Fate/WizarDragonknight


 

”Life is show time”

 
前書き
初めまして。カラスです。
是非楽しんでくれたら嬉しいです。 

 
「この辺でいいかな」

 バイクから降りた少年は、ヘルメットを置きながら呟いた。
 見るからに多い、人人人。駅前の噴水広場は、この美しい水の演技を独占できていた。

「ふーん。見滝原……ねえ」

 少年は、駅に書かれている地名を呟いた。

「知らない町か。ま、しばらくはここで暮らそうか」

 少年はバイクの背中に付けてあるリュックを開く。手慣れた手つきで金属製の筒を足元に置き、側に青のレジャーシートを広げる。造花、トランプ、赤いハンカチ。
 何人かは足を止め、少年の不可解な行動に興味を示していた。少年はそれを見てほくそ笑む。

「コホン」

 少年は咳払いをして、昼夜の駅前に堂々と告げた。

「さあさあお立会人。ご用とお急ぎでない方は是非ご覧あれ」

 少年の主観では、一割弱の人がこちらを向いた。まだ足りない。

「私、流れの大道芸人、松菜(まつな)ハルトが、皆さまにステキな暇潰しをお届けします!」

 宣言とともに、指をパッチンと鳴らす。果たしてそこには、タネも仕掛けもございません。黒と赤のシルクハットが出現した。
 ハルトと名乗った少年は、クルリとシルクハットを回転させ、頭に乗せる。

「レディースアンドジェントルメン!」

 被ったハットを即上空へ投影。無数の白い鳩と化し、上空へ待っていくその光景には、流石に少なくない人数が足を止めた。

「さあさあお立会人。ご覧あれ!」

 ハルトは、シートの上の造花を指す。どこにでもある、プラスチックでできた造花。白い花を備えたそれは、いつまでたっても変化は起きない。人工物だから。
 だがそれは、ハルトが指した瞬間に起こった。
 自立、伊吹。命なきものが命を得て、ぐんぐん育っていく。

「す、すごい……」
「あんな手品、初めて見た……」

 自然に生まれる、拍手。歓声。
 ハルトは嬉しそうに、

「どんどん行きましょう! お次は……」



「キャアアア!」

 大道芸人の突然の始まりは、また突然の悲鳴により、急遽フィナーレを迎えた。
 何だ、とハルトも観客も悲鳴の方角を向く。そこには、

「オラオラ! 絶望しろ! 人間ども」
「我々、ファントムを生み出すのです」
「ねえねえ、君、死んでみない?」
「いい悲鳴……絶望させたくなっちゃう…」

 四体の異形がいた。
 見たもの全てを恐怖に陥れるそれら。
 それぞれ火、水、風、地を人形に無理矢理収めたようなその怪物たちに、人々は恐怖し、我先へと逃げ惑う。

 ただ一人を除いて。

「あーあ、折角稼げそうだったのにな……」

 暴れまわる四体の怪物の目前ながら、悠々とショーの器具を片付けているハルト。見物客のいなくなったショーの場に、ポンと花を虚空より出現させた。逃げる意思を一ミリも見せないその姿に、怪物たちの方が驚く。

「貴様! 何故逃げない!?」

 炎の怪物の問いに、ハルトはさも当然のように答えた。

「お前たちファントムがいるから」
「何?」

 全ての小道具を片付けて、ハルトは告げた。

「だって、アンタたち。ファントムでしょ?」
「貴様、オレたちのことを知っているのか?」
「まあね」

 ハルトは小道具を粗方収納し終える。ファントムと呼ぶ怪物たちに向き直り、

「大道芸は副業。本業はこっち」

 右手中指を左手で覆う。そのままショーのように、「スリー、トゥー、ワン」のカウントをして、外す。
 そこには、先程まではなかった、指輪が付けられていた。
 掌の模様をした指輪。それを、同じく掌を象ったベルトのバックルに掲げる。

『ドライバーオン』

 すると、起動音とともに、ベルトの上に新たなベルトが出現した。中心には、またしても掌を模したオブジェがかたどられている。ハルトが銀でできたそれを操作すると、掌が右を向く。

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 するとどうだろうか。ベルトからは、いとも軽快な音楽が流れ始めたではないか。ハルトはそれに構うことはなく、左手に、ポケットから取り出したルビーをあしらった指輪を取り付ける。

「何をしている?」
「何って……仕事」
 
 次に見るからに高価そうなそれに取り付けられたカバーを下ろす。すると、丁度そのカバーが、ルビーをまるで顔のように仕立て上げた。

「変身」

 そう告げるとともに、ハルトは指輪をベルトに掲げる。

『フレイム プリーズ』

 その音声とともに、左手を真っ直ぐ伸ばす。すると、伸ばした先に、丸い円陣が生まれた。炎を纏うそれは、やがてハルトの体へ迫っていく。

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 炎が通過したとき、そこにいたハルトはハルトではなかった。

「な、なんだ貴様は⁉」

 これはどの怪物が言った言葉なのだろうか。それすらも分からないまま、ハルトは……いや、かつてはハルトだった彼は答えた。

「俺はウィザード。来世のために、覚えておいたほうがいいかもよ?」

 そこにいたのは、黒いローブ、赤い装飾。掌を模した銀のベルトと、その腰元には複数の指輪が付いたホルスター。
 そして、ルビーの仮面をした魔法使い、ウィザードだった。

「ふ、ふざけるな! やれ! グールども!」

 怪物たちが、どこからか取り出した石を投げた。地面に落ちたそれらは、黒い煙とともに人型の低級ファントム、グールと化す。灰色の化け物たちは、それぞれ手にした槍を振り回していた。
 四体の司令官と、無数の兵士。そんな状況にも関わらず、ウィザードはルビーの指輪を翳しながら言った。

「さあ。ショータイムだ。いや、まさにこれは……Life is show time!」



 ウィザードは、新しく左手に指輪を付け替え、ベルトに読み込ませる。

『コネクト プリーズ』

 出現した、小さな魔法陣。それに右手を突っ込む。その内側から引っ張り出したのは、銀でできた銃だった。
 それを乱射しながら、ウィザードは走る。ジャンプし、グールの槍を避ける。軽快な動きで、前後、左右のグールを撃ち取る。
 そのまま銃を操作。すると、銃は銃口の裏に収納された刃が牙をむく。
 これこそが、銀の銃剣、ウィザーソードガンの特徴の一つだった。
 キリキリと回転させながら、ウィザードは次々とグールたちを切り倒していく。

「お待ちなさい」

 グールを粗方倒し終えたとき、ウィザードの体が押し倒された。
 大量の水により押し流され、地面を転がるウィザード。見上げれば、水のような形のファントムがいた。

「ウィザード。思い出しました。何でも、各地でファントムを狩っているものがいると」
「へえ。俺結構有名なんだ」
「その首。私が討ち取らせていただきましょう!」

 水のファントムの攻撃を避け、ウィザードは左手のルビーを入れ替える。
 青々とした美しいサファイアに。

「俺ってさ、相性で攻めるより、同じタイプで攻める方が好きなんだよね」

 ウィザードはそう言って、サファイアをベルトに掲げる。

『ウォーター プリーズ』

 次に、青い魔法陣が現れた。それは、ウィザードの頭上。

『スイ~スイ~スイ~』

 蒼い魔法陣がゆっくりとウィザードの体を通過していく。サファイアの力が秘められたそれが通過した後には、ウィザードのルビーは、全てサファイアに差し替えられていた。

「いくよ」

 サファイアの姿になったウィザードは、数回銀の剣を回転させ、水のファントムを袈裟切り。
 すさかず、ウィザードはソードガンの一部を操作する。手の形をしたそれは、親指に当たる部位を開くことにより、サファイアの手と握手をする形になる。
 すると。

『ウォーター スラッシュストライク』

 すると、ソードガンの刃に、青い水の渦を纏う。

『スイ~スイ~スイ~』

「そんなもの、ただのこけおどしです!」

 しかし、水のファントムは恐れることもなく、こちらに迫ってくる。
 だが、ウィザードは焦ることなく、カウンター。
 青いファントムは、それよりもさらに青い水の刃により引き裂かれ、爆発。消滅した。

「まずは一人。うわっ!」

 勝利の余韻に浸る余裕もなく、ウィザードの背中に痛みが走る。振り向くと、風のファントムが上空から、両手より風の弾丸を飛ばしている。

「風か……だったら」

 肩に当たり、逸れて地面に当たり。
 土煙の中、ウィザードは新しい指輪を装填した。

『ハリケーン プリーズ』

 きっと、向こうからすれば、土煙の中に、緑の光が漏れたと見えたのだろう。

『フゥー フゥー フゥーフゥーフゥフゥー』

 土煙が出まき散らされるとともに現れた、緑のウィザード。エメラルドのウィザードは、その身に風を纏わせながらぐんぐん上昇。風のファントムと接触する直前で、再びソードガンのパーツと握手。

『ハリケーン スラッシュストライク』

 刹那。交差とともに、風のファントムを両断。爆発。

「次!」

 それは、地上からこちらを見上げる地のファントム。エメラルドの指輪をトパーズの指輪と入れ替え、即使用。

『ランド プリーズ』

 自由落下しながら、ウィザードの足元に黄色の魔法陣。

『ドッドッ ド ド ド ドンッドンッ ドッドッドン』

魔法陣を突き抜け、トパーズとなったウィザードは、思い切りの力で地面を叩く。
 すると、ウィザードのバカ力が、地のファントムの動きを鈍らせる。

「今だ!」

 ソードガンを銃に戻したウィザードは、すぐさまトパーズの指輪を読み込ませる。

『ランド シューティングストライク』

 地のファントムが動きを始める前に、黄色の弾丸を発射。
 地のファントムは、有無を言わさずに爆散した。

「何だ……何なんだ⁉ お前⁉」

 立て続けに三体も倒されたからだろう。火のファントムは焦りながら慄く。

「なぜ、俺たちの邪魔をする⁉」

『フレイム プリーズ』

 火のファントムに対し、ルビーに戻ったウィザードは答えた。

「そんなの当たり前じゃん」

 右手の指輪を、腰のホルスターに付いている指輪と入れ替える。それを、操作したベルトに読み込ませる。

「人を守るためだよ。」
「ふ、ふざけるな! おい、見逃せ!」
「ダメだよ。悪いけど、ショーはもう待ってくれない。幕が上がれば演り切る終わりまで。さあ、」

 一瞬だけ溜め、告げた。

「3 2 1 showtime」

『チョーイイネ キックストライク サイコー!』

 その指輪の効力は、ウィザードの足元。その足場を中心に、円形が発生。燃え上がる炎をその円周に纏わせるそれの上で、ウィザードは腰を低くし、火のファントムを睨む。

「はあぁ……」

 円陣の炎が、徐々に右足に集約されていく。
 ウィザードはそのまま、回転しながら飛び上がる。
 右足を天に向け、そのままぐんぐん上昇。
 体勢を変え、右足を火のファントムへ向ける。

「だぁああああああああああああ!」

 炎の蹴撃。ストライクウィザードたる、ウィザードの最大火力の一撃。
 それは、断末魔を断ち切り、人を襲う怪物の体に、魔法陣という風穴を開けた。
 そして、火のファントムに巻き起こされる、爆発。
 それは、ファントムの最期だった。
 そのままウィザードは、ローブをたたみ、告げる。

「ふぃー」

 ウィザードの体を、魔法陣が貫通する。
 ウィザードは消滅し、その場にハルトが戻った。

「全く。稼げるかなって思ったのに、仕切り直しだよ。今日の寝床も探さないとだし……ん?」

 ぶつぶつ文句を垂れるハルトは、自分の体の異変に気付いた。
 正確には、右手の甲。

「あれ? どこかぶつけた?」

 そこには、血が滲んだような、不気味な紋様が浮かんでいた。
 

 

鹿目まどか

『フレイム スラッシュストライク』

 ウィザーソードガンの刃先に、赤い炎が迸る。

「だああああ!」

 紅一閃。その斬撃が、人々を絶望させる悪魔、ファントムを斬り払った。
 残った燃え滓を眺めながら、ウィザードはハルトの姿に戻る。

「ふぃー。疲れた」

 ハルトは肩をコキコキと回す。

「この町に来てからはや数日。大道芸にも場所が何と無く分かってきたけど、ファントム多すぎない?」

 ファントム。ゲートと呼ばれる、魔力を持つ人間が絶望し、生き絶えることでその内より生まれる怪物。絶望を振りまき、同類を増やしていく性質のため、どの町にも少なからず存在している。

 実際、これまでハルトが旅してきた中にも、ファントムが複数いる町はあった。だが、それでも週一で見つかれば多いという部類だった。

「一日一体は多いって。初日は四体も出てくるし」

 そうため息をついたハルトへ、ピーピーと呼ぶ声がする。振り向けば、赤い雀大の鳥がいた。
 プラスチックで出来たような体の鳥。それは、ハルトのことを全く恐れず、その周囲を旋回する。

「どうしたガルーダ? まだ魔力切れじゃないよね?」

 だがガルーダと呼ばれた鳥の動きは止まらない。必死に鳴き声をかけるカルタの様子を見てハルトは少し顔を青くした。

「もしかして、またファントム?」

 ガルーダがコクッと頷く。ハルトは頭を抱えて、

「またぁ? 少し多すぎない?」

 口を尖らせる。だが、ガルーダにはそんなこと関係ない。早く行こうと言わんばかりに、ハルトの袖を引っ張る。

「わかったわかった、ちょっと待って」

 ハルトは指輪をコネクトのリングに入れ替える。読み込ませた瞬間ハルトの隣に巨大な魔法陣が出現する。ハルトの背丈と同じ位の大きさのそれに手を突っ込むと内部からバイクが出現した。

「行くしかないよね」

 ハルトはバイクに飛び乗り、ヘルメットを被る。

「じゃぁガルーダ、道案内お願い」

 ハルトの声にガルーダ待ってましたと言わんばかりに駆け出した。



「さあ、死への恐怖で絶望してファントムを……」
「挨拶代わりのキックストライク!」
「ぎゃあああ!」

 ファントムの姿を見る前にその姿が爆炎に包まれる。
 今日だけでも何件目だろうか。変身を解除したハルトはアスファルトの上で大の字になる。

「もういや! もう無理! 今日だけでこれまでの討伐数更新しているんじゃないの?」

 そんなことない、とガルーダが頭上で左右に揺れた。
 ハルトはむくりと起き上がり、戦いには一切関与していないガルーダを睨む。

「いいよなぁ使い魔は。俺みたいな肉体労働じゃないんだから」

 するとガルーダは、そんな事はないよと言わんばかりに、ハルトの頭をポンポンと叩く。ガルーダの嘴が頭に刺さって妙に痛い。

「痛! 痛いって!」

 そんな端から見たらペットとじゃれあう主人のような行動を繰り返しながら、ハルトの耳に新たな鳴き声が聞こえてきた。

 ヒヒーンと、馬らしき鳴き声。ハルトの手元には、ガルーダと同じように、プラスチック材質でできた馬がいた。

「お、ユニコーン」

 青い材質でできた、角の生えた手乗り馬。伝説上の生き物、ユニコーンの姿と名前を持つそれは、その角でハルトの手をツンツンと叩く。

「痛っ。何? 魔力切れ? もうそんな時間か」

 しかし、ユニコーンは首を振る。その時点で、ハルトの第六感が嫌な予感を伝えた。

「……魔力切れでしょ? すぐに補充するから」

 そういって、ユニコーンの胸元へ手を伸ばす。ユニコーンやガルーダの動力源である指輪だが、それに触れさせないように、ユニコーンはその身を避けた。
 もうハルトは、観念して呟いた。

「……ファントム?」

 正解。そういうユニコーンのジェスチャーは、縦のジャンプだった。



「こーなったらもうこの町のファントム狩り尽くしてやる! 変身!」

『ハリケーン プリーズ』

 怒りのエメラルドの指輪を装填。バイクに乗るのももどかしく、手にユニコーンを乗せたエメラルドのウィザードは、風とともに空へ飛んで行った。




 少女の名前は、鹿目(かなめ)まどか。この町の中学校、見滝原中学の生徒である。小柄な背丈、非力な肉体。どこにでもいるような、ただの女子中学生だった。
 命の危機など、一生無縁であるはずだった。それなのに今。絶体絶命の危機に瀕している。
 
「ぐへへ……さあ、絶望してファントムを生み出せ!」

 見たこともない、牛の顔をした化け物。青いの人型のそれが、両手を広げながらこちらへ迫る。これが人間ならば不審者で済むが、この怪物、が纏う雰囲気は、本気の危険だった。

「こ、来ないで……!」

 目に涙を浮かべながら訴えるが、そんな情が通じる相手ではなかった。
 怪物は、どんどんにじり寄ってくる。いままさに、まどかの命を奪おうと手を伸ばし、

 その手が、どこからか飛んできた銃弾によって弾かれた。

「……え?」

 唖然としたまどか。そして、
 その目前に現れた、土の壁。

「な、何⁉」

 連続する奇怪な現象に目を白黒するまどか。そして、
 現れた壁が粉々に崩壊。中より、黒いローブの人物が出現、怪物へ回転蹴りを放った。

「……」
「大丈夫?」

 黄色の仮面をしたローブは、こちらへ手を伸ばした。
 驚きながらも、まどかはその手を握り返す。
 助け起こされ、まどかは恐る恐る頭を下げた。

「あ、あの、ありがとうございます……」
「ん。いいよ。気にしないで」
「き、貴様!」

 牛の化け物が、怒声を上げる。

「貴様! もしや、噂のウィザードか⁉」
「へえ、知っているんだ。名前が売れて光栄だけど」
「ウィザード……さん?」

 恩人の名前を、まどかは復唱する。ウィザードと呼ばれたマスクは手を振り、

「別にさん付けしなくてもいいよ。このファントムで憂さ晴らしするから」
「ふざけるな!」

 怒りにかられて突進してくる牛の化け物。しかし、ウィザードは一切焦らず、腰のホルスターから指輪を外し、右手中指に取り付ける。

『ディフェンド プリーズ』

 ウィザードの手前に出現した円陣。魔法陣ともいうべきそれから出現したのは、分厚い土の壁。
 それは、牛の化け物の突撃を止めたばかりか、その身を壁の中に捕えた。

「なにっ⁉ 何だ、これは⁉」
「ふふん」

 ウィザードは鼻で笑いながら、蹴り飛ばす。
 崩れる土壁とともに地面を転がる牛の化け物。

「ばかな……この俺が……!」
「頼むから今日はこれっきりにしてくれよ。俺だって今日の寝床探しで忙しいんだから」

 そう言いながら、ウィザードは手にした銃の、手のオブジェ部分を開く。

『キャモナシューティング シェイクハンズ! キャモナシューティング シェイクハンズ!』

 この場に似合わない、リズミカルな音声。それに構うことなくウィザードは、手を模したパーツに左手の指輪を読み込ませる。

『ランド シューティングストライク』

 その音声とともに、その銃からは黄色の弾丸が発射された。
 黄色の誘導弾は、そのまま牛の怪物に命中。
 その恐ろしい肉体は、瞬時に爆発とともに消滅した。



「……助かった……の?」

 ようやく安堵の息が漏れたとき、まどかの口からはその言葉しか出てこなかった。

「えっと……貴方は……?」
「俺?」

 こちらを向いたウィザードの体が、黄色の魔法陣に包まれる。通過した途端、彼の姿は黒いローブの魔法使いではなく、
 どこにでもいる平凡な少年に変わった。
 まどかよりも頭一つ背が高い程度の背丈。長らく使っていそうな、傷だらけの革ジャン。

「ま、流れの大道芸人、松菜ハルトです。どうぞお見知りおきを」

 ハルトと名乗った少年は、まさに舞台役者のように礼をする。それにつれて、まどかも思わずお辞儀を返した。

「あ、私、鹿目まどかって言います。助けていただいて、ありがとうございました」
「はい。まあ、無事でよかった」

 ハルトがにっこりとほほ笑んだ。
 この人は、悪い人じゃないのかな。そう考えたまどかは、恐る恐る尋ねた。

「あの、さっきの怪物は……?」
「ん? あれはファントム」
「ふぁんとむ?」

 目を白黒させるまどか。テレビでしか聞いたことのないような単語だったが、ハルトはさも当然のように語った。

「人間を襲う怪物。ま、ゲートっていう魔力を持った人を絶望させて、仲間を増やそうとする奴ら。増えたら、大変なことになるから、俺はこうして退治しているわけ」
「はあ……それじゃ、もしかして私がその……ゲートってことですか?」
「うーん、それはないんじゃないかな? だって、あのファントム結構手あたり次第って感じだし。たまたま逃げ遅れたんじゃないかな」
「そうですか……あの、助けていただいて、本当にありがとうございました!」
「いやあ……あ、そうだ」

 するとハルトは、ポンと手を叩く。

「ねえ、その……助けた後でお礼お願いするのも変な話だけど、頼みってしてもいい?」
「あ、私にできることならなんでも」

 ハルトは深呼吸し、

「この町……案内お願いできない?」



「ここって結構、進んでいる町なんだね」

 それが、見滝原を大体見て回ったハルトの感想だった。

「高層ビルがこんなに多いのも早々ないよ? 公園も綺麗なところ多いし」
「ハルトさん、いろんなところを旅してきたんですよね」

 まどかの言葉に、ハルトは頷く。

「うん。色々行ったよ。海外もいくつか」
「すごいですね。大道芸と魔法使いなんて」
「そんなことないよ」

 ハルトは右手に常備している指輪を見落とす。ベルトを出現させる効果をもつその指輪だが、まどかも同じように見上げていた。

「見滝原の主な場所はこんなところですね。市役所、駅、商店街、公園、動物園に水族館」
「いやあ、すごいなあ。空中にタッチパネルなんて、映画でしか見たことないよ」
「そうですか? 私、あまり見滝原から出たことがないので当たり前になっちゃったんですけど。他ではあまりないですか?」
「うーん。俺は見たことないかなあ。今って、こういう技術ってあっという間に広まりそうなんだけど」

 そんな笑いながらの会話の最中だった。
 突然感じた、殺気のようなもの。まどかを抱きかかえ、脇へ退避する。



 その時。

 轟、という音が大地を揺らす。

 振り返れば、さっきまでいた場に大きな穴が。
 そして空には、それを行ったらしき、黒い翼を生やした女性がいた。

「な、何だ……?」

 ハルトもまどかも唖然として空を見上げる。
 美しく長い銀髪、黒い衣装と黒い翼。光を塗り潰す闇が、昼の世界の色を変えている。
 そして彼女の、美しくも悲しい赤い瞳が、まっすぐとハルトを見つめていた。

「……見つけた」

 彼女の冷たい声。それだけで、彼女がファントム以上の脅威だと理解できた。
 

 

キャスター

「サーヴァント キャスター」

 黒羽の天使は、静かに名乗った。
腰まで伸びた長い銀髪。血のように赤い瞳。
まるで拘束具としてデザインされたような、縛り上げられた服。
頬の部分に刻まれた赤い紋様は、まるで彼女が赤い涙を流しているようにも見えた。
 サーヴァント。キャスター。どちらが姓でどちらが名前なのか皆目見当がつかないながら、ハルトは彼女の全身から発せられる本気の殺意に、無意識にベルトを起動させる。

『ドライバー オン』

 いつもの音声とともにルビーの指輪を付けながら、ハルトは尋ねる。

「いきなり何のつもり? いきなり攻撃される謂れとおもうけど?」
「貴方がマスターであることは、その手の令呪が物語っている。戦う理由は充分でしょう?」
「また知らない単語……何? マスター? 令呪? 何のこと?」

 そう言いながら、ハルトはルビーを嵌めた手を見て理解する。
 先日前触れなく現れた、奇怪な紋章。これが、令呪というものなのだと。

「知らぬのなら、知らぬままに消えなさい……!」

 キャスターとやらは、掲げた手を振り下ろす。すると、彼女の傍らに、茶色の表紙の本が現れた。辞典のような厚さのそれが、自動でパラパラとめくられていく。キャスターはその赤い眼差しをページに目を走らせ、告げた。

「ディアボリック エミッション」

 それは彼女の声か、はたまた別の電子音か。
漆黒の光弾が重力に乗り、ハルトへ迫る。広範囲にぐんぐん広がっていくそれに対し、ハルトはハンドオーサーを操作する。

「ハルトさん!」
「変身!」

 まどかの悲鳴と重なる、ハルトの掛け声。爆炎は揺らめき、姿を変え、赤きウィザードの力と化す。

「俺に何の恨みがあるのか知らないけど、やめてくれない?」
「それはこの聖杯戦争さのものへの否定ですよ」
「……せめて知ってる単語を言ってほしいんだけど。これ以上やるなら、こっちも正当防衛するけど、いいよね?」
「どうぞ」

 キャスターの言葉に、ウィザードは背後のまどかへ告げる。

「ここは危ないから、逃げて」
「えっ……は、はい!」

 聞き分けのいい子で助かったと、見送るまどかの背中を見送るウィザードは、右手の指輪を入れ替える。
 同時に、キャスターもまた黒い光弾を発射した。今度は、小さな複数の光を直線的に発射した。そのプロセスは、パラパラとめくられる本を目で追っていただけ。

『ビッグ プリーズ』

 目の前の魔法陣に手を通す。すると、魔法の効果で数倍の質量になった腕が、そのまま彼女の攻撃を握りつぶした。

「ほう……」

 キャスターの感想はそれだけ。

「こっちは腕火傷した感じなのに……」

 腕を振って間髪いれず、ウィザードは次の手に出る。

『ハリケーン プリーズ』
『エクステンド プリーズ』

 エメラルドのウィザードは、風に乗って急上昇。伸縮自在となった腕を回転させ、キャスターへ切りつける。

「っ!」

 あまりにも無軌道な動きに、キャスターも思わず数回、ソードガンの斬撃を受けた。
 だが、その一連の流れは、キャスターの右手を顔の防御に回させただけ。緑の斬撃跡は、何もなかった。

「嘘でしょ……だったら!」

『ランド プリーズ』

 更に上昇、キャスターの頭上に作り上げた黄色の魔法陣を通過。トパーズのウィザードは、そのままキャスターに摑みかかる。

「無駄です」

 そう告げられたキャスターの言葉とともに、腹に痛みが走る。至近距離の光弾だった。
 だが、ウィザードは手を離さない。

『チョーイイネ グラビティ サイコー』

 ウィザード自身とキャスターの頭上に発生した魔法陣。それが織り成す重量により、二人の体は地表へ落下。

「っ、この中なら、もう飛べない!」

 数度の光弾により地面を転がりながらも、ウィザードはソードガンの手を開く。

『キャモナシューティング シェイクハンズ キャモナシューティング シェイクハンズ』

 トパーズの指輪で、握手をするように掲げた。

『ランド シューティングストライク』

 黄色の光が、銃口に集う。
 
 生身の人間などという遠慮はもうない。引き金を引いて、黄色の光弾が発射された。
 しかし、キャスターには通じない。腕で払う。そんな動作で、土の銃弾は上空へ弾かれ、グラビティの魔法陣と衝突。互いに消滅しあった。

「嘘⁉」

 さらに、キャスターの動きは止まらない。重力から解放された堕天使は、また上空へ飛び上がろうとする。そうはさせまいと、ウィザードはトパーズからサファイアの指輪へ交換する。

『ウォーター プリーズ スイ~スイ~スイ~』

 水のウィザードの強みは、他の形態とは比較にならない魔力量。それを行使するために、ウィザードは拘束の魔法を使う。

『バインド プリーズ』

 出現した魔法陣からは、青い水でできた鎖が飛び出す。それはキャスターの体に幾重にも巻き付いた。

「……?」

 キャスターは、力で振りほどこうとしているが、切れない。水でできた鎖は、物理的には破壊できないものなのだ。

「力ではなく、魔力で勝負だ!」

 さらにウィザードは、別の指輪をはめる。

『ライト プリーズ』

 発生した光が、キャスターの目を潰す。
 彼女が自身の姿を捉えられない隙に、ソードガンの手を開く。

『ウォーター スラッシュストライク』

 水の魔力を宿した刃で、キャスターに切りつけようと走り出す。
 だが。

「これ程度の魔力で」

 吐き捨てたキャスターは、全身から黒い光を放っていた。それは瞬時に水の鎖を溶解する。

「これもダメかっ!」

 しかしもう止まれない。スラッシュストライクを振るったウィザード。
 だが。

「……私には及ばない」

 これまで数多くのファントムを斬り裂いてきたスラッシュストライク。それがキャスターには、右手で簡単に受け止められた。

「そんな⁉」
「次はこちらから」

 キャスターは、左手に拳を固める。それは、闇の光を宿す拳。本がめくられる音が、ウィザードを戦慄させる。

「不味い!」

 逃げようとするウィザードだが、いつの間にかキャスターのソードガンを掴んでいた手は、そのまま左手を塞いでいた。
 逃げられない。そう判断したウィザードは、右手だけで指輪を持ち替え、ベルトを起動。

『リキッド プリーズ』

 文字通り体が液体に溶ける。おおよその物理攻撃に対しては無敵になる魔法で拳を受け、

 拳から爆発した魔力により問題なくダメージを受けた。

「ガハッ!」

 まどかの近くまで転がされるウィザード。まどかは「大丈夫ですか」と声をかけた。

「え……なんで君、まだ逃げていないの⁉ 危ないよ!」
「でも……ハルトさんが!」
「咎人たちに、滅びの時を」

 そう冷たく告げられたのは、キャスターの声。すでに宙に浮く彼女は、右手を掲げ、呪文を唱えている。

「星よ集え 全てを撃ち抜く光となれ」

 その口上の通り、夕方の空に、無数の星が出現。それら全てが、瞬時にキャスターの元へ集まっていく。
 その色は、それまでの彼女とは正反対に、桃色の光。
 その魔力の量。それを見たウィザードは確信した。魔力に秀でるサファイアだからこそ確信した。

「あれはまずい! 本当にまずい!」

 後ろにまどかもいる。魔力量に秀でるウォーターのディフェンドだけではとても足りない。

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 慌ててルビーのウィザードにスタイルチェンジ。そしてすさかず、最大火力の指輪を使う。

『チョーイイネ キックストライク サイコー!』

 足元に生成された魔法陣より、右足に炎の魔力が集まっていく。
 しかし、キャスターがまだ完成途中の光の星と比べると、とても足りない。

「まどかちゃん! 離れて! 急いで!」

 鬼気迫る怒声に、ようやくまどかは背を向けて走り出す。
 さらにウィザードは、右足に火力が高まっていく途中であろうともおかないなしに、次の指輪を使う。

『ビッグ プリーズ』

 これを通せば、キックストライクも大きくなり、攻撃力も上がる。
 だが、まだ足りない。

『ビッグ プリーズ』
『ビッグ プリーズ』
『ビッグ プリーズ』

 何度も何度もビッグの指輪を読み込ませる。キャスターとの間に、その数だけの魔法陣が出現した。だが、まだまだあの一撃には程遠いというのが、自身の見立てだった。
 だが、時はそこまで。

「スターライトブレイカー」

 キャスターから告げられた、冷たい技名。それこそが、もう時間がないというお告げだった。

 キャスターの光が、光線となってウィザードに向かってくる。それに対し、キックストライクを蹴り上げた。
 無数の魔法陣を貫通するたびに、その大きさ、威力は倍々ゲームとなっていく。そして、炎の蹴りは、桃色の光線と激突。
 巨大な爆発が引き起こされた。



ウィザードはハルトの姿となって地面に投げ出される。

「うぐっ……」

 もくもくと立ち込める煙が晴れていく。綺麗だった公園は滅茶滅茶に破壊され、整った芝生は茶色の地表がむき出しになっていた。

「キャスターは……?」

 この原因を作り出した堕天使、キャスターの姿を求めて首を振る。
 あの堕天使の姿は、地上にはおらず、

 ほとんど無傷で滞空していた。

「え……」

 何も変わらない。美しい銀髪を靡かせ、漆黒の衣装のどこにも傷はなく。
 再び上げた手が、彼女の追撃を示した。

「!」

 ハルトは、ディフェンドの指輪を取り出そうとする。が、全身にフィードバックされたダメージで、もう動けない。

「ディアボリック エミッション」

 集う、黒い光。それがさっきまでのものと同じ威力なら、生身のハルトが受けきれるものではない。
 まずい、とハルトが目をつぶると、

「止めて‼」

 そんな少女の声が聞こえた。
 ハルトの前に立ち塞がる、小さな背中。桃色のツインテール。
 鹿目まどかが、恐怖に震えながらも、キャスターからの盾となっている。

「それじゃ、ハルトさん、死んじゃう! そんなことしないで!」

 今日初めて会った人のために涙を流す彼女。
 だが、それでさえも、キャスターの情を動かすものでもなかった。
 だが。

「止めなさい! キャスター‼」

 新たな声が飛んできた。
 慌ててまどかの前に立つ、黒髪の少女。
 まどかと同じくらいの背丈。制服が似合いそうなものだが、紫と白の、世間離れした衣装は、まどかの制服以上に彼女に似合っていた。

「キャスター! その攻撃を止めなさい!」
「……マスター……」

 その少女を見下ろし、キャスターの表情に陰りが宿る。

「どいてください。もう、ディアボリックエミッションは止められない」
「止めなさい!」
「……不可能」
 
 少女と問答している間に、漆黒の球体の重量に、キャスターの腕がもたなくなっていく。むしろ、取り落としてしまいそうになる。
 あの破壊力を考えれば、自分もまどかも、目の前の少女も犠牲になることは想像に難くない。
 どうすればいい。ハルトが必死に考えていた時。



令呪(れいじゅ)をもって命ずる! 攻撃を止めなさい! キャスター!」



 その時。
 少女より、途轍もない量の魔力が溢れた。
 紫の光を放つ魔力。その輝きが増せば増すほど、それは無理矢理キャスターの体の自由を奪っていく。
 そして、行方を失ったディアボリックエミッションは、
 キャスターの左肩に向かった。

「……」

 唖然とするしかなかった。
 こちらへ向けられていた矛先が、突如として自身の左肩へ切り替え、その結果、彼女の左肩から先が木端微塵になっていた。

「どうして……?」

 そう疑問に思ったハルトに、次の試練。

 庇ってくれた少女が、振り向きざまにこちらへ銃口を向けたのだ。
 どこにでもある、およそ女子中学生には似合わない凶器。

 ディフェンドが間に合ったのは、間違いなく運がよかったとしか言えなかった。

「次から次に……まどかちゃん!」

 ハルトはまどかの手を掴む。彼女が何かを言う前に、コネクトの指輪を起動。

「逃げるよ!」

 出てきたバイクにまどかを乗せ、アクセルを入れる。

「待ちなさい!」

 それはキャスターの声か、少女の声か。去り行くハルトには分からなかった。 

 

聖杯戦争

「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ」

 命からがら、バイクを走らせたハルトは、キャスターと名乗った女性がいた方を恨めしそうに睨む。
すでに彼女の姿は町の彼方であり、銃を向けた物騒少女もいなくなっていた。

「何なの、一体? 通り魔にしても危険過ぎでしょ、ファントム何体分の脅威?」

 ハルトはそう言いながら、後部席を振り返る。

「その……ごめんね。なんか、あの場にいたらマズイって思って」

 ハルトの声の先には、ヘルメットを脱ぐまどかがいた。慌てて被せたヘルメットで、彼女のリボンは潰れ、ツインテールもくしゃくしゃになっていた。

「いいえ、助かりました」
「なら良かった。ところでまどかちゃん、あの黒髪の子、知り合い?」

 ハルトの脳裏に、キャスターの動きを止めた少女の姿が想起される。自分に対しては明らかな敵意が見て取れたが、反面まどかを見た途端、血相を変えてキャスターに命令した。

 まどかは首を傾げ、

暁美(あけみ)ほむらちゃん。今日転校してきた、クラスメイトです」
「今日⁉」
「はい」
「うわぁ。謎の転校生ってフレーズはよく聞くけど、まさか初日にですか。びっくりだね」
「でもほむらちゃん、何で私が出たら、あんなに必死で止めたんだろう? あのキャスターさん、お友達ですよね?」
「キャスター……さん、ね」

 あんな恐ろしい女をさん付けするまどかに舌を巻きながら、ハルトはほむらの連絡先を尋ねる。
 しかしまどかは「知らない」と首を振る。

「そっか。折角見滝原に来たけど、あの子が俺を狙っているのなら、離れた方が無難かな」
「え? その……せっかく知り合いになれたのに、もう行っちゃうんですか?」
「うーん、ファントムがよく出るのは少し気になるし、ガルーダは残しておくべきかな。なんかあったら飛んでくるよ」

『それは困るね』

 その時。ハルトに返事をしたのは、まどかではなかった。

「あれ? 今の、まどかちゃんじゃないよね?」
「私じゃないですけど」

 まどかもキョロキョロと今の声の主を探す。しかし、閑静な街中が広がるだけで、

『ここだよここ』

 これは声なのだろうか。探しながらハルトはそう疑問に思った。空気を震わせる声ではなく、直接脳に語りかけるようだった。

『下だよ下』
「「下?」」

 その声に、同時に下を向く。
 そして、

「「何かでたあああ!?」」

『見つけようとして見つけたのに、どうしてそんなに驚くんだい? 全くわけがわからないよ』

 小さな白い、変な小動物がいた。



 白い小動物は、自らをキュウべえと名乗った。
 小さく、猫のような動きの可愛らしさと、全く表情を動かさない不気味さが介在するそれは、「着いておいで」とハルトとまどかを先導した。当たり前のようにハルトの肩に乗り、「彼女の謎が知りたいなら、僕が指定する場所にむかうがいいさ」とのことだった。

「あの……キュウべえ……さん」
『きゅぷい』

 変な返事、というのがハルトの感想。

「その、私も一緒でいいの?」
『構わないさ。いやむしろ、君も来てくれた方が効率がいいのさ』

 背後のまどかへ、キュウべえが語る。ヘルメットで見えないが、その無表情な目は、どんな風に彼女を映しているのだろう。

『ここだ』

 キュウべえに導かれたのは、既に使われなくて久しい教会だった。どれだけ昔に打ち捨てられたのか、ボロボロの扉と壁からは風穴が空いており、色落ちのせいで、ほとんど茶色一色の外壁になっていた。

 立ち入り禁止のロープを潜り、ボロボロの木製の扉を押し開ける。木の腐った香りが鼻腔をくすぐる。

「ここは……?」

 まどかが不安そうに尋ねた。ハルトも、教会全体からそこ知れぬ不気味さを感じていた。

 顔の部分がかけた聖母マリアのステンドガラス、無造作に荒らされ席が席を破壊している座席、そして祭壇にあるイエスの十字架は、イエス本人と右半分が大きく欠けていた。

 そして、祭壇に腰掛ける、暁美ほむら。

「!」
『コネクト プリーズ』

 ギロリとしたほむらの睨みと銃口がハルトに向けられると同時に、ハルトもコネクトを使用、ウィザーソードガンを返す。

「……まどか……」

 ハルトには確かな敵意を向けながら、ほむらのまどかへ向けられる視線は、明らかにそれと異なっていた。
 ハルトがそれをどんなものなのか、自分なりに考えようとして、こう結論付けた。

 愛情

『武器を収めてくれ二人とも』

 脳裏に響くキュウべえの声で、ハルトは銀の銃の矛先を背けた。ほむらは数秒動かなかったが、しぶしぶそれにならう。

『やれやれ。どうして君たち人間は、大きく平和を謳いながら、率先して争おうとするんだい?』

 それに答えるものはいない。
 ただ、まどかがオロオロするだけだった

 キュウべえはしばらくハルトとほむらを見比べ、

『まあいいさ。君たちが争いを続けたいなら止めはしないよ。でも、取り敢えずルールは説明させてほしい。それが、監視役としての僕の役割だからね』
「監視役?」

 ほむらの眉が釣り上がる。

「キャスターから粗方のルールは聞いたつもりよ。監査役というのは、魔術協会から派遣されるんでしょ? なぜインキュベーターが?」
『なぜ君がそれを知っているのか、問いただすのは次回にしよう。全く、契約した記憶のない魔法少女がいるなんて。では、改めて』

 キュウべえは祭壇へ飛び乗る。夕陽をバックに、ハルトとほむらを見つめた。

『松菜ハルト。そして暁美ほむら。ようこそ。聖杯戦争(せいはいせんそう)へ』



「聖杯戦争?」

 その言葉に、ハルトの背筋が震えた。戦争という単語から、愉快な話を想像できない。
 一方ほむらは、既に知っているといった顔で、倒れた椅子の背もたれに腰掛ける。

「なにそれ?」
『この見滝原で行われる、魔術師たちの狂宴さ』

 そう告げたキュウべえは、語り始めた。

『松菜ハルト。君の右手のそれ。まさか傷だとか思ってないだろうね』
「思ってた」
『……』

 この無表情生物が困惑なんて感情を浮かべるとは思わなかった。
 数秒がこの小動物に落ち着きを与えたのか、キュウべえは続ける。

『それは令呪(れいじゅ)。君が聖杯をめぐる者、マスターである証さ』
「令呪?」
『そう。君と、これから召喚されるであろうサーヴァントとの繋がり。そして、サーヴァントを三回まで操る切り札』
「サーヴァント?」
『これから君が使役する、使い魔のことさ。聖杯戦争のルールは、この使い魔とともに生き残ること。他の参加者を全滅させればいい』
「そんなことを、どうして俺が?」
『聖杯戦争の舞台となる範囲内に、魔力を持った人間。この条件が揃うなら、誰だってマスターになる可能性があるのさ』

 魔力を持った人間。そのフレーズで、真っ先にハルトが懸念したのは、ゲートの存在だった。
 その考えを読んだように、キュウべえは付け加えた。

『安心したまえ。普段君が守っているゲートとやら。彼ら程度の魔力なら、マスターになることはないよ。もっとも』

 キュウべえの視線が、ハルトより逸らされる。背後でずっと口を閉ざしている、まどかへ向けられた。

『見込がありそうな人間も、少なからずいるけどね』

 バン、と乾いた音。

 驚いたハルトは、それがほむらによる発砲、それもハルトではなくキュウべえを狙ったものであることに二度驚く。

「その視界にまどかを入れないで」

 ハルトへ向けられたもの以上に、その声は冷たかった。ハルトの背筋を凍らせる以上に、その眼差しは、憎しみの炎で溢れていた。

 かろうじてそれを避けたキュウべえは、呆れたようにほむらを見返す。

『やれやれ。代わりはいくらでもいるとはいえ、損害を与えようとするのはやめてくれないかい? 勿体ないじゃないか』
「黙りなさい」

 ピシャリと黙らせるほむら。彼女はそのまましばらくキュウべえを睨んでいた後、銃口を下ろした。

『やれやれ。暁美ほむらは聞くまでもないけど。君はどうするんだい?』

キュウべえの一切変わらない目線がハルトを凝視している。
ハルトはぎゅっと手を握り、

「悪いけど、俺は、聖杯戦争なんてものに参加する気は無い。他をあたってくれ。まどかちゃん、もう行こう」

吐き捨てて背を向ける。だが、それは想定内だったのか、キュウべえはそれが予想内だったのか、告げた。

『それは君の自由意志だ。でも、注意したほうがいい』

 キュウべえの視線が、ハルトからほむらへと映る。見上げれば、さっきまでキュウべえへ向けられていた銃口が、ハルトに照準を合わせていた。
まどかと同じ、見滝原中学の制服。そんなありふれた外見の手先に、非合法の拳銃があるのは、アンバランスに思えた。
 キュウべえがいないなら、狙いはこちら。そう、彼女の目が語っていた。

『彼女が君を襲わないのは、ここでの戦闘を禁止しているからさ。君がマスターでなくなっあ瞬間、ボクが君を守る理由もなくなる』
「……」

 最悪ソードガンで腕を切り落としてでも、という考えは、後から考えると余りにも無謀だった。
 キュウべえは続ける。

『もう一度言うよ。聖杯戦争のルールは簡単さ。マスターとサーヴァントが協力して、他のマスター、サーヴァントを全滅させる。そうすれば、聖杯により、どんな願いでも叶えられる。シンプルだろう?』
「願い?」
『そう。暁美ほむらも、そのために戦っているんだろう?』

 キュウべえはほむらへ問いかける。ほむらは無言を貫き、それが肯定であるとハルトは受け取った。

『サーヴァントとは、英霊。それが君に力を貸すのさ。強化したければ、命を捧げればいい』
「は? 命?」
『君のものでも。他者のものでも』

 キュウべえの目が妖しく光る。ハルトはため息をついて、

「そういうこと。願いを叶えるために犠牲を強いろと」
『願いとは、代償の上に成り立つ。その犠牲を糾弾するのは、理不尽では無いかい?』
「……」
『もっとも』

キュウべえの目が、再びまどかへ向けられる。

『どうしても聖杯戦争を止めたいなら、方法そのものはあるよ』
「黙りなさい」

再びほむらがキュウべえを睨む。だが、キュウべえは続けた。

『そのために君を連れてきたんだ。鹿目まどか』
「え? わ、私?」

これまで蚊帳の外だったまどかが、驚いて自分を指差す。キュウべえは頷き、

『そう。僕は本来、聖杯戦争の監視役ではなく、魔法少女を選ぶ妖精なんだ。魔法少女になったら、魔女とよばれる邪悪と戦う使命を課せられる。その代わり、僕は君の願いを何でも一つかなえることができる。当然』
「黙りなさい!」

ほむらの発砲。しかし、それをひょいと避けたキュウべえは、祭壇の上で語る。

『この聖杯戦争そのものを止めることもできる』

「えっ?」
「その必要はないわ」

そう告げるほむらは、そのまま銃口をまどかへ向けた。息を呑むまどかへ、ほむらは冷たく言った。

「貴方に魔法少女は似合わない。そんな奴の言葉に耳を貸す必要なんてない」
「でも……」

まだ何かを言おうとするまどかを、ハルトは制する。そのまま、じっとキュウべえを睨む。そして、ほむらを。

「今の話の通りなら、君は俺の敵。そういうことだよね」
「ええ」
「君は、自分の願いのためなら」
「私は手段を選ばないわ。どんな犠牲を払っても、願いを叶える」
「なら……俺の答えは一つ。俺の魔法が示す道は、ただ一つ!」

 そう告げた瞬間、ハルトは指輪をベルトに翳す。「ドライバーオン」という音声とともに、銀のベルト、ウィザードライバーが出現する。

 同時にほむらも席より飛び降りる。ポケットから紫の宝石を取り出し、翳す。

『シャバドゥビタッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』 
 
 待機音声の中、ハルトはルビーの指輪を付ける。
冷たい空気が流れる中、明るい待機音声が、熱さを宿していた。

「変身」

「フレイム」の音声とともに、熱い魔法陣が左側に出現する。
 同時に、ほむらの宝石より紫の光が溢れる。光は影となり、瞬時にほむらの体を纏う。

 二つの魔法は、それぞれの波動をぶつけ合いながら、その姿を変える。

 ハルトを、ルビーの仮面をした魔法使いに。
 ほむらを、白と紫の衣装の魔法少女に。

「俺はこの戦いを止める。願いなんてない。いつものファントム退治と同じだ。俺は人を守るために、魔法使いになったんだから」
「貴方が何のために戦おうが勝手よ。でも、私は私の願いのために戦う。この、キャスターとともに」

 二人は、じっと睨み合っていた。それをキュウべえは満足そうに頷く。

『宜しい。願いではなく、止めるために戦うなら、そうすればいい。他のマスターは既に五人。その全員と、君は敵対することになるよ。それでもいいのかい?』
「……俺は人々の希望になるために、魔法使いになったんだ。希望や命を奪うなら、それがファントムでも人間でも、俺は食い止める!」
『好きにすればいい。それもまた、一つの願いだ』

 祭壇へ駆け戻るキュウべえは、ウィザードとほむらを見下ろす。

「今この瞬間から、君たちを聖杯戦争のマスターとして認めよう。それぞれの願いのため、存分に戦って欲しい」

夕日が沈み、夜が訪れる。
ステンドグラスを貫く月光が、ウィザードを、ほむらを、まどかを、キュウべえを照らしていた。
 

 

ギターケースの少女

『ハリケーン シューティングストライク』
「ぎゃあああ!」

 今日も今日とてファントム退治。
 聖杯戦争だろうが何だろうが、ハルトのすることは変わらない。
 エメラルドの変身を解除して、ハルトはため息を吐いた。

「ふぃー。疲れた」

 逃げ出したファントムを追ってバイクで追走。見滝原の大分端の方まで来た。
 最先端の街も、端に来れば、景色も様変わりしている。
 白くて綺麗なコンクリートジャングルは鳴りをひそめ、老舗や神社など、昔ながらの街並みになっていた。

「なんか、凄いところまで来たな。ここって、遠いの?」
「遠いと言っても、電車で三駅です。ここ、少し神社が多くて、私はあまり来ないんです」

 ハルトの疑問に答えるのは、まどかだった。
 先日ファントムから助けたこの少女は、それからハルトの手伝いをしたいと言い出し、バイクに乗り、ファントムとの戦場に付いてきている。
 聖杯戦争。先日、キュウべえから言い渡されたその狂った戦争に参加することになったハルトだが、あれからほむらの襲撃もキャスターの遭遇もない。
 結局、これまで通り、大道芸をしながら、ファントムを退治するだけの日常になってしまった。

「ふうん……」

 ハルトは、ぐるりと見渡す。閑古鳥が鳴いているほどに静かな街並みは、さっきまでいた見滝原中心部とは大違いだった。

 グウ

「あれ?」

 まどかの声。腹を抱え、ハルトは彼女に背を向ける。
 だがもう、隠しきれない。腹の虫の音が、まどかに笑顔を与えている。

「……ごめん、まどかちゃん。お腹空いた」
「あはは……」

 ここ数日、何も食べていない。
 そんなハルトの体は、女子中学生の前でへたり込むという情けない姿になってしまった。
 大道芸人の収入など、微々たるもの。ファントムを退治しながら旅をしているハルトにとっては、空腹とは旅のお供だ。
 現代人にはなかなか体験し得ないサバイバルな食べ物を都会の中から探り出し、ドーナツのような好物など月に数回しか味わえない。

「えっと……今日の予算は……」

 ボロボロの子供向け財布が告げたのは、ほんの数十円。それが、ハルトの予算だった。

「マジかー。今日も河原で何か見つけるしか……」
「河原?」

 まどかが目を白黒している。ハルトはうんと頷き、

「俺っていろんなところ旅しているからさ。安定した職とかとは縁ないんだよ」
「それって……ハルトさん、ずっと思ってましたけど、所謂浮浪者ってことですか?」
「そうなるかな。ある程度のお金は銭湯に入るために残しておかなくちゃいけないし、色々管理大変なんだけど、今お金ないから、汚くても大丈夫な仕事探さなきゃ……」
「そうなんですか……。あの……ハルトさん」

 頭を抱えるハルトに、まどかが声をかけた。

「その、この近くに有名なアイス屋があるんです。私が出しますので、よかったら、そこに行きませんか?」
「え? ……それって、大人が女子中学生に奢ってもらうことに……」
「……そ、それは気にしない方が……」

 まどかが頬をかく。
 だが、空腹が我慢できなくなったハルトは、首を縦に振るほかなかった。



 老舗街の一角。そこに、まどかの目的地があった。

 彼女曰く、何度もテレビで紹介されている店らしい。来る途中にすれ違った、まどかの同級生らしき少女たちが談笑しながらアイスを頬張っているのを見て、ハルトも頷く。

「なんか、甘いものって、ドーナツ以外だと久しぶり」
「期待していてください。後悔はさせません」

 まどかが案内してくれたのは、それほど華があるわけではない、アイス屋だった。

「ここのチョコミントアイスが、もう美味しいって評判なんですよ。私の友達から聞いた話ですけど」
「へえ。すごいなあ……チョコミント?」

 ハルトは、話の流れに疑問符を浮かべた。
 ハルトの記憶の中から、緑色の氷菓子にチョコをまぶした物が思い出された。

「あれって、ちょっと歯磨き粉みたいじゃない? なんか、爽やかすぎて変な味じゃない?」
「そんなことないですよ? さやかちゃん……私の友達も結構おいしいって言ってましたし」
「へえ……チョコミントねえ……今時の若者は変わってるんだね」
「ハルトさんだって私とそんなに都市変わらないじゃないですか。……あ」

 お店のショーウィンドウで、まどかは足を止めた。
冷凍保存されているカップアイス。棚に無数に並んでいたものなのだろう。すでに放課後の時間。数多くの学生たちによって食い散らかされてしまったのか、一個しか残っていなかった。

「うーん……これは半分こですね」
「いや、俺は……」
「いいですから。ハルトさんの誤解も解かないと。ちょっと待っててください」

 にっこりと笑むまどかは、そそくさと急ぎ足でカウンターへ行く。

「「これください‼」」

 まどかの声が、誰かと重なる。
 同じものへ向かう指が二本。
 まどかの反対側に、ちょうど同じものを指す少女がいた。
 ショートカットの髪をまとめる黒いリボン。黒い上着の下から断片的に見えるピンクのセーラー服はこの辺りでは見かけないもので、その明るい顔には、困惑の表情を浮かべていた。その肩には黒いギターケースが背負われており、軽音楽部の帰りの学生のようだった。

「あ、あれ?」

 少女は少し困ったように、こちらを見る。

「あ、ああ……ごめんなさい。ど、どうぞ」
「あ、いえ、こちらこそ。どうぞ」

 最後の一個を前に、互いに譲り合うまどかと少女。彼女たちはその問答をしばらく続けたのち、少女のほうが先に折れた。

「えっと……じゃあ、お言葉に甘えて……」
「これくだしゃい!」

 横入りしてきた、年少くらいの女の子。
 彼女が、その小さな手に握った五百円玉を店員へ掲げている。
 まだ若い店員は、苦笑いをしながらまどかと少女の顔を伺っている。鉄面皮で頷く二人を見て、女の子へアイスを渡した。無論、それが最後の一個だということは変わらない。

「……あ」
「あ……」

 まどかと少女が、同じような顔で立ち去る少女を見送る。
 二人とも、ポカンと顔を上げていた。
 それを横から見ていたハルトは、思わず腹がよじれそうになった。



 少女は、疲れたようにベンチに腰を落とす。

「ああ……残念」

 少女は、背中を逸らせながら、公園を見渡していた。
 見滝原の郊外と都心部をつなぐこの緑の公園は、大きな噴水がシンボルとなっていた。子供たちやその親が走り回り、ベンチにはカップルや家族連れが平日からくつろいでいる。
 そんな中、少女の前に、まどかが言った。

「あの……ごめんなさい」

 まどかが礼儀正しくペコリと謝罪した。だが少女は手を振りながら、

「ああ、いいよいいよ。限定って言っても、そんな永遠に次がないわけじゃないし。私、今ちょうどこの町にいようとしているから、問題ないよ」
「そ、そう? その……ごめんなさい」
「だから、謝らなくてもいいよ」

 少女はにっこりと笑った。
 だが、しばらく顎に手を当てて、

「うーん……でも、どうしてもっていうなら、ちょっとだけ頼みを聞いてくれない?」
「何ですか?」
「私、人を探しているんだけど。手がかりもなくてアテもなくて。……結局またおなか空いた……」

 少女はそのまま横になる。目を一文字にして、

「ねえ、お願い……何か、食べさせて……」

 チョコミント争奪戦どころではない空腹の様子の少女は、ベンチで横になった。
 まどかが戸惑っているところ、ハルトが話に割り込む。

「あ、それならいいこと教えてあげるよ。お金がなくても、食べ物なんて色々なところから手に入るよ?」
「え?」

 少女が強く食いついた。

「どこでですか? 食べ物って、タダで手に入るの⁉」

 少女は立ち上がる。顔をぐいっとハルトに近づけるせいで、彼女の吐息が顔に当たって少しむずがゆい。
 ハルトは顔を背け、

「手に入るよ。例えば」

 近くの茂みに近づく。
 即座に目当てのものを発見。ハルトはにやりと口元を歪める。

「こんなやつとか!」

 さっと手を伸ばして捕まえたそれは、

「トカゲええええええええええ⁉」

 まどかがそんな悲鳴を上げた。
 ハルトは首をかして、

「どうしたのまどかちゃん。トカゲって焼いたら美味しいよ」
「美味しいって……貴女も」

 まどかは、同意見を求めて少女を見る。
 少女も少し口角が吊り上がっているものの、「う、うん……それは確かにタダの食料だよね」と同意していた。

「よかった、まともな人はトカゲなんて食べないよね」
「トカゲって、わりとカリカリしてるだけで肉少ないけど」
「何言ってるの⁉」

 まどかが少女の顔を見て唖然とする。
 だが、少女はまどかの反応とはさらに反対の言葉を口にする。

「でも、正直虫とかよりはまだいいかな。私、旅を始めてから半年くらいなんだけど、意外と食べ物事情って、ゲテモノに慣れれば何とかなるんだよね」
「何とかなっちゃダメだよ! 人間として!」
「そうそう。あ、山とか越えたことある? キノコとか動物とか、結構色々あるよね」
「キノコ⁉ 原生しているキノコ⁉ ハルトさん、そんなの食べてるの⁉」
「私、岐阜の方から来たから、結構山の幸は理解しているつもり。多分見滝原の中では、結構知ってる方じゃないかな」
「うがああああああああ‼」

 突如として、まどかが発狂したように叫んだ。

「二人とも! 家に! 来てください!」



 茶碗一杯に盛られたご飯。和風ならではの味噌汁。
 ハルトにとって、そんな豪華な食事はいつ以来か分からなかった。

「「おかわり!」」

 少女と同時に、茶碗を突き出す。彼女も茶碗の中は空っぽだった。

「うん。了解」
 そうにこやかな返事をしたのは、まどかの母親、鹿目詢子。キャリアウーマンの彼女は、たまたま今日有給を取っていたらしく、夕方過ぎの夕食と言っていい時間帯に、ハルトと公園の少女は遅すぎる朝食を摂っていた。

「それにしても二人ともよく食べるね。旅をしているんだって?」

 そういって、鍋ごと机の上に置いたのは、眼鏡の男性。にこやかに笑いながら、空いた皿にお替りを持っていく。
 まどかの父であるこの男性は、鹿目知久と名乗った。
 専業主夫らしい彼は、慣れた手つきでよそおった。

「すごいなあ。僕も一度旅とかしてみたいけど。えっと、名前何だっけ?」
「あ、自分は松菜ハルトっていいます。大道芸人で、旅をしてます」
「ああ。君が。まどかからよく聞いているよ、ハルト君。何でも、人助けもよくやっているそうだね」
「ええ……まあ。なんかごめんなさい。娘さんをあちこち引きずりまわして」
「いえいえ。まどかも楽しそうだから」
「大道芸人?」

 少女が目を吊り上げる。ハルトはそれを無視しながら頷く。
 次に、知久は少女に声をかける。少女は改めて、

「私、衛藤(えとう)可奈美(かなみ)です。その……ある人を探しています」

 聞く機会をなかなか得られなかった少女の名前が、ようやく聞こえた。
 衛藤可奈美か、と意識しながら、ハルトは味噌汁を一気に飲み干す。
 知久の隣に座ったまどかは、手を組み、尋ねた。

「ねえ、可奈美ちゃん。可奈美ちゃんって、私と同じくらいの年だよね? 学校とかは?」
「うーん……色々事情があって、今は休学してるんです」
「休学?」

 詢子が首を傾げる。

「中学生なのに、休学ってどういうこと?」
「うーん。行方不明の大切な人を探していて、その手がかりが多分見滝原にあるんです」
「見滝原に?」

 鹿目一家が目を丸くした。
 可奈美は少し気まずそうに、

「はい。あの、あまり詳しくは言えないんですけど」
「そうなんだ……ギターを持っているってことは、その人は音楽仲間ってことかい?」

 知久は可奈美の足元のギターケースを見下ろした。
 鹿目宅に来てから、肌身離さずギターケースを手元に置く可奈美だ。ハルトもずっとそれが気になっていた。
 可奈美はギターケースを胸に寄せ、頷いた。

「うん。これがきっと、その人と再会させてくれるから……」

 抱き寄せる彼女は、ただの物への執着には見えなかった。

「二人とも」

 今度は、知久が口を開く。

「旅をしているって、どこで寝ているの?」
「「え?」」

 その言葉に、ハルトと、少女可奈美は目を合わせる。可奈美が手で「どうぞ」と差し出したので、ハルトは「コホン」と咳払いをする。

「まあ、基本は野宿です。公園で寝るのが理想ですね」
「私も、いつもはホームレス中学生です」

 すると、家族三人の目が点になった。
 口々に「十代でそんなに……」「最近の若い人の苦労はエキセントリックだね」「ごめんなさい。もっと私が早く気付いていれば」と口にしていた。
 ハルトは慌てて、

「ああ、でも慣れていますし。場合によってはバイトとかして日銭を稼いだりしてますよ。今の所持金は十円しかないけど。えっと……可奈美ちゃんは?」
「私はまだ旅始めてから半年くらいですけど。どうしてもっていうときは、年齢詐称でバイトしてます。家出少女扱いですけど」
「……まどかちゃん。一番エキセントリックなのは可奈美ちゃんだと思うよ」
「どっちもどっちですよ!」

 まどかが白目で机を叩いた。

「うーん……ハルトさんへのお礼って、改めて考えるとお手伝いよりも住む場所探しの方が重要なんじゃ」
「そんなことない。旅も慣れれば楽しいよ。ね、可奈美ちゃん」
「うーん……私はどっちでもないかな?」

 可奈美は手を顎に当てながら答えた。

「前はその人と一緒に回っていたから結構楽しかったけど、今は一人だからちょっと寂しいかな……」
「前?」
「その……」

 可奈美は少し考えるように頬をかき、

「その人と喧嘩別れしちゃって、見滝原にいるっていう話を聞いたから……」
「なるほど。仲直りのために来ているんだね」

 知久がその後を継いだ。可奈美はゆっくりと頷き、

「そうなんですけど……学校とかにもいるわけでもないですし……」
「そうか……ねえ、詢子さん。確か、」
「ええ。二人ともちょっと待ってて。町の喫茶店が、確か住み込みで働いている人を探しているはずだから。ちょっと行ってみて。まどか、案内お願い」
「はーい」

 それから十分後、ハルトと可奈美は鹿目一家に別れを告げ、移動することになった。
 

 

"save me save you"

「手あたり次第に絶望しろおおおおおおおおおお‼」

 突如として、街全体に響く大きな声。閑静な住宅地に、そぐわない悪魔がいた。
 まどかに、住み込みを探している店へ案内してもらっている途中。まどか曰くまだ半分くらいの道のりの途中で、果たしてこの町に来て何度目だろうか。ハルトにとっての敵がいた。

「ファントム……! また……!」
「え⁉ 何あれ……⁉」

 当然、可奈美は初めて見るであろう怪物の姿に驚愕している。ハルトは彼女を庇う様に手を伸ばし、

「まどかちゃん、可奈美ちゃんをお願い」
「は、はい!」
「いい返事」

 目を白黒させる可奈美と、彼女をこの場から離そうとする可奈美を尻目に、ハルトは走りだした。指輪をベルトにかざし、起動させる。

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』
「変身!」
『フレイム プリーズ』

 発生した魔法陣をくぐりながら、ハルトの姿が変わる。
 火のウィザードは、ソードガンを振るい、出会い頭にファントムを切りつけた。

「ぎゃあ! 何だ、貴様は⁉」
「通りすがりの魔法使いさ」

 クルクルとソードガンを回しながら、ウィザードは答えた。
 ファントムは立ち上がり、こちらへ向かってくる。
 ウィザードは体を回転させながら、蹴りでその肉弾攻撃を弾く。返しに切りつけ、的確にダメージを与えていく。

「悪いね。今忙しくてさ。初めまして、さようなら」

 ソードガンのハンドオーサーを起動。ルビーを読み込ませ、炎の刃が形成された。

『フレイム スラッシュストライク』

 構え、『ヒーヒーヒー』という音声とともに、一歩踏み出す。そのまま炎の刃がファントムを裂き、粉塵に帰すいつもの流れだ。

 だが。

「ちょっと待ちな!」

 そんな声が、ウィザードのトドメを食い止めた。
 振り向けば、まどかと可奈美が、もう一体のファントムに捕まっていた。巨体により、左右の腕でそれぞれ締め付けられていた。

「まどかちゃん!」
「よそ見かよ!」

 背後の痛み。人質に気を取られ、さようならを宣言したファントムの攻撃に、地面を舐める。

「悪いな。俺たちは双子のファントムだ」
「分かるよな? こいつらを傷つけたくないなら、動くなってやつだ」
「お前ら……!」

 ルビーの仮面の下からギロリと二体のファントムを睨む。
 並び立てば、二体のファントムはコントラストな色合いだが、全ての部位が同じだった。

「クソッ!」
「おっと、動くな」

 指輪を取り換えようとした瞬間、最初のファントムが右手をまどかへ向ける。

「別にお前が怪しげな魔法を使おうと勝手だが、その前に女が死ぬぞ? お前の魔法が届くよりも先に、俺が殺っちまうからな」
「卑怯者……」

 ウィザードは、指輪へ伸ばした手を下げる。
 その瞬間、ファントムの手から光弾が発射。全身から火花が散り、膝をついた。

「ぐっ……」
「あひゃひゃひゃ!」

 ファントムの笑い声。それがウィザードの怒りを買う。

「この……!」
「お前の言った通りだな! 初めまして、さようなら! あひゃひゃひゃ!」

 より、大きな光弾がファントムの手に膨らんでいく。
 ファントムが告げた、ウィザードの言葉。

「初めまして。さようなら」

「ぎゃああああああああ!」

 その時。突如として、ファントム___まどかたちを捕まえている方の___が悲鳴を上げた。
 何事かとウィザードもファントムもそちらへ注目する。

 すると、ファントムの両腕がなかった。
 綺麗な断面を見せ、後ずさりしながら腕を振っている。
 そしてその前には、人質___まどかが、茫然としていた。
 そんな彼女を、所謂お姫様抱っこで抱える人物___あの少女、可奈美が、強い眼でファントムを睨んでいた。

「こんな卑怯者、初めて見たよ」

 可奈美は、まどかを下ろす。まどかは「ありがとう……」と呟きながら、後ずさっていく。
 両腕を失ったファントムは、可奈美を恐れ半分で見下ろす。

「貴様、一体何を……」

 それに対する答え。可奈美は、言葉ではなく、刃で示した。
 そう。刃。
 まさに、日本刀としか呼べない代物が、彼女の手に握られていた。
 それと、彼女の足元に転がる、開いたギターケース。それから、その中にあったのはギターではなかったことが判明した。
 銀の光を放つ、刀。
桃色の装飾の突いた鞘を左手に、可奈美がもっていたのは、日本刀。
その名も、千鳥(ちどり)


「な、なんだ……⁉ それは⁉」
 ファントムの問いに対し、答えた。


「全てを薙ぎ払えるような、全てを守り抜けるような、私の御刀‼ 千鳥!」

 少女は、千鳥という刀を回し、告げた。

「元、美濃関(みのせき)学院(がくいん) 衛藤(えとう)可奈美(かなみ)! 行きます!」



可奈美はまず、切っ先を両手のないファントムに向ける。
 ファントムは、その口より炎を発射。瞬く間に炎の壁となり、可奈美へ迫る。

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 しかし可奈美は、大声のみでその炎へ立ち向かう。

(ウツ)シ!」

 刹那、その体が白い光に包まれる。すると、可奈美の動きが変わる。
 人間ではできない、俊足移動。一瞬で炎を突き抜け、ファントム本体まで移動した。
 そしてそのまま、ファントムの体を越える。

「次!」

 すでに可奈美は、腕なしファントムを背に、その場を去る。

「何⁉ まだ俺は倒れて___

 ない。そう言おうとしたのだろう。だが、彼は気付いていなかった。

 自身の体が、真二つになっているのを。
 ファントムの視界が、きっと大きく左右に開いたのだろう。
 ウィザードがそう思った瞬間、あのファントムの姿は爆炎と化した。

「弟よ⁉」

 最初のファントムは右手を伸ばして叫んだ。
 だが、可奈美は意にも介さず、残り一体のファントムへ躍り出る。

「このっ!」

 どこから取り出したのか、ファントムもまた剣で応戦する。可奈美の千鳥と火花を散らすそれは、可奈美の綺麗な日本刀とは異なり、黒く禍々しいデザインだった。

「……何がおかしい?」

 それが、ファントムの口から出てきた言葉だった。
 そして、それに対する可奈美の言葉に、ウィザードは耳を疑った。

「おかしいんじゃないよ。楽しいんだよ!」
「楽しい……?」
「だってそうでしょ⁉ 見たことのない剣術、どの流派にも当てはまらない戦い方なんて、私も初めてだもん!」

 それがどんな流派の、何という技なのかは分からない。だが、彼女の動きには一切の無駄がなく、まるで芸術品のような美しさがあった。

 その中で、少女はずっと笑っていた。

「すごい、タイシャ流みたいに体術を交えての剣術だけど、私が知ってるタイシャ流とは全然違う……! あっ! 今のって、すごい力! その振り、神道無念流だよね! なら、これは……すごい! 今の返し、鞍馬流だよね! 私、その攻撃受けたことあるよ! うわ! すごい! 今の、間宮一刀流? すごい……」
「一々うるせえ!」

 激昂したファントムが、攻撃の手を強める。しかし、可奈美の剣技は美しく、それを全て受け流していく。それどころか、可奈美の新陰流なる剣術が、少しずつ反撃の立ちを浴びせていく。
 徐々に、ファントムが押され始めていく。それは、ファントムが恐れ、可奈美が楽しんでいるという証だった。

「だが、それでも貴様は所詮人間に過ぎない!」

 ファントムの語気が増す。それを証明するように、だんだん可奈美も押されていく。

「人間ごときが、ファントムに勝てるはずがない! 弟を倒したのも、所詮はただのまぐれだ! 諦めて絶望してファントムを生み出せ!」
「諦めない! それに、それに、たとえ勝てなくても、悔しくても絶望なんてしない! それはきっと忘れちゃいけないことなんだよ! それは、これからの糧になるから!」

 やがて、ファントムの一閃を受け止めた千鳥が、邪悪な刃を絡めとる。そのまま上空へと放り投げると、ファントムの剣は遥か上空へ飛んで行った。

「何⁉」
「行くよ!」

 武器を失ったファントムの懐で、可奈美は身構える。

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 千鳥から発生した、紅蓮の光。それは、千鳥の刃を帯びる光となり、大きくその刃先を増す。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 可奈美の掛け声とともに、赤い剣凪がファントムを斬り裂く。
 それはファントムの断末魔を引き起こし、その身を爆散させた。

 ファントムの墓標のように地面に突き刺さる、禍々しい剣。それを見やりながら、可奈美は呟いた。

「私は全てを守り抜くよ。ここから、ずっと」

__________見ていてね。姫和(ひより)ちゃん____________

 彼女のその声は、ウィザードには全く聞こえなかった。
 

 

VS 可奈美

「可奈美ちゃん……君は……?」

 ハルトの姿に戻り、ゆっくり近づく。

「あの力は……一体……?」

 彼女の姿をじっと見つめるハルト。一方可奈美は、静かにこちらを睨んでいた。
 千鳥を納刀し、可奈美はゆっくりと歩いてくる。

「ハルトさん。貴方が、噂の魔法使いだったんだね……」
「……うん。そうなるね」

 彼女の眼付きから、ミーハーな感情で自分を探していたわけではないことは察しが付く。ハルトは、ソードガンを握ったまま、可奈美を見返していた。

「私、噂の魔法使いに確認したいことがあるんだけど」
「確認……したいこと?」

可奈美は頷いて、ゆっくりと左手の甲を見せる。
 長袖をめくり、彼女の手首が露になった。
 それを見たハルトは、目を大きく見開く。

「それは……!」
「やっぱり、貴方も知っているんだ……」

 可奈美の眉が吊り上がる。

「キュウべえから、大体のルールは聞きました。……魔力を持った人が見滝原で行われる、聖杯戦争」
「……それで、君は聖杯戦争を……サーヴァントは……?」
「まだ来ていないよ。けど……」

 可奈美は自らの令呪をさすった。左右に沿って伸びる線は、対照的で美しくも見えた。

「現れても、聖杯戦争には降りてもらおうと考えています。私一人で全部背負うから」
「それって、君の願いのため?」
「……貴方に頼みがあって、探していました」

 さっきまで明るい声だった可奈美は、冷たい眼でハルトを睨む。

「この聖杯戦争……降りてください」

 可奈美の鞘が、ハルトの左手を示す。
 令呪が宿す、その左手を。

「教会に駆けこむなり、斬り落とすなり。降りて下さい」
「……嫌だと言ったら?」
「……」

 オロオロしているまどかを脇に、ハルトと可奈美はにらみ合う。
 しばらくそのぶつかり合いが続き、可奈美は続ける。

「聖杯戦争を進めば進むほど、人間の道を踏み外すルールになっていく。分かっている?」
「一応。君と同じくらいには分かっているつもりだよ」
「そう。……」

 可奈美は、改めて抜刀した。千鳥と呼んだその刀は、夕日を反射して、ハルトは目を細める。
 可奈美は首を振り、

「この数時間だけ、一緒に過ごして、私もハルトさんがいい人だってのは分かってるよ。でも、聖杯戦争って、どんな願いでも叶うらしいから。聖人君主でも、そうならないって限らないから」
「……それは、君も当てはまるよね? 君も殺人犯にならないとは言い切れない」
「そうだよ。でも、ないから。だって私、強いし」
「それは俺も同じだよ」
「だったらさ」

 可奈美は、千鳥を構えた。

「立ち合い、しよう」

 それは、可奈美がいつも言っているようなまでに当たり前の口調だった。
 可奈美の言葉が理解できないハルトは、眉をひそめる。

「立ち合い?」
「うん。……そう、立ち合い!」

 身を乗り出す彼女は、勢いよく告げた。

「剣を交えば、その人が本当に悪いかどうか分かるんだよ! だから、早くやろう!」
「ごめん。言っている意味が分からない。まどかちゃん分かる?」
「私にも何が何やら」

 まどかも首を振った。
 可奈美はじれったそうに、

「とにかく、勝負してみれば分かる! それで、ハルトさんが本当に悪い人じゃないってわかれば、私も手を出さないから。ね?」

 これから戦おう。つまり、命がけのチャンバラをしようということだ。
 それなのに可奈美の顔は、まるでこれから遊ぼうというような笑顔だった。

「ねえ、可奈美ちゃん。今日見た中で一番いい顔な気がするんだけど」
「大丈夫だよ! それより、早く始めよう! 普段さっきみたいな怪物と戦っているんでしょ⁉ 刀使(とじ)とかとはまた違う打ち合いができるんでしょ⁉」
「何を言っているのかさっぱり分かんない。……とにかく、戦えばいいんでしょ?」
「そう! やろう!」
「……本気でやるよ」
「当然!」

 可奈美は勢いよく返事をした。
 そして、ハルトは可奈美へ駆け出し、斬りかかる。
 それに対し、千鳥が一閃、ウィザーソードガンを切り結んだ。
 ハルトと可奈美は、そのまま斬り合いに突入する。
 これまで、無数のファントムを牽制してきた、ハルトの斬撃。それら全ては、可奈美の刀に阻まれ、逸らされ、避けられる。
 斬り合いながら、互いに移動。その間、彼女の刀捌きに舌を巻いていた。

「一体、どれだけやってきたんだ……? この刀の使い方、普通の女の子のレベルじゃない……」
「それなりの修羅場は潜ってきたつもりだからね!」

 彼女の刃先がハルトに迫るたびに、冷や汗が流れる。
 受けて流す。そんな新陰流の刀使いからは一転、攻めに転じた彼女の動きは、防ぐだけで精一杯だった。

「っ!」
『ディフェンド プリーズ』

 日本刀が、魔法陣の防御を斬り破る。
 一瞬でも遅かったら、魔法陣ではなくハルトが真二つになっていた。

「ヤバい……明らかにそっちの方が技量上だよ……」
「ありがとう! でも、そっちもまだ見てないでしょ? もっと本気の立ち合いをしよう‼」

 つばぜり合いになり、可奈美との力比べになる。その時、ハルトは右手でベルトをかざす。

『ドライバーオン』
『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

「……分かった。こっちも本気でやらせてもらうよ」
「いいよ。もともと、そのつもりだったし!」
「……変身!」
「写シ!」
『フレイム プリーズ』

 互いに斬りかかりながら、炎の魔法陣を潜る。
 微熱を感じながら、ハルトはウィザードへ、可奈美は写しの霊体へ変化していく。

『ルパッチマジックタッチゴー ルパッチマジックタッチゴー』

 右手でハンドオーサーを動かし、ベルトを起動。速攻で指輪を読み込ませる。

『ビッグ プリーズ』

 魔法陣から伸ばした手が巨大化し、可奈美を圧し飛ばす。
 地面を転がった可奈美は、それでも問題なさそうに再起した。

「へえ……一応生身では大怪我するレベルでやったんだけど」
「これぐらいなら、写シでも問題ないから。魔法を活かした剣術、もっと見せて!」
「へえ。じゃあ、お望み通り」
『バインド プリーズ』

 魔法陣に手を突っ込む。魔法陣から発生した鎖が、蛇のように可奈美を襲う。
 だが、それらの鎖を一閃で斬り伏せた可奈美は、そのままウィザードと切り結ぶ。

「だったら……これだ!」
『エクステンド プリーズ』

 距離を取り、次の指輪を選択。
 延長を意味する魔法。それはウィザードの腕へ、伸縮自在な動きを可能とした。可奈美の上下左右、多面的な方角からの攻撃。
 対人を主戦場としてきたであろう彼女には未経験であろう空間からの攻撃だったが、可奈美はその全てを千鳥で防いでいた。

「……もう、驚き通り越して呆れてきたよ」
「ありがとう! じゃあ、次は?」
「卑怯とか言わないでね」

 可奈美の横凪を回避したウィザードは、ソードガンを銃にして発砲。
 魔力が込められた銀の銃弾。それぞれが別々の軌道を見せ、それが前後左右、あらゆる角度から可奈美を襲う。
しかし、それらを全て見切った可奈美は、その全てを斬り捨てた。彼女の足元に、銀の残骸が勢いなく零れる。

「……嘘でしょ」
「ホントだよ!」

 可奈美は再び身構える。

 そして、彼女の姿が消えた。

「え?」

 その瞬間、ウィザードの体より火花が散る。

「うわっ!」

 驚きながら、地面を転がるウィザード。
 目の前に現れた可奈美を見上げて、思わずつぶやいた。

「今の……高速移動?」
「普通の高速移動とはちょっと違うかな。これ、迅位(じんい)っていうんだけど」
「迅位?」

 可奈美は、自らの刀をかざす。

御刀(おかたな)からの力だよ。これがあると、私たちが本来いる現世(うつしよ)とは別の世界からの高速移動能力が得られるんだよ」

 再び可奈美の姿が迅位により加速する。

「こんなふうに!」

 再びの斬りかかり。ウィザードはソードガンで防ごうとするが、彼女の素早い斬撃はそれをすり抜けてくる。

『ディフェンド プリーズ』

 しかし、ある時。ウィザードを守る魔法陣により、可奈美の動きが止まった。

「今だ!」

 ウィザードは、一瞬のスキに一気に切り込む。上薙ぎ、下払い、蹴り、スライディング。いずれも可奈美は、無駄ない動きで回避する。
 そしてソードガンの斬撃を千鳥で受け、そのまま何度も何度も切り結ぶ。

「こうなったら……」

 一か八か。そう判断したウィザードは、ソードガンの手の形をしたオブジェを開放。すると、ソードガンから音声が流れ始めた。

『キャモナスラッシュ シェイクハンズ キャモナスラッシュ シェイクハンズ』

 可奈美より飛び退き、ルビーを、オブジェと握手をするように握る。

『フレイム スラッシュストライク』
「すごい……!」

 ソードガンの刃に走る炎の流れ。それを可奈美は、キラキラと輝かせた目で見つめていた。

「これが魔法を交えた剣術……! 本当に、私たち刀使とは全く違う!」
「剣で語ってほしいんでしょ? だったら、俺の剣の本気を撃つ。可奈美ちゃんも、そうしたら?」
「……! うん!」

 これは戦いの最中の会話。
 そんなことを忘れそうになるくらい、可奈美は笑顔を見せていた。

「……ハルトさん」

 可奈美の雰囲気が変わった。

「やっぱり、立ち合いは楽しい!」
「……え?」
「これまで、色んな流派の剣と戦ってきたけど、ハルトさんみたいなのは初めて見た! 足を使った、剣捌きに、魔法を交えた補助戦術!」

 可奈美は、腰を落とし、身構える。
 彼女の白い写シが、深紅へ染まる。

「分かったよ。ハルトさん」
「? 何が?」
「剣を交えれば、その人のことが分かるって言ったでしょ? ハルトさんは、聖杯戦争の……自分の願いのために、誰かを犠牲にできる人じゃない」
「どうしてそれが分かるの?」
「ハルトさんの剣は、真っすぐで、強くて。皆を守ったり、楽しませたり。そんなことがしたい。そんな魂がこもっているから。……でも、何かを隠してる?」
「……!」
「とにかく、悪いことをする人じゃない。それは、絶対に間違いないよ!」
「……ふうん……なんか、よくわからないな」
「とにかくそうなんだよ! だから、私も全力で、ハルトさんとぶつかりたい!」

 彼女の刀より、赤い光が流れ出す。

「行くよ!」
「ああ」

「だあああああああああ!」
太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 その時。
 まどかの前で、巨大な爆発が起こった。
 野次馬が集まってきて、警察も出動。当事者たちが、疲れた体を動かして慌てて逃げていったのだった。 

 

ご注文は衣食住ですか?

 松菜ハルト 十八歳。
 職業 大道芸人。
 年収 一万円以下。ただし、バイトなどで不定期な収入あり。
 特技 変身。ウィザードとして、人々を守っている。
 
 借金負債 中学生の女の子に日に日に増えていく。

「はあ……」
「どうしたんですか? ハルトさん」
「いや。その……俺って、まどかちゃんに情けない姿しか見せていない気がしてなあ」
「え?」

 可奈美と河原で戦って、互いに満足してからひと段落した後。
 ハルトと可奈美は、互いに満身創痍となり、まどかの母の勧めの場所に行く前に、体を整えなければならなくなった。
 洗濯、銭湯。ハルトも可奈美も持ち合わせなどなく、結果中学二年生のまどかに借りを作ることとなった。

「俺、君に作った借金が膨大になってきたなあって……なんか、自分が情けなくなってきた」
「ハルトさんは、その代わりファントムから皆を守っているじゃないですか。誇っていいと思いますよ」
「ありがとう……でも、いつか返すよ」
「大丈夫ですよ。これから行くところ、住み込みでもいいから従業員を探しているところですから」
「ありがとう……」
「ねえ、まどかちゃん」

 まどかの隣の可奈美が話しかけた。

「これから行くところって、どんなところなの?」

 そう言ったところで、彼女の足が道路の境目に入った。
 アスファルト舗装されていたところから、石畳の道路へ。
 コンクリートの街から、木造の町へ。

「この木組みの町の地区だよ。ここ、私のクラスメイトがいるところがあって、そこで人を募集しているの」
「へえ……あれ? クラスメイトの人、バイトしてんの? 中学生なのに?」
「お店の店主の子ですから、お手伝いです。もうそろそろ……あ、着いた」

 まどかが指差したのは、石畳と木組みの店だった。先ほどから、周辺にも多くの喫茶店やら飲食店が並んでいる場所こそが、まどかの目的地だった。

「えっと……」

 ハルトは、目を細めて玄関上にある看板を見上げる。

「なにあれ……? ラ……?」
「ラビットハウスって書いてあるね」

 一足早く速読した可奈美。全く目を細めていない彼女は、まどかに「ラビットハウスってどういう意味だっけ?」と尋ねている。
 まどかは、少し考えて、「確か……ウサギ小屋だね」と答えた。

「「ウサギ小屋?」」
「うん。まあ、入れば分かるよ」

 そう言って、まどかはお店の扉を引いた。チリン、と耳に優しい音が鼓膜を揺らす。

「こんにちは」

 まどかの挨拶に、まどかとハルトも続く。
 甘いカフェオレの香り。落ち着いた木製の机とカウンター。
喫茶店などと言う贅沢な場所訪れたのは、いつぶりだろうか。

「いらっしゃいませー」

 店側からの返事は、そんな明るい声だった。明るい顔をしたショートヘアの少女が、そそくさと駆け寄ってきた。
高校生のバイトだろうか。栗色の髪と、ピンクのエプロン。笑顔が何よりも似合いそうな少女は、接客業らしく、全く物怖じせずに、ハルトたちに近づいた。
 そのまま座席へご案内……はせずに、一直線にまどかへ抱きつく。

「まどかちゃーん!」
「うわわっ」
「えへへ……もふもふ」

 とろけた顔で頬ずりまで始める少女。まどかは驚きながら腕を振って抵抗する。
だが、少女がまどかを手放す様子はなく、可奈美が「あ、あの……」と声をかけても応じない。

ココア(ここあ)さん!」

 と、か細い声が、彼女を引き剥がす。
 声の主は、最初の少女よりも幼い少女……女の子だった。可奈美の胸元くらいの背丈で、起伏の少ない表情で困惑を示している。青いロングヘアーの上には、白い毛球が乗り、一連の流れよりもそちらが気になる。

「お客様にいきなり抱きつかないでください。ほら、まどかさん困ってるじゃないですか」
「あ、ううん。私は別にいいから」

 まどかが手を振る。それをしめたと、ココアと呼ばれた少女はさらに頬ずりのペースを上げる。

「まどかちゃ~ん」
「ひゃっ! くすぐったい……」
「ココアさん! お客様をご案内出来ません!」

 まどかに抱き着く少女と、それを止めようとする女の子。その光景を眺めながら、ハルトは呟いた。

「俺たち、もしかしていらない人?」
「あははは……」

 可奈美の苦笑だけが、ハルトを無視することない返事だった。



「すみません、お見苦しいところをお店しました」

 毛玉を乗せた少女からコーヒーを受け取りながら、ハルトと可奈美は謝罪を受けた。

「いや、別にいいけど……まどかちゃん、本当にいいの?」
「はい。二人には、この前ファントムから守っていただきましたし。今回案内したのは私ですから」
「そう? ……もう、遠慮とか考えない方がいい気がしてきた」
「あはは……」

 苦笑する向かい席のまどか。
 一方、同じくコーヒーを受け取った隣の可奈美は、コーヒーを届けてくれた青い髪の少女の頭上をじっと見上げている。正確には、その頭上の毛玉を凝視していた。
 少女もそれに気付き、盆を胸元に当てて、顔を隠す。

「あの……何ですか?」
「ああっ、ごめん……」

 可奈美は気にしないように、前を向く。だが、どうしても気になり、再び毛玉へ視線を移す。

「ねえ、その頭の上の……何?」
「ウサギです」
「「ウサギ⁉」」

 思わず可奈美と同時に立ち上がる。
 ウサギ。哺乳類、ウサギ目ウサギ科ノウサギ属ニホンノウサギ。それが一般的な兎だが、今少女の頭上のウサギはそれではなかった。アンゴラウサギというトルコ発祥の種類のウサギだということを、ハルトも可奈美も知る由はなかった。
 可奈美は取りつかれたように、両腕を伸ばしては下げ、ウサギに触ってみたい欲望と戦っていた。

「ねえ、それ!」
「非売品です」
「私何も言ってないよ⁉」
「非売品です」
「別に買わないから、モフモフさせて!」
「コーヒー一杯につき一回です」

 一気飲みした。

「はい! お願い!」
「……」

 少女は少し抵抗したそうな顔をしながらも、契約通り、ウサギを渡す。

「うわぁ! すごい! モフモフだ!」

 ごしごしと全身をさすり、やがては頬ずりまで始めてしまう可奈美。明らかに一回という約束を反故にしている気もするが、ハルトが口出すことでもない。

「ねえ、このウサギなんて言うの?」
「ティッピーです」
「へえ……ティッピーっていうんだ。うん、モフモフ!」

 名前判明以外は一切変わらないながら、可奈美はモフモフを続ける。

「ほほう。お客さん。見る目がありますな」

 すると、ハルトの隣に、あのココアという店員が腰を下ろした。彼女は組んだ手に顎を乗せ、可奈美へゆっくりと語りだした。

「どうですかい? ウチの名物、ウサギのティッピーは? 凄まじいモフモフ天国でしょう?」
「ココアさん。変な喋り方してないで仕事してください」

 青髪の少女が、ココアをたしなめる。するとココアは、少女へ抱きついて、

「だってぇ! モフモフを語り合えそうな人がいるんだもん! 少しだけ!」
「ココアさんいつもそんなこと言って大して仕事していないじゃないですか。ほら、まどかさんも困ってますし」
「でもー」
「ああ、あの! ごめんなさい! ありがとうございました! ウサギ、返します!」

 回数を超えていることに気付いたのかどうか。可奈美は慌てて、ウサギを少女に差し出した。頭の上という定位置に戻ったことに安心したのか、少女も少ない表情筋で笑みを見せる。

「ねえ、ココアちゃん。チノちゃん」

 ひと段落着いたところで、まどかが切り出す。

「ここ、部屋空いているって前言っていたよね? この人たち、居させてあげられないかな?」
「え?」
「この人たち、事情があって見滝原から離れられないんだけど、家がないんだって。ここに住まわせてあげられないかな?」

 事実を述べている。確かに事実を述べてはいるが、客観的に聞くと、ハルトはすさまじい怪しさを感じた。

「いいよ」
「どうしてココアさんが許可をしているんですか」

 ジト目の少女がココアを制し、まどかと向き合う。

「すみません。そういうことは、店主である父に聞かないと分からないです。……でも」

 少女___まどかはチノと呼んでいた___がまじまじと可奈美を見つめる。

「えっと……お姉さん、私と同じくらいの年ですよね? どうして……」
「チノちゃんがお姉ちゃんって呼んだ! 私というものがありながら!」
「ココアさん、黙ってください。それで、どうして住むところがないんですか? 中学生くらいですよね」
「うん。ちょっと、大切な人に会いたくて、手がかりを探して旅をしているんだ」

 可奈美の顔に陰が落ちる。

「?」
「まあ、その手がかり……が、見滝原にあるから、それを探しているんだけど」
「手がかりですか」

 チノは頷き、次にハルトを見つめる。
 ハルトは肩をすぼめ、

「俺は大道芸の旅の途中、ちょっと訳あって見滝原にいなくちゃいけなくなっただけ。別に野宿でもいいけど……」
「ダメですよ」

 まどかが、目を吊り上げる。

「そんなに汚れていちゃ、お客さんも来ませんよ。ねえ、チノちゃん。どうかな?」
「どうでしょう? さすがにタダは無理でしょうから……リゼさんの抜けた穴に入れられるでしょうか。聞いてみます」

 チノはココアに「少しの間お願いします」と言い残し、奥のドアから出ていった。
 ハルトはそれを見送りながら、

「なんか……ごめんね。話を大きくして」
「ううん。全然平気だよ。それに、モフリ仲間ができるし!」
「だってさ。可奈美ちゃん」
「モフリ仲間って、私?」

 苦笑いの可奈美に、ココアはうなずく。可奈美は「あはは……」と笑いながら、

「ねえ。あの子……チノちゃんって言ったっけ?」
「私の可愛い妹だよ!」
「ココアちゃん。違うでしょ」
「あと、まどかちゃんも私の妹だよ!」
「妹多いな」
「違うよ! ココアちゃんは、年下は誰でも妹にしちゃうだけだからね⁉」
「節操ないな」

 ハルトはツッコミながら、もう一度コーヒーを飲む。苦い味が口の中に広がり、ああコーヒーってこんな味だったなと思い返していると、ココアが自己紹介を始めていた。

「改めまして、私、保登(ほと)心愛(ここあ)! お姉ちゃんって呼んでね! 妹のチノちゃん……香風(かふう)智乃(ちの)ちゃんもよろしくね!」
「衛藤可奈美って言います。よろしくね! お姉ちゃん!」

 一切の躊躇いもなくのお姉ちゃん発言に、ココアは目を輝かせる。おお、これがシイタケ目ってやつかと思いながら、ハルトはコホンと咳払いをする。

「えっと、松菜ハルト。流れの大道芸人です。よろしく……お姉さま」
「お姉さま……」

 少し絡め手の呼び方をしてみた。どうやらココアには新鮮な響きらしく、しばらく「お姉さま」と連呼し、

「うん。いい! すごくいい! ハルトくん、お姉さまって呼んで! でもほんとはやっぱりお姉ちゃんって呼んでほしいから、お姉ちゃんって呼んで!」
「結局お姉ちゃん呼びがいいんかい!」

 ハルトがツッコミを入れたところで、再びドアが開く。
 振り向くと、チノが背の高い男性を連れて立っていた。髭と彫りがダンディな背の高い男性。チノが言っていた父だろう。
 チノの父は、そのままハルトと可奈美の席へやってきた。

「やあ。鹿目さんから、話は聞いているよ。君たちが、ここに住みたい旅人だね?」
「あ、はい……」

 壮年の力量を感じる声に、思わずハルトは背筋を伸ばす。可奈美も緊張しているのか、顔が強張っていた。
 チノの父は続ける。

「部屋の空きもある。住みたいというなら、私は構わない。だけど、流石にタダというわけにはいかないね。どうだろう。賃料として、ここで働いてはくれないだろうか」
「それは、もちろん」

 可奈美が答えた。ハルトもそれに続く。

「ありがとう。ちょうど最近、バイトの子が留学で止めてしまってね。チノとココア君だけでは、少し大変だったんだ。それでは」

 チノの父は、手を差し伸べた。

「これから、よろしく頼むよ。私は香風タカヒロ。このラビットハウスの店主で、チノの父親だ」
「よろしくお願いします」

 ハルトは、その手を握り返した。強く、ごつごつした手が、ハルトにはとても印象深く感じた。
 そして、ハルトが握り返した手に刻まれた令呪には、可奈美の視線を感じていた。
 

 

青い変なお客様

「行ってきま~す」
「行ってきます」

 ラビットハウスでのハルトの生活は、そんな二人の挨拶から始まる。
 すでにウェイター、ウェイトレス衣装に着替えたハルトと可奈美は、開店時間の九時までに店を掃除しておく。その後、必要があれば可奈美とともに市場へ必要な買い足しを済ませ、戻ってくると同時に開店の立て札を立てる。
 マスターのタカヒロが仮眠をとっている間、業務を教わったハルトと可奈美が店番をするのだ。
 だが。

「暇だ」
「暇だね」

 カウンターに突っ伏すハルトは、そうこの状況を断じた。
 可奈美も、手ごろなカウンター席に座り、両足をブラブラと揺らしている。ココアと同じ、ピンク色のエプロンを着用している彼女は、今十七歳という年齢詐称で働いていた。
 可奈美は欠伸をしながら呟く。

「はあ……ねえ、ハルトさん。鍛錬したいんだけど」
「仕事の時間に刀を引っ張り出さないで」

 御刀を持っているだけでも銃刀法違反の疑いがかけられそうなのに、毎回注意しないと彼女は聞かない。可奈美は「はあい」と返事を返す。
 ラビットハウスで勤め始めてから一週間。二人がいる時間の間、客足はほとんどない。
 時々若い主婦が休息に訪れる程度で、その頻度も芳しくない。
 ハルトはそんな空間の中、可奈美との会話しかすることがなくなっていた。

「そういうのって危ないよ。もし店の備品壊したらどうするの?」
「そういうハルトさんも、何か芸やってる」
「は⁉」

 驚いた拍子に、今出現した花を取りこぼしそうになった。

「あれ? 今……俺」
「うん。誰もいないところで、『スリーツーワンほい』って、ハンカチから花出してたよ」
「マジか……」

 マジでマジックをやっていたハルトは、意識外に持っていたハンカチをポケットにしまう。

「……ねえ。可奈美ちゃん。結局俺たち繁忙期に一回も立ち会わせたことないけど、結局ただ飯くらいじゃ」
「それ言っちゃう?」

 可奈美が眉を八の字にしながら言った。
 そのまま「はあ……よし」と両手をぐっと握り、

「とにかく、お世話になっているんだから、仕事はしなくちゃ。ほら、掃除とかすることいっぱいあるから。もう済ませてあるけど、もう一回、掃除しよう!」
「……なら、その箒を剣道みたいに振るのを止めようか」
「……は⁉」

 可奈美は、箒で縦に素振りをしている自分にあんぐりと口を開けた。

「え? こ、これは……その、うん。言い訳できない」
「毎朝こっそりどこかへ出かけているけど、もしかしてそれが原因?」
「鍛錬しないとね。体が剣術をしたいって」
「剣術ねえ……」
「ねえ」

 箒を置いた可奈美が、ハルトにぐいっと顔を近づけた。

「ハルトさんの剣術って、どこの流派? 私は新陰流なんだけど、最近は鹿島新當流にも興味持ってて。友達も北辰一刀流を習得していて、居合切りも本当に強くてさ。私も旅の途中で時々鍛錬しているんだけど、なかなか習得できないんだよね。旅に出る前に聞いておけばよかった。あ、でもハルトさんのって、どちらかというとタイシャ流に似てるよね? 剣と体術を交えてのだと……」
「ストップストップ!」

 この一週間の生活で可奈美のことがよく分かった。
 彼女は、剣術の話になると止まらない。明るい女の子なのに、そんなに剣が好きなのかといつもハルトは疑問を持っていた。

「俺のは独学。ファントムを倒していく内にいつの間にか習得していた。んで、あちこちにファントムが暴れているらしいから、学校をやめて旅に出て、大道芸やっているうちにああいう芝居かかったやり方しているわけ」
「あれ独学なの⁉」

 十秒前のこちらの頼みは彼女の脳の彼方へ飛んで行ったらしい。
 次は絶対に、どうやって編み出したのかとか聞かれる、と警戒した。その時。

 チリン、とドアが開く音がした。

「い、いらっしゃいませ!」

 可奈美から逃げるように、ハルトはやってきた客に接待する。
 入ってきたのは、二十代くらいの女性だった、ふんわりとした雰囲気の彼女は、ハルトと可奈美を見て笑んだ。

「おやおや? 新しい店員さんですね」

 ふんわりとした女性は、常に笑みを絶やさず、ハルトに言われるがままに窓際の席に着く。
「私、青山(あおやま)ブルーマウンテンと申します」
「不思議な名前だな……あ、俺、松菜ハルトです」
「よろしくお願いいたしますね。それでは、キリマンジャロをお願いします」
「かしこまりました」

 ハルトは腕を回してお辞儀をする。
 そのままカウンターへ赴き、焙煎を始める。
 一方可奈美は、その客をじっと見つめていた。
 
「可奈美ちゃん。手伝ってよ」
「うーん。ところで、あのお客さん……」

 彼女の視線は、好気的なものではなかった。
 客も、なぜか机の下へ背中を曲げ、じっと可奈美を凝視している。

「なんか、私を見ているんだけど……」
「一目惚れでもされたんじゃない?」
「私女の子なんだけど……?」
「よくあるんじゃない? 女の子が女の子に惚れるって」
「ないでしょ、あんまり」

 仕事中の私語をしている間にも、女性はじっと可奈美を見つめている。

「あの~」

 女性がこちらに近づいてきた。彼女は胸に何やら手帳を抱えており、カウンター席に座るなり開いた。

「すみません。その……どうしてもあなたのことが気になってしまって」
「え? 気になるって……?」
「言葉通りですよ……私、貴女のことが気になって気になって仕方ないんです」
「え⁉」
「あ、お客さん。出来ましたよ。キリマンジャロ」
「その~。お嬢さん。お名前は?」

 青山と名乗った女性は、ハルトのコーヒーを無視して、可奈美へ顔を寄せる。
 可奈美は口角を吊り上げながら、「衛藤可奈美です」と名乗った。
 青山ブルーマウンテンさんは「可奈美さんですか……」と頷く。

「腕の筋肉がすごいですね……とてもココアさんたちと同じ世代とは思えません……」
「あ、あはは……鍛錬してますから」
「鍛錬? ……普段は普通の中学生。だけどその正体は特別な力を持つ魔法剣士……降りてきました!」

 青山さんは、大急ぎでテーブル席に戻る。鞄から原稿用紙を取り出し、

「来ました来ました! 降りてきました!」

 さっきまでののほほんとしていた表情の女性は、嬉しそうにカリカリと書いている。

「決めました! これはいいですよ!」

 ある程度書き終えた青山さんは、その原稿用紙を掲げる。

「ようやくヒロインの設定ができました。思い人を探し求めて各地を転々と渡り歩く、流浪のヒロインが、出会った主人公と衝突を繰り返しながら成長していく……」

「……」
「……」

 気まずい表情のハルトと可奈美は顔を合わせる。
 さらに、この青山さんは続く。

「主人公は……そう、同じく旅する……」
「あの!」

 これ以上真実を当てられると怖くなってきたハルトは、青山さんを食い止める。

「もしかして青山さんって、作家さんか何かですか?」
「ええ。私、小説家なんです」

 にっこりと青山さんは微笑んだ。
 クリームな色の髪を手で梳かしながら、肩にかけている鞄より、重そうな本を取り出した。
 茶色の表紙に、細かく書かれたその表紙は、ハルトには見覚えもないものだった。

