星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~


 

第一話 ハイネセンに生まれて

 今でもずっと疑問に思っている。
何故俺はハイネセンにいるのだろうか。何故俺は、ヤマト・ウィンチェスターとして育っているのか。

 未だに現実世界での三十年の記憶は残っているし、この世界で過ごした十五年の記憶も現実にある。
銀河英雄伝説、いわゆる銀英伝が好きすぎてこうなってしまったのか…。それとも夢なのか。
まあ、自由惑星同盟の一市民として人生を送るのも悪くない、現実の世界では俺は歴オタだったから、原作では語られる事の少なかった人類の宇宙進出から現在までの歴史を学んで、歴史の先生にでもなろうと思っていたんだけど…そうは問屋が卸さなかった。



宇宙暦783年5月7日、ハイネセン、ラクーンシティ
 

 親父が死んだ。銀河帝国と百五十年も戦争が続いている状況だ、もれなくという訳ではないけど親父も当然のごとく同盟軍に入隊した。爺ちゃんも、ひい爺ちゃんも同じく同盟軍人だった。
これだけ聞くと立派な軍人の家系、ということになるけど、なんの事はない、ご先祖様が軍人になったのも
軍隊が安定した就職先だったからだ。
もちろん、親父も安定した就職先として軍隊に入ったようだ。
ひい爺ちゃんは准尉で定年、爺ちゃんは二階級特進の中尉としてこの世を去った。親父は…どうなるんだろう?




783年5月14日、ハイネセン、ラクーンシティ、ラクーンジュニアハイスクール


 「ウィンチェスター君、この先の進路なんだが、どうするつもりかな?」
まだ一学期だけど今日は三者面談の日だ。通常は九年生の二学期最初に行われる。だけど、戦死者の遺族の子弟は保護者の戦死が認定された直後にも行われる。みんなが遺族面談って呼んでいるやつだ。
保護者が戦死で誰も居なくなってしまった場合は遺族面談は行われない。『トラバース法』で軍人の家庭に養子として送り出されるからだ。
「母は嫌がってますが、軍人になろうと思います」
「そうか。現実的な話になるが、家計の事を心配しているのかい?君の成績なら進学でも特待生の枠でどこにでも入れると思うし、学費は気にしないでもいいと思うのだが…」
そう、俺は成績はいいのだ。何てったって二度目の人生だからな。小学生、中学生レベルの勉強なんて復習だと思えば楽勝だ。前の人生の中で、当時理解できなかった事がすらすらと理解できてすごく嬉しかったよ。
「いえ、まだ妹も七年生ですし、早く家を出て母さんを楽させてあげたいんです」
「そうか…軍人だけがお母さんを楽させる道ではないんだけどね。お母さんはどう思いますか?」
…母さんは顔を伏せたままだった。
「本人の意思を尊重したいと思います。嫌だけれど、私が言って曲げる子でもありませんから…」
…ごめんなさい、母さん。
 「そうですか。…じゃあウィンチェスター君、士官学校を受験するのかい?さっきも言った通り、君の成績なら合格すると思うよ」
「いえ、下士官術科学校に進みたいと思います」





783年5月21日、ハイネセン、ラクーンシティ18番街、ウィンチェスター邸


 結局、親父は二階級特進して少尉になった。
だけど、遺族年金の額は兵曹長の俸給の額のままで支給される。遺族年金まで2階級特進なんて事になったら同盟は破産してしまう。すでに遺族年金の額は国防費の三割を占めているのだ。
長い戦争が続いている、政府の懐事情は知れている。年金だって貰えるだけマシ、文句なんて言ったらそれこそ非国民扱いだ。

