MOONDREAMER:第二章~


 

第1話 出会い

「参ったなあ……」
 ここは幻想郷にある迷いの竹林と呼ばれる所である。そこでとある人間の少女は窮地に立たされていた。
 彼女の目の前には妖怪がいるのだ。基本的に妖怪は人間を襲うものである。だからこの少女は純粋に危機に陥っているのだ。
 勿論、何の対策も無しに妖怪の蔓延る竹林の中へと飛び込むような真似はこの少女はしたりはしない。
 だが彼女は案内役の竹林に精通した兎の少女と一緒にいたのだが、いつの間にかはぐれてしまったのだ。運が悪かったのだ。
「あなたは食べられる人類?」
 そんな不運な人間の少女を嘲笑うかのように、妖怪の少女は無邪気な笑顔を見せながら迫っていたのだった。

◇ ◇ ◇

「それじゃあね、依姫。私はレイセンと一緒に一足早く月に帰っているわ。月の護りは私と玉兎に任せておいてね」
 暫しの別れの為に、綿月豊姫が妹の依姫に告げる。
「ありがとうございますお姉様。私の我がままを聞いて頂いて」
 それに依姫は返す。しかしどこか申し訳なさそうな様子だ。
 依姫のその様子を見て豊姫は言う。
「もう、水臭いわね、依姫は。私達姉妹じゃないの」
「……」
 豊姫にそう言われても依姫は釈然としないようだ。
 それは依姫の性格上『家族』とか『兄弟姉妹』といった概念を、物事を推し進める為の武器には使いたくないというものからであった。依姫は家族といったものを本当に大切する為、それを利用する事は避けたかったのだ。
 豊姫もそれはわかっているのだ。だが敢えて彼女は付け加える。
「安心してね依姫。元より私の『能力』があれば月と地上の行き来は容易なのよ。だから月に残るべきなのは依姫より私の方なの」
 そう言うと豊姫はにっこりと微笑んだ。
「それに依姫。貴方は私よりも『地上(ここ)で』やりたい事が沢山あるんでしょ?」
 そう、綿月姉妹は今地上にいるのだ。
 細かく言うと、地上の幻想郷と呼ばれる場所に存在する八意が蓬莱山輝夜と共に統括する『永遠亭』が居を構える『迷いの竹林』の中に二人はいるのだった。
 まず姉妹は永遠亭に玉兎のレイセンを偵察に行かせて、危険性がない事を確かめたのだ。尤も、レイセンがその事をものの見事に永遠亭の住人に漏らしてしまい計画もへったくれもなくなっていたのだが。
 そして危険性がないと判断した姉妹はレイセンと一緒にかつての師である八意や、最初の『レイセン』である鈴仙・優曇華院・イナバ達といった永遠亭に住まう者達との憩いのひとときを過ごしたのだ。
 だが、月の守護者がいつまでも不在では大問題であろう。だから豊姫はレイセンを連れて再び月まで戻るのだ。
 しかし、依姫は暫くの間地上に残る事を決意したのだ。と言っても永い年月をずっと過ごす訳ではないから、地上の穢れにより寿命を持ってしまう心配はないのである。
「はい、お姉様。私はこの幻想郷で色々見て回るべきだと思うのです」
 そう依姫は言った。
 かつて月侵略の異変を起こした八雲紫の管理下にある幻想郷。そこは人間と妖怪や神すらも共存する楽園だったのだ。
 そのような世界と深い関わりを持ちたいと依姫は考えたのである。
 それ自体に興味があるし、かつて月にロケットでやって来た者達に対して思い残した事にも再び向き合えるだろうから。
「でしょ、だから大船に乗った気持ちで後は私に任せなさいな」
「わかりました。お願いしますね」
 こうして互いの了承は進んでいったのだ。
「じゃあね、依姫。行くわよ、レイセン」
「はい」
 豊姫の呼び掛けにレイセンが答えた。
 そして二人はその場からかき消えてしまったのだ。予備動作も予兆もなく、本当に『忽然』と。
(我が姉ながら、いつ見ても凄い能力ね……)
 と、依姫は暫し呆けていた。だが、ずっとそうしている訳にもいかない。
(さて……と)
 依姫はそう心の中で呟くと、彼女にとって第二の我が家となった永遠亭へと戻っていったのだった。

◇ ◇ ◇

「お帰りなさい、依姫」
 永遠亭の中に入ると、依姫を迎えてくれる者がいた。
 容姿は銀髪を長髪にして一本のお下げにして後ろで纏め、紺と赤が基調のナース服とも中華服ともつかない珍妙な出で立ちをした人であり、この人こそが……。
「ただいま帰りました、八意様」
 そう、綿月姉妹の師である八意であったのだ。
 ちなみに下の名前は地上の住人には発音出来ないので、ここでは『永琳』と名乗っているのである。
 今は彼女は地上の住人であるため、ここからは永琳と表記する事にする。
 綿月姉妹も永琳と呼ぶべきだとは思っているのだが、永い間慣れ親しんだ呼び方である『八意様』が定着してしまっていて、『永琳様』では違和感を覚えてしまうのであった。
 だから今まで通り八意様と呼んでいたし、永琳も呼び方を変える事を無理強いはしなかった。
「貴方の部屋はもう用意してあるから、そこでゆっくりしていていいわよ」
「ありがとうございます」
 永琳の計らいに依姫はお礼を言う。
 ちなみに、永遠亭の内部はここの主の一人である蓬莱山輝夜の能力によって『中だけを』拡張でき、それに上限はないから増築し放題なのであったので、依姫一人分の部屋を新たに用意する事など造作もなかったのだ。
「それはそうと八意様。今更なんですけど……」
 ここで依姫は新たに話題を持ち出す。その顔はどこかひきつった笑みである。
「何かしら、依姫」
 永琳はその先を促す。
「八意様は月ロケットの囮の際に、最終的にスペルカード戦に落ち着く事は予想してたんですよね?」
 依姫はあの時の異変の話を持ち出したようだ。
「ええ、そうよ」
 永琳はさらりと言ってのける。
 その口振りから、あの出来事はあらかた永琳の読み通りになったようだ。
「そうですよね……」
 依姫はそう言い、一息置き、
「それなら、些か酷だったのではありませんか? 私にあの者達に対してスペルカード戦で勝ち抜く事を要求するなんて」
 と、締め括った。
 それに対して永琳は。
「あら、貴方なら出来て当然でしょ」
 そう平然と憮然として言ってのけたのだ。
「八意様、貴方ってお方は……」
 依姫はそんなふてぶてしい物言いをした永琳に暫し呆気に取られてしまうが……。
「やはり八意様には敵いませんね」
 と、微笑んで見せたのだ。
 今の永琳の発言は寛大にも取れるだろう。だが、その中に自分への信頼がある事を依姫は感じ取っての事であった。
「話はこれで済んだかしら?」
「はい、お陰様で」
「それは良かったわ、それじゃあ夕食まで部屋でゆっくりしていてね」
「ありがとうございます」
 そして依姫は第二の我が家の自分の部屋へと向かっていったのだ。

◇ ◇ ◇

 永遠亭で自分に割り当てられた部屋で、依姫は暫しの休憩だとくつろいでいた。
 そこは快適であった。月の民の地上への差別意識は未だ蔓延しているが、決して思っているような忌まわしい場所ではない事をもっと地上と触れ合い学び、そして月へと伝えていかなければいけないと依姫は想いに耽っていた。
 そんな黄昏に浸っていると、その風情をぶち破る事が起こった。部屋をノックする音が聞こえてきたのだ。
「はい」
 何事かと依姫は部屋の入り口の襖へと向かい、引き開けた。
「少しいいかしら?」
 そこには永琳がいたのだ。
「如何なさいましたか、八意様?」
 夕食まではまだ時間がある筈。依姫は疑問に思い聞いた。
「ちょっと、てゐの帰りが遅いから迎えに行って欲しいのよ」
「てゐがですか……」
『因幡てゐ』永琳が今帰りを待っている存在であった。彼女は永遠亭に住み地上の兎達を束ねている妖怪兎である。
 依姫にはまだ馴染みの薄い存在であったが、これから永遠亭に関わる事を考えれば立派な『家族』である。
「分かりました」
 だから依姫は快くてゐの迎えを引き受けたのだ。
「悪いわね、私もウドンゲも他の兎達も夕食の準備で手が話せないのよ」
「お構いなく」
 ウドンゲとは嘗て依姫の元で訓練を受けた『初代レイセン』である、鈴仙・優曇華院・イナバの事である。
 そして永琳が蓬莱山輝夜の事を持ち出さなかったのを突っ込まない情けを依姫も持っていたのだ。「あのニート……」と心の中で思いながらも決して口には出さなかった。

◇ ◇ ◇

「そろそろ、てゐがいる場所かしらね」
 依姫はそう呟きながら竹林の中を練り歩いていた。
 さすがの依姫でも何も準備なしではこの竹林では迷ってしまう。なので彼女の手には『ナビゲーター』なる永琳の開発した機材があったのだ。
 この機材は現在位置を地図で表示してくれ、更に特定の人物の居場所まで指し示してくれる機能まで存在していたのだ。
「我が師ながら、存在がでたらめな物を作ってくれますね……」
 依姫は永琳の頭脳明晰っぷりに閉口するしかなかった。深く考えたら負けである。
 だが使えるのだから使うしかないと、依姫は腹を括り、その機械の示すままに歩を進めていったのだ。

◇ ◇ ◇

 そして依姫は目的の人物を見つけたのだ。
 癖っ毛の黒のショートヘアに、ナース服をアレンジしたかのようなピンクのワンピースに、頭頂部に兎の耳の生えた小柄な少女。更に付け加えると屋外にいるにも関わらず裸足。
「見つけたわよ、てゐ」
 そう、彼女こそが紛れもなくお目当ての人物『因幡てゐ』であった。
「あ、依姫ごぶさた~」
 てゐは気の抜けるような挨拶を依姫にした。
「どうしたのかしら、帰りが遅いみたいだけど」
「それがね~」
 依姫に聞かれて、てゐは参ったと言った感じで話を切り出し始めた。

◇ ◇ ◇

「つまり、貴方はその人間を人里に送る最中にはぐれてしまい、それで探していて帰りが遅かったという訳ですね」
「そういう事~」
 てゐの説明を受けて、依姫は事の詳細を把握したようだ。
「でも、どうしよ~」
 頭をかきながらてゐがぼやく。
「それなら、この『ナビゲーター』の出番ですね」
 そう言って依姫は手持ちの機械をてゐに見せる。
「その人間の事を頭に浮かべながら、この機械のこの箇所を押してみなさい」
 このナビゲーターには使い手の思考から情報を読み取ってデータに反映してしまう機能があるようだ。依姫はそれを説明していく。
「うん、だいたいわかった。これをこうして、あれを……」
 そしててゐはその人間の位置情報をナビゲーターに映し出していったのだ。

◇ ◇ ◇

「そろそろですね」
 ナビゲーターを持ちながら依姫とてゐは竹林の中を歩いていた。
「そうだね……って、あの子だ!」
 てゐは突然声をあげる。どうやら目的の人物を見つけたようだ。
 そこには人間の少女と彼女に襲い掛かろうとしている妖怪の少女の姿があったのだ。 

 

第2話 綿月依姫のスペルカード

 依姫とてゐは目的の人物を目の前にしていた。
 それでは状況を説明しよう。
 人間の少女を襲いかけているのは妖怪の少女である。金髪のショートヘアに赤い瞳、服装は白と黒のものであり、一番の特徴は頭に備え付けられた赤いリボンである。しかも……。
(お札……?)
 依姫は訝った。何故そのような物が頭に? だが今はそれを気にしている場合ではないだろう。
 この妖怪の少女はルーミアといい、闇を操る宵闇の妖怪なのである。普段は魔法の森によくいるが、いつもいる訳ではなく、時折他の場所にも現れるのだ。
 そんな『たまたま』の事態に出くわしてしまった人間の少女は不運と言えるだろう。
 そして、その人間の少女の特徴は、年齢は14歳位で、目元は依姫と同じようにややつり上がった『つり目』であり、目を引くのは黒のショートヘアである。共通点の多いてゐのと比べると癖のないサラサラとした艶やかなもので、ショートヘアとして見てもルーミアよりもさっぱりとした印象を受ける。
 ──ボーイッシュ。その言葉以外に彼女を指し示すのに適したものはないだろう。服装が少女のものでなければ、少年と間違われるかも知れない。ちなみにその服装は。
(……セーラー服というものかしら?)
 そう依姫は思った。それは明治時代に外界から隔離された幻想郷では見ない代物だと。だとしたら……。
(この子、『外』の人間ね)
 と、依姫は結論付けたのだ。
 幻想郷には、ときたま『境界』と呼ばれる空間の裂け目に迷い込んで外界からやって来る人間がいるのだ。この少女もその一人という事だろう。
 それはさておき、今やる事は決まっている。──人間の少女を助けなければ。
 依姫の種族である月人は、遥か昔穢れが地上に蔓延する前に月へと移住し、寿命から逃れた者達である。だから今の地上の民とはかけ離れた存在であっても元は同じであるのだ。
 だから依姫は人間の少女を助ける事にしたのだ。
「貴方、今の内に逃げなさい」
「何よ~、私の食事を邪魔するの~?」
 依姫が人間の少女に呼び掛けていると、そこにルーミアが割り込んできたのだ。
 彼女にとっても食事は死活問題である。それに水を指されたとあれば快くは思わないだろう。
「まあ、落ち着きなさい」
 一方の依姫は落ち着いて言った。そして言葉を続ける。
「こういう時のための『スペルカード戦』でしょう?」
「やるんだね~、受けて立つよ」
 そう、幻想郷での揉め事を解決するために設けられているのが『スペルカード戦』である。かつて依姫が月で魔理沙に持ち掛けられたそれだ。
「さあ、今の内に」
 依姫はそう人間の少女に催促した。だが彼女は何か物言いたげだ。
「今から貴方は『弾幕ごっこ』をするんですよね?」
 そう依姫に聞いてきたのだ。
『弾幕ごっこ』。それはスペルカード戦の通称である。命を取り合う事はせず、ごっこ遊びのように行える事からそう呼ばれているのだ。
「ええ、そうですよ」
「じゃあ……」
 質問に答えた依姫に対して少女は言葉を続けた。
「私も貴方の弾幕ごっこを見させてもらっていいですか?」
「えっ?」
 予想していなかった少女の申し出に依姫は気の抜けた返事をしてしまう。
 そして、暫し考える。この勝負はこの少女を助ける為に始めようとした訳であり、見せ物目的ではなかった。
 だが、弾幕ごっことは『魅せる』勝負でもあるのだ。この子の前で行う事も意味はあるかと依姫は結論付けた。
「分かったわ。でも巻き込まれないように離れて見ていなさい」
「ありがとうございます」
「良かったね」
 快く承諾してくれた依姫に少女は頭を下げてお礼を言い、てゐが相槌を打った。
「それと、もし私が負けたらすぐに逃げるのよ」
「はい」
「まあ、私が負ける事はないでしょうけど」
 依姫はふてぶてしく言ってみせる。この場はそういう態度を取る方が少女に安心感を与えるだろうと配慮しての事であった。
 それに実際に負ける気がしなかったのだ。このルーミアと立ち会って見て、月ロケットでやって来た者達程の力はないと、長年の鍛練から判断出来たのだ。ルーミアには失礼になってしまうが。
 そして、面白くないのはルーミアであろう。
「む~っ、バカにしてぇ~」
 頬をぷっくりと膨らませて怒るその姿は愛らしい。だが、それでも人喰い妖怪である事は忘れてはいけないだろう。
「ごめんなさいね、では始めましょうか」
「そうだね、じゃあ……」
 二人がそう言っている陰で、一先ず救いの手が差し伸べられた少女はほっと一息つくと、おもむろに右腕を自分の目の前に掲げたのだ。
 それは『ただの』右腕ではなかった。──機械のような外観で、鋭い鉤爪の生えた金属の籠手のようなものが右腕には装着されていたのだ。
 そして、何かを念じる少女。すると金属の鉤爪はガチャガチャと鍵を鍵穴に通して開けるような音を立てて分解されていったのだ。更に分解されてバラバラになった鉤爪のパーツは、砂のようにサラサラと宙を舞ってかき消えてしまった。
「ふぅ……」
 その奇妙な芸当をやってのけた少女は一息ついた。
「貴方、その腕は……?」
 これにはさすがの依姫も驚かずにはいられなかった。
「あ、これですね。後で説明しますよ」
 事も無げに少女は振る舞う。だが少女の言う通りであろう。
 今は目の前の宵闇妖怪と勝負を着けなくてはいけないのだ。質問は後回しだろう。
「待たせましたね、今度こそ始めましょう」
「それじゃあ行くよ~」
 こうして依姫の初の地上での弾幕ごっこが始まったのだ。

◇ ◇ ◇

「それじゃあ、まずはこれ~」
 最初に動いたのはルーミアであった。彼女は両手を広げ十字架のような体制を取ると、『スペルカード』を宣言した。
「【夜符「ナイトバード」】」
 その宣言と共にルーミアの両手から闇のもやが生まれ、そこから次々に何かが現れ始めたのだ。
「鳥……?」
 依姫の呟き通り、その闇は鳥の形を取っていたのだ。無数の黒いエネルギーの鳥がルーミアの周りで羽ばたいている。
「私の鳥さん達、あいつをやっつけちゃって~」
 鳥達の司令官となったルーミアは彼等に命令した。するとバサバサと本物の鳥のように羽音を鳴らして依姫に飛び掛かっていったのだ。
「面白い攻撃ね」
 素直に依姫は感心していた。そして極めて落ち着いていたのだ。
「だけど遅いわね」
 眼前に黒鳥の群れを迎えながら、依姫は余裕の態度を取っていた。そして鞘から刀を引き抜く。
「はっ」
 そして掛け声と共に最初の一羽目掛けて刀を振りかざした。袋から空気が抜けるような音を出して霧のようにかき消え、その鳥は刃の犠牲となった。
 続いて二羽、三羽と間を開けずに切り落としていったのだ。次々に無に還されていく鳥の群れ。
 やがて群れは完全に全滅したのだ。一仕事終えた依姫が口を開く。
「どうしました? その程度では私はスペルカードを使うまでもありませんよ?」
「くぅ~っ」
 第一手を軽々と潰され挑発的な台詞を投げ掛けられて、ルーミアは悔しそうに歯噛みした。
「ならばこれはどうだ~! 【月符「ムーンライトレイ」】!」
 二度目のスペルカード宣言をしたルーミアは再び両腕を左右に広げて十字架のポーズになると、両手に先程の闇とは違う青白いエネルギーを集め始めた。
 そして、一頻りエネルギーが集まると、そこから同じく青白い光線が発射されたのだ。それも両手からなので二本も。依姫の眼前に迫る二対のレーザー。
「そう来ましたか?」
 だが依姫は、その攻撃を目の当たりにしてなお、冷静でいた。
 当然だろう。以前月ではこれを遥かに凌駕する高出力のレーザーを相手にしているのだから。
 その時は神が創りし鏡で弾き返したのであるが、今回はそこまでする必要もないだろう。
 そして依姫は今降ろすべき神を決めたのだ。
(『大黒様』よ、我の前に力を示したまえ)
 依姫はそう心の中で唱え、両手を目の前に翳したのだ。
 すると、そこに黒い渦が発生し始めた。これで目の前のレーザーに対する準備は出来た。
 だが、『弾幕ごっこ』ではそれだけではいけないと依姫は分かっていた。月での戦いでは怠ってしまったが、これからは抜かりなく『スペルカード宣言』をしなくてはいけない事を。
 そう決意して依姫は口を開く。
「【集符「光すら吸い込む黒き穴」】!」
 これが依姫の初のスペルカード宣言となった。
 そしてルーミアのレーザーは二本とも軌道を変えさせられ、スペル名が示す通りに大黒様の創り出した黒穴へと取り込まれていったのだ。
「ええっ!?」
 当然ルーミアは驚いてしまった。自信のあった自分の攻撃を、まるでそうめんを啜るかのように吸い込まれてしまったのだから。
 唖然とするルーミア。そしてそれに目を引き付けられていたのは彼女だけではなかった。
「すごい……」
 脇で戦いの流れを見守っていた人間の少女も目を見張り、そして依姫の華麗な戦い方に魅了されていたのだ。
「さすがはお師匠様のお弟子さんだね」
 一方でてゐは前もって依姫の情報を知っていた分、少女よりも幾らか冷静であった。
 だが百聞は一見にしかず。幾ら耳で話を聞こうとも、実際に見るのとではその実感はかけ離れているものだった。
 そして依姫はルーミアに対して口を開く。
「今ので終わりですか?」
「ば、馬鹿にしないでよね!」
 依姫に言われて、いきり立つルーミア。彼女とてまだこれしきの事で終わりはしないのだ。
「【闇符「ディマーケイション」】」
 ルーミアが三番目のスペルカードを宣言する。すると辺りの視界が悪くなってきた。
 まるで北向で見張らしも悪い部屋で周囲を取り囲んだかのような居心地の悪さに包まれる。
 辺りを闇が覆い始めたのだ。これでは依姫にとって相手を認識しづらくなるだろう。
「驚いた~?」
 ルーミアが得意気に言ってのける。
「……」
 対して依姫は無言だ。闇で視界が悪くなっているため、その表情は察する事は出来ない。
「でも、これだけじゃないんだよ~」
 水を得た魚のようになったルーミアは続けて言った。
「もう一回『ナイトバード』!」
 そして更にスペルカード宣言をした。一度に複数のスペルを掛け合わせる戦法を取ったのだ。
 一回目のナイトバードの時と同じく黒い闇の鳥がルーミアの周りに生成される。
「私の鳥さん達、もう一回行きなさ~い!」
 そしてルーミアが依姫目掛けて指を指すと鳥の兵団は再び依姫を襲ったのだ。
 しかも、今回はディマーケイションの効果により辺りは闇に覆われているため、その攻略何度は格段に上がっていた。
(成る程、スペルの複合ですか……)
 依姫は素直に感心していた。そしてやはり今回も冷静であった。
(ここは……『愛宕様』よ、我に神の火の力を)
 依姫はそう心の中で神に呼び掛けた。
 するとぼわっと音を立てて依姫の両手に炎が灯ったのだ。
 そして依姫の周りが明るく照らし出される。松明のように厳かなその火は、本当に松明のように闇を照らす事も出来るのであった。
「これで『闇』の目眩ましは効きませんよ」
「うぅ~」
 再び依姫にペースを持っていかれたルーミアは唸った。
「それでは、その鳥達は駆除しなくてはいけませんね」
 そこで一旦言葉を区切り、続ける。
「【炎弾「伊の英雄の火礫」】!」
 そう宣言し、依姫は火の灯った腕を軽く闇鳥目掛けて振った。するとそこから実際に炎の弾丸が発射された。
 鳥は弾けるような音と火の粉をあげて四散してしまった。
「この火は闇を照らすだけではないのですよ」
「補助にも攻撃にも使えるなんてずるい~!」
 愛宕様の火の汎用性にルーミアは歯噛みした。そして依姫は続いてその炎の投擲で残りの鳥を全て殲滅してみせたのだ。
「ふぅ、これでまた一段落ね」
 依姫は肩の力を抜いた。だが、頭の中で別の火が着いてしまった者がそこにはいた。
「凄いです! あの人気の髭のおじさんさながらですね!」
 人間の少女からであった。どうやら有名なキャラクターの戦法さながらで興奮してしまったようだ。
「その話はやめなさい。色々危ないから」
 すかさず依姫は少女に突っ込みを入れた。
「ちなみにその火を消す際には玄爺(亀)に噛まれればいいんですよね」
 突っ込まれても少女の暴走は止まらない。
「それで私は身長が半分位に縮む訳ですか……」
「ちっちゃくなった貴方も素敵ですよ~、抱きしめたい~♪」
「……全くもう」
 と、二人だけに分かる内容のやり取りをしていた。
(何言ってるのさ……)
(何言ってるのか~)
 そして、話に取り残される二人も当然いたのだ。
 そんな流れになっていたが、ルーミアは気を取り直し、構えた。
「【闇符「ダークサイドオブザムーン」】!」
 そして、更なるスペル宣言をした。
 すると、ルーミアの姿がみるみるうちに闇に消えていくではないか。まるで筆に付いた黒の絵の具をバケツの水の中に溶かすように。
「これなら、その火の明かりでも見えないでしょ~」
 まるで月の裏側が地上からは確認出来ないが如く、どこからともなくルーミアは言った。
「洒落た真似してくれますね……」
 依姫は目を細めて呟いた。その効果もさる事ながら、スペル名もまさに月の裏側に住む依姫にとって皮肉が利いたものとなっていた。当のルーミアはそのような事を狙ってはいないのだろうが。
「それならばこれですね」
 言うと依姫は心の中で太陽の神、天照大御神に呼び掛けた。そして、スペル宣言をする。
「【光符「地の底すら照らす太陽の爆ぜ」】!」
 その宣言と共に依姫は手を天にかざすと、そこに燦然とした光の塊が現出したのだ。さながらミニチュアの太陽である。
 そこから放出される膨大な陽光が辺りをまんべんなく照らしていった。そして祓われる闇。
「あれっ!?」
 驚きの声を出したルーミアが目の前にいた。完全に闇を祓われ、闇に溶けていた彼女の姿もあらわとなったのだ。
「これで最後かしら?」
「ぐぬぬぅ~」
 完全に虚を突けると踏んだルーミアのスペルも軽々と攻略されてしまった。だが、まだルーミアには奥の手が残されていたのだ。
「これが私のとっておきだよ、【闇符「ミッドナイトバード」】!!」
 例によって、十字架のポーズでルーミアはスペル宣言をした。
 だが、今回は様相が違っていた。彼女の体から、一際膨大な闇が煙のように吹き出してきたのだ。
 そして、闇の煙ははっきりとした形を取った。
 それはナイトバードと同じく鳥の姿であったが、徹底的に違うのはその大きさである。ダチョウ位の丈を持つ『怪鳥』と呼ぶに相応しい化け物だった。
「行きなさい!」
 そしてルーミアの指令を受けると、怪鳥は勇ましく羽ばたいた。そして依姫目掛けて飛び掛かっていった。
(これは大きいですね)
 依姫は心の中で呟いた。そして──これ程のスペルなら、『あれ』を試すいい機会だと踏んだのだ。
(狩猟の神『アルテミス』よ、我にその技巧の力を貸したまえ)
 それは、『日本の神』以外の神を降ろす事であった。
 八百万の神、それは文字通り800万柱もの神の事を指すのだ。そしてそれ程の数の神はさすがに日本だけが有してはいないのであり、世界各地の神々を含めるのだ。
 そして、依姫が最初に選んだ日本外の神はアルテミスだった。その理由は直ぐに分かる事となる。
 アルテミスを降ろすと依姫の側に半分人間の姿で半分獣の『獣人』というべき女神が現出し、その姿が消えると依姫の手にはエネルギーで出来た弓矢が備わっていたのだ。
 その弓矢を構えて闇の怪鳥目掛けてキリリと弦を引く依姫。狩猟の女神が弓矢の使い方を依姫に伝えてくれているのだ。
「【猟符「月の狩人の一矢」】!」
 スペル宣言と共に依姫は弦を弾き矢を放ったのだ。
 そう、依姫が初めて降ろす西洋の神にアルテミスを選んだのは、『月』と関わりのあり、『弓』を得意とするのが、彼女が敬愛する八意永琳と共通する要素が多かったからであるのだ。
 そして矢は目映い月の光を振り撒きながら怪鳥へ真っ直ぐ突き進み──遂にそれを見事に貫いたのだ。
 油に洗剤を垂らしたように円形に穴が広がっていき、怪鳥は消し飛んだ。だが矢はまだ直進していたのだ。このままでは。
「避けなさい!」
「ひっ!」
 依姫に言われてルーミアは悲鳴を上げて咄嗟にその場で屈んだのだ。その上を空気を裂きながら月の光の矢は通りすぎていった。間一髪の事であった。
「あ~、びっくりした~」
 落ち着きを取り戻したルーミアは腰を上げて立ち上がった。
「どうしますか?」
「降参、降参~。私の負け~」
 ルーミアの敗北宣言。──ここに依姫の地上での弾幕ごっこの初勝利が決まったのだった。 

 

第3話 好機

 依姫とルーミアの弾幕ごっこは、依姫の勝利という形で決着がついたのである。
「勝負ありましたね。それではこの人間の子を襲うのは諦めなさい」
「分かったよ~」
 依姫に言われて、ルーミアは渋々だが承諾した。幻想郷に住む以上、そのルールは守らなくてはいけないのだ。
「問題は一先ず解決しましたね……後は」
 そう言って依姫は人間の少女へと向き直った。そして続ける。
「もう日が暮れて来ました。今から人里を目指して行くのは危険です。なので今日は永遠亭に来るといいでしょう」
 その言葉を聞いていたてゐもそれに便乗する。
「そうだよ、うちに来なよ。夕ごはんもご馳走するからさ」
 願ってもない二人の提案を少女は受ける。だが。
「そんな、夕ごはんまでご馳走になるなんて厚かましいですよ……」
 そう少女が言い掛けた時、タイミングよくクッションに深く座り込むかのような音が辺りに鳴り響いたのだ。
 ──腹の虫。いくら口では遠慮しても、肉体は正直なのであった。
「……」
 暫し少女は赤面する。そして。
「私の負けですね。夕ごはん、ご馳走になります!」
「素直でよろしい」
 そんな少女の対応に依姫も気を良くして微笑んだ。
 そして依姫は思った。一夜とはいえ、これから同じ釜の飯を食う仲となるのだ。だから、しておかなければならない事があった。
「私は綿月依姫。貴方の名前は?」
 そう、互いに名前を知っておくべきだと思ったのだ。
 相手の名前を聞くときはまず、自分から名乗る、それが武士の心得である。
 以前月ロケットで月にやって来た者達とは本気ではなかったにしろ、仮にも『侵略』を掲げていたため名乗り会う状況ではなかったが、普段初対面の者と関わる際に依姫は自分の名を語る事を心掛けているのだ。
 名前を名乗るように言われて一瞬戸惑った少女だったが、すぐに取り直してはにかみながら言った。
「私は黒銀勇美(くろがね・いさみ)です。よろしくお願いしますね、依姫さん」
 そう言って、人間の少女──勇美はとうとう自分の名を名乗ったのだった。
黒銀(くろがね)という名字ですか。変わっていますね。まあ私の『綿月』も地上の者には余り馴染みないかも知れませんが」
 自分の事を棚に上げずに言いつつも、依姫はその珍しい名字に少々驚いていた。
 白銀(しろがね)という言葉はある。そして黒鉄と書いて『くろがね』と呼びもする。しかし、黒銀と書いて『くろがね』と呼ぶケースは中々お目に掛かれないからだ。
 だが、人の名前に執拗に絡むのは些か不謹慎と言えるもの。依姫はそれ以上の思考を止める事にしたのだ。
「それでは宜しくね、勇美」
「はいっ」
 依姫に言われて勇美は笑顔で返事をした。やはり初めて名前を呼んでもらえるというのは嬉しい事なのであった。
「それでは参りましょうか」
 ここでいつまでもぐずぐずしている訳にはいかない。依姫は予定外の客人と共に帰路に着く事にした。
「あっ、待って下さい」
 それに対して勇美は待ったを掛ける。
「どうしたのかしら?」
 少々訝りながら依姫は聞く。一体何だというのだろう。
 そう思っていると、勇美は先程まで自分を襲おうとしていたルーミアの肩に手を掛けて言った。
「この子にも夕ごはん食べさせてあげて下さい!」
 その瞬間、幻想郷の能力者が力を使った訳でもないのに、この場の時が止まった。
「えっ?」
「はいっ?」
「ええっ?」
 そして勇美以外の三人から、言葉にならない疑問の声があがった。
 ──どうやら予定外の客人は一人増えてしまったようだ。

◇ ◇ ◇

「おかわり下さい」
「おかわりなのだ~」
 ホテルのレストランと見まごう程の永遠亭の豪華な食堂で、無邪気な少女二人は夕食のカレーのおかわりの催促を同時にした。
「はいはい、どんどん食べていいわよ」
 そう言って永琳が手早く二人にカレーのおかわりをよそる。
 その様子を呆気に取られながら見ていた玉兎がいた。
 玉兎(ぎょくと)らしくブレザーのような軍服を着て、薄桃色のロングヘアーに、やはり玉兎らしくくしゃくしゃの耳。鈴仙・優曇華院(れいせん・うどんげいん)・イナバである。
「あの……勇美さんでしたっけ?」
「うむう?」
 話しかけてきた鈴仙に勇美は、継ぎ足されたカレーを頬張りながら返事をするという行儀の悪い対応をした。
「その宵闇妖怪は貴方を襲おうとしてたんですよね、それなのに今一緒に食事するって如何なものですか?」
 鈴仙は極めて真っ当な疑問を投げ掛けた。
「う~ん、そうなんですけどね~。この子、お腹空かせてたみたいだから、それを頬っておけなかったんですよね」
 その疑問に手早く答えると、庶民に中心に人気の献立であるカレーに再び食い付いてしまった。
「まあ、面白いお客さんが来てくれて退屈しなくていいわ」
 その言葉を発したのは、勇美のように艶やかな黒髪をロングにして前髪を一直線に切り揃え、洋服のような構造の着物を纏った、日本人形のように可憐な様相の──永遠亭の主たる蓬莱山輝夜である。
 さすがは大所帯の主を務めるだけの事があってか、その振る舞いは鈴仙よりも器の大きさを感じさせるものであった。
 賑やかを絶対正義と考え、静けさを求める人を軽視するエゴを持つ人は多い。だが、今夜の永遠亭が予期しない二人の来客により賑やかになり、楽しい雰囲気を醸し出していたのは事実であった。
 そのような憩いのひとときも終わりを告げた。

◇ ◇ ◇

「じゃあね~、ルーミアちゃん」
「またね~」
 永遠亭の玄関にて勇美はルーミアを見送りに来ていた。
「カレー、美味しかったね」
「そうだね~」
 そう仲睦まじく話す様は、捕食する側とされる側とは到底思えない。
「今度は私の事食べようとしないでくれると助かるよ」
「ん~、考えとく~」
 訂正。仲睦まじいやり取りの間にも補食するされる間柄の殺伐とした内容が含まれていたようだ。
 そしてルーミアは夜の竹林の中へと繰り出していった。
 彼女は妖怪であり、夜の眷属である。だから今がルーミアの『時間』であるから、そこへ送り出すのは自然な事であった。
 その様子を見守っていた依姫は安堵の溜め息をついた。──何事も起こらなくて良かったと。
 勇美が襲われかけていたのだから何事もなかった訳がないのだが、それは依姫が解決したから問題ないのだ。
 それとは別に、依姫の注意は最初にルーミアを見た時のリボン代わりのお札による封印に他ならなかったのだ。
 全てを受け入れる幻想郷にいながら、その上で『何か』を封じ込められている。これはただ事ではない。あそこには何かこの世に解き放ってはいけないものが押さえ付けられている──依姫はそう思えてならなかったのだ。
 だが一先ず問題は起こらなかったのだ。依姫はもうこの事については詮索するのを止める事にした。
 今度はもう一つの謎について知りたいのだった。

◇ ◇ ◇

 勇美は今、永遠亭の応接室に案内されて来ている。そこには依姫、てゐ、鈴仙、永琳、輝夜がいた。
「と、いう訳なんですよ。驚かせて済みませんでした」
 勇美が説明を終えた所のようだ。
 それは他でもない、彼女が竹林で見せた『鉤爪』の事であった。
 あれは勇美の能力で作り出したものであった。
 黒銀勇美の能力──それは『機械を生成し、それを変型させる程度の能力』である。
 具体的に言うと、空気中の物質を集めてそこから機械のような物を造り出し、それを変幻自在に変型させる事が出来るのだ。
「面白い能力ね、幻想郷全体を見てもかなり珍しい部類だと思うわ」
 永琳が目を細めてうっとりするかのように言った。
「でも……」
 だが今度は含みのある言い方をして続けようとする。
「分かっています」
 と、ここで永琳の言葉を遮るように、この話題の当事者である勇美が言葉を発した。
「私の能力は機械の生成と変型までで、動力を生み出す事は出来ないんですよね」
 だから自分の力で機械を動かす人力になってしまい、非力な人間の力では十分に性能を発揮する事が出来ないのだ。
「弾幕ごっこに向いてないんですよね、この力……」
 例えばルーミアに出会ってしまった時に能力で右腕に鉤爪を生成して装備していたが、それは人間の力では満足に武器として機能しないから悪あがきであったのだ。
 はあ、と苦笑しながら口惜しさを見せる勇美。その姿は愛おしくも切ない。
「それは残念ね……」
 輝夜が相槌を打った。彼女は月にいた時、地上に行けばやりたい事が見つかるというやや受動的な姿勢でいた。
 だがそれは間違いで、自分から求めないとやりたい事は巡って来ないと分かったのだ。
 だから、今目の前にいる『やりたい事』が明確な少女に対して尊敬と哀愁の念を抱いていた。出来る事なら力になりたい。
 輝夜がそんな想いを馳せる中、勇美は続けた。
「幻想郷の多くの者は私を『個人』として見てくれるから、とても嬉しいんです。だから弾幕ごっこを一緒にして交流を深めたいのですけどね」
 またしても溜め息を吐く勇美。
 この場にいる者達全員が何とかしてあげたいと思っていた。しかし、それは難しいだろう。
 そこに依姫が口を開いた。
「まあ、取り敢えず永遠亭に泊まって行きなさい。明日人里に送ってあげるから」
「はい」
 一通り勇美と永遠亭の重役達が話をした所で、一同は入浴等の準備をして寝床についたのであった。

◇ ◇ ◇

 そして勇美は初めて永遠亭での朝を迎えて目を覚ましたのだ。
 続いて顔を洗う等の準備をして昨日の夜と同じく食堂に向かったのだ。
「おはよう、勇美」
 第一声を掛けてくれたのは依姫であった。ルーミアから助けた縁もあり、昨日のあの場で内心一番勇美の事を気に掛けていたのだ。
「よく眠れたかしら?」
「お陰様でバッチリです」
 二人はそう言葉を交わした。
 それに続いて他の永遠亭の者からも勇美に向けて朝の挨拶の声があがった。
「では朝食を頂きましょうか」
「はい」
 そして一同は賑やかな朝食にありついたのだ。
 ちなみに朝食は白米と味噌汁に魚とシンプルながら味付けのしっかりしたものであった。
 そして朝食を終えた勇美は、暫しの休憩の後、てゐと共に永遠亭の玄関まで来ていた。
「それじゃあ、君を人里まで送るね」
「はい、お願いします」
「昨日はごめんね、途中ではぐれちゃって……」
「てゐさんは気にしないで下さい、私の不注意なんですから。それに竹の子はちゃんと採れましたから」
 そう、勇美がてゐの案内の元竹林を散策していたのは、ここの物は非常に美味だと評判である竹の子を採るためだったのだ。
「それは良かったよ。じゃあ行こうか」
「はい」
 そして勇美はてゐに連れられて永遠亭を後にしたのだった。

◇ ◇ ◇

 それから数日間、依姫は心の隅に何か引っ掛かるものを感じながら永遠亭で過ごしていた。
 他でもない、勇美の事だ。
 たかだか人間一人の事である。だからいちいち気にしていては幻想郷では過ごしていけないだろう。だが、依姫は何故か気掛かりで仕様がなかったのである。
(もう一度あの子に遭おう)
 そして依姫はそう決心してしまったのだ。
 狂気の沙汰である。別に元弟子である鈴仙の瞳に当てられた訳でもないのに。
 だが、決心は変わらなかった。もう一度会ってどうなると訳でもないのに。そして彼女はてゐの側まで来ていた。
「私をあの子──勇美の所まで案内して」

◇ ◇ ◇

 人里の一角にある、他と変わらない一軒の家。その外に勇美はいた。
「これで薪は全部集まったね。後はこれを慧音先生の所まで持っていけば……頼んだよ、マッくん♪」
 勇美は別に独り言を言っている訳ではなかった。話しかけている相手はちゃんといたのだ。
 それは人里では中々見ない物であった。──トラックの荷台にタイヤが付いたような造形をした、紛れもなく『機械』である。
 そして、勇美の呼び掛けに応えるかのように大量の薪を荷台に乗せた、『マッくん』と呼ばれた機械はエンジン駆動音を鳴り響かせると、タイヤを回転させ前進を始めた。
「うん、順調に動いてるね」
 問題なく起動した機械を見据えながら勇美は満足気に呟いた。後はこれを走らせて慧音先生の元まで──。
「黒銀勇美って子の家はここかしら?」
「うわっ!」
 突然自分の名前を呼ぶ声に勇美は驚いてしまった。それに合わせるかのように機械である筈のそれもエンジン音を止ませて前進を止めた。
「お久しぶりね勇美」
「あなたは確か、綿月依姫さんでしたよね?」
 そう、声の主は先程てゐに案内してもらってやって来た依姫のものであった。
「どうしたんですか、私に会いに来て?」
 竹林で助けてもらい永遠亭で一夜を共にしたものの、それだけの間柄になるかと思っていた所に会いに来てくれて勇美は嬉しかったが、その理由が分からないので疑問を口にした。
「いえ、特に理由はないのですけど、貴方の事が気掛かりでしてね……」
 そこまで依姫が言うと、すぐに目の前の異質なものに気がいく。
「ところで貴方、その機械は?」
 当然依姫の注意は先程までエンジンを鳴らして走ろうとしていたその鉄の造形物へと向いた。
「あ、この子は『マックス』。略して『マッくん』♪」
「……」
 依姫は絶句した。名前を聞いているのではないとか、自分で名付けておいてそれを略すとは八意様みたいだとか、そもそも文字数的に略されてはいないとか、突っ込みの句が脳内でミミズのように這い回るような名状しがたい事態に陥ったのだ。
「あ、ごめんなさい、意味不明でしたね」
 それを全てではないが察したのだろう、勇美は一先ず謝って仕切り直しをした。
「この子はね、私の能力で造ったの。私の能力はこの前話しましたよね」
 やはりそれしか考えられないだろうと依姫は疑問を頭の中で整理し直す。だが、それで全て解決はしなかったのだ。
「では、どうやってそれを動かしているのかしら?」
 問題はそこに行き着くのだ。勇美の能力では機械の生成と変型までしか行えず、作動させるには人力でしか出来なかった筈だ。
 その筈が、先程まで確かにこの機械はエンジン音を出して自力で動いていたのだから。
「あっ、それですね」
 勇美は合点がいったとばかりにポンと自分の手を打った。
「確かに私の能力は自力で出来るのは機械の生成と変型までですけど、動力源さえあればこの子の力で動いてもらえるんですよ。ちなみにこの子の動力源の燃料は河童の皆さんから買っています」
 そこまで聞いて依姫は合点がいった。生成と変型までしか勇美の力では行えないが、エネルギーがあればこの『マックス』とやらは機械として稼働するのだと。動物で言えば食べ物があれば良いというようなものか。
「やはり、面白い能力ですね」
 依姫は素直に感心の意を示した。
(いえ、もしかしたらこれは……)
 それと同時に彼女の頭の回転は巧みに行われ始めた。永琳お墨付きの『頭が切れる』性質が発揮されたのだ。
 そして、脳内で練り上げられた結論を声という形にし始めた。
「貴方のその力、前に動力が確保出来ないって言ってたわよね」
「はい、燃料なんていつも持ち歩いている訳にはいかないから、弾幕ごっこには不向きなんですよ」
 数日前の夜と同様に憂いを帯びた表情となる勇美。だが依姫とて人のコンプレックスを蒸し返して意地悪するような趣味は断じて持ち合わせていないのだ。そして依姫は続けた。
「その問題、解決出来そうよ」
「えっ?」
 依姫のその言葉の意味を瞬時には理解出来ず、勇美は聞き返してしまう。だが、脳の理解が追い付いてくる。
「本当ですかぁ~、私が弾幕ごっこ出来るようになるって~?」
「ええ、本当よ」
 はしゃぐ勇美を微笑ましく、かつ落ち着いて依姫は見据える。
 ちなみに盛大に飛び跳ねて喜ぶものだから、勇美の幻想郷では普段は見ないセーラー服のスカートの中身が見えるか見えないかの瀬戸際まで事は進んでしまったのだが、依姫は敢えてこの場はそれを黙認した。
「で、どうやれば私は弾幕ごっこ出来るようになるのですか?」
 ようやく落ち着いた勇美は、最大の疑問を依姫に突き付けた。
「それはね──」
 依姫は言って呼吸を整え、そして、
「私の神降ろしの力を使うのですよ」
 と、締め括った。
「えっ、それってどういう事ですか?」
 勇美は首を傾げる。当然だろう、依姫の発案は一見すると突拍子もないのだから。
「それはね、私が予め神々とコンタクトを取っておいて、私が借りた神の力を更に貴方が借りてその……マックスの動力に組み込むという方法を取るのよ」
「そんな事が可能なのですか? それにそんな事して弾幕ごっこしてもいいのですか?」
 色々飛んでいる話を聞かされて、勇美はつい質問責めしてしまう。
「ええ可能よ。それに行っても問題ないわ。幻想郷を管理する妖怪の式の九尾の狐は、更に式を使役しているしね」
 そう依姫は説明しながらも、かつての宿敵の事を例に挙げている自分に心の中で苦笑した。
「それでも、そんな事したら罰当たりなのではないですか?」
「その辺も大丈夫よ。貴方が弾幕ごっこをしたい気持ちに邪なものはありません。だから神々も快く力を貸すでしょう」
「……」
 依姫の主張に勇美は戸惑いが生まれていた。それは……。
「何故私のためにそこまでしてくれるのですか?」
 その一つの疑問に理由が集約されていたのだ。
「それはね……」
 当然の疑問を突き付けられた依姫は目をうっすらとさせ、次の言葉を紡ぐ準備をした。
「今の私があるのは、姉と師匠の存在があってこそだからよ」
 そう依姫は続けた。
「お姉さんとお師匠さんですか……」
 勇美は興味深そうに聞き返した。
「そう、要はこの二人の持つものが私に引き継がれていったというわけ。だから、今度は私が引き継がせる番、それが今だと思うのよ」
 依姫から引き継がれる役割は本来は鈴仙になるのが流れだと思われていた。しかし、彼女は戦いを恐れて依姫の元から去る事を選んだのだ。だから無理強いは出来ない。
 勇美はここまで聞いて、依姫の言わんとする事を理解し始めていた。だからこそ驚きもそれに合わせて膨れ上がっていったのだ。
「ほ、本当にそれが私でいいんですか?」
 それが真っ当な理由だろう。たかだか一人間の一人でしかない自分が依姫程の力量を持った者から何かを引き継がれるなんて大それた話だから。
 だが依姫は続ける。
「ええ、私は貴方を選ぶわ。これは私の神の力が他の人にどう使われていくのか興味があるからでもあるのよ。そして貴方は力を必要としている」
 ここで依姫は一旦言葉を区切り、一呼吸置いた。そして続け、
「これは『お互いのため』なのよ」
 と締め括った。
「お互いのため……ですか」
 勇美は思わず聞き惚れてしまった。
『お互いのため』この状況でそう簡単には出てこない言葉だろう。よく自分のために『お前のためを思っているんだ』とエゴイストが好んで使うケースが多いものだから。
 また『お互い』という言葉を持ち出す人でさえ、実際は自分の都合のいいように物事を運ぶ手段に使う場合も多いのだ。
 だが、今の依姫はそのどちらのケースにも当て嵌まってはいなかった。お前のためだとも言っていないし、勇美の意思で断れる状況を作ってさえいるのだから。
 故に勇美は思った。「この人は信頼出来る」と。
 そして今、勇美の答えは決まったのだ。
「お願いします、私に神の力の借り方を教えて下さい、依姫さん」
「もちろんそのつもりよ」
 この瞬間勇美の新たなる道の幕開けとなったのだった。 

 

第4話 野生人形

「愛宕様、私の鋼の移し身に力を授けて下さい」
 勇美はそう唱えると、愛宕様の力が彼女が作り出す機械『マックス』に取り込まれていった。
 すると、ガチャガチャと音を立ててマックスが変型を始めた。ルービックキューブのように体を構成するパーツが回転し、目まぐるしくその構造を変化させていったのだった。
 そして変型が一頻り終わるとそこには、立派な鋼の体躯のが存在していたのだ。
 それはキャタピラを持った戦車であった。だがそのボディのカラーリングは一般的な戦車のものである深緑色ではなく、マグマのように目を引く真紅色であった。
 更に戦車と違う所は、砲身が弾を撃つものではなく、大型の火炎放射機である所だった。
「いっけえ、名付けて『カグツチブラスター』!」
 そう勇美が叫ぶとマックスの砲身から轟音と共に勢いよく炎が吹き出されたのだ。
 暫し炎の息吹は続き、それを勇美と依姫は見守っていた。
「はい、そこまででいいわ」
「わ、分かりました」
 口を開いた依姫に対して勇美は答える。
「マッくん、もういいよ」
 そう勇美が自分の分身に呼びかけると、みるみるうちに炎の勢いは弱まり鎮火していったのだ。
「マッくん、今回はもう休んで。愛宕様もありがとうございました」
 勇美はそうマックスと愛宕様を労う。するとみるみるうちにその真紅の戦車は解体されていき砂のように掻き消えてしまった。
「お疲れ様でした。今日の練習はここまでです」
「ありがとうございました」
 ここは永遠亭の敷地内の大庭園。そこで勇美は依姫に神の力を借りて新たなる自分の力を使いこなす修練を行っていたのだった。

◇ ◇ ◇

「依姫様も勇美さんもお疲れ様です、お茶とお菓子を用意しておきました」
 そう言って現れたのは鈴仙であった。
「ありがとう、鈴仙」
「ありがとうございます」
 それに対して二人は言葉を返し、鈴仙に案内されて庭園から休憩室へと向かっていった。
「ああ、このお饅頭おいしい~」
「エネルギーを使った後は糖分を取るのがいいですからね」
 お茶と甘味を肴に話に華を咲かせる二人。依姫のそう察した通り、勇美は先程の練習で体のエネルギーを消費していたのだ。
 勇美の操るマックスは自立した機械ではなく、勇美の肉体の一部であるから動作させるには勇美からそれだけエネルギーを拝借する事になるのだ。
 それだと動力源という話とは何かという事になるだろう。それはマックスを動作させるには勇美のエネルギーを使い、力の源には動力源が必要という訳である。
「それにしても貴方には驚かされましたよ、ここまで神の力を借りる事の上達が早いなんて」
「それは、依姫さんと神様が力を貸してくれるからこそですよ」
 勇美は謙遜半分、本音半分でそう言った。
「それでも素晴らしいわよ」
「そ、そうですか……」
 なおも依姫にそう言われて、勇美は嬉しくて照れてしまう。
「そう、もっと自分に自信を持ちなさい」
 依姫はそう締め括った。『自信を持つ事』その言葉は勇美だけでなく、改めて自分にも言い聞かせていたのだ。姉と師の存在に加えて、その心掛けがあったからこそ今の自分があるからだ。
 依姫がそんな思いを馳せながらも、二人の憩いの一時は終わりを迎える。
「お茶とお饅頭、ご馳走様でした」
「ふふっ、今度それを鈴仙に伝えておくわね」
 依姫は嬉しそうに言った。
 そして、後片付けとなる所で近くで声がした。
「こんにちはー、永琳はいるー?」
 それは勇美にとって聞き覚えのない声であった。当然彼女は疑問に思う。
「依姫さん、誰の声ですか?」
「そういえば説明していなかったわね。私も余り会う機会がなかったからね」
 依姫がそう言う間に、その声の主は側まで来ていたのだ。
「えいりーん? って、あなたは確か?」
 そう言ってとうとうその人物は依姫と勇美の前まで現れていたのだ。
「あなたは永琳の元お弟子さんでしたっけ? 噂は聞いているわよ。月では霊夢や魔理沙達に弾幕ごっこで勝ち抜いたって」
「ぶふぅ~」
 驚きの余り勇美は吹き出してしまった。丁度お茶を全て飲み終えたところで良かっただろう。でなければ見事に漫画の如く噴出していただろうから。
「勇美、女の子がはしたないわよ」
「すびばせん……」
 だが、十分に年頃の少女としてみっともない醜態は晒してしまったのだ。見事に依姫に注意される勇美。
「でも、驚くのも無理はないってものですよ。あの霊夢さんや魔理沙さんに勝ったって!」
 勇美とて、霊夢や魔理沙の幻想郷での影響力というものは十分に認知しているのだ。だから驚きは隠せなかったのだ。
 依姫の実力はルーミアとの戦いの時に垣間見たつもりであった。だが、それは氷山の一角に過ぎなかったというのか。もしかしなくても、自分はとんでもない人に見初められてしまったのではないのか。
「どうやら大それた事のようね」
 依姫はそう言った。ここで『大した事はない』と言っては霊夢達に失礼に当たるし、何より下手な謙遜はしないのが彼女の流儀だからだ。
「本当に私で良かったんですか?」
 そんな話になっては、勇美の一旦は括った腹がここに来て再び緩みかけてしまう。
「言ったでしょ。貴方は力を必要としているし、私も貴方が神の力をどう使っていくのか見届けたいって」
「はい、そうですよね。済みません、しつこくしてしまって……」
 だが依姫に改めて言われて、勇美は緩んだ腹を再び括り直すのだった。
「あのさー、二人で話が盛り上がっている所悪いけどさー、私の事忘れてない?」
 そこでようやく、この場の三人目の者から声が掛かってきた。
「あ、ごめんなさいね。勇美、紹介するわ」
 依姫はここに来て第三者に話題を持っていった。
「この子はメディスン・メランコリー。人形の付喪神(つくもがみ)よ」
「お人形さんですか?」
 そう言って付喪神──メディスンへと視線を向けた勇美の表情はみるみるうちに綻んでいった。
 その理由は、彼女の容姿がゴシック・ロリータ、通称ゴスロリと称されるような可憐なものであり、金髪に黒いリボンまであしらわれ、体も勇美よりも幼い少女に見えるものであったからだ。元が人形なだけあり、球体関節が剥き出しである事に目をつむれば……。
「かわいい~♪」
 という反応を勇美にさせるには十分なポテンシャルを秘めていたという訳である。
 そして問題だったのが、勇美がその感情に忠実に行動を起こしてしまっていたという事だ。メディスンを抱きしめるという形で。
「な、何なのこの人間!? こら、やめんか~!」
 突然降り掛かった災難に、メディスンはもがくしかなかった。
「あ、勇美、悪い事は言わないわ。やめなさい」
 依姫はバツが悪そうな表情で勇美に呼びかけた。
「依姫さん? なんで……」
 勇美はそう言おうとした所で、異変を感じた。
「あ、何か体がだるぃ……」
 そう言ってメディスンから離れてその場でへなへなとへたばってしまう勇美。その様子をメディスンと依姫は「やれやれ」と言った風にアイコンタクトをとった後、互いに溜息を吐いたのだった。

◇ ◇ ◇

「伊豆能売よ、この者の毒を清めたまえ」
 依姫の側には世にも珍しい、巫女の姿をした神が顕現し、両手を翳して勇美に何か不可視の波動を送っていた。
「ああ、だいぶ楽になってきました~」
 横になりながら伊豆能売の力で治療を受けていた勇美は、顔色も良くなってきていた。
「馬鹿な人間ねぇ~」
 呆れながらメディスンは頭を掻いて言った。
「そう言われても聞いてませんよ、メディスンちゃんが『毒を操る程度の能力』を持った毒人形だったなんて~」
 そう、それが勇美が倒れ込んだ原因であったのだ。メディスン・メランコリーは鈴蘭畑でそれの毒に当てられながら妖怪化した人形なのだ。
「話も聞かないでいきなり初対面の相手に抱きつくあんたが悪い」
「う~っ」
 メディスンに世知辛い指摘を受けて勇美はうなだれる。
「依姫さん、何なんですかこの子は? ちょっと態度が辛辣ではありませんか?」
 勇美はぷっくりと頬を膨らませながら、直接関係ない依姫に抗議した。
「……貴方には事情を説明してもいいかしらね。メディスン、いいかしら?」
「構わないわ。寧ろ知ってもらうべきよ」
 メディスンの承諾を受けて、依姫は説明を始めた。
 それは、メディスンが人形から妖怪化するに至った経緯が、人間に鈴蘭畑に捨てられたというものであった。
 それで人間に復讐すべく『人形解放』を目論んでいる事も。だがそれを幻想郷の閻魔に『あなたは視野が狭い』と指摘された後に、人間に近い性質である永琳と友好を結び、度々永遠亭を訪れては永琳に実験のために鈴蘭の毒を渡す仲になり、丁度今日そのために永遠亭に来た事も。
 そこまでの話を勇美は真摯に受け止めていた。そして説明を受け終わると暫しの間の後に口を開いた。
「ごめんね、メディスンちゃん。そんな事情があったなんて」
「分かればよろしい」
 そんな勇美に対してメディスンは憮然とした態度を取るが、先程よりもその態度が柔らかいものになっていた。
 そして、勇美は続ける。
「私は人間だから、さすがに人形解放は応援出来ないけど、復讐心を持つななんて言わないよ」
 復讐心を抱くに至った苦しみは、本人にしか分からないからと勇美は付け加えた。
 勇美のその言葉にメディスンは面喰らってしまっていた。
「あんた、変わった事言うのね。大体の場合は『復讐なんてやめて』と言われると相場が決まっているのに」
「それはね……」
 そこで勇美は自分の家庭環境について話し始めた。
 今幻想郷の外にいる彼女の母親は支配型の人間で、勇美を自分の付属品として見ている事を。
 更に悪条件として、その母親には多大なるカリスマ性が備わっていて、彼女の周りの大人の多くは彼女に心腹してしまっており、彼等もまた勇美を母親の付属品として見ているのだ。
 勿論建前として母親や彼女の取り巻きは、『勇美のためを思っている』とか『本人の意見を尊重する』という名目を掲げるという徹底っぷりである。
 そんな本当の愛を注がれない環境では勇美に悪影響を与えているであろう。そして、その悪影響は人間に愛情を受けられずに捨てられたメディスンと似通うものとなるだろう。
「だから、私はメディスンちゃんの事ちゃんと分かってあげないといけないと思うんだ」
「あんた……」
 そんな勇美の話をメディスンは真摯に聞き入っていた。人間も自分が味わったような苦しみに晒される者もいるのだと。そう、彼女は視野を広く持たないといけないと自分に言い聞かせていた。
『分かち合い』とは互いに自分の主張を聞き入らせるエゴである場合が多い。だが今の勇美とメディスンは互いの境遇を言い合った事で、共感の心が芽生え始めていたのだ。
「そうだ!」
 そんな中、勇美は突然声をあげた。
「どうしたのよ?」
 新しい友達となりつつある人間の突然の声にメディスンは聞き返す。
「メディスンちゃん、私と弾幕ごっこしてよ」
「それはいい考えね。そろそろ貴方は戦ってみる相手が必要だと思っていた所よ」
 勇美の発案に、依姫も賛同する。初めての弾幕ごっこの相手が、新しく出来た友達であるならこの上ない好条件だろう。
 提案を受けたメディスンは暫し呆けていたが、頭の整理がついてくると口を開いた。
「分かったわ。私もあんたとなら楽しく弾幕ごっこが出来るかもと思ってた所よ」
「ありがとう~」
 互いの意見が一致した二人と依姫は、永遠亭の大庭園へと歩を進めていった。
 これが勇美の弾幕ごっこのデビュー戦となるのだ。 

 

第5話 毒VS鋼:前編

「もう始まっているのかしら?」
 そう言って今まで人里で用事があって出掛けていた永琳がその場に現れた。
「あ、八意様」
「お師匠様」
 それに気付いて依姫と鈴仙が返した。
「丁度今からですから大丈夫ですよ」
 依姫はそう永琳に安心するように言った。
 ここは永遠亭の大庭園である。先程勇美が依姫と共に神降ろしの力を使った、自らが作り出す分身の機械であるマックスの新しい運用の鍛錬を行っていた場所である。
 だが、今度は練習ではないのだ。弾幕ごっこを通した本番なのである。
「準備はいい?」
 勇美の初の対戦相手であるメディスン・メランコリーは勇美に確認をとる。
「はー、はー、はー。いつでもいいよ」
 言葉では了承の意を示しているが、どうしても態度で緊張は隠せない勇美であった。どうも正直な少女のようである。
「……リラックス、リラックス。肩の力を抜かないとうまくいくものもうまくいかないわよ」
 これから戦う相手のそんな様子に、メディスンは呆けながらも諭してくれた。
「ありがとう~、メディスンちゃん」
 敵に励まされるという痴態を晒した勇美は、そんな事も気にせずに相手の気遣いに嬉しくなって破顔した。
「そうそう、そう気張らないのがいいよ。私も出す毒の調整をして、あんたの体を余り蝕まないようにするからね」
 それが今回の戦いでメディスンが自分に課したルールであった。
 ──辛い経験をしたメディスンに対して、同じく辛い思いをしながら自分を気遣ってくれた勇美に対しての、彼女なりの敬意である。
「それじゃあ、始めようか」
「はい」

◇ ◇ ◇

「あんたは今回が初めての弾幕ごっこだから、まずは私からいくね」
 そうメディスンは宣言した。それはまがりなりにも弾幕ごっこの先輩として手本を示す意気込みからであった。
「コンパロー、コンパロー、毒よ集まれ」
「?」
 突然謎の言葉を発したメディスンに対して、勇美は首を傾げてしまう。
「それ、何かのおまじない?」
 当然勇美は聞いてしまう。
「うん、私が毒を集める時の呪文みたいなものだよ」
「そうなんだ~」
 メディスンに言われて勇美は納得する。
「別にこの呪文を唱えなくても毒を集める事は出来るんだけどね」
 その言葉が引き金となって、辺りの空気は一瞬止まった。その後勇美はギャグ漫画よろしく盛大にずっこけたのだ。その際スカートの中身が見える事はなかったのは不幸中の幸いである。
「堂々と言い切ったわね、このゴスロリ人形……」
 さすがの依姫も、この発言には頭を抱えるしかなかった。
「って八意様、知っていたのでしょう?」
「ええ、もちろん。あの子とは友人同士だからねぇ~」
 あっけらかんとそう答える師に対しても、依姫は再び頭を抱えるしかなかったのだった。
 そして、先程はしたなくずっこけた勇美は、起き上がるとメディスンに目を向けた。
 その表情はどこか清々しいものであった。何を思っての事だろう。
「うん、メディスンちゃん。その気持ち私にもわかる! 私も意味なくても前口上とか言いたくなるもの!」
 それは共感の眼差しであったようだ。考えてみれば勇美は丁度14歳である。『そういう事』を衝動的にやらないと気が済まない年頃なのだ。
 それを聞いて、依姫は三度頭を抱えた。──どうして自分の周りにはそのような者達が集まって来るのだろうと。
 隣にいる永琳は絵に描いたような天才故に、常人とは掛け離れた感性の持ち主であり、姉は姉でいつも桃ばかり追い回している体たらくである。
 そして今、自分が見初めた者やその対戦相手までもおかしい所があったのだ。もっとまともな者が側にいて欲しいと思うしかなかった。
「依姫様、気を取り直して下さい、私がいますから」
「ありがとう、鈴仙」
 救いはあった。だが鈴仙は結果として自分の元から離れていく事を選んだのだ。無理強いは出来ない。
 依姫がそのような思惑を抱いている事をよそに、切られたと思ったら再びなされた火蓋がもう一度切られる。
「毒は十分に集まったからね、じゃあ行くよ! 【毒符「憂鬱の毒」】!」
 メディスンのスペル宣言が行われた。メランコリーの意味が示す憂鬱の名を冠するスペルである。
 そして勇美にとって、初めて自分に向けられたスペルであった。
 続いてメディスンの両手から緑色の泡のような物が吹き出してきたのだ。それが自分に対してたゆたうように迫ってきたのだ。
 形だけで言えばシャボン玉に似ているだろう。だが、毒々しい色がそんな哀愁には浸らせてくれはしなかった。
「これを攻略するのが弾幕ごっこだよね」
 勇美は自分に迫る危機を前にしながら呟いた。ここで立ち向かわなければ前に進めないだろう。
(どの神様の力を借りよう……)
 ここで勇美は少し迷ってしまう。状況に応じた力を持つ神をすぐに選んで下ろす依姫をやはり偉大だと思いながら。
(相手が毒だから……そうだ!)
 暫しの迷いはあったものの、勇美は力を借りる神が決まったようだ。
「お願いします、マーキュリー様!」
 そして選び終えた神に対して呼び掛ける勇美。
 ──マーキュリー、それは盗賊、商業の神だが水星もしくは水銀を指す言葉でもあるのだ。
 それは、水銀が毒性を持つ物質だからというのが理由であった。相手が毒なら自分も毒との関係がある神を選ぼうという、目には目をというのが勇美の思う所であった。
 そして、神に呼び掛けた勇美の前に無骨な鉄の球体が顕現した。
 続いてその球体がダイヤルを回すような音を立てながら変型を始めたのだ。更に粘土細工を引き伸ばしていくかのようにどんどん何かの形を作られていった。
「できたっ!」
 ややスケールの大きい『工作』を終えた勇美は歓喜の声をあげた。
 その勇美の前にそれは立っていた。──ゲームに登場するような盗賊のような容姿である。それを金属の部品で作ったオブジェ、そう形容すべき存在であった。
「驚いたよ、それがあんたの能力って訳ね」
 一部始終を見ていたメディスンは、素直に感心した様子を見せた。
「『私』のだけじゃないよ、依姫さんと、神様の力を借りて出来た事だよ」
 その事を勇美は忘れなかったし、これからも忘れはしないだろうと思うのだった。
「それでも面白い能力だよ、でも私の『憂鬱の毒』はすぐそこまで迫っているわよ!」
 メディスンの言葉通り、勇美の眼前には不気味な緑色のシャボン玉が迫っていたのだ。
「シャボン玉なら、叩き割ってあげるわ」
 だが勇美も負けじと言い返した。そして彼女は機械仕掛けの盗賊と化した、自分の分身であるマックスに司令を出した。
 その司令を受けてマックスが懐からナイフを引き抜き、憂鬱の毒に対して振り抜いたのだ。
 パンッと弾ける音を出して割れるシャボン玉。勇美はその動作を二度、三度と続けて行わせた。
「この調子で全部割ってあげるよ……ってあれ?」
 波に乗った勇美はこのまま突っ切ろうとしたが、異変に気付いた。
「気が付いたようね」
 メディスンが得意気に言ってのける。
「一体何をしたの?」
 腑に落ちない勇美は思わず聞いた。先程メディスンの攻撃を切り落とした時から何か……そう、『憂鬱』なのだ。
「これが『憂鬱の毒』なんですね?」
「そう、私はこの勝負で体を蝕んで後まで引くように毒を使わないと決めたけど、毒の効能までは操作出来ないからね、ごめんね」
「ううん、メディスンちゃんが謝る事ないよ」
 勇美は本心からそう言う。
 自分の持てる能力を余す事なく発揮する、それを否定する理由などないからだ。その者のやれる事を押さえつける、そんなの傲慢に過ぎないのだ。
「さあどうする? 鬱のバリケードをどうやって攻略する?」
 メディスンが挑発的な物言いで勇美に呼び掛ける。こういう発言をすんなりとする辺り、勇美との弾幕ごっこを楽しんでいる裏付けなのであった。
「困ったねぇ~」
 勇美は頭を掻きながらどうしたものかと思考を巡らせるが、それはすぐに済んだようだ。
「要は、直接触れなきゃいいんでしょ?」
 言って勇美はにぱっと満面の笑みを浮かべた。
「どうする気よ?」
 そんな敵の様子にメディスンは訝った。
「こうするんだよ。マッくん、頼むね」
 そしてマックスに新たな司令を送る勇美。すると、彼は両手を腰の辺りまで引き、そこで身構えた。
「【投符「盗賊の投げナイフ」】!」
 勇美の宣言を受けると、身構えていたマックスはそこからナイフを投げ始めたのだ。そして、憂鬱の毒の一つに命中して弾き飛ばした。
 憂鬱の侵食は直接触れた時に起こる。ならば遠くから打ち落としてしまえばいいのだ。それに続いて二つ目、三つ目と、次々に魔性のシャボン玉を撃墜していったのだ。
 遂に憂鬱の毒は全てマックスのナイフの投擲によって攻略されたのだ。そして……。
「どう? 私の初のスペルカードのお味は?」
 そう、勇美にとって最初のスペル宣言となったのだ。
「やるわね」
 メディスンは素直にそう言った。そして言葉を続けた。
「それなら私からも質問するね。どう? 初めてのスペル宣言の感想は?」
「あ、はい」
 質問を返されるとは思っていなかった勇美は、一瞬どもってしまうが、すぐに続けた。
「『チョー気持ちいい』、『もしくはンギモッヂイイ』……です♪」
「はいはい、要するに気持ちいいって事ね……」
 メディスンは頭を抱えてしまった。言い換えているが、言っている事は同じだから。しかも、二つとも何かのパクりだったからである。
 その様子を見ていた依姫も同じく頭を抱えていた。だが、その一方で別の思惑も芽生えていたのだ。
(ナイフ使い……か)
 そう、かつて月で戦ったメイドの事を思い出していたのだ。あの戦いで依姫は実は弾幕ごっこのルールである『隙間のない攻撃をしてはいけない』というものを不本意ながら破る形となって、反則勝ちとなったのだ。
 だから、彼女とは再び戦わなければいけないのだ。それが依姫が地上と関わる事に決めた理由の一つなのである。
 そして、勇美の視点へと戻る。
「もう憂鬱の毒は一掃しましたよ。次はどうするんですか?」
 自信あり気に勇美は言った。初めてのスペルカード発動を決めて、興が乗ってきたようだ。
「スペル一つ攻略したからっていい気にならない事ね。お次はこれよ」
 メディスンが言い返し、そして第二のスペル宣言をする。
「【毒符「神経の毒」】!」
 その宣言をすると、メディスンの周りに黄色いボールのようなものが現出し始めた。
 それは幾何学的な様相をしていて、まるでウィルスの模型のようであった。もしくは……。
「あっ、モ○ッとボール♪」
 勇美は高らかに指摘した。そう、形容するならそれが一番てっとり早かったのである。
「随分懐かしい例えを持ち出すわね……」
 メディスンは呆れた。解答者が出題内容の巧みな罠にはまったりして気分が曇った時に穴に投げられて、番組の最後にまとめて司会者の頭上に叩き落とされたそれも、今となってはいい思い出である。
「ま、まあ、取り敢えず行きなさい。私の『神経の毒』達!」
 そしてメディスンの司令を受けた刺々しい球体は、その命令に忠実に勇美目掛けて襲いかかっていったのだ。
「なんの! もう一回ナイフで叩き落としてあげるまでだよ!」
 対する勇美も臨戦態勢となり、鋼の盗賊マックスへと再び司令を送った。
 ナイフは次々に球体へと命中して、それを打ち落としていった。だがメディスンもめげる事なく球体を現出させては繰り出していく。
 そのようなやり取りを互いに続けていった後、勇美が言った。
「神経の毒はナイフで打ち落とせるから、何度やっても同じだよ!」
 確かに順当にメディスンの弾幕を攻略していった勇美に分があるように見えた。だが当のメディスンは不適な笑みを浮かべていた。
「それはどうかしらね?」
「む~、何がおかしい~!」
 三流悪役のような、しかも間の抜けた口調の台詞を言って勇美は頬を膨らませる。
「私達の周りを見てごらんなさい」
「周りって……あっ!」
 メディスンに言われた通りにして、勇美はようやく事の真相を理解したのだ。
 ──辺り一面大庭園の地面に何かが埋まっていたのだ。そう、それは他でもない『神経の毒』であった。
 打ち落としたと思っていたそれだが、実際はナイフに貫かれても破壊される事なく、その場で地面に落ちて残存していたのだ。
「まあ、気にせず歩いてもいいわよ。踏んで神経にダメージを負っても構わないならね」
 ここまでを見ていた依姫は思っていた。これは確実に、周りに目を向けるのを怠ってしまった勇美のミスだと。
 だが、勇美にとって初の弾幕ごっこであるのだ。だからそれを責めるのは酷だという結論に達していた。
「でも、それならメディスンちゃんだって条件は同じじゃない?」
 勇美は一見もっともな意見を言った。
「馬鹿ね、蛇が自分の毒で死ぬ訳ないでしょ♪」
「ですよね~」
 しかし、現実は非情であった。それに対して勇美は苦笑いするしかなかったのだった。
「だけど、罠を張っただけじゃ芸がないから、追加でやらせてもらうよ」
 そう言うと、メディスンは毒を自分の周りに放ち、それを変型させていった。
「行きなさい、ポイズンビー!」
 スペルカードではないメディスンの攻撃が発動された。文字通り蜂の形をとった毒の塊が勇美目掛けて襲い掛かる。
「参ったねぇ~」
 勇美は頭を掻いて、困った様子を見せるが……。
「な~んちゃって♪」
 それが一転して、舌をペロッと出して悪戯っ子のような振る舞いを見せた。
「!」
 これにはメディスンも面食らってしまった。だが、すぐに冷静さを取り戻す。
「ふん、負け惜しみなんて見苦しいわよ。地面には神経の毒、あんたの目の前にはポイズンビー、この完璧な布陣をどう攻略するっていうの?」
「こうするんだよ」
 そう言った勇美は再びマックスの動力となっているマーキュリーに呼び掛けた。
「マーキュリー様、あなたの優れた脚捌きを貸して下さい!」
 その言葉の後に、盗賊の形を取っていたマックスは一気に分解され、空気中に四散した。
「! 自分の戦闘手段を壊すなんて何考えてるのよ!?」
 初めて『それ』を見るメディスンは、思わず取り乱してしまった。
「まあ、慌てないでね」
 諭すように言う勇美。それに続くかのように分解された筈の機械の断片が再び集まってきたのだ。
 段々と形作られていったそれは、形容し難い様相をしていた。例えるなら、ダチョウの長い脚を更に長く引き延ばし、首の部分を排除したものをイメージしてデザインされた機械のようであった。そして、首が生えているべき箇所からは、砲門が一つ備え付けられている。
「変型した……」
 その目を引く現象に、メディスンは狐につままれたように呆けていた。
「そう、変型だよ。これが私の機械を生成し、変型させる能力ってわけ。じゃあいくよ」
 屈託のない表情で勇美は説明し終わると、続けてスペル宣言を行った。
「【速符「エルメスの靴」】!」
 勇美の宣言を受けると、歪な金属のダチョウとなったマックスはその逞しい脚を一気に振り上げた。するとメディスンが放った毒の蜂の群れは、呆気なくその一撃で消し飛んでしまった。
「ええっ!?」
 当然メディスンは驚いてしまった。だが、気を持ち直して言う。
「だけど、神経の毒はどうするのさ? これがある限りあんたは自由に動き回れないんだからね!」
「それも大丈夫♪」
 その指摘を受けても、勇美は余裕の表情であった。
「エルメスの靴の真骨頂はこれからだよ! 頼んだよ、マッくん!」
 そう勇美が合図をマックスに送ると、彼はダンッと勢い良く地面を踏み締め、そして駆け出したのだ。
(速いっ!)
 メディスンはそのマックスの速度に驚愕するが、まだ状況は自分の方が有利だと認識していた。
「いくら速くても、神経の毒を踏んだら意味がないよ!」
「問題ないよ、見ててね」
 言うと勇美はマックスに更に命令を送った。刹那、陶器が割れるような耳障りな音が大庭園に響き渡ったのだ。
「? 何があったの……って、あっ!?」
 音がした後にメディスンが確認すると……、そこには強靱なマックスの脚で踏み砕かれ、粉々になった神経の毒があったのだ。
「気付いた? この『エルメスの靴』に掛かれば毒の地雷なんて屁でもないんだよ。さあマッくん、一気に畳み掛けちゃって!」
 勇美に司令を送られたマックスは勢い付いて辺りを俊敏に駆け回り始めた。
 それにより次々に踏み砕かれる神経の毒。更にマックスの猛攻はそれだけに留まらなかったのだ。
「マッくん、ビーム発射!」
 勇美の言葉を受けて、マックスの砲門からエメラルドグリーンのビームが撃ち出されたのだ。そして見事にメディスンに命中する。
「きゃっ!」
 攻撃を受けて、メディスンは思わず悲鳴をあげてしまった。
 そして機械ダチョウ マックスの猛攻は続いていった。俊足で駆け巡っては神経の毒を踏み砕き、余裕があればビームでメディスンに攻撃を仕掛けていったのだ。
 勿論メディスンは弾幕ごっこにおいて勇美より上である。だから幻想郷に生きる少女らしくビームはかわす事に専念した。
 だが、如何せん『エルメスの靴』の力を発揮したマックスの速度は速かったのだ。だからビーム攻撃の内、三回に一度は被弾してしまったのである。
「最初の弾幕ごっこでここまでやるなんて、やっぱり勇美は凄いわね」
 観戦していた依姫が感心しながら言った。
「私もそう思います。驚くべき子ですね」
 依姫に返すのは鈴仙であった。彼女は依姫の元で訓練を積んだ玉兎であり、かつその中でも優秀であったから、勇美の飲み込みの早さが如何ほどのものなのか分かるのである。
「はあ……はあ……」
 マックスの猛攻を受け続けたメディスンは息があがっていた。人間より耐久力の高い妖怪と言えど、ここまで攻められると堪えるものがあるようだ。
「エルメスの靴のお味はどうかしら?」
 毒の地雷を全て撤去し、その主にも相当の攻撃を加えた勇美は得意げに言ってみせた。
「はあ……、はあ……、さすがにキツいわね」
 メディスンは正直に今自分が置かれている状況の感想を言う。
「だから、強制的にご退場頂きたいわ」
 そう言いながらメディスンの表情は不敵で凍り付くかのようになる。
「!?」
 その只ならぬ雰囲気に、思わず勇美は唾を飲んだ。そして更なる異変に気付いた。
「マッくん!?」
 勇美は先程華やかな戦果を飾った自分の分身に異常を感じた。──彼の体から電流が漏れ、ショートしていたのだ。 

 

第6話 毒VS鋼:後編

 勇美にとっての初の弾幕ごっこ。それは『エルメスの靴』の力を発揮したマックスによって彼女の優勢に進んでいたのだ。
 だが、先程までメディスンを翻弄し多大な活躍をしていたマックスがショートを起こしていた。
 一体何が!? 勇美はそう思ってマックスを隅々まで見た。すると、いつの間にか彼の体に深々と刀身が真っ黒に塗られたナイフが刺さっていた。
 そしてマックスはその場で支えを失ったかのように倒れ込むと、地面に激突して派手に金属の破片を撒き散らして砕けたのだ。
「うっ……」
 更に自分の分身を解体された事により、勇美本人にもダメージがフィードバックされた。
「一体何が……?」
 ダメージに耐えつつも、状況が飲めず疑問を口にする勇美。
「【暗殺「デスポイズン」】……」
 メディスンが戦慄する勇美に答えるように、スペル名を言ってのけた。
「最近編み出したばかりのスペルだから、後に取っておきたかったんだけどね。あんな攻撃するような奴に出し惜しみは出来ないからね」
 メディスンは微笑を浮かべながら淡々と言う。
「マッくんに何をしたの……?」
「このデスポイズンはね、ナイフ型の毒を生成するスペルなのよ。そして刺さった相手は『命を奪われる』事になる、文字通り『死の毒』よ」
「な、なんですってー!?」
「はいはい、落ち着いて。そんな地球外勢力に立ち向かう漫画みたいなあからさまに大げさなリアクションしないで」
 折角格好良くスペルの説明を決めようと思っていた矢先に、勇美に水を指されてやるせない気分にメディスンは陥っていた。これじゃあ、憂鬱になってるのは私じゃないのよと心の中で自虐していた。
「安心しなさい、これは生き物の命を奪いえるような毒ではないから。だけど、生き物じゃない物の命は刺さったらそこで終わるから気を付けるようにね」
「つまり、物に刺せばそれだけで壊す事が出来るって事?」
「平たく言えばその通りね」
「……厄介だね」
 勇美は顔に冷や汗を浮かべて、正直に驚異である事を打ち明けた。
 それを見ていた永琳は感心していた。
「驚いたわね、あんなスペルは今まで見た事がなかったわ。うん、腕を上げたのね」
 しみじみと感慨深く呟く永琳。
「だけど、それは同時に勇美ちゃんにとって運が悪かったって事ね。さて、ここからどう切り抜けて見せるのかしらね?」

◇ ◇ ◇

「さあ、さっきの厄介なダチョウもやっつけた事だし、このまま攻めさせてもらうわよ!」
 再び自分のペースに引き込んだメディスンは、興に乗っていた。そして勢いよく息を吸い込み始めた。
「【毒符「ポイズンブレス」】!」
 新たなるスペルの宣言をするメディスン。それに続いて先程吸い込んだ息を少しずつ吐き出したのだ。
 すると彼女の口から毒が勢いよく噴射され始めた。そしてその勢いは留まる様子はなかった。
「うわっ!」
 当然その光景に勇美はうわずった声を出して驚いてしまう。そんな最中にも容赦なく毒の息は濁流の如く彼女に迫っていたのだ。
(どうすれば……?)
 絶体絶命の勇美。だがそこで、自分に新たな道標を与えてくれた依姫の事を思い起こしてみた。
(こんな時、依姫さんならどうする……? そうだ!)
 勇美はそこで何か妙案を思いついたようだ。
「石凝姥命よ、やたの鏡の力を私に貸して下さい!」
「!?」
 これには依姫は驚いた。自分が力を使った石凝姥命をこのタイミングで勇美も借りるのかと。
「何をする気!?」
「マーキュリー様よ、やたの鏡の力を受けて、新たなる加護を見せて下さい!」
 勇美はメディスンの質問には直接答えずに唱えた。
「【水鏡「ウォーターベール」】!!」
 その勇美の宣言に続き、彼女の周りに水の膜のドームが現出したのだ。
 そしてメディスンのポイズンブレスがそこに当たった。
「そんなチャチな膜、このポイズンブレスが破ってあげるわよ!」
 意気込むメディスン。だが一行にポイズンブレスはその水の盾を突破する事はなかったのだ。
 ぶよぶよとスライムのように変幻自在に毒を受け止め、主である勇美の元へは断じて行かせまいとしているかのようであった。
「くっ、打ち止めね……」
 そして、とうとう毒の流動は止まった。勇美と彼女が借りた二柱の神の力がこの我慢比べに勝ったのだ。
「やったー、持ちこたえたよ。石凝姥命、やたの鏡の力ありがとうございました」
 勇美は危機を乗り切らせてくれた石凝姥命を労い送還した。
「神の力の複合……驚いたわね」
 勇美の奮闘を見守っていた依姫は目を見張っていた。確かに自分も神の力を同時に借りる事は出来る。だが、それを勇美が初の弾幕ごっっこでやってのけ、更に自分流に力の使い方をアレンジした、その事に依姫は驚きを隠せないのだった。
 そして、勇美を守っていた水のバリアは役目を終えたと言わんばかりに溶けるように掻き消えていったのだ。
「これで、ドローだね」
「そうね」
 お互い猛攻を阻止し合って、勝負は振り出しに戻ったのだ。両者ともダメージを受けている事を考慮してでもある。
「じゃあ、次は私から行くね!」
 そう宣言したのは勇美であった。そして呪文を唱え始めた。
「マーキュリー様、私に水のように変幻自在な刃を貸して下さい」
 勇美が言い終わると、彼女の手から液体が吹き出し始めたのだ。それも鮮やかな銀色をしたものが。
 それは飴細工のようにどんどん引き延ばされていくと、勇美の手に刀の形になって握られていたのである。
「【曲符「水銀刀」】……」
 そして勇美は自分が作り出した武器の名称を言った。
「刀……ね」
 その得物を見ながらメディスンは呟いた。どこか気の毒そうに。
「いい刀だと思うけどね、人間のあんたには持て余す代物じゃないかしら?」
 それがメディスンの見解だった。いくら精度の高い得物があろうとも、使うのが人間、それも妖怪退治のような訓練を受けていない者が使えば宝の持ち腐れだろうと。
 だが、勇美とてその事は百も承知だったのだ。何しろその事で今まで苦汁をなめてきたのだから。
「分かってるよ、私にはお侍さんのように格好良く普通に刀を振り回す事なんて出来ないのは」
 どこか憂いを含んだ表情で勇美は言う。
「だから、私は私のやり方でやらせてもらうよ!」
 高らかに言った後、勇美は大きく手に持った刀を振りかぶった。するとその刀身は鞭のようにしなり、長く伸びたではないか。
「食らいなさい!」
 勇美はそう叫ぶと、その刃の蛇をメディスン目掛けて打ち下ろしたのだ。
「!!」
 予想をしていなかった刀──と、もはや呼べる代物ではない──の軌道にメディスンは翻弄され、その攻撃を許してしまった。
「きゃあっ!」
 刃に斬り付けられ、メディスンは悲鳴をあげた。
「それそれそれー!」
 勢いづいた勇美は、その化け物刀を水を出して放置したホースのように巧みに暴れさせていった。
 そして、その刃は何度もメディスンの体を斬り付けていく。
「それそれー、どう? おばかさぁ~ん?」
「勇美……字が違うわよ……」
 調子づく勇美に対して、依姫は呆れてしまっていた。それだと寧ろ相手の方が人形だ等とどうでもいい突っ込みが脳内で再生されてしまうのだった。
「あ、ちょっと一休み」
 液体金属の鞭を暴れさせていた勇美は、ここで疲労を感じたのだ。やはり人間には肉体に限界があるのである。得物を持った手を引くと、みるみるうちに伸びきった刀身は縮まり元の刀の形を取ったのだ。
「助かったぁ……」
 弄ばれていたメディスンは、嵐のような猛攻が止みほっと一息ついた。
「うん、疲れたからね……」
 勇美はやや呼吸を乱しながら呟いた。
「無理はしない方がいいよ」
 そんな勇美に対してメディスンも優しく言う。しかし……。
「あんたが攻撃の手を休めたのが命取りだよ♪」
 にんまりと満面の笑みを浮かべながらメディスンはのたまった。
「ですよね~」
 当然こういう事態が来るものだと、勇美は心の中で嘆くしかなかったのだ。
 そんな勇美の心境に構わず、メディスンは口を開いた。
「まずは、さっきの『デスポイズン』ね」
 メディスンはスペル宣言すると、彼女の右手に髑髏の紋様が浮かんだと思うと、そこには先程の黒塗りのナイフが握られていたのだ。
「うわあ出た……」
「そんな露骨に嫌な顔をしなくても……」
 メディスンにそう言われても勇美は、嫌なものは嫌なのであった。『物の命』を奪うその毒のナイフは、機械という物を使役して戦う彼女にとって生理的な嫌悪すら与えるのだ。
「でも、この水銀刀に刺すのは難しいんじゃない?」
 冷静さを少し取り戻した勇美は、そう指摘した。確かに刃に刃を刺すのは至難の技だろう。
「残念ね、今度はこのデスポイズンだけじゃないわ」
 その言葉に続けてメディスンは説明をし始める。
「これから使うスペルはね、相手を狂わせるのが主な使い方なんだけどね、あんたとのこの勝負にはしつこく相手を蝕む形では毒は使わないって決めてるからね。
 『自分を興奮状態にする』ために使わせてもらうわよ」
 そう断ってから、メディスンはスペル宣言をした。
「【譫妄「イントゥデリリウム」】!」
 メディスンがそのスペルを宣言すると、彼女の左手にコーラのような外見の液体が入った瓶が現出した。
「うわあ、美味しそう。私もそれ飲みたい~」
 初のスペルカード戦で喉も乾いていたのだろう。勇美はコーラは体に余り良くないとは思いつつも、肉体が欲しがってしまうのだった。
「だから、あんたに飲ませちゃこの弾幕ごっこの流儀に反するんだって」
 メディスンは首をぶんぶんと横に振って言った。
「う~、ケチぃ~」
「ケチとか言うな、人聞きの悪い」
 やたら絡んでくる勇美に対して、メディスンはあしらうのが億劫になってくる。そこで至った結論は。
「飲んでしまえばこっちのものでしょ」
 単純な理論であった。それを実行するためにメディスンは瓶の蓋を外して一気に飲み始めたのだ。
 ごくごくと喉を鳴らして飲むその様は見応えがある位だ。いささかメディスンのような見た目幼い少女には不釣合ではあるが。
「抜け駆けは許さないよメディスンちゃん……って」
 まだ諦めの悪さを見せる勇美であったが、ようやく異変に気付いたようだ。
 体から得体の知れない気迫とオーラを醸し出しながら、メディスンは息を荒げていた。そして豹変した彼女は口を開く。
「オクレ兄さーん!!」
 ヤバい薬であったようだ。勇美は断じて飲まなくてよかったと運命に感謝したのだ。彼女はレミリアとは面識がないが、それに感謝せずにはいられなかった。
「ヒヒヒヒヒフフフフフフフあんた」
 勇美は戦慄した。メディスンの発する言葉が、もはや意味を成していなかったからである。そしてメディスンは黒塗りのナイフを片手に勇美目掛けて突っ込んで来たのだ。
「うわあ、来た!」
 勇美は更におののく。今までメディスンは毒を使っての遠距離攻撃に徹していたからだ。それが今自分の体を使って迫って来るではないか。
「ハアアッ!」
 そして掛け声と共にメディスンの手に握られたナイフ──デスポイズンが振り下ろされた。
 いくら生き物の命は奪わないものであろうとも、れっきとした得物である。これで斬られたらダメージは免れないだろう。
「くっ!」
 迷わず勇美は水銀刀を再び鞭のようにしならせ、その攻撃を弾いたのだ。
「シャアアッ!」
 だが暴走状態となったメディスンはそれで止まる事はなかった。怯む事なく第二撃が放たれる。
 しかし、勇美もめげる事はなかった。彼女も銀色の蛇の刃を巧みに捌き、黒い刃との打ち合いを何度も行っていった。
 ホームランのような小気味良い音が続けて奏でられていった。だがそれも終わりを迎える事となる。
 キィィンと一際甲高い音が鳴ったかと思うと、メディスンからデスポイズンが弾かれ手から離れたのだ。
「やった……」
 勇美はその手応えに思わず呟いた。しかし。
「あれっ……?」
 勇美の手により暴れていた水銀刀が砂のようにパラパラと崩れていくではないか。見ればメディスンの手から離れたデスポイズンが巧みにそれに刺さっていたのだ。
 そして水銀刀は完全に砂と化してしまったのだ。すると支えの無くなったデスポイズンは地面に落ちると、自分の役割は終わったと言わんばかりにぶくぶくと泡を吐き出しながら溶けてしまった。
「相討ちみたいね……」
 その声はメディスンのものだった。
「メディスンちゃん、元に戻ったんだねぇ~」
 思わず嬉し泣きする勇美。
「……何も泣く事はないでしょ?」
「だって怖かったんだもん」
 呆れるメディスンに対して勇美は反論する。
(イントゥデリリウムを自分に使ってどうなっているか自分で確認した事ないけど、そんなに怖いのかな……)
 少し反省するメディスン。
「だけど、これで仕切り直しには違いないよね」
「うん、そうだね」
 その事を互いに確認し合う二人。
「私のスペルも残り一つだし、あんたも体力は限界だろうし、多分次で最後になるわね」
「……そうだね」
 メディスンに指摘されて、勇美はその通りだと痛感した。刃の鞭は刀を振るうよりは力が要らないものの体力を使う事には変わりなかったし、自分の分身であるそれを破壊された事でダメージも負ったのだから。
「だけど、確実に後がない私から行かせてもらうからね!」
 そう言ってメディスンは両手を広げて予備動作を行った。
「【霧符「ガシングガーデン」】!!」
 そしてメディスンのこの勝負最後のスペルが宣言されたのだ。
 するとメディスンの体から毒の霧がジェット噴射のように吹き出してきた。
「凄い……」
 その目を引く光景に呆気に取られる勇美。
「驚くのはまだ早いよ!」
 そう言うメディスンの体からは、更に止めどなく毒霧が溢れ出していったのだ。
 そして気付けば大庭園が丸ごと、悪趣味な色の霧に覆い尽くされていた。
「この毒で私をなぶる気でしょ! エロ同人みたいに!」
「いや、そんな同人漫画余りないって……」
 毒霧を出し終えたメディスンだが、疲労感の原因はそれだけではない事を頭を痛めながら噛み締めるしかなかった。
「安心しなさい、今回はあんたを蝕むように毒は使わないって何度も言ってるでしょ」
「それなら安心だね」
 メディスンに諭されて、勇美はペロっと舌を出して茶目っ気を出して言った。
「本当に安心していいのかな?」
 不敵な笑みをたたえながらメディスンは言う。
「それってどういう……」
「周りを良く見てみなさいよ」
 言い終える前にメディスンに指摘されて漸く勇美は気付き、はっと息を飲んだ。
 周囲は不気味な霧で覆われて、ほとんど視界が通らなくなっていたのだ。
「周りが見えない……」
「どう、気付いた? これであんたは動き回るのは困難になったって事よ」
 憮然とした態度でメディスンは言う。だが勇美はここである事に気付いた。
「でも、これじゃあメディスンちゃんも辺りを見回せないんじゃないの?」
 これは好機かと思って勇美は言った。だが現実はそこまで甘くはなかったようだ。
「残念ね。この霧は私の力で作っているのよ。問題なく私はこの中で動けるわ」
「ですよね~」
 抜け道を見つけたと思ったら、あっさりそれを潰されて勇美はうなだれた。
「じゃあ、行かせてもらおうかしら?」
 そう言ってメディスンが臨戦態勢に入ったのが、姿が見えなくなっていても分かった。
(どうすれば……?)
 視界を塞がれ標的にされた勇美は焦り始めた。
「勇美、落ち着きなさい」
 そこに目の前の敵であるメディスンとは違う声が掛かる。
「依姫さん……?」
 勇美は呟く。そう、彼女の言葉が示す通り、声の主は依姫からのものだった。
「あなたには八百万の神の力がついているのよ。だから落ち着いて対処すれば解決出来るわ」
「……」
 依姫の言葉に勇美は聞きいった。その最中、依姫は今の自分の行為は神聖な勝負において些か邪道であるなと思っていた。
 だが、勇美にとって初の弾幕ごっこなのだ。これ位の支えを与えても罰は当たらないだろう。それに最後に解決するのは神の力を借りた勇美自身なのだから。
「ありがとうございます、依姫さん。お陰で落ち着けました」
 そして当人の勇美も調子を取り戻していったようだ。
「この霧を吹き飛ばせでもしたら……そうだ!」
 勇美は妙案を思い付いたようだ。後はそれを実行に移すだけである。
「風神様、私に力を!」
 そう勇美が呼び掛けると、大袋を持った青い肌を持つ鬼の神が現出し、そしてかき消えた。
 そして勇美の側の中空に湧き出る機械の塊。それがメキメキと音を立てながら次々に体のパーツを増やしていき、徐々にその姿を明らかにしていったのだ。
 それが終わり完成したのは……。
「扇風機……?」
 思わずメディスンが呟いた。その言葉通りその機械は扇風機のようであった。
 しかし、その規模は家庭用の扇風機と比べて一回り大きく、言うなれば業務用の送風機さながらである。
「じゃあ行くよ」
 そして勇美は風神の力を取り込んだマックスに頭の中で司令を送った。
 そして、思い描いたスペル名を口に出す。
「【空符「倒し難き者の竜巻」】!!」
 勇美のスペル宣言を皮切りに、その送風機は徐々にファンを回し始めた。
 回転はどんどん速くなっていき、ブゥーンという重厚な音を奏でていったのだ。
(まずいっ!)
 そのただならぬ力量ひメディスンは危機的なものを感じた。そして行動に出る。
「その扇風機、壊させてもらうわよ! 『デスポイズン』!」
 そう宣言し、この戦いで何度も活躍している『物殺しのナイフ』を手に持ち、メディスンはマックス目掛けて飛び掛かった。
「残念、壊しに掛かるのが一足遅かったみたいだね。マッくん、頼むよ」
 勇美がマックスに司令を出すと、彼はその体をメディスンに向けたのだ。
「!!」
 そして飛び掛かって来たメディスン目掛けて──大規模な送風が浴びせられた。
「きゃあああっ!!」
 風の猛攻を受けてメディスンは悲鳴をあげながら吹き飛ばされてしまった。そしてしたたかに地面に体をぶつけてしまう。
「まだまだいくよぉ~。マッくん、この厄介な霧を吹き飛ばしちゃって~!」
 マックスはまるで『承った』と言ったかのような雰囲気を醸し出した後、送風量を更に高めたのだ。
 すると、その風は小型の竜巻位になった。小型といえども庭園で起こすには十分に大規模なものであったのだ。
 その竜巻にガシングガーデンで生み出した毒霧は余す事なく取り込まれてしまった。そして霧の薄暗さはなくなり、竜巻により辺りの視界は乱れていた。
「もういいかな? マッくん、ありがとう」
 勇美の言葉を受けるとマックスは徐々にファンを回す速度を緩め、送風を止めていったのだ。
 すると段々竜巻は止み、辺りはすっきり晴れ渡った庭園が見渡せるようになったのである。
「マッくん、戻っていいよ。風神様、ありがとうございました」
 勇美がそう言うとマックスから神の気配が抜け落ち、彼の体がパーツに分解されてかき消えたのだ。
「さて……」
 そして勇美はメディスンに向き直り、彼女に呼び掛けた。
「まだ弾幕ごっこ続ける?」
 あぐらをかいてどこか不貞腐れたような振る舞いをしていたメディスンは、その言葉を聞くと憑き物が落ちたように爽やかな表情となり、
「いいや、完敗。私の負け」
 と言い切ったのだった。余談だが「何回やっても何回やっても」毒霧は吹き飛ばされるから無意味という台詞付きであった。
「やった、勝った~♪」
 初の弾幕ごっこ勝利に勇美は歓喜したのであった。 

 

第7話 探求の心

 黒銀勇美の初の弾幕ごっこは、彼女の勝利という形で幕を閉じたのだった。
 その喜びに、盛大にはしゃぐ勇美。
 いかなる時も初陣を勝利で飾れるとは限らないのだ。だから、今回の勇美の勝利は彼女にとって大きなプラスとなるだろう。
 だが、いつまでも一人で喜んではいられないだろう。勇美は興奮を段々押さえていくと、視線を自分と戦ってくれた相手──メディスンに向けたのだ。
「メディスンちゃん、私と弾幕ごっこしてくれてありがとうね。いい戦いだったよ」
 そう、自分の勝利にばかり浮かれるのではなく、向き合ってくれた相手を労う事も忘れてはいけないだろう。
 言われてメディスンも笑顔になり、
「どう、初勝利の味は? 『勇美』?」
 と、勇美の奮闘を称えるのであった。
 自分との戦いで負けた相手が褒めてくれて勇美は嬉しくなった。更に彼女は『それ』を聞き逃しはしなかったのだ。
「メディスンちゃ~ん、やっと私を名前で呼んでくれたんだねぇ~♪」
 勇美はそう舞い上がり、気付けばメディスンに抱きついていたのだった。
「初勝利、最高だよぉ~♪ ……ってあれ?」
 ばたん。そしてまたメディスンの毒を体に受けて倒れるという、ギャグ漫画の王道のような『お約束』をかます勇美であった。

◇ ◇ ◇

「伊豆能売よ……はい、またなんですよね、頼みます」
 前回のように伊豆能売を呼び出し、彼女の力で勇美の毒を浄化していく依姫。そして、それにより勇美は顔色が良くなり目を覚ましていった。
「あっ、おはよう……」
 寝ぼけ眼で勇美が目覚め、そして状況を把握した。
「依姫さん、伊豆能売様、手間かけさせてすみません……」
 苦笑いで取り繕う勇美。それに対して依姫は、溜息を吐きながらも言った。
「全く……。でも最初の弾幕ごっこを勝利で飾ったのですから、少し浮かれても多めに見ましょう」
「ありがとうございます……」
 依姫に言われて、苦笑いだった勇美も表情が柔らかくなる。
「勇美もお目覚めみたいだし、私は鈴蘭畑に帰るわね」
(メディスンちゃん……?)
 もしかして、私が眠っている間中ずっと側にいてくれたの? 勇美はそう思ったが口には出さなかった。
 軽く憎まれ口を叩かれ誤魔化されるのがオチだからであった。俗に言う『ツンデレ』という概念である。
「じゃあね、二人とも」
 そしてメディスンは永遠亭を後にして帰路に着いたのだった。
「それでは私も用がありますから、勇美はしばらくここでゆっくりしているといいわ。疲れたでしょうから」
 依姫もそう言って休憩室を後にした。
(……)
 その様子を勇美は何か思う所があるように、じっと見つめて見送ったのだった。

◇ ◇ ◇

 そして休憩室に残った勇美は、疲れた体を休めながらひたすら時間を貪っていた。
「う~ん、平和~♪」
 楽しく弾幕ごっこをやるのもいいが、何事もなく過ぎる時間もたしなむ程なら心地良いものである。そう勇美は思った。
「あ、勇美ちゃん調子はどう~?」
 そこに誰かがやって来た。
「あ、八意先生(やごころせんせー)
「勇美ちゃん、私の事そんな呼び方するの……?」
 まるで魔人探偵のパートナーと殺せない教師を足したみたいで、これどうなのと思う永琳だった。作者が同じだからってそれはないだろうとも。
「永琳でいいのよ」
「いえ、依姫さんが八意様って呼んでいるのに影響されてしまいましてね……」
「そう、なら仕方ないわね」
 どうやら永琳の方が折れる事にしたようだ。依姫は勇美に新たな道を与えた者である事は彼女も承知だから、彼女を慕う勇美の事を考えての事である。
「それで、体の方はどうかしら?」
 気持ちを切り替えて、改めて永琳は勇美に聞いた。
「はい、毒の方も疲れの方もバッチリ抜けました」
 ニカッと爽やかな笑みの元、勇美は返した。
「そう、それは良かったわ。医者として気になっていたからね」
「お気遣いありがとうございます」
 そうやり取りをした後、永琳は手に盆ごと持っていたものをテーブルに置く。
「喉渇いたでしょう、良かったらアイスティー飲んで」
「いいっすねぇ~」
 タメ口? 永琳は思った。しかもこの台詞をいったので更なる嫌な予感が彼女を襲っていた。
「睡眠薬は入っていませんよね?」
 やっぱり来やがった。いくら自分が薬に精通しているからって、疲労困憊の子に睡眠薬を盛ってたまるか。しかも自分には同性愛の気はない。
「そういう事言うなら飲まなくていいわよ」
「いえ、丁度飲み物欲しかった所なので、ありがたく頂かせてもらいます」
 冗談めかして言う永琳に対して、勇美は少し焦りながらアイスティーの入ったコップを持つと、美味しそうに飲み始めた。
「正直な子で可愛いわね」
「ちゃ、茶化さないで下さい……」
 アイスティーを飲みながら顔を赤くして縮こまる勇美のその様相は、さながら小動物のようであった。
 その最中、勇美は思っていた。さすがは依姫さんのお師匠様だと。あらゆる面でこの人には勝てないと、まだ未熟な感性ながらも彼女は察するのだった。
 そして勇美はアイスティーを飲み終わる。
「ぷは~、ごちそう様でした~」
 喉を潤し、火照った体を程よくクールダウンした勇美は満足気に言った。
「ふふっ、お粗末様」
 その様子に永琳も気分が良くなったようだ。
「それじゃあね、勇美ちゃん。私はこれで……」
「あ、待って下さい八意先生」
 永琳も退室しようとなった時、勇美は咄嗟に彼女を呼び止めたのだ。
「どうしたのかしら?」
 引き止められて気を悪くした様子もなく、永琳は笑顔で勇美に答える。
「あの……」
 勇美は永琳を呼び止めたはいいが、その先の台詞を紡いでいいか暫し迷ってしまった。それは本当に聞いていい事なのか不安があるからだ。
「何? 構わないで言ってごらんなさい」
「あ、はい……」
 しかし、もう永琳を呼び止めてしまったのだ。だからもう後には引けない、勇美は意を決してその言葉を口にした。
「八意先生、依姫さんってどんな人なんですか?」
「……」
 勇美の言葉を聞いて永琳は暫しその内容を脳で受け止め、そして答えを紡ぎ出した。
「それは、彼女が勇美ちゃんへの接し方そのもので分かるんじゃないかしら?」
 にっこりと微笑み永琳は言う。あなたと依姫は良好な関係を持ち始めた、それが答えなんじゃないかと。
 だが、勇美が聞きたい要点はそれではなかったのだ。
「はい、私に依姫さんはとても良くしてくれます。でも、私が聞きたいのは依姫さんが他の人にどう接しているかという事なんです」
 勇美のその言葉全てを聞き終えた永琳は朗らかな表情を保ちながらも、疑問を浮かべたものとなっていた。
「どうしてそういう事を聞くのかしら?」
「それは……」
 永琳に言われ、勇美はその質問に至った理由を話し始めていった。
 それは勇美の家庭とその周辺の環境にあった。前に勇美が話した通り、彼女の母親は高いカリスマ性を有し我が子を自分の一部のように扱う支配型の人間であり、その母親の周りの人間も母親に心服してしまっているのだ。
 支配型の人間。それは我が子のような自分の一部に対して傍若無人に接する一方で、外部の人間にはとても紳士的で物腰柔らかく包み込むような対応をするのである。
 その対応に大衆は陶酔してしまうのである。いくら我が子には辛辣に接しようと自分には親切に接してくれる為、その面のみがその人間の本質だと人は思うのだ。夏目漱石の文学作品『こころ』では女性は公平な愛よりも自分にひいきした愛を喜ぶという旨の表記があるが、それはどちらかというと女性に多いという事で実際は男女問わず抱く感情なのである。
 閑話休題。それ故に勇美は心に決めているのだ。いくら自分に親切にされようとも、周りの人間には辛くあたるような人には関わりはしまいと。それが勇美が母親とその取り巻きから反面教師の形で学んだ信条なのだ。
 その勇美の主張を、永琳は真摯に受け止めていた。
「分かったわ、勇美ちゃんの気持ち」
「ありがとうございます」
 話を抜かりなく聞いてもらえた上に笑顔で返されて、勇美は目頭が熱くなるのが分かるのだった。
「疑心暗鬼ですみません。依姫さんは私の母親のように二面性のある人だとは思わないのですが、念を入れたくて」
「いいのよ、人を安易に信じちゃいけないからね」
 そう言う永琳であったが表情は複雑であった。勇美の心掛けを評価しつつも、元自分の弟子である依姫に対して懐疑的にされるのは心地よいものではないだろう。
「でも、私が直接話すよりも、手っ取り早い方法があるわ」
 そう言って永琳は懐から何かを取り出した。
「?」
 勇美は首を傾げてそれを見ると、それは何かのディスクであった。
 何だろう? 勇美の疑問は尽きない。
「八意先生、これは何ですか?」
「これはね……」
 勿体ぶっていう永琳の表情はその大人びた風貌に不釣り合いな、悪戯っ子のようなものになっていた。
「依姫が月で霊夢達と戦った時の映像よ」
「ぶーっ」
 その言葉に驚愕した勇美は派手に吹き出してしまった。例によって飲み物であるアイスティーは飲み終えた状態だったので幸い大事には至らなかったようだ。
「勇美ちゃん、女の子がはしたないわよ」
「すびばせん」
 さっきマックスに神を降ろす修練をした後の休憩の時と、言われた事まで同じじゃないかと勇美は思うしかなかった。
「それにしても、どうしてそんな物を持っているのですか?」
「ふふっ、月の頭脳と言われた私をなめてもらっちゃ困るわ」
 これ以上の詮索は無意味だと、勇美は身を引く事にした。
「それでどう? 観る?」
「……」
 勇美は脂汗を垂らしながら迷った。これって所謂プライバシー侵害ではないかと。だが彼女の気持ちは最初から決まっていた。
「はい、観させて頂きます!」

