……」
イチジ達がゴジの姿に驚いて一目散にその場から立ち去ろうとしたが、逃げた先にいる怒りの表情を浮かべて仁王立ちするゴジの姿に唖然となる。
「逃がすかよ!このクソボケ共がぁぁぁ!!“火花フィガー”!!」
ゴジは背を向けて逃げるイチジの頭に爆発の能力を宿した拳で拳骨を落とす。
「ぐべっ!?」
先程イチジが放ったモノとは比べ物にならない熱量の爆発と共にイチジの頭が地面にめり込んだ。
「イチジ!?速っ……」
ニジはイチジがやられた事で立ち止まって振り返ると、すぐ目の前にゴジが電気の能力を宿した拳を振り上げていた。
「ニジ、能力をまとも使えないのが無能なら、静電気程度の電気しか出せないてめぇはどうなんだよっ!!“電撃パンチ!!」
青い稲妻がバチバチと迸るゴジの右拳による拳骨を受けたニジの頭もイチジ同様に地面にめり込んだ。
「ぐはっ!?」
イチジとニジを一瞬で沈めたゴジはすぐにヨンジへ向かう。
「俺はアイツらのようにはいかねぇぞ!来やがれ!」
ヨンジは立ち止まって、ゴジと戦う決意を固めて全身に力を漲らせていく。
「ヨンジ……弱ぇクセにグダグダしゃべるな…“巻力砲瑠”!!」
「ぐぎゃあああ!!」
ゴジはヨンジと一足で距離を詰めるとそのまま左拳を振り抜くと、彼の体は城壁にめり込んだ。
「ふんっ!今日はこれくらいにしてやる。サンジ兄さんを虐めたらまたボコボコにしてやるからな!!」
5歳の子供にやりすぎだと思われるかもしれないが、彼等は皮膚が鉄のように硬い外骨格を持っているので、見た目ほどダメージはなく、さらにイチジ、ニジ、ヨンジの傷からジュゥという音と共にみるみる傷が癒えている。
これがジェルマ66の有する外骨格、特殊能力にならぶもう一つの能力“超回復”である。
「サンジ兄さん大丈夫か?」
ゴジは既に傷が癒えて気絶しているだけのイチジ達を一瞥してから慌ててサンジに近寄る。
「ゴジ…ありがとう…うえぇーん…怖かったよぉぉ……痛いよぉ…」
みるみる傷の癒えていったイチジ達とは違ってサンジは外骨格も超回復もなく生まれてしまったので、イチジ様にやられた傷は赤黒く腫れて血が滲んでいた。
「兄さん泣くなよ。さぁ、早く傷を見せて。」
ゴジは膝を着いて擦りむいたサンジの膝に手を当てると彼の手が桃色の光が溢れる。
「“桃色治療”!これでもう痛くないから大丈夫だよ。母さんのとこに行こう…さあ兄さん早く乗ってくれ!」
ゴジは毒の能力を使って、擦りむいたサンジの膝が破傷風などにならないように傷口を消毒した後、サンジが乗りやすいように彼に背を向けて屈むと、サンジは泣きながらその背に乗る。
「ゴジーありがど……うえぇ〜ん…お母さぁ〜ん!!」
傷だらけで泣き喚くサンジを背負って城へ入っていくゴジ達の姿をジャッジと研究員が見ていた。
「ご覧の通りにサンジ様はただの人間で、ゴジ様はステルスブラックの能力だけでなくパーフェクトゴールドの能力を持っていますが、お二人とも感情欠落が見られません」
彼ら五人が生まれてずっと研究員は交代で彼らを観察して血統因子の成果を調査しており、今日のことも一部始終見ていたのだ。
「つまり?」
「恐らくですが、サンジ様が受け継ぐはずだったパーフェクトゴールドの能力が全てステルスブラックであるゴジ様が受け継いでおります。さらにそのゴジ様はジェルマ66が有する全ての能力を使いこなして既にこの国一番の戦士となられ、医学、物理学、歴史、血統因子研究等様々な分野において科学大国と呼ばれるこの国の誰も適う者のいない神童でもあります。」
血統因子の操作が失敗に終わった理由はここにいる全員が理解していた。
「さらにソラの劇薬の影響はサンジとゴジの感情欠落にまで及んだか……」
「はい……それしか考えられません…」
ジャッジを悩ますのは普通の人間として生まれてきてしまったサンジではなく、城に戻る直前に自分達が覗き見て居ることに気付いて鋭い眼光で睨み付けてきたゴジの方である。
「ゴジ……まさか性格まで海の戦士ソラを彷彿とさせる慈愛と正義に満ちたモノとは……私は世界を征服する為の“怪物”を生み出すつもりが、この国を滅ぼしうる本物“ヒーロー”を生み出してしまったのかもしれん…。」
ジャッジはイチジ達倒してサンジを救い出し、ジェルマ王国の総帥である自分に敵意を剥き出しにするゴジに、世界を守る為にたった一人でジェルマ66に挑み続けた海の戦士ソラの影を重ねてガックリと肩を落とした。
後書き
4月29日加筆修正
第二話 ソラ危篤
すくすくと成長して8歳になったゴジの日常は父ジャッジの命令で母ソラを治すための研究の毎日であり、今は母ソラの手を取って生まれ持った電気の能力を使い、体を巡るシナプスの電気信号を解析して、彼女の心臓の動き等を観察して体調管理をしている。
「うん。母さん今日も体調は安定しているよ。」
僅か8歳の子供に何をさせているのかと思うかもしれないが、ゴジは科学王国と呼ばれるジェルマ王国において既に並ぶ者なしと称される頭脳の持ち主でこのソラの治療のためだけに作られた研究所の所長である。
「ゴジ、いつもありがとう。苦労を掛けるわね…」
ソラは血統因子に影響を与える劇薬を飲んで以来、体調が優れずに病院生活を余儀なくされており、今は治療法を見つける為にゴジの研究所に入院している。
「何を言うんだ。今の俺があるのは母さんのおかげだ。だから、俺が母さんを必ず助けるよ。」
ゴジは母をそんな体にした元凶である父の命令に従うのは癪であったが、母を治すために莫大な予算とゴジ専用の研究所にそこで働くこの国でも優秀な研究者と医師等のスタッフを用意してくれたことには感謝し、日々母の為に研究に励んでいた。
「ゴジ……貴方は本当に……」
ソラがゴジに手を伸ばそうとした時、窓の外からサンジの悲鳴が響き渡った。
「痛い!!止めてよぉぉぉぉ!?」
「サンジ!てめぇ……お前が騒ぐとまたゴジが……」
ヨンジがゴジに聞かれたらマズいと慌てて馬乗りになってサンジの口を塞ぐが、既に出遅れである。
「母さん……ちょっと行ってくるよ。」
「あらあら……ゴジ……サンジをよろしくね。」
数分後ゴジは何事もなかったかのようにイチジ達に苛められていたサンジを背負って母の元に帰ってきた。
「お母さん!」
サンジを苛めていたイチジ達がどうなったかは……言うまでもあるまい。
「サンジ…またイチジ達に苛められたのね……大丈夫?」
サンジが病室に着くなりベッドで横になる母さんに抱き付き、そんな彼をソラは優しく抱き止めた。
「うん…でも、ゴジが助けてくれたよ…。」
ソラは自分と同じ金色の髪を持つサンジの頭を撫でながら、両手を後ろ手に回して立つゴジの顔を見て微笑む。
「そう…ゴジいつもありがとう。あなたがいてくれて本当によかったわ…。」
「俺が俺であるのは母さんとサンジ兄さん、レイジュ姉ちゃんのお陰だから、三人は何があっても助けてみせるよ!母さんの体ももう少しで治せそうなんだ。」
ソラは服用した劇薬で体にある血統因子が崩壊していくことが原因で衰弱しているが、先日なんと彼女の飲んだ劇薬の効果を打ち消して血統因子の崩壊を安定させるための薬の開発に成功し、臨床実験に移行する段階である。
「ゴジ…サンジ…お母さんはイチジ達を救ってあげれなかったけど、あなた達が人間として生まれてくれたことが本当に嬉しいのよ…はぁ……はぁ…」
長時間起きていたからかソラの顔色が青白くなっていくので、慌ててゴジが近寄って身体を支えてゆっくりとベットに寝かせる。
「母さんはそろそろ休まないと……」
ソラは自分を支えるゴジの手からジュゥという音に気づくと彼の掌にある火傷に気付く。
「あら?ゴジまで怪我したの?」
8歳にもなると、能力の使い方の上手くなったイチジ達と比べて元々ゴジが手にすべき能力ではないパーフェクトゴールドの能力はイチジ達のモノに比べて非常に精度の低い事に気付いた。
しかし、5つの能力の組み合わせと戦闘センスによりカバーして未だに三対一でもゴジは負け無しであるも、完封勝利とまではいかず、ソラが聞いた音はイチジの“火花フィガー”を受け止めた時、負った火傷が癒えている音である。
「あぁ……かすり傷だよ。俺には“超回復”があるから大丈……」
ゴジが笑顔で手を振っていると、怒りの形相を浮かべたサンジに手を掴まれて引っ張られる。
「ゴジ!?ダメだよ!!怪我したのなら、医務室に行くよ!!」
ゴジは明らかに自分よりも重傷なのはサンジだと訴えようとするが、サンジの顔を見て諦めて従うことにした。
「いや、サンジ兄さんの方がって……はぁ、分かったよ。一緒に行こう。じゃあね。母さん♪」
「お母さん!またね♪」
ソラは仲良く手を繋ぎながら、反対の手を振る最愛の息子2人を見ながら、笑顔でその瞳を閉じた。
「ふふっ………はぁ……はぁ……お母さんは少し…だけ………休む……わ…………」
ゴジとサンジが病室を出ると、病室の前に待機していた主治医のサクラ医師と出会う。
「サクラさん、母さんは今眠ったところだよ。」
彼女はサクラ色の美しい髪を肩くらいの長さまで短く刈り揃え、さらに切れ長の目が特徴の妙齢の美女であり、歳はソラと同い年のソラの幼なじみであると同時に若くして国1番の医師となった才媛であり、ゴジの研究所に所属してソラの主治医を務めている。
「ええ…それでは後は私がソラ様の容態を見させてもらいますね。」
サクラはゴジ達と入れ違いに病室に入っていくと、先を歩くサンジに手を引っ張られる。
「ゴジ、早く医務室に行くよ!!」
ゴジはそんなサンジの背中を見ながら、嘆息する。
「はいはい……全くいつも優しいクセにこういうとこは頑固なんだから、俺は早く研究に戻りたいのに……」
まもなく母を救える可能性を秘めた薬が完成間近と迫っている今、ゴジは一分一秒を無駄にしたくはないが、どうにもサンジには逆らえない。
「ゴジ様ぁ!!大変です!!」
病室から響くサクラさんの悲鳴にも似た叫び声に従い、ゴジは慌てて部屋に飛び込む!
「どうした!?何があった!!」
「ソラ様の脈がありません!!」
それを聞いたゴジは頭が真っ白になり、ヒューマンエラーという言葉がゴジの脳裏を過ぎる。
「なっ!?」
ヒューマンエラーとは意図しない結果を生む人為的な過失のことであり、ゴジはいつもソラが眠った後で電気を操る能力を使って体内のシナプス等の動きから体調の変化を確認しているが、先程は薬の事を考えながら、サンジに手を引かれていたので怠った。
「えっ…お母さん…死んじゃやだあぁぁぁ!」
サンジの叫びがゴジの意識を現実に引き戻すと、サクラが心肺蘇生用の電気ショックを起こす機械の準備をしていた。
「すぐに電気ショックの準備を…」
「俺がやる!俺が母さんを連れ戻す。」
サクラの言葉をゴジが制すると、ゴジの部下として彼の能力を良く知るサクラは、ゴジのやろうとしている事に検討が付いたので彼に命令に従い、場所を入れ替わった。
「ゴジ様…分かりました。電気を流すタイミングはこちらで指示します!」
「頼む!」
ゴジはソラの心臓のある胸の中央部に手を当てて心臓に電気を流していくと、バチンッという音共にソラの体が跳ね上がるも未だに彼女の心臓は動かない。
「まだです!もう1回!」
ゴジがサクラの合図に従って何度も電気刺激を続けていると、胸に手を当てていたゴジはトクンッと心臓が再び時を刻み始めた事に気付き、手を離す。
「動いたっ……!?」
ゴジの声に慌てて聴診器をソラの胸に当てるサクラは涙を溢れさせて、ゴジの顔を見て頷く。
「ゴジ様…戻りました!ソラの心臓が動いてます!」
サクラの声に今度はゴジも涙を溢れさせる。
「はぁ、はぁ、よかった…ほんどうに…よがっだぁ…」
涙を溢れさせたゴジは突然サンジに抱き締められて頭を撫でられる。
「ゴジ…なぐな…いいご…いいごぉ、おがあざんを…助げでぐれでぇ…あ"りがどう…」
「兄さん……ゔぅぅ……うわぁぁぁん!!」
サンジは瞳に涙を溢れさせながらも大泣きするゴジの頭を優しく撫でながら、兄としての務めを果たそうとしていた。
◇
ソラは一命は取り留めたものの翌日になっても未だに目を覚まさないため、ゴジは母の体が限界である事を知り、研究所のチーム全員に召集を掛けた。
「サクラさん、母さ…いや、ヴィンスモーク・ソラの容態を報告して欲しい。」
「はい。ソラ様の容態ですが一時心肺停止に陥りましたが、ゴジ様の電気ショックで持ち直し、脈拍呼吸は正常値を維持していますが、未だに目を覚ますことなくこのまま目を覚まさない可能性もあります。俗に言うところの植物人間状態です。」
サクラは息子であるゴジにも遠慮することなく、正直にソラの容態を説明した。
「そうか…率直に聞く。いつまで持たせられる?」
ゴジとて、ソラを助ける為に遠慮されて嘘の報告をされる方が困るので、元よりそんな人員はチームに入れていないので、報告を聞いたゴジがサクラに求めることは一つである。
「長くて3週間…いえ、私のプライドに掛けて1か月は持たせてみせます。」
ソラの延命治療……1ヶ月がソラに残された時間である。
「ありがとう…サクラさん、母さんを宜しく頼む。」
ゴジはサクラに頭を下げた。
「お止めください!ゴジ様、私に頭を下げないでください。」
「いや、俺は母さんの危篤に気づくのが遅れたんだ。君があの時来てくれてなかったら、母さんはあの日に亡くなっていただろう…本当にありがとう。」
ゴジはサクラがあの日自分と入れ替わりに部屋に入らなかったからと思うと、ゾッとする彼の心からの感謝の言葉をサクラは歯を食いしばって受け止める。
「悔しいわ……私では目の前で苦しむ親友すら助けられないのね……。ゴジ様……どうかソラを助けてあげてください。」
サクラはゴジの感謝の気持ちは受け止めつつも素直に感謝を受け止めきれず、病床に伏す親友を想ってゴジに頭を下げてからソラの元へ戻るために部屋から出た。
「必ず1ヶ月以内に母さんを助ける方法を見つける!!」
ゴジはサクラの退室を見送った後、60歳でありながら現役の研究チーム主任のヒッコリーに向き直る。
「ヒッコリー、新薬の効果は?」
「はい。劇薬の影響でソラ様の体内にある血統因子が崩壊していましたが、例の新薬のおかげでその崩壊はとまりました。」
「では何故母さんは目覚めない?」
「新薬の効果で確かに血統因子の崩壊は止まりましたが、何分臨床試験前の薬でしたので、新薬の副作用により新たな血統因子が作られなくなっている可能性が高いです。」
臨床試験とは新しい治療、あるいはそれらの組み合わせで行われる治療法などに対して、その効果や安全性について確認するために行われる試験のことであるがソラの危篤を受けて臨床試験中の新薬をやむなく投与したのだ。
「今までの作ってきた薬では母さんの容態を安定させることは出来ても、新たな血統因子が作られなくなるという副作用があったのか。」
研究員達は最悪の事態に全員が下を向く。
血統因子とは血液に含まれる成分の一部であり、それが作られなくなると生命の危機に繋がってしまうのだ。
「くそ……どうしたらいい……。」
ゴジだけでなく、ヒッコリーを初めとする研究チーム全員が頭を抱える。
「あの劇薬に耐えうる血統因子があれば副作用をもたらす新薬の投与を中止出来るのに……」
「そんなのあるはずがない。毒を操るゴジ様、レイジュ様であれば可能かもしれませんが……」
どんな毒をも作り出すポイズンピンクの能力を持つゴジとレイジュであればソラの服用した劇薬すら意味を為さない上、毒性が強ければ強いほど美味と感じる味覚すら持つ。
「強すぎる遺伝情報を持つゴジ様とレイジュ様の血統因子では、普通の人間であるソラ様の体が持ちません。」
研究員達が意見を出し合って解決策を探っていく中で失われた血統因子を移植する話が持ち上がるが、超人的な能力を有するゴジ達は生まれながらに血統因子を改造されてそれに耐えうる強靭な体を持って生まれているのだ。
「あの劇薬に耐えうる一般人の血統因子を探してみますか?」
「しかし、1ヶ月は短すぎる。例え見つかってもソラ様の骨髄と一致する可能性は極めて低い。」
血統因子を作り出す骨髄の適合率は血縁関係がないと数百人から数万人に1人の確率とされている。
「せめて劇薬に侵された母さんの身体から生まれた俺達の兄弟の中に普通の人間がいれば……ん?んんん……?あっ!?」
骨髄の適合率は血縁関係があれば、可能性がグッと上がるので、ゴジが何気なく放った言葉に研究チームの時が止まる。
「「「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」」」
ゴジを初めとした研究所にいる全員がジェルマ王国の失敗作と呼ばれている一人の少年の顔を思い浮かべた。
「サンジ兄さんだ。なんで気づかなかった…。サンジ兄さんは劇薬に蝕まれる母さんの中で育ち、ただの人間としてこの世に生を受けた。その兄さんの骨髄を母さんに移植出来れば助かるかもしれない!」
ゴジの言葉に研究者達の目の色が変わる。
「大至急、母さんとサンジ兄さんの骨髄が適合するか調べろ!」
「「「はっ!」」」
こうして、諦め掛けていた研究者達の全員の目に希望が宿り、自分の出来る作業へ大急ぎで戻って行った。
後書き
4月30日加筆修正。
第三話 母子愛
検査の結果、サンジとソラの骨髄は見事に適合し、諦め掛けていた研究者達の目に希望が宿る。
「よし!サンジ兄さんは?」
ゴジの問いに研究所の女性職員が前に進み出る。
「サンジ様なら、先程ゴジ様の執務室に案内しました。」
ソラとサンジの骨髄が適合したと分かった瞬間に、サンジはゴジの執務室まで案内されていたが、ある職員の言葉で皆が一斉に下を向くことになる。
「でも、サンジ様は注射がお嫌いだったはずです…」
サンジが検査の度に普通の注射で意識を失うほど怖がりなのはここで働く研究者や医師なら皆知っていることであり、しかも骨髄移植の為に必要な注射は太い注射針で背中に打ち込むことになる。
「母さんを助けるにはこの方法しかない……変更はない!!急いでサンジ兄さんの骨髄を母さんに移植する。兄さんは俺が必ず説得して来るから皆はオペの準備だ!」
しかし、ソラの容態は一刻を争うので、説得出来るかではなく、説得するしかない。
「「「はい!」」」
ゴジは研究所を後にしてサンジが待つ自分の執務室に走る。
「サンジ兄さん!」
ゴジが勢いよく扉を開けるも自分の執務室にはサンジの姿はなかった。
「あれ?どこいったんだ……?」
ゴジは研究所内を探し回っていると調理場の方から漂ってくるスパイスの刺激臭に気付いた。
「この匂いは……まさか…………。」
サンジは病床に伏せるソラの為に料理を作ったことがあるが……正直あれを料理と呼ぶのは料理に対する冒涜ではないかと言うほどの物だった。
「サンジ兄さんっ!?……うっ……この匂いはまた凄い……」
調理場にいるサンジは数多のスパイスを入れ、ブツ切りにされた魚や肉、野菜等を入れて何故か紫色に変色したスープを煮込んでおり、そのあまりの匂いには毒の効かないゴジですら顔を歪める程である。
「ゴジ?お母さんは大丈夫なの?俺は料理でお母さんを助けるんだ…やくぜんりょうりって言うんだって。」
無意識に鼻を抑えたくなる刺激臭を発しながらグツグツと煮込まれた何が入っているか分からない紫色の液体を料理と呼ぶのかは別にして母の為に何かしたいというサンジの心意気をゴジは誇らしく思う。
「なるほど……それよりもサンジ兄さんよく聞いてくれ!実は母さんを助ける方法が見つかったんだ!母さんを助けられるのは、サンジ兄さんしかいないんだよ。」
「え…?どういうこと?」
サンジは頭を捻るが、ゴジは掻い摘んでソラを助ける方法を説明していく。
「──という訳で劇薬を飲んだ母さんを治す薬はサンジ兄さんの血だったんだ…サンジ兄さんが注射苦手なのは知っているけど…」
ゴジがサンジを心配して言い淀むが、ゴジの話を聞いたサンジの行動は早く、即座に両手の袖を捲ってから腕をゴジに突き出した。
「ゴジ…俺の血でお母さんを助けられるなら何本でも注射打ってよ!お母さんを助けられるなら注射なんて怖くない!」
ゴジはサンジの決意を聞いて改めて誇らしく思うとサンジの手を取って手術室へ走る。
「サンジ兄さん…ありがとう。でもね…注射は背中にするんだ。今までの注射よりもすごく痛いけど、今すぐに研究所に来て欲しい!」
ゴジの言葉を聞いてもサンジの決意は揺るがない。
「せ……背中っ!?へ……平気さ!!」
「はははっ!!大丈夫、なるべく痛くないように注射するからさ!!」
ゴジはそんなサンジを気遣って走りながら、とうとう手術室へたどり着いた。
◇
サンジを連れたゴジが手術室に入ると手術着に着替えた多くの研究所の職員がおり、さらにゴジの指示通りに手術の準備が整っており、手術室には2台のベットが並べられてその1つには時折苦しそうに呻くソラが眠っている。
「お母さん……。」
サンジは母の姿に泣き出しそうになっていると、手早く手術着に着替えたゴジの声にビクッと反応する。
「兄さん、母さんのベッドの横にあるベッドに横向きに寝転がってくれるかい?」
サンジはゴジが指差すソラが眠るベッドに並ぶように設置された殻のベッドを見て首を縦に振る。
「う……うん。お母さん……ゴジ、任せたよ。」
サンジはゴジに促されてベッドに母を背にして横向きに寝転ぶとゴジが皆に告げる。
「あぁ。必ず母さんを救ってみせる。兄さん……いくよ。」
「うん!!ゔっ……!?」
ゴジは骨髄を採取する為の注射をサンジの背骨の隙間に射し込んだ。
◇
翌朝、ソラは目を覚ました。
「ん…あれ?私は…あれっ…サンジ?まさか……また怪我したの?」
ソラは隣にあるベッドで眠っているサンジに気付いてびっくりしているが、彼女の意識はサンジとゴジを見送った2日で止まっているので仕方ない。
「母さん!!」
「あら?ゴジ…?サンジは大丈夫なの?」
昏睡状態から生還して無事に目を覚まし、自分よりも真っ先にサンジを心配するソラの姿に見てゴジの目に涙が浮かぶ。
「母さん……良かった。サンジ兄さんは疲れてるだけさ…それよりも体はどう?」
サンジは手術中は注射の痛みに耐えていたが、手術が終わると気が抜けたのかそのまま眠ってしまい、今はヨダレを垂らしながら幸せそうな顔で熟睡している。
「疲れてる?そういえば……体が嘘みたいに軽いし、どこも痛みがないわ。ゴジ…何があったの?」
ゴジは思わず涙を拭ってソラの心臓が止まってから目が覚めるまでの長い一日について説明した。
「──という訳でサンジ兄さんの骨髄を母さんに移植したんだ。劇薬に耐性を持つサンジ兄さんの骨髄から作られる血統因子が母さんを守ってくれてるんだよ。」
「お母さんは難しいことよく分からないわ…」
ゴジの説明は医学的過ぎてソラには理解出来ないが、ゴジの嬉しそうな顔を見て、自分が助かったことはよく理解出来た。
「つまり母さんがサンジ兄さんを普通の人間として産んでくれて、サンジ兄さんが勇気を出してくれたから母さんは助かったんだよ。」
ゴジはソラに分かるように難しい事を省いて何とか説明しようとするが、隣で眠るサンジの頭を撫でるソラはゴジのじっとゴジの目を見つめる。
「そう…サンジが頑張ってくれたのね。でもね……ゴジの説明には肝心な事が抜けてる。それぐらいは私でも分かるわ……。」
答えの分からないゴジは自分に優しい笑顔を向けるソラの顔を見つめる。
「肝心な事って?わっ… 」
ソラはそんなゴジを優しく抱き寄せる。
「それはゴジ…貴方よ。貴方とサクラ達が諦めずに私を救う方法を見つけてくれたから、私は助かったんでしょ?私を助けてくれてありがとう…ゴジ…」
この3年間、母を救う為に研究を重ねて張り詰めていた糸が切れたゴジは堰を切ったように涙と共に感情が溢れ出した。
「うわあぁぁーんっ…があ"ざんっよがっだぁ…ほんどにじんじゃうがとおもっだ!!」
「うんうん……。お母さんは貴方達のおかげでこの通り元気になったわよ…本当に自慢の息子だわ……」
「うわあぁぁーん!!」
ゴジはその日泣き疲れて眠るまで、ソラの胸で泣き続けた。
「お母さん!!」
翌朝、ソラが完治したことを知ったレイジュがソラの病室に飛びんでくると、大きな声を出さぬように人差し指を口に当てたソラの姿があった。
「しぃ〜……うふふっ」
「そうよね……いくら国一番の戦士で秀才でもまだ8歳の子供だもんね……」
レイジュはソラの左右から抱き着いて幸せそうな寝顔で眠る末っ子の姿があった。
後書き
4月30日加筆修正
第四話 姉弟の絆
王妃が原因不明の病で病床に伏せっていることでジェルマ王国国民が悲しみに伏せっていたが、完治のニュースはジェルマ王国中に知れ渡り国民達は歓喜に沸く。
「ソラ様、ほんとに良かった。」
「おい、聞いたか?ソラ様を助けたのはゴジ様だそうだぞ?」
血統因子の研究は公に出来ない為、ジェルマ王国の国民達には王妃ソラは原因不明の病に伏せっていると知らされていた。
「僅か8歳で科学大国って呼ばれるうちの国の研究員全てを束ねている神童ゴジ様……ほんとにすげーんだな。」
「それだけじゃねぇぞ?ゴジ様は腕っ節の方も兄弟の中でも一番で、ジェルマ王国一の戦士だって話だぞ。」
国民達は口々にゴジを讃えている。
「ゴジ様がいればこの国は安泰だな。」
愛する母を救う為に僅か8歳にして研究所の所長に就任して見事母の病を癒したゴジの話は美談としてジェルマ王国の歴史に残ることとなるが、もう一人の功労者であるサンジの名前は意図的に伏せられた。
血統因子の操作に失敗したジェルマ王国の汚点として名前を出すことを国王ジャッジが良しとしなかった為である。
◇
それを良しとしないのはジェルマ国の“ヒーロー”となったゴジ本人である。
「おい!クソ親父!!なんでサンジ兄さんの名前が伏せられてんだよ!」
ゴジは国民達にサンジの名前が伏せられている事を知るや、ジャッジの部屋に単身抗議に来ていたが、ゴジが抗議に来る事を予想していたジャッジはどこ吹く風という具合に相手にせずに次の命令を告げる。
「無能なサンジがたまたま役に立ったが、それをなぜ国民に告げねばならん?そんな事よりソラは医師団に任せておけばもう大丈夫なのだろう?ならばゴジ、次は我々ジェルマ66の象徴たるレイドスーツを作成をしろ。」
ソラは長い入院生活で衰えた筋肉を取り戻す為のリハビリだけであり、サクラ率いる医師団がいればゴジがリハビリを手伝う必要はない。
「レイドスーツってジェルマ66の戦闘服だよな?あっ!?」
ゴジは少し思う所はあるも不快な表情を変えることなく少し考え込んだ後、ハッとなって目を見開く。
「そうだ。どうかしたか?」
ジャッジはゴジの様子に首を捻っていると、ゴジは真顔になってレイドスーツ作成の為に必要な情報の開示を求める。
「あ〜わかりました。ならば姉さん達の特性に合わせた専用のレイドスーツを作成するので、姉さんに施した血統因子の設計図を見させてください。」
ゴジは制作に必要な今まで閲覧を禁止されていたレイジュの血統因子に改造手術を施した際の研究データの開示をジャッジに要求する事を思い付いた。
「許可する。すぐにお前の研究所に届けよう。」
ジャッジはゴジの要望についてある程度予想していたのか対して驚くことなく鷹揚に首を縦に振る。
「ありがとうございます。それと父さん……母さんを癒す最高の環境を与えてくれた事は感謝しているけど母さんがあんな体になったのは元々はあんたの責任だ。話逸らしたみたいだけど、サンジ兄さんに対する仕打ちも許さねぇからな。」
ゴジは母や姉や兄達の為に父に従順な子を演じていたが、我慢出来ずに捨て台詞を吐くようにジャッジの部屋を出た。
「ふん……いずれ今にお前も分かる日がくる。」
去りゆくゴジの背中を見送りながら、呟いたジャッジの言葉は彼には届く事はなく、ゴジを讃えて止まない国民達の喧騒に掻き消された。
◇
ジャッジの部屋を後にしたゴジは城にある訓練所の一角で暴れていた。
「クソ親父があああ!!火花フィガー!、電撃パンチ!、巻力砲瑠!」
いつもの冷静さはどこへやら……怒りのまま血走った目を力任せに爆発する光を纏った拳、電撃を纏った拳を力任せにに地面や壁に打ち付けて至る所を破壊した後、トドメと言わんばかりに怪力の力を込めた拳を地面に叩き付けて大穴を空けた。
「はぁ……はぁ……なんでサンジ兄さんの名前が伏せらてんだよ。サンジ兄さんのおかけで母さんは助かったのに……。あのクソ親父め……今度はレイドスーツを作れだと?姉さんの血統因子情報を入手する為には仕方ないか……。血統因子を解析すれば姉さんをクソ親父から解放出来る手がかりを得られるかもしれない。」
ゴジがレイドスーツの作成の依頼を二つ返事で受けたのは理由の一つは父に逆らえないように血統因子を操作されている姉レイジュの為であった。
イライラを発散したゴジはジャッジとのやり取りでレイジュ達の血統因子の設計図がようやく閲覧出来る事にほくそ笑みながら、彼女の治療法とレイドスーツの構想を練る。
「それにレイドスーツの身体機能の補助機能を使えば母さんが日常生活に復帰できる日も早くなる。」
レイドスーツとはジェルマ66が着用する戦闘服のことで、昼でも夜でもハッキリと見えるサングラスに薄いにも関わらず銃弾を通さない程の強度と伸縮性を併せ持ち、足元には浮遊装置と加速装置を併せ持った靴を履いている。
そして何より着用した者の身体機能を補助することで普段の何倍もの力を発揮出来るので、筋力の弱っているソラに着せてあげたいと考えた。
「ゴジ……荒れているな?」
ゴジが誰もいなかったはずの訓練所を後にしようと立ち上がったところでいつ来たのか分からないがイチジが入口からゴジに声を掛けてきた。
「イチジ……どうした?俺の憂さ晴らしに付き合ってくれるなら、少し遅かったな…」
ゴジはそう言いながらも、イチジが不意打ちを放ってくるのを警戒する。
「いや、それはまた今度にしよう。今日は少し聞きたい事があっただけだ。その……母上が完治したというのは本当か?」
イチジ達は生まれながらに血統因子を操作されており、優しさが欠如している。
「ん?その通りだが、まさか気になるのか?」
自分の生き死に対してすら弱ければ死んでも仕方ない。それが自然の摂理であると考えているように生み出された生まれながらの生物兵器である。
「そうか………それはよかっ……いや、なんでもない。」
イチジは少し目を伏せながら、ゴジに背を向けて去っていくが、ゴジは信じられないモノを見て目を見開く。
「なっ……!?イチジのやつ…“泣いて”なかったか?」
優しさという感情が欠如したイチジがソラの完治の報せを聞いて泣くはずはないが、ゴジは立ち去っていくイチジの目元に光る物が見えた。
「なるほど……イチジ達の感情は欠如しているのではなく、抑制されてるだけだとしたら……なるほど……イチジ“兄さん”達も取り戻せるかもしれない。」
血統因子から優しさに関する遺伝情報を削除されていたら助けるのは困難かもしれないが、優しさを押さえつけられているのだとしたらイチジ達も助けることが可能かもしれない事にゴジが気付いた瞬間だった。
◇
ゴジは研究所に戻ると、サンジと母が入院している病室の前に来ると扉が少し開いている事に気付いて立ち止まると、中からレイジュの声が聞こえてきた。
「お母さん、本当に元気になっでよがっだよ…ゔゔぅぅ……」
ゴジは気づかれないようにステルスブラックの透明化能力で姿を消して邪魔にならないように見守る。
「レイジュにも心配かけたわね。もう大丈夫。あなた達のおかげよ。」
病室ではソラとレイジュは笑顔で抱き合っており、横に設置された自分のベットに腰掛けているサンジがレイジュの泣きの顔を見て驚き目を見開いている。
「あっ…レイジュが泣いてる…」
サンジは純粋な子供だからこそゴジのように気が利かず、口に出してしまったので、レイジュにキツく睨まれる。
「うっさいわね!サンジのアホ!見んな!でも、お母さんを助けてくれてありがとう!」
レイジュは泣き顔のまま怒鳴りながらサンジの頭を殴った後、サンジを抱き止めるとお礼を言って撫でていていた。
「あはははっ…もう、レイジュったら怒るのか、泣くのか、お礼を言うのか…どれか一つにしなさいよ。」
そう言いつつソラはサンジの頭を撫でるレイジュの頭を嬉しそうに撫でていた。
「俺は姉さん達の血統因子情報の解析でも進めようかな……」
ゴジは透明になったまま3人のやり取りを見た後、彼等の邪魔にならないように音もなく姿を消して自分の研究室に戻った。
「ゴジ…戻ってたなら声くらい掛けなさいよ。折角お母さんの所にいたのに…」
ゴジはレイジュの顔を見て涙は拭いてきたようだが、未だに目が真っ赤な様子を見て少し意地悪したくなる。
「ふっ…弟としては姉さんの泣き顔を見るのは悪いと思ったんでね。」
「え…!?あんたも見てたの!?」
レイジュは慌てた様子でゴジ詰め寄る。
「信じらんない!」
「サンジ兄さんのようになりたくないから声を掛けるのを遠慮しただろう♪わっはっはっは!!」
ゴジは楽しそうに笑いながら、むちゃくちゃに腕を振り回すレイジュの拳を躱していく。
「うっさい!黙れアホ、笑うな!!避けるな!!」
「よっと……嫌だよ……馬鹿力の姉さんのパンチは当たったら痛ぇんだもん。それに俺はクソ親父にレイドスーツの開発を頼まれたから忙しいんだ。」
レイドスーツという言葉を聞いてレイジュの拳が止まってキョトンとする。
「レイドスーツ?ジェルマ66の衣装のこと?」
「そうだよ。姉さん専用のポイズンピンクも作るからね。それでなんか俺に用だったの?」
ゴジはレイジュに笑いかけると、レイジュは俯きながら両手で自分のスカートの裾をギュッと掴んだ後、意を決してゴジの部屋に来た理由を告げる。
「そうだ…ゴジ。1回しか言わないからよく聞きなさい…」
「ん?」
「ゴジ…お母さんを助けてくれてありがとう…」
レイジュは俯いたまま顔を赤くしたままゴジに頭を下げた。
「姉さん…。」
「何よ…?」
「お礼を言う時はちゃんと目を見て……っと!?あぶね!!」
ゴジはレイジュが自分より先にサンジに礼を言っていることを知っているので、ついつい可愛げのある姉をからかった。
「うっさい!ゴジのアホ!!あんた、また避けたわね!!ちゃんと喰らいなさいよ!!」
顔を真っ赤にして怒りの形相でゴジを追い掛けるレイジュは感情をこそ豊かであるが、ジャッジには逆らえないように血統因子を操作されているのだ。
「姉さん!」
「何よ……」
ゴジはレイジュの拳を躱した後、そのまま彼女を正面からギュッと抱き締める。
「必ず俺が助けてみせるからな!」
母を助けたゴジの優先順位はレイドスーツよりもレイジュ、そしてイチジ達を救うことを誓った。
「うふふっ……なんの事か分かんないけど…ゴジ、とうとう捕まえたわよ……」
しかし、そんな事を露とも知らないレイジュはいつも逃げ回るゴジを捕まえられた事にほくそ笑み力の限りにゴジを抱き締めるとメキメキとゴジの体が悲鳴をあげる。
「いででで……ちょ……いでぇぇぇ!!!」
11歳になるレイジュと8歳のゴジでは体格差も力もレイジュの方が上であり、ゴジは満足したレイジュに解放されるまで痛みに悶えていた。
後書き
5月2日加筆修正
第五話 王の条理
ゴジはそれから2年の歳月を掛けて10歳となる頃には両親、兄姉達のレイドスーツを完成させることが出来た。
「流石は俺の子だ。わずか2年で完成させるとはな…。」
この日父ジャッジに彼専用のレイドスーツを渡すために彼の執務室に来ていた。
「父さん、これが約束のレイドスーツです。」
ゴジはジャッジに”J”と書かれたグレーの缶を渡すと、ジャッジはそれを受け取り自分の下腹部に押し当てると、缶を中心として発せられた銀色の眩い光が体全体を包む。
「これは父さんの血統因子に作用して発動するように設計してあるので、そのレイドスーツは父さん以外の人は使えません。」
光が晴れるとグレーの服にオレンジ色のマントを纏ったジェルマ66総帥ガルーダの姿となり、彼の要望に合わせた巨大な槍もジャッジの右手に握られていた。
「なるほど……身体能力も普段とは比べ物にならんほど上がっているな。」
ジャッジはレイドスーツの性能を確かめるようにその場で手を開いたり、閉じたりした後でゴジに向き直る。
「それだけじゃないよ。物語に沿った浮遊装置と加速装置を兼ね備えた靴。刃や銃弾をも通さぬ服。そして追加として襟を伸ばして口を覆うことで水中でも呼吸が出来るようにしてあるし、水中で靴の加速装置を使えば超高速で水の中を進むことも出来る。」
ゴジはわずか2年足らずで創作物であるレイドスーツを進化させたレイドスーツを作り上げたのだと事も無げに言い放った。
「なっ……!?」
ジャッジはかつて世界各地から集まった天才研究員が集った“MARS”と呼ばれた研究チームの一員として研鑽した友とゴジを重ねて目を見開いた。
───ベガパンク……この子は貴様を超えるかもしれんぞ。
Dr.ベガパンクとは現在世界政府の研究所所長として兵器開発に携わる“世界一の頭脳を持つ男”と呼ばれる天才科学者であり、彼が発見した生物の遺伝情報を保管する血統因子の発見は最大の成果と言われている。
「ゴジ、お前に聞かねばならんことがある…」
ジャッジは血統因子研究においては自分はもちろん恐らくベガパンクよりもゴジの方が一歩先にいるのではないかと睨んでいるからこそ、2年前くらいからレイジュ達にある違和感を感じていた。
「はい。なんでしょうか?」
ゴジはまるで質問される内容が分かっているかのように自分をきつく睨んでくるジャッジを睨み返しながらハッキリと答えた。
「とぼけるな!レイジュ達に何をした?レイジュが俺の命令に背く事や、イチジ達が兵士や城で働く者達の身を案じている姿を目にする。貴様の仕業ではないか?」
ジャッジからの予想通りの質問にゴジは鼻で笑いながら答えると、ジャッジは自分の懸念は当たっていたことが分かり、手に持った大槍の刃をゴジの首筋に添えた。
「はっ…何かと思えば……姉さん達は本来あるべき姿に戻っただけだろ?」
ゴジは突きつけられたジャッジの槍の穂先を右手の人差し指と親指で摘みながら、ジャッジを睨み返す。
「やはり貴様が……ぐっ…動かん。」
ゴジは血統因子操作により得た怪力を使って穂先を摘んでいるので、ジャッジの槍はレイドスーツで筋力が強化されているジャッジが力を入れて押しても引いても槍はピクリとも動かない。
「俺は父さんの研究成果だろ?ただの人間がレイドスーツを着たところで化物である俺に勝てるわけない。」
見た目こそ大人の中でも体格がよく3m近い身長のあるジャッジがその日々鍛え抜かれた体にレイドスーツを纏おうとも、生身の人間と生まれながらに怪力を有する強化人間とでは地力の差が生まれた。
「やはり、お前はレイジュ達の血統因子を弄ったな!?」
ゴジはジャッジの前で演じていた従順な子の皮を脱ぎ捨てると、怒りの形相を浮かべたまま掴んでいた槍の穂先をバキィンと握り潰した。
「弄る?おい……巫山戯るなよ。クソ親父!!姉さんや兄さん達の行動や感情を抑制するように弄ってたのは父さんだろ?俺はただ改さんされた血統因子を元通りにしただけだ……母さんを治すのに比べれば容易いことだった。」
「クソ!ゴジぃーっ!」
穂先を潰された槍を手放したジャッジがゴジを殴ろうと腕を振り上げた時、青いマントと黄色と黒の縦縞模様の耳当ての付いた帽子を被った海の戦士ソラがゴジを背にしてジャッジの前に立ち塞がった。
「止めて!あなた!」
振り下ろされたジャッジの拳は海の戦士ソラの顔の目の前でピタッと止まった。
「どけ!ソラ、いくらお前でも邪魔をするなら容赦せんぞぉ!」
言葉にすると非常にややこしいが、この海の戦士ソラの青いマントの下は白いツナギではなく、白いワンピースの衣装を身に付けたヴィンスモーク・ソラであり、彼女は夫と息子の争いを止めるためにここへ来たのだ。
「いやよ!あなた目を覚まして…私達の子供が本当の人間になれたのよ。父親であれば喜ぶべきでしょ?」
「しかし、それでは戦争には…いいからそこをどけ!ソラ!?」
「嫌よ!」
何かを言いかけたジャッジはゴジを庇うソラを説得するが、愛する妻に手を出す事が出来ずに悲痛な表情を浮かべて拳を静かに下ろそうとしたその時…。
「火花フィガー!」
赤い服に白いマントというスパーキングレッドのレイドスーツを身にまとったイチジが母のピンチと判断して助ける為に光の能力を纏った拳で殴り掛かる。
「ぐっ…!イチジか!?」
ジャッジはイチジに気付いて振り上げていた腕に武装色の覇気を纏いながらイチジの拳を受け止めるも、その衝撃を殺しきれずに爆発ともに数メートルの後退を余儀なくされる。
「父上、止めてください!母上とゴジを傷付けるつもりなら、俺はあなたを許さない。」
イチジはソラを守るようにジャッジの前に立ち塞がると、ジャッジはそんなイチジをきつく睨む。
「ソラとゴジを救うために拳を振るうか……やはりイチジ、貴様は感情を取り戻したか?」
人を助けようとするのは想いやる感情がある証拠であり、ジャッジは生物兵器であるはずのイチジに感情がある事に気付き、苦い顔をしているとイチジの横に並ぶ青い髪の息子に視線を送る。
「ニジ…。」
青い服に黒いマントというデンゲキブルーのレイドスーツを身に纏ったニジが腰に差した刀の塚に手を置きながらイチジの横に並んだ。
「これ以上やるなら俺も加勢するぜ!」
緑の服に黒いマントのウインチグリーンのレイドスーツを身に纏ったヨンジがさらにニジの横に両手をボキボキと鳴らしながら並んだ。
「クソ親父、大事な弟に手を出された時点でこっちはブチ切れそうなんだよ!」
胸元の大きく開いたピンクのワンピースに蝶のような形の紫のマントを付けたポイズンピンクのレイドスーツを身に纏ったレイジュもヨンジの横に並ぶ。
「父さん、あなたの負けよ!私も母さんと弟に手を出す奴は絶対に許さない!」
ジャッジはゴジに手を出そうとして怒るヨンジと、自分に逆らえないようにしているはずのレイジュが刃向かってくる姿に溜息を吐く。
「はぁ……ヨンジ、レイジュ…やはり貴様らもか?」
黒い服に黒いマントのステルスブラックのレイドスーツを見に纏ったサンジが意を決した顔でニジとヨンジの間に突如現れた。
「お……俺も許さないぞ」
ジャッジは透明人間のように突如姿を表したサンジに目を見開く。
「透明化!?サンジ……何故その能力を使える!?」
サンジのレイドスーツには光学迷彩と呼ばれる周囲の色や風景に同化する機能を付随しており、ただの人間であるサンジもレイドスーツを着ればステルスブラックの能力ならば使う事が出来る。
「俺が作った特別性さ……これでサンジ兄さんもジェルマ66のステルスブラックだ。無能なんて言わせねぇぞ。クソ親父。」
ジャッジはゴジが以前ソラを助けた時にサンジの名を伏せたことを未だに根に持っている事を悟って顔を引き攣らせる。
「ゴジ……貴様はサンジの為にレイドスーツに透明化機能を付与したのか!?」
ゴジはジャッジを見据えながらレイジュの横に並び、『5』と書かれた金色の缶を腰に当てると、眩い金色の光と共に金色の衣装の上から白銀の鎧を身に纏うパーフェクトゴールドの衣装を身に纏う。
「まぁ、レイドスーツに追加できる機能が光学迷彩くらいしかなかったから、サンジ兄さんがステルスブラックに、そして俺がパーフェクトゴールドって事になったんだけどな。」
かつて海の戦士ソラと戦った赤、青、黒、緑、桃、金の衣装を身に纏ったジェルマ66達は海の戦士ソラを守る為に総帥ガルーダと対峙した。
「あなた目を覚まして。昔のあなたは国民を想い、国を守る為に一生懸命だったでしょ?昔の優しいあなたに戻って!」
ソラは自分を守るようにジャッジとの間に立つ子供達の小さくも逞しい背中を見ながら必死に訴えかける。
「なぜだ?私達王族は民の為に戦争に勝てないと国を養えない。そのために我が子に私の全てを与えたのに…。」
「民の為……」
「かつて武力によりこの北の海を統べた我がジェルマ王国の歴史と成り立ちと破滅への末路は知っておろう?俺が王太子となった頃、この国は食べる物も金ない酷いものだった。」
ジャッジは子供の頃を振り返っていく。
《回想》
ジェルマ王国が滅んだ後、王族であるヴィンスモーク家はかつて支配していた各国から反感を買い、殺さずに笑いものにする為に数隻の船と彼らに従う僅かな国民を与えられて生かされて今に至る。
「食物を分けて頂きたく……。」
そんな中でヴィンスモーク・ジャッジが子供の頃、国土を持たない為に作物は育たないこの国は各国に頭を下げて作物を恵んでもらっていた。
「なんで我々がジェルマなんかに施しを与えねばならんのだ……けっ!?おい!貴様ちゃんと頭を下げろ。誰が頭をあげていいと言った?」
民の為に各国の王から足蹴にされながらも媚びた笑顔を絶やさずに頭を下げ続ける父の姿を見て育ったジャッジは決意する。
「す……すみません。」
「お前の子供……いや、孫の代までジェルマはそうやって地面に這いつくばっていろ…ぶははははっ!!」
この光景こそ、かつて武力で北の海を統べたヴィンスモーク家への各国の王族達が決めた罰であった。
「ぐぐぅぅぅ……」
下げた頭を足蹴にされる父の歯を食いしばる姿を見て育ったジャッジは決意する。
「俺が変えてやる!再び圧倒的な武力を持ったジェルマ王国を再建してみせる!!」
ジャッジは他国の王に媚びへつらう自分の父と貧困に苦しむ国を見て育ち、これらを打開する為にベガパンクの研究チーム“MARS”の門を叩いた。
「ソラ、俺はベガパンク達と研究を重ねて多くの事を知った。俺の知識で君と住むこの国を必ず豊かな国にしてみせる。」
ジェルマ王国に戻って国王となったジャッジは幼なじみであり、自分の世話付きメイドであったソラと結婚する。
「私は民を想う優しい貴方を支えていくわ。」
ジャッジは有言実行して“MARS”で得た多くの知識を元に科学技術を発展させて強力なクローン兵や兵器という武力を作り出すことに成功して国を潤した。
「ソラ、聞いてくれ!!かつての我が国最強の戦士長の血統因子が残っていた。これでクローン兵を作れば大切な民を兵士にしなくて済むぞ!!」
クローン兵は元々国民を戦争の道具にしたくないという想いから生み出されたモノであるが、かつてのジェルマ王国を支えたクローン兵の力はまさに一騎当千であり、瞬く間に武力大国ジェルマ王国の復活は北の海に轟いた。
「隣国との戦争に勝利したい。是非ともジェルマ王国の兵力をお借りしたい。隣国を手に入れた暁には毎年税収の2割をお支払い致します。」
「なんだと……分かった。すぐに兵を派遣しよう!!」
こうして他国に武力を貸し出して富を得ることが一番効率がいい事が分かるとジャッジは様々な国にクローン兵を派遣してこの国をわずか一代で建て直し、武力を恐れる他国から“戦争屋”と呼ばれるようになった。
「ちっ!?世界政府の監視が強くなり、兵士を派遣しづらくなった。さらに他国は今やこの国の研究員を狙っているに違いない……。この国を二度も滅ぼさせるわけにはいかん。更なる武力が必要だ。」
「貴方!私、妊娠したの♪」
「ソラでかした!!ん?ソラ…『海の戦士ソラ』!?そうだ……ジェルマ66!!」
「あなた?」
「私の子供に我が研究成果の全てを与えよう。この世にジェルマ66を作り出し我が国の武力の象徴にする!!」
ジャッジはこうして初めての子供であるレイジュの血統因子を操作して改造人間として生み出すことを思い付いて今日に至る。
◇
全てを話し終えたジャッジは話に動揺している我が子達に訴える。
「我々王族にはこの国を守って民を潤す義務がある。かつてジェルマ王国は一度滅んだが、二度起こさせる訳にはいかんのだ!!それが王の条理だ!!」
「「「っ!?」」」
ゴジ達の前にいるのは母を殺そうとした悪魔の総統ではなく、我が身を犠牲にしても国民を養うと誓った偉大な王だった。
「あなたはやっぱり変わってなかった。そんなあなたが何故子供達の心を奪う必要があったの?」
ジャッジの王としての信念を間近で見続けて、彼を信じ続けていたソラの疑問はたった1つである。
「我が国が民を養うためにはこれまで以上に戦争に介入していく必要がある。部隊を指揮するのは王族、つまり俺の子供達だ。だから俺の持つ知識の全てを注ぎ込んで戦争に耐えうる強い体と力を与えた。しかし、戦争に置いて優しさは酷であることは俺が1番よく知っている。我が子が辛い思いをして戦うくらいなら初めから心を奪って辛い思いをしないように戦わせてやりたかった……」
ジャッジはその場に膝を着いて涙を堪えて両手で顔を覆うので、ソラはそんな夫に駆け寄って優しく抱き締めた。
「あなた……!?ごめんなさい……私……あなたの苦しみを理解出来なかった……」
ジャッジは、他国から依頼された戦争において誰よりも前に立って誰よりも多くを殺してきた男であるが、誰よりも優しくそれ故に戦いの中で誰よりも苦しんできた男だったから子供達にそんな思いをさせない為に心を奪おうとした。
王女であるレイジュは戦争に出るよりも政略結婚の為に相手となる他国の王子と添い遂げて子をなす必要があるので”優しさ”の感情は残し、ジェルマ王国の国益となれるようジャッジの命令に逆らえないようにした。
「いや……お前を守ろうとする子供達の姿を見て間違っていたのは俺だと分かった……」
ジャッジは大切な人を守る為に戦うことの出来る我が子達を目の当たりして自らの間違いを悟らされた。
「ホントに馬鹿で不器用な人ね。本当は誰よりも優しい人なのにあなたには似合わないわ。私達の子供達をあなたの愛のおかげで確かに強い体を持って生まれてきてくれたわ。これからは私達の子供を信じていきましょう。」
ジャッジがもう一度逞しくも優しく育った我が子達を見てさらに涙を流してその場で膝を付いて泣き崩れた。
「あぁ…。私が間違っていたのだな。。うぅぅ…ずまながっだぁ…。」
ジャッジも自分のやり方が間違っていることにはとっくに気付いていたが、王として子の成長を喜ぶ父としての感情をこれまで押し殺してきた。
「父さん……」
ゴジは自分達に不器用な愛情を注ぎながらも国を思う王たらんとする姿をその目と心に深く刻み言葉に言い淀む中、長男のイチジが全員を代表して意を決したように前に進み出る。
「父上、王には王たる条理があるのならば俺達四人は王族としての勤めを果たしてみせます。しかし、どうか人間として生まれたサンジと俺達を救ってくれたゴジの夢はここにはない。彼ら2人は王族の勤めから解き放っていただきたい、」
イチジの決意を聞いたジャッジは涙を拭い顔をあげるとそこにはイチジに続いてニジ、ヨンジ、レイジュが前に出て片膝を付いて頭を下げている。
「「なっ……!?」」
イチジの宣言に取り残されたサンジとゴジは慌てていた。
「「「お願いします。」」」
これはサンジとゴジの夢に気付いて、彼らのおかけで優しさを取り戻した四人が二人の為にいずれ父に訴えようと決めていたことでイチジは話すならばこのタイミングしかないと判断したのだ。
「あなた……。」
ジャッジはソラに促されてフラフラとサンジの元へ歩み寄る。
「あぁ……サンジの夢は知っている。本当に料理人になりたいのか?」
ジャッジは膝を付いてサンジと目線を合わせると、少しビクッとした後で意を決して力強く父の目を見据える。
サンジは初めて作った料理で病床にいる母を元気づける事が出来てから料理人になることを夢見ていた。
「うん…俺は料理人になりたいんだ!」
ジャッジは東の海にいる彼が知る中で一番腕の立つ料理人にサンジを紹介しようと考えていた。
「分かった。サンジ、お前を王族扱いせずに一料理人として扱う料理人にお前を紹介してみよう。厳しい修行になるがそれでもやるか?」
その料理人はたまに豪華客船に呼ばれてその腕を振るう東の海でも一・二を争う料理人であるも、荒事の嫌う優しい男なのでサンジの修行先にはもってこいだと思っていた。
「俺やるよ!」
ジャッジは力強く意気込みを顕にするサンジの頭を撫でながら優しく語り掛ける。
「そうか。ならお前が一人前になったら、皆でサンジの作った飯を食べに行くとしよう。」
父に夢を叶える事を認められてたサンジは我慢出来ずに泣き出してしまい、ジャッジはそんな彼を生まれて初めて優しく抱き締めるとそんな父をサンジもしっかりと抱き締め返す。
「父ざん、あ…あ”りがどう”!」
厳格な王を演じてきたジャッジと血統因子の影響を受けずにただの人間として生まれてきた故に息子として扱われなかったサンジが初めて親子になれた瞬間であった。
後書き
5月2日加筆修正
第六話 ゴジの夢
ゴジは初めてみる優しい瞳をしながらサンジを抱き締める父の顔を見て目を丸くして驚いている。
「次はゴジか……」
ゴジは正直なところ目まぐるしく変わる展開についていけてない。
「父さん……。俺は父さんを……」
ゴジが計画していたのはイチジ達の性格に関わる血統因子を元に戻したことを告げてジャッジを改心出来れば幸いというところまで、最悪力づくでジャッジを王座から引きづり下ろそうとすら考えていた。
「皆まで言わなくとも、レイジュ達全員がここにいる事で検討は付いている。お前の夢もな……」
父ジャッジが元々優しい男で、しかも兄姉達が自分の夢を知っている上でこれを叶えてくれようとしていることに驚きを隠せない。
「俺の夢……!?」
料理人になる事を常日頃公言していたサンジとは違い、ゴジは夢について誰にも話したことはなかった。
「うふふっ♪ゴジ、私だって知ってるわよ。」
「へ…?母さんにまでバレてたのか!?」
ゴジは兄姉だけでなく、父と母にもバレていた事に驚いていた。
「ゴジ、お前の夢は海軍に入ることだろう?」
ジャッジがゴジの夢を告げると、ソラやイチジ達が頷いていた。
「なっ…ほんとに皆知っていたのか!?」
ゴジが父の言葉に驚きながら周りを見渡すと、家族が微笑ましい顔で自分を見ている事に誰にもバレていないと思っていた自分が気恥しくなって顔を赤らめた。
「うん……俺は海軍に入って…」
「優しいお前の事だ。人々を苦しめる海賊を捕まえたいのだろう?この俺の追い込んだ手腕も見事だった。お前ならばいい海兵になれるだろう!」
ジャッジはこの場にレイドスーツを纏って現れたイチジ達がゴジの指示で集められたことには気付いており、優しい目でゴジを見つめる。
「ん?あ〜……うんうん。そ……そうだよっ!!」
確かにゴジは体を張り、屈強な海賊達に怯むことなく、立ち向かって治安維持に務める強く美しいある海兵達に憧れを抱いており、一緒に海へ出たいという夢を持っている。
「貴方が暇な時に海軍の機関誌を眺めていること皆知ってるのよ。」
確かにゴジは暇な時に海軍本部が発行している機関誌月刊『海軍』を読んでいるが、実はあるコーナーだけ熟読している。
「ゴジ、俺はお前を誇りに思っている。」
「俺達の治療やレイドスーツ作りで大変だったもんな。本当にありがとう。」
「ごめん。ゴジの部屋の本棚に月刊『海軍』があることを皆に話しちゃった。」
「水くせぇな。お前には感謝してるんだ!国のことは俺らに任せてお前は自分の夢叶えてこい!」
ゴジは家族の思いに心打たれながらも、本当に入りたい理由はバレてないのが分かり、動揺しているのを悟られまいと必死にポーカーフェイスを保って必死で首を縦に振りながら、握り拳を作る。
「う……うん!俺、頑張っていい海兵になる……」
そんな中でゴジが海軍に入りたい理由に検討がついているレイジュだけは首を傾げながら、爆弾を投下しようとする。
「あれ?でも、ゴジが見てるのって確か…」
「姉さぁ〜ん!」
ゴジは感極まってレイジュに抱き着く振りをして、彼女の口を押さえながら耳元で囁くようにお願いする。
「しぃ〜。姉さん、お願いだから、少し黙ってて!ね?」
レイジュは仕方ないという顔をしつつゴジの言葉を了承したと分かるように首を縦に振る。
「もご……もご……」
ゴジはホッとしてレイジュを解放してから家族の方を向いて再び力強く宣言する。
「うん。俺は海軍に入って、悪いヤツを捕まえる立派な海軍将校になるよ!」
ゴジは背中に刺さるレイジュの白い目を背中に受けながらもハッキリ告げると、祝福してくれる家族の中でジャッジだけは少し思案した後でゴジの目を見ながら右拳を構えた。
「ならばゴジ、この海で戦う事を決意したお前に覇気を教える。それを覚えるまではこの国に残れ。」
「覇気?」
父から発せられた聞き慣れない言葉にゴジは首を傾げる。
「ゴジ、俺の腕をよく見てろ…。むんっ!!」
ジャッジが気合いを込めると、右腕の肘から拳に掛けてが真っ黒に変色した。
「腕が黒くなった?それは父さんがさっきイチジ兄さんの拳を受け止めた時と同じ技か?兄さんの拳を受け止めた父さんの腕が火傷一つないのはその技で受け止めたから?」
ゴジは先程父がイチジの拳を受け止めた時に彼の右腕が黒くなったように見えたが、どうやら錯覚じゃなかったようだ。
「流石によく見てるな?そうだ。これは武装色の覇気という。口で言うよりも体に覚え込ませた方が早いだろう……ゴジ、レイドスーツは着たままで腕をクロスさせて全力で防御しろ!」
さっきの槍の件で分かると思うが、生身の体であるジャッジと外骨格を持つゴジでは体の強度がまるで違い、その上でレイドスーツを纏っている。
しかし、ゴジは凄く嫌な予感がして腕をクロスして全身の力を込めてしっかり防御姿勢をとった。
「いくぞ…」
ジャッジはゴジが防御体制を取ったのを確認してから黒く変色した右拳を真っ直ぐにゴジのクロスした両腕を目掛けて打ち付けた。
「ぐっ!?」
ジャッジの拳を受け止めたゴジはガンっという衝撃を受けて数メートルに渡り弾き飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。
「「「なっ!?」」」
ジェルマ王国一の実力を持つゴジが殴り飛ばされて壁に背中を打ち付けたゴジを中心として壁に蜘蛛の巣状に亀裂が入ってるのを見て、家族達はジャッジの技の威力に驚愕する。
「い……いっでえええぇぇーっ!」
ゴジが苦痛に顔を歪ませて両手をブラブラを揺らしている姿を見て、同じ外骨格を持つイチジ達は唖然とする。
「痛いだと……?」
「そんな……どうなってるの?」
イチジ達は防御性能に優れるこのレイドスーツを着て、さらに銃弾をも通さぬ外骨格を持つゴジが痛む一撃をレイドスーツを着ているとはいえ生身であるジャッジが衝撃を与えた事に驚きを隠せない。
「つぅ〜…なるほど……よく分かった。これが覇気か?」
ジャッジの拳をその身で受け止めたゴジは逆に冷静になり、武装色の覇気に興味が出始める。
「そうだ。武装色の覇気とは体内の覇気を引き出して身に纏うことができる力だ。武装色の覇気での攻撃はあの悪魔の実の能力者にも有効なダメージを与えられる。覇気は多かれ少なかれ誰でも持ちうる力だ。海兵として海へ出て海賊を相手に戦うならこれを体得してからにしろ!」
海でその名を轟かせる海賊や悪党の多くは悪魔の実の能力者であり、ジャッジは愛する息子への最大の贈り物と身の安全を考えてこの武装色の覇気を習得させようとしていた。
「父さん、もう一度覇気を纏ってくれない?もっとよく”見たい”んだ…」
ジャッジは飛び抜けた武の才能を有するゴジならば数ヶ月いやもしかすれば数週間以内に覇気を身に付けられると思っているが、ゴジにはジャッジの知らないある力がある。
「ん?見ただけで体得出来るモノではないが、好きにしろ。」
ゴジは再び覇気を右腕に纏い、再び右腕を黒くするジャッジを注意深く観察する。
「“観察眼”!!なるほど……体の内側から溢れるモヤのような物を右手に集中させている。それが武装色の覇気か?」
医師として、研究者として人体構造に精通しているゴジは筋肉の動きなどから相手の行動を予測する事が出来る。
ゴジが自分と同じ兄姉を差し置いてジェルマ王国一の戦士と呼ばれるのはこの“観察眼”の力も大きな要因である。
「お前が目がいいのは分かっているが、ゴジ、お前は私の覇気が見えるのか?まさか……それは見聞色の……いや、そうであっても私には武装色の覇気しか使えん。」
ジャッジはゴジが覇気を認識している事に目を見開き、ゴジは武装色の覇気と並ぶもう一つ覇気を知らず知らずに使っている事に気付いて目を見開く。
「ちっ……巫山戯るなよ……皆のお陰でようやく夢が叶えられそうなのにこんな所で足踏みしてたまるかぁぁ!」
ゴジは父の技を模倣しようとするも自分の中の覇気を認識できずに怒りのあまりに声を荒らげると突如微量であるが、怒りと共に体の内部から沸き出る力を感じる。
「なっ!?」
覇気使いであるジャッジはゴジの内から溢れる覇気を感じて目を見開く。
「身体から力が溢れる……これが覇気か!?」
ゴジはジャッジがしていたことを模倣して体から湧き上がる覇気の全てを右腕に集中させる。
「「「「…っ!?」」」」
家族が騒然となる中で、ゴジの右腕の拳だけが黒く変色した。
「はぁ、はぁ、ど…どう?父さ……ん……」
しかし、長くは続かずにゴジの覇気は尽きたようで右拳が元に戻ると当時に全身の力が抜けてその場に倒れそうになる。
地面に当たる衝撃を予想していたのに予想は外れてすんでのところでジャッジがゴジを受け止めたことで、ゴジは父の大きな胸板に顔を打ち付けて気を失う。
「”硬化”を一度見ただけで体得するとは…!?この子の才能は一体どれほどなのだ……。」
武装色の覇気を目に見えるように1箇所に集中させて黒く変色させる技は爆発的な防御力と攻撃力を生み出す”硬化”という応用技であり、ジャッジはゴジが体内の武装色の覇気を認識出来れば合格にするつもりだった。
「ゴジ!?」
ソラが気を失ったゴジを心配して近寄ってくるが、ジャッジはゴジを抱き上げる。
「心配はない。覇気とは生命エネルギーそのもの……未熟なゴジは使い過ぎて眠っているだけだ。直に目を覚ます。重くなったな……。」
ジャッジは赤ん坊以来抱き上げたことの無かったゴジを抱き上げながら、もはや自分ごときではゴジの力の一端すら測ることは出来ないと息子の才能を誇らしく思う反面、寂しさすら感じていた。
───この子の力の使い方を引き出せる”師”が必要だな。
ゴジの才能の一端を垣間見たジャッジはかつて海軍本部において最強と呼ばれた古い友人にゴジを預けようと心に決めた。
「むにゃむにゃ…待ってろよ……」
「ふっ……眠ったまま海賊達に宣戦布告とは……頼もしい子だ。」
「私達の子供だもの……」
ジャッジとソラはゴジの寝言を聞いて微笑み合っている中、全てを知るレイジュはまた白い目でだらしない顔で眠るゴジを見る。
「父さんも母さんも分かってないわね……あの締りのない顔はろくでもない夢を見てるに決まってるじゃない。はぁ……」
ソラの治療する研究に明け暮れるゴジの唯一の癒しとなったのは新規海兵募集の為に毎月発行されている海軍の一般向け機関誌 月刊『海軍』の大人気コーナー
”女海兵特集”
であり、雑誌に写る戦う美女達を眺めながらいつかこんな女海兵達と一緒に海へ出たいという“夢”を抱くようになった。
「でへへっ♪皆、待ってろよ……♪もうすぐ……」
力を使い果たして父に抱かれて眠ってしまったゴジはレイジュの予想通り、立派な海軍将校となって美人な女性海兵達に囲まれて航海している幸せな夢を見ていた。
後書き
5月3日加筆修正
第七話 元海軍大将
サンジとゴジの夢が叶えることを約束した数日後、ジャッジは玉座に腰掛けて一人悩んでいた。
「どうしたらいい。この国の為……そして子供達の為に俺は何をしてやれるのだ。」
悩みの種はジェルマ王国の今後について…真の意味で家族となれた今のジャッジは他国の戦争にもう自分の愛する子供達を介入させたくないので、今は戦争屋としての仕事は全て断り、他国に武器のみを売っている状態である。
「父さん。俺に案があるんだ。」
それでも他国と比べても国民の少ないこの国だからこそ何とか国としてやっていける収入は確保出来ているが心許なく、憂いていると何も無い部屋の隅からゴジが突然現れてジャッジは目を見開く。
「なっ…!?ゴジ。聞いていたのか?そうか……ステルスブラックの透明化能力……」
ゴジは申し訳なさそうな顔をしながら、盗み聞きしていた訳を話す。
「ごめん。母さんも姉さんも兄さん達も皆心配してるんだ。」
家族達は悩んでいる父に気づいていたので、ゴジが父の悩みを探る為に透明化能力を使って父の執務屋に潜んで彼の一人言を聞いていたのだ。
「そうか…心配を掛けたな。それで、お前の言う案とはなんだ?」
ジャッジは家族に心配を掛けたことを反省すると、家族の治療を成功させ、レイドスーツをも完成させた頭脳を持つゴジが考える案が気になった。
「この大海賊時代を利用するんだよ。山のようにいる海賊たちに苦しめられている国は沢山ある。そんな国を助けてジェルマ王国が後ろ盾になるのはどうだろう?」
この大海賊時代、残念ながら海賊に支配されて苦しんでいる国も多い。
ゴジが考えた作戦とはそんな海賊達に苦しめられている国を助けて、クローン兵の兵力と労働力を提供することで、その国をジェルマが支援し、ジェルマの領地とすることで平和的にジェルマ王国の領地を増やしていくものだ。
「お前はソラ達を治療しながらそんなことをずっと考えていたのか?」
ゴジは大切な家族が住むジェルマ王国の今後についてもちゃんと考えていた…もちろんその計画の前提は父を排除することだったが、本当の父の想いを知った今となっては自分が温めていた作戦を話し聞かせた。
「うん。昔のようなやり方で国を支配してもまたジェルマは滅ぶからね。海賊に支配された国や島を守る為にジェルマの領地すれば、皆喜ぶでしょう?」
ジャッジはジェルマ王国の国民をどう助ければいいかを考えている中、世界に目を向けていたゴジに驚愕する。
「お前は…いや、なんでもない。悩みは晴れた。ゴジありがとう。」
ゴジはジャッジが何を言いかけたのか疑問に思ったが、自分の案が採用されて嬉しそうに笑った。
「あの子は元より、この国程度に治まる器ではないか……」
ジャッジは部屋から出ていくゴジを見送りながら、ゴジに対して『お前が王になればいい国になりそうだ』と言おうとした事を思い出して苦笑した。
◇
ジェルマ王国としての方針が決まってしばらくして、家族揃っての夕食中にジャッジが話を切り出した。
「サンジ、お前の修行先が決まった。」
「本当に?」
サンジが食べかけていたスープから口を離して、嬉しそうな顔をして父を見つめた。
「あぁ。私の友人のメスキートに預けることにする。」
「まぁ、懐かしいわね。あなたと毎年食べていたあの人の料理すごく美味しかったわね。」
メスキートは東の海でも一・二の腕を持つというレストランのオーナーである。
ジャッジとソラが新婚旅行で訪れてから彼の料理を気に入り、ソラが倒れるまでは毎年の結婚記念日には東の海にある彼の店を訪れて料理を食べて親交を深めていた。
「すでにメスキートにはサンジを預けることに了承を貰っている。」
北の海と東の海は赤い土の大陸で区切られており、船での行き来きは通常であれば不可能であるが、ジェルマ王国の船は巨大電伝虫の上に乗っており、この電伝虫は天にそびえる赤い土の大陸の壁をも悠々と登ってしまう。
「東の海……。」
さらに理由は不明だが、海王類はこの巨大電伝虫を恐れる為、凪の帯と呼ばれる偉大なる航路を挟む超大型の海王類の巣ですら航海可能であり、偉大なる航路を南北に横断して南の海にも行く事ができるから実質ジェルマ王国に行けない海はない。
「この国も東の海に向かって進めている。サンジ、後はお前の気持ち次第だ。」
しかし、この船以外では北の海と東の海との行き来は実質不可能である事が分かった上でサンジは力強く父を見つめてしっかりと頷く。
「うん。ありがとうお父さん。立派な料理人になるよ!!」
ジャッジもサンジの揺るぎない覚悟を受け止めて和やかな家族の団欒の後、ジャッジは少し言いづらそうにゴジの方を向いた。
「楽しみにしている。次にゴジ。」
「急な話だが、明日お前を預ける男がこの船にやって来る。」
「「「えっ…!?」」」
家族は皆、父の急な話に騒然となるが、彼は頭を抱えるように軽く下げてから、すぐに頭をあげてゴジに向き直る。
「元海軍大将で今は海兵の訓練教官をしている忙しい男なのだが、昨日連絡を取ると近くにいるから明日の朝イチでこの国へ来ると言ってきた。」
ゴジはサンジを見送った後で単身海軍本部に入隊する気でいたが、ジャッジはベガパンクの元で研究していた時に知り合った男に大切な我が子を預けるつもりで連絡を取っていた。
「元……海軍大将…!?父さんはなんでそんな人と知り合いなんだ?」
海軍大将とは海軍将校の中でも、トップの元帥に次ぐ階級にあるモノで、北の海にいて易々と知り合えるものではない。
「あれは俺がMARSに入ったばかりの頃の話だ。」
ジャッジは家族達に彼との出会いを話し始めた。
◇
《十数年前、偉大なる航路のとある島》
ベガパンクがいずれ血統因子を発見して世界を震撼させるより少し前、まだ世界政府から認知されていない“MARS”と呼ばれる研究所でジャッジが働いている時に、海軍本部大将“黒腕”のゼファーがこの研究所を尋ねて来た。
「何?ベガパンク、海軍大将が俺に何の用だ?」
この“MARS”の代表であるベガパンクがジャッジに来客を告げに現れた。
「私に聞かれても困る。だが、どうしても君に会いたいそうだ。応接室にいるから行ってくるといい。私も研究で忙しい。もう少しで生命の設計図を見付けられそうなんだ……ジャッジ、客人の相手は任せたよ。」
ジャッジは意味が分からずに頭を捻りながら応接室に向かうと、そこに居たのは紫色の短髪を坂立たせ、筋骨隆々の体に海軍将校の証である背中にと書かれた正義の純白のコートを纏った中年の男がいた。
「“黒腕”のゼファー!?」
ジャッジはゼファーとは面識はないが、新聞にもよく載っている世界で一番有名なこの海兵を知らないはずはなかった。
「おう!!あんたがジェルマ王国の王子ジャッジか?」
ジャッジはこの時の目を輝かやかせた子供のような顔を浮かべたゼファーの顔を今でも鮮明に覚えている。
「そうだが、この俺に何の用だ?」
ゼファーは幼い頃、ダンボールで作った仮面と武器を持った正義のヒーロー“ゼット”として遊んでいたことがあり、そのゼットとよく似ている“海の戦士ソラ”に運命を感じた。
「実は俺は“海の戦士ソラ”の大ファンなんだ。もちろん敵役であるジェルマ66も大好きでな。一目本物に会いたかったんだ。」
海の戦士ソラは海軍の活躍がモデルであるが、ジェルマ66はジェルマ王国がモデルと知り、その王子が務めているベガパンクの研究所を休暇で訪れたのだ。
「変わった海兵だな……」
この出会いを切っ掛けにジャッジとゼファーとの交友はゼファーが任務で家を空けている間に妻と子を海賊に殺されて失意の内に大将を降りるまで続き、ジャッジの武装色の覇気もゼファーから教わったものだ。
◇
ジャッジはゼファーとの出会いを話した後、彼について自分の事のように楽しそうに話す。
「ゴジ、ゼファーは海賊であろうと決して人殺しをしない海兵だった。殺さずに捕らえて罪を償わせるという海軍の正義を信じ、誰よりも真っ直ぐに貫いた男だった……」
ゴジはゼファーという海兵に興味が湧く中で、ジャッジが寂しそうに言葉を過去形で終わらせた事に首を捻る。
「だった?」
最後にゼファーに訪れた悲劇について話す。
「ゼファーは捕らえた海賊の残党達の報復に遭い、留守中に愛する妻子を惨殺されたのだ。奴は妻子の死に責任を感じて自分の正義を疑い大将の座を降りた。俺はあの事件の後にゼファーにすぐに連絡したが、連絡は付かず、俺も王位を継いだばかりで奴の元に駆け付ける事すら出来なかった。」
ジャッジは当時を思い出して力になれなかった自分を悔いており、そんな悲痛な顔を浮かべる父を見ながら家族を殺されたゼファーのことを想いヴィンスモーク家の面々は目に涙を浮かべている。
「あなた……。」
当時のジャッジはジェルマ国王の王位を継いだばかりで国を離れる訳にはいかずにゼファー元へ行けなかったことを未だに悔やんでいた。
「だが、ゼファーは新兵教官として海軍にそのまま残り、後輩の育成に専念しているそうだ。今では“全ての海軍将校を育てた男”と呼ばれている。俺が知る最高の海兵だ。ゴジにはピッタリだろう。」
「父さん、ありがとう。」
ゴジはジャッジから話を聞いて明日から世話になる予定のゼファーという男がどんな人物なのか楽しみにしていた。
後書き
5月4日加筆修正
第八話 “黒腕”のゼファー
前書き
今日2話目です。
翌日、短く刈り揃えられた紫色の髪に齢64歳とは思えない現役時代から衰え知らずの筋肉の分厚い鎧を纏った偉丈夫。元海軍本部大将ゼファーがジェルマ王国に到着した。
「ここがジェルマ王国か……本当に巨大な電伝虫の上に国があるとはな!!」
ゼファーは妻と子を失った自分を励まそうとしてくれたジャッジを突き放したことを後悔していたが、自ら話し出すきっかけがなく、長年謝罪を出来ずにいた。
「来たか!?ゼファー!!」
ゼファーは久しぶりに会う少しだけ老けた友の姿を見て、開口一番に頭を下げた。
「ジャッジ、久しぶりだな。あの時はすまなかった。お前に何を話せばいいか……分からなかった。」
馬鹿正直に全てを話しながら頭を下げる友の姿に苦笑しながらジャッジは手を差し出す。
「お前が一番辛かったのは知っている。気にするな。ゼファーが元気そうでよかった。さぁ、我が城を案内しよう!!」
長年の遺恨を一言の遣り取りで解消した二人は笑顔で固い握手を交わしてから、ゼファーは城を案内するジャッジと言葉を交わしながら親交を取り戻していると訓練所に通される。
「ゼファー、この子がゴジだ。」
ゴジは64歳とは思えぬ鍛え抜かれた体躯と覇気を有するゼファーを見て感動しながら、腰を90度に曲げて頭を下げる。
「はじめましてヴィンスモーク・ゴジと言います。ゼファー教官、よろしくお願いします」
一方でゼファーは中央で頭を下げる身長100メートル弱の身長しかないゴジの姿を上から下まで見て目を細める。
「ゼファーだ…話には聞いていたが、本当に子供とはな…」
頭を下げる幼いゴジの姿を見て、海賊に殺されたかつての自分の子供と重ね、海軍への入隊を断る決心を固めてジャッジを睨むように向き直った。
「ジャッジ、この俺にガキのお守りをさせる気か?」
元よりゼファーはゴジを連れていく気は更々なく、ジャッジに会うのが目的だった。
「俺もまだ早いかと思ったが、百聞は一見にしかず、お前が自分でゴジの実力を確めてみろ!!」
ジャッジはゼファーの気持ちを分かった上で彼を見ながらニヤリと笑う。
「ほぅ…自分の子供に自信があるか…いいだろう。小僧、俺を認めさせてみろ!」
ゼファーはジャッジの自信に満ち溢れた姿から、この子供にそこそこの実力があるのは間違いないが、所詮は子供と高を括っている。
「小僧じゃなく、ゴジです。ゼファー教官殿……」
ゼファーはゴジから放たれる静かな殺気を受けて、ゴジの実力は自分の想像のはるか上、僅か10歳で並の海軍将校以上だと認識を改めて無意識に口角が上がる。
「これは中々……小僧!名前で呼んで欲しいなら俺を認めさせてみろ!!さぁ、稽古を付けてやる!!」
ゴジは無防備に立っているようで全身に覇気を張り巡らさせているゼファーを前に獰猛な笑みを浮かべて覇気を練り上げる。
「爺さん、吠え面掻くなよ!“武装色・硬化”!!」
ゴジは武装色の覇気に目覚めてから今日まで父に使い方を学び、数分程度であれば“硬化”を戦闘中に使えるようになっていた。
「ガハッハッハ!!その歳で“硬化”だと!?面白い!小僧…俺に一撃でも与えられたら認めてやる!!」
ゼファーは武装色の覇気を纏って黒くなったゴジの両拳を見て笑いが堪えきれない。
「爺さん……行くぜ!“疾駆”!!」
拳を構えたゴジは足元を爆発させると、その爆風に乗って真っ直ぐにゼファーに突っ込んでいく。
「その歳で武装色の覇気を使いこなすだけでなく、能力者か…なるほどジャッジが自慢するだけの事はあるか。こりゃあ……間違いなく逸材だ!!」
ゼファーは当初の決意は何処へやら、わずか10歳で武装色の覇気を扱えるゴジが成長すればどんな海兵になるのかワクワクしながら、彼の突進を躱す。
「まだまだ!!“疾駆”!ここだぁぁぁー!!」
ゴジは躱された瞬間に着地した地面をさらに爆発させると、そのまま自分に背を向けるゼファーに向けて拳を構える。
「ふんっ!器用な奴だ……だが、俺相手にヘタなフェイントや小細工は無意味と判断した戦闘センス。これは鍛えがいがありそうだ。」
ゼファーは自分が勝つことを疑っていないゴジに上には上がいるという現実を教えるべく少しだけ本気を出す決意を固めて体に力を込めていく。
───爺さんの右足の筋肉を中心に覇気と力が籠ってる。
───俺の攻撃が当たる直前に死角から恐ろしく速い回し蹴りがくる。
ゴジには筋肉の動き、重心の位置等から相手の動きを予測する観察眼が備わっている。
「甘っ!?なんだと……」
ゼファーはゴジを蹴り飛ばすべく、ゴジの完全な死角から後ろ回し蹴りを放つも、その蹴りが空を切った事に目を見開くと、ニヤリと笑ったゴジと目が合う。
「へへっ♪その蹴りは視えてんだよ!喰らえぇぇ“火花フィガー”!!」
ゴジは低身長を活かしてゼファーの蹴りを地を這うかの如く深く腰を落として回避しながら、体重を拳に乗せた正拳突きをゼファーの軸足の向こう脛に放つ。
「ぐっ!?」
ゴジの拳が軸足となる左膝に突き刺さると爆発が起きるが、ゼファーは左膝を襲う痛みを堪えながら空を切った右足でカカト落としを放つ。
「これで俺の勝ぢぃ……ぐべっ!?」
カカト落としをモロに頭に受けたゴジはカエルの潰れたような呻き声と共に地面に頭をめり込ませた。
「おいっ!?ジャッジ!!この子は死角からの俺の回し蹴りを予測したぞ!!まさか見聞色の覇気も習得しているのか!?」
ゼファーは地面に頭がめり込んだゴジを見た後で、ジャッジを見る。
「さぁ……俺は見聞色の覇気は使えないからよく分からんが、ゴジはよく未来が視えていなければ理解出来ないような動きをする。」
ゼファーは少し赤みを帯びてヒリヒリと痛む自分の左膝を見て、笑いが抑えられない。
「ガハハハハ。本当になんて子だ。ガッハッハッハ!!」
ゼファーが高笑いを上げていると、ゴジは数秒意識を失っていたがすぐに目を覚まして地面から顔面を引っこ抜くと痛む頭を抑える。
「ぶはっ!?いってえええぇぇ!!くっそ!!一撃当てた俺の勝ちが決まってたのに、このイカレ爺さんは素直に負けが認められねぇのかよ!?」
ゴジの顔や頭には土汚れはあるも外骨格で踊れた皮膚には傷1つ見当たらなかった。
「ガハハハハ。あれ食らって意識あるのか……大した小僧……いやゴジだったな!安心しろ。この戦いは間違いなく、俺に一撃を当てたお前の勝ちだ。」
ゼファーは爆発でスボンの左足の裾が吹き飛んで剥き出しになってる左膝をゴジに見えるように見せた。
「なら、なんで俺は蹴られたんだよ!めっちゃ痛てぇぞ!!」
ゴジは涙目で未だに痛む頭を両手で押さえながらゼファーを睨むと、彼はそっぽを向く。
「それは……つい……」
ゴジはゼファーの答えを聞いて、カチンと来てゼファーの胸倉を掴む。
「ついだと!?おい!!俺じゃ無けりゃ死んでるぞ!!このボケ老人!!」
ゼファーはそんなゴジを高く抱き上げる。
「ゴジ!!俺がお前を最強のヒーローに育ててやる。」
抱き上げられたゴジはジト目でゼファーを見下ろす。
「ヒーロー?」
ゼファーはそんなゴジに向けて、自分の夢を託すように目を輝かせる。
「そうだ。海兵はこの海を守るヒーローだ!お前はその中でも最強のヒーローになれる!!」
ゴジは自分より圧倒的高みにいるゼファーから食い気味にべた褒めされることに気恥しさで顔を赤らめた。
「お…おう!!」
ゼファーはゴジを足元に下ろすと、ジャッジに向き直る。
「ジャッジ、頭でっかちのお前からこんな傑物が生まれるとはな…既にお前ではゴジには敵わんのだろ?」
ジャッジに請われて戦い方や覇気を指南したゼファーだからこそ、ゴジとジャッジの実力差を明確に見抜けた。
「ふん、その子は頭の方もすでに俺を超えている。折を見てベガパンクにも会わせてやってくれ。あいつは今、海軍本部にいるのだろう?きっとゴジの成長に繋がる。」
強い上に頭もいいと聞いてゼファーは一層将校としての才能をゴジに感じてニヤニヤしながら乱暴に頭を撫で回す。
「ほぅ…こんなに強いのに頭もいいのか?本当に海軍に入れてもいいのか?死ぬかもしれんぞ?」
子供を失ったゼファーだからこそ、当初は息子を死地に向かわせるジャッジを止める気でいたが、海軍の教官として自分の手でゴジを最強の海兵に育てたいという相反する感情が生まれていた。
「その子は五男だ。上には四人も王子がいる。ゴジ…お前は今日からただのゴジだ。いいな?」
ゴジはその場で片膝をつき、跪いてジャッジに臣下の礼をとり、事実上の廃嫡宣言を受け入れる。
「はい、父さん。これまで育ててもらってありがとうございます。」
王族の務めから解き放たれるとはこういう事であるとゴジの発案で家族の皆で話し合って決めていた事である。
「なるほど…跡目争いってやつだな。王族は大変だな。こんな才能の溢れた弟がいたら上の兄は気が気じゃないか」
ゼファーは観客席にいるゴジと同じ背格好の子供達をチラリと見て、納得する。
「そういうことだ。王位を継げないならば、この国にいないほうがこの子の為になる。もう一人もこれから別の知り合いに預けるつもりだ。」
王族に兄弟が多いと跡目争いで兄弟間の殺し合いも珍しくないので、それを避けるために跡目になれない子供を廃嫡して養子に出したり、別の職業を斡旋することも珍しくない。
「王族のしきたりなんていう難しいことはよく分からんが、まぁ……ゴジのことは任せておけ!」
ゼファーは用は済んだと振り返ることも無く訓練所から出ていくので、ゴジは慌てて彼に続くとその背にジャッジとソラが声を掛ける。
「ゼファー、俺の息子をよろしく頼むぞ!!」
「ゴジ、立派な海兵になるのよ!」
ゼファーに気を使わせないようにこの場にはイチジ達兄姉もいるが、彼らは跡目争いをしているゴジとは仲が悪い演技をしているので、この場では言葉を交わさずに一度立ち止まって家族を振り返って挨拶を目礼だけで済ます。
「ゴジ、もう別れはいいのか?」
ゼファーは目に涙を溜めて泣くのを我慢して自分に付いてきたゴジの頭を乱暴に頭を撫でる。
「爺さ……いやゼファー教官、心遣いは感謝します。でも……わがれは昨日ずば……ぜ……だ。」
ゴジはそんなゼファーのゴツゴツとした大きく優しい手に涙が溢れる。
「なるほど……男の別れに涙は不要か……爺さんでいい。敬語もいらん。」
ゼファーはそんな強がるゴジを見ながら、父親の代わりにはなれそうにないが、祖父代わりにはなれるのではないかとそんな事をふと考えた自分が可笑しくて少し笑ってしまう。
こうしてゴジは海軍に入隊すべくジェルマ王国を後にした。
後書き
5月4日加筆修正
第九話 模擬戦
ゴジはゼファーに連れられて彼の夢舞台となるマリンフォードに到着した。
「爺さん、ここが海軍本部か…。凄いな!」
マリンフォードは偉大なる航路前半にある三日月型の島であり、赤い土の大陸およびシャボンディ諸島の近くに位置し、何よりも目の引くのは島の中央の岩山に大きく刻まれた『海軍』という二文字である。
「ガハハハハ。そうだろう!!ここが世界中の正義の戦力の最高峰だ。ゴジが海軍へ入隊が許されるのは12歳から。見習いでも11歳からだからな…それまでの1年は俺がみっちりと鍛えてやろう。」
ゴジはここへ来る間だけでも、武術や覇気だけでなく船の扱いや航海術等ゼファーから学ぶことが多く本当に感謝し、祖父を知らない彼はゼファーを本当の祖父のように慕い始めていた。
「おう!爺さん、頼むよ!」
対するゼファーもジャッジから預かったゴジが爺さんと呼んで本当の祖父のように慕ってくれる事が嬉しくて張り切って色々教えて行くうち、それを乾いたスポンジが水を吸い込むように次々と身に付けるゴジの成長を肌で感じるのが楽しくて今二人の様子を見る者がいれば、仲の良い祖父と孫にしか見えないほどここに来る道中で二人の仲は親密になっていた。
「なるほど……ガープが自慢するわけだ。孫ってのは悪くねぇな。」
ゼファーは同期生の海軍本部中将モンキー・D・ガープから孫自慢されてうんざりしていたが、今ならガープの気持ちもよく分かると感じているほどである。
「あら?可愛い子ですね。どうしたんですか…先生?」
そのガープの孫も海賊を目指し始めてからというもの自慢よりも愚痴が多くなったので、ゼファーはいずれガープにゴジを自慢してやろうと考えていると、ゼファーの帰りを入口まで出迎えにきた彼の訓練生の一人がゴジに気付く。
「アインか…こいつはゴジという。戦争孤児でな拾ってきた。俺が面倒見るつもりだ。」
青いロングの髪を持ち、短パンから伸びる健康的な足が美しい美少女であるアインはしゃがみ込んでゴジと顔を合わせる。
ゴジが戦争孤児であるという設定はジェルマ王国の王子という過去を隠す為にここへ来るまでの間に2人で考えた設定である。
「なっ……すっごい可愛い子だ。!」
そんな美少女であるアインとの出会いはゴジ衝撃を与えた。
月刊海軍の愛読者であるゴジはこんな美少女がなんで今まで特集されていなかったのか疑問に思いながらもまだ自分の知らない美女が海軍には居ることに期待に胸を膨らませている。
「あら、ありがと。こんにちは…私はアイン。まだ新兵になったばかりの駆け出しなの。ゴジ君よろしくね。」
海軍本部に入隊した新人はゼファーの元で1年間教育を受けてから各部署に配属される決まりになっているので、アインは今年海軍に入隊した新兵であるため特集されていない。
「俺、こんなに可愛い女の子を初めて見たよ!アイン姉ちゃん、よろしく。」
ゴジは10歳という幼い自分の容姿をよく理解しており、ジェルマ王国でも子供らしく素直に行動すると城で働くメイド達にも好評であったので、アインに抱き着いて俺のモノだというアピールをする。
「あぁーん!先生、この子可愛いですよ♪」
ゴジの思惑は的中してアインは嬉しそうにゴジを抱き締めて返してくれるので、ゴジは彼女の慎ましい胸に顔を埋めてアインには見えないように鼻の下を伸ばしている。
「ガハハハハ!ほら、お前達訓練にいくぞ!」
ゼファーは鼻の下を伸ばしていたゴジの横顔が若い頃のジャッジが綺麗な女性を見て鼻の下を伸ばしていた顔とそっくりだったので、思わず笑ってしまった。
「はい先生!ゴジ君一緒に行こう。」
「うん!」
ゴジがアインに手を引かれて訓練場に向かうとそこには数十人の訓練生が整列しており、アインは手を振りながらゴジと別れてその列に混ざっていった。
◇
今ゴジ達がいる新兵の訓練場は海軍本部基地と併設された場所にあり、寮も完備されている。
「よし、全員に揃っているな…お前達に紹介したい子がいる。ゴジ、来い。」
ゴジはゼファーに促されてゼファーの横に並んで姿勢を正して頭を下げて挨拶する。
「ゴジです。10歳です。皆さんよろしくお願いします。」
アインはよく出来ましたと言わんばかりにゴジに手を振ったので、ゴジがアインに手を振り返していると、そんな光景を見せられた訓練生はアインと馴れ馴れしくしているゴジを睨む。
「アイツは俺達のアインの何なんだよ?俺達の鉄の掟を破る気じゃねぇのか?」
美人で気立てがいい上に腕が立つアインは訓練生にとってアイドルのような存在であり、アイン以外は男しかいないこの期の訓練生の間では抜け駆けしないという密約があるのに、思わぬ伏兵の存在慌てているのだ。
「なんでガキが海軍にいるんだよ!」
一瞬でアイン以外の訓練生全員を敵に回したゴジはニヤリと笑いながらアインの元へ駆けて行く。
「アイン姉ちゃん、皆が睨んでくる。怖いよぉ〜」
アインはそんなゴジを優しく受け止めて頭を撫でる。
「あらあら、皆、子供には優しくしないとダメでしょ!」
しかし、訓練生達はアインに抱き着いたゴジが訓練生達を見ながら勝ち誇ったかのようにニヤリと笑った後で、顔を胸に埋める光景を見てしまった。
「「「絶対殺す!」」」
訓練生はゴジがエロガキである事に気づき、嫉妬の炎が熱く燃え上がるが、何処吹く風とゴジはアインの胸に顔を埋めたままほくそ笑んだままである。