 母さんは職を探し始めた。会計士の資格を持っていたから、後方勤務部の嘱託として働く事になった。
軍属というやつだ。
母さん自身は2度と軍には関わらない気でいたけど、遺族が軍属になった場合、遺族年金の認定が優先的に受けられるとなれば仕方がない。
だが、年金と言っても遺族年金は最初の二年間が戦死者本人の生前の階級の俸給の満額、三年目からは七割、五年目からは五割、七年目からは三割の額しか出ない。しかも戦死者の生前の階級で定年の年数になると年金はうち切られるのだ。
到底遺族年金だけでは生活出来ない。
てっとり早く家計を安定させるには軍属になるしか手はないが、誰もが軍属になれるわけではない。
ウチはまだマシな方だ。軍属でない場合、軍は公式には認めていないが遺族年金の認定には早くて数年かかる事がある。
軍人の遺族の子弟婦女子が軍隊に入るのにはこういう裏がある。
皆が好んで入隊する訳ではない。だが家計を助けるには給料の安定している軍隊に入るのが一番なのだ。





784年3月27日、ハイネセン、ラクーンシティ18番街、ウィンチェスター邸


 「じゃあ、行ってくるね、母さん。マリー、母さんの言うことちゃんと聞くんだぞ」
「…頑張りなさい。休暇の時はちゃんと戻っておいで」
「お兄ちゃん、ちゃんと戻ってきてね」
「分かってるよ、二人とも。…じゃあね」




784年4月1日、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍下士官術科学校


 「私は、我が国の自由と独立を守る自由惑星同盟軍人としての使命を自覚し、国家に忠誠を誓い…」
入隊式が終わった。
下士官術科学校を選んだのにはちゃんと理由がある。
まず、学費がかからない。そして、入学試験のレベルは士官学校よりは当然落ちる。
でも士官学校より落ちるというだけで、倍率は当然高いし簡単に合格するという訳でもないが。
これが一番のポイントなんだが、給料がちゃんと出るのだ。
士官学校生には階級もなく、給料も初任兵の俸給の半分程度の学生手当しかないが、下士官術科学校はちゃんと階級があって、給料も出る。入学時は兵長、二年時で伍長、三年時には二等兵曹、部隊実習を経て卒業時には一等兵曹になる。
だが、下士官兵の世界は士官の世界より過酷だ…と思う。
『下士官は軍隊の背骨』とはよく言ったもんだ。
術科学校を選んだのは純粋に家計を助けたかったからだし、覚悟もそれなりにあったが、着校して入隊までの四日間で、この学校に入ったことを純粋に後悔した。

 

 

第二話 卒業

宇宙暦788年3月27日 ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍下士官術科学校


 「ヤマト、とうとうこの日が来ちまったな」
「ああ、そうだな。オットー」
「そういえば、マイクはどうした」
「講堂で彼女と話してたぞ」
確かに、とうとうこの日がやって来た。修業式、下士官術科学校とオサラバする日がやって来たのだ。
来賓祝辞は宇宙艦隊司令長官の代理ということでグリーンヒル少将が祝辞を読み上げてくれた。
今日は士官学校の卒業式も行われている。トリューニヒト国防委員やロボス中将などはそちらへ。こっちにはグリーンヒル少将と代議員のネグロポンティ氏が来賓として来ている。グリーンヒル少将はともかく、よりによってネグロポンティ氏とは…。


 「……なのだ。士官、指揮官だけでは戦争は遂行出来ない。君達こそが軍の要でなのである。その事を肝に銘じて、これからの任務に邁進してもらいたい。改めて、修業おめでとう。これを以て祝辞とする」
『気ヲ付ケ!』
修業生が一斉に起立する。音楽隊の演奏が始まり、国歌が演奏され始めた…。