◇ ◇ ◇

 そして勇美は手にポップコーンとコーラを持って、永遠亭の廊下を歩いていたのだ。
「よしっ、確保するものは確保したっと♪」
 うきうきした様子で勇美は歩を進めていた。そこに向こう側から依姫が歩いて来た。
「あっ、依姫さん」
「どうしたの勇美、ポップコーンとコーラなんか持って?」
「いえ、大した事じゃないです」
「いえ、お構いなく」
「いや、その返事はおかしい」
 依姫は首を横に振った。しかし、それ以上咎める事もなく勇美を見送った。
 そして依姫は今度は側まで歩いて来た永琳に事情を尋ねる事にしたのだ。
「八意様、勇美は一体どうされたのですか?」
「それがね、依姫が自分以外の者にどう接しているのか知りたいって言うからね」
 永琳はさらりと言ってのける。普通なら秘密をあっさりバラす暴挙だが、相手が依姫なら問題ないと踏んだのだ。
「それで、八意様はそれに対していかがなされたのですか?」
「それは勿論、あなたが月で侵略者と戦った時の映像を見せてあげる事にしたわ」
 その瞬間、暫し時間が止まった。そして、時は動き出し、静寂は破かれる。
「な、何言っているのですか八意様ー! そもそも八意様はその時地上にいた筈でしょうに、どうやって映像なんか確保していたのですか!?」
 依姫は柄にもなく取り乱してしまっていた。それだけ、師である永琳には未だに敵わないものがあるのだ。
 そして永琳はしれっと答える。
「こういう事もあろうかと、月ロケットを偵察に行った時に超小型のカメラ付きの偵察機を忍ばせておいたから。今でもあなたの側にいるわよ」
 そう依姫は言われてはっとなった。そして見つけたのだ、確かに彼女の側に飛び交う虫型の機械が確認出来たのだ。
「はああっ!」
 それを確認するや否や、依姫が行動するのは速かった。彼女は鞘から即座に刀を抜くと、目にも止まらぬ速さで虫型偵察機を一刀両断したのだ。パキンと切ない音と共に偵察機の生涯はそこで終わった。
「八意様、何Dr.ゲロみたいな事してるのですか……」
 依姫は頭を抱えながら突っ込みを入れた。
「ふふっ、依姫もまだまだね」
「いえ、あんな得体の知れないのに気付けって方が無茶ですよ……」
 全く八意様は……依姫はそう思うしかなかった。
「でも、勇美に見せる事に対しては問題ないのでしょう」
 と、永琳が言う。
「ええ、あの子には私の事を包み隠さずに見てもらって、それから判断してもらった方が良いわね」
 そう依姫も同意するのであった。
「でも、私の事を映画を観る感覚で知ろうとするのはどうかと思いますが」
 だが、それだけは譲れないのだった。

◇ ◇ ◇

 一方、試写室に勇美はいた。ポップコーンとコーラは持ったので、観賞……もとい、依姫の事をより知る為の準備は万端なのであった。
 そして勇美は投影機のスイッチを入れたのだ。そう、テレビではなく投影機である。映画感覚で観るというのは勇美の悪ふざけであるが、そうなるように仕向けた永琳の故意犯でもあったのだ。
 そのような思惑がある中、とうとう投影機から映像が流れ始めたのだった。
 そして、映し出されたのは波飛沫であった。
(そうか、依姫さんは月では確か砂浜で戦ったんだっけ……)
 そう勇美は納得するが、徐々に異変に気付いてきた。
 映像にあるのは砂浜ではなく岩場であったのだ。そして段々勇美は勘づき始めてきたのだ。
(これって、映画で良く見るアレじゃないの……!?)
 そして大体の予想を勇美が付けた所で、『それ』は現れたのだった。
『東宝project』
 やはりパクりだった。しかも小ネタまで利かせなくていいと勇美は項垂れたのだ。
 そんな不条理な光景を生み出しつつも、投影された画面は暗転したのだ。
 そして映し出されたのは、今度こそ本当に月の、豊かの海の砂浜であった。
「今度こそ大丈夫だよね」
 勇美はそう言い、気を取り直す事にしたのだった。
 そこに映し出されていったのは、かつて依姫が月ロケットでやってきた者達にしたやり取りが嘘偽りないありのままのものであった。永琳の事だから特撮とかCGとか入れて脚色しているのではないかという懸念もあったが、それはどうやらきゆうで終わったようだ。
 そして映像は全て流れ、勇美はそれを見終えたのだった。
(……)
 勇美は暫し頭の中で、今し方見た映像、依姫の振る舞いについて整理をしていた。
 やはり、自分は他の者よりも依姫に良くされているのだと思った。
 そして、地上の海を穢れの海と称したりする等、多少地上に対する差別意識はあるのだとも。
 だが、それは些細な事であるし、下手な地上の住人よりも余程紳士的であったのだ。
 そして、依姫の振る舞いには厳しさの中に優しさが確かにある事も勇美には分かるのであった。自分の一部としている我が子に対して厳しさを前面に押し出す自分の母親とは、全くの別物であると。
 しかもそれを、ほとんど月への観光目的で行ったが、曲りなりにも侵略を掲げた者達へ行ったのだ。ここまで敵に敬意を送れる者はそういないだろう。
 そこまで整理して、勇美の気持ちは少しずつ、しかし着実に固まっていったのだ。観賞の際に飲み食いしたポップコーンとコーラの味が心地好く脳内で反芻されているような感じがするのも気のせいではないだろう。
 そして勇美は投影機の電源を切り、試写室を後にするのであった。自然と足取りも軽くなっていた。
「見終わったようね」
 それを見計らって現れた永琳が勇美に言った。
「はい、おかげさまで。ありがとうございました」
 勇美はこれ以上ない貴重な映像を提供してくれた永琳にお礼を言った。
「それは何よりね」
「はい、それで依姫さんは今どちらに」
 勇美は依姫の居場所を永琳に聞いた。

◇ ◇ ◇

「あっ、依姫さん」
 勇美は永琳の言葉を便りに依姫を見つけ出して会っている所であった。
「勇美……」
 依姫はそう呟く。これから勇美がどうするかは彼女次第なのだ、だから自分が口を出すべきではないのだ。
 依姫は自分自身は悔いのないように行動する事を心掛けているつもりだ。だが、自分が正しいと思ってする事を他人が認めるとも限らないのである。
 そして、今決定権を持つ勇美は口を開いたのだ。
「依姫さん、これからもお願いします」
 依姫の危惧が完全に消え去った瞬間であった。 

 

第8話 新生勇美+α:前編

「『天津甕星(あまつみかぼし)』よ、我が銃身となりて星の力を貸して下さい」
 そう勇美が唱え右手を前にかざすと、そこに星のように輝かしいSF映画で見るような外観の銃が顕現したのだ。
 そして勇美はスペルカードを宣言する。
「【星弾「プレアデスブレット」!】
 それに続いて彼女はその未来銃の引き金を引いた。するとそこからシャリシャリと固い物を削るかのような音を立てて、漫画で描くような星の塊が次々に弾丸の代わりに放たれたのである。
「いっけぇ~~!!」
 それを見届けながら、勇美は勇ましく掛け声をあげた。
 その弾の星団が向かう先には……依姫がいた。彼女は無表情で構えていて、その心境を読む事は出来ない。
「……」
 そして依姫は無言で刀を構えたのだ。続いてそれを無駄のない動作で振り抜く。
 するとパキンとガラス質の物が割れるような音を立ててその星の弾の一つは切り落とされたのであった。それが皮切りとなり次々に弾は退治されていった。『飛んで火に入る夏の虫』という表現がものの見事に合う光景であった。
 とうとう星の弾は依姫の剣捌きによって全て切り落とされたのだった。
「はい、今回はここまで」
 そこで依姫は勇美に言った。
「ああ~……」
 勇美は安堵と落胆の入り交じった複雑な心持ちとなっていた。
「ますます腕を上げてるわね。感心ね」
 依姫は笑顔になり勇美を労った。だが、圧倒的な依姫の技量を見せつけられた後では皮肉に聞こえてしまうのだ。勿論依姫はそのようなつもりはないのだが。
「でも、依姫さんに一撃も当てられなかったじゃないですか~」
 勇美はがっくりと項垂れ、少々涙目になって抗議する。
「それは私だからよ」
 勇美に言われて依姫はそう返した。彼女は自己陶酔から自分の事を強いという者ではないが、謙遜をして同情を誘うような者でもないのだ。
 だから、ちゃんと自分の力量を正確に認識した上でそう言い切ったのだった。
「さすがです……」
 勇美もその依姫の発言を嫌味とは取らずに、純粋な気持ちで受け取ったのだ。
「まあ、取り敢えず今日の稽古はここまでよ」
「ありがとうございました」
 依姫に今日やるべき事の終わりを告げられて、勇美は強張った肩の力が抜けるような感覚に陥った。
 そして、依姫に追い付く光景がまるっきり想像出来ないのだった。方や才能に恵まれ神降ろしを使いこなし自分の肉体の鍛錬も欠かさないという努力も怠らないという隙のない存在、方や昨日の今日で神の力を借りる手段を手にしてそれを手探りで探っている存在と、明らかに掛け離れているのだから。
(でも……)
 しかし、勇美はそこで思った。純粋な力では依姫に追い付く事は不可能であろうとも、せめていつか弾幕ごっこでは肩を並べられる所までは行きたいと。それすら高嶺の花であろうとも勇美はそう決心するのだった。

◇ ◇ ◇

「それで勇美、提案があるのだけど」
 本日のノルマをこなした勇美は、依姫と共に休憩室で憩いの時を過ごしていた所に依姫から話しかけられたのだった。
「はひ、なんれしょうは?」
 対して勇美はお茶請けの大福を頬張りながら返したものだから、その脱力を誘う雰囲気は半端なかったのだ。そして行儀が悪い。
「……勇美、物を食べながら喋るのは止めなさい」
「すみません」
 依姫に注意されて、勇美は大福をちゃんと噛んで飲み込んだ後で謝った。
「でも、依姫さんも私が食べてる所に話しかけたじゃないですか~?」
「あ、それは失敬でしたね」
 勇美に指摘されて依姫も詫びる。彼女は支配型の人間とは異なり、きっちりと自分の非は認める性質なのであった。それが彼女の精神面でも能力面でも強くさせた一因なのだ。
「それで依姫さん、私に提案って何ですか?」
 話を仕切り直すべく、勇美は依姫に聞き直した。
「そうね、話を戻すわ……」
 そう言って依姫は咳払いをして会話のペースを整え、そして言った。
「勇美、これから永遠亭に住まない?」
「ええっ!?」
 突然の話に勇美は驚いてしまった。幸い大福も飲み込んだし、お茶も口に含んでいない状態だったため、吹き出す物はなく大事には至らなかった。
「な、何言っているんですか依姫さん!?」
「言葉通りよ、貴方に永遠亭に住まないかって話をしたのよ」
 取り乱す勇美に構わず、依姫はさらりと言ってのけた。
「何故そういう話を私に持ちかけるのですか?」
 少し平静を取り戻した勇美は、呼吸を整え依姫にその言葉の真意を問う。
「貴方は私と稽古する為にいつも人里から永遠亭に通っているでしょう?」
「はい、確かに」
 依姫の言う通りであった。人里に住む勇美は依姫に会う為にいつも永遠亭に足を運んでいたのだ。人里で神の力を借りる稽古などしたら騒ぎになるし、最悪思わぬ被害が出かねないからである。
「その事、貴方はどう思っているのかしら?」
 そう依姫に言われて勇美は胸に手を押し当て考えてみた。
「ううっ、やっぱり胸がない……」
 自分の胸部のボリューム不足を呪いながら、涙目になり依姫に目で訴える。
「それは今話題にする事ではないわ……」
 依姫は頭を掻きながら呆れた。
「何を~、自分が結構あるからってぇ~。ない者の気持ちはない者にしか分からないわよ」
「そう、ごめんなさい」
 勇美の話題はどこか論点がおかしいのだが、その主張は的を得ている為、依姫は折れる事にしたのだった。
 だが、いつまでもそうしているのは変なので、勇美は再び胸に手を当て、先程の話題について考える事にしたのだ。
 そして答えが出た。
「はい、確かにここまで通うのは面倒ですね」
 それが答えであった。永遠亭まで行くには迷いの竹林を通らねばならないのだ。ただでさえ視界が悪いのに、そこに人を襲う妖怪が徘徊するとなれば尚の事である。
 だからそこを通るのに幸運を呼び込む能力を持ち、更に竹林の地理に詳しいてゐの力を借りなければならないのだ。たまにならばいいが、毎回彼女に手間を掛けさせるのでは勇美にもてゐにも負担となるだろう。
「そうよね、だから私は貴方がここに住む事を提案しているのよ」
「お気遣いありがとうございます。でも、私が新しく住んでいいのですか?」
 勇美は尚も踏み切れない気持ちである。
「大丈夫よ、元より永遠亭は大所帯だし、輝夜の能力で部屋はいくらでも増やせる……でしょう、八意様」
 依姫が突然自分の師の名前を出すと、その張本人が丁度休憩室の入り口にいたのだ。
「その通りよ」
「来てたんですか八意先生」
「……やっぱりその呼び方は通すつもりなのね」
「ポリシーですから♪」
 そんな勇美と永琳のやり取りを見て、依姫は些か自分が師を『八意様』と呼び慣れて使っている事を後悔していたのだった。
 そんな元弟子の思惑をよそに永琳は話し始めた。
「勇美ちゃん、依姫が言った通りだから、遠慮はいらないわよ」
 永琳はにっこり微笑んで言った。
(……)
 勇美はその有無を言わせぬ包容力によって決定打にされたのだった。もはや選択肢はないも同然であった。
「依姫さん、八意先生。これから永遠亭でお世話になります。不束者ですがよろしくお願いします」
「いや、その言葉はおかしい……」
 依姫は項垂れた。別に嫁入りする訳じゃないのだからと。
「それじゃあ、勇美ちゃんの部屋に案内するわね、依姫もお願いね」
「はい八意様。勇美、こっちよ」
「はい、お願いします」
 三人はそんなやり取りをした後、休憩室を後にしたのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、勇美は依姫と永琳に連れられて永遠亭の廊下を歩きながら思っていた。──やはり永遠亭は快適な所であると。
 行き届いた管理がされ清潔であり、造りも立派でありつつも威圧感がなく優しいものである。
 そういったものは創作物では軽視されがちで人間関係ばかりがピックアップされ、それを真に受けた者が現実とごちゃ混ぜにして周りに押し付けるのだ。
 だから勇美は人との関わりは勿論大切にするが、物理的な充実をより大切にして行きたかったのだ。
 故にこのような素晴らしい造りの永遠亭に住めるのは願ってもない事であった。
「勇美、ここがあなたの部屋よ」
 そして自分の新たな住まいとなる部屋に着き、依姫に案内されたのだ。
「ここが私の部屋かぁ~」
 そして勇美はその部屋を一望した。
 そこは旅館の一室程はある広々とした空間であった。それでいて王室のように庶民には広すぎるという事もなく落ち着ける広さであった。
 落ち着ける要因をもたらしているのは広さではなかった。造りは和室のようになっており、壁は断じてストレスの原因になる白ではなく、和室特有の薄緑色で安らぐものとなっていたのだ。
 そして日当たりの方も申し分なかった。竹林の中にあるから不安要素であったが、丁度永遠亭のある所は開けた場所であるため日光も差し込んでくるのであった。
「ありがとうございます、こんな素晴らしい部屋を用意して頂いて」
 勇美は嬉しくなって、ぺこりとお辞儀をしてその喜びを振る舞いで表した。
「気に入ってもらえて何よりよ、勇美ちゃん」
 それに対して永琳も笑顔で返した。
「暫くゆっくりしていていいわよ」
「えっ? 私にそんな表情の崩れた首だけの存在になれって言うんですか?」
「その『ゆっくり』とちゃうわ」
 依姫は色々な意味で落胆した。勇美の言う事にも、『ちゃうわ』などという自分のキャラクターに合っていない突っ込みをしてしまった事にも。
「まあ、取り敢えず……」
 だが依姫は気を取り直す事とした。
「十分に疲れが取れたら、私の部屋にまで来てくれるかしら?」
「貴方を連れて行きたい所があるから」と依姫は付け加えた。自分の部屋の場所も説明しつつ。
「?」
 それに対して勇美は首を捻りながらも今日の稽古の疲れを取るべく、取り敢えず新たな居城となったこの場所で寛ぐ事にしたのだった。

◇ ◇ ◇

 そしてあらかた疲れが取れた勇美は依姫の部屋まで行き、彼女を呼び出していたのだ。
「それで依姫さん、私を連れて行きたい所ってどこですか?」
 勇美は当然起こる疑問を依姫に投げ掛けた。
 それに依姫は答えるべく口を開く。
「それは、服屋よ」
「服屋……ですか……?」
 予想していなかった答えに勇美は首を傾げる。
「何で服屋なんですか?」
「それはお祝いという訳ではないけど、貴方が初めての弾幕ごっこで勝利した、これがいい機会だと思ってね」
「機会ですか?」
 勇美は疑問を依姫に答えてもらっても、新たな疑問が生まれるという流れになってしまっていた。
「そう、機会よ」
 そして依姫はその迷走に終止符を付けるべく説明を始めた。
 それは勇美の今の出で立ちにあった。幻想郷の外の産物であるセーラー服だからである。外界の服装でずっといては主に悪い意味で目立つというのがまず第一の依姫の考えであった。
 そして第二に勇美が依姫から神の力を借りるようになり、更に初勝利までした事で『新たな道』を歩み始めたからである。これを期に服装を変えて心機一転するのもいいだろうという考えからだ。
 勿論依姫は勇美が今まで歩んで来た人生を否定して、まっさらに塗り替えるような傲慢な考え方はなかった。言うなれば今までの彼女の要素に新たなるものを『付け加える』というのが狙いであったのだ。
 そこまで聞いて勇美は胸の内が暖かくなるような心持ちとなった。依姫の全ての主張に対して嬉しくなったが、特に最後のが決定打となったようだ。
 それは例によって勇美の母親やその周りの人間が原因であった。彼女らは、何かにつけて勇美の今を否定して勇美を作り替えてしまおうとするからである。だから『付け加え』だと言った依姫を信頼したのだ。
「それでは依姫さん、お願いします。でも服代を後から請求なんて事しませんよね?」
「そんな悪徳商法みたいな事はしないわよ。私からの餞別だから安心しなさい」
「それなら一安心です」
 勇美は笑顔で依姫の施しを受ける事にしたのだ。しかし最後にある一言を付け加えたのであった。 

 

第9話 新生勇美+α:後編

 魔法の森の入り口付近に一軒の万屋があった。
 その店の名前は『香霖堂』。このような辺鄙な場所にあるこの店は当然客足は少なかったのだ。
 だが、今その数少ない客が来たようであった。カランコロンと風情のある店お約束のメロディーを奏でて扉は開かれたのだ。
「いらっしゃい」
 カウンターの前で読書していた店主は客に対して挨拶をした。だが、店の対応としてはいささか素っ気なくではあるが。
 彼の名前は森近霖之介(もりちか・りんのすけ)。白髪に眼鏡をかけた理知そうな男性である。
 服装はゆったりとした昔の商売人と言った感じであった。
 実は彼は人間と妖怪のハーフなのであるが、今はその事は話題ではないだろう。今話題にすべき事は……。
「おや、見ない顔だね、お二人とも」
 香霖堂にやって来た二人の客であった。
「依姫さん、ここですよ」
「勇美、ここが香霖堂ですか」
 そう、他でもない、黒銀勇美と綿月依姫の二人であった。
「ゆっくり見ていくといいよ」
 霖之助は珍しく来店した客、それも初顔であってもそっけない態度を崩す事はなかった。
「ありがとうございます。あなたが店主さんですね?」
「いかにも、僕がこの香霖堂の店主の『森近霖之助』だよ」
 勇美に尋ねられて霖之助はそっけない態度を少し崩し、やや笑みを称えて対応した。
「霖之助さんですか、いい男ですね~」
 勇美はうっとりとしながら、霖之助を舐めるようにしながら漏らす。
「そうかい、それはどうも」
 霖之助は頬を掻きながら、平静でいながらもまんざらではない様子を見せる。
 それを見ながら依姫は微笑ましい心持ちとなっていた。勇美とて女の子であるのだと。普段はどこかふざけた所がありながらも、彼女も格好いい男が好きだというような発言に安堵を覚えるのだった。
「どうです? 私のお尻のなかでお……」
「てやああああー!」
 依姫は不謹慎な発言を今せんとばかりになった勇美の脳天に綺麗にチョップを入れた。
「あだ~~~!」
 頭に打撃を喰らいしゃがみ込み悶絶する勇美。
「何するんですか依姫さん~!?」
「黙らっしゃい! 貴方こそ何を言おうとしているのよ!」
 依姫も負けじと暴走しかけた勇美を窘めるべく反論する。
「だって、いい男はお尻の中で……」
「しゃら~っぷ!」
 依姫の二度目のチョップが勇美に炸裂した。
「うぐぅ……」
 勇美はまたもうずくまった。
 ……前言撤回だったようだ。勇美はいい男からそういう『くそみそ』な発想に至るような子だったのだと、脳内修正しなければならないだろう。
「……僕を置いてきぼりにやり取りしないで欲しいものだね」
 霖之助は突如勃発した来客のショートコントに、頭を掻きながら呆れて言った。
「これは失礼しました」
「ごめんなさ~い」
 振る舞いは違えど、勇美と依姫は謝った。人物像のまるっきり違う二人ではあるが、内心素直である所は共通しているのだろう。
「分かってくれればいいよ。ところで、自分でも言うのは何だけど、こんな風変わりな店に一体何のようだい?」
「惜しい、霖之助さん。そこは『なんの ようだ!』じゃないといけませんよ♪」
「それは店の対応として大問題だよね……」
 霖之助は項垂れた。自分が店の主人としての対応にいささか問題がある事をやや棚上げしつつ。
「このお店に来た訳ですよね」
 勇美は自分からこじらせていた話を自分で修正した。
 そこに依姫が入り込む。
「元々は私がこの子に服を買ってあげようって話だったのだけど、この子が『それなら香霖堂に連れていって下さい』と言うものだからここに来た訳よ」
「ほう、それは……」
 霖之助は嬉しくなる一方で、疑問も当然起こってくる。
「何で香霖堂で服探しをする気になったんだい?」
 それが一番彼が思う所であった。
「それはですね、香霖堂は外界から珍しいアイテムを仕入れて売っているって噂に聞きまして、それでどうせならそこで私の服を一風変わったものから選ぼうって思ったんです」
 勇美はそう答えた。奇をてらう意味合いも多少はあったが、新しい道を歩く自分を鼓舞する為に奮発しようという心意気もあったのだ。
「勇美ちゃんと言ったね、君はチャレンジャーだね」
「そ、そうですか?」
「勿論良い意味でだよ。その気持ち、忘れては駄目だよ」
「……はい!」
 霖之助に言われて一瞬迷ったが、勇美は良い返事で返したのだった。
「それじゃあ、店の中の物をじっくりと見て回るといいよ」
 霖之助にそう薦められて、勇美と依姫の店内探索が始まったのだ。

◇ ◇ ◇

「うわあ、これは『ファミコン』だね~、懐かし~♪」
 香霖堂内部巡りをしている勇美は、とあるゲーム機を発見してはしゃいでいた。
「さすがは外の世界で幻想になった物が流れ着いて来た物を売っているだけあるね~」
 勇美はもう目にしないだろうと思った代物との再開によってノスタルジーに浸っていた。
「勇美、買うのは服だけよ」
 依姫は、羽目を外す勇美に対して釘を刺した。
「安心して下さい、さすがに今これを使って遊ぼうとは思いませんから」
 あくまで浸っていただけだと勇美は付け加えた。
 それに対して依姫はそういう心も大切かと思って聞いていた。過去に捕らわれずに未来を見据えるのが自分の信条であり、それがレイセンを受け入れるという行動に反映されているのだ。
 だが嗜む程度に過去を味わう事も大切だろう。ガチガチに未来ばかり見ていては心にゆとりがなくなるのだから。
 しかし、それはそれだろう。そう思い依姫は口を開く。
「それで、良さそうな服は見つかったのかしら?」
「それならバッチリ♪ こっちですよ」
 勇美はそう言って依姫を案内した。
「これ……?」
 その服を見た依姫に微妙な空気が流れていた。
「そうですよ、和服を着ながらメカを操るアンバランスさって面白いと思うでしょう?」
 そう、勇美の言葉通り、それは和服だったのである。
「黒は貴方の好きな色なの?」
「はい! だから私の名字の『黒銀』も気に入っているんですよ」
 依姫に聞かれて、勇美は意気揚々と答えた。
「色は……まあ問題ないでしょう」
 それは問題ではなかったのだ。問題は。
「和服なのに、この丈の短さなの?」
 それが問題なのであった。本来和服は丈が足下まで来るものだが、これはミニスカート程のものしかなかったのだ。
「はい、前々から着たかったんですよね~『ミニ和服』って」
 そう勇美がそう言い表した通りの服なのであった。
「寧ろ、普通の和服の丈で弾幕ごっこする方が大変じゃないですか?」
 負けじと勇美は依姫にミニ丈のメリットを訴えかける。
「確かに」
 それに折れて、依姫は納得したのだ。白玉楼の亡霊姫のように普通の丈の和服で戦える猛者はいる事はいるのだが。
「貴方がそれを選ぶのならそれでいいわ。でもまずは……店主さん!」
 そこで依姫は店主である霖之助を呼ぶ。
「何だい?」
 呼ばれて霖之助が向かってきながら聞いた。
「この店に試着室はあるかしら?」
 それが論点であった。いくら見た目が気に入ろうとも、ちゃんと本人が着られる物でなくては意味がないのだから。
「ああ、こっちにあるよ」
 そう言って霖之助は二人を案内したのだった。

◇ ◇ ◇

「どうですか、依姫さん?」
 そう言って勇美は着替えて試着室から出て来たのだ。和服だから着付けが面倒だろうと依姫は踏んだのだが、勇美は難なく着てしまったようだ。サイズも丁度良い具合であった。
「……」
 依姫は無言だった。それに対して勇美は不安を覚える。
「もしかして、似合ってないとか?」
「いいえ、その逆よ。とても似合っているわ」
 勇美に言われて依姫は慌てて首を横に振った。
 依姫が暫し呆けていたのは、似合いすぎていたからであった。
 勇美の艶やかな黒のショートヘアと黒いカラーリングは見事にマッチしていたし、彼女のやや小柄な体躯と、悪戯っぽく短い丈から生えるスラリとした脚線が妙に相性が良かったのだ。
「うん、僕も可愛いと思うよ」
 試着室の前で待機していた霖之助も賛同して言った。
「二人とも……ありがとうございます」
 褒められて嬉しくない者はいないだろう。勇美もその例に漏れず嬉しくなるのだった。
「依姫さん、これを着ながらマッくんを発動させていいですか?」
「ええ、いいわ」
 寧ろ依姫もそれを見たかったのだ。和服を着ながら機械の分身を操る様がどう映るかを。
「それじゃあ、マーキュリー様、お願いします」
 勇美は依姫の神降ろしの力を借りて以前呼び出した神に呼び掛けたのだ。
 そして、勇美の側に金属の断片が次々現れると、ガチャガチャと音を立てて組み合わさり形が造られていった。
 それはダチョウ型の二足歩行の機械。以前メディスン戦で見せた『エルメスの靴』の状態であった。
「どうですか依姫さん? 和服着た人がメカを召喚する様は?」
「ええ、いい意味で意外性があるわね」
 と、依姫も賞賛した。
 その側で唖然としていたのは霖之助である。何しろ勇美のメカ召喚を始めて見たのだから。
「僕は寧ろ君がそんな芸当が出来た事に驚きだよ……」
 彼はそうぼやくしかなかった。
「私だけの力じゃありませんよ。依姫さんと神様の力を借りて出来るようになったんですから」
 勇美は胸に手を当ててしみじみと言った。その事をこれから忘れる事はないだろう。
「ところで霖之助さん」
「何だい?」
「聞いた話では、あなたの能力はアイテムの用途が分かるってものでしたよね?」
「ああ、そうだけど」
 突然自分の能力に話題を持っていかれて、何事かと霖之助は勇美に聞く。
「そこで、霖之助さんにこのマッくんの用途を見てもらいたいんです」
「その機械をかい?」
 首を傾げる霖之助だったが、すぐに気を持ち直した。彼自身、目の前の少女が作り出した機械の用途は何と出るか見てみたくなったのだ。
「分かったよ。やってみるからね」
 そして霖之助はそのダチョウ型の機械に手をかざして念じた。
 それを30秒程行っていた霖之助は、その手を引いて首を振った。
「駄目だね、この機械の用途が何なのか、まるで分からなかったよ」
「分からないんですか?」
 顔に少し落胆の色を見せて勇美は聞き返した。
「うん、こんな事は初めてだよ」
 彼は遠い目で言う。
「やっぱり、マッくんはアイテムとしては扱われないって事でしょうか?」
 勇美は可能性の一つを口にした。自分が作り出す分身だから、生物として扱われ、アイテムではないのだろうと。
「そうかも知れない、でも……」
 霖之助は勇美の意見に同意しつつも、別の可能性をあげる。
「この機械の用途は……『君が決めていく』って事なんじゃないかな?」
 つまり、マックスがどういう存在になっていくかは、勇美次第だという意味を霖之助は込めたのだった。
 それを聞いて勇美は、はっとなってしまい、そして言う。
「そっかあ、マッくんの役割は私が決めるのかぁ~……」
 感慨深そうに勇美は言った。
「霖之助さん……うれしい事言ってくれるじゃありませんですか」
 染々と呟く勇美。そこに依姫がキッときつい視線を送る。
「ひぃぃ」
 勇美はそれに戦慄した。
「勇美……」
「依姫さん、落ち着いて下さい。今の発言には断じて『くそみそ』的なニュアンスは含まれていませんって」
「……本当ね?」
「本当も本当!」
 等と、再び二人はギャーギャーとしょうもないやり取りを再開していた。
 そこに霖之助が「オホン」と咳払いをした。
「それで……君達の用は済んだかい?」
「勇美、これでいいのね?」
「はい。でもどちらかというと『そんな装備で大丈夫か?』って聞いて欲しかったですね」
「それで貴方は『大丈夫だ、問題ない』って答える訳?」
「はい」
 また変なやり取りが始まった。霖之助はまた頭を抱えつつも言う。
「君達は本当に仲がいいね」
 その霖之助の指摘に二人は、はっとなり、そして互いに顔を見合わせた。
 そして、どちらからともなく吹き出してしまったのだった。
「依姫さん、私達仲が良いって」
「本当ね、まだ会ってからそんなに経ってないのに不思議ね」
 そう言って二人は微笑み合った。そんな二人の雰囲気に霖之助も満更でもない心持ちとなる。
 だが、話は進めなくてはいけないので彼は続きを促した。
「それで、どうなんだい?」
「はい、これにします」
「勇美も気に入っているみたいだし、これを頂くわ」
「毎度あり」
 ここに商談は成立したのである。
 依姫が霖之助に代金を支払う傍らで、勇美は話かけた。
「依姫さん、これ着たままで帰りますね」
「ええ、どうぞ。余程気に入ったのね」
「はい、とっても♪」
 依姫の指摘通り、勇美はとても嬉しそうにウキウキしながら言う。
「それで、和服を着たからには……」
 そこで勇美は一呼吸置き、依姫は何事だろうかと続きを待った。
「パンツ脱いでいいですか?」
 その瞬間時が止まった。そして再び時は流れ出すと。
 プシュッ。霖之助は鼻血を吹き出してしまっていた。彼とて沈着冷静に見えても男という事だろう。異性のそういう破廉恥な発言は刺激が強かったのだ。
 一方で同性、しかも既に既婚者である依姫は霖之助よりも冷静であった。そして冷静に勇美を羽交い締めにしたのだ。
「勇美、何を言い出すのよ」
「うぐぅぅぅ……」
 綺麗に技を極められて呻き声を漏らす勇美。
「だ、だって和服って西洋の下着は着けないものですよねぇ~」
 極められながらも勇美は反論する。
「そういうのは今の時代、きっちり守らなくてもいいのよ。第一その丈の短さだと危険極まりないわ」
「そんなぁ……」
 依姫に指摘されて勇美はがっくりと首を落とした。彼女は和服を着る時はノーパンをきっちり守ってやろうという野心を今まで抱いていたのだ。それが今砕かれてしまったのだった。
「店主さん、お聞き苦しい発言済みません」
「ああ、気にしなくていいよ。僕は少し気にしてしまうだろうけど」
 依姫に代わりに謝られて、霖之助は気にしないように言う。しかし、少なくとも彼は今夜ぐっすり眠れないだろうというリスクを負ってしまったのだ。彼の鼻に詰められたティッシュが痛々しい。
「まあ、お買い上げ頂いてありがとう」
 ティッシュのせいで締まりがなくなりつつも、霖之助は店主としての最後の対応を行っていた。
「霖之助さ~ん、また来るね~」
「ああ、ありがとう。でも今度はああいう発言は抜きだと助かるよ」
 明るく振る舞う勇美に、霖之助は礼を言いつつも本音を漏らした。
「それでは、また機会があったら」
 依姫も勇美に続いて別れの挨拶をして店を後にするのだった。

◇ ◇ ◇

 そして勇美と依姫は永遠亭に戻って来ていたのだ。
「勇美ちゃん、似合ってるわよ」
 後に永遠亭の住人の多くに賞賛される事になる勇美だが、まず最初に言ってくれたのは永琳であった。
「ありがとうございます、八意先生」
 自分の晴れ姿を永琳程の人に褒めてもらえて、勇美は誇らしげになった。
 しかし、彼女は他に思う事があったのだ。
「ところで依姫さん」
「何かしら?」
 突然勇美に呼び掛けられて、依姫は疑問符を頭に浮かべた。
「私がコスチュームチェンジしたんだから、依姫さんもいかがですか? 寧ろお願いします! 更に言い換えるとオナシャス!」
「何故そういう話になるのよ?」
 少なくとも最後の言い換えは必要ないと付け加えながら依姫は聞いた。
「依姫さんは今、幻想郷を巡って人々と触れ合う為に来ていると聞きました」
「確かにそうだけど、これとどう関係あるのかしら?」
 未だに勇美の話の要点を掴めない依姫は尚も聞く。
「いえ、だから依姫さんにとっても新しい道なのではないですか?」
「!」
 その勇美の言葉に依姫は意識を覚醒させられるような感覚に陥った。
「……確かに貴方の言う通りね。私の負けだわ」
 勇美の真摯な思いに、依姫は観念する事にしたのだった。
「私の主張を聞き入れてくれるんですね? それじゃあ我がままついでに……」
 そこで勇美は邪な笑みを浮かべていた。
「依姫さんには巫女装束を着てもらいます」
「な、何言っているのよ!?」
 一度は折れた依姫であったが、さすがにその要望を受けるのは阻まれたのだ。
「だって、依姫さんは神をその身に降ろせる女性でしょ。つまり、正真正銘の巫女だからですよ」
「だからって、その服装は目立つでしょ」
 勇美に言われても、依姫は乗り気ではない。
 そうしていると勇美の様子に変化が見られた。
「お願いします! 霊夢さんも早苗さんも巫女装束からかけ離れているんですよ。だから、最後の頼みの綱は依姫さんだけなんですぅ~」
「何も泣く事はないでしょ……」
 勇美に泣き付かれて、依姫は呆れ顔になっていた。
「絶対依姫さんに似合うと思いますのに。ちなみに豊姫さんは白のノースリーブワンピースにケープの組み合わせがいいですね。豊姫さんの綺麗な金髪とあの帽子にとても合うと思うんですよ」
「私のみならず、人の姉まで巻き込むのはやめなさい」
 それこそ問題だと依姫は思った。幾ら何でも勇美の趣味に走りすぎだと。
 そんなやり取りをやる二人と、それをどこか無駄に暖かい目で見守る永琳。そこに新たなる来客が現れたのだ。
「依姫、お久しぶり。八意様もお元気なようで」
「あ、久しぶりね、豊姫」
 それは今し方話題にあがった豊姫であった。月の守護に就いている所であったが、暇を見つけて師や妹のいる永遠亭を訪れたようだ。
「勇美ちゃんは初めましてよね、よろしくね」
「こちらこそお初にお目に掛かります、豊姫さん」
 そこで初対面の二人は固く握手をした。
「お姉様もお久しぶりね……と言いたい所だけど」
 依姫はそれを言うべきか迷いがあったが、敢えて踏み込む事にした。
「何で、『着ている』のですか?」
 そう、依姫の指摘通り、豊姫は慣れ親しんだ自分の服との色違いのものではなく、先程勇美が豊姫の服装としてリクエストした白のノースリーブワンピースにケープの姿だったのだ。
「あら、似合ってないかしら~?」
「そういう問題ではありません」
 依姫は首を横に振った。論点はそこではないし、更に似合っているかいないかで言えば文句なく似合っているのも問題だったのだ。そこはかとなくエロティックだし。
「豊姫さん~、とても似合ってますよ~」
 そりゃそうでしょうよと依姫は思った。勇美の趣味の産物そのものなのだから。
「ありがとう、勇美ちゃん♪」
 豊姫はニッコリと微笑みながら勇美に返した。
 だがその後、笑みを歪なものにして依姫に顔を向けた。
「さて、依姫……」
「な、何でしょうか……?」
 依姫は嫌な予感がして冷や汗を顔に浮かべた。
「私も勇美もコスチュームチェンジしたんだから、貴方だけしないなんて許されないわよ」
「うっ……」
 そう豊姫に詰め寄られて依姫は言葉を詰まらせた。ちなみに永琳に助けを求める意図で視線を送っても「あらあら、うふふ」と言わんばかりに優しく微笑んでいるだけで助け舟は渡してくれなかったのだった。

◇ ◇ ◇

 ──後日、永遠亭にて。
「ど、どうかしら?」
 そう言う依姫の出で立ちは、清楚な白の小袖に艶やかな緋色の袴のコントラストが愛らしさと妖艷さを醸し出す──紛れもない正真正銘の巫女装束であった。
「ヒャッハー! ……ええ、文句なしに最高です」
 当然勇美は歓喜し、ここに新しさが加わった勇美と依姫が揃ったのだった。
 ──ちなみに依姫は緋袴の形状を明治時代以降に作られたスカート状の物を選んだのである。理由は過去に縛られずに未来を見据えるのが依姫の信条だから、より先の時代に作られた物に習うべきだというものだった。
 気が余り進まないながらも、こういう所も真面目になってしまうのが依姫らしかったのだった。 

 

第10話 魁! 黒銀勇美VS藤原妹紅-不死鳥編-:前編

 
前書き
一ヶ月に二度程ネットカフェにて更新していく予定でしたが、例の騒動により行けていない状況が続いており、更新が遅れていて済みませんでした。
なので、今回は自宅からパソコンを借りての投稿となります。 

 
 勇美(と綿月姉妹)が『新生』してから一週間が経っていた。今、永遠亭の縁側で勇美とメディスンが仲良くお茶を飲みながら話をしていた。
「勇美、思い切ったイメチェンしてみたものね」
「そうでしょう、そうでしょう♪」
 生足を露出したミニ丈の和服姿に豹変した勇美に、未だに意表を付かれているメディスンは、素直に思った感想を口にし、それに対して勇美はどうだと言わんばかりのふてぶてしい態度を取ってみせていた。
「でも、見た目だけで終わったらいけないと私は思うんだよね……」
「えっ?」
 先程までとはうって変わってしんみりと語り始める勇美に、またもメディスンは面を喰らってしまった。
「思い切ったにしては、地に足を付けてるんだね」
 メディスンは感心したように言った。
「だって、『復讐』は慎重にやらないといけないからね」
「復讐?」
 ここで自分にも身近な概念の言葉を出されて、またもメディスンは驚く。
「そう、復讐だよ」
 そう言って勇美は語り始めた。自分の母親とその周りの人間に所有物として扱われた事に対する復讐だと。
 だが、やられた事と同じ事をする復讐は御法度だとローマ法王は言っている事である。
 だから、勇美は母親達から受けた仕打ちとは別の道を歩む事による復讐を決意したのだ。
「それが、依姫さんの元で修行を積んで、そして幻想郷と深く関わって行くっていうのを私の『復讐』にしようと思っているんだ」
「勇美……」
 それをメディスンは胸の内がむずかゆくなるような心持ちで聞いていた。そんな勇美に比べて、自分はなんて狭い考えだったのかと。
 鈴蘭畑に捨てられた事に対する人形解放宣言。いくら自分以外の人形の為にも聞こえても、結局は自分だけの為であり、人形を作るのも人間だという都合の悪い事実は棚上げするという卑怯でしかない理論だったと今メディスンは思うのだった。
「勇美、ありがとうね。あんたを見てたら自分の小ささがわかったようよ」
「いや、私は大した事言ってないし、第一まだ始まったばかりだから……」
 いくら立派な目標を掲げようとも、掲げるだけでは意味がないのだと勇美は首を横に振った。
「メディスンちゃんも、人形解放以外の復讐が見つかるといいね」
「あ、うん、ありがと……」
 先程からメディスンは勇美にペースを掴まれてばかりだった。復讐という言葉は良い響きがないものだから『何々以外の復讐』等という発言はそう簡単には出てこないものだからだ。
「ところでメディスンちゃん……」
「何?」
 勇美に言葉を返すメディスンに対して、勇美は引きつった笑みを浮かべていた。
「あなたがお茶を飲むのは無理があるみたいだと思うよ……」
 勇美がそう指摘するメディスンはというと、見事に球体関節から飲んだお茶が漏れ出していたのだった。
「あんたを見てると不可能だと思う事にもチャレンジしていくべきだって気になるのよね」
「いやいやいや……!」
 勇美は手を振って否定した。メディスンにそう言ってもらえるのは嬉しいが、それとこれとは全く別の問題だと思うのだった。何よりお茶が勿体ないし。
 そんなこんなで混沌としたオチで以て、勇美とメディスンの憩いの時間は過ぎていったのだった。

◇ ◇ ◇

 そして勇美と依姫は永遠亭の近くの竹林の中で稽古に励んでいた。
「いい感じよ、勇美」
「ありがとうございます」
 一頻りスペルの応酬を行った二人はそのような言葉を交わした。
「はい、今日はここまで」
「ありがとうございました」
 そう言って二人は稽古を終えた。依姫は降ろしていた神を送還し、勇美も借りていた神を送還して自分の鋼の分身を解体して無に還していった。
「ますます腕を上げているわ、勇美。では永遠亭に帰りましょうか」
「はい、さすがに疲れてしまいましたからね」
 そう二人の意見は一致して憩いの場へと帰ろうとする。ちなみに稽古も勇美は黒のミニ丈の和服、依姫は巫女装束で行っていたため、その見栄えは非常に『華』のあるものであった。
 そして帰路に付いていた二人であったが、そこで第三者と出くわしたのだ。
「あっ……」
 その人物は勇美と依姫を見て、思わず声を上げた。
 その人は霖之助のような白髪をロングヘアーにし、その髪の所々にリボン状にした赤と白のお札を備え付けていた少女であった。
 そして瞳の色が燃えるような赤である事からも、どこか危ない匂いを醸し出していたのだ。
 だが、それ以上に目を引いたのが……。
「……、もんぺにサスペンダーって奇抜ですね」
 勇美は思わず初対面の人には些か失礼な発言をしてしまった。
 だが、勇美の指摘は紛れもない事実であったのだ。白で長袖のカッターシャツに緋色のもんぺ、そしてそれを固定する為に備え付けられたサスペンダー、どうしても目を引く服装であった。
「! あんたらに言われたくはないよ!」
 もんぺの少女は反論した。
「そうよ勇美も変わった服装になったんだからって……」
 そこで依姫は重要な事に気付いた。
 あんたら……あんたら……あんた『ら』。つまり依姫も含まれていたのだった。
(……)
 依姫はこの事実に項垂れた。そして普段落ち着いている彼女とて、これには納得いかなかったのだった。
「貴方、この格好が奇抜なのかしら?」
 依姫らしくなく、もんぺの少女に絡む。
「うん、まともな巫女装束ってのが、寧ろ幻想郷だと目を引いてしまうよ」
「うっ……」
 痛い指摘を受けて、依姫は閉口してしまった。この時ばかりは真面目に普通の巫女装束をチョイスした自分の性格を呪わずにはいられなかった。
 そして勇美は今の状況がおかしな空気を醸し出していると悟り、ここは自分が取り繕わなくてはと思った。
「まあまあ、人の服装を兎や角言うなんてマナー違反ですよ」
 そう宥めるように勇美は言ったが、
「いや、あんたの服装が一番目立つんだよ!」
「そもそも言い出しっぺは貴方でしょ!」
「うっ……」
 二人に綺麗に突っ込みを受け、見事に墓穴を掘ってしまった勇美だった。
 だが、勇美は気を取り直して話題を変える事にし、もんぺの少女に質問した。
「ところで、あなたはこんな所で何をしようとしていたんですか?」
 見たところ、この少女は妖怪ではない。なのにこのような場所を一人で歩いていたというのか。
「ああ、その事か……」
 もんぺの少女は合点がいったように相槌を打ち、言葉を続けた。その言葉に勇美は聞かなければ良かったと思う事になるのだが。
「それはな……輝夜と殺し合いをしようと思って探していた所だよ」
「えっ……!?」
 その言葉を聞いて勇美は凍り付いたような感覚に陥った。聞き間違いではないかと思い、もう一度もんぺの少女に確認する。
「今、何て言ったんですか?」
「よく聞こえなかったか? 輝夜と殺し合いをしようと思っていた所だって言ったんだよ」
「!!」
 やはり聞き間違いではなかったようだ。勇美は確信するのだった。そしてすぐに彼女の答えは決まった。
「そんな事、私がさせませんよ!」
 勇ましく勇美は吠えた。輝夜とはまだ永遠亭で一緒に暮らすようになってからまだ長くはない。そして依姫や永琳と比べて関わる機会も少ないのだ。
 だからこれから関わりを増やしていこうと思っていた所である。
 そんな、これから仲良くしていこうと考えていた人に危害を加えるなんてさせない、勇美は強く心に誓うのだった。
 幻想郷での揉め事を解決する為にスペルカード戦、すなわち弾幕ごっこが作られたと勇美は依姫から聞いていた。
 そして、勝敗にそぐわない行為をする事も禁じられていると。
 だから勇美は決意して宣言するのだった。
「私と弾幕ごっこして下さい。そして私が勝ったら輝夜様に手は出させませんよ!」
 それを聞いた依姫は、勇美は少し事情を勘違いをしている事を指摘しようとしたが、途中でその考えを押し込めた。
 理由は勇美にとって『経験』になるいい機会だと踏んだからだ。
 依姫は含み笑いで顔が歪みそうになるのをこらえながら勇美に言った。
「わかったわ、勇美。うまく勝つのよ。この勝負、私が見届けるわ」
「はい、依姫さん。輝夜様は私が守ります!」
 そのやり取りを見ていたもんぺの少女は挑発的な笑みをたたえて言った。
「あんたは勇美って言うのか。勇美の覚悟、見させてもらったよ」
「負けませんよ。ところであなたの名前は何て言うんですか?」
 勇美は聞いた。例え身内に危害を加えようとする者であっても、これから弾幕ごっこを一緒に行う関係となるのだ。名前は知っておくのが礼儀だろう。
「そういやまだ名乗ってなかったな。私は藤原妹紅っていうんだ、覚えておきな」
 そして妹紅と勇美の弾幕ごっこの火蓋は落とされたのだった。

◇ ◇ ◇
「私から行かせてもらうよ!」
 そう妹紅が言うと、地を踏む足に力を込め、そのバネで見事に宙へと跳躍したのだ。そして飛び上がりながらスペルを宣言する。
「【不死「火の鳥-鳳凰天翔-」】」
 宣言後、すぐに異変は起こった。妹紅の背中から炎が翼のように現出したのだ。
「!!」
 これには勇美は驚くしかなかった。
「喰らいな!」
 炎の翼で羽ばたきながらそう言うと、妹紅は足にも炎を纏わりつけ──勇美目掛け空から蹴りを放った。
「ひっ!」
 飛び掛かる火の鳥から慌てて身を翻す勇美。そして間一髪で蹴りを避けたのだ。
「くっ! 避けられたか!」
 勢いづいて標的の射程範囲外となってしまった妹紅はそのまま地面へと突っ込んでいった。
 そして炎の蹴りは地面に着弾した。続いて爆音と爆発がそこに巻き起こったのだ。
 徐々に爆発により発生した土煙が晴れてくると、勇美は息を飲んでしまった。
 妹紅が突っ込んだ地面には、見事に直径5メートル程のクレーターが出来上がっていたのだから。
 その瞬間、勇美は悟った──この人は自分が最初に戦ったメディスンとは格が違うと。さすがは輝夜に殺し合いを挑もうとするだけの実力があるという事か。
「でも、負けません」
 勇美は力強く言った。例え格上の相手でも輝夜を守る為に自分は勝たないといけないのだ、それに。
「私には神様の力が付いているんですよ。『火雷神』様、お願いします!」
 そう勇美が神に呼び掛けると、彼女の目の前に金属の断片が集まっていき、徐々に形作られていった。
 そして、それは完成したのだ。
 人型のロボットのような外観をしていた。
 そして、ロボットのような外観に似合わず、傘をさしていたのだった。
(……)
 その存在が現出する様子を妹紅は見守っていたが、やがて口を開いた。
「そいつの名前は何て言うんだい?」
「この子? マックスって言うんだけど、今のこの形態はね……」
 そこで勇美は一呼吸置き、
「名付けて『ガン()ラスター』だよ!」
 と、言い切ったのだ。
「ええっ、それは何か問題な気がするよ……」
 妹紅は手で頭を抱えながら項垂れた。当て字だし、どこかで聞いたような名前だったからだ。
「まあ、そう言わないでよ」
「言うわ! 色々まずいよ」
 弾幕ごっこが始まったばかりだというのに、勇美と妹紅の二人はギャーギャーと言い合っていた。
「細かい事は言いっこなしだよ。妹紅さん、あなたは炎を操るんですよね。ならばと思いましてね」
「?」
 そう勇美に言われて訝る妹紅に対して、勇美は華麗に指をパッチンと鳴ら、
「……」
 せなかった。
「ううう……、指が鳴らない……」
「それは出来る人と出来ない人の違いは体質から来るものだから、無理にやらない方がいいよ」
 妹紅は勇美を宥めつつも、何で敵のフォローを自分はやっているんだろうと、何だか虚脱感に襲われていた。
「うん、そうだね、無理はしない事にするよ。じゃあ、気を取り直して」
 勇美は言って一呼吸置き、
「【降符「押し寄せて来る激しい雨」】!!」
 スペル宣言をし、『ガン降ラスター』に指令を送ったのだった。
「そのスペル名も何か駄目だ~~!」
 妹紅は首をぶんぶんと横に振って、必死に抗議した。日の出を冠する会社のみならず、どこぞの音楽団体の事も怖いぞと戦慄しながら。
 しかし、そういう突っ込みをしている余裕は妹紅はなくなってくるのだった。
『ガン降ラスター』はさした傘をお洒落にくるりと回すと、妹紅の周りの空気が変化したのだ。
「!!」
 妹紅が気付いた時には、ザァァーと激しい水音が辺りに響き、彼女にバケツをひっくり返したような雨が降り掛かっていたのだった。
「これは……」
「火には水、これ常識でしょ♪」
 驚愕する妹紅に対して、勇美は得意気に言ってのけた。
 その彼女の主張通りに、妹紅が纏った炎は段々と弱まっていっていたのだ。
「やるわね……」
 思わず歯噛みする妹紅。
「どんなもんですか♪」
 その様子を見て、勇美はなおもふんぞり返って調子に乗る。
「確かに完璧な理屈だよ、でも……」
「……?」
 妹紅の雰囲気が変わった事に、勇美は何事かと目を見開いた。
「私とてこういう状況で戦った事は一度や二度じゃないんだよ!」
 妹紅はそう言うと新たなスペルカードを取り出す。
「【焔符「自滅火焔大旋風」】!!」
 そしてその符に記されたスペル名を高らかに宣言したのだ。
 すると、弱まっていた妹紅の炎が再び燃え盛ってきたのである。
「ええっ!?」
 今度は勇美が驚く番であった。
「私の炎をなめてもらっちゃ困るよ」
「成る程、無能の烙印を押された大佐の人とは違うって事ですね」
「だから、そういう話はやめようよ」
 炎の勢いを上げつつも、妹紅は首を横に振った。それと同時に、烙印が原因で寧ろその大佐は女性人気が上がったというのが世の中おかしいと嘆きながらも。
「無駄話はさておき、炎の量は十分に集まってきたよ」
 そういう妹紅は、炎に包まれて走るスタントマンの如き状況であった。『火だるま』という表現がしっくり来るだろう。
「すごい炎ですね。でも、妹紅さんもそれで熱くはないんですか?」
 勇美は疑問に思った事を口にした。でも、答えは決まっているだろうとは思いながらも。
「ああ、熱いよ」
「えっ?」
 だが答えは予想していたものとは違っていた。妹紅に言われて思わず勇美は上ずった声を出してしまう。
「驚く事はないさ、スペル名に『自滅』ってあったじゃないか」
「自分の身を削るスペルがあるなんて……」
 勇美は呆気に取られてしまった。
「そこまでしますか」
「ああ、自分の不利な状況じゃ四の五の言ってられないからね。そう思って作ったスペルさ。さあ、行くよ!」
 妹紅がそう言うと、彼女の周りの空気が渦を巻き始めた。そして激しい風の奔流が起こると、それに妹紅の纏った炎が絡め取られ火炎の嵐となって辺りをのたうち回ったのだった。
「!!」
 それは雨風を吹き飛ばし、更に勇美が作り上げた『ガン降ラスター』をも巻き込み焼き付けたのだ。
 そして太陽のように光と熱を放ちながら、猛火に包まれたロボットは溶けてしまった。
「うっ!」
 自分の分身を溶鉄にされた事によりダメージが自身にフィードバックされる勇美。
「これでダメージはおあいこのようだね」
 誇らしげに言う妹紅。彼女もまた服が焦げ、痛々しい様相となっていたのだ。
「そのようですね」
 対する勇美も、呼吸を乱していささか辛そうだ。
「そして、これで振り出しに戻った訳だな」
「はい」
 妹紅に言われて勇美は歯噛みしながら返した。これで、炎を使う彼女に対して雨を用いるという完璧に思えた戦法は通用しないなと思いながら。
「では、次は妹紅さんから仕掛けて下さい」
「ん? そうか? いい心構えだな」
 勇美に薦められて、妹紅は感心して言った。
 だが、勇美とて譲歩している訳ではなかったのだ。先程妹紅の攻撃で雨を無効にされたように何が起こるか分からない事を考慮して、相手の出方を見計らっているのだ。
「じゃあ、遠慮なくやらせてもらうよ!」
 そう言って妹紅はまた新たなるスペルカードを取り出す。
「【滅罪「正直者の死」】」
 そしてスペルを宣言すると、右手を前に出すと、そこにエネルギーが集まっていったのだ。
「来る!」
 身構える勇美の言う通り、妹紅のその手からレーザーが放たれたのだ。
 それを見た勇美は避けなければと思いレーザーをかわすべく体を動かしたのだ。
「逃がしはしないよ!」
 そんな勇美に対して妹紅が言うと同時に、レーザーの軌道が変わった。
「ええっ? 追尾レーザー!?」
 そう、勇美の指摘するように、そのレーザーは勇美を狙って軌道を変えたのだ。
「うわ~、そんなのずるいよ~」
 勇美は慌てふためきながらレーザーから逃げるように走り始めた。
「まあ恨みなさんな。これも立派なスペルだよ」
 そんな勇美を面白おかしそうに俯瞰する妹紅。そしてその主の心持ちに応えるかのように意気揚々と勇美を追い回すレーザー。
「はあ……はあ……」
 そんな不毛な鬼ごっこを強いられていた勇美は段々と疲弊していったのだ。
 当然だろう。勇美は生身の人間なのに対して、相手は生物ですらないレーザーだったのだから。
 もう逃げられない。そう思って勇美は足を止めてしまった。これでダメージは免れないだろう、余り痛くなければいいなと消極的な事を思いながら。
「あれ……?」
 身構えながら勇美は異変に気付いた。いつまで経っても体に痛みが走らなかったからだ。
 何事かと目を凝らして見ると、妹紅の手から照射されていたレーザーが収まっていたのだ。
「あれ? どうしたんだろう?」
 勇美は首を傾げるが、
「何だか分からないけど、これはチャンスかも!」
 そう意気込んで勇美は神に呼び掛ける。
「天津甕星様、私に力を!」
 言って勇美は右手を前に突き出すと、そこに銃が顕現を始めた。
 そして、その銃を掴むと勇美は攻撃の為に妹紅との距離を開けるべく後ろに下がったのだ。
 すると、妹紅の手から再びレーザーが照射されたのだ。それを見て勇美は避けようと更に後ろに下がろうとした。
「!!」
 思わず息を飲む勇美。後ろに下がろうとしたのだが、彼女の背後には竹が差し迫っていて、それが叶わなかったのだ。
 これまでか。そう勇美が思った。だが、レーザーの発射は再びなりを潜めたのだ。
「あれ、まただ……」
 勇美は助かったと思うと同時に再び首を傾げた。
 どういう事だろう。相手が足を止めた時なんて、攻め入る絶好の機会だというのに。
 そう訝った勇美だが、ある仮説に行き当たった。
(もしかして、攻撃しなかったんじゃなくて、出来なかったんじゃ……?)
 そう勇美は思い、それを確認すべく行動に移した。
「【星弾「プレアデスブレット」】!」
 彼女はスペルカード宣言をして、自作の銃の引き金を引いたのだ──今度は足を動かさずその場で。
「ちっ!」
 それに対して今まで余裕の態度だった妹紅は舌打ちをした。そして彼女に星形の弾の群れは襲い掛かった。弾の一つ一つは妹紅に着弾すると次々に小さな爆ぜを生み出していったのだ。
「くぅっ……」
 勇美の攻撃を受け、妹紅は苦悶の表情を浮かべた。
 そして、その瞬間勇美は確信したのだ。
「分かりましたよ妹紅さん、そのレーザーは相手が移動してる時だけ発射されるんですね」
「ご名答だよ、さすがだね」
 勇美の答えに妹紅は正解だという意を示したのだ。
『正直者の死』。それは正に正直に攻撃を避けようとする者に痛手を負わせる為の、一風変わったスペルだったのだ。
「攻撃の性質は読んだよ。つまり移動しなければこっちから攻撃し放題って事だね」
 勇美は勢いづいて銃口を再び妹紅に向けた。このまま一気に攻め倒してしまおうと踏んだのだ。
「残念、その答えはハズレだよ」
 だが妹紅には先程までの余裕が戻っていた。ニヤリと笑みを浮かべると、彼女はどこからともなく何かを取り出した。それは……。
「何と竹でできたバズーカ砲だったのです!」
「あんたが先にそれを言うか……」
 人が武器の説明をしようと思っていた矢先に相手に言われてしまい、妹紅はやるせない気分となった。
 しかも勇美の言い方だと、東方は東方でもprojectとは別の東方になってしまうのだ。更にそれだと妹紅はタイムパラドックスを起こした罪で時の団地に幽閉されてしまう、そんなの冗談じゃないと憤りを感じるのだった。
 閑話休題。妹紅はそういうネタ的な話題を頭から振り払うと、気を取り直して手に持った武器の説明をした。
「『火焔竹筒』。こいつの火力は相当なもんだよ。尤も……」
 そう言って妹紅は竹筒を左手に構えて勇美へと狙いを定めた。
 そして発射される炎の砲弾。それは着実に勇美との距離を詰めていったのだ。
 勇美はこの攻撃を避けようと、その場から動いてしまったのだ。
「ダメージを直接当てるのが狙いじゃないけどね」
 妹紅はニヤリと笑いながら言った。そして、再び照射される『正直者の死』。
「ひぃっ……」
 勇美は襲い掛かるそのレーザーから、また逃げるしかなかったのだった。
 逃げる彼女をレーザーは追い始めた。そんな窮地に至ってしまった勇美は走りながらも必死で考えを巡らせ始めた。
(一体どうすれば……?)
 思考を馳せさせる勇美。こういう窮地で以前──メディスン戦ではどうしたのだっただろうか?
(そうだ!)
 勇美はすぐに今すべき事を思いついたのだ。後は実行するだけだった。
 そこに妹紅のレーザーが今まさに差し迫っていた。そして勇美を貫かんと彼女に肉薄したのだ。
 そして勇美にレーザーが突き刺さり、そこから激しい閃光が迸り辺りを包んだのだった。
(勝負あったね)
 妹紅はここで自分の勝利を確信したのだ。
 そして、閃光が止み視界が晴れて来た。妹紅は後は地面に倒れた勇美の姿を確認するのみであった。
 だが……。
「!!」
 その瞬間、妹紅は目を見開いた。
 そこには、彼女が想像していた、倒れた勇美の姿は存在していなかったのだ。代わりにあったのは。
「バリアかい。味な真似してくれるね」
 妹紅は苦笑いを浮かべながら言った。
「【水鏡「ウォーターベール」】……」
 勇美はそう自分が発動していたスペルの名前を宣言した。そして彼女は丈夫な水の膜に覆われていたのだった。
「駄目ですよ妹紅さん。味な真似って言ったら、その後はビチグソがぁ~って言わないと」
「言うか女の私がそんな下品な事!」
 そんなふざけた台詞の発言を求められた妹紅は、当然怒る。
「さすがね、勇美。今ので段々貴方のペースに引き込み始めたわよ」
 感心して言う依姫。だが実際妹紅にビチグソ発言を薦めた事までは賞賛していなかった。これはないわ~と思っていた。
「これで『正直者の死』は封じたようだね」
「悔しいけどそのようだよ」
「じゃあ、今度は私から行かせてもらうね~」
 言うと勇美は水の防護膜に覆われた状態から天津甕星の力で造った銃を妹紅に構えた。
「この状態からプレアデスブレット発射!」
「何っ!?」
 妹紅は驚いてしまった。防御しながら攻撃をしようとするなど。だが、彼女は冷静になって言う。
「水の膜を張ったままで、どうやって銃撃しようってのさ?」
 その発言が現状を明確に言い表していた。壁に弾を発射しても当然そこにぶつかってしまうだろう。
 だが、勇美は構わず引き金を引こうとしていた。
「まあ見てなさいって♪」
 意気揚々と彼女は言うと、そのままキリリと引き金を引いたのだ。
 そして発射される星の弾丸。しかしこのまま水の壁にぶつかって文字通り星となるのは目に見えているだろう。
 しかし、弾が差し迫った時それは起こったのだ。星の弾はぶつかって砕ける事なく──水の壁をすり抜けたのだった。まるで水が弾のために見えない通り道を作るが如く。
「何っ?」
 当然妹紅は意表をつかれてしまった。そして、自分の元に届かないと高を括っていた弾丸の群れに対して準備が出来ておらず、その攻撃をまともに喰らったのだった。
「くぅぅっ……!」
 妹紅に次々着弾してパチパチと弾ける星の弾丸。それに堪らずに呻き声を出してしまう妹紅。
 そして一頻り射撃を行った勇美は、攻撃の手を止めたのだ。エネルギーを連続で放出した為、少し休む時間が必要だったのである。
「どんなもんですか?」
 勇美は弾むように、妹紅に挑発的に言ってのけた。
「はあ……はあ……」
 対する妹紅は思わぬ攻撃に息を荒げていた。
「やるね……」
 呼吸を乱しながら彼女は呻くように呟いた。
(よし……!)
 この調子ならいける! 勇美はそう意気込み次の攻撃を仕掛けようと思った。 

 

第11話 魁! 黒銀勇美VS藤原妹紅-不死鳥編-:後編

 水のバリアを張りながら星の弾丸を放ち、妹紅との戦いで優位を見せた勇美。彼女はこの勢いにそのまま乗ろうとしていたが。
「ちょっと待った、次は私の番だよ!」
「うっ……」
 妹紅の発言を聞いて勇美は言葉を詰まらせてしまう。
 確かにそうだ。今まで攻めていたのは勇美である。となれば次は妹紅が攻める番であろう。
「でも、このウォーターベールはそう簡単には破れないよ!」
 だが勇美は気を取り直したのだ。今の自分には無敵のバリアが付いているのだ。
「ふん、それはどうかな?」
 妹紅はニヤリと不適に笑って言った。
「!」
 それを見た勇美は背筋をゾクリと震わせ、ハッタリでない事を反射的に察するのであった。そして妹紅はまた新しいスペルカードを取り出す。
「じっくり体感しな! 【蓬莱「凱風快晴-フジヤマヴォルケイノ-」!!】」
 そしてとうとう発動された、妹紅のこの戦いでの四番目のスペルカード。
「何が起きるの?」
 そう言いながら勇美は考えた。フジヤマは富士山、ヴォルケイノは英語で『火山』の意味。
 そして、勇美が考えている間に事は起こったのだ。地面が奥底で激しく流動するのが分かった。
 続いて勇美の近くの地面にひびが入り……そこに穴が開くと同時に真っ赤に煮えたぎるマグマが顔を覗かせ、そして勢いよく吹き上がり火柱を上げたのだ。
「ええっ!?」
 勇美は驚いてしまうが、無理はないだろう。何しろ小規模ながら本物の噴火さながらの勢いだったのだから。
 そして、次々に起こるマグマの噴出。そんな最中勇美はたじろいでいると、とうとう地面のひびが彼女の足元まで忍び寄っていたのだった。
「しまっ……!」
 勇美は慌てて対処をしようとするが、それは最早後の祭りだった。そして容赦なく彼女の足元から爆音を轟かせ、赤き噴出が巻き起こったのだ。
「うわぁぁぁぁーーーーー!!」
 大きな悲鳴をあげながら勇美は噴火の餌食となり、吹き飛ばされてしまった。
 ずしゃぁぁぁぁー。そして宙に浮いた体が重力に引かれて地面にぶつかり、地に引きずられてしまう。
「どうだい、不死の山の怒りのお味は?」
 芝居がかった台詞で勇美に勝ち誇る妹紅であったが、当の本人からは返事がなかった。
「やりすぎちゃったかな……?」
 まだ弾幕ごっこの経験の日の浅い少女に対していささかムキになってしまったかと、妹紅はここで自分を顧みたのだ。
「いや……」
 だが彼女は首を横に振って、それは謙遜しすぎだと思い直す事にした。何故なら勇美は妹紅に完全に押されるのではなく、着実に一矢報いる形を取ってきたのだから。
 つまり、妹紅と渡り合ったのだ。だが、それもここまでかと彼女は思った。
「降参するなら今の内だよ」
 勇ましく自信に満ちた口調で、妹紅は地面に倒れている勇美に言葉を浴びせた。
「……うぅ」
 それを聞きながら、勇美は深手を負った体から脳に送られて来る苦痛の信号に苛まれながら呻いた。
 ──確かに降参すべきは今である。今の自分と妹紅は実力の差が大きいのだ。このまま白旗を揚げれば無謀なこの戦いを続ける事なく楽になれる。
(だけど……)
 そうする訳にはいかなかったのだ。
 まず第一に妹紅は輝夜と殺し合いをすると言っていた事である。みすみす惨劇が起こる前触れを見逃す訳にはいかない。
 そして、第二に勇美が依姫の元で鍛錬を積む事、幻想郷やそこに住む人達と触れ合い戯れていく事、これは彼女なりの母親に対する『復讐』だったのである。ここで折れてしまっては『復讐』は完了しないのだ。
 これらの事が要因となって、勇美の心は決まったのだった。

◇ ◇ ◇

 そして勇美は痛みに疼く体に鞭打って、その身をゆっくり起こしたのだ。自分でも無茶をしていると思いながらも。
「へえ、まだ立つのかい?」
 妹紅はそんな勇美に対して感心しながら言った。
「まあ、色々ありますからね。負けられないんですよ」
「ほう……」
 そう振舞う勇美を見ながら、妹紅はどこか懐かしい心持ちとなっていた。──まるで昔の自分を見ているようだと。
 あの頃は無我夢中で父:不比等に恥をかかせた輝夜に復讐する事に必死だったのだ。勇美はその時の自分のように屈折した感情は持ち合わせていないように思えるが、必死さでは通じるものがあるのだ。
「でもどうするんだい? さっきの水の膜は破ったし、私には雨は通じない事は分かっているだろ?」
「そうですよね」
 勇美はそれに同意する。確かに今の自分は不利な状況である。
 だが、奥の手はまだ自分にはあったのだ。──さすがは八百万の神の力を借りているだけの事はあるという訳だろう。
 水の膜は弾き飛ばされる。雨の力では通じない。なら残った手段は。
「『ネプチューン様』、私とマッくんに力を貸して下さい!」
 そう勇美が呼びかけると、彼女の側で波のような水飛沫が巻き起こったのだ。雨という、空から降る水の力が駄目なら、海から攻めてやろうと勇美は思ったのだった。
 そして、水の奔流の中から何かが首を覗かせ始めた。マックスだ。
「これは見事な大蛇だねえ……」
 その姿を目の当たりにした妹紅はただ感心するしかなかった。
 それは水色が金属的な光沢を持つ、彫刻のように美しい3メートル程の機械の大蛇だったのである。
「名付けて『メカ・シーサーペント』だよ♪」
 勇美は今しがた思い浮かんだ名称を口にした。
「ほう。でも名前だけ立派でもしょうがないよ」
「はい、それにはご心配に及びません」
 軽口を叩き合う二人。だが、徐々にペースは再び勇美の方に流れていっていたのだ。
「では行きますよ! 【水圧「ハイドロバスター」】!!」
『メカ・シーサーペント』と化したマックスに命じた、勇美のスペル宣言だった。
 そしてそれを彼は受けて口を大きく開くと、そこに球状に水飛沫が集まり始め、それは段々大きくなっていった。
 一頻り大きくなった水の集束を確認した勇美は、ついに彼に命じる。
「いっけぇーーーーー!!」
 それを合図にしてマックスの口から勢いよく水が放出されたのだ。まさにゲームや映画でのドラゴンの炎のブレスを水で行ったかのようであった。
 猛烈な力量で押し進められる水の束の進行。当然それは妹紅目掛けて突き進んでいったのだ。
「これは……、マズいな……」
 さすがにこの大放水には自分の炎でも対処は出来ないだろう。そう思う妹紅の体をとうとう水はどっぷりと包み込んだのだった。
 そして、妹紅の体を勢いよく押し流し……木っ端微塵にしてしまったのだ。そう、跡形もなく。
「いいっ!!」
 当然勇美は驚いてしまう。これはまずい事になったのではと慌てふためくのだった。
「どどど、どーしよう依姫さん!? 私人殺しになっちゃったよぉー!!」
「落ち着きなさい、勇美」
 対する依姫は妙に落ち着いている。
「人殺しして落ち着けはないでしょうに!」
 勇美の主張は最もである。
「安心しなさい、貴方は誰も殺していないわ。見てみなさい」
 そう言って依姫はとある方向を指差す。
「!?」
 そこには炎が集まっていたのだ。そして集まった炎は一際激しく燃え上がると、人の形になっていったのだった。
 それは、正に先程水圧で押し流して消滅させてしまった筈の妹紅であった。
「良かった……でも何か引っかかる」
 それを見た勇美は安堵すると同時に、何か依姫に対して感じるのだった。
「でも、それを今気にしても仕方ないか」
 そう思い直す勇美であった。
「これが私のとっておきのスペル、【「フェニックス再誕」】だよ」
「つまり、やられても再生するスペルって事ですか?」
「ご名答♪」
 勇美に正解を当てられ、妹紅は嬉しそうに言った。
「だけど、これは再生だけじゃあないんだよな~」
 妹紅はそう言うと、自分の体から勢いよく炎を吹き出したのだった。そしてそれは勇美目掛けて襲い掛かった。
「!!」
「どうだい? 再生と攻撃を同時に行えるのがこの『フェニックス再誕』さ」
 得意気に言う妹紅。
「成る程、それは厄介だね。でも、まだ私は『ハイドロバスター』を撃てるんだよ。マッくん、もう一回お願い!」
 勇美の命令を受けて、マックスはもう一度その口から高出力の水圧を吐き出したのだ。
 そして、それは妹紅が放った炎を消し飛ばし、再び妹紅本人目掛けて一直線に突き進んだ。
 激しく弾ける音と共に、またも妹紅は水圧に飲み込まれ……その体を吹き飛ばされたのだ。
「う~ん、嫌な予感……」
 そう冷や汗を垂らしながら、勇美は独り呟く。そして、その予感は的中するのだった。
 案の定炎が再び集まり燃え盛ると、そこに妹紅の姿が再出現したのだ。
「やっぱり……」
「まあ、予想通りだったようだね。じゃあ、また喰らいな!」
 そして、また妹紅から炎が吹き出され、勇美を襲ったのだ。
「これじゃあ、きりがないよ……仕方ない」
 勇美はそう言うと、自分に向かって来る炎に対して、今度は放水を行わなかったのだ。
 そして、勇美は別の神に呼び掛けたのだ。
「火雷神様よ、風神様よ、同時に私に力を貸して下さい!」
 そう勇美が言うと、マックスは大蛇の姿を解除して四散し、そして再び集まり形を作っていった。
 すると、彼は巨大なスクリューの姿を取っていた。
「何をする気だい?」
 妹紅はそれを見て、首を傾げた。
「まあ、見てなさいって」
 勇美は迫る炎にも臆さずに言ってのけた。そして、新たなスペルを宣言する。
「【渦符「鳴門海峡の名物」】!」
 その宣言後、マックスはスクリューを回転させると、そこから大渦が発生したのだ。
 そして、妹紅の炎を飲み込んで掻き消してしまったのだ。
「何!?」
 これには妹紅は驚いてしまった。だが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「でも、フェニックス再誕を使っている限り、私は何度でも再生して、その度に反撃するぞ。これをどう攻略する?」
 勇美が機転を効かしたが、尚も妹紅の有利は変わっていない状況なのだ。
 だが、勇美はニヤリと笑ってみせ、
「そっちが『再誕』なら、こっちにも奥の手があるってものですよ♪」
 と、不敵に言ってのけた。
 そして続ける。
「火の鳥とか再誕には、こっちは爆誕よ!」
「いや、それはどうかと思うよ!」
 その理論はまずい、妹紅はそう思うのだった。確か、火の鳥に対して海の神が存在している、そんなゲームがあったのだ。
「じゃあ行くよ」
 言って勇美は右手を天に翳して神に呼び掛けた。
「祇園様と、大黒様。私に力を!」
「あれ……?」
 その神のチョイスを聞いて、妹紅は疑問に思った。てっきり火の鳥である自分に対して、先程と同じように海の神の力を借りると思っていたからだ。
 そして、勇美の目の前に金属の断片が集まり、人の形を作っていったのだった。
 そう、人の形である。先程のような海の大蛇ではなく人の姿であった。
 そして、その人型は黒いローブを纏い、手には柄の先からのみならず尾の部分からも赤い光の刃で出来た薙刀を持ち……。
「うわぁぁぁぁぁーーー!!」
 妹紅は慌てて両手を振って、言葉にならない抗議をした。
 その姿に怖気づいたからではない。そのデザインが海の神よりも大人の事情的にまずいものだったからだ。
 そういや時期が近かったなぁ、海の神が活躍する二作目の映画と、薙刀持ちが立ちふさがる時間軸がシリーズにおいて過去の映画。そんな事を妹紅は遠い目をしながら思ったのだった。
「どんなもんですか?」
「あんた、著作権侵害で訴えられればいいわ!」
 妹紅は悪ノリする勇美に、項垂れながら言った。
「でも、世界的洋画に喧嘩売った所で、私の優位は覆らないわよ」
 しかし、気を取り直して妹紅は軽口で返した。
「それはやってみないとわかりませんよ♪ 行きなさい、『ダーク』!」
「うん、そのネーミングもまずいね」
 妹紅は突っ込みを入れる。明らかに一字違いのアレから取ったものだと分かったからだ。
 だが、妹紅がそう思っている間にもローブの薙刀使いは彼女へと向かっていたのだ。そしてエネルギーで出来た薙刀を妹紅目掛けて振りかざした。
「くうぅ……」
 思わず呻き声をあげる妹紅。──油断していた。単に著作権に喧嘩を売ったデザインではなく、ちゃんとした攻撃手段となっていたからだ。そして彼女は薙刀の一撃をしたたかにもらってしまったのだ。
「だが、一撃くらいはもらってあげたけど、次はこうはいかないよ!」
「いいえ、今ので決まりましたよ」
「!?」
 不敵に言う勇美に、妹紅はただならぬものを感じて思わず息を飲んでしまった。
 そして、妹紅が感じた何かは現実のものとなるのだった。
「【薙符「ブレードローリング」!】
 そう勇美が宣言すると、ダークが振り抜いた薙刀をそのまま器用に回転させたのだ。それにより妹紅は何度も切り刻まれる事となるのだった。
「ぐあぁぁぁぁーーー!!」
 意外な猛攻に対して、妹紅は叫び声をあげてしまう。だが、そんな最中でも彼女は徐々に冷静さを取り戻していった。
(い、いくらこの攻撃が強烈でも、私が一度消し飛んで再生すれば、その時に反撃のチャンスはある……)
 そう心の中で踏んだ妹紅だったが、何度もプロペラのように回転する刃に切り刻まれている中で気付き始めた。
(まずい、こうも絶え間なく攻撃を加えられては、再生の隙が生じない……!)
 その結論に至った妹紅は何度も斬られた後、吹き飛ばされて地面に体をぶつけてしまったのだった。
「くぅぅ……」
 呻く妹紅。再生に入る事が出来ずに深手を負っている。
「参ったね、絶え間なく攻撃する事で再生を防ぐとは考えたね……」
「いえ、正直そこまで考えていませんでした♪」
 実は勇美は薙刀状の刃で攻撃したら強力程度にしか思っていなかったのだった。
「えっ……?」
 これには妹紅は拍子抜けしてしまう。そして……。
「あ……あははははは!」
 彼女は端を切ったように笑い始めたのだ。
「むぅ~、そこまで笑う事はないじゃないですか!」
 それに対して勇美はむくれて抗議する。
「いや、悪い悪い。あんたとの弾幕ごっこが余りにも楽しくなってきたからさ。思わずって感じ」
「そ、そうですか……?」
 なんとか笑いを収めて誤りながら言う妹紅に対して、勇美は満更でもなくなってしまう。
「そう、だから私もここで新しいスペルを試したくなったのさ」
 新しいスペル。さっきの再生と反撃の猛攻で最後ではなかったのかと、勇美は身構えた。
「じゃあ行くよ!」
 そう言うと妹紅は両手を天に掲げ、スペルの発動の予備動作を行った。
「【殺刃「スレイサー1005」!!】
 そして、妹紅の新たなるスペルが宣言されたのだ。
「!?」
 それを聞いて依姫ははっとなった。
「気を付けなさい勇美。そのスペルは本当にこの者が今まで使っていなかた物よ!」
「あ、はい!」
 依姫の忠告を素直に聞く勇美。だがその最中、どこか依姫の言い方に違和感を覚えるのだった。
 そうこうしている内に、妹紅の背中から今まで通り炎の翼が顕現した。
「その翼は何度も見ましたから、もう驚きませんよ♪」
 どこか達観した様子で勇美は言う。
「安心しなよ、こっちとしても同じ事はしないから」
 それに対して妹紅も憮然とした態度で挑む。
「それじゃあ、行くよ!」
 そして、とうとう妹紅は行動に出たのだ。背中の炎の翼を勢いよく振りかぶったのだった。
 すると、そこからエネルギーの刃が無数に作られ、勇美目掛けて飛び掛っていった。
「今度の攻撃は炎ではないんですね」
 刃の群れが迫る中で、勇美は冷静に分析した。
「私が炎だけが得意分野だと思ったかい? それは偏見ってもんだよ」
「確かに人を見た目で判断するってのは良くないですよね」
 ちょっとした皮肉のやり取りをする二人。勇美も幻想郷の少女流の戦いの感覚を理解していっているのかも知れない。
 しかし、そうしている間にも、刃と勇美の距離はどんどん縮んでいったのだった。
 だが、勇美はなおも冷静である。
「ダーク、お願いね!」
 そう勇美は相棒の機械騎士に呼び掛けると、彼はエネルギーの薙刀を眼前でプロペラのように回転させたのだ。
 それをエネルギーで出来た刃で行ったために、次々起こる残光が非常に幻想的なものとなっていた。
 そして飛び掛っていった刃はパキパキと音を立てて、見事に全て斬り弾かれたのだった。
「やるね、でもまぐれはそう何度も起きないよ!」
 攻撃を防がれた妹紅であったが、めげる事なく言い、
「まだまだこっちの攻撃は続けられるんだからね!」
 と、再び翼を振りかぶって光の刃の群れを放出したのだ。
「また来ますか」
 そう言って身構える勇美であったが、動じる様子はなかった。
「何度やっても同じ事ですよ。ダーク、またお願い!」
 そして勇美は再びマックスに指令を出したのだ。
 またしてもマックスは薙刀を回転させ、妹紅の放った光の刃は先程と同じく木の枝の如く切り払われたのだった。
「むぅ……」
 これには妹紅は唸るしかなかった。
「どんなもんですか♪」
「さっきのはまぐれって訳じゃなかったんだね」
 素直に相手の健闘を妹紅は称える。
「こちとら、依姫さんの刀捌きをいつも見てるんでねぇ~」
 どこか時代掛かった台詞回しで、勇美は得意気に語ってみせた。
「成る程、いい師匠を持ったって事か……」
 妹紅はそうしみじみと呟く。師匠──自分にも意味合いが少し違えど、それに通じるような存在『上白沢慧音』がいる事を今、妹紅は噛み締めるのだった。
「そうとなれば、最早出し惜しみは必要ないって事だね!」
「ええっ!? これで出し惜しみしていたんですか?」
 妹紅の発言に、勇美は露骨に嫌そうな表情で抗議した。
「まあそういう顔はしなさんな、これで最後だから」
 そう、これがこの戦いにおいて妹紅の最後のスペルとなるのだ。妹紅にとっても、勇美にとっても、これで勝負は決まるであろう。
 妹紅は深く息を吸い込み、そしてこれまた深く吐き出した。そして宣言する。
「【灼熱「フレアウィング(インフィニティ)」】!!」
 身構える勇美。だがそれを聞いていた依姫は「そのネーミングはどうなの?」と思っていた。スペル名に『∞』のような記号を付ける者は、弾幕ごっこの経験が深くはない依姫でもどうだろうと感じるのだった。
 だが、問題はネーミングではない。妹紅の背中からは、今までとは比べものにならない熱と炎が吹き出したからだ。まさに『灼熱』である。
「行くよ!」
 そして振りかぶられる灼熱の翼。それだけで物凄い熱風が巻き起こる程だった。
 更に事はそれだけではなかったのだ。今度はそれに続いて、妹紅が作り出した熱の進路で次々に爆炎が生まれていったのだ。
「すごいです……」
 今まさにその爆炎に飲まれようとしているのに、勇美は感心しながら呟いたのだ。
 それだけ、この妹紅との戦いを素晴らしいものだと勇美は噛み締めていたのが理由であった。
 この状況には最早下手な小細工は通用しないだろう。勇美はそう決心し、正面から立ち向かう事にしたのだった。
「今こそ、『アレ』を使う時だね……」
「何かい? このフレアウィング∞に対して対策でもあるというのかい?」
 勇美に言われた妹紅は強気に出る。それだけこの最後の攻撃に対して自信があるのだ。
 だが、勇美の出した答えは、
「対策なんて大したものじゃないよ。正面からぶつかるだけだよ」
 というものであった。
「そうかい、なら受けて立つよ!」
 そんな勇美の心意気に触発されたのか、妹紅の意欲は最高潮となるのだった。
「金山彦様に愛宕様、力を貸して下さい」
 そう祈るように目をつむりながら念じる勇美。そしてローブの薙刀使いダークとなっていたマックスは分解され、金属の神と火の神の力を受けて新たな姿へと変貌していく。
 そして出来た姿は、鋭いくちばしに荘厳な翼と、それを金属で作り上げた機械の鳥であった。体色は目に焼き付くような橙色である。
「行きなさい、【機翼「メタルフェニックス」!】
 勇美がスペル名を宣言すると、その機械の鳥『メタルフェニックス』は勇ましくいなないた。
 すると彼の体から、妹紅のように激しい炎と熱が放出され纏わり付いたのだった。
 続いて立派な爪で地を蹴り、炎を纏いながら妹紅の放つ爆炎の道に突っ込んでいった。
「真正面から来るか。いいじゃないか、力比べだ!」
 それに対して妹紅も意気揚々と迎撃態勢となる。
 メタルフェニックスの進路で次々と炎が爆ぜる。その中を彼は物怖じせずに突き進んでいったのだ。
 もちろん無傷とはいかなかった。爆発をもらい、所々その機械の体にひびが入っていったのである。
「うう……」
 当然彼の本体である勇美にもダメージがもたらされる。だが……。
「負けませんよぉーーーー!!」
 気合いとか根性とかいう精神論は母親が強制してきた中で育ったために好きではなかった。
 だが、妹紅との最後の勝負は小細工は通用しないと勇美は踏んでいたため、妹紅に敬意を示す意味でも精神でぶつかる方法に出たのだった。
 そして、機械の不死鳥は竹林の不死鳥の放つ灼熱の小宇宙の中を突き進むシャトル機さながらの風貌を醸し出していったのだ。
 ピキ……ピキ……。メタルフェニックスは軋み割れる音を出しながらもひたすら主の意志に応えるかのようにひたむきに突っ切っていった。
 その苛烈な宇宙旅行も幕を迎える事になる。ひとしきり機械の不死鳥が突き進むと、これまでにない盛大な爆発が起こったのだった。

◇ ◇ ◇

 迷いの竹林内で起こった派手な爆発。それによって巻き起こった大規模な土煙も徐々に収まる傾向にあった。
 そして晴れて来る視界……。そこにあったのは。
「はあ……はあ……」
 片膝をついて満身創痍の短い丈の黒い和服の少女、勇美。もう彼女はこれ以上戦う事は出来ないだろう。
「……」
 そして無言で倒れている白髪の長髪の少女、妹紅がいた。
 つまり、勝負の行方は。
「勇美、どうやら貴方の勝ちよ」
 終始二人の勝負を見守ってきた依姫が審判を下した。妹紅が意識を失っている以上、逆に意識を保っている勇美の勝利という事になるだろう。
 すなわち、勇美はややハードルの高かった相手に打ち勝ったという事であった。
「あはは……やった、勝った……」
 息も絶え絶えになりながら勇美は呟くと、彼女も意識を手放し深い夢の中へと入り込んでいくのだった。 
 

 
後書き
[2020/06/17]
ネタ的に無駄に馴染むサブタイトルを思い付いたので、それだけ差し替えました。 

 

第12話 背伸びの後に

「う……ん……」
 勇美は眠りの世界から徐々に覚醒していった。
 そして違和感に気付く。
「あれ……ここどこ?」
 寝ぼけ眼で勇美は呟く。14歳のまだあどけない少女が夢現を彷徨いながら戸惑う姿は愛らしい。
 だんだん覚醒していく勇美の意識。そこは今まで幻想郷で長い間過ごして見慣れた人里の自分の家の部屋でもなく、ましてや最近自分の新しい住処となった永遠亭の優雅な自室でもなかったのだ。
「気が付いたかい?」
 そして、自分の住処では聞き慣れない声が掛かるという『お約束』のシチュエーションが発生するのであった。
 だが、勇美はだんだん今の状況を思い起こしていった。
 まず自分は今日、いつものように竹林で依姫と共に鍛錬に励んでいたのだ。
 そこにもんぺとサスペンダーという二律背反もいい所な組み合わせの出で立ちの少女と出会ったのだ。
 そして彼女は何と輝夜と殺し合いをしに来たというとんでもない発言をした。
 そんな事させないと勇美は意気込んで彼女──藤原妹紅に、自分が勝ったら引き下がってもらうために弾幕ごっこを挑んだのだった。
 そして彼女との激しい戦いの末に、勇美は勝ったが彼女自身も倒れて……そこから記憶がないのである。
 つまり、その情報から導き出される答えは……。
「あなたは妹紅さんで、ここは妹紅さんのお家ですか?」
「うん、だいぶ意識がはっきりしてきたようだね、感心感心」
 妹紅ははにかみながら勇美に言った。
「え、それって何かまずいような……」
 勇美は少し冷や汗をかくような心持ちとなった。何故なら。
「輝夜様を殺そうとしていた人のお家でお世話になるなんて……」
 それが勇美が抱いた懸念だった。自分が住む場所の主にとって大敵な者の施しを受けるのは条理的に問題があると彼女は感じるのだった。
「すぐに私を帰らせて下……」
 そう言いかけて勇美の体からゴムを締め上げるような音が、本人の意思を無視して奏でられてしまったのだった。
「あれだけお互い激しい戦いをしたんだ、無理はいけないよ。第一あんたの可愛い腹の虫さんのご要望にも応えてあげないとね」
 先程から何かいい匂いがするのがその引き金となったのだ。
 壮絶な戦いの後眠りに落ちて、その後の疲弊した体に空きっ腹の所にこれは、生き物なら誰も逆らえるものではないだろう。
「反則ですよ、妹紅さん……」
 弾幕勝負には勝ったのに、駆け引きでは完全に負けた。そんな清々しい敗北感を勇美は噛み締めるのだった。
「まあ、私の存在自体『反則』みたいなものだから、言われ慣れた言葉だよ」
「それってどういう事ですか?」
 妹紅の含みのある言い回しに、勇美は首を傾げた。
 それを妹紅は含み笑いを堪えながら言った。
「『綿月依姫』とか言ったっけ? あんたも意地が悪いねぇ……。そろそろ教えてあげなよ」
「そうね、貴方と勇美の勝負も済んだ事だし、頃合いって所かしらね?」
 妹紅に話しかけられて、依姫もその場に現れて言った。
「依姫さん、ずっと私が眠っている間いてくれたんですね?」
 その事実に勇美は胸が熱くなるような心持ちとなるのであった。
「当然でしょ? 貴方にはちょっと意地悪する形になったんですもの。それに対するお詫びのようなものを含める意味でもね」
「??」
 依姫にも含みのある言われ方をして、勇美はますます頭がこんがらがった。
「いかにも訳が分からないって感じね。でも、それは食事をしながら話す事にしましょう。いつまでも湯気と香りの中に晒されるなんて、蛇の生殺しですしね」
「はい、お食事一緒にさせていただきます♪」
 勇美の素直な反応に、妹紅も依姫も微笑ましく感じるのだった。

◇ ◇ ◇

『妹紅宅』で頂く事になった昼食。
 そのレパートリーは白米や味噌汁や漬け物や焼き魚といった、いかにも和食というものであった。
 だが、その味付けは見事なものであった。白米は噛めば噛むほど甘みが唾液に絡め取られて濃厚な味わいになるし、味噌汁は味噌加減が丁度よく味がしつこくなく、それでいて食欲に華を咲かせるしっかりした味であったのだ。
 焼き魚も塩加減が絶妙で魚肉の歯応えを彩り、漬け物も優しく口の中に程よい刺激を与え、他の料理に水を指す事なく寧ろ箸を進ませる立役者となっていたのだ。
 それを勇美は心ゆくまで堪能していた。素朴ながら実に味わい深いものであった。
 そう、妹紅が作った食事自体は文句なしであったのだ。だが、問題は他にあった。
 それを言葉として紡ぐべく、勇美は口を開いた。
「要するに、妹紅さんと輝夜さんって不死身だったという事ですよね!」
 引きつる笑みを浮かべながら、勇美は強めの口調でいった。
「ああ、ついでに言うと輝夜の従者の薬師の永琳とかいう奴もだな」
 妹紅曰く、彼女らは輝夜の能力と永琳の頭脳で生み出された産物、『蓬莱の薬』を飲んで不老不死の肉体となったのである。
「つまり、私はお二人が死んでも生き返る事を知らされないでムキに止めようとしていた、そういう事ですね!」
「ああ」
「それって、私は俗に言う『騙された』って事じゃないんですか?」
 とうとう勇美は言い切った。自分はいいようにオモチャにされて遊ばれていたのだと。
「まあ、そう言いっこなしですよ」
 そこに依姫が笑いを堪えながら入り込んできた。
「そもそも依姫さんが事の始まりでしょ! 私に敢えて説明しないで妹紅さんとの勝負をけしかける形にして」
 勇美は言いたい事をどんどん言う。
「ごめんなさいね。でも、殺し合いなんて、例え生き返っても物騒でしょ? それを貴方は止める事に成功したのよ」
「はい、確かに……」
 そう考えると自分のやった事の意味合いは変わってくるなと勇美は少し考えを改める気持ちとなった。
「それに、貴方にはそろそろ少しハードルの高い勝負をして欲しかったってのもあるわ」
「あ……」
 そう言われて勇美ははっとなった。要は勇美の成長の事を考えてやってくれた事であった。方法はやや乱暴ではあったが。
 そして勇美は胸を手に当てて思い返してみる。予め妹紅と輝夜が不死身だと知っていたら、輝夜と渡り合うような存在に自分は敢えて挑もうとは思っていなかったであろうと。
「依姫さん、ありがとうございました……」
 そういう結論に至った勇美は、心から依姫に礼を言うのだった。
 そんな二人のやり取りの中に妹紅が入ってきた。
「そもそも、私はもう輝夜とは殺し合いをしてないんだよねぇ~」
 その発言がされた瞬間、時間が止まった。妹紅は炎の使い手だというのに、真逆の『フリーズ』を引き起こしたのだった。
「え、今なんて……」
「だから、もう私は輝夜と殺し合いをしてないって言ったのさ」
 呆気に取られながらも何とか言葉を紡ぎ出した勇美に対して、妹紅はあっけらかんと答えた。
「依姫さん、聞いてないですよ。そもそも妹紅さんは殺し合いすらしてないってどういう事ですか?」
「ごめんなさい、さすがにこれは想定外でした。もっと情報を集めておくべきでしたね」
 勇美の突っ込みに依姫は素直に謝る。依姫とてこの事は知り得なかったようだ。
「そういや鈴仙さん、言ってたっけ……」
 勇美はぼやきながら思い返す。彼女が竹林に住み、輝夜と関係を持ちながらも彼女と永遠亭には危害を加えないだろう者がいると言っていた事を。どうやらそれが妹紅だったようである。
「いえ、依姫さん。私も注意不足でした」
 勇美も自分にも非があると認めて謝った。
「まあ、間違いは誰にでもあるから、気にしない事だよ」
 その妹紅の発言を受け、勇美と依姫は呼吸を合わせて決心をした。
「いえ、この場合妹紅さんが一番タチ悪いですよ」
「ですね」
 そう息を合わせて突っ込みを入れつつも、二人は食事を頂いたお礼を言って妹紅宅を後にするのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、永遠亭の休憩室。そこでお茶をしながら話をする勇美と輝夜の姿があった。
「馬鹿ねぇ~、私の為に体を張るなんて。もう私は妹紅とは殺し合いをしてないってのに……」
「あはは……」
 輝夜に痛い所を指摘され、勇美は苦笑いを返すしかなかった。
「でも……」
 手痛い突っ込みを勇美に入れていた輝夜は、そこで流れを変えた。
「輝夜様?」
 場の空気が変わった事に、勇美はどうしたのかと頭に疑問符を浮かべる。
「何はともあれ、私の為にやってくれたんだものね。『ありがとう』」
 昔、求婚者達をたぶらかした経験がある輝夜でも、純粋に自分の事を思って行動してくれる人に対しては満更でもないと思い、勇美にその不変のお礼の言葉を投げ掛けるのであった。
 そして、勇美は今この『背伸び』に一切の後悔が無くなったのだ。何故ならこうして妹紅とも輝夜とも仲良くなれる切欠となったからであった。 

 

第13話 人里の守護者との再会

 妹紅との一件があってから、勇美と依姫は時々彼女に会いに行っていたのだ。
 何をするのかと言えば、例えば三人で何気ない話をしたりとか、勇美が妹紅に稽古をつけてもらったりとか、そういう内容であった。
 そして、今日は前者の方であったようだ。
「それで、慧音は元気にしてる?」
 そう問うてきたのは妹紅であった。彼女の気にする上白沢慧音は彼女にとってかけがえのない保護者的な存在なのだから。
「う~ん、そう言われても……」
 その妹紅の問いに勇美は困ったように渋ってみせた。
「どうしたんだい? 何か問題でも……?」
 そんな勇美の態度に業を煮やした妹紅は、やや勇美に対して食い入るように迫って来たのだ。これには勇美は慌ててしまう。
「そ、そんな形相で迫らないで下さいって……」
 ちょっと冷や汗を流しながら勇美は言いながら、次の言葉を脳内で纏めてから紡ぎ出した。
「別に慧音さんに何かあった訳じゃないですよ。ただ最近私は人里に行っていないから彼女がどうしているか分からないだけですって」
「そうか……」
 そう言って妹紅は勇美から身を引き、落ち着きを取り戻した。
 そして、彼女は何か考え事を始めたのだ。
「どうしたんですか、妹紅さん?」
 そんな妹紅の様子に勇美は訝ってしまう。
「そうだ、いい事思いついた!」
 そして突拍子もなく叫びだす妹紅。
「うわっ!」
 当然勇美は驚いてしまう。
「どうしたんですか、妹紅さん? まさかケツにションベンしろなんて言いませんよね」
 そんな問題発言をしてしまった勇美の頭上に、すかさず依姫は無慈悲なチョップを降り下ろしたのだった。そして地味な打撃音が鳴り響いた。
「あだ~~~~っ!」
 当然痛みに悶える勇美。
「女の子がそんな発言するのはやめなさい」
「ですよね~……」
 依姫の当然の突っ込みに、勇美は納得して引き下がるしかなかったのだ。悔しいが、彼女の負けである。
 そんなコントじみたやり取りをしていた二人の間に、妹紅が入ってきた。
「ケツにションベンじゃないけど、寧ろそれは満月の夜の慧音のポジションだよな。まさに『CAVED!!!!』って言わされる訳だし」
「貴方、普段彼女と何をしているのよ……」
 取り敢えず依姫はそう突っ込んだが、言いたい事は他にもあった。例えば『!』や『?』は連続して使えるのは二つまででないといけないと文章を書く上で決まっているとか。ちなみに『──』や『……』といったようにこれらは必ず偶数でなければならないのだ。
 閑話休題。
 普段の妹紅が何をしているのかを訝るのをさておいて、依姫は彼女にその思いついた事とやらを聞く事にしたのだ。
「ところで、いい事って何かしら?」
「よく聞いてくれました!」
 そう妹紅は得意気に言ってのける。
「いい事ってのは他でもない、慧音の事だよ」
「つまり、どういう事なんですか?」
 そこに勇美が入り込む。
「簡単な話さ、お前達が慧音に会いにいけばいいだけの話さ」
 所謂『ドヤ顔』とでもいうような表情を浮かべて妹紅が言う。
「私達が……ですか?」
 そう言って一瞬は迷う勇美であったが、すぐに爽やかな表情となっていった。
「そうですね、それが最良だと私も思います!」
 勇美は極めて明るく妹紅の考えに同意したのだった。
 それは、勇美が慧音に恩がある事に他ならなかったからである。
 勇美が永遠亭に住む事になってから久しいが、幻想郷に迷い込んだ勇美に最初に住む場所を与えてくれたのは言うまでもなく慧音なのだから。
 その事を勇美は忘れてはいなかった。今までお世話になった恩人にいつ顔を再びだそうかと思っていた所であった。
 それが今回の件でいい機会を得られたと言えよう。妹紅がその事を見透かしていた節もあるかも知れない。
「そうね、勇美がお世話になっていた者には私も顔を見せておくのが礼儀というものですね」
 依姫も妹紅の提案に同意する形となった。
「決まりのようだね」
 妹紅は自分の思うように事を進ませるのに成功して、大変満足気のようであった。
 だが、勇美はそこに引っ掛かりを感じたのだ。それを言葉にする。
「でも、妹紅さんが直接人里に行って慧音さんに会えばいいんじゃないですか?」
 勇美のその気持ちは当然の摂理といえるだろう。自分が大切な人なら自分で様子を確かめるのが効率的にも道徳的にも理にかなっているのではないか。
 だが、妹紅は首を横に振った。
「そうしたいのは山々だけどね、私が何たるか……忘れていないかい?」
「あっ……」
 妹紅のその言葉を聞いて勇美ははっとなってしまった。
 そう──彼女、藤原妹紅は不老不死となった『蓬莱人』である事を失念してしまっていたのだ。
 今はまだ人里の者に勘付かれてはいない。だが、何十年と歳を取らずに不変の存在である事を村人に悟られたら迫害されるのは目に見えているだろう。
 だから、妹紅は必要以上に人里の者とは関わるのを避けているのである。
「ごめんなさい……」
 勇美は自分のミスを認めて素直に謝った。
「何、失敗は誰にでもあるさ、気にする事はないよ」
「ありがとう妹紅さん……」
 ありきたりな宥めの言葉ではあったが、妹紅のその気遣いが勇美は嬉しかった。妹紅が不老不死になって色々苦しんできただろう事を考えると尚の事であったのだ。
「それじゃあ、慧音に会いに行ってくれるかい?」
 もう一度、妹紅は勇美達に確認をするのであった。
「はい!」
「私は約束を破るような事はしないわ」
 それに対して、勇美と依姫は快く返した。