「てめぇら!いい加減にしろ!!ゴジ、お前もだ!」
「先生!?すみませんでした!」
「げっ!爺さん…」
ゼファーはゴジの首根っこを掴んでアインから引き離すとそのまま持ち上げて、訓練生達の前に見世物のようにブラブラと吊す。
「さっきも言ったが、こいつは俺が拾ったガキで名前をゴジという。今日からお前達の仲間になるが、そうだな…文句があるならコイツと模擬戦してみるか?」
ゼファーの提案に嫉妬の炎で熱く燃え上がる訓練生達は我先に立候補していく。
「俺にやらせて下さい。」
「いや、俺がやります!」
「俺がそのエロガキを教育します!」
一連のやり取りでアイン以外の訓練生全てを敵に回したゴジの味方は一人しかいない。
「ちょっと皆!ゴジ君は子供なんだからそんないきなり…」
アインはゴジの元へ行き、自分の体を盾にして訓練生達の視界から隠す。
「アイン姉ちゃん、ありがとう。でも俺、頑張るよ。」
その姿は雛鳥を守る親鳥のようであるが、とうの雛鳥はアインに見えないように訓練生に対してアッカンベーをしているので緊張感の欠片もない。
「ゴジ君…怪我しちゃうかもしれないわよ?」
ゴジは心配したアインが振り向く前に自分の顔から手を離してキリッとした顔を作る。
「大丈夫だよ。でも、僕が勝てたらご褒美が欲しいなぁ…」
ゴジがモジモジと上目遣いになりながら恥ずかしそうにしていると、アインは一度ゴジを抱き締める。
「ゴジ君…分かったわ。危なくなったらすぐに私が止めるからね。」
こう見えてアインは訓練生の中でも抜きん出た実力の持ち主で小刀を使った二刀流剣術の使い手で、今期の訓練生の中で一番の実力を持っており、ゴジが危なくなったら本気で試合を止めるつもりでいた。
「うん!」
アインと抱き締め合ったまま仲睦まじく言葉を交わすゴジに訓練生達は血の涙を流しながら見ている。
「このエロガキが…俺達のアインに…」
「傷が残らない程度にボッコボッコにしてやる…」
ゴジと訓練生達との模擬戦は決まったが、訓練生の立候補者多数で誰が闘うか決めかねているのを見かねたゴジがゼファーにある提案をする。
「爺さん、俺は全員纏めてでもいいぜ。」
「「「なっ!?」」」
「そうだな。そうしよう。」
ゴジの提案に悪しき海賊を捕らえるために海兵を志した訓練生達はようやく自分達が醜い嫉妬でボコボコにしようとしたのが僅か10歳の子供である事に気付き、我に返る。
「先生!それはいくらなんでも…」
ゴジは自分がめちゃくちゃにしたこの空気をゼファーが煽っている姿を見て、ゼファーの狙いに検討が付いているので、さらに訓練生達を挑発する。
「はっ…怖いのかおっさん達?纏めてかかって来いって言ってんだよ。」
ゴジの分かりやすい挑発を受けておっさん呼ばわりされた10代後半から20代前半の若い訓練生達全員の目の色が変わり、全員でゴジに向けて拳を構えている。
「大人に対する口の聞き方ってやつを叩き込んでやる。クソガキが…」
「子供だからって何言っても許されるわけじゃないぞ!」
「「「そうだ…そうだ!」」」
ゴジと訓練生達との訓練が決まると、ゴジはゼファーをチラリと見て、覚えたばかりの徒手空拳を試していいかと目線を送る。
「決まったな。では、これよりゴジ対訓練生との模擬試合を行う。後遺症が残りそうな怪我をしそうな時には俺が止めるが、それ以外は武器の携行も自由だ。」
ゼファーはゴジを見ながらニヤリと笑って頷いた後、訓練生達を見る。
「先生!無茶です!!」
「アイン、安心しろ……あの子は強い。お前は下がってよく見てろ。」
アインはゼファーの言葉に目を丸くして驚きながらも渋々壁際まで下がる。
「それでは始め!!」
ゼファーはアインが壁際に下がったのを確認すると、戦いのゴングを鳴らす。
「「「うおおおおぉぉ…」」」
ゼファー合図で一斉に動き出した訓練生達をゴジは訓練生達の動きを観察して行動を予測し、拳を構えて突っ込んでくる5人をすれ違いざまに首筋に手刀を与えて気絶させる。
「「「はっ…?」」」
ジェルマのクローン兵にすら及ばない訓練生の動きであればゴジにとっては赤子の手をひねるようなものである。
「お兄さん達…呆けてる時間あるの?これは戦いだ。俺をガキと侮って仲間を犠牲にした挙句に敵を前に隙を晒すな!!」
ゴジはバタバタと前のめりに倒れていく仲間の姿に呆ける訓練生達に激を飛ばしながら、一瞬で距離を詰める。
「速っ……ぶべっ!?」
「がはっ!?」
そんな彼等の目の前で一瞬で間合いを詰めてきたゴジの掌底を腹に受けた訓練生2人が気を失って弾き飛ばされた。
「そうやって呆けてるから俺を見失うんだ。ヒーローの卵なら少しで耐えてみせろ!!さぁ、俺が稽古を付けてやる!!」
訓練生達はそれからもほぼ一方的にゴジに訓練生達はボコボコにされて20人近くいた訓練生は全て地に沈むことになる。
◇
模擬戦に参加せずに見守っているアインは目の前で同期生を次々と倒していくゴジの動きに違和感を感じていた。
「え…間違いないわ……ゴジ君の動きが先生そっくりだわ……」
ゼファーは目を見開いているアインを見て関心する。
「流石アインだ。よく気づいたな。ここへ連れて来るまでの航海の間にゴジに強くなる方法を聞かれた時、『俺の技を盗め!』って言ったら、俺との手合わせの中で俺がこれまで海兵として培ってきた技をモノにしつつある。ゴジはまさに戦いの天才だよ。」
ジェルマ王国からマリンフォードまでの1週間でゴジは“観察眼”でゼファーの筋肉や重心の動きを見て彼が得意とする徒手空拳の動きを覚えた。
「じゃ……じゃあ今のゴジ君はさしずめ小さな先生ってこと!?」
ゼファーはゴジの実力に恐怖すら抱くアインを寂しそうな顔で見る。
「あぁ……アイン、頼みがある。ゴジが懐いているお前だけはゴジを恐れないでやってくれ。いくら強くとも中身は10歳の子供なんだ。」
アインはゼファーの言葉にハッとなって自分がゴジを恐れていた事に気付き、目を見開きながら嬉しそうに自分に駆け寄ってくるゴジを見つめる。
「アインお姉ちゃん!!俺、勝ったよ!褒めて!」
アインは照れ臭そうに笑うゴジの顔を見ながら、しゃがんで彼を抱き締めて母が子を褒めるように優しく頭を撫でる。
「本当に凄い…お姉ちゃんはゴジ君が怪我なく戻ってきてくれたのが何よりも嬉しいわ♪」
アインはゴジの戦争孤児だという出生を思い出して彼は強さを得なければ生きていけない環境おり、家族の愛に飢えてるのだと思い、自分が家族になろうと決意した 。
「アイン姉ちゃん、ご褒美のことだけど…」
アインはゴジを抱きしめるのを止めて、ゴジの願いを聞く為に目線を合わせる。
「そうね。ゴジ君は何が欲しいの?」
「えっとね…アイン姉ちゃん、僕とお風呂一緒に入って欲しいんだ。」
ゴジは自分が子供である事を最大限に生かしたお願いは、アインの想像通りゴジはやはり愛に飢えているのだと誤解を深める結果になり、あっさりと受理される。
「お風呂?勿論いいわよ…訓練が終わった後に一緒に入りましょう♪」
「わぁーい!」
ゴジは飛び跳ねて喜んでいるが、すぐに地獄が待っていた。
「話が纏ったな…ではゴジ。アインとの風呂の前に俺自らがお前をみっちりと鍛えてやろう!もっとよく見て俺の動きを完璧に盗め!!俺に言わせればまだまだ甘い!!」
ゼファーは不完全ながらも自分の培ってきた技を身に付けていくゴジに老いていくだけと思っていた自分の培ってきた全てを伝える気で張り切っている。
「へっ…?」
「疲れた後の風呂は格別だぞ…ほら、さっさとやるぞ!お前の相手は俺しか務まらんだろ?」
「俺はアイン姉ちゃんと訓練したい……って……まさか爺さん、謀りやがったな!?」
ゴジはニヤリと笑うゼファーを見て、訓練生では自分の相手にならないことを証明させることが本当の狙いであると気付いた。
「訓練生ではお前の相手にならんとお前自身で証明したからな。ここへ来るまでの船旅同様にお前は俺がみっちりと鍛えてやる!!」
「ゴジ君、先生に認められるなんて凄いわね。頑張って!!」
その場から逃げようとしたゴジはアインの応援を受けてピタッと立ち止まって、やけくそ気味に叫びながらゼファーに向き直る。
「くそがぁ!かかって来いや…クソジジイ!!」
アインはゼファーがゴジの祖父代わりとなるならば自分はゴジの姉代わりになろうと決意し、海兵となる為に頑張るゴジの応援しようと決意を固めていた。
「その意気だ!クソガキ!さぁ……稽古をつけてやろう。」
ゴジが疲労困憊で動けなくなるまでゼファーとの稽古は続いた。
後書き
アイン登場。時系列的にあの事件が起こるのはもう数年先なので、ゼファーの両腕は健在です。
5月5日加筆修正
第十話 秘蔵っ子
訓練の後、アインは約束通りゼファーとの訓練でボロボロになったゴジを連れて海軍本部にある女風呂に向かっている。
「あのジジイ、少しは手加減ってもんを……」
アインの横を歩くゴジは最後にぶん殴られた頬を擦っている。
「でも、ゴジ君ほんとに凄いわ……ゼファー先生の動きについていけるだけで凄いことよってあれ?」
アインはそんなゴジの頭を撫でようと手を伸ばすが、空を切る。
「それとこれとは…って着いた!!アイン姉ちゃん早く早く!!」
ゴジは女と書かれた赤い暖簾を見つけて鼻息荒く興奮して疲れも吹っ飛んだように暖簾の手前までダッシュして後ろを振り返ってアインを急かしていた。
「あらあら、はしゃいじゃって可愛い。」
アインはそんなゴジを見ながら、お風呂にはしゃぐ年相応の反応(勘違い)をしているゴジを見て微笑ましく思っているが、当然ヴィンスモーク家の血を受け継ぐゴジが何に興奮しているのか。
◇
風呂で汗を流している女海兵達がアインと共に入口から入ってくる男の子に気付く。
「あれ?子供?」
「なんでここに子供が?」
「あら?でも可愛い子ね……」
言わずもがなである。
「初めまして、ゼファー教官のところで厄介になるゴジです。」
ゴジは背筋を伸ばして頭を下げると、女海兵達から黄色い歓声が上がる。
「「「可愛いぃぃ♪」」」
元々娯楽の少なく、訓練漬けの彼女達にとってゴジという子供の存在は癒しであった。
「ここは天国だああぁぁぁ。海軍本部に来れてよかった。」
ゴジは月刊『海軍』でも特集されていた美人な女海兵達の一糸まとわぬ姿に興奮してそのまま倒れてしまった。
「あ〜⸝⸝⸝美女が沢山……美女が沢山……たくさ……⸝⸝⸝」
アインはゴジの異変に気付いて慌てて抱き留める。
「えっ!?ゴジ君大丈夫?もう逆上せちゃったの!?」
「なら、脱衣所で寝かしとけば大丈夫じゃない?」
アインは慌ててゆでダコのように顔を真っ赤にさせて逆上せたゴジを風呂から脱衣所に運び、横に寝かせる。
「ん?アイン。その子だれ?」
風呂場の暖簾を潜った一人の女海兵が逆上せたゴジを脱衣所の椅子に寝かせて、団扇を葵でいるアインに気付いて声を掛けた。
「ヒナさん!この子はゼファー先生が連れてきた……」
海軍本部中尉“黒檻”という異名を持つピンクプロンドの長い髪と切れ長の力強い瞳と分厚い唇が特徴のヒナは海軍本部でもちきりの噂の正体だと見抜く。
「あぁ……訓練生をボコボコにしたっていう噂のゼファー先生の秘蔵っ子ね……ヒナ確信!!」
アインはヒナの言葉で昼間の訓練を思い出して乾いた笑いを浮かべる。
「あははっ……やっぱりもう噂になってるんですね……えぇ。その噂は本当のことで皆を一瞬で倒しちゃったんです。」
ヒナはゴジの頬に軽くキスをしてから服を脱いで浴室に入って行った。
「へぇ〜、私、強い子は好きよ。またいずれ話す機会もあるでしょ。またねゴジ君♪チュッ♪」
普段のゴジなら飛んで喜ぶシュチュエーションだが、気を失ってる彼は貴重な機会を失った。
◇
数日後ゴジがマリンフォードに来てから数週間が経ったある日の訓練所ではいつもの如くゼファーとゴジが戦っていた。
「くそ!爺さんもっかいだ!」
ゼファーに投げ飛ばされたゴジがすぐに立ち上がる。
「ゴジ、目に頼りすぎるな。攻撃が来ることを感じりゃ攻撃なんて簡単に避けれんだよ。」
ゼファーはどうにかゴジに見聞色の覇気について目覚めさせようとしているが、如何せん上手くいきそうにない。
「そんなんで分かりゃ苦労しねぇよ!?」
訓練生ではゴジの相手を務めれないことをゴジ自身が証明したため、ゴジとゼファーとのマンツーマンの訓練は既に日課になりつつあった。
「ゼファー先生、私とも一手訓練をお願いします。」
海軍コートを靡かせた一人の将校が訓練場に姿を現す。
「お前はシュウか……最近中尉に昇進したそうだな。いいだろう。鈍ってないか確かめてやる。」
白い布で鼻から下を覆い、海軍の帽子を目深に被った海軍本部中尉シュウはゼファーに頭を下げる。
「はっ!ありがとうございます。」
シュウは背中に『正義』の二文字の書かれたコートを脱いで戦う準備を始めるので、ゴジはゼファーに
「爺さん、俺は見てていい?」
ゴジがゼファーに鍛えてもらっている間にも、ゼファーに鍛え直してもらう為に多くの将校達が彼を尋ねてくるので、ゼファーが海兵達にどれだけ慕われているのかがよく分かる。
「そうだな。シュウは悪魔の実の能力者だからな。いい経験になるだろう。」
その度にゴジは見取り稽古をして、ゼファーの戦い方を学んでいた。
◇
シュウとゼファーの戦いは、正直戦いにならなかった。
「ぐはっ!」
悪魔の実の能力を使おうとしたシュウに対して、瞬間移動のような抜き足で距離を詰めたゼファーは黒腕の右拳でただ殴り飛ばした。
「ダメだダメだダメだ。貴様は悪魔の実の能力に頼りすぎている!」
シュウは触れたものを何でも錆びさせてしまう[[rb:超人 > パラミシア]]系悪魔の実サビサビの能力者で若くして海軍本部中尉の地位に付いた新進気鋭の有望株であるが、ゼファーの前では形無しである。
「やっぱり爺さんはすげーな。」
ゴジはゼファーが悪魔の実の能力者である将校達を相手に能力に頼りすぎると言いながら彼らをいつも圧倒している姿に憧れた。
「当面はジェルマの能力は封印して地力を上げていくか。」
自分は能力頼りの男にはなりたくないと思い、訓練において血統因子で得た能力を使わずに自分の覇気や体を鍛えてゼファーに一人前の海兵と認められるまでは能力は使わないと決心する。
◇
訓練場に海軍本部いや世界でも有名な2人の男が姿を現した。
「ゼファー!ゼファーどこだ!?」
「ん?この声はセンゴクか……まったく騒がしい。ゴジ、シュウを任せた!」
ゼファーの声が聞こえたゴジはそれを見ながら偉い大物が来たなと思いながらも言われた通りにシュウを肩に担ぐとそのまま医務室に運ぼうとその体を持ち上げながら、来客をチラリと見ると、目に飛び込んできた光景に驚愕が隠せない。
「センゴク元帥にクザン大将ね……トップ2がどうしてこんなとこに何の用だろ……ってかどういう状況だ?」
海軍本部のトップ元帥とその直属の地位にある大将のボサボサの黒髪で3メートル近い身長のあるいかにもやる気無さそうな顔をしている海軍本部に三人しかいない大将の一人クザン。
「あのぐうたらオヤジは本当に大将なんだろうか?」
海軍本部を代表する三大将の一人がセンゴク元帥に首根っこを掴まれた状態で引き摺られてきた光景にゴジは驚いていた。
「ゼファー!このバカを鍛え直してくれ!」
優秀ながらも“だらけきった正義”を掲げるマヌケ者であるクザンが超絶真面目人間であるセンゴクに怒られる理由等想像に容易い。
「げっ…俺ぁ〜新兵じゃねぇんだから、センゴクさん勘弁して下さいよぉ〜」
勿論、新兵時代にクザンを鍛えたゼファーも当然センゴクを怒らせた原因に検討が付いている。
「あぁ…クザンか…お前どうせまた書類仕事サボって遊んでたんだろ?そうだ。ゴジ!丁度いい相手が来たぞ!」
ゴジはシュウを連れて訓練場を出ようとした所でゼファーに呼び止められる。
「はっ?爺さん!俺は爺さんが気絶させたこのおっちゃんを医務室に連れてくとこなんだけど?」
ゴジは抱えているシュウを高々と上げて抗議の声をあげるが、ゼファーが聞くはずもない。
「シュウはのびてるだけだ。そこら辺に寝かしとけばじきに目覚める。クザン、このゴジと戦って勝つことが出来れば訓練は免除してやろう。」
クザンはこんな見た目でも変わり者の多い海軍本部において数少ない常識人であり、訓練免除を餌にされたところで、流石に10歳程度のガキと戦えと言われて断ろうとする。
「はっ?だからそのガキと戦えっての?冗談キツいよ先生。そいつ10歳くらいだろ?見習いですらないじゃん?」
「よし、もじゃもじゃ!!よく言った!」
ゴジはクザンが断ったのをいい事にシュウを地面に下ろした後、胸を張る。
「もじゃもじゃって……人が気にしてるとこをサラリと言うの止めてよね。」
クザンは自分のコンプレックスをあけすけに言い放つゴジを白い目で見ながら鍛えられた体と身に纏う覇気を見て目を細める。
「ほぉ…その子が噂のゼファーが拾ってきた子か?ゼファーが自慢するその子の実力を見たかった所だ!面白い、クザンやれ!」
センゴクの耳にもゴジの噂は届いており、実際に目の当たりにしてその強さを試したくなった。
「ちょ…ちょっとセンゴクさんまで…ほら、そのガキもすっごい嫌そうな顔してるでじょ?」
ゼファーとセンゴクが乗り気である以上は対戦相手であるゴジが納得していないことがクザンにとっては最後の砦となっている。
クザンとてゼファーの秘蔵っ子と呼ばれているゴジの強さは気になるが、流石に自分が子供と戦うのは勘弁したいのだ。
「ゴジ、少し耳を貸せ。」
ゼファーはゴジに近付いて彼のやる気を出させる為に取っておきの情報を耳打ちする。
「爺さん、なんだよ?何を言われても俺の気持ちは変わら……えっ…ヒナ嬢が本部に帰ってるって本当なの!?」
月刊『海軍』の人気コーナー”女海兵特集”で何度も特集されている“黒檻”のヒナはゴジの一番のお気に入りであり、ゴジの初恋の人と呼んでも差し支えない。
「ん?確かにヒナなら、昨日、任務を終えて帰港している。」
ゴジが本部に来た当初、ヒナは遠征に出ていたのでまだ会えてないが、センゴクも肯定して事でゴジの目が光り輝く。
「ガハハハ!やる気出たな?ゴジ、あの馬鹿の鼻っ柱折ってやれ!」
「任せろ!俺があのモジャモジャぶっ飛ばしてやるよ!約束は守れよ!!」
ゴジは勢いよく立ち上がって笑顔でクザンの元へ走っていく。
「その意気だ!絶対に勝てよマセカギ!」
クザンは的確にゴジのやる気スイッチを押したゼファーを見て、もう逃げられないと困った顔をする。
「おいおい…マジで?ガキ…お前も怪我したくなけりゃ…」
「うっせー!モジャモジャ、ぶっ飛ばしてやるよ!」
クザンは自分の良心がボロボロと剥がれる気がして首を傾けてボキボキと骨を鳴らす。
「はぁ〜これは…大人に対する口の利き方がなっちゃないね。こりゃ、ちょっと教育の必要がありそうだこと。」
クザンは二回りくらい歳が違うゴジの挑発に諦めたように両手を広げて顔を左右に振るも、ゴジとの戦いは避けられないものとなった事を悟り、溜息を吐いた。
後書き
5月6日加筆修正
第十一話 “青雉”クザン
ゼファーが何を吹き込んだかは知らないが、ゴジがやる気満々になった以上、クザンにはもはや断る手段が残されていない。
「はぁ…なんでこんなことになっちゃうかな〜。」
急にやる気になったゴジを見てクザンは肩を落としながらもゴジの待つ訓練所の真ん中に足取り重く向かう。
「クザン、ヒエヒエの実の能力は禁止だ。いいな?」
2人の間に立つゼファーがクザンに念を押す。
「はぁ…先生、流石にこんなガキ相手に元々使うつもりないよ。」
クザンは自然系悪魔の実ヒエヒエの実の能力者で、触れるだけで海をも凍結させてしまう程の氷結人間であるが、訓練でしかも子供相手に能力を使う気はサラサラない。
海軍中将以上は能力者の如何に関わらず、見聞色の覇気と武装色の覇気を習得しているから能力を使わずとも十分強い。
「ゴジ、クザンは自然系だ…俺の言いたい事は分かるな?」
ゴジはゼファーの言葉に首を縦に振って頷いた。
[[rb:自然 > ロギア]]系悪魔の実の能力者ほとんどは物理攻撃が一切通じない者が多く、彼らに攻撃を与える方法は弱点となる属性の攻撃か、武装色の覇気を纏った攻撃だけであることをゴジはちゃんと理解していた。
「爺さん!了解だ!」
[[rb:自然 > ロギア]]系悪魔の実の能力者には覇気使いで対応するというのは海軍将校以上であれば常識である。
「へぇー…ってことはこのガキ、まさか覇気が使えるのか?」
クザンはゼファーとゴジのやり取りで海軍将校達が血のにじむような訓練の末、ようやく取得した武装色の覇気をゴジが扱えることを知って笑みを浮かべる。
「よし、はじめ!!」
ゼファーの掛け声とともにこうしてゴジとクザンの戦いが始まった。
「ふぅ〜……“武装色・硬化”!!」
ゴジはゼファーの開始の合図で両手に武装色の覇気を纏いながら、クザンを観察していく。
「ヒュ〜♪」
「なっ……!?本当に武装色の覇気を……さらに硬化だと!?」
クザンは驚きとゴジへの賛辞を口笛で表し、センゴクはゴジを見て目と口を開いて驚きを表す。
「それにしても……流石は先生の秘蔵っ子だね。まさしく小さな“黒腕”のゼファーだ!」
クザンはゼファーと同じ徒手空拳の構えとお揃いの刈り上げられた短髪と相まってゴジはまるでゼファーの生き写しのようであり、楽しそうに笑う。
「流石は大将……隙はなしか……」
クザンはあくまで待ちの構えで全身の力を抜いてゴジのどんな攻撃にも対応するつもりであることが伺える。
「先手は譲るよ、どこからでも打ってきな!」
クザンは指をクイクイと動かして、ゴジを挑発する。
「後悔するなよ…」
ゴジはクザンの大人の歩幅三歩程の間合いを地面を蹴って一瞬で詰め、クザンの筋肉の動きや足運び重心等を観察して行動を”予測”しながら、右拳を突き出す。
「なっ……このガキ!覇気だけじゃなく、先生の無拍子まで!?」
クザンは見聞色の覇気で攻撃を予測していたにも関わらず、的確にゼファー譲りの予備動作なしに攻撃を放つ無拍子に回避が遅れてゴジと同じく“硬化”した左腕で受け止めた。
「まだまだぁー!!」
クザンは見聞色の覇気でゴジの攻撃を予測しているにも関わらず、毎回予測と反した動きを繰り出すゴジに対して武装色の覇気ではなく、見聞色の覇気の使い手ではないかと思い始めた矢先ゴジの蹴りがクザンの顔面を捉える。
「ぐっ!?でも、これで……」
クザンはからくも武装色の覇気を顔に纏ってゴジの蹴りを受け、蹴りを放った右足を掴もうと右手を伸ばす。
「はっ♪足を掴まれてたまるかよっと!!」
しかし、ゴジは空中で体を回転させて左足で、クザンの右腕を蹴り飛ばしながら後ろに飛んで距離を取った。
「マジ…?まさかとは思うけど、見聞色まで使えるの!?」
クザンの見聞色の覇気による先の先による攻撃予測と、ゴジの相手の体の動きを総合的に見ながらの後の先による攻撃予測ではゴジの動きを予測してクザンが体を動かしても、そのクザンの筋肉の動き等から攻撃を完璧に見切ることが出来るゴジに僅かに軍配が上がっている。
「ふぅ……あぶねぇ。体がデカいってのはそれだけでやっぱり有利なんだな…」
ゴジは日々のゼファーとの訓練でゼファーの筋肉の動きを観察していく過程でゼファーの技や動きを身に付けつつあった。
「ゼファー先生の無拍子に、持ち前の身軽さと身体能力を利用した野生動物のような動きに、俺と同等以上の武装色と見聞色なんてさ……。全く……とんだ怪物だ。」
一連の攻防でクザンはゴジの武装色の覇気について自分と同等か自分よりも上かもしれないと勘違いしているが、実際は武装色の覇気はクザンの方が圧倒的に上である。
「うん…流石は大将…このままじゃ決め手に欠けるな…」
ゴジが生まれ持つの外骨格による硬さを知らないクザンは武装色の覇気によるものと勘違いしている。
◇
二人の戦いを見守っていたセンゴクは戦闘から目を離せずに、横にいるゼファーに話し掛ける。
「ゼファー、なんだあの子は?」
「だからゴジは強いと言ったろ?戦い方も様になってきただろう?」
ゴジの徒手空拳は拙い部分はあれど、ゼファーをそのまま小さくしたような完璧な動きであった。
「バカか…様になってきたなんてもんじゃない。あの子は異常すぎるぞゼファー。本当に貴様の生き写しのようだ。」
彼と同期として切磋琢磨してきたセンゴクには誰よりもよく分かる。
「そのままじゃねぇよ。俺にはない身軽さがゴジにはある。俺はアイツがこの大海賊時代を終わらせる男になるとそう信じている。」
ゼファーは自信に満ちた目でゴジを見つめる。
「しかし、身軽さだけではクザンの見聞色に付いていける理由が説明付かん。」
センゴクは10歳の子供が悪魔の実の力を封じているにしても2種類の覇気を極める海軍大将相手に互角の戦いを演じている姿に恐怖すら感じている。
「ゴジは目が恐ろしく良くてな。あの目のおかげでクザンの見聞色に食らいついてやがる。数年後には俺もそしてお前もあの子に抜かれるだろうが、それでいいんだ。数年後海軍将校になったゴジを想像してみろ…ワクワクするだろう。」
生徒が自分を越えていくことが、教官であるゼファーにとっての幸せであり、それが孫のように思っているゴジならばこれ以上の幸せはない。
「そうだな…。それは楽しみかもしれん。」
そして数年後海兵となったこの子が海軍にどんな風を運んでくれるのかと思うとゴジな恐怖していたセンゴクの顔に冷や汗と同時に笑みが零れた。
「だが、このままじゃ……ゴジは勝てねぇか……」
しかし、ゴジの動きに目が慣れつつあるクザンを前にゴジの勝率は限りなく低いので、ゼファーが動く。
◇
ゴジは海軍本部に来てから一度も血統因子の操作で得た能力を使わずに己を鍛えてきたが、その事はゴジを鍛えてきた他ならぬゼファーが一番知っている。
「ゴジ、そのバカに遠慮はいらん。お前が能力頼りのバカじゃないのことはよく知っている。本気でやれ!ヒナに逢いたいんだろ?」
ゴジはゼファーとの戦いでも使ったスパーキングレッドの爆発の能力を悪魔の実の力であると事前にゼファーには説明していた。
「っ!?りょかい。へへっ。これを実践で使うのは初めてだな。」
ゴジが先程まで押していたのはクザンがゴジの出方を伺っていたからであり、クザンにまだ余裕があることは一撃も与えれてないことが何よりの証拠である。
「ん?おいおい……まさか今まで本気じゃなかったってのかい?」
それを聞かされたクザンはようやくゴジの動きに目が慣れてきたのに、今までは本気では無いと言われてはたまったものではない。
「本気だったさ。でもさ……“疾駆”!」
ゴジは足裏で火花を爆発させて自身の体を銃弾のように前に弾き飛ばしたことでクザンとの一瞬で距離を詰める。
「なっ……まさか能力者!?」
クザンは覇気を使えるゴジが自分と同じ悪魔の実の能力者ではないと思い込んでいたので、ゴジが使った爆発の能力で舞った砂煙で目の前にいたはずのゴジの姿を見失った。
「火花ライン!!」
クザンがゴジに気づいた時には一瞬で自分との距離を詰めて突進の力をそのまま乗せた飛び蹴りが自分の腹部を穿つ瞬間だった。
「ぐはっ!?」
クザンはゴジの足が当たる直前に腹部を武装色の覇気で黒く硬化させてガードするも爆発と共に2メートルはあるクザンが吹き飛ばされる。
「ぺっ……!?なんてガキだ。俺を相手に能力を隠してやがったとはねぇ〜。」
蹴り飛ばされたクザンはそのまま訓練所の壁にぶつかり、痛む腹を押さえながらもゴジの攻撃に備えて顔をあげると目の前に突き出された小さな拳とそれを突き出しているゴジを睨む。
「俺さ……能力を使えないと話した覚えはないよ?にしししっ。」
クザンはゴジの飛び蹴りを腹に受けたものの、武装色の覇気でガードしたため痛みはあれど内臓の損傷もないが、子どもがいたずらに成功したと言わんばかりの歯をむき出しにしたその笑顔に立ち上がろうとした体の力が抜ける。
「はははっ……。全くだな。俺の負けだよ。ほんと……なんてガキだ。」
クザンは両手を上げて負けを認める。
「あれ?でもさ……クザンさんは覇気でガードしたからあまり効いてないでしょ?」
拳を構えたままクザンの反撃に備えていたゴジは力が抜けて首を捻る。
「いいのよ。見習いですらない子供にあんないい蹴りをもらっちゃ…誰がどうみてもこの戦いは俺の負けさ。」
クザンは多くの新兵やセンゴク、ゼファーの見てる前で「全然効いてない。次はこっちの番だ。」とはかっこいい大人でありたいと思う彼としては言えるわけもなく、潔く負けを認めた。
「勝負あり。勝者ゴジ!」
ゴジはゼファーの勝ち名乗りを受けて笑顔になり、クザンに突き出していた拳を開いて手を差し伸べると、クザンはその小さくも逞しい手をしっかりと握った。
「ゴジ、よくやったな。覇気と能力を組み合わせたいい戦い方だった。今日は少し用事が出来たからな。今日はもうオフでいい。アイン達にもそう伝えてくるといい。」
そんな2人にゼファーがゆっくりと近づいていく。
「ラッキー!爺さん、あの約束を絶対忘れんなよ!」
「あぁ。楽しみにしておけ。」
そう言ってゴジが嬉しそうにアイン達の元へ駆けて行くのを見送った後で、厳しい顔に戻ってクザンに向き直る。
「クザン、貴様ら能力者は能力に頼り過ぎる。少なくともあの子はここへ来てから今日まで能力を1度も使おうとしなかった。理由は言わなくともこの結果が示している。」
ゼファーの的確な指摘に悔しそうに俯くクザン、10歳の子供に一撃でやられて言い訳なんて出来るはずもない。
「は……はい。」
クザンはゴジが能力を使わなかったのは能力に頼りすぎ無いためである事をすぐに察して肩を深く落とす。
「今日1日みっちり鍛えて直してやるから覚悟しとけ!」
「はい……。」
クザンはこれから訪れる絶望を想像して深く膝を付いた。
後書き
5月7日加筆修正
第十二話 同期会1
ゼファーはクザンをみっちりと夜までしごいて風呂に放り込んだ後、センゴクに呼ばれて元帥室に行くと、そこには懐かしい顔ぶれが揃っていた。
「なんだぁ?ガープにつるもいるのか…センゴク。同期会でもおっ始める気か?」
元帥室にはセンゴクと同じく自分と同期である海軍中将の”英雄”モンキー・D・ガープと同じく海軍中将の”大参謀”つるが応接ソファーに腰掛けていた。
「ぶわっはっはっは。聞いたぞ。ゼファー、面白い子供を拾ってきたらしいのぉ?」
「確かにゴジは面白い子だね。」
ゼファーは大笑いしながら自分を揶揄うガープと違ってゴジの事を既に知っている風なつるを見て不思議に思う。
「ん?つるはゴジにもう会ったのか?」
「あんたね……海軍本部の女風呂に子供が入ってれば嫌でも私の耳に入ってくるさね。」
つるは海軍の女性海兵の中で一番の古株で階級も最上位であり、女性海兵達のまとめ役兼相談相手であるから報告を受けて風呂場でゴジと会っていた。
「あぁ……。そういや、ゴジはよくアインにくっついて女風呂に入ってたな。」
ゼファーがつるがゴジと面識がある事を納得していると、センゴクが早速本題に入る。
「そんな事より今はゴジのことだ。ゼファー詳しく話せ。」
センゴクはゴジの実力を目の当たりにして、彼の正体が気になって仕方なかった。
「ゴジのことか?俺の言った通り将校になれる男だったろ?」
あまりにも簡単すぎるゼファーの説明にセンゴクが少し険しい顔をする。
「はぐらかすなゼファー!そういう事を聞きたいのではない!!ハンデ戦とはいえ10歳にしてグザンに膝を付かせるあの子は異常過ぎるだろう。」
センゴクの動揺などいざ知らずマイペースを崩さないガープは何処から取り出したか分からないせんべいの袋を開けてバリバリとせんべいを齧り始めていた。
「バリバリ…ぶわっはっはっ!クザンも油断したんじゃろうが、若くて有能な海兵が育ってるのはいい事じゃろう。あっ…せんべい食うか?」
センゴクはせんべいを頬張って笑いながらゼファーに同意するガープを前に頭を抱えていると、その袋に手を伸ばしてせんべいを一つ摘んだつるがセンゴクを説得する。
「ガープ、せんべい貰うよ……センゴク諦めな。ゼファーに話す気がないのは分かるだろ?」
センゴクを始めとしてこの場にいる男達の性格を熟知する同期の紅一点つるの言葉に、センゴクも情けない声をあげる。
「むぅ……しかし、おつるちゃん……」
悪魔の実の能力を封じられたとて、見聞色の覇気と武装色の覇気を使いこなす海軍大将に膝をつかせる10歳児など異常すぎることはゼファー自身も理解している。
「正直な所……俺もクザンに勝ったことには驚いた。つる、センゴク。お前達の目にゴジは悪人に見えたか?」
なんのことはない間近でゴジの成長を見守ってきたゼファー自身が彼の異常すぎる成長速度に度肝を抜かれてるのだ。
「いや……私はそうは見えなかったか……おつるちゃんはどうだ?」
「そうさね……。風呂場でゴジにウォシュウォシュの実の能力を使った事があるけど、悪しき心を流す為の全く泡立たなかった。間違いなく悪人ではないよ…」
超人系悪魔の実ウォシュウォシュの実の能力者であるつる。彼女の能力は悪しき心まで洗い流す事が出来る。
「センゴク、聞いた通りだ。つるが言うなら間違いないだろ?ゴジは俺が拾ってきた子だから俺が責任を持って育てるそれでいいだろう。」
つるの能力はこの場にいる全員が知っているため、彼女のお墨付きであればゴジが悪人でないことを証明するにはこの上ないとゼファーは断言する。
「おつるちゃんの見立てながら間違いないか……。ゼファーそれが貴様の答えか?」
しかし、センゴクはゼファーが自分に隠し事をするのが気に入らない。
「あぁ……。そうだ。」
センゴクとてゼファーとは半世紀近い年を共にした仲であり、ゼファーがゴジの出生を何か理由があって隠していることは検討がついているが、互いに譲れずに睨み合いになる。
「センゴク、それくらいにするんじゃ!」
「ゼファー!あんたもだよ!」
ガープがセンゴクを引き離し、つるがゼファーを引き離した。
「分かった。ならばこの話は終わりだ!ガープせんべいをもらうぞ!バリッ…」
センゴクはイライラをせんべいにぶつけるようにガープが持つせんべい袋からせんべいを1枚ひったくるように取ってから、ドンッと椅子に腰掛けながらそれを噛み砕く。
「ガープ、俺にも寄こせ!バリッ…バリバリ…そういや、来月の航海訓練にゴジを連れて行くからな。」
ゼファーはガープから貰ったせんべいを噛み砕きながらセンゴクへの用事を思い出したので、そのまま伝えた。
航海訓練とは訓練生の卒業試験のようなもので、ゼファーを船長として訓練生全員で1ヶ月の航海をする訓練であり、勿論海賊と戦闘になる可能性すらあるという実践形式の訓練である。
「ぶおおぉぉぉ!?なっ…私は聞いてないぞ。ゼファー!ゴジはまだ海兵じゃないだろう!!」
突然のゼファーの話に飲んでいたお茶を吹き出したセンゴクは再度立ち上がってゼファーに詰め寄った。
「バリバリ…今言った。お前もあの子の力は見たろ?ゴジに新兵訓練は必要ない。航海訓練までにはあの子は11歳になるから海兵見習いとして連れていく。それとつる、航海訓練から帰ったらお前の部隊でゴジを面倒見てアイツに見聞色の覇気を教えてやってくれねぇか?」
ゼファーは詰め寄るセンゴクを無視して、つるに軽く頭を下げる。
「あんたがあたしに頼るなんて珍しいこともあるもんさね。」
ゼファーは戦闘において無意識に見聞色の覇気を使うが、使い方を教えろと言われると困る程度にしか使えずに教え方が分からないのだ。
「ゴジは恐ろしく目がいい。相手の動きを見極めながら後の先を取って戦う事を得意としているが、ゴジの目に先の先を取れる見聞色が合わされば凄いことになる。」
ゼファーはゴジの更なる成長には見聞色の覇気を習得させるのが一番であると考えて、海軍本部でも随一の見聞色の覇気の使い手であるつるに頼むことした。
「ふふっ……未来を見通せる見聞色の覇気の使い手が生まれるかもね。まぁ、ゴジは既にうちの子達に大人気でね。元々うちで面倒みようかと思っていたんだ。見聞色の覇気の件も含めて任せときな!」
つるは海軍本部随一の見聞色の覇気で使い手であると同時に海軍唯一の女性部隊を率いる女傑であり、ゴジがジャッジ譲りの女好きと知っているゼファーは孫の為にどうせならつるの部隊に入れてやろうという老婆心である。
「おい!二人で勝手に話を進めるな!」
つるとゼファーで勝手にゴジの配属部隊を決めたことでセンゴクが割って入った。
センゴクもゴジの実力は高く買っているが、若すぎるので数年間みっちりと教育を施してからでも遅くはないと思っている。
「センゴク、お前にも頼みがある。サイファーポールへの交渉を頼みたい。」
サイファーポールとは世界政府が凶悪犯や危険組織の調査を行うための諜報機関であり、各人が六式と呼ばれる超人体術を扱う集団である。
「サイファーポールだと?何の交渉だか分からないが、それは無理d……ゼファー!?」
同じ世界政府直轄組織である海軍本部とサイファーポールだが、互いに交流もないので正直無理難題だとセンゴクが断ろうとした時……。
「ゴジに六式を教えたい。六式を使える人間をゴジに付けてくれ。無理は承知だがこの通り頼む。」
センゴクはゼファーの頭を下げる姿を見て無理だという言葉を飲み込んで苦笑せざるを得ない。
「「ゼファー……」」
何故ならセンゴク、ガープ、つるの3人ががゼファーの頭を下げた姿を見るのはこれで二度目であった。
『私怨で海賊を……人を殺すような男にもう”正義”なんて語れねぇ。すまねぇ……。』
一度目は自分の妻子を殺した海賊に復讐を果たしたゼファーが失意の内に除隊を願い出た時以来であり、当時のコング元帥と自分達でなんとか説得して大将の座を降りて教官という立場に収まってもらった時である。
「お前が私に頭を下げる姿は二度目だな。一度目に比べれば遥かにマシな頼みか……なるほど……本気なのだな……」
そんな男が今度はゴジに更なる成長する機会を与える為に頭を下げているのだから、友として協力しないわけにはいかない。
「あぁ……俺はゴジを最強の海兵するためなら、何でもやる。アイツはこの大海賊時代を終わらせる男だ。」
センゴクはゼファーの決意に満ちた目を見て嘆息しながら、ガープを指差す。
「はぁ…任せておけ。しかし、ゴジの成長に私も一枚噛ませてもらうぞ。」
「ん?ガープ?」
ゼファーはせんべいの欠片が歯の間に挟まってそれを取るために、必死で指を口の中に突っ込んでいるガープを見て頭を捻る中、センゴクはガープを指差した理由を話す。
「私はゴジの教育を担当する。ゴジを腕っ節だけのガープみたいな[[rb:海兵 > バカ]]にするわけにはいかまい?」
「ふががぁ……ふぃ〜やっととれたわい。」
ゼファーは煎餅の欠片が取れて喜んでいるガープを見ながら、センゴクの言い分は全くだと深く頷いた。
「よし、センゴク任せたぞ。」
「承った。」
センゴクはゴジを直接自分が教育することで自分の不安を解消しようと考えて、対するゼファーは”智将”の二つ名を持つセンゴクが教育してくれるならガープみたいにはならないだろうとゼファーはセンゴクの提案を願ってもないと受け入れる。
「なんじゃ?わしの顔に何かついとるのか?」
ゼファーは自分の用事は終わったとガープの元へ歩いていく。
「ガハハハ!持つべき者は同期だな。センゴク、つる。二人ともゴジを任せたぞ!早速ゴジに伝えてこよう。ガープ!せんべいを袋ごと寄越せ!」
ガープはまだ半分以上せんべいが残っている袋を取り上げられて悲しそうな顔をしながら手を伸ばす。
「何っ!?わしのせんべいが……」
ゼファーはガープの手を振り払ってせんべい袋片手に元帥室を退出した。
「ゴジの土産にするんだよ。ケチケチすんな!ガープ、お前はたまに訓練所に遊びに来い。ゴジと遊んでやってくれ!!」
ガープはバカだが、“英雄”という異名は伊達では無いくらいに強く、ゴジの訓練相手にはうってつけだと声を掛けた。
「ん?ぶわっはっはっは!そういう事ならわしに任せておけ!!」
ガープが快諾した事でゴジは自分の知らないところで自分の成長の為に必要な将来設計が決まっていったのだった。
後書き
5月7日加筆修正
第十三話 “黒檻”のヒナ
前書き
ゴジ10歳=サンジ10歳。
原作開始9年前なのでヒナの階級が低いのは当然として御理解ください。
翌日ゼファーはゴジとの約束を守って一人の女将校を訓練場に連れてきた。
「「「うおおぉぉぉ!来たああぁぁぁ!?」」」
訓練生達はピンクブロンドの長髪を揺らしながら赤い上下のパンツスーツの上から海兵将校の証である白いコートを着こなす切れ長の瞳に分厚い唇が特徴の美女の登場にテンションが爆上がり状態である。
「中尉のヒナよ。ゼファー先生、なんでヒナがわざわざ新兵の訓練場に来なきゃいけないのよ。ヒナ不満!」
ヒナは新兵達を前にして気だるさを隠す様子もなく髪をかきあげる。
「「「うおおぉぉぉ!」」」
ヒナの姿を見たゴジやアインを含めた訓練生達は全員が興奮して雄叫びをあげ、ヒナはそんな訓練生達を見て両手を広げて首を左右に振る。
「はぁ…だから嫌なのよ。ヒナ不快。」
彼女こそ月刊"海軍"の人気コーナー『女海兵特集』で一番多く特集され、21歳という若さで海軍本部中尉となった若手有望株の一人で超人系オリオリの実の能力者で、“黒檻”の二つ名を持つ女傑である。
ヒナ本人は実力ではなく容姿が評価されるのは不本意であるも、若くて美人な上に実力もあるヒナは若手海兵獲得の為の機関紙にはうってつけの人材であり、彼女が特集されたことで海軍への入隊者は男女問わず大幅に増えたという噂すらあるのだ。
「ガハハハハ!すまんすまん。ヒナ。こいつが面倒みているゴジだ。こいつがどうしてもお前に会いたいというもんでな!」
ゼファーに背中を押されながら紹介されたゴジは目をキラキラさせながらヒナの前まで歩いて行ってお辞儀する。
「はじめまして!ゴジです。ヒナ嬢……いや、ヒナ中尉のファンです!」
ヒナは機関紙に載っている手前こういう手合いをよく相手にするが、むさ苦しいおっさんと可愛い子供に言われるのはやはり雲泥の差があるとは感じて素直に嬉しくなる。
「そう。ありがと!へ〜この子が噂のクザン大将を倒したって子ね。でも、ゴジ君とは一度会ってるのよ。ねぇアイン?」
「えっ?」
ヒナはその場で屈み、首を捻るゴジの頭を撫でながらアインを見てウインクする。
「うふふっ……前にゴジ君がお風呂場で逆上せちゃった時にヒナ中尉とゴジ君は顔を会わせてるのよ。まぁ、ゴジ君は気を失ってたけどね。」
ゴジはアインの言葉に両手と両膝を付いて崩れ落ちる。
「な……何だと……ヒナ嬢との風呂を逃すとは……」
ヒナは膝を付いてゴジと目線を合わせて、ゴジの体を無遠慮にベタベタと触っていく。
「まぁまぁ、お風呂くらい一緒に入ってあげるわよ……それよりも……ゴジ君、凄く固いわねぇ〜。それに逞しいわ。ヒナ感動!」
たった10歳でクザン大将を倒したという噂のあるゼファーの秘蔵っ子のゴジにヒナは興味津々である。
「「「うっ……⸝⸝⸝」」」
ヒナの魅力も相まって言葉尻だけ聞くと凄くエロっぽいので数人の訓練生が顔を赤くして前屈みになるが、ヒナはゴジの腕、肩、体等を触ったり、持ち上げたりしているだけである。
「ヒナ嬢……流石に恥ずかしいんですが……」
ゴジは憧れのヒナに身体中を触られながら抱っこされて嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった心持ちで固まっていたが何とか言葉を絞り出すが、ヒナの興味はまだ尽きない。
「ん〜鍛えているのは体はカッチカチだけど、体重は20キロってとこよね……」
ジェルマ王国にいる間からしっかりと身体を鍛えており、さらに銃弾をも弾く外骨格で覆われたゴジの体は皮膚が鋼と同等以上の強度があるので当然全身が固いのだが、体重は普通の10歳児と変わらない。
「ヒナ、興味があるなら、ゴジと手合わせしてみるか?」
ゼファーが未だにゴジを抱き上げている姿にニヤリと笑いながら提案を出す。
「そうね…面白そう。ゴジ君、私に勝てたらご褒美あげるわ。ヒナ提案。」
憧れの女性のヒナからのご褒美と聞いてゴジが飛びつかないわけがない。
「やります!」
ゼファーがゴジとヒナとの手合わせを提案した狙いは女好きであるゴジが女を相手に戦えるのかである。
「さて、ヒナには悪いが…試させてもらうぞ……」
海賊にも当然女性は大勢いるが、女だから戦えないと甘ったれたことを言う海兵は資質に欠けるとしかいいようがない。
「ヒナじょ……いや、中尉……やるからには本気で行かせてもらいます。」
罪人に男女の区別なく、公平に罰するのが海兵としてのあり方であるとゼファーは考えているので、ヒナに惚れているゴジが模擬戦とはいえ、ヒナとしっかりと戦えるのかどうかで見極めようと思って模擬戦を提案した。
「なるほど……覇気は十分か……さて、あとはちゃんと戦えるのかどうか……」
ゼファーはゴジの内側から溢れ出す覇気を見て第一段階はクリアだと微笑む。
「このプレッシャー!?クザン大将に一撃入れたって話はホントもあながち嘘まぐれじゃないのね。ヒナ感心。」
ヒナは徒手空拳とオリオリの実を合わせた特殊体術を使うので、ゼファー仕込みの徒手空拳でクザンを圧倒したゴジの実力を肌で感じたかった。
「またゴジかよ…」
「ってもさ……ゴジが強いのは間違いねぇからな。」
「とりあえず巻き込まれねぇように下がってようぜ…」
ゴジとヒナは訓練場で対峙し、他の訓練生はゴジばかり特別扱いされる事に不満を抱きながらもクザン大将を倒したゴジなら仕方ないかと思い、邪魔にならないように壁際に避けていく。
「“観察眼”!!」
訓練場の中央に残るのは対峙する二人を除けば審判のゼファーだけであり、ゴジはいつものようにヒナの体の動きを観察する。
「でも、気のせいかしら……エロ親父にでも視姦されてるような寒気がするわ……。ヒナ不快!」
ヒナはゴジのねっとりとした視線を感じて思わず顔を赤らめる。
「ごくっ……それにしてもほんとにいい体だな。B90、W6……いでっ!?」
ゼファーはヒナと対峙するゴジの顔がだんだんとだらしなくなり、鼻の下が伸びていくのを見逃さずに彼の頭に拳骨を落とす。
「ひっ!?」
ヒナはそんな10歳の子供とは思えない表情と不躾な視線に思わず自身の体を守るように抱きしめてしまった。
「いでぇぇぇ!何すんだよ!爺さん!!?」
ゴジは拳骨を落とされて大きなタンコブの出来た頭を両手で押えて蹲りながら、ゼファーに涙目で抗議の視線を送る。
「このエロガキが!真面目にやるんじゃなかったのか!」
ゼファーの喝で目が覚めたゴジは両手で自分の頬を挟むようにパシンッと叩いて気合いを入れ直して頭を下げる。
「はっ!?これで大丈夫だ。爺さん悪かったな…」
ゼファーはヒナを指差す。
「ふんっ……謝る相手が違うだろう?」
ゼファーに諭されたゴジはヒナに向き直って頭を下げた。
「ヒナ中尉、すみませんでした。」
「い……いいのよ……。そういうことに興味を持つ年頃だものね。でも、私もまだまだね…ヒナ反省。」
ヒナは海兵である以上男にも負けないという自負のもとで男の同じスーツを着て戦うと誓ったのにも関わらず、ゴジの不躾な視線を受けて咄嗟にか弱い女性のように体を抱き締めるような真似をした自分を少し恥じながら頭を下げたままのゴジを見る。
「先生、この子は…」
ヒナは明らかな強者の風格と女性に興味を抱き始める年相応の子供らしさを併せ持つゴジについてゼファーに視線に移して尋ねる。
「すまんな。見ての通りのエロガキだが悪い奴じゃねぇんだ。それにクザンに勝ったのはまぐれじゃねぇぞ。ゴジは間違いなく強い。気を抜くなよヒナ。」
「ふふふっ。分かったわ。ヒナ了解。」
ゼファーは軽くヒナに頭を下げつつ、彼女に本気でゴジと戦うように頼んだ。
───それにしても先生が私に頭を下げるなんてね。
ゴジのことで申し訳なさそうに頭を下げるゼファーを見て、本当の父親のようだと厳しかった教官がこうも変わるものかと微笑ましくなる。
───親代わりって噂も本当なのね。
だからこそヒナはゴジとの戦いで最初は様子見でゴジの動きを見るつもりであったが、ゼファーにここまで評価されるゴジの認識を改め、初めから全力で戦おうと決意した。
「真面目にやります。」
「ゴジ君、私も本気で行くわよ!」
ヒナは頭を下げるゴジに声を掛けた後で黒い皮の手袋を取り出して自分の手に嵌めて最後にしっかりと指を通す為に手袋の入れ口を口で咥えてキュッと引っ張った。
その絵になる戦う大人の女性の姿に魅せられたゴジだけでなく訓練生がヒナに見蕩れている。
「ゴクリ…はい。」
ヒナに見蕩れて上の空で返事するゴジを見ながらゼファーは深いため息を吐く。
「はぁ…ったくこのエロガキはもうどうなっても知らん。はじめ!」
「やべっ!?」
ゼファーの開始の合図で正気に戻ったゴジはヒナの筋肉の動きや重心等からの動きを予測していくと、ヒナは自分の内面を見透かしているかのような先程とは違うゴジの視線に若干の恐怖を感じながらも一足で距離を詰めようと飛び掛る。
「はっ!?」
しかし、ヒナはゴジが油断している間に一撃入れるつもりでいたが、ゴジの構えを見て立ち止まる。
「先生……!?違うわ。目の前にいるのはゴジ君よね。本当にそっくりなのね…」
先程までは纏う空気の変わったゴジの構え方や風格を見てやはりゼファーの生徒であったヒナに笑みがこぼれる。
「俺が会った中で一番強いのが爺さんでした。爺さんから学んだこの技で貴女を倒します。」
何のことはないヒナもクザンもそれ以外の海兵達全員が海軍本部に入隊して新兵訓練を通して、全員がかつて最年少で海軍本部大将となった“黒腕”のゼファーに憧れを抱いていたのだ。
「うふふっ……楽しみね……やってみなさい!!」
ヒナは今、その憧れを体現しようとする子供と対峙出来ること喜びを感じていた。
後書き
5月9日加筆修正
第十四話 見た目
前書き
お気に入り登録が一人増えたので嬉しみ投稿です。
この話はヒナ視点の一人称でお送りします。
※ヒナ視点です。
ゴジ君は短く刈揃えた黒髪短髪を逆立たせるゼファー先生とお揃いの髪型と眉尻のクルクルが特徴の私の身体を舐めるようにを見ているだらしない顔はいかにもエロガキって顔をしてる一方で先生と同じ構えで、先生と同じ圧倒的な威圧感を持っている姿に驚愕し、間合いを詰めようとした足を止めてしまった。
『ヒナ、全力でやれ!!』
クザン大将と違って私はこの戦いで能力を封じられていない。なら、遠慮なく私は能力をフルに使って全力でいかせてもらうわよ。
「緊縛の鉄錠!!」
私は先生と同じ構えをするゴジ君との間合いをゆっくりと詰めてから私は鉄檻に変えた左拳を真っ直ぐに突き出すが、すんでのところでゴジ君に躱される。
「黒い拳……だが、覇気じゃなく、オリオリの実の力?」
私の左拳を首を左に捻ることで躱したゴジ君と目が合う。
「そう。今の私の拳は鉄の強度を誇るから受け止めようとすれば鉄骨で殴られるのと同じだから躱すのが正解。でも……」
私はゴジ君が突き出したままの左腕を掴もうと右手を伸ばすのを見てほくそ笑んだ。
「それなら、投げ飛ばして……あれっ!?」
ゴジ君の右手は私の左腕を通過してガシャンという音と共に私の左腕を通過した彼の右腕と私の左腕に8の字型の黒い錠が嵌められていた。
「私の手を掴もうとしたのは不正解よ。わたくしの体を通り過ぎる全ての物は“緊縛”される。“手錠”!」
これが私の悪魔の実の能力。互いの腕を手錠で拘束されたゴジ君はもう逃げられず、この距離はオリオリの実の能力が十全に使える私の間合いである。
「何だと!?」
オリオリの実は超人系に属するが、物理攻撃がほとんど効かないという自然系に近い強みがある悪魔の実であり、ゴジ君は爆発の能力を使うと聞いたが、鉄の強度のある自分には爆発は効かない。
「残念ね。ゴジ君、これで私の勝……」
私は手錠越しに伝わってくるプルプルと震えるゴジ君が負けて悔しがってるのだと思って、彼の肩を叩こうと手を伸ばす。
「来たぁーー"黒檻"のヒナの決めゼリフ!」
しかし、ゴジ君は私の予想に反して嬉しそうに両手を上げて喜びを顕にしている姿に目が点になる。
「「「うおおおおぉぉー!」」」
さらに私の言葉に大喜びする訓練生達の姿を見てもうこのセリフは封印することを誓った。
「こら!ゴジ。真面目にやれ!」
「爺さん。俺はヒナ嬢のあのセリフを一度生で聞いてみたかったんだよ!」
私はゴジ君の「私の決めセリフを聞いてみたかった」という言葉に衝撃を受ける。
「あら…?ゴジ君もしかしてわざと捕まったのかしら?私との手合わせで手を抜いてたの?ヒナ不快。」
とぼけた顔をするゴジ君の顔を私が女だからと“ちゃんと”手を抜いてくれた訓練相手の男海兵達やこれまで拿捕してきた海賊達と重ねてイライラがピークに達する。
「まぁ……わざとじゃないけど、捕まって良かったとは思ってるよ。」
大人の私が全力で手合わせしてる中、私の半分くらいしか生きてない子供に手を抜かれていることを知って我慢ならず、怒りに任せて自由な右腕を鋼の檻に変える。
「許さない!“緊縛の鉄じ……かはっ!!」
私はゴジ君を殴り飛ばそうとした瞬間、腹部に受ける衝撃とともに目の前が真っ白になるのを感じる。
「だってさ……俺の手足の短さだと、この距離じゃねぇと勝ち目ないんだよ。」
肺の中の空気が全て吐き出されて、視界が戻ってきた私が見たのは油断なく私をキツく見据えながら、私の腹に左拳を突き立てるゴジ君の姿だった。
「痛っ!?」
「少し手荒になりますが、ご容赦下さい!」
自分の左手首とゴジ君の右手首が手錠で繋がっているので拳を突き立てられた私は殴り飛ばされることなく、地面にうつ伏せに押し倒された。
「ぐっ!?」
地面に叩きつけられた顔の痛みと背中に回された左腕をキメられた私は声が漏れるも、ゴジ君は左手で私の首根っこを押さえて顔を地面に押し付けたままでさらに左膝を私の背骨に乗せてを押さえつけていた。
「うっ…ぐぅ…!?」
逃げ出そうにも見た目以上にゴジ君の力は強く、足をバタバタとさせるだけで全く抜け出せずにそれでも無理に抜け出そうとすると腕を折られる手前まで関節を強く決められるので体動かせない。
「爺さん、勝負は付いたろ?」
ゴジ君がゼファー先生を呼ぶ声を聞いて、私は抵抗を諦めてゴジ君の右手を拘束していた手錠を解除した。
「それまで!ゴジの勝ちだ。」
お手本のような制圧技と私が能力を解除した事を合図にゼファー先生は当然の如く、ゴジ君の勝利を宣言すると彼は私の背中から飛び退いてくれた。
「痛たたっ……負けたわ。ゴジ君、君はなんで私の体を通過しなかったの?ヒナ疑問。」
この勝敗自体には文句はないが、腑に落ちなかった疑問の答えは私に向けて差し伸べてきたゴジ君の手を見て直ぐに明らかになった。
「覇気なら貴女にも聞くでしょう?それよりも大丈夫ですか?」
ゴジ君が片膝を付きながら差し出してきた右手は武装色の覇気を纏って黒く硬化していた。
「なっ……まさかそれは“黒腕”!?」
私の能力にも当然ながら武装色の覇気は有効であり、覇気を纏った攻撃は私の体を通過しない。
「ヒナ中尉、ありがとうございました。そしてすみませんでした。」
私はつい差し出されたゴジ君の手を取ってしまったけど、彼はグッと引っ張って体格差のある私をあっさりと立たせてくれた。
「本当に君は強いのね……それに比べて私は……はぁ〜……。」
この子は強いから私のような女が相手では手を抜いて戦っても当然だと思うとこれまで男にも負けないように鍛錬を重ねてきた己が惨めで虚しくなり、ため息を吐いてしまう。
「おい!ヒナ。お前はゴジを手っ取り早くオリオリの実の能力で拘束して制圧してやろうと考えてなかったか?」
敗北に落ち込む私に対してゼファー先生が掛けてくれた言葉は慰めではなかったが、私はその言葉を受けて弾かれたように顔を上げた。
「えっ……!?」
ゼファー先生はサングラス越しに私を見下ろしながら、矢継ぎ早に質問を続ける。
「なぜクザンを倒したゴジの力を警戒して間合いを取って戦わなかった?能力頼りのバカになるなと俺は教えたはずだが?それともゴジを見た目で判断したのか?」
「えっ……それは……まさかっ!?」
私は慌ててゴジ君を見ると彼はゼファー先生の言葉にうなづいて同意する。
「俺はヒナ中尉が自分から間合いを詰めてくれたので助かりました。汎用性の高いオリオリの実の能力で間合いを取られたら厄介だと感じていました。俺は単純な力比べなら爺さんにも負ける気はありません。」
「ちっ……こいつは一言多いんだよ!!」
私はゼファー先生とゴジ君のやり取りを見て、ゴジ君が衰え知らずの筋肉を持つゼファー先生よりも力があるなんて聞いてなかった……。
「違うわ……相手はゴジ君を見て所詮子供だと[[rb:見た目 > ・・・]]で判断した。ヒナ完敗……」
所詮女と侮って手を抜いて訓練に付き合ってくれた同期や、これまで拿捕してきた海賊達と同じようにゴジ君が子供だからという理由で無意識に手を抜いてたのは私だったのね。
「俺は憧れのヒナ中尉と戦えて嬉しかったです。」
訓練生時代、いつも厳しかったゼファー先生と同期のスモーカー君だけは私を女ではなく一人の海兵として接してくれていた。
それは目の前で満面の笑みを浮かべる小さな紳士も同じだった。
「全く……そのままいい男になりなさいよ。ちゅっ!」
私はゴジ君に近づいておデコに軽くキスをする。
「へっ?」
彼はびっくりした顔をして頭をあげるので、すかさず彼のおデコに軽くデコピンする。
「約束のご褒美よ。ゴジ君、じゃあね!」
キスは私と真剣に戦ってくれたゴジ君へのお礼と彼を子供と侮っていた事への謝罪。そして最後のデコピンは終始余裕で海軍中尉の私をあっさりと倒してくれたゴジ君への意趣返しである。
「ふふっ…照れちゃって可愛いわね。ヒナ満足!」
両手でおデコを押さえて顔を赤らめたまま放心状態のゴジ君を横目に見ながら、煙草を咥えて火をつけながら訓練所を後にした。
◇
その日の夜、海軍本部の女風呂の更衣室で服を脱いでいると、訓練所で別れたアインと再会する。
「ヒナさん、お疲れ様です。」
私に憧れてくれているアインにはカッコよく勝つ姿を見せたかったと少し肩を落とす。
「あら?アイン、今日はかっこ悪いとこ見せちゃったわね…」
アインはそんな私を励まそうとしてくれているのか、私が去ってからの訓練所での出来事を教えてくれた。
「うふふっ…ゴジ君はあれから使い物にならなくて大変だったんですよ!本当にヒナさんのこと好きみたいですよ。」
アインの言葉を聞いて、改めてゴジ君が本気で私に向かって来てくれた事に申し訳なくなる。
「ふふっ……そう。惚れてる相手にも手を抜かずに真剣に戦ってくれたのね。なのに私ときたら……そんなゴジ君の容姿から所詮子供と彼を侮っていたことと謝り損ねたわ……今度謝らないと……」
「あぁ…それならすぐに言ってあげて下さい。」
「ん?あ〜今日も来てるのね……」
私はアインが言ってる意味を察してお風呂場の扉を開けると予想通りゴジ君がいた。
「なんでこんな美女が沢山いる風呂場でいつもいつも婆さんに洗われにゃならんのだ。ガキじゃねぇんだから一人で洗えるよ。」
「なら、女風呂じゃなくて男風呂に行きな。」
「ワァーイ…婆サンニ洗ッテモラエテ嬉シイナ。」
「えらく棒読みだね…ったく、ほら、ゴジ。泡を洗い流すから目を閉じな。」
海軍本部唯一の女性中将にして“大参謀”と呼ばれるおつるさんは泡まみれになって強く目を瞑っているゴジ君の頭からお湯を掛けて泡を流してあげている。
「え〜と……何これ?」
「ふぅ〜サッパリした。ほら、次は婆さんの番だぞ。背中流してやるからあっち向けよ。あっ!ヒナ中尉、こんばんは。裸もやっぱり綺麗ですね…この婆さんとは大違い…」
「煩いよ。私だって10年前は…」
続いておつるさんの背中を流そうとしているゴジ君が私に気付いて笑顔で挨拶してくれた後、何事もないようにゴジ君はおつるさんの背中をスポンジで擦りながら仲良く軽口を言い合ってるその姿はおつるさんには失礼ながら孫と祖母にしか見えない。
「はっ…40年前のまちが…いでっ!何しやがんだよ!」
ゴジ君の要らない一言でゴジ君に背中を洗われているおつるさんは無言で風呂桶を後ろに放り投げるとそれがゴジ君の顔にヒットし、スコーンという小気味よい音音ともに彼は顔を押さえて風呂場で悶絶している。
「全く……一言多いんだよ。あんたは!」
それを湯船に入ったり、体を洗ってる女海兵達が微笑ましそうに見てる所からするとこれは日常の光景なのだと納得するしかない。
「本当にゴジ君は女風呂に来てるのね?私は大抵は部屋のシャワーで済ましちゃうから、ここでゴジ君と会うのは、この前以来なの。どういう状況なの?」
「おつるさんと一緒に入る事を条件に許可してもらったみたいですよ。」
そんなゴジ君を見て、彼に謝罪するよりも喜びそうな事を思い付いて洗い場の椅子に座って彼に背を向けながら振り返る。
「うふふっ…ゴジ君、おつるさんの背中を流し終わった後は私の背中よろしくね?」
ゴジ君は目をハートマークに変えて私の背中を見ながらおつるさんの背中を擦るタオルを超高速で上下し始める。
「ヒナ嬢の背中を流す……⸝⸝⸝はい!もちろん!!婆さんの背中なんてすぐに洗ってやるぜ!うおおおおぉぉぉ!!」
「ちょ……ゴジ……熱っ!?止め……熱いからお止め!!?」
「「「あははははっ!!」」」
普段は温厚でお淑やかなおつるさんがゴジ君が超高速でタオルを擦る摩擦熱で悶絶している姿を見て、更に笑いが起き、今後浅からぬ縁を結ぶことになるゴジ君との一日は幕を閉じた。
後書き
5月11日加筆修正
第十五話 航海訓練
ゴジが朝起きてリビングに出ると、既に起きているゼファーが朝食を用意してある。
「爺さん、おはよ。」
ゴジは寝惚け眼を手で擦りながら、ゼファーに挨拶すると、自分の席に座る。
「おぉ。おはよう。ほら飯にするぞ。」
ゴジとゼファーは互いに挨拶を済ませてから席に着いてから二人での朝食が始まる。
「うん…。」
ゴジがここへ来てからほぼ毎朝の光景であり、ゼファーはゴジの衣食住と全ての面倒をみており、昼食、夕食は海軍本部の食堂で済ますが、朝飯は自分で作ろうとゼファーは慣れない料理に挑戦している。
「「いただきます。」」
本日のメニューは大きさのバラバラな具の入った味噌汁に白米、少し焦げている焼き魚というシンプルな物でゼファーの大味な味付けがゴジは気に入っている。
「今日も美味そうだ。」
褒められて気恥しいゼファーはゴジを急かしながら、さっさと自分の料理を食べ始める。
「冷めねぇうちにさっさと食え!」
ゴジはそんなゼファーの優しさに触れる度にジェルマ王国を出る時に、血統因子の研究について話す訳にはいかないとゼファーに対して自分の能力について『電気、怪力、毒の能力を使えることを隠した上で爆発系の悪魔の実の能力者である』こと、さらにゴジ自身が望んでここへ来たにも関わらず廃嫡されたから仕方なしにここへ来たいうと嘘の設定を伝えたことを後悔している。
本当のことをゼファーに伝えたかったが、ここへ来て数ヶ月経つが、未だに真実を話せないままでいた。
「ゴジどうした?嫌いなもんでも入ってたか?」
ゼファーは自分の顔色を伺っている様子のゴジを訝しむ。
「いや……そんなことねぇよ。がつがつ……もぐもぐ……。」
ゴジは慌てて朝飯を口に放り込んで誤魔化す。
昔から研究ばかりでろくに人付き合いをしてこなかったゴジはゼファーから軽蔑されてこの関係が崩れるのがただ怖かったのだ。
「爺さ…」
ゼファーは今日から新兵達を連れて一月の航海訓練に向かうため家を開けることになり、ゴジは何故か今伝えないと一生ゼファーに伝える機会が訪れないかもしれないと思って重い口を開こうとした。
「ゴジ!飯食べたらお前も一緒に海へ出るぞ!」
しかし、ゼファーの一言でゴジの意を決した話は遮られて、ゴジが不機嫌さを隠すことなく首を捻る。
「ん?あぁ…アインが言ってた航海訓練か…まだ海兵でもない俺が行けるわけねぇだろ!とうとうボケたか…爺さ…いでっ!?」
流石にボケたと言われるのを気にする年頃のゼファーはそんなゴジに無言でゲンコツを落とすと、ゴジは気を失って机に突っ伏した。
「ありゃ、つい力入っちまったな。しゃーない勝手に連れてくか…」
ゼファーは頭に大きなたんこぶを作って気を失っているゴジを小脇に抱えて家を出た。
◇
次にゴジが目覚めると、はじめに目に入ったのは眩しいくらいに青い空を照らす太陽とアインの笑顔だった。
「あっ…ゴジ君気がついた?大丈夫?」
ゴジはどうやらアインに膝枕をされていることと気付いたが、気を失う前に聞いたゼファーの台詞を思い出し、嫌な予感がして慌てて起き上がって周囲を見渡す。
「アイン姉ちゃんってことはまさか……ここは!?」
ゴジが周りを見渡すと一面のコバルトブルーの海原が広がっており、ここは案の定海に浮く船の上だった。
「今は航海訓練の真っ最中よ。ゼファー先生が気を失ったゴジ君を連れて来た時は驚いたわ。」
ゼファーら新兵の卒業試験を兼ねた1ヶ月に及ぶこの航海訓練の出発の朝に気絶したゴジを抱えてアイン達の前に現れた。
「俺も朝飯食ってる時に聞かされてビックリしたよ。」
ゼファーはセンゴク達には話を通していたが、アイン達訓練生やゴジ本人には伝えていなかったのだった。
「ゴジ君は来年海軍入隊時に訓練を免除する変わりに海兵見習いとしてこの航海に参加させるって言ってたわ。凄いけど、ゴジ君の実力を考えたら当たり前かしらね。」
ゴジは1年を掛けた新兵訓練が免除されることは正直ありがたいが、当日になんの説明もなく訓練航海に同行させるのは違うと不貞腐れる。
「そういうことならそう言えよ。クソジジイ。どうせ俺を驚かせようとでもしたんだろうけど…まったく、どっちがガキだよ…」
ゴジは一言文句を言おうと起き上がって左右に首を振ってゼファーを探す。
「ふふふっ。」
しかし、付近には忙しく船の動かし方を学んでいる訓練生の姿あれど、ゼファーの姿はなかったが、彼の新兵達を指揮する声と、その声に従ってバタバタと慌ただしく駆け回る新兵達の姿は確認出来た。
「よく考えたら船の上だから後でいいや……」
「ん…?ゴジ君?」
ゴジは再びアインの膝に寝転ぶとアインはビックリした顔を浮かべる。
「アイン姉ちゃんは俺の面倒見るように爺さんに言われてんだろ?なら、もう少し二人でのんびりしてようか…ニッ!」
ゴジはゼファーに文句を言うことよりも、アインの太ももの感触と温もりを選ひ、忙しく動き回る訓練生達を横目に見ながら、寝たフリを決め込んでアインにサボろうか提案する。
「正面からの風を受けて推進力にする!ちゃんと帆を張って風を受け流せ!」
「「「イエッサー!」」」
実際アインはゼファーにゴジが目覚めるまで世話をするように指示を受けており、ゴジの提案にしぶしぶ了承すると彼の頭に手を乗せて優しく頭を撫でる。
「もう…少しだけよ。」
「ここは極楽だな……」
その後ゴジは小一時間くらいアインの膝を占領して話をしながら、風通しのよいデッキの上を占領して日向ぼっこしながらゴロゴロしていると、新兵達もようやく船の扱いに慣れてきたようで、手の空いたゼファーに気づかれた。
「おう!ゴジ起きたか?」
「いや…起きたかじゃねぇよ。まず言う事があるだろう。」
ゴジはあけすけに言うゼファーをジト目で睨むと彼は大きく口を開けて笑う。
「がははは!すまん、すまん。ほら見習い、しっかりと働けよ。アインも世話を任せて悪かったな!」
ゼファーとて流石に悪いと思ったので、ゴジの世話係にアインを指名したのだ。
「はいよ。」
悪びれもせずに元気いっぱいのゴジとは対照的にゴジのサボりに加担して少し後ろめたさのあるアインは仲間達に軽く頭を下げた。
「いえ、一番忙しい時にゆっくりさせてもらって何だか悪い気がします。」
「アイン姉ちゃんは悪くないから気にしなくていいよ。それにしてもいつの間にか部外者から見習いになってるとは驚いたな!わっはっはっは!!」
ゴジの扱いは自分の知らない間に海兵見習いとなったようだが、12歳となる来年には訓練期間免除で普通の海兵として働けると知ってゼファーの心遣いに感謝して楽しそうに笑いながら決意する。
───この航海が無事に終わったらきちんと伝えよう。
ゴジはゼファーの期待に応えるために無事にこの航海を成功させてから隠してきた真実をゼファーに伝えようと決意した。
後書き
5月11日加筆修正
第十六話 エドワード・ウィーブル
前書き
ゼファー達の訓練船を襲った海賊とその能力は作者の推察によるものです。まずご容赦下さい。
一人のルーキーが乗る海賊船が訓練航海中の海軍船を視界に捉えた。
「母ーたん。母ーたん。あの船に“黒腕”のゼファーがいるだど?」
「そうだよ。ウィーブル、ゼファーを倒してあんたが白ひげの息子だって世界に解らせておやり!」
“白ひげ”とは現在最強の海賊と呼ばれる四皇、白ひげ海賊団船長エドワード・ニューゲートのことである。
「おでは白しげの息子だどぉぉぉぉ!!」
海軍船を狙う海賊は多くはないが、稀にいてそれは報復目的や略奪目的そして、もう一つは名の知れた海兵を倒して自分の名を挙げようと企む者らがいる。
ゴジ達の乗る訓練船はかつて最強の海兵と呼ばれたゼファーを討ち取って名をあげようとするこの海賊の標的にされたのだった。
◇
ゴジはゼファーやアイン達から船の扱いや航海術を学んで順調に数週間の航海訓練を終えたある日の夜のこと…相部屋のアインと部屋で休んでいると、突然船を襲った衝撃と爆発音で叩き起されることになる。
「「っ!?」」
事態に付いていけないゴジとアインが目を合わせる中、今日の見張り番である一人の新兵の叫び声が響き渡る。
「敵襲!敵襲!海賊だぁーっ!」
これがベテランの海兵であれば、攻撃される前に気付いて敵襲を知らせたはずだが、攻撃を受けるまで気づかなかったのは眠気と戦いながら盲目的に見張りをしていた新兵の落ち度であるが、経験のない彼を責めることは出来ないほどに闇夜に紛れた鮮やかな奇襲攻撃であった。
「ちっ…あの船は不味い!?野郎共撤退準備だ。今すぐに後方に設置されている避難船に乗り込めぇぇーーっ!」
ゼファーは船室の窓が見える海賊船に張られた四皇白ひげ海賊団の海賊旗とよく似た白い三日月の髭をたくわえたドクロマークを見て、訓練生達に撤退を命じながら一人甲板へ走る。
「「「うわあああぁぁぁぁ!?」」」
ゼファーの指示が訓練船に響き渡ると同時にドンという何か大きな物が船に落ちて来たような衝撃で船が一度大きく揺れて新兵達の体が浮き上がった。
「ちっ!この俺を倒して泊を付けようってか?もう乗り込んできやがったか。あのババアの考えそうなことだな!」
ゼファーは冷や汗を流しながら海賊船からこの船に飛び上がって乗り込んできた一人の大柄の海賊を不敵な笑みを浮かべて睨む。
「凄い揺れ!?また砲撃を受けたのかしら?」
「いや、多分敵が乗り込んできたんだ。アイン姉ちゃん、俺は甲板に行くよ。」
船の揺れたことから敵が乗り込んで来た事を悟ったゴジと新兵達のまとめ役であるアインはゼファーを手伝う気で甲板に向かって走る。
「私も行くわ!」
ゴジとアインは甲板の裏に回って避難船を準備しようとしている訓練生達とは逆走して甲板に出ると、ゼファーが一人で白い三日月のをたくわえた体長が10メートル以上はあろうかという巨大な牛の化け物と対峙している所だった。
◇
ゼファーは甲板に出てきたゴジ達に気付いて声を張り上げる。
「お前ら!甲板に来るなぁ!早く逃げろ!」
ゼファーはこの化け物の狙いが自分だと知っているが、同時にこの化け物が攻撃すれば周りを巻き込んでしまう。
「ブモオオオォォォォ!!」
巨大な牛の化け物はゼファーの隙を付いて雄叫びと共に手に持った巨大な薙刀を横薙ぎに振る。
「ぐはっ…!?」
ゼファーは巨大な薙刀を自慢の武装色の覇気を纏った両手の黒腕で受け止めるが、威力を殺し切れずに弾き飛ばされて甲板の手摺りにめり込むようにぶつかった。
「おで、敵つぶす。」
そして、次の標的であるゴジとアインを目掛けて薙刀を上段に振り上げる。
「上段からの振り下ろし!?」
この化け物の一連の攻撃はガタイに似合わずに恐ろしく速いが、ゴジにはなんとか筋肉の動きを観察して化け物の動きが先読みしているが、アインはゼファーを心配して攻撃への反応が完全に遅れていた。
「ゼファー先生ぇぇぇ!!」
「アイン姉ちゃん!?」
ゴジはアインを助ける為に彼女に体当たりして甲板に叩き付けた。
「きゃっ…!?」
ゴジはアインを突き飛ばした後、アインを守る為に両手に武装色の覇気を纏って黒腕となった両手を頭の上でクロスして構える。
「来い!!“武装色・硬化”……怪力解放!!」
ゴジが受け止めきれなければ、甲板に倒れ伏すアインに化け物の刃は届くため、死んでも必ず自分が受け止めると決意したゴジは血統因子の操作で得た持てる限りの怪力を解放して腕の筋肉を膨れ上がらせる。
───確実に俺よりも強大な武装色の覇気を纏っているあの薙刀を果たして、俺の怪力と武装色の覇気、そして外骨格で受け切れるか…否…死んでも受け止めてみせる!
しかし、その刃がゴジに届くことはなかった。
「ゴジ、よくやった。」
何故なら、化け物の薙刀の刃が自分を襲う直前にゴジの前に大きな背中が割って入ったからだ。
「爺さん…!?」
ゴジの目の前に現れた背中は自分がその強さに人柄に憧れ、祖父と慕っている男の大きな背中だった。
「牛刀割鶏!!」
同じ薙刀でも横薙ぎに振るうのと、上から叩き付けるとのでは威力は段違いになるが、闇夜を割る轟音が響き渡り、ゼファーは化け物から繰り出されるその薙刀をその身で受け止めた。
「流石……爺さんだな。へへっ……ありがとう。」
ゴジはゼファーがウィーブルの薙刀を自慢の“黒腕”で受け止めた事に気づき、その背中に礼を言う。
「先生ぇぇぇぇー!?」
しかし、アインの悲鳴のようなゼファーを呼ぶ声と自分に降りかかる生暖かい赤い血に気づき、ゼファーの姿をよく見たゴジは自分の目を疑った。
「えっ…………!?う…嘘だろ…?」
ゴジの目に映ったのは、能力者相手でも一歩も引かずに海軍大将すら稽古と称してボコボコにしてきた男の右腕が薙刀の刃で斬られて宙を舞い、薙刀の刃を残る左腕と右肩口に深々と突き刺さった瀕死の体で受け止めてなお、その場で立ち続けるゼファーの姿だった。
「がはっ……はぁ、はぁ…良かった。は…早く逃げろ…」
ゼファーは残った左手で自分の体に突き刺さる薙刀の刃を掴みながら、後ろにいるゴジ達を振り返る。
「爺さん…でも…腕が…」
ゼファーは傷一つないゴジとアインの姿を見て微笑む。
「はぁ、はぁ…腕の一本や二本なんか安いもんだ。俺は…やっと…家族を守れたんだ…」
瀕死のゼファーの目にはゴジとアインが走馬灯の如く亡くなった妻と子供の姿に写っていた。
『あなた……』
『おとうさん……』
ゼファーは最愛の妻子が自分を見て微笑んでいる姿を見て、瀕死の体に力が蘇ったことで突きさった薙刀を引き抜こうとする化け物が戸惑っている。
「ぬ……抜けないど!?」
「うおおおおおぉぉーっ!」
ゼファーは傷口から血が吹き出るのも厭わずに、更に全身に力を込めて化け物を蹴り飛ばした。
「爺さん……。」
「先生……。」
力を使い果たしてその場で倒れそうになるゼファーはゴジとアインの声を聞いてハッとなり、妻子に見えていたのが、アインとゴジである事を思い出し、右足を大きく前に出して踏ん張った。
「はぁ……はぁ……夢でも幻でもアイツらやゴジ達が見てる前で倒れるわけにゃいかねぇんだ。」
ゼファーは自分の後ろにいる家族の存在により、覇気と力は全盛期のモノと見間違う程に漲っていく。
「アイン!さっさとこのバカを連れて脱出しろ!!」
ゼファーが力の限り叫ぶと、アインは弾かれたように動く。
「はい!行くよ…ゴジ君!」
アインは涙目で呆然となっているゴジを抱えてその場から離れようとする。
「アイン姉ちゃん!爺さんが!?」
ゴジはアインに抱かれながらも抜け出そうと必死に暴れるが、アインとてゼファーがその身を犠牲にしてゴジや自分達を助けようとしていることを察していた。
「ダメよ。今すぐに逃げなきゃ……ゴジ君……私達は戦力じゃない……ただの足手まといなのよ。」
ゴジもアイン同様にゼファーの意図を察して怒りを露わにする。
「おい!冗談言うなよ!俺と爺さんとアイン姉ちゃんでアイツを倒して皆で帰るんだよ!!」
ゴジはアインとゼファーに訴えるが、アインはゴジを抱きかかえる腕に力を込める。
「ゴジ君!!私達が来なければ…先生が右腕を失うことなんてなかったのよ……ゔゔぅぅぅ……」
アインは泣き叫びながら己の無力と慢心に打ちひしがれながら、ゴジが目を逸らそうとしていた事実を訴えた。
「ゔっ!?」
ゼファーは改めて突き付けられた事実に呆然となるゴジとアインに優しく話し掛ける。
「2人ともよく聞け。こいつは動物系悪魔の実の中でも伝説の神獣の力を得る事の出来る幻獣種の一つ。ウシウシの実 モデル ミノタウロスの能力者エドワード・ウィーブルだ。お前達が逃げる時間くらいは稼いでやる。俺の最後の命令だ…必ず全員生きて海軍本部へ戻れぇぇーーっ!」
武装色の覇気はウィーブルに比べてゼファーに分があるが、動物系悪魔の実は野生の強靭な力を得ることが出来る。
「ミノタウロス!?」
さらにミノタウロスといえばその粗暴さと力を神々に恐れられて迷宮の奥深くに閉じ込められた半神半獣の化け物で、数ある動物系悪魔の実の能力の中でも最上位の力を持つ。
「アイン!!ゴジと皆を任せたぞ。お前はつるの若い頃によく似ている。必ずいい海兵になる。」
ゼファーはつるの若い頃を彷彿とさせる空色の美しい髪と切れ長の力強い瞳だけでなく、面倒見のいい優しい性格といざという時の決断力までよく似ていると常々思っていた。
「はい!」
アインはゼファーの言葉を涙ながらに聞いて頷く。
「ゴジ!!お前はウィーブルなんて片手で捻れるくらいの最強の海兵になれる。そのための準備もしてある。今は我慢して逃げろ!!」
ゼファーはゴジを最強の海兵に育てる為に知識を与えるセンゴク、体術を教えるサイファーポール、見聞色の覇気を目覚めさせるつる、武装色をさらに鍛えるガープという自身が思い付く最高の師を用意してある。
「ちょ…待って…なんだよ……それって……」
ゴジは遺言のような言葉を向けるゼファーに喰って掛かろうとするも、自分を抱きかかえたアインがその場から離れていく。
「アイン姉ちゃん!ちょっと……待っ……!?」
ゴジがアインに立ち止まるように伝えるために彼女の顔を見た瞬間、血が出る程に下唇を噛み締めて怒りに燃えるアインの顔を見て二の句が告げなくなる。
「ぐぅぅ!!」
アインは悔しさと涙を堪えながら、ゼファーに与えられた自分の任務を全うする為にゴジを抱きかかえて甲板の裏にある避難船へ走っている。
「おで…強い!!母ーたん言ってた…全員…殺す!!」
ウィーブルは自身の頭から生えている大きな牛の角を前に突き出して両手を地面に付け、陸上のリレー選手のクラウチングスタートのような構えを取る。
「牛鬼打進!!」
ウィーブルは対峙するゼファー、そしてこの場から立ち去ろうとするアインとゴジ諸共轢き殺す為、闘牛が突進するかの如くゼファーに向けて走り出した。
「残念、ここは通行止めだよ。牛野郎おおおおぉぉぉ!」
ゼファーは左手を突き出してゴジ達の為を逃がすためにウィーブルの巨体を受け止めるべく全身に覇気を漲らせる。
「俺は…………」
ゴジはアインに抱えられながら、家族のために戦うゼファーの大きな背中とそのゼファーの命を刈り取らんとする巨牛の化け物が真っ直ぐ自分達に突進してくる様を呆然と見ていた。
後書き
5月13日加筆修正
第十七話 黄金の戦士
ウィーブルは親愛なる母親ミス・バッキンから船にいる者は全員殺せと言われているので、母親との命令を果たす為に彼の纏っていた武装色の覇気が更に膨れ上がり、彼は角を黒く硬化させてゼファー目掛けて真っ直ぐに突っ込んでくる。
「ゼファー…邪魔…おで、皆殺す…母ーたんに、言われた…邪魔するなぁ!」
対するゼファーも全身に覇気を漲らせて左腕を黒く硬化させながら腰を低くして、ウィーブルの突進を待ち受けた。
「行かせるかあぁぁーっ!来い!!」
10メートルを超える巨体を持つウィーブルが真っ直ぐにゼファーに激突した瞬間、彼は目を見開いて驚愕した。
「な……に……うごかな……!?」
ゼファーはウィーブルの角を自身の腹に刺さる直前に左腕1本で掴んでみせただけでなく、体全体を武装色の覇気で硬化させて突進そのものを受け止めてみせた。
「だから……ここから先には行かせねぇと言った……だろうがああぁぁぁぁ!!」
ゼファーが全身の力を込める度に彼の傷口から血が吹き出るが、ゼファーは力を緩める所か自分の三倍以上の体格差のあるウィーブルの角を片腕で持ち上げてウィーブルを投げ飛ばした。
「うおっ……あでっ!?」
その姿はまさに海軍本部大将“黒腕”のゼファーと呼ばれた全盛期の姿だったが、ゼファーは血を流し過ぎたため、体の力が抜けて膝を付く。
「ゼファー邪魔…まず…殺す。」
ウィーブルは甲板の上にひっくり返ったまま、ギョロりとゼファーを睨み付けた。
「はぁ、はぁ…そうだ。それでいい。来い!」
ゼファーはウィーブルの敵意が自分に向いたことで、ゴジ達が逃げる時間が作れた事にほくそ笑む。
───ウィーブル…俺の首はくれてやるが、アイツらには手を出させねえぞ!
しかし、ゼファーは膝を付いたままで立ち上がることが出来ず、出血多量により顔の血の気も引いて満身創痍であるが、その瞳に宿る闘志だけはさらに燃え上がっていた。
「すげぇ…あの巨体を投げ飛ばしやがった!でも、アイン姉ちゃん…爺さんはもう…」
ゴジはゼファーに背を向けて船の後方に向けて走っていくアインの肩口からその光景を見てゼファーの善戦に驚嘆するも、ゼファーにはもう戦う力どころか立ち上がる力すら残されていないのは誰の目にも明らかだった。
「逃げなきゃダメよ…私達がいたら邪魔になるわ…ぜんぜいならぎっど勝っでぐれるもの…うぅぅ…」
アインはゼファーを振り返らずに自分の役目を果たそうとする。
「アイン姉ちゃん……」
ゴジはさらに自分を抱き締める力を強めたアインから伝わってくる震えとそれに相反する強い意志を帯びた瞳を見て彼女の覚悟を悟る。
───ゴジ君と皆は私が守る!!
アインとて万全の状態ならまだしも片腕を失ったゼファーが、ゼファーの黒腕を切り飛ばすほどの化け物相手に戦ってどうなるか等考えなくても分かる。
もしゼファーが志し半ばで力尽きたら、ゴジや仲間を守るために次に死ぬのは自分だという決意を持って避難船に向けて走っていく。
「きゃっ!?ゴジ君…ダメよ!?」
ゴジはそのゼファーの姿とアインの覚悟を察して我慢ならず、アインを少し強引に振りほどいて甲板の上に立つ。
「アイン姉ちゃん…ごめん。俺はやっぱり爺さんを助けたいし、アイン姉ちゃんに死んで欲しくないんだ。“疾駆”!!」
ゴジは甲板に降り立った瞬間に足裏を火花の能力で爆発させると同時に怪力の力を解放して爆発的な推進力を生み出してウィーブルの顔面に目掛けて飛び掛かった。
「ゴジ君!?」
アインの叫び声を背に受けて、ゴジは雄叫びを上げながら、武装色の覇気を纏って黒く硬化した右足に電気の能力を纏わせた飛び膝蹴りをウィーブルの額に叩き込む。
「うおおおおぉぉぉ!!“起電ニードル”!」
バキバキと骨が砕ける音と共に額に渾身の膝蹴りを受けたウィーブルは少しふらついた後、電気で感電してビクビクしながら片膝を付いた。
「ぐはっ…うばばば…」
感電するウィーブルの前に降り立ったゴジは痛そうに顔を歪めて右膝を押さえていた。
「ぐっ!?いってえええぇぇ!!」
「ビリビリ……?電気...?」
先程の骨が砕ける音はウィーブルの額ではなく、ゴジの膝の骨が砕ける音であり、ゴジの電気の能力ではウィーブルの意識を奪うまでは至らなかった。
「ゴジ…お前...何故電気を?いや、それよりも何故戻ってきた!?」
ゼファーはゴジが爆発の能力者だと思っているので、電気の能力を使ったことに驚愕した後で慌ててゴジに詰め寄る。
「すまねぇ。爺さん、アイン姉ちゃん。俺はやっぱり爺さんを見殺しには出来ない!」
ゴジは立ち上がって自分の盾になろうと前に出ようとするゼファーの肩を掴む。
「ゴジ...しかし、その足じゃ……」
ゼファーはゴジの気持ちは嬉しいが、右足の膝頭が砕けたゴジを心配するも、彼は砕けたはずの右足を軸にして立ち上がってみせた。
「大丈夫……もう治った。俺の“超回復”は骨折くらいなら10秒もあればすぐに治る。ほら?」
ゴジの右足の膝からモヤのように上がっていた白い煙が晴れるとゴジはゼファーの前で屈伸したり膝を伸ばしたりして完治をアピールした。
「なっ!?超...回復だと!?」
ゼファーは常識ハズレな事を言うゴジの顔と彼の右足を交互に見ながら目を丸くする。
「さっきの電気の能力や“超回復”もあとで全部話すから、今は黙って見届けてほしい。俺にはウィーブルを倒す手段がある。」
ゴジは全力で戦う事を誓い、ウィーブルから目を離さずにポケットに忍ばせていた”5”と書かれた金色の缶を強く握った。
「嘘じゃねぇみたいだな。分かった...」
ゼファーはそんなゴジを見て静かに頷いて後ろに下がった。
◇
ここで少しゴジの能力について説明する。
ゴジの能力は一見万能に見えるが、唯一元々受け継ぐはずだった能力であるステルスブラックの透明化能力以外の能力は兄や姉の足元にも及ばない程度の出力しか出せない。
例えばさっきの膝蹴りでも自分の兄達と比べるとこれだけの差がある。
1.ヨンジならぱウィーブルを蹴り飛ばす程の怪力を発揮していた。
2.ニジならばウィーブルは感電して意識を奪う程の強力な電気を生み出していた。
3.イチジならば甲板を蹴った際に生み出される爆発の推進力と蹴りの爆風でウィーブルを蹴り飛ばしていた。
ゴジはジェルマにいた際は観察眼で相手を見極めながら、ただ能力を上手く組み合わせて使うことで兄達をも圧倒していたに過ぎず、実は兄達に劣る中途半端な能力に劣等感に近い感情さえ抱いていた。
だからこそ能力を使えないその身で能力者をも圧倒する力を持つゼファーに強く憧れたのかもしれない。
しかし、ゴジはその頭脳で自分の持つ能力を兄達のレベルまで強化する方法としてレイドスーツを着用すると普段は姉兄達の足元にも及ばない能力を姉兄達と同精度まで高められるように設定した。
ちなみに両親や兄姉達の持つレイドスーツは普段は体に負荷を掛けないように20パーセント程しか使えないはずの身体能力をレイドスーツ着用時は常時100パーセントを引き出した上で体に負荷を一切の掛けないように補助するように設計している為、身に付けると超人的な運動能力を得ることが出来るようにしてある。
◇
ゴジはジェルマ王国を経つ前に自分のレイドスーツを父に差し出した。
『父さん、ジェルマ66には世界中にコアなファンが多い。レイドスーツ姿では俺とジェルマとの関係性が疑われる可能性がある。』
ゴジは廃嫡した自分がジェルマ王国との関連を疑うような真似は出来ないと判断したのだが、ジャッジはレイドスーツを頑として受け取らなかったのだ。
『ゴジ、自分の命が危ない時や大切な人を守りたい時は遠慮なくレイドスーツを使え。』
ゴジは父の言葉を思い出しながら万感な想いと共にその缶を取り出して、自分の下腹部に押し当てるとゴジの体は闇夜を明るく照らす金色の眩しい光に包まれた。
───父さん、ありがとう。俺はこの力で爺さんと仲間達を助けるよ。
金色の光が晴れるとそこに現れたのは黄金のサングラスと耳当て、黄金の上下のレイドスーツに白銀の鎧と靴そして黒いマントを纏った伝説の戦士が現れた。
「ゴジ君…」
「なんだ?お…べ…は…?」
アインとウィーブルが眩い光と共に衣装の変わったゴジに驚愕している中、同じく驚愕しているゼファーだけはその出で立ちに見覚えがあった。
「ゴジ……お前……それはまさかパーフェクト……ゴールドなのか?」
北の海を舞台に生み出された創作漫画『海の戦士ソラ』。
その物語に出てくる仇役ジェルマ66の一人、パーフェクトゴールドが今、表舞台に躍り出た!!