 「…いいなあ。マイクのやつ、何人目の彼女だ?俺なんか一人も出来なかったのに」
「三…四人目か?…まあ、ヤマトならこれから何人でも彼女が出来るさ」
俺を慰めてくれているのはオットー・バルクマン。今ここには居ないが、マイクと呼ばれているマイケル・ダグラス。三年間で出来た、同期の中でも親友と呼べる二人だ。
卒業して最初の任地は、星系単位、基地単位にはなるが希望の場所が選べる事になっている。
同盟軍は大きい組織だ。修業したが最後、同期生一万五千八百十四名が一期一会ということも充分有り得るのだ。
ペア、グループを組んでもよし、個人でもよし、好きな任地を選ぶ事が出来る。
俺達は当然三人でグループを組んだ。個人なら本人が、グループなら代表者を決めて希望任地名を提出することになっている。が、重複多数の希望地は抽選になる。抽選に漏れたら、改めて第二希望、第三希望を提出するのだ。

 「でもなあ…よりによって最初の任地がエル・ファシルとはね。狙った女は確実に落とすのに、クジ運は全くゼロだなマイケルは」
オットーはベレー帽をクシャクシャにしながら天を仰いだ。
「そうだね、第二希望も第三希望も外すなんて中々出来る事じゃないな」
確かに、天を仰ぐしかない。
銀英伝本編でも度々出てくるエル・ファシル…帝国側に進めば、そこはもうイゼルローン回廊だ。
うーん、死亡フラグが立っているな。ヤン・ウェンリーやらアーサー・リンチやら、そういう有名どころと絡まなくても、最前線だから戦死する確率はかなり高い。
そういえば、リンチやヤンはもうエル・ファシルにいるんだろうか?学校の宿舎は明後日まで使っていいことになっているし、それは学校の施設も同様だ。ちょっと調べてみようか。
「待たせたな!」
マイケルが走ってこちらにやってくる。このあとは打ち上げだ。




3月27日21:00 ハイネセン、ハイネセンポリス3番街、大長征(ザ・ロンゲスト・マーチ)、
マイケル・ダグラス


 ヤマトは酔いつぶれてテーブルにつっ伏している。まあ…いつもの事だな。
ここは俺たちがよく通っているバーだ。本当かどうか知らないが、自由惑星同盟開闢以来の店なんだそうだ。同じ分隊の奴等との打ち上げが終わって、今は三人で二次会だ。
「エル・ファシルって、どんな所なんだろうな」
オットーが呟く。
「田舎…ではないな。でもハイネセンに比べたら…まあ田舎だな」
「お前、行ったことがあるのか?マイク」
「ああ。一年の時、付き合ってた彼女の出身がエル・ファシルだったんだ。休暇で一緒に行ってきたんだよ」
「一年の時?…お前、あれって伯父が危篤で休暇を延長したんじゃなかったのか?」
「あ。…そういえば、そうだったな」
「よくバレなかったな」
「実際に伯父は危篤だったんだよ。伯父は商用でエル・ファシルに行ってたんだが、痔が悪化してさ。動けないんだぜ?危篤には違いないだろ?」
「…そりゃ危篤だな…」
そう言ってオットーはマッカランを一気に煽った。

 「まあ、口裏は合わせてもらったし、バレるわけないよ」
合わせるように俺もグラスを空ける。オットーのやつ、酒強いんだよな。なんでモテないんだろう?
「そんなことはどうでもいいんだよ。…エル・ファシル星系警備隊。艦艇二千隻、基地隊三万五千か…」
「お前とヤマトは戦艦に乗るんだったよな」
「ああ。マイクはどうだったっけか」
「俺はまだ分からんのよ。陸戦隊には変わりないけど、艦隊付か基地隊付か」
「一緒にしてもらおうぜ。どうせなら艦隊の方がいいだろう?乗組手当もつくし」
「え?俺は根拠地付の方がいいんだが…」
俺がそう言うと、オットーが睨んできた。
「どうせ、女を口説く為だろ?」
「あれ、分かっちゃった?ハハハ…ていうか、ヤマトの奴、大丈夫か?全然起きないけど」