「うさぎになったバリスタ?」
「映画化もされました」
「ハルトさん知らないの?」

 可奈美が尋ねた。
 ハルトが頷くと、可奈美は唖然と口を開けた。

「嘘でしょ⁉ 私の地元でも友達、大人気だったよ」
「一年以内の映画だったら俺旅の途中だよ」
「一昨年やってたよ。……ってことは、お客さん、青山ブルーマウンテン⁉」
「あれー?」
「今さっき自己紹介してもらったところだけど?」

 青山さんは目を丸くして、口を押える。
 ハルトは、軽く失礼なことを言い出す可奈美にそう付け加えた。
 可奈美はそれを無視し、

「あの映画、本当に面白かったです! 特に、息子が嵐の中で弾き語りをしながらお金稼ぐシーンが!」
「あら? 序盤のそこを好きになる人って珍しいですね」
「そうですか? うーん。……まあ、私って、好みが人とは少しずれているみたいだし、そういうのは仕方ないかなあ」
「ズレてるの?」
「見てない俺が言うのもおかしな話だけど、話の流れからすればずれているんじゃない?」
「そう? どうなんだろう。でも、私好きなアニメとかすぐに打ち切りになっちゃうから、そういうところが関係しているのかも」
「それって、普通の人と感性がズレているってことだけど」
「うえ~」
「可奈美さん。ところで、お願いが……あるのですが」

 青山さんが顔を可奈美に近づけた。

「私、今日一日、貴女を観察していたいのです」
「は、はい⁉」

 可奈美が唖然とした表情をしているが、青山さんはそんな彼女の表情を無視し、屈む。

「え⁉ あの……!」
「私、貴女を観察したいんです。貴女からは、何か面白そうなにおいがします」
「ああっ! スカートをめくりながら言わないで下さい!」

 可奈美が抑えているが、青山さんはひらひらとスカートのすそをめくっている。ラビットハウスの女性制服はロングスカートが付いているが、それが可奈美の足元のタイツを見せては隠しを繰り返している。
 いい眺めだなとその光景を眺めていると、「ハルトさん助けてください!」厨房の電話がけたたましい音を奏でた。

「あ、可奈美ちゃん。悪いけど接客お願いね」
「ハルトさん! お客様も、そろそろやめてください!」

 可奈美の悲鳴と青山さんの笑い声をバックに、ハルトは受話器を取る。今時こんな壁に取り付けられた木製の電話なんて見たことないと思いながら、ハルトは耳に当てる。

「はい、ラビットハウスです」

 一週間で、この応対の仕方にも随分と慣れてきた。
 ハルトが見滝原に来る数か月前より始まった、ランチの出前の注文を受けたハルトは、そそくさと既定のメニューを作り、パッケージに入れる。

「よし。可奈美ちゃん。俺外出てくるから」
「ハルトさん止めて!」

 延々とセクハラされ続ける可奈美をドアの奥へ押し込み、深呼吸した。
 都会である見滝原より離れたこの木組みの町は、空気がやさしい。

「ファントム退治と聖杯戦争が終わったら……ここに、住んでみたいな」

 バイクのアクセルを入れながら、思わずそう呟いた。
 

 

行き倒れが当たり前にいる町だとは思わなかった

「ほいっ、配達完了」

 何で喫茶店が昼食配達サービスをやっているんだろうなと思いながら、ハルトはバイクを帰路に立たせる。
 午後四時。そろそろ町に学校帰りの生徒が増えてくる時間帯だった。
 見滝原の中心街は夕焼け空で赤く染まり、普段真っ白な街並みが全く異なって見える。まるで街全体が小さな炎で燃えているみたいだった。
 その中、ハルトはバイクを走らせながら念じていた。

「ガルーダ来るなユニコーン来るなクラーケン来るな……」

 プラモンスターが来ることそれ即ちファントムの襲来。
よりにもよって見滝原の反対側から来た注文を終え、店に戻ろうとしているところだ。それなりに疲れた体は、戦闘よりも休息を必要としていた。

「ガルーダ来るなユニコーン来るなクラーケン……来たぁ‼」

 薄っすらと来るんじゃないかと思っていた存在に、ハルトは悲鳴を上げた。
 ハルトの進路上に現れた黄色の物体。手のひらサイズのプラスチック製らしきそれは、ぴょんぴょんと跳びながらバイクのハンドル部分に乗る。

「……クラーケン……」

 ガルーダ、ユニコーンに続くハルトの使い魔。クラーケン。タコの形をした黄色のそれは、頭をクルクル回転させながらハルトに寄る。

「ああ……クラーケン、俺今仕事中なんだ。できれば用事は……」
「______!」

 破裂音のような声で、クラーケンが訴える。
 もうこれでいつものパターンだと察せる。

「……ファントムだよね?」
「______!」

 だが、いつもは縦に動くクラーケンは、横に動いた。

「あれ? ファントムじゃないの? 魔力切れ?」

 否定。

「よかった~。それじゃ、俺が変身する事態にはなっていないんだ。たまには普通に労働して就寝で終わる日があってもバチは当たらないよね」

 クラーケンは動きを止めた。そんなんでいいのかと言いたいような雰囲気を醸し出しているクラーケンに、ハルトは肩をすぼめた。

「……なんだよ。いいでしょ。俺だって平和な日々を送りたいよ。あ、ところで、魔力切れでもないのなら、何で戻ってきたの?」
『僕が頼んだのさ。松菜ハルト……いや、ウィザード』

 なぜ気付かなかったのだろう。
 宙に浮いているクラーケン。その真下に、いたのだ。

「……キュウべえ……」

 ハルトを聖杯戦争に参加させた張本人である妖精、キュウべえがいた。

「何の用だ……?」
『少し気になってね』

 キュウべえは背を伸ばした。ぱっと見可愛らしい仕草だが、キュウべえがこの聖杯戦争に巻き込んだことを考えると、嫌悪感しか湧かなかった。
 しかしキュウべえは、そんなことを気にすることなく続ける。

『君の使い魔に頼んで、連れてきてもらったのさ』
「なんで?」
『君と衛藤可奈美がなかなか聖杯戦争に参戦してくれないからね。なぜなんだい?』
「言っただろ。俺は、皆を守るために魔法使いになったんだ。叶えたい願いなんてものもない」
『そうだね。君は、戦いを止めることそのものが願いだったね』
「わざわざそれを確かめに来たのか?」
『まさか』

 キュウべえはバイクのフロントに跳び乗る。ハルトはそれが気に入らず、顔をしかめるが、キュウべえには通じない。

『先日、君が戦っているファントムという怪人を目撃したよ。なるほど。恐ろしいほどの魔力の塊だね』
「……まあな」
『少し興味ある現象でね。魔力を持った人間、ゲートが深く絶望すると、その人間を突き破って出てくる。それで間違いないかい?』
「……ああ」
『本当に興味深いね。そのシステムは』

 クラーケンが、ハルトの手元に降りてくる。魔力切れと理解したハルトは、クラーケンのボディから指輪を抜くと、その体が霧散した。
 それを眺めているキュウべえは続ける。

『君には衛藤可奈美の願いを伝えた方がいいかもしれないね』
「?」

 そんな、聖杯戦争にとって重要なファクターを勝手に伝えてもいいのか。ハルトはそう思いながら、キュウべえの言葉に注意する。
 キュウべえは語った。

『彼女の願い。君は知っているかい?』
「……知らない。でも、それをお前から聞こうとは思わない」
『どうしてだい?』

 ハルトは少し黙った。そして。

「可奈美ちゃんから直接聞く」
『ふうん。やはり人間は理解できないね。知りたいことを最短で知るのが、一番効率的じゃないか。全くわけがわからないよ』
「お前が分かるようになれば、俺たちとも少しは共存できるのかもな」
『それは早計だよ』

 キュウべえはハルトのバイクから飛び降りた。ピンクの模様が付いた背中をこちらに向ける。

『まあいいさ。でも僕は、衛藤可奈美には間違いなく伝えたよ。この聖杯戦争に勝ち残れば、願いが叶えられるって』
「……何が言いたいのさ?」
『衛藤可奈美に、いずれ寝首を搔かれるだろうと。まさか、それほど信用しあえる仲でもないと思うけど』
「……」

 ハルトは黙った。改めて考えれば、ハルトは可奈美のことを何一つ知らない。剣術バカであり、大切な人を探しに見滝原に来た。それ以上のことは何も知らない。
 それを知ってか知らずか、キュウべえは続ける。

『理解しているのかい? マスターはそれに、彼女だけではない。いずれ君の前に現れるマスター一人一人に対しても、彼女のように対応するつもりかい?』
「……悪いのか?」
『いや。まあいいさ。そういう立ち回りも有意義だろう。君の健闘を祈るよ』

 そのまま四つ足で歩み去っていくキュウべえ。ハルトはどんどん小さくなっていくキュウべえの姿から目を離し、手の甲の令呪に視線を落とす。
 以前キュウべえが言っていた、サーヴァントという令呪については、まだ出てくる気配もない。
 このまま、見滝原での平和はいつまで続くのだろう。
 そんな心配を抱きながら、ハルトはエンジンを入れた。
 そして。

「腹減った~」

 車道のど真ん中で行き倒れを見つけた。

「……」

 さっきはキュウべえ、次は行き倒れ。早々お目にかかれない珍事の連続に、ハルトは思わずヘルメットを外した。

「……あ、あの……」

 一方通行の車道で昼夜堂々とうつ伏せで倒れているその人物。バックパックを背負い、春先にはまだ暑い長袖とジーンズのその男は、ハルトの気配を察したのか、「腹減った……」という声を上げた。
 ハルトは困りながらも、ポケットから財布を取り出す。ラビットハウスで働いた一週間。少しだけ前金としてもらった金が残っていた。

「……ちょっと待ってて」

 少し考えたハルトは、脇にバイクを止め、近くのコンビニへ駆け込んだ。



「いやあ、悪い悪い」

 行き倒れの青年は、素晴らしい笑顔でハルトが買ってきたおにぎりを頬張る。
 バス停に設置された椅子は、こうして一時休憩するには持って来いだなと感じながら、ハルトは頭を掻く。

「このご時世に行き倒れで道に倒れるってのもそんなに見ないけど」
「いや、フィールドワークでこっちに来たんだけどよ」

 おにぎりを平らげた青年は、ハルトの肩を掴む。

「いやあ、ご馳走さん! おかげで助かったぜ」
「ああ、まあ無事ならよかったよ」

 ハルトは手を振り払う。

「アンタ、いつもあんな風に行き倒れているのか?」
「時々だな。いつもは日銭稼いで何とかしてるぜ」
「おお。随分ワイルドだな」

 その言葉に、青年は白い歯をにっと見せる。

「いやあ、宿無し生活ってのを始めてみたけど、なかなか上手くいかねえもんだな! あ、俺多田(ただ)コウスケってんだ。よろしくな!」
「松菜ハルト。どうもよろしく。あ、それはそうと、俺結構旅してきて、ゼロ円生活とかしてきたけど、よかったらそのコツとか教えようか? また行き倒れるより、食料調達方法知っていた方がいいよ?」
「ああ、そうだな……悪いけど、教えてもらえねえか? ……あ」

 顔を輝かせたコウスケは、ふと何かを思い出したかのように考え込む。

「悪い。その前に、今人と待ち合わせしているところなんだ。そいつが来るまで、口頭で教えてくれねえか?」
「構わないけど……待ち合わせの途中で行き倒れていたの? アンタ、身なりはそんなに悪くないのに」
「はは。フィールドワークって言ったろ? 俺、研究のためにこの見滝原に来たんだ。しばらく離れられねえけどな」
「ふうん。学者?」
「いや。まだ大学院生だ。ま、研究論文製作期間が長すぎるから休学中だけどな」
「へえ。なんの研究?」
「考古学ってやつだ。ま、昔の人が作ったものを研究するもんだな」

 コウスケは、目をキラキラ輝かせながら言った。

「お前、疑問とかないか? 昔の人はどうやって文化を築いたのかとか。今残っている文明はもとより、今なくなっている文化とか、ワクワクしねえか? 例えば……」
「ああ! 語らなくてもいいから!」

 語り出したら長くなりそうなコウスケを、ハルトは食い止める。
 すでに午前中にも、こんな語りだしたら止まらない輩とひと悶着あったのだ。これ以上増やしたくはない。
 だが、コウスケは「そうか」と片付ける。
 ハルトはため息をついて、尋ねた。

「そんな人が行き倒れていたのか……大丈夫なのか?」
「皆まで言うなって。何とかなんだろ」
「そんな適当な……」

「コウスケさん!」

 その時。そんな大声が、ハルトの耳に飛び込んできた。

「お? 来たか」

 コウスケは、うんうんと頷いた。
 彼が待っていたのは、女性だった。

 年は、まどかや可奈美より年上。ココアと同じくらいだろうか。
 青と白の縞々のシャツと、黄色のワンピース。金髪の前髪にはピンクの髪飾りが付いている少女が、こちらに手を振りながら駆けていた。

「ごめーん! コウスケさん、色々回っちゃって」

 少女は、___口にホイップが付いている状態で___、手を合わせてコウスケに謝罪していた。

「おいおい。どこ行っていたんだよ響」
「あはは……ちょっと、迷っちゃって」

 響と呼ばれた少女は、舌を出しながら「えへへ」と笑っている。

「お? 何やらお兄さんがお困りのご様子で」

 と、響がハルトの表情を見てそう断定した。

「いきなりお困り認定されたよ。俺」
「ああ! 別に悪い意味ではないんです! なんか、コウスケさんに困らせられたような……」
「それは間違っていない」
「そう釣れないこと言うなよ、兄弟」

 コウスケが馴れ馴れしく肩を組んでくる。初対面からまだ一時間もたっていないのに距離近いなと思いながら、ハルトは苦笑する。

「ねえ、コウスケさん。この人は?」

 話の順序が分からない。
 ハルトは名乗った。

「松菜ハルト」
「ハルトさん? 私は立花(たちばな)(ひびき)です! えっと……コウスケさんの助手です!」
「オレ、多田コウスケ!」
「アンタはさっき聞いたよ!」
「よろしくね! ハルトさん!」

 響が躊躇いなく握手を求めてきた。最近の若者はすごいコミュニケーション能力高いなと舌を巻きながら、ハルトは応じる。

「ねえコウスケさん。結局今日この後どうするの? もう午後だよ?」
「あ?」

 コウスケは首を傾げながら腕時計を確認する。

「あ! もう三時じゃん!」
「そうだよ! おやつタイムだよ!」
「この人たち食うことしか考えてない!」

 しかも、それを証明するように、この二人からは腹の虫が鳴った。
 

 

カオスで騒がしい喫茶店

「カオスです……」

 ラビットハウスの看板娘、チノは店内をそう形容した。

「上手い! こいつは上手いぜ! なあ響!」
「うん! これなら明日何があっても平気へっちゃら!」

 初見の男女二人組は、さっきから大声でパフェを食い散らかし(ハルトがなけなしの給料で支払うらしい)、

「いいですよ可奈美さん。もう少し、アップにお願いします!」
「あの青山さん。さっきから、文章じゃなくて絵を描いていませんか?」

 その隣ではなぜか可奈美が青山さんのスケッチ対象になり、セクシーポーズなのかファイティングポーズなのかよくわからないモデルをしていたりしている。

「まどかちゃんもふもふ~!」
「きゃああああああ!」

 いつものようにココアがまどかに頬ずりをしている。
 おおよそ喫茶店の光景とは思えない騒がしい景色に、チノは静かに「ただいま」を告げた。

「ああ、お帰りなさい」

 カウンターで皿洗いをしているハルトだけが、チノに返事をした。
 チノはカウンターへ歩み、

「随分騒がしいですね」
「ああ。まあ、俺が連れてきた行き倒れが主に騒がしいんだけどね」

 ハルトは、見たことのない男女の二人組を指差した。
 少し薄汚い印象だが、シャワーでも貸してあげた方がいいのだろうか。
 そんなことを考えていると、ドアが開いた。

「あ……いらっしゃいませ」

 まだ着替えていないのに、思わずおもてなしの挨拶をしてしまう。
 チノの背後を通り過ぎたのは、同じ年くらいの黒髪の少女だった。
 ハルトも慌てて応対のために彼女の前に向かい。
 表情を険しくする。

「ほむらちゃん……」

 ほむら。その名前は、チノにも聞き覚えがあった。

「最近の転校生が、そんな名前だったような……?」

 別のクラスだったため、顔はよく覚えていない。見返り美人というものか、背中から見える彼女は、美しい、という印象があった。

「ほむらちゃん、どうしたの?」
「私はただの客よ」

 ハルトと少し気まずい空気を見せている。接客業なのだから、プライベートとは別にしてほしいとチノは願いながら、代わりにほむらを案内させようとする。
 だが、その前にほむらが続けた。

「アイスコーヒー。もらえないかしら?」
「……かしこまりました」

 ハルトが頭を下げた。だが、たとえ客に対しても無関心な人でも、ここまで冷め切った対応をすることはないとチノは思った。

「可奈美ちゃん……」
「な、なに~?」

 青山さんに遊ばれている可奈美が涙目になっていた。
 青山さんが女性店員へセクハラをするのはいつものことのため、チノは止める気もなかった。
 とにかく、ほむらへの対応を早く代わらなければと、チノは急いで着替えて戻る。
 チノが戻ってきたとき、なぜかハルトは、丸テーブルのほむらと向かい合って座っていた。

「……はあ」

 険悪なことにはならなくても済みそうだった。チノはそう安心して、カウンターの定位置に付く。

「ねえ、チノちゃん……」

 青山さんから逃れてきた可奈美が、少し疲れた様子でやってきた。
 彼女はチノの耳に手を当て、

「ねえ。あの人、ハルトさんの友達かな?」
「知りませんよ。そもそも、ここに来てからほとんど一緒なんですから、可奈美さんが知らないなら、私も知るわけないじゃないですか」
「だよね~」
「ねえ!」

 すると、談笑していた二人組の女性の方がこちらへ来た。キラキラとした表情が明るいその少女は、空いた容器二つを差し出した。

「アイスコーヒー! お代わりください!」
「はい」

 チノは、普段より使っているコーヒーメーカーを使い、カップにコーヒーを淹れていく。その様子を少女は「おお~」と目を輝かせてみていた。

「……はい、冷たいもの。どうぞ」
「冷たいもの、どうも」

 手渡したコーヒーを受け取り、少女は礼を言う。
 だが彼女は席に戻らず、ぐいっとチノに顔を近づける。

「ねえ! 私、立花響! あなた、もしかして中学生?」
「はい……」

 何だ、この客。そんなことを心の中で思いながら、この響という少女は続ける。

「ねえ! 名前はなんていうの?」
「香風智乃です」
「チノちゃんか……そちらは?」
「あ、私衛藤可奈美です!」

 チノとは対照的に、元気な返事を返す可奈美。特に示し合わせたこともなく、ガッチリと握手を交わす。

「すごい適応力……」

 そんな言葉の中、可奈美と響は互いの手を見下ろしている。

「すごい……可奈美ちゃん、握力強いね!」
「響ちゃんこそ! これ、ダンベルとかでも何キロでも持てそう!」
「いやあ……それほどでも……」

 響が頭を掻く。にやりと口を歪める。
 可奈美は続ける。

「ねえ! 何かスポーツとかやってるの? 球技とか」
「やってないよ。まあ、コウスケさんの手伝いで、フィールドワークとか色々歩き回っているんだけど」
「え? でも、これは色々やってないとここまでにはならないよ?」
「ええ……そうかな?」

 あははと、笑い続ける響。
 チノには、彼女が何か隠しているように見えて仕方がなかった。
 その時、黒髪の少女、ほむらがカウンターにやってきた。

「どうかしました?」
「お会計よ」

 ほむらは無表情のまま、金額を置いていく。
 少し驚きながら、チノはその代金を受け取った。

「ありがとうございます」
「美味しかったわ」
「もういいんですか? ハルトさんと話していたみたいですけど」
「別に。顔を見に来ただけよ」

 ほむらはそれだけで、さっさと帰っていった。
 ココアと、ほむらのクラスメイトであるまどかがやってきたのは、それから十分ほど経ってからだった。



「はいそれでは皆さん!」

 帰ってきてすぐに着替えたココアのもとに、皆の注目が集まる。

「せっかくこんなに集まってくれたので、これからラビットハウスの出し物をしま~す‼」

 元気な声のマジシャン衣装の彼女の前には、青山さん、ココアとやってきたまどか、コウスケ、響の四人がいた。彼らだけが客という喜ばしくない状況だが、ココアはそんな状況であろうとも明るい。

「レディーズ アンド ジェントルメン! お楽しみくださいまし!」

 ハルトは四人の観客の前に堂々としているココアに少し感心していた。
 ココアは全く恥ずかしがりもせず、何やら落語らしきもので四人のウケを取っている。
 ほかにも、ハルトの株を取ってしまいそうな手品、その見た目には予想し得ない熱烈な演歌。可奈美も店員業務を忘れて拍手に興じていた。

「すごいな……」

 ハルトはそう言って、手元に飛んできたガルーダの嘴を小突く。
 ファントムとは関係ない。魔力切れで戻ってきたこの使い魔は、そのままココアの寸劇の観客になっていた。

「そういえば、俺が最初に大道芸やったときってどんなだったっけ?」
「________」

 毎度のことながら、ガルーダたちプラモンスターの言葉が分からない。だが、それでもガルーダは何度も跳ねている。

「……あんなに元気だった?」

 否定した。

「結構ビビってたっけ?」

 肯定。それはそれとしてかなり落ち込む。
 だがガルーダは、そんなハルトのことは気にせずに屋上近くで楽しんでいる。

「何だかなあ」

 頬に手を当てながら、ハルトは呟いた。 
何となくココアの出し物を眺めていると、突如として、ココアがこちらを指差した。

「続きましての出し物は、ラビットハウス限定! 噂の大道芸人こと、松菜ハルトによる、ラビットハウス専用マジックです!」
「いや聞いてないよ⁉」

 突然のご指名に、ハルトは思わず立ち上がる。
 だが、すでに皆の眼差しは、ハルトに集約していた。
 ハルトは座席の下でコネクトを使う。小さな魔法陣から小道具を取り出す。

「さあさあどうぞどうぞ」

 ココアがニコニコと舞台をハルトに譲る。
 ココアが座席に戻るのを見送って、ハルトは言った。

「さてそれでは、ご指名に預かりました松菜ハルトです。それでは一人、アシスタントをお願いしたいと思います」
「「アシスタント?」」

 皆目を丸くしている。誰にしようかと迷い、

「じゃあまどかちゃん」
「わ、私ですか?」

 自分に来ることはないのだろうと安心していたのだろう。まどかは仰天してこちらにやってきた。
 ハルトは小物状態のものを組み立てて、自分よりも高い背丈のシリンダーボックスを用意した。前方が開き、内部の空っぽの構造が露になる。

「まどかちゃん。悪いけど、ここに入ってもらえる?」
「は、はい……」

 まどかは少し怖がりながら、箱に入る。あらかじめ調節しておいた台に立つことで、首だけが出る形になる。

「はいそれでは皆さん! ラビットハウスプロデュースのコラボマジックです!」
「あれ? だったら普通ココアさんかチノちゃんじゃ……」
「まあまあ。俺がここに来れたのもまどかちゃんのおかげだから、折角ということで」
「訳が分からないよ……」

 キュウべえみたいな言葉を聞きながら、ハルトは箱の蓋をする。

「さあみなさん。今こちらの美少女さんは、しっかりと箱に閉じ込められました。まどかちゃん、出られる?」
 
 ガンガンと、箱の中から音が聞こえる。

「うん。鍵とかしてあるね」
「さあ、それでは脱出撃! うっ……頭が……ん」

 ハルトはわざとらしく頭を押さえる。そして、大仰に行動に移す。

「うがぁ! 私に悪魔が取り憑いた‼」

 おおっ、と観客は拍手をする。
 いい反応だと身に感じながら、ハルトは敢えて狂ったような声を出す。

「この娘の命を生贄に、私は現界しよう!」

 ハルトは手に持った剣(手品用のペラペラのもの)を箱に突き刺す。

「ひゃっはあ‼」
「うぎゅっ!」

 まどかが絞り出したような悲鳴を上げてくれた。
 さらにハルトは、箱の前後左右から剣を突き刺し続ける。まどかの「ぐええ」という反応の後、観客へ呼びかける。

「さてさて皆さん。私の悪魔の所業ですが、果たして本当に彼女は息絶えたのでしょうか」

 まどかが目を閉じて首から力を抜いてくれた。

「疑う方もいらっしゃるでしょう。その実をお店しましょう!」

 実際のこの箱には、分割する仕掛けがある。縦にも三段に分かれており、横にスライドすることができる。

「はぁ!」

 奇声とともにハルトは、箱を横に大きくずらした。上二つを大きく動かすと、まどかの体系ではありえない面積しか、上と下は繋がっていない。

「ひっはは! これで、この娘を生贄にした私は現界した! さあ、この世界は私のものだ!」

 悪役のセリフを言いたい放題言ったところで、観客から野次が飛んでくる。

「どうすればまどかさんを助けられますか?」

 青山さんがそんなことを聞いてきた。
 今から言おうとした説明を代用してくれた青山さん。彼女の要望に応え、大魔王ハルトマンは、堂々と「今の私は、彼女が無事に脱出したら死ぬぞ!」と宣言してみた。

「さあ皆の衆。いざクライマックス! この生贄の少女はいかに……?」

 串刺しにされ、スライスされたとしか思えないまどかの箱を元に戻し、剣を抜く。
 そして、箱を開けると、

「なっ⁉ 無事だとぉ⁉」

 傷一つついていないまどかの体に驚愕した仕草をするハルト。そのまま、

「おのれ……お見事な脱出撃‼」

 ポケットに忍ばせておいた音源装置で爆発音を使い、幕引きとしたのだった。
 

 

コエムシ

「疲れた……」

 祭りの後には、どっと疲労感が体に押し寄せてくるもの。
 祭りではなく宴のようなものだったが、ハルトはマジックショーのあとの疲労で、足がふらふらになっていた。

「ね、可奈美ちゃん。疲れてない?」
「ん? 私?」

 一方、可奈美はケロッとしていた。
 観客なので当然なのだろうが、ハルトはどことなく理不尽さを感じていた。

「私は全然。皆と一緒に盛り上がるの結構楽しかったけどね」
「うわ。すっごい笑顔、なんか理不尽」
「ごめんね。でも、私よりも元気なのがあっちに」

 可奈美が背後を指差す。そちらには、

「うえええええん! まどかちゃああああああん!」

 まどかの腰にしがみつきながら泣き喚く、ココアがいた。
 まどかは困っていながらも、無理矢理ココアを振りほどけないでいる。


「帰っちゃいやだよおおおおお! 夜も遅いから、一緒にいようよおおおお!」
「だあああ! おい、安心しろ! まどかちゃんは、オレたちが送ってやるから」
「そうだよ。落ち着いて。ね、まどかちゃん。家教えて?」

 そんなココアを、コウスケと響がなだめていた。
 すでに青山さんは帰宅しており、ラビットハウスが夜のバータイムへシフトするところで、ココアが雰囲気にそぐわない奇声を上げていた。

「ねえ、ココアちゃん……私、明日も来るから。ね?」
「不安だよおお‼ 私の可愛い妹が、色んな野獣に誘拐されちゃうよおおおお!」
「オレの送迎が信用ならねえのか! よし、なら分かった。ココア、お前も着いてこい! んでオレがキッチリお前をここまでUターンさせてやる!」
「余計にややこしくなってないそれ⁉ あ、ココアちゃん落ち着いて。コウスケさんが言ってるのは狼的なアレじゃなくて……えっと……あの……その……」

 響が手をロボットのようにカクカク動かして、何やら面白いポーズになっている。その傍らで、チノが盆を抱きながら、こう呟いているのが聞こえた。

「ココアさん……本当に節操なしです。ココアさんにとってはやっぱり年下なら誰でもいいんですね」

「行かなくていいの?」

 さっきからずっと続いているこの大騒ぎ。しかし、可奈美は、目を一の字にして首を振った。

「うん……ちょっと、私も疲れてるから」
「若いんだから、もうちょっと頑張ろうよ。青春時代なんてあっという間だよ」
「……時々ハルトさんっておっさんくさい言い方するけど、実際はまだ未成年だよね?」
「わしはもう年寄じゃよ若いの」
「十九歳でしょ⁉ 私と五つしか変わらないのに!」

 そう言いあっているうちに、二階の階段を登り終える。
 ラビットハウスの一階は、店と厨房、そしてリビングがある。個室は全て二階に設置されており、ハルトの部屋は奥から二番目、その隣が可奈美の部屋だった。

「それじゃ、おやすみ」
「うん。おやすみなさい」

 ハルトが自室のドアを開けながら言う。
 可奈美が細めで通り過ぎた後で部屋を潜り、

『よう。おかえり。松菜ハルト』

 不信な生物に、疲れが吹き飛ぶ。

「誰だ⁉」

 ハルトの鋭い声に、可奈美も慌ててハルトの部屋にやってくる。その時警戒のために御刀、千鳥を携えていた。

「なに……あれ……? ハルトさん、あんな部屋にいた?」
「いないよ! あんな悪趣味な奴!」
『おいゴラァ! 人の見かけを悪趣味とは失礼な奴らだな!』

 その不信生物は、ぷんすかと跳ねながら怒鳴る。
 大きさは、キュウべえとおおよそ同じくらい。危険と感じて近づくガルーダと比較すると、ガルーダの二倍くらいの大きさだった。
 某夢の国のネズミの耳のような頭と、その下には適当なイラストレーターがデザインしたような小さな四肢。ニタリとギザギザな歯を見せた笑みと、これまた有名な電気ネズミのような頬をしている。頬以外は白一色のその生物は、ガルーダを無視してハルトに近寄ってくる。

『ったくよぉ。テメエは折角お帰りを言ってくれた奴をまず警戒すんのかよ。まずはただいまを言うところじゃねえのかよええ? テメエの親はそんなことも教えてくれなかったのかよ?』
「少なくとも、見慣れない変な生き物に最初から愛想よくしろとは教えてもらってないね。俺の名前を知ってるみたいだけど、何者?」
『はっ!』

 不信生物は吐き捨てる。天井近くへ浮かび上がり、

『自己紹介しねえと挨拶すらしねえのか? ケッ! 今時の若者はなってねえな!』
「……それで、誰なの? 貴方は」

 可奈美も警戒の色を示す。すると不信生物は、可奈美にぐいっと顔を近づける。

『うるせえよ衛藤可奈美。先輩から聞いたぜ。『大切な人を取り戻す~』とか言っておきながら、全然聖杯戦争にやる気がねえみてえじゃねえか』

 聖杯戦争。その名前を聞いた途端、ハルトはコネクトからウィザーソードガンを掴み、可奈美は御刀の抜刀の構えを取る。

『おうおう。面白えくらいに警戒してくれんな』
「お前……キュウべえの関係者か?」
『ああ。コエムシってんだ。よろしくな』

 コエムシ。そんな奇妙な名前の生物は、けらけらと笑い声をあげる。

『先輩から、自衛くらいしか戦わねえ腰抜けがいるって聞いてな。活入れに来た』
「……余計なことを……」
『ケケケ……』

 コエムシがせせら笑うと、その背後の景色が揺らめく。

「な、何だ⁉」

 普段、外の景色が見える部屋。そこに出現したのは、銀色の壁。
 震える光が、まるでオーロラのようだった。
 そんな摩訶不思議なオーロラをバックに、コエムシが語る。

『先輩は戦わねえテメエらも、それはそれで尊重してるがよ。オレは嫌なんだよ。ただの傍観者なんざ』

 コエムシがケラケラと笑い声を上げながらその体を震わせる。
 オーロラがぐんぐんと近づいてくる。ハルトの部屋の物を無視しながら、ハルトと可奈美を飲み込むように迫る。
 視界が銀一色に染まる中、コエムシの声がした。

『戦わねえマスターに用はねえ。消えろ』



「……ここは?」

 オーロラが晴れると、そこはラビットハウスではなかった。
 古い木製の匂いは消失し、代わりにハルトの鼻腔を染めるのは、潮の香り。
 海に面し、ボコボコの地形である岩石海岸。潮の浸食により、最悪の足場になっているところだった。
 そして、夜に慣れた眼を、空の太陽が傷つける。

「太陽? 今、昼なのか? どうなっているんだ? 夜だったはずなのに……?」
「時間も違う……? さっきのオーロラって、場所だけでなく、時間も越えられるのかな?」
「便利すぎるどこでもドアってことか……なんでそんなのが」
『違えよ』

 その答えを、コエムシが伝えてくれた。
 彼は、その背後に新たなオーロラを発生させており、ニタリとした笑みを崩さない。

『どこでもドアじゃ、テメエら逃げ帰るだろうが。ここは別世界。テメエらを処刑するために用意した世界だ』
「なんだと?」
『キキキ……せいぜい覚えておけよ。最期の景色がこの海岸なんだからよ』

 すると、コエムシの背後に、銀色のオーロラが発生する。
 それは次に、コエムシに近づいていく。

『んで、その処刑人もオレ様が用意した』

 オーロラがコエムシを通過する。
 すると、その岩場には、先ほどまではいない人影がいた。

『名前は……悪ぃ。忘れちまった』
 
 その人物の特徴。
 まるでカブトムシのような頭部の仮面をしていた。漆黒のボディにはところどころに赤い電子線が走り、その目に当たる部分は黄色のバイザーになっていた。ウィザードと同様にベルトが特徴だが、バックルにあるのは掌ではなく、黒いカブトムシ型の機械。

『えっと……おい。お前、名前なんだっけ?』
「壊してやる……君たちを!」

 小声ながら、絞り出すような声の処刑人。彼は、岩場から飛び降り、ハルト、可奈美と同じ地平に立つ。
 コエムシはその大きな頭を振る。

『だめだ。話通じねえ』

 コエムシはやれやれと体を振る。そして、何だったかと考えるように『うーん』と頭をひねらせている。

『ああ! 思い出した! ダブトだダブト! コイツの名前はダークカブト! 略してダブトだ!』
「ダークカブト?」
『ああ。思い人を自分と同じ姿の奴に寝取られて死んじまった奴をオレ様が復活させてやったのよ。ああ、オレ様って慈悲深い良い奴』

 ダークカブトと紹介されたその処刑人は、現れた岩場から飛び降りる。ハルトと可奈美と同じ地平で、ゆったりと歩いてくる。
 彼は静かに、こちらを指差す。

「行くよ」

 彼はそのままこちらへ突撃、ハルトに殴りかかる。
 ハルトはそれを避けて、ドライバーオンの指輪で銀のベルトを出現させる。

「可奈美ちゃん!」
「分かってる!」

 可奈美はすでに抜刀し、全身を写シの光で纏わせる。
 それと同時に、ハンドオーサーを操作し、変身待機状態にする。

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』
「変身!」
『フレイム プリーズ』

 いつものように、左手を横に真っ直ぐ伸ばす。炎の魔法陣が通過し、火のウィザードとなる。

「やるしかない!」

 ウィザーソードガンを構えた瞬間、ダークカブトが躍り出る。
 ダークカブトは、ウィザーソードガンと千鳥、二つの刃物をその短刀だけで防いでいた。ソードガンを受け止めた直後、千鳥を空いた左手で受け流し、そのまま可奈美の肩へチョップ。即座にその右手で、ウィザードを殴り飛ばす。

「っ!」

 すぐに立ち上がったウィザードは、膝で体を支える。

『ルパッチマジックタッチゴー ルパッチマジックタッチゴー』

 新たな指輪を取り、読み込ませた。

『コネクト プリーズ』

 コネクトとは、空間の彎曲。普段物を取り出しているのは、その副産物に過ぎない。
 つまり、コネクトを攻撃に転用すれば、
 ダークカブトの背後から、ソードガンの刃だけを出現させ、攻撃させることもできる。
 ダークカブトは怯む。だが、それを繰り返すうちに、だんだん順応し、どこからの攻撃も防げるようになっていった。

「もうだめか……」

 ウィザードはコネクトリングを外す。

『バインド プリーズ』

 次の出し物は、無数の鎖。常日頃よりウィザードが主力として使う魔法だが、ダークカブトはその全てを見切り、斬り落としていた。

「こいつ……強い!」

 さらにダークカブトは、ウィザードに肉薄してくる。
 ウィザードはサラサラと音を鳴らすソードガンを振り回しながら、その刃をダークカブトへ突き立てる。
 そのまま、ウィザードとダークカブトは並走しながら斬り合う。
 だが、ダークカブトの動きはウィザードのそれよりも大きく離されている。
 フレイムのままではスピードが大きく劣る。
 ウィザードはハンドオーサーを操作し、指輪をルビーからエメラルドへ取り換える。
 だが、ダークカブトの速度はだんだんウィザードでは追いつけないほどになっていった。横凪の斬撃、不意打ちの突き、全体重を乗せた突き刺し。

「速い!」

 ぐんぐん加速し、すぐにハリケーンでも追いつけない速度になっていく。
スピードだけでは決して勝てない。ハリケーンでのスピード対決を諦めたウィザードは、エメラルドではなくサファイアを取り付ける。

『ウォーター プリーズ』

 頭上にかざした手より、青の魔法陣が生成。

『スイ~スイ~スイ~』

 ウォータースタイルのウィザードの登場とともに、潮だまりの水たちは飛びはねる。

「まだ大して使ったことないけど、止む無し!」

 即座にウィザードは、新しい指輪を中指に入れる。

『チョーイイネ ブリザード サイコー』

発生した魔法陣が帯びるのは冷気。それを地面に押し当てると、岩礁が氷河となった。

「可奈美ちゃんごめん! ちょっと足場悪くなるよ! ちょっと離れて!」
「これはちょっととは言わないよ!」

 氷の足場に足を取られ、しりもちをついている可奈美が怒鳴っている。
 だが、同じことがダークカブトにも起こっている。
 彼の足場が凍り付いており、身動きを取れないでいた。

「今だ!」
『ウォーター スラッシュストライク』

 ソードガンに青い魔法が集っていく。水を凝縮したその刃で、ダークカブトへ斬りかかる。
 だが、足元だけしか凍っていないことが、ダークカブトの行動を許してしまった。
 ダークカブトは、丁度凍った部分の境。ベルトの上の部分のボタンを押す。ベルトのカブトムシの右足部分のボタンを、順番に押していく。

『123』
「ライダーキック」
『ライダーキック』

 カブトムシから、ダークカブトの言葉が復唱された。カブトムシから放出されたタキオンエネルギーがその黒い角に登り、右足に降りていく。
 瞬間、ダークカブトの足元の氷が粉々になる。
 だが、すでに刃はダークカブトの目と鼻の先。
 勝った。ウィザードが仮面の下で確信したその時。

『クロック アップ』

 ダークカブトの右腰。そこのスイッチを押すことにより、無情な音声が流れた。
 刹那。
 全身を襲う痛みとともに、ウィザードは……ハルトは、潮だまりの中に落下した。
 

 

加速世界の中で

「ゲホゲホっ!」

 何が起きた?
 岩礁を登って戻ったハルトは、蹴り終わった体勢のダークカブトを見て絶句する。
 
「今……俺、やられたのか……?」

 ウィザードへの変身の解除と、全身の痛みが、自身の敗北を語っていた。

「ハルトさん!」

 可奈美が、ハルトを助け起こす。

「今、あの人すごいカウンターだったよ」
「カウンター?」
「うん。ハルトさんの水の切っ先が届く寸前に、あのダークカブトがすごい加速したんだよ」
「加速?」
「うん。そのまま、ダークカブトの蹴りで、ハルトさんは解除までされたんだよ」
「そんな……」

 ハルトはダークカブトを見返す。
 彼は、ハルトにトドメを刺そうとしているのだろう、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

「さっきまでのも充分早かったのに、まだ更に加速能力まであるっての?」
「うん。しかも、普通の加速じゃない。普通の人じゃ絶対に追いきれないよ。今いるものとは、全く別の時間流の中での加速だった」
「そんな……そんな奴が処刑人……?」
「うん。でも、大丈夫!」

 可奈美は、ハルトを庇うように、ダークカブトの前に立つ。

「私なら、あの動きに追いつける!」
「え?」
迅位(じんい)!」

 可奈美が叫んだ瞬間、彼女の姿が白の光となって消える。
 すると、海岸のあちらこちらで爆発が起きた。
 岩塊がチーズのように裂かれ、水が幾重にも切り刻まれる。
 それが、光を越えた速度の中で行われている戦いだとは知る由もなかった。



 銃弾の速度さえも越える、迅位の第三段階。
 その領域に入ってようやく、可奈美はダークカブトを捉えることができた。

「……! 行くよ!」

 千鳥とクナイガンが高速の中で火花を散らす。その時に生じた斬撃が岩場を打ち付け、無数の土煙が舞い上がる。

「やっ!」
「うっ!」

 クナイガンが、可奈美の体を斬り裂く。そのまま岩肌へ吹き飛ばされ、周囲の岩石が宙へ浮かび上がる。

「まだまだ!」

 岩がまだ宙に浮いている中、可奈美とダークカブトは何度も何度も打ち合う。岩肌に刀傷が走り、斬られた波が落下を忘れる。

「ふふ。君……強いね」

 突如として、そんな声がした。
 誰の声か。その答えは、ダークカブトしかいなかった。
 彼は千鳥を受け止めたまま、言葉を紡ぐ。

「どうしてそんなに強いの?」

 ダークカブトは、殺気を放っていながらも、まるで子供のような声で可奈美に問う。

「僕は勝てなかった。でも、君は勝てそう。どうして?」

 ダークカブトは、クナイガンと切り結んだまま、可奈美を崖へ押し当てる。
 超高速の中、可奈美は崖と背中を挟まれ、身動きが取れなくなる。

「はっ!」

 可奈美は、急いで千鳥を横に流す。千鳥の刀身に、ダークカブトのクナイガンが突き刺さろうとしている。
 その中、ダークカブトは語った。

「君とは僕と同じ臭いがする」
「同じ?」
「誰かを取り戻したい。その気持ちがある……そんな臭い」
「! それが……どうしたって⁉」

 可奈美は、ダークカブトを蹴り飛ばす。
 そのまま、可奈美はダークカブトへ斬りこむ。
 その斬撃を防ぐ中で、ダークカブトとの会話は続く。

「君はどうしてその人のために誰も犠牲にできないの? その人のことが大切じゃないの?」
「大切だよ……大切に決まっているよ! 私は……!」

 クナイガンを斬り流し、大きく振りかぶる。

「私は! 姫和ちゃんを……!」
「ひより……?」

 だが、振り下ろされた切っ先を、ダークカブトは腕でガード。そのまま回り込み、可奈美の腹を殴り飛ばす。

「うっ!」

 迅位の速度の中で、可奈美の動きは止まる。
 潮の香が鼻をくすぐる中、可奈美はボロボロの顔で見上げる。
 ダークカブトはすさかず可奈美の襟を掴み、無理矢理立たせる。その黄色のバイザーが、すぐ目の前に来る。

「ひよりが大事じゃないの? 他の人なんてどうでもいいじゃん。他の人を犠牲にしてでもいいじゃん?」
「そんなことない! 私にとっては……、舞衣ちゃんたちも……まどかちゃんやハルトさん、この町の皆も大切なんだ!」

 聖杯戦争のシステム。それは、同じ参加者を葬ることで、願いを叶えるシステムだ。さらに、人の命を使い魔たるサーヴァントに注げば強化もできる。
 これから現れるであろう、可奈美のサーヴァントも、その例外ではないだろう。
 それを脳裏に走らせた上で、可奈美は叫んだ。

「この聖杯戦争……間違ってるよ!」
「間違ってる? どうして?」

 彼の声は、本気で分かっていない声だった。背丈や体格、声は大人だが、その子供としか思えない彼に、恐怖すら感じていた。
 ダークカブトは首を傾げる。

「簡単にひよりを取り返せるのに……僕も生きていたら参加したかったのに……!」
「生きていたら?」

 だが、ダークカブトはそれ以上続けなかった。
 彼はそのまま可奈美を蹴り飛ばし、次の行動に移る。

『1』

 可奈美がダークカブトのクナイガンを弾き飛ばしたのと時同じく、ダークカブトはベルトのカブトムシの足にあたる部分のスイッチを押す。

『2』

「どういうこと⁉ 生きていたらって⁉」
「そのままの意味だよ」

 ダークカブトは、加速した時間流の中で、その手を見ろした。

「僕はもう死んでいる。コエムシが生き返らせたんだ」
「生き返らせた?」
「僕も、ひよりを助けたい。ねえ、ひよりの為なら、君はどれだけを犠牲にできる?」
「そんなの……選べないよ!」
「そう。結局君のひよりへの気持ちは、それだけなんだね」
「姫和ちゃんは……姫和ちゃんは……!」

 可奈美の剣が、どんどん鈍っていく。その中で、可奈美の脳裏は、戦いのこと以外ばかりを考えていた。



『これが私の真の一つの太刀だ!』
『見事だ』
『このまま私と共に隠世の彼方へ!』
『だめ___届かない___ダメ‼』
 手が____届かなかった____半分持つって言ったのに____結局全部___



「違う!」

 自身に発破をかけ、可奈美は刀の力を上げた。

「私は、助けたい! 皆を……全員!」
「でも、そのためにひよりを犠牲にするの?」
「しない! 私は、何年かかってもどれだけ苦労をしたとしても、絶対に姫和ちゃんを助ける! でも、それは聖杯に頼らない、別の方法で!」

 タキオン粒子が充満する可奈美とダークカブトの世界は、光の速さの世界。その中でさえ、可奈美はさらに速度を上げる。
 それは、先ほどまで優位だったダークカブトの速度すらも上回っていく。

「でも、それでできるの? ひよりは……きっと零れるよ?」
「それでもあきらめない! できるかできないかは別だよ!」

 可奈美の刃が、とうとうダークカブトの体に届いた。
 ダークカブトの黒い鎧を斬り裂き、その姿を内陸の方角へ飛ばす。

「この先に何が待っているかなんて分からない。でも、ここで流した涙を笑って話せるように! そのために私は、姫和ちゃんを助ける方法を探し続ける!」
「……そのせいで、君がどうなってもいいの?」
「うん。命……半分くらいは惜しくないよ」
「そこは全部じゃないんだね」

 少し、ダークカブトの顔が下に動いた。笑ったのかどうか。マスクの下など、可奈美には知る由もなかった。

『3』
「ライダーキック」
『ライダーキック』

 ハルトを倒した技。カブトムシから出たエネルギーが頭上の角を伝い、彼の右足に降りていく。
 ダークカブトは、そのまま物言わずに可奈美を見返していた。
 可奈美は静かに頷く。両足を肩幅に広げ、千鳥を降ろす。

 全身に、疲れが出ている。加速空間での活動もそろそろ限界だと、可奈美も理解していた。
 だから。

「この一太刀で決める!」

 駆け出した可奈美。それに対し、ダークカブトも動き出す。
 そして。

迅位斬(じんいざん)!」

 迅位第四段階と呼ばれる速度。それは、ダークカブトの回し蹴りを掻い潜り、そのままダークカブトの体を斬り裂いた。

「ぐぁっ……!」

 ダークカブトの悲鳴。大きな爆発が鼓膜に届いた。
 同時に伝わる波の音。迅位の速度は、終わりを迎えたのだった。



「可奈美ちゃん!」

 何がどうなっていたのかが全く分からない。
 だが、突然可奈美とダークカブトが消えたと思ったら、可奈美はうつ伏せで倒れており、見知らぬ青年も近くの岩場で横になっている。
 ハルトは可奈美を助け起こした。

「どうなっている? ダークカブトは?」

 その問いに、可奈美は言葉ではなく震える指で答えた。
 可奈美が指差したのは、今ユラユラと揺らめきながら起きた、見知らぬ青年だった。

「あの人が……ダークカブト」

 ハルトは可奈美に肩を貸しながら、ダークカブトと対峙する。彼は一歩一歩、重い足取りで可奈美を凝視しながら近づいてくる。

「お、おい! 来るな!」

 ハルトはソードガンの銃口を向ける。だが、ダークカブトは恐れることもなく歩を続ける。

「止まれって!」

 ハルトは発砲した。ダークカブトの周囲の潮だまりが爆発するが、それでも止まらない。
 ハルトはソードガンを剣にするが、
 握る手の上に、可奈美の手がかぶせられる。

「可奈美ちゃん?」
「大丈夫」

 可奈美はゆっくりとソードガンを降ろさせた。彼女はハルトから離れて、ダークカブトへ向かう。
 彼女は右手を上げて、少しだけハルトの方を向く。頷いた彼女の口元が弧を描いていた。大丈夫なのかと、ハルトは可奈美から、ダークカブトへ視線を移す。

「君は、本気かい?」

 ダークカブトの問いに、可奈美は迷いなく頷いた。

「私は、絶対に。その気持ちに間違いはないよ」
「そう……」

 二人の間で沈黙が流れる。付いていけないハルトは、ただただ見つめることしかできなかった。

『カァー!』

 だが、そんな沈黙を破る存在がいた。
 見ていられなくなったのか、コエムシがダークカブトが現れた地点から見下ろしている。

「何だ何だ⁉ このクソみてえな茶番! おい、ダークカブト! テメエ、さっさと処刑しろよ! 命やるって言ってんだろうが!」
「ごめんね。コエムシ」
『ああ?』

 コエムシが声を荒げた。
 ダークカブトは、一度可奈美を振り返る。

「以前の僕はひよりを助けたかった。でも、僕の代わりにアイツが今は守っている。そしてここには、別のひよりを助けたい人がいる。違うひよりでも、ひよりを助けたい人がいるなら、僕にその人を倒すことなんてできない」
「ダークカブト……」
『はあ? テメエ、そのまま天道総司に負けっぱなしでいいのかよ⁉ お前、そんなんで……』
「僕は……僕は、彼にひよりと世界を託した。そして彼女にも!」



『はあ……お前、やっぱりいらねえや』

 コエムシの声色が変わった。
 その瞬間、その妖精から、緑の光が放たれた。
 まっすぐ、可奈美へ向かうその光線を、
 その盾になったダークカブトに命中した。

「……え?」
「そんな……どうして?」

 ハルトと可奈美が唖然とする。
 だが、ダークカブトは可奈美へほほ笑む。

「君に任せるよ。ひよりを……助けて……」
「……うん」

 ゆっくりと頷いた可奈美を見て安心したのか、ダークカブトはそのままコエムシへ突撃する。

『お、おい! 来るな!』

 コエムシの制止も聞かず、ダークカブトは妖精へタックルする。
 その瞬間、彼の姿が人から緑の虫のような怪人になったのを、ハルトは見過ごさなかった。

 そして起こる、緑の爆発。
 同時に、銀色のオーロラが発生、一気に拡大したそれは、そのままハルトと可奈美を飲み込んだ。

「うわっ!」
「ダークカブトさん!」



 可奈美の悲鳴を最後に、ハルトの視界は銀に呑まれていった。



「……あれ?」

 見覚えのある場所。ハルトが気付いたときには、自室の景色が広がっていた。

「ここは……?」
「ダークカブトさん……」

 可奈美は、衝撃が残っているのか、消沈している。

「可奈美ちゃん?」
「……うん。大丈夫」
『なーにが大丈夫だ⁉』

 聞きたくもない声が一番大きな声だった。

『ったく、死ぬところだった……』
「コエムシ……!」

 全身傷だらけのコエムシは、弱弱しく体を振りながら毒づく。

『ったく、いくらスペック高くても精神ガキンチョじゃダメだったか』
「コエムシ……ねえ! ダークカブトさんは⁉」
「ああ? んなもん、あの世に帰ったに決まってんだろうが。ったく、なんでオレ様がアイツのせいでこんな目に……」

 コエムシは、それだけ言い捨て、その背後に銀色のオーロラを発生させる。

「待って!」

 呼び止める可奈美。彼女は、消えようとするコエムシに、声を投げ続けていた。

「どうしてこんなことを……? 聖杯戦争と、関係すらない戦いじゃない!」
『関係ねえよ。オレ様は単に、殺し合いが見たかっただけだ。キュウべえ先輩はそういうのは放任主義だし、もう一人の先輩は『ウププ。コロシアイって楽しいね』ってだけで何もしねえしよお』
「キュウべえやお前みたいなのが……まだいるのか」
『ああ。……ったく、来るんじゃなかったぜ。あばよ』

 コエムシは、そんな捨て台詞とともに、今度こそオーロラの向こうへ消えていった。
 それを見送ったハルトは、可奈美に声をかけることも出来ず、彼女が「おやすみなさい」と改めて挨拶するまで黙っていることしかできなかった。 

 

流される……時代の流れに……

「ん……」

 ハルトの目覚ましは、朝日だった。
 ダークカブトとの戦闘より一夜明けた朝。全身が訴える疲労感を抑えながら、ハルトは部屋のドアを開ける。

「やあ。おはよう」

 目をこするハルトへの挨拶をしたのは、ラビットハウス店主のタカヒロだった。

「あ、おおはようございます。タカヒロさん」

 顔を努めてシャキッとしなおし、タカヒロに頭を下げた。
 夜勤明けだというのに、タカヒロは疲れ一つ見せずに、にこやかな表情を見せる。

「今日はラビットハウスは休日だ。君は何かすることはあるのかい?」
「え?」

 そう言われて、ハルトは今日が週に一度のラビットハウスの休日だと思い出した。

「そっか……今日、休みなんだ……」
「おや。ここに来てからしばらく経つと言うのに、休みの日を忘れてしまうのかい?」
「あはは……まあ、予定という予定はありませんけど……」
「何も後ろめたさを感じる必要はない。君は今、立派にここの従業員として働いているよ。休みを得るのは当然の権利だ」
「あ、ありがとうございます。……と言っても……」

 ハルトは頬をかく。

「ハルト君は、休みはどうしているのかい?」
「今のところ、見滝原のどこかで大道芸ですけど。今日はどこでやろうかな……?」
「それなら、見滝原公園の噴水広場はどうだろう? あそこなら人も集まるだろう」
「公園か……はい。ありがとうございます」
「頑張ってくれ」

 タカヒロはサムズアップをして自室に戻っていった。
 予定が決まったハルトは、そのまま一回のリビングルームへ入る。

「あ、おはよう」
「おはようございます」
「おはよー」

 すでにテーブルには、先客がいた。
 それぞれ学校の制服に着替え終えているココアとチノがいた。
 チノは黙々とフレンチトーストを食しており、その隣ではトーストを口に加えながらココアがウトウトとしている。

「あれ? ココアちゃん起きてる?」
「おひてふひょー」
「なんて?」
「多分、起きてるよだと思いますよ」

 チノが咀嚼のスピードを緩めずに答えた。
 まるでココア翻訳機だなと思いながら、ハルトは皿にトーストを乗せて座る。

「チノちゃんたちは、今日は学校?」
「はい。ラビットハウスの休日といっても、平日ですから」
「学生は大変だね。勉強とか色々あるでしょ?」
「はい……ココアさん。起きてください」

 チノはココアの袖を引っ張る。ココアの顔がクラクラと揺れるが、彼女の変化は口に挟まったパンが皿に落ちただけだった。

「おひてふひょー」

 通訳すると、起きてるよ。そんな説得力皆無なココアを、チノが懸命に揺らしている。
 やがて大きな欠伸をするココアを見て、「はあ。ココアさんはいつまでもココアさんですね」と呆れながら、両手でコップの牛乳を口に運ぶ。小動物のような動きを目で追っていると、チノが「何です?」とジト目で見てくる。

「いや。なんか、本当に姉妹みたいだなって」
「!」

 軽く言った言葉が、ココアの目をキラキラに輝かせる。

「チノちゃん! 聞いた? ハルトさんが、私たちのこと姉妹みたいだって!」
「ココアさん! 引っ付かないで早く朝ごはん食べてください」
「チノちゃ~ん」

 ものすごい勢いでチノに抱きつくココア。ハルトがそれを眺めていると、いつの間にか朝食が胃袋の中に収まっていた。

「おやおや」

 じゃれ合っている二人を横目に、ハルトはそのまま食器を片付ける。

「あれ? そういえば可奈美ちゃんは?」

 ハルトの問いに、チノがココアに抵抗しながら答えた。

「もう出ていきましたよ。可奈美さんはいつも朝六時には出ていますから……ココアさん、抱きつくより先に顔洗ってください」
「え? 大丈夫だよ。ね、ハルトさん。まだ時間あるよね?」
「えっと……ココアちゃんの学校って、確か八時半にスタートだよね?」
「うん」

 今日も昨日も明日も眩しい柔らかい笑顔で、ココアが頷いた。
 ハルトは続ける。

「で、ここから大体歩いて三十分だっけ?」
「そうだよ?」
「今八時十分だけど」

 ココアの笑顔が固まった。まるで彫刻のように固い表情は、だんだん青ざめていく。
 やがて。

「ヴェアアアアアアアア‼」

 卒倒した。
 顔文字にすると0言0って感じかなと思いながら、ハルトは「急いでね」と、二人の食器も回収したのだった。



「もう……! チノちゃん!」

 ラビットハウスの玄関には、まどかが迎えに来ていた。
 チノと同じ見滝原中学の制服を着た彼女は、その場で足踏みしており、そのまま走り出そうとしていた。

「あ、ハルトさん。おはようございます」
「まどかちゃん。おはよう。……大丈夫? 時間」
「遅刻ギリギリです。というか、もう遅刻です」

 まどかが少しふくれている。そこへ、ハルトの背後から準備を終えたココアとチノがやってきた。

「ごめんなさいまどかさん。遅れました」
「うえええええん! ごめんねチノちゃんまどかちゃん!」

 両手で目を覆いながら、ココアと肩がぶつかる。バランスを崩したハルトは、そのまままどかと頭をぶつけた。

「痛っ!」
「きゃっ!」

 哀れ、まどかの手にあった鞄は、その際に投げ飛ばされ、チノの顔面に見事命中。

「ガッ」

 可能な限り頭に乗せておきたかったアンゴラウサギ、ティッピーはそのまま……

『流される……時代の波に……』

 謎の渋い声を発しながら、川に流されていく。

「「「「ティッピー⁉」」」」

 ティッピーは、どんどん下流の方へ小さくなっていった。



 遅刻確定した三人と別れたハルトは、引き揚げたティッピーを胸に抱いた。

「さてと。今日は公園で大道芸をしようと思っているんだけど」

 タカヒロに紹介された公園の入り口に設置されているベンチで、ハルトはティッピーを見下ろした。

「お前、大道芸のアシスタントとかできるか?」

 アンゴラウサギの頭を撫でても、この毛玉はこちらをつぶらな瞳で見返すだけだった。

「まあ、出来ないよね」

 ハルトは微笑し、ティッピーをチノのように頭上に乗せてみる。だが、意外とバランスが取れず、ティッピーは頭上から零れ落ちた。

「チノちゃんってもしかして、バランス感覚最高か?」

 ハルトは胸に抱えたまま、公園の中心の噴水広場へ移動した。



「ふう。ここでいいかな」

 ハルトの見滝原での生活が始まってからしばらく経った。秋も過ぎ、冬を迎える準備として、まず木々が赤く染まり上がっている。
 落ち葉が水面を漂うのを見下ろしながら、ハルトは呟いた。

「噴水か……今時噴水があるなんて珍しいよね」

 ハルトがバイクを止めたその場所は、見滝原の繁華街の中心地だった。クリスマスにはツリーが噴水の中央に飾られるとココアから聞いたそこで、ハルトは荷物を取り出した。

「さってと。久しぶりにやりますか」

 準備完了。ハルトはシルクハットを被り、咳払いをした。
 お金入れを置いたところで、ハルトはティッピーに語り掛ける。

「そういえばここ、水場だけど、お前は濡れたらしぼんだりするの?」

 ティッピーは怯えたように、全身を震わせる。

「冗談だよ、そんなことしないから。ま、バックの近くにいてよ」

 するとティッピーは言葉を理解したのか、空っぽのバックに収まる。
 もしかして、言葉通じているんじゃないと思いながら、ハルトは通行人たちへ向き直った。


「さあさあ皆さんご注目!」

 平日の昼間ということで、観客はそれほど多くない。サボっている外回りのサラリーマンや、買い物帰りの主婦、授業がない大学生、
 興味ありげな視線を送ってくる立花響だった。

「って君はこの間の……たしか、響ちゃん⁉」
「あ、どうも!」

 一瞬顔を忘れたハルトは、元気に挨拶をしてくる彼女に唖然とする。
 先日会った時とは違い、ラフな黄色い服装の彼女は、ジロジロと並べられた物々を見物している。

「へえ。ねえ、これから何かやるの?」
「ああ。今から大道芸をやるところ。響ちゃんはどうしてここに?」

 前回会った時、高校生くらいだと思っていたが、学校はないのだろうか。その疑問をぶつけると、彼女は「私、今フリーターで、コウスケさんの研究を手伝っているだけだよ」と答えた。

「いやあ、コウスケさんが『今日はお休みでいいからな。オレは大学に行かなきゃなんねえし』って言ってたから、暇で暇でしょうがないんだよね。ねえ、良かったら手伝うよ?」
「ん? ホントに? 助かる……いや、ちょっと待って」

 ハルトは準備の手を止めた。

「今日はせっかくの休日なんでしょ? なら、響ちゃんがやりたいことすればいいんじゃない?」
「え? でも私とくにやりたいこと……あ、ご飯食べたい!」
「うん、ファミレスに行きなさい」
「ええ……潮対応……私、呪われているかも」
「なぜそこまでダメージ受ける? ……ねえ、手伝わせるのはちょっと抵抗あるから、見ていかない? あ、あとついでにティッピー預かってて」

 ハルトは響に、ティッピーが入ったバックを渡した。響はしばらくティッピーを撫でていたが、ハルトが咳払いをすると、こちらに向き直った。

「はい。それでは皆さん。ただいまより、わたくし松菜ハルトによるショーを開演します!」

 響の他には、数名の人が足を止めた。

「それではご覧ください。まずは、この水晶玉」

 ハルトは、手のひらサイズのガラス玉を取り出した。

「私はこれより、この玉を動かします。簡単なものですが、取り落とさずにパフォーマンスを成功いたしましたら、どうか拍手をお願いいたします!」

 ハルトは、水晶玉を中心に両手を動かした。まるで胸元に浮かんでいるように見せているものだが、その実は指で支えている。だが、それを高速で入れ替えることで、浮かんでいるように見せているのだった。
 理屈は初見で分かっても、簡単に真似できるものではない。物珍しさから、少しずつ人が集まっていく。

「すごいハルトさん! どうやっているの⁉」

 響はネタが分からないようだった。

「はい、次の芸をお店します!」

 粗方終わらせたハルトは、水晶玉をしまって、ハンカチを取り出す。何もないところからリンカーネーションを取り出し、一部の観客がどっと沸く。

「何よ、その程度!」

 その時。水を差す声が聞こえた。

「それ程度の芸なんて、大したことないわ!」
「おい、止めろよ! 邪魔するなよ!」

 甲高い女性の声が、ハルトのパフォーマンスを止めた。
 群衆が分かれ、その正体が明らかになる。

「そんなものより、もっとすごいものを見せてあげるわよ!」
「おい、よせって!」

 見事な青い髪の女性が、こちらに自信満々な顔を向けていた。彼女の隣には、緑のジャージを着た少年が連れとこちらを見比べている。

「ああ……すんません、すんません! ウチの連れが、ほんっとうにすんません! おい、お前も謝れって!」
「アンタは黙ってて! この程度のレベルの芸なんて、この私に喧嘩を売っているようなものよ!」

 そのままパフォーマンス執行妨害の女性は、大股でこちらに歩いてくる。響を押し分けて、

「皆さん。この女神たる私が、真の芸ってものを見せてあげるわ!」

 何を言っても止まらないな、とあきらめたハルトは、噴水の前を彼女に譲る。どや顔を浮かべた自称女神は、

「いよっ! 花鳥風月~!」

 両手、右足(どうやったのかは不明)に持った扇子より、小さな噴水を引き出させた。

「……へ?」
「うわあ!」

 響が目をキラキラさせて、自称女神の芸に拍手を送っている。
 それだけでは終わらない。彼女はそのまま動いて見せた。
 様々なポーズを取り直し、右足に持っていた扇子を蹴り上げて頭上でキャッチ。再び扇子から噴水が湧く。
 と思ったら、今度はハルトを扇子で指した。
 すると、ハルトの頭上からどこからか扇子が置かれた。

「え? これどこから?」

 ハルトも理解できぬ間に、その扇子から水が噴き出す。

「んな⁉」
「どう? 理解できないでしょ? これが本当の芸ってやつよ」

 天狗になった自称女神は、ハルトをどや顔で見下ろした。

「アンタの、そんな陳腐なものじゃ、芸って呼べないのよ。もっと女神たる私のように人知の外の技術を身に着けて出直してきなさいな」
「……どこの誰かは知らないけど」

 大道芸は副業。本業はファントム退治の魔法使い。
 それでも、プライドを傷つけられたハルトは、少し燃えていた。

「それは俺に対する挑戦状ってことでいいんだよね?」
「ええ。この公園は、私の縄張りなの。ほら、だから出てって! お客は全部私のだから、早く出てって!」
「……いいでしょう。なら、お……わたくしにも考えがあります」

 頭に血が上ったハルトは、堂々と彼女を指差した。

「この場所をかけて、大道芸対決だ‼」
「望むところよ‼」



「……なんか、ほんっとうにすいません……」

 四つん這いになっている彼女の連れの少年の背中を、響が優しくさすっていた。 

 

この素晴らしき大道芸に拍手を!

「さあ皆さん。私の芸はもっとすごいわよ」

 嬉々として自称女神は、空っぽだと示した右手にハンカチをかぶせる。

「いい? 種も仕掛けもないってさっき見せたわよね? 3、2、1。ほいっ!」

 ハンカチをめくった彼女の手には、どこから持ってきたのか酒瓶が握られていた。
 当然のごとく拍手喝采、しかも歓声によく耳を傾ければ、それはどうやら高級酒だったらしい。

「アッハハハハハ! どうよ、私のお客さん受けは! アンタにはこんな真似できないでしょう⁉」
「……やるな」

 ハルトは自称女神の種も仕掛けも見抜けぬ技に舌を巻く。

「まだまだよ。もう一度、このお酒にハンカチをかけて……あ、ねえ」

 自称女神が、こちらに声をかけた。

「悪いけど、盆持ってない? お盆」
「お盆? ……まあ、なくはないけど」

 ハルトは少し考えて、バックから手品小道具として使っている板を取り出した。鉄製で、周りに縁のある盆と呼んで差し支えないそれを受け取った自称女神は、それをさっと受け取り、ハンカチの下に供える。

「ほいみなさん! それでは仕事の疲れをいやしてください!」

 彼女がハンカチを外すと、酒瓶は無数のグラスに変化していた。内容と泡が七三で分けられており、特にサラリーマンたちは大喜びだった。

「どう? 芸っていうのはね、一過性のお遊戯じゃないの。楽しませた人たちの心も癒す、最高のエンターテインメントなのよ! さあ、そっちはどう動くのかしら?」
「……なるほどね」

 ハルトは思わぬ自称女神の持論に感心しつつ、何をしようか逡巡した。
 やがて手を叩き、
 

「……はい、皆さま。挑戦を引き受けましたので、今回は少し大きめの手品を用意いたしました」

 ハルトは、プラスチック製の箱を組み立てた。
 黒い、縦方向に三段積まれたそれを見せながら、

「それでは、どなたかにこのマジックのアシスタントをしていただきましょう。……それでは、このお嬢様のお連れの方!」
「俺か⁉」

 ハルトは、自称女神と一緒にいた少年を指名した。彼は驚きながら、こちらに来る。
 すると、自称女神は彼を指差しながら怒鳴った。

「ちょっとカズマ! この高貴なる私を裏切るの⁉」
「……正直たまにはお前の泣き顔を見たい」
「ああああああ‼ カズマがひどいこと言ったあああああああ!」

 すでに涙目になっている自称女神に対し、何とカズマと呼ばれた少年はにやりと笑った。

「よおし! お前のいつもの宴会芸より、こっちの方が面白そうだぜ!」
「ああああああ‼ カズマが言っちゃいけないこといったあああああああ!」
「……ねえ、お兄さん」

 カズマが自身の手に従ってケースに入ろうとしている間、思わず彼に問いかけた。

「君って、あの女の子と友達……なんだよね?」
「一応な」
「ちょっと……扱いひどくない?」
「ああ?」

 カズマは、ハルトに疲れ果てたような目を向けた。

「だったらアンタに上げるよ、あんな自称なんとかの女神! 毎回毎回変なトラブル持ち込んでくるし、おかげさまで俺の損害も増えるし! もしも人生やり直せるんなら、あんな奴絶対にごめんだね!」
「カああああああズマさあああああああああああん!」
「……ねえ、女神さま、泣いてるけど……勝負の途中なのに泣いてるけど……」
「いいんですよ、あんな奴。それより、どうすればいいですか?」

 横から聞こえてくる自称女神の悲鳴を徹底的に無視するカズマさんへ、ハルトは少し感心さえ思えてしまった。
 ハルトは見なかったことにして、改めて指示した。

「えっと、ここに入ってください」

 箱の後ろから、カズマが入る。頭、体、足にかけて三等分にしているケースの下二つを蓋し、顔だけが覗ける状態になる。

「はい。それでは皆さん。今彼は、絶対にここから逃げられません」

 ハルトは、箱の側面にある蝶番を示す。

「それでは、これよりこちらの方の脱出劇を行います!」

 ハルトは、カズマに「大丈夫ですからね」と声をかけて、顔の蓋を閉じた。

「さて、まずはこちら」

 小道具の剣を取り出す。昨日、ラビットハウスでまどかにも行ったものだった。
 一通り串刺し、箱の移動をしても、カズマは無事だという手品で、ある程度の拍手喝采はいただく。
 一度見たはずの響も大きな拍手をする一方、自称女神は膨れっ面で手を叩いていた。

「それでは最後に、派手な花火を打ち上げましょう」
「え?」

 全く話していない内容に、カズマも目を白黒させていた。
 少しいたずらごころが芽生えたハルトは、カズマを閉じ込めたまま、

「最後に! この箱を爆発させます!」
「ちょっ!」
「え⁉」
「はぁ⁉」

 響をはじめ、観客は茫然。
 自称女神は飲んでいたジュースを吐き出し。
 カズマは白目で悲鳴を上げた。

「え⁉ ちょっと、そんなこと聞いて……」

 ハルトは、カズマの言葉を無視して蓋を閉める。

「おい! ちょっと! 爆発って何⁉ 俺、どうなっちゃうの⁉」
「プークスクス! ちょっと、ウケるんですけど! カズマさん、いきなり爆発オチとか、チョーウケるんですけど‼」

 友達を爆発させるという言葉に、大笑いする自称女神。

「あのー……」

 響が彼女に尋ねる。

「爆発するって言われてるのに、笑ってるのはないんじゃない?」
「だって! あんなに私をバカにしてたのに……爆発オチって、チョーウケるんですけど!」
「ええ……」

 響が言葉に詰まっていた。
 ハルトはコホンと咳払いをして、

「それでは皆さん! カウントダウンをお願いします! 5!」

『4!』

 ノリのいい観客たちは、一斉にコールをし出す。

『3!』

「おお、おい! 本当に爆発すんのかよ⁉ 嫌だ! 童貞のまま死にたくない!」

『2!』

「カズマさん! 私、カズマさんが死んだらお祈りしてあげる! 綺麗で麗しい女神様に出会って、せいぜい勇者として異世界に召喚されていいパーティーですごい生活を送れますようにって!」

『1!』

「さあさあ皆さん、刮目ください!」

 盛り上がってきた観客へ、ハルトは指をパッチンと鳴らす。

「いざ! エクスプロージョン!」

 ハルトの掛け声とともに、カズマが入っていた箱が粉々の大爆発を起こした。
 カラフルな煙の後ろに本物の衝撃。その後には何も残らなかった。
 台の上に残った焦げ跡で、沸き上がったのは拍手喝采。

「すごい! すごい!」
「本当に爆発した!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 ハルトは両手を上げて、その声に応える。

「そしてその拍手をもう一度‼ 今度は私にではなく、体を張って私のアシスタントをしていただいた、少年にお願いいたします!」

 ハルトはそう言って、観客たちの奥を指差した。
 そこには、髪をぼさぼさにして、息も絶え絶えになっているカズマがいた。

「ゼエ、ハア、ゼエ、ハア、死ぬかと思った……」

 カズマは肩で呼吸しながら、ハルトを恨めしそうに睨む。
 彼の無事を確認した観客たちは、再び地響きにもなりそうな拍手をした。



「ま、まあ。勝負は引き分けってところね」

 自称女神___名前はアクアというらしい___は、自身の缶とハルトの缶を見比べながら結論付けた。

「おいアクア。二人とも確かに容器は一杯。お前の言い分は、まあ分からなくはない」

 カズマがジト目でアクアへ横やりを入れる。だがアクアは全く意に介した様子はない。
 カズマは続ける。

「でもな? お前の缶は小さい。この前俺が飲んだ空き缶だからな。でも、ハルトが使っているのは菓子箱。お前のやつよりおおい」
「カズマさん。よく見てみなさいな。もしかして、硬貨の数え方も忘れちゃったの? プークスクス!」
「お前こそよく見ろよ! 十円玉が多いのはお互い様だけど、ハルトのやつにはところどころお札入っているだろうが! 普通にお前の負けだよ!」
「何よカズマ! 何もなく受け入れるの? そんなんだから、私たちはいつまでたっても売れないのよ!」
「俺は別に売るつもりはない。今のアパートで永遠に暮らすんだい」
「このヒキニート!」
「あの……」

 ヒートアップする二人に、ハルトは小声で話しかける。

「その……今日はありがとうね。俺、今まであちこちでやってきたけど、ここまで稼げたことはないからさ、その……稼ぎ山分けしない?」
「え?」
「い、いいえいいえ」

 キラキラした目をするアクアを防ぐように、カズマが割り入る。

「それはあくまでそちらが稼いだものですので、どうぞお納めください」
「でも……」
「気にしないでください」

 カズマが、こちらが出した金をハルトの缶に戻す。アクアが恨めしそうにそれを眺めているが、カズマはそれを無視し続けていた。

「ねえ」
「ん? ああ、響ちゃん」

 ずっとハルトたちの大道芸対決を見ていた響が、ティッピーが入った鞄を渡す。

「お疲れ様。なんか、途中からどんどん凄まじくなっていったけど」
「ああ。変な所見せちゃったかな」
「いやいや。面白かったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 ハルトはティッピーと缶を入れ替える。鞄を背負い、ティッピーを胸に抱いた。

「さてと。今日の稼ぎも終わったし、俺は帰ろうかな」
「え? まだ正午だよ?」
「いやあ。さっきカズマ君の爆発で、今日の装備ほとんど使っちゃったんだよね。ぶっちゃけあれ、とっておきの切り札だったから」
「ほえ~でもすごかったね。私も、ハルトさんがとうとう殺人やっちゃったかと思ったよ」
「俺も死ぬかと思ったぜ」

 喧嘩しながら突っ込むカズマ。

「よし君たち、そこに整列しようか。今から一人ずつ爆発してやる」
「うわっ! こいつ、頭がおかしい爆発野郎になった!」
「どうすんのよ⁉ ここは誰かに盾になってもらうしかないわね」
「そうだな。よし! アンタ、悪いけど盾になってくれ」
「ええ⁉ 私⁉」

 カズマとアクアの盾にされる響。彼女は「やめてとめてやめてとめてやめてとめて!」と首を振っている。
 ハルトはため息をついて、

「冗談だよ。第一、もう俺に爆薬なんてないし」
「そ、そうですよねえ、あっははは」

 カズマが本気で安心した表情をしている。
 爆発魔なハルトが、そのまま踵を返そうとしたときだった。

「あの。もし」

 観客の中にいただろか。あるサラリーマンが、こちらに名刺を差し出していた。

「今のお二方のパフォーマンス、拝見いたしました。私、01プロデュースの鎌田と申します」
「はあ……」
「あ、どうもどうも……」

 名刺をもらったハルトとアクアは、それぞれ礼を返す。
 鎌田と名乗った男は続ける。

「ぜひ、お二人には、わが社の看板になっていただきたく……」
「それって……スカウトってこと⁉」

 アクアが興奮気味に鎌田へ顔を近づける。
 鎌田は抵抗なく頷く。
 すると、アクアとカズマは、互いに顔を見合わせる。

「やった! やったわカズマさん! これで私たち、とうとうあのオンボロ下旧四万円生活から脱出できるわ!」
「これからは、テレビにジャンジャンでて、売れたら女子アナと結婚して牛丼卵付き百杯食べて、ビル千件買って自堕落な生活を送るんだ!」
「こりゃ祝杯よカズマ! 今夜は焼肉よ!」

 ハイテンションになる二人。
 次に鎌田は、ハルトにも声をかけてきた。

「貴方様のものも拝見いたしました。ぜひ、わたくしどもと契約を結んでいただきたい」
「え? 本当? どうしよっかな……?」
「ええ。契約金は……ぐわっ!」

 その時。鎌田の手が何かに弾かれた。
 彼を妨害した謎の青い影は、そのまま迷いなく、ハルトの右手に飛び込む。

「え? 何?」

 カズマとアクアは二人で輪を組んで踊っているので異変に気付かない。響と鎌田だけが、その正体を二度見していた。

「お、おい! ユニコーン! 何だよ、今大事な話してるんだから後にしてくれよ!」

 掌に乗った青いプラモンスター、ユニコーン。この使い魔は興奮気味に、手の上でステップを踏んでいる。

「ハルトさん……それも手品?」
「あ、響ちゃん。これは……そ、そうそう手品手品。鎌田さんもごめんなさい。なんか、タネが遅れて……」
『ヒヒーン』
「痛っ! 突くな! ……まさか、ファントム?」

 いつも最悪のタイミングで訪れる、ファントムの出現。ユニコーンは首を縦に振った。

「勘弁してよ。今からビッグになれるチャンスなのに……それで? どこ?」

 ユニコーンが指したのは、鎌田の方だった。

「あっちか……すみません鎌田さん。ちょっと急用で、響ちゃんに色々伝えて……」
『ヒヒーン』

 突然、ユニコーンがその角で頭を指してきた。

「なんだよ⁉」

 ユニコーンが、改めて鎌田がいる方角を……鎌田を指す。

「え? あっちにファントムがいるんだろ?」

 否定。
 その時、ハルトは理解した。

「……鎌田さん。まさか、あなたが……」
「仕方ありませんね」

 鎌田は名刺ケースを放り捨てた。彼はそのままにやりと笑み、
 その顔に、不気味な紋様が浮かび上がる。

「っ⁉」
「「やったやったやっ……え?」」

 響も、カズマもアクアも動きを止める。
 その中で、鎌田はねっとりと言った。

「仕方ありませんね。この私、ベルゼブブを見破るとは。しかし、関係ありません。皆さま全員、ここで絶望してファントムを生み出していただきましょう」

 紋様はやがて実体となり、全身を変質。
 そこには、コウモリと悪魔を融合させたような人型ファントムが現れていた。 

 

"撃槍 ガングニール"

「変身!」
『フレイム プリーズ』

 赤い魔法陣がハルトの体を貫通し、火のウィザードとなる。
 ソードガンを引っ張り出し、ハルトはファントムに斬りかかり、大きく退避させる。

「響ちゃん、それに二人とも! 逃げて!」
「逃がしませんよ。グールたち!」

 ファントムの掛け声とともに、無数のグールたちが湧き出てくる。それらはカズマとアクアの逃げ道を塞ぐように聳え立つ。

「折角儚い夢からの落差で絶望させようと考えましたのに。邪魔してくれますね」
「ファントムの邪魔をするのが魔法使いだから。行くよ!」
『フレイム シューティングストライク』

 ウィザードはジャンプで、カズマたちの頭上を取る。
 そのまま炎の銃弾で、カズマたちを取り囲んでいたグールたちを灰塵に化す。
 そのまま二人の前に着地した。その時、カズマが「おおっ! これだよこれ‼ 俺はこういうヒーローになりたかったんだ!」と言っているが、無視した。
 ウィザードはそのまま、ファントムへ発砲。

「無駄ですよ」

 無数の銀の銃弾の変則的な軌道へ、ファントムが吐き捨てる。そしてそれらはファントムに命中することなく、ウィザードに命中した。

「なに……?」

 ウィザードは、ルビーのプロテクターに打ち込まれた銃弾に驚愕する。疑いもなく、ソードガンから発射された銃弾だった。

「どうして……?」
「私に飛び道具は通じませんよ」
「そうかい。なら……」

 ウィザードはソードガンを剣にして、接近。斬りかかる。

「ふん! なかなかの手際ですね。ですが、当たらなければ全く意味ありませんね」

 ファントムは簡単によけながら嗤う。ウィザードは仮面の下で苛立ちながら、ガムシャラにソードガンを振る。

「このっ!」

 斬ではなく突き。それは今度こそファントムの胸元へ届く。
 が、それは命中する寸前で、発生した空間の渦に呑まれる。
 その渦の出口は、すぐ隣。コネクトと同じようなものが、ウィザードの肩へ直撃した。

「がっ!」

 思わぬ反撃に、ウィザードは後ずさりする。ケラケラと笑うファントムは余裕そうに手を叩いた。

「私に近接攻撃もまた通じませんよ」
「じゃあどうしろってんだ……?」

 ウィザードは、別の指輪を取り付ける。

『バインド プリーズ』

 地面に出現した魔法陣より、鎖がファントムへ向かう。だがそれは、同じように空間の渦の中に消失。逆に、ウィザードを縛るように現れた。

「嘘だろ……?」
「ふふふ。他のファントムから、指輪の魔法使いのことは聞いていましたが、大したことありませんね。グールたち!」
「っ!」

 バインドを解除したウィザードへ群がるグールたち。もう敵わないと分かっていながら、彼らは肉壁となりウィザードを阻んでいた。

「さてさて。ゲートのお嬢さん」

 ファントムのターゲットは、アクアのようだった。ファントムは彼女へじりじりと迫っていく。ビッグで払おうがライトで目つぶししようが、グールたちは執念のごとく壁となる。

「カカカ、カズマさああああああん! 助けて助けて助けて! 嫌よ、私まだ死にたくない!」
「アクア!」

 カズマもまた、グールに囲まれて動けないでいた。
 もうだめだ、と誰もが思った時。

「生きるのを諦めないでッ!」

 アクアの前に立った人物が、ファントムを殴り飛ばした。

「……なんですか? 貴女は」

 ファントムは苛立ったように、その人物を睨む。
 アクアを守った人物____立花響は、どこかのカンフー映画のような構えをしながら、ファントムを見据えていた。

「……人を襲うの、止めてはもらえませんか?」

 静かに、だけどはっきりと、響は尋ねた。彼女の声はとても落ち着いており、ラビットハウスでともに騒いだ人物とは思えなかった。
 ファントムはケラケラと肩を震わせ、

「御冗談でしょう? 私たちはゲートを絶望させてファントムを増やすのが目的。人を襲うなというのは不可能です」
「私たちは、互いに話し合える! 手をつなぐことだって……」
「笑止。我々ファントムが人間ごときと? ふざけてます。邪魔をするなら、貴女もゲートとともに、絶望して死になさい!」
「……そう」

 響は、どこか悲しそうな目浮かべた。やがて首から下げているペンダントを両手で握る。
 そして。
 響は___歌った___

『Balwisyall nescell gungnir tron』

 黄色の光。それが、ファントムやアクアたち。そして、ウィザードの目を奪う。
 白く伸びたマフラーがグールたちをなぎ倒し、大ジャンプして現れた響。

「あれは……⁉」

 ウィザードは目を、そして耳を疑った。
 彼女から鳴り響くメロディは、公園内で常に響き渡っていた。
 その音を聞くと、だんだんそれが分かってきた。
 ハイテンポのイントロ。それは、一瞬で導き出せた。

「歌……だと?」

 さっきまでラフな服装だった彼女は、今や白と黄の武装をした姿となっていた。白いマフラーをたなびかせ、両手に大きなガントレットを装備し、丸いめは吊り上がっていた。

「な、なんなんですか貴女は⁉ その姿は……この歌は……⁉」
「この歌もッ! この拳もッ‼ シンフォギアだアアアアアアアアアアアアッ‼」

彼女は、そのままファントムへ殴りかかる。


___絶対に離さないこの繋いだ手は___

「私に物理攻撃など通じませんよ!」

 ファントムは、またしても空間を彎曲させ、響のパンチを彼女へ跳ね返す。

___こんなにほら、暖かいんだ ヒトの作る温もりは___

 響はそれでも、拳を止めない。歪んだ空間により、彼女の拳は全て響自身に跳ね返る。

「ハハハ! そんなものでなにができる? 無駄な抵抗はお止しなさい」

___難しい言葉なんて いらないよ___
 
 響はそのまま飛び退き、上空へ跳び上がる。着地した彼女のもとには、無数のグールたちが群がっていく。

___今わかる 共鳴する Brave minds___

 だが響は、当然のごとく、マフラーを振り回してグールの接近を許さない。

「響ちゃん……?」

 ようやく周囲のグールを片付けたウィザードは、響の豹変ぶりに言葉を失う。
 響はさらに、グールを足場にしてジャンプ。腰と背中のブースターで加速、拳でクレーターを作る。

___ぐっとぐっとみなぎってく 止めどなくあふれていく___

「すごい……」

 ランドに匹敵する力と、ハリケーンにも迫る機動力。
 響のその姿に、ウィザードは、茫然とするしかなかった。

___紡ぎ合いたい魂 100万の気持ち…さぁ___

 グールたちを蹴散らした響は、ファントムを再戦に持ち込む。

___ぶっ飛べこのエナジーよ___

 やはり響の拳は、ファントムの作り出す渦により、響本人に跳ね返る。

「無駄です! そんな手腕では、私には届きません! 私の能力は空間を歪める力! 貴女では、私に触れることすらできないのです!」
「言ってること、ぜんっぜん分かりません!」

___解放全開! イっちゃえHeartのゼンブで___

 響は体を回転させる。上空で殴りかかる体勢となった響の腰とガントレットに、ブースターが噴射される。

___進む事以外 答えなんて あるわけがない___

 加速した響は、そのまま拳を突きだした状態でファントムへ滑空していく。円状に回転させながら、黄色の光はファントムへ迫る。

___見つけたんだよ 心の帰る場所Yes!___

 当然、ファントムはウィザードを苦しめた能力を用いて、響の攻撃を躱そうと試みる。
 だが。否。

___届け! 全身全霊この想いよ___

 響の拳が、またしてもファントムの術中に陥る。
 しかし、響の拳は、ファントムへ届く前に、ガシンガシンと音を立てて変形、巨大な筒となる。

___響け! 胸の鼓動! 未来の……___

「先へええええええええええええ‼」

 歌の最後の一節はそのまま響の叫びとなり、ファントムへの拳となる。

「無駄です! むしろ威力を増大させた分、跳ね返る貴女がダメージを受けるだけ! 愚かなことを……は?」

 だが、その瞬間、ファントムは顔を歪めた。
 その光景は、ウィザードからも確認できた。
 巨大な拳は、そのまま渦へ取り込まれ、響へ反逆する矛と化す。
 だが、その前に、やがて渦そのものが荒波を立てていく。やがて耐えられなくなった渦は、空間ごと消滅していったのだった。

「バカなああああああああああああああ⁉」

 盾を失ったファントムを響から守るものはもうない。
 そのまま白と黄の鋼鉄は、ファントムを圧し潰し、爆散___はさせなかった。
 あくまで尻餅をつかせるだけで、響はそれ以上進めなかった。

「な……なぜ?」
「貴方たちのことはよくわかりません。でも、私たちには、語り合う言葉がある。きっと、分かり合えるよ!」
「ふざけるのも大概にしてください。我々ファントムと人間は、決して分かり合えない。絶望を糧とするファントムと、希望を胸にする人間が、ともに生きる術などないのです」
「だとしても! それで諦めたら、きっと後悔する! 私たちの手は、傷つけることの他にも、繋ぐことだってできるはずだよ!」

 響の言葉に、ウィザードは静かに呟いた。

「ファントムとの和解か……考えたこともなかったな……」

 ウィザードは、無意識に指輪を見下ろす。赤いルビーの指輪。人々を守ってきたその指輪がもつ、ファントムにとっての絶望の象徴の面など、思いもしなかった。
 だがファントムは、首を振って吐き捨てる。

「何て甘い! そんな絵空事など、聞く必要などありません!」

 手から放たれた光弾が、響を突き飛ばす。

「絶望により、ファントムを増やす! 我々の目的は他にありません! それを邪魔するものは……」

 突如。ファントムの言葉は消えた。何があったのかと、ウィザードと響は彼へ視線を凝らした。
 やがてファントムは、胸元から突き出ている銀の刃に驚愕する。

「……こ……れ……は___

 その答えを、ファントム、ベルゼバブが知ることはなかった。
 刃からファントムの体へ走る、黒い文字列。それがファントムの体を、首を絞めつけたとき、その眼から光が消えた。
 爆発ではない、ファントムの死。ウィザードも初めて見るそれは、灰化による消滅だった。
 十秒にも満たない消滅。そして、ファントムを背後から突き刺した人物が、その姿を見せる。

「……なるほど」

 可奈美と同じく、日本刀を携えた女性。
 黒い服と黒く長い髪。血のように深紅の眼差しと、それに込められた殺意が特徴だった。
 彼女は日本刀を降ろし、ウィザードと響へ視線を当てた。

「この気配は……マスターと、サーヴァント……」

 彼女は静かに呟いた。
 その瞬間、ウィザードの体に電撃が走る。
 マスター。普通の人が容易くは発言しないその言葉に、彼女が聖杯戦争の参加者であると理解できる。
 そしてサーヴァント。この場で、その言葉に当てはまる人物は一人しかいない。

「サーヴァントって……もしかして響ちゃん?」

 ウィザードが響へ向かい合う。同時に彼女も同じ結論に至ったのだろう。ウィザードのマスクを凝視している。

「ハルトさんが……マスター?」

 響も驚きを隠せないのは明白だった。
 だがその隙を、黒髪の女性は見逃すはずもなかった。

「葬る!」 

 

夜の奇襲

「葬る!」

 信じられないスピード。黒髪の女性は一気にこちらへ詰め寄り、ウィザードへ斬りかかる。

「っ!」

 ウィザードはソードガンで、その太刀を防いだ。銀の刃が、日本刀を受け止める。
 彼女は身を翻し、さらなる斬撃で攻め立てる。
日本刀を使う敵。可奈美という比較対象と比べてみると、どちらの技量が上か、優劣などつけられなかった。
だが、彼女が可奈美よりも明らかに優れている点が一つ。

「喉元を狙ってくる……っ!」

 黒髪の女性は、ソードガンとの打ち合いではなく、ウィザードの急所へ刃を走らせていた。ウィザードとしての肉体強化がなければ、すでにこの世にはいられない猛攻に、ウィザードは冷や汗を流す。

「重い……っ!」

 華奢な女性の腕力としては信じられない力量に、ウィザードは慄く。
 可奈美のそれとは比べ物にならない、攻撃性と容赦のなさ。ファントム以上の脅威に、ウィザードのソードガンを握る力が強まる。

『ディフェンド プリーズ』

 ウィザードが盾とした魔法陣を容易く両断し、黒髪の女性は更に詰め寄る。

「またか!」
『ディフェンド プリーズ』

 再び発生する魔法陣。今度は防御としてではなく、黒髪の女性を突き飛ばすためのものとしての使用だった。
 腕でガードした彼女は、そのまま地面を転がる。

「……やるな」
「まだだ!」

 すさかずウィザードは、ルビーの指輪をサファイアに取り換える。起動したウィザードライバーへ、サファイアの指輪を投げるように読ませる。

『ウォーター プリーズ』

 発生した青い魔法陣を突っ切り、ウィザードの姿が火から水へ変わっていく。

『スイ~スイ~スイ~』

 水のウィザードは、敵へ斬り結ぶ前に指輪を入れる。

『リキッド プリーズ』

 水のウィザードの特性たる、魔力の多さ。それが可能にした体の液状化により、彼女の刃が体を貫通した。

「……⁉」

 黒髪の女性は、少なからず驚愕を露にした。その隙を見逃さず、彼女の肩に蹴りを入れる。
 怯んだところへ、さらにウィザードは指輪を入れる。

『ライト プリーズ』

 ウィザードの手から、眩い光が放たれる。それは、暗闇に慣れた黒髪の女性の視力を麻痺させた。

「っ……!」
『ウォーター スラッシュストライク』

 目を奪われている彼女へ、ウィザードは青い斬撃を与える。
 だが、敵もさるもの引っ搔くもの。視界を潰したというのに、その日本刀でウィザードの斬撃を防いだ。

「すごっ……!」
「造作もない」
「造作もないの基準が絶対におかしい……!」

 目が慣れてきたのだろう。黒髪の女性は、すぐにこちらを睨めるまで回復した。

「お前……サーヴァントではなくマスターが戦うのか」

 赤く、冷たい眼差しで黒髪の女性が語る。
 彼女の言葉を理解する前に、黒髪の女性が突進してきた。卓越した動きは、ウィザードの反撃を掻い潜り、その刃を仮面へ迫らせる。

「もう止めてください!」

 間に割って入る、黄と白の鋼鉄。
 ガントレットで刃を防ぎ、そのまま黒髪の女性の腹へ掌底を食らわせる。

「っ!」

 反対側のウィザードにも跳ね返る衝撃。
 だが、黒髪の女性は数度地面を跳ねた後、 その反動を利用して着地。足が地面を引きずったが、ほとんど無傷のままこちらを見返した。
 響は彼女へ向き合う。

「どうして戦うんですか? 私たちは、語り合うことだってできるはずです!」
「語り合う……?」

 彼女の前髪が、赤い右目を隠す。顔に陰りがある彼女は、そのまま冷たい声で語った。

「聖杯戦争。そのサーヴァントならば、語り合う必要もない。私たちはそれぞれの願いのために戦う。それだけだ」
「違います! そもそも、私たちサーヴァントがいること自体が間違っています」

 響の言葉に、ウィザードは押し黙っていた。

「響ちゃん……それって……」
「ハルトさん……」

 響は数秒ウィザードを振り替える。彼女はしばらくウィザードを見返したあと、ゆっくりと頷いた。

「分かっていますよね? ここは、私たちがいるべき世界じゃない……! この世界は、この世界の人たちに任せるべきです!」
「……サーヴァントなのに、聖杯戦争には消極的なのか」
「私たちは、英霊でしょう⁉ 人を傷つけるためにその力を振るったわけじゃないでしょ⁉」

 だが、その言葉は黒髪の女性を押し黙らせた。彼女は静かに目を落とし、自らの刀を見下ろす。
 やがて、響に向けられた彼女の深紅の眼差しは、赤特有の明るさはなく、暗い闇ばかりが広がっていた。
 
「私に、和解などというものはあり得ない。生き延びたいのなら去れ」
「去らない!」

 だが、響は諦めない。

「私は立花響ッ! 十五歳! 誕生日は九月の十三日で、血液型はO型! 身長は157㎝、趣味は人助けで好きなものはごはん! 彼氏いない歴は年齢と同じ! ……私はあなたのことも知りたい!」

 彼女のひたむきな声に、ウィザードは呼吸すら忘れていた。
 
「響ちゃん……?」
「私たちは、分かり合うための言葉がある! 手をつなぐことだってできる! 殺し合う理由なんてない!」
「……」

 黒髪の女性は大きく息を吐く。

「言葉があれば、分かり合えるとでも……?」
「?」
「戯言だな」

 吐き捨てた彼女は、刀を数度回転させる。

「言葉が通じる怪物が、この世には大勢いる。お前にとって、私がそうであるように」
「だとしてもっ! 私は、手をつなぐことを諦めたくない!」
「時間の無駄だ。サーヴァント、アサシン。来い。ランサー。ランサーのマスター」

 黒髪の女性、アサシンが身構える。

「葬る!」

アサシンは、弾丸のようなスピードで迫ってくる。
 
「! 響ちゃん!」

 アサシンのダークカブトに匹敵する速度に、反応が遅れた。
 ウィザードは響を突き飛ばし、その体にまともにアサシンの刀を受けた。

「うっ!」

 サファイアのプロテクターを貫通し、生身の体に傷が入る。リキッドの効果が切れた体を地面に放り投げられた。

「っ……⁉」

 起き上がった瞬間、ウィザードは体を締め付ける圧迫感に押された。

「何だこれ?」
「終わりだ」

 アサシンは吐き捨てる。
 その瞬間、ウィザードの全身に黒い文字模様が走り出した。
 それは、彼女によってつけられた胸の刀傷からのものだった。
 アサシンは静かに告げる。

「村雨は一撃必殺。傷を付けられたものは死ぬ」
「なんだよそれ……反則だろ……!」

 ウィザードは、ひざを折った。呪詛がじりじりと体を駆け巡っていく。
 首に、心臓に達し、もうだめだと目を閉じたその時。

『ゴー! ド ド ド ド ドルフィン』

 ウィザードの体に、紫の光が降り注ぐ。
 光の粒子が体に蓄積されればされるほど、ウィザードの苦しみも和らいでいった。

「何?」

 アサシンは怪訝な顔を見せる。
 毒素が抜けた。
 立ち上がり、両手を見下ろしたウィザードは、間違いなく生きていることを確認するように全身に触れる。

「助かった……のか?」
「ああ。助かったぜ」

 突如として、背後から駆けられる新たな声。
 振り向けばそこには、金色の人影がいた。
 ライオンを人型にしたような人物。緑の瞳と黒い下地のライダースーツの他は、金色のアーマーを付けていた。

「くぅ~! 苦しんでいるライバルを助けるとか、俺って良い奴~!」

 金色のライオンは両手を腰に手を当てて感激した声を上げている。
 彼はそのまま、響へ手を振る。

「おい! 響! こんなところで何してんだ? 変身までして」
「コウスケさん!」
「コウスケって……」

 金色のライオンの姿を見る。以前あった行き倒れの大学生の姿を、どうしても重ねることはできない。
 それを察したのか、コウスケらしき金色のライオンは、両手をパンパンと叩いた。

「安心しろ。この姿はビーストっていうんだ。そのまんま、ビーストって呼んでくれよハルト」
「俺の正体は知っているのかよ……」
「声一回聞いたんだから分かんだろうが」
「いや、覚えてないんだけど……」
「かぁーっ! お前も結構冷たいねえ!」

 コウスケが正体らしき金色のライオン改めビーストは、そのままウィザードとアサシンの間に立ち入る。

「んで? 響、あれが人様のサーヴァントって訳だな?」
「うん。アサシンだって」
「あいつからサーヴァント全員倒したら、願いが叶う……と」

 サーヴァントを倒したら、願いが叶う。そのことを理解していることから、ウィザードは彼が聖杯戦争の参加者だということを理解した。

「おい、コウスケ……まさか……」
「ああ。俺が、響の……ここはマスターらしく言うか。ランサーのマスターだ」
「っ!」
「……コウスケさん」
「だぁーっ! 皆まで言うな」

 ビーストは響の言葉を遮った。

「俺は別に願いなんて興味ねえよ。こちとら大学終わった帰り道で疲れているんだっつーの。早くテントに戻ってバタンキューしてえだけだ」

 ビーストがため息をつく。その一拍の中で、
 アサシンが肉薄する。

「!」
「葬る」

 彼女の冷たい声。ビーストの運動神経が優れていなければ、明らかに彼の命はなかった。

「危ねえな!」
 
 ビーストは足技で反撃する。だが、斬られただけで命を奪う刀を持つアサシンに対し、ビーストは全力で攻撃できなかった。

「だあもうっ! めんどくせえ!」

 ビーストは声を荒げる。ライオンが彫られたベルトに付いたホルスターから、何かを取り出した。右手中指に取り付けたそれは、ウィザードにとっては見慣れたものだった。

「俺と同じ……指輪?」

 ビーストはその声には応えず、ベルト上部に取り付けられたソケットに押し当てる。そのまま捻ることで、ベルトの音声が起動した。

『カメレオン ゴー カカッ カッカカッ カメレオー』

 ビーストの右側に、緑の魔法陣が出現する。ウィザードのものが円形なら、それは角ばった直線的な魔法陣。それがビーストの右肩___紫のイルカを肩に乗せた紫マント___を通過する。すると、イルカの頭は、緑のカメレオンのそれに変わった。マントもまた緑のものへ交換され、ビーストはそのマフラーをはためかせる。