後書き
5月14日加筆修正
第十八話 ヒーローとは
『海の戦士ソラ』とは世界政府が子供達に勧善懲悪を教える教材として制作した世界経済新聞に掲載された絵物語つまり連載漫画である。
「先生…パーフェクトゴールドって何ですか?」
変身したゴジの正体を知っている様子であるゼファーに傍まで走り寄ってきたアインが問いかけた。
「ん?アインか?俺がガキのころから世界経済の一コマで連載していた『海の戦士ソラ』って物語に登場する敵役、悪の軍団ジェルマ66の一人だ。」
ゼファーは後ろから声を掛けてきたアインに気付いて、彼女を振り返ってから説明し始めた。
「じぇるま……だぶるしっくす?」
アインは聞き慣れない名前に首を傾げるが、ゼファーは説明を続けていく。
「そうだ。各々が悪魔の実を模した特殊な能力を持つんだ。爆発する閃光の能力を持つスパーキングレッド、電気の能力を持つデンゲキブルー、透明化の能力を持つステルスブラック、人外な怪力と伸び縮みする能力を持つウインチグリーン、あらゆる毒を操るポイズンピンク、そしてこの五人全ての能力を併せ持ち、天才的な頭脳を有するパーフェクトゴールドの6人で、彼らをこの世に生み出して指揮し、世界征服を目論む男こそ総帥ガルーダ。」
饒舌に語るゼファーは、総帥ガルーダと友ジャッジの姿を重ねてほくそ笑む。
「あっ!?先生、そうだ!右腕…コートを脱いで下さい!」
アインは自分が大怪我していることを忘れたように楽しそうに語るゼファーの怪我を思い出したように彼の海軍コートで傷口を止血し始めた。
「あ…あぁ。すまねぇ…」
人は好きな事を語る時は饒舌になるとよく言われるが、ゼファーとて例外ではなく痛みを忘れて話していた。
「先生詳しいですね?」
アインは海軍コートを破って即席の包帯として使い、ゼファーの右腕の止血をしながら、話の続きを促す。
「元々『海の戦士ソラ』は世界政府が子供達への勧善懲悪を教える目的で正義の味方ソラが悪逆非道のジェルマ66を懲らしめる物語で、政府の役人や海兵が活躍した話を創作している。俺が解決した事件を元にした話もあるくらい...いでで...もう少し優しくしてくれ。」
ゼファーはアインに誇らしげに語り聞かせていくと、アインが傷口を包帯でキツく縛ったことで痛みを訴える。
「我慢してください!!でも、私はそんな物語聞いた事ないですよ。」
右腕の止血を終えて一安心したアインが首を捻る。
「アインの出身は偉大なる航路だったな。物語の舞台が何故か北の海だから連載されていたのも北の海だけだからな。北の海出身者じゃねぇと知らないのも無理はない。」
アインはゼファーがゴジの姿に興奮している事に違和感を感じる。
「ちょっと待ってください。先生の話を整理すると海の戦士ソラがジェルマ66を倒すお話なら、ゴジ君の格好は悪役なんですよね?」
ゼファーはウィーブルと対峙するパーフェクトゴールドのレイドスーツを纏うゴジを見ながら、興奮が抑えきれずに目を輝かせている。
「ジェルマ66ってのは個々の能力だけじゃなく、身に纏うレイドスーツってのが耐刃・防弾性に優れる上、彼等の履く靴は空を自在に飛び回ることが出来る。しかし、その作り込み過ぎた設定の悪役に人気が出過ぎてしまい、逆に海賊や悪党を増やす要因にもなってしまった。そこで世界政府はある作戦に出た。」
「作戦ですか…?」
「簡単な話さ。悪役だからいけねぇんだ。ジェルマ66の中でも特に人気の高いパーフェクトゴールドを改心させて味方にしてやろうって作戦だ。」
「えっ?そんな都合よく改心なんてさせていいんですか?」
アインの言うことは、世間一般的に見たら最もであるので、ゼファーは苦笑する。
「あくまで子供向けの物語だからな。パーフェクトゴールドは悪の軍団ジェルマ66として海の戦士ソラと戦う中で人を想う優しさに目覚めていく。そして、物語の最終話で世界を滅ぼそうとするジェルマ66の作戦に反対したパーフェクトゴールドは、世界を守る為に仲間を裏切ってソラに協力し、二人でジェルマ66を滅ぼすんだ。」
「へぇー...それで世界が平和になったんですか?」
ゼファーは『海の戦士ソラ』のラストを鮮明に覚えている。
「いや、この話にはまだ続きがある。」
何故ならそのラストはかつて世界中の誰もが目撃したある男の最期を模した話であり、ゼファーは処刑台に登るパーフェクトゴールドがソラに向けて言った最期の言葉を思い返していた。
『俺はこの世の全ての悪を背負っていく。ソラ、お前は平和の象徴になってくれ。』
アインは何かを思い出すように遠い目をし始めたゼファーに声をかける。
「先生…?」
ゼファーはアインの言葉でハッとなって『海の戦士ソラ』の最終話を話し始める。
「パーフェクトゴールドは事件後に自首して一人でこれまでのジェルマ全ての罪を背負って自ら処刑台に登り、彼が公開処刑されることで悪は去ったと世界中が歓喜し、平和が訪れることでこの物語は幕を閉じるんだ。」
この”海の戦士ソラ”の最終話のモデルとなった話の元ネタは今から29年前に悪の限りを尽くしたロックス海賊団を滅ぼす為に海賊王ゴール・D・ロジャーと海軍本部中将モンキー・D・ガープが協力してロックス海賊団船長ロックス・D・ジーベックを捕らえることに成功した通称ゴットバレー事件である。
この話におけるソラのモデルはもちろん“海軍の英雄”モンキー・D・ガープであり、全ての能力を手に入れた男 パーフェクトゴールドのモデルこそ、この世の全てを手に入れた男“海賊王”ゴール・D・ロジャーその人であるが、この事件に”海賊王”ゴール・D・ロジャーが関わっていることは当時の海軍上層部と世界政府の一部の者しか知らない秘密となっている。
この事件の後、“海賊王”ゴール・D・ロジャーが出頭した際、海軍が捕らえたと大々的に発表して彼を公開処刑する事で世界に平和が訪れた事を知らしめようとしたが、彼の死に際の一言で逆に大海賊時代の幕開けとなってしまい、世界政府の思惑とは全く逆の結果になってしまった。
『おれの財宝か?欲しけりゃくれてやる。探せ!この世のすべてをそこに置いてきた!』
ゴール・D・ロジャーの処刑に期待した結末を『海の戦士ソラ』の結末にして、海軍、世界政府を模した海の戦士ソラが世界平和の象徴となることで世界は平和になってこの物語は終わる。
「ウィーブルという巨悪を前にした俺に手を貸すパーフェクトゴールドってのは『海の戦士ソラ』の最後の話みたいだろ?」
アインはゼファーがワクワクしている理由を知って吹き出したことで、ゴジがパーフェクトゴールドになってからウィーブルの脅威を感じない事に気付いて目を丸くした。
「あははっ!そんな理由だったんですね…そういう話は女である私にはいまいちピンときませんが...でも、不思議な感じです。ウィーブルは健在で状況は何も変わってないのにゴジ君の勝ちを信じて安堵している私がいます。」
ゼファーは絶対の安心感を抱かせる存在感を持つパーフェクトゴールドの姿にかつて自分が夢見た正義のヒーロー像を重ねてニヤリと笑う。
「あぁ...助ける者に絶対の安心感を与えるあの背中こそが俺がお前達やゴジに期待するヒーローの姿だ。」
「ヒーローですか?」
ゼファーは妻子の死でその夢を志半ばで諦めたが、そんな正義のヒーローこそが、この大海賊時代を終焉に導く平和の象徴に違いないとその夢を多くの新兵達に託してきた。
「そう。アイン!お前もその正義のヒーローの一人だぞ。正義を背負うヒーローが集う海軍こそ、この世界の平和の象徴。そしてゴジはその中でも最強のヒーローになれると信じてる。」
そんな中でゼファーは今まで育ててきたどんな海兵よりも才覚と正義感に溢れるゴジに出会ったのだ。
「うふふ!はい。それは私も思います。」
ゼファーとアインはウィーブルの巨体を前に立つパーフェクトゴールド姿のゴジの勝利を疑うことなく、彼の背中を見つめていた。
後書き
5月14日加筆修正
第十九話 パーフェクトゴールド
ゼファーの話が終わるとアインはゴジの背中を見つながら寂しそうに呟く。
「悲しい話ですね…」
「だが、世界政府の思惑通りに悪党が自分の罪を悔いて償おうというこの物語の効果は絶大だった。その年、北の海の自首者が大幅に増えた。」
アインは頭を上げて空に浮く白銀の鎧と金色の服を着て黒いマントをたなびかせるゴジを見つめた。
「そうですか…ゴジの姿がそのパーフェクトゴールド?に似てるんですか?」
ゼファーはパーフェクトゴールドのレイドスーツを身に付けたゴジを見て爆発と電気の能力が使える理由を知って大口を開けて笑う。
「あぁ…似てるなんてもんじゃなく、瓜二つだ。それに爆発と電気ね...ってことはあの力があればウィーブルの怪力にも対応出来るのか...ガハハハハ!!」
アインは突然笑い始めたゼファーの姿に首を捻る。
「先生?」
そんな2人のやり取りを他所にようやく感電が解けて体の自由が効き始めたウィーブルは小さく唸りながら、ゴジを睨みながら大きく息を吸い込む。
「ぐぞぉぉぉぉ…!チビ…殺す。ビリビリ…嫌だあああぁぁぁー!!」
ウィーブルは人獣形態のまま、空が割れんばかりの雄叫びを上げて自分が痺れから復活した事をアピールする。
「うるせぇ...この周囲の音を調整する耳当てが無けりゃ、鼓膜が破れてたかもな。」
ゴジの両耳を覆うヘットギアのような耳当てには大きな音や小さな音を調整して鼓膜に届ける機能が備わっている。
「ゴジ、一つだけ聞かせろ……そのレイドスーツは本物か?」
だから、ウィーブルの雄叫びの最中にゼファーが問い掛ける質問もしっかりと耳に届いており、ゴジは笑みを浮かべて口角を上げ、ゼファーに振り返ながら、靴に仕込んである浮遊装置を使ってその場からゆっくりと浮き上がり始めた。
「「なっ……浮いた!?」」
目の前で宙に浮き上がり始めたゴジを見たアインとゼファーは空いた口が塞がらないという顔をする。
「くくくっ……。爺さん、これで分かったろ?アイン姉ちゃんは爺さんを頼む。2人とも詳しい事は後で話すから今は俺を信じて任せてくれ。今の俺ならアイツに勝てる。」
ゴジは予想通りのアイン達の反応にニヤケながら、アイン達を背にしてウィーブルと対峙する。
「あぁ!!」
ゼファーはあくまでも物語の話であった浮遊装置付きの靴を見て童心に返ったようにワクワクしている。
「分かったわ…」
アインは原作のパーフェクトゴールドの強さすらも知らないが、ゴジの声音には妙な安心感がある上にゼファーの期待に満ちた顔を見てしぶしぶ頷く。
「小さなパーフェクトゴールドのお手並み拝見といこうか…くくくっ!!」
ゼファーはジェルマ66の一人のファンとしてパーフェクトゴールドの活躍に期待している自分に気付いて苦笑するが、その期待は現実のものになる。
「わがったど!チビ…おべぇーも悪魔の実の…能力者…だな?」
ゴジはウィーブルの顔の前まで浮遊装置を使って移動し、右手を突き出して掌を上に向けながら手招きして原作に出てくるパーフェクトゴールドの決めゼリフをキッチリと口にする。
「残念…不正解。俺はジェルマ66のパーフェクトゴールド。荒れるぜ…止めてみな!」
ゴジはウィーブルを挑発しながら、観察眼で彼の動きしていると、挑発に乗って激昂したウィーブルが左拳で自分を殴り飛ばそうとしていることに気付く。
「生意気…死ねぇーっ…チビィィーッ!」
ウィーブルはゴジ程度相手には自慢の薙刀ではなく、拳で十分だと判断して、左拳を真っ直ぐに突き出してきた。
「怪力対決か…受けて立つぜ!怪力解放...“巻力砲瑠 ”!」
ゴジは浮遊装置で宙に浮いた状態から深く腰を落とすと武装色の覇気を纏って黒く硬化した左拳をウィーブルの左拳目掛けて真っ直ぐに突き出すと、ウィーブルの左拳とゴジの左拳が激しい轟音と共にぶつかり合う。
「ぐがっ!?…おっ…とっとと…!?」
ゴジは宙に浮いたまま微動だにせずに左拳を突き出したままのニヤリと笑う。
「どうした?怪力自慢。その程度か?」
ウィーブルの放った左拳は弾き飛ばされてドンドンと足音を立てながら、たたらを踏んで後ろに後退した。
「あで?おでのパンチ?」
ウィーブルは不思議そうな顔で自分のジリジリと痛む左拳とゴジの手袋に傷一つない左拳を見比べて首を傾げていた。
「やはり!ウインチグリーンの怪力も持っているのか!?普段使う爆発の力はスパーキングレッド。そして最初にウィーブルを蹴り飛ばしたのはデンゲキブルーの電撃技!?これは間違いないぞ!!」
ゼファーが元々ゴジから聞いていたのは爆発の能力だけだった、今の目の前で新たに電撃の力と怪力を見せられて憧れのヒーローに逢った少年のように胸が熱くなるのを感じている。
「ゴジ君…強い…」
ウィーブルの攻撃を真正面から弾き返したゴジにゼファーとアインは絶句するが、ゴジは自分の力に満足したおり、何よりもヨンジの怪力であればウィーブルの力にも負けないことが分かって嬉しかった。
「ふはははっ!やっぱりヨンジ兄さんの力の方が上だろう♪それにしてもレイドスーツは武装色の覇気も強化してくれるとは...これはいい!!」
レイドスーツは全身の血統因子を含む細胞を活性化させることで通常よりも強い力を引き出せるので、パーフェクトゴールドとなったゴジは能力を十全に引き出せるだけでなく、自身に漲る武装色の覇気から先程までの武装色の覇気も強化されていることはいい誤算であった。
「日々の鍛錬で元々の基礎体力が上がったからか……体が以前にこれを着た以上に動く。これも全部爺さんのおかげだな。」
さらに運動能力を補助する役割も持つレイドスーツは着用者自身の運動能力が上がれば上がるほどその効果は絶大なものとなり、日々のゼファーとの訓練がパーフェクトゴールドとなったゴジを確実に強くしていた。
「おでは…強い!!」
ウィーブルは全身に覇気を漲らせながら、薙刀を振り上げて自分に向けて突進しながら攻撃に転じようとするのが、ゴジの目には彼の動きが手に取るように分かる。
「バカな割にはいい判断だよ。後ろには爺さん達も居るし、それが船に当たったら船が真っ二つになるからな……。だから俺はそれを受け止めるしかねぇって事だろ?」
ウィーブルは勿論そこまで考えてわけではなく、頭に血が上り全力でゴジの命を刈り取らんとしているだけであり、体重を載せた薙刀を上段から真っ直ぐに振り下ろした。
「牛刀両断!」
ゴジは両手にバチバチと電気の力を纏い始めた。
「だが、俺には無意味だ。来い!!“電撃ダブルフィスト”!」
ゴジはウィーブルの薙刀が自分に届く直前に自分の眼前で両拳をぶつけるようにして白刃取りの要領でその凶刃を受け止めた。
「なっ……!?ぐごっ…ぎゃああばばばばぁぁぁー…」
ウィーブルはゴジに薙刀を受け止められた事に驚いたのもつかの間、ゴジの両拳から流れ出る高電圧が薙刀を伝って彼の体に届くと、全身が焼け焦げるほどの高電圧の電流によって感電した。
「これがニジ兄さんの電撃だよ。俺の電撃とは一味違うだろう?ん?」
ゴジはニジの電撃の威力に満足していると黒焦げになったウィーブルが白目を向いて前のめりに倒れようとしているのに気付く。
「が...があ...がはっ...!?」
ウィーブルは高電圧の電流を浴びて意識を失っているが、ゴジはゼファーを瀕死に追い込んだウィーブルをこの程度で許すわけなかった。
「起きろよ、デカブツ!“火花フィガー”!」
ゴジの火花の能力を宿した右拳が倒れようとするウィーブルの左頬に突き刺さるとゴジの右拳を中心として大爆発が起こる。
「くべっ!?」
ゴジはウィーブルの顔を黒焦げにしながら、彼の巨体を甲板の手すりまで殴り飛ばした。
「そして、これがイチジ兄さんの拳だ。」
ゴジは拳を振り切ったまま悦に浸る。
「ぐ…いでぇ…あがが…ぐぅ…」
強制的に意識を戻されたウィーブルは未だに自由の効かず、痛みに喘ぐことすら出来ない苦しみの声を漏らしていた。
「どうした?もう終わりか。勝ったのにスッキリしないのは……そうか。借り物の力で勝ったところで嬉しさは半減だよな。」
浮遊装置で空に浮き上がっているゴジはそんなウィーブルを見下ろしながら、兄達の強さに酔いしれながらもレイドスーツに頼らざるを得なかった自分の弱さに何処か寂しさを感じていた。
「おで...おでは...じろじげのむずごだあああぁぁぁぁー!!!」
ウィーブルは驚異的な強さを手に入れたゴジの気持ち等分かるはずもなく、己を鼓舞しながら雄叫びと共に立ち上がった。
「エドワード・ウィーブル、俺はいつか必ず俺自身の力でお前を超える。今は借り物の力でも、俺の誇りに賭けてお前を捕らえる!!」
ゴジは己の矜恃よりも海兵として誇りを胸に海賊エドワード・ウィーブルを捕らえる為に油断なく覇気を体中に漲らせていく。
◇
戦いを見守っていたアインとゼファーは対照的な反応を示していた。
「凄い…」
アインは終始ウィーブルを圧倒したゴジの力を見て絶句し、呆然と戦いを見守っていた。
「がははは!怪力、爆発、電撃…やっぱり、パーフェクトゴールドはこうでないとな!いてて…」
ゼファーは最初の一合以降はゴジの勝利を確信して、ジェルマ66のファンとしてパーフェクトゴールドの活躍に自分の負傷を忘れ興奮して立ち上がろうとして全身の痛みに気付いて呻き声を上げた。
「先生は怪我人なんですから…じっとしてて下さい。」
ゼファーの呻き声が聞こえたアインが彼を窘めるとゼファーは大人しくその場に座るが、パーフェクトゴールドの活躍に興奮しているのはゼファーだけでなく、ゼファーの指示に従って避難船に乗ってアイン達を待って訓練船に係留したまま海洋を漂っている訓練生も同様だった。
「すげーぞ!あの金ピカ、化け物を殴り飛ばしたぞ!?」
「馬鹿!あれはジェルマ66のパーフェクトゴールドだぞ。お前、知らねぇのか?いいかパーフェクトゴールドってのは…」
訓練生の中にも北の海出身者がいた様子で、パーフェクトゴールドについて語り始めようとしていた。
「どうでもいい。いけぇー金ピカァー頑張れ!!」
「「「頑張れええええぇ!!」」」
「聞けよ!だがら、パーフェクトゴールドってのは…」
訓練生達はゴジがパーフェクトゴールドに変身した場面も見ておらず、ただ訓練船を襲った巨大な化け物を退治しようと現れた正体不明の“ヒーロー”を全力で応援していた。
後書き
5月19日加筆修正
第二十話 圧巻
ゴジの爆発拳で叩き起されたウィーブルがフラフラになりながらも、動物系 悪魔の実の三形態の中で最強の力を得ることが出来る獣形態に変身して、立ち上がって天に向かって吼える。
「おで、強いはず…ブモオオオォォォ―――ッ!」
完全に牛の顔と体毛に覆われた人の体になった伝説の魔物ミノタウロスがその正体を現し、戦いは第二ラウンドを迎える。
「へぇ〜...まだ立ち上がるか……動物系の生命力は侮れない。さっさと勝負を決めるのが得策か...」
ゴジの電撃と爆発を受けて、黒く焦げていた体毛が人獣型から獣型に変わった瞬間に元々の茶色の体毛に生え変わったのを見てゴジは感嘆の声を上げた。
「はぁ....はぁ...ごろず!!」
ゴジはウィーブルの身体の変化を見ながら動物系の悪魔の実は驚異的な力だけでなく、回復力まで有するので古の大迷宮の主にして半神半獣のミノタウロスを圧倒的な火力で倒すと決意する。
「トドメは派手に行くぜ!“武装色・硬化”!!」
ゴジの武装色の硬化により黒くなった右腕からはバチバチと赤い火花が迸り、同じく黒い左腕からバリバリと青い雷鳴が鳴り響いて、さらに赤と青に光輝くその両腕は怪力の力を全開まで解放したことで筋肉が通常よりの3倍に膨れ上がっている。
「ブモオオオォォォォ!!!」
対するウィーブルは頭を黒く硬化させて、自慢の角をゴジに向ける前傾姿勢に構えを取ると、そのままゴジ目掛けて突進する。
「一度躱して横っ腹を殴るのが手っ取り早いが...それじゃつまんねぇよな...ニッ!!」
体長十数メートル、体重1トンに及ぶ巨体と鋭く尖った牛角による突進攻撃こそウィーブル最強の攻撃であるが、闘牛士のように躱すこと等、観察眼と透明化能力を持つゴジには容易いことである。
「猛牛打進!」
ゴジは小細工なしに真正面からウィーブルを打ち破る為に靴の加速装置を全開まで作動させて彼の牛角に目掛けて一直線に闇夜を駆け抜け、互いに彼我の距離を一気詰めていく。
「混色バグ!」
ゴジの両手拳とウィーブルの2本の牛角が物凄い轟音と闇夜を明るく照らす閃光と共にぶつかり合った。
「うおおおぉぉぉ!!」
「ブモ"モ”オオォォォーーッ!!」
火花を操るスパーキングレッド、電気を操るデンゲキブルー、怪力を操るウインチグリーンの三位一体の合体技をたった一人で放つことの出来るパーフェクトゴールドの必殺技と大迷宮の主の誇る牛角との激突は、レイドスーツにより、覇気、能力、身体能力の全てを強化されたゴジに軍配が上がり、閃光が晴れると同時に自慢の二本角が砕け散った。
「ブモオオォォォォ!?おでのツノがああぁぁぁ!!」
ゴジは掌を上に向けて四指をクイクイっと曲げてウィーブルを挑発する。
「ぎゃあぎゃあ騒ぐな。まだ動けるだろう?さっさとかかって来い!」
角を折られた事で怒りに狂ったウィーブルがゴジに向かって無我夢中で走って行く。
「ん?ゴジ君の周りにピンク色の霧?」
戦いを見守るアインとゼファーはゴジの周りを覆い始める桃色の霧に気付いて目を丸くする。
「そうか...ゴジ。お前は当然のように毒も使えるのか!?」
ウィーブルはゴジの周りを漂い始めた桃色の霧に気が付かずに、がこの霧に不用意に足を踏み入れた瞬間、彼は自らの首を両手で抑えて苦しみ始める。
「このチビ許さ……がぁ……ぐわあああぁぁ!?」
その苦しみは相当なもののようで獣形態を維持出来ずに、人型形態に戻ってしまう程である。
「“桃色毒罠”。獣は本来野生の勘で毒には近付かないが、怒りに支配された暴れ牛ならば罠に嵌めるのは容易い。」
ゴジが右手の人差し指と親指でパチンと指を鳴らすと桃色の霧が霧散した。
「が……あ……ぐ……あぁ……。」
この霧のせいでゴジとウィーブルの姿の見えなかった訓練生達も霧が霧散したことで、甲板の上に立つゴジと倒れ伏して苦しみに呻くウィーブルを見て勝敗を知ることになる。
「「「うおおおおぉぉぉぉーーっ!」」」
訓練生達の歓喜の雄叫びが夜空に轟くと、長い夜が明けて周囲を明るく照らす朝日が差し込んできた。
「ポイズンピンクの毒の能力だな。なぁ……ゴz、いやパーフェクトゴールド、ウィーブルはこのまま死ぬのか?」
ゼファーは毒を以てウィーブルを倒したゴジの『66』と刻まれたマントの靡く背中に尋ねた。
ウィーブルは『デットオアアライブ』つまり『生死問わず』の賞金首であり、仮に殺してしまっても褒められこそすれ全く問題はないが、ゼファーの信条は別にある。
「ただの神経毒だよ。コイツには真面目に罪を償わさないとな…そうだろ?爺さ……いや、ゼファー海軍教官。」
ゴジとゼファーは、パーフェクトゴールドとウィーブルの戦いを見ていた訓練生達がパーフェクトゴールドの勝利を知り、避難船から訓練船に続々と戻ってきた事に気づいて普段の呼び方ではなく、対外的な呼び方に言い直した。
「そうだな。パーフェクトゴールド、よくやってくれた。協力感謝する。」
ゼファーはウィーブルを殺さずに捕らえるという判断をしたゴジを誇りに思いながら、ゴジが正体を隠したがっている事を瞬時に悟ると何も知らない訓練生達を前に敬礼で応える。
ゼファーは罪を償わさないといけないという海兵としての信条を持っていた為、現役時代から海賊を殺さなかった。
彼が大将の座を降りたのは自分の信条に一度だけ反して、妻子を殺した海賊を殺したからであり、ゴジを含めた新兵達には海賊達を殺さずに捕らえるように教育してきたのだ。
「凄い!凄い!あんな化け物に勝っちゃったよ!ゴ…もごもご…」
ゼファーはゴジの名前を呼ぼうとしたアインの口を残った左手で咄嗟に押さえて彼女に耳打ちする
『アイン、ゴジは自分の正体を隠したがってる。話を合わせろ。』
アインは首を縦に振るのでゼファーは彼女を解放するとゴジは感謝する訓練生達に囲まれ始めた。
「すげー!ほんとにパーフェクトゴールドだ!」
「そういや、なんでお前、この金ピ…えっと、パーフェクトゴールド?知ってんの?」
北の海出身でパーフェクトゴールドをよく知ってる訓練生が知らない者達に対して再度説明していく。
「はっ?俺の説明聞いてなかったのかよ…だからパーフェクトゴールドってのはな…」
”海の戦士ソラ”は敵役としてジェルマ66という北の海に実在するジェルマ王国をモデルにしているため、北の海では大人から子供まで知らぬ者がいない話であるが、その他の海の出身者は知らない者の方が多い。
「あ〜……そういやウィーブルの船はどこだろ?」
自分の正体を明かす訳にもいかないゴジが逃げ道を探しているとゼファーもそれに気付いて助け舟を出す。
「ん?あぁ…それなら…あれだな。パーフェクトゴールド。一足先に行ってあれも倒しといてくれねぇか?俺達もコイツを拘束して、治療したらすぐに行く。」
ゼファーは訓練船から数百メートル離れたところで係留する海賊船を指差す。
「あぁ...あれもこの船が来る頃には無力化しとくさ。俺だけなら気付かれずに船に近付けるからな。」
ゴジはゼファーの『船を制圧したら透明化の能力を使って合流しろ』という言葉の真意を適切に読み取って感謝しながら敵船を見据える。
「頼もしいな。ステルスブラックの透明化能力を使う気なのか?」
爆発、電気、怪力そして毒の能力を持つゴジなら当然最後の1つ透明化能力も持っているはずというゼファーの読みも的中する。
「流石は教官殿。ご明察だ...“透明化”」
ゴジがゼファーの心遣いに軽く頭を下げると彼の姿がゆっくりその場から掻き消えていく。
「「「消えたあああ!?」」」
「凄い!ステルスブラックの透明化の能力だ!ほんとに本物なんだ!!」
ゴジの姿が消えた事に驚く訓練生の中でパーフェクトゴールドの正体を知っている訓練生だけはその光景に感動して涙を流していた。
「気をつけてね。」
アインは海賊船へ向けて飛んでいっているであろうゴジに向けて声援を送った。
後書き
5月19日加筆修正
第二十一話 ヒーローの条理
ウィーブル海賊団は訓練船から離れた船上で戦いを見守っており、受け入れられない結果に唖然となっていた。
「「「船長おぉぉぉ!!」」」
正気を取り戻したウィーブル海賊団の部下達は涙を目に浮かべながら彼を助ける為に全速力で自分達の船を訓練船に近付ける。
「うぅぅぅ…ウィーブル、私の宝物…私のウィーブル!貴様らよくも…ウィーブルを…」
1メートル程の身長にド派手な衣装に金髪ショートヘアで黒色サングラスを掛けた60歳前後のウィーブルの母親で四皇”白ひげ”エドワード・ニューゲートの愛人を自称するミス・バッキンは愛する息子が突如現れた金色の戦士に倒されて、今まさに海軍に拘束されていく様を見せられて今はただ大粒の涙を流していた。
「桃色毒罠!!」
そんな悲しみに暮れる海賊船に幼い男の子の声と共に桃色の霧が漂い始めた。
「なっ…これはウィーブルを倒したピンクの霧、あんたら、これを吸うんじゃないよ!!」
“海賊王”ゴール・D・ロジャーらと戦ってきたミス・バッキンはいち早く海賊船を覆い始めた桃色の霧に気づき、注意を促すも既に手遅れであった。
「「「ぐぅ〜……。」」」
海賊船は突如桃色の霧に覆われ、その霧は全ての船室にも容易に到達し、口を覆いながら甲板の床に這いつくばるようにしているミス・バッキン以外の船にいる全ての者が眠りについた。
「へぇ……いち早く桃色毒罠に気づいて体制を低くしてやり過ごすとは...やるね♪」
ゴジは透明になったままで催眠ガスを吐き出しながら海賊船の周りを旋回して船を覆う程の霧を作り出していたので、いち早く異変に気付いて対処したミス・バッキンに賞賛の声を送った。
「あんたは……ウィーブルを倒しt……くっ……いし……きが……。」
ゴジは自分の持つ数ある能力で最強の能力を挙げよと言われれば迷わず毒と答える。
「逃げ道のない船上で催眠ガスから逃げる術はない。眠れ...戦いはもう終わりだよ。」
母の治療の過程で世界のありとあらゆる薬品、毒に触れてそれらを自らも作り出す事が出来るゴジは例えば全くの無色無臭で一息吸い込んだだけで相手を即死させる毒すら作る事が出来るから迷わずそう答えられるのだが、レイドスーツを着ていない彼では毒の制限こそないものの口や手足から多少の毒を出せるだけであり、今回のように船を覆うほどの毒息を吐くことは出来ない。
「ぐがー……ぐがー。」
ゴジはその場に倒れ伏して大いびきをかき、鼻ちょうちんを作りながら寝始めたミス・バッキンを見て指を鳴らして毒を霧散させた。
「爺さんの腕を切り飛ばしたウィーブルと違ってお前達を殴る理由はねぇんだ。」
こうしてゴジは一切の戦闘も起こすことなく、ウィーブル海賊団を無力化させたのだった。
◇
その後、ゼファーの応急処置とウィーブルの拘束を終えた訓練船が海賊船に近付いて訓練生達が海賊船に乗り込むと、至るところで海賊達全員が眠りについていた。
「海賊達は寝てるのか?」
「すげーーっ!全滅してる!?」
「あれ?パーフェクトゴールドは?」
「ん?どこだ?まだお礼も言ってねぇのに…」
訓練生達はこの事態に際して即座にパーフェクトゴールドが全て倒したのだと気付き、感嘆の声を上げながら船を探し始めた。
「てめぇら、何してやがる!?敵がせっかくねんねしてんだ。さっさと海賊共を拘束しろ!」
「「「はっ!」」」
そんな浮き足立っている訓練生達にゼファーが喝を入れると、訓練生達は慌てて倒れ伏す海賊達を縄や鎖を使って拘束していく。
「ゴジ君?何処なの!?」
そんな中、アインは誰よりも早く海賊船に乗り込んで船内を隅から隅まで走り回ってゴジを探していた。
「アイン姉ちゃん、だだいま!」
そんなアインの隣にレイドスーツを脱いで元の海兵服に戻ったゴジが透明化能力を解いて姿を現した。
「あっ……!?ゴジ君おかえりなさい!よかった……怪我はない?」
アインはゴジの姿を見つけた瞬間にキュッと抱き締めた後、彼を解放して怪我がないかを頭の先から足の先まで見て確認している。
「この通り大丈夫だよ!ニッ!!」
アインは元気よく笑うゴジの姿に胸を撫で下ろして再度抱き締める。
「よかった……。本当によかったわ。」
再度抱き締められたゴジも優しくアインを抱き締め返した。
「ふん……美女からの抱擁はヒーローにとって最高のご褒美だよな。しばらくそっとしとくか……。」
訓練生達に海賊の拘束を命じた後、アインと同じくゴジを探していたゼファーは船室で無事を喜び抱き合う二人の姿を見ながら、二人に気づかれぬようにその場を離れた。
「あんた達、あたしの縄を解きな…ただじゃおかないよ!?あたしのウィーブルはどこだい!?」
ゼファーが二人から別れて甲板に出ると海賊達の中でいち早く目が覚めたミス・バッキンが喚き散らしていたところだった。
「よぉ……ミス・バッキン。相変わらずうるせぇ…ババアだな。」
ゼファーは現役時代にかつて白ひげの船に乗っていたミス・バッキンと幾度となく顔を会わせたことがある旧知の仲である。
「あんたは“黒腕”のゼファー!足でまとい共を連れているあんたを倒してウィーブルの名をあげる計画だったのにぃぃぃ!!?何なんだいあの金ピカは!?それにあたしのウィーブルはどこだい!?」
今回の襲撃の首謀者であるミス・バッキンが今回の襲撃の全貌を語ったことで、海賊達を詰問する必要がなくなった。
「お喋りなババアのおかげで手間が省けたお礼に教えてやるよ。お前達を倒したのはジェルマ66のパーフェクトゴールド。お前の息子は海の戦士ソラとの戦いの中で正義の心を持ったあの正義のヒーローに負けたんだ。」
ゼファーは己のことのように胸を張りながらミス・バッキンに事実を突き付けた。
「じぇるま?ぱーふぇくとごーるど??それにヒーローだって?そんなもんいるはず…」
ミス・バッキンは聞き馴染みのない言葉に首を捻る。
「お前も見ただろう?俺達はあの男に救われたんだぜ。困ってる人を助けた後は何も言わずに立ち去る…それがヒーローの条理ってもんだ。そうだろう…野郎共!?」
ゼファーは未だにソワソワしながらパーフェクトゴールドの姿を探している訓練生達にも聞こえるように大声で『人助けをした後は何も言わずに立ち去る』というヒーローの条理を説くと、訓練生達はハッとなる。
「「「はっ……!?うおおぉぉぉーーっ!」」」
ヒーローの条理を即座に理解した訓練生達はゼファーの言葉に雷で撃たれたような衝撃を受けて空を割らんばかりの歓声をあげた。
自分達の知っているヒーローは昔からそういうものだったと、ならばせめてこの感謝の声が自分達を助けてくれたヒーローに届いてくれることを願って声の限り叫んだ。
「うっせぇな。そんなに叫ばなくても聞こえてるっての。」
ヒーローの条理を見事に果たしたパーフェクトゴールドに感動して泣きながら雄叫びを上げている訓練生達の声に気付いたアインとゴジは耳を押さえながら船室から甲板に顔を覗かせた。
「私は皆と違ってゼファー先生の理屈はよく分からないけど、なんか誤魔化せたようでよかったね。ゴジ君!」
「あぁ……爺さんに感謝だな。」
女性のアインにはヒーローの条理は分からなかったが、仲間達の反応からゴジのことが誤魔化せたことが分かり、ゴジと手を取り合って笑いあっていた。
「ゼファー!意味が分かんないよ!あの金ピカはそれでどこ行ったんたい!?早くここに連れて…」
アイン同様に女性であるミス・バッキンにもヒーローの条理は分からずに口喧しく騒ぎ立てる。
「だからうっせぇよ。ヒーローってのはそういうもんなんだ!いい加減黙れババア!」
ゼファーは左拳でミス・バッキンの頭にゲンコツを落として意識を奪った。
「ふんっ!これで静かになったぜ。さあ、このままじゃ海軍本部には帰れん。さぁ野郎共海底大監獄へ向けて出港だ!」
ゼファーの号令で訓練船は眩しい朝日に向けて走り出した。
「「「はっ!」」」
こうして黒腕のゼファーを狙って名を挙げようとしたウィーブル海賊団は突如現れた黄金のヒーローによって完膚なきまでに壊滅したのだった。
後書き
5月22日加筆修正
第二十二話 成長
ゼファーが海軍本部へのウィーブル海賊団拿捕の報告を終えて海底大監獄へ向けて船を進めていく中、ゴジとアインの二人はゼファーに呼ばれて船長室に集まった。
「ゴジ、改めて礼を言う。俺達を助けてくれてありがとう。」
ゼファーはウィーブルを倒したゴジに頭を下げて感謝を伝える。
「皆無事で本当によかった。二人とも内緒にしてくれて感謝してるよ。」
この場にいるゼファーとアインはゴジがパーフェクトゴールドに変身したのを見ていたが、ゴジの意を汲んで未だに内緒にしていた。
「ゴジ君はなんでジェルマ66のパーフェクトゴールドに変身出来るの?」
核心をついたアインの言葉をゼファーが止めに入る。
「アイン!それは...」
「いや、爺さんいいんだ。2人には全て話すよ…話は俺が母さんのお腹の中にいる頃まで遡る───」
ゴジはアインとゼファーに自分がジェルマ王国で生まれた王子であることだけでなく、自分は悪魔の実の能力者ではなく血統因子の研究により爆発を含めた5つの能力を使えることや“5”と書かれた金色の缶を見せながら、これを腰に当てることでパーフェクトゴールドに変身出来ること等を全てを正直に話した。
「ジェルマ王国がレイドスーツを完成させていたとはな…それに血統因子ってのは意味わからんが、悪魔の実を食べることなく、悪魔の実に近しい能力を身に付ける事が出来るのか!?」
「腰に当てるだけで着れる服って便利ね…」
開いた口が塞がらないほどに驚きを顕にするゼファーとは対照的にアインはレイドスーツに興味津々だった。
「今まで黙っててごめん。」
ゼファーは申し訳なさそうに頭を下げるゴジの頭を乱暴に撫でながら、頭を上げさせる。
「気にするな。あれだ...国家プロジェクトってやつだろ?なら、よその国の人間には秘密にしてても仕方ねぇ。こんな力は誰でも欲しがるだろうからな。」
ゼファーはジェルマ王国の科学力に脱帽しながら、『海の戦士ソラ』のファンだけあって感慨深そうに液体状になったレイドスーツが収納されている金色の缶を眺めたり、自分の下腹部に押し当てたりしていた。
「うん。俺はジェルマを出た身だから、このスーツを多用するとジェルマに迷惑が掛かる。このスーツを身に付けていない俺の能力は兄さん達の足元にも及ばないから爺さんの能力者をも意に返さない強さに憧れたんだ。」
ゴジはゼファーの強さに憧れた理由を話すと、ゼファーはゴジが自分に憧れていると聞いて嬉しさ反面、恥ずかしさ反面といった様子で素っ気なく返事を返す。
「そうか…ん?ちょっと待て……まさかお前の兄達が残りのジェルマ66なのか!?」
しかし、ゼファーはジェルマ王国からゴジを連れ出した際に彼を見送っていた子供達の姿を思い出しながら、彼らがゴジと同程度の戦力を持ちうると知り目を見開いた。
「あぁ。兄さん達の能力は俺なんかとは比べ物にならないくらいの強いんだ。」
アインがゴジがジェルマ王国の王子と聞いて素朴な疑問を口に。
「ゴジ君は王子様だったのね。でも、なんでそんな子が海軍に?」
ゴジは自分に質問したアインを見た後、ゼファーを見つめて隠していた能力だけでなく、もう一つの隠し事もゼファーに伝える決意をして言葉を紡いでいく。
「俺さ。廃嫡されたから爺さんに預けられたって事になってるけどさ。海軍へ入りたいってのは昔からの俺の夢だったから、父さん達は俺の背中を押してくれたんだけど、国に迷惑掛けたくないから廃嫡って事にしたんだ。」
ゴジは自分の廃嫡すら嘘だったという事をゼファーに話すと、優しいゼファーの優しさに付け込むのような嘘の設定を作った事で浅ましい嘘で塗り固められた自分の真実を知ったゼファーが自分を軽蔑しないかどうか考えると、涙が溢れて来る。
「ゴジ君…」
「ゴジ…」
アインとゼファーは普段大人びたゴジの年相応の子供のような姿に目を開く。
「嘘ついてごめん…でも、おでは…これがらも…」
ゴジの渾身の訴えを聞いたゼファーは窓の外を見つめてゴジを預かった日のことを思い出していた。
◇
ゼファーがジェルマ王国を訪れてゴジの力を見る為に模擬戦を吹っ掛けた後、模擬戦を始める前にゼファーとジャッジは二人で少し話していた。
「ゼファー、ゴジを頼んだぞ。」
「まだあの子が俺に一撃当ててねぇのに気がはえーよ。」
「ふん。貴様の目を見れば分かる。結果はどうあれあの子を鍛えたくてうずうずしているそんな目だ。それにどうせこの勝負はゴジの勝ちだ。」
自信満々に息子の勝利を疑わないジャッジをゼファーが笑いながら揶揄う。
「親バカか?」
「なんとでも言え。否定はせん。あの子は強い上に頭がいい。きっと俺やこの国の事を思ってお前にも隠し事をするだろう。しかし、それ以上に大事な物を守る為なら考える前に体が動く優しい子だ。あの子の吐いた小さな嘘が将来あの子自身を苦しめるだろうが、それも成長…お前が導いてやってくれ。頼んだぞ。友よ。」
ジャッジはゼファーに向けて自分に拳を突き出してくる。
「まずは自慢の息子を見定めさせてもらう。」
ゼファーはジャッジの拳に自分の拳をコツンと合わせて友の頼みを引き受け、実際ゴジとの勝負はジャッジの予想通りゴジの勝ちで終わった。
◇
ゼファーは自分に対する隠し事を打ち明けて泣いているゴジを見ながら更に乱暴にわしゃわしゃと頭を撫でる。
「ふん…能力の事は正直驚いたが、何ヶ月一緒に住んでると思ってる。俺に隠し事をしていたことくらいずっと前から気付いていたさ。」
「へ…?」
ゴジが狐に頬を抓られたような顔で頭を上げてゼファーの顔を見つめる。
「それに、お前の父ジャッジもこうなる事をしっかりと見抜いてたぞ。」
ゼファーはジャッジの予想通りの結果に本物の父親には勝てないなとつくづく思って少し面白くなさそうに言う。
「えっ…?」
ゴジはゼファーの言葉に目を丸くしてる。
「ジャッジからお前を預かった時に嘘をつくと自分が辛くなることを身を持って分からせてくれって言われてたんだ。だからお前が自分から打ち明けるまで聞かなかった。」
ゼファーはゴジが悩んでいる事には気付いていたが、何に悩んでいるはよく分からなかったが、ここにいないジャッジはゴジが何に悩んで苦しむか全ての見抜いていたことに保護者としての完全敗北を思い知って肩を落とす。
「あぁ…そうか。だから父さんはこれを俺に持たせたのか……。」
ゴジは旅立ちの日に部屋に置いていったはずのレイドスーツをジャッジから手渡された時、廃嫡された息子に国との繋がりの深い物を持たせる理由が分からなかったが、今ようやく分かってさらに涙が溢れるも、今度の涙は後悔の涙ではない。
「父さん…ありがとう。レイドスーツのおかげで俺は大切な人達を守れた。」
嘘をつくことが自分自身を傷付けることだと教えてくれた父の偉大さを知り、ゴジは父を…故郷の家族を思い出しながら拳を固く握る。
「俺、頑張るよ!レイドスーツを使わなくてもウィーブルにも勝てるように...世界中に俺の名が轟くくらい強くなる!!」
ゼファーは決意を固めて顔をあげたゴジの頭から手を退ける。
「ジャッジの言う通り、これでお前はまた一つデカくなったな。」
「爺さん…」
ゴジは両目から涙がとめどなく溢れる顔を上げてゼファーを見る。
「ジャッジにはお前を最強の海兵にすると伝えてある。帰ったらお前には特別メニューを用意しているからな、レイドスーツに頼らなくてもちゃんと強くなれるようにしっかり鍛えてやるから覚悟しとけよ!」
「う"ん…う"ん…」
ゼファーはそう言ってゴジの頭を乱暴に撫でると、ゴジは溢れる涙を手で拭う。
「よかったね。ゴジ君。」
アインはそんなゴジを見て、涙を流している。
「ぐず…あぁ…!任せとけよ。じ…爺さん…だから俺を傍で見ててくれ…もう死ぬなんて言わねぇでくれよ。」
ゴジの頭を撫でていたゼファーがビックリした顔をして手が止まり、上目遣いのゴジの眼差しにゼファーがたじろぐ。
「爺さんは俺の事を自分を超えて最年少で将校になれる男だって周りに言ってるんだろ?俺は四皇すら捕えられるくらいの最強の海兵になるからさ...ちゃんと生きて見届けてくれ。それくらいのジジイ孝行ぐらい…俺にさせてくれよ。」
ゴジはゼファーが自分のことを自慢の孫が出来たと、海軍将校の器だと周りに言い触らしていることを知っており、自分の耳に入る度に恥ずかしさよりも自分が憧れた男に認められていると知って誇らしかった。
──あぁ。すまねぇな。まだ当分あの世には行けそうにねぇや。
ゼファーは自分に笑い掛けるゴジに自分の亡き子の姿を重ねて涙が溢れてくる。
「あぁ…そうだな…。ずまねぇ…クソガキの泣き虫が移りやがっだぁ...」
ゼファーは自分の子供にこちらにまだ来るなと言われた気がして、妻子を失って以来初めて涙を流した。
「ぜん…ぜい…」
ゼファーは自分を見て泣いているアインにも気付き、この温もりを絶対に手放さないという強い意思を込めてアインとゴジを纏めて左腕で強く抱き締めた。
「爺さん、ちゃんと見てろよ。将校なんて曖昧なもんじゃなくて爺さんが死ぬ前に俺は大将になってやるからな!」
ゼファーはゴジの決意を聞いて2人を解放してゴジに笑い掛けた。
「ふっ…この俺でも大将になるのに20年掛かったんだぞ?」
ゴジは20年経てばゼファーは80歳を超えてしまうので、そんなに待たせる気はない。
「なら、俺は10年もあれば余裕だ!」
ゼファーはたった10年で海軍大将になると自信満々に胸を張るゴジを見て、口を開けて大きく笑う。
「そうか…そうだな!がははは!」
「おい!爺さん、笑うなよ!!俺は本気だぞ!!」
ゴジはゼファーにからかわれている気がして喰って掛かるが、アインに止められる。
「先生!ゴジ君は私がちゃんと支えるから大丈夫です!」
「アインがいるなら大丈夫か!!」
「はい!」
ゴジはアインとゼファーのやり取りを見てますます怒りが大きくなって食って掛る。
「人を子供みたいに言うなよ!!」
「「子供だろ(でしょ)!!」」
ゼファーは子供らしい抗議の声をあげる孫の頭を乱暴に撫でながら、ゴジがアインと共に成長して立派な海軍将校として活躍する姿を思い浮かべて笑った。
後書き
5月22日加筆修正
第二十三話 出撃
前書き
舞台がジェルマ王国に移ります。
ゴジが“牛鬼”エドワード・ウィーブルと死闘を繰り広げる少し前のこと。
今、ジェルマ王国で暮らすゴジの兄姉であるイチジ、ニジ、ヨンジ、レイジュの四人が父ジャッジに会う為に彼の執務室に訪れてた。
「お前達、雁首揃えてどうした?」
ジャッジは突然姉弟揃って部屋に訪れた子供達を見ながら首を傾げている。
「父上、聞きましたよ。」
イチジ、ニジ、ヨンジ、レイジュが真剣な顔でジャッジを見据える。
「そうか...いつまでも隠すことは出来んか...」
ジャッジは子供達の顔を見ながら、家族に内緒で数十名の部下を東の海に派遣して秘密裏にある男の行方を探していた事を知られてしまったのだと肩を落としながら覚悟を決める。
「北の海のロジア王国にいるアバロ・ピサロという海賊を討伐する為の準備を進めているとか…もちろんその男は俺達に任せてくれるんですよね?」
しかし、続くイチジの言葉で東の海のことではないと分かってジャッジはホッと胸を撫で下ろした。
「なんだそっちか…お前達全員、武装色の覇気は習得したそうだな?」
ジャッジは逞しく成長した子供達の顔を見ながら、イチジ達への晴れ舞台として丁度いいと思ってアバロ・ピサロの事を探っていた。
「あぁ。手間取ったけどな。」
「バッチリだぜ!」
ゴジと同じく11歳になっているニジとヨンジは全身に力を込めて覇気を体に纏う。
「なんとかね。でも、あの黒くなる腕はまだ無理よ。」
覇気を纏ったレイジュは右手に力を込めるも応用技である“硬化”は未だ使えずに黒くはならないが、武装色の覇気でさえ普通は11、13歳の子供が習得出来るものでは無く、それを僅か1年で習得した彼達もやはり生まれながらの天才であった。
「父上!俺達には覇気と外骨格、さらにレイドスーツという戦う力はあるが、圧倒的に経験が足りない。戦闘許可を出していただきたい。」
イチジはただの武装色の覇気に外骨格とレイドスーツが合わされば“武装色・硬化”に負けない強度になるが、戦いはそれだけで決まるものでは無いことは幼い頃からゴジに負け続けてきた自分がよく知っている。
「元より覇気を習得したお前達の晴れ舞台とする予定だった。この船はアバロ・ピサロ討伐の為、既にロジア王国近海に来ている。」
ジャッジは力強い武装色の覇気を纏う子供達を満足そうに見ながらニヤリと笑う。
「へぇー。準備がいいな……父上。」
「な〜んだ。父さんは元々私達に任せてくれる予定だったのね?」
ニジとレイジュはジャッジの気持ちを知って、笑みを浮かべる。
「腕が鳴るぜ!」
ヨンジは再び両拳をガチンとぶつけて気合いを入れると、静かな闘志を燃やすイチジはジャッジに軽く頭を下げる。
「ありがとうございます。父上!!」
ジャッジはそんな頼もしく育った子供達を見て司令を下す。
「ふっ……では、イチジ、ニジ、ヨンジ、レイジュの4人に命ずる。ここから南西に30キロにあるロジア島に“悪政王”アバロ・ピサロによって乗っ取られたロジア王国がある。かの国は悪政を敷き多くの人々が苦しめられている。」
悪政に耐えかねて逃げ出そうとした国民は皆殺しにして海岸線に串刺しにしたまま晒し者にしているので、国民達は恐怖で逃げ出せずに悪政に従っている状態であり、そんなアバロ・ピサロを世間は“悪政王”と呼んでいる。
世界政府加盟国であるロジア王国を助ける為に派遣された北の海支部の海軍の大艦隊をアバロ・ピサロはあっさりと迎撃してしまい、精強で知られる海軍本部の海兵達は偉大なる航路で手一杯であり、支部の海兵ではアバロ・ピサロに手も足も出ないとので長年放置されていた。
「お前達は強い。四人で力を合わせれば決して倒せない敵ではない!!“悪政王”アバロ・ピサロを捕らえ、かの国を解放してジェルマの名を世界に示せ!」
ジャッジは綿密な調査の結果、“悪政王”アバロ・ピサロは恵まれた体躯に武装色の覇気と見聞色の覇気を身に付けた男であるも、武装色の覇気を身に付けたイチジ達四人ならば十分に勝てる相手だと判断していつでも戦いに行けるようにこの船も既にロジア王国近海に入っていた。
「「「「はっ!!」」」」
やる気に満ちたイチジ達は一斉に返事をした直後、各々“1”、“2”、“4”、“0”と書かれた赤、青、緑、桃色の缶を下腹部に当てると各々光に包まれる。
「行くぞ!」
赤いレイドスーツを纏ったイチジが青いレイドスーツを纏ったニジ、緑色のレイドスーツを纏ったヨンジ、桃色のワンピース型のレイドスーツを纏ったレイジュをチラリと見た後で号令を掛けて靴に仕込まれた浮遊装置と加速装置を起動させて空を駆けた。
「「「おぅ(えぇ)!」」」
ニジ達も靴に仕込まれた浮遊装置と加速装置を使って窓から飛び立ち、イチジの後に続いた。
「イチジ達は行ったのね?大丈夫かしら?」
ジャッジが飛び去ったイチジ達を見送りながら感慨に浸っていると、自分の傍に寄ってきた心配そうな顔を浮かべる妻ソラに声を掛けられた。
「あぁ..心配はない。既にイチジ達は覇気使いの端くれてある俺を超えている。1人でもアバロ・ピサロでも遅れはとらん。」
ジャッジはイチジ達は各々が生まれながら外骨格と運動能力さらに各個人の特殊能力を使いこなし、レイドスーツなしでも武装色の覇気の“硬化”を扱える自分よりも既に強い事を知っている。
「そう...良かった。サンジのことは何も?」
ソラはイチジ達は心配ないと分かったが、彼女を悩ませるのは東の海で料理人となるべく修行している三男サンジである。
「あぁ……追加で人員を送って捜索しているところだが、まだ何の報告もない。」
ソラの質問に項垂れるように答えるジャッジの震える手をソラの手が優しく包む。
「きっと大丈夫よ……あの子は心が強いから……」
当初こそロジア王国を救う為に計画を立てていたジャッジであったが、今の彼の心中は正直ロジア王国どころではなかった。
「サンジ...必ず見つけ出す!!」
先日、メスキートのレストランにサンジの様子を見に行かせたジェルマ王国の調査員から急遽ジャッジ宛に昨日送られてきた報告内容に頭を抱えていた。
『半年ほど前にメスキート様とサンジ様が乗る船が嵐の日に海賊に襲われ、その際に運悪く嵐の海に飲まれたサンジ様を助ける為にメスキート様が海へ飛び込んだそうです。』
『なんだと!サンジは……メスキートは無事なのか!?』
『はっ!メスキート様は残念ながら遺体で発見されましたが……その……サンジ様は行方不明のままだそうです。』
メスキートはジャッジとの約束を守ってサンジの出生に関して家族にも秘密を貫いていたことが仇となって、サンジが行方不明となっても先方からの連絡がジェルマ王国に来なかったから、サンジが行方不明になっていることにジェルマ王国が気付くまで半年も掛かった。
「イチジ達には伝えなかったのは正解ね。あの子達は今日の為に凄く頑張ってきたんだもの...」
この事はこれからアバロ・ピサロ討伐を控えたイチジ達には伝えていなかった。
「あぁ...海賊に支配されたロジア王国を救えるのはイチジ達しかおらん。イチジ達の支援に必要な最低限の兵士を残して、残りの兵士全員を直ちに東の海へ向かわせる。」
ジャッジは部隊を2つに分けてイチジ達の後詰部隊以外をサンジを探すために東の海に向けて派遣する決定を下し、数時間後には約半数の部隊が東の海へ向けて旅立った。
後書き
5月25日加筆修正
第二十四話 ジェルマ66
ロジア王国ではアバロ・ピサロの圧政に耐えかねた国民達による暴動が起きていた。
「海賊はこの国から出ていけぇぇー!」
数十名の国民がアバロ・ピサロの住む王城の門前に詰め掛けている。
「俺達の生活を返せぇぇー!!」
この暴動を武力で鎮圧するために王城側の門前にはアバロ・ピサロ配下の武装した海賊達が詰め掛けていた。
「けけけっ……船長が暴動に参加してる奴らは殺しても構わねぇってよ!」
「何もしなくても金が入ってくるから飯には困らねぇが、人を斬らねぇと腕が鈍っちまう。」
海賊達は下卑た笑みを浮かべながら各々武器を取り、門が完全に開くのを今か今かと待っている。
「外にいるヤツら全員を切り刻んでまた海に並べて見せしめにしてやろうぜ!」
「「「うおおおぉぉぉ!!」」」
王城の門は分厚い鋼鉄製で5トンの重さがあるので、これを開けるにはテコの原理を応用した仕掛けを作動させる必要があり、ゴオオオという音と共にゆっくりと門が開いていく。
「門が開くぞ!! 海賊共が武器を構えてやがる!?」
「構わねぇ...どうせこのままじゃ野垂れ死ぬだけ、1人でも多くの海賊を道連れにしてやる!!」
「おおおぉぉぉ!!!」
門前に詰め掛けた国民達もクワや鍋、包丁等武器になりそうな物を構えて海賊を迎え撃とうと気合いを入れている。
「おい……あれは何だ?」
「虹?なっ……こっちに飛んでくるぞ!」
そんな国民達の中に空に掛かる4色の光の帯に気付いた者達が真っ直ぐにこちらに向かって来ることに気づいて声を上げながら指差す。
「ピサロは後回しだ。まずは彼等を助けるぞ!」
イチジ達はロジア王国の上空を飛んでまっすぐと王城を目指したので、四人が並んで空を高速度で飛ぶことで海から王城へ続く四色の虹の残像を残し、その虹の架け橋を見た多くの国民は騒然となっていた。
「「「了解!」」」
イチジ達のサングラスには熱源探知機能も備わっており、王座でくつろぐ5mを超える巨体を持つアバロ・ピサロの姿を捉えているが、門前に詰めかける国民とそれを打ち倒そうする海賊達の姿がハッキリ見えているので、そちらの救援を優先する事にした。
「全員、門から離れろぉ!!」
イチジは城門前にいる国民達に大声で指示を出す。
「虹が堕ちてくるぞぉぉぉ!?逃げろー!」
国民達が慌てて後ろに下がると、先程まで彼等がいた場所に虹が堕ち、砂煙が巻き上がる。
「なんだあれは…?」
砂煙が晴れて虹の正体が顕になると、[[rb:北の海 > ノースブルー]]では知らぬ者はいないその姿に国民達は全員が目を見開く。
「あれはまさか…!?」
赤、青、緑、桃と並ぶその髪色と同色のスーツを身に纏い、風に靡く「66」と刻まれたマントを着た4人の姿を見た国民達たちは絶望の表情を浮かべて膝を付く。
「「「ジェルマ66!?」」」
城門前には王城に向けて天に掛ける虹を見た国民が続々と集まって来ているが、自分達に背を向けるイチジ達を見た全員が同様に絶望の表情を浮かべて膝を付く。
「そんな…“悪政王“は悪の軍団ジェルマ66を手中に収めているのか…」
「もう...この国は終わりだ…」
命を賭けて“悪政王”に立ち向かおうとした国民達の心を折る程に北の海では『海の戦士ソラ』の物語は愛され、ジェルマ66は悪の代名詞として恐れられているのだ。
「ジェルマ66が本当にいるなら、海の戦士ソラはどこにいるんだ…ソラぁー助けてくれぇ!」
ロジア王国の空に掛かった虹を自分を悪政から救ってくれるかもしれない希望の虹の掛橋だと思ってみれば、そこに現れたのは“悪政王”アバロ・ピサロよりもタチの悪い悪の軍団ジェルマ66なのだからイチジ達の姿を見て絶望に染まっている。
「ロジア王国の国民よ!!」
イチジが覇気を練り上げながら国民達に向けて言葉を発すると、国民達は息を飲んでシンっとなる。
「「「...っ!?」」」
「俺達は敵じゃない。お前達を救いに来た!!“火花フィガー”!」
イチジのハッキリとした声で『救いに来た』と告げると民衆たちが顔を挙げると、彼の渾身の拳が城門に当たると同時にドカーン!!という大爆発が起きて開きかけていた城門がぶち破られる瞬間であった。
「「「ぎゃああああ…!!」」」
さらにイチジの拳を受けた城門は王城の中まで吹っ飛び門が開くの今か今かと待っていた海賊達諸共吹き飛ばしていた。
「「「えっ……!?」」」
国民達は今更ながらにジェルマ66達は自分達に背を向けて、王城から集まってくる海賊達と対峙していることに気付いて目を見開いた。
「あらあら、大不評ね。」
「いい。この反応はわかっていた事だ。」
「あぁ……俺らはジェルマだからな。今は気にしてもしょーがね。」
「アイツらをぶっ飛ばせば俺らを見る目もかわんだろ!」
イチジ達が背中に突き刺さる批難と好奇の目を気にしながらも続々と集まってくる海賊達を見据えているとアバロ・ピサロ配下の総勢100人は超えようかという海賊達が武器を構えて集まって来た。
「くたばれぇ…“超電光剣”!」
「「「うばばば…」」」
ニジ腰に差した剣を抜き放つと同時に電気をまとった剣で居並ぶ海賊達に突っ込んで敵をすれ違いざまに切り裂いて感電させていく。
「へへっ……ちょうどいい。イチジが壊したこれを貰うぜ!“巻力断頭”!」
ヨンジは両腕を射出して伸ばした腕でイチジが破壊した鉄製の扉の城門を両手で掴んでそれを軽々と持ち上げて振り回しながら、周囲の敵を薙ぎ払っていく。
「「「ぎゃああああ…!」」」
5トンはある城門もヨンジの怪力にかかれば意にも返さない。
「あんた達の技は大技すぎて撃ち漏らしが多いのよ。桃色毒矢!」
「「「うっ…!?」」」
レイジュは毒の息を吐き出して矢のように飛ばして、ニジ、ヨンジの撃ち漏らした海賊達を的確に狙って毒の矢を当ててて眠らせていくと、ジェルマ66の活躍で海賊達は数分も掛からずにあっさりと全滅した。
「ニジ。どうだ!!俺の方が多く倒したぞ!!」
ヨンジが城門を手放してドヤ顔でニジに迫る。
「ふんっ!ヨンジ、てめぇの目は節穴か?俺の方が多く斬った。」
刀を鞘に納めたニジはヨンジとおでこを突き合わせながら睨み合っていると、互いの頭をガシッと掴まれる。
「いい加減にしなさい!!そんなのどっちでもいいでしょ?ほんとアンタらはガキね...」
「「いででで!?」」
レイジュが痛みに喘ぐヨンジとニジの頭を鷲掴みして引き剥がしながらため息をついていると、倒れた海賊の一人が最後の力を振り絞り銃を構えて発砲する。
「く……くだば……れ……。」
しかし、瀕死の状態で放たれた弾丸は運悪くレイジュ達に当たることなく、その後ろにいる集まっていた国民達の元へ飛んでいく。
「ひぃぃ…!」
しかし、その凶弾は自分の体で庇うように立ち塞がる赤い影により、国民達たちの元へ届くことはなかった。
「弾が……!?」
「ス……スパーキングレッド……大丈夫なのか?」
彼等はその存在を恐れていたとはえ明らかに自分達を庇うようにして凶弾をその身に受けたイチジの身を心配する。
「俺達を知っているお前達なら知ってるはずだ。俺達の体は銃弾はおろか大砲の弾すら意に返さないことをな。」
カランという小気味よい音を立ててイチジの胸に突き刺さっていたはずの弾が地面に転がる。
「「「っ……!?」」」
弾丸を通さぬ強靭な体に空飛ぶ靴で自由に空を翔け、超人的な能力を駆使して何度も海の戦士ソラを追い詰めたジェルマ66をこの海の人間が知らないはずはない。
「本物だ……。」
そして今、空を翔けてこの場に現れ、超人的な能力を駆使して城門をぶち破り、海賊達を一掃し、さらに銃弾すら通さぬ強靭な体を持っている姿を魅せられてイチジ達を偽物と疑う者等この場にもう誰も居ない。
「だったらなんで俺達を助けたんだ?」
この場にいる国民達の疑問は一つだけ。
「ジェルマ66は悪い奴らなはずだろう?」
物語の世界からそのまま飛び出てきたかのような容姿と力を持っている世界征服を目論む悪の軍団ジェルマ66が何故自分達を助けようとしているのか?それが理解出来ないのだ。
「はじめまして皆様、私はジェルマ王国第一王女ヴィンスモーク・レイジュです。あなた達は『海の戦士ソラ』という物語のジェルマ66を恐れるあまり、そのモデルとなった国がある事を忘れてない?」
イチジ達の活躍を見て、怯えながらも困惑する国民達の前に進み出たレイジュが微笑みながら優雅にお辞儀をする。
「「「えっ……!?」」」
同じ北の海に暮らすロジア王国の国民にとって世界有数の科学力と軍事力を有する海遊国家ジェルマ王国のことを知らない者の方が少ない。
「俺は第四王子のヨンジ。俺達ジェルマ王国は同じ海に住む者として海賊の蛮行を許しておけねぇんだよ。」
「第二王子のニジだ。ちなみにスパーキングレッドが第一王子だ。」
ニジがイチジを指差しながら名乗りをあげると国民達は目を見開いた。
「ジェルマ王国の...王族!?」
イチジは驚きのあまり言葉が出ない国民達を前に地平線を指差す。
「俺達の言葉を疑うなら後ろを見てみるといい。」
国民達たちが後ろにある海を振り返ると、地平線の彼方からこの島に向かってくる数十隻の連なる大船団を目にする。
「船だ……。それも地平線に並ぶほどの大船団……!?」
”戦争屋”とも揶揄されるジェルマ王国だが、それだけかの国が強大な軍事力を保有している事に他ならない。
「あれが……海遊国家ジェルマ王国!!」
そのジェルマ王国が本当に助けに来てくれるなら自分達は助かるかもしれないと国民達の目に希望が宿る。
「もう一度言う。ロジア王国の国民よ、信じて欲しい。俺達ジェルマはお前達を救いに来た!」
イチジはこの場に降り立った時に放った台詞をもう一度繰り返すと、国民達は類稀な軍事力を有するジェルマ王国とジェルマ66が海軍ですら賽を投げた“悪政王”を倒してくれると言うならそれに縋るしかない。
「アバロ・ピサロは強敵だが...本当に…この国をお救い下さるのか?」
「必ず救う。お前達は知ってるはずだ。俺達を倒せるのは海の戦士ソラだけだとな...ニッ!!」
一人の国民の救いを求める言葉にイチジが威厳に満ちながらも少し茶化したように明るく答えると、民衆たちから一斉に歓喜の声があがる。
「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
こうしてロジア王国の国民達の信を得たジェルマ王国が真の意味で歴史の表舞台に出る準備が整った。
後書き
5月25日加筆修正
第二十五話
城下の騒ぎで昼寝から目を覚ました5メートルを超える巨体に両方の側頭部から伸びる鬼のような角持つ水色の長髪を持つ男が城の最上階からドスンという音を立てて城門前に着地すると、衝撃で地面が揺れて国民は尻もちを付く。
「「「うわっ!?」」」
「何の騒ぎだニャっ!」
そして自分達を恐怖で支配し続けている悪鬼“悪政王”アバロ・ピサロの登場に国民達は恐れおののいている。
「「「ひぃぃ……!?」」」
「ジェルマ66か!?いや……ただのガキか?俺の国になんのようだニャ?ほぉ…どうやら俺に仕えに来たわけじゃないようだニャ。」
ピサロはジェルマ66の格好をした身長120cm程度の身長しかないイチジ達に冷静に語り掛けた。
彼にとって部下は駒の一つであり、何人死のうが気にもならない程度の存在で、自分の力に自信があるのだ。
語尾にニャを付けるが、全く可愛さらしさの欠けらも無い強大な覇気を有する大男であったが、イチジ達は臆することなくアバロ・ピサロと対峙する。
「俺達はお前を倒しに来た!覚悟しろ。“悪政王”アバロ・ピサロ!いくぞ、皆!」
「「「応!」」」
イチジの掛け声と共に臨戦態勢に入る目の前の小さなジェルマ66を見て不敵な笑みを浮かべつつ大した構えもせずその場に仁王立ちしている。
「その覇気…本物のジェルマ66かどうかおいといても、ここで転がってる奴らよりは使えそうだニャ。お前達、俺に仕えるニャ…ジェルマ66を部下に加えて、俺がガルーダとなって世界征服をするのも面白い……」
北の海出身のアバロ・ピサロも“海の戦士ソラ”は当然知っているようで、ジェルマ66の姿をしているイチジ達に興味を示している。
彼にとってイチジ達が本物であろうがなかろうが関係はない。
イチジ達の纏う覇気や殺気からそこそこの実力があると認め、ジェルマ66を手中に収めているという悪名さえあればいいのだ。
「巫山戯るな。俺達ジェルマ66の力をここに示す!“火花光拳”!」
「胡蝶蹴落!」
イチジの両手から放たれた眩い閃光で視力を奪われたアバロ・ピサロだが、加速装置を使って間合い詰めてくるイチジと浮遊装置と加速装置を使った上空からのレイジュによる踵落としを見聞色の覇気で予測している。
「もしかして浮遊装置に加速装置か…でも、見えなくても見えてる…ますます欲しくなった。生きていれば部下に加えてやるニャ…」
ピサロは武装色の覇気で硬化させた左腕でイチジの手拳を受け止めた瞬間に爆発音と共に彼の左半身は炎に包まれる。
さらにイチジと同時に攻撃してきたレイジュの踵落としを頭上に上げた右腕で受け止めると、レイジュの踵から蝶の羽から舞い散る鱗粉のような強酸性の雨が彼の頭に降り注ぐ。
「ぎゃあああ…あちっちっ…これは爆発と毒…まさか本物のスパーキングレッド、ポイズンピンクだと!?」
拳や蹴りの威力はさほどでは無いが、左半身を覆う程の爆風と顔を焼く強酸の雨はピサロに少なくないダメージを与えた。
「はッ!?」
ピサロは突如背後から襲われる予感がしてそれを避けるために前のめりに前転の要領で転がると、彼が先程までいた場所から粉塵があがる。
「ステルス解除…これが父上に聞いた見聞色の覇気か?厄介だな。ステルスを使った不意打ちの“起電トランバースキック”を避けられるなんてな。」
ニジはイチジの爆発の直後にステルスを発動させて自分の姿を消してピサロに気付かれないように彼の後ろに回り込んで頚椎目掛けて電撃と覇気を纏った飛び蹴りを叩き込もうとしたのだ。
しかし、ギリギリで見聞色の覇気で攻撃を察知した彼はそれを命からがら避けてみせたが、彼の危機はまだ終わらない。
ピサロが目に見えぬニジの攻撃を避ける為に無我夢中で転がってきたのはヨンジの目の前だった。
「よぉ……待ってたぜ!」
「二”ャ!?」
ピサロが顔を上げると、彼の目の前にいるヨンジは右腕を振り上げた状態で待っていた。さらにその右腕は筋肉が通常の3倍くらいに膨れ上がっていた。
「そ……それは止めるニャ!?」
もはや体勢もおぼづかず確実に避けられない攻撃に対して、彼の見聞色の覇気は攻撃を受けた後のダメージについて無意識に予測してしまい、顔が青ざめる。
「止める訳ねぇだろおうが!巻力排撃!」
「や……ぶべぇ!?」
ヨンジはその右拳を真っ直ぐにピサロの顔面に真っ直ぐ振り下ろした。
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
ヨンジの雄叫びと共に怪力の能力を全開放しながら右腕から放たれた拳は拳の穿ったピサロの頭を中心に放射線状に大地が割れてミサイルでも堕ちたかのような大穴が空いた。
「よっしゃぁぁぁ…倒したぜ!!」
大地の大穴を開ける程のヨンジの拳を受けてピサロの頭が破裂しなかったのはギリギリで頭を武装色の覇気で守ったからであろうが顔の右半分にくっきりと拳の後が残り意識を失っている彼を見てヨンジは拳を振り上げた。
「上手くいったわね。」
その様子をヨンジが開けた穴を見下ろすようにしてイチジ達が覗いており、レイジュの嬉しそうな声にイチジが頷く。
「あぁ……!上々だ!」
イチジの目眩しで視界を奪うと共に正面と死角からの同時攻撃。それを防がれた時の為に透明人間となったニジの背後からの攻撃。さらにそれをも避けられた後のヨンジのトドメの一撃という息のあった姉弟ならではの連携攻撃が完全にハマった結果であるが、ピサロの見聞色の覇気により、一撃もあたえられなかったニジは少しつまらなそうにしている。
「でもよ。こいつ…思ったより弱かったな…。チッ!」
そんなニジの肩を叩きながらイチジが彼を諭す。
「ニジ、口を慎め。それはきっとこのスーツのお陰だ。」
「ええ。このレイドスーツは身体機能だけでなく、能力や覇気まで強化されるようね。」
ニジは“悪政王”アバロ・ピサロのあまりの手応えの無さに驚いているが、イチジとレイジュは自分の力を冷静に分析にして、このレイドスーツを作ってくれたゴジに感謝した。
「おい……こいつどうすりゃいいんだ?」
ヨンジは気絶したピサロを肩に抱えて浮遊装置でゆっくりと飛び上がりイチジ達の元へ来た。
「悪政王が……!!?」
「倒したの?」
「ん?あぁ……見たいなら見せてやるよ。」
気を失ったピサロを抱えるヨンジを見た民衆達は国民は歓喜に包まれるので、ヨンジは彼等にピサロが気絶している事がよく分かるようにピサロの体を彼の前まで持っていき地面に転がした。
「凄い…本当にジェルマ66が…ジェルマ王国が“悪政王”アバロ・ピサロを倒してくれたぞぉ!」
彼等は戦いの一部始終、小さなジェルマ66達がピサロを圧倒するそのヒーローの如き頼もしき姿を見ていた。
「「「うおおおおぉぉぉーーっ!」」」
「「「ありがとう!」」」
歓喜の叫び声を聞いたイチジ達は四人並んで国民達に振り向く。
ジェルマ66の悪名を上書きする機会はここしか無いのだ。
「皆、これからは物語のジェルマではなく、本当のジェルマを見ていて欲しいの。」
「悪に苦しむことあらば俺達の名前を呼べ。」
「空を駆けて必ずその手を掴んでみせよう。」
「俺達の名は科学戦闘部隊…」
「「「「ジェルマ66!!!」」」」
イチジ達は自分達の行動で自分達が物語のジェルマ66とは違うことを訴えながらも、あえて原作のジェルマ66のポーズを取ると、それを見聞きしたロジア王国の国民達は熱狂を持って目の前の小さな英雄達を讃えた。
過去の因縁諸々等関係なく、“悪政王”から救ってくれたジェルマ66は彼らにとっては紛れもない英雄である。
「「「うおおおおぉぉぉーーっ!」」」
「「「ジェルマ!ジェルマ!ジェルマ!」」」
鳴り止まぬ民衆達の拍手と歓声が国中に響き渡ると、自分達の思いが届いたイチジ達は四人で肩を抱き合って喜びを分かちあっている。
「やったな!」
「あぁ!」
「ふふっ。そうね…」
しかし、それも長くは続かずに国民達の目の前で唐突に誰がリーダーであるかを巡る姉弟喧嘩が始まった。
「俺がリーダーだから今度は俺が作戦を考えた上で…」
「イチジ、てめぇ少し早く生まれただけでリーダーはねぇだろう。」
「そうだな。イチジは熱すぎるリーダーはクールじゃねぇと…」
「ニジはネクラなだけだろうが…ここは圧倒的なパワーを誇る俺が…」
「あんた達!姉ちゃんがリーダーに決まってるでしょ!?」
「お前達、俺はレッドだぞ!レッドがリーダーに…」
強大な力と正義を示した後で、肩を抱き合っていて喜びを分かち合っていたかと思えば、すぐにワイワイと取っ組み合いの姉弟喧嘩を始めた彼等の四人の姿は“悪政王”アバロ・ピサロを討ち倒した小さな英雄でも物語に出てくる悪の軍団でも一国の王子様や王女様でもなく、ただの年相応の仲睦まじい姉弟としてロジア王国の国民の目には映る。
後書き
ピサロが悪魔の実の能力を得たのは黒ひげと合流した後であるという解釈です。
第二十六話
誰がリーダーかを巡ってじゃれ合うイチジ達を見ていたロジア王国の国民達はある事に気付く。
「子供!?」
「「「えっ……!?」」」
「本当だ……悪政王を子供が倒したというのか?」
元々イチジ達の身長は120cm程度しかなく、サングラスをしていても子供と分かるあどけない顔をしていた。
当初はジェルマ66への恐怖から大きく見えていたイチジ達だか、年相応に姉弟でじゃれ合う姿を見せられてようやく彼等が子供だということに気付いたようだ。
そんな彼等の元へ完全武装したジェルマ王国の兵士達が駆けてきた。
「イチジ様、ニジ様、ヨンジ様、レイジュ様!ジェルマ王国軍第一兵団長以下100名只今到着しました。これよりイチジ様達の麾下に入ります。」
イチジ達の前に来て一斉に膝まづいて指示を待つその一糸乱れぬ動きに民衆達は息を飲む。
ジェルマ王国の兵士はかつて北の海を支配していた時代に活躍した国一番の実力を誇っていた兵士長のクローン達であり、一人一人が王国戦士長クラスの実力を有している精鋭部隊である。
ジェルマ王国が“戦争屋”と呼ばれるに至った際の原動力となったのが彼等の活躍に他ならない。
「凄い……彼等がジェルマ王国の兵士達か?」
「ちょっと待て、彼らが頭を下げているあの子達……ジェルマ66って……?」
「そういえば……ジェルマ王国って十年くらい前に五つ子が産まれたって話題になった事があったような……。」
「まさか……あの子達は!?」
大柄な体に筋肉の鎧と黒い戦闘服、数多の重火器を装備したひと目で一騎当千とわかる兵士達が頭を垂れるジェルマ66の正体について思い当たる節があった。
同じ海に住む国の王族の誕生ならば当然一大ニュースとなる。
10年前にジェルマ王国で五つ子が産まれたと話題になった事を思い出した民衆達もいたのだ。
「おい!貴様達は何をしている!あの方々を誰と心得る?」
ジェルマ王国の第一兵団長が唖然となっている民衆達に向けて声を張り上げた。
「あの方々はジェルマ王国第一王子ヴィンスモーク・イチジ様!第二王子ヴィンスモーク・ニジ様!第四王国ヴィンスモーク・ヨンジ様!第一王女ヴィンスモーク・レイジュ様なるぞ!頭が高い控えおろう!!」
イチジ達四人がその場で光輝き、光が晴れるとレイドスーツを脱ぎ捨てた一見して高級な布地で作られた事の分かる衣装を纏う王子達と王女が現れた。
この場に集った民衆達は兵団長の言葉とイチジ達等の姿を見て一斉にその場に膝まづいて頭を垂れた。
生まれながらにジェルマ王家に絶対服従するように血統因子を操作されて産まれた兵団長を初めとする兵士達はその民衆達の反応に満足していて深く頷いているが……
「ぶべっ!?」
「このバカたれがぁぁぁなんてことしてんのよ!!」
レイジュは変身を解くや否や民衆達を跪かせた兵団長の頭にゲンコツを落としていた。
「俺達がせっかくみんなにジェルマ王国は怖くないってこと伝えたのにお前達のせいで台無しだろうが!?」
「みんなは頭を上げてくれ。巨悪は去ったことを国中に知らせて欲しい。」
イチジの声を聞いて顔を上げた民衆達がぽかんとした顔を浮かべた後、歓喜の叫びをあげながら思い出したかのように街に向けて走り出した。
「そうだ!“悪政王”は滅んだんだ!」
「悪政から解放されたんだ!!」
「知らせてこよう!アバロ・ピサロを倒した小さな英雄達の話を!」
「「「おおおおおぉぉぉ!!」」」
民衆達が雄叫びをあげながら一人残らず街に向けて走り去って行くのを見届けた後で、ヨンジが兵士達に指示を出す。
「おい!兵士共さっさと立て。てめぇらは俺らと城や街に残ってる海賊共を一人残らず捕らえるぞ!!」
「「「はっ!!」」」
ジェルマ王国の兵士達を総動員して残党の海賊達を制圧して、この日ロジア王国は海賊の支配から完全に解放されたのだった。
この後、既にアバロ・ピサロの手にかかり王族の滅びたロジア王国国民の熱い支持を受けたジェルマ王国がこの国を支配する事になり、科学大国ジェルマ王国は数十年ぶりに領土を得ることになった。
ジェルマ国はこの島を拠点として海賊や悪性に苦しむ多くの国を救いながらさらに発展していくことになる。
◇
イチジ達のアバロ・ピサロ討伐の報告があり、ロジア王国に兵士達を降ろした直後に東の海に放った諜報員から待ちに待った報告が来た。
『サンジ様を発見しました。』
「何!?何処にいる?無事なのか?」
『無事です。今は海を漂いながら料理を振るう海上レストランバラティエで副料理長として働いております。』
「海上レストラン……バラティエ……?それにサンジが副料理長だと?それにサンジに怪我はないのか……」
ジャッジは嵐の海に投げ出された10歳のサンジの無事を喜ぶ一方で全く聞き馴染みのない店で副料理長という大役をこなせているのかと不安になる。
「ふふふっ!心配なさそうよ。あなた、これを見て。」
「これは……!?」
ソラが諜報員から送られた映像電伝虫から送られた一枚の写真をジャッジに見せると険しい表情をしていたジャッジの顔が一気に破綻する。
「サンジは私達がこれほど心配していた事など気にもしてないのだろうな……。」
「ええ。とっても楽しそうに料理してるわ!」
背の高いコック帽を被り長い髭を左右に分けるように三つ編みして結わえた強面の男に見守られながら、大勢の強面の料理人達と並んで楽しそうに鍋を振るうサンジの姿がそこにはあった。
後書き
次からゴジ君の続きに戻ります
第二十七話
訓練期間卒業間近な新兵達を引き連れて航海訓練に出ているゼファーからエドワード・ウィーブル拿捕の報告を受けたセンゴクは気になることがあり、直接ゼファーに電伝虫で連絡を入れた。
「ゼファー!」
「センゴクか…お前が自ら電話とは珍しいな。どうした?」
普通元帥であるセンゴク自らが連絡入れるのは珍しいことで、伝令や部下を通じて行うものなのである。
「どうしたじゃないだろう。片腕を失ったと聞いたが、えらく機嫌がいいな…大丈夫なのか?」
センゴクがゼファーへ電話した要件は二つ。
一つ目は当然、彼の身を案じてのことだったが、片腕を失うという大怪我を負った割に妙に明るく憑き物が落ちたようなゼファーの声色に安心感と共に不審感を抱く。
「あぁ。問題ねぇよ。ウィーブルに手も足も出ないとはな。がははは!流石にもう歳だな!」
「そうだな…私達ももう若くはないが、“牛鬼”はそれほど力を付けていたということか…」
四皇“白ひげ”エドワード・ニューゲートの息子を自称するウィーブルであるが、その強さはまさに若かりし頃の海賊王ゴール・D・ロジャーと覇を競い合ってきた頃の”白ひげ”の生き写しであると報告を受けていた。
センゴクはゼファーが気落ちしているよりはいいかと妙に上機嫌な態度を気にするのを止めて本題に入る為に、”牛鬼”エドワード・ウィーブル 懸賞金1億2000万ベリーの手配書と、北の海からのとある報告書を見る。
「お前の要件はどちらかというとパーフェクトゴールドだろ?」
二つ目はゼファーがウィーブルに片腕を持って行かれた直後に光とともに空から現れたジェルマ66の一人パーフェクトゴールドに助けられたと報告した事の是非を問い質すためだ。
ゼファーも付き合いの長いセンゴクの要件にすぐに気付いてすぐに本題に入った。
「そうだ。やはり事実なのか?」
「あぁ。俺だけじゃなく訓練生達全員が、パーフェクトゴールドが物語さながらの空を自由に駆け抜けながら、特殊能力を駆使してウィーブルを圧倒するその勇姿を目に刻んでいる。」
センゴクはゼファーの弾んだ声色を聞きながら、現役時代に滅多に休みを取らなかったゼファーが、昔『海の戦士ソラ』の敵役ジェルマ66のモデルとなったジェルマ王国のヴィンスモーク・ジャッジに会いに行ったことを思い出していた。
「そうか…そういえばお前はあの物語が好きだったな。その貴様が言うなら事実なのだろう。1つだけ聞かせろ。」
「なんだ?」
ゼファーはセンゴクから「パーフェクトゴールドなんているわけないだろう!」とか「正体は誰だ。」とか「そんなもん公表出来ん。」とか色々と小言を言われるのを覚悟していたのに全然予想だにしていなかった質問に面食らう。
「パーフェクトゴールドは子供だったか?」
センゴクはパーフェクトゴールドが本物かどうかよりも子供か大人かどうかを気にしていた。
実際ゴジが変身した120cm程度の身長しかないパーフェクトゴールドの姿を訓練生達は目撃しているためゼファーは正直に話す。
「はっ……?なんだと……確かに子供だったと思うが、センゴクおまえ何故そんなことを気にする!?」
ゼファーは“智将”と呼ばれるセンゴクがゴジとの関連性を疑ってるかもしれないと警戒する。
「明日の新聞を見れば分かるから言うが、先日、北の海で“悪政王”アバロ・ピサロがジェルマ66に拿捕された。」
「えっ……?」
センゴクはゼファーとの通話しながら、ウィーブルの手配書を机の端に置いて、北の海のある海軍支部からの報告書に再び目を通して深く溜息を吐く。
その報告書にはこう書かれていた。
『北の海において、ロジア王国を実行支配していた“悪政王”アバロ・ピサロがジェルマ66の活躍により拿捕。』
センゴクは支部の報告を鵜呑みにする訳にはいかないと思っていたが、同時期に実力も確かなゼファーが本物だと証言する以上はこの世にジェルマ66が誕生したというのは確かなようだと納得する。
「はぁ……アバロ・ピサロを倒したのはスパーキングレッド、デンゲキブルー、ウインチグリーン、ポイズンピンクの四人の子供達。彼等はそれぞれジェルマ王国の王子と王女だと名乗ってるそうだ。」
ジェルマ66の活躍と聞いて、当然モデルとなった北の海にある科学大国ジェルマ王国が関係しているのは明らかであるからあえて正体を明かしたのだと推察する。
センゴクはかの国を"海の戦士ソラ"で悪役に抜擢した世界政府への当て付けでジェルマ66を名乗っているのだと確信した。
実際、既に王族の滅びたロジア王国は自分達を救ってくれたジェルマ王国に統治を任せると宣言すら出しているのだ。
「がはははは!そうかそうか……パーフェクトゴールドの他にもジェルマ66が現れたのか!その子達が子供だったからパーフェクトゴールドも子供か聞いたのか?」
ゼファーの大喜びしている声にセンゴクのイライラが増す。
「その通りだ。ゼファーこれほ笑い事ではないぞ!ジェルマ王国は三大勢力の均衡を破る存在になるかもしれん。」
「今、そんな事を気にしてもしゃーない。今は“牛鬼“に“悪政王”一気に2人の大物海賊を捕らえられた事を喜べ!ではな!!」
ゼファーはゴジにいい土産話が出来たと喜びながら、電伝虫の受話器を置いた。
「おい!ゼファー……まだ話が……くそっ!切れている。まぁ……数日後には帰ってくる。詳しい話はその時でいいか。」
この世界は、海軍本部、王下七武海、四皇という強大な力を有する三大勢力が拮抗することで均衡が取れている状態であるが、懸賞金2億ベリーの“悪政王”アバロ・ピサロと1億2000万ベリーの大物ルーキー“牛鬼”エドワード・ウィーブルを一度に拿捕したジェルマ66の登場で、センゴクはパワーバランスが崩壊する事を危惧していた。
センゴクが一番ゼファーに聞きたかったことはジェルマ王国には廃嫡されたとされる第五王子ヴィンスモーク・ゴジという神童と呼ばれた子供がいるということであり、もう1つの報告書に目を通す。
『海軍本部教官ゼファーが休暇で訪れたのはジェルマ王国である。』
さらにセンゴクの手元にはヴィンスモーク・ゴジの写真もあり、ゼファーの秘蔵っ子ゴジはヴィンスモーク・ゴジであることは疑いようのない事実となった。
「ゴジ……貴様が本当にパーフェクトゴールドなのか?ならば国を出て海軍へ来た目的は一体なんなのだ……?ぐっ……胃が痛い……。」
将来間違いなく、海軍を背負って立つと思われたゴジが世界政府に恨みを持つかもしれないジェルマ王国の王子だと知った元帥センゴクの悩みは尽きない。
彼はある人に助言をもらうために席を立った。
”大参謀”と呼ばれる海軍随一の知恵者である彼女の元へ。。。
後書き
はい。ゴジ君の正体がバレました。
次話からゴジ君も出てきます。
第二十八話
ゼファー率いる訓練船は海底大監獄に“牛鬼”エドワード・ウィーブルを含むウィーブル海賊団を投獄した後でマリンフォードに戻って来た。
甲板から顔を出したゼファーが港で待つ一人の女性将校に気付いて声を掛けた。
「つる…お前が出迎えとは珍しいな…」
「ゼファーなんとか帰って来これたようだね…」
港には彼等の帰還を聞いて海軍本部中将のつるが部下数名を連れて待ち構えていた。
わざわざ訓練生の航海訓練の出迎えに将校が来ることはないので、ゼファーはつるの要件はセンゴクと同様にパーフェクトゴールドのことだろうと推察する。
つるが持つ“大参謀”の異名は伊達ではなく、彼女の頭の回転の速さは”智将”と呼ばれるセンゴクを凌いで海軍随一であることは当然同期のゼファーは知っているのだ。
「まさか“牛鬼”エドワード・ウィーブルに襲われるはね…ゼファー、あんたの名声をミス・バッキンに狙われたね。」
「あぁ。俺を殺して息子の知名度をあげようって腹だったんだろう。人気者も楽じゃねぇぜ。」
「あんた等を助けたのはジェルマ66のパーフェクトゴールドだって言うのは本当なんだね?」
「そうだ。俺がこのザマでやられそうな時に空から現れて浮遊装置と加速装置が付いた靴で縦横無尽に空を飛び回り、電気に火花等の様々な特殊能力を使ってウィーブルを倒したのをこの目で見た。彼が居なければ俺達はここには居ないかもしれん。」
ゼファーは来たかと思いながら少し茶化すように失った片腕をつるに見せつけるように肩を上げると、訓練生達もパーフェクトゴールドとウィーブルの戦いを思い出しながら甲板から顔を覗かせてゼファーの言葉に頷いている。
「その事で話があるんだよ。あたしもセンゴクもゴジの正体について検討がついてる。」
「なっ……!?」
つるがゼファーに耳打ちをしていると、つるの姿を見つけたゴジが一目散に船から飛び降りてつるの目の前に音もなく着地した。
ゼファーは何とか平静を取り繕うが、ゴジの正体が既にバレていると聞かされて内心は動揺していた。
「ゴジ、おかえり。あんたは怪我がなさそうでよかったよ。」
つるはゴジの姿を見ると一瞬でいつもの優しく穏やかな顔になって彼の帰還を歓迎した。
「婆さんただいま。あぁ。爺さんが俺を庇って助けてくれたんだ。爺さんとなんか話してた?」
「後で少し話があるからゼファーとあたしの部屋においで。いいね?」
「あぁ。分かったよ。」
ゼファーは怪我の理由をウィーブルにやられたの一言で済ましてしたが、つるはゼファー程の男が片腕を失った理由がようやく分かって、ゼファーを見ると彼は気恥ずかしそうに顔を逸らした。
「それにしても……“黒腕”のゼファーもゴジの前ではすっかりただのジジイだね。」
「うるせぇよ。後でゴジと行くから先に帰って待っとけ!」
「はいよ。じゃね、ゴジまたあとで。」
「おぅ!!荷物置いたらすぐに行くよ。」
つるが海軍本部へ戻っていくのをゴジとゼファーは見送った後で訓練生達に解散を命じ、各々自宅に帰って行った。
◇
ゴジがゼファーと共につるの執務室を訪れるとその場にはセンゴク元帥も待機していた。
「やはりセンゴク、お前も来ていたか。」
「そうだ。元帥として私も聞かねばなるまい。」
センゴクはそう言ってゴジを軽く睨むが、ゴジはどこ吹く風といった具合に受け流す。
「そんな事よりもゴジ、ゼファー二人とも本当に大変だったようだね?ゴジは異動先の話は聞いたかい?」
「そうだった。婆さんありがとう。アイン姉ちゃんと婆さんの部隊に行けるなんて夢のようだ」
アイン達訓練生はマリンフォード帰還前にゼファーからそれぞれの配属を言い渡されて、アインは希望していたつるの部隊への移動が叶っていた。
海軍本部中将直下への部隊への配属はそれだけ彼女への期待が高いことを意味する。
そして、”大参謀”海軍本部中将つる。彼女の部隊は女性海兵のみで構成される部隊であり、彼女の部隊への配属が決まったゴジの当初の『女性海兵達と仕事をしたい』という夢が叶った瞬間であった。
「はぁ……あんたはブレないね。まぁ、今更他人行儀な呼び方されても気分のいいもんじゃないさね。」
海軍見習いになっても自分を婆さんと気軽に呼ぶゴジに呆れながらもそんなゴジを愛おしく思いながら嘆息する。
「おつるちゃん!そんな話をする為にゴジとゼファーをよんだわけじゃないだろう?」
センゴクがこの場へ来たのはゴジがジェルマ王国の第五王子であり、パーフェクトゴールドなのかどうかの一点のみである。
元々センゴク自身がゴジに問いただそうとしたが、つるに上司である自分に任せるように諭されてこの場に来たのだ。
「センゴク、あんたはホントせっかちだね。ゴジ、ウィーブルは強かったかい?」
「だから、ウィーブルと戦ったのはパーフェクトゴー……。」
「爺さん!」
つるの誘導尋問とも取れる言い回しにいち早く気づいたゼファーがゴジを庇うべく答えようとするが、ゴジに阻まれる。
「ありがとう。もういいよ。兄さん達がジェルマ66として活躍した同時期にパーフェクトゴールドが現れたから当然、俺の正体に気付くさ。そうだよ。婆さん、ウィーブルは強かった。俺の力じゃ勝てねぇからこれを使った。」
ゴジは帰りの訓練船でジェルマ王国が本格的に動き出したことを知って喜ぶ一方でいずれ自分の正体に気付く者が現れる事に気付いていたのだ。
「なっ……!?」
「これは形状記憶鎧レイドスーツ。俺はこれを使うことで一瞬の内にパーフェクトゴールドに変身できる。」
ゴジはつるに聞かれて”5”と書かれた金色の缶を取り出しながら、あっさりと自分がパーフェクトゴールドである事を認め、センゴクは空いた口が塞がらないという具合に驚いていた。
「頭も切れるって噂も本当のようだね?では”元”ジェルマ王国 第五王子ヴィンスモーク・ゴジ。詳しい話を聞かせてくれるかい。」
つるが頭に”元”とつけた事にゴジはほくそ笑む。
「なるほど廃嫡された事も知ってるのか?流石大参謀だな。」
ゴジをジェルマ王国のスパイかもしれないと疑っているセンゴクとは違い、ゴジと接する機会の多いつるはこう解釈している。
『通常廃嫡された王子というジェルマ王国の国家機密と呼べるべき身分は国益に関する事も多く、気軽に話してよいものでないから黙っていただけである』
ゴジの反応を見てやはり自分の読みが正しかったことが分かり話の続きを促した。
「センゴク、前にも言ったはずだよ。あたしの能力に誓ってゴジは悪い子じゃないとね。ちゃんと聞けば話してくれるのさ。ゼファーはジャッジに面倒を頼まれんだね?」
「そうだ。」
ゼファーはゴジが自ら認めるなら仕方ないといった感じでつるの話に深く頷いて同意する。
「むぅ……。」
センゴクは改めてつるが”大参謀”という異名を持ち、女だてらに海軍本部中将として君臨しているのは伊達ではないと思い知らされた。
「あぁ。実は━━。」
ゴジは自身と姉兄達の能力やジェルマ王国と経つ前に父と話した新たな国策について全てを正直に話した。
◇
全てを聞き終えたセンゴク達は様々な感想を持ちがら、センゴクが重い口を開いた。
「ゴジ、お前の兄達はお前を凌ぐ力を持つというのは本当か?」
センゴクはハンデ戦とはいえクザンを降した戦闘力さらにゼファーが勝てなかった〝牛鬼〟に勝ったゴジより強い子供がいるなど信じられることではなかった。
対するゴジは兄姉達の力に絶対の信頼を寄せているから断言する。
「そうだよ。兄さん達は強さは俺が保証する。だからさ……支部で手を焼いている海賊がいるならジェルマを頼ってほしいんだ。ジェルマ王国の船は赤い土の大陸を上り、海王類の巣になってる凪の帯も気にせず進む事が出来るんだ。」
「確かに支部で手を焼く海賊は多い。”悪政王”を討てる力があるなら頼もしいことこの上ないね……。ところでゴジ、この国策を提案したのはあんだだね?」
ゴジはつるの一言でハッとなり、目を見開く。
「本当にすごいな。婆さん……なんでそう思ったんだ?」
「それはあんたがここにいるからさね。」
「くはっ!ホントに”大参謀”は伊達じゃねぇな。」
ゴジとつるの話についていけないセンゴクがイライラしながら説明を促した。
「ゴジ、おつるちゃんどういう意味だ?説明しろ。」
「簡単な話さ。この国策は海軍が手を焼いている海賊の情報を知る必要がある。海軍側にその情報をジェルマ王国へと送る内通者と呼べる存在が不可欠なのさ。今まで”戦争屋”としてところ構わず武力を振りかざしていた今の国王ではこの国策はまず思いつかないだろうからね。ならばこんな大胆な国策を思いつきそうな知恵者といえば、今、ジェルマ王国に海賊達の情報を流すように促しているこの子だけだろう?」
「なっ……ならばゴジ、貴様はジェルマに情報を流すために海軍へ侵入してきたのか?」
つるの説明を聞いたセンゴクの質問にゴジは少し困った顔をする。
「いや……これは俺自身を信じてもらうしかないんだけどさ。俺がここにいるのは俺の夢のため、そしてその夢を叶えてくれた家族や国民達の最善となるのような国策を提案しただけだよ。」
「ちょっとお待ち……ゴジ、あんたの夢ってのはまさか……。」
つるはゴジの夢に検討がついてしまった。
いつもデレデレとした顔で女湯に入ったり、女性海兵達を見かけては嬉しそうに近寄って世間話をし、さらにつるの部隊に配属されたことを知ったゴジは『夢のようだ』と言ったのだ。
「流石は婆さん、俺の夢は綺麗な女性海兵達と楽しく仕事をすることだ!」
声高々と力強く宣言したゴジを見た三人は唖然となった後、この場に張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れる音が聞こえた。
「「がははははは!!!」」
センゴクとゼファーは全ての男が抱きそうなあまりにストレートすぎるゴジの夢を聞いて我慢ならずに笑いだし、つるは呆れていた。。
「はぁ……やっぱりかい……。」
つるはゴジを自分の部隊に入れたのは失敗ではないかと思い初めて深く息を吐く。
「でもさ……ここに来て爺さんと会って、仲間達と体を鍛えて海へ出て、本物の海賊に会ってもう新しい夢が出来た。」
「「「ん?」」」
ゴジの語り始めた新たな夢が気になった一同は彼に注目する。
「俺は最強の海兵になる。」
「最強だと?」
センゴクはゴジの言う最強という意味を問いただすが、船でゴジの夢を既に聞いているゼファーは黙ってゴジの姿を目に焼き付ける。
「あぁ。ジェルマが動き出した以上、あの国を出た俺はもうレイドスーツには頼れない。もっと鍛えて俺自身が強くなる。強くなって俺の名を聞けば全ての海賊が畏怖し、海賊に怯える人が聞けば希望を与えれるようなそんな海兵になりたい。」
先程まで”大参謀”や”智将”と知恵比べをしていた少年とは思えない真っ直ぐな目をしながら”夢”を語るその姿を見てセンゴクは目頭が熱くなるのを感じる。
「なるほど……確かにそんな海兵がいれば最強だが、簡単な話ではないぞ?」
「だろうね……。センゴクさんや爺さん、婆さんでもなれてなかったんだ。だからさ……俺を見ててよ。」
「何?」
「俺がセンゴクさん達の憧れた最強の海兵になってやるよ。」
ゴジが今語った夢は海兵であれば誰しもが抱いたであろう夢。しかし、声高々に絶対の自信を持ってその夢を言える者がいるだろうか?