 ヤマトを揺すって起こそうとしたとき、入口のドアが開いた。
「おお、此処に居たのか。いやいや、探した探した」
そう言って声をかけて来たのは航法科教官室のフィールズ中尉だ。
「中尉殿、何かありましたか?」
「そう畏まるなよ、お前等はもう修業したんだからな。学校じゃないんだ、殿はいらんよ」
「はあ。…では中尉、何かご用でも?」
フィールズ中尉はニヤニヤしている。
「ダグラス兵曹、お前じゃないんだ、ウィンチェスター兵曹に用事がある。おい、居たぞ、入ってこい」
中尉は開いたままのドアの外に向かって声をかけた。



3月28日01:00 ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍下士官術科学校 第五兵舎402号室
ヤマト・ウィンチェスター

 ふわっ!?
真っ暗だ、ここはどこだ?…あれ、これは俺のベッドじゃないか。
酔っぱらってまた寝ちまったのか…まったく、彼奴らと飲むといつもこうなるんだよなあ。部屋まで運んでくれるだけ有難いけど。
まあいい、今日はこのまま寝よう…って、あれ、ソファーで寝てるのは誰だ?
「おい、オットーか?マイクか?」
部屋の灯りを点けると、ソファーには一人の女性が毛布にくるまっている。…誰!?
「あ…ああっ!すみません!私寝ちゃってました!」
女性は飛び起きて平謝りしている…。
「いや、寝てるのは構わないけどさ、何方です?」
「失礼しました!一年のエリカ・キンスキー兵長であります!」

 エリカ・キンスキー…ああ、見たことあるな。マイクが口説いたら泣き出した子だ。そうだ、ハンカチ貸してたのを思い出した。返しに来たのかな?…それはないか。
「キンスキー兵長、それで、こんな夜更けに何か用かい?」
「そ、それはっ…」
キンスキー兵長は赤くなって俯いて黙ってしまった。
「あのっ、修業おめでとうございますっ!それで、その…その、ウィンチェスター兵曹の事が大好きです!」
「…ありがとう。嬉しいよ。でも、俺、エル・ファシルに赴任するんだけど…」
「いいんです!私、待ってます!それで…その」
キンスキー兵長はこれまで以上に真っ赤になってしまった。ここから先を女の子に言わせるのは男じゃないよな。
「…いいのかい?俺今すごく酒くさいけど」
「は、はい!構いませんっ!…でもあの、優しくお願いします、ね」
 
 

 
後書き
宇宙暦-1568年3月22日
原作の方々の階級がおかしかったので、修正しました。 

 

第三話 着任、エル・ファシル

宇宙暦788年3月28日 ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍下士官術科学校、
第28講堂 エリカ・キンスキー

 はぁあ…。夢じゃないかしら。
憧れのウィンチェスター兵曹と結ばれたなんて。うん、夢じゃないのよね、うん、うん。
「エリカ!何ボーッとしてんのよ!早く白兵戦技講堂に行かなきゃ!」
「あっ!ごめん」
あたし幸せ…。



788年4月15日13:00 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ、副長室

 「一等兵曹オットー・バルクマン他二名、アウストラ乗組を命ぜられ、ただ今着任しました。よろしくお願いします」
「宜しい。副長のバーン少佐だ。アウストラへようこそ。残りの二人はヤマト・ウィンチェスター兵曹と
マイケル・ダグラス兵曹か。…艦長は艦長会議で警備艦隊司令部に出かけておられるので、艦長挨拶は明日
になる。今日一日は身辺整理ということで自由にしてよろしい。上陸も許可する」
「はい。ありがとうございます」
「宜しい。このあとは内務長のカヴァッリ中尉の指示に従うように」
「はい。そのカヴァッリ中尉はどちらに」
「艦橋にいるはずだ。行ってみるといい」
「はい、ありがとうございます。失礼します」