◇ ◇ ◇

 そして、勇美にとっては永遠亭に引越して以来の、依姫にとっては初の人里へ出向く日がやってきたのである。
「勇美、準備は出来たかしら?」
 依姫はそう勇美に呼び掛ける。
「はい、ちょっと待って下さい、今大事な所ですから!」
「……わかったわ」
 何やらいつになく勇美の言葉から必死な様子を感じ取った依姫は、彼女にとって大事な事なのだろうと見守る事としたのであった。
 そして、暫しの間待った。
「お待たせしました~」
 時の停滞を破るべく、勇美は颯爽と依姫の前に現れたのだった。
「一体何にそんなに時間が掛かったの? ってグアッ……!」
 思わず依姫ははしたない声を吐いて、思い切り仰け反った。
「どうですか~依姫さん♪」
「……」
 勇美に問われても、依姫は一瞬声が出なかったが、何とか声を振り絞って言葉を紡いだ。
「まず結論から言うわ……却下!」
「ええ~……」
 依姫の無慈悲な宣告を受けて、勇美は項垂れてしまった。
 だが、依姫のその対応も無理ない事だろう。
 何故なら、余りにも今の勇美は酷過ぎたのだから。
 まず顔はおしろいを塗ったと見紛う真っ白な化粧が施されていた。一時期ガングロメイクが流行った時代に、まるでその波に逆らうかのように『美白』を追求した時の人を彷彿させる程であった。
 そして目にはアイシャドーが過剰にあしらわれていたのだった。適度なものなら妖艶さや美麗さを引き立てる役割を果たすそれも、今の勇美程やってしまってはもはや『目で人を物理的に殺せる』ような状態であった。
 極め付きは真っ赤な口紅である。勿論過剰に口に──ぶちまけられるといった表現が合う程であった。さながら妖怪人間ベラ、もしくは何故かこの部分を抜粋して紹介されたイラストが多く出回った『もののけ姫』のサンのとある状況と時さながらであったのだった。
 そう、はっきり言って。
「化け物よ、貴方」
 それが依姫の包み隠さない、ありのままの答えであった。
「そこまで言いますか……」
 それに対して、しょげながら勇美は呻いた。
「そもそも何で化粧なんてしているのよ」
「え~、だってぇ……」
 当然の疑問をぶつける依姫に対して、勇美はふてくされたようにのたまいながら言う。
「久しぶりに慧音さんに会いに行くんだから、これ位しないと礼儀がなってないじゃないですか」
「寧ろ無礼よそれは。それに……」
 そこで依姫は一息置いて、そして続けた。
「それに、着飾らない貴方の方が素敵の筈よ」
「!」
 それを聞いて、勇美は頭に電気が走るような心持ちとなった。
 思えば慧音もそういう考えの人だったのだ、やはり慧音と依姫はどことなく人格面で似ているなと勇美は思った。
「そうですね、今の言葉で目が覚めました」
「でしょう、ならその化粧を今すぐ落としてきなさい」
「はい、でもこれはこれで私の自信作なんですけどねぇ~」
「そんな事に自信を持っては駄目ですって……」
 依姫は呆れた。確かに自分に自信を持つ事は大切だが、あらぬ方向に自信を持って暴走するのは論外だと、彼女は思うのだった。
 そして、勇美は洗面台に戻っていき、また暫し時が過ぎた。
「またまたお待たせしました~」
 そして再び舞い戻って来た勇美。今度はいつも通りの爽やかな少年然とした姿であった。先程の悪魔は去ったのであった。
「やっぱり貴方は素のままが一番よ」
「そうですね。でも私だって女の子ですから、おめかしには興味ありますよ」
 依姫に言われて、勇美は少しばかりの反論をしてみる。
「ええ、その気持ちは分かります。しかし、貴方はおめかしのセンスを勉強した方がいいですよ」
「はい、精進します」
 未だに心の中では先程のメイクには自信がある勇美だったが、依姫からのアドバイスを素直に聞いて活かしていこうと思うのだった。
「では、人里に行きましょうか」
「はい」

◇ ◇ ◇

 てゐの案内を頼りに迷いの竹林を抜け、そのまま道なりに進み人里にたどり着いた勇美と依姫であった。
「人里も久しぶりだなぁ~」
 感慨に耽る勇美。幻想郷の外の出身の物には目を引くものとなる、日本古来の様相の建物が立ち並ぶ光景は永遠亭に引っ越す前と変わらない様子だ。
「幻想郷に来てから、勇美はここで過ごしたのよね」
「はい」
「いい所だと思うわ」
 依姫はそう感想を述べた。
 確かに住み慣れて技術も発達した月の都の方が彼女にとっては物理面で過ごし易い所ではある。
 だが、住むのに苦痛にならない行き届いた管理が、人里から感じられたのだ。それは、勇美が決して嫌がらずに人里に再び顔を出すのに賛同した事からも伺えるだろう。
 さすがは人里を管理する上白沢慧音という者の配慮が行き渡っている事の証明となりそうだ。
「では、慧音さんに会いに行きましょうか」
「ええ、そうね」
 勇美の意見に、依姫も同意した。

◇ ◇ ◇

 そして勇美は一際大きな屋敷の前に来ていた。
「ここが慧音という者の住処ですか」
 依姫は感心していた。月の都にある、自分と姉が住む綿月邸には及ばないが、他の人里の家屋の造りから判断してとても立派な建物であると判断出来たのだ。
「はい、そうですよ。いいお屋敷でしょう」
 勇美は、まるで自分の事のように自慢気に言ってみせる。その事からも、勇美がいかに慧音の事を慕っているかが伺えるなと依姫は思いを馳せた。
「ええ、いい所ね」
「じゃあ、行きましょうか」
 勇美にそう言われて、依姫はこの流れに疑問符を浮かべてしまった。
 ──このような立派な建物に住む、重役に会うのがそんな容易な事なのかと。
 以前レイセンが永琳の手紙を預かり綿月邸に向かった時は門番に差し止められて揉めていた時があったのだ。あの時自分と豊姫がいなければ事は捩れていたに違いないであろう。
 つまり、勇美のような一般人が重役にそう易々と会う事が出来るのかという懸念が依姫には生まれていたのだった。
 そんな依姫をよそに勇美は屋敷の前まで来ると声を掛けたのだった。
「すみませ~ん、慧音さんいますか?」
「うわあ……! 何やっているんですか勇美!」
「うわあ」等という身も蓋もないような叫び声をあげてしまったのを心の中でかすかに後悔しつつも、依姫は勇美の行動を咎めたのだ。
「何って? 慧音さんに会うために決まっているじゃないですか?」
「それは分かっているわ。私が言いたいのは、村の重役の人にそんな堂々とした態度で接していいのかって事よ!」
 二人がそうやんややんやともめていた所で、屋敷の扉が開いたのだ。
「勇美ちゃんじゃない? お久しぶりね」
 扉を開けてそう言葉を発したのは、茶髪のロングヘアーで和服を来た女性であった。
「お久しぶりです明菜さん」
「……」
 そのやり取りを見ながら、依姫は呆気に取られていた。
 ──レイセンの時と違い、スムーズ過ぎる流れであったからだ。
 そんな依姫の思惑をよそに、勇美は明菜と呼ばれた女性と話を進めていった。
「何の御用かしら、勇美ちゃん?」
「明菜さん、慧音さんに会いに来たんですが、いますか?」
 そう勇美は明菜に尋ねた。その間に依姫が入り込んでくる。
「貴方、重役とそんな気軽に接する事が出来るなんてどういう事?」
「そう言われてもですね~、慧音さんとは接しやすい仲にいつの間にかなっていたんですよ」
「そう……」
 勇美に言われ、もはや依姫はそれ以上の詮索をするのを放棄したようであった。
「ええ、いますよ。ただ……」
 そこに再び明菜が話し始めた。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと今、お客さんが来ていらしてね。それで勇美ちゃんに会わせるのはどうかって思っているのよ」
「お客さんですか」
 そう勇美は反復し、考える。慧音に客人が来ているのなら、それを邪魔してはいけないだろうと。
「分かりました。時間を空けてまた来ます」
「はい、それがいいと思うわ」
 勇美の提案に、明菜も同意する。
「依姫さん、すみません。そういう訳ですから、しばらくしてからまたここに来ましょう」
「そういう事なら仕方ないわね」
 そう返しながら依姫は考えを巡らせていた。寧ろ例えば自分にとって初めての人里を見て回るのに丁度いいのではなかろうかと。多少厚かましいかとは思いつつも勇美に案内役を務めてもらおうかという結論に達しようとしていた、その時。
「私に会いに来たのなら構わないぞ」
 そう明菜の後ろから声がした。どこか中性的な声と喋りであった。
「慧音さん!」
 その声に反応して勇美は感極まって言った。
 そう。その声の主こそ今まで妹紅を始めとした者達から話題に上がっていた、上白沢慧音その人であった。
 容姿は銀のロングヘアーに青と白の服であり、胸元は少し大胆に開いている。
 しかし、断じて彼女が『見せたがり』などではない事が、彼女のキリッとした表情から伺えた。
 そして胸元以上に目を引いたのが、どうやって頭に固定されているのか分からない、まるで弁当箱のような形状の帽子であった。
「勇美か、久しぶりだな。永遠亭でも元気でやっているか?」
 そう慧音は再会を果たした勇美を労うように話しかけた。
「ええ、お陰様で」
 勇美は笑顔で答えた。
 その様子を見て慧音は安堵した。決して無理矢理言わされているのではないと心から伝わって来たからだ。
「それで、そなたが勇美の面倒を見てくれている者か」
 続いて慧音は勇美の側に立っていた依姫に対して呼び掛けた。
「はい、そうですよ」
 依姫は正直に答えた。嘘をつく必要はないし、第一この者の前ではそのようなものはナンセンスに感じられたからだ。
「かたじけないな」
 それに対して、慧音はそう返した。
「勇美が世話になっているようで何よりだ、これからも頼む」
「……」
 その慧音の言葉を聞きながら、依姫は想いを馳せていた。
 ──この者は出来る者であると。
『普通の場合』という表現は完全に適切ではないにしろ、今まで自分の元にいて大切にしていた者をかっさらう形になった相手には嫉妬や憎しみの念を抱くのが少なくはないだろう。
 だがこの慧音という者はそんな素振りを見せずに、丁寧に依姫に初対面の挨拶を行ったのだ。その事は称賛に値するだろう。
「貴方の今の振る舞いから、貴方は素晴らしい方だと感じられましたよ」
 依姫はそう慧音を褒めてみせた。
「そうか、そう言われるのは悪くない」
 そして言われた慧音の方も、満更ではない様子を見せた。
「私は綿月依姫と言います。以後お見知りおきを」
「改めて名乗らせてもらおう、私は上白沢慧音だ。人里の守護者をやっている。こちらこそこれからもよろしく頼むぞ」
 そう言って二人は互いに近付き合って、さりげなく、それでいて抜かりなく握手をしたのだった。
「うわあ~、素敵です慧音さんも依姫さんも。まるでマジンガーとゲッターの握手シーンみたいです!」
 そこに二人の間に入った勇美は突拍子もない例えで二人の様子を喜んだ。
「何よ、そのダイナミックな例えは」
 すかさず突っ込みを入れる依姫。
「ふふっ、そなたは勇美と息もピッタリではないか」
「いや、そんな所で褒められても嬉しくないですよ」
 微笑みながら茶化すようにも振舞う慧音に対して、依姫は首を横に振る。
 そんな風にペースを慧音に握られた依姫は、流れを自分に持っていくべく話題を変える。
「ところで、今客人が来ているのなら、勇美の言う通り時を改めた方がよろしいでしょうか?」
「いや、さっきそれを言いかけようとした所であったのだよ。その客人とそなた達を会わせてみたいと思っているのでな」
「私達をですか?」
 思いがけない慧音の提案に首を傾げる勇美と依姫であった。 

 

第14話 ちょっと変わった弾幕ごっこ:前編

 慧音の屋敷を訪問した勇美と依姫。
 そこで慧音に会う事に成功するが、彼女には今客人が来ているとの事であった。
 邪魔をしては悪いと二人は思い、時を改めようかと言ったが、慧音は寧ろその客人に二人を会わせたいのだと言ってきたのだった。
 そして今、二人は慧音に連れられて屋敷の廊下を歩いている所であった。
(やはり中も立派な屋敷のようだったみたいね)
 案内され歩を進めながら、依姫はそう思っていた。そして、このような立派な居を構える者と親しい仲となっている勇美にも改めて感心するのであった。
「慧音さ~ん、そのお客さんってどんな人ですか~」
 歩きながらその詳細を待ちきれないといった様子で、勇美は慧音をせかすような形となっていた。
「まあ、そう慌てるな」
 さすがは最初に幻想郷で勇美の世話をしていた者らしく、慧音は慣れた様子で勇美をたしなめる。
「さあ、この部屋に客人はいるぞ。失礼のないようにな」
 そして目的の部屋の前に来て慧音は二人に促したのであった。

◇ ◇ ◇

「あなたは確か……」
 そしてお目当ての客人とご対面した勇美はそう呟いた。
 その人物は艶やかな着物と袴を身に着け、髪は赤く花飾りをあしらい、見た目は可愛らしい少女という様相の者……。
「あなたは阿求さんですね」
 そう勇美はその少女の名前を呼んだのであった。
「あら、勇美さん。お久し振りですね」
 そう言って、勇美に阿求と呼ばれた少女はニコリとこれまた可憐な微笑みをもって返したのだった。
「勇美、この者は?」
 依姫はそう何者かと勇美に問うた。
「あ、依姫さん。この人は稗田阿求さんと言って、幻想郷縁起という書物の執筆をしている人ですよ」
「幻想郷縁起ですか?」
 初めて聞く単語に、依姫は疑問符を浮かべながら聞いた。
「それについては私から説明させてもらおう」
「そうしてもらうと助かります」
 勇美は慧音の提案を素直に受け入れた。正直言うと自分だけで幻想郷縁起の説明をするのは、やや骨が折れると思っていた所であった。
 そして慧音は説明をしていった。幻想郷縁起とは幻想郷に住む人間の為に作られた書物で、様々な妖怪の紹介やその対処法を記したものである事。
 更にその人外の者達の人間に対する友好度も記してある事も。
「それは有益な試みですね」
 そこまでの話を聞いて、依姫は感心したように言った。
 それは彼女が月を守護する立場にある事も影響しているのだろう。──驚異に対する対処は常に行うべきだという考えからである。実際に侵略という行為を受けた身であるから尚実感出来るのであった。
「お褒めにあずかり光栄です」
 阿求はそう返した。
「ところで、あなたは月の守護者の綿月依姫さんですよね? 噂に聞いていますよ」
「はい、そうですが……」
 そう阿求に言われて、依姫は一体何事かと首を傾げた。
「大した事じゃありませんよ。幻想郷縁起にあなたの事も記したいから、話を伺ってもよろしいかという事なのですが」
「ええ、構いませんよ」
「恩にきります」
 二人はそう言葉を交わし合うと、依姫は阿求に自分の事をあらかた話していったのだった。

◇ ◇ ◇

「う~ん……」
 一頻り依姫から話を聞いた阿求は何かを思うように唸っていた。
「いかがなさいましたか?」
 一通り話が終わった依姫は、その阿求の様子に一体どうしたのかと思って聞いた。
「依姫さん……あなたって」
「はい」
 阿求に言われて、依姫は次の彼女の言葉を待った。
「あなたって、やはり『チート』ですね」
「そういう事言いますか、しかも何ですかそういう言葉は?」
 身も蓋もない阿求の発言に、依姫は頭を抱えてしまった。
「まさか、幻想郷縁起にそのような記載をしはしませんよね?」
 依姫は念を押す形でそう言った。自分の身の安泰を気にしつつ。
 だが、そこで勇美から無慈悲な言葉を掛けられる事になる。
「依姫さん、もう手遅れかも知れませんよ」
「何ですって?」
 思わず上擦った声を出してしまう依姫。
「この幻想郷縁起って、完全に客観的ではなくて、阿求さんの主観が割りと入ってるんですよね~、だから今回も……」
「……」
 依姫は言葉を失ってしまう。──客観的な情報が必要な媒体に対して、そのような心構えでいいのかと。
「まあ、全くのでたらめが書かれたりはしませんけど」
「それでも問題よ」
 依姫は尚も頭を抱えながら呻いた。
 そして、そういう事例を含めたり、幻想郷の妖怪の驚異は今ではかなり少なくなり妖怪退治の知識はそこまで日常生活で要さなくなっている事から、幻想郷縁起は今では面白おかしい読み物になっている事も勇美は依姫に説明した。
「……」
 そこまで勇美に説明されて、依姫は暫し思い耽っていたが、ここで口を開いた。
「まあ、今の幻想郷が平和である事は何よりね」
 それが、依姫が紡ぎ出した答えであった。
「ですよね、私もそう思います」
 勇美もそれに同意した。
 彼女もまた、それを確信していたのだ。気を付けないとたまに妖怪に襲われる事はあれど、外の世界の人間達のようにいがみ合ったり戦争したり等という事はしていないからだ。
「それに、そんな若い身でありながらよく精進していますね」
 その依姫の指摘を受けて、阿求は「それはちょっと違うんですよね~」とのたまったのだ。
「どういう事ですか?」
 依姫は疑問を口にする。
「『若い』って表現は少し違うって事ですよ」
 そう言ってから阿求は自分の生い立ちを説明した。
 自分達稗田家は短命の代わりに初代の阿礼から幻想郷縁起を書き続ける為に、転生を繰り返していて、自分はその十代目だと。
「成る程、転生ですか……」
 その概念を聞いて、依姫はさぞかし関心を寄せていた。それは自分が月人故に寿命から逃れ永遠の時を生きる存在故に自らとはかけ離れた人生を送っている事が関係しているのだろう。
「つまり、阿求さんは『俺の屍を越えていけ』とか『伝承法』のようなものって事ですよ」
「いや、その例えは却って分かりづらくしているわよ」
 勇美の例えに辛口な評価を下す依姫。しかも何で二つともゲームの産物なのかとも思っていた。
「まあいいわ」
 その話題は置いておこうと依姫は思った。
「阿求さん、貴方からは色々参考になる事が多かったですよ」
 そう依姫は言った。そして知らず知らずの内に阿求を『さん』付けで呼んでいたのだ。呼び捨てでは気持ちが憚られると思わせるものを何か彼女から感じ取ったのだろう。
「そうですか」
 阿求は満更でもない様子で依姫に言った。彼女とて、自分が規格外の実力を持つと判断する者から高い評価を得られたのは喜ばしい事なのだ。
「では、参考ついでに少し私に付き合ってくれないでしょうか? もっとあなたの事が知りたいので」
「と、言いますと?」
 阿求の提案に、依姫は聞き返した。
「何、簡単な事ですよ。私と弾幕ごっこをして頂ければいいんですよ」
「弾幕ごっこですか……」
 阿求からの意外な提案に、依姫はやや狐につままれたようになってしまうが。
「よろしいですよ」
 二つ返事で了承するのだった。
「ですが私に弾幕ごっこを挑んだからには気を引き締めて下さいね、私の神降ろしは一筋縄ではいきませんからね」
 依姫はふてぶてしくのたまった。
「それはご忠告ありがとうございます。ですがあなたも足元をすくわれないように気を付けて下さいね。私の弾幕ごっこは『少し特殊』ですから」
 負けじと阿求も悪戯っ子のような振る舞いで返した。
 そんな二人のやり取りを拝見しながら、勇美は暫し呆然としていた。
 しかし、気を持ち直し今自分が思った事を言葉にする。
「阿求さんって、『弾幕ごっこ出来た』のですか?」
 それが勇美が抱いた疑問の答えであった。確か自分の思う所では阿求は幻想郷縁起の執筆に専念し、弾幕ごっこは得意とはしていなかった筈であるのだ。
 そんな勇美が懸念を抱く中、阿求は口を開いた。
「確かに普段私は弾幕ごっこをしていませんから、勇美が知らないのは無理がありませんね」
 そこまで言って阿求は勇美に向き直り、微笑みながら続けた。
「ですが大丈夫ですよ。その事も含めて私の弾幕ごっこは特殊だと言ったのですから」
 それを聞いて勇美は心踊るような心持ちとなった。──自分が敬愛する依姫と、未だ未知数の阿求の弾幕ごっこが見られる事となったからだ。
「うわあ、楽しみです。依姫さんと阿求さんの弾幕ごっこ……」
 勇美はワクワクを抑えられないといった様子となっていた。だが。
「何勘違いしているんですか勇美さん? あなたも参加するのですよ」
「ええっ!?」
 勇美はそれを聞いて、盛大に驚いてしまった。まさか自分も勧誘されるとは思ってもみなかったからである。
「でも、阿求さん。2対1って無茶じゃないですか?」
「弾幕ごっこで一人に対して複数で戦うって事は珍しくないじゃないですか?」
「あっ……」
 そう言われて、勇美は合点がいくしかなかったのである。確かに、騒霊の姉妹であるプリズムリバー三姉妹を霊夢達は一人で三人を相手にするといったケースもあったのだから。
「それに、私の弾幕ごっこは特殊なんだから人数は関係ありませんよ」
 またしても『特殊』という言葉を使う阿求。それだけ念を押すのだから、相当変わった弾幕ごっこを展開するのだろう。
「と、いう訳でよろしいですね、勇美さん」
「はい、阿求さんには負けますよ」
 見事に言いくるめられて、勇美は観念したように彼女に従うのだった。
「そういう事ですので、慧音さん。お二人をちょっと借りて行きますね」
「ああ、構わないぞ」
 慧音にも承諾を得る阿求。そして勇美と依姫の二人は彼女に連れられて上白沢邸を後にするのであった。

◇ ◇ ◇

 そして三人は人里の近くにある、開けた場所へとやって来たのだった。
「ここで弾幕ごっこをやるんですか」
 勇美は辺りを見回しながら阿求に尋ねた。
「はい、ここなら存分に弾幕を展開出来るでしょうから」
「良い選択だと思うわ」
 阿求の判断基準に対して、依姫も賛同する。
「それでは始めましょうか……」
 そう言って阿求は両手を広げて霊気を放ち、臨戦態勢となった。それにより彼女の袴が艶やかにはためいていた。
「来るわね、勇美、準備は出来ているかしら?」
「ええ、バッチリです」
 対する二人も万全の状態であった。
「愛宕様の火!」
「プレアデスガン!」
 そして二人はそれぞれ扱いやすい攻撃手段を準備する。
「それがあなた達の弾幕用の武器ですか」
 阿求は尚も霊気を放ちながら二人に尋ねた。
「ええ」
「はい」
 それに対して二人は答える。
「手際が良くて素晴らしいですよ。でも、準備はそれだけでよろしいでしょう」
 阿求が何やら意味ありげな発言をし始めた。
「どういう事ですか?」
 当然疑問に思った勇美は、阿求に聞いた。
「言葉通りですよ。あなた達はそれ以上の攻撃手段を用意しなくていいという事です」
「どういう事ですか? まさか私達が本格的な攻撃をする前に倒してしまうとでも?」
 さすがの依姫も阿求の真意が読めなくて疑念をぶつける。
「まさか? そんな大それた事は言いませんよ、そもそも私は弾幕ごっこは苦手な位ですから」
 阿求はそう言うが、後に続けてこう言った。
「普通の弾幕ごっこはね……」
 そして、阿求が放つ霊気に変化が起こる。
「何が始まるんですか?」
 思わず勇美は聞く。
「まあ、見ていなさいって」
 阿求は得体の知れない雰囲気を醸し出しつつも、やんわりと勇美に言った。
 そして、とうとう阿求の弾幕の正体が解る事となる。
「行きますよ。【題符「稗田阿求の弾幕クイズ」】!」
 遂に発動された阿求のスペルカード。それを聞いて対する二人は首を傾げた。
「弾幕……」
「クイズ……?」
 要領を得る事が出来ない勇美と依姫。
「それって、どういう事ですか?」
 堪らずに勇美が阿求に聞いた。
「そうですね、これは幻想郷では他には例がないから説明しないといけませんね」
 そう言って阿求はコホンと咳払いをした。
「あなた達には、これから弾幕ごっこをしながらクイズに答えてもらうのですよ」
「えっ? そんな器用な事をするんですか?」
 当然勇美は、その突拍子もないような提案に疑問符を浮かべてしまう。
「まあ、そう力まないで下さい。私が張る弾幕自体はとてもシンプルなものですから、回避は容易でしょう」
 それを聞いて、勇美は幾分ほっとしたような表情となった。
「ですが、弾幕の回避をクイズに答えながらやってもらう訳ですから、一筋縄ではいきませんよ」
 更に説明を続ける阿求に、依姫はまだ腑に落ちない様子だ。
「一体どういう事になるのか、いまいち想像がつきませんね」
「そうですね、『百聞は一見にしかず』ですから、一度ご覧にいれましょう」
 阿求はそう言うと目を閉じて念じると、彼女の体が目映い青色のオーラのようなものに覆われ、そしてそれは彼女から離れて形を成したのであった。
 すると、その光は記号の『○』と『×』のような形態となったのだ。
「○と×ですか……? もしかして」
 勇美は首を傾げた状態であったが、段々理解していった。
「つまり、○か×、クイズの正解の方を弾幕で居抜けばいいんですね?」
「その通りですよ」
 ようやく理解を示した勇美に、阿求は微笑んでいった。
「驚きました、そのような弾幕ごっこの形式もあるのですね」
 依姫は素直に感心した様子を見せた。
「だから、やっぱり私の弾幕は特殊なんですよ。それでは行きます、第一問!」
 自分の土俵での戦いを始めるに際して、阿求は意気揚々と開始を宣言した。
「幻想郷が外界から隔離されたのは江戸時代である、○か×か?」
「成る程、この問いに答える形で攻撃すればいいんですね」
 合点がいった勇美は颯爽と○と×に視線を送り狙いを定める。
「でも、それだけじゃ駄目なんですよね」
 阿求はそう言うと、両手を横に広げた。
 すると彼女の体から青や赤のエネルギー状の玉がばら蒔かれたのだ。
「成る程、これが『弾幕クイズ』ですか」
 依姫が笑みを見せながら言った。
「はい、私は幻想郷の上位の者のような攻撃は出来ませんが」
 だが、弾幕をかわしながらクイズに答える事を求める、他にはない粋な計らいと言えよう。
「依姫さん、この問題は私に任せて下さい」
「そう、分かったわ」
 迫ってきた弾幕を避けながら、二人は声を掛け合った。
 そして、勇美は弾幕を掻い潜りながら○と×のエネルギー体へと視線を送っていた。
「これは慧音さんから聞きましたよ」
 そう言って勇美は星の力の銃を構えて続けた。
「幻想郷が外界から隔離されたのは、『明治時代』だって」
 そして彼女が狙いを定めたのは、当然×の字であった。続いて銃の引き金が引かれる。
 シャリシャリと耳に残る音を出しながら、星の弾は×の字を次々に居抜いていった。それにより字は形を乱され徐々にボロボロになっていき、遂に跡形もなく消滅したのだ。
「……」
 ×の字を居抜く行為をした勇美は無言で立ち尽くしていた。気付けば阿求から放たれていた弾幕はピタリと止んでいる。
 ──これで良かったのだろうか? 勇美は今になって不安になってきたのだ。
 そして、暫くすると……。
『ピンポーン!』
 玄関のチャイムを鳴らすような音が辺りに響いたのであった。いや、この局面でのこの音は。
「おめでとう~、正解ですよ~」
 そう言いながら拍手をする阿求の姿があった。
「勇美さんの言う通り、幻想郷が外界から隔離されたのは明治時代なのですよ」
 その言葉を聞いて、勇美はほっと胸を撫で下ろした。自分が慧音から聞いた話は間違っていなかったのだったと。慧音が嘘を言ったり、博識の彼女が滅多な事では間違いは言う筈はないと分かっていても完璧な者などいないから一抹の不安は拭えなかったのだ。
「こういう風に弾幕を避けながら、正解を攻撃していって下さいね。
 ちなみに今の問題を入れて全9問ですよ、私が阿求なだけに」
「いや、それはどうでもいいですよ」
 茶目っ気を出してボケる阿求に対して、依姫は突っ込みをいれた。
 そして思った。全9問は数が中途半端なのではないかと。何かすっきりしない。自分も月で侵入者相手に降ろした神も9柱であるが、それとは何かが違うと。
 だが依姫は一先ずその話題を保留にする事にした。
 そこへ阿求が続ける。
「ちなみにあなた方二人は、9問中6問正解すれば勝ちですよ。後5問で勝ちですね、頑張って下さい」
 ここで依姫は納得した。こういう形式なら幾ら攻撃手が居ても的は一つかつ、的に耐久力はないから一人でも二人でもそう変わらないのだと。
 だが、新たな疑問が今生まれたのだ。それを依姫は阿求に尋ねる
「……必要正解数は何を基準に決めました?」
「私の気まぐれです」
「……」
 依姫は最早無言になるしかなかったのだった。
「依姫さん、細かい事は気にしないで続きをやりましょうよ」
 そこへ勇美が入り、あっけらかんと言ってのけた。
「いえ、貴方はもう少し物事を気にするべきですよ」
 そう指摘する依姫であったが、「それが貴方のいい所でもあるのだけれどね」と締め括ったのだった。
「お話は済みましたか?」
 そこへ業を煮やした阿求が入った。話の原因を作ったのは他でもない、彼女自身なのであるが。
「はい、構いませんよ、ジャンジャン来て下さいね」
 それに対して、勇美は意気揚々と答えた。 

 

第15話 ちょっと変わった弾幕ごっこ:後編

 稗田阿求と始まったクイズと弾幕ごっこを融合させた風変わりな勝負。第一問目は勇美の正解により快調な滑り出しを見せていた。
「そうですか、では第二問。『紅魔館の吸血鬼、レミリア・スカーレットの弱点は次の内どれでしょう?』」
「レミリアさんを呼び捨てですか?」
 すかさず違和感を察した勇美は突っ込みを入れておいた。
「まあ、これはクイズですから。クイズで敬称を使うのはおかしいでしょう?」
 だが、阿求も負けじと返した。
「確かに、クイズでそれは余り馴染みがないですね」
 これには勇美も納得する所であった。現に外の世界でのクイズ番組等では、人名に敬称を付ける事は少ないと思い返すのであった。
「納得してもらえた所で、続き……いいでしょうか?」
「はい、すみませんね。手間取らせてしまって」
 阿求に対して勇美がそう返すと、例によって阿求の体から再び文字となるべく霊気が滲み出たのだ。
 するとその文字は次の二つであった。
『十字架』『流れる水』
 それに続いて、阿求の体から弾幕がばら撒かれた。
 避けながら依姫は勇美に問いかける。
「勇美、答え分かるかしら?」
 依姫は一度月で当のレミリアとやり合っているのだ。その時は天照大神の『太陽の光』を使ったから、二つの答えにはないものである。
 だが、裏を返せば『レミリアの弱点』が分かっていた証拠である。だから依姫に掛かればこの問題の答えも出せるというものだ。
「はい、任せて下さい」
 だが、勇美は自信ありげに言ってのけたのだ。そして答えに銃口を向け、発射した。
 選択肢の霊気の一つが貫かれて雲散する。そして残っていたのは、『十字架』であった。つまり……。
「『流れる水』ですね」
 阿求はそう呟くと、彼女の周りの弾幕は消滅した。
「正解です!」
 阿求は拍手をしながら勇美を労った。
「見事よ、勇美」
 依姫も勇美の奮闘を称える。
「えへへ」
 勇美は照れ笑いを浮かべた。
「何故十字架ではないと分かったのかしら?」
 十字架と言えば、吸血鬼の弱点としてポピュラーな要素の一つである。何故それだと思わなかったのか依姫は疑問に思ったのだった。
「これも慧音さんから教わったんですよ。吸血鬼が十字架を苦手とするのは、生前にキリスト教徒だった者に対して罪悪の念を呼び起こさせるからだって。そしてレミリアさんは死者から生まれた吸血鬼ではないからこれには当て嵌まらないって」
 第一レミリアは『不夜城レッド』といったように十字架を模した弾幕すら使うし、と勇美は付け加えた。
「勉強熱心ね、感心するわ」
 そんな勇美の振る舞いを見て、依姫は思わず口角が緩むのであった。
「それではその勢いに乗って第三問目、行ってもらいましょうか?」
 阿求がポーズを取り、またもや霊気を放ち始めた。
「第三問、先ほどに続いて今回も紅魔館に関する問題ですよ。『紅魔館にある図書館の名称はヴワル図書館である、○か×か?』」
 阿求の体から放出された霊気が○と×の形を取る。
「残念だわ、この問題には答えられそうもないわ」
 私も勉強不足ね、と依姫は自虐的にぼやいた。
「大丈夫ですよ、これも任せて下さい」
 対して勇美は意気揚々としていた。そして、弾幕を避けながら『×』の印を撃ち落したのだった。
「正解です、紅魔館の図書館の名前は名称不明なんですよ」
「では、先ほどの『ヴワル図書館』とは一体何なのですか?」
 疑問が生まれた依姫は堪らずに阿求に聞いた。
「これはゲー……ゲフンゲフン」
「貴方、今メタ的な発言しそうになりましたよね?」
 依姫は頭を抱えながら指摘した。これ以上は踏み込んではいけない領域だったのだ。
「オホン、エフン。気を取り直しまして、第四問。『地底の土蜘蛛、黒谷ヤマメ。さて、彼女のヤマメの由来は魚のヤマメである、○か×か?』」
 今まで通り解答の霊気が阿求から放出される。だが、そこからが今までと違っていたのだ。
 阿求の体から一本のレーザーが発射されると、それが時計回りに回転しながら周囲をなぎ払い始めたのだった。
「攻撃が変わった?」
 当然驚く勇美。
「あなた方はこれまで三問正解しましたので、こちらとしても攻撃方法を変えないと面白くないでしょう?」
 確かに単調で変化のない弾幕ごっこはつまらないものだ。だが、この特殊な勝負に際しては些か『ありがた迷惑』と思えるものであった。
「厄介ですね」
 そう言いながらもレーザーに追われる身となりながらも、勇美は正解に狙いを付けていたのだった。
 そして、一周して選択肢の前まで来た時に彼女が射抜いたのは『×』であった。
「正解です」
 レーザーも止んだ中で阿求は言った。
「公式では『蜘蛛は目が八つあるから』というものですが、どうも『女やもめ』が本当に考えられている由来ではないかと私は思うのですよね。蜘蛛は交尾の後雌が雄を食べて未亡人になる訳ですし」
 でも、それだと差別用語になりますから公式では発表出来ないんですよね~と阿求は付け加えた。
「……」
 そんな阿求の発言を聞きながら、依姫は項垂れていた。
 ──メタ発言を阻止出来なかったと。『公式』という言葉を使っている時点でもう駄目だと諦めるしかないと痛感するのだった。
「では第五問、ここまで好調な勇美さんですが、ここから問題の嗜好を変えさせてもらいますよ。『ミスティア・ローレライが開いている店は焼き八つ目うなぎ屋ですが……うなぎパイにうなぎは入っているでしょうか?』」
「え゛っ……」
 勇美は絶句した。何そのお手つきを誘うかのような問題の出し方。しかも問題の方向性がおかしくなっていると。
「何ですか、この問題は?」
「言ったでしょう? 嗜好を変えさせてもらいましたと」
「変わりすぎです!」
 悪びれない阿求に勇美は抗議した。これじゃあまるで生徒に100点を取らせたくないからと意地悪な問題を含んだテストを作る歪んだ精神の教師だと。
 だが、ここで文字通り立ち止まってはいられないのだ。レーザーが再び阿求を中心に回転し始めたのだ。
「依姫さん助けて~」
 今まで奮闘していたのが嘘のように、勇美は情けなく依姫に頼ったのだった。
「ごめんなさい、私でもこの問題は無理」
 恥も外聞も捨てて頼った結果がこれでした。さすがの努力家で勉強熱心な依姫でも、地上の食べ物については知らない所も多いのだった。
「あ゛あ゛~っ!」
 言葉にならない叫びをあげながら勇美はレーザーから逃げながら走った。
 そして、一周してお目当ての○と×の前まで来る。
「うぐいすパンにはうぐいす入ってないし、基本的にメロンパンにもメロンは入ってない事から考えて、答えは『×』!」
 そう叫んで勇美は×の字の霊気目掛けて星の弾丸を放ち、消滅させた。
(やったかな?)
 レーザーが収まり、足を止める余裕の出来た勇美はこれが正解だと願って念じていた。
 その状況で、阿求は微笑みを見せた。それを見て勇美は安堵した。
「ん残念!」
 だが現実は非情だった。そのもったいぶって期待させて絶望の底に叩き落す仕打ちは、どこぞの最高賞金1000万円のクイズ番組の司会者なんだと、勇美は心の中で悲痛な突っ込みを入れるしかなかった。
「え~!? 阿求さん、うなぎパイなんてお菓子にうなぎが本当に入っているんですか?」
 納得いかない勇美は、阿求に抗議する形を取る。
「はい、実際にうなぎの成分を粉末状にした物を小麦粉、バター、砂糖と練り合わせて作るんですよ」
(そうだったんですね……)
 依姫もこれには素直に感心して聞いていた。
「う~、阿求さん。次の問題をお願いします」
 勇美は気を取り直して意気込みながら阿求に催促する。
「はい、では行かせてもらいますよ。第六問『幻想郷で現在確認出来る鬼の一人の伊吹萃香……ですが、伊吹スイカは実在する、○か×か?』」
 またお手つきを誘わんばかりの出題方法だなと勇美は思いつつも問題の内容を頭の中で反芻した。
 ──いくら何でも、そんな駄洒落のような産物がある訳ないと。故に勇美の答えはすぐに決まったのだった。
 そして、レーザーを掻い潜りながら選択肢にたどり着くと、迷わず『×』の印を打ち抜いたのだ。
 それによりレーザーは止み、再び静寂が訪れる。
「残念!」
「ええっ!」
 阿求の無慈悲な宣告に、勇美はショックを受けた。
「そんなスイカあるんですか?」
 当然納得いかない勇美。
「はい、『タキイ種苗株式会社』さんが開発したスイカの品種に『伊吹』というものがあります。果重は6キロ程になるそうですよ」
「そんな馬鹿なぁ~……」
「ちなみにこの会社は『桃太郎トマト』という品種で一世を風靡したんですよ」
 それを聞いて依姫は、桃太郎といったら鬼退治、萃香は鬼……、引っ掛かるものしか感じる事が出来なかったのだった。
「では第七問、『小人の侍は少名針妙丸ですが、彼女のスペルカードにパロディーとして使われた作品はどれでしょうか?』」
 依姫はもう心の中で追求するのをやめる事にした。何さ『パロディー』って?
 依姫がそんな思いを馳せる中で、阿求の体から文字になるべく霊気が放出される。
『僕のヒーローアカデミア』『進撃の巨人』『ワンパンマン』文字はこれらの記述がされていた。
「……依姫さん、分かりますか?」
「……これもちょっと無理ね。地上にはそういう娯楽があるという事は知ってるけど、その作品群までは詳しくはないから」
 もしかしたら玉兎達の方が詳しいかも知れないわねと、依姫は付け加えた。
「そうですか、では私が行くしかないですね」
 勇美はそう意気込むが、彼女とて答えは知らなかったのだ。
 勇美は娯楽作品は結構嗜む方であるが、そういった作品を全て知り尽くしている訳ではないのだ。所謂『オタク』と呼ばれる人達でも知らない自分の知らない作品は当然あるように。
 今はただ自分の信じる答えを撃ち抜くだけと勇美であったが、それも阿求は簡単には許してくれはしなかったのだ。
 何故なら、再び彼女の攻撃方法が変わったからだ。運動会の弾転がし大の球状の弾が複数出現し地面に叩き付けられたかと思うと、それらは柔軟に弾み、飛び上がったのだ。
 そして重力に引かれて地面に落ちると、再び跳ね上がる。この繰り返しであった。所謂『バウンド弾』というものであろう。
「これは……また厄介ですね」
「全くね」
 勇美と依姫は弾み地面を打ち付ける弾を回避しながら愚痴をこぼした。
 だが、勇美はパターンやタイミングを段々と覚えていき、付け入る隙を見出していったのだった。そして、選択肢の一つに狙いを定める。
「針妙丸さんはヒーロータイプの性格の方ですから、『僕のヒーローアカデミア』で行きます!」
 そう宣言してお目当ての文を打ち抜いたのだ。
 そしてバウンド弾は消滅し、暫しの静寂が訪れた。
「残念! 正解は『進撃の巨人』です。彼女のスペルカードに『進撃の小人』というものがありますよ」
 小人なのに巨人の作品から拝借する。その理不尽さに勇美は遠い目をするしかなかった。
 そして、彼女は重要な事に気付いた。──この弾幕クイズには6問正解しなくてはいけないのだったと。
(まずいなぁ……)
 当然勇美は焦りを見せた。問題は全部で9問。それに対して勇美はここで3問間違えてしまったのだから。
 それが原因だったのだろう。彼女に、抱いてはいけない魔が差してしまったのだ。
(考えてみれば、阿求さん自身は無防備だよね、バリアなんかを張っている訳でもないし)
 その結論に至った勇美は、弾かれたように行動を開始してしまった。
「阿求さん、覚悟~!」
 勇美が抱いた考えは単純であった。出題に律儀に答える必要などない、出題者を直接狙って倒してしまえばいいというものだった。そして勢いづいて彼女は阿求目掛けて突っ込んでいったのだ。
 これを見て阿求は、ポリポリと頭をかいて言った。
「やれやれ……こういう時の為に『これ』はあるんですよね」
 そう言って彼女が取り出したのは、一枚のスペルカードであった。
「【反撃「フレア」】!」
 その宣言と共に、突っ込んできた勇美を爆炎が包み込んだのだ。
「うきゃああああ!!」
 情けない悲鳴を上げながら、勇美は吹き飛ばされてしまったのだった。
 ずしゃあああ。そして見事に地面に倒れこんだ。
 その最中、勇美は思った。この人はどこぞの炎に包まれた目玉のモンスターだろうかと。あのモンスターの名前の意味は『太陽の中の太陽』だろうか、それとも『太陽の息子』だろうかという思考が生まれていたが、この際それはどうでもいい話であった。
「勇美……それはやってはいけないわ」
 依姫はある種爽やかとも取れるような表情で、愚行をしでかした勇美に突っ込みを入れた。
 対して勇美は、倒れたまま動かない。
「……起きてるのに白目は気持ち悪いからやめなさい」
「バレました?」
 そう言って勇美はむくりと起き上がる。
「ヒッテンミツルギスタイルの人みたいにしていましたが、どうせなら胸元も破けていた方が良かったですか?」
「ネチョになるからやめなさい」
「私、胸がないから大丈夫です……よ……」
「自分で言って凹むなら言うのやめなさいって」
 やんややんやとコントじみたやり取りをする二人。
「あの……いいですか?」
 一人取り残された阿求は二人の間に割って出る。
「あ、はい。お待たせしました」
 それに対して勇美は謝る。
「ところで、勇美さん。あなたは反則をしたので、ここから解答権を失いました」
「ええっ……」
 阿求の宣告に、当然ショックを受ける勇美。だが、ここで彼女は思い直した。
「そう、ですよね。反則してしまいましたからね。すみません、悪ノリしてしまって」
 素直に謝る勇美。だが、今抱いている疑問は解消しなければならない。
「でも、阿求さん。それだけの強力な攻撃が出来るなら、普通に弾幕ごっこを出来るのではないですか?」
「いえ、これは先ほどのような反則行為が行われた時『だけ』発動出来るという、限定的なスペルなのですよ。つまり、普段から使える訳ではありません」
「そうなんですか……」
 納得いくようないかないような複雑な気持ちに、勇美はなった。
「でも、私が脱落したら、これからどうするのですか?」
 そして、最後の疑問を勇美は聞いた。
「そのためのあなたと依姫さんのペアという事ですよ。あなた一人が脱落しても、依姫さん一人で挑む事が出来ます」
 つまり、ここから依姫一人に託す形になってしまったという事だ。そう思うと勇美は申し訳ない気持ちに苛まれるのだった。
「依姫さん、すみませんね。私の軽はずみな行動の尻拭いをあなたにさせてしまう事になって」
「過ぎた事は気にしては駄目よ。ここからは腹を括って私に任せなさい」
 気落ちする勇美に対して、依姫は堂々とした態度で応えた。
「それでは次の問題、よろしいですか?」
「ええ、待たせたわね」
「では第八問『幻想郷の守護者、上白沢慧音。彼女の種族は人間である、○か×か?』」
 その問いに続いて阿求の体から霊気が放出され、例によって○と×の形となる。
 そして再び阿求からバウンド弾がばら撒かれた。
「問題を考えながら弾を避ける。これは結構難儀ですね」
 依姫はぼやいた。さすがの彼女でも弾幕ごっこの経験期間は短いのだ。そこへこのような特殊な弾幕ごっこを体験する事になったのだ。
 多少依姫にとって壁となる状況であった。なので彼女は出し惜しみはしない事にしたのだ。
「『天宇受売命』よ、我に力を」
 そう宣言して、依姫は月でも呼び出した神を現出させた。そして薄着を纏った女神が現れ、依姫に取り込まれていった。
「【踊符「最古の巫女の舞踏」】」
 そして月ではしなかったスペルカード宣言を行った。
「考えましたね、直接攻撃にはどんなものを使っても同じな私の弾幕ごっこの中で、回避の為にスペルを使うとは」
 阿求は感心しながら依姫の機転を労った。
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
 そう返しながら、依姫は舞うようにバウンド弾を避けるという器用な芸当を見せる。
 そして、舞を見せながら依姫は解答の前まで迫っていたのだ。続いて彼女が選んだ答えは。
「答えは『×』」
 そう言い切って愛宕様の火の弾丸で×の字を射抜いたのだった。それにより小規模な爆発を起こして文字は砕け飛んだ。
 後はバウンド弾も消え、静寂が訪れた。この状況を勇美は固唾を飲みながら見守っていた。これ以上は不正解を出したら、6問正解というこの勝負の勝利条件のノルマを達成出来なくなってしまうからだ。
 もし、この勝負に負けてもペナルティー等はないだろう。勝負の方法も極めて特殊だから負けても恥ではないだろう。だが、可能なら『負けたくない』という想いが勇美には強く存在していたのだった。
 勇美がそんな念を抱いている中、阿求が口を開く。
「正解です」
 ほっ、と勇美は胸を撫で下ろした。
「この問題があったから、慧音さんのいる所ではやりたくなかったのですよ。で、いつ頃から気付いていました?」
「彼女に会った時からです。これでも私は神の力を借りれる身。その事もあって彼女が人とハクタクのハーフである『ワーハクタク』だとはすぐに分かりましたよ」
「さすがですね」
 阿求はただただ恐れいったといった感じに感心するしかなかった。
「この事は人里の者達にはくれぐれも言及しないで下さいね」
「分かっています」
 当然そうでなければいけないだろうと依姫は納得した。
 ──人は自分達より秀でた者や異質な者は排除しなければ気が済まない性質なのだ。それが群れを守る本能なのだ。
 慧音がワーハクタクだと知られたら迫害される可能性が高いのは手に取るように依姫は分かるのだった。
 自分も努力の末、神降ろしという強大な力を使えるようになったが、その代償として人々から軽蔑にも近い目で見られるようになったのだ。それにより以前『住吉三神の力を借りてよからぬ事をしようとしている』と濡れ衣を着せられた事の一因となったのである。
「それと、もし迷惑でなければ小話させてもらっていいですか?」
「ええ、程々ならね」
「ありがとうございます」
 そのやり取りに続いて、阿求は話始めた。
「この勝負の前に私が転生をしている事は話ましたよね?」
「ええ」
「最初は心細かったんですよ。生まれ変わったら自分の知り合いがいない訳ですから」
「そうなのでしょうね」
 依姫は相槌を打つ。無限の時を生きる自分には完全には理解出来ない事であるが、自分の知る者がいなくなるという事実は苦痛でないはずがないというのだけは想像出来る事なのであった。
「でも、慧音さんのお陰でその問題も解消したんですよ」
「あー、成る程」
 阿求の今の発言を聞いて、勇美は合点がいったようだ。
「阿求さんの言ってた『妖怪の友達が出来たから、もう転生は寂しくない』ってのは慧音さんの事だったんですね」
「そういう事です」
 この事を聞いたら慧音は嬉しくなるだろう。村人に隠している、自分がワーハクタクである事。これは、彼女を苦しめている事情と言えるだろう。
 だが、こうして阿求に対しては彼女の妖怪故の長寿が役に立っているのである。それを慧音が知れば、僅かであろうが彼女の肩が軽くなる事であろう。
「……少し弾幕ごっこから脱線してしまいましたね」
 阿求はコホンと咳払いをして気を引き締めた。
「では最後の問題です。『次の内、弾幕ごっこことスペルカード戦においてやってはいけない事ではないのはどれでしょうか?』」
 そして霊気が放たれ、三択の文字が紡ぎ出される。
『倒した相手を追撃して殺す』『弾幕展開の際に本体がいなくなる』『隙間のない弾幕を展開する』
 その三択が現出した後で、阿求に膨大な霊気が集まり始めたのだ。彼女を中心として、物凄い突風が巻き起こる。
「!!」
 それを見て、依姫は阿求が繰り出そうとしているこの攻撃をさせてはいけないと直感した。恐らく最後の出題の際に強力無比な攻撃を出来るようになっているのだろうと。
 云わば時間制限があるようなものであった。阿求とて最後の問題を易々とは攻略させる気はないのだろう。
 だが、依姫は慌てる事はなかった。何故ならこの出題はとても自分に馴染みのあるものだったからだ。迷わず彼女は『弾幕展開の際に本体がいなくなる』を打ち抜いたのだった。
 そして、突風も霊気の集束も収まったのだ。
「正解ですね……」
 晴れ渡った表情で阿求は言った。
「月の民であるあなたには難しい問題だったかなと思っていましたが、よくご存知で」
「ええ、色々ありましたからね……」
 依姫は懐かしむように呟く。
 まず、『倒した相手を追撃して殺す』。これは言うまでもなかった。かつて魔理沙に弾幕ごっこを薦められて、その無駄な血を流さない勝負方法に感心したものだったからだ。
 次に『隙間のない弾幕を展開する』。これは依姫が月での弾幕ごっこの後に独自にルールを調べた際に知った事である。咲夜との戦いではそれを調べる前の事であったために隙間をなくす事で能力の穴を付く行為をしてしまった為に、現在彼女に対しては反則勝ちの状態にあるのだ。
 だから、彼女とはもう一度決着をつけないければならない。それが依姫が次に決めている目標なのだ。

◇ ◇ ◇

「それでは、ありがとうございました。いい経験が出来ましたよ」
「いえ、こちらこそ月の民と弾幕ごっこが出来て貴重な体験が出来ました」
 依姫と阿求はそう言い合い微笑み合った。そして、阿求は勇美に振り向く。
「勇美。あなたには少しいじわるしてごめんなさいね。前からあなたの幻想郷に対する勉強意識が強い事は知っていましたので、ちょっと魔がさしてしまったのです」
「ありがとうございます、阿求さん。でもいぢわるは程々にお願いしますよ」
 勇美は苦笑しながら言った。これでは俗に言う『いじめたくなる程可愛い』という奴だろうかと。やっぱりこの人は腹黒い所があるなと勇美は遠い目をしながら思いに耽るのだった。
「では、また機会があったらお会いしましょう」
 そして二人は阿求と別れ、帰路につくのであった。 

 

第16話 十六夜再び:前編

 阿求との一風変わった弾幕ごっこを繰り広げてから数日が経っていた。
 そして勇美と依姫の二人は人里の茶屋で、憩いの時を過ごしながら話していたのだ。
「平和っていいですね~♪」
 勇美は団子をたしなみながらほっこりした表情で呟いた。
「ええ、全くその通りね」
 依姫もそれに同意する。
 そういった感じに穏やかな時間を噛み締める……もとい、貪る二人であった。
 だが勇美はふと思い、口を開いた。
「でも、最近ちょっと退屈ですね~」
 それが今彼女が思う事なのであった。
 ──最近刺激がないのである。
 確かに毎日依姫に稽古をつけてもらったり、彼女と色々話をしたりして充実した毎日を過ごしてはいるが、何かこう『イベント』と言えるようなものが欠けているのであった。
「何か面白い事はありませんか~」
 完全に気の緩んだ表情でのたまう勇美であった。
 それに対して依姫は意外な事を口にする。
「その退屈、もうじき晴れそうよ」
「えっ? それってどういう……?」
『どういう事ですか?』と勇美は言おうとしたが、それはとある事情により遮られる事となる。
 二人が今いる茶屋に意外な来客があったのだ。
「あ、あの人は……?」
 その人物は、鮮やかな銀髪に白と青が基調の丈の短いメイド服を纏った女性。
「紅魔館のメイド長の、十六夜咲夜さんですね」
「ご名答」
 誰かを察した勇美に対して依姫は言う。
「でも、あの人がどうかしたんですか?」
 誰だか分かった所で依姫の意図が掴めずに勇美は聞いた。
「私は彼女とは一度、月で弾幕ごっこをした事は知っていますよね?」
「はい」
 そして、依姫はその弾幕ごっこの内容に触れていったのだ。
 特殊な力で瞬間移動をやってのけて見せた咲夜。だが、依姫は自身の持つ洞察力でそれは瞬間移動ではなく何らかの方法で空間を一瞬で通過するもので、ワープとは別物であると察したのだ。
 そこで依姫は隙間のない弾幕を展開する事で、この『瞬時に行われる空間移動』の弱点を付き勝利するに至った訳である。
 だが、それは弾幕ごっこにおいて反則行為だったのだ。この勝負のルールの一つに『隙間のない攻撃をしてはいけない』というものがある。それを不本意ながら依姫は破る事となってしまったのだ。
「だから、私は彼女とはもう一度反則勝ちでない形で決着を着けたかった……という訳よ」
 そう依姫は説明し終えたのだった。
 その話を聞いていた勇美は……。
「や、やっぱり依姫さんは素晴らしいですぅ~!!」
「うわっ!?」
 突然大っぴらなリアクションをした勇美に対して依姫は引いてしまう。
「勇美、落ち着きなさい。びっくりするから」
「あっ、ごめんなさい。でも、素晴らしい事ですよ。自分の勝ち方に納得がいかないからやり直したいなんて」
 その言葉に続けて勇美は「私なら勝ちは勝ちって事で受け止めてしまいます」と締め括ったのだ。
 それを聞いていた依姫はニコリと微笑んで言う。
「これは人それぞれの問題だから、貴方はそれでいいのよ。価値観は他人に押し付けるものではありませんからね」
「依姫さん……」
 勇美は依姫にそう言われて、肩の荷が降りるような心持ちとなった。──あくまで自分のやり方でやればいいのだと。依姫の考え方は素晴らしくても、それを自分が真似る必要はないのだ。
 勇美がそんな思いを馳せていると、話題の発端である咲夜が自分達の側にやって来たのだ。
「咲夜さん?」
 それに対して勇美が反応する。
「あら、あなたは最近変わった弾幕ごっこを始め出した……黒銀勇美さんね」
「えっ?」
 思わず勇美は驚いてしまった。幻想郷でも上位の実力を持つ咲夜に自分の事を知られていた事に。
「私の事を知っているんですか?」
「ええ、最近のあなた、ちょっとした有名人よ」
「そうなんですか~」
 咲夜にそう言われて勇美は嬉しくなった。幻想郷でちょっとした有名人になる、即ち自分の憧れる幻想郷と渡り合っている裏付けとなるからであった。
「ありがとうございます咲夜さん。それで私達に何かご用ですか?」
「いえ、大した事ではございませんわ」
 そして咲夜は説明を始めた。自分は人里に買い出しをしに来た所で、その途中で息抜きに茶屋に寄った所、目を引く人達を見付けた──それが勇美達であったという訳である。
 そして咲夜は勇美の隣にいる人物、依姫と視線が合う。
「……」
「……」
 そして起こる沈黙。
 この状況を勇美は不謹慎ながらも面白い事になったと心の中で喜んでいた。互いに「ここで会ったか百年目」といったような修羅場になるのではとワクワクしてしまっていたのだ。
「月ではお世話になりましたわ」
「こちらこそ」
 だが生まれたのは穏やかな空気であり、一触即発の事態とはかけ離れたものであった。
「あれ?」
 思わず勇美は首を傾げてしまう。
「何でお二人は朗らかに話しているんですか?」
 納得いかない様子の勇美。
「それは、月で会った時は侵略する側とされる側の関係であったからで、今は別にそんな事ないからよ」
「そういう事ですわ」
 そんな勇美に対して説明する依姫と、それに対して相槌を打つ咲夜。
「確かにそうですけど……」
 未だ納得いかない勇美であったが、二人に言いくるめられて返す言葉がなくなってしまった。
「もう、お二人がそれでいいなら私は何も言いませんよ」
 そして勇美は潔くとはいかないまでも、この場は二人に譲る事にしたのだった。
 そんな勇美の事は一先ず置いておいて、依姫は咲夜に話を切り出した。
「丁度良い機会です。貴方、私ともう一回弾幕ごっこをしてくれないかしら?」
「あら、それは何でですの?」
 咲夜にそう言われて、依姫は先程勇美に話していた話題を咲夜に伝えた。
「あら、そんな事でしたの?」
「そんな事……」
 あっけらかんと返す咲夜に対して依姫は言葉を詰まらせる。
「あの勝負はあなたの勝ちという事でよろしいではありませんか? 第一あの時降参したのは私なのですから」
「それでは私の気が済まないのでね」
 だが依姫もここは譲れないものがあるのであった。そういう所が依姫が意外に根に持つタイプである事の所以であるのだ。
「まあいいですわ、ものの感じ方は人それぞれですし。分かりましたわ……」
 咲夜はそこで一旦言葉を区切り、そして続けた。
「では、今夜我が主が治める紅魔館にご招待しましょう」
 と、咲夜から意外な申し出が出る事となったのだ。
「恩に着るわ。でも、貴方の独断で決めていいのかしら?」
 願ってもいない申し出に依姫は歓喜する一方で、頭に浮かんだ疑問も投げ掛けた。
「その事なら恐らく大丈夫ですわ。お嬢様も楽しい催しものは喜んで受けるでしょうから」
「それならいいわ」
 咲夜の主張に納得する依姫。
「良かったですね依姫さん。それじゃあ今夜は楽しんで下さいね」
 願いが叶った依姫を応援する勇美。だが依姫から返ってきた言葉は勇美が予想しなかったものであった。
「何言っているの勇美、貴方も来るのよ」
「えっ……?」
 勇美は思わず絶句してしまった。
「何か問題あるかしら?」
「大有りです、だって紅魔館は人間にとって危険な所じゃないですか!?」
 勇美は首を横にぶんぶん振って抗議する。
「あら、幻想郷では巫女や魔法使いは普通に出入りしているらしいわよ?」
「あんな人間離れした人達を基準にしないで下さい!」
 勇美はさりげなく失礼な、だが的確に的を得た内容で抗議した。
「これは例が悪かったわね。でも大丈夫よ、私が付いているのだから」
「あ、確かにそうですね」
 この依姫の一言に勇美は納得するのだった。下手に言えば自惚れになるような台詞も、依姫ともなればとても頼もしい言葉となるのだ。
「勇美、今夜の勝負は貴方にとっても勉強となるかも知れないから、見ておいて損はないわ」
「はい、お願いします」
 勇美の考えもここに纏まったようだ。
「では、お二人さん。今夜は是非楽しんでいって下さいね」
 こうして咲夜による紅魔館招待の話は決まったのであった。

◇ ◇ ◇

 ここは森の中にある、湖の近くに居を構える屋敷──紅魔館──。
 外観からして真っ赤なカラーリングのその館は禍々しさすら感じる。ましてや今は夜であるからその威圧感はなお一入であった。
 その館の敷地内の庭に、テントやらテーブルやらが並べられて賑わっていた。
 その内訳は多数の妖精メイド、館の門番の妖怪紅美鈴(ほん・めいりん)、紅魔館の主の少女吸血鬼レミリア・スカーレットにメイド長の十六夜咲夜、レミリアの友人の魔法使いパチュリー・ノーレッジに、彼女の使いの小悪魔といった面子に、客人である綿月依姫に黒銀勇美という構成であった。
 尚、この中で人間は咲夜と勇美の二人という事実は最早笑い話になるような域であった。
 そんな中、咲夜とレミリアがこんな会話をしていた。
「お嬢様、妹様を呼べなくて残念ですわ」
「仕方無いわ、あの子はこの場に呼んだらどんな事態になるか分からないからね」
 妹様、それはレミリアの妹のフランドール・スカーレットの事である。
 彼女は姉であるレミリア以上の力を持ち、かつそれを自分で制御出来ていないのだ。更に彼女は少々気が触れていて情緒不安定であり尚の事気を付けなくてはいけない存在であるのだった。
 それでも依姫ならフランドールが問題を起こしても対処出来るだろうとレミリアは思っていた──月で彼女と戦ったが故に実感が容易な事であった。
 だが、それでもレミリアはこの場にフランドールを呼ぶ事は避けたのだ。
 まず第一に、曲りなりにも依姫は客人なのだ。だからその彼女の前で問題が起きれば失礼に値し、それではおもてなし失格である。
 そして第二に勇美の存在があった。フランドールに依姫は対処出来ても、勇美はそうはいかないだろうと懸念したのだ。
 レミリアは吸血鬼であるから人間に対する情は薄い。しかし、自分で開催した催しもので勇美に危害が及べば後味が悪く、寝覚めが良くないのである。
 だからレミリアは心を鬼にしてこの場にフランドールを呼ばない事にしたのだった。
 そんな事をレミリアが思っている中で依姫と咲夜が話をしていた。
「あなたのご主人様は随分と派手好きなのね」
 それが依姫が抱いた率直な感想であった。
 だが、それによりレミリアを軽蔑する事はなかったのだ。月での彼女の一連の行動から、本当は彼女は部下や友達を大切にする律儀な人だと分かっていたからだ。
 寧ろ、必要とあらば派手に決める彼女の振る舞いは堅実に物事を進める依姫にない持ち味なのである。
 だから、依姫はこれからもレミリアと接して彼女から参考になる事を色々吸収していこうと密かな野望を持つのだった。
「それがお嬢様らしさですわ」
 依姫に返す咲夜。そう、レミリアに興味があれど今の依姫の目的は咲夜との再戦であった。その事を再認識すると依姫は口を開いた。
「では、そろそろ始めませんか?」
「そうですわね」
 言い合って二人は、庭の開けた空間に足を運んだのだった。

◇ ◇ ◇

「では行きますよ」
「ちょっと待って下さいませんか?」
 意気込む依姫に対して、咲夜は突然待ったを掛けた。
「何かしら? 今更怖じ気づいたとは言わないわよね」
 そんな彼女に訝る依姫。
「いいえ、とんでもありませんわ。勝負の前にあなたに言っておきたい事がありましてね」
「と、言うと?」
 咲夜の言わんとする事を読めずに依姫は首を傾げる。
「他でもない、私の能力に付いてですわ。あなたの卑怯な事を嫌う、『武士道』とやらに免じてタネ明かししようと思いましてね」
「『武士道とやら』って咲夜、お前はジョルジュ・ド・サンドかい!?」
 思わず横からレミリアは無粋な突っ込みを入れてしまった。
「お嬢様、少し黙っていて下さい」
「……うん、ごめん。ちょっと悪ノリしてしまったわ」
 咲夜に嗜められて、レミリアは素直に謝った。この突っ込みを許してしまったら、咲夜は騎士は騎士でも凄い前髪の騎士になってしまうからだ。
「……話を元に戻しましょうか」
 気を取り直して咲夜は仕切り直す。
「ええ、そうしてもらえると私も助かるわ」
「では……」
 ここで咲夜は一息置く。やはり自分の内なるものを曝け出す事は誰しも覚悟がいるもので、咲夜とてそれは例外ではないのだ。
 だが、それでも咲夜は依姫には教えなくてはいけないと思うのだった。
 そして意を決する咲夜。
「私の能力は『時間を操る』力ですよ」
「それはまた大層な力ね……」
 咲夜に能力を明かされ、素直に驚く依姫。はっきり言って厄介たな力だと思った。時間を操るという事は誰しもが一度は渇望する力である。それを目の前の咲夜はあっさりと手にしているのだ。
「どうりですんなりと教えてくれる訳ね」
「ええ、知られてもそう簡単には対処出来ないでしょうから」
 それを聞いていた勇美は不安になり始めた。
(うわあ、咲夜さんの能力ってそんなとんでもないものだったんですか。依姫さんはどう戦うんでしょう?)
 そして咲夜は口を開く。
「どうしますか。作戦を練る時間が必要でしょうか?」
「いえ、すぐにやってもらって結構よ」
 咲夜の申し出に依姫はそう答えた。幻想郷での異変解決では基本相手と行き当たりばったりだと聞く。だから依姫はそれを想定して敢えて作戦を練る時間を取らずに受けて立つ事にしたのだ。
「では行きますわ」
「ええ」
 そしてここに因縁の再戦の火蓋が落とされたのだ。 

 

第17話 十六夜再び:後編

 遂に始まろうとしている依姫と咲夜の再戦。その前に咲夜が口を開いた。
「あなたは相手の攻撃に対して対処する形の戦法が得意でしたわよね。なら私から行きますよ」
 そう言って咲夜は先手を取る事にしたのだ。
「その余裕が命取りにならなければいいけどね」
 挑発的な態度の咲夜に、依姫も軽口で返した。
「心配ご無用ですわ、では……」
 言って咲夜は最初のスペルカードを取り出し、宣言する。
「【幻符「殺人ドール」!】」
 そして咲夜は自分の手に次々と銀のナイフを現出させては投げる行為を繰り返していった。
 依姫に迫り来るナイフの群れ。だが彼女は落ち着いていた。
「『愛宕様』よ!」
 すかさず火の神に依姫は呼び掛けると、彼女の両手が炎で包まれたのだ。そしてスペル宣言をする。
「【火弾「伊の英雄の秘技」】!」
 続いて右手、左手、また右手と振りかざし火の弾を次々に射出していった。彼女がルーミア戦で使ったものと同じスペルであった。
 これにより咲夜の放ったナイフの群れは弾かれるような音を立てて次々に撃ち落とされていったのだった。
「やりますわね」
 先手を攻略されて、咲夜は感心したように言う。
「でもそんな面倒な事をしなくても、いつぞやの『カナヤマヒコ』とやらは使えばいいのではありませんか?」
「それでは芸がないわ」
 依姫は軽口で返しながらも、これで確信した。──彼女は金山彦命に対処する術を持っているのだと。様子見で金山彦命の力を使わなくて正解であったようだ。
「続いて行かせてもらいますよ、【幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」】!」
 そして、咲夜の二回目のスペルカード宣言が行われた。
「!」
 依姫は少し驚いてしまった。何故なら、ナイフが咲夜から撒き散らされるのは先程と同じであったが、それに加えて咲夜の周囲から霧が立ち込めたからである。
 その霧は、見る間に庭の周囲をすっぽり取り囲んでしまったのだ。
「どうですか? 霧の中でナイフに追い詰められるお味は?」
 咲夜は得意気に言う。彼女は依姫とは違い正面からぶつかるタイプの戦法は得意としないのだが、それが彼女のスタイルなのだ。だから恥じる事なく振舞うのだった。
「ええ、粋な計らいね」
 依姫も軽口で返す。
 そんな彼女を霧の中に潜む無数の銀の殺人鬼は狙いを定めて的確に襲ってきたのだ。
「ふん」
 だが、依姫は迫り来るナイフを次々に刀で切り落としていった。その度に甲高い金属と金属がぶつかり合う音が夜の庭に響いた。
「少し、しんどいわね」
 やや弱気な発言をする依姫。彼女とて、視界の晴れない中で敵に狙われながら戦うのはそう簡単な事ではなかったのだ。
 ルーミアとの戦いの時にも味わった事だが、今度の相手はそれよりも一枚も二枚も上手なトリッキーな戦法を取る咲夜なのであった。相対的に難易度は跳ね上がる。
「……ここは勇美と同じやり方で行くとしましょう」
 そう言って依姫は念じて神に語り掛けた。
「『風神』よ、我にこの霧を振り払う力を」
 その言葉に続いて依姫に、メディスン戦で勇美もその力を借りた神が光臨したのだ。
 だが、勇美の時とは違っていた。彼女の時は巨大な送風機を作り出したのだったが、今の依姫に起こっているのは、彼女の手に握られた刀がまるでギロチンの刃のような大刀と変貌していた事であった。
 それを依姫は振りかざし、スペル宣言をする。
「【強刃「風神刀」】!」
 それに続いて、彼女は振り上げた大刀を勢いよく振り下ろしたのだ。
 すると、その刀から分厚い風の刃が放たれ、進路にあるナイフをなぎ払いながら突き進んでいったのだった。
「!!」
 今度は咲夜が驚愕する番であった。霧もナイフも風の刃に吹き飛ばされ、あまつさえその刃は今正に彼女の目の前に肉薄していたのだから。
「依姫さん、やっぱりあなたは凄いです」
 この様子を見守っていた勇美は感嘆の言葉を漏らした。メディスン戦で自分が風神の力を借りた時よりも技の規模も切れも段違いであったからだ。
 だが、その刃は彼女を捕らえる事はなく通り過ぎて行ったのだ。『当然であろう』。
「……やはり厄介ね、貴方の能力」
 やはり依姫は警戒する。
「いえ、間一髪といった所でしたわ」
 しかし、咲夜とて余裕という訳ではなかったのだ。彼女の力は凄まじい汎用性を持つとはいえ、万能ではないからだ。
 だから、彼女は攻め続けなければいけないと思い、次の手を打つのであった。
「続いて行きますわ、【速符「ルミネスリコシェ」】!」
 咲夜の第三回目のスペル宣言がなされたのだ。
「あの時のスペルね」
 そう依姫が呟いた通り、彼女が咲夜と月で戦った時に見たスペルであった。
 そして、あの時と同じように辺りにナイフが展開され、それが意思を持った生き物であるかのように全て依姫に刃を向けたのだ。
(同じ手を使って来た……、やはり彼女には秘策があるのでしょう)
 依姫はそう感じた。だが、今の状況に対処するにはやはり『あの時』と同じが手っ取り早いだろう。依姫は敢えて咲夜の策略に乗る事にした。
「『金山彦命』よ!」
 そう依姫は金属の神に呼び掛けた。
「このうるさい蝿を再び塵へと返せ」
 そして、月では行わなかったスペル宣言をする。
「【金符「解体鋼処」】!」
 依姫が宣言し刀を振り上げると、ナイフを構成する銀は分子レベルまで分解され砂のようにサラサラと空気中へと溶け出していったのだ。
 ここまでは月での時と同じ。だが、今の咲夜の表情は歪な笑みへと変貌していた。
「かかりましたわね、これは囮ですわ」
「そうでしょうね」
 やはりといった風に依姫は嘆息する。
「【幻在「クロックコープス」】!」
 咲夜の四回目のスペル宣言が行われる。そして彼女はナイフを取り出すと、上空のあらぬ方向へそれを投げ放ったのだ。
「どこを狙っているのかしら?」
 依姫は挑発的にそう言いながらも、警戒は怠らない。
 そして、上空からはキラキラ光る粒のようなものが降り注いできたのだ。
「雪、ですか?」
 それを初めて見る勇美はそう呟く。だが、当然それは違う事はすぐに分かるのであった。
 その粒が地面に落ちると、まるで爆竹のように次々と爆ぜていったからだ。
「クロックは『時』で、コープスは『死骸』。すなわちこれは時の死骸ですわ」
 咲夜はそう説明を始める。
「でも、それだとこれが何だか分からないわ」
 当然の疑問を依姫はぶつけた。
「これは失礼しました。要するこれは、時間というエネルギーに傷をつけて切り出した残骸ですわ」
「成る程」
 まだ未知の領域の話であるが、要点はある程度理解した依姫。そして新たな結論を紡ぎだすのだった。
「つまり、これはエネルギー体だから、金属という物質にしか影響しない金山彦命の力は通用しないという事ね」
「ご名答ですわ」
 さらっと咲夜は応えた。
「これまた厄介な」
 依姫は愚痴るようにそう漏らした。
「……なんてね」
 だが、すぐに先程の咲夜のように歪な笑みを見せたのだ。
「どういうつもりですか? 空威張りなら無駄ですからやめて下さいませんか」
 そう咲夜は返すものの、背筋には嫌な汗が張り付いていたのだった。
「貴方、金山彦命の力が分解や攻撃のためだけにあると思ってはいませんか?」
「どういう……?」
 どういう事と咲夜が宣言する前に、依姫はスペル宣言をしたのだ。
「【装甲「金属再興」】!」
 その宣言により、依姫の目の前に徐々に何かが集まっていったのだ。
「それは……、先程の私のナイフの!?」
 咲夜はそれを知ると驚愕した。そう、今依姫の前に集まっているのは分解した咲夜のナイフを構成していた銀であったのだから。
 そして次々に銀の塵が集まり形成されていったのは、大きな盾であった。
 それを依姫は手に持ち、やや上空に向けて掲げて身構えた。
「成る程、それでクロックコープスを」
「その通りよ」
 依姫はそう返しながら、クロックコープスの襲来に備えたのだ。
 すると、依姫に着弾すると次々に派手に爆発を起こしていった。
 だが、彼女には銀の盾が備わっている。それにより機雷をばら蒔いたかのような猛攻も防がれていったのであった。
 そして爆撃は全て盾に受け止められたのだ。
「やりますね」
 この結果には、さすがの咲夜も唖然としてしまった。だが、彼女には秘策がある。
「どうやら出し惜しみなく、本気でいかないといけないみたいですね」
「そうよ、全力で掛かってきなさい」
 そう依姫は咲夜に余裕を見せながら提案する。だが、ここからは依姫にとっても気を抜けない展開となるのだ。
「ではこれは攻略出来ますか? 【時符「プライベートスクウェア」】!」
「……」
 遂にこの時が来た。咲夜の横に時計の形の紋章が現れると──咲夜以外の者の時間が止まったのだった。

◇ ◇ ◇

「ようこそ、私の世界へ」
 咲夜はそう呟くが、当然その言葉を聞く者はこの場にいなかった。
 そして、咲夜はありったけのナイフを時間の止まった依姫目掛けて投げ付けたのだ。
「チェックメイトね」
 続いて、咲夜は止まった時間を再起動させる。
 すると、止まった世界で宙に静止していたナイフも動きだし、一斉に依姫へ向かって飛び掛かっていった。
 ナイフの群れが次々と依姫に刺さっていった。
「依姫さん!」
 その光景に、いてもたってもいられなくなって勇美が叫んだ。
「さすがのあなたの師匠もこれまでだったようね」
「くぅ……」
 咲夜にそう言い切られ、勇美は言葉を詰まらせるしかなかった。だが……。
「それはどうかしらね?」
 それは今しがたナイフの餌食となったと思われた依姫の声であった。いつの間にか、咲夜の背後を取っていたのだった。
「何ですって!?」
 当然咲夜は驚愕する。確かに止まった時の中でナイフを設置して、容易に逃れられなくした筈であったのだ。
「これはどういう事ですか?」
「それは簡単な事よ」
 咲夜に聞かれて依姫は説明をし始める。
「神にも時を操る者が存在するのよ」
 そう言い放つ依姫の背後には、神の姿が浮かび上がっていた。
 その姿は片方の手に砂時計、もう片方の手に大鎌を持った老人。
「『クロノス』、時を司る神よ。神降ろしでは貴方のように自在に時を操るまではいかないけど」
 一瞬の攻撃を回避するには十分な力を発揮出来ると、依姫は付け加えた。
「!!」
 これには咲夜は意表を突かれてしまった。
 ──時間を操れる者は自分一人だと高を括っていたのだ。今までそのような者と対峙した事がなかったのだから。
 故に慢心してしまっていた。それで今回依姫に戦う前に能力を教える余裕まで見せてしまったのである。
(私の能力を教えたのは失敗でしたわね……)
 そう心の中で愚痴る咲夜。その事が依姫に対策を取られる事を許す羽目になったからである。
 だが、彼女はすぐにその考えを否定する。
(これは私が正しいと思ってやった事。だから後悔はない!)
 そう意気込み、咲夜は次の手に移ろうとする。
「私の持ち味は時間を操るだけとは思わない事ですわ」
「!」
 この咲夜の言葉を聞いて依姫は身構えた。咲夜の発する気迫から、決して強がりやハッタリではない事を察する事が出来たからだ。
 そして咲夜から只ならぬオーラのようなものが発せられ始めた。そして彼女は今まで見せた事のない、とっておきのスペルカードを取り出し、宣言する。
「【限符「シンデレラマジック」】!」
 これを聞いた紅魔館の住人達も驚く。
「咲夜さんのスペルカードにそんなのあったっけ?」
「いいえ、ないわ」
 等という言葉が辺りに飛び交った。
 そして、主たるレミリアとて驚きを隠せないでいた。
「咲夜がそんなスペルを持っていたとはね」
 だが、それもつかの間の事。レミリアにはいつもの余裕の表情が湛えられていた。
「これは楽しくなりそうね。咲夜、頑張りなさい」
 そして、自分の右腕たる咲夜を労う言葉を掛けた。
 だが、それがいけなかった。
「はいっ、お嬢さばぁ~~~~~っ!!」
 願ってもない敬愛する主からの声援を貰えて、あろう事かそこで盛大に鼻血を噴出してしまったのだった。
「うわっ!?」
 これには普段冷静な依姫もたじろいでしまった。
「貴方、そんなキャラだったのね……はい、ティッシュ」
 依姫は偶然持ち合わせていたポケットティッシュを咲夜に渡しながら突っ込みを入れた。
「ありがとう。……まあこれが本来の私の性分ですね」
 月では余裕がなかったから本性は出せないでいたと、咲夜は付け加えた。
「つまり、今は本来の貴方のペースって事ね。それは期待出来そうね」
 咲夜の言葉を聞いた依姫は心躍らせながら返した。これでこの勝負をより楽しめると。
「そう余裕を見せていられるのも、今の内ですよ」
 そう咲夜が言うと、彼女から眩い光が発せられた。
「何が起こるのかしら?」
 依姫はニヤリと笑みを浮かべながら、それを見守った。
 そして光は止むと、そこには目を引く光景があったのだ。
 その咲夜の姿はいつもの丈の短いメイド服である事に変わりはなかった。
 だが、彼女の髪は普段の銀髪から、眩い金髪へと変貌していたのだ。
 それだけではなく、彼女の手には普段使い慣れた銀のナイフではなく、半透明に輝くガラス細工の剣のような物が握られていたのだった。
「……随分イメージが変わったわね」
 驚きながらも依姫はそう指摘する。
「変わったのは見た目だけではありませんわ」
 言いながら咲夜は、勢いよく足を踏み込むと依姫目掛けて飛び掛かってきたのだ。
「速いっ!?」
 依姫は思わずそう叫ぶ。咲夜の動きは今までに見た事もない程俊敏になっていたのだから。
 そして咲夜は剣を依姫目掛けて振りかざした。だが、依姫とてそう易々と攻撃を許しはしなかった。咲夜の剣撃に合わせて依姫も刀を抜く。
 それにより刃と刃がぶつかり合って、激しい金切り音と火花が巻き起こったのだ。
「貴方自身だけではなくて、その剣もどうなっているのかしら? そんなガラス細工の剣のどこにここまで強度があるというの?」
「そうですね、説明しないといけませんわね」
 そう言って咲夜はこの力の種明かしを始める。
「この『シンデレラマジック』は、限られた時間の中で私と、私の身に着ける物の性能を極限まで引き出す能力ですわ」
「つまり、真っ向勝負という事ね」
「そういう事ですわ」
 厄介な事になったと依姫は思った。今までの状況なら咲夜の時間操作によるトリックに合わせてクロノスの力を使い、隙を突く事が出来た。
 だが、咲夜は今時間操作を自身の強化に使っている。下手な小細工は通用しないだろう。
(時間切れを狙うか……)
 そう思いつく依姫であったが、その案はすぐに自分の中で却下される事となる。
 まず、彼女がこのスペルに限界時間がある事は言及すれど、その長さまでは言わなかったのが理由の一つである。咲夜とて、自分の能力を依姫に伝えた事により対策をされてしまった二の舞を踏みはしないだろう。
 そして、今の咲夜が制限時間まで持ちこたえる戦法を許すとは思えなかったのが二つ目の理由である。明らかにこのスペルで勝負を決めに来ているからだ。
「どうしました? どうしました? どうしました?」
 咲夜はそう何度も繰り返しながら、激しい剣撃を繰り出して来た。何度もガラスの剣と刀がぶつかり合う。
 完全に依姫が知る咲夜とはかけ離れていた。だから今までと同じ感覚で戦っていたら負けると依姫は感じるのだった。
(自分のイメージを自分で振り払っているわね)
 それは並大抵の覚悟では出来ない事だろうと依姫は考えた。誰しもそう簡単には自分の扱い慣れているスタイルを崩すのは容易ではないからだ。
 そんな彼女を目の当たりにしながら、依姫はある種の尊敬の念さえ覚えていた。
 依姫は自分のスタイルを貫き通し尽くす事を強みとしているが、今の咲夜はそれとは逆の強さがあると言えるからだ。
 だから、依姫は咲夜の心意気に応える事にしたのである。
「『クロノス』よ、今我にその強靭な得物を貸したまえ!」
 依姫は先程からその身に降ろしているクロノスに呼び掛けた。だが、それだけで終わりではなかった。
「更に『祇園様』よ、我にその膂力を貸したまえ!」
 そう、一度に二柱の神の力を借りる事にしたのだ。
 そしてクロノスに続いて、筋骨隆々の大男の神が現出して依姫に取り込まれていった。
 それにより依姫はみるみるうちに力がみなぎってきたのだ。
「見た目は変わらないんですね。筋肉モリモリマッチョウーマンにはならないんですか……」
「勇美はそんなのを見たいのかしら?」
「いいえ、止めておきます」
 と、蛇足なやり取りを勇美としつつも、依姫は目の前の相手に向き直る。
 そして、依姫の目の前に禍々しい大鎌が現れ、それを彼女は掴み身構えたのだ。
 その得物はまるで無縁塚の死神の物のようであった。
 それを持ち、依姫は勢いよく横に振り抜いた。そして咲夜の持つガラスの剣に直撃したのだ。
「くぅっ……」
 そこから強烈な衝撃が走り、呻き声をあげて咲夜は後ろに押し戻される。
「続いてもう一回!」
 更に依姫は大鎌を頭上に高らかにかざすと、それを祇園様から借りた力に任せて思い切り振り下ろしたのだった。
「!!」
 この攻撃を咲夜はもろに受けてしまったのだ。そして再び吹き飛ばされる。
 そして咲夜は地面に倒れた。それに続いて彼女の手から離れたガラスの剣は彼女の強化の恩恵から外れて粉々に砕けてしまったのだった。
 咲夜の髪は目を引く金髪から、何時もの銀髪へと戻ってしまった。
 その様子を見ながら、依姫は咲夜に問う。
「どうしますか、まだ続けますか?」
 それを聞きながら倒れていた咲夜はむくりと起き上がった。
「いいえ、今回もあなたの勝ちですよ」
 清々しくも映る表情で咲夜は言ってのけた。
 彼女とて今度こそ勝とうと意気込み本気になったのだ。それを破られて悔しさが当然あるが、それ以上にどこか気分が良いのであった。
「今回『は』でしょう?」
「神経質なんですね、あなた」
 執着する依姫を咲夜はやや呆れながらたしなめた。
「兎に角、あなたの勝ちなんですから、胸を張りなさい」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 そう、咲夜の言うように今度こそ自分は勝ったのだ。胸の内からこみ上げてくる熱く心地よい感覚を依姫は噛み締め始めるのだった。 

 

第18話 悪魔嬢レミリア:前編

 ここは夜の紅魔館の庭。依姫は見事に咲夜との勝負を下し、因縁に決着を着けたのだった。
 そんな依姫を勇美は迎え入れた。
「やりましたね、依姫さん」
「ええ、これで思い残した事はなくなったわ」
 勇美に労われ、依姫の表情も晴れ渡っていた。
「それじゃあ、これで私達は失礼しましょうか?」
 このまま永遠亭に帰り、依姫には本当の勝利の余韻を抱いたまま眠りについてもらおうと勇美なりの気遣いをするのだったが。
 だが、依姫から返って来た答えは勇美の予想の範疇外であった。
「何を言っているの? お楽しみはこれからよ」
「えっ?」
 思わず勇美は首を傾げてしまった。一体どういう事なのかと。
 そしてその言葉にそこはかとなくエンターテイナー性を求めるような匂いを感じ取ってしまったのだ。
 それは自分には荷が重すぎた。勇美は自分を出し切る事で精一杯なのだ。そこへ相手やギャラリーを楽しませるまでの余裕はなかったのだ。
 閑話休題。とにかく今勇美はとても嫌な予感が走り、それを回避すべく行動に移す事にする。
「そ、それなら私だけでも帰らせてもらいますよ。夜更かしはいけませんからね」
 そしてそそくさと後退する。だが、依姫に呼び止められてしまった。
「あら、こんな夜中にここから永遠亭まで一人では危険極まりないわよ」
「うっ……」
 依姫に正論を付かれて勇美はたじろいでしまう。
「観念する事ね」
「はい……」
 したり顔で依姫に言われて、勇美は縮こまってしまった。
「それで、私に何をして欲しいんですか?」
 腹を括って勇美は依姫に聞く。
「それは他でもない事よ。貴方、レミリア・スカーレットと弾幕ごっこしなさい」
 そう依姫に直球で大それた事を言われて、勇美は一瞬固まり、そして頭の中が弾けるかのような感覚に襲われるのだった。
「ええ~~!? レミリアさんとですか~?」
 それは無茶な話だと勇美は首を横に振って足掻く。
「何か不服かしら?」
「不服も何も、ハードルが高すぎます! 彼女、依姫さんと渡り合った咲夜さんのご主人様ですよ!」
 勇美は正論で返して、何とか依姫を言いくるめようとする。だが依姫もそれで引き下がりはしなかったのだ。
「幻想郷の者との戦いは単純な力の強さでは決まらないわ」
 そして依姫は付け加える。──現に自分は主のレミリアよりも、従者の咲夜に対して手こずったと。
「確かに、言われてみれば……」
「それに、弾幕ごっこという精神の美しさを競う勝負方法ともなれば尚の事よ」
「はい」
 この理論には勇美も納得した。依姫の助力のお陰で自分も弾幕ごっこをこなせるようになり実感した事だからだ。
 弾幕ごっこは単なる決闘ではなく、信念と信念のぶつかり合いなのだ。そして、そういうやり取りこそ幻想郷やそこに住まう者達を愛する勇美は求めていたのだった。
 故に幻想郷の者達とは積極的に勝負していきたい。
 だが、今の依姫の持ち掛ける話ともなると事は違ってくるのだ。
 確かに以前、藤原妹紅という強敵に勇美は勝った事がある。
 しかしそれは勇美が蓬莱人の事を知らなかったから、輝夜を殺させまいと意気込んだ事により実力以上の力が出せたのと、炎の扱いが主な攻撃方法となる彼女に対して自分は水を操る神の力を借りられたから優位に立てた事があるのだ。
 なので……。
「依姫さんの言いたい事は分かりました。でも今の私には敷居が高いので遠慮させてもらいます」
 勇美はこれで流れは自分に向いてきたと確信した。そして決定打となる言葉を続ける。
「それに、レミリアさんだって突然こんな話を振られて迷惑じゃありませんか?」
 どうだ、これで私の退路は確保出来た。そう心の中で勇美はふんぞり返った。
「あら、私は構わないわよ」
 だが現実は非情であった。勇美が今一番目を付けられたくない者から声を掛けられてしまったのだ。
「面白そうだし、私は賛成よ」
 レミリアはニコニコ笑いながら勇美に話す。外見年齢に相応しく愛らしい笑顔であったが、勇美は戦慄していた。
「それに、咲夜の弔い合戦にあなたをやっつけてあげたいしね」
 可愛らしい笑顔を一変させ、レミリアはさすが悪魔とも言うべき魔性の笑みを浮かべながら言った。
「お嬢様、私は生きてますけど」
「咲夜、ここは空気読んで、お願い」
 従者の天然発言に、レミリアは自分の演出を台無しにされて唸った。
「まあ、気を取り直して……と」
 そう言ってレミリアは再度勇美に向き直る。
「ちなみに、これはあなたの師匠に持ち掛けられた事でもあるのよ」
「あー、何か嫌な予感がしてきた」
 レミリアの発言に、勇美は話の先が段々と見えてきた。
「依姫さん、念のために聞きます」
「ええ、以前勇美がいない時にあの子に会ってね、その時勇美と戦ってあげてねとお願いしたわね」
「く……そ……、はかったな依姫さ~ん!!」
 幸い勇美の体は崩れる事はなかったが、心が崩れそうであった。ちなみにDS版は精神崩壊による暴走になっているが、この際どうでも良かった。
「これであなたの退路は断たれたわよ、観念しなさい」
 レミリアは目にこびりつかんばかりの、ねっとりとした笑顔で勇美に差し迫る。
「うう~……」
 もはや勇美に抵抗する手立ては残っていなかったのだった。

◇ ◇ ◇

 そしてレミリアと勇美は咲夜と依姫の時と同じように庭の中心部で向かい合っていた。
「やっぱり止めません? 夜ですし」
「いや、寧ろ私は夜の王だから、おあつらえ向きよ」
「あ、やっちゃった……」
 今のは墓穴掘っちゃったなあ、勇美は盛大に後悔した。
「いい加減腹を括りなさいって……」
「はい……」
 そして勇美は決心する事にしたのだ。
(いつまでもグダグダしてても仕方ないよね)
「分かりました。始めましょう」
「その意気よ」
 ようやく吹っ切れた勇美に、レミリアも満足気になる。
「でも、余り痛くしないで下さいね……」
「……」
 勇美に上目遣いでうるうるした瞳で言われてレミリアは少しばかり心臓が高鳴るかのようであった。
 別に言葉自体に変な意味はないのであるが、今の勇美のような態度で言われるとおかしな想像をしてしまうのだ。
 永遠に幼き500歳の吸血鬼とて、『色』は知っているのだった。
 閑話休題。曲りなりにもようやくやる気を出した勇美に、レミリアも心踊り行動を開始した。
 そして右手をかざしスペル宣言をする。
「【紅符「スカーレットシュート」】!」
 レミリアの手から紅い針のような槍のような物体が射出され、勇美目掛けて襲い掛かった。
「これは頑丈そうですね」
 勇美はそう呟きながら思った。自分が得意として多用するプレアデスブレットでは、あれを弾き落とす程の力を出す事は出来ないだろうと。
(それなら……)
 そして、思い付いた事を彼女は実行する。
「金山彦様、お願いします」
 勇美は金属の神に呼び掛け、手をかざしスペルを宣言する。
「【鉄符「アイアンローリング」】!」
 そう宣言すると勇美の手の先に鉄の粒子が集束していき、鉄で出来た球体が形成されたのだ。
「シュート!」
 勇美はその掛け声と共に念じて鉄球を射出した。
 そして鉄球は紅い針にどんどん肉薄していき、遂にはそれを弾き飛ばしたのだ。
 それだけて終わりではなかった。鉄球は紅い針を退けた後は勢いが削がれるどころか更に加速していったのだ。
 当然その進路の先には、レミリアがいた。そして鉄球は見事に彼女に衝突した。
「ぐぅっ……!」
 攻撃をもろに受けてレミリアは呻いた後、仰け反ってしまった。
 そして後ろに押されるが、すぐに踏みとどまったのはさすが吸血鬼といった所だろう。
「やるじゃないか」
 バランスを安定させた所でレミリアは勇美に向き直り言った。
「その調子よ」
「えっ?」
 レミリアに思いがけない言葉を投げ掛けられて勇美は驚いてしまった。
 基本的に吸血鬼にとって人間は血を提供してくれる食料でしかないのだ。それはレミリアとて例外ではない。
 そんな彼女が咲夜や霊夢や魔理沙以外の人間を認めるなど、予想出来ない事態なのであった。
「レミリアさん、何故私なんかにそのような言葉を?」
 勇美はその疑問を解消出来る台詞を期待して当人に聞いた。
「うん、はっきり言って私にも分からん」
「はえっ?」
 どこか漫画でよく聞くような理論を挙げられて勇美はすっ頓狂な声を出してしまった。
「それじゃあ見も蓋もないじゃありませんか?」
「まあそう言いなさんな。そうとしか言いようがないんだから」
「うぅ……」
「けど、これだけは言えるんだよね。『あなたと私は何か共通するものがあるって事』だよ」
「共通する事ですか……」
 勇美は首を傾げて考えこんでしまう。
「もしかして、姉繋がりって事ですか?」
「そんなしょうもない事じゃないわ。というか、あなたに妹がいたの?」
 レミリアは呆れながら突っ込みを入れる。
(妹がいるって初耳ね)
 勇美の話を聞いていた依姫は少しばかり驚いてしまっていた。
「はい、それはもう可愛い妹で……」
「はい、そこまで」
 レミリアはそこで勇美を制止した。満面の笑顔で話始めたから、このまま続けさせたら収拾がつかなくなる予感がしたのだ。レミリアには霊夢のようなずば抜けた勘は持ち合わせていないが、こればかりは彼女にも察する事が出来たのだった。
「ぶぅ~、少しくらい語らせてもらってもいいじゃないですかぁ~」
「今は弾幕ごっこの最中よ、集中しなさい。それに明らかに少しじゃなくなりそうだったからね」
「うっ……」
 そう指摘されて勇美は言葉を詰まらせた。
 だが、彼女は気を取り直す事にする。
「そうですね、弾幕ごっこの続き、始めましょうか」
「そうよ、じゃあ次は私からね」
 ようやく軌道を元に戻せたレミリアは気分を良くして行動を開始し始める。
「さっきは針が一本しかなかったから押し負けたけど、お次はこれでどう?」
 そしてレミリアは懷から新たなスペルカードを取り出す。
「【獄符「千本の針の山」】!」
 宣言に続いてレミリアは両手を前に向けて構えた。
 すると、再びレミリアの手から針が射出される事となる。
 だが、先程との違いは、
「そんなに沢山!?」
 そう勇美が言うように、大量の針はばら蒔かれたのだった。『千本』と名を冠しているのは伊達ではないようだ。
 これは厄介である。さてどうしようかと考える勇美に妙案が浮かぶ。
「目には目を。大量には大量でしょ!」
 そう言って勇美は神に呼び掛ける。
「天津甕星様!」
 すると勇美の手に、使い慣れた星の銃が現出し握られた。
「『プレアデスガン』とやらね。知っているよ、それじゃあ恐らく私の千本の針の山は止められな……」
「更に!」
 レミリアが下す余裕の解釈を言い終えるのを勇美は遮った。
「金山彦様!」
 そう勇美が続けて宣言すると、勇美の持つ銃の形状が変化していったのだ。
「何? 神の力を二重に借りるって?」
 予想していなかった事態にレミリアは驚愕した。
 レミリアがそうこうしている内に勇美の銃は玩具の銃のサイズから、頑丈そうな機関銃へと変貌していたのだ。
 そして、勇美はその機関銃を迫り来る針の群れに向けて言った。
「【星蒔「クェーサースプラッシュ」】!!」
 勇美は引き金を引くと銃口から噴水のように星の弾が噴き出していき、次々に針の群れを弾き飛ばしていった。
「何っ!?」
 レミリアは声を上げる。今度の攻撃は先程のようには簡単に攻略されないと思っていた所での事だったからだ。
「お次はレミリアさんですよ~」
 針を全滅させたレミリアは勢いづいて、ターゲットを本体に向けたのだ。
「あんまりなめてもらっちゃ困るねえ」
 対するレミリアも気持ちで負けてはいなかった。
「えいっ!」
 そしてレミリアは右腕を振り上げ、自前の爪を振りかざしのだ。──例え敵の弾幕が自分の弾幕を打ち負かしても、自分に届かなければ意味はないのである。
 勢いづいたレミリアは両手の爪で星の弾の飛沫を全て弾き落としていった。
 遂に勇美の攻撃は止む事となった。どうやら弾切れのようだ。
「おや、これで終わりかい?」
 一仕事終えたレミリアは得意気に言ってのけた。
「うん、ここまでみたいですよ」
 勇美はそう返しながら内心で歯噛みした。折角の攻撃が全て防がれたばかりか、当の本人は息一つ乱していないからだ。
 ──さすがは吸血鬼といった所か。人間とは体の造りが違いすぎるようだ。
「これは参ったね……」
 勇美は自嘲気味に愚痴るしかなかった。
「まあ、そう気を落としちゃ駄目よ。私の弾幕を落とした事に変わりはないんだからね」
「そうですか?」
 レミリアにそう言って貰えると悪い気はしない勇美であった。
「そうよ、そして……」
 そこでレミリアは一息置き、続けた。
「私とて打ち落とされる攻撃ばかりする気はないよ」
 そう言ってレミリアは足を踏み込み身構えた。
「何をする気ですか?」
「飛び道具がふせがれるなら、こうするまでさ」
 レミリアは踏み込んだ足で一気に地面を蹴り上げると、その勢いを利用して瞬時に加速して勇美に襲い掛かったのだ。
「ひっ!?」
 驚きの余り息を飲む勇美。そんな彼女に対して遠慮する事なくレミリアは勢いに乗りながらスペルを宣言した。
「【悪魔「レミリアストレッチ」】!」
 そしてレミリアは拳を振り上げ勇美目掛けて打ち放ったのだ。
 勇美は今までレミリアの飛び道具に対峙していたから対抗手段を取れたのが。だが今回はレミリア本人の肉体から繰り出される攻撃だったのだ。故に勇美は対処が遅れてしまったのだった。
「きゃあっ!」
 ボーイッシュな見た目に反する少女らしい悲鳴を上げながら勇美は見事に受けてしまった拳撃にその身を弾き飛ばされてしまったのだ。
 そして勇美は地面にしたたかに体をぶつける事となった。
「うん、やっぱり私には肉弾戦が向いているね」
 拳の一撃を見事に決めて、レミリアは得意気に言ってのけた。
「さすがお嬢様ですわ」
 それを見ていた咲夜は、主の奮闘に恍惚の表情で酔いしれた。
「……」
 対する依姫は難しい表情をしていた。
 ──レミリアの肉弾戦の力は相当なものである。それは月で彼女と戦った依姫が良く知る所なのだ。
 単純な肉弾戦なら依姫をも上回るかも知れない。この事実を考えれば勇美は相当分が悪いだろう。
 だが、だからこそ依姫は勇美には奮闘して欲しかったのだ。この勝負に勝てれば更なる一歩を踏み出せるし、負けてもその勝負の過程は無駄にはならないだろう。
 過程や方法などどうでもいいという言葉がどこかであったが、それは時と場合によるものだ。レミリア程の者との戦いにおいては過程だけでも勇美にとって確かな糧となるはずである。
 だが、やはり依姫は『勝って欲しい』と切望するのだった。勝ちから得られるものは多大なる影響をもたらすからだ。
 肉体能力では明らかに不利な勇美であるが、彼女には依姫が貸し与えた神の力がついているのだ。それが勇美にとっての勝利の鍵であった。
「あたた……参ったねえ」
 そう言いながら勇美はフラフラと覚束無い足取りで起き上がり始めた。
 それを見ながら、レミリアは感心したようにしていた。
「まだやれるようだね?」
「ええ、これしきの事ではへこたれませんよ」
「言ってくれるじゃないか」
 そんな軽口の叩き合いをしながらも、レミリアは心踊る気分となっていたのだ。
 先程まで消極的な態度であった勇美が、今ではすっかり火がついていたのだから。
「それじゃあ、次は私の番ですよ」
 そう言って勇美はレミリアに向き直り構えを取った。そして。
「咲夜さん、あなたの技を借りますよ!」
 勇美は思いがけない事を口にしたのだ。
「はいっ? 私ですか?」
 突然自分の名前を持ち出され、咲夜は意表を突かれてしまった。
「では行きますよ。『白虎』よ私に力を!」
 勇美は新たな神に呼び掛け、そして我が鋼の分身にその力を注ぎ始めたのだ。
「白虎は道の神です、そして道と言ったら……」
 勇美は白虎の力を受けて徐々に形成されていく我が分身を前にしながら、勿体ぶった態度を見せている。
「一体何が起こるのよ、咲夜の技を借りるって……?」
 その得体の知れない空気に、さすがのレミリアも警戒心を露にする。
 一頻り自分の分身が完成に近付いた事により、勇美はスペル宣言をした。
「【道符「整えし鉄の筒」】! とどのつまりは……」
 そこで勇美は一旦区切ると、遂に完成した彼女の分身の全貌が明らかになる。
 それは黄色の車体に、タイヤの代わりに二本の重厚な鉄の柱を備え付けた……。
「ロードローラーだっ!」
「……」
「……」
 高らかに言ってのける勇美に対して、レミリアも咲夜も絶句してしまった。
 そして咲夜は思った。幾ら自分がナイフや時間操作を使っても、これは絶対に使ったりはしないと。
 明らかに周りの勇美を見る目はおかしくなっていた。だが当の本人は空気を読まなかった。
「行きますよレミリアさん。ぶっつぶれて下さいぃ~!」
 そうのたまいながら勇美が念じると、その咲夜から借りた技(嘘)は宙に浮き上がり、レミリア目掛けて突進していった。
「しかも、ロードローラーとしても使い方おかしいし~!」
 そう突っ込みを入れつつも、レミリアはこれは厄介な攻撃だと思った。単純に見ても鉄の塊をぶつけるのは攻撃として案外効率的だったからだ。
 しかし、レミリアは慌ててはいなかった。
「これは人間相手なら致命的ね。でも……」
 レミリアは再び拳を振り上げて、ロードローラーに狙いを定める。
「私が吸血鬼だって事、忘れてはいないかい?」
 そう言い切って、レミリアは迷う事なく拳撃──レミリアストレッチ──を鉄の塊であるロードローラー目掛けて繰り出したのだった。
 そして激しい破裂音と共にロードローラーの一部が陥没したのだ。
「まだまだぁー!」
 それでレミリアの猛攻は終わらずに二撃、三撃と鉄をも抉る拳が次々に打ち込まれていった。
「このままスクラップにしてやろうじゃないか?」
 興がのりにのったレミリアは意気揚々と、自分に向かって来た鉄の巨体を廃品にしようと闘志を燃え上がらせていた。
 だが、レミリアは見逃していた。──不利に追い込まれている筈の勇美の表情が不敵な笑みを湛えていた事を。
 それに気付かずにレミリアは続けて拳を鉄塊に送り込み続けていた。
「これで最後よ!」
 そしてレミリアが渾身の一撃を鉄塊に打ち込むと、とうとう衝撃に耐えきれなくなったそれは崩壊の時を迎え……爆発を起こしたのだった。
 そう、爆発である。
「な、何で爆発なんか起こるのよぉ~っ!」
 突然の異常事態に対応出来ずに、レミリアは爆発に巻き込まれて吹き飛ばされてしまった。
「あたた……」
 今度は自分が倒れる番となったレミリア。色々な種類のダメージを負いながら頭がこんがらがりそうになりながらも体を起こした。
「一体何なのよ!」
 当然憤慨するレミリア。
「それはですね。白虎の力を借りる時、同時に愛宕様の力も借りていたんですよ」
 勇美は得意気に説明し始める。
「つまりどういう事よ」
「ロードローラーの中に愛宕様の力を封じ込めていたんですよ。要は壊れる事で爆発する、大型の爆弾になってもらっていたという訳です」
 それを聞いて、レミリアは見事に謀られたと痛感するのだった。まさかただの質量任せに仕掛けられた攻撃だと思われたものに、相手の行動により起動する罠を仕込んでくるとは露にも思わなかったからだ。
「やるね。いい演出だったよ」
 そう評価するレミリア。そこには自分が追い込まれた事による皮肉と、純粋に健闘した相手を褒める意図があった。
「だから、こっちも気の利いた演出をしないとしないといけないってものよね」
 レミリアは羽ばたき宙に浮かぶと、その身に妖力を集め始めた。そしてそれは禍々しく紅く光るオーラのようなものとなって彼女の体から溢れていったのだ。
 それは漆黒の夜空とは恐ろしくとも美しいコントラストを生み出していた。
「一体何を……」
 思わず勇美は身構える。今までとは違う雰囲気がレミリアからは醸し出されていた。
「それじゃあ、行くとしますか!」
 そしてレミリアは両手を頭上に上げるポーズを取る。
「【魔符「全世界ナイトメア」】!」
 レミリアはそうスペルを宣言すると、彼女の体に纏わり付いていたオーラが激しく燃え上がるように膨れ上がったのだ。
 そしてそのオーラは段々と形を成していった。
「悪魔……」
 思わず勇美は呟いた。彼女の言う通り、それは悪魔と形容するに相応しかったのだ。
「そうさ、悪魔のようでしょう」
 勇美に言われたレミリアは気を良くしてのたまった。
「それも、ナイトメア……即ち『夢魔』という奴さ! これから覚めない悪夢を噛み締めるといい!」
 月で依姫と戦った時と同じように芝居掛かった台詞で決めるレミリア。余興はバッチリであった。 

 