「「なっ……!?」」
「ふっ……。」
ゴジの自信に満ち溢れた姿にゼファーは頼もしいと笑みを浮かべ、センゴクとつるは空いた口が塞がならいといった表情をした後で、改めてゴジの顔を見ると嘆息する。
「はぁ……。そうだな、私も新しい時代に賭けてみるとしよう。」
センゴクはあの日模擬戦でクザンを圧倒したゴジを初めて見た際に感じたこの子ならば、この大海賊時代終わらせることが出来るかもしれないというワクワク感に満ち溢れていた。
その気持ちがあの日以上にセンゴクの胸中に溢れてくるのを感じる。
「ならばジェルマ王国との話は私が引き受けよう。ゼファー、貴様はあの国の国王と懇意だったな。取り次げ!」
ゼファーは目頭を押さえる涙脆い同期生を横目に見ながら笑みを浮かべる。
「ふん。あぁ……任せろ。」
自分達の想いが次の世代に受け継がれていくのを感じて老兵の出来る事は彼等の背中を押すことだけである。
センゴクは目頭を押さえながらゼファーを伴って執務室から出ていった。
決していい歳して泣きそうになった顔を子供に見られたくないとかでは決してない…………。
「爺さん、センゴクさん?」
そんな二人の背中をポカンとした顔で見送るゴジの肩を優しくつるが叩いた。
「あたしは幸せもんだね。あんたの夢が叶うところを一番近くで眺められるんだから。」
「へへっ!あぁ。特等席で見せやるよ!」
つるは満面の笑みで答えるゴジの顔を見ながら、海軍に新たな風が吹くのを確かに感じたのだった。
第二十九話
執務室に二人残されたつるとゴジは明日から配属される部隊での勤務について話していた。
「ゴジ、あんたは明日からの訓練ことを聞いているかい?」
「ん?ジェガートに配属されるってのは聞いたけど、当分は部隊合流なしで午前中は婆さんに見聞色の覇気を教えてもらって、午後からはセンゴクさんの座学だろう?」
ゴジが配属される海軍本部中将“大参謀”つるが率いる海軍本部第07部隊。
女性海兵のみで構成されることもあって主に無線司令や救護等の後方支援を主とするが、07部隊の中で戦闘に長けた者が所属する戦闘部隊は『ジェガート』と呼ばれており、アインとゴジはこのジェガートへの配属が決まっていた。
「見習い期間は1年あるからねその間に可能な限り、覇気や知識を身に付けるといいさ。」
「あぁ……見聞色の覇気は爺さんの説明では全く分かんないから助かるよ。ウィーブルと戦った今だから改めて分かる覇気の習得は俺の夢に必要不可欠だ。それに俺は海のことや世界の事を知らなすぎるからセンゴクさんにも感謝してるよ。」
見聞色の覇気とは相手の気配をより強く感じたり、生物の発する心の声や感情を聞いたりする覇気のことで空島では心綱と呼ばれている。 生まれつき持つ者やショックで覚醒する者もおり、強力な素質を持つ者は周囲の人間の思いを理解することも可能となる。
さらに戦闘においては敵の行動を先読みすることで、音速や光速の攻撃にも対応することが出来る上、これを極めた者は数秒先の未来をも見通すことが出来るという。
「ゴジはどちらかといえば見聞色の覇気の才能があるはずだよ。キッカケさえあればすぐだよ。」
覇気は本人の資質によって習得しやすい方が決まっており、ゼファー、ガープ等は武装色の覇気を得意とするようにつるやセンゴク等は見聞色の覇気を得意としているのだ。
偏見かもしれないが、考えるより先に行動するタイプには武装色の覇気、思慮深く行動するタイプには見聞色の覇気をそれぞれ得意とする者が多く、ゴジの性格上はどちらかといえば見聞色の覇気を得意するタイプなのだ。
「実際苦労してるけどな、必ず身に付けてやる!」
「その意気だよ。あと来月からはそれに加えて六式の稽古も加わるからね。」
「六式?」
聞きなれない言葉にゴジが頭を捻る。
「簡単にいえば武装色の覇気と見聞色の覇気を取り入れた体術だよ。あんたに六式を教えて欲しいっていうゼファーのたっての頼みだ。最強の海兵になるなら六式は身に付けといて損はないよ。」
六式とは世界政府の諜報機関サイファーポールが使う超人体術で武装色の覇気と見聞色の覇気を効率的に扱う武術のことで、海兵にも六式の一部を扱える者はいるが見様見真似で使っているだけであり、本職はサイファーポールの諜報員達である。
ゴジに六式を教える為の諜報員が来月から派遣されることが決まっていた。
「爺さんと婆さんが言うなら間違いないな…分かった。」
「しっかりおし。最後にいい事を教えてあげるよ。ヒナがウチに異動願いを出しててね。資質、能力とも全く問題がないからね。受理したから明日にはヒナも来るはずさ。」
ヒナは自分を負かしたゴジがジェガートに配属されると知り、興味本位でジェガートへの異動を希望した所、元々機関誌等の写真撮影や取材の為に本部に来るように言われていた彼女の異動希望は本部の意向とも合致する為、あっさりと叶ったのだ。
「ヒナ嬢がくるの!?こりゃダメだ……さっさと見聞色の覇気と六式ってのをマスターして部隊に合流しねぇと……。」
六式を極めるサイファーポールの諜報員達は幼い頃から六式を身につける為の血反吐を吐くような訓練に耐え抜いた者たちである。
ゴジが見習い期間の1年で習得出来るかどうかも賭けであるのにゴジの苦労を想像してつるは笑みを浮かべる。
「出来るもんならやってみるといいさね。さてゴジ、明日は早いからもうおやすみ。」
明日はアインと第07部隊の部隊室に集合して着任挨拶の予定なのである。
「そだね。色々あって眠いわ。婆さんももう夜遅いから早く寝ろよ!じゃあな!」
つるはゴジが手を振って執務室から出ていったのを見送りながら、明日から騒がしくなりそうな毎日に想いを馳せていた。
◇
翌日海軍本部第07部隊ジェガートの隊舎に本日から配属される三人の海兵が訪れていた。
「今日から部隊に加わるヒナちゃんと新兵のアインちゃんと見習いのゴジちゃんだよ。皆は顔見知りだろうが、こういうのは慣例だからね、あんた達挨拶しな。」
そう言い放ったのは黒い艶やかな長い髪を後ろでひととくりに結って前髪をかき上げている髪型に、左腿に蜘蛛のタトゥーを入れた長く美しい足を見せつけるような短パンと胸の谷間を強調するような薄手のシャツの上に海軍コートを着た妙齢の美女、海軍本部大佐“桃ウサギ”の二つ名を持つギオンである。
つるの部隊で彼女の次に階級が高いのは海軍本部大佐のギオンであり、第07部隊は海軍本部内の作戦指揮や事務等を行う部隊と実働部隊に分けられて、その実働部隊を率いるのが彼女なのだ。
海軍本部将校の中で“桃ウサギ”のように特に色と動物を組み合わせた二つ名を与えられている将校は将来の海軍本部大将候補である証に他ならず、ギオンは刀といつ細身の片手剣を扱い、女性であるにも関わらず実力者揃いの海軍本部において最強の剣士と呼ばれる実力を持っている。
「今年からジェガートに配属されたヒナよ。階級は中尉。あとギオン大佐、流石にちゃん付けは止めてください。」
「ウサフフフ。ごめんね、気をつけるわ。ヒナちゃん!」
「はぁ……。」
「「「あははは!」」」
海軍本部一有名な女海兵とも呼べる“黒檻”のヒナの登場に場が湧くが、そのヒナの苦情をあっさり受け流したギオンに向けて笑いが起きた。
ギオンは誰に対してもちゃん付けで呼ぶ癖があり、元帥であるセンゴクすらも『センゴクちゃん』と呼ぶ程である。
「新兵のアインです。訓練生を卒業してすぐにジェガートに配属されるなんて、夢みたいです。よ…よろしくお願いします」
アインは緊張しながらも、噛み気味に挨拶して頭を下げた。
アインが優秀であることは皆知っているので、アインの今後の活躍に期待して大きな拍手が巻き起こる。
「ゴジです。俺は綺麗な皆と働ける今日が来るのをずっと楽しみにしてた。皆よろしくぅ!」
「「「きゃあああぁぁぁー!」」」
「ゴジ君ったら泣くほど嬉しいのね!」
「ゴジ君いらっしゃ〜い。」
ゴジが感動の涙を流しながら頭を下げると、この日一番の大歓声が巻き起こった。
暇な時はこの部隊に顔を出し、風呂も一緒に入っているゴジを知らない者はこの場におらず、何だかんだで裏表のないゴジは人気者だった。
ゴジはそんな彼女達を見ながら、女海兵達に囲まれて仕事をするという夢をこんなにあっさりと叶えてくれたゼファーとつるに本当に心から感謝している。
「相変わらずゴジちゃんは人気もんだね。でも、ゴジちゃんはしばらく別メニューで特別訓練だよ。」
「うん。ギオンさん分かってるよ。」
ゴジは前述の通り見習い期間の1年間は見聞色の覇気と六式の習得の為の訓練期間に充てられるのだ。
「それとイスカちゃん!」
「はい!」
ギオンに名前を呼ばれた一人の海兵が一歩前に出る。
イスカは額の上に置いたサングラスと朱色の髪が特徴の美女で幼い頃に故郷を海賊に襲われ、火災により両親を亡くして自身も手に火傷を負ってしまった過去を持っており、その時に自分を救ってくれたドロウ中将に憧れ、自分のように海賊によって家族を失う子供たちを増やしたくないという理由で海軍へと入隊した。
将来的には自分を助けてくれたドロウ中将の元で働きたいと考えているが、ギオンに目を掛けられて彼女に剣術を教わる為にこの部隊に席を置いており、昨年訓練生を経てジェガートに配属されたので、アインの一年先輩隊員となる。
「イスカちゃんはアインちゃんの面倒も見ておくれ。アインちゃんは双剣を使うから丁度いいだろう。」
「はっ!」
通常、部隊に配属された新兵は一年間は先輩の元で仕事を学ぶ実習期間が設けられている。
先月、実習期間終了を言い渡されたイスカは自分が新兵の教育係に指名されるであろうことはなんとなく分かっていた。
何故なら先月実習期間の卒業を言い渡されたイスカの教育係も一年上の先輩だったからである。
「軍曹のイスカよ。貴女も剣士なのよね…アインよろしくね。」
「はい。イスカ軍曹よろしくお願いします。」
つるに紹介されたイスカがアインの両腰に帯びている二本の双剣を見ながら嬉しそうに挨拶を交わした。
イスカが僅か一年で軍曹になれたのは、彼女が修練の末、身に付けた目に止まらぬ高速の剣技で実績を重ねてきた結果であり、アインの加入で模擬戦の相手が増える事を純粋に楽しみにしている。
「ん?ヒナちゃん…不満かい?」
ヒナが不満そうにゴジとギオンを交互に見ていることにギオンが気付いたので声を掛けた。
「はぁ……呼び方を変える気はないのね。性格は置いといて、ゴジ君の戦闘力は私以上…そのゴジ君に何を教えるの?ヒナ疑問。」
ヒナは悪魔の実の能力者である自分を圧倒したゴジに何を教えるのかと当然の疑問であり、それはこの場にいる全ての女海兵も同様である。
「性格は置いといてってさ……酷くない?」
ゴジはジェガートの仲間たちに同意を求めるが、ここにいる女性海兵達全員がゴジ=エロガキである事は知っているので、ゴジの抗議の声と視線に目を逸らした。
「みんな酷い!?」
「よしよし…」
肩を落したゴジは隣にいたアインに頭を撫でられて慰められているが、忘れることなかれ、彼女もゴジの擁護しなかった一人である。
後書き
新キャラ2名です。
どちらも既存のキャラです。
第三十話
ゴジが海軍見習いとなって以来、ジェガート専用の訓練所では一人の老婆が目隠した子供を一方的に朝日に照らされて黒光りする木刀(?)を手に持って叩きのめしている傍から見れば児童虐待としか映らない光景が広がっている。
ジェガート専用の訓練所は海軍本部女子寮の敷地内に設置されているのだか、ギオンを始めとする実働部隊が航海に出ている為、小学校の校庭程の広さのあるこの訓練所に今は二人しかいない。
「(ゴン!)、いでっ…(ゴン!)、いでぇ…くそぉ…婆さんが何処にいるか全然見えん…(ゴン!)いでぇ!」
言うまでもなく、ゴジとつるであり、これもイジメではなく見聞色の覇気を習得する為の訓練である。
見聞色の覇気とは相手の気配をより強く感じたり、生物の発する心の声や感情を聞いたりする能力のことで、気配や感情の動きを読む力を鍛える為にあえて視界を封じたまま、稽古を付けているのだが、ゴジはこの見聞色の覇気の習得に難航していた。
「はぁ…ゼファーが苦労するわけだ。あれだけの見切りをみせるから間違いなく才能はあるはずなんだけどね。」
ゴジは元々人体構造に熟知していることで、筋肉や体幹等の些細な動きから相手の動きを予測して見切ってきたので、視界を封じられた上で相手の動きを予測するというのは未知のことで訓練を初めてそろそろ一月になるが、コツが全く掴めなかった。
ゴジは今まで自分がどれ程視界に頼り切りだったかがよく分かり、自分の弱点が分かったことでこれを克服する為に真剣に訓練に挑んでいるが、この一ヶ月ゴジはつるに叩かれ続けている。
「くっ…全然見えねぇから避けられねぇ!」
外骨格を持つゴジに木刀の攻撃等効かないはずが、何故か今日の木刀は痛かった。
「アインはあっさり見聞色の覇気のコツを掴んだってのに……あんたと来たら……。」
つるに才能を見込まれたアインはゴジと共に見聞色の覇気を訓練していたが、アインは僅か一週間で見聞色の覇気のコツを掴み、今はギオンに率いられて巡回航海に出ていた。
「だから目に頼るんじゃないよ。考えるな、感じるんだよ!」
“Don't think FEEL! 考えるな、感じろ!”
どうでもいい話だが、昨今アニメや漫画でも聞くこの言葉の生みの親が昭和のアクション映画のスーパースターであり、ジークンドーの開祖ブルー〇・リーだと知っている人がどれくらいいるだろうか?
この言葉のように生みの親を知らずに我々が日常的に使っている言葉は多い……本編に戻る。
「それが分かんねぇんだよ!婆さん!!あとその説明は爺さんと被ってるからな!?」
ゼファーにも散々言われて理解出来なかった説明をされた所で理解出来るはずとないと逆ギレすると、感覚だけで見聞色の覇気を使っているゼファーと同じだと言われて思いのほかつるはショックを受けた。
「うっ……!?はぁ……こりゃ、気長にやるしかないねぇ…休憩にしようかね。ゴジ、目隠しを外してこれを見なよ。」
ゴジは言われるままにタオルを手で額の位置までズラして、つるの手に丸められた紙の筒を受け取って、木刀だと思っていた物の正体を知って驚いた。
「あれ?これ新聞だったの?なるほど…紙の筒に武装色の覇気を纏わせてたのか…通りでいつもの木刀より痛いわけだ。」
この一ヶ月間つるは訓練の度に木刀で使っているので、ゴジは今日もつるが持っているのは木刀だと思っていたが、何故か今日はいつもより痛い気がしていたが、ようやく正解が分かった。
木刀程度ではゴジの外骨格にほとんどダメージを通さないが、武装色の覇気による攻撃を受けていたから痛かったのだ。
「武装色の覇気を纏えば、紙の筒でも立派な武器さ…あんたもゼファーも素手だから、もしかして武器を硬化させるのを見るのは始めてかい?」
「そういや…ウィーブルがしてたな…」
ゴジはウィーブルが持っていた薙刀に武装色の覇気を纏わせていた事を思い出したが、鈍器あっても自分の外骨格を越えてダメージを与える武装色の覇気の威力を改めて思い知った。
「そんなことよりもいいから中を見てみな。」
「なになに…『ロジア王国国民の熱い指示を受けて、ジェルマ王国が同国を支配する事になり、ジェルマ王国は約150年ぶりに領土を得る。』か…皆頑張ってるな!」
ゴジは新聞を読んで、無事に作戦が成功して領土を得る事が出来たと知って喜んでいる。
つるはゴジに新聞を見せてやろうと思って新聞を準備していたのだ。
「"悪政王"の武力と悪名は有名だから、これを破ることが出来る武力を持つジェルマ王国の名前は北の海だけでなく、世界に広まるよ。約束通りセンゴクが支部では手が出せない海賊の情報はジェルマに回してくれるそうだよ。」
「婆さんありがとう。皆も頑張ってるのに休んでられないぜ!俺も頑張らないと…婆さんやるぞ!」
つるは気合いバッチリなゴジから新聞を受け取ってそれをゆっくりと丸めていく。
その間にゴジはタオルで再び両目を覆って気合いを入れている。
「はいはい…その意気だよゴジ!」
「そこだぁ!」
「ハガタレ!適当に攻撃してんじゃないよ!」
つるは筒状に丸めた新聞に武装色の覇気を纏ってゴジの稽古を付けていくが、武装色の覇気と違って気合いだけで身に付けられるものではない。
気合と同時に誰もいない空間へ真っ直ぐに正拳突きを繰り出すマヌケなゴジの頭につるの武装色の覇気を纏って硬化した紙筒が振り下ろされる。
「(ゴン!)いでぇ!」
ゴジが見聞色の覇気の習得するにはまだまだ時間がかかりそうである。
◇
見聞色の覇気の習得は難航しているゴジだが、血統因子操作で生まれながらに類まれなる頭脳を持つ彼にとって座学はすこぶる順調であった。
本日も午前中のつるによる見聞色の覇気の訓練が終わった後、昼飯を挟んでからはセンゴク元帥による座学を受けている。
センゴクはゴジに対して十分な教育を施しているのだが、この座学が始まって1ヶ月が経った頃にはセンゴクは頭を悩ませていた。
「センゴクさん、この時の戦いは鶴翼の陣ではなく、ガープさんとセンゴクさんを中心とする鋒矢の陣にすべきだったと思うんだ。」
「ぬぅ…そうか…でもしかしだな…」
ゴジは過去の海賊と海軍との抗争についてセンゴクから教わっている途中でセンゴクに意見すると、センゴクはゴジの考案する作戦も一理あると頭を悩ませている。
何故なら、この時の戦いはセンゴクが作戦立案したものでからくも勝利こそ納めたが、敵味方問わず多くの死傷者を出した戦いだった。
「だって、この作戦の方が死傷者の数は圧倒的に少なかったはずだ。」
「しかし、それでは敵に逃げられる可能性が増えるではないか!?」
センゴクは敵を誘い出して罠に嵌めて、確実に数で叩くという王道な戦略を好むが、ゴジは確実な捕獲よりも出来る限り被害者を少くする為、実力者を先頭に置いた電光石火の奇襲戦法を好むので、反りが合わずにこのような意見の衝突が多くなっていた。
「でも、海兵は駒じゃないよ。」
「それは分かっているが、確実に海賊は討ち取らねばならん。」
「だから、実力者で相手の船長首討ち取ったら勝ちじゃんか?」
「むぅ……。」
センゴクとゴジが過去の戦役について熱く語り合っているが、センゴクは内心どうしてこうなったかと頭を悩ませている。
最初の二週間は順調で物覚えのよいゴジをセンゴクもいたく気に入って、自分の知識を惜しげも無くゴジに教えていた為、座学の時間が押して本来の仕事に支障が出るほどだったが、それでも多忙を極めてストレスを貯めてた彼のいい息抜きになっていた。
しかし、二週間を過ぎて気付くと一年間掛けて教えるべき内容全てを教え終わってしまったため、この二週間はゴジの疑問に答えることにしているが、これが失敗だった。
これが新たなストレスの要因となっており、持病の胃潰瘍が酷くなっていた。
「ふぅ…やっと時間か。ゴジ、座学は今日で終わりだ。」
本日の座学が始まってすでに数時間が経過し、マリンフォードから見える地平線には太陽が落ちようとしていた。
「ん?なんで?まだ一ヶ月だよ。」
何故ならゴジは僅か一ヶ月で一年間で教える予定の教材を読み終えてしまっていた上、自分でしっかり考察して先程のようにセンゴクへ意見を出す程である。
「私にもう教えることはない…明日からは座学の時間は全て六式の稽古になるからな。」
センゴクはゴジが教材の内容をしっかり習熟していることが分かったので座学は修了とした。
ちなみに当初の予定では武装色の覇気をあっさり身に付けたゴジなら見聞色の覇気の習得も早いだろうと考えて、午前中の見聞色の覇気の訓練の代わりに六式の訓練になる予定だったが、見聞色の覇気の習得は難航して座学をあっさりと身に付けてしまった。
明日からは午前は見聞色の覇気の訓練、午後は六式の訓練となることが決まった。
「まだまだ聞きたい事が沢山あるから、またセンゴクさんに聞きに行くよ!」
「あぁ…いつでもくるといい…はぁ…」
センゴクはゴジの笑顔を見ながら、ストレスの種にありそうだから出来れば来ないでくれと祈っているが、センゴクの胃にかかるストレスはこれからも続くことになる。
第三十一話
翌日の午後の訓練の時間。
ゴジは訓練場で自分に六式を教えてくれるサイファーポールの諜報員をセンゴクと二人で待っていた。
「センゴクさん、どんなゴリラが来るの?」
ゴジの疲れたような声を聞いて少しお疲れ気味のセンゴクも疲れたような声で返した。。
ゴジは六式を超人体技と聞いていたので、ガープやゼファーのような屈強な男が来ると思っている。
「ふん。会えば分かる。予言してもいい。ゴジ、貴様は雄叫びをあげるだろう。」
「へぇ。なら見とけよ!そこまで言われるとどんなゴリラが来ても絶対びっくりしねぇからな。」
ここ1ヶ月のゴジの訓練は午前はつると午後はセンゴクとの座学で、ゴジを除くジェガート隊員はギオンと共に航海に出ている為、ゴジに心の安らぎはなかったが、軽口を言い合う程にはセンゴクとの仲を深めていた。
「ふふふっ。こんな美女をつかまえて、ゴリラなんて随分な言い方ね?」
空に輝く太陽をそのまま移したようなウェーブしているプラチナブロンドの髪を煌めかせながら、陶器のような白い肌と色気のあるスタイル抜群の老若男女問わず10人が10人見惚れるような容姿をした美女がゴジが待つ訓練所に入って来た。
「おぉぉぉ!?キラキラして目が眩しい!!ずげぇぇぇ美女!!?」
ゴジは初めて見る超絶美女の登場にテンションが上がっている。
「サイファーポールのステューシーよ。はじめましてゴジ君、よろしくね♪」
「まさかのお色気美女が来たああぁぁーーっ!?」
ヒナやギオン等の戦うカッコいい美女とは違ったベクトルの正しく夜の蝶と呼ぶに相応しい、自分を美しく魅せることを得意とする美女である。
「ふん……。まさかCP-0とはな……。」
センゴクはゴジの驚きとは違う意味で、彼女を先程初めて五老星から紹介された時に腰を抜かす程驚いた。
サイファーポールと面識のないセンゴクがゴジの六式訓練の為にサイファーポールの派遣を依頼した相手である五老星は世界貴族の最高位にして、世界政府の最高権力者である五人の老人たちである。
◇
今から数時間前のこと、センゴクは五老星から『ゴジには六式を教える者を紹介する』という呼び出しを受けて急ぎ、聖地マリージョアへ向かった。
センゴクがパンゲア城と呼ばれる巨大な城にある五老星の執務室「権力の間」にに入ったところ、そこには1人の若い女性がいた。
「失礼します。センゴクただいま到着しまし……ん?何故、貴様がここにいるのだ!?」
その女性を見たセンゴクの顔が険しくなり、臨戦体制を取る。
その女性は裏社会では知らぬ者のいない裏社会の大物“闇の世界の帝王”の1人。
「“歓楽街の女王”ステューシー!?」
世界のありとあらゆる歓楽街は彼女の手中にあると言われているが、闇の世界の帝王達は表立っては至って悪事を働く訳ではなく、ステューシーも数多くの店を経営する有名飲食店の美人オーナーとして名を馳せている。
他には世界経済新聞社の社長や世界を股に掛ける運輸会社社長等錚々たる面々がいるが、彼等は懸賞金等もかかってはいないが、彼等を中心として裏社会が回っているのも事実であり、監視対象となっていた。
そんな中の1人が聖地マリージョアにいればそれはそれは驚くのは仕方ない。
センゴクの驚く顔を予想していた五老星の1人が淡々と告げる。
「センゴク、彼女はサイファーポール“イージス”ゼロの一人じゃ。」
「まさか……CP‐0!!」
話を聞いた彼らは世界政府直轄にあるサイファーポールの中でも選ばれた者のみが選出される「サイファーポール"イージス"ゼロ」。略称名は「CP‐0」にゴジの調査を依頼した。
CP-0は世界政府の諜報機関サイファーポールの最上級に位置する世界貴族直属の組織で、"世界最強の諜報機関"と呼ばれる。
トップの「総監」指揮の下、世界貴族の命令による政治的活動、諜報から天竜人の警護などを主な任務とする彼等はゴジの出生の秘密から今日に至るまでのほぼ全てを調べ尽くした上である結論に出た。
「闇の情報を得るために裏社会に潜入させておったのだが……。」
「ステューシーがおらんでも闇の情報を得る手段は他にある。センゴク、CP‐0ではゴジの訓練相手に不服か?」
五老星達の凄みのある声にセンゴクはたじろぐ……。
「ぐっ……!?い……いえそんなことは……くっ!?」
───CP‐0だと!?しかも飛びっきりの美女と来た。ゴジの監視をする気満々ではないか!?
センゴクの読みは正しく、ステューシーは五老星直々の指示によりゴジの監視と籠絡を命ぜられていた。
CP-0を使って彼の身辺調査を秘密裏に進め、彼が“悪政王”を制したジェルマ66を擁するジェルマ王国の王子でさらに無類の“女好き”である事、さらに8歳で不治の病に伏していた母を治療法(病名については分からなかった)を見つ出す程の頭脳と11歳で武装色の覇気の使い手でクザン、ヒナといった名だたる海兵を降してきた実力を併せ持つゴジに目を付け、どうにかゴジを世界政府へ取り込んでしまおうと考えたのだ。
◇
センゴクはステューシーと共にマリンフォードに戻り、今に至る。
「センゴクさん、俺は信じてたぜ!ステューシーさん最高ぉぉぉぉ!」
ゴジは未だにステューシーを見てテンション高く喜びを全身で表現しており、ステューシーはそのゴジを天使のような微笑みを浮かべて見ている。
───なるほど……この子が確かに女好きなのは間違いないわね。でも、子供を籠絡って…どうやるのよ…
「よ……よろしくね。ゴジ君。」
百戦錬磨で男達の手管を弄してきたステューシーも子供相手の籠絡等初めてで途方に暮れ、さらにもう1人。
───CP-0が来るなんて聞いてないぞ!どうすればよいのだ。
「うっ……胃が……。」
予想だにしない展開にストレスが増え、頭を悩ませるセンゴクの胃が悲鳴をあげて、センゴクもまた途方に暮れていた。
後書き
ステューシーさん登場です(*^。^*)
第三十二話
さらにゴジを取り込めば、”悪政王”を下した武力を持つジェルマ王国への牽制にもなると考えて、CP-0唯一の女性諜報員で、美貌を活かした諜報活動を得意とするステューシーに白羽の矢が立ったのだ。
「ゴジ君は“剃”と武装色の覇気を使えるのよね?」
“剃”とは六式の一つでその場で瞬間的に地面を十回以上蹴ることでその場から消えたかのように見える程、瞬間的に加速する移動技であり、海軍でもゼファーやギオンのように、六式の中でもこの技だけは習得している者も多い。
ステューシーは事前にこの二つはゼファーの指導により既にゴジが習得済であると連絡を受けていたのだ。
「はい!」
天に届く程に大きな声で元気よく返事をするゴジに内心引きつつも表情や態度には一切出さずに笑顔のままステューシーは全身に満遍なく武装色の覇気を纏っていく。
「なら、武装色の覇気が使えるなら習得しやすい“鉄塊”から始めましょう。全身に力を込めて肉体そのものを鉄の甲殻に匹敵する程に硬化させる防御技よ。やり方は全身の力を込めると同時に全身に満遍なく武装色の覇気を纏うのよ。こうやるのよ…とりあえずゴジ君やってみてくれる?」
ゴジは自分に見本を見せるステューシーの体の動きや体内の覇気の巡り方を観察してそれを真似る。
ゴジは訓練や任務では気を抜かない。例え敵が絶世の美女であっても立ち向かえるように気持ちを切り替える事が出来る。
「”鉄塊”こうですか?」
「まあっ!?凄いわね…。」
───へぇ……。ただのエロガキじゃないってわけね。私の胸や尻ばかり見ているあの子の目付きが一瞬で変わったわ。
ステューシーはゴジの体を触って彼の体が完全に硬化していることを確認していくので、ゴジは美女に体を触られて気が緩んで、身体の力を抜かないように必死に耐える。
「ええ…ま…間違いなく“鉄塊”よ。“鉄塊”を纏う速度も申し分ないわ。一体なんなのよ…この子。では次は……」
ステューシーは六式を血の滲むような過酷な訓練の末に習得したのに、たった一度見ただけで習得したゴジに恐怖すら感じる。
しかし、これは彼女の悪夢の始まりにし過ぎなかった。
◇
太陽が地平線に沈んで辺りが暗くなったので、ゴジの六式訓練初日が終わった。
「今日はここまでね…」
「はぁ、はぁ……。まだたったの二つしか習得出来てないけど、仕方ないですね。」
「いや、まだってあなたね……。もういいわ。」
ゴジはたった一日の訓練で“鉄塊”の他に指先に力を集約させ、弾丸のような速さで相手に撃ち込む“指銃”の二つを身に付けてしまった。
「指銃は力の全てを指先一本に集中させるとこが難しかった。嵐脚はようやく目標の案山子の表面が切れてきたのでもう少しだと思うんだけどね。」
ステューシーは今、凄まじい速度で脚を振り抜き、蹴りと同時に扇状の鎌風を放つ“嵐脚”という技を教えているが、ゴジの言う通り既に鎌風とはいかないが、旋風は起こせているので、あと数日もあれば身に付けてしまいそうだった。
「えぇ……。そうね。後の2つもあっさり身に付けてしまいそうね。」
武装色の覇気を使える上で外骨格を持つゴジにとって“鉄塊”と”指銃“は観察眼でステューシーの筋肉の動きを見ながらやり方さえ分かれば難しい技ではないのだが、そんな事を知らないステューシーは“剃”と合わせて六式の半分を一日で習得したゴジに恐怖を通り越して呆れ果てるしかなかった。
───それでこそ我らを束ねるお方ね。
同時にゴジは世界政府に取り込むべき存在であると見抜いた五老星の慧眼に感服し、神と信じる世界政府により重要な任務を任されたことに誇りを感じている。
通常六式とは幼い頃より、この技を習得する為の血のにじむような英才教育によって身に付けることが出来る技で教わった初日に二つも習得出来るものではないのだ。
「まぁいいわ…ゴジ君、また明日ね。」
「はい。ありがとうございました。」
ステューシーはそう言って笑顔で頭を下げる姿だけは年相応の子供だと思いながらゴジに手を振って彼と別れて、聖地マリージョアで待つ五老星の元へ報告に行く。
◇
ステューシーは五老星の五人が待つ部屋で報告している。
「報告します。海兵見習いのゴジは報告通りに既に“剃”は習得しており、本日の訓練で六式の内、“鉄塊”、“指銃”の二種類を習得しました。“嵐脚”も数日の内には間違いなく習得出来るでしょう。」
「なんだと?一日で二つもか!?それに”嵐脚”まで…」
「違う。既に”剃”を習得済みじゃから三つじゃ。」
「信じられん。まだ11歳だぞ…」
流石の五老星も驚きを隠せない。
サイファーポール史上一番の天才とされるロブ・ルッチでさえ、幼い頃から六式を身に付ける為の訓練を経て六式を身に付けてサイファーポールへ入ったのは13歳である。
もしかしたらゴジはロブ・ルッチをも超えて史上最年少で六式の全てを身に付けた男になるやもしれんと五老星達も期待している。
「はい。本当に末恐ろしい子です。それだけではありません。」
「何?」
「訓練の最中に“手合”でゴジの道力を測った所…1200道力でした。」
「1200だと…?」
「「「なっ…!?」」」
五老星達全員が驚くのも無理はない。
“手合”とは相手から攻撃を受ける事でその者の体術のレベルを測定し、道力と呼ばれる単位で指数化する技のことで武器を持った衛兵1人の戦闘力を10道力とし、500道力もあれば十分に超人の域にありサイファーポールと認められる。
ゴジは11歳にして超人の域ある事の証明であり、五老星は衝撃を受けている。
ちなみにステューシーは2000道力という歴代の女性サイファーポール史上1番の実力者である。。
「それでステューシー、ゴジはお前に興味を示したか?」
「はい。噂通り……いやそれ以上の女好きですね。一目会った瞬間から私の体を頭から足先までを特に胸や尻等は何度も舐めるような視線で見ておりました。あそこまであからさまな視線は久々でした。」
「そ…そうか…」
五老星達は11歳にしてステューシーをしっかりと女と見ているゴジに対して別の意味で驚くが、思い通りに事が進んだことに胸を撫で下ろした。
「しかし、気持ちの切り替えがハッキリした子です。それも訓練が始まるまでのこと……。訓練を始めてからは私の一挙手一投足を見逃すまいという集中力を見せておりました。」
「ステューシー、正直に答えろ。ゴジはロブ・ルッチを超える可能性はあるか?」
ロブ・ルッチとはサイファーポールの中でも暗躍と殺人に特化したCP-9に属する諜報員で歴代最高3000道力の六式の使い手で付いた渾名が“殺戮兵器”である。
「可能性?いえ断言します。あの子がこのまま六式を極めた時、ロブ・ルッチを超えた史上最強の六式使いが誕生することになるでしょう。」
ステューシーは五老星達の言葉を肯定すると五老星の一人が立ち上がって命じる。
「ステューシー、貴様は正式に海軍に入れ。そして改めてゴジの籠絡を命じる。貴様はゴジを鍛えてあの四皇をも超える力を身に付けさせながら、しっかりとあやつの舵を取れ。」
五老星達はロブ・ルッチであれば王下七武海にも引けを取らないと見ているが、四皇の四人は格が違いすぎて誰も手出し出来ないから四皇と呼ばれているのだ。
そのロブ・ルッチを超えると断言したゴジが成長すれば、偉大なる航路後半の海“新世界”において皇帝の如く君臨する目の上のタンコブである四皇にも対抗出来る力を身に付けるのではと考えているのだ。
「はい。仰せのままに」
ステューシーは自分の生涯を賭けた任務になる事を覚悟して五老星の指示に恭しく傅きながら拝命し、任務を全うする為にその足で海軍本部へ向かった。
◇
ステューシーが海軍本部元帥センゴクと会った時は既に話は付いていたようで彼女は海軍本部少佐として迎えられて、その日の内にゴジの直属の上司として海軍本部第07部隊のジェガートへ配属された。
翌日の訓練でステューシーが正式な海兵となった事をゴジに告げる。
「ゴジ君は凄いわよ。私はね…ゴジ君とずっといたいからサイファーポールを辞めてきたのよ…ちゃんと責任取ってね♪」
ステューシーは任務遂行の為に全力で色気を出しながらゴジに体を密着させながら頭を撫でて語り掛けた。
「ステューシーさんに籠絡してもらえるなんて最高だよ!」
ステューシーはゴジの言葉に驚いて目を丸くする。
「ゴジ君…あなた…」
ゴジは目を丸くするステューシーの前で演じていた従順な子供の演技を止める。
「ステューシーさん、いやステューシーの任務は俺にとってもいい事づくめだから…これからもよろしく頼むよ。」
ゴジは〝歓楽街の女王〟と称されるステューシーを一目見たときから自分の籠絡しようとする為に派遣された事に気付いて、籠絡しやすい子供という印象を与える為にあえて他のジェガートの仲間達に接する以上に自分のタガを外してデレデレしていた。
「え、ええ。」
〝歓楽街の女王〟である彼女の元には酒の席での様々な秘密話が筒抜けとなっており、サイファーポールとして重要なポジションであるにも関わらず海兵になると知り、ゴジは内心は浮かれていた。
美人な女性海兵達に囲まれて仕事をするという彼の夢にとってどんな理由であれ、ステューシー程の美女がジェガートにいてくれるならそれだけで満足なのだ。
「ほんとただの子供じゃないってことね。まぁ……この子がエロガキなのは間違いないわね。」
ステューシーは11歳のゴジに自分の任務がバレて居ることを知って少し慌てたが、平静を装いながらも密着させている胸に体重を寄せてくるゴジを見て、彼がエロガキなのは間違いないとじっくりと時間を掛けて籠絡していく事を決意した
第三十三話
ゴジはステューシーの指導を受けて僅か二週間という史上最速のスピードで六式全てを身に付けた。
ゴジは蹴りで鎌鼬を生み出す“嵐脚”や自由に空を駆ける事が出来る“月歩”はステューシーの筋肉の動き等を観察してそれを真似ることでやり方を学び、足りない筋力は怪力の能力で補うことで習得し、敵の攻撃する風圧に身を任せて紙のようにヒラヒラとしながら攻撃を躱す“紙絵”に至ってはゴジの観察眼には容易い技で"鉄塊"や"指銃"と同様に僅か一日で身に付けたのだ。
しかし、身に付けることと極めることは似て非なるもので、六式を極める為に12歳となるまでステューシーとの訓練を重ねてきた。
そして、約束の訓練期間である一年が過ぎ、第07部隊隊長つるやジェガート隊長ギオン達が見守る中で今卒業訓練試験が行われていた。
「ゴジ君いいわよ。全力で打ってきなさい。“鉄塊”!」
ステューシーは“鉄塊”を使った上で両腕を顔の前でクロスしており、ゴジは彼女の腕目掛けて真っ直ぐに右拳を突き出した。
「獣厳!」
“獣厳”とは指銃放つスピードで拳を突き出す技、つまり銃撃の速度を持ったただのパンチである。
「六式遊戯”手合”!」
ゴジの拳を受けたステューシーは”鉄塊”を纏ったまま靴で地面をえぐりながら数メートル後退して止まる。
「ふふふっ。2400道力……合格よ。」
歴代最高の六式使いとされるロブ・ルッチが3000道力をたたき出したのは数年前であり、彼が18歳の時である。
未だ体の未成熟な12歳で2400道力という歴代二位の記録は異常であり、成長したゴジがどこまで強くなるのか誰も予想出来ない。
───まさかたった1年で抜かれるなんて思わなかったわ……。
ステューシーは2000道力、ゴジとの連日の訓練で自分自身が強くなった自覚はあるも、ゴジにはもう敵わないことは自分がよく分かっていた。
「ありがとう。ステューシー、これで俺も明日から航海へ行けるんだね?」
「ええ。これで明日からジェガート第二部隊のお披露目ね。」
「ん?どうゆうことだ?」
二人の話に部隊長である、つるが説明をし始めた。
「ゴジ、あんたは見聞色の覇気、六式を身に付けてさらに強くなった。それにステューシーの正式な加入でね。うちの戦力が大幅に上がったのさ。だから、あんたの訓練終了を以てジェガートを二つに分けることにした。」
海軍とサイファーポールは共に世界政府直轄の組織である為、ステューシーはサイファーポールとしての実績と六式の使い手という実力が認められて海軍本部入隊と同時に少佐の地位を与えられている。
「なるほど……。なら、ステューシーが第二部隊ならギオンさんは第一部隊ってこと?」
ギオンと並ぶ実力者である六式使いのステューシーが海軍本部少佐としてジェガートに加わることになり、ジェガートの部隊を二つに分けられることなったのなら、それぞれの部隊長はギオンとステューシーであろうとゴジは推測した。
「流石、話がはやいね。そうさ。あたしがジェガート第一部隊を率いるよ。ゴジちゃんには悪いけどアインちゃんはあたしがもらってくからねぇ。ウサフフフ。」
ギオンは艶っぽい笑みを浮かべながらゴジを揶揄う。
「なんだとっ……!?」
まず、ギオンを隊長とする第一部隊、主な部隊員はイスカ曹長、アイン軍曹等で主に剣や槍といった武器を使うのが得意とする女性海兵を中心とする部隊である。
アインがいないと聞かされてあからさまに落ち込むゴジをギオンが楽しそうに眺めていると、ステューシーがゴジを励ます。
「ゴジ君は私率いる第二部隊。うちにはヒナ中尉がいるし、新しく配属される新兵も可愛い子が来るって話しよ。」
「ヒナ嬢……そうだな。よし、俺はやるぞ!」
ヒナがいると聞いて元気取り戻したゴジは拳を突き上げ、それを二人の部隊長は微笑ましく見守っていた。
次にステューシー少佐を隊長とする第二部隊、主な部隊員はヒナ中尉、ゴジで、こちらは徒手空拳を得意とする女性海兵を中心とする部隊でそれぞれの隊長を船長としてジェガートは二隻で別々に航海に出る事になる。
それぞれ隊長としての二人が部下を指導する上で各々適した戦い方をする部下を指揮下に置いた形になるのだ。
「アインちゃんは大活躍でたった1年で既に軍曹になってるよ。ゴジちゃんもしっかり頑張んなよ。」
「うん。ギオンさん、俺頑張るよ!ステューシーこれからもよろしくね。」
「ええ。期待してるわ。」
アインはギオンの元で既に海兵として一年間勤務をして多くの海賊を拿捕しているが、ゴジは明日の航海で海兵としてデビューするのだ。
「まさかほんとに丸一年航海させねぇとか子供差別だろ?婆さん。」
「ふん。あんたが見聞色の覇気に目覚めるのに時間掛けすぎたからだよ。全く。」
ゴジは口では皮肉は言うものの、最強の海兵を目指している彼は見聞色の覇気や六式を習得してからも、新たな技を開発しつつ今日まで真面目に訓練に励んでいた。
「まあね…。俺はまともに使えるまで一年も掛かったよ。でも、婆さんじゃなけりゃ一体何年掛かってたか…」
ゴジは見聞色の覇気の習得にほぼ丸々一年を要した。
「才能はあると踏んでたが、目覚めたら目覚めたでとんでもない速度で見聞色の覇気をマスターしたのには流石に驚いたさね。」
見聞色の覇気と観察眼との相性が良く、元々相手の筋肉の動きや体幹等からの攻撃予測の得意なゴジは真正面からの敵に対しては“未来視”にも似た光景が見える程である。
「あぁ。本当にみんなには感謝してる。」
見習いとなるまではゼファーによる武装色の覇気と体術の訓練。
見習いとなってからはつるの見聞色の覇気の訓練、センゴクの座学、ステューシーによる六式と体術訓練…これら全て一海兵に対する指導として異例である事はゴジ自身がよく分かっているし、ここまで育ててくれた皆に感謝していた。
「だからさ。見ててよ……俺が大将になって最強の海兵になるその姿をさ。爺さんにも教えてやんねぇと!皆またねぇ。」
ゴジは自信満々に言い切った後、彼は”剃”で訓練場を後にして祖父ゼファーの待つ家に帰って行った。
それを黙って見守った三人の将校達は笑顔を浮かべている。
「ウサフフフ。子供の成長は早いねぇ。いや早すぎる気がするけど、もうあたしではゴジちゃんには敵わないね。」
「ええ。確かにゴジ君の成長スピードは異常すぎるわ。あっさり指導者である私を追い抜いたもの。手足が伸び切れば彼はまだまだ強くなるわよ。」
「それはたのしみだねぇ。」
若く見えても30歳はとうに超えているギオンと12歳のゴジでは親と子供ほど歳が離れており、まるで子供の成長を喜ぶようなその声に10数年前から一切見た目が変わらずその美貌を保ってるとも噂される年齢不詳のステューシーも同意する。
「でも、精神はまだまだ子供だからね。二人ともしっかり支えておあげ。」
「「はい。」」
つる達はゴジの走り去った方向を見送りながら、彼の今後の活躍に想いを馳せていた。
◇
雲一つない快晴と、空の青さを写した何処までも続く太陽に反射して光り輝く蒼い海を見ながらゴジは船首に立って叫ぶ。
「俺は自由だあああぁぁぁーっ!」
「ゴジ君、煩いわよ!それに危ないから船首から降りなさい。ヒナ警告!」
海に向かって叫んでいるゴジを微笑ましく見ているステューシーや部隊員とは違ってヒナは今年は新兵の教育係を任されているので、仕事中にも関わらず不謹慎な態度をとる新兵ゴジを厳しく指導する。
というのも海兵となって年数の短いアインとイスカはギオン率いる第一部隊に配属されているので、ジェガートに来て2年目のヒナが第二部隊に配属された新兵“二人”の教育係となった。
「はぁい。」
ゴジは間延びした声を出しながら船首から甲板に飛び降りると、再びヒナの怒声が響く。
「ゴジ君、返事を伸ばさないの!?全く少しはカリファを見習ったらどう?」
もう一人の新兵は訓練所を卒業したて女海兵で名前をカリファという。彼女は腰までの長さのあるゴールドブロンドの美しい髪を持ち、フレームのない眼鏡を付けているスタイル抜群の美女で、彼女は18歳という若さながら柔術と呼ばれる相手の技の威力を利用して反撃、制圧する技に特化しているため、ステューシーの部隊に配属された期待の新兵である。
「ゴジ君、ヒナ中尉の指示に従わないとダメですよ!」
カリファが右手で眼鏡をクイッと上げながらゴジを注意するが、カリファを見つけたゴジは嬉しそうに彼女に近付いて手を取った。
「見ろ、カリファ!イルカが跳ねてるぞ。早くこっち来いよ!?」
カリファは、誰に対しても敬語で話したり真面目な性格からオフィスレディという言葉がピッタリな雰囲気を持つ女性であるが、いささか押しに弱い。
ゴジはそれを知ってか知らずかカリファの手を取って船首に誘導すると、カリファは素直に従ってゴジに付いて行く。
言うまでもないかもしれないが、同じ部署に配属された新兵同士な上、飛びっきりの知的美人であるカリファにゴジは瞬く間に懐いた。
「ゴジ君、セクハラです!」
「ふっ…甘いなカリファ。俺は子供だからセクハラも許されるんだよ。いいから見てみろよ。可愛いぞ!」
いきなり女性の手を握るゴジに、カリファは反対の手で眼鏡をクイッと上げながら指摘するが、ゴジは子供だというアドバンテージを主張し受け流される。
この「セクハラです。」とはカリファの口癖のようなもので、それをあしらうゴジのやり取りはこの部隊の名物になりつつある。
「あらあら…これは将来が心配ですね?あら…本当……ゴジ君、イルカ可愛いですね!」
「だろ?海はいいなぁ。」
「はぁ…アインはいい子だったのに…これは骨が折れるわね。ここへ来たのは失敗だったかしら…… ヒナ不安。」
実はこの部隊の新名物はゴジとカリファのやり取りの他にもう一つある。
それはその二人やり取りを見て、感情をコロコロと変化させる"黒檻"のヒナを観察することだ。
「あぁぁ〜〜っん…ヒナ中尉、今日も可愛いわね。」
「カッコいいヒナ様もいいけど、捨てられた子犬みたいなヒナ様も…あぁぁ…」
自由奔放なゴジに対して美しいピンクブロンド髪を振り乱しながら般若のような形相で怒鳴ったり、すぐに馬鹿な事をしでかすゴジを見ながら肩を落とす捨てられた子犬のような姿が機関誌に載る完璧な女性を演じるヒナとのギャップが癒されるとこの部隊の名物になっている。
後書き
はい。サラッと新キャラです。
第三十四話
イルカが船と並走するように泳いでいるのは船が起こす波に乗ることで推進力を得て楽をしながら泳げるからだと言われているのはご存知だろうか?
「おー!イルカがいっぱい集まってきたぞ!」
「あら、ほんと可愛いですね。」
「はぁ……。」
海軍船と併走して泳いでいるイルカを見てはしゃいでいるゴジとカリファを見てヒナが肩を落している。
カリファはイルカ達が「ピューピュー」と会話しながら楽しそうに泳いでいる姿を見る振りをしながら、ゴジやヒナに気づかれないように、こちらの様子を伺うステューシーと目線を交わしていた。
『ここまでは予定通りよ。』
『流石はCP-9。やるじゃない?』
カリファはただの新兵ではない。
ステューシーは元CP-0ということでセンゴクやゴジに警戒されているため、世界政府直轄のサイファーポールの中でも世界政府へ非協力的な市民に対する暗殺すらも許可され、“闇の正義”を掲げる「世界政府直下暗躍諜報機関“サイファーポールNo.9”」、通称CP-9の諜報員であるカリファが送り込まれた。
CP-9はその任務の都合上、他のサイファーポールと違って同じ世界政府の組織である海軍にも存在そのものが秘匿とされており、カリファという諜報員が存在することすらサイファーポールの中でもCP-0や「総監」しか知り得ないのだ。
『こんな子がルッチを超える逸材とはね。』
ロブ・ルッチはカリファのいたCP-9に所属し、互いに切磋琢磨して六式を習得したので、彼の強さは誰よりも知っているのだ。
『五老星からお墨付きよ。しっかりやりなさい。』
『言われなくても分かってるわよ。』
五老星はステューシーの極秘任務が"智将"センゴクや"大参謀"つるに見抜かれる事を想定し、ステューシーを隠れ蓑としてカリファを正規ルートで海軍に入隊させて、気の許し易い同期生としてゴジに近付いて彼の手網を握りつつ、もし世界政府へ危害が及ぶような行為をしようとするようならば暗殺するように指示を出していた。
五老星の目論見は達成し、ステューシーを警戒する海軍の上層部はカリファには全くのノーマークだった。
ゴジは同じ部隊に配属された新兵同士で、しかもとびきりの美女であるカリファによく懐いて気を許しており、彼女の押しに弱い性格もゴジに好かれる為の演技である。
「おっと、危ないな。いい加減あの婆さんを児童虐待で訴えてやろうかな。カリッ…もぐもぐ…」
ゴジは突然背後から後頭部目掛けて飛んでくるナッツを振り向き様に掴んで、小言を言いながらそれを口に入れた。
「流石ね。ゴジ君、気を抜いててもちゃんと見聞色の覇気が使えてるじゃない?」
ゴジに向けて親指で弾くようにしてナッツを投げたのはステューシーだった。
ただのナッツと侮ることなかれ……指銃の応用技に空気を弾いて弾丸の如く飛ばす”指銃・撥”という技がある。
ステューシーはこの技を使ってナッツを投げているので、ゴジが軽くキャッチした先程のナッツは弾丸とほぼ同じ速度だったりする。
「まぁね。ホントにステューシーと婆さんのお陰だけどね。」
ステューシーはゴジの見聞色の覇気の鍛錬の一環として、つるから隙あらばゴジに不意打ちをするよう指示されている。
「はぁ…私なんてまだ見聞色の覇気なんてまだまだよ。ゴジ君を見てると自信無くすわ。ヒナ落胆。」
実力差を感じて落胆するヒナとは別に平静を装い表情を変えないカリファだが、彼女はゴジがナッツを掴んで食べたことに衝撃を受けていた。
───なるほど……これは確かに逸材ね。
普通弾丸の速度で投げられたナッツをただ掴むことが既に異常であるが、仮に掴めたとしてもナッツはその衝撃で粉々に砕けるはずである。
ゴジは死角から弾丸の如く放たれたナッツをただ掴むだけでなく、砕けないように衝撃を逃がしながら完璧に掴んでみせたことでゴジの実力を評価した。
「私はゴジ君が偉くなったら、ゴジ君の伝令にしてもらおうかしら…?」
カリファの提案にゴジは嬉しそうに笑顔を浮かべて彼女の手を取る。
「カリファは仕事が出来る女っぽいから伝令というよりも秘書っぽいな!よし、俺が偉くなったらカリファを秘書にしてやるよ。」
カリファは自分に与えられた任務の重要性をしっかりと理解し、これを達成する為にはゴジの伝令になるのが一番だと考えていた。
海軍における隊長付き伝令とは一般企業における秘書に近い役職でゴジの言うことも的外れではなく、隊長付き伝令は本部から隊長宛に指示される任務の受理から隊長から発せられる任務を末端まで伝える役目までをこなす為、ゴジの手網を握るにはうってつけの役職であるのだ。
「こほんっ…では、社長。今日の午前中の予定は甲板掃除、その後は昼食の下拵えとなっております。」
カリファはゴジの要望に応えて、美しく礼をする秘書のような所作でゴジに今日の仕事内容を伝えるとゴジもそれに乗っかる。
「よし、では掃除道具の場所まで案内してくれたまえ。」
「既にこちらに用意しております。社長お気に入りの新品のブラシです。」
新兵の午前中の日課は毎日の炎天下の中での甲板掃除と昼食の下拵えであり、ゴジは常備されているデッキブラシの中でも一番新品の綺麗なブラシがお気に入りでカリファは既にそれを準備していた。
「流石だな。カリファ!さぁ、早速仕事に取り掛かろうか。」
「はい。お供します。」
「はあぁぁ〜…」
新兵組のカリファとゴジの芝居めいたやり取りの後、デッキブラシ片手に真面目に甲板掃除を始めた二人を見て、ヒナは安堵の深いため息を吐くと、他の海兵達は一喜一憂する彼女を微笑ましく観察していた。
「「「ふふっ……。」」」
二人とも口数は多いが、任された仕事はキッチリこなすので、ヒナも本気で注意する事は出来ずにゴジにいつも体良くあしらわれている。
「そういえば俺、二人のことステューシーとヒナさんって呼んでるけど、正式に海兵になったからちゃんと階級付けて呼んだほうがいいのかな?」
ゴジはシャカシャカと甲板を洗うデッキブラシを動かしながら、ヒナと少し離れた所にいるステューシーに問いかけると彼女達は呆れた顔でやれやれといった風に首を横に振る。
「なんだか今更ね…今まで通りでいいわよ。」
「私も今更階級で呼ばれたら、なんかあるのかと思って気色悪いわ、ヒナ悪寒。」
ヒナとステューシーの回答を聞いたゴジは胸を撫で下ろした。
「呼び方を変えるの面倒だから良かった。よく考えたら婆さんも婆さんって呼んでるし。」
「いや、おつるさんをそう呼べるのはゴジ君だけよ。」
あっけらかんというゴジにヒナが心底呆れたように言うと話を聞いていた海兵達は全員が首を縦に振っている。
“大参謀”と呼ばれ、数々の戦場を渡り歩いた伝説の女海兵とも呼べる海軍本部中将つるを婆さんと呼べる海兵は世界広しといえど、ゴジだけであろう。
◇
こうしてゴジの海兵としての処女航海は順調に進んでいた。
ゴジ達は順調に航海を続けていると、本日の見張り番のカリファがある海賊船を発見する。
その船が掲げる長鼻の髑髏に交差した三日月の刀身を象った二本のカトラスの海賊旗を見てカリファが叫ぶ。
「海賊船が近づいて来ます…あの海賊旗は、“若月狩り”カタリーナ・デボンです!」
「みかづきがり?まぁ、いいや。俺の初仕事だ。さぁ早速捕まえに行こうぜ!」
「「「なっ…!?」」」
カリファの声を聞いた第二部隊の面々は全員顔を青くしているが、ゴジは海兵としての初仕事であり、海軍だから見つけた海賊を捕まえればいいじゃないかと思っている。
「ヒナさん、みかづきがりって?」
ゴジは周りの反応を見て仲間達が怯えているような気がして教育係のヒナに尋ねた。
「“若月狩り”カタリーナ・デボン、2億5000万ベリーの賞金首よ…」
「なるほど…かなり大物だね。」
ゴジはヒナの説明を聞いて、2億5000万ベリーの大物賞金首の海賊だと知って仲間達の反応を納得するが、ヒナの説明はまだ終わらない。
「問題はそこじゃないのよ…“若月狩り”は美に異常な執着を持ち、世界中の美女を殺してその首をコレクションしているという最低最悪の女海賊よ。あの女が降りたった島の若い女性は皆殺されて、彼女が去った後は首がない若い女性の遺体が散乱しているの。世界中の女性に恐れられる海賊よ。」
「それってまさか…!?」
ゴジはハッとなって“若月狩り”の狙いに気付いて、美しい女海兵揃いの第二部隊の仲間達を見渡す。
「どうやら…私達は光栄にも“若月狩り”の標的に選ばれたようね。」
部隊を率いるステューシーは緊張した空気を払うために溜息混じりに少し茶化したようにいうが、重い空気を払うことは出来ない。
ステューシーは部隊の全員を顔を見渡してから透き通る声で指示を出す。
「ヒナ…船を任せるわ。ゴジ君は私と“月歩”で若月狩りの船に突っ込むわよ!」
カリファが素早くカタリーナ海賊団を発見したおかげで互いの船は大砲も届かない程の距離がある。
ステューシーは怯える仲間は足でまといにしかならないと判断して、まだ距離がある内にゴジと相手の船に乗り込んで、カタリーナ・デボンを叩いた方がいいと冷静に判断を下した。
「おぅ!」
ゴジは仲間達の怯える姿を見て己を鼓舞する。
デボンはその残虐性だけでなく、見聞色の覇気と武装色の覇気の二つの覇気を扱える剣士として実力も評価されて2億5000万ベリーの懸賞金が掛けられている為、逆に乗り込まれれば多くの部下が戦闘に巻き込まれしまう。
「カリファも船を頼むぜ!」
「ゴジ君は大丈夫ですか?」
「うん。俺は強いからアイツをぶっ飛ばしてみんなを守るよ。」
CP-9であるカリファも“月歩”は勿論使えるが、彼女はサイファーポールの身分を隠しているので、サイファーポールの扱う超人体技六式を披露する訳にはいかないので、彼女は実力を隠したままなのだ。
「いくわよ。」
「あぁ…。ステューシー、俺は先に行くぜ!」
ゴジは声を掛けたステューシーをおいて、たった一人で”月歩”で空を蹴って海賊船に向かうので、ステューシーが慌てて”月歩”で彼を追い掛ける。
「っ……!?どうしたのよ…ちょっと待ちなさい!ゴジ君!?」
ステューシーは空を駆けながら背中越しにゴジに声を掛けるも、彼は一切止まる様子はなく、背中越しにも彼の闘志がメラメラと燃えいる事を感じている。
「俺の夢をぶち壊そうとするアイツだけは許さねぇ!」
今のゴジにはステューシーの美声すら聞こえていない。
ゴジは敵船を見据えながら、夢の職場と仲間達を守る為に今燃えていた。
後書き
カリファさん好きですw
第三十五話
ゴジはデボンの狙いが第二部隊の仲間達と聞いて、自分の仲間を奪おうとするデボンに敵意を剥き出しにしていた。
「ゴジ君!ステューシー隊長!!もう…皆本当に勝手なんだから…ほら、貴女達ボサっとしないで船を進めなさい!」
「「「っ……!?」」」
ヒナは海賊船に突っ込んで行くゴジとステューシーに驚きながらも、隊長代理として部隊に指示を出していくが、デボンへの恐れを払拭出来ない海兵達の動きが悪いので、ヒナは声を張り上げる。
「貴女達は何が不安なの?敵船にはステューシー達とゴジ君が既に乗り込もうとしてる。それにこの船にはこの私が残っているのよ。全員、急ぎ戦闘準備!」
ヒナはそう言うとトレードマークの黒い革手袋を両手に嵌めて最後に手袋の袖口を噛み、キュッと引き絞るとその姿を見た海兵達の顔から恐れが消える。
「「「はいっ!」」」
圧倒的なカリスマを持つ”黒檻”のヒナの自信に満ち溢れた姿と堂々たる澄んだ声に率いられた船は全速力で敵船に向かっていく。
しかし、その頃にはゴジとステューシーは海賊船の上空にたどり着いていた。
◇
”月歩”で一足先に海賊船に近づいたゴジは挨拶代わりの六式を放つ。
「嵐脚!」
“嵐脚”により生まれた扇状の飛ぶ斬撃が海賊船に当たる前に3メートルを超える巨体を持つ長鼻の女が船から飛び上がって右手に持ったカトラスと呼ばれる片刃の曲剣を振り抜いてガキン!という轟音と共に受け止めた。
その女こそカタリーナ・デボンであり、“嵐脚”を斬り裂いた彼女は船首に降り立った。
「あら?”桃ウサギ”の居ないジェガートなら余裕だと思ったのに、ボクは能力者かしら?」
デボンはジェガートで警戒していたのは海軍本部でも最強の剣士と謳われる”桃ウサギ“ギオンだった。
彼女はギオンに純粋な剣士として、勝てないかもしれないと自覚しているからギオンのいない新米将校と“黒檻”のヒナのいる第二部隊を標的に選んだのだが、空を飛んで現れたゴジに驚いている。
デボンは六式の使い手と出会うのは初めてだった為、空を蹴ることで宙に浮くゴジを悪魔の実の能力者だと勘違いしたのだ。
「ゴジ君!一体どうしたのよ?」
ステューシーがようやく先行したゴジに追いついて声を掛けると、その声と彼女の顔を見たカタリーナ・デボンは衝撃を受けた。
「っ…!?貴女はもしかして“歓楽街の女王”ステューシー!?それにその服は……ムルンフッフッ!分かったわ。貴女が噂の新米美人将校ってわけね。」
デボンはステューシーの表の顔を知っており、いずれコレクションに加えようと思っていたステューシーの登場に興奮しながらも、純白の海軍将校の証である海軍コートを着ている姿を訝しむ。
「あら私を知ってるのね?そう。私はジェガート第二部隊隊長、海軍少佐のステューシーよ!“若月狩り”あなたを捕らえに来たの。」
「ムルンフッフッフッ !まさか“歓楽街の女王”が海兵だったとはね…でも、自分からコレクションに加わりに来てくれるなんてあなたもスキねェ…ジュルル…」
デボンは当然ながらステューシーのCP-0としての顔は知らないが、“歓楽街の女王”として闇の世界に名を轟かせてきた彼女が海軍本部少佐と聞いて驚いている。
しかしそんなことよりもステューシーと出会えた事に興奮して手に持ったカトラスの刃にジュルル…と音をたてながら長い蛇のような舌を這わせている。
「ボス…そっちのガキは好きにしていいんですかい?」
部下の声を聞いてチラッとステューシーの隣にいるゴジを一瞥する。
「綺麗な顔してるけどォ…私は男には興味ないのよねェ。だからそのガキは好きにしちゃいなさい。」
「「「うおおおぉぉぉ…!」」」
性格はどうあれ、見た目は整っているゴジの登場に海賊達は下半身の一部が膨らむ程に興奮し、普段のゴジであればその光景に怖気の立つ光景であるも、ゴジはずっとデボンを見据えたままである。
カタリーナ・デボンの部下の海賊達は若い女は全て船長に殺されてしまう為、どうしても船長が興味を示さない男色家の海賊達が自然と集まっているのだ。
「ステューシー、アイツは俺がやらせてくれないか?」
「訓練の成果を試したいってことね。いいわ……しっかりやりなさい。あっちの雑魚は私が潰してあげるわ。」
ステューシーは弟子のデビュー戦にはちょうど良い相手と判断してゴジに戦闘を託した。
ステューシーは冷静さを失っているゴジでは危険と指摘しようとしたが、自分の言いたい事を見抜ける程度には冷静であると判断した。
「流石はステューシー、愛してるよ。」
「あら?そのセリフは大きくなってからベッドの中で囁くように言って欲しいわね…」
ゴジとステューシーは互いに軽口をたたきながら一度だけ拳を軽く合わせてから背中合わせに海賊船の甲板に降り立つ。
ゴジは船首に立つデボンと対峙し、ステューシーはゴジと背中越しに立ってデボンの部下総勢50人の海賊達と対峙する形になる。
「ガキはお呼びじゃないんだよ!あぁ…ステューシー…貴女を私のコレクションに早く加えた後はあの船に乗る“黒檻”のヒナや他の美女達を…ムルンフッフッフッ!」
「これから俺に倒される”オバサン“には無理だ。諦めろ…」
オバサンの一言でカタリーナ・デボンの目の色が変わって一気に怒気を帯びる。
彼女が世界中の美女を殺してコレクションするのは、彼女自身が背が高く筋骨隆々の肉体を持ち、顔は醜くはないがかなり老けこんでいるのが原因で、美女の死体に囲まれて傍に置くことで自分のコンプレックスを解消しているのだ。
「誰が醜いオバサンだってええええっ!!」
「醜いとは言ってないけど…自覚あったんだな?」
そして、デボンを前にして“オバサン”と言った人間は一人残らず殺し、その一言が原因で小さな町一つを滅ぼしたことすらある。
「死ねええええっ!クソガキがああぁぁぁぁ!?」
「鉄塊・剛!」
デボンのカトラスが漆黒の武装色の覇気による鎧に包まれたゴジの体を斬り裂こうと振り下ろされたが、ゴジの首に当たった瞬間にガキンという音と共にデボンの剣が弾かれた。
”鉄塊”の派生技“剛”とは、全身に力を入れて筋肉を固めつつ、武装色の覇気の応用技“硬化”を纏って全身を漆黒の鎧に変えて防御力を極限まで高める技である。
「まさか……その歳で武装色の覇気を!?なるほど、口だけじゃないってことね。ボクにしては強いわねぇ。」
デボンはまだ子供でありながら武装色の覇気の硬化を使うゴジの強さに驚いたことで怒りが霧散し、子供と侮って覇気を使わなかったことがカトラスを止められた要因だと判断して冷静になって素直に賞賛する。
「あんたも怒ってるみたいだけど、俺だって怒ってるんだ。」
「何だって?」
「俺の仲間達に手を出す気なんだろう?そしてこれから俺が出会うかもしれない世界中の美女を狙うお前だけはここで捕らえる。本気で来いよ……オ・バ・サ・ン。」
「私の前でそのセリフを二度吐いたのはアンタが初めてさ…絶対に殺す!」
デボンは怒りに身を任せながらも武装色の覇気をカトラスに纏わせて振りかぶり、しっかりと見聞色の覇気も使いながらゴジに斬りかかっていく。
ゴジは黒刀と化したカトラスを片手に自分に斬りかかってくるデボンを見ながら、持ち前の観察眼と見聞色の覇気を使って、全感覚を研ぎ澄ましていく。
「神眼!…紙絵!」
数々の人を葬ってきたデボンのカトラスによる嵐のような連撃も観察眼と見聞色の覇気により視界に入る相手に限っては数秒先の“未来”が見えつつある。
「なっ……私の攻撃が……!?」
ゴジはデボンの動きを完璧に“未来視”しながら、風圧に逆らわず紙のようにゆらゆらと揺れるので、デボンも見聞色の覇気を使っているにも関わらず捉えきれずに掠りもしない。
ゴジはこの状態を全てを見通す神の眼…"神眼”と名付けた。。
「“剃”…火花フィガー!」
ゴジはデボンの剣戟を掻い潜って、デボンの動きを未来視しながら”剃“で懐に潜り込んで彼女の腹部に目掛けて武装色の覇気を纏い火花の能力を宿した右拳を突き出すとゴジの右拳は正確にデボンの腹部に突き刺さると同時にボンっと小爆破する。
「ちっ…爆発の能力かい?でもね。軽いんだよ!」
デボンは海兵との数々の戦闘で”剃“の速度には見慣れている為、同所を武装色の覇気で硬化させることで、ゴジの拳によるダメージはほぼ皆無で爆破によるダメージも肌を少し焼く程度だった。
「なっ……!?」
デボンはゴジの爆発に怯むことなく、その爆破した右腕を武装色の覇気で黒く硬化した左手でがっしり掴んだ。
「ちょこまかと…でも、ようやく捕えたよ…これならもう避けれないだろ?死ね!!」
ゴジは視界の隅に右手で黒く硬化したカットラスをゴジの首目掛けて振り下ろしてくるのが見えた。
「やばっ…“鉄塊・金剛”!?」
ゴジの首をデボンの振り下ろしたデボンの持つ黒刀のカトラスでガキンという轟音と共に斬られると同時に彼の右手はようやく解放され、とっさに刃が当たる直前に首に纏った“鉄塊・金剛”のおかげで首を斬られるはなかったが、勢いのまま船室まで斬り飛ばされて壁をぶち破った。
第三十六話
デボンとゴジが死闘を繰り広げている一方でステューシーはというと……
「おい!ねーちゃんは船長とよろしくやってろやぁ!」
「女ぁ、てめぇは邪魔だ。早くそっちのボクちゃんを寄越せよ。はぁ、はぁ……滾ってしかたねぇんだ。」
ステューシーはデボン配下の海賊達と対峙しているが、海賊達はステューシーではなく、デボンと対峙しているゴジの尻に注目していた。
「まさかこれだけの男達にこの私が無視されるなんてね……。」
これまで数多の男をその美貌で虜にしてきた彼女にとってこの状況は不愉快極まりなかった。
「ねぇ……お兄さん達、私と遊んでくれないかしら?」
ステューシーはそう言って妖艶に微笑む。
彼女の微笑みは老若男女全ての人を虜にする、ゴジを注目していた海賊達も例外ではなかった。
「「「なっ……!?美しすぎる!!?」」」
むしろ、デボンにより若く美しい女性との接触を抑圧されていたため、男色に目覚めてしまった彼らにとってステューシーの微笑みは彼らを男としてあるべき元の道へ引き戻した。
「「「もちろん!」」」
「ふふっ……。”剃”!」
海賊達は自分達の目をハートマークに変えて頷いたのを最後に一斉に意識を失うことになる。
「ぶべっ……!?」
「ぐはっ!?」
「ぎゃっ!?」
ステューシーは自分に見蕩れ隙だらけな彼らとの間合いを”剃”で近づくや否や喉突き、頚椎突き、水月突き等的確に”指銃”で急所を穿つ。
「あら?もう終わりかしら……。それにしても殺さずに制圧するのって骨が折れるわね。」
彼女が海賊達の間を縫って走り去った後、全ての海賊達は意識を失いその場に倒れ伏す。
超人体技六式は敵を確実に殺すための技であるので、殺さぬように制圧する技では無い為、ステューシーは海賊達を殺さぬように加減して指銃を突き刺したのだ。
瞬く間に仕事を終えたステューシーは数人の折り重なって倒れている海賊の背に優雅に腰掛けて弟子の戦いを見始めた時、デボンに腕を掴まれたゴジの首にデボンのカトラスの刃が吸い込まれる瞬間であった。
「殺しちゃうとゴジ君に怒られちゃうからね。さてゴジ君は……あらあら早速ピンチじゃない?」
ゼファーに海賊は殺さずに捕らえるように教えられているゴジはステューシーにもできる限り敵を殺さないように頼んでいたのだ。
ゴジとの約束を守ったステューシーはその弟子の危機と言う割には彼女の声色には余裕がある。
「さぁ……見せてあげなさい。この一年で編み出した貴方だけの力を!」
2億越えの賞金首を相手にした愛弟子の勝利を微塵も疑わない彼女は戦いの行方を見守った。
◇
ゴジは破壊された船室の中で仰向けに転がりながら、鉄塊と怪力の能力を同時に使う“鉄塊・金剛”をデボンに使わされたことを思い返す。
ゴジはデボンのカトラスにより凶刃は六式でも最硬の強度を誇る“鉄塊・剛”でも完璧に防ぐことが出来ないと判断してゴジは筋肉を操作する能力で瞬間的に首の筋肉を増大し、力を込めて鋼の如く硬くした上で六式の“鉄塊・剛”を使って身を守った。
このゴジの生まれ持つ怪力の能力と六式を複合した技であるこの技を“鉄塊・金剛”と名付けている。
「ふぅ…やっぱりこれを使わないと勝てねぇか…」
ゴジは斬られた首筋を触ると薄らと出血しているを確認してそう呟いた後で、すくっとゴジは立ち上がって甲板までゆっくりと歩いていく。
皮一枚とはいえ、鋼の強度を誇る外骨格と武装色の覇気”硬化”を破って自分に傷をつけたデボンの武装色の覇気と力は自分より強いのだと認識を改めた。
「なっ……このガキ…一体…どうやって防いだ!?」
「オバサン、強いね。」
オバサンと呼ばれたデボンだが、不敵な笑みを浮かべるゴジと武装色の覇気を纏い黒く硬化したカトラスの刀身を見つめて、確実にゴジの武装色の覇気を破って彼の首を刈り取る斬撃を振るったはずなのに切れなかったことを訝しみながら冷静であった。
───このガキはここで殺しとかないと今後、後悔する事になるね。
破壊された船室の瓦礫を掻き分けて立ち上がったほぼ無傷のゴジの姿を見て、成長すれば現在の三大将を超える海兵になるかもしれないゴジを本気で潰す相手だと認識を改める。
「やるじゃない?本当にいい武装色の覇気ね…だけどそんな非力な体じゃ私にダメージを与えることは出来ないでしょう?ムルンフッフッ!」
デボンは身長350cmを超える巨体の上、女性であるにも関わらず筋骨隆々の肉体を持ち、武装色の覇気と見聞色の覇気の2種類の覇気を使った剣術だけでなくあらゆる武器に精通する使い手で、対するゴジは成長期とはいえ未だに120cm程度である。
デボンはその点こそ勝機があると判断している。
「そうだな……これからは本気でやるよ。」
「クソガキが減らず口を…双月斬り!」
デボンは出し惜しみすることなく、己の必殺技と呼べる振り上げたカトラスを袈裟斬りした直後に再び振り上げて逆袈裟に斬り裂く超高速の二連撃技を繰り出す。
この技は単純な二連撃ではなく、この技を受けた相手の目にはほぼ同時に左右から斬撃が向かってので絶対不可避のデボンの必殺技と呼んでも差し支えない技である。
「左右ほぼ同時から放たれる不可避の斬撃、いい技だ。なら……技が放たれる前に止めればいいんだろう?“電光石火”!」
ゴジは“神眼”でデボンの放つ必殺の攻撃を未来視してそれを止めるべく、左拳の人差し指だけを伸ばして腰を落としながら左腕を後ろに引くとデボンのカトラスが振り下ろされる前に電気を直接足の筋肉に送って強制的に高速で動かし、その場を50回以上蹴る。
“剃”は瞬間的にその場を10回以上蹴ることで爆発的な瞬発力を生み出して、瞬間移動のごとき速度を生み出す技であるが、瞬間的にその場を蹴る回数が多ければ多いほど生み出される瞬発力はあがる。
電光石火とは電気の能力と”剃”を組み合わせた”剃”を圧倒的超えた速度で移動できる技である。
「なっ……消えた!?」
ゴジの”電光石火”を前にして、“剃”に対応してきたデボンですらゴジの姿を見逃した。
「“火花指銃”!」
デボンに気付かれることなく、懐に潜り込んだゴジは武装色の覇気に覆われた左手人差し指に火花の能力を宿した“指銃”をデボンの右肩口に突き刺すと指が突き刺さったと同時にドンと音を立ててデボンの右肩が小さく爆発した。
「ぐぎゃああああ!このガキ…まさか瞬間移動…!?」
ゴジの火力では普通に当てても肌を焼く程度しかないが、指銃で貫いた傷口を内側から爆発させると同じ爆発の威力でも与えるダメージは段違いであり、一時的にデボンの右腕を使用不能にする威力を持つ。
現にデボンはゴジに爆破された右腕が全く動かず、攻撃を受けたと同時にカトラスを手放している。
「ふっ…非力なガキの攻撃はどうだ?”胡蝶嵐脚”!」
“火花指銃”の爆風でデボンだけでなく、技を放ったゴジ自身も吹き飛ばされながら空中で足を蹴り上げて宙返りすることで"紫色"の鎌風をデボンに放ちつつ甲板に着地する。
「くっ…!?その技は一度見てるわ…舐めるんじゃないよ!」
デボンは動く左手で腰に付けた鞭を抜き放ち、ゴジの"嵐脚"を霧散させたが、ゴジの先程の技はただの嵐脚ではない。
デボンはいち早く自分の周りの空気を漂い始めた桃色の煙の異常性に気づいた。
「はっ……これはまさか毒!?ちゃこざいなあぁ!“満月鞭”!」
デボンはその場で高速回転しながら上下左右に高速で鞭を打ち付けていくとまるで自らを中心にした1つの満月のように丸い球体のようになり、桃色の煙を霧散させた。
「ボクぅ、可愛い顔してえげつないことするじゃない?」
鞭を構えて挑発的なデボンの言葉に肩をすくませながら少し残念そうにゴジは答える。
覇気使い同士の戦いは先の読み合いである。
「へぇ……よく気づいたな?少しでも吸い込めばそれで終わりだったのに。なるほど……見聞色の覇気使い相手にはこの技は効果ないのか。」
ゴジは嵐脚を放つ直前に足の汗腺から海王類をも数mgで麻痺させる程の毒霧を放出して、それを足に纏わせて嵐脚を放つことで猛毒の鎌風を生み出した。
嵐脚を防がれること前提で飛散した毒を吸わす事を狙った技であるが、見聞色の覇気による危機察知能力の前では、相手に空気に飛散させた毒を吸わすことは困難を極めると悟り、今後の戦いに向けた参考とする。
「ボクは空を駆けたり、それに爆発や毒まで多才だね?一体何の能力なんだい?」
デボンはゴジの悪魔の実の力を問いただしながら鞭を軽く振って先程手放したカトラスに巻き付けて自分に引き寄せて右手で握った。
「俺の短い指じゃ骨まで届かないか。あぁ……ちなみに俺は能力者ではないよ。ただ生まれながらに色んな能力が使えるだけさ。」
人体機能に精通するゴジの初撃である火花指銃は左手の人差し指を肩の骨と腕の骨との隙間に差し入れて爆発させたつもりだったが、デボンの分厚い筋肉の鎧に防がれてゴジの子供の指では骨まで届かなかったようだ。
仮に予定通りに肩の骨と腕の骨との接合部を爆破されれば彼女の一生腕は使えなくなっていただろう。
「ムンフッフッフ!真面目に答えたくないなら、もういいわ。どちらにしろすぐに殺すから。」
ゴジは自分の能力について一切嘘は言っていないのだが、デボンは荒唐無稽な戯言と受け流した。
テボンは左手に鞭を右手にカトラスを持って隙なく構えると対するゴジは両腕を武装色の覇気で黒く硬化させて徒手空拳構えを取る。
彼らの戦いは第二幕を迎える。
◇
ステューシーは弟子の晴れ舞台を見守りながら呟く。
「ゴジ君の生まれながらに持つジェルマ66の特殊能力と超人体術六式の融合技。その名も"六・六式”。」
ステューシーはゴジの構えを見て少しだけ寂しそうにする。
「全く六式の構えはそうじゃないって言ってるのに構え方だけは絶対直さないのよね……あの子。いえ違うわ……構え方だけじゃないわね。この私に敵を殺すななんていう子だもの。」
六式において戦闘とは相手を殺す手段であり、基本的に手拳の概念はなく、構え方は指銃をいつでも打てるように掌を開く構えであるが、ゴジの構え方は軽く拳を握って構えている。
「全くこの私が男に嫉妬するなんてね。」
六式を極めたCP-0の誇りに賭けて、ゴジは六式を極めたと断言出来るが、ゴジの構え方だけなくその在り方や戦闘スタイルの根底にあるのは六式ではなく、とある男のもの。
ステューシーはゴジに戦い方や夢を与えたその男と戦ったことないが、ゴジの師になるにあたって彼の現在の保護者となっているその男の半生は調べあげているから知っている。
数多の強敵達との戦い中で傷付きながらも決して屈することなく立ち向かい続け、ただ弱き者を守り戦う為に己を磨き続け生み出された強い海の男を体現したような体術。かつて史上最年少若さで海軍本部大将となった男のもの。
「ねぇ?”黒腕”のゼファー、あの子にとってのヒーローは誰がなんと言おうと貴方だけよ。ほんと……嫉妬しちゃうわ。」
ゴジは超人体技六式を極めた上で、自分の憧れたゼファーから習った体術に六式や自分の能力を組み込んで六・六式を完成させたのだ。
ステューシーは軽口を言いながらも、守る者に絶対的な安心感を与えるその小さな背中を静かに見守っていた。
第三十七話
ゴジとデボンとの第二幕、戦いの火蓋を切ったのはゴジだった。
「超電磁砲!」
電気の能力で生み出された圧倒的な速度の”剃”によりデボンに迫り、その超速度のまま右腕に電気の能力を帯びて武装色の覇気”硬化”で黒くなった右手人差し指で彼女の左肩目掛けて”指銃”を放つ。
これは今のゴジが持てる最速の技である。
「ちっ……!?大人を舐めんじゃないよ!」
デボンはゴジの超速度に対応出来ず、彼が消えたように見えるが、この攻撃は先程右肩に一度受けているので対応策は考えていた。
攻撃が見えないならば、全身に最大出力の武装色の覇気を纏えばいい。
「硬ぇ!?」
ゴジの指銃はデボンの左肩を貫くことなく、薄皮一枚を傷付けただけだった。
単純に覇気の量がゴジとデボンでは大きくかけ離れており、ゴジの”硬化”よりもデボンの最大出力による武装色の覇気とほぼ互角だった。
「やっぱり才能はピカイチだけどぉ、覇気まで軽いね。その歳なら仕方ないかしら、ムルンフッフ。武装色の覇気は覚えたてってとこね?それにしても少しビリッときたね。まさか電気の能力まで持ってるのかい!?」
長年、武装色の覇気を操ってきたデボンとは武装色の覇気を覚えてたった1年のゴジではこの結果は当然かもしれない。
デボンは自分とゴジを比較して筋力だけでなく、覇気も自分の方が上であると確信していたのだ。
覇気とは意思の力、本気になったデボンの纏う覇気は当初とは比べ物にならない。
「俺の覇気じゃ力不足ってのは最初に首斬られそうになった時によく分かってるさ。」
「なら、私の本気の覇気で”硬化”した剣ならばあんたを叩き切れるってこともよく分かってるわね?」
ゴジは未だ指銃を放った直後でデボンの間合いに入ったまま宙に浮いている状態であり、デボンはこれを好機と左手に持った鞭を捨て、左手で腰に帯びたもう一本のカトラスを抜き放つ。
デボンの持つ双剣が黒く”硬化”していく。
最初にゴジの首を斬ろうとした際にカトラスに纏わせた覇気とは比べ物にならず、今のデボンの双剣は確実にゴジの命を刈り取れる凶剣であり、その凶剣がゴジに振り下ろされた。
「紙絵拳法”紙吹雪”!」
ゴジは”月歩”を使ってその場から離れるどころかユラユラと紙吹雪のように漂いながらデボンの前から離れない。
六式使いは全ての六式を使いこなして戦うが、各々一番得意とする技が存在する。
神眼により未来視のごとき見切りを可能としたゴジの一番得意とする六式は”紙絵”であり、ゴジはカトラスを紙一重で避けながら”月歩”で間合いを詰めてデボンの頬にゴジの左拳が吸い込まれた。
「なっ……!?……”若月ぎ……ぶべっ、なんd……ごふっ!?」
ゴジはあえてデボンの剣を間合いに居座り、紙吹雪のようにヒラヒラと体を動かすことで彼女の斬撃を躱しつつ、彼女の斬撃を振るった回数分、同じ数だけ空中で一歩踏み出してカウンター気味に彼女の顔や体を拳や蹴りで穿っていく。
紙絵拳法”紙吹雪”。
この技は非常に単純で、相手の攻撃しやすい間合いに居座り、”神眼”で攻撃を未来視しながら、”紙絵”で攻撃を避けると同時にカウンターを繰り出す技である。
「確かにその剣なら俺を斬れるけどさ……当たらなければ斬れないよね?剣の”硬化”を解けば当たっても俺は斬れない。」
ゴジにいくら殴られようとデボンは双剣に纏った”硬化”を解くことなく、双剣を振るい続けるが、振るった回数だけ彼女に新たな傷が生まれていく。
「がっ……ぐぼっ……あ”……だ……っ……ぐぞぉ……お”ぉぉぉぉ!?」
否、彼女がゴジに勝つには一度でも剣を当てればそれで良く、それしか彼女に勝ち筋は残されていないのだ。
《side デボン》
なんでこの私カタリーナ・デボンが殴られてるの?
なんで私の剣がこんな年端もいかないガキに当たらないのよ?
「ぐっ……!?」
私の剣を躱しながら脇腹を穿ったガキの回し蹴りでまた肋が折れる音が聞こえた。
痛い。
「なんdっ……!?」
顔を殴られて今度は鼻の骨が折れた。
痛い。
もう剣の〝硬化〟を解いてを手放して膝を折ってしまいたいが、〝硬化〟を解いた剣ではこのガキは斬れない。
「あぎゃっ!?」
顔を蹴られたことで瞼が切れて片目が見えない。
殴られる事を覚悟で剣を振るい続けるしか私に勝ち筋は残されていない。
ちょっと待って……なぜこのガキは私を殺さないの?
私の体を貫く指による刺突を何故使わない?アレを私の胸や首に打ち込んで爆発させるチャンスはいくらでもあった。
あ〜そうか。このガキは海兵としてこの私を殺さないように捕らえる気なのか……。
なら、隙を付いてとっておきアレでこのガキを確実に殺す。
《side デボンend》
デボンの斬撃の雨が止まる頃には痣だらけの体に原型を留めていないほど顔を腫らし、体中至るところが出血しているデボンと無傷で”月歩”を使い宙に浮くにゴジがいた。
「非力な俺の武装色の覇気と拳でもさ。俺を斬るために剣に纏わせた覇気を解けないから生身で何度も殴られればさすがに効くだろ?まだ続ける?」
単純故に強力。
生半可な覇気ではゴジを斬ること出来ない事は初撃で把握済みであるから、デボンは両手剣のカトラスに纏わせた武装色の覇気を解く訳にはいかず、斬撃を放つと同時に繰り出される武装色の覇気”硬化”で固めたゴジの拳をデボンは覇気を纏わぬその身で数十発受け続けていたのだ。
「はぁ、はぁ……ちっ……!?ぐち”の減らないガキだね。くっ……。」
デボンが力が抜けたように片膝を付いた。
むしろゴジの覇気を纏った攻撃を受け続けて未だその場に立ち続けるデボンの打たれ強さの方が異常であるが限界はとうにきていたようだ。
「はぁ……はぁ……と……投降するよ。あんたの勝ちだよ!若い海兵!」
デボンはそう言うと両手のカトラスをその場に捨てて、その場にドカッと座り込んで手錠を嵌めやすいように両手をゴジに差し出した。
「ん?やけにあっさりしてるな。えっと……手錠はどこに仕舞ったかな?」
ゴジはデボンから目を離して自分のポケットをまさぐって手錠を探し始めるとデボンの口角がニヤッと上がる。
───今!
デボンは自分の動きの全てを見透かすゴジの眼を警戒していた。
投降はゴジの警戒を緩める為の演技、デボンはゴジに悟られないようにブーツに隠していた暗器のナイフを手に取ると、音もなく未だにポケットをまさぐっているゴジの首筋目掛けてその凶刃を振り下ろした。
───さよなら、名も知らぬバカな海兵ちゃん。若月斬り!