4月15日13:15 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ ヤマト・ウィンチェスター

 副長挨拶が終わった。俺たちはそれぞれの荷物を割り当てられた部屋にとりあえず置くと、艦橋にカヴァッリ中尉とやらを探しに向かった。
…カヴァッリ中尉なんて原作に出てきたっけ?
親友だから考えたこともなかったけど、オットーだってマイクだって出てこない。まあ、原作に名前の出てくる人物だけでこの世界が成り立つ訳でもないだろう。
想像してみたら、艦艇二千隻、と簡単に言うけど、そこだけでも二十万人近い人間がいるんだよな…。
二十万人。現実世界で俺が住んでた所だって二十万人もの人口は居なかった。
そんな多くの人間が艦隊司令官の意思のもとに動く。空恐ろしいなまったく…。

 「ヤマト、カヴァッリ中尉ってあれじゃないか?他にそれらしい人もいないし」
おい、オットー君。上官を指で指すのは止めなさい。
オットーが指し示した方を見ると、制御卓に行儀悪く足を投げ出して座っている、赤いショートカットの可愛らしい女性士官が書類を見ながらブツブツ言っている。
「すみません、私はウィンチェスター兵曹と申しますが、カヴァッリ中尉でありますか?」
「え?ああ、はい。そうよ?…ああ、新着任の三人ね」
「はい、宜しくお願いします。副長より今後の指示は中尉より受けろと言われまして」
歳は二十三、四ってところだろうか。独り言が多そうだけど大丈夫かな?

 カヴァッリ中尉はまじまじと俺達を見つめている。
「貴方達も大変よねえ、十八で一等兵曹だなんて。まあ、私だって十九で少尉になったから似たようなものね。…艦隊勤務は初めて?」
十代で少尉任官?ああ、士官学校出身者か。
彼女の問いに俺が答えようとするとマイクが身を乗り出して来た。
「はい、艦隊は半年ほど部隊実習で経験したのみであります」
「貴方は?」
「マイケル・ダグラス一等兵曹であります。是非、マイクとお呼びください」
「…マイクね。了解了解。じゃあこっちの君がバルクマン兵曹ね」
「はい、オットー・バルクマンであります。よろしくお願いします」
「なるほどなるほど…黒髪がウィンチェスター兵曹で、金髪がダグラス兵曹、銀髪がバルクマン兵曹ね。
分かりやすくていいわ。…改めまして、私は内務長のパオラ・カヴァッリ中尉です。今後とも宜しく。…この
あとは一七〇〇まで身辺整理とします。時間になったらまた私の所に来るように」
「はい」
「了解です」
「了解しました」


4月15日18:30 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、レストラン「サンタモニカ」

 「ここは私の行きつけなの。ラビオリとボンゴレが美味しいのよ。ワインはまあまあね」
そうなのだ、上陸したと思ったらカヴァッリ中尉も一緒だった。歓迎会を開いてくれるらしい。
マイクはノリノリだった。もしかしたら今夜は中尉と…とかほざいている。
オットーは配置表を覚えないと…とか言ってアウストラに残るつもりだったのが無理矢理連れ出された。

 とりあえずの乾杯が済むと、カヴァッリ中尉が切り出した。
「細々とした事はいずれ覚えるでしょうから、貴方達の配置だけ教えておくわね。ウィンチェスター兵曹は射撃管制主任補佐になります。バルクマン兵曹は航法管制第1オペレータ。
ダグラス兵曹は艦隊陸戦隊本部付となります。我々のアウストラはエル・ファシル警備艦隊、第2分艦
隊の旗艦戦艦だから、結構忙しいわよ」
「はい、質問です」
「なあに?ダグラス兵曹」
「俺の事はマイクとお呼びください…ではない、俺は陸戦隊希望ですから、艦隊陸戦隊に配属なのは分
かるんですが、なぜアウストラに艦隊陸戦隊の本部があるんですか?通常、陸戦隊本部は艦隊旗艦に
配置されません?」
いい質問だなマイク。でも中尉にマイクと呼んでもらえないのは残念だろう…。俺がいきなり主任補佐というのも面食らうが、マイクの言う通り陸戦隊の配置が少々おかしくないか?

