ダタッツ剣風 〜業火の勇者と羅刹の鎧〜
第1話 呪われし鎧
自らの血に濡れた手が目に映り、鉄の臭いが嗅覚を支配する。遠のいていく意識の中であっても、剣戟と怒号は絶えず聴覚に響き続けていた。
愛する祖国を守るため、義勇兵に志願してから僅か半月。
満足に訓練課程を終える暇すらなく、最前線に送り込まれた少年兵に待ち受けていたのは、奇跡など起こらない非情な現実だけであった。
圧倒的な物量差で王国軍を圧倒する、冷酷非道の帝国軍。その急先鋒として剣を振るう「帝国勇者」と遭遇した瞬間、少年兵の運命は決していたのだろう。
見掛けこそ同世代の男子だが、その膂力と剣の腕は伝説に違わぬ凄まじさであり。文字通り為す術もなく、力無き弱卒は斬り捨てられてしまったのだ。
「ちく、しょうッ……! 俺は、俺は、こんなところ、でッ……!」
しかも、不運なことに。なまじ少年兵達の中では人一倍頑丈だったばかりに、彼は楽に死ぬことすら許されず。
苦悶の表情でのたうちまわりながら、刻一刻と迫る死を待ち侘びるしかなかったのである。
それは激戦の中で消耗し、脱ぎ捨てられてしまった帝国勇者の鎧が、目の前に転がって来るまで続いていた。
「……! ぁ、がッ……!」
意識が混濁し、己の魂が闇の果てへと消えていく瞬間を身近に覚えながらも。せめて何か一つ、戦利品だけでも友軍に持ち帰らねばと、彼は血達磨の身を引き摺っていく。
だが、彼の力ではその程度が限界であった。傷付いた鎧に身を預けるように倒れ込んだ瞬間、その魂は天へと還り、肉の器だけが現世に残される。
『……見上げた根性じゃねぇか。気に入ったぜ……餓鬼』
その器に目を付けた者がいたことなど。世を去った少年兵には、知る由もない。
やがて、戦地に取り残された骸の一つに過ぎなかったはずの肉塊は、かつて勇者が纏っていたとされる鎧と共に。禍々しい邪気の霧へと、飲み込まれていくのだった――。
◇
――私達が暮らすこの星から、遥か異次元の彼方に在る世界。
その異世界に渦巻く戦乱の渦中に、帝国勇者と呼ばれた男がいた。
人智を超越する膂力。生命力。剣技。
神に全てを齎されたその男は、並み居る敵を残らず斬り伏せ、戦場をその血で赤く染め上げたという。
如何なる武人も、如何なる武器も。彼の命を奪うことは叶わなかった。
しかし、戦が終わる時。
男は風のように行方をくらまし、表舞台からその姿を消した。
一騎当千。
その伝説だけを、彼らの世界に残して。
――それから、三年もの月日が流れた頃。とある砂漠の町は今、未曾有の危機に瀕していた。
第2話 町の危機
帝国軍と王国軍の戦争が終結してから、約三年。その舞台から遠く離れた砂漠の町は、戦などとは無縁な平和を謳歌していた。
常軌を逸した戦力を有する盗賊団に、町の生命線であるオアシスを封鎖されるまでは。
「姫様、もはや我々の手ではこの街を守り抜くことは叶いません……! どうか、どうか賢明なご決断を!」
「では爺やは、この街を捨てろというのか!? 父上から……いいや、先祖代々から伝えられてきたこの街の営みを! 人々の暮らしを、捨てろというのかッ!」
「我々とて本意ではありませぬッ! しかし……しかし奴らはあまりにも強過ぎるッ! とりわけ、あのランペイザーには誰も歯が立たず……討伐に向かった自警団は、全滅したのですぞッ!」
町の中央にある、小さな屋敷。そこで亡き父に代わり、町長を代行している褐色の美少女は――艶やかな黒髪を振り乱し、聖域を荒らされた女神の如く激昂していた。
そんな彼女を懸命に宥める町の重鎮達は、敬愛する先代町長の忘形見を救うべく、町を捨てるという非情の決断を迫っている。少女以上に苦悶の表情を浮かべる彼らも、悔しさは同じであった。
――今からおよそ1ヶ月前。世界各地を渡り歩き、略奪と殺戮の限りを尽くしてきたという悪名高い盗賊団が、この町に現れた。
彼らは町に欠かせないオアシスの近辺にアジトを設け、そこを拠点に町から金品や食料の類を強奪し始めたのである。無論、町の人々も武装して力の限り抵抗したのだが……所詮は、戦いに不慣れな素人の集まり。経験、武装、全てにおいて優っている彼らとは、勝負になるはずもなかった。
討伐に立ち上がった自警団は敢えなく全滅し、彼らを追い払うどころか、余計な怒りを買う結果を招いてしまったのである。数時間前、盗賊団がこの町に迫ろうとしているという報せが入った瞬間から、町は半ばパニック状態に陥っていた。
彼らを撃退できる見込みがないのであれば、これ以上の犠牲を回避するべく、全町民を連れて遠くの人里へと避難するしかない。だがそれは、砂漠の民として数百年の歴史を築いてきたこの故郷を、捨てることを意味している。
父譲りの勇敢さと、母譲りの美しさを以て人々を纏め上げてきた町長代理――ガウリカにとっては、堪え難い屈辱であった。人一倍故郷への想いが強い彼女にとってそれは、自我の放棄にも等しい選択なのである。
「……古来よりこの町は、不毛の地であろうと人らしく在らんとする矜持を以て栄えてきた。この世界を巡る人々を迎え入れる、貴重な中継地としてその役目を果たしてきた。何よりこの町で暮らす人々は……!」
「この町を愛している! そんなことは、分かっております! ガウリカ様が生まれる前から、よく存じておりますとも!」
「だからこそ、これ以上誰も死なせてはならない! 人あっての町なのです、ガウリカ様ッ!」
「……っ!」
だが、そう簡単に割り切れるほど大人でもなければ。自分の立場や状況が分からないほど、子供でもない。
町民の安全が懸かっている。現実として目の前にあるその問題に、ガウリカは何も言えず、唇を噛み締めるしかなかった。
「……わかった。皆は、先に逃げてくれ。例え浅慮な子供であろうと、私はこの町の長だ。避難の完了を見届けるまでは、この町から離れるわけにはいかない」
「畏まりました。……避難を急がせろ! 荷物は最小限だ、とにかく人命を最優先しろッ!」
「はッ!」
やがて、爺やと呼ばれている先代からの側近の命に応じ、重鎮達は迅速な避難に向けて動き出していく。彼は幼い頃からのガウリカを知る者として、彼女に苦い決断を強いてしまった己の無力さを恥じるしかなかった。
(……このような思いだけは、させたくなかった。本来なら年頃の娘らしく、恋の一つでも楽しんでいただろうに……)
病に倒れた父に代わり、町長の座を引き継いでから、ガウリカは仕事一筋の日々を過ごしてきた。そんな彼女を見てきたからこそ、爺やは何か出来ないかと考えを巡らせ――やがて、一つの結論に辿り着く。
「……ガウリカ様。たったひとつだけ、奴らに抗する術があるやも知れません。『冒険者ギルド』です」
「なっ……!? じ、爺や、正気かッ!?」
「正気でいては、この事態の打開など不可能でございます」
――冒険者ギルド。市井や国家、あらゆるクライアントからの要請に応じて、戦闘や調査などを請け負う者達の集会所だ。
そう言えば聞こえは良いが、実際のところは傭兵崩れのならず者達の集まりだという噂もあり、信頼はないに等しい。
だが、枯れ木も山の賑わい。彼らに盗賊団の迎撃を依頼し、時間を稼ぐことができれば、より多くの町民を救うことができる。
幸いオアシスとは真逆の方向には、小さなギルドが一つだけある。そこなら、今から駆け込んでも間に合うかも知れない。
確かなのは、悩んでいる暇などないということだけであった。
「……そうか、そうだな、そうかも知れん。今は手段を選んでいられる時ではない。早速依頼に出向くぞ、爺や!」
「ガウリカ様は殿を務められるのでしょう? 町の長として、あなたにはこちらに留まって頂かなくては」
「一人で行こうというのか!? 無茶だ、奴らはならず者で有名なのだぞ!」
「ならばなおのこと、そのような連中の前にガウリカ様を連れていくわけにも行きますまい。……ご安心くだされ。必ずや、ご期待に応えて見せましょう」
「爺や……!」
すでに高齢である爺やのために、ガウリカが数ヶ月前から用意していた彼の退職金。それが詰まった袋を手に、屋敷の執務室を後にする彼の背を、未熟な町長代理はただ見送るしかないのだった――。
第3話 ならず者の集まり
砂漠の町からオアシスに渡る道とは、真逆の方角にある冒険者ギルド。砂漠地帯の入り口と町の中間に位置するその集会所は、この近辺に活動拠点を置く「ならず者達」の溜まり場と化していた。