この暗器は海楼石で作られたデボンの切り札であり、振り下ろされたナイフは三日月の軌道を描きながらゴジの首筋に吸い込まれた。
「まぁ……そう来るとは思ったよ。」
ゴジの呟きと同時にガキン!という甲高い音が響く。
デボンの振り下ろした暗器が武装色の覇気により黒く”硬化”したゴジの皮膚で防がれた音だった。
「なんで……?」
「お前みたいな奴がそんなすぐに悔い改めるわけないだろう?」
「違うわ……なんで能力者なのにこのナイフを防げるのよ!?」
海楼石とは海の効果を持った石であり、海に忌み嫌われる能力者が触れれば海へ入った時と同じ状態となり体の身動きが一切取れなくなるはずなのだ。
能力者ならばどんな達人であっても武装色の覇気ではこのナイフは防げるはずないから、デボンも奇襲を悟られるように覇気を纏わせなかったのだから……
「あぁ……このナイフもしかして海楼石か?」
「そうよ!?あんたは爆発や毒、それに電気の能力まで能力者であるはず……何をしてるの?」
ゴジは空いた口が塞がらないという顔をしながら海楼石のナイフを必死で自分に押し付けているデボンの腹にゴジは両手の拳を上下に添えた。
「だから言っただろう?俺は能力者ではないと……それにこの状況ですることといえばトドメを刺すに決まってるだろう?」
「や……やめろおおぉぉぉ!?」
見聞色の覇気の心得がある故にゴジの技を喰らった後の未来が見えてしまう。
デボンはこの場から逃げようにもゴジの攻撃によるダメージが大きくもはや足は動かない。
「六式奥義”六王銃”!!」
武装色の覇気には極めた者のみが使える内部破壊という技があり、どんな屈強な覇気や肉体を持つものであっても体内は鍛えようがない。
この技は自分よりも強い武装色の覇気を持つ相手にも確実に致命的なダメージを与えられるのだ。
超人体術六式を極めた者にのみ使える奥義六王銃はまさにこの武装色の覇気による内部破壊なのである。
「ガハッ……!?こ……んな……ガキに……。」
既に満身創痍な状態で体の内側に直接武装色の覇気を流し込められたデボンはこの一撃で意識を失い、天を見上げるように大の字になってそのまま仰向けに倒れた。
◇
戦いが終わったのを見計らってステューシーが拍手を送り、ゴジを称える。
「流石はゴジ君…凄いわね。でも首をナイフで刺された時はヒヤッとしたわよ。」
「ごめんごめん。ステューシーもほとんど音もなく海賊達を瞬殺って凄すぎるよ。流石俺の師匠だな!」
ゴジの勝利を讃えるステューシーは倒れ伏したの海賊達の真ん中で足を組んで優雅に座っており、その姿は彼女の容姿と相まって玉座に腰掛けて下界を見下ろす女王のようだ。
「ふふっ!その師匠をたった一年で超えてくるなんて師匠冥利に尽きると言うべきかしら?」
「へへへっ!」
ゴジはステューシーに褒められたことで自分の両手を後頭部に回し、歯茎を出して満面の笑みを浮かべている。
「ステューシーのおかげだよ。ありがとう。」
「はははっ…ほんと…私よく生きてるわね…」
笑っているステューシーの目は訓練を振り返って死んだように光が消えている。
ゴジの“六・六式”は六式の師であるステューシーと鍛えた技であり、ゴジが新しい技を開発する度にその技の実験台にされる度に死ぬ思いをしてきたステューシーに若干のトラウマを植え付けた。
「それにデボンに吸わせようとした毒ってあの時と同じ毒かしら?」
特にステューシーはゴジが初めて“胡蝶嵐脚”を思い付いた時には、彼が放った技を普通の嵐脚と判断し、自らの嵐脚で相殺したが、その後、毒霧を吸い込んでしまって生死の境をさまよったのは一番思い出したくない思い出かもしれない。
「そうだよ!ステューシーに効く毒なら誰でも効くだろう。」
「はぁ……。」
サイファーポールとして毒物に対する訓練を受けているだろうステューシーにも毒が効いたことでゴジは毒の能力に更に自信を持つ事が出来た。
ゴジはレイジュのように全身から放出させて広範囲には毒を撒き散らせることは出来ず、口や手足から出せる程度ではあるが、毒の質については幼い頃に研究で使う薬品触れてきたかいがあって数mgで致死に至ったり、デボンに使った毒のように全身を麻痺させる毒を生み出すことが出来るのだ。
「まだまだこの六・六式も開発の余地があるからまだまだステューシーには手伝って貰わないとな!」
「はははっ…そうね。既に私を超えた道力を持つのにまだ強くなる気なのよね…はぁ…」
同じ女性のサイファーポールのカリファの道力は540である事を判断すればステューシーの2000道力は女性のサイファーポールではトップに位置し、男性のサイファーポールと比較しても上位に位置する実力者である。
◇
ヒナ率いる海軍船が海賊船に追いついた頃にはロープで簀巻きにされながら未だに全身痣だらけのデボンと倒れ伏した彼女の部下総勢50人が山済みにされており、戦闘が終わっていた。
「流石はサイファーポール出身のステューシー隊長ね ヒナ感心。」
「ヒナ、“若月狩り”を討ったのはゴジ君よ。私は雑魚を沈めただけよ…」
ヒナはステューシーの説明を聞いてゴジを見ると、目が合った彼は自分に向けて右手を伸ばしてピースをする。
「あっ…そう。やっぱりゴジ君凄いわね。」
ヒナはゴジの頭を撫でて褒めながら、彼の全身を見る。
着衣の汚れはあれど無傷のゴジを見て、2億5000万の賞金首相手に完封勝利したゴジの異常性に改めて驚愕する。
「皆に鍛えてもらってるんだから、これくらい当然だよ!」
デボンは世界中の女性に恐れられており、覚悟を決めて乗り込んで来た第二部隊の面々は恐怖から解放されて安堵し、笑顔でゴジを取り囲む。
「ゴジくぅんありがとう♪」
「正直私……“若月狩り”は怖かったの…」
「実は私も…」
「ゴジ君、ホント偉いわぁ〜」
第二部隊の女海軍達は褒められて照れ臭そうに笑うゴジの頭を撫でたり、彼を抱き締めたりする。
「えへへへっ!俺にかかればあんなオバサン大したことない相手だったよ!」
覚悟を決めて船に乗り込んできた彼女達にとっても”若月狩り”カタリーナ・デボンへの恐怖は拭いきれなかったようで、デボンを討ったコジに心から感謝している。
「コホン…ほらほら、貴女達まずは海賊達が目覚める前にさっさと拘束しなさい。」
「「「はっ!」」」
軽い咳払いをしたステューシーからの指示を受けて第二部隊総出でカタリーナ海賊団の全ての海賊を拘束し、海底大監獄へ向けて船を進めた。
第三十八話
第二部隊はエニエス・ロビーにある司法の塔と呼ばれる裁判所でカタリーナ海賊団に裁判を受けさせると、数々の島や街を滅ぼしてきた彼等は当然ながら全員有罪となった。
海底大監獄は収監される罪人の凶悪性に応じてlevel1からlevel6までに分けられ、この司法の塔で収監される階層も決められる。
デボンは一番最下層にある“悪政王”や“牛鬼”等の極悪囚人しかいないlevel6に収監されることがここで決定し、彼女の部下達はそれぞれ実力に応じてlevel4からlevel2に収監される事が決まった。
「ヒナさん、アイツら無事に有罪になってよかった。なんかの間違いで無罪になったらどうしようかと思ってヒヤヒヤしたよ。」
「そうね…さあ、早く海底大監獄に収容して帰りましょう ヒナ疲労。」
ヒナはそんなゴジの様子を見て、センゴクは敢えてゴジの年齢等を考慮してきな臭い大人の事情満載のエニエス・ロビーの裏側を教えなかったのだと気付いた。
───無罪になるはずもないわ。
この裁判は“名ばかりの裁判”と呼ばれてここへ連れて来られた者はもれなく有罪となる為、無罪になることはない。
何故なら、この裁判所は11人の陪審員による多数決による裁判で有罪か無罪かを決するが、この陪審員は死刑囚により構成される為、彼らは罪人を道連れにしようと罪人に対して全て有罪判決を下してしまうからである。
「海底大監獄もエニエス・ロビーも海軍本部基地も海流に乗ったらすぐ行けるのは凄いね。」
海底大監獄、エニエスロビー、海軍本部基地のあるマリンフォードの3つの島の間には変形した巨大な渦潮があり、それぞれの島にある正義の門を開閉してその渦潮に乗ることで互いの島に行き来出来るのだ。
「ええ。それは本当にそう思うわ。」
第二部隊は正義の門を抜けて渦潮海流にのり、海底大監獄に到着すると、数十mの高さのある巨大な門の前に三又の槍を持つ一人の女性が立っていた。
その女性の髪型は腰までの長さのオレンジ色の髪にカールを掛け、さらに前髪は目が完全に隠れている。さらに特徴的なのはその服装である。肌の大きく露出したピンク色ボンテージにピンク色の2本角が生えたようなヘアバンドを付けているまるでSM女王といった出で立ちなのだ。
「ん〜〜♡連絡はきてるわよぉ〜ん。貴女達がカタリーナ・デボンを捕まえた海兵達ね?」
「ええ。そうよ。カタリーナ・デボンと部下50名を連れて来たわ。貴女はここの獄卒でいいのかしら?」
ヒナは目の前にいる痴女をみながら、この場にいる以上獄卒では間違いと思うが、どう見ても獄卒には見えないその女性に問いかけた。
「私は拷問大好きサディちゃん!ここの獄卒長よ。」
「あっ……そう……。」
見た目もアレな上、自分の名前にちゃん付けするサディにヒナだけでなく、第二部隊の女性海兵達はドン引きであった。
「サディちゃぁぁん、おぉーい!!」
「ん〜〜♡ボクちゃんは確か… ウィーブルの時にいたクルクル眉毛の子じゃぁ〜い?」
ゴジはサディに気付いて名前を呼びながら船の上から手を振っていると、サディもゴジの特徴的なクルクル眉毛を見て、一年前に自分にベッタリとへばりついてきた見習い海兵を思い出した。
「ゴジですぅ!!」
「あ〜そうそうゴジちゃん。貴方がこの前連れて来てくれたウィーブルもいい悲鳴を聞かせてくれたのよぉ〜〜あぁ〜ん♡そう…また貴方が新しい子を連れてきてくれたのねえ〜♪」
拷問大好きサディの今日までのお気に入りはウィーブルだった。
何故なら通常の賞金首ではサディちゃんの拷問に耐えきれずにすぐに死んでしまうが、億超の賞金首ほど体が丈夫でたっぷりと拷問出来るからであり、お気に入りの玩具も今回同様に獄卒長であるサディが出迎えたのだ。
そしてウィーブルに続いて新たな玩具を連れて来てくれたゴジに興味を示す。
「どう?ゴジちゃんも少し遊んでいかなぁ〜い♡」
ゴジもサディの扇情的な姿と仕草にメロメロになり、船から飛び降りようと船の緣に足を掛けている。
「ゴジ君、おつるさんから電話よ。」
「えっ……でもステューシー、サディちゃんが……。」
ゴジは名残惜しそうに手招きする自分をサディとステューシーの顔を見比べる。
「ゴジ君、いいからさっさとおつるさんからの電話に出てください。」
「カリファまで……はぁ……分かったよ。」
ゴジはカリファの底冷えするような声に反射的に返事をして差し出された受話器を取りながら、サディに頭を下げる。
「サディちゃんごめんよ。また遊ぼうねぇ。」
ゴジは船から降りるのを止めて受話器を受け取ったので、それを見送ったサディは唇を尖らせる。
「あらん…振られちゃったわねぇ〜ゴジちゃん!また遊んでねぇ!」
ステューシーとカリファはこの得体の知れない変態にゴジを近付けては彼の成長の悪影響にしかならないと全力で阻止したのだ。
美女の誘惑を前にしてもステューシーとカリファの言葉を優先するほどゴジの彼女達に対する信頼は厚いものがある。
「サディ獄卒長、そろそろカタリーナ・デボンの引き継ぎを……」
ステューシーの指示を受けたヒナは第二部隊の海兵達と共に船からカタリーナ・デボン以下カタリーナ海賊団を降ろして終えていた。
ヒナに声を掛けられてデボンを見つけたサディはゴジの事などもう完全に忘れてまるで初恋の人に出会った乙女のように顔を赤らめ、体を妖艶にくねらせて興奮する。
「あぁ〜ん♡カタリーナ・デボン会いたかったわ〜。世界中の女の敵を女である私が拷問するの…あぁ〜ん。いい悲鳴で鳴いてくれそう〜♪」」
自分の姿を見て恐怖心を微塵も感じさせずに逆に興奮しているサディに流石のデボンですら引き気味である。
「このあたしがこんな変態女に拷問されることになるとはね……。」
「獄卒獣達、さっさと連れて行きなさい♪」
サディが指示を出すと海底大監獄の門が開くと中から10メートルを超える二体の獣人が現れる。一体目は牛の顔と体毛を持ったミノタウロスともう一体はシマウマの顔と体毛を持ったミノゼブラと呼ばれるサディに絶対服従の獄卒獣が現れる。
「「「ひっ!?」」」
「助け……。」
「こ……殺される!?」
獄卒獣は怪物の突然の登場に恐怖に怯えているカタリーナ海賊団を強引に引っ張って連れて行き、一人残らず海底大監獄の中に収監した。
この二匹の獄卒獣以外にも海底大監獄には数多くの獄卒獣が働いており、その全てがサディに絶対服従している。
サディは小さな頃から動物に愛され、動物に囲まれて育ってきたため、動物の言葉を理解できるので、彼女が若くして獄卒長という官職を得ているのはこの得意な能力故である。
「さぁ、楽しい楽しい拷問の時間よっ!」
サディが最後に海底大監獄に入ると共に重く大きな門が閉まった。
後書き
残念ながら今後サディちゃんはあまり本編に出てきません。
サディちゃんを書きたかっただけだろうと言われれば、はい。その通りです。
第三十九話
カタリーナ海賊団を無事に海底大監獄へ収監し終えた後、例の渦潮海流に乗って正義の門を潜りマリンフォードに帰還した第二部隊をゼファーとつるが出迎えた。
つるは海底大監獄でのステューシーからの報告とその後のゴジとの通話から帰還することを知っており、出迎えついでにゼファーに声を掛けたのだ。
「ゼファー教官、おつるさん、ジェガート第二部隊ただいま帰還しました。“若月狩り”カタリーナ・デボンとその一味は無事に海底大監獄へ収監しました。」
隊長であるステューシーが先陣を切って港に降り立つと彼女に続いて第二部隊全員も船から降り、つるの前に整列するとステューシーが前に出で敬礼と共に帰還報告をした。
「おつかれさん。みんな無事で何よりだね。今日はゆっくり疲れを癒しな。」
「はっ!では皆、解散!」
つるの労いの言葉を受けて、ステューシーが部隊に向けて指示を出す。
「「「はっ!!」」」
ステューシーの指示を受けて各々船に戻り、自分の荷物を取りに戻る者、既に荷物を降ろしており、その足で帰宅する者等様々であるが、共通しているのはやはり無事にマリンフォードへ帰って来れたことへの安堵感であろう。
全員、一様に笑顔であり、そんな中ゴジも笑顔でゼファーとつるの元へ駆け寄って行く。
「爺さん、婆さん帰ったよ!」
「ゴジ、大活躍だったね。」
「おう…それしても最初の航海がエドワード・ウィーブルで二回目の航海でカタリーナ・デボンとは全く運がいいのか、悪いのか…」
つるとゼファーはゴジを労いながら、ゴジの持つヒキの強さに苦笑いを浮かべる。
「“若月狩り”を倒したんだから、ゴジの昇進は間違いないね。」
「まぁ、そうだろうな。元々ウィーブルの野郎の件は保留になってたんだ。」
ゼファーとつるがゴジを見ながら、しみじみと話すと身支度をしながら聞き耳を立てていたそれを聞いていた第二部隊の女海兵が反応して口々に驚いた声を出す。
“牛鬼”エドワード・ウィーブルを拿捕したパーフェクトゴールドがゴジであることは公表していないものの海軍上層部や世界政府は周知の事実であり、この功績を元に近々ゴジの昇進は決まっていたのだが、”牛鬼”を超える大海賊”若月狩り”の拿捕という功績は昇進しない方がおかしいのだ。
「ゴジ君、もう昇進するの!?」
「すごぉーい!」
「よく考えてたらカタリーナ・デボンを倒したのよ!当たり前じゃない?」
「そりゃそうね!」
第二部隊の面々は自分の胸くらいまでの身長しかないゴジを感心して見つめている。
「うちは実力主義だからな。最恐最悪の女海賊と名高い“若月狩り”カタリーナ・デボンを捕らえたゴジの名は世界中に響き渡るぞ。」
「これはゼファーと同じく一気に少尉になって、最年少海軍本部将校となるかもね…。」
一般的に海軍本部将校と呼ばれるのは軍曹、曹長を経て少尉から上の階級を差し、将校の証である背中に正義の二文字が刻まれた白いコートを着ることが出来るのも少尉からである。
過去に軍曹、曹長を飛ばして一足飛びで少尉となった男は一人いる。
その男こそ、海軍本部入隊わずか5ヶ月で当時1億ベリーの賞金首“切り裂き”ジャック・ストローを捕らえた元海軍本部大将、現海軍本部訓練教官の“黒腕”のゼファーであり、入隊して5ヶ月の18歳9ヶ月での少尉昇格は誰にも破られていない不動の記録である。
「ガハハハ!老兵は去るのみってことだな。俺の記録なんかどんどん抜いて偉くなれよゴジ!」
「おぅ!爺さんがくたばる前に最強の海兵になって海軍大将になるって約束したからな。まだまだ長生きしろよ。」
「っ…!?そうだったな。センゴクが元帥室で待ってる。早く行け。」
ゼファーは歳を重ねたせいか涙もろくなったと思いながら、ゴジの想いに感激して涙が出そうになるので、左手で顔を覆いながら、ゴジ達に背中を向けてその場を去っていく。
「おう!じゃ、婆さん行ってくるよ!」
「ホントただのジジイじゃないか。ちょっと待ちな。私も一緒に行くよ。」
「そうか。なら早く行こうぜ、皆行ってくるよぉ〜!」
ゴジは元気よく手を振って第二部隊に別れを告げて、つると手を繋ぎながら二人で海軍本部基地へ入っ行った。
「「「ゴジ君、またねぇ!」」」
第二部隊の面々は微笑ましい姿を優しい笑みを浮かべて見送った。
◇
ゴジとつるは元帥室に入ると、中にはセンゴク元帥と海軍本部が誇る三大将と、中将のモンキー・D・ガープの五人が待ち構えていた。
ゴジは三大将の内、顔見知りのクザンの横に並んで立っているボルサリーノ大将とサカズキ大将と会うのは初めてだが、当然顔くらいは知っている。
この世界において正義の象徴である海軍本部の三大将を知らない者の方が少ないだろう。
「センゴク、ゴジを連れてきたよ。」
「ゴジ、入りまーす。」
「ゴジか…“若月狩り”の拿捕、本当にご苦労だったな。よくやったぞ!!」
デボンの拿捕に気分よくしているセンゴクはゴジの間延びした声を叱責することもなく、笑顔でゴジを出迎えた。
世界中の女性が恐怖するデボンの拿捕は世界政府から海軍本部に与えられた最優先事項の一つだったのだ。
「ぶわっはっはっ!“若月狩り”は鼻が効くからのぉ…中々捕まらなんだが…まさか狙った船に六式の使い手が二人もおるとは思ってもみんかったじゃろうな。」
ガープの言っていることは正しく“黒檻”のヒナに目がくらんでゴジやステューシーの実力を見誤ったデボンの失態であった。
仮にゴジがいなくてもステューシーの実力であればデボンの拿捕は可能だったはずである。
「しっかしねぇ〜…覇気使いの“若月狩り”を本当にこんな子供がやったか〜い?」
ゴジとの絡みのないティアドロップ型のサングラスを掛けた長身の男は年相応の身長しかないゴジがデボンを一人で倒したことが信じられないようだった。
間延びするような喋り方で疑問を投げかけてきたこの男は3mを超え、黄色のストライプスーツの上に海軍コートを着用した男で、顔立ちを端的に表すなら「北〇国から」でおなじみの俳優田〇邦衛である。
「“黄猿”ボルサリーノ大将ですよね。はじめましてよろしくお願いします。」
「ゴジ君とははじめましてだねぇ〜。よろしくねぇ〜」
相変わらず間延びした声で、感情の読み解けない表情で自分を値踏みするボルサリーノに対して、不気味さを感じつつゴジは頭を下げる。
「ゴジの力ならデボンを倒しても不思議じゃないよ!」
身を持ってゴジの実力を知るクザンはゴジを擁護する。
「しかし、仮に実力はあってもわしはこんな子供に海軍将校が勤まるとは思えんがのぉ…ゴジ、わしのことも突然知っろうのぉ?」
「もちろん。“赤犬”サカズキ大将、よ…よろしくお願いします…」
サカズキは海軍の上層部として真っ当な意見を述べて葉巻を咥えて威圧感を隠さずにゴジの年齢の低さを不安視する。
サカズキはボルサリーノやクザンと同じくらいの3mを超える長身にガッシリとした体躯の持ち主。眉間を中心に顔中に無数のシワを寄せた厳めしい風貌と角刈り頭が特徴であり、こちらも一言で顔立ちを表すと任侠映画でバリバリ活躍していた若かりし頃の名優 菅〇文太である。
ゴジは今まで会ったどんな海賊よりも恐ろしい顔で自分を上から睨み付けるサカズキに対して一目で苦手意識を抱く。
「サカズキ、それならば問題ない。私が直々に指導している。作戦立案から部隊指揮のやり方まで全てを伝えてある。」
「センゴクさん、全てとはどう意味じゃ?」
「全ては全てだ。私の海軍として培った全ての知識をゴジに伝えた。それにゴジは覚えるだけでなく、自ら考えて自分の意見を主張するほどだぞ。」
ゴジは僅か一ヶ月という短い期間で、センゴクからの教えを全て身に付けている。
その中には将校になってから教えようと思っていた部隊指揮や部下の心情把握方法、市民応接の心構え等も含まれていたのだ。
「「「なっ…!?」」」
三大将は揃って驚きを顕にする。
彼等も大将になるまでに上司として大切なことや心構え等、昇進を重ねる度に多くの座学を受けてきたから、それ等全てを身に付けたというゴジに三人揃って大きく口を開けてマヌケな顔になって驚愕する。
「少なくとも、貴様らよりはゴジの方が何倍も物覚えがよかったぞ。」
三大将といえども強い悪魔の実の能力者で腕っ節には自信あっても、頭の硬いサカズキ、サボり癖のあるクザン、理解しているか分かりずらいボルサリーノ彼らも頭の方を鍛えるのはかなり苦労したようだ。
「でも━━。」
「だから、━━━━。」
その後、しばらく三大将とセンゴクに部隊長のつるを混じえた五人でゴジについて話し合いが続く。
◇
話に飽きたガープは同じくつまらなそうにしているゴジに気付いて、ポケットに入れていた煎餅を取り出して、袋を開いてゴジに勧める。
「ゴジ、お互いに置いてけぼりじゃの…こっちに座って一緒に煎餅でも食べんか?」
ガープは煎餅の袋を机に置いて、自分の腰掛けているソファーをポンポンと叩くと、ゴジは嬉しそうにそこに腰掛けて煎餅を摘んだ。
「ガープさん、ありがとう。ガープさんの煎餅は美味いよね!」
「そうじゃろそうじゃろ!ぶわっはっはっ!」
ガープは嬉しそうに煎餅をバリバリと食べているゴジを見て、自分も煎餅に手を伸ばす。
こういう他人の機微によく気付く所が、ガープという男が海兵から市民まで幅広い人達に長年に渡って好かれてきた由縁である。
「ゴジ、こっちに来い。」
「バリバリ…もごっ…バリバリ…」
センゴクは三大将達との会話を終えてゴジを呼ぶと、口に煎餅を含んでリスのように頬が膨れているゴジに気付いて、その隣で同じ顔をして煎餅を食べているガープを睨む。
「こらガープ!大切な話をしているのにゴジに煎餅を食べさせるな!」
「ぶわっはっはっ!」
ガープは大笑いしながら、なおもゴジと同じように煎餅をバリバリと頬張る。
「全く…このバカだけは…」
頭を押さえてセンゴクは口から煎餅の欠片を撒き散らしているガープに心底から呆れ果てる。
現在いる海軍将校の中で何かと理由をつけて座学をサボり続けたにも関わらず、中将という地位にいるのはこのガープだけである。
「はぁ…バカは置いといて……ゴジ、これを見ろ。」
センゴクは机に綺麗に折り畳んで置いてあった背中に正義の二文字が刻印されたゴジの身長に合わして作られた特注の海軍コートを「正義」の二文字が彼に見えるように両肩を持って広げる。
「ゴジ…話を聞いているかもしれんが、お前は“若月狩り”を拿捕した功績だけでなく、”牛鬼”エドワード・ウィーブルを拿捕した功績も鑑みて、即日大尉への昇進が決定している。これはお前に支給するコートだが、将校入りの証である『正義』のコートを着る我々海軍将校にはそれぞれ己が掲げる正義がある。ゴジ、お前はどんな正義を掲げる?」
「大尉?まさか将校入りは間違いないと思ったけど、いきなり大尉とはね。これは流石に驚いたよ。」
「あぁ。異例中の異例だが、若いという事を除けばゴジの実力的にはそれ以上であることは間違いない。」
二種の覇気を使いこなし六・六式を身に付けたゴジの実力を知るつるもセンゴクの説明に納得する。
「まぁ……それはそうだね。」
通常、実力主義の海軍において低階級の海兵がその階級に見合わない大物海賊を拿捕した際の功績で二階級特進は珍しくない。
ゴジの場合は表には出ないものの”牛鬼”拿捕の功績により、何もしなくとも来年には少尉への昇進が確定していたのだが、そこに”若月狩り”拿捕の二階級特進が合わさり大尉への昇進が決定したのだ。
「もぐもぐ…ごくん。う〜ん…いきなり言われてもな…」
ゴジは口に頬張った煎餅を飲み込んでから、両腕を組んで考える。
「ゴジ、難しいことを考えなくていいよ。あんたはどんな海兵になりたいんだい?それがあんたの掲げる正義だよ。」
ゴジはどんな正義と言われてもピンと来ないが、どんな海兵になりたいかという質問には強くは自信を持って答えられる。
「俺は最強の海兵になる。」
悪から恐れられ、民から慕われる最強の海兵になるというこの夢を成し遂げるのは確定しているなので、自ずと自分の目指すモノが見えてくる。
「正義……せいぎね……。そうか……俺は━━━を目指すよ!二ヒヒヒっ。」
ゴジは口に出してみると、最強の海兵にはこの言葉がピッタリだと思って満面の笑みを浮かべた。
後書き
ゴジの目指す正義とは……?。
第四十話
ゴジの言葉に時が止まったような一瞬の静寂が訪れることになる。
「正義……せいぎね……。そうか……俺は”正義のヒーロー”を目指すよ!二ヒヒヒっ。」
「「「なっ……!?」」」
特にガープとセンゴク、つるの3名は揃って40数年前の海軍入隊の日に行った自己紹介を思い出していた。
ガープの大きな笑い声によってその静寂は払われ時が動き出す。
「ぶわっはっは!そうか……そうか!”正義のヒーロー”ときたか!ぶわっはっはっは!」
「へへっ!カッコいいだろ?」
「ゴジよ!ならばお前の掲げる正義はさしずめ”体現する正義”といったところかの?ニッ!」
ガープが昔を思い出しながら、笑顔でゴジの進むべき正義を示す。
「なっ!?ガープそれは!?」
「ふふっ……そうだね。あんたにピッタリだね。」
”体現する正義”、ガープから放たれたその一言を聞いたセンゴクは慌て、つるはさも楽しそう笑っていた。
「ガープさん、それいいな。俺は海軍の正義を体現する海兵になるよ!ニッ!」
絶対的正義の体現者こそ自分の目指す最強の海兵。まさに”正義のヒーロー”だとゴジは握り拳を掲げて宣言するが、そんな子供じみた夢に納得出来ない者もいた。
「やっぱり所詮ただのガキじゃのぉ?」
「ぼくは正義のヒーローになるんだって〜?ここは学校のクラス発表じゃないのよぉ〜。」
サカズキとボルサリーノはゴジに向けて強烈な殺気をぶつけながら、彼の夢を真っ向から否定する。
ゴジは二人からの殺気に怯まずに無言で睨み返すと、サカズキとボルサリーノはさらに続ける。
「この海にどれだけの海賊がいると思っとる?今この時も新しい海賊が名乗りをあげとるかもしれん。正義のヒーロー?そんな数多の海賊を全て捕らえる気か?そんなもん無理に決まっとろうが!?だから貴様はガキじゃというんじゃ。どうやら…ロクな育て方をされてんかったようじゃのぉ…」
「うんうん。サカズキの言う通りさぁ〜。パパが付き合ってくれないならさぁ。おじさんがヒーローごっこに付き合ってあげるよぉ〜。」
興が乗ってきた二人をゴジの様子にいち早く気づいたつるが止めに入る。
「サカズキ、ボルサリーノ!言い過ぎだよ。もうお止め!!」
ゴジはサカズキやボルサリーノの殺気に萎縮するように肩を震わせながら静かに俯いている。
否、萎縮しているわけではなく、彼は己を律してただ耐えているだけだ。
海軍における上下関係はしっかりとセンゴクに叩き込まれている為、大将二人の言葉に黙って耐えているのだ。
「おつるさんやセンゴクさんのお気に入りでも言わせてもらう…こんなガキ臭い夢を持つ将校等認められん。」
「うんうん…親、兄弟の顔が見てみたいねぇ〜」
二大将の追い打ちをかけるような言葉にもゴジは身体を震わせて両拳を固く握り、歯を食いしばって耐え続けている。
──黙れ…俺のことは何を言ってもいいから……大好きな皆を冒涜するのは止めてくれ。
ゴジは家族やこれまで自分を育ててくれた全ての人の顔を思い浮かべながら、そんな自分が愛する人達の優しさをこれ以上否定するのは止めてくれと願うように呟く。
「黙れ…。」
ゴジはとうとう我慢出来ずに心の声が漏れ出し、今まで出会って来た人達の顔を思い浮かべる。
──自分達を助ける為に劇薬を飲んだ母さん
──優しく自分を支えてくれた姉さん
──母を助ける為に苦手な注射に挑んだいつも優しいサンジ兄さん
──自分の背中を押して笑顔でここに送り出してくれたイチジ兄さん、ニジ兄さん、ヨンジ兄さん
──誰よりも国を愛し、自分にレイドスーツを持たせて、成長を促してくれた父さん
──自分を歓迎していつも可愛がってくれるジェガートの仲間達
──自分の成長を促し見守ってくれるガープやセンゴクを初めとする海軍本部の将校達
──海軍に来て以来、祖母のように接してくれる自分を部隊に招いてくれた優しいつる
──そして何よりも自分の新たな夢を与え、その夢を叶える為に全力で支えてくれるゼファー。
ゴジの囁くような声がしっかり聞こえていたサカズキとボルサリーノは先程よりも強い殺気でゴジを睨む。
「なんじゃと…?大将であるわしらに今なんと言うたんじゃ…このガキャあああ!」
「これは少し教育が必要じゃないかねぇ〜」
「ギチギチ…」
ゴジは尚も歯ぎしりの音が聞こえるくらいに歯を食いしばって俯いたまま、両拳を固く握り、声を押し殺しながら両目から大粒の涙を流してそれがポタポタと床に垂れている。
「「なっ…!?」」
自分達の言葉で子供が肩を震わせて、声を殺して泣いている姿にサカズキやボルサリーノも流石に言いすぎたと反省し、二人で顔を見合わせてからバツの悪そうな顔をする。
「サカズキ、ボルサリーノ……いくら試験といえど言いすぎだよ。ゴジは強くとも見た目通り中身は子供なんだよ。」
子供の夢を正論を並べて否定するのはさすがに大人気ない事に気付き、いつも穏やかなつるの怒気を帯びた言葉でさらに周りを見るとセンゴクやガープでさえも自分達を睨んでいる事に気づき慌ててゴジに頭を下げる。
「そうじゃのぉ…すこし言い過ぎた…」
「ごめんよぉ〜…」
ゴジには二人の謝罪の声は聞こえていない。
ただ二人の声に反応して、この二人はまた自分の愛する人達を冒涜しようとしているのだと感じて、二人に対して抑えていた怒りが爆発する。
「黙れって言ってんだろうがあああああ!!この…クソ犬、クソ猿があああああああ!!!!」
「「「「「…!?」」」」」
俯いていたゴジが勢いよく涙を流しながら顔あげてサカズキとボルサリーノを睨み付けると、彼から発せられる膨大なある特殊な覇気にあてられて元帥室にいる全ての者の時が止まる。
「こりゃ…まさか…!?」
「驚いたね…こりゃあ…!?」
「王の器だと…!?」
ゴジから発せられる覇気に絶句して固まる面々の中、いち早く復活したつるは慌ててゴジの正面から抱き締める。
「ゴジ!アンタの想いはよく分かった!!もういい…もういいんだ。これはね…試験なんだよ。よく考えてみな……分からないアンタじゃないだろう?」
「試験?」
つるがゴジを抱き締めながら優しく説得して落ち着かせると、ゴジはつるの胸の中から顔をあげてハッとした顔になり、覇気が霧散した。
「おつるちゃんの言う通りだ。我々海軍将校は言わば海軍の顔である。それゆえ生半可な気持ちで正義を掲げることは許されず、仮に自分のよりも圧倒的な敵と対峙しようとも己の正義に殉じて死ぬ覚悟がある者だけが将校となりえるのだ。これは本人の前であえてその正義を否定する事でその反応を見る面接試験。海軍将校となる際に誰もが通ってきた試練だ。」
「ゴジをよく知るワシらでは緊張感にかけるからのぉ、ゴジと面識のないサカズキとボルサリーノを呼んだんじゃ。」
ゴジがセンゴクとガープの言葉をボーッとしながら聞きながら、サカズキやボルサリーノを見ると二人とも先程とは打って変わった顔つきで、サカズキは厳つい顔のまま口角をあげて、ボルサリーノは人懐っこい満面の笑みで笑っていた。
「ゴジ、お前の言葉に二言はないのはよぉ分かった。正義を体現してみせい!」
「おじさんも応援するよぉ〜。」
サカズキとボルサリーノはいわばゴジに対して圧迫面接をする面接官であり、元々“徹底した正義”を掲げるサカズキは普段から厳格な海兵だが、ボルサリーノは“どっちつかずの正義”を掲げるいつもひょうひょうとして厳格なイメージには程遠い海兵である。
ゴジと面識のない彼等が厳格な海兵を演じ、新米将校が掲げる正義を否定して、圧倒的な強者である自分達が殺気をぶつけることでゴジが萎縮せずに自分の正義に誇りを持って立ち向かえるかどうかをセンゴクやつる、ガープといった歴戦の英雄達が見守っていたのだ。
◇
和やかにゴジの昇進面接試験が終了しようとしたその時、センゴクがゴジを見据えて重い口を開く。
「ゴジ、私からも一つだけ確認せねばならん。」
「ん?」
「かつてこの海軍にお前と同じ”体現する正義”を掲げた男がいた。誰よりも海軍の掲げる絶対的正義を信じて、お前と同じ正義のヒーローになろうとした男がな。」
センゴクの言葉にゴジはハッとなり、すぐに答えに気付く。
ゴジだけでない。三大将も揃ってその男の名前に検討が付いた。
かつて史上最年少の若さで海軍大将となり、現役を退いてからも教官として若く夢溢れる海兵達が己の正義を体現出来るように厳しくも優しく育て上げ、全ての海軍将校を育てた男。
「まさか……それって……」
「その反応……やはり奴から直接聞いたわけではないのか。そうだゴジ。ガープのバカが言った“体現する正義”はゼファーの掲げていた正義だ。」
ゴジが目を開いてガープを見ると彼はイタズラが成功した子供のように歯を剥き出しに楽しそうに笑いながら、握り拳の親指を立ててサムズアップしていた。
「ニッ!」
ゴジは突如センゴクから放たれた圧倒的な覇気に気づき、身構えながら慌ててセンゴクを振り返る。
「私はあの男の友として聞かねばならん!生半可な気持ちで友の正義、夢を語る事は絶対に許さん!!ゴジ、お前にあの男の正義を……あの男の夢を背負う覚悟が本当にあるのか!?」
ゴジは先程のサカズキやボルサリーノから浴びせられた殺気とは違う、それ以上に少しでも気を抜けば意識を失いそうなその圧倒的な覇気をその身に受けながらもハッキリと告げる。
「それを聞いたらむしろやる気しかないよ。俺は最強の海兵になって正義を体現するヒーローになる。絶対的正義の名のもとに!」
ゴジから発せられた覇気がセンゴクのそれと拮抗し、霧散させた。
「そうか。貴様の決意、確かに見届けた。」
センゴクはゴジに歩み寄り、笑顔を浮かべながら手に持った海軍コートをゴジの肩に掛ける。
この瞬間、海軍本部創立以来の最年少12歳1月での将校が誕生した。
◇
時は40数年前、マリンフォードにある海軍本部基地に数十人の新兵が集められていた。
「これから新兵となったお前達の初めての仕事は自己紹介だ!左から順番に名前と海軍に入った動機を話せ!」
「「「はっ!」」」
訓練教官からの自己紹介という指示に不満を持ちながらも、不満を言葉にせず言われた通り順番に自己紹介していく。
一番最左翼にいた黒髪アフロヘアが特徴の海兵は面倒くさそうに一番初めに自己紹介をする。
「センゴクだ。私は悪に屈しない海兵になる。」
その次に順番が回ってきたのが色黒で体格が良く黒髪短髪で満面の笑みを浮かべた海兵は元気いっぱいに自己紹介をする。
「俺の名前はモンキー・D・ガープ。俺の夢は海軍将校になることだ。」
その右にいるのが今期の新兵唯一の女性海兵。青色の長い髪を一つ結びのポニーテールにしたクールビューティな印象を与える女性海兵は興味無さげに淡々と自己紹介をする。
「つるよ。私は悪党を更生させられるようなそんな海兵になりたいわ。」
全員が順番に自己紹介を終えていく中、最右翼にいた色黒で紫色の短髪を逆立たせた一際体格の良い男が朗らかに微笑みながら最後に自己紹介をする。
「俺はゼファー。全ての悪を捕らえて”正義のヒーロー”になるために海兵になった。よろしく頼む!」
今も昔も変わらぬ青空のもと、平和な世を目指して海軍の門を叩いた将来海軍の中核をなすことになる新兵達はやる気に満ち溢れていた。
後書き
はい。ゴジ君が新しい覇気に目覚めましたね。
ゼファーの掲げていた正義が分からなかったので作者が推察したんで、もし知ってる人いたら教えてください。分かり次第差し替えます。
第四十一話
ゴジは真新しい海軍コートを触ったり広げたりしながら喜びに浸っていると突然思い出したように声を張り上げる。
「えへへ。そだ!俺、爺さんにコート見せてくるよ!」
「あぁ。そのコートを無事に渡した今。ゴジへの要件はもう終わったからな。早く見せてくるといい。」
ゴジは早くゼファーに海軍コートを着た姿を見せる為にセンゴクの了承を貰った直後に皆に手を振りながら元帥室を飛び出した。
「じゃ、またねぇ!」
ゴジの退出を見守った六人はこれから話し合わなくてはならない重要な議題がある事に察しが付いており、誰も席を立とうとはしなかった。
「おつるちゃん、ゴジは行ったか?」
センゴクは海軍本部一の見聞色の覇気の使い手であるつるにゴジの様子を聞いた。
つるの見聞色の覇気をもってすれば海軍本部基地内の全隊員の行動把握は出来る。彼女が“大参謀”と呼ばれるのは当然頭のキレもさることながら、見聞色の覇気により戦場で敵味方の位置を完全に把握して的確な指示を出せることが最大の理由である。
「あぁ。ゴジなら訓練場に一直線で向かってるよ。」
ゴジはサカズキとボルサリーノに自分の正義を否定された時、激情に駆られた際にゴジに発現した武装色の覇気、見聞色の覇気とも違うもう1つの覇気。
「ぶわっはっはっ!まさか覇王色の覇気とは恐れ入ったわい!」
「全くほんとにび〜っくりしたよぉ〜。」
覇王色の覇気とは相手を威圧する力で数百万人に1人しか素質を持たないが、世界で名を上げる大物はおおよそこの資質を備えている。
この覇気を持つ者は“王の資質”を持つとされ、周囲の戦うまでもない程の圧倒的な力量差がある者を威圧感や殺気によって一瞬で意識を刈り取り、気絶させることができるのだが、この場にいたのが並の海兵や将校であればゴジの覇王色の覇気に当てられて気を失っていたはずだ。
「センゴクさん、どうするんじゃ?ゴジに覇王色の覇気のことを伝えるんかいのぉ?」
現在海軍においてこの覇王色の覇気の使い手はたった一人、その男こそ元帥センゴクである。
「あぁ。私が責任を持って覇王色の覇気の扱い方を教えよう。一度覚醒した以上は扱い方を知らん方が危ない。」
サカズキの問いにセンゴクは頷いて自身の経験論に基づいてはっきりと答えると、唯一の覇王色の覇気の使い手であるセンゴクの意見に異を唱えれる者はいない。
覇王色の覇気は扱い方を知らないままであれば、味方をも巻き込んでしまう技である危険性はセンゴクが一番よく知っているのだ。
「でもさぁ〜センゴクさん以外に覇王色の覇気の持ち主が現れた事を喜ぶべきだよねぇ〜」
「ボルサリーノの言う通り、センゴクさん以外に覇王色の覇気の持ち主が海軍に現れたことを祝福するべきじゃのぉ。あれはわしが預かろう。」
「サカズキぃ〜抜け駆けはよくないよぉ〜?」
四皇を始めとする大海賊は覇王色の覇気を持つ者が多く、彼らへの切り札になり得る覇王色の覇気の持つゴジにご執心である。
そして、あわよくば子供であるゴジならば自分の正義に染められると思っているのだ。
「止めときなサカズキ、ボルサリーノ!アンタらのとこじゃ、ゴジは成長しないよ。」
「しかし、おつるさんの部隊は女だけじゃけの、そんな温い場所でゴジを育てるわけには…」
「あ〜、そゆことねぇ〜。子供って得だよねぇ」
つるの言葉にサカズキは諦めきれずに食い下がるが、ボルサリーノはゴジの海軍での生活を思い返して納得し、同じ男としては彼のあり方は少し羨ましくも思う。
「サカズキ、諦めろ。お前はゴジのことをよく知らんのだ。」
「あ〜サカズキ。俺もゴジはおつるさんの所にいる方が伸びると思うよ…」
「ゴジはあの歳でもう頭に“ド”が付く程の助平じゃからな…ぶわっはっはっ!」
ゴジを知るセンゴク、クザン、ガープ達もサカズキの意見を否定し、つるの意見を肯定する。
ボルサリーノもゴジが女風呂に入っていることやステューシーという美女に鍛えられていることは知っているようで、知らないのはそういう方面に全く興味のないサカズキだけであった。
「助平じゃと…?」
「サカズキ、お前はゴジの性格を知らなかったか?」
「ゼファー先生のとこに厄介になってる子だとは聞いちょるが…」
センゴクはサカズキにゴジのことについて確認するが、サカズキはあまり若い海兵達とも交流がなく、ゴジについてはゼファーの秘蔵っ子と呼ばれ、海軍将校顔負けの実力を持つ最年少で海兵となった程度しか知らないため、仕事一筋の厳格な男である彼にとって実力のあるゴジに対して元々好印象を抱いていた。
「あの子はここへ来てからよく女風呂に入ってるのを知らなかったのかい?それにあの子の元々の夢は女性海兵と仕事をすることだよ…。」
つるの言葉にサカズキは絶句するしない。
「なっ…覇王色の覇気の持ち主がただのエロガキじゃと…!?それになんで誰も女湯に入るのを止めんのじゃ?」
「「「はっ……!?」」」
サカズキの正論にセンゴク、つる、ガープはゴジは女湯に入って当然という認識が間違いであることに気付かされた。
「おどれら……あの子に毒されすぎじゃろ……?いや、王の資質がなせる技か……。」
覇王色の覇気を持つ海軍の希望となると思っていたゴジがエロガキだという事実に、サカズキは驚きを通り越して呆れて、さらにそのゴジのペースに巻き込まれているセンゴク達にも呆れていた。
「まぁまぁ……サカズキ。考えても見なさいよ。わずか12歳の子供が武装色の覇気、見聞色の覇気、六式を覚えてたのほあの子自身のの才能と努力の成果に他ならない。その努力が女の子と仕事をしたいだけだとしても結果的に海軍の力になっているからいいじゃない。」
ゴジとも交流があり、客観的に会議を観察していたクザンがサカズキの好きな正論を並べてゴジを擁護する。
「ちっ……!それはそうじゃが……センゴクさん、もしゴジがダメになるようなら、わしが預かりますけぇの!」
「いいだろう。その時は私から指示を出そう。」
サカズキはクザンの言葉通り、海軍へ来てからのゴジの成長を考慮すると、今のままジェガートにいた方がいいかもしれないと思って今回は引き下がった。
「話が纏まったようでよかったね。もうそろそろゼファーがここにくるよ。ゴジに何を聞いたのか……すごく上機嫌だけど怒ってるのようだね。」
つるは見聞色の覇気でこの部屋に向かってくるゼファーの感情すら読み取り報告すると、ゼファーが不機嫌な理由にピンと来たサカズキとボルサリーノは冷や汗を流し始める。
「おい…そういや…ゴジはゼファー先生の所に行きよらんかったか?」
「サカズキ…マズイんじゃないかねぇ〜ゼファー先生がこの部屋での事を知ったら……わっし達は…」
サカズキとボルサリーノは先程、ゼファーの掲げていた”体現する正義”に対して色々中傷したので嫌な予感しかない。突如元帥室の扉が勢いよく開いた。
「サカズキいいぃぃ!ボルサリーノおおぉぉ!お前達には聞きたいことがある。さぁ…訓練所に行こうか?」
「「ゼ…ゼファー…先生」」
サカズキとボルサリーノは自分を睨むゼファーを見て嫌な予感は的中したことを悟った。ゼファーは元帥室での面接試験の内容をゴジに聞いて、速攻で元帥室に乗り込んで来たのだ。
右腕を失って年老いたはずのゼファーから放たれる覇気をサカズキとボルサリーノはたじろぐ。
「いや〜、ちょ…ちょっと……ゼファー先生も当然、新米将校への面接は知ってるでしょお〜?」
「そう…現にわしらの時は、当時中将じゃったセンゴクさんがしちょったはずじゃ…」
ゼファーとて海軍将校への昇進する為の面接試験は当然知っているし、自分も経験があるが、それとこれとは話が別である。
「ガハハハ!そんな昔のことは忘れたな。なんせ俺はガキのような夢を抱いて海兵となった男だからな。いいからさっさと来い!」
ゼファーはサカズキ達がゴジに言った事を逆手に取る。
『僕は正義のヒーローになるだってぇ〜?ここは学校の発表会じゃないのよぉ〜。』
『こんなガキ臭い夢を持つ将校等認められん。』
サカズキとボルサリーノは自分達の言動を思い返してゴジは本当に全てをゼファーに話したのだと知り、諦めて肩を落とす。
ゼファーは諦めたサカズキの首根っこを左手で掴んでから、自分の右手が無いことを思い出してガープの姿を見つけて、口角を上げてニヤッと笑う。
「おいガープ。このおしゃべり野郎が……ゴジに色々話やがったな。この馬鹿共を鍛え直すが、見ての通り手が足らん。罰としてお前も手伝え!」
ゼファーは自分の掲げていた”体現する正義”をゴジが掲げると聞いて正直嬉しかったが、自分のいない所で自分の事をベラベラと話されるのは気分の良いものでない。
「ぶわっはっはっ!ゼファー、そろそろ来ると思っとったわい。いいじゃろう。」
「ちょ…ガープさんまでぇ〜ぐべぇ…」
ガープは言われた通り立ち上がってボルサリーノの首根っこを掴む。
ガープはサカズキやボルサリーノに対して思うことは一つもないが、ゼファーが手伝い一つでゴジに色々と話した事を水に流すと言われたのでそれに乗らない手はない。
何よりもゴジが海軍本部へ来てからというもの、今のように生き生きと仕事をしている同期生に戻ったことが嬉しかった。
「おい、ガープ、ゼファー!あまり派手にやりすぎるなよ。」
「あらら…サカズキもボルサリーノも可哀想に…くくくっ…」
腕っ節自慢のガープとゼファーは若い時には無茶なことをやる度にセンゴクやつるに叱られていたり、諭されたりしたものだ。
クザンはそんな海軍の生きる伝説二人にこれからしごかれるサカズキとボルサリーノを見て笑いを堪えきれないようなだ。
「センゴク、コイツらは今日は一日中訓練の予定だからな…コイツらの書類は全てクザンに回しとけ!」
ゼファーはサカズキとボルサリーノの姿を見て笑っているクザンを見て、死刑宣告を降した。
クザンはよく書類仕事をサボる度にセンゴクに訓練場に連れてこられて身体を動かさせれてるので、どちらかと言えば書類仕事を増やす方が彼にとっては堪えることを知っているのだ。
「へっ…?いやなんで俺が二人の仕事までしなくちゃいけないのよ!!みんなも言ってあげてよ!」
クザンは仕事を増やされては堪らないと慌てて味方を探そうとする。
「ぶわっはっはっ!ゼファー、そりゃ名案じゃ!!これで仕事も滞ることあるまい!」
「ガープさん!?」
ガープがゼファーの案に便乗したことで、形勢の悪くなったクザンはセンゴクに助けを求めるような目を向けるが、センゴクは苦笑しながらも、実際二大将が抜ければ決済書類が溜まるのでゼファーの提案を承諾する。
「ふっ…そうだな。クザン任せたぞ!サカズキとボルサリーノは書類の決済は気にせずに久々に訓練生に戻ったつもりで体を動かしてくるといい。」
「「「なっ…!?」」」
最後の頼みの綱、センゴク元帥の鶴の一声で三大将は絶望の顔を浮べる中、ゼファーとガープは高笑いする。
「ガハハハ!」
「ぶわっはっはっ!」
センゴク元帥からの許可が降りたゼファーとガープがそれぞれサカズキとボルサリーノの首根っこ掴んでひこずりながら、元帥室を後にした。
「おつるちゃんはもう一度ゴジをここへ連れて来てくれ。覇王色の覇気のことを伝えねばならん。クザン、貴様はさっさと戻らんと夜になっても仕事が終わらんぞ?」
「くそぉぉ…これならゼファー先生との訓練の方がマシだよぉ…」
「ふふっ…クザン頑張りなよ。私はすぐにゴジを連れて来るよ。」
クザンはこれから普段の三倍の書類仕事があると知り、半泣きで元帥室から飛び出して自分の部屋に戻る。それを苦笑しながら見送ったつるは元帥室から出てゴジを探しに行く。
それを見送ったセンゴクは海軍の未来を担う男の将来に思いを馳せて窓の外に広がる大海原を見つめながら、ゴジにあげるためのおかきが残っていたかを考えていた。
◇
翌日の新聞の見出しにはゴジの顔写真付きの見出しが一面を飾った。
『海軍に麒麟児現る!!若干12歳の少年、新兵ゴジが“若月狩り”カタリーナ・デボンを討ち取る。若月狩りを単独拿捕したゴジ三等兵はこの功績により一躍大尉へ昇進。』
この報道は世界に衝撃を与える。
特に世界中の女性が恐れる“若月狩り”が拿捕されたことでゴジは一躍世界中の女性のヒーローとなった。
こうして最年少海軍将校となった“麒麟児”ゴジの名は世界中に広まる事になり、広告塔として月刊「海軍」でも毎月のように掲載されると、翌年から女性海兵の入隊が大幅に増えると同時に12歳でも才能と実力さえあれば将校になれるという事実に野心を持つ男性海兵の入隊も増えた。
「くそ!?ゴジ君の二つ名を考えている間に“麒麟児”という二つ名が広まってしまった……この私としたことが……。」
世界経済新聞を見ながらワナワナと震えているのは全ての海兵の名付け親とされるナヅ・ケタガーリ中将である。
ゴジに相応しい二つ名を夜な夜な考えていた彼にとって新聞の見出しにより、ゴジに“麒麟児”と呼ばれるようになったがショックで仕方ない。
「ゴジ君が成人したら彼にぴったりな二つ名は必ず私が名付ける。ゴジ君、期待しててくれよ。」
この世界では17歳で成人とみなされる。ケタガーリ中将は成人した海兵の二つ名が“麒麟児”ではいけないとゴジが17歳になったら、新しい異名は自分が付けると一人決意を固めていた。
”麒麟児“ゴジはその名に恥じない活躍により、更なる実績を重ね、海軍将校の最年少記録を次々に更新して世界中にその名を轟かせていくことなる。
この物語はそんな彼が海軍最高位である海軍大将になるまでの軌跡である。
─────────────────────
ここまでのご愛読いつもありがとうございます。原作開始を起点としたここまでの簡単な時系列を載せておきます。
原作開始11年前
ゴジ、ソラを治療する。
月刊「海軍」の女海兵特集にヒナが初登場
原作開始10年前
イスカ入隊 訓練生となる。
原作開始9年前
アイン入隊 訓練生となる。
レイドスーツが完成
ゴジがゼファーに預けられる。見習いとなる。
訓練船が“牛鬼”の襲撃を受ける。
イスカ訓練生卒業。第07部隊ジェガート入隊
原作開始8年前
カリファ入隊 訓練生となる。
アイン 訓練生卒業。第07部隊ジェガート入隊。
ステューシー 海軍本部少佐となり、ゴジの六式指導員となる。
イスカ 軍曹に昇進。
原作開始7年前 (今ここ)
ゴジ 見習い卒業。第07部隊ジェガート入隊、大尉に昇進。
カリファ 訓練生卒業。第07部隊ジェガート入隊。
ステューシー 第二部隊隊長となる。
アイン 軍曹に昇進。
後書き
少年期終わりです。
明日から青年期に突入します。期待してくれる方はお気に入り登録お願いします<(_ _)>
第四十二話
ここは偉大なる航路を航海をしている一隻の海軍船の船長室である。
歳の頃は成人に差し掛かるかどうか、黒髪短髪を逆立たせ、整った顔立ちにクルクル眉毛が特徴であるこの若き海軍本部将校が船長の椅子に腰掛けて頬杖を付き居眠りをしながら、子供時代の懐かしい思い出を夢に見ている。
「隊長…。隊長ぉっ!准将、起きてください。」
「すぅ……すぅ……。」
一人の若い女性海兵が優しく声を掛けて覚醒を促すも規則正しい寝息を立てて、まるで覚醒する気配はない。
その女性海兵はあどけない顔で寝ているジェガート第二部隊隊長である彼の顔を覗き見る。
───私ではどんなに頑張っても無防備この子に傷一つ付けれないのよね。
完全に無防備で寝入っている彼だが、侮ることなかれ生まれつき外骨格と呼ばれる鉄のような硬度を誇る皮膚を持つ為、このまま大砲を打ち込まれても傷一つ付けられないのだ。
「ゴジ准将、いつまで寝てるの!さっさと起きなさい!」
そんな彼の耳元に口を近付けて大声で、覚醒を促さそうとする伝令である彼女の声で彼はようやく目を開けて意識を取り戻した。
「ん〜ん?……あぁ…寝てた。カリファか…おはよう。」
ゴジは若干12歳の若さで海兵になって以来、功績を重ね続けてわずか4年で准将に上り詰め、ステューシーに変わって今や第二部隊の隊長となっていた。
ステューシーは大佐に昇進して第二部隊の副隊長に、そして、カリファも大尉まで昇進して隊長伝令となっていた。
「おはようではありません。もう昼になります、それに既にアラバスタ王国の領海に入っています。しっかりして下さい!」
カリファは矢継ぎ早に捲し立て後、名前を呼ばれてことを思い出した彼女は眼鏡をクイッとあげながらビシッと言い放つ。
「それと…准将、セクハラです!」
ゴジは先程まで自分とカリファがジェガートへ入隊したばかりの頃の夢を見ていたので会った時と全く変わらず、いや…さらに美しくなったカリファを見て苦笑する。
「相変わらず手厳しいなぁ…名前を呼んだだけだろ…?ふわぁ〜あ……」
「お疲れのようですね。また徹夜ですか?」
カリファはここ最近まともに休んでない様子のゴジを心配する。
「あぁ……中々考えが纏まらなくてな。」
「例のバロックワークスですか?」
ゴジはアラバスタ王国に観光で来ているわけではなく、闇の組織バロックワークスの捜査に来ており、今後の捜査方針について頭を悩ませていた。
「あぁ。バロックワークスはダンスパウダーを使って何をしようとしているんだとな。」
ゴジは先月ダンスパウダーの製造工場を摘発した時、多くのダンスパウダーがこの国へ流れていることを知り、さらにその製造工場はバロックワークスという組織が営んでいることが分かったが、ステューシーに確認するもCP-0すら把握していない闇の組織であることも分かった。
「アラバスタ王国のレインベースと呼ばれる都市には王下七武海“砂漠の王”サー・クロコダイルが滞在しておりますね。」
「それが特に頭を悩ませてる問題なんだよ。」
「どういうことでしょう?」
「“雨を呼ぶ粉”ダンスパウダー、人工的に雨を降らす悪魔の粉。この粉がアラバスタ王国へ流れ始めたのが王下七武海”砂漠の王“サー・クロコダイルがアラバスタ王国へ来た直後からだ。」
「っ……!」
カリファの息を飲む声に気にすることなく、ゴジはさらにつづける。
「それにクロコダイルがこの国に来て以来、王都アルヴァーナとクロコダイルが滞在しているレインベース以外は降水量が激減し、逆にこの二都市だけは毎年、例年以上の雨が降っている。」
ダンスパウダーは霧状の煙を発生させて、空に立ち上らせることで空にある氷点下の雲の氷粒の成長を促し、雨を降らせる。
「准将……それはまさか……!?」
「あぁ。ダンスパウダーを使って王都とレインベースに雨を降らせている可能性が高い。そして俺はこの一件にアラバスタ王家とクロコダイルが関わってるとみている。」
ダンスパウダーを使用すると風下にある場所は雨が降らなくなるため、別名“雨を奪う粉”と呼ばれており、世界政府ではダンスパウダーの製造及び所持を禁止しているのだ。
「ゴジ君……だから貴方は自分が来ることを大々的にアラバスタ王国に向けて公表し、王家とのアポを取るように私に指示したのですか?」
カリファは驚き過ぎて仕事中であるにも関わらず、ゴジを准将ではなく、君付で呼ぶほどに取り乱している。
ゴジは直接会って真偽を確かめる為にカリファを通じてアラバスタ王家に面会の約束を取っていた。
「そうだよ。先に言うと危険だってカリファは絶対止めるだろうからな。黙ってて悪かったな。」
「ごくっ……それを今ここで話すということは、もう止めても聞く気はないのですね?」
「そうだ。あとクロコダイルにも視察だと言って面会の予約も取ってくれ。」
海軍将校が王下七武海への牽制と労いを兼ねて面会を求めることはよくあることである。
「わかり……ました。」
カリファは口角を上げる不敵な笑みを浮かべて自分を見上げるゴジを見て息を飲み、冷や汗を流す。
───たったこれだけの情報からそこまで読み取みとる洞察力と自ら敵地に飛び込む胆力……。これが“麒麟児”!!
カリファが呆気に取られている中、眠気を覚ます為に立ち上がったゴジはカリファを見て、子供の時と比べて自分の身長が随分と伸びたなと改めて気付く。
「くくっ…」
「ん?どうしたんですか?いきなり笑ってまだ何か?本当に気持ち悪いですよ?」
ゴジは不機嫌さを隠さずに自分に詰め寄るカリファを窘める。
「いつにも増して辛辣だな。さっき居眠りしてる間に俺達が海軍へ入隊したばかりの頃の夢を見てたから、あの時に比べてデカくなったけどさ。カリファの方がまだ少し背が高いなと思っただけだよ。」
ゴジの身長は成長期も相まって毎年伸びているが、夢の中では見上げていたカリファも目線を少し上げるだけで済む事に自分の成長を実感していた。
ちなみにゴジは16歳になって身長も伸びて175cmあるが、身長185cmのカリファにも、身長179cmのステューシーにも未だに及ばない。
「セクハラです!」
「あぁ!そうだな……女性に向けて背が高いって言うのは確かにセクハラかもな!わはははっ!」
女性に対して身長が高いと言ってしまったのだから、これはセクハラと呼ばれても仕方ないとゴジは笑っているが、カリファはそんなゴジを見て類希な洞察力を持ちながら、年相応に女性よりも身長が低いことを気にする苦笑しながらもここへ来た要件を思い出して居住まいを正す。
「准将、新しい海軍コートです。」
「あ〜また身長伸びたからな。流石カリファだ。いつもありがとう。」
「いえ、秘書として当然です。」
カリファはゴジからのお礼に顔を少し赤らめながらも、眼鏡をクイッとあげてクールに言い放つ。
カリファの服装はゴジが子供の頃に「秘書にしてやる」と言ったことを意識してか、一目で秘書と分かるような黒いタイトなスーツに黒いミニスカートと黒い網タイツに黒のピンヒールという出で立ちに高級なレディースコート風に改造された白い海軍コートに袖を通して羽織っている。
「支給品のスーツも一回り大きいサイズを手配しておきました。」
「助かるよ。このスーツもちょうどキツくなってきたところだったんだ。」
将校の証である海軍コートは白色で背中の「正義」の二文字は見えるならば、ある程度の改造は許可されているが、成長期のゴジは身長が伸びる度、毎年のように新しく支給してもらっているので、黒いシャツに支給品の将校が着る白いスーツ上下の上にスタンダードな海軍コートに袖を通さず羽織るという在りきりな格好をしている。
理由は定かではないが、この海軍コートは袖を通して着るよりも袖を通さず肩に羽織る方が海軍ではスタンダードで、ステューシーやヒナも同様に袖を通さず肩に羽織っている。
「ふふっ…准将、ではこのまま王都アルヴァーナに向かいますのでそろそろ準備して下さい。あっ……上陸前にレイジュ様に連絡されますか?」
ようやく自分のペースを取り戻す事の出来たカリファは機嫌を直していつものクールな出来る女に戻って、伝令としての仕事をこなしていく。
「そうだな。連絡しとこうかな?」
カリファはゴジが言い終わる前に一匹の電伝虫を差し出す。
「准将…レイジュ様の電伝虫です。」
ゴジは一般公表こそしてないが、ジェガートの仲間達には自分がジェルマ王国の王子であることは伝えてある。
「ありがとう。あと、婆さんにも…」
カリファはゴジが答える前にゴジの言いたい事ことを察して答える。
「おつるさんには間もなくアラバスタ王国へ到着することは連絡しております。准将はお休みだったので、先に連絡しておきました。」
「流石カリファだ。では、上陸前に作戦を伝えるからステューシーとヒナと彼女の将校三人を呼んできてくれるかい?」
ジェガート第二部隊には5人の将校がいる。
ゴジ、カリファ、ステューシー、ヒナ。そしてあと一人は入隊して僅か2年で少尉となった海兵がいるのだ。
「はい。分かりました。」
そう言って頭を下げてからカリファはゴジに指示された三人を呼びに行く為、退出した。
「闇の組織バロックワークスか。クロコダイルはどう考えても無関係とは思えない。貴様はアラバスタ王国を巻き込んで一体何をしようとしているんだ?」
ゴジはこの一件にクロコダイルが関わって何か大きな事をしでかそうとしている気がしてこの国の行く末を憂い、必ずこの一件を解決させる決意を固めた。
後書き
あまり上手ではないですが、イラストでゴジ君青年バージョン公開中です。
扉絵を差し替え予定です。
第四十三話
ゴジはカリファが船長室から退出するのを見送った後で電伝虫の受話器を持って姉レイジュへ連絡を入れる。
「もしもし、姉さん?」
「あらゴジ、どうしたの?」
「いや…コノミ諸島にいる魚人海賊団のことなんだけど話は聞いてるよね?」
ゴジは東の海にあるコノミ諸島が“ノコギリ”のアーロン率いる魚人海賊団に占拠されているという情報をジェルマ王国に送っていた。
アーロンは王下七武海の一角“海侠”のジンベエの弟分でノコギリザメの魚人であり、ジンベエが王下七武海に入る条件として当時海底大監獄に投獄されていたアーロンの釈放を求め、釈放されたアーロンは魚人島から自分に従う仲間の魚人を引き連れて東の海に渡り、コノミ諸島を占拠しているのだ。
「ええ。確か船長は”ノコギリ”のアーロンだったわよね?今向かってる最中よ。」
「そうそう。魚人には気を付けてよ。」
魚人族は魚、甲殻類、軟体動物など水中生物の特性を主に上半身に受け継ぐ種族であり、逆に下半身にそれを受け継いた種族を人魚族と呼び、魚人族・人魚族共に人間から進化したれっきとした哺乳類である。
この二種族は共に生まれながらにして人間の10倍の筋力を有し、水中では鰓呼吸を行い、深海1万mの水圧にも耐えられる体を持ち、気性の穏やかな人魚族とは違い、気性の荒い魚人族の中には人間や他の動物を軽視する傾向がある。
「何よぉ……私だって強いのは知ってるでしょう?余裕に決まってるじゃない。それに東の海は私の海だもの。お姉ちゃんに任せなさい。」
ジェルマ王国はこの4年間の間にゴジやセンゴクから得た情報を元に多くの国や島を海賊の支配から救って国土や同盟国を広げてきた。
類まれな軍事力と世界各地に国土を持ち、一人一人が王下七武海に並ぶ実力を持つともと評価されているジェルマ66を擁するジェルマ王国は世界政府の支援もあって海軍本部、王下七武海、四皇に並ぶ“第四勢力”として認知されている。
「あ〜確か西の海にはヨンジ兄さん、南の海にはニジ兄さんがいるんだよね?」
ジェルマ王国はロジア島程大きな国はないが、四つの海に一つから二つ以上の島を領土としている為、敵からの侵略や海軍からの討伐要請にすぐに対応出来るように北の海のロジア島をジェルマ王国の本拠地として両親と長兄のイチジがいる。
「ええ。ジェルマにはイチジと父さんもいるから大丈夫よ。」
そして、南の海にあるペカン島の小さな町にはニジ、西の海にピート島の港町にはヨンジ、東の海にあるヒノキ島の港町にはレイジュがおり、それぞれの町に一個小隊と軍艦一隻を配備しており、分担して各海を守護しているのだ。
よって今回の東の海での魚人海賊団討伐は必然的にレイジュが担当となっている。
「うん。まぁ姉さんなら余裕だよね。俺が言ってるのは兵達のことだよ。絶対に島には船で近づいちゃダメだよ。」
ゴジはレイジュの持つ毒の能力が自分の持つ能力の中で一番厄介なことは切り札として活用する自分がよく知っており、レイドスーツの性能も製作者である自分が一番知っているので、いくら生まれながらに強靭な肉体と運動能力を持って生まれた魚人が相手でも、同様に生まれながらに強靭な肉体と運動能力を持っているレイジュの勝利を一切疑ってない。
むしろ能力を使わずともレイジュが勝つと思っているほどであるが、彼女が率いるジェルマ王国の兵士達が怪我をしないように心配していたのだ。
「あぁ。そう言うことね…ゴジに教えてもらったから、ちゃんと分かってるわよ。海底から船に穴を空けられちゃうのよね?」
レイジュは少し拗ねたように海軍から送られた報告書を手に取りながら話す。
彼女の持つ報告書は過去に魚人海賊団を捕らえに向かった海軍の艦隊が島へ近づく前に海中から船体に穴を開けられて全て沈められたが鮮明に書かれたものであった。
「そうそう。だから必然的にレイドスーツを着た姉さんが一人で島に乗り込む事になるよ。頑張ってね。」
「ゴジもこれから仕事でしょう?頑張りなさいよ!」
レイジュは自分を信じてくれるのは嬉しいが、弟に心配されないのはそれはそれでつまらないという複雑な気持ちになったが、それを弟に悟られるのは癪なので平然を装う。
「うん。じゃ、ジェルマ66の紅一点ポイズンピンクの健闘を祈るよ!」
「ええ。海軍のエース様の活躍も期待してるわよ。」
ゴジとレイジュは互いに揶揄うように互いの健闘を誓い合った後、通話を終えて椅子から立ち上がって窓の外から見ると、既にサンドラ河と呼ばれるアラバスタ王国の中央を南北に流れる雄大な川に差し掛かっていた。
「さて、行くか。」
アラバスタ王国を見ながら真新しい海軍コートを羽織り、上陸準備の為に甲板に向けて歩き始めた。
◇
一方のアラバスタ王国レイベースにあるレインディナーズと呼ばれるの同国最大のカジノのオーナー室に二人の男女がいる。
艶やかな黒髪の上に紺色のテンガロンハットを被り、大きな胸の谷間を大胆に露出した紺色のボンテージのような服とミニスカートを履いた彫りの深い顔立ちをした褐色の美女が黒い高級な机にある高級そうな黒革の椅子に腰掛けた中年の男にある報告している。
「Mr.0。どうやら“麒麟児”ゴジ准将はアラバスタ王国国王ネフェルタリ・コブラに面会を求めているそうよ。」
Mr.0と呼ばれたその男は身長2メートルを超える程の大柄な筋肉質な体型で左腕の肘から先に金色のフックを付けたオールバックの黒髪にワニのように鋭い目付きに顔の中央に横一線に斬られたような斬り傷を持った顔に黒いコートを着て、報告を受けて不機嫌そうに葉巻を吹かしていた。
「ちっ…!?うちのダンスパウダーの工場を潰した噂の“麒麟児”。この国まで嗅ぎつけてきたか…ミス・オールサンデー、Mr.1ペアとMr.2を念の為に待機させておけ。」
この男こそゴジの追い求める闇の組織バロックワークスのトップMr.0。そして共にいるミス・オールサンデーと呼ばれた美女は副社長であり、バロックワークスの全ての司令は彼女を通じて行われている。
「Mr.1、ミス・ダブルフィンガーそしてMr.2ボン・クレーの3人にはスパイダーズカフェで待機を命じておくわね。」
アラバスタ王国の街の一つ”緑の街”エルマルの西方に位置するスパイダーズカフェはバロックワークスの幹部たちへの任務の受け渡し場所である。
バロックワークスの幹部は数字を与えられた男性と曜日や祝日の名を与えられた女性との二人ペアであり、男性の数字が若いほど実力や実績が高い事の証であり、ゴジを警戒してMr.0である自分に次ぐ実力者である最高幹部三人を招集したのだ。
「あと、その“麒麟児”さんだけど、貴方にも面会を求めてるわ。Mr.0…いえ勿論、彼が面会を求めているのは表の顔である貴方よ。王下七武海”砂の王”サー・クロコダイル。」
ゴジの読み通りバロックワークスの社長Mr.0の正体は王下七武海”砂の王”サー・クロコダイルであり、このレインディナーズのオーナーとしてもこの国では認知されている。
クロコダイルは王下七武海として最古参であり、現行の王下七武海の中でも一番海賊を捕らえ、海軍からの信頼が一番厚い王下七武海という地位を得ており、この数年視察は来ていない。
そのためクロコダイルはゴジがただの視察に来るとは考えられなかった。
「ちっ……麒麟のガキはこの俺を疑ってやがるのか。なら会わねぇと逆に不審がられるな……ミス・オールサンデーいや“悪魔の子”ニコ・ロビン。ここへ直接来るなら会ってやると伝えておけ。」
幹部に限らずバロックワークスの社員は全てコードネームで呼ばれており、互いの名前すら知らされていないので、たとえ社員が何人捕まろうともバロックワークスの秘密は一切漏れないようになっている。
しかし、バロックワークス創立者であるこの二人だけはパートナーとして互いの正体からバロックワークス幹部の全ての名前を知っている。
「ええ。分かったわ。」
バロックワークス副社長ミス・オールサンデーの正体はとある理由から僅か8歳で懸賞金7900万ベリーの賞金首となり、現在25歳となるまで世界政府の網を掻い潜って生き延びてきた“悪魔の子”ニコ・ロビンである。
ロビンはクロコダイルから指示された任務を遂行すべく部屋から出て行った。
「ちっ…!?この俺の障害となるか“麒麟児”。」
クロコダイルはパートナーといえどニコ・ロビンすら一切信用していない為、弱みを見せぬよう平静を装っていたが一人になると怒りを抑えられない。
「ユートピア計画だけは何がなんでも邪魔させるわけにはいかねぇ!」
しかし、秘密裏に進めてきた彼の夢”ユートピア計画”が海軍に目をつけられた事に焦りや苛立ちを隠す事が出来ず、誰も居なくなった部屋で葉巻の火を灰皿に押し付けながらイラついた声で呟いた。
第四十四話
前書き
会話パートが続くなぁ……。
ゴジが家族との会話を終えて上陸準備を進めていると、扉をコンコンとノックされる。
ゴジはカリファが頼んでいた三人の将校達を連れてきたのだと思い、入室を促す。
「どうぞ。」
「失礼します。」
予想通りにカリファが入ってくると、何故か彼女が連れてきたのは頼んでいた三人ではなく、ジェガート入隊1年目の一人の新兵だった。
「ん?ミキータどうした?」
ミキータは金色の長く美しい髪を持ち前髪を中央で分けてヘアピンで留めており、両耳にレモンのイヤリングを付けた可愛らしい17歳の海兵で、線も細くて一見して戦いに向かない女の子という雰囲気であるが、こう見えても超人系悪魔の実 キロキロの実を食べた能力者であり、今期の新兵随一の実力を持つ将来有望な海兵である。
キロキロの実とは自分の体重を1㎏から10000㎏まで変化させることができるようになる能力である。
ミキータはデボン討伐のニュースを知った日から同年代で次々に悪者を捕まえて昇進を重ねていくゴジの大ファンだったが、腕っ節にはお世辞にも自信があると言えないので、一ファンとして満足していた。
しかし、ある日偶然に悪魔の実を手に入れて口にしたことで彼女に転機が訪れて今ここにいるのだ。
「キャハハハ!ゴジ君、それって新しい海軍コートよね?かっこいいじゃん!」
この部隊においてゴジを准将や隊長と呼ぶのはカリファくらいなもので、ゴジは基本的に名前で呼ばれており、ゴジ本人もそれを全く気にしていない。
「すごいなミキータ。前のが小さくなったから新しいコートをカリファが届けてくれたんだよ。よく気付いたね、いいお嫁さんになりそうだ。」
ゴジにとっては特に代わり映えのしないコートだが、一目見ただけで新品のコートと見抜いたミキータに驚き、ミキータは“嫁”という言葉にゴジと結ばれた自分を想像して顔を赤らめてモジモジし始めた。
「お……およめさん……。」
ゴジの言葉に一喜一憂し、顔の表情をコロコロと変えるミキータはギャルっぽい話し方や見た目にそぐわず、パティシエを志していただけあり、料理が得意で細かな所に気付く家庭的な女性である。
「准将、セクハラです。」
顔赤めるミキータを見たカリファは眼鏡をクイッとあげながらゴジを睨みつける。
「は……はい。」
「キャハハハハハ!毎度このやり取り飽きないわねぇ!」
ミキータはカリファにセクハラ発言を注意されて凹むゴジを見ながら、お決まりのやり取りを見て腹を抱えて笑っている。
「それでミキータはどうしてここへ?」
ゴジが彼女がここへきた要件を尋ねると、カリファが代表して答える。
「はい。実はミキータから興味深い話を聞いたので、直接准将がお聞きになったほうがいいかと思って連れてまいりました。」
カリファの報告を受けて、ゴジはミキータを見ながら話を促す。
「わかった。話を聞こう。ミキータ、話してくれ。」
ミキータは緊張しながらも敬礼してから話を始める。
「は……はい。ゴジ君がバロックワークスって組織を追ってるって噂になってて、その実は…私、キロキロの実を食べてから、しばらくしてそのバロックワークスって会社から、勧誘されたことがあるの。」
ミキータの話を聞いたゴジは驚き、目を見開いてカリファと見ると、彼女は少し冷や汗をかきながら小さく頷いた。
カリファはミキータからバロックワークスについて知っている事があると相談を受けて話を聞いて、彼女をすぐにここへ連れてきたのだ。
ゴジはダンスパウダーの件からバロックワークスについて調べているが、実は全く情報が得られないから現地調査をしてどうにかシッポを掴もうとこのアラバスタ王国へ来ていたのだ。
「ミキータ…准将がバロックワークスの手掛かりを掴む為に、睡眠を削って調べ回っていた事を捜査に従事していた貴女が知らないわけではないしょう?何で今まで黙って…「カリファ止めろ!」…准将……なぜ止めるんですか!?」
「だって…私…」
カリファの叱責に対して、ミキータは困った顔をしている。
第二部隊はダンスパウダーの製造工場を摘発してからこの粉がアラバスタ王国へ流れている事を解明する事に約1ヶ月の期間を要していたのだ。
ゴジが昼寝する程疲れていたのは、この1ヶ月ほぼ不眠不休で働き詰めだったからで、ゴジの苦労をよく知るカリファがミキータを叱責しようとするのをゴジが慌てて止める。
「カリファ、ミキータを責めるのは筋違いだ!俺は捜査に従事してくれた彼女達に余計な先入観を与えない為に、バロックワークスのことを伝えていなかった。」
「あっ!?そういえば……。」
カリファはゴジに言われて、自分が部隊に伝令した命令内容を思い出して目を見開いた。
ダンスパウダーの製造工場がバロックワークスという組織がバックについているという事実は製造工場を摘発し、そこで働いていた関係者をサイファーポールが拷問して吐かせた事実で、バロックワークスは世界政府も知らない組織であった。
存在するかどうかも不透明な組織だからこそ、ゴジは部下にこの情報を伏せて、部下達に『ダンスパウダーが何処に輸出されているか探れ』と命令し、彼女達はゴジの期待に答えて僅か1ヶ月でアラバスタ王国へ輸出されている事を見つけ出したのだ。
「うん…それでゴジ君がバロックワークスって会社のことを調べてるって第二部隊で噂になってたから…」
ゴジは何処から話が漏れたかは分からないが、自分達の話を立ち聞きでもされたのだろうと当たりを付ける。
「そうか。それを聞いてわさわざ伝えに来てくれたのか…ありがとう。では、君がバロックワークスについて知ってることを教えてくれないか?」
「うん。えっとね……私が聞いた話はバロックワークスは完全秘密主義で会社の最終目的は“理想国家”の建国。手柄を立てた社員はその理想国家での要人の地位が約束されるって話でね。私は能力者だからミス・バレンタインってコードネームを与えられて、Mr.5って男とペアを組むことで幹部待遇で迎えてくれるって言っていたわ。」
「理想国家の建国…」
「うん。詳しい事は時が来たら話すって…ちなみに社長はMr.0って呼ばれてて正体はもちろん秘密。社員の誰も社長には会ったことないんだって。あとはミスターの数字が若い程上級の幹部で男のコードネームは数字、女性のコードネームは曜日や記念日で呼ばれるらしいわ。」
「だから、ミキータの場合はミス・バレンタインなのか?そういえばダンスパウダーの製造工場にMr.8とミス・マンデーと名乗る男女がいたな。彼らを取り調べて俺達はバロックワークスの名前を掴んだんだ。」
ゴジはミキータの話とこれまで掴んでいるバロックワークス情報と照らし合わせていく。
バロックワークスの事を吐いたMr.8という男は幹部の一人であるにもかからず、Mr.0という男が社長である事、社長とペアである副社長ミス・オールサンデーという美女から司令が下されるということしか知らなかった。
「なるほど……幹部ですら社長の正体は知らないのか。徹底してるな。」
「でもね。そのスカウトマンのおじさんさ、私がバロックワークスに入るのを断ると、いきなり襲ってきたから返り討ちにしちゃったのよ。」
「そういうことだったのか。はははっ…。」
ミキータの話を聞いたゴジは彼女がここにいる理由を思い出して乾いた笑いを浮かべる。
◇
ミキータが西の海にある故郷の島においてバロックワークスのスカウトマンから会社概要を聞いた日に遡る。
「どうだい。バロックワークスこそ、悪魔の実の能力者である君の力が輝く理想の職場だよ。」
スカウトマンの熱のこもったスカウトに対して、その場で少し考えたミキータが出した答えは決まっていた。
「キャハハハハハ!そんな会社に入るわけないじゃん。もし能力を使うならゴジ君のいる海軍に行くわよ。私はお菓子屋さんになりたいのよ。」
ミキータは笑顔でスカウトマンに対して拒否を伝えるとその男は銃を取り出しながら、ミキータの眉間にそれ押し付けながら、先程まで浮かべていた人の良い顔を一変させて凶悪な顔浮かべる。
「ここまで聞いて貴様を生かして帰すわけないだろう?拒否するならここで死ぬだけだ。」
「っ……!?」
ミキータは突然銃を突き付けるスカウトマンに驚きながら、撃たれないように両手を上げる。
「さぁ、俺と来てもらおうか?」
スカウトマンはミキータが両手を上げたことで油断し、銃口をミキータの額から外した。
彼はミキータは右足先をあげてスカウトマン左足の上に添えていた事に気づかなかった。
「いい事を教えてあげるわ。私と貴方じゃ人間としての格が違うの。“1万キロプレス”!」
ミキータは悪魔の実の能力で自分の体重を10トンに変えて右足でスカウトマンの左足を踏みつけた。
「ぎゃあああああああああ!!」
「なんだ!何事だ!?」
運悪くたまたま見回り中の海兵がスカウトマンの悲鳴を聞いて現場に駆けつけてしまう。
「この女は悪魔の実の能力者だ。俺は突然襲われて足を潰されたんだ!?」
海軍を見たスカウトマンは即座に銃を仕舞い、踏み潰された左足を海兵に見せ、涙ながらに暴漢女に襲われた被害者の演技を始めた。
「えっ違う……いや、私は……!?」
その海兵は一目で骨が粉々に砕けぺちゃんこになった男の左足を見て顔を引き攣らせる。
「これは酷い。おい、そこの女、暴行の現行犯だ。支部まで同行願いたい。」
こうしてミキータは海軍支部に連行されたが、悪魔の実の能力を持つ彼女に対して海軍は罪を軽減する変わりに海軍への入隊を提案するとミキータはファンである彼のことを思い出す。
「もしかして海軍に入ったら、“麒麟児”のゴジ君に逢えたりする?」
「“麒麟児”!?そうか。君はジェガートへの入隊希望か。よし、ちょっと待ってろ。本部に確認してあげよう。」
こうして希少な悪魔の実の能力者であるミキータはあれよあれよという間に海軍への入隊が決まるとそのままジェガートに配属されたのだ。
◇
ミキータはこのスカウトマンに襲われて、海軍に入れられた話を笑いを交えてゴジに聞かせた。
「ミキータの入隊にバロックワークスが関わっていたとは……まだお菓子屋さんに未練があるなら、俺は君の夢を応援したい。」
ゴジはミキータは暴行沙汰を起こして情状酌量の為に海軍へ入隊したと報告は受けていたが、そこにバロックワークスが関わってる等知る由もなかった。
「う〜ん……まぁ、色々あったけど私はここ来れて良かったとおもってるから気にしないでよ。ここでお菓子を作る度に皆が美味しそうに食べてくれるから幸せなの!キャハハハハハ!」
ミキータの作るプロ顔負けのお菓子は第07部隊の癒しとなっており、ミキータほお菓子を作る夢もゴジに逢うという夢が同時に叶ったここが自分の居場所だと思っている。
「そうか。ミキータの作るお菓子は絶品だからな。また作って欲しい。それに何か思い出したことがあったら何でも教えてれ。念の為にバロックワークスに顔が割れているミキータは予定通り船番としてヒナの指揮下に入ってもらう予定だよ。」
ミキータはスカウトマンから渡された資料に会社のマークが付いていた事を思い出した。
「あっ!そういえば…バロックワークスの会社マークは海賊旗みたいだったわよ。」
「海賊旗?」
「うん。翼の生えた髑髏にレイピアでバツ印を作ったマークだった。」
「なるほど…カリファ!」
ゴジはミキータの語る海賊旗に見覚えがあったので、カリファに確認を取る。
「ミキータ、そのマークとはこれではないですか?」
カリファはMr.8の右肩に掘られた海賊旗の写真をミキータに見せるとミキータは声をあげる。
「あーっ!!これよ。これだわ。バロックワークスのエンブレムよ。」
「決まりだな。社員同士は互いが仲間であると分かるようにこのエンブレムを刻印した物を携帯しているか体に刻んでいる可能性が高い。ミキータありがとう。これはすごく貴重な情報だ。」
「キャハハハハハ。私もジェガートの一員だもの。当然よ。」
自信満々に胸を張るミキータを見て、改めて最高の仲間と共に最強の海兵になる決意を新たにする。
◇
その後、ミキータが任務に戻り、船長室から退出してするとゴジはカリファに一つの命令撤回を告げる。
「ふぅ…カリファ、聞いての通りだ。ミキータを警戒対象から外す。」
「そうですね。ミキータの暴力沙汰が正当防衛と判明しましあからね。分かりました。」
世界政府は“麒麟児”と名高いゴジの唯一といっていい弱点である”女好き“を警戒して、ジェガートに入ってくる新兵の身元は全てサイファーポールを使って洗っており、ステューシーを通じてゴジに伝えてある。
特にミキータは強力な悪魔の実の能力者で暴力沙汰を起こした末、「ゴジ会わせるなら海軍に入ってやる」と言ったのだと微妙に事実を湾曲された情報が伝わっていたので最重要警戒対象だったのだ。
後書き
サラッとまたまた新キャラです。
ミス・バレンタインことミキータです。次話ではもう一人新キャラ登場予定です。
第四十五話
カリファが、船長室から退出して、しばらく待つとカリファがステューシーとヒナ、コアラの3人を連れてきた。
「ステューシー、ヒナ、コアラ来てくれてありがとう。将校である三人にはアラバスタ王国上陸前にこれまでの集めた情報の集約と今後の作戦について伝えるよ。」
ステューシーとヒナについては説明はいらないだろう。
コアラとはジェガート2年目の海兵であり、オレンジ色のショートヘアにサングラスを付けた赤いキャスケットを被った19歳の女海兵であり、私服を着用していることからわかる通り僅か2年目で海軍本部少尉となった才媛である。
「まず、コアラ。ミキータの件は正当防衛と判明した。彼女に対する警戒を解くから君の彼女を監視する任務は終わりでいい。これからは普通に先輩将校として接してあげて欲しい。」
「うん。ミキータは私の言う通り、いい子だったでしょ?」
「あぁ。それにミキータは強くなる。成長が楽しみだよ。」
コアラは自分の受け持つミキータを褒められて自分のことように喜び、嬉しそうにVサインをして答える。
コアラは人間でありながら、魚人族が住む魚人島で編み出された魚人空手の師範代の腕前を持つ優秀な海兵であり、要警戒対象だったミキータの教育係を命じると同時に監視を命じていたのだが、それも先程解決したのだ。
ゴジは手短にミキータから聞いた話を三人に伝えてからミキータから得た情報とこれまでの情報を照らし合わせて考察を述べていく。
「Mr.0とはその名の通りやはり男だろう。一番怪しいのはクロコダイルだが、未だにアラバスタ国王という線も完全には否定出来ない。もしくは俺達の知らない誰かだが、ダンスパウダーの件からこの二人のどちらかである事はほぼ間違いはずだ。」
「それにしてもミキータがバロックワークスからの接触を受けていたなんて…灯台もと暗しってやつね…」
ステューシーはゴジの話を聞いて両手を上げてお手上げポーズをする。
世界政府はバロックワークスなる組織について存在すら知らなかったので、世界政府は慌てて諜報機関であるCP-1を事前にアラバスタ王国に放って調査中であるが、未だに有力な情報は入ってきてない。
「全くだ。もっと早くミキータと直接話してみるべきだったよ。」
「ステューシー、ミキータから得た情報を元にバロックワークの調査は君と現地にいるCP-1に一任するよ。」
「ええ。任せて、仮にクロコダイルがMr.0だった場合は、またゴジ君に討伐をお願いする事になると思うわ。」
「分かってる。俺は元よりクロコダイルを捕縛する覚悟でここまで来ているよ。」
ゴジがこれまで昇進を重ねてきたのは、ステューシーのお陰といっても過言ではない。
サイファーポールでも手が余りそうな大物は世界政府がステューシーを通じて歴代最高の3500道力を持つロブ・ルッチを超える4500道力を持つゴジに情報を与えて拿捕してきたのだ。
ちなみに第二部隊を実力順に並べると、『ゴジ>ステューシー=ヒナ>カリファ=コアラ>ミキータ>>他の女海兵』となる。
ゴジは次にヒナに向き直る。
「ヒナは上陸後に俺に変わって部隊と船を率いて、この広大なサンドラ河か領海に必ずいる例の船を探して欲しい。」
「ええ。分かったわ。ヒナ了解。」
ヒナは事前に任務を伝えられていたので、変更なしと知って鷹揚に頷いた。
「頼んだよ。」
ちなみにヒナの現在の階級は中佐であり、ゴジが大尉となったあの日から階級上位であるゴジに対して自分の事を呼び捨てにするように伝えて、今日に至る。
「カリファとコアラは俺と共に船を降りて、俺と一緒にコブラ王と面会だよ。」
「はい。」
「セクハラです。」
ゴジが二人に指示を出すと、コアラは片手をあげて元気よく返事するのに対して、カリファはお約束の言葉を眼鏡をクイッとしながら言い放つ。
「えぇ!?どこがセクハラだったの!」
カリファのお約束に抜群のツッコミを入れるコアラを見て、ゴジは嬉しそうに頷いている。
ゴジはコアラの実力だけでなく、このツッコミ能力も高く評価して少数での任務の時はこの三人で行くことが多い。
「准将の存在です。」
カリファがビシッと言い放つ。
「酷い!!」
「あ〜それは仕方ないよ。ドンマイ。ゴジ君!」
落ち込むゴジの頭をコアラが揶揄うようにツンツンと指でつついていた。
「はぁ…貴方達…毎回毎回よく飽きないわね…ヒナ疑問。」
「うふふっ…」
明るくしっかり者のコアラのツッコミはキャラの濃ゆいの部隊には最早欠かせぬ存在となっていた。
ヒナはそんなやり取りを冷ややかに見つめ、ステューシーはいつ見ても楽しそうに笑っている。
◇
その後、解散となり部屋に戻ったコアラは上陸任務に備えて着替え始めるとたまたま鏡に写った自分の背中に刻まれた太陽の焼き印を見つめて昔を懐かしみ亡き恩人フィッシャー・タイガーを思い出す。
この背中に刻まれた太陽の焼き印、タイヨウの海賊団の紋章は彼女の誇りである。
「タイガーさん……。タイヨウの海賊団の皆は元気にしてるかな?」
その背に刻まれた太陽の焼き印は王下七武海”海侠”のジンベエ率いるタイヨウの海賊団の紋章であるが、これはタイヨウの海賊団初代船長フィッシャー・タイガーが世界貴族の奴隷だった者とそうではない者との区別を無くす為に世界貴族の奴隷の証である天翔る竜の蹄の焼き印を上書き出来るように作ってあるのでよく似ているのだ。
コアラは世界貴族の奴隷だったが、フィッシャー・タイガーによるマリージョア襲撃の際に逃げ出した。しかし、故郷の島へ帰る術もなく途方に暮れていた彼女を救ったのは、またまたフィッシャー・タイガーその人だった。
フィッシャー・タイガー率いるタイヨウの海賊団の船に乗って故郷を目指すことになったコアラだが、奴隷の生き方が身に沁みついてしまっている彼女は、感情の一切の無くして魚人への差別的感情とは無関係に常に脅えて続けていた。
そんなコアラの姿を見たフィッシャー・タイガーが、彼女の背中の奴隷の焼き印をタイヨウの海賊団のマークの焼き印で新たに上書きさせて真の意味で奴隷から解放した。
『俺達をあんな世界貴族と一緒にするな!必ず故郷に送ってやる。』
フィッシャー・タイガーの想いをしかと受け取ったコアラはタイヨウの海賊団と航海を続ける中で、年相応の少女としての感情を取り戻し、最後には母の元へ送ってくれたフィッシャー・タイガーに対して「村の人たちに魚人はいい人達が沢山いる事を教える」と言葉を別れ際に送り、涙ながらに感謝を伝えた。
コアラの願いとは裏腹に不幸にも娘を想う彼女の母親がフィッシャー・タイガーの目撃情報を海軍へ提供したことで、フィッシャー・タイガーは亡くなり、コアラは海軍から恩赦をもらって正式に奴隷から解放された過去を持つ。
「それにサボ君が無茶してハックを困らせてなければいいけど……ふふっ。」
大恩あるフィッシャー・タイガーの思い出に浸りながら手早く着替えを済ますと、革命軍の仲間達のことを想って今度は楽しそうに微笑む。
コアラの正体は革命軍の幹部で“女好き”のゴジへ近付いて、海軍の情報を得る為のスパイ活動を目的としてジェガートに送り込まれており、ここへ来る前によくチームを組んでいた歳の近いサボと彼の無茶苦茶に振り回されているであろう自分の師であるハックを思い返し、今ゴジに振り回されてる自分と重なりおかしくなった。
革命軍とは打倒世界政府を目的に暗躍する反政府組織のことで、海賊は政府や海軍と敵対しても、政府そのものを倒そうとまではしないので、その点で海賊と革命軍は異なるのだ。
世界政府は革命軍の影響力を恐れており、トップの革命家モンキー・D・ドラゴンを「世界最悪の犯罪者」として危険視しているが、彼と組織の手がかりを全く掴めずにいる。
「無茶苦茶なのはサボ君だけじゃなく、ゴジ君も同じよね。今は海兵としてこの国の人達を守る為に頑張らなきゃ。 」
当然世界政府はコアラについても調べており、彼女が海軍への入隊動機を「自分に恩赦を与えてくれた海軍への感謝と恩返しの為である」と申し立てていた為、調べた経歴とも相違点はなかったことから、警戒対象とはなっていない。
だからコアラ自身が革命軍の幹部であることや、彼女に魚人空手を教えた魚人ハックが革命軍幹部である事は世界政府も知りえない事実なのである。
後書き
新キャラもいっちょドーン!
第四十六話
ゴジ達はアラバスタ王国のあるサンディ島に入りサンドラ河を北上して王都アルバーナの港に到着すると、そこにへ所狭しと居並ぶ見渡す限りの数万人もの人で覆い尽くされていた。
アルバーナの総人口5万人に匹敵しようかという数である。
「すごい人だねぇ。国中の人がいるんじゃない?」
「ホントに凄い人だな。」
コアラとゴジが船の甲板から港に集まってきた人の多さに呆気に取られているとカリファが声掛けた。
「当然です。准将は若干12歳で“若月狩り”カタリーナ・デボンを拿捕して以来、常に最前線で絶対的正義を体現してきた海軍本部の誇る若きエース。この海に生きる全ての人の希望なのです。」
海軍の若きエースとしてメディア露出も多く、端正な顔立ちのゴジの女性人気は高く、月刊『海軍』にはゴジのページがあるほどである。
さらに所属するジェガート自体の人気も高い為、ゴジがアラバスタ王国国王に面会を申し出たことは世界的なニュースになり、彼とジェガートを一目見る為にアラバスタ王国中の人がここにいるのではないかというくらい多くの人集りとなっている。
「うん。そうだね。私達はそんなゴジ君の頼れる背中をここにいる誰よりも近くで見てきたんだから。」
カリファとコアラの二人に褒められたゴジは少し照れて頬をかきながらも決意を新たにする。
「俺だけの力じゃないさ。正義の体現にはジェガートの、海軍皆の力が不可欠だ。これからも俺に力を貸してくれ。」
「はっ!」
「うん。」
「あれがアラバスタ王家の迎えの馬車だね。」
ゴジが馬車を指差すと、下船予定の彼等三人に向けてヒナが声掛ける。
「あなた達退きなさい。私があそこまで橋をかけてあげるわ!」
ヒナの指示に従い、コアラやカリファだけでなく他の海兵達もヒナの後ろに下がると、彼女は甲板の縁に手を掛ける。
「鉄橋!」
ヒナの手を掛けた甲板の縁から黒い鋼鉄の檻が伸びていくと港の桟橋でゴジ達を待つアラバスタ王家の馬車の手前に掛けて黒い鋼鉄の橋が掛かった。
超人系悪魔の実の能力者は自分の体から能力を出したり、自分の体の形状を変えたりするが、能力を”覚醒”させることで能力者以外にも影響を与えることが出来る。
ヒナは日々の訓練や任務の末、能力者としてこの新たなステージに手を掛けはじめているのだ。
「おい!あれって……」
「凄い。梯子……いや檻の橋が生えてきた!?”黒檻”のヒナ中佐だ。」
「「「キャアアアァァァ!”黒檻”のヒナよおおぉぉ!!」」」
ヒナの姿と能力を目の当たりにした群衆から歓声があがり、ヒナはそれに応えて表情を崩さずクールに軽く手を上げる。
しかし、ヒナは知ってる。彼らが本当に待ってるのは自分ではないと……。
「ほら、前座は終わりよ。ゴジ君、皆が待ちわびてるわよ。さっさと顔を出してあげなさい。」
「准将ならいませんよ。」
「はっ……?」
カリファの淡々とした声にびっくりしたヒナが後ろを振り返るとカリファとコアラに挟まれるように立っていたはずのゴジの姿が忽然と消えていた。
「えっ!?ゴジ君は一体何処に行ったのよ?」
「さぁ、また人助けじゃないでしょうか。」
慌てるヒナと違い、カリファは”剃”を使って目の前からいなくなったゴジの心配もせず、達観していた。
「あ〜ゴジ君がいた!?なんかちっちゃい女の子から花もらってるよ!?」
コアラが小さな女の子から花を貰っているゴジの姿を見つけて指をさすと、ほぼ同時にゴジを見つけた群衆達から悲鳴にも似た大歓声が響き渡るところだった。
◇
ゴジをアラバスタ王国来訪に際して集まった群衆の中に一人の少女がいる。
「ねぇママ。じゅんしょうさま、おはなよろこんでくれるかな?」
「きっと喜んでくれるわよ。」
10歳にも満たないその少女は道端に咲いていた一輪の花を大事そうに手に持っていた。
砂漠の国であるアラバスタ王国にとって野生の花は貴重であるが、彼女の母は娘がゴジに花を渡す機会はないとは思いつつも娘に急かされてゴジを見に来ていたのだ。
しばらくすると1隻の海軍船が港に着港したことでゴジが来たことを知る。
「あのおふねにじゅんしょうさまがのってるの?」
「そうよ。ゴジ准将が来たみたいよ。」
「ママぁ。でも、じゅんしょうさまぜんぜんみえないよぉ。」
「そうねぇ。ママにもよく見えないわ。」
親子には着港してきた海軍船は見えども人混みが酷すぎてゴジの姿はおろか海兵の姿すら見えない。
「きゃっ!?」
どうにかゴジの姿を見ようとしている彼女達に不運が起きる。
彼女らと同じくどうにかゴジを見ようとする人混みに押されて少女の体が海へ投げ出されたのだ。
「いやあああっ!?」
「ま……ママぁ!?」
母親が海へ投げ出された娘に向けて必死で手を伸ばすが届かない。
「危ないっ!六輪咲き……えっ!?」
そんな少女の危機に気付いたのは、たまたまその様子を遠巻きに眺めていた一人の褐色美女、彼女は持ち前の悪魔の実の能力で少女を助けようとするが、自分より先に少女を助けたある男の姿を見て能力の発動を止めた。
「“水馬”。もう大丈夫だよ。」
”水馬”とは宙を駆ける六式”月歩”の応用技で、宙ではなく水面を駆ける技である。
「あなたは……」
その女性と母親の目に飛び込んできたのは海へ投げ出された少女を海へ落ちる前に横抱きに抱きかかえて助けて海の上に立つ海兵。
「じゅんしょう…さま?」
少女が驚いて目を開けるとそこには自分に抱きかかえた憧れの人の姿があった。
見聞色の覇気により、この少女の危機を察したゴジは“剃”を使って船から文字通り飛んできて海へ落ちる前に抱きかかえ、そのまま水上に静かに立っていたのだ。
「そうだよ。俺がゴジだ。怪我はないかい?」
「うん!」
ゴジは少女を抱きかかえたまま水面を蹴ると、彼女の母親の目の前へ音もなく着地して少女を優しく降ろす。
「ゴジ准将、娘を助けて頂いて本当にありがとうございます。」
「いえいえ。間に合ってよかったよ。」
母親は無事な娘を抱き締めながら、ゴジに何度も頭を下げる。
『おい!あれって……』
『凄い。梯子……いや檻の橋が生えてきた!?”黒檻”のヒナ中佐だ。』
『『『キャアアアァァァ!”黒檻”のヒナよおおぉぉ!!』』』
群衆達は全員海軍船から突如伸びてくる鋼鉄の梯子に気を取られて上を見ているので、ゴジがここいる事に気づいているのは助けた少女と唖然となっている母親の二人しかいない。
「君も俺に会いに来てくれたのかい?」
ゴジは屈んで少女と目線を合わせて語り掛けた。
「じゅんしょうさま、たすけてくれてありがとう。これをあげたかったの。」
少女が花を差し出すとゴジは笑顔を浮かべて両手でそれを受け取る。
「綺麗な花だ。本当に俺にくれるのかい?ありがとう。大切にするよ。」
「うん!」
ゴジはそう言って受け取った花の茎を花が見えるように自身の胸ポケット入れると、群衆の中でとうとうゴジに気付く者が現れる。
「えっ……あれ?ゴジ様がここいるわよ!?」
「ホントにゴジ准将だ。」
「なんでこんなところに!?」
その声が引き金となって騒然となった群衆が驚きのあまり一斉にゴジと少女、その母親を中心に円形の空間が出来た。
そして直後に割れんばかりの大歓声が巻き起こる。
「「「キャアアアアアアアァァァ!」」」
「「「ウオオオオオオオォォォォ!」」」
自分達の待ちかねたゴジが今目の前に現れたのだから、その事実に群衆達の様はまさに狂喜乱舞。その様子は騒ぎの中心に立たされた少女と母親は肩を抱き合いながら怯えるほどだ。
統制の取れていない群衆は凶器となり得て、いつ事故が起きてもおかしくない状況である。
群衆は一斉に動き出してゴジを取り囲もうと集まってくるが、そんな彼らに対してゴジが凛とした声で告げる。
「彼女達が怯えているだろう。皆、少し落ち着こうか?」
ゴジの凛とした声を聞いた群衆達は先程の騒ぎが嘘のように全員がピタリと止まる。
「俺はしばらくこの国にいるから皆と会う機会はまた来るよ。でも、まずはアラバスタ国王との面会の予定があるだ。」
ゴジは一呼吸おいてから待機している馬車を指差しながら命じる。
「さぁ、道を開けてくれるかな?」
群衆達は整然と動き出してモーゼの十戒の如くゴジを迎えに来ていたアラバスタ王家の馬車までの道を作った。
覇王色の覇気。
コントロールされた覇王色の覇気により、群衆達は気を失う事もなく、覇王の指示に無意識的に従うことで統率の取れた軍隊の如く体が動き出したのだ。
「じゅんしょうさま、すごい。まほうつかいみたい!!」
「こんなことって……本当に”麒麟”なの!?」
ゴジが一声掛けるだけで騒いでいた群衆が口を閉じて、道を作る。
その光景を目の当たりにした少女は尊敬の眼差しをゴジに向け喜びのあまり飛び跳ねるほどであるが、母親はまさに伝説の神獣”麒麟”の落し子を見たような畏敬の念を抱く。
「ニシシッ!すげぇだろ?お母さんの言うことちゃんと聞くんだよ。またね。」
「ばいばい!!」
ゴジは笑顔で自分を見上げてくる少女の頭を撫でた後、別れを告げて海軍コートを靡かせながら開かれた道を悠然と歩いていく。
「ゴジ准将おおぉぉ!」
「ダメ……私の体、ゴジ様が眩しすぎて近づく事が出来ないんだわ。」
「雷に打たれたような衝撃ってこう言うことなのか……。」
「准将ぉぉ頑張ってください!」
ゴジが歩き出したと同時に群衆達は彼の姿を見て口々に声を掛けるが、未だに体の自由は効かず、ゴジに近づきたくとも近づけない。
ゴジは群衆達の統率を保つ為に一定量の覇王色の覇気を流しながらゆっくり歩いているだけだが、何も知らない群衆達はゴジの放つオーラや威厳がそうさせるのだと各々が自分の都合良く解釈し、この噂が噂を呼びアラバスタ王国における彼の神性や人気をさらに高める要因となっていくことなる。
後書き
強くなったゴジ君の力のほんの一端です。
第四十七話
群衆達からの声援を一心に受けながら、馬車までの道を笑顔のまま悠然と歩くゴジは冷静に船からこちらを見ているコアラを一瞥した後、彼女に向けて電波を飛ばす。
《コアラ、聞こえてるね?俺から見て4時の方向、500m先にいるこの場から立ち去ろうとする紺のテンガロンハットを被った女を尾行しろ。》
ゴジは岸壁に咲かせた六本の腕により自分より先に少女を助けようとしたその女の能力を見ていた。
そして彼女の宵闇のような黒さを持つ長い髪を靡かせた彫りの深い顔立ちに健康的に焼けた肌を惜しげも無く露出させた妖艶な美女の顔を思い出す。
《その女は懸賞金7900万ベリーのニコ・ロビン。何らかの悪魔の実の能力者である可能性が高い。決して無理はするな。》
船の甲板からゴジを見ていたコアラは直接頭に響いてくる彼の声を聞きながら、ゴジの指示した女性を見つけて一度頷くと”剃”でその場から掻き消えた。
ゴジは音を電気信号に変えることで数百m先にいる仲間に話を伝える事ができ、これを電波による会話”電話”と読んでいる。
”電話”の欠点といえば、距離が限られることとゴジから電波しか送れないことであるが、相手に悟られることなく命令を伝えることの出来る最強の通信手段と言える。
「准将。人助けは大変結構ですが、少しはご自分の立場を弁えてください。」
ゴジがコアラとの”電話”を終えた直後、カリファは船から”剃”を使ってゴジの背後まで移動し、勝手な行動をとったゴジに注意する。
「カリファ……見ろよ。この花すごく綺麗だろう?さっきもらったんだ。二ヒヒヒッ」
しかし、カリファは嬉しそうに自分の胸を飾る青い花を自慢してくるゴジに二の句を告げなくなる。
そんな彼女の姿を見た群衆から声があがる。
「「「キャアアアァァァ!“秘書”カリファ大尉よ!」」」
ゴジの仕事を完璧にサポートする隊長伝令”秘書”カリファも月刊「海軍」の人気コーナー"女海兵特集”で現在人気急上昇中の海兵である。
「カリファも人気者だな?」
カリファはゴジの軽口を聞き流しながら、彼のみ聞き取れるくらいの声量でコアラに与えた任務について確認をとる。
「准将ほどではないかと……それよりもコアラに”電話”で指示を出しましたね?また誰か釣れましたか?」
「ニコ・ロビン、とびっきりの美女だよ。」
「まさか……”悪魔の子”ニコ・ロビン!?」
「へぇ。俺は婆さんに言われて手配書を覚えてたけど、カリファはよく彼女のこと知っていたね?」
ゴジの名前と顔は“若月狩り”カタリーナ・デボンを討って以来、女性ファンが急増して部隊に入ってゴジに接触する者だけでなく、ファンを装ってゴジに接触しようとする女海賊は多くなった。
その為、ゴジは懸賞金の有無に関わらず、海軍や世界政府が把握している女海賊や悪党全ての顔と名前は覚えさせられているので、このように敢えて人前に出る事で接触しようとする女海賊はこのように利用している。
「え……えぇ…。僅か8歳で7900万ベリーの賞金首ですからね。それは目にも止まります。」
「そんなもんか?」
カリファは一瞬口を噤むが、平静を装って話を続ける。
「ところで……ニコ・ロビンが手配を掛けられて17年。今は25歳となっておりますが、よく一目で気づきましたね。」
「分からないはずないだろう?8歳であんなに可愛いんだ。大きくなった姿くらいすぐに想像できるさ。」
ゴジは事も無げに自信満々に言い放った。
「なんでしょうか?めちゃくちゃな理屈なのに准将が言うと納得してしまいます。」
平静を装うカリファだが内心は激しく動揺していた。彼女がニコ・ロビンを知らないわけがない。闇の正義を掲げるCP-9は17年間ずっとニコ・ロビンを追い続けていたのだから……。
「あぁ。少し気になることもある。あとで婆さんに確認してみないとな。」
───17年も海軍から逃げおうせている用心深いニコ・ロビンは俺がいる前で能力を使おうとした?
───それにカリファが激しく動揺している。ニコ・ロビンとは一体何者なんだ?
ニコ・ロビンがこの場に来ている以上、彼女の当初の目的はゴジの暗殺か監視のいずれかと推察出来るが、自分を殺すためではなく、たかが少女を救う為に危険を犯して悪魔の実の能力を使おうとしたのか?