 カヴァッリ中尉はコホン、と咳払いすると、周りを少しだけ気にしながら再び話し始めた。
「ダグラス兵曹の言う通り艦隊陸戦隊本部は、通常は艦隊旗艦に置かれるわ。でもここはエル・ファシル。最前線ということで陸戦隊本部要員はローゼンリッターから人員が派出されてるのよ」
ローゼンリッター。同盟軍最強の白兵戦部隊、”薔薇の騎士“連隊だ。
帝国からの亡命者の子弟で構成される、同盟でも帝国でも有名な部隊だ。部隊規模は連隊ながらその戦闘力は陸戦一個師団に匹敵する、と言われている。
「ひぇー。マジですか」
マイクが思わず肩をすくめる。
「でも、それが理由なんですか?」
「そうよ。何でも、艦隊司令官のリンチ少将がローゼンリッターを嫌いみたいなのよ。そんな奴等を艦隊旗艦に置けるか、という事で、アウストラにお鉢が回ってきたの」
「そんな滅茶苦茶な理由って…」
「お陰で第二分艦隊の編成までおかしくなってるわ。まったくもってローゼンリッターが悪い訳ではないけれど、散々ね」 

 

第四話 遭遇戦

宇宙暦788年4月15日19:00 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、
レストラン「サンタモニカ」 オットー・バルクマン

 やっとカヴァッリ中尉おすすめのラビオリが来た。
ワインは七百八十六年産だけど中々だ。
俺は黙って話を聞いている。
何故なら、たとえ上官であっても女が絡むとマイクの悪乗りが始まるからだ。
話に参加しても途中でマイクに遮られてしまう。ヤマトも面白がって奴を止めようとしない。『いいじゃない、若いんだから』なんて言いやがる。お前は中年か?
今までの三年間もそうだった。女が絡むとロクな事がない。お陰で俺には女っ気ひとつありゃしない。
まだ十八歳でこんな状況じゃ、我ながら先が思いやられる…。

 「ちょっと、バルクマン兵曹、聞いてるの?」
「え?ああ、聞いてますよ。分艦隊の編成までおかしくなってる、って話でしょう?」
「あら。ちゃんと聞いてるじゃない」
「でも、こういう話はウィンチェスター兵曹の方が得意ですよ」




4月15日19:15 レストラン「サンタモニカ」 ヤマト・ウィンチェスター

 カヴァッリ中尉は酒はあまり強くないようだ。
ラビオリはまだ来たばかりだというのに、グラスはもう三回ほど空になっている。あ…四回目だ。で、すでに顔は真っ赤になっている。
しかし…オットーの奴、なんという話の振り方をしやがるんだ。俺ラビオリに集中したいのに…。
「編成が、どうおかしくなっているんです?」
「リンチ少将の本隊が八百隻。第1分艦隊が四百隻。第3分艦隊が四百隻。我々の第2分艦隊が四百隻」
合わせて二千隻。
「どこもおかしくないのでは?」
「数はね。でも、ウチの分艦隊は半数が強襲揚陸艦なのよ。おかしいでしょう?」
なるほど。本部どころか艦隊陸戦隊全てが第2分艦隊に集められているのか。
「貴方達に愚痴ってもしょうがないんだけどね。強襲揚陸艦二百隻だから、陸戦隊が大体一万名。艦隊戦だと出番ないじゃない、彼等。何で艦隊に着いていかなきゃいけないんだ!とかあたしに言うのよ?あたしはね、ただの旗艦の内務長なのよ、分艦隊司令部に言わないでなんで只の旗艦乗組員のあたしに言うのよ!」
確かに…。確かにそうだが、この人絡み酒なのか?