「これでも食らいやがれ!」

 ビーストが大きく肩を振る。カメレオンの舌部分が大きく伸び、アサシンの腕右腕を捉える。

「その物騒なもん、放しやがれ!」

 勢いよく引き寄せると、アサシンの体が宙を浮いた。

「響!」
「はい!」

 ビーストの掛け声に、響が応じる。
 彼女は一直線にアサシンへ接近。かかと落としで妖刀を地面に叩き落とす。
 そのまま響は、アサシンと格闘戦に持ち込む。二人が同時に着地したとき、すでにアサシンの腹には、響の掌が当てられていた。

「はっ!」

 響の大声。ハッケイと呼ばれる中国武術が、アサシンを大きく突き飛ばす。

「……くっ……」

 だが、それでもアサシンは倒れなかった。少し体勢を崩しかけた程度で、変わらぬ殺意の目を響とビーストを睨んでいた。
 だが、臆することを知らぬ響は、彼女へ尋ねる。

「どうしても、戦いを止めてはくれませんか?」

 その問いに、アサシンはしばらく黙っていた。
 やがて、ゆっくりと口を開く。

「争わずに済むのなら、それに越したことはない」
「!」
「だったら……!」
「私の命は、無数の命の上にある。戦いを止めることは、もうできない」
「そんな……」
「話は終わりだ」

 アサシンはそれ以上耳を貸さず、静かに刀を拾い上げる。

「葬……」

 踏み出した彼女の足が止まった。

 同時に、響もビーストも、ウィザードも止まった。
 上空から、溢れていたのだ。
 黒い光が。
 そして、その中心にいる、黒衣の天使が。

「……キャスター……っ!」

 聖杯戦争始まって以来の最初の敵であり、ウィザードにとっての最強の敵。

 キャスターがいた。 

 

二つの黒

「消し飛びなさい」

 キャスターのその声は、まるで死刑宣告のようだった。
 彼女の黒い球体より、野太い光線が雨のように降り注ぐ。

「な、ナニコレ⁉」

 響が悲鳴を上げる。光線は、まるで彼女の後を追いかけるように降り注いでいく。

「おい! ハルト! アイツもサーヴァントか⁉」

 いつの間に手にしたのか、ビーストは手に持ったサーベルで光線を受け流している。そのサーベルは不思議と折れることなく、光を屈折させ、地面へ突き落としていた。
 ウィザードは毎回毎回スラッシュストライクを起動させ、光線と相殺させている。
 水で力技というアンバランスの中、ウィザードは頷いた。

「彼女はキャスター! ほむらちゃんっていう、中学生のサーヴァント! ……やっぱり、ラビットハウスに来てくれた程度じゃ、聖杯戦争止めてくれないよね」
「ああ? マスターいんのか? どいつだ? どこにいる⁉」
「どこにいるって……」

 今弾いた一発は少し重かった。

「この絨毯爆撃の中で探せっての⁉」
「だぁ! 皆まで言うな! 俺が探す!」

 ビーストは、右手の指輪を入れ替え、装填する。

『ファルコ ゴー ファ ファ ファ ファルコ』

 カメレオンの緑から、ハヤブサのオレンジへ変わっていく。彼の体にオレンジの風が纏われ、ビーストの体が浮いていく。

「おい! ちょっと待てって!」
『ハリケーン プリーズ』

 ビーストがオレンジの風ならば、ウィザードは緑の風。
 黒い光線の雨を掻い潜りながら、ビーストに続いてキャスターへ上昇する。

「ねえ、キャスターにどうやって立ち向かうのか考えてる?」
「んなもん、やり合ってから考えりゃいいんだよ! 男なら細かいこと気にすんな!」
「細かいじゃないでしょ! そもそも、前回戦った時片手無くしているはずなのにな……」
「んなことどうでもいいだろう!」

 ビーストは手に持った細長い武器を振るう。ダイスサーベルという固有名詞などウィザードが知る由もなく、ビーストはダイスサーベルに内蔵されたギミックを回転させる。
 ドロドロドロドロとドラム音が鳴り響く。
 しばらくすると、ビーストはサーベルに付いているスロットに、指輪を差し込んだ。ウィザードからは見えない位置に表示されているサイコロの目と同じ、『4』というガイダンスボイスが鳴った。

『ファルコ セイバーストライク』

 ビーストがサーベルを振ると同時に、そこにオレンジの魔法陣が出現する。サーベルが通過するのを合図に、四体の半透明のハヤブサが飛び出し、キャスターへ向かった。

「……」

 迫る鳥たちへ、キャスターは怪訝な表情を見せた。左手より放たれた四本の光が、ハヤブサたちを消し炭にする。

「取るに足らねえってか?」
「でもあの人、完全にこっち向いてるよ」

 ウィザードが示した通り、キャスターはこちらへ注意をそらした。

「あれ? オレ別にこっちむいて欲しくてやったわけじゃねえんだが……」

 だが、そんなビーストのぼやきとは真逆に、彼女はこちらへ集中砲火を浴びせてくる。
 高度を下げて回避したウィザードだが、キャスターに近いビーストは遅れた。

「ぬわあああああああああああ⁉」
「何やってんだよ!」
『エクステンド プリーズ』

 ウィザードが発動した魔法陣に、手を突っ込む。伸縮自在の腕がビーストを地面に引き落とし、キャスターの光線を避けさせる。

「ぬわっ!」

何やら文句を言い出すビーストを下に見ながら、ウィザードは指輪を取り換える。だが、ハンドオーサーを操作する直前に、背中に圧が加わった。

「なっ⁉」

 哀れ指輪は光の雨の中へ落ちていく。ウィザードを踏んづけた黒い影ことアサシンは、そのままキャスターへ肉薄。

「葬る!」

 アサシンの刃と、キャスターの黒い防壁がぶつかる。黒い稲妻が走り、キャスターの体が落下した。

「……」

 肩に付いた埃を払い、キャスターはスタリと着地したアサシンを見返す。

「アサシンのサーヴァント……」
「お前はキャスターのサーヴァントだな……」

 黒い衣服と、赤い眼。外見の共通点がありながら、全く手を取り合うことのなさそうな二人は、じっと見つめ合っていた。

「待って!」
「お前は……」
「ランサー……」

 二人の戦いを止めようとする、三人目のサーヴァント、ランサー。響は、二人の間に割り入る。

「どうして戦う必要があるの⁉ 私たちは、手を取り合って生きる選択肢だってあるはずだよ! 聖杯だからとかサーヴァントだからとかなんてどうでもいいでしょ?」
「それはお前だけだ」
 
 響の言葉に、アサシンは冷たく吐き捨てる。

「心残りがないのなら、この聖杯戦争から消えろ。私の生き永らえるという願いを消すな」
「生き永らえる……?」

 アサシンの言葉に、ウィザードもビーストとともに耳を傾けた。
 彼女は続ける。

「私は死んだ仲間たちと違って生き延びてしまった。だから、皆とは違って生き残る」

 アサシンの強い目線に、ウィザードは少し後ずさりをした。同時に、キャスターもまた口を開く。

「ランサー。貴女が願いを持たないというのなら、止めはしない。だが、私は願ってしまった。死の直前、もう一度主にお会いしたいと」

 顔に刻まれた、赤い幾何学模様。それをなぞる様に、彼女の目から、涙が伝う。

「我が主のために。我が分身たちのために。ここで、消え果なさい!」

 キャスターが掌を響たちへ向ける。放たれた黒い光線たちが、アサシン、ランサー、そしてそれを見ていたウィザードとビーストを襲う。

『ディフェンド プリーズ』

 ウィザードは、自身とビーストの前に風の防御壁を作り上げる。風によって霧散された光線が周囲を抉った。
 サーヴァントたちへ向かった光線を、響は殴り上げて曲げ、アサシンは当たり前のように真二つにした。
 無数の光線たちの攻撃は、この場にいる者たちのみならず、周囲にも拡散していく。
 噴水を粉々に破壊し、木々をなぎ倒し、公園のあちらこちらから悲鳴を上げさせた。

「やめろ!」
『フレイム プリーズ』

 風から火になったウィザードは、スライディングで接近、ソードガンを駆使してキャスターに斬りかかる。
 だが、キャスターはそれを指二本で受け止めた。

「やっぱり通じない……! うっ!」

 腹を貫く、彼女の拳。仮面の下で吐きながら、その体が吹き飛ぶ。
 響に受け止められ、意識が朦朧とする。

「大丈夫ですか?」
「ああ……助かったよ、響ちゃん……」
「うん。ねえ、ハルトさんも聖杯戦争を止めたいんだよね? だったら、二人を止めるの手伝って……」
「手伝いたいのは山々だけど、あの二人が暴れると、街が壊れる……! 正直、少し乱暴な手を使っても止む無しな気がするんだけど」
「でも、話し合えば……」
「話が通じる状況じゃないでしょ! ってうわ!」

 響に突き飛ばされ、ウィザードと響がいた場所をアサシンの刃が舐める。
 そのまま体を回転させながらそれを見送ったアサシンが舌打ちしている。

「おい、お前オレのサーヴァントと言いあっているのはいいけどよ」

 続いて、ビーストがダイスサーベルでキャスターと戦っている。だが、彼もウィザード同様、キャスターには歯が立たないでいた。

「どっちにしろ今はこいつらをどうするかが問題だろ? 手伝ってくれよ!」

 その声に応えたのは、ウィザードでも響でもなく。

「葬る!」

 アサシンの声だった。

 黒い光線、妖刀村雨、ガングニール、ダイスサーベル、そしてウィザーソードガン。全く共通点のない凶器が、平和だった公園を破壊していった。
 フレイムのスラッシュストライクがアサシンに防がれたと思えば、アサシンごと黒い光線が飲み込もうとし、再びキャスターに狙いを定めたアサシンが動けば響が割り込み彼女と火花を散らす。好機らしきキャスターが二人まとめて葬ろうとすると、ビーストがその手にダイスサーベルを当てる。

「……これが、聖杯戦争……」

 ウィザードが小声でつぶやいた。
 やがて、ウィザードの隣にアサシンが舞い立つ。

「っ!」

 彼女の村雨とウィザードのソードガンが同時に閃く。

「お前を……葬る!」

 アサシンの猛攻。一度呪い殺されそうになった刃に注意しながら、ウィザードも反撃を入れていく。
 どんどんアサシンの攻撃で、ウィザードは噴水広場の端へ押されていく。
 ウィザードは蹴りで、アサシンを自分から離れさせる。

「はあ、はあ」

 ウィザードは肩で呼吸しながら、アサシンを睨む。
 だがなぜか、アサシンはそれ以上の追撃をしなかった。妖刀で空を斬り、ただウィザードを見つめていた。

「……なぜ動かない?」
「ここから先は、私ではない」
「?」

 首を傾げるウィザードは、背後から聞こえたガサッという草葉の音に振り向く。

 美少女が、ナイフで襲ってきた。

「んなっ!」

 思わずウィザードは、ソードガンで打ち返した。ただの市販品のナイフが魔力を帯びた銀に敵うはずもなく、バターのように切れた刃物はクルクルと回転しながら地面に突き刺さる。

「おのれっ!」

 持ち手だけになったナイフを捨てる美少女。ピンクのツインテールと可愛らしい顔と、まどかやチノで見慣れた見滝原中学の制服。だというのに、その鬼気迫る表情に、ウィザードは恐怖を感じていた。

「まだまだ!」

 ナイフ二本目を、少女は腰から抜いた。その際、彼女の手に刻まれた紋様を、ウィザードは確かに見た。

「まさか……君は、マスター⁉」
「ああああああああああ!」

 彼女は、まるで狂ったような声を上げながらナイフを振るう。ソードガンには勝てないと彼女も理解しているのだろう。ウィザーソードガンを避け、直接ウィザード本体を狙ってくる。

『バインド プリーズ』
「悪いけど大人しくして!」

 魔法陣から出現した鎖が、少女を拘束しようと飛び出す。いくら狂暴でも、魔力の鎖に生身の人間が太刀打ちできるはずもない。

「うぐっ……ああああああああ!」

 だが、鎖がとらえたのは、ナイフを持った少女の右手だけだった。
 そのまま少女は、可能な限り体を伸ばし、ウィザードに触れる。バインドにより勢いを殺された彼女の拳かと、ウィザードは考え、

「がっ……⁉」

 全身の動きが止まった。

「な……に……?」

 ウィザードの体から、何かが消えていく。それは、腹の部分___少女が手を当てている部分から吸い出されているようだった。
 そして、その合間から覗くのは、紫の金属片だった。
 まるで、懐中時計の上部分が、ウィザードの視界に入った。そして、

「あれ?」

 ウィザードの姿が、ハルトのものになる。
 大きなダメージを受けていなければ、変身解除を念じてもいない。
 どうして。その問いの答えを得る前に、ハルトは腹に激痛を感じた。

「……え?」

 質量を増した自分の服。
 見慣れた服に、見慣れない赤い液体が染みついている。
 それは、自分が流した血。
 同時に、それの原因となったものも、腹から突き出ていた。

「ナイフ……っ?」

 ファントム退治や聖杯戦争。これまで何度も非日常の中で戦ってきたハルトが、日常の象徴であるナイフによって、膝を折った。

「どうして……変身が……?」

 ハルトは、少女を見上げる。
 夕日に照らされた彼女は、先ほどウィザードに押し付けた時計を見下ろしている。やがて、その時計から音声が流れた。
『ウィザード』と。

「ウィザード……?」
「これでいいの? モノクマ」

 少女は、茂の方へ声をかける。運よく破壊を免れた緑の中から、三十センチくらいの人形らしきものが現れた。
 左右が白と黒に分かれたクマ。白の部分は比較的可愛らしいクマのぬいぐるみらしいものだったが、黒側は、赤く鋭い眼が印刷されており、白側に対して、禍々しく思えた。
 モノクマと呼ばれたそれは、少女の手にある時計を見上げて、口を抑えて肩を震わせた。

『ウププ。そう。それだよ、我妻(がさい)由乃(ゆの)。それで君も、他のマスターと同様に戦う力を手に入れたんだよ』

 モノクマ。彼は、そう頷いて高笑いを上げた。

「戦う力……? どういうことだ……?」

 体を起こそうとしながら、ハルトは問いかける。モノクマは『んん~』とハルトを見下ろし、

『ああ。君がウィザード? キュウべえとコエムシから聞いているよ。コロシアイをしないマスターなんだって?』
「……だったら……ゲフッ、なんだ?」
『ウププ。別に。それで、我妻由乃。その時計の上をポチっとやって』

 由乃というらしき少女は、モノクマの言葉に従い、時計の頭部のスイッチを押した。

『ウィザード』

 その音声とともに、腕時計を胸に迷わず叩き込んだ。
 埋め込まれた箇所より、紫の光が迸る。
 まるでウィザードの魔法陣と似たものが出現し、それが彼女を通過すると、そこにいたのは、

「……ウィザード……だと……?」

 薄れゆく意識の中。
 ハルトが最後に目にしたのは___
 ローブはボロボロで、ベルトの手は骸骨で、後頭部には指輪のような銀が取り付けられてはいるが。
疑いもなく、ウィザードそのものだった。 

 

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「へっくし!」

 可奈美は、くしゃみをした。

「可奈美ちゃん、風邪?」

 テスト勉強をしているまどかが、心配そうに尋ねた。

「ううん。大丈夫」

 可奈美はにっこりとほほ笑みながら、まどかに手を振る。
 すでに午後六時を回っている。冬の太陽はすぐに沈むため、もう外は暗かった。
 勉強に夢中になっているまどかを一人にさせるのは危険。送っていこうと決めた可奈美は、他に客のいない店内を見渡す。

「……ねえ、まどかちゃん」

 可奈美は、まどかのテーブル席の向かいに腰を落とす。

「ちょっと、見せてもらってもいい?」
「可奈美ちゃん?」
 
 まどかは少し驚きながら、書いているノートを見せた。数学のxyが大量に含まれている公式を見るだけで、少し頭痛がした。

「う~ん、ぜんっぜん分かんない」

 可奈美は「あはは」と笑ったが、ポケットより取り出したメモ帳に、まどかと同じものを記し始めた。

「可奈美ちゃん? どうしたの?」
「……今は、休学中だけどさ」

 可奈美は、問題式と解き方の両方を書き写しながら、口を開いた。

「私、まどかちゃんと同い年なんだよね」
「うん。知ってるけど……」
「まどかちゃんは、聖杯戦争のこと、知っているんだよね……?」

 その瞬間、まどかの手が止まった。彼女は悲しい顔を可奈美に向け、

「うん。ハルトさんがキュウべえと初めて会った時、私もいたから。でも願いのために、命を奪い合うなんて、とっても悲しいなって……」
「私は、……あまり、戦いたくはないかな」

 可奈美は、令呪の手を抑えながら言った。

「だから、私は終わった後のことを考えているの」
「終わった後?」
「私が聖杯に願ったことは、この世から消えてしまった友達を取り戻すこと……その願いを、聖杯が聞いてしまったせいで、私はマスターになった。でも、私は今、聖杯戦争を終わらせることができないかなって考えてるんだ。そして、美濃関に……岐阜に帰ろうって。でも、この戦いが終わったら、しっかり勉強して、友達を取り戻す手を探そうと思っているんだよ。で、そのためにも追いつかないといけないんだ。舞衣ちゃんや美炎ちゃん、私の成績上がってたらきっとびっくりするよ!」
「そうなんだ。じゃあ、私にできることなら……」

 快諾してくれたまどかに、可奈美の顔は明るくなる。

「ありがとう!」
「うん。それじゃあ……」

 まどかがさっそくと、今回のテスト範囲である一次関数を……n

「おい! 頼む!」

 勉強タイムは、一秒で終幕した。

「い、いらっしゃい……」
「ああ! 可奈美ちゃん!」

 大股で入ってきたのは、ほんの昨日顔を合わせたばかりのコウスケだった。

「コウスケさん? 忘れもの……」

 そこで、可奈美は絶句した。
 彼が肩を貸しているのは、松菜ハルト。すでに意識がない彼は、右手をコウスケの肩にかけて、だらんとただれている。

「ハルトさん! ……!」

 駆け寄り、ハルトを助け起こそうとした可奈美は、手に張り付いた違和感に両手を見下ろす。
 べったりと赤く染まった手が、可奈美を見返していた。

「……うっ……うっ……」

 沈黙の中。まどかのうめき声だけが、可奈美の耳に届いていた。



「止血はしたよ」

 ハルトをベッドに寝かせた響がそう告げた。

「命には別状ないと思う。でも、本当に危なかった」
「そうなんだ……」

 可奈美は安心して肩をなでおろす。
 なんとかショックを受けたまどかを家まで送り届けた可奈美は、そのままカウンターに着いた。
その動きの中、ハルトの椅子に腰かけるコウスケは、じっと可奈美の腕を凝視していた。

「なあ、可奈美ちゃん」
「な、なに?」
「ちょっと、脱いでみろ」

 耳が壊れたか。可奈美は耳をもみほぐした。

「ごめん、もう一回」
「だから、脱げって」
「……響ちゃん。救急車のついでに警察呼ぶけどいいよね?」
「いや、そういうことじゃないよ! コウスケさんも、ちゃんと言葉があるんですから!」

 響の言葉で、何とか中断した。



 事情を話したタカヒロに閉店の許可をもらい、可奈美はカウンター席でコウスケ、響と向かい合った。
 可奈美は長そでをめくる。そこには、不自然な刻印がしっかりと刻まれていた。

「……マジか~」

 カウンター席の近くのテーブル席のコウスケは、項垂れながら背もたれに寄りかかる。

「ハルトがマスターってのにも驚いたけど、まさかお前までマスターなのかよ……」
「こっちも、まさかコウスケさんがマスターで、響ちゃんがサーヴァントだなんて想像もしてなかったよ」
「ああ。お前、まだサーヴァントはいないのか?」
「うん。でも、いらないと思うんだよね。召喚されたら、令呪を使って自由に生きてもらおうかなって考えてる」
「ほーん」
「それで、サーヴァントにはクラスがあるんでしょ? 響ちゃんは?」
「私はランサーだよ」
「ランサー? えっと……槍?」
「うん」
「響はぶん殴ってばっかだけどな」

 コウスケが横やりを入れた。
 響はそれを無視して、

「それで、可奈美ちゃんがマスターだったら、多分知っておくべきだと思うんだよね」
「……ハルトさんに、あの怪我を負わせたサーヴァント?」

 響は頷いた。

「クラスはアサシン。とんでもない剣の使い手だよ」
「剣……」

 剣というワードを聞いて、可奈美の腹の奥がうずいた。
 それを知ってか知らずか、響は続ける。

「その剣に斬られると、呪いがあるみたいで、そのまま命を奪われる。そんな剣を使っているよ」
「うええ……なにそれ」

 言葉ではそう言っていながら、可奈美は自らがそれほど怯えていないことにさえ気づいていなかった。

「それ、まともな立ち合いもできないってことだよね?」
「そうなるな」

 返答したのはコウスケだった。彼は水を飲み干し、コップをドンと置いた。

「ハルトも一回それにやられかけた。オレが助けたがな。変身してても効果はあるってことだ」

 ウィザードでも、その能力には耐性がない。写シならどうだろうか、と可奈美は反射的に考えていた。

「恐ろしい相手だね……」
「それになによりやべえのは、そのマスターだ」

 コウスケは頭を抱えた。可奈美が「どんな人なの?」と尋ねると、コウスケは静かに「お前と同じくらいの女の子だ」と前置きした。

「ハルトにナイフぶち込むのを躊躇わないくらいのな」
「え」

 可奈美は耳を疑った。慌ててコウスケに聞き直す。
 だが、コウスケの言葉は変化なく、

「そのマスターが、ハルトを刺した」
「刺したって……どういうこと?」

 可奈美は、思わず飛び出し、コウスケの肩を掴んだ。

「ハルトさんは、ウィザードっていう形態なんだよ? 私の千鳥でも……私の剣でも大して傷を負わなかったのに、どうして普通の女の子に?」
「分からねえ」

 コウスケは首を振る。響も、明るい顔つきに似合わず難しい顔をしている。

「オレたちだってキャスターと戦ってたんだ。そこまで詳しく分かんねえよ」

 コウスケは「でも」と深呼吸をした。

「アサシンのマスターが何かすると、変身が解かれたんだよ。それで、刺された」
「……」
「んで、そのアサシンのマスターが、ウィザードになった」

 普通の中学生がハルトを刺し、ウィザードの姿を奪った。。
 そんな、猟奇的な人物がいる聖杯戦争に、自分が身を置いている。
 そんな事実に、可奈美はゴクリと生唾を呑んだ。

 五つの花びらからできた桜のような令呪が、可奈美に寒気を伝えた。 

 

我妻由乃

「なあ。チノ」

 降ろした荷物から教科書を取り出し、学校の準備を始めたチノに、そんな声が来た。
 目の前には、活発な眼差しの小柄な少女がいた。短髪の少女で、チノと同じ見滝原中学の制服を着ている。

「マヤさん。おはようございます」
「『あ~眠ぃ~。昨日ココアとコーヒー銘柄当てなんてやるんじゃなかった~』」
「違います。勝手に声充てないでください」
「違うのか? てっきりまたココアと付きっ切りだったのかと」

 少女がにっと八重歯を見せつけながら笑う。特徴的な彼女の八重歯は、ひそかに可愛がられる要素の一つなのだとチノは捉えている。

「住み込みの人が大怪我をして、看病してたんです」
「ほえ~。大怪我って?」

 マヤという少女は、チノに顔をぐいっと近づける。彼女の顔面を押し返しながら、チノは答えた。

「昨日、見滝原公園でガス漏れ事故があったじゃないですか。その人、丁度公園にいたらしいんですよ」
「ひええええ……ついてなさすぎる……その人、大丈夫なのか?」
「ええ。父が医療の知識がありますので、心配ないです。ところで、なんですか? マヤさん」
「ああ、そうだったそうだった。あのさ。ウチらって、今十四歳じゃん?」
「私はまだ十三歳です」

 だが、マヤはチノのツッコミを無視した。

「私さ、今の私たちって大事な年だと思うのよ」
「青春真っ盛りですからね」
「ちっがああああう!」

 マヤはチノの机をバンバンと叩く。

「十四歳は! 世界を救う年だよ! 一生に一度しかないんだよ‼ だから、私たちは私たちで世界を救おう! 具体的には、ウチとチノとメグで! きっと、チノのバリスタの力が必要になるよ!」
「前も言いましたが、バリスタはコーヒーを作る職業です。それにしてもメグさん、まだ来ていないんですね」
「なんか、家族の用事で少し遅れるらしいぜ? さっき先生が言ってた」
「メグさんも大変そうですね。……メグさんといえば、またバレエやってみたいですね」
「私はそれほどでもないけどなあ……お? お前の隣、天野だったか」

 マヤは、チノの隣の席に座る人物に目を移した。
 たった今来た、男子生徒。四六時中ニット帽をかぶっており、周りから笑われようともからかわれようとも、常に携帯電話___それも今時珍しいガラパゴス携帯___にポチポチと打ち込んでいた。

「そうですよ。いつも携帯ばかりやってますから、あまり話したことないですね」
「隣の席なのに? 折角の機会だから、話しかけてみようぜ!」
「悪いですよマヤさん。天野さんは天野さんでやっていることあるみたいですし」
「でも、ちょっと覗いてみようぜ! 天野!」

 天野(あまの)幸輝(ゆきてる)。出席番号一番の彼に、マヤはポンポンと肩を叩いた。

「うわっ! な、なに?」

 幸輝はマヤの出現に動転し、手玉のように携帯が両手の上で踊った。

条河(じょうが)さん……何?」
「お前いっつも携帯いじってるけど、何やってるのかなって」

 マヤが幸輝の肩に体を乗せて携帯画面に注目している。止めるべきか見届けるべきか悩んでいると、マヤが実況した。

「お? これって、観察? すげえ、周りのことよく見てるじゃん! 私の接近には気付かなかったけどな!」
「ちょっと、放してよ……」
「えー? いいじゃん!」
「マヤさん、困っていますよ?」

 さすがに見ていられなくなったチノが、マヤを引き剥がす。

「ごめんなさい。天野さん。マヤさんには私がしっかり叱っておきますので」
「チノが私の親代わりに⁉」
「ああ、いいよ別に」

 幸輝は愛想笑いで返した。
 だが幸輝はそのまま、何事もなかったように携帯をポチポチと打ち始めた。

「でも天野さん、本当にいつも何しているんですか? 私が言えたことではありませんけど、ずっと一人ですよね?」
「僕はいいんだ。僕はこうして、一人で日記をつけていれば」
「日記ですか?」
「へえ。それ日記なんだ」

 チノの手から逃れたマヤが、また幸輝のもとに接近する。

「ちょっと見せて!」

 マヤは躊躇いなく、幸輝から携帯を取り上げた。

「うお! 打ち込み早くね⁉ もうウチらのこと書かれてる! チノのこと銀髪美少女って書いてある!」
「ちょ! 書いてないよ!」
「……見せてください」

 思わず口から本音が出てしまった。あわわと両手を振る幸輝を尻目に、チノは昔のタイプの影響に目を凝らす。

「『隣の香風さんが、条河さんと話してる。奈津さんはまだ来ていないみたいだった』……私のことを美少女って書いてないじゃないですか」
「もういいだろ? 返してよ」

 幸輝が、チノの手から携帯を取り返した。
 チノはそのまま、幸輝に尋ねる。

「天野さん、日記、ずいぶんいろんなことが書いてありますけど、天野さんのことは?」
「ぼ、僕のことはいいだろう? どうせ僕のことなんて、誰も見ていないんだから……」
「そうですか?」
「そうだよ……全く」

 幸輝はため息をついて、逃げるように教室から出ていく。

「僕に構わないでよッ……」

 そのまま逃げていく彼に対し、マヤが「あ、待って!」と追いかけていった。



「はあ、はあ、はあ……」

 屋上近くに逃げてきた幸輝は、肩で呼吸しながら、近くに誰もいないことを確認していた。
 朝の空に続く屋上扉の他には、隣の掃除用具入れしかない。幸輝は安心して、しゃがみこんだ。

「全く、僕に構わないでよ……」

 背中を屋上へのドアに寄りかからせながら、幸輝は携帯を取り出し、日記を記す。

『突然、条河さんが僕に話しかけようと寄ってきた。下の階で、どうやらまだ追いかけているようだ。香風さんも、僕に話しかけようとしてきた。別にいいのに』

 はあ、とため息をついた瞬間、ガタゴトと音が聞こえる。
 逃げている最中、ということで物音に敏感になっている幸輝は、その発生源が掃除用具入れにあることを突き止めた。恐る恐るそれを開けると、

「ユッキー♡」

 満面の笑みの同級生、我妻(がさい)由乃(ゆの)がいた。

「うわぁ!」

 思わず背中を地面につける幸輝に対し、由乃はその体の上を張ってくる。

「ねえ、ユッキー。私、とうとう手に入れたよ」
「な、、なに……? 我妻さん、どうしてここに?」
「だって、私、ユッキーのことだったらなんでも分かるもの。今日追いかけられたから、きっとここに来るって。きっと物音を立てれば、ユッキーは私に気付いてくれるって」
「待って、我妻さん。どうして僕を……?」
「だって私、ユッキーが好きで好きで仕方がないもの。ユッキーのために私、魔術師になったんだよ? 今、私とユッキーの愛の巣を作るために、戦っているんだよ?」
「何を言っているの、我妻さん」
「だからユッキーも、私を受け入れて。私、いっぱい殺すから、ユッキーは私を受け入れてくれるだけでいいの愛してくれるだけでいいの。ね? ユッキー」

 顔が、幸輝の目と鼻の先に来た。彼女の瞳に、驚きおののく自分の姿が映る。彼女の吐息が鼻と口に当たる。彼女の髪一本一本がくっきり見える。
 始めは、由乃という美少女が迫ってくるということもあり、少し満更でもないと考えていた幸輝だが、その考えが変わった。
 由乃が、耳元でささやく。

「だからね、ユッキー。ユッキーはこれから……受験も大学も成人式も就職も結婚も出産も出世も退職も老後も葬式も来世もその次もその出産時も入園時も入学式も卒業も……ずっとずっと一緒だからね♡」

 刹那、頬に生ぬるい感触が押し当てられる。由乃が犬のように舌で頬を舐めずったことを、幸輝の脳が理解を拒んでいた。

「我妻さん……怖い……」

 焦点の定まらない、大きく見開いた目。
 一言一言いうたびに、口を大きく開く挙動。
 そして、ほとんど会話したこともない幸輝へ、愛だの何だのと口にする彼女を、幸輝は恐怖しか覚えなかった。

 そして。

「助けて……誰か……」
「うん♡ ユッキーをいじめるやつは、皆皆……」

 殺してあげる。

 そう聞こえたのかどうか、幸輝には分からない。
 ただ、確かに聞こえたのは、
 由乃のものではない、くぐもった音声。
 『ウィザード』という電子音だけだった。



「ほむらちゃん……」

 登校してきたまどかは、机に佇むほむらへかける言葉を探していた。
 昨日、ハルトさんが大怪我したんだけど、何か知らない? どうして戦っているの? 聖杯戦争、なんで参加しているの? ハルトさんたちと協力して、この戦いを止めようよ。
 だが、何一つ言葉は出なかった。
 まどかは席に荷物も置かず、ずっとほむらの席で立っていた。やってくる生徒たちに応じて道を譲りはすれど、ほむらの席の近くからずっと動けないでいた。
 やがてしびれを先に切らしたのは、ほむらのほうだった。

「何かしら?」

 ほむらはため息をついて、腰をひねってこちらを向いた。まどかはモジモジと手を擦りながら、

「その……ねえ、ほむらちゃん。昨日……」
「?」
「昨日、その……キャスターさんは……」
「キャスター?」
「どこにいたのかなって……」
「知らないわ」

 ほむらはそれだけで、まどかから目を離した。だが、まどかは折れずに続ける。

「昨日、ハルトさんが大怪我したのって、知ってる?」
「ハルト……松菜ハルトね」
「うん」
「知らないわ。興味もない」
「でも……」
「貴女も、あの時キュウべえの話は聞いたはずよ。この聖杯戦争は、私と松菜ハルト、必ずどちらかは命を落とす。私は、松菜ハルトに徹底して敵として接するわ」
「どうして……?」
「私には、叶えたい願いがあるからよ」

 彼女は、まどかを真っ直ぐ見つめていた。強く、熱く。これまで見たほむらの目線の中で、一番強い視線だった。
 その時。

 ぐにゃり。

 教室が歪んだ。

「な、何⁉」

 思わず叫んだのはまどかだけではない。
 木製の床が赤黒いものに変色していく。
 質素な壁が醜悪な檻へと変わっていく。
 パニックになる生徒たちの悲鳴が重なり、変質した教室に木霊していった。

「きゃああああああああああ!」

 まどかも悲鳴を上げて、目を覆う。大きな揺れと混乱で、何もかもが分からなくなる。
 そして。

 日常の中心であった教室は、まるで怪物の胃袋の中のような、不気味な世界に成り果てていた。

「キャスター!」

 茫然とするまどかの自意識を我に返させたのは、立ち上ったほむらの声だった。見ればほむらはすでに魔法少女の姿に変身しており、彼女の傍らには黒い粒子が集い、黒衣の天使がその姿を見せていた。
 教室内でのほむらの異質な姿だが、すでに教室の異形化というものがあり、彼女に気を留めるものはいなかった。
 その中、キャスターはほむらに膝を曲げながら伝えた。

「校内に、マスターに匹敵……いいえ、上回る魔力を感じます」
「私以上の魔力?」

 キャスターの言葉に、ほむらは顔をしかめていた。
 だが、二人にとっての部外者であるまどかには、それ以上の言葉の意味を理解できなかった。
 ほむらはまどかに振り向き、何かを放った。
 慌てて受け取ったまどかは、その重量に面食らう。触れたことのない、冷たい質量。生まれて初めて手にした、拳銃。

「え⁉ え⁉」
「軽く加工したものよ。中学生でも問題なく扱えるわ」
「加工って……」

 まどかは絶句した。

「ほむらちゃん、どうしてそんなもの……」
「時間がない。質問に答えることはできないわ」

 ほむらは詰め寄るようにまどかの言葉を遮る。

「残弾数は気にしないで。こんな空間には私も見覚えがあるの。いい? 危険なものが来たら三発で殺せるわ」
「こっ……?」

 物騒な言葉に、まどかは言葉を失った。

「いい? 私は今から、この原因のところに行く。まどか、貴女はここから絶対に動かないで」
「でも……」
「いいわね」

 ほむらは、それ以上まどかの言葉を待たない。教室だったところを飛び出し、すぐにまどかの視界から出ていった。
 

 

赤黒の結界

 ラビットハウスの臨時休業は、翌朝には解除した。
 ハルトの重症は気になるが、ずっと店を止めているわけにもいかない。平常業務として、可奈美は一通りの業務をこなしていた。店の清掃に始まり、買い足し、接客応対。仕事をしている間は、可奈美は何も考えずに済んだ。

「精が出ますね」

 今日も来た青山ブルーマウンテンは、コーヒーを片手に微笑んでいた。

「今日、ハルト君はいないのですね?」

 彼女に言葉をかけられるまで、可奈美はずっとひたすらにテーブルを拭いていた。脳がひたすらにテーブル磨きを命令していたので、不意の青山さんの声に「ふえっ」雑巾を落としてしまった。

「あ、ああ……ハルトさん?」
「何か心配事ですか?」

 青山さんは、少しも原稿に手を付けないまま、コーヒーを啜った。彼女はそのまま可奈美へ言葉をつづる。

「いつもと比べて、可奈美さんの動きが早く見えます。とても平常だとは言えない御様子です。何かありましたか?」
「その……」

 可奈美は口を割らず、あははと愛想笑いを浮かべた。しかし青山さんは特段にこりともせずに、じっと可奈美を見つめている。

「隠す必要はありませんよ。ココアさんやチノさんたちも、私は色んな相談相手になっているんです。信じられないかもしれませんが、私ここで相談教室だって開いたこともあるんですよ?」
「ほ、本当?」

 少し信じられず、可奈美は思わず聞き返した。青山さんはこくりと頷き、

「はい。それで、少しはお役に立つと思います。どうか、お聞かせください」
「と言っても、私はただ昨日……怪我したハルトさんが少し気になるだけです」
「怪我ですか?」

 青山さんの反応を見て、可奈美は心の中で口を噤んだ。彼女が体を乗り出しているところから、青山さんが好奇心をくすぐられたのは明白だった。
 
「何かあったのですか?」
「昨日の……ガス爆発で、怪我したんです」

 昨夜、コウもスケと響と話している最中で取り決めたデマカセを口走る。チノやココアも騙した手口だが、青山さんは特に疑うこともなく納得した。

「ハルトさん、あの時見滝原公園にいたのですか? 災難でしたね」
「あの後、救急車もガス爆発で搬送する人が多かったみたいで、結局ラビットハウスで手当てすることになったんです」
「そうだったんですか……では、ハルトさんは?」
「上で寝てます」

 可奈美は天井を指差した。青山さんは「ほあー」と頷いた。

「お見舞いに伺っても、よろしいですか?」
「ええっと……ん?」

 答えようとした可奈美は、口を閉じる。
 ガタガタガタ、と店の戸が音を立てていた。やがて、ドアノブがひねられ、何か赤い影が入ってきた。

「あれ? ガルちゃん?」

 可奈美の手に飛び込んできたのは、ハルトの使い魔、ガルーダだった。赤い鳥の使い魔は、一瞬ハルトの姿を探し、いないと分かると、他の見知った顔である可奈美に寄ってきた。

「どうしたの? 今、ハルトさんは……」

 可奈美は心配そうに天井を見上げる。
 ガルーダは可奈美の視線をじっと見つめ、どうやら主人が動けないことを理解したのだろう。可奈美の頭上を旋回し、甲高い鳴き声を上げた。
 可奈美は、これまでハルトと共にいて、彼がこういう場合口にする一番多い発言を思い浮かべた。

「もしかして、ファントム⁉」

 だが、それに対するガルーダの答えは鳴き声だけ。肯定とも否定ともつかないが、ガルーダは入り口の戸をトントンと叩いていた。
 緊急性を感じた可奈美は踵を返して二階へ上がり、千鳥を取ってきた。

「分かった! 今行くから!」
「おや? 可奈美さん、それは?」

 初めてガルーダと千鳥を見る青山さんが、目を点にしている。

「何でしょう……? 生物にしては全身が角ばっておりますし、自然界にあれほどの体表を持った生物がいるのでしょうか……」

 青山さんが何やら頭のよさそうな考察を展開する前に、慌てて可奈美は彼女に押し付けた。

「あ、青山さん! ごめんなさい! ちょっとこれ持ってて!」
「おや?」

 だが、彼女に説明している暇はない。濡れた雑巾を預けたまま可奈美がドアを開けると、ガルーダが可奈美を先導するように出ていった。

「……私、結局ハルトさんのお見舞いに行ってもいいのでしょうか?」

 一人取り残された青山さんは、雑巾を見下ろしながら呟いた。



「待って! ガルーダ!」

 ガルーダの後ろを追いかける可奈美。ガルーダは、最初は地上を走る可奈美に配慮した道を進んでいたが、やがて時間を惜しむのか、柵を飛び越え、建物の屋根を通過し、車が横行する車道を横断した。
 可奈美はそれに対し、刀、千鳥を握る力を強める。

「八幡力!」

 可奈美が刀から引き出す異能の力。可奈美に人並外れた身体能力を与えるそれは、可奈美の体で、ガルーダの追随を可能にした。ビルの合間を飛び交い、ガルーダの速度に追いつく。

「ねえ、ガルちゃん! 一体どこに向かっているの⁉」

 可奈美の問いに、ガルーダは鳴き声でしか返さない。だが、すぐにガルーダとの会話の必要性がなくなった。

「……これって……?」

 想像の斜め上以上の光景に、可奈美は絶句する。
 警察が食い止めなければならないほどの人だかり。彼らが波打っているのは、見滝原中学と記された校門前だった。校門前ということは、その中には学校校舎があるのが必定なのだが、校舎をはじめ、校門の内側にひろがっているのは、
 闇だった。

「何……これ?」

 ここまで来ると、ガルーダが可奈美に見せたかった物も分かる。むしろ、他に間違い用もなかった。
 学校敷地を天高く覆い尽くす、赤黒の結界。蠢く二色の光は、校内の姿を見せては隠している。あやふやの中で可奈美が目視した中学校の姿は、現実のものとはかけ離れているシルエットに思えた。
 人だかりに近づくほど、彼らの叫び声が聞こえてくる。

「ウチの子は大丈夫なのか?」「何が起こっているんだ?」「あいつに何かあったら、どう責任を取ってくれるんだ?」

親兄弟など、生徒たちの家族だと思われる人々が、それぞれの家族の身を案じていた。

「今、我々も調査の準備を進めています! それまでお待ちください!」
「それまで待っていろっていうの?」
「その間にウチの子に何かあったらどうしてくれるんだ⁉」

 食い止める警察たちに、人々は語尾を強めに攻め立てる。警備にあたっている警察は汗をかきながら、騒ぎ立てる人々を抑えている。
 可奈美は数秒、千鳥を見下ろした。そして、

特別(とくべつ)祭祀(さいし)機動隊(きどうたい)です! この場から離れてください!」

 人混みをかき分けて、可奈美はそう言った。数人が可奈美を振り向くが、ほとんどの人には聞こえていない。
 警察の前まで押し分けて、警察を含めて全員に叫んだ。

「特別祭祀機動隊です! この現場は、私が受け持ちます!」
「特別……何?」
「アレでしょ? 刀使(とじ)さんでしょ?」
「刀使? ……ああ、半年前の……」
「漏出問題になったアレでしょ? ……どうしてここに?」

 叫び声は、可奈美へのひそひそ声に変わっていった。最初は好奇の視線も含まれていたものだが、やがて険悪一色に染まっていく。
 旗色が悪くなる前に、可奈美は背後の警察に千鳥を見せつける。

「伍箇伝美濃関学院中等部二年、衛藤可奈美です。この場の調査を、私に引き受けさせてください」
「刀使……? そんな要請は出していないぞ?」
「そもそも、なんでこんなところに刀使がいるんだ? 刀使は、中学生や高校生って話じゃなかったか?」

 警官たちが顔をしかめる。ここで説得している時間が惜しく、可奈美は足踏みしている。
 その時。くぐもったような音が聞こえてきた。

「何?」

 可奈美は、結界を見上げる。赤と黒の波の中に、一点だけ黒い箇所があった。どんどん濃くなっていくと思うと、そこから人影が飛び出した。

「え?」

 全身黒ずくめのコートの人影。ゴーグルとマスクで顔を隠しているようだったが、ゴーグルから伺える彼の目には、光がなかった。長くローブがかかった髪には精気がなく、まるで死体が不審者の衣装をしているようだった。
 彼は躊躇いなくナイフを抜き、人々へ襲い掛かる。
 誰も彼もが、展開に付いていけずに茫然としている。可奈美が千鳥の鞘で受け止めなければ、確実に一人は彼の餌食になっていた。

「逃げて‼ 早く!」

 可奈美の切羽詰まった叫び声で、数人が我に返る。悲鳴を上げながら逃げ去る者、腰を抜かして警官に救出される者などがいた。
 可奈美はナイフを受けたまま、肘打ちで不審者との距離を作る。千鳥を抜き、切っ先を向けた。

「誰ですか?」

 可奈美は警戒を強める。だが、不審者は何も答えず、ただこちらへナイフを振りかざしてくるだけだった。
 可奈美は自らは反撃せず、そのナイフを躱す。時にはじき返す。

「……この人の刃……!」

 受けとめ、刃物同士のガキンという音に、可奈美は目を見開いた。

「本気の殺意……⁉」

 さらに不審者は、そのままナイフを突いて来る。体を反転させた可奈美は、そのまま両足で、不審者の顎とゴーグルを蹴り飛ばした。
 これで、帽子とゴーグルが外れ、不審者の顔が露になるはずだった。
 だが。

「っ!」

 ゴーグル、帽子、マスクとともに、不審者の首が、地面に落ちた。

「えっ!」

 可奈美は口を抑える。しかも、不審者は首のない体でナイフを構えている。可奈美にナイフを向けたまま、落ちた首を拾い上げた。

「……ああ。顔を明かすんじゃなかった……」

 背筋の凍るゴキッという音で、可奈美は思わず呟いた。
 半分近くが白骨になった顔だった。目のところは黒い窪みとなっており、右の頬はゲッソリとなくなっていた。
 そして額には、大きく『3』の文字が刻まれていた。

「3?」

 可奈美が疑問を抱く前に、白骨体は可奈美へナイフを突き立ててくる。
 だが可奈美は、一切迷わず、抜刀。その腹に押し当てる。

「太阿之剣!」

 写シを展開と同時に、その色が白から赤へ。千鳥より発せられた赤いオーラが、その刀身を伸ばしていく。
 一気に振りぬく。すると、不審者はのろい動きながら、こちらを振り向いた。

「_______」

 彼の、喉のない声なき言葉。可奈美はその言葉を理解することなく、
 その不審者は爆発した。

「……」

 可奈美は黙って、不審者がいた地点を見つめていた。彼がいた形跡は、ゴーグルしか残っていない。
 果たして彼が人だったのか、他の何かだったのかすら、可奈美には分からない。ただ一つ。刀使として、可奈美は警官はじめ、見守っていた人々に告げた。

「ここは危険です! 私が受け持ちますから、早く避難してください!」

 不審者の存在が功を奏したのだろう。人々は、現状の危険性を理解したのか、より遠ざかっていく。
 だが、決して逃げようとしない。可奈美は彼らに、笑顔で頷いた。

「大丈夫! 皆、私が助けて見せるから!」

 可奈美はサムズアップして、見滝原中学の正門前に立つ。赤黒い水面が波打つ空間は、果たして生身の侵入を許すのだろうか。
 写シを解かないまま、可奈美は深呼吸した。

『行くのかい? 衛藤可奈美』

 その時、可奈美の脳内に、声なき声が届いた。聞き覚えのない声の主は、校門の上にあった。

「キュウべえじゃない、白い妖精?」

 白は半分だけだった。右半分は黒く、左半分は白いクマの人形。だが、可愛らしい表情の白と、不気味な形相の黒は、見るだけで不気味だった。
 クマの人形は、ペコリと挨拶をした。

『初めまして。ボクモノクマです』

 モノクマと名乗ったそれは、『ウププ』と肩で笑った。

『君も理解している? ここは、他のマスターが作り上げた領地。聖杯戦争に参加しない君には、逃げた方が懸命な場所だと思うけど』

 モノクマはずっと笑っていた。だが、可奈美は眉一つ動かすことはなかった。

「私は……マスター以前に、刀使だよ。人を守る仕事なんだから」
『へえ。それで、オマエは結局この状況を作ったマスターと戦うんでしょ?』
「……そうだね」
『ウププ。守ると言っておきながら、コロシアイをする。人間って面白いね』

 モノクマは、そう言って校門から飛び降りた。可奈美の膝ぐらいのサイズのモノクマは、静かに可奈美の背後に回る。
 可奈美はそれ以上モノクマに構わなかった。ガルーダの声に相槌を打ち、深呼吸する。

「行くよ!」

 写シを纏ったまま、可奈美は飛び込んだ。自然を超越した赤と黒が視界に広がっていった。
 揺れる赤と黒の水面が、可奈美の後に残されていった。



 可奈美を見送ったモノクマは、ただ一人で笑っていた。

『ウププ。衛藤可奈美。この結界で、君がどんな結末を迎えるのか。はたして我妻由乃とどんな結末を迎えるのか、見せてもらおうかな。ウププ』



『あははははは! いっひひひひひひ! うふ! うふ! あはははは! いひひひひひひ! あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは‼』 

 

変質した中学校

「せいやっ!」

 可奈美の千鳥が閃く。
 犬の怪物が、縦に両断された。
 猟犬の姿形をしているものの、左右非対称に、機械や骨など、とても普通の犬とは思えない。生身が足りない部分は機械のようなパーツで補っており、生物と機械のハイブリッドという印象を抱かせた。
 続く、新たな猟犬の猛攻。その鋭い牙が、可奈美へ食らいつこうとする。

「くっ!」

 千鳥では間に合わず、可奈美は右手に犬を噛ませる。主力である右手から千鳥を取り落とし、左手でキャッチ。犬の首を刎ね飛ばす。
 犬の死骸を次に迫ろうとした犬に投げ飛ばした可奈美は、全身を回転させ、射程内にいる猟犬たちを一気に斬り伏せた。
 赤と黒の結界を破って突入した可奈美を出迎えたのは、この犬たちの咆哮だった。
 統率の取れた猟犬たちの第一陣を、太阿之剣で一網打尽。その時に多くが消し飛んだが、さらに溢れてきた犬たちの猛攻により一体一体に対応し、今に至る。
 絶望的な状況で、可奈美は視界に、一筋の希望を見つけた。

「ガルちゃん!」

 犬たちを飛び越えて、可奈美のもとへやってきた赤い鳥、ガルーダ。

「どう? リーダーみたいな犬ってどれか分かる?」

 その問いへ、ガルーダは甲高く頷いた。
 ガルーダが嘴で指し示す、猟犬たちの頭。それは、群れの最後尾より、ゆっくりと距離を縮めてくるものだった。
 額に『10』と書かれた、男性的なシルエットの怪物。立派な体格と、切り刻まれた髭がしっかりとあったら、きっとダンディなんだろうなと感じた。肉体があちこち刻まれ、骨が剥き出しになっており、死霊のようだった。

「あれだね」

 可奈美の写シが赤く染まり、薄く、短くなる。

「迅位斬!」

 それは、一気に押し寄せる犬たちを斬り裂き、主である『10』を一刀両断する。
 可奈美の耳に「ひなた……」という、声と呻きの中間らしき音を発し、その怪物は爆散した。
 統率者がいなくなったことが原因だろう。犬たちは、次々に糸の切れた人形のようにバタバタと倒れていく。

「……」

 体力温存のため、写シを解除するも、可奈美は千鳥を決して納刀することはなかった。
 つんつん。つんつん。
 千鳥の刃先でつついても、まるで人形のような犬たちが、再び動き出すことはなかった。



「私、今どこに向かっているんだろう?」

 ガルーダが、『さあ?』と横に揺れる。
 猟犬の群れを撃退してから、可奈美はずっともと見滝原中学校のこの空間を走っていた。
 もう何時間、変質した空間を彷徨っていたのか分からない。怪獣の胃袋の中、としか言えない空間は、無人で自分一人が取り残されている感覚に襲われる。

「生徒とか、先生とか、きっとどこかにいるはずなのに……どうして?」

 可奈美が顎に手を当てたその時。
 突如として、上のフロアが爆発した。

「何⁉」

警戒した可奈美の前に落ちてきたのは、二つの目立つシルエットをした人型の怪物と、それを取り囲む無数の人型だった。
 『6』と『8』。長い髪が特徴の『6』と、巨大な四肢の『8』が、傷だらけの体をおこし、それぞれを守ろうとする無数の表情無き人々。
 だが、盾となった彼らを、『6』と『8』ごと焼き尽くすのは、黒い光線だった。彼らが飛んできたところから来たそれは、二人を守ろうとする人の化け物を一瞬で蒸発させ、狙いの二人にも重症を負わせる。
 爆炎から現れた、黒衣の女性。銀髪と赤目、四つの黒翼を生やした彼女は、静かに二体の怪物のもとへ降りてきた。

「……」

 可奈美を一瞬だけ視界に入れた彼女は、そのまま二人の敵へ向き合う。
 傍らに浮かぶ本がパラパラとめくられる。赤い瞳だけでその内容に目を走らせる彼女は、右手を掲げる。

「サンダーレイジ」

 彼女の言葉が引き金となり、黄色い閃光が迸る。放たれた小さな雷が発展し、二人の体を貫いた。
 霧散した二人を見届けた黒衣の天使は、そのまま可奈美へ視線を動かす。

「っ!」

 可奈美は反射的に千鳥を構える。だが黒衣の天使は、千鳥の刃先ではなく、その持ち手部分……令呪を凝視していた。

「マスター……」
「ということは、貴女も?」

 だが、黒衣の天使は問いに答えるより先に、攻撃に出た。
 再び放たれる、黒い光線。怪物たちを焼き尽くす威力を誇るそれへ、写シで対抗する。剣術の使い手である可奈美は、光線の中心をじっと見つめ、縦に両断した。
 巨大な太い柱が左右に分かれ、それぞれの方角に飛んでいく。赤黒の壁を抉ったそれが、その威力を物語る。

「貴女も、マスター? それとも、サーヴァント⁇」
「サーヴァント、キャスター。我々の願いのために、消えてもらう」

 そのサーヴァントは、そのまま身構える。

「キャスター……?」

 ハルトからもその名を耳にし、昨日ハルトやランサー陣営と戦った最強のサーヴァント。
 可奈美は、口角が吊り上がった。

「キャスター」

 そして、そんな彼女の頭上より、降ってきた声。
 白と紫の衣装をした、ロングヘアーの少女。無表情を絵にしたような彼女は、ひらりと地面に着地した。
 ラビットハウスで見たような顔だが、その少女は可奈美を……その令呪を視線で捉えていた。

「っ!」

 可奈美の千鳥が、銃弾を弾く。

「危ない! 何するの⁉」
「マスターならば殺す。そういうものでしょう?」
「……思い出した。暁美ほむらちゃん……だっけ? ハルトさんから聞いたことあるよ」
「貴女もマスターなら、聖杯戦争のルールだって分かっているはずよ。それとも……貴女がこのパーティーの主催者かしら?」
「どうしてそう思うかな……」

 可奈美は気まずそうに視線を逸らす。中学校だったこの場所と、キャスター、ほむら。

「ねえ。それじゃ、ほむらちゃんもこの事態とは関係ないんでしょ? だったら、協力し合えないかな?」
「バカを言わないで」

 ほむらが発砲した。打ち落とした銃弾が、熱い煙を発している。それでもほむらは、銃を降ろさない。

「私たちは敵同士よ。協力なんてありえないわ」
「そんなこと……っ!」

ほむらとの会話中だというのに、可奈美は背後からの殺気に気付き、振り向きざまに千鳥でガード。剣同士の独特の金切り音を上げる中、迫ってきた赤い瞳を、可奈美はじっと見返した。

「黒い髪……赤い瞳……」
「アサシン!」

 ほむらの言葉で、可奈美は彼女こそが、サーヴァント、アサシンだと理解した。

「葬る!」

 アサシンは、さらに体を回転させ、その妖刀、村雨の刃を可奈美へ穿つ。可奈美は体を反らし、がら空きになったアサシンへ、ドロップキックを叩きこむ。

「……」

 アサシンは受け流して着地、可奈美とほむら、キャスターを見据えている。

「今の剣……」

 可奈美は、彼女の村雨を受け止めた手を見下ろしていた。カタカタと震える手が、彼女の剣の重さを証明している。

「本気の殺意!」
「お前もマスターか。ならば……葬る!」

 再びアサシンが、可奈美に肉薄する。
 可奈美とアサシンは、何度も何度も火花を散らす。どんどん回数を重ねていくごとに、可奈美の表情から強張りが消えていき、明るくなっていく。

「すごい!」

 やがて可奈美は、アサシンの刃を鍔で受ける。ずっしりとした刃の重さが、可奈美を揺らした。
 だが、そこで可奈美が感じたのは、恐怖ではなく高揚。強力な敵への、嬉しさだった。

「本気の立ち合い! 本気の勝負! 久しぶりに、こんな剣の達人に出会えた!」
「……?」

 アサシンの表情に、少しばかり困惑が混じる。だが、可奈美がそんなことに構いはしない。アサシンのサーヴァントへ、千鳥が斬りこむ。
 アサシンも無論応戦する。もはや彼女以外が何も見えない。赤黒に変質した世界も、立ち去るキャスターたちももう見えない。
 ただ、可奈美は、アサシンとの立ち合いを___楽しんでいた。

「どうしたの? まだ戦えるでしょ? アサシン!」
「お前……」

 口数の少ないアサシンに、やがて嫌悪感のような表情が現れた。
 少しばかり動きが鈍くなってきているアサシンとは対照的に、可奈美はどんどん動きが素早くなる。

「お前も戦いを楽しむ輩か」
「私は、剣が好きなだけだよ! だから、もっと楽しもうよ! この立ち合いを!」

 可奈美の横凪を、アサシンはしゃがんでよける。舞い上がった長髪が少し切られる。
 そのままアサシンは、バックステップで可奈美から離れる。

「私、衛藤可奈美! 美濃関学院中等部所属の刀使! ねえ、アサシンじゃなくてさ! 貴女の名前を教えて!」
「……なぜ?」
「楽しいからだよ! 本気の相手と本気の立ち合いをする! それ以外には、何もないよ!」
「……理解できないわね」

 ほむらの呆れ声が聞こえた。ほむらが髪をかき上げる仕草を横目で見ながら、可奈美は続ける。

「だから! 教えて! 名前!」
「……はあ」

 アサシンはため息をついて、答えた。

「アカメだ」
「……! アカメちゃん! 立ち合い! やろう!」

 そのまま、アカメへ一歩踏み出す。
 アカメも、当然のごとく、こちらの剣に応えた。
 達人を目指す剣と、殺し専門の剣。二つの刃が、幾重にも重なり、火花を散らす。

「すごい……アカメちゃんの剣、すごい重くて信念がある! どうやって鍛えたの?」
「答える理由はない」

 言葉少なく、アカメの剣が千鳥の側面を撫でる。可奈美はそのまま、アカメの剣を受けては、打ち込む。
 やがて、可奈美とアカメは、戦いの場を一フロアのみならず、二階の踊り場、壁にも広がっていく。互いに跳び回りながら、斬り合い、赤黒の空間を傷つけ、ほむらもキャスターの盾を必要としていた。

「楽しいね! アカメちゃん!」
「楽しい? そんなわけがない……」

 可奈美の剣を受け流し、アカメが鋭い眼差しで可奈美を睨む。

「命の奪い合いが、楽しいはずがない……!」
「違うよ! これは、剣の戦い! 命の奪い合いなんかじゃない!」
「訳が分からない……剣は、殺しのための道具だ……平和な世界に、私たちの居場所はない!」

 アカメの村雨が閃き、千鳥が宙を舞う。強制的に解除された写シにより、可奈美の体が生身となる。
 そこに振り下ろされる、即死の刃。
 だが、可奈美はそれを白刃取りで受け止める。

「⁉」
「そうかもね……でも、それでも私は、剣と平和は一緒にいられるって訴えるよ!」
「……」

 白刃取りの体勢のまま、可奈美は動きを止めた。
 村雨にかかる重さが抜けていったのだ。アカメは納刀し、可奈美を見つめていた。

「……お前は、本気なのか?」
「本気だよ! 私はこの剣を、人を守っているために使っているから!」
「……」

 アカメの殺意がなくなっていく。可奈美はようやく、胸をなでおろした。

「だからさ。やろう! 立ち合い」
「断る」
「ええ……」

 残念がる可奈美は、膝に両手を乗せた。

 ピ ピ ピ ピ

 するとその時、足元より無機質なリズムが刻まれる。

「何?」
「……?」

 可奈美は、周囲を見渡す。何もない赤黒の空間に、発生源と思われるものはない。アカメも、疑問を抱いていた。
 その中、唯一確信を持っていたのは、ほむらだった。

「爆弾!」

 それが、忠告のためか、思わず口から出てきたのか。
 可奈美とアカメは、同時にその場よりジャンプ。同時に床を破壊した、大爆発。

「何これ⁉」

 可奈美は、目前の惨状に言葉を失う。
 赤と黒の世界に、大きな黒い穴が開いていた。

「……ここまでの威力か」

 隣では、警戒しているアカメが呟いていた。
 彼女の目線は、頭上へ向けられていた。
 彼女の視線を追いかけると、犯人らしき人影が上の階で見下ろしていた。

「また……人の怪物!」

 可奈美は苦虫を噛み潰したような顔をした。
 額に『9』と書かれた怪物。これまで通り、半分が白骨化した死体のような人物だった。
 長い髪を揺らし、左目に眼帯をしている。膨らんだ胸元からも、それが女性だということは可奈美にも分かった。

「_______」

 声にもならない声。声帯の破壊されたゾンビ『9』は、手に持ったコンバットナイフを武器に、こちらへ飛び降りてきた。
 カウンター。可奈美の得意とする技を、そのまま実行する。
 だが、手練れた動きの『9』は、可奈美の千鳥を掻い潜り、胸元にナイフを突き立てた。

「っ!」

 胸を刺す痛みと同時に、写シが解かれる。

「何⁉」

 さらに、『9』は手に持ったショットガンで発砲。可奈美は、千鳥の体で受ける。
 再び写シを張った可奈美は、目の前に飛んできた緑の物体を斬り裂いた。
 それが手榴弾だと気付いたのは、その割れ目から、火薬の匂いがしてからだった。

「うわっ!」

 その爆風で、可奈美は背中から壁に激突する。
 またしても生身になった可奈美は、『9』を見上げる。
 彼女は、次にほむらに狙いを定め、銃撃戦を繰り広げていた。互いに走りながら、ハンドガンが火を打ち合っている。

「アカメちゃん! あれは……何なの?」
「所有者……マスターはそう言っていた」

 アカメは微動だにせずに答える。

「マスターが想い描いた、宿敵たち。合計十人いるらしい」

 十。その数字は、可奈美を青ざめさせるには十分すぎた。 

 

暴走する愛

「おいおい。こりゃ酷えな」

 コウスケは、目の上に手をかざしながら呟いた。
 川のほとりで、いつものようにテント暮らしのコウスケと響。今は響が朝食の準備をしているところだが、コウスケは手伝いの手を止め、街の方の異様な光景に注目していた。
 大部分がいつもと変わらない見滝原。ただ一か所だけ、天高く伸びるバベルの塔のような、赤黒い柱があった。まるで炎のようにメラメラと揺れ波打つその建造物は、コウスケに止めどない不安を与えた。

「なあ、響。あんなの、昨日まであったか?」
「何? ちょっと待ってて」

 だが響は、地面に設置したカセットコンロに火を灯す作業に夢中になっていた。

「ねえ、コウスケさん。これ絶対にガス切れてるよ。これじゃ、ご飯食べられないよ」
「ああ? 悪いけど今持ち合わせがねえんだ。だったら明日からバイトだな。お前もどこか行けるだろ?」
「バイトかあ……SONGにいたときよりもお給料少ないんだろうなあ……私、呪われているかも」
「別に呪われててもいいけどよ。アレ、何なのか解説してくれよ。サーヴァントって、魔力とかには詳しいんだろ?」
「基本的なことだけインプットされてるけど……アッチチチチチ‼」

 響が悲鳴を上げた。事故で着いた炎が、彼女の指を焼いたらしい。火傷すらないのは、流石はサーヴァントといったところか。

「んで、響。アレなんだ?」
「あれ?」

 ようやく響が、コウスケの指差す方角へ目を向けた。その瞬間、響の表情が、ただの空腹少女から戦士のものへと変貌する。

「あれは……」
「何だ?」
「分からない……けど!」
「行かなきゃやべえ奴だな」
「うん!」

 響は言葉少なめに、胸のペンダントを外し、歌う。

『Balwisyall nescell gungnir tron』

 何度聞いても不思議な音色。
 響の体は黄色の光とともに、機械が次々と装着されていく。演舞をしながら出現した装甲は、シンフォギアというらしい。

「行くよ! コウスケさん!」

 響はこちらの返事も待たずに、ジャンプで飛んで行った。
 みるみるうちに小さくなっていく響に、コウスケは頭を掻く。

「お前早すぎんだよ!」

 コウスケはそう呟きながら、右手に指輪を取り付ける。
 ハルトと同じように、それを腰につけたベルトに掲げた。

『ドライバーオン!』

 獣の咆哮とともに、腰に新たなベルトが出現する。小さな扉の形のバックルをしたそれを気にすることなく、コウスケは新たな指輪を左手に着ける。
 大きく掲げた後、両腕を回転させる。
 そして、

「変~身!」

 扉の左上に取り付けられているソケットに、指輪を差し込み、ひねる。

『セット オープン!』

 すると、扉が開き、中からライオンのような顔が出現した。

『L I O N ライオン』

 正面に出現した魔法陣が、コウスケの体を通過する。すると、その体は、金色の魔法使い、ビーストへとその姿を変えた。
 左肩のライオンの顔、金色のアーマーが特徴のビーストは、即座に右手に、他の指輪を取り付け、ベルトに差し込む。

『ファルコ ゴー』

 右側に現れた魔法陣に、その手を突っ込む。

『ファファファ ファルコ』

 オレンジの魔法陣が齎す、ハヤブサの顔をした肩と、マント。
 コンロの火を消し、風を纏わせながら、ビーストは響の後を追う様に、空を滑空していった。



 ほむらの銃と、『9』と記された怪物は、ガンカタをしながら戦いを続ける。至近距離での発砲全てが、ほむらの華奢な肉体を貫こうとしている。

「っ……! 魔女と違って、狙いにくい……」

 唇をかみしめるほむら。銃口を『9』に向ける前に、彼女がそれを弾き、狙いが外れてしまう。
 ほむらは距離をとろうとするが、敵がそれを許さない。

「キャスター!」

 サーヴァントへの命令で、キャスターは動き出す。
 キャスターの傍らの本がパラパラとめくられ、その右手に桃色の光が灯った。

「ディバインバスター」

 彼女の手から放たれた光線は、なんと屈折を繰り返しながら、ほむらを避けて、『9』へ命中。爆発を引き起こす。

「……」

 髪をかき上げるほむら。だが、爆炎の中の気配から、すぐに警戒を示す。

「……そう。手段を択ばないタイプね。貴女も」

 ほむらがそう呟いたのは、『9』に向けてだった。
 どこにいたのか、『9』は盾を使っていた。背の低い、『5』と記された怪物。『9』が無造作に投げ捨てると同時に、その子供みたいな肉体は消滅していった。
 そのまま『9』は、少しずつ後ずさりをし、どこかへ飛び去っていた。

「……」
「追いますか? マスター」
「……放っておきなさい」

 キャスターの問いに、ほむらは首を振る。そのまま、背後の可奈美とアサシン___アカメの方を向いた。

「アサシン。この状況は、貴女の仕業ね」

 銃口を向けられたアサシンは、微動だにしなかった。彼女にとっては、どうやら銃を突きつけられること自体、大した脅威にもならないらしい。
 だがアサシンは、その赤い瞳でじっと見返すだけだった。
 静かに、彼女は尋ねた。

「お前たちは、マスターを止めたいのか?」
「ええ。そうね」

 ほむらは銃口を降ろさずに肯定する。

「まどかを危険な目に合わせるのなら、私も容赦しないわ。貴女もでしょう? 衛藤可奈美」
「う、うん……」

 途中から傍観に徹していた可奈美も頷く。
 ほむらは可奈美の動きにも目を離さないまま、アカメに命じた。

「案内しなさい。マスターのもとに」



「……どうして?」

 由乃の口から、無意識にその言葉が出てきた。

「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?」

 由乃は、幸輝の肩を掴み、揺さぶる。

「どうしてユッキーは私を受け入れてくれないの? こんなにユッキーが好きなのに⁉」
「わ、訳わからないよ、我妻さん……!」

 両手両足を椅子に縛り付け、まるで王のように大広間の最奥部に座らせている由乃。彼をこのまま、ずっとお世話しながら、この城で永遠の時を過ごそうとしていたのに、肝心の幸輝は一切迎合してくれない。
 幸輝は涙目になりながら言った。

「どうして我妻さんは僕にそんなに構うの? 僕、大して君と関わっていないのに……」
「忘れちゃったの? ユッキー、私のことをお嫁さんにしてくれるって言ったじゃない。ね? だから、当然でしょ?」
「分からないよ! それに、なんか我妻さん、目が本当に怖い! 止めてよ! 放して!」
「どうしてなの……そうか……きっとユッキーは穢されちゃったんだ……他の誰かに……心も……体も……!」
「我妻さん?」

 由乃は、静かに立ち上がる。玉座の幸輝は、ただ口を震わせながらこちらを見上げている。
 その時。

「おーい! 天野!」

 幸輝の苗字を呼ぶ声がした。由乃は即座に顔を強張らせ、ギギギと音が鳴りそうな速度で振り返る。
 見れば、同じ中学の制服を着た生徒が二人も広間に来ていた。
 どうでもいい女子の名前など、憶えていない。銀髪の子が、短髪の子の後ろに着いてきている。それ以上の情報は必要なかった。

「天野さん……こっちの部屋にはいないでしょうか……」
「わかんねー。……でも、チノは教室にいればいいのに。安全なんだろ?」
「分かりません。教室にあの怪物たちは入ってこないというだけですけど、それに確証なんてありません。それに、マヤさんだけ外にいるのは危険です」
「嬉しいねー。……あ! なあ、あれって我妻じゃね?」

 こちらのことを知っているのか。由乃は血走った眼で二人の来訪者を見下ろす。
 同じクラスにいた気がする。それ以上の情報は必要なかった。

「おい! 我妻! 無事か? 教室なら、今は安全みたいだから、戻ろうぜ! あと、天野もいないみたいなんだけど……」

 だが、それ以上マヤと呼ばれた奴の言葉は耳に入ってこなかった。由乃は、幸輝に背を向けたまま、問いかけた。

「ねえ、モノクマ」
『なんだい?』

 由乃の呼びかけに、背後から小さな気配がする。この白黒の監視者は、由乃が呼びかければどこにでも現れる。

「ちょっと聞いていい? 聖杯戦争のルール」
『ウププ。今更聞くことなんてあるの?』
「ええ。聖杯戦争は、最後の一人になれば、聖杯で願いを叶えられる。そう、言ったよね?」
『うん』
「それは、人の命も蘇らせられるの?」
『問題ナッシーング』

 モノクマは、両手で×印をして見せる。

『人の命は、一人までなら、聖杯が蘇生できるよ』
「それじゃあ、蘇らせた命に、私を刷り込ませることは?」
『刷り込ませる?』
「私以外を見えないようにするの。誰もいない、私たちだけの世界で」
『うーん……うん! オッケー』

 少し考えたモノクマは、手を彎曲させ、丸マークを示した。

『我妻由乃の願いは、君の思い通りに歪めた死者蘇生だね! いいよ!』
「そう。ありがとう」

 由乃は、口に笑みを浮かべると、再び幸輝に向き直る。

「な、なに……?」
「ごめんねユッキー。ユッキーが悪いんだよ」

 幸輝の顔に、更に絶望色が増す。こちらがもった、ナイフが視界に入ったか。

「ユッキーが私以外の人に、夢中になるのがいけないんだよ」
「ま、待って! 我妻さん!」
「おい我妻! 何やってんだ!」
「いけません! 我妻さん!」

 マヤ、チノとかいう人の声は聞こえない。由乃にはただ、幸輝だけしか見ていなかった。

「安心してユッキー。聖杯戦争に勝ったら、蘇らせてあげるから」

 ナイフを振りかざす。

「だから、一回死んでね。すぐに生き返らせてあげるから。そしたら、私だけしか見えないようにしてあげる」

 振り下ろした凶器から、血が飛び出した。

「痛っ……痛い痛い! やめて我妻さん! やめて!」
「大丈夫だよ。痛いのは一瞬だから。次に目覚めたときは、私を好きで好きでたまらなくなってるから」
「おい我妻! 止めろ!」
「止めてください!」
「離せ!」

 両腕にしがみつく二人を振り払い、幸輝の解体を続ける。

「我妻……さ……
「ユッキーの血……暖かい……おいしい……」

 頬に着いた、赤い液体を舐めとる。すでにガラスのような目をした幸輝を撫でて、由乃は邪魔をした二人を見下ろした。

「だから……ユッキーを穢したお前たちは、ここで死ね!」

 そう告げ、由乃は武器を掲げた。
 ナイフでもない。銃でもない。現代では、由乃以外何者も持たない、モノクマより与えられた唯一無二の由乃の力。

『ウィザード』

 迷いなく、体に埋め込んだ紫の懐中時計。そこからあふれる光が全身を包み込む。
 現れたのは、指輪の魔法使い。
 ルビーの指輪の形をした頭部、髑髏の肩、ボロボロのローブ。
 聖杯戦争にあたる、由乃の力。
 アナザーウィザードだった。



 うたた寝を繰り返す、青山ブルーマウンテン。
 ラビットハウスの居住部分にある、ハルトの部屋に勝手にお邪魔している青山さんは、そのまま看病のために持ってきたおかゆを平らげて、椅子の上でコックリコックリと頭を揺らしていた。
 ハルトの指が、ピクっと動くことに、気付くこともなく。 

 

願いとは

「ここ?」

 大広間に足を踏み入れた可奈美の問いに、アカメは頷いた。

「この広間が、マスターの領地。ここで永遠に暮らしたいと言っていた」
「随分ご丁寧に教えてくれるのね」

 ほむらが皮肉交じりに吐き捨てる。

「貴女のマスターなのに」
「……」
「貴女、生き残りたいんでしょ」
「……ああ。だが、私は途中で死んだ。今はすでにただの亡霊だ」
「亡霊?」

 可奈美の疑問符に、アカメは頷いた。

「お前、まだサーヴァントがいないんだったな」
「うん」
「サーヴァントは、元々死人だ。願いを持った、力持つ死人がサーヴァントとしてよみがえり、聖杯戦争に参加する」
「死人……」

 思わず可奈美の目線が、ほむらの隣のキャスターへ注がれる。そして、同時に脳裏に、無邪気に笑う響の顔もフラッシュバックした。

「響ちゃんも……死人……?」
「生き残ったのは私だけだった……だが、もう死んだ今、生き残る意味はないのかもしれない……」
「そう。ならば死ねばいい」

 興味なさそうに、ほむらが吐き捨てた。

「昨日は生き延びてしまったといって言たのにね」
「……」

 アカメはじっと黙っていた。
 彼女の言葉を待つよりも、可奈美は先に部屋を探索することにした。
 まるで体育館のような広大な敷地。あるのは、最奥部の固体……

「椅子?」

 それは、奥に倒れた椅子だった。近寄ると、それが少し質素なデザインの椅子だと理解する。
 その椅子に座ったまま倒れている人物を見て、可奈美はぎょっとした。
 ガラスのような虚ろな目をした、可奈美と同年代の少年。ニット帽がトレードマークの彼は、胸元から喉元にかけて何度も刃物を突き刺されていた。

「……っ」

 口を抑えながら、可奈美は無造作に投げ出された手を取る。分かり切った息絶えという結果に、可奈美は歯を食いしばる。

「ねえ! アカメちゃん!」

 可奈美の声に、アカメとほむらは同時にこちらを向いた。キャスターは、ずっと足元に手を触れている。

「アカメちゃん……この人」
「……こいつは……」

 アカメは、少年の顔を見下ろし、顔を歪める。

「マスターの想い人だ」
「想い人って……? 好きな人ってこと?」

 可奈美の問いに、アサシンは頷いた。

「マスターは……コイツと、永遠の時を過ごすことが願いだと言っていた。葬るとは思えない……」
「でも、現実に彼は殺されているわ」

 無情にも、ほむらは現実を突きつけた。

「それとも、他に殺人犯がいるのかしら? 今から探偵ごっこでもする?」
「ほむらちゃん……」

 可奈美が咎めるが、ほむらは口を閉じない。

「愛する者を手にかけるなんて、正気じゃないわ。随分倫理が破綻しているマスターね」
「随分強く言うな」
「当たり前じゃない。聖杯戦争なんて非条理に参加している時点で、願いなんて愛か命になるのだから。その気がないならなぜ生きているのかしら? アサシン」
「私が知ることではない」
「……」

 ほむらとアカメが険悪な空気を流している中、可奈美は静かに少年の瞼に手を当てて蓋をした。

「ほむらちゃん。アカメちゃんも……」

 可奈美は、きっと二人を睨む。やがて、アカメの盾になるようにほむらと対峙した。

「こんなに苦しみや悲しみを出して、それで叶えたい願いって何なの⁉ 誰かを犠牲にしてまで叶えることなの⁉」
「ええ。そうよ」

 ほむらは即答した。

「私は願いのために、全てを犠牲にすると決めたの。もう、何も頼らない」
「……キャスターもか?」
「キャスターと私はあくまで互いを利用しあっているだけよ。聖杯に願いを叶えるためには、マスターとサーヴァントの存在が不可欠よ。監視役にもそう言われたでしょう?」
「……」
「でも、その願いを……」

 思わず口を挟む可奈美だが、言葉はほむらによって遮られた。

「願いという、人間の欲望を、貴女に止めることなんてできはしないわ。聖杯戦争にいるということは、貴女の願いも他に手がないことでしょう?」
「それは……」
「大概この手の戦いに参加する人は、他に手がない人よ。巻き込まれた松菜ハルトは別にして、正規で参加したマスターの願いは簡単なものじゃないはずよ。貴女もそのはずでしょう?」
「……」

 可奈美の拳に力が加わる。

「そうだね……でも、きっと……聖杯戦争以外の方法だって、あるはずだよ……!」

 可奈美が弱弱しく訴えた。その時。

『うわああああああああああああああああ!』

可奈美の思考を中断させる、大きな悲鳴が聞こえてきた。

「何⁉」

 唖然とする可奈美の耳に続く、爆発音。それにより、赤黒の空間全体が揺れた。

「マスター」

 キャスターが、こちらへ近づいてきた。

「サーヴァントとは違う魔力反応です。おそらく、アサシンのマスターかと」
「そう。……さっきまでの怪物たちとは違うのね」
「はい」
「行かなきゃ!」

 可奈美は、千鳥を抜く。白い霊体としての体となるが、全身が重い。

「うっ……」

 足元がふらつく。連続の写シと必殺技の使用で、体がもたなくなっていた。

「っ……」

 体力が勿体ない。可奈美は写シを解除し、ダッシュで部屋から出ていった。
 その背後で、ほむらとキャスターも続く。
 ただ一人。アカメが、じっと少年の遺体を見下ろしていた。



 マヤに手を引かれるがまま、チノはこの訳の分からない空間を走っていた。
 クラスメイトの我妻由乃が変貌した、ボロボロの指輪怪人。腕から炎や水を飛ばし、あえてこちらの周囲を破壊して、逃げ場を塞いでいる。

「逃げろ逃げろ! 迷路の出口に向かって!」

 由乃だった怪人は、大きな笑い声とともにどんどん爆発を広げていく。彼女が本気ならば、チノはもう十回は木端微塵にされていたに違いない。

「チノっ⁉」

 マヤの声が、息を切らしたチノにかけられる。

「も、もう……ダメです……」

 こんなことなら、もっと運動しておけばよかった。迫ってくるアナザーウィザードを振り返りながら、チノはそう思った。
 正体が由乃の怪物、アナザーウィザードは、じりじりと歩み寄る。

「ユッキーに触れていいのは私だけ……ユッキーの味方になっていいのは私だけ……!」

 首を掴まれ、持ち上げられる。アナザーウィザードのゆがんだ宝石のような顔が、チノに近づけられる。赤い宝石の先に、由乃の狂った眼差しが透けて見えた。

「我妻さん……」
「だから……」

 アナザーウィザードの左手に、紅蓮の炎が湧き出る。顔面の皮膚を軽く焼くそれは、より一層の恐怖をあおる。

「おい! チノを離せ!」

 マヤがアナザーウィザードの右手にぶら下がっている。だが、同年代の少女の重さをまったく意にも介さない。

「安心して。次は貴女を殺してあげるから」

 チノを持ったままの手を振り回し、マヤが振りほどかれた。

「マヤ……さん……!」

 アナザーウィザードの首に入る力が増してくる。だんだん呼吸ができなくなる。
 もうダメだ、とチノの視界に、アナザーウィザードではなく、父の姿が見えてくる。

「……お父さん……ココアさん……みなさん……」

 これまで世話になった人や、関わってきた人たちの顔が矢継ぎ早にフラッシュバックする。走馬燈というのか、とチノが考えた時。

「おらぁ!」

 突如、別ベクトルより、アナザーウィザードに力がかかった。
 蹴りにより、チノが解放、すさかず別の誰かにお姫様抱っこ、すぐにマヤのところに移動した。

「チノ⁉」

 視界に現れる、涙目のマヤ。彼女の向かい……自分を助けた王子様は、チノも見覚えもある顔だった。

「響さん……?」
「平気みたいだね。チノちゃん」

 数日前、ラビットハウスに来ていた、立花響の笑顔だった。だが、その時の彼女とは色々ことなる。耳を機械的なアーマーが装着されており、ウサギの角を連想させるヘッドバンドがあった。

「チノ!」

 マヤに抱きつかれるチノ。息苦しさが、本当に自分が生きているのだと教えてくれた。
 そのまま、響によって後ろに押しやられる。

「大丈夫。ここは、私たちに任せて、下がっていて」
「ふざけるな!」

 激昂したアナザーウィザードは、ヒステリックな声を上げながらチノたちに襲い掛かる。
 だが、その前に、金色の壁が立ちはだかった。

「待てよ」

 金色のライオンのような鎧を纏った、緑の眼の彼は、アナザーウィザードを蹴り飛ばし、距離を引き離す。

「響。その二人を守ってやれ。オレはコイツを倒してやる」
「オッケー。二人とも、こっちに」
「は、はい……」
「あれ? これって、もしかしてヒーローに『早く逃げて』って言われるシチュエーション?」
「この状況にそんな楽観を持てるマヤさんが羨ましいですよ」

 響に背中を押されながらも、チノは背後に少しだけ目をやった。
 ライオン男と向かい合うアナザーウィザードは、プルプルと肩を震わせている。異形とかした全身の中に、由乃の面影が重なった。

「12th!」

 由乃の怒声が木霊する。
 すると、チノたちの目の前に、新たな脅威が降ってきた。
 全身黒タイツの人影。顔には、白い布袋を被っており、顔をまるでいくつもの黒い点で描いていた。

「……簡単には逃がしてくれそうにもないね」

 だが、響は少しも臆することはなかった。
 チノたちをかばう様に、機械のアンクレットが付いた手を、チノたちの前にかざす。

「大丈夫だから。安心して。ねえ! コウスケさん!」
「ああ!」

 コウスケ。その名前を聞いて、コウスケの声と金の声が一致した。

「行くぜ響! オレたちの全力! 見せてやる!」
「最短で! 最速で! 真っ直ぐに! 一直線に!」

 その言葉に違うことなく、響は駆けだす。直線的ながら、一切ぶれのない動きで、『12th』の腹に拳を叩きこんだ。
 容赦なく壁まで吹き飛ぶ『12th』。彼に向け、響の言葉が追撃する。

「この拳は、私の魂! 誰にも、打ち破れないよ!」

 女性のはずの響へ、チノは一瞬胸がドキッとしてしまった。 

 

イグナイトモジュール

「だりゃああああああああああああ!」

 響の拳が、『12th』を天井高く殴り飛ばす。その覆面の男が爆炎に見えなくなるのを見た後、響はアナザーウィザードへ駆け出した。

「だあっ!」

 だが、アナザーウィザードはその動きを正確に見切っていた。拳を流し、蹴りを受け止め、逆にその蹴りを響の胸元に命中させる。
 炎が込められた痛みが、響の全身に渡る。だが、それと交代で入ってきたビーストが、ダイスサーベルでアナザーウィザードに応戦する。
 しかし、アナザーウィザードはそれらをすべて受け流していく。やがて、蹴り上げられたバイスサーベルが宙を舞う。

「このっ!」

 得物を失ったビーストへ、アナザーウィザードが蹴り進む。何度も何度も炎の蹴りを浴びせ、ビーストは戦線より離れた。
 ビーストを受け止めた響は、背後のチノとマヤを一度見返す。怯える二人を背にして、響はアナザーウィザードへ問いかける。

「ねえ! どうしてあなたは、こんなことをするの? こんなことをして、目的があるなら教えてよ! 私たちでも、協力できるかもしれないから!」

 すると、アナザーウィザードの動きは止まった。続いて攻撃に入ろうとしていたがその全身より力が抜けた。

「あら? 協力してくれるの?」

 先ほどまで語気の強さは薄れ、少女のような穏やかな声になる。響は安心して、

「そうだよ。私たちは、きっと繋がれる。仲間になれる! だから、こんなこともうやめて!」
「……ねえ。それ、私のためになることをしてくれるの?」
「うん。そうだよ!」

 響の脳裏に、四つの敵の姿がフラッシュバックした。
 世界を識ろうとして、世界を壊そうとした少女。
 世界を変えようとして、手をつなぐこともできなかった者たち。
 世界に拒絶されて、怪物にされてしまった者たち。
 そして、世界の全てを捻じ曲げてでも、愛する者へたどり着こうとした者。

「このままだと、あなたも絶対に幸せになれないよ! もう、誰もそんな苦しみを味早生たくない! だから、私たちに……」
「本当?」

 すると、アナザーウィザードの体が紫に波打つ。ピンク髪のツインテール少女となり、彼女はそのまま響に歩み寄る。
 響も安心し、シンフォギアを解除。ビーストも、コウスケの姿に戻っている。

「本当に、私を手伝ってくれるの……?」

 彼女は、それはそれは嬉しそうな顔で、響に近づいてきた。響の両手を取った。

「本当に?」
「うん。だから……」
「だったら……死んで?」

 反応が遅れるところだった。
 少女のナイフが、響の脇腹の一部を裂いていた。

「っ!」

 顔を歪める響と少女。痛みの表情の響に対し、少女は殺意のものだった。

「私のために、お前は死ね!」

 繰り出されるナイフを受け止め、響は彼女の膝を折る。

「どうして……?」
「ユッキーを生き返らせる!」
「ユッキー……?」

 誰か大切な人なのだろうか。響がそう考えた時、さらに掌に痛みが走る。
 ナイフで浅く斬られた掌を抱えた響は、そのまま少女に蹴り飛ばされる。

「今のユッキーは、他の人に汚されちゃったから! だから、私がユッキーを作り替えるの! ユッキーは私の物なの!」
「それって……その、ユッキーって人……」

 改めて少女の顔を見た時、響は戦慄した。
 彼女の顔にあった、傷だと認識していたもの。頬や額にあった、黒い点。それは、傷などではなかった。
 血痕。含まれる鉄分が、異空間のわずかな光を反射していた。

「っ!」

 目を見開いた響は、その彼女に慄いた。両手を手に当て、おおよそ中学生とは思えない妖艶な笑み。

「大丈夫……ユッキーは……由乃が生き返らせてあげる。ねえ、ユッキー……」

 少女はその恍惚の表情のまま、紫の懐中時計をかざす。赤いマスクが描かれたそれを起動すると、『ウィザード』という音声が流れた。

「だから……いなくなれ……! 皆皆! この世界も現実も異空間も! みんなみんな、消えちゃえ!」

 男性的な怪物から、ヒステリックな声が聞こえる。ベルトに掲げた手より、『サンダー』という音声が流れた。
 アナザーウィザードから発射された紫電の雷撃は、そのまま響の場所ごと破壊する。
 響の視界が煙により、ブラックアウトする。だが、その中で、響はただ、歌っていた。

『Balwisyall nescell gungnir tron』

 黄色の閃光。煙の切れ目より、シンフォギアシステムを纏った響が、その姿を現した。

「あなたは、自分が好きな人を、その手にかけたの……?」
「そうよ! だから、私がユッキーを生き返らせてあげるの!」
「そんなの……」

 響は、拳をぎゅっと握る。

「そんなの、悲しみが増えるだけだよ! 聖杯戦争は……私たちは、悲しみしか生み出せないんだよ! どうして……!」
「うるさい! お前も、ユッキーのために散れ!」
『ビッグ』

 アナザーウィザードが手を伸ばす。魔法陣を通じて巨大化した手は、響を容赦なく握りつぶしてくる。

「消えろ! サーヴァント! 私以外のマスターもサーヴァントもいらない!」

 潰される。そう直感した響は、迷わず胸元の装飾を外す。白、黄、黒の三色から成る響のシンフォギアにある、唯一の赤。それを投げ上げる。
 それは。



『ダインスレイフ』



「イグナイトモジュール! 抜剣!」



 赤いパーツは、上空でみるみるうちに変形していく。三方向へ伸びる鋭いパーツが加えられ、響へ真っすぐ落下。その際、アナザーウィザードの指を削り、彼女の束縛より逃れた。

「何⁉」
「何だ?」

 アナザーウィザードも、コウスケも驚いている。
 まさに、胸元に突き刺さった赤いパーツが、赤黒の色で響を食らおうとしていた。響の体悲鳴とともに、シルエットだけになっていく。

「らあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 そして。
 その外装を内側より破り、現れた新たなシンフォギア。
 白の装甲部分が全て漆黒に変わったガングニール。まるで獣のような俊敏さを見せる響は、そのままアナザーウィザードへ突き進む。

『ディフェンド』

 アナザーウィザードは即座に魔法を使用。その前に、防御用の魔法陣が出現した。
 だが、響はそれを拳一つで簡単に打ち砕いた。

「何⁉」
「だりゃああああああああああ!」

 そのまま、アナザーウィザードを飛び蹴り。ボールのように跳ねながら、アナザーウィザードは壁まで突き飛ばされる。

「……すげえ……」

 コウスケの唖然としている声が背後から聞こえた。響は彼にサムズアップしながら、

「コウスケさん! チノちゃんたち、よろしく!」
「お、おう。……任せろ! 変~……」

 彼がビーストになるのを最後まで見ることなく、響はさらに追撃。
 アナザーウィザードの上にジャンプする。

「ふざけるな! お前なんかに……私とユッキーの邪魔はさせない!」
『バインド』

 ウィザードのものと同じ鎖が、響を捕えようと襲い来る。
 だが、響は右手を盾にし、それだけに鎖を絡ませる。
 アナザーウィザードの表情が笑ったように見えが、響の笑みには不適が混じっていた。

「だあああああああああ!」

 響は鎖を引き、アナザーウィザードを釣り上げる。
 体の自由が取れないアナザーウィザードへ、響は拳を引く。その拳には黄色の光が集い、太陽のように赤黒の空間を照らしていく。

「我流 鳳凰双燕衝!」

 突いた拳より放たれた光は、空中で分散。無数の光の雨となり、アナザーウィザードと、その周囲を一気に焼き尽くす。

「ふざけるな!」
『ブリザード』

 アナザーウィザードが抵抗として使ったのは、氷の魔法。右手の冷気より、無数の光線たちが氷漬けになっていく。
 だが。

「だとしてもおおおおおおおお!」

 黄色から金色になった流星。立花響という名の流れ星は、そのまま落ちて、燃えて、尽きぬまま、アナザーウィザードの体へ辿り着く。

「ぐあっ!」

 アナザーウィザードの悲鳴とともに、響の確固たる手ごたえがあった。
 背後で爆発。アナザーウィザードの正体たる少女が、そのまま地面に落とされる。

「もうやめよう。悲しいだけだよ」

 少女の前に落とされた、紫の懐中時計を拾い上げながら、響は言った。

「貴女は許されないことをした。でも、これ以上はもう止めにしよう?」
「うるさい……黙れ!」

 それでも、アナザーウィザードの正体の少女は、響の足にしがみつく。

「返せ……! 私の力を……返せ!」

 彼女の凄まじい形相に、響は押し黙るしかなかった。

「うわっ!」

 イグナイトの黒いボディ。当然、生身の人間相手に遅れを取る道理などない。
 にも関わらず、どうして彼女の体を突き飛ばすことさえできないのか。首を締め付け、顔を肉薄してくる少女に、響は動きを封じられていた。

「私の力……私とユッキーをつなげる、私たちの希望!」
「希望……?」
「私の希望を奪うな! お前の呪われたような力で、私の希望に触るな!」

 呪われた。
 その言葉を聞いた瞬間、響の体がフリーズした。目からハイライトがなくなり、完全に硬直する。
 そんな隙を、アナザーウィザードの正体の少女が見逃すはずはなかった。響の手よりウィザードの時計を奪い取り、響が「あ!」と声を上げる前に、離れた。

「アサシン!」

 即座に、少女は右手を掲げる。その手に刻まれた、フクロウのようなカラスのようなエンブレム___令呪が、黒い光を放つ。

「令呪を持って命ずる!」

 聖杯戦争における、絶対命令権。三回のみの権利の内一回が、この場で行使された。

「殺して! 私とユッキーを邪魔する奴を、皆! 皆殺して!」

 アサシン。彼女の、漆黒のサーヴァントを脳裏に浮かべた瞬間、天井が割れた。

「葬る!」

 アサシン。イグナイトのシンフォギアと等しく、黒いサーヴァントが、響へ刀を振り下ろした。ガントレットでガードした瞬間、少女が走り去っていく。

「待って!」
「任せろ!」

 響の声に、ビーストが駆け出した。少女を追いかけて、奥の通路より先へ消えていく。

「え? ちょ、ちょっと! チノちゃんたちは⁉」

 響の心配を形にするように、復活した『12th』が、チノとマヤににじり寄っていく。
 だが。

「太阿之剣!」

 その『12th』を、赤い閃光が斬り裂いた。爆発した中から現れたのは、ボロボロの可奈美だった。

「可奈美ちゃん!」
「響ちゃん! ……なんか、結構禍々しい姿だね……」
「イグナイトのことは気にしないで!」

 響はアサシンを蹴り飛ばしながら言った。

「可奈美ちゃん……どうしてここに?」
「響ちゃんこそ。私は、ガルちゃんに連れてこられて」

 可奈美の背後から、赤いプラスチックでできたらしき鳥が顔を覗かせた。可奈美と同じくボロボロの姿で、甲高い声を発している。

「それ、鳥なの……って、うわ!」

 アサシンの素早い動きに、響の防御が間に合わなくなっていく。
 だが、すぐに体勢を立て直し、響の拳とアサシンの刀が幾度も火花を散らす。
 その時、更に強烈な乱入者の攻撃が入る。漆黒の光線が、雨のように天より降り注いできた。

「これって⁉ コウスケさん!」
「わーってるよ!」

 響と可奈美、そしてアサシンは、その雨より素早い動きで回避する。ビーストはファルコを使い、チノともう一人の女の子を抱えて避けた。

 可奈美と背中合わせに立った時、ようやく響に、上空を見上げる余裕を得た。

「あれって、キャスター⁉」

 漆黒の天使こと、キャスター。彼女が手を突き上げ、それに伴って、無数の光の柱が地面を穿つ。
 響はそれをはじき返し、アサシンの剣を蹴りで防ぎ、ビーストのもとへ跳び寄った。

「おう、響。大丈夫か?」
「コウスケさん」
「悪いけど、オレあのマスターを追いかけてえんだけど。マスターはマスター同士、決着つけた方がいいだろ?」
「じゃあ、私はアサシンを……」

 引き受ける。そう、続けようとした響の前に、件のアサシンが剣を振りかざしていた。

「しまっ!」

 防御が間に合わない。
 だが、その前に、横から新らたな刃が、アサシンの攻撃を防いだ。

「可奈美ちゃん!」
「響ちゃん! アカメちゃんは、私に任せて!」

 可奈美はそのまま、アサシンを床にたたきつける。同時に、「太阿之剣」と叫び、下の階へ落ちていった。

「お願い。可奈美ちゃん。だったら私は、チノちゃんたちを安全なところに連れて行かなきゃ」

 響はビーストの両手に抱えられているチノと、もう一人の女の子を見下ろす。

「チノちゃん……と、そのお友達?」
「ま、マヤです……」

 背の低い、八重歯が特徴的なマヤという女の子の頭を響は撫でた。

「私は響。よろしくね」
「あの……響さん」

 チノが、驚いた眼でこちらを見上げている。
 前もこんなことあったなと思いながら、響はチノが何かを問いかける前に、背中を向けた。

「私はここで、キャスターと……あれを」

 響が指差したもの。
 まだいるのか、と内心ため息をついていた。
 二体の人型の怪物たち。『7th』と額に書かれた二体の怪物たち。男性的な肉体と、女性的な肉体のものだった。

「私が、この子たちを守りながら戦います! だからコウスケさん!」
「ああ!」

 ビーストは、そのままファルコのマントをはためかせる。
 オレンジの風を纏い、飛び去っていくマスターを、響はじっと見つめていた。
 彼の姿が見えなくなってから、響は上空のキャスター、二体の『7th』を睨む。

「二人とも。絶対に、私の前に出ないで」

 そう語る響は、中国拳法のような構えをしていた。

「大丈夫だから。だから、生きるのを諦めないでッ!」 

 

“ホシトハナ”

『うぷぷ』

 教会に、そんな声が響く。
 テクテクと教会に入ってきたのは、モノクマだった。
 上機嫌な様子の彼は、高笑いしながら、教会の祭壇に登る。

『上機嫌だね。モノクマ』

 キュウべえは、そんな彼を無表情な瞳で見つめる。
 モノクマはペタンと祭壇の上に腰を置いた。

『うぷぷ。そりゃ、上機嫌にもなるよ。ボクの見込んだマスター、知ってるでしょ?』
『我妻由乃のことかい?』
『うぷぷ。面白いことになってるよ』

 モノクマはいつも通り、両手で口を抑えながら笑う。

『ジャッジャーン! 見てよコレ!』

 どこから調達してきたのか、モノクマはキュウべえにスマートフォンを見せつける。ニュースサイトにて、見滝原中学校の怪奇現象の記事が出ていた。

『コレ、我妻由乃がやっているんだよ! 凄くない? 学校一つまるまる結界で覆うなんて』
『我妻由乃は確か、偶発的な魔術師だったよね。本人も知らない、ほんのわずかな魔力しかもっていなかったはずだ。ウィザードの言葉を借りれば、ただのゲートという存在でしかないのに、これほどの魔力を絞り出すとは驚きだ』
『むふふ。キュウべえ君。キュウべえ君。驚きだっていうんだったら、もう少しそれを顔にだしてくれてもいいんじゃない?』

 モノクマはぐいっと顔を近づける。黒いボディの赤目が妖しく光ったが、感情のないキュウべえには、何も感じることはなかった。
 しばらくモノクマの赤い眼を観察していると、不意に彼はキュウべえから離れた。

『ところで、コエムシはどこだい?』
『さあ? また新しい処刑人でも探しているんじゃない?』
『ふうん。コエムシも結構物好きだよね~。別世界の死人に生き返り条件で処刑人なんてさ』
『まあ、誰が何をしようが僕は構わないよ。聖杯戦争が進んでくれれば』

 キュウべえは、モノクマを置いて廊下に降りる。
 だが、モノクマはそんなキュウべえに背後から声をかけた。

『君、コエムシを放っておいていいの?』
『どうしてだい?』
『もしアイツが連れてきた処刑人にマスターが全滅されたら、どうするの? 聖杯戦争の定義が壊れちゃう~』

 モノクマは、わざとらしく全身をクネクネと揺らす。人間ならば気持ち悪いという反応を示すそれを眺めながら、キュウべえは声色一つ動かさずに答えた。

『それ程度で潰れるなら構わないさ。聖杯戦争の勝者はその処刑人でも問題ない』
『ふうん……キュウべえは、自分が選んだマスターに特に愛着ないんだね』
『愛着?』

 その非科学的な言葉に、キュウべえは首を傾げた。

『それは、よく人間が抱く、所有物への愛情のことかい?』
『そうだよ。折角選んだマスターなんだから。少しは勝ってほしいな、とか。死んでほしくないなあ、とか。思わない?』
『ないね』

 キュウべえはきっぱりと答えた。

『愛情だとか、特定の物への気持ちとかは、非効率的じゃないか。使えないものを切り捨てたほうが、何倍も効率がいいのに。そんなもの、全く理解できないよ』
『あらら。随分とドライなんだね』

 キュウべえはモノクマの言葉にそれ以上耳を貸さず、そのまま立ち去っていった。

『そうだよ。モノクマもコエムシも、それぞれ何かに固執しすぎてるよ。僕たちには必要のない、感情なんだから』




 『4』。
 そろそろ人型の怪物も嫌になってきたころ、可奈美の前に現れた額の数字がそれだった。
 ドレッドヘアのような成人男性のゾンビ『4th』が、こちらに銃で発砲している。
 可奈美は千鳥でそれらを撃ち落とすも、そこからアカメの斬撃までケアしなければならない。

「こんなの、私でないと誰も防げない……!」

 アカメの村雨を受け止め、体を彼女にタックルさせることで、『4th』の銃弾を避ける。アカメと落下して、落ちたフロアに『4th』がいたのが可奈美の運の尽きだった。ただひたすらに侵入者を排除しようとする『4th』と、令呪により、可奈美の殺害のみを狙うアカメの二体一の状況が続いていた。

「アカメちゃん!」
「お前もマスターなら分かるだろう?」

 何度も剣を交えながら、アカメは語った。

「私たちサーヴァントは、令呪を使った命令には逆らえない。私の体は、常にお前を最も効率的に追い詰める算段を組んだ上で攻撃している」

 アカメの言葉を証明するように、彼女の腕は、可奈美の対応が比較的遅いところを明確に攻めてくる。
 受け止め、躱した可奈美は、アカメより距離を取る。すると、その地点に『4th』が銃弾を叩きこんでくる。