そして何よりも常に冷静なカリファがニコ・ロビンの名前に動揺していることである。
ゴジの洗練された見聞色の覇気の前では平静を装っていてもカリファが動揺しているのは手に取るように分かるのだ。
「分かりました。ニコ・ロビンの情報をこちらに送るようにおつるさんに伝えておきます。」
「あぁ頼むよ。それにしても中々豪華な馬車?だな?」
ゴジ達はファンサービスをしながらカリファと小言でやり取りをしていたが、とうとう彼等を迎えに来ていたアラバスタ王国の紋章の刻まれた立派な馬車の元へ辿り着いたものの、馬車を引いているのは馬ではなかった。
「ええ。馬車というよりは、鳥車と呼ぶべきでしょうか?」
巨大なダチョウくらいの大きさのあり、それぞれが個性的な帽子やヘルメットを被った7匹のカルガモだったのだ。
◇
アラバスタ王国では“麒麟児”ゴジ率いるジェガート第二部隊の来訪に備えて最大限の警備体制を敷いていた。
ゴジの乗る海軍船がサンドラ河を北上し、王都アルバーナから視認出来るようになる頃には既に警備体制は崩壊していた。
「チャカ様!想定を超える人数が集まっており、港は寿司詰め状態です。」
「むっ!?」
「チャカ様大変です。西区、東区のメイン通りは封鎖しましたが、路地から今なお港に人が流入しております。」
「なんだとっ!?」
アラバスタ王国護衛隊副官であるチャカと呼ばれた男は黒髪のおカッパ頭の身長2mを超えるがっちりした体格を持ち、今回の警備の統括責任者であるが、次々と部下から送られてくるトラブルに対処しきれないでいた。
「何故だ!?本日の警備はビビ様の生誕のおりに行われた誕生祭に匹敵する規模なのだぞ!?」
「チャカ様、南区からも人が……!?」
「北区のバリケード突破されました!?」
「“麒麟児”!?貴殿の人気は王家をも凌ぐというのか?」
国民全ての娘と呼ばれ、国民から愛される現在14歳になるアラバスタ王国王女ネフェルタリ・ビビの生誕祭等に匹敵する警備規模であったが、全く手が足りていなかった。
次々に人々が港に集い、港はもはやいつ将棋倒しのような大事故が起きても不思議ではないほどであったが、港から街が割れんばかりの大歓声が響き渡る。
「“麒麟児”が姿を見せたか?何事もなければよいが……。」
「チャカ様!」
息を切らせながら駆け込んでくる部下を見て嫌な予感が当たったかと思うチャカは報告を急かす。
「今度はなんだっ!?事故か……それとも暴動か?」
「いえ。ゴジ准将が民に静まるように声を掛けた瞬間、広場は不自然な程に平穏を取り戻してゴジ准将を見守っております。」
「何ぃ!?」
チャカが“人獣化”して耳を澄ますも、先程まで聞こえていた喧騒すら聞こえない静寂の後、ゴジを称える民衆の声は多く聞こえるものの喧騒の音は全く聞こえない状況であった。
「一体何が起きているというのだ?」
チャカは動物系悪魔の実、イヌイヌの実モデルジャッカルを食べた悪魔の実の能力者である。
数万人の人間が集まっているにも関わらず、人の6倍の聴覚を持つと言われる彼の犬の耳でも喧騒がほとんど聞こえないという異常性は彼の理解を遥かに超えていた。
◇
ゴジを城へ送るために迎えに来ていたアラバスタ王家所有の馬車の行者は海軍船とは違う岸壁の方角の人波が突如割れて、その先にいる待ち人の姿に驚きを隠せない。
その行者は銀色の長髪を中世の音楽家のようにカールさせた髪型の2mを超える巨体に鍛え上げられた筋肉の鎧を纏う男である。
「突如海軍船から馬車までに鉄の橋が掛かった直後、半ば暴徒と化していた民衆の騒ぎが収まったかと思えば、船とは違う方向で割れた人波の先にゴジ准将がいる?これはどういう状況なのだ?」
しかし、人波が割れて出来た道を美女を従えて、朝日に照らされた純白のコートを靡かせながら悠然とこちらに向けて歩いてくるゴジを見て彼の中で疑問は解消される。
「あぁ。そうか……これが“麒麟児”。本来麒麟とは争いを好まぬ神獣。彼の前では何人も争う事は許されない。まさにその名に恥じぬ存在感!!」
───そして、麒麟は天下人の元へ姿を現し、争いを鎮めて天下泰平の世をもたらすと云われる。
行者は天の恵みである雨を求めて内乱の勃発するこのアラバスタ王国に“麒麟児”が現れた事に運命を感じざるを得なかった。
その為、ゴジがカリファを伴って自分の前に到着した直後に、行者は神に頭を垂れるように深々と頭を下げて名乗る。
「ようこそアラバスタおうごっ……マーマーマ〜♪王国へ。ゴジ准将、私は護衛隊隊長イガラムと申します。城までは私とアラバスタ王国最速の超カルガモ部隊がお送りします。」
イガラムは神に願いを乞う信徒の如く柔和な笑みを浮かべてゴジ達を歓迎すると、ゴジも笑顔で挨拶を返す。
彼は人と話す際は痰がよく絡み、今回のように痰が一度絡むと発声練習をして話しを再開する癖がある。
「准将のゴジだ。こちらは大尉のカリファ。イガラムさん、よろしく頼むよ。急用で一人減って二人でアラバスタ国王と会う事になったが大丈夫だろうか?」
当初ではゴジ、カリファ、コアラの三人で面会する予定だったが、コアラにはニコ・ロビンの尾行を与えたからである。
「分かりまじっ……マーマーマーマ〜♪分かりました。准将、ところでその花は何処で手入れたのですか?」
イガラムはゴジの胸を彩る蒼色の花を見てさらに目を丸くする。
「さっきもらったんだよ。綺麗だろう?」
イガラムはその花を知っている。
贈った本人である少女すら名も知らぬその花の名は砂漠の薔薇。雨の少ないこの国において朝日に照らされた数時間の間のみ稀に花を咲かせるといわれる希少な花であり、このアラバスタ王国の国花である。
しかし、希少な花ゆえ実物を見たことのある国民はほとんどいないまさに幻の花と呼ばれ、その花言葉は二つ“奇跡”そして“神の祝福”。
「ええ。とても綺麗な花ですね。准将にとてもよくお似合いかと……さぁ、どうぞ馬車へお乗り下さい。」
神に祝福されし聖なる獣の名を冠する“麒麟児”ゴジにこそ相応しい花だとイガラムは笑顔になる。
こうしてゴジとカリファはアラバスタ王家の迎えの馬車に乗り込んで王宮に向かった。
◇
一方その頃、海軍船では……。
「ちょっと何なのよ!?ゴジ君だけじゃなくカリファにコアラまで私がせっかく作った梯子を誰一人使ってないじゃない。しかもゴジ君と一緒に行くはずのコアラは何処に行ったのよ ヒナ困惑!?」
馬車へ乗り込むゴジとカリファを見ていたヒナは覚醒した悪魔の実の能力で作った鋼鉄の梯子が使われる事なかったことで、綺麗な髪を振り乱しながら荒れていた。
「やっぱりいつもの完璧なヒナ中佐もいいけど、こういう姿を見ると親近感湧くわ……。」
「キャハハハハ!ヒナ中佐ってホント苦労人ねぇ。」
「ヒナ中佐は私達が支えて上げないとね!」
この船一番の苦労人ヒナの姿を見て癒される海兵達のヒナへの好感度がまた上がり、結束が強まっていた。
第四十八話
アラバスタ王家の暮らす王宮は白く美しき壁に黄色の玉ねぎ型の屋根が並ぶ一言で表すからディ〇ニー映画の「ア〇ジン」の宮殿である。
宮殿に到着したゴジ達を出迎えたのは白い布を頭に巻きた白を基調としたゆったりとした服を着た肌が極端に色白の痩躯の男だった。
「ゴジ准将、カリファ大尉いらっしゃいませ。私は護衛軍副官のペルと申します。ここからは私も同行致します。」
カリファはペルの名前を聞いて頭を下げる。
「お噂はかねがね。アラバスタ王国最強の戦士“ハヤブサ”のペル殿に案内していただけるとは恐悦至極です。」
動物系悪魔の実、トリトリの実モデル隼の能力者である彼は世界でも僅か5つしか確認されていない飛行能力を持つ悪魔の実の能力者である。
隼のような目にも留まらぬ猛スピードでの飛行が可能であり、その飛翔速度は音速を超え、ゴジと同じように細身ながらも無駄なく鍛え上げられた靱やかな肉体を持ち、隼のスピード、パワーを併せ持つ彼こそアラバスタ王国にその人ありと言われるアラバスタ王国の護りの要である。
「ご謙遜を……あなた方には護衛は必要ですらないでしょうが、王宮にいる間の守護は私どもにお任せください。」
自分の強さに自信を持つペルだからこそ、“麒麟児”と称されるゴジだけでなく、“秘書”カリファにすら自分では敵わないと一目で気付いてしまった。
当然、互いの力量差を見抜いたのはゴジも同様である。
───“ハヤブサ”のペル。やはり動物系にありがちな能力頼り。この国最強の戦士とはいえコアラ程度か。
ゴジは必要とあらば王家との敵対も視野に入れているのでこのタイミングでアラバスタ王国最強の戦士ペルの実力を知れたのは僥倖であった。
「さぁさぁ、立ち話もなんでじっ……ゴホン…マーマーマーマ〜♪なんでしょうから、中へとうぞコブラ王もお待ちです。」
「お二人共こちらです。」
「あぁ。」
ゴジは先導するイガラムとペルに続いて宮殿に入り、玉座の間に入ると玉座に座る黒髪をオールバックにした中年のダンディな男性とその男性の座る玉座の隣に立つ空色の美しい長い髪を持った14歳くらいの少女が立っていた。
彼等の立ち位置から男性がアラバスタ王国国王ネフェルタリ・コブラと隣にいるのが王女ネフェルタリ・ビビであることは誰の目にも明らかである。
「ようこそアラバスタ王国へ。“麒麟児"ゴジ准将。そしてそちらの美しい方が噂の“秘書”カリファ大尉だな。はじめまして私がアラバスタ王国国王ネフェルタリ・コブラだ。」
ゴジの姿を見たコブラは立ち上がり、柔和な笑みを浮かべて両手を広げてゴジの元へゆっくりと歩を進めてアラバスタ王国来訪を歓迎する。
2人は固く握手を交わして互いの邂逅を喜びあった。
「准将のゴジだ。はじめましてコブラ王。会えて嬉しいよ。そちらにいる将来間違いなく美人になると断言出来る美少女がビビ王女かい?」
ゴジはコブラと笑顔で握手を交わしてからビビに近寄って挨拶しようとすると、コブラはビビの前に慌てて移動してゴジとビビの間に両手を広げて立ちはだかった。
「コブラ王、何を?」
「パパ!?」
ゴジがコブラの行動を訝しんでいると、父に庇われたビビが慌てるが、コブラはキツくゴジを睨み付ける。
「いくら君でも娘はやらんぞ!そんなエロい秘書がいるのに娘にも手を出そうというのか!?」
娘を溺愛するコブラは“女好き”のゴジの魔の手に掛からないように必死であるが、カリファに対しての本音が漏れているところを見ると、ゴジとコブラは本質的には同類のようだ。
「こんな可愛い子を前にして挨拶しねぇ男なんている訳ないだろうがオッサンはお呼びじゃないんだよ!少し下がってろよ。」
「やはり本性を出したな。この“女好き”め!?」
ゴジとコブラは互いのおデコを突き合わせて罵倒し合いながら、睨み合った。
ゴジは“麒麟児”の異名の他にも、女性に囲まれて鼻を伸ばすだらしない顔で女性を口説いている写真が度々世界中に広まり“女好き”という悪名の方も広まっている。
「こら!コブラ王!この親バカエロ親父が!(ガンッ!)」
「准将、あなたは綺麗な女性を見てすぐにがっつかない!セクハラですよ!(ガンッ!)」
事態の収集を図るためにほぼ同時にイガラムがコブラ王の頭にゲンコツを落し、カリファがゴジの頭にゲンコツを落とした。
「「いでっ!?」」
イガラムとカリファは目線を交わし、それだけで互いの苦労を察して互いに苦笑しながら軽く頭を下げた。
「あはははは!ゴジ准将もお父様も一体何してるのよ。あはははは!お腹痛い。」
「「「わはははは!」」」
自国の王と来賓が互いの腹心に頭を小突かれて頭を押さえて痛がっている光景にビビだけでなく、警備にあたっている近衛兵達も笑いを堪えきれずに玉座の間が笑いに包まれた。
《カリファ、コブラ王は今回の事件には無関係だ。捜査への協力を仰ぐことにする。》
ゴジは頭を押さえて蹲りながら玉座の間だけてなく、見聞色の覇気により宮殿の様子等も探り、立ち上がると同時にカリファに“電話”で今後の方針を伝えると彼女は表情を変えずに一度頷く。
───いい国だ。そして何よりもコブラ王は多くの兵士や国民から慕われる慈愛の国王だな。
見聞色の覇気を極めたゴジだからこそ、父ジャッジのように威厳を持って国を率いるのでなく、優しさで包み込み、民に寄り添いながら共に歩もうとするコブラの王としての……いや人としての在り方が心地よい。
だからゴジはそんなコブラは国民から雨を奪うような王ではないと断言出来る。
「准将、バカな父でごめんなさい。悪い人じゃないんだけど……少し子煩悩なのよ。」
「少し?」
「いえ……かなり子煩悩かも……はぁ……。」
ビビ王女はゴジに駆け寄って父の非礼に対して頭を下げるが、親バカすぎる父コブラに溜め息が出るほど呆れていた。
当のコブラは頭に大きなたんこぶを作ったまま座り込んでイガラムからガミガミと説教を受けている最中であった。
「気にしてないよ。ビビ王女。この国はあの王様が治めているからとてもいい国なんだろう。君はこの国が好きかい?」
ゴジは今なおイガラムに怒られてシュンとなってるコブラ王とそれを見て心配するどころか、兵士や給仕達みんなが本当に楽しそうに大笑いしている光景を見て、自分の判断がやはり間違ってないことを確信した。
「ええ。愛してるわ!」
そしてゴジの問いに満面の笑みで断言するビビの笑顔を見て、さらにこの国を必ずバロックワークスの魔の手から救う決意を固める。
「そうか…それはよかった。ならば俺は今この国で起きてる問題について全力で解決すると誓うよ。」
「まさか……それって最近起き始めた内乱のこと?」
「あぁ。この内乱はどうやら人為的に引き起こされたものである可能性が高いから、俺はそれを解決する為にこの国へ来たんだ。」
「そんな!?でも、ゴジ准将が居てくれたら百人力よね。」
ビビと会話しているゴジが視線に気付いてコブラ王を見ると、彼はこの世の終わりを目の当たりしたような顔を浮かべて両膝と両手を付いて涙を流していた。
「な…ビビがゴジ准将のことを愛しているだと……それに楽しそうに内緒話までしているなんて!?うわああぁぁぁん。大変だぁぁぁ国の一大事だ!!ビビが史上最悪の”女好き”の餌食になってしまう。」
「ちょ…ちょっとパパ誤解よ!」
コブラ王はビビとゴジの会話を断片的に聞いて盛大な勘違いを起こしていたようで、弁明する為に慌てた様子でビビがコブラ王に駆け寄る。
「お父さん、娘さんを俺にください。」
ゴジは何やらコブラが勘違いしている事に気付いた上でしっかりこの流れに乗って姿勢を正して腰を90度折り曲げて頭を下げると、間髪入れずにビビからツッコミが入る。
「ちょっ……ゴジ准将、貴方も悪ノリしないでよ!?話がややこしくなるじゃない。」
ゴジはビビもツッコミに対して悪びれもせず、いい笑顔でサムズアップで返す。
「ナイスツッコミ!!」
「ダメだわ……この人、完全に面白がっている。」
ビビは諦めた表情でゴジを無視して必死でコブラへの弁明始めるとそれを見ていたゴジはビビのツッコミスキルについて冷静に評価を下す。
「ビビ王女はコアラに匹敵する逸材だな?」
それを聞いたカリファは頭を抱える。
「准将、貴方はアラバスタ王家に何の協力を求める気ですか?」
一応敵陣に乗り込むつもりで緊張してきたゴジの緊張の糸は既に粉々に切れ、ゴジはとうとう堪えきれずに笑いだしてしまう。
「わっはははは!!見ろカリファ、あのオッサンまだ泣いてるぞ。」
「はぁ…准将、あれでもこの国の国王なのです。外交問題に発展しても私は知りませんよ。はぁ……。」
コブラは今なお膝を付いて天を見ながら声を上げて泣いており、ゴジが一国の王に対して指を差して笑っているのを見て、カリファはこの場から一刻も早く逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「この親バカがちゃんと話を聞け!」
「コブラ王、先程のはゴジ准将の冗談ですよ。元気を出してください。ビビ様はまだお嫁に行きませんよ!」
「パパ!パパったら、もう……ちゃんと話を聞いてよぉ!」
イガラム、ペル、ビビの必死の説得で心ここにあらずといったコブラが復活したのはこれよりさらに数十分後のことだったという……。
後書き
アラバスタ王国いい国ですよね〜。
真面目な話は次回からです。
第四十九話
結論から言うと外交問題には発展しなかった。
皆で説明してコブラの誤解を説く事に成功すると、コブラ王がゴジに対して軽く頭を下げる。
「ゴジ准将、先程は取り乱して申し訳ない。」
ゴジは一国の王が自分に頭を下げた事に驚きながらも、人として謝罪する時に頭を下げるのは当たり前と、頭を下げるコブラに対してさらに好感を持つ。
「頭の軽い王だな。こちらも悪ノリして申し訳ない。コブラ王、この国の今後に関わる重要な話があるから、人払いを頼めないか?」
ゴジは自分も頭を下げて謝罪してから、玉座の間にいる人達全てに聞こえる声量でコブラに対して密談を提案すると、コブラも先程とはうって変わった真面目なゴジを見て、彼が突然この国へ来た理由を話すつもりだと即座に察する。
「ならば私の部屋に行こう。イガラムとビビはカリファ殿の相手を頼む。ペル、私はゴジ准将と部屋で話をするため、誰も部屋に近づけさせるな!」
「はっ!」
「准将、ではこちらへ。」
ペルはコブラの命令に敬礼で応え、コブラはゴジを伴って自室に移動すると、ペルは任務遂行の為に二人の後に付いて行く。
先程とはうって変わって真剣な顔をしながら玉座の間を後にする二人だが、彼らの頭に出来た大きなタンコブのお陰で彼らを見送る者達の目には凄くシュールな光景に映っていたという。
◇
コブラの自室に移動したゴジは、早速彼にダンスパウダーの件について今判明してる事実とそれを踏まえたゴジの推理を全て伝えた。
「まさか…ダンスパウダーがこの国に流れていて、それに王下七武海のクロコダイル氏が関わってるかもしれないなどとにわかには信じられん。」
ゴジの話を聞いたコブラは本当にビックリして目を見開き、頭を抱えていた。
クロコダイルは今やアラバスタ王国では守護者とも呼ばれて絶大な人気を誇っており、コブラ自身も彼を信頼していたのだ。
実は海軍も王下七武海で一番古株であるクロコダイルを信頼して、アラバスタ王国周辺には海軍を派遣していないほどである。
「まだ捜査中の段階だが、雨を巡って内乱が勃発しているのが何よりの証拠だよ。」
「確かにこの国では内乱が起き始めているが、ダンスパウダーにより雨が奪われ、それが意図的に起こされていたとは……そのバロックワークスの狙いとはなんだ?」
「バロックワークスの目標は“理想国家の設立”らしい。そうだな……例えばバロックワークスが国内各地で内乱を勃発させるように仕組み、王家の評判を下げているとしたら?仮にその内乱の最中に王家が滅びたとしたら?」
ゴジはミキータからバロックワークスの目標を聞かされた時からこの結論に辿り着いていた。
「まさか……バロックワークスはこの国を乗っ取るつもりだと言うのか!?」
「声がデカい。これはあくまでも状況からの推察と今ある証言や証拠から推理した最悪のシナリオだが、そこにこの国で守護神と呼ばれて支持を高めているクロコダイルが関わってくると真実味が帯びてこないか?」
コブラは驚愕を隠せない。
もちろんバロックワークスとクロコダイルがアラバスタ王国を乗っ取ろうとしている事もだが、何よりも娘と変わらない歳でここまで読み解く推理力と洞察力を併せ持つ目の前にいるゴジのことである。
コブラは冷静になるように自分に言いかせながらゴジを見据えて重い口を開く。
「仮にそれが全て真実だとして王下七武海は元海賊とはいえ今は世界政府側の人間だ。仮にネフェルタリ家が滅びてクロコダイルがこの国を治めようと君達海軍にはなんの問題もないはずだ。現にドレスローザ王国は王下七武海の一人ドンキホーテ・ドフラミンゴ氏が治めている。何故君はこの国へ来て私にこの話を聞かせてくれるのだ?」
コブラは何故、海軍一忙しいはずのゴジがわざわざ手間を掛けてまでネフェルタリ家を救おうとしているのかが理解出来ない。
ドレスローザ王国は国民達からの熱い要望により王下七武海”天夜叉”ドンキホーテ・ドフラミンゴが王座に付いたため、この国でもネフェルタリ家が滅び、クロコダイルが国民から熱い指示を受ければ王座に付けるのだ。
そこに明確な略奪行為が認められなければ世界政府はそれを承諾するはずである。
「コブラ王、確かに貴方の言う通りだ。海軍、世界政府としてはアラバスタ王国を治める人間はどちらでもいいだろうな。でもそれは俺の正義が許さねぇ!」
「正義?」
「雨を奪ったことで乾きに苦しむ民がいる。内乱が起きれば平和に暮らしていた人が多く死ぬ。この国で雨を奪う悪を、内乱を引き起こそうとしている悪がいるんだぞ。そんな奴らの存在を知って野放しにすることは……」
ゴジは腰掛けていた椅子から立ち上がり、壁に向かって足音を立てずに歩いていく。
「”指銃・壁抜”!俺の正義が決して許さない。」
「ぐべっ!?」
ゴジは右手の五指で指銃を放って、土で固められた壁を右手でぶち抜き、壁の向こうで壁に耳を当てながら、王の私室での会話に聞き耳を立てていた男の首を掴んだ。
突き抜けたゴジの右腕の周りの壁にはヒビ一つなく、それだけでゴジの技の威力が伺い知れる。
「盗み聞き野郎……捕まえたぞ。オラァァァァァァ!!」
ゴジは男の首を掴んだまま壁から右腕を引き抜くと、ドカンという大きな音と共に壁が崩れて男の姿が顕となる。
その男はアラバスタ王国の近衛隊の鎧を着ている若い男であり、コブラはその男の顔を見て衝撃を受けている。
「チップ!?」
「ご…ゴブラ…ご…お”う……だずげ…」
チップとは去年アラバスタ王国の近衛隊に配属された男であるため、当然コブラとも顔馴染みであり、チップはゴジに首を握られたまま…コブラに手を伸ばして助けを求めているが、ゴジは男の首に指がめり込むほど強く握りながら、空いた手でその男の服を捲りあげた。
「ゴジ准将、彼はうちの近衛兵で……」
コブラは部下を解放するようにゴジに懇願しようとするが、ゴジは怒気を強めてそれを制する。
「コブラ王、これを見ろ。コイツの脇腹に刻まれた二本の剣を背負う翼の生えた髑髏を!?これこぞが俺達の敵であるバロックワークスの旗印だ。」
チップと呼ばれた近衛兵の脇腹付近に刻まれた髑髏の刺青を見たコブラは絶望しながら、チップの手を取ろうとした腕を降ろすと同時に、ゴジに首を掴まれていたチップは酸欠により意識を手放した。
「ぐが……が………。」
ゴジは玉座の間で間者を炙り出す為にあえて大きな声でコブラに密談があると伝えて、見聞色の覇気で気配を探りながら隣り部屋で聞き耳を立てていた男を見つけたのだ。
「そんな……チップが敵の間者だと…。」
コブラは城内にしかも王の警備を担当する近衛兵に敵のスパイがいた事実に絶望し、地面に両手と両膝を付いていると扉が開き、ペルの声が聞こえて慌てて振り返る。
「コブラ王!?今すぐその男から離れて下さい!!”飛剣”!」
部屋の護衛をしていたペルは、騒ぎに気付いて部屋に入るとすぐにゴジに対して怒りを露わにして飛びかかっていた。
◇
《Sideペル》
私は王の命令で、部屋で密談中のゴジ准将とコブラ王の護衛をしている。
王の居室での密談となると国家機密に直結する話題も多く、重要な話をしているに違いないので元々構造上防音となっており、部屋の前で待機する私にも中での会話は一切聞こえない。
扉に耳でもあてれば聞こえるかもしれないが、このアラバスタ王国において王の居室での会話を盗み聞くような不敬な部下は誰一人としていない。
「それにしてもジェガートの皆様は女性でありながら一切隙のない体幹と足運びでした。我が国の兵士……いえまずはこの私が学ばねばなりませんね。」
隼である私の視力は普通の人の6~8倍の視力を持つ為、空から護衛を兼ねてゴジ准将率いる海軍船がアラバスタ王国の領海に入ってからずっと監視していたから、港での出来事もの全てを見ていた。
ゴジ准将だけでなく、カリファ大尉やコアラ少尉に至るまで瞬間移動の如き速度で移動する技を持っており、隼の力を持つこの私がスピードで負けるとは思ってもみなかった。
「ゴジ准将に至っては逆立ちしても勝てる気がしません。あの人が海賊ではなく海兵で本当によかった。」
そしてゴジ准将から放たれていた威圧感の前には近づくことすら恐怖を感じてしまうほどだった。
部屋の護衛をしながら考えに耽っていると、部屋の中から壁が崩れる音が聞こえた為、私はすぐに部屋に飛び込んだ。
「なんだ?これは……王!?」
王の部屋に飛び込んだ私が見たものは崩落した壁と部下である近衛兵チップの首を鷲掴みにしたゴジ准将、そして何よりもゴジ准将に対して跪いているコブラ王の姿。
ここで何が起きたのかは分からないが、一つ間違いなく言えることはこれは王の危機であるということ。
私は無我夢中で腰に帯びた刀を抜き放つと同時に”人獣化”しながら王の敵となったゴジを討ち滅ぼす為に最速で斬りかかった。
「コブラ王!?今すぐその男から離れて下さい!!”飛剣”!」
この男には私の攻撃が見えているようだ。
「うん。この状況なら勘違いしても仕方ないよな。音速を超えるスピードで接近してすれ違いざまに放つ神速の袈裟斬りだな?ならば”紙絵・拭紙”!」
私が動き出した直後、刀を振りかぶる前に攻撃を言い当てられたが、もう止めることは出来ない。
この男は体を紙のようにヒラヒラとさせて斬撃を躱した後、あろうことか振りおされる刀を手入れする拭い紙のように右手で優しく刀の峰から包み込んだ。
「なっ……!?」
驚くな!
自分ではこの男には逆立ちしても勝てないことは分かっていた。なら、私の取るべきはこの男を王から引き離すことだけ!!
「鉤爪!」
私は勢いを殺すことなく、すぐに剣を手放しながら”獣化”して完全な隼の姿になり、目の前の獲物を捕獲するために鋭く尖った自慢の鉤爪を前に出す。
「流石はこの国最強の戦士。あの必殺の斬撃すら囮か!王を逃がす時間を稼ぐために死をも覚悟で俺を城の外に連れ出すのが真の目的!?」
また攻撃を言い当てられたが関係はない。仮に反撃されて首を切り落とされようとも確実に外へ蹴り出してやる!
もし鉤爪が躱されたのなら、嘴、翼そして全身でこの男にぶつかって外へ追い出し、確実にコブラ王から引き離す!!
”我、アラバスタの守護神ファルコン 王家の敵を討ち滅ぼすものなり!!”
第五十話
ゴジは巨大な隼となったペルの鉤爪が目の前に迫ってくるのを楽しそうに眺めている。
「ペル!止めよ!」
コブラの制止の声に従い、ペルは翼を羽ばたかせてその場で急停止し、鉤爪がゴジの頭を掴む直前で停止する。
ゴジは見聞色の覇気によりこの未来が視えていたのであえてペルの攻撃を避けなかった。
「コブラ王!何故止めるのですか?この男はチップを……そして貴方をも手にかけようと……。」
「よく聞け。誤解だ!チップは敵のスパイ。チップはこの部屋の盗聴をしていたのだ。ゴジ准将はいち早くそれに気付き、捕らえただけだ。嘘だと思うならチップがいた隣の部屋を見てみよ。」
コブラはペルに諭すように言いかせながらゴジの突き破った部屋を見るように言うと、大穴の空いたコブラの私室から覗く部屋を見てペルは愕然として力が抜けて人間の姿に戻る。
「なっ……この部屋はティティ様の……!?」
「そうだ。私が立ち入り禁止にしている妻の部屋にチップがいた事が何よりの証拠だ。」
ネフェルタリ・ティティ王妃。
コブラの妻にしてビビの母親であり、ビビを産んで直ぐに他界してしまったが、彼女の部屋は当時のまま残して日々掃除するメイドを除き立ち入り禁止していた。
王の守護を担当する近衛兵であれば王の居室の隣にある王妃の部屋をメイドが掃除する時間帯を把握することは容易であり、見つからないように王妃の部屋に潜入すれば隣にある王の居室の会話は盗聴し放題である。
「ゴジ准将ぉぉぉ!申し訳ございませんっ!!」
当然ペルは自分がとんでもない勘違いをしてゴジを殺そうとしていた事に気付き、ゴジに対して両手を両膝を付き、血が滲むほど強く頭を地に打ち付けて土下座しながら謝罪する。
「私は……とんでもない勘違いを、この国を救おうとしてくれた貴方を疑った。私は……私は……。」
ペルはこの失態に報いるには死をもって償うしかないと思っているが、自分の命はネフェルタリ家とアラバスタ王家に捧げているので自分の意思で差し出す事は出来ない。
「ゴジ准将、ペルは……!?」
「大丈夫だコブラ王。ちゃんと分かってるよ。」
ゴジはそんなペルにゆったりと近づいていくので、コブラが弁明しようとするのを笑顔を浮かべているゴジが制する。
ペルの元まで来たゴジは片膝を付いて彼の肩に手をつく。
「ペル殿、俺も貴方に一つだけ謝罪させて欲しい。」
「えっ?」
ゴジの言葉が理解出来ないペルは跪いたまま頭を上げる。
「俺はペル殿に会った時、貴方を悪魔の実の能力頼りの男と評価し、先程、俺には勝てないから攻撃を止めろと言ったことを撤回させて欲しい。貴方はあの瞬間、自分の死と引き換えにコブラ王を守ろうとした。そんな貴方の覚悟を侮辱する発言だった。本当に申し訳ない。」
ゴジはペルの最後の攻撃に感動していた。
絶対勝てないと分かってなお、数分いやたった数秒の時間を稼ぐ為に迷いなく死を選んだペルの国に命を捧げた真の戦士の生き方をただ純粋にカッコいいと思ったからただ実力だけでペルを評価した自分が恥ずかしかった。
「そんな……ゴジ准将、頭をお上げください!私など貴方の足元にも……。」
ゴジはアラバスタ王国以外にも色んな国を見てきたが、基本的に海へ出ることもない平和な国の兵士達の練度の低さを多く見てきたので、ペルに対しても同様だと思って軽視していた。
「仮に俺が本当に敵だった場合、俺はペル殿の攻撃で外に弾き出されていたから、コブラ王が逃げる時間を稼げたはずだ。王を逃がそうとしたあの戦いは間違いなく貴方の勝ちだった。誇っていい”ハヤブサ”のペル。やはり貴方こそがアラバスタ王国最強の戦士だ。」
ペルは雲の上の存在と感じたゴジに認められたことで感激に震えながら涙を流す。
「ゴジ准将……ありがとう……ござい……ます。」
ゴジは正義のヒーローに死は許されないから、必ず敵を倒した上で自分も生き残る戦いをしなくてはならないと考えているので、国に命を捧げたペルのように死をも恐れぬ戦いは出来ないがその在り方は間違いなく高尚なものだと断言できる。
「だからこれでおあいこにしよう!俺ももう謝らねぇからペル殿も謝るな。ペル殿……いやペル!俺と友達になってくれないか?この国を救う為にはペルの力が絶対に必要なんだ!」
ゴジは笑顔でペルに手を差し出すと、ペルは一瞬驚くもすぐに笑顔を浮かべてその手を取るので、ゴジはその手を引っ張りあげてペルを立たせる。
「はい。もちろんです。ゴジ准しょ……いえ友人に対して敬称は失礼ですよね。ゴジ。」
事態は何も好転していない。
しかし、コブラの目に写る自分の最も信を置くアラバスタ王国最強の戦士と海軍本部の若きエースが拳を交えあった末認め合い友となり、固く手を取り合う光景は彼に勇気を与える。
「二人で盛り上がっているところ悪いが、この国を救う戦いだ。当然私も協力させてくれるのだろな?」
コブラも笑顔で歩み寄りながら、固く手を握り合うペルとゴジのそれに自分の手を重ねた。
「むしろコブラ王はいないと何も始まらねぇだろう。」
「ふははははっ。そういえば聞きそびれたのだが、この国を見捨てる事はゴジ准将の正義に反すると言っていたが……良ければ聞かせてくれないかね。君の背負う正義のことを……」
「ゴジが背負う正義。私も気になります。貴方の強さの原点はそこにあるような気が致します。」
コブラはペルとの戦いで途中だった話の再開を促すと、ペルも食い付いたので、ゴジは胸を張り自信と共に自分の正義を語る。
「俺の背負う正義は“体現する正義”。海軍の掲げる正義の根底にあるのは弱きを助け、悪を断つこと。俺の名を聞けば敵は震えてあがり、助けを求める人が聞けば勇気を与えられるような正義を体現する最強の海兵になりたいんだ。」
コブラとペルは笑顔で信念を語るゴジの言葉に打ち震えた。
ゴジはコブラ、ペルと比較しても一番小柄であり、単身痩躯と呼んでも差し替えない体で常に最前線に立ち、数多くの海賊を拿捕してこの海を守ってきたこの男を彼らは知ってるのだ。
「愚問だったな。」
「ええ。国民達が歓喜するのも納得できます。」
彼らだけではない。この海に住む全ての人がこの海を守る”正義のヒーロー”が誰なのか知っている。
「ならばだ。ゴジ准将、君は知らないだろうが、既にこの国でも正義を体現しているのだ。」
「ん?」
ゴジはコブラの言葉にポカンとした顔を浮かべるとペルが言葉を引き継ぐ。
「ゴジ、貴方がこの国への来訪を宣言してから、今日までアラバスタ王国各地で起きていた内乱がただの1度も起きていないのですよ。」
「今日ここアルバーナにはこの国に住む人達のほとんどが集まっている。何故だか分かるかね?君は、既にこの海に住む全員の希望なのだ。この海の守護者たるヒーローを盛大に迎えねばならないと国が一つになった結果だよ。」
数多の大海賊を討ち滅ぼしてきたゴジの来訪という事実は、雨を望みながら乾きに苦しむアラバスタ王国民にすら希望を生きる活力を与えた。
彼がアラバスタ王国に来るのに内乱をしている暇はない。
彼を歓迎する準備をしなくてはならない。
そして、一目でいいから彼に会いたい。
彼に会って日頃の感謝を伝えたいとアラバスタ王国の各都市から人がアルバーナに集まっているのだ。
ゴジは話を聞いて、目を見開きながらアルバーナに到着して船から見た港に集まっていた人の多さに驚いたことを思い出す。
そして、幼き頃に元帥室でセンゴク達に語った己の夢を振り返る。
『俺は最強の海兵になる。』
『もっと鍛えて俺自身が強くなる。強くなって俺の名を聞けば全ての海賊が畏怖し、海賊に怯える人が聞けば希望を与えれるようなそんな海兵になりたい。』
『正義……せいぎね……。そうか……俺は”正義のヒーロー”を目指すよ!二ヒヒヒっ。』
ゴジは自分の来訪が内乱を鎮めた要因になれた事で、自分の夢に一歩近づけた気がして凄く嬉しかった。
「それは……すごく嬉しいな。なら俺は期待に応えてこの国を襲う災厄を鎮めて”正義のヒーロー”にならないとな。」
そんなゴジを見たコブラ、ペルの二人は唐突に理解する。
未だにバロックワークスの全容は掴めない。さらに宮殿にもまだ多くのスパイが潜んでいるはずであるが、ゴジがこの国に来た以上もう自分達の危機は去り、この国は必ず助かるのだとそう思ってしまった。
◇
一方ゴジに命ぜられて“悪魔の子”ニコ・ロビンを追跡中のコアラはアルバーナの入り組んだ路地に差し掛かっていた。
「やはり付けられてるわね…」
コアラはロビンにバレないように一定の距離をとって追跡しているが、ロビンは8歳で賞金首となって17年間世界政府から逃げ続けてきた女である。
「やはり、あの時、“麒麟児”さんに能力を使ったことを見られていたのね。」
反乱軍で尾行の訓練を受けていたはずのコアラの追跡をも一瞬で見破り、彼女を釣るためにロビンは路地の角を曲がって死角へと入った。
コアラは見失わぬようにロビンを追いかけて角を曲がると、目の前にロビンが両手を体の前でクロスさせた状態で立っており、慌てて臨戦態勢をとろうとする。
「六輪咲き!」
「きゃっ……あでっ!?」
迎撃の構えをとったコアラだが、突如自分の体から咲いた六本の腕で体を拘束がされて、なすがまま体を地面に叩き付けられた。
「あら……可愛らしい海兵さんね?貴女は確か“海拳”コアラ少尉。私を捕らえに来たのかしら?」
”海拳”とは魚人空手を使うコアラに与えられた二つ名で、もちろん名付け親はナヅ・ケタガーリ中将である。
「これは…まさかハナハナの実?」
「あら?よく知ってるわね。その通り私は超人系悪魔の実ハナハナの実の能力者、咲く場所を厭わない私の体は貴女を決して逃がさない。」
コアラは地面に叩き付けられて拘束されたままロビンを見上げて睨み付ける。
ロビンは超人系悪魔の実 ハナハナの実の能力者であり、自分の好きな場所に自分の体の一部を咲かせることが出来る能力を持っており、この能力でコアラの体に咲かせた自分の腕を使って彼女を拘束したのだ。
「うふふっ…ごめんなさい。でも私は捕まるわけにはいかないから逃げさせてもらうわ。」
「待て!私から逃げられてもゴジ君が貴女を捕まえるわよ!」
終始表情を変えずに余裕だったロビンだが、ゴジの名前を聞いた途端に少し表情を緩めた。
「それはとても怖いわね。ではさっさと逃げさせてもらうわ。じぁね…」
ロビンは薄く笑いながら、コアラをハナハナの実の能力で拘束したまま、背中を見せて振り返ることもなく立ち去って行った。
「くそ!逃げられたわ!」
コアラの体の拘束が解ける頃にはロビンの姿は跡形もなく、コアラは任務の失敗をゴジに報告する為に王宮を目指した。
後書き
ペルがカッコよく書けたかどうか心配です。
リメイク前の作品をご存知の方の為にも大筋はそのままに新たな展開や話を盛り込んでいますので楽しんでいただけたら嬉しいです。
第五十一話
アルバーナの王宮に与えられたゴジの客室でコアラの任務失敗の報告を聞いたゴジは労いの言葉を掛ける。
「コアラ、ご苦労さま。やはり8歳から17年も世界政府から逃げ続けた女は一筋縄ではいかないなぁ〜。怪我はないか?」
「うん。拘束された時に肩を軽く痛めたけど、骨にも筋にも異状はないと思う。でもハナハナの実は厄介だよ。」
コアラはロビンに拘束された時に軽く痛めた関節を擦りながらロビンの能力を思い出して苦い顔をする。
「俺でよければ少しマッサージしてあげようか?」
「やったぁあ!ゴジ君のビリビリマッサージ、ホント効くのよね。」
コアラはゴジの傍に近寄ると彼に背を向けてその前に座り込む。
人体構造に精通し、電気の能力を駆使したゴジのマッサージは凝った筋肉や筋を電気で解すのでジェガートではプロ以上と認識されており、ファンが多い。
「あっ……分かってると思うけどセクハラしたらカリファさんに言いつけるからね?」
ただ一つの欠点といえば隙あらば胸や尻を触ろうとしてくるゴジ自身である。
「えっ……やだなぁ。はははっ……む……胸なんて揉むわけないじゃねぇか!?」
コアラは顔を赤くして咄嗟に両腕で自分の胸を隠しながら、下品な顔で両手をワキワキとさせているゴジをジト目で睨みつける。
「ゴジ君のえっち……。私、胸なんて言ってないよ。はぁ……それで私は次何すればいいの?逃がしたニコ・ロビンを探そうか?」
ニコ・ロビンが超人系悪魔の実、ハナハナの実の能力者と判明した以上はコアラでは分が悪い。
「そっちはいいよ。気になることもあるし、婆さんに連絡して彼女の過去を探ってみるよ。コアラはカリファと共に王宮で捕らえたバロックワークスの一味の一人を護衛してステューシー達と合流してくれ。」
ゴジは話をしながら、真面目にコアラのマッサージを始める。
近衛兵に扮したバロックワークス社員を情報を吐かせる為にその道のプロであるサイファーポールの元に彼を連行しようとしている。
「ゴジ君の読み通りに、やはり敵は王宮にも潜入してたのね?」
「あぁ。国王と内密の話をすると言ったら見事に釣れたよ。」
逃走及び奪還、暗殺目的の襲撃を警戒してカリファに指示を出したが、コアラが戻ってきたのでカリファの補佐に付けることにした。
「あ”あ”ぁぁぁ……効くわぁ。それでカリファさんは今どこにいるの?」
コアラは痛めた肩に流れる電気刺激の快感に酔いながらも話を進めると、ゴジも施術を施しながら話を返していく。
「牢屋で例の男を見張ってるよ。コアラはカリファと合流してくれ。マッサージはあらかた終わったけど、体の調子はどうだい?」
「うん。もう全然痛みがないよ。それに肩凝りも取れてる。相変わらず凄いね!」
コアラは両肩をグルグルと回して喜びを露わにする。
「大して痛めていないようでよかった。」
ゴジはコアラにマッサージを施しながら、ニコ・ロビンに反撃を受けたにも関わらず、負傷程度が軽すぎる事に対してさらにニコ・ロビンへの不審感が増す。
「では、ゴジ君、行ってくるよ!」
コアラが敬礼と共に客室から出たのを確認してから、つるへの電伝虫を取り出して通話のためにベルを鳴らした。
◇
海軍本部の執務室で仕事中のつるはゴジの電伝虫が泣き出した事に気付き、受話器を取った。
『もしもし。婆さんか?』
数日会っていないだけだが、ゴジの声に懐かしさを感じつつ話を促す。
『おや?ゴジ。どうしたんだい。』
『"悪魔の子"ニコ・ロビンがアラバスタ王国にいた。彼女について知ってる事があれば教えてくれ。』
つるはゴジからロビンの名前を聞いて、息を飲んだ。
『っ…!?よりによってニコ・ロビンかい…。』
ゴジはつるの反応から、ニコ・ロビンについて何か知ってる事があると分かり、つるに話すを急かす。
『婆さん、何か知ってるんだな?ニコ・ロビンは超絶美人だからか?それは冗談としてもな……彼女は海に落ちた女の子を助けようとしたり、尾行したコアラに大した危害も加えずに返してくれたり、どうも悪人には見えねぇんだよ。』
ロビンは世界政府や海軍の上層部では確かに超有名人だが、当然、ゴジの言うように容姿ではなく、彼女が賞金首となった経緯が中々特殊だからである。
『これも運命かね…よく聞きな。実はね…』
つるはこれから話す内容が確実にゴジを傷付けることにると分かった上で全てを話す事に決めた。
ゴジはつるの予想通りに彼女から聞いた話に衝撃を受けることになる。
◇
今から17年前、16歳のゴジがまだ生まれる前年の出来事である。
歴史研究のためにニコ・ロビンの母ニコ・オルビアらの乗る船が航海中に海軍により捕縛され、船内の調査結果を元に当時のCP-9長官スパンダインが西の海にあるオハラに部下を引き連れ押し寄せた。
スパンダインは、オハラの考古学者達に対して空白の100年と歴史の本文の研究を理由に死罪を言い渡し、当時の海軍本部大将センゴク名義で同島にバスターコールを発動した。
バスターコールと呼ばれる海軍本部中将五名が率いる大艦隊の一斉砲撃により、オハラは瞬く間に焼け野原となり、翌年以降、地図上から削除された。
さらに、このオハラへのバスターコールにより、ロビンの実母ニコ・オルビアや考古学者達を含む島民全員及びロビンを逃がした元海軍中将ハグワール・D・サウロが海軍の軍艦6隻を沈めて死亡し、このバスターコール唯一の生存者であるロビンはサウロの罪を全て背負わせられた挙句、海軍の軍艦6隻を沈めた凶悪な犯罪者として8歳にして7900万ベリーの賞金首となったのだ。
◇
つるがニコ・ロビンに関する全てを話終えた。当時大将センゴクの名の元に行われたバスターコールを作戦室から指揮していたのは他ならぬ彼女だった。
『これがオハラの悪夢と呼ばれるあの日の真実だよ…』
『巫山戯るなよ……無関係な島の人まで全て殺した上にたった8歳の女の子に無実の罪を着せることの何処に正義があるんだぁぁあああ!!!』
ゴジの怒声が王宮に響き渡る。
ゴジがセンゴクから覇王色の覇気の訓練を受けてなければ、彼は怒りのあまりに覇王色の覇気で王宮を覆い尽くしていたかもしれない。それほどに怒りに満ちていた。
『ゴジ……』
オハラの悪夢は作戦に参加していた将校達にも大きな影響を与えた。
───そう。あの作戦に参加した者は総じて『正義』とは何かについて悩んできたんだよ。
特にクザンは元々『燃え上がる正義』を掲げ、やる気に満ち溢れて20代で中将となった男でオハラの襲撃のバスターコールにも中将の一人として参加したが、罪のない民間人を虐殺した上で冤罪により8歳の女の子を犯罪者にしたことで「海軍での自分の正義とは何か」と苦悩するようになり、その悩みを経て確固たる信念をもって今は『ダラけきった正義』をモットーにするようになったほどである。
『ぐず……ハグワール・D・サウロ中将は偉大な海兵だな。一度でいいから彼と会ってみたかった。』
つるはゴジの涙声を聞きながら、『デレシシシ』という特徴的な笑い声と笑顔のよく似合うサウロのことを思い返していた。
『あぁ。そうだね……。』
ゴジの性格や掲げる正義をよく知るつるはロビンを命懸けで救ったサウロ中将のようにゴジが怒り狂うだろうことは分かった上で正直に話したのだ。
しかし、それ以上につるはゴジのことを、あの日感情のまま暴れまわったサウロ中将とは違うと信じている。
『サウロ中将の意思は俺が継ぐ。婆さん、俺は……俺の正義に従うぜ。』
ゴジは悲しみと怒りに震えながら、双眸から溢れる涙を拭いながら自分の意思を伝える。
『好きにしな。あんたがやった事の責任くらいは私がとってあげるよ。』
ゴジがアラバスタ王国に部隊を引き連れてこれた理由も、全てつるのお陰だった。
つるはゴジに対して基本的に命令を出すことはない。つるの命令を受けて動くのはギオン率いる第一部隊で、第二番隊は全てゴジの裁量で動かすことを許可されている。
───ゴジ、あんたはあんたのやり方でニコ・ロビンを救おうとしてんだろう?やれやれこれは少し骨が折れそうだ。
彼女は最強の海兵となり、正義のヒーローを目指すと言ったゴジの夢を応援する為に彼の障害は自分が排除するのだとゴジを預かった日からずっと覚悟を決めていた。
『いつもありがとう。きっと婆さんにも迷惑掛けることになるがよろしく頼む。』
そして、世界政府がサイファーポールを総動員して血眼になって探していたニコ・ロビンをゴジがどのようにして救うつもりなのか不安よりも期待している自分がいることに苦笑してしまう。
『あぁ。任せときな。』
ニコ・ロビンの過去は口外すべき内容ではないことは、少し考えればゴジには理解出来た。
しかし、自分を信用して話してくれたつるの想いを受け止めたゴジは感謝を伝えてから受話器を置き、決意を新たにしたゴジはおもむろにその場から立ち上がって一路レインベースへ向かった。
◇
レインディナーズのオーナー室でロビンがクロコダイルにある報告している。
「Mr.0。今王家の側仕えメイドとして侵入しているミス・マザーズデーから連絡があってアラバスタ王国の護衛軍に潜入していたMr.6が“麒麟児”に拿捕されたそうよ。」
そう……近衛兵チップのコードネームはMr.6。ティティの部屋を掃除する担当メイドの一人として潜入していたミス・マザーズデーとペアを組んでいるフロンティアエージェントと呼ばれる幹部の一人だった。
彼女はMr.6拿捕の騒ぎに乗じて城から抜け出してロビンに連絡を取ったのだ。
「ちっ……!?それで麒麟ガキはどうしている?」
「“秘書”、“海拳”の二人がMr.6の監視。“麒麟児”はさっきアルバーナを経って超カルガモ部隊の一匹に乗りたった一人で真っ直ぐにレインベース向かって来ているわ。」
ゴジはクロコダイルの準備が整う前に敵地に乗り込もうと決めた事のだとクロコダイルも察する。
「なるほど。Mr.6を捕らえた事はすぐに俺に露見する。俺が何か対策を講じる前に動くか?流石“麒麟児”と呼ばれるだけはあるが、たった一人で来るとは自分の力を過信しすぎている典型的なバカだな。クハハハハ!」
「けどどうするの?“麒麟児”がカルガモに乗ってるなら小一時間でここへ辿り付くわよ。今からMr.1達を呼び戻す時間はないわ。」
アルバーナからレインベースに来るにはサンドラ河を横断しなくてはならないが、アラバスタ最速カルガモ部隊がいるなら話は別である。
カルガモ部隊の脚力は豹をもしのぎ、砂漠の砂地でもその速度が落ちることはなく、空こそ飛べないが水鳥であるため砂漠を駆ける速度そのままで水面を泳ぐ事が出来るのだ。
ここから南方に位置するエルマル近郊で司令を待つMr.1を呼んだとしても、馬やラクダでは到着には半日は掛かるためゴジの到着には間に合わない為、クロコダイルは手元にある手駒で出来る最善策を練っていく。
「ここでは些か不利か……ミス・オールサンデー、奴を砂漠で待ち伏せる。砂漠ならばこの俺に勝てる奴はいねぇ。クハハハハ!」
クロコダイルは湖の地下に作られて一面ガラス貼りでまるで湖の中にいるかと錯覚する美しい部屋を見渡して愚痴る。
この部屋で戦闘になった場合、能力者ではないゴジが唯一の出入口である扉を塞いだ上でガラスを叩き割ると能力であるクロコダイルは圧倒的に不利になるからである。
「ええ。分かったわ。」
ロビンは表情を一切変えることなく作戦を了承して高笑いしながら先導するクロコダイルに付き従ってオーナー室を後にした。
第五十二話
ゴジはクロコダイルと面会をする為、部下を連れずに一人で王都アルバーナからサンドラ川を隔てて西に位置するレインベースに向かっていた。
いや正確には一人と一匹である。
「あちぃ〜な。それにしても超カルガモ部隊だったか。君が来てくれて本当に助かったよ。」
ゴジは自分を乗せて河を横断し、砂漠を駆けてくれたカウボーイハットとサングラスを掛けたキザなカルガモに礼を言う。
「クエ(キラッ)!」
ゴジは知らないが、彼の名前は見た目通りカウボーイという。カウボーイはゴジが宮殿を出た事に気付いてすぐに後を追い掛けた。
『クエェェクエ(キラッ)!』
『乗れって?』
『クエ(キラッ)!』
そして、ゴジに追い付くと何も聞かずに自分の背に乗るように促し、ゴジがレインベースに行きたいと聞くや否や、砂漠を走り、河を泳いでゴジを無事ここまで運んできたのだ。
超カルガモ部隊は飼い主であるビビからゴジが困った時は、必ず彼の力になるように言い聞かせられていたので、カウボーイはその指示に従っている。
「あれがレインベースか……けど街に入る必要はなさそうだよ。なぁ……サー・クロコダイル?」
「クハハハハ!」
砂漠を歩くゴジの周りに広がるのは周りにへだてる物がない砂の世界であり、ようやく目的地であるレインベースが見えた。
しかし、ゴジは見聞色の覇気で待ち人が向こうから訪ねてきたことを知り、何も無い時折砂埃が舞う虚空に声を掛けるとクロコダイルの哄笑が響き渡る。
「ク、ク、ク……クエェェ(キラッ)!」
ゴジは突如響き渡る笑い声に怯えるカウボーイの首元を優しく撫でながら、その背から降りる。
「大丈夫。落ち着いてくれ。ここまで運んでくれてありがとう。アルバーナに帰っていいよ。」
「クエ(キラッ)!」
カウボーイは背中から降りたゴジの指示を聞いて、翼でキザったらしくサムズアップを決めてから持ち前の脚力で後方に走り去って行った。ゴジを送って来た時よりも明らかに速く走っているのはきっと気の所為である。
アラバスタ王国に生息するカルガモは人並みの知能を持ち、人によく懐き、温和で臆病な性格の動物である。
「いい加減姿を見せてくれないか?そちらから会いに来てくれたんだろう?」
ゴジが言い終わった直後、彼の目の前で舞っていた砂塵が晴れた瞬間に、黒いボンテージとミニスカートの上から白いシックなコートを着た“悪魔の子”ニコ・ロビンと黒い上下スーツの上から緑色のコートを羽織ったサー・クロコダイルの二人が現れた。
「はじめましてゴジ准将、そして、ようこそアラバスタ王国へ。」
「クハハハハハ!」
ロビンは姿勢を正してゴジに対して深く頭を下げて、クロコダイルは立ったまま不敵な笑みを浮かべている。
「“悪魔の子“ニコ・ロビンと“砂漠の王”サー・クロコダイルだな?はじめましてだって何を言う?君とはこの国へ来て直ぐに顔を会わせただろう?」
ゴジはコアラの尾行がバレた事を知ってるので正直に話すと、ロビンは頭を少し傾けてながら微笑む。
「ええ。流石は“麒麟児”さんね。一目見ただけで私に気付くなんてね。」
「よく言うよ。君は俺の“女好き”を知って接触しようとしたのだろう?俺の大切な部下を無事に返してくれてありがとう。」
「あの赤いスキュレットの女の子、“海拳”ね。可愛い女の子に危ない事を命じるなんて酷い男ね?」
ゴジはコアラを無傷で返してくれた事に礼を述べると、ロビンは微笑んだまま軽い皮肉で返す。
クロコダイルは葉巻を吸いながらゴジに話し掛けた。
「お前が“麒麟児”か…なるほど噂通り若いな。」
「はじめまして。サー・クロコダイル、海軍本部准将のゴジだ。」
「で、この俺に何の用だ?招集の話は受けてねぇぞ?」
クロコダイルの言う招集とは王下七武海は世界政府から海賊および未開の地に対する海賊行為が特別に許されている代わりに緊急事態時には海軍本部や世界政府の為に力を貸すことが義務付けられており、その際に海軍本部から王下七武海宛に送られる要請のことを言う。
緊急時には海軍将校が迎えに来ることもある。
「いや、今からお前の化けの皮を剥がしてやろうと思ってな!なぁ…Mr.0。」
ゴジがクロコダイルをMr.0と呼んで指差すが、クロコダイルは余裕そうにニヤケている。
クロコダイルは現在の王下七武海の最古参で、王下七武海制度が出来た当初からいる大海賊であり、過去にも数々の悪事を企んでいたが、足が付くような真似はしない程に慎重な男だった。
彼は自分がMr.0だという証拠は何一つ残していないのだ。
「クハハハハ!Mr.0?何の事だ…海軍?俺はクロコダイルだぜ…」
ゴジとクロコダイルが睨み合っている中で、タイミング良くゴジの持つ携帯電伝虫がけたたましく鳴き、ゴジは受話器を取る。
『もしもし、ゴジ君?』
『ステューシーか?いいタイミングだ。報告をしてくれ』
ゴジは話の内容をクロコダイルにも聞こえるように受話器を向ける。
『バロックワークスの構成員は総勢1000人。幹部は社長であるMr.0とペアを組むミス・オールサンデーから直接指令を受けるオフィサーエージェント、フロンティアエージェントと呼ばれる12人と1匹の男性社員、および彼らとペアを組む女性エージェントから成るわ。ここまではミキータからの情報通りね。で、ここからが新しい情報よ。ゴジ君の読み通りミス・オールサンデーの正体は“悪魔の子”ニコ・ロビンで間違いないわ。」
諜報技術に関してCP-0出身のステューシーの右に出るものはおらず、さらにCP-1も動員してバロックワークスを調べて上げたのだから成果が出ないはずはない。
『さらに、ゴジ君が王宮で捕まえた男の正体はMr.6。この男を拷問してバロックワークスの幹部達のアジトが分かったの。場所はエルマルの西方に位置するスパイダーズカフェ。今そこにいるのはコードネームMr.1、ミス・ダブルフィンガー、Mr.2ボン・クレーというバロックワークス幹部のトップ三人。コアラとカリファの二人と合流して三人で彼らの拿捕に向かっているわ!』
『よし、そちらは任せるぞ。』
『ええ!』
ゴジは電伝虫の通話を切ってクロコダイルを見ると、クロコダイルはバロックワークスのことをここまで調べたあげたゴジを賞賛する。
「クハハハハ!流石に頭も切れるじゃねぇか?だが、まだ甘いなぁ!バロックワークスとやらの副社長がここにいるニコ・ロビンと判明し、そしてそのアジトが分かった所でそれがどうした?この俺になんの関係がある?」
ゴジ達の得た情報はあくまでクロコダイルの隣いるビジネスパートナーであるニコ・ロビンがバロックワークスの副社長と判明したので、当然Mr.0の正体はクロコダイルだろうという状況証拠である。
クロコダイルはバロックワークスの存在が露見することを見越して自分と繋がる一切の証拠を残していないので、未だにMr.0とクロコダイルを結び付ける決定的な証拠がないことに気付いているのだ。
「なるほど……部下は所詮捨て駒。これくらいでは動じないか?」
海軍とはこの世界における警察であり、海賊を拿捕する以外の犯罪行為を検挙する場合は証拠裁判主義を原則としている為、クロコダイルの言い分は正しい。
クロコダイルは王下七武海。王下七武海は海賊であって海賊ではなく、彼らの称号を剥奪するには相応の証拠を用意した上で判断しなくてはならない。
「だが、そうだな。俺も王下七武海の一人として自分の仕事をするとしよう…」
クロコダイルはそう言いながら下卑た笑みで隣にいるロビンを見つめる。
ゴジはクロコダイルの動きをで見聞色の覇気で予知し、クロコダイルがやろうとしていた事にいち早く気付いた。
「電光石火!」
ゴジが電気能力と“剃”を合わせてた超高速移動で体を低くしながら、ロビンの腹に右肩でタックルように突っ込み、彼女の膝裏と背中に両腕を回す事で彼女を抱きかかえてクロコダイルの傍を駆け抜けた。
「っ…!?ゴジ准将……えっ?クロコダイル……貴方何をしてるの……?」
ロビンはクロコダイルが左手の金色のフックを外して先程まで自分がいた場所をフックで突き刺しているのを、ゴジに抱えられたまま彼の背中に見てしまった。
さらにクロコダイルのフックの刀身に複数の穴が空いており、その穴からは毒の滴が滴り落ちている。
──クロコダイルがロビンを背中からフックで突き刺す。
ゴジはこの光景を未来視して、慌ててロビンに駆け寄って彼女を助けたのだ。
「なんの真似だ…“麒麟児”?」
「それは俺のセリフだ。なんの真似だ?何故ニコ・ロビンを捕らえるのではなく、殺そうとした?」
「何を怒っている?俺は海軍の手を煩わさぬようにただ王下七武海の一人として犯罪組織バロックワークスの社長であるニコ・ロビンを殺してやろうと思っただけだぜ!」
クロコダイルはニコ・ロビンのことをバロックワークスの副社長ではなく、あえて社長と呼んだ。
「「なっ…社長!?」」
「クハハハハ!」
ニヤリと笑ったクロコダイルを見て、ゴジとロビンは唖然とする。
「そういうことか……この外道が!!」
さらにクロコダイルがこれまで一切表に出ずに、ロビンに直接的な指揮や運営を一任していたのはバロックワークスの存在が世界政府にバレた時に、全ての罪をロビンに押し付けて殺すつもりだったことにゴジとロビンは気付いてしまった。
死人に口なし、クロコダイルがMr.0と知っているのはロビンだけであり、彼女さえ殺してしまえば自分の正体は永遠に露見しないのだ。
第五十三話
『……場所はスパイダーズカフェ。敵はコードネームMr.1、ミス・ダブルフィンガー、Mr.2ボン・クレーの三人。コアラとカリファと合流して三人で向かっているわ!』
『よし、そちらは任せるぞ。』
『ええ!』
ステューシーはクロコダイルの元へ向かったゴジとの通話を終える。
彼女達三人はそれぞれ超カルガモ部隊のカルガモの背に乗って、先の報告通りスパイダーズカフェに向かっている最中だった。
「私達がようやくサンドラ河を渡り終えましたから、准将はそろそろレインベースに到着するころですね?」
「ええ。先にアルバーナを出たゴジ君が同じカルガモちゃんに乗ってるならレインベースに着いてるでしょうね。」
アルバーナとレインベースは川幅約50キロもあるサンドラ河さえ渡ればすぐ到着するが、ステューシー達の目的であるエルマルはレインベースからさらに砂漠を約70キロ南下しなくてはならない。
カルガモ部隊の脚力ならここから1時間弱もあれば余裕でスパイダーズカフェに到着出来る計算である。
「ねぇねぇ。もしかしてゴジ君ってさ。今のステューシーさんの会話をクロコダイルに直接聞かせたりしてないかな?」
コアラの冗談めかして言いまわしにステューシーとカリファは笑う。
「うふふっ、バカねコアラ。流石にまだクロコダイルの待つレインディナーズに着くには早いわよ。」
コアラを含めて彼女達は先程の冗談が真実だとは夢にも思っていない。
「ふふっ。ええ……全くです。それにしても『クロコダイルはきっと俺達に備えて最高戦力を準備しているはずだから、カリファ達はそいつらを捕らえろ。』ですか……。」
カリファはゴジが王宮から一人で経つ際に自分に命じた指示を復唱した。
「ようするにそれってさ。『俺とクロコダイルとの戦いに邪魔を入れるな』ってことだよね?」
「あら?コアラもゴジ君のこと分かってきたわね?」
コアラはゴジの真意を読み取ってニヤニヤすると、ステューシーもそれに同意する。
───何故、私かコアラを一緒に連れて行かなかったのかしら?
もちろんカリファもゴジの真意には気付いているが、腑に落ちないのはクロコダイルの側近にはニコ・ロビンがいる。
クロコダイルとの戦いに水を差されたくないならばニコ・ロビンを抑える仲間を同行させるべきであるが、ゴジはたった一人で行ってしまったことである。
「そりゃ、毎回むちゃくちゃするもんねぇ。それに毎回振りまされるヒナさんの苦労も分かるよ。」
「ふふっ。そういえばヒナは大丈夫かしら?」
ヒナに与えられた任務はサンドラ河にいるたった1隻の船を見つけるというものである。
「そちらは大丈夫でしょう。准将が最強の援軍を送りましたからね。」
「「最強の援軍?」」
ゴジがヒナに送った援軍について知らないステューシーとコアラが話に食い付いた。
ステューシーとカリファはコアラの正体を知らず、コアラはカリファの正体を知らない為、サイファーポール二人と革命軍一人というこの歪なトリオは女が三人集まれば姦しいと言われるように、彼女達もカルガモの背に揺られながら姦しく話に華を咲かせてエルマルを目指していた。
◇
ゴジの指示でサンドラ河で一隻の船を探しているヒナは途方に暮れていた。
「サンドラ河がこんな広大なんて聞いてないわよ。対岸から対岸すら見えないじゃない ヒナ絶望!」
サンドラ河は川幅約50キロ、全長200キロを超える広大な河であり、この河にいるたった1隻の船を見つけるのは砂漠の中からたった一粒の砂を見つけるようなものである。
「キャハハハ!でも、ヒナ中佐。ゴジ君がこっちに最強の援軍を送ってくれるってさ。」
「援軍?今更一人増えたところでなんの役に立つのよ……それとも軍艦でも送ってくれるっての?はぁ……。」
ヒナはミキータの言葉を聞いて呆れたように首を横に振る。
この広大なサンドラ河に浮かぶ船を見つけるには船が何隻いても足りないくらいである。
それこそ空からでも探さないと意味ないが、今この船で唯一空を駆けることができるのは条件的に”月歩”を使えるミキータのみである。
「ごめんねぇ。キャハハハ、私”月歩”ってまだ上手く使えないのよねぇ。」
ミキータはキロキロの実で体を軽くした時のみ、”月歩”を使えるようになっているが欠点がある。
「いえ、ミキータありがとう。風が止んだ時に空から見下ろしてくれるだけで充分役に立ってるわ。それを言うなら私は六式の内、”月歩”と”紙絵”はまだ全然使えないわよ。」
ミキータの”月歩”の欠点は風があると軽すぎる体が風で流されて、上手く空を走れないことである。
「ヒナ中佐!服を着た巨大な隼が船に真っ直ぐ突っ込んで来ます!」
マストの上で物見をしていた部下が声を張りあげる。
「何っ!?隼……援軍ってまさかっ!?」
ヒナは巨大な隼と聞いてある男を思い浮かべた直後、船に近づいてきた白いローブのような服と頭に白いバンダナを巻いた巨大な隼が甲板に降り立つと同時に鳥の羽の舞うその中心で人の姿に戻って爽やかな笑顔を浮かべながら、ヒナに話掛ける。
「失礼っ。”黒檻”のヒナ中佐とお見受けします。私はアラバスタ王国護衛軍副官のペルと申します。ゴジからヒナ中佐をお助けするよう頼まれてきたのですがお役に立てれば幸いです。」
「ええ……。確かに私がヒナよ。“ハヤブサ”のペルが援軍に来るなんて……なるほど、確かに最強の援軍だわ! ヒナ驚愕!」
ヒナは自分の予想が当たったことに驚きながらも大空の覇者とも呼べるこれ以上ない援軍の到来に歓喜する。
「私はコブラ王よりヒナ中佐の指揮に入るように指示を受けています。何なりとお申し付け下さい。」
ペルは甲板に片膝を付いてヒナからの指示を待つ。
「私達はダンスパウダーを空に撃ち放つことの出来る人工降雨船を探しているの。ゴジ君の読みではサンドラ河にいるはずなんたけど、船から探すのは正直限界だったのよ。空から探してくれないかしら?」
ダンスパウダーは空に打ち上げることで雲を発生させるので、専用の打ち上げ装置が必要になる。
しかし、世界政府が禁止しているダンスパウダーを打ち上げる装置を陸地に作るとは考えづらいので船に搭載していると考えたのだ。
「なるほど、偵察と探索は得意分野です。おまかせあれ!」
隼の視力は大空から草原を駆ける鼠を見つけることが出来るので、ペルにとって目標の大きな船を探す等造作もない。
───なるほど、ゴジ。確かに私にしか出来ない任務のようですね。
ペルはゴジとの邂逅を思い出して笑みを浮かべながら、再び”獣化”して巨大な隼の姿になって飛び立とうとした時、ミキータが元気よく手を上げる。
「はい、はーい!私も一緒に行っていい?キャハハハ!」
「まぁ、ミキータであればペル殿の飛行の邪魔にはならないかしら?ペル殿、ミキータを貴方に同行させてもいいかしら?」
ヒナはミキータのキロキロの実の能力で体重を軽くすれば空を飛ぶペルの負担にもならない上、いざ戦闘となった時、アラバスタ王国最強のペルと現状この船において自分に次ぐ実力者のミキータとペアを組ませる事は合理的であると判断した。
「人一人程度であれば全く問題ありません。ではミキータ殿、私の背中にお乗り下さい!」
「やったあぁぁ!」
「では、二人に命じるわ。人工降雨船を発見して船を制圧しなさい。でも、絶対に無理はダメよ!」
「「はっ!」」
こうしてミキータを背に乗せたペルは大空に飛び立って行った。
◇
ペルが飛び立って数十分後にはサンドラ河に浮かぶ目的の人工降雨船を見つけ出した。
「ミキータ殿、目的の船を見つけました。」
「ほんとだ!船に大きな煙突がある!」
「あれは煙突ではなく砲塔かと思われますが、一度海軍船に戻り、ヒナ中佐に連絡されますか?」
人工降雨船は船の中央部に空に向けた巨大な砲塔を搭載した船だった。
ミキータもペルの背中から船を見ろしていると、人工降雨船に乗るバロックワークス社員もペルに気付き、空に銃口を向けて発砲するのに気付いた。
「ペル!撃ってきたわ!」
「ミキータ殿、しっかりと捕まってください!」
ペルは銃声を聞いて大空に急上昇することで銃の射程距離から逃れた。
「キャハハハハハ!気付かれた以上は船に戻る時間はないわ。ヒナ中佐もこうなる事を見越して制圧して来いって言ったのね。私達で船を抑えちゃいましょう?」
「確かに離れた後、空から見つけられない岩陰等に隠れられると厄介ですね。」
「じゃ、━━━っていう作戦でいきましょう。ペルの負担が大きいけど大丈夫?」
ミキータが今即興で思い付いた作戦をペルに伝える。
「ミキータ殿、この場で執れる最善の作戦かと思われます。その任承りました。」
「キャハハハハハ!頼もしい。よろしくねぇ。」
ミキータはペルの背中から飛び降りて、体を軽くして”月歩”で船の真上まで駆けていくと、ペルは船に向けて急降下していく。
「Mr.7様、ミス・ファザーズデー様!、先程の巨大な服を着た鳥が再び船に向かってきます!」
人工降雨船の物見にいるバロックワークス社員が船の管理者である幹部であるカエルの着ぐるみを着た女とバッハのような髪型と服装をした男に報告する。
「ねぇMr.7。あたし知ってんの。あれって”ハヤブサ”のペルよ。思わぬ収穫なの!アジャスト”ゲロゲロ銃”!!」
「オホホホ!いーね。いーね。ミス・ファ〜ザ〜ズデ〜、アイツを討ち取って昇進するっていうスンポーだ〜ね。アジャスト”黄色い銃”!!」
人工降雨船に乗るバロックワークスの誇る狙撃手二人が各々ピストルを構えてペルに向けて発砲するが、ペルは錐揉み飛行と呼ばれる体をグルグルと回転させることで銃弾を躱して船に迫る。
「「当たらない!?」」
「”飛爪”!」
とうとう船まで到着したペルは船に居並ぶバロックワークス社員達の隙間を縫うように飛び、すれ違った全ての者をその鋭い爪で切り裂く。
「「「ぎゃあああ!?」」」
「友が私を頼って託してくれた任務に失敗は許されないでしょう?」
ペルの飛爪によりほとんどの社員が戦闘不能となるが、幹部二人だけはしゃがみこむことで彼の攻撃を回避して、自分に背を向けて船首に立つペルに再度銃口を向ける。
「外したわね?ゲロゲロ……」
「オホホホ!これで私たちの勝ちっていうスンポーだ〜ね。いーね。いーね。!」
二人は自分達に気付く様子のないペルに銃口を向けて、勝ちを確信した彼らは空から飛来するギロチンの牙に気づかなかった。
「1万キロギロチン!」
「ぐべっ!?」
ミキータは船の上空で右足を伸ばしたまま体重を1万キロに変えて飛来し、伸ばした右足でミス・ファザーズデーの首を押し潰しながら甲板に大穴をあけて突き破った。
「ミス・ファザーズデーっ!?」
「私を相手に余所見とは随分余裕ですね……“飛剣”!」
「ぐはっ!?」
相棒がやられた事に動揺するMr.7に”人獣型”になったペルの最速の剣が迫り、ペルの接近に気付くことなくMr.7は横一文字に斬り裂かれた。
「ご安心を急所は全て外してあります。それにしてもミキータ殿は大丈夫でしょうか?」
ペルは泡を吹いて倒れ伏すMr.7を一瞥した後、心配そうにミキータの空けた穴を見下ろすと、船の瓦礫を被って埃まみれになった無傷のミキータが甲板に空けた穴から飛び出てきた。
「ふぅ……危なかったわ。途中で能力解除しないと船を真っ二つにするとこだったじゃないキャハハハ!」
上空から1万キロの重さで飛来するとその衝撃は数百トンの衝撃となり、ミス・ファザーズデーはミキータの攻撃により船の背骨とも呼べる竜骨にめり込んで気を失っている。
仮にミキータの能力解除があと少し遅れていたらそのまま竜骨を砕いで船は真っ二つになり、アラバスタ王国でダンスパウダーを使った証拠となる人工降雨船は間違いなく沈没していただろう。
「ミキータ殿、そうなっていたら笑い事では済まされませんよ。」
「キャハハハハハハ!ホント大目玉くらうとこだったわキャハハハハハハ!」
何はともあれこうして人工降雨船はペル、ミキータの活躍により瞬く間に制圧されたのだった。
第五十四話
ゴジがロビンをその場に降ろし、彼女を守るように前に出てクロコダイルに向かって歩いて行くと、ゴジの電伝虫の受話器が再びジリリリリ…と鳴く。
『もしもし、ヒナか…首尾はどうだ?』
ヒナは電伝虫越しにゴジの怒りがヒシヒシと伝わってきたが、自分達に向けての殺気では無いことも分かっている。
『あら?ゴジ君、えらく機嫌悪いわね?面会予定の誰かさんが怒らせたのかしら。ご愁傷さまね ヒナ同情。』
ヒナは面会中のクロコダイルがゴジを怒らせたのだろうと思い、麒麟の怒りに触れたクロコダイルに少しだけ同情した。
『ゴジ君、“ハヤブサ”のペルの援軍ありがとね。ミキータとペルの活躍でサンドラ河で彷徨いていた人工降雨船を見つけて乗組員全員を拘束したわ。船には違法のダンスパウダーを沢山積んでいて乗組員はバロックワークスの社員だけど、ゴジ君の読み通り…その中に恩赦を受けているクロコダイルの部下がいたわ。』
ゴジは違法なダンスパウダーを使って一つの島から雨を奪おうとする計画には彼が最も信頼する部下に命じる筈だと考えていた。
王下七武海となった海賊の懸賞金は廃止され、クロコダイルも当時8000万ベリーの賞金首だったが廃止されて、彼の部下にも恩赦が与えられている為、クロコダイルに限らず王下七武海の主要な部下の名前と顔は海軍本部は全てを把握している。
その為、人工降雨船に乗っている人物と写真を照らし合わすことでクロコダイルの恩赦を受けている部下であると特定出来たのだ。
『そうか。ありがとう。最高のタイミングだ。』
ゴジはヒナとの通話中も見聞色の覇気を使いながらクロコダイルの様子を伺っていた。
クロコダイルはそんな隙のないゴジの様子を伺いつつ、ヒナとの通話を聞いて冷や汗を流す。
「チッ…小賢しいガキだ。なるほど……“ハヤブサ”のペルを使って空から探したか?考えたな。」
まさかこんな短期間に広大なサンドラ河に身を隠す人工降雨船が捕まるとは思ってなかったが、大空の王者の力ならそれも仕方ないと素直に賞賛の言葉を送る。
「使う?言い方を間違えるな。ペルにはこの国を守るために協力してもらったんだ。」
「ふん。同じことだろうか……。Mr.7達では”黒檻”とハヤブサのペルの相手は荷が重かったな。てめぇがガープのような腕っ節だけのバカならやりやかったんだがな。」
クロコダイルは念の為に人工降雨船の護衛としてMr7ペアを配置していたが、意味をなさなかったようだと左右に首を振る。
さらに人工降雨船に乗っていた自分の部下が捕まっては、無関係だと言い逃れるのは厳しい。
「聞いての通りだ。王下七武海サー・クロコダイル。違法薬物ダンスパウダー使用の容疑で、海軍本部准将ゴジの名のもとに貴様から王下七武海の称号を剥奪する。さぁ、海賊クロコダイル、海底大監獄までご同行願おうか?アラバスタ王国乗っ取りの件は道中にじっくりと聞いてやるよ。」
ゴジは名探偵よろしくクロコダイルを人差し指で指差しながら降伏を迫るが、クロコダイルのような大海賊が抵抗もなく降伏するはずもない。
「クハハハハ!この俺の”ユートピア計画”を粉々に打ち砕いた報いは受けてもらうぞ!”麒麟児”!!」
クロコダイルは笑ってはいるが、内心は激しい怒りに震えていた。
計画の露呈と王下七武海の剥奪により、この国を乗っ取った上でこの国に眠るはずの古代兵器プルトンを手中に納めてジェルマ王国を超える軍事国家を建設する夢が潰えてしまったのだ。
「降伏はしないってことでいいのか?出来れば戦いたくはないんだが……。」
「なるほど頭が切れるが、戦いは不得手か?”麒麟児”!!負け犬は正義を語れねェ!ここはそういう海だぜ!“三日月形砂丘”!!」
クロコダイルは下半身を砂に変えて空を飛ぶかのように右腕を三日月のような形の砂の刃に変え、ラリアットのように右腕を横方向へと突き出してゴジの喉に目掛けて叩きつけようと迫ってくる。
「ご心配どうも……“爆裂嵐脚”!」
ゴジは足を振り上げて発生した爆発の力を纏った鎌風をクロコダイルの右腕の刃にぶつけると彼の右腕が爆発して、爆風で彼の上半身全てを吹き飛ばす。
「ほぉ……爆発の能力者か?」
しかし、クロコダイルは悪魔の実の最強種とされる自然系悪魔の実スナスナの実の能力者である全身砂人間である。
「おあいにくさま。俺はどちらかと言えば頭使うよりも腕っ節の方が得意なんだが、平和的に解決出来るならそれが一番だろ?」
ゴジの吹き飛ばした上半身が砂となって彼の下半身に集まり、形を作って傷ひとつないクロコダイルの姿が現れる。
「クハハハハ!”麒麟児”随分と余裕だな?でもな。砂に爆発は効かねぇぞ?」
クロコダイルはニケながら無傷の右拳を握ったり開いたりして健在ぷりをアピールする。
「砂を吹き飛ばすくらいは出来るさ。クロコダイル、最後通告だ。今投降すれば痛い目をみなくて済むぞ?」
「砂漠でこの俺に勝てるもんならやってみろォ!小物がァ!“砂嵐”!」
クロコダイルは“砂漠の王”と呼ばれ、砂漠での戦闘においてなら四皇にすら負けないと自負しているにも関わらず一切怯むことのないゴジに苛立ちながら、右掌に小さな砂嵐を生み出してゴジに向かって放り投げるとその砂嵐は周りの砂を巻き込んで徐々に大きくなって迫っていく。
「話の通じないバカが……ロビンちゃん、君はすぐに俺達から離れてくれ!」
「っ…わかったわ!」
ロビンはこの場において自分がゴジの足手まといにしかならない事はよく分かっていたので、指示に従って後ろに走って距離を取ろうとする。
ゴジはロビンがこの場から走って離れて行くのを背中で感じながら見聞色の覇気を使ってクロコダイルの動きを未来視していく。
「なるほど……この砂嵐は囮。本命は左腕を砂に変えて背中から俺の心臓を狙うフックか。でも、砂嵐をそのままには出来ない。ならば!“剛力嵐脚”!」
”砂嵐”は偶然にもロビンが逃げる方向に向かっているため、ゴジは怪力の能力を解放した右足を思い切り回し蹴りして横一線に生み出した巨大な鎌風で“砂嵐”を真っ二つに切り裂く。
「砂嵐を斬り裂いただと!?だが……ニヤッ。」
クロコダイルは”砂嵐“を出した瞬間に左手のフックの金色のカバーを外して無数の穴の空いた刀身を持つフックをゴジの背中に突き刺すべく腕を砂に変えて、砂塵に紛れてゴジの視界に入らないように大きく迂回させてフックを飛ばしていた。
「残念……背中から迫ってくるフックなら視えてるよ。“超電磁砲”!」
ゴジは電気の能力と“剃”を合わせた超高速移動技の“電光石火”でクロコダイルの懐に潜り込むと、ゴジの背中を狙ったクロコダイルのフックによる刺突攻撃は空を斬る。
ゴジはクロコダイルの懐に潜り込んだその超速度を電気の能力と武装色の覇気を纏って黒く“硬化”した右拳に乗せて真っ直ぐに突き出した。
「ぐはっ…!?」
「爆発は効かなくても、武装色の覇気による攻撃ならお前にもよく効くだろ?」
一筋の青い閃光となったゴジの繰り出した右拳はクロコダイルの腹部に突き刺さって彼の体を大きく殴り飛ばした。
「ぐっ……!?ぺっ……やはり武装色の覇気使いか!?“砂漠の宝刀”!」
殴り飛ばされてクロコダイルは血反吐を吐きながらも電気によるダメージはない様子で感電することもなく、痛みを我慢しながら砂に変えた右手刀上から下に振り下ろしてゴジに反撃する。
───手刀と同時に手刀の延長線上に砂の刃を発生させる技。延長線上にいるのは危険。
ゴジは見聞色の覇気でクロコダイルの技を体捌きで躱してから次の攻撃に繋げる為に距離を詰める。
「“電光石火”!」
「速いっ!?」
ゴジは再び青い閃光を描きながら今だに殴り飛ばされているクロコダイルの目の前まで移動すると、クロコダイルは突然目の前に現れたゴジに驚愕する。
「電気も爆発も砂には効かないみたいだけど、これならよく効くだろう……歯ぁ食いしばれぇ!!“剛力鷹爪”!」
ゴジは怪力の能力を解放して武装色の覇気を右足に纏い、クロコダイルの顔面に目掛けて回し蹴りを放つ。
“鷹爪”とは“嵐脚“の派生技の1つで嵐脚の勢いのまま相手を直接蹴り飛ばす技であり、そして“剛力鷹爪”は怪力の能力を解放することでさらに威力の増した“鷹爪”である。
「チッ!?グオォォ……!!」
ゴジの蹴りはガンと音を立ててクロコダイルの左腕のフックに防がれる。
しかしクロコダイルはゴジの怪力の力で強化された回し蹴りをしっかりとガードしたにも関わらず、踏み止まることが出来ずに約100m近く蹴り飛ばされてから、起き上がってゴジを睨み付ける。
「ハァ…ハァ……なるほど…その若さで准将は伊達じゃねェか……武装色の覇気に加えてことごとく俺の攻撃を見切る見聞色の覇気そして爆発。さらに電気だと…そうかさっきの超高速移動は電気の力か?そんなもん聞いた事ねぇぞ。てめェは一体何の悪魔の実の能力者だ…?」
”海賊王”が活躍した時代に生き抜いた歴戦の猛者であるクロコダイルはゴジの言葉尻を捉えて、ゴジが電光石火を使った時に生まれる青白い光の帯を思い出してゴジの技を冷静に分析して問い質す。
「さぁな…答えると思うか?」
しかし、ゴジはクロコダイルの質問に答えることなく、彼を睨みながら油断なく構えを解かない。
「やはり答える気はないか……だが、残念だったな。砂には爆発も電気も効かねぇぞ!それに俺にはこれがあるクハハハハ!」
クロコダイルはゴジが爆発と電気の能力が使えることが分かったことで、悪魔の実の能力者と勘違いしているが、どちらの力も自分の能力とは相性がいいことが分かり、紫色の液体が滴り落ちる左手のフックをゴジに見せながらニヤけている。
「……“麒麟児”さん、気を付けて…!クロコダイルの左手のフックはサソリの毒よ!」
クロコダイルは認めたくはないが、自分とゴジとの力量差は先の攻防でよく分かった。
しかし、切り札にしている左腕のサソリの毒が無数の穴から吹き出すこのフックが彼に掠りでもすれば勝てると思っているからこそまだ余裕がある。
「ちっ…おしゃべりな売女が……女?……そうか女ね…ククッ。」
ロビンがクロコダイルの毒のフックについて警告した事で、自身の切り札をバラされたクロコダイルはイラついているが、ロビンを見てニヤリと笑いながら、左腕を砂に変えて毒のフックを飛ばした。
後書き
戦いは次話に続きます。ゴジ君に全く意味の無さげなサソリの毒が切り札なクロコダイルが少しだけ可哀想です。
次話はもっと盛り上けていきますよぉぉぉぉ!
第五十五話
クロコダイルはこの戦いにおいてゴジを狙って攻撃を放つ必要のないことに気付いたのだ。
不敵な笑みを浮かべたクロコダイルはその左腕を砂に変えて正面にいるゴジではなく、少し離れた所にいるロビンを標的にして毒の滴るフックを飛ばす。
「っ!?…チッ…ゲスがっ……“電光石火”!」
ゴジはクロコダイルとロビンとの間に超高速移動で移動してロビンを庇うように両手を広げて武装色の覇気を纏いながら体の筋肉に力を入れると、ロビンはいきなり目の前に現れた『正義』の二文字の書かれた背中に驚く。
「えっ…“麒麟児”さん!?」
「掛かったな!女を見殺しに出来ねェのが貴様の弱点だ!」
クロコダイルがロビンを狙ったのは当然、彼の作戦の内、絶対に女であるロビンを庇いに来るであろう“女好き”のゴジにフックを突き刺すのが狙いだった。
「“ 鉄塊・爆”!」
しかし、ゴジはロビンを庇いながらもで自分の左胸心臓にフックが突き刺さる未来が見えているので、そこを武装色の覇気で硬化しながら爆発の能力を宿すと、未来視の通り左胸にフックが当たった瞬間にバァンと爆発してフックは弾き飛ばれた。
「チッ!…相変わらず厄介な能力と武装色の覇気だな。」
クロコダイルはフックを左腕に戻しながら、ゴジの硬い武装色の覇気を賞賛する。
さらに爆発しても消し飛ばせない砂に対して爆発の能力が無意味と思っていたが、爆風で簡単に飛ばされてしまう砂もまた爆発の能力とは相性が悪い事に気付いて苛立ちを隠せなくなる。
幸い左手のフックは頑丈なのよう爆破の熱で焼け焦げているが、刀身は折れておらず無事のままだった。
「これならどうだ!“砂漠の金剛宝刀”!」
クロコダイルは右手でゴジに向けて手刀を繰り出した後に、砂を高速で走らせ斬撃に変えて大地を一刀両断する巨大な4本の刃がゴジに迫る。
しかもクロコダイルは当然のようにゴジが避ければロビンに直撃するような軌道で砂の刃を放っている。
「消し飛ばしてやるよ!”嵐脚・乱”!」
ゴジは後ろにいるロビンを見ながら避ける訳にはいかないと判断し、その場でブレイクダンスを踊るように体を傾けて地面に両手を付いて両足を回転させながら無数の“嵐脚”をクロコダイルに向けて放つと、クロコダイルの技とぶつかって相殺した。
ゴジの”嵐脚”の嵐は止まらずにさらに無数の“嵐脚”がクロコダイルに向かって飛んでいく。
「舐めるなぁ……“砂嵐・圧”!」
クロコダイルは“嵐脚”の盾となるように砂を操って巨大な砂の竜巻を自分の目の前に発生させる。
クロコダイルの狙いはそれだけではなく、砂嵐の砂の含有量を通常の砂嵐よりも圧倒的に多くすることでゴジの嵐脚による鎌風を逆に飲み込みながら、元々幅10m程だった砂の竜巻は回転を重ねる事に成長してますます巨大になっていく。
「なっ……!?俺の“嵐脚”が砂嵐に喰われた…」
「女と死ねれば本望だろうが!?ニコ・ロビンごと砂で削り潰してやる。“砂嵐・重”!」
砂嵐はゴジの“嵐脚・乱”を飲み込んで空まで届こうかという高さまで成長して、幅も50mはあろうかという巨大な砂の竜巻となった砂嵐が右腕を形作ると、その右腕は掌を開いてゴジ達を叩き潰すように倒れて来た。
天をも掴みそうな巨大な右腕の掌の幅は200m以上はあろうかという巨大なモノで、この周辺一帯を飲み込もうかという大きさである。
「さて、どうしたもんか。」
ゴジ一人だけなら避けるのことは可能であるが、後ろにロビンがいるため止めるしかない。
問題は砂嵐を殴ったところでゴジの拳が弾き飛ばされ、仮に殴れたとしても殴った部分の砂が吹き飛ぶだけで砂嵐は止まらずに飲み込まれて、砂の嵐で体を切り刻まれた上で最終的に高密度の砂で生き埋めにされてしまう。
「高火力な爆風であの砂の手を弾き飛ばすしかねぇな。でも今の俺の爆発では弱すぎるな。」
ゴジは最初にクロコダイルの上半身を吹き飛ばした爆裂嵐脚思い出して砂嵐を爆発の力で弾き飛ばそうと考えるが、イチジの使える能力の五分の一の威力しかない自分の能力では無理と悟る。
「“麒麟児”さん、逃げて!貴方だけなら逃げれるはずよ!」
ロビンの悲鳴のような声を聞きながらゴジはウィーブルと対峙して自分の能力の未熟さを嘆き、パーフェクトゴールドへの変身したことを思い返していた。
「ロビンちゃん、少し本気をだすから大丈夫だよ。」
ゴジはロビンを安心させるような優しくも力強い声音で告げた後、目を瞑る。
《Side ゴジ》
六式には”生命帰還”と呼ばれる本来脳の命令で動かしたりすることのできない髪や内臓などを己の意識を張り巡らせることによって操ることができる技能がある。
俺はガキの頃、自分に足りない圧倒的な能力を持つ兄さん達に憧れて、その憧れを体現するパーフェクトゴールドのレイドスーツを作った。
でも、俺は海兵として正義のヒーローを目指すと決めたからな。俺は俺のままで憧れを体現する方法を見つけたんだ。
「今の俺はあの時の無力なままの俺じゃねぇんだ。砂嵐如きで俺を止められると思うなよ。」
俺が弱かったせいで爺さんはあの日、右腕を失った。
俺に力がなかったせいで、代わりに誰かが傷付くなんて思いはもうしたくない。
髪や内蔵なんて操れないが、ガキの頃から研究し尽くした血統因子ならば造作もない。自分の血統因子配列を憧れの人の血統因子配列に書き換えるだけでいい。
「生命帰還・スパーキングレッド!!」
イチジ兄さんの力、借してもらうよ。
《Side ゴジend》
ゴジは生命帰還により、自分の血統因子配列をイチジの血統因子配列へと瞬時に作り替えて目を開ける。
「“麒麟児”さんの髪が赤く……!?」
ロビンは突如ゴジの髪が黒から赤に変化した事に驚愕する。
イチジの血統因子配列に近付けた結果、ゴジの漆黒の髪がイチジのような燃え上がるような深紅の髪に変化した。
「ロビンちゃんは俺が必ず守るよっ!」
ゴジはロビンを振り返ってニヤッと笑った後に再び正面を見据え、飛び上がって巨大な砂の掌に爆発の能力を纏った両拳を真っ直ぐに突き放つ。
「いくぜぇ!火花フィガー・ダブル!!」
ゴジの両拳が巨大な砂の掌にぶつかった瞬間に今までとは比べ物にならないほどの大爆発が起きて砂の掌を消し飛ばした。
「「なっ……!?」」
クロコダイルとロビンは揃って巨大な砂の掌を消し飛ばしたゴジに驚愕する。
「だははは。これがイチジ兄さんの見てる世界か!!」
ゴジはあえて六・六式ではなく、イチジの代名詞ともとれるスパーキングレッドの技で砂の掌を吹き飛ばした。
ゴジもレイドスーツを着た状態であればこの火力を生み出せるが、幼い頃から憧れた技を生身の体で放てる事に高揚する。
「吹き飛ばしただと……だが、砂漠には砂が無限にある。今のでダメならもっと大きく作りゃいいだけだ!」
砂嵐は手首から上が消えただけで肘から手首までは残っているので、その砂嵐はさらに多くの砂を巻き込みながら太く巨大になり、失った掌も再生しようとしていた。
「俺の遊びはここまでだ。見せてやるよ。この四年で編み出した六・六式・赤の型ロビンちゃん、少し派手にいくからこのコートを頭から被って伏せててくれるかい?」
ゴジは海軍コートを脱いで、ロビンに向けて放り投げると彼女は驚きながらも素直に受け取る。
「ええ。何をするつもりなの?」
ロビンは言われた通りに海軍コートを頭から被り、伏せる前にゴジに尋ねるとゴジは笑顔で返事をかえす。
「本気であれを吹き飛ばしてくるよ…“疾駆”!」
ゴジは”剃”と同時に足裏を爆発させることで弾丸の如き速度を生み出す”疾駆”という技で強大な砂嵐で出来た巨腕の根元に向かっていく。
「鉄塊・爆!」
ゴジはそのまま体を全体を武装色の覇気で覆った状態で両手を広げて砂嵐に突っ込み、彼はそのまま砂嵐に飲み込まれた。
「”麒麟児”、気でも触れたか?自ら砂嵐に飛び込んで何をするつもりだ?」
クロコダイルがゴジの行動が理解出来ずに訝しむが、砂嵐の中心にいるゴジに砂粒が当たる度に激しい火花がバチバチと迸り、砂嵐の巻き上がる力に逆らわずにそのまま回り続けてその火花はやがて砂嵐の中でいくつもの爆発を生み出していく。
「鉄塊・暴風輪!」
ゴジを飲み込んだ砂嵐は内側で何十、何百もパチパチパチっと小爆発を起こした後、突如大爆発を起こして砂嵐が消滅した。
その光景を海軍コートを被ったまま見ていたロビンは呆然としながら口を開く。
「まさか…砂塵爆発!?」
砂塵爆発とは砂嵐に含まれる砂粒どうしが風で飛ばされる間に衝突・こすれ合って、一種の火打石になって高温になり、山野の藁や枯れ草が発火する現象である。
「ロビンちゃんご明察!」
爆発と共にロビンの前に戻ってきたゴジはサムズアップしながらにこやかに微笑むが、クロコダイルは驚きの余りに目を見開いてゴジに問い質す。
「砂塵爆発だと……?砂嵐ごと消すような大爆発が起きるわけがねぇ。そうか”麒麟児”。貴様自身が起爆剤になったのか!?」
ゴジはその砂嵐に大量の火種を提供することで砂嵐ごと吹き飛ばすような大爆発を引き起こさせたことにクロコダイルも気付いた。
「今の俺は他の能力が使えない代わりに爆発の能力はスパーキングレッドそのもの。そして覇気をはじめとした身につけた戦闘技術は当然俺のまま。」
ゴジは支給品のスーツは焼け焦げてビリビリに破けているが、持ち前の外骨格と武装色の覇気を併せ持つゴジに一切の負傷は見当たらない。
街一つを飲み込もうかという巨大な砂嵐に飛び込んで、無傷で砂嵐をかき消したゴジに驚きを隠せずにいるクロコダイルとロビン。
「これが海軍のエースと呼ばれる男の実力……!?」
ロビンはゴジを見つめながら手渡された海軍コートに刻まれた『正義』の二文字を両手強く握る。
「そんな奇策で俺の砂嵐・重が消されるとはな。この化け物野郎が…!」
ゴジは自分の海軍コートを握るロビンをちらりと見てから、苛立つクロコダイルを見据える。
「俺はロビンちゃんに伝えなきゃならねぇことがある。お前にこれ以上は構ってられないんだ。もういいだろう?さっさと降伏しろよ。」
──地面から巨大な刃の形の砂を発生させてロビンちゃんを突き刺す殺す技。
クロコダイルは自分の勝利を疑わずに余裕な顔で投降を促すゴジに対し、もはや一切の冷静さを失っているように見せて正確にロビンを狙った地中からの斬撃を放とうとする。
「髪が赤くなった程度で、砂漠の戦いでこの俺に勝てると思うな!!“砂漠の大剣”!」
ロビンを串刺しに出来るならそれもよし、ゴジが勘づいて庇いにくることでゴジを串刺しに出来れば尚良しという狙いである。
「往生際の悪い野郎だ。徹底してロビンちゃんを狙うか……お前の考えなんて手に取るように分かるんだぜ。“赤の型奥義・火花……」
ゴジはクロコダイルの動きを冷静に未来視しながら、対抗すべく、両手から火花により戦場を覆う程の閃光を生み出して目眩しを行うと、目の前にいたクロコダイルは視力を封じられる。
「ぐっ……目が……!?」
目眩しにより目標が定まらなかったクロコダイルが生み出した地面から天に向けて発生した巨大な砂の刃はゴジやロビンのいない砂地に出現した。
「えっ……!?」
クロコダイルと同様にゴジから放たれた眩い光に目を瞑っていたロビンは目を開けると、自分の目の前に巨大な砂の刃が生まれている事に驚愕する。
しかし、見聞色の覇気によりそこに砂の刃が生まれることの分かっていたゴジは閃光を浴びて未だに視力の回復していないクロコダイルの懐にゴジは瞬時に潜り込んで、彼の胸に両方の拳を上下に添える。
「…爆王銃”!」
ゴジは両拳からありったけの武装色の覇気をクロコダイルの体内に流し込んで内部に衝撃を与えながら、同時に両拳から爆発の能力も解き放つ。
「グアアアアアアっ!!!」
全身を駆け巡るゴジの武装色の覇気により砂になる事を封じられたクロコダイルの体は生身の体で受けた大爆発で焼け焦げながら弾き飛ばされた。
生命帰還による最大限火力による爆発の能力と六式の奥義を組み合わせた今のゴジ打てる必殺技をその身に受け、既に全身が至近距離から受けた爆発の威力で黒く焼け爛れたクロコダイルは地面に叩きつけられた。
「クロコダイル、流石の生命力だな。あれを喰らって生きてるとはな。ふぅ……疲れた。生命帰還解除。やはり慣れない激しい技の反動で体力を奪われるのが、課題だな。」
戦いを終えて息を切らしたゴジは疲れた体でまずクロコダイルの生死を心配して見聞色の覇気で確認すると重傷ではあるが死んでおらず気絶しているだけと分かり、ホッとしながら生命帰還を解除すると、彼の髪色が元の漆黒に戻る。
「すごい。王下七武海のクロコダイルが手も足も出なかったわ……。”麒麟児”さんの髪色も元に……。」
ロビンは目の前で起きた戦いという名の一方的な蹂躙劇を繰り広げたゴジを見つめる。
ゴジはつるの話を聞いてからロビンに伝えねばならない事があるため、倒れ伏したクロコダイルに対して無防備に背を向けて、砂嵐で巻き上げられた自分の海軍コートを手に持つ彼女の元へ向かって歩いて行く。
「そうよ。貴方はこの海を守る”正義のヒーロー”だもの。クロコダイルを倒した後は、当然私を捕らえる番よね。」
ロビンは真っ直ぐに自分を見据えて向かってくるゴジの姿を見ながら、王下七武海クロコダイルを一方的に蹂躙する男に勝てる手立ては皆無と無駄な抵抗を諦める。
「”麒麟児”さん、助けてくれてありがとう。コートお返しするわ。」
そして、クロコダイルに裏切られた自分の命を救ってくれた目の前にいる若い海兵に海軍コートを手渡しながら頭を下げる。
「こちらこそありがとう。ロビンちゃん…君がコートを持っててくれて助かったよ。これじゃ街にも入れないからね。」
ゴジは海軍コートを受け取りながら、ロビンに両手を広げておどけたようにボロボロに焼け焦げた服を見せながら笑う。
「ふふっ。ねぇ…“麒麟児”さん…」
ロビンはそんなゴジを見て、微笑みながらも両目に涙を溢れさせて、自分の想いを告げる。
「何だい…?」
ロビンは思う。真っ直ぐな本物の『正義』を背負うこの海兵は私に大した危害を加えずに正しく捕らえようとするだろう。
「私を殺して…私の夢には敵が多すぎる…。」
ロビンは目を丸くして驚くゴジの顔を見ながら、涙を浮かべたその顔で精一杯の笑顔を浮かべて微笑んだ。
こんな世の中をたった一人で生きるくらいなら、自分をクロコダイルから救ってくれた人の手に掛かって母やオハラの学者仲間の所へ逝きたい。
彼女の願いはただ一つだけだった。
◇
ロビンの願いを聞いて、ゴジはあまりの衝撃に油断してしまった。
「ぐっ……。」
だから、ゴジはクロコダイルの手がピクリと動いていた事に気づかなかった。
後書き
ゴジ無双いかがでしたか?