第19話 悪魔嬢レミリア:後編

 勇美との戦いで全世界ナイトメアを発動したレミリアは得意気に言う。
「それも、ナイトメア……即ち『夢魔』という奴さ! これから覚めない悪夢を噛み締めるといい!」
「いえ、私はこの歳でおねしょはしたくないので遠慮しておきます」
 だが、相手側の発言により見事にオジャンにされてしまった。エンターテイナーの面目丸潰れである。
「あなたの悪夢に対するイメージはそんなんかい!」
「ええ、これだけは譲れません。小さい頃苦労しましたから」
 キッパリと言ってのける勇美。
「……まあいいわ」
 調子が狂ってしまったレミリアだが、やる事は変わらない。
「私の可愛い夢魔達よ、獲物を喰らい尽くせ!」
 レミリアは指を勇美に指すと、夢魔達に迎撃命令を下したのだ。
「うわあ、来た!」
 当然勇美は慌ててしまう。今までのレミリアの攻撃とは趣が違う禍々しいものであったから尚の事である。
「こうなったら仕方無いか」
 だが、勇美の方も腹を括る事にしたのだ。
「祇園様、天津甕星様、お願いします」
 勇美は二柱の神に呼び掛けると、右手に筒上の機械を現出させた。
「ふんっ!」
 その掛け声と共に筒を一振りすると、先から眩く輝くエネルギーの刃が放出されたのだ。
「勇美、貴方好きねえ、あの映画……」
 妹紅の時も似たのやったじゃないかと、依姫は頭を抱えながら突っ込みを入れた。
「甘いですよ依姫さん」
 だが、勇美は左手で人指し指をチッチッと振るりながら得意気に振る舞い、
「【機符「一年戦争の光の剣」】!」
 と宣言した。
「そっちかい!」
 依姫は再び頭を抱えた。ちなみに一年戦争のそれは超能力で戦う騎士のそれのオマージュであるため、元は同じであるのだが、それはどうでも良かった。
「じゃあ、行くとしますか!」
 依姫の哀愁をよそに勇美は意気込み、自分に迫りくる夢魔の群れへと目をやった。
「まずは一匹目!」
 高らかに言いながら勇美は夢魔の一体目掛けて光の刃を振り下ろした。ハサミで厚紙を切るかのような音を立ててその夢魔は斬り裂かれて雲散した。
「勇美、いつの目にそんな身のこなしが出来るようになったの?」
 依姫はその事に驚いていた。
「依姫さんや、その他の私が戦ってきた人達に鍛えられたって事ですよ」
 私は人間だから、力任せに武器を振るう事が出来ないから、こうしてエネルギーで攻撃してますけどねと勇美は付け加えた。
「それでも凄いわよ」
 だが依姫は素直に感心するのだった。
「やるじゃないか、でもまだ夢魔は沢山いるわよ!」
 レミリアのその発言に呼応するかのように二体目の夢魔が勇美に迫り、その爪を振りかざした。
「甘い!」
 そう言って勇美は爪の攻撃を難なくかわしてみせる。そして振り向きざまに光の剣を突き立て夢魔を無に還した。
「ふうん……」
 その様子をレミリアはじっくり見つめていた。次々に自分の使いが倒されているにも関わらず、どこか余裕である。
「この調子で掛かって来なさぁ~い」
 そんなレミリアの様子は露知らず、興に乗った勇美は勢いづいていた。
「やっぱり一体ずつじゃあ足りないみたいね」
 その最中、レミリアは呟く。
「あなた、私が夢魔を一度に大量に出した意味が分かってないようね」
「うっ……」
 勇美は言葉を詰まらせた。何か、とても嫌な予感がしたのだ。
「見せてあげるわ、全世界ナイトメアの真骨頂を!」
 そしてレミリアは再度勇美に指を向ける。だが、今度は命令の内容が違ったのだった。
「夢魔よ、『一斉に』あいつに襲い掛かりなさい!」
「ああ~っ、やっぱりぃ~!」
 勇美は同時に大量の夢魔に襲われて嘆くしかなかった。
「この卑怯者~!」
 立派な自身の力で作り出した弾幕に対して、勇美はやや筋違いな発言をするのだった。
 そんな中でも夢魔の群れはグイグイと勇美に差し迫ろうとしていた。
「こうなったら、これしかない!」
 言って、勇美は光の刃を夢魔の群れに向けた。
「【乱符「拡散レーザー」】!」
 そして突如の新たなるスペル宣言。
 すると、筒から生えていた光の剣が引っ込むと、そこから無数のレーザーが放出された。
 そしてそのレーザー郡は次々と夢魔の群れを撃ち貫いていったのだ。
「何っ!?」
 これには驚愕してしまうレミリア。彼女がそうしている内にも夢魔の群れは消し飛ばされていた。
 そして次々に放たれるレーザーは、とうとう夢魔を全滅させたのだった。
「やった!」
 勇美は筒を構えながら歓喜の声を出す。だが物事は最後まで気を抜いてはいけないもの。
「後は……」
 勇美はそう言うと筒の向きを変えてレミリア本人に向けたのだ。
「くうっ……!」
 思わず呻き声を漏らすレミリア。そんな彼女にレーザーの一斉照射は容赦なく襲い掛かったのだった。
「ぐああーーー!!」
 次々に雨あられの如くレミリアに浴びせられるレーザーの洗礼。何とか数秒は耐えていたレミリアであったが、とうとう堪らずに弾かれてしまった。
「はあ……はあ……」
 体制を崩し、息を荒げながらも、辛うじて宙に浮く姿勢は保っているレミリア。
「どんなもんですか!」
 ここまでレミリアを追い詰められると思っていなかった勇美は得意気に言ってのけた。
「……あなたも卑怯さ加減は大概じゃないの」
「この武器の光は剣の形として出しましたけど、剣にしか出来ないとは言ってませんから♪」
 えっへんと控えめな胸を逸らして威張る勇美。余り威張れた事ではないのだが。
「まあ、面白いものを見させてもらった事には変わりないわね」
 そうレミリアはしみじみと言う。その様子に悔し紛れさは感じられない。
「だから、私の方からもお楽しみを受け取ってもらうわよ……パチュリー、例の物を」
「分かったわ」
 突然レミリアに呼び掛けられた外野のパチュリー・ノーレッジは両手を目の前にかざした。
 そして何やら呪文を唱え始めると足元に魔法陣が浮かび上がる。
 続いてその魔法陣から細長い物が出現し始めたのだ。
「何、あれ……?」
 勇美はその異様な光景に目を見張った。
 それをよく観察してみると、ライフルのような銃器である事が分かった。
 ただし、色は目に焼き付くような真紅色、持ち手にはこうもりの翼のような物が生え、更には所々に血管のように脈動する機関が存在する、普通の銃とはかけ離れた禍々しい物であった。
「さあパチュリー、それを私によこしなさい!」
 意気揚々とレミリアは友人に命令じみた要求をするが。
「いや、レミィが取りに来なさい」
 ……何か変な流れになってきていた。
「って、こういう場面では投げて渡すのがセオリーでしょう」
「私にそんな体力があると思う?」
 そして暫し起こる沈黙。
「ごめんパチェ、私が悪かったわ」
「分かればよろしい」
 レミリアが折れるという意外(?)な結果となった。
「貴方のご主人、所謂中二病という奴かしら?」
「ええ、そういう年頃ですわ」
 依姫に突っ込みを入れられるも、咲夜は温かい目でレミリアを見守る事にしたのだった。
 そしてレミリアはパチュリーの元へと舞い降り、丁寧に銃を手渡しで受け取ったのだった。
「うん、やっぱり締まらないわね」
 自分で取りに行ったレミリアだが、やはり納得はいかないようだ。
 そんなレミリアを、勇美は共感の眼差しで見ていた。
「レミリアさん、あなたの気持ち、よく分かりますよ」
 ──ここにも中二病な人がいた、依姫はそう思いながら嘆いた。
 しかし、勇美はそのものズバリな年齢である為仕方ないかと依姫は目を瞑る事にしたようだ。
「待たせたわね。では弾幕ごっこを再開といきますか」
 レミリアはその幼女の姿に不釣り合いな禍々しいライフルを担ぎ上げながら言った。
「……」
 改めてその銃を垣間見た勇美には思う所があり、それを口にする。
「あの、レミリアさん」
「何かしら?」
「何だこの銃は~?」
「少なくともクリムゾンじゃないから安心しなさい」
 勇美に言われてレミリアは首を横に振った。
 ──あの銃は色々問題がある。特に照準が右下にずれている所が。
 気を取り直してレミリアは銃を担ぎ上げながら地面を蹴り上げると、その勢いに任せて空高く舞い上がったのだ。
「空から銃を使うんですか?」
 勇美はそうレミリアに問う。
「ええ、空からの攻撃は私の十八番だからね」
 対するレミリアはニッと笑みを浮かべる。
「それじゃあ喰らいなさい! パチュリーと共同開発した秘密兵器【魔銃「D.O.ヒナアラレ」】を!」
 ……。
 またしても辺りに起こる沈黙。
「レミリアさん」
 漸く勇美は口を開く。
「あなたも大概じゃないですか」
 クリムゾンを意識した自分よりも問題だと。
 名前がパチもん臭いのだ。しかも複数の要素が入り雑じっている。
「まあ、余り気にしなさんな。ちなみにD.O.は『Destiny Over(運命超越)』の略よ。じゃあ、一撃目喰らいなさい!」
 そう言ってレミリアは銃口を勇美に向け、引き金を引いた。
 そして、銃口から発射される真紅色の弾丸型のエネルギーが勇美目掛けて襲いかかったのだ。
「来た! でもその程度の弾なら!」
 レミリアが仕掛けてきた攻撃に、勇美は強気の態度でいた。
 そう、この程度の攻撃なら問題なく攻略出来るだろう。勇美はまだ弾幕ごっこの経験の日は浅いものの、今まで戦ってきた少女達との勝負の経験が抜かりなく生きているのだ。
 勇美は迫って来た弾丸をひらりと容易にかわしてみせた。
「これくらい簡単に避けれますよ」
 勇美は、したり顔で言ってのけた。
 だが、上空に佇むレミリアには落胆の様子はまるで見られなかった。そして口を開く。
「甘いわね」
 その凍りつくようなトーンで発せられた言葉に、勇美は背筋に冷たいものが走るのを感じた。嫌な予感がする。
 続いて、レミリアが放った弾丸が地面に着弾した。すると、激しく爆ぜる音と共に、そこから大量のエネルギー弾がばら蒔かれたのだった。そう、まるで雛あられの如く。
「うわっ……!」
 その光景に、思わず上擦った声を上げてしまう勇美。
「驚いたようね。ショットガンってのは散弾銃って意味なのよ。覚えておくといいわ」
 レミリアは上空で得意気にのたまった。
「へぇ~、そうだったんですか♪」
 勇美はそれを聞きながら感心した。
「レミィ、それ私が教えた事だから……」
「パチェ! そこは黙っておくのが友達ってものでしょ!」
 折角決めたレミリアだったが、この流れで台無しになってしまった様だ。しかも本当の友達は『友達』という言葉を安易に使わない傾向にあるため、その不甲斐無さは一入であった。
「レミリアさん、私本気で感心したのに……」
「言わないで。これ以上大人の世界に首を突っ込まないで」
「いえ、レミリアさんは500年生きているけど吸血鬼だから子供ですよね」
「理屈はいい。それよりも、そんな余裕でいいのかしら?」
 それを聞いて勇美は、はっとなった。そう、先程爆ぜた弾丸から、雨あられと四散したエネルギーが勇美を襲おうとしていたのだから。
「これは厄介ですね……」
 その洗礼を一つ一つ避けて攻略していく勇美であったが、如何せん弾の量が多かったのである。最初は何とか避けきっていたが、徐々に足取りが覚束なくなり、ついに被弾してしまったのだ。
「痛っ!」
 自分に当たった弾が弾けた衝撃に、勇美は苦痛の声を上げた。
「効果覿面ね」
 レミリアは満足気に呟いて笑みを浮かべた。
「さすがは私の能力とパチェの技術で作った最新兵器だけの事はあるわね。精度も申し分ないから、これならあの手が使えるわね」
「あの手?」
 勇美が聞き返す間もなく、レミリアは羽ばたき、更に上空へと高度を上げたのだ。
「どういうつもりですか?」
 勇美はそうレミリアに聞いた。それ程まで高度を上げたら自分を狙うのは困難に……。
「まさか!?」
 またしても勇美は嫌な予感に苛まれたのである。
「いい勘してるわね、霊夢ほどじゃないけど」
 レミリアは上空から勇美に言った。
「それじゃあ、第二弾、喰らいなさい!」
 そしてレミリアは再び化け物銃の引き金を引いた。
 より高い高度から放たれた銃弾。そんな所から撃っても狙いなどたかが知れているだろう。普通なら。
 だが、勇美の予想通り、その銃撃は寸分違わぬ狙いで彼女目掛けて突き進んできたのだった。
「やっぱり!」
 勇美はそこで咄嗟に先程二柱の神の力を借りた攻撃を再び行った。
「クェーサースプラッシュ!!」
 再び機関銃の形態になった自分の分身から、星の飛沫を放出し、紅の散弾目掛けて攻撃したのだ。
 間一髪の所で撃ち落とされる散弾。するとエネルギーが四散するが、それも星の飛沫に掻き消されていった。
 こうして、相手の攻撃は防ぎ切った勇美であったが、ここからが最初にクェーサースプラッシュを放った時のようにはいかなかったのだ。
「届かない……」
 これこそが最大の問題であった。最初の時は相手の攻撃を防いだ後に本体に攻撃出来たのだが、今度はレミリアは遥か上空にいるが故に再び攻勢に持ち込む事が出来なかったのである。
「参ったね……」
 勇美は口惜しそうに呟いた。
「さすがね、この銃は……」
 レミリアはその勇美の様子と、友人との共同開発の銃の性能に酔いしれる。

◇ ◇ ◇

 レミリアがこの魔銃をパチュリーと作り始めたのは、彼女が月から帰ってきてからであった。
 彼女は月には遊びに行く感覚で攻めに行ったのである。故に依姫との勝負に負けた事も遊びの一環であるから特に気にしてはいなかった。現にその後に月の海を再現して遊ぶという娯楽に浸っていたのがその裏付けである。
 だが、『完全に』という訳にはいかなかったのだろう。体当たりに返される形で天照大神の力を打ち込まれた事に、心のどこかで引っ掛かるものを感じていたのかも知れない。
 それが魔銃を完成させるモチベーションに発展したようだ。体当たりだけじゃない自分の強みを作るという。
 そしてレミリアは心の奥底で、この銃を使いこなせるようになっていずれ依姫に打ち勝つ事を望んでいた。だが、まずは今この勝負に決着を着ける事が当面の目的だろう。
「この銃を使いこなせるのは、私の吸血鬼の視力があってこそね。デビルアイは千里眼……なんてね」
 そう満足気に呟きながら、レミリアは卓越した視力で遥か地上の勇美へと狙いを定めて三度引き金を引こうとする。
「どうしたものか……」
 対する勇美はどう対処したものか迷っていた。相手の攻撃を防いでも、距離が開きすぎていて反撃の糸口が掴めないのだ。
「レミリアさんのような視力は私にはないし……」
 言いかけて、勇美は頭に電流が走るような感覚に襲われた。私『には』であると。
 心当たりのある『神』を勇美は知っていたのだ。そして、勝利のピースが徐々にはまり始める。
 そして勇美はそれを実行に移し始めた。
「『アルテミス』よ、私にその力を!」
 勇美はとある女神の力を自分の分身に注ぎ込んだ。そう、狩猟の女神の力である。
 機関銃の形態を取っていた勇美の分身『マックス』は、そこで一旦解体される。そして新たな姿を形作るべく金属辺が集まり徐々に形を成していった。
 そして出来上がったのは、全身迷彩色に包まれた、機械の狩人とでも呼ぶべき姿であった。
「うん、いい感じに仕上がったみたいだね。それじゃあ行きますよ! 【狩符「メカニカル・スナイパー」】!」
 スペル宣言をする勇美。そして彼女には、機械の狩人のアイセンサーを通してよくレミリアの姿が見えていたのだ。
「何をする気か知らないけど、これで終わりよ!」
 その光景を見ていたレミリアは何をやってもこの状況は変わるものではないと決め込み、三度引き金を引いて紅の散弾を射出した。
 だが、今度は勇美は慌てる事はなかった。何故ならこの銃弾もアイセンサーによりくっきりと勇美の脳に映像の情報が送り込まれていたからである。
「マックス、迎撃して♪」
 そして自信満々に勇美は分身に指令を送ると、彼は手に持ったボウガンを上空目掛けて構えた。
 勇美に迫っていた散弾であったが、マックスがボウガンの引き金を引くと勢いよく矢が射出され、散弾を寸分違わぬ狙いで貫き撃ち落としたのであった。
「何っ!」
 これにはレミリアは驚いた。先程まで魔銃の攻撃に右往左往していた勇美が、今度はいとも容易く対処してしまったのだから。
「驚くのはまだ早いですよ!」
 そう勇美が言う事が示す通り、これだけで終わりではなかったのだった。
 散弾を打ち砕いたボウガンの矢はそのまま勢いを弱める事なく、進路をレミリア本人に向けて突き進んだのだ。
 このままいけばレミリアに命中するだろう。だが、レミリアとてそう易々とは攻撃を許しはしなかった。
「私の動体視力をなめてもらっちゃ困るわね」
 そう言って、レミリアは手を目の前に出し、ものの見事に矢を掴んで見せた。
「ええっ!?」
 メカニカル・スナイパーのアイセンサーが捉えた視覚情報から、勇美は驚愕してしまった。
「ふんっ!」
 そしてレミリアは掛け声と共に、矢を握りしめてへし折ってみせたのだ。
(残念だったわね。いくら視覚に捉えられても、攻撃が通らなければ意味がないのよ)
 レミリアは得意気に心の中で呟いた。

◇ ◇ ◇

「……」
 対する勇美は放心状態となってしまっていた。折角の渾身の一撃が防がれてしまったからだ。
「ここまでなのかな……」
 相手の攻撃を防ぐ事が出来ても、自分の攻撃を通す事が出来なければ勝てない。そして、何度も相手の射程外からの攻撃を何度も撃ち落す程の技量は勇美にはないのである。
 万事休すか。そう諦めようとした時、以前依姫がレミリアに勝った時の映像を思い出したのである。
(依姫さんは太陽の力を使ってレミリアさんの弱点を突いたんだよね)
 弱点を突く。それは立派な戦術であると勇美は思った。
 相手の弱みに付け込むのが常套手段な傲慢な者は多い。挙句の果てには弱みに付け込むという行為は『手段』であるにも関わらず、それを『目的』とする場合すらある。
 一言で言って卑怯な行為である。だが、勇美はまだ未熟であるため、正々堂々として戦える程立派ではないので、なりふり構わず勝利を掴もうとするのが今の彼女の心情なのだ。
 依姫はレミリアの弱点を突く形で勝利したが、それは寧ろ相手の弱みを知りながら敢えて突かないのは失礼に当たると思っての事であった。特にレミリアのように自尊心の高い者に対しては。
 だが、同時に依姫は正々堂々を心情とするため、相手の攻撃を全て攻略した上で弱点を突くという武人的な結論で決めたのだ。
 しかし、それは依姫程の洗練された者だからこそ出来た行為である。勇美には到底真似出来ない事なのだ。
 だから、勇美は何としてでもこの勝負に勝利しようと心に決めたのだ。
「でも、天照大神の力を私が借りてもレミリアさんへの一撃必殺にはならないと思う」
 故にどうすればいいのか考えていた勇美であったが、ここで先日阿求との勝負の時の内容を思い出した。
「あの時は確か……」
 そして勇美は思い出した。レミリアの弱点は流れる水だと発言したのを。
「それだ!」
 勇美は頭の中が弾けるような心持ちとなった。思い立ったら吉日、後は実行するまでだ。
「何もして来ないなら、続いて行かせてもらうわよ!」
 レミリアは再度狙いを勇美に定め、紅の銃の引き金を引こうとしていた。
「その攻撃、ちょっと待って下さい! 『ネプチューン』に『ナーガ』よ、私に吸血鬼を打ち破る力を貸して下さい!」
 そう言って勇美は新たに二柱の神に言葉を示した。
 すると彼女の目の前に半人半魚の神と、蛇の神が現出し、勇美の手元にその身を預けたのである。
「何をする気か知らないけど、これで終わりよ!」
 そして、とうとうレミリアは引き金を引き、紅の散弾を放ったのだった。
 それとほぼ同時に、勇美の手に水色の細長い物が現れ始めたのだ。
「何あれ?」
 レミリアは目を凝らして、それを凝視したがその正体を掴めない。
「【鞭符「ハイドロヴァイパー」】!」
 そう宣言して、勇美はその武器をレミリア目掛けて放ったのだ。
「それは……流れる水で出来ているの!?」
 レミリアはそれを確認すると驚愕してしまった。
 予想外であった。水という液体を凝縮して固形にする芸当など思いも付かなかったのだ。
 そしてレミリア目掛けて水流の鞭は飛び掛っていった。
 咄嗟にレミリアは手を翳して受け止めようとするが……。
「しまった、流れる水では……!」
 手で鞭を掴んだものの、それは自分の弱点である流れる水で出来ていたのだ。レミリアの手に電撃のような衝撃が走り弾かれてしまった。
「くうっ……!」
 思わず呻くレミリア。その隙を勇美は見逃さなかった。
「まだまだぁー!」
 勢いづいて勇美は鞭の持ち手に力を込めた。すると水の鞭は船上に打ち上げられたうなぎの如く暴れ回り、レミリアの周辺を薙ぎ払い始めたのだ。
「!!」
 その奔流に巻き込まれたレミリアは、もはや言葉を出す事も出来なかったのだった。
 暴れ狂う水が容赦なくレミリアを幾度となく打ちのめしていった。
 このまま攻撃を続けていこうと勇美は思っていた。だが……。
「ネプチューン様、ナーガ様……? はい、分かりました」
 そう勇美は呟くと、攻撃を解除した。
 するとレミリアはフラフラと上空から地面に降り立つと、膝を付いてしまったのだ。続いて彼女は言葉を紡ぐ。
「見事ね、私の負けよ」
 ここにレミリアは敗北宣言をし、勇美の勝利を労ったのだった。先程二神は勇美にもう勝負が着いた事を知らせたのだった。
「私の勝ち……。やったー!」
 自分が勝利した事を確信すると、勇美は喜びの余りその場で飛び跳ね始めたのだ。
「喜んでいる所悪いけど、一つ聞かせてくれる?」
 自分が負けた事にレミリアは疑問を抱いていない。だが、それとは別に疑問が芽生えていたのだった。
「……何で鞭にしたのよ?」
 流れる水をそのまま放水すればいい所を何故鞭の形にしたのか、レミリアは腑に落ちなかったのだ。
 それを勇美は聞き、
「決まっているじゃないですか。吸血鬼退治は鞭でするものですよ」
 と答えたのだ。
「……」
 その答えをレミリアは聞くと、「あなた、ゲームのやり過ぎよ」と呟き、脱力感の元意識を手放していったのだった。 

 

第20話 姉の方は別に……:前編

 
前書き
※サブタイトルはあくまでネタでして、実内容とは違う事を予めお知らせしておきます。 

 
 勇美と壮絶な戦いの末にしょうもないオチで締めくくられて意識を手放したレミリアであったが、ものの十分程で目を覚まし、自分が運ばれていたベッドから起き上がったのだ。さすがは吸血鬼の身体能力の賜物といった所か。
「お目覚めですか、お嬢様」
 そう目覚めたてのレミリアに言葉を掛ける咲夜の様子に心配した素振りはなかった。
 これしきの事で我が主が大事に至る事はないという信頼の証であった。
「ええ、いい目覚めよ」
 レミリアも、そんな咲夜の信頼に応えるべき態度を示した。
 だが、当のレミリアを打ち倒した勇美は気が気ではなかったのだ。
「レミリアさん、大丈夫ですか?」
 そう心配そうにレミリアの顔を覗き込みながら言う。
「ええ、問題ないわ。あなたは私を倒したんだから、もっと堂々としていなさい」
「……はい!」
 勇美はレミリアに言われて、元気良く返事をした。今の自分はもっと自信を持っていいんだと自分に言い聞かせながら。
「それで、勇美。今夜は遅いからこの紅魔館に泊まって行きなさい」
「そう言ってもらえると助かるわね。今から永遠亭に戻るのはリスクが大きいから」
 レミリアの提案に依姫は便乗する形を取る。相手の好意は素直に受けるべきだと彼女は思っているからだ。
 しかし、勇美は踏ん切りが着かないようだ。
「何か悪いですよ。それに、ここは人間が過ごすには問題あるんじゃないですか? 日当たりとか」
 それが勇美が懸念する事であった。吸血鬼に合わせて作られた館では人間である自分には馴染まないのではないかと。
「遠慮する事はないわ」
 だがレミリアはさらりとそう言ってのけたのだ。
「それに、後者の方が心配なら、問題なく解決出来るからね」
「……?」
 意味ありげなレミリアの発言に、思わず勇美は首を傾げてしまうのだった。

◇ ◇ ◇

「う~ん……」
 心地良い気だるさの元、勇美は朝の目覚めを迎えた。
「うん、いい朝~。不思議と気持ちいいね」
 勇美は快適な目覚めに抱え入れられて満足気に呟いた。
 結論から言って、結局勇美は依姫と共に紅魔館で一夜を過ごしたのだった。
 陽の光を弱点とする吸血鬼に合わせて作られた館。当然窓は少なく、人間には苦痛となる者もいるだろう場所での就寝であった。
「これも美鈴さんのお陰だね~」
 そう、この館で快適に過ごせたからくりの正体は、館の門番である紅美鈴であったのだ。
 昨晩、勇美が紅魔館に泊まる事を聞いた美鈴は、自ら問題解決の為に名乗り出たのだ。
 そして、その後は彼女の得意分野の気孔の出番だったという訳である。
「どういう事ですか?」
 勇美は美鈴に言われても、要点を掴めずに首を傾げてしまったのだ。
「簡単な事ですよ、私の気を勇美さんに送って代謝能力を一時的に高めるんです。そうすれば人間のあなたでも窓の少ない部屋で一夜をすごしてもぐっすり眠れる筈です」
 そう美鈴は言ってのけた。だが勇美はまだ合点がいかないようであった。
「実感が沸かないのも無理はないでしょう。『百聞は一見にしかず』ですから、騙されたと思って受けてみて下さい」
「……」
 それを聞いて勇美は懐疑的な気持ちが段々と薄れていったのだ。この人からは純粋な感じが伝わってくるから、誰かを騙すとは思えなかったのだった。
「分かりました。お願いします」
 そして、勇美は素直に美鈴の申し出を受けたのだった。
「それでは勇美さん、ベッドで横になって下さい」
 そう美鈴は勇美に促す。
 そして、勇美は彼女に促されるままに手頃なベッドへと移動したのだ。
 そして、勇美は手を自分が着ている和服の帯に掛け……。
「……勇美さん、脱ぐ必要はありませんよ」
「ええっ? そうなんですか?」
 さぞかし残念そうに口を尖らせる勇美。
「何で残念がるんですか……」
 美鈴は呆れながら突っ込みを入れた。
「だって、こういうのって、裸でやってもらった方が効き目ありそうじゃないですか?」
「それは気のせいですからやめて下さい」
 美鈴はきっぱりと言った。
「まあ、取り敢えず気を送りますから、うつ伏せになって下さいね」
「はい♪」
 全裸での施しを受けるという野心は潰えたものの、気を送ってもらえる事には変わりがなかったので、勇美は元気に返事をしたのだ。
 そして勇美はベッドの上で仰向けに寝そべった。
「それでは行きますよ」
 美鈴はそう言うと勇美の背中に手を当て、集中し始めたのだ。
 すると、勇美はその美鈴の手から何か優しい感触を感じ始めたのだ。
「あっ、何か心地いいです……」
 勇美は思わずうっとりしながら言う。
「それは、私の気が送られてきた証拠ですよ」
 美鈴は勇美の心地良さそうに振る舞うのを見て、得意気に説明をした。
「あっ、そうなんですか」
 言われて、勇美は納得した。
 その心地良さは生半可なものではなかったのだ。何故なら過剰に何かを送りこまれてくる感じではなかったからである。最低限のエネルギーを送られ、後は勇美自身の肉体の脈動を呼び起こされていたからだ。
 つまり、それを言葉に表すと。
「何か、『本当の優しさ』って感じがします」
 それが勇美の率直な感想であった。
「そ、そうですか」
 そのように言われて、美鈴はこそばゆい心持ちになってしまう。
「これには咲夜さんも喜んでいるんじゃないでしょうか?」
 夢心地な中で勇美はそう言った。咲夜も人間である以上、この紅魔館で過ごすには美鈴の気孔のお世話になっているだろうと勇美は踏んでの事であった。
「咲夜さんですか……咲夜さんですよね……」
 その名前を聞いて美鈴は引きつった笑みを浮かべた。
 確かに咲夜にはいつも気孔を施しているのだ。だから彼女には感謝されている事は美鈴には分かるのだった。
 だが、それ以上に咲夜に対してはトラウマを呼び起こしてしまうのだった。特に額にナイフを投げて刺されたり。
「……ごめんなさい。何か聞いちゃいけない事聞いてしまったみたいですね」
「いえ、気にしないで下さい」
 謝る勇美に気にしないように言う美鈴。
 と、このように触れてはいけない物に触れ掛ける事態となってしまったが、勇美は全身の血の巡りが快調になる感覚に抱かれていたのだ。これなら今夜はぐっすり眠れるだろう。
「はい、これで気孔は終わりですよ」
 すべき事は全て終えて、美鈴は感無量といった様子を見せた。
「ありがとうございました。お陰で今夜はいい夢が見られそうです」
「それは何よりですよ」
 勇美と美鈴はそう言い合って、互いに笑顔になるのだった。

◇ ◇ ◇

 そして勇美は紅魔館で一夜を過ごし、朝を迎えた所という訳であった。
「本当にいい朝迎えられた~♪」
 勇美はとても充実していた。今の感覚は陽が存分に差し込む部屋で過ごしたのと寸分違わぬ感覚であった。
 そして勇美は一夜を過ごした部屋から出て廊下を歩き始めた。
 無論闇雲に歩き始めた訳ではなかった。昨日聞いた道筋を頼りに、紅魔館の食堂へと目指していたのだった。
 その途中で勇美は美鈴と出会った。
「あっ、美鈴さん。お早うございます」
「お早う、勇美さん。昨日はよく眠れましたか?」
 朝一番で出会って勇美の心配をしてくれる。その辺りが彼女が心優しい温厚な妖怪である事を示していた。
「はい、美鈴さんのお陰でバッチリでした」
「それは良かったです」
 美鈴は肩の荷が降りるような心持ちとなった。
「さすが、『太陽のエネルギー、波紋』って感じですね」
「気孔です」
 すかさず美鈴は訂正したのだった。
 その後勇美は食堂で依姫と合流して、紅魔館の住人達と仲良く朝食を食べたのだった。
 ちなみにそのレパートリーはふっくらとしたパンに卵やベーコンやサラダが付き、飲み物は紅茶というものであった。

◇ ◇ ◇

 そして勇美と依姫は永遠亭へと戻って来ていた。
「しばらく部屋で休んでいるといいわ」
 依姫は勇美にそう言ってしばし別れる事となった。
 それは依姫の勇美への配慮からであった。いくら美鈴の気孔で陽の光を浴びる代わりを施されても人間が初めて吸血鬼の館で過ごしたとあっては、その負担は完全になくす事は出来ないだろうから。
 更に極め付きに、勇美は強大な力を持つレミリアと弾幕ごっこをしたのだ。それによる疲弊は計り知れないだろうと。
 そんな依姫の配慮を嬉しく思いながら勇美は自分の部屋へとたどり着くのだったが。
「……」
 勇美を包み込む違和感。それを何だか考える彼女。
 そして、その理由に気付く。
「あ~! 元気が出すぎてるぅ~!」
 それが答えであった。気孔により代謝が出たはいいが、如何せん効き目が強すぎたのである。
 そして、咲夜がレミリアに対して色ボケしているのも、この効きすぎる気孔の影響かも知れないと勇美は思うのだった。
 昨日は陽の当たらない紅魔館で一夜を過ごすのであった為問題無かったが、今は陽が十分に当たる永遠亭の自室だったのだ。
 過ぎたるは及ばざるが如しという奴であろう。いくら調子が良くても、良すぎては落ち着いて休む事も出来ないのだ。
 だが、勇美はそれを利用する事にしたのだった。
「うん、ゆっくり休めないなら、体を動かそう」
 そう結論づけて、勇美は早速行動を開始する事にしたのだ。一人でも出来る鍛練もあるだろうと。
 そして、意気込みながら部屋を出ようとした時であった。
 コンコンと扉をノックする音がしたのだ。それに続いて部屋の外から声が聞こえた。
「勇美ちゃん、ちょっといいかしら?」
 それを聞いて、勇美は「誰だろう?」と思った。少なくとも依姫は勇美には『ちゃん』は付けない。
「まあ、考えても仕方ないか」
 勇美はそう思い扉を開け、誰だか分からない客人を招き入れる事にしたのだった。
「はい、どなたですか?」
 そう言って勇美が扉を開けた先にはブロンドのロングヘアーがきらびやかな女性が立っていた。
 その姿を見て、勇美はその人物が何者か少しの間を置いて察するのだった。
「豊姫さん!」
 そう、勇美がお世話になっている依姫の姉、綿月豊姫その人であったのだ。
「勇美ちゃん、お元気してた?」
「はい、それはとっても……」
 豊姫に言われて勇美は今の元気過ぎる自分の現状を思い出してしまった。
 更に条件の悪い事に、今の豊姫の出で立ちは、かつて勇美が彼女に提案した白のノースリーブワンピースにケープという勇美のフェティシズム丸出しのものだったのだ。
 故に勇美は欲情してしまったのだ。不幸中の幸いに勃起はしなかった。勇美にはそのような物はないから。
 だが、勇美が野獣と化すには充分過ぎる条件が揃ってしまったのだ。
「いただきマンモス~!」
 そして勇美は昔どこかで聞いた事のあるフレーズを吐きながら豊姫に襲い掛った。恥知らずな行為であったが、それでも「いただき○○○」でなかったのは不幸中の幸いであった。
 窮地に立たされたかのように思われた豊姫。だが彼女は慌てずに自分の能力を使い、難なく勇美をかわした。
 びたーん。そんな哀愁漂う音を立てて勇美はしたたかに床に体をぶつけてしまったのだった。
「ううう……」
 口惜しいそうに涙目で唸る勇美。
「豊姫さん、あなたの能力、チート過ぎますよ」
 要は誰もが一度は望む能力の一つ『テレポーテーション』なのだ。しかもそれは宇宙規模に及ぶ程であるのだから。
「うん、自分でもそう思うね」
 かく言う豊姫自身もその自覚はあるようだ。
「私を捕まえて如何わしい事をしたいのなら、もっと修行を積む事ですよ」
「え゛っ……」
 その言葉に勇美は上擦った声を出してしまった。
 何故なら突っ込み所が多かったからだ。如何わしい事をするの自体はいいのかとか、その為に修行を積めだとか。
 依姫は絶対言わないような事であった。この辺りが姉と妹が徹底的に違う事の縮図の一つかも知れない。
 そんな事を思いつつ、勇美は本題に入る事にした。
「それで豊姫さん、私に何の用ですか?」
「うん、大した事じゃないんだけどね、私と人里の喫茶店でもいかないかな~って」
「喫茶店ですか?」
 勇美は聞き返す。
「うん、喫茶店。勿論勇美ちゃんが疲れてたりして迷惑じゃなければだけど……って思ったけど、その点は心配なさそうだよね」
 そう言って豊姫は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「はい、今色々エネルギーが有り余ってますから、いい機会ですよ」
 勇美は苦笑いしながら言った。
「それじゃあ決まりね、行こうか♪」
「準備は……しなくていいんですよね。豊姫さんがいるから」
 つくづく反則的な能力だなと、勇美は心の中で独りごちながら豊姫に誘われるままに身を委ねるのだった。

◇ ◇ ◇

 そして二人は人里に構えられたとある喫茶店の前に来ていた。
 ちなみに豊姫の能力による出現先は人目のつかない場所を選び、騒ぎにならないように配慮した。
「ここが私のお気に入りの喫茶店よ」
「ここですか……」
 言いながら勇美は見とれていた。
 その外観が立派な赤レンガで作られていて、荘厳かつ小洒落ているという独特の空気を醸し出していたからだ。
「いい所ですね~」
「そうでしょ♪ それじゃあ中に入ろうか」
 二人はそう言い合い、喫茶店の中に入っていったのだった。 

 

第21話 姉の方は別に……:後編

 昨夜紅魔館で初めて美鈴の気孔を施してもらい、体調が良くなりすぎて興奮していた勇美。そんな中、絶妙なタイミングで豊姫が現れ、彼女行き着けの喫茶店に誘われていい機会だと思ってそれについていった勇美であった。
「いらっしゃいませ、お二人様ですね」
 店の中に入ると受け付けのウェイトレスの人がそう言って迎えてくれた。
「はい、二人です」
 豊姫がそう説明した。
「それではお席にご案内します」
 そして二人はウェイトレスに案内され、後をついていった。
 そんな中、勇美は疑問に思った事を口にした。
「禁煙席か喫煙席については聞かないんですね」
 それに対して豊姫はこう答える。
「うん、幻想郷に煙草はないからね」
「えっ、そうなんですか? でも確かに言われてみればそうですね」
 勇美は一瞬驚くも、すぐに納得したのだ。
「どうしたの?」
 それでも不思議そうに振る舞う勇美に対して豊姫は聞いた。
「いえ、外の世界から来た私には違和感がありまして……。でも、いい傾向ですね」
 豊姫に対してそう答える勇美。
 それが勇美の率直な感想であった。
 確かに煙草を手離せない人も多いので、これを完全なメリットとするには問題があるだろう。
 だが、酒は適量なら薬にもなるものだが、煙草は基本的に肉体に害にしかならないものである。
 それが幻想郷にないのは理想的であると言えよう。
「確かに勇美ちゃんの言う通りかも知れないわね。これも『あいつ』が取り入れないように勤めている賜物って事かしらね」
 そう豊姫は、半ば独り言として言った。
『あいつ』。かつて月への侵略に立ち向かう際に、豊姫に託された任務で対峙した幻想郷の管理者である。
 彼女とは決着が着いたと思われる展開にまで追い込んだのだが、それは全て彼女の手の平の上で踊らされていた事であったのだ。
 だから豊姫はもう一度彼女に会って決着を着ける機会を欲しているのだった。
「こちらのお席になります」
 だが、ウェイトレスに席を案内された所で一旦その思考を中断する事にしたのだった。
 そして二人は案内された席に座った。
「中もいいですね、座り心地が最高です」
「そう言ってもらえるとこっちも嬉しいわね」
 豊姫も自分の憩いの場が気に入ってもらえてご満悦のようだ。
「早速注文だけど……ピーチティーしかないけど、いいかな?」
「駄目です」
 勇美はきっぱりと言った。他にもメニューはあるだろうとか、睡眠薬でも入れる気かとか、そもそもこの店を気に入ったのはそのメニューがあったからとか、突っ込み所が多すぎたのだ。
 それ以前に『ボケ型』だと思う自分を突っ込みに回させられて、勇美は調子が狂うのだった。
 しかし、ピーチティーは案外美味しそうだと勇美は思った。
「はい、私もピーチティーにしてみます」
「うん、いい選択よ」
 そう言って勇美は豊姫の提案に乗ったのだった。
 そして、二人はピーチティーを店員に注文してしばし待つ事にした。
 そんな中豊姫は勇美に話し掛ける。
「勇美ちゃん。最近の幻想郷での暮らしはどう?」
 そう豊姫は聞いてきたのだ。
 それに対して勇美は迷わず答える。
「はい、とても充実しています」
 それは歯切れの良い返答であった。豊姫の表情も自然と綻ぶ。
「それは良かったわ」
 そう豊姫が返す最中、注文の品がやって来た。
「こちらが、ピーチティー二つになります」
 そう言ってピーチティーをテーブルに置く店員に二人は「ありがとう」と礼を言った。
 店員が去った後、二人は早速一口堪能したのだ。
「あ、美味しいですね」
「でしょう~♪」
 勇美に言われて豊姫も嬉しくなったようだ。
 確かにお世辞ではない味わいがそこにはあったのだ。桃のまろやかな甘味と紅茶の酸味が絶妙に絡み合い、口の中で楽しませてくれるのだった。
 巧みな味わいにより頭に刺激が行き冴えわたった勇美は今まで豊姫に抱いていた疑問をぶつける事にしたのだった。今こそいい機会なのである。
「あの……豊姫さん」
 そして、意を決して勇美は口を開いた。
「ん? 何かしら?」
 豊姫は聞き返す。なお、普段はピーチティーに夢中になり返事は二の次になる所であったが、この時ばかりは勇美の空気を読んで真剣に答えたのだ。
「あの、あなたの事は色々聞いたり調べたりしました」
「うん、そうなんだ?」
 それに対して豊姫はさらりと返す。
『調べた』。そのような言い回しをされては快く思わない者は少なくないだろう。だが豊姫は別段気にした素振りを見せてはいないのである。
 その事で勇美は豊姫が心優しい人である事を感じ取り始める。だから、今ここで踏み込んだ事をすべきだと思ったのだった。
「何故、紫さんの作戦を阻止する時に『あんな事』を言ったんですか?」
「ああ、その事ね……」
 勇美にそう切り出されて、豊姫は目を細めてどこか物思いに呟いた。
 勇美の言う『あんな事』。それは豊姫が一緒に連れたレイセンの前で散々地上やそこに住む者を蔑み、あまつさえ自分の住む月の優位性を持ち上げる発言をした事である。
「それを豊姫さんの本心から言ったとは思えないんです」
「……どうしてそう思うのかしら?」
 豊姫は微笑みながら言う。そこからは勇美が何を言おうと受け止めようという姿勢が見てとれるかのようである。
「まず、豊姫さんは地上の兎さん達とも仲良くしていたじゃないですか。本当に地上を嫌っているならそんな事はしないでしょう?」
 そして勇美は彼女が面識のない、『浦島太郎』として伝えられ有名になった者の事も挙げた。
「でも、兎さんを帽子の中に入れてお持ち帰りしようとしたのは感心しませんけど」
「あ、あれは出来心だったのよ」
「いえ、故意犯に思えてなりません」
「うっ……」
 豊姫は言葉を詰まらせた。どうやらこの言い合いは勇美に軍配が上がったようだ。
 そんなしょうもない勝利への余韻には浸らず勇美は続ける。
「それに、ここからが重要だと私は思うんですよね」
「何かしら?」
 ささやかな敗北により、やや凹んでいる豊姫であったが続きを促した。
「それは依姫さんがあんなに立派な人になってる事ですよ。例えば依姫さんが豊姫さんを反面教師にしていたとしたら、ああはならないでしょう……私は母親が問題ある人だったからよく分かるんです」
 そう勇美は言い切った。
 それこそが彼女が一番感じる事であり、揺るがない真実なのであった。
 その勇美の言葉を聞いて、豊姫は暫し呆気に取られるかのような心持ちになるが、意識を持ち直して生まれた疑問をぶつけた。
「それにしては、勇美ちゃんはいい子よね」
 尤もな指摘だろう。問題のある母親に育てられた勇美が、何故まっとうな考え方が出来るのか。
「それはですね、妹の存在あってこそなんですよね。今どうしてるかな『楓』~♪」
 そう漏らしながら両手でハグをするポーズをする勇美。どうやら物凄く妹の事を溺愛しているようだ。
 それを見ながら豊姫は微笑ましい心持ちとなった。──この子にも自分と同じように愛する者がいるのだと。
「嬉しい事言ってくれるわね、あの子──依姫の姉として喜ばしいわ」
 そう言って豊姫はふんぞり返るように胸を張って言った。
「豊姫さん……結構胸ありますね」
 勇美は歯噛みしながら言った。嫉妬のオーラ丸出しであった。
「あ、ごめんね」
「謝らないで下さい、余計に惨めになりますから……」
「うん、分かった」
 と、またしても胸の事で場の空気をおかしくしてしまった勇美は仕切り直す。
「……とまあ、私が言いたいのは、豊姫さんが本当は地上を見下すような人じゃないのに、何でああいう事を言ったって事なんですよ」
「それはね……」
 そこで豊姫は一息置いて呼吸を整える。
「ところで勇美ちゃん、世の中綺麗事だけで通ると思う?」
「?」
 この突然の質問に勇美は首を傾げてしまった。だがすぐにその答えは出る事となる。
「答えは『いいえ』です」
 それが彼女が痛感する現実であった。
 彼女はこの14年の人生の中でも不条理な目に遭って来たのだ。特に理不尽な母親の存在が極め付きとなっていた。
 そして豊姫は続ける。
「そう、それが現実よ。悲しい事だけれど」
「……」
 そんな豊姫に対して、勇美は無言で受け止めるしかなかった。
 しかし、彼女は疑問に思い質問した。
「でも、それと豊姫さんの事はどう関係あるのですか?」
「それはね、依姫の事よ」
「依姫さん……」
 豊姫にそう言われて勇美は合点がいった。
 依姫はスペルカードを受け入れる等、敵であっても敬意を示す武人であり、見習うべき所が多いのだ。
 だが、軍人や守護者としては、それでは甘いのである。そして時に冷徹な言動を取れなくてはいけないのが世の中という訳である。
「つまり、豊姫さんは依姫さんの代わりに汚れ役を引き受けているって事ですね」
「察しがいいわね」
 豊姫は頬笑みながら言うが、いつもの間の抜けたものではなく、どこか引き締まったものとなっていた。
「あの子にはいつも正々堂々としていて欲しいからね。あの子が卑怯な事する所なんか見たくないでしょ?」
「その通りです」
 勇美も同意した。いくら非情になる事が必要なこの世であっても、依姫が情け容赦なくなるような場面には居合わせたくないものである。
 その思いは周りの人間のエゴと言える事かも知れないが、同時に依姫自身非情にはなりたくないのも事実である。つまり、依姫が武人でいる事は周りと本人の双方が望んでいる事なのだ。
「成る程、豊姫さんが依姫さんの代わりに汚れ役を務めているというのはよく分かりました」
 そう勇美は一つの結論を付けるが、まだ腑に落ちない事があったのだ。
「でも、何でレイセンさんの前でそう振る舞ったのですか?」
 それが最後に残った疑問なのであった。レイセンの前では、わざわざ汚れ役を務めなくても良いだろうと。
 その疑問に対して、豊姫はこう答えていった。
「それは、敵を騙すにはまず味方からって言うでしょう? あの子は兵士になったばかりだったから未熟だった訳で、私の本当の考えを言ったら境界の妖怪の前でボロを出しかねないと思ったのよ」
 その豊姫の主張を勇美は納得した心持ちで聞いていた。レイセンには失礼だが、確かに彼女はそそっかしそうに勇美は思えたからだ。
 勇美がそう思う中、豊姫は続ける。
「それに、『百聞は一見にしかず』よ。口で私達月人がどういう思想なのかを説明するより、実際にどういう言動をするのか身を持ってあの子には知って貰おうと思った訳よ」
 それで豊姫は散々地上やそこに住む者をこけ下ろし、迷いの竹林を素粒子に還そうとする素振りを見せたのである──これが月人というものであると。
「でも、そのやり方だとレイセンさんに間違った思想を植え付けかねませんか?」
 豊姫の考えを理解した勇美であったが、その方針の危険性に気付き指摘した。
「その点は大丈夫よ。あの時レイセンは私に恐れのようなものを抱いていた素振りを見せていたから月人のやり方は容認しなかっただろうし……」
 そこで豊姫は少し間を置き呼吸を整えて続けた。
「それに、依姫がいるんですもの。レイセンに間違った認識をさせたままにはしないわよ」
 そして満面の笑みでそう言ってのけた。
 そこまで聞いた勇美の心は実に晴れやかなものとなっていた。今までつっかえていたモヤモヤが一頻り払いのけられたのだから。
「豊姫さん、ありがとうございました。お陰でスッキリしました」
「どういたしまして。こちらこそ勇美ちゃんを悩ませてしまっていたみたいでごめんね」
「いいえ、謝る事はありませんよ。豊姫さんは自分の役割を全うした訳ですから」
「ありがとう♪」
 二人はそう言ったやり取りをして、互いに笑顔を見せあった。
「ところで勇美ちゃん」
「何ですか?」
 今度は何だろうと思って勇美は聞いた。
「さっきは勇美ちゃんの認識に合わせて『レイセン』って呼んだけど……」
「?」
「あの子はもう『レイセン』じゃないのよね~」
「どういう事ですか?」
 豊姫の発言の意図が読み取れずに勇美は首を傾げる。
「それは今後のお楽しみよ♪」

◇ ◇ ◇

 一頻り話をした二人は温くなっては勿体無いと、注文したピーチティーを飲み終えた所であった。
「でも、本当に豊姫さんは桃が好きですよね~」
 勇美は感心と皮肉が入り雑じった心持ちでそう指摘した。
「そりゃあ、こうも私は汚れ役や引き立て役を務めてたら糖分が欲しくなるわよ~」
「う~ん。納得出来るような出来ないような理屈ですね」
 勇美は頭がこんがらがるような感触に襲われていた。そして、それでも糖分の摂りすぎは危険だよと指摘しておいた。糖尿病にでもなったら、いくら月人でも洒落にならないだろうと。
「でも、豊姫さんが依姫さんにとって、これまで以上に無くてはならない存在だと分かって良かったです」
 そう言い始める勇美。だが、彼女は何かそれ以外の事を察したようで、それを口にし始めた。
「それでも、豊姫さんは依姫さんにやらせたくない事を埋め合わせるだけで終わらせる人じゃないですよね」
 それが、今回勇美が感じ取った事であった。本当に誰かの一部として終わって満足するような人なら、実際にいざという時誰かの支えになる事など出来ないだろうから。
「ええ、その通りよ♪ よく聞いてくれました」
 勇美にそう言われて、豊姫はいつもの悪戯っ子のような無邪気な笑顔で言った。
 そして、ついに豊姫は自分の密かな目標を語り始めた。
「私の夢は『獣医』よ」
「獣医さんですか」
 確かにそれは豊姫さんらしいと勇美は思った。あれだけ玉兎、地上の兎問わず兎が好きなのだから、動物自体が好きでもおかしくないなと。
「いい夢ですね、素敵ですよ」
 そう勇美は豊姫の夢を褒めながらも、それを叶えるのは難しいと思うのだった。
 それは依姫と豊姫は月を守護し月と地上の関係を取り持つ役割があるからだ。そしてその代わりは少ないだろう。
 実力面では姉妹以外にも守護者をこなせる者は月には多いだろう。問題は人格面である。
 豊姫がレイセンの前で振る舞った姿こそが月人の一般的な姿であるのだ。だから、姉妹以外には地上に対して友好的な者は少なく、地上に危害を加えようとする者が多いだろう。
 だから姉妹はそう簡単に守護者の役職から離れられないのだ。故に豊姫の夢を叶えるのは困難なのだ。
「叶うといいですね」
 勇美はそう答えるしかなかった。だが彼女は心に決めるのだった。
 自分が生きている間には月人の問題は解決しないかも知れない。だけど自分も生きている内に綿月姉妹が本当にやりたい事が出来る手伝いを何かしようと。
 そして、勇美はそれを口にする。
「私、もっともっと依姫さんの元で修行します。それが今の私に出来るお二人への貢献ですから」
「嬉しいわ。でも無理にしなくてもいいのよ」
 豊姫は目を細めながら憂いを含ませて言った。自分達の夢に他の人を巻き込むなんて御法度だと思いながら。
「いいえ、これは私もそうしたいと決めた事ですから」
「それならいいわ。でも、くれぐれも無理はしないでね」
「分かっています」
 そこでこの話は決着は着いたのだ。だが、豊姫は新たな話題を挙げてきた。
「ところで勇美ちゃん、あなたの夢ってあるかしら?」
「えっ?」
 この質問に勇美は虚を突かれた。まさか今度は自分に話題が振られるとは思ってもみなかったからである。
 だが、勇美が躊躇ったのは質問されるのを予想していなかったためであり、質問に対する答えは既に彼女の中で出ていたのだ。
「はい、私は小説家になりたいです」
 そして勇美はその理由を語り始めた。
 母親の存在により夢や理想を壊される環境で育った自分だからこそ人に夢を与える仕事に就きたいと元々思っていたのだ。
 それに加えて彼女が幻想郷に迷いこんだ事も大きく影響していた。恐ろしいながらも奥ゆかさを持ったこの世界に触れている内に、自分もそういう世界を文面に再現したいと切望するようになっていったのである。
「人に夢を与えたいという気持ちと、幻想郷を大切に思う気持ち、とてもいい夢だと思うわ」
「ありがとうございます」
 豊姫に褒められて、勇美は照れくさそうにはにかんだ。
 そして、勇美は今新たに決意した事が出来たのだ。
「あの、最後に一ついいですか?」
「はい、どうぞ」
 申し出をする勇美を豊姫は促す。
「私決めました……私はこれから『悪』を目指します」
 勇美の口から出たのは、そんな突拍子もない内容であった。普通の人がそれを聞いたら、気をおかしくしたのではないかと思うような事である。
「そう……」
 しかし、豊姫はそんな勇美の発言を一切取り乱す事なく、実に落ち着いて聞いていた。
「先日、レミリアさんと戦って感じたんです。あの人は吸血鬼という世間から嫌われるような、退治されるのが慣わしのような種族でありながら、それを誇りにして一生懸命な人だって」
 そう言い始めた勇美を、豊姫は無言で、だがとても優しい表情を向けていた。
「だから、世間から『悪』と認識される人でも素晴らしいものを持っているんだと思ったんです」
「それが、勇美ちゃんが悪を目指そうと思った理由?」
 豊姫は聞いてくる。
「いいえ、それだけじゃありません。今日、豊姫さんと話をした事も大きいです」
 そこで勇美は一呼吸置き、続ける。
「悪である事を誇りにしているレミリアさんとは形が違うけど、豊姫さんも信念から悪を背負っているのは同じだと思いました」
「それは光栄ね」
 豊姫は優しく言う。普通なら月人が地上の吸血鬼と同じに扱われては憤慨してもおかしくはないだろう。だが、豊姫はその例に漏れていたのだ。
 そして、勇美は他の理由を挙げた。それは自分が育てられた環境の影響で、自分は正義にはなれないと思う所からであった。まっとうな善人としては扱ってもらう事が少なかったからだ。
 人の言う事を真に受けるな、という人もいるだろう。だが、そういう育てられ方をした者は柔軟に自分自身を評価する能力が薄れてしまうのだ。
 そして、最後の理由を勇美は豊姫に話す。
「後、依姫さんから教えてもらう事を貪欲に吸収するには、いい子ちゃんでは駄目だと思うんですよね。どんな手段を使ってでも教えられる事をモノにしていかなくちゃって」
 それが依姫に対する自分なりの敬意だと、勇美は付け加えた。
 そこまでを聞いていた豊姫は、突然勇美の頭を撫で始めたのだ。
「なっ、何するんですかぁ~!」
 突拍子もない豊姫の行為に勇美は顔を真っ赤にする。
「すごいわ勇美ちゃん、こんなに若いのにそんな立派な事を言うなんて~♪ それにしても勇美ちゃんの髪ってサラサラで撫で甲斐があるわねぇ~♪」
「だ、だからってやめて下さい~!」
 勇美は抗議すると、豊姫はピタリとそのはめを外した行為を止めたのだ。
「はい、止めました。これで文句ないでしょう」
「うっ……」
 思わず勇美は言葉を詰まらせた。さっきまでは嫌がっていたのに、いつの間にか撫でられるのが悦びになっていたのだ。
「やっぱり豊姫さんには敵いませんね……」
 勇美はちょっとすねたような素振りを見せるのだった。
「でも、こういうやり取りって何かエッチ漫画みたいですね」
 だが勇美も負けじと応戦した。
「そういう発言をするとネチョになるからやめようね」
 豊姫は一本取られたような心持ちで言った。
「応援しているわ、勇美。あなたが選んだ道は決して楽ではないけれど」
「存じています」
 豊姫の言う事実は、勇美は十分承知であった。周りからは飄々として楽そうに見える豊姫の振る舞いであるが、今彼女と話して断じて簡単な事ではないと痛感したのだ。
 こうして、豊姫との憩いと、新たな親睦の場は幕を閉じたのだった。

◇ ◇ ◇

「とまあ、豊姫さんとそういう話をしてきた訳ですよ」
 永遠亭の休憩室で依姫と、勇美は朝方の事を話した。
「そう、やっぱりね。気付いていたわ、豊姫が汚れ役を引き受けるのは、私の為だって事を」
 そう依姫は呟く。それを聞いて勇美は思った。やはり依姫と豊姫は互いに深い信頼で結ばれているのだと。
「勇美、今回豊姫と話せて良かったわね」
 依姫はそう感想を述べた。先程の豊姫とのやり取りから学んだ事は、この先勇美を更に成長させていくだろうと感じての事であった。
「ええ、充実した時間を過ごせましたよ」
 勇美もご満悦と言った表情で答えた。
「そして豊姫さんとの親睦によって出来たのが、この『桃と小松菜のグリーンスムージー』よ」
「だからって、何でこんなゲテモノが出来上がるに至る訳よ……」
 依姫は手を額に当てて、勇美が作り出してテーブルに置いた産物に対して項垂れた。それにしても勇美が好きな食べ物は小松菜だったのかとも思いながら。
「むぅ……。ゲテモノとは失礼な。まあ飲んでみて下さいよ」
「気が進まないけど、そこまで勇美が言うなら」
 依姫は意を決する事にした。一口飲んで不味いならはっきりと指摘しようという考えの下に。
 そして、依姫は一見得体の知れない緑色の液体を少し嚥下した。
「あら美味しい」
「でしょ~」
 それは意外に美味だったのだ。桃の甘さと、小松菜が入っていて程よく苦味もあるが、まさか野菜が入っているとは思えない味わいに、半分凍っている事により独特の口当たりが魅力な飲み物として完成していたのだった。 

 

第22話 勇美と恐竜:前編

 豊姫と有意義な話をして、自分が『悪』を目指すと心に決めてから数日が経ったのだ。
 この時勇美は依姫との稽古も行っておらず、悠々自適に永遠亭の自室で過ごしていたのだ。
「ああ~、おきらくごくらく~♪」
 等と、勇美はバブル期に流行った混沌要素てんこ盛りの子供(&マニア)向け番組で言われていたような事を洩らしながら実にリラックスモードとなっていた。
 それ程永遠亭での暮らしは快適なのだ。竹林の中でありながら程よく陽が差し見張らしが良く、内部の造りは豪華でありながら贅沢さを強調して威圧感を与える等決してない、まさに落ち着いて暮らすにはこれ以上ない建設様式なのであった。
 過ごしているだけで夢心地となるような永遠亭であったが、勇美は何も考えなしに時を貪っている訳ではなかった。
 それというのも、依姫が人里に赴いていて、今彼女にいつも稽古をつけてくれる人がいなかったのだ。
 勿論勇美には妹紅のように他に稽古をつけてくれる人もいるのであるが、『休める時に休む』が彼女のモットーなので、無理に気張る事もないと考えたのだ。
「ああ~、しあわせ~」
 今の勇美の表情は綻ぶを通り越して、だらけ切っていた。だがこれも考えのない怠惰では決してないのだった。

◇ ◇ ◇

 勇美がそうして時を貪っている間、依姫は何をしていたのか。
 その答えは慧音の屋敷で、彼女と対談していたのであった。
 話の内容の一つは依姫にとって慧音は憧れの役職に就いている事についてであった。
 月の守護者を勤め、地上からの侵略に備えて玉兎達に軍事的訓練を施す役職に就く依姫。
 勿論それは依姫が望み努力した上で掴んだ地位である。しかし、そこに至った理由は月人達の歪んだ思想を知っていたが故に自分が月の守護者にならなくては月と地上双方のためにならないと考えた事による使命感からであった。
 使命感ではなく、依姫が望む役職。それこそが慧音が今就いている『先生』というものなのだ。
「……そういう訳で慧音さん。私が本当に望む役職にいる貴方がうらやましいのですよ」
 そう依姫が言う。ちなみに阿求と同じく慧音を『さん』付けしていた。何故なら彼女は自分の憧れる場所にいる、謂わば『先輩』なのであったのだから。
「そう言って貰えるとありがたいな。私とて、ものを教える今の立場は誇りだからな」
 依姫に言われて、慧音も満更でもなさそうにしていた。だが、ここで表情を引き締める。
「だが、憧れるからには覚悟は必要だぞ」
 そう言って慧音は説明を始める。自分は生真面目故に授業の内容に面白くなくなってしまい、その結果生徒には居眠りされてしまうのだと。
「あっ、それ何か親近感ありますね」
 と、依姫。彼女もまた玉兎達に秘かに訓練をさぼられていた経験があるのだ。そこに至る経緯は違えど似た経験をした仲に違いはないのだ。
 そして慧音は続ける。
「今回そなたと話をしたのは、何を隠そうその事なのだよ。そなたの力を見込んで子供達が喜んで学ぶ事に意欲的になるような特別授業をしてはくれないだろうか?」
 そう言って慧音は依姫に対して頭を下げた。
「分かりました。力を貸しましょう。私にどこまで出来るか分かりませんが」
「かたじけない」
 そうして依姫と慧音の対談は終わったのだった。

◇ ◇ ◇

「と、そんな話を慧音さんとしてきた訳よ」
 永遠亭に戻って来た依姫は勇美にそう告げた。
「成る程、子供達の学ぶ気を高めるような特別授業ですか」
 そう呟く勇美。この事は直接彼女には関係ないように思えたが。
「私にいい考えがありますよ!」
 勇美は意気揚々とそう返したのだった。
 それを聞いて依姫は訝った。
「この問題は貴方には関係ないから気を遣わなくていいのよ」
 そもそも依姫は自分だけの問題として慧音の話を受けたのだ。今回勇美は関係ないのである。
 だが、勇美は引き下がらない。
「いえ、ちょっと試してみたい事が最近出来ましたから」
 そう言う勇美。それはどうやら紅魔館に招待されて以降、そこの図書館に通い詰めるようになった事が原因のようだ。
「……勇美がそう言うならお願いしてみようかしら」
「やったー♪」
 とうとう折れた依姫に対して嬉しくなる勇美であった。
「それじゃあ、これから私が考えた特別授業の打ち合わせをしないといけないですね」
「そうね、お手柔らかに」
 そして二人は来たる特別授業に備えて、綿密に打ち合わせをするのだった。
 ちなみに、その内容は永琳と輝夜に筒抜けであった。月の頭脳たる八意永琳に隠し事など不可能なのである。
「これは面白そうになりそうね、さすがは私の弟子をなのっている依姫の事はあるわね」
「今回の場合、勇美の発想が一番すごいんじゃないかしら?」
 コーヒータイムをたしなみながら、二人は実に楽しそうに言った。
「これはあの二人が揃ったが故の化学反応って所ね」
「さすが永琳ね。言う事が科学者らしいわ」
 そう永琳を茶化しながらころころと笑う輝夜であった。
「お楽しみは最後まで取って置かないとね……」
 そう永琳は意味ありげな言葉を呟いた。

◇ ◇ ◇

 そして、勇美と依姫による特別授業の日がとうとう来たのであった。二人は今、慧音が営む寺子屋の前にいた。
「それじゃあ、裏口から入りましょう」
「そうですね」
 それがどかどか他人が集まる場所へ踏み込まない礼儀だからだ。例外的に、例えばデ○ーズでは従業員も客の目線で店内を見るべく正面から入らなくてはいけないルールが設けられているが、これは余談であろう。
 そして、二人は寺子屋の裏口から慧音を訪ねるべく入っていったのだ。
 そこにいたのは他でもない、特徴的な頭の弁当b……もとい帽子の凛々しい姿の女性、上白沢慧音その人であった。
「よく来てくれた、依姫殿」
 慧音は約束を守ってくれた依姫を労い握手をした。
 だが、彼女の頭には疑問が浮かんでいた。
「で、何故勇美もこの場にいるんだ?」
 そう言って慧音は首を傾げた。
「それは、後でのお楽しみですよ♪」
「そうか……」
 慧音は勇美の意図する事が読めずに訝しがりながらも、彼女の同行を容認するのであった。
「それで、依姫殿。頼みましたぞ」
「分かりました。任せておいて下さい」
 そう確認し合う依姫と慧音。
「頑張って下さいね。私は後から参りますから」
 そこに勇美も声を掛けたのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、いざ依姫は慧音に連れられて寺子屋の教室の教壇の前まで連れてこられたのだ。
(ここが教室という物ね……緊張するわ)
 そう、依姫とて初めての体験には緊張が付きまとうのであった。
 月での弾幕ごっこは実に平静を装って行われていたかのように見えたものであるが、あくまで玉兎の前で『装っていた』だけで実際は多少なりとも緊張はあったものであるのだ。
 そして、寺子屋で初めての顔である依姫は、当然子供達からは珍しい物を見る目で見られたのである。
「あ、初めて見る人だ~」
「きれいなおねえちゃんだ~」
「あのポニーテール、クンカクンカしたいお~」
 それを聞きながら、依姫はやはり子供は無邪気でいいものであると噛み締めるのだった。最後の発言は余り頂けないと思いながらも。
「みんな、静かにするんだ」
 そこへ慧音はパンパンと手を叩いて生徒達に静まるように促した。
「慧音せんせ~、その人誰なんですか~」
 生徒の一人が当然疑問に思った事を口にする。
「まあ、そう焦るな。ちゃんと説明するからな」
 そう言って慧音は咳払い一つをした。
 そして、彼女が何者であるか説明していく。
「この方は今回特別講師としておいでになってくれた、綿月依姫先生であるぞ」
「よろしくね」
 慧音に紹介されて、依姫は普段は余り見せない柔らかな笑顔で生徒達に向き合ったのだ。
 少し彼女らしくない行為であるが、今回この授業限りだと思えば何て事はない。
(うん……見事に私らしくなくて落ち着かないわ)
 何て事はない……のである。
 だが、依姫はこの時慧音に感謝していた。それは依姫を紹介する時に、彼女が月人である事を言わなかった事に対してである。子供達にいらない不安を与えない配慮、素晴らしいものだと依姫は思うのだった。
 そして、彼女は教壇に登り生徒達に挨拶をし始めた。
「私は今回慧音先生に特別講師として呼ばれた、綿月依姫と言います。皆さん、よろしくね」
 ニッコリ微笑みながら依姫は自己紹介をした。
「依姫先生~、一体何を教えてくれるんですか~」
 生徒の一人である茶髪で小柄な少女が依姫に質問した。
「まあ、慌てないで下さい」
 その少女を中心にはやる気持ちの生徒達を依姫は宥める。
「今回私は皆さんに『神霊』について教えようと思います」
「しんれい?」
 黒髪の少年の生徒がその聞き慣れない言葉を聞いて首を傾げた。
 それに対して依姫は答える。
「そう、神霊。分かりやすく言うと『神様』の事よ。そう言えば分かるんじゃないかしら?」
「神様か~、面白そうだな~」
 そう言う少年に同意する形で、生徒全体が一気に囃し立てたのだった。
「はいはい、静かに。慌てなくてもちゃんと説明して行きますから、落ち着いて私の話を聞くように」
「は~い!」
 依姫に言われて、生徒達は素直に良い返事をして同意したのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、依姫は神霊についての成り立ちや、それがいかに無くてはならないものなのか等を丁寧に説明していった。
 のだが……。
「……」
 依姫は生徒達の様子を見て、頭を抱える気分となってしまった。
 何故なら居眠りをする者や退屈そうにする者が多く出てしまっていたのだから。
(これは私と同じだな、同情するぞ依姫殿……)
 慧音は依姫の傍らでそう痛感するのだった。
 その理由。それは本人が真面目故に授業に面白味が欠けてしまい、内容が退屈になってしまうというものであった。
(これは参ったわね……)
 この惨状には、さすがの依姫とてどうする事も出来ない状況であった。
 依姫にとって戦いでは滅多に訪れない事であったが、まさに『万事休す』というものである。
 だが、こんな絶望的な状況でも救いの手というのは必ずあるものなのである。
「ここで、私の出番ですね♪」
 そう教室の入り口で声がしたと思うと、新たに中へ入って来る者の姿があったのだ。
「やあみんな~、元気~♪」
 そう言いながら颯爽と教室へ現れる者は。
「体操のお姉さん~♪」
「ちゃうわ!」
 天然か人工の産物か分からない生徒のボケに対して、スパッとツッコミを入れるその者。
「黒銀勇美よ! 人里じゃない所に住むようになって顔を見せる機会が減ったからって忘れないでね!」
「勇美お姉ちゃん~?」
 勇美に言われて生徒が疑問の声を上げるのは当然だろう。年上のお姉さんとは言え、教師を勤める者ではないのに、何故教室に入って来たのかと。
「今日は何の用~?」
「今日はね、この特別授業の先生である依姫さんの助手として来たんだよ~♪」
 生徒に言われて勇美ははつらつとしながら答えた。
「助手って、何をするの~?」
「それは、見てのお楽しみだよ」
 そう言って勇美は教壇の前に立った。
「それじゃあみんな、これから外に出ようね」
 教壇の前に立つ等とは初めての事なのに、勇美は手慣れた様子で生徒達に指示を出していく。
「う~ん、何だか話が見えて来ないけど……」
「勇美お姉ちゃんのやる事に任せておけば大丈夫かな?」
 口々に生徒はそう言い合う。
 その様子を見ていた依姫は素直に感心していた。
「さすがね勇美。子供達をこうも簡単に扇動するなんて」
「いえ、元から里の子供達とは仲が良かっただけですよ」
「それでも見事だわ」
 依姫は自分に余りないものを潔く認める。
「うむ、勇美のこういう所、私も見習う所があると思うぞ」
 慧音も依姫と同じ考えであった。
「お二人にそう言われると照れちゃいますよ、今夜のオカズに使えそうです」
 嬉しさの余りそう漏らす勇美。だがそれがいけなかった。
「勇美、そういう下品な発言は……」
「やめないか」
 すかさず依姫は勇美にチョップをかまし、慧音は得意の頭突きを綺麗に決めた。
「あだ~~~~お二人こそ子供達の前で暴力はいけませんよ~」
 涙目で訴える勇美。
「じゃがしい! そもそも言いだしっぺのお前が悪い」
「それに暴力反対を盾に取って自分を守ろうなんて姑息よ」
 対する慧音も依姫も引かなかった。
「それにしてもお二人とも息が合っていますね♪」
 頭への攻撃の痛みも治まり、勇美は二人の様子を茶化した。
「そう言われてみれば……」
「そうだな」
 改めて二人は思った。やはり似た性格故だろうかと。
「まあ、その話は一旦置いてだな」
「頼むわよ、勇美」
 そう言って慧音と依姫は勇美に期待を込めて言う。勇美こそ今回の特別授業を成功させるためのキーパーソンなのだから。
「はい、任せておいて下さい!」
 勇美は得意気に言うのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、勇美達三人は生徒達を連れて人里の広場まで来たのだ。丁度以前阿求との風変りな弾幕ごっこを繰り広げた場所であった。
「これで全員来ていますね」
 念の為、依姫は生徒に呼び掛ける。
「は~い!」
 生徒達が元気に答える。元から素直な子供達という事もあるが、突然屋外へ出るという空気の変動っぷりに皆心が躍っている状態なのであった。
「それでは始めますよ、見ていて下さい」
 生徒達に依姫は言う。
「先生~、何を始めるんですか~?」
 当然生徒達から疑問の声が上がる。
(先生……)
 そう自分を呼ばれた依姫は心の中で歓喜の声を上げた。これがものを教える者としての喜びであるのかと。
 それにより一瞬緩む依姫の心。だが彼女はここで浮かれてはいけないと、自分の気を引き締めた。
「それはですね、神霊の力を借りた実戦を皆さんに見てもらおうというものです。それがこの特別授業の締めという訳です」
 そして、依姫は勇美に呼び掛ける。
「勇美、準備はいい?」
「合点承知!」
 対する勇美は万端のようだ。
(それじゃあ、行くとしますか。『韋駄天』様、お願いします)
 そう心の中で、自分に力を貸してくれる神に呼び掛ける。ちなみに声に出さないのには訳があった。
 すると勇美の傍に金属辺が集まっていき形成される。
「【速符「ソニックラプトル」】!」
 そう勇美がスペルした先には小型で身のこなしが得意そうな恐竜……をかたどった機械が形造られていたのだった。
「それでは、依姫さん。手筈通りに行きますよ」
「ええ」
 準備が整った勇美は、依姫と言葉を合わせた。
 そう、これが勇美と依姫が考案した特別授業の内容であった。勇美が造り出す機械の獣を、依姫の神降ろしで下していき、神の偉大さを身をもって実感してもらおうという寸法だ。
 故に勇美が神の力を借りる時に口には出さなかったのだ。神の力を借りて戦う依姫を立てるため、勇美も神の力を借りている事は隠したのだ。
 ──つまり、勇美がやられ役、もとい悪役を引き受ける事を選んだのだ。それはレミリアとの弾幕ごっこや豊姫との対談を受け、立派に『悪』として生きる者達に触発され、自分もそういった悪を目指していこうと決心した事が火種となっていた。
 そして、悪を引き受ける上で勇美は『恐竜』をテーマに選んだのだ。雄々しくて獰猛なイメージの強いそれはいかにも盛大に倒される様が絵になると思っての事だ。
 その考えに至った理由は、紅魔館に招待された事が切っ掛けで勇美がそこの図書館によく通うようになり、そこで恐竜に関する文献を読んで魅了されてしまったという訳である。中二病真っ盛りの故の悲劇であった。
 と、そのような事があって、今の勇美がここにいる訳である。
「ソニックラプトル! 行っちゃって下さい!」
 とうとう勇美は自分の分身となった鋼の古代生物に指令を送った。するとその小型恐竜メカはタンを足踏みを一つしたかと思うと、勢いよく駆け出したのだった。
 俊敏に依姫に迫る恐竜。さすがは音速の意を冠するだけの事はあるだろうか?
 いくら身体は小さくても、その速度から繰り出される体当たりの威力は相当なものになるだろう。
 だが、依姫は慌てなかった。
「単純な攻撃ね」
 事もなくそう呟くと、依姫は『声に出して』神に呼び掛けたのだ。
「『祇園様』よ! 女神をも閉じ込める力を我に!」
 そう宣言すると、依姫の隣に顕現する筋骨隆々の大男の像。
「うわ、何か浮かび上がった!」
「すげ~!」
 それを見ていた生徒達から感嘆の声が次々に上がった。
(掴みは良好みたいですよ、依姫さん)
 そう心の中で依姫を応援する勇美。彼女は依姫が今敵対しているとはいえ、やはり尊敬する師が持て囃されるのは嬉しいのであった。
 その事を依姫も受け止めていたかも知れない。だが、彼女は非情に勝負に徹した。
「【縛符「牛頭の牢獄」】!」
 そう宣言して、依姫は手持ちの刀を盛大に地面に突き刺したのだ。
 するとソニックラプトルの周りに白骨化した動物の肋骨のように無数の刃が生えたのだ。月で霊夢達を拘束した時と同じである。
「止まって! ソニックラプトル!」
 勇美に言われ、すかさずソニックラプトルは急静止してその場に踏み止まった。このまま突っ走っていれば神の裁きを受けていた所である。
「すごい、地面から刀が生えた……」
「漫画の技みたい……」
 子供達も呆気にとられながら固唾を飲んでいた。彼らが受けていたインパクトは絶大だろう。
(依姫さん、子供達の心を見事に掴みましたね)
 嬉しくなる勇美であった。だが、彼女とてそれだけで終わらせる気はなかった。
(でも、私もここで引き下がりはしませんよ!)
 そう勇美は闘志を燃え上がらせると、新たなる神に思念を送った。
(『ガイア』様に『ネプチューン』様。お願いします)
 勇美が念じると、囚われたソニックラプトルは分解され形を造り替え始めた。
(あっ、変形であってマッくん自体が動いた訳じゃないから裁きは受けずに済んだみたいだね)
 ほっと胸を撫で下ろす勇美。祇園様に囚われてのこの行為は謂わば賭けだったので、その賭けに無事に勝ったようで安堵するのだった。
 そして、恐竜役のマックスの新しい姿の名前が明らかとなる。
「【地海竜「ランド・ショニサウルス」】!」
 その名前を呼ばれたマックスの姿はくちばしの長い海竜の姿となっていた。
 そして、勇美は早速生まれ変わった彼に指令を送った。
「ランド・ショニサウルス。地面に潜るのよ!」
「何ですって?」
 さすがの依姫とて、その勇美の指令には驚いてしまった。何故なら地面の中に逃げられては祇園様からの天罰をもかわす事が出来るからだ。
 そしてズブズブとマックスの周りの土が泥のように溶けて、彼は地中に潜っていったのだ。実際に土が溶けた訳ではないが、彼の周りの土がそうなっていったのだ。
『考えたわね』依姫はそう思いながら、刀を地面から抜き、これ以上継続する意味のなくなった祇園様の力を解除するのであった。
 するりと素麺をすするかのように綺麗に刃の群れは地面に吸い込まれてしまった。
 そして、依姫は自由の身となった敵に警戒する必要が出たのだ。
 つまり、依姫は油断はしていなかった。だが、相手が『地面の中を泳ぐ』という、抜かりなく勉強を怠らない自分ですら中々味わない事態に手をこまねいていたのだ。
 依姫の強さを人一倍実感している勇美はこの好機を逃しはしなかった。彼女はランド・ショニサウルスを慎重かつ大胆に地中を『泳がせて』いた。
 そして、彼は丁度依姫の足下まで差し迫ったのだ。
「いっけえ! 名付けてサウルスドリル!」
 勇ましく即興の技名を叫ぶ勇美。それに合わせるように依姫の足下にピシッとヒビが入った。
 そして、そこからマックスがくちばしを中心に身体を回転させながら勢いよく砕いた土を撒き散らせながら飛び出して来たのだった。
「!」
 これに依姫は驚愕する。だが、彼女とてそう易々とは攻撃を通しはしなかったのだ。
「甘い!」
 歯切れ良く言い切ると、依姫は手に持った刀をマックスのくちばしに的確に合わせたのである。
 ぶつかり合う刃とドリル。そこからけたたましい金切り音と共に激しく火花がばら撒かれた。
 このままいけば力は均衡し合い、競り合いは長引いてしまうだろう。だが、この流れに変化が訪れる事となる。
「祇園様よ、私自身に力を貸したまえ!」
 依姫のこの宣言であった。それにより彼女に祇園様の膂力が備わっていったのだ。
「【強符「暴神の力自慢」】!」
 そして行われたスペル宣言。それは依姫が見せた設置トラップ的な用途以外の祇園様の力の使い方であった。
「ふんんっ!」
 依姫は一際力むと、ドリルの猛攻を力任せに刀で弾き飛ばしたのだ。
「ええっ!?」
 今度は勇美が驚愕する番であった。
 それは、優勢に進めていた筈の自分の攻撃が防がれた事に加えて、依姫が同じ神でも違う見た事のない力を見せた事にあった。
 そして渾身の攻撃を見せていたマックスは後方に飛ばされ、大きな音を立てて地面に叩き付けられたのだった。 

 

第23話 勇美と恐竜:後編

「そんな……」
 特別授業の催し物として依姫と戦っていた勇美。彼女の優勢かと思われたが依姫が今まで見せた事のない戦い方により形勢を逆転されてしまう。
 呆気に取られてしまっている勇美。それを依姫は叱責する。
「駄目よ、自分が思っていなかった事に遭っても、それを引きずっていては」
 さりげない一言のようであった。だが、依姫のそれの場合は相手の心情に気を配り的確に放たれるのだ。かつての月で意気消沈しかけた魔理沙の時のように。
 その効果は勇美に対しても同じであった。戦う意欲を折られかけていた彼女であったが、今の依姫の発言により調子を取り戻していったのだ。
「まだ終わってはいませんよ!」
 そう勇ましく依姫に勇美は応えた。そして、再びマックスに指令を出す。
「もう一回地面に潜るのよ、ランド・ショニサウルス!」
 それに対してマックスは律儀に応え、地面に突っ伏していた身体を再び稼働させると、先程と同じように周りの土を泥のように変質させその身を地中へと沈ませていったのだ。
 それを見ていた依姫は、
「どうするつもりかしら? さっきと同じではまた弾かれるのがオチよ」
 と、余裕を見せて言った。
「ご安心下さい。同じ手は使いませんから♪」
 対する勇美も弾むような口調で生き生きと答えた。
 そして勇美はランド・ショニサウルスに新たな命令を下す。
「そのまま地中で輪を描くのよ!」
「?」
 勇美の言葉を聞いて依姫は首を傾げた。一体勇美は何をするつもりなのだろうと。
 だが油断は出来ないだろう。そう思い依姫は身構えた。
「さすが依姫さんですね、隙がありません」
 勇美は感心しながらそう言った。だがその後にこう続けた。
「でも、それは地面の上での話ですね」
「? 何が言いた……!?」
 言い切る前に依姫は異変に襲われた。違和感は足元からやって来たのだった。
 見れば依姫の周辺の地面が、チョコフォンデュに使うチョコレートのようにドロドロに溶け始めていたのだ。しかも……。
「これは、渦……?」
 そう依姫が呟いた通りであった。地面がドロドロに溶けると同時に、渦巻きを起こしていたのである。
「では行きますよ! 【土渦「グランドストローム」】!」
 自分の分身を地中で回転させながら、勇美はスペルカード宣言をした。
 するとみるみるうちに地面のぬかるみは激しくなり、依姫の足元を飲み込んでいった。
 だが依姫は至って落ち着いていた。
「……これ以上はやらせないわよ、折角の緋袴ですから」
 と、そんな余裕まで見せた。
「依姫さん。って事はその巫女服、気に入ってもらえたんですか?」
 勇美は、うるうるとした視線で依姫を見ながら言った。
「違うわよ」
 だが依姫はきっぱりと言った。
「ただ、この巫女装束は高価なものだから大切にしないといけないと思っただけよ」
「そうですかぁ~♪」
 否定する依姫に対して、尚も勇美はニヤニヤしながら食い付いた。
「そんな事言ってる余裕があるのかしら?」
「うん、ないと思う」
 勇美は依姫を追い詰めているかに見える状況にいながらそう答えた。彼女の元で修行に明け暮れる勇美だからこそ、肌で感じ取る事が出来るのだった。
「いい答えね」
 そう依姫は言うと、次なる手を打つべく身構えた。
「『火雷神』よ、我にその力を!」
 そして依姫はこの状況を打破すべく神を降ろした。
 そして異変はすぐに現れた。この広場の周囲の空の雲行きが怪しくなったのだ。
「みんな、これを差すように」
 その最中、慧音は生徒達に傘を配り始めたのだ。それが生徒達全員に行き渡った時、生徒の一人が疑問の声を上げた。
「先生、何で傘が必要なんですか?」
「すぐに分かるさ」
 そう慧音が答えてすぐに、それは起こった。
 ポツポツという間もなく、降り注ぐように雨が辺りを包んだのだった。
「【神嵐「猛き獅子の如き心」】!」
 そこへ依姫はこのスペルの名前を宣言したのだった。
 そして降り注ぐ雨あられは戦いの場一面へと広がったのだ。
「うっ、さすがは火雷神の雨ですね。でも、それで何を狙うのですか?」
 確かに勇美の言う通りであった。いくら協力な雨風といえど、それだけでは勝負に影響はしないだろうという事であった。
 そう指摘されて、依姫は不敵に笑った。
「分からないかしら?」
 その振る舞いを見て、勇美は思わず背筋がぞっとしてしまった。そして辺りをよく確認してみる。
 降り注ぐ火雷神の雨。それに激しく打たれて……地面が徐々に抉られていたのだ。
「……もしかして?」
「気付いたようね」
 呟く勇美に対して、依姫は言う。その先には地面を抉られた事により顔を見せ始めたランド・ショニサウルスの姿があった。
「いくら地面に潜って渦に飲み込む事が出来ると言えども、その地面を対処してしまえばいい事よ」
 得意気に言う依姫。確かにそうだ。例え優れた鉄板があれど、焼き肉のように食材を取り上げられてしまえば役に立たないのである。
 そして、とうとうランド・ショニサウルスは地面の上に打ち上げられてしまったのだった。機械で構成された身体であるが、心なしか目を回しているかのようであった。
「マッく~ん!!」
 その光景を目にして勇美は慌てふためいた。
「もうこれで十分のようね」
 そう言って依姫は火雷神の力を解除した。 瞬く間に雨は引いて、快晴の空が再び姿を現したのだった。
「くぅぅ~……」
 項垂れる勇美。無理もないだろう。折角攻勢で攻めていると思っていた所にこれであったのだから。
「これで終わりかしら?」
 そこへ依姫が挑発的にのたまう。
「!!」
 それを聞いて勇美は、はっと目が覚めるような心持ちとなった。──ここで終わらせたくはないと。
 折角自分が憧れてやまない依姫との勝負を行っているのだ。いくらこれが依姫の神降ろしを子供達に見せる為のデモンストレーション的な戦いであっても、勇美は勝ちに行きたいと心から願う気持ちになるのだった。
「とんでもねえ、まだまだこれからですよ」
「そのいきよ!」
 依姫はやる気を取り戻した勇美を褒めながらも心の中で突っ込んだ──『とんでもねえ』はないだろうと。その流れだと私はゴミを収集してもらおうとした所へマシンガンを浴びせられるのかと。
 そんな事に構わず、勇美はまず打ち倒された自分の分身マックスを送還する。そして彼は歯車と金属のパーツに分解されて空気中へと消えた。
「さっきはあんなになるまで頑張ってくれてありがとうね、マッくん」
 勇美は自分の為に奮闘してくれたマックスに対して、心から労った。彼がいるからこそ自分は戦えるのだから。
「でも、もう一踏ん張りしてくれると嬉しいな!」
 続いて勇美は心機一転して彼に呼び掛けたのだ。
(次に力を貸してもらう神様は……祇園様、お願いします)
 そう心の中で勇美は願うと、再び彼女の側に歯車と部品が次々に収束していき、マックスが新たなる姿を形成し始めた。
 その姿は……。
「地上の情報から聞いた事があるわ、『ステゴサウルス』ね」
「その通りですよ、名付けて【剣符「ブレード・ステゴ」】です!」
 その勇美の返答を聞いて、依姫は『あー、やっちゃった』といったような心持ちとなってしまった。
「どうしました、依姫さん?」
「勇美、念の為に言っておくわ……」
 依姫が頭を抱えながらそう言うので、勇美は何事かと思いながら聞いた。
「勇美、『ステゴ』って『剣』って意味よ」
「え゛っ……」
 変に濁った声を出して、勇美はしばし固まってしまった。
「あ゛ーーーーーっ! やっちゃったーーーーー!」
 勇美は頭から火が出るような感覚に陥った。穴があったら入りたい気分であった。
 思えば『ステゴ』は『ソード』に語呂が似ていたなと後悔する勇美であった。
「……依姫さん、このスペル名付け直していいですか?」
 僅かな希望に向かって、勇美はわらをも掴む気持ちですがった。
「駄目よ」
「うぅ~」
 だが現実は非情であった。
 仕方ないので、勇美は腹を括る事にした。
「『ブレード・ステゴ』! 依姫さんを切り刻んでしまっちゃいなさい!」
 もう破れかぶれであった。
「来るのね」
 そんなやけっぱちな勇美に対しても、依姫は油断する事なく身構えた。
「いっけえー! ソード・シューティング!」
 そう勇美が命ずると、マックスは背中に力を込め、そしてその剣状の刃を射出したのである。
 ボコボコと打ち出される剣は空中へと飛び、重力に引きずられる形で地面目掛けて降り注いだのだ。──勿論その先には依姫がいる訳である。
「来たわね」
 だが依姫は臆する事なく手持ちの刀をその刃の群れに向け、見事にそれを弾き始めたのだ。
 ぶつかり合う刃と刃、鳴り響く金属音。この特殊な殺陣は互角に進んでいくかと思われた。
「くぅ……」
 だが、依姫の方が押されていったのだ。生身で刀を振るう方と機械の身体から放つ方とでの差が生まれたようだ。
 それを勇美は実感していき、そして言った。
「どんなもんですか!」
 自分が依姫を追い詰めている事を実感しながら、勇美は気分が高揚するのだ──この自分がここまでやれるのかと。
 依姫を窮地に追い込んでいるかのよう……。だが当の依姫本人には既に先程の焦りの様子は全く見られなくなっていたのだ。
「見事な攻撃ね、隙が見られないわ……でも」
 含みのある言い方を始める依姫。
「『私を倒すには程遠いんだよねぇ~』なんて言うんですか?」
「言うか! どこぞのファンサービスの人よそれ」
 と、そんなコントじみたやり取りを依姫とする勇美であったが、彼女には一抹の不安が生まれていた。
「忘れていないかしら? 私が今まで降ろした神の事を?」
 そして勇美の不安は現実のものとなる。
「【金符「解体鋼処」】!」
「やっぱり!」
 勇美は予想通りの展開に驚愕した。これこそ二度に渡り咲夜のナイフの群れを退けた『金山彦命』の、金属を操る力だったのだ。
 そして、依姫が刀をブレード・ステゴが放った刃の群れに向けると、瞬く間にそれは砂状に還ってしまったのである。
「あ……」
 余りの展開のひっくり返りっぷりに、呆気に取られる勇美。
「勉強熱心な貴方らしくないわよ」
 依姫は厳かに、それでいて諭すかのように勇美に言う。
「……」
 それを黙って聞く勇美。俯く彼女からはその表情は読み知れない。
(少し苦い薬だったかしら……?)
 依姫は心の中でそう内省する。
 しかし、自分は間違った事はしていないと思っていた。多少厳しく向き合う事が勇美のプラスになるし、勇美自身その事を望んでいるのだ。──でなければ厳格な振る舞いをする依姫の元で鍛練に励もうとは思わないだろう。
 その事実がこれから見られる勇美の様相の裏付けとなっていた。
「やっぱりさすがは依姫さんって所ですね」
 そう言って顔を上げた勇美の表情は、実に晴れ渡っていた。
「まだ意気消沈はしていないようね」
 その様子を見た依姫も喜ばしく思った。
「でも、これからどうするつもり? 貴方の剣は何度でも金山彦命の力で砂に還すわよ」
 依姫は強気で言う。自惚れる気はないが、金山彦命の力は強力なものだと理解しているからだ。
「その点はご安心下さい。もうブレード・ステゴの力はここからは使いませんから」
 言って勇美は剣山のような風貌を見せつけていた彼を解体した。当然金山彦命の力ではなく勇美自身の意思で。
 そうして再び姿を消したマックス。そこで勇美はまた心の中で念じる。
(愛宕様に天津甕星様、最後に私に力を貸して下さい)
 最後に……。そう勇美は心の中で念じた。この次の手がこの勝負において最後になるだろうと肌で感じての事であった。
(次はどう出てくるのかしら?)
 依姫は期待しながら待ち構えた。そこに不安はなかった。
 ──勇美はよくここまで私と張り合ったと。だが、まだ未熟である。だから私が負ける事はないだろう、そう思っていたからである。
 そんな思いを依姫が馳せている間にも、勇美の側には彼女の最後の想いを乗せて鋼の意志が寄り集まっていたのだ。
 次々に形作られていく勇美のこの勝負最後の化身。その様相は今までとは違っていた。
(……まだ形成が続いているのね)
 そう依姫が勘ぐる通り、今までよりもマックスの身体のパーツが寄り集まる時間がこれまでよりも長かったのである。
 だが、物事には必ず終わりがあるもの。その長きに及んだ収束も完成の時を迎えたのだ。
 そこに存在していたのは。
「ティラノサウルスね……」
 依姫はそう呟いた。強靱な顎と四肢を持つ暴君の名を冠する恐竜の王者の姿であった。 圧倒的な威圧感。それを見ていた者は皆驚いていた……勇美を含めて。
「うわあ、マッくんの姿が凄まじい事になっちゃった~、マジビビるわぁ~、たまげたなぁ……」
「……自分でおののいてどうするのよ」
 そんな間の抜けた暴君の主に対して、依姫は頭を抱えながら突っ込みを入れた。
「だって、自分でもここまでなるとは思っていなかったんですよ~」
「それで、これからどう攻めてくるのよ?」
 呆れながらも依姫は勇美にどうするのかを促す。
「よく聞いてくれました。この形態は【降符「ティラノ・メテオ」】って言いましてね」
「メテオ……」
 依姫は呟いた。それは確か『隕石』を意味する言葉だったと。
 隕石、それは空から地上に降り、天変地異を起こして恐竜の住めない環境を作り出して恐竜時代を終わらせた産物である。
 それを持ち出すとは、まさに勇美がこの勝負の最後に持って行く為の決意の現れだと窺えたが、一体これでどういう攻め方をするというのだろうか。
「まあ見ていて下さいね、それじゃあティラノ・メテオ。頼んだよ!」
 そう勇美が命じると、その暴君は逞しい脚と腰に力を込めると、その重厚な見た目に反して身軽に空高く飛び上がったのだ。
「跳んだ!?」
 さすがの依姫も、この事態には驚いてしまった。だが、すぐに平静を取り戻し付け加えるように言った。
「意外性だけではどうにもならないわよ」
「ええ、分かっています」
 勇美もその事は十分承知であった。機をてらっただけで太刀打ち出来る程、依姫という牙城は脆くはないのは周知の事実だからだ。
「ティラノ・メテオ、続いてお願い!」
 上空に飛び上がった相棒に再び呼び掛ける勇美。するとそれに応えるように彼は身体の構造を変え始めたのだ。
 ガチャガチャと金属音をならして手足を身体へと収納させ、形作られていったものは。
「まるで、隕石そのものね」
 依姫の指摘通り、マックスは岩の塊のような形態へと変貌していたのだった。
「これぞティラノ・メテオの真骨頂よ! さあやっちゃって!」
 そう勇美が呼び掛けると、上空で隕石の形を取ったマックスは地上目掛けて落下を始めた。
 これを地面目掛けて叩き付ければ、さすがの依姫でもひとたまりも無いだろうと勇美は読んでの事であった。
(単純だけど、抜かりない攻め方ね……。でも、先程祇園様の力を解放したのが命取りだったようね!)
 そう依姫は心の中で言葉を発すると、その祇園様の力を自身の身体へと寄せたのだ。彼のもたらす膂力があれば、この事態も打破出来るだろうと。
 そして依姫は祇園様の力をその身体に込めて身構えた。これでいつでも相手を迎え入れられる準備は出来た。
「さあ、来なさい!」
 そして意気込む依姫。そんな彼女に対して隕石と化した暴君竜は刻一刻と迫っていった。後は依姫にその身をぶつけた一撃をお見舞いするだけであった。
 しかし……。
「あれ……?」
 様子がおかしい事に最初に気付いたのは勇美であった。
 隕石と化したマックスの所々から火花が爆ぜ始めたのだ。その接近速度も遅くなるどころか、もはや空中で制止している状態になっていったのである。
 そして、極め付きな事が起こる。ピシピシとマックスは軋むような音をたて……。
 削岩機を廃ビルに叩き込むかのような音と共に、彼は見事に爆散してしまったのだった。そして空には綺麗な花火が幾つも生まれたのだ。
「……」
「……」
 勇美本人も依姫も呆気に取られて言葉を発せないでいた。対して事情を良く知らない子供達は「きれーい♪」とその花火を見てはしゃいでいた。
「依姫さん、これは……」
「……恐らく八意様が何かしたのね」
 遠い方向を見ながら二人はそう言い合った。
 ──あの人は一体何をしてくれるんだろう、子供達を楽しませるだろうけど、自分の勝負に水を指してくれてどういうつもりだと勇美は思った。
 だが、彼女には別の理由も頭に浮かぶのだった。
 ──それは勇美が依姫と勝負して完全な形で負けたらこの先自分の心を引きずり続けるだろう事を懸念しての作戦だったのではと。
 そう、勇美は成長し続けているが、まだ師である依姫と戦うには早いのだろう。勇美が更なる成長をして本当に依姫と渡り合える時が来るまでこういう形で勝負をおあずけにしようと永琳は考えたのではなかろうか。
(ありがとうございます、八意先生)
 真意は永琳のみぞ知る訳だが、取り敢えず勇美は心の中で彼女にお礼を言った。

◇ ◇ ◇

 そして、勝負は『月の頭脳』の介入によりおあずけとなった訳であるが、当面の目的は果たしただろうと思い勇美は依姫にかけ寄って言った。
「取り敢えず、これで神降ろしの凄さは子供達に伝わったと思いますよ、ほら」
 そう言って勇美が目配せをする先には元気にはしゃぎながらこちらに駆け寄ってくる子供達の存在があった。
 後は依姫がちやほやされて子供達に神の偉大さが伝わって万々歳であろう。
 だが、世の中というのはどこかおかしく出来ているものである。『事実は小説よりも奇なり』とは言い得て妙なのだ。
「勇美お姉ちゃーん! 恐竜さんカッコ良かったよ!」
「また見せてねー」
「花火も綺麗だったよー」
 子供達に懐かれているのは依姫ではなく勇美の方であった。
「勇美……話が違っているわね」
「まあ……、ヒーロー番組でも主役ヒーローを食ってしまう敵やライバルっているじゃないですか……」
 依姫に指摘されるも、勇美は乾いた笑いを浮かべてごまかすしかなかったのだった。 

 

第24話 沙の中の銀河:前編

「それでは、そなたらに助けてもらったぞ」
 そう言って慧音は勇美と依姫を労った。
「いえ、何だか予定と違ってしまって申し訳ありません」
 慧音に労われるも、素直に喜べずにそう言う勇美。
 それもその筈だろう。依姫の神降ろしの凄さを体感してもらう為に勇美は恐竜型の機械生命体でもって相手するというパフォーマンスだったのだが、その恐竜が最後で永琳の策略により空中爆散するという勇美の予期せぬ事態になった上に、恐竜というモチーフを使ったばかりに子供達の人気を自分が集めてしまう事になってしまったのだから。
 だが、慧音はそれでも二人には感謝するのだった。それは子供達が喜んでくれた事に代わりはないし、何より二人が一生懸命に奮闘したのだから。
 慧音は結果はどうあれ、努力した者はちゃんと認めるのが自分のスタイルなのであった。
「それでは、今回の授業の賃金は出しておかねばな」
「えっ?」
 その慧音の言葉を聞いて、勇美は狐につままれたような心持ちとなってしまった。聞き間違いではないだろうか? そう思う勇美は今一度慧音に再度確認する。
「慧音先生、私の聞き間違いかも知れないので、もう一度お願いします」
 そんな勇美に対して、慧音は普段の厳格な印象からは想像出来ないような温和な笑みで持って勇美を見据えて言った。
「言い間違うものか。そなたらに今回の授業分の賃金をあげようと言うのだぞ」
「……」
 聞き間違いではなかった。その事が確認出来て、勇美は暫し唖然となって言葉が出ないでいた。
「依姫さん、どうしましょう?」
 迷いに捕らわれる勇美は、側にいる依姫に答えを求めるという、やや情けない行為に出てしまった。だが、依姫はそんな勇美に対して丁寧に言葉を掛ける。
「まあ、私には不要な物ね。月と地上では通貨は違うし、第一私はお金には困っていないから」
 曲がりなりにも綿月家という名家の生まれであるからねと依姫は付け加えた。
 そして、依姫は続ける。
「でも、私には不要でも、貴方には必要な物ではないかしら?」
「私に必要……?」
 そう言われて、勇美は考え込んでしまった。果たして自分に本当に必要な物なのかどうかと。
「……」
 その勇美の様子を見て、依姫は暫し考え、自分の言い方が些か適切ではなかったと思い直した。
「私の言い方が悪かったわ」
「依姫さん?」
 そう言われて勇美はキョトンとしてしまう。
 そこに依姫は付け加える。
「これは、貴方が必要だと思って欲する事が大事なのよ」
「欲する事ですか?」
 尚もキョトンとした態度を続けてしまう勇美。
「そう、欲する事よ」
 依姫は少しニコリと微笑みながら言う。
「貴方はこれから進んで欲しがる事が大事になって来るわ。それが貴方の復讐に繋がっていくという訳よ」
「……」
 その言葉を聞いて勇美は考え込んだ。
「私の復讐に必要……」
 そして勇美はその言葉を頭の中で反芻する。
 言われてみると、確かに理解出来るような気もする。
 今までの人生で母親から受けた仕打ちに抗い、何か事を成すには綺麗事だけでは成り立たないだろう。
 とにかく母親のしがらみに打ち勝つだけのエネルギーが必要なのである。その為には大人しく謙虚になどはしてはいられないだろう。
 その事を考慮して、依姫は答えを出したのだろう。その彼女の計らいを勇美は無駄にはしてはいけないと思った。
「欲する事……、確かに私には必要ですね」
 勇美はその言葉を噛み締め、自分の気持ちに馴染ませた。そして慧音に向き直り、言った。
「慧音先生からの賃金、是非とも私に下さい!」
「よく言った!」
 慧音も勇美が依姫とやり取りする一部始終を見届けていたのだ。そして答えを出した勇美を労い、彼女の手にお金を渡したのだった。
「勇美、お前なら大丈夫だと思うが、くれぐれも無駄遣いはするんじゃないぞ」
「はい、分かっています」
 勿論勇美はこのお金を無駄遣いしようなどとは断じて思う事は無かったのだ。何せ依姫の後押しに慧音の計らい、そして自分自身の気持ちの踏み切りと、色々な想いが詰まった貴重な結晶なのだから。
 そうして様々な気持ちのこもった報酬を受け取ると、依姫と共に上白沢家を後にするのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、勇美にとって貴重な一歩を踏み出す事になった特別授業の日から幾日が過ぎていた。
 彼女と依姫が今いるのは紅魔館に存在する図書館にいる所であった。
 ここには貴重な書物がたくさんあるので、二人とも勉強と知的欲求を満たすのを兼ねて度々この場所を訪れていたのだ。
 日光を極限まで遮っている紅魔館の中の図書館だけあって薄暗く、ここで生活するには難儀な場所であるが、極端に長時間滞在するのでなければその造りも読書を捗らせるには程よい刺激と癒やしを与えてくれる要素となるのだ。
 だが、二人と一緒に今読書に浸っているここの常連は長時間の滞在でも苦痛にならない程、この図書館に色々なものが『適合』してしまった存在なのであるが。
 その存在は髪の色も帽子もパジャマのような服も全身紫づくめの──通称『動かない大図書館』の種族:魔法使い、パチュリー・ノーレッジその人であった。
 彼女は黙々と読書をしていたが、珍しく彼女から話しかけるという事をしたのだ。それだけ勇美と依姫は読書仲間という事でパチュリーと仲良くなっていた証拠であった。
「突然柄にもない事言うけど、嬉しいわね。あなたたちのような同志が出来るなんてね」
 いつものようにあっさりと冷めたような振る舞いの元言った言葉であったが、パチュリーと親しい者が聞いていたら彼女がやや照れている事実を見抜いていた事であろう。
 そして、パチュリーのその言葉に依姫が返す。
「私も貴方のような勉強熱心な子を友達に持てて嬉しいわ」
 そう言う依姫。図書館の中なので静かに話しをした為にしんみりとしてしまう。幸い公共の図書館ではない為、完全に会話が厳禁ではないようである。そして依姫は続ける。
「でもごめんなさいね。月の守護の為とはいえ、貴方のご友人に貴方の予想通りのような、ちょっと痛い目を見せてしまって」
 少し申し訳なさそうに言う依姫。自分のした事に後悔はないが、いざ自分が制した者の友人を目の前にすると引け目を感じず完全に堂々とする事も出来ないのであった。
 だが、パチュリーはしれっと答える。
「いいのよ、あの子にはいい薬になったのだから」
「あら、お厳しいのね」
「……あなたには言われたくはないわよ」
 と、そんな具合に依姫とパチュリーは静寂の中で静かな軽口の叩き合いを繰り広げた。 そこに第三者である勇美が入り込んで来る。
「お二人さん、何か仲がいいみたいですね~♪」
「「確かに……」」
 勇美の指摘を受け止める依姫とパチュリー。どことなく共通するものが自分達には存在していたのだろうなと彼女達は物思いに耽るだった。
「この人は図書館の本を取って行くなんて事しないで、ちゃんと図書館内で読んでくれるし」
「って、それ当たり前じゃないですか……?」
 そんな突っ込みを入れる中で勇美は彼女達とは相まみえない要素を持っていると感じていた。だが、それを苦痛には勇美は感じてはいなかった。人には色々な個性があるのだから、人と同じでなくても恥ずかしがる事はないと思っていたのだ。
 そんな事を、外の世界のそれのように時折独り言を言ったり居眠りをしていびきをかいたりして快適な空気が台無しになる事の無い図書館で噛み締める今の勇美は、とても充足感に満たされていたのだった。
 だが、そんな心地良い静寂を破る存在が今し方やって来ようとしていた。
 突然崖が崩れるでもしたかのような轟音が、図書館に鳴り響いたのだ。はっきりいって迷惑そのもの、心臓に悪い事この上ない現象である。
「う、うわぁっ!!」
 当然勇美は驚いてしまう。こんな事態に遭う事など外の世界の図書館ではまず無い事であるし。
「……やれやれね、また来たわね」
「あ、もしかしてこれって」
「察しの通りよ」
 対して二人はこの騒動の大元が大体想像出来ているようであった。
「お二人とも、一体何事かご存じなのですか?」
 話の蚊帳の外にいる状態となってしまった勇美はそわそわした様子で二人に聞いた。
「勇美、分からないかしら? 貴方も『観て』はいるはずよ。こんな『力任せ』な事をしでかす者と言ったら……」
「……あっ!」
 依姫にヒントを与えられる形となった勇美は、それにより頭に電流が走るような感覚に襲われたのだ。
 彼女にも心当たりがあった。以前依姫の月での戦いの記録を永琳に見せてもらった時にその中に傍若無人な戦い方をする者がいたのだ。
 それ以前に勇美とて幻想郷に住む身。『その存在』の武勇伝は意識しなくても耳に入っていて、直接遭わずとも情報だけは知っていたのである。
 そう、その正体の名前を勇美は言おうとするが……。
「また来たぜ、パチュリー!」
「全く、毎度毎度騒々しいわね、魔理沙……」
 その主が現れた為にパチュリーに先に言われてしまったのだった。
 その者の名前は霧雨魔理沙。黒白の三角帽子とエプロンドレスに身を包み、魔法を使うが人間である為、自他共に認める『普通の魔法使い』である。
 だが普通でないのが、まずそのスタイルであろう。
『弾幕はパワー』という持論をモットーとしており、彼女が張る弾幕は非常にパワフルで派手なものなのだ。
 そして、もう一つ普通でないのが彼女のその性格だろう。
 少女でありながら『だぜ』口調の男勝りで豪快な振る舞いに加え、その思考回路も常人のものとはかけ離れていて、いつも珍騒動を起こすのだ。──今回の図書館襲撃もその一環で、彼女のライフワークと言っても過言ではないだろう。
 更に、図書館に突撃するだけが彼女のするはた迷惑な行為ではないのだ。
「パチュリー、今日も本を借りていくぜ~!」
「いや、取っていくの間違いでしょ……」
「何を人聞きの悪い事を言うんだ。一生借りて行くだけだぜ」
「それを取るっていうのよ」
 パチュリーは呆れながら魔理沙に突っ込みを入れた。
「……」
 初めて見る珍客の問答を見ながら、勇美は呆気にとられていた。
 ──それは屁理屈というものじゃないかと。例えるなら外の世界の青い狸のような猫が主人公の漫画に登場するガキ大将のようが掲げるようなトンデモ理論ではないかと勇美は思わずにはいられなかったのだ。
 そして、その思いを勇美は口にする。
「あの、魔理沙さん……?」
「あ、そういうお前は勇美だな? 噂に聞いているぜ」
「あ、はい!」
 話しかけた魔理沙に思わぬ言葉を掛けられて勇美は戸惑ってしまった。彼女程の者から評価をされるとは思っていなかったからだ。
 だが、それはそれと気持ちを切り替えて勇美は話を続けた。
「そ、そうじゃなくて、本を取って行くのは良くないと思いますよ」
 それが勇美が言いたい事であった。自分の欲しい物は奪うのではなく、自分の努力で手に入れるものだと。子供達の前で奮闘した事により慧音に賃金を貰って久しい今であるからこそ実感する事であった。
 勇美はこうして食い下がる事は珍しかった。悪い事だと思っても『触らぬ神に祟りなし』を決め込んで余り関わらないようにする傾向がややあるのだ。
 だが、今回は違った。それは魔理沙が努力により周りと渡り合っている人間だと知っているからだ。──尤も、魔理沙本人は努力している事を悟られるのを嫌う為、その事を勇美は指摘するつもりはなかったが。
 つまり、努力型の人間なのに本を手に入れる為には努力しないという矛盾が勇美は引っ掛かるのだった。根は真面目な彼女であるから、そういう所に変に理屈を求めがちになるのである。
 だが、本を取るなというのは勇美の正論だろう。しかし、尚も魔理沙はしれっと返答する。
「だから、一生借りていくだけだぜ」
「それが取るって事ですよ……う~」
 態度を崩さない魔理沙に勇美は項垂れる。こういう図太いタイプの人間に打ち勝つには理屈っぽい勇美では少々分が悪いというものだろう。
 そう思った依姫はここで勇美に助け船を出す事にした。
「いつぞや私と戦った黒白さん。この子の言う通りよ」
「げっ、お前は……!」
 魔理沙は依姫の存在を認識すると、露骨に嫌そうな顔をした。
 無理もないだろう。かつて月で彼女を圧倒した相手と再び出会ったのだから。
 あの勝負では依姫は魔理沙に心残りが出ないように密かに配慮して戦った為に、魔理沙の足を今引っ張っているものは幸い存在しない。
 だが、幻想郷でも上位の実力を持つ魔理沙を巧みに制した相手を目の前にしては、さすがの魔理沙とて穏やかな心持ちはしないというものだろう。
 依姫とてその事は薄々察しているだろう。だから敢えて影響力のある自分がこの場で名乗り出たのも意図しての事であった。そして、彼女は続ける。
「これから私と、ある勝負をする気はない? この勝負に勝ったら貴方は本を持っていっていいわ」
「ちょっ!? 何勝手に話を進めているのよ!?」
 当然図書館の本の扱いを他人に決められたパチュリーは上擦った声を出して抗議する。
(まあ見てなさいって)
 だが依姫は至って落ち着いて小声でパチュリーに諭すように言う。
(何だか分からないけど、そこまで自信満々に言うなら信じるわ)
 威風堂々とした依姫の態度に、パチュリーも折れる事にした。
 そして、依姫は続ける。
「ただし、勝負に貴方が負けたなら、本を持っていく事は諦めなさい」
 それからと依姫は続ける。
「今図書館から持ち出している本も返却する事、分かったかしら?」
「ああ……」
 さすがの魔理沙も、依姫の貫禄にたじろぎながら何とか声を絞り出すしか出来なかったようだ。
「あなた、いいアイデア出してくれるじゃない。その心意気、気に入ったわ」
 ここでパチュリーは乗り気の意を示した。今現在魔理沙が持ち出している本が帰ってくる。この展開はパチュリーにとっても美味しいものとなってきたからだ。
「それで、その勝負の内容って何よ?」
 そしてこの流れに意欲的になったパチュリーは食い入るように勝負方法を依姫に確認する。
「まさか、お前との勝負じゃないだろうな?」
 対して魔理沙は彼女らしくもない逃げ腰の発言をした。努力する分霊夢以上の実力を持つ依姫と自分が戦うのでは分が悪いと認める辺り、今の魔理沙は冷静であると言えよう。
 だが、その予想に反する事を依姫は言い始めた。
「安心しなさい、勝負方法は貴方と私の戦いではないわ」
 依姫としては本音としてはその勝負を一番したい所なのである。
 それは、魔理沙がかつて月で自分と戦った事で心が折れていないか確かめたいが故であった。
 だが、それは避けておくべきだと彼女は思うのだ。魔理沙に余り高い壁に何度も鉢合わせてはいけないのである。
 それは、努力とは自分自身が目標を定めてそれに向かっていくものだと依姫自身心得ている為である。
「何にしても魔理沙さん、頑張って下さいね」
 そこで勇美はそう他人事のように言った。
「ちっ……人事のように……」
 それに対して舌打ちする魔理沙。
 だが、話の方向性はこの二人の思わぬ方向へと向かうのだった。
「勇美、勘違いしては困るわね」
「へっ? と言いますと?」
 依姫に話題を自分に振られて、勇美は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「勝負の方法は、勇美とのスペルカード戦に勝つ事よ」
「ええっ!?」
 勇美に出された助け船は、かなりの泥船だったようだ。そう思いながらもこういう展開にどこか慣れて来ているような自分が憎かったのだった。