「……これが、先程話した件の報酬だ。今すぐ支払えるのはこれだけだが、成功した暁には私の懐からも加えさせてもらいたい。故郷を失った世界で、金だけ抱えてのうのうと生きるのは忍びないからな」
そんな彼らの剣呑な視線に飲まれながらも、爺やは毅然とした面持ちを崩すことなく、今出せる精一杯の資金を詰めた袋をテーブルに置く。金貨が擦れ合うその音が、冒険者の収入としては破格の条件であることを物語っていた。
荒事を得手とする冒険者にとっては、これ以上ない好機である。だが結局は、命あっての物種だ。報酬に釣られて身の丈に合わない仕事を引き受けては、長生きなどできない。
信頼に足る経験を積んだ強者ほど、安易にこういう話には乗らないものなのだ。ましてやここにいる冒険者達は、砂漠という過酷な環境で冒険者稼業を営んできた修羅の者。
一歩間違えなくとも死にかねない世界を歩んできた彼らが、すぐさま首を縦に振ることなどあり得ない。盗賊団の噂が、町の外にまで広まりつつある今となっては、なおさらだ。
「……っ」
やはり、難しいのか。そんな胸中を語る爺やの視線が、金貨の詰まった袋に向かった瞬間。
その袋を、一人の少年が手にする。
「……ジブンは引き受ける。その気がある人は、後から来れば良い」
「……!?」
銅の剣に木の盾、擦り切れた赤茶色の服、そしてくたびれた真紅のマフラー。そんなみずぼらしい姿を持つ黒髪の少年が、真っ先に声を上げたのだ。
最初に引き受けたのが彼だったことにも、このような場所にガウリカと同い年くらいの少年がいたことにも、爺やは驚きのあまり言葉を失っていた。一方、周囲は少年の行動にどよめく気配もなく、ただ静観している。
「き、君は……?」
「ジブンはダタッツ。つい昨日、このギルドに泊めてもらったばかりの流れ者ですよ。冒険者ではありませんが、相応の働きが出来れば構わないでしょう?」
「それはそうだが……いやしかし、我々が助力を仰ぎたいのは戦に秀でた冒険者達なのだ。名乗り上げてくれた君の気持ちは嬉しいが、だからといって……」
良い噂を聞かない冒険者ギルドに、このような殊勝な少年がいたことは僥倖だったのかも知れない。が、今は人格云々よりも実力を最優先せねばならないのだ。
残念ながら、周囲の冒険者達と比べても一際小柄なこの少年では、到底戦力にはなりそうもないのである。切れ味の悪そうな銅の剣を一瞥する爺やは、ため息をつくしかない。
「……ダタッツ、まずはお前から挨拶に行ってやりな。上の階で飲んだくれてる連中も、シバき起こさなきゃならないからな」
「わかった。皆も来れそうか?」
「あぁ、行けたら行く」
それ絶対来ないやつ。そう思いながら頭を抱える爺やの前では、ダタッツという少年と冒険者達が、親しげに言葉を交わしていた。
少年は昨日このギルドに来たばかりだという話だったはず。荒くれ者揃いの冒険者達と、なぜこれほど打ち解けているのか。
「話は決まりですね。皆も後から来てくれるそうですから、ジブン達は町に戻りましょう。ガウリカさん……でしたっけ。その人もきっと、お爺さんの帰りを待ってるはずです」
「……ほ、本当に彼らが引き受けるというのか? 君は一体……」
「今話した通り、昨日来たばかりの流れ者ですよ。さ、行きましょう」
歳不相応に大人びた笑みを浮かべながら、腰に提げた銅の剣を手に走り出すダタッツ。そんな彼の背を慌てて追う爺やは、躊躇いがちに冒険者達の方を振り返りながら、ギルドを後にするのだった。
「……相手はこの近辺で名を馳せる、最強の盗賊団……か。久々の大仕事だな」
「なんだ、珍しくやる気になってやがるな」
「あんな大金をぶら下げられちまったらな。……ほら、行くぜ。グズグズしてると、取り分全部ダタッツの野郎に掻っ攫われちまう」
その様子を見送り、しばらく経った後。冒険者達は重い腰を上げ、次々と自分達の装備に手を伸ばしていく。
口では面倒だ、なんで嫌われ者の俺達が、と文句を言いながらも。得物を手にした彼らの眼には、確かな闘志が宿されていた。
◇
――戦いしか取り柄がないような者達が、その道で生計を立てていくために生み出された冒険者稼業。そこで生きている者達には、騎士道精神のような綺麗な道義などない。
あるとすれば、それは「強い者が正しい」というシンプルにして野蛮な不文律だけだ。
そして、昨日。宿を探してここへ迷い込んできたという少年に、冒険者ギルドがどういう場所なのかを思い知らせようとした一部の者達が、揃って返り討ちにされた時から。
ダタッツという少年はすでに、彼らを動かすに足る「強者」として、認められていたのである。
第4話 盗賊団頭領・ランペイザー
「ひゃっはっははは、いいぞーガウリカ様ぁー!」
「かぁーっくいぃー! そらそらぁ、腰が入ってないぜぇー? 俺が後ろからしっかり掴んでやろうかぁー?」
非情の猛火に焼かれている、町の屋敷。天を衝くほどに炎上しているその生家を背にして、独り気丈に剣を振るう少女の奮戦を――周囲の男達が、下卑た笑みを浮かべて囃し立てていた。
例え町に攻め込まれても、たった独りで戦うことになっても、泣き出すことも諦めることもなく、勇ましく戦う
ガウリカ。そんな彼女がいずれ力尽きるまで、彼らは抵抗という名の余興を愉しむつもりなのだ。
「はぁ、はぁっ、はぁっ……! よくも、この町をっ……!」
「んー、やっぱりそういう生意気な眼はソソるねぇ。剣を振るたびに乳はぶるんぶるん、尻はぷりっぷり。チラチラ見えるパンティも堪んねえなぁ。砂漠の町って言ってもイイとこのご息女様ともなれば、食ってるモノから違うのかねぇ」
「なっ……こ、このぉッ!」
町に伝わる、古代の戦乙女が使っていたとされる戦装束。その家宝に袖を通して戦うガウリカの勇姿も、圧倒的に実力で勝っている盗賊達にとっては、目の保養でしかない。
怒りに任せた彼女の斬撃を容易くかわしながら、その褐色肌の美しさを堪能する男。彼の厭らしい視線は、恋も知らないまま生きてきた十六歳の乙女には、耐え難いものがあった。
「私は、私達が守り抜いてきたこの町は絶対、お前達なんかに……あうッ!」
「そろそろお遊びにも飽きてきたなぁ。お前らぁ、本番といこうぜ?」
「おっしゃあ、やっとかぁ!」
その恥じらいが隙となり、敢えなく取り押さえられた彼女は、瞬く間に剣も取り上げられてしまう。戦う術を失った彼女に待ち受ける結末は、一つしかない。
「意外にしぶとかったなー、ガウリカ様よぉ。ま、その方が燃えるから俺達としては嬉しいんだけどなぁ!」
「今度は、こっちで楽しませてくれや!」
「い、いやっ……やめ、やめろぉっ! やめてぇぇえっ!」
次々と男達が彼女の柔肌に群がり、のし掛かり。戦装束を剥ぎ取っていく。そこから始まる宴を予感し、悲鳴を上げる彼女の悲痛な貌すら、覆い隠していくかのように。
だが、その宴が始まることはなかった。
「――飛剣風」
その一言が、この燃える屋敷に響き渡った瞬間。
「ぐぎゃあぁあぁッ!?」
「えっ……!?」
ガウリカに覆い被さっていた男達が全員、瞬く間に吹き飛ばされてしまったのである。何が起きたのか全く理解できず、驚愕の表情で固まる彼女の前には、銅の剣が突き刺さっていた。
「……一箇所に固まってくれたおかげで、纏めて吹き飛ばせたよ。単純な奴らは始末が楽で良いね」
赤いマフラーを靡かせ、ガウリカの眼前に降り立った黒髪の少年は、銅の剣を引き抜き彼女に手を差し伸べる。その優しげな笑みに、少女は経験したことのない高鳴りを覚えていた。
我に帰り、慌てて胸元を隠すその姿は、年頃の少女そのもの。そんな彼女の様子に微笑を浮かべる少年――ダタッツは、か細い彼女の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせる。
「い、今のは、あなたが……?」
「ダタッツです。あのお爺さんの頼みで応援に参りました」
「爺やが!?」
「ガウリカ様〜っ! ダタッツ君っ!」
「あっ……爺やっ! 良かった、無事で……!」
その時、ガウリカの名を呼ぶ爺やが手を振り、2人の前に駆け寄って来た。無事に冒険者ギルドから帰ってきた彼の姿に、ガウリカも笑顔を取り戻す。
「……ッ!」
「えっ!?」
刹那。遠方からの殺気を感じたダタッツは、咄嗟に爺やの前で剣を振り上げた。
その切っ先は爺やを狙っていた矢を弾き、紙一重で彼の命を救う。一瞬の出来事に腰を抜かした爺やに、ガウリカも慌てて駆け寄っていた。
「ダ、ダタッツ君……!」