いい所ですが、次話からスパイダーズカフェの方に移ります。
ステューシー達の活躍もご期待ください。
第五十六話
ステューシー達がエルマル西方にあるスパイダースカフェの付近に辿り着いた頃には、彼女達はゴジとクロコダイルとの戦いの余波を感じ取っていた。
「ねぇカリファさん凄かったよね。あの巨大な砂の手とすっごい爆音。」
彼女達にはレインベースのある北方で起きた先の戦いが、スナスナの実の能力者であるクロコダイルと爆発の能力を持つゴジが戦っていること等考えなくとも分かる。
「えぇ。間違いなく准将とクロコダイルが戦っているのでしょうね。」
先頭をいくステューシーに、追随する形になるカリファとコアラはレイベースの方向に見えた天まで届く砂の手と爆音を聞き、後ろをチラチラと振り返りながら話している。
「でも、もう砂嵐も消えたし、音が収まったよね。ねぇゴジ君、勝ったかな?」
「あらコアラは准将が負けるとでも思ってるのかしら?」
「そんなのゴジ君が勝つに決まってるじゃん!そういうカリファさんだって爆発が起きる度に心配そうに後ろを振り返ってたよね!」
「き……気のせいです。わ……私は准将の勝利を信じていま……」
間もなくスパイダーズカフェに到着しようとしているのに、ゴジとクロコダイルの戦闘に気が散ってる二人にステューシーが激をとばす。
「二人ともいい加減にしなさい!!ゴジ君が王下七武海如きに負けるはずないって知ってるでしょう?私達は私達に与えられた任務をしっかりとこなすわよ。スパイダーズカフェにいる私達の目標は三名。カリファ、中にいるバロックワークスの幹部の情報を話しなさい!」
こちらの別働隊は自然と第二部隊副隊長であるステューシーが指揮する形になり、作戦前にたるんでいる二人を指導し、諭していく。
カリファは指名を受けて事前にステューシーから教えられていたターゲット三人の情報を話していく。
「はい!まずここスパイダーズカフェの店主ポーラのコードネームはミス・ダブルフィンガーですが、ポーラも偽名で本名は“毒グモ”のザラ 3500万ベリー。彼女とペアの男がコードネームMr.1、本名は“殺し屋”ダス・ボーネス7500万ベリー。そして、コードネームMr.2ボン・クレー、本名は“荒野”のベンサム3200万ベリーの三人です。」
カリファが淀みなく答えて終わると、ステューシーは次にコアラに指示を出す。
「ありがとうカリファ。では次にコアラ、今回の作戦を説明しなさい。」
「は……はい!えっと、まずステューシーさんが正面から店内に入って攻撃を仕掛けて敵を分断した後、ステューシーさんがダス。カリファさんがザラ。私がベンサムをそれぞれ相手して捕らえるんだよね?」
コアラもステューシーの指示を受けて、事前に伝えられた作戦を淀みなく答えると、作戦内容を把握している部下達に向けてステューシーは満足そうに頷いて作戦決行の指示を出す。
「一応ちゃんと頭には入ってるのね。後詰と敵の援軍に備えてスパイダースカフェ付近をCP-1で固めているから仮にターゲット以外の雑魚が逃げ出した場合はほっといていいわ。ゴジ君は必ず勝ってる。だから私達は全力で幹部達を捕らえるわよ。それでは二人はスパイダースカフェの裏口と窓際にそれぞれ配置しなさい。」
「「はっ!」」
ステューシーはカリファとコアラが“剃”で移動したのを見送ってから、自分達をここまで送ってくれた三匹のカルガモに礼を告げる。
「まったく……あの子達、浮ついちゃって仕方ないわね。カルガモちゃん達ここまで送ってくれてありがとね。」
「「「クエっ!」」」
カルガモ達は器用に翼で敬礼し、戦闘の邪魔にならぬようなその場から全速力で立ち去っていった。
「さて、行こうかしら。」
ステューシーはカルガモ達を見送ってからスパイダースカフェの入口にあるウエスタンドアまで“剃”で移動して扉をゆっくりと開けて中に入る。
◇
ウエスタンドアとは西部劇に出てくるBARなどで使われているドアで、両扉が真ん中から前後に開き、手を放すと勝手に閉まるドアのことである。
「あら……いらっしゃい。ごめんなさいね。今日は貸切なのよ。」
ステューシーの来店に気付いたバーカウンターの中いる青髪のボンバーヘアの上にカラフルなバンダナを巻き、茶色の縁のある眼鏡を掛けた黒のタンクトップに紺のジーンズというラフな格好の20代の若い女性店主が声を掛ける。
「そう…今、お客さんは二人しかいないのね?」
「ええ。二人とも私の連れで今日は彼らの貸切なのよ。悪いわね。」
店内に居たのは、カウンター席に座る胸に大きく“壱”と刺青を入れた上半身裸の坊主の大柄な男と演劇のドレスのような格好をしている横に座る男と同じくらいの身長のある大柄なオカマだった。
「なら好都合ね。“嵐脚”!」
ステューシーは大柄な坊主の男をダズ・ボーネスと見抜いて、彼目掛けて片足を上げて嵐脚を放つ。
「敵っ…!?」
「ジョーダンじゃなーいわよー!」
ステューシーの攻撃に気付いた店主の女性は裏口から飛び出て、オカマは窓を蹴り破って店外に逃げる。
「ふぅ……斬人!」
しかし、扇状の鎌風が迫るボーネスはその場に立ち上がって、全身を刃物の硬度に変化させると、左肩から右脇に掛けて嵐脚を受けるもまるで鉄の塊に当たったようにガキンと音を立てる。
「何者だ?いや、お……お前はまさか”歓楽街の女王”ステューシー!?」
ボーネスはステューシーの攻撃は意にも返さずに受け切ったにも関わらず、同じ裏社会を生き抜いてきた者としてかつて裏社会を統べるトップの一人であったステューシーの正体を知って腰を抜かす。
ステューシーはそんなボーネスを見て微笑みながら、海軍コートを取り出して肩に羽織る。
「流石は裏社会きっての”殺し屋”。私を知っているのね?その通りだけど今の私は海兵よ。“殺し屋”ダズ・ボーネス。貴方を捕らえに来たわ!」
ボーネスは超人系 悪魔の実 スパスパの実の能力者で全身を刃物に変えることが出来る刃人間であり、この能力により、西の海では暗殺者として活躍して”殺し屋”の異名を持っている。
ステューシーがボーネスに向けて指を差しながら告げると、ボーネスは落ち着く為に深く息を吐く。
「はぁ……どうやら、”歓楽街の女王”が実は世界政府の潜入捜査員だったという噂は本当だったか。」
「ふふっ。ここでは手狭だから外へ行きましょうか?」
ステューシーは無防備にもボーネスに背を向けてウエスタンドアを開けて外に出る。
「ちっ…!この俺に背を向けて歩くとはな。流石に裏社会でその名を轟かせた女だけはある。」
ボーネスは敵である自分に背を向けるという挑発的なステューシー行為に苛立ちを覚えながら、彼女の後に続いて店の外に出るとそのままステューシーと対峙する。
店を出たボーネスが周りを見渡すと、ミス・ダブルフィンガーとMr.2もそれぞれ女海兵と対峙しているを確認した。
「なるほど…各個撃破という訳か?この俺の正体に気付いた上で1VS1。しかも無手とはな……。見たところ指揮官のようだが部下が心配じゃないのか?」
通常海軍が犯罪組織のアジトに乗り込むならば、数を揃えて包囲するのが常であるので、今回の対応は通常のそれではない。
「二人とも強いから問題ないわ。それよりも自分の心配をしたらどうなの。“殺し屋”さん?」
「ふん…ではその綺麗な顔を切り刻んでやろう……いくぞ女海兵!“微塵速力斬”!」
ボーネスは足をスケート靴のような刃物に変化させて、地面を滑るようにステューシーへ突進し、その勢いを乗せて刃物に変えた両手で斬撃を繰り出そうと両手を振り上げる。
「飛ぶ指銃・三撥!」
ステューシーは冷静に見聞色の覇気を使ってボーネスの動きを見切りながら、右手の人差し指でスピードで放つ突きにより空気を弾丸のように三発をボーネスのスケート靴のような足裏の刃物に向けて放つことで彼の進む方向を強制的に変化させる。
「ちっ…姑息な…“滅裂斬”!」
「鉄塊・空木!」
自分の進行方向を変化させられていることに気付いたボーネスは足を元に戻してその場で飛び上がって、ステューシー目掛けて刃物に変化させた両腕を大の字に振り上げて外側から内側へ振り抜く。
しかし、ボーネスの刃物に変化した両腕がステューシーの両肩に当たった瞬間、その刃が彼女に届くこともなく、逆に技の衝撃がボーネスの体を駆け巡って両腕から血が吹き出る。
「ぐわああああああ…!な…何をしたああああ!?」
「うふふっ…六式は武器を持った相手や悪魔の実の能力者を相手にする為に編み出された超人体技よ。全身が刃物になれるだけで勝てる程甘くないわよ。」
ステューシーは万人を魅了するようにボーネスに微笑んだ。
”鉄塊・空木”とは相手の攻撃に合わせて発動し、相手の手足や武器を破壊するカウンター技であり、鋼鉄を超える強度の鉄塊で体を守りつつ、ボーネスの技の衝撃をそのままボーネスに跳ね返したのだ。
「くそっ…!?この俺に斬れぬものなどない!発泡雛菊斬!」
ボーネスは突進しながら両手首を合わせ、両手の指先から掌までを刃物に変えてかめ〇め波を繰り出すように斬撃を放とうとするので、ステューシーは相手に合わせて同じ手の形を取って武装色の覇気を纏って両手を黒く硬化させてボーネスの技に応じる。
「あら?私と手を繋ぎたいのかしら。高くつくわよ”鉄塊・十指銃”!」
ボーネスとステューシーの互いの両掌が激しくぶつかり合う。
「ぐわああああああぁぁぁー!」
「貴方の指で払ってもらうわね。ふふっ。」
ボーネスは信じられないといった呆然とした表情で、その場で膝まづいて10本の指を全て失って血が溢れ出る両掌を眺めている。
「なんで俺の指の方が砕けるんだぁぁぁ……!」
ぶつかり合いの末、覇気を纏っていないボーネスの鉄の強度を持つ両手の10本の指は、ステューシーの10本の指から放たれる武装色の覇気を纏った指銃の威力により粉々に砕かれた。
「なるほど…やはり貴方は悪魔の実の能力を過信しすぎるタイプの人間のようね…?そういう相手ほど六式使いには殺りやすい相手はいないわよ…ふふっ」
ステューシーは両手を武装色の覇気を纏って黒くさせたままボーネスに語り掛けると、彼は怯えた表情で座ったまま後ろに後ずさっていく。
ボーネスは鋼鉄の強度を誇る刃物の体を持って無敵の強さを振りかざしていたのだ。
「止めろ…止めてくれ……殺さないでくれ。」
ボーネスは鋼鉄の体に生身で挑んだ上に完膚なきまでに破壊せしめたステューシーへの恐怖で腰が抜けて立つことが出来ない。
スパスパの実の能力で常に優位に立って命を奪ってきた彼にとって劣勢立たされるのは初めての経験だった。
「貴方はこれまでそう言った人達をどうしてきたのかしらね?」
ステューシーはそう言いながら“剃”を使って一瞬でボーネスの背後に回り込むと、両手の拳を上下に重ねて彼の背中に薄く当てる。
「何処だ…あの女は何処に行った……“斬人”あぁ!」
ボーネスはステューシーを見失って彼女を探すべく恐怖に駆られた目で必死に探し回るが、背中にいるステューシーを発見する事が出来ない。
彼に出来るのはただ自分の能力で体を鉄に変えて防御力を固めるだけであるが、これからステューシーが繰り出そうとする技には意味をなさない。
「六式奥義 六王銃!」
「ぐはっ…!?」
ボーネスは背中に添えられたステューシーの拳から武装色の覇気による衝撃を直接体の中に送り込まれて、体を鉄に変えようととも全く意味を無さず、大きく吐血して前のめりに倒れた。
「ふふっ…安心しなさい。ゴジ君には殺さずに捕らえるように言われてるから、私は貴方を殺さないわ。」
ステューシーは気を失って倒れ伏したボーネスにしっかりと海楼石の手錠を掛けて捕縛してから彼の上に腰掛ける。
「さて、あの子たちはどうなってるかしら?」
一足先に戦いを終えたステューシーは優雅に足を組みながら部下達の戦いを見守ることとした。
第五十七話
ザラはステューシーの襲撃から逃れる為にカウンターから1番近い裏口から外へ転げながら飛び出ると、そこには眼鏡を掛けた長い金髪の女が待ち受けていた。
「海兵!?」
ザラはその女の纏う純白の海軍コートから海兵だと悟り、臨戦体勢をとる。
「ようこそ。待ちくたびれたわよ。 バロックワークスオフィサーエージェントのミス・ダブルフィンガーさん。いやこう呼んだ方がいいかしら“毒グモ”ザラ。」
その海兵は片膝を付いてこちらを見上げるザラを見下ろしながら眼鏡をクイッと上げる。
ザラは伊達眼鏡と頭のバンダナを外しながら立ち上がると、その下に隠れていた立派な青髪のボンバーヘアが現れた。
「なるほど…まさかそこまでバロックワークスの事を調べ上げているとは貴女達のボス、“麒麟児”は若いのに優秀なのね?」
ザラは短期間に自分の正体と、幹部たちの集合場所でもあるスパイダーズカフェを突き止めた”麒麟児”の才覚を素直に賞賛する。
「ええ。“秘書”として鼻が高い限りです。」
ザラは“秘書"という言葉に目の前にいる海兵の正体を看破する。
「なるほど…貴女が“麒麟児”の美人“秘書”カリファ大尉ね…私の正体をご存知なら当然超人系悪魔の実トゲトゲの実を食べた全身トゲ人間なのもご存知よね?串刺しになりなさい!“ダブルスティンガー”!」
ザラはここから逃げて副社長ミス・オールサンデーに報告する為にも、とりあえず目の前の海兵をどうにか倒す必要があると判断し、両腕をトゲに変えて目にも止まらぬ刺突を放つ。
「ええ無論。その棘は鉄と同程度の強度があり、簡単に折れることはない。その美貌と巧みな会話術で相手の懐に入り込み情報を全て吐き出させてから始末してきた殺しのプロ。“紙絵”!」
カリファは相手の攻撃の風圧に逆らわずにゆらゆらと紙のように体を揺らしながらザラの攻撃を軽やかに躱す。
「避けられた!?」
ザラは両腕の拳を鋭利な棘に変えたままで何度もカリファを突き刺そうとするが、カリファは尚も体をヒラヒラとさせながら、攻撃を躱しつつザラの情報を話していく。
「裏の世界で恐れられた最強の女性暗殺者。狙った獲物は確実に仕留めるその周到さから付いた通り名が“毒グモ”。貴女のような裏の社会では知らぬ者のいない有名人まで部下に加えていたとは恐れ入るわ。」
自分の攻撃を余裕をもって躱していくカリファに苛立つザラは足の裏から無数の棘を出して前蹴りを放つ。
「ベラベラといい加減に黙りなさい!“スティンガーステップ”!」
「ふふっ。当たらないわよ。最強の暗殺者の実力はその程度かしら?」
カリファはCP-9の諜報員であり、海兵となる前から六式を使えるが、正体と実力を隠して入隊した。
しかし、この4年の訓練の末ようやく六式を身に付けたことになっているので、十全に力が披露できるのだ。
「ちょこまかと小癪な!これでも避けれるかしら?“シー・アーチンスティンガー”!」
ザラは頭全体を髪の毛ごとウニのように長く鋭い無数の棘に変化させて頭から真っ直ぐ突進してくる。
「そろそろ反撃させてもらうわね?“しなる指銃・鞭”!」
カリファは尚も“紙絵”を使ってヒラヒラと舞う紙のようにザラの攻撃を躱した後で鞭のように右腕をしならせながら、ザラの左足に右手の人差し指を突き刺した。
「う”っ…!?」
「あら?ごめんなさいね。突き刺すの貴女の専売特許だったかしら?ふふっ。」
カリファは指を引き抜いてザラの血が滴る右手の人差し指を彼女に見せ付けるように目の前に掲げて、妖艶に微笑んだ。
「ちっ……これならどう?“スティンガーヘッジホッグ”!」
苛立っていたザラもカリファの反撃を受けて痛みにより少し冷静になり、体を丸めて全身から棘を出して、ウニのような姿のまま高速回転しながらカリファに向けて転がりながら突撃する。
「考えたわね。確かにそれなら指銃は撃ち込めないわ。“嵐脚”!」
カリファは向かってくるザラに向けて右足を振り上げて嵐脚を放つが、高速で回転するザラのトゲに弾かれて霧散してしまった。
「無駄よ。これは鋼鉄の高度を誇る棘を全身から出して高速回転する攻防一体の技!さっさと串刺しになりなさい!」
高速回転中のザラはカリファの攻撃は見えていないが、攻撃されたことには気付いたようだ。
嵐脚を弾き飛ばした彼女は回転を緩めることなく、カリファを串刺しにせんとしてさらに突き進む。
「まさか嵐脚を弾くなんてね。でも、串刺しにはなりたくないわね。」
嵐脚が防がれても尚、余裕な表情を変えないカリファに高速回転する棘の玉が迫り、そのまま彼女の体を鋭利な棘が貫いた!
「ふふっ。“秘書”カリファ捉えたわよ!!どうやら私の勝ちのよう……なっ消えた!?」
ザラは自分の頭の棘がカリファの体を貫いたのを見て、体の回転を止めて笑いながら勝鬨を上げようととした瞬間、棘で貫いたカリファが蜃気楼のように消えた。
「“紙絵・空蝉”。残念。貴女が貫いたのは私の幻よ。“指銃”!」
「うっ……!?」
カリファは“紙絵”と“剃”を同時に行うことで自身の幻影を作りだしつつザラの後方に回り込み、影を貫かせて油断させたザラに右手の人差し指を背後から彼女の右の肩口に撃ち込んだ。
「うふふっごめんなさい。また突き刺しちゃったわ。私に勝てたと思ったかしら?」
ザラは痛みに耐えながら好機と判断し、自慢のボンバーヘアで自分の人差し指を隠しつつ、指先を後ろにいるカリファに向ける。
「”スティンガーフィンガー”!」
人差し指が瞬時に鋭利な棘となり、ボンバーヘアを突き抜けてカリファの顔に迫る。
「っ……”指銃”!?」
カリファは突如ボンバーヘアから伸びてきた鋭利な棘に対し、紙絵では間に合わないと判断し、左手の人差し指で指銃を放ち迎え撃った。
互いの人差し指がガキンッという金切り声音と共にぶつかり合った末、不意打ち気味に攻撃を受けたカリファの”指銃”が弾かれた。
「ちっ……これを防がれると思わなかったわ。」
「貴女、私が攻撃する瞬間を狙っていたのね。」
しかし、カリファは咄嗟に繰り出した指銃によりザラのスティンガーフィンガーの軌道を逸らすことには成功し、自分の顔の真横を通り過ぎた鋭利な棘を横目で見て冷や汗を流している。
「その若さで海軍本部大尉は伊達ではないってことね。いいわ。本気で潰してあげる“トゲトゲ針治療”!」
ザラは両手の人差し指で、自分の肩のツボを刺激すると、彼女の上半身の筋肉が数倍に膨れ上がって彼女が着ている服がボンっと弾け飛んで、黒いビキニのような下着が顕となる。
「ふんぬっ!!」
「はぁ……どうやら…この戦いは貴女の負けのようね。」
カリファは筋骨隆々となったザラの姿を見て心底嫌そうな顔をしながら、また不意打ちを受けぬように後ろに飛んでザラと距離を取る。
「この姿を見てまだそんなことが言えるなんて凄いわね…。」
「はぁ……ほんと見てられないわ。」
カリファはザラの全身の筋肉が膨れ上がった姿を見て呆れるような声を出すと、ザラは筋肉で大きく肥大した両腕に無数の棘を生やしてその両腕をフレイルのように振り回しながらカリファに迫る。
「スティンガーフレイル!」
ザラの筋肉は見掛け倒しではなく、鍼治療によりパンプアップされた力は成人男性の体すら易々と殴り飛ばせる力を持っている。
ザラはその太く無数に棘の生えた腕をフレイルのように振り回しながらカリファに向けて力いっぱいに叩きつけた。
「鉄塊!」
しかし、カリファはそんなザラのフレイルのように棘が生えた筋骨隆々となった腕を前にしても一切怯むことなく、武装色の覇気を覆った両腕で受け止めた。
「なっ……なんで受け止められるの!?」
ザラが驚くのも無理はない。
鋭利な棘の生えたフレイルを受け止めただけでも驚愕すべきだが、ザラが何よりも驚いたのは女性らしい曲線美を持つカリファが筋骨隆々となった自分の攻撃を一歩も動くことなく受け止めたことである。
「貴女は何か勘違いしているようですが、私は貴女の棘程度で怪我をする事もありませんし、力比べでも貴女ごときに負けるつもりはないですよ。」
しかし、カリファは超人体技六式を身に付けた超人である。女性らしいしなやかさを残した超高密度の筋肉の鎧を身につけているようなものだ。
「棘が刺さらない!?それに力で押し切れないなんて……貴女のその細い体の何処にそんな力があるというの?」
凡人、しかも女性がパンプアップしたところで六式を身に付けた超人の領域にいるカリファに勝てるはずもない。
「ふふっ。力比べがお望みのようですから少し嗜好を変えましょう。」
カリファは“鉄塊”で受け止めていたザラの腕を弾くと同時に両手で彼女の両腕の棘のない部分を掴み、力いっぱいに握り締めるとザラの腕からミシミシという悲鳴を上げ、ザラ自身も痛みで悲鳴をあげる。
「ぎゃあああああ!!い……痛いぃぃ!?は……放してぇぇぇ!!!」
カリファはなおも悲鳴をあげ続けるザラの両腕を掴んだまま、自分の右足を真上にあげた。
「お望みの力比べに乗ってあげたというのに、全く耳障りですね。“鷹爪・白雷”!」
そのままかかと落としの要領で、振り上げた足をザラの頭を目掛けて嵐脚を放つ速度で振り下ろすと、技の直撃を受けたザラは顔面から地面に叩きつけられる。
「ぐべっ!?」
カリファは地面に突っ伏しているザラの頭から足を退けながら、まだ砂に顔から埋もれたままのザラを見下ろす。
「私は女を武器にして同じ裏社会を生き抜いてきた貴女に敬意を払っていたのに、女としての美しさを捨ててそんな醜い姿で勝ちを拾おうとする貴女には心底ガッカリしたわ。」
カリファは怒りを隠すことなく、少しズレた眼鏡をクイッとあげながら、気を失ったままのザラに吐き捨てるように言い放った。
”闇の正義”を掲げて裏社会に生きるCP-9である彼女にとって、美を磨きつつ女を武器に裏社会を生き抜いてきたザラは正しく目標とすべき女性であったのだ。
「さて、流石はステューシー、もう”殺し屋”を捕らえたようね。コアラは……なるほどベンサムは中々の拳法使いのようで苦戦してるわね。それにしても普通の人間でありながら、屈強な魚人族が編み出した魚人空手の師範代とは准将の周りには本当に面白い子が集まってくるわ。」
既に戦いを終えて自分に笑顔で手を振るステューシーを一瞥した後、ベンサムと激しい攻防の真っ最中のコアラの戦いを観戦し始めた。
後書き
当然ながらカリファは能力者ではありませんよ。
原作ではナミに振り回されていい所のなかったミス・ダブルフィンガーですが、少しはカッコよく書けてますかね(*´ω`*)
第五十八話
前書き
ボンちゃんは好きなので話し方、セリフにこだわりましたが、違和感あれば教えてください。すぐに修正します。
ベンサムがステューシーの襲撃から逃れる為に一番近い窓を蹴破って外に出るとそこには赤いスキュレットを被った背の低い女の子が待ち構えていた。
「あ〜んた誰よぉ〜?可愛いわねぇ〜食べちゃいたいくらいよ〜。」
ベンサムは目の前にいる女に対して舌なめずりすると、彼女は心底嫌そうな顔をしながら名乗りをあげる。
「うげー。私は海軍本部少尉のコアラ。バロックワークス、オフィサーエージェントコードネームMr.2ボン・クレー。本名“荒野”のベンサム、貴方を捕らえに来たわ!」
コアラがベンサムを指差すと、彼は滝のような冷や汗を垂れ流しながらコアラから不自然に目線を逸らす。
「えーー!!!なにぜんぜん聞こえない!!」
さらに耳をコアラに向けて音がよく拾えるように耳の裏に掌を添えている姿を見たコアラは冷静にツッコミを入れる。
「いや、あんたの顔に図星って書いてるわよ。」
ツッコミを受けて開き直ったベンサムはコアラを見ながら早口でまくし立てる。
「海にいるはずの海兵がなんで砂漠にいるのよぉ〜!!!あやふやじゃな〜い。シカモ、なんであちしの名前もバレてるのよぉ〜〜。あちしビックリこき過ぎて二度見!!オカマ拳法“あの秋の夜の夢の二度見”!」
ベンサムはわざわざ技名まで付けてコアラを二度見しながら驚きをアピールするので、それ見せられているコアラは頭を抱えたくなるのを我慢していた。
「あぁ、分かったわ。貴方馬鹿なのね。それとも一人でここから逃げる時間稼ぎかしら?」
コアラは顔にピエロのような巫山戯けたメイクにバレリーナの格好をしているベンサムに対しても、3000万ベリーを超える賞金首であるため注意深く様子を見て彼の出方を探っている。
不本意ながら日頃からゴジに対してツッコミし続け、さらに革命軍にはこの男よりも見た目のインパクトの凄いエンポリオ・イワンコフというオカマの女王と呼ばれる仲間がいるので、コアラは普通の人よりはベンサムの見た目やボケに耐性があるので、彼の格好等を見ても冷静さを失わずにいる。
「ジョーダンじゃな〜いわよ〜。”マスカラブーメラン”!」
ベンサムは両手で目の下にあるマスカラを外してコアラに向けてブーメランのように投げた。
「おっと!?いきなり攻撃するなんて危ないわね。」
「が〜っはっはっは!!躱してくれちゃったわねぇい。でもぉ〜……」
コアラはベンサムの投げたマスカラを躱してから、バレリーナのように両手を頭の上で合わせて片足を後ろに上げて海老反りしてるベンサムとの距離を詰めていく。
「う”っ!?な……何?」
しかし、突如コアラは左肩と右の脇腹に痛みを感じて立ち止まってしまうと、先程ベンサムの投げたマスカラがブーメランのように回転しながら戻ってきていた。
「”キャッチしマスカラ”!がっはっはっは。あちしのマスカラは戻ってくるのよぉ。」
しかもそのマスカラはそのままベンサムの目の下に張り付くように元の位置に戻った。
「どうなってんのよ。そのマスカラ、刃物で出来てるの?でもこれでよく分かったわ。逃げるつもりも投降するつもりもないってことね?」
コアラは左肩と右脇腹が薄く斬られて出血しているのを確認し、戦いには支障のない程度の怪我と判断する。
その間にベンサムは周囲を見回して、仲間であるMr.1とミス・ダブルフィンガーもそれぞれ別の女海兵と戦っているのを確認して、真剣な顔になってコアラに対して体を低くし、両手を開いて指先を相手に向ける蟷螂拳のような構えを取った。
「友達が戦っているのに…ここで逃げるはオカマに非ず!!」
急に真剣な顔と構えを取ったベンサムに対して、コアラは薄く笑いながら深く腰を落として半身になり、前に出した右手は開き、腰に構えた左手は固く閉じる魚人空手の構えを取る。
「いい度胸ね。」
「かかってこいやぁ!」
ベンサムはMr.1とミス・ダブルフィンガーの2人は友達という間柄ではない。
スパイダースカフェのオーナーでポーラと名乗っていたミス・ダブルフィンガーとは、よくこのカフェで顔を合わせているが、彼女の正体がミス・ダブルフィンガーであることは今日知った上、Mr.1に至っては今日初めて顔を見た間柄である。
しかし、同じ会社の同僚と知り、互いに危機を乗り越えようとする仲間であるという事実に情に厚い性格を持つ彼にとって、二人はもう”友達”に相違ない。
「魚人空手“二千枚瓦正拳”!」
「オカマ拳法“どうぞオカマい拳”!」
コアラとベンサム互いの正拳突きがぶつかり合うと、このたった一合で相手の実力が自分と同格である事を互いに悟る。
「やるわねい♪」
「あなたもね…!」
流派は違うとはいえ、互いに格闘術を収める者同士気分が高揚する。
ベンサムはつま先立ちというバレエのようなしなやかな動きで、コアラの攻撃を捌いて反撃し、コアラはそれを受け流しながら反撃していくという技の応酬が始まる。
「アン ドゥ オラァ……アン ドゥ オンドリャー!!」
「エイ ヤッ トォ……ハッ シッ エェーイ!!」
互いに譲らずに一進一退の攻防が続き、2人は数十合ほど拳を交えるが、互いに決定打はない。
「オカマ拳法“蹴爪先”!」
ベンサムはバレリーナのように体ごと回転してその爪先でコアラの側頭部目掛けて横から突き刺すように蹴ると、コアラも後方回し蹴りでこれを迎え撃つ。
「魚人空手“三千枚瓦回し蹴り”!」
互いの回し蹴りがぶつかり合った衝撃で互いに弾かれて、彼我の距離が離れた。
「はぁ、はぁ…やっぱりあんた中々やるわねぃ。」
「はぁ、はぁ…そんな変な格好してるのになんでこんなに強いのよ。でも…そろそろ終わりにするわ。」
コアラが油断なく、構えを取るとベンサムは両肩に付いていた白鳥の首を両足先にそれぞれ装着する。
「あら?奇遇ねぃ。あちしもそう思ってた所よ。しょせ~ん この世は~男と~女~しかし~オカマは~男で~女~だから~最強!!見せてあげるわ。オカマ拳法の主役技!」
コアラはベンサムの足先から白鳥の首が生えているような巫山戯た姿をジト目で見る。
「ふざけてるの?」
元々ピエロのような顔にバレエダンサーのような衣装を着たオッサンという巫山戯た見た目の上で、足先に白鳥の首を装着しているのだから彼女の反応は凄く真っ当なものであろう。
突如ベンサムは足に白鳥を付けたままコアラに向けて前蹴りを放つ。
「ふざけてないんかな〜いわよ〜。喰らいなさい“爆撃白鳥”!」
コアラは嫌な予感がして、ベンサムから放たれる突き技のような蹴りを慌ててしゃがんで躱すと白鳥のツチバシが、スパイダーズカフェの壁を貫く。
「えっ!?」
コアラはそのベンサムの弾丸の如き蹴りに唖然となる。
「がっはっはっは!正解!!避けて正解よぉ!しなる首に鋼の嘴。一点に凝縮された本物のパワーってやつは無駄な破壊はしないものよぉ。あちしの蹴り一発がライフルの一発だと思えばいいわ。たーだし少々、弾は大型だけどねい!!」
ベンサムが白鳥を壁から引き抜くと壁からは煙があがり、穴の周りには傷一つなかった。
「その見た目でなんて威力なの!?」
「これで分かったかしら〜オカマの強さ?あっ!ちなみに右側の首がオス、左側の首がメスよ。」
「そんなのどっちでもいいわよ!!」
コアラは条件反射でツッコミを入れたが、ベンサムの巫山戯た見た目とは裏腹にあの白鳥はヤバいとしっかり判断を下す。
元々身長160cmのコアラと240cm近い身長のあるベンサムとでは手足のリーチが全然違うのに、白鳥の首の長さの分リーチが増す上、白鳥の数字の“2”の形のように曲がった首が攻撃時には伸びて間合いが取りづらい上に爆発的な威力を生み出していることに気付いて冷や汗を流す。
「あちしはやられちゃったMr.1とポーラも助けなきゃいけないからとっとと終わらせるわねぃ。」
ベンサムはカリファとステューシーに捕まった仲間達をチラッと見てからコアラに向き直って飛び蹴りを放つ。
「拳士であるあなたではあちしの間合いには〜入ってこれな〜いでしょう?これでトドメよぉ"爆撃白鳥アラベスク”!」
コアラは息を大きく吐きながらその場で腰を深く落として、大気中に含まれる『水』をその身で感じながらまだ距離のあるベンサム目掛けて真っ直ぐ右拳を突き出した。
「ふぅ〜乾燥している砂漠の空気中に漂う水分を集めるのに苦労したわ…魚人空手 "唐草瓦正拳”!」
砂漠は湿度20パーセント前後しかない乾燥地帯である。
コアラはベンサムと拳を交えながらも大気に含まれる僅かな『水』を自分の周りに集めていたのだ。
「ぐべらぁ…!」
コアラは大気中の水を利用して離れたベンサムに向けて衝撃を伝えると、ベンサムがこちらに飛び蹴りを放とうとしていた分、カウンター気味に決まったようで彼は弾かれたように後方に飛んで行った。
「舐めないでくれるかしら?魚人空手の真髄は“周囲一帯の『水』の制圧”。『水』があるところ全てが私の間合いなのよ。」
水中や水面などは勿論、大気中や物質内に存在するあらゆる「水」を利用することで、通常の空手を遥かに超える攻撃力を生み、幅の広い応用性を備える。
魚人空手において生まれ持ったパワーを生かした体技のみしか使えぬ者等半人前でしかなく、大気中の水を感じて衝撃を伝えるこの"唐草瓦正拳"を習得してこそ一人前の魚人空手の使い手と呼べる。
「ふぅ。ベンサム確保っと。」
コアラは海楼石の手錠を気絶しているベンサムに付けた後で周りを見渡す。
◇
コアラが周りを見渡すと既にステューシーはボーネスを捕らえ、カリファはザラを捕らえていた。
「あれ?私が最後ですか!?」
肩を落とすコアラにステューシーが声を掛ける。
「ガッカリすることないわよ……コアラら能力頼りじゃない分ベンサムがこの中で一番手強かったのは間違いないわ。怪我は大丈夫?」
ベンサムは超人系悪魔の実 マネマネの実の能力者で過去に触れた顔になれるという能力者なのだが、戦闘向きの能力ではない分、自分で編み出したオカマ拳法を鍛えぬいていた。
「はい。ホントのかすり傷程度です。」
「でも、治療は最優先よ。カリファ、コアラの治療をしなさい。」
「ええ。コアラ、カフェの中へ行きましょう。」
「はぁ〜い。」
ステューシーの指示を受けたカリファがコアラをスパイダーズカフェに誘導して傷口を確認したところ、マスカラの大きさ故か、コアラの傷はホントに数ミリ程度斬られているだけであった。
カリファはスパイダーズカリファの中でコアラの応急処置をしながら声を掛ける。
「准将も能力者は能力に頼りすぎるから、そこが弱点になるっていつも言ってるでしょう?私もステューシーもその弱点を付いて勝利したのよ。だからベンサムが一番厄介だったというステューシーの意見には私も同意するわ。」
「うん。カリファさんありがとう。」
悪魔の実の能力者は能力に頼りすぎるというのはゼファーの口癖であるが、最近はその口癖が移った様子のゴジも第二番隊の訓練ではよく口に出しているのだ。
こうしてスパイダースカフェはステューシー達の活躍で瞬く間に制圧されたのだった。
後書き
次話から場面がゴジ君に戻ります。
第五十九話
ステューシー達がスパイダースカフェの制圧をしている中、ロビンの死を乞う願いはゴジには届かない。
「俺は君を殺さない。」
ゴジはロビンの顔に片膝をついて優しく手を伸ばし、人差し指で彼女の目に溢れた涙を掬う。
「そう…。いいの……それが貴方の正義だものね。」
ロビンはゴジのアラバスタ王国来訪を知ってから、彼の事を調べあげたので、自分の願いは届かない事を分かっていた。
《Side ロビン》
Mr.0の指示で私はあらゆる手段で海軍本部の誇る若きエース、海軍本部第07部隊ジェガート第二部隊長“麒麟児”ゴジ准将について調べあげた。
調べれば調べるほどよく分かったのは“若月狩り”カタリーナ・デボンの拿捕から始まる“麒麟児”の名に恥じない積み上げられた英雄譚の数々。
「“罪を憎んで人を憎まず”よく知ってるわ。貴方は絶対に海賊を殺さない。罪を償わせる為に確実に拿捕するのよね。」
この人が若くして准将の地位にいるのは伊達でも酔狂でもないと思い知らされた。
「ロビンちゃんみたいな美女が俺の事を知ってくれてるなんて嬉しいな。」
当然、この人が女にだらしない事も知っているが、彼の高潔な意思と正義の元にこの海を守ってきたことを知った私はただの夢見る少女のようにすぐに彼の虜になった。
アルバーナでのゴジ准将のアラバスタ王国来訪の式典の現場にいたことを彼はバロックワークスの任務と勘違いしているようだけれど、私はあそこに集まったアラバスタ王国民と同様にただ貴方の姿を一目見ようと会いに行っただけなのよ。
だから社交辞令と分かっていても、面と向かって彼に美人と言われると顔がニヤけてしまうのは仕方ないわよね。
「うふふっ。私は貴方の“ファン”だから何でも知ってるのよ。」
元の海軍本部大将“黒腕”のゼファーに拾われてから全てを叩き込まれて力を付け、彼と生活を共にする内にかつて最強と呼ばれたこの男の掲げた“体現する正義”を背負い、海軍の掲げる絶対的の正義の体現者としてその身を削って数多くの人を救ってきた。
そして彼はこの海で暮らす者にとっては知らぬ者のいない偉大なる航路の絶対守護者にして正義のヒーローとなった。
並の海賊達は彼を恐れてひとつなぎの大秘宝を目指すことを諦め、年々偉大なる航路に入る海賊が激減しているという。
「それは嬉しいな。ロビンちゃん、よく聞いてほしい。俺は君を捕まえるつもりもないんだ。」
今、“麒麟児”さんが何を言ったのか分からない。
『私を捕まえるつもりがない』と聞こえた気がしたけど聞き間違えに違いない。
「えっ…?」
“麒麟児”さんは私に優しい笑顔を受けてながら、海軍将校の証たる海軍コートを羽織った直後、その場で左膝、右膝の順で地面に跪いて、そのまま両手を地面につく。
「ちょ…ちょっと何を!?」
私は彼が何をしようとしてるのか気付いたが、それをする意味が分からずに困惑する。
何よりもこの人にそんな真似をさせたくないと願うが、願いは届くとこなくそのまま私に対して深々と頭を下げて額を地面に下げた。
驚愕する私の目に飛び込んできたのは地に伏した『正義』の二文字。
「今まで本当に申し訳なかった。」
「っ……!?」
両手と両膝を地につけたまま頭を地に付けたこの姿勢は座礼の最敬礼に類似する。特に世界貴族を見た場合には恭儉の意を示すため、道を開けて平伏するのが世界の常識。
それ以外にも"深い謝罪"や請願の意を表す場合に行われるこの姿勢は土下座とそう呼ばれる。
「な……なんでっ!?なんで私を救ってくれた貴方が頭を下げるのよ!!」
突如、困惑よりもそれを超える激しい怒りが私を支配した。
クロコダイルから私を救ってくれたこの人が私に頭を下げる理由が分からない。
「ロビンちゃん。俺達海軍、いや世界政府はかつて何の罪も無い君の故郷オハラの民と家族を虐殺し、生き残った無実の君を咎人にした。本当に申し訳ない!」
一度頭を上げた”麒麟児”さんは謝罪理由を告げた後、また深々と頭を下げた。
雷が落ちる程の衝撃とはこのような場面で使うのだろう……彼の謝罪を聞いた私の目から大粒の涙が溢れでて、体の力が抜けてその場に力なく膝から崩れ落ちる。
「“麒麟児”さん……あなた……“あの悪夢”を聞いたのね?」
「全て聞いた。俺達は取り返しのつかない事をしたんだ。俺一人が頭を下げる程度で解決できる問題じゃないのは分かってるけど……オハラの真実を知って何もしないのは俺の正義が許さない。」
そうか……この人はオハラの悪夢を知って、これまで自分の体現してきた正義に反すると知って頭を下げてるのね。
でも、違う。
「ぐず…止めてよ……うぅぅ…私を罪人にしたのも、オハラを滅ぼしたのもあなたじゃない!!」
涙がとめどなく溢れ出てくる。
「だって……あの悪夢があった日、あなたまだ海兵どころか……生まれてすらいないじゃない……うぅぅぅ……。」
17年前にオハラがバスターコールにかけられたときにゴジは海兵でもないし、現在16歳である彼は生まれてすらいないのに、海軍が起こした過去の罪を悔いて、海軍将校として自分に頭を下げている光景にただ涙が止まらない。
「俺は君の過去を知ってから、初めて海軍将校である事を恥じた…。」
海軍を代表する海軍将校として私に謝る為にこの人はさっき海軍コートをわざわざ羽織ったのね。
でも、違うの……私は知っている。
誰よりも海兵としてまっすぐに生きているこの人だけにはあの悪夢の責任を背負わせたくない。
「ううぅぅ…止めて…貴方はあの時の海兵達とは違う…数多くの人を救ってきた英雄じゃない……。」
「俺は英雄なんかじゃない…君達を……オハラを救えなかった…。」
あぁ……やっぱり貴方はまた涙を流すのね。
「くずっ…ううぅぅぅ…そうやっていつも救えなかった命を惜しんで苦しんでいる貴方が頭を下げないでよ…」
私がこの人を調べていて一番印象に残ったのは、海賊に滅ぼされた村を訪れて涙を流しながら手を合わせている“麒麟児”さんの写真付きの新聞記事。
記事にはこう書かれていた。
”記者が海賊に滅ぼされた村を取材中に、たまたま村を訪れたゴジ大佐を写真に収めたところ、彼は私に気付くことはなく、亡くなった村人達に向かって手を合わせて『もっと早く俺が来ていたら貴方達は死ぬ事はなかった…本当に申し訳ない。いくら海賊を捕らえてももう貴方達は…帰って来ない。』と言いながら何度も涙を流して謝り続けていた。”
この記事を読んだ時、彼は輝かしい功績の数々の裏で救えなかった命を悔やんでいる優しい男である事も知った。影響を受けたのは私だけではない。
元々カタリーナ・デボンの拿捕とその端正なルックスで若い女性ファンの多かった彼の優しさが垣間見れたこの記事により、彼が老若男女全ての人に受け入れられ、彼の人気を不動のものとした報道と言われている。
もし、あの悪夢の日に彼が海軍にいれてくれたら、オハラも滅びなかったのではないかと頭をよぎったほどである。
「っ……!?クロコダイル……?」
顔を上げた私の目に飛び込んできたのはクロコダイルが倒れ伏したまま“麒麟児”さんを睨み付け、左腕を砂に変えて毒の滴る凶刃が真っ直ぐにオハラの為に涙を流してくれる無防備な彼の背中に向かっているのが見えた。
私はこの人の前に立って、彼を守るように両手を広げた。考えるより先に体が動いた。
「危ない!?」
この人だけは死なせない。死なせてはならない。
海軍本部准将という立場で、自分に頭を下げること等あってはならない。仮にさっきの光景が世に出れば世界政府を揺るがす大問題になっていた可能性もある。
頭のキレる彼がそれを分からないはずはない。それでも過去の悲劇を知り、海軍や政府が間違っていると声を上げてくれる海兵がサウロ以外にもいてくれるなら、今後自分のような子供が一人でもいなくなる。
この人を守れるなら私の命の一つや二つ惜しくはない…。
「うっ……!あ…あぁ……ふふっ……。」
私は自分の胸を刺し貫くフックと唖然とした顔をするクロコダイルを見て薄く笑う。
「ミス・オールサンデー何をしている?千載一遇のチャンスを棒に振りやがって!?」
私はクロコダイルの攻撃が自分の胸を刺し貫いた瞬間に間に合ってよかったと心の底から思えた。
8歳で故郷を失い、家族を仲間を失って賞金首になり、海軍や世界政府に追われる日々を過ごしてきた私にとって死は最も恐ろしいはずだったのに、何故か今はとても誇らしい。
「ざ…残念ね…Mr.0…。私……彼のファンなの…」
だから、私は最後に悔しがるクロコダイルに向けてざまぁみろと思いながら笑ってやった。
全身の力が抜けて後ろに倒れゆく私の体が誰かに優しく抱き止められたのが分かる。誰かじゃないわ。私を抱きとめてくれたのが誰かなんてもう分かっている。
「ロビンちゃん!?なんで俺を庇って……」
あぁ……貴方に泣かれるのは辛いけど、一人孤独に死んでいく事を覚悟していた私の死に貴方が涙してくれるのは嬉しいわね。
私は目から大粒の涙を流している彼の涙を拭うために……いや正直に言うわ。ただ最後に彼に触れたいが為に右手を彼の顔に伸ばす。
私の愛しいヒーロー。
《Side ロビンend》
ゴジが顔を上げて背後を振り返ると同時に自分の顔に飛び散る暖かい赤い液体と彼女の背中から飛び出る血塗れのフックを見て状況を瞬時に悟り、倒れゆくロビンを抱きとめた。
「ロビンちゃん!?なんで俺を庇って……」
ゴジはロビンに対して真摯に全力で謝罪していた故に普段隙なく張り巡らせている見聞色の覇気で周りに一切注意を払っていなかったので、クロコダイルの攻撃に気づかなかった。
自分を庇って重傷を負ったロビンを見て、自分の不甲斐なさに涙が溢れる。
そこが彼の美徳でもあり、弱点でもあるのかもしれない。
「ゴホッゴホッ……うふふっ。ヒーローに……涙は似合わないわよ……」
ロビンはゴジを見上げながら、右手を伸ばして彼の目から溢れる涙を拭って心配させないように精一杯の笑顔を作った。
立ち上がろうとしているクロコダイルは砂に変えた左腕を手元に戻すため、ロビンの体から強引にフックを引き抜く。
「うっ…!?」
フックが強引に引き抜かれたことより、ロビンの傷口から血が溢れ出す。
「ロビンちゃん!?」
クロコダイルは死にかけのロビンに掛かりきりで隙だらけゴジを殺すために地面に右手を付く。
「砂漠の向日葵!」
クロコダイルは右手で砂漠の地下水脈を刺激し、ゴジとロビンの足元に蟻地獄のようなすり鉢状の穴の中心に砂が吸い込まれていく巨大な流砂を作り出した。
「なっ……これは流砂か!?」
「はぁ……はぁ……流砂を知っているのか。そうだ。墓標のいらねぇ砂漠の便利な棺桶さ。これにはサソリの毒が塗ってあると聞いてるはずだ。まもなく死にゆく優秀なパートナーだったニコ・ロビンへの手向けだ。クハハハハ!」
ゴジはクロコダイルに言われてサソリの毒を思い出して慌ててロビンの顔色を観察すると毒が回り始めた様子で顔色が紫色に変わっていた。
「そうだった。毒!?ロビンちゃん、先に謝っとくよ!!」
「えっ……んっ……んん”っ!!?」
クロコダイルは流砂に巻き込まれて沈みゆくゴジとロビンを見ながら、息も絶え絶えにゆっくりと立ち上がりながら高笑いする中、ゴジはクロコダイルの姿を見る事もなく困惑するロビンの唇に自分の唇を重ねた。
第六十話
ゴジの突然の口付けに両目を見開いて驚くロビンだが、失血と毒が回り始めたことにより体は動かすことも出来ずにされるがまま、ゴジに見つめられながら口内を蹂躙される。
「「…チュ…ンッ……チュ…ンハァ…チュ……」」
時間にして数秒経った後、ゴジはずっとロビンを見つめ続けながら彼女の唇を解放してゆっくりと頭を上げると、二人の口を繋いでいた銀色の糸がプツリと切れた。
「き……“麒麟児”さん!!はぁ、はぁ…いきなり何を…こういうことは時と場所を選んで………」
ロビンはリンゴのように"真っ赤な"顔でゴジを見つめて若干欲望交じりな抗議の声をあげるが、ゴジは構わずにロビンを横抱きにする。
「ロビンちゃん、説明する前に穴から出るよ。“疾駆”!」
まもなく流砂の中心に飲み込まれる寸前だったので足裏を爆発させて穴から飛び出て、ロビンを横抱きにしたまま優しく話し掛ける。
「顔色がよくなったからもう大丈夫だよ。毒は全て吸い出した。傷口も幸い急所は外れているけど、念の為に止血剤と痛み止めの薬は飲ませてある。」
そう。ロビンは先程まで毒に侵されて紫色になっていた顔色がゆでタコのように赤くなり、息も絶え絶えだったはずが、抗議の声を上げれる程元気になっていた。
「えっ……?」
ロビンはゴジに言われて、自分の体から痛みや倦怠感が消えていることに気付く。
「俺は毒を操る事が出来るんだよ。だから君の体内を蝕む毒を吸い出してから、俺が能力で作りだした止血剤と痛み止めを飲ませておいた。」
ゴジはロビンに駆け寄ってすぐに状態を観察し、傷の程度や毒の巡り具合を診ながら、自身の毒を操る能力で彼女の体を蝕む毒を全て口から吸い出した上で体内で作り出した薬を口移しで飲ませた。
「えっ……毒を吸い出した?それに薬ってどういうこと?」
「毒と薬は表裏一体、全く同じものだからね。正しく使えば毒は薬に、間違って使えば薬は毒となる。だから君の顔色を見ながら口内の体温を測りつつ、止血剤と痛み止めの量を調整して飲ませたんだよ。」
「はぅ……あの口付けは治療…。そ……そうだったのね……。」
ロビンの真っ赤な顔が、ゴジの口付けの理由が治療だと知った事でさらに真っ赤になったことで恥ずかしくなり彼女は両手で顔を隠す。
「あとは患部の止血だけだな。ロビンちゃん…少し痛むよ…。」
「えぇ……。」
ゴジは海軍コートを脱いで、なんの躊躇いもなく将校の証たるコートの裾をビリビリと破くと包帯のようになったその裾をロビンのウエストに巻き付ける。
「うっ…!?」
ゴジは巻き付けたコートの裾をギュッとキツく縛って傷口を止血した後、血を流して冷える体を暖めるために、自分の上着を脱いでロビンの肩に掛けて、裾の破れた海軍コートを彼女の足に優しく掛けた。
「すぐ終わらせる。」
「え…えぇ…。気を付けて。」
ゴジは立ち上がってクロコダイルを見据えながら、ゆっくりと歩いて行く。
その間にクロコダイルはというと、先の戦闘によるダメージの回復を図りつつ、切り札としていたサソリの毒に変わる真の切り札との準備をしていた。
「“麒麟児”、てめぇは本当に…一体何の能力者だ?爆発や電気に加えて…毒の能力だと…?」
「黙れ。」
突如ゴジから放たれる圧倒的な覇王色の覇気に呆気に取られる。
「なっ…!これはまさか…覇王色……!?」
「お前は絶対に許さない…全力で潰す!」
クロコダイルはゴジの覇王色の覇気に当てられて驚愕こそしたものの気絶することは無く、ゴジと本気で戦うために体が全体が砂となって崩れていく。
「ちっ…!本当は“四皇”どもとの戦いの切り札にするつもりだったが、いいだろう見せてやる。“砂漠の巨神”!!」
突如砂漠の砂が数十メートル以上天に向かって盛り上がると、それは徐々にクロコダイルの形を成していく。
「砂の巨人か!?でもクロコダイル本体はその巨体の何処かにいるんだろう“神眼”!」
ゴジは見聞色の覇気に加え、経験と実績に裏付けされた観察眼も併用して巨神の弱点を探ろうとするが、唖然となる。
「なっ……クロコダイル、お前は砂を纏うんじゃなくて砂漠の砂と混ざり合い周りの砂を吸収する事で巨神となったのか?」
ゴジは巨神の中いるクロコダイル本体を探していたが、“神眼”により判明したことは砂粒となったクロコダイルが巨神の至る所に満遍なく存在していた。
例え六王銃で直接体内に武装色の覇気を流し込もうにも巨神がデカすぎて巨神の全身に行き渡ることはない。
「ほぉ……ホントによく鍛えられた見聞色の覇気だな。でも、この砂漠の巨神となった俺に弱点がないことが分かったか?なら、さっさと潰れて死ね!!“巨神の一撃”!!」
砂の巨神となったクロコダイルはゴジとロビン目掛けて右拳を真っ直ぐに突き出してくる。
「クロコダイル、俺にロビンちゃんを避難させる暇すら与えないつもりか?“生命帰還・スパーキングレッド”!!ならまたさっき砂嵐のように消し飛ばしてやるよ“赤の型 徹甲弾”!!」
再び生命帰還により赤髪となったゴジは足元を爆発させると同時に飛び上がり、弾丸の如き速度を勢いをそのまま武装色の覇気と爆発の能力を宿した両拳に乗せて、巨神の拳に向けて真っ直ぐに突き出すと、徹甲弾が撃ち込まれた戦車ような大爆発の末、巨神の右腕が霧散した。
その威力たるや砂嵐・重を吹き飛ばした火花フィガー・ダブルの比ではない。
「ふんっ!だからどうした!!」
しかし、砂の巨神となったクロコダイルの周りには砂の神を歓迎するような無数の砂嵐が吹き荒れており、砂嵐がクロコダイルの消し飛ばされた右腕に瞬時に収束して元通りになる。
「なるほど……この砂漠ではその腕はすぐに再生するのか!?流石“砂漠の王”の名は伊達じゃないな。」
クロコダイルは元通りになった右腕を再度振りかぶってゴジに腕を突き出した。
「だから言ったはずだ。砂漠の戦闘でこの俺に勝てるやつはいねぇとな!」
数十mの幅はあろうかという巨神の拳はゴジとその後ろにいるロビンの両方を狙った攻撃なので逃げるという選択肢はない。
「なら俺も何度でも消し飛ばしてやるだけ……なっ!?」
───ダメだ!!あの拳には岩のように高密度な砂が集まってやがる。あれは爆発では完全に吹きとばせない!!
ゴジが再度巨神の拳を爆発で腕を吹き飛ばそうとした時、見聞色の覇気により先程よりも高密度に砂が集められた巨神の拳を爆破したところで、残った巨神の手首に押し潰される未来が視えた。
「ニヤッ。やってみろ小物がああぁぁぁ!!真・巨神の一撃!!」
「絶対後ろにはいかせない!“生命帰還切替・ウインチグリーン”。」
ゴジは巨大な物量による攻撃でもヨンジのパワーなら力負けしないと判断して、体内の血統因子をイチジからヨンジのモノへ作り変えた事で赤色の髪が緑色に変わる。
ウインチグリーンの怪力を手に入れたゴジは迫り来る巨神の拳を前にして怯むことなく、両手を広げて構える。
「金剛力を手に入れた俺の六・六式緑の型で絶対受け止めてやる!!“緑の型 鉄塊・仁王立ち”!ぐっ……!?」
ゴジは怪力の力を十全と使える分、以前デボン戦で見せた武装色の覇気と怪力の能力を併用する”鉄塊・金剛”よりもさらに硬い”緑の型 鉄塊・仁王立ち”を以てしても巨神の拳によるダメージを受けて苦悶の声をあげる。
「無駄だ!この拳は最初よりも砂の密度を増やすことで爆発でも完全には弾き飛ばさねぇ程固く固めてある。ニコ・ロビン諸共潰れろぉ!」
岩石の如く高密度に集められた砂の拳であればサラサラとすることなく、受け止めきれるのではないかと思い、急遽圧倒的な怪力能力を持つウインチグリーンに切り替えたのだが、予想を超える力に殴り飛ばされそうになるのをその場から一歩も後退することなく堪えていた。
「んな事は分かってんだよぉ。受け止めきれねぇなら弾き返すだけだ!!絶対に負けてたまるかぁぁ!!“緑の型 鉄塊・仁王力”!!」
ゴジは仁王の如き渾身の力で圧倒的な物量と重さのある巨神の拳を弾き飛ばした。
”緑の型 鉄塊・仁王力”とはステューシーがボーネス戦で使用したみせた”鉄塊・空木”と同じ防御後のカウンター技であるが、ウインチグリーンの金剛力を手に入れた今のゴジとステューシーの技とでは防御力も反撃力も段違いである。
「ほぉ……なるほど読めたぞ。“麒麟児”の髪色の謎。」
「はぁ……はぁ……。ギリギリだった。」
ゴジはたった一度拳を弾き返しただけで息も絶え絶えになった。
巨神はゴジの怪力で拳を弾かれてたたらを踏んだことで、クロコダイルは砂の拳を爆破するのではなく、弾き返したことでゴジの力の謎に気づく。
「その髪色は見掛け倒しじゃなく赤は爆発、緑は怪力の力を使えるようになるのか?だが、たった一撃弾いただけでフラフラのようだな。」
「はぁ……はぁ……うるせぇよ。」
ゴジは顔色を変えずに強がりを言いながらも、クロコダイルの経験と実力に基づいた見極めに驚いた。
「これならどうする?」
巨神は再度右拳をゴジに振り下ろす。
「何度でも受けてやるよ。”緑の型 鉄か……いや、これはまずい!?”緑の型 韋駄天”!!」
「きゃっ!?」
ゴジは”鉄塊・仁王立ち”を使おうとしたが、急遽発動を止めて怪力の力を使う事で地面を通常よりも多く蹴り”剃”を超える高速移動でロビンの元へ走り彼女を抱きかかえてその場を離れると、巨神の拳は砂漠に触れた瞬間砂に変わり、先程ゴジ達がいた場所に巨大な砂丘を作り出した。
見聞色の覇気によりこのサラサラとした拳は受け止めきれないと分かったからゴジはロビンを連れてその場を離脱したのだった。
「ほぉ……気づいたか?拳に纏う砂の密度を変えることでサラサラとした砂で生き埋めにすることも、岩のような硬度で押し潰すことも出来る。」
「ちっ……厄介な能力だな?」
ゴジはサラサラとした拳であれば赤の型で吹き飛ばせるが、緑の型ではサラサラした砂は受け止めきれずに生き埋めにされてしまう。逆に硬い拳であれば赤の型では腕を完全に吹き飛ばせないが、緑の型で受け止めて弾くことは出来る。
「さて、次から両手で連続で行くぞ。サラサラとした拳か硬い拳か全て見極めてみやがれ!!無理と諦めてニコ・ロビンを連れて逃げるなら勝手にしろ…その時は俺はこのままレインベースを破壊して憂さを晴らすことにする。クハハハハ!」
クロコダイルは巨神となった両腕を振り上げながら、ゴジの能力を見極めた上で彼に一番効果的なやり方で退却という選択肢を潰しに掛かる。
彼にとって実際はレインベース等どうでもよく、ただ裏切り者のロビンと夢を壊したゴジさえ殺せればいいのだ。
「はぁ…はぁ……ホントに頭がいいくせにいちいち考えることがゲスだな?安心しろよ。逃げたりしねぇよ。でも流石にこれは少しヤバいかもな。」
ゴジは油断なく構えながらも自分一人だけなら、速さで撹乱しながら隙を見て何度も六王銃などの大技を叩き込む事で目の前にいる巨神すら倒せる自信はあるが、重傷のロビンを庇いながらの戦いでは勝機が薄いことを悟って冷や汗を流す。
後書き
クロコダイルさんのオリジナル技です。
9月27日18:30戦闘シーンを書き足しました。
第六十一話
ロビンはゴジの腕に抱かれたまま、自分を庇いながら戦うゴジを見て一人呟く。
「雨でも降ってくれれば……。」
ゴジはロビンの声を拾い、砂の巨神を見据えたまま話し掛ける。
「ん?ロビンちゃん、雨って言った?」
「砂は水に濡れるとサラサラにはなれないでしょう?砂人間であるクロコダイルは水に濡れると砂になれない。彼にとっては水は天敵なの。」
ロビンの言葉にハッとなったゴジはちらりと先程クロコダイルが砂漠の向日葵で作り出した流砂を見てほくそ笑む。
「スナスナの実にそんな弱点があったのか?ありがとうロビンちゃん、この戦い勝てるよ。生命帰還解除!!」
巨神となったクロコダイルは黒髪に戻ったゴジを見て笑いながら、宣言通りに振り上げた両手を振り降ろした。
「クハハハハ!諦めたようだな“麒麟児”!?確かに俺は水が弱点だが、この砂漠の何処に水がある?雨が欲しいなら俺が砂の雨を降らせてやろう!“砂漠の雨”!!」
巨神は両腕を何度もゴジとロビンのいる地面に目掛けて砂の雨が降るが如く何度も振り下ろす。
「電光石火!!」
ゴジは砂の拳が振り下ろされた直後、超高速で移動してロビンを抱きかかえたまま流砂に飛び込んだ。
「クハハハハ……そうか!砂の拳で潰されるて死ぬよりも女とともに砂の棺桶での心中が望みか?それはいいクハハハハ!」
ゴジとロビンがそのまま流砂の中心に飲み込まれていく様を見て拳を振り下ろすのを止めたクロコダイルは高笑いをする。
「ロビンちゃんは俺を信じてくれるかい?」
ゴジは心配そうに自分を見つめるロビンに優しく語りかけるとロビンはゴジの首に手を回してしっかりと抱き着く。
ゴジが流砂に飛び込んで何をしようとしているのか検討がつかないが、彼の声音には絶対の自信が感じられてロビンの中にある不安は一気に吹き飛んだ。
「っ……!?えぇ。あなたを信じるわ。」
クロコダイルが高笑いする中、ゴジとロビンはそのまま流砂に飲み込まれてしまった。
《Side ゴジ》
流砂とは地下水脈に引き釣りこむ蟻地獄のようなもので、一度飲み込まれたら這い上がってはこれないクロコダイルの砂漠の棺桶って表現は言い得て妙だな。
俺はロビンちゃんの体を砂から守るように海軍コートを頭から被せてしっかりと抱き締めたまま砂の流れに乗って砂に引き釣りこまれていくと、とうとう地下水脈に辿り着き、俺たちは瞬く間に地下水脈の激流に飲まれていった。
「ん”、ん”ん……。」
「大丈夫。ロビンちゃんは絶対離さない。」
水がある悪魔の実の能力者は水中では身体の自由が奪われるから、力の抜けた体で息が出来ずに苦しそうな顔をするロビンちゃんを離さないようにしっかりと左腕を彼女の腰に回す。
『いい?ゴジ君、私も魚人柔術は得意じゃないけど、魚人空手と同じで水の制圧っていう極意は変わらないのよ。魚人柔術を極めれば海流を自在に操ることだって出来るのよ。』
分かってるよコアラ。
「魚人柔術 水心!」
俺は右手一本でこの地下水脈の”水”を右手でがっしりと掴む。
あとはこれを地上に引っ張りあげるだけだが、片手しか使えない今の俺にこれを地上までぶん投げる力があるのか?
そういやガキの頃、柔術を教えてくれたカリファによく言われたな。
『いでっ!?なんで力は俺の方が上なのに柔術の訓練では全然カリファに勝てないんだ?』
『ゴジ君!柔術は力に頼りすぎてはダメ。力の流れ読んで相手の力をコントロールしてやれば、力の劣る私でもこんな風にゴジ君を釣り手一本で投げることも出来るのよ。』
そうかこの右手は地下水脈の”水心”を掴む釣り手だ。
簡単なことだよな。俺は地下水脈の力をコントロールしてただこの激流を上にズラすだけでいい。コイツをぶん投げるのに余計な力は要らなかったんだ。
「ロビンちゃん、すぐに地上に上がるからもう少しだけ頑張ってくれ。“魚人柔術 水流釣り手一本背負い”!」
俺は”水”を掴んだ右手一本のみで地下水脈を落ちてきた穴に向けて思い切りぶん投げた。
「ははっ。出来たぞ。コアラ、カリファありがとう!!待ってろよ!クロコダイル!!」
俺は魚人柔術の心得を教えてくれたコアラと柔術を教えてくれたカリファの二人に感謝しながら、地上へ続く地下水脈の水流に乗った。
《Side ゴジend》
クロコダイルはゴジとロビンが完全に流砂に飲み込まれたのを見て、巨神となったまま体を反転させてレインベースに向けて歩き出した。
「海軍の援軍が来る前にこの国を潰して“プルトン”だけでも手に入れてやる!!」
“神”の名を持つ古代兵器プルトンとは一発放てば島一つを跡形もなく消し飛ばすことができる世界の勢力図を一気に塗り替えると思われる破壊力や軍事力を持つ海軍も海賊もこぞって追い求めている人類史上最悪の戦艦である。
クロコダイルはそのプルトンへの手掛かりがアラバスタ王国にある事を突き止め、プルトンの在処を書き記した石碑を解読することの出来るニコ・ロビンと手を組んでこの国の乗っ取りを計画したのだ。
「なんだ!?この地鳴りは……まさかっ!!」
クロコダイルはゴジとロビンが流砂に飲み込まれた直後に突如、揺れだした大地を見て嫌な予感が頭をよぎる。
「クロコダイル帰ってきたぞぉぉおおお!!」
ゴジの声と共に流砂の中心から間欠泉のように水柱が巨神の身長よりもさらに天高く吹き出した。
「なっ……”麒麟児”!?それはまさか地下水脈!!」
「クロコダイル、お前が砂の巨神なら俺は……”魚人柔術 水流とぐろ固め”!」
ゴジはロビンを左腕で抱えたまま水柱の突端に立ち、右手で捕まえた水流を操り、とぐろを巻く巨大な蛇のように固めていくと打ち上げられた水流は空に舞う龍のように天空を漂う。
「水の龍だと!?何故、能力者であるはずの”麒麟児”が水を操れる?」
クロコダイルは能力者と信じているゴジが地下水脈を自在に操っている様を見て固まってしまうが、重力に逆らえないゴジは水柱と共に重力に従って落下していく。
「この水龍は灼熱の砂の大地を潤す水神様だ!”六・六式魚人空手 水龍爆布”!!」
ゴジは落下が始まった直後に右手に爆発の能力を宿した拳で足元の水龍を殴り付けた。
「くっ……!?止めろぉぉおおお!!」
拳が水柱に触れた瞬間に巨大な水龍となった水柱は大爆発して砂の巨神がいる場所を中心として付近一体の砂漠を覆うほどの大雨をもたらした。
「へへっ。ロビンちゃん見えるか?砂の巨神が崩れていくぞ。」
雨に打たれた巨神の体はボロボロと崩壊を始めていく。
「はぁ……はぁ……すごい!!この晴れ空に雨を降らせるなんて!」
「ロビンちゃんが信じてくれたんだからこれくらい訳ないさ。」
地下水脈は水柱が消えた後もゴジが作り出した流れに乗ってなおも流砂の穴から溢れ出しており、クロコダイルの作り出したすり鉢状の穴にコンコンと溜まり続けている。
ゴジはロビンを抱えたままその溜まりつつある水の上に”月歩”を応用した“水馬”で着地して二人で巨神の崩壊を眺めていた。
「”麒麟児”さん……。」
「さて、あとはクロコダイルを捕らえるだけだ。”神眼”!」
ロビンは色々とゴジに聞きたいことがあるが、ゴジはクロコダイルを捕らえる為に油断なく”神眼”で崩れゆく巨神を観察していた。
「ちっ……!?」
クロコダイルは水で濡れた巨神の体を維持出来ずに、自分の体が濡れる前に下半身を砂に変えることで巨神の体から飛び出して、滅びゆく巨神を悔しそうに眺めているが、ゴジがこれをただ見ているはずない。
ゴジは右手で足元に溜まり続ける水を掬う。
「今のクロコダイルを倒すにはたったこれだけの水があれば十分。六・六式魚人空手 槍波・雷!」
ゴジは見聞色の覇気により予めその場所にクロコダイルが来ることを未来視していたので、手で掬った水に電気を帯びさせて槍投げの槍のように真っ直ぐに飛ばした。
「そんなチンケな槍で俺を倒せると思うな!?砂漠の金剛宝刀!」
ゴジのか細い水の雷槍の投擲に気づいたクロコダイルは右手を砂の刃に変えて迎え撃つ。
その砂の刃はゴジの水の雷槍とは比べ物にならぬほど巨大な刃だった。
「無駄だ!」
しかし、相性で勝るゴジの水の雷槍はクロコダイルの生み出した砂の刃を諸共せずに突き破るとそのままクロコダイルの体を刺し貫いた。
「ぐはっ…ぐお”お”おおおおおっ!?ご……ごれはで……でんぎの……水のや…り…」
クロコダイルはゴジの放った水の雷槍により下腹部を貫かれて大量に吐血しながら感電して、砂になる事も出来ずにそのまま砂漠に叩きつけられた。
無敵と呼ばれる自然系能力者でも、自分の能力と相性の悪い攻撃を受けると死に至ることもある。
「正解だ。水に濡れると砂でも電気が効くんだな?いや、むしろ水で砂になれねぇから電気が効くのかな?」
「くっそ……こ……こもの……が……。」
クロコダイルは砂の能力を維持出来ずに地面に横たわる自分の目の前に現れたゴジを睨み付けながらその意識を手放した。
ゴジは水面から音もなく飛び上がると、ロビンをその場に降ろす。
「ロビンちゃん、そのコート返してくれるかい?確か海楼石の手錠が入ってたはずなんだ。」
「えぇ。どうぞ」
「あったあった。また目が覚めても厄介だからな。」
ゴジは海軍コートの内ポケットから取り出した海楼石の手錠をすでに白目を向いて意識のないクロコダイルに向けて掲げる。
「安心しろよ。急所は外してあるし、槍波に電気を帯びさせたから出血もしていないから死ぬことはしない。海賊サー・クロコダイル確保する。」
ゴジは槍波で貫いた傷口を電気で焼くことで、クロコダイルにただ刺し貫くよりも圧倒的な激痛を与えたものの、傷口を焼いたことでクロコダイルの腹部からほとんど出血はなかった。
◇
クロコダイルとの死闘で元々ボロボロだったゴジの服は地下水脈の激流に攫われたことで、膝下から無惨に破れたズボンを残すのみで、上半身は裸の状態で無駄なく引き締められた肌が惜しげも無く晒されていた。
水に濡れた浅黒い肌と漆黒の髪が日の光に照らされてキラキラと輝くゴジの姿をみたロビンはしみじみと思う。
「漆黒の…麒麟?」
麒麟とは鹿の胴体、牛の尾、馬の足、獅子の頭部を持ち、さらに背中の毛は神々しく輝き、龍の鱗を持つ。
さらに五行思想に基づいて、赤、青、白、黄、黒の毛を持つものが存在するとされ、中でも全身が黒い体毛で覆われた麒麟は他の麒麟を凌駕する神通力を持ち、ロビンはゴジの姿をこの麒麟に重ねた。
麒麟は仁徳の高い生き物で、生きた草を食まず枯れ草だけを口にし、歩く時は生きた虫を踏まないため雲に乗り、移動した軌跡は正確な円になり、道を曲がる時は正確な直角を為す。鳴き声は音楽の音階に一致し、凶を払い吉を招き、平和を愛する一方で必要に迫られれば戦う事も厭わず、その際は鳴き声が焔となり、蹄とツノで果敢に攻撃を仕掛けると言われる。
「Mr.0いえクロコダイル、貴方がこの国を乗っ取ろうと考えたその瞬間からバロックワークスの崩壊と貴方自身の破滅は決まっていたのよ。」
麒麟と並び称される神獣に竜がおり、世界貴族は天竜人と呼ばれ、彼等は天翔る竜の化身であるとされて人々に畏怖と畏敬の念を込めてこの世界では”神”と呼ばれる。
そんな畏れ多い竜とは違って、穏やかで仁徳溢れる神獣の麒麟は市井に浸透していき、家の守り神として麒麟の象を飾る家も少なくない。善政を敷く執政者の誕生と共に降臨する麒麟の在り方から、幼くして天才的な才能を発揮し、将来を嘱望される子供を”麒麟児”と呼ぶようになった。
この海で"麒麟児”と呼ばれる少年はその名に相応しく16歳という若さで史上最年少の海軍本部准将となり、さらに彼の海兵としての生き方、在り方は人々に安寧と平和をもたらす麒麟そのもの。
「だってこの海には平和と安寧をもたらす神獣の名を持つ正義のヒーローがいるのだから……」
ガシャンというクロコダイルに手錠を掛ける音が砂漠に響き、戦いが終わった事を告げる。
「出来ることなら、あなたがこの海に真の平和をもたらすその日まで、あなたの活躍を見続けていたいわ。」
ロビンは罪人である自分には叶わぬ願いと知りながら、晴れ渡る空を見上げてそう願わずにはいられなかった。
後書き
長かったアラバスタ編の戦いがようやく終わりました。これからエピローグの回です。
今更ですが、ゴジくんの強さに自重する気はありません(断言)!!
第六十二話
《Side ロビン》
クロコダイルに手錠を嵌めた麒麟児さんは、にこやかに微笑みながら私の元へ歩み寄ってくる。
「ロビンちゃん、終わったよ。俺が油断したばかりに君に怪我をさせて、申し訳な……」
彼は私の元へ来た途端、膝立ちになるのでまた謝罪するつもりだと気付き、彼が手を地面に着く前に正面から抱き締めた。
「えっ…? ロビン…ちゃん?」
「“麒麟児”さん…私を助けてくれてありがとう…。」
私からクロコダイルを助けてくれた事、毒で死にそうだった自分を助けてくれた事、応急処置をしてくれた事全てに対して感謝の気持ちを伝えた。
「あぁ…そうだな……。ロビンちゃん、俺を庇ってくれてありがとう。助かったよ。」
麒麟児さんも私が謝って欲しい訳では無いことに気付いて、私を抱き締め返してくれて礼を言われた。
びっくりして心臓が飛び出そうなくらい驚いたけど、なんとか平静を装う。
「ふふっ。どういたしまして。」
「そろそろ事前に手配したアラバスタ王国軍が来るはずだから、ちゃんと治療しないと、女の子だから傷が残らなればいいが…。」
そうか。彼はクロコダイルを初めから拿捕するつもりだったから事前に戦いが終わったタイミングで援軍を呼んだのね。
戦闘中に来ても私のように足手まといだもの。
「うふふっ…別に気にしないわよ。」
この傷は私の誇りだもの。
サウロ…私ね、仲間には会えなかったけど、ヒーローには会えたわよ…。
私の憧れた麒麟児さんは私の予想通りいえ、予想以上に素敵な人だったわ。
「それにこれ怒られないかな?」
麒麟児さんはいたずらがバレた子供のように今なお地下水が溢れ出して溜まり続けている池を指差す。
「それは心配ないわよ。砂漠に湧く水は貴重だから感謝こそされるけれど怒られるはずないわ。それよりもねぇ、麒麟児さん」
「ん?」
「いえ……やっぱりなんでもないわ。」
私は自分を捕らえるように彼に言おうとして言うのを止めた。だって答えは分かってるもの……
オハラの罪に苦しむきっと貴方は私を殺すことも捕らえる事も出来ない。でも、私を見逃した事を世界政府や海軍の上層部が知れば、彼の経歴に傷がつく。
なら、私は彼を救ったこの傷を誇りに海軍へ出頭するわ。
《Side ロビンend》
ゴジはそんなロビンの決意を知るはずもなく、ゴジに殺される決意を固めたあの時と同じように、また彼女の願いは届かないものとなる……。
「実は君を救う手立てが一つだけあるんだ。君の故郷や家族は蘇らせられないが、俺に君の17年間を取り戻す手伝いをさせてくれないか?」
ゴジの話を聞いたロビンは目を見開く。
ロビンはゴジが自分の懸賞金を無くしてやると言っていると理解しているが、自分に懸賞金を掛けたのは海軍ではなく、世界政府なのだからそんな事が可能である筈はないと分かっているからである。
「そんな事…出来るわけ…」
「俺を信じて欲しい。俺の正義に掛けて君を救ってみせるよ。ロビンちゃん。」
ゴジは彼女の足に掛けている海軍コートの背中に書かれた”正義”の二文字が丁度彼女の太腿の上に見えているので、それを指差すとロビンも目線を落としてその”正義”の二文字を見つめる。
“正義”
そのたった二文字は世界の人々達にとっては希望の文字であり、同時に彼女にとっては8歳から今日までの17年間、自分が怯え続けていた二文字で自分には縁のないモノと思っていた。
しかし、ロビンはゴジに言われて正義の二文字を見つめると、この二文字に対する恐怖が途端に薄れて何故か頼もしく思えてくる事に驚いている。
「貴方の正義?」
ロビンはゴジの“体現する正義”は知っている。
そしてゴジは身を粉にして多くの人を救い、救えなかった命にすら責任を感じてしまう優しい人が掲げるその正義は海賊達を決して殺さずに捕らえて罪を償わせるというこの世界においては茨の道である。
しかしロビンはゴジならば茨の道も軽々と乗り越えていくだろうと信じている。
「無実の君が罪を背負うなんて間違っている。もう一度言うよ…俺の正義に掛けて必ず君を救ってみせる!!」
ロビンは真剣な顔で自分の目を覗くゴジの燃えるように真剣な目を見て、出頭する決意や死を覚悟した自分の思いが一気に氷解していくのを感じる。
──あぁ……この人はなんて…狡いの…。
私に土下座をして許しを乞い、罪人となった自分を救うと明言する目の前にいる変わった海兵に幼い自分と友達になって命懸けで救ってくれたサウロの姿を重ねて、彼が最後に自分に送ってくれた言葉を思い出す。
『いつか必ず…“仲間”に会えるでよ。海は広いんだで! いつか必ずお前を守ってくれる“仲間”が現れる!!』
ロビンは海軍コートの“正義”の文字を見つめながら、その“正義”の二文字を指でゆっくりとなぞっていくと、だんだん涙で視界がボヤけてくる。
──そんな事言われたら…私は……私の本当の願いは…。
「私を守ってくれるの……? ぐずっ…ううぅ…わだじ…生ぎで…いいの……?」
ロビンは顔を伏せて正義の二文字の上に大粒の涙をポタポタと零しながら、8年間誰にも言えなかった自分の本当の願いを初めて口に出した。
8歳で懸賞金を掛けられたロビンにとって毎日が地獄で、命を狙われ、片時も自由なんてなかった。
──自由に生きたい!
誰も生きる事さえ許してくれなかった。
──毎日死に脅え続けていた…安心してゆっくりと眠りたい!
夜は小さな物音一つで飛び起きる毎日。ゆっくり寝れたた日は一度たりともない。
──私を守ってくれる仲間が欲しい。
目の前に自分の過去を知っているにも関わらず、守ってくれると言ってくれる亡き友サウロと同じ心優しい海兵がいる。
「君は生きていい。この海に生きていちゃいけない人間なんていないんだ。何が来ても俺が守るよ。」
ゴジは目の前で泣いている女の子の涙を止めるために優しく抱き締めた。
───俺が泣いてる時によく母さんがこうやって抱き締めてくれたな。
───そういや……サンジ兄さんに慰められた事もあったな。
「うわああああぁぁぁん!!」
ロビンはこうやって誰かに抱き締められたのは、自分の母が死ぬ直前にたった一度母に抱き締められたのが最初で最後だった。
そして、彼女が他人前でこうやって人目もはばからずに声を上げて涙を流すのも、あの悪夢の日以来である。
───狡い人……私の浅はかな考えなんて軽く踏みにじっていくのね。
ロビンの偽りの願いである自身の殺害と出頭を二度も踏みにじってきたゴジは、彼女が持つ本当の願い自由に気付いていた。
「“絶対的正義”いや、この俺の“体現する正義”名の下に絶対に君を守ってみせる。」
「う”ん……う”ん……」
ゴジはあえて海軍の掲げる絶対的正義ではなく、己の正義に掛けてロビンの自由を体現してみせるという想いを伝える。
「うわああああぁぁぁん!!」
ゴジは17年分の涙を流すロビンを優しく抱き締め、彼女の頭を撫でながら想いを受け止めた。
◇
しばらくしてアラバスタ王国軍がゴジの元に到着すると、軍を指揮する護衛軍副官チャカがゴジへ進み出てくる。
「はじめましてゴジ准将!私は護衛軍副官チャカと申します。アラバスタ王国軍1000名、只今到着しました。コブラ王より准将の指揮に入るように言われております。」
ゴジはやる気満々のアラバスタ王国軍の面々を見ながら絶対勘違いしている事に気付く。
「あ〜チャカ殿、もしかして俺とクロコダイルとの戦いってここへ来る途中に見えてたのかな?」
「それはもう……巨大な砂の巨人と天空を舞う巨龍との戦いで特に一番直近の街であるレインベースでは大騒ぎです。それでクロコダイルは何処に?」
ゴジは両腕に海楼石の手錠を嵌めれて延びているクロコダイルを指差す。
「クロコダイルはすでに捕えてあそこにいる。海楼石の手錠を付けてるから悪魔の実は使えないけど、護送は気をつけて欲しい。それと少し声のボリュームを落としてほしい。彼女が寝てるんだ静かにしてくれ。」
ゴジは頭の後ろと膝裏に両腕を入れて抱く…いわゆるお姫様抱っこをしているロビンに目線を移す。
ロビンはアラバスタ王国軍が到着する前に泣き疲れてそのまま寝ってしまった
「すぅ…すぅ…」
「えっ…もう戦いは終わったのですか!?「しぃ〜…」す…すみません。我々はゴジ准将がクロコダイルを討伐する時の援軍と聞いてきたのですが…。」
ゴジが静かに話すように人差し指を口元に立てるジェスチャーを受けて、チャカは小声で話す。
コブラはゴジと協力してクロコダイルを討伐する為にアラバスタ王国軍でも精鋭部隊をチャカに預けたのだ。
ゴジはやはりと思いながら、ロビンを起こさない程度の声量でチャカに本当の任務を伝える。
「やはり…勘違いしているな。俺がコブラ王に頼んだのはクロコダイルの"討伐の手助け”ではなく、"移送の手助け”だ。」
「なっ…!?」
「俺はこの通り両手が塞がってるんだ。そんな事より彼女を治療をしたい。衛生兵は何処だ?」
ゴジは母の治療を経て、医学にも精通している為、傷口の縫合等は朝飯前だ。
チャカは既に王下七武海クロコダイルを倒し、それを誇る事もなく当然のように話す“麒麟児”と呼ばれる男と自分との格の違いを思い知らされると同時に犯罪者の拿捕よりも、美女の治療を優先する姿にもう一つの異名の意味もよく理解出来た。
「っ…!?は…はいっ!おい、衛生兵は准将の元へ。他は私と共に来い。海賊サー・クロコダイルの護送の準備に移れ!!」
「「「はっ!」」」
チャカは呆気に取られながらもテキパキと部下に指示を出した後、ゴジの背後に広がる広大なオアシスに気付く。
「こんな所にオアシスがあったとは……。」
「あぁ……それ俺とクロコダイルとの戦いの余波で出来ちゃったんだ。いらなきゃ埋めといてくれると助かる。」
「「「はぁ?」」」
なんでもない事のように言うゴジを見て、チャカだけではなくアラバスタ王国軍も全員唖然となる。
雨が少なく、砂漠の大地が広がるアラバスタ王国においてオアシスは生命線であり、全ての街はオアシスがある場所に作られているのだ。
それを戦いの余波で作り出したクロコダイルとゴジの規格外さに理解が追いつかない。
「衛生兵ようやく来たか。では、チャカ殿後は頼むよ。」
「りょ……了解です。」
ゴジはチャカから指示を受けた衛生兵二人が担架を持って駆け寄って来るのが見えて肩を撫で下ろして彼らに近づいていく。
「准将、怪我人をお預かりします。」
「いや…すまない。このお姫様はこのまま俺が運ぶよ。絶対に守ると約束してるんだ。救護テントまで案内してくれるかい?」
「はっ!ではこちらに。」
ゴジは笑顔で担架を持って来た衛生兵の申し出をやんわりと断った後、ロビンを抱きかかえたまま衛生兵の後について行き、特設で組み立てられていたテントに案内される。
「俺が彼女の手当をする。医療道具を貸してくれないか?」
「准将自らですか?」
「あぁ。心得はある。補助を頼みたい。」
「「はっ!」」
チャカ達は無事にクロコダイルを引き上げて王都へ向けての移送準備を始めて、ゴジはロビンが目覚めないように自らの毒の能力で麻酔を作って彼女に投与してから、王国軍に借りた治療器具で彼女の傷口を縫合した。
「ふぅ……縫合終了。二人とも補助ご苦労さま。」
「すごい。」
「こんなに速く正確な縫合見たことが無い。」
ゴジは呆気に取られる衛生兵に軽く礼を告げ、治療を終えたロビンを簡易医療テントのベットに寝かせた後でつるに連絡を取るための電伝虫を取り出す。
第六十三話
つるはゴジからの電伝虫が鳴くとすぐに受話器をとった。
『おっ……婆さん、早いな。もしかして連絡来るの待ってたか?』
ゴジはクロコダイルとの待ち合わせ場所に行く前にカリファを通じてつるには連絡を入れており、つるはゴジからの連絡を待っていたのだが、本人に言われると少し恥ずかしい。
『五月蝿いよ。それだけ元気って事は無事に終わったんだね。ゴジ…怪我はないかい。』
『はははっ!俺が怪我するわけないだろう。クロコダイルも確保して無傷でピンピンしてるよっ!』
『そうかい。それは流石だねぇ…』
つるはゴジに怪我無いことにホッとしながらも、王下七武海相手に無傷で勝利を納めた事には呆れる他ない。
『で、二つ程頼みたいことがある。』
『そっちが本題だね…言ってみな。』
『まぁな。一つ目はクロコダイルとバロックワークスの幹部”三名”の護送だ。俺達はまだバロックワークの残党狩りでこの国に残るから護送船の手配を頼みたい。』
『大丈夫。それなら連絡を受けた時点で、既にギオンがそっちに向かってるよ。三日後には着くはずだよ。』
つるはゴジからクロコダイルをこれから拿捕すると連絡を受けた時点でギオンに指示を出していた。
既に必要なくなったが、王下七武海率いる組織との激突にギオンの力が必要になるかもしれないという判断からである。
『流石、婆さんだな。』
『あんたの事だから、もう一つはニコ・ロビン絡みだね?』
『っ…!?よく分かったな。』
つるは受話器越しにも、ゴジが息を飲む声が聞こえて、自分の読みが正しい事を悟る。
──分からないわけないだろう。
ロビンのことをゴジに伝えた日から、優しい彼がロビンを救うために面倒事を押し付けてくるだろうと覚悟していた。
『ニコ・ロビンをどうする気だい?』
『婆さん。俺はアラバスタ王国乗っ取りを企てたクロコダイルに対する証言及びクロコダイルが組織する犯罪組織バロックワークスの残党狩りに際して、彼とビジネスパートナーであり、バロックワークス副社長でもあるニコ・ロビンに対して司法取引を申し込むつもりだ。』
司法取引とは、罪の減刑等の処分上の利益と引換えに捜査あるいは裁判に協力することを指し、コアラの母親等が海軍にフィッシャー・タイガーの情報を提供して、コアラが奴隷から開放されたことも司法取引に当たる。
ゴジはこれをロビンに適用しようと考えた。
バロックワークスの徹底した秘密主義のお陰で、社員は未だに社長であるクロコダイルや幹部のMr.1ペア、Mr.2が逮捕された事すら知らないはずである。
日々、社長であるクロコダイルに変わって、いつも司令を出していた副社長であるロビンの協力があればバロックワークスを完全に壊滅出来るから司法取引の相手として一番相応しい相手である。
『なるほど、考えたね。でも、ニコ・ロビンに多額の懸賞金が掛けられている理由は話しただろう?』
もちろんゴジは気付いている。
ロビンが、ハグワール・D・サウロ中将の罪を着せられて懸賞金を掛けられた理由は世界政府が隠蔽している真実の歴史が記載された"歴史の本文"を読み解けるからである。
そう…彼女はただ人には読めない文字が読める。それだけで咎人にされたのだ。
『あぁ。五老星の爺様達だろ?そっちも考えはあるから2日だけ時間をくれ。爺様達を納得させる方法は考えてある。』
『っ…!?ふぅ〜…全くどんな考えか知らないけど、どうせろくでもないんだろうね。そしてその交渉は私に任せる気だろ?本当にババア使いの荒い孫だね!』
つるはこれから自分がしなくてはならないセンゴクや五老星に対する説得交渉を想像すると、文句の一つも言いたくなるものだ。
『はははっ!ありがとう婆さん。苦労を掛けるな。帰ったらまた背中を流してやるよ…愛してるぜ!』
ゴジが「愛してる」の言葉を使う時は大体面倒事を押し付ける時で、愛の囁きとは裏腹に一切譲歩しないという意志を示す時に使われる。
そして、これはゴジが真に信頼している相手にのみ伝える言葉であることもつるはよく知っている。
『はぁ…はいはい。分かったよ…何とかすればいいんだろう……。』
『はははっ!任せたぜ。』
つるは既に通話の切れた受話器を置いて一呼吸つく。
いつもこうやってゴジから面倒事を押し付けられているので、彼への対応が甘すぎる事は分かっている。
彼は正直海軍としては止めて欲しい事も平気で頼んでくるが、常に“絶対的正義”に基づく行動である為ついつい面倒事を引き受けてしまう。
ゴジとの通話を終えたつるはその足でセンゴクの待つ元帥室に向かう。
「センゴク、邪魔するよ。」
「おつるちゃんどうしたんだい?またゴジか?」
最近はつるが元帥室に訪れる用事の8割はゴジ関連なので、センゴクは今回もゴジが何か面倒事を持って来たのだと確信している。
「よく分かってるじゃないか。」
つるが来た理由はまさしくそれなので否定出来ずに苦笑いを浮かべると、センゴクはそれを見て深いため息を吐く。
「はぁ〜…ついこの間、アラバスタ王国に行くと発表したときも騒ぎになったな。で、あのバカは今度は何を仕出かした?」
ゴジが独自にコブラ王と面会許可を取って、アラバスタ王国へ向けてマリンフォードを発った後、センゴクは報道対応や世界政府加盟国であるアラバスタ王国へのゴジの来訪を世界政府へ報告したりと大騒ぎだった。
ゴジは頭もキレるし、実力もあるが、前しか見えないのが玉に瑕であり、たいていの報告はいつも事後となって対応に追われる。しかし、ソツのない捜査と最上の結果を持ってくるので評価せざる得ないが、三大将に並ぶ実力を持つと言われる彼が未だに准将の地位にいるのは、報告の遅れや身勝手とも取れる行動により評価を下げざる得ない為である。
「ゴジ率いるジェガート第二部隊がダンスパウダー使用の疑いで王下七武海クロコダイルとその一味を拿捕したよ。」
ガタッと音を立てて、センゴクは慌てた様子で立ち上がった。
「なんだと!おつるちゃん、ゴジがアラバスタ王国でバロックワークスなる組織を探っていたのは報告が来てるが……まさか…!?」
「そう。そのバロックワークスを立ち上げたのが、王下七武海クロコダイル。ダンスパウダーを載せてアラバスタ王国近郊を航海していた人工降雨船にクロコダイルと共に恩赦を受けた部下もいたから間違いないよ。ちゃんと乗組員も船も確保してる。それにゴジが組織壊滅の為、司法取引を持ち掛ているクロコダイルのビジネスパートナーがいるよ。そのビジネスパートナーの話ではクロコダイルはアラバスタ王国の乗っ取りを企んでいたようだから証人としての価値があり、残党狩りに際しても力を借りるそうだよ。」
センゴクはつるの話を聞いて、思案しながらゆっくりと席に座り直す。
ダンスパウダーの使用の証拠と世界政府加盟国の一つアラバスタ王国への乗っ取り容疑とその証人の存在。十分過ぎる証拠は確かに揃っていた。
「そうか…流石はゴジだな。捜査に抜かりはないようだ。確かにそれだけの証拠が揃っていればクロコダイルの王下七武海剥奪は免れないだろう。それで…ゴジがその恩赦を与えるビジネスパートナーとは誰だ?私の記憶ではゴジが司法取引を持ち掛けるのは初めてのはずだ。」
センゴクは自分の教え子であるゴジの抜かりのない捜査に満足しながら、ゴジが司法取引を持ち掛けた相手が気になった。
幹部を捕えた時に恩赦を与える代わりに船長の居場所を吐かせる等、司法取引自体はかなり頻繁に行われているが、ゴジが司法取引により恩赦を与えるのは今回が初めてであり 、王下七武海のクロコダイル程の男がビジネスパートナーに選ぶ人間だから大物であることに違いないので余計に気になると同時に嫌な予感がしてならない。
「あんたもよく知る。"悪魔の子"ニコ・ロビンだよ。」
「なっ……!?くそっ!あのクソガキめえええ!?なんでそんな大事な事をいつも、いつも後で報告してくるんだぁ!うっ…い…胃が痛い。」
センゴクは持病の胃潰瘍により腹を押さえて蹲り、引き出しから薬を取り出して数粒を一気に口に放り込む。
ロビンは世界政府から必ず始末するか逮捕しろと言われている女性でセンゴクとも関係のある女性だった。
「しかしね…センゴク。クロコダイル程の大物を尻尾を掴む為に司法取引を持ち掛けるのは悪い判断じゃないよ。」
「そんなことは言われなくても分かっている!!しかし、相手が相手だ。世界政府が危険視するニコ・ロビンを易々と野に放つわけにはいかない。」
センゴクは今度は頭を抱えている。
かつてオハラにバスターコールを掛けた時、当時大将であった自分がCP-9長官に預けたゴールデン電伝虫によって発動されたものだから、当然、世界政府がどれ程オハラを危険視していたか承知しているのだ。
「ゴジが言うには五老星を納得させる為に2日だけ時間が欲しいらしいよ。」
「あのクソガキのやる事だ。どうせろくなことじゃないんだろう……嫌な予感しかない。はぁ、ゴジの準備が整い次第報告に行くとしよう。全く……五老星がなんと言うか……。」
センゴクもつると全く同じゴジの考える事はろくでもない事と思いながらも、つる同様に何だかんだ何とかなるのだろうと確信する程度にはゴジを信頼していた。
つるはセンゴクの説得に時間がかかると思っていたのに、あっさり承諾した事に拍子抜けする。
「センゴクえらくあっさり引き下がるね。」
「ふんっ……どうせ何を言っても手遅れなのだ。我々で五老星を説得するしかあるまい。」
センゴクはゴジへの暴言や態度とは裏腹にどこか憑き物が落ちたような顔をしている。
──ニコ・ロビンの事実を知ってなお、正義に絶望せずに正義に従ってニコ・ロビンを救うか……本当に強い子だ。
センゴク自身もオハラの悲劇で正義に悩んだ一人だった。
世界政府主導によるオハラに対するバスターコールで多くの民間人を虐殺して、唯一の生存者である8歳の少女に無実の罪を着せて咎人にした事を心のどこかで悔い、自分が咎人にした少女を自分の正義に殉じてゴジが救おうとしている事に運命を感じている。
「我々ね……あたしもしっかり頭数に入ってるだね。」
「当たり前だ。ゴジはおつるちゃんの部隊なんだから、引き摺ってでも連れていくよ。」
つるは元々五老星への説得に付いて行く気だったから特に問題はないが、とうとう王下七武海の悪事を未然に防いだゴジの成長を振り返ってしみじみ思う。
「ふぅ……子供の成長は早いもんだね。」
「全くだ。おつるちゃん、あのバカによくやったと伝えてくれ。」
センゴクは話は終わりだという態度でつるに背を向けてそう言い放つ。
つるはセンゴクのゴジを労う言葉がアラバスタ王国を救ってクロコダイルを拿捕したことを指すのか、冤罪を擦り付けられたニコ・ロビンを助けようとしている事を指すのかはたまた両方か分からかないが、一つだけ確かなことがある。
「センゴク、あんたが直接伝えてやればいいのに、あんたも難儀な性格だね。ふふっ……」
それは人を褒める事が苦手で憎まれ口ばかり叩くセンゴクの性格である。
「うるさいっ!早くゴジに伝えてやれ。」
「はいはい。」
そう言って元帥室を後にしたつるは自分の執務室に帰る道中、海軍本部の女性風呂ではじめてゴジと出会った日の事を思い返していた。
『あんたが、ゴジだね?なんで子供がここにいるだい?』
『おっ……!?海軍本部には美人なお姉さんだけじゃなくて婆さんもいるのか?俺が背中流してやるからおいでよ。』
女性風呂に入っている子供を注意しようとしたのに彼の優しい笑顔に毒気を抜かれたものだ。
──あれからもう6年。全く…ゴジと出会ってから、今日まで退屈した試しがないよ。
第六十四話
つるとの通話を終えたゴジはその足で治療を終えて既に目が覚めているロビンに対して司法取引を持ち掛けた。
「司法取引。これが貴方の言ってた私を助けてくれる方法だったのね…?でも、私が懸賞金を掛けられた理由を知ってるでしょう?海軍はよくても世界政府や世界貴族が認めるとは思えないわ。」
「あぁ…。だから五老星の爺様達を説得する為に一つ協力してくれないか?」
「何をすればいいの?」
ロビンはゴジの頼みを聞いて腰を抜かす程に驚愕することになる。
「実は俺に━━━。」
「えぇっ!?」
「ニッ……!!俺たちでいつもふんぞり返ってるあの爺様達をビックリさせてやろうぜ。」
ロビンはイタズラ小僧のような年相応の顔をするゴジの顔を呆けたように見つめた後で、笑い出してしまった。
「うふふっ……あははははは!それは確かに見てみたいわね。」
「よし!じゃ、早速簡単なやつから頼むよ。」
「えぇ。任せて。」
ゴジとロビンは五老星を説得?する為に2日を掛けて1通の手紙をしたためて海軍本部へ送った。
◇
ゴジがロビンに司法取引を持ち掛けた2日後、センゴクとつるはゴジから渡された手紙を手にして五老星の元を訪れていた。
案の定、司法取引の話をした瞬間に五老星の顔色が変わる。
「ニコ・ロビンに司法取引だと!?」
「そんなもの認められるはずなかろう!」
「司法取引等せんでもクロコダイルを有罪にする方法などいくらでもある。」
「何があってもニコ・ロビンへの恩赦だけは認めれん!」
センゴクとつるは一時間以上、必死で五老星の説得を行ったが、彼らは首を縦に振ることはなく、ニコ・ロビンへの恩赦は認められなかった。
「仕方ないねセンゴク。やはりゴジの手紙に賭けるしかないようだね。」
「あぁ。出来ればこれは出したくはなかったがな。」
五老星達の強固な反応に対して、渋い顔をしながらセンゴクは懐からゴジからの手紙を取り出す。
「手紙じゃと?」
「五老星の方々、これは件のゴジ准将からの手紙です。どうかお読みください。」
センゴクはゴジの手紙の内容は知らないが、あのゴジが普通の手紙を書いてくるとは思っていないので、出来ればこれを出すこと無く五老星を説得したかった。
「どうせ嘆願書か何かじゃろう……読んたところで結果は変わらんぞ。」
五老星の一人、刀を持った丸坊主の眼鏡を掛けた老人は仕方なしにセンゴクの差し出す手紙を受け取り、封を開けて目を通す。
「なっ……これは!?」
手紙を読んだ五老星の一人はあまりの衝撃に手に持った刀を落としてしまうので、ただ事ではないと他の五老星達も手紙を覗き込む。
「どうした?」
「わしにも見せい……何が書いてあるんじゃ?」
一斉に手紙を覗いた五老星達の顔色が変わり、呆然となった。
手紙にはこう書かれていた。
“五老星の爺様達は元気かな?ニコ・ロビンへの司法取引を認めてもらいたい。俺はたとえこの世界が偽りの歴史で作られていたとしても今何も知らずにこの世界で平和に暮らしている人達を守りたい。真の歴史や彼らの“思想”、それに古代兵器がこの平和を揺るがすなら、俺の正義に賭けて誰であっても口外することは許さない。”
ゴジの決意を記した直筆の手紙であるが、五老星達が驚いたのはその内容ではない。
「何故、“麒麟児”がこの文字を扱えるのだ!!」
その手紙が歴史の本文に刻まれる古代文字で書かれていたからである。
『実は俺に古代文字を教えてくれないか?』
ゴジがロビンに頼んだのは古代文字の習得であり、ゴジは僅か2日で文字が書けるまでに覚えてしまった。
そして手紙の最後は古代文字でこう締められる。
“古代文字を使えること自体が罪と言うなら俺を暗殺でもしてみますか?”