「アカメちゃん!」
「今までと同じだ」

 アカメは、村雨の刃で目線を隠した。彼女の視線が、村雨の銀を見つめている形となり、彼女がどんな表情なのかが分からなくなる。

「命令により、ただ殺す。昔も、仲間たちと出会った後も、死んでサーヴァントになった後も。前は、皆のために、平和のためにと思ったが、今は何も思えない……」

 彼女の言葉に、可奈美は口を一文字に固めていた。
 『4th』の銃声が止むことはなかったが、それは全て、体を前後に揺らすことで無力化できた。

「……私の剣とアカメちゃんの剣は違う。それは分かってる」

 可奈美は、静かに語る。

「私は、ただ……相手と対話するための剣。アカメちゃんのは、相手を殺すための剣。その違いは分かってる」

 鍔迫り合いになり、彼女の刀に、自分の顔が映る。自らの眼差しがアカメの片目を塗り潰した。

「でも、だからこそ! アカメちゃんに、伝えたいことだってある!」
「伝えたいこと……?」
「私は、アカメちゃんのこと、剣でしか知らない。アカメちゃんのこと、何も知らない私でも、これだけははっきり言える!」
「何だと……?」
「それはっ!」
「……っ!」

 可奈美がそれを言おうとしたとき、アカメは頭を抑え始めた。うめき声を上げながら、村雨を振り回す。千鳥で受け流し、バックステップで距離を取る。

「アカメちゃん!」
「寄るな!」

 駆け寄ろうとする可奈美に、アカメは村雨の刃を振るう。

「マスターか……うっ……」

 アカメが顔に汗をびっしょりと流しながら、歯を食いしばっている。
 やがて彼女は、何かにとりつかれたかのように可奈美に背を向け、飛び去った。

「待って! アカメちゃん!」

 彼女を追いかけようとするが、その前に『4th』が立ち塞がる。

「どいて!」

 可奈美は千鳥で斬り裂こうとするが、『4th』はいつ手にしたのか、警棒らしきもので千鳥を食い止めた。
 さらに、警棒の反撃で、可奈美は後退を余儀なくされた。

「こんな……っ! ここで足止めされている時間はないのに……!」

 銃と警棒。遠近両方に対応した戦い方に、可奈美は攻めあぐねていた。普段ならばじっくりと彼の攻撃パターンを観察していたいのだが、アカメが気になり、それどころではない。

「っ!」

 警棒が黒い軌道を描く。写シがすでに体の防壁という役割を擦り切らしており、可奈美の頬に、赤い傷跡が出来ていた。
 傷を撫でながら、可奈美はアカメが去った通路を見やる。怪物の体内のような空間に、一か所だけ空いた穴。常闇の先に足を向けるも、『4th』は決してそれを許さない。

「どうすればいいの……? どうすれば……!」

 焦りだけが募っていく。千鳥を握る手が滑っていく。
 その時。

『サーヴァントを呼べばいい』

 淡々とした声がした。声ではなく、脳裏に直接響くそれは、可奈美にも覚えのあるものだった。
 神出鬼没の妖精。可愛らしい感情を呼び起こす外観と、感情のない表情。キュウべえがそこにいた。

「キュウべえ……」
『助けがいるのだろう? なら、サーヴァントを呼べばいい』
「それは……」
『君もマスターだ。聖杯戦争を進めるにしろ止めるにしろ。サーヴァントの存在は君には有益だと思うけど?』
「……私は……っ!」

 可奈美は、一度『4th』を蹴り飛ばす。

___サーヴァントを呼べば、聖杯戦争から逃げられなくなる。生き残ることと、姫和ちゃんを助けることがつながる___

 考えたことを振り払い、握った令呪の拳を突きあた

「お願い! 令呪を使うから! だから、この場をお願い!」

 可奈美には見えない、膨大な魔力の流れが発生する。
 そして。



「桜?」

『祝おう。衛藤可奈美。今、君のサーヴァントの誕生の時だ』


下層のフロア全体を包む、桜吹雪。
まるで春の森の中にいるかのような絶景に、可奈美は言葉を失った。
 だが、それは『4th』には絶好のチャンスでしかない。
 こちらへ向かってくる『4th』。
 写シもほとんど切れかかっている可奈美には防御手段などなく。

「勇者パンチ!」

 『4th』のみぞおちを、桃色の拳が穿った。

「……」

 その異変により、ようやく可奈美は自分の危機に気付いた。
 そして、現状。
 より遠くへ距離を引き離された『4th』と、殴った後の体勢の人物がいた。
 桃色のポニーテール。白とピンクの、セーラー服をベースにデザインされた服装。
 敵を、そして可奈美を真っ直ぐ見据える瞳は、
 可奈美の周囲を、白い牛と鬼が混じったような妖精が浮遊する。

「な、なにこれ⁉」

 思わぬサプライズに、可奈美はしりもちをつく。牛の妖精は、しばらく可奈美とにらめっこをした後、桃色の人物の傍らに滞空した。
 ようやくこちらを向いた、可奈美を救った人物。
 可奈美と同じくらいの年の少女は、咲き誇る花のような笑顔を浮かべた。

「初めまして! マスター! 私、セイヴァーのサーヴァント、結城友奈です!」
「セイヴァー……?」

 敬礼のポーズをする、友奈と名乗った少女に、可奈美は口が震えていた。
 だが、友奈の方は頷き、

「えっと、呼び出されて早速命令されちゃっているけど、どうすればいいの?」
「あ、ああ! そうだった!」

 友奈の言葉に、ようやく可奈美は我に返った。

「ねえ、えっと……セイヴァーって呼べばいい?」
「うん。あ、でも友奈でもいいよ?」
「じゃあ、友奈ちゃん! お願い、私、アカメちゃんを追いかけたい! ここ、任せていいかな?」

 すると、友奈はじっと可奈美の顔を見つめていた。

「それって、その人のため?」
「うん。このままじゃあの人、自分の剣を見失っちゃう! それは、絶対にあってはならないことだから!」
「……そう。分かったよ、マスター!」

 友奈は、『4th』から可奈美を守るように、可奈美の前に立つ。

「ここは私に任せて! マスター! 他の誰かのためになること! それが、勇者部だよ!」
「ゆ、勇者部?」

 素っ頓狂な固有名詞に可奈美は一瞬戸惑うが、すぐに平静を取り戻す。

「そう。じゃ、ここはお願いね!」

 そう言い残して、可奈美はアカメの後を追いかける。通路に出ようとしたとき、可奈美は足を止めた。

「あ! 友奈ちゃん!」
「何?」

 可奈美は手を振りながら、告げた。

「私、衛藤可奈美! マスターじゃなくて、名前で呼んで! 友奈ちゃん!」
「オッケー! 可奈美ちゃん!」

 友奈がサムズアップで返す。可奈美も親指を突き上げた後、迅位を用いて、アカメの後を追ったのだった。



「行くよ!」

 『4th』は、その場から動かず、拳銃の発砲で攻撃してくる。
 だが、それはこれまで戦ってきた、十二星座の敵と比べると、それほど脅威には感じなかった。左右に体を走らせ、銃弾の雨を避ける。
 そのままスライディングで、『4th』に接近。足を払う。

「せいやっ!」

 浮かんだ胴体を蹴り上げ、『4th』を宙へ浮かばせる。
 両足でがっしりと体を支え、右手を引く。するとそこに、桃色の光が宿りだしていった。

「もう一回! 勇者パーンチ!」

 『4th』へ真っすぐ飛ぶ友奈。そのまま、その腹に巨大な拳を叩きこんだ。
 命中と同時に、空を踊る花びらたち。爆発は炎ではなく、美しい桜吹雪だった。

「讃州中学二年! 勇者部! 結城友奈! 聖杯戦争だろうと何だろうと……みんなのために、勇者! 頑張ります!」

 桜吹雪に向かって、友奈は拳を突きあげた。 

 

”Liar mask”

「追いついた!」

 背を向けて走るアカメ。彼女の長い黒髪に、可奈美は速度を上げる。
 壁を伝い、アカメの前に回り込む。

「アカメちゃん!」

 振り向きざま。可奈美とアカメは、剣士同士の挨拶を交わした。
 互いの剣が織りなす、甲高い音。可奈美の手には、アカメの村雨が伝わってきた。

「……アカメちゃん。マスターのところに行くの?」
「令呪で呼ばれたらしい」

 彼女の腕が、プルプルと震えている。強張った表情から、彼女の意志と体の行動が真逆なことが理解できた。

「どうやら、マスターの敵を全て斬れという命令らしい」

 しばらく震えていた村雨は、やがて可奈美に焦点を当てて停止する。

「どうやら、私の体は、お前を敵だと認識したらしいな」
「みたいだね」

 可奈美は、アカメへ切っ先を合わせる。まさに、試合前の相対する選手となった。

「他人事だな」
「私もそれなりの修羅場は潜りぬけてきたからね。多少の覚悟とかはしてあるよ」
「そうか」

 アカメが臨戦態勢となる。新陰流の構えをしながら、可奈美は千鳥を握る手に目線を投げた。

「……あの白い光は使わないのか?」
「使えないんだよね。もう」

 さすがに気付かれたか。可奈美は、口を吊り上げた。

「ここに来てから連戦だったからかな。もう、写シを張る体力も残ってないみたい」
「……この村雨の能力は、分かっているな?」
「うん。斬られたら、死んじゃうんでしょ。昨日ひび……ランサーから聞いた」
「そうか」

 彼女は村雨を身構える。一切無駄のないその構えが、彼女が卓越した暗殺者であることを物語っていた。
 これまで戦ったことのない、剣の使い手。

「逃げるなら、今のうちだ」
「逃げる?」

 その言葉に、可奈美は鼻で笑った。

「冗談でしょ? アカメちゃんの本気と戦えるんだよ? 逃げるわけないじゃん」
「死の恐怖もないのか?」
「ないわけではないけど……それより、戦いたいって気持ちの方が大きいかな」
「……狂ってるな」
「自覚はある」

 可奈美は頷いた。それを見てアカメは、こう言ってくれた。

「だが……嘘の仮面をつけているわけでもない。そういう奴が、一番危険だ」
「嬉しいこと言ってくれるね。本当に、私はアカメちゃんと戦いたいだけだから!」

 一瞬の静寂。
 そして、可奈美とアカメは、同時に跳び上がる。空中で交差した剣により、天井が崩落。朽ち果てた、燃える月のアートを模る。
 着地と同時に、アカメの振り向きざまの斬撃。それを受け流した可奈美は、しゃがんで突く。しかし、体を反らして回避したアカメは、そのまま背後にそっと近づく。

「闇に落ちろ」

 しかし、死角からの一撃を、可奈美は千鳥を背中に通して受け止める。

「お前……よく笑えるな」
「笑ってる? 私」
「ああ。お前、最近それほど笑ってないな」
「そうかもね。……もしかしたら、ここ半年くらいで一番笑ってるかも」

 可奈美は体を回転させ、アカメと向き合う。そのまま村雨を打ち返し、攻め入るが、アカメも当然防衛。反撃。
 そのまま何度も何度も、二人の剣薙ぎは続く。

「お前の剣は、悲劇を経験しているのか?」

 鍔迫り合いの最中、アカメが問う。

「お前の言葉を借りるなら、お前からも悲しみが伝わる。なぜお前は戦う? 聖杯戦争に、なぜ?」
「無くさないためだよ」

 もう少しで頬を掠めそうになった村雨を蹴り飛ばす。

「何一つ、無くさないために! それが、私の今の剣術!」

 さらに、二人の剣士の戦いは続く。互いに移動しながらの剣術勝負となり、周囲の環境をどんどん傷つけていく。
 可奈美の袈裟切りを突破したアカメの三連突き。見切り、受け切ったかと思えば、アカメは頭上に跳び上がり、重い刃が両断しようと迫る。

「アカメちゃん」
「敵と会話する余裕があるのか?」

 アカメの剣を受け止める。

「本心じゃないんでしょ? 剣が教えてくれてる」
「……だったら、どうだというんだ⁉」

 彼女の剣に、重みが増した。ずっと無表情だった彼女の表情に、変化が訪れた。
 目を大きく見開き、歯を軋ませる。怒りを示すその表情に、可奈美は千鳥を握る力を強めた。

「ずっと暗殺者として育てられ、信じていたものが悪だと知り、結果最愛の妹も敵となり、世界を良くしたいと多くの人をこの手にかけ、死でようやく救われると思った矢先にあのマスターに召喚されて、どうだというんだ!」

 いつしか赤い眼差しは、潤いが宿っていた。

「結局私は、殺人者の手先として殺すことしかできない……ナイトレイドにいた時だけが、私が平和のために戦ってると思った……」
「……」
「私は、あんな奴らの汚れた笑顔のために戦っていたんじゃない! このやり場のない怒りは、どうすればいい! 本心で、お前に剣を振れるわけがない!」

 嘆きを続けながらも、無情にも令呪に操られたアカメの体は、アカメへの攻撃を止めない。一手一手、可奈美にとって脅威となる攻撃方法で、その命を刈り取ろうとしてくる。
 可奈美は距離を置き、新陰流、蜻蛉の構えを取る。

「アカメちゃんが、どれだけの血と涙を流してきたのかなんて、私には分からない。それで、どれだけ苦しんだのかも。さっきの子を殺されて、何も無いような顔して、その心ではどれだけ苦しんだのかも。私には、そんな経験ないから。でも……」

 可奈美は、深く深呼吸した。

「だからこそ! 私は、アカメちゃんに、他の剣の道を示したい!」

 同時に、千鳥と村雨がぶつかる。ほとんど同じタイミングで繰り出された、互いの技。角度も、速さも、全く同じ。
 結果を分かつのは、その重さだった。

「あ……」

 その手を離れた千鳥が、キリキリと宙を舞う。深々と可奈美の背後に突き刺さった千鳥。それは、可奈美の敗北と直結していた。

「葬る!」
「!」

 容赦なく可奈美を狙う村雨。その時、可奈美は笑む。

「アカメちゃん。その剣は見えてる!」

 傷一つ付けば即死。そんな刀を、可奈美は真剣白刃取りで受け止めた。

「何⁉」
「アカメちゃん!」

 驚くアカメへ、可奈美は言い放った。

「そんな魂のこもっていない剣じゃ、何も斬れない!」

 その言葉とともに、可奈美はアカメの手を折り、村雨から引き離す。そのまま村雨を反転させ、自らの手に加える。
 すると、可奈美の全身に麻痺の毒が流れる感覚が襲い来る。だが、歯を食いしばりながらそれに耐え、村雨を振るう。

「でりゃあああああああああああああ!」

 呪われた刀がアカメを斬る。
 右肩から左腰にかけて、刃物が人体を斬り裂く。
 肉を傷つける感覚と、足場さえままならない感覚が可奈美を襲う。力が抜け、村雨が音を立てて地面に落ちた。
 フラフラとアカメの背後に体が運ばれ、そのまま後方へ倒れこむ。だが、同時にアカメも倒れようとしたため、背中合わせで座る形となった。

「……魂のこもっていない剣か……」

 そう、アカメが呟いた。消え入りそうな声は、殺し屋の迫力が一切なかった。

「アカメちゃん……」
「……もう、分かる。私は終わりだ」

 村雨の傷は浅い。致命傷にはならないものだった。つまり、彼女のその言葉は、村雨の持つその呪いが起因することだと理解できた。

「二度目の生を終わらせるのが、私自身の村雨か……」
「アカメちゃん……」
「私の剣より、お前の剣が上回っていた。それだけの話だ」
「……違うよ」

 可奈美は静かに首を振った。

「試合の剣と殺しの剣。だけど、もしこれが試合だったら、千鳥が私の手を離れた時点で私の負けだったよ。私がたまたま白刃取りできただけで……言ってみれば、試合に勝って勝負に負けたってところかな」
「面白い言い回しだな」

 可奈美の肩にかかる重さが増した。アカメがすでに、力さえも残っていないということだ。
 可奈美は続ける。

「それに、アカメちゃんは令呪で体を操られていたでしょ? さっき戦った時より、明らかに剣のキレが悪かったよ。だから、私が勝てたのは、ただのまぐれ」
「謙遜するな。ここに突入してからの疲労は、見てわかる」
「あはは……」
「……私がいた世界では、剣は殺しの道具でしかなかったな。純粋な勝ち負けを決めるなど、思いもしなかった」
「そっか……」

 可奈美は天井を見上げる。赤黒い空間はとても静かで閉鎖的で。世界には、自分とアカメだけしかいない錯覚にも陥る。

「……ねえ。一つ、お願いしてもいい?」
「何だ?」

 可奈美の視界の端に、紫の粒子が映る。キラキラ光るそれは、地上に落ちた星を眺めているようだった。

「もし……さ。また会えたら……友達になってくれない?」
「友か……」

 それが無理な話だと、可奈美自身にも分かっていた。だが、アカメとの沈黙を許しておけず、言葉を継ぎ足す。

「そう。……そうだよ!」

 思わず、アカメの腕を握る。鍛えられた筋肉の腕が、可奈美にアカメの存在を確固たるものにする。

「そうしたらさ。私、アカメちゃんに毎日試合を申し込むよ。アカメちゃんの太刀筋、もっと見たいから!」
「……そうか」

 今度は、アカメの体が軽くなっていく。背後を向いたままの腕が、どんどん感覚が薄くなる。

「殺しではない、試合としての剣か……それはとても……楽しそうだな」
「うん。きっと楽しいよ。だからさ」

 その言葉は、可奈美が多くの対戦相手へ口にした言葉だった。
いい試合をして、また再戦を誓い合うその言葉。
これまでも、そしてこれからも、破られたくない約束のためのその言葉。



___今度。また、試合しようね!___



 それがアカメに届いたのか否か。それは分からない。
 支えを失った可奈美の体は、ぐったりと仰向けに倒れた。紫の粒子が可奈美の風圧に吹き散らせながら、可奈美の頭上より昇っていく。

「アカメちゃん……私が戦った、最高の……

 少しずつ薄れていく粒子たちを最後に、可奈美は意識を手放したのだった。
 ガルーダがその頭上を心配そうに旋回していることなど、可奈美が知る術もなかった。 

 

どこかで会った、ような?

「じゅ、11……?」

 まどかが目の前のゾンビから、唯一探し出したその手がかりがそれだった。
 額に『11』と記された紳士のゾンビ。老眼鏡が特徴のゾンビは、ほむらから預かった拳銃を向けられてもびくともしなかった。
 それどころか、少しずつにじり寄ってくる『11』。

「こ、来ないでっ!」

 ペタンと座り込みながら、震える銃口を『11』に向ける。しかし、彼は一切ペースを崩さず、こちらに近づく。

「い、いやああああああああ!」

 まどかは頭を押さえ、悲鳴を上げた。
 しかし、空しく残響するだけの赤黒の空間に、救いの手などあるわけもなかった。
 しかし、いつまでたっても苦痛の音は聞こえてこなかった。
 恐る恐る見上げると、ゾンビの『11』たらしめる額の数字が、風穴となっていた。
 脳を貫かれ、ドサリと倒れるゾンビ。彼の背後には、拳銃を構えたままのほむらがいた。

「ほむらちゃん……」
「貴女は……どこまで愚かなの……?」

 ほむらはゾンビの死骸を蹴り飛ばし、まどかへ詰め寄る。

「言ったはずよ! 教室から動かないでって! ここがどれだけ危険か、分かってるでしょ!」

 無表情を崩さないほむらが、顔をくしゃくしゃにしていた。
 まどかはそんなほむらにおびえながら、口走る。

「だ、だって……他にまだ逃げ遅れた人がいるかもしれないし……教室には、何も入ってこなかったし……」
「それで貴女に何かあったらどうするの⁉ 貴女を失えば、それを悲しむ人がいるってどうしてそれに気付かないの⁉ 貴女を守ろうとしてた人はどうなるの⁉」
「でも、ほむらちゃんだって頑張ってるし、私も何か役に立てるかなって……」
「役に立たないとか、意味がないとか、勝手に自分を粗末にしないで! 貴女を想う人のことも考えて!」

 そのままほむらは、まどかの胸元に顔をうずめる。彼女の「無事でよかった……」という小声に、まどかは思わず尋ねる。

「ねえ、ほむらちゃん……私たち、前にどこかで会った?」
「!」

 たった数週間の仲に対する想いではない。そう考えての発言だが、ほむらはそれに対し、大きく目を見開いてこちらを見ていた。

「わ……わた……」

 私は。ほむらが、何かを伝えようとしている。言葉が喉に詰まったように、息が漏れている。

「ほむらちゃん?」
「まどか……私は……」

 その時、まどかは気付いた。

「ほむらちゃん……泣いてるの?」

 滝、と呼べるものでもない。ほんの一点の雫が、彼女の頬を伝っている。
 どうして、と問いただそうとしたとき。
 ほむらの表情が、泣き顔の少女から、戦士の物へと変貌する。
 すさかず拳銃で、彼女の斜め後ろ方向へ発砲。
 誰かがいたのかという問いの答えは、すぐに分かった。

「また……ゾンビ……」

 今度は『9』。長い黒髪と左目の眼帯が特徴の女性型。それを見たほむらは、油断なく言った。

「また貴女ね。まさか、生きていたとは思わなかったわ」

 すでにほむらには見知った顔のようだった。
 『9』はしばらくほむらを睨み、やがて銃を取り出す。
 ほむらと『9』。両者同時に駆け出し、銃撃戦が始まった。
 拳銃という、現実味のある殺しのプロが、目の前で互いを撃ち殺そうとしている。まどかはほむらに引っ張られ、彼女の後ろからその一幕一幕の目撃者となっていた。
 遮るもののない異空間で、まどかはほむらの左手を塞ぐお荷物になっていた。

「ほむらちゃん! 私は……」
「今は黙って!」

 弾切れの拳銃を捨て、新たな銃を取り出す。それは『9』も同じで、まるで四次元ポケットを持ち歩いているようだった。その銃が切れれば今度はロケットランチャー(片手で)。さらに、マシンガンやらライフルやら。B級映画でしかお目にかかれない光景が、目の前で繰り広げられる。
 やがて、らちが空かないと踏んだのか、『9』は銃ではなく、コンバットナイフでほむらに挑みかかる。

「っ……!」

 ほむらはまどかを握る手を一瞬見下ろす。彼女の希望を察したまどかは手を放そうとするが、ほむらがそれを許さない。

「私はいいから!」
「ダメよ!」
「でも、ほむらちゃんが……」
「貴女を一人にはできない!」

 ほむらは当然といわんばかりにコンバットナイフを掴み、『9』に応戦する。目の前で起こる火花に、まどかの顔が引きつる。
 片手で、しかも動きも制限されるほむらが『9』に敵うはずもない。簡単に弾かれ、蹴り飛ばされた。

「ほむらちゃん!」

 幸か不幸か。その拍子で、ほむらを握る手も離れた。自身という枷が外れたことに安堵する一方、『9』に追い詰められていくほむらに、まどかは悲鳴を上げる。

「ほむらちゃん!」

 一度不利になった戦局は、簡単には覆らない。立ち上ったほむらは、『9』にどんどん追い詰められていった。

「そんな……私のせいで、ほむらちゃんが……どうすればいいの? 何か手は……」
『あるよ』

 その時。希望とも絶望ともいえる声が、まどかの脳裏に響く。
 見下ろせば、いつ来たのだろうか。キュウべえが、その無表情の眼差しで見上げていた。

『やあ。まどか』
「キュウべえ⁉」
『教会以来だね』

 キュウべえは、愛らしく尻尾を振った。その無表情はいつ見ても、まどかにはうさん臭さを感じさせた。

『君は、ほむらを救いたいのだろう?』
「うん」
『先日、軽く触れた魔法少女のことは、覚えているかい?』
「えっと……」

 まどかは記憶をたどる。だが、聖杯戦争の説明ばかりが浮かぶため、魔法少女というものに結びつかなかった。
 キュウべえは首を振り、

『やれやれ。どうして君たち人間は、自分にとっての重要なことよりも、衝撃的な無関係を記憶に焼き付けるんだい? 非効率的じゃないか』
「それで……魔法少女って?」
「君のような、限られた少女だけが得る、願いを叶える権利さ。本来ならば聖杯戦争で勝ち残って手に入れる願いの権利を、君は無償で手に入れられる」
「それって……」
『言ったはずだ。君は、戦いを止められる。今、まさに倒されそうになっている暁美ほむらを助けることだってできる』
「ほむらちゃんを助けられるなら、私……!」
「まどか!」

 ほむらが、悲鳴に近い声を上げた。地面に倒れ、コンバットナイフを首に突き立てられそうになっている彼女が、自身ではなく、まどかを心配していた。

「そいつの言葉に、耳を貸しちゃだめ!」
「でも……ほむらちゃんが……」
「私はいい! キュウべえの言葉を聞かないで!」
「でも……!」
『さあ、鹿目まどか。君の願いは何だい? 何でも叶えてあげる。聖杯戦争を止めるでも、暁美ほむらを助けるでも。君の才能ならば、どんな願いでも』
「私の、願いは……」

 まどかが願う、まさにその時。

「だりゃ!」

 何者かが、『9』を蹴り飛ばす。
 ほむらが助かった。まどかの願いが消えた。
 沈黙する、まどか、ほむら、『9』。ただ一人。キュウべえだけが、言葉を発した。

『……君か。死んだと聞いたけど、元気そうだね。……ウィザード』

「ハルトさん!」

 それは、ラビットハウスで寝ているはずの松菜ハルトだった。いつものジャージ、いつもの服。だが、髪はボサボサで、目には隈が入っている。顔も蒼白で、今にも倒れそうだった。

「やあ。まどかちゃん」

 そんな外見にも関わらず、ハルトは軽く、まどかへ声をかけた。
 金魚のように口をパクパクとさせるまどかは、反射的に彼の腹へ視線を移す。

「ハルトさん……怪我は……?」
「ん? ああ。めっちゃ痛い」

 ハルトは作り笑いをしながら、腹を抑える。見慣れた彼の服に一点、血がにじんでいるのは隠しようがなかった。

「でも、この惨状を見て放っておくのも無理な話でしょ」

 この惨状。学校がこの空間に変異していることだろう。
 理解はしたまどかは、ハルトとほむら、『9』を交互に見やる。
 助かったほむらは、ゆっくりと立ち上がっていた。

「礼は言わないわよ。松菜ハルト」
「そうだろうね。君の中では、俺はまだ敵だからね」
「……どうして助けたの?」
「俺は人を守るために魔法使いやってるから。敵だからって、救える命を救えないなら、俺は何のために魔法使いになったんだって話」

 そう言いながら、ハルトは指輪を取り付ける。
 そして、いつものようにバックルにかざし、『ドライバーオン』の音声が……

「……やっぱりダメか」

 ハルトのバックルは、音声の出し方を忘れたように、沈黙を貫いていた。黙ると死にそうなベルトが、ずっと黙っていた。

「ハルトさん?」
「昨日の一件で、やっぱり魔法使えなくなってる……」
「そんな……」
「そんな体で何しに来たの、松菜ハルト……」

 ほむらが、ハルトを睨む。

「貴方、戦える体ではないはずよ……」
「うん、それは俺も多分理解してる」

 ハルトは、コネクトの指輪をかざす。それも、当然のように機能しない。

「でも、やっぱり放っておけないからさ」
「貴方……」

 ほむらが歯を食いしばっている。
 だが、やがてほむらの体にも限界が来たのだろうか。ふらりと揺れ、ハルトに支えられる。

「まどかちゃん! ほむらちゃんをお願い」
「う、うん!」

 まどかはほむらのもとに駆け寄り、肩を貸す。
 「頼んだよ」とほむらを預けたハルトは、ウィザーソードガンを構えた。
 そして、生身のまま、彼は『9』へ挑んだ。
 しかし、今のウィザーソードガンは、どうやらいつもの調子が出ていない。ただの銀の塊であるその武器は、『9』のコンバットナイフには成す術なく防がれており、それどころか彼女の攻撃までハルトに命中している。

「っ!」
「ハルトさん!」

 だが、ほむらが彼に代わったところで、何も状況は良くならない。『9』の卓越した戦闘スキルは、彼を徐々に追い詰めている。

『だめだね』

 無情にも、客観的なキュウべえの判断に、まどかも心の中では同意してしまった。

『今の彼は、魔法使いとしての能力を全て、我妻由乃に奪われている。ただの人間の彼がどうこうできる敵ではないということだ』
「そんな……それじゃ、どうすれば……?」
『簡単だよ。鹿目まどか。君が魔法少女になり、僕に願えばいい。彼を助けることも簡単だよ』
「それじゃ……」
「ダメよ!」

 だが、ほむらがかみついてきた。

「まどか! 貴女は、絶対にキュウべえに願わないで! この状況は、私たちで……うっ……!」

 だが、ほむらに累積されたダメージが大きいのだろう。彼女の姿が、見滝原中学校の制服に戻る。

「ほむらちゃん……でも、どうすれば……?」

 ほむらはもう戦えず、助けに来たハルトも生身の人間。
 もう、自分がキュウべえに願うしか……。



「あるわ。一つだけ。手が」



 そう言ったのは、ほむらだった。彼女は唇を噛みしめながら、ハルトを見つめている。

「ほむらちゃん?」

 彼女はまどかから離れ、ハルトを見つめる。

「松菜ハルト!」

 その声に、ハルトはこちらを向いた。
 今にも崩れそうなほむらを支えながら、まどかは彼女の言葉に耳を傾ける。

「サーヴァントを召喚しなさい!」

 その言葉に、まどかとハルトのみならず、キュウべえも少なからずの驚きを示していた。

『驚いたね。暁美ほむら。ウィザードと敵対する君が、どうして彼に戦力を送ろうとするんだい?』
「どちらにしろこのままじゃ私たちは全滅よ。ならば、多少のリスクを負ってでも、生き残る道を選ぶわ」

 それだけ言って、ほむらは銃を取り出す。すでに体も震え、狙いも定まらないが、それでも『9』を一時的にハルトから離すことには成功した。

「サーヴァントを呼ぶ……? 俺が?」

 ハルトも、ほむらの発言には驚いている。自身の令呪とほむらを見比べている。
 ほむらは続ける。

「貴方もマスターならば、できるはずよ。本来、膨大な魔力と魔法陣が必要だけれど、この空間は魔力で満ち溢れているわ。」

 数瞬、ほむらとハルトの視線が交差する。やがてゆっくり頷いたほむらに、ハルトは強く首を振った。

「私に続いて」
「分かった!」

 ハルトは深呼吸して、右手を真っ直ぐ伸ばす。
 そして。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 ほむらの言葉に合わせ、ハルトもピッタリと呪文の言葉を合わせる。

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 少しずつ、ハルトの令呪に光が灯る。薄っすらと赤いその光。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)繰り返すつどに五度 ただ、満たされる刻を破却する」
閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)繰り返すつどに五度 ただ、満たされる刻を破却する」

 やがて赤い光は、彼を囲む円となる。

Anfang(セット) 告げる 告げる」
Anfang(セット) 告げる 告げる」

 赤い光は折り重なり、微熱が加わり、やがて炎となる。

「汝の身は我が下に 我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「汝の身は我が下に 我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 炎の円陣の足元に、幾重にも綴られる直線。それはやがて、ウィザードの物とは別物の魔法陣となる。

「誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者」
「誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者」

 鏡が割れるような音とともに、魔法陣が噴火する。ハルトの姿が、炎の中に消えた。

「「汝三大の言霊を纏う七天 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」」

 ハルトとほむらの声が重なった。
 そして、眩い炎の光が、赤黒の闇を照らしていく。
 目を開けられなくなり、目を瞑ったまどか。
 
 まどかが得た感覚は二つ。
 この世のものとは思えない、強大な咆哮。
 ぼんやりとした視力が捉えた、
 龍の影を纏う、赤い人影。 

 

”果てなき希望”

 赤い騎士。自分のサーヴァントは、そういう印象だった。
 炎のように赤いスーツの上に、銀の鎧。中世の騎士を連想させる鉄仮面。腰には、銀に光るベルト、左手には赤い龍の顔を模したガントレットが付いている。
 サーヴァントはじっとハルトを見つめていた。
 燃え盛る炎の中、サーヴァントは尋ねた。

「なあ。お前が俺のマスターか?」
「……ああ」

 言わば、炎で作られた結界。ハルトとサーヴァントの他には、他に誰もいない隔絶された世界。
 どっと汗が吹き出る暑さの中、全身を装甲で覆った騎士はゆっくりと歩み寄る。

「サーヴァント。ライダーだ。マスターってことは、俺はアンタに従うってことでいいんだよな?」
「そう……なるかな」
「お前は、なんで戦っているんだ?」

 近くになるほど、ハルトは彼の熱さに圧倒される。
 だが、ハルトはしっかりと応えた。

「俺は、人を守るために魔法使いになった」

 今は力を失った、ルビーの指輪。握りこぶしに示すそれを、サーヴァントに指し示す。

「悪いけど、聖杯戦争なんて俺にはどうでもいい。叶えたい願いなんてない。ただ、誰かを守れる力として、俺はアンタを呼んだ」

 ハルトは、深呼吸する。炎で燃えた空気が、肺を焼き焦がす。息苦しさに咳き込みそうになりながら、言った。

「アンタがもしも、自分の願いがあって、聖杯にそれを頼るんなら、俺は令呪を使ってこの場を何とかしてもらった後、残りの令呪も全部使う。そうすれば、アンタは自由だ。聖杯でも何でも勝手に求めればいい。聖杯戦争を止めようとする俺とは、敵対関係になるけど」

 初対面へ随分な物言いだと、自分でも分かっていた。だが、ハルトは自分でも止められなかった。

「もし……もしも……もしも、アンタが俺に協力してくれるなら……この戦いを止めるために動いてくれるなら……」

 息苦しさに、慟哭する。言葉一つ言うのにも重い肺をさらに苦しめた。胸を抑えながら、声を絞り出す。

「頼む! 俺に……力を貸してくれ!」

 体に力すら入らない。それでも、ハルトは冀った。
 しばらく、炎の沈黙。コツコツ、とライダーの足音がした。

「……」

 ライダーの鉄仮面が、すぐ目前に迫る。
 仮面に遮られ、果たして彼がどんな表情をしているのかは分からない。ただ一つ、確かなことは。

 彼が拳を振り上げたことだった。

「っ!」

 攻撃。だが、受け身を取る前に、その拳がハルトに届く。
 だが、それに痛みはなかった・。
 ライダーの右手が、ハルトの胸を小突く。

「……え?」

 思わず攻撃だと思ったそれに、ハルトは戸惑った。
 ライダーは、そのまま両手を自身の腰に回す。

「良かった。アンタがそういう奴で」
「え?」
「もしアンタが、聖杯戦争に乗り気なら、俺は体張ってでも止める気だったからさ」

 それを聞いたハルトは、どっと力が抜けた。立つのもままならなくなり、ふらふらとした足取りになる。
 それを抑えたのが、ライダーの手だった。

「良かった。願いのために戦う奴じゃなくて」
「ライダー……」

 ライダーはそのままハルトを立たせ、手を差し伸べる。
 不思議とその瞬間から、ハルトは息苦しさを感じなくなっていた。

「一緒に、この聖杯戦争を止めようぜ。マスター」
「……ああ!」

 ハルトは、力強く握り返す。息苦しい体内を、赤い希望が満たしていった。
 そして、炎がかき消されていった。



 伏せた顔を上げると、そこには、何一つ変わらない赤黒の空間が広がっていた。相変わらず不気味な闇が中学校を埋め尽くしており、『9』の文字が額に乗ったゾンビがいる。
 否。空間には、変化が二つある。
 一つ。赤い騎士、ライダー。
 そしてもう一つ。
 ライダーの周囲を旋回する、巨大なる赤い龍。

「な、なんじゃありゃあああああああああ⁉」

 思わず上げてしまった大声。だが、それ以上の大音量である龍の咆哮にかき消されてしまった。
 唖然とするハルトの肩を、ライダーがポンポンと叩く。

「俺は龍騎。仮面ライダー龍騎。真名は城戸真司。アンタは?」
「松菜ハルト。今は使えないけど、魔法使いだ」
「へえ、魔法使いか。すげえな」

 ライダー、龍騎はそう言って、ハルトの背中を押す。

「さあ。急いでんだろ? ハルト。ここは俺に任せてくれ」
「ああ! まどかちゃん! ほむらちゃん! ここから離れよう!」

 ハルトは、まどかたちのもとへ急ぐ。崩れそうなほむらを支え、奥の通路を指差した。

「ここは危険だから、移動しよう」
「あの人は?」

 まどかが龍騎を警戒の眼差しで見つめる。
 ハルトはまどかの反対側でほむらに肩を貸しながら、

「俺のサーヴァント、だって。よくわからないけど、味方みたいだから! それより、早く行こう!」

 ハルトは先へ促す。まどかも迷い気に頷きながら、ほむらを引きずっていった。
 だが、ハルトとまどかに体を預けているほむらは、じっと龍騎を睨んでいた。

「松菜ハルト。貴方のサーヴァントは……?」
「よくわからないけど、ライダーってサーヴァント。龍騎って名前だよ」
「龍騎……? 本名じゃないわね」
「何でもいい。今は、俺も君も戦えないんだ。サーヴァントに任せるしかない。頼んだよ!」

 ハルトはそう言い残した。

「っしゃあ!」

 去り際で、龍騎が口元で拳を作り、気合を入れるのが見えた。
 そしてキュウべえは、どこにもいなくなっていた。



 龍の影を纏う騎士、龍騎は、そのベルトに手を当てる。龍の頭のエンブレムが描かれたバックルの端にある口を引くと、そこから青の裏地のカードが引かれた。
 それを、左手の龍の籠手に装填、そのカバーを閉じる。すると、龍の目部分の発光と時同じく、そこから電子音が流れた。

『ソードベント』

『_______』

 赤い龍、無双龍ドラグレッダーが吠える。龍騎が手を伸ばすと、その手に、ドラグレッダーの尾を模した剣が収まった。
 赤い柄の柳葉刀、ドラグセイバー。鋼鉄をもやすやすと斬れるそれを構え、龍騎は走り出す。
 『9』はそれに対して銃弾を浴びせる。見る景色全てが銃弾で埋まる量だが、龍騎はそのうち、自分にダメージを与えそうなものだけを斬り落としていく。

「だあっ!」

 龍騎のジャンプが、一気に『9』との距離を詰める。
 そんまま『9』の体を二度斬り裂き、蹴り飛ばす。
 ゾンビだというのに、怒りの表情をにじませる『9』。
 彼女は懐から深緑の何かを龍騎へ放った。パイナップルのような凸凹を表面に刻んだそれが手榴弾だと理解したのは、これまでのジャーナリスト経験の賜物だろうか。
 龍騎はバックステップと同時に、ドラグセイバーを投影。ブーメランのように回転しながら手榴弾に炸裂。大爆発を引き起こした。
 龍騎、『9』のもとまで届く大爆発。その中で龍騎は、二枚目のカードを引く。無双龍のイラストが描かれたそれをガントレット、ドラグバイザーに入れる。

『アドベント』

『_______』

無機質な電子音に続く、ドラグレッダーの轟音。赤い龍はその巨大な胴体で滑空、その口より炎を吐き、『9』の動きを封じる。そして、体当たりで『9』を弾き飛ばした。
 そのまま、地面に転がった『9』を見据えながら、もう一枚のカードを取り出す。
 バックルの物と同じ、龍の顔が描かれたカード。赤い背景に、たった一つ、そのエンブレムだけがあるそれは、シンプルながら、最も力強いオーラを放っていた。
 それをドラグバイザーに入れる。そして、
 龍騎がサーヴァントになる前、無数の命と、戦いと向かい合うためのもの。
 自分だけが、悪夢(いま)を変えるための力。

『ファイナルベント』
『__________________!』

 吠えるドラグレッダーが、龍騎の周囲を旋回し始める。
 終わりのない戦いを、決して恐れはしないという覚悟の象徴。
 同時に両手を突き出し、大きく回転させる。それは、ドラグレッダーという赤い龍へ捧げる舞であった。

「はあああ……」

 龍騎は腰を低くする。その体内に力を溜め、それこそが龍騎の必殺技への布石だった。

「だあっ!」

 両足をそろえ、大きくジャンプ。ドラグレッダーも龍騎を追いかけるように、天へ昇る。赤い無双龍は、そのまま龍騎の体を中心に渦を巻く。その中で、体をひねりながら、龍騎は飛び蹴りの体勢に入る。そして、その背後には、大きく口を開けるドラグレッダーがいた。

「だあああああああああ!」

 ドラグレッダーから吐き出される炎が、龍騎の背中を押す。それが龍騎の体を強く押し、そのまま『9』へと突き進む。
 炎の弾丸となった龍騎は、そのまま『9』を貫くミサイルとなった。地面を何度も跳ねながら、『9』はその勢いによって両足で自立する。
 しかし、彼女はすでに白目だった。三百トンの攻撃力と、大きな火力は、すでにゾンビの息の根を止めていた。
 そして、彼女が倒れる寸前に起こる、大爆発。龍騎のもとまで飛んでくるその爆発へ、ドラグレッダーが勝利の雄叫びを上げた。

「……」

 ゾンビを倒した。そう理解した龍騎は、ベルトのエンブレムを外す。鏡が割れるように龍騎の体は粉々に砕け、その中からは青いダウンジャケットの青年がいた。
 彼は、静かにハルトが走って行った先を見つめる。

「頑張れよ。マスター。……ハルト」 

 

ビースト VS アナザーウィザード

「うわっ!」

 壁の崩壊に、ハルトは足を止めた。
 龍騎に『9』を任せ、先に進む事数分。アリの巣のごとく、部屋と通路を繰り返す中、ハルト、まどか、ほむらがいた通路が崩落したのだ。
 そして現れた、二人の『7』と額に刻まれたゾンビ。男性型の筋肉質なものと、女性型の華奢なものの二体が、こちらを向いた。

「二人とも! 離れて!」

 ハルトはまどかとほむらを自分から遠ざける。彼女たちが通路の入口付近に戻った頃合いに、二人のゾンビが襲ってきた。
 女性型の蹴りを受け流し、男性型の拳を受け止めた途端、腹痛に体が鈍る。その隙に、二人の蹴りでハルトの体が地面を舐めた。
 その時。

「だああああああああああ!」

 女性とは思えない雄々しい声を上げながら、黒い影が地面を駆る。アッパーで二人のゾンビを殴り上げた。
 黒いマフラーをなびかせるその人物に、ハルトは即座に反応した。

「響ちゃん!」

 その声に反応し、響はこちらに首を回す。
 黒いボディ。前回見た彼女の白い装甲とは真逆の禍々しい鎧は、あたかも響を怪物のように仕立てていた。

「ハルトさん⁉」

 だから、これまでと同じトーンの彼女の声を引いて、ハルトは内心安心していた。

「ハルトさん、体大丈夫ですか⁉ だって、お腹ざっくりとやられてたのに……」
「ざっくりって、結構怖い表現使うな……」

 そう言いながら、ハルトはざっくりとやられた腹部をさする。

「正直、まだ結構痛い。そのせいなのか分かんないけど、魔法も使えないし」
「うわあ……」
「それより響ちゃん、前見た時と姿違わない?」
「ああ、それは……って、うわっ!」

 響に襲い来る、二人の『7』。だが、二人の姿は、上空からの紫の柱の中に消えていった。
 間違えるはずもない、キャスターの光線。ゾンビたちを一瞬で蒸発させたそれが示す通り、果たして上空から、キャスターがゆったりとハルトと同じ地平に降臨した。

「キャスター……」

 ハルトは警戒の声を上げる。しかしキャスターはハルトと響に見向きもせず、背後でまどかに支えられているほむらにのみ注目していた。

「……マスター」
「笑うなら笑いなさい。キャスター。こんな無様なマスターをね」
「私と貴女はあくまで互いを利用し合うだけの間柄。笑う気持ちすら、貴女にはない」
「そう」

 ほむらは自嘲気味に笑った。
 そのままほむらはまどかを突き放し、キャスターへ近づく。

「ほむらちゃん!」

 呼びかけるまどかへ、ほむらが振り向くことはない。だが、それでもまどかは続けた。

「ほむらちゃんの願いって何? どうしてほむらちゃんは戦っているの?」

 無視。

「ほむらちゃん! 私には、ほむらちゃんが悪い人には見えないの! 人を蹴落としてまで自分のために動く人じゃないよね?」

 まどかが何を言っても、ほむらの歩調も変わることはなかった。キャスターの隣に立ったほむらは、静かに自らのサーヴァントへ口を開く。

「キャスター。命令よ。消えなさい」
「命令とあらば」

 キャスターはそのまま膝を折る。お辞儀したまま、彼女の姿が粒子となって消えていった。
 サーヴァントの姿が消えてから、ほむらはゆっくりとハルトを向く。まどかを視界に入れないためか、首をほんの少しだけこちらに動かして。

「さっきサーヴァントの召喚方法を教えたのは、私自身が生き残るためよ。今後、貴方たちが私の前に立ったら、容赦なく排除するわ」
「……ほむらちゃん……」

 ほむらは、そのまま闇の中に歩み去っていった。

「ほむらちゃん、やっぱりしばらく戦いを止めてくれそうにない?」

 様子を見ていた響が尋ねる。ハルトは頷きながら、

「でも……いつか、分かってくれるまで、俺はほむらちゃんに訴え続けるよ」
「なら、まずは話をしないとね」

 響はにっこりとほほ笑んだ。

「私たちで協力できる願いかもしれないし。もし聖杯に関係なく願いが叶ったら、ほむらちゃんだって戦いを止めるでしょ?」
「そうだね」

 ほむらの願い。改めて考えても、ハルトには全く心当たりはなかった。

「あの、響さん……」

 ハルトの後ろから、まどかが響のもとに駆け寄る。

「他の人、誰か襲われてないかな……? 学校全体がこうなっちゃったし、きっと誰かいると思うんだけど」
「チノちゃんたちは保護したよ。ほら」

 響が、突き破った通路を指差す。壁の欠片に遮られているが、確かにチノの青い髪がチラリと見えた。
 ハルトは、響に改めて頼んだ。

「響ちゃん。まどかちゃんやチノちゃんたちのこと、お願いしてもいい?」
「ハルトさんは?」
「俺は……」

 ハルトは、左手のルビーの指輪を見下ろす。すでに魔力のないハルトにとってはただの宝石と成り果てたそれを、右手で強く握る。

「いるんだろ? あの……アサシンのマスターが」
「うん。ハルトさんの……あの、魔法使いみたいな姿になったよ」
「多分、俺が変身できなくなってるのもそれが原因だと思う」
「でも、どうするの?」
「取り戻すよ。ウィザードを」
「だったら私も……」
「いや、響ちゃんは、まどかちゃんをお願い」

 不安そうな表情のまどかを指差す。
 響はそれでも浮かない顔をしていたが、やがて「うーん」と声を上げた。

「アサシンのマスターは、あっちの方に行ったよ。コウスケさんもあとを追いかけたから、多分大丈夫だとは思うけど……気を付けてね」
「ああ。響ちゃんも。まどかちゃんもね」
「うん……」

 まどかの不安そうな表情は晴れない。だが、ハルトはそんな二人を置いて……チノたちがハルトの姿を見る前に、響が教えてくれた方角へ急いだ。



「待て!」

 ようやく追いついた。コウスケは由乃の肩を掴もうと手を伸ばす。
 しかし彼女は、振り向きざまにナイフを振る。慌てて引っ込めた手の上を、ナイフの刃が横切った。

「邪魔しないで!」

 逃亡を諦めた由乃は、逆上してナイフで襲ってくる。フィールドワークで鍛えた身体能力でそれを避け、距離を置いた。

「どいつもこいつも……! 私とユッキーの邪魔をしないで!」
「おいおい、落ち着けって! なあ? 穏便に済まそうぜ?」

 コウスケはそう宥める。しかし、耳を貸さない由乃はそのナイフでこちらの命を狙ってくる。

「おいっ⁉」
「聖杯戦争に勝って、ユッキーを生き返らせるの! だから、他のマスターは皆死ね!」

 そう、振りぬかれた一振りを、コウスケは手首を掴んで止めた。

「だから待てって! その前に、こんなに大勢を巻き込んでもしょうがねえだろ? 戦いたいなら、オレが後で相手してやっから、今はこれを解け」
「嫌!」

 腹に痛み。彼女の蹴りで、コウスケは思わず手首を開放してしまった。
 そのまま蹴り飛ばされたコウスケは、由乃が紫の懐中時計を取り出すのを目撃する。

「おい……」
「私は勝ち残る! 勝って、願いを叶える! そして私とユッキーは、永遠に繋がれる!」
『ウィザード』

 発生した音声とともに、彼女の姿が紫の魔法陣に包まれる。
 変身したアナザーウィザードは、静かにこちらににじり寄ってきた。

「仕方ねえ」
『ドライバーオン』

 コウスケもまた、戦闘態勢に入る。指輪をバックルにあてることで、魔法の力、ビーストドライバーが出現する。
 左手にビーストの顔が描かれた指輪を取り付け、天高く掲げる。

「変~身!」
『セット オープン』

 バックルの扉が開き、内部に仕込まれていたライオンのレリーフが露になる。
 そこから発せられた魔法陣を走り抜け、魔法使い、ビーストへの変身が完了。
 ダイスサーベルを振りぬき、ビーストはアナザーウィザードへ斬りかかる。
 しかし、身軽な動きのアナザーウィザードを捕らえることが出来ず、ずっと空ぶっていた。

「んにゃろう……!」

 らちが空かないと、ビーストはダイスサーベルのサイコロを起動。

『6 ファルコ セイバーストライク』
「うっし!」

 六体のハヤブサが、それぞれの軌道を描きながらアナザーウィザードを襲う。しかし、アナザーウィザードは少しも焦らずに、ベルトに手をかざす。

『バインド』

 発生した鎖が、ハヤブサたちを薙ぎ払い、そのままダイスサーベルまで弾き飛ばす。

「んなっ⁉」

 地面に落ちたダイスサーベルの音。通路の入り口まで離れてしまったそれを回収する余裕など、ビーストにはない。
 驚くビーストへ、アナザーウィザードは連続で蹴り入れる。炎の蹴撃は一つ一つがとても熱く、ビーストの体に的確なダメージを与えていく。

『サンダー』

 さらに、発生した雷光で、ビーストの体は吹き飛ばされた。
 地面を転がりながらも、ビーストは闘志を燃やして立ち上がる。

「んにゃろう……」
『ゴー キックストライク』

 変身に使った指輪を、再びベルトに装填。すると、その右足に、黄色の魔力が集まっていく。
 それに対し、アナザーウィザードもまたベルトに手をかざす。

『キックストライク』

 アナザーウィザードが腰を下ろすと、その右足にまた同じく魔力が集う。

 そして、二人の魔法使いはそれぞれの必殺技を放とうとしていた。



 目を見張る、二つの魔力。
 ビーストと、アナザーウィザード。二人の指輪の魔法使いが、同時にキックストライクを放とうとしていた。

「これって……」

 部屋の入口で、ハルトは言葉を失っていた。
 魔力を失ったハルトでも分かる、膨大なエネルギーに、ハルトの肌はピリピリと逆立っていた。
 もう一歩、中に入る。すると、その足元が何かに当たった。 
 ビーストの主力武器、ダイスサーベルを拾い上げ、部屋の中央に走る。
 同時に、二人の魔法使いが跳び上がった。
 それぞれが魔法陣を通過し、蹴りを放つ体制になる。
 魔力のない今の自分にできること。ハルトは、即決した。

「コウスケ!」

 ハルトは、ダイスサーベルを持ち替え、アナザーウィザードへ投げつける。
 二人のキックストライクが衝突し合う寸前で、ダイスサーベルの刃先はアナザーウィザードの右足に命中した。
 彼女の再高威力を誇るキックストライク。それを防ぐには、到底足りないダイスサーベルの投影。
 そして、赤と黄のキックストライクが、空中で激突した。
 巨大な爆発となり、ハルトは思わずしゃがみこむ。
 上空の爆炎より、落ちてきたものと、降りてきたもの。

「! コウスケ!」

 ハルトは、落ちてきたもの、コウスケを助け起こす。

「おい、大丈夫か?」

 ボロボロの姿の彼は、腹を抑えていた。

「ハルト……悪い……随分やられちまった……」
「いや、気にするな」

 ハルトはコウスケに肩を貸す。そして、爆炎から降りたもの、アナザーウィザードと向き合った。
 変身解除したビーストとは真逆に、アナザーウィザードは無傷のようだった。傷一つない澄ました顔で、こちらににじり寄る。

「残念でした。この聖杯戦争は、私とユッキーの愛のためにあるの。それ以外に存在価値なんてないわ」

 少しずつ近付いてくるアナザーウィザード。ハルトは逃げようとするが、コウスケの体を持ち上げることがなかなかできない。

「終わりよ」

 アナザーウィザードは冷酷にも、再び魔法を使おうと動く。
 その時。

 バチチ

「え?」

 その疑問符は、他ならぬアナザーウィザードからだった。
 彼女は、全身に走る小さな亀裂に、体を止める。
 そして。

 爆発した。

「嘘……」
「さっきのダイスサーベルか……? 少し威力が下がって、オレのキックストライクが命中したのか?」

 そう、コウスケが分析した。それが正しいと証明するかのように、変身解除した由乃が、その場に倒れこむ。その近くにウィザードの懐中時計もあるが、どうやらまだ壊れてはいないようだった。
刹那、ハルトの体が何かに突き動かされるように跳ねる。

「あ」

 体内の臓器が、体を突き破ろうと暴れているような感覚に見舞われる。同時に、腰に銀が出現した。
 それを見下ろした瞬間、ハルトの口から、思わずその名前が漏れた。

「ウィザードライバー……?」

 何度も馴染む手触り。それは紛れもなく、魔法使いのベルト、ウィザードライバーだった。

「戻ったのか……?」
「おのれえええええええええ!」

 凄まじい形相で起き上がる由乃。彼女は、地面に落ちたウィザードウォッチを拾い上げた。

「なぜ戻った⁉ モノクマアアアアアアアア!」
『はーい!』

 由乃の呼び声に、白と黒の人形、モノクマが彼女の背後にその姿を現す。

『うぷぷ。あれれ? ウィザード、戻っちゃってるね』
「どういうことモノクマ⁉ コレを使えば、力を奪い取れるんでしょ⁉」
『うぷぷ。それはね、一回倒されちゃったからだよ。一時的に、アナザーウィザードの存在とウィザードの存在があやふやになっちゃったから、本物のウィザードにも力が戻っちゃったんだよ』

 モノクマは口を抑えながら、肩を震わせている。

『でも、安心して。一定時間たてば、また君だけのウィザードになるから』
「一定時間?」
『そう。でも、その間に、ウィザードを殺しちゃった方がいいと思うよ。君がアナザーじゃない、本物のウィザードになるんならね』

 モノクマはそう言いながら、今度はハルトの方を向いた。

『でも、我妻由乃だけに肩入れするのも監視役としてフェアじゃないよね? だから、ウィザードにも教えてあげる』
「……?」
『アナザーウィザードは、君。ウィザードにしか倒せない。アナザーウォッチを破壊できるのも、そのオリジナルだけ。つまり……うぷぷ』

 モノクマは、腹を抱えた。

『ウィザードと、アナザーウィザード! これから、どっちかしか生き残れないってこと! うぷぷぷぷぷ! あははははははは!』

 怪物のような口を開け、大笑いするモノクマ。
 それを見送ることなく、由乃は背を向け、走り出した。奥へ通じる道をかけ、見失うのも時間の問題だった。

「おい! 待て!」

 ハルトは追いかけようとするが、コウスケの存在に足を止めた。
 だが、コウスケはハルトの肩をふりほどき、フラフラの足取りで壁際に移動する。

「行け……ハルト」
「コウスケ……でも」

 ハルトはコウスケと由乃を見比べる。しかし、コウスケはそんなハルトに怒鳴る。

「お前が行くしかねえだろ! お前にしか止められねえんだ! オレにはまだ魔力が残ってる。なんかあっても、一回くらいは変身できるぜ」

 コウスケは、ビーストリングを見せつける。

「本物のウィザードなんだろ? なら、戦えよ! 自分の偽物とよ!」

 その言葉に、ハルトの表情はこわばる。魔力を取り戻したルビーを見下ろし、

「……気を付けろよ! コウスケ!」

 由乃の後を追いかけた。



 ただ一人残ったコウスケ。彼がこんな言葉を発することも、ハルトが知ることはなかった。

「はは……嘘だ。もう、魔力も底尽きてんだよな……」

 コウスケには、もう歩く余力すら残っていないことも。 

 

ウィザードvsアナザーウィザード

「ねえ。どうして私を見てくれないの? ユッキー」

 由乃は、雪輝の閉じた目にずっと問いかけている。
 幸輝と永遠の時を過ごすために用意したこの部屋。二人の邪魔ものが入り、三人の聖杯戦争参加者が入り、役立たずのサーヴァントが入り。
 主無き部屋となった今、再びここに価値を取り戻すためには、勝ち残り、主に再び生を享受してもらうしかない。

「ユッキー……」

 死後硬直により、瞼が開かない。さっきまでは自分を見ていた瞳も、今や白い瞼の向こうだ。

「どうして……」

 何度も問いを繰り返す中、コツコツとまた邪魔ものの足音が聞こえてきた。硬直した首を動かし、振り向くと、ウィザードの変身者がそこにいた。

「お前……」

 由乃は無表情で彼を睨む。手に持ったウィザードの時計の出どころであるところの彼だが、その名前も誰かも興味などない。

「お前はまた、私の邪魔をするの……?」

 ただ、彼に向けられる視線は、怒りのみ。

「どうして……? どうしてどうしてどうして!」

 由乃は、その場で地団駄を踏んだ。幸輝の死体を避け、彼の周囲の椅子の残骸だけを踏み砕く。

「どうして私の愛はユッキーに届かないの⁉ どうしてみんな、私の邪魔をするの⁉ 皆……皆……来い! アサシン!」

 令呪が輝く。愛の邪魔を抹殺するサーヴァント、アカメ。彼女にかかれば、ウィザードも一瞬で始末できる。
 しかし、アサシンは現れない。
 由乃は顔を訝しめる。

「どうしたの? 令呪をもっての命令よ! アサシン! ……アカメ! 今すぐ来て! 私の敵を、皆殺しにして!」

 しかし、反応はない。
 由乃は、声が枯れるまで叫び続けた。何度も。何度も。何度も。

「アカメ! アカメ!」

 しかし、令呪とは裏腹に、一向にサーヴァントは姿を現さない。なぜ、と監視役に訴えようかと考えた由乃は目を見張る。
 三画あったうち、令呪最後の一画。それが、まるで洗浄されるインクの染みのように、みるみるうちに消えていく。

「どうして……? どうしてどうして⁉」

 由乃は令呪があった手の甲を掻きむしる。しかし、手に痛みが走るだけで、令呪が戻ることはない。

「何でなの⁉ ユッキーを生き返らせるだけなのに、どうして……⁉」
『答えは簡単だよ。我妻由乃』

 そう告げたのは、白い妖精だった。白のボディとピンクの模様。ウサギか子猫かのような外見の妖精が、倒れた椅子の上からこちらを凝視していた。

「モノクマ以外の監視役……?」
『初めまして、だね。僕はキュウべえ』
「そう。それで、どうしてアサシンは来ないの?」

 矢継ぎ早に、由乃は監視役の妖精に問いただす。
 ウサギのような監視役は、顔色一つ動かさずに答えた。

『アサシンが死んだ。それだけだよ』
「アサシンが死んだ?」

 その言葉が、由乃の耳には遠くに聞こえた。まるで木霊するかのように言葉が繰り返される。

「どういうこと? 何を言ってるの⁉」

 キュウべえを掴み上げ、由乃は顔を近づける。

「アサシンが死んだ? 何で? どうしてよッ! サーヴァントがいないと、聖杯との繋がりがなくなるんでしょ!」
『そうだね。サーヴァントがいなくなった時点で、君にマスターの資格はない』
「ふざけないで! モノクマは⁉ モノクマを呼びなさい!」
『彼は来ないよ。君の姿に満足して、新しいマスターを探しに行ってる』
「新しいマスター?」

 さらに心に重くのしかかる単語。由乃の顔がみるみる青くなっていく。

「なんで⁉ 私はまだ生きてるわ! まだ戦える!」
『君はもう脱落したんだよ。我妻由乃』

 感情をむき出しにする由乃とは対照的に、キュウべえは全く声が動かない。当たり前のような妖精の言葉に、由乃はその頭部を圧し潰す。丸から形容できない形になっても、キュウべえは一切動じない。

『君が生き残ろうと、もう願いはかなわない。ならば改めて、別の手段で願いを叶えることを考えるべきじゃないのかい? どうして君たち人間は、そこまで目的以上に手段に拘るんだい? 全くわけがわからないよ』

 キュウべえを地面に落とした。
 キュウべえが視界の下へフェードアウトしてから、どう移動したのか分からない。由乃は呆けたように見上げていた。口がガタガタと震え、全身が痙攣していた。

「もう……願いが叶わない……」

 足が幸輝の腹に当たる。

「ユッキーが生き返らない……ユッキーが、私を受け入れてくれない……ユッキーが私をお嫁さんにしてくれない……」

 やがて、全身から脱力し、その場で膝を折る。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 ただ、世界への慟哭が響いた。
 しばらく泣き続けた由乃は、やがて足元の幸輝の体に触れる。すでに冷たくなってる肉体のそばで横になり、その顔に自らの頬を当てた。

「おかしいよね……? ユッキー」

 ひんやりとした肌触りが心地いい。涙でぬれた頬を、乾ききった幸輝と半分こ。

「私たちは一緒よ? 明日も来週も来年も来世も。ね?」
「……いい加減にしてよ」
「……あ?」

 敵の声に、由乃は沈んだ目を向けた。まさに虫を見る目で、彼を見下ろす。

「邪魔をするな。今は私とユッキーの大事な時間よ。私たちの愛の時間よ」
「愛? ……ふざけるのもいい加減にしてよ。チノちゃんたちの学校をメチャクチャにして、大勢の人を困らせて! その上好きな人まで犠牲になって‼ それで愛? そんなの、お前のただのわがままだろう⁉」
「……ねえ、ユッキー? あの人、変なこと言ってるよ? ひどいよね。自分だってマスターなのに。ね? 分かるでしょユッキー。だから、私がユッキーを助けてあげる。私が聖杯を手に入れて、ユッキーを助けてあげる」
「君だけが被害者じゃない! 自分一人だけの世界でもない! 自分だけのために、みんなを犠牲にしていいわけがない!」
「それが何? この世界は私とユッキーだけのものよ。だから、死んでくれるでしょ? ねえ、私たちのために死んでよ! ……ねえ? 本物のウィザードさん」

 由乃はそのまま。黒い時計を取り出す。ウィザードの顔が描かれた時計を。

「私がユッキーのお嫁さんになるために____お前は邪魔」
『ウィザード』
「だからさあ。ウィザードの力、全部頂戴。ウィザードの令呪、全部頂戴? そうすれば、私ももう一度マスターになれるでしょ? だから、ウィザードの全部、私に頂戴」

 仮面のごとく張り付いた笑顔のまま、由乃はウィザードの時計を体に埋め込む。紫の魔法陣がハルトと同じ動きで彼女を通過し、アナザーウィザードとなる。
 仮面の下で流す、血の涙。幸輝の死体から名残惜しそうに離れ、アナザーウィザードはウィザード変身者と対峙する。

『ドライバーオン プリーズ』

 奪ったはずのウィザードの力。それが彼にもあると証明するように、彼の腰に銀のベルトが出現した。アナザーウィザードのそれとはことなり、骨ではなく銀でできたベルト。その両端にあるつまみを操作することで、彼のベルトが歌い出した。

『シャバドゥビタッチヘンシーン シャバドゥビタッチヘンシーン』

 うるさい音声が、ベルトから流れ出した。その音声のなか、彼は静かに左手にルビーの指輪を取り付ける。

「変身!」
『フレイム プリーズ』

 ベルトに指輪をかざす。すると、彼の左側に魔法陣が出現した。

『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』

 なるほど。本物のウィザードは、こういう変身プロセスなのか、とウィザードへの変身を見守りながら、アナザーウィザードは思った。
 キラキラのルビーの面。黒く、綺麗なマント。アナザーウィザードの姿と比較すると、とても清潔に見えて気に入らない。

『コネクト プリーズ』

 新たな指輪を使い、生まれた魔法陣より、銀の武器を取り出したウィザードは、その銃口をこちらに向けながら言った。

「お前の身勝手を止めてやる!」
「来なさい!」

 アナザーウィザードも、自身の武器として、常日頃より携帯しているサバイバルナイフを取り出す。するとそれは、アナザーウィザードの存在により、歪み、腕ほどの長さの銃剣となる。
 それは、ウィザードの武器、ウィザーソードガンとほとんど同じ形をしている。唯一の違いは、手のように作られた部分が、骨でできているところか。
 アナザーソードガンと呼ぶべき代物だった。それを構え、アナザーウィザードも臨戦態勢となる。

 そして。

 二人のウィザードは、ともに互いに襲い掛かった。



「っ!」

 アナザーウィザードの蹴りの威力は、ウィザードのそれと、全く遜色なく同じだった。
 互いに弾かれ、地面を転がる。

「これなら!」

 ウィザードは、ソードガンで発砲。無数の銀が、アナザーウィザードへ向かう。

『ディフェンド』

 しかし、敵も同じウィザード。回避可能な手段が豊富なことは、ウィザード自身にも分かっていた。魔法陣に阻まれ、銃弾は地面に落ちていく。
 ソードモードに切り替え、果敢に挑もうとするが、その時ウィザードは体の異変に気付く。

「長くは戦えないか……」

 ウィザードの体は、まるでノイズにかかった映像のように、小切れ小切れに震えていた。波がひどくなれば、その箇所は元のハルトの姿にさえ戻っている。

「そうね。長くは無理ね」

 大して、アナザーウィザードにそういった異変はない。むしろ、時間経過とともに、アナザーウィザードが元気になっているようにさえ思える。

「長くなっちゃったら、私の一方的になるもの」
「時間は俺の味方じゃないんだな……」

 乱れる体もほどほどに、ウィザードは新たな指輪を右手に取り付ける。

『ビッグ プリーズ』
『ビッグ』

 しかし、同時にアナザーウィザードも同様の魔法を使用した。
 魔法陣を通じて現れる、巨大な手。互いに何度も打ち付け合いながら、対消滅。
 しかし、その中より、二人のウィザードは同時に攻め入る。
 何度も何度も。同じ姿はそれぞれを斬り合い、傷つけ、そして消耗していく。

「どうして⁉ どうして⁉」

 互いに切迫しながら、アナザーウィザードはこちらに顔を近づける。

「お前はなんで死んでくれないの⁉ 私とユッキーのためなのよ⁉ そのために、皆死ぬのが当たり前でしょ⁉」
「お前たちは王様じゃない! それに、誰にだってこの世界を生きている! みんなそれぞれ希望を胸に生きている! お前たちの独りよがりな希望のために、皆を犠牲にすることなんてできない!」

 ウィザードはアナザーウィザードを蹴り飛ばし、二度その体を斬り裂く。
 間髪入れず、ソードガンのハンドオーサーを開放。

『キャモナスラッシュ シェイクハンズ キャモナスラッシュ シェイクハンズ』
『フレイム スラッシュストライク』

 炎の斬撃が、アナザーウィザードの体を引き裂く。引き起こされる爆発に、ウィザードは勝利をしたかと思ったが。

『ディフェンド』

 ウィザードが爆発させたのは、あくまで魔法陣のみ。その事実に気付くより、アナザーウィザードが一手速かった。

『ライト』
「ぐあっ!」

 突如の光が、ウィザードの視界を塗り潰す。白い光の次に、暗転した視界。全身の痛みが、アナザーウィザードの反撃だとすぐに分かった。
 地面を転がったウィザードは、いつもの感覚から、次に使う指輪を探り当てる。
 だが、視力が戻ったとき、アナザーウィザードも同じようにベルトに手を出すのが見えた。

『バインド プリーズ』
『バインド』

 繰り出された、同じ魔法。
 もはや拘束具としてではなく、攻撃のための鎖はそれぞれぶつかり合い。

『ウォーター シューティングストライク』
『ウォーター』

 水と水がぶつかり、大きな洪水がその室内で巻き起こる。

『ハリケーン スラッシュストライク』
『ハリケーン』

 波が引いたあとを、竜巻と竜巻が荒らしまわり、

『チョーイイネ グラビティ サイコー』
『グラビティ』

 地球上にあってはならない重力変動が、この場を支配する。

「くっ!」

 重力の波より離れたウィザード、ランドスタイルは、もう一度改めてルビーの指輪を使う。
 火のウィザードは、同じく崩れそうなアナザーウィザードを見据えた。

「君は、絶対に間違ってる……君がやってきたことだって、許されることじゃない」
「黙れ!」

 アナザーウィザードは、大きく手を振って否定し続ける。
 だが、ウィザードは止まらない。

「だから、これ以上は……悪い夢も、聖杯戦争も。もう、終わりにしよう」

 ウィザードは、切り札の魔法を使う。
 これまで、多くの人々を守ってきた魔法。
 これまで、多くの絶望を打ち破ってきた魔法。

『チョーイイネ キックストライク サイコー』
「はああ……」

 ウィザードの足元に、赤い魔法陣が出現する。そこから供給される、膨大な魔力が、その右足に熱い炎を宿らせる。

「ふざけるな……ふざけるな! ふざけるな!」
『キックストライク』

 アナザーウィザードも、ウィザードと同じく、キックストライクを発動した。まるでウィザードとは鏡写のように、魔法陣、動作、その全てが同じだった。

「私はユッキーと一緒になるの私はユッキーと一つになるの私はユッキーのお嫁さんになるの!」
「その希望を壊したのは……君自身だろ?」
「ちがっ……違う!」
「悪いけど……俺は、皆を……一人でも大勢を守るために戦っているんだ。皆を傷つける君を、許しておくことなんてできない!」

 そして、まさに鏡のように、二人のウィザードはバク転。ジャンプ。
 互いに魔法陣を貫き、

「だああああああああああああああああああ!」
「あああああああああああああああああああ!」

 ストライクウィザードを放った。
 炎の魔法が、部屋中を満たす。衝撃があちらこちらを破壊する。
 やがて、空間に収まらない、炎の集まりにより、部屋全体に、爆発が広がった。
 そして、その中から一足先に着地したのは……。

「人の希望を奪うなんて……お前はそれでも、魔法使いなの……?」
「皆の希望は、誰かの絶望の上に成り立ってる。希望も絶望も、そういう悲しい螺旋の中なんだ……俺は、希望の魔法使いなんかじゃない。皆を守る、魔法使いだ。だから……恨んでもいいよ」

 顔をずっと沈めたままのウィザードだった。
 落下を忘れたように、アナザーウィザードは空中で浮遊していた。その体にウィザードの魔法陣を浮かべ。

 大爆発。
 由乃の体を離れた懐中時計が、パリンと音を立てて、砕かれていった。 

 

エピローグ

「おかしい……おかしい……」

 幸輝の体を背負いながら、由乃は足を引きずる。
 すでにアナザーウィザードになるための道具は壊され、戦う力も残されていない。そもそも令呪もない。

「どうしてこうなったの……? どうして……?」

 愛しのユッキーの体が重い。
 ウィザードにやられた傷が重い。
 まだ、幸輝のために作り替えた空間は残っている。速くモノクマを見つけて、もう一度マスターにならせてもらわなければ。
 そう思っていた。

「……?」

 その時、
 赤黒の空間が、波打った。

「何?」

 固形物である壁が粉々になり、弾けた。液体のように全面が穴を作り、
 そこから女の子が現れた。

「え?」

 ピンクの髪と、白いスクール水着。ピンクのヘッドホンと、首にかかるゴーグル。全体の印象として、おおよそこの場にはそぐわない、可愛らしい服装だった。
 さっきまでの嘆きは、全て吹き飛ばされる。なぜここにこんな人物がいるのかと。
 そして、彼女の手元を見て、由乃の疑問は恐怖へ変わった。
 先に刃が付いた、ハルバード。
 その刃先を認識した途端、由乃はどことなく察した。
 終わった___
 逃げようと思えば逃げられたのかどうか、もう分からない。
 そうして。
 スク水少女のハルバードが、由乃の首の付け根を割いた。

「あ……」

 倒れる体から、幸輝が離れる。
 彼の亡骸に手を伸ばすも、もう死期の近い少女には、何もできなかった。

「ユッキー……」

 物言わぬ想い人への手。それは、たとえ出血性ショックという自然の摂理が由乃を襲ったとしても、止まることはない。
 光が消えた眼差し。しかし、少女の手は、永遠に少年に届こうとして、届くことはなかった。



 気絶していたようだった。
 ハルトは、すでに変身の解けた体を見下ろして唖然とする。

「あれ? 俺は……」

 周囲には、キュウべえの他に誰もいない。主を失った椅子が、ただ空しく放置されているだけだった。

「あの子は……?」
『元アナザーウィザードのことかい?』

 キュウべえがハルトの肩に飛び乗る。小動物ならば感じる重さがなく、まるで動く人形のようだった。

『我妻由乃は、どこかへと逃げていったよ。全く。逃げるなら、一人で逃げればいいのに、あの死体だなんて無駄な荷物を抱えて』
「……」

 キュウべえの言葉で、ハルトは玉座を見つめた。先ほどまであった少年の亡骸がなくなっている。
 やがて、空間の景色が歪んでいく。

「あの子は……どうなるんだろう?」
『我妻由乃のことかい? さあ? 彼女はもう聖杯戦争の参加者ではない。どうなっても、僕には興味ないね』
「……お前は……」

 ハルトは嫌悪の表情をキュウべえに示す。しかし、この無表情妖精はそれを無視しながら、歩み去る。

『ウィザード。これで君は完全にウィザードとして復活した。でも、これはまだ始まりだよ』
「始まり……」
『聖杯戦争は、基本七体の英霊による生き残り。だけど、すでにこの聖杯戦争はその反中を越えている』
「どういうことだ?」
『すでに七体以上の英霊だって僕たちは確認している。本来あるクラス……セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシン。このうちセイバーとアーチャーはまだ召喚されていないけどね。他のクラスも大勢召喚されている』
「何が言いたい?」
『君の味方はライダー、ランサー。そして、先ほど衛藤可奈美が召喚したサーヴァント。その三体だけだ』
「可奈美ちゃんが……?」

 空間が揺らぎ始める。赤黒の空間となっていた中学校は、その主を失い、元に戻り始めている。

「おい! ハルト! ……だったっけ……?」

 飛んできた声に振り向く。するとそこには、青いダウンジャケットの青年がいた。コウスケに肩を貸している彼は、なんとかこちらに歩いてきている。

「えっと……アンタは……」

 初めて見る顔に、ハルトは戸惑う。だが、青年はニコニコ笑いながら、

「ああ、この姿だと初めてだったな。俺は城戸真司。ほら、龍騎……お前のサーヴァント、ライダーだ」
「ああ……」

 ハルトは納得した。
 その間に、キュウべえはどんどん遠くに離れていく。

「あ! キュウべえ!」
『覚えておくんだね。ウィザード』

 ハルトの呼びかけに、キュウべえは足を止めた。

『君が選んだ道は簡単じゃない。戦いを止めるということは、残りのサーヴァント全てを無力化するということだよ。君にできるのかな?』

 キュウべえはゆっくりこちらを見返す。
 ハルトはゆっくりと、フレイムの指輪を見下ろす。
 真司もコウスケも、黙ってハルトを見つめていた。
 そして。

「できるよ!」

 その言葉は、ハルトからではない。部屋の入口……まだギリギリ異空間のままの中学校である場所の入り口にいた、可奈美からだった。

「できるよ! 私たちなら!」

 彼女も体はボロボロであった。服装もあちらこちら擦り切れており、自分だけで立つこともできていない。彼女がいるのは、支えているもう一人の少女___赤髪ポニーテールの、おそらく可奈美のサーヴァント___がいたからだ。

「止めて見せるよ! 私絶対!」
「そうだよ!」

 その隣。白いガングニールの響だが、彼女もまた無傷とは言い難い。装甲の無数の箇所にヒビが走っており、響自身も無数の傷がその身にあった。

「私たちは、手をつなぐために戦う! キュウべえの思い通りにはいかないよ! ね! コウスケさん!」
「へへ、そうだな……」

 響の声に、真司の肩のコウスケが力なく笑った。
 ハルトは皆の声を受け、立ち上る。

「確かに楽ではないかもしれない。でも、俺たちはそれでも叫び続けるよ」

 やがて、異空間より、元の中学校の割合の方が多くなる。
 この空間という非日常はもう終わる。
 最後に、ハルトは宣言した。

「この聖杯戦争を止めるって」
『……そうかい』

 キュウべえはそれだけ言って、立ち去った。
 その姿が見えなくなると同時に、完全にその場所は中学校の屋上となった。

 キラキラ光る太陽。その中、見えなくなったキュウべえの声が聞こえてきた。



『だったらやってみればいい。君の思うほど、この聖杯戦争は甘くないよ』






次回予告
「お姉ちゃんどこ?」
「ほむらちゃん?」
「ボク、また外に出たいなあ……この体じゃあ……」
「ねえ! 私と一緒に、立ち合い! ……じゃなかった、剣の練習してみない?」
『なああああ! クソッ! 今回の処刑人は外れだ外れ! 好き勝手に行動しやがる!』
「困ったときはうどん! 健康にもいいんだから、きっと〇〇〇くんも気に入るって!」
「な、なんだこの怪物どもは⁉」
「ファントムじゃない……?」
「恭介⁉ 嘘……うわあああああああ!」
「そんな……みんな……どうして……?」
『キックストライク プリーズ』
「どうしたら、貴方に伝えられるんだろう?」
「君は何を守るというのだ? 今日よりも悪くなる明日か?」
「俺が守るのは……みんなの、生きる希望だ!」
「見ろ! この美しい世界を! 一握りのものだけが、明日へのチケットを手に入れる!」
「イグナイトモジュール! 抜剣!」
「俺は最後まで生きるよ……、〇〇〇〇!」 

 

登場人物紹介 1章終了時点

オリキャラ

「だから、これ以上は……悪い夢も、聖杯戦争も。もう、終わりにしよう」

・松菜 ハルト/仮面ライダーウィザード
 19歳 
 仮面ライダーウィザードに変身する、操真晴人のリイマジネーションライダー。大道芸人として、ファントムを倒す旅を続けており、見滝原に着いた途端、聖杯戦争に巻き込まれる。
 大道芸人の気質として、人を楽しませるのが好き。空き時間には大道芸のタネを考えたり、実際にやってみたりもする。
 ウィザードとして、人を守るためにずっと戦っている。いつかは不明だが、学校をやめて旅を始めた模様。
 性格は軽めに落ち着いている。戦うときにしか感情的にはならない。別に無感情というはけではない。
 原典のウィザードとは異なり、別にドラゴンを体に宿したりしてないし、サバトの犠牲者だからウィザードの力を手に入れたわけでもない。

「皆まで言うなって。何とかなんだろ」

・多田 コウスケ/仮面ライダービースト
 20歳
 見滝原大学の学生。仮面ライダービーストに変身する、仁藤功介のリイマジネーションライダー。
 原典のビーストと性格、行動ともに大差なく、おおざっぱに行動する。
 響のマスターとして選ばれたが、あまり聖杯戦争には感心がない模様。響のことは、棚ぼたで手に入れた相棒として接している。
 親からの仕送りがそれなりに溜まって入るらしいが、一人で生活したいらしく、自分で金額を賄っている。今はテント生活。
 別にキマイラを宿しているわけでもなければ、ファントムを食べなければ死んでしまうわけでもない。
 あと、別に野獣先輩とかでもない。

魔法少女まどか☆マギカ

「あ、私、鹿目まどかって言います。助けていただいて、ありがとうございました」

・鹿目まどか
 見滝原中学2年生。
 聖杯戦争の参加者ではないが、ハルトに着いていたら、偶然聖杯戦争に巻き込まれてしまった。ハルトたちの様子が気になるが、マスターではない以上、多くは関われない悩みを持っている。
 強く前に出れない性格で、誰かの役に立てれば、とても嬉しいと感じている。優しいが、引っ込み思案な性格。
 キュウべえからは、魔法少女になれば、願いで聖杯戦争を止められると言われるが、押しとどまっている。

「私は手段を選ばないわ。どんな犠牲を払っても、願いを叶える」

・暁美ほむら
 同じく、見滝原中学2年生。
 魔法少女にして、キャスターのマスター。
 聖杯戦争には参戦の意を示しており、ハルトにも何度も牙を剥いた。まどかには、何やら特別な感情を持っている様子。
 キャスターとは、互いにあくまで協力関係にとどまっており、互いの素性には深入りしていない。ほむら自身、彼女の名前すら知らない。
 願いは不明。
 武器は、左手の盾から取り出した重火器だが、それらはすべて魔法で強化されている。中には、まどかが素手で使っても効果があるものもある模様。

『今この瞬間から、君たちを聖杯戦争のマスターとして認めよう。それぞれの願いのため、存分に戦って欲しい』

・キュウべえ
 聖杯戦争の監視役。
 無表情無機質で、聖杯の進行を務めている。まどかを魔法少女に勧誘しており、聖杯戦争を中断させられたとしても、そちらを優先させている節があるが……?
 聞かれていないことは答えない主義。また、人の感情を理解できないが、同じく感情を見せる残りの監視役には頭を悩ませている。
 見出したマスターは、ハルト、ほむら、可奈美、コウスケ。



刀使ノ巫女
「今度。また、試合しようね!」

・衛藤可奈美
 セイヴァーのマスター。
 美濃関学院中等部の刀使。大切な人の手がかりを探して旅をしているところ、聖杯戦争に巻き込まれた。
 剣術の腕はピカイチで、最強の暗殺者であるアカメにも引けを取らないほど。
 原典における12話で、十条姫和を助けられなかった模様。聖杯に彼女を助けることを願ったが、ダークカブトとの戦いで、考えを改めるべきか揺れている。その影響か、原典に比べ、明るさは少し控えめ。
 武器は御刀 千鳥。そこからもたらされる刀使としての能力を駆使する。

戦記絶唱シンフォギア

「もうやめよう。悲しいだけだよ」

・立花響
 ランサー。
 原典とほとんど性格などは変わらないが、サーヴァントなので、どこかで志半ばで倒れてしまったらしい。呪いという言葉を何よりも恐れている。
 大好物はごはんごはんごはん。考えるよりも真っ直ぐに突き進む派で、誰かを傷つけることを好まない。手をつなぐことを信条としており、ファントムとさえ和解しようとしていた。
 武器は原典と同じくガングニール。イグナイトは使用可能。
 今のところアナザーウィザード含めて負けなし。



結城友奈は勇者である

「ここは私に任せて! マスター! 他の誰かのためになること! それが、勇者部だよ!」

・結城友奈
 セイヴァー
 可奈美が令呪を使って無理矢理召喚したサーヴァント。為せばたいてい何とかなる、らしい。
 可奈美のことをいち早く信用しているが、詳細は不明。また、願いもまだ未判明だが、サーヴァントになった以上、どこかで力尽きてしまったのだろう。
 勇者パンチという必殺技が強力。

仮面ライダー龍騎

「なあ。お前が俺のマスターか?」

・城戸真司/仮面ライダー龍騎
 ライダー。
 追い詰められたハルトが召喚したサーヴァント。
 どこの時間軸かはまだ不明。無双龍ドラグレッダーとともに召喚されており、明るいが、若干達観している。
 願いは不明だが、ハルトが聖杯戦争を止めることをむしろ喜ばしく思っている。

???

「知らぬのなら、知らぬままに消えなさい……!」

・???
 キャスターのサーヴァント。
 正体はまだ不明。黒い天使のような姿で、機械的に敵と交戦する。なぜか事あるごとに対峙中に涙を流すことがある。
 近くに本が浮いており、攻撃の際は、その本がめくられる。
 マスターであるほむらとは、協力関係のみという名目だが、傷ついた彼女を気遣うこともある。

???

・???
 由乃を殺害した、謎の人物。
 無表情のまま、由乃を斬り殺した。スク水少女という他は、情報なし。



ご注文はうさぎですか
・保登心愛
・香風智乃
・香風タカヒロ
 ハルトと可奈美がお世話になっている、ラビットハウスの店員、店長。
 聖杯戦争にはかかわっておらず、よって原典とも大して差異はない。



・青山ブルーマウンテン
・条河麻耶
 登場した残りのメンバー。同じく、聖杯には関わりもない。



未来日記

「だからさあ。ウィザードの力、全部頂戴。ウィザードの令呪、全部頂戴? そうすれば、私ももう一度マスターになれるでしょ? だから、ウィザードの全部、私に頂戴」

・我妻由乃/アナザーウィザード
 アサシンのマスター。
 モノクマから渡されたブランクウォッチでウィザードの力を奪い、アナザーウィザードに変身した。
 原典とは違い、別に周回はしていないが、それでもウィザードや響に、ナイフ一つで攻撃するなど、異常な攻撃性はある。
 天野幸輝のことばかりに執着し、他はどうでもいいと斬り捨てている。よって、幸輝以外の人間には、敵意しか向けていない。
 アナザーウィザードとしては、ウィザードと同じく、多彩な魔法を使用する。フォームチェンジはないが、指輪を交換する必要がない。また、見滝原中学校を赤黒の空間に書き換え、そこに配下たる所有者のゾンビを召喚する能力も得た。
 最期はアナザーウィザードの力を失った後、謎のスク水少女に斬殺される。

・天野幸輝

「わ、訳わからないよ、我妻さん……!」

 由乃の想い人。
 携帯で日記をつけるのが趣味。
 由乃に他の女に汚されたと逆上された結果、彼女に殺された。その後、由乃はずっと自分だけを見る幸輝としての復活を願いにされた。
 原典とは違い、所有者でもない、ただの一般生徒。

アカメが斬る!

「葬る!」

・アカメ
 アサシン。
 少しでも傷つければ死に至る妖刀、村雨の持ち主。
 クールで無口な性格。ほとんど離さないが、同じ剣士同士可奈美には通じるものがあったのか、彼女には少しだけ口を利いた。
 剣の腕は超一流で、可奈美でさえ苦戦を強いられた。
 原典の終盤当たりで死亡したようだが、エスデス戦後か、はたまたクロメ戦後か、また別のところかは不明。
 マスターである由乃のことは、快く思っていなかったらしい。
 最期は可奈美との一騎打ちで、自らの妖刀によって倒れる。
 この時、可奈美もアカメもベストコンディションではなかったため、可奈美と再戦を約束した。



ダンガンロンパ

『ウププ。守ると言っておきながら、コロシアイをする。人間って面白いね』

・モノクマ
 聖杯戦争の監視役の一人。
 基本的には面白いことを望んでおり、参加者に力を与え、ゲームバランスを崩すこともいとわない。曰く「もっと面白く」することを好む。とにかく笑う。愉快であっても、おかしくても、その歪んだ顔を大きくして笑う。だが、興味を失ったものは即斬り捨てる。
ドラえもんではない。



ぼくらの

『んで、その処刑人もオレ様が用意した』

・コエムシ
 監視役の一人。戦いに乗り気ではない参加者に処刑人を差し向けている。処刑人には、勝ったら生き返らせてという条件をだしており、ダークカブトを一度刺客にしている。
 オレ様が一人称なほど傲慢な性格。短気でもあるが、聖杯戦争をスムーズに進めたいとは考えており、マイペースなモノクマや、進行が滞っても気にしないキュウべえのことはよく思っていない。 

 

プロローグ

 最初の記憶は、母親の温もりだった。お母さん一人に抱きかかえられ、一緒に過ごしてきたこと。
 お父さんの姿は見たことなかった。二人だけの世界で、お父さんって考えそのものも、五歳くらいまで強く持っていなかった。

 海に遊びに行った。太陽が眩しかった。お母さんは、ずっと笑ってくれていた。幸せだった。
お母さんは、ぎゅって抱きしめてくれた。暖かかった。

 ずっと二人で生きてきた。ずっとずっと。好きなテレビが何回もやってた。それぐらい。あまり見れたことはないけど。
お肉が大好きだった。お母さんが作ってくれたハンバーグが、なによりも大好きだった。

 時々、お父さんが誰かを聞いてみた。お父さんは、狂ってしまったらしい。
狂ったという言葉は、聞いたことがなかった。でも、その意味をお母さんは教えてくれなかった。

 お父さんがやってきた。お母さんを怒ってる。お父さんって、こんな人なんだ。

 お父さん、目に色がなかった。見えないのかな。

 お父さんに頭を掴まれた。ニッコリと笑ってた。でも、お母さんのニッコリとは、なんか違ってた。

「○○○○!」

 お父さんが何かを言った。でも、その意味は全然分からなかった。

 お父さんが、黒いものを付けた。そしたら、お父さんが赤くなっちゃった。でも、目に色がないままだった。

 お父さんの手が、お母さんを切っちゃった。「なぜだ」って、何度も言ってる。でも、動かなくなったお母さんは、もう動かなかった。永遠抱きしめてくれなくなった。

 そうしたら、お母さんの体が溶けちゃった。黒くて、ドロドロになっちゃった。もう、抱きしめてもらえないんだなあって。

 怒ったお父さんは、泣いてた。「全部お前の……お前と俺のせいだ」だって。生まれてはいけなかったんだって。

 いやだ。

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ



 生きたい
 いきたい
 イキタイ



 生きてちゃいけなくても
 生きてることで、他の何かを食らうとしても。
 生きてることが、罪だとしても。

 生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい


 お空に降ってきたお星様。お願いです。生きたいです。

 でも。お父さんみたいな、お父さんだった赤い人は、ダメだって。


 お父さんの、お父さんじゃない声が、聞こえた。 

 

二つの赤

「さあ! 絶望してファントムを生み出せ!」

 人々が逃げる。誰もが悲鳴を上げながら、一目散に逃げ回る。
 休日のにぎやかな市街地にそぐわない、絶望の肉声。

「アッハハハハハ! 愉快愉快!」

 ファントム。
 魔力を持つ人間、ゲートより生まれる魔人。
 今、仲間を増やすために、人々を絶望させようと町を闊歩していた。
 燃える炎を模った頭部の黒い怪人。全身にも炎の模様が描かれており、歩く姿は見るものを生命の根源的恐怖に陥れる。
 ファントムは両手に炎を宿し、それを投げる。綺麗なショッピングモールがどんどん破壊されていき、悲鳴が空間を埋めていく。誰も自分に逆らう術を持たない。その事実を理解したファントムは、気分がよくなった。

「んんんん?」

 破壊活動を続けるファントム。首を曲げれば、階段の裏に隠れていた人物と目が合う。

「ひっ!」

 隠れていた無力な人間は、顔を引きつらせる。穏やかそうなおさげ髪の少女は、ファントムの一睨みで動けなくなった。

「クククク……どうした人間? 絶望しろ。そのまま我らファントムを生み出すのだ!」
「ひっ……」

 人間は、まるでかかしのように立ったその場で動けなくなった。
 ファントムは悠々と、その顎を掴む。

「さあ? どうすれば絶望してくれる? 痛めつけるのが鉄板だが、それでいいか? それとも……?」
「助けて……くいなちゃん……まゆちゃん……」
「ほれほれ? キキ、逃げられないか?」

 ファントムが、人間を煽る。すると、どこからともなく、ファントムの視界を邪魔するものが現れた。
 ファントムを目くらましのように、少女から視界を奪うもの。
 妙に声がダンディなヒヨコと、どこにでもいるスズメたちだった。

「なあっ⁉ 邪魔するな! この鳥どもが!」

 ファントムは鳥たちを振り払う。その隙に我を取り戻した人間は、逃走を図ろうとしている。

「逃がすか!」
「鳥太郎!」

 すると、人間の呼びかけに、鳥たちも解散する。
 どんどん小さくなっていく人間。他にはいないので、ファントムは彼女をターゲットにすることにした。

「待て! 人間!」
「ひいいいいいっ!」

 人間は全力で逃げ惑う。
 見滝原と呼ばれる街のショッピングモール。人間の方が詳しいが、獲物の匂いを逃がすほど、ファントム、ヘルハウンドは甘くない。
 鋭い嗅覚を駆使し、逃げ遅れた獲物を探す。

「ふうん……人間……そこだ!」

 口から吐いた炎。それが自動販売機を焼き払い、ターゲットのかかし女の姿を露にした。

「ひいいいいっ!」

 また、かかしのように固まる人間。
 改めて、ファントムとしてお決まりの言葉を口にする。

「終わりだ、人間。さあ、絶望してファントムを生み出せ!」
「た、助けて……! 大家さん……! ゆあちゃん……!」
「キキキ……」

 にじり寄るファントム。
 これで、目的が果たされる。と思ったその時。
 全身に、鋭い痛みが走った。

「なっ……?」

 ファントムは驚く。
 ポロポロと落ちた、金属片。やがて、再び弾ける音が聞こえた。
 銃弾。
 何とか見切れたものの、その軌道は普通のそれとは違う。捻り、放物線を描き、まるで生き物のようにファントムの体に突き刺さる。

「なんだと……⁉」

 転がったファントムは、そのままターゲットの人間から離れてしまう。
 その時、銃を発射した人間の姿が見えた。
 銀でできた銃を持つ少年……いや、青年だろうか。
 ボロボロの革ジャンと、赤いシャツ、ジーンズ。彼はクルクルと銃を回転させた。

「やあ。ファントムさん」
「貴様っ!」

 怒りのあまり、完全に彼に目線を集中した、その時。

「逃げて!」
「は、はい!」

 その声が、ファントムをターゲットに引き戻させる。
 すでにターゲットにしていた少女は、一目散のもとに逃げていた。
 彼女を逃がしたのは、ダウンジャケットの青年だった。長めの茶髪の彼は、少女が離れていったのを見て、最初の邪魔ものと合流した。

「あれがファントムか?」

 ダウンジャケットが言った。それに革ジャンは頷き、

「そう。あれが、人間を絶望させて生まれる怪人」

 こちらを指差した。
 ファントムは鼻を鳴らす。

「貴様ら……我々の邪魔をするか」
「そりゃするよ。悪いけど、人を守るために頑張ってるもんですから」

 そう答えるのは、革ジャン。
 彼は右手に指輪をはめた。人間の手がプリントされたそれを、腰のバックルに当てる。

『ドライバーオン プリーズ』

 すると、そのバックルを中心に、銀のベルトが出現した。銀でできたそれを操作し、革ジャンのベルトから、奇妙な音楽が流れ出す。

『シャバドゥビタッチヘンシーン シャバドゥビタッチヘンシーン』

 不自然なほどに明るい音声。だが、発生源本人はそれに構わず、左手に新しい指輪を取り付けた。
 彼の中指を彩る、ルビーの指輪。
 同時に、ダウンジャケットもまた、動きを開始した。ポケットより取り出した、黒いエンブレム。龍の顔の紋章が描かれたそれを真っ直ぐ突き出すと、彼の腰にどこからか現れたベルトが装着される。
 革ジャンが、指輪のカバーを下ろし、ダウンジャケットが右手を斜めに伸ばす。
 二人は、同時に叫んだ。

「「変身!」」

『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』
「っしゃ!」

 それぞれのベルトに、革ジャンがルビーの指輪をかざし、ダウンジャケットがエンブレムを装填する。
 すると、変化が起こった。
 革ジャンの左側に、赤い円陣が出現する。それは、ゆっくりと革ジャンの体を通過し、その体を変化させる。
 同時に、ダウンジャケットも見過ごせない。幾重にも重なる虚像。それらが何度も重なり合い、やがて実体となる。
 見れば、ファントムの前にいた人間たちは、もういなくなっていた。
 その代わり、その場には、黒と赤の宝石を散りばめた者と、赤い騎士だけだった。

「な、何だお前たちは……?」

 ファントムの問いに、革ジャンだった赤い宝石は、その腰のスカートをはためかせながら答える。

「俺はウィザード。人間を守る、魔法使いだ」
龍騎(りゅうき)だ。人を守る、仮面ライダーだ!」

 隣の鉄仮面も後を追うように付け加える。
 頭に血が上ったファントムは、全身をわなわなと震わせる。

「ふざけるな……! このヘルハウンドを怒らせたことを、後悔させてやる!」

 ファントムは両手から炎を放つ。それは二人を通過し、その背後を爆発させた。
 しかし、ジャンプした二人は、その勢いを利用し、こちらに攻め入ってきた。

「はっ!」

 ウィザードの蹴り。彼は何度も回転しながら、こちらに蹴りを放ってくる。

「だっ!」

 龍騎のパンチ。単純ながらも力強さを感じるが、対応は簡単だった。
 ファントムは二人の攻撃を受け流し、逆にそれぞれに拳と蹴りを返す。二人は逆に返され、距離を置く。

「それ程度、恐れるに足らず!」

 ファントムはにやりと口元を歪めた。
 しかし、ウィザードと龍騎は動揺の様子もなかった。
 ウィザードは右手の指輪を、新しいものに交換した。
 時を同じく、龍騎はベルトのエンブレムから、カードを引き出した。

『コネクト プリーズ』
『ソードベント』

 ベルトとガントレットから、そんな電子音が流れた。
 ウィザードは、魔法陣の中から銀でできた銃剣を引っ張り出す。
 龍騎の頭上より、どこからか飛来した龍。その尾と同じものが、その手に握られた。
 武器を持つ相手が二人というのは不利。
 そう判断したファントムは、手に持った小石を投げる。

「グールども!」

 ファントムの掛け声とともに、小石たちは魔力を帯び、それぞれが灰色の人型となる。
 グールと呼ばれる下級ファントムたち。意思もないそれらが、ゾンビのように鈍い動きで二人を襲う。
 しかし、ウィザードも龍騎も、簡単にグールたちを蹴散らしていく。

「こいつら……」

 次々に倒れていくグールたちに、ファントムは追加のグールを差し向ける。

「囲め囲め! 周囲から一気に攻め立てろ!」

 ファントムの命令で、グールたちは二人を中心に円陣を組む。これで、彼らがどこかに攻撃すれば、残りが一気に殲滅するという流れだ。
 龍騎も、キョロキョロと対応を考えていた。
 
「おいおい、どうすんだよ? けっこう不味くないか?」
「……大丈夫」

 少し考えたウィザードが余裕そうに答えた。

「こういう時こそ、新しく作った指輪の出番だ」
「え? え?」

 龍騎が二度振り向く。ウィザードは、右手の指輪を切り替え、再びベルトに読ませた。

『コピー プリーズ』

 すると、彼の体を、またあの赤い魔法陣が通過する。今度は、上から下へ。丁度彼の隣にも、同じように魔法陣が出現し、上から下へ移動する。
 すると、その魔法陣んが通過した場所には、もう一人のウィザードがいた。完全なるウィザードのコピーのようで、彼の動きを完全にトレースしている。

「ふ、双子?」
「もう一回」

『コピー プリーズ』

 驚く龍騎に同意する。だが、渦中のウィザードは、それらを全く気にしなかった。
 二人のウィザードが、同じように魔法を発動。倍々ゲームにより、四人のウィザードが円状のグールたちに向かい合う。

「一気に突破するよ!」
「ああ!」

 龍騎も、なぜか調子付いている。新たなカードを、左手の籠手らしきものに装填した。

『ストライクベント』
「_______」

 あの赤い龍が吠える。
 龍騎の右手に、その頭部を模したグローブが装着される。

『『『『キャモナシューティング シェイクハンズ キャモナシューティング シェイクハンズ』』』』
「はあああ……」

 四人のウィザードが、鏡写のように銀の銃を操作する。ルビーの指輪を読み込ませることで、その銃口に炎が宿る。
 同時に、龍騎が腰を落とす。引き戻した龍の口に、炎が沸き上がる。

『『『『フレイム シューティングストライク』』』』
「だああああああ!」

 四人のウィザードと、龍騎のストライクベント。合計五つから発射された炎が、爆発的に広がり、グールを焼き尽くしていく。
 ファントムが顔を覆い、視界を取り戻したとき、あれだけいたグールたちは跡形もなくなっていた。

「な、何だと……?」

炎が強すぎて、二人の姿が見えない。だが、『ルパッチマジックタッチゴー』などというふざけた音声から、間違って焼身してしまったという考えは捨てた。

「何なんだ……? お前たちは……?」

 炎の合間より見えてきた、二人の姿に、ファントムはむしろ恐怖さえ感じた。
 ウィザードは静かに告げた。

「お前がこれまで絶望させてきた人たちの報いだよ」

 ウィザードと龍騎は、同時に次の、そして最後の一手を繰り出した。

『チョーイイネ キックストライク サイコー』
『ファイナルベント』

 ウィザードが指輪をベルトにかざすと同時に、龍騎が左手の機械にカードを挿入する。
 すると、上空より現れた無双龍が咆哮とともに、二人の周囲を回る。
 ウィザード、龍騎。ともに腰を低くし、その周囲に火が集う。
 ファントム自身が発生させた火が、まるで彼らを補助するように集まっていく。
 そして、二人は同時に跳び上がる。
 体を回転させ、こちらに右足を向ける二人。さらに、その背後に赤い龍が加わる。