「……ガウリカさん、お爺さんを連れて早く遠くへ。もう町民の避難は終わってるはずだ」
「わ、わかった……済まない、ダタッツ!」
自分も共に戦いたい。それが本音であったが、すでに自分が付いてこれるような次元ではないことも理解していた。
初めて会ったばかりの少年の背に、何度も熱い視線を注ぎながら。ガウリカは腰を抜かしてしまった爺やに肩を貸し、この場を離れていく。
その様子を一瞥した後――ダタッツは、鋭い視線を矢が飛んできた方向に向ける。すでにその先には、盗賊団の主力部隊が現れていた。
彼らの中心に立ち、漆塗りの甲冑を纏う一人の少年は、獰猛な笑みを浮かべて一振りの剣を肩に乗せている。
「……あなたが、盗賊団の頭領か」
「あぁ。意外に餓鬼っぽくて驚いたか? ランペイザーだ、冥土の土産に覚えておきな」
ランペイザーと名乗る盗賊団の頭領。その凶悪な眼光と、全身を固める傷だらけの甲冑に――ダタッツは、静かに眼を細めていた。
第5話 結集する冒険者達
盗賊団の頭領として、悪漢達を率いるランペイザー。少年のようにも見える容姿に反して、その双眸は数多の命を斬り捨ててきた歴戦の武者としての色を滲ませている。
あまりにも不釣り合いなその佇まいが生む不気味さは、外観以上の迫力を放っていたが――ダタッツは臆することなく、真っ向から対峙していた。
「……総掛かりでも構わない。来るなら、さっさと来い」
「心配しなくたって、嫌でもサシの勝負になるさ。……そっちのお仲間も、ぞろぞろと集まってきた頃だしな」
剣呑な表情のダタッツに対し、余裕綽綽といった様子で薄ら笑いを浮かべているランペイザーは、彼の背後に駆け付けてきた冒険者達を見遣っている。「総力戦」の準備は、すでに整っていたのだ。
「待たせたな、ダタッツ! 生憎だが、お前にばかりいい格好はさせないぜ?」
「冒険者でもない奴に報酬を横取りされちゃあ、他の同業者にも舐められちまうからな!」
「皆……」
好戦的な笑みを浮かべ、ダタッツの肩を叩く砂漠の猛者達。彼らは皆、獰猛な盗賊達を前にしても怯むどころか、獲物を見つけたとばかりに不敵な笑みを浮かべている。
それは、ならず者と呼ばれてきた彼らを率いてこの場に現れた、リーダー格の男も同様であった。
「悪いな、ダタッツ。……どうやらウチのギルドの連中、皆お前に刺激されちまったらしくってよ。どいつもこいつも、すっかりやる気になっちまってんだ」
「……いえ。おかげで助かりました、メテノールさん。これでジブンも、あの頭領の相手に専念できます」
「なんだ、俺達は雑魚共相手の露払いだってか? ……ま、その方が楽で良いぜ」
黒のロングコートを羽織る、メテノールと呼ばれたその男は。ダタッツに軽口を叩きながら投擲用の槍を携え、盗賊団の悪漢達を静かに見据えている。
飄々としているようだが、その眼は獲物を見つけた狩人の色を滲ませていた。彼に続き、この戦場に出陣した冒険者達も、それに近しい佇まいで盗賊団と対峙している。
自分達を焚き付けた者の背を追い、この戦地に馳せ参じた冒険者達。
彼らという仲間を得たダタッツは、他の盗賊達には目もくれず――ランペイザーのみに視線を注ぐ。それは、相手も同様であった。
町の防衛という依頼を果たすため。この町の全てを奪い尽くすため。双方は己の得物を手に、敵を屠らんと戦場に立つ。
「……さぁ、始めるぜ野郎共! 抜刀だッ!」
「仕事の時間だ。皆、力を貸してくれッ!」
互いのリーダー格が言い放った、その言葉が合図となって。砂漠の町を舞台とする「総力戦」の幕が上がり、戦士達は怒号と共に激突するのだった――。
第6話 ランペイザーの正体
メテノールを筆頭とする冒険者達は、血と略奪に飢えた盗賊達を真っ向から迎え撃つ。数にモノを言わせて肉薄する悪漢に待ち受けていたのは、投槍の洗礼であった。
「ぐぎゃあぁああッ!?」
「さっさと死にたきゃあ、順番に真っ直ぐ並びな。……すぐ楽にしてやるよ」
斂理と呼ばれるその槍は、鋭く研ぎ澄まされた眼で盗賊達を射抜く、メテノールの手により。矢にも勝る疾さで宙を駆け抜け、彼らを串刺しにしていく。
たった一撃で何人もの盗賊を同時に貫いた、彼の槍投は――その威力を物語るように、建物の壁すらも突き破ってしまうのだった。
「野郎、味な真似しやがって!」
「槍を離せば奴は丸腰だぜ! たっぷり借りを返して――!?」
だが、斂理を手放してしまった今のメテノールには武器がない。そこに勝機を見出した盗賊達は、彼を取り囲み袋叩きにしようとする。
「いけないなぁ、そういう物騒なモノ振り回しちゃあ!」
「なにィッ!? お、俺達の武器がぁッ!」
だが、得物を振り翳しメテノールに襲い掛かろうとした瞬間。彼らの剣や斧は全て、家屋の屋上から飛んできたワイヤーアンカーに絡め取られ、取り上げられてしまうのだった。
若手冒険者、リード。彼の仕業だったのである。
「あのガキかッ! 俺達をおちょくると痛い目に――ぐぎゃッ!?」
「死にたくなければ、大人しく倒れてなよ。……こっちも、本意じゃないんだから」
彼を捕捉した盗賊の一人が、隠し持っていた弓矢で射抜こうとした瞬間。リードはそれよりも疾く屋上から飛び降りると、瞬く間に一振りの小太刀「狼牙」で斬り伏せてしまうのだった。
わざわざ有利な頭上から降りて来た彼に、盗賊達は狙いを集中させる。
「このガキッ、まずはてめぇか……らがッ!」
「ガキだからって舐めない方が良いよ。……私達、冒険者はねっ!」
だが、それは陽動だったのだ。リード一人に盗賊達が襲い掛かろうとした瞬間、彼らの頭部に次々と小石が命中したのである。
小石といっても、その威力と速さは尋常ではなく、盗賊達は瞬く間に意識を刈り取られてしまうのだった。
「全く……なっさけないなぁ。ただの小石だよ?」
そんな彼らの醜態に、遠方からスリングショットを構えていた少女――ルナーニャは。今にもチューブトップから零れ落ちそうな巨乳を揺らして、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。
彼女を背後から組み伏せようと目論んでいた好色漢達は、その柔肌に触れる間もなく。待ち構えていた褐色肌の女剣士・ブレアの大剣に、一人残らず薙ぎ払われていた。
「フンッ!」
「ぐぉあぁああッ!」
「な、なんだよこの女ッ! に、逃げろおぉおッ!」
圧倒的なボディラインを際立たせる露出度の高い軽鎧を纏い、白い長髪を靡かせる彼女自身も、周囲の盗賊達を惹きつけていたのだが。「クレイモア」と呼ばれる大剣を軽々と振り回すその膂力の前では、欲望だけの悪漢など為す術もない。
2人の肢体を狙い、喉を鳴らしていた盗賊達の成れの果ては、彼女達の足元に累々と横たわっていた。
「背中の警戒が甘いぞ、ルナーニャ。ただでさえお前は何かと無防備なんだ、あまり世話を掛けさせるな」
「ブレアさんがいるからだよぉ。それに無防備って……そんなえっちなカッコしてる人にだけは言われたくないんですけどっ!」
当人達にとっては、見慣れた光景なのだろう。彼女達は軽口を叩き合いながら、自分達の色香に釣られた次の愚者を迎え撃とうとしている。
信頼に足る者同士として、お互いの背を預けながら――。
◇
冒険者達と盗賊達。彼らの剣戟が生む衝撃音が絶えず響き渡る中、ダタッツとランペイザーも剣を交え続けていた。
火に包まれる屋敷の前で、銅の剣と鉄の剣が交錯し、ぶつかり合う。そんな命のやり取りの中であっても、盗賊団の頭領は不敵な笑みを崩さずにいた。
――ランペイザー。それは数百年前に勇者が倒した魔王の名であり、世の悪党がその威光にあやかろうと騙ることも多いのだという。
それ故に今となってはその名も、「偽名でしか己を誇示できない矮小な男」を指す蔑称としか見なされていないのだ。ランペイザーの名を聞いて恐れ慄く者など、この時代にはもういない。
はず、だったのだ。ダタッツの眼前で狂気の笑みを浮かべ剣を振るう、この男が現れるまでは。
なまじ「ランペイザー」の名が小者というニュアンスで浸透していたことが仇となり、自警団でも対処できると町の人々が油断したのが、悪手だったのだ。
少なくともこの男は、紛れもなく本来の意味である「魔王」に近しい悪意と、力を秘めているのだから。
「いいねぇ、悪くねぇ太刀筋だ。このランペイザー様とここまで渡り合える奴なんて、初めてだぜ」