◇ ◇ ◇

 勇美、依姫、魔理沙、パチュリーの四人は紅魔館の図書館から広々とした庭へと繰り出していた。
 それは依姫が魔理沙の戦闘スタイルを考慮しての事であった。映像で月での彼女の戦いっぷりを見ていた勇美は適切な判断だと思った。
「いい配慮してくれるわね」
 依姫の配慮に対してパチュリーは労う。このまま図書館でドンパチやられて大切な本に危害が加えられては堪ったものではないからだ。
 こういう所が依姫の気が回る所だとただただ感心するのであった。
「向こうも私らに気を利かせてくれたみたいだし、いっちょ盛大にやろうじゃないか!」
 魔理沙は勝負の相手が依姫でなく勇美だと決まってから意気揚々と乗り気になっていた。勝てる見込みの薄い相手から、最近幻想郷で注目されてはいてもまだまだルーキーの相手になったのだからであろう。
 魔理沙は男勝りであり豪快な振る舞いをしているが、苦手なものは苦手であるため、こういった現金な部分も時折垣間見せるのだった。
「うう~、私がまだ未熟だからって油断してると足下掬われますよ!」
「おう、掬ってもらおうじゃないか!」
 負けじと勇美は返すが、現状魔理沙の方が一枚上手なようである。
「それじゃあ行くぜ!」
 そう言って魔理沙は、自力では飛べない彼女が空を飛ぶ為の手段である自前の箒に跨がり、それに魔力を込める。
 すると彼女を中心に突風が巻き起こり、魔理沙は飛行を始めたのだ。これが彼女の十八番の戦闘スタイルである。
「お前は相手の攻撃を切り崩すスタイルが得意だったな?」
「ええ? はい」
 宙に浮かぶ魔理沙から突然質問を投げ掛けられて、勇美は少々驚いて返答をする。そして、自分の今の戦闘スタイルについて心の中で自問自答した。
 ──確かに、神降ろしの力を借りてからの自分の流儀は相手の攻撃をかいくぐるようなものとなっていたのだ。
 これは依姫の影響が大きいだろう。勇美は依姫とは被らないような手段を取っているつもりでも、敬愛する人に知らず知らずの内に似通ってしまっていたという事だろう。
 そんな思いを脳内で馳せている所へ再び魔理沙の声が掛かってきた。
「だから、ハンデとして私からいくぜ!」
「……」
 今度はその魔理沙の言葉に勇美は反論しなかった。何度も相手の挑発に乗ってペースを乱していては相手の思うつぼであるからだ。多少の悔しさは喉の奥に飲み込んで、勇美は強敵を迎え撃つ姿勢を取るのであった。
 そして魔理沙は更に一際高く飛び上がるとスペルカードを宣言するのであった。
「先手必勝! 【魔符「スターダストレヴァリエ」】!」
 続いて魔理沙から星の雨あられが放出された。
 これは勇美も見覚えのある攻撃であった。だから、心の準備は出来ていたのだ。だが。
(でも、どう対処しよう……)
 そう勇美は悩むのであった。依姫は月の大気の性質を利用して弾幕の流れを操作して難なくいなしていたが、生憎ここは月ではないのだ。
 ──いや、例え月であっても到底自分には依姫のような芸当は出来ないであろう。
 そう思い直した勇美は、自分に出来るやり方でこの状況を打破しようという結論に至ったのだ。
 そして、相手は幻想郷でも有数の実力者の魔理沙。『最初は……』という考えでは通用しないと考えた勇美は出し惜しみする事はナンセンスだと結論づけて行動に踏み切った。
(『天津甕星』様に『金山彦命』、私に力を)
 そして勇美の手にはSF映画で登場するような様相の機関銃が握られた。そしてスペルを宣言する。
「【星蒔「クェーサースプラッシュ」】!」
 そう叫び勇美は機関銃の引き金を引いた。
 これはレミリアと戦った時に見せた『プレアデスブレット』の発展系として見せた技である。
 そのような所謂上位の技をいきなり見せるのは無謀かも知れない。だが、出し惜しみしていては目の前の相手である魔理沙には太刀打ち出来ないだろうと勇美は思っての事であった。
 そしてシャリシャリと小気味良い音を連続で出しながら勇美も星の弾幕を繰り出していったのだ。
 それらが向かう先は魔理沙が放った星である。次々にぶつかって行くと一つ、また一つと断続的に爆ぜ続けていった。
 パンパンとポップコーンが弾けるような破裂音が続いていき、勇美の星と魔理沙の星とが互いに数を減らされていった。
 だが、完全に相殺される事はなかったようだ。ぶつかり合う事なくすれ違った互いの星はその勢いに乗ったまま相対する敵の元へと向かっていったのだった。つまり……。
「くぅっ……!」 
「ちいっ……!」
 勇美と魔理沙は互いに残った星の弾に被弾してしまったのだった。だが二人とも当たった弾は少量になっていたので軽いダメージで済んだようであった。
 そして星と星の応酬は幕を閉じたのだ。 

 

第25話 沙の中の銀河:中編

 魔理沙の本返却の約束を賭けて始まった勇美と魔理沙の戦い。それは一旦星と星の弾幕のぶつかり合いを終えて膠着したのだった。
「やってくれるなー! イタタ……」
「魔理沙さんこそ……。うくぅ……」
 そして二人は文字通り『痛み分け』となったようであった。
「くそっ、一端星でのやり取りは身を引くぜ」
 そう言って魔理沙は二発目のスペルを繰り出そうとする。
「いくぜ! 【恋符「ノンディレクショナルレーザー」】!」
 こうして魔理沙の新たなスペルが発動された。そして魔理沙の体が一瞬白く光った。
「一体何が?」
 このスペルは魔理沙は月では使っていない為、勇美は見た事がなかったが故に戸惑った。
 その間に光った魔理沙の体が元に戻ると、彼女の周囲から宣言通りレーザーが放出された。しかも。
「三本!?」
 勇美は驚いた。彼女の言う通り、レーザーは魔理沙の中心に見えない三角形の頂点から打ち出されるかのように三本発射されていたのだ。
「これだけで驚いてちゃいけないぜ! 回転……っと!」
 そう言って魔理沙はパチンと指を鳴らすと、それを合図に見えない三角形を中心にするかのように三本のレーザーは魔理沙の周囲を回転し始めた。
「!!」
「どんなもんだい!」
 唖然とする勇美に、魔理沙は得意気に言ってのけた。それを外野であるパチュリーは冷ややかな目で見ていた。
「それ、元々私の技でしょ……」
 ジト目で魔理沙に突っ込みを入れるパチュリー。
「そうだったの……?」
 それを聞いて、さすがの依姫も呆気に取られてしまった。
「聞こえないぜー!」
 対して、パチュリーの突っ込みもものともせずに魔理沙は弾幕を繰り出していた。そして第一撃が勇美を襲う。
「危ない!」
 間一髪でレーザーをかわす勇美。難なくとはいかないまでも何とかよけられたようだ。
「ほう、やるじゃないか?」
 上空から魔理沙が感心しながら言った。
「この手の回転レーザーは一度見ていますからね」
 勇美も負けじと得意気に言ってのける。
 そう、以前勇美は阿求との勝負の時にも同じように使用者の周囲を回転するレーザーを見ていたのだ。
 その時は勇美は(セコい手を使おうとしたばかりに)戦線から離脱していて後に続いた依姫が対処していたのだが、それを見ていた事が役に立ったようだ。
「だが、避けてばかりじゃ意味ないぜ!」
「もちろん、それは分かっていますよ!」
 魔理沙の辛い指摘に対して、勇美は負けじと応戦する。
「それじゃあ、行きますか!」
 そう言って勇美は手に新たな形態を取った銃を持って魔理沙に向けた。
(祇園様、天津甕星様、あの時のようにお願いしますよ)
 そう心の中で神に呼びかけ、勇美はスペル宣言をする。
「【機銃「一年戦争の光の引き金」】!」
「今度はライフルの方ですか……」
 依姫は勇美が作り出した武器に呆れながら突っ込みを入れた。
 あの時は剣の形状の状態から飛び道具を生み出していたが、今度はハナから銃の形態である。魔理沙のような正面からぶつかってくる者に対して下手な小細工は通用しないだろうと勇美は踏んだのだ。
「発射!!」
 そう言うと勇美は光線銃の引き金を引いたのだ。
 そして、銃口に光の粒が収束していき、光の筋がそこから照射された。
 続いて放たれた光の筋は魔理沙目掛けて迷いを持たないかのように突き進んで行った。
「くうっ!」
 思わず呻く魔理沙。まさか今自分が攻撃を受ける側になるとは思っても見なかったのだった。
 そして、不覚にも彼女はノンディレクショナルレーザーによる攻撃の手を緩めてしまったのだった。
 この好機を勇美は逃さなかった。
(隙ありっ!)
 そう勇美は心の中で叫ぶと、光線による追撃を二発、三発と魔理沙目掛けて加えた。
「ぐああーっ!!」
 炸裂する光線の群れ。そして、それにたまりかねて悲痛の声を上げる魔理沙。
 たまらず彼女はよろめき空中でバランスを崩す。
 そして、そのまま地面に向けて落下を始めてしまった。
(やった?)
 思わぬ所まで相手を追い詰めて自分の優位を期待する勇美であったが。
「そう易々とやられてたまるか!」
 落下中の魔理沙の瞳に闘志の炎が燃え上がった。
 そして彼女はその体勢でスペルを発動した。
「【「ブレイジングスター」】!!」
 そのスペルの発動と共に魔理沙は地面スレスレの所で体勢を持ち直した。
「行くぜっ!!」
 更にその掛け声を合図に、地面に激しい衝撃波を発生させてその場で慣性の法則を無視したかのような急停止を見せる。
「何が起こるの?」
 それだけで只ならぬものを感じた勇美は身構えた。
 それを目掛けて魔理沙は箒にがっしりとしがみつき──今度は爆音と共に急発進したのだ。
 凄まじい衝撃に合わせて弾丸のように弾き出された魔理沙は、小さい無数の星を箒から後方に撒き散らしていた。──それはさながらロケット花火のようであった。
「ひいっ!」
 突発的な事態に勇美は思わず息を飲んでしまった。その一瞬の隙が命取りであった。
「とりあえずここは……って間に合わないっ!?」
 神の力を何を借りるか決めて発動するという二段構えの行為が勇美には必要だったのだが、それを許す程魔理沙のパワーとスピードは甘くないのであった。
 そして、遂に凶弾と化した魔理沙が勇美に突っ込んだのだ。続いて鳴り響く轟音。
「うわあーーーっ!!」
 勇美は悲鳴をあげながらその場から弾き飛ばされてしまったのだ。そして彼女は宙に身体を投げ飛ばされる。
(凄く痛い……)
 魔理沙の猛攻に打ちのめされ、朦朧とした意識の中で勇美は思った。
 ──このまま地面にぶつかったらもっと痛いだろうな。でも、それで勝負が着くから楽になれるという考え方も出来る。
 ──そこまで思った勇美はここで弾けるような刺激が頭の中を駆け巡り、意識が覚醒させられたのであった。
 ──忘れる所だった。自分は負けられない人間なんだと。それこそが自分がすべき復讐である事を勇美は思い出したのであった。
 そして勇美の瞳に闘志の炎が灯ったのだ。先程の魔理沙と同様である。
 そのまま勇美は心の中で神に呼び掛けた。早くしないと地面に激突してしまうので、急を要した。
(『天宇受売命』、私に力を貸して下さい。それはもう、手っ取り早く!)
 等と、神に対する呼び掛けには些か無礼である形のものとなってしまったのだ。
 しかし、相手はさすがは神というべきか、寛容にそれを受け止めたのだ。天宇受売命自身、実は破廉恥な神様である為に生まれた寛容さであったかも知れないが。
 ともあれ、そういった天宇受売命の奥ゆかさにより勇美の思いは通じ、彼女に力が貸し出される事となる。
 いつも通りに神の力を備えた機械が集束していく。しかし、いつもと違うのは、それが宙を舞う勇美の脚部に対してである事であった。
「……何が起こるんだぜ?」
 それを見ていた魔理沙は暫しそう呆気に取られていたが、すぐに気を持ち直して意気込んだ。
「何をする気か知らないが好きにはさせないぜ!」
 そう言って魔理沙は再び星の力のエンジンをフルスロットルさせた。──再度ブレイジングスターを繰り出す算段である。
 再度鳴り響く星のエンジン駆動音。そして空気をも震わす振動。
 今度ブレイジングスターを決められたら勇美は絶体絶命であろう。だが、流れは現在勇美に流れていたのだ。
「その技は威力と瞬発力は凄まじいんですけど、如何せん『溜め』に時間が掛かるんですよね」
「なっ!?」
 突撃の力を充填している所へ相手から指摘を受け、意表を付かれてしまう魔理沙。だが勇美とてそれだけで終わらせる気はなかった。
「【脚力「ダンシングシューズ」】!」
 その宣言の先には勇美がいた。──天宇受売命の力を受けた機械の靴を携えて跳び蹴りを放っている状態の。
「なっ、お前は私に吹っ飛ばされていた筈だぜ!?」
 それが何故体勢を整えて自分に向かって蹴りを放っているのか解せない魔理沙。
「それはですね、この『ダンシングシューズ』の力で空中を蹴って体勢を立て直した訳なんですよね~」
 勇美は得意気に言いながら、その間にも魔理沙に飛び掛かっていた。
「くらえーーっ!」
 そう叫びながら勇美はグイグイと魔理沙との距離を詰めていき、とうとう彼女に蹴りの一撃を決めたのだ。
 一瞬にして衝撃がそこに走り──辺り一面にほとばしった。
「くうっ……」
 その余りの激しさに端から見ていたパチュリーも呻き声を出して顔をしかめる程であった。
 その衝撃の中心にいた魔理沙は堪らずに後方に引き摺られてしまったのだ。
 だが、さすがは歴然の弾幕少女たる魔理沙であった。5メートル程吹き飛ばされたものの、それだけに留めて箒に跨がり宙に浮いた状態で体勢を整えたのだ。
「ふう、間一髪だぜ……」
 額に浮き出た汗を拭い一息つく魔理沙。正直言って相手がここまで自分を追い詰めた事に驚愕を隠す事は出来ない。
 だが、そんな状況でも……いや、そんな状況だからこそ余裕を見せるのが霧雨魔理沙という存在であった。
「お前、今の蹴り……ナイスだったぜ!」
「そ、そうですか?」
 魔理沙程の者に労われて、満更でもなさそうに振る舞う勇美。だが魔理沙は単に勇美を褒める気は毛頭なかったのだった。
「ああ、特にその着物から覗いたパンチラは見事だったぜ♪」
 したり顔で際どい指摘を魔理沙は突き付けたのであった。
「ええ、あれは見事な純白だったわね……」
 彼女のキャラクターらしくなく、パチュリーは恍惚とした表情でサービスシーンの余韻を噛み締めていた。
「貴方、どういう趣味しているのよ……」
 そんな様子のパチュリーに依姫は頭を抱えながら突っ込みを入れた。
「黙らっしゃい! 幻想郷の少女達はみんなドロワーズばかりで、私がどれだけ飢えているかあなたには分かる!?」
「ええ、分からないわね」
 変にリキのこもったパチュリーの熱弁を、依姫は犯人に逆切れする熱血刑事のような言い草で軽く流すのであった。
 対して、盛大に自分の下着を疲労してしまった勇美は、みるみるうちに顔を赤らめ……たりはしなかった。
「あ~、パンツ穿いていて良かった~♪」
「うん……?」
 そんな恥態を晒した相手からとは思えない台詞に、魔理沙は面喰らってしまう。自分も乙女の恥じらいとは縁がないとはいえ、それでも気が咎めずにはいられなかったのだった。
「……お前には恥じらいとかいうものは無いのかよ」
「少しはあるけどね、それに捕らわれていたらミニ丈の和服なんて着れないよ」
「うん、論点がおかしいぜ……」
 普段ボケ役に回る魔理沙であるにも関わらず、今回は勇美のペースに持っていかれてしまっていた。
「でも良かった。和服の古き良き伝統でノーパンだったら……」
「それ以上はネチョじゃ済まないからやめてくれ~~」
 話をディープに持っていく勇美に、魔理沙は頭をかきむしりながら抗議した。
(まだノーパンで着るの諦めてなかったのか、あの小娘……)
 勇美のやり取りを見聞きしていた依姫は心の中で毒づいた。だが、それと同時に別の感情も生まれてきたのだ。
(でも、あの魔法使いに対して自分のペースに持って行くなんてさすがね……)
 それが依姫の今の勇美に対する感想であった。
「ちっ、このままじゃあ調子が狂うぜ」
 そう魔理沙は毒づき、言葉を続ける。
「なので、今から最近編み出したとっておきのスペルを見せてやるから覚悟するんだな!」
 宣言し意気込む魔理沙に、今まで流れに乗る形であった勇美は血相を変えてしまう。──下手に自分のペースに引き込んだばかりに、相手に火を付ける羽目になってしまったようだ。
「お、お手柔らかにお願いしますぅ……」
「黙らっしゃい! 平気でパンチラしたりノーパンになりたがる恥女には調教……いや、お仕置きが必要なんだぜ!」
「ですよね~」
 こうなったのは自分が蒔いた種だと、勇美は納得するしかなかったようだ。
 一方、そのやり取りを見ていたパチュリーは……。
「魔理沙……調教って……」
「貴方、何興奮してるのよ」
 節操のないパチュリーに依姫は呆れながら突っ込みを入れる。
「いや、これは喘息が……ゲフンゲフン……」
 普段は彼女を苦しめている持病を今回ばかりは都合良く盾にして、パチュリーはわざとらしく咳込んで見せた。
 そんな不毛なやり取りをする外野をさておき、とうとう魔理沙は今まで見せた事の無い未知の領域へと足を踏み入れ始めていた。
 その為の第一段階として、彼女はいかにも魔法使いの物とでも言うべき自前の帽子を頭から外したのだ。
 当然勇美はその様子に訝った。
「……何ですか? 挨拶でもするんですか? あっ、分かった!」
 そこで勇美は閃き、ポンと手を叩く。
「魔法少女なだけに、『あいさつの魔法少女』って事ですね♪」
「それで私は『ぽぽぽぽーん』とでも言うってか!? ふざけるな!」
 魔理沙は憤慨した。自分は幻想郷では有名な部類だろうけど、あんな全国民が認知している程有名であってたまるかと。
「って違うわ! これを見ろ!」
 そう言って魔理沙は脱いだ帽子からある物を取り出した。八角形の機械のような固形物──そう、彼女の弾幕に火力を生み出す源、『ミニ八卦炉』であった。
「これが噂の……」
 思わず勇美は唾を飲み込む。彼女とて魔理沙が使う、それの力は重々認知していたからだ。
「あの子、勝負に出て来たわね。勇美、心しなさい」
「はい、分かっています」
 依姫に注意を促され、勇美はそれに応えて気を引き締めた。
 その間にも魔理沙の持つミニ八卦炉に光と熱が集束し、辺りに強い衝撃が走る。
「来ますか……『マスタースパーク』が!」
 その魔理沙の代名詞たる『必殺技』の脅威を知っている勇美は身構える。
 だが彼女は慌ててはいなかった。マスタースパークは威力は凄まじいが軌道は魔理沙の性格を表すが如く直線上なのだ。
 だから例えば、瞬時にマーキュリーの力を借りて『エルメスの靴』の機動力で回避すれば十分に対処出来るだろうと勇美は踏んだのだ。
 要はとあるSFアニメでの名台詞が示すように、『当たらなければどうという事はない』という訳である。
 だが、ここからの魔理沙の行動は勇美が予想したのとは違っていたのだ。
「何やっているんですか!?」
「言ったろ? とっておきを見せるって?」
 驚く勇美を尻目に、魔理沙はあっけらかんと答える。
 何を思ったのか、魔理沙はミニ八卦炉を正面の勇美ではなく、地面に照準を向けていたのだった。
「一体どういう……」
「【恋路「グランドバスタースパーク」】!!」
 勇美が言い終わる前に魔理沙は地面目掛けて極太のレーザーを八卦炉から放出したのだ。
 常軌を逸した光と熱により地面は貫かれ、みるみるうちに大穴が穿たれていった。
 そしてエネルギーの奔流は収まった。
 勇美は理解出来ない疑問を魔理沙にぶつける。
「一体どういうつもりですか? どこを狙っているんですか?」
「まあ見てなって♪」
 だが魔理沙は得意気に言うだけで何が狙いか教えてくれないが、それは当然だろう。
 そんな魔理沙の態度に歯噛みしながらも勇美は身構えていたが、ふと異変に気付いたのだ。
 ──それは何者かが唸るような物音であったのだ。それも巨大な存在であると思わせる程の。
「喰らえっ!」
 そして魔理沙はパチンと指を鳴らした。それに合わせて唸るような音はじわじわと強さを増していった。
 続いてそれは起こった。唸りが最高潮に達すると、勇美の足元すぐ側の地面が隆起し、まるで噴火の如くレーザーが噴出したのだった。
「!!」
 当然勇美は驚くが、それと同時に安堵もする。
「あー、びっくりしました。でも私には当たらなかったみたいですね」
 勇美な冷や汗を少しかきつつも強気の態度をして見せた。
 だが、その強気は空元気になる事となる。
「甘いぜ」
 ニヤリと笑みを浮かべる魔理沙に、勇美は背筋に悪寒が走った。
 それとほぼ同時であった。先程と同じようにビームの噴火が再び起こったのだ。しかも今回は勇美のすぐ側で。
「ひっ!」
 思わず息を飲む勇美。当然だろう。今さっき見当違いの場所に撃ち出された攻撃で終わりだと思っていたのだから。
「驚くのはまだ早いぜ!」
 間一髪で避けた勇美に追い打ちを掛けるように魔理沙はしたり顔で言う。
 それを合図にしたかのように勇美の近くで三度ビームが噴出をした。
「厄介ですね、この攻撃……」
 避けながらも勇美は愚痴る。
「だろ? 何たって私が最近考えた取っておきなんだからな!」
 そんな勇美に魔理沙はますます得意気になる。
「さあ、どこまで避けられるかな?」
 魔理沙はニヤリと笑みを浮かべた。
「余り嘗めないで下さいね……」
 勇美はそう返すと、再び今降ろしている天宇受売命に呼び掛けた。
(天宇受売命、もう少し私にお付き添い下さい……)
 そして、その勇美の思いはダンシングシューズへと送り込まれる事となる。
 その後、勇美に装着されている機械仕掛けの靴は突如まばゆい光を放った。
「何だい? 光っているだけ……って、あれ?」
 この光景と台詞はどこかで聞いたような気がした魔理沙であったが、彼女はそれを気にしないようにした。目的は目の前の勇美に勝つ事であるのだから。
「まあいいや、取り敢えず攻撃続行だぜ!」
 その魔理沙の言葉を合図にしたかのように、次々にビームが地面から噴出を始めた。
「天宇受売命、そしてこのダンシングシューズの力を余り甘く見ないで下さいよ!」
 そう言う勇美のすぐ足元からビームが迸った。
 だが、勇美はステップを決めて、華麗にそれをかわしたのだった。
「どんなもんですか!?」
 出だし好調となった勇美は、その流れに乗って得意気に決めて見せた。
「やるな、だがまぐれはそう何度も起こらないぜ?」
 対する魔理沙も臆する事なく光線の檻の発動を続ける。
「まぐれかどうか、試してみて下さいよ、っと」
 勇美はそう言いながら第二波のビームも宙を舞う木の葉の如くヒラリとかわして見せた。
 続いて第三波、四波と次々と魔理沙の敷いた罠を回避していったのだ。
「くぅ……やるな」
 これにはさすがの魔理沙も歯噛みするしかなかった。
「ちょろいちょろい♪」
 興に乗って調子付く勇美。だが、悪ノリした人というのは高確率でその報いを受けるものであり……。
「楽勝、楽しょ……って、うわっ!」
 実に軽快なステップを踏んでいた勇美であったが、ここで足を滑らせてしまったのだ。
 幾ら天宇受売命の力を借りているとはいえ、その力を宿した機械の靴を装備していたのは、生身の人間の少女である勇美だったのだ。
 つまり、勇美は自分の肉体の限界を認識し損ねたという事であった。
 そこに運悪く──いや、入念に仕込んだ包囲網の中であったから最早運の問題ではなかった──ビームが吹き出し、勇美に迫ったのだった。
「きゃあっ!」
 破裂音と共に勇美はビームに弾かれ軽くその身を宙に投げ飛ばされてしまった。
 そして、悪い事に今度はビームのダメージと焦りにより靴の力を使う事が出来ずに、したたかに地面に身体をぶつけてしまったのだった。
 不幸中の幸いとでも言うべきか、そこでビームの噴出はそこで止んだようだ。
「うう……痛い……」
 何とか上体を起こし、勇美は少し涙目で愚痴る。
「まあ、そうだろうな」
 それに対して魔理沙も同感の意を示す。
「それで、私はこの後馬に蹴られて地獄に落ちる訳ですか……?」
「いや、そこまでしなくていい」
 幾らスペルカードに『恋路』の文字を入れたからって、そこまでされる必要はなかった。
「まあ、降参するなら今の内だぜ?」
「降参……?」
 その言葉を聞いた勇美の様子に変化が見られたのだった。 

 

第26話 沙の中の銀河:後編

 尚も続いていた勇美と魔理沙の勝負。それは魔理沙の新しいスペルカードの猛攻により勇美が追い込まれる形となっていた。
 そこへ魔理沙が降参を薦めた所、勇美の様子に変化が見られたのだった。
「ん? どうした?」
 それに対して魔理沙は首を傾げる。
「降参ですってっ!?」
「!!」
 突如今までとは違った気迫を繰り出す勇美。これにはさすがの魔理沙も一瞬だがたじろいでしまった。
「おいおい、どうした?」
「降参ですって? 冗談じゃありませんよ!」
 その言葉を勇美は受け入れる寛容さはなかったのだった。──それが勇美が自分に課した復讐だったからだ。
 潔く諦める事も生きていく上で必要である。だがそれと妥協は違う、そう勇美は自分に言い聞かせているのだ。
 そして勇美は地面に倒れていた自らの肉体を持ち起こし、再び大地をその脚で踏みしめた。
「依姫さんは天宇受売命の力でのらりくらりと攻撃をかわしていたけど、やっぱり私はそう上手くいかないんだね」
 と、起き上がった勇美はそう呟く。それは魔理沙に語るというよりも、自分に言い聞かせる形であった。
 その様子を見ていた魔理沙は口角を吊り上げてにんまりと笑みを浮かべた。
「何だかわかんないけど、取り敢えず降参する気はないんだな?」
「当然ですよ、途中で投げ出すなんて『復讐者』としての私の名が廃るってものですよ!」
 と、熱い台詞の応酬をする二人であったが、側からみていた依姫の視線は少し冷やかであった。
「勇美、貴方のそんな通り名、初めて聞いたわよ……」
「うっ、細かい事は気にしないで下さい……」
 依姫に手痛い指摘をされて、勇美は頬を指で掻きながら苦笑いした。
 そこへ魔理沙が再び入り込む。
「まあ何だ、私はお前のそのガッツ、気に入ったぜ!」
「魔理沙さん程の人にそう言って貰えると光栄ですね」
 親指を上に立てて相手の健闘を称える魔理沙に、勇美も満更ではない気分となった。
「そんじゃそんなお前に対して、次で最後にしてやるぜ!」
「はい!」
 魔理沙はこれから勝負に出る事を勇美に告げた。これが彼女流の強敵への敬意の示し方なのだった。
 そして、魔理沙は今一度箒に跨がり上空へ飛び上がった。──彼女自身が実力を最大限に出せる得意なフィールドへと向かったのだ。
「空から攻めて来る訳ですね!」
 それならと、勇美は『ダンシングシューズ』の力を脚から解放した。
 この力はグランドバスタースパークをかわす上で大いに役に立っていた。しかし、次の魔理沙の攻撃に対しては余り役に立たないと勇美は目に見えない何かから感じ取ったのである。
「そっちもやる気だな? じゃあ行くぜ!」
 言って魔理沙は再びミニ八卦炉を掲げ、照準を勇美に向けた。
 そして、渾身の一撃を込めるスペルの名を口にする。
「【恋心「ファイナルスパーク」】!!」
 その宣言と共にミニ八卦炉にまたエネルギーが集束し始めた。
「!!」
 だが、今しがた勇美が息を飲んだ事が示す通り、その規模は先程のグランドバスタースパークの時の比ではなかったのだ。
 集まる光と熱は大粒のものであり、それが寄り添ったものは凄まじいエネルギーの奔流を生み出し、大気は揺さぶられて震える程であった。
(魔理沙さん、勝負に出ましたね……)
 勇美はそう心の中で呟きながら、当然今の現状に圧倒されていた。
 ──こんなものを相手にしなくてはいけないのか。勇美は頭の中で愚痴をこぼした。
 だが、当然避けては通れない道なのである。
 そう、それは文字通りの意味もあった。これ程の出力があれば、もはや目で見てかわす等という芸当は出来ないだろう。
 故に勇美も勝負に出る事にしたのだ。
(『アレ』をやるしかないか……アレは実戦では使ってないし、依姫さんにも見せていないんだけど、仕方ない!)
 と、勇美は何やらそう腹をくくったようであった。
 勇美がそのような思考を巡らせている間に、魔理沙の砲台は十分な力を蓄えて砲撃を開始しようとしている所であった。
「発射!!」
 そして莫大なレーザーが惜しげもなく放出されたのだ。
 その様子を見ていた勇美に「魔理沙さんってどこぞの宇宙で運用する戦艦みたいだなぁ」という突っ込みが浮かんだのだが、彼女はそれをすぐに振り払った──今はそんな呑気な事を考えている場合ではないのだ。
「それじゃあ、やりますか!!」
 勇美は意を決して迎え撃つ事にした。
 そして依姫を通じて力を貸してくれる神達に呼び掛ける。
「『石凝姥命』に『天照大神』よ、私に力を!」
 それを聞いていた依姫は「何ですって?」と驚いた。何故なら普段自分が神の力を借りる時には類を見ない組み合わせだったからである。
 そして勇美の目の前にいつも通りに金属の部品が集まり機械が生成されていく。──だが完成したそれはいつもとは様相が違うものであった。
「鏡……?」
 呟く依姫の視線の先には、巨大な機械仕掛けの鏡が備わっていた。そこで依姫ははっとなる。
「まさか、やたの鏡の時のようにあの技を弾き返す気ですか!?」
 それに続けて依姫は貴方にそれは無茶だと告げた。
 ──あの力は永い間修行を積んだ自分だから出来たのだと。
 しかし、勇美の場合は力不足だろう。
 確かに彼女は一生懸命に修行に向き合っている。しかし、神の力を借りる依姫から神降ろしの力を更に借りて、半ば強引にしがみついてきている勇美にはその芸当をこなすにはいささか荷が重いのだ。
 依姫がそんな思考を巡らせていると、そこに勇美の声が掛かった。
「安心して下さい依姫さん。私はこれからあなたの真似を真似しようとしてるのではありませんから」
 そう勇美は誓うのだった。先程依姫のように戦おうとしてしくじった事を自らの教訓にしたばっかりなのであった。
「それでは、貴方は一体どうするつもりなのですか?」
 当面の不安は解消されたが、新たな疑問が依姫には浮かぶ。
「まあ見ていて下さい。これはちょっと『賭け』になりますけど」
 そう勇美は依姫に微笑んで見せると、再び自分に迫り来る脅威に目を向けたのだ。
 案の定、光と熱の膨大な彷徨は尚も勇美を消し飛ばさんとばかりに襲い掛かっていた。
「もう、やるしかないですよね」
 勇美は呟くと、いよいよ未だ見せなかった奥の手の名前を宣言する。
「【陽鏡「ラーズミラー」】!!」
 意気揚々と勇美によってスペル宣言がなされた。
 すると、みるみるうちにその鏡に光の粒が集まっていったのだ。
「……!?」
 その様子を見ていた魔理沙は、何か少し衝撃のようなものが脳裏を走るような気持ちとなった。
 その最中にも光の粒は鏡面に次々と集約していった。
 それがひとしきり続いた後には、鏡面が黄金のように目映く輝きを放っていたのだ。
「こいつは不味いぜ……」
 霊夢程のものではないにしろ、魔理沙の勘がこの状況に警鐘を鳴らしていた。
「勘がいいですね♪」
 そんな魔理沙に対して勇美はニヤリと口角を上げると、魔理沙に向けて指を指して言う。
「発射!!」
 その号令と共に、遂に勇美の切り札が発動されたのだ。
 鏡面が一際輝くと、そこから極太のレーザーが照射される。
「!! やっぱり来たか!!」
 魔理沙は驚愕と共にそう言った。
 だが彼女に焦燥の念は見られなかった。寧ろ……。
「面白くなってきたじゃねえか!! こうなったら真っ向からぶつかってやるぜ!!」
「私とて、そのつもりですよ♪」
 互いに高揚とした態度をぶつけ合う勇美と魔理沙。
 そう、勇美は元より魔理沙の砲撃に正面からぶつかる算段だったのだ。よもや真っ当な作戦と呼べるものではないだろう。
 だが、勇美に迷いはなかった。魔理沙には小細工など通用はしないだろうから、こうして馬鹿正直に迎え撃つしか彼女を突破出来る可能性は残っていないのだ。
「いくぜぇぇぇーーーっ!!」
「当たって砕けるまでですよーーっ!!」
 勇美と魔理沙は互いに熱く叫びあった。
 そして最大出力の『火花』と『太陽光』が激しく衝突する。まるで流れの違う濁流が接触したかのような衝撃が巻き起こった。
「ぐぅぅっ……」
「くうっ……」
 エネルギーを放出する二人は強烈に押し合う感触に思わず呻き声を漏らす。
「あの魔理沙とやり合うなんて……あの子やるわね」
「え、ええ……」
 驚きながらも側で語りかけてきたパチュリーに、依姫はうわの空で答えていた。
 それだけ依姫とて心を奪われるような光景が繰り広げられているという事であった。
 尚、依姫が驚いていたのは単にその規模に対してだけではなかった。
(今まで考えられなかったわ……天照大神の力を『飛び道具』に使うなんて……)
 それが依姫の着眼点であった。
 天照大神は太陽の神である。そして太陽は公転しない惑星なのだ。
 故に天照大神の力は自分から離れた場所に攻撃を繰り出す事が出来ず、その力を使いこなすには相手を自分の力の射程内におびき寄せる必要があるのだ。
 それが今までの依姫の知る常識だったのだが、たった今その概念が壊されたのであった。
(勇美、貴方の力は無限の可能性があるようね……いいわ、この勝負、思う存分戦いなさい。私は最後まで見届けるわ)
 そう心に決めた依姫の気分は晴れやかなものとなっていた。
 依姫がそんな思いを馳せていた最中にも、エネルギーの衝突は続いていた。それにより辺りは光と衝撃に飲まれている。
「はあ……はあ……」
「くぅっ……」
 そして二人共息が上がっていた。無理もないだろう。このような大技を出そうとも、互いに丈夫でない人間という種族なのだから。
 そこで魔理沙は口を開いた。
「勇美……次で決めようか……」
「ええ……私もこれ以上は限界ですからね……」
 勇美も魔理沙の提案に賛同したようだ。
 二人はそう言い合うと、両者とも懇親の力を自分が放つ極太の砲撃へと込めたのだ。
 今一層ぶつかる光と光は更に激しくぶつかり合う。そして、それは起こった。
 衝突し合う狭間から放出されるエネルギーが突然みるみるうちに膨張をし始めたのだ。
「こ、これは……」
 思わず息を飲む魔理沙。
「これはまずいですね……」
 勇美もそれに同意するしかなかった。
 そして、遂にぶつかり合うエネルギーの奔流が、激しい閃光と高熱を振り撒きながら勢いよく爆ぜたのであった。
 ──即ちそれは、爆発も爆発の、大爆発だった。
「「うわあああーー!!」」
 思わず叫ぶ二人は真っ白に盛大に溢れる光にどっぷりと包み込まれていった。

◇ ◇ ◇

 光の爆ぜが収まると、そこは変哲のない、いつもの紅魔館の風景であった。
 そして、激戦を繰り広げた二人は……。
「ううっ……」
「うん……」
 唸る二人は両者とも地面に横たわっていたのだ。
 そんな中言葉を発したのは勇美の方であった。
「魔理沙さん……まだ戦えます?」
 そう勇美に聞かれて、魔理沙は横たわったまま答える。
「いんや、無理、もう煙も出ないぜ……と言うか私自身の体が限界だ」
 そう言った後、こう続けた。
「そういう勇美はどうなんだぜ?」
「あ~、私ももう無理~」
 と、半ばやけっぱち気味に答える勇美。はしたなく乱れた短い和服の裾が彼女の心境を代弁しているかのようであった。
「と、言う事は……」
 そう魔理沙が言い、それに勇美が続く。
「引き分けって事ですね!」
「そうだな!」
 二人はそのように言い合い、結論が出たのだった。
 引き分け。それは『互いに負けなかった』というよりも『互いに勝てなかった』という気持ちが勝るケースが多いものである。
 だが、今の勇美と魔理沙にはそのような心持ちは余りなかった。互いに奮闘し合って倒れたのだから心残りはなかったのだった。

◇ ◇ ◇

 それから後日、この日も勇美は依姫と共に紅魔館の図書館に通っている所であった。
「う~ん、やっぱり読書しながらのコーヒーは格別ですね。小悪魔さん、私のわがままを聞いてくれてありがとうございます」
「いえいえ、気に入ってもらえてこちらこそ。それに勇美さんはパチュリー様のご友人ですから」
 勇美に呼び掛けられた図書館の司書である小悪魔はにこりと微笑んだ。
 勇美が言った事が示すように、紅魔館では客人に出す飲み物は基本、紅茶なのである。
 それを小悪魔は勇美がコーヒーを飲みながら本を読みたいという要望を律儀に聞いてくれたという訳である。
「お邪魔するぜ~」
 そこへ今までその場にいなかった者の声が走り、勇美は驚いてしまった。
 勇美が驚いた理由は、その声が初めて聞くものだったからではない。寧ろ、今では彼女にもとても馴染みのあるものである。
「あ、魔理沙さんこんにちは」
 取り敢えず挨拶は大切なので、勇美は魔理沙に声を掛けるが、腑に落ちない彼女は続いて質問をした。
「魔理沙さん、今日は図書館に突っ込んで来なかったんですね」
「おいおい、まるで私がいつもそんな事してるみたいじゃないか?」
「現にその通りじゃないですか?」
「ぐっ……」
 勇美に事実を突き付けられて魔理沙は言葉を詰まらせてしまった。
「……まあそう言うな。折角私が本を返しに来たんだからな」
「え゛っ……」
 それを聞いてますます勇美は驚愕してしまった。
「そんな、魔理沙さんが本を返しに来るなんて……」
「失敬な。私だって約束は守るぜ。あの勝負を始める時決まってたじゃないか?」
 あの時の勝負の話を持ち出されて勇美は一瞬合点がいきそうになるも、再び腑に落ちなくなってしまった。
「あの勝負は引き分けだったじゃないですか?」
「いや、私が勝てなかったんだから、私は約束を守るべきだろ?」
「あ、成る程」
 魔理沙にそう結論付けられて、勇美はようやく合点がいった。
「それなら納得いきますね。でも、勝負を提案した依姫さんはどう思っているんですか?」
 勇美に話を振られて、依姫は少し思案するも、すぐに答えを出した。
「それは私が口を出す事ではないわ。こうなったら、もはや当人の問題よ」
「成る程、そういう考え方ですか」
「やっぱりお前は話が分かってくれて助かるぜ」
 月で弾幕ごっこでの解決法を受けてくれたしな、そう魔理沙は思い返しながら言った。
「ほら小悪魔、借りてた本返すぜ」
「ありがとう……ございます……?」
 本を返却口に出されて、小悪魔は応対をしながらも呆気に取られていた。やはり人ではなく悪魔でも慣れない光景には抵抗があるのだろう。
「それじゃあな」
 そう言い残して魔理沙は図書館を去っていったのだった。

◇ ◇ ◇

 今回魔理沙は騒動を起こしていないのだから、この場合『嵐が過ぎ去った』という表現は適切ではないだろう。
 だがそれ以上に普段の彼女からは考えられない言動の連続であった為、やはり注目の中心となってしまったようだ。
「あ~、驚いた。魔理沙さんの場合、落ち着いた言動が逆に異質ですよ……」
「同感ね」
 勇美の言葉に、依姫も同意する。それを切っ掛けにしたのか、依姫はこんな事を切り出す。
「でも、普段の彼女の事も少し分かってあげる必要があると思うわ」
「と、言いますと?」
 突然話題を振られ、勇美は何だろうと首を傾げる。
「勇美は彼女が努力家なんだから、本も強奪なんかしないで努力してお金を貯めて買うべきだと思っているのよね?」
「はい、当然です」
 それが礼儀でありルールですよ、と勇美は付け加えた。
「確かに勇美のその意見は正論ね」
 だがその後に「でもね……」と付け加える。
「努力は有限だという事を忘れないで欲しいのよ」
「努力が有限ですか……?」
 勇美は依姫の思いがけない言葉に神妙な心持ちとなった。
「勘違いしてはいけないわ。これは『可能性』の事ではなく『機会』の事を言っているのよ」
「機会ですか」
 勇美がその言葉に相槌を打つ。
「そう、機会。生きる者はいつ努力を満足に出来る環境を失うのか分からないものよ。特に時間が限られている人間はね」
「確かに……」
 その依姫の出した理論に勇美はじわじわと納得し始めた。
「だから、彼女がお金を出して買うという努力を省いて、より知識の吸収に費やそうとする姿勢は理解してあげないといけないのよ。努力は有限なのだから」
「あなたの言う通りかも知れないわね」
 そこに今まで二人の話を聞いていたパチュリーが入って来た。
「魔理沙の為に、考えてみる必要があるわね。そうね、例えばこの図書館の本を貸し出し制にするとか」
「それはいいわね。でも、あの子、返却期日は守りそうにないわよね」
「全くね……」
 依姫の指摘に返しながらパチュリーはふと思った。
『あいつ』の力ならこの問題を解決出来るかも知れないと。自分と色の趣味が似ている『あいつ』なら。
 最近音沙汰がないけど、今どうしているのだろう? そう思いを馳せるパチュリーであった。 

 

第27話 レイセン一世:前編

 勇美が魔理沙との激闘を繰り広げ、魔理沙にとってはレアものの『本を返す』という珍行動が見られてからしばらく経った日の事。
「う~ん、おいし~っ♪」
 勇美はそう唸らにはいられなかった。
 現在勇美は永遠亭の皆と一緒に食堂で夕食を食べている最中なのである。
 そして、勇美が今味わっているのは、『小松菜のスープ』だった。
 小松菜の噛み応えのある食感が楽しく、それの旨味が溶けたスープの味もまた格別であった。
 その様子を依姫は見守りながら食事をしていた。そして、おもむろに言葉を発する。
「勇美は本当に小松菜が好きね」
 そう声を掛けられた勇美は一旦小松菜とスープを飲み込み、答える。
「そ~なんですよ~、これは譲れない事です。特に楓が作ってくれる小松菜のスープは最高なんですよ♪」
「成る程……」
 勇美に彼女の妹の名前を出されて、依姫は納得したようであった。
 勇美が肉親で唯一気の許せる存在、それが作る物だからその味も格別に思うのだろうと。
 だから依姫はこう返す事にした。
「それなら勇美、今度私が小松菜の料理を作ってあげるわ」
 勇美は今、彼女に『真っ当な』愛情を注がなかった母親の代わりに依姫を求めている最中なのだ。故に自分は勇美のその気持ちに答えなければいけないと考えるのだった。
「本当ですか~っ!」
 その依姫の言葉を聞いて勇美は食い付くように歓喜した。
「ええ、本当よ。約束するわ」
 依姫は微笑みながら言った。

◇ ◇ ◇

「ところで勇美、今度鈴仙と弾幕ごっこをして欲しいのだけど」
「鈴仙さんとですか……?」
 食事も終わり、依姫と勇美は休憩室で談笑をしていた。その最中に依姫はそう勇美に提案を始めたのだった。
 鈴仙・優曇華院・イナバ。かつて依姫の元で訓練を受けた玉兎である『レイセン』の今の姿である。
 依姫と彼女は上官と兵隊という関係であったものの、依姫にとっては家族にも似たものであったのだ。
 なので、今回依姫が鈴仙の話題を持ち出したのは勇美に彼女の家族である楓の話をされたからかも知れない。
「でも、どうしてですか?」
 対して勇美は突然の依姫の申し出に頭に疑問符を浮かべた状態となっていた。
「あの子が私の元を離れてからうまくやっているか、それを見届けたいのよ」
 そう依姫は勇美に告げた。
 この考えは簡単なようで実行が難しい人は多いだろう。自分のもので無くなった者に対して気づかいを見せる事が出来ない人は沢山いるのだから。
「成る程、分かりました、私に出来る事なら何でもしますよ」
「助かるわ」
 勇美の快い返答に依姫は安堵した。
 だが勇美とて、単に依姫の言いなりになっているのではなく、自分自身の為に決めた事でもあったのだ。
 勇美は前々から鈴仙に踏み入って関わらなければいけないと思っていたのである。
 勇美は依姫の元で精進すると決めたのに対して、鈴仙は依姫の元から逃げて今地上にいるのだ。
 それは別に鈴仙が依姫を嫌っていた訳ではなく、戦いが始まる前にそれから逃れる為にやったのであるが。現に彼女は依姫に対して罪悪感を感じているのだ。
 だが、鈴仙が依姫の元から離れるという、勇美とは逆の選択肢をした事に代わりはないのである。
 だから勇美は鈴仙と深く関わらなければならないと考えていた。それは勇美が依姫を慕うからこそ依姫から離れた鈴仙とも交流を図らなければいけないのだと。

◇ ◇ ◇

 そして、後日永遠亭の庭園にて。
 まず立会人として依姫が、そして主役である勇美と鈴仙がそこにはいた。
 最初に口を開いたのは勇美であった。
「鈴仙さん、お手柔らかにお願いします」
 彼女は依姫の申し出であり、かつ自分の為でもあるので意気揚々とした気持ちである。
「え、ええ。宜しくね」
 対して鈴仙は戸惑い気味であった。
 だがそれは無理のない事であろう。依姫の言伝により、自らが望まない勝負をする事になったのだから。
 しかし、それと同時に責任感も彼女の動力源となっていた。自分が依姫の元から逃げた罪が帳消しになる訳ではないが、少しでも罪滅ぼしになるのならと。
 鈴仙がそのような思いを馳せていると、そこに依姫から声が掛かった。
「鈴仙、ごめんなさいね」
「えっ?」
 依姫から掛けられた思いもよらなかった言葉に、鈴仙は意表を付かれてしまった。
「それってどういう事ですか?」
 依姫の意図を計りかねて鈴仙は聞き返す。
「それはね、貴方はもう私の部下ではないのに、私のわがままを聞いてもらっているという事よ」
「あ……」
 それを聞いて鈴仙は胸がドクンと高鳴るかのような感覚に陥った。
 それは今正に鈴仙が考えていた事に通じるかのような内容だったからである。
 そして、鈴仙は憑き物が落ちたような気分となった。
「いえ、それは依姫様が気にする事ではありませんよ。これが今の私に出来る事ですから」
 鈴仙はにこりと依姫に微笑みながら言った。
「そう言って貰えると助かるわ。では……」
 続いて依姫はとうとう鈴仙と勇美の勝負開始を宣言するのだった。
「始めなさい」

◇ ◇ ◇

 遂に始まった鈴仙との勝負。その最中勇美は考え事をしていた。
(今回も人里で依姫さんが先生をした時と同じで、どちらかと言うと私が悪役になるね。それじゃあ……)
 そう思考を巡らせた後、勇美は行動に移る。
「『天津甕星』様に、『だいだらぼっち』様、私に力を!」
 そう勇美がいつも通りに力を借りる神の名前に、今まで聞いた事のないものが含まれていた。
(だいだらぼっち……一体勇美は何をするつもりかしら?)
 訝りながらも依姫はどことなく期待をしてしまう。勇美は何をしでかしてくれるのかと。
 そう依姫が思っている間にも、みるみる内に金属片やら部品やらが集約していったのだ。
(あれっ……?)
 その最中、依姫は異変に気付いた。その異変は二つあった。
 まず一つに集約する箇所が勇美の傍らではなく、彼女よりも上空であった事。
 そしてもう一つは……。
(何か大きいわね……)
 そう依姫が思ったように、その規模であったのだ。
 勇美が形成するその鉄の塊はざっと見積もって、全長が5メートルにはなろうかとしていた。
(勇美、どうするつもりかわからないけど、見届けさせてもらうわ)
 ますます依姫の期待は膨らんでいくのだった。
 そして、とうとうその巨大空中建造物は完成した。
 まず、第一印象は『巨大な要塞』とでも言うべきものであった。
 続いての特徴は先端には砲身が四つ程あり、威圧的な貫禄を醸し出している。
 その四つの砲身を隔てるかのように何やらシャッターのような物が備え付けられていた。
 それを見ながら鈴仙は思った。「何かどこかで見たような気がする」と。
 その予感は(主に悪い意味で)的中する事となる。
「驚きましたか鈴仙さん? どうですか、私の『戦艦 超イイ匂いビックリコア』のお味は?」
 ──やっぱりパクリだった。それも色々。そういえばさっきからいい匂いがするが戦艦に香りなんていらないし。
「……ノーコメントでお願いします」
「分かってませんねぇ~鈴仙さん。そこは『ノーコメもアリや』じゃないと♪」
「……」
 もはやそれ以上突っ込む意欲すら鈴仙には残っていなかった。
「ふぅ……取り敢えず始めましょう」
 だが、気を取り直して勇美との勝負に臨む事にしたようだ。
「そうですね」
 対して今までふざけていた勇美も、ここで気を引き締める。──そう、抜かりなく自分はこの場で『悪役』を務め切らなければならないのだから。
 なので勇美は悪役らしく、まず自分から仕掛ける事にしたのだ。
「『ビックリコア』ちゃん、やっておしまい!」
 ……どうやらまだ悪ノリが抜けきっていないようだ。悪役も悪役だが、よりにもよってとある三悪玉のリーダーの紅一点というチョイスであった。
「勇美さん、それだと負けた際にポロリ(死語)になりますよ」
「大丈夫ですよ鈴仙さん、私にはこぼれる程のものなんて……うっ」
 やってしまった。勇美は自ら盛大に地雷を踏んでしまったのだった。
「とっ、とにかく……砲撃開始ーっ! 【光符「宙を彩る青き線」!】」
「……何かそれ、八つ当たりっぽくないですか?」
 理不尽な怒りをぶつけながらスペル宣言をする勇美に鈴仙は呆れてしまうが、それも一瞬の事。すぐに自分に迫り来る攻撃に目を向けて気を引き締めた。
 その辺りはさすが依姫の元で訓練を受けただけの事はあるだろう。
 まず一発目のレーザー。これを難なくかわす。続いて二発目も同じ要領で回避した。
「やっぱり鈴仙さんは強い……」
 今の状況から勇美はそう痛感した。やはり戦いに備えて長い間依姫の元で鍛練したが故に実力は高いのだろうと。自分も依姫の元で修行を始めているのだが、何せまだ鈴仙と比べてその期間は短いのだ。
「だけど!」
 その事実を言い訳にして逃げに回るつもりは勇美にはなかったのだ。
 確かにこの勝負では自分は悪役を務める事にしたが、だからといってむざむざ勝ちを譲る気はないのである。
 勇美が戦艦から放ったレーザーは一発目と二発目は軽くかわされてしまったが、まだ二発残っている。
 そして三発目が鈴仙を捉えた。
「!!」
 避けるタイミングを見誤ってしまった鈴仙であったが咄嗟に迫るレーザーに、指で銃の形を作り向けた。
 そして指の銃口から無数の弾丸が発射された。
「あ、これが噂の『座薬』ですね♪」
「座薬言うな!」
 と、しょうもないやり取りがなされている間にも、弾丸は次々に繰り出されていった。
 矢継ぎ早にレーザーに特攻を仕掛けていく弾丸の兵団。それにより立て続けに小規模の爆発を起こしていく。
 そして、見事に弾丸の群れはレーザーを相殺したのだった。
「そんな……」
 通ると思った攻撃が防がれ、勇美は落胆してしまう。
 だがすぐに彼女は気を持ち直した。
「だけど、最後の一本は残っていますよ!」
 勇美のその言葉通り、四発目のレーザーが鈴仙目掛けて迫っていたのだ。
 このままでは鈴仙は攻撃を受けてしまうだろう。
 だが彼女は慌てる事はなかった。
「【懶符「生神停止(アイドリングウェーブ)」】」
 鈴仙のスペルカード発動である。この勝負が始まってから初めての鈴仙のスペル宣言であった。
 すると今まで鈴仙目掛けて直進していたレーザーがピタリと停止したのだ。エネルギーであるレーザーがまるで固形物のように固定されているのは目を引くものがあった。
「レーザーが止まった!?」
 驚く勇美。だが異変はそれだけには留まらなかったのである。
 レーザーが横に動き始めたのだ。それもレーザーが棒のような形状を保ったままずらされるかのように。
 そしてひとしきりレーザーは移動させられたのを見計らって鈴仙は指をパチンと鳴らした。
 するとそれを合図にしたかのようにレーザーは再び直進したのだ。ただし今度は鈴仙のいない、あらぬ方向であったが。
 そしてレーザーは地面に突き刺さり穴を開けて消滅した。
 それはまるで……。
「レーザーが……催眠術に掛かったかのよう」
「ご名答ですよ」
 驚き呟く勇美に、鈴仙はいつになく得意気にのたまった。
「勇美さん、聞いていませんでしたか? 私の能力を」
「ええ、聞いていますよ。確か狂気を操る能力だと。でも……」
 勇美は鈴仙の能力の事は聞いていた。だがそれで今の現象は納得出来なかったのだ。
「腑に落ちないみたいですね。ならば教えてあげるわ」
 そう言って鈴仙は言葉を続けた。
「私の操る狂気は『生物以外にも効く』という事よ」
「そんな事って……?」
 鈴仙に告げられて勇美は驚愕してしまった。生き物以外にも通じてしまう催眠術、そんなの規格外だと。
「でも安心して。何でもかんでも通用する訳ではないわ。通用するのは『波状のもの』だけよ」
 そう鈴仙は言った。レーザーもエネルギーの粒が波状に集まったものとして扱えたために今のような芸当が出来たという事である。
「でも、取り敢えず……」
 鈴仙はそう言って未来の世界のデザインのような銃をどこからともなく取り出した。
「反撃させてもらうわよ!」
 そして、彼女は勇美の操る機械の要塞目掛けて引き金を引いたのだ。
 すると、銃口から稲妻のようなエネルギーが射出される。それが向けられた先には、要塞の中心に存在するシャッターのような部分であった。
「!!」
 勇美は思わず息を飲んだ。何故ならその部分は紛れもなく……。
「その様子だと『正解』だったようね」
「……うっ」
 鈴仙に指摘され、勇美は言葉を濁すしかなかった。
 そうこうしている内にシャッターは稲妻に貫かれながら派手に火花を散らし──そして粉々に吹き飛んだのだった。
「お見事ですよ鈴仙さん……」
 少し悔しそうに勇美は口を尖らせた。
「でも、まだ第一段階をクリアしただけみたいね」
「はい、その通りですよ♪」
 鈴仙に言われて、勇美は少し元気付いたような振るまいを見せた。
 そう、鈴仙が砕いたシャッターの先には更にシャッターが存在していたのだ。つまりまだ勝負は着いていない訳である。
「それじゃあ、次の手を打たせてもらいますよ!」
 言って勇美は新たなるスペルカードを取り出す。
「【侵略「スキッドテンタクラー」!】」
 その宣言により、要塞に変化が起きた。その身体から次々と機械の触手が生えてきたのだった。
「触手……。まるでイカみたいねっ……って」
 言ってる途中で鈴仙は気付いてしまった。『スキッド』は英語で『イカ』の意味であったと。
「そして『侵略』。これもパクリな訳ですか!」
「まあ、カタい事は言いっこなしですよ」
「カタくないわよ! 色々とマズいわ!」
 と、そんな不毛なやり取りをする二人だったが、やがて両者とも気を引き締め直す。
「ともあれ行きますよ。果たして私の触手の包囲網を攻略出来るでしょうか?」
「望むところよ」
 言い合ってから先に仕掛けたのは勇美であった。
「マッくん、お願いね♪」
 勇美の呼び掛けを受けると、要塞は十本の触手を鞭のように振り回し始めた。その様子は機械でありながら、まるで得体の知れない生物であるかのようであった。
 そして、暴れまわる触手の一本が鈴仙を襲ったのだ。
「くっ、そう簡単に攻撃はくらいませんよ」
 言いながら鈴仙は銃口を迫る触手に向けて引き金をを引いた。
 それにより触手は稲妻状のエネルギーの直撃を受ける事となった。
 激しくほとばしる稲光に甲高い音。これにより触手は致命的な損傷を受けた、そう思われたが。
「これで自慢の触手も焼きゲソになったわね……っ!?」
 得意気に宣う鈴仙だったが、直ぐに異変に気付く。
 そして直ぐ様回避行動を取るのだが、どうやら間に合わなかったようだ。
 ──結論から言うと彼女は撃破したと思われた触手の一撃を見事にもらってしまったのだった。
 パァンと弾けるような音が鳴り響いたかと思うと、鈴仙は衝撃により弾き飛ばされてしまった。
「きゃあっ……!」
 当然ダメージによる苦痛に悲鳴をあげる鈴仙。
(うまく攻撃が入ったみたいだね♪)
 その様子を見て、自分の取った戦法は効果覿面だったと勇美は思った。
 対して鈴仙はダメージを受けながらも、直ぐに体勢を立て直した。そして事の真相が如何なるものなのか勇美に聞く。
「どうして私に攻撃が届いたのよ」
 その疑問に対して勇美は口角を上げながら答える。
「それはですね、この触手は破壊不可能なんですよ。ゲーム通りでしょ」
「いや、『ゲーム』って何さ?」
 勇美の聞き捨てならない言葉に鈴仙は突っ込みを入れた。
「それはさておき、破壊不可能なんて厄介ね……」
「でしょう」
 愚痴をこぼす鈴仙に、勇美は得意気になる。
 そうしている間に要塞の触手はぶんぶんと勢いよく振り回されて、容易には突破出来そうもなかったのだった。 

 

第28話 レイセン一世:後編

 鈴仙の今の事を気遣う依姫の言伝により、勇美は鈴仙と戦っていたのだ。
 そして、鈴仙は勇美が造りだした要塞から生える触手に追い込まれていたのだった。
(こうなったら……)
 と、この状況を打破するために鈴仙は考えを巡らせた。
 そして鈴仙は──懐から出したスペルカードを宣言した。
「【狂視「狂視調律(イリュージョンシーカー)」!】躍り狂いなさい、忌まわしい触手ども!」
 そう鈴仙が言ってのけると、彼女の瞳が一際赤く光り、更に彼女の背後に漫画で書いたような造形の巨大な真紅の眼が浮かび上がった。
 そこから何やら不可視の波動が発せられ、空気の流動が勇美の陣地を襲った。
 それを身構えながら目をつぶっていた勇美は流動が過ぎ去ると目を開けた。
(あれ? 何ともない?)
 勇美は何事も起こっていないと判断すると、拍子抜けすると共に安堵した。
 だが、何もないならないでチャンスだと踏んで攻勢に出ようとする。
「まあ何であれ、今よマッくん! その触手でやっちゃって!」
 勇美は自らの相棒に呼び掛け、目の前の敵である鈴仙に向けて指を指す。
 だが、勇美はそこで異変に気付いた。
「あれ? マッくん? 何かおかしい」
「気付いたようね」
 鈴仙は口角を上げて笑みを浮かべた。
 そして鈴仙が指を鳴らすと──触手が自らの主人である勇美に襲い掛かったのだった。
「ええっ!?」
 間一髪で触手の一振りをかわす勇美。そうして慌てふためく勇美に鈴仙は律儀に種明かしをする。
「これがイリュージョンシーカーの力よ。それを受けた者は例え機械であっても幻惑によって狂うのよ」
「そんなっ……!?」
 触手の攻撃をかわしながらも勇美は驚愕してしまう。
「参ったね……咲夜さんもこういう苦労をしたんだね」
 勇美はかつて咲夜が月で依姫に自らのナイフを自分に飛び交わされた時の光景を思い返しながら愚痴た。
「どう? 私の狂気の味は?」
 そんな思いを馳せながら回避行動に勤しむ勇美に、鈴仙は憮然とした態度でのたまう。
(……)
 その様子を端から見ていた依姫は、興味深い心持ちとなっていた。
(今の鈴仙……。かつての貴方とは違うわね。何と言うか、迷いが無いわ)
 それが依姫がこの勝負の経過を見てきた中で抱いた切実な感想であった。
「はあ、参ったなあ~」
 そんな達観した依姫の事はいざ知らず、勇美は切羽詰まった様子である。
「な~んちゃって♪」
 ──否、切羽詰まった様子に『見えていた』だけのようであった。
「それってどういう──?」
 鈴仙が反応するや否や、勇美は事も無げに言ってのけた。
「『スキッドテンタクラー解除』!」
 そう勇美が唱えると、要塞から生えていた触手が録画映像の逆再生の如くみるみるうちに体内へと引っ込んでいったのだ。
「何ですって?」
「触手が操られたのなら、引っ込めるしかないじゃない! あなたも私も!」
 そんな事がイリュージョンシーカーの術下で出来るの? そう鈴仙は抗議した。後最後の台詞はニュアンスとしておかしい事も付け加えた。
「それはですね、スキッドテンタクラーは私の能力扱いだから、解除する事で対処出来たんですよ。要は電化製品が熱暴走する前に電源を切る感覚ですね」
 丁寧に説明していく勇美。ちなみにニュアンスの件をスルーするような情け容赦無さが、勇美には存在した。
「でも、自慢の触手はこれで封じたわよ」
 流れを逆転された鈴仙であったが、強気な姿勢は崩さなかった。このような果敢さも月から逃げる前には見られなかったものである。
「ご心配なく。まだ私の奥の手は残っていますから」
 すると右手を高らかに上げ、勇美は新たなる神に呼び掛けた。
「『石凝姥命』よ、私に更なる力を貸して下さい!」
 その呼び掛けに応えるかのように、要塞は燦然と輝き出し辺りが目映く照らし出される。それに伴い要塞は僅かにその形を変えていった。
 そして、徐々に光は収まっていき、要塞の全容が明らかになっていく。
「これは……」
 思わず目を見張る鈴仙。彼女の視線の先にあったのは。
 鮮やかな透明質でシャープな質感となっていた。それはまるで……。
「水晶……」
 呟く鈴仙。その感想が生まれ変わった要塞の様相を見事に言い表していたのだ。
「どうですか? 【石英「クリスタルフォートレス」】の見映えは?」
「見事だわ……」
 鈴仙はそう言うしかなかった。何故なら弾幕ごっこの醍醐味の一つに『いかに美しく見せるか』というものがある。その点で勇美の催しは合格だったのだ。
「でも、美しさだけでは勝負にはならないわよ!」
 見取れつつも、鈴仙は負けじと口で返す。
「勿論、見た目だけじゃありませんよ♪」
 だが、勇美も口でも負けてはいなかった。そして、彼女は右手を掲げると、水晶の塊と化した要塞に命令を下す。
「マッくん。あれをお願い!」
 勇美のその要望を受けて、水晶の要塞は砲身からボコボコと何かを次々に吐き出した。
「一体何が……」
 鈴仙は呆気に取られながらも、身構え警戒を怠る事はなかった。
 そして、吐き出された物体は一つ、また一つと連続して鈴仙の周りを取り囲んでいったのである。
 鈴仙は漸く動きが止まった物体を目を凝らして見てみると、その正体が分かったのだ。
「……鏡の玉?」
 それが鈴仙が見出した結論であった。
 よく磨き上げられた鏡。それを巧みに球状に仕立て上げた物、それがその物体の正体だったのだ。
「それじゃあ、次に私が何をするか、鈴仙さんなら分かりますよね」
「まさか……?」
 嫌な汗が彼女のブラウスの奥の背中に流れる。
「察しがいいですね、では発射!」
 とうとう勇美は指を鈴仙に向け、水晶の要塞に攻撃指令を送ったのだ。
 先程まで鏡の玉を吐き出した砲身が怪しく青く光の粒を集め、そして今度は同じ色のレーザーを照射した。
 だが、今回は直接鈴仙を狙って撃ちはしなかったのだ。──狙うは無数に漂う鏡の玉の一つである。
 そして、レーザーに射貫かれたその鏡の玉はキィンという小気味よくもあり耳障りとも取れる金属音を放ち……受けたレーザーを弾き飛ばしたのだ。
 その住処を追われるように弾かれたレーザーはまた別の鏡の玉に向かい──先程と同じ行程を繰り返していった。
「きゃああっ……!」
 当然鈴仙はその渦中にいた訳であり、当然の如く何度もレーザーの乱射を浴びる事となったのである。
 レーザーに何度も翻弄されながらなぶられた鈴仙。だが彼女にとって幸運にも何度も弾かれたレーザーはその勢いを弱めて徐々に消滅していったのだ。
 漸く鈴仙に安堵が訪れる。だが、彼女はそれを噛み締める余裕などなかった。
 当然だろう。彼女は何度も射貫かれて、身体のあちこちがボロボロになり、満身創痍だったのだから。
「はあ……はあ……」
 よろけながら息を荒げながらも、何とか気力で立っている鈴仙。だが、それがいつまで持つのか本人すら分からなかった。
(勇美さん、ここまで強敵だったとはね……)
 鈴仙は感心半分、悔しさ半分で、戦っている相手にそう思いを馳せた。
 正直な所、勇美がここまで自分を追い詰めるとは思っていなかったのだ。
 寧ろ、自分を圧倒し得る程の力なのだ。その力は依姫と神々の助力があるとはいえ、それを勇美は使いこなしているのである。
 そんな存在を相手にしているのだと鈴仙は痛感する。
 ──率直に言うと、分が悪いかも知れない。このまま降参するのが賢明だろうか。そう鈴仙は感じる。
(……でも)
 そこまで思って鈴仙は首を横に振った。
 ──ここで逃げたら私はあの時と同じだ、鈴仙の頭の中にそのような言葉が浮かび上がり、熱く、大きくもりもりと膨らんでいったのだ。
 今の自分はかつてのそれとは違うのだ。
 兎というものは実際は単独行動をするものなのだ。故に孤独死するという見解は誤りで要因は別にあるのである。
 鈴仙も玉兎であるとはいえ、やはり兎の範疇であった。今でも基本的に一匹狼である事は代わりはない。
 しかし、月から逃げて永遠亭に住み込み働くようになってから彼女は少しずつ変わっていったのだ。
 変わり者であるが、頭が良くて頼りになり間違いを正し、導いてくれる永琳。
 自堕落でだらしない君主であるが、ここぞという時の分別はわきまえている輝夜。
 悪戯好きで騒動を良く起こすが憎めないてゐ。そして彼女が率いる地上の兎達。
 そう、今の鈴仙には立派な『仲間』と呼べる存在が確かに存在している。だから彼女はもう独りではないのだ。
 弾幕ごっこは基本的に一人で戦うものである。しかし、仲間を持つが故の心強さを持つ鈴仙は言いようによっては一人で戦っているのではないのである。
 今こそ『あれ』を使う時だと鈴仙は心に決めたのだ。地上の兎達と一緒に考案したあのスペルカードを。
 そして、鈴仙は奥の手であるそのカードを懐から取り出し、宣言した。
「【水月「月影線砲(ムーンシャドウレイ)」】!!」
 彼女の近未来風のデザインの銃口に青白い光が集約し、勇ましい戦士の如く光線が発射された。
「新しいスペルですか、でも無駄ですよ。クリスタルフォートレスが生み出した鏡の玉は光線の攻撃は全て弾き返しますよ!」
 勇美は一瞬警戒したが、すぐに堂々とした態度でのたまった。石凝姥命の力で作った反射包囲網はそう簡単には破られる事はないと踏んだのだ。
 だが、鈴仙は至って落ち着いて言った。
「勇美さん、水月って何だか知っていますか?」
「それって、水面に移った月ですよね?」
 勇美は何故鈴仙がそのような問いかけをするのか意図を読めずに首を傾げる。
「ご名答よ。そしてそれは光を反射する物になら何でも映し出される物よ」
「ですから、何で今そういう事を言うので……っ!」
 言い掛けた時、勇美は気付いてしまった。そう、今まさに彼女には『水月』が向けられている事に。
「気付いたようね……」
 呟く鈴仙。その彼女の先には……一斉に勇美に向けられた水月の数々、鏡の玉全てに浮かび上がったムーンシャドウレイが存在していたのだった。
 そう、ムーンシャドウレイの光線全てが『水月』となって鏡に反射されていたのだ。
「発射!」
 鈴仙のその号令と共に、全ての鏡の玉から光線が発射された。
 そしてそれら全ては要塞のシャッター目掛けて射出され、いとも簡単に撃ち抜き砕いてしまった。
 あまつさえ壁を破壊しても余力は十分にあった。何せ無数の鏡の玉全てから光線は発射されたのだから。
 やがて一箇所に集まった光線は、折り重なり合い、一本の太いものへと変貌していた。そしてそれは要塞の核の部分へと一気に注がれていったのだ。
 当然堅い要塞の外郭を突破された核にはそれに耐える事など出来る訳もなく、光線を吸い込むように浴び尽くすと、糸が切れた人形のように崩れ落ち爆散してしまった。
 そして、動力部を破壊された要塞は全身に破裂音と爆発が巻き起こっていき、崩壊を始めたのだ。
「綺麗……」
 思わず呟く鈴仙。その言葉が示しているように、確かにそれは流麗な光景であった。
 鋭利で透き通った外観の要塞が小気味良い音と鮮やかな爆発に包まれて崩落していく様は非常芸術的なものなのだった。それを鈴仙は勿論、持ち主である勇美でさえも魅了されながら見ていたのだった。
 勇美は結論を率直に述べた。
「この勝負、私の負けですね……」

◇ ◇ ◇

「うう~っ☆」
 勝負が終わった後、勇美は頬を膨らませながら唸っていた。
 その様子は見ていて愛らしいものがあるのだが、当然そのままにしておくにもいかないので鈴仙は彼女に声を掛けた。
「勇美さん、機嫌を直して下さい。いい勝負でしたから」
 という言い方も上から目線になるなと鈴仙は思いながら言っていた。いい勝負どころか、自分が勝てた事すら紙一重の勝負だったからである。
「だってぇ~。これじゃあ見事な『策士、策に溺れる』って形で格好悪いじゃないですかぁ~」
 頭を抱えながら項垂れる勇美。やっぱり小動物みたいで可愛い。鈴仙は自分が兎である事を棚に上げてそう思ってしまった。
 しかし、そのままにもしておく訳にもいかないので鈴仙は勇美に声を掛ける。
「いえ、勇美さん。あなたの弾幕、見事でしたよ」
「そ、そうですか?」
 鈴仙に言われて、勇美は少し晴れやかな気分となる。
「そう言ってもらえるなら、成功だったんですね」
 勇美はそう自分に言い聞かせた。
「鈴仙、今の貴方の心構え、見させてもらいましたよ」
 勇美と鈴仙の間に依姫が入って来た。
「依姫様……」
 鈴仙は今、かつての師にずっと勝負の行方を見守られていた事を自覚して呆けてしまった。そこに依姫は続ける。
「見事です。今の貴方には立派な仲間がいる事が分かりました」
「はい……」
 そう依姫に言われて、鈴仙は声は小さくだが力強く返事をした。
「勇美も私の我がままを聞いてくれてありがとう。今の鈴仙の事を分かれたのは貴方のお陰よ」
「お役に立てて光栄です♪」
 勝負には負けたけど、自分はしっかりと役に立ったのだ。ここは堂々と胸を張る事にした。
 そして、勇美は再び鈴仙に向き直る。
「鈴仙さん、素晴らしかったです。あなたの仲間を持っている事が生む力、私も噛み締めさせてもらいました」
「ありがとう、勇美さん」
 勇美に言われて、鈴仙は少しはにかみながら微笑んだ。
 そして、鈴仙がそうしている間、勇美は何やらもじもじした様子を見せていた。
「どうしたの、勇美?」
 それに気付いた鈴仙は勇美に呼び掛ける。
「あ、あの、鈴仙さん……」
「……何?」
「こ、これから私の事も『仲間』だと認めてもらっていいですか?」
 勇美はこそばゆい気持ちから言葉を詰まらせていたが、ここで漸く気持ちを踏み切って言いたい事を切り出せたのだった。
 それを聞いて鈴仙は一瞬呆けてしまう。が、すぐに気持ちを整理して勇美に顔を合わせて言った。
「もちろんですよ。勇美はもう永遠亭の家族で、仲間なんですから♪」
 と、鈴仙はここ一番の笑顔でそう言い切ったのだった。 
 

 
後書き
いやあ、うどんげのスペル名表記にはルビ機能が大活躍でしたね。 

 

第29話 一霊と半霊様ご招待

 勇美が鈴仙と『仲間』だと再認識されてから暫く時が経っていた。
 この日勇美は鈴仙の人里での薬の販売を手伝っていたのだった。
 そして、その仕事も一段落着いて、二人は茶屋で一息入れていた。
「ふ~。勇美さん、今日の仕事はここまでですよ」
「思いの他、早く終わって良かったですね」
「それは、勇美さんが手伝ってくれたからですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
 と言った風に二人は甘味をつつきつつ、会話に華を咲かせていたのだ。
 そして、鈴仙の言う事は一概にただのお世辞に留まってはいなかった。
 それというのも、勇美が薬を売る際の積極的で生き生きとした対応が薬の利用者とのコミュニケーションを円滑にしていたのだった。
 これには鈴仙は舌を巻くしかなかった。何故なら自分は人当たりが得意な方ではないからだ。故に、勇美のその実力は純粋に羨ましいと思ったのだ。
「それにしても、勇美さんには驚きましたよ」
「ほえ? なにあですあ?」
「……お団子食べたまま喋らないで下さい」
 少々行儀の悪い勇美を鈴仙は嗜める。
 勇美もそう言われて素直に団子を飲み込み、鈴仙の話をちゃんと聞く態度を取る。
「で、私の何に驚いたんですか?」
 改めて勇美は聞く。
「あなたの接客の様子にですよ。いや素晴らしかったです」
「目の付け所がいいですね。これはお金を稼ぐには必要でしょうから」
「お金ですか……」
 鈴仙はどこか狐につままれたような気持ちとなった。それはつまり……。
「私がお金の話をするのが意外でしたか?」
「!」
 正に今鈴仙が思っていた事を勇美が代弁してくれる形となった。図星を付かれて鈴仙は面食らってしまう。
「やっぱりそうですよね……」
「いえ、その……」
 勇美に指摘されて、鈴仙はたじろいでしまう。そんな鈴仙に対して勇美は続ける。
「いえ、いいんですよ。私自身、自分らしくないと思っているんですから」
「え? そうなんですか?」
 またしても意外な言葉に鈴仙は驚く。自分で振る舞っておきながら、『自分らしくない』とはどういう事なのかと。
「はい、本当はお金に執着しないで済むならそれに越した事はないと思うんですよ」
「それなら何で……」
「結局は世の中お金が必要って事ですよ。それが私が母親との暮らしで生まれた結論です」
 そこまで聞いて鈴仙は少し話が見えて来た気がした。確か勇美の母親は余り理想的な人ではないという事は依姫から聞いた事である。
「私は早く妹の楓と一緒にあの人のいる家から出たいと思っているのですよ。だから今からお金を稼ぐ術を身に付けて妹と一緒に幸せに暮らせるようになりたい、そういう事です」
「勇美さん、苦労されているんですね……」
 それを聞いて鈴仙が自分が恥ずかしくなり、落ち着かない心持ちになってしまった。
 勇美は自分の成長を妨げるような母親の元を離れる為に今の内から努力をしているのに、自分は苦労もせずに戦いが始まる前に月から逃げてしまったのだと。
 だが鈴仙はここで思い直す事にした。
(いえ、だからこそ……だよね)
 勇美がそういう境遇にあるからこそ、自分はもう逃げ出さずに永遠亭の仲間と共に日々を一生懸命生きて行くべきだろう、鈴仙はそう心に誓うのであった。
 そして、目の前の勇美もその仲間の一人なのである。
「勇美さん、ありがとうね。今日の事も、この前の勝負の時の事も」
 心から鈴仙はその気持ちを言葉にしたのだった。
「はい、私でよければ何でも言って下さいね。可能な限り力になりますよ♪」
「ええ、これからもよろしくね」
 そう言って二人は声に出して笑い合ったのであった。

◇ ◇ ◇

 そして茶屋での休憩も終えて帰路に着こうとした二人であったが、そこで今まで余り見掛けない顔を目にするのだった。
 白髪の短髪が特徴的な少女である。
 そして白のカッターシャツの上に緑のベストとスカートという色付きの服を着るスタイルは綿月姉妹の基本的なものと似通っている。
 更に共通するのは何と言っても刀を携帯している事だろう。だが彼女のそれは二振り揃っていたが。
 彼女の名は魂魄妖夢。冥界に存在する屋敷『白玉楼』の剣術指南役兼庭師であった。
「全く、幽々子様は人使いが荒いんだから……」
 そう妖夢はぼやくが、それは『半分』的確な表現ではなかった。
 それというのも、彼女は人間と幽霊のハーフ『半人半霊』という珍しい存在だからである。
 ちなみに彼女が話した幽々子とは完全な幽霊の姫君であり妖夢が仕える主である。
 そんな妖夢であるが、幽々子の事伝で人里に買い出しに来ていたのであった。
 その妖夢を見掛けた勇美は鈴仙に尋ねていた。
「鈴仙さん、あの人って……」
「ええ、魂魄妖夢。半人半霊の剣士ね」
 勇美に尋ねられて鈴仙は答えた。
 妖夢は鈴仙にとっても見知った顔なのであった。
 以前永遠亭が偽の月の異変を起こした際に、それを解決すべく動いた存在の一つが妖夢と幽々子のペアなのだった。
 それを鈴仙は永遠亭への突入を阻止すべく迎え撃った時に初めて顔を合わせたのだ。
 そして、月の光の妖力に当てられて目に異常をきたしてしまった妖夢を永琳は治療していて、その間にも鈴仙と妖夢は多少なりとも関わっていたのである。
 対して勇美は当然初めて妖夢を目にした訳である。
 それなのに勇美は妖夢に興味を示したのは何故かと疑問に思った訳である。
「でも勇美、あの人がどうかしたの?」
「それはですね……」
 鈴仙に聞かれて勇美は答え始める。
 曰く、彼女の主たる西行寺幽々子は以前綿月姉妹を直接的でないとはいえ最終的に出し抜いた程の存在なのだ。
 綿月姉妹の妹である依姫に師事する身として、そんな主に仕える妖夢に勇美は興味があるのだった。
 それにこれは勇美だけの問題ではないのだ。
 故に勇美は──妖夢に声を掛ける事にしたのだった。
「あの、すみません」
 そう声を掛けられて、妖夢は何かと思い声の主に向かい合った。
「はい、何でしょうか?」
「ちょっと勇美さん……?」
 勇美に呼ばれて言葉を返す妖夢。そして突然妖夢に声を掛け始めた勇美に少したじろぐ鈴仙。
「勇美、どういうつもり?」
『仲間』の突拍子もないように見える行為に鈴仙は聞く。
 それも無理はないだろう。基本的に幻想郷では他の勢力とは『友達』にはなれても『仲間』とはいかないものであるのだ。
 故に過剰な関わり合いは避けて微妙なバランスを保つのが望ましいのである。
 ましてや初対面の別勢力の者に軽々しく声を掛けるのは問題なのだ。
 更に言えば以前の関わりで、月と冥界は浅からぬ因縁がある中で……だ。
「あなたは確か黒銀勇美さんですか?」
「はい、初めまして妖夢さん……」
 妖夢に言葉を返しつつも、勇美はこそばゆい嬉しさが込み上げてくるのだった。──彼女も自分の事を知ってくれていたのかと。
「勇美さんはもう幻想郷でも有名ですからね」
「そんな、妖夢さん程の人にそう言ってもらえるなんて光栄ですよ」
「いえ、私はまだ未熟者ですから。あなた程頑張っている人は注目しておかなければなりませんよ」
 そんなやり取りをして二人は笑い合った。
「それで、勇美さんの隣にいるのは鈴仙さんですよね」
「あっ、はい」
 妖夢に話を振られて慌ててしまう。
「私の事覚えてくれていたんですね」
「はい、目の治療の時にはお世話になりました」
「……」
 そこまでやり取りをして、鈴仙は心に存在していた隙間に何かがすっぽりと収まるかのような感覚を覚えた。
 ──妖夢の事を警戒していたのは取り越し苦労だったようだと。こうして今話が出来たのだからと。
 そして、再び勇美の人当たりが良さと打ち解ける力に目を見張るのであった。
 そんな彼女達に対して、妖夢は改めて聞き直す。
「それで、私に何の用でしょうか?」
「あ、そうでした」
 言われて勇美ははっとなる。危うく自分が妖夢に話し掛けた理由を忘れる所であったと。
「勇美さん……あのねえ」
 その事を勇美から告げられて鈴仙は呆れてしまう。──この子は人当たりがいい分おっちょこちょいだったり、抜けている所があったりするなと。
「ウン……オホン……その、何ですか……」
 さすがに恥ずかしくなったのか、古典的なわざとらしさをかもし出した咳払いをしながら勇美は改めて切り出した。
「今度、永遠亭で宴会があるんですよ。だから良かったら妖夢さんと幽々子さんも来ませんか?」
 そう言ってから勇美は「これが依姫さんからの言伝です」と付け加えた。
「……」
 その名前を聞いた時、今まで朗らかだった妖夢の雰囲気が肌に突き刺さるかのようになった。
 妖夢も月の守護を任され──そして自らの主が出し抜いたその者の片割れの名前は知っていたのだ。
 故に妖夢が警戒するのは当然であろう。これは何かの罠なのかと。
「勇美さん、何が狙いですか?」
 険しい表情で迫る妖夢に勇美もおののく。
「し、知りませんよ。依姫さんに言われた事ですから」
 慌てて弁明する勇美。彼女のその言葉は本当であった。
 以前依姫に「もし白玉楼の庭師に遭ったら宴会に誘うように言って欲しい」と言われたのだ。
 その理由を聞いてもはぐらかされて教えてくれなかった。
 だから今回勇美が妖夢に呼び掛けたのは咄嗟の判断からだったのである。依姫の狙いは分からなくとも、この機会を逃してはいけないと。
 なので勇美は妖夢に話し掛けた事を後悔はしていなかった。──正直言って、今怖い訳であるが。
 そんな事を勇美が考えている中、妖夢の表情がだんだん和らいでいった。
「あ、ごめんなさいね勇美さん。あなたを怖がらせるつもりはなかったんですよ」
 そう妖夢に言われて勇美は胸を撫で降ろしてほっとする。
「分かりました。この事は幽々子様に伝えておきます。私一人では決めかねる事ですから。では」
 言って妖夢は買い出しを済ませていた事もあって、そのまま人里から去っていった。
「まあ、これで言伝は果たした訳ですね」
 勇美は取り敢えず肩の荷が降りるような心持ちとなるのだった。

◇ ◇ ◇

 そして永遠亭に戻って来た勇美は鈴仙と解散した後、休憩室で依姫と話していた。
「今日人里で妖夢さんに遭ったので、依姫さんに言われた通り永遠亭の宴会に誘っておきましたよ」
「ありがとう勇美、よくやってくれたわ」
「それで、彼女達を宴会に誘う理由って何ですか?」
 やはり消えない疑問を勇美は再度依姫にぶつける。言伝を果たした今なら教えてくれるかと思ったからだ。
「それはまだ秘密よ」
「ぶぅ~……」
 またはぐらかされて勇美はハムスターの如く頬を膨らましてむくれた。やはり彼女は小動物の素質があるのだろう。
「でも、『宴会に誘う理由』だけは教えておくわ」
 そう言って依姫は説明を始めた。
 それは自分と勇美で妖夢と幽々子に遭いたい理由がある。
 しかし、彼女達は冥界──つまり『あの世』の住人。
 故にみだりに生者である勇美を死の側の世界に連れていくのは避けなければいけない。
 そこで彼女達を永遠亭に招きいれる事にしたのだ。つまり勇美を気遣っての事だったと言う訳である。
 その依姫らしいさりげない優しさを知って、勇美は胸が熱くなるような心持ちとなるのだった。
 だが、疑問が幾つか出来てしまったので勇美はそれを依姫にぶつける。
「それで、妖夢さんと幽々子さん。宴会に来てくれるでしょうか?」
「もし警戒して来なくても無理はないわね。彼女達に無理強いはしないわ」
 依姫はそうしみじみと呟いた。全ての決定権は彼女達にあるのだと。
 一つ目の疑問はこれで解消した。残るはもう一つ目である。
「後もう一つ目です。招待は私の事を気遣っての事だと分かりましたが、依姫さんだけの場合だったらどうだったんですか?」
「それは、私が『穢れ』の無い月で生まれたからよ。つまり月と冥界の性質は似ているのよ」
「生者である勇美には馴染みが沸かない事かもね」と依姫は付け加えた。確かに穢れと言われても、その中で生まれ育った勇美には実感しづらい事であろう。
 だが一つだけ分かった事があった。
 それは依姫が『自分が平気であるのに』勇美の事情を考えてくれた事である。
 ──やっぱりこの人には敵わないな、勇美は暖かい気持ちになりながら近々来るかも珍客達に想いを馳せるのだった。 

 

第30話 白の侍と黒の機士:前編

 勇美が白玉楼の剣士、魂魄妖夢と邂逅し永遠亭への招待をしてから数日後の事。
 この日は永遠亭で冥界からの客人に対するおもてなしの準備に勢を出している所であった。
「勇美ちゃん、この机に花瓶を置いてくれる?」
 そう言って永琳は勇美に指示を出す。
 と言っても永琳は勇美に手伝いを無理強いしている訳ではなかった。
「悪いわね勇美ちゃん、あなたに手伝わせちゃって」
「いえ、寧ろ私がお願いしたんですよ」
「そうだったわね、それじゃあ頼りにさせてもらうわ」
 そう、今勇美が永遠亭の手伝いをしているのは他でもない、彼女自身が望んだ事であったのだ。
「はい、任せて下さい」
 言って勇美は胸を張った。
「その心意気は良いけど、余り根詰めてはいけないわよ」
 張り切る勇美の間に依姫が入ってきた。
「依姫さん?」
 そのような物言いをされて、勇美は首を傾げてしまう。
「貴方は今日の催しもの主役の一人なのですからね」
「はい、分かりました」
 促されて、勇美は素直に返した。

◇ ◇ ◇

「すみません、お邪魔します」
 そして宴会の準備が出来た頃、永遠亭に来客が現れた。白玉楼の剣士、妖夢である。
「ここが永遠亭ね。お邪魔しますわぁ」
 続いてどこか間の抜けた声が聞こえる。
 その声の主はまず桃色の髪に水色の、手前に渦巻きのようなマークが施された三角巾付きのナイトキャップを被っている。
 そして服装は水色が基調で、フリルが多い等アレンジが激しいが一応形状は着物のそれである物を召している。
 そう、この者こそ白玉楼の主である亡霊姫、西行寺幽々子であった。つまり……。
「あの幽々子様、本当に良かったのですか? 永遠亭の招待に参加して」
 幽々子は永遠亭の誘いに応えた、そういう事であった。
「もぅ~、何言っているのよ妖夢ぅ~。折角のおもてなしには応えないと失礼じゃないのよ~」
 言いながらぷっくりと頬を膨らませる幽々子。その様子はどこか大人の女性が子供っぽく甘えるかのようであった。
「それはそうですけど、何か危険な事があったらどうするのですか?」
「その時の為にあなたがいるのよ」
 慎重な妖夢に対しても幽々子はのほほんとした態度を崩さない。
「あはは、もうどうにもなれ……ですね」
 こうなったら流れるがままにされるしかない。そう開き直る妖夢であった。
 しかし、腑に落ちない事は残っていた。
 それは幽々子が自分の『死を操る能力』が通用しない不死の薬を飲んだ蓬莱人を嫌っている事にある。
 そして永遠亭にはその蓬莱人が二人もいるのだ。
 そのような場所に今回幽々子が自ら赴いた事が理解出来なかったのだった。

◇ ◇ ◇

 そして冥界組一行が永遠亭の玄関に入った所で迎えの者が現れた。
「ようこそ永遠亭にいらっしゃいました……あ、妖夢さん。この間はどうも」
「鈴仙さん、こちらこそ」
 迎えに出たのは鈴仙であったようだ。
「それではお二人様、こちらへどうぞ」
 そう言って鈴仙は二人を案内するのであった。

◇ ◇ ◇

 そして場面は永遠亭の大食堂となる。
「ようこそ永遠亭へ」
 そう言葉を発したのは永遠亭の主である蓬莱山輝夜であった。容姿に見合った人懐っこい笑みを湛えている。
「どうぞ空いている席へお掛けになって」
 と輝夜は妖夢と幽々子に促した。
「では失礼します」
「お言葉に甘えさせて貰いますわ~」
 そうして二人は手頃な席へ付くのだった。

◇ ◇ ◇

 そして永遠亭の住人と冥界組の二人は話に華を咲かせていった。
 それは互いの住まいでの生活はどうとか、うちの従者はどうだとか、最近の幻想郷はどうだとか他愛もない内容であった。
 そんな中で依姫はさも何気なさそうにこんな話を切り出した。
「今宵は折角の催し物なのに、上等な月のお酒を用意出来ないのは残念ですよ」
「まあ、それは何故ですの~」
 それに対して幽々子は暢気に聞き返した。
「それは以前、不覚ながら『何者か』にお酒を盗まれましてね。そのような事を許すなんて私も修行が足りないわね」
 聞かれて依姫はそう返した。いつになく真剣な表情で。
「それは災難でしたね~」
 あっけらかんと幽々子は振る舞った。だが彼女は少し失念したようだ。依姫程の慎重な者がむざむざ気安く自分の失敗話を他人に事に対して。
「……そろそろ本題に入ってはどうですか?」
 依姫の切れ長の眼が一際鋭くなったかのようであった。
「……ええ、気付いていらっしゃったようね」
 さすがの幽々子も、もはやとぼけ切れないと悟り、真剣な表情を見せる。
 ──かつて月との勝負で最終的に決定打となった『月の酒を盗む』行為を行ったのが自分である事が明白である事を認めたのだ。
「でも、何故私だと分かったのかしら?」
「それは浄土である月に紛れ込める幻想郷の有力者は限られているからよ」
 八意様の入れ知恵のお陰もあるけどね、と依姫は付け加えた。
「……それで、私が犯人だと分かって、どうするつもりかしら?」
「さあ、どうしてくれようね……?」
 そのように依姫と幽々子の雰囲気がただならぬものになったのを察して動いたのは──妖夢であった。
「ま、待って下さい!」
 ガタンと椅子から跳ね上がった彼女に対して皆の視線が集まる。
「妖夢?」
 突然の従者の振るまいに幽々子は何事だろうと首を傾げた。
「主人の不手際は私が責任を取るべきです! だから責めるなら私を責めて下さい!」
 それは失態を庇うという、侍らしい高潔な心得であった。
 そんな妖夢に続くかのように動くもう一人の者がいた。
「依姫さん、あなたが怒る事はもっともです。でもどうかここは私に対処させてくれませんか?」
 それは勇美であった。自分の憧れの人に何か厄介な事を起こさせたくないという事であろうか?
 そんな勇美の説得が届いたのか、依姫は表情を少し和らげた。
「分かったわ。貴方がそこまで言うのなら手を打ちましょう」
 そして依姫は人差し指を上に立てながら言う。
「勇美、貴方とそこの白玉楼の剣士、妖夢。その二人で戦って、妖夢が勝ったら私は引き下がりましょう」
「もし、私が勝った時は依姫さんはどうするのです?」
 そこで勇美は首を傾げる。自分が勝った時どう対処するか気にするのは当然であろう。
「その場合は勇美の意見に従うわ」
 依姫は少し微笑みながら勇美を見据えた。
 それを見て勇美は安堵する。
「分かりました。この勝負、受けて立ちます。妖夢さん、お願いしますね」
 勇美にそう言われて、妖夢も胸を撫で下ろしたようであった。
「はい、勇美さん。お手柔らかにお願いしますね。お互い頑張りましょう」
 そして、二人は永遠亭の庭園へと向かい、それに続いて永遠亭の者達に着いていったのだった。
 そんな最中、依姫はほくそ笑みそうなのを堪えるのに必死だった。だが、そんな彼女は気付いていなかった。
 勇美も周りに悟られないように口角を上げている事に。

◇ ◇ ◇

 そして一向は永遠亭の庭園へとたどり着いていた。
「面白い事になったわね。冥界の亡霊さん」
 そこで輝夜は幽々子に軽く言葉を掛けた。
「ええ、ここはお互い楽しみましょう」
 対して幽々子ものほほんとした態度で返した。
「では始めましょうか」
 妖夢は準備万端といった様子で言葉を発した。もはや腹を括っている事がこれで分かるであろう。
「はい、やりましょう」
 勇美も覚悟を決めたという風に振舞った。
「では、始めなさい」
 そこに依姫が試合開始の合図を掛けたのだった。
 遂に始まった、黒を基調とした勇美と白を基調とした妖夢の戦い。この勝負で文字通り白黒付けられるだろう。
 だが、両者ともじっと互いを見据え、中々行動を始めなかった。互いに相手の出方を見計らっているのだ。
 それは二人とも相手の攻撃を切り崩す戦法を取っているからである。勇美に関しては今までの戦い方から見ても一目瞭然だろう。
 一方で妖夢もそうなのであった。同じ剣士として相手の攻撃をいなす事に主眼を置いた依姫よりは剛の戦法寄りであったが、刀を扱う者として柔の戦い方も心得ているのだ。
 だが、先に切り出したのは妖夢の方であった。柔の大切さを知っていても、ここぞという時は剛にならなくてはならない事を彼女は知っていたのだった。
「はっ!」
 掛け声と共に妖夢は足で地を蹴り、勇美へと肉薄していったのだ。
「お覚悟!」
 そう言って彼女は右手用の刀『楼観剣』を鞘から引き抜き、勇美目掛けて振りかざしたのだった。
「来ましたか!」
 勇美はそれを見て、咄嗟に──予め生成していた機銃を懐から引き抜いたのだ。
「【星弾「プレアデスブレット」】!」
 そして、手馴れた様子で自分に馴染んだ星の弾丸を吐く銃の引き金を引いた。
 シャリシャリとかき氷を削るかのような音を立てて次々に弾が打ち出される。
 このままいけば妖夢に命中するだろう。だが妖夢とて剣の腕を磨いた身。そう易々とは攻撃を通しはしなかったのだ。
 楼観剣を振りかざす中で、今度は左手で二本目の刀『白楼剣』を引き抜いた。
 そして、その刀と楼観剣の二本で、彼女に迫り来る星の弾丸を次々と切り落としていった。パチパチと斬られて弾ける星のエネルギーは、どこか不思議な印象があった。
 当然勇美は呆気に取られてしまった。相手の攻撃に合わせて打ったものが決定打にはならなかったのだから。
「これが『二刀流』の力ですか……」
 低く呟く勇美。彼女は今その概念を噛み締めていた。
 二本の刀を使いこなす戦法は依姫でさえも行わない事である。彼女の戦闘スタイルには合っていないからかも知れないが、何にしろ依姫にはない斬新とも言える戦い方故に勇美は彼女との稽古では見られない手法に戸惑うしかなかったのだ。
 真剣というものは創作物で軽々と振り回されるイメージが強いが、実際は非常に重量のある代物なのだ。
 故に二刀流が格好良いからといって、とてもではないが簡単出来る事ではないのである。
 にも関わらず、目の前の妖夢はそれを軽々とやってのけているのだ。その事だけでも彼女の実力を証明しているのだった。
 そして、勇美の放った弾丸は粗方妖夢の二刀流により切り落とされてしまっていた。
 もう一回引き金を引いて応戦すべきだろうか? いや、目の前に肉薄した妖夢はそれを決して許しはしないだろう。
(だったら!)
 ならばと思い、勇美は意を決して奥の手を使う事にしたのだ。
「【爆符「スターバースト」】!」
 そう勇美がスペル宣言すると、彼女の持つ星の銃が突如乳白色に光を放った。
 そしてすかさずそれを妖夢目掛けて投げ付けたのだ。
「何をするので……!」
 攻撃の要である銃を自ら投げ捨てるなんて、どういうつもりだろう? そう思う余裕しか妖夢には与えられなかった。
 何故なら、彼女に投げつけられた銃が一気に爆発したからである。
「!!」
 驚いて、その場から身を引こうとする妖夢だったが、時既に遅しであった。彼女は爆発に巻き込まれて、したたかに身体を弾き飛ばされてしまったのだ。
「くぅ……っ」
 ダメージを少々負いながらも、妖夢は距離を置きつつ体制を整えた。
「くっ……」
 そして、このようなトリッキーな芸当をしでかした勇美を睨み、見据えた。
「やりますね、勇美さん。見事な戦法ですよ」
 漸く息を整えて、妖夢は自分に一杯食わせた勇美に尊敬半分、忌々しさ半分の心持で声を掛けたのだった。
「いえ~、あんまり見事なものじゃないんですよ~……」
 そう間の抜けた声と共に、爆発の煙が収まり、勇美の姿が見えた。
「ええっ?」
 そして妖夢は拍子抜けしてしまった。そこにあったのはまるでコントの爆発に巻き込まれたかのような勇美の姿だったからである。
「これって所謂『自爆技』ですから、そう格好良いものじゃないんですよ……けぷぅ」
 言いながら煙を口から吐く勇美。今の彼女は大丈夫だぁ? と聞かれたら余り大丈夫ではないだろう。
「そうなんですか……」
 妖夢は何か脱力してやるせない気分となるしかなかったのだった。
 哀愁漂った雰囲気となってしまった庭園だが、漸く妖夢は言葉を発した。
「いや……まあ……取り敢えず、仕切りなおしって所ですね……」
「いえ、ダメージは明らかに私の方が大きいですね……ぷふぅ」
「……」
 しかし、シュールな雰囲気を持ち直させるには至らなかったようであった。