「はああああああああああああああああ!」
「だああああああああああああああああ!」

 龍の吐息が火となり、二人の飛び蹴りを包み込む。
 二つの火は龍とともに炎となる。

「おのれええええええええ!」

 ファントムは作り出した炎で攻撃するが、ファントムの小さな火では、龍が作り出した炎には到底及ばない。
 そのまま、ファントムには、二人の戦士が迫っていた。
 最期にファントムが思い浮かべたのは。

(私が絶望……この私が……)

「ぎゃあああああああああ!」

 ファントムが、自身の断末魔の終わりを聞くことはなかった。 

 

見滝原中央病院

 ファントムが爆散した。
 ウィザードと龍騎は、それぞれの姿をもとのものに解除する。
 革ジャンとダウンジャケット。
 革ジャンの方は、まだギリギリ未成年の出で立ちだった。左手のルビーの指輪を外し、腰につけてあるホルダーに収納した。

「ふう……大丈夫? 真司(しんじ)さん」

 革ジャンは、そのままダウンジャケットに尋ねる。革ジャンより一回り年上の彼___その名は城戸真司(きどしんじ)___は、頭を掻きながら、

「ああ。にしてもハルト。お前も結構いろんな敵と戦ってるんだな」

 と答えた。
 革ジャンこと松菜(まつな)ハルトは、「いろんな敵?」と首を傾げた。

「だってよ。ああいうファントムだけじゃないだろ?」

 真司は両手を組む。

「この前だって、お前の偽物が大暴れしていたんだろ? 聖杯戦争なんてものにも巻き込まれているんだから」
「……いや?」

 ハルトは少し俯いて、首を振った。

「俺の敵は、ファントムだけだよ?」
「え?」
「ファントムだけ。あとは、止めるべき相手ではあっても倒すべき相手ではないよ」

 ハルトはニッコリとして見せた。
 そう。ほんの一週間前。ハルトは、ウィザードの力を奪われ、その力を利用した敵、アナザーウィザードと戦った。大勢の協力と幸運のおかげで、今はこうして復活している。

「まあ、真司さんはライダーだから、それが簡単ではないってことを伝えたいんだろうけどね」

 ライダー。騎乗者を意味するこの単語は、そのまま真司のことを示していた。
 聖杯戦争と呼ばれる、たった一つの願いのために、魔術師たちが殺し合う戦い。ハルトは今そんな争いに巻き込まれており、真司はハルトの使い魔であるサーヴァントだった。
 すでに戦いに巻き込まれてから一か月近くが過ぎている。紅葉の始まりに始まったハルトの聖杯戦争も、十一月。すでに紅葉が散った後となっている。
 真司は首を振る。

「いや。そうじゃなくて、さ。俺も前に似たようなことで悩んでいたから、ハルトはそこ大丈夫かなって」
「似たようなこと?」

 だが、ハルトの疑問に真司は答えない。彼と出会ってから一週間にはなるが、プライベートな話はともかく、彼は自分のことをほとんど話そうとしてくれなかった。
 しばらく真司を見つめたハルトは、天を仰ぐ。

「それに、もう犠牲なんて出したくないし」

 ハルトの脳裏には、数日前の新聞記事が浮かんでいた。

『見滝原中学校、謎の変貌 生徒二名が犠牲に』

 聖杯戦争。その一幕の舞台は、見滝原の中学校だった。

「あの時さ。アサシンのマスター。救えたはずだからさ」
「ハルトのせいじゃないよ。だって、お前だって力尽きてたじゃないか」
「そうだけど……」

 アナザーウィザードの正体、我妻由乃(がさいゆの)。ウィザードとして倒した後、行方をくらませた彼女は、異変解決後に死体として見つかった。喉を掻き切られたらしく、犯人は依然として捕まっていない。
 真司はポンと、ハルトの肩を叩く。

「犠牲を忘れろなんて、俺には言えない。俺だって、こんな悲しみを繰り返したくはないから」
「……でも……」
「でも、そうやってお前がくよくよしている間に、他の参加者が現れるかもしれない」

 真司の言葉に、ハルトは黙った。
 真司は続ける。

「そいつが、またアサシンのマスターみたいに誰かを巻き込むかもしれない。俺は、この手で守れる命は全員守る。そのために、俺たちは立ち止まっちゃいけないんだよ」
「……そう……だね」

 ハルトは頷いた。すると、真司は「よし!」と頷き、

「じゃあ、どこか行くか? 俺、今住むところ探しててさ。ほら、お前の下宿先に行くわけにもいかないだろ? 衣食住全部足りなくて……」
「あ、ああ。いいけど……ん?」

 ふと、ハルトは何かに気が付いた。腕時計を見下ろし、

「あっ! そうだった! 約束に遅れる!」

 ハルトは慌てて、指輪をバックルにかざした。

『コネクト プリーズ』

 出現した、ハルトと同じくらいのサイズの魔法陣に手を突っ込む。すると、そこからは銀を基調としたバイクが現れた。ウィザードの仮面をモチーフにしたハンドル部分。マシンウィンガーという名のそれに、ハルトはすぐさま乗り込む。

「ごめん! 真司さん! 俺、まどかちゃん……知り合いの子と待ち合わせあるから!」
「お……おう! 行ってこい!」

 ハルトは手で感謝を示し、アクセルを吹かす。
 真司が最後に後ろからかけた言葉は、ハルトには聞こえなかった。

「いいなあ……若いって」



 見滝原中央病院。見滝原の病院で、最も大きな病院である。
 東京ドームに匹敵する敷地内に、大きな複合病棟。病院として、あらゆる患者を受け入れており、のみならず無数の医学的発見もしている。
 そんな施設に足を踏み入れるのは、ハルトにとっては初めての機会だった。
 病院の入り口。でかでかと『見滝原中央病院』と記されている石の看板のそばに、目当ての人物はいた。

「まどかちゃん!」

 バイクを駐輪場に止めたハルトは、スマホをいじっているそのツインテールの少女に声をかけた。
 ハルトよりも低い背。白いセーラーブレザーが、彼女が見滝原中学校の生徒だと語っている。
 ハルトの声に、まどかと呼ばれた少女はこちらを向いた。

「あ、ハルトさん!」
「ごめん遅れて! なんか、凄まじく待たせてしまったみたいで」

 午後四時を刻む腕時計を見ながら謝るハルト。彼女が待ち合わせ時間に正確ならば、すでに一時間ここで待たせてしまったことになる。
 しかしまどかは両手を振り、

「いえいえ。ファントムが現れたんでしょう? だったら、仕方がないですよ」
「あ、ありがとう!」

 本当は時間ギリギリに行けばいいやと寄り道していたショッピングモールに現れたということは押し黙っていた。

「ふえ……チノちゃん、こんなに大きな病院に入院しているんだ……」
「他の生徒たちとは違って、安全地帯である教室から出ていたということで、ストレス以外にも、体の異常を調べるそうですよ」
「へえ……昨日は確か……」
可奈美(かなみ)ちゃんがお見舞いに行ってたそうです」
「ああ。元気そうだって言ってたな。でも、チノちゃんそんなに何かあったのかな? もう一週間だよ?」

 ハルトは、大きくそびえる病棟を見上げた。
 高層ビルにも負けない巨大な病院は、無数のガラスが張り巡らされており、その中を忙しなく行き来している人たちまで見える。

「チノちゃんとマヤちゃん……あ、一緒に入院してるチノちゃんの友達なんですけど。やっぱり色々ショックが大きかったそうです。キャスターさんとの戦いとかも間近だったせいもあるって、響さんが言ってました」
「ふうん……キャスターか……」

 ハルトが顔を曇らせる。
 キャスター。聖杯戦争の参加者の一角であり、ハルトにとって最も太刀打ちできない相手だった。黒翼の天使と呼ぶべき姿の彼女に立ち向かえたことが、ハルトにはなかった。
 そのまま、まどかの後で、ハルトは病院の自動ドアをくぐった。

「うわ……」

 病院内で、その大きさにハルトは唖然とした。
 さらに大勢の人があわただしく動いている。看護婦や受付がカルテを持ってゆっくりと走り回り、車いすの人や老人たちも理路整然と、順番待ちをしている。
 動けないハルトとは別に、まどかは手慣れた様子で受け付けで用を済ませて戻ってきた。

「ハルトさん。……ハルトさん!」
「うわっ!」
「どうしました?」
「いや……なんか、圧倒された。まどかちゃん、随分慣れてるね」
「私の友達の幼馴染がここに入院してますから、私もたまに来るんです。あ、チノちゃんは五階ですよ」
「五階……」

 なんとなく、ハルトは天井を見上げた。中央が吹き抜けとなっており、十階だか二十階だかの屋上のガラスまで視界が開けている。

「……俺のハリケーンで行った方が速いような」
「ハルトさん。常識捨ててますよ? そんなに理性吹き飛ぶほどですか?」
「だってさ、こんなに大きい建物、俺の地元でも旅でも見たことないから」
「ハルトさん、今までどこを旅してきたんですか? 東京って行ったことない?」
「ない」
「うわ、アッサリ」

 そうして、二人はエレベーターホールにたどり着く。建物が大きければエレベーターも大きい。満員電車顔負けの人たちが出てきた。

「すごい人……」

 ハルトは、驚きを通り越して、呆れかえっていた。



「チノちゃーん‼」

 病室に入ったハルトたちを迎えたのは、そんな少女の泣き声だった。

「メグさん……離してください」
「にゃははは! メグ、毎日来てるもんな!」

 青髪の少女、チノと八重歯が特徴の少女、マヤ。並んだベッドの二人に同時に抱きついている赤毛の少女がいた。二人よりも高い背丈、県構想な四肢の少女。彼女の名前が奈津(なつ)(めぐみ)、通称メグというのは別に訪れた者より聞いた。

「だってえ~」

 メグは二人の言葉も聞かず、ぎゅっと密接している。

「私が遅刻している間に、二人ともすごい怖い目にあったのに~! 私、何もできなくて」
「メグさんが無事なのがなによりですから。離して下さい」
「にゃははは! でも、メグにこうしてもらえるのも嬉しいぜ! ……お!」

 マヤがこちらに気付いた。

「よっす! まどか! ……と、知らないお兄さん!」

 知らないお兄さんことハルトは、マヤに会釈を返しながら、病室に立ち入る。

「やあ。チノちゃん。元気そうだね」
「ハルトさん……これが元気そうにみえますか?」

 メグに窒息寸前んまで締め付けられるチノが苦言を漏らす。メグの背中をポンポンと叩くが、もうすぐでギブアップしそうだった。
 ようやくメグが二人を開放する。チノはふう、と大きく深呼吸した。

「ハルトさん。まどかさん。すみません。わざわざ」
「気にしないで。俺たちも、この一週間、チノちゃんたちがどんな様子か気になっていたし」
「ココアちゃんはもう来たんだよね」

 まどかの質問には、チノより先にマヤが答えた。

「ああ! ココアは毎日来てたぜ! んで、メグも毎日来るもんだから、二人でそろってチノをぎゅぎゅってやってたぜ!」
「マヤさんだってやられてたじゃないですか。昨日は『うい~、もう少しで死んだひいじいちゃんが見えるところだった』って」
「言うなよ」

 そう言って、メグを合わせた三人は笑いあう。
 仲がいいな、と思いながら。

「でも、本当に良かったよ。……長居するのも悪いから、俺はこれで……」
「ハルトさん」

 帰ろうとするハルトを、チノが呼び止めた。

「あの、ハルトさん」
「どうしたの?」
「私、会いたい人がいるんです」

 心なしか、チノの目がハートマークに見える。
 ハルトは戸惑いながら、「だ、誰?」と尋ねると、

立花(たちばな)(ひびき)さん!」

 と、いつもの彼女からは結び付けられない明るい声で答えた。

「響さん……あの暗闇の中、私は響さんに救われました。あの人の凛々しさ、美しさ。まさに、私が追い求める理想像です」
「ココアちゃんが聞いたら泣くよ」
「私、響さんをお慕いしています! どうすれば……どうすれば響さんに会えますか?」

 ベッドから降りて、チノは一気にハルトに接近した。

「速く響さんに会いたいです! 助けてくれたお礼がしたいです! ハルトさん、知ってましたか? 響さん、本当にすごいんです! 凄い鎧で、悪い怪物をバッサバッサとやっつけて、私とマヤさんを守ってくれたんです!」

 饒舌な彼女への対応に困り、ハルトは視線でマヤに助けを求める。しかし彼女は、『この一週間ずっとこんな調子』と肩を窄める。
 ハルトは少し考えて、

「わ、分かった! 俺も、何とか響ちゃんを探してみるから! 多分、コウスケに連絡取れれば会えるから!」
「本当ですか?」
「本当本当! だから、今は治療優先な?」
「私本当にもう元気ですよ?」
「医者の言うこと聞いてよ」
「……分かりました」

 しゅんとおとなしくなったチノは、そのままベッドに戻る。

「チノちゃん……そんなに響ちゃんのこと好きだったっけ?」
「違う違う。一目惚れだよ」

 すると、マヤが頭の後ろで両手を組みながら答えた。

「アタシらさ、その響って人に助けられたんだ。んで、チノはその時ときめいちゃったわけ」

「同性なのに? まあ、中学生時代の若き日の何とやらか」

 すると、その言葉が耳に入ったチノはむすっとする。その表情を語気に入れないようにしながら、不機嫌そうに尋ねた。

「そういえば、ハルトさんがこっちに来ているということは、ラビットハウスは今可奈美さんがいるんですか?」
「いや? 可奈美ちゃんは今日非番だよ」
「え?」

 その瞬間、チノの表情が死んだ。
 ハルトは首を傾げながら、

「だから。今日、ココアちゃんだけだよ? ラビットハウスにいるの。俺も可奈美ちゃんもお休みだから」
「……つまり、ラビットハウスは今ココアさん一人だけですか?」
「そうなるね」
「一人……お店が……ココアさんだけ……」

 その刹那。チノは白目を剥いた。ドサッと音をたてて、気絶。

「あれ? チノちゃん?」
「うわっ! チノの奴、気絶してる!」
「あわわわわ! どうしよう、どうしよう⁉」
「わ、私お医者さん連れてくる!」
「え? コレ、俺のせい?」
「どう考えてもお兄さんのせいだよ!」

 マヤの言葉に理不尽さを感じながら、ハルトはまどかとともに病室を飛び出したのだった。 

 

迷子の迷子のチー君

 お見舞いでむしろ容体を悪化させた気がするハルトは、まどかとともに廊下を歩いていた。

「いやあ、災難だったな……チノちゃんが」
「本当に災難でしたね……チノちゃんが」

 まどかも苦笑いしながら同意する。
 駆けつけてもらった医者に任せて、面会(容体悪化)に来た二人は、そのまま退散することになった。迷路のように巨大な病院は、少し気を緩めただけで迷子になる。

「あれ? さやかちゃん?」

 すると、まどかが声を上げた。真っ直ぐ先には、まどかと同じ見滝原中学校の制服を着た少女が病室のドアに張り付いていた。

「わわっ! まどか?」

 青髪ボブカットの少女は、驚きながらこちらを向く。前髪を小さなピンでとめた彼女は、顔を真っ赤に「しーっ!」と指を手に当てる。

「どうしたの今日? まどかも恭介(きょうすけ)のお見舞い?」
「ううん。違うよ。この前の学校の事件で、チノちゃんとマヤちゃんが入院してるから、そのお見舞い」
「ああ……そっか……二人は回復してないんだっけ。あれ?」

 さやかとよばれた少女は、ここでようやくハルトの存在に気付く。

「ねえ、まどか。その人は?」
「この人はハルトさん。大道芸人さん」
「ああ、アンタが噂の」

 さやかは頷いた。どうやらハルトの噂は、まどかの周囲では有名になっているらしい。彼女は吟味するように、ハルトを観察している。

「初めまして、だよね? 俺は松菜ハルト」
「美樹さやかです。ふうん……なるほど……」

 さやかは、ハルトの下から上をじっと読み取っている。

「まどか。この人がアンタの彼氏なの?」
「ちょっ!」
「どうも。まどかの彼氏です」
「ハルトさんまで乗ってきた⁉」

 折角だから少し困らせてみようと、ハルトはそう答えた。するとまどかは、期待通りにびっくり仰天。

「ちち、違うよさやかちゃん。私たちはその……」
「およ? 言葉にできない関係?」
「違うから! ハルトさん……」
「我々の関係をそうおっしゃるか……私は悲しい……オヨヨヨ」

 ハルトは我ながら似合わない声色で泣きまねをする。ますます困ったまどかだが、その終止符を他ならぬさやかが打った。

「まあ、それは冗談なんだけどね」
「冗談に思えないよさやかちゃん!」

 さやかは悪戯っぽく笑う。
 まどかはふくれた顔になり、

「さやかちゃんだって、上条くんの病室の前で何してたの?」

 とい言った。
 明らかにこれは入っていいのか迷っているだけでしょという言葉を抑える。

「あ、さっき言ってた友達って……」
「うん。さやかちゃんのこと。これって、言ってもいい?」
「うん」
「さやかちゃんの友達……上条(かみじょう)くんっていうんだけど、ずっと入院しているの。ここの病室で」
恭介(きょうすけ)はさ……ずっとバイオリニストを目指して頑張ってきたんだ」

 まどかの説明を、さやかが引き継ぐ。

「事故でさ。両腕が、バイオリニストとしてはできなくなる怪我。お医者さんによれば、もう医療で助かる見込みはないかもしれないって」
「それ……本人は知ってるの?」
「うん。それに、そもそも何となく分かっていたって」

 さやかが病室を少しだけ覗き込む。引き戸の間にわずかに漏れる夕日の光を、彼女は悲しそうに見つめていた。

「できることなら……代わってあげたいよ。こんなアタシの腕なんて、多少使えなくなってもいいのにさ……何だか、ごめんね。初めて会った人にこんな話」
「いや。いいと思うよ。そういう、他人のためになんでもって、俺は知らない気持ちだから」「そう?」

 力なく微笑んださやかは、ふうっと深呼吸する。

「じゃあね。まどか。また明日」
「う、うん」

 走り去る彼女の姿を、まどかが不安そうに見送っていた。

「……ねえ、ハルトさん」

 さやかの元気そうに見える後姿を見送りながら、まどかが尋ねた。

「何?」
「私……もしも、私が、上条くんの腕を治すよう願ったら……キュウべえに……」
「それは絶対にやってはいけない」

 それ以上は言わせるものかと、ハルトは堅い声で返した。同時に、施設周囲を警戒する。白い壁、白衣。エトセトラ。だが、どこにも神出鬼没な白い小動物はいない。
 改めてハルトは、

「あの営業動物に何を言われても、聞いてはいけないと思うよ」
「でも……上条くんは」
「感謝するだろうね。さやかちゃんも同じだろうけど。でも、それだけだよ。君はそれだけのために、一生ほむらちゃんのように戦えるの? 俺みたいに戦うの?」
「それは……でも、こんな私でも誰かの役に立てるなら……」
「自己犠牲が美しいのは、物語の中だけだよ」

 全ては、まどかを魔法少女というものにしようとする、キュウべえという妖精のせいだ。まどかを魔法少女にしようとして、事あるごとに願いを叶えるといい、またハルトにとっては聖杯戦争に参加させた元凶でもある。

「でも……」

 だが、中学生の少女には、それでも理解できていないようだった。
 ハルトは、少し残酷だが、具体的な話をしようと判断した。

「君が仮に、魔法少女になったとしてだよ。家族はどう思うの? タクミ君は? お姉ちゃんがある日からいなくなったって聞いたら、悲しまない?」
「うん……」

 少しは分かってくれたのだろうか。まどかは、ゆっくりと頷いた。



「お姉ちゃん……」

 迷子だ。
 病院外の敷地で、ハルトはそんな事態に遭遇した。
 広い敷地の中庭。中世のお茶会のような白いオブジェが設置されている優雅な場所で、ごくごく普通の少年が泣いていた。

 ハルトとまどかは少し顔を合わせ、近づく。

「ね、ねえ。どうしたの?」

 まどかがしゃがみながら尋ねる。だが、少年は「お姉ちゃん……!」としか口にしない。

「ね、ねえ……君。迷子だよね? お名前は?」
「お姉ちゃん、どこ?」

 四、五歳くらいの少年は、まどかの言葉に応えない。いよいよ困り果てたまどかに、ハルトは交代を申し出た。

「ど、どうするんですか?」
「こういうのはね、まず安心させた方がいいんだよ」

 ハルトは子供の前でしゃがみ、両手を合わせる。握りを作り、子供がそれに気付くまで数十秒。

「いい? 見てて」

 種も仕掛けもございません。ハルトがぱっと手を離すと、その中には、いつの間にか手のひらサイズの折紙飛行機があった。

「……?」

 泣き止んだ少年がじっと飛行機を見つめている。上手くいったと内心喜んだハルトは、その飛行機を飛ばした。
 夕焼け空へ滑空する飛行機の後を、少年はじっと見つめている。

「もう一個見せようか?」

 ハルトの言葉に、少年は元気に「うん!」と頷いた。

「よし。そうだな……何か、好きなものはある?」
「好き? うーん……」

 少年は、少し考えた。「よーく考えよう」という、何度か聞いたことがあるフレーズを口ずさみ、ようやく結論を口にした。

「鳥さん!」
「鳥?」

 丁度頭上で、烏が鳴いた。

「うん!」
「よし。じゃあ、見ててね」

 ハルトは両手をよく見るように言う。何もない掌と手の甲。左右に何もないことを示したハルトは、右手で筒を作り、その上に左手をかぶせる。

「そういえば、君、お名前は?」
「僕、チー」
「チー?」
「チー……」

 少年は、なぜか口詰まる。幼子には言いにくい名前なのかと判断したハルトは、

「じゃあ、チー君、かな?」
「うん! みんなチー君って」
「じゃあ、俺もチー君って呼んでもいいかな?」
「うん!」
「ありがとう。じゃあ、これはお礼」

 ハルトは少年チー君の視界を遮るように、左手の蓋を開ける。すると、右手の中には、小さな折鶴が収められていた。

「鳥さん……!」

 チー君は、目をキラキラさせて、それを掴み取る。

「鳥さーん!」

 チー君は折鶴を掲げ、まどかにも見せつける。

「うん。鳥さんだね」

 まどかも頷いた。
 ハルトはチー君の頭を撫でたあと、

「君のパパとママはどこ?」

 と尋ねた。
 しかしチー君は首を振る。

「ママは大好き。パパはよくわかんない」
「……?」

 よくわかんない。親を形容するには少し不自然に思えたハルトは、

「そっか。じゃ、お姉ちゃんはどんな人?」

 と聞き直した。
 すると、チー君はぱあっと顔を輝かせた。

「お姉ちゃんは大好き! いつも一緒!」
「そ、そうなんだ」
「でも、お外ではぐれちゃった……どこにいるか分かんない」

 そう言われて、ハルトとまどかは顔を見合わせる。

「どうしよう……まどかちゃん?」
「お姉さんが来てくれるのを待つしかないですよ。こういう時は、迷子になったところから動かないに限ります」
「そういうものか? まあ、だったら……」

 ハルトは、再び小さなお客様に、ちょっとした手品を見せる。一つ一つが彼には新鮮なのだろう。目をキラキラさせている。

「よし。じゃあ次は……」

「見つけた!」

 花を鳩に変えたハルトは、頭上から降ってきた声に反応する。
 病院の壁となる、無数のガラス。そのうち一枚。天井付近のガラスより、青空のような髪が突き出ていた。
 まどかよりも少し年上くらいの少女。ツーサイドアップの彼女は、同じく蒼い瞳で、チー君を見下ろしている。

「ちょっと待ってて! チー君! 今行くから!」

 彼女は大声で身を乗り出している。そして、
 あろうことか、支えである手を滑らせた。

「え?」
「え?」

 ハルト、まどかもともに茫然としている。
 体の比重が、徐々に外側が大きくなっていく。
 それはつまり。

 病院の窓から外に出てしまったということで。

「きゃあああああああああああああああ!」

 蒼髪の少女の悲鳴が上がる。
 高層ビルも顔負けの高さからだから、間違いなく落ちれば彼女の命はない。

「やばっ! 変身!」
『ハリケーン プリーズ』

 ハルトはノータイムで、エメラルドの指輪を使用。
ハルトの前に現れた、突風纏う魔法陣。緑のそれをくぐり、ハルトは風のウィザードとなる。
 そのまま上昇、蒼髪の女性をキャッチ。緑の風とともに、地面に降り立つ。

「ふう……大丈夫?」

 お姫様抱っこをしたまま、ウィザードはハルトに戻る。蒼髪の少女は、「へ? へ?」と、金魚のように口をパクパクさせている。

「お姉ちゃん!」

 彼女を下ろしたタイミングで、チー君が駆け寄ってきた。蒼髪の少女の腰に抱きつき、それでようやく彼女は我に返る。

「はっ! チー君、どこ行ってたの? 心配したのに」
「えへへ」

 蒼髪の少女の注意も、チー君は笑って答える。

「お兄ちゃんからこれ貰った!」

 チー君は、折鶴を見せびらかす。蒼髪の少女はチー君の頭をなでながら、

「全くもう……あ、ごめんなさい。面倒見てもらっちゃって」
「いえいえ」

 まどかは手を横に振る。

「ハルトさん……あ、こっちの人が色々とやっていたので、お礼はそちらに」
「そうですか。改めて、ありがとうございます」

 蒼髪の少女は、ハルトに改めて頭を下げた。

「あと、さっきは助けてくれて本当にありがとう」
「別にいいって。でも、窓から身を乗り出すのは危ないよ」
「はい」

 ニッコリと笑顔を向けられ、ハルトは頬をかく。

「本当にありがとうございました。ほら、チー君も」
「ありがとう! お兄ちゃん!」

 蒼髪の少女に連れられ、チー君はそのまま病院の入り口へ消えていった。
 まどかがにっこりと見送っていたが、ハルトは動かずにじっと蒼髪の少女を見つめていた。

「ハルトさん?」
「ん? あ、な、なに?」
「どうかしました?」

 まどかがこちらの顔を覗き込む。
 ハルトは大慌てで首を振った。

「べべべべべ別に⁉」

 自分の声が思わず上ずったことに、ハルトは気付くこともなかった。 

 

私、小っちゃくなっちゃった!

 
前書き
色んなアニメから引っ張り出すけど、やっぱり限界あるな……せや!
この枠で紹介すればいいんだ! 

 
「ただいま」

 チリンという音とともに、ハルトは喫茶店のドアを潜った。
 ラビットハウス。ウサギ小屋を意味する店名は、ハルトの泊まり込みの職場だった。レトロな雰囲気あふれるその店に入れば、カフェインの匂いが鼻腔を駆け巡る。

「お帰りなさい」

 そう答えたのは、赤いエプロンを着た少女だった。髪を短く結んだ、健康的な四肢の少女。衛藤(えとう)可奈美(かなみ)という名の少女は、カウンターに盆を置いた。

「ハルトさん。チノさん、どうだった?」
「元気そうだったよ。メグちゃん……だったっけ? っていう友達も来てたし」
「ああ、私も昨日会ったよ。結構元気そうだったね」

 可奈美はニッコリとほほ笑む。
 ハルトは彼女の隣の座席に座った。
 いつものように、喫茶店ラビットハウスに客足などという耳に優しい言葉は似合わない。いるのはいつものように、店員の可奈美のみだった。閑古鳥が鳴く店内で、ハルトは肘をつく。

「あれ? 今日は休みじゃなかった? どうしたの?」
「ああ……ちょっと、ピンチヒッター」
「ピンチヒッター?」

 ハルトの疑問に、可奈美は背後を指差した。ハルトの位置から見て、丁度可奈美と一直線上。カウンター席に、ラビットハウスの制服が仕事を放棄していた。店員業務ではなく、飲んだくれのようにカウンターにうつ伏している。
 何事かと回ってみると、そこには仕事を放棄している店員がいた。

「……ココアちゃん?」

 保登心愛___通称ココア___は、目をグルグルと回しており、「チノちゃん……チノちゃん……」とうわごとのように呟いていた。

「え? ココアちゃん、どうしたの? ……可奈美ちゃん、これ何事?」
「それがさあ」

 可奈美が苦笑する。

「チノちゃんショックだってさ」
「チノちゃんショック?」
「うわあああああああああ!」

 突如として、ハルトの死角よりココアが掴みかかってきた。

「チノちゃんがああああ! 私から離れていくよおおおお!」
「なになになに⁉」

 しかもココアは、そのままハルトの首をぐるんぐるんと揺さぶる。女子高生によって殺されかけるという明日の一面を飾らないよう、ハルトは彼女の腕を振りほどいた。

「落ち着いて! どうしたの?」
「チノちゃんが……チノちゃんと会えなくなって、もう一週間だよ!」
「お、おお……お見舞い行ってないの?」

 ハルトへの応えは、ココアの泣きじゃくり。とても話にならないので、ハルトは可奈美に助けの視線を投げた。

「えっと……ほら。アサシンの色々が終わってから、チノちゃんたちの学校の人みんな入院したでしょ?」
「あれは結構てんてこ舞いだったよね」
「うん。それで、ココアちゃんそのまま真っ直ぐ学校から病院に向かったの」
「うんうん」

 それまでは何も不自然はない。ハルトがそう思っていた時。

「ココアちゃん、意識はっきりしてる全校生徒の前でチノちゃんに抱きついたらしいよ。頬ずりいっぱいしながら」
「うわぁ。思春期中学生になんてことを」

 すると、ココアが涙目でこちらを見上げた。

「だって! チノちゃんのことが心配だったんだもん!」
「はいはい……それで? それだけ?」

 すると、可奈美の目がハルトの知らない人種の目に変わった。
 噂と恋愛ネタが大好き(偏見)な、女子中学生の目だ。

「これは昨日マヤちゃんから聞いた話なんだけど……ついでに本人にも確認しちゃおうか?」
「何?」

 ココアがこちらから可奈美へ振り向く。

「ココアちゃんが病院のど真ん中で、『チノちゃんは私の可愛い可愛いラブリープリチーな妹なんだから!』って大声で宣言したって本当?」
「うわぁ……保登さんひくわー」

 ハルトは体の重心をずらす。支えを失ったココアは四つん這いになったが、それでも「違うよ!」と訴えた。

「私が言ったのは、『チノちゃんは私の可愛い可愛い愛しの大切で大事で家族にも紹介したい一生涯を添い遂げる妹だよって言ったんだよ!』
「「……」」

 ハルトは何も言えなくなった。さっきまで面白そうな目をしていた可奈美も、今や目が死んでいる。
 そして。

「「保登さんひくわー」」
「なんで⁉」

 奇しくも可奈美と同時に後ずさる。一人取り残されたココアは、まるで子供のように四肢で暴れ出した。

「嫌だ嫌だ嫌だ! チノちゃんがいないといやだ!」
「駄々っ子か!」
「私とは遊びだったの⁉ 私は、もう捨てられるの⁉ 私への愛は、どこ行っちゃったの⁉」
「俺に言わないでよ! 言い方! 言い方! 話の流れはともかく俺にしがみつくココアちゃんっていう絵面のせいで、俺がココアちゃんを遊び回して捨てたみたいな言い方しないでよ!」
「松菜さんひくわー」
「違うから! ……ああもうっ まだるっこい!」

 自棄が回ってきたハルトは、ポケットから新しい指輪を取り出す。まだ使ったことのない新品の指輪をココアにはめ、バックルにかざす。

『スリープ プリーズ』

 すると、ココアの体を小さな魔法陣が通過する。ココアはウトウトと、目線をあいまいにしだした。

「あれ? 何か……体が重くなってきたよ……?」

 フラフラと体を揺らすココア。そのまま倒れこむ彼女を、ハルトは受け止める。

「疲れて眠くなっちゃったんでしょ? お姉さま」

 ハルトは大人しくなった妹離れできない姉をカウンター席に戻す。

「ふう……新しい指輪が役に立った」

 ハルトはココアの指から指輪を回収しながら呟いた。
 覗き込んだ可奈美は、

「それが新しい指輪? そういえば昨日、新しい指輪を作ったって言ってたよね?」
「あ、うん。今日三時ぐらいまでで、三つできた」

 ハルトは三つの指輪を見せる。

「結構大変だったよ」
「そういえば、指輪ってどうやって作るの? その辺で売っているわけでもないでしょ?」
「ああ。魔法石っていう石から作るんだ」
「魔法石?」
「滅多に見つからない石。魔力が溢れた場所にあるんだ。例の事件の後、中学校の近くで見つけた」
「へえ……」

 可奈美が指輪のうち一つを取る。

「これって何の魔法なの?」
「それはコピー」

 ハルトは、その指輪を自身の右手に通し、ベルトに読み込ませる。

『コピー プリーズ』

 すると、ハルトのすぐ隣に魔法陣が出現する。それが通過し、もう一人のハルトを作り出した。

「うわ! ハルトさんが増えた!」
「むにゃむにゃ……ハルトさんが三匹」
「「俺は羊か」」

 寝言を言ったココアに、二人のハルトが同時につっこむ。

「「……まあ、こんな風に、完全にトレースした分身を作れるんだ。動きとかも一緒だから、人手不足の解消には役に立たないけどね」」

 ハルトの声が二重になる。可奈美は目を横一文字に結びながら、

「まあそもそも、このお店が人手不足になること少ないけどね」
「止めてあげてよお!」

 分身を消滅させながら、ハルトは叫んだ。

「……まあ、そんな感じで。こっちのスリープは、今やって見せた通り、使った人が寝ちゃう魔法」
「ああ、それで昨日ハルトさん部屋のど真ん中で寝てたの?」
「うぐ……まさか遅刻しそうになるとは……」

 ハルトは頭を押さえる。その間に、いつの間にか可奈美が最後の一つを自分の指輪に通していた。

「あれ?」
「最後の一つはどんなのかな?」

 ハルトが止める間もなく、可奈美はハルトのベルトに指輪を通す。
 可奈美がつけた指輪の効力は、

『スモール プリーズ』

縮小の魔法。三つの魔法陣が、可奈美の体縮めていく。
果たして可奈美は、身長わずか三十センチの動く人形となってしまった。

「なにこれ⁉ すごい!」

 可奈美は小さな体でピョンピョンと跳ねる。

「ハルトさん! これ何の魔法?」
「小さくなる魔法。だから説明も聞かずに使うからそんなことになるんだよ」
「すごいよこれ! いつも見てるラビットハウスが違う世界に見える!」
「聞いちゃいないし。……ほら」

 ハルトは小さい可奈美に手を差し伸べる。

「……ん?」
「いや、肩に乗るかなって」
「ああ、そういうこと。オッケー」

 承諾した可奈美は、あっさりと掌に乗る。そのまま体を伝い、肩……を通過し、そのまま左手からカウンターに着地した。

「うわぁ……いつものカウンターも、街みたい!」

 テンションが上がった可奈美は、そのままコップやティッシュ箱の裏などを散策している。

「何してるの?」
「ほら、昔から言うでしょ? 物にはみんな魂があるって。一生大切に使っていると、いいことがあるって死んだおばあちゃんが言ってたんだ」
「俺は初耳かな」
「いっぺん小さくなって、そういうのを体験してみるの、やってみたかったんだ!」
「要は座敷童(ざしきわらし)ってやつか」
「そう!」

 ニッコリと返した可奈美に、ハルトは頬をかきながら、

「悪いけど、スモール、大体十分くらいで効力切れちゃうからさ、あまり狭いところには入らないでほしいんだよね。大きくなるとき大変なことになりそうだから」
「十分だけ? そっか……」

 可奈美はしょんぼりとするが、すぐに復活。

「だったら、せめて今だけでも遊びたい!」

 可奈美が走り回ろうとしたとき、ドアチャイムが鳴った。
 制服を着た店員が誰一人として接客できない状況だが、ハルトはとりあえず「いらっしゃいませ」と声をかけた。
 だが、入ってきたのは人間ではない。赤、青、黄の三色の動くプラモデルだった。
 ハルトは一瞬顔が引きつるが、穏やかに足元に寄ってきた様子に、胸をなでおろした。

「よかった……ファントムじゃなくて魔力切れか……お疲れ様」

 青い馬、黄色のタコ。そんな印象のプラモデルたちは、ハルトが触れるとその体を消滅させた。残った指輪を、またベルトに読ませる。

『ユニコーン プリーズ』
『クラーケン プリーズ』

 虚空の空間より、青と黄のランナーが出現する。そこから外されたパーツがくみ上げられ、たった今消滅した馬とタコが組みあがった。
 全自動プラモデル組み立てを一瞥することなく、ハルトはその二体に再び指輪を埋め込む。
 プラモンスター。魔力で動く、ハルトの使い魔たち。普段はファントムの探索のために町をパトロールしており、今は休憩のため、ココアという台座の上で跳ねまわっている。

「あれ? ガルーダは?」

 ハルトは、もう一体あるべきプラモンスターの姿を求めて店内を見渡す。
 店に戻ってきたのは三体。最後の一体、レッドガルーダの姿がどこにもなかった。

「うわっ! ガルちゃん、くすぐったい!」

 そんな声が、カウンターから聞こえてきた。見下ろせば、赤いプラスチック製の鳥が、同じくらいの背丈の可奈美に甘えるように頬ずりしている。

「え? 可奈美ちゃん、いつの間にガルーダとそんなに仲良くなったの?」

 ガルーダが、これまで見たことないくらい小さな可奈美の姿に興奮している。
 可奈美はガルーダを制しながら言った。

「この前の事件の時から、懐かれちゃって」
「懐かれた?」

 一番肯定しているように、ガルーダが鳴き声を上げる。

「ほら。私、ガルちゃんのサポートで色々頑張れたところもあるから。それでかな?」
「俺にはそこまでしてくれたことないのに」

 するとガルーダは、可奈美の体を放り上げる。そのまま背中に乗せ、飛び上がった。

「うわっはははは! すごいすごい!」

 可奈美の声が、天井近くから聞こえてくる。
 ガルーダはそのまま店内を滑空。カウンターの真下、机の下、ハルトの頭上、柱旋回。どれも普通の人間では大きすぎて探検できないエリアだ。
 止めようとするが、暴走する使い魔は、ご主人様(ハルト)の声よりも、可奈美と一緒にいられることを選んだ。

 そのままガルーダは、店を飛び出し、夜空へ上昇していく。
 
「おい!」

 ハルトが店を飛び出すが、ガルーダの影はすでに暗闇に紛れている。

「すごいすごい! どんどん上昇していくね!」

 ガルーダの嬉しそうな声。
 ハルトは二人に、大声で伝えた。

「ガルーダもうすぐ魔力切れだよ! 危ないから、早く戻ってこい!」

 すると、その言葉が現実になった。
 ガルーダが指輪を残し、消滅。小さな可奈美は、上空でただ一人取り残されてしまった。

「え?」

「えええええええええええええええええええええ⁉」

 哀れ小さな可奈美は、そのまま重力によって落下。
 慌てて受け止めようとするが、いかんせん可奈美の小さな体は、その輪郭を捕らえるのがとても難しい。
 おまけに夜だ。視界も利かない中、可奈美の体はどんどん加速していく。
 そして。

 ちょうど、ハルトの頭上で、スモールの効力が切れた。

「ぐぎゃっ!」
「きゃっ!」

 つまり、ハルトからすれば、突然可奈美の体が出現したことになる。それが、ハルトの体を押し倒した。

「だ、大丈夫ハルトさん⁉」

 クッションになったおかげで可奈美は傷つかずに済んだが、そのダメージは全てハルトが肩代わりすることとなった。
 額に落ちてきた指輪に、ハルトは目を回しながら恨めしそうにつぶやく。

「ガルーダ……覚えてろよ……ガクッ」
「ハルトさあああああああああああああん!」

 可奈美の断末魔を子守歌に、本日の松菜ハルトは営業を終了した。 
 

 
後書き
ハルト「はい、というわけで今回から始まりましたアニメ紹介コーナー」
可奈美「イエーイ!」
ハルト「これからは、後書きで、アニメをランダムに一つ紹介していきます……って、どうせ平成後期に偏ってるんじゃない?」
可奈美「そこは気にしちゃいけないよ! 最近になるほどアニメの数だって増えているんだし。それに私も平成後期だからね」
ハルト「そもそもここに登場してるキャラだってほとんどが平成後期……」
可奈美「言わせないよ!それでは今回のアニメは、こちら!」

___高すぎる景色の向こう側で待ちわびた世界があると知っている涙___

可奈美「彼方のアストラ!」
ハルト「2019年7月から9月まで放送されていたね」
可奈美「魅力といったら、何といっても伏線だよね! 第1話から違和感を感じたアナタ! それは大正解!」
ハルト「最近では珍しいSFものだよね。冒険冒険。少年心を思い出させてくれるよ」
可奈美「原作も5巻完結だから、集めやすいのも魅力! 十五少年漂流記をモチーフにしているっていうのも、目から鱗だよ!」
ハルト「可奈美ちゃんそんなことわざ知ってたんだ」
可奈美「所謂最初の必殺技が最後に役立つ、熱血主人公、オマケに共通点は……」
ハルト「だああああああああ! ネタバレダメ絶対! こ、今回はここまで! ありがとうございました! このコーナーは、不定期に更新していきます! おい、可奈美ちゃん! それ以上は言っちゃいけないっての!」
可奈美「ぷはっ! 次回もお楽しみに!」
 

 

その名はクトリ

「取材?」

 チノが驚きの声を上げた。
 丁度退院の日。一足先に退院したマヤがメグと歩き去っていくのを見送った後、ハルトがそう伝えた。

「そう。取材。明日、なんかアイドルだったかモデルだったかの子が来るらしいよ」
「ど、どんな人なんですか?」

 チノの声が興奮で震えている。ハルトはポンと彼女の頭を叩きながら、

「今新進気鋭ってやつらしいよ。俺も良く分からないけど。チノちゃんはこういうの好きなの?」
「いえ。全く好きではありません」

 チノはきっぱりと言い放った。だが、彼女の頬に残る赤身が、冷めきれない興奮を物語っている。

「別に私はそういう俗物に興味はありません。時々マヤさんメグさんが話しているのを聞いていますが、別に共通の話題が欲しいわけじゃないです。ただただ、ラビットハウスの宣伝になってくれるなら、売り上げになるのが嬉しいだけです」
「普通に嬉しいんだね」
「違います」

 そう言って、病院の玄関へ向かうチノの足取りは、どう見ても喜びのそれだった。

「チノちゃん、待ってよ。ほら」

 ハルトは、チノにヘルメットを投げ渡す。が、運動神経ゼロのチノはそれをキャッチできず、頭にゴチンとぶつけてしまった。

「あう……」
「あ、ごめん」
「いえ……それより、早くラビットハウスへ戻りましょう」

 顔ではいつものチノのポーカーフェイスだが、それ以外の部位が震えている。

「チノちゃん、アイドルの人に会いたいんだよね?」
「会いたくありませんあくまで宣伝です会いたいわけじゃないです」
「はいはい」

 素直じゃない中学生に続いて、ハルトは病院を出る。
 平日昼間の、比較的人の少ない病院。中年老人が多い中で、ハルトやチノという若い人物はそれだけで一目を集める。
 だからだろうか。
 病院の外庭に佇む、蒼い少女もまた、とても目立っていた。

「あれ? あの子……」

 ハルトは、思わずそちらに注目する。
 蒼いツーサイドアップの少女は、白いワンピースの上にコートという、冬には寒い衣装で青空を見上げていた。
 噴水のある病院の庭にただ一人の彼女。この光景を額縁に入れれば、有名な絵画にもなるだろうと感じていた。

「確かこの前の……」
「ハルトさん?」

 チノを置いて、ハルトの足はいつの間にか彼女へ向かっていた。
 蒼い少女は、静かに朝の空気に触れる。まるで空中に浮かんでいた鈴のように、彼女の指先は風という涼しい音を奏でた。

「……」

 決して、何も見えはしない。だが、彼女が奏でるその音色は、太陽の光を捻じ曲げ、不可視を可視にしていた。

「こんにちは」

 ハルトのその声に、蒼い少女は振り向く。驚いたような表情は、ハルトをしばらく見つめて「ああ」と、息を吐く。

「君は確か、チー君を助けてくれた人」
「会うのは二回目、だよね。俺は松菜ハルト。で、こっちはチノちゃん」
「はじめまして」

 チノが、挨拶の準備なんてしてない、というような声を上げた。
 すると、蒼い少女はクスクスと笑い、

「クトリ。クトリ・ノタ・セニオリス」

 と名乗った。
 クトリ。その名を口の中で反芻させたハルトは、そのまま尋ねる。

「珍しい名前だね。外国の人?」
「ううん。この名前、病院でつけられただけだよ」
 クトリはにっこりとほほ笑み、引き続き透明な音楽を鳴らす。

「えっと……あ、思い出した」

 クトリはポンと手を叩く。

「この前から入院してた子でしょ? 私たち、何回か病院ですれ違ったけど、覚えてない?」
「はい。覚えています」

 チノは頷いた。

「クトリさんも、こちらに入院されていたんですか?」
「ううん。私はちょっと違うかな」

 クトリは髪を抑える。風で靡く姿が、ハルトにはとても美しく思えた。

「私は、この病院に住んでるから」
「住んでる?」

 ハルトが首を傾げる。すると、クトリは両手を後ろで組みながら教えてくれた。

「結構多いらしいよ。産んだ子供を病院に置いたままいなくなる親って。私もチー君も、そういう子供」
「ごめんなさい。私……」
「気にしないで」

 顔を下げるチノを、クトリが慌てて止めた。

「そういうの、慣れてるし。それに、病院で色んなお手伝いもできるから、不満もないし」
「そうですか……」
「それより、えっと……君、ハルト君、でいい?」
「何?」

 クトリは頬をかきながら、少し恥ずかしそうに尋ねた。

「あの……さ。チー君があれから、君の手品を見たいって言って聞いてくれないんだけど。よかったら、その……タネとか教えてくれない?」
「ええ? それはダメだよ。芸ってのは、自分で見つけて自分で身に付けるものだから。まあ、マネしたいなら見せてあげるけど」
「そう……」

 クトリはしゅんと落ち込む。
 するとチノは、ハルトの袖を引いて、

「それでしたらハルトさん。たまに、クトリさんたちに見せてあげてはいかがですか?」
「まあ、それならいいけど。チノちゃんはいいの?」
「はい。私はそれでも。事あるごとに抜けるココアさんに比べたら、ハルトさんの慰問くらい何てことありません」
「これは慰問じゃないと思うけど……チノちゃん。もしかして覚えたての難しい言葉かたっぱしから使いたがってない?」
「そんなことありません」
「そう? まあ、チノちゃんがそれでいいならいいけど……クトリちゃんもそれでいい?」
「本当?」

 すると、クトリがハルトに一気に顔を近づける。その青空よりも蒼い瞳が、ハルトをドキドキとさせた。

「来てくれるの? 良かった、チー君がいつも言ってるから私も見てみたいとずっと思っ……コホン!」

 突如我に返ったクトリは、赤面しながら咳払いをする。

「よかった。受付に話を通しておくから、たまに来てくれたら嬉しい」

 先ほどと比べて、明らかに声が固い。そこでハルトは、あえて意地悪をしてみることにした。

「ねえ、クトリちゃん。……もしかして、クトリちゃんも俺のマジック見たい?」
「⁉ ち、違うよ!」

 彼女の薄い赤が、ゆでだこのように真っ赤になる。

「私は年長者よ! 皆の中でお姉さんよ! そんな私が、ま、マジックなんて子供だましを見たいわけないじゃない!」
「おう、本人の前で軽く失礼なことを言う年長者だな」
「見たいのはあくまでチー君よ! 他の子たちも見たがってるけど、まさかお姉さんの私が診たがるなんて、そんなわけないでしょ!」
「ココアさんみたいですね」

 チノの発言に、ハルトは大いに同意した。だが、クトリは首を大きく振る。

「違うわよ! 私は別にマジックなんて興味ないわええそうよ! チー君が毎日毎日見たいみたい言うからよその意思を伝えたいからこうなってるのよ」
「分かった分かった。たまに顔出しに行くから。少し落ち着いて」

 すると、クトリの顔がパアッと輝いた。だが、すぐに落ち着き、

「コホン。ねえ、一つ何か見せてくれない?」

 と尋ねる。
 ハルトはチノの方を見る。チノもチノで、ハルトの大道芸を大して見たことはないので、少し期待の眼差しを向けていた。
 ハルトは「そうだな」と少し考え、

「それではお二方。ここに取り出しましたるは……」
「クトリ」

 ショーの時間、五秒。
 クトリの集中を奪ったのは、病院の庭にやってきた人物だった。
 長身の、白衣を着た男。厳つい顔は皺だらけだが、その青い眼差しには強い光が灯っていた。ライオンの(たてがみ)のように広がった髪は、その赤毛も相まって、太陽を連想させた。

「何をしている? 休憩時間は終わったぞ」
「あ、院長」

 院長。つまり、この見滝原中央病院の総責任者だということ。
 院長はハルトとチノにも一瞥し、頭を下げた。

「初めまして。そちらのお嬢さんは、確か今日退院の香風智乃さん……かな?」
「は、はい……」

 にっこりと笑う院長に、チノはどことなく怯えている。生来の人見知りする性格が表に出たのだろう。チノは、ハルトの背後に隠れていた。

「とすると、君は引き取り人かな?」
「はい。チノちゃん……香風さんのところのバイトです」
「そうでしたか。改めて、院長のフラダリ・カロスと申します」

 フラダリという名の院長は、自己紹介もそれだけで、クトリに向き直る。

「クトリ。第七手術室で、スタッフの手が足りないらしい。戻りなさい」
「え? ……」

 クトリは、ハルトに残念そうな視線を投げる。だが、ため息をついて、「はい!」と病院に戻っていった。

「すみませんね。クトリがご迷惑をおかけして」
「いいえ。別に」

 ハルトが首を振った。
 フラダリはしばらく、ハルトの右腕に隠れるチノを___もしかしたら、その前のハルトの腕を___見下ろした後、

「それでは、私はこれで。お帰りもお気を付けください」

 と、去っていった。
 綺麗な庭で残されたハルトは、しばらく黙ってから、チノに言う。

「帰ろうか。ココアちゃんも、早く会いたがっているよ」
「ココアさんは、謝ってくれるまで話したくないです」

 むすっとしているチノを、ハルトは笑って過ごすほかなかった。

「あれ? 今日平日なのに、クトリちゃん学校行かないのか……? 病院で働いているってことは、もう卒業したのかな?」

 ふと、ハルトはそんな疑問を口にしたのだった。 
 

 
後書き
響「ねえねえ、コウスケさん!」
コウスケ「何だよ?」
響「私たち、まだ出番来てないのに、変なカンペ渡されたよ!」
コウスケ「ああ? アニメ紹介コーナー?」
響「ここにあるアニメを紹介しろって」
コウスケ「ああ、皆まで言うな! つまり、語ればいいんだろ? どうせオレたちに出番はねえんだ。やってやろうぜ!」
響「オッケー! というわけで、今回の紹介はこちら!」

___目を醒ませ 僕らの世界が何者かに侵略されてるぞ___

響「SSSS.GRIDMAN!」
コウスケ「2018年の10月から12月まで放送されていたアニメだな。結構最近だな」
響「原作は、1993年の特撮、電光超人グリッドマンだね!」
コウスケ「記憶喪失の主人公、響裕太が、グリッドマン同盟の皆と怪獣事件に取り組んでいくストーリーだぜ!」
響「私?」
コウスケ「お前じゃねえよ。お前の響は名前だろうが。こっちは苗字だ」
響「話が完全に師匠好みのお話だよ! そういうのが好きな人は、ぜひ見てみよう!」
コウスケ「そりゃ天下の円谷だからな」
響「私も巨大化したい!変身したい!ボラーちゃんとお話ししたい!」
コウスケ「なぜボラー?」
???「そりゃ同じ声だからな」
響「私の中から他の人の声が!」
コウスケ「やめろ! それ以上はややこしくなる! ほら! 終了! おしまい! 次回もお楽しみに! ってやめろ、それ以上しゃべるなややこしくなる!」
 

 

はたらくサーヴァント

「……うわぁ……」

 結城(ゆうき)友奈(ゆうな)は、口をあんぐりと開けていた。
 讃州中学の制服をずっと使いまわし、どことなく擦り切れているが、生来の明るい表情のおかげで、それはあまり目立たなかった。しかし、薄汚れた赤髪が、その印象を逆方向へ塗り潰している。

「真司さん……本当にここで合ってるの?」
「あ、ああ……間違いない、はずだ」

 隣のダウンジャケットの青年、城戸真司は頷く。彼は何度も手に持ったチラシと目の前のものを見比べている。
 寒くなってきた季節に相応しい水色のダウンジャケットを着た茶髪の青年だが、その目つきに聡明さは皆無だった。
 真司は頭を掻きながら、

「住所は合ってる。だから、ここなんだと思うけど……」

 だが、彼の表情には不安が滲み出ていた。
 不安を振り切った

「こりゃ……すごいな」

 友奈と真司は、ともに口をあんぐりと開けていた。
 真司が何度も持ってる案内と物件を見比べている。
 そんな彼に、友奈が静かに「ここで合ってる?」と尋ねた。
 真司は頷いた。

「間違いない……らしいな。ヴィラ・ローザ見滝原って名前も間違いないからな」

 真司は木製看板を睨みながら確認する。二階建ての木造アパート。親どころか祖父母よりも年上らしき建物の敷地に入る。
 庭に踏み入った途端、老齢の木の匂いが友奈の鼻を刺激する。神の力を得た樹とはまた異なるオーラに気圧されながら、真司に続いて錆びた階段を登った。

「なんか……今にも壊れそうだね」
「さすがにそれはないだろ? ……多分……」

 真司も少し不安を示していた。一段一段登るごとに、ミシミシと音が鳴る。

「えっと……この部屋かな?」

 真司が鍵を通したのは、二階の階段に一番近い部屋だった。ガチャと開錠し、軋むドアで中に入る。
 乾いた藁の匂いで、友奈は少し懐かしく感じた。真司の次に入ったその1Kの部屋は、年頃の友奈が年上男性の真司と共同生活するには、少し狭く感いかもしれない。

「まあ、贅沢は言う気はないし、これくらいの部屋は文句ないな。友奈ちゃんは?」
「私はないよ」

 友奈は靴を脱ぎ、何もない畳に腰を下ろす。東側から差し込む朝日に目を薄める。

「朝から来ちゃったから、結構余裕持って荷物そろえられそう! 私、引っ越しの手伝い経験あるよ」
「お! すごいな。んじゃ、ちゃっちゃと片付けよ!」
「うん! いくらでもやるよ!」

 友奈は「頑張ります!」と両手をぎゅっと握る。

「おう! 俺も手伝うぜ! いくらでも来い!」

 真司もまた、こいこいと手を振る。

「いやいや。そちらこそ」
「いやいや、そちらこそ」
「いやいや。そちらこそ」
「いやいや、そちらこそ」

 同じやり取りを続け、友奈と真司は同時に重大な事実に気付いた。

「「「私」「俺」たちサーヴァントだから荷物なんて持ってない!」」

 サーヴァントとは、召喚された英霊。つまり、生活に必要なものは何一つ持ち合わせていない。
 もともとこの世界で生活するはずもなかったのだから、二人には、真司が数日バイトで稼いだ小金以外、何も持ち合わせがなかった。

「友奈ちゃん……これって、結構やばいんじゃ」
「うん……やばいかも?」

 それはつまり、生活するための準備ができないということだった。真司がこの数日で稼いだ金だけでは、現代生活に染まった友奈と真司を満足させられない。
その時。

「ご心配には及びません」
「「⁉」」
 
 いつからだろうか。玄関先に忍び寄っていた人物の姿に、友奈と真司は目を飛び出した。

「うふふ……驚いていただけたようで何より」

 マダムと呼ぶべき人物。肩幅の大きな体と、高級そうな紫の婦人服。紫の大きな帽子を目深にかぶった彼女は、不敵な笑みを浮かべた。

「わたくし、大家の志波(しば)美輝(みき)と申します」
「は、はあ……。はじめまして。この度はどうも……」

 真司が代表して頭を下げた。すると大家さんは、

「いえいえ。今夜は私の部屋にいらっしゃい。歓迎の宴をして差し上げますわ」

 彼女はじっと真司を見つめていた。
 そして。

「合わせ鏡が無限の運命を形作るように、人と人との出会いも無限の運命。大切にいたしましょう。ねえ?」

 何を言ったか理解できなかった。ただ、横からの真司の顔は、驚愕だけを示していた。

「真司さん?」
「あ、うん。いや、大丈夫」

 取り繕ったような笑顔を向ける真司。
 続いて大家さんは、友奈に歩み寄る。

「わたくし、丁度昨日四国から帰ってきましたの。貴女も四国はよくご存じ?」
「⁉」

 友奈は、驚きの表情を隠せなかった。そのまま友奈の耳元で、大家は囁いた。

「特に香川が好みでして。本日は駆ってきた讃岐うどんをご馳走しますわ」

 四国。香川。讃岐うどん。これを友奈へ語るのは偶然か、必然か。混乱で、内心パニックに陥ってしまった。
 ふふふと微笑を続ける大家さんは、そのまま奥の部屋へ戻っていった。
 静かになった新しい部屋の中、真司が尋ねる。

「……なんか、食べに行くか?」
「……うん。そうだね」

 今の友奈には、それしか言えなかった。



「よろしくお願いします!」

 そうして始まった、真司(サーヴァント)のアルバイト。
 当面の生活費を稼ぐために、ある程度の条件がいいところを探した結果、真司が行きついたのは、大手ファーストフード店だった。赤いトレードマークの帽子を装備した真司は、上司の女性へ頭を下げる。

「よし。意気込みはいいな」

 彼女は満足そうに頷いて、そのまま色々真司に教え込んでいく。ポテト、ハンバーガー、ドリンク、持ち帰り。
 そして接客。

「いらっしゃいませ!」

 この挨拶にも慣れてきたとき、彼はやってきた。

「……何してるの?」

 真司の前に現れた、ギリギリ未成年の少年。革ジャンの彼は、ジト目で真司を見つめていた。
 この世界における、真司の数少ない知り合い、松菜ハルト。

「あ……」

 そのあまりの出現に、真司は口をあんぐりと開ける。

「よ、よお。……マスター」
「いや、マスターじゃなくて名前でいいって言ったでしょ。あ、ハンバーガーセット三つ持ち帰り」
「オッケー。千五百円な」
「ほい」

 真司の手に、記憶にはなかった新しい千円札が渡される。

「いや、俺たち普通に生活する方針になったじゃん。だったら、やっぱ生活費とか不安になるからさ。こうして働いているんだよ」
「ファンタジー設定なサーヴァントになんて現実的な話を持ち込んでいるんだか」
「決めたの俺じゃねえし。あ、お待ちどう」
「ありがとう。あ、それじゃあどこに住んでんの?」
「西見滝原のオンボロアパート」
「それじゃ分からないよ」
「ああ……あ、俺の連絡先……」
「ああ。知ってるけど……真司さん、携帯まだ買えてないの?」

 ハルトは、真司の携帯電話を見ながら呟く。

「俺が旅してた時も、スマホは持ってたよ?」

 ハルトが、そう言いながらスマホを取り出す。

「何で皆そんなの持ってるんだよ……この前お店行ってみたら滅茶滅茶高かったぞ」
「まあ、親の遺産でそこは何とかなったんだよな」
「遺産……?」

 真司は顔をしかめた。
 だが、ハルトは何てことなく話題をすり替える。

「でも、真司さんがここにいるのなら、あの子はどこにいるの? ほら、可奈美ちゃんのサーヴァント」
「ああ、友奈ちゃんのこと? さすがに中学生にバイトはさせられないからな。お金を渡しておいたけど」
「あはは……可奈美ちゃんは年サバ読みしてるなんて言えない……」
「何か言ったか?」

 ビニールにセットを入れていて、彼の言葉を聞き逃した。
 そのまま受け取ったハルトは、礼を言った。

「いや、何も。あ、どうも」
「ああ。でも友奈ちゃん、今どこで何してんだろ? ちょっと心配だな」
「心配?」
「ああ」

 真司は強く頷く。

「ああいう年って、結構危ういところがあるからさ。ほら、俺たちサーヴァントとして召喚されたけど、アイツは結局まだ中学生だろ? 少し不安定なところあると思うんだよ」
「なるほど。でもそれ、俺より可奈美ちゃんの方がよくない?」
「あの女の子か」

 真司の脳裏に、凄腕剣士の少女が浮かんだ。自己紹介で、その剣の腕を少しだけ見せてもらった時、脳が理解を越えたことを思い出す。

「でも、大丈夫なもんか?」
「大丈夫だよ。同じくらいの年の可奈美ちゃんも結構逞しいし」
「そう?」
「そう。じゃあ、俺はこれで。チノちゃんが待ってるから」

 真司はそれでも不安を浮かべたが、帰っていくハルトへ問いただすこともしなかった。 
 

 
後書き
ハルト「お風呂上りに耳掃除をすると、湿気っている」
可奈美「ごめん、何言ってるのかわかんないんだけど」
ハルト「何となく言いたかっただけだから、気にしないで」
可奈美「???」
ハルト「さてさて。今回紹介するアニメは……」
可奈美「待って待って! 今の流れでやるの⁉ この流れを切って!?」
ハルト「はい、こちら!」

___誰かのために___一生懸命___あなたもわたしも必死にはたらいいてる___

ハルト「はたらく細胞!」
可奈美「随分今回のタイトルにそっくりなアニメ持ってきたね」
ハルト「偶然の一致です」
可奈美「その言い張り無理ない?」
ハルト「放送期間は2018年7月から9月。大人気ぶりで、Blackやらはたらかないやら、外伝が多数存在するね」
可奈美「結構最近なんだね」
ハルト「その反響もすごくて、動画サイトも再生数はうなぎ登り、聖地巡礼もすぐ簡単! 体の大切さもよくわかる!}
可奈美「ポカリスエットは大事だね」
ハルト「健康第一。これを見ている皆も、健康には気を付けよう!」
可奈美「多分、ハルトさんが一番気を付けることだと思うよ……?」
ハルト「俺のどこにそんな心配があるっていうんだ⁉」
可奈美「当たり前のように野宿をする生活を選ぶのは健康心配になると思うよ⁉」 

 

蒼井晶であきらっきー

 いよいよその日がやってきた。
 ハルトが見守る中、チノが緊張したように顔を固めていた。

「今日が……モデルさんがやってくる日……」

 いつものようにアンゴラウサギ、ティッピーを頭に乗せながら、チノはずっと動かない。

「チノちゃん、大丈夫?」

 そう気遣うココア。彼女が数回チノの肩を叩いているが、チノの緊張は解れた様子はなかった。

「チノちゃん、ガチガチだな」
「今日のことずっとワクワクしていたもんね」

 そんな二人を、ハルトはカウンターで皿を洗いながら眺めていた。可奈美もカウンター席で水を飲みながらくつろいでいる。

「タカヒロさんも、今日のことはチノちゃんに一任するって、随分大きく出たね」
「それだけ信用しているってことでしょ。でも、大丈夫かな」

 ハルトの心配通り、チノは「練習」と言いながら、座席に座ったココアへ水を置こうとするも、手を滑らせ、ココアの頭から水をぶっかけてしまった。

「あ……」
「え……あはは……大丈夫大丈夫!」

 ガクガクと震えるチノに、ココアが微笑みかけた。

「落ち着いてチノちゃん。ほら、もう一回」
「は、はい……」

 チノはとてとてとカウンターに戻り、水を入れる。だが、彼女の足がとても固く、見ていて不安になった。

「チノちゃん。少しは落ち着いたら?」
「落ち着いていられません!」

 ハルトの言葉に、チノがかみつく。

「今日のアイドルさんの宣伝次第で、今後のラビットハウスの行く末が変わってくるんです! 今日は、何としてもいいところを見せないと!」
「うーん……チノちゃん。素人目線だけど、ラビットハウスのいいところって何?」
「それは……風靡のある、渋いお店であることです」

 チノがふんずと言い張った。
 ハルトはそれに頷くも、

「でも、他にもあるんじゃない?」
「そうですか?」
「そう。例えば、暖かくて親しみやすいとかさ」
「親しみやすいですか?」

 チノが肩をすぼめた。
 その問いに答える前に、丁度ドアの呼び鈴が鳴った。
 アイドルが来た。そう思って、チノは気合をいれて「いらっしゃいませ」と言う。

「こんにちは!」

 随分元気な声のアイドルだな、とハルトが入り口を見れば、

「えへへ……来ちゃった」

 アイドルなどという身分ではない、普通の少女がいた。
 赤いポニーテールの、活発な顔つきの少女。一昨日真司から心配していると聞かされた、結城(ゆうき)友奈(ゆうな)がそこにいた。

「ラビットハウスって名前は知ってたんだけど、知らないところだから迷っちゃって。ここが可奈美ちゃんが働いているところなんだよね」
「う、うん……友奈ちゃん……で、いいんだよね?」
「はい! えっと、お兄さん名前は……」

 友奈はハルトに歩み寄る。ハルトは頬をかきながら、「松菜ハルトだよ」と名乗った。

「可奈美ちゃんもいるよ。あ、ここに座って」
「うん!」

 友奈をカウンター席に案内する。丁度、可奈美の隣に腰かける。

「あ、友奈ちゃん! いらっしゃい!」
「やっほー可奈美ちゃん! 暖かくていいところだね! ……ところで、何かあるの?」

 友奈がテーブル席のチノとココアを見ながら尋ねた。いまだにチノは緊張で固まっていたが、友奈の立ち入りに安心したように席へ座り込んでいる。そんな彼女の背中を、ココアが優しくさすっていた。

「うん。今日、モデルの人が撮影に来るんだって」
「撮影? つまり、もしかしたら私たちテレビとかに出ちゃうの? やった!」

 無邪気にはしゃいでいる友奈に、ハルトは水を差しだした。

「どうかな? 今、こっちに向かってきてるみたいだけどね。オーナーが打ち合わせしたみたいだけど」
「私は何回か雑誌とかで見たことあるよ。あ、友奈ちゃん、コーヒー? 奢るよ?」
「あ、じゃあココア貰っていい?」
「いいよ。ちょっと待ってて」

 可奈美は、そう言って厨房に入る。本業刀使(とじ)の彼女だが、すっかりラビットハウスの店員が板に着いてきた。

「あれ? もしかして、私いない方がいい?」

 可奈美を眺めながら、友奈が尋ねる。

「そんなことないよ。多分お店、お客さんがいた方が見栄えいいだろうし」
「よかった。邪魔になったらどうしようって思ったよ」

 友奈がほっと息を吐く。

「それで、モデルってどんな人?」
「ああ、俺も良く知らないんだよね。なんか、雑誌とかに出てる人らしいよ」
「すごいね! もしかして、同世代だったりするのかな?」
「さあ? もうちょっと待ってみれば来るよ」
「こんにちは!」

 友奈との会話の中で、新たな声が、ラビットハウスを通り抜ける。
 振り向けば、数名の男性が店内に入ってきていた。
 それぞれ、カメラやマイクなど、重々しい機材を抱えており、ただの客ではないことが分かった。
 彼らを先導するのは、ともに入ってきたラビットハウスマスター、香風(かふう)タカヒロ。
 彼は、固まっているチノではなく、ココアとハルト、そして可奈美を呼んだ。

「彼らは、今回のスタッフたちだ。頼むね」
「「はい!」」
「それと、肝心のモデルだが、こちらの方だ」

 スタッフたちの後ろから入ってきたのは、ハルトがこれまで見てきた人のなかでも、とりわけ可愛らしい人物だった。
 オレンジの長い髪と、そこに飾られる花のような髪飾り。明るい笑顔と勝気な目線が同居しており、まさに光を放つような人物がそこにいた。
 テレビで何度か見たことがあるその人物は、にっこりと笑った。

「初めまして! 蒼井(あおい)(あきら)です!」

 上ずった声で、晶というモデルは名乗った。

「こういう喫茶店でのお仕事は初めてで、緊張しています! よろしく!」
「ははははは、はい……よしろくお願いします……」

 ガクガクに震えているチノが挨拶した。
 昌は少し驚いたように固まっていたが、すぐに「よろしくお願いします!」と返した。

「それじゃあ、スタンバイお願いします!」

 スタッフの一声により、このモデル、晶を主役にした撮影が開始された。



 来たはいいものの、すぐに晶の撮影に入るわけではない。
 スタッフとタカヒロが、段取りの最終チェックを行う間、晶はココアの自室にて待機となっていた。
 その彼女の相手を、ココアとともにハルトがすることになっていた。

「とりあえず、こちらどうぞ」

 そう言いながらココアは、クッキーを入れた皿を差し出した。
 晶は両手を叩き、満面の笑みで言った。

「わぁ! 美味しそう! いっただきまーす!」

 小さなクッキーを食べながら、晶は嬉しそうな声を上げた。

「うわあ! 美味しい! 最高! こんなものを食べられてあきらっきー!」
「あきらっきー?」

 聞きなれない単語に、思わずハルトは聞き返す。
 
一瞬舌打ちが聞こえた。

「え~? 知らない? あきらの決め台詞、あきらっきー! ラッキーなことが起こると、あきらっきーって言うんだよ?」
「へえ……ココアちゃんも言う?」
「友達が何回か言ってたよ!」
「あやっぱり?」

 晶がココアの手を掴む。

「やっぱりいい言葉だよね? あきら、とっても嬉しい! あきらっきー!」

 晶がココアの手を振った。ココアは最初は驚いていたが、すぐに順応し、一緒に手を振った。

「面白いね晶ちゃん! 私の妹にならない?」

 芸能人に凄いこというなと思っていると、晶が唖然とした顔をしていた。
 だが、流石はモデル。すぐに笑顔になり、

「うん! 面白そう!」

 すると、当然のごとくココアはテンションが上がっていく。

「嬉しい! こんなに面白い人、中々いないから! あ、化粧室借りていい?」
「あ、ここの外の廊下を右だよ」
「ありがとう!」

 晶はそう言って、部屋を出ていった。
 ハルトはそれを見送りながら、ぼそりと呟やく。

「ああいうアイドルとかモデルって、トイレ行かないものだと思っていたよ」
「それいつの話? ハルトさんも結構流行に鈍いねえ」
「そんなことないよ。……ん?」

 ハルトは、ポケットの中から聞こえてくるバイブ音に気付いた。

「あれ? 可奈美ちゃん?」

 連絡アプリに、彼女からのメッセージが流れていた。

『もうすぐ晶ちゃんの出番だよ! 下に来てほしいって!』

 ピンクのパンダみたいなマスコットへ『わかった』と返信する。

「晶さんを下に連れて行ったほうがいいみたい」
「準備ができたのかな? じゃあ、私呼んでくるよ」

 ココアが立ち上がる。だが、なぜかふらりと体が揺れる。

「おお、どうした?」
「足がしびれた……」
「なんで正座してたのさ……じゃあ、俺が言っておくよ」

 デリカシーがないなと自覚しながら、ハルトは部屋を出る。
 晶がいる、トイレの前で咳払いをして、声をかけようと……

「あ~っ クソッたれがあああああああああ‼」

 いきなりの罵声に、ハルトは動きを止めた。
 静けさが売りのラビットハウス。その裏側には、これまでにない大声が響いていた。

「何なんだよ! なんでこんなシケたところに来なきゃなんねえんだよ‼」

 チノやココアには絶対聞かせられない言葉が飛んできた。

「あの女も妹とか訳分かんねえこと言ってやがるし、看板娘は陰キャブスでキモいし、なんなんだよこの仕事⁉」

 そこまで言われるなんて思わなかったハルトは、目が点になる。

「妙に筋肉質なやつとかムカつくし、何か変な奴馴れ馴れしいし!」
「俺馴れ馴れしいんだ……」

 少し落ち込むハルトだが、その後の大音声で、思考が吹き飛ぶ。

「ふざっけんなよクソッたれが!」

 ドン、とドアが叩かれる。それから、ようやく水が流れる音が聞こえてきた。
 ここにいては気まずいと感じたハルトは、大急ぎで部屋に駆け戻る。ココアが待つ部屋に戻った瞬間、トイレがガチャと開く音がした。

「あれ? ハルトさん、どうしたの?」

 知らぬが仏のココアが、持ってきたクッキーを頬張っていた。 
 

 
後書き
ハルト「今回のアニメは~!」
真司「今日は俺が来たぜ!」
ハルト「真司かよ……野郎二人でこのコーナー持ってもしょうがなくない?」
真司「しょうがなくなくないしょうがなくなくない。今回は俺が紹介しなくちゃいけないアニメだからな。宣伝的に」
ハルト「宣伝?」
真司「そ。宣伝。それでは、どうぞ!」

___正解さえも 間違いさえもない ただ一つの道を___

真司「バトルスピリッツ ソードアイズ!」
ハルト「2012年9月から2013年9月までのアニメ……お! これニチアサじゃん!」
真司「光と闇に分かれたソードアイズたちが戦いの中で国をどうやって導いていくかを解いていく、とても面白い話だぜ!」
ハルト「さらに! 今、バトスピにはコラボが超盛ん! ウィザードもコラボしているよ!」
真司「当然、龍騎もコラボしているぜ」
ハルト「他にも、ゴジラ、ウルトラマン、デジモン、アイカツ、ガンダム! ……改めてみると、すごいよねこれ」
真司「つまり、怪獣王と俺とウルトラマンとロイヤルナイツと袖付きとアイドルが戦うカードゲームか」
ハルト「何このカオス!」 

 

観客が増えると嬉しい

 晶の撮影は、ほんの一時間程度で終わった。
 偶然来店した彼女が、そのまま風靡あるお店としてラビットハウスを紹介、ココアがもってきたコーヒーを飲んでコメントをするというものだった。

「ふう……」

 ぐったりと背中を背もたれにつけ、ハルトは空を眺める。十一月は凍えるが、先日買ったマフラーが役に立つ。

「思ったより大変だったね。モデルさんの来店」
「そうだね」

 可奈美が頷く。

「チノちゃんがあんなにガチガチになっちゃうなんてね」
「まあ、トラブルがなかっただけでもよかったけどね。それにしても……」

 ハルトは大きく息を吸う。乾燥した冬の空気が、ハルトの肺を貫いていく。

「平和だな……」
「そうだね」

 可奈美も、新しい水色のセーターで体温をキープしている。ベンチに腰付けることなく、竹刀を振っていた。

「この前の異変なんて、もう誰も覚えていないのかな……?」
「うーん、そんなことないと思うよ?」

 可奈美は手を緩めることなく言った。

「忘れたいだけじゃないかな。あんなこと……世間でいうと、中学生二人もなくなったことを忘れたい、でも忘れることなんてできない。表面上だけでも平穏に過ごしているんだよ」
「そういうもんかね?」
「そうだよ」

 可奈美の竹刀を握る手が、左右入れ替わる。

「まあ、以前学校で話した内容そのまま言ってるだけだけどね。それより、ハルトさん何してるの?」

 素振りをどれだけ繰り返したのだろうか。可奈美がようやく腕を止める。

「ん? ちょっと大道芸でもしようかなと」

 ハルトはカバンからゴムボールを取り出す。
 すると、可奈美は目を丸くした。当然だろう、とハルトは思った。ただのゴムボールだと、可奈美自身が何度もゴムボールに触れて確認している。

「このゴムボールで?」
「そ。こうやって……」

 ハルトは両手でゴムボールを握る。しばらくそれを見せたのち、手を放す。すると、

「え⁉」

 可奈美が望んだとおりの反応を見せてくれた。
 ゴムボールだったものが輪ゴムの束へと変わる。

「おおおおおお」

 竹刀を脇に挟んだ可奈美に拍手を送られる。
 その反応に快感を感じていると、ハルトは可奈美の背後に記憶にある人影を見つける。

「……面白そうだから黙っておこう」
「ん? 何? 何か言った?」
「何も?」

 そのままハルトは、ごそごそと鞄の中を探すポーズを取りながら、横目で可奈美を見る。
 そして。

「だーれだ?」
「わひゃっ!」

 可奈美の目を覆う両手。ハルトからすればバレバレだが、可奈美は見事に期待通りの反応を見せてくれた。
 しばらく両手を振って(その際竹刀を落としつつ)、離れる。

「何⁉ 何⁉ ……友奈ちゃん⁉」
「やっほー! 可奈美ちゃん!」

 犯人は、赤いポニーテールの少女、結城友奈だった。
 彼女は眩しい笑顔で手を振る。

「何してるの?」
「何してるって……」

 可奈美はぜえ、ぜえ、と肩を鳴らしている。

「ココアちゃんたちが帰ってきたから、休憩兼ねて散歩してるだけだけど……」

 可奈美の言葉がいつになく忙しなく聞こえた。
 その中で、友奈はハルトの手にある無数の輪ゴムたちを見下ろした。

「何やってたの?」
「ああ、これ? 大道芸」
「大道芸?」
「お? 友奈ちゃんも見る?」

 思わぬ観客の増員に、ハルトは喜ぶ。鞄からトランプを取り出し、

「じゃあ、今度はこれを使おうか」
「トランプ?」
「そ。ただのトランプマジックじゃないよ。これを……ん?」

 ハルトが見れば、目をキラキラさせている少年がいた。小学校低学年くらいの年齢の少年。

「この前のやつやって!」

 この前のやつ。どこかで芸を見せたことがあっただろうか。
 リピート客の出現に、ハルトは少し笑みを浮かべる。
 少年はピョンピョンと跳ねなあら、

「ねえねえ! もう一回、この前のやつやってよ!」
「この前の……もしかして……君、……」
「うん! チー君だよ!」

 ああ、と思わずハルトは頷いた。
 だが、ハルトの脳内のチー君……病院で迷子になっていた少年の姿とは、少し姿が重ならなかった。
 そうしている間に、チー君の興味は友奈へ移った。

「……」

 じっと友奈を見つめるチー君。友奈は彼と目線を合わせるようにしゃがんだ。

「どうしたの?」
「あれ? 友奈ちゃんもう懐かれちゃった?」

 竹刀を拾いながら、可奈美が言った。その通りと言わんばかりに、チー君は友奈の腕を掴んだ。

「へへ……」

 チー君は何も言わずに、手に頬ずりし始める。
 これは未成年だからこそ許されることだなと思いながら、ハルトは頭を撫でられるチー君を見ている。

「チー君っていうの?」
「うん!」

 チー君は友奈の腕にしがみつきながら、友奈をハルトの隣に座らせる。彼女の膝の上でちょこんと座ったチー君は、ハルトに目線で続きをねだる。

「可奈美ちゃんは、よくハルトさんの大道芸見てるの?」
「時々ね。同じ下宿先だから。でも、とってもびっくりするよ」
「そうなんだ! 楽しみ!」

 チー君と同じくらいはしゃぎだす友奈。
 彼女に「はいはい」と、応える。

「じゃあ……チー君もいるし、トランプよりわかりやすいもの……まずは、これかな」

 ハルトは金色の玩具のコインを取り出す。どこにでもあるプラスチック製のそれを、タネの確認のためにチー君に手渡す。

「うーん……あやしくない!」

 ジロジロと見まわしたチー君は、そのまま友奈にコインを回す。右手だけチー君から離してもらった友奈は、コインの裏表を確認する。

「うん。ただのコインだね」

 友奈から返してもらったハルトは、「何もなかったよね?」と再度確認する。
 二人が頷いたのを確認したハルトは、

「それじゃあ、よ~く見ててよ。ほいっ!」

 親指が弾いたコインが宙へ飛ぶ。二人がそれをしっかりと目で追っている。
 そしてハルトは、二人の目前で、両手で交差するようにして掴んだ。

「さあ? どっちの手で取ったでしょう?」
「ムムム……」

 チー君は、難しい顔でハルトの両手を見比べている。何度も両手を見比べては、「うんうん」と唸っている。

「ちなみに友奈ちゃんは分かる?」
「え?」

 友奈は口をポカンと開けていた。

「いや、ハルトさん結構これ速いよ? 分かんないよ!」
「じゃ、降参ってことだね? 可奈美ちゃんは?」
「右」

 可奈美はノータイムで答えた。
 そのあまりの素早さに、ハルトは目を白黒させた。

「どうして?」
「どうしてって……ハルトさんがコイン掴むの見えたから」
「見えるものなの⁉」
刀使(とじ)なら多分みんな見えると思うよ」
「マジで?」
「うん」

 彼女の凄まじい動体視力に慄きながら、ハルトは右手を開く。可奈美の見切り通り、その中にはコインがあった。

「可奈美ちゃんすごい!」
「お姉ちゃんすごい!」
「えへへ……」

 チー君の声に、可奈美は嬉しそうにほほ笑む。
 だが。

「でも残念。正解はこれ」

 ハルトは、左手も開いた。
 するとなぜか、そちらからもコインが顔を見せた。

「嘘⁉」
「何で⁉」

 友奈とチー君が驚いている。期待通りの反応に満足しながら、

「どうやったの⁉ 間違いなく右手だったのに」
「それは教えられないなあ」

 チー君よりも、友奈の方が種明かしに必死になっていた。

「すごいすごい! ねえ、お兄ちゃん! もう一個! もう一個見せて!」
「うーん、そうだな……じゃあ、お次は……」

 ハルトが次を出そうとしたその時。

 大地が震えた。

「うわっ!」

 思わぬ衝撃に、ハルトはバランスを崩す。それにより、次の小道具であるビー玉が地面に散らばった。

「あっ!」

 ビー玉を拾おうと、止める間もなくチー君が走り出した。彼を止めようとするハルトと可奈美、友奈だが、その前に無数の人々が雪崩れ込む。

「逃げろ!」
「助けてくれ!」

 一目散に公園を横切る人々に遮られ、チー君の姿は見えなくなってしまった。
 逃げ惑う人々。彼らの表情から、鬼気迫るものを感じたが、その正体を問いただすことはできなかった。

「ハルトさん!」

 友奈が切羽詰まった声を上げる。彼女が指差す方向。公園の外の住宅街には、ハルトが顔を歪める光景が広がっていた。

「火柱……?」

 おおよそ昼間の町にはふさわしくないもの。
 紅蓮の炎が、まさに柱となり、天へと伸びている。
 周囲を破壊しながらの炎が、連鎖的に見滝原の街並みを壊していた。

「何だあれ……?」

 ハルトが唖然とした顔をしている。だが、すぐにその緊急性に気付き、

「チー君! どこだ⁉」
「チー君は私に任せて!」

 友奈が真っ先に名乗り出る。
 ハルトは逃げ惑う人々と友奈を見比べて頷く。

「分かった! お願い! 可奈美ちゃん、行くよ!」
「うん!」

 可奈美は携帯しているギターケースから千鳥を取り出す。
 ハルトは互いに頷き合い、ともに火柱の方角へ急いだ。
 去り際に、チー君を探して友奈が人混みの中に入っていくのを見送った。 
 

 
後書き
ほむら「おかしいわね……」
キャスター「マスター。いかがなさいましたか?」
ほむら「二章が始まってしばらく経つのに、出番がないわ」
キャスター「それはたまたまかと」
ほむら「いいえ、変よ。ここにまどかと私がいるのは、私がまどかとキャッキャウフフするためのものでしょう? そうなのでしょう?」
キャスター「キャラ崩壊していますが」
ほむら「一章でメインヒロインになっていたこの私が、どうしてこのコンペだけの出番なのかしら? キャラの比率ではまどマギが一番多いはずよ」
キャスター「マスター。尺がないので、お早めに」
ほむら「……そこに価値があるのかしら。はあ、今回はこれよ」


___わたしにもできること やさしさを守りたい 涙ふいたら飛び立とう 明日へ___


ほむら「ストライクウィッチーズよ」
キャスター「放送期間は、1期は2008年7月から9月。2期は2010年7月から9月。宮藤芳佳脱退後を描いた劇場版が2012年3月。ミニアニメである発信しますっ!が2019年4月から6月に放送されています」
ほむら「他にも、ブレイブウィッチーズなどの外伝や小説、OVAなど多数あるわね。しかも2021年、ルミナスウィッチーズなる新作アニメも決定しているわ。全く、長寿アニメね」
キャスター「マスター。それはマスターにも言えることでは?」
ほむら「さあ? どうかしら? 扶桑と呼ばれる国の医者志望、宮藤芳佳がウィッチーズと呼ばれる部隊に所属して、ネウロイと呼ばれる人類の敵と戦う話ね。それにしてもこのストライカーとかいう機械、どういう頭でデザインしたのかしら」
キャスター「いわく、パンツでないから恥ずかしくない、とのこと」
ほむら「全くわけが分からないわ。うっ……」
キャスター「マスター?」
ほむら「なぜかしら。このルッキーニを見ていると、内側の何かが……にゃーっ!」
キャスター「マスター。似合いません」 

 

赤と青の敵意

 火柱があった地点に着いたとき、ハルトは街の惨状に言葉を失った。
 
「何だこれ……?」

 これまでハルトも幾度となく足を運んだ街並みだった。大通りを挟んだ商店街と、その後ろにそびえる大きなコンクリートが、この通りの本来あるべき姿だった。
 しかし、今やそれらは瓦礫の山となっている。店も車も街並みも、全て一様に破壊されていた。

「これって……」
「ひどいね……」

 可奈美が手ごろな瓦礫をどけた。重傷者に肩を貸し、離れたところまで避難させる。

「! ハルトさん!」

 可奈美が指差したのは、その破壊の根源らしき人物。
 赤いボディと、金の翼を持つ人影。その右手には、巨大な剣が抱えられており、それを振り回し、炎の斬撃を振り撒いていた。ヒロイックな風貌は、その破壊衝動でより恐怖をあおっていた。

「あん?」

 炎の怪人は、その青い眼で、ハルトたちを見据える。その時、ハルトはその存在へ敵意を向ける。

「ファントム……!」
「ハッ! まだ逃げてねえ奴らがいたか」

 巨大な剣を左右に振りながら、ファントムは悠々と歩み寄る。

「絶望させるのもいいが、たまには単純にぶっ壊してえ。おい人間ども。オレにぶっ壊されろ」
「お前がやったのか……?」

 当たり前のことだが、聞かずにはいられなかった。すると、ファントムは悪びれもせずに鼻を鳴らす。

「当たりめえだ! オレはファントム。ぶっ壊して何が悪い?」
「……ここまでやる奴もいるのか」

 ハルトは歯を食いしばりながら、腰からルビーの指輪を向いた。

「響ちゃん……君はお人よしすぎるよ。ファントムと共存なんて、やっぱりできるわけがない! 可奈美ちゃん!」
「うん!」

 ハルトがルビーの指輪にカバーをかぶせると同時に、可奈美が千鳥の鞘より剣を抜く。

「変身!」
「写シ!」

 ウィザードへの変身である赤い魔法陣と、写シである白い光が並び立つ。
 それをじっと見つめるファントムは、満足そうに肩を回す。

「面白え。テメエが噂の魔法使いか」
「噂?」
「ハルトさんのこと、ファントムでも広まっているみたいだね」

 可奈美が正眼の構えをした。真っ直ぐにファントムを見据える。
 するとファントムは、少し可奈美と可奈美に興味を持ったように顔を向けた。

「あ? ただの人間が、ファントムに立ち向かうってか?」
「やってみないと分からないよ?」

 可奈美が不敵な笑みを浮かべた。
 そして。

「行け! グールども!」

 ファントムが投げた無数の魔石が、灰色の小鬼になったと同時に、ウィザードたちは駆けだした。

『コネクト プリーズ』

 銀の銃剣、ウィザーソードガンを取り出し、一気にグールたちを切り払い、ファントム本体へ肉薄する。ウィザードの背後より襲おうとするグールたちは、可奈美と可奈美が受け持った。

「ほう。悪くねえな」

 ファントムがウィザードの剣に、そんな感想を返した。

「雑魚ファントムどもが何体もやられたって聞いたが、確かにこりゃ普通のファントムじゃ負けるな」
「お前もその仲間になるんだよ?」

 ウィザードは突き刺すが、ファントムが剣の腹で受け止める。

「悪いな。オレは最強のファントム、フェニックスだ。テメエの連勝記録もここまでよ」

 フェニックスと名乗ったファントムは、そのままウィザーソードガンを弾き、そのウィザードの体を斬り裂く。

「ぐっ!」

 バックに戻りながら、ウィザードは指輪を入れ替える。

『ビック プリーズ』

 いつも使っているジャブ。その魔法により、巨大化した手がフェニックスを握りつぶそうとする。しかし、フェニックスは炎を纏った大剣で、それを薙ぎ払う。

「……コイツ……」

 ウィザードは、ソードガンの手のオブジェを開放する。

『キャモナスラッシュ シェイクハンズ キャモナスラッシュ シェイクハンズ』

 握手をするように、そこにルビーの指輪をかざす。

『フレイム シューティングストライク』
「はああああああ!」

 炎を纏った斬撃。魔法により、それは空を斬りながらフェニックスへ向かう。
 だが、フェニックスの剣は、ウィザードの想像を超えていた。縦に一閃、スラッシュストライクの偃月は真っ二つになってしまった。

「こんなもんか? ならそろそろ、オレ様の番だな」

 フェニックスは肩にその大剣を抱えた。悠々と、ウィザードとの距離を縮める。
 振り上げられる大剣。だが、その間に入る影があった。

「ハルトさん!」

 可奈美が、フェニックスの攻撃を受け流していた。そのまま彼女は千鳥で、フェニックスへ応戦する。

「へえ……面白え。ただの人間ごときが、ファントムに敵うわけねえ!」

 すると、フェニックスの目線は完全に可奈美へ移った。彼女へ炎の斬撃を何度も何度も繰り返していく。可奈美はそれらを受け流しているが、いつもとは違い、明らかに彼女の表情に焦りが浮かんでいた。

「重い……!」

 可奈美の弱音を、ウィザードはこれまで耳にした記憶がなかった。何度も描かれる軌跡が、可奈美のピンチを実感させる。

「このっ!」

 可奈美はフェニックスの剣を受け止めたまま、腰の位置に固定する。
 その瞬間、彼女の写シが白い霊体より赤いものへと変化していく。

太阿之(たいあの)(つるぎ)!」

 可奈美の主力技である、赤い斬撃。だがそれがフェニックスに届く前に、彼の体が変化する。
 フェニックスの名前に相応しく、その背中には金色の翼が広がっていた。炎を宿した翼をはためかせ、爆風で可奈美を太阿之剣ごと吹き飛ばす。

「可奈美ちゃん!」

 転がってきた可奈美を助け起こしながら、ハルトはフェニックスを睨む。

「こいつ……強い! 今までのファントムよりも……」
「ハハハハハハ!」

 フェニックスは炎の翼で、天空へ飛翔する。

「壊れろ! 魔法使いども!」

 フェニックスが、まさに火の鳥となって、ウィザードたちに迫る。ウィザードはスラッシュストライクで応戦しようとすると、

 突如乱入してきた青い影が、フェニックスの上に飛び乗る。

「⁉」

 摂氏数千度はあるであろうフェニックスの体に躊躇いなく触れる青い人影。彼は、まるで獣のような唸り声を上げながら、手刀でフェニックスの翼を千切った。

「ぐああああああああああああああ!」

 どれほどの痛みなのだろう。フェニックスは断末魔のような悲鳴とともに、地面に落下。大きな土煙が上がった。

「……今のは?」
「なんか、初めて見たのがいたよ……」

 可奈美が冷や汗をかきながら答えた。

「変なの?」
「青い、拘束具みたいなのを付けた人。何だったんだろう?」

 その答えは、この煙が晴れたらすぐに分かる。
 逃げるように煙から抜けたフェニックスが、大剣を落下地点へ向けている。

「何だ今のは⁉ いきなり何しやがる⁉」

 それに応えるように、乱入者は煙の中でその身を起こした。
 ゆらゆらと揺れながら、煙の中で蠢いている。
 やがて、煙が晴れた。

「アアアアアア……」

 声にもならない、うめき声。
 青い肉体を、可奈美が言った通り、無数の銀色の拘束具が覆っている。ボディのあちらこちらには、赤い線が血のように描かれている。唯一、腰につけられている、爬虫類の目のような拘束具だけが赤く、彼のボディでも異彩を放っていた。
 顔には、黄色の眼を同じくプロテクターがつけられており、赤い線がまるで涙のようだった。
 とても人間には思えない、その外見。獣のように腰をかがめ、襲い掛かるポーズを見て、ウィザードはそれをこう判断した。

「サーヴァント……」

 青いサーヴァントは、フェニックス、そしてウィザード、可奈美を見比べる。まるで品定めするように一瞥した後、

「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 吠える。

「来る!」

 青いサーヴァントは、そのままウィザードへ挑みかかる。
 その手より長く伸びた、剣のようなもので、ウィザードに斬りかかる。
 ソードガンで防いだウィザードは、その瞬間、手に残る手ごたえに、違和感を感じた。

「これ……武器じゃないんじゃ……?」

 拘束具から出る、丸で生身の一部のようなもの。
 だが、驚いている間に、青いサーヴァントがソードガンを蹴り上げる。

「⁉」

 きりきりと天を舞うウィザーソードガン。その間に、青いサーヴァントがは、ウィザードの右腕に飛び乗り、右腕を捻じり取ろうとする。

「ハルトさん!」

 その時、千鳥が青いサーヴァントの背中を斬る。飛んだ黒い液体とともに、ウィザードの拘束は地へ落ちた。

「大丈夫? ハルトさん!」
「ああ、何とか……」

 少し痛みが残る右腕を振りながら、ウィザードは乱入者を睨む。

「こいつ、一体何なんだ……?」
「分からない……でも、参加者なら、何とか話し合って聖杯戦争を止めてくれるように説得しないと……」
「難しそうだけどね」

 青いサーヴァントに、とても理性などは感じない。まさに獣のように、こちらを見据えている。

「ふざけんじゃねえ!」

 すると、激昂したフェニックスの声が飛んできた。そちらを向けば、フェニックスを中心に、炎が竜巻のように上昇していく。

「オレの邪魔をするんじゃねえ!」

 竜巻がこちらへ移動してくる。
 このままでは被害が広がる。そう判断したウィザードは、左手の指輪を入れ替える。

『ウォーター プリーズ』

 頭上の魔法陣に手をかざし、青い魔法陣が体を通過していく。

『スイ~スイ~スイ~』

 サファイアを基調とした水のウィザードは、ウィザーソードガンを拾い上げ、ガンモードにする。ハンドオーサーを開き、サファイアを読み込ませる。

『ウォーター シューティングストライク』

 それは、水の弾丸。集う青い水たちが、ウィザードの発砲とともに、炎の竜巻と激突。巨大な蒸気となり、視界を潰した。

「まだだ!」
「アアアアアアア!」

 立ち込める蒸気の中、フェニックス、青いサーヴァント、そしてウィザードと可奈美が、それぞれの刃を振るう。フェニックスの大剣は重く、青いサーヴァントの刃は体に来ると痛む。
 その時、ハルトは視界の端で赤い光を目撃した。見慣れた、赤い光。可奈美の迅位(じんい)(ざん)の準備だと分かった。

「迅位……」

 彼女のその声は、途中で遮られた。

「可奈美ちゃん?」

 見れば可奈美は、青いサーヴァントにその腕を掴まれていた。

「しま……っ」

 可奈美の動きを封じた青いサーヴァントは、そのまま彼女の腕を捕らえる。全身を駆使し、右腕を股に挟む。
 そして。

「ガアアアアアアアア!」
「がぁっ!」

 その腕を、千切り飛ばす。

「可奈美ちゃん!」

 写シという刀使特有の霊体武装が、煙の外へ飛び、霧散していく。
 生身となり、転がった可奈美。彼女の前に立ち塞がり、青いサーヴァントの攻撃を抑える。

「このっ!」

 ウィザードと青いサーヴァントは、互いに同時に刃を突き立てる。ウィザードの火花と青いサーヴァントの黒い体液が同時に飛ぶ。
 そして、同時にフェニックスが炎の斬撃を横に過ぎる。ウィザードはそれを受け止め、青いサーヴァントはそれを避ける。

「まだだ! うおおおおおおおおおおおお!」

 フェニックスは更に全身から発熱する。燃え盛る炎が蒸気を吹き飛ばし、さらなる破壊を振り撒く。

「まずい!」

 ダメージで立ち上がり途中の可奈美は、まだ復帰していない。彼女の前で、指輪を使用する。

『ディフェンド プリーズ』

 青い魔法陣。ウィザードを守るように現れたそれは、さらに滝のような水をその前に作り出す。滝によって蒸気へとなる炎たちは、さらに色濃い煙となって立ち込める。

「がっ!」

 一方、青いサーヴァントはその炎を受けて吹き飛ばされていた。瓦礫で「グググ……」と呻いているが、炎によるダメージで動けないようだった。
 つまり、フェニックスが攻撃の矛を向けるのは、ウィザード一人になっていた。

「終わりだ! 魔法使い!」

 紅蓮の刃が、ウィザードに迫る。背後の可奈美が千鳥を手にしているものの、まだ写シを張れない。

「これで、決まってくれ!」
『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 発動した魔法は、水のウィザード最強技である氷の魔法。冷気を発する魔法陣を右に出現させる。
 青い魔法陣に手を入れながら、ウィザードは大剣を左手でガード。

「くっ……!」
「そのまま燃え尽きろ!」

 フェニックスが笑う。
だが、その焼けるような痛みと重さの中で、ウィザードは右手の魔法陣をフェニックスの腹に押し付けた。

「凍り付け!」

発生した冷気が、フェニックスの体を徐々に冷凍していく。だが、その体内からの熱が、氷結を免れようと燃え盛る。
やがて、炎と氷の勝負は、氷に軍配が上がった。水色の氷に閉ざされたフェニックスだが、かすかに流れる陽炎から、彼がまだ生きていることが分かった。
時間がない。ウィザードは焼ける左手に鞭を撃ちながら、ウィザーソードガンを拾い上げる。大急ぎでハンドオーサーを開き、サファイアの指輪を読み込ませた。

『ウォーター スラッシュストライク』

 水を纏う、ソードガン。『スイ~スイ~スイ~』という音声とともに、氷が溶解する前にウィザードはフェニックスを打ち砕く。

「魔法使いいいいいいいいいいい!」

 フェニックスの怨み言を上書きする、水と氷の爆発。赤は青く染まり、粉々になって散らばった。

「や、やった……」

 フェニックスの最期を見届けたウィザードは、その場で膝を付く。

「霧が……晴れていく……」

 可奈美の声が聞こえた。写シを張れるほどに回復した彼女は、戻った青空を見上げている。

「大丈夫? ハルトさん」
「ああ……」

 可奈美の手が肩に置かれた。彼女は数回叩いて、起き上がる青いサーヴァントに目を向けた。

「ヴヴヴ……」

 青いサーヴァントはハルトと可奈美から視線を反らさずに起き上がる。

「____、_____、!」

 青いサーヴァントはは、慟哭するように息を吐いている。
 やがて、その体より、蒸気が吹き出る。たまったガスを噴き出すように、青いサーヴァントから力が抜けていく。

「……」

 黙ってそれを見守るハルトと可奈美。
 そして。

「うおりゃあああああああああああ!」

 横から飛んできた大音声。
 青いサーヴァントが飛び退き、そこに桃色の勇者の拳が炸裂した。

「大丈夫⁉ 可奈美ちゃん! ハルトさん!」
「友奈ちゃん!」

 勇者服の友奈。彼女は、そのまま青いサーヴァントを警戒している。

「……」

 友奈の姿を見て、青いサーヴァントを凝視している。

「……どうして動きを止めた?」

 ハルトが思わずそう呟いた。
 先ほどまでの荒々しい動きをしていた者とは同一人物とは思えないほど、静かに佇む。

「……?」

 可奈美も同じように、千鳥を向けているものの、青いサーヴァントの動きを警戒していた。
 そして、青いサーヴァントは。

 飛び去った。

「……え?」

 姿が、みるみるうちに遠ざかっていく。
 敵がいなくなったことに、そこはかとなく安心感が去来した。 
 

 
後書き
響「ほらほら、始まるよ!」
まどか「え、響ちゃん……? どうしたの背中押して」
響「まどかちゃんも、このコーナー参加だよ!」
まどか「えええええ? 私、聖杯戦争の関係者じゃないのに、このコーナー入ってていいの?」
響「大丈夫大丈夫! そんなの誰も気にしないって!」
まどか「そうかな……?」
響「気にしない気にしない。それよりまどかちゃん、本当に可愛い! 未来と同じくらい!」
まどか「みく……」
響「うん……そう。……未来も、こんな感じだったな……」
まどか「うええええ⁉ 響ちゃん、どうして曇ってるの? 自分で地雷踏んだの⁉ ……これ、もしかして私一人で紹介するのかな? ええっと……きょ、今日はゲストも来ています。こちらです!」