「……いい加減、つまらない芝居はやめたらどうだ。ここに来るずっと前から、あなたの邪気は感じていた。タネなら、とうに割れている」
「なんだ心外だな、俺が手を抜いてるって言いたいのかい?」
「その少年兵の顔で、悪事に走るのをやめろと言ったんだ!」
一方、ダタッツの方は憤怒を露わにした形相で一際強く剣を振るい、ランペイザーを弾き飛ばしている。軽やかに着地したランペイザーは、彼の言葉に眼を細めた。
「……その少年兵の名はエクス。彼の兜に、そう彫られていたのを覚えている。彼は間違いなく三年前のあの日、自分がこの手で……殺したはずだ」
「ほぉ、こんな餓鬼の顔や名前まで律儀に覚えてたのかい。お優しいねぇ」
「かつてジブンが使っていた『勇者の剣』も、持ち主の殺意を煽る曰く付きの代物だった。……半信半疑だったが、こうしてあなたが現れた以上、もう目を背けることはできない」
わなわなと肩を震わせ、怒りとも悲しみともつかない表情で切っ先を向けるダタッツ。そんな子孫の勇姿に、ランペイザーと名乗る男は歪に口元を吊り上げるのだった。
「その子の身体から、この世界から出て行け! ランペイザー……いや、先代勇者・伊達竜源ッ!」
第7話 先代勇者の真実
ダタッツと冒険者達が砂漠の町を舞台に、ランペイザー率いる盗賊団との死闘を繰り広げていた頃。爺やと共に町を脱出していたガウリカは、荷物を纏めて砂塵の道を進む民衆を懸命に励ましていた。
悲痛な面持ちで、身を引き摺るように住み慣れた町を離れる人々。その表情に込められた悲しみは、察するにあまりある。
「いいか皆、少しでも遠くへ離れるんだ! 生きてさえいれば、町は必ず取り戻せる! ……彼らが取り戻してくれるッ!」
「ガウリカ様の仰る通りだ! 皆、決して希望を捨てるでないぞ! 我々は勝つ、絶対だ!」
だからこそガウリカと爺やは、こんな思いはほんの一時だけだという「希望」を、叫び続けていた。ダタッツ達ならば、必ず勝ってくれると信じて。
今となっては、その希望的観測だけが人々の支えとなっている。それでも不安を拭いきれない一人の少女は、今にも泣き出しそうな顔でガウリカの裾を掴んでいた。
「ガウリカさまぁ……」
「……心配するな。今、とても頼りになる者達が戦ってくれている。我々には、勇者様の御加護があるのだ」
そんな少女の頬を撫で、ガウリカは優しげな笑みを浮かべながら、腰に提げている剣の鞘を握り締めていた。
――数百年前、魔王を倒し世界を救った伝説の勇者。その絶対的存在を神として信奉しているこの町においては、勇者の加護が最後の希望なのだ。
どんなに苦しい時でも勇者を信じ続けていれば、必ず正義が勝つ。そう祈り続けてきたガウリカにとっては――自分に手を差し伸べた、あの少年こそが「勇者」の化身であった。
(ダタッツ……)
彼への想い故に町の方へと振り向くガウリカは、憂いを帯びた表情を浮かべ、豊かな胸に手を当てる。その視線の遥か向こうでは――激しい剣戟による衝撃音が、響き続けていた。
◇
「でやぁあぁあッ!」
「ごあぁあッ!? この女、なんて馬鹿力ッ……!」
振り抜かれたモーニングスターの一撃が、巨漢の盗賊を紙切れのように吹き飛ばしていく。建物に人の形をした風穴を空ける、その破壊力は周囲の悪漢達に戦慄を齎していた。
「……さ、次は誰? アートになりたい奴から、掛かってきなさい!」
溌剌とした顔で彼らに叫ぶ、橙色の髪を靡かせる快活な女性――アリスタ。黒い重鎧で全身を固める彼女は、腰に手を当て強気な笑みを浮かべている。
モーニングスターを豪快に振り回すその戦闘スタイルは、元貴族令嬢だとは到底思えない迫力を纏っていた。可愛らしい顔に油断していたこともあり、盗賊達は完全に圧倒されている。
「あ、あんなの相手にしてられないぜ! 俺は逃げ――ぎょあぁあぁッ!」
「仕掛けて来たのはあんたらでしょ。今さら逃げられるとでも思ってんの?」
やがて、盗賊達の一人が早々に略奪を諦め、逃走を図ったのだが――その魂胆は冒険者側にも見抜かれていたらしい。鞭のようにしなり、男の両脚を斬り付ける蛇腹剣の一閃が、撤退など許さないという冒険者達の宣言を示していた。
伸び切った刃が剣の形に戻った瞬間、物陰から現れた持ち主――カイが、赤髪を靡かせ盗賊達の前に立ちはだかる。街道の只中で前後を挟まれ、盗賊達はたった二人の冒険者に降伏を余儀なくされてしまうのだった。
「カイ、ナイスっ! 危うく逃しちゃうところだったよ!」
「……ったく。そんな重たい鎧着てるからだよ、アリスタ」
白い歯を覗かせて親指を立てるアリスタに、カイは深々とため息をつく。付き合いの長い彼らのコンビネーションは、この市街地戦においても遺憾なく発揮されているようだ。
「あいつらァ、調子に乗りやがって……!」
「ランペイザー様に逆らうとどうなるか……たっぷりと思い知らせてやる!」
「……!? おい、前ッ!」
街道の裏手を駆け抜け、その二人に奇襲を仕掛けようと目論む悪漢達もいたが――彼らの進路は、物陰から飛び出した「新手」によって阻まれてしまう。
「……父さんと母さんの仇。今ここで、討たせて貰います」
「逸るなよ、マルチナ。……焦りは刃を鈍らせる」
赤いミニスカをはためかせ、灰色のメッシュが入った黒髪を弾ませる少女・マルチナ。その両手に握られた二本の短槍は、裏路地に差し込む陽の光を浴びて、眩い輝きを放っていた。
フードとフェイスマスクで素顔のほとんどを隠しつつ、その怜悧な眼差しで男達を射抜くミステリアスな美女・レンダー。白い細腕からは想像もつかない膂力で、彼女は大型の肉切り包丁二本を握り締めている。
「なんだ、女二人かァ……へへっ、ツイてるぜッ!」
「命が惜しけりゃあ、女らしくサービスしてみなッ!」
ある程度冷静さを保っていたならば、彼女達の力量を正確に把握し、退却する道を選んでいたかも知れない。
が、二人の色香に惑わされた悪漢達は身の程を知る間もなく、剣や斧を手に襲い掛かってしまう。それが死への片道切符であることを、察せぬまま。
「――え」
彼らがそれを理解した時には、時すでに遅く。すれ違いざまに振るわれたレンダーの肉切り包丁が、鮮やかに盗賊達を切り分けてしまっていた。
「こ、このアマァッ!」
「いい気になりやがってぇえッ!」
盗賊団の一員として、同じひと時を過ごしてきた仲間達が、一瞬にして肉塊と化す恐怖。その現実を突きつける血の海を前にしても、生き残った男達は進撃を選んでいた。
力にモノを言わせて、全てを蹂躙してきた彼らにとって。力で劣るはずの女に屈服するなど、死よりも耐え難い苦痛なのである。
「がぁッ!」
「ぐぉあぁあッ……!?」
「いい気になっているのは――あなた達の方です」
だが、そんな屈辱が生む強さなどたかが知れている。その程度の苦しみに由来する力では、両親の死という悲しみを知る少女の槍を、凌ぎ切ることなど叶わない。
10年前、盗賊団に両親を殺された日から。今日という機会を待ちわびていたマルチナは、長年の鍛錬で培ってきた二槍流の技を遺憾なく発揮し、盗賊達を矢継ぎ早に貫いていく。
木製のバックラーで盗賊達の攻撃を巧みに受け流す彼女は、その手に握り締めた短槍を突き出し、躊躇うことなく敵の命を刈り取り続けていた。
「分かりますか。これが……殺される側の、恐怖です」
「ひ、ひぃいぃッ……!」
苦痛を感じる暇すら与えないほどの、一瞬の死。それはある意味では、彼女なりの優しさなのかも知れない。
一切の躊躇なく、閃光の如き刺突で同胞達を抹殺していくマルチナの槍と、その鋭利な眼差しは――女に敗れることを嫌う盗賊達すらも、精神的にねじ伏せていた。
「……強くなったな、マルチナ」
「まだまだこれからですよ、レンダーさん。……父さんと母さんの分まで、この世界を生き抜く。これは、そのための力ですから」
そんな妹分の成長を見守ってきたレンダーは、マスクの下に微笑を隠し、残りの残党を斬り払っていく。彼女に続きながら短槍を振るうマルチナも、姉代わりの先輩冒険者に背を預け、強気な笑みを咲かせていた。
――そこからやや離れた、屋敷の裏手。炎に照らされたその戦地においても、冒険者達と盗賊達の攻防は続いている。
「ぎゃあぁあッ! た、助け、がッ!」
「あはははっ、この私が逃すわけないじゃん! ほらほらぁ、もっと抵抗しないと殺されるだけだよぉ?」
否、それは到底「攻防」と呼べるものではなく。盗賊以上に血に飢えた修羅の冒険者達による、「蹂躙」であった。