五老星達はゴジの手紙を見て頭を抱えるしかない。物理的にもサイファーポール最強のロブ・ルッチでもゴジには適わないので現実的ではなく、さらに暗殺出来ない理由は他にもある。
「まさかこの短期間にニコ・ロビンに習ったのか?」
「しかし、この文字は数日で覚えられるようなものではないはずじゃ。」
「いや、“麒麟児”は“世界最大の頭脳を持つ男”Dr.ベガパンクが唯一天才と呼ぶ頭脳の持ち主だ。可能であろう。」
「あの子は四皇に対する最大の備えとして育ててきたのだ。今更失う訳にはいかん!」
「やられたのぉ。”麒麟児”は自分の利用価値を分かった上で古代文字を覚えたか!?」
ゴジを暗殺出来ない最大の理由は彼は今や世界の希望であり、未だ成長期真っ只中の子供にも関わらず、とうとう王下七武海クロコダイルを追い詰めて無傷で拿捕できるまでになった男を失うリスクは犯せない。
五老星達はゴジならば新世界に我が物顔で君臨する四皇をも拿捕出来ると信じてステューシー、カリファを傍においてこれまで成長を見守り、手助けしてきたのだ。
「それにあの国は間違いなく“麒麟児”に付くぞ。」
「ジェルマ王国か……あの強大な軍事力が世界政府と敵対すれば間違いなく均衡が崩壊する。」
四大勢力の一つで偉大なる航路以外の四海を守護するゴジの実父ヴィンスモーク・ジャッジの治めるジェルマ王国が世界政府の敵となるのは脅威でしかない。
「五老星の方々、くだらない理由で私の大切な部下に手を下すというなら、私はこの場でこの海軍コートを脱ぎ捨てる覚悟くらいあるぞ。」
センゴクは覇王色の覇気を発しながら五老星達を睨み付ける。
「あたしもそん時はセンゴクに協力するさね。おそらくあたしらだけじゃない。海軍からも多くの離反者が出るだろうね。」
五老星達はセンゴクとつるの決意に溜息を吐く。
若い海兵の中にはゴジに憧れて海兵になったものは多く、さらに古参の海兵も幼い頃から”体現する正義”の実現の為に努力し続けた彼の姿を見て多かれ少なかれ親心のような感情を抱いている。
「二人とも早まるな……そんな事は分かっとる。“麒麟児”本人と話がしたい。」
「これはゴジの電伝虫です。いつでも出れるように待機しています。」
五老星がゴジとの直接通話を要求すると、センゴクはゴジの電伝虫を差し出す。
「やれやれ“麒麟児”はこうなる事も予想済みか。」
全てゴジの掌で躍らされている事に気分を害しながらも五老星の一人が受け取った電伝虫の受話器と取ってを鳴かすと、ワンコールでゴジが受話器を取る。
『もしもし。』
『“麒麟児”だな?』
『えぇ俺ですよ。五老星、手紙は読んでくれましたか?』
仮に世界政府が古代兵器の復活を考えていた場合、世界政府側にも古代文字を読める人物が必要となる。
だからゴジは五老星ならば古代文字を読めるはずだと確信した上で古代文字で書いた手紙を送ったのだ。
『やってくれたな?』
『なんの事だか。俺はただ習いたての文字で手紙を書いてみたかっただけですよ。それで、ニコ・ロビンへの司法取引を進めても問題ないでしょうか?』
ゴジからすれば、五老星から通話が来た時点でロビンへの恩赦を勝ち取ったようなもので、声に余裕が見て取れる。
『手紙の内容を読む限り、ニコ・ロビンから聞いたのは文字だけでないな?』
世界政府が恐れているのはかつて存在した古代文明が掲げる“思想”、そして世界の均衡を崩壊しうる古代兵器の存在である。
ゴジの手紙からはそれを示唆するような“思想”、古代兵器という言葉も並んでいた。
『さぁ……ご想像におまかせします。でも、俺の決意は変わらない。誰が相手でもこの海の平和は俺が守るから、背負わなくていい罪を背負わされたロビンちゃんをさっさと解放しろよ!』
五老星は電伝虫を通してでも伝わるのではないかと誤認する程の覇王色の覇気を感じて息を飲む。
『たった一人の女の為にワシら五老星を脅すとは大した胆力だ。一つだけ条件がある。』
『条件ですか?』
五老星達は一度言葉を区切り、視線を交わして全員が首を縦に振る。
彼らはゴジが成人した暁に、彼に指示しようと思っていた極秘任務をニコ・ロビンの恩赦を認める条件にする事を決意した。
『わしらは近々王下七武海制度の撤廃を考えとる。“麒麟児”、貴様はアラバスタ王国での残党狩りが終わり次第、残る王国七武海6人を視察して政府と敵対する恐れのある者から権限を剥奪し、これを拿捕しろ!」
『なっ……!?』
「「なっ……!?」」
流石のゴジもこれは予想外で息を飲み、センゴクとつるも同様に驚いていたが五老星は説明を続ける。
『この任務を受けるならば、貴様を信用して監視のためにニコ・ロビンを海軍に入隊させて貴様の指揮する部隊に所属させることを条件に恩赦を認めていもいい。』
『元々、王下七武海制度に不満を持つ者が多い。ジェルマ王国が力を付けた今、もはや王下七武海は必要ない。』
『だが、王下七武海の中でも我らに従う者にはこれまでの働きに免じて恩赦を与えてもよいが、奴らは所詮海賊、信用ならん。』
『ならばお前の信じる正義で奴らを見極め、お前の正義に反するならばクロコダイルのような証拠もいらん。海賊を速やかに拿捕せよ。』
『お前は誰が相手でもこの海を守ると言ったな。王下七武海ならば相手にとって不足はなかろう?』
彼等は四皇という海賊達を滅ぼす為の布石として幼いゴジの為にステューシーを派遣し、ゴジを鍛え、彼は見事に五老星の期待に応えて歴代最高の六式使いとなり、王下七武海クロコダイルを仕留めるまでに至った。
ならばもう必要のなくなりつつある王下七武海との戦いを積ませることで、彼等を拿捕すると共にゴジを四皇と戦えるまでに成長させようと五老星は考えている。
『はっ!その任、謹んで拝命します!!』
ゴジもロビンの恩赦以上に五老星に与えられた任務の重さを十分に理解し、受話器越しに姿勢を正して任務を拝命する。
『最後にゴジ、貴様自身に対する報酬だ。“砂漠の王”サー・クロコダイルの拿捕の功績より、世界政府最高機関“五老星”の名において貴様を海軍本部中将への昇進を認める!!」
『”麒麟児”……最初に聞いた時は12際の子供には大層な二つ名だと思ったが、麒麟の落とし子はとうとう我らに噛み付くに至った。』
『確か海軍には色と動物を合わせた二つ名を付ける風習があったな。』
『この子に戦い方を教え、海軍に入れたはかつての海軍大将”黒腕”のゼファー。』
『ならばゴジ、貴様は今後”黒麒麟”を名乗れ!』
五老星はその知略で自分達を負かしたゴジを竜に比肩しうる麒麟と認め、育ての親と呼んで相違ない“黒腕”のゼファーから“黒”の字と合わせた二つ名を送った。
天竜人と呼ばれる世界貴族の多くは世界貴族では無い者を下々民と呼んで見下しているが、世界貴族の中でも常識人である五老星はそれに当てはまらず、クロコダイルを拿捕した武力と一人の女を守る為に知力で自分達を唸らせたゴジを正当に評価した結果である。
「なっ!?少将ではなく、二階級特進の中将だと!?それに五老星自らが二つ名を与えるとは……。」
「あぁ。どちらも歴史上初だよ。それに王下七武海制度の撤退とはね。ゴジに与えられた任務の重要性は想像を絶する。」
五老星自らから二つ名を与えられ、少将を飛び越えて中将に昇進した海兵は海軍史上ゴジが初めてである。
『海軍本部中将”黒麒麟”。ありがたき幸せ。どちらも若輩の身に余る光栄ですが、その名に恥じぬ活躍ご期待ください。』
先程とは打って変わったゴジの丁寧かつ凛とした声に対し、最後に五老星達は期待を込めて声を揃えて彼に激励を送る。
『『『『『”黒麒麟”、これは世界存亡を賭けた任務である。必ずやり遂げてみせよ!』』』』』
『はっ!絶対的正義の名のもとに!!』
受話器越しにやる気に満ちた正義を誓う声が五老星のいる部屋に響き渡った。
◇
ゴジが敬礼と共に受話器を置くと、アラバスタ王国の宮殿に与えられた執務室にいる呆気にとられているステューシー、カリファ、ロビンの三人の顔を見てにこやかに笑う。
「よし。ロビンちゃん、うちの部隊には入ってもらう事になるけど、これで無事に懸賞金は撤廃されるよ。」
ゴジがロビンを監視することを公言するにあたり、事前に海軍への入隊もしくは世界政府直下の組織への加入が条件になるだろうことを伝えていた。
「え……えぇ。麒麟じ……いえ、“黒麒麟”さん、ありがとう。」
ゴジは笑顔でロビンに語りかけるが、ステューシーとカリファが詰め寄る。
「いやゴジ君もニコ・ロビンも問題はそこじゃないわよ。」
「そうですよ!准しょ……いや中将。今、五老星達に何を言われたのかご存知なのですか?」
「はははっ。二人ともまずは無実のロビンちゃんが無事に罪から解放された事を喜んで、バロックワークスを壊滅させるのが先決だよ。そうだろう?」
自分のやるべき事を見失わないゴジを見て、この後に五老星から小言を言われる未来が確定しているサイファーポールの二人は深い溜息を吐いた。
「「そりゃそうだけど……はぁ……。」」
なお、ステューシー及びカリファに五老星から秘密裏にロビンの行動監視と条件違反時の誅殺が新たな任務として言い渡されたのは言うまでもない。
第六十五話
五老星との話し合いの終わったその日の夜、ゴジはロビン達を連れて海軍船に戻り、甲板に部下を集めた。
「皆、人工降雨船の捜索と拿捕お疲れ様。本当に助かったよ。紹介しよう彼女の名前はニコ・ロビン、バロックワークス副社長をしている。司法取引に応じた彼女に協力してもらってバロックワークス全員を拿捕する。」
ゴジの紹介を受けて隣で待っていたロビンが挨拶する。
「ニコ・ロビンよ。バロックワークスは社長、幹部の正体すら完全に秘密の組織だから、未だに社長や幹部が捕まった事を知らないの。そして仕事の司令は全て私が出していたから、私の司令で今バロックワークスにいる全てのエージェント及び社員を誘導可能よ。」
第二部隊の海兵達はロビンの話を時折相槌を打ちながら真剣な顔で聞いている。
ロビンは自分への警戒を緩めない第二部隊の海兵達を見渡しながら、当然と反応と思いながらも少し寂しく思う。
「なるほど……ニコ・ロビンが誘導してきたバロックワークスの社員を待ち伏せた私たちが各個撃破ってわけね。ヒナ納得。」
「キャハハハハ!腕が鳴るわ!」
「ふふっ…。流石は海軍きっての精鋭部隊。迫力が違うわ。」
ロビンは司法取引による恩赦の条件として、ゴジ率いる第二部隊への配属が決定している。
僅かな情報からアラバスタ王国へダンスパウダーが密輸されている事を突き詰め、たった一部隊による電撃作戦でクロコダイルを拿捕したこの海軍本部の精鋭部隊でやっていけるのかと不安になる。
何よりも長年、人の顔色を伺って生きてきた彼女は明らかに自分が歓迎されていないのが伝わってくるが、どの組織に所属してもそうであったからこの空気には慣れていた。
「ところで……皆、準備は出来ているな?」
ゴジの底冷えするような静かで透き通る声が響くと、船上の緊張感が高まる。
「「「はっ!」」」
第二部隊の海兵達は居住まいを正して一糸乱れぬ敬礼をするので、ロビンはそんな部隊の雰囲気に一瞬で呑まれる。
その所作のみで彼女はやはりこの部隊はゴジと共に多くの偉業を成し遂げてきた海軍本部でも本当に優秀な部隊なのだと思い知らされた。
「駆け足!!」
「「「応っ!」」」
ゴジの合図で第二部隊の海兵達は甲板の裏手や船室へ駆け込んで行った。
「一体これから何が行われるの!?」
ロビンは甲板の裏手や船室から出てきた海兵達が手に持つ色とりどりの料理が乗った皿の数々や、冷えたエールが並々と入ったジョッキグラス等が次々と運ばれてくる光景に唖然となる。
「えっ……!?」
エールとは、この世界におけるビールのことである。
「決まっているだろう。皆、準備は出来たかああああ!?」
「「「おおおぉぉーーっ!!」」」
ロビンはニヤリと笑うゴジの顔を見てから、第二番隊の海兵達を見渡すと海兵達も全員ゴジと同じように笑って手に持ったエールが並々入ったグラスをロビンに向かって掲げる。
「准将、エールです。」
「ありがとう♪」
「ロビンさんも…はい♪」
「あっ…。」
ゴジはカリファに渡され、ロビンはコアラに半ば強引に押し付けられるようにそれぞれ冷えたエールが並々入ったグラスを渡されると、ゴジは横に並ぶ驚いた顔を浮かべているロビンの方を向いてグラスを天高く掲げる。
ロビンはグラスを上げろとジェスチャーされている事に気付いて、おずおずと自分のグラスを掲げる。
「俺たちの“新しい仲間”にかんぱあぁぁい!!」
ゴジが自分のグラスをロビンのそれにぶつけたことで、発生するカンッ!という景気の良い音と共に、第二部隊の全員がロビンに向けてグラスを掲げる。
「「「かんぱあぁぁい!!!」」」
「えっ…!?」
「「「ロビンさぁ〜ん。ようこそ!!」」」
ロビンはゴジに「これから君を皆に紹介する。」とだけ言われて来たのだが、紹介してすぐに歓迎会。それに甲板に無造作に並べられた色とりどりの料理の数々はどう見ても事前に準備していたものと分かる。
「どうしたロビンちゃん、君の歓迎会なのに主役がそんな顔してちゃダメだろ。ほら笑って笑って!」
「歓迎会…?私の……?」
「くくくっ!サプライズってやつだ。大成功だな……ほら、皆…君と話をしたがってる。俺が主役を独り占めしてちゃ、ドヤされるから行ってあげてよ。ほら!」
ロビンは自分を守ると言ってくれたゴジに背中を押されると、彼女は手に持ったエールを零さないようにするのが精一杯で足をもたつかせながら、気付けば彼の・・仲間達の輪の中に放り込まれた。
「ほらほら〜ロビンさんもいっはい飲んで飲んで♪」
「えぇ。ありがとう。私、てっきり警戒されているのだと……。」
ロビンは、真正面に立つコアラに顔を覗かれる。
「ふふっ。貴女の事は事前に皆知ってて気丈にふるまう貴女に同情してただのよ。ここには貴女の事は害そうとする人は一人を除いていないわよ ヒナ注意。」
「ヒナ、その一人っていうのは、CP-0出身の私のことかしら?」
ヒナもロビンに近付いて笑いながら話し掛けると、ヒナの言葉を聞いていたステューシーが澄まし顔で話題に入ってくる。
第二部隊の海兵達は、ロビンが賞金首になった経緯や司法取引で恩赦が与えられて第二部隊に入る予定である事を既に知っていた。
そして五老星の説得を終えたゴジが帰ってくるタイミングに合わせてサプライズパーティが出来るように準備していたのだ。
「ふ〜んだ。誰も貴女とは言ってないわよ。」
「もうヒナったら…ニコ・ロビン、世界政府直轄サイファーポールの諜報員として貴女に言うべき事は一つだけよ。ゴジ君を裏切らないでね。それだけ守ってくれたら何もしないわ。」
海軍本部に入隊して尚、サイファーポールとのパイプ役として世界政府と親しくしているステューシーと彼女を警戒するヒナとの関係はいつもこんな感じであるが、二人とも互いの実力は認め合っているので任務には支障がない。
しかし、ステューシーのゴジ籠絡の任務が上手くいかないのは、いつもヒナやヒナの指示を受けた海兵達に妨害されているのも大きな原因である。
ステューシーはロビンにサイファーポールとして世界政府の意向を改めて伝える。
「ええ……。私はゴジのファンだもの。彼だけは決して裏切らない。」
ステューシーに言われなくとも、ゴジの優しさだけは裏切らないと心に決めていた。
「貴女の過去には私も同情しているわ…私も貴女を殺したくはないの……だから、私に貴女を殺させないでね?」
「分かったわ…。」
ロビンは第二部隊に入ってからはステューシー付きの海兵見習いとなることが決定している。理由は言わずもがな監視を兼ねてである。
「ロビン、その女狐に虐められたらすぐに言いなさいよ ヒナ注意。」
「ロビン、何もしないからその鉄面皮の言う事なんて無視しなさい。」
「「何よっ!」」
ヒナとステューシーは顔を付き合わせてガンを飛ばし合いながら、ロビンから離れて競うようにゴジの元へ向かって行く。
「皆、優しいのね…」
ボソッと呟いたロビンの一人言をステューシーとヒナに変わって彼女に近付いて来たカリファが拾う。
「優しいですか……まぁ誰も…中将には敵いませんよ。貴女の過去を初めて聞いた時の中将の怒りは凄まじかったんですよ。」
「えっ…?」
カリファは王宮でゴジがつると話していた内容をロビンに話聞かせると、ロビンはカリファの話を聞いて、リスのように頬を膨らませながら料理を食べているゴジを見つめる。
「もごもご……」
「ゴジ君、はいあぁ〜ん。」
「女狐に鼻の下伸ばしてないで、ゴジ君はこれでも食べてなさい!」
「もぐ……もごもご……。」
ちなみにゴジは、ステューシーとヒナという海軍本部が誇る2大美女を侍らせて鼻の下を伸ばしながら、彼を誘惑しようとするステューシーとそれを阻止しようとするヒナが左右から差し出す料理を幸せそうに交互に食べていた。
「ニコ・ロビン、貴女に恩赦を与えたのは中将です。貴女が約束を破れば処分を受けるのは中将です。その事だけはゆめゆめお忘れなきよう。」
カリファは“秘書”として仕える優しいゴジが言えない恩赦の裏話をあえてロビンに伝えた。五老星から自分に与えられたロビンの監視という任務をゴジをダシに使って実行した。
たった一言で表向きの秘書としての仕事とサイファーポールとしての本当の仕事を両立させたカリファはどこまでも優秀な“秘書”であると同時にCP-9の諜報員である。
「ええ……。分かっているわ…“秘書”さんは大変ね……」
ロビンは当然カリファが”秘書”としてゴジの代わりに汚れ役を引き受けているということにのみ、気付いて軽く頭を下げるとカリファは笑顔で手を差し出す。
「好きでやってることです。私も貴女を歓迎していますよ。ニコ・ロビン。」
「よろしくね…」
ロビンはカリファの手を握り返して手を離した直後、彼女に目掛けて無数の手が伸びてくる。
言うまでもなく第二部隊の海兵達であるが、彼女達はこの船における海軍将校であるゴジ、ステューシー、ヒナ、カリファ、コアラ達のロビンとの顔合わせが終わったので、次は自分達の番だと我先に詰め掛けているのだ。
「あらあら…皆さん、もう待ちきれないようですから私も退散しましょう。こら中将、ちゃんと口の中の物を飲み込んでから、次の物を食べなさい!ステューシーとヒナも中将を甘やかさない!!」
「もご。」
「「それは…この女狐(鉄面皮)が!」」
「ゴジ君は口に物を入れて話さない!貴女達も言い訳しない!!」
カリファがロビンから離れて、ゴジ、ステューシー、ヒナの三人に注意しながら、ロビンの傍を離れていくと、彼女はあっという間に第二部隊の女海兵達に囲まれてもみくちゃにされていく。
「えへへ〜…ロビン、これからよろしくね〜!」
「ええ。よろしくね。」
︙
「ロビンって綺麗な黒髪ね…今度手入れの仕方教えてね♪」
「貴方も綺麗な髪で羨ましいわ…。」
︙
「ゴジ君は、あー見えて訓練はとっても厳しいから大変だよ〜♪ 頑張ろうね〜ロビン♪」
「ええ。頑張るわ♪」
︙
ロビンは次から次に自分の名前を呼びながら、群がり手を差し出してくれる自分の“仲間”一人一人の手を取って、握手を交しながら言葉を交わす。
それだけでは終わらず、抱き着かれたり、体のあちこちを触られたりともみくちゃにされているが、不思議と悪い気はしない。
「うふふっ!皆、よろしくね。」
ロビンはこれまで経験から人の視線や殺気、負の感情を向けられる事に対して非常に敏感である。
この船にいる人達からは自分に向けて一切負の視線や負の感情が含まれていないことにも気付き、このような経験が皆無の為に対処の方法が分からずマグロ状態でされるがままであるも、その顔には不器用な笑みが零れていた。
──サウロ…見てる?私…こんなにも沢山の“仲間”が出来たわよ。しかも…皆、貴方と同じ海兵なのよ……可笑しいわよね………デレシシシ♪
自分の初めての友達が教えてくれた“仲間”という存在。
ロビンは歓迎する“仲間”にもみくちゃにされて、楽しそうに笑っている彼女の様子を嬉しそうにゴジは眺めていた。
「彼女を救えてよかったな。」
「そうね。でもゴジ君、さすがに五老星に喧嘩を売るのはやりすぎよ。」
「あれは流石に肝が冷えましたよ。それに少将を飛び越えて中将に昇進とは……」
ステューシーとカリファが五老星とゴジとの通話の話題を始めるとその詳細を知らないヒナが目を見開く。
「えっ……!?ゴジ君、五老星に喧嘩吹っかけたの?それに中将って何!?さっさと説明しなさいよ。ヒナ驚愕!」
「「「えっ!?中将!!?」」」
「だっはっはっはっ!!」
ヒナの驚声を聞いた第二部隊の海兵達もゴジを見るが、彼は大きく口を開けて楽しそうに笑うだけで中々答えようとせずに皆ヤキモキする。
「もう……笑ってないで早く説明しなさいよ。」
「「「ゴジ君!」」」
「うふふっ。ここはほんとに楽しい所ね♪」
こうして楽しい宴の夜は更けていく。この日、生まれて初めて"仲間"を得たニコ・ロビン。
ハナハナの実の能力者である彼女がこれまで唯一咲かすことの出来なかった『満天の笑顔の花』が咲き誇っていた。
第六十六話
アラバスタ王国ナノハナの町にある海岸の西端にある大岩の前にワノ国の着物を着た黒く長い髪を持つ一人の美女が現れた。
「キャ…ッ!?」
突如、その美女の足元の岩盤が白く波打つと同時に溶けた蝋のようになって彼女の足首から下を飲み込んで、蝋が鉄のように硬く固まり一瞬で彼女を拘束した。
「フハハハハ! 悪く思わないでくれだガネ。名も知らぬ美女よ。」
大岩の近くにあった一つの岩が白い蝋のように突然崩れると、その中から髪を結って頭頂部を数字の“3”にした髪型で眼鏡を掛けて黄色のスーツを着た優男と、パレットと筆を持った幅広の可愛らしい帽子を被った小学生くらいの少女が現れた。
それを見た美女は突然現れた2人に驚いた声をあげる。
「貴方達いったいどこから…? それにこれは何なの…足が……動かないわ。私をどうするつもりなの?」
その美女は足を動かそうとするも、両足首まで白い地面に埋まっている為に、動かす事が出来ない。
「フハハハハ…私のモットーは姑息な大犯罪だガネ。それは超人系悪魔の実、ドルドルの実の能力で作り出したドルドルの蝋。私の蝋は固まると鉄の強度を誇る。もはや逃げることは叶わないガネ。」
髪型が“3”の男はニヤニヤして、両手を広げて天を仰ぎながら自分の犯罪論を雄弁に語り始める。
「私達はMr.3が蝋で作った地面と岩に似せた隠れ家に私が色を塗って周りとソックリにしてバレないように隠れてたの。私達はボスの司令で貴女をここで殺すつもりよ。」
「ミス・ゴールデンウィーク!名前を言うと私がMr.3とバレてしまうガネ!それに作戦の内容を一々説明をする必要はないといつも言ってるガネ!!」
マイペースに淡々と種明かしをしたミス・ゴールデンウィークと呼ばれたパレットを持った少女に対してMr.3が近寄って怒鳴っているが、彼女は無表情のまま可愛らしく首を横に傾げる。
「そう?」
二人の話を聞いていた蝋で両足を拘束されたままの着物の美女は顔を覆うほど長い前髪をかきあげながら、口に手を当てて妖艶に笑い出した。
「ウサフフフ…ミス・ゴールデンウィークちゃん教えてくれてありがとう。貴方達がバロックワークスのオフィサーエージェント Mr.3とその相方のミス・ゴールデンウィークで間違いないみたいね?」
Mr.3は前髪を掻き揚げた美女の顔を見て、彼女の正体に気付いて驚愕する。
「なっ…!?貴様はまさか……海軍本部中将の“桃ウサギ”ギオン!?」
「“桃ウサギ”……聞いた事あるわ。」
流石のいつもぽわぽわして何事にも動じないミス・ゴールデンウィークも流石にギオンの名前を聞いて目を見開いた。
「ウサフフフ…大正解。ミス・ゴールデンウィークちゃんは本名までは分からなかったけど、未成年のあなたは保護して更生施設行きね。そしてMr.3、あんたの正体は“闇金”のギャルディーノ懸賞金2400万ベリーで間違いないわね。」
賞金首であるギャルディーノと違い、賞金首でもなく10代前半の子供であるミス・ゴールデンウィークは更生施設で再教育を受けさせることになっている。
ギャルディーノはギオンの名前を聞いて一度は慌てたものの、彼女を未だに拘束する足元を見て安堵する。
「し……しかし、“桃ウサギ”、お前は既に拘束しているガネ。」
「拘束ってこれのことかしら?」
ギオンは妖艶に微笑みながら、腰に帯びた名刀「金毘羅」をゆっくり抜き放つと同時にその刃を足元の蝋に振り下ろすとバターを切るようにサクサクと斬り裂いて、瞬く間に拘束から脱出してみせた。
「「えええぇぇぇーーっ蝋が斬れた!!?」」
ギャルディーノとミス・ゴールデンウィークは二人ともギオンが両足を拘束する蝋を刀一本でサクサクと斬り裂いたことが理由が分からずに両目が飛び出る程に驚いている。
「はい。これで脱出完了。ゴジちゃんじゃあるまいし、一人でのこのこ来るわけないでしょう?でもあたしは今回は手を出さないから安心しなさい。ゴジちゃんに無理言って譲ってもらったんだ。あんた達、気合い入れな!」
ロビンは司法取引に従い、バロックワークス副社長ミス・オールサンデーとしてMr.3ペアに「ナノハナ郊外の海岸に現れる着物を着た女を殺せ。」と命じ、ゴジに部下に経験を積ませたいと願ったギオン率いる第一部隊でこれの対処に当たった。
──瞬時に固まることで鉄の高度を持つ蝋……厄介な能力だね。見聞色の覇気、流桜共に未熟なあの子達ではこれは斬れないから私が囮役を引き受けて正解だったわ。
ギオン達はロビンから事前に聞いていた“闇金”のギャルディーノの蝋を操るドルドルの実の能力を考慮して何があっても対処出来るようにギオン自らが変装のためにいつも掻き揚げている前髪と後ろ髪をおろして目立つ着物を着て囮となった。
刀で鉄を斬る方法は大まかに二通り、一つ目は見聞色の覇気により対象物の呼吸を感じて撫でるように刀を走らせて斬る方法と二つ目は武装色の覇気を纏わせた刀で叩き斬る方法である。
──あの子達が鮮やかな桜色の流桜を使いこなす日が来るのが楽しみだねぇ。まぁ、ゴジちゃんのような雄々しい黒い流桜を纏う子もいるから一概には言えないけどね。
ちなみに流桜とは武装色の覇気のことであり、達人の域に達した者は体に纏う覇気が鮮やかな桜色となる事ことからギオンの故郷ではこう呼ばれている。
しかし、稀にゴジのような黒い武装色の覇気を纏う者や、かつてロジャー海賊団にいた”鬼の跡目”ダグラス・バレットのように青い武装色の覇気を纏う者がいるのだ。
「「「はいっ!」」」
ギオンが指示を出すと、三人の女海兵がギャルディーノ達の左右と背後からギオンと合わせると彼等の周りを四方を囲むように現れた。
「Mr.3。大変よ。囲まれたわ。」
「ミス・ゴールデンウィーク!そんなのは見れば分かるガネ!それよりも何故“桃ウサギ”は私の蝋を刀で斬れたのだガネ!?」
ギオン程の剣士であれば見聞色の覇気により物の呼吸を感じる事で鉄であってもバターのように斬り裂くことが出来るが、ギャルディーノ達には理解出来ない。
取り囲んだ海兵の一人である黒髪ショートヘア、黒縁メガネを掛け、セーラー服を着用して腰に刀を帯びた女剣士が刀を抜き放つ。
「私はたしぎと申します。先鋒いただきます。“斬時雨”!」
たしぎは抜き身の刀の切っ先を敵に向けて名乗りを上げると同時に、一足の内にギャルディーノとの間合いを詰めてすぎ去ると同時に刀を振り下ろした。
「速いっ……くっ!?“キャンドルアーマー”!」
ギャルディーノはたしぎが近付いてくるのが見えた瞬間に全身から蝋を噴き出して一瞬で蝋で作られた全身鎧を纏うと、その鎧の胸に刀が当たりカンッと小気味よい音を立てた。
「なっ…硬い!?」
たしぎは海兵隊員の証たる半袖の白いセーラー服に白いハーフパンツを着ており、軍曹未満の海兵はセーラー服の着用が義務付けられているので、彼女が一般海兵であることがわかるが、彼女は今年訓練期間を終えてジェガート第一部隊に配属された新兵であるも、先鋒を任される程剣技に秀でた将来有望な海兵である。
「危ない……ギリギリだったガネ。何故ここに海兵がいるんだガネ!?」
余談であるが、「セーラー」の本来の意味は海軍兵士であり、海軍兵士の為の服として開発されたのがセーラー服である。
幅広い襟を立てて耳を覆うことで、海風吹き荒れる海の上でも上官の指示を聞き逃さず、胸元の開いたこの制服は海へ投げ出されても直ぐに脱ぐことが出来る理想的な海の兵士の為の服と呼べる。
「しかし、剣士では私には勝てないガネ!“キャンドルチャンピオン”!!」
Mr.3は海兵が突然強襲して来たことで、体から蝋を出して全身鎧をさらに大きくして、10m近い巨大ロボットのような姿となる。
「蝋のロボット?」
「やはり鋼鉄の強度を誇るドルドルの蝋でまろやかに体を包んだ今の私に死角はない。さぁミス・ゴールデンウィーク芸術的に塗装を施したまえ。まずはこの女剣士を倒して体制を立て直すガネ。」
「そしたら休んででいい?」
この姿こそかつて4200万ベリーの賞金首を仕留めたというMr.3の「最高美術」。攻撃力も防御力も生身とは比較にならないほど強化されているのだ。
ミス・ゴールデンウィークは淡々と右手に持った筆を左手に持ったパレットを使って一瞬の間に5-6mの高さはあるキャンドルチャンピオンに塗装を施した。
「構わんガネ!“桃ウサギ”がドルドルの蝋を斬れたのは地面が太陽の熱で焼けていたからに違いない。そうだそうに違いない。この最高美術に死角はない……塗装完了!」
固まると鉄の強度を誇るドルドルの蝋も蝋だから熱に弱く溶けてしまう弱点を持っているため、ギャルディーノはブツブツと独り言を呟きながら、ドルドルの蝋をギオンに斬られた事に自分の中で理由を付けて納得しようとしていた。
「では、剥き出しの生首を斬ればいいだけです……“袖ノ雫”!」
たしぎは首から下をドルドルの鎧で覆ってあるので、むき出しとなっている首を狙って斬り掛かるが、ギャルディーノは両腕でたしぎの刀を弾き返す。
「フッ……無駄だだガネ!“チャンプファイト・おらが畑”!」
「なっ……!?」
ギャルディーノは両腕を足元にいる呆然としているたしぎに向けて振り下ろした。
「もうたしぎったら、世話が焼けるわねん♪キューティーバトン“お花手裏剣”!」
逃げ遅れた為、慌てて峰に左手を添えて刀を水平に防御の構えを取るたしぎの刃にギャルディーノの拳が当たる直前に鋼鉄の蝋で出来た拳に花の茎の部分が何本も突き刺さる。
「ん? 何だガネ? 花??」
ギャルディーノは驚き、振り下ろした拳を止めて突然拳に生まれた花畑を見て訝しんでいると、花を放った女海兵がギャルディーノに声を掛ける。
「あら、お花に見蕩れてると怪我するわよ。”咲け”!!」
彼女がパチンっという指を鳴らす事が響くと同時に拳に咲き乱れた花たちは一斉に爆発した。
後書き
66話、67話でジェガート第一部隊の所属の新キャラを3人追加です。
とりあえずこの話では1人目はたしぎ。2人目は技名のヒントだけです。
ギオンの独自考察が入ります。
第六十七話
キャンドルチャンピオンのボクサーグローブのような拳に突き刺さった無数の花が爆発したことによりキャンドルチャンピオンの腕の蝋が砕けてギャルディーノの腕が見えていた。
「なっ……爆発したガネ!?」
「教えてあげるわギャルディーノ。よく言うでしょう?綺麗な花には棘があるってその花は爆発するのよん。たしぎ惜しかったわねぃ♪あたしが手伝ってあげる。」
ギャルディーノに向けて新体操で使うようなバトンをクルクルと回しながら花形の手裏剣を放った青く長い髪と高い鼻、切れ長の目が特徴のピンクのつなぎを着た女海兵がたしぎの名前を呼びながら勝ち気に微笑んでいた。
「ポルチェ軍曹!ありがとうございます。」
彼女のバトンに仕込まれた花はクナイのような形をしており、クナイの刃の部分が茎で、持ち手の部分に手榴弾が仕込まれているさながら花型の手裏剣である。
「流石Dr.ベガパンク特性の武器ね。小さい花なのに凄い火力だわ。」
ポルチェは軍曹なので、私服の着用が許されており、ピンクのつなぎのような服を着ている。
彼女はコアラと同期で訓練所を卒業して僅か1年で軍曹となった俊英であり、訓練所を卒業したばかりのたしぎの教育係である。
「ちっ……厄介な!その花を喰らわなければいいだけだガネ?“キャンドルソードマン”!」
未だに塗装済みの蝋の巨体を纏うギャルディーノは吹き飛ばされたグローブに変わり、両腕から蝋を生み出して手首から先を刃物に変えた。
「その巨体で避けれるといいわねぃ。“キューティーバトン・お花手裏剣”!!」
ポルチェは右手に持つバトンをクルクルと回すと無数の花形手裏剣が虚空に生み出され、全てがギャルディーノ目掛けて飛んでいく。
ギャルディーノはその手裏剣に怯むことなく、両腕の刃が上下に来るように両腕を前に出してポルチェ目掛けて走り出す。
「これぞ!キャンドルソードマンの攻防の一体の技“ウインドミル”!!」
ギャルディーノの両腕がキュルキュルと音を立てながら扇風機の羽のように高速回転して、ポルチェの放った花形の手裏剣を全て弾きながら前へ突き進む。
さらにこのままギャルディーノが距離を詰めればポルチェはひき肉になるだろう。
「ふふっ……なるほど考えたわね。でも、あんたにいい事を教えてあげるわぁ“剃”!」
ポルチェはマジシャンのように何も無い所から左手に花形の手裏剣を出現させると同時にその場から消える。
「消えた!?」
「後ろよ。“指銃・生け花”!」
ポルチェは消えたわけではなく、”剃”でギャルディーノの背後に回り込み、左手に持った花形の手裏剣を指銃の速度でギャルディーノの鎧に生け花の花をいけるように突き刺した。
「このお花は投げるだけじゃなくてナイフとしても使えるのよん。“咲け”!!」
そして後ろに飛んで距離を取りながら左手の中指と親指をパチンっと弾いた。
「ぐはっ!?」
背中に付き立てた手裏剣を爆発させたことでギャルディーノの体を覆っていた蝋の鎧は衝撃と熱により全身がひび割れて粉々に砕けた。
「たしぎ…今よ!」
「そんなバカなっ!?私の最高美術が粉々に……」
たしぎはキャンドルソードマンが崩壊して呆然となっているギャルディーノにトドメを刺すべく両手で刀の柄を持って斬り掛かる。
「は…はい!“斬時雨”!」
「えっ!? グハ…ッ!」
ギャルディーノは爆風を斬り裂きながら現れたたしぎに反応出来ずにバッサリと胸を袈裟斬りに斬られた。
「ご安心を…峰打ちです!」
たしぎは振り返ってギャルディーノの意識を確実に奪った事を確認すると、刃を返していた刀を元に戻してから、刀をゆっくりと鞘に納めた。
「いやん♪たしぎも早くギオン隊長のように鉄を斬れるようになってねぇ♪」
「しょ……精進します!」
ギャルティーノを倒したポルチェの指導を受けるたしぎを横目で見ながら、逃げる準備をしていたミス・ゴールデンウィークはもう一人の海兵の接近に気づかなかった。
「あらあら、どこ行くのかしら? ミス・ゴールデンウィーク捕まえたわよ。大人しくしなさい。」
背中にバスターソードを背負った長身の赤く長い髪を持つ褐色の美女が逃げようとしていたミス・ゴールデンウィークの背後から近付いて首根っこを持ち上げた。
この美女は黒いシックなドレスの上から白い海軍コートを羽織っているので、一目で海軍将校である事が分かる。
「捕まるのは嫌だから逃げるわ…カラーズトラップ“なごみの緑”!」
ミス・ゴールデンウィークは右手で持った筆に、左手で持つパレットにある緑の絵の具をつけて、自分を拘束しているバカラの体に筆を走らせた。
「バカラ中尉!?」
たしぎがミス・ゴールデンウィークの攻撃を受けたバカラを心配する。
「あらあら…アンラッキーね。この炎天下でその絵の具は乾いてしまったようだわ♪」
ミス・ゴールデンウィークは絵の具の色で相手に暗示をかけるカラーズトラップの使い手であり、“なごみの緑”を食らった相手は和やかな暗示に掛かり戦闘意欲を失うので、その隙に逃げる算段であった。
しかし、ミス・ゴールデンウィークの攻撃を受けたはずのバカラと呼ばれた褐色美女は余裕そうに微笑んでいる。
「えっ…!?」
ミス・ゴールデンウィークは目を見開いて、絵の具の付いていない綺麗な馬の毛で出来た筆先とパレットの上にあるカサカサの絵の具を眺めてから肩を落として抵抗を諦めた。
「ラッキー♪何もせずに勝っちゃったわ。」
「おかしい。いつもなら絵の具がこんなに早く乾くことないのに。」
彼女は絵の具による塗装技術と暗示能力には自信があるも運動能力については普通の子供と変わらないことは自分が一番分かっており、肝心な時に乾いた絵の具を呪った。
◇
その様子を眺めていたのはギオンだけでなく、彼女達から少し離れた岸壁の上で双眼鏡を片手に戦闘を見ている者がいた。
「流石超人系悪魔の実、ラキラキの実の能力者のバカラね。あの子は素手で触った相手の運気を自在に操ることが出来るから、ミス・ゴールデンウィークを拘束した時に彼女の運気を吸い取っていたのね。」
バカラの能力で運気を吸われたミス・ゴールデンウィークは“運悪く”パレットの絵の具が乾いていた為、筆に絵の具が付かずに力を発揮出来なかった。
ポルチェとたしぎは得物を使う戦闘スタイルのため、ゴジのいる第二部隊ではなく第一部隊に入隊しているが、バカラは違う。
「バカラの能力は私の食べた超人系悪魔の実、モドモドの実の触れた相手の年齢を強制的に12年若返らせる能力よりもさらに強力で相手に触れさえすればどんな強敵にも勝てる強みがあるわ。」
バカラが第一部隊に所属しているのは能力の使い方が似ているジェガート第一部隊副隊長アイン大佐の元で鍛えた方が良いと判断されたからである。
アインは元々の高い戦闘技術に加えて3年前に敵船から手に入れたモドモドの実を口にして以来、見聞色の覇気と相性の良い能力のお陰で出世を重ねてきた。
「ポルチェが鉄の硬度を誇る蝋に花形のクナイを突き立てられたのは彼女の投擲術と指銃の技術も然ることながら、武装色の覇気に目覚めつつある証拠。たしぎもギオンさんが認める優秀な剣士だし3人ともこれから益々強くなるわ。」
バカラ、ポルチェ、たしぎの3人はゴジに憧れてジェガートに入る事を決意した海兵達であり、未だに覇気は使えないまでも3人とも入隊前から海軍将校入りが確実と言われている優秀な実力を持つ海兵達である。
今回の任務はゴジから任された任務ということで3人とも特に気合いが入っていた。
「全く…ゴジ君も罪な男ね…はぁ……。」
不測の事態が起きれば、助太刀しようと3人の戦いを見守っていたアインは弟のように可愛がっているゴジを想う3人を見て、ため息を吐きながら双剣を鞘に納めた。
◇
一方のギオンは3人の戦いを見て満足そうに頷いている。
「バカラちゃんとポルチェちゃんに足りないのは実践経験のみ。もっとチャンスを与えてあげたいねぇ。でも、たしぎちゃんはまだまだ鍛える必要があるようだね!」
オフィサーエージェント相手に完封したポルチェとバカラならば、王下七武海拿捕という前代未聞な極秘任務を与えられたゴジの役に立てると太鼓判を押す。
「バロックワークスの完全壊滅まではゴジちゃんの読みでは約半年。ロビンちゃんを仲間に引き込んだのは大正解だね。」
ギオンはオフィサーエージェントと呼ばれる最高幹部ですら一切警戒心なく指定場所に訪れた事から、ロビンの偽司令を繰り返せば予定通りバロックワークスを壊滅出来ると確信した。
「半年後にゴジちゃんが王下七武海の視察を始めるならこの国から一番近くにいるあの男に違いない。あたしはその男には用がある。視察にはあたしも同行させてもらうわよ……。」
水平線の先にいるはずの男に思いを馳せるギオンにはどうしても会わなくてはならない王下七武海がいる。
それは彼女が祖国を離れて海兵となった理由に深く関係するため、これからはじまるクロコダイル達の海底大監獄への護送が終われば、次のゴジの任務に同行できるようにつるに嘆願しようと心に決めていた。
後書き
次からは場面がガラリと切り替わります。
第六十八話
~ゴジ達がアラバスタ王国に上陸する3日前まで遡る~
ここは東の海、最弱の海と呼ばれる世界一平和な海であるが、この海でも海賊に苦しんでいる者は多い。
しかし、そんな海賊も犇めくこの海には一流レストラン顔負けの極上の料理を出すが、海賊にも怯まずに逆に撃退してしまう凄腕の料理人達がいるという『海に浮かぶレストラン』がある。
そんな料理人達が働くレストラン、魚を模した外装が特徴のこの船の名は海上レストラン“バラティエ”。
このレストランで荒くれの料理人達を束ねる弱冠16歳の副料理長サンジは金色の髪を海風に靡かせながら船首に立って、ある船の到着を心待ちにしていた。
「女神の到着だ!」
サンジの目に飛び込んで来たのは、ピンク色の外装を持ち、多くの砲身を装備し、巨大な電伝虫の背に乗った戦艦である。
この船は“第四勢力”と呼ばれる科学大国ジェルマ王国の技術の結晶である世界最強の船と呼ばれる5隻の戦艦の一つ“女神”と呼ばれ、この海で暮らす人々にとっては希望の船であり、海賊にとっては恐怖の象徴となっている。
「待ってろよレイジュ、今日もとっておきの料理を作ってやるぜ!」
この船の船長ヴィンスモーク・レイジュけてこそサンジの待ち人であり実姉。レイジュから本日昼食を取りに行きたいと予約を受けて、厨房で待ちきれないサンジは甲板で待っていたのだ。
◇
レイジュは持ち前の桃色の髪が映えるネイビーのタイトなドレスを纏ってバラティエに入店すると、彼女の美貌で店内の視線を独り占めにする。
そして桃色の髪と特徴的なくるくる眉毛に気付いた客は一斉に彼女の名を呼ぶ。
「「「レイジュ(戦女神)様!?」」」
この海を守護するレイジュは今やこの海に住む人達からは東の海の守り神”戦女神”と呼ばれており、この海に暮らす者で彼女を知らぬ者はいない。
「ようこそ。マドモアゼル…さぁこちらの席に。」
普段ならレイジュ程の美女と会った瞬間に真っ先に鼻の下を伸ばすことで有名なこの店の副料理長サンジだが、肉親であるレイジュに欲情することはなく、ただ久しぶりに会う姉の無事な姿にただ笑顔が零れる。
黒いシックなスーツに身を包むサンジはレイジュが店に入った瞬間に腰を折って出迎えて、バラティエでも一番眺めのいい2人分の椅子が用意された机に案内しようとする。
その席は店でも一番眺めがよく、人気の席で数ヶ月先まで予約で埋まっているが、レイジュが何時に来てもいいように本日の予約は副料理長権限で丸一日キャンセルした。
さらに姉の料理を自分で作り、一緒に食事を取るために休暇まで取るという徹底ぶりであった。
「サンジ、久しぶりね。ここへ来るのも何ヶ月ぶりかしら。」
「レイジュはこの海の”戦女神”さまだからな。忙しいのも無理はない。」
楽しそうな名前を呼び合う2人の関係を訝しむ客を余所に姉弟水入らずの時間を過ごしていると、レイジュがニヤニヤしながらサンジに向けて人差し指を立てる。
「ありがとう…サンジ。急だけど席を一つ増やしてもらえないかしら?」
東の海にいるレイジュは一月くらいのペースでバラティエでの会食を取り、サンジの作った料理をサンジと二人で食べていた。
ジェルマ王国を牽引するヴィンスモーク家は家族全員忙しすぎて、未だに家族でこの店に来るという約束は果たされていないが、サンジは多くの人を救ってきた末に"第四勢力”と呼ばれるジェルマ王国や自分の家族を誇りに思っている。
「何っ!?レイジュ、誰を連れてきたんだ!まさか男か!?」
何よりもレイジュのニヤニヤした顔は、子供頃レイジュがイタズラする時にしていた笑顔だった為、大切な姉の彼氏ではないかと敵意を剥き出しにする。
「ふふっ……もっとびっくりするわよ。ねぇ、お母さん。」
「えっ!?」
レイジュが後ろを振り返ると入口からサンジが一番会いたいと思っている女性がひょこっと顔を覗かせる。
「あぁサンジ……。電話ではよく話してるけど会うのは6年振りよね?本当に……大きくなったわね。」
ソラはそのままサンジに駆け寄ると優しく彼の体を抱き締めた。
「か…母さん……。」
サンジはあまりにも突然の母との再会に言葉が出ない。
「サンジ、あなた体付きもがっしりして、もう私よりも背も高いのね。」
サンジは目の前に現れた自分と同じ金色の髪を持ち、空色のドレスを着こなす幼い日に別れた時と全く変わらない美しい母を抱き締め返して涙が出そうになるのを堪えている。
「当たり前だろう……俺はもう16になったんだ。母さんも元気そうで本当によかった。」
サンジがバラティエにいる事を知ったヴィンスモーク家はサンジに連絡用の電伝虫を渡しており、基本的に無口な父と違って母とはよく話をしているが、あの日から1度も会った事はなかった。
「あはははっ!びっくりしたでしょ…サンジ?内緒にしてたかいがあったわ♪」
レイジュは抱き締め合う2人を見ながらながら久しぶりに見る息子の顔を見て泣いている母の顔と目に涙を浮かべて涙を流すのを堪えている様子の弟の顔を見て、してやったりという顔をしている。
もはや涙を堪えるのが限界なサンジは恥ずかしさを誤魔化すように母の元を離れる口実にレイジュに食ってかかった。
「レイジュ、てめぇいい歳してこんなイタズラしてると嫁の貰い手がなくなるぞ!」
「はぁ?いつもいつも女に鼻の下伸ばしっぱなしのあんたにだけは言われたくないわよ。」
バラティエにいる客達は副料理長であるサンジが東の海の“戦女神”レイジュといがみ合ってる姿に唖然となる。
コックたちの喧嘩や海賊との喧嘩を目当てにこの店に来る客もいるが、これは些か予想外過ぎて付いていけない。
「このバカレイジュ!」
「泣き虫サンジ!」
サンジとレイジュが両手を掴みあっておデコを付き合わせていがみ合ってる2人の姿をソラは楽しそうに眺めているが、それを看過出来ない人物がいる。
「うるせぇぞ!チビナス。他の客に迷惑だろうが!そちらのお嬢さん方もそんなとこで長々と立ち話されても困る。さっさと早く席に付いてくれ。」
天井に届きそうなくらい高いコック帽を頭に被ったこの店の料理長ゼフが“追加の椅子”を手に現れて、サンジが案内しようとした席に置いてサンジを怒鳴り付けるが、ゼフの声色はどこか優しさを帯びていた。
「クソジジイ!?」
「全く…チビナス!!てめぇはエスコートもろくに出来ねぇのか?だからいつまで経っても半人前なんだ!」
「ちっ……クソジジイが!?分かってるよ!さぁ、二人ともこっちだよ。」
ゼフに促されたサンジは憎まれ口を叩きながらも指示に従って2人を席に案内するが、ソラはサンジについて行かずにゼフの前に立って腰を曲げて深々と頭を下げる。
「オーナーゼフ、私はサンジの母のソラと申します。息子がいつもお世話になっております。」
「い…いや、こちらこそ。チビナ…いや息子さんには…えっ〜…世話を焼いて…いや焼かされて…?ん?」
ゼフは海賊上がりの自分に今や"第四勢力"と呼ばれるジェルマ王国の王妃が頭を下げていると言う事実に珍しく狼狽えている。
サンジに女は何があっても蹴るなという紳士道を叩き込んだのはゼフであるも、男社会で生きてきた彼は女性に対する免疫は低くソラの対処に困っていた。
「なんでも嵐の日に海に投げ出されたサンジのために海へ飛び込んで息子を助けて下さった上で料理まで教えて下さっているとか…本当にありがとうございます。これお口合えばいいんですが……」
「こりゃ…どうも……。それよりも早く席に……。」
ソラは何度もゼフに頭を下げるので、ゼフは勢いのままヴィンスモーク家の家紋の入った酒を受け取るも、何度も自分に頭を下げ続けるソラに対する対処に困っていた。
サンジは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらもその様子を見て2人に慌てて駆け寄る。
「母さん、止めてくれよ!」
ソラは初めてサンジが嵐の海に投げ出されたと聞いた時のこと思い出して泣きそうになるので、サンジは慌てて母の背中を押して席まで誘導して座わらせた。
「でも、サンジが嵐の海に投げ出されたって聞いてお母さん心臓が止まるかと思ったわ…慌てて調べたらオーナーゼフが助けて下さって一緒にレストランをしてるって聞いたのよ。ちゃんとお礼をしないと…あれ?オーナーゼフはどこに?」
ソラは座ったまま周りをキョロキョロとして、先程までいた目の前にゼフを探すも、ゼフは既に逃亡に成功して、厨房に逃げ込んでいた。
「まぁまぁ、せっかく店に来てくれたんだからさ。まずは俺の料理を食べてくれよ。俺は本物の料理人になったんだ!」
料理を振る舞いたくてワクワクした顔を浮かべるサンジを見て、ソラはくすりと笑う。
「ふふっ。楽しみね。」
「すっげぇ〜うめぇのを作るから待ってろよ。」
サンジはそう言って席を離れて意気揚々に厨房に入っていった。
◇
レイジュとソラに対するもてなしの全てを予定通りにサンジが一人で料理から給仕までを行った。
東の海だけでなく、偉大なる航路にもその名が轟きはじめている有名なレストランである海上レストラン“バラティエ”。その副料理長の渾身のフルコースを心ゆくまで堪能したソラとレイジュは食後のワインに舌鼓を打っていると、サンジが彼女達の席にやって来た。
「お客様方、当レストランのフルコースはいいかがでしたか?」
サンジはコックとして食後のワインを楽しんでいる二人の前に来て深く腰を折って挨拶すると、レイジュが笑顔で答える。
「ありがとうコックさん。今日のはいつにも増して凄く美味しかったわ。」
レイジュは暇さえあれば一人でバラティエを訪れて食べているサンジの料理に何時もよりも気合いが入っているのを感じたが、それも無理はないだろうと微笑んでいる。
ソラは満面の笑みで手をパチパチパチと叩きながらサンジを見上げる。
「サンジの料理すごく美味しかったわ。貴方は食べなくていいの?料理冷めちゃうわよ。」
彼女らのテーブルにはまだ誰も手を付けていない前菜からデザートまでのサンジの手作りのフルコースが誰もいない席に並んでいる。言わずもがなサンジの席である。
ソラとレイジュは前菜からデザートまで出された料理を食べ切るタイミングでサンジにより皿を交換されて、出来たての料理が振る舞われて、今、彼女達の席にはワイングラスしかない状態である。
「俺も今から食うよ。」
サンジは自分の席に着いて自分の作った冷めた料理に舌づつみを打つ。
当然冷めた料理は出来たての物よりも味は落ちるが、サンジにとっては、客の喜ぶ顔を見たあとで食べる自分の料理は格別ですらある。
「チッ…あのクソ野郎共が…」
そんな中、サンジは厨房から顔を覗かせている仲間のコック達の視線に気付いて悪態を吐く。
レイジュはサンジの視線を目で追って悪態に気付く。
「そんなこと言っちゃダメよサンジ。皆さん、弟といつも仲良くしてくれてありがとうね…ん〜チュッ!」
レイジュはサンジを軽く叱った後、厨房から顔を覗かせるコック達に目掛けて投げキッスを送る。
「「「おねぇ様!!愛してます。」」」
「誰がおねぇ様だ。姉さんをてめぇらみたいなクソ野郎共にやるかぁ!!」
コック達はレイジュの投げキッスを受けて目をハートマークにして揃って答えると、サンジの飛び蹴りで全員が厨房の奥まで蹴り飛ばされた。
「ふふっ……。」
成長したサンジはレイジュを名前で呼んでいるが、感情が高まってレイジュの事を昔のように『姉さん』と呼んでいる事に気付いてない。
逆にレイジュは久しぶりに姉と呼ばれて嬉しくなって微笑んでいる。
「「「サンジ、てめぇ何してくれてんだ!!」」」
しかし、コック同士の喧嘩や海賊の撃退すらも日常茶飯事。というかこの店の名物である海上レストランバラティエの血の気の多いコック達の黙ってはおらず、各々武器を手に取る。
武器といってもここはレストランである為、一般的な武器とは趣が異なる。巨人族のお客様の為に用意した身の丈程もある大きなフォークやスプーン、ナイフという食器。そして牛刀等の調理道具である。
「おぉぉぉ。今日はコック同士での喧嘩だ!」
「副料理長〜頑張ってぇ!」
「パティ、今日こそ男を見せてくれ!」
客達も待ちに待ったと言わんばかりに店内のボルテージは最高潮であり、サンジも両手をポッケに入れたまま片足を振り上げて海上レストランバラティエ名物の一つ“コック同士のマジ喧嘩”が始まろうとしていた。
第六十九話
しかし、皆の期待する喧嘩はソラの悲痛な声が店内に響き渡ると唐突に終わりを迎えることになる。
「うちの子はもしかして…皆と仲良くないのかしら……?」
両手を胸の前で組んで祈りを捧げるような格好で、悲痛な声をあげるソラを見たサンジとコック達は顔を見合わせた後、全員で肩を組んで仲良しアピールする。
「「「ボク達はサンジ君とは大の仲良しです!!」」」
ソラは笑顔で肩を組むサンジとコック達の姿を見て、花が咲いたような笑顔になる。
「そうなの?よかったわ。皆さんこれからもうちの息子と仲良くしてくださいね。」
「「「勿論です!お母様!!」」」
サンジはコック達がまたデレデレした顔で揃って答えるのを見て、仲間達にボソッと悪態を吐く。
「てめぇら後で覚えてやがれ!」
サンジは仲間達の元を離れて、自分の席に戻って再び料理を食べ始めると、料理人達も厨房に戻っていく。
「あの荒くれのコック達を一声掛けるだけで黙らせた。」
「天使だ!」
「すげぇえええ!!」
客達は期待していたコックたちのマジ喧嘩が起こらずに意気消沈するかと思いきや、荒くれのコックたちの喧嘩を止めた天使の登場に盛り上がっていた。
この出来事は荒くれのコックたちを止める“バラティエの天使”事件として噂になっていったとか……
◇
周りの喧騒など無視してサンジは席に戻ると残った料理を食べながら、レイジュやソラと互いが会えなかった日々の思い出を埋めるように多くの話をしていくとその中でサンジは自分の夢を語る。
「母さん…俺、料理の腕凄く上達しただろ?俺の料理でジジイが作ったこの店を世界一のレストランにしてみせるよ!!」
彼が料理人を志したのはあの日、病床の母が自分の料理を美味しいと言ってくれたから、そしてあの嵐の日に自分の命を救って料理を教えてくれたゼフに心から感謝している。
だからゼフの作ったこの店を継いで世界一のレストランにしたいというのはサンジの心からの願いである。
「そうね。本当に美味しかったわ。」
「だろ?自分でも渾身の出来だったと思うんだ!」
サンジは今日の料理は自身の最高傑作だという自負もあるし、自分の作った冷めた料理を食べてそれは確信に変わっていた。
「でも、私が食べた中では二番目ね…うふふっ。」
「二番目だとっ!?母さん、一番は誰が作ったどんな料理なんだ!?」
ソラの言葉に何故一番ではないのかとサンジは食い気味に問い詰める。
何よりも自分の最高傑作よりもうまい料理があるならそれを超えて母に一番美味しかったと言ってもらいたい。
「サンジは忘れちゃったかしらね。一番はあなたが私の為に作ってくれたあの日のカレーよ。あれよりも美味しい料理なんて考えられないわ。」
ソラはサンジの初めて作った料理を今まで一度たりとも忘れた事はない。
それはサンジも同様であり、母の理由を聞いたサンジは幼い頃に劇薬の影響で床に伏しているソラの為に初めて包丁を握り、キッチンを借りて料理をして作ったカレーを思い出して天を見上げて目頭を押さえる。
「そ…そうか……。ぐずっ…お…俺もまだまだだな。いつかあの料理を超える物を作ってみせるよ!」
あんなものは今のサンジにしたら食材への冒涜でしかなく、料理なんて呼べる代物ではない。
魚は内蔵やウコロすら取らず、野菜も皮も剥かずに全てぶつ切りにして、カレーのスパイスすら分からないから色んな香辛料を沢山入れただけ、恐らく食材も全て半ナマだったはずのただの生ゴミ同然の品だが、母がすごく美味しそうに食べてくれていたからサンジは料理人になりたいと思ったのだ。
ソラのサンジ二人だけの大切な思い出であり、サンジは自分が料理人になりたいと思った思い出を母が覚えていてくれてことが何よりも嬉しかった。
「うふふっ…頑張りなさい。そういえば今度ゴジも長期の休暇が取れたらサンジの料理を食べに来たいって言ってたわ。その時には家族全員で食べに来るわね。」
サンジは“麒麟児”と呼ばれる自慢の弟の姿を思い出す。
昔から、心を封じられていた兄弟達や心を閉ざしていた父から虐められる自分を助け、母や姉、兄弟達を治療し、父の心を開かせた自分達の家族の英雄は、今や世界に住む全ての人の正義のヒーローとなっているのだ。
「それは本当に楽しみだ。何時でも来いって言っといてよ。」
「あの子は本当に忙しいからね…今度はアラバスタ王国へ行くって言ってたわ。」
ゴジは海軍へ入隊してから、まともに自分の休暇をとっていない。
正確には休暇をとっても全て訓練や捜査に当てているから、ジェルマ王国にも帰っていないし、仕事以外でマリンフォードから出る事すらない。
「それ今日の新聞で見たよ。あぁ……ビビ王女、一目でいいから会ってみたい!」
サンジはアラバスタ王国と聞いて、空色の髪を持つ国一番と噂される美人王女の名前を口にしながら思いを馳せて体をクネクネさせる。
「あんたは相変わらずね。まぁゴジも鼻の下伸ばしてなけりゃいいけど……。」
「ふふっ。ゴジは年下には興味無いから多分大丈夫よ。」
レイジュはサンジの姿に呆れながらも、ビビ王女と会ったゴジもサンジと同じような反応をしないか不安になるが、ソラがそれを一蹴した。
「もぐもぐ…ごくっ。それにしても“麒麟児”なんて大層な名前だが、ゴジにはそんな名前すら霞んで見えるな。」
「えぇ。ホントね。」
サンジとレイジュは自慢の弟の姿を思い浮かべるが、母にとっては等しく愛する子供達である。
「うふふっ…。私にとっては全員あなた達全員が自慢の子供達よ。」
こうして海上レストランバラティエでサンジ達は家族3人再会して短くも充実した時を過ごしていく中でレイジュがある疑問をサンジにぶつける。
「そうだ。サンジ一つ聞きたかったのよ。あなたなんであの嵐の夜にレイドスーツを使わなかったの?」
レイジュはポイズンピンクとして活躍している為にゴジの作ったレイドスーツの性能をよく理解している。
レイドスーツさえあれば嵐の海を加速装置で泳ぐ事も出来るし、さらに浮遊装置でまず海に落ちることもなかったはすなのだ。
「俺達料理人は、客に料理を食べさせるのが仕事だ。でもそれは徹底した衛生管理の求められる職場だから、メスキートの爺さんに『厨房に余計な物を一切持ち込むな』って言われてたから、あの日見習いとして厨房に入ってた俺はレイドスーツを持ってなかったんだ。」
嵐の海に飲まれた日もサンジは客船オービット号の厨房で働いていた為、レイドスーツを始めとした一切の所持品を持っておらず、海へ投げ出される直前に「オールブルーを見つける」と語ったサンジを助ける為に海へ飛び込んだゼフによりからくも一命を取り留めた。
サンジが乗っていた客船オービット号やゼフが率いていたクック海賊団の海賊船はそのまま嵐の海に飲まれて、メスキートも帰らぬ人となり、この嵐で奇跡的に生き残ったのはサンジとゼフの2人だけである。
「だから、せっかくゴジに作ってもらったのに俺はあの日にレイドスーツを無くしちまったんだが、二人も知っての通りクソジジイに助けられて料理人になれた。だからこの恩は俺の一生を賭けて返すって決めてるんだ。」
この2人も何も無い無人島に流れ着いてほぼ何も食わずのまま85日という日々を過ごし、ゼフの「海にレストランがあったらいい」という夢をサンジも手伝う事を決めて今日に至る。
「そうだったのね。オーナーゼフいい人ね。」
「でも、メスキートさん惜しい人を亡くしたわ……」
レイジュとソラはサンジの話を聞いて、サンジの2人への深い感謝の気持ちが痛いほど伝わってきた。
亡きメスキートの教えもサンジの中でしっかりと生きている。有事に備えて厨房に武器を隠しているコック達が巨大なスプーンや牛刀といった調理道具や食器を武器として使うのは『厨房に余計な物を持ち込むな』という副料理長サンジの命令に従っているからだ。
「俺は料理人としての技術はクソジジイに教わったけど、料理人としての信条はメスキートの爺さんに学んだ。どちらが欠けても今の俺じゃねぇ!」
「ふふっ。そうね。」
ソラとレイジュは笑顔で語るサンジを見て微笑む。
サンジはヘビースモーカーの愛煙者であるが、厨房にはタバコも持ち込んでいないし、料理中はタバコすら持ち込まないようにしているほどである。
◇
帰り際、ソラとレイジュの元へゼフが来て彼はソラと二人で話したいと提案する。ソラもこれを快諾して今は客室で二人で話すこととなった。
「すまね…いや、すみません…お手間…おてまだまをとらせ…」
「うふふっオーナーゼフ。敬語も前置きも結構ですよ。話しやすい話し方でお願い致します。」
ゼフが頑張って馴れない敬語を使っている(全く使えていない)のが、おかしくてソラは笑いを噛み殺しながら助け舟を出す。
「っ…。すまねぇ王妃様。敬語なんて生まれて使った事ねぇから苦手なんだ。俺の経歴も調べてるんだろう?」
「“赫足”のゼフ。クック海賊団の船長として偉大なる航路を1年間航海し、無傷での生還を果たした大海賊でコックとして船長を務めた無類の海賊。さらにコックであるが故に料理をする大切な手を傷つけないように戦闘において一切両手を使わなかったことで有名で、その強靭な脚力と鋭い蹴りは岩をも砕き、鋼鉄にすら足形を残すことが出来たという。そして“赫足”の異名は敵を蹴り倒した時に返り血を浴びて赤く染まった貴方の靴のことでしたよね?」
ゼフはサンジからジェルマ王国の王子である事は聞いていた。
サンジの姉レイジュが初めてこの店に来店した日から自分の素性がジェルマ王国に全てバレているのは承知していたが、疑問は一つ。
「よく調べてるな。まぁ…俺はそんな大層なもんじゃねぇ…所詮は偉大なる航路に挑んだ落ち武者の一人。だが、それを知っていて何故サンジを俺に預けたままにしていた?」
ゼフが知りたかったのは元海賊である自分に愛する息子であり、一国の王子でもあるサンジを預けたままにしていた理由である。
ゼフは今日の食事風景を見ている限り、彼等が本当に仲のいい家族である事はすぐに分かった。普通であれば自分のような大悪党の元から、愛する息子をすぐに取り返しに来るはずなのだ。
結果、荒くれ者のである海のコック達に囲まれて育ったサンジは王子とは無縁の海の男に育ってしまったのが、ゼフは申し訳なく思っていた。
後書き
この物語のサンジは信条に従って調理中の喫煙はしません。というかよく考えたらそれが普通ですよね(笑)
第七十話
ソラは酷く申しわけなさそうな顔をするゼフを見て薄く笑った後でロジア王国を救ったあの日見た数十枚の写真を取り出す。
「うふふっ。それはこれを見たからですよ。」
「これは…写真?」
ソラが差し出した写真の数々は客に扮したジェルマ王国の工作員の隠し撮りの物だが、幼いサンジが必死で鍋を振るったり、仲間のコックと取っ組み合いの喧嘩したり、ゼフと顔を突き合わせていがみ合ったりしている姿が写っている。
そして、その写真に写るサンジの顔は生き生きとして楽しそうなモノばかりだった。
「息子がこんなに楽しそうにしている姿を見て、勝手は承知の上でそのまま預けさせてもらいました。ご挨拶が遅れたことは本当に申し訳ありません。」
ソラは立ち上がって深く頭を下げた。
「あ〜いや。俺もサンジと過して毎日楽しかった。心遣い感謝する。サンジには俺の全てを教えてある。」
ゼフは王妃に頭を下げられて、タジタジになりながらも、自分にサンジを育てさせてくれた感謝の気持ちを吐露する。
「はい。全て知ってます。あんな立派に育てて下さって心から感謝しております。」
ソラは再度深く頭を下げる。
ジェルマ王国は定期的に工作員を客として来店させてサンジの様子を探っており、料理だけでなく、恐竜時代から決まっている鉄則である“女は蹴っちゃならねぇ”わや“赫足”と謳われた彼の蹴り技までもサンジが身につけているのを知っている。
「サンジはもう料理人として一人前だ。何処でもやって行ける。アイツを連れて帰るのか?」
ゼフは自分に頭を下げ続けるソラの頭の旋毛を見ながら、腰の低い王妃もいるもんだと思いながら一番気になっていることを投げ掛けると、ソラは頭を上げてゼフを見る。
「いえ、あの子がそれを望まないでしょう。知ってますか?あの子にはここを継いで、世界一のレストランにするという新たな夢があるみたいなんです。」
「まぁ、アイツはウチの副料理長だから、順当にいけば当然、次期料理長はサンジだな。」
ソラは息子の夢が叶うことを聞いて嬉しそうにしている。
「まぁ…それは良かった♪」
ゼフはそんなソラに言わなくてはならないことがあった。少し顔を顰めながら彼女に文句を言われる事を承知でそれを告げる。
「でも、俺はサンジにここを継がせる気はねぇぞ。」
ゼフの話を聞いたソラは、ついさっき愛する息子の夢を聞き、それが叶わぬ夢と知って何故か納得いったと顔をしながら微笑む。
何よりもゼフがサンジことを想って、息子を本当の夢に導こうとしてくれようとしてくれている事に気づいて嬉しくなった。
「うふふっ…やっぱりあの子の夢は別にあるのですね…。」
ゼフは思っていたソラの反応と違うことに驚きながらも、やはり母親とは凄いものだと感嘆する。
「気付いてたのか? 流石は母親と言ったところか…。」
ソラはサンジが自分に語った夢は彼の願いであって本当の夢ではない事になんとなく気付いていた。
気付いた理由なんて説明することは出来ない。
だだサンジの語る夢を聞きながら、これは息子の本当の夢ではないと直感しただけである。
「オーナーゼフ、良ければあの子の本当の夢を教えてくれますか?」
「王妃様はオールブルーって知ってるか?」
「オールブルー?それがあの子の夢?」
ゼフは一呼吸おいてから、かつては自分が夢見たオールブルーについて説明する。
「あぁ。オールブルーってのは東の海、西の海、南の海、北の海と分かれている世界中の海の魚が一箇所に集まっている海の事で、海のコックの楽園なのさ。」
サンジの夢を語るゼフの顔は、他人の夢を語る人の顔ではなく、自分の夢を語る人のそれ…。
だからソラは彼の表情からある事に気付く。
「まさか…その夢は……オーナーの?」
「そうだ…俺の夢だった。そんな海が本当にあるのかどうかすら分からないが、でも俺は偉大なる航路でその可能性を見た。サンジは俺と同じ夢を持っていたから助けて全てを教えたのさ。俺は自分が叶えられなかった夢をあの子に託した。でも、サンジは優しすぎる。俺自身があの子の夢の足枷になるとは思いもしなかった。」
心の内を語ったゼフは寂しそうな顔をする。
全ては将来偉大なる航路に挑んで、オールブルーを見つけるというサンジの夢ためにゼフはサンジに料理、戦う術、航海術全てを教えてきた。
しかし、サンジは自分の予想の斜め上を行き、高齢の自分を心配してオールブルーの夢を諦めようとしているのだ。
「あの子らしいですね…でも、あの子がここにいたいという気持ちは本物だと思っています。だから私はあの子を連れて帰りません。」
ソラはいつも自分を心配してくれたサンジを思い出して、本当に優しい子供だと誇りに思いながら、ゼフの気持ちを察して寂しそうな顔をする。
そして、愛する息子の気持ちを考えながら、ゼフに自分の意思をハッキリと伝える。
「本当にいいのか? 俺はサンジを預けてもいいと思える奴が現れた時、俺はあの子の背を押すぞ。例えそれが海賊であろうともな。」
ゼフはサンジから聞いて海軍本部准将 “麒麟児”ゴジが実弟である事を知っているし、ジェルマ王国が海賊狩りとして名を馳せている事も知っている上でソラにサンジを海賊にする可能性も示唆する。
「はい。よろしくお願いいたします。」
ソラはゼフの思いにも気付いており、息子を本当に愛してくれているゼフに深い感謝を込めて、深く深く頭を下げる。
「あんたも変わってるな。」
息子を海賊にするかもしれないと言っているのに、自分に頭を下げる母親を見て呆れながらもゼフは頬を緩ませる。
「そういえば…息子を育ててもらったお礼を…「止めてくれ」…えっ?」
ゼフはソラの顔の正面に掌を向けて、彼女の言葉を遮った。
ソラはゼフの為に多額の謝礼金を用意していた。それこそこのバラティエをもう1隻買ってもお釣りがくるほどの額である。
これまで息子を育ててもらい、これからも彼が旅立つその日まで面倒を見て貰うのだから母親としては当然の義務である。
「礼ならもう貰いすぎなくらいもらっている。サンジと出会ってこれまで過ごした日々が俺にとっても何よりの礼だ。あの子が旅立つその日までは精々、礼を貰い続けるさ。」
ゼフの言葉を聞いて、ソラは涙を流しながら本当に嬉しそうにする。
「本当に…貴方にサンジを育ててもらってよかった。」
ソラとゼフは最後に笑顔で互いに固く握手を交わしてから、揃って部屋を出た。
そこに居るのは大国の王妃と元海賊ではなく、一人の息子を愛する母と養父の姿だった。
◇
ソラとゼフが部屋を出る直前に、扉の前から音もなく立ち去って甲板に逃げた二つの影があった。
「あんたの育てのお父さんは本当にいい人ね…?」
「あぁ…クソジジイは俺の憧れの人だ。」
サンジとレイジュである。2人は今、海を見ながら甲板に並んで座っている。
サンジは自分の母とクソジジイが二人で何を話しているのか気になって聞いていたら、二人の話を聞いて声を殺して滝のような涙を流していた。
ゼフとサンジは互いを「クソジジイ」・「チビナス」と呼び、名前で呼んだことはなく、顔を会わせばいつも喧嘩ばかりだったが、サンジもそんな日々の思い出がゼフ同様に自分の中で宝物のように輝いているのだ。
「オールブルー…見つかるといいわね?」
「グズっ…絶対に見つけるさ…うぅぅ……。」
サンジは体育座りをして海を見ながらオールブルーに思い馳せていると、レイジュが笑顔で自分の顔を覗き込む。
「ねぇ…サンジ。私が手伝ってあげようか?」
「う……はっ…!?」
サンジはレイジュの甘い誘惑を受けて、彼女の顔を見ながら反射的に「うん」と言おうとした自分に気付いて、慌てて両手で自分の両頬をパンッと叩いて気合いを入れる。
「きゃっ…! いきなりどうしたの……?」
レイジュはそんなサンジの様子にビクッとする。
サンジはあの日イチジ達が自分の夢を叶える為に父に進言してくれた言葉を思い出していた。
『父上、王には王たる条理があるのならば俺達は王族としての勤めを果たしてみせます。しかし、どうかサンジとゴジの夢は叶えさせてあげて下さい。』
ヴィンスモーク家には王族としての責務がある。
自分は家族の優しさでその役目を放棄することを許された人間。自分と同じ立場であるゴジは自分自身の力で“麒麟児”と呼ばれ史上最年少の海軍本部准将となり、今でも多くの人を助け続けている。
“王道”を歩む家族と“仁道”を歩むゴジ。彼等の生き方を誇りに思うからこそ、彼らの歩む道を自分のワガママで妨げるわけにはいかない。そんな誇り高い家族に送り出された自分は胸を張って彼らに顔向け出来るように自分自身の力で『本物の夢』を叶えなくてはない。
サンジは慌てて涙を袖で拭ってから、タバコを取り出し、火をつけて一息吸って心を落ち着かせる。
「ふぅ〜…。ありがとうレイジュ。でも、これはクソジジイと俺の夢だから、俺が自分の力で叶えなくちゃならねぇんだ!」
そして何よりもゼフが自分に料理以外のことも教えてくれたのは、サンジが自分自身で『本物の夢』を掴める力を付けさせる為であることを思い出した。
サンジは自分を想って愛してくれている家族達の為に一度は諦め掛けた『幻の海オールブルーを見つける』という『本物の夢』を再び夢見る事を決意した。
「そう…。強くなったわね。サンジ。」
レイジュはもう自分に頼ってくれない弟に一抹の寂しさを感じながらも、弟の確かな成長を感じて、弟の頭を優しく撫でた。
第七十一話
バラティエでの食事を終え、サンジと別れたレイジュとソラは戦艦“ヴィーナス”に戻って来た。
彼女達は東の海を浮かぶ船の甲板に並べたベンチに2人で座ってのんびりと話をしている。
「ねぇ……お母さんはどうやって私の所に来たの? いい加減教えてよ。」
「ん〜…どうしようかしらねぇ…♪ふふっ。」
レイジュの問いに、ソラは自分の唇に人差し指を当てながら目線を雲一つない青空に向けて可愛く答えをはぐらかす。
「はぁ…。これが遺伝ってやつなのね。」
レイジュはふと先程、ソラの来店を秘密にしてサンジを驚かせた事を思い出して母譲りなのだと唐突に悟り、そんなソラの姿を見て深く溜息を吐いて一昨日の事を思い出す。
◇
実はレイジュがソラと再会したのは一昨日の夜であり、ソラは護衛もつけずにレイドスーツを纏ったままたった一人で戦艦“ヴィーナス”にフラリとやって来た。
「皆、お仕事ご苦労さま」
「「「ソラ様、いらっしゃいませ!」」」
ジェルマのクローン兵士は優秀であり、宵闇の中にも関わらず一目で船に向かって迫る影に気付くもすぐに王族であるソラと見抜き、レイジュに報告した上で一同が甲板に並んで敬礼でソラの来訪を迎えていた。
「ちょっ……本当にお母さんがいるわ!?」
「あっレイジュ、久しぶりねぇ♪」
「えぇホントに久しぶ……いやいや、そうじゃなくて……なんで一人なの?しかもどうやってここまで来たのよ?」
レイジュはここへ来た理由と手段について尋ねるもソラは自分の口の前で両手の人差し指で✕印を作りながら、可愛らしくウインクしながら答えをはぐらかす。
「ふふっ♪ 内緒よォ〜♪」
ソラは未だに若々しい容姿でレイジュと並んでも姉妹にしか見えないからその姿も見苦しくはないのだが、レイジュは流石に年齢的に無理があるだろうと思っているのは本人には絶対内緒である。
「んん〜?レイジュ、私に何か言いたいことでもあるのかしら?」
「えっ……!?いや、何も無いわよ。ちょっと父さんと話してくるわ。あんた達は母さんを客室に案内しなさい!」
「「はっ!」」
レイジュはソラの殺気を感じ、矢継ぎ早に兵士達にソラを預けた後、逃げるように船室に父ジャッジに電伝虫で連絡を入れる。
”戦女神”と呼ばれる彼女も母親にだけは一生勝てる気がしないと察する。
『もしもし、お父さん…なんでお母さんがこっちに来てるの?護衛も付けずに一人で来させるなんて、一体何を考えてるのよ!?』
ソラは強化人間でもなければ、兵士ですらない。
劇薬の効果が完治して既に8年経ち、もはやレイドスーツなしでも何不自由ない生活が送れている。
さらにゴジの作ったレイドスーツを着たソラには並の兵士では相手にはならないが、病床のソラを知っている家族はどうしても彼女に対して過保護になっていた。
『はぁ…そうか…ソラはレイジュの所にいるのか……良かった。本当によかった。はぁぁーー。』
『何があったの?』
レイジュは父の心底安心して、力が抜けて疲れきっている声を聞いて何事かと不安になる。
『今朝起きると、「ちょっとお散歩に行ってくるわ♡」というソラの書き置きがあったのだ。でも、暗くなっても帰って来ないから心配していた所だ。イチジは今もソラを探して北の海中を飛び回っているぞ。』
『いやいや、お散歩って…ここは東の海よ……? 一体どうやって??』
ソラが住むジェルマ王国は北の海にあり、レイジュが暮らす東の海へ来るには赤い土の大陸を越えなくてはならない。
ジェルマ王国の船やレイドスーツであれば横断は可能であるも、自分達ならまだしも、レイドスーツの扱いがお世辞にも上手いとは言えないソラでは無理といえる。
ソラは空を飛ぶ事に憧れを持ち、加速装置や浮遊装置の練習をしたが、元々運動が得意ではない彼女ではレイドスーツの身体能力補正のおかげでようやく蝶のようにふわふわと飛ぶことが出来るようになった程度である。
『すまない。それは俺が言うよりも、ソラが自分の口から言いたいはずだから、本人に聞いてくれ…。レイジュ、しばらくソラを頼むぞ。ではな!』
レイジュは肝心の母が教えてくれないから父に聞いているのに、父にも答えをはぐらかされた。
しかし、ジャッジはソラがレイジュの元へ行った方法も理由も予想が付くので、自分の口から言うべきではないと判断してレイジュとの通話を切った。
「ちょっと…もう……。通話が切れてるじゃないのよ! ……はぁ…一体何なのよおおおお!!」
レイジュは母の事を聞いたのに、何も教えて貰えずに要件だけ告げられていきなり電話を切られたので、受話器を叩き付けながら天を仰いで叫ぶも、その叫び声は宵闇に消えていった。
◇
その後、ソラはここへ来た手段や理由については前述の通り一切教えてくれなかったが、レイジュはソラの求めに応じて、サンジの店バラティエに予約を入れてさっきの通り家族水入らずの三人で食事を取って今に至る。
「はぁ…とりあえず私はこれからゴジに言われた魚人海賊団を倒しに行ってくるわ。お母さんはここで待つ? それともジェルマ王国に帰るなら、このまま船に送らせるわよ…。」
ソラは何故か勿体ぶって隠しているが、彼女の様子はどう見ても言いたくて仕方ないのを我慢しているのがバレバレなので、きっかけさえあれば本人が話すだろうという大人な判断でソラへの追求を諦めて、コノミ諸島に向かって魚人海賊団を倒すことを伝えた。
海軍からもたらされた情報に従ってコノミ諸島に近づけば船自体が魚人海賊団に襲撃されるため、船で近づけないので元々一人で魚人海賊団のアジトに乗り込むつもりであったことから、戦艦“ヴィーナス”とジェルマの兵士達に母の護衛をさせようと考える。
「ふふっ。その為に私はここへ来たのよ。私もレイジュと一緒に戦うわ♪」
しかし、ソラは待ってましたと言わんばかりの顔でその場から立ち上がり、片手で自分の胸を軽くドンと叩いてやる気をアピールする。
「えっ…? いやいや、お母さんは戦えないでしょ?」
ソラがレイドスーツを着た所で、生来人の数倍の力を持つとされる魚人相手には足でまといにしかならず、何よりもレイジュはそんな危険な戦場に母を連れて行きたくはない。
レイジュに限らずヴィンスモーク家の誰もが口を揃えて同じことを言うに違いない。
「フッフッフッ…もう貴女の知る私じゃないのよ……おいでぇ!か〜〜く〜〜ん!!」
ソラは不敵な笑みを浮かべて、空に向かって大きな声で叫ぶ。
ソラはレイジュが魚人海賊団を討伐する事を知っており、レイジュを手伝う為にここへ来たのだが、過保護過ぎる家族に絶対止められると思い、夫には散歩だと告げてここへ来た。
だから、このタイミングこそ彼女がここへ来た理由と手段を話すタイミングだったのだ。
「「…?」」
──しかし、何も起こらなかった…。
「あれ?か〜〜〜く〜〜ん!!おーーい!!!」
ソラは慌てながら、先程よりもっと大きな声で空に向かって叫んで自分の新しい“子供”の名前を呼ぶ。
「ちょ…お母さん! どうしたの? かーくんって誰よ?」
レイジュは突然空に向かって叫ぶ母の気でも狂ったのかと、心配になるが、遠くからカモメの鳴き声が聞こえてくる。
「ア"ァーーー!!」
「あっ! 来た来た!! レイジュ見てよ。あれがかーくんよぉ♪ お〜い…か〜〜く〜ん…こっちよぉ〜!」
ソラが指差した先にいたのは地平線の向こうからこちらに飛んでくる一羽のカモメだった。
「ん?あぁ。ペットでも飼い始めたの?カモメがペットって、本当に海の戦士ソラみたいね!」
レイジュは母がカモメをペットにして、カモメだから名前が“かーくん”なのかと呑気に構えていると、そのカモメが船に近づくにつれてその巨大さと異質さが顕となる。
「かーくん…お待たせ。いい子にしてたぁ?」
「ちょ…ちょっと待って……お母さん!!何よこれ!?」
「ア"ア”ァーっ♪」
その巨大なカモメが船の甲板の手すりに降り立って頭をソラに押し付けていると、ソラはカモメの頭を優しく撫でるが、そのカモメが降り立ったことで戦艦が少し傾き、レイジュが慌てる。
「ふふ〜ん♪この子はゴジが私の誕生日プレゼントで贈ってくれたペットの“かーくん”よ!!」
「ア"ァーーー!!」
船を震わす程大きな鳴き声をあげて船の上空を旋回するカモメの翼を広げた体高は少なく見積もっても20mは超えており、翼を閉じても10mは超えているだろう …。
「いやいや…ペットって……デカすぎだし、それにその鳥どう見ても機械でしょ!」
そして何よりもカモメの体は白銀の輝きを放つ鋼鉄で覆われ、さらにその背中には小型飛行機のコックピットのように人が前後に二人ほど入れるスペースが空いており、ソラはここに乗ってレイジュの元へやって来たのだ。
「違うわ…いや、違わないんだけど……でも、違うのよ。かーくんは機械だけど、ただの機械じゃないのよ。ゴジが何か言ってたけど難しいことはお母さんよく分からないの。でもゴジが言うにはかーくんは生きてるのよ!!」
「ア"アァー。」
ソラも何でかーくんが機械なのにカモメのような声で鳴くのか、そもそも何故機械なのかはゴジに電話で説明を受けたが全く理解出来なかった。
かーくんは非常におっとりした性格でゴジの調教の甲斐あってソラを母親のように慕っている。先程ソラが呼んでもすぐに来なかったのは、ただゆっくりと準備してから飛んで来ていたからである。
「いや…意味わかんないわよ。」
「ア"ァッ!」
かつて海の戦士ソラは1羽のカモメと巨大合体ロボを従えてジェルマ66と戦ったと言われるが、この世界に誕生した海の戦士ソラはカモメ型巨大ロボを従えた自由な女性だった。
~2ヶ月前、マリンフォード海軍本部基地にて~
ゴジは、海軍本部で開発中の最新鋭のある人型兵器を応用してカモメ型兵器を作った。
「おい!見ろよベガパンク!!平和主義者の技術を盛り込んだカモメ型の平和主義者だぞ。どうだすげぇだろ!」
平和主義者とは海軍本部がDr.ベガパンクに作らせていた人型兵器であり、銃や刃物のような並みの攻撃では通用しない頑丈な身体を持ち、鉄を溶かす程の高熱のレーザー光線を両掌と口から照射する事ができる。
「おぉ!?これは凄い。やはり君は天才だよ。もしかしてこれは飛ぶのかい?」
ベガパンクは全長20mはある翼を雄々しく広げ鎮座する白銀のカモメに目を輝かす。
「いや、まだだ。構造上は飛べるはずだが、これに平和主義者のような動力を載せると重くなりすぎて飛べなくなる。だからこの動物系悪魔の実 トリトリの実 モデル カモメと悪魔の実の情報伝達メカニズムを解明して物に悪魔の実を食べさせる方法を発見した天才博士の力が必要なんだよ。」
海賊を拿捕した際に敵船が所有していた悪魔の実は拿捕した海兵に所有権が与えられ、ゴジの手に持つ悪魔の実はたまたま手に入れた物だった。
「なるほど……!?面白い!!完成したこれをどうする気だい?君の相棒にでもするのかね?そうなると君は海の英雄から一躍空の英雄になるね!!」
ゴジはベガパンクから「そら」という言葉を聞いてほくそ笑む。
「違うよ。これは俺の一番大切な人に送るんだ。名は体を表すというが、彼女は本当に青い空が本当に大好きな人なんだ。」
「名は体をね……空……そら。そうか!?君の母君、ヴィンスモーク・ソラか!?」
ゴジの頭に入院中に空を飛ぶ鳥を羨ましそうに見上げていた母の顔とレイドスーツの浮遊装置と加速装置を上手く扱えず思った通りに空を飛べずに、鳥のように空を飛ぶレイジュ達を羨ましそうに見上ていた母の顔が同時によぎる。
「そう……。コイツは母さんの自由な翼なるんだ!」
「わっはっはっは!忘れていたよ。そうか君も人の子だったんだな!!そういうことなら早速その悪魔の実を貸してくれ!!」
こうして生まれたのがこの"かーくん"である。
8歳で血統因子の全てを網羅し、10歳でレイドスーツを作り出した天才児ゴジと、彼の科学力は人類が500年かけて到達する域と言われる頭脳を持つ天才科学者ベガパンクとの出会いはさらに約1年前に遡る。
第七十二話
~1年前~
この日、弱冠15歳で大佐に昇進したゴジは報奨として丸一日の休暇を与えられたので、マリンフォードの街を散策していた。
「いきなり休暇って言ってもな……。何すりゃいいんだ?」
つるは自分から休暇を取得しないゴジに無理やり休暇を与えたが、突然休暇を与えられた本人は途方に暮れていた。
「あっ……!?あんた、“麒麟児”ゴジ大佐だよね?」
ゴジはサングラスと帽子で変装していたが、自分の正体に気付いた一人の女性に背後から声を掛けられた。
「しぃー…って、おぉぉぉ!!めっちゃ美女ぉ!?」
ゴジは今日は休みで街中で騒ぎを起こさないように、振り返って声を掛けてきた女性に大きな声を出さないようにお願いしようとしたが、その女性は桃色の長い髪と勝気な表情が魅力的なスタイル抜群の体を強調するへそが見える半袖のTシャツに健康的な太腿が丸出しのデニムのショートパンツを履いた10代後半の超絶美女だったので、一瞬でゴジの目がハートマークになる。
「えへへっ……実はあたし、大佐にお願いがあるんだよ!」
その美女はゴジの腕に抱きついて、その腕を豊満な胸の谷間で挟みながら、上目遣いでお願いする。
「おぉぉっ凄いボリューム!!何でも俺に話してみな!!」
ゴジは鼻の下を伸ばしながら、瞳をハートにしているのを見て、美女は自分の思惑が成功した事を知り本題に入ろうとする。
そう、彼女はゴジを“女好き”と知って近づいたのだが、元々男勝りな性格な彼女が色仕掛けをするほど追い込まれているのだ。
「大佐、あたしのパパを助けてよ。助けてくれたらあたし…本当に……何だってするからさぁ……本当だよ…。」
拙い色仕掛けもゴジには効果は抜群なはずだが、ゴジは彼女の憂いを帯びた目を見て助けを求める彼女の想いは本物だとすぐに気付くとすぐに真顔に戻って彼女の頭を撫でる。
普段のゴジは基本エロい事を考えて本能に従って生きているが、訓練中や人を助ける時にはエロさが抜ける事がある。
「無理はしなくていいよ。君のお父さんは俺が必ず助けてみせるから詳しく話してくれ。」
美女はそんなゴジの変わりように目を丸くしながらも本当に心の底から助けを求めていた彼女は目を潤ませる。
ゴジは彼女の頭を撫でながら話を促すと、ポツポツと事情を話し出す。
「あたしの名前はジュエリー・ボニー。王下七武海バーソロミュー・くまの娘でパパの足枷としてマリンフォードで生活させられている。」
「君は“暴君”の娘だったのか?ぜんぜん似てないな。」
身長7m近い巨体とその名の通り熊のような体型のくまと身長170弱でモデル顔負けの体型のボニーでは似てる所を探す方が難しい。
「あたしはママ似なのよ。ジュエリーって姓もママのなの。」
「ほぉ……それで足枷ってのはどういう意味だい?」
バーソロミュー・くまは基本的に無口で最低限しか話さず、“暴君”の二つ名に似合わずに花や小動物を愛する優しい男であることはゴジも知っている。
警戒心の塊ともいえる小鳥たちが彼の肩に止まってるのを見たこともあり、何故こんな男が海賊をしているのか疑問に思ったことさえある。
「パパは元々南の海にあるソルベ王国元国王で本名はポートガス・D・くまってんだ。」
「聞いた事ある。ソルベ王国のポートガス家……何年か前に突然国王が弟に王位を譲って王座を退いたんだよな。まさか“暴君”が先代の国王だったのか!?」
ゴジは王子としてジェルマ王国にいる間に聞いた王族事情を思い出していたが、ボニーはゴジがそんな王族の事情を知ってる事に驚きながらも話を続ける。
「流石“麒麟児”よく知ってるね。あまり大々的には報じてないはずなんだけど、その通りだよ。ソルベ王国は寒い上に土地が痩せて作物もろくに育たなくて貧しくて天上金も準備出来ないから、パパは王位を叔父さんに譲って国を出て、海賊稼業でソルベ王国を影ながら養ってたんだ。」
天上金とは毎月世界貴族の為に納める貢ぎ金のことであり、これを納めることで世界政府加盟国に名を連ねる事が出来て、海軍や世界政府の守護を受けられるのだ。
「天上金を納めることの出来ない国は加盟国から外されて、海賊や犯罪者の闊歩する無法の国となるからな。くまも必死だったんだな。」
くまは国や国民、家族を思い、天上金を集めるために超人系悪魔の実 ニキュニキュの実の肉球人間としての力と、身長7m弱という恵まれた体躯を活かして海賊になる事を決意し、国王を辞して弟に王位を譲った。
ゴジはそれを国王として“戦争屋”と揶揄されながらも国を潤してきた父の姿と重ねる。
「うん。パパは南の海でも特に商船の行き来の激しいバーソロミュー海域をナワバリとして商船や海賊船を襲い積荷を奪ってきたけど、誰も殺してはないはずだよ。」
さらに国王を辞した時に本国に迷惑は掛けまいとしてポートガスの姓を捨て、娘のボニーには亡き妻の姓ジュエリーを名乗らせた。
「なるほど、バーソロミュー海域に皇帝のように君臨したから“暴君”バーソロミュー・くまか……。元々の懸賞金は確か元2億9000万ベリー、偉大なる航路に入らない海賊にしては破格。相当に暴れたようだな。」
「うん。でもパパに王下七武海の打診が来たから天上金をなしにするって条件で無事に王下七武海になったんだけど、今度ベガパンクの人体改造実験の被検体に選ばれて何故か政府に逆らえないパパもそれを承諾したんだよ!パパが死んぢゃうかもしれない!」
ボニーは全ての事情を説明してゴジに抱きついて、涙目で縋り付くように助けを求めた。
「人体実験だと……!?王下七武海といえど何故承諾したんだ?そういや……くまは王下七武海で唯一海軍や政府の言いなりで動くと聞いたことがあるが、何が弱みでも握られてんのか?」
ゴジは人体実験と聞いて目を見開いて怒りを露わにしながら対等な関係であるはずの王下七武海に対する要望とは思えずに訝しむ。
◇
これは娘であるボニーも知らないことであるが、くまは国王時代から天上金を巻き上げる世界貴族や政府の在り方を疑問視して革命軍と繋がり、革命軍幹部としての顔を持ち合わせており、革命軍本部に王下七武海として知り得た情報を電伝虫で定期的に報告していた。
海軍は“暴君”くまが革命軍と繋がりがあることを知った上で本拠地を探るために彼に王下七武海入りの打診をしたので、彼の通話を盗聴、逆探知して革命軍の本拠地が偉大なる航路にある島のバルディゴにある事を掴んだ。
しかし、海軍は世界政府からDr.ベガパンクが開発中の平和主義者開発の為、肉体を提供するようにくまを説得するように要請されていたので、くまに革命軍本部を見逃すことを条件に実験体として研究への協力を要請した。
海軍側
1 ソルベ王国の天上金免除。
2 海軍に従順である限り、革命軍本拠地の安全を保障する。
3 ジュエリー・ボニーのマリンフォード留学中の安全及び留学費用全額の補償する。
くま側
1 海軍及び世界政府に対して絶対服従。
2 Dr.ドクターベガパンクによる人型機動兵器平和主義者パシフィスタ改造のため肉体を提供する。
3 ジュエリー・ボニーをくまの平和主義者改造完了までの間、マリンフォードへ留学させる。
これが海軍とくまとの間に交わされた密約であり、娘ボニーを人質として預かった理由は海軍が革命軍本部の場所を知っていることをくまが革命軍に報告しないようにする為で、もし革命軍が本拠地を移すような動きがあればボニーの命はない事を意味する。
この密約のせいで彼は「王下七武海にして唯一政府の言いなりに動く男」と言われているのだ。
◇
平和主義者とは海軍本部の敷地内に作られた研究所でDr.ベガパンクをリーダーとする技術班が開発中の人型機動兵器のことであるが、既に完成間近にもかかわらず開発が頓挫していると聞いたことがある。
───まさか…実の人間を改造して作ってるのか!?
ゴジはボニーの話を聞いて平和主義者とは『人間を改造して作っている』のではないかと判断し、ベガパンクの研究所のある海軍本部基地をキツく睨む。
───ちっ!何が“世界最大の頭脳を持つ男”だ。人の体を弄くり回すだけなら誰でも出来る。
一から人型機動兵器を作るよりも、元の人間を改造して兵器に作り替えた方が楽なのは想像に容易い。
海軍の為に数多くの発明をするベガパンクに敬意を払っていただけにこの事実はゴジを失望させた。
「ボニー、俺に任せろ! そんなクソみたいな人体実験は俺が止めてやる。」
ゴジは人体実験を受けた子供を守る為に劇薬を飲んだ人を知っている。
国民を守る為に愛する我が子に人体実験を施した人を知っている。
人体実験により命令に逆らえず、いじめられている弟を救けることも出来ない自分の体に涙していた人を知っている。
だから、何よりもゴジは人体実験という言葉が嫌いだった。
血統因子の操作で不幸になっていた家族を知るゴジは人を不幸にする人体実験というものが許せない。
「うん。ありがとう!」
目に浮かぶ涙を拭って顔を上げたボニーの笑顔を見ながら、何よりもこの笑顔を守るために必ず助けると誓った。
後書き
はい。サラリとまた新キャラですよ。
くまとボニーの関係や背後設定は原作からの作者考察ですので、二次設定として捉えていただれば助かります。
第七十三話
ゴジは直接ベガパンクと会うために海軍本部の研究室に乗り込んだ。
「おい!ベガパンクはどこだ!!」
ゴジが研究室に入るや否や機嫌さを隠すことなく、研究室全体に響き渡る声量で言い放つと、白衣を着た数十人の人間が一斉に注目して目を見開いた。
「「「“麒麟児”!?」」」
海兵が武器開発や兵器の修理でここを訪れる事はよくあり、ポルチェの花形の手裏剣もここで作られているのだが、ゴジがここを訪れるのは初めてである。
そんなゴジがいきなりやってきて怒ってるのだから、全員びっくりして当然であろう。
「これはこれは“麒麟児”ゴジ大佐が私に何の用だい? 私は忙しいから手短に頼むよ。」
研究者の中でも一際大きな頭を持つ白衣を纏