___そろそろ始まる笑劇(しょうげき)アニメは 空前絶後のアホガール___



よしこ「バナナは夜食~‼‼」
まどか「( ゚д゚)」ヘンナノキター
よしこ「皆様どうもおはこんばんにちは! アニメ、アホガールから来ました、花畑(はなばたけ)よしこですっ! いやあ、本編には絶対に出番がないと思うから、このコーナーだけ失礼しまーすっ! あ、よろしくねまどかちゃん今日はあっくんが全く話してくれないから寂しかったよ~!」手ブンブン
まどか「あわあわあわあわ」
よしこ「あちなみに読者の皆さんにもご紹介! アホガールは……あれ?」
まどか「ど、どうしたの?」
よしこ「忘れた。いつやってたっけ? 僕らは目指し」
まどか「それ違うから! あ、放送期間は2017年の7月から9月です」
よしこ「アハハハハ! そうだったそうだった! バナナうめぇ!」
まどか「少しはゲストっぽいこと喋って! ねえ、響ちゃん」
響「未来……未来……」
まどか「まだ本編に出してない重要ワード口にしないで!」
よしこ「バナナ! もっとバナナちょうだいバナナ!」
響「未来……未来……」
まどか「もういやああああああ!」 

 

病院再び

 病院の駐車場にバイクを停め、ハルトと可奈美はバイクから降りた。
 フェニックスとの闘いの後、チー君は見滝原公園の草原で寝ているところを見つけた。右手に握られているビー玉から、あの混乱の中ビー玉を見つけて、待っていたら寝てしまったのだろう。友奈とはそこで別れ、可奈美を連れてチー君を送りに病院にやってきた。

「まさか三人乗りになるとは……」
「ごめんね。私もちょっと、病院に用があったから」

 可奈美がヘルメットを返しながら言う。受け取ったハルトは、それをシートの裏に収納した。ハルトの前に座っていたチー君は、元気に「早く早く!」と訴えている。

「おうおう。クトリちゃんから連絡先聞いておけばよかったな……」
「クトリちゃん?」
「チー君の姉ちゃん。この病院で暮らしているんだって」
「この病院で?」
「らしいよ」

 そういいながら、ハルトはチー君を連れながら自動ドアをくぐった。
 相変わらず、巨大な施設として、見滝原中央病院はあった。縦に長く並ぶ受付カウンターと、無数に並ぶ


「ああ。あ、俺先にチー君を送っておくけど、可奈美ちゃんここで待ってる?」
「ううん。私も病院に用あるって言ったでしょ? 私はそっちに行くよ」

 受付でハルトたちの後ろに並ぶ可奈美。だが、受付の行列はとても長く、時間もそれなりにかかってしまいそうだ。

「用って?」
「この前、チノちゃんのお見舞いに行ったときに、別の患者と仲良くなったんだ」
「どんな人?」
「同世代の女の子。病室から出られないんだけど、テレビとかで私のことを知ってたみたい」
「可奈美ちゃん、テレビ出たことあるの?」
「刀使の特集で何回かね。その時から、私に憧れていたみたい」
「特集の人の顔とか覚えられるのって、すごいね」
「でもうれしかったよ」
「良かったね。熱烈なファンがついて。お」

 前の主婦が受付を終え、ハルトの番となる。受付を済ませたハルトは、可奈美と別れて、チー君を「孤児居住フロア」というエリアへ連れて行った。



「ここか……」

 ハルトは、屋上近くのフロアで呟いた。
 ガラスドアに書かれた、「孤児居住フロア」という文字。フロア一つを丸ごと使っているそこは、居住フロアというよりは、幼稚園や保育園などの一室のようにも思えた。ガラスから見えるフロアには、二人の中年の保母さんと、小粒のような子供たちがはしゃぎ回っている。

「こんにちは」

 ハルトはノックをして、ガラスドアを開ける。すると、保母さんのうち一人がこちらを向いた。

「あら? お客さん? 珍しい」
「あ、いや。こっち……」

 ハルトはチー君を前に押し出す。

「ただいま!」

 チー君は元気に両手を上げる。保母さんはビックリしたように「チー君?」と言って咎め始める

「どこ行ってたの? クトリちゃんが心配していたよ!」
「えへへ……」
「まったく……クトリ!」
「はーい!」

 部屋の奥からクトリの声がした。彼女の姿が現れる前に、その空のように蒼い髪が奥の別部屋から垣間見える。

「ちょっと待ってください! う、うわっ!」

 クトリの悲鳴が聞こえた。
保母さんたちはクトリの助けに向かおうとするが、子供たちが二人を引っ張りまわし、とても動けそうにない。

「あの、自分見に行きましょうか?」

 ハルトの一声に、保母さんたちは警戒を表す。だが、チー君がいることで、ある程度気を許したのだろう。「お願いします」と手短に答えて、二人は子供たちを落ち着かせようとしていた。
ハルトは「お邪魔します」と一声おいて、中に入る。病院特有の薬品の臭いが全くしないこの部屋。クトリの声がしたのは、奥の洗面室からだった。

「クトリ……ちゃん……」

 洗面室のそのあまりの惨状に、ハルトは言葉を失った。
 誇張表現なしの洗濯物の山。色とりどりの服や、キャラクターがプリントされたものの中に、ひと際目立つ美しい蒼。小さな質量たちによって押しつぶされたクトリが、そこで目を回していた。

「う~ん……」
「これはひどいな……」

 ハルトは思わずそう呟いた。このまま放っておくのも面白そうだと思いながら、ペチペチとクトリの頬を叩く。

「クトリちゃん。大丈夫?」

 数度のたたきにより、クトリはようやく目を覚ました。

「あれ? ……ハルトさん?」

 ハルトの存在を認識したクトリは、洗濯物の山から脱出して、キョロキョロと状況を

「は……はわはわはわはわ……」

 クトリは金魚のように口をパクパクさせながら、言葉を探している。

「えっと……これは……」
「別に恥ずかしがることでもないと思うよ」
「そ、それより……どうしてハルトさんがここに?」
「自分で子供たちに手品見せてほしいって言ったの、忘れたの?」
「あ……」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、クトリはぱあっと顔を輝かせた。

「見せてくれるの⁉」
「これが終わったらね」

 ハルトは洗濯物の山を見渡しながら言った。
 今、自分がファントムだったらあっさり目的達成できそう。それくらい、クトリは絶望した顔を浮かべた。



「やっと終わった……」

 洗濯物のみならず、掃除昼食その他家事全般を手伝うことになったハルト。子供たちの近くで大の字になり、大きく息を吐いた。

「手伝ってくれてありがとう」

 その隣で、クトリがにっこりと喜んでいた。

「いつもはお休みの日でも、もう少し時間かかるんだけど、おかげ様で早く終わっちゃった」
「そりゃどうも。それより、どうしてチー君が外にいたんだ?」

 ハルトはチー君を見ながら訪ねる。チー君は他の子供たちと混じっており、顔を見なければ判別できなかった。
 クトリはあきれたように、

「チー君、よく外に飛び出しちゃうんだよね。好奇心が強いから。ほら、この前病院の外に出て行ったのも、好奇心」
「へえ……大変だなあ」
「子供だからね。お姉さんの私が何とかしなくちゃいけないんだけど」
「あ……もしかして、クトリちゃんがこの中で年長者なの?」
「そう! 私がお姉ちゃんなんだよ」

 クトリが胸を張った。「おお~」と拍手を送ると、クトリは嬉しそうに口角を上げた。

「あ、そうだ。子供たちにマジックとか見せてあげる約束だっけ」
「そうそう! 早く見せてあげて……ハッ」

 クトリは口を押える。

「べ、別に私が見たいわけじゃないからね! あくまで、子供たちに楽しんでもらいたいからだから!」

 言葉ではそう言っているが、見たい見たいと顔に書いてある。ハルトの心に、意地悪心が芽生えてあ。

「あ……はいはい。そうだね。年長者がマジックなんて子供だまし、見たがらないもんね」
「そ、そうそう。あくまで、子供たちのためだからね」
「じゃあ、クトリちゃんは別に見なくてもいいよね。じゃあ、見つからないところでやったほうがいいかな」

 起き上がり、子供たちのところへ行こうとするハルト。するとクトリは、ハルトの肩を必死でつかむ。

「待って! あくまで……」

 口ごもるクトリは、少し顔を赤くしながら主張した。

「あくまで子供たちのため! 子供たちの教育に悪くないものかどうかを確認するため! だから! 私も! 確認のために見せて!」
「ほう……つまり、俺は子供たちに教育に悪いものを見せる可能性があるザマスね」
「ち……ちが……」

 タジタジになるクトリを見て、ハルトはケラケラと笑った。

「冗談冗談。わかってるよ。見たいんでしょ? ほら、じゃあよくある『マジシャンが来てくれました』って奴やって」
「だから私は別に……」

 頬を膨らませるクトリへ、その時残酷な言葉が天井より降り注いだ。

『業務連絡。クトリ・ノタ・セニオリス。ヘルプが入りました。今すぐに第十五治療室に来てください』

「……ああああああ……」

 また絶望した顔。だがハルトは救うわけでもなく、現れた病院スタッフに引きずられていくクトリを手を振って見送った。
 彼女の姿が見えなくなったのと入れ替わりに、今度はチー君を先導に子供たちが集まってきた。

「ねえ! お兄ちゃん!」
「マジック見せて!」
「手品やって!」

 口々に訴える子供たち。クトリには悪いけど、先にこの子たちの欲求を満たすことにしようと、ハルトは宣言した。
 
 

 
後書き
クトリ「ああ……いや……マジック見たい!」
可奈美「なんだろあれ……看護婦さんのボイコット?」
クトリ「(´Д⊂グスン……あ、お見舞いの人?」
可奈美「うん。どうしたの?」
クトリ「何でもない……お姉ちゃんが、こんなことで泣いていられない」
可奈美「ああ……そう……あ、もう尺がない! ごめんね看護婦さん、ちょっとこのコーナー入っちゃった!」
クトリ「ああ、私もやるんだね……それでは、今回のアニメ、どうぞ」


___舞い上がれ! 輝きへと近づいてみせる 希望が燃える大空___



可奈美「翠星のガルガンティア!」
クトリ「えっと……2013年の4月から7月に放送っと……」
可奈美「それから、OVAも一緒にあるね! いいよねOVA!」
クトリ「これは、戦争の中で地球に漂着した主人公(レド)が、地球人と交流を深めていくお話……え? 地上全部海の下なの⁉ 信じられない……生きられる箇所が船の上だけだなんて」
可奈美「あれ? クトリちゃん、本来空の上だけの世界なんじゃ……」
クトリ「何のこと? 私はずっとこの病院だよ」
可奈美「う、うん……宇宙生命体、ヒディアーズの秘密とは? そして、そもそもレドとはいったい何者なのかのお話が、本当に面白いよ! そして何より、チェインバーが黒くてバーベキューにはうってつけだよ!」
クトリ「くたばれブリキ野郎! ついでに私、今日お休みなのに!」
可奈美「あ……病室入っちゃった……それでは皆さん、また次回! もしかしたらよいお年を!」 

 

木綿季

 地下深く。
 そんなフロアがあったことなど、彼女と知り合わなければ知ることもなかっただろう。
 無数の無菌室のための設備を通過し、可奈美が訪れたのは厳重な病室だった。
 外界とは、白い壁で拒絶された部屋。繋がりは、固く閉ざされた扉と、可奈美の前のガラスのみだった。
 部屋には大きな装置が設置されており、その手前には、壁と同じくらい白いベッドがあった。無数の装置のみがあったようにも見えるが、その下には小さな肌色……人の姿があった。

木綿季(ユウキ)ちゃん?」

 ガラス越しに、可奈美は声をかけた。木綿季(ユウキ)という声に、装置の中の人影は口を動かした。

『可奈美さん?』

 その声は、肉声ではない。可奈美のすぐ近くにある装置より聞こえてきた。

「そうだよ。可奈美だよ」
『……! 本当に来てくれた!』

 装置から発せられる、電子音声。だがそこには、少なからずの喜びが込められていた。

「あ、この前言ってた竹刀あるよ。今日は動けそう?」
『ううん……体が、もう思うように動かないんだ』
「そうなんだ……じゃあ、お話だけ?」
『うん。ごめんね。わざわざ来てくれたのに』
「気にしないでいいから」

 そうは言いながら、可奈美は険しい顔で病人の体を見通す。肌色の部分よりも覆いかぶさっている部分の方が多く、それが彼女__木綿季の病状を物語っていた。

「木綿季ちゃん、体どうなの?」
『うん。やっぱり、症状は変わってないよ。でも、そこは気にしないで』

 気にする。その言葉を、可奈美はぐっと飲みこんだ。彼女の次の発言が、『それよりもまた剣術教えて』だったからだ。
「うん。それじゃあ、今日は……」

 可奈美は、簡単に選んだ流派の剣を披露していく。狭い病室の中、可能な限りの動きで、木綿季はそれに対して歓喜の声を上げている。

『ねえ。可奈美さんには、ほかの剣術仲間とかはいないの?』
「たくさんいるよ。見滝原には来ていないけどね。みんな全国に散らばっているから、今はなかなか会えないんだ」
『そうなんだ……』
「あと、これは鹿島(かしま)神當流(しんとうりゅう)の車の構え、清眼の構え、引の構えだよ」

 可奈美は、友の姿を脳裏に思い浮かべながら、その構えをしてみせた。
 目を輝かせたような声を上げながら、木綿季は呟いた。

『本当、ボク可奈美さんに会えてよかったよ』
「え? それ言うの、ちょっと早すぎない?」
『だってボク、この体だからね。言いたいことは早めに言っておきたいんだ』
「早めにって……そんな、余命いくばくもないみたいな……」
『あれ? 前言ってなかったっけ?』

 すっとぼけたような声音で、木綿季は言った。

『ボク、あと二週間なんだって』

 チノの見舞いに来た時、小さなドローンが可奈美を刀使だと見抜いた。そのまま、付属していたマイクを通じて、この病室に導かれたのだ。
 そのドローンは、木綿季の目だった。外の世界を視覚的に伝えるためのもので、病院の敷地内のみの情報を、木綿季に届けるためのものだったのだ。
 木綿季は、剣に憧れていた。刀使として活躍している可奈美に尊敬を抱き、そのまま剣について色々話していた。可奈美のことは、以前テレビで受けたインタビューのことで知っていた。
 まだ二回目にしての余命宣告に、可奈美は言葉を失った。

「二週間って……どういうこと?」
『あと二週間で、ボクの命がなくなるってこと。末期らしいんだ』

 言葉では、可奈美は「そんな……」と口にしていた。しかし、その内情は驚くほどに落ち着いていた。
 それを見抜いたのだろうか。木綿季はこう返した。

『驚かないんだね』
「……最初に出会ったときから、そんな気はしていたよ」

 可奈美は剣の動きを続ける。何度も見てきた、大切な人の姿を自分に重ねながら、それ以外の機能はすべて木綿季へ注がれていた。

「改めて言われると、やっぱりショックだけどね」
『ごめんね』
「謝らなくてもいいよ」

 可奈美は首を振る。

「私なんかより、木綿季ちゃんが、一番苦しいだろうし。……ねえ」
『ん?』
「それじゃあ……木綿季ちゃんは、もう外に出られないの?」
『難しいかな。でも……』
「でも?」
『ボク、また外に出たいなあ……この体じゃあ……』

 可奈美の耳に届くのは、あくまで木綿季の思念を電子化して再生した音声。だが、そこには彼女の嘆きが十二分に再現されていた。

『ボク、一回だけでいいから、剣を手に持ってみたい。振ってみたい。そんなこと、叶わないのかな……?』

 可奈美は、竹刀を振る手を下した。しばらく木綿季を見つめてから、傍らに置かれたギターケースに視線を流した。
 竹刀をしまい、相棒であるピンクの鞘がついた刀、千鳥(ちどり)を取り出す。
 数秒見つめてから、またしまいなおした可奈美は、ガラスに張り付いた。

「ねえ!」
『うわっ! ビックリした……どうしたの?』
「私と一緒に、立ち合い! ……じゃなかった、剣の練習してみない?」
『え?』
「見せてあげるって約束したけど、それだけじゃ足りないよ! やっぱり剣は、手にもってやらないと!」
『でも……』
「だから病気なんてやっつけて! 私だって、必要なら毎日来るよ! なんでも見せるから! だから、早く良くなって、私と剣の修行しよう!」
『ボク、本当に……?』
「うん! それに、もしかしたら木綿季ちゃんだって刀使になれるかもしれない! そうすれば、私と試合だってできるよ!」
『可奈美さんと試合はちょっとハードル高いなあ……でも……うん。そんな未来、なったらいいな……』
「きっと来るよ! 私、そのためなら何でもする! あ、お医者さんにはなれないけど……うん、毎日だって来る! 剣術のこと、何でも教えてあげるから! だから、ね?」
『……! ありがとう!』

 木綿季の音声は、今度は嬉しそうな声色だった。



 まだまだ満足していない。だが、可奈美が出ざるを得ない状況になってきた。

「また検査?」
『うん。万に一つでも、治療法を探してくれているから』

 病院スタッフが、木綿季の病室に立ち入っている。これから只ならぬ治療の時間なのだとわかっていた。

「そっか……それじゃあ、今日はここまで?」
『うん。でも、色んな技が見れて、本当に嬉しかった』

 木綿季に感謝されて、可奈美は鼻をこする。
 白衣の医者たちが増えてきた頃合いに、可奈美はギターケースを背負った。

「ほう。貴女が先日来てくださった刀使の方ですか」

 帰ろうとしたとき、可奈美の背後から声がかけられた。
 振り向くとそこには、見上げるほどの長身の男性がいた。他の医者たちとは真逆に、赤いラインが入った黒いスーツを着こなしており、太陽のごとく広がった髪から、まるでライオンのような勇猛な印象を受ける。

「初めまして。刀使の方。当院院長の、フラダリ・カロスと申します」
「ああ、初めまして。衛藤(えとう)可奈美(かなみ)です」

 可奈美は慌ててお辞儀をする。フラダリと名乗った男は、それを受けてから、病室の木綿季へ視線を移す。

「刀使の方に実際にお会いするのは初めてですね」
「そうですか……」

 可奈美は少し気まずさを感じながら、足を止める。
 フラダリは続ける。

「刀使というのは、人々の平和のために戦っておられるという話をよく聞きますが、実際はいかがなのですか?」
「実際そうです。荒魂(あらだま)から人々を守るために戦っています」
「ほう。それでは人にその刀を向けることはないと?」

 何故だろう。フラダリの視線が、とても強くにらんでいるように思えた。
 フラダリは続ける。

「競技の一つである剣術ならば、競い合うこともあるのでしょう。それならば、他者を蹴落とすこともあるのでは?」
「まあ……ありますけど」

 その返答をどう受け取ったのか。フラダリはどことなく悲しそうな顔を浮かべる。

「刀使というものも、結局は争いか……」
「争い?」
「いいえ。何でもありません」

 それ以降、フラダリは可奈美を一瞥することなく、病室へ入っていった。
 可奈美は少し唖然としていた。やがて、木綿季の姿がどこかへ連れていかれるのを見届けて、可奈美は病室を後にした。
 
 

 
後書き
響「……」
キャスター「……」
響「……ねえ」
キャスター「?」
響「私たち、話すことある?」
キャスター「ない」
響「だよね……私たち、前回少し戦ったくらいしか絡みないもんね……」
キャスター「ならば素直に、今回のコーナーは終了すればいい」
響「ああああ! ダメ! ダメだって! このままじゃ消されそうだから、早めに紹介始めましょう! 今回はこちら!」



___Ah ゼロになる進化を 恐れずに飛んで行け 心をギュッと確かめ合った 絆と云う名の翼___



響「東京ESP!」
キャスター「2014年7月から9月までのアニメですね」
響「空飛ぶペンギンと光る魚から始まる、超能力アクション! 私もテレポートとか使いたい!」
キャスター「主人公の能力が透過能力というのも中々珍しい」
響「アニメ化されたのは前半だけ、後半は超能力が当たり前になった新しい世界でのお話で、主人公だったリンカちゃんが前作主人公っぽくなってるよ! こっちのアニメ化はまだかな?」
キャスター「いずれでしょう」
響「あの場にいれば、誰でも超能力者! 光る魚を見つけたら、まっすぐに飛び込もう!」
キャスター「主人公のセリフとは思えない言葉」
響「光る魚を見つけることを来年の目標にして、また来年もよろしくお願いします!}
キャスター「ガングニールも超能力と大差ない気が……来年もまた」(*- -)(*_ _)ペコリ 

 

捕食する怪物

 ようやく子供たちが満足してくれた。
 ネタを絞りつくしたハルトは、疲れながらもようやく受付まで戻ってきた。

「はあ、はあ……」

 小道具の多くを消費してしまい、からっきしになっていた。明日からの大道芸には、また新しいネタをしこまなければならないが、なけなしの給料では、次の大道芸を披露するのは少し先の話になりそうだ。

「あ、いたいた。可奈美ちゃん」

 ハルトの声に、ベンチでずっとスマホと睨めっこしている可奈美に声をかけた。

「可奈美ちゃん? ……可奈美ちゃん!」

 トントンと、その肩をたたく。びっくりした可奈美は、耳にあるイヤホンを外す。

「は、ハルトさん!」
「珍しいね。可奈美ちゃんがスマホをずっと見てるなんて。何見てたの?」
「剣術の動画だよ」
「えっと……」

 ハルトは可奈美が見せる動画を凝視する。道場で二人の男が何やら竹刀を振りあっている。一つ一つの動作に色々な名前が表示されているが、まったく区別ができない。

「これ……何?」
「え? この流派知らないの?」
「うん……」
「うそでしょ⁉ これは……」

 ナントカ流のナントカで……可奈美がそういう解説を始めたら時間がいくらあっても足りない。それを理解しているハルトは慌てて彼女の口をふさぐ。

「分かった! 分かったから! その辺の話は、ラビットハウスに帰ってからな?」
「でも、今話したい! 話したい!」
「わわわわ! 分かったから! 後で帰ったらたっぷり聞いてあげるから! だから帰るぞ!」

 暴走する剣術知識機関車を引きずりながら、ハルトは病院から出ていく。可奈美はむすっとふくれっ面を浮かべながら付いてくる。

「そういえば、可奈美ちゃんは会いたい人と会えたの?」
「うん、会えたよ」
「そう。どんな人?」
「いや、それは内緒」
「内緒?」

 病院の中庭に着いた。冬は日の入りが速く、まだ四時だというのに、夕暮れになっている。肌寒さを感じながら、ハルトは駐車場に入った。
 出番を待ち侘びているマシンウィンガーのシートを開き、ヘルメットを取り出す。

「早く戻ろう。ココアちゃんやチノちゃん、きっと待ってるから」
 
 可奈美へヘルメットを渡そうとした、
 その時。
 じゃらん。
 金属が地面に落ちる音が響く。驚いて振り向くと、使い込まれた車椅子が地面に投げ出されていた。その近くで倒れている老人がその持ち主だろう。
 助け起こそうと動く前に、看護婦が駆け寄る。大丈夫か、と安心したハルトは、続く現象に目を疑う。
 老人の体から、蒸気が発せられている。
 とても自然とは思えない現象。そのあまりの高熱に、看護婦もやけどをしながら後ずさりしている。
 さらに、変化は続く。メキメキと人体から発生してはならない音が聞こえてくる。苦しそうな老人の声。それがやがて、人間の肉声から獣の唸り声に変わっていく。 熱い蒸気の中、老人のシルエットがどんどん人ならざる者へと変化していく。
 やがて、蒸気が降り切れていく。
 そこにいたのは、老人ではなかった。オニヤンマの体色を持った人型の怪物。それは看護婦に覆いかぶさる。
 その動きに並々ならぬ危険を感じたハルトは、走り出す。覆いかぶさった怪物を蹴り飛ばし、看護婦を助け起こす。

「大丈夫です……か?」

 ハルトは言葉を失う。
 彼女の右肩。もう修復できるのかどうか疑いたくなるほど、食い散らかされていた。
 ハルトは肩越しに、怪物の姿を改めて確認する。その口元を中心にした、赤い付着。間違いなく、

「人を……食おうとしてる……!」

 再び怪物が動く。

「逃げて!」

 ハルトが切羽詰まった声で叫ぶ。だが、看護婦は重傷により逃げられない。

「ハルトさん! 私が!」

 そんな看護婦は、可奈美がその肩を貸して病院へ向かう。
 彼女を見送ったのと同時に、ハルトに狙いを定めた怪物が、こちらに襲い来る。
 ハルトはその攻撃を受け流しながら、指輪をかざす。

「何だ……? この怪物?」
『ドライバー オン』

 指輪の魔力により、銀色のベルトが出現する。ハンドオーサーを操作して、ベルトを起動させると同時に、怪物の攻撃を平手で流す。

『シャバドゥビタッチ ヘンシーン シャバドゥビタッチ ヘンシーン』

 耳に馴染む音声。ルビーの指輪を取り出したと同時に、また怪物の突進が来る。それは、ハルトの右手を弾き、ルビーの指輪を地面に落とす。

「しまっ……!」

 拾い上げようとするが、また怪物が迫る。その暇はないと、ハルトは別の指輪を取り出した。

「変身!」
『ランド プリーズ』

 黄色の魔法陣が、足元に出現する。

『ドッドッ ド ド ド ドンッドンッ ドッドッドン』

 怪物と取っ組み合う、黄色のウィザード。力勝負には、土のウィザードに分があった。地面に叩きつける。

「________!」

 怪物が起き上がる。ウィザードをじっと睨む怪物は、やがて翼を振動させながらこちらへ攻め入る。

『ディフェンド プリーズ』

 出現した土壁が、怪物を塞ぐ。続けての回転蹴りで、怪物を地面に転がす。

「_________!」

 怪物は、再び空へ飛びあがる。
 逃がさないと、ウィザーソードガンで発砲する。しかし、素早いその動きにウィザードは命中できない。

「空中なら!」
『ハリケーン プリーズ』

 頭上に出現した緑の魔法陣。それにより、ウィザードは土より風へ変わる。

『フー フー フ―フー フーフー』

 緑の風を操り、高度を上昇していく。

「待て!」

 ウィザードは怪物を追いかける。数回攻撃をよけた怪物は、また突撃によりウィザードにダメージを与えていく。
 さらに、横一直線。そのダメージにより、少し高度を落とす。

「_______」

 怪物はウィザードへ追撃を仕掛けてくる。全身に、怪物の刃物が入り、地面へ背中から落下する。

「がっ……!」

 肺の空気をすべて吐き出し、体が動かなくなる。
 さらに、怪物は低空飛行で迫る。
 それに対し、ウィザードは痛むからだに鞭を打って起き上がり、怪物の四本の翅のうち一本を切り落とした。

「________!」

 怪物は悲鳴を上げながら地面を転がる。

「よし……今のうちに……!」

 ウィザードはウィザーソードガンでトドメを刺そうとする。
 しかし、怪物はウィザードに勝てないと見るや否や、ウィザードに背を向けて逃げ出す。その目線の先は、一般人。

「いけない!」

 しかし、ウィザードの発砲は遅かった。怪物の腕により、一般人の肩が引き裂かれ、鮮烈な血しぶきがあがる。

「クソッ!」

 ケガを負った一般人を脇に、ウィザードは怪物を追いかける。怪物はその間にも、道行く人々から少しずつの血液を口にしていた。

「あれ……」

 そしてウィザードは、怪物の変化に目を疑う。翅の切断痕。みるみるうちに再生していき、やがては元通りになったのだ。

「再生した……」

 トンボと同じく、四枚に元通りになった翅を駆使し、再び怪物は、戦場を空に指定した。
 再び空中で、ウィザードと怪物は何度も激突。
 そして迫る怪物。しかしウィザードは、その動きに合わせて、ウィザーソードガンの刃先を突き立てる。
 スピードを上げる怪物の体を引き裂き、後方の怪物はダメージにより落下していく。

「よし!」

 ウィザードは怪物を追いかける。地上に降りたとき。

「ぐあああああああああああ!」

 ウィザードの耳に、つんざく悲鳴が聞こえてきた。
 落とした怪物が、落下地点近くの人を襲っていた。青年を捕らえ、今まさに捕食しようといていた。

「間に合わない!」
『コネクト プリーズ』

 ウィザードは急いで、出現した魔法陣にウィザーソードガンを突っ込む。すると、怪物の脇に出現した魔法陣より、ウィザーソードガンの刃先が怪物を引き裂いた。

「大丈夫ですか? 速く逃げて!」

 怯えた表情の青年を逃がし、ウィザードはトドメの指輪を使う。

『チョーイイネ キックストライク サイコー』
「はあああ……」

 風が吹き荒れる。それを右足に集めながら、ウィザードはジャンプ。足元の風は竜巻となり、怪物への航路を示す。

「だああああああああああ!」

 ウィザードの蹴りは緑の刃となり、怪物の体へ炸裂する。

「______________!」

 トンボの怪物は、また唸り声を上げる。そして、爆発。

「……」

 ウィザードは、爆心地の怪物の体を見下ろす。トンボの形が、徐々に黒いドロドロの液体へと変わっていった。
 ハルトに戻って一言。こう呟いた。

「一体、何なんだ……?」

 人喰いの怪物。それがいたという事実が、ハルトに大きな不安を抱かせた。
 

 

こんな接客あるのか!?

城戸(きど)真司(しんじ)は記者である。
というのは、サーヴァントとして召喚される前の話。
今の真司は、ただのフリーターである。普段は大型飲食チェーン店に勤めているが、休日であるこの日は、このようにメモとペンを携えて町を散策している。

「おお……」

 真司は、見滝原の中央街を、珍しいものを見る目で散策していた。
 アパートから少し離れたこのエリア。最新技術がふんだんに盛り込まれただけあって、二十一世紀初頭までの記憶しかない真司にとっては真新しいものであふれていた。

「真司さん、すっごく楽しそう!」

 隣の友奈が、にっこりと笑いながら追随している。この世界に呼ばれたはいいものの、学校に入ろうにもアテもなく、ただただ真司に付いてきていた。

「でも、本当この街て色々あるよね。あ、あそこのうどん屋行きたい!」
「今度にしてくれ! あそここの前行ったじゃん! 今日は、街の散策を兼ねているんだから、新しいところ!」
「新しいところってどこ?」

 友奈の無邪気な質問でも、答えを用意していない真司は返答に詰まる。
 むむむと考えて、「あそこだっ!」と近くの店を指さす。
 そこは。

 現代では知らぬ人のいないメイド喫茶。
 そんな名称は、友奈は何とか思いついても、真司には向こうの世界の話だった。
 真司のいた時代では、まだメイド喫茶はその頭角を現したばかりで、その存在も真司の知るところではなかった。

「何やら不安を感じる視線ですね、姉様」
「そうね、不安を感じる視線ね、レム」

 店の前___客引きにあたる、二人のメイド。髪の色と、左右の目がのぞく髪の切れ目以外ほとんど同じ姿の、おそらく双子。ついうっかり、じっと見つめていたことに気づいた真司は、慌てて「あわわ、ごめん!」と謝った。

「なんか、初めて見たから……そういう格好……」
「まあ、失礼な発言。メイドをご存じない世間知らずの発言です。聞きました姉様」
「失礼な発言ね。メイドどころか金も持っていないバカの発言ね。聞いたわよレム」
「なんかすっごい罵倒されてんだけど!」

 接客応対どうなってんだ、と思いながら、真司はコホンと咳払いをする。

(俺は大人俺は大人俺は大人俺は大人……よし!)
「あの……」
「あの! 私も、こういうお店初めて見ました! どういうお店なんですか?」

 真司の言葉を遮って、友奈が割り言った。それにより、真司は口を噤むほかなかった。

「まあ、初めてを装って私たちと会話しようとしています。どうしましょう姉様」
「落ち着きなさいレム。こちらの女性には他意はないわ。こちらの男性が危険よ」

 相変わらず、この二人は互いに問答している。
 ピンクの子が姉で、青い子が妹でレム。その情報を頭に叩き込むことで真司は平静を装い、

「えっと……二千円あれば足りる?」

 その発言で、この双子の目の色が変わった。

「それでは姉様。お客様をご案内します」
「そうねレム。お客様は丁重に扱うのよ」
「君たちさっきと態度全然違くない?」
「レッツゴー!」

 そしてなぜか友奈は元気な声を上げていた。



「えっと……」

 少し気まずいなあと、真司は感じていた。
 ピンク一色に彩られた店内。目にも悪いその中で、真司はメニュー以外の目のやり場に困っていた。

(こんな店だったのかよ……っ!)

 近くの客が、メイドと何やら話し込んでいる。まるで夜のお店が昼からやっているような感覚に、真司は頭痛がしてきた。

「それで……えっと」

 メニュー表に目を落とす。一般的なファミレスよりも一回り高い値段に目を回しながら、定番と書いてあるオムライスを注文することにした。

「少々お待ちくださいお客様」
「待ちください女子侍(じょしはべり)お客様」
「ちょっと俺への扱いひどくないかぁお姉様!」

 真司の訴えも無視されながら、姉妹メイドは厨房へ向かっていく。

「やれやれ……ここ一体なんつう店なんだ……?」

真司が頭を抱えた。友奈は出された水を飲みながら、周りを見渡している。

「あ」
「何?」
「真司さん真司さん。あんな感じじゃない?」

 友奈が近くのテーブル席を指さす。そちらには、制服を着たメイドと、その知り合いらしき三人の少女___このうち二人はおそらく双子___がいた。

「アンタ達。飲み物何にする?」

 高圧的なメイド。あれでよくクレームにならないなと感心した。

「速くしなさいよ。遅いと罰金よ罰金」
「それが客に対する態度か」

 ごもっともです。

「ここではこれが仕様なのもう決まったわよね?」

 前半だけメイドの素が出た。

「私メロンソーダー」
「ただのメニューには興味ありません」

 メイドの好みを客に言われても。

「私はミルクティーをお願いします」
「アンタ(最初の女の子)はどれがいいの?」
「今選んでるじゃない」
「団員にあるまじき遅さね」

 最初のツインテールの子だけに少し厳しい気がするのは真司の気のせいだろうか。

「いつから団員だ」
「そういう設定なの団長に逆らうなんて百年早いわよ」

 メイドの女の子も大変だなと、真司は水を飲む。

「ややこしいわね。アイスコーヒーでいいわよ」
「団長命令よ。待ってなさい」

 メイドはそう言って胸を張って厨房へ向かった。
 真司は眼を大きく開き、

「おいおいおい! このお店ってああいうのが普通なの⁉」
「私も初めてなのでわかりませんけど、普通なのかな?」
「むしろ俺たち、ああいう塩対応されないだけマシ?」
「だね」

 友奈に頷かれると、真司も何も言えなくなる。
 そして。

「お待たせしましたお客様」
「お待たせしましたお客様」

 さっきも聞いた、双子の声。普通サイズのオムライスだが、その右側を(レム)、左側を姉が持っていた。

「き、器用なものだな……」

 驚く真司をよそに、双子のメイドは皿を置いた。
 黄色一色の卵に、真司は疑問を抱く。

「あれ? ケチャップは?」
「チッ……」
「あれ? 姉様いま舌打ちした?」
「さてお客様。おいしい文字などをどうぞ」
「いやいやごまかさないでよ! ねえ、何か君たち接客おかしくない?」
「さあ、お客様」

 (レム)がごまかすように、真司をなだめる。

「お名前をどうぞ」
「……城戸真司」
「かしこまりました。それではどうぞ」

 なんということでしょう。
 妹のきらびやかな笑顔とともに、オムライスに赤い文字が描かれていく。
 真司は喜び、

『おバカさんへ』

「なんでだよおおおおお!」

 叫んだ。
 一方お姉様の方は、友奈のオムライスにケチャップで文字を書いていた。しっかりと『友奈さんへ』と。

「なんか俺だけ理不尽だろおおおおおおお!」

 そんな真司の嘆きを潰すように、双子は一緒にこう言った。

「「美味しくな~れ」」



「全く……今はああいうのが流行なのか?」

 お店から出た真司は、理解できない理不尽さを胸に歩いていた。

「でも、結構メイドさんたちから色んな話を聞けたじゃん」

 その後ろを歩く友奈は、満足そうに言った。真司の知る限り何も問題なく進んだ友奈には、これといった不満点もなかった。
 あの後、田舎から出てきたばかりという体で、双子から色々話を聞くことができた。どうも、メイド喫茶というのは、ああいう対応が喜ばれることもあるらしい。

「一体どうなってるんだろうな……」

 サーヴァントとして現界したのは、わずか二十年先の未来。それでも、かつてと今は世界がまるで違うもののように思えた。

「この世界で、俺ジャーナリストになれるのかな……大久保編集長……」

 この世界にいない人物の名前を呟きながら、真司は見滝原の町を歩き続ける。
 誰もが持っている携帯電話。それさえも、真司にとっては新しいものに見えた。

「それよりも真司さん。気になる話、あったね」

 友奈が真司の前に躍り出る。


「昨日の怪物騒ぎ」
「ああ」

 双子のメイド曰く、「今とっておきの噂です!」とのことだった。真司が新聞記者を目指していることからその話題となり、面白い話はすぐに教えるということで約束を取り付けてもらった。

「人喰いの怪物が出てきて、今も行方不明、と」

 簡単に記事になりそうな文章を書き、それを読み直した真司は思った。

「黄金のザリガニの方がまだ信じられるな」
「え?」
「モンスターもいないこの世界に、そんなのいないだろ? ……いないでくれよ」

 真司は神頼みのように合掌する。友奈は、

「とにかく、病院に行ってみようよ! 何か記事になることだってあるかもしれないよ!」

 彼女の元気さを少し分けてほしい。そう願いながら、真司は頷いた。

「そうだな……そうだな!」

 二度同じことを繰り返した真司は、そこで大切なことに気づく。

「……病院って……どこ?」
「あ」
「それに、俺今スクーターない……」

 その後、見滝原の街に、龍が現れた都市伝説ができたとかできないとか。





『調査中です』

 そんな声に、ハルトは設置してあるテレビに目を向けた。
 ラビットハウスの天井付近に設置された、年代物のテレビ。地デジすらなさそうなテレビには、その画面の多くを占める人物が出ていた。

『それでは、今後の対策は?』
『検討中です』

 問題に対し、よく言われる常套句。赤い太陽を連想させる人物が、記者たちの取材をよけるように歩いていた。

「……あの人……」
「フラダリ・カロスさんですね」

 そう言うのは、テーブル席の客だった。白紙の原稿用紙に向き合う、若い女性。彼女はコーヒーを一口含み、ハルトに尋ねる。

「ご存じですか?」
「この前病院に行ったときに会いましたね。青山さんは?」

 現在のラビットハウス唯一の客。謎多き、青山(あおやま)ブルーマウンテンさんなる小説家は、「そうですね」と前置き、

「以前、私は彼の病院へ取材でお伺いしたことがありまして、その縁ですね」
「取材に行ったんだ……」

 その時、クトリは何歳くらいの時なのかな、とハルトが思う一方、青山さんは続ける。

「色々医療現場のことを学べて、大変貴重な体験でした。……しかし」

 青山さんは首をかしげる。ハルトが「しかし?」と先を促すと。

「フラダリさん、とても意味深なことを口にしていたんです」
「意味深?」

 青山さんはまたコーヒーを飲む。皿洗いをしている可奈美の水音以外の無音は、静かすぎて不安さえ感じさせる。

「『小説家とは、他の作者を蹴落としていくものなのだろう? 一度売れれば、また売れようとして、その地位を独占する。また売れなくなれば戻りたくなる』そう言っていましたね」
「何ですかそれ。競争社会全批判ですね」
「フラダリさん自身、医者になるまではさまざまな慈善活動に身を置いてきたらしいので、紛争地帯などでの経験でそういう考え方をしてしまったのかもしれません」
「そうなんだ……」

 ハルトは、テレビのフラダリに視線を戻す。争いを嫌うライオンは、記者団の質問に何一つ答えないまま、病院前の車に乗車し、発信した。レポーターの『今回の問題に対し、病院の対応が待たれています』という言葉よりも、大きな病院の院長が一般的な普通自動車を使っている光景の方が印象に残った。

「問題って……昨日のことですよね?」

 ハルトの問いに、青山さんは頷いた。

「患者の怪物騒ぎ。病院の患者さんが、トンボの怪物になって、看護婦一名重傷、街にも数人の被害が出て、今は行方不明」
「……」

 本当はウィザードが討伐したのだが、それを言ったところで誰にも信じてもらえることはないだろう。ハルトは黙っていた。

「フラダリさんの、少し過激な性格もありますから、前々から訝しまれていたんです。この騒ぎも、それが原因といえるでしょう」
「……」

 ハルトは、少し顔を下げる。

「可奈美ちゃん」
「ん?」

 ハルトの声に、カウンター奥から、ラビットハウスの制服を着た可奈美が顔を出した。

「ごめん。ちょっと出てもいい?」
「え? いいけど……」

 可奈美は戸惑いながら、店内を見渡す。午後一時。昼食時だというのに、会社員の姿はなく、青山さんのみがお客さんの状況。
 可奈美は腕を組み、

「でも、万が一の時は、助けに来てもらわないと困るよ? 私も午後は出かけたいし……」
「ああ、午後には戻ってくるから。それじゃあ、お願い」

 ハルトはそれだけ言い残して、そそくさと走り去っていった。



 見滝原病院の駐車場にマシンウィンガーを停め、ハルトは院内へ急ぐ。
 先日までとは打って変わり、病院には報道陣が大勢いた。患者や見舞客はむしろ少数派となっており、ロビーの片隅に縮こまっている。
 受付で待つのももどかしく、ハルトはエレベーターに突撃する。最上階のボタンを押し、大急ぎでリフトアップ。

「クトリちゃん!」

 子供たちの居住フロア。昨日、子供たちにマジックショーを披露したその場所だが、今はもぬけの殻だった。

「……」

 いない。その現実を頭で理解した後で、ようやくハルトは深呼吸した。

「……何やってんだ俺。そもそも会ってどうしようって思ってるんだ?」

 ハルトは顔を押さえる。

「ここは危ないから、どこかに避難しようって言うのか? ないないない。……みんな揃って外出か……うん。出直したほうがいいな」

 ハルトはそう決めて、帰路に着こうとする。すると、「お兄ちゃん?」という声が聞こえた。

「どうしたの?」

 七、八歳くらいの少年。眩い眼差しのチー君がこちらを見上げていた。

「あ、チー君。いや、その……」
「ああ! 分かった!」

 チー君はポンと手を叩く。

「下の人たちの使いっぱしりだ!」
「そんな言葉どこで覚えた⁉」
「じゃあパシリだ!」
「いやそれ同じ意味だからな? っていうか、語源だからな!」

 十歳以上も年下の子供に突っ込みを入れた後、ハルトは咳払いする。

「まあ、ちょっとテレビでこの病院のことをやってたから、ちょっと心配で来たんだよ。皆出かけてるの?」
「別のところでお勉強。ぼくは忘れ物しただけ」

 チー君はそう言って、居住フロアに入る。数分もたたないうちに戻ってきた彼の手には、『みんなの音楽』という教科書が握られていた。

「社長は心配だけど、ぼくたちは大丈夫だよ」
「社長? ……院長ね」
「そうとも言うそうとも言う」

 チー君は野太い声で頷いた。

「あ、本当はお姉ちゃんに会いに来たとか?」
「違う」

 ハルトはきっぱりと言い切った。だが、何がチー君の琴線に触れたのか、チー君はにやにやと笑んだ。

「ほうほう。なるほどなるほど。そういうじゅないる(・・・・・)なものもアリですな~」
「どこでジュナイルなんて言葉覚えたんだか」

 だがチー君は、そんなハルトの言葉など聞こえないように振る舞う。

「んじゃ。またね! あ、今度ぼくのマジックも見れば~?」
「お、おう。……その言い方なんなんだ?」

 嵐を呼ぶ五歳児のような言い方のチー君を見送って、ハルトはフロアの窓から病院のロビーを見下ろす。
 相変わらずマスコミたちが、フラダリへの説明を求めているが、ほとんど彼らに動きはない。

「……帰るか」

 本当に何しに来たんだろう、とハルトは思ってしまった。 
 

 
後書き
ほむら「まどか……」
まどか「な、なにほむらちゃん?」
ほむら「私たち、ここに出てるアニメでも指折りのビックタイトルよね?」
まどか「う、うん。そうだね」
ほむら「今季はマギアレコードもスタートして、まさに波に乗っていると言っても過言ではないわよね?」
まどか「う、うん。実際にオープニングにも出てたね」
ほむら「しかも、今回病院がよくフィーチャーされてるわよね。病院と言ったら私よね」
まどか「ほむらちゃんのスタート地点だけでしかないけど」
ほむら「ならなぜっ!? ここまで出番がないの⁉」ドン!
まどか「うわっ!」
ほむら「前も言ったけど、前回の私はかなりの強敵として描かれていたわよね! フェニックス? 青いサーヴァント? 全部私なら片付けられるわよ!」
まどか「だからじゃないかな……?」
ほむら「なぜなのっ! ルパンに続いて私の存在まで予告詐欺になるわよ!」
まどか「お、落ち着いて落ち着いて! 私もだから! 私も出番ないから! あ、今日のアニメ、どうぞ!」



___空を突き刺す 光になって 星に刃を溜めて 零れ落ちそうな 傷を全部 彼方に拭い去って___



まどか「げ、幻影ヲ駆ケル太陽!」
ほむら「……(。-`ω-)」プイッ
まどか「……えっと、2013年7月から9月のアニメです。人のタロットカードをモチーフにした魔法少女もので、ダエモニアから人を守るために戦ってます!」
ほむら「……」
まどか「ほむらちゃん! ほら! ……あ、ダエモニアになった人たちと、それに関連する人たちの記憶と悲しみのお話が魅力です! 主人公のあかりちゃん、どことなく私と似ている気がする(主観が入ります)。 あ、ほら! ほむらちゃん! さやかちゃんもいるよ!」
ほむら「……あなたはどこまで愚かなの?」
まどか「それって私? それともさやかちゃん?」
ほむら「私って、ほんとバカ」
まどか「それ私たちの話になってる! 幻影ヲ駆ケル太陽の話をして!」 

 

耳鼻科

 
前書き
グロ注意
書いてる時気分悪くなった(自分グロ耐性ないです) 

 
「……お」

 エレベーターを待つハルトの目の前に、赤いプラスチックが現れた。鳥のプラモデル、レッドガルーダは疲れたように飛びながらハルトの手に収まる。

「よっ。ガルーダ。魔力切れだよね?」

 最近めっきり可奈美にばかり懐いている使い魔。真っ先に自分のところに来ることがむしろ久しぶりに見える。
 しかし、そんなお久しぶりなガルーダは首を振って否定。

「……てことは、またいつものパターンか……」

 つまり、ファントム発見。行かなくてはならないことに、ハルトはため息をつくが、ガルーダはそれも否定。

「違う? 何?」

 聞き返すと、ガルーダは小刻みに体を震わせている。飛ばずに、手のひらで震えているのもあって、その振動がハルトにも伝わってくる。

「ガルーダ?」

 ハルトの呼びかけに対し、ガルーダは静かに再浮上。だが、いつものように旋回して案内はせず、じっとハルトの目を見つめている。こんなことは初めてだった。

「どうしたの?」

 ハルトの質問に対し、ガルーダは「キーキー!」と鳴きながら、階段を下っていく。

「え? おい、ガルーダ!」

 この大きな病院の最上階から階段を使えっていうのか。そんな文句を反芻させながら、ハルトは階段を駆け下りて行った。



 じゅる。じゅる。
 何かを啜るような音が聞こえた。
 誰かが食事でもしているのだろうか。ガルーダに追いついたハルトはそんな疑問を持った。廊下には「飲食は専用スペースで」という張り紙が目の前にある。

「ガルーダ?」

 いつもなら止まることなくハルトを先導するガルーダが、空中でホバリングしている。小刻みに震える体が、まるで恐怖をしているようにも見受けられる。

「おい?」

 トントン、と小さな使い魔を小突く。ガルーダははっと我に返り、ハルトの目前で上昇、天井に頭をぶつけ、パニックになる。

「な、何?」

 ハルトの疑問に対して、これといった回答を示さぬまま、ガルーダは進む。その後ろに着いて進むと同時に、じゅるり。じゅるりという音がどんどん大きくなっていく。

「……」

 いやな音だ、とハルトはこの音への感想を決めた。
 やがてガルーダがここだよと言わんばかりに嘴で示すのは、耳鼻科と書かれたフロアだった。
 ただの耳鼻科。休憩中と書かれた立て札と、(かんぬき)によってロックがかかった扉で入ることができなかった。

「ここ?」

 少し顔を青くしながら、ハルトはガルーダに尋ねた。ガルーダは声を鳴らすことなく頷いた。だが、表情のないガルーダの動きから、只ならぬ事態が発生していると思えた。
 同時に確信した。この奇妙な音は、ここが発生源だと。
 ハルトは、勢いよく扉を開け、中に入る。
 小さな診療所が、そのまま大型病院に移ったような施設。受付とウォーターサーバー。待ち合わせ席と本が並んでいる。

「……」

 人の気配がない。ただ、奇妙な音が響いているだけだった。むしろ、一番大きな音は、ガルーダの羽音だった。
 ハルトは、静かに入口より、耳鼻科へ入っていった。
 そして。

受付。無人。
 診察室1。無人。
 診察室2。無人。

 診察室3。

「……!」

 いた。
 若い女性が、診察椅子に座っている。普段なら、そこで診察を受けるところだが、今回は違う。
恐怖が張り付けられた顔は、血だらけであった。
 その両耳には、桃色の管がついている。そして、その内部には、何かが彼女より流れ出ている(・・・・・・)。そのまま彼女は、体をビクンビクンと痙攣させていた。

「あ……あ……」

 消え入りそうな声だけが、まだ息のある彼女より漏れ出ている。
 そして、その管の先。彼女の両側の、二体の黒い怪物の鼻へ続いていた。象の頭を持つ怪物と、ゾウムシの顔の怪物。彼らは、その管を吸っており、女性の耳から何かを___脳髄を啜り取っていた。
 ハルトの乱入に真っ先に気づいたのは、象のほうだった。それは管から口を離し、ハルトに向き直る。その際、落ちた管より、女性の体組織が滴った。粘着性のあるピンクのそれが、真っ白な床に広がっていく。

「お客さん。診察はまだお速いですよ?」

 象の怪物は、ハルトを見て立ち上がる。それと時同じく、ゾウムシの怪物もハルトへ狙いを定めた。

「お速い診断をご希望ならば……いいでしょう」
「っ!」

 そしてハルトは、間一髪、象の突進を受け流した。
 だが次は、ゾウムシが襲い来る。

『ディフェンド プリーズ』

 ハルトは出現した魔法陣を盾に、ゾウムシの動きを封じる。そのまま魔法陣ごとゾウムシを蹴り飛ばし、ハルトは二体の怪物より離れる。
 だが。

「逃がさん」

 象が冷たく言い放つ。
 象の特徴たる鼻は、なんと伸縮自在。ハルトの体を捕らえ、縛り上げた。

「ぐあっ……!」

 骨が軋む音。異常なまでの剛力に、ハルトは悲鳴を上げた。

「放せ……!」
「先生。いかがいたしましょうか?」

 看護婦そのものとしか思えない声が、ゾウムシの怪物から聞こえてくる。象は「ふむ」と考え、

「少し速いが……頂こうか」
「畏まりました」

 無表情に見えるゾウムシが、にやりと口を歪めたように見える。
 象がハルトを見上げ、告げた。

「次の患者さん。どうぞ」

 そして、ゾウムシの鼻より、再び管が現れる。それはあっという間のスピードでハルトの左耳につながる。

「っ……!」

 耳元で聞こえる、蠢く音。塞ごうとも、両手が動かず、鼓膜に伝わる音に、ハルトは恐怖を感じた。そして、脳髄に響く音。体内より伝わる音が、ハルトの全身を縛り上げる。

「いただきます」

 右耳からのゾウムシの声。同時に、左耳から内臓が吸い出される感覚が襲う。

「っあああああああああああ!」

 止めどない恐怖に、ハルトは叫ぶ。

「やめろ、やめろおおおおお!」

 ハルト(被捕食者)の言葉など、怪物(捕食者)へ届くはずもない。無常にもそれは、ハルトの鼓膜を突き破り、脳への不可侵領域を入っていく。
 だが、それは一瞬だった。突如として、ハルトの内部へ侵略していた管が引きはがされ、ゾウムシの元へ戻っていく。

「な、何!?」

 ゾウムシは、まるで鼻が火事になったかのようにはたいている。

「どうしました?」
「分かりません! 急に……」

 象がゾウムシを抑えている。怪物同士の掛け合いにより、ハルトを拘束する鼻の力が緩む。

「い、今だ! 変身!」

 ハルトは、最低限の動きでルビーの指輪を使用。魔法陣により、火のウィザードとなる。即座にコネクトからソードガンを取り出し、象の鼻を断ち切る。

「ぐおおおっ……!」

 怯んだ象に連続蹴りを見舞い、その体を耳鼻科の受付まで蹴り飛ばす。続いて不意打ちを狙ったゾウムシを受け流し、三度その体を切り刻む。

「はっ!」

 さらに、足技により、ゾウムシの体もまた受付まで投げ出される。
 二体の怪物を受付まで離したことを確認し、ウィザードは被害者女性のもとによる。
 女性の体組織が漏れる管を引きちぎるが、びくびくとわずかに動きを残す彼女が、もう手遅れだということは明確だった。

「あ……あ…………あ………………」

 女性の痙攣の間隔は、徐々に短くなっていく。やがてビクビクと動く体は、その動きを止めていった。

「……」

 ウィザードは、光を失った目をじっと見降ろし、ゆっくりとその瞼に手を触れる。驚きと恐怖に満ちた表情に変わりはないだろうが、安らかな眠りが追加された。

「悪いがまだ食事中だ……邪魔はしないでもらおう」

 その声に振り替えると、象とゾウムシの怪物がこちらをにらんでいた。

「お前たち……一体何なんだ?」

 ウィザードはソードガンを構えながら問う。しばらく二体は黙っており、

「お先に失礼します」

 ウィザードへ、まずゾウムシの怪物が突撃してくる。ウィザードはそれを受け流し、その背中を切り伏せる。

「だぁっ!」

 追撃。二度の赤い斬撃が、ゾウムシを地へ落とす。
 刹那、前方からの気配。振り向くと、そこには象の顔。

(つい)えろ!」

 ウィザードのルビーの体が、強い圧力で壁まで飛ばされる。ウィザードが仮面の下で空気を吐き切る前に、象の追撃が体を襲った。
 耳鼻科の壁を突き破り、投げ出されるウィザード。

「終わりだ……」

 徐々に迫ろうとする象とゾウムシ。
 そして。

「あああああああああああああ!」

 それは、突如として天井から現れた。
 天井の白い壁を粉々にして、ウィザード、怪物たちの間に割って入る青い影。

「お前は……」

 その姿をウィザードが見るのは二度目だった。
 青い体、その上を包む黒い拘束具。赤い眼差しをカバーする、黄色のゴーグル。青い体を滴る赤い液体が、その痛々しさを雄弁に語っている。

「あああああああああああああああああああああ!」

 敵の姿を確認して吠える、青いサーヴァント。

「お前は……一体何なんだ?」

 ウィザードは、その存在を確認するように言ったのだった。
 
 

 
後書き
響「みんな! 行くよ!」
コウスケ「おう!」
まどか「は、はい!」

「「「プリキュアオペレーション!」」」

ほむら「……ま、待って!」
響「ん? どうしたの?」←ガングニール着装
ほむら「何をしているの? あなたたち」
響「いや~、だって、折角の現行プリキュアだし」
まどか「中の人繋がり?」
ほむら「……まどかは全てが可愛いから許されるわ。ピンクだし。ランサーもまあ……許しましょう」
響「許された!」演武は基本!
ほむら「でも……」
ビースト「どうした?」
ほむら「貴方はなんて愚かなの……?」
ビースト「あら? 知らない? 私が、噂の魔法少女、ビーストよ!」
ほむら「鏡を見て出直してきなさい」
ビースト「女の子だけしかプリキュアになれないなんて時代遅れよ? 世の中には、男性プリキュアだっているのよ!」
ほむら「……」カンペ指差し



___beat……beat……beat‼ 開始のベル ”生きている”と”生きろ”という叫び___



ほむら「しかもなんでこのタイミングで魔法少女……」
響「気にしない気にしない!」
ビースト「魔法少女特殊戦あすかね! 2019年1月から3月放送のアニメよ!」裏声
ほむら「そのまま続けるの……?」
まどか「ラスボスを倒して秩序が変わった世界でのお話。怪物よりも人間の方が怖いよ……」
ビースト「結構シビアだけど、新しい世界でどう生きていくかの、重いお話よ!」
まどか「ひええ……この五人って、生き残りなの……? お友達、もういなくなってるのって、こんなの絶対おかしいよ」
ビースト「ほかにも、ミリタリー要素も大きいわね。あすかたちが軍属なのも特徴かしら。同じ魔法世界の力を悪として使うか正義のために使うか。難しいわね」
ほむら「私はまず貴方の喉の理解が難しいわ」
ビースト「以上! 本日はここまでよ! また次回、お楽しみに! ……ゲホッゲホッ」
ほむら「貴方はどこまで愚かなの」 

 

お爺ちゃん想いの青年

 
前書き
今回のお話は食事中は読んじゃダメ! 

 
「あーあ……暇だな……」

 友奈は吹き抜けを見上げながら呟いた。
 二時間前後で病院に戻ってきた問題の院長、フラダリを捕まえた記者団が、目の前……病院のロビーその真ん中で、取材を開始している。迷惑この上ないが、フラダリはそれでも一人一人の質問に真摯に応えていた。

「真司さんもあの中だしな……」

 ジャーナリスト志望の真司も、その中に突撃していった。最初はにっこりと見守っていた友奈も、やがてアプリゲームを弄り始め、今やそれにも飽きていたのだった。

「うーん……まさか、ここまでになるなんて……」

 苦笑いを浮かべる友奈は、すぐ手ごろなところのウォーターサーバーの紙コップを取り出した。
 縁でスイッチを押し、水をためていると、すぐ背後で人の気配がした。

「ん?」
「あ」
 
 どこにでもいる青年。彼は、ウォーターサーバーを指さしており、友奈は「退いて」という意図を理解した。

「ああ、ごめんなさい」

 友奈は謝ってゴミ箱の近くに立つ。冷たい水を飲み干し、ごみ箱に放った。
 青年は会釈して、ウォーターサーバーの水を飲む。ゲホゲホとせき込んだ彼は、少しやるせない様子でコップをゴミ箱に放った。

「……」

 彼は友奈の視線に気付いたのか、彼はこちらを向いた。青いジャージが特徴の彼は、ギロリと友奈をにらむ。

「んだよ」
「あ、ごめんなさい」
「……クソッ」

 彼は友奈を、そしてロビーの記者団を見た。

「何が怪物だよ……院長もそっちにばっか気を取られてんじゃねえよ」

 彼は粗暴にウォーターサーバーを蹴る。わずかな力しか込められていなかったが、それは冷水機を揺らし、半分残っている水面を大きく揺らした。

「あ、あの……」
「あ?」

 不良らしき彼の目つきだが、友奈は動じなかった。そのまま尋ねる。

「あれって、どういう騒ぎなんですか?」
「……知らねえのかよ」

 青年は膨れっ面で教えてくれた。

「この前、ここに人喰いの怪物が現れたんだと。看護婦一人がケガ、街にもそれなりのけが人。その怪物は、ここの患者が化けていた。見抜けなかったのか、って責任問題」
「そうなんだ……」
「そんなもんより、ウチの爺ちゃんを何とかしろってんだ」

 青年は毒づいた。

「今にも死にそうだってのに、あんなんに人手取られてんじゃねえよ……」

 青年はストレスのあまり、もう一度水を飲む。冷たい水で頭をクールダウンしているのだろうか。

「お爺ちゃん、大変なんですか?」
「……ああ」

 青年は、数秒友奈を見つめて頷いた。

「もう九十超えてるからだけど、ガンでヤベえんだ。ったく、院長じゃねえと治せねえってのに……」

 腹が立つと喉が渇く。そんな癖でもあるのだろう。青年は三杯目の水を飲む。

「ップハッ!」

 不満がたまっている彼は、一気に息を吐きだす。

「……爺ちゃん」

 青年はそのまま、友奈に背を向けて廊下を見つめる。おそらくその方向に、彼の祖父の病室があるのだろう。
 青年はそのまま、友奈に尋ねる。

「なあ。……オレは戻るから、院長に爺ちゃんのこと、早く何とかしてって伝えてくれねえか?」
「え?」
「やっぱ、傍にいてえんだよ。初めて会ったやつに頼むのも変な話だけどよ」
「それだけ? 私にできることなら、何でもするよ?」

 友奈は躊躇いなく言った。

「……何でも?」
「うん! できること、何でもする! それが私、勇者部だから!」
「……サンキュー。だったら……」

 彼は振り向く。にっこりと笑顔で対応しようとした友奈は、彼を見て凍り付いた。

「なあ、一緒に爺ちゃんの病室に来てくれよ。爺ちゃん、女の子大好きだからさ。手でも握ってくれればきっと喜ぶぜ」

 彼の言葉が、もう聞こえない。友奈の耳が、口が、脳が、理解を拒んでいた。
 彼が背を向けた、ほんの十秒。彼の首元に、黒い血管が浮き彫りになっていた。

「……あの、……お兄さん……」
「お? オレの名前?」

 自身の異常に気付かない青年。彼はそのまま、ニッコリと笑顔を見せた。

「オレは……

 名前が聞こえない。彼の言葉を遮るように、その体から大きな蒸気が立ち上ったのだ。その熱さに、思わず友奈は後ずさる。
 何がどうなっているのか。友奈にも、青年当人にもきっとわかっていない。
 そして。

「_______!」

 青年が消えていた。友奈の前にいたのは、狒々(ヒヒ)の顔をした怪物。

「!」

 友奈は驚いた。怪物の出現以上に、怪物の着ている服が、青年のそれそのものだったことに。
 あの青年が、目の前の怪物になったということに。

「これって……!」

 狒々の怪物は、そのまま友奈に襲い掛かる。
 友奈はウォーターサーバーを倒し、自身の盾とする。怪物の爪で引き裂かれた容器から、残りの水が地面に広がる。
 人間ではない、狒々そのものの鳴き声。怪物は再び友奈へ飛び掛かり、押し倒す。

「変身するしか……」

牙を体に突き立てようとする怪物を抑えながら、友奈は変身アイテムであるスマホを探そうとする。だが、その白いスマホは、座席の下に無造作に放置されていた。

「そんな……!」

 すでに手の届かない距離。
 人智を超えた力の怪物を抑えることができず、友奈の手は怪物の拘束をやめた。肉を切る牙が迫る。しかし、その牙は届かない。友奈の背後に出現した妖精、牛鬼がバリアを張り、怪物の攻撃を防いでいた。

「______!?」
「え、えいっ!」

 驚く怪物を、友奈は蹴り飛ばす。びちゃびちゃと水たまりを転がった怪物は、そのまま廊下を……彼の祖父がいた病室の方角へ走り去る。

「待って!」

 友奈は落としたスマホを拾い上げ、アプリを起動しながらそのあとを追いかけた。



 遅かった。
 勇者の友奈は、その光景を見てそう判断した。
 廊下ですら、人々が斬られたような重傷を負っており、いやな予感が募っていたが、それが頂点に達していた。
 白いのが特徴の病室。それは、着色料の爆発があったかのように、赤い華が咲いていた。立ち込める鉄の臭いに、友奈は口を抑える。耳を塞ぎたくなる、グチャグチャという咀嚼音。ベットに横たわる獲物を、一心不乱に捕食している音だった。

「……ねえ」

 友奈は、病室に踏み入る。すると、青いジャージを真っ赤に染めた怪物が振り向いた。

「さっきのお兄さん……なんだよね?」

 それは肯定か否定か。彼は、友奈へ雄たけびを上げるだけだった。
 この病室のベットは、一つだけではない。左右に二つずつ並び、合計四つのベットがある。それら全て、白は赤に塗りつぶされており、そこにいるはずの患者は、腕、足、上半身のみと、無惨な姿となっていた。

「嘘だと言ってよ……」

 その言葉を否定するように、怪物は二足て立つ。あの青年そのままの服で、友奈は否が応でもさっきの青年だと思い知らされる。
 そして怪物は、友奈へ飛び掛かる。受け身が遅れた友奈は、そのまま怪物の勢いにより病室、廊下を突き抜ける。廊下のガラスをぶち破り、病院の吹き抜けへと出た。

「!」

 怪物を抑えながら、友奈は地上を見下ろす。怪物を追いかけて、いつの間にか上の階へ上っていたので、地上は遥か下だった。そこには、赤が目立つ院長の髪と、水色が特徴の最後尾の真司。無数の記者団。その周囲の人々。

「みんな逃げて!」

 友奈が叫ぶ。見上げた人々は、あるものは逃げ、あるものは写真を撮り、あるものは茫然としていた。
 そして友奈は、院長の背後。……誰もいないものの、人だかりのすぐ近くに背中から落下する。

「がはっ……」

 勇者服でも相殺しきれないダメージが全身を貫く。カシャカシャとシャッター音が聞こえるが、それにより、怪物の体重が自分から退(しりぞ)いた。
 つまり。

「! 逃げて!」

 友奈の声もまた間に合わない。
 すでに狒々の怪物は大ジャンプし、手ごろな記者へ飛び掛かり、牙を突き立てる。

「ぎゃああああああああああああああああ!」

 断末魔の悲鳴。友奈は怪物の肩を掴み、反撃の決意をした。殴り飛ばし、誰もいない奥の方角へ殴り飛ばす。

「大丈夫……です……か」

 記者を助けた友奈は言葉を失った。ほんの数瞬で記者を助けたが、その記者は。
 左足がなくなっていた。

「ゔっ…」

 喉奥より吐き気が襲う。腹を抑えながら、友奈は青年だった怪物へ向き直る。

「友奈ちゃん!」

 ほかの記者に引きずられていく隻足の記者とは入れ違いに、真司が駆けつけた。すでにメモやペンといった取材道具は手にしておらず、腰にVバックルを装着している。

「なんなんだこれ? 一体どうなって……」
「分からない……人が……人が……」

 震える手で狒々を指さす。すでに記者も院長も患者もスタッフも、病院の外へ向かって逃げ出している。今病院内にいるのは、動けない患者と騒ぎに気付いていないものだけだろう。
 その時。
 バリン、と再びガラスが割れる音が上の階より聞こえてきた。
 ガラスのなくなった窓より飛び出してきたのは、緑の風。

『フー フー フーフー フーフー』

 緑の魔法陣を潜った風のウィザード。彼に吹き飛ばされた、象とゾウムシの顔を持つ怪物。
 ズドンと重量感のある音を立てて、二体の怪物は地面に落下。風のウィザードは、音もなく着地した。

「……真司さん? それに友奈ちゃんも」

 ウィザードがこちらを向いている。彼は再び怪物に目を向ける。
 友奈が戦っていた狒々の怪物に加え、象とゾウムシの怪物がむっくりと起き上がった。

「あれ? 一体増えてる!」
「ハルトさん!」

 ソードガンを構えようとするウィザードを、友奈が止めた。

「あのヒヒみたいなのは、その……」
「何?」
「人が……人が変わったんです!」

 その時。ロビー入口にどよめきが走る。
 離れていない記者たちが騒ぎ立てており。どうやら友奈の言葉が届いたようだった。
 三体の人喰いの怪物が雄たけびを上げる。記者たちが、この情報を外部へ流してく。
 そして。

「あああああああああああああああああああ!」

 フェニックスの時に現れた青いサーヴァントが、友奈たちと怪物たちの間に降り立った。

「……」

 青いサーヴァントは、友奈たちと怪物たちを見比べた後、
 怪物たちへ、襲い掛かる構えを取った。
 
 

 
後書き
コウスケ「日本にはな。互いのわだかまりを解き、距離を縮める魔法の行事がある!」
響「おおっ!」
コウスケ「みなまで言うな! オレたちはすでに分かりあってる! だがな、絆ってのは、いくらあっても困ることはねえ!」
響「おおっ!」
コウスケ「つうわけで、レッツ!」

「「カラオケタイム!」」

コウスケ「んじゃ、悪ぃけどオレから……」
響「あ! コウスケさんずるい! 私もそれ歌いたいんだから!」
コウスケ「みなまで言うな! オレが先に……」
響「私が!」
コウスケ「オレが!」……ピッ

「「あ」」



___Far away Find the way Fly Fafnir 才能も超えて上昇する! 君にはその瞳が あるよ ねえ 見据えていて___



コウスケ「入っちまった……えっとこれは、銃皇無尽のファフニールっと……」
響「2015年の1-3月のアニメだね」
コウスケ「世界を終わらせる七体のドラゴン、それに対抗するための女子校に……唯一の男子として入学だと!? 羨ましい!」
響「本音少しは隠してよ!」
コウスケ「ドラゴンと同化してしまう恐怖、特に妹の過去にもある話らしいな」
響「怪物になる恐怖......人間でいたいよね」
コウスケ「そういう奴にオレが言いたいのはただ一つ! 人間であるかどうかは、自分で決めやがれ!」
響「名言っぽいけどただのぶん投げだよそれ!」 

 

捕食者たち

 爆発。
 病院の外まで転がったウィザードは、上に覆いかぶさったゾウムシの怪物の攻撃をソードガンで防ぐ。その背後から、青いサーヴァントの蹴りが、その脳天に炸裂。

「_____」

 力が抜けたゾウムシを、ウィザードは蹴り飛ばした。ゴロゴロと転がった彼女へ、青いサーヴァントが追撃のために動く。

『ブレード ローディング』

 青いサーヴァントが、その腰のスイッチを押した。すると、その腕より刃が生えてくる(・・・・・)

「……」

 ウィザードは茫然とその刃を見下ろす。拘束具の下で肌を突き破って出てきたのであろうそれは、青いサーヴァント自身の血で真っ赤に染まっており、見ているだけで身の毛がよだつ。

「______」

 ゾウムシが立ち上がるよりも先に、青いサーヴァントが肉薄。腕の刃が、その右腕を斬り飛ばした。

「__________!」

 ゾウムシの断末魔の悲鳴。それを塗りつぶすように、ウィザードはソードガンを起動。

『ハリケーン スラッシュストライク』

 緑の竜巻が、剣先に発生。振ると同時に、緑の渦巻きがゾウムシをぐんぐん突き上げていく。

「はあああああ……」
「ヴヴヴヴヴヴ……」

 ウィザードと青いサーヴァントが腰を低くする。そして、同時にジャンプ。竜巻の中のゾウムシの怪物が、二人の刃の交差点。

「ぎゃあああああああああ!」

 人間のような悲鳴が、ウィザードの鼓膜を震わせる。
 着地したウィザードと青いサーヴァントの背後には、上下に分かれたゾウムシの体が落下した。

「……」

 青いサーヴァントは、次にウィザードに狙いを定めていた。

「お、おい!」
「あああああああああああ!」

 理性のない獣は、その刃でウィザードを切り裂こうとする。ウィザードはソードガンで受け流しながら訴える。

「おい! やめろ!」
「あああああああああああ!」

 青いサーヴァントの腕を反らし、肉薄する。

「おい、今は争ってる場合じゃないだろ! このままじゃ……」
「あああああああ!」

 敵は会話に応じない。連続する攻撃に、ウィザードは防戦一方になった。それは、二人の足元に友奈が転がってくるまで続いた。

「友奈ちゃん?」
「二人とも伏せて!」

 起き上がった彼女の言葉に、ウィザードは姿勢を低くする。同時に、頭上を通過した黒い弾丸が、突っ立っていた青いサーヴァントに炸裂する。

「ぐあっ!」

 転がった青いサーヴァントは、逃げ遅れた少女の前に投げ出された。

「っ!」

 起き上がった青いサーヴァントの姿を見て怯える少女。さらに、象の怪物がその鼻より無数の弾丸を発射した。

「いけない!」

 ウィザードはディフェンドリングを取り出す。だが、中指に通すも、それはとても間に合わない。
 だが、復帰した青いサーヴァントが、その身を盾にしていた。全身から赤い血を吹き出しながらも、その場に踏ん張っている。

「逃げて!」

 彼はそのまま、怯える少女を瓦礫から出して避難を促す。青いサーヴァントにも怯えた様子だった少女だが、敷地の出口付近でペコリとお礼をした。

「……君……」

 ウィザードが立ち上がる前に、友奈が青いサーヴァントに駆け寄る。

「……助けてくれたんだね……」

 友奈が嬉しそうに言った。青いサーヴァントは、その黄色のゴーグル、その奥の赤い眼差しで友奈を見つめていた。
 彼女に遅れて、ウィザードも歩み寄る。

「アンタ……」

 今、ウィザードと友奈は完全に隙だらけだった。敵であるサーヴァントの前で、全身から力を抜いている。青いサーヴァントが心臓を貫こうものなら、防御する術などない。
 だが、彼は動かなかった。顔を背け、ただ黙っていた。 

「おい!」

 三人を我に返させたのは、龍騎の叫び声だった。
 三人がこちらに集まってしまったため、結果的に龍騎が一人で象と狒々の怪物二体を相手にすることになっていた。狒々の素早さに翻弄され、象のタックルで地面を転がっている。

「ヤバい、忘れてた!」

 緑の風とともに、ウィザードは龍騎に加勢する。龍騎に飛び掛かる狒々の顔面を引き裂き、蹴り飛ばす。

「ごめん、大丈夫?」
「大丈夫って……お前少しは俺の身にもなれよ!」

 龍騎がキレ気味だった。ウィザードは手を合わせながら、怪物たちに向き直る。
 狒々の怪物が、即座にこちらに襲い掛かる。
 ハリケーンのウィザードは、緑の風とともに狒々の動きに追いつく。数回上空で斬りあう。
 やがてウィザードは、狒々の怪物を背中から斬りつけ、地面に落とす。
 手ごたえはあった。動けなくなっている狒々へ、ウィザードはソードガンの手を開く。

『キャモナスラッシュ シェイクハンド キャモナスラッシュ シェイクハンド』
「よし。まずはお前から……」
「待って!」

 スラッシュストライクでトドメを刺そうとしたウィザードの腕を、友奈が掴んだ。

「友奈ちゃん!」
「少し! 少しだけ待って!」

 友奈はウィザードに背を向ける。

「ねえ、君、本当にどうしちゃったの?」

 彼女は狒々の怪物の肩を取る。

「ねえ、いきなり襲ってくるなんて、何か理由があるんでしょ?」

 必死に訴える友奈。だが、狒々の怪物は友奈を突き飛ばし、そのまま彼女に襲い掛かった。

「危ない!」
『ウォーター プリーズ スイースイースイー』
『チョーイイネ ブリザード サイコー』

 即座に水のウィザードとなり、冷気を放つ。それにより、狒々の動きが鈍化していく。

「友奈ちゃん!」

 彼女は、大きく見開いた目でウィザードを見上げた。一瞬躊躇いながら、ウィザードは言った。

「コイツと何があったかは知らないけど、このまま野放しにはできない」
「でも……その人は、お爺ちゃん想いのいい人だったんです!」

 その言葉に、ウィザードは狒々の怪物を改めて凝視する。怪物の頭ではあるが、その青いジャージは今時の若者のものだった。

「その人、人間だったんですよ!」

 友奈の悲痛な叫びが響く。
 だが、ウィザードは静かに告げた。

「人間だった奴が怪物になるなんて、よくある話だよ。……もう、助けられないのも」
『ウォーター スラッシュストライク』

 水をまとった斬撃。それにより、凍りだした狒々を砕こうとした。
 だが、ウィザードの刃より先に、黒い鼻が狒々を捕まえた。

「……!」

 それは、医者の姿をした象の怪物。彼は足元に狒々の怪物を放った。

「人間だった……か」

 象の怪物は、狒々の頭を足で受け止めながら呟く。凍り付いている狒々の体にひびが走った。

「……お前も……?」

 しかし、象の怪物はウィザードとの対話に応じず、狒々の怪物に覆いかぶさる。
 象が何をしているのか、それを理解したとき、すでに狒々の怪物はほとんど消えていた。

「……食ってる……」

 呟いた龍騎の声で、それが現実だと思い知らされる。
 グチャグチャ。肉を斬る音が、鼓膜を通じて脳に伝わる。

「人間である必要などあるのか?」

 青ジャージだけになった狒々を完食した象は、その口を手で拭う。

「この味わい……この美食は、この体にならないと分からなかった……!」

 象の怪物は感慨深げに言った。
 すると、その体に異変が生じる。体内が暴走しているのだろう。肩や背中から骨が飛び出し、その体表を突き破る。
 四つん這いになった象の怪物は、やがて人の形を忘れた。メキメキと体が巨大化していき、腕の筋肉量の比重も人間のそれとは異なっていく。
 やがて象の怪物は、象の化け物へとなる。アフリカゾウの倍近い体格を持つ化け物。その耳はダンボを連想させ、その巨体は神話の時代の怪物を思い起こさせる。
象そのものの姿。漆黒のボディで、象は吠える。ただ異なる部位は、その特徴たる鼻。本来の象には一本しかないそれは、無数の花のように数が増えていた。

「それって……もう、人間でいる気はないってことじゃないか」

 龍騎の言葉への返事は、象の鼻の捕食行為。無数の鼻たちが獲物を求め、手あたり次第に瓦礫や落とし物を掴み取り、象の口元へ運び、捕食させる。

「! 危ない!」

 倒れているマスコミがいた。その前に立ちふさがり、ドラグセイバーで鼻を打ち落としていく。
 だが、斬りそびれた鼻が、龍騎からドラグセイバーを奪い取っていた。無論それも、瓦礫とともに象の胃袋に収まる。

「こうなったら……!」

 龍騎は力を込めて別のカードを引く。龍騎のエンブレムが描かれたカードをドラグバイザーに入れようとすると、象の攻撃により取りこぼしてしまう。

「なぁ!」
「何してんの!」

 ウィザードは鼻の連撃を避け、キックストライクを右指にはめる。だが鼻が右肩に命中、その衝撃で吹き飛んだ。

「なっ!?」
「お前もじゃねえか! どうすんだこれ!」
「俺が聞きたい! だったら……」
『キャモナスラッシュ シェイクハンド キャモナスラッシュ シェイクハンド』
『コピー プリーズ』

 発生した青い魔法陣に手を突っ込む。取り出したのは、もう一つのウィザーソードガン。二つのソードガンで、巨大象の無数の鼻を打ち返した。

「くっ……」

 ソードガンたちを銃にして、二倍の弾丸を発砲する。だがそれらは、象の巨大な肌を貫通することなどできず、その巨体の周囲に銀の山を積み立てるだけだった。

「おい、これってヤバくないか?」

 素手で攻撃を弾きながら、龍騎は尋ねた。
 ウィザードは頷きながら、舞いのように回転し、鼻を切り伏せる。

「どうする? いつまでもここで防衛線なんてやってられないよ……! この底なし体力、アイツ病院から出たら絶対人喰い始めるよ……うっ」

 鼻が、パンチのようにウィザードのサファイアの体を貫く。瓦礫の中を転がったウィザードは、追撃で黒い弾丸を飛ばす。

『ディフェンド プリーズ』

 ウィザードは、器用に指輪を入れ替え使用する。青い魔法陣により、象の遠距離武器が防がれる。だが、無数にある弾丸。そのほんの一部が、ウィザードの防衛を潜り抜け、ウィザード本体に命中した。

「がっ……!」

 ソードガン片方を取り落とし、ウィザードは吹き飛ぶ。
 怯んだ。その絶好のチャンスを、象の化け物が見逃すはずがない。
 だが、直接叩こうとする象の頭上に、青い影。青いサーヴァントはそのまま四つ足で、象の頭部にしがみついていた。

「_____!」

 象は吠えながら暴れる。青いサーヴァントがその刃で額を傷つけてはいるが、ダメージは低い。

「あああああああああああ!」

 青いサーヴァントの刃が深々と象の皮膚を突き破る。黒い血液が染み出し、象がより強く暴れまわる。
 やがて象は、青いサーヴァントを振り落とす。ボキっと音を立て、刃が象の頭に残った。

「うわっ!」

 青いサーヴァントは、地面に転げ落ちる。さらに象は追い打ちとばかりに、鼻の連発を飛ばした。

「……危ないっ!」

 ウィザードは青いサーヴァントの前に滑り入る。コネクトの使用で、落としたソードガンと複製のソードガンを交差させ、象の鼻を受け止めた。

「……!」

 きっと、青いサーヴァントは驚いているのだろう。その口から何かが発せられる前に、ウィザードの頭上を桃色の勇者が飛び越えた。

「勇者___爆裂パンチ!」

 桃色の花のエネルギー体とともに放たれる拳。それは、象の顔面に炸裂。桃色の噴火とともに、大きく後退する。

「大丈夫?」

 友奈が躊躇いなく、ウィザードと青いサーヴァントを助け起こす。

「助かったよ、友奈ちゃん」
「うん……」

 友奈は暗い顔で、象を見返す。
 痛みで暴れる象。その振動により、地面が揺れ、病院のガラスにひびが走った。

「これ……そろそろシャレになってねえよな……」

 龍騎が象を見ながら呟く。ウィザードは同意し、

「でも、俺たちの力だけじゃ及ばないよ。キックストライクはさっき落としちゃったし……」
「俺もファイナルベントどっか行ったからな……」
「二人とも必殺技の扱い軽いよ!」

 友奈が口をあんぐり開けている。その間にも、象は瓦礫を破壊し、アスファルトの地面を地表まで削っている。

「……何で助けた?」

 その声は、初めて耳にした。青いサーヴァントが、その黄色のメットでウィザードを見つめている。
 ウィザードは黙って、

「……さっき、人を庇って攻撃受けてただろ。そういう奴に、悪い奴はいない。……この前は成り行きで敵対したけど、ずっと敵同士でいる理由もないでしょ」

 その言葉に、青いサーヴァントは黙っている。やがて、象が動き出すことで、全員が飛びのく。

「おい、ハルト! それで、奴をどうやって倒す?」
「アイツが化け物みたいになってから、少しでもいい。怯んだ攻撃に覚えはない?」
「怯んだ?」
「何でもいい。よろけた動きを止めた倒れた防御した嫌がった。そんなことがあれば、そこを狙う」
「だったら!」

 その言葉は、友奈だった。彼女が指さすのは、象の脳天。

「さっき……えっと……ほら、あそこ!」
「「あそこ?」」

 ウィザードと龍騎が友奈の指先に顔をくっ付ける。象の額に、青いサーヴァントの折れた刃が突き刺さっていた。

「あそこだけ、象が痛がってる! 多分、あそこが弱点だよ!」
「あそこか……」

 ウィザードは静かに呟く。
 無数の鼻が伸びる、巨大な耳を持つ象。有機物無機物を問わない食事により徐々に大きくなっていくそれは、もう化け物を通り越して怪獣となっていた。

「これ以上大きくなったら多分倒せなくなる。だから……チャンスは一回」
「だから、まず確認!」

 友奈が、そぐわない元気な声で青いサーヴァントを指さす。

「貴方は誰?」
「「そこ今重要!?」」

 きっと、青いサーヴァントも驚いているのだろう。彼はしばらく友奈を見つめ、ほんの僅かな破裂音の後、

「……バーサーカー」

 狂戦士(バーサーカー)。それが、彼のクラスだった。
 そして、それ以上の会話を、象は許さない。
 地響きにより、一足先にジャンプした友奈のほかの動きが塞がる。

「友奈ちゃん!」

 友奈を襲う、無数の鼻たち。それに対し、龍騎はカードを装填した。

『アドベント』

 友奈の背後より、紅蓮の龍が現れる。吠えながら友奈を守るように旋回し、彼女の盾となる。
 ドラグレッダーの背を飛び越えた友奈の右手には、桃色の花が咲く。

「千回連続‼ 勇者パンチ‼」

 彼女の拳は、まさに千の回。捕食を求める部位をひたすらに破壊していく。

「おらおらおらおらおら!」

 やがて友奈の拳は、魔獣の特徴部位を全て破壊し尽くす。増えた鼻が消滅、元通りの姿となる。
 危険を感じた象は、空さえ飛べそうな耳を防御に回す。耳に覆われた体は、防壁となった。
 だが。

『ストライクベント』

 ドラグレッダーの顔を模した武器___ドラグクローが、龍騎の右手に装備される。

「はぁぁ……」

 ドラグクローの口に、炎が溜まっていく。同時に、ドラグレッダーが龍騎の周りを回る。

「だあああああああああ!」

 二体の龍より放たれる炎。昇竜突破(ドラグクローファイア)。象に命中するとともに爆発、強化された耳を焼き尽くした。
 その隙に、ウィザードは左手中指と薬指に指輪を入れる。
 それは、サファイアとルビー。

『ウォーター スラッシュストライク』
『フレイム スラッシュストライク』

 ウィザードの両手のソードガンが、火と水の魔力で満ちていく。

「行くぞ。バーサーカー」
「……うん」

 ウィザードとバーサーカーが同時にジャンプ。

「だああああああああああああ!」

 火と水の刃が、象の体を貫く。それにより怯んだ象の目前へ、バーサーカーが躍り出る。

『アマゾン スラッシュ』
「ああああああああああああ!」

 バーサーカーのチョップが、象の弱点たる脳天を引き裂いた。折れた刃が中心より両断、その勢いにより、象が真っ二つになった。
 その時の象の悲鳴は、人間のものとも、象のものとも異なっていた。 
 

 
後書き
ココア「お客さん来ないね……」
可奈美「そうだね……」
ココア「チノちゃんは買い出しだし、今日は青山さん来ないし……」
可奈美「時々思うんだけど、このお店大丈夫? お客さん結構少ないと思うんだけど」
ココア「うーん……そうだ! だったら、可奈美ちゃんが剣術トークすれば、剣好きのお客さん増えるかも?」
可奈美「語っていいの? 語ったら、私多分止まらないよ!」
ココア「可奈美ちゃんの話だったら、私いくらでも付き合うよ!」
可奈美「本当に!? じゃあ、まずは新陰流からだよね! 受けて攻めるが基本の……」
ココア「あ、でもそれよりも先にアニメ紹介だね! 今回はこちら!」



___叶えたい夢がある だから今日も頑張る(るんるんっ) 道に迷ったときは 神様チカラを貸して(るんるんっ)___



ココア「うらら迷路帖!」
可奈美「それから……あ、説明説明。放送したのは2017年の1月から3月、だね」
ココア「そう! 占い師、うららになるために、主人公の千矢(ちや)ちゃん(千夜(ちや)ちゃんじゃないよ)が、いろんな試練に挑むアニメだよ!」
可奈美「原作の方も2019年に終わっちゃったね」
ココア「謝ったときはおへそを出す! これ面白そうだね! 私たちもやってみようか? こんな風に!」ゴロン
可奈美「へ? うわわわ! こんなところで!」
ココア「あ、せっかくだからなんか占いやろうよ! ねえ、可奈美ちゃんは何かできる?」
可奈美「えっと……コックリ占いやってみるね」
ココア「何それ?」
可奈美「狐の霊を取りつかせるんだって。こうやって文字を書いて、五円玉でいっか。これで……」
ココア「おお、何か本格的!」
可奈美「奇々も怪々お尋ねします。コックリコックリお出でませ。もしもお出でになられたら、どうか答えてくださいな」指が動き出す
ココア「おおっ! 文字を選んでるよ!」

と り つ く

可奈美「わらわは狐……この小娘、なかなか居心地がよいぞ」
ココア「可奈美ちゃんが狐に取り憑かれたああああああ!?」 

 

入れない病院

「ええ……入れないの……」

 可奈美は口を酸っぱくした。
 『見滝原病院に怪物現る』というネットニュースを見かけて、ラビットハウスより飛んできた可奈美は、病院の現状に、見込みの甘さを痛感した。
 ニュースで見ていたときよりも人数が増えているように思える。きっと応援やら増えた野次馬やらがいるのだろう。
 広大な敷地の入り口なだけあって、車が何台も通れる幅のある通路。そこを通行止めとするように警察の立ち入り禁止テープが広がっている。

「あのっ……すいません……っ!」

 人々を分け入りながら、テープのところまで突き進む。

「一体どういうことなんですか⁉」

 何やら聞き覚えのある声が頭上からした。見上げれば、水色のダウンジャケットがなだめる警官へ大声で文句を言っている。
 どこかで見たことある人に背を向けて、可奈美は正面からの突入を諦めた。

「どうしよう……」

 広大な敷地だというのに、他に入れそうな場所も全て人で埋まっている。
 一人だと手詰まりだとあきらめた可奈美は、スマホのアドレス帳よりハルトの名前をタッチする。数回のコールののち、ハルトの『はい』という声が聞こえてきた。

「あ、ハルトさん? 今どこにいるの?」
『公園だけど』
「公園?」
『ああ。それがどうかしたの?』
「いや、ハルトさんニュースを見て出て行ったから病院にいるのかなって思ったんだけど」
『さっきまでいたよ。この前の怪物と同類が出てきてさ』
「それ、ニュースになってるよ。どうしてここにいないの? さっき真司さん見かけたんだけど」

 可奈美の視界の端では、記者に混じって真司が院長のフラダリを問い詰めている。警官たちが彼の周囲をボディガードのように守っているが、記者たちの怒涛の質問にはほとんど無意味だったが、フラダリは整然とした態度で、関係ないと答えているようだった。

『真司さん、昔記者やってたらしいし、友奈ちゃんも残ってるらしいし。俺まで残る必要ないだろうかなって』
「必要ないって……」

 可奈美は苦笑いを浮かべた。
 ハルトは続ける。

『それに、いますごい数の記者がいるでしょ? いちおうウィザードの姿見られてるし、ボロが出ないとも限らないから。友奈ちゃんはそれでもいますって言ってたけど』
「結構ハルトさん、変なところチキンだよね」
『慎重と言いなさい』

 ハルトの声に笑って答えながら、可奈美は続ける。

「でもハルトさん、この前手品のタネなくなったんでしょ? 何してるの?」
『別に素手でもできることはあるよ』
「何?」
『内緒。それじゃ、そろそろ切るよ』

 何やらあわただしい。時間を無駄にするのも申し訳ないなと、可奈美は「それじゃあ、また後で」と通話を切る。
 改めて、可奈美は友奈へ連絡を試みる。だが、聞こえてくるのは呼び出し音だけで、彼女の声は全く帰ってこない。

「友奈ちゃんどこにいるんだろう?」

 可奈美がキョロキョロと見渡しながら呟く。人は、病院へ入ろうとする人と、それを遠目に眺める者に二分される。
 可奈美は背負ったギターケースから千鳥を取り出しながら、すぐそばを通りかかった警官を捕まえる。

「あの、すみません」
「何だ……質問には答えんぞ」

 苛立った表情の警官へ、可奈美は千鳥を見せた。

「私は特別祭祀機動隊(とくべつさいしきどうたい)です! 私にも手伝わせてください!」
「はあ? 刀使(とじ)にヘルプを求めた記憶はないぞ。悪戯ならやめて帰りなさい」
「悪戯じゃない……私は……ほら!」

 可奈美は、自らの学生証を見せつける。自らの顔写真がプリントされたものであり、可奈美の刀使としての証明の一つだった・

「美濃関学院の正式な刀使です!」

だが、警官はそれを無視した。まるで見ていないかのように、可奈美の手を振りほどく。

「いいから! ここは大人に任せなさい!」
「ええっ!?」

 可奈美は警官に食い下がる。

「どうして!? 危険な怪物がいたんでしょ? だったら、刀使がいた方が……」
「あり得ない! 漏出問題で面倒ごとを世の中にまき散らした連中のことなど信用できるか!」

 警官の言葉に、可奈美は口を噤む。
 警官は少し気難しそうな表情を浮かべた後、「とにかく、気持ちだけ受け取っておくから、帰りなさい」と、そそくさと去っていった。

「……」

 可奈美は怪訝な表情で彼を見送る。
 木綿季が心配なのだが、病院に入らない限りなにもできない。友奈に再び電話をかけるも、返事はなかった。

「ねえ、お願い! 通してよ!」

 スマホをしまったとき、ちょうどそんな声が可奈美の視線を集めた。
 同じくらいの年の少女が、警察へそう訴えていた。
 白い、見滝原中学の制服を着た少女。青いボブカットが特徴の彼女は、時折まどかとラビットハウスに来るのを見たことがある。
可奈美と同じように、捜査している警察へ中に入れてくれと頼みこんでいる。

「確か……さやかちゃん?」

 美樹(みき)さやか。友達と同じ名前だなということで、可奈美も覚えていた。
 最も、基本クールな紗耶香(可奈美の友達)とは違い、こちらはかなり元気な子である。
 さやかがしょぼんとした表情でいるところに、可奈美は肩をたたく。

「……あ?」

 死んだような目で振り返るさやか。可奈美は「こんにちは」と、愛想よく挨拶した。
 しばらく可奈美を見つめていたさやかは、やがてこちらを指さした。

「ラビットハウスの人」
「うん! 可奈美だよ」

 さやかは思い出したように「ああ!」と言った。

「ごめん。ラビットハウスの店員、チノとココアしか覚えてなかった」
「あはは。流石に二人には負けるよ」

 可奈美は笑って流し、病院を見上げる。

「ねえ。さやかちゃん、さっき入ろうとしてたよね? 病院に」
「えっ!? ちがっ……」

 可奈美の指摘に、さやかはあたふたと両手を振る。言い訳をしようとしたのだろうが、やがて諦め、

「うん。そうだよ。あたしの……友達が入院しているんだ」
「そっか……病院がこんなことになったら心配だよね」
「うん……」

 さやかは俯いた。

「だから、どうしても病院に入って、恭介の無事を確認したい! 電話とかじゃなく、しっかりとこの目で!」
「うんうん、わかった」

 可奈美はさやかを宥めながら頷いた。

「でもどうしよう……入口は全部警察やマスコミが塞いじゃってるから……」
「うーん……」

 さやかが頭を捻る。やがて、彼女の頭上に電灯が閃いた。

「あ、そうだ!」
「何?」
「この前映画で見たんだけどさ、こういう施設って、地下からの侵入には弱いんじゃないの?」
「地下?」
「そそ!」



 御刀の不正使用。
 その罪を自覚しながら、可奈美は下水道門のカギを切り裂いた。

「それじゃ、行こっか」

 戸を開けた可奈美の言葉に、さやかは唖然としている。

「いや、確かに言ったのはあたしだけど、まさか本当にやる?」
「冗談のつもりだったの?」
「いやいやいやいや! ないない! あたしたち女の子だよ!? どこの世界に澄ました顔で下水道に入る人がいるの⁉ わざわざこんな川まで来て!」
「私だって女の子だよ? 嫌だけど、木綿季ちゃんが心配だし。大丈夫、刀使だから、迅位(じんい)であっという間に行けるから」
「で、でも……」
「じゃあ、ここで待ってる?」
「え?」
「病院までそんなに遠くないから、一人で行ってくるけど」

 千鳥を握り、その身に白い光を纏わせる。このまま高速移動で一気に病院まで。というところで、さやかに右手を掴まれた。

「分かった! 行く! 行くから! あたしも連れてって!」



 鼻が曲がる。
 病院の給水室に入った可奈美は、鼻をこすり、汚れのない空気を吸い込んだ。薬品の臭いの混じった空気だが、下水よりは幾分かいい。
 だが、可奈美が背負っているさやかは、真っ青な顔で目を回していた。

「うっぷ……最悪……臭い……気持ち悪い……」

 さやかは口を抑え、吐き気に苛まれている。給水室を越え、病院の一階に着いたときも、さやかは未だに立てないでいた。

「ほら、大丈夫?」
「大丈夫なわけないじゃん……なんでアンタは平気なの?」

 さやかが恨めしそうに可奈美を睨んだ。可奈美は「平気なわけないよ」と答え、

「まあ、色んなところでこれまで戦ってきたからね。それに、木綿季ちゃんが心配だし。お、このドアだね」

 ガチャリと、ドアが開く。施錠されていない扉の先には、大きく破壊された病院のロビーが広がっていた。

「怪物が暴れたって聞いたけど、こういうことか……」

 踏み荒らされた待ち合わせ椅子。薙ぎ倒された観葉植物。清潔感あふれる病院には似合わない、黒い傷跡。大きな床には巨大な生物が転がったような跡が残っている。

「えっと……さやかちゃん、大丈夫?」

 可奈美は刀使として、戦闘経験は豊富である。破壊の後なども見慣れたものだが、この一般中学生はそうもいかない。数秒間気を失ったように茫然としていた。

「あ、うん……大丈夫大丈夫!」

 さやかはそのまま、受付に目を移す。避難した後の病院には誰もおらず、受付もガランとしていた。

「受付しなくて済むなんて、手間省けるね! 速く恭介のところに行ける!」
「あっ! 待って!」

 さやかは早足で階段を駆け上っていく。それを追いかける可奈美は、途中のエレベーターの破損によって停止しているのを見て一瞬立ち止まる。

「恭介!」

 その声に、可奈美は足を止め、病室の前で立ち止まる。
 すると、中より声色の変わったさやかの声が聞こえてきた。

「……誰?」

 その単語に、可奈美は思わず顔をのぞかせる。
 窓際にあるベッド。白いベッドで心配そうな顔をしている少年が、さやかが言っていた恭介という少年だろう。そして、さやか。彼女は、警戒心を露わに、恭介のベッドの前に立つ存在を見つめていた。

「だーれっかな?」

 一言で言い表せば、陽気な黒人男性。緑のタンクトップのみと、十一月にしては寒そうな衣装だった。隆々な筋肉が特徴の彼は、にやりと笑みながらさやかを見返している。

「君、可愛いね。彼女?」
「そ、そんなんじゃないよ」

 恭介が照れ臭そうに言った。さやかは少し嬉しそうな顔をしながら、黒人男性に詰め寄る。

「そ、そんなのいいでしょ? アンタ何者よ!?」
「俺? 俺は……」

 その時。可奈美は見た。
 黒人男性の逞しい顔つきに、小さな獣が浮かび上がったのを。
 彼はそのまま、さやかへ手刀を振るう。

「絶望を持ってきた、ファントムだよ……」

 黒人男性の手刀___黄色の刃を、千鳥が防いだ。
 可奈美が写シを使うのと、黒人男性が猫の怪物(ファントム)になるタイミングが全く同じ。

「さやかちゃん! その子を連れて早く逃げて!」 
 

 
後書き
コウスケ「今日は、キャンプとして有名な公園に来たぜ!」
響「おおーっ! ……でも今冬だよ? キャンプって夏とか暖かい季節にやるものじゃないの?」
コウスケ「そんなことねえよ! いいか、こういうところでは、汁物がうまいんだ! ホレ、鍋!」
響「おおーっ! 鍋! 速く食べたい!」
コウスケ「ちーっとマッテローヨ。こうしてこれ入れてっと……待ってる間、キャンプということでこちらのアニメ、どうぞ!」



___SHINY DAYS!! あたらしい風 はずむようなステップ踏んでGo my way___



コウスケ「ゆるキャン△! お、ほれ響。これ食え」
響「熱っ! ハフハフ……ほふほふひはんは……」
コウスケ「放送期間な」
響「美味しい! えっと、2018年の1月から3月だよ!」
コウスケ「お、この餃子味しみてるな。五分アニメなる、へやキャン△と、なんと実写もやってるぜ。さらに、来年には二期も決定!」
響「コウスケさん、飲み物は?」
コウスケ「ほらよ、ジンジャーエール」
響「わーい!」
コウスケ「こんなふうに、まったりとキャンプをするアニメだぜ。くぁwせdrftgyふじこlpが、なんとアニメ実写両方で言われたりするさも珍しい作品だ! ……あれ?」鍋空っぽ
響「ごめーん! あんまりにもおいしいから全部食べちゃった」
コウスケ「響コノヤローッ!」
 

 

警察官まで……

 さやかが、恭介に肩を貸しながら病室から出ていく。
 同時に、可奈美の体がファントムの刃に引き裂かれた。

「ぐっ!」

 白いオーラを貫通したダメージにより、可奈美の体がベッドに倒れこむ。柔らかい布を貫いた衝撃が、ベッドを真っ二つに割った。

「ヒヒ……」

 猫の顔が、可奈美の顔面にぐいっと寄せられる。

「あの坊主の両手を斬っちまえば、ゲートは軽く絶望してくれるって思ってたのに、邪魔しやがってこのやろ……」
「ごめんね。それであの子が死んじゃうのは、ちょっと見過ごせないかな」
「俺面倒は嫌いなんだよ。さっさとアイツをファントムにして寝たいの。分かる?」
「だったらそのまま外に行ってくれないかな? 誰も止めないからさ」
「こちとら重い腰をどっこいしょって動かしてきたんだよ。ぶっ殺す方が楽だから」
「じゃあ、尚更さやかちゃんたちを追わせるわけにはいかないね。ここで倒すって方向性だから」
「ほんっとメンドクセエなあ。だったらお前が死への恐怖で絶望してくれよ」

 猫の腕より伸びる、黄色の刃が、徐々に可奈美の首元に肉薄していく。

「ほらほらほらほら? 怖いだろ? 怖いだろ?」
「怖い?」

 だが、可奈美の表情にファントムが望むような恐怖などなかった。
 むしろ、その目はギラギラと。口元はにぃっと。

「冗談でしょ? 見たことのない、獣の剣術だよ?」

 戦いを求める刀の乙女は、ファントムに逆に迫る。

「人間の体ではできない動き! 全く読めない剣の軌道! 私でも追いつけない速度! そんな相手と戦えるんだよ? 絶望なんてしてられないよ!」
「は? いやいやいや!? 違うだろ‼ ピンチだぞ? もっと、『助けてー』とか、『怖いよー』とか、そういう反応をしろよ!」
「ごめんね。それは無理かな!」

 可奈美は、ファントムの腹を蹴り飛ばす。病室の床を転がったファントムを見下ろした可奈美は、千鳥を構える。

「さあ、次だよ! 次!」

 可奈美は決して自らは動かない。たとえ相手が人外の相手(ファントム)であろうとも、相手の攻撃を受けて流す。

「ああもうっ! お前嫌い!」

 ファントムは、また豪速で可奈美へ打ち込む。刃を反らした可奈美は、そのまま回転蹴りで、壁へ蹴り飛ばす。強化された肉体技は、コンクリートの壁を発泡スチロールのように粉々にした。

「このっ…… ん?」

 再びこちらに迫ろうとするファントム。だが、廊下に投げ出された彼は、可奈美ではなく通路の方を見た。

「……ああもうっ! お前の方が、簡単に絶望してくれそうだ!」

 なんとファントムは、そのまま廊下の先にいる誰かへ走り出してしまった。

「待って!」

 まだ逃げていない人がいたのか。急いでファントムの後に廊下に出た可奈美は、



「アマゾン!」



 その叫びを聞いた。
 同時に、全身をぶあっと熱気が襲い掛かった。思わず顔を背けた可奈美は、ファントムが襲おうとしていた人影___そしてファントムは、足に根が生えたように動きを止めている___の姿に、言葉を失った。

「燃えてる……」

 炎上している、人の姿。それはゆったりと歩行しながら、その姿をハッキリさせていく。
 腰。そのベルトに手をかけている状態の彼より、紅の炎がゆっくりと消えていく。そして現れたのは、数日前にも表れた、青いサーヴァント。ベルトのスイッチを押し、その右腕から黒い刃が生えてきた。
 青いサーヴァントは、そのままファントムに斬り込む。

「うわわっ! こっち来た!」

 ファントムはその刃を受け止め、可奈美の方へ受け流す。

「え?」

 結果、サーヴァント___バーサーカーの目線は、可奈美へ移る。その勢いを殺さないまま可奈美へ牙を突き立てることから、敵と認識されたのは間違いない。

「へへっ……じゃ、あとは頼んだぜ! 俺はゲートを追わなくちゃいけねえしな!」

 ファントムは「あばよ!」と手を振り、廊下を走り去ろうとする。可奈美はそのあとを追いかけようとするが、バーサーカーがそれを許さない。

「お? ほう……コイツはラッキー」

 バーサーカーの刃を受け止めた可奈美は、ファントムのそんな声を聞いた。
 ファントムの行先である廊下。そこに、さやかの姿があったのだ。当然、その背には恭介を負ぶっている。

「飛んで火にいる夏の猫。わざわざ絶望しに戻ってきたぜ」
「さやかちゃん! どうして?」

 だが可奈美の心配をよそに、さやかはファントムを指さしながら叫んでいた。

「ほら! こっち! こっちです!」

 その声に現れたのは、警官。中年の男性の彼は、まさに可奈美を追い返した、あの警官だった。

「な、何だ!? この怪物は!?」

 初めて見たに違いない、ファントムの姿に驚く警官。銃を発砲するが、そんなものはファントムには通じなかった。
 ファントムは退屈そうにあくびをし、ゆったりとした歩調で近づく。

「悪いなあ。俺、そういうのは効かないんだわ」

 横殴りにより、警官の体が床を転がる。そのまま、一歩一歩と、さやかたちに近づいていくファントム。
 そして。

「よ、よせ……やめろ……」

 警官が、立ち上がる。ファントムが怪訝そうな顔をしているが、それでも警官は、異形の怪物を睨んでいる。

「んだよ」
「危ない! 下がってください! 私が!」

 可奈美がバーサーカーと距離を置く。同時に、バーサーカーも目線を可奈美から、ファントムたちへ移した。

「……いる」
「え?」

 彼から漂う警戒心。それに、思わず可奈美は口を噤んだ。

「いる……アマゾン!」
「アマゾン?」

 バーサーカーが動く気配を見せる。同時に、
 警官の体に、異変が生じる。

「やめろ……ヤメロ……オオオオオオ!」

 彼の体から噴出した蒸気。人間の体から鳴ってはならない音。
 同時に、バーサーカーが可奈美から離れていく。ファントムを殴り飛ばし「痛え!」、警官へ飛び掛かる。
 そして。
 警察制服が、バーサーカーの手刀を受け止める。だが、人の手ならざるものの持ち主は、さっきまでの警官ではない。

「_____」

 理性の飛んだ、ヒョウの姿の怪物だった。

「え!?」

 すぐそばのさやかと恭介は、同時に驚く。だが、ヒョウの怪人は、バーサーカーをスイング。その拍子に、さやかと恭介を薙ぎ倒した。
 投げられたバーサーカーは、そのままファントム、さらにその直線状の可奈美と激突。三人まとめて壁に打ち付けられる。

「うっ……!」

 痛みに支配されながら、可奈美はヒョウの怪人が、そのままさやかを襲おうとするのを目撃する。

「ダメっ! ……八幡力(はちまんりき)!」

 御刀より齎される、超常の身体能力。常人には到達できない力だが、それでものしかかる二体の異形を退けることは適わない。
 そして、さやかが襲われる。まさにその時。

「さやか! 危ない!」

 少女を突き飛ばした、患者の少年。
 彼の腕___音楽家として、バイオリニストとしての生命線___が、すぐさまヒョウの牙の餌食になる、まさにその時。

 竹の塊が、腕と怪物の間に挟まる。その形状を竹刀と認識した可奈美は、それが粉々にかみ砕かれている間に、腕を引っ込める恭介に安堵した。

「今の……」

 竹刀が自然発生するはずがない。どこから来たのか。その答えは、廊下の奥。長い髪と白い不健康そうな肌の少女が、物を投げたままのポーズでいた。

「可奈美さん!」

 自分の名前を呼ぶ少女。
 すると、ヒョウの怪人が、目標をひ弱な少年から、食事を妨害した不届き者へ変更した。
 刀使でも目を見張る速度。しかも、復活したファントムが妨害しようと攻撃してくる。

「オラァ! 無視すんじゃねえ!」

 ファントムが回り込み、可奈美と刃を交わす。

「どいて! あの子が……!」
「別にあの化け物が絶望させてくれても構わねえよ! それでファントムが生まれんならなあ!」
「くっ……」
「ああああああ!」
「お前も動くんじゃねえ!」

 さらに、ヒョウの怪人へ挑もうとするバーサーカーに対し、可奈美を投げ飛ばした。

「ダメッ!」

 もう間に合わない。ヒョウの怪人が今まさに少女の身を引き裂こうとしたその時。少女は、手に持っていた点滴スタンドで、ヒョウの怪人の腕を流した。

「で、できた……!」

 その結果に、ほかならぬ少女自身だった。点滴スタンドの台部分が丸々剃り落とされ、見るもシンプルな鉄棒へと化した。

「よ、よおし……!」

 彼女は勇んで、ヒョウの怪人に挑む。
 一撃目。効果なし。

「まだまだ!」

 二撃目。効果なし。
 三撃目。
 ここで、ヒョウの怪人は、少女の狙いに眉をひそめた。
 少女の攻撃は、全て同じ、右胸の位置に当てられていた。

「まさか……」

 四撃目。五撃目。何度も何度も同じところへ行われる攻撃は、重なればダメージにもなるのだろう。だが。

「危ない!」

 攻撃に夢中で、少女は気付いていない。彼女の頭上から、ヒョウの怪人が顎一つで食らいつこうとしていることに。

迅位斬(じんいざん)!」

 高速の可奈美は、瞬く間に少女とヒョウの怪人の間に回り込み、その左手を切り落とす。

「______________」

 ヒョウの怪人の悲鳴。それに耳を貸さず、可奈美は彼の体を斬り裂いた。
 ヒョウの怪人は、そのダメージで大きく後退。さらなるもう一太刀により、恭介たちからより引き離された。

「うわあ……」

 漏れた声に、可奈美は振り向く。腰の抜けた少女が、こちらをキラキラとした眼差しで見上げていた。

「大丈夫? 無茶するね」
「だって、私ずっと剣に憧れていたんだから! やっと立てたんだから、ずっと考えていた技だって使いたいよ! ね、可奈美さん!」
「う、うん……ねえ、どこかで会った?」
「私だよ! 私!」

 少女が目を輝かせた。
 それを見て、可奈美は言った。

「もしかして……木綿季(ユウキ)ちゃん?」
「そうだよ!」


 病弱なはずの少女は、これまででは考えられない元気な肉声で答えた。

「治ったんだよ! 私の病気が! だから……」
「うわっ! ごめん!」

 言葉を言う途中で、可奈美は木綿季、そして地面のさやかと恭介を抱え、飛びのく。腕を失ったヒョウの怪人が、狂ったように暴れだしたのだ。

「うれしいけど、それは後にしよう!」

 可奈美が千鳥を構えると同時に、また動きが生じる。

「うおっ!」

 さらに、奥の方ではバーサーカーがファントムへ重い蹴りを放った。それにより、ファントムがヒョウの怪人に折り重なるようになった。

「今だ!」

 可奈美は腰を低くする。白から赤へ変わっていく。体外を巡る熱により、可奈美の全身より陽炎が揺らめいた。
 同時に、バーサーカーが両手をまっすぐ広げる。そして、駆け出し、その右足を前に突き出す。___それは、可奈美には、ウィザードのキックストライクにも近いものを感じた。

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 可奈美の千鳥より放たれる、赤い光の刃。それとバーサーカーの飛び蹴りが、ファントムとヒョウの怪人に同時に炸裂。爆発により、その二体は消滅していった。

「……」

 可奈美の隣に着地したバーサーカー。ゆっくりと見上げた彼の黄色のゴーグルと、それを透かして見える赤い眼差しが、可奈美の瞳に映る。
 そして、

「た、助かった……」

 さやかの気の抜けた声が聞こえた。

「……ねえ。あなたは、一体誰なの?」
「……」

 だが、バーサーカーは何も言わない。
静かな獣に対し、可奈美は尋ねる。

「ねえ。……あの動き……もしかして、あの怪物と同じ」

 その時。可奈美の言葉はふさがれた。

「俺をアマゾンなんかと一緒にするな!」

 すさまじい剣幕で、バーサーカーが迫る。胸倉を掴み、ぐいっと

「俺は人間だ! 次そんなことを言ったら……許さない……!」
「う、うん……」

 黄色のゴーグルに隠された表情。言ってしまえば仮面の顔だが、それは可奈美には、まるで人間が怒りを示しているものと同じに見えた。
 やがてバーサーカーは、可奈美から手を離す。一瞬目線を下に向け、可奈美の右手を見た。

「令呪……お前も、マスター……」
「そうだけど……」
「やめてよ……」

 バーサーカーは、ふらりと可奈美から離れた。
 彼は嘆くように顔を押さえる。

「俺は……俺は生きたいだけなんだ……戦いたくないんだ……っ!」
「見つけた!」

 その時。廊下を走った、別の声。

「待って! バーサーカー!」

 走ってくる、可奈美のサーヴァント。
 友奈の姿を見たバーサーカーは、一目散にその場から退散する。窓をぶち破り、外へダイビングジャンプ。

「!?」

 慌てて窓口に駆け寄る可奈美と友奈。だが、すでにバーサーカーの姿はどこにもなかった。

「バーサーカー……」

 心配そうな友奈の声が、ビル風を突き抜けて可奈美の鼓膜を揺らした。
 
 

 
後書き
ハルト「……」←スタチューで動かない
まどか「うわ……っ! びっくりした!」
チノ「すごいです……何事にも動じない……まさに、無の境地!」
まどか「何言ってるのチノちゃん?」
チノ「これこそがきっとバリスタに必要な心構え……! まどかさん、決めました! 私、この人に弟子入りします! そうすれば、きっと何かが掴み取れそうな気がします!」正座
まどか「ちょ、ちょっとチノちゃん!」
ハルト(何やってるんだろうなこの二人……)
まどか「チノちゃん! ……だめだ、テコでも動かない……!」
チノ「どうすればそんな屈強な精神が身に付くのですか? 教えてください……!」
ハルト(動かないからこその芸なんだけどな……)
まどか「チノちゃん! そろそろ迷惑だよ! ……あ、何? え? 今アニメ紹介? ああもう……チノちゃん!」
チノ「教えていただけるまで動きません!」
まどか「ええ……? と、とりあえず、こちらです! どうぞ!」



___その時、生まれたときめきが 時空の波サーフしていく 不思議だね 今なら怖くない___



ハルト(放課後のプレアデスか……)
チノ「2015年の4月から6月放送のアニメですね。YouTubeでは2011年に配信されましたが」早口
まどか「魔法少女ものなのに……箒の音が、車のエンジン音なのが……特徴だね……チノちゃん、動かない……」
チノ「私にその精神を伝授していただくまで動きません!」
ハルト(俺よりも紹介の方を気にかけてくれ……)
まどか「はあ、はあ……無理……えっと、なんでも自動車会社のスバルが大きく関わっているかららしいね」
チノ「コクッコクッ」
まどか「主人公の名前もスバルちゃん。みなとって男の子とは、あそこの噴水みたいな場所でよく話すのも特徴だね」
チノ「そうですね」
まどか「もう紹介する気ないねこれ……チノちゃん。それ以上は迷惑……」
チノ「あなたは一体何者ですか? あなたみたいな精神の人に、ぜひお会いしたいです……!」
ハルト(君の家の下宿人だよ!)
チノ「教えてくれるまで、ここを動きません!」
ハルト(営業妨害だ! 助けてくれえええええええ!) 