隙間を吹き抜ける風のように、緩急自在の動きで盗賊達を翻弄し。艶やかな茶髪とたわわに弾む巨乳で男共を惑わし、瞬く間に片手剣で斬り捨てる。
そんな冒険者の一人・リンカを組み伏せようとしていた悪漢達は、やがて力の差を悟ると次々に逃げ出していったのだが――殺しを楽しむ彼女からは、逃げられるはずもなく。
恐怖に歪んだ顔のまま、一人、また一人と命を刈り取られていくのだった。それは彼女の周りから盗賊達が消え去るまで続き、屋敷の裏手は血の色に染め上げられてしまう。
そこへ現れた一人の男は、呆れるように息を吐いていた。両眼を布で覆い隠しているのにも拘らず、彼は音だけで状況を理解しているのか――リンカの方に首を向けている。
「……暴れ過ぎだ、リンカ。我々の任務は町の防衛だということを忘れるな」
「分かってる分かってる、ちゃんと後で掃除するよぉ。……ナナシさんこそ、やり過ぎなんじゃない?」
ナナシと呼ばれる冒険者の一人に振り向いたリンカは、スゥッと目を細めて彼の両手を見遣る。徒手空拳の達人である彼の拳は、盗賊達の血に塗れていたのだ。
「……手加減はしたさ。ただ奴らが、脆すぎただけのことよ」
戦いとなれば一切の容赦はない、二人の戦闘狂。彼らはやがて、次の獲物を追い求めるように戦場を移していくのだった――。
◇
かつて「帝国勇者」と恐れられ、多くの人々を殺めたダタッツこと、伊達竜正。かつて勇者としてこの世界に召喚され、魔王を倒し世界を救ったランペイザーこと、伊達竜源。
この世界ではない、遠い国からやってきた「当代」と「先代」の勇者は。敵同士として、顔を合わせている。
「……賢いな、竜正。どこで俺の名を知った」
「勇者の剣の鈨にあなたの名前があった。……ジブンも、日本に居た頃に聞かされたよ。遠い先祖は、戦国時代を生き抜いた剣豪だったと」
「そうか……ふふっ、奇妙な縁があったもんだ。巡り巡って俺の子孫までもが、この世界に飛ばされて来ちまうとはな」
「……そんなことはいい。どうしてだ。どうして勇者と称えられてきたあなたが、こんなことを!」
だが、ダタッツは先祖を前にしていながら敬うどころか、敵対する姿勢を露わにしている。そんな彼の人となりを、鎧を通じて見つめてきたランペイザーは、たじろぐ様子もなく薄ら笑いを浮かべていた。
「お前ならそう言うと思ってたぜ、竜正。……さぞかし、温い時代を生きてきたんだろうよ」
「……ジブンのことは、どう言われたっていい。ジブンは帝国勇者と揶揄されるだけのことをしてきた。でもあなたは……少なくともあなただけは、真の勇者だと誰もが信じているのに!」
「それが温いって話をしてんだよ。俺が生まれ育った戦国の世も、この世界も大して変わりゃあしなかった。敗北が許されない、勝者だけのためにある世界。妻子と引き離されこの世界に連れ込まれた以上、俺のやることは一つしかなかった。それを悔いたことは、今まで一度もない。死んでからもな」
――数百年前、戦国時代の日本から召喚された伊達竜源には、妻子がいた。元の世界に帰る方法を言葉巧みに隠されたまま、魔王討伐を強いられ戦いに臨むしかなかった竜源は、家族を想いながら己の命を擦り減らす日々を送っていた。
それは魔王を倒し、残党狩りを始める頃に差し掛かっても続き。憔悴する中で妻に似た女性を抱き、苦しみを紛れさせる夜もあった。そんな毎日は、文字通り死ぬまで続いたのである。
その女性と紡いだ血統が、やがて誕生する王国の英雄・アイラックスへと繋がっていくことなど知る由もなく。
神が遣わした超人である異世界人を、都合よく利用するために生み出された「勇者」という概念。術者が望みさえすれば、容易く開かれる異世界への「門」。
その事実を竜源が目の当たりにしたのは、とうに肉体が滅び、霊魂だけの存在になった頃のことであった。
この世界そのものへの憎悪を募らせた彼の怨念が伝播し、ただの刀や甲冑でしかなかった竜源の遺品は、禍々しい力を秘めた呪具へと変異し。竜源自身の魂も、やがてその一つである鎧へと宿された。
それから数百年が過ぎ、竜源以来となる勇者召喚が決行された日。彼は元の世界に残してきた妻子の末裔である、竜正との再会を果たしたのである。
「……お前が俺を捨てたあの日、この餓鬼が俺に覆い被さってきてな。気が付いた時には、俺がこの身体を乗っ取っていた。返す方法など知らんし、知っていたとしても馬鹿正直に返すつもりなど毛頭ない」
「復讐として、この世界に居る人々を一人でも多く苦しめるために……盗賊団の頭領になったと言うのか」
「元々はそうだのかもなぁ。けど今となっては、そんなもんどうでもいいのさ。……餓鬼の頃から食うや食わずの人生だった俺には、今の暮らしの方が性に合うってだけのことよ」
「……そうか」
誰も知る必要のない、勇者に纏わる真実。その一端に触れたダタッツは、ゆっくりと息を吐くと――瞬く間に鋭い顔へと豹変し、弾かれたように銅の剣を投げ付ける。
「……!」
その飛剣風を弾いた竜源は、躊躇いなど一欠片もない殺意の一閃を前に、初めて笑みを消すのだった。
「先祖が相手なら、手加減してもらえるとでも思ったか」
「……ハッハハハ、良いねぇ! 我が子孫がそんな腑抜けだったら、情けなさで自刃してたところだぜ!」
その後に始まったのは、これまで以上の高笑い。本気で子孫が自分を殺そうとしているこの状況に、かつてないほどの昂りを覚えている、狂人の貌であった――。
第8話 魔剣・蛇咬太刀
盗賊達の侵略を阻止せんと刃を振るう、冒険者達。戦いを経て経験を重ねるたびに、彼らの攻勢はより激しさを増していく。
それは体格でも数でも勝る盗賊達を相手に、一歩も引かず立ち向かう若者達も同様であった。
「くたばりやがれ、このクソガキ共がァァッ!」
「負け、るかッ……! クルト、ティア! 今だッ!」
「はいっ……!」
「……任せて」
鋼の盾と鎧を頼りに、盗賊達の猛攻を凌ぐ盾役を請負いながら。物静かな同期二人に指示を飛ばす若手の一人・ガガドの叫びが轟いた瞬間。
オリーブ色の髪の少年・クルトと、銀色の長髪と豊かな胸を弾ませる少女・ユースティティアの二人が、彼の背後から颯爽と跳び上がる。ガガド一人に気を取られていた盗賊達は、彼が背に隠していた伏兵の出現に、驚愕していた。
「なにィ、まだ二人!?」
「小癪なガキ共が……ぐぁッ!?」
「俺が抑える! 二人とも、行けぇッ!」
その隙に、装備の重量を活かしたタックルで盗賊達をよろめかせたガガドは、二人に絶好の好機を用意する。
クルトが「ファスケス」と呼ばれる斧を振り上げ、ユースティティアが二本のショートソードを掲げたのは、その直後だった。
「僕達だって、冒険者の一人なんです!」
「……甘く見ないで」
そこから始まった二人の猛襲は、体格差など無意味だという現実を、盗賊達に突き付けている。
力任せなファスケスの一撃が悪漢の群れを吹き飛ばし、撃ち漏らした残党を二本のショートソードで、鎌鼬の如く斬り払う。見事に息の合った彼らの連携は、その若さからは想像もつかないほどの威力を発揮していた。
「くそッ……! 馬鹿正直に真正面からやり合うことはねぇ! 飛び道具だ、飛び道具持ってこいッ!」
「……! あ、あんなものまで持ってるのかッ!?」
女子供にここまで攻め立てられたとあっては、盗賊達も黙ってはいられない。彼らはガガド達の前に、黒い光を放つ鋼鉄の筒――大砲を持ち出してきた。
側面に車輪を装着した、移動式の砲台。若手三人を吹き飛ばすために、そのような大掛かりな兵器まで持ち出してきた。それだけ、盗賊達もなりふり構わないつもりなのだ。
「ひゃあはははッ、吹き飛びやがれクソガキ共がァッ!」
「そ、そんなっ!」
無論、その火力が生み出す爆風に巻き込まれては、如何に精強な冒険者といえどタダでは済まない。ガガドは何とか二人を守ろうと、こちらに向けられる砲口の先に立ちはだかる。
「あんなの撃ち込まれたらっ……!」
「くそッ! クルト、ティア! 俺の後ろにッ――!?」
だが。その砲弾はガガド達目掛けて翔ぶよりも速く――砲身の中で、弾け飛んでしまう。
暴発した大砲は内側からの衝撃に耐えられず四散し、勝利を確信していた周囲の盗賊達を根刮ぎ吹き飛ばすのだった。
「ぐぎゃあぁあぁあーッ!?」
「なっ……なんだ!? 暴発ッ!?」
「危ないとこだったわね、ガガドっ!」
「その声は……エリスッ!?」
爆風に飲み込まれていく盗賊達。その光景にガガド達が瞠目した瞬間――彼ら三人の前に、一人の少女が建物の屋上から颯爽と舞い降りる。