◇ ◇ ◇

 だが、いつまでも両者とも気の抜けるようなやり取りをしている訳にはいかないだろう。互いに距離を取り直した二人には再び緊張に包まれていた。
「最初は妖夢さんから来たから、今度は私から行かせてもらうよ」
 言って勇美は新たにまたも銃を生成した。
 勇美が今回銃を使う事に拘っているのは、妖夢が熟練の剣士であるのを意識しての事である。
 漫画では銃よりも剣の方が強いという描写が多いが、実際の戦闘では飛び道具で出も早い銃と、相手に接近しなければいけない剣とでは当然銃に分があるのだ。
 勇美は熟練の剣士たる妖夢と比べて、特別に銃の訓練を受けた訳ではない。しかし、妖夢に勝つには銃に執着するしかないと勇美は踏んだのである。
 そして、勇美が今生成した銃は、愛宕様の力を借りた『炎の銃』であった。
「行きますよ! 【炎銃「フレイムガン」】!」
 そう勇美はスペルを宣言すると、真紅に染まった銃の引き金を引き、銃口から銃身と同じ色の激しい炎を火炎放射器のように放出し始めた。
 その炎は蛇のような胴長の生物のようにうねりながら妖夢に襲い掛かっていった。
 そして蛇が大口を開けるかのように妖夢に覆い被さると、彼女は一気に炎に包まれたのだった。
 それを見て、勇美は「やったか?」と思った。直撃をしたのだから当然だろう。だが……。
「甘いですよ」
 その声の主は他でもない、妖夢であった。
「!」
 勇美は驚いてしまう。ちゃんと攻撃は確かにヒットした筈であったからだ。
「これってどういう……」
 勇美がそう疑問をぶつけようとしたのを遮るかのように妖夢は淡々と告げる。
「【幽鬼剣「妖童餓鬼の断食」】……」
 それが妖夢が炎の奔流に飲まれた時に放ったスペルの正体であった。
 見れば勇美の放った炎を、妖夢の刀がみるみるうちに吸い込んでいったではないか。
 しかも、心なしか妖夢の体力が幾分か回復したように見えた。
「まさか、炎を吸収したのですか……?」
「ええ、いくらかエネルギー補給をさせてもらいましたよ♪」
 妖夢はいつもの生真面目な振る舞いとは違って、どこかおどけた様子で言ってのけた。
「やりますね……」
 対して勇美は、やはり悔しそうな表情で唸った。
 先程の半ば自爆のような反撃でダメージは概ね同等となっていたというのに、これで回復をした妖夢に抜かれてしまったのだから。
 追い込まれたと痛感する勇美。だが、彼女にとっての絶望はこれで終わりではなかったのだった。
 妖夢は刀を一端鞘に納めると、居合いの構えを取った。そしてスペル宣言をする。
「【獄界剣「二百由旬の一閃」】!」
 そして宣言と共に鞘から楼観剣が振り抜かれると、辺りに衝撃のようなものが走った。
 更に、続いて剣圧がほとばしった。
「きゃああっ!」
 それに勇美はものの見事に捉えられたしまったのだった。剣の衝撃により彼女は弾き飛ばされてしまう。
 弾かれてしまった勇美は、したたかに地面に体を打ち付けてしまった。
「ううっ……」
 宙を舞った時の恐怖と、体に走った痛みに思わず唸る勇美。
「やりすぎてしまいましたか……?」
 妖夢は思わずそう呟いた。真剣勝負に情けは禁物だが、相手を必要以上に追い詰めるのもなるべくなら避けるべきであるのだから。
「ひどいですよ~妖夢さ~ん……」
 そして涙声で勇美は妖夢に訴え掛けるかのように唸った。
「大丈夫ですか……?」
 さすがに妖夢は心配になって勇美に呼び掛ける。だが……。
「な~んちゃって♪」
「!?」
「金山彦命、我に力を! そしてスペル発動! 【機銃「航海服者のマシンガン」】!」
 うつぶせ状態だった勇美はいつの間にか両手に持った機関銃の銃口を妖夢に向けると、引き金を引いたのだ。
 そして端を切ったかのように銃口から無数の鉛弾が放出されると妖夢を襲ったのだった。
「くぅぅっ……!」
 唸りながらも当然妖夢は二振りの刀でそれらを切り落としていく。
 ガキンガキンとけたたましい音を打ち鳴らしながら機関銃の弾は順当に切り落とされていった……かのように思われた。
 だが、何せ機関銃から放たれた銃弾。如何せん弾数が多かったのだ。妖夢は全ての弾を切り落とす事が出来なかったのである。
 そして、打ち残した弾は……妖夢本人へと向かっていったのだった。
「くぅっ……!」
 とうとう妖夢は銃弾を、幾つかその身に浴びてしまったのだ。彼女に当たった弾はぶつかるとパンパンと小型の花火のように弾けて衝撃を打ち込んでいった。
 ひとしきり銃弾が妖夢に打ち込まれた後、彼女は思わず後ずさってしまった。
 そして、妖夢ははあはあと息を荒げながら勇美を見据えて言った。
「……勇美さん、とんだ食わせ者ですね。追い詰められて意気消沈しているかと思わせておいて、こうも一転攻勢してくるなんて」
「ええ、何たってこれは『私が望んだ勝負』ですから、ちょっとの事ではへこたれてなんかいられませんって♪」
 勇美はそう得意気に言った後、この勝負を見守っている依姫へと目配せしたのだ。
 その瞬間、依姫ははっとなってしまった。
 月の酒を盗んだ幽々子と一触即発になる……と見せかけた一芝居を打って、勇美を妖夢と戦わせる為の演技だったのであるが。
 ──どうやら一杯食わされたのは依姫の方であったようだ。この展開に持ち込む為に、勇美はわざと依姫の手の内で踊らされたように見せかけたのだった。
 そして依姫は幽々子の方へと見やる。
「まさか貴方、この事を……」
「さあ、どうかしらね~」
 言いながら幽々子は白々しく扇子で口元を隠しながらころころと笑った。
「……」
 やはりこの者はとんだ食わせ者だ。こうも二度も自分を欺くとは。そう依姫は思うしかなかったのだった。
 ここで視点は勇美達に戻る。新たなスペルを発動した勇美であったが、まだ彼女の攻撃は終わってはいなかったのである。故に勇美は攻撃を再開する事とする。
「何勘違いしているんだ? まだ私の機関銃攻撃は終了してないわよ?」 

 

第31話 白の侍と黒の機士:後編

「何勘違いしているんだ? まだ私の機関銃攻撃は終了してないわよ?」
 そんな事を言う勇美に対して、いや、別に勘違いしていたりしてはいないと妖夢は思った。と言うか、私はどこぞの虫野郎なのかと。
 取り敢えず、勇美の攻撃は続行される、その事は明白となったのだ。
「続きいくよ~! ドロー! 機関銃!」
 遂に攻撃が再開されたかと妖夢は覚悟を決めた。しかし、まずその狂戦士な発想から離れなさいと彼女は突っ込みを入れた。
 次々に放出された鉄の群体。そしてそれが妖夢へと再び襲いかかっていった。
 このまま攻撃を食らえば先程の二の舞だろう。だが妖夢とてそのような二の足をむざむざ踏むつもりはなかったのだった。
 そして彼女はおもむろに新たなスペルを宣言する。
「【魂符「幽明の苦輪」】……」
 静かにスペル名を呟く妖夢。そんな彼女に対して機弾は容赦なく突撃していった。
 次々に妖夢に降り注ぐ銃弾。そして辺りは激しい閃光に包まれたのだった。
 これで妖夢を追い詰めただろう。そう勇美は思ったのだったが。
「え……?」
 閃光が収まると妖夢は案の定銃弾と格闘していた。
 それだけなら別におかしくはない事である。問題だったのは。
「妖夢さんが二人……?」
 そう、白髪の少女剣士が、その場に二人いる状態で銃弾を切り落としていたのである。
 これが妖夢の幽明の苦輪の力である。彼女の半霊を実体化させて分身のように操る術だったのだ。
 一人では銃弾を捌き切れないなら、二人で行えばいい。それは単純故に効果覿面な戦法であった。
 そして、敢えなく機関銃の弾は全て彼女『達』に処理されてしまったのだった。
 それも『全て』。一つ位は着弾していて欲しいという勇美の儚い願いは脆くも崩れ去ってしまったようだ。
「……どうやらこの攻撃方法はもう通用しないみたいですね」
 そう言って勇美は自分の相棒の武器を、機関銃の形態から解放した。
「そうですよ。ですが安心して下さい。この幽明の苦輪とて、継続的に使う事は出来ないのですから」
 対する妖夢もスペルの効果を解放して、自分の現し身を元の半霊へと還す。
 これで勝負は振り出しに戻った。妖夢は機関銃によるダメージを受けて、体力的にも互角となったようだ。
 ここでこのまま勝負を平行線で続けても埒が明かないと妖夢は考えた。そこで彼女は打つ手を変える事にした。
 そして、突如妖夢の体を目映い光が包み込んだ。
(?)
 その様子を訝ったのは、端から見ていた幽々子であった。妖夢の事をこの場に居合わせる者の中で一番良く知る彼女が首を傾げるという事は今まで誰も見たものでないという訳だろう。
「一体何が起こるんですか……?」
 そして一番警戒するのは、当然妖夢と相対している勇美であった。油断する事なく彼女は身構える。
「何はともあれ、攻撃に備えないとね」
 そこで勇美は再び『神機』を起動させるべく心の中で神に呼び掛けた。その神は先程と同じ、金山彦であった。
 呼び掛けが終わると、勇美の目の前に大きな盾を備え付けたかのような車体が形成されていった。
「【装甲「シールドパンツァー」】……」
 それが勇美が打ち出した防衛手段の名称であった。
 見るからに頑丈そうな車体である。これさえあれば並大抵の攻撃なら受け止められるだろう。
 そして、対峙していた妖夢から放たれていた光は収まったようだ。
 ──来る。そう勇美は確信して相手を見据えた。
 だが、今の自分には強固なバリケードが存在している。そう簡単には攻撃を通す事はないだろう。
「いざっ!」
 刹那、妖夢が脚のバネの力で跳躍し、一気に宙を舞いながら勇美へと距離を詰めてきた。
 そこから妖夢は楼観剣と白楼剣を上空で鞘から一気に抜き放った。
 するとその刀身は眩く輝いていたのだ。そう、先程妖夢自身から放たれていた閃光を一身に集めたかのようであった。
「【眩符「陰陽双剣」】ッ!!」
 勇ましく妖夢がスペル宣言すると共に、その光の双剣が同時に勇美目掛けて振り下ろされた。
「来ましたか! でも今のマッくんなら全ての攻撃を受け止めて見せますよ!」
 勇美も負けじと自らの相棒を妖夢の前に繰り出し、防御態勢を取る。
 そして、剣をその鋼の盾で貪欲にかぶりつくかのようにその身で受け止めた。
 すると、激しい閃光とけたたましい金属音が辺りに振りまかれたのだ。
「くぅぅっ……!」
 その凄まじい光景と圧力に思わず唸る勇美。だが、彼女の繰り出した装甲の方は見事に妖夢の攻撃を防ぎきっていた。
「さすがは金属の神様の力ですね……っ!」
 妖夢はやや表情を歪めながら呻くように呟いた。
「まあ、私の自慢の盾ですけどね。今考えたスペルですけど」
 対する勇美も余裕がないながらも軽口を叩いて見せる。
 だが、それは空元気になる事となる。攻撃を受け止められながら、妖夢は淡々と呟いた。
「……【剛剣「烈剛陰陽剣」】」
 その宣言と共に、妖夢は白楼剣を鞘に仕舞うと、楼観剣のみを両手に持った。
 すると、楼観剣は一際鋭く光り輝いたのだ。まるで、先程の白楼剣の分の光をその身に加えたかのようであった。
 そして、妖夢は楼観剣を振り下ろす。けたたましい金属音がマックスからほとばしる。幸いマックスの機体は無事だったようだ。
「これなら……」
 顔に冷や汗をかきつつも安堵の言葉を漏らす勇美。
 だが、攻撃はこれだけでは終わらなかったのだ。妖夢は振り下ろした楼観剣を返す刀で再び振り抜いたのだ。
 そして、振り抜いては刀の向きを変えて再び振り抜く。その継続的な攻撃を妖夢は淡々とやってのけていったのだった。
 その動きは正確無比であった。さすがは生真面目な妖夢の性格が出ていると言えよう。
 その動きに続くように剣から漏れる光の奔流が妖夢と勇美の周りを舞った。その光景は、さながら計算され尽くされたイルミネーションのような流麗さがあったのだった。
 そして、一頻り攻撃を加えた妖夢はそこで身を引いたのだった。
「諦めてくれましたか……?」
 激しい猛攻を耐えていた勇美。妖夢が引いた事により自分が守り切ったと思い安堵の言葉を漏らした。
「いいえ、もう『終わりました』から」
「!?」
 妖夢が意味深な台詞を呟くのを聞いて勇美は辺りに注意を巡らせるとハッとなってしまった。
 ──見れば鋼の装甲には大きく五芒星の切り傷が刻み込まれていたのだ。
 そしてそれだけでは終わらず、その傷が激しく閃光を振りまくと、みるみる内に機体にヒビが入っていった。そこからも光が壊れた蛇口から出る水のように止めどなく漏れ出し始めた。
 やがてヒビと光の漏洩は機体の全身に及び──木っ端微塵に爆散してしまったのだった。それはまるで寿命を迎えた巨木が倒れるかのように一瞬の事であった。
「マッくん! ……ぐっ!」
 装甲となって自分を護ってくれた相棒の最期に対して悲壮な気持ちに浸る間もなく、自分の分身が破壊されたダメージのフィードバックが勇美を襲った。
 それにより今までの戦いでのダメージの蓄積もあり、勇美は短い着物から除く生足で地面に立て膝をついてしまった。
「はあ……はあ……。守り切れると思ったのに……」
 悔しさと肉体の疲弊により息を荒げながら、勇美は忌々しげに妖夢を見据えながら漏らした。
「どうですか? 妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなどあんまりないんですよ!」
 そして、妖夢のお得意の言い回しをここで決めたのだった。
 だが、今回妖夢とてそう簡単にはいかないだろうと感じていたのだ。神の力を巧みに操って練り上げられた鉄壁は易々とは切り崩せないだろうと。
 しかし、彼女とて自分の掲げる言葉にはポリシーというものがあった。故に楽な仕事ではないが、達成しようという意気込みがあったのだ。
 そして、妖夢はそれを成し遂げたのだ。見事な『有言実行』である。
「やっぱり、妖夢をあの子と戦わせたのは正解だったみたいねぇ~」
 一方で、二人の戦いを見守っていた幽々子はそうのたまった。一見のほほんとしているようで、どこか重みの感じる口調で呟いたのだった。
「さて、今回の妖夢は強いわよ~♪ 勇美ちゃん、どうするつもりなのかしらね~」
 そして幽々子は再び、この目の離せない催し物に見やるのであった。

◇ ◇ ◇

 興に乗って来た妖夢。ここで彼女は勝負に出ようとする。
「このまま流れに乗らさせてもらいますよ、勇美さん!」
 と、妖夢は無慈悲に自分の意気込みを相手にぶつけた。
 その情け容赦なさは武士道に反するかも知れない。
 だが、勝負とは非情なものなのだ。ここぞという時に情に捕らえられてしまっては、勝てる勝負も勝てないのである。
 その妖夢の宣告を聞きながら、勇美は覚束ない足取りでその身を起こした。
「勇美さん、悪く思わないで下さいね」
「ええ、遠慮する必要はありませんよ」
 流暢な物言いで妖夢に返す勇美。だが、その言葉とは裏腹に彼女は満身創痍であった。
「では、いざ尋常に!」
 そう言って、妖夢は新たなスペルカードを取り出し宣言した。
「【樹符「天空之塔」】!!」
 その宣言を終えると、妖夢は楼観剣をスペルに含まれる文字が示すかのように、天に向けて掲げたのだ。
 すると、刀に光の粒が集約していき再び刀身は極光に包まれた。
 芸がないかも知れない。そう思われるかに見えたが、実際は違った。──光を纏った刀がロケット花火のそれを大規模にしたかのようなエネルギーの放出を始めたからだ。
 そして、みるみる内に高度を上げていったのだった。
 気が付けば、その光の束は空高くそびえ立っていた。それはまさに『塔』であった。
「凄い……」
 そう勇美は呟く。自分自身の絶体絶命の危機だというのに、ただただ感心するしかない程であったのだ。
「どうですか、天空の塔は?」
 そう言ってのけた後、妖夢は流暢にこのスペル誕生の経緯を説明し始めた。
 ──それは、自分が庭師を務める最中に思い立ったという事だ。
 彼女は白玉楼の庭の木の手入れを楼観剣で行っていたのだ。そしてそれは冥界に存在する木々なのである。
 つまり、冥界の霊力を蓄えた木々から長い時間を掛けて楼観剣に力を分け与えて貰う形となっていたのだった。
 長い時間を掛けた蓄積の賜物。それが今妖夢が繰り出そうとしている『天空之塔』であった。
 そして、ますますその存在感を膨れ上がらせていく光の塔。この攻撃をまともに食らえば勇美はひとたまりもないだろう。
 だが、勇美はそう簡単には攻撃を許す気は当然なかったのである。
(でも、どうしたら……)
 それが問題であった。この妖夢の渾身の一撃の回避は困難であろう。
(仕方ない……)
 そこで勇美は腹を括る事にしたのだ。この試みははっきり言って邪道であるし、第一成功する保証は全くないのであるが。
 しかし、勇美にはもう『これ』しか方法は残されていなかったのだ。それに彼女は賭ける事にしたのだ。
 そして勇美はおもむろに口を開く。
「ところで妖夢さん」
「何でしょうか?」
 突然勇美に話しかけられて、妖夢は首を傾げる。
 だが、それは両手に光の塔を携えながらの事である。その状態で受け答えする妖夢の表情は固くなっていた。
 ──これは狙い通りかも知れない。勇美は自分の読みがいい方向性を突いていると感じ始めた。後は……、一押しするだけである。
「妖夢さんって二刀流剣士ですよね、つまり両刀使いですよね」
「……それがどうかしましたか?」
 この状況で唐突な質問に妖夢は訝る。だがこれは序の口であった。
「両刀使いなのは『あっち』の方も何ですかぁ~♪」
「何言って……!」
 勇美の言わんとする事の要点が読めずに頭に疑問符を浮かべる妖夢であったが、どうやら『気付いて』しまったようだ。──出来れば気付きたくない事であったが。
 話がふしだらな方向に向かった事を認識してしまった妖夢は、そこで一瞬取り乱してしまった。
 だが妖夢とて歴戦の剣士。その心の乱れは一瞬であった。しかし、その一瞬の間に隙が出来ていて、光の塔を持つ手に多少のブレが出来てしまっていたのだ。
 それを勇美は逃しはしなかった。いや、彼女がこの隙を人為的に呼び込んだのである。
「今だ!」
 勇美は弾かれるようにそう叫ぶと、瞬時に神に呼び掛けを行った。
 呼び込んだのはまず「愛宕様」であった。
 そして目には目を、冥界の者には冥界の者と言う事だろうか、次に呼び込んだのは冥界の神である「ハデス」であった。
 その二柱の神を核として、勇美は新たな機神を生成し始めた。
 徐々にその外観を現していく機神。そして露わになったのは、黄土色で表面に凹凸の多い楕円形に悪魔のような目と口の形に掘られた穴がある物……。
 それは、ジャック・オー・ランタンそのものであった。
 その目と口の中から怪しく赤と橙の中間のような光が漏れる。
 そして勇美はスペル宣言をした。
「【乱射「覇王の勝利を撃ち抜く弾」】!!」
 宣言に続いて、機械仕掛けのカボチャの口が一層不気味に光ると、そこから禍々しい色の光の弾丸が無数に発射されていったのだ。
 その攻撃は妖夢ならば十分に対処出来るものであった。──普段の彼女であったなら。
 しかし、知っての通り、今の妖夢は大技を繰り出していた最中だったのだ。今からでは防御に移る事は出来ないだろう。
 これは即ち、駆け引きに勇美が『勝利』したという事であった。
 容赦なく弾丸は妖夢に全て着弾した。そしてそれだけでは終わりではなかった。
 バランスを崩した妖夢は、その場でそのまま倒れてしまったのだ……エネルギーの塔を掲げたまま。
 そして、塔は崩落し。妖夢は自ら築き上げた建造物の瓦解に巻き込まれてしまったのだった。
「くぅああああっ!!」
 悲鳴と共に光の奔流に飲み込まれる妖夢。すると彼女は爆発に包まれてしまった。

◇ ◇ ◇

「幽々子様、申し訳ありませんでした。私の修行不足です」
 試合が終わり、妖夢ボロボロになりながら自らの主に自分が貢献出来なかった事を詫びた。
 この台詞からも察する事が出来るように、結論から言えば勝負は勇美の勝利であったのだ。
「いいえ、妖夢はちゃんと修行しているわよ。ただ、ちょっと真面目で純粋すぎるだけよ~」
 と、幽々子はいつものほわほわとした振る舞いで妖夢に労いと導きの言葉を掛けた。
 そして、妖夢はその言葉を聞いて薄々感じ取った。──何故幽々子が自分を勇美と戦わせたのかを。
 勝負は必ずしも正々堂々だけが決め手ではない、その事を妖夢は学ぶのだった。
 一方、勝者である勇美の方は……。
「う~ん」
 勝ったにも関わらず唸っていた。
「どうしたの、勇美? 貴方の勝ちなのよ」
 そんな様子の勇美を依姫は窘める。
「そうなんですけど、今回自分でも思う程、姑息な手段で勝ったなぁ~って……」
「それなら、これからは真っ向勝負で勝てるように精進すればいいのよ。この勝負は勝ちは勝ちと受け止めておきなさい」
 ため息をつきながらぼやく勇美に、依姫は諭すように言った。そして彼女は続ける。
「でも、今の貴方、そこまで落ち込んでいるようには見えないわよ」
「あ、分かりますか?」
 そこで勇美は表情が明るくなった。
「そうなんですよ、不思議と嫌な気分は余りしないんですね。これも私が悪として箔が付いてきたって事なんでしょうか?」
「私には分からないわ。それは貴方自身が決める事よ」
 依姫はいつものようにやや突き放す姿勢で言った。それが彼女が周りの者達が自ら成長していくのを後押しするためのやり方だからである。
 その一方で依姫は勇美に感心していた。彼女は自分らしさと誇りをどんどん身に付けていっていると。
 母親の教育により自分の自信の芽を踏みにじられて育ってきた勇美。だが、依姫の元で精進し、幻想郷の者達と関わる事で『解毒』が行われて順調に成長していっているようだ。
 これからが楽しみであろう。依姫はそう期待するが、勇美自身にもプラスになっているようであるのだった。 

 

第32話 桜対戦:前編

 勇美と妖夢の勝負は、どうにか勇美が勝利するという形になった。
 依姫は良い試合を観させてもらう事となっていたのだ。ここまで充実した観戦はそうあるものではない。
 だが、依姫はただ観て満足するような人物ではない。詰まる所は……。
「亡霊姫さん、次は私達がやりませんか?」
 不意に自分に話題を振られて少し驚く幽々子。
 いや、『不意』にではなく、この流れはごく自然なものか……幽々子はいつもの優雅さを崩さずにそう思った。
「ええ、それでは私達も始めるとしますか~」
「そう来なくては。これで晴れて貴方に『復讐』が出来るというものですよ」
 依姫はそう言ってから、永琳の方を向いた。
「……という訳です。よろしいですか、八意様」
「いいわよ。催し物は多い方がいいからね」
「そうよ。その方がみんな楽しめますわ」
 永琳に続いて、輝夜も賛同の意を示す。これで躊躇う必要はもうないだろう。
「そういう事です。勇美、私の戦いを良く観ておきなさい」
 依姫はそう勇美に強気の姿勢を見せた。これこそ彼女が自分を追い込み奮闘する為のやり方であった。
「妖夢も、私の晴れ姿をよく拝んでおいてね~」
「え、はあ……はい」
 幽々子に言われて妖夢は気の抜けた返事をした。──『晴れ姿』っていうのはどこか違うような気がすると思いながら。文法的には間違ってはいないのだけれども。
 ともあれ、色々な意味で『因縁』のある依姫と幽々子の戦いの火蓋は落とされたのだった。

◇ ◇ ◇

「では、試合開始!」
 この勝負の審判を買って出た永琳の宣言の元、戦いは開幕した。
「それでは、私から行きますよ」
 そう切り出したのは依姫であった。
 相手の攻撃を切り崩すのが得意の戦法である依姫であるが、今回はそうも言っていられないだろう。
 何せ相手は掴み所のない亡霊なのだ。いつも通りの戦い方では通用しきらないと思われるのである。
 そう結論づけて依姫は踏み込むと幽々子目掛けて、まずは小手調べの一太刀を放ったのだった。
 幽々子に容赦なく迫る刃。だが幽々子は相も変わらずのほほんとした態度でいた。
 そして余裕の振る舞いでスペルを発動する。
「【華霊「ゴーストバタフライ」】」
 そのスペル宣言と同時に依姫の刃が幽々子に到達した。
 ──捉えた、かに思われたが。幽々子に肉薄したように見えた刃には彼女を斬ったような手応えは無かったのだった。
 そして、気付けば幽々子のいた位置から、無数の蝶の群れの形をしたエネルギーがまるで紙吹雪の如く舞ったのだ。
 幽々子がいない……依姫はそう思った。
 事態はそれだけではなかった。今度は無数に舞った蝶が依姫目掛けて襲い掛かったのだった。
「姿を眩ましただけでなく、攻撃まで仕掛けて来ますか」
 そう依姫は呟くと、先程空振りとなった刀を蝶型のエネルギーの一つに向けて振りかざした。
 するとパチンと妙な音を立てて蝶は粉微塵になって雲散した。どうやら耐久力自体は大したことはないらしい。
 だが、如何せん数が多い。しかも当の幽々子は軽々と攻撃をかわして姿を眩ましてしまっている。
「──ここは、まともに相手してはいけないわね」
 それが依姫が出した結論であり、彼女なりの幽々子への敬意の示し方であった。
 そして彼女は神へと呼び掛ける。本家本元の神降ろしの瞬間だ。
「祇園様に、風神よ。我が刃となれ!」
 そう言って依姫は刀を空に向けて掲げる。するとその刀身に、みるみる内に風の渦が巻き付いていったのだ。
「【剣符「乱舞の風刃」】!」
 宣言と共に依姫は刀を振り下ろすと、そこから無数の風の刃が放出された。
 刃の一つが蝶を捉えると、容赦なくそれを真っ二つに切り裂いた。
 それに続いて同じように風の刃が刀から繰り出されていき、他の蝶達もまるで紙切れのように切り裂いていったのだった。
「……やっぱり見事ですわぁ~」
 そして相も変わらずにのほほんとした口調で幽々子は依姫の側に再び姿を現した。
 その様相は正に『亡霊』に相応しい、掴み所がなく異質なものであった。
「今の貴方から言われても嫌味にしか感じられませんよ」
 と、憎まれ口を叩く依姫であったが、その口調とは裏腹にどこか楽しそうであった。
 ──これは久しぶりに面白くなりそうだと。
 依姫は自分の実力を慢心ではなくかなり高い事を知っている。
 故に万が一にも自分はこの勝負で負ける事はないだろうと。
 だが、今回は弾幕ごっこという事もあり、『簡単に』とはいかないだろう。
 だから、依姫はとことん『楽しんで』やろうと心に決めるのであった。
 そう、楽しんでやるのであって、楽しませてもらうのではないのだ。
 相手は仮にも一度自分を出し抜いた存在であるのだ。それでなくても相手に『私を楽しませなさい』等という、相手の侮辱に繋がる事は依姫の流儀に反するのであった。
 そして、依姫は今一度幽々子に向き直った。
「今ので怖じけづいたりしませんでしたか~」
「冗談言ってはいけませんよ」
 両者とも口で負けてはいない。だが、最初に仕掛けたのは依姫である。故に次に動く者は決まっていた。
「次は私の番ですわぁ~」
 そう言って幽々子は自前の扇を依姫の前に翳す。
「【死符「ギャストリドリーム」】……」
 あくまでのったりとした口調で、だがそれでいてどこか力強くスペル名を幽々子は宣言した。
 すると、幽々子の頭巾の中央に描かれた模様に次々と霊気が集まっていったのだ。
 それを見た勇美はすかさず指摘した。
「即ち、ドリームキャストって事ですね、幽々子さん♪」
「ご名答、基本ですわよね勇美ちゃ~ん♪」
「……何よ、この不毛なやり取り」
 おバカさん二人の仕様もない波長の合いっぷりに頭を抱える依姫。
 ──本当にこの場にお姉様がいなくて良かった。あの人がいたら話は更にややこしくなっていただろうから。
 気を取り直して依姫は再び相手を見やる。
 気付けば霊気の奔流はみるみるうちに増幅していたのだ。
 そしてひとしきり霊気が集まると幽々子は言ってのけた。
「発射~」
 ──気の抜けた号令を掛ける『艦長』もいたものだ、そう依姫は心の中で突っ込みを入れた。
 だが油断はしなかった。何故なら禍々しくも美しい霊気の流動は幽々子から打ち出されて、今にも依姫に差し迫らんとしていたからだ。
 しかし、依姫は慌ててはいなかった。このような危機的状況は今まで何度も味わったからだ。
 そして、依姫は迷う事なく刀を自らの前方に突き出して構えた。
 まるで、それに吸い込まれるかのように霊気の砲撃は突っ込んで行ったのだった。
「あらあ~やりますわねぇ~」
 そう幽々子は変わらないような態度で言うが、内心は些か焦りを覚えていた。彼女が『生物』であったら、きっと冷や汗をかいていた事であろう。
 そして、依姫はそんな幽々子の内なる心に追い打ちを掛けるかのように、この状況でスペル宣言をした。
「【霊炎「夢幻の焔の魂」】……」
 すると幽々子の放った霊気が依姫の繰り出した愛宕様の火と混じり合い、彼女の持つ刀に纏わり付いているではないか。
 その炎の色は本来燃やしてはいけない化学物質に火を付けたかのように禍々しいものであった。
 そして依姫はその不気味な炎を刀身に纏ったまま、一気に幽々子目掛けて振り下ろしたのだった。
 すると幽々子は炎に包まれて妖しいくもあるが美しく燃え上がった。
 直撃である。これにはさすがの幽々子とて無事では済まないだろう。
 依姫がそう思っていると、炎は一際盛大に燃え盛ると嘘のように鎮火したのだった。
 そして、その場には……何も残っていなかったのだ。
 そう、何も。
「……」
 依姫は無言となる。これは弾幕ごっこであり、断じて本物の殺し合いなどではない。
 依姫自身、そのルールに抜かりなく従っているつもりである。
 その一方で、弾幕ごっこで死者が出る事はない訳ではない。不慮の事故として起こり得るのだ。
 だが、依姫は冷静であった。自分が行う弾幕ごっこで亡くなる者を出さない自信があったし、第一……。
「……貴方、スペル発動の為に出してる霊力を隠せていないわよ」
「あら~、バレてしまいましたか~」
 依姫の指摘に、何処からともなく返す幽々子。
「これじゃあサプライズにはなりませんね~。仕方ありませんね。【再迷「幻想郷の黄泉還り」】」
 宣言後、プチプチと妙な音を立てて地面から何かが形成されていった。
 それこそが先程から姿を見せていなかった幽々子であった。まるでパズルのピースを一つ一つ埋め込むかのように幽々子の姿が再構築されていった。
 このスペルは幽々子の再生手段だったようだ。彼女は完全復活を遂げたのだった。
「見事な復活劇ね」
「お気に召していただいたようで何よりですわ~」
「ええ、さすがに自分の霊気をぶつけられて消滅なんてされては拍子抜けですからね」
 軽口を叩き合う二人。だが依姫は流れが現在幽々子に傾いている事を実感していた。
 攻撃を仕掛けてものらりくらりとかわされてしまう。さすがは亡霊だと。
 だが、依姫は慌ててはいなかった。──それでこそ、かつて自分達を出し抜いた者だと。
 そして思う。今流れが相手にあるのなら、自分に引き寄せてしまえばいいと。依姫は次なる神降ろしを行った。
「天照大神よ、この黄泉の迷い人の退路を断ちたまえ!」
 続いてスペル宣言をする。
「【照冥「あの世すら照らす導きの光」】!」
 その瞬間、辺りは優しい包み込むような朝日のような光に覆われたのだ、──今が夜であるにも関わらず。
「……」
 そして、幽々子は気付く。自分の身がいささか重く地に縫い付けられかのような感触に。
「気付いたようね。勝手ながら、貴方のフィールドでの戦いは取り止めさせてもらいましたよ」
「これは参りましたわ……」
 幽々子はいつもの飄々とした態度を、この時ばかりは崩していた。
 自分が亡霊らしく掴み所なく振る舞えないのだ、無理はないだろう。
 だが、幽々子は取り乱してはいなかった。意を決すると、普段からは考えられないような意志の強さの宿った瞳で依姫を見据えたのだった。
「【蝶符「鳳蝶紋の死槍」】……」
 その宣言により、幽々子の右手に『ゴーストバタフライ』で見せた時と同じ蝶が次々に集まっていった。
 そして一頻り集まると光に包まれ、溶けたチョコレートのように形を変えていったのだ。
 その蝶の変態が終わると、幽々子の手には立派な槍が握られていたのだった。
 レミリアのそれは、正に悪魔のように禍々しい物であったが、幽々子のは桜のように優雅であったのだ。
 それを着物を着ながら携えている為、薙刀を持ち勇敢に戦う昔の女性を彷彿とさせるものがあった。
「感心するわ、貴方も槍が使えるのね」
「ええ、でも知っての通り得意分野ではないから、余り期待しないでね」
 幽々子らしくなく謙遜しながら言うと、彼女はいよいよ意を決して槍を構えて依姫に一思いに振り下ろしたのだった。
 それを依姫は難なく刀で受け止める。ガキンという小気味良い音と共に火花が舞う。
 攻撃を防がれた幽々子は、ふわりと宙を舞って依姫と距離を置いた。
 どうやら幽々子は亡霊としての特性は封じられても、その柔軟さは失われはしないようだ。
「幽々子様、素敵です……」
 それを見ていた妖夢は思わず呟いた。普段余り……と言うか滅多に見ない主の姿だったからであろう。
 普段からこれ位凛々しかったら良いのに。いつもだらしなくて人使いが荒くて私は困っていて……そこまで妖夢は思い、考える事を止めた。
「感心、貴方は荒事もこなせるのね」
「本当は面倒だから余りしたくはないのですけれどね、今はそうも言っていられない訳だし……」
 依姫は幽々子と余裕を見せながら会話するが、先程の槍捌きと動きを見て内心意表を突かれていた。
 これが『肉体が存在しない』という非現実的な存在が成せる業かと。依姫も寿命から逃れた地で育った訳であるが、それでも自分を構成するのは『肉体』という物体なのである。
 故にまともにやり合っては分が悪いというものであろう。
 そこで依姫は『ずる』をする事とした。
「天宇受売命よ、我と共ににこの亡霊の舞者と存分に踊ろうぞ」
 そう言って依姫は天宇受売命の力をその身に降ろし、宣言する。
踊符「最古の巫女の舞踏」
 すると、依姫の身体が眩く輝き始めた。これで彼女は舞いの女神の力を授かり、洗練された身のこなしをする事が出来るようになったのだ。
「そのスペルは攻撃をかわしやすくする為ではないのかしら~♪」
 対して幽々子は暢気な口調で指摘した。そして、その指摘は実に的確なものであったのだ。
 何故なら、このスペルは幽々子の指摘通り、回避という防御一辺倒のものなのだ。
 だから、幾らかわす事に身を置いても、亡霊らしく振舞う幽々子には肝心の攻撃を当てる事は出来ないのである。
 だが、依姫はそれで終わらせるつもりはなかった。
「誰が天宇受売命の力『だけ』を借りると言いましたか?」
 口角を吊り上げながら依姫はその言葉を紡いだ。
「?」
 そう言われて、幽々子は思わず首を傾げてしまう。これで終わりではなかったのか。
「まあ見ていなさい。続いて祇園様よ、我にその膂力を分け与え賜え!」
 そして依姫は第二の神の力をその身に降ろしたのだった。
 先程天宇受売命を降ろした時から身体から放っている白い光に、今度は赤い光が混ざり、紅白の大理石模様のように変貌した。
「まあ綺麗。でも、綺麗なだけじゃあいけないわよ~」
「私がそのような失礼な事はしませんよ」
 依姫が得意気に言ってのけた。それは幽々子に対してのみならず、自らが今降ろしている二柱の神々に対してにも向けたものであった。
 そう、これから依姫は神に対して無礼のないように抜かりなく戦わなければいけないのだ。
 二柱の神を降ろした依姫は宣言する。
「【神刀「剣の舞い」】……」
 静かな依姫の宣言の後、辺りは水を打ったように静まりかえった。これは平穏が訪れたからではない。正に『嵐の前の静けさ』なのである。
 そして、嵐は巻き起こったのだ。依姫は神の宿った身体のバネの力で一気に幽々子目掛けて踏み込み、距離を詰めた。
 その勢いに乗ったまま、彼女は居合いの要領で刀を抜き放つと幽々子にそれを振り抜く。
 それは一瞬の事であったので、さすがの幽々子も掴み所のない動きで対抗する事が出来なかったのだ。
 だが、辛うじて手に持った槍で依姫の攻撃を受け止める事は出来たのだ。ガキィンとけたたましい金属音が辺りに響く。
 それに続いて、幽々子の持ち手には激しい振動が走ったのだった。幾ら肉体を持たない幽々子と言えど、その衝撃の体感は半端なものではなかったようだ。
「くぅ……っ」
 普段からの振る舞いらしくない、苦悶の声を漏らす幽々子。
 だが、幽々子とて易々と相手の攻めを許そうとは思わなかったのだ。彼女はその衝撃の勢いをそのまま利用する形で、後方へと距離を取った。
「ふう、驚きましたわぁ~。でも、そう簡単には好きにはさせませんよ~」
 生物だったら汗を掻いているような状況の中でも、幽々子は務めて余裕に振舞って見せた。
 だが、この場は依姫の方に分があるようであった。
「甘いですよ」
 言うと、依姫の普段から赤い瞳が更に禍々しく真紅に輝き、幽々子をその眼光で見据えた。
「!」
 それにはさすがの幽々子も戦慄を覚えたのだ。彼女に霊体であっても分かる程のピリピリとした空気が幽々子の肌を襲った。
 だが、彼女は尚も余裕さを振舞って見せる。
「威圧だけでは意味がありませんよ~」
「ええ、もちろんそのつもりですよ」
 対して依姫は目を仰々しく見開くと、再び身体を踏み込み、幽々子に肉薄した。
 そして再度振り下ろされる依姫の刀。だが幽々子も負けじと槍を構えて攻撃を相殺する。
 またも激しい金属音と共に、刀と槍の間に火花が舞い散った。
 その鍛冶でも行っているかのような光景に幽々子はどぎまぎしつつも、再びその勢いを利用して後方へ下がり距離を取ろうとする。
 その事を察した依姫から、彼女らしからぬ無慈悲な言葉が吐き出される。
「無駄ですよ……」
 羅刹の如き獰猛な笑みを浮かべ、依姫はその場で刀を槍から離すと、再び攻撃を加えた。
 それも幽々子は槍で受け止める。いや、『受け止めるのがやっと』という状況に陥ってしまった。
 その間にも、依姫は剣戟を三度、四度と次々に繰り出していったのだ。
 それに対して幽々子は成す術がなくなってしまったのだ。
 まさに、依姫が今降ろしている二柱の神の効能にあった。言うなれば、『力の祇園様』と『技の天宇受売命』となるだろう。
 鬼神の如き猛攻で依姫は幽々子を追い詰めていった。そして……とうとう幽々子の手から槍が弾かれ、宙を舞って地面へと突き刺さってしまったのだった。 

 

第33話 桜対戦:後編

 依姫と幽々子の刀と槍の打ち合いで、遂に幽々子の槍が退けられる事となった。
 そこには丸腰になってしまった幽々子がいた。端から見れば刀を持った人が、艶やかな着物を着た姫を追い詰めているというえげつないものであった。
 幸い、そこで依姫の『神剣』の有効時間が切れたようであった。
 この二柱を同時に降ろすのは、依姫にとっても多少無理をする行為なのだった。片方一柱づつなら無理なく長時間使役出来るのであるが、同時となるとその負担も大きいのだ。
 ──電池で例えるなら『直列繋ぎ』を思い出してもらえればいいだろうか。
「祇園様、天宇受売命、ありがとうございました……どうやら効き目はここまでのようですね」
 先程まで修羅の形相であった依姫は、ここで普段の落ち着き払った表情になっていた。
「さて、どうしますか? これ以上続けたら、お互いどうなるか分かりませんよ」
 と、依姫は挑発とも忠告とも取れる言い回しで幽々子に言った。
 それを聞いて幽々子は複雑な気分となる。
 ──自分は目の前の依姫や、従者たる妖夢といった、所謂『侍』と呼ばれる人種とは根本的に違うのだ。故に荒事には余り精通していないのだ。
 だから、武士道というものは持ち合わせてはおらず、正直言うと勝負に命を掛ける者達の心情は完全には理解出来ないのである。
 しかし……。
(ここで止めちゃったら、何かいけない気がするのよねぇ……)
 そう幽々子は心の中で呟いた。勝負には拘らない自分であるが、ここですんなり身を引いては何かが『違う』気がするのだった。
 それが何かは、具体的に幽々子には分からなかった。もしかしたら、生前に自害した自分自身の事が関係しているのかも知れない。それは『命』を途中で放棄してしまったのだからだろうか。
 幽々子自身は自分の生前の事は忘れている。しかし、潜在意識には多少影響しているようであった。
 その引っ掛かりの理由を探るような心持で、幽々子の考え方は決まったようだ。
「いえ、このままやらせてもらいますわ」
 そう言い切った幽々子の表情は普段らしからぬ、凛々しいものであった。
「そうですか、では続けましょう」
 対する依姫も、その言葉を聞いてどこか安心したかのようだった。
 寿命から逃れ、不老を貪る事となった月人でありながら『死』という概念を真剣に見据えながら生きてきた依姫。
 そして、生前自身の能力が『死を操る』ものになった事に苦悩し自害し、その記憶は亡霊となった現在失われながらも潜在意識に残っている幽々子。
 この二人、方向性は違えど『死』と深く関わる事で桜のような儚さとわびさびをその心に携えるようになった似たもの同士とも取れるのである。
 その共通のものを持った二人が心行くまで弾幕ごっこを堪能する事になったのが互いに心躍らせる訳となったようだ。
 それは、冷徹に見えながらも笑みを浮かべる依姫と、普段どおりのほわほわした微笑を向ける幽々子の様子が物語っているかのようだ。
 二人の意は決したようだ。だが、ここで幽々子が提案を打ち出すべく口を開く。
「でも、このままの調子で続けたら、私の分が悪いですからね~。ここは奥の手を使う事を許してはくれませんか~?」
「奥の手ですか?」
 依姫はその幽々子の言葉に首を傾げた。彼女にはこの状況を打破する秘策が何かあるというのだろうか?
 何か得体の知れないものを感じる。普通の戦いでは易々とそれを許してはいけないだろう。
 例を挙げると、第二形態のセルとの戦いに退屈したばかりに、彼に敢えて完全体になるチャンスを与え、結果として形勢逆転されて痛い目を見たベジータだろうか。
 故に殺し合いのような正真正銘の戦いで、そのような余裕を見せる事はタブーであろう。
 だが、これは『弾幕ごっこ』なのである。美しさを競い合い、楽しみ楽しませてなんぼの勝負なのである。
 元より月でも互いに楽しみ尽くす為に依姫は魔理沙やレミリアに実力を最大限に発揮させる機会を与えているのだ。
 だから、依姫の答えはすぐに決まったようであった。
「分かりました。貴方の『奥の手』、しかと見届けさせて頂きますよ」
 笑みを浮かべながら依姫はそう答えを示したのだった。
「有難い答えですわ。では行きますよ」
 そして幽々子は懐から新しいスペルカードを取り出して宣言する。
「【越符「ユグドラシルドリップス」】」
「『ユグドラシル』ですか……」
 その用語は依姫にも聞き覚えがあった。地上の全ての地域の神の力を借りる為に世界各地の神話の内容を調べ尽くしたのだから。
 ──確かそれは北欧神話における『世界樹』。正に樹木で世界一の規模の体躯を誇る大樹の事だ。
 幽々子は妖怪桜『西行妖(さいぎょうあやかし)』の下に自分の死体を埋められている存在である。故に彼女の亡霊としての力の源は西行妖にあるのだ。
 その事を幽々子は知らない筈である。しかし、西行妖の妖力か、何かの因果が幽々子にその名付けを行わせているのかも知れない。
 閑話休題。幽々子のその世界樹の名を冠したスペルの発動により、空に霊気が集まっていったのだ。
 そして、その規模も膨大であった。何せ辺りの空一面を覆い尽くしてしまったのだから。
「……」
 依姫は無言でそれを見ていた。表情には出していないが、正直な所驚いているようだ。
「一体何が起こるんですか……。──妖夢さんは知っていますか?」
 その様子を見ていた勇美はそわそわしながら妖夢に聞いた。
「いいえ、私も初めて見るスペルです。何が起こるか分かりませんよ」
 落ち着かない心境なのは、幽々子の従者たる妖夢も同じ事のようであった。
 今やすっぽりと空を覆った幽々子の霊気。その様子を確認した彼女は扇子を優雅に翳すと言ってのけた。
「発射ぁ~」
 だが、いささか気の抜けた号令であった。それを観戦していた者達は全員脱力してしまったのだった。
「幽々子様、何ですかその合図は……」
「はい、こんな事言うのは失礼ですけど、気が抜けちゃいますよね」
 そう突っ込みを入れながら勇美は「幽々子さんって、酸の抜けたコーラみたいな人だな~」と思っていた。
 だが、号令は温くても、攻撃の方は違っていたようであった。
 幽々子の合図を受けて、空に溜まっていた霊気から玉状の小さなエネルギーが打ち出されたのだ。
 だが問題はその量であったのだ。一つや二つではなく連続して大量に放たれたのだから。
 依姫はそれを問題なくかわす。
 この調子で順調に回避していける。そう思われていた。しかし。
 幽々子による空からの砲撃は尚も続いていった。その度に依姫は攻撃をかわし、地面に着弾した雫は小規模の爆発を起こして地面を抉る。
 その流れのサイクルが何度も繰り返されたのだ。さすがの依姫とて疲弊していった。
「……これではキリがないわね」
 やや愚痴るかのように溢す依姫。地道な行為をコツコツこなす事が得意な彼女とて、これでは埒が明かないというものである。
 積み重ねは依姫の十八番である。だが、堅実さだけが勝負の全てではないのだ。
 そう、先程の勇美の戦い方からも依姫は学んでいたのだ。
 依姫ほど修練を積んだ者は、基本的に教える側になるであろう。
 だが、経験を積んだとはいえ、『全てを知った』訳ではないのだ。
 だから、教える者に対してから逆に学ぶ事も時にはあるのである。
 その事を今の依姫は実践しようとしていた。
(さて、どうしたものか)
 依姫は思った。やはり神降ろしの力を携えた自分には選択肢が多いのだ。
 贅沢な悩みと言えるかも知れない。だが依姫はその事実を甘んじて受ける事としたのだ。余裕のある者は余裕のある者なりの奮闘というものがあると。
(あれでいきますか)
 そして、依姫は贅沢な思考を終えて意を決したようだ。
 その間にも幽々子の砲撃は続いていた。依姫はそれを掻い潜りながら考えていた訳であった。
「どうしたのかしら~、反撃はしないんですか~?」
 幽々子は相も変わらずまったりとのたまう。別段イライラしている様子はない。それが今の幽々子の良い所でもあるのだ。
「少し待って下さいね。神の力を借りられる私には色々な手段があるから、どれにしようか迷っているのですよ」
「あらまあ~。それはそれは」
 やや挑発的な台詞に対しても幽々子は寛容な態度を見せる。それが彼女の強みなのだ。
 幽々子とそんなやり取りをしながら、依姫は思った。たまにはこういう緩い掛け合いもいいものだと。
 だが、それに対して幽々子の張る弾幕は申し分なく辛口なのだ。だから依姫はいつまでも考えていないで答えを出そうと思えるのだ。
 そして依姫の答えは決まったようであった。
「『火雷神』よ!」
 答えとなった神の名を唱える依姫。そしてその存在は彼女の力として取り込まれていく。
「【暴風「獅子の心の如き氾濫」】!!」
 続いてスペル名を宣言する。
 すると辺りがゴロゴロと地の底から響くかのような音に包まれたのだ。
 続いて空からポツポツと何かが降り出した。と言ってもユグドラシルドリップスのエネルギーの雫ではなかった。
 本物の雫、即ち雨であった。そうと分かった時には一気に空から降り注いで、激しく地面を打っていたのだった。
「ひゃあ~……」
 堪らず幽々子は緩くも悲鳴をあげる。いくら自分は霊体とはいえ、こうも容赦なく豪雨を打ち付けられては堪えるというものだ。
 そうこうしている内に豪雨は収まった。
 それにより安堵する幽々子。だがその安心は見当外れになる事を彼女はまだ知らなかった。
 雨雲が晴れた夜空は、気付けばユグドラシルドリップスのエネルギー体までもが吹き飛ばされていた。
「綺麗……」
 そして見事なまでの星空が澄み渡っていたのだった。それに勇美は見入ってしまう。
「どうやら収まったみたいですねぇ~」
 幽々子はそう判断すると余裕を取り戻しながらそう言った。
「どうでしたか? 火雷神の豪雨の味は?」
「ええ、凄く辛口でしたわ~」
 依姫に問われて、幽々子は務めて余裕を見せる。しかしその実、内心は穏やかではなかったのだった。
 なので、ここで腹を決める事とする。
「なので、私はもう一度奥の手を使わせてもらいますわ」
「!?」
 その発言にさすがの依姫も驚いたようだ。先程の世界樹の名を冠した技だけが幽々子の奥の手ではなかったというのか。
 だが、依姫の答えは決まっていた。
「構いませんよ、どうぞ見せて下さい」
 自分に逃げ道を作らない。それが武士(もののふ)として、何より依姫自身の信条なのである。
「いい覚悟ですわね。では行きますよ」
 そう言って幽々子は扇子を閉じたまま一振りするとスペル宣言をする。
「【妖炎「冥界の太陽」】♪」
 その宣言と共に幽々子の持つ扇子の先に青白い炎が灯った。
 そしてその炎が付いたまま彼女は扇子を指揮棒のように──はたまた世界中で有名になったファンタジー大作の杖のような要領で振り翳した。
「!?」
 依姫は異変を察知すると、咄嗟に身を翻してその場から離れたのだ。
「あら~、あなたも霊夢みたいに勘がいいのね~」
 そう幽々子が言った瞬間であった。先程まで依姫がいた辺りが一面、火事のような大火に包まれたのであった。
 それも普通の赤と橙の中間ではなく、幽々子の杖代わりの扇子に灯るものと同じ蒼白な炎である。その光景は禍々しくも美しくあった。
「……随分と洒落た事が出来るのね」
「お褒めにあがり光栄ですわ~」
 軽口をかわす二人であったが、その心境は互いに穏やかなものではなかった。
 依姫は幽々子が隠していた力に驚いていたし、幽々子はこの力を使うまでに追い込まれていて焦りを覚えていたのだ。
 なので、幽々子は迷わずに第二波を繰り出すべく扇子を再度振り翳す。
 それにより、依姫の周囲が再び業火に包まれる。今度は直撃したのだろうか。
 だが、その火災現場から何かが勢いよく飛び出した。
 そしてそれは勢いよく、それでいて着実に地面に降り立ったのだった。
 藤色でポニーテールの髪に、最近地上で暮らすようになってからの巫女装束姿。──紛れもなく綿月依姫そのものである。
「……よくあれをかわせましたわね」
「この力のお陰よ」
 そう言って依姫は自身が今しがた使った力の名称を口にする。
「【跳符「跳躍の舞踏」】……」
 そして、依姫は天宇受売命と韋駄天の力を同時に使っての瞬時の跳躍である事を付け加えた。
「やりますね~。でもまぐれは何度も続きませんよ」
「まぐれではありません。この二柱の力のお陰です」
 そう言いながらも、このまま回避に徹するのは得策ではないと依姫は考えを巡らせていた。
 幽々子の冥界の太陽とやらで繰り出される炎の火力は半端ではないのだ。何より天宇受売命と韋駄天の二柱の力にいつまでも頼っている訳にはいかないのだ。
 そこで、依姫は次の手を打つ事にした。
「火雷神よ!」
 依姫は先程まで降ろしていた神に再び呼び掛ける。だが、今度はその使い方は異なる。
 そう、月で咲夜に行った戦法と同じである。
「八柱の兄弟を携え、この亡霊の放つ炎とどちらが勝るか思い知らせよ!」
「面白いわね。力比べという訳ね!」
 幽々子は柄にもなく、力強くそう言い切った。
 そして二人は、『らしくなく』熱くなっていたのだ。互いに桜に通ずるような性質故に負けられないものを感じての事であろう。
「では行くわよ! 冥界の太陽!」
 幽々子は三度扇子を振り翳し蒼き業火を吐き出す。それに対して依姫は宣言する。
「【番龍「ヤマタノドラゴン」】!!」
 すると、依姫の前方に炎で出来た八つ首の大蛇が出現したのだ。
 向こうが冥界の炎を繰り出すなら、こちらは地獄の炎を用意するまで。
 そして蒼炎に向かって炎の龍は牙を向き、その長い首で飲み込むように突っ込んでいったのだった。
 炎と炎がぶつかり合い、激しい爆風と熱が辺りを舞った。当然この状況を見ていた者達全ては一体どうなったのかを把握出来なくなっていた。
 だがそれも永遠に続く訳ではなかった。徐々にエネルギーの嵐は収まっていったのだった。
 そこには水色の着物の亡霊と赤い袴の神の依代が立っていた。
「くっ……」
 そう言って片膝を付いたのは神の依代の方であった。
「依姫さん……!?」
 その光景を見ていた勇美は思わず息を詰まらせた。まさかこの人が……?
 その最中幽々子が口を開いた。
「いい勝負でしたわ。そして……」
 そこで彼女は一息置き、そして言葉を続けた。
「勇美ちゃんだっけ……?」
「あ、はい」
 突然話を自分に振られて、何事だろうと勇美は首を傾げる。
「安心しなさいな。この勝負……あなたのお師匠様の勝ちよ」
「えっ!?」
 幽々子に言われて勇美がそう頭に疑問符を浮かべるのとほぼ同時……。
 ポンッ! ポップコーンが弾けるような小気味良い音を出して──幽々子が煙に包まれてその場から掻き消えたのだった。 

 

第34話 月の侍と冥界の侍

「幽々子様~、心配しましたよぉ~」
 やや情けない声で妖夢は幽々子にすがるが、それも仕方ない事であろう。何せ自らの主が文字通り消えてしまったかに思われたのだから。
「妖夢、心配かけてごめんね」
 と、幽々子は優しく妖夢に微笑んで頭を撫でてやる。
 この場に幽々子がいる事──結論から言って彼女は無事だったのだ。
「まさか、この霊体の維持が続かなくなるなんて思わなかったわぁ~」
 それが幽々子消滅の真相であった。
 まさか幽々子は依姫と激戦の末に霊力が枯渇しかけて、自分の形態を維持するのが困難になるとは思ってもみなかったのだ。
「幽々子様、あれだけの戦いをしてお体は大丈夫なのですか?」
「だから、私に体はないわよ~」
「う~……」
 等と妖夢と仕様もないやり取りをする所から見ても、幽々子は大丈夫なようだ。暫く時間が経てば霊体を形成する霊力も元に戻るだろう。
 その様子を見ていた依姫も心配はいらないだろうと胸を撫でおろしている所であった。
 そして彼女は一頻り永遠亭の者達と触れ合いながら体を落ち着けた後、最後の本題に入る事にしたのだ。
 その思いを胸に、依姫は妖夢の前へと歩を進めていた。
 それに妖夢は気付いて声を掛ける。
「どうしたのですか、依姫さん?」
 そこで妖夢に言われて、依姫は迷わず提案を口にする。
「冥界の庭師さん──妖夢と言いましたか、私と勝負をしなさい」
「えっ?」
 突然自分にそのような提案を掛けられ、妖夢は跳ね上がるような心持ちとなってしまう。
「私が依姫さんとですか?」
「ええ、そうよ。貴方とは一度剣での勝負をしたいと思っていたのよ」
 そう言われて妖夢は思う。自分が相手では依姫にとっては力不足なのではと。
 妖夢はその旨を依姫に伝えると、依姫は微笑みながら妖夢に言う。
「貴方はもっと自分に自信を持ちなさい。月では最後まで私に悟られずに事を成したではありませんか」
 そうなのである。妖夢は半分は浄土の存在であるとはいえ、綿月亭に忍び込んだ状態で依姫にその存在を認知されなかった程であるのだ。
「ですが、依姫さんは……」
 そう言い掛けた妖夢の言わんとしている事を察知して依姫は続ける。
「ええ、確かに私の神降ろしは規格外の力である事は分かっています。なのでこれから始める勝負では、私は神降ろしを使いませんよ」
「はい……」
 妖夢は依姫の話の内容を理解する。依姫は神降ろしを使わず剣術だけで戦い、自分はスペルカードを自由に使えるという事である。
 妖夢にとっては、今後の為の経験に打ってつけである。だが、まだ彼女は腑に落ちない所があり、それを言葉にする。
「何故、私の為にそこまでしてくれるのですか?」
「それはね……」
 そして依姫は理由の説明を始める。
 それは、今の妖夢に師となる人がいないからであった。
 だがかつてはいたのである。その者は妖夢の祖父でもある、彼女と同じ半人半霊である魂魄妖忌(こんぱく・ようき)だ。
 しかし、彼はある時悟りを開くと幽々子と妖夢を残して雲隠れしてしまったのだ。
 故に妖夢はまだ精神的にも技術的にも学ぶべき所がある中で剣術指南役を強いられてしまった訳である。
 余程の天才でもない限り、誰しも物事を教えてくれる者がいなくては成長は難しいだろう。──かく言う依姫とて永琳という師の教えがあってこそ、今の彼女がいるのである。
 その事が分かるからこそ、依姫は今勇美に手解きを施している最中なのだ。
 そして、師のいない妖夢にも少しでも自分から何かを学んでくれれば幸いと、今回の勝負を提案した訳であった。
「それと、貴方は一つ勘違いをしているわ」
「と、言いますと?」
 依姫の意味ありげな発言に、妖夢は首を傾げて聞く。
「これは『貴方のため』だけではないわ。私も貴方と剣術での勝負をしたいから、お互いのためよ」
「あ、ありがとうございます」
 その依姫の心遣いに、妖夢は嬉しくなり満面の笑みを見せた。
「では、始めましょうか」

◇ ◇ ◇

 そして依姫と妖夢は永遠亭の庭園で向かい合っていた。──今宵三度目の勝負の幕開けである。
 そこで、まず妖夢が口を開く。
「ですが良かったのですか? 依姫さんはお疲れでしょう」
 その指摘通り、依姫は先程幽々子との戦いで、弾幕ごっこのルールに則ったとはいえ激戦を繰り広げたのだ。
 そう懸念する妖夢に対して、依姫の代わりに勇美が答えた。
「大丈夫ですよ妖夢さん。依姫さんは無双した経験があるんですから♪」
「無双言うな!」
 依姫は勇美に突っ込みを入れつつも、勇美の指摘は的を得ているなと思っていた。
 自分は月で幻想郷の実力者達に勝ち抜いた経験があるのだ。故に今連戦しても問題ないだろうと。
 勿論あの時も今も楽勝という訳ではないのだ。だが自らの成長の為に自身に課題を出していくのが依姫のやり方なのだ。
 故に今依姫が選んだ選択肢に後悔はなかったのだった。
「前置きはそれだけで宜しいですか?」
「素敵な覚悟ですね」
 自信の揺るがない依姫の態度に触発されて、妖夢も心に火が灯ったようであった。いつになくこれから刀を持つ手に熱が入る。
「では妖夢、貴方から来なさい」
「はいっ!」
 依姫に促されて妖夢は意気込み──そして鞘に手を掛けながら彼女の懐に潜り込んでいったのだった。
 申し分ない踏み込みだ、依姫はそう感じた。動きに無駄がない。
(だけど……)
 依姫がそう思いを馳せている中、距離を詰めた妖夢は居合いの要領で手に掛けた鞘から楼観剣を引き抜いたのだ。
 空を舞う白銀色の線。それが依姫に牙を剥こうと肉薄していった。
「まだ甘いわね」
 言うと依姫も鞘から刀を抜き放ち、妖夢のそれへと合わせたのだ。
 刹那、キィンという金属音が鳴り響き火花が散る。
「くぅっ……」
 妖夢が苦悶の表情と唸り声を示す。こうもあっさりと攻撃を受け止められては無理もないだろう。
 だが、それは一瞬の事で、妖夢の表情は凛々しく冴え渡った。
 そして、左手でもう一つの鞘に手を掛けると、妖夢第二の刀──白楼剣を引き抜き依姫へと向かわせる。
「甘いのは依姫さんの方ではありませんか? 私が二刀流である事を忘れてはいませんか」
 妖夢は得意気に言いながら依姫に左手の攻撃を加えようとする。
「……いいえ」
 ポツリと依姫は言いながら、白楼剣の剣戟へと自身の刀を合わせた。
 再び鳴り響く金属音。
「忘れてはいませんよ」
「くっ……」
 余裕を崩さなかった依姫に妖夢は言葉を濁す。
「いくら二刀流でも、同時に剣を振るう事は出来ないでしょう」
「……確かに」
 正論を突き付ける依姫に妖夢は返す言葉がなくなる。
 そんな妖夢に依姫は続けて言う。
「二本剣を持っていても、一度に相手をするのは一本の剣だと思えばいいだけの事よ」
「……」
 妖夢は言葉を返さずに黙々と左右からの攻撃を繰り出し続けていった。
 右、左、そしてまた右と。
 だが、それらの攻撃はことごとく依姫に受け止められてしまっていた。これで依姫の言った事はハッタリでないのが証明されていた。
「はあ……はあ……」
 妖夢は息を荒げていた。このまま続けてもいたずらに体力を消耗するだけであろう。
 そこで依姫は妖夢に呼び掛ける。
「妖夢、スペルカードを使いなさい。この勝負のルールは何の為にあると思っているのかしら?」
「!」
 それを聞いて妖夢は心の中で何かが弾けるような感覚に陥った。
 ──全くを以てこの人の言う通りだと妖夢は感じたのだった。
 この人と勝負をまともに行うには、成りふり構ってはいられないだろうと。
 プライドというものは社会を営む者達にとってなくてはならないのだ。でなければ好き勝手をしても恥じる事のない世の中となってしまうだろう。
 だが、時にそのプライドをかなぐり捨ててでも何かを得ようとする姿勢は必要なのだ。プライドに囚われてばかりいては手に入る物もむざむざ捨てる事に成りうる。
 それが今だと妖夢は直感した。──この勝負、何としてでも勝つと。
 そう思い立ち、妖夢は一旦依姫と距離を取った。
 そして、万を持してスペルカード宣言をする。
「【断命剣「冥想斬」】」
 言うと妖夢は目を閉じて瞑想すると、彼女に霊気が集まっていった。
 続いてその霊気は楼観剣に集まっていった。その霊気を纏ったまま、妖夢は剣を振り翳したのだ。
 すると、剣の刃から霊気がカッターのように放出され、依姫目掛けて飛び掛かった。
「……」
 それを無言で見ていた依姫だが、無駄な動きをする事をなく刀を眼前に向けた。
 その最低限の動きにより、妖夢が放った冥の刃は依姫の刀に真っ二つにされてしまったのだった。
「あっ……」
 呆気に取られてしまう妖夢。こうも余りにも的確にスペルを攻略されては無理もないだろう。
「こうもあっさり対処されてしまうなんてね……」
 妖夢は肩に力の入らない心持ちで愚痴た。
「直線の攻撃ならば、私なら光でも斬れますよ」
 そう依姫は諭すように言う。彼女はかつて魔理沙と戦った時にも、彼女の十八番のマスタースパークを刀で両断するという芸当を見せた程であるのだ。
 妖夢も自分が振るう楼観剣には余り斬れぬものはないと自負するが、依姫の剣捌きはそれを凌駕する事を妖夢は今悟ったのだった。
 そんな様子の妖夢を見据えながら、依姫は言葉を掛けてきた。
「……貴方の腕はこの程度のものではない筈よ」
 その挑発でもあり、叱咤でもある言葉を掛けられ、妖夢はハッとなった。
 ──この戦いに迷いは不要だと。迷いを断つ白楼剣を自分に使えたら良いのだが、生憎これは自分には使えない代物なのだ。
 依姫はその事を知ってか知らずなのか、取り敢えず自分に喝を入れてくれるのだ、それを利用しない手はない。
(何か……)
 何か、師匠から鍛練を施されていた時と似たような心持ちになるなと妖夢は思った。
 妖忌は手取り足取り教えるのではなく、技を盗ませるような教え方をしていた。
 それに対して依姫は丁寧に教えていくタイプだ。スタイルから言えば真逆である。
 しかし、教える側の心に火を付けて奮闘させるやり方は似ているのだ。
 妖夢はその事を想い、胸が熱くなるかのようであった。
(有り難うごさいます、依姫さん……)
 その気持ちにさせてくれた依姫に心の中で礼を言うと、妖夢の心が昂るかのようになる。
 そして妖夢はその想いを胸に第二のスペルカードを発動する。
「【魂符「幽明の苦輪」】」
 幽々子と依姫の前の試合、妖夢自身と勇美が戦った時に彼女が使ったスペルである。
 だが、あの時とは些か運用方が違っていた。
 それに依姫が気付く。
「後ろ……?」
 そう呟く依姫の背後に妖夢の半霊で形成した分身が現出していたのだ。
 そう、妖夢本体と分身により、依姫を挟み打ちにしようという算段である。
 依姫が気付くと同時に分身が鞘を引き抜く。
「……っ!」
 咄嗟に依姫は刀を合わせて分身の剣戟を受け止める。鳴り響く金属音。
 そこに本体の妖夢が出向く。
 剣を振るう手が一人一本ずつにしか出来ないのなら、二人にしてしまえばいい。単純故に効果覿面の作戦であった。
「お覚悟……」
 妖夢は自分に優位が舞い込んだのを確信すると、らしくなく得意気に言いながら依姫へと剣を振り下ろした。
「見事な作戦ね」
 依姫はそう感想を漏らす。決して嫌味ではなく、本心からの賞賛であった。ここまで無駄のない思案を行動に移すのは見事であるからだ。
 しかし、ここで依姫は言う。
「だけど、作戦だけではいけない。よく覚えておきなさい」
 その言葉に続けて依姫は意識を集中させる。
 そして、身を後ろに引くと、妖夢の本体と分身を一纏めに狙い──剣を一気に横薙に振り払ったのだった。
 あろう事か、依姫は本体と分身の持つ刃が行き届かない場所が現れる一瞬を狙って、一薙に攻撃したのだ。
「っくぅ……!」
 妖夢本人と分身は依姫の剣戟を受け、後方に弾き飛ばされてしまった。
 そして、霊力で作った仮初めの肉体である分身はその形態を保てずに元の半霊へと戻った。
 完璧な筈の算段を阻止され、妖夢は今一度距離を取って依姫を見据えた。
「お見事です。私の作戦をこうもあっさり防ぐなんて……」
「世の中、机上の空論だけではいけないという事よ」
「はい」
 依姫に諭され、妖夢は素直に返事をする。今依姫は敵として自分の前に立ちはだかっている訳だが、それでも敬意を忘れてはいけないと思っての事であった。
「では、次は私から行かせてもらうわよ」
 言って依姫は妖夢と距離を詰めると、彼女に向けて刀を打ち出した。
 咄嗟に楼観剣でそれを受け止める妖夢。
「くぅっ……」
 苦悶の声を漏らすも、防戦なら自分に分があると妖夢は思った。
 確かに攻撃には左右の腕を一度に片方しか繰り出せない。しかし、防御の場合には両の手に持つ刀を同時に使えるのだ。
 これなら相手はそう簡単に攻め崩す事は出来ないだろう。
 だが、それも一時のその場凌ぎにしかならないと妖夢は直感していた。
 だから妖夢は一瞬の好機に賭ける事にしたのだ。
 そう、これは賭けである。妖夢は博打事は良しとはしない性分ではある。
 だが、相手は堅実に戦ってだけいては到底勝てない存在なのだ。
 そして妖夢は依姫の剣戟に耐えながらも意識を集中した。先程二人の妖夢を破った依姫と同じような集中力を見せる。
 幸い相手は一刀流なのだ。いくら攻撃する際に振るう刀はどちらにしろ一本にはなれど、相手が持つ刀が一本であるこの事実は揺るがない。
 そして好機は訪れる。依姫が振るう剣戟に一瞬だがぶれが生じたのだ。それを妖夢は見逃さなかった。
「【獄界剣「二百由旬の一閃」】!!」
 気付けば妖夢はスペル宣言と共に鋭い剣の横薙ぎを放ち、依姫の剣の持ち手を的確に払っていたのだった。
「……っ!」
 一瞬の事に依姫は苦悶の声を出すと同時に──手に持った刀を離してしまっていた。
 持ち主の手を離れ、刀はプロペラのように回転しながら、山なりの軌道を描き、遠くの地面に刺さったのである。
 これが依姫が普通に神降ろしの使える勝負なら、神の力で幾らでもこの状況を打破出来るだろう。
 だが、この戦いでは依姫はその力を使わないと取り決めを行っていたのだ。故に……。
「この勝負、私の負けね」
 依姫ははっきりとそう言い切ったのだった。
 世の中の傲慢な人間は自分の取り決めたルールにより不利になろうものなら、屁理屈を並べ立ててそのルールを守らなくてよくなったように振る舞う者も多い。
 だが、当然依姫はそのような人間とは程遠い存在なのだ。故に妖夢の勝利は揺るぎないものとなるのだった。
「やっ……た……」
 自分に有利な条件での勝負とはいえ、妖夢は格上の存在に勝利したのだ。その事実を彼女は徐々に噛み締め始めていった。
「依姫さん、有り難うございました」
 妖夢は自分に何かの道標となるべく相手をしてくれた依姫に礼を言う。
 この勝負が妖夢にとって糧になるかは彼女次第。だが、彼女にとってこの経験はこの先決して無駄にはならないだろう。 

 

第35話 冥界組との後夜祭

 妖夢と依姫の文字通り『真剣勝負』は、妖夢の勝利となって幕を収めた。
「いい勝負だったわぁ~」
 その勝者であり、我が従者である妖夢の勝利に、幽々子は余韻に浸っていた。やはり、自分の元にいる者が活躍するのは喜ばしい事なのである。
「それじゃあ、妖夢の勝利のお祝いも含めまして、後夜祭と行きましょうか?」
 喜びの余韻に続いて、幽々子はそんな事を言い始めた。
「ちょっと……幽々子様!?」
 主の突拍子もなく聞こえる提案に、妖夢は戸惑いを隠せなかった。余りにもそれは永遠亭の者達に厚かましい事ではなかろうか?
 だが、当の永遠亭の住人達の態度は朗らかであった。
「まあ、いいじゃないの? 私は大歓迎よ」
「輝夜がそう言うなら私は異存はありませんよ」
 まず主たる輝夜の意見に、永琳も賛同する。
「私もいいと思うわ。何て言っても、私に勝ったのだからね」
 と、依姫も同意の姿勢を示す。後は鈴仙やてゐや他の兎と言った面子も同じ意見のようだ。
 そして、忘れてはならないのが。
「私もいいと思います。冥界の方々とはこの機会に触れ合っておきたいですから」
 新しい永遠亭の家族とも言える、勇美からであった。
「決まりのようね~」
「本当にいいんですか~?」
 のり気の幽々子に対して、妖夢は頭を抱えるような気持ちで言った。
「固い事は言いっこなしよ妖夢。折角この時の為にお酒も持って来たんだから♪」
 そう言うと、幽々子はどこからともなく大きな酒瓶を取り出した。
「うわっ!?」
 どこにそんな物を仕舞っていたんだと、妖夢は腰を抜かしそうになる。
「幽々子様、そのお酒は何ですか?」
「これはね、永遠亭の人達と一緒に飲んでもらいたくて持って来たのよ。──前の事のお詫びも兼ねてね」
「お詫び……って、あ!」
 幽々子の言葉を聞いていた依姫は、その瞬間閃くような感覚に陥った。
 ──そう、かつての月と幻想郷の勝負の事である。最終的に紫の手解きに応える為に幽々子が選択したのは、月の酒を盗んで月の者達に一泡吹かせるという結論であった。
 消耗品だから、飲んでしまえば取り返しようがないナイスな判断だと、あの時紫は大絶賛したものである。
 その事を思い返した依姫は、幽々子の算段を読めずに首を傾げて言う。
「……どういう風の吹き回しかしら?」
 その疑問に幽々子は答えていく。
「分からないかしら? あなた達のお酒を盗んだのは、あくまでもあなた達を一泡吹かせる為で──利益を得る為ではなかったからよ」
 そして幽々子は、だから盗んだお酒の分のお返しはきっちりすると付け加えたのだった。
「これはまた一本取られましたね」
 依姫はそんな幽々子の振る舞いにただただ感心するしかなかった。どこまでも懐の広い存在だなと。
 そう依姫が幽々子に感心していると、いよいよもって幽々子は話を切り出し始めたのだ。
「では、永遠亭と冥界のお近づきの後夜祭と行きましょうか」
 その幽々子の発言を皮切りにして、一斉に歓声が巻き起こったのだった。
「何か騒がしくなっちゃったなー」
 その光景を見ていた勇美はそう呟くも、それも悪くないと思った。
 折角の冥界組とのお近づきなのだ、今回くらい派手にやってもいいだろうと。
 そう勇美が思いを馳せていると、この騒動の首謀者(?)たる幽々子から声が掛かってきた。
「どう? 勇美ちゃんも私の持ってきたお酒、どうぞ飲んでね~」
「丁重にお断りさせて頂きます」
 勇美は悪徳勧誘を断る際の適切な対応の如くきっぱりと幽々子の誘いを断った。
 ──確か自動車の類いが存在しない幻想郷では飲酒法も無かったんだっけと勇美は思い返した。
 しかし、未成年の飲酒は運転に支障をきたす以外にも肉体に悪影響があるようであるし、第一ここで飲んだら外の世界で生まれた者として何か一線を越えてしまうという意識が彼女にはあったのだ。
「あら~、残念~」
「いえ幽々子さん、これだけは譲れませんから」
「そういう事よ。勇美もそう言っているのだから」
 勇美と幽々子の間に依姫が入って仲裁に勤めてくれる。
「勇美は外の世界の者なのだから、それを破らせるような事はしてはいけないわ」
「依姫さん、ありがとうございます。幽々子さん、そういう訳ですから」
「分かったわ」
 二人に説得されて、幽々子は納得したようであった。
 そんなやり取りの後、準備は整えられ後夜祭は無事に開催して盛り上がりを見せるのだった。

◇ ◇ ◇

 後夜祭は滞りなく盛りを見せていた。
 勇美はと言うと、お酒は飲まなかったものの、冥界製の果実から搾られたジュースを飲み、舌鼓を打っていたのだ。
 コクがあり、それでいて癖の強くない良い飲み物であった。なので勇美は厚かましいと思いながらも、ついついお代わりを要求してしまっていた。
 しかし、飲み物を多く摂取しては当然訪れるものがある。それは……。
「あっ、トイレに行きたくなっちゃった」
 そう、尿意である。体内に取り込まれた水分の内、余計な分を小水として排出しようとする整理現象だ。
「済みません、トイレに行って来ます」
「あら惜しい、『トイレ貸して下さい』だったら『返してね』って言おうと思ったのに」
「ええ、そういう事言う人がいるから、この表現にしました」
 勇美は茶化しに掛かって来た輝夜と軽口を叩き合う。
 だが、軽くとは済まないのが他でもない、膀胱であった。
 特に女性の場合は『アレ』が存在しない為に男性よりも尿意に耐えるのが困難なのである。
 当然勇美も例外ではなかったのだ。
「ごめんなさい輝夜様、一刻も早くトイレに行かせて下さい……私の負けでいいですから」
「うん私こそごめん。早く行っておいで」
 この苦悩は輝夜も同じ女性だからよく解るというものだ。これ以上呼び止めるのも無粋である為、素直に勇美をトイレに行かせるのだった。
「ふー、間に合ったぁ~♪」
 結論から言うと、勇美は無事に用を足すのに間に合ったようだ。
 今この瞬間、勇美はこの世の極楽浄土を一身に受け止めるかのような解放感を噛み締めるのだった。
 そして、大事な箇所のケアーをすると、ショーツを元あるべき所に引き戻す。この際、勇美の今着ている和服はミニスカスタイルの為、とてもやりやすかったのだった。
 成し遂げるべき事は抜かりなく成し遂げた。勇美は菩薩の如き澄み渡った表情で永遠亭のトイレから出て来るのであった。
 後は宴会の席に戻って、後夜祭の残りを満喫するだけ。そう勇美はうきうきしながら帰路に着こうとしていた。
「勇美ちゃん、ちょっといいかしら?」
 そんな中、勇美はある声に呼び止められる事となる。
 誰だろう? 勇美は思いながら一瞬考える。
 勇美の事を『ちゃん』付けで呼ぶのは、永琳と、他には……。
「幽々子さん?」
 それしか選択肢はなかったのだ。見れば桃色の髪に水色の和服、正解のようであった。
「ピンポーン、ご名答♪」
「私の事をちゃん付けするのはこの場に二人しかいませんからね、すぐに分かりましたよ」
 そう言って勇美は笑顔を幽々子に見せた。
「ああ、幽々子さんって亡霊さんですから、トイレで出現してたら今頃大変な事になっていましたよ」
「私はどこぞの、嘆きの何たらかい!?」
 勇美に突っ込みを入れながら、幽々子はハッとなってしまった。普段徹底的なボケ役の私に突っ込みをやらせるとは、この子、只者じゃないと。
「ま、まあ何……」
 幽々子は生物であったら冷や汗を掻くような心境を何とか悟られないように取り繕いながら本題に入る。
「後夜祭に戻るまで、ちょっとそこの休憩室で私と話をしていかない?」
「幽々子さんとですか?」
 勇美は何が狙いだろうとは思いながらも、特に嫌な気はしなかったのだ。
 寧ろ、幽々子のようなほんわかした者と一緒に話が出来る事は光栄なのである。
「もちろん、喜んで♪」
「そう言ってもらえると嬉しいわ~」
 こうして意見の一致した二人は休憩室へと赴くのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、二人は休憩室で話に華を咲かせていた。
 内容はお互いに冥界、永遠亭での生活はどうだとか、たわいもない事であったが、二人は実に充実した時を過ごしていたのだった。
 そこで、幽々子がふいに勇美に呼び掛ける。
「ところで勇美ちゃん、突然こんな事言ってあなたを驚かせてしまうかも知れないけど……」
「どうしたんですか、幽々子さん?」
 勇美は幽々子が先程までとは違い、いつになく真剣な表情を浮かべながら言うので何事かと思う。
「それはね、あなたのお師匠様の事よ」
「依姫さんの事ですか?」
 勇美は幽々子がおどけた表現をするものの、すぐに誰の事を言っているのかを察する。
「そうよ、物分かりが良いわね」
 言って幽々子は微笑む。
「それで、依姫さんがどうしたのですか?」
「そうね、本題に入ろうかしら」
 幽々子はそう言いながら勇美をじっくりと見据えた。
「あっ……」
 それを受けて勇美は言葉にしがたい感覚に陥る。言うなれば、脳の内側から優しく揉まれるかのような心地良さ。
 そんな得難い快感に苛まれている勇美を暖かく見守りながら、幽々子は話を続ける。
「まず、あなたはあの人──依姫が武士道を参考にした理論の元に励んでいるのは知っての通りね?」
「はい」
 勇美は、はっきりと返事をした。
 その事は勇美も知っているのだ。永琳の編み出した、武士道に近い教えを依姫は大切にしている事を。
 勿論、依姫は武士道を鵜呑みにしている訳ではない。武士道の内、切腹や仇討ちといった問題のある要素は美徳とは考えてはいない。だが。
「そして、あの人の強さの一因になっているのは『死と向き合う事』だという事も……あなたを見ていれば知っている事は分かるわ」
「凄いですね、幽々子さんはそこまで分かるんですね」
 勇美にそう言われて、幽々子は「具体的な根拠はないけどね」と付け加えた。
 幽々子は特にその事は『これだから』と分かっていた訳ではないのだ。それは永い年月存在しているが故の洞察力からなるのだった。
 そして、幽々子はここでこの話題に入った理由である『決定打』を打ち出すのだ。
「勇美ちゃん、あなた、その事を『格好良い』って思っているでしょう?」
「それは……はい!」
 勇美は一瞬返答に迷ったものの、すぐに思い返して答えを決めたのだった。
 確かにそうだ。勇美は死と向き合って生きる依姫を潔い人だと尊敬の眼差しで見ているのだ。ましてやそれが物理的にも精神的にも彼女の強さに繋がっているとなれば尚の事である。
 そんな勇美に対して、幽々子は優しく、それでいて諭すように続ける。
「それを全面的に否定はしないわ。でも」
「……」
 いつになく神妙な面持ちになる幽々子に、勇美は思わず唾を飲み込みながら続きの言葉を待った。
「あなたがそれに憧れる気持ちも分かる。けど、人間は『死んだらそこで終わり』。その事だけは忘れないでね」
「あっ……」
 この瞬間勇美は幽々子が言わんとしている事は何かと理解した。
 妖精のように死の概念が人間と異なる存在は、その身が滅びても自然が無事なら永い時間を掛けなくてもたちどころに再生するのだ。
 だが、人間を始めとした生物はそうはいかない。命を落とせば、その存在は亡きものとなってしまうのだ。
 そこで勇美は「幽々子さんは?」とは言わなかった。亡霊となって存続しても、安易に『死んでもいい』等とは断じて思いはしなかったからだ。
 その事を見透かしたかのように幽々子は付け加えた。
「それなら、私のように亡霊として存在している者はどうなるかと思うわよね?」
「……それも考えました」
「正直でいいわね」
 幽々子は決して嫌味などではなく勇美をそう評した。その後で「だけどね」続ける。
「私のように死後亡霊として存続する事は稀なのよ」
「はい」
 勇美は素直な気持ちで返事をする。ここで反論する等というのは無粋というものだろう。
 勇美がそう振る舞う中、幽々子は話を続ける。
「それにね、私が存在出来ているのは紫がちょっと無理をしてくれているからなのよね」
 そして幽々子は説明した。紫が冥界に干渉して幽々子を成仏させないようにしている事を。
 そして幽々子は再び勇美と向き合った。
「そういう訳よ。これで私の話は終わり。この事は心の内に留めておいてね」
「ありがとうございました」
 勇美は貴重な話をしてくれた幽々子にお礼を言った。
 この話は幽々子だから特に重みがあったと言えよう。何せ一度命を落とした者から語られる事であったのだから。
 これで充足して勇美は後夜祭に戻れば良かったのであるが、ここで彼女の『いつもの』悪癖が出てしまう。
「ところで、幽々子さんは死を操る能力なんですよね?」
「知っての通りよ」
「それってつまり、『死のメタファー』って事ですか?」
 やってしまった。確かに幽々子はピンク(髪が)で死を操るが、それだと別の人になってしまうのだ。
 見れば幽々子は先程までの優しいものではない、不気味な笑みを浮かべていた。
「そういう変な事を考える子はしまっちゃおうね~」
 ……気付けば勇美は(休憩室の押し入れに)閉まわれかけていた。そして勇美は悲痛な嘆き声をあげる。
「もうダメだぁ~」
 何が駄目って、ボケが流れっぱなしになってしまった事である。突っ込み役不在時にボケはやるものではないと勇美は悔いるのだった。

◇ ◇ ◇

 ちなみに『あの人』が死のメタファーだというのはガセである。作者本人から「別にそんな事はないよ」と指摘があったのだ。 

 

第36話 外界っ子バトル:前編

 昨日は冥界組と永遠亭との勝負に続き後夜祭となり、大いに盛り上がったのだ。
 そんな余韻を胸に秘めつつも、勇美は今日も依姫と鍛練の日々を送っていた。
「【光符「ラーズミラー」】!!」
 今この瞬間、勇美は自分が扱える最大出力の力で依姫に立ち向かっていた。彼女の放つ強大な光と熱の奔流が依姫に襲い掛かった。
 それが依姫を包むと激しい爆発を起こす。
 直撃である。勇美の攻撃は綺麗に決まったのだった。
 だがその攻撃を決めた勇美は何も言わずに目の前で起こる光の爆ぜを見据えていた。
 そして光は収まる。そこに現れていた光景を見て、勇美はいっそ爽やかな表情で言った。
「やっぱりこうなりますよねぇ~」
 勇美は頭をポリポリと掻いて愚痴る。その先には……刀を構えて立っていた依姫が存在していたのだ。
 ──ものの見事に今の勇美の攻撃によるダメージは皆無のようだ。
 依姫は例によって光の攻撃をその刃で切り裂いたのだった。
「やはり依姫さんには届きませんね」
 やはりこの人は敷居が高い。そう勇美は痛感する。
「いえ、貴方はどんどん腕を上げているわ」
 そう勇美に労いの言葉を掛ける依姫。
「そうはいっても、私の渾身の一撃を軽々とかわしたじゃないですか~」
 その依姫の言葉を単なる慰めのものだと受け取りながら勇美は言う。
 そんな勇美を見ながら、依姫は微笑みを浮かべ続ける。
「確かに、私は今の攻撃はかわしました。でも、それまでの攻撃はどうでしたか?」
「あっ……」
 言われて勇美はハッとなった。
 見れば依姫は、多少であるが服の汚れが見て取れるではないか。
 それは他でもない、勇美の攻撃により負ったダメージの裏付けとなるのであった。
「そういう訳よ。貴方は着実に成長をしているのだから、自信を持ちなさい」
「はい、ありがとうございます」
 そう依姫に労いの言葉を掛けられて、勇美は嬉しくなった。
 こんな素晴らしい人に認められる程に自分は成長していっているのだ。これは勇美にとって誇りとなるのであった。

◇ ◇ ◇

 そして依姫との鍛錬の終わった勇美は、彼女と一緒に人里の茶屋へと赴いていた。これが彼女達の日課となっていたのだった。
 そして、これまた常時的な出来事となっていたのが……。
「依姫さん、確かあの人は……」
 そう、人里での他の勢力の者との出会いであった。
 そして、依姫はその人物の名前を答える。
「東風谷早苗ね、守矢神社の風祝──巫女と同じようなものね」
 依姫が示すその人物は、まず鮮やかな緑髪に、右側の髪に蛇の飾りを巻き付け、頭には蛙の髪飾りを身に付けていた。
 そして問題なのが服装である。それは青と白が貴重の、巫女装束……に似た何かという如何ともしがたいものであった。更に極め付きは、袖が本体から分離していて、腋が露出されている事であろう。
 そんな際立つ召し物に身を包んだ存在──早苗に、勇美は気兼ねなく話し掛けるのだった。
「あなたが東風谷早苗さんですね?」
 呼び掛けられて、その少女──早苗は勇美に向き直り言葉を返す。
「そういうあなたは黒銀勇美さんですね?」
「ええ、まあ」
 勇美の事が知られている、これもお決まりの展開なのであった。
 話し掛けられた早苗は、勇美の意図を汲み取って続ける。
「私に話し掛けたのは、つまり私と弾幕ごっこがしたいという訳ですよね」
「そういう事です」
 勇美はそうはっきりと言った。今回自分から進んで弾幕ごっこを相手にお願いしたのだった。
 今までは依姫に言われる形でやっていたのだが、これからは自分の意思で行うべきだろうと勇美は考えての事であった。
 これは勇美が無理をしての事ではない。彼女自身、早苗から積極的に学びたいと思っての事である。その理由は。
「何故私と勝負をしたいと思ったのですか?」
「それはですね、早苗さんは私の『先輩』になるからですよ」
 その事が理由だったのだ。
 聞く所によると、東風谷早苗は幻想郷の外から来た外来人なのである。それは守矢神社が科学の発達した外の世界では信仰を集められなくなった為であるのだ。
 そして早苗は自分の仕える守矢諏訪子と八坂神奈子の二柱の神と一緒に幻想郷にやって来たのである。
 つまり、同じ外界から幻想郷に来る事になった勇美にとっては、早苗は先輩になるという訳なのだ。
「先輩ですか……」
 その言葉を聞いて早苗はこそばゆい気持ちになった。そう呼ばれるのは悪い気持ちはしないのだった。
 自分はまだ幻想郷にとって新参で、まだ未熟であるけれど、教えられる事があるなら、やれる事はしよう。
 真面目な性格である早苗はそう思い至ったようであった。
「分かりました、私で良ければいくらでも相手になりますよ」
「ありがとうございます♪」
 快く承諾する早苗に、勇美は心弾むような気持ちになりながら返すのだった。
「でも、問題はどこで弾幕ごっこするかですね……」
「確かに」
 早苗の発言に、依姫も相槌を打った。それに対して、どういう事だろうと勇美は思った。
「どこでって、早苗さんの家ですればいいんじゃないのですか?」
 それで問題ないだろうと、勇美は言うのだったが。
「勇美さん、私の家──守矢神社がどこにあるか知っていますか?」
「それは、妖怪の山……って、あ」
 そこまで言って勇美はハッとなった。
「そんな山じゃあ、行くのが大変ですよね」
「そういう事ですよ」
 空を飛べる早苗なら妖怪の山から飛んで人里まで簡単にやって来れる訳だが、それが出来ない勇美では登山という労力の掛かる行為を強いられてしまうだろう。
 だが、その理由は『半分』の正解であった。もう半分を依姫が説明していく。
「それと勇美、妖怪の山に住む天狗を中心とした妖怪は排他的なのも理由なのよ」
「その通りですよ、依姫さん」
 早苗は自分が付け加えようとしたもう一つの理由を、見事に依姫に代弁してもらう形になって感心するのであった。
 排他的……。その歪んだ思想は依姫が自分達月人を見ている事で嫌という程知っているのだった。
 その思想は他を見下し、時に自分達の正義に反するのであれば危害を加える事も辞さない考えを生み出すものであるのだ。
 その事を依姫はよく知っているからこそ、勇美を妖怪の山へは連れて行きたくないのであった。月の思想は反面教師として抜かりなく依姫の役に立っているのだった。
 だが、そこで困ったのが勇美であった。それならばどこで早苗との弾幕ごっこを繰り広げるべきなのかと。
「それじゃあ、どうしますか……?」
(あ、何かこの子可愛いですね……♪)
 う~んと勇美が頭を捻り考えるのを見て、早苗はほのぼのとした気持ちとなってしまった。彼女もまた勇美の小動物性に惹かれたのだった。
 ずっとこのままの勇美を見ていたい衝動に襲われる早苗だったが、さすがにこのままではいけないので、隣にいた依姫に案を聞く事にした。
「どうしますか、依姫さん?」
 それに対して、依姫は何も迷う事はなかったのだった。
「早苗、安心しなさい。勇美、あの時の事を忘れたのですか?」
「あの時……?」
 勇美は依姫に言われても、彼女の言わんとしている事が理解出来なかった。あの時とは何時の事だろうかと。
(やっぱり可愛い)
 そして再び悩む勇美を見ながら早苗は癒されるのだった。この子、お持ち帰りしたいと。
 ちなみに早苗は外界では高校生だったのだ。だから二つ三つ歳の低い勇美が愛おしいと感じてしまう一因となっていたのだった。
 だが、現実とは無情なものである。そんな勇美に対して依姫は助け舟を出してしまうのだから。
「ほら、あの時。慧音さんの申し出で特別授業をした時の事よ」
「あ、あそこですね♪」
 依姫に言われて頭に閃きが走った勇美は、合点がいき、にぱっと笑顔を見せた。それを見て早苗はこの子はころころ表情が変わって、やっぱり可愛いと確信するのであった。
 そんな事ばかりを思っていられないので、早苗や依姫に聞く。
「依姫さん、あそこってどこなんですか?」
「そう言えば貴方は知らないよね。いいわ、案内するわ」

◇ ◇ ◇

 そして依姫に案内されたのは、人里の近くにある開けた空間であった。
 そう、勇美が寺子屋の為に特別授業をした際、自分の分身を恐竜型に変形させながら依姫と戦った場所である。
「こんな所があったんですね~」
 早苗は素直に感心した。
「貴方は幻想郷での経験が浅いですからね、分からない事があったら遠慮なく私や幻想郷の親切な者に聞くのですよ」
「はい……って、依姫さんも幻想郷での経験は少ないのではないですか?」
「確かに……」
 早苗に指摘されて依姫はその通りだと苦笑した。このように物覚えが良い所や、教える事に関して様になってしまうのは依姫の強みと言えるだろう。
 気を取り直して、依姫は話を切り出す。
「それでは始めなさ……」
「始めなさい」と言おうとして、依姫はそこで踏み止まった。何があったというのだろう。
「どうしたんですか?」
 疑問に思った勇美は首を傾げる。何故なら彼女はこの場の二人とは『違う』存在だからだ。
 一方で理由を察した二人は同時に互いにコンタクトを取った。
「丁度良かったわ」
「来てくれたんですね」
 そう言い合う二人の視線の先には、二人の人影があった。
 ──否、『二柱』である。
「早苗~、来たよ~」
「面白そうな事になっているな」
 それぞれ、幼女とババ臭……いや、大人びた女性から声が掛かった。
「貴方方にはお会いしたいと思っていました。守矢諏訪子様……八坂神奈子様」
 そう、早苗が仕える守矢神社の二柱の主であったのだ。
 守矢諏訪子は金髪に紫と白の古風で落ち着いたスカートを含んだ服装に、何と言っても頭の蛙の玩具のそれのような目玉が付いた個性的すぎる帽子が特徴であった。
 対して神奈子は鏡をアクセサリーにし、黒のスカート。後紫の髪と赤い服が原因で、どうしてもオバ……老けて見えてしまう外見である。
「お前か、最近噂になっている神霊使いは」
「はい、仰る通りです」
 珍しく腰が低くなる依姫。
 それもそうであろう。あくまで依姫は神の力を借りる身。対して神奈子は『神』そのものであるのだから。
「まあそう固くならなくていい。幻想郷では神も人間も何もかも平等なのだからな」
「そう言って頂けると嬉しいですね」
 神奈子に促され、漸く依姫も表情が柔らかくなる。
「『この子、可愛い』って、抱きしめるのは失礼になるんですよね?」
 勇美はデザートに存在するはずだったケーキを食べ損ねたかのようにもの惜しそうに諏訪子を見つめていた。
「ええ、失礼も失礼、大罰当たりよ!」
「ですよね~」
 すかさず突っ込みを入れる依姫に対して、勇美は意気消沈する。
「まあ、そう気を張らなくてもいいよ」
 そんな二人に対して諏訪子はニカっと笑みを浮かべる。外見が小学生位の少女に見える彼女がやるのだから、その愛しさは一入であった。
「それじゃあ♪」
 諏訪子の言葉を聞いて、猫科の肉食獣の如き眼光で食い入るように迫る勇美。
「でも、抱きしめるのはNGね」
「あぐぅ~……」
 諏訪子の非情な結論に、勇美は珍妙な呻き声を出してその場に倒れ伏してしまった。
「まあ、そう気を落としちゃ駄目だよ。私達は勇美ちゃんの弾幕ごっこを見に来た訳でもあるんだし♪」
「はい、ありがとう……ございますぅ……」
 勇美は複雑な心境であった。神直々に自分の弾幕ごっこを見に来て貰えたという光栄さと、結局は可愛い幼女然とした諏訪子を抱きしめるという野望が成熟しなかった無念とが頭の中を駆け巡っていたのだ。
「そういう事だ。そうややこしい心持ちとなるな」
 そして、神奈子も勇美を労う姿勢を見せた。
「そうですよ、勇美さんはこれから私と勝負をするのですから。言っておきますけど、私は強いですからね」
 早苗は強気な発言をした、いつもの妖怪退治人としての血が騒ぐようであった。
 それを聞いて勇美は心機一転、早苗と対峙する意欲を強く沸きたて始めた。
「はい、足元掬われないで下さいね、先輩♪」
 対する勇美も意気揚々とするのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、勇美と早苗の勝負はここに始まった。
 どちらから先に動くのだろうか? そう思われた矢先。
「早苗さん、私から行かせてもらいますね」
 勇美のようであった。意気込みの良い後輩に対して早苗は気を良くする。
「どうぞご自由に。ここは先輩として後輩に華を持たせますよ」
「そう言ってもらえると助かります。それでは、最近編み出した『とっておき』をお見せしますね」
「とっておき……ですか?」
 早苗はその言葉に首を傾げつつも期待した。一体この後輩は何を見せてくれるというのだろうか?
「では行きますよ。早苗さん、あなたに相応しい神様は決まりましたよ!」
「その台詞ダメです! どっかで聞いたような気がしますから!」
 早苗は慌てて手を振って抗議し、依姫もまたこいつやりやがったと頭を抱えていた。
 ──神をそんな得体の知れない弾薬感覚で行使するなと。
 ちなみに、風の象徴の人が使うのに『土』って意味だったのはどういう事だったのかと。そして大人の事情で打ち切るには惜しすぎたアニメだったとも。
 閑話休題。勇美が神の力を借り続ける修練の内に気付いた事。
 それは彼女が同時に神の力を借りられるのは三柱までが限界という事であった。──それ以上は肉体と精神に負担を掛けすぎてしまうのだった。
 なので、勇美はその制約の三柱の神を選ぶのだ。
「……魔銃っぽく宣言していいですか?」
「ダメです。普通にやって下さい」
「ぇ~」
 早苗にキッパリ言われて勇美は項垂れた。そして傍らで聞いていた依姫も呻く。まだそのネタ引っ張るつもりだったのかと。
 だが、いつまでもネタに走ってもいられないだろう。勇美は意を決して力を借りる神の宣言をする。
「まず石凝姥命、そして天照大神よ、そして……」
(……)
 それを聞き、依姫は首を傾げた。
 その組み合わせは先程も勇美が見せた、彼女が誇る奥の手『ラーズミラー』発動の為のものであるのだ。
 だが勇美は後、もう一柱の力も借りようとしているのだ。一体どうしようというのだろう。
 その依姫の思いに応える形で勇美は最後の神を宣言する。
「そして最後に住吉三神、お願いします」
「それはまあ……」
 依姫は、意表を付かれて色々と感心してしまった。
 まず、住吉三神がかつて霊夢に使役された事により一悶着があった事である。あの時は苦労したが、霊夢達と和解した今ではいい思い出である。
 そして、住吉三神は名前の通り三兄弟の神々を纏めて指す用語である事だ。
 つまり、その三柱を一体の存在として勇美は使役したのだ。
その事に依姫は驚くのだった。
(そんな器用な事が出来るなんてね……。ここから勇美は一体何を見せてくれるのかしら?)
 依姫は期待に満ちた心で勇美の戦いを見届けようと想ったのだった。 

 