 

チー君の名前

『謎の怪物 アマゾンと命名』

 そんな見出しが、夕刊の一面を飾っている。
 配達員から受け取った新聞を見下ろしたハルトは、ラビットハウスの制服から着替えて降りてきた可奈美に手招きした。

「何?」

いつも可奈美の私服として使われている、赤いセーラー服。彼女の母校である美濃関学院(みのせきがくいん)なる学校の制服らしい。

「これ……」
「何々?」

 可奈美と入れ替わりで制服を着ているココアが、可奈美の背後より彼女に抱き着く。

「うわっ! ココアちゃん!?」
「えへへ……可奈美ちゃんもふもふ……何見てるの?」

 ココアの問いに、ハルトはアマゾンの記事を指さした。
 ココアはそれを見て、引き攣った顔をした。

「ああ……これ、怖いよね……」

 ココアの言葉に、ハルトは頷く。

「アマゾン……ここ最近、病院を中心に現れるようになった謎の怪物」
「人喰いだって噂だけど……人に化けているんでしょ?」

 ココアの言葉に、ハルトは首を縦に振った。ハルトが見たところ、あれはファントムと同様、人間が後天的に変異するように思えたが、彼女の不安を煽らないようにした。

「やっぱりココアちゃんの周りでもこれの話してるの?」

 その問いに、ココアは頷いた。

「うん……シャロちゃん……あ、私の友達なんだけどね。こんなのが出たらもう外を歩けないって、本当に怯え切ってるよ」
「まあ、それが普通だよね」

 ハルトは頷いた。

「それに知ってる? このニュース、見滝原中央病院が作ったバイオハザードだって噂」
「バイオハザード?」

 聞き慣れない言葉に、ハルトは首を傾げる。
 可奈美もそれを知らないようで、「何それ?」と聞き返している。
 ココアは「私もよく知らないよ。あくまで噂だけど」と前置きを置いた。

「なんでも、このアマゾンって、病院が人間に感染するように作ったウイルスじゃないかって話だよ。でも、嘘だって思いたいな」
「そりゃそうだよな。危ないからね」
「違うよ、ハルトさん」

 可奈美が首を振った。

「ほら。この病院、この前までチノちゃんが入院してたから……」
「ああ、そっか」

 チノまでアマゾンになる。そんな想像を振り切り、ハルトは時計を見上げた。

「……チノちゃん、まだ学校か……」

 四時を指す時計。よく友達といるチノだが、この話をした後だと、妙に心配になってきた。
 その時。
 チャリン、とベルがなった。

「いらっしゃいまし~!」
「いらっしゃ……」
「いらっ……」

 素っ頓狂なココアの挨拶の裏で、ハルトと可奈美は声を失った。

「うわあ……! ここがラビットハウス!」

 入ってきたのは、元気な明るい声の少女だった。車椅子に座った、黒く長い髪と、病弱そうな肌色の少女は、目をキラキラさせながらラビットハウス内を見渡している。

木綿季(ユウキ)ちゃん!?」

 この声は、可奈美から。可奈美は信じられないという眼差しで、車椅子の少女へ駆け寄った。

「どうして? もう外まで出てきていいの?」
「えへへ。もう、体もどんどん良くなっているんだ。だから、可奈美さんの剣術、どんどんできるようになれるよ!」

 元気に答える木綿季という少女。
 それに対し、ハルトの目線は、その車椅子を押す人物に当てられていた。

「クトリちゃん……?」

 蒼い髪の少女、クトリ・ノタ・セニオリス。日本人の名前ではないが、どうやら日本、それも見滝原の生まれらしい。

「どうしてここに?」
「木綿季ちゃんのリハビリだよ」
「リハビリ?」

 クトリはにっこりとほほ笑む。

「この子、ずっと病院で寝たきりだったから、せっかく体も快方だし、外に行こうって」
「こういうのって、患者を外に連れ出してもいいものなの?」
「街を歩いていいって院長から許可をもらったから。ほら、外出許可証」

 クトリはそう言って、フラダリ院長のサインが書かれた用紙を持ち出した。

「それで、見滝原の色んなところを回っていたんだけど、まさかここに君が働いていたなんてね」
「もしかして偶然?」
「偶然偶然。ほら、チー君も入って」

 クトリの声に、玄関の外にいた少年も入ってくる。チー君は、少しふてくされたような表情で入ってきた。

「……あれ? チー君、そんなに背が高かったっけ?」

 ハルトは目をこすった。
 おおよそ小学生高学年の背丈らしいチー君。レザーコートとダメージジーンズの彼は、「別にどうでもいいだろ」とぶっきらぼうに答えた。

「あれ? しかもなんか反抗期?」
「ちげーし」
「まあまあ。お客様。こちらへどうぞ」

 ココアが割って入り、クトリに会釈して木綿季の車椅子を代わる。テーブル席、その奥にクトリ、その隣へ、ココアが木綿季を座らせた。

「はい。君も!」

 ココアがチー君の肩をポンポンと叩いた。チー君は仏頂面のまま、二人の向かいの席に座る。

「それではこちら、メニューになります」

 ハルトはそう言って、ラミネート加工されたメニューを人数分机に置いた。

「うわぁ! 私、喫茶店来るの初めてなんだ! こういうの、大人っぽい!」

 木綿季が、目をキラキラさせてメニューの品目一つ一つに感激している。

「そうだね。私もこういう喫茶店は久しぶりかも」

 妙に通いなれたような口ぶりをしながら、クトリは言った。

「クトリちゃん。ちょうどさっきまで、アマゾンのこと話してたんだけどさ。病院大丈夫なの?」

 一瞬、チー君の頬がピクっと動いたような気がした。
 クトリは「ああ、それね」と頷き、

「今は大変だよ。昨日の事件から、今にいたるまで報道陣が押しかけて大騒ぎ。フラダリ院長が、病院にいても仕方ないから、木綿季を連れて外を回ってこいって言われたんだ。他の子供たちは、近くの勉強施設だよ」
「やっぱり現場は大変だよね……」
「ねえ、可奈美!」

 クトリの隣に座る木綿季の声に、可奈美はカウンターから出てきた。

「オススメは?」

 純真無垢な木綿季に、可奈美は「うーん……」と首を傾げる。

「この、ココアブレンドって、おいしいよ」
「じゃあそれ! ココアブレンドお願いします!」
「はーい! ちょっと待っててね!」

 可奈美に代わり、接客のココアがカウンターに入る。
 ココアを見送った木綿季は、そのまま可奈美に「それでそれで!」と話し始めた。
 話の内容はハルトにはさっぱりわからないが、出てくる単語一つ一つを拾うと、どうやら剣の話をしているようだった。無垢な病弱少女に可奈美の剣術バカがうつったか。

「元気な子だな」
「これまで病室から出てこれなかったからね。その分、元気が爆発しているんだよ」

 クトリがにっこりとほほ笑んだ。

「へえ……チー君は……」
「そんな子供っぽい名前で呼ばないでよ」

 だが、チー君はハルトの言葉をぶっつりと切った。

「俺だってもう子供じゃないんだ。そんな変な呼び方、やめてよ」
「ああ、そっか……そうだよね……もうそんな呼び名で呼ばれる感じじゃないよね……あれ? なんだろう、ちょっと変な感じ」

 ハルトは、ここで首を傾げた。

「何が?」

 チー君がぎょろりとかみつく。ハルトは「ごめんごめん」と謝罪し、

「チー君、名前なんだっけ?」
「あれ? ハルト君、教えてなかったっけ?」

 クトリの言葉に首を振る。

「ああ。ずっとチー君って……呼んで……た……」

 言葉を口にしながら、ハルトの中で違和感が大きくなっていく。

 初めて見滝原中央病院に訪れ、チー君と出会ったのは十一月初頭。
 フェニックスが現れ、なぜか(・・・)病院から近くない公園にチー君がいたのはその数日後。
 アマゾンが四体出現した時、チー君という呼び名を受け入れたのは昨日、さらに数日後。

 まだ、一か月も経過していない。

 チー君というあだ名が定着していた子供が、たった一か月もたたないうちに、チー君という呼び名を変なあだ名とするまでになるだろうか。

「ブラック!」

 物思いにふけるハルトを、チー君の声が呼び覚ました。

「え? な、何?」
「だから! 注文! ブラックコーヒー!」

 名前の問いをすっ飛ばして、注文を言いつけるチー君。ハルトは自分が店員であることを思い出した。

「チー君。……もう……あ、私はホットココアでお願い」

 クトリの注文をココアに伝え、「了解! すぐ持っていくね!」ハルトはテーブル掃除を再開しようとした。

「あ! そうだ!」

 だが、その足をクトリの声が止めた。

「ねえ、ハルト君。せっかくだし、マジック何か見せてよ」
「え? ここで?」
「うん! だって……」
「止めてよ、姉ちゃん」

 だが、クトリの声をチー君が遮る。

「あんなのつまんないよ。ただのタネ隠しじゃん。くだらないよ」
(そのタネ隠しを楽しみにしてなかった君?)
「チー君!」

 クトリがチー君を咎めるが、反抗期の少年はどこ吹く風。

「何が面白いのあんな子供だまし。姉ちゃん、案外お子様じゃん」
「チー君!」

 今度のクトリの声は、棘があった。ビクッとして、可奈美と木綿季の会話も止まる。

「そういうのは失礼でしょ!」
「フン」
「チー君!」
「まあまあ。俺も気にしてないし」

 ハルトはクトリを宥める。

「そっか……もうチー君は、マジックは卒業か……」
「まあまあ、ハルトさんもがっかりしないで」

 そう慰めてくれたのは、盆に注文の品を乗せたココアだった。

「はい。えっと、チー君って呼んでいい?」
「ダメ」
「じゃあ、お兄さん! ブラックコーヒーだね」

 一瞬、チー君の顔が綻んだ。お兄さんという響きがよかったのだろうか。
 ブラックコーヒーを一気に飲み、「苦っ!」とむせる。

「で、クトリちゃんにはホットココア!」
「ありがとう!」
「木綿季ちゃんは、ココアブレンドだね!」
「うん!」

 ココアの手で、クトリと木綿季の前に、それぞれの注文が並べられた。

「にが……ねえ、これ苦くない?」

 チー君の文句に、ココアはきょとんとした。

「だって、ブラックコーヒーだよ? 苦いのものだけど……お砂糖いる?」
「! い、いらない!」

 チー君はかすかに顔を赤くしながら、ココアの提案を拒絶した。

「な、何だよ!?」
「ううん。可愛いところあるなあって」
「っ!」

 チー君は、机を強くたたいた。

「そういうの、止めてよ!」

 突然の大声に、その場の誰もが動きを止めた。
 その中、チー君は続ける。

「もう子供じゃないんだ! そういうこと……やめてよ!」

 チー君は、怒りの眼差しでクトリを睨む。

「うんざりなんだよ! どいつもこいつも!」

 そのままチー君は、ハルトを突き飛ばし、ラビットハウスを飛び出していった。

「待ってチー君! ……千翼(ちひろ)!」

 ようやく聞けた、チー君の名前。
 クトリがその名を呼ぶも、それを無視したチー君こと千翼は、そのままラビットハウスを出ていた。

「千翼!」

 クトリが、彼に遅れて店を出るも、時すでに遅し。彼の姿は、もうどこにもなかった。
 
 

 
後書き
可奈美「飛び出して行っちゃった……」
木綿季「千翼君、大丈夫かな……」
可奈美「知り合いなの?」
木綿季「たまに病室に来てくれるんだ。でも、あんなに背が大きいとは思ってなかったけど」
可奈美「そっか……ハルトさんとクトリちゃんも追いかけちゃったけど、大丈夫なのかな」
ココア「さ、さあ! 心配だけど、二人に任せよう!」
可奈美「それも……そうだね。心配だけど、気を取り直して! 今日のアニメ、どうぞ!」



___だんだん芽生えた最初の想い わからないことは日々のページめくり物語を___



可奈美「アウトブレイク・カンパニー 萌える侵略者! ……侵略者!?」
ココア「こちら、2013年の10月から12月になります!」
可奈美「異世界へ、所謂オタク文化を持ち込んで、異世界に広めようという作品だよ。そのために主人公の加納(かのう)慎一(しんいち)さんが四苦八苦していくよ!」
ココア「でも、その裏では実は日本政府の大きな野望が……」
可奈美「野望っていうのかな……? でも、そういう異世界の捉え方もあるから、ぜひ見てみてね!」 

 

千翼

「千翼!」

 人目も憚らない大声で、クトリは千翼を探していた。
 そんな彼女が視界の端に消えていくのを見送りながら、ハルトは聞き込みを続けた。

「すみません、あの、男の子見かけませんでしたか? 背丈はこれくらいの、小学生と中学生の間くらいの子なんですけど……」

 やはりというか、今回も情報なし。

「ありがとうございます」

 もう数えるのも諦めた。ハルトはため息をつき、クトリはどうかと彼女の後を追いかける。

「……嘘でしょ……」

 その光景に、ハルトは言葉を失った。

「おーい、チー君! ……じゃなかった、千翼!」

 なぜか自動販売機の裏に向かって、千翼の名前を叫ぶクトリ。
 ゴミ箱の蓋を開けて、その中へ声をこだまさせるクトリ。

「どこー?」
「……クトリちゃん」
「千翼―? お姉ちゃん怒らないから、出てきて!」
「クトリちゃん!」

 少し声を大きめにすると、ごみ箱よりクトリが顔を上げた。
 美しい蒼に、無数の黒い埃が乗った。おまけにバナナが乗っており、それがハルトに笑いをこみ上げさせた。

「クトリちゃん……それ……ププッ」
「ん……? ……ふへえっ!?」

 クトリは、その頭上の生ものに対し、奇声とともに投げ捨てた。

「い、いつの間にあんなの頭に乗ってたの?」

 どこからどう考えても今君がゴミ箱に突っ込んだ時ですよ。と、いう言葉を飲み込み、ハルトは彼女の頭の埃を払う。

「~~~~~!」

 顔を真っ赤にして、クトリはハルトの手を払った。

「な、なに……!?」
「いや、何か、可愛いなって……」
「可愛っ……!」

 さらにクトリの顔が膨張する。

「と、突然なんですか! それより、千翼を探さないと……あだっ!」

 ハルトは初めて、天然で電柱に激突するという珍事を目撃した。

「いつつ……」
「大丈夫?」
「うん……」

 少し涙目になったクトリ。彼女に笑いかけながら、ハルトは言った。

「こういうのは、聞き込みからがいいんじゃないかな? そうやって……」

 めげないクトリが、ハルトの言葉よりも先に千翼を探している。主な捜索個所は、家の庭、犬小屋の中「ワンワン!」「キャーッ!」、電柱の裏。

「グスン……全然見つからない……」

 犬との格闘の末、ボロボロになったクトリがトボトボ歩いてきた。

「いつも千翼がかくれんぼで隠れそうなところは粗方探したのに……」
「少なくとも隠れんぼに使えそうなところは外してもいいと思うよ」
「ハッ……! そ、そんなことわかってます!」

 明らかに分かっていなかった。チー君が知らないところに隠れるなんて想像もしていなかったという顔をしている。

「……仕方ないか……」

 ハルトはポケットから指輪を取り出す。
 今までは三体を常に放っていたが、最近は必要な事態も多いので、一体は手元に置いておくことにしたのだ。

『ユニコーン プリーズ』

 それにより召喚された、青いランナー。瞬時に青い白馬となったそれに指輪を埋め込み、手のひらに乗せた。

「悪い。ユニコーン。千翼君……今まででいうと、チー君を探してくれ」

 ユニコーンは『ヒヒーン』と応え、降りて行った。

「うわぁ……これもマジック……」

 その背後では、クトリが目をキラキラ輝かせてユニコーンを見送っていた。



「うわっ!」

 あてもなく、ひたすらに走っていた。チー君こと千翼は、見滝原の見たことのない場所___狭い路地裏___に迷い込み、たった今、ガラの悪い男にぶつかってしまった。

「おうおうおう! どこに目付けて歩いてんだ兄ちゃんよお!」

 そう因縁をつけてくる、変な髪形の男性。所謂リーゼントと呼ばれる髪形。彼はその無駄に大きな髪を千翼に押し付けてきた。
 だが、千翼は、反省どころかむしろリーゼントを弾き、反抗する。

「そっちがぶつかってきたんでしょ? 謝るならそっちが先だよ!」
「ああん? このクソガキ」
「やっちまいましょうよ、アニキ!」

 その声は、リーゼントの後ろからだった。背も低い、丸刈りの男。弟分というものだろう。
 その時。

「まあまあ」

 その中に割って入る、明るい声があった。千翼の前に入り込む赤髪。その人物を、千翼は知っていた。

「友奈さん……」

 しかし、友奈は千翼には目もくれず、二人の不良を宥める。

「落ち着いて落ち着いて。ほら、そういう暴力はよくないから、止めましょう! 全部忘れて笑いあいましょう!」
「はあ? なんだこのガキ」

 リーゼントが友奈にぐいっと顔を近づける。

「いきなり割り込んできやがって、何言ってやがる?」

 とても怖い顔で、友奈を凄んでいる。しかし友奈は、顔色一つ変えない。

「ほら、君も謝って。それで、そっちも謝って。それでおしまいでいいじゃん? 何も無理にケンカする必要もないでしょ?」
「うるせえ! こちとらこれで終わりゃカタギの奴らに舐められちまうんだよ!」

 リーゼントは荒々しく壁を叩く。

「いいから一発殴らせろ!」
「! いけない!」

 暴力の体勢となったリーゼントを見て、友奈は千翼の腕を掴んだ。

「こっち!」
「待ちやがれ!」

 だが、リーゼントのその声を振り切るように、千翼と友奈は、逃げて行った。



「はあ、はあ、……ここまで走るとは思わなかったよ」

 千翼は肩で呼吸しながら、友奈へ口を尖らせた。あまり疲労感の見えない友奈は、「えへへ……」と頭を掻く。

「でも、これで逃げられたよね? よかった……」

 友奈が大きく息を吐いた。

「大丈夫? ケガとか、してない?」
「し、してない……っ!?」

 千翼は思わず、頭に乗せられた友奈の手を振り払う。

「な、なに!?」
「ごめんね。倒れそうだったからつい……君、名前は?」
「……千翼(ちひろ)……」
「千翼君? ……うん、可愛い名前だね!」
「や、止めてよ!」

 千翼は拒絶する。ラビットハウスの連中といい、この名前にはいいことがない。

「なんで俺の親はこんな名前……」
「ええ? 可愛いじゃん!」
「だから!」

 千翼は地団駄を踏む。そのまま、友奈へ礼も言わずに歩き去ろうとしたが。

「……お腹……空いた……」

 自然の摂理の音が、内部より響き、道路に力なく倒れた。



「……何だよこれ」

 鼻を充満する添加物の臭いに、千翼は顔をしかめた。だが、友奈はにっこりとその食べ物を押し出してきた。
 白い麦類と、茶色の液体。それを蓋する、茶色の四角形。
 警戒を強める千翼とは裏腹に、友奈は割りばしを割った。

「うどんだよ!」
「うどん……?」
「そう! ほら、食べて食べて! 私の驕り!」
「……」

 怪訝な表情の千翼に構わず、友奈はうどんを啜り始めた。

「うん! おいしい! ほら、千翼君も食べて?」
「……なんで……」
「あれ? もしかして、うどん嫌いだった?」
「……食べることが……あんまり好きじゃない」


 なんか、汚く見えるから。そういう思いを言葉にはしなかった。

「そうなんだ。でも、お腹空いたんでしょ?」
「いつも病院で……」
「困ったときはうどん! 健康にもいいんだから、きっと千翼君も気に入るって!」

 ささ、と友奈は千翼に促した。千翼の鼻腔をうどんの臭いがくすぐる。だが、千翼の食欲をそそることは全くなかった。

「……」

 むしろ千翼の視線は、盆を持つ彼女の手に当てられていた。そして、思わずゴクリと生唾を飲む。

「ほら。美味しそうでしょ?」

 友奈は何も気づいていないようだった。千翼は渋々、箸を裂く。パキッという音を耳にし、千翼はぬるりとした物体を挟み込む。

「……」
「ほらほら。こんな風に」

 友奈がうどんを食べている。それをマネするように、千翼もうどんを食し始めた。
 口の中の固形物に対し、味がほとんどなかった。

「ごちそうさま!」

 うどん汁もほとんど飲み切った友奈に対し、千翼は汁に全く手を付けていなかった。

「どうだった? 千翼君?」
「……別に……」
「別に?」

 こちらを覗き込む友奈。外見年齢年上の女性が顔を寄せてくると、少し顔をそむけたくなる。
 その時。

「うっ……」

 唐突な不快感が、千翼を襲った。

「ど、どうしたの?」
「うっ……トイレ……」
「え? トイレ? えっと……ほら、あっち!」

 友奈に教えてもらうや否や、お店の便所へ、千翼は駆け出した。
 その後、店を出ても、千翼の腹の中には何も増えなかった。
 
 

 
後書き
可奈美「それでね。タイ捨の特徴はね……」
木綿季「うんうん!」
ココア「二人とも楽しそう……可奈美ちゃん、剣の話すごい引き出しがあるんだね」チリン
ココア「いらっしゃいまし~!」
客1「お? なんか可愛い店員いるじゃん! ねえ、どっか遊びに行かない?」
客2「よせ。なあ、こんなクズ放っておいてさ。オレとひと夏のバカンスに行こうぜ」※設定上冬です
客3「止めなよ、兄さんたち。ごめんね。ウチのアニキが変人ばっかりで」
客4「ふん……どうせ、俺たちにこんな喫茶店、早すぎたんだ……」
客5「マッスルマッスル! ハッスルハッスル!」
客6「ねえ、お姉さんたち? ボクもお話に混ぜて!」
可奈美「君も剣術に興味があるの? いいよ。一緒に剣術を極めよう!」
ココア「……い、いらっしゃいまし~! そんなわけで、今回のアニメは、こちら!」



___ここからはじめて古今東西 鳴りやまぬ花 焼べるは水平線____



客1~6「おそ松さん!」
可奈美「あ、これレギュラーのセリフいるよね? 1期が2015年10月から翌年の3月まで、2期は2017年の10月から3月までだよ」
木綿季「2019年には映画もやっていたんだよね? 看護婦の人が教えてくれたよ」
ココア「えっと、これは、私たちと同じ、お仕事系かな?」
客1~6「そうで~す!」
客1「1988年のアニメ、おそ松くんから、成長した俺たちが立派に働いていく、そんなアニメです!」
可奈美「あれ? 内容、そんなのだったっけ?」
客2「フ」サングラスキラーン
客3「ボクたちの活躍で、なんと社会現象にもなった人気作。さらに現在、3期も放送中!」
可奈美「まあ、それは間違ってないけど……」
客4「特に女子からはモテモテ……あの時はよかった……猫のファンレターとかもあったな」
客5「アハハハハハ!」
客6「特に1期1話は大人気で、世界中からアクセスがあって、人気動画サイトも削除、暴動を避けてソフト化もされてないんだよ!」
ココア「すごい! ごちうさよりもすごいんだね!」
客1「まあね。見習ってくれよ。俺たちを。それを教えてあげるから、よかったらこれからホテルでも……」
可奈美「ええ!?」
客1「何?」
可奈美「第1話が消されたのって、色んな所に怒られたからじゃ……」
客1「野郎ども! 俺たちの悪行がばれる! 退散!」
客2~6「退散!」撤収
可奈美「……」
ココア「……何だったのかな」
可奈美「何だったんだろうね」 

 

溶原性細胞

「号外! 号外!」

 そんな声に、ハルトは足を止めた。
 いつの間にかハルトとクトリは、見滝原西駅まで来ていた。
 ラビットハウスの最寄り駅であり、少し大きめな駅であるそれは、ハルトにとってもう見慣れた場所であった。

「何だ?」

 群がる人だかりに好奇心を刺激されたハルトは、彼らに並び、号外を受け取る。

「何ですか?」
「何だろ……お?」

 その号外に、ハルトは言葉を失った。

『アマゾンの正体』
『人間がその正体と思われる』
『アマゾンの死骸より回収した細胞からは、人間の細胞が見つかった。研究により、アマゾンは人間が変異したものだということが判明した』
「やっぱり……」

 その文章を読んでも、ハルトは驚かなかった。むしろ、これまでのアマゾンたちのことから、そうではないかと思っていた。

『現在、見滝原中央病院を中心に研究が進められている。もしもアマゾンを見つけた場合、速やかに通報し、避難すること』
「避難か……」

 あの運動能力を持つアマゾンから逃げられる人が果たして何人いるのだろうか。と思いながら、ハルトは記事の続きに目を通した。

『この、人をアマゾンにしてしまう細胞について、見滝原中央病院の院長、フラダリ院長はこうコメントした』
「フラダリさん……」

 クトリが、そこに記されている名前を呟いた。
 それに構わず、ハルトは続きに目を通す。

『今回の件は、当院を中心に起こっております。皆様が当院に原因があると考えるのは理解できます。当院のプライドにかけて、アマゾン細胞の究明に尽力します』

 そして、アマゾンへの変化に関して、こう書かれていた。

『我々は、この人間を変質させる細胞を、溶原性(ようげんせい)細胞(さいぼう)と名付けました』



「うう……」

 千翼は後悔した。
 友奈から逃げるように離れたことではなく、この狭い裏路地に逃げ込んだことに。

「おいゴラァ! ぶつかってきてごめんなさいもなしたぁいい度胸だな!」

 そう詰め寄ってきたのは、ボロボロの学ランを着たリーゼントの少年。大柄の図体により、まだ子供の千翼にはまるで山のようにも思えた。

「ぶ、ぶつかってきたのはそっちだろ!?」

 少し怯えながら、千翼は敵意をむき出しにした。だが、それを見下ろしたリーゼントは、前置きなくグーで殴ってきた。

「がっ!」

 咄嗟の防御などできず、体がふらつく。
 リーゼントはさらに千翼を蹴り飛ばす。狭い路地のごみ箱に激突し、中身が散らかった。
 さらに、リーゼントはノータイムでリーゼントが、千翼の胸倉を掴み上げる。

「ぐっ……あっ……」
「オレはこれでも見滝原じゃちっと名の知れたワルでな? お前のようなクソガキ、百回殺せるんだよ?」
「よっ! アニキカッコイイ!」

 気分がよくなった。そんな顔をしたリーゼントは、そのまま千翼を叩きつける。

「がはっ!」

 背中を強打し、千翼は動きを止める。

「おらっ! 立てよ! 金を出せば許してやっからよ!」
「な……ないです……」

 弱弱しい声で、千翼は言った。それに対し、リーゼントは「ああ?」とにらみ、

「だったら! ぶつかってきた迷惑料の分、殴らせてもらおうか?」
「っ……!」

 千翼は恐怖を感じ、リーゼントに背を向ける。だが、いつの間に回り込んだのか、弟分が千翼の逃げ道を塞いでいた。

「まあまあ待てって」
「放せ!」

 千翼を捕まえた弟分は、にやにやと千翼の両肩を掴む。

「アニキがあんさんと、お話したいってさ!」

 小柄な体系からは想像もつかない腕力で、弟分は千翼を投げ飛ばした。キャッチボールそのままに、千翼の身柄は再びリーゼントの元へ。

「ホームラン!」

 そのまま、流れてくる千翼を殴り飛ばそうとするリーゼント。その拳は、千翼の顔面にジャストヒットする。

「ぐあっ!」

 短い悲鳴とともに、千翼が地面に倒れる。台となった木箱も粉々になり、一部が刺さったような痛みを残す。」
 さらに千翼の口の中に、異常な痛みが走る。

「歯が……折れた……」

 感じたことのない箇所の痛み。折れた歯の欠片が、千翼の手に零れた。

「痛ってえなあ!」

 それは、殴ってきたリーゼントからの声。手をふる彼の手もまた、出血していた。千翼の折れた歯が刺さったのだろうと理解できた。

「このやろう……どうしてくれんだ? ああ?」
「アニキ!」

 弟分がリーゼントに駆け寄る。

「アニキ、大丈夫ですかい?」
「ああ……何てことねえ。唾つけときゃ治る」

 今のうちに逃げよう。
 そう、動く千翼だが、痛みのあまり、動けない。

「お、おい! アイツを逃がすな!」
「はい!」

 そんな会話が聞こえてきた。だが千翼は構わず、匍匐(ほふく)前進で遠ざかろうとする。
 その時。

「……え?」

 千翼は動きを止め、振り返る。
 相変わらず二人の不良。彼らは、千翼が止まったことに、喜びの表情を浮かべていた。

「観念しろ」
「やっちゃえアニキ!」
 
 腕をゴキゴキと鳴らすリーゼント。だが、もう彼らの会話は、千翼には聞こえていなかった。
 千翼はリーゼントを指さし、言った。

「ア……アマゾン!」

「ああ?」

 その言葉に、二人の不良は固まった。
 そして、二人は同時に、腹を抱えて笑い出す。

「な、何を言うかと思えば! アマゾン? オレたちが、今話題の怪物のアマゾン!?」
「コイツ、怖くて頭おかしくなっちまいましたぜアニキ! だったら、このガキ食っちまいましょうよ!」
「違いねえ! こいつは傑作だ……」

 その時。千翼は見た。
 リーゼントの首元に浮かぶ、黒い血管を。
 その瞳が、人間のものからどんどんどす黒く変色していくのを。

「熱っ! あ、アニキ……?」

 蒸気という変化に気付いたときにはもう遅い。リーゼントのアニキは、笑いながらその体を、徐々に変質させていた。

「なあ、コイツ……も……う……食っちゃおうぜ……
「アニキ? ……アニキ! アニキ‼」

 煙から現れたアニキは、もはやアニキではない。弟分を壁に押し付け、そのまま首元に食らいつく、人型の生命体。

「アニキイイイイイイイイイイ_________」

 思わず千翼は、目を背ける。弟分の悲鳴を塗りつぶす、グチャグチャという人体破壊音。
 ドサリという音に目を開けてみれば、リーゼントの学ランを着た怪物。黄色いボディと、肩からの翅が目立つ、まさにスズメバチを連想させる怪物。
 ハチのアマゾンだというのなら、ハチアマゾンと呼称するべきか。
 ハチアマゾンは、肩と首を捕食し、命を奪った弟分から離れる。

「_______!」

 ブーンという羽音とともに、ハチアマゾンは千翼に襲い掛かる。
 全身を奮起させ、立ち上がった千翼は、ハチアマゾンの攻撃を避け、逃げ出す。狭い路地に転がるゴミ箱、箱、物。全てを投げつけるも、ハチアマゾンの動きは止まらない。
 やがて、表通りへ出た。それはつまり、自身を狙うハチアマゾンもまた外に出てしまうということである。

「ば、化け物だ!」
「助けて! アマゾンよ!」

 初めて見るのであろう、アマゾンの姿に、衆人はパニックになる。我先にと逃げ出すが、それは飛び上がったアマゾンにとってはビュッフェと変わらない。
 手始めに、転んだ青年を捕食。続いて、その恋人らしき女性を捕食。黄色の捕食者により、犠牲者は一人、また一人と増えていく。

「や、やめろ!」

 千翼が、震える声で怒鳴る。ふらふらと立ち上がり、捕食を終えたハチアマゾンを睨んだ。
 ハチアマゾンは、次の狙いを改めて千翼に定めた。ブーンと翅を鳴らし、千翼へ迫る。

「危ない!」

 その時。
 飛び出した誰かが、千翼の体をアマゾンの狙いから反らした。空を掻いたアマゾンは、こちらを見返す。

「はっ!」

 流れるようにアマゾンを蹴り飛ばす、その人物。千翼よりも華奢な体と赤毛を持つ彼女に、千翼は目を合わせられないでいた。

「千翼君、大丈夫?」
「別に……どうでもいいでしょ?」

 むすっと答える千翼。あははと笑いながら、友奈はハチアマゾンと相対する。

「……アマゾンになった人、元に戻せないんだよね」
「別に、悪い奴なんだから、いいじゃん」

 千翼はむすっと言った。だが、友奈は首を振る。

「違うよ。誰だって、他の誰かの大切な人なんだから。きっと、このアマゾンになってしまった人だって」
「……ふん」
「だから、私はこの悲劇を繰り返させないために、誰かの大切な人を倒す!」

 友奈はそう言いながら、ポケットからスマートフォンを取り出す。そのままアプリを起動させると、彼女の周囲に桜の花びらが舞った。

「だから私は、こんな、アマゾンなんて、絶対に止めて見せる!」

 彼女の体が、桃色に隠れて見えなくなる。霧散と同時に、勇者となった友奈が、ハチアマゾンへ挑みかかった。
 だが、ハチアマゾンは上空へ飛び上がる。ブーンという音とともに、それは一瞬で友奈の攻撃圏外へ出た。

「そんな……っ!」

 さらに、ハチアマゾンのヒットアンドアウェイ。友奈は一方的に攻撃を受ける他なくなってしまった。
 やがて、彼女はハチアマゾンを受けきれなくなり、地面に転がった。

「あ」

 他人事のような声を上げながら、千翼は友奈がハチアマゾンの餌食になる瞬間を眺めていた。
 そして、勝敗が決まる、まさにその時。

『ハリケーン プリーズ フー フー フーフー フーフー』

 緑の風が集い、魔法陣となる。それを突き抜け、現れたのは緑のウィザード。
 ソードガンを逆手持ちに、ハチアマゾンの脳天に叩き込んだ。

「___________!」

 突然の乱入に、ハチアマゾンは抵抗も許されずに地面へ投げられる。

「大丈夫?」
「ハルトさん!」

 形成が逆転し始めた。復帰した友奈も猛攻に加わり、ハチアマゾンを追い詰めていく。
 しかし、アマゾンの機転に、千翼は感心した。
 地面に転がる、死体(人の体)。それを盾にすると、ウィザードも友奈も攻撃の手を止める他がなかった。
 そして、それは一転攻勢の合図。両腕から生えた毒針を防ぐのに、二人は手一杯になった。

「千翼!」

 クトリに助け起こされるまで、千翼は自らが置かれていた状況が分かっていなかった。

「姉ちゃん……」
「千翼……」

 彼女の目が、千翼へ語っていた。
 むすっとした千翼だが、ため息とともに立ち上がった。ちょうどその時、すぐ目の前にウィザードが着地した。

「千翼くん? 速く離れて!」
「……」

 むっとした千翼は、クトリの手を離し、ウィザードの前に立つ。

「千翼くん!?」

 驚くのはウィザードだけではない。ハチアマゾンから千翼の真横まで退避してきた友奈も驚いている。

「どうして逃げないの!? 危ないよ!」
「うるさい……」

 千翼は、どんどん声が大きくなっていった。

「うるさいうるさいうるさい! どいつもこいつも! 俺のことを子ども扱いして!」
「千翼くん?」
「フラダリ院長も俺のことを外に出してくれないし、姉ちゃんは何も言わないし! 俺だって、戦えるんだ!」
「戦える?」

 その言葉にウィザードが首を傾げたが、無視した。
 そして。
千翼は、それを取り出した。

「……」

 その手に握られた、赤い、眼のようなパーツの機械。腰に巻き付けると、それはまるでベルトとなる。
 さらに手に持った、注射器のような小さな器具。それを、ベルトの眼の部分に差し込み、傾ける。
 注射器のスイッチを押すと、ゴクッ ゴクッと、液体が流れる音がする。
 さらにそれにより、千翼の眼が赤くなっていく。

『NEO』

 静かに千翼は、背後のクトリへ振り向く。静かに頷いた彼女を確認した千翼は、叫んだ。

「アマゾンッ!」

 紅の炎。それが、千翼の体を焼き尽くす。
 やがて千翼の体は、人間のそれとはどんどん違うものへと変貌していく。やがて千翼の紅の炎の下は、肌色から青色へ変わっていく。
 そして。千翼は、変わった。
 千翼という、反抗期の少年から。
 バーサーカーのサーヴァント。
 真名 アマゾンネオへ。
変身したのだった。

「ああああああああああああ!」
『アマゾン スラッシュ』

 その右手の刃が巨大な剣となった。その獣の跳躍力で、アマゾンネオはハチアマゾンに肉薄。その胴体を、チョップ一つで両断した。
 悲鳴すら上げられないまま地面に落ちた、アマゾンだったもの。それを見下ろしながら、アマゾンネオはそのベルトを外す。
 黒く変色したアマゾンネオは、その体を崩壊。崩れたシルエットは、千翼へと戻っていった。
 
 

 
後書き
まどか「さやかちゃん!」
さやか「おお、まどか」
まどか「一緒に帰ろう!」
さやか「おお! ……あ、でもやっぱり恭介が心配だな……」
まどか「今日もお見舞い? でも、今病院って入れるの?」
さやか「分からないけど、動けない人だって少なくないみたいだし、入れないとそれはそれで問題じゃない?」
まどか「そう。でも、上条君の腕良くならないの?」
さやか「最近は良くなってるって聞くけど。ねえ、まどかも久しぶりに一緒に行く?」
まどか「私はいいよ。でも、さやかちゃんが上条君と一緒にいたいんじゃないの?」
さやか「あたしは平気! よし! それじゃあ、まどかも行くことが決まったところで、今日のアニメ! どうぞ!」
まどか「あれ? 私、邪魔だろうから行かないって意味で言った……



___ふわふわ 口どけの 恋する トリュフみたい ズキズキ 胸の奥が 甘くって モドカシイ____



さやか「俺がお嬢様学校に『庶民サンプル』としてゲッツされた件!」
まどか「とうとうここの紹介コーナーにタイトル長いアニメが入ってきた!」
さやか「ちなみに原作だと、ゲッツじゃなくて拉致だけどね。アニメ放送は、2015年10月から12月だよ」
まどか「アニメのこの異常なまでの筋肉推しは何!?」
さやか「お嬢様学校へ一般常識を教えることになった神楽坂(かぐらざか)公人(きみと)! ハチャメチャな人たちばかりで、ある意味異世界転生よりも異世界転生っぽいよ! 同じ世界なのに!」
まどか「ウェヒヒヒ……私だったら無理かな……」
さやか「さらにさらに、一番可愛い(主観)のが付き添いのメイドさん! 放送当時はCMとつながってたから、タイミングもベストマッチ!」
まどか「それ紹介しても、あとからは確認難しい気がするよ……」
さやか「というわけで、行くよまどか!」
まどか「ああああれえええええ! 私が幼馴染にお見舞い同行としてゲッツされた件!」 

 

木綿季のオリジナル

「千翼君が……バーサーカー……」

 ウィザードの変身を解除し、ハルトは千翼を見つめる。
 当の千翼は、ハルトと顔を合わせようともせず、クトリへ吐き捨てた。

「なんで姉ちゃんがここにいるのさ」
「ここにいたら悪い?」

 クトリはほほ笑む。すると、千翼は少し不機嫌そうに「別に」と背を向ける。

「よかった」

 クトリは安堵の息とともに、千翼の後ろから抱き着いた。

「……放してよ」
「ダメ。お姉ちゃんを心配させた罰」
「……だから、そういうの……」

 やめてよ。そう、彼が言おうとしている言葉を飲み込んでいる。
 そんな姉弟の感動の再会に水を差すような気もしながら、ハルトは言わなければならないことを口にした。

「千翼くんが……バーサーカー……」

 その言葉に、こちらを振り向く千翼の顔が一気に強張った。

「……アンタ、マスターなんだ」
「……」

 隠すつもりもない。ハルトは、右手に刻まれた黒い刻印を見せる。
 龍騎の紋章そのものの令呪を、千翼は凝視した。

「そうだよ。ライダーのマスター」
「ライダー……」
「以前一緒にアマゾンを倒した、あの赤い龍の人」
「……ああ」

 思い出しているのか否か、ハルトにはわからない。
 次に、ハルトはクトリの手に注目する。彼女の綺麗な白肌には、令呪のような黒い呪いはどこにもない。

「千翼君、君のマスターは誰?」
「答えるわけないじゃん」

 千翼はクトリの手をほどいた。思春期の彼は、どうにも素直な言葉を口にしてくれない。

「ねえ。聖杯戦争のルール分かってる? 俺たち、殺し合いしなくちゃいけないんだよ」
「俺は情報開示したけどね」
「そっちが勝手にやっただけだろ? それに、友奈さんも」

 千翼の目が、ハルトの隣の友奈に向けられる。

「友奈さんだって、聖杯戦争の参加者じゃないの?」
「うん。セイヴァーのサーヴァントだけど」
「やっぱり……」

 千翼は、外したばかりのベルトを再び腰に装着する。

「ち、千翼!?」

 クトリが両腕を掴んで止めようとするが、千翼はそれを振り払う。

「離れてて姉ちゃん。こいつらは、俺の敵だ!」

 注射器をベルトに装填。そのスイッチを押し、彼の体内に薬品が流し込まれていく。それに伴い、千翼の目も赤く染まる。

「ちょ、ちょっと待って!」

 友奈が止めようとするが、千翼は敵と認識した者の言葉に耳を貸さない。こちらに走り出し、その身を紅蓮に包む。
 仕方ない。と、ハルトはルビーの指輪にカバーをかけた。

「アマゾン!」
「変身!」

 友奈の前に立つ、ルビーのウィザード。ソードガンと、アマゾンネオの刃がぶつかる寸前。

「止めなさい!」

 止まった。ソードガンと刃が、クトリの首寸前で静止していた。

「姉ちゃん……!」

 アマゾンネオが呪ったような声で言った。二人の火中に飛び込むクトリの大胆さに驚きながら、ウィザードはソードガンを下ろす。

「ほ、ほっ……」

 緊張感に当てられた友奈が、腰を落とした。

「二人とも……驚かさないでよ……」

 一方、クトリはアマゾンネオに抱きつく。

「ね、姉ちゃん!」
「大丈夫。怖くない。心配ないから」
「そういうことじゃない! アイツは……!」
「ハルト君は、たまに病院にマジックを見せに来てくれる人。それだけ。ね? マスターとか、そういうのじゃないよ」
「……」

 クトリの言葉に、アマゾンネオは黒一色に変わっていく。やがて千翼へ戻り、そのまま背を向ける。

「千翼?」
「……喫茶店に戻る。木綿季さん、置いていったから……」
「うん!」

 クトリが頷き、彼の手を握った。照れ臭そうな千翼だが、彼女の手を振り払う様子はもう見られなかった。
 それを見送りながら、ハルトはスマートフォンを動かす。

「ハルトさん?」

 友奈が心配そうにこちらを見ている。ハルトは、

「ああ。ちょっと気になることがあってさ。友奈ちゃんは?」
「うーん……私もちょっと心配かな? 着いていっていい?」
「いいけど。ラビットハウスっていう、俺と可奈美ちゃんが働いている喫茶店だよ」
「りょーかい! この前教えてもらってるから大丈夫だよ」
「知ってたんだ」
「ハルトさんは?」
「ちょっと、確認だけしてから戻る。先に行ってて」
「? うん」

 頷いた友奈は、千翼とクトリを追いかける。
 彼女たちを見送って、ハルトは可奈美に電話をかけた。
 可奈美が出るのは、思ったよりも早かった。

『もしもし。ハルトさん?』
「可奈美ちゃん。ごめん。まだ話してた?」
『ううん。さっきチノちゃんも帰ってきて、今ココアちゃんを入れて三人で話してるよ』
「そっか。……ねえ、確か可奈美ちゃんがアマゾンって怪物の名前最初に知ったのって、昨日だよね?」
『そうだよ』
「それってバーサーカーが言ったんだよね」
『うん』
「それで、フラダリさんがアマゾンって怪物名を発表したのが今朝……」

 そこまで言ったところで、可奈美もハルトの意図を理解できたのだろう。息をのむ音が聞こえた。
 ハルトは続ける。

「どうしてフラダリさんとバーサーカー、同じ名前で言えたんだ?」

 アマゾンの町中の出現に騒然としている街。その音が、遠くに聞こえた。



「……」

 可奈美はスマホを切る。
 ハルトとの通話後、可奈美はじっと自身のスマホ画面を見下ろしていた。刀剣博物館で気に入った展示物の待ち受けが、静かに可奈美を見返している。

「可奈美さん!」

 可奈美の意識を戻したのは、背後のチノが裾を掴んだ時だった。

「チノちゃん?」
「助けてください……木綿季さんの言ってることがさっぱり分かりません!」
「え?」
「私、そんなに変なこと言ったかな?」

 机では、ココアが頭から煙を出しながら突っ伏している。どうやら彼女はオーバーヒートしてしまったようだった。

「あれ? どうしたの?」
「どうしたんだろ? 私がちょっと話したら、お姉ちゃんがのぼせちゃって」
「お姉ちゃんに……任せなさい……」

 ココアが消え入りそうな声で言葉を紡いでいる。

「ちょっと鹿島新當流(かしましんとうりゅう)の話をしただけだよ」
「ああ。姫和(ひより)ちゃんの……でも、それでそんなにパンクする? ココアちゃん?」

 何の気のなしに、可奈美はココアへ尋ねた。するとココアは首だけを動かし、魂の抜けた顔で見上げた。

「可奈美ちゃんは分かるかもしれないけど、普通の女の子は剣のことなんてさっぱりわからないんだよ……」
「「うそっ!」」
「普通分からないよ!?」

 オーバーヒートしたはずなのに、一気に復活した。ココアは白目を剥きながら、

「ねえ可奈美ちゃん! 普通の女の子は剣のナントカ流ってわからないよ! ……いやリゼちゃんなら分かるかもだけど……」
「そうなの?」

 と木綿季。
 可奈美は首を傾げながら、

「私は友達から、結構色んな剣術を聞くよ? そうして覚えたのもたくさんあるし」
「僕も、ネットで色々調べたから、それなりに覚えたんだけど」

 可奈美と木綿季は頷きあい、ココアとチノを見る。

「「変わっていらっしゃる」」
「「こっちが(ですか)!?」」



 ラビットハウスの裏庭で、可奈美は鞘に収めた千鳥を持っていた。
 相手は、竹刀を手にした木綿季。あまり自由の利かない体のため、ココアが彼女を支えている。

「本当に大丈夫ですか?」

 中庭の端で、チノが心配そうに尋ねた。だが木綿季は元気に答える。

「平気平気! 動けるようになった僕を、可奈美にも見てもらいたいし!」

 木綿季がまっすぐに可奈美へ剣を向ける。
 可奈美は頷いて、千鳥を構えた。無論御刀を一般人に向けるわけにもいかない。鞘からださず、このまま迎え撃つつもりだった。

「じゃあ、やろう! 立ち合い!」
「チャンバラだね!」

 勘違いしながらココアが目を光らせている。

「私も参加していい?」
「ごめん、ココアさん。僕がやりたいんだ」

 木綿季の顔が、あたかも肉食獣のようにゆがむ。

「見せてあげるよ。可奈美。僕がずっと考えていた、僕だけの技!」

 そして。
 木綿季が、可奈美へ竹刀を振り上げた。

「うおっ!」

 それを避けた可奈美は、再び上がろうとする彼女の剣を止める。

「いい踏み込みだね。もしかして、私がいないとき結構練習してたの?」
「してたよ。だって、速く可奈美とぶつかりたいから!」

 木綿季は竹刀を引っ込め、可奈美の拘束から逃れる。一回転とともにきた横薙ぎを、可奈美は受け流した。

「どうしたの? それだけじゃ、一太刀も私に浴びせられないよ!」
「むむっ……」

 木綿季は頬を膨らませる。彼女は斬を突へ切り替える。

「じゃあ、これを!」

 大したスピードではない。
 可奈美は、二連続の木綿季の突き技を受け流す。

「そういうのは、こうやるんだよ!」

 可奈美は木綿季の竹刀を切り払い、彼女と同じく二連撃の突き技を返す。

「うわっ!」

 それは、素人の木綿季にはあまりにも強い攻撃。弾かれ、木綿季はしりもちをつく。

「おおっ! 大丈夫?」

 ココアが木綿季を助け起こす。頷いた木綿季は、再び可奈美へ竹刀を向けた。

「可奈美、突き技をしない流派なんじゃないの?」
「木綿季ちゃんの技、やってみたくなったから。今日だけは解禁」

 すると、チノがはわはわと口を震わせた。

「か、可奈美さん……お客様にケガをさせるのは……」
「大丈夫。それぐらいの手加減はできるよ」

 可奈美は、試しに切っ先を揺らす。

「木綿季ちゃん。次、いつでもいいよ?」
「……」

 その言葉に、木綿季は深く息を吐いた。
 その時、来る。と、彼女は直感した。

「やあっ!」

 再び、彼女の突き。それに対し、千鳥で跳ね返す。
 だが。

「まだまだあああああ!」

 何度も。何度も。彼女はただひたすらに突きのみを、可奈美に浴びせていく。
 やがて、可奈美は彼女の竹刀を弾き、チノの近くに飛ばさせる。

「あ……」
「大丈夫?」

 自らの手を見下ろす木綿季へ、可奈美が覗き込む。自分よりも身長が低い少女は、竹刀を失った手から、可奈美の目に視線を移す。

「……かい」
「うん?」

 よく聞き取れず、可奈美は耳を傾ける。すると、木綿季は大きな声で言った。

「もう一回!」

 彼女はチノの傍らの竹刀を拾い上げる。

「もう一回! お願いします!」
「う、うん……どうしたの?」

 木綿季の顔は、敗北に悔しがる顔ではなく、熱意を持った顔だった。

「今の、何かが見えた気がする!」
「何か?」
「ずっと考えていた、私だけの技! それが、もうすぐで見えそうなんだ!」
「技?」

 その言葉に、木綿季は力強く頷いた。

「そう! ずっと考えていた、連続技! 回数は……十一回くらい!」
「十一回の連撃?」
「そう! その名も……」

 木綿季は、竹刀を掲げた。

「マザーズロザリオ!」



 その後、ハルトたちが帰ってきても、日が暮れても。
 木綿季が十一連撃を完成させることはできなかった。
 
 

 
後書き
まどか「……なんか、視線を感じる……」
ほむら「じー……」ほむら専用電柱
まどか「……見なかったことにしよう……」
ほむら「じー……」
まどか「ほむらちゃん、もしかしてストーカー?」
ほむら「じー……」
キャスター「マスター」
ほむら「何かしらキャスター今貴女に用はないわ帰りなさい」
キャスター「いえ。差し出がましいようですが」
ほむら「何かしら?」
キャスター「今のマスターは、ただの不審者です」
ほむら「何がかしら? 私はこうして、何時如何なる時もインキュベーターのまどかへの契約を見張っているのよ」
キャスター「電柱の裏でのそれはストーカーです。……アニメ、どうぞ」
ほむら「分かりにくい導入ね」



___だからもっと笑った顔見せあって 結果つられちゃって大正解です___



キャスター「サーバント×サービス。市役所で働く公務員たちの物語です」
ほむら「事務的な説明ね」
キャスター「放送期間は2013年7月から9月。主人公は、山神ルーシー喜美子明江愛理史織倫弥由保千帆子綾乃冨美佳千歳早苗美紀子壱花由紀乃麗奈恵利亜衣多美子千景エミリア樹利亜志津江絵里那千紗夢佳夏希蘭々理恵子刹里智香子あずみ満里奈秀子千秋美咲……」
ほむら「いきなり真顔でじゅげむを言わないで!」
キャスター「が、自分の名前を受理した市役所職員に文句をいうことを目指したドタバタです」
ほむら「貴女が公務員みたいに淡々と説明するのね……はっ! まどかは!? ……いない……」
キャスター「警察(公務員)のお世話にならなくてよかったです」 

 

残念ですがさようなら

 
前書き
これを最初に書いたのは、去年のことです。時世との一致はあくまでたまたまです。 

 
 もうすぐで十二月。
 クリスマスという稼ぎ時を目前に、ラビットハウスは日々の営業に追われていた。

「はい! Bランチお待たせしました!」

 今日もニコニコ笑顔で接客。ココアは、元気にお客さんの前にランチを並べた。

「ハルトさん! お客さんのオーダー取って!」
「ハイ只今!」

 ココアの掛け声に、唯一の男性店員であるハルトは急いで別席へオーダーをもらいにいく。ココアが一足先に厨房に戻ると、チノと可奈美がいそいそと注文の品を作っていた。

「ココアさん、これお願いします」

 チノから、コーヒーとサンドイッチのセットを受け取る。ココアはウインクして、

「了解! 4番テーブルだね!」
「私への合図はいいから早く持って行ってください」
「はーい!」
「ごめん、チノちゃん! まだグレープジュースの残りってあったっけ?」

 ココアとの入れ違いに、今度はハルトが厨房に駆け込んだ。チノの彼への返答を待つことなく、ココアは盆にのせたサンドイッチたちをテーブルへ運び込む。

「お待たせしました!」

 続いて、別のお客様よりオーダー。同時に、カップル一組が、会計のためにレジ前に立っているのを視界が捉える。

「可奈美ちゃん! 会計入れる?」
「え? ちょ、ちょっと待って!」

 オーダーを受けながら、ココアの視界の端で可奈美が大急ぎでレジ前に立った。

「あ、ココアちゃん、お疲れ」

 オーダーを届けに厨房に来た時、ハルトがぐったりとした表情で戻ってきた。

「今日はなんでこんなに……あ、只今!」

 愚痴をこぼすことなど許さぬとばかりに、お客さんがハルトを呼んだ。注文を受け、いそいそとチノではなくココアへ伝える。

「ココアちゃん! ココアブレンド二つ! これって、チノちゃんでも作れるんだっけ?」
「お姉ちゃんに任せなさい! 私が作るよ」

 ココアが袖をまくる。手馴れた手つきで、二の腕を見せつける。
 だが、そんなココアに、チノの冷たい声が降ってきた。

「今はココアさん、接客をお願いします。私がやりますから」

 チノが尖った声でココアとハルトを厨房から押し出し「え俺も?」、そそくさとドリップを始める。
 それから二十分、ココアはハルトとともにラビットハウス内を走り回ることになった。

「今日は忙しいね」

 一通りの注文の品が行き渡ったころ、ココアは厨房入口で水分補給をしているハルトに行った。

「そうだね。なんで今日、こんなに? 観光客でも多かったのかな?」
「突然の雨だもん。みんな、どこかに雨宿りしようとしたんだよ」

 ココアは窓の外を眺めながら言った。冬の寒い時期に、さらに冷たい雨。見ているだけで、体に寒気が走る。

「それにクリスマスも近いから、当日の下調べでもしているのかな?」
「まだ一か月も先だよ? 早すぎない?」
「そんなことないよ! きっと、当日はみんな馴染みのところで過ごしたいんだよ!」
「へえ……そういうものか……」

 ハルトは頷いた。ココアは顎に手を当て、

「もしかしてハルトさん、あんまりクリスマスとかに興味ない人?」
「興味ないというか、あんまり特別な日って感じはしないかな。旅に出てから日にちの感覚もあんまりなかったし。季節さえ分かってればって感じだったから」
「ふええ……」

 ココアは顔をぽかんと開けた。

「そういえば、ハルトさんがどんなところを旅してきたのか、あんまり聞いたことなかったかも」
「語ることでもないからね。まあ、この繁忙期ではないときに言うよ」
「ありがとう!」

 ココアはにっこりとほほ笑んだ。
 しばらくは新しい人も、追加の注文もなさそうだ。ココアは、カウンター奥の厨房へ顔を覗く。

「これ美味しいです!」
「本当? ありがとうございます!」

 奥では、可奈美がカウンター席の客と話している。可奈美が作ったパフェが、どうやら好評のようだった。

「新人さんよね? ここまでのもの、もしかしたらココアちゃんよりも上手かもしれないわ」
「ありがとうございます!」
「ゔ……」
「はい就業時間中にすさまじくぶっ倒れたりしないでね」

 気絶しようとしたココアの口が、ハルトに塞がれる。
 その時。

『親愛なる見滝原市並びに全世界へ』

 突如、天井付近のテレビの画面が真っ赤に書き換わった。静かだったクラシック番組は、赤い髪をもつ男性に取って代わられた。

「?」
「あれって……」

 談笑していたお客さんたちが一斉に見上げる。

「何あれ?」
「変な髪形」
「何か、ライオンみたいだな」
「あれでクソコラ作ってみようかな?」
「あの人、今話題の病院の院長じゃない?」

 それぞれが多種多様な反応を見せる中、ココアの隣でハルトが呟いた。

「フラダリさん?」

 それで、ココアは思い出した。
 フラダリ・カロス。人喰いの怪物で話題の見滝原中央病院の院長だ。何度かニュースで見かけて、インパクトのある外見だなと思った。

「たしかあの怪物って、この前病院とは別のところに出たから、病院は関係ないって話になったんですよね」
「……」

 だが、ハルトはココアの言葉に反応しなかった。口をきっと結び、テレビを凝視している。

『我が名はフラダリ・カロス。この世界を美しく作り変える者である』

 ココアには、彼が言っている言葉が全く理解できなかった。

『人喰いの生物。名はアマゾン。異世界より来たりし神の遣い。私は、秩序の執行者として、このアマゾンと手を組んだ』

 アマゾンと手を組んだ。その言葉に、客たちの間にどよめきが生まれた。

『すでにこの世界の秩序は乱れている。人々は愚かに過ぎず、一つしかないものは分け合えない。分け合えないと奪い合う。奪いあえばと足りなくなる』
「違うよ……」

 ココアは無意識に呟いた。

「この世界、そんなにひどくないよ……?」
『争わず、奪い合わず、美しく生きていくには、命の数を減らすしかない』

アマゾン(選ばれた者)だけが、明日を手に入れる!』

 選民思想。今、ココアの中にその単語が思い浮かんだ。

『私は、アマゾンの力とともに、その制裁を実行する。秩序の乱れたこの世界をリセットし、美しい世界を作り上げるのだ』

 フラダリは最後に、この言葉とともに消えた。

『アマゾン以外の皆さん。残念ですがさようなら』

「うわああああああ__________」

 その時。突如として店内から悲鳴が上がった。
 全身から蒸気を吹き出す人物。駆け寄る人を突き飛ばし、肉体から耳を塞ぎたくなるような音が聞こえる。
 そして。

「アマゾン……」

 客は、アマゾンの姿となり、すぐ近くの客へ襲い掛かった。
 だがそんなアマゾンを、ハルトが抱き留める。

「可奈美ちゃん! 千鳥取ってきて!」
「分かってる!」

 彼の声に、可奈美は脱兎のごとく上の階へ走り去る。
同時に彼は、アマゾンを蹴り飛ばした。店のガラスを割りながら、アマゾンは店の外へと飛び出る。

「ココアちゃん!」
「な、何!?」

 状況が分からないココアは、ただ、返事しかできない。

「お客さんをここから出さないで! いいね!?」
「は、はい!」

 こちらの返事を聞いてか聞かずか、ハルトはアマゾンを追いかけて店の外へ飛び出した。
 同時に、細長い赤い棒を持った可奈美もそのあとを追う。

「どうなっているの……?」
『臨時ニュースです』

 二人が出て行ったあと、テレビ番組がニュースへ切り替わる。

「只今、アマゾンへ変異してしまう原因が判明しました。見滝原中央病院周辺に設置されている、ウォーターサーバーに、溶原性細胞が混入していました」

 見滝原中央病院。
 チノがこの前まで入院していた病院の名前だった。

「飲んだ覚えのある方は、焦らず、他の病院へ診断を受けてください。繰り返します。飲んだ覚えのある方は……」

 突如として、ガシャンと、コップが割れる音がした。
 そんなミスなど想像できない、チノがその発生源だった。接客中だというのに、盆を地面へ滑り落とし、それを拾おうともせずにテレビを見上げている。

「見滝原中央病院……私、つい最近まで入院していました」

 真っ青な顔で震えるチノ。彼女はそのまま、両手で頭を抑える。

「病院の水で、怪物になる……怪物になる……」
「チノちゃん? チノちゃん!」
「ココアさん……私、この前まで中央病院にいました……もしかして……」
「大丈夫だよ! きっと……」
「私、一週間も入院していました。水だって、向こうで沢山飲みました……」

 店員が変異していく。その可能性に怯えた客たちは、一目散に逃げて行った。だが、誰一人としてその食い逃げを追うことができない。
 ココアが、チノの肩に手を置いた。

「落ち着いて、チノちゃん。まだ、そうと決まったわけじゃ……」
「止めてください!」

 チノは、ココアの手を拒絶した。チノは叩いた自身の手を見下ろし、それを掴む。

「嫌です……! 私……私……!」
「チノちゃん!」

 ココアが怯えるチノを抱きとめる。だが、チノは止まらない。

「私、人喰いの怪物になんてなりたくないです! ココアさんを……ココアさんを……!」
「大丈夫! 大丈夫だから!」
「嫌です! そんな……」

 チノはギュッとココアの腕を握っている。

「チノちゃん!」

 ココアの大声に、チノははっとする。彼女の顔をじっと見つめるココアに、チノの呼吸が落ち着いた。

「私がいる。私がいるよ」
「ココアさん……」
「チノちゃんが嫌いになっても、怪物になっても。私がずっとずっと、傍にいるよ」

 いつしか、二人きりになったラビットハウスで、チノの呼吸の音だけが響いていた。
 
 

 
後書き
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「何かしら?」学校廊下
まどか「その……いつも終わったらいなくなるから、たまにはゆっくりお話ししたいなって……」
ほむら「悪いわねまどか。忙しいの。失礼するわ」
まどか「そんな……そ、そうだ! たまにはこのコーナー、一緒に担当しよう!」
ほむら「悪いけど、私は貴女に構っていられないの。担当するなら一人でやりなさい」←前回まどかをストーカーした人
まどか「そ、そんな……あ、それじゃ、今日のアニメ、どうぞ!」



___もう一回こっち向いて 言いたいことがもっとあるから もう一回こっち向いて 本気が揺れる愛のFuture___


まどか「変態王子と笑わない猫! あ、ほむらちゃん!」
ほむら「2013年の4月から6月のアニメね」スタスタスタスタ
まどか「あ! ほむらちゃん! 待って!」
ほむら「まどかが私を追いかけている……うれしい!」(邪魔をしないでまどか。今私は急いでいるの)
まどか「本音と建て前が逆転しているよ! あ、アニメは、こんな風に本音と建て前が自由にできなくなった横寺(よこでら)陽人(ようと)君と、筒隠(つつかくし)月子(つきこ)ちゃんと、あと小豆(あずき)(あずさ)ちゃんのお話だよ! あ、待ってほむらちゃん!」
ほむら「だから私は……待ってまどか」
まどか「うわっ! いきなり止まってどうした……の……?」
男子生徒「うおおおおおおおお________!」変貌
まどか「あれって……」
ほむら「アマゾン……! キャスター!」
キャスター「はいマスター」
ほむら「殲滅しなさい!」 

 

さっきまで人間だったもの

 
前書き
コウスケ「ったく、雨止まねえな……」
響「今日天気予報雨だったっけ?」
コウスケ「晴れだったと思うんだけどな」スマホの天気チェック
響「残念……今日も美味しいもの食べたかったよ……へっくし!」
コウスケ「風か? 体には気をつけろよ」
響「分かってるよ。そもそもサーヴァントだから、体壊したりはしないけど」
コウスケ「そいつは羨ましいな。俺もぜひそうなりたいぜ」
響「あはは……でも、いざフィールドワークに行こうとしたら雨なんて、私たち呪われてるかも」
コウスケ「全くだ。しばらくここで雨宿りしようぜ」
響「そうだね……あれ? ねえ、コウスケさん。ここってレストランじゃない?」
コウスケ「お? マジだ。折角だし、ここで食っていこうか」
響「やった! こんにちわ!」
店主「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
コウスケ「おお! いい店だな」
響「そうだね。オシャレだけど、私たちだけだね」
店主「お待たせいたしました」水
コウスケ「おう!」ゴクッ
響「あれ? メニューないんですか?」ゴクッ
コウスケ「うっ……体が……」
響「あれ? なんか、体が痺れてきた……」
店主「折角食材に来店していただいたのです」蒸気プシュー
響「え?」
店主「調理させていただきます」カニアマゾン
コウスケ、響「!?」
カニアマゾン「はあ!」
コウスケ「危ねっ! 変身!」L I O N ライオン
響『Balwisyall nescell gungnir tron』
カニアマゾン「? お前たちは……?」
響「止めて! ねえ、貴方の目的は何? こんなことしなくても、貴方の目的に協力できるよ?」
カニアマゾン「なら、大人しく私に食われてくれ」ハサミブン!
響「うわっ!」
ビースト「響! 新聞見たろ? アマゾンになった奴は、もう救えない! 被害を抑えるためにも、倒すしかねえ!」
響「でも、この人も人間だったんでしょ? うわっ!」キッチンへ投げられる
ビースト「響!」
カニアマゾン「人の心配をしている場合か?」
響「いたた……ん? これって……」ぶつかって壊れた冷蔵庫
 その中の、冷凍された人体
響「……」
ビースト「このっ」2バッファセイバーストライク
カニアマゾン「ふんぬっ!」斬り裂く
ビースト「響!」
響「やるしか……ないの……? イグナイトモジュール、抜剣!」 

 
『ランド シューティングストライク』
「太阿之剣!」

 黄の弾丸と赤の剣が、カマキリのアマゾンに風穴を開けた。力の抜けたアマゾンは、そのまま地に伏し、雨に溶けるように薄まっていった。

「はあ、はあ……」

 ウィザードからハルトの姿に戻り、肩で呼吸する。動かなくなったカマキリアマゾンの服に触れる。

「この人……多分、これまでも何度かラビットハウスに来たことあるよね……」
「うん。私も、見覚えある……」

 可奈美も頷く。

「私のサンドイッチ、美味しいって言ってくれた人だよ……」
「……」

 ハルトは何も言わず、指輪を使う。

『コネクト プリーズ』

 出現した、大きな魔法陣。そこから引っ張り出したのは、マシンウィンガー。可奈美にヘルメットを渡しながら、それに跨る。

「行こう。可奈美ちゃん」
「うん……」

 可奈美はヘルメットをかぶりながら、ラビットハウスを見返している。ハルトが壊した窓からだと、あれだけいた客の姿が見えない。ココアとチノも避難していることを祈るしかない。

「可奈美ちゃん?」
「大丈夫」

 可奈美も、ハルトの背後に付く。彼女の手が自分の腰に回ったと同時に、ハルトはアクセルを入れた。
 そして、木組みの町を走り、見滝原西駅に近づいたとき。

「うがあああああああああああああああ!」

 人の悲鳴。
 道行く人が、傘を取りこぼし、胸を抑えている。
 何より、その体には、黒い血管が浮き出ていた。

「ああああああ_________」

 やがてそれは、人間から、人喰いの怪物(アマゾン)へ。

「また……!」
「ハルトさん! 先行って!」

 ハルトの返答も待たず、可奈美はマシンウィンガーから飛び降り、千鳥を抜いた。

「可奈美ちゃん!」
「フラダリさんの暴走が原因なら、誰かが止めないといけない! 私はアマゾンを止めながら行くから!」

 そういいながら、可奈美は千鳥を抜刀。クモのアマゾンの心臓部を突き刺した。
 ぐったりと力の抜けたアマゾンと、目を強くつぶる可奈美を横目に、ハルトは見滝原中央病院への道を急ぐ。

「っ!」

 突如として、ハルトはグリップを強く引いた。マシンウィンガーは大きくカーブし、そのまま止まる。
 その原因は、明白だった。モズのようなアマゾンが、上空から狙ってきたのだ。

「また……!」

 ハルトの考えを現実だと示すように、モズアマゾンの周囲の電柱には人が串刺しにされている。モズの習性である早贄(はえにえ)に、ハルトは歯を食いしばる。
 再びハルトをその仲間にしようと、急降下してくるモズアマゾン。ハルトはソードガンで発砲、右肩を狙撃した。

「______」

 飛行能力を失ったモズアマゾンは、そのままハルトの進路上に墜落。その隙にハルトは、次の指輪を使った。

「変身!」
『フレイム プリーズ』

 アクセルとともに、フレイムスタイルとなったウィザードは、立ち上がったばかりのモズアマゾンにマシンウィンガーで激突。変身により強化された突破力により、モズアマゾンは二つに引き裂かれていった。

「……」

 モズアマゾンを倒したウィザードは、地面の死体と電柱の人々をそれぞれ見る。
 冥福を祈りたいが、今は時間が惜しい。松菜ハルトとしての表情を宝石の奥に隠し、ウィザードは病院への道を急ぐ。
 それからも、アマゾンは見滝原のあちらこちらで出現し、人々の悲鳴が聞こえていた。
 だが、アマゾンに抵抗するように、黒い光線が見えた。
 学校の近くでは、不似合いな銃声が聞こえた。
 野獣の咆哮が轟いた。
 誰かを繋ぐ(うた)が流れた。

 そして、ウィザードを襲う、横からのコウモリのアマゾンの襲撃。

「くっ!」

 ウィザードはぎりぎりのところで姿勢を低くしてそれを躱し、蹴りによりバランスを崩させる。

「_____________」

 コウモリのアマゾンは、それにより地面に投げ出された。マシンウィンガーから降りたくないウィザードは、ウィザーソードガンの手を開く。

『キャモナシューティング シェイクハンド キャモナシューティング シェイクハンド』
「悪いけど、構っている時間はないんだ……」

 ルビーを読み込ませようとしたとき。
 アマゾンの足場のコンクリートが波打つ。

「……え?」

 ウィザードが一瞬動きを止めた、そのタイミングで、コンクリートが水面となる。
 ザバーンと、まさに水がはじける音とともに、白い影が、コウモリアマゾンの右手を刈り取った。

「__________」

 悲鳴を上げるコウモリアマゾンだが、白い影は振り向きざまに身を捻る。それにより、今度はコウモリアマゾンの首が飛んだ。

「……」

 その一部始終を見て、ウィザードは言葉を失った。
 雨の中、コウモリアマゾンの死骸のそばにたたずむ、白い影。
 白いスク水少女。首にかけたヘッドホンという、なんとも奇抜な外見の彼女は、その手にしたハルバードでアマゾンをつついた。
 しばらくそれを続けた後、彼女はウィザードへ視線をずらす。

「……」

何も言わない。だが、無表情な瞳ではあるが、こちらへ歩んでくる。そこから、ウィザードは彼女をこう断言した。

「サーヴァント……」

 それが正しいと証明するように、スク水少女はハルバードを構える。
 ここで戦闘をする時間はない。そう判断したウィザードは、呪文詠唱を続けるウィザーソードガンにルビーを読ませる。

「ごめん! 急いでいるんだ!」
『フレイム シューティングストライク』

 炎の銃弾を、スク水少女の足元へ発射する。気温、水という条件も合わさって、魔法の炎は水蒸気となり、新しいサーヴァントの周囲を白く包んでいく。
 彼女の影が右往左往している素振りのうちに、ウィザードはマシンウィンガーを見滝原中央病院へ走らせる。
 霧が晴れたころには、すでにウィザードは、彼女から遠く離れていた。



「あーあー。折角の獲物だったのに」

 影から、スク水サーヴァントにそう声をかけたのは、彼女のマスターだった。

「つーか、アレ何だよ?」

 傘を差しながら、マスターは口を尖らせた。お姫様みたいな綺麗な表情の彼女だが、期限が悪くなると継母(ママハハ)のように醜くなる。

「サーヴァントって言ってたってことは、アイツも聖杯戦争の参加者だろ? だったら、この騒ぎでも戦えっつーのに」

 彼女は頭を掻いた。不機嫌そうに電柱を蹴り、

「まあいっか。オラ、復讐者(アヴェンジャー)。さっさと狩り続けんぞ」

 彼女は今までと打って変わって、眩い笑顔でスク水少女へ言った。

「さっさと社会貢献すれば、ウチの株も上がって、あきらっきー!」

 傘を放り投げ、マスター、蒼井(あおい)(あきら)は雨空を仰いだ。



 ようやく見滝原中央病院が見えてきた。
 ウィザードは、アクセルをもう一度強くする。
 だが、もうすぐで入口に差し掛かるその時、視界に黒い弾丸が現れた。

「え?」

 それはまっすぐウィザードの体を目指している。ハンドルを切ったウィザードだったが、間に合わず、右腕が弾丸の餌食になってしまった。

「ぐあっ!」

 マシンウィンガーから転げ落ち、変身解除。アスファルトにたまった水たまりに顔を打ち付けながら、ハルトは着地(・・)した弾丸を見上げる。

「あれって……ウニ?」

 黒い針だらけの体、複雑に絡まった大きな歯。まさに人型のウニとしか言えないものだが、あれもアマゾンなのだろうか。

「種類豊富すぎだろアマゾン……」

 毒づいているうちに、ウニアマゾンは再び体を丸め、高速回転。再びミサイルのように飛んでくる。
 ハルトはソードガンでそれを受け流すが、変身する隙がない。
 一方、ウニアマゾンは着地すればすぐに弾丸となるため、いくらでも攻撃ができる。
 ハルトは打ち落とすことを諦め、まっすぐ立った。それは当然、アマゾンからすれば格好の獲物。
 だが、飛んできたアマゾンに対し、ハルトは、まっすぐにソードガンを突き立てた。
 ハルトの柔らかい人肉よりも先に、銀の刃物がウニアマゾンの___しかもそれは丁度頭部___体に突き刺さる。

「うおおおおおおおおおお!」

まさにウニの歯を抜くように、ハルトは力を込めてその顔を斬り裂いた。
 力なく倒れたウニアマゾンを確認したハルトは、再びマシンウィンガーに乗る。
 もう、病院は目の前だった。
 そして、その門の中は……

「嘘だろ……」

 それを見た瞬間、ハルトはここが人間の支配する世界であることを忘れた。
 真っ白な病院の壁を埋め尽くす、黒黒黒。
 人の服を不自然な赤で染め上げた怪物たち。色とりどりのカジュアルシャツの人もいれば、病院関係者らしき白衣の者まで、無数のアマゾンたちが、それぞれ人体のパーツ一つ一つを、まるでスナックのように食らいながら徘徊していた。

「アマゾンの病院……」

 思わず足が震える。だが、それはアマゾンたちにとっては、餌同然。こちらへの視線が、どんどん増えていく。
 やがて、アマゾンたちはハルト(捕食対象)を食らおうと駆け出してきた。

「変身!」
『フレイム プリーズ』

 ハルトの左側より赤い魔法陣が出現。通過により、ハルトの姿は赤のウィザードとなる。
 両側より掴みかかってきたアマゾン二体を蹴り飛ばし、ソードガンでアマゾンたちを寄せ付けない。
 掴みかかってきた蛇の髪を持つアマゾンをビッグで弾き飛ばしたウィザードは、出し惜しみはしていられないと、指輪を取り出す。

『コピー プリーズ』
『コピー プリーズ』

 二度の複製の魔法により、ウィザードは一人から二人、二人から四人にその人数を増やす。
 間髪入れず、次に使う魔法。それは。


『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 

右足に火の魔力を込める。さらに、バク宙。右足を上に飛び上がり、右足をアマゾンの大群へ向ける。
 だが、これだけでは足りない。

『ビッグ プリーズ』

 巨大化の魔法陣により、ウィザードの足が大きくなる。体積威力ともに増加したそれにより、アマゾンの大群にぶつけた。
 雨を打ち消すほどの威力は、病院の中庭全てを火の海に変えた。

「……」

 病院を火の海に変えた。
 地面に落ちるアマゾンたちだったものに目をくれることなく、ハルトは廃墟となった病院に入っていった。



 だが、病院の中は、この上ないほど無音だった。
 音に変わり、病院内を充満するのは、鉄の臭い。薬品もろもろの臭いを塗りつぶす赤い臭いに、ハルトは不快感があった。

「これは……」

 薙ぎ倒された植物。引き裂かれた椅子。白を上回る赤。
 そして、人一人いない、この惨状。

「まさか……病院が、一番アマゾンになった人が多いのか……」

 クトリや千翼はどうなった。
 考えたくない結果を頭に浮かべながら、ハルトは故障したエレベーターをしり目に階段を登る。

「誰か! 誰かいないのか!?」

 生き残りを求めるハルトの声は、ただむなしく病院内を響くだけだった。
 やがて、二階フロアに着いた時、すぐ近くのドアが開く。

「生き残り!」

 その姿に、ハルトは歓喜の表情を浮かべた。
 可奈美と同じくらいの年齢の少女。全身傷だらけだが、ドアノブに体を寄りかけながらその姿を見せた。

「君! 大丈夫?」

 ようやく見つけた生き残りの少女を助け起こしながら、ハルトは尋ねる。
 全身血まみれの少女は、ハルトを見上げて呟く。

「に……げ……て……」

 その時、ハルトは絶句した。
 見上げた彼女の首筋に、黒い血管が浮き出ていることに。
 彼女から発せられた蒸気により、全身が焼けるような熱さに襲われる。
 悲鳴も上げる間もなく、少女の姿は、黒い、アマゾンへ変わった。

「!?」

 急いでアマゾンから離れようとするが、変身解除したのがまずかった。少女だったアマゾンはハルトの腰を掴み、指輪のホルスターがその爪にかかる。
 結果、ホルスターがそこにはめられていた指輪が散乱し、階段から一階へ落ちていく。。

「しまっ……」

 アマゾンの前で、拾いに戻るなどという隙の大きいことなどできない。ハルトはアマゾンの腕をドロップキックで相殺し、近くの病室へ逃げ込もうとした。
 だが。

「ここも……っ!」

 病室には、ぐちゃぐちゃと折り重なった中年の男女を食べる、子供のような大きさのアマゾン。サイの頭部をしたそれが食べているのは、まさか両親では、とハルトの背筋が凍る。
 その子供のアマゾンは、ハルトの入室に気付き、次の獲物に狙いを定めた。

「またかよ!」

 ハルトは急いで廊下に飛び出し、新手のアマゾンから逃れる。

「くそ、まだ生き残りがいるはず……!」

 二体のアマゾンへ近くの観葉植物を投げつけ、距離を稼ぐ。走る先に見つけた、もう一つの階段。
 そして、向かいの病室の扉が開く。
 騒ぎに怯えた病人_____だった、アマゾン。

「嘘でしょ!」

 大人らしい身長のクワガタの姿をしたアマゾン。それはハルトを見定めると、その首を掴みかかってきた。

「グッ……!」

 対応できなかったハルトは、そのまま廊下に押し付けられる。一度引き込まれ、再び壁に。アマゾンの人智を越えた腕力に、壁は砕かれ、ハルトは二階からロビーへ投げ出された。
 指輪がなければ、ウィザードといえどもただの人間。生身のハルトは背中から落下した。

「あっ……」

 ウィザードリングとの距離が縮まったのに、痛みでより遠く感じる。
 飛び降りてきた三体のアマゾンに加え、病室や陰などに隠れていたアマゾンたちもその姿を現す。

「こんなことって……」

 痛みに揺らぎながら、ハルトはそのアマゾンの数に唖然とした。
 本来人でなければならないアマゾンたちは、全身のどこかに赤い染みをしていた。そして今、ハルトをその染みの一員にしようとしている。
 まっ先にハルトへ攻撃をしてきたのは、クワガタのアマゾンだった。
 ハルトは痛む体を起こし、蹴りで反撃。掴みかかってくるクワガタアマゾンの顎を素手でつかみ、投げ飛ばす。
 だが、アマゾンの群れは次々にハルトに雪崩れこんでくる。裏拳で殴り飛ばせば、別の一体がそれを掴み、回転蹴りで受け流せば、別の一体が背後から背中に切り傷を付ける。
 やがて、腕、肩、足、背、首……全ての箇所にアマゾンが食らいついた。

「うわああああああああああああ!」

 想像を絶する痛みに、ハルトは悲鳴を上げた。だが、それで事態が好転するわけもない。
 そして。
 ハルトの意識が、赤一色に塗り潰された。

 その直後。病院の一階を、赤い爆発が包み込んだ。 

 

悲劇の原因

「はあ、はあ……」

 ハルトはその場で膝をついた。震える腕で、サファイアの指輪を拾い上げる。

「指輪が……重い……」

 ホルスターの残骸に嵌めながら、残りはルビーの指輪のみ。

「……」

 息苦しい。全身から流れる血液で体が重たく感じていた。
 周囲に散らばるアマゾンの死骸。一体一体に触れるのに抵抗を感じながら、その裏側にもフレイムウィザードリングを探した。

「……どうしてこんなことに……」

 地面に転がる、無数のアマゾン。病院の服やら、私服やら。そのほとんどが灰となっており、もはやどれがどれだったかなどの判別もできない。
それぞれの共通点はただ一つ。見滝原中央病院の水を飲んだことだけ。
 ハルトは、焼き焦がれ、真っ黒になったウォーターサーバーを睨んだ。あんなものが感染源になるなど、誰が考え付くだろうか。

「あ、あった……」

 最後のウィザードリング。それは、小さなアマゾンの死体の傍らに落ちていた。

「……」

 顔をしかめて、こちらをじっと見つめるウィザードリングを拾い上げる。
 その時、ハルトはまるで、ウィザードリングにこう言われているようにも感じていた。

___お前が、この人たちを救えなかったんだぞ___と。

「分かってるよ……」

 誰にも聞かれない言葉を口にしながら、ハルトはルビーを左手に嵌めた。残りのウィザードリングを、応急処置で直したホルダーに入れ直し、上の階を見あげる。
 そして、その光景に、ハルトは言葉を失った。
 吹き抜けから見える、病室という病室。そのドアを開けた、黒い影たち。
 もはやここはアマゾンの世界。そういうかのように、アマゾンたちが湧き出てきたのだ。

「まだ……」

 アマゾンたちは、ハルトがいるロビーに飛び降りてくる。それぞれがよだれを垂らしながら、ハルトを獲物として睨んでいる。
 やがて、生身のハルトへ、サメの姿のアマゾンが飛び掛かってきた。
 ハルトが変身する暇もなく、サメアマゾンの餌食になってしまう。

『アマゾン スラッシュ』

 だが、その寸前で、頭上から聞こえてくる電子音声。ハルトの前に、青い影が降り立った。
 サーヴァント、バーサーカー。アマゾンネオ。
 赤の目を黄色のバイザーで隠したそれは、腕の刃で、サメアマゾンを両断した。

「千翼くん!」

 ハルトが思わずその名を呼ぶ。

 アマゾンネオはサメアマゾンの死骸を蹴り飛ばし、ハルトに振り返った。

「ハルトさん、大丈夫?」
「ああ。助かった。……クトリちゃんは?」
「大丈夫。子供部屋に避難しているから。だから、今はこいつらだよ」

 アマゾンネオは、ベルトのスイッチを押す。『ブレード ローディング』の音声とともに、アマゾンネオの腕から細長い剣が生えてきた。

「あああああああ!」

 アマゾンネオは、獰猛な叫び声とともに、続いて襲ってきたカミツキガメのような体のアマゾンの首を切り落とした。その際、刃もまた折れてしまい、地面にはカミツキガメアマゾンの首と刃がならぶこととなった。
続くアマゾンたちに対し、再びベルトのスイッチを押す。

『クロー ローディング』

 生えてきたのは、剣ではなくフック。大きく振り、付属するワイヤーがアマゾンたちを縛り上げた。
 だが、逃れたトラのアマゾンが、アマゾンオメガへ体当たり。その勢いで、アマゾンネオの変身が解けてしまった。

「千翼くん、大丈夫?」
「う、うん……」

 生身になった千翼を、ハルトが助け起こす。

「あれ? また大きくなった? なんか、高校生っぽい」
「今はそんなこと言ってる場合じゃ……」

 さらに追撃しようと、バッファローのアマゾンが迫ってきた。
 抵抗できないハルトと千翼が、バッファローアマゾンに食い潰される、まさにその直前。
 天空より飛来した、赤い龍により、バッファローアマゾンは弾き飛ばされた。
 赤い龍は、アマゾンたちの頭上に滞空し、威嚇するように吠える。赤い龍。そんな幻想的な存在がここにいるということは。

「ハルト!」
「千翼くん!」

 その主である、龍騎もまたここにいた。彼はハルトを助け起こし、

「大丈夫か? ……やっぱりここにいたか」
「真司さん……なんで?」
「あんなニュースを見れば、誰だって病院に来るよ」

 龍騎は、さらに攻撃を仕掛けてきたアマゾンに対し、ドラグセイバーで防御。蹴り飛ばし、アマゾン三体にぶつける。

『ストライクベント』

 龍騎が、さらに新しいアドベントカードをドラグバイザーに入れる。ドラグレッダーの頭部を模した籠手が、龍騎の右腕に装着される。
 すると、飛翔するドラグレッダーが吠えながら龍騎を囲むように回る。

「はああ……」

 ドラグクローによる照準に沿って、ドラグレッダーが火炎弾を吐いた。
 それは、龍騎が蹴り飛ばしたアマゾン達を一瞬で消し炭にした。

「……」

 もはや黒一色になったアマゾンたち。それを龍騎は、じっと見つめていた。

「……大丈夫か、ハルト?」

 やがて龍騎は、ハルトに手を差し伸べる。ハルトがその手を取ると同時に、龍騎の姿は粉々になり、同じシルエットの真司の姿になった。

「ごめん。結構きついわ」

 ハルトはボロボロの体を引き上げてもらいながら言った。
 千翼も、友奈の肩を借りて起きあがった。

「でも、この数……」

 ハルトは吹き抜けから上の階を仰ぐ。いつの間にか、見滝原中央病院はアマゾンのパラダイスになっていた。

「これ、みんな……」
「溶原性細胞の感染者ってことだよな……」

 真司の言葉に、ハルトは無意識に歯を食いしばった。
 だが、その肩を真司にポンポンと押される。

「俺もお前と同じ気持ちだと思う、あんまりうまくは言えないけどさ。こいつらをここから出すわけにはいかないだろ?」
「ああ」
「分かるよ。人との殺し合いって意味だからさ」

 真司はカードデッキを突き出す。

「でもさ。……俺、やっぱりこんな戦いは早く終わらせたい。だから、たとえこれが人殺しだったとしても、俺は戦う。皆の命を守るために」

 どこかの鏡像より飛来したバックルが、真司の腰に巻きつく。それを見て、ハルトも頷いた。

「分かったよ……」
『ドライバーオン プリーズ』

 ハルトが指輪によって現出させた、銀のベルト、ウィザードライバー。その端の部分を操作することで、その機能を起動させた。

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』

 さらに、その隣では、友奈の手から離れた千翼もまた、赤いベルトを腰に巻いていた。

「千翼君、大丈夫?」

 友奈の心配そうな声に、彼は「平気」と答えた。

「そっか……なら、よし!」

 友奈もスマホを取り出し、その傍らに白い妖精、牛鬼を出現させた。
 彼女のスマホのタッチにより、血塗られた病院内を桜の花びらが彩る。
 そして。

「変身!」
「変身!」
「……アマゾン!」

『フレイム プリーズ ヒーヒー ヒーヒーヒー』
『NEO』

 花びらの中、ウィザード、龍騎、アマゾンネオの___別の世界では、仮面ライダーと呼ばれる者たち___が並び立つ。

『コネクト プリーズ』
『ソードベント』
『ブレード ローディング』

 ウィザーソードガン、ドラグセイバー。そして、ネオの手からの刃。
 それぞれが武器を構え、アマゾンの大群に突撃した。



「ウアアアアアアア!」

 アマゾンネオの声が、鼓膜を震わせる。
 友奈がその方向へ振り向くと、アマゾンネオが、ウミヘビのアマゾンをその刃で引き裂いていた。

「千翼くん……!」

 返り血も構わず、アマゾンネオは執拗に動かなくなったアマゾンに刃を突き立てる。

「千翼くん!」

 友奈が駆け出し、アマゾンネオを突き飛ばす。そこには、リスアマゾンの拳が遅れてきた。

「気を付けてね」
「友奈さん……」

 さらに追撃に来た別のアマゾンに対し、ドラグレッダーがその炎で牽制した。

『フレイム スラッシュストライク』

 さらに、ウィザーソードガンより放たれた炎の斬撃が、アマゾンたちをまとめて焼き払う。

「大丈夫? 千翼君」
「はあ、はあ、はあ、はあ」

 アマゾンネオは、まるで過呼吸のように息を吐いている。

「どうしたの?」
「分からない……体が……」

 動けないアマゾンネオは、戦えない。
 友奈はアマゾンネオの肩に触れた。

「大丈夫。千翼君は、休んでいて」

 友奈はアマゾンネオの前に立ち、彼を狙うアマゾンを殴り飛ばした。
 そのまま、アマゾンネオを捕食しようとするアマゾンたちへ、友奈は武術で対抗する。

「俺は……」

 その時。
 背後で、千翼が絞り出すような声を発した。

「俺は……俺は……っ!」
「千翼くん?」

 その時、友奈は見た。
 アマゾンネオの身体が、陽炎ができるほどに発熱しているのを。
 その熱さに耐え切れずに、拘束具の一部が弾け飛んでいくのを。
 そして。

 黄色のバイザーが破裂し、中から赤く、凶悪な瞳と目が合った。

「ち……」

 それ以上の言葉が続かなかった。
 友奈は、持ち前の反射神経で伏せる。
 その頭上を、無数の蒼い触手が走っていたのだ。
 それはアマゾンたちを串刺しにし、フロアを破壊し、アマゾンをつるし上げた。

「あああああああああああ!」

 それは千翼の声なのだろうか。
 やがて、これまでのアマゾンとは比にならない白い蒸気により、アマゾンネオの姿は見えなくなってしまった。
 だが、それでも彼の声は、どこまでも友奈を奥深く突き刺す。
 狂ったような悲鳴を上げるアマゾンネオは、さらにウィザードと龍騎にも、そして友奈にも狙って触手を放った。

『エクステンド プリーズ』
「友奈ちゃん!」
「うわっ!」

 背後から、伸縮自在なウィザードの手が、友奈の襟をつかむ。
 そのまま二人の背後に投げられた友奈は、ドラグバイザーの音声を耳にした。

『ガードベント』

 龍騎が両手に武装した、ドラグレッダーの胸と同じ形の盾。だが、アマゾンネオの触手は、龍騎の盾、ドラグシールドを易々と貫通。龍騎と、上空のドラグレッダーにダメージを与えた。

「ぐあっ!」
「_________」

 龍騎が倒れるとともに、床に落ちるドラグレッダー。

「真司さん! 一体何が……?」

 龍騎を助け起こしながら、友奈は煙が晴れていくのを見た。
 その中にいたのは、アマゾンネオでも、ましては千翼でもなかった。

「あれは……?」

 その姿に、友奈も、ウィザードも、龍騎も言葉を失った。

「_____________」

 それは何と言えばいいのだろう。
 それを形容する言葉を、友奈は首を振って否定した。

「違う……あれは千翼君じゃない……!」

 だが、どこにもいないアマゾンネオ。なにより、アマゾンネオと全く同じ青が、友奈の心を否定する。
 悪魔と否定したい、友奈の心を。

 全ての拘束具を取り払ったアマゾンネオ。阿修羅のように、六本の腕を持つ、醜悪な怪物であるそれは、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

「ねえ……あれって……」

 ウィザードに、困惑の声が混じっていた。
 彼もきっと、友奈と同じ気持ちだろう。
 だが、友奈が答える前に、アマゾンネオ___と仮定する___は、吠えた。
 その体表を突き破り、無数の触手が放たれた。
 それは容赦なく友奈、ウィザード、龍騎を絡め、締め上げた。

「きゃああああ!」
「うわっ!」
「放せっ!」

 三人とももがくが、アマゾンネオの拘束は強く、びくともしない。
 その時。
 アマゾンネオの足元。
 見逃してしまいそうなものを、友奈は見た。

 触手が出るときに、飛び散ったアマゾンネオの体液。それが、近くを逃げ回っていたネズミに付着したのだ。

「……!」

 その一部始終を、友奈は見た。

 起 ネズミは、付着した体液に驚く。
 承 やがて体液は、ネズミの全身に染み渡る。
 転 もう嫌になるほど見た、白い蒸気がネズミより発生。
 結 そうして、ネズミは、さきほど友奈が戦ったウミヘビのアマゾンになる。

「そんな……!」

 生まれたばかりのアマゾンがアマゾンネオに踏み潰された。だが、それを見てしまった瞬間から、友奈はそのことにしか考えられなかった。

「友奈ちゃん!」
「友奈ちゃん!」

 ウィザードと龍騎の呼びかけにも、友奈は動かない。ただ、口をガタガタと震わせていた。

「千翼くんが……」
「友奈ちゃん!」
「どうしたんだよ!?」
「今、足元のネズミが……アマゾンになった……」

 それを口にすると同時に、友奈は確信した____確信してしまった。

「千翼君が、感染源……溶原性細胞の、感染源……アマゾン化の、原因なんだよ!」

 嘘だ、と、誰よりも友奈が訴えていた。
 だが。

 その音に、友奈の背筋が凍る。
 この世界に来てから、もう聞くことはないと思っていた、スマホの警報音。
 かつての世界で、バーテックスという敵が襲来してきたときの警報音。

「……」

 友奈は、傍らの牛鬼を見ながら首を振る。
 それはつまり、勇者システムは、アマゾンネオ___千翼を、バーテックスに匹敵する脅威だと認識したということ。
 放っておいては……生かしてはいけないということだった。 
 

 
後書き
ほむら「……」
キャスター「マスター」
ほむら「キャスター。命令よ。外に出て、アマゾンを倒してきなさい」
キャスター「ご命令ならば」飛翔
ほむら「……」髪ファサー
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「アマゾンがどれだけいようと関係ないわ。全部、私が殺してあげる」
まどか「そうじゃなくて……その……アマゾンって、元々人だった……んだよね?」
ほむら「救えないものは救えないわ。たとえ誰であっても」
まどか「……ねえ、そういえばほむらちゃん、さやかちゃん見てない?」
ほむら「見てないわね」
まどか「今日はお見舞いの日じゃないと思うんだけど……まさか、今日に限って病院に行ってたりしないよね……」
ほむら「……」 

 

アマゾン態

 アマゾンネオ___否、それはもうアマゾンネオとはことはできなかった。
 触手を動かすごとにまき散らされていく、生物をアマゾンにする体液。今はウィザードの姿のおかげで助かっているが、生身ならどうなるか分かったものではない。

「ドラグレッダー!」

 隣の龍騎の声に、倒れていた赤い龍が反応した。アマゾンへ火を吐きながら宙を泳ぎ、触手を焼き切る。

「うわっ!」

 ウィザードたちは地面に落ちる。
 自らの身体の一部を欠損したというのに、アマゾンは一切動じない。それどころか、ドラグレッダーを敵と定め、触手を一斉に発射した。

「ドラグレッダー!」
「_________!」

 吠えるドラグレッダーは、火炎で触手に対応しながら、病院の広い吹き抜けを縦横無尽に泳ぎ回る。やがてしびれを切らしたアマゾンは、ジャンプにより直接ドラグレッダーに肉薄した。

「________________!」

 六本の拳が放たれるが、それをタダで受けるドラグレッダーではない。柔軟な体を動かしてそれを回避、むしろアマゾンの蒼い肉体に炎を浴びせていく。
 だが、六本の腕という数は、ドラグレッダーにとっても不利となる。躱しきれず、弾丸のような拳を浴びるのも一回や二回ではない。

「_____________!」

 ドラグレッダーは咆哮により、アマゾンの動きを遮る。距離を置き、追撃に来る触手をその尾の刃で斬り裂いていった。
 だが、触手を使い、吹き抜けから各フロアの柱を使い、ドラグレッダーを追跡する。

「っ……!」

 ドラグレッダーを援護しようと、ウィザーソードガンの銃口を向ける。
 あの青い怪物へ狙撃……

(できるわけがない……!)