エリスと呼ばれた、水色の髪をツーサイドアップに纏めた小柄な少女は、勝気な笑みを浮かべながら腰に手を当てていた。その白くか細い指先で、一丁のリボルバー拳銃をくるくると回しながら。
「残念だったわね、あんた達の活躍はここまでよ! このエリス様が来たからには、盗賊団なんてちょちょいのちょいなんだからっ!」
――自他共に認める、冒険者ギルドきっての美少女ガンナー。その異名(?)を欲しいままにしている彼女は、大砲が火を噴く寸前に砲口へ鉛玉を撃ち込むことで、内側から砲弾を暴発させていたのである。
幼馴染にカッコいいところを見せてやった。そう言わんばかりにスレンダーな胸を張るエリスに対し、ガガドをはじめとする三人組は何とも言えない表情を浮かべている。
「……これがなけりゃなぁ」
「ちょ、ちょっとガガド! クルト! ティアまでっ! なんで全員揃いも揃って微妙な顔してんのよーっ!」
そんな彼の態度に、エリスがぷりぷりと怒り出す。それもまた、冒険者ギルドにおける日常茶飯事であった。
「……やるな、あいつら。こっちも負けてられないぜ」
「分かっている。……よそ見をしている場合ではないぞ」
彼ら四人の戦い振りを遠目に見守りながら、無数の盗賊達を相手にしている二人の猛者も、若手の成長に頬を緩めている。完全に包囲されているというのに、彼らの佇まいには全く動揺の色がない。
燻んだ黒鉄の鎧と、巨獣を絞めている蛇の紋章が施された真紅のサーコートを纏う、ハルバード使いの戦士・ベルグ。鎖帷子と十字の外套を纏い、艶やかな金髪を靡かせるバスタードソードの使い手・マリ。
冒険者ギルドの中においても五指に入る二人の実力者にとっては、自分達を取り囲んでいる盗賊達など眼中にないようだった。
「おいてめぇら、俺達を無視してんじゃねぇ! 数では完全に負けてんだぞ!? 状況分かってんのかッ!」
「その女と装備を置いていきゃあ、命だけは助けてやるって言ってんだぜ!?」
一方、盗賊達はそんな二人に怒号を上げながら、マリの身体に粘ついた視線を注いでいる。彼女の装備を内側から押し上げる豊満な肢体に、好色な笑みを浮かべている悪漢達は――この期に及んで、未だに力量差を理解していない。
「……貴様らが、何かを選べる立場に居るとでも思うのか。片腹痛い」
「構わねぇから、さっさと来な。ウチの連れは、実力もないくせに威張る奴らが嫌いでしょうがなくてね」
そんな彼らへの二人の対応が、火蓋を切り。言語にならない怒りを叫ぶ悪漢達が、四方八方から殺到する。
そこから始まったのは、凄腕の冒険者達による「制裁」であった。
「ぐッ……が!?」
「……生憎だが、盗賊風情に触らせる肌など持ち合わせていなくてな」
鍔による打撃で鼻先をへし折り、突き刺し、斬り裂く。バスタードソードという武器の全てを利用したマリの戦法は、数にものを言わせる悪漢達を全く寄せ付けない。
「ぐあぁあぁッ!?」
「ぎゃあぁあァッ!」
「……死ななきゃ分からねぇとは、悲しいもんだ」
弧を描き、複数人を同時に斬り伏せるベルグのハルバードは、盗賊達の鮮血でこの地を赤く染め上げていく。鉄仮面の奥から物憂げにため息を漏らす彼は、淡々と刃を振るい、悪漢達の断末魔を響かせていた。
それから僅か、三十秒。たったそれだけの時間で、二人を包囲していた盗賊達は全滅してしまう。
得物を振り血を払うベルグとマリは、この激闘を制した直後でありながら――全く息を切らしていないようであった。彼らは涼しげな佇まいのまま、何事もなかったかのようにガガド達の戦いを見守っている。
「なんだマリ、今日のキレはイマイチだな。さっきは危うく押し倒されるところだったぜ?」
「……最近は、ガガド達の鍛錬に力を割いていたからな。本調子ではないのはお前も同じだろう、ベルグ」
「まぁな。……才能のある奴を見てると、つい自分の鍛錬より力が入っちまう。俺もまた、鍛え直さねぇと」
そんな若者達の奮闘に、刺激を受けた二人も。やがて次の闘争を求めるように、その場から走り去るのだった――。
◇
冒険者達の奮戦が長引くに連れて、ダタッツとランペイザーの剣戟も激しさを増していく。互いの命を刈り取らんと迫る刃が、絶えず唸りを上げていた。
「おぉおぉおッ!」
「はぁあぁあッ!」
これを凌ぎ、次の一閃で決める。確実に殺す。両者ともその信念に従い、相手の命をつけ狙う。
その死闘は互いの刃が零れ始めるほどまでに白熱し、双方の身体に幾つもの切創を残していた。頬や腕から滴る両者の鮮血が、激突のたびに散らされていく。
「そんなナマクラで大したもんじゃねぇか、竜正ッ!」
「これは……ただのナマクラじゃあないッ!」
竜源の魂に支配されている少年兵のように、何の力もない若者でありながら故郷のために命を懸けていた、真の勇者。その1人が戦場に遺した一振りを、ダタッツは目にも留まらぬ速さで投げ付ける。
帝国式投剣術、飛剣風。その鋭い切っ先の矢は、ランペイザーの読みを超える速さで勇者の鎧に突き刺さる。
だが、銅の剣の切れ味では決定打には至らなかったのか。その刃は鎧の中に沈み込むだけに留まり、ランペイザーの胸を貫くことは叶わなかった。
「生憎だが、俺の鎧はその程度じゃあッ……!?」
「この程度で終わると思ったかッ!」
だが、それはあくまで繋ぎでしかない。ダタッツは躊躇うことなく地を蹴り、ランペイザー目掛けて大きく跳び上がる。
帝国勇者時代は一度も使わなかったその技は、鎧を通して「伊達竜正」を見てきた竜源にも分からない。そこから生まれる僅かな隙が、ダタッツの狙いだったのだ。
「帝国式対地投剣術――飛剣風『稲妻』ァッ!」
「……ッ!」
すでに突き刺さっている銅の剣を、さらに奥深くへと沈めるように。柄を押し込むかの如く打ち込まれた飛び蹴りが、追い討ちを掛けていく。
鎧によって阻止されていた切っ先は、その蹴りが生む衝撃によって一気に突き進み――ついにランペイザーの心臓を、貫いたのだった。
それは紛れもなく、この戦いに終焉を告げる必殺の一撃。そう、なるはずであった。
「大した技じゃねぇか。さすが、俺の子孫だぜ」
「……!」
だが。ダタッツの目に映ったのはランペイザーの死ではなく――薄ら笑いを浮かべて自分を見上げる、死者の眼だったのである。
その現象に目を剥くダタッツは、柄を蹴った足に伝わる感覚に意識を向け、全てを悟った。そして、改めて自分の相手が「死んだ人間」であるという事実に直面する。
飛剣風「稲妻」によって撃ち抜かれたランペイザーの心臓は、初めから動いてはいなかった。死者の鼓動を止めたところで、その災厄が終わることなどないのである。
不死身の魔物のような存在と戦った経験を持たないダタッツでは、思い至らないことであった。
「ぐッ!?」
「……安心しな。一瞬で楽にしてやるからよォッ!」
それは、事実上の抹殺宣言。飛び蹴りを放っていたダタッツの脚を掴むランペイザーは、すでに「必殺」の体勢に入っていた。
「稲妻」が通じなかったことに対する、一瞬の動揺が。この事態を、招いてしまったのである。
「がッ――!」
手首を捻りながら突き込まれる、鉄の剣。螺旋状にダタッツの肉を抉るその切っ先が、彼の身体を貫いた。
だが、それだけでは終わらない。突き刺した刀身をさらに捻り、内側から刻みながら――ダタッツの肩口に向かうように、一気に斬り上げる。
「魔剣――蛇咬太刀」
相手を確実に抹殺する。その一点にのみ特化した非情の剣技に、かつての帝国勇者は為す術もなく。
衝撃で木の盾を手放した瞬間、鮮血を撒き散らしながら空高く舞い上げられ――屋敷を包む炎の中へと、落下していくのだった。
「……ちッ。勢い余って、火葬しちまったぜ」
蛇咬太刀は本来、斬り上げた瞬間に相手を真っ二つにしてしまう技なのだが。ダタッツとの剣戟で刃零れを起こし、切れ味が鈍っていたせいで刀身が肉体に沈み切らず、彼の身体を持ち上げてしまったのだ。
未熟な少年兵の肉体を借りていることもあり、思うように技を繰り出せない現状に苛立ちながらも――ランペイザーは深々とため息をつき、燃え盛る屋敷の方を見遣る。
「この剣は刺突には向いてるが、斬撃に関しちゃあナマクラもいいところだ。やはり俺達には、刀が一番似合うぜ……なぁ、竜正」
もはや言葉など届くはずもない。それを承知で呟く彼は、子孫を飲み込む炎の前で静かに嗤っていた。