第37話 外界っ子バトル:中編

 勇美と東風谷早苗の弾幕勝負。その最中、勇美は石凝姥命と天照大神と最後に住吉三神の力を借りたのだった。
「よし、今回もうまくいった! 住吉三神でうまくいかなかったら、ネプチューン様で代用しようと思っていた所だったけど、問題なかったようね」
「勇美さん、一体何をする気ですか?」
「まあ見ていて下さいって」
 勇美は力強い物言いを早苗に向けた。そして、メインディッシュのスペル宣言とあいなる。
「【水鏡「ミラーオブライト」】♪」
 その宣言後、勇美の隣に大鏡の姿と化したマックスが現れたのだ。
 しかし、今回は全体的に青い色の雰囲気を醸し出している。そして、鏡の周りの甲殻類を思わせるような飾りの数々が禍々しくその存在を主張しているのだった。
「……何か不気味な鏡ですね」
 早苗はその産物に対する感想を言った。それがこの「ミラーオブライト」の全容を的確に示すものとなっている。
「それで、その鏡で何をするのですか?」
「『儀式』ですよ♪」
「儀式?」
 得意気に言う勇美に、早苗は首を傾げた。
「? 勇美、貴方は私の力で神の力を借りているのだから、そんな事は必要ないはずよ、一体……?」
 依姫には本来供物や神事等の儀式が必要な神降ろしを、その才能と鍛錬により何の準備もなく行えるのだ。
 だから、依姫の管轄内で神の力を借りる事が出来るようになった勇美に、神前の儀式は必要ない筈であるのだ。故に依姫の疑問は尽きる事はなかったのだった。
「では儀式を始めますよ」
 そう言って勇美は懐から何かを取り出した。
「おにぎり……?」
 その光景を見ていた早苗の指摘通りの物、それ以上でも以下でもない、ご飯を握り固形に集めた産物、英語ではライスボールという、おにぎりそのものであった。
「さあ、マッく~ん。お供え物の時間だよ~」
 そう言って勇美は化け物鏡と化した自分の分身の前におにぎりを置いたのだった。
 その光景を呆気に取られながら見ていた早苗だが、漸く言葉を紡ぎ出す事に成功した。
「……勇美さん、何してるんですか?」
「何って、儀式ですよ」
 悪びれもせず、勇美はそうのたまった。
 そこへ、口出ししまいと決めていた依姫が言葉を発する。
「そんな儀式がありますか? 儀式っていうのはもっと複雑でしてね……」
 苦労して神降ろしの力を手に入れた依姫だからこそ、本来の神降ろしの難儀さはよく分かっているのだ。故に今回突っ込みを入れずには入られなかったのだった。
 それは、神として神事をその身に受ける神奈子とて同じ意見だったようである。
「……勇美、それではまるでペットの餌付けだぞ」
 だが、神の使いと神自身の猛抗議を受けても勇美は譲れないものがあるのだ。
「依姫さん、神奈子様。いくらあなた方でも、これは私が必死になって考えた儀式ですから、これは譲れませんよ!」
 そんな言い争いの最中、諏訪子は不意に呟く。
「私なら、そんな儀式でもいいかなぁ~、なんて」
「……諏訪子、ここは黙っていてくれ」
 神奈子は自分より頭一つ以上小さい諏訪子の頭を上からぐぅ~っと押し込んだ。
「あ~う~、私はお供え物がおにぎりでも断然OKなのにぃ~」
 諏訪子はじたばたしながら神奈子に抗議していた。
「何か和む光景ですねぇ~♪」
「……」
 自分がこの事態を招いておいて、その言い草はないでしょうと早苗は心の中でかぶりを振るうのだった。
 そうこうしている内に、気付けばこの混沌な状況の大元の元凶たるマックスの準備は出来ていたのだった。
 彼の鏡面が、眩く淡いライトブルーに輝き始めたのだった。
「やった、儀式成功だね♪」
「「こんなの認め(ん)(ないわ)!!」」
 神の何たるかも分からない物体の理不尽さに、依姫と神奈子の叫びがシンクロした。
 だが、誰が何と言おうと、ミラーオブライトへの儀式はこれで終わったのだ。
 準備の整った、妖しく青光りする鏡面から何者かが出現したのだ。
 そう、出現である。鏡とは光を反射するだけの代物で、中には何も存在しない。その事実をひっくり返す事が今まさに起こったのだ。
 そして、その者は鏡をSF映画に出てくるような空間の裂け目の如く跨ぐと、その脚で地面を力強く踏みしめるのだった。
 その姿は、人間大のサイズの魚に手足を取り付けて直立させたような……。
「半魚人……?」
 早苗の呟く言葉、それが正解であった。
 鏡から出てきたのは、マーマンやサハギンと言った伝説上の半人半魚の怪物を機械で模したかのような存在であった。
「それじゃあ、早苗さんに攻撃しちゃってね、【魚人「アイアンサハギン」】!」
 勇美はたった今誕生した機械仕掛けの怪物の名を呼ぶと、早苗への攻撃指令を下した。
 すると、その『アイアンサハギン』は水蒸気が噴き出すような声を出す。その牙を向いた様は、今にもそこから涎でも出てきそうな臨場感があった。
 そして、機械の魚人は早苗目掛けて突っ込んでいくと、腕の爪を彼女へと振り翳した。
「くっ……」
 早苗は表情を少し歪ませると、咄嗟に手に持った祓い棒に霊力を込めると、それを攻撃に合わせて翳したのだ。
 ぶつかる金属の爪と霊力を纏った棒。すると甲高い妙な音を出して互いに衝撃を相殺した。
「アイアンサハギンの攻撃を受け止めましたか」
「それって凄い事なんですか?」
「うん、私にもよく分からない……」
「勇美さ~ん……」
 と、今の状況に似つかわしくない、気の抜けるやり取りを二人はするが、それは仕方のない事なのであった。
 何せ、今まで『ミラーオブライト』のような奇怪な戦闘方法をする者が幻想郷広しと言えど存在しなかったので、その基準が分からないのだ。
 つまり、今回の勇美の戦い方は半ば行き当たりばったりなのである。
「でも、ちゃんと戦える事は立証済みだよ。アイアンサハギン、どんどんやっちゃって!」
 前向き思考をする事にした勇美の合図を受けて、鉄の魚人は空いている方の腕を振りかぶり、早苗の懐を狙った。
「させません!」
 だが、早苗もそう易々と攻撃を通させる気はないのだ。魚人が左手の攻撃をする為に右手が棒から離れた瞬間に、それを左手の動きに合わせたのだ。
 そして再び鳴り響く妙な音。
 爪の攻撃が放たれては、棒の霊力に受け止められる。その当てどない状況がずっと続くかと思われた。しかし。
「くっ……」
 早苗の動きの方に鈍りが見られてきたのだ。
 幾ら早苗が神の血を引いた『現人神』であっても、肉体は人間なのだ。当然神のような耐久力もなく、人間同様に疲弊する。
 それに対して、勇美の作り出した魚人は機械仕掛けなのだ。それをコントロールする為にエネルギーは当然消費するが、人間の運動時のそれに比べたら微々たるものなのだ。
 その事が生み出すチャンスを、勇美は見逃さなかった。動きの鈍った早苗の一瞬の隙を見定めると、そこを狙う。
「アイアンサハギン、そこよ!」
『シャアアアアッ!』
 勇美の合図に魚人が機械とは思えない生々しい咆哮を上げると、両手の爪を一気に早苗目掛けて振り降ろしたのだった。
 刃物が擦られるような鋭い音を奏でながら、魚人の攻撃は早苗を見事に捉えた。
「きゃあっ……!」
 攻撃をその身に受けた早苗は、痛みを覚えて後退してしまった。
 それを見て勇美は得意顔になる。
「どうですか先輩? 私の儀式の産物は?」
「っ……」
 早苗は攻撃のダメージと、勇美に挑発的に『先輩』と呼ばれた事により言葉を濁した。
 だが、それも束の間の事であった。
「どうやらあなたを少々見くびっていたようですよ、後輩ちゃん♪」
「早苗さん!?」
 その瞬間、勇美はハッとなった。
「早苗さん、あなたこそ後輩ちゃんな髪の色してるじゃありませんか?」
「……それは別次元の話だからやめて下さい」
 早苗は項垂れた。折角人が上手くキメたと思った所に水を差しやがるかこいつはと心の中で憤慨するのであった。私はどこぞの『でっかい』が口癖のロリっ娘だと。
「はい、本題入ります」
「うん、悪ノリしてごめんなさい」
 窘める早苗に、勇美は素直に謝った。
 その直後、早苗の周囲に風が舞った。そして。
「……空を飛ぶんですか?」
 勇美が今起こった事の答えを言った。早苗は風に乗るかのように宙に浮き始めたのだった。
「ええ、私には空中戦の方が分がありますからね♪」
 早苗は得意気に言うと、その体を空へと浮き上がらせるのだった。
「あっ……」
 これは想定すべき事であった。幻想郷の者達は基本的に空を飛びながら戦うのだから。
 だが、後悔先に立たずである。早苗は先程自分に一泡吹かせた忌まわしき機械魚から遠ざかり、距離をとったのだ。
 そして、早苗は空中からの攻撃の手段を懐から取り出す。
「おみくじ爆弾……」
 呟くように言うのと同時に、早苗は手にとったおみくじの箱を思い切り宙で振った。
 すると、そこから運勢の書かれた棒が飛び出し、アイアンサハギン目掛けて飛んでいったのだ。
 彼におみくじが当たった。それと同時に当たった箇所がそこまで大きくなくとも破壊力の凝縮された爆発に巻き込まれた。
 そして、二つ、三つとおみくじ型の爆弾は追加されていき、瞬く間に鉄魚人は爆撃に飲み込まれていったのだった。
 一頻り爆撃が起こり、やがてはそれも収まった。その場所にあったのは、先程まで魚人の形を形成していた存在のなれの果ての金属片と歯車の残骸の塊であった。
「アイアンサハギンが……」
 勇美は苦悶の表情を浮かべる。自分の取って置きのスペルで産み出した存在が、スペルカードでもない攻撃手段にものの見事に破壊されてしまったのだから。
「他愛もありませんね~」
「くっ」
 早苗に挑発的な言葉を投げ掛けられ、今度は勇美が毒づく番となってしまったようだ。
「勇美さん、次は私から仕掛けていいですか?」
「いいえ、ちょっと待って下さい」
 勇美はそう往生際の悪い態度を見せた。
「……はい、なるべく早くお願いしますね」
 それに対して、早苗は呆れながら言った。この子は些か先輩に対する振る舞いがなっていないのではないだろうかと思うのだった。
「すみませんね。では第二の儀式、行きますよ」
 ──次が来るのか、そう早苗は思った。だが、それもそうだと思い直す事にしたのだ。
 確かに、自分は先程鏡から繰り出されられた魚人を打ち倒したのであるが、当の鏡は未だ健在だからであった。
 受けて立とう、そう早苗は考え、勇美の次なる召喚に備えるのだった。
 そして、勇美が懐から取り出したのは、──板チョコであった。
「うん、あの子は儀式を愚弄しすぎだよね」
「はい、私もそう思います」
 これには神奈子も依姫も頭を抱えるしかなかった。
「チョコか~、いいなあ~」
 そんな二人に対して、諏訪子は涎を垂らして指を咥えて見ていた。
「諏訪子、お前はちょっと黙ってろ……」
「あ~う~」
 神奈子に辛辣な物言いをされ、諏訪子は軽く凹むのだった。
 そんな間にも、儀式(とはとても呼べない何か)は着実に進められていたのだった。
 そして、鏡の中から勇美が送る第二の刺客がその姿を現し始めていた。
「……」
 迎え撃つ早苗は思わず唾を飲み、その様子を目に焼き付ける。そして、彼女の期待に応えるかのように、怪物はその全貌を明らかにした。
 それは、先程の魚人とは違い、身体の構造自体は海で生活を営む魚類そのものであった。
 だが、違うのは胸ビレの部分が発達して、まるで鳥類の翼のようになっていた事である。
 そして、頭部には一角獣の如き角が立派に備わっている。
 その異質な魚の名前を勇美は読み上げる。
「【飛魚「メタルフライキラー」】。さあ、第二幕、行かせてもらいますよ!」
 そう意気揚々と勇美が宣言すると、早速と言わんばかりに『メタルフライキラー』はその身体を瞬時に踏み込むと、一気に空高く飛び上がっていったのだった。
「どうですか! 今度の子は空を飛べるんですよ」
「くっ、さすがは飛び魚という事ですか!」
 奇策を打ち出して来た勇美に対して、早苗もこれには動揺を見せた。
 迫り来る空を切る一角魚。だが、生真面目な早苗はここで臆する事なく先程のように祓い棒に霊力を込めてそれを迎えた。
 その瞬間、金属を叩きつけるかのような甲高い物音が響いた。見事に早苗の棒は飛び魚の角を受け止めていたのだった。
 まるで弾丸のように飛び込んで来た鋼鉄の魚。早苗はそれに僅かに戦慄さえ覚えていた。
「くぅ……」
 早苗は苦悶の声を漏らす。
「やりますね……」
 対して勇美は冷や汗をかいていた。自分は直接攻撃していないのに、相手の気迫がまるで自分に届いているかのようであったのだ。
「でも、この子の攻撃はまだ終わっていませんよ」「でしょうね」
 得意気に言う勇美に、早苗も軽口で返す。だが彼女の本心は気が気ではなかった。
 そうしている内に、鋼鉄の飛び魚は一瞬にしてその場から離れた。
 これが対人同士の戦いなら相手に好機を与える事となっていただろう。
 だが、この戦いでは戦うのは人型の早苗に対して、勇美本人ではなく、更に魚の形をした存在なのだ。
 故に相手から大胆に離れるという戦法を取っても、勇美にはデメリットは存在しないのである。
 そして、空をすばしっこく泳ぎ始めた飛び魚は、その最中に再び早苗に狙いを定めていた。
 刹那、再度飛び魚は自らの身体を弾丸に見立て、獲物へとその身を突っ込ませていったのだ。
 再び鋭利な角と祓い棒とがぶつかり合う。幸い早苗は空気の流れを読み、直前に攻撃に合わせて防御体制を取る事が出来たのである。
「やりますね、でも次はどうでしょうか?」
 言って勇美は再びメタルフライキラーを素早く早苗の元から引き離したのだ。
「やはりそう来ますか!」
 対する早苗は身構える。だが、心なしか先程までよりも表情に幾分余裕が見られた。
 そして、勇美は自分の僕を巧みに空中で暴れ回らせながら早苗を翻弄していた。
「行きますよ先輩!」
 相手を惑わし、準備も万端と踏んで、勇美は再三早苗に対して魚を模した鉛弾の狙いを定める。
 だが、その様子を見据えながら、早苗は不敵に笑みを浮かべるのだった。
「そう言えば勇美さんは知りませんでしたよね?」
「?」
 この人は何を言い出すのだろう? 勇美はそう思いながらも嫌な予感を味わった。
 その予感は見事的中する事になる。
「空を泳ぐ海の生物を操れるのは、あなただけじゃないって事を!」
 そう言うと早苗は右腕を目の前に繰り出すと、そこに意識を集中させ始めた。
 すると、腕の周りを取り巻くように雲のような成分で構成された蛇が現出し始めたではないか。
「『スカイサーペント』あの鬱陶しい魚を捕らて下さい!」
 言うと早苗はその蛇を携えた右腕を前に翳すと、狙いをメタルフライキラーに定めたのだ。
 主のその命令に従うように、早苗の腕に巻きついていた蛇はそこから伸び出すと、鉄の飛び魚目掛けて牙を向け飛び掛った。
 そして、とうとう蛇の牙は魚を捕らえたのだった。火花と共に不快な金属音が轟く。
「ええっ!?」
 今度は勇美が驚く番であった。早苗があのような技を持っていたとは。
 いや、おかしくはないだろう。先程のおみくじ爆弾といい、この人は真面目な性格に反して、奇抜な戦術を取るようだ。
 それを悟った勇美はこの場は大人しく敵の攻撃を甘んじて受ける姿勢を見せたのだ。
 機械とは言え、自分の代わりに身体を張って戦ってくれているメタルフライキラーには悪いが、これも戦術というものだと彼女は腹を括るのだった。
「はいっ!」
 その最中、早苗は気合の一声を上げると、『空の海蛇』を鞭のようにしならせると、捕らえた機械の魚を一気に振り払い、自分より下方へと投げ飛ばした。
「地面に叩きつける気ですか!?」
「いいえ、勇美さんの事ですから、そんな余裕を与えたらその間に何か対策されてしまうでしょう」
「……くっ」
 思惑を見透かされ、勇美は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。ちなみにそんな最中にも早苗は「悪態を付くこの子も可愛い」等と思っていたが、この緊迫した局面では重要な事ではないだろう。
 そして、早苗は先程のおみくじ爆弾の発射口を持ち出す。
「また爆撃する気ですか?」
「ええ、でもそれだけじゃあ芸がないので……」
 そう言うと早苗は懐からスペルカードを取り出した。この勝負で初めて使うスペルカードである。
「では、このおみくじ爆弾に【奇跡「白昼の客星」】の力を足します」
 言って早苗はおみくじ爆弾の筒にそのスペルカードを重ね合わせて、改めて宣言する。
「【空襲「星のエアレイド」】!!」
 その宣言と共に、筒からおみくじ爆弾が放出される。
 だが、アイアンサハギンを討伐した時のそれとは違い、それらは眩く輝いていたのだ。そう、まるで星のように。
 そして、抵抗出来ない機械の魚に次々に飛び込んでいき、それら全ては盛大に爆ぜたのだった。
 その光景はまさに……。
「花火みたい……」
 勇美は自分の僕が撃墜されたにも関わらず、不謹慎にも綺麗だと思ってしまったのだった。
 そして、これぞ美しさを競う弾幕ごっこの醍醐味だと思うのだった。
 早苗は幻想郷では新参だから不慣れな部分もあるのだろうと勇美は思っていたのだが、この幻想郷流の芸術を見て、もうその不安も野暮ではないかという考えに至るのだった。
 そう分かれば、勇美にもはや出し惜しみなど必要はなかったのだ。
 そして勇美はキリリと切れ長の瞳を更に凛々しく見開くと、上空にいる早苗に向かって言った。
「早苗さん、素晴らしいですよ。あなたの事、改めて凄いと思いました」
「それは光栄です」
 言われた早苗も満更ではなさそうに言う。やはり後輩に認められるのは悪い気分はしないというものである。
 勇美は続ける。
「だから、私もありったけの力をぶつけようと思います」
 そう言って勇美は新たなる儀式の供物を取り出す。
「格好いい事言っても、儀式がこれだからなあ~」
「ですね」
 その勇美を遠い目で見ながら神奈子と依姫は呟いた。
 そして、勇美が取り出したのは、エビフライであった。
「あっ、少し豪勢になっていますね」
「そうか?」
 依姫に突っ込みを入れる神奈子。お前、そういうキャラじゃないだろうと思いながら。 

 

第38話 外界っ子バトル:後編

[前回までのあらすじ]
 勇美がミラーオブライトの第三の供物に選んだのは、エビフライでした。

◇ ◇ ◇

 勇美はそれを魔鏡の前に差し出した。すると鏡は例の如く青く不気味に光る。
「?」
 と、ここで早苗が首を傾げた。どうも様子が先程までとは違うからである。
 先程までは鏡から直接機械仕掛けの怪物が這い出るように出現したのだ。だが今回はその兆候がない。
「勇美さん、モンスターは召喚しないんですか?」
 業を煮やした早苗がここで勇美に言う。
「まあ、待っていて下さい。……あっ、そろそろですね♪」
「?」
 勇美の意味ありげな発言に早苗が訝った時だった。
 突如として、鏡の中から金属片や歯車が壊れた蛇口から噴き出す水の如く吐き出され始めた。
 それらはみるみる内に放出されると、一ヶ所に集まり徐々に形をが造られていったのだ。
「……」
 思わず早苗は無言で唾を飲む。
 勇美が鏡からモンスターを生成して繰り出す事自体は周知の事実だから問題ではない。
 問題だったのはその規模であった。
 ざっと見積もって5メートルはあろうかと言う巨体が形成されていったのだった。
 そこで早苗は合点がいった。──要するにサイズが大きいから外で組み立ててしまえという事だろうと。
 家の扉に入らないような家具などを組み立てる前のパーツの状態で持ち込むのと同じ理屈だろう。
 そして鏡から放出した金属部品達はいよいよその大規模な工作活動を終えたのであった。
 勇美はその芸術作品の名称を宣言する。
「名付けて【高烏賊「ハイクラーケン」】です♪」
 その名の通り、それは巨体を誇る化け物イカであった。それが金属で造られているので非常に圧巻である。
 そして、極め付きはその全長である。その高さから、空を飛ぶ早苗にすら肉薄する勢いなのだ。
「これだと私に届いてしまいますね」
「どんなもんですか!」
 苦悩の言葉を漏らす早苗に対して、勇美も得意気になる。
 空を飛ぶ相手と戦うのに対抗する為には、必ずしも同じく空を飛ぶ必要はないのだ。
 高い位置に付く者に対して、その距離に匹敵する全長の存在を用意する。単純だが効率的な戦術なのであった。
 だが、その理屈を可能にしているのが今の勇美というものである。
「……見事なものね勇美、ここまで腕を上げているとはね」
 それは純粋に勇美の鍛練の賜物なのであった。その事に依姫は素直に感心するのだ。
「しかし、大きいですね……」
 早苗もその様相に圧巻されながら呟く。
「違いますよ早苗さん。そこは『すごく……大きいです』じゃないと♪」
「『やらなイカ』とか言ったら後でシバきますよ」
「ちっ……」
 出鼻を挫かれて、勇美は先輩に対して無礼極まりない舌打ちなどという所業をやらかす。
 と、仕様もないやり取りを二人でしつつも、早苗は本題に入る。
「でも、その図体では私を狙うのは難しいんじゃないんですか?」
 早苗は無駄のない指摘をして勇美に問い掛ける。
 確かにそうだ。今勇美が操るハイクラーケンは巨体な分、人間サイズである早苗を狙うのは困難の筈である。
 言うなれば、人間がすばしっこく飛び交う虫を狙うようなものである。
 だが、勇美の表情もまた余裕のそれであった。
「……試してみますか?」
「余り嘗めないで下さいね」
 互いに挑発めいた台詞を浴びせ掛けた後、動いたのは勇美であった。彼女は僕の大烏賊に迎撃命令を下す。
「ハイクラーケン、やっちゃって!」
 その合図を受けて大烏賊は触腕を振り上げ、早苗へと振り翳した。
「無駄ですよ」
 言って早苗はそれを悠々と避けてみせた。
 当然であろう。振りが大きすぎるのだ。ボクシングで言えばジャブもフットワークも織り混ぜずに、いきなりストレートを繰り出すようなものである。
 ましてや早苗という的は小さい上に宙まで舞っているのだ。
 いくら威力が強力でも、当たらなければ意味がないのである。
「そんな大振りじゃあ、私には当りませんよ」
「確かにそうですね、でも忘れていませんか?」
「何を?」と早苗は言おうとしたのに対して、勇美は言葉の代わりに行動で答えた。
 ハイクラーケンから触腕の一撃。それを当然早苗はかわす。
 だが、次に彼女に飛び込んで来たのは、触腕となる物以外の残りの足による攻撃だったのだ。
「!!」
「分かりましたか? イカの足は10本あるって事ですよ」
 勇美は得意気にそう言ってのけた。
 人型の存在なら一つの腕を攻撃に使ったら、同時にもう片方の腕は使えない。
 しかし、腕になる部分が三本以上の存在ならば同時に扱える箇所も増えるというものである。
 そして、鋼鉄烏賊の攻撃は苛烈を極めていった。一度の攻撃をかわしても、すぐに次の手が打ち放たれ、しかもそれが二本以上の足から繰り出されるのだ。
 加えて早苗の身体は人間のもの。故に彼女は疲弊し動きが鈍っていった。
「今だ!」
 そのチャンスを見逃す勇美ではなかった。よろめく早苗目掛けて触腕と触手の計六本を一気に振り下ろしたのだ。
 そして、それらは全て早苗を捉えた。数多の金属鞭は彼女を容赦なく弾き飛ばした。パァーンという風船が割れるかのような衝撃音が辺りに鳴り響く。
「きゃあっ……!!」
 突然の衝撃に悲鳴を上げる早苗。そして空中でバランスを崩した彼女に、遅れて脳に痛みの信号が送られたのだ。
「くうっ……」
 痛みに呻く早苗。その中で彼女は思った。
 ──この子、意外とやり手だと。自分よりも後輩だと思って甘く見ていたようだと。
「……!」
 そこで彼女は何かが弾けるかのような心持ちとなる。
 かつて早苗は外の世界では現人神である事があり万能であったのだ。
 だが、幻想郷では今までの自分の常識が通じずに負けてしまった。
 その事は少なからず彼女の心にとげを刺すような感覚を植え付けてしまったのだ。
 しかし、彼女は今ではふっ切れて幻想郷でうまくやっている。
 だが、彼女にもプライドというものがあるのだ。幻想郷でこうも負けてばかりはいられないというものだ。
 早苗も勇美が負けを嫌う事は知っている。しかし、当の自分も負けたくはないのである。
 そこまで想いを馳せた所で、早苗はキッと目を見開いた。そして体勢を整えて今倒すべき烏賊の化け物を鋭く見据える。
 そこで勇美が言葉を発する。
「ハイクラーケン、この調子でどんどん攻めちゃいなさい!」
 興が乗っている勇美は、意気揚々と倒すべき相手に指差し、鉄の烏賊に促した。
 そして、彼から連続して無数の触手攻撃が繰り出される。
 それをそつなく回避しながら早苗は強い眼差しを讃えながら言う。
「勇美さん、余り調子に乗らない事ですよ」
 一頻り触手の猛攻を回避した早苗は、ハイクラーケンから距離を置く。
「あなた、油断しましたね? よく自分の僕の周りをよく見て下さいね」
「……!?」
 早苗に言われて勇美がハイクラーケンを確認すると、彼女はハッとなった。
 見れば、彼の周りには纏わりつくかのように霧状の蛇が巻き付けられていたのだ。
「いつの間に……」
「あなたが触手での攻撃に気を取られている隙にスカイサーペントを送り込んでいたんですよ」
「くっ、でもハイクラーケンならこの程度のもの、触手で全部振り払って見せるよ!」
「確かにその子なら可能でしょうね」
「でも私がそれをさせませんよ!」そう言って早苗は三度おみくじ爆弾の筒を取り出す。
「またそれですか!」
 勇美はこの戦いでそれを早苗の厄介極まりない火力だと認識している。だが、ここで彼女は強気に出る。
「でも、それでこのハイクラーケンを落とせますか?」
 確かに先駆の鉄の魚人と飛び魚はあの爆弾に落とされた。
 しかし、今度のこの鉄烏賊は規模が違う分、装甲も伊達ではないのだ。単なる木偶の坊ではないのである。
「確かにこのおみくじ爆弾単体では無理かも知れませんね。でも霧って何で出来ているか知っていますか?」
「何って……はっ!」
 勇美は答えようとして気付いた。
 答えは『水』。そして水を高温に晒すとどうなるか。
「気付いたようですね、では」
 言って早苗は思い切り筒を振るうと、一気に数発のおみくじ爆弾を射出したのだった。
 そして、弾がハイクラーケンに一頻り接触した瞬間、早苗はスペルを宣言する。
「爆ぜなさい、【空爆「エアバースト」】!!」
 そう、先程の答えは『水蒸気爆発』である。水分に高温の爆発が当てられ、更なる大規模な爆発が巻き起こる。
 膨大な熱量の爆ぜと振動と風圧が辺りに発生する。
 そして、さすがの化け物烏賊のロボットもものの見事に爆散してしまったのだった。空中で金属の部品の数々が四散する。
「くそぅ~」
 自らの自信作が吹き飛ばされて歯噛みする勇美。だが、彼女はすぐに気を取り直して次なる手を打とうとする。
「まだだよ! このドッグフードを供物にして『アブソリュート・リヴァイアサン』を……」
「させませんよ!」
 勇美を遮るように早苗は言うと、手に持った祓い棒を上空目掛けて投げつける。
 そして、それは重力という万有の法則に従い下に戻って来て再び早苗の手に握られた。
「何ですかそれ?」
 思わず勇美が言う。その言葉が示す通り、早苗の手に握られていたのは元の祓い棒ではなかったのだ。
 それは両手で扱うような見事な大剣なのであった。
 早苗はその大剣を使い慣れたように軽々と二三度素振りをしてみせる。
「な、何か反則ですよそれ……」
「問答無用です」
 勇美の呻きも早苗は容赦なく切り捨て、スペル宣言という名の宣告を行う。
「【奇跡大剣断「アンビリバ棒・カッター」】!!」
「それ、棒の範疇を越えています」という勇美の心の叫びは届く事なく、早苗は行動した。
 彼女はその大剣を目一杯後ろに振り被ると、一気に前方に振り下ろしたのだ。
 すると、大剣から鋭く分厚い風のエネルギーの刃が放出される。
 そして、それはギュウンと風を切る重厚な音を出しながら前進し、勇美の扱う化け物鏡を綺麗に突き抜けたのだった。
 それは一瞬の事で、勇美は今の状況の把握に遅れる。
「あれ、何も起こらないじゃないですか?」
 勇美は本当にそう思ってしまう程に事は抜かりなく進んだのだ。
 だが、彼女はすぐに異変に気付く事となる。先程まで第四の怪物を産み出そうと光輝いていた鏡面がひっそりとなりを潜めてしまっていたのである。
 そして、それは一瞬にして起こった。──大鏡が真っ二つに寸断されてしまったのだ。それはもう、機械のように精密に計算されたかのように。
 寸断された鏡は爆発を起こして砕け散ってしまった。辺りにぶちまけられる金属片と鏡の破片。
「どうしますか? まだ続けますか?」
 憮然とした態度で問い掛けて来る早苗。それに対して勇美の答えは決まっていた。
「いいえ、私の負けですね」
 きっぱりと勇美は言い切ったのだ。
 鏡を破壊されても、勇美の分身は変幻自在である筈だからまだ続けられるように思われた。
 しかし、この『ミラーオブライト』は一度造り出せば供物を捧げる度に次々と怪物を生成出来る便利な代物であるのだが──造り出すには膨大な霊的エネルギーを消費するのだ。
 故に鏡の生成に力を殆ど使う為、それを破壊されてはもはや打つ手はなくなるのだった。
 ここに黒銀勇美と東風谷早苗の二人の弾幕ごっこは、早苗の勝利という事で決着がついたのである。
 だが、勇美には一つ、腑に落ちない事があったのだ。
「早苗さん、最後にいいですか?」
「何ですか?」
「あなたは何でそんな馬鹿でかい剣を扱えるのですか? とても人間の扱えるような代物には見えないのですが」
 それが勇美が言いたい事であった。
 勇美は今まで非力な人間としての制約の中で戦って来たのだ。自分自身が重装備をしなくてもいい戦法を取っていたのである。
 そんな中、現人神とは言え人間の早苗の剣捌きっぷりには開いた口が開かなかったのだ。
 まるでゲームの登場人物がするような攻撃っぷりには、そういうのに憧れている勇美には納得いかないのであった。
「ああ、これですね」
 そう言って早苗は先程のように祓い棒を瞬時に大剣に変えて見せる。
 そして、それをおもむろに勇美に渡す。
「取り敢えず、受け取ってみて下さい」
「って、こんなでかいのを……って、あれ?」
 自分にこれから起こるだろう惨劇を予想していた勇美は違和感を覚える。
「すごく……軽いです……」
「軽いのはいいからさ……じゃなくて」
 勇美に『くそみそ』な台詞への誘惑を断ち切り、早苗は続ける。
「この剣、張りぼての、中身は空洞なんですよね。要は風の攻撃を放つ為の媒体って事です」
「はあ……」
 その瞬間勇美は、試しに伊達から触らせてもらった仮面ライダーバースの武装が実は反動が物凄かった事を知った後藤とは逆のような状況にやるせない気持ちを抱くしかなかったのだった。
「色々突っ込みたい事はありますけど、取り敢えず、それなら良し!」

◇ ◇ ◇

「う~、ドッグフードで『アブソリュート・リヴァイアサン』さえ召喚出来ていれば~☆」
 すねたように唸る勇美。その様子を見ながら早苗は「やっぱりこの子可愛い。エサあげたい」と危険なオーラを撒き散らしながら思うのだった。
「それにしても、ドッグフードでリヴァイアサンを呼ぶって何だい?」
 リヴァイアサンとは陸のベヒーモスと対峙すり伝説上の巨大な海竜である。それを犬のエサで手なずける等という理不尽極まりなさに神奈子は頭を抱えた。
「私ならドッグフード大歓迎だよ~」
「諏訪子、お前蛙神やめろ」
「あ~う~☆」
 と、二柱はやんややんやと言い合い始めたのだ。
「天と地を司る神お二方は仲が宜しいようですね」
 そんなやり取りをする二柱に、微笑ましい気分になり茶化す依姫。
「お前もふざけんな」
 それに対して神奈子はキツい突っ込みを入れるが、満更でもないようで少し頬を赤らめていた。
 但し、神ともあろう相方がドッグフードに魅せられる事は断じて認めてはいなかったが。
 続いて依姫は話す相手を早苗に変える。
「早苗、もう貴方には心配はいらないみたいね。今の戦いで貴方は幻想郷を自分から楽しもうとしている事が分かりましたから」
「あ、はい、ありがとうございます」
 依姫に言われて、早苗は照れ臭くなってはにかむ。
 そこに諏訪子が入って来る。
「そりゃあもう、今の早苗は一言で表すと『幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね』だからね~」
「も、もう守矢樣ってば~」
 と、こちらでもやんややんやとしたやり取りが起こるのであった。
 最後に依姫は勇美へと向き合う。
「勇美、貴方もどんどん幻想郷に溶け混んでいるようで何よりね」
 依姫は負けた勇美も労う事を忘れてはいなかったのだ。勇美は嬉しくなり笑顔で返事をする。
「はいっ!」

◇ ◇ ◇

 そしてその夜、勇美と依姫は休憩室で談笑をしていた。
 その最中、勇美は気になっている事を口に出す。
「それにしても依姫さん、今日あの人達に遭ってから何だか気分が良さそうですね」
「分かりますか」
 知らず知らずの内に表に出ていたか。依姫はそう思いつつも続ける。
「あの神々の内の一柱、八坂神奈子は荒ぶる神故に月に危険を及ぼし兼ねないと、私達月人の都合で地上に縛り付けているのよ。
 だから、あの御方とその家族とも言うべき者達が幸せに暮らしているかいつか見ておきたいと思っていたの」
「そうだったんですか」
 依姫の説明を受け、勇美はしみじみと相槌を打ちながら思う。
 やはりこの人は律儀なんだなと。
 そして、そんな人の元で精進出来る切っ掛けを手に入れた自分も幸せであると噛み締めるのだった。 

 

第39話 月の巫女と楽園の巫女:前編

 守矢一家との関わり合いは勇美と依姫にとっても有意義なものとなった。
 だが、一つ問題が生まれてしまったのだ。
 その日勇美は依姫との修行を終えて自室へ戻る為に彼女と別れようとしていた所であった。
 そんな矢先、永遠亭の玄関で声がする。
「ごめんくださーい」
 その声を聞いて勇美は背中にこんにゃくをぶっ込まれるが如く悪寒を感じた。
「依姫さん、あなたの部屋の押し入れに隠れさせて下さい!
 居留守を使いますから、後の事はよろしくお願いします!」
「?」
 そんな切羽詰まった様子の勇美に、依姫は意図が読めずに首をかしげる。
 その最中にも勇美は有無を言わさずに依姫の部屋の押し入れに隠れてしまった。
 玄関では永琳がその声の主に応対していた。
「何のご用かしら?」
「あ、永琳さんこんにちは。今勇美さんはいらっしゃいますか?」
「ええ、確か依姫の部屋の近くにいたと思うわ」
「ありがとうございます」
 そう言って依姫の部屋の前にやって来たのは──東風谷早苗であった。
 そして早苗は依姫と対峙する。
「あ、依姫さんこんにちは」
「ええ、こんにちは」
 と、二人は何気ないやり取りをするが、依姫は何か違和感を覚えていた。
 その気持ちを抱きながら依姫は続きを促す。
「勇美に何のご用かしら?」
「いえ、用という程の事ではないのですけどね、ちょっと勇美さんとデ」
「お引き取りなさい」
 依姫は間髪入れずに断った。早苗が開けてはいけない扉を開く前に。
「うぅ……分かりましたぁ……」
 早苗は陰鬱なオーラを出しながらとぼとぼとその場を後にしていった。
 その様子を見ながら依姫は思った。「あの様子じゃ絶対に諦めてくれてないわね」と。
 ともあれ、そんな早苗を見送った依姫は自分の部屋に隠れている勇美に呼び掛けた。
「勇美、もう大丈夫よ」
「ありがとうございます。助かりました~」
 言いながら勇美は押し入れから出てきた。
「勇美、貴方の判断は正しかったようね」
「依姫さんも、のび太くんと違って話をすぐに理解してくれて助かりましたよ」
 依姫は勇美の別次元の発言も、今回は目を瞑る事にしたのだ。──何たって、先程の早苗は危なすぎたからである。
「でも、私早苗さんの気持ち、少し分かるような気がします」
「いや、分かってはいけないって」
 突拍子もなく聞こえる勇美の発言に、依姫はらしくなく取り乱す。
「いえ、さすがに女の子同士なのに付き合うとか、ペットにされかけるのは勘弁ですけどね。
 ……早苗さんにとって私って、初めての外来人同士じゃないですか」
「あ、確かに」
 依姫もそこまで言われて話が見えてきたように感じたのだ。
「要するに早苗さんは幻想郷で周りが見ず知らずの人妖達で寂しかったんじゃないかと思うんですよね」
 そこで勇美は一呼吸置き、続ける。
「だから、ディープな関係は遠慮したいですが、お友達や話し相手ならいいかなって言うのが私の考えです」
「勇美、そんな考えが出来るようになって、着実に成長しているわね」
「ありがとうございます」
 依姫に微笑みながらそう言われて、勇美は嬉しくなるのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、勇美と依姫はとある森の中にいた。
「依姫さん、私が自ら申し出た事ですけど、やっぱり怖いです」
「私がいるから大丈夫よ」
 今の状況に恐れる勇美に、依姫は頼もしい態度で言う。彼女の場合は実力が十分すぎる程備わっているため、決して虚勢ではないのだ。
 勇美が怖がる訳。それは二人の周囲に数多の下級妖怪が身を潜めているからだ。
 そして、ここは博麗神社の境内の森の中なのだ。
 そう、神聖な筈の神社の敷地内であるのに、あろうことか妖怪が蔓延っているのである。
 だが、幸い彼女達に妖怪が襲ってくる様子はない。それは他でもない、依姫がいるからだ。
 基本的に下級妖怪は見境なく人を襲う。人里の近くで襲ってくるのは彼等なのだ。
 だがそんな彼等であっても、依姫の力に勘づいて手を出さないようだ。依姫はそれ程の存在という事だ。
「う~、霊夢さんは何をしているんですか~」
 自分の敷地内で妖怪を好きにさせている巫女、博麗霊夢に対して訝りを覚える勇美。
 そう、今二人は霊夢に会うべくここへ来ているのだ。
 依姫は事前に何故霊夢に会おうと思い立ったのかを勇美に説明していた。
 曰く、依姫にとって『楽しみを途中で取り上げられてしまったようなもの』との事である。
 かつて月で依姫は霊夢との恨みっこ無しの真剣弾幕勝負を望んだのだ。
 しかし、結果は依姫達月の民にとって毒である『穢れ』を月でばら撒き、依姫の弱みに付け込み彼女の得意分野である『回避』を防ごうとする姑息な手段に霊夢は出てしまったのだ。
 幸い依姫が『伊豆能売』を降ろしてその穢れを浄化して大事には至らなかったのであるが。
 依姫にとっては最後までじっくり行いたかった勝負を途中で寸断されるような、宙に投げ出されたかのような結果に終わってしまったのだった。
 故に、今回依姫が霊夢に会いに行く理由は『きっちり弾幕勝負を完結させたい』というものなのだ。
 勿論その場に勇美が着いて行く事になったのは、依姫が強要したからではなく、勇美自身の意志である。
 勇美自身、幻想郷において弾幕ごっこという範疇ではあるが最強を誇る霊夢に、この機会に会いたいと切望したのだ。
 勇美自身も霊夢に会いたいのであるが、今回一番霊夢に会う意味合いが強いのは依姫であろう。そう思い勇美は言う。
「依姫さん、要はあの月での時、ハンバーグ定食を食べ切り損ねたような気持ちなんですよね?」
「? ええ、まあそうよ」
 依姫は相槌を打ちながらも首を傾げる。何故ハンバーグ定食を例えに出すのかと。
 そうこうしている内にも、勇美と依姫は無事に博麗神社にたどり着いていたのだった。
「あー、しんどかった……」
 勇美は息を切らしかけながらそう愚痴る。
 何故なら彼女は神社の入り口に行くまでの石段を登って来たからである。
 彼女は運動神経が良い方ではないのだ。だから今回の行為は彼女にとってはとても重労働なのだった。
 対して肉体的にも洗練されている依姫は涼しい顔をしている。
「勇美、肉体の修行が足りないわねぇ~」
「うう~、こればっかりは体質ですからどうにもなりませんよ~」
 依姫に茶化されて項垂れる勇美。
 そして依姫は『肉体の』と言った。それは勇美が能力や考え方を磨く鍛練を抜かりなくやっている事を依姫は分かっているからであった。
 そんな依姫のさりげない優しさに勇美は内心嬉しくなっていた。
 そうこうして二人は霊夢の元へと赴く。

◇ ◇ ◇

 そして博麗神社の境内の建物の中でまったりとくつろぐ者。それが博麗霊夢その人であった。
 彼女は今、彼女の動力源である緑茶を啜りながら、お茶請けの煎餅にありついていたのだ。
「う~ん、しあわせ~」
 蕩けるような満面の笑みを浮かべる彼女は、正に今この世の極楽浄土を貪るかのような快楽に浸されていた。
 だが、悲しいかな、平和とは長く続かないものなのだ。それは今の霊夢とて例外ではなかったのである。
「霊夢さん、今度は依姫さんに最後までハンバーグ定食を食べさせてあげて下さい!!」
「がああああ!!」
 無遠慮に開け放たれた障子の先から突如放たれた叫びに、霊夢は驚愕してはしたない呻き声をあげてしまった。幾分か飲もうとしたお茶が鼻から出てしまったようだ。
「……!? ……!?」
 霊夢は混乱した。幾ら自分が勘が優れているといっても、さすがに突如障子を開け放たれた挙げ句ハンバーグ定食などと意味不明な事を突き付けられるという突拍子もない事までは予測不能でなのであった。
「ほら、言わんこっちゃない。霊夢が混乱してるじゃないの」
 あまつさえ、ハンバーグ定食発言源とは違うもう一人の方は、余り関わりたくない声の主である。
「……何しに来たのよ、依姫に黒銀勇美」
 霊夢は瞬時に訪問者の構成員を言ってのけた。今度は彼女の勘がきっちり働いているようだ。
「そりゃあ霊夢さん、ハンバーグ定」
「「あんた(貴方)は黙ってなさい」」
「はうあ……」
 依姫と霊夢の連携に、勇美は口の中に綿を詰め込まれたかのような感覚に陥りながら閉口した。この二人は同じ神事に就く仕事柄の関係上、どこか意識の通づる所があるのかも知れない。
 そして、話をややこしくした勇美の代わりに依姫が用件を言う。
「それは、他でもないわ。霊夢、私と弾幕勝負をしなさい」
「……」
 この瞬間、霊夢は「ついにこの時が来たか」と思った。彼女の勘が不確かながらも以前から告げていたのだ。
「……分かったわ」
 霊夢は快く……とはいかないながらも、その申し出に承諾したのだ。──ここで断っても事態の解決には至らないだろうと感じるからである。
「ありがとう。では早速始めましょうか。
 貴方も暇じゃないのでしょうし」
「ええ、てっとり早くお願いするわ」
 依姫の皮肉に応酬する形で霊夢は彼女との視線に火花を散らす。霊夢にも巫女としてのプライドがあるようだった。
 その二人の間で、勇美は文字通り手に汗を握っていた。──幻想郷と月の有力者同士の対決の場に自分は立つんだと。

◇ ◇ ◇

 依姫と霊夢は博麗神社の庭に繰り出し、勇美は縁側で観戦する形となった。
 そして依姫が口を開く。
「まずは私から行かせてもらうわ。貴方には遠慮は無粋であるでしょうから」
 そう依姫は言い切った。
 霊夢は基本的に弾幕勝負において相手には無慈悲であるし、霊夢程の実力の者相手には手加減など不要だと依姫が考えての事であった。
「ええ、どうぞ」
 その事を察したのか、霊夢の方も素直に頷く。
 その瞬間、依姫は弾かれるように行動した。
「【炎弾「伊の英雄の火礫」】!」
 依姫は愛宕様の力を借り、出始めにおいて得意な戦法を取る。まずは小手調べである。
 依姫の手から火の玉が投げ出され、それが霊夢目掛けて襲い掛かった。
 それを見て霊夢は「ふん」と鼻で笑うと、何事もないかのようにスペルカードも使わずに無駄のない動きで次々と回避したのだった。
 その様はまるで薄手の衣、はたまた実体のない影のようであった。
 即ち、掴み所がないのだ。これが彼女が『無重力』と称される所以である。
「凄い……」
 勇美はその様子を見て呆気に取られてしまった。──自分とは次元の違う戦いをすると。
 ちょっとやそっとでは自分がたどり着けはしない領域であると、勇美は腹を括りこの戦いを見届けようと心に決めるのであった。
「月でのあの時とは動きのキレが違うわね」
「ええ、私に侵略者なんて向いてなかったからね」
 全ての攻撃を避け終えた霊夢は、さらりとそう言ってのけた。
「これなら期待出来るわね」
 ここで依姫は心踊るような気持ちになる。これならあの時と違い『お互いに楽しむ』事が出来るだろうと。
 対して、今回心に余裕が出来た霊夢は口角を上げて言う。
「それじゃあ、次は私の番ね」
「ええ、来なさい」
 依姫もそんな霊夢に対して闘志を燃やす。
 そんなやり取りをした後、霊夢はおもむろに宙へと飛び上がった。
 そこから地上の依姫目掛けてスペルカードを繰り出す。
「【宝符「陰陽宝玉」】!」
 宣言後、霊夢の手から次々と勾玉を二つ上下逆に組み合わせたような紅白の模様の玉が放たれた。
「甘いわね」
 だが依姫はそれを手に持った刀で、ハエ叩きのような手つきで斬り落としていったのだった。彼女もまたスペルカード無しで相手の攻撃をいなしたのだ。
「やっぱり、あんたやるわね……」
 そう宙で毒づく霊夢。やはり彼女が相手だと普段の妖怪退治のように柔順に済みはしないようだと。
「でも、これならどう?」
 言って霊夢は次のスペルカードを出そうとする。
「【宝具「陰陽鬼神玉」】!」
 すると、霊夢の手から先程の陰陽玉が一つだけ投げられた。
 だが、先程までとは違い、それが空中でみるみる内に巨大化していったのだ。
 そして気付けばそれは元の10倍程のサイズになっていた。
 そのような状態で容赦なく重力に任せて依姫に迫っていた。
「このサイズならあんたでも切り払うのは難しいんじゃない?」
 自分の優位を感じて強気で言う霊夢。
 だが、余裕の態度であったのは依姫も同じであった。
「確かに難しいわね。──私だけの力ではね」
「!?」
 依姫の言葉に訝る霊夢。そして彼女の勘が自分の流れが狂った事を告げた。
 そして、依姫は霊夢の勘が告げた事を実行する。
「【力符「荒ぶる神の膂力」】……」
 依姫は祇園様の力を借りると静かにそう呟く。そして彼女の周りにオーラのようなものが立ち込める。
 そして、事は一瞬にして起こっていた。依姫の刀の一閃が、ぶれる事なく的確に、多大な質量を持って迫っていた凶玉を真っ二つに寸断していたのだ。
 二つに割れた宝玉は、それぞれ重力に引かれる形で地面に突撃すると、激しい震動と音を出してめり込んだ。
「あわわ……」
 それを縁側で見ていた勇美は腰を抜かしかけていた。自分の間近でそのようなえげつない現象が起こっては無理もないだろう。
 そして、勇美よりも意表を付かれてしまったのは霊夢である。何せ渾身の宝玉攻撃が軽くいなされてしまったからだ。
「何か面白くないわね……」
 そう霊夢は愚痴る。だがそれは月で依姫と戦った時と違って、この戦いに意欲を出している事の裏付けでもあった。
「あら、意外にアツくなっているのね」
 その事を察して依姫は挑発的に言った。
「まあ、誰かさんのせいでね」
 それに対して霊夢も満更ではなさそうに振る舞う。
「その様子なら、私は押しに掛かっても問題ないわね」
 そう言って依姫は祇園様により膂力を得た状態のまま刀を一旦鞘に閉まった。
 そして腰を落とし、踏み込みを入れる。
「はっ!」
 その状態から依姫は居合いの要領で刀を一気に振り抜いた。
 そこから凄まじい剣圧が打ち放たれ、上空の霊夢目掛けて飛び掛かったのだ。
 先日の勇美との戦いで早苗はスペルカードを用いて、風の力で剣圧を放って勝負に決着を付ける形となった。
 しかし、依姫は祇園様から膂力を借りはしたが、スペルカード宣言無しに今のような荒業をやってのけたのだった。
 そして、剣圧の刃は霊夢の喉元まで迫り、的確に彼女を捕らえた。激しい衝撃が走り勇美は目を一瞬背けてしまう。
 衝撃が収まったので勇美は再び霊夢に目をやると、勇美は驚愕する事になる。
 何と、剣圧の直撃を受けたにも関わらず、霊夢には傷一つ付いていなかったからだ。
 その理由は霊夢の口から語られる事となる。 

 

第40話 月の巫女と楽園の巫女:後編

 祇園様の加護による膂力を受けた依姫の一薙ぎによる剣圧の直撃を受けた霊夢だが、彼女は無傷であったのだ。
 今彼女はその種明かしをする。
「【夢符「二重結界」】……」
 そう、霊夢は依姫の攻撃が当たる瞬間に、結界による防壁をはっていたのだった。
 これが幻想郷を外界から隠す『博麗大結界』を管理する霊夢が故の、彼女の十八番なのである。
「やるわね」
 依姫は口角を吊り上げて霊夢を見据える。
「まあね、回避はあんたの専売特許じゃないって事よ」
 対して霊夢も得意気に返した。
「それじゃあ、今度は私から行かせてもらうわ!」
 言って霊夢は次なるスペルカードを取り出し構える。
 その様子を見ていた勇美は、思わず見とれてしまった。理由はと言うと。
「あ、何ていい腋の眺め何だろう」
 という不純なものであった。
 確かに勇美は以前、霊夢のスタンダードな巫女装束に不満を持ったが故に依姫に正統な巫女装束を着せた訳であるが。
 これはこれで旨味があるというものである。ヒラヒラしたノースリーブの紅服と白い別途装備の袖の間から覗く、余り見せてはいけない肌の部分の眺めは格別なのであった。
「あいつ、どこ見てるのよ……」
 この勝負が終わったら少し注意しておこうと霊夢は思うのであった。
 それはさておき、霊夢はスペルカードを繰り出した。
「【霊符「夢想封印」】!」
 その宣言の後、霊夢の両手から無数の七色の玉が辺りに現出する。
 そして、一頻り宙を漂っていたそれらは、まるで意思を持ったかのように、郡体を構成した生物であるかのように依姫に飛び掛かっていったのだ。
 見事な統率により依姫の周りを取り囲んだそれらは、意を決したかのように次々とその場で爆ぜていった。
「綺麗……」
 思わず勇美は感嘆の言葉を口ずさんだ。
 それも当然であろう。何せその夢想封印が描く光景は、さながら虹色の花火のようであったからだ。これぞ博麗霊夢の張る弾幕の代名詞なのである。
「これは腋の次に美しいですな~」
 だが、勇美の煩悩を完全に打ち消すまでには至らなかったようだ。夢想を封印するという仏道的なネーミングの技であったが勇美の夢想は祓えなかったのは皮肉である。
「見事ね。でも私と神の力を捉えるには足りないわね」
 言うと依姫は天宇受売命に念を送りそれをその身に降ろす。
「【踊符「最古の巫女の舞踏」】」
 舞踊の女神の天宇受売命の力を宿した依姫は、正に踊るように虹色の爆陣を潜り抜けていったのだった。
 同時に現代の巫女に古代の巫女の底力を見せ付けるという、依姫の気の利いた計らいでもあったのだ。
「やるわね」
 それを見据えながら霊夢は呟く。だがその表情は曇ってはいなかった。
「これ位天宇受売命の力の前では朝飯前ですよ」
 依姫は攻撃をかわしながら余裕の態度で返す。そう、月での三回戦目のような気分で。
 だが、それでも霊夢は落ち着いていた。
「でも、私はレミリアとは一味違うわよ」
「?」
 何を言っているのだろう。依姫はそう思いつつも弾幕の回避に専念する。
 と、ここで霊夢の眼差しが閃光のように瞬く。
「そこっ! エクスターミネーション!!」
 技名を叫ぶと霊夢は無数の針をマシンガンの如く依姫目掛けて発射した。
「っ!!」
 依姫はそれすらも容易く避けるだろうと思われた。だが、針の攻撃は彼女に命中したのだった。
「くうっ……」
 攻撃を貰ってしまった依姫は思わず呻いた。
「うそ……、依姫さんが攻撃を受けた……?」
 如何なる時も、依姫はのらりくらりと相手の攻撃をかわして来たのを勇美は見ているのだ。
 そんな依姫が攻撃を受けた事が勇美には意外であった。
 だが、一番驚いていたのは依姫の方である。
「まさか、私が攻撃を貰うなんてね……」
「驚きついでに、もう一回喰らいなさい!」
 そう言って霊夢は再び手を構える。
「エクスターミネーション!」
 再度霊夢の両手から針がばら蒔かれ、依姫を襲う。だが依姫は今度は冷静にそれを見据えていた。
「……私が月で見せた事、忘れたのかしら?」
 そして依姫は口角を上げながら神を降ろしスペル宣言をする。
「【金符「解体鋼処」】……」
 金山彦命のその身に借りた宣言の後、一気に依姫に向けて放たれた針の群れは粉砕されてしまった。
「……っ!」
 それを見て霊夢は驚愕する。その様子を見据えながら依姫は続ける。
「そして金山彦命よ、あの針を再び生み出し持ち主に返しなさい」
 言って依姫は霊夢に向けて刀を翳し、金属の神に指示を下した。
 すると、みるみるうちに鉄の針は元の形に再構築される。──但し例の如く切っ先を相手に向ける形で。
「行きなさい、鋼の使い達よ!」
 そして依姫はその身を惜しまない鉄の兵団に攻撃命令を送る。
 それに伴い、針の群れは飼い主に牙を向くべく一気に放出された。
「くっ……やっぱりこれは厄介ね……」
 そう愚痴りながら霊夢は苦虫を噛んだかのような表情を見せる──と思われたが。
「な~んてね……♪」
 一転して晴れやかな表情へと変貌させながら言うのだった。
「貴方、どういう……」
 その様子の真意を掴めない依姫は戸惑いの念を見せる。
「あんたこそ忘れてない?」
 言って霊夢はそこではっきりと宣言した。
「金山彦命、もう一回あれを砂に返して!」
 その言葉を受け、金属神は先程とは別の主の支持に従い、霊夢に向かっていた針を再び分解したのだった。
「!」
「私も神降ろしを使ったまでよ。驚く事はないでしょ♪」
 確かに依姫は神降ろしを使えるが、それは彼女の専売特許ではなく、加えて神は特定の人物だけの味方ではなく中立の立場を守っているのだ。
 そして霊夢は「神降ろしを私に教えてくれたのは他でもない、あんたなんだからね」と付け加えた。
 そう、依姫は霊夢に月ロケットでの邂逅の後、神降ろしを使って良からぬ事をしようとしていたという濡れ衣を拭う為に、霊夢も神降ろしが使えて彼女こそが犯人であった事の証明に依姫は彼女を暫く月に滞在させていたのだ。
 その間に依姫は、神降ろしをかじったレベルであった霊夢に、本格的にそれを教えていたのだ。
 その経験の結果が今出たという事であるが。
「そこまで飲み込みが早いとはね……」
 そこに依姫は驚愕するのであった。
 彼女もかつて永琳から飲み込みが早いと言われたのだが、その飲み込みの早さだけなら霊夢は依姫を凌駕するかも知れないのだった。
「でも、驚くのはこれを見てからにして欲しいわね」
 言うと霊夢は先程の陰陽宝玉を懐から複数取り出すとおもむろに宙に投げ放ったのだ。
 そして、再び金山彦命に指示を出す。
「金山彦命、この宝玉を手堅く包みあげなさい♪」
「何を!?」
 依姫がそう思うや否や、宙を舞った玉の周りに針を構成していた金属成分が集まっていった。
 それはさながら金属のコーティングである。
「名付けて【鋼泡「博麗メタルボール」】よ。さあ、行きなさい」
 霊夢はパチンと指を鳴らすと、それを合図に宝玉……に金属を纏わり付けた物体は次々に依姫に向かって行った。
「味な真似してくれるわね、でもその程度……」
 相手の奇術を前にしながらも、依姫は臆する事なく刀を構える。
 そう、彼女には神降ろしだけではなく、剣捌きの腕も備わっているのだ。何も恐れる事はない。
 そして、迫って来た鉄球に向かって剣を振る。
 すると金属と金属がぶつかり合った時特有の甲高い音が鳴り響くと、勢いを失った鉄球は地面にドスンと鈍い音を立てて落ちた。
 難なく一つ目を叩き落とす事に成功したかのように思われたが。
(……重いわね)
 それが問題となるのだった。
 何せ質量が大きかったのだ。宝玉のそれに加えて金属の衣を纏い、頑丈に仕上げられていたのだから。
 依姫は思いながらも、二球目、三球目と刀で弾いていった。
 だが、徐々に無理が祟ってくるのだった。
 重く早く飛んでくる物体を打ち返すと、それだけ依姫の肉体へ負荷が掛かってきたのだ。
(ここはやはりこちらも金山彦命を……!)
 そこまで依姫は思った所でハッとなってしまう。
 ──今相手にしている物体は完全な金属ではないのだ。
 その事に気付いた時、依姫は一瞬判断が遅れてしまった。
「ぐぅっ……」
 苦悶の声を漏らす依姫。彼女は今正に鉄球の一撃を脇腹に貰ってしまったのだった。
 そして、依姫に一撃をくれてやるという偉業を成し遂げたそれは、まるで満足したかのように勇ましく地面に引かれていったのだ。
「すごい……」
 この接戦を見ながら勇美は興奮気味になっていた。自分の慕う依姫には悪いが、彼女とここまで渡り合う戦いを見せる霊夢にも惹かれるものを感じたのだ。
 そして、気付けば興奮の余り──霊夢が途中だったお茶とお茶請けの煎餅を飲み食いしながら観戦していたのである。
「あっ……やっちゃった……」
 取り返しのつかない事をしてしまった。そう勇美は、まるで養豚場の豚を見るかのような霊夢の無慈悲な視線に晒されながら後悔するのだった。
 そして、その霊夢は「奴には後で地獄を見せる」と腹を括り目の前の課題に意識を向ける。
「さあ、この勢いに乗って行くとしますか」
 そう意気揚々と霊夢は言う。──月での鬱憤を晴らす為に。
 霊夢は『無重力』と称される程であるから、『復讐心』等という束縛には捕らわれる事はない。
 だが、彼女とてプライドというものがあるのだ。その衝動に答える形で霊夢は次の手を打とうとする。
 そして彼女が取り出したのは、陰陽宝玉とは違う玉であった。
「!」
 それを見た瞬間、依姫は凍り付くような感覚に陥る。
 ──それは月で、穢れをばら蒔かれた時の事に他ならない。
 聞く所によれば、霊夢はその行為をあろう事かスペルカードにしてしまったようなのだ。
 そして、それを発動する為に『玉』を媒体に使っているらしいのである。
「……」
 依姫は無言になり意を決した。──霊夢が再び自分に対してそのような事をするのであれば、こちらもそれ相応の事をしなければいけないと。
 幸いこちらは穢れを祓える『伊豆能売』を使役出来るのだ。大事には至らないだろう。
「そりゃっ」
 そう思いを馳せている依姫に対して霊夢はその玉を投げ付けて来た。
 これに穢れが仕込まれていれば即座に伊豆能売で対応する。そう考え依姫は玉を斬るべく刀を振り翳した。
「掛かったわね。この瞬間スペル発動よ!」
 そう言って霊夢はありったけの神力を両手から送り出し、その神々の名前を言う。
「伊耶那岐に伊耶那美、その力を私に示して!」
「何ですって!?」
 依姫は驚愕する。しかし、その驚きの方向性は予想だにしなかったものだった。
 ──伊耶那岐と伊耶那美は兄妹の神々であるが、身を結び夫婦となって天地創造を行った創造神なのである。
 そんな神々を目の前の巫女は降ろしたと言うのか。
 そう依姫が驚く最中、霊夢はそのスペルを宣言する。
「【焔姫「想世のびっくりバン巫女玉」】!!」
 その瞬間、辺りは一瞬にして白の閃光に包まれる。
 続いて起こったのは、凄まじい大爆発であった。赤と橙の中間の禍々しい色のエネルギーの奔流が引き起こされる。
 これは正に大宇宙が創造される時に起こる大爆発、ビッグバンを想起させるものであった。
「くうっ!」
 余りの衝撃に、さすがの依姫も計らずとも手に持った刀を吹き飛ばされて手離してしまうのだった。
(やった……!)
 それを見据えて、霊夢は心の中で歓喜の声をあげた。
 あいつの刀は厄介な神降ろしの補助を行う媒体、それを手離させた事により自分にも勝機が訪れたと。
 生憎、今の自分では伊耶那岐、伊耶那美の力を使った事により神力を使い果たしてしまったけどねと思いながら。
 自分でも無茶な戦いをしていると思う。だが、こうでもしないと今の自分は依姫(あいつ)には太刀打ち出来ないのだ。
 柄にもなく熱くなっていると、今霊夢は思っていた。だが、そういうのもたまには悪くないなと感じるのだった。
 やる事はやった。後は結果に任せるだけである。
 そんな思いを霊夢が馳せる中、徐々に彼女と神々の力で引き起こした爆炎は収まっていった。
「はあ……はあ……」
 そこには爆炎のダメージを受けて息を荒げている依姫の姿があった。
 その光景を見て、霊夢は結論付けた。
「あ~あ、私の負けね」
 それが揺るぎない真実であった。──何故なら、依姫の手には握られていたのだ。
「まさか、金山彦命の力で一旦刀を分解して、金属部分を戦輪(チャクラム)型にして探り寄せるなんてね……」
 そう霊夢は本心から感心しながら言った。そこには清々しさすらあったのだ。
「ですが間一髪でしたよ。よくここまでやりましたね」
 対する依姫も本心からそう言う。彼女は下手なお世辞は言わない主義なので、これはありのままに依姫が思った事なのであった。
 そして、この激戦を見ていた勇美は──思わず感涙していた。
 まさか彼女は戦いを見て涙を流すとは思っていなかったのだ。それだけ今回の勝負の内容は深いものがあったのである。
 勇美は涙を拭い二人に呼び掛ける。
「二人とも素晴らしかったです!」
 その勇美に対して、依姫と霊夢は温かい眼差しで返す。
 ──事はなく、それは養豚場の豚を見るような視線であった。
「えっ? どうしたのですか二人とも?」
 気付けば勇美は依姫に背後からガッチリと取り押さえられていた。
 そこに霊夢は勇美の腕を締め上げ捻り上げる、所謂『アームロック』を綺麗にきめていたのだ。それはもう芸術的に。
「このお茶と煎餅泥棒~!!」
 動力源である緑茶とそれを彩る煎餅を奪われた霊夢の怒りは凄まじかったのだ。容赦なく勇美は関節技の芸術の餌食となる。
「ごめん、ごめんなさい!! がああああ~っ!!」
 激痛に支配される頭で、勇美は依姫まで何故協力するのかと思った。今は痛みの事にしか意識がいかない。
 そんな彼女が依姫と霊夢のわだかまりが解けて仲良くなっていた事をほっこりとした心持ちで思うようになるのは、熱さが喉元を過ぎた後であった。 

 

第41話 天子の招待状

 依姫と霊夢の激戦から暫しの時が経ってから。勇美と依姫は永遠亭の休憩室でその事を話題に話をしていた。
「いやあ、あの時の依姫さんと霊夢さんは凄かったですよ」
 勇美はその時の様子を今でも鮮明に思い出すのだ。それだけあの時の勝負は観ている方も手に汗握るものがあったのである。
 だが、次に依姫が言う事は勇美にとって思いもよらない事だった。
「ええ。でもあの子、また努力してなかったようね……」
「えっ!?」
 事も無げにさらりと言う依姫に、勇美は面喰らってしまった。
「でも依姫さん、あの戦い、とても接戦だったじゃないですか!?」
 依姫の判断を飲み込めず、勇美は思わず食い下がる。自分の事でもないにも関わらず。
 それに対して依姫は冷静に言う。
「あの子の潜在能力はあんなものではないわ。あの戦いでよく分かったわ」
「……」
 勇美は唖然としてしまう。あれ程の戦いを見せた霊夢が、努力すれば更に上へ行くというのだろうか。
 ぞくっ。その瞬間勇美は背筋に寒気を覚えるのだった。──彼女は決して敵に回してはいけないと。
 だが、それと同時に勇美は感慨深くなるのであった。その理由は。
「でも、霊夢さんってそんな恐ろしい存在なのに、多くの人妖を惹き付けているなんて不思議ですよね」
 それには依姫も同意見であった。
「勇美の言う通りね。あの子には、私にも無い何かがあるのね」
 そんな話に華を咲かせる二人であった。

◇ ◇ ◇

 そして、それと同じ日に永遠亭に来客があった。
「ごめんください」
 誰だろう? 勇美は思うが、これだけは譲れなかった。
「早苗さんだったらお引き取り願いたいですね……」
 そう、勇美の早苗に対する苦手意識は消えてはいなかったのだ。あれから頻度は減ったものの、人里で会うと相も変わらず危ないアプローチを受けるのだった。
「安心しなさい勇美、どうやら違うようだから」
 そう言って依姫は微笑むと、その答えは直ぐに分かるのだった。
「あら、あなたは永江衣玖さんね。これまた珍しい来客ね」
 と、応対を行った永琳が言った。
「『ながえいく』さん?」
 聞き慣れない名前に、勇美は首を傾げた。一体何者なのだろうと。
「ああ、彼女ね」
 依姫の方は認識があるようであった。一人頷く。
「依姫さん、ご存知なんですか?」
「ええ、話に聞いた事はあるわ──」
 そう二人が話している内に、当の永江衣玖は永琳に案内されて彼女達の元へやって来たのだった。
「衣玖さん、勇美ちゃんと依姫はこの二人よ」
「ありがとう永琳さん。感謝しますわ」
「それじゃあね。何かあったら言ってね」
 やって来た二人はそう言い合うと、永琳はその場から去っていったのだった。
 そして、後に残った者を勇美は見据える。
 まず目立つのは、──こういう表現は些か卑猥であるが──ヒダヒダをふんだんにあしらったピンクの服であろう。下半身は黒のロングタイトスカートである。
 次に目を引くのが赤い触覚のようなリボンを施した黒の帽子である。
 後は紫色のショートヘアに赤い瞳の顔立ちであるが、それ自体は至極普通の要素である。
 彼女の印象を強くしているのは、何と言っても服装の方であり、服装をノーマルな物にしたらきっと誰だか分からなくなる事儲け合いだ。
 だが、勇美は彼女を見た瞬間に頬をほんのり赤く染めてしまった。奇抜な衣裳の中にある彼女の素朴な魅力を感じ取って心惹かれてしまったのだろう。
「初めまして綿月依姫さんに黒銀勇美さん。私は永江衣玖と申します」
 勇美がそんな衝動に駆られている事とは知らず、衣玖は自己紹介をした。
「あ……」
 対して勇美は放心状態となっていた。
「勇美……」
「あっ、はい!」
 そこへ依姫に呼び掛けられて、勇美は漸く自我を取り戻す。
「貴方、大丈夫? どこか具合でも悪いのかしら?」
 依姫は勇美の事を気遣い言葉を掛ける。
「いえ、大丈夫です。依姫さん、この人が」
「ええそうよ」
 勇美に言われて、依姫は改めて説明する。
 彼女、永江衣玖は天界に住む龍神の遣いで、妖怪化したリュウグウノツカイである事を。
「でも、その龍神の遣いさんが私の所へ?」
 勇美は当然起こる疑問に首を傾げる。
 その問いに対して衣玖は答える。
「それはですね、総領娘様からあなた宛てに招待状を預かって来たのですよ」
 そう言って衣玖は一通の手紙を取り出し勇美に渡す。
 勇美はそれを受け取りながらも疑問に思った事を聞く。
「総領娘様って誰ですか?」
「これは失礼しました。総領娘様というのは、天界の王の一人娘の比那名居天子様の事ですよ」
「ほええ……」
 それを聞いて勇美は話が跳んでしまっていると思った。そんな凄い人から自分はお呼びが掛かったのかと。
「確かに渡しましたよ。それでは……」
 そう言って衣玖は気品溢れる振る舞いで永遠亭を去っていったのだった。
「……」
 それから暫し勇美は放心していたが、やがて気を持ち直して言う。
「天界ですか、面白そうですね」
「行く気のようね、勇美」
「はい。待っていて下さいね、永江さん!」
「なぬっ!?」
 依姫はひっくり返りそうな声で言った。
 招待の手紙を寄越したのは彼女ではなく天子であるというのに。
 ──これは一目惚れという奴か。こやつも早苗の事どうこう言えないなと依姫は頭を抱えるのだった。 

 

第42話 勇美、空へ

 永江衣玖から比那名居天子の自分への招待状を受け取った勇美であったが、そこで彼女は思い悩んでいた。
「う~む……」
 腕を組み唸る勇美。そんな勇美に依姫は聞く。
「勇美、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありませんよ」
 依姫にそう聞かれて勇美は答えを言う。
「天界への行き方ですよ」
 それが揺るぎない事実であった。何故なら勇美は多くの幻想少女のようには空を飛ぶという便利な事は出来ないのだから。
 だが、そう言われても依姫は至極落ち着いていた。
「それなら問題ないわ」
「それってどういう……?」
 どういう事と言おうとした勇美はここではっと閃いた。
 そう、こういう時に都合の良すぎる存在がいた事を思い出したのだ。
「あ、あの人ですね♪」
「そういう事よ」
 二人はそこで微笑み合った。
 そして、タイミングが良すぎる事とはあるものだ。今しがた二人が意識していた者の訪問があるのだった。
「依姫、勇美ちゃんお久しぶり~♪」
 やや気の抜けたような喋り方をする、その者は。
「お姉様」
「豊姫さん♪」
 そう、瞬間移動のような誰もが羨む能力の持ち主、綿月豊姫そのものであった。
 ちなみに彼女は今回も勇美のリクエストで着た白のノースリーブワンピースにケープというフェティシズム全開の服装であった。
「というかお姉様、まだその服着てるのですか?」
「そういう依姫だって、ずっと巫女装束着てるじゃないの♪」
「確かに……」
 そこで依姫はそれ以上反論するのを止めたのだ。
 豊姫の言う通りだったからだ。習慣になるというものは恐ろしいなと依姫は痛感するのだった。
 そんな状況の中、勇美は悪ノリをして見せる。
「豊姫さん、いつ見てもそのお召し物素敵です」
「ありがとう、勇美ちゃん」
「なので、素敵ついでに腋見せて下さい」
 そんな突拍子もない発言に一瞬空気が凍り付いたような雰囲気になる。
 だが、それもすぐに打ち破られる事となる。
「こんなもので良ければいくらでもどうぞ、はいっ♪」
 そう言って豊姫は惜しげもなくケープを捲り上げ、その中の腕の付け根を披露してみせる。
「うん、いい眺め♪」
 勇美は夕日を堪能する時のように感慨深い気持ちでしみじみと呟く。
 依姫はこの倒錯した空間に指摘をする価値はあるのかと言う葛藤に苛まれるが、敢えて進言をする事に決めたようだ。
「勇美、人の姉に何させてるのよ。そしてお姉様も何乗り気でそんな事してるのですか」
 そんななけなしの勇気を見せた依姫に、姉は非情な現実を突き付ける。
「あら依姫、ノースリーブは腋を見せる為にあるようなものよ♪」
「それはノースリーブに対する偏見です」
 豊姫の理屈に、依姫は屈せずに、ノースリーブの名誉の為に戦った。
 そんな妹に対して、豊姫も屈してはいなかった。
「でも依姫、ノースリーブはフェティシズムをくすぐるものじゃない?」
「まあ、それは否定しませんけど」
 その事は認めた依姫であった。
 そして、依姫は何か空虚な心持ちとなった。何で自分はノースリーブを着ないのに、こんなムキになっているのだと。
 なので、この話題はもう考えないようにしたのだ。
「それでお姉様、そろそろ本題に入りましょう」
「そうね」
 その提案に豊姫も素直に従う事にした。
「勇美ちゃん、天界へは私の能力で送って行くから心配ご無用よ」
「助かります、豊姫さん」
 それを聞いて勇美はこの人の心強さを再認識するのだった。
 この人は雰囲気に反して頼りになるのである。
 まず、月で侵略をされる前敵の正体が分からない状態の時、さすがの依姫にも迷いが生じていたのだ。
 それを豊姫は、ブレる事なく諭して依姫を導いた経緯がある。
 そして、勇美自身彼女と深く話を聞いた事で彼女の懐の広さを感じたのだった。
 そう豊姫に想いを馳せるついでに、勇美は彼女にあるお願いをする。
「ところで豊姫さん」
「何かしら?」
 優しい笑みを浮かべながら豊姫は言う。
「一緒にこの招待状、読んでくれませんか?」
 勇美は未だに衣玖から受け取った招待状を読んでいなかったのだ。その理由は。
「何か天子さんって、聞く所によると、何て言うか『悪い子』のイメージがあるんですよね」
 勇美が聞いた話から判断すると、天子はヒーローよりも悪役を好む性格らしいのだ。故にこう懸念するのだった。
「招待状じゃなくて挑戦状だったらどうしようと思うんですよね。前話のタイトルを『たけしの挑戦状』と聞き間違えてしまったのがありましてね」
「あんなげーむをわだいにもちだしちゃってどうするの?」
「豊姫さん、いいノリですね。でもその場合濁音も一文字としないと」
「それだとこの小説をツールやアプリで縦書きで読んでいる人がいたら読みづらい事この上ないでしょうからね」
「あ、成る程」
「……」
 ネタ発言にメタ発言の応酬。その事実に依姫は……突っ込むのをやめた。

◇ ◇ ◇

 そして天子の招待状を三人一緒に読んだ。そして出た結論は。
「どう見ても、招待状だね」
 そう豊姫は結論付けたようであった。
「そうですね。挑戦状じゃなくて良かったです」
 その事が分かって勇美も胸を撫で降ろした。
「それじゃあ、早速行こうか。私の能力で連れていってあげるからね」
 豊姫は得意気になって言う。この小説でも陰が薄いばかりに、活躍の場が出来て嬉しいのだ。
「あっ、ちょっと待って下さい」
 ところが勇美は、ここで何を思ったのか待ったを掛けた。
「どうしたの勇美ちゃん? もしかして私の数少ない出番を奪うつもり!?」
「はうあ、そんなつもりはありません」
 血相を変えて迫って来た豊姫におののく勇美。はっきり言って『引く』。
「いえ、少し心の準備が欲しいと思いましてね」
 怖じけづきつつも勇美は弁明する。
「天界に行くって、私にとってかなり大それた事なんですよね。
 だからこの部屋から直接豊姫さんの能力で天界に直行するのは何だか怖いんですよ」
 そして、勇美は結論を言う。
「だから、この部屋から直接じゃなくって、一旦永遠亭の外に出てからにしたいんですよね」
「それならいいわ」
 勇美の申し出に豊姫も頷く。一見無意味にも思える『こだわり』だが、豊姫にもこだわりはあるし(特に桃と動物)、何より人のこだわりに介入するのはエゴの極みである事を知っいるからだ。
 そして、三人は永遠亭の玄関を出て外に赴いた。
「いよいよですね」
 文字通り勇美は手に汗を握っていた。ぶっちゃけ汗で濡れすぎて煩わしい。
「勇美ちゃん、準備はいい?」
「勇美、こういう時にリラックスは重要よ」
 昂る勇美に、豊姫と依姫は優しく諭す。
「お二人とも、ありがとうございます」
 言って勇美は呼吸を整え、続ける。
「いざ、夢見鏡の世界へ!」
「「それ違う」」
 綿月姉妹は首を振った。それには色々触れてはいけないと心の叫びをあげるのだった。特に仲間が足手まといにしかならなかったのは辛い所だろう。
「はあ……はあ……気を取り直して」
 突っ込み役にされるという不本意な扱いを受けつつ、豊姫は仕切り直しをする。
「「「天界へ!」」」
 今度は三人の気持ちは一つになり、彼女らは天界へと旅立つのであった。

◇ ◇ ◇

「ここが天界ですか~」
 三人が移動を終えた後、勇美が感心したように言った。
 そこは雲の上の世界であるので空の上に雲はない。なので日本晴れの如く澄みきった一面の青は芸術的で心を晴れやかにするものがある。
 そして地面には、まるでドライアイスのように雲が漂っていて、まさに絵に描いたような天国のイメージにそぐう幻想的な雰囲気がかもし出されていた。
 そして、天界独特の要素とは別に勇美の目を引き付けるものがあった。それは。
「うわあ……立派なお屋敷……」
 勇美の指摘通り、彼女達の目前には荘厳で壮大な造りの屋敷が待ち構えていたのだ。
 だが、驚いているのは勇美だけであった。彼女とは対称的に、綿月姉妹は極めて落ち着いていたのだ。
 それは無理もない事であろう。かく言う二人もこれと同じ位豪勢な屋敷に普段から住んでいるのだから。
 だが二人は決してその事を口にしたりはしなかった。
 二人は勇美のような庶民の感覚を完全に理解している訳ではない。だが、その気持ちは大切にしていきたいが故の事である。
「それじゃあ、行こうか」
 興奮冷め上がらない勇美に豊姫は先導を促した。
 そして三人は比那名居邸の門の前まで赴いた。
 すると、そこには門番という有るべき存在がいた。有権者の住居の門前には見張りがいるのは月でも天界でも同じなようだ。
 そこへ豊姫が歩を進めていく。それに気付いた門番の一人が口を開く。
「あっ、あなた様は豊姫様ですね。とするとお連れの方々がそうなのですね」
「ええ、そうよ」
 豊姫は比那名居家の者達に話が通っているようだった。
 そして、もう一人の門番が豊姫の後ろの二人に呼び掛ける。
「あなた方が綿月依姫様に黒銀勇美様ですね。
 話は総領娘様から聞いています。どうぞお通り下さい」
 そう言った後、門番二人は互いに門の脇へと移動して勇美達に道を譲った。
「あ、ありがとうございます」
 余りにも話がスムーズに流れた事に、勇美は呆気に取られてしまった。
 これが天界の主の娘の力か。勇美は途方もない何かを感じるのだった。
 そして三人は門を潜って比那名居邸の敷地へと入っていった。
 門を抜けた先の道を歩きながら勇美は言う。
「でも、話の分かる門番さん達で良かったね」
「全くね。お姉様はいつの間に天界との関わりを築いたのかしら」
 依姫はその疑問に首を傾げながら言う。
「ま、まあ細かい事は言いっこなしよ」
 そこへ豊姫が入るが、どこか心なしか声が上擦っていた。
 そんな豊姫が先頭を切る中、三人はお目当ての場所へと赴いていったのだった。
 そして一行は目的の場所へと辿り着いたのだった。
 そこは謁見の間であった。そして永江衣玖と共にお目当ての人物がいたのだ。
 彼女こそ天界の主の一人娘、総領娘こと比那名居天子その人であった。
 出でたちは白のカッターシャツに青のロングスカート、それに加えて前掛け式のエプロンと、特徴的な旗のような七色の飾りがあしらわれている。
 そして帽子である。黒いそれ事態は何の変哲もない物であったが、問題は。
「桃……」
 そう勇美が呟いた事が示す通り、その帽子には桃が付いていたのだった。
 と言ってもそれはプチトマト程度のサイズの物であった。故に本物の桃という事は断じてなく、アクセサリーか何かだろう。
 最後に天子自身は青のロングヘアーに、清楚に見えるがどこか小生意気そうな顔立ちと言うものであった。
 更に言えば……。
「……」
「……」
 暫し無言となる天子と勇美。互いに視線が向いた先には──胸があったのだ。
 そして、おもむろに視線を合わせ、言葉無きメッセージを交わす二人。
「我が同志よ~~」
「お会いしたかったです~~」
 そう言い合い、天子と勇美は固い抱擁を交わすのだった。
「変な友情が……」
「芽生えましたね~」
 その様子を依姫と衣玖は呆れながら傍観する。
「衣玖、黙らっしゃい!」
「これは『ある』人には分からない苦しみですよ、依姫さん!」
 必死の形相で迫る二人に、依姫と衣玖は「ごめんなさい」と、取り敢えず謝っておいた。
「それはさておき……」
 天子との傷の舐め合いから立ち直った勇美は、次なる目標に目を向けた。
「永江さん、会いたかったです~。まずはお近づきの挨拶にキスして下さい♪」
 と、勇美は猫科の肉食獣の如く衣玖に駆け寄った。
「ぬわっ、お近づきなのに話が飛んでいますよ。しかも何で名字で呼ぶのですか」
「永江さん程の素敵な方を気安く名前で何て呼べませんよ♪」
「そ、そうですか」
 そう言われて衣玖は少し頬を赤くする。そのように言われて悪い気はしないからだ。
 だが、その後でキスの件は丁重に断った。
 そうこうした後、天子が話を仕切り直す。
「改めて。私の招待を受けてくれてありがとう。ようこそ天界へ」
 天子はそのようにおもてなしの態度を見せたのだった。
「固くならなくていいわ、今はお父様もお母様も出掛けているから」
「もしかしてご両親に無断で私達を招待したのですか!?」
 勇美はその事実に面喰らってしまった。さすがは『不良天人』と呼ばれるだけの事はあると思ってしまうのだった。
「まあ、そんなのは些細な事よ」
「いえ、とても重要な事ですよ!」
 あっけらかんと言い放つ天子に、勇美は食い付く。
 確かに勇美は彼女の両親の事は快く思っていない。
 だが、親に対してふてぶてしく振る舞う事は道徳に反するのを勇美は知っているのだった。
「天子、勇美の言う通りよ」
 そんな勇美に対して、依姫も彼女の肩を持った。
 依姫も知っているのだ。彼女もまた自分の両親や師に対しては敬意を払わねばいけない事を。
 永琳という素晴らしい師がいるからこそ分かる事であった。だからこの事は自分と同じ両親と師を持つ豊姫も同様の考えだろうと依姫は思った。
「まあ勇美ちゃん、依姫。私は天子位アバウトでもいいと思うな~」
 と、豊姫の弁。現実は非情であったようだ。
「おねえさま~」
 これに対して依姫はらしくない泣きの入った声を出すしかなかった。
「うん、さすが姉の方は話が分かるわね」
 天子がご満悦といった風にのたまいながら続ける。
「それから豊姫、二人のお迎えご苦労様」
 さらりと失礼な物言いをする天子。
 実は年配の人に対しては「お疲れ様」でも上から目線の意味合いになってしまうのだ。
 ましてや「ご苦労様」など、それ以外でも上から目線になる言語道断な言い回しなのである。
 だが豊姫は気にした風を見せなかった。それが彼女の懐の広さを表しているのだ。
「これ位お安い御用よ」
「頼もしいわね。それじゃあ、報酬の天界の桃ははずんでおくわね♪」
「ちょっと天子……!」
「ご苦労様」では動じなかった豊姫だが、これには弾かれたように慌てた。
 そして、彼女には冷たい二つの視線が刺さる。
「おねえさま……」
「豊姫さん、買収されてたんですか!?」
 これには穴があったら入りたくなる豊姫。
「てんし~、何て事してくれたのよ~」
「あらごめんなさい。内緒の事だったかしら」
 悪びれずのたまう天子。
(この人って……)
 そして、そのやり取りをみながら勇美は確信する。
 ──今のはこの人の故意犯なのだったと。
 名前は天子なのにまるで小悪魔みたいだ。パチュリーの使いの小悪魔は寧ろ紳士的なのに不思議だと。
 何やら一癖も二癖もある人からお呼びが掛かったものだと勇美は思うのだった。 

 

第43話 東戯王TAG FORCE10419

 天子の親への敬意が低いという薄情が露呈したり、豊姫の姉としての威厳が揺るがされる事態になったりしたが、地上と月と天界の者達の邂逅は無事に済んだようであった。
 何より、勇美と天子には『持たざる者同士の絆』が手堅く結ばれたのは収穫である。
 なので、勇美は新たなる盟友に気兼ねなく話し掛ける事が出来るのだった。
「いやあ、天子さんの招待状が脅迫状でなくて良かったですよ」
「いや、私どれだけ悪役に見られてるのよ」
 天子は勇美の言葉に首を横に振った。
 確かに自分はヒーローよりも悪役に徹するのが好きである。
 しかし、さすがに893並に思われるのは甚だ心外と言えるものだ。
「ま、まあいいわ。取り敢えず私の招待だから存分に楽しんで行きなさい」
 天子は気を取り直して言う。
「ご馳走も用意してあるしね」
 そう天子は続ける。
 自己顕示の為にパーティーを開いたり、ご馳走を用意したりする自己愛の強い人は多い。
 だが、天子の場合、その意味合いも含まれるものの、純粋に招待した者を手堅く応えたいという気持ちもあるのだ。
 その事を、自己愛だけの母親を持った勇美だからこそ解るのだった。
 客をもてなす母親からは『自分を褒めて讃えて』という捻じ曲がった念しか感じられなかったが、この天子からはお互いに楽しみたいという無邪気で純粋な気持ちが伝わって来るのだ。
 そう感じると勇美は嬉しくなるのだった。
「天子、勿論桃は出るんでしょうね~♪」
 豊姫は『待て』を言い付けられた犬の如く息を上がらせながら天子に迫る。
「いや、あなたにはちゃんと報酬として桃をあげるから」
「何ぃ~、ご馳走に桃が出ないだとぉ~」
 意地汚く天子に食い下がる豊姫に、連れの二人は遠い目で見ながら思った。ああ、この人は色々大切な何かを置き去りにしてしまったんだなと。
「くぅっ、まあ報酬で貰えるなら文句はないわ。六割がた」
 残りの四割も妥協して下さい。二人の視線がそう物語っていた。
 金髪の狂人の事は一先ず置いておき、天子は話の続きに入る。
「ご馳走は後でちゃんと出すから、その前にちょっと楽しまない?」
「何をするのですか?」
 そう勇美は聞きつつも、心の何処かでこの先の展開が読めるかのようであった。
「それは他でもない、弾幕ごっこよ」
 ああ、やっぱり来たかと勇美は思った。
 最早この展開はお約束であると言えるのだから。
 だが、今回はその様相は少し違った。
「まあ、『うん、またなんだ』って顔はしないでね。これから予定している弾幕ごっこは一味違うんだからね」
「それって一体どういう事ですか?」
 天子の言い回しに疑問を感じた勇美は聞いた。
「それはね、今からやろうとしているのは、『タッグ弾幕ごっこ』なのよ」
「……何か語呂が余り良くないですね」
「語呂の事は言わないで」
 さらりと自分のセンスの事を指摘されて天子は閉口する。
「でもまあ、何だ……」
 だが、取り敢えず気を取り直しながら天子は続ける。
「あなた達とてこういう勝負方法は初めてじゃない?」
「あ、確かに二対二は今までやった事はないですね」
 天子に指摘されて、勇美も納得して首を縦に振る。
 思い返してみれば、阿求の時のようにクイズ形式のものや、慧音の依頼でパフォーマンス的に行った事もある。
 だが、二人と二人が同時に戦うのはこれが初の事であった。
「面白そうですね」
 故に勇美もこの提案に興味を示したのだ。
「でも、永江さんはよろしいのですか?」
 しかし、一つの疑問が勇美にはあった。天子が考えた催し物に自分も巻き込まれてどう思っているのかと。
「ええ、総領娘様が頻繁にこのような事をするのでは問題ですけど、たまにやるのであればよろしいでしょう」
「珍しい地上と月からの客人のおもてなしですしね」と衣玖は付け加えた。
 ここで意見は満場一致したようなものである。後は画竜点睛だけだ。
「依姫さんも、これでいいですよね」
「ええ、私も問題ないわ」
 案の定最後の一人の依姫も承諾したのだった。
 依姫はみだりに変則的なルールを設けるのは、その概念に対する侮辱であり乱暴だと考える。
 だが、今回の二対二の発想は既存の弾幕ごっこの規範の延長線上にあるのだ。
 全くを以て問題ないだろう。依姫はそう思い、未知なる勝負へ赴く事に胸を踊らせるのだった。

◇ ◇ ◇

 そして四人は比那名居邸の敷地内の庭園へ歩を進めていた。
「うわあ……」
 そこの光景に勇美は思わず感嘆の声を漏らしていた。
 何故なら、地上では余り見掛けない木々が周りに存在し、極め付きはここが天界故に高所に位置する為であった。
 故に勇美はまだ行った事のない、海外の山地に行った時の感動はこのようなものなのだろうかと感銘に耽るのだった。
 しかし、その感動は後でたっぷりと堪能しようと勇美は思う。今は初めて行う新感覚の弾幕ごっこがメインディッシュなのである。
 その提案の張本人である天子が口を開く。
「それじゃあ始めようか」
 それに勇美も賛同する。
「はい、お願いします」
 こうして『タッグ弾幕ごっこ』の幕は開いたのだった。
 そこで勇美は感慨に耽る。
「私、とうとう依姫さんと組めるんですね」
 それは彼女が願ってもない事であった。
 基本的に一対一で戦う弾幕ごっこだから、まさか憧れの人と組んで戦える機会があるとは夢にも思わなかったのだ。
 喜ぶ勇美に、依姫も微笑み返す。
「喜んでもらえて光栄ね」
「それはもう~! この喜びは今晩のオカズに使えそうですよ~」
「何か方向性がおかしいわよそれ」
 依姫は項垂れた。何、人を妄想に使おうとしているんだと。
 そんなやり取りをした後、勇美は切り出す。
「では、まずは私から行かせてもらいますよ!」
 先陣を切ったのは勇美であった。いつも通りに彼女は神に呼び掛ける。
 彼女が呼び掛けたのは、初の弾幕ごっこで力を借りた『マーキュリー』であった。
 その力で勇美は、かつて造った事のある姿の機械を生成していった。
 それは二本の逞しい脚部を持つものであった。その名前は。
「『エルメスの靴』よ。もう一度その力を見せてあげて」
 勇美の呼応に応え、エルメスの靴は……衣玖へと向かって俊敏に走り出したのだ。
「永江さん、私の将来のお嫁さんに対して悪いですけど、覚悟して下さい」
 何故勇美は彼女を狙ったのか。その理由はこうだ。
 勇美は今までの衣玖の動作を見ながら思っていたのだ。──この人はゆったりと泳ぐように振る舞うから、スピードは苦手分野だろうと。
 だから勇美は素早さに定評がある(と、自分で思う)エルメスの靴を彼女にぶつけたのだ。
「くっ……。いい判断ですね」
 狙われた衣玖は口惜しそうに呟く。そして断じてお嫁さんではないと心の中で付け加えるのだった。
 そんな最中にもエルメスの靴は衣玖に肉薄する。そして、それの蹴りの一撃が今正に衣玖へと届こうとしていた。
 ダメージを覚悟する衣玖。そしてほとばしる衝撃。
 だが、いつまで経っても彼女の脳が痛みの信号を受け取る事はなかったのだ。その理由は。
「……総領娘様?」
 そこには金属の足の一撃を生身の体で受け止める天子の姿があった。
「私がいる限り、そう簡単に衣玖には攻撃させないわよ」
 そう得意気に言う天子は両手を交差して防御体勢を取っているとはいえ、蹴りをもろにもらっていたのだ。
 それでいて、今の彼女は別段痩せ我慢している様子はなかった。
 そこで勇美は確信する。
「これが天子さんの防御力ですか……」
 感心半分、口惜しさ半分で勇美は呟く。
 勇美は噂に聞いていたのだ。天子は天人の中でも、その身の守りは一級品であると。
「ええ、これには自信があるからね」
 そして、それが天子の誇りでもあったのだ。
 彼女の防御力は努力よりも彼女自身の体質によるものが多い。だが、その持って生まれた力、存分に活用してやろうというのが天子の考えである。
 続いて攻撃を受け止めた後、天子は鞘に収めた剣を抜き放った。
 これは比那名居に伝わる名刀、緋想の剣であった。
 外観は、まるで緋色の炎を固めたかのような、そんな不思議な様相だ。
「この剣はお父様からの借り物の剣だから私の物じゃないんだけどね」
 天子はそう物惜しそうに呟く。
 それを聞いた勇美はこう答える。
「ううん、気にする事ないよ。私が今使ってる力だって、依姫さんの神降ろしの力から更に借りているんだし」
「ふふっ、それもそうね」
 勇美の答えを聞いてどこか弾むような心持ちとなる天子。その最中、彼女は想った。
 ──やはりこの子は色々と私と合う所が多いと。そして私の見る目は緋想の剣抜きでも狂いはなかったと。
 何故ここで緋想の剣が話題に出るのか。それは後々分かる事となる。
 ともあれ心に火の付いた天子。ここで畳み掛ける事にしたのだ。
「それじゃあ防御ついでに攻撃に転じさせてもらうわよ♪」
 そして天子は踏み込み、剣を横薙にしながらスペルカードを宣言する。
「【透符「守り人の見極め」】!」
 その瞬間、緋想の剣が瞬きをするかのように一瞬光った。
「危ないっ、と」
 だが間一髪の所で勇美はそれを避ける。
「ふう……」
 何とかかわした。そう思う勇美であったが、どこか違和感があったのだ。
 その答えは、すぐに天子の口から語られる事となる。
「どうもありがとう。これで分かったわ」
「? 何がですか?」
 天子の言いたい事が読めずに勇美は首を傾げる。
 その疑問に対して、天子は率直に答える代わりにこう言った。
「衣玖、この子の相棒に電撃、お見舞いしてあげなさい」
「成る程、承知致しました」
 天子の指令に衣玖は快く応える。
「?」
 対して勇美は首を傾げていた。──相棒とは依姫さんの事だろうかと。
 それとも……そう考えを巡らせた勇美はハッとした。
「!? 待って、それはまずい!」
 だが、既に時遅しであった。衣玖は人差し指を天に掲げると狙いを定める。
 そう、相棒とは勇美の使役する鋼鉄の分身、マックスの事であった。
「お覚悟! 【雷符「エレキテルの龍宮」】!!」
 その宣言後、マックス目掛けて一直線に激しく目映い稲妻が貫いたのだ。
 破裂音が辺りに響いたかと思うと、マックスは火花をけたたましくぶち蒔けながら狂ったようにガタガタ震えた。
「マッくん!!」
 勇美は慌てるも、こうなる事に驚きはしなかった。
 何故なら精密機械は電気に弱いのだ。それは勇美が使役する分身かつ、神力で動く規格外のマックスであろうとその宿命から逃れる事は出来なかったのである。
 そして『エルメスの靴』の形態を取っていたマックスは維持が困難となってくる。
 更に、その状況に追い討ちを掛けるかのように天子は言う。
「これが緋想の剣の能力よ」
「『剣』の……能力?」
 その珍妙な表現に勇美は耳を疑った。
「すまんのう……儂は年で耳が遠くてのう、もう一回言ってくれ」
「青臭い小娘が何をほざくか」
 ふざけた宣いをする勇美に、天子は手厳しい突っ込みを入れる。
「まあいいわ、もう一度言うわ。今の状況は緋想の剣の能力で編み出したものって事よ」
「うん、やっぱり聞き間違えじゃなかったんですね。一体どういう事ですか?」
 それを聞いた天子は得意気に説明を始める。
「この緋想の剣の能力。それは相手の資質を見極めるものよ」
「資質を……そうか!」
 それを聞いて勇美は合点がいったようであった。
「それで私のマッくんの弱点を見出だしたって訳ですね」
「そういう事よ」
 天子は尚も得意気な態度を取る。
 それは剣の能力であって天子自身の能力ではない。
 にも関わらず彼女が得意気になる理由。それは緋想の剣を自分は使いこなせているという自負からであった。
「あなたが衣玖を狙ったのは的確な判断だったと思うわ。でも、こっちにはより的確な判断を促す手段がある、そういう事よ」
「そっかあ~」
 勇美は感心と口惜しさが混じった心境で呟いた。そして、緋想の剣を使ったその戦法を卑怯だとは思わなかったのだった。
 何がなんでも勝つ。その心構えは勇美にも共感出来る事だったからだ。
 そこに天子は付け加える。
「そして、これはタッグ戦だって事よ」
「確かに」
 天子に諭されるように指摘されて、勇美は納得する。
 勇美は動きの早くない衣玖だけを狙えばうまく事を運べると踏んだのだ。だが結果はその間に防御力に秀でた天子にはばかられる事となったのである。
 これは一対一の普通の弾幕ごっこでは起こり得ない事柄であった。
「勉強になります」
「いい心構えね。あなたのパートナーも喜ぶでしょうね」
 パートナー。今度のその言葉はマックスではなく依姫の事を指していた。天子が最近有名になった勇美や依姫の特性を良く理解している事の現れであろう。
「それじゃあ勉強ついでに、もう一発喰らってね♪」
 そう言うと天子は足を踏み込みその場で宙に跳躍した。そして、その状態で緋想の剣を高らかに上へと掲げる。
「一体何をするつもりですか?」
「タッグ戦の醍醐味って奴よ! 衣玖、お願い!」
 宙で剣を掲げながら、天子はこの戦いのパートナーの衣玖へと呼び掛ける。
「承知しました、総領娘様♪」
 衣玖は大人の女性的な茶目っ気を見せながらウィンクすると、先程のように天に人差し指を掲げる。
 すると、案の定雷撃が発生して大気中に閃く。
「!?」
 その瞬間勇美は自分の目を疑った。
 確かに先程と同じように衣玖の呼応に応じて雷撃は発生したのだ。
 問題は行き先であった。その電気の閃きは──天子の持つ緋想の剣へと吸い込まれていったのである。
「一体何を……?」
「見てなさい、私の衣玖との合体技を!」
 そう言って天子は雷を綿飴の如く纏った緋想の剣を高らかに掲げ宣言する。
「【大雷「龍使雷鳴剣」】!!」
 そして天子は思う存分雷の刃を振り下ろす。
 ──狙うは満身創痍の鋼の靴である。
「砕けなさーい!」
 意気揚々と叫びながら、天子は渾身の一撃をそれにぶつけた。
 そして巻き起こる激しい火花と破裂音に閃光。
 当然虫の息だったマックスはそれに抗う事も出来ずに、ビルの解体作業の如く盛大に吹き飛んでしまったのだった。
「ぐっ……」
 そして分身が破壊された事で起こる、勇美へのダメージのフィードバック。
 それも漸く収まる。
「ふぅ、この瞬間、何度味わっても慣れないんだよねぇ~」
 勇美は苦笑いしながらそう呟く。
「……同じ借り物での戦いでも、緋想の剣と違ってあなたの場合は随分リスクがあるのね」
 天子は、本心から気の毒そうに勇美に声を掛けた。
 だが、当の勇美は余り気にしていないかのようにこう言った。
「うん、でもこのマッくんと依姫さんと神様がいたからこそ今の私がいるんですよね。
 だから文句を言ったら罰が当たるってものですよ♪」
 そう言ってのけた勇美はニカッと笑顔を天子に向けて見せた。
「あなた、強いのね」
 基本的に余り他人を褒めない天子であったが、この時ばかりは例外であった。
 人間でありながら、どこか逞しさを持つ勇美に、天子は興味を惹かれていったのだ。
 そして、それを聞いていた依姫も思った。
 ますますこの子は立派になっていると。
 そう感じ、依姫は胸の内が暖まるような心持ちになるのだった。
「う~ん……」
 だが勇美はここで悩んでいた。
 確かに応援というのは戦いに置いて重要な要素だ。応援してくれるギャラリーが敵よりも少なかったばかりに負けたチームというのも存在する程だ。
 しかし、応援だけで巻き返せない状況というのもあるのだ。それが今の自分だろう。
 なので、勇美は腹を括る事にした。プライドというものには、衣玖を狙った時から捕らわれていないのだから。
「依姫さん、力を貸して下さい!」
 それを聞いた依姫は一瞬狐に摘ままれたような表情になるが、すぐにそれを崩し、
「勇美、よく言ったわ……」
 我が子、依姫にとっては玉兎達を見る時のように優しい雰囲気をかもし出しながら勇美を見据えたのだ。
 そして二人は視線を交わし合ってから、相手側の二人へと向く。
「それでは行きますよ」
 勇美は言うと、マックスの核部を現出させる。
 続いて、神に呼び掛ける。
「天照大神よ、その力を!」
 勇美に呼び掛けられ、太陽を司る神の力が核部に取り込まれて目映く輝く。その様相は、正に空に浮かぶ太陽そのものであった。
 続いて、その疑似太陽を取り囲むように金属片や歯車が集まっていき、砲台の形を形成した。
「名付けて【大和「ソル・カノン」】ですよ」
 それは禍々しいまでの黄金色の砲台であった。見るからに出力が大きそうである。
 だが、これだけで終わらない。次は依姫の番だ。
「『月読』よ、更にその力を見せたまえ!」
 依姫は日本を築き上げた三柱でありながら、唯一月への侵入者と対峙した時に繰り出さなかった『夜の神』を呼び出したのだ。
 そして、依姫は手に持った刀を勇美の繰り出した『太陽の砲身』へと向け、宣言する。
「【螺旋「月の波動」】」
 その宣言により、依姫の刀から青白い月の力の奔流が、正にドリルのような螺旋を描きながら余す事なく放出される。
 その力の向かった先は、黄金の砲台の後部であった。
 そして、後部は駆動音を出しながら開いたのだ。月の力をまるで本物の砲弾であるかのように、ごく自然に招き入れたのである。
 砲弾の充填部へ流しそうめんのようにシュルシュルと気持ちいい位に吸い込まれていく月の波動。
 それらが一頻り吸い込まれていくと、役目を終えたかのように蓋は綺麗に閉じた。
 準備は整った。後はその力を遺憾なく発揮するだけである。
 勇美は口角を上げ、迷う事なく宣言する。
「いっけえー!! 【日月符「ウルトラエクリプスカノン」】!!」
 持ち主の砲撃命令を受けた分身は惜しげもなくその身から、目映く緑色に輝く光と熱の彷徨をぶち蒔けたのだ。
 当然天子と衣玖の二人はそれを避けようとした。だが、その光の破壊者には速度まで備わっていたのだ。そして、光は地面に着弾すると大規模なドーム状の爆発を生んだのだった。
 その爆発の凄まじさは、爆風により発動者の勇美すら吹き飛ばしてしまうように見えた程である。
「うん……凄すぎるね……」
 勇美自身呆気に取られる程であった。それだけ依姫と力を合わせると凄まじい事となるのか。改めて依姫の底力を思い知らされる勇美であった。
 使用者本人すら驚くエネルギーの爆ぜも、漸く収まっていった。
 そこにあったのは、ダメージを負いつつもまだ余力のある衣玖と、
「……結構堪えるわね」
 そう言いながら衣玖の前に立ち塞がりながら彼女を庇い、砲撃の直撃に耐えていた天子の姿であった。
「この攻撃に耐えましたか……」
 どこまでこの人は頑丈なんだろう。勇美は頭を掻きながら呆れと称賛の入り混じった複雑な心境となった。
「でも、流れはこちらに向いて来たわよ」
 そう言って依姫は勇美を嗜める。
 そして彼女は続ける。
「だからここは私に任せなさい」
「どうするのですか?」
 依姫の思惑は如何なるものなのかと勇美は聞く。
 それに対して、依姫は行動で答えた。
「『天宇受売命』に『風神』よ!」
 そう依姫は二柱の神に呼び掛け、その身に降ろす。後はその力の発動だけである。
「【風舞「フェザーダンス」】!」
 その宣言と共に依姫は刀を高らかに上に掲げる。すると衣玖の足元で風が舞い上がり始めた。
「っ……!?」
 その異変に気付くも、衣玖は身のこなしに優れていないが故にうまく対処が出来なかった。
 そして衣玖が手をこまねいている間に、風は強くなり旋風規模になったのだ。
「くぅっ……」
 その局地的な強風は衣玖を巻き込み、彼女を彼方へと運び去ってしまったのだった。
「勇美、電撃を使う彼女が相手では分が悪いでしょう」
「あ、はい」
 依姫に指摘されて、勇美も頷く。その事実に否定する要素はないからだ。
「だから、このタッグ戦を提案してくれた二人には悪いけど、ここからは一対一に持ち込もうと思うけど、いい?」
「分かりました」
 依姫の提案に勇美は承諾する。
「それじゃあ勇美に天子は任せましたよ。私はリュウグウノツカイの方を引き受けるわ。
 ──風神よ、ありがとうございました」
 まずは依姫は天宇受売命はそのままで風神を送還した。代わりにその身に降ろすのは。
「『韋駄天』よ、風神に代わりその力を我に与えよ!」
 そして、依姫は天宇受売命と韋駄天の力を持って新たなるスペルを発動する。
「【縮地「ライトステップ」】……」
 宣言後、依姫は忽然と姿を消してしまった。
 身のこなしに優れた二柱の力で距離を操り一気に衣玖の元へと移動したのだ。
 距離を操る事。それは無縁塚の死神が自身の能力で行える事である。それを依姫は神の力で応用したのだった。
 後には、ぽつねんと勇美と天子が取り残されていた。
「依姫さん……」
 勇美は呟く。その声にはどこか物惜しそうな響きがある。
「私が永江さんと戦いたかったのに~っ!!」
「いや、あなた。どれだけ衣玖に入れ混んでいるのよ」
 盲信的な勇美に、天子は先行きに不安を覚えるしかなかったのだった。 

 

第44話 空鰓のUMA

 神力を使った瞬間移動──縮地を行い、衣玖が飛ばされた勇美と天子から離れた場所に依姫は出現した。
「ふう……縮地は問題なく出来たみたいですね」
 そう一人ごちる依姫。そしてお姉様程立派にはこなせないけどねと心の中で付け加える。瞬間移動のような力は惑星規模で行える豊姫に足元にも及ばないからであった。
 だが、依姫はそこで自分に力を貸してくれた神々の事も忘れてはいなかった。姉への尊敬と神々への敬意の中で複雑な心境になる依姫だった。
 それはそうとタッグ戦を始めた時から豊姫の姿は見受けられない。一先ず月へ帰ったのだろうか。
 だが豊姫の事だからこの勝負が終わる頃には迎えに来てくれるだろう、依姫はそう思いまずは当面の課題に目を向ける。
「あ、いたわね」
 そう依姫は確信する。お目当ての人物を見付けたのだ。
 舞いの神と風の神の力による旋風で吹き飛ばした、永江衣玖その人である。
「まあ……」
 だが、依姫はその姿を確認すると驚きと感心に苛まる事となる。
 その理由は。
「まさか無傷でしたとはね……」
 頭を掻きながら依姫が言う視線の先には、あれだけの強風に巻き込まれながらノーダメージの衣玖の姿があったからだ。
 そんな依姫に対して、衣玖は丁寧にお辞儀をしてから説明する。
「そういえばまだ申しておりませんでしたね、私の能力」
「?」
 そう衣玖に言われて依姫は訝りの表情を見せた。
 そして、彼女が言わんとしている事を衣玖は察して代弁する。
「ご察しの通り、私は電撃を操れますが、これは私の力であり能力ではないのです」
「……」
 言いたい事を言われて依姫は少々面喰らってしまった。
「驚かせて済みませんね。これが私の『空気を読む能力』なのですから」
 衣玖はゆったりとそう説明した。
「成る程……」
 依姫は言いたい事は幾らかあれど、取り敢えず納得する事にした。
 衣玖がある程度相手の言わんとする事を読んで見せたり、極め付きはやはり旋風を無傷で掻い潜った事だろう。
「貴方、素敵ですね」
 依姫はそう衣玖を称した。それが能力からであるとはいえ、彼女を優雅に彩っているのだから。
 勇美が惚れ込むのも頷けるというものだ。
「お褒めに預かり光栄です」
 そう言って衣玖はスカートを気品良く両手で摘まみながら答え
た。
 そして、最後に確認しておきたい事を依姫は口にする。
「それから、これまでの事から判断して、貴方わざとフェザーダンスに巻き込まれたわね」
 と、いう事になる。空気を読めるのなら、わざわざ旋風に取り込まれてやる必要はなかったのだ。
「気付いていましたか。確かにメインディッシュは総領娘様に堪能してもらいたくて、こうしたまでですよ。……そういうあなたも大概ではありませんか?」
 衣玖は丁寧であるが嫌味なく微笑みながらそう指摘した。
「さすがですね、お分かりでしたか……」
 そう言って依姫は自分の思惑の種明かしをする。
 それは、あのまま続けていたら勇美は依姫に頼る形になっていたからだと。
 勇美は腹を括り、安いプライドに捕らわれなくなったのだ。
 それ自体は良い傾向である。
 しかし、勇美はあの場で、活用出来るものは活用しようとしただろう。
 その結果、悪い言い方だと『依姫に依存する』形となっていたのだ。
 それも立派な戦術である。だが依姫は勇美の成長の為に敢えて、あの場から離れる事にしたのだった。
「お厳しいのですね、依姫さん」
「確かに、自分でも思うわ。でも、あの子はそんな私を求めてくれているのよ」
 なら、自分はその気持ちに最大限に応えなくてはいけないだろう。依姫はそう締め括った。
「それでは始めましょうか、『永江さん』♪」
「……あなたも私を名字で呼ぶのですか」
「ええ、勇美の気持ち、今よく分かるわ」