 あの怪物が千翼だと考えると、引き金を引くことができなかった。
 だが、その間に、アマゾンはドラグレッダーの胴体を捕まえる。
 ドラグレッダーは抵抗するために、アマゾンの肩を食らい、壁に投げ飛ばす。
 ドラグレッダーはさらに、容赦なく炎を浴びせるが、アマゾンもそれで負けるはずもなく、ドラグレッダーへ反抗した。
 炎と拳。
 ウィザードたちの頭上で行われるそれは、怪物同士の戦いだった。
 だが、戦いはやがてアマゾンの方に傾いていく。だんだんドラグレッダーの被弾率が上がり、やがては地面にその身を投げ出すこととなった。
 さらに、アマゾンは地上に着地。

「!」

 さらに、アマゾンは全身より触手を放つ。それは視界全てを斬り裂き、ウィザード、龍騎、友奈にも大ダメージを与えていく。

「ぐあっ……!」

 変身解除する三人へ、アマゾンがじりじりと距離を詰めてくる。抵抗しようとも、身を引き裂く痛みに動けなかった。
 だが。
 突如として、アマゾンの体が動きを止める。思い出したかのように呻きだし、全身の筋肉が痙攣していく。

「____……う……あ……」

 やがてアマゾンの身体より、白い煙が吹きあがる。まるで人がアマゾンになるのと同じようなものだが、それは逆に、アマゾンを人のシルエットに戻すものだった。
 やがて、煙の中から現れたのは、ふらつきながら何があったのか理解していない顔の千翼だった。

「こ……これって……」

 千翼はまるで記憶がないかのように、周囲を見渡している。やがて、傷ついたハルトと友奈を見て、

「俺……俺がやったの……?」
「待って……」
「俺が……俺が……!」

 千翼は足元に円状に広がるアマゾンの体液を見て、頭を抱える。

「あああああああああああああああ!」
「千翼……くん!」

 ハルトが止めるよりも早く、悲鳴とともに千翼は階段へ逃げて行った。

「待って……千翼くん……」

 千翼を追いかけようとするハルトの前に、アマゾンたちが道を塞ぐように湧いてくる。

「まだこんなにいるのか……っ!」

 変身しようと指輪をするが、その前にアマゾンたちが押し寄せてきた。

「ハルト!」

 だが、そのアマゾンたちを真司が食い止めた。

「真司さん!」
「おりゃっ! 大丈夫だハルト! ここは俺に任せて先に行け!」
「でも……」
「このっ! ほら、友奈ちゃんも!」
「い、いいの?」

 友奈もアマゾンたちと格闘する真司へ驚きの眼差しを向けている。
 だが真司は、友奈を立たせ、ハルトの方へ背中を押す。

「真司さん!」
「大丈夫だ!」

 真司はサムズアップをしながら、その腰にVバックルを付ける。アマゾンたちの攻撃をいなしながら、腕を左上に流す。

「変身!」

 真司が鏡像とともに龍騎となる。アマゾンたちを階段に通すことなく、元人間たちを食い止めていく。
 ハルトは龍騎の背中に感謝しながら、階段を駆け上り、要塞のような病院内部を進んでいった。



「千翼君!」
「千翼くん!」

 千翼の後を、ハルトと友奈が追いかける。二階。三階。だが、大きく引き離された千翼の姿はどこにもない。

「どこに行ったの……?」

 四階の踊り場で、友奈は廊下と上の階を交互に見ていた。

「多分この階じゃないな。孤児院だとしたら、最上階だ!」
「最上階……」

 友奈が階段を駆け上がっていく。ハルトも大きく飛び越えながら、階段を登っていく。
 その時。

「うわっ!」

 踊り場で待機していたのか、ハゲタカの姿をしたアマゾンに首を掴まれる。そのまま階段より六階の廊下へ押し倒された。
 眼球を狙って指で付いてくるハゲタカアマゾンの腕を受け止めるハルトへ、友奈が引き返そうとする。

「ハルトさん!」
「行って! 友奈ちゃん!」

 拘束を振りほどき、生身で蹴りを入れながらハルトは叫ぶ。
 迷い気味に階段を急ぐ友奈を見送りながら、ハルトはウィザードライバーを起動させた。

「変身!」
『ハリケーン プリーズ』

 再び接近を図るハゲタカアマゾンの顔面を蹴り飛ばし、すぐに指輪を取り付ける。。

『チョーイイネ キックストライク』

 スピードに優れる必殺技。緑の弾丸となったウィザード最速の一撃は、ハゲタカアマゾンの上半身を吹き飛ばした。

「……」

 人間の死に方ではない。残ったハゲタカアマゾンだったものを見下ろしながら、ウィザードはハルトに戻る。

「もう……ここには、アマゾンしかいないのか……?」

 クトリは無事なのだろうか。
 彼女と千翼がいる上の階へ行こうとすると、物音に足を止めた。

「またアマゾン?」

 さっきまでの騒ぎに一切気付かなかったのか。近くの病室から、物音が聞こえる。
 その方向に向けていると、やがて物音は話し声であることを知ると安堵した。
 周囲が血まみれになっているのに対し、その部屋はほとんど綺麗な状態だった。ゆっくり扉を開けると、そこにはまだ無事な病人の姿があった。

「生き残りがいた……」

 喜びを隠しきれず、ハルトは部屋に入る。
 入院していた少年___多分中学生くらい___は、静かに窓の外へ向けていた顔をこちらに向けた。
 ハルトの姿を見て一瞬引き攣った表情をした彼を、ハルトは安心させるように宥める。

「あ、大丈夫だよ。俺はアマゾンじゃない。君たちを助けに来たんだ」
「助けに……?」

 ハルトの言葉に、少年は半信半疑ながら安堵の息を吐いた。

「あれ? この前の大道芸人?」

 その声は、ベッドではなく、入口近くより飛んできた。青い髪の少女は、今にもつかみかかろうという姿勢で固まっている。最初ギョッとした表情をしていたが、ハルトの姿にほっとしていた。

「君は確か……美樹さやかちゃん……だったっけ?」

 以前まどかの友人ということで紹介された顔。さやかは、ハルトが入ったと同時に扉を閉めた。

「大道芸人さん……あんた、その体……」

 引き攣った顔のさやかは、アマゾンたちとの戦いで傷ついた体を指さす。
 ハルトは笑いながら、

「頑張って切り抜けてきた。でもよかった……無事で」
「外、アマゾンでいっぱいでしょ? どうやって?」
「それは脱出したあとで教えてあげる。大丈夫。安全に逃げられるから速く逃げよう」
「う、うん……行こう、恭介。……あれ?」

 恭介に首を貸すさやかが首を傾げる。同時にハルトも、妙な音に振り向いた。
 何かが刺さった音。床に、小さな黒く、丸い……タネのようなオブジェが突き刺さっていた。

「あんなもの、あったっけ?」

 さやかがそんな言葉を言った直後。

 空間が、ぐにゃりと歪みだした。

「え?」

 白と、汚れた黒赤が、徐々に斑色に染まっていく。やがて病室は、完全に人工物ではない別物___むしろ、前回の赤黒の結界に近い___へ変貌した。

「なっ?」

 やがてバラ園のようになったその場所で、すぐ近くに現れた巨大生物。ピンクの体、蝶の翼。緑の滴る顔には、無数のバラが植え付けられている。
 アマゾンでもファントムでも、ましてやサーヴァントでもない謎のそれは、その巨体でハルト、さやか、恭介を押しつぶそうとした。

「う、うわあああああああ!」
「変身!」
『ランド プリーズ』

 すさかず土のウィザードに変身、その巨体を両手で受け止めた。その重量に、力自慢のランドスタイルでも旗色が悪くなる。

「おりゃあああ!」

 ウィザードは、張り手で怪物を突き飛ばす。
 窮屈な病室の広さをみうしなうほどの 広大な結界の中、怪物は蝶のように舞い、蜂のように攻め立てる。

『フレイム プリーズ』

 フレイムスタイルで攻撃を回避し、その顔面にスラッシュストライクを叩き込む。図体が大きい分ダメージも軽微なようだが、それでも痛みにより大きく後退させることができた。

「よし……勝てない相手ではないな。キックストライクでいけるか?」

だが、そこまで魔力が持つだろうか。そんな心配をしていたら。

「うわあああああああ!」

 突如として響いた、さやかの悲鳴。
 振り向けば、まるで綿のような小さな怪物たちが、二人に襲い掛かっていた。まるでひげのようなものを生やした植物のようなそれらは、全身を震わせながら動いていた。

「手下がいたのか!」

 ソードガンで発砲するも、そんな豆鉄砲では怪物たちの勢いは止まらない。

『コネクト プリーズ』

 コネクトの魔法陣をさやかと恭介の前に出現、ソードガンで綿の怪物たちを切り裂いていく。

「走って!」

 ウィザードの言葉に、さやかが恭介の手を引いて逃げる。だが、群なす怪物たちの方が速い。

「くっ……」

 ウィザードは二人を優先し、バラの怪物へ背を向けた。だが、それは敵へ油断する以上の悪手である。

『________』

 バラの怪物の唸り声に気付いた時にはもう遅い。その重量がウィザードの背中に炸裂、その体がさやかたちとは明後日の方向へ吹き飛ぶ。

「ぐあっ……」

 ダメージは小さい。だが、すでにさやかたちとの間にはバラの怪物が入っており、助けにいくのは難しい。
 さらに悪い状況は重なるもの。逃げているさやかと恭介の前に、あの妖精が現れた。

『やあ。初めまして。美樹さやか』
「キュウべえ!」

 白い、ウサギのような猫のような妖精。仮面のような無表情が、一瞬だけウィザードを向いた。

『久しぶりだね。ウィザード。今回はどうやらバーサーカーと戦っているようだね』

 キュウべえは、相変わらずの無表情できゅっぷいと頷いた。

『悪いけど、今は君には用はないんだ』

 キュウべえの視線は、聖杯戦争参加者のウィザードではなく、ただの一般人であるさやかに向けられた。

「な、なに……?」

 さやかもまた、驚きの眼差しでキュウべえを見つめていた。一方恭介は、キュウべえを視認することもできず、「どうしたの? 何が見えてるの?」と戸惑っていた。
 だが、キュウべえはこの緊急事態の中、他に興味を向けることなく、さやかにこう告げた。

『美樹さやか。僕と契約して、魔法少女になってよ!』 
 

 
後書き
ほむら「……?」
キャスター「マスター。いかがなさいましたか?」
ほむら「……何でもないわ」宝石ポケットに戻す
キャスター「?」
ほむら「……この周回に来てから、まだ○○は現れていない……偶然? それとも、今の反応は何……? まさか、たまたま遭遇していないだけ? でも、佐倉杏子の存在はまだ確認できていない……どこまで今までと同じで、どこからが今までと違うというの……?」
キャスター「マスター。まだアマゾンが」
ほむら「……考えても仕方がないわ。行くわよ。キャスター」 

 

あたしってほんとバカ

「魔法……少女?」

 さやかが、その名前を復唱している。
 突然さやかがキュゥべえに釘付けになったことで、妖精を見れない恭介は首を大きく振ってさやかが何者としゃべっているのかを探ろうとしている。

「っ、邪魔だ!」

 ウィザードはようやくバラの怪物を突き放し、綿の手下たちの軍勢へ斬り込む。だが、そのあまりの数に、ウィザードの全力をもってしてもキュゥべえを妨害するのには時間がかかる。
 そうしている間にも、キュゥべえの話は続いていく。

『そうさ。ちょうど君は、魔法少女が背負うべき使命と直面している』
「何を言っているの?」
『あれさ』

 キュゥべえは、ウィザードの背後に迫るバラの怪物を顎で指した。
 その時、ウィザードの背後で重量の気配を感じる。即座にディフェンドを使用。背後に出現した魔法陣ごと、ウィザードの体は弾き飛ばされる。
 起き上がりながら、ウィザードはその名を耳にした。

『そう。魔女を倒す。そのための魔法少女さ』
「魔女……?」

 その言葉に、ウィザードは一瞬攻撃の手を緩めて、上空のバラの怪物を見あげる。
 魔女という、中世ヨーロッパ等で俗説として広まった存在。イメージに全く似合わないが、あの怪物は魔女と呼ばれる怪物らしい。
 バラの怪物改め、バラの魔女は、ウィザードへ口から酸の液体を放った。

「くそっ!」
『エクステンド プリーズ』

 魔法陣により、腕が伸縮自在になる。片手の範囲で掴めるだけの綿の怪物を縛り上げ、魔女の液体へ投げ飛ばす。凄まじい酸のそれは、綿の怪物たちを完全に溶解した。

「おい、キュゥべえ!」
『何だいウィザード。さっきも言ったけど、今回僕は君には用はないんだ』
「この前はイヤでも接触してきたくせに、今回は真逆に俺のことは無視か」
『僕はこっちが本業だからね』
「だったら今日は副業に専念してもらおうかな!」

 キュゥべえに向かって、ウィザードは発砲した。銀の鉛玉は、さやかに触れようとしたキュゥべえの耳を引っ込めた。
 続けての鉛玉は、綿の怪物たちを薙ぎ倒しながら、キュゥべえをさやかから遠ざけていく。

『やれやれ。僕の仕事を邪魔しないでほしいんだけどね』
「聖杯戦争の監督役だろ? だったら、今この病院は聖杯戦争の真っただ中ってことになると思うけど」

キュゥべえはその言葉に、ため息をついた。

『やれやれ。どうして君たち人間は、自ら忌むものへ飛び込んでくるんだい?』
「これ以上他の人を戦いに巻き込むこともないでしょ」
『それは君が決めることではないよ。美樹さやか自身が決断することさ』

 そういって、キュゥべえはさやかに近づく。

『君を魔女との戦いに投じてもらう代わりに、僕は君の願いを何でも叶えてあげられるよ』
「何でも?」

 さやかは、その言葉に耳を傾けている。恭介が見えない相手と会話している彼女に戸惑っているようだが、この異常な結界の中では、どうしようもない。
 バラの魔女の体当たりをソードガンでいなしながら、ウィザードは「やめろ!」と叫ぶが、さやかには届かない。

『そう。何でも。お金でも、命でも。あそこのウィザードたちが戦って手に入れられる願いを、君は魔法少女になることで叶えられるんだよ』
「それって……」

 さやかが恭介を振り向く。正確には、彼女は恭介の腕を見下ろしていた。

「恭介の腕を……もう二度と、ケガしないようにできる?」
『問題ないね』
「よせ!」

 今まさに、キュゥべえの耳がさやかの胸に触れようとしている。もう、ソードガンの銃弾も肉壁に阻まれて彼女を助けられない。
 その時。

「うわああああああああああああああ!」

 耳をつんざく悲鳴。発生源は、さやかのすぐ隣。

「恭介……?」

 入院していた少年の体から、蒸気が噴出していた。それは、恭介の姿をどんどん包み隠していき、やがて人体の変形するような音だけが聞こえてくる。

「そんな……」

もう見たくない、溶原性細胞の効果。
無事なはずがなかった。感染していないはずがなかった。

「長期間入院していた人が、病院の水を飲まないわけがない……チノちゃんみたいな一週間ならともかく……ずっと入院していたんだから……」

 蒸気の中から現れた恭介は、恭介ではない。
 バラの庭園に咲く、一輪の大きなバラの花。目と鼻が全てバラの花となったアマゾン。
 両肩と胸にもバラの花が咲き誇る。その両腕は、鋭い園芸用のハサミとなっており、綿の怪物たちをいとも簡単に切り捨てた。

「きょ……恭介……?」

 さやかの言葉を、バラアマゾン___すでに恭介としての意識はないようで、もはや唸り声でしか口からでてこない___は悲鳴で掻き消す。そのままさやかの首元へ、そのハサミを振るった。

『コピー プリーズ』

 間に合った。ウィザードが近くの綿の怪物を押し飛ばすと、さやかのすぐ隣に出現したウィザードのコピーが彼女を同じように押し飛ばす。少しでも遅れていたら、ウィザードの分身の首ではなく、さやかの首が飛んでいた。

「仕方ない……!」

 ようやく包囲網を突破した。ウィザードは、さやかを付け狙うバラアマゾンへ、ウィザーソードガンで斬りかかる。
 だが、園芸ハサミの攻撃もすさまじく、応戦するバラアマゾンの攻撃には油断できなかった。

「さやかちゃん!」

 倒れた状態から、少しだけ起き上がろうとして固まっているさやかに、ウィザードは語り掛ける。

「しっかりして! 俺のそばから離れないで!」

 だが、さやかは返事がなかった。無表情のまま、彼女は恭介だったバラアマゾンを見つめる。

「恭介……恭介……恭介! 嘘……嘘だ嘘だ嘘だ!」

 ウィザードとバラアマゾンの戦いに、魔女陣営も乱入してくる。無数の綿の怪物たちと、上空からヒットアンドアウェイを狙うバラの魔女。

「うわああああああああああああ!」
『フレイム スラッシュストライク』

 さやかの悲鳴。ソードガンの詠唱。それらは全て、バラたちに塗り潰されていく。
 周りの怪物たちを一気に焼き払い、ウィザードはさやかを守るように背にした。二種類のバラの怪人たちも、炎には弱いのか、一定の距離を持っている。

「大丈夫だから。だから、しっかりして」
「病院の水が原因なんだから……恭介が感染していないわけがなかったんだ……」

 だが、さやかはウィザードの言葉を聞き入れていない。近くの綿たちを切り刻むバラアマゾンを見つめながら、ぶつぶつと言葉を繰り返している。

「さやかちゃん? ……うおっ!」

 綿の怪物たちに押され、ウィザードはさやかから離れてしまう。さらに、バラアマゾンまでもがこちらに攻めてきた。
 それぞれに対応しながらも、ウィザードの耳にはさやかの小声が響いていた。

「ようやく腕が治ったと思った……でも、それって、恭介が治ったんじゃなかったんだ……アマゾンになったからだったんだ……」

 そして、次の言葉は、まるで無音のように、ウィザードの耳にはっきりと残った。

「そんな希望なんて……持っちゃいけなかったんだ」

 バキ。
 その音にぞっとして、ウィザードはさやかを振り向いた。
 体制の変わらないさやか。だが、大きな変化が彼女に現れていた。
 彼女の白い頬に、紫のヒビが走っていた。

「だめだ……ダメだダメだダメだ!」

 ウィザードは急いで彼女のもとへ駆けつけようとする。だが、今度はバラアマゾンに勝負を挑まれる。その攻撃を防御しているときも、さやかに走るヒビはどんどん増していく。

「どいてくれ!」

 だが、ウィザードの訴えにアマゾンは耳を貸さない。首のみを狙う彼に、ウィザードは防戦一方になる。

「そんなことにも気付かないで、バカみたいに来て……」
「さやかちゃん! しっかりして! ……邪魔だっ!」
『ビッグ プリーズ』

 バラアマゾンを、ウィザードは巨大な手で白綿の怪物たちへ放る。
 手のひらにバラの怪物のぬめぬめとした感覚を覚えながら、ウィザードはさやかへ急ぐ。

「さやかちゃん!」

 手を伸ばすウィザードへ振り向いたさやかは、涙をながしながら___そして、ヒビはすでに、全身に行き渡っていた___静かに告げた。

「あたしって……ほんとバカ……」

 その時。
 美樹さやかという人間は、この世界より消滅した。
 その体が粉々に崩れ去り、現れたのは青い水の生命体。

「_____!」

 その姿に、バラアマゾンは興奮したように襲い掛かる。園芸ハサミで、その首をもらい受けようとしていた。
 だが。
 バラアマゾンの顔をわしづかみにして食い止めるそれは、そのままバラアマゾンを突き飛ばした。

「さや……か……ちゃん……」

 だが、それが美樹さやかではないことは、これまで怪人と戦ってきたハルトが一番理解していた。
 音楽を指揮するようなしなやかな腕。陸上で生活する以上に、水中での活動を重点に置いたヒレの足。まるで姫のような青く、大きなマントと襟が特徴のそれは、明らかに人間ではない。

「救え……なかった……」

 その事実に、ウィザードは膝をつく。そのショックに、思わずウィザードの変身が説かれてしまった。
 そう。バラの魔女の園の中で。

「_________」

 遠くか近くか。バラの魔女の唸り声が聞こえる。視界が上空からの影に覆われたのを、ハルトはどことなく遠くの光景に感じていた。
 そして。
 頭上に迫った体積を、水流が押し流した。

「……うるさいよ」

 それは、紛れもなくさやかの声。だが、それが彼女のものだと認識できなかったのは、それが彼女の声色とは全く一致しなかったからにほかならない。
 まるで冷徹な。深海のように冷たい声。

「……さやかちゃん……ごめん……救えなくて……」

 ゆっくりと立ち上がる、さやかだったもの。
 それが何者か。誰よりもハルトは理解していた。

「また……俺の目の前で……ファントムに……」

 ファントム。
 ゲートと呼ばれる、魔力を持った人間が深く絶望することによって生まれる魔人。
 その時、ゲートの命を奪って出てくる。つまりもう。

「また……俺は……」

 だが、そうしている間に、さやかだったファントムは、行動を開始していた。
 指揮者のように、右手に持った棒を掲げる。まるで音楽を奏でているかのように棒を振ると、結界をどこからともなく押し寄せた水が支配した。

「っ!」

 それは、バラアマゾンを。バラの魔女を。そして綿の怪物たちを。誰も彼も見境なく押し流していく。

「魔法使いさん」

 その言葉をかけられるまで、ハルトは自身が波に巻き込まれていないことに気付かなかった。

「さやかちゃん……違う。君は……」
「ファントム。マーメイド。それが、あたしの名前……ってことかな」

 ファントム、マーメイドは頭を掻いた。

「あんたには、一応最初は助けてもらった恩もあるし、今回は助けてあげるよ。でも……」

 マーメイドはパチンと指を鳴らす。
 すると、結界内の荒波が一気に霧散。上空に巻き上げられた魔女と綿の怪物へ、一気に水の槍が突き刺さった。

「次は、こうするから」

 一瞬で魔女を葬った。
 それを証明するように、結界が消滅、ハルトのそばに黒いタネのようなものが落ちてきた。

「さてと。次は……」

 マーメイドが見据える先。水を浴び、ダメージを受けたバラアマゾンがいた。

「アンタだけだね」

 迫ってくるバラアマゾン。
 だが、マーメイドはその指揮棒で、明確にバラアマゾンの胸を突き刺した。

「___!」

 口から血を吐き、マーメイドの肩にもたれかかるバラアマゾン。数回の痙攣ののち、バラアマゾンは動かなくなった。

「お休み。恭介」

 そう言って、マーメイドは指揮棒を抜く。力の抜けたアマゾンは、病室の床に転がった。
 マーメイドはしばらくバラの遺体を見下ろし、やがてハルトに振り向いた。

「……!」
『ドライバーオン プリーズ』

 ハルトはウィザードライバーを起動させる。ハンドオーサーに手をかけたところで、マーメイドは両手を上げた。

「待った待った」

 マーメイドはそう言いながら、その姿をさやかに変化させる。さっきまでの彼女とは違い、表情に余裕のある、澄ました顔だった。

「大道芸人さん。今、あんたと戦うつもりはないよ」
「……」

 だが、ハルトは警戒を解かない。
 それを見たさやかは、首を振りながら病室の窓に近づいた。

「待て!」

 窓に手をかけたさやかへ、ハルトは大声を上げる。

「お前は……君は……」
「安心して。ファントムのこと、マーメイドになったときに粗方分かったけどさ。あたしは別に、人を絶望させてファントムを増やそうだなんて思っていないから」
「……」
「おや? その顔は信用していないって顔?」

 さっきまで焦っていた少女と同一人物とは思えない。からかうようにケラケラ笑うさやかは、手を後ろで組む。
 そのまま窓際へ腰かけるさやかへ、ハルトは尋ねた。

「聞かせてくれ。君は一体……どっちなんだ?」
「どっち?」
「さやかちゃんなのか? それともファントム……マーメイドなのか?」

 その問いに、さやかは数秒きょとんとして、にっこりとほほ笑んだ。

「さあ? どっちでしょう?」
「……」
「それってさ。大道芸人さんにとっては関係あるの? ファントムになったあたしってさ。魔法使いさんにとっては倒すべき相手? それとも、それは中身依存?」
「質問に答えてくれたら教えるよ」
「あっははは。ごめんね。でも、それは教える気はないかな」

 さやかは、まるでブランコのように窓際で足を揺らす。

「まあ、そんなにカッカしなくても、すぐにまた会えるよ。それより今は、アマゾンの方が優先じゃない?」

 さやかは天井を指さした。

「ほら。あたしと事を構えるのは、そのあとゆっくりやろうよ。それじゃ、またね!」

 そのままさやかは手を振りながら体重を移動し、窓からその姿を消した。
 無意識に窓際へ急いだハルトだったが、もうどこにも彼女の姿は見えなかった。

「……」

 ハルトは深呼吸した。雨の空気が肺を満たし、静かに吐き出す。

『思ったより感傷的にはなっていないようだね』

 病室から、キュゥべえの声が聞こえてきた。

『人を救えずに、ファントムにしてしまったというのに。こういう時人間は、意味もなく嘆くんだろう?』
「……ああ。そうだな」
『君はしないのかい?』

 ハルトは静かに病室を振り返る。バラアマゾン___恭介の遺体の上で、キュゥべえが、魔女が落としたらしき黒い小物を放り投げていた。背中に開いた口よりそれを摂取する光景は、とても不気味だった。

「俺は救える人は救うけど、手遅れだった人は諦める。都合のいいように聞こえるかもしれないけど、俺が泣いている間に、誰かが傷つくことだってある。さやかちゃんのことは、また探すけど、今は……」
『バーサーカーを止めるのかい?』

 キュゥべえの問いに、ハルトは頷いた。

『ふうん。まあいいさ。君の言った通り、今日は副業に専念するとしようか。幸いここには、僕が見出したマスターが二人もいるからね』
「二人?」
『君と。バーサーカーのマスターさ』
「千翼くんのマスター……でも……」

 クトリには、令呪はなかった。他の誰かが、千翼のマスターということだ。
 ハルトは恭介に手を合わせ、すぐに病室を飛び出そうとした。ドアノブに手をかけたところで、足を止める。

「なあ。キュゥべえ。一つだけ聞かせてくれ」
『何だい?』
「さっきのあの怪物……魔女……だったっけ?」
『うん』
「お前の魔法少女の勧誘のために……お前が呼んだんじゃないの?」
『それは今、必要な情報かい?』

 ハルトは首を動かさず、横目でキュウべえを睨む。無表情のキュゥべえは、澄ました無表情でじっとハルトを見返していた。

『急いだほうがいいのに。どうして君たちは、優先事項よりも、細かい些細な情報を気にするのか。全く訳が分からないよ』
「……肯定って受け取っていいのか?」
『君がそう望むのなら。ね』

 ハルトは出ていくとき、力を込めてドアを閉めた。バンと音を立てたドアは、反動で少しだけ開く。
 その間、キュゥべえはじっと、病室の入り口を見つめていた。 

 

悲劇の立ち合い

「はあ、はあ……」

 雨が、体に付着したもの全てを洗い流していく。道中に戦ってきたアマゾンたちの返り血、救えなかった人の血痕、自身の流血。
 重くなったラビットハウス制服はこれまでの戦いでズタズタにされており、ようやく見滝原中央病院にたどり着いた可奈美は、門に腕を寄りかからせる。

「やっと……着いた……」

 可奈美は大きく息を吐く。黒焦げになった敷地を見渡し、一瞬立ち入るのを躊躇した。

「木綿季ちゃんは、大丈夫なの?」

 アスファルトがところどころ焼け焦げ、より濃い黒点となっているアマゾンの死体。それがどんな人物だったのかどころか、どんなアマゾンだったのかさえも、もう分からない。
 その遺体たちは、消滅することなくその場に物言わぬ物体となっていた。黒ずんだ転がる物体一つ一つが溶原性細胞の被害者だと考えると、やるせない気持ちになる。


「……」

 すぐ近くの黒焦げたアマゾンを起こす。衣服も灰となり、アマゾンの恐ろしい形相も全て黒一色になっている。もはやどんなアマゾンだったかさえも分からない。
 ここに倒れている者のほかに、病院に、はたしてどれだけアマゾンになってしまった人がいるのだろうか。
 黒く、炭になって動かないアマゾンの死体を見下ろしながら、可奈美はそんなことを考えていた。
 ウィザードがキックストライクで一掃したアマゾン達。

「……木綿季ちゃん……」

 まだ無事だろうか。そう考えながら、可奈美は病院の敷地に立ち入る。
アマゾンの体を避けながら、早歩きをしていく。

「あれ……?」

 ようやくアマゾン達を乗り越えた可奈美は、病院の玄関が潰れていることに唖然とする。病院内で爆発があったかのように、ところどころにコンクリートの破片が融解しかけている。

「これ……」

 病院の内部が無数に崩れ、入口が落石によって塞がれている。刀使の能力を駆使すれば通れなくはないだろうが、時間が惜しい。

「裏口はどうだろう……」

 可奈美は、正面からの侵入を諦め、病院棟に沿って裏口を探す。アマゾンを避けて歩きながら、ようやくドアを見つけた。

「ここから入れる……!」

 急いで扉を開け、病院に突入する。
 可奈美が入ったのは食堂らしく、銀の台が無数に並んでいた。

「……ここって、搬入路なんだ」

 可奈美は少し慎重に、病院の内部へ入っていく。
 一階の奥に位置されていた食堂の階段を伝い、木綿季がいる地下の階へ向かう。
 だが、一段一段階段を踏みしめている間、可奈美は別のことを考えていた。

「……お願い。木綿季ちゃんが、下の階にはいませんように……」

 病院に入ったときから、ずっと鉄の臭いが充満していた。
 階段の各段差にも、多かれ少なかれ血痕が付着している。切れかけているライトが照らし出す階段には、真っ白な階段などどこにもなかった。

「……っ!」

 あと数段。そんな距離になったところで、可奈美は足を止めた。
 
くちゃ。くちゃ。くちゃ。くちゃ。

 その音を耳にした途端、可奈美の背筋が凍った。
 昨日まで、聞き慣れるなんて思いもよらなかった咀嚼音。
 カニバリズムをそのまま音にしたようなそれは、明らかに地下から聞こえていた。
可奈美は千鳥を強く握りながら、一歩ずつ階段を踏みしめていく。
 やがて、地下の部屋の入り口に着いてしまった。可奈美は恐る恐る、ドアノブに触れる。

「……暖かい……」

 同時に、ぬめぬめとした感覚が、可奈美を襲った。
 もう、手を見下ろしたくもない。

「木綿季ちゃん……?」

 ドアを開けながら、可奈美はその名を呼んだ。
 いた。
 感染していない。
 分厚いガラスの向こう。以前病院から出られなかったとき、巨大な装置のパーツの一部になっているようになっていたベッドで腰を掛けていた。
 
「あ! 可奈美!」

 木綿季が元気にこちらに手を振っている。肉声がガラスを貫通してくるのは、強化ガラスにヒビが入っているからに他ならない。

「木綿季ちゃん……」
「来ると思ってたよ!」

 木綿季は元気にガラスに駆け寄った。

「ねえ、可奈美! 今日も剣術教えて!」
「……」

 分かっていた。

「どうしたの? あ、そうそう! 今日もさっき、先生から外出許可もらったんだよ!」
「……」

 心のどこかでは、理解していた。

「あ、もう竹刀も手元にあるよ? ほら、可奈美! 早くやろうよ!」

 俯いてはいけない。どうしても、木綿季のその部分が目に入ってしまうから。

「あ、もしかしてお腹空いた? ごはんあるよ?」

 べちゃ。

 ガラスに張り付いたごはん(・・・)に、可奈美は言葉を失った。
 同時に、納得していた。

「一緒に食べよう? あれ? でも、ガラスが邪魔だよね? ほら、あっちのドアから入れるから」
「……木綿季ちゃん」
「何? 早く早く! これ、美味しいよ!」

 そういいながら、木綿季はごはん(・・・)を食する。
 バリボリと、人間が食べる音ではないサウンドが響く。
 
「あ。ごめん可奈美。食べ終わっちゃった」

 木綿季が持っていたそれを平らげ、全身に食べ散らかしながら、可奈美に笑顔見せた

「ちょっと待ってて。おかわり持ってくるから」
「やめてよ……」

 可奈美は静かに首を振る。だが、木綿季は止めない。

「ほら! 左手!」

 右手を食した後に持ってきた左手。まるで煎餅のようにかじりつき、血がはじけた。
 その首筋には、赤い血だまりの中に、明らかに異質な血管が浮き出ていた。それは人の肉体を食べるごとに、木綿季の体を駆け巡っていく。

「病院の水が感染源……たとえ、その確率が低いものだったとしても……ずっと病院にいる木綿季ちゃんが、感染していないわけがなかったんだ」
「ねえ」

 その時、木綿季がべったりとガラスに張り付いた。血だらけの顔で、大きな笑顔を可奈美に向けている。

「僕もお腹が空いたんだけど」

 張り付いている手より、ピリピリと重さがかけられていく。可奈美が危険を悟り、大きく飛びのいたと同時に、木綿季が厚ガラスを押し破った。

「……!」

 無菌室のガラスを素手で破るなど、そう簡単にできることではない。その力に唖然としながら、病室より出てきた木綿季を見つめていた。

「可奈美。可奈美と立ち合いしたいなあ。可奈美を……食べたいなあ(・・・・・・)
「……分かってたよ……」

 可奈美は目線を下に向ける。もう、木綿季の姿を見たくなかった。
 同時に、彼女の体から蒸気が発せられる。

「ねえ可奈美。立ち合いしよう? ねえ可奈美。食べさせて?」

 もう、見ていられない。可奈美は蒸気が発せられている間、目を下に反らした。その間、体がバキバキと壊れていく音が鳴り響いていた。
 蒸気が消えたころ、可奈美は恐る恐る顔を上げた。
 そこにはもう、木綿季はいなかった。
 そこには、黒いアマゾンがいた。
 背丈が木綿季と全く同じ。ズタズタに引き裂かれた病院服がどんどん崩れていき、アマゾンとしての姿が露わになっていく。
 漆黒の鎧を幾重にも纏い、その腰には、細く虫のような翅が生えている。右手には、黒曜石の輝きを持つ美しいレイピアが握られており、床を撫でるだけでズタズタに引き裂いていた。長く美しい髪とアマゾンの顔も相まって、それは、小さな悪魔の一種、インプを連想させた。ならばこれは、インプアマゾンと呼ぶべきものだろうか。

「どうして……どうして……?」
「可奈美」

 その声は、明らかに木綿季のものだった。だが、その口は人を食らうアマゾンからのものだった。

「立ち合い。しよう?」

 インプアマゾンは、黒曜石の剣を可奈美へ向ける。
 その素早い動きで、一直線に可奈美へ飛んできた。
 

 

マザーズロザリオ

 
前書き
原作では、夕焼けの中、笑顔の涙。
ここでは…… 

 
「ほら、可奈美! 私、強くなったでしょ?」

 木綿季(インプアマゾン)黒曜石(レイピア)は、一刺しで無数の波となり、可奈美を襲う。
 可奈美はそれらを全て受け流しながら、何も答えられなかった。

「木綿季ちゃん……」
「ほら、もっと見せてあげるよ! 私の技!」

 木綿季(インプアマゾン)は、次々に可奈美が教えた技を放ってくる。しかも、それらはアマゾンとしての人智を越えた速度で行われており、可奈美は思わず舌を巻いた。

「ほら、すごいでしょ! 私、こんなにできるようになったんだよ!」

 すごいよ木綿季ちゃん。ここまでの技、中々見れないよ。
 違うよ木綿季ちゃん。こんなの、全然楽しくないよ。

 二つの心が、可奈美の中に去来する。だが、木綿季(インプアマゾン)はそんなことお構いなしに、攻撃の手を緩めない。

「ほら可奈美! この勝負に勝ったら、可奈美のこと食べさせて!」

 その言葉に、可奈美の腕が一瞬遅れた。木綿季(インプアマゾン)の攻撃が千鳥を反らし、可奈美の右腕を切り落とした。

「っ!」

 写シの霊体でなければ、取り返しのつかないことだった。息つく暇もなく木綿季(インプアマゾン)は、そのまま可奈美に頭突き。体がくの字になった可奈美は、そのままドアを貫通し、階段へ投げ出される。

「僕の勝ちでいい?」

 木綿季(インプアマゾン)は可奈美の首元へ、黒曜石の剣を押し当てる。あたかもふざけているようにも見えるが、木綿季(インプアマゾン)の次の行動は明らかに本気のものだった。

「じゃあ、食べさせてもらうね」
「っ!」

 降り降ろされる黒曜石を千鳥で受け止め、一気に息を吸い込むと同時に起き上がる。

「木綿季ちゃん! 本当に、私を食べようとしているの? 本当に、これが木綿季ちゃんが望んだ立ち合いなの!?」
「え? 僕、何か変なこと言ってる?」

 可奈美の剣を切り払い、階段の上段へ浮遊しながら、木綿季(インプアマゾン)は可奈美へ振り替える。

「だって、可奈美が言ったことでしょ? いつか、僕と立ち合いしたいって。今がその時だよ? ほら、僕こんなに動けるようになったんだから」

 飛翔能力を見せつけるように、木綿季(インプアマゾン)は階段でクルクルとホバリングをする。
 それを見ているとき、可奈美は思い出した。

『あと二週間で、ボクの命がなくなるってこと。末期らしいんだ』

 なぜ気付かなかったのだろうか。
 なぜ、彼女が外へ出られるようになったのか。
 なぜ、話すこともできない彼女が、車椅子だけで動けるように回復したのか。
 なぜ、自分と竹刀の打ち合いができるくらいになっていたのか。

「アマゾンに感染していたから、体が自由に動いたんだ……アマゾンだったから、回復していたんだ……」

 それが正解だというように、木綿季(インプアマゾン)は無邪気に攻め立てて切る。ヒットアンドアウェイで、攻撃の時のみ地上に降りてくる。地下では戦いにくいと判断した可奈美は、階段を駆け上がり、入ってきた食堂まで戻ってくる。赤い模様がついたテーブルを蹴り飛ばし、椅子を投げて木綿季(インプアマゾン)の狙いを反らす。
 怯んだところへ、可奈美は千鳥で斬りつける。だが、木綿季(インプアマゾン)はすぐに回復し、左手で可奈美を壁に押し飛ばす。

「うっ!」

 息を吐き出した可奈美は、そのダメージにより生身に戻ってしまう。再び白い霊体になった直後、木綿季(インプアマゾン)に黒曜石を突き立てられた。

「ぐっ……木綿季ちゃん……」

 痛みのあまり、意識が飛びそうになる。可奈美は右胸___生身であれば、ちょうど心臓にあたる部分の剣を抜こうとする。

「ねえ、どう? 僕、強くなったでしょ?」

 可奈美に顔を近づける木綿季(インプアマゾン)。人間としての姿ではなく、アマゾンとしてのそれが、可奈美に見たくないという気持ちを強くした。
 黒曜石の剣を抜いたと同時に、写シが解除される。階段に落ちた可奈美の頭上で、木綿季(インプアマゾン)がケラケラと笑っていた。

「ねえ、どうしたの可奈美?」
「どうしたって……」
「僕の勝ちってことでいい? それじゃあ、いただきます!」

 続いて、食欲を曝け出しながら、木綿季(インプアマゾン)が襲ってくる。可奈美はそれを転がってよけるが、階段の段差により、数段転がり落ちる。

「あれ? 可奈美! どうして避けるの?」

 可奈美よりも下の段に降りた木綿季(インプアマゾン)が、再び可奈美へ迫る。生身のまま、千鳥で黒曜石の剣をガードするが、そのまま木綿季(インプアマゾン)は階段を飛翔、階段入り口の扉を破る。

「うわっ!」

 食堂を転がりながら、可奈美は木綿季(インプアマゾン)が着地するのを見届ける。
 窓際まで投げられたことで、可奈美の耳には、雨が窓をたたく音しか聞こえなかった。

「可奈美。さあ、ここなら広いよ? 立ち合いの続き、やろう?」
「……あああああああああああああ!」

 可奈美は悲鳴を上げながら、千鳥を抜刀。

「分かった……分かったよ! やろうよ立ち合い……! やればいいんでしょ!」

 これまでこんな気持ちで剣を持ったことがあっただろうか。可奈美は木綿季(インプアマゾン)をきっと睨む。

「そうだよ可奈美! やろうよ!」

 木綿季(インプアマゾン)は風のような速度で斬りかかる。可奈美はそれを受け流しながら、その頭を足場に跳ぶ。

「え?」

 木綿季(インプアマゾン)が対応する前に、千鳥が二閃。インプの悪魔の翅は、それにより切り落とされた。

「うわっ!」

 飛行手段を失った木綿季(インプアマゾン)は、そのままガラスへ激突。雨の世界へ投げ出された。
 可奈美はそれを追いかけて、病院の外へ出る。

「木綿季ちゃん。まだ戦うんだよね?」

 可奈美のその言葉に、木綿季(インプアマゾン)は「当然」と返事した。

「えへへ……すごいよ。まさか、空を切り落とされちゃうなんて」
「……」

 つまらない。

「じゃあ、次は僕の番! 僕が驚かせてあげるよ!」

 つまらない。

「ほら! 受けてみてよ!」

 木綿季(インプアマゾン)の突き技。木綿季(インプアマゾン)の黒曜石のレイピアは、雨を切り裂く輝きを放っていた。可奈美の正面でまっすぐ構えた。
 それは、可奈美には、止まっているようにも見えた。可奈美に反応を許す時間でもなかったが、彼女がありったけを剣の先に込めているのが分かった。

「やあっ!」

 木綿季(インプアマゾン)の右手が閃く。可奈美の体へ、右上から左下に、神速の突きを五連発。

「がっ!」

 そのあまりの速さは、可奈美でも受けきれない。
 続いて、左上から右下への五発。突き技が一発命中するたび、凄まじい炸裂音が鳴り響き、可奈美を守る写シがどんどん削がれていく。
 十字に十発の突きを放った木綿季(インプアマゾン)は、もう一度全身をいっぱいに引き絞ると、最後の一撃をその交差点に向かって突き込んだ。青紫色の眩い光が四方に迸り、可奈美の痛みが全身に放射線状に広がった。

「ぐあっ!」

 写シの解除。それを貫通してきた、生身へのダメージ。
 びちゃびちゃと水たまりを弾きながら、可奈美の体が吹き飛ばされる。

「うう……」

 起き上がろうとするも、もう全身に力が入らない。顔が水たまりに沈み、右目だけが木綿季(インプアマゾン)を捉えている。

「可奈美! もう終わり?」

 木綿季(インプアマゾン)の声が遠くに聞こえる。

「すごかったでしょ? 私が編み出した必殺技! この前は失敗したけど、今度はしっかりできたよ! 可奈美だって倒せるくらいの技!」

 意識が朦朧としていく。やがて、可奈美の世界は、木綿季(インプアマゾン)から完全なる闇の中へ___



『ほら、しっかり! まだ負けてないよ! それに、あの子にこんな重圧背負わせていいの? あの子、このままじゃ本当に怪物になっちゃうよ? 姫和ちゃんだけじゃなく、木綿季ちゃんも救えなくなっちゃうよ? それでもいいの?』

___いいわけないじゃん。でも___

『身勝手かもしれないけどさ。あの子のためだよ』

___それって、結局木綿季ちゃんを___

『でも、ここは天秤にかけるしかないでしょ? それとも可奈美は、怪物になった友達に人喰いをさせるの?』

___それは……嫌だけど……___

『だから……ね?』



 口に入ってきた石をかみ砕く。
 可奈美は大きく目を見開き、解体しようとしてきた黒曜石のレイピアを弾く。そのまま両足をプロペラのように回転させ、木綿季(インプアマゾン)を蹴り飛ばすと同時に跳び起きる。

「だああああああああ!」

 レイピアを立て直すより先に、千鳥で木綿季(インプアマゾン)の体を引き裂く。大きく後退した彼女を足場に可奈美はジャンプ。二度目の剣で、さらに大きく後退させる。

「あはは……あはは……!」

 木綿季(インプアマゾン)の笑い声。可奈美は千鳥を握りなおし、叫んだ。

「さあさあ! もっとやろうよ! 立ち合い!」

 再び迫る木綿季(インプアマゾン)。それに対し、可奈美は突く。
 最初は左肩。そこから右腰に掛けて、合計五回、千鳥で突く。
 そして右肩。そこから左腰へ、これも合計五回、千鳥で貫く。

「うあああああああ!」

 悲鳴を上げながら、可奈美は腰を落とす。全力を込めて、十突きの中心へ一撃を入れた。

「があああああああああああああ!」

 可奈美の最後の一撃は、木綿季(インプアマゾン)の胸を貫く。ビクンと体を動かした木綿季(インプアマゾン)は、そのまま地面を数回跳ね、病院の壁に激突。

「木綿季ちゃん……」

 膝を折った可奈美は、脱力した腕から千鳥をこぼす。だが、可奈美はもうそれを拾う余力もなかった。
 動くこともできず、ただ茫然とインプアマゾンを見つめていた。
 アマゾンの顔。だが、その口元は大きく開き、吊り上がった口角から、まるで笑っている。
 だが、雨の元、小さな悪魔妖精が動くことは、もうない。

「どうして……どうして……!」

 可奈美の悲鳴は、大雨の中掻き消されていった。

「うわああああああああああああああ________!」

 ただそれを。
 千鳥(可奈美の相棒)は、じっと見守っていた。 

 

生きることそのものが罪

「千翼くん!」

 まるで城塞のような病院で、友奈の千翼を呼ぶ声はすでに枯れていた。
 もう何階なのかも分からない。ベンチに腰を下ろし、深く息を吐く。

「千翼くん……どこ?」

 ガラガラ声になり、無意識にウォーターサーバーに手が伸びる。紙コップを取り、水を満たし、

「って、うわっ!」

 溶原性細胞の存在を思い出し、紙コップを落とす。

「うわわわっ! 危ない、もう少しで飲むところだった……!」

 地面に広がる水たまりを見下ろしながら、友奈は深く息を吐く。

「……ただの水にしか見えないのに、こんなものでアマゾンに……?」

 蒸発するまでの時間も、普通の水と変わっているようにも思えない。
 このままここで立ち止まっていても仕方がない。友奈は先を急いだ。
 この階の病室を片っ端から開けていくが、中には凄惨な血の臭いしかない。だんだんその光景に慣れてくる自分に嫌気を差しながら、友奈は次の階へ移動した。

「千翼くん!」

 だが、急成長を遂げた少年の姿はどこにもない。もうこのフロアにはいないのか。そんなことさえ考えた友奈だったが、その足音に動きを止めた。

「……アマゾン」
「千翼くん?」

 あれだけ必死に探していた千翼が、向こうから姿を現した。
 赤いスカーフを首に巻き、灰色の上着を羽織った、友奈と同じか少し年上くらいの少年。少し下を向いていたが、やがて顔を上げて、友奈を見据えている。
 これまで見た中で、最も成長している状態の千翼だった。彼はひとたび友奈を認識すると、少しショックを受けたような表情を浮かべた。

「アマゾン……友奈さんが……?」
「え? アマゾンって……」

 感染したの? その疑問に是と応えるように、友奈は首筋に違和感が走った。
 虫が這うような感覚に、思わず両手で掻きむしる。

「……これって……」

 それを見て、友奈は目を大きく見開く。

「溶原性細胞……!」

 それを証明するかのように、体温がどんどん上がっていく。やがて体温は、空気中の水分を蒸気にするほどの高温に達していく。全身の筋肉が変形をはじめ、骨格を無視した筋肉が出来上がっていく。
 その時。友奈は理解した。
 下の階で、千翼がアマゾン態になったとき、千翼の体液を摂取してしまったのではないかと。千翼(アマゾン細胞のオリジナル)から直接取り入れてしまったせいで、こんなに早く感染してしまったのではないかと。
 やがて人間の姿を忘れていく体。そして。

「うがああああああああああああ!」

 全身に走る激痛。これまでの如何なる敵との戦い以上の痛みに、友奈は膝をついた。
 そして。
 その痛みが、外部から無理やり押さえつけられていく。変形し始めた体が、突起した部分が破壊されることにより、元に戻っていく。

「牛鬼……」

 無表情の妖精が、友奈の目の前で見返している。薄っすらと桃色に光っていたそれは、じっと友奈に釘付けで動かない。

「そっか……そうだよね……東郷(とうごう)さんも言ってた……妖精は、勇者を御役目に縛り付けるものだって……」

 脳裏に、英霊になる前にいた親友の姿を思い浮かべる。

「そっか……アマゾン化さえも、許してくれないんだね……」

 助かったと同時に、友奈の中にやるせなさも感じていた。

「友奈さん……?」

 おそるおそる声をかけてくる千翼。

「大丈夫?」
「大丈夫……」

 千翼に助け起こされ、友奈は頭を振った。

「千翼くんこそ……大丈夫?」
「何が?」
「さっきの……その……」

 アマゾン態のことを何と言えばいいのか、言葉が見つからない。
 千翼は少し黙り、ウォーターサーバーの紙コップを取る。

「千翼くん?」

 友奈が止める間も許さず、千翼はがぶがぶと水を飲む。だが、溶原性細胞の源である水をいくら摂取しても、千翼の体に何ら異常はなかった。

「……俺……やっぱりアマゾンなんだ……」

 もう何杯飲んだのだろうか。紙コップをウォーターサーバーの上に置き、千翼は泣き入りそうな顔を浮かべる。

「さっきさ……院長室に行ったんだ」
「院長室……」
「院長なら、何か知ってるんじゃないか……俺のこと、何か……そう思ったんだ」
「うん」

 そのまま千翼は、友奈の肩にもたれかかる。今にも壊れそうな彼を、友奈は静かに抱き留める。

「いなかったけど、研究データを調べた」
「うん」
「そうしたら……」

 千翼の体が震える。讃州中学の制服が、彼の涙で濡れていく。

「溶原性細胞は……俺の細胞から作ったって……俺が原因なんだって……」
「うん」
「俺が……俺がみんなをアマゾンにしたって……友奈さんをアマゾンにするところだったって……」
「うん」
「全部……全部……全部俺のせいだ……俺がいたから……」
「……うん」

 否定したかった。千翼くんのせいじゃないと言いたかった。
 だが、そんな簡単な言葉は、まるで口に柵が取り付けられたように出すことができなかった。何しろ。

「俺は……生きていちゃいけなかったの……?」

 その言葉を否定することができなかったから。
 千翼は友奈の肩を掴み、訴えるように言った。

「もしかして、俺って、生きてたらいけなかったの⁉ 父さんの言ったとおり、生きていたらいけなかったの……?」
「そ、そんなこと……」

 これまで、友奈の前に現れたアマゾンたちの姿がフラッシュバックする。
 人生があっただろう。未来があっただろう。過去があっただろう。家族がいるであろう。
 大切な人がいるであろう人たち。
 何も知らないで、生きていた人たち。

「……ごめん」

 友奈の言葉に、千翼は口をぽかんと開けていた。

「千翼くんもサーヴァントなんだよね……? だったら、前の世界でも……死んじゃったんだよね」
「……うん。友奈さんも?」
「私がいた世界はね。……もう、壊れちゃったんだ」
「え?」
「戦っていた勇者……親友がね。私を戦わせたくないって言って。結局私たちは、誰もその友達を止められなくて。結局、私たちも何も知らない人たちも、バーテックス(怪物たち)に襲われて、結局世界は滅んじゃった。ごめんね。千翼くん。私はもう、世界が壊れていくのを見過ごすことなんてできない。世界を失うのは、私だけでいいんだよ」
「………じゃあ……」

 千翼は悲しそうに友奈の胸に顔を埋める。

「俺は……俺は……っ! ……生きていちゃいけないの……!?」

 友奈の両腕を掴みながら、千翼は訴える。顔を背ける友奈は、そんな彼に何も言えなかった。
 やがて、千翼の手からぐったりと手が抜ける。

「そっか……そうか……分かったよ……」

 何かを諦めたかのように、千翼は友奈に背を向ける。そのまま廊下を静かに歩いた。

「でも……させない……俺はまだ何も始めていない……!」

 ほとんど無音で、千翼はこちらを振り向く。いつ手にしたのだろうか、彼の手には、赤いベルトの機械___ネオアマゾンドライバーが握られていた。
 その機械を腰に装着し、千翼は注射機型のデバイスを装填する。

「俺は最後まで生きるよ」
「……うん。そうだよね。それが、当たり前だよ」

 牛鬼がじっと友奈を見つめている。相棒である妖精に急かされるように、勇者システムが組み込まれたスマホを取り出した。
 すでに勇者システムは、千翼(アマゾン)に対して警報を鳴らしている。聖杯に召喚される前と同じけたたましいサイレンが、ずっと病院内を響いていた。

「だから私は……千翼くんの敵として、千翼くんを倒す……しかないんだ」

 友奈は静かにそれを起動させた。
 病院内に芽吹く桜の花びら。人工的な病院内を彩る神秘の中、徐々に勇者へ変わっていく友奈の前で千翼は告げた。

「……アマゾン!」

 彼の全身より発せられた炎が、花びらを焼き尽くしていく。
 赤い炎に身を包んだアマゾンネオと時を同じく、友奈もまた走り出した。互いの拳が交差し、火花が散る。

『ブレード ローディング』

 その音声が聞こえたと同時に、友奈はしゃがんだ。友奈の首があったところを、アマゾンネオの刃が横切る。

「はあ!」

 友奈は即、刃を蹴り飛ばす。刃が友奈の背後に突き刺さったと同時に、友奈はアマゾンネオにつかみかかる。

「ぐっ……!」

 だが、腕力ではアマゾンネオの方が上だった。友奈はそのまま廊下の窓に押し付けられる。
 粉々になった窓ガラスが吹き抜けを通じてロビーへ落下。

「ぐあっ……!」

 見上げるほどの高いフロアからの落下。背中からの痛みは、生身なら確実に骨折ではすまなかったことを示していた。
 続いて、アマゾンネオが友奈を踏みつけようとしてくる。転がってそれを避けると、アマゾンネオがロビーの床を砕く。

「千翼くん……」

 四つん這いになった状態で、友奈はアマゾンネオを見つめる。彼のその体制は、これまでアマゾン相手にも見せた、敵との構えだった。
 友奈は静かに立ち上がり、大きく息を吐く。

「やるしかない……やるしかないんだ……!」

 友奈は身構え、そのままアマゾンネオと格闘戦を繰り広げる。
 これまでもずっと友奈を支えてきた武術が、アマゾンネオの獣のような動きに追随していく。

「はっ!」

 平手をアマゾンネオの胸に当てる。すると、圧縮された威力の掌底により、アマゾンネオは大きく引き離された。

「まだ……まだ……!」

 アマゾンネオはまだ立ち上がる。肩を大きく揺らしながらも、ずっと友奈を見つめていた。
 やがて、アマゾンネオの体が赤く発熱していく。やがて、拘束具が一つずつ破裂していく。やがてそれは、アマゾンネオの黄色のゴーグルも破壊され、その奥の紅の瞳もあらわになった。

「俺は生きる。たとえ……たとえ人間全員をアマゾンにしたとしても、俺は生きる! 俺はまだ何も始まってもいない!」

 無数の触手が伸びる。立ち退いた友奈は、アマゾンネオの姿が、彼の正体___アマゾン態に変化したのを見届けた。

「だから俺は……生きるために戦う! バーサーカーとして、千翼として!」

 六つの腕を広げながら、アマゾン態は宣言した。

「うわああああああああああ!」

 彼のそれは、悲鳴の叫びだった。
 無数の触手が、病院のあちらこちらを破壊していく。焼け焦げた床を、カウンターを、死体を。
 友奈は跳び回りながら回避。どうしても避けられないものは手刀や足蹴りで叩き折る。
 バーサーカーの本性。それは千翼でもアマゾンネオでもない、溶原性細胞のオリジナルであるアマゾン態の姿だった。
 友奈は静かに顔を下げる。

「戦わなくちゃ……いけないんだ……それが私の……勇者の、セイヴァーの……! 御役目だから!」

 友奈は牛鬼を一瞥し。
 ゲージが満タンであることを確認し。



___力の代償として、体の一部を神樹様に捧げていく。それが勇者システム___



「満開!」 

 

選択肢

「クトリちゃん!」

 その部屋のドアを開けると同時に、ハルトは叫んだ。
 孤児院としての役割を持つ、最上階の部屋。白一色の病院の部屋とは思えない彩りを加えた壁が特徴の部屋である。
 前回ここに来た時は、この病院に住んでいる子供が無数にいた。それぞれ、自分にせがむようにマジックを見せてほしいと訴えていた。キラキラした目も、ハルトにはよく覚えている。
 だが今は。

「……っ!」

 ハルトは歯を食いしばる。
 赤青桃色と並んだマットが、赤黒い色のみで染め上げられている。あちらこちらに小さな人影が転がっており、生存者は見当たらない。
 そして、その原因。
 むしゃむしゃと、少年___よくハルトの膝に乗っていた子___を貪っていた。
 小動物。リスの姿をしたアマゾン。真っ白なその毛を赤く染めるのもいとわず、一心不乱に幼い子の命を吸い取っていた。

「どうして……」

 手放したドアが、静かに閉まる。その物音により、リスアマゾンはハルトという乱入者の存在に気付いた。
 リスアマゾンはゆっくりとハルトを振り向く。まるで肉食獣の気配を見せないその体は、子供たちによって赤く塗りつぶされていた。

「どうして……どうしてなんだよ……!」

 リスが強襲してくる。それを受け流しながら、ハルトは指輪をはめる。

「……変身……!」
『フレイム プリーズ』

 ルビーの輝き。火のウィザードは、リスアマゾンのパンチを反らし、指輪を使う。

『コネクト プリーズ』

 魔法陣よりウィザーソードガンを取り出す。リスアマゾンの二度目の拳を回避と同時に、その背中を切り裂く。
 悲鳴を上げたリスアマゾンは、そのまま倒れこむ。子供を素体としているためか、一撃だけで動けなくなっていた。

「……」

 ウィザードは静かに、ウィザーソードガンのハンドオーサーを開く。

『キャモナスラッシュ シェイクハンド キャモナスラッシュ シェイクハンド』

今の空気とは真逆の明るい音声。それを塞ぐようにルビーを通し、炎の刀身を宿した。

「……ごめん」
『フレイム スラッシュストライク』
「……」

 沈黙するリスアマゾン。
 脊髄に突き刺したウィザーソードガンを引き抜き、ウィザードは変身を解除する。

「もう……止めてくれ……」

 それが無駄な願いだと分かっていながら、ハルトはそう口にせざるを得なかった。
 だから。

 クトリがドアを開けて入ってきたのに対しても、喜びなど湧かなかった。

「……」
「……来ていたんだね」

 クトリは静かにドアを閉じて部屋に入る。
桃色のナース服。あたかもさっきまで病院での仕事を行っていたかのようだった。はたまた、どこかに無事な箇所でもあったのだろうかという希望を持つも、クトリの頬に少しだけ張り付く血に、その希望は捨て去った。
クトリは子供だったらしきアマゾンや、動かない子供たちを見ながら、少しずつハルトに近づいていく。

「っ……!」

 ハルトは思わずウィザーソードガンの銃口を向ける。
 ハルトのほぼ無意識な動きに少し驚いた様子を見せたクトリは、やがて柔らかい笑顔を見せた。

「いいよ。撃っても」

 彼女は抵抗しない。そういうように、両手を広げた。
 引き金を引こうとしても、指が動かない。

「分かってるよ。だって君、魔法使いなんでしょ?」
「……」

 ウィザードとしての正体を彼女が知っていることに、ハルトは驚かない。すでに二回もウィザードとしての姿を見られている。
 そして。この状況。

「そういうクトリちゃんも……アマゾンなんだよね……?」
「驚かないんだね」

 クトリの体が、蒸気によって包まれる。それが消滅していくと、クトリがいた場所には、蝶の姿をしたアマゾンがいた。目深なシルクハットの頭部を低くし、再び蒸気に覆われる。

「ねえ。君は……」

 蝶アマゾンは即座にその姿を、クトリのものに戻す。だが、彼女の姿はもともとの彼女のものではない。

「……! クトリちゃん、その髪……」

 彼女の空のように美しく蒼い髪は、炎のように燃ゆる紅となっていた。水晶のごとき瞳も、血のように紅くハルトを見据えていた。

「ねえ。君は、どう思う?」
「何が?」
「私、何歳だと思う?」

 質問の意味が分からなかった。ハルトは目を白黒させながら、

「……十五とか、十六とか?」

 その答えに、クトリは少し嬉しそうに、どことなく悲しそうな表情をしていた。

「違うよ。私ね、本当は……一歳だよ」
「……え?」

 ハルトは耳を疑った。だが、クトリは続ける。

「私はね。親が誰かも分からない。それは、前にも言ったことあるよね?」
「……あったね」
「私が病院に最初に引き取られて、行われたのが、体に溶原性細胞を埋め込むことだったんだよ。だから、本当はここの子供たちの中で、私が一番年下」

 少しだけ、クトリは口を閉じた。やがて流れてきた沈黙の中、クトリは絞り出すように言った。

「……だからね」

 そういいながら、クトリはナース服のボタンを外す。一つ一つ、その数を増やし、やがて脱ぎ捨てた。頭のナースキャップも落とし、次にインナーにも手をかける。

「おい……」

 ハルトが止める間もなく、クトリは上半身の衣類を放った。思わぬ状況に目をつむる前に、それがハルトの目に入ってしまった。
 美しいクトリの体に、複雑に刻まれる溶原性細胞の血管。それは、これまでの感染した人々のそれとは比較にならないものだった。
 胸元に、心臓のような、溶原性細胞の塊。それは、クトリの白い肌を真っ黒に染め上げ、全身に行き渡っている。しかもそれは胎動を続けており、時間が経過するごとに首から顔にかけてどんどん浸食している。

「私の体は、アマゾン細胞でできているんだよ。生まれた時からずっと。生きているとね。人を食べたいってさえ、思っちゃう」
「……今まで、そんな素振り見せたこともないのに」
「ふふっ。流石に慣れているから」

 いつもの笑顔。だが、その顔に黒い血管が入ると、後ずさりたくなる。

「あとね。もう一つ」

 クトリは髪を捲りながら、背中を向ける。綺麗な彼女の背中には、点在する溶原性細胞。そして、ひと際大きな。
 アマゾンネオの頭部のような紋章があった。
 ハルトは、右手の甲にある、黒い紋章と見比べる。

「それって……令呪……?」
「そう」
「令呪って……腕に付くものじゃないのか」
「キュゥべえから聞いたんだけど、生後一か月には、もうマスターになっていたらしいから。だから、背中に令呪を入れたんだって」
「キュゥべえ……!」

 ハルトたちを聖杯戦争に巻き込んだ白い妖精の姿が脳裏に浮かぶ。さっき病室で会ったとき、拘束しておくべきだったと後悔した。

「でも……そっか……そろそろダメかな……?」

 クトリは振り返る。

「聖杯戦争は、願いをかなえるために、マスターが戦うんでしょ?」
「……違う……」
「だったら。バーサーカーのマスターである私と、ライダーのマスターの君。戦わなくちゃいけないんだよね?」
「違う!」
「違わないよ」

 赤髪のクトリは、インナーを着なおす。その瞬間、彼女の体から、蒼いが発せられた。

「だから私たち、出会ってはいけなかった」

 彼女の背中から、蒼い蝶の翼が伸びる。半透明なそれは、部屋の空間の半分を占めるほど大きく。
 いつ握られたのか。彼女の腕には、黒く、無数の機械が複雑に絡み合ったような剣が握られていた。

「これは、アマゾンと魔法使いの戦いじゃない。これは、聖杯戦争の戦い。マスターとマスターの戦い。だから構えて。魔法使いさん」

 黒い剣(セニオリス)が、その刀身を開放させる。

「私には、願いなんてない……せめて、私のサーヴァント(千翼)が幸せに生きてくれれば。それくらいかな。そのために、私は戦わなくちゃいけない」
「なんでだ……なんで……」
「私も、つい最近キュゥべえから聞いたことだから。君がマスターだったなんて思ってもみなかった」

 彼女の翼が羽ばたく。
 吹き荒れていく遊具たち。彼女に、もう説得は通じない。
 もう、他に選択肢など見えなかった。

『ドライバーオン プリーズ』

 それは一番簡単で、一番残酷な選択肢だった。

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』
「変身」
『フレイム プリーズ ヒー ヒー ヒーヒーヒー』
『ルパッチマジック タッチゴー ルパッチマジック タッチゴー』
『コネクト プリーズ』

 殺しあう(戦う)という、選択肢。 

 

"DEAREST DROP"

 もう、どれほど戦ったのだろうか。

『バインド プリーズ』

 このバインドも、もう一度や二度ではない。
 また、同じようにクトリに斬り裂かれるのも、もう見慣れた光景だった。
 クトリのセニオリスとウィザーソードガンが鍔迫り合い。もう何度目か、数えることもできなくなってきた。

『ランド プリーズ』

 土のウィザード。機動性、魔法をすべて物理に振った形態の肉体攻撃は、全てクトリを上回る。その掌底には、クトリも打つ手がなく、ただひたすらに攻められていた。

「こうするしか……ないんだ……!」
『ランド シューティングストライク』

 黄色の弾丸を発射する。土のウィザードの必殺技の一つを、怯んだクトリへ発砲する。

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 だが、クトリは怒声とともに、セニオリスを振り上げる。彼女の力量はただの看護婦のそれではなく、これまで無数のファントムを倒してきたシューティングストライクをも真っ二つに両断した。

「っ!」
「だあああああああ!」

 蒼一閃。彼女の薙ぐ蒼い刃先は、そのままウィザードへ命中。大きく後退させた。

「ぐっ……だったら……!」
『フレイム プリーズ』

 再び火のウィザードに戻る。
 フレイムスタイルになったと時同じく、クトリのセニオリスが何度もソードガンと打ち鳴らす。徐々に彼女の動きも見切れるようになり、ウィザードの蹴りがクトリの腹に命中、大きく引き離された。

「クトリちゃん……」

 セニオリスを使って起き上がろうとする彼女を見つめながら、ウィザードは静かに告げる。

「もう……この悲しい戦いも……終わりにしよう」

 オールマイティであるこの形態の強みは、万能の汎用性。そして。
 キックストライクが、ウィザードの最大火力を誇ること。
 ウィザードはキックストライクウィザードリングをはめる。だが、ウィザードライバーを操作し、キックを放つというプロセスまで移行することができない。
 ハンドオーサーに触れたまま、ウィザードは動くことができなかった。

「っ……」

 クトリは、ここで倒さなければならない。アマゾンである彼女が、人間を襲わない保証などどこにもない。ましてや、彼女がアマゾンだと知っているのは自分だけ。ここで食い止めなければ、市場にトラを放つのも同義だ。
 だが。

「クトリちゃんが……クトリちゃんが何をしたっていうんだ!」

 ウィザードは、ストライクウィザードリングを外し、床に叩き捨てる。コロコロと転がっていった必殺技が、「俺を裏切るのか」とウィザードを糾弾しているようにも見えた。
 ウィザードは、そんな指輪へ訴える。

「生きているだけなんだぞ……この病院で、看護師やってるだけなんだぞ……!」
「……」
「俺は……俺は、人を守るために魔法使いになったんだ……! 傷つけるためなんかじゃない……! 俺のこの力は、ファントムだけに使うもののはずなのに……!」
「……ね」
「何?」

 突如としての彼女の呟きが、ウィザードの耳に強く印象付けられた。
 お互いの刃物を弾きあい、ウィザードはクトリに向き合った。

「なんか、悲しいね」

 クトリはそう言った。
 まだ年端も行かない少女だが、その表情はとても幼いそれとは思えない。うっすらと笑って見せているが、見ているだけで、ウィザードは悲しくなってきた。

「私たち、せっかく仲良くなれたのにね。千翼があれこれ我儘言って、ハルト君がマジックを見せに来て。私は、折角なのに仕事が入って何も見れなくて」
「……」
「何がいけなかったんだろうね? 生きている、ただそれだけなのに……それだけなのに……ハルト君を食べたくて食べたくて仕方がない……!」

 紅い髪を揺らしながら、クトリは叫ぶ。

「それなのに………それなのに……!」

 クトリはセニオリスを振り上げた。

「どうしたら……君に……伝えられるんだろう?」
「え?」

 それ以上は聞けなかった。セニオリスから放たれた斬撃をよけることを優先し、聴覚が使用できなかった。
 その間も、クトリは続ける。

「君と……みんなといると、知らないことばかり覚えていった……! こんなことになるくらいなら、忘れ方を教えてよ!」

 蝶の翼を用いて、クトリは飛ぶ。
 突風により、ウィザードは壁際まで飛ばされる。そのまま、セニオリスを振るったクトリに対し、ウィザードは別の指輪を使った。

『ディフェンド プリーズ』

 発生した赤い魔法陣でその斬撃を防ぐが、斬撃との対消滅の末、ウィザードが弾かれる。

「生きたいと願うなんて思わなかった……! 当たり前のように、聖杯戦争で死ぬんだと思っていた……! 君が、君たちが、私を生きたいって思わせてしまったんだよ」
「っ!」

 接近してきたクトリを、ウィザーソードガンで受け止める。そのまま、腕が触れ合う。すると、彼女の熱くなっている体温が伝わってきた。
 そのまま、クトリのセニオリスが何度も何度もウィザードへ斬りかかる。
「ぐっ……!」

 全てを受け流し、ウィザードはクトリから距離を取った。

『キャモナスラッシュ シェイクハンド』
『フレイム スラッシュストライク』

ウィザードとクトリが、同時に刃を振るう。斬撃の軌道がそれぞれに跳び、互いに命中。
ウィザードは変身を解除すると同時に地面を転がり、クトリも防御に回した蝶の翼が大きく擦り切れている。

「ねえ……ハルト君」

 よろよろと起き上がるハルトへ、クトリは言った。

「お願い、いいかな?」
「何?」

 途中で、全身に痛みが走る。足の支えが不安定となり、全身が床に張り付いた。

「私が消えても……覚えていてくれる?」
「……」

 目を反らす。すると、すぐそばに、キックストライクの指輪があった。

「私も今の世界を壊したくない。でも、私が生きていたらいけない。だから、ハルト君」

 彼女の声が震えていく。



「お願い」



「うわあああああああ!」

 ハルトは指輪を掴み、そのままベルトに入れる。

『キックストライク プリーズ』

 これまで生身で使ったことがない指輪。地面に赤い魔法陣が出現し、その上でウィザードのときと同じように、腰を下ろす。

「忘れない……忘れない! 君のその願いは、俺の希望だから……!」

 ウィザードでないとき、足はここまで発熱するのか。
 ハルトは、そのままかけていく。
 クトリのセニオリスを蹴り上げ、彼女の手から離す。
 一瞬クトリは驚いた顔をしたが、すぐに安らかな顔をして。

「ありがとう」

 ハルトの赤い蹴りが、クトリの胸を貫いた。



「ねえ」

 消え入りそうなクトリの声。自身の膝の上で、穏やかな表情のクトリは、眠そうな目で、ハルトを見あげていた。

「お願いがあるんだけど。聞いてくれない?」

 ツーサイドアップの髪はまだ紅いまま。蒼に戻ることなく、ヒガンバナのようにハルトの膝元で咲いている。
 黒い衣装はすでにボロボロになっており、セニオリスもまた無造作に彼女の手元に打ち捨てられていた。

「何?」

 意識して、ハルトは震えを押し殺した。それがクトリにはどう伝わったのか、彼女は少しほほ笑みながら続けた。

「君のマジック……見せてくれない?」
「マジック……大道芸のこと?」
「うん。ほら、私いつも仕事が入って、君がいるとき、あまりここにいられなかったから。だから」
「……嫌だ」
「ハルト君?」
「それって、最期のお願いのつもりなんだろ? 俺は……」
「あはは……ハルト君、結構意地悪だね……ゲホッ」

 吐血。だが、クトリのそれは赤くない。その赤を全て髪にもっていかれたのかと思うほど、その血は黒かった。

「アマゾンの血……」
「ねえ。お願い」
「……」

 ハルトは静かに、キックストライクのままの指輪を入れ替える。

『コネクト プリーズ』
「ここに取り出しましたるのは、ごく普通のトランプです」

 震える手つきで、ハルトはトランプをシャッフルする。数枚が零れ落ちるが、気に留める者はいない。

「じゃあ、ここから一枚選んで。俺に見えないように」
「じゃあ、これ」

 ハートの6。クトリの体勢のせいで、思わず見えてしまった。
 それを戻し、再びシャッフルする。また何枚かが落ちる。

「クトリちゃんが選んだのは、これ?」

 クラブのキング。ハートの6は、いつの間にか地面に零れていた。

「そう。それだよ……すごい。どうやって分かったの?」
「……秘密。じゃあ、次」
「うん」
「見える? このハサミ」
「見えるよ。可愛い赤いハサミだね」

 ハルトの青いハサミを見ながら、クトリは呟いた。

「指切断マジック。いくよ……」

 クトリの前で、右手人差し指をハサミで切るように見せかける。

「切れちゃったよ? 大丈夫?」
「大丈夫。ほれ、この通り」

 切れた部分を左手で隠し、再生した指を見せる。

「すごい……みんな、こんなのずっと見てたんだ。羨ましいな」
「まだまだあるからね。次は……」

 鳩、火吹き、花。これまでハルトがやってきた色とりどりの芸を、可能な限りクトリに見せていた。
 もう目に光のないクトリは、その間、ずっと笑っていた。悲しそうで、それでもどこか嬉しそうで。

 そして。

 どこからそうなっていたのかは、知らない。
 眠るように瞼を閉じたクトリが、いつから言葉を発さなくなっていたのか、もう分からなかった。
 それでも、ハルトは止まらなかった。
 やがて、全てのタネを使い尽くすまで、ハルトのショータイムは終わらなかった。


___最後まで、自分のことを大切に思ってくれたことが、大切だと思った___
___思えたことが、幸せだった___
___だからきっと、今の私は、誰が何と言おうと……世界一幸せな女の子だ___ 

 

今日よりも悪くなる明日

 友奈の背後に、巨大な装置が取り付けられる。
 桃色のそれは、両側に巨大な腕が装備されており、全てを砕く剛腕となっていた。
 最後に右耳にパーツが追加で装備され、変身完了。

「行くよ……千翼くん……いや、バーサーカー!」

 千翼の名前を押しつぶし、勇者としてではなく、サーヴァント、セイヴァーとしてアマゾン態へ走る。
 アマゾン態も吠える。

「友……奈……さん。いや、セイヴァー!」

 その六本の腕が、あたかも太鼓のように、高速で友奈を狙う。友奈の合計四本の拳が、それに対応。空気を震わせる音が病院を突き抜ける。
 友奈は蹴りで、アマゾン態の動きを鈍らせる。さらにジャンプして反転。

「はっ!」

 友奈が拳を振ると、巨大な剛腕がアマゾン態へ振るわれる。巌さえも打ち砕く威力のそれだが、アマゾン態に命中することはなかった。
 むしろアマゾン態は六本の剛腕を駆使し、白い神の腕に飛び乗る。そのままアマゾン態は右三本の腕を伸ばし、そこから触手を発射する。

「っ!」

 友奈はそれを剛腕でガード。無事な左手で、アマゾン態をはたきおとす。

「俺は……俺は……!」

 吹き抜けの病院を自在に跳びまわるアマゾン態。時折触手を放ち攻撃してくるが、満開により立体的な動きを駆使すれば、回避可能なものだった。
 だが、ずっとアマゾン態は逃げていたわけではない。
 突如として止まり、友奈に向かって反発ジャンプ。

「セイヴァーあああああああ!」
「っ……うおおおおおおおおお!」

 合計六本の拳に対し、友奈も声を荒げる。

「満開! 勇者パアアアアアアアアンチ!」

 空間に桜の花が咲く。友奈の超火力とアマゾン態の一撃が、病院全体を揺らし、二人はそのまま近くのフロアの廊下に投げ出された。

「うっ……」
「ぐっ……」

 変身解除。生身に戻った友奈は、慌ててスマホを取る。だが。

「うっ……!」

 全身の痛みに、スマホを取り落とす。
 だが、重要な変身アイテムを拾うよりも先に、自らの全身に触れ回る。
 どこかに異常はないか。触覚の正常を確認した後は、壁を叩く。
 コンコン。コンコン。

「……!」

 コンコン。コンコン。
 その床をたたく物音に、何やら不自然さを感じた。

「……」

 数回床を叩いた友奈は、理解した。

「今回は耳か……」

 右耳をさすった友奈は、すぐに千翼の姿を探して廊下を走り出す。すでに平衡感覚を失うほどのダメージで、まっすぐ走れない。だが。

「いた!」

 友奈と同じように、生身の千翼が床に倒れていた。

「友奈さん……」

 ネオアマゾンドライバーを付けたまま、千翼は友奈を見あげていた。

「……今」

 千翼は、顔をくしゃくしゃにして、友奈を見上げる。

「今……」
「ど、どうしたの?」
「今……姉ちゃんが……姉ちゃんの令呪が……消えた……」

 千翼は四つん這いになり、顔を落とした。
 友奈は無言で、じっと千翼を見つめていた。相変わらず警報はなり続けているが、もう警報に従うことはできない。
 千翼はやがて、首を振りながら友奈に背中を向ける。

「ま、待って!」

 友奈は彼の後を追いかける。千翼はどんどん上の階へ階段を伝っていき、やがて最上階の廊下に差し掛かった。

「待って!」

 彼が廊下の奥へ走ろうとしていたが、そこにはすでに先客がいた。

「ん?」

 水色のダウンジャケットをズタズタにされた状態の青年。城戸真司。ライダーのサーヴァントは、振り向いたと同時に驚きの表情を見せた。

「あ、アンタはさっきの……!」
「ライダーっ!」

 千翼は真司を認めると同時に逃げ出す。友奈の肩を突き飛ばし、そのまま上の階へ逃げていった。

「待って! 千翼くん!」
「友奈ちゃん!? ちょっと待って!」

 友奈に続いて、真司も彼を追いかける。
 その間、このフロアの一室に、ハルトがいることに誰も気づかない。



 雨はどんどん強くなってきた。
 千翼に続いて屋上に着いた友奈は、室内との温度差に驚く。

「はあ……」

 白い息を吐きながら、友奈と真司はともに逃げ場のない屋上にたどり着いた。

「千翼くん……?」

 さっきまで必死に逃げ回っていた彼が、今は屋上の真ん中で棒立ちしていた。
 彼の目線の先。アマゾンによって混乱する見滝原を一望できるその屋上に、この事態の発端がいた。

「あれって、フラダリ院長?」

 真司の言葉に、友奈は理解した。
 フラダリ・カロス。この病院の院長にして、アマゾンの暴走の宣言を行った人物。
 灼熱の太陽を擬人化したような人物である彼は、たとえ雨の中であっても煌々とした輝きを放っているように思えた。
 フラダリは静かに千翼を、そして屋上入口の友奈、真司へ視線を流す。

「院長……」

 千翼の声に、フラダリは少しだけ彼を見下ろした。

「来たか千翼」

 その声には、喜びも怒りも、いかなる感情も読み取れなかった。

「どうだ? 素晴らしいと思わないか?」

 フラダリが指し示す光景に、友奈は目を疑う。
 あちらこちらで悲鳴が上がり、雨でも消しきれない火の手も数多く発生している。世界が終わる寸前の光景だった。

「君のアマゾン細胞のおかげで私の計画も完璧だ。これが私の求めていた平和なのだよ」
「平和?」
「そう。これで、身勝手な人類は駆逐される。生き残った者たちは全て、この私が管理する。これで私が思い描く、平和が実現される! 千翼。君のおかげだよ」
「え?」

 千翼が目を白黒させている。その横を、真司が走っていった。

「待ってくれ、フラダリさん! これが平和って、いったい何を言っているんだ?」

 千翼の前に立ちはだかるように、真司が割り込む。

「君は……いつか取材したがっていた記者だね? どうやってここまでこれた? この病院には、無数のアマゾンがいたはずだが。……まあ、問題ない」

 フラダリは新たな傍聴者の存在を認め、まるでホワイトボードを差すように、この地獄となった見滝原を指し示す。

「見たまえ。見苦しいものがどんどん消えていく。美しいではないか」

 そこには、アマゾンたちの大暴れの様子が見えた。米粒のような大きさに見えるアマゾンが、より小さな人間たちを捕食しようと襲い掛かる。警察も、何もかもが無力。
 時折見える顔見知りのみが、アマゾンに対抗する有効打となっていた。

「千翼。君から生まれたアマゾンたちが、私の怒りを代弁してくれているんだ」
「こんな、人を傷つけて、街を壊していくのが、お前の言う平和なのか!? お前、医者なんだから、人を守るのが仕事だろ!」
「ああ。守るのは……」

 真司の怒声に対し、フラダリは静かに、そしてハッキリと告げた。

「選ばれたもののみだ」
「選ばれたって……」

 友奈も口を挟まずにはいられない。

「選ばれたものって、何ですか? アマゾンにさせられた人だけなんですか?」
「そうだ」
「それじゃあ、今いる人たちは? 何も知らない、それぞれ必死に生きている人たちだっているんですよ?」
「……」

 途端に、フラダリの目つきが変わった。彼の目は、人に対してする目ではない。使えない、道具に対する落胆の眼差しのようにも感じた。

「クトリから、君たちのおおよそのことは聞いている」
「……え?」
「君たちは、異世界で死んだ英雄。聖杯戦争と呼ばれる得体のしれない儀式によりこの世界に呼ばれた死者。そうだろう?」
「だったら何だっていうんだ?」

 真司が噛みつく。
 だが、フラダリは変わらぬ真っすぐな目で、二人を見据えていた。

「聖杯の亡霊たちよ。この世界で君たちは一体何を守るのだ? 今日よりも悪くなる明日か?」
「今日よりも悪くなる……」
「明日……」
「だが、聖杯は私にも恵を与えた。クトリという少女を媒体に、千翼という無限の可能性を与えた。その細胞を調べたとき私は驚いたよ。細胞単位で人肉を欲する生命体、アマゾンの存在に」
「違う……!」

 真司の後ろから、千翼が訴える。

「俺は……俺は……!」
「本当に違うのかね? 君は今までも、人間を食べたいと思っていなかったのか? 君の細胞を受けてアマゾンとなった人々が、あれだけ旺盛に人を捕食しているのに、君は違うと?」
「それは……それは……」

 千翼が否定しているとき、友奈は思い出していた。
 以前、まだ千翼の体が今よりも小さいとき。ずっと自分の腕を抱き寄せていた。ただの子供の甘えだと思っていたが、あれは彼が文字通り、人肌を求めていたのではないか。

「千翼。君が与えてくれた細胞は、世界を破壊するのにとても役に立っている。見てみろ。この世界に明日は来ない。雨が止めば新しい世界になっているのだ。終わるというのはこんなにも美しい。まさに平和への第一歩だ」
「狂ってる……!」

 真司が毒づく。

「千翼」

 さらにフラダリは、千翼へ手を伸ばす。

「君はこの世界で生きることはできない。なぜだかわかるか?」
「やっぱり、俺は生きられない……?」
「そう。人間を食らうことは悪とされる。それはなぜか。この世界は、人間が作ったルールに支配されているからだ」
「……!」
「醜い人間……分け合えず、分かり合えず。何も生み出さない輩が、明日を食いつぶしていく……。このままでは、醜い人間たちによって、世界の全てが行き詰まる。全ての命は救えない。選ばれた人のみが、明日への切符を手に入れる。千翼! そして異世界の英雄たちよ!」

 雨の中であろうともよく響く声で、フラダリは言った。

「君たちは、選ばれた側の人間だ。アマゾンとなった世界で、私が支配する世界で、生き延びることもできる!」
「……やめてよ」

 友奈は首を振った。

「限られた人だけしか明日を生きられないなんて言わないでよ! 住んでる世界の誰にでも、明日を生きる権利はあるはずだよ! それを……それを誰かが奪っていいわけがない!」
「ならば少女よ。君はこの醜い世界を変えることができるというのか? 違う者を受け入れられず、少ないものを分け合えないこの世界を!」
「分からない。もしかしたら、貴方が言う通り、それが人間で、不可能なのかもしれない。でも……」

 友奈は胸に手を当てる。

「それでも生きていくのが人間だよ! この世界は、フラダリさんだってまだ知らない可能性がある! アマゾンなんて、他の世界のものじゃなくても、きっと……! それを探し続けていかないといけないんだよ!」
「……君は甘すぎる。そんなことは、私とて当の昔に考えた! その可能性を探し、世界中を回り、まだ見ぬ数多くの可能性にあたってきた」

 フラダリの体が、不自然な発熱を帯びた。それは雨を蒸発させ、濡れた髪を一気に乾かしていく。

「何も知らぬ小娘よ。残念だが。私が築き上げる世界に、君は不要だ」

 そういいながら、フラダリは白衣の下から何かを取り出した。
 黒い、帯のようなものが付随する装置。左右対称なグリップが備え付けられているそれは、中心にまるで赤い目がついているようだった。

「必要とか不要とか、そんなこと、他の誰かが決めることじゃない!」

 今度は真司も主張する。それはどうやらフラダリの琴線に触れたようで、彼の眼差しがライダーのサーヴァントも突き刺す。
 そして。

「仕方ない」

 それを腰に装着。機械より、不気味な起動音が流れた。

「私の手で、君を排除する」

 グリップ部分を握る。
 千翼の腰にある機械の試作品。アマゾンドライバーたるそれを握ると、『フレア』という音声がした。
 やがて、目の形をした部分が紅蓮に発光。フラダリの全身に、黒い血管___間違いなくアマゾン細胞___が流れていく。



「アマゾン」



 静かに。だがはっきりと。
 灼熱の炎により、フラダリの体が包まれていく。
 雨水を、そして天の雨雲を蒸発させるそれは、他のどの世界にもない、まったく新しい戦士(仮面ライダー)の誕生の産声だった。
 それは、別世界におけるアマゾンシグマにもよく似ていた。だが、その体色は、暗い今よく目立つ赤。そして、その爬虫類のような顔には、ライオンのような(たてがみ)が生えている。

「今名付けよう……この戦士の名前を」

 フラダリだった存在は、自らの体を見下ろしながら宣言した。

「アマゾンフレア。この世界を平和に導く者の名前だ」

 アマゾンネオとほとんど近いポーズで、臨戦態勢を示すアマゾンフレア。
 友奈は、真司と目を合わせる。

「真司さん。行くよ」
「ああ。死ぬなよ。友奈ちゃん」

 真司はその言葉とともに、カードデッキを掲げる。すると、どこから飛んできたのか、銀のベルトが彼の腰に装着された。

「千翼くん。下がってて」

 友奈は、千翼を背中に回す。

「友奈さん?」
「私は、本当は人とは戦いたくない。聖杯戦争だって、誰かと戦いたくない。でも、フラダリさんは……この人だけは、戦わなくちゃいけないと思う」

 警報はずっと鳴り響いている。樹海化の時と同じ危機だと、友奈も感じていた。

「だから……行くよ、真司さん!」
「ああ!」

 真司が右腕を斜めに伸ばすと同時に、二人は叫んだ。

「「変身!」」

 どんどん雨が強くなる。
 仮面契約者(龍騎)勇者(友奈)は、平和(アマゾンフレア)に同時に駆け出した。
 

 

あの人が大好きな世界

『ソードベント』

 雨を舞うドラグレッダーが吠える。握られたドラグセイバーを駆使し、龍騎はアマゾンフレアへ斬りかかる。
 だが、アマゾンフレアは無駄のない動きでそれを避ける。上半身を僅かに反らして柳葉刀を回避し、逆に最低限の肘打ちで龍騎を退ける。

「ぐっ……!」
「任せて!」

 だが、龍騎の肩を伝い、友奈がアマゾンフレアに攻め入る。彼女の格闘技は、同じく武器を持たないアマゾンフレアに接戦を挑む形となった。
 だが、決して低くない技量の友奈に対し、アマゾンフレアの格闘もまた彼女を上回っていた。拳を見事に受け流し、引き寄せ、その顔面に蹴りを入れる。

「うわっ!」
「友奈ちゃん!」

 地面を転がる友奈を助け起こす。
 それを見下ろすアマゾンフレアは、顎に手を当てながら肩で笑った。

「ふふふふ。これで世界の平和は加速していく」
「平和平和って……、これのどこが平和なんだ?」
「お前に何がわかるというのだ? この世界の醜い部分を知らないお前たちに!」

 アマゾンフレアは、さらに攻撃の手を緩めない。その力を込めた足で、龍騎と友奈を踏みつけようとする。

「危ねっ!」

 龍騎は友奈を抱えながら地面を転がる。アマゾンフレアが踏み抜いた箇所は、大きな穴が開いた。

「過去には私にも、苦しむ人々を助けようと手を差し伸べた時代があった」
「フラダリさん」

 続いてアマゾンフレアは、ベルトのグリップを掴み、引き抜く。引き抜いた箇所より黒い生体部分が伸び、銛となる。

「はっ!」
「うおっ!」

 銛での攻撃に対し、龍騎はドラグセイバーで防御。友奈の真上で火花が散る。
 アマゾンフレアの銛で、龍騎はドラグセイバーとの交差を彼に寄せる。顔が近づく状態でも、アマゾンフレアは語り続ける。

「人々は喜んだ……」
「だったら、それでいいじゃないか……?」
「否! それははじめだけ! 彼らは助けを当然のものとし、要求するばかりだった。声高に自分たちの権利を主張するようになり、救いの手が彼らの傲慢を招いた」

 ドラグセイバーが龍騎の手を離れ、千翼の足元まではじけ飛んだ。

「っ!」
「せいっ!」

 突き刺した銛が、龍騎の鎧へ命中する。痛みとともに、龍騎の体は大きく後退した。
 痛む胸元を抑える龍騎。だが、まだアマゾンフレアの攻撃は終わらない。
 運よく、アマゾンフレアの足元で跳び起きた友奈。彼女の飛び蹴りで、その銛は弾かれ、屋上より転落していった。

「勇者パンチ!」
「むっ!?」

 桃色の友奈の拳。
 それは、さすがのアマゾンフレアでも危険と踏んだのだろう。彼女の拳が顔面に命中する寸前で、体を回転させ、友奈の背後に回り込む。勇者パンチの手首をつかみ、そのまま龍騎へ矛先を向ける。

「はぁ!」
「うわわ!」
「やべえ!」

 勇者パンチが来る。龍騎は慌ててデッキよりカードを引き、ドラグバイザーにセット。

『ガードベント』

 危機一髪。寸前のところで現れたドラグシールドは、そのまま友奈の拳と対消滅。余剰ダメージはさらに龍騎を襲った。

「真司さん!」
「大丈夫……」

 ヨロヨロの状態ながら、龍騎は立ち上がる。
 アマゾンフレアは続けた。

「愚かな人間。世界というこのシステムは、どこかで歯車が狂ってしまう。だから私はそれを壊し、修正しようというのだ。……リセットだ。私のユートピアを作るための」
「ふざけんな! お前の勝手で、世界を壊すな!」
「勝者にこそそれを決める資格があるのだ」

 アマゾンフレアは、改めてベルトのグリップを握る。

『バイオレンス ブレイク』

 それは、必殺技の一つ。
 アマゾンフレアの右腕が深紅に輝く。雨を一切寄せ付けないその高温が、一気に友奈を襲う。

「危ない!」

 それに対応し、友奈は、その右足に桃色の光を込めていた。

「勇者キック!」

 二つの必殺技の衝突。爆発とともに、友奈を壁に激突させ、さらに変身解除に至った。

「友奈ちゃん!」
「だ、大丈夫……」

 言葉とは裏腹の彼女は、もう立ち上がるのも難しそうだった。生身のまま、何度も起き上がろうとしている。

「友奈さん……」

 それを千翼は、じっとうつろな目で眺めていた。
 彼が敵に回らないことを祈りながら、龍騎は彼の足元のドラグセイバーを拾い上げる。
 その刃先をアマゾンフレアに向け、彼の次の動きを伺う、その時。

「もうやめよう……」

 か細い声が聞こえた。同時に、龍騎の背後からする足音。
 足を引きずりながら、千翼は龍騎の隣に立つ。

「千翼……どういうつもりだ?」
「俺は……俺は……姉ちゃんが好きだったこの世界を、壊したくない……!」

 それは、千翼が精一杯の言葉で言った。

「フラダリさんの言葉はよくわからないけど……でも、姉ちゃんはこの世界で、ハルトさんに出会って、俺も友奈さんと出会って、木綿季や可奈美さんとも出会った。