彼の頭上に立ち込める黒煙は、まるで世界を覆う暗闇のように――この砂漠の町を、飲み込んでいる。
第9話 業火の勇者と羅刹の鎧
悪漢達を一人残らず蹴散らし、猛進する精鋭の冒険者達。その中でも、純粋な戦闘力においてはトップクラスである三人の猛者は、町中の盗賊達を一際早く掃討していた。
やがて、屋敷まで戻ってきた彼らの眼前に広がっていたのは。一目置いていたダタッツが為す術もなく、ランペイザーに倒される光景であった。
「ダタッツッ!」
「……許さんッ!」
冒険者ギルドの三巨頭。その一角であるナナシは、ダタッツが炎の中へと墜落する瞬間、疾風の如くランペイザーに襲い掛かる。その殺気に反応した羅刹の武者も、咄嗟に剣を振り下ろしていた。
「……!」
「得物の威力に胡座をかくようでは、この俺を斬ることなど永遠に叶わんッ!」
だが、その刃がナナシの頭に沈むことはない。真剣白刃取りによってランペイザーの一閃を凌いだ彼は、そのまま彼の得物を空高く跳ね上げてしまう。
「ホアァッ――タタタタタァッ!」
「ぐぉッ……!」
丸腰になったランペイザーを仕留めんと、豪雨の如く連射されるナナシの拳が唸りを上げた。怪鳥音と共に振るわれる殺意の剛拳は、勇者の鎧に亀裂を走らせ、ランペイザーの体勢を大きく揺るがす。
「ゥアタァアッ――!?」
そしてとどめとばかりに、最後の正拳が仇敵の顔面を捉えた――その時。
「――らぁああぁあァッ!」
逆に自分からぶつかりにいくかのような、ランペイザーの頭突きがナナシの拳に炸裂した。
正拳突きをさらに超える威力を纏った、その一撃を浴びて――拳の骨が、粉砕される。
「ぐが、ぁッ……!?」
「……得物に胡座をかいてんのは、てめぇの方さ。覚えときな、真に強い奴には剣の有無なんざ関係ねぇってことをッ!」
その激痛にナナシが退いた瞬間。返礼とばかりに繰り出されたランペイザーの鉄拳が、彼を瞬く間に吹き飛ばしてしまう。建物の壁に叩き付けられた彼は、すでに意識を失っていた。
「野郎ォォッ!」
「おぉっ……とォッ!」
だが、まだ終わりではない。ナナシが倒された直後、ハルバードを手に動き出していたベルグが、背後からランペイザーに斬り掛かる。
その刃先が突き刺さる寸前に、宙を舞っていた己の剣を取り戻したランペイザーは、瞬時に刀身で刺突を受け流していた。目と鼻の先まで接近されたベルグは、腰から引き抜いたロングソードで、素早くランペイザーの脇腹を狙う。
「くッ……!」
「足りないねぇ。俺を殺すには……何もかもが足りてねぇ」
だが、それを読んでいたランペイザーはロングソードの刃を素手で掴み、己の掌を血の色に染めていた。
その痛みなど全く意に介さず、彼はロングソードを奪い取り、逆にベルグの太腿に突き刺してしまう。鎧を突き破るほどの勢いで差し込まれたロングソードの先からは、噴水のように鮮血が噴き上がっていた。
「ぐぉあぁッ!」
「俺を突き殺したきゃあ、これぐらいやってみやがれッ!」
そして、追撃の「魔剣・蛇咬太刀」が唸りを上げてベルグの鎧を貫き、串刺しにされた彼の身体を持ち上げてしまう。ダタッツと同様に空高く舞い上げられたその身体は、轟音と共に建物の屋上へと墜落した。
重装備だったばかりに、落下に伴うダメージも深刻であり――彼が墜落した建物は、土埃を巻き上げながら崩落してしまう。
「ランペイザァァッ!」
「……ッ!」
それでも、冒険者達が敗北を認めることはない。三巨頭最後の一人・メテノールの投槍「斂理」が、閃光の如き疾さでランペイザー目掛けて撃ち放たれた。
完全に虚を突かれたランペイザーは反応が遅れ、回避が間に合わず肩を貫かれてしまう。その痛みと流血に片膝を着いた彼は――嗤っていた。
「……いいねぇ、その殺気。戦ってのは、こうでなくちゃいけねぇ。今の技、飛剣風を超えてたぜ」
「それでもくたばらねぇとは、ムカつく野郎だ……!」
「そいつは光栄だな。憎まれて喜ぶくらいじゃなきゃあ……殺し合いなんざやってられねぇッ!」
斂理を肩から引き抜き、鮮血を滴らせながら口元を吊り上げるランペイザーは――投擲剣を矢継ぎ早に投げ付けるメテノールの猛攻を、全て弾き落としてしまう。
棒術の要領で斂理を振るい、メテノールの技を完封した彼は、「仕上げ」として。意趣返しとばかりに投げ返した斂理の刃先で、彼を貫いてしまうのだった。
「があぁあッ……!」
「……楽しかったぜぇ」
自らの得物で胸を射抜かれたメテノールの身体は、ベルグを生き埋めにしている瓦礫に打ち付けられてしまった。
三巨頭を打倒したランペイザーの強さを、象徴するかの如く。
「そうさ……ハッハハハァッ! やはり最後に立つのは、この俺ただ一人! 勇者も死者も関係ねぇ、この俺だけが絶対だ! 全てだァッ!」
やがて響き渡るのは、死者の高笑い。生者を叩き伏せ悦に浸る彼の者は、剣を肩に乗せ己の勝利を称えるかの如く、狂気の笑みを浮かべていた。
砂漠という過酷な環境に屈することなく、強く逞しく生き抜いてきた冒険者達。彼らの猛攻を以てしても、なお崩れぬランペイザーの牙城は、絶えずその強靭さを誇示し続けている。
「……ハッハハハ、ハァ、ガッ……!」
だが、それは永遠ではなかった。徐々に笑みから余裕の色が失われ、その貌に滲む焦燥が顕れてくる。
息を荒げている彼の全身は、まるで焦げた肉のように綻び始めていた。度重なる激闘に少年兵の身体が付いてこれず、自壊しつつあるのだ。
「ちッ……! また新しい身体を、探さねぇとな……!」
ダタッツを炎に沈めてしまった以上、肉体が残っている者達の中から新たな「器」を探さねばならない。そう思い立ったランペイザーが、意識を失ったメテノールに手を伸ばそうとした……その時。
「……!」
突如、この戦場に猛風が吹き荒れ。炎を根刮ぎ消し去るほどの力を以て、屋敷もろとも全てを葬ってしまう。
瓦礫だらけの黒ずんだ跡地だけが残された、その地中から――死に損ないの元勇者が這い出てきたのは、それから間もなくのことだった。
「……やはり、急所は外していやがったか。嬉しいぜ、わざわざ俺の依代になりに来てくれるなんてよ」
「生憎だが……この身体は渡せない。勇者としての役割を帯びたこの力と、ジブンでなければ……できないことがある」
蛇咬太刀によって貫かれた傷を、焼くことで塞ぎ。火に包まれた服の上着を破り捨てたダタッツは、上半身の肌と傷痕を晒したまま、立ち上がってきたのである。
ランペイザーの一撃による失血と炎の熱により、その表情は憔悴しきっているようだが。眼の奥に宿る闘志だけは、まるで衰えていない。
業火を払い、蘇ってきた子孫の姿に悦びを覚え、ランペイザーも再び口元を歪に吊り上げていた。今度こそ、その力を手に入れてやる。そう、言わんばかりに。
「……上等だ、次の一撃で終わりにしようじゃねぇか。この身体も、そろそろ限界だからな」
「そうか……なら、ジブンが終わらせるしかないようだな」
再び双方の殺気が激突し、両者はこの戦いに決着を付けるべく、各々の得物を握り締める。手の内はすでに、知れていた。
魔剣・蛇咬太刀。
帝国式投剣術奥義・螺剣風。
すでに一度食らったダタッツには、鎧を通じて子孫の戦いを見てきたランペイザーには、分かり切っている技なのだ。
条件が同じならば、最後にモノをいうのは速さと破壊力のみ。崩壊が始まっている今のランペイザーに螺剣風が決まれば、ダタッツの勝利は固い。
だがダタッツ自身もすでに、火災から脱出するために螺剣風を一度使用している。腕への負担が激しいこの技を続けて使う以上、威力の低下は避けられない。
万一仕留め切れなければ、今度こそ蛇咬太刀の餌食となってしまうだろう。そうなれば如何に勇者の身体といえど、ただでは済まない。
「……せめて、その骸をあるがままに葬りたかった。それがジブンの、甘さだった」
「やっと分かってくれたかい。……そうさ。戦いに脆い情を持ち込むから、悪戯に苦しむんだよッ!」
それでも、ダタッツの眼には恐れなどない。あるのは、エクスの遺体を極力傷付けずにランペイザーを倒そうとしていた、己の甘さへの悔いのみ。
そんな子孫の変化を敏感に感じ取った竜源の魂は、先祖としての悦びに打ち震えながら――蛇咬太刀を放つべく、猛進する。
「ならば今は、その脆い情こそが……ジブンの、ジブンたる所以だッ!」
「いいぜ……! だったら情の力とやら、この御先祖様に見せてみやがれェッ!」
そんな彼を迎え撃つ、ダタッツの咆哮が天を衝いた時。