◇ ◇ ◇

 そして、言うなれば『第二回戦 Aブロック戦』とでも称するべきか。
 そのような内容の戦いが始まったのだった。
 依姫はまず、衣玖が動きがゆったりな分、彼女が仕掛けて来るのを待っていると些かこちらの不利だろうと踏み、こちらから仕掛ける事にしたのだ。
 まずは小手調べ。依姫は刀を振り抜き、衣玖へと振り翳した。
「甘いですよ」
 言って衣玖は腕を翳すと、そこに服の数多のヒダが集まっていき、螺旋状になった。
「【魚符「龍魚ドリル」】……」
 そのスペル宣言通り、衣玖の右腕は穿孔機の如く依姫の刀へと向かっていったのだ。
 そしてぶつかり合う剣とドリルという、所謂『男のロマン』同士。生憎、依姫も衣玖も女性な訳であるが。
 刃と穿孔機は衝突により、激しく火花と金属音をほとばしらせていた。
 そして、両者はその得物に力を込めると、互いに弾かれ、距離を取り直したのだ。
 即ち、仕切り直しである。
「永江さん、貴方面白い攻撃をするのね」
「そういう依姫さんはスペルカード無しであれ程の剣捌きを見せましたね」
 そう両者は言葉を投げ掛け合う。
「……」
「……」
 そして二人とも見つめ合い、互いに相手の隙を探り合っていた。
 だが、その沈黙は破られる事となる。次に動いたのは衣玖であった。
 やはり状況を読む事においては彼女の方が得意なようだ。
「【雷符「雷鼓弾」】」
 言って衣玖は依姫に対して指を指すと、そこからエネルギーの弾を撃ち放った。
「その程度の攻撃……」
 依姫は至極落ち着いた様子で刀を構える。
 そして、迫って来たエネルギー弾を容易くそれで切り払ったのだ。バチンという珍妙な音を立てて弾は弾け飛んだ。
 依姫にとって実に簡単な作業であった……筈である。だが、彼女は刀を持つ手に違和感を覚えた。
「……?」
「お気付きになられたようですね。私の弾も当然電気ですから、刀で捌く際にはお気をつけて下さいね」
 金属である刀は当然伝導体である。それで電気に触れれば持ち主である依姫にも幾分か電流は走るというものだ。
「これは厄介ですね……」
 刀を扱う自分は些か分が悪い、そう依姫は思った。
 故に次の手を出し辛くなる依姫。その隙を空気を読む事に秀でた衣玖が見逃す筈もなかった。
「ではこのまま行かせてもらいますよ。【雷魚「雷雲遊泳弾」】」
 そして衣玖は先程と同じく指を依姫に向けると再び電撃の弾を彼女目掛けて放出した。
「……」
 依姫は無言でそれを見据える。彼女の視線の先には、無数の電撃弾が迫っていたのだった。
 一つでも触れると面倒なのに、それが数多く存在していたのだ。
 だが、依姫は全く動じていなかった。
 人の手で触れれば厄介。それならば神の力を借りればいいまでの事。
 別にこの勝負で神降ろしをしてはいけないルールなどないし、依姫自身そのようなものを自分に課してなどいない。
 故に依姫は迷わず神の力を借りる事にしたのだった。
「【護符「祗園式避雷針」】」
 依姫は祗園様の力を借りると、例の如く刀身を地面へと突き刺した。
 だが、そこからが様相が違ったのだ。現れたのは動いた者を捌く刃の牢獄ではなく、一本の高く聳える刀身であった。
 僅か一本の刃でどうするつもりなのか。その答えはすぐに出る事となった。
「……?」
 空気を読む事に長けた衣玖はいち早く異変に気付いた。自分が放った電撃の弾幕の軌道に変化が見られたのだ。
 そして、電撃弾の群れは、まるで意思を持っているかのように次々と例の長き一本刀へと吸い込まれていったのだ。
 こうして弾は全て飲み込まれてしまったのだった。
「成る程、避雷針ですか……」
「そういう事ですよ」
 避雷針。それは建物に雷が降り注がないように高い所に、かつ電気を通す金属の性質を利用して設置される保護手段である。
 それを依姫は神の力で瞬時に設置したのだった。
「やりますね……」
 衣玖は正直言うと閉口していた。神降ろし……何という応用力のある業なのかと。
 この人は自分とは格が違うと痛感した。成る程、連れの者が寄り掛からないように離れようと考えるだけの事はあると。
 だが、衣玖はこの勝負を捨てた訳ではなかった。そして、彼女は次なる手を打とうとする。
「避雷針があるなら、それに影響されない力で攻撃すればいいだけの事ですよ」
 言うと衣玖は懐から新たなスペルカードを取り出す。
「【光星「光龍の吐息」】」
 そして、衣玖は両手を揃えて眼前に構えた。
 そこから放たれたのは先程までの電撃ではなく、光の奔流であった。
「!?」
「驚く事はありませんよ、私の能力は雷ではないのですから」
「確かに」
 依姫はそう言われて納得する。衣玖は雷の専門家ではないのだから、それ以外の攻撃方法があっても別段驚く事はないのだ。
「いい判断……と言いたい所ですが、これは貴方の判断ミスですよ」
「!?」
 衣玖はその言葉に耳を疑った。空気を読む事に長けた自分が読み違いをしてしまったのかと。
「【反射「やたの鏡の守護」】」
 石凝姥命の力を借りていた依姫は、彼女の造りし神の鏡、やたの鏡を眼前に繰り出した。
 すると光の清流はみるみる内に鏡へと飲まれていったのだ。
「!」
 驚く衣玖に、依姫は追い討ちをかけるかのようにいう。
「驚くのはまだ早いですよ。光の直進なら私の剣で簡単に斬れました。
 それをわざわざやたの鏡で受け止めた理由を、これからお見せしましょう。──石凝姥命、お願いします」
 その依姫の指示を受けて、石凝姥命は軽く頷くと、持つ鏡に神力を込め始めた。
 すると鏡は一層輝きを増す。
 そして、鏡から衣玖から溜め込んだ光が、一気に彼女目掛けて放出されたのだった。
「!! くうっ……!」
 自分の力で生み出した光の激流に飲まれ、衣玖は苦痛に顔を歪めた。
 今度はダメージがあったようだ。風なら空気を読みいなす事が出来る。電撃なら自分は耐性を持っている。
 だが、今衣玖を飲み込んでいるのはそのどちらでもない、光のエネルギーなのだ。故に今回彼女は成す術がなかったという訳だ。
 そして、漸く衣玖を飲み込んだ光も収まっていった。
「くっ……」
 先程までのゆったりとした振る舞いが崩れ、衣玖は苦悶の表情を浮かべて依姫を見据えながら言った。
「さすがです依姫さん、やはり月を守護する者は私の遠く及ばない所におられるようで」
「ええ、私やお姉様には護るものがありますから、強くならないといけませんからね」
 彼女らしく謙遜せずに依姫は言う。そして、「まだまだ強くならなければいけないのです」と付け加えた。
「これ以上に上を目指すのですか」
 依姫の弁を聞いて、衣玖は途方もないものを感じた。
 だが彼女とて易々と勝ちを譲る気はなかったのだ。
「参りますね。ですが私もそう簡単に引く気は有りませんよ」
 言うと衣玖はスペルカードを取り出す。だが、先程までとは何か感じるものが違う。
「これは総領娘様にも見せた事のないとっておきなんですけどね、あなたに対して出し惜しみなんて無粋の極みでしょう」
 そう意味ありげな事を言うと、衣玖はその手段の名を刻む。
「【雷神魚「フィッシュタケミカヅチ」】」
 その宣言の後、衣玖の体が目映い光で彩られた。
「?」
 何が起こるのだろう? 依姫はそう思いながら事の成り行きを見守った。
 光は一際激しくなるが、やがてそれも収まった。
 そして、光の収まった世界を目を凝らして見据える依姫であったが、さすがの彼女でも目を見開いてしまう光景がそこにはあった。
「永江さん、貴方……」
 依姫は辛うじてそれだけを口にした。
 彼女の視線の先にあったのは、リュウグウノツカイであった。
 ──それは衣玖を形容する比喩ではなく、銀色の体に赤い鰭を持つ体長の長い魚である、正真正銘のリュウグウノツカイだ。
 それだけなら、さして依姫は驚きもしなかっただろう。問題なのは……。
「何て大きい……」
 依姫の言葉通り、その体躯であった。ざっと見て全長は8メートルはあるものであったのだ。
 衣玖はかつてリュウグウノツカイにしては小さいと言われていたが、それは人間型を取っていた時の事である。
 だが、今の彼女はスタンダードなリュウグウノツカイと比べても、極めて巨体であろう。
「驚かせてしまいましたね」
 巨大魚と化した衣玖が申し訳なさそうにいう。姿は変われど彼女の丁寧な性格は失われていない所に安心感を感じる。
「それが貴方の姿なのですか?」
 その依姫の質問に対して、衣玖は首を横に振る。
「いいえ、ご安心下さい。この姿は私の妖力をありったけ肉体に注いで造った仮の姿ですよ」
 それを聞いて依姫は幾分が安心した。
 その事に対して衣玖は多少の訝りを見せる。
「それは余裕というものですか? 私のこの姿を見て」
 言う衣玖の雰囲気が変わる。人間の姿であったなら、恐らく彼女らしからぬ邪な笑みを浮かべていた事だろう。
「これから私が行う攻撃を見てもその余裕を保っていられるでしょうか?」
 言って衣玖は空高く舞い上がった。その優雅でありながら悠然とした姿は、正に『龍』そのものであった。
 その流麗ながらも威圧的な様相を目の前にして、依姫は気を引き締め直す。
「これは余裕を見せてはいられないわね……」
 そう言って、依姫は自分よりも高く聳える空の龍を見据える。
 そして、遥か下方にいる依姫に、衣玖は照準を絞り、攻撃段階へと入る。
「【破貫「シャイニングボンバード」】」
 衣玖の声が響く。といっても彼女は口を使って発声している訳ではなく、一種の念で言葉を紡いでいるようであった。
 そして、衣玖の口に光の粒子が集約していき、瞬く間に彼女の口の周りに光の塊が練り上げられていった。
 そうして一頻り光が拵えられると、それを衣玖が内部から押し出すように放出した。
 衣玖の口からSF作品に登場する戦艦の主砲の如く光が打ち出された。
 だが、依姫は慌てなかった。先程の光の吐息の時のようにやたの鏡を合わせるだけである。
 依姫は再び石凝姥命をその身に降ろし宣言した。
「【反射「やたの鏡の守護」】」
 それにより再度現れる神の鏡。
 そして光の爆流はぐいぐいと依姫へと距離を詰めていった。
 だが、依姫は揺るぎなき護りの力を持つやたの鏡を現出しているのだ。恐れる必要はないだろう。
 とうとう光は淀みなく磨かれた鏡面へと取り込まれていった。それにより凄まじい空気の震えが生じているが、この神鏡の前には成す術がない筈である。
 だが、まさかその思惑は外れる事となる。
「!?」
 依姫は感じたのだ。この光が生み出す衝撃の凄まじさに。
 ──このままでは鏡が弾き飛ばされる。そう思った依姫は鏡を斜め上に向けたのだった。
 それにより光の砲撃は進行方向を変更されて、遥か上空へと誘導されていったのだ。
 やがて終わる光のブレス攻撃。そして、その光景を見届けていた衣玖は言葉を発した。
「うまくかわしましたか……」
「ええ、まさかやたの鏡を弾き飛ばせる程の力があるなんて驚きですよ」
 依姫のその言葉が示す通り、今の衣玖の攻撃は鏡を吹き飛ばす程の力があったのだ。
 幾ら神の加護を受けた護りの産物を持ってしても、それを押し退ける程の力があれば、攻撃は持ち主に届くというものだ。
 要は、どんな攻撃でも壊れない盾を持っていようとも、それを手離す事になれば意味がないという事だ。
 故に依姫は攻撃を弾き返して相手にそのまま返品するという芸当を見せるという欲張りは見せず、攻撃が自分に届かなくする事だけに専念したのだった。
「さて、どうしたものか……」
 依姫はそこで手をこまねいた。
 相手がタケミカヅチの名を称したスペルで今の姿になったのなら、こちらは本物の建御雷神(タケミカヅチ)の力をお見舞いしてあげようか。
 そう一瞬思った依姫だったが、すぐにその考えを却下する。
 相手は能力ではないが電撃を操るのだ。しかも今の姿は巨大な怪魚のものである。
 下手に雷の力で攻撃などすれば吸収されるのは目に見えているだろう。
 さて、どうしたものか。そう思い至った時、依姫は気付いた。
 ──何も『どうにかする』必要はないと。
 その考えの元、依姫は口角が上がらないようにするのに必死であった。
「先程は光線であったからかわされましたが、今度はそうはいきませんよ」
 言うと衣玖は再び口を開いて迎撃体勢に入る。
「【魚龍「バハムートブレス」】」
 その宣言に伴い、衣玖の口に再びエネルギーが収束する。
 だが、今回は光ではなく、炎熱であった。
 煮えたぎるような炎を粘土細工のようにかき集めると、衣玖はそれを一気に吐き出した。
 そして生み出されるのは爆炎の行列であった。その飲み込まれたら地獄行きの体感を味わうだろう列は爆音と震動を振り撒きながら依姫へと差し迫った。
 それに対して依姫は、この場に来る際に使ったスペルの発動準備をする。天宇受売命と韋駄天は既にその身に降ろしている。
「【縮地「ライトステップ」】」
 言って足を踏み込むと、依姫の姿がそこから消えた。
 そこに衣玖が吐き出した爆炎が迫った。そして地面に着弾すると激しい爆発を発生させた。
 対して依姫は少し離れた場所に出現していた。
「ふう、間に合いましたか」
 間一髪といった風に依姫は額の汗を拭った。
 依姫はこのまま縮地で爆炎をかわし続けるというのが作戦だろうか?
 だが龍の権化と化した衣玖が生み出す破壊の奔流の規模は凄まじいものがある。このまま逃げの一手を続ければ、いずれ依姫の方が追い詰められるだろう。
 しかし、依姫は余裕の態度でこう言った。
「まだ続けますか?」
 その意味ありげな質問に対して、衣玖は言葉ではない形で答えた。
 彼女の体が突如として光る。それはどこか何か想起させるものがあった。
 そして予想通り、光が収まるとそこには人間型の姿に戻った衣玖がいたのだ。
 ちなみに桃色のヒダがふんだんにあしらわれた服に黒のロングスカート。残念ながら彼女はきっちりと普段の服装に身を包んでいた。
 勇美がこの場にいたら激昂していた事だろう。『女性が異形の変身から解けた時は、すっぽんぽんじゃないと男のロマンに反する』と。
「……随分おスケベなお弟子さんね」
「ええ、それに女の子なのに男のロマンって何なのかしらね」
 依姫と衣玖は当事者のいない所で極めて失礼な考察をする。
 だが、それらの読みは寸分たがわぬものなのだから問題ないだろう。
 閑話休題。
「まさか私の限界が読まれますとはね。空気を読む者失格ですね。
 ──いつから気付いていましたか?」
「光のブレスを放った後ですね。それで貴方があの形態を維持するには妖力の消耗が激しいのだと」
「参りましたね」
 そう言うと衣玖は付け加える。
 そもそもあの姿をとったのは賭けだったのだと。依姫との力量の差を感じたからこそ正攻法では無理だろうと踏んでの事であったのだ。
「私の柄にもない事したと思いますけどね」
「いいえ、あのがむしゃらさ、勇美にも通じるものがあって素敵でしたよ」
「……いいお弟子さんを持ちましたね」
 衣玖がそう微笑みながら言った後、暫しの間が開いた。
 だが、それもつかの間の事。依姫も衣玖に微笑み返すと、はっきりとこう言った。
「ええ、勇美はいい弟子よ」
「そうでしょう、では行きましょうか、依姫さん」
「そうですね、永江さん。参りましょう」
 そう言い合い、二人は今繰り広げられているだろう本日のメインディッシュの場へと赴くのだった。 

 

第45話 天上の鎧:前編

 話は依姫と衣玖が離れていった直後に戻る。
 取り残された勇美と天子は、暫し呆然としていた。
 特に依姫に思い入れがあり、かつ最近になって衣玖に入れ込んでしまった勇美は、心ここに在らずといった様子であった。
 そして、勇美はここで離れていった衣玖を想い、心の叫びをあげる。
「シェリー! ハンドバーッグ!」
「いや、誰がシェリーよ……」
 天子は頭を抱えた。
 そして、せめて「カムバック」にして欲しかったと思った。確かに昔そういうネタあったけどさ。しかもどこから持って来たそのハンドバッグ。
「天子さん、このハンドバッグどうしましょう? ノリで出してしまいましたけど」
「知らん」
「ぇー」
 天子に冷たくあしらわれて、仕方なく勇美はそれを地面に置いておく事にした。
 気を取り直して、天子は勇美に向き直る。
「まあ、あの二人は二人でうまくやってくれるわよ。だから私達は私達で楽しみましょう」
 そう勇美を宥める天子であったが、そんな彼女の思いは報われる事はなかった。
「天子さん! あなたには私が永江さんの事、どれだけ思っているのか分かりますか?」
「うん、分からない」
 修羅の如き表情でそう差し迫る勇美に、天子はさらりと返した。
「ですよね~」
「そういう訳よ。始めましょう」
「うん、そうする」
 何故か素直に従う勇美であった。

◇ ◇ ◇

 勇美と天子の二人だけになり、仕切り直しとなった勝負。
 先に動いたのは勇美であった。相手は身の守りに優れるのだ。故に攻め続けるしかないと勇美は踏んだのだった。
 まずは勇美は金山彦命の力を借りて仕掛ける。
「【鉄符「アイアンローリング」】!」
 勇美が言うと彼女の手から、回転する鉄の球が発射された。
 固い物には削岩機。そんな要領で勇美は攻撃を繰り出したのだった。
 ギュルギュルと激しく唸りながら迫る鉄の球。
「甘いわね」
 だが天子はそう言うと鉄球を軽々と素手で受け止めてしまったのだ。
 天子の手を抉りこまんと回転しながらめり込む鉄球。しかし当の天子はビクともしていない様子であった。
 やがて諦めたかのように徐々に鉄球は回転速度を緩めていき、ボトリと地面に落ちてしまった。
「ふう……」
 そして攻撃を防ぎきった天子はどこか達観した表情を見せながら言った。
「こんな所かしらね」
「くぅ……」
 やや挑発的に天子に言われて、勇美は歯噛みした。
「それじゃあ、次は私から行かせてもらうわね」
 とうとう天子が今まで見せていなかった、彼女自身の攻撃が来る。勇美は身構えた。
 そして、天子が行動する。
「【地符「不壌土壌の剣」】!」
 その宣言が行われると、天子の持つ緋想の剣が緋色から土色に変化する。心なしかそこから『震え』が感じられる。
 そして、天子はその剣を振り被りながら飛び上がった。
「させませんよ!」
 勇美は天子の動きに合わせて機械の分身を現出させる。
「【装甲「シールドパンツァー」】!」
 勇美に呼ばれ、彼女の目前に大振りの盾を持った戦車が現れた。
 そして、主と敵の間に割り込み、剣戟の攻撃をその身で受け止めたのだ。
 キィーンとなる金属音。だが、これで天子の剣戟は受け止めたのだ。
 しかし、そこで勇美に安堵する余裕は訪れなかった。
「!?」
 異変に気付く勇美だったが、時既に遅しだったようである。
「くぅ……」
 彼女はものの見事に剣から放出され、装甲をすり抜けて迫った振動に吹き飛ばされてしまったのだった。
 だが、間一髪で勇美は体勢を立て直して地面に踏み留まった。
「どうにか持ちこたえたようね」
 天子は感心したように言う。
「こうでなくちゃ、依姫さんとの修行はこなせませんよ」
 そう言って勇美は得意気に天子に返してみせた。
 それを聞いて天子は何だか良い気分となって話を続ける。
「あなたの心意気、素敵だわ。それでこそ私が見込んだだけの事はあるわよ」
「そう言ってもらえると光栄ですね」
 対する勇美もそう言われて嬉しく思ってしまう。
 だが、ここで天子は敢えて手厳しい言葉を放つ。
「でも、忍耐強さは私の方が上よ。このまま戦ったんじゃ、あなたの不利なんじゃないかしら?」
「う~ん……」
 天子に辛い指摘をされ、勇美は苦い表情を浮かべながらも納得する。
 確かにこのままのペースで戦っていたら埒が明かないだろう。
 勇美はこれに同意して、次の手を考えるのであった。
「それじゃあ、結構無茶させてもらうからね♪ まずは『大黒様』!」
「何をする気?」
 勇美の意味ありげな言葉を聞き天子は訝る。
「まあ見ていて下さい、次に『ハデス』様!」
 そして勇美は第二の神に呼び掛ける。
「そんでもって最後に『セト』様!」
 最後に勇美が呼び掛けたのは、古代エジプトに伝わる『嵐』『暴力』『暗黒』の神であった。
 闇や冥界を司る古今東西の神が三柱。これらの力で勇美は何をするつもりなのだろうか。
 その答えを今から勇美は示すのだ。
「大黒様、ハデス様、セト様。この三つの闇の力で以て、私は破壊の力を生み出す!」
 その言葉と共に勇美の翳す右手の前に、大量の闇の力が集まっていった。
「!?」
 それを見て天子は些か驚いてしまう。いくら勇美自身の力ではなく、神降ろしの力を更に借りたものであれど、これ程までの力を目の前のあどけない少女は操るのかと。
 天子すら驚かせた闇の収束。これに続いて手のひらサイズの金属の板数枚が、それに蓋をするかのようにぴったりと繋ぎ合わさった。
 見れば漆黒の三面体が勇美の手には握られていた。
「よし、完成っと♪」
 まるで苦心して組み立てたプラモデルのように、勇美はその謎の物体を愛おしげに掲げる。
「……何よ、それ」
 天子は何か得体の知れないものを感じて警戒する。
「まあ、見てのお楽しみですよ」
 そして、勇美はその物体をがしりと掴み、小石のように投げ付けた。
「そんな攻撃で……」
 天子はそれをじっくり見据えながら思った。投げ方が素人同然だと。そんなようでは『攻撃』にすらなっていないのではと。
 だから彼女は軽くみていたのだ。『こんなものは軽く斬り捨ててしまえばいい』と。
 そう思い、天子は最低限の動きで、その物体に剣を向けたのだ。
 緋想の剣が黒い三面体を捉えて、その刃をめり込ませる。
 その瞬間、勇美は目に光を灯し口角を上げながら言った。
「【冥符「ダークマターボム」】……」
 まるでその言葉を合図にしたかのように、三面体にピキピキと音を立ててヒビが入っていった。
 そして、毒ガスの如く黒い気体が吹き出し、続いて三面体は内部から押し上げる力により不気味に膨れ上がった。
「!?」
 刹那、凄まじい爆発が巻き起こり、天子を包み込んだのだ。
 しかも、その爆発は鮮やかな赤と橙色の中間ではなく、禍々しい紫と黒を混ぜたようなものだった事もその異様さに拍車を掛けていた。
 余す事なく闇の爆ぜは天子を飲み込んでしまった。これでは彼女とてひとたまりもないだろう。
「うまくいったみたいだね♪」
 ドッキリ作戦が成功したように胸をすかせながら勇美は呟いた。
 だが、そんな最中声がした。
「うん、意外性も威力も申し分なかったわ……」
「えっ?」
 未だ続く爆発の中から聞こえてきた声に、勇美は意識を集中した。
 そして、爆発が収まると、その中にいた者の様子が露になっていった。
「あ……」
 その光景を見た勇美は唖然としてしまった。
 そこには多数の要石を身に纏った天子の姿があったのだ。
「……それであの爆発から身を守っていたのですか?」
「ええ、私でも生身であれには耐えられないからね」
 生身ではないとはいえ、先程のような多少の障壁で耐えられるのか。勇美はそういった思念に見舞われる。
「それで、結論は『程遠いんだよねぇ』ですか?」
「いや、私はあんなサディストとは違うわ!」
「ですよね。やっぱ天子さんはMの方ですよね」
「それも違う」
 ああ、何時からか、天子はそう思った。かつて幻想郷で異変を起こした理由を『退治されたいから』と挙げた事が一人歩きしてしまったのは。
「……」
 対して、天子と仕様もないやり取りをしていた勇美は追い込まれていた。
 ──先程の攻撃は勇美の渾身の一撃であり、あれで勝負を決める算段だったのだ。
 耐久力の強い天子に対して、チマチマと攻撃をしても焼け石に水だと思ったからである。
 なので勇美は勝負に出る事にし、先程の爆撃を行った。
 だが、結果は今の通りである。
 勇美はその事に心の中で落胆する。
 そして、世の中というのは災難が続く事が多いものだ。気落ちする勇美に、天子はとどめを指す事となる。
「やはり、緋想の剣が見極めた通りね」
「?」
「あなたは神降ろしの力を更に借りるという不安定な戦い方の性質上、『長期戦が苦手』のようね」
「……」
 その指摘に勇美は返す言葉がなかった。
 確かにその通りだったからだ。
 自分でも無理をした戦い方をしていると勇美は感じるのだ。だから、何が何でも勝つ為に強引な攻め方をする、故に長期戦向けではない。
 そうやって今まで戦って来たのである。だが、今こうして天子に弱点を突かれる形となっているのだ。
 ──こうなっては正攻法では無理だ、是非ともあの緋想の剣の能力、私も使わせてもらいたい。
 そう勇美が思案していると天子から声が掛かる。
「そんなあなたにとっておき、見せてあげる」
 言って天子は唇に手をあて微笑を浮かべる。やはり『てんし』なのに小悪魔的な印象が出ている。
 その後、天子は構えた緋想の剣に念を送った。
 すると緋想の剣はワインレッドの輝きを放ちながら天子の眼前で静止した。
 そして、天子は宣言する。勇美にとって宣告となる、その技の名前を。
「【法魔「ケアリングコール」】」
 その指示を受けた緋想の剣はワインレッドの輝きを一層強くする。
 それに伴い、天子の体が目映く優しいエメラルドグリーンの光で包まれた。
 天子のこの様子を見ていた勇美に嫌な予感が走る。そしてそれは現実のものとなる。
「天子さん、まさか……」
「ええ、ご察しの通り──」
 そして、容赦なく伝えられる。
「──完全回復させてもらったわよ♪」
「……っ」
 勇美はその瞬間歯噛みした。──悪い予感が当たってしまったと。
 ただでさえ天子は防御力が高いのだ。それ故に勇美は彼女に満足なダメージが与えられなかったのだ。
 そんな状況の中であろう事か天子は、緋想の剣戟の力を使いその傷を瞬く間に回復してしまった。
「参ったね……」
 そう頭を掻きながら溜め息混じりに呟く勇美。そんな彼女の振る舞いが今の勇美の絶望的な状況を如実に表していたのだった。
 そのような心境の勇美に対しても、当然だが天子は躊躇しなかった。
「安心して、このスペルは緋想の剣が一日に一回しか使えないから」
 天子は言うが、それは勇美にとって大した慰めになってはいなかったのだ。
「そして、おまけに【乾●「荒々しくも母なる大地よ」】!!」
 叫びながら天子は緋想の剣を地面に勇ましく突き立てた。
 すると大地が激しく揺れる。
 本当に強力な地震というものは人が地に足を踏み締めていられなくなる程のものである。
 それ程の規模の衝撃が地を這い勇美を襲った。
 当然勇美はシールドパンツァーを繰り出して防御体勢に入っていた。だが、足元から襲う力にはいくら盾を構えても無力なのであった。
「きゃあっ……」
 敢えなく勇美はバランスを崩し、悲鳴と共に地面に倒れてしまった。
 地に体を投げ出されてしまった勇美。それはスカート丈の短さからスラリと伸びる脚部も例外ではなかったのだ。
「……」
 それを見て天子は思う──何て目のやり場に困るんだと。ぶっちゃけエロい。
 同じスカート丈での服装でも、洋服とは勝手が違った。和服には普通、脚を出さずに手堅く包み込んでいるというイメージがあるからだろう。
 天子は負けたと思った。胸が無くても色気を演出する事は可能なのだと。そんな事は当の今の勇美の知った事ではないが。
 気を取り直し、天子は勇美に向き直る。今の状況だと、正に見下ろしている形であろう。
「うぅ……」
 だが、そんな状況でも勇美は健気にも立ち上がったのだ。
 ああ、その意地らしく体を押して足を持ち上げる様も生足の魅力を引き立てているなと天子は思いかけたが、何とかその煩悩を頭の片隅へと追いやり勇美に言葉を投げ掛ける。
「まだやるつもり?」
 高飛車であるなと思いつつも天子は胸を張った。
 自分は緋想の剣の力で完全回復した。それに対して相手は力を多分に使ったのに敵を倒せなかったばかりかダメージまで無効にされ身も心も張り詰めている状態なのだ。
 故に天子の優位は揺るぎないのだ。
 天子がそのように思っていると、勇美がおもむろに言葉を発する。
「天子さん……『パンツ脱いでいいですか?』」
「んなっ?」
 この瞬間、天子は頭と目の中で何かが弾けるような体感を味わってしまった。
 そんな中彼女は一つ確信する。
 今まで勇美の和服から覗く生足が気になって仕方がなかったのは、和服を着る際には西洋の下着を着けないのが正式である事実があったからだと。
 だが、幸い彼女はパンツは穿いていたようだ。天子は一先ずそれに安堵する。
 しかし、問題は他に差し迫っていた。あろう事か勇美はそれを脱ごうとしているのだ。
 そんな危ない事をさせる訳にはいかない。ネチョもいい所だ。
「だ、ダメに決まってるでしょ! 第一パンツ脱いでも強くなったりしないわよ!」
「でも、パンツ脱げばこの状況が何とかなりそうなんですよね」
「ならん! せいぜいスースーして気持ちいいだけよ!」
 天子は完全に煩悩に捕らわれてしまった。緋想の剣は使えても、夢想は祓えなかったようだ。
 すっかり脳味噌の中がぴんく色の物で侵食されて取り乱してしまった天子。
 その様子を勇美は黄金色に光らんばかりの眼光で見据えていた。
 思考を掻き乱されている天子。そこにどこからともなく何かが素早く飛び込んで来た。
 それは天子の持つ緋想の剣を勢いよく弾き飛ばしてしまった。
「!?」
 漸く正気を取り戻した天子が見たものは、ロケットパンチの如く宙を飛ぶ『手』であった。
 そしてその手は弾き飛ばした緋想の剣を宙で見事にキャッチする。
 役目を終えた手は戦闘機が空母へ帰還するかのように元の場所へと戻っていく──緋想の剣を手に持ったまま。
 土産を携えた手が収まったのは、勇美が持つ銃の形をした機械であった。
 事態を把握出来ない天子の為に勇美は説明を始める。
「【奪符「冥府行き決定の所業」】……。『韋駄天』様と『マーキュリー』様の力を借りて、天子さんの剣を奪って見せたって訳ですよ♪」
「や やってくれたわね、あなた!」
 してやられた事に天子は歯噛みした。日本とギリシャに伝わる『盗み』の神の力を掛け合わせた事にも、彼女は悔しさを感じながらも驚きの念を覚えた。
「天子さん違いますよ、そこは『な なにをする、きさま!』じゃないと」
「言わん」
 それは避けたかった。でないと選択肢一つで殺されたりとか、リメイクされたら禿げさせられたりとか碌な事がなさそうだったからだ。 

 

第46話 天上の鎧:後編

[前回までのあらすじ]
勇美「ねんがんの 緋想の剣をてにいれたぞ!」

◇ ◇ ◇

 要は天子は勇美に『形勢逆転』の切符を奪われてしまったという事であった。
「それじゃあ、遠慮なく使わせてもらいますか♪」
 意気揚々と勇美は手にした『好機』を握り締めるが、彼女はある事を失念していた。
「あなた……持ち手が逆よ……」
「えっ?」
 天子に指摘されて勇美はひっくり返った声を出す。
 その勇美は緋想の剣を利き手でない左手を前にして持ってしまっていたのだ。最早こういう展開でお約束を勇美はかましてしまったのだった。
「……剣の使い方、教えてあげようか?」
 さすがにいたたまれなくなった天子は、相手は敵なのに情けを見せてしまう。
「あ、ごめんなさい……」
 その情けが勇美の心にチクチクと刺さってしまったので、取り敢えず彼女は謝っておいた。
「でも、大丈夫です。私には頼もしい『剣士様』がいますから♪」
「?」
 不透明な勇美の言い回しに天子は首を傾げるが、彼女は構わず次なる行動を起こしたのだ。
「『祗園様』に『ヘラクレス』様、その有り余る力を貸して下さい!」
 再び日本とギリシャの神の組み合わせだ。今度はそれぞれの『英雄』である。
 そして勇美の周りに威圧的なオーラが集まった。
「!?」
 その異様さは天子でさえ怯みかける程であった。
 そんな様子を今しがた勝負を終え、戻って来た依姫と衣玖は見据えていた。
「勇美さんでしたか、あの子やりますね。総領娘様から緋想の剣を奪うなんて。
 これから何が起こるのでしょうか?」
「それは私にも分からないわ」
 そう二人はゆるりと、だがそれでいて決して上から目線でない姿勢で語っていた。
「それにしても、ややはしたないですけど面白いですね、勇美さん。確か昔『セクシーコマンドー』なるものがありましたか」
 衣玖は『相手に無理矢理隙を作る』格闘技の事を持ち出した。
 だが、依姫が出した答えは違っていた。
「いいえ、あの子は本気でパンツを脱ごうとしていたわ」
「ぇー」
 それを聞いて衣玖は露骨に嫌そうな顔をした。
 視点は勇美と天子に戻る。
 英霊二柱の力を集めた勇美の目の前に、金属の部品が着実に収束していた。
 そして部品を全て取り揃えた勇美の分身は、とうとうその姿を露にした。
 それは屈強な肉体に頑丈な鎧を着込んだ、頼もしい戦士の様相であった。機械である筈なのに『筋骨隆々』という表現が極めてしっくりくる。
「名付けて【英騎「クレスソルジャー」】って所かしらね。それじゃあお願いね」
 勇美に言われて、彼女から緋想の剣を受け取る。まるで愛しき姫君から聖剣を授かる騎士のように。当の姫君は先程までパンツを脱ごうとしていた変態姫であるが。
 そして、騎士の命である剣を持った彼はそれを天子に向けて構えた。
「……あなたのナイトは剣の持ち方を間違ってはいないようね」
「とうぜーん♪ マッくんは今、最強の騎士なんだよー」
 と、勇美と軽口を交わし合う天子であったが、彼女には内心余裕がなかった。
 それは、相手の力を見極めるのは緋想の剣であれど、天子自身剣の能力を行使する内に彼女にもそれなりに眼力というものが備わっていったから、彼女にも目の前の存在がいかほどのものか感じられるのだ。
「……来なさい」
 だが、天子とて剣士の端くれ。ここは潔く相手の鋼の騎士を招き入れる覚悟を見せた。
「ふんっ!」
 天子は意気込みながら手を振り翳す。すると彼女の手に石くれが集まっていき、剣の形に変貌したのだ。
 ──緋想の剣を奪われた天子の、即席の剣であった。
 だが、天子の能力で生み出した物だ。決して弱いという事はないだろう。
「それじゃあ、クレスソルジャー、お願い!」
 勇美は相棒の騎士に命令を下すと、彼は唸り声のような駆動音を鳴らした。
 彼が人語を話せたら、きっと『御意』とでも言っているのだろう。
 そして、とうとう鋼の騎士は両手に持った剣を振り被った。そこへ勇美の緋想の剣の能力発動のスペル宣言を行う。
「【戦符「オラわくわくすっぞ」】!」
「何よそのスペル名」
 天子は納得がいかなかった。貴重な緋想の剣発動の文句をそんな大食いの戦闘民族みたいな名前で刻まれるのは誠に遺憾であった。
 だが名前はふざけていても、攻撃の重さは本物であったようだ。
 彼の攻撃に合わせた天子の太刀筋とぶつかり合うと激しい衝撃が走ったのだ。
 剣と剣の力は暫く均衡し合っていた。だが、やはり結果は見えていた。
 天界に伝わる由緒正しき緋想の剣に、天子が今作り出した有り合わせの剣。当然の如く後者の方が不利なのであった。
 緋想の剣に抗っていた石くれの剣。勇ましくもあったそれは、非情な運命を受け入れるが如くヒビが入り……そして砕けてしまったのだ。
「くっ、当然って事ね!」
 だが、ただではやられない天子であった。
 彼女は自身の能力を使い、足元を揺るがすとその反動で跳び上がり後ろに距離を取ったのだった。
「粘りますね……」
 勇美は感心と焦燥が入り混じった心持ちで呟いた。
「忍耐強さが私の取り柄だからね」
 天子は空元気ではあるが威張って見せた。
 そして、彼女の醸し出す雰囲気が変わったのだ。
「幾ら緋想の剣を奪われた私だからって甘く見ない事ね!」
 言うと天子は両手を前に翳す。
「『地を操る能力』は緋想の剣の力ではなくて、私自身の力だって事を思い知らせてあげるわ」
「!?」
 勇美は目を見開いて天子の様子に見入ってしまった。彼女から今までにない気迫が感じられたからだ。
「何をする気なのですか?」
「衣玖にも見せた事のない、私の取っておきよ!」
 そのやり取りを見ながら、衣玖は思った。
「残念!! 私は今見ている訳ですから」
「貴方と天子、お互いに力を隠していた訳ですけど、この場合貴方の勝ちですね」
 等と、まったりと話す衣玖と依姫であったが、依姫はここで気を引き締めて勇美を見据えた。
「さあ、勇美。貴方はどうするのかしら? 敵は本気を出して来たわよ」
 外野の二人がそんな思惑を抱きながら観る中、天子は万を持して未だ見る者の少ないスペルを発動した。
「【護符「ガーディアン天子」】!!」
 すると天子の周りの地面の土がアイスクリームのようにざっくりと抉れ始めたのだ。
 そしてそれらは天子の眼前に集まると、徐々に何かの形に創られていったのだ。さながら巨大な粘土細工の工作である。
 その光景を見ながら勇美は思った。──まるでマッくんのようだと。
 無形の物から新たなる形を創る戦法。それは正に勇美の能力と依姫の神降ろしの力で生み出される彼女の相方、マックスに酷似していたのだった。
 その最中勇美は感じる。借り物の力で戦う事、悪役を好む方向性に加えて(あと貧乳)、何かを創造して戦う所まで共通するのだ。
 この人は色々と自分に似すぎていると勇美は考える。だからこそ彼女はこう渇望するのだ。
(負けられない!)
 勇美がそう思いを馳せる中、とうとう『それ』は誕生していた。
 天使の翼を持った逞しい体躯を持った全長5メートル程の巨人。
 それが天子が抉り出した地面の土で出来ているのだから、まるで『神像』のようであった。
「それが天子さんの切り札ですか?」
「ええ、この力は余り他人に見せた事はないのよ。だから、あなたは私にこの力を使わせた事を光栄に思うといいわ!」
 天子が言い終わると、土くれの大天使は羽ばたきながら足を付け地面を踏みしめた。
 その姿は正に、役目の為に天界から遣わされた天使そのものであった。
 地に降り立った天使は、じっくりと相手の鋼の騎士を見据えた。──これから拳を交える好敵手の事を。
 方や英雄の権化。方や神の使いの権化。この神々しい光景は見る者を圧巻する事だろう。
 暫く睨み合っていた両者。その均衡を破ったのは勇美であった。
 相手は土、自分は鋼。それなら分は自分にあると勇美は踏んでの事であった。
「マッくん、お願い!」
 その指令を受け、鋼の騎士はその屈強な金属の脚を踏み込み腰を入れて土の天使に斬り掛かった。
「迎え撃て、ガーディアン!」
 対する天子も負けてはいなかった。自分が創り出した大地の守護者に指令を送る。
 それを受けて、大地の守護者は鋼の騎士の一太刀をその腕で防いだのだ。
 その瞬間、衝撃が走り辺りを飲み込んだ。
 勇美は思った。この二人の戦いは防御力の高い天子はともかく、生身の人間である自分が巻き込まれたらひとたまりもないだろうと。
 だから勇美は、この勝負の行方を自分の分身に託すのだった。
「くぅ、土くれだと思っていたら、固いですね!」
「まあ、何て言っても、私の能力で創っているからね」
 勇美に言われて天子は得意気に返した。
「まずはあなたの攻撃は防いだ。次は私の番よ!」
 言って天子は指を相手に指して指示を出した。
 すると土の天使はグォォォッと洞窟に風が流れるような声を出して、天子の命令を受けて動き出した。
 そして天使は拳を振り被ると腰を入れて敵の騎士に殴り掛かったのだ。
「させないよ!」
 それに勇美はマックスに指令を送ると、彼は緋想の剣を掲げてその拳撃を受け止めた。
 緋想の剣から中心に再び激しい衝撃が走った。
 ジェットコースターの下りのように地に足が着かなくなるような浮遊感に襲われる勇美。だが、彼女は腹を括り足を踏み込み耐えたのだ。
「『拳の攻撃』は防いだようね。でもこれならどう?」
 天子が言うとその大地の天使は背中の翼で勢いよく羽ばたき始めたのだ。
 それにより強烈な突風が騎士を襲った。
 対して勇美の方も服がはためき、立っているのがやっとの状態となった。
「くぅっ、これだけ風が強いと、パンツ穿いていて良かったと思うわ~」
「……このガーディアンに戦いを任せている訳だから、もうお色気作戦は通用しないわよ♪」
「ぐぬね……」
 痛い所を突かれて、勇美は歯噛みした。最もあの時彼女がパンツを脱ごうとしたのは半分は作戦ではなく本気だった訳だが。
 天使の突風に相手が怯むのを見て、天子は今が好機だと踏んだ。
「ガーディアン、『アレ』をお願い♪」
 その天子の言葉を受け、天使は響く唸り声で応えた。
 そして、天使は足を踏み込むと──その反動を利用して羽ばたきながら宙を舞ったのだ。
「!?」
 それを見て勇美は息を飲んだ。
「驚く事はないでしょ? このガーディアンの翼は飾りじゃないのよ♪」
 天子はそう得意気に言うと、空を舞った守護者に次なる命令を下す。
「ガーディアンよ、そのまま敵を蹴り飛ばしなさい!」
 その指令を受け、天子は一気に翼を羽ばたかせると、屈強な脚を前に突き出して鋼の騎士に突っ込んで行ったのだった。
 刹那、破裂音が辺りに鳴り響く。天使の蹴りが騎士の鳩尾にクリーンヒットしていたのだ。
 その衝撃で騎士は後方に地面を抉りながら押し飛ばされてしまった。
「マッくん!」
 相棒が押される様子に勇美は慌てふためく。
 だが、当の騎士は気丈にも体勢を整えると、勇美にその顔を向けたのだ。
 機械仕掛けの騎士だから表情は伺い知れない。だが、それはまるで『気にするな』と語り掛けているかのようであった。
「マッくん……」
 その健気な相棒の姿に、勇美は涙すら覚えるのであった。そして、とびきりの笑顔で彼に言う。
「私の我がままに付き合ってくれてありがとう、マッくん。それじゃあもう少し頑張ってね♪」
 そのようなやり取りを交わした後、二人は一緒に相手の天使を見据えていた。
 対して天使は華麗に攻撃を決めた事に気を良くしたかのように余裕を見せながら地面に着地しようとする。
 そこで勇美の目の色が変わった。
「今だよ、マッくん!!」
 そして、いきり立って叫ぶ勇美の勢いに弾かれるかのようにマックスは、金属製であるながらも人間のように存在する体のバネを使い大地の天使に対して踏み込んだのだ。
「いっけえーー!!」
 猛々しく叫ぶ勇美に応えるべくマックスが繰り出したのは──緋想の剣を使った足払いであった。
 それは実に単純な行動であったが、着地寸前でバランスを取れていない守護者に対しては効果覿面であったのだ。
「グォォォォッ!?」
 呻きながら彼は体勢をグラグラと崩し、そのまま後方へと倒れ込んでしまったのだ。
「っ!?」
 その先には──主である天子がいた。
 彼女とてただぼおっとして巻き込まれるのを待つような事を好みはしない。
 だが、彼女は相手が足払いという屈強な戦士にやらせるにはやや不釣り合いな手段に出てくるとは思わなかったのだ。
「っぐう……」
 故に天子は対応に遅れ、そのまま高重量の誇る守護者の下敷きになってしまった。
 地鳴りのようなけたたましい音を立てて守護者は、主の天子を巻き込み倒れてしまった。
 ──そして、天子は目を回したまま動かなくなっていた。
「やっ……た……」
 この瞬間に勇美の勝利が確定したのだった。

◇ ◇ ◇

「いや、参ったわ……」
 頭を掻きながら天子は宣った。
「しかし、あそこでよく思い付いたわね」
「いえ、『天子さんは防御力に優れているけど、自分の地を操る能力に耐えられる程ではない』。これは緋想の剣が導き出した答えなんですよ」
 つまり、相手の強い力をそのまま返してしまえばいいと勇美は考えたのだ。要は『矛と盾』の関係である。
「それでも、あなたの手柄よ。いくら弱点は分かっても、それを付けるかどうかはあなた次第だった訳だから」
「ありがとうございます」
 天子に言われて勇美はぺこりと頭を下げた。
 そこに依姫と衣玖も現れた。
「良くやったわ、勇美」
「依姫さん、そちらも終わったんですね。見ていてくれていたんですか?」
 勇美はその事を知って嬉しそうにした。
「ええ、貴方が『パンツを脱ごうとした』時からね。……その事については後で話をしましょう」
「はうっ……」
 やっちゃった。勇美は自分の作戦を些か後悔するのであった。
「自業自得ね」
 天子はそんな勇美をニヤニヤしながら面白そうに見ていた。こういう光景が好きなのは、さすがは悪役を好むだけはあるという事だろう。
「ですが、皆さん。取り敢えず、この後宴会もある事ですし、楽しむ事にしましょう」
「そうでしょう、総領娘様」と衣玖は目配せしながら天子に言った。
「そうね、それじゃあこの後はみんなで楽しみましょう♪」
 そして一行は天界のおもてなし第二幕の、宴会の会場へと歩を進めるのだった。

◇ ◇ ◇

 そして四人は比那名居邸の通路を会場へ赴くべく進んでいた。
 そこにばっと人影が飛び出してきたのだ。
 何事かと目を凝らした四人。
 そこにあったのは、両手に桃を山ほど抱えながら口にもはしたなく桃をくわえた……豊姫の姿があった。
「むぐう」
 呻く豊姫。
 それに対してその場に言葉を口にする者はいなかった。
 ──最早、言葉が介入する余地はこの空間には存在しない事を四人は良く分かっていたからである。 

 

第47話 新たなる兆候

 今、紅魔館の知識、パチュリー・ノーレッジは──未だかつてない驚異に晒されていた。
 彼女の目の前には咲夜が倒れている。
 そして彼女の友人であるレミリアは、奮闘はしているものの、『相手が相手』では分が悪い。
 そして自分もやれるだけの事はやった。しかし……。
「げほっ、げほっ」
 やはり持病の喘息が足を引っ張ってくれる。パチュリーはこの時程自分の体を呪った事はなかった。
「こうなったら……『奥の手』を使うしかないわね」
 そう言ってパチュリーは念を送る。──最近生まれた、新しい絆へと。

◇ ◇ ◇

 今は夕食時である。そして、永遠亭でも滞りなく夕食が行われていたのだった。
 永遠亭の面子は皆団らんとして楽しく食事をしていた。
 そして、勇美と依姫も例外なく食事を堪能していたのだった。
 依姫は先日の件で豊姫との関係が物凄く微妙なものとなっていたが、それも今では問題ない関係にあった。
 そして、勇美もあの時の事は過去の事と腹を括り、今を楽しんでいたのだった。
 彼女が今、舌鼓を打つのは、立派な太さを携えた海老フライであった。
 勇美は再度その太い塊を歯で噛みちぎったのだ。
「う~ん、太くて美味しい~♪」
 そのプリプリした食感を味わいながら、勇美はやや卑猥な表現でそれを称賛した。
 彼女は文字通り、正に幸せを『噛み締め』ていたのだった。
 そして勇美はご飯やキャベツをつまみつつ、二本目の海老フライへと箸をやりながら呟いた。
「う~ん、それにしても。海老フライを見てると、依姫さんを思い浮かべてしまいますね♪」
「げふんげふん……」
 脈絡もなく話題を振られて、依姫は盛大にむせてしまった。
 余りにも接点が無かったからだ。自分の存在を弄ばれたような気がして正気を保つのが辛かった。
「勇美……、余り変な事言うのはやめなさい」
「いえ、変な事ではありませんよ。私には見えるんです」
「何が……」
 そう言って依姫は──考えるのをやめた。

◇ ◇ ◇

 多少混沌とした空気になったものの、憩いの時間である団らんとした食事は無事に終わったのだった。
 後は暫し食後の時間をそれぞれ有意義に過ごし、後は歯磨きや入浴をして床に着くだけである。
 今日も一日無事に終わりそうだ。その事に勇美は感謝しながら自分の部屋に行く所であった。
「依姫さん……?」
 そこで勇美は、依姫の様子が少しおかしい事に気付いたのだった。
 彼女は無言で遠くを見ながら佇んでいたのだった。──まるで何か見えないものを見据えるかのように。
 それを見て、勇美は今までにない『何か』を感じたのだ。
「勇美、少し出掛けてくるわ」
 だがら、そう言う依姫を放ってはおけなかったのだ。
「依姫さん」
 気が付けば勇美は彼女に呼び掛けていた。
「何かしら、勇美?」
「一体こんな時間に何処へ出掛けるのですか?」
 そんな勇美を見て、依姫は分かった。彼女は自分を気に掛けてくれているのだと。
 だからこそ、依姫は思った。──この事に勇美を関わらせてはいけないと。
「これはね、貴方は関わらなくていい事よ」
 その言葉は依姫なりに勇美を気遣っての事であった。これで勇美が分かってくれれば問題ない。
 だが、勇美は依姫の予想のしない答えを言ったのだった。
「依姫さんに重要な事なら、私に関係ないって事はないと思います!」
 そう言って勇美の視線は揺るぎなく依姫を捉えた。その瞳には意志の強さを物語る火が灯っていたのだ。
「勇美……」
「私と依姫さんが出会ってから、結構時間が立ちます……と言っても依姫さんにとってはほんの僅かの時間だと思いますけど」
「……」
 そう言う勇美を依姫は感心しながら見ていた。
 そんな立派な事を言えるようになるなんて。ますますこの子は成長しているなと依姫は思った。
 だからこそ、勇美のその気持ちを無駄にしてはいけないだろう。
「分かったわ、私に着いて来なさい」
 でも、危なくなったらすぐに逃げるのよ、そう依姫は付け加えた。
「はい、分かりました」
 それに勇美は素直に答えた。
 逃げる事を引き合いにして相手を責めるという、それこそ卑怯な傲慢な人は多い。
 勇美の母親もそうである。故に勇美は今まで相手にいつ『逃げ』だと言われるのか心の中で怯えながら生きてきたのだ。
 だが、もうそれは過去の事である。依姫の元で成長し自分なりの信念を身に付けた勇美は、いつ相手に逃げだと責められても動じない精神を身に付けたのだった。
 それは、依姫の方針が魔理沙に月で見せたように『相手に自発的に逃げ道を作らせない事』であり『逃げだと相手を責める事』ではなかったが故なのだ。
 だが、勇美が順守すると心に決めた『逃げ』とはあくまで『自分を大切にする』という事であり、単に自分勝手な事をするという事ではない。
 その事を勇美は付け加える。
「私は自分を危ない目には会わせません。ですが、依姫さんや『他の人達』を見捨てるなんて事もしませんよ」
 そう言って勇美はニッと笑って見せた。
 その瞬間依姫はハッとなった。
「……勘がいいわね」
「ええ、依姫さんが出掛けようとしたのは『誰かに』呼ばれたからなんですよね」
「全くを持ってその通りよ。貴方には驚かされるわ」
「それで、誰なんですか?」
「そうね……」
 勇美に言われて依姫は意を決して説明を始めた。
 その人物は紅魔館の知識、パチュリー・ノーレッジである事。
 そして、依姫を呼び出すに至ったのは、彼女の精霊を操る能力によるものだとも。
 精霊と神霊は性質が似通う所も多いのだ。故に神霊の依代となれる依姫に、パチュリーはコンタクトを取る事が出来たという事なのであった。
「パチュリーさんが? と言う事は紅魔館で何かがあったんですね?」
「ええ、詳細はまだ私も分からないけどね」
 依姫は首を横に振った。行ってからでないと何事か把握出来ないだろうと。
 だが、二人には嫌な予感がしていたのだ。
 紅魔館で問題が起こるとすれば、その原因は絞られて来るのだから。
「それでは早く紅魔館に行かないと行けませんね」
「ええ、ここから遠いけど、私がいるから大丈夫よ」
「ちょっと億劫ですけど、頑張ります」
 そう言って勇美は苦笑いをした。
 その理由は他でもない、永遠亭から紅魔館までの道程だ。
 決して近くない上に、永遠亭周辺の竹林を抜け、更に紅魔館周辺の森を抜けなくてはいけないのだ。
 しかも今は夜中。妖怪達の時間である。今出歩くのは、彼等の領域に土足で踏み込むのと同義である。
 しかし、世の中とは時にツキというものがまるで狙い定めたかのように舞い降りてくる事があるのだ。今が正にその時であった。
「お困りのようね」
「ナイスタイミングです、豊えも~ん♪」
「私は青ダヌキかっての」
 そうその場に現れていたのは、我らが救いの手、はたまたご都合主義の集大成、綿月豊姫その人であったのだ。
「そうですよね、豊姫さんは今青い服着てませんもんね」
 豊姫は今も白のノースリーブワンピースにケープの姿だ。
「そういう問題じゃないでしょ。と言うかそもそもこの服、あなたのリクエストでしょ」
「そうでした~」
 テヘッと舌を出して勇美は茶目っ毛を出して見せる。
「って、今はそんな事言ってる場合じゃないんじゃないの?」
「はい、そうでした」
 豊姫に言われて今までおちゃらけていた勇美は、うって変わって真剣な表情を見せた。
「紅魔館で何かが起こっているみたいなんです。恐らく……」
「多分勇美ちゃんが読んでいる通りね。だから急ぎましょう」
 今は言葉多くしている場合ではない。豊姫は前置きは無しで二人を自身の能力で紅魔館へと送り届けるべく精神を集中し始めた。
「豊姫さん、『気』は感じますか?」
「私の能力はそれとは少し違うから」
 だが、まだ勇美のおふざけは終わっていなかったようだった。
 豊姫は思う。それじゃあ私は大食いの戦闘民族かと。私は桃を食べ過ぎる傾向にあるけど大食いではない。
 挙げ句の果てにスケベな勇美の事だから、その内上半身裸で戦えとか言い出すに違いない。女性としてそれだけは絶対に避けたい。
「勇美ちゃん、真面目に行こうね」
「はい……」
 いつになく冷徹な雰囲気を醸し出す豊姫に、勇美は素直に従った。

◇ ◇ ◇

 そして一行がたどり着いた先は……。
 蝋燭の灯りが頼りなく辺りを照らし、それに石造りの陰気臭い壁当てられて不気味さを引き立てられている。
 詰まる所、それは。
「地下牢ですね」
 勇美の指摘するそれが答えであった。
 そうなって来ると、やはり答えは決まってくるだろう。
「……これで確定のようね」
「ええ、フランちゃんが原因と見て間違いないですね」
 そう勇美は結論付けた。
 ──フランドール・スカーレット。悪魔の妹と周りから呼ばれる、レミリア・スカーレットの妹である。
 彼女は強大な自分の力を制御出来ない上に気が触れているので、普段は地下牢に閉じ込められているのだ。
 紅い霧の一件の後は彼女は地下から出てきて顔を出す事も多くなり、紅魔館の住人とも接する機会も増えたが、彼女が危険な存在に変わりはなかったのだ。
 だが、普段は彼女は大人しくしており、たまに問題を起こしても紅魔館の住人の力で対処出来た筈である。
 だから、今回パチュリーが外部の者、それも依姫という月から来た余所者に頼るというのは異常事態なのである。
「取り敢えず、行くしかないわね」
 依姫はそう言い切った。百聞は一見にしかず。今がどのような状態なのかまずは確かめに行かなくては話にならないだろう。
 そして一行は地下牢を進み、フランドールがいる部屋まで進んだのだ。
「!!」
 そこで目に入って来た光景を目にして、依姫は息を飲んだ。
 そこには傷を負い、床につっ伏しているメイド長十六夜咲夜の姿があったからだ。
「咲夜!」
 依姫は彼女の名前を呼び、側に駆け寄った。
 幸い、傷を負っているものの、大事には至っていないようだ。
「依姫さんですか、どうかお気をつけ下さい。今の妹様の様子は尋常ではありませんから」
「ええ、分かっているわ。貴方程の者がここまでされる何て異常極まりありませんから」
 依姫は咲夜の実力を良く分かっているからそう答えた。念願の最戦を経て彼女の強さを再確認したからだ。
「ところで依姫さん。ここで気を失っていいですか?」
「そういう軽口を叩く余裕があるなら駄目です」
「はい、分かりました」
 こういう場面でのお約束を果たす機会を依姫に断絶され、咲夜は素直に従うしかなかったのだった。
 勇美や主のレミリアに毒されているなと依姫は思った。咲夜は完璧に見えるが、どこか抜けている所があるからだ。
「動けるなら、巻き込まれない所にいなさい」
「はい、そうさせてもらいますわ。今の私では戦えませんが、いざとなったら手助け位は出来ると思いますから」
 言って咲夜は依姫達の後方に回って待機する事にしたのだ。
 そして、依姫はもう一人この場にいる者に声を掛ける。
 その者こそ先程依姫に念による救難信号を送った、パチュリーであった。
「パチュリー、貴方も無事だったようね」
「げほっ、げほっ。無事って言うにはしんどい所だけどね」
「それだけ悪態をつけるなら大丈夫なようね」
「……病人にそれは酷なんじゃないかしら?」
 何だかんだでパチュリーの方も大事には至っていないようだ。
 そして、このやり取りは依姫なりのパチュリーへの気遣いなのであった。
 彼女が持病の喘息が一因で、部外者である依姫に強力を要請しなければいけなかった事は、少なからず彼女の自尊心に刺激を与えているだろう。
「……ありがとう」
 パチュリーはお礼を言った。自分の助けを呼ぶ声に応えてくれた事と、自分のなけなしのプライドを然り気無く気遣ってくれた事に。
「ええ、貴方は無理をしないで休んでいて下さい」
 そう言って依姫はパチュリーを制した。
 取り敢えず咲夜とパチュリーは無事であった。
 その事を確認出来て一先ず安堵した依姫は、当面の問題に意識を向けるのだった。 

 

第48話 シスターウォーズ エピソード1/4

 
前書き
※フランドールを操っている第二章の黒幕が、彼女にやや不適切な発言をさせますので、予め念頭に置いておいて下さい。
それでも、まだこの小説全体のタグには沿っていると思いますので、普通に投稿します。
黒幕戦はこの小説本編のタグに大きく反するので、その時は別枠で投稿する予定です。 

 
 レミリアは手に持った紅い槍を懸命に振り回していた。
 だが、それをフランドールは顕現させた剣で難なくいなしていたのだ。
 いくらレミリアが攻撃を仕掛けようとも、フランドールはものともしない。
 槍が剣に弾かれる音が地下牢に響き続ける。
 そのあてどない攻防がいつまでも続くかに思えた。
 だが、ここでフランドールが口角を上げた。それは口から耳まで裂けんばかりに不気味な笑みだった。
「!?」
 それを見た瞬間、レミリアは背筋が凍り付くかのような感覚に襲われた。
 そして、それに対抗するかのように──手元は一気に熱を感じたのだ。
 それに気付いた時には、フランドールの持つ剣が瞬く間に炎に包まれていた。
 堪らずレミリアは槍を手に持ったまま後ずさった。
 その攻撃自体は彼女の姉であるレミリアはよく知ったものであった。
 だが、問題はその火力であった。フランドールの剣から出る炎はマグマのように赤く燃え盛る禍々しいものだったのだ。
 何より、その熱だけでフランドールの足元の石の床が少し溶けていたのだ。
「……」
 レミリアは動揺していた。確かにフランドールは彼女以上の力を有している要注意な存在である。
 だが、今目の前にいるフランドールは常軌を逸していた。
 咲夜とパチュリーと自分なら普段のフランドールには対象出来るだろう。
 しかし、結果は見ての通りだ。咲夜は倒され、パチュリーは喘息に追い込まれるまでになり、そして自分もいつまで持つか分からない。
 そうレミリアが思いを馳せていると、フランドールの顔が普段の無邪気な彼女のものとは思えない程に醜悪に歪んだ笑みを見せた。
 そして、レミリアに「終わりだ」と言わんばかりの見下ろすような表情を浮かべながら、手に持った灼熱の剣を振り被った。
 それにつられて分厚い炎が大蛇のようにのたうち回りながらフランドールの頭上へと掲げられたのだ。
 その様相は正に空に浮かぶ太陽のようであった。吸血鬼であるレミリアを浄化して見せようとばかりに無慈悲に爛々と輝いている。
「くっ……」
 これまでか、そうレミリアが思った瞬間であった。
「危ないっ!」
 その掛け声と共に、突如として目の前に何者かが現れレミリアを抱き締めたのだ。
 そして、その者はレミリアごとその場から姿を消した。

◇ ◇ ◇

「危ない所だったわね」
 間一髪で間に合い、豊姫は一息ついた。
 今彼女達はフランドールのいる場所から少し離れた所にいる。
「お前は確か、私が戦った月の姫の姉だったか」
 状況が飲み込めないながらも、レミリアはその事だけは把握して言った。
「光栄ね、あなたとは初めて会うのに私の事知っていてくれたのね」
「まあね、パチュリーの知識をナメちゃいけないよ」
 レミリアは体が弱いのに今体を張って奮闘した無二の友人に想いを馳せながら、自分の事のように得意気に言って見せた。
「あの子ね~、確か八意様とも張り合う程頭が良いのよね~」
 かつて彼女が自分の師と知恵比べをした時の事を、豊姫は懐かしく思いながら感慨に耽りたくなった。
 だが、今は思い出に浸っている場合ではない。この異常事態を早く何とかしなければいけないのだ。
 早速、豊姫は本題に入ろうとする。
「レミリアだっけ? あなたに加勢するわ。私にも今は異常事態だって事は分かるから」
 自分と依姫の力があれば、いくらレミリアの妹の様子がおかしいと言えど対処出来るだろう。そう思って豊姫は言ったのだ。
 だが、レミリアから返って来た答えは豊姫の予想に反したものであった。
「……これは私の家族の問題よ。余計な手出しはしないでもらえるか?」
「……」
 それを豊姫は無言で見ていた。
 そこには張り詰めた空気が流れていた。
 そして、次の瞬間。
「この子可愛い~♪ 見た目幼女なのに立派な事言うのね~♪」
 ──そう言いながら豊姫はレミリアを揉みくちゃに抱いていたのだった。
 勇美にとっては、一難去ってまた一難であった。この人がレミリアにしている事は、自分が早苗にやられてる事を想起させるからであった。
 だが、取り敢えず勇美は確かめておく事にした。
「豊姫さん、あの流れだと『ビンタ』ですよね……」
「そんな野蛮かつ自己満足な事しないわよ~」
 あっけらかんと豊姫は言ってのけた。そして勇美は思った事を小声で依姫に言った。
「依姫さん、豊姫さんっていい人ですけど、どこかおかしいですよね……?」
「私もそう思うわ。でも勇美も同じようなものよ」
「はうあ」
 依姫に話題を自分も巻き込まれて、勇美は「この裏切り者~」と心の中で叫びを上げた。
 そんな悲痛な想いを起こす勇美はさておき、話題はレミリアへと戻り、豊姫が話を再開させる。
「レミリア。あなたが家族の事で他人を巻き込みたくないってのは良い心構えよ。それだけ家族を大切にしてるって事だからね」
「……」
 諭すように話し始めた豊姫の言葉を、レミリアは無言で聞いていた。
 そして、豊姫は続ける。優しい笑みをたたえながら。
「でも、家族が大切だと思うのはみんな同じなんだから、いざという時は他の家族を持っている人に頼るのは、決して恥ずかしい事じゃないわ」
「……」
 レミリアは無言で頷いていた。それは全くを以て豊姫の言う通りであったからだ。
 そして、これ以上レミリアが意固地になる必要もなくなっていったのだ。
 確かにレミリアは自尊心が高い、誇り高い吸血鬼の主だ。しかし、何の分別もなくそれに囚われたりはしないのである。
 現に月で咲夜が依姫に負けた(ように思われた)時は、悪ぶりながら然り気無く彼女をかばったのだ。
 これが完全にレミリアが自尊心の塊であれば、部下の負けという自分の顔に泥を塗るような事態は決して許しはしなかっただろう。
 詰まる所は、レミリアには吸血鬼としての恐ろしさだけではなく、人間に通じるような優しさも持っているという事である。
 それは彼女に元からそういう要素があったのか、はたまた幻想郷や霊夢達と触れ合う事で身に付けていったのかは定かではないが。
 大事なのは、レミリアが今、優しさを持っているという揺るぎない事実であった。
 故に、最早レミリアの答えは決まっていたのだった。
「分かったわ、お願いするわ」
「いい子ね」
 そんなレミリアを、豊姫は暖かく見守っていた。
「あの……」
 そのやり取りに勇美が入って来た。
「勇美ちゃん、何かしら?」
 豊姫は笑みをたたえながら、勇美に言った。
「私もレミリアさんの力になりたいのです。
 勿論、私では力不足かも知れません。
 でも、レミリアさんの気持ち、少し私にも分かるからです」
 そう言って勇美は説明を始めた。
 その理由は彼女もレミリアと同じ、『姉』という立場だからである。
 妹を大切に思う気持ちは、勇美は自分にも分かるのだ。
 しかも、勇美の場合は双子、レミリアの場合は500年生きた中での僅か5歳違いであり、共に過ごした時間が非常に近いのもあった。
「やっぱり、双子やそれに近いと何か通じるものがあるのかしらねー。ねえ依姫」
 二人のやり取りを聞いていた豊姫は、ここでしみじみと言った。
「そうね、お姉様」
 それに依姫も賛同したのだ。
「?」
 そのやり取りを見ていた勇美は、頭に疑問符を浮かべた。もしかしてと思い、勇美は二人に尋ねた。
「もしかして、豊姫さんと依姫さん『も』双子だったんですか?」
 それが勇美が確かめておきたい事実であった。
 それに依姫が答える。
「ええ、そうよ。今まで言ってなくてごめんなさいね」
「そうだったんですか~」
 答えを確かめた勇美は、徐々に自分の頬が綻ぶのが分かった。
 綿月姉妹が自分と楓と同じく双子だった。その事が分かり、勇美は嬉しくなっていたのだった。
 そこに豊姫が付け加える。
 やはり双子だと何か特別なものがあるのだと。
 そして、依姫とほぼ同じ時を過ごした事で得られるものがあったのだ。
 自分よりも依姫は優秀であった。その事に嫉妬もしかけた。
 だが、過ごした時間が近かった事があり、依姫が人一倍努力している事も知れたし、豊姫の自分自身の依姫には無い価値をより見出だせもしたのだ。
 そして、依姫は思う。そのような貴重な体験を勇美も味わっていたのだと。
 だから、その気持ちは無駄にしてはいけないだろう。
 そこまで思い、依姫はある提案が頭の中に浮かんだ。それを彼女は言葉に紡ぐ。
「先程までは、私はパチュリーに呼ばれて、フランドールを止めるのに加勢しようと考えていました」
「依姫さん?」
 突然そういう事を言い始めた依姫に対して、勇美はどういう真意だろうと首を傾げる。
「どういう意味ですか?」勇美はそのような思いを込めて依姫に聞いた。
 それに対して、依姫は丁寧に答えていく。
「私が加勢すれば、この事態を少し簡単に解決する事が出来るでしょう」
 そして依姫は「ですが……」と続ける。
「私はあくまで月の住人です。故に部外者

「はい」
 勇美は反論する事なく依姫の弁を聞いていた。段々と依姫が言わんとしている事が分かってきたのだ。
「だから、幻想郷の問題は幻想郷に住まう者が解決しなければいけない、そう私は思うのよ」
 それこそが依姫が抱く答えであった。
 今回のフランドールの豹変は、幻想郷が作り出す『日常的に起こる異変』の様式の範疇から逸脱した正真正銘の異変である。
 だが、だからと言ってこれは幻想郷に住まう者自身が解決しなければいけない問題なのだ。
 先程の豊姫の『家族の事は他の家族の手助けを受けてもいい』という理論に、些か反するかも知れない。
 だが、依姫は自分の考えを譲ってはいけないと思うのだった。
 ──あくまで自分は手助けをするまで。それがレミリアと勇美の糧になると考えての事であった。
 そして、勇美はこれに乗る形で話を押し進める。
「こう依姫さんも言っている事です。レミリアさん、どうかここは幻想郷の住人である私に手伝わせて下さい」
 それを聞いてレミリアは、ふてぶてしくありながらも頼もしげな笑みを浮かべて勇美を見据えた。
「いいわ、あなたの心意気、受け止めたわ。でも……足手まといになったら殺すわよ」
「レミリアさん……♪」
 レミリアは時折『殺す』という、心無くある発言をする。
 だが、それは彼女が気分が高揚した時に口にする言葉であり、本気で命を奪おうなどという魂胆はないのだ。
 謂わばレミリアの一種の愛情表現なのだ。
 その事が分かっているからこそ、勇美はにんまりと笑みを浮かべながらレミリアを見据えるのだった。
(これは、勇美の勝ちね)
 そんな知らず知らずの内に行われた駆け引きの勝敗に、依姫は微笑ましい気持ちで見ていた。

◇ ◇ ◇

 豹変したフランドールから待避してそのようなやり取りをしていた一同だったが、万を持して再びフランドールの前に現れたのだ。
 だが、今回は豊姫はいなかった。彼女はいざとなったらその能力を使い、紅魔館の住人を外へ待避させる為にこの場にはいなかったのだ。
 そして、依姫もこの場にやって来ているものの、彼女はあくまでサポートに入り前線には立たないつもりなのだ。
 そう、これはレミリアと勇美の二人の戦いなのだ。
 そして、二人の前にいるフランドールの様相を改めて説明しよう。
 服装は黄色い襟に赤のベストの下に白のカッターシャツを着ている。どことなく霊夢の出で立ちを再現して露出度を抑えたような、そのような例えなるものであった。
「……フランちゃんの下のシャツ、邪魔だなあ」
「何、人の妹を如何わしい想像に使ってるのよ……」
 勇美の、吸血鬼である自分よりも邪な念に、さすがのレミリアも引き気味となっていた。
 話をフランドールの様相に戻そう。顔立ちは、吸血鬼故に5年は僅かな時間である筈だが、それでもレミリアよりもどこか幼げに見える。
 髪は金髪で、それを左側に垂らしたサイドテールにしている。
 その上にリボン以外レミリアとは色違いの同じデザインのナイトキャップを被っている。
 だが、何と言っても彼女の特徴は背中に生えた翼であろう。
 木の枝のような骨組みに七色の宝石が複数垂らされるという、まるで電飾ツリーのような外観なのだ。──普段のフランドールであれば。
 今のフランドールの背中の宝石は、まるで汚染物質を流し込んだかのように毒々しい紫色となっていたのだ。
 何より彼女自身の目が虚ろで、光が灯っていない事が不気味さに拍車を掛けていたのだった。
「うう……怖い……」
 それが今のフランドールを見た勇美の正直な感想であった。
 自らフランドールの対処を願ったり、親しくなったレミリアの妹に対する意見としては適切ではないが、今抱く恐怖は綺麗事では決して払拭出来ないものがあったのだ。
「……無理強いはしないわよ」
 そんな勇美をレミリアは気遣って言う。彼女は傍若無人であるように見えながらも、節度はわきまえるが故であった。
「いえ、大丈夫です!」
 だが、ここで勇美は自分を奮い立たせるべく勇ましく言った。
 それは幾分は自尊心による空威張りであった。
 しかし、友人であるレミリアの為と、幻想郷の新たなる住人としての責任感から来る気持ちは決して嘘偽りのないものなのだった。
「大丈夫なのね?」
 レミリアは最終確認の為に勇美に聞く。これで後々になってやっぱり無理でしたでは足手まといになる、それだけは避けたいが故であった。
「はい、問題無いと言えば嘘になりますけど、私はこの場から逃げるつもりはありません」
 時に逃げ道を用意する事に迷いが無くなった勇美であるが、今のこの場ではそれをしようとは思わなかったのだ。
「でも、オシッコちびっちゃうかも知れないので汚す物がないようにパンツ脱いでいいですか?」
「いんや、あなたは単にパンツ脱ぎたいだけでしょ?」
 流れを台無しにする発言をする勇美に対して、レミリアはさらりといなした。
「何を言うか! 人聞きの悪い!」
 勇美は反論するが、ものの見事に核心を付かれているので全くを以て無意味であった。
「そんな事はどうでもいいわ。今の問題は……」
「どうでもいいとは何事か~!」
 勇美はその一言が許せなくて激昂した。
「着物ってのは西洋の下着を着けずにノーパンになるのが正式なのよ、それをあなたは……」
「じゃあそのミニ丈は止めなさいって」
「いや、これだけは譲れない」
 してもいない眼鏡の位置を直す仕草をしながら勇美はキリッとした表情で言ってのけた。
 だが、話の内容が内容なだけに全く締まってはいなかったが。
 そんな緩んだ意識の勇美に喝を入れるかのような事が起こった。
「グォォォォ……」
 フランドールの口から、幼げな少女のものとは思えない、地の底から揺さぶられるような唸り声が響いたのだった。
 それを受けて、勇美はビクッと肩をすくませておののいた。
「ごめんレミリアさん、ふざけている場合じゃありませんね」
「分かれば宜しい」
 妹の様子は心配なものの、この場はうまく纏まったなとレミリアは複雑な気持ちになった。
「それではこちらから仕掛けましょう」
 そう勇美は迷わず踏み切った。
 今までは相手の出方を伺って、それから自分はどうするか決める戦い方を主としていた。
 だがそれは相手に真っ当な自我や人間味といったものがあった場合に有効な手段なのだ。
 それに対して今のフランドールは、肉親であるレミリアには失礼な言い方になるが、『獣同然』の恐ろしい状態にあるのだった。
 そのような相手に出方を伺う等という手段は通用しないだろう。
 そう思い勇美は相手よりも先に仕掛ける事にしたのだ。
 だが、相手がどのように仕掛けて来るのか分からない以上、迂闊に攻める事は出来ない。
 そう思い勇美は慎重に仕掛ける事にしたのだった。
「【星弾「プレアデスブレット」】!」
 まずは基本に習い、普段やり慣れた攻め方で出る事にしたのだ。勇美が最も得意とする先陣の攻め方である。
 例により星の弾丸は小気味良い金属音のようなものを鳴り響かせながら数発発射されてフランドールに襲い掛かったのだ。
 それに対して、フランドールはまるで鼻で笑うような表情を浮かべながら見据えていた。
 そして、おもむろに右手を眼前に翳すと、石を握るかのように掌を閉じたのだ。
 すると、フランドールに向かって突き進んでいた星の弾丸はペキンと妙な音を立てて、一つ残らず砂のように砕けてしまった。
「これは……」
「フランの『あらゆるものを破壊する』力よ」
 そう言ってレミリアは説明を始める。
 曰く、あらゆるものには『目』という中核のようなものが存在するとの事だ。
 そしてフランドールはその『目』を自在に自分の元に探り寄せて、それを潰す事でどんなものであっても容易に破壊出来るのである。
 そのような危険な能力をフランドールは有しているが為に、姉であるレミリアは彼女を地下に幽閉しているのだ。
「フランちゃんにそんな力が……」
「話していなくて悪かったわ。あなたは関わらなくていい事だと思っていたから」
 そう言ってレミリアは普段他人に見せる事のない、申し訳なさそうな表情を見せた。
 だが、彼女は心機一転し、今度はふてぶてしい笑みを見せて言った。
「でも勇美はよくやってくれたわ♪ お陰でフランに隙が出来たわ!」
 そう言ってレミリアは飛び上がり、勇美の上を飛び越えて行った。
 言い方は悪いが、レミリアは今の勇美を利用する形を取ったのだ。
 目的の為──妹を助ける為──その為には例え友人であろうとも利用する。それがレミリアのやり方なのであった。
 そして、利用された勇美の方もその事を察したようだ。
 大切なものの為に手段を選ばない『悪』を勇美は心掛けているのだ。だから今のレミリアには自分に通じるものを感じ取る事が出来たのだった。
 気付けば二人は目配せをしてコンタクトを取っていた。──これからもお互い、いい友人同士でいられるだろうと。
 そのままレミリアはフランドールの頭上からスペルカードを宣言する。
「【必殺「ハートブレイク」】!」
 言ってレミリアは手に紅い槍を現出させ、フランドール目掛けて投げ付けた。正に吸血鬼を退治する為に心臓に杭を突き立てんばかりに。
 グングンとスピードを上げながら、槍の投擲はフランドールを的確に捉えていた。
 当たった、そうレミリアは確信するが……。
「フン……」
 彼女は鼻で笑いながらその槍に合わせて手を翳すと、あろう事かその槍を素手で掴んでしまったのだ。
「ハッ!!」
 そして掛け声を出して力むと、その槍は粉々に砕けてしまった。
 槍は霧のようにかき消える。
 更に悪い事に、フランドールには傷一つ付いてはいなかったのだ。そう、槍の矛先を直に掴んだ右手ですらまっさらな無傷なのであった。
「参ったわね……」
 毒づくように呟くレミリア。
 それは、やはり今のフランドールが普段の彼女以上の力を有しているからに他ならなかった。
 いくらレミリア以上の力を有しているとはいえ、先程のような連携で仕掛ければさすがのフランドールでも押されるだろう。
 だが、今のフランドールドールはそんなの茶番だと言いたげに軽くいなして来るのだった。
 レミリアの様子を見て、勇美は指摘する。
「その様子だと、今のフランちゃんの力は相当異常なんですね」
「それはもうね。何でこんな事になったんだか……」
 レミリアはそう言い自分を顧みる。
「自分は何もフランドールに恨まれるような事はしていない」これは嘘になる。
 どんな理由があれど、フランドールを地下に押し込めて窮屈で孤独な目に会わせているのだ。
 だが、この力は何なのか。
 恨みは時に強大なエネルギーになるとはいえ、ものには限度がある。
 いくら吸血鬼であるフランドールといえど、これは説明がつかないのだった。
 しかし、今はいくら考えても仕方の無い事である。当面の目的は、この暴走したフランドールを止める事なのだから。
 そんな事を思う時間すらお前には分不相応だと言わんばかりに、豹変したフランドールは無慈悲にスペルを宣言した。
「【禁忌「クランベリートラップ」】……」 

 

第49話 シスターウォーズ エピソード2/4

 豹変したフランドールを止めるべく、勇美とレミリアが力を合わせ、依姫がそのサポートに付いての戦いが繰り広げられていた中で、とうとうフランドールのスペルカードが発動されたのだ。
「【禁忌「クランベリートラップ」】……」
 フランドールが彼女自身の口からそう言った筈だった。だが、その声はとても幼い少女のものとは思えない程に耳を揺さぶる得体の知れない声であった。
 とてもフランドールのものとは思えない声。だが、それでもスペルは問題なく彼女のものとして発動されてしまったのだった。
 フランドールが手を翳すと、そこから果物のような鮮やかな赤い色の球体が放出された。
 そして、それはレミリア目掛けて飛んでいったのだ。
「甘い!」
 だが、レミリアとてそう易々と攻撃を受けてやるつもりはなかったのだ。
 それが例え強大な力を持つ妹、しかも得体の知れない『何か』により更に増大した存在であってもである。
 レミリアは持ち前の身のこなしでそれを迷う事なく真上に跳躍してかわして見せたのだ。
 回避は見事に成功。だが、その後レミリアは目を見開く事となる。
 フランドールの放った弾が着弾したその場は、まるで溶岩のようにドロドロに溶けて、赤い粘着質の深みが生成されていたのだった。正に、クランベリー色の罠がいとも簡単に作り出されてしまったのだ。
 しかも、石造りの頑丈な床を易々と溶かしてしまったのだ。こんな罠に取り込まれては、文字通り一溜まりもないだろう。
 このような威力は、さすがのフランドールと言えども、普段では絶対に見る事の出来ないものだ。
 その事を頭の中で反芻し、レミリアは焦燥した。
(まずいわね……)
 それがまごう事なき、レミリアの感想であった。
 今のような攻撃なら、レミリアの身のこなしを以ってすれば何とかかわせる。
 だが、問題は勇美の方である。生憎、彼女は飛ぶ事が出来ないのだ。故に跳躍して回避するという芸当は出来ないだろう。
 勇美はレミリアにとって有難い加勢である。だが、飛べない以上、酷な言い方になるが『足手纏い』なのである。
 その事をレミリアは恨むつもりは毛頭なかった。だが、今の状態では彼女の足を引っ張る事は否定出来なかったのだ。
 そうレミリアが思っている内に、無情にもクランベリートラップの第二波が放出されようとしていた。
 そして、遂に彼女の手から、果物のような美味しそうな色の誘惑を纏った罠が威勢よく発射されたのだ。
 更に悪い事に、その狙いは勇美にあったのだ。
 狙っても確実には仕留められないレミリアよりも、より実現率の高い連れの方をとフランドールは思ったのだろう。
 どうやら、この豹変したフランドールは獣のような振る舞いに似合わず、知恵が働くようであった。
「勇美!」
 本来ならレミリアは吸血鬼故に、人間に対する情は殆ど沸かない筈である。
 だが、この時の彼女は明らかに勇美の事を気遣いながら叫んでいたのだった。
「レミリアさん、嬉しいですね。人間である私を気遣ってくれるんですね」
 そう勇美は微笑みながら言ってのけた。どこか余裕だ。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょう!」
 レミリアはそんな場違いなのたまいを見せる勇美に叱責する。彼女にはフランドールの余りにも強大に膨れ上がった力で、勇美が自棄になってしまったかのように思われたからだ。
 だが、それはレミリアの思い違いであったようだ。勇美は問題無いとばかりに懐からスペルカードを取り出し、宣言する。
「【空符「倒し難き者の竜巻」】」
 勇美は既に呼び掛けておいた『風神』の力を借り、目の前に巨大な送風機を現出させて見せたのだ。
 そして、送風機のファンは力強く回り始め、瞬く間に激しい突風を生み出したのだった。
 それにより、赤い粘着質の罠は空中で大量の雫を撒き散らせながら押し返され、そして完全に吹き飛ばされてしまった。
 後には、何事も無かったかのように、地下牢が存在していたのである。
 その様子をレミリアは唖然と見据えていた。
「すごい……」
 彼女らしくなく、レミリアは素直に賞賛の意を込めて呟いていた。
 彼女はかつて一度勇美と相まみえているから、その実力は知ってはいた。
 だが、あの時は対戦相手、つまり敵として関わったのだ。
 しかし、今は味方として彼女は行動したのだ。故にその心強さをレミリアは身を以って体感する事となったのだ。
「これは頼もしいわね♪」
「ありがとうございます。でも、私の戦い方って危なっかしいから、余り頼らない事をお勧めします」
 そんな軽い口調で言い合った二人は、またも以心伝心による微笑みを交わし合った。
(勇美。レミリアと息がピッタリのようね……)
 天子と衣玖との時も、最初依姫と協力して戦った勇美。その時も依姫との抜群のコンビネーションを見せていた(尤も、相性が良すぎて彼女のためにならないと依姫は分離して戦うように仕向けた訳であるが)。
 そして、今回もレミリアとの見事な連携を見せているのだ。
 これは、彼女の力が借り物による所が大きいだろうか。彼女自身の力で無いが故に、彼女は力を欲する心が強くなっていったのだろう。
 故に、他者の力をうまく活用しようという念が強くなり、結果力を合わせる能力が磨かれていったのか。
 つまり、勇美は自身が力を持たざるが故に、周りの力を取り込む性質を向上させていったという事であろう。
 この先、この勇美の『力』が役に立つだろう。そう依姫は根拠はないが、そう確信めいた感情を抱くのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、勇美とレミリアの、フランドールとの戦いは続いていたのだ。
 フランドールはエネルギー弾を発射するが、それをレミリアは勿論、勇美も巧みにかわしていったのだ。
 勇美は先程のような得体の知れない罠なら自身の機械の写し身を利用しなければならないが、普通の弾なら自分の力で避けられるようになっていたのだ。彼女とて伊達に弾幕ごっこはやってはいなかったのだ。
「あなた、結構やるわね」
「ええ、弾幕ごっこと依姫さんの稽古の賜物ですよ♪」
 そう。それに加えて彼女は月の英雄の英才教育まで施されているのだ。つまり、勇美が今まで得て来たものは大きいという事である。
「それは頼りになるわね」
「お褒めの言葉、光栄です」
 言葉のキャッチボールも滑らかとなる勇美とレミリア。だが、ここでレミリアの表情が真剣なものとなる。
「でも、油断しない事ね……」
「ええ、分かっています」
 勇美もシリアスな面持ちとなる。それには訳があった。
 それは、フランドールが最初のスペルのクランベリートラップ以降、全くスペルカードを使用していない事にあった。
 そう、まるで。
「私達、遊ばれているわね」
「はい……」
 レミリアの意見に、勇美も同意するのだった。
 ──相手の遊びに付き合わされている。それが今の状況の如実な表現方法であった。
 確かに普段のフランドールにも、そういう所はある。彼女は無邪気が故に、遊び好きなのだから。
 だが、今の彼女は違った。言うなれば『私を楽しませなさい』という上から目線の念が込められているかのようであった。
 フランドールは遊び好きであれど、それは自分自身の力で楽しもうとする姿勢を見せるのだ。断じて他者を自分を楽しませる為の道具としては利用したりはしないのである。
 だが、今の何かに取り憑かれたフランドールは違った。まるで、ぶくぶくに増長した自己愛から生まれる支配願望を体現しているかのようであったのだ。
 そして、とうとうフランドールの第二波が発動される事となった。
 にんまりとフランドールはこびりつくような笑みを浮かべながらスペルを宣言する。
「【禁忌「フォーオブアカインド」】」
 その宣言によって発現した現象に、勇美は驚愕する事となる。
 何と、フランドールの肉体が、立体コピーをしたかのように綺麗に四つに増えたのだから。
「フランちゃんが、四人……!?」
「勇美は初めて見るのだから、驚くのも無理はないか……」
 驚く勇美に対して、レミリアは達観した様子でいた。
 肉体が四つになるという事態は、さすがの吸血鬼の視点から見てもそうそう起こりうる事ではないのだ。
 だが、やはり肉親だからとでも言おうか、レミリアは最早慣れた様子であった。
 そんなそれぞれの思惑になる二人をよそに、フランドール……いや、フランドール『達』は一斉に砲撃の準備を勇美とレミリアに向けた。
「ケケケ……」
「ヒャハハハ……」
「セイゼイ足掻け……」
「デハ、発射!」
 そして、四つの砲門から紅色の砲弾が次々に発射されていったのだ。
 これは、純粋に先程よりも攻撃の手が四倍となった訳である。
 勇美はどうしたものかとその弾を避けながら思案していた。
「う~ん、どうしよう?」
「私に聞かれても困るわね……」
 さすがのレミリアも、これには答えを出しかねてしまうのだった。
「ですよね~……」
 それはそうだろうと勇美も納得する。
 だが、このままでは埒が明かないだろう。
 ここは依姫に頼るべきだろうか?
(さて……)
 よけながらも勇美は思案する。
 ここで依姫の助力を得るのは簡単である。だが、それはお互いに最終手段にしたい所である。
 そう思い、勇美はその考えを心の奥底に仕舞うのだった。
 これは、あくまで勇美とレミリアの戦いなのだから。だから、勇美自身がこの場をどうにかしなければならないだろう。
 だが、生憎彼女には今しがた名案が生まれたのだった。
「レミリアさん、盾って使った事ってありますか?」
「何よ、突然?」
 突拍子もない勇美の質問に、レミリアは耳から脳を引っ掻き回されるかのような変な気分となってしまう。
「いいから、答えだけでもお願いします」
「……、無いわね」
 そうレミリアは答えた。その後言うのが彼女の答えである。
「私は、防御なんてまどろっこしい事は余りしないからね。攻撃は最大の防御、これが私のモットーさ」
 そう言ってレミリアは胸を張って見せた。
 それを見て、勇美は『サイズは私と同じ位か……』等と思ったりしていた。
 人間年齢で12歳位で、14歳である私は同じ位か。勇美はそう複雑な心持ちとなるのだった。
(まあ、それは一先ず置いておくか……)
 勇美は珍しく胸の事で引きずらずに済んだようだ。
 その勢いに、勇美は乗る事にする。
「石凝姥命よ、お願いします」
 そう言って勇美は力を借りる神に呼び掛けた。実はその際に心の中でもう一柱の神にも呼び掛けていたのだが。
 そして手筈は整った。勇美は得意気にレミリアに呼び掛ける。
「レミリアさん、防御が苦手なら、攻撃感覚で行きましょうね♪」
「?」
 レミリアはそう勇美に言われるが、何を言わんとしているのか察する事が出来ずに首を傾げた。
 そんなレミリアに対して、勇美の懐が光輝き、そこに色々な部品が集まっていったのだった。
「何が起こるのかしら?」
 そう思うとレミリアはいつの間にか楽しくなって来たのだった。
 何でも楽しんでやる。それがレミリアの強みなのだ。
 だが先程までは狂乱し豹変したフランドールの圧倒的な威圧感と脅威に押され、紅魔館の家族がいなされるのを目の当たりにしてレミリアは自分を見失いかけていたのだった。
 しかし、その勘を目の前の勇美は取り戻させてくれたのだ。
 勇美自身には、そのような狙いは毛頭なかったかも知れない。
 であれども、勇美には本人が気が付かない内に周りの者達をさり気無く良い方向に導く『何か』があるのかも知れない。その事に対しては一番彼女の側にいる依姫も感じている事だろう。
 そして、光の収まった勇美の手には、鏡が現出されていたのだ。
「……何よそれ?」
 レミリアは唖然としてしまった。それには突っ込み所が多かったからである。
 まず、鏡と言えど、その持ち手は棒のように長いのだ。まるで金魚掬いの網と虫取り網の形状と足したような、極めて珍妙な物であった。
 次にである。
「何で二つあるのよ」
「どうですか♪ これが『ジェミニ』様の力ですよ♪」
 勇美は胸を張って、どうだと言わんばかりの態度を取って見せる。
 ──ジェミニ。双子の語源ともなっている、その名の通り双子の神である。故に勇美が顕現させた機械仕掛けのアイテムも双子誕生の如く二対となったのだった。
 その事を勇美はレミリアに説明すると、彼女は「問題はその事ではないわ」と言った。
「私が聞きたいのは、二つにした理由よ」
 それは尤もな事であった。勇美自身が使うアイテムなら、一つで十分な筈である。──妖夢のように二刀流にでもするのなら別であるが。
「それはですね~、これ、是非ともレミリアさんにも使って欲しいなぁ~って」
「! そういう事か♪」
 それを聞いてレミリアは心弾むような気持ちとなったのだ。
 自分だけではなく、相方にも楽しんでもらいたい。その粋な計らい、嫌いじゃないとレミリアは上機嫌となるのだった。
「面白い事考えてくれるじゃない、それじゃあ有難く使わせてもわうわ♪」
 レミリアはいい気分に浸りながら勇美からその謎のアイテムを受け取る。
 そんなやり取りを凶暴に豹変したフランドール『達』が黙って見ている筈もなかった。
「茶番ハ済ンダカ?」
「大概ニシトケヨ、クズドモ!」
「死ネ!」
 フランドール軍団は口々に憎しみの混じった台詞を言い合うと、一斉に両手を構えると、紅色の弾を次々に発射したのだった。
「レミリアさん、早速来ましたよ!」
「ああ。でもこれはどう使えばいいのかしら?」
「それは、直感が示す通りにすればいいですよ」
 勇美はざっくらばんとそうレミリアに言った。
 説明にしては余りにも大雑把だろう。しかし、勇美の一言でレミリアは合点がいったようであった。
「だったら、これしかないわね!」
 そう言ってレミリアは足を踏み込み、蝙蝠の翼の力も加えて一気に加速して弾の一つに突っ込んでいったのだ。
 そして、手に持った謎のアイテムの先端が弾に当たるように振り翳したのだった。
 次の瞬間、フランドールの弾はパコーンという非常に小気味良い音と出して、レミリアのその振りにより弾き返されたのである。
 そして、その弾はフランドール目掛けて飛んで行ったのだ。
 これでフランドールにダメージが与えられるか。だが、そううまくはいかなかったのである。
「フン!」
 フランドールは鼻で笑うと、迫って来た自分の弾を、何の問題も無いとばかりに素手で掴み、まるでトマトのように軽々と握りつぶしてしまったのだ。
「猿ノ浅知恵トハコウイウ事ダナ」
「我ガ自分の攻撃デヤラレルワケガナイダロウガ、カスガ」
 フランドール達は拍子抜けだと言わんばかりに品性の無い罵り言葉を吐き殴る。
 だが、その様子を勇美とレミリアはさして気にしている様子は無かったのだ。そして二人は笑みを浮かべながら目配せをした。
「まさか、これで終わる訳がないじゃないですか」
「フランに取り憑いているお前こそ、ものの見事なみそっかすだなあ」
「!」
 二人のやり取りを見たフランドールはこめかみの部分が弾けるような不快感を味わった。
「言ワセテオケバ……」
「口ノ聞キ方ニキヲツケロヨ!」
「現ニ攻撃ハ我ニハ届カナカッタダロ?」
 フランドールの集団は皆苦虫を噛み潰したかのような歪に歪んだ表情を見せる。
 それを二人は得意気な表情で見据えていた。
「それだけ自分に自信があるなら、もう一回やってみたらどう?」
 レミリアは憮然とした態度でフランドールの姿をしたならず者達に言ってのける。
「調子ニノルナヨ、クズガ」
「ナラバオ望ミ通リボロ雑巾ノヨウニシテヤルカラ覚悟シロ!」
 そう言ってフランドール集団は再度両手を構えて迎撃態勢に入った。
 そして彼女等は先程よりも激しい間隔で紅の弾の砲撃を仕掛けていったのだ。
「来たわよ、勇美。しかも今度は激しいわね」
「でも、それが私達の狙いだってのにねぇ~」
 そう言い合いながら、勇美とレミリアはアイテムを構えて準備態勢に入った。
 そこへ、容赦なくフランドールの紅い弾の群れは怒涛の勢いで今正に彼女達へ迫っていたのだった。
 瞬間、二人の目に光が灯った。
「【返符「ミラーダブルス」】!!」
 そして、二人は迫り来る弾という弾を次々に打ち返していったのだった。その度に軽快なインパクト音が響く。
 勿論、攻撃を防ぐだけではなく、その攻撃を相手方に送り返しているのだった。返された弾はフランドール達に着弾する度に小規模な爆発を起こしている。
「グゥゥゥーー!!」
「クソガッ!」
 そして、フランドール達は今度はその攻撃を防ぐ事が出来ずにダメージを負っていったのだ。確実に彼女達は苦悶の表情を浮かべていた。
 その様子を見ながら依姫は感心していた。
「二人とも見事ね。特に勇美ね」
 そう依姫は思うのだった。
 人間の身体は脆弱で妖怪や他の種族と比べて弱い。
 勿論勇美も人間であるから、その肉体には限界があるのだ。
 だが、彼女はその限界の中で確実に成長をしていた。あくまで人間としてであるが、勇美は肉体面でも初めて依姫と出会った時から洗練されていたのだった。
 でなければ、レミリアと協力しているとはいえ、ここまで軽快に弾幕打ち返しの反撃を行う事は出来ないのだから。
 まるでプロのテニス選手ね……。そう依姫が感慨に耽ようとした時、その心地良さを吹き飛ばす衝撃が彼女の頭の中を走ってしまった。
「テニス……テニス……!」
 これじゃあ石凝姥命(いしこりどめのみこと)というか錦織圭(にしこりけい)選手だと、依姫は気付いてしまったのだ。
 世の中知らない方がいい事もある。その事を依姫は今痛感するのだった。これじゃあただの駄洒落だと。しかも神様を駄洒落に使うのかと。
 依姫がそんな心の痛みに苛まれる中でも、勇美とレミリアの快進撃は見事に決まっていったのだ。
「グァァァア……」
「クソ……『フォーオブアカインド』ノ効果ガ……」
 フランドールの一体のその言葉が示すように、度重なるダメージにより、彼女『達』を創っていたスペルの限界が近付いていったのだ。
 そして、それは起こった。四体になっていたフランドールの内三体が紅い煙を撒き散らしてポップコーンのように弾け飛んでしまったのである。
 紅い煙が収まると、そこにはフランドールの姿があった。勿論その姿は一つである。
「ヤッテクレタナ……」
 憎々しげな表情を浮かべながら、フランドールは勇美とレミリアを睨みつけた。
「四人になってタカを括っていたからそうなるのよ」
 レミリアは得意気にそう言ってのける。
 確かにフランドールは幼いが故に調子に乗りやすい。だが、それでも自分の力に頼り切ってあぐらをかくような事はしないのだ。
 だが、今フランドールの肉体を使っている者は違った。確実に彼女から得られる力に酔い知れていたのだった。
 しかし、その力に酔っていようともフランドールの力は本物である。
 いや、その何者かの力により本物以上になっているのだ。
 その事をフランドールは次の行動で示す。
 フランドールは邪な笑みを見せると、おもむろに右手を頭上に高く掲げたのだ。
「何をする気?」
 勇美の助力もあって勢いづいていたレミリアであったが、そのフランドールの予想だにしない行動に焦燥感を煽られたのだ。──彼女の運命を操る力が、何か良からぬものを察知したのだった。
 そして、フランドールは頭上で開いた掌を、そのまま握り締めたのだ。そして、ガラスが割れるような耳障りな音が鳴り響いた。
 そう、それは彼女の『破壊の力』を発動する時の動作に他ならなかったのだ。
 では、何を破壊したというのだろうか。
 そうこの場に居合わせる者達が思っていると、突如ヒビが入るような嫌な音が走った。
「どこにヒビが?」そう思うレミリアであった。
 それは、彼女はこの紅魔館の造りには自身があったからである。
 この館はただのレンガ性の建造物ではないのだ。
 咲夜の時を操る能力で内部が拡張されているだけではなく、同時に『時の固定』により自然劣化しない造りとなっているのである。
 故にレミリアは紅魔館に自信を持っているのだ。それは他ならぬ、咲夜を信頼している証であった。
 そんな自分の従者自慢のこの館にはそうそう傷は付けられない筈。では、今のヒビが入る音は何なのか。
 そう思ったレミリアは、ふと何気なく天井へと目を向けたのだった。それは本当に『何気なく』であった。 

 

第50話 シスターウォーズ エピソード3/4

 フランドールとの交戦の最中、突如として辺りにヒビの入る音を耳にした一同であった。
 それに対してレミリアは何気なく天井に目を向けたのである。
「!!」
 その瞬間レミリアは息を飲む事となる。何故なら……。
「まさか、天井に……!?」
「どうしたんですか、レミリアさん?」
 様子のおかしくなった相棒へと、勇美は声を掛けた。
「勇美、上を見てみなさい」
 そう言ってレミリアは勇美に目配せをした。
 それに従い勇美も天井へと目を向ける。
「えっ!?」
 その瞬間、勇美もひっくり返りそうな声を出してしまった。
 二人が驚くのも無理はない。ヒビが入る音が響いて来たのは他でもない、天井からだったからだ。
 そこには本当に割れ目が生まれていたのだ。それも、地割れのようにざっくらばんと盛大に。
 そして、気付けばその亀裂はみるみるうちにその規模を広げていったのだ。
 それが一頻り進むと、とうとう天井はガラスの割れるけたたましい音を撒き散らしながら派手に木端微塵となってしまった。
「そんな、天井が……」
 その目を疑うような光景を目の当たりにして、勇美は後頭部を殴られるような衝撃を頭に送られていた。
 勿論レミリアも冷静さを装っているが、彼女の心境も同じであった。
 そして、天井が割れた先には漆黒の闇と、それを彩る、ダイヤモンドの如くちりばめられた星々が幻想的に輝いていた。
「?」
 だがその最中、何かおかしい事にレミリアは気付いたのだ。
 何と言っても、ここは地下牢なのだ。
 そう、本来なら破られた天井の上には、上の階があって然るべきなのだ。
 だがあるのは、澄み渡った一面の夜空なのである。
 これが意味する所は。
「フランに取り憑いている奴、どうやら空間を破壊したみたいね」
 そうレミリアは答えを出した。
 どうやら本当に天井が壊された訳ではなく、フランドールの能力で一時的に天井部分が異空間に繋げられたようであった。
 だが、それは実際に天井を壊された訳でなくて一安心……とはとてもいかなかったのだ。
「……恐ろしいですね」
 そう勇美が言い表す通りであった。今のフランドールの力が規格外の代物となっている事を嫌でも痛感させる事態にしかなっていないのであった。
「ええ、こんなのフランじゃないわ」
 レミリアもそう言い切った。目の前にいるのはフランドールの姿を借りた『化け物』でしかないと。
 そう二人が空気を張り詰めさせていると、フランドールに動きが生まれたのである。
「フフフ……ソノ様子デハ我ガ、単ニ力ノ見セツケニ空間ヲ破壊シタヨウニ思ッテイルヨウダカラ見セテヤルヨ」
 そう言った後、フランドールは両手の手のひらを眼前でピタリと合わせた。
「?」
 何をする気なのか。勇美は息を飲んでその様子を見守った。
 勇美がそうしていると、フランドールはその閉じた両手を目一杯両側に開いたのだ。
 そう、それはまるで弧を描くかのように。
「!」
 その瞬間、勇美は驚いてしまった。今フランドールが弧を描く動作の後に現れていたのだ、本物の弧を描いた弓が。
 そして、その弓は実体ではなく、光輝くエネルギー体で構成されていたのだ。
「弓……?」
 勇美は訝りながらそれを見ていた。まさかフランドールが弓を使うとは思っていなかったからだ。
 そして、フランドールは弧を左手に持ったまま、右手を眼前に翳した。
 すると、その手の内で先程の弧の時と同じように目映い光が発生した。
 その後、フランドールの右手には弧と同じく光のエネルギー体で構成された矢が握られていたのだ。
 ちなみに、その様子をレミリアは特に驚く事もなく見据えていた。
 何故なら、そのフランドールの動作は、レミリアがよく見知ったものであったからである。
 そう、見知った光景である筈であった。──今までは。
 フランドールの一連の動作に違和感を覚えたレミリアは咄嗟に口にしていた。
「お前、何をやっている!?」
 それに対して『フランドール』は尚も相手を見下した態度を取る。
「『お前』カ、実ノ妹ニ、随分ナ物言イダナ」
「うるさい、フランに取り憑いている『お前』など妹でも何でもないわ!」
「オウ、怖イ怖イ」
 完全にレミリアを馬鹿にした様子でフランドールは宣った。
 そうしながら彼女は弓と矢を合わせて持ち、それを──上空へと向けていたのだった。
 そして、フランドールはそのまま、弓を引き絞り、矢を上空目掛けて放ったのだ。
 明らかに、普通の弓矢の使い方ではない。相手は何をしようとしているのだと二人は訝りながら見ていた。
「喰ライナ。 【禁弾「スターボウブレイク」】」
 フランドールが言った後であった。彼女が放った矢を吸い込んでいった夜空が無数の光の瞬きを見せたのだ。
 そして、それは起こったのだ。先程瞬きが発生した所から、光のエネルギー弾が降って来たのだ。
 その光は勇美目掛けて突き進んでいったのだった。
「危ない!」
 そう言って勇美は光の弾を間一髪でかわした。
 空から弾が降って来るとは。だが、この程度なら特に問題なく避けられるだろう、勇美はそう思った。
 だが、現実はそう甘くなかったのだった。
「我ヲ嘗メテイルヨウダナ。コレデ終ワリダト思ッタカ」
 フランドールは怒りと侮蔑と嘲笑の意味が込められた、粘着質の笑みを浮かべながら勇美を見据えた。
 そして、フランドールは右手を頭上に掲げた。
「星々ノ矢ヨ、地上ノ者共ヲ蹴散ラセ!」
 そのフランドールの言葉を合図に再び空から光の弾が発射されたのだ。
 しかも、今度打ち出されたのは、一つや二つではなかったのだ。
 正に星々という表現が馴染む、無数の光の弾が空から、まるで隕石の如く降り注いだのだった。
「これが、空間を破壊して夜空を作り出した相手の狙いか!」
 レミリアは苦々しげに漏らした。
 ──全くを以て、今のフランドールを借りた存在は規格外過ぎるのだ。
「だけど……っ!」
 だからといって、ここで引き下がる訳にはいかないのだ。紅魔館の平和を取り戻す為にも、何よりもフランドールを助け出す為にも。
 そう思ったレミリアは念を込めると、自分の手に真っ赤な槍を現出させ、勇ましくそれを持ちながら空を切っ