剣の風が砂漠に吹き荒れ――天を覆う黒煙を、跡形もなく吹き飛ばし。
全ての闇を、払うかの如く。
この地に、青空の輝きを取り戻したのだった――。
最終話 ただの勇者
切り払われた闇が霧散し、町を焼く炎が消し飛び、空が青く澄み渡る。
その景色を仰ぐ少年兵の身体は、もはや原型を留めてはいなかった。
漆塗りの甲冑も、血染めの剣も、全て打ち砕かれ――己の肉体をも破壊された彼は。永遠の闇へと消えゆく意識の中で、透き通るような空を見上げている。
「……あれはこんなもんじゃ、ねぇぞ」
かつて勇者と呼ばれていた、伊達竜源は。何も言わず、毅然とした面持ちで自分を見下ろす子孫に目を移し、掠れた声でそう呟いていた。
詳しくは語らずとも、わかり切っている。
――彼の憎悪と怨念を最も強く継承し、今では竜源の魂から独立した自我さえ得ている「勇者の剣」。
そこに秘められた呪詛の力は、自分の魂を宿していた「勇者の鎧」などとは、比べ物にならないと言っているのだ。
「どこまで本当のことだったのか、今となっちゃどうでもいい話だが……この世界が勇者を必要としなければ、召喚魔法は成功しない……らしい。俺にとっては魔王が、お前にとっては俺の残滓が、その理由だったのかもな」
「……ならジブンは今こそ、その役割を果たす。例え、あなたを葬ってでも」
それを承知の上で。勇者であり、魔王でもあった男の血を引く少年は。
先祖の屍すらも踏み越え、己の「役割」を果たすと改めて誓うのだった。そんな子孫の貌を目にして、伊達竜源は最期に嗤い。
「……そうかい。やっぱお前、俺の子孫だよ」
取り憑いていた少年兵の身体も。本体とも云うべき甲冑も。全て失い、崩れ落ちていく。
まるで火葬の如く、噴き上がる闇の炎に焼かれ、消えていく先代勇者。その成れの果てが跡形もなくなる瞬間まで、子孫――伊達竜正は目を背けることなく、真っ直ぐに見据えていた。
「おぉ〜い、ダタッツく〜んっ!」
やがて、全ての盗賊を倒した冒険者達が、手を振りながら駆け寄って来る。その先頭を走るルナーニャの手には、幾つもの医薬品が握られていた。
扇情的な太腿を強調しているホットパンツの腰周りにも、包帯や止血剤を詰め込んだポーチが提げられている。回復術師の血を引く医師として、怪我人を放っては置けないのだろう。
「ルナーニャさん! 皆ぁーっ!」
そして。業火に消えた先祖を看取り、踵を返した竜正は。
「……」
仲間達の名を呼びながら、この場を立ち去る瞬間。確かに、耳にしていた。
『……見ていてやるよ。地獄の底から、勇者としてのお前を』
魂もろとも消え去る間際に、先祖が遺した最期の言葉を――。
◇
ダタッツと冒険者達の活躍により、ランペイザー率いる盗賊団は壊滅した。その報せが町を脱出していた人々に知れ渡り、数日が過ぎた頃。
「あんたらは町の、俺達の恩人だ! じゃんじゃん飲め、飲んでくれー!」
「ガッハハハハ、もっと酒持ってこーいっ!」
かつて乱暴者の集まりと恐れられていた冒険者ギルドの戦士達は、町に帰ってきた町民達に英雄として迎えられ、毎日のように宴に招かれていた。
この戦いで重傷を負ったメテノール・ベルグ・ナナシの三巨頭も、回復術師の末裔であるルナーニャの治療を受け、徐々に快復に向かいつつある。彼女のポーチに納められていた医薬品のほとんどは、彼らのために使い切ってしまったらしい。
夜空に浮かぶ満月と篝火に照らされた町の酒場で、肩を組み酒を酌み交わす。そんなひと時を謳歌する冒険者達と町民達は、かつての壁を乗り越え笑い合っていた。
「……楽しんでくれているようで、何よりだ」
「えぇ……全く」
その喧騒を背に、自警団の慰霊碑に祈りを捧げていたガウリカと爺やは、この町のために戦った冒険者達に想いを馳せている。犠牲となった人々の無念を晴らした戦士達に対する、言葉にならないほどの感謝を胸に。
「……私は、彼らのことを何も知らなかった。いや、知ろうともしていなかった。本当はあんなにも、優しい人ばかりだったというのにな」
「ならば、これから少しずつ、彼らを知っていきましょう。退職金もはたいてしまったことですし、当分は私も引退などしておられませんからな」
「ふふっ……世話を掛けるな、爺や」
「今更、でございましょう」
自警団のメンバー全員の名を刻んだ慰霊碑に、花を添えて。静かに立ち上がったガウリカは、その隣に立てられた小さな墓標に視線を移す。
粉々に打ち砕かれた、ランペイザーの剣。その一欠片を供えられている墓標には、エクスという名が刻まれていた。
「……何者だったのでしょうな、彼は。あのランペイザーを倒してしまうほどの実力といい、冒険者達を動かすほどの人望といい……」
「……」
この墓標を立てた後、爺やから貰った報酬全てを冒険者達に明け渡したダタッツは、長居は無用とばかりに旅立ってしまった。別れの挨拶すら、満足に出来ぬまま。
その背中を想い、豊かな胸元に手を添え、切なげな表情を浮かべるガウリカ。そんな彼女の胸中を看破し、ため息をつく爺やは、ある「懸念」を口にする。
「あの少年が使っていた、帝国式投剣術。あれは……かつて、帝国勇者が使っていた……」
「知ったことか」
だが、先程まで表情に憂いの色を滲ませていた乙女は。気丈に顔を上げ、強気な眼差しで爺やを射抜き、そう宣言する。
僅かに染まった頬の色が、想いの強さを物語っているようだった。
「誰がなんと言おうが、彼がどんな技を使っていようが、知ったことか。……彼はこの町と、私達を救ってくれたただの『勇者』だ。違うか?」
「……えぇ、違いませんとも。愚問でしたな、ガウリカ様」
そんな彼女の気高さを目の当たりにした爺やも、呆れ返ったように苦笑している。そこで彼は、ようやく思い出したのだ。
この少女は、惚れた男に去られた程度で挫けるほど、柔な性格ではないのだと。例え相手が誰であっても、感謝の念を忘れるような人間ではないのだと。
「さぁ、行くぞ爺や。盗賊団に荒らされたオアシスの復興、流通の再開、冒険者達への依頼の斡旋……仕事は山ほどある。忙しくなるのはこれからだ!」
「……やれやれ、すっかり隠居する機会を逃してしまいましたな」
やがて、勇ましい足取りで歩み出すガウリカを追い。諦めたように笑みを零した爺やも、ゆっくりとその後に続いていく。
そして彼女達が去った後、慰霊碑に添えられた花は穏やかな夜風を浴びて――傍に立つ少年兵の墓標に、鎮魂の花弁を捧げていた。
◇
――私達が暮らすこの星から、遥か異次元の彼方に在る世界。
その異世界に渦巻く戦乱の渦中に、帝国勇者と呼ばれた男がいた。
人智を超越する膂力。生命力。剣技。
神に全てを齎されたその男は、並み居る敵を残らず斬り伏せ、戦場をその血で赤く染め上げたという。
如何なる武人も、如何なる武器も。彼の命を奪うことは叶わなかった。
しかし、戦が終わる時。
男は風のように行方をくらまし、表舞台からその姿を消した。
一騎当千。
その伝説だけを、彼らの世界に残して。
◇
――そして、この戦いからさらに三年後。王国の城下町を舞台に、最後の呪具に纏わる物語が幕を開ける。
伊達竜源の怨念を宿した、「勇者の剣」の物語が――。
後書き
本作「ダタッツ剣風 〜業火の勇者と羅刹の鎧〜」を最後まで読み進めて頂き、誠にありがとうございました! この作品は2016年から始まったダタッツ剣風シリーズとしては、久々の新作になりますね。シリーズ全体の時系列としては、
「業火の勇者と羅刹の鎧」
↓
「災禍の勇者と罪の鉄仮面」
↓
「悪の勇者と奴隷の姫騎士」
↓
「中年戦士と奴隷の女勇者」
……という順番になっており、本作が最も古いお話になります。機会がありましたら、他のシリーズ作品もどうぞよしなに(´-ω-`)
また、本作は過去作でも何度か取り入れていた「キャラ募集企画」という要素を、よりメインに盛り込んだ作品でもありました。当時別サイトに設けていた同企画にご参加頂いた方々のご協力もあり、無事本作も完結を迎えることができましたぞ(*´ω`*)
当時のキャラ募集企画にご参加頂いた皆様、この度は同企画を通じて本作を盛り上げて頂き、誠にありがとうございました!(*≧∀≦*)
そして、本作を最後まで見届けてくださった読者の皆様に、改めて御礼申し上げます。1人でも多くの方々に楽しんで頂けたのであれば、大変何よりであります(*´ω`*)
機会がありましたら、またどこかでお会いしましょう! ではではっ、よいお年を!٩( 'ω' )و