 「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない!まだあるのよ!」
「まだある、って…何があるんです?」
「残りの二百隻がいるじゃない。艦隊戦になったら分艦隊の戦力は半分しかないのよ?分艦隊としては無傷なのに戦力は半分。哨戒に回されるのよ。ウチの分艦隊は哨戒しかしない、武勲の立てようがない、どうなってるんだ!って。あたしのせいじゃないのに!」
「…まあ、そうですね…」

 イゼルローン方面で有人惑星があるのはこの星系だけだ。警備艦隊が配備されているのもイゼルローン方面ではここだけだから、当然アスターテやティアマト、アルレスハイムやパランティアなどの星系まで哨区が広がる。警備艦隊といっても二千隻、有事のためにはまとまった戦力を運用しなくちゃならないから、艦隊戦力の半減している第2分艦隊を哨戒専任に当てているのだろう。哨戒には基地の作れそうな無人惑星や衛星の臨検も含まれるから、陸戦隊が必要なのも頷ける。哨戒はとても大事だ。
合理的と言えば合理的、リンチ少将、中々やるじゃないか。原作では有能な軍人、という書き方をされていたからな。にしても彼の率いる本隊と第1、第3分艦隊合わせても千六百隻。最前線の警備がこの戦力じゃ、リンチ少将も頭が痛いだろう。

 「にしても、なんで中尉の所に文句が舞い込むんです?」
「…え?だってそれは……あんたたち聞いてないの?」
「我々は着任初日ですよ」
「あ…そうだったわね。そりゃ知らないか」
そこまで言うとカヴァッリ中尉はグラスの中身を一気に飲み干した。…六杯目…。
「…あたしの一番上の姉さんがリンチ少将の奥さんなのよ」
「…え?」
「少将から見たら義理の妹ね。だから艦隊司令部の文句はみんなあたしの所にくるの。皆、面と向かって少将の文句言えないから。…仕方ないとは思うわよ?でも、身内だからってあたしに言う事なくない?」



4月15日20:30 レストラン「サンタモニカ」 マイケル・ダグラス

 ヤマトがずっとカヴァッリ中尉の愚痴を聞かされている。
“ちょっと出来る男風”に質問なんかしたのがいけなかった。
根拠地隊に行きたい、なんてオットーには言ったが、こいつらと一緒なら配置先なんてどこでもよかったんだ。
配置先の状況なんて、行けばどうにかなるもんだ。
しかしこれは…初日から拷問だな。いや、ヤマトの方が中尉に尋問しているのか?
オットーは個人携帯端末(スマートフォン)を片手に酒を飲んでいる。俺の話にも生返事な有り様だ。
ぐぬぬ…このままではエル・ファシル初日からミソが付いてしまう。
カヴァッリ中尉は可愛い。だけど飲む度にこの状況では色々と萎えると言うものだ。…標的を変えよう。
…あの子にしよう。ウエイトレスに声をかけるのはROE(交戦規定)違反というものだが、他に女性客が居ないこの状況では仕方がない。

 「ねえ、お嬢さん」
「はい?何でしょうか。追加のご注文ですか?」
「いや…追加には追加なんだけど」
「?」
「以前から思っていたんだけど、俺が注文したいのはキミなんだ」
「…えっ?」
フッ。決まった。やっと意味がのみこめたのか、真っ赤な顔をしている。反応も可愛い、遭遇戦としては上々だ。
「困ります、お客さん」
「まあまあ。…この状況を見てよ。上官の愚痴に付き合わされる部下、生返事で黙々と呑みに走る奴…俺はどうしたらいいんだい?キミにちょっと話相手になって欲しかっただけさ。それくらいならいいだろう?」

 ウエイトレスは周りを見渡した。釣られて俺も周りを見渡したらカウンターの中のマスターと目が合ってしまった。特に咎める様な顔はしていない。同じ様にウエイトレスもマスターを見る。
…彼女は諦めた様な顔をして、空いているテーブルから椅子を引寄せ俺の隣に座った。
…じっくり腰を据えて撃ち合うつもりか。面白い。

 「…少しだけですよ。周りのお客さんの目もありますから」
「ありがとう!キミが天使に見えるよ!…ヘイゼルの瞳がとても素敵だね。俺はマイケル。マイクって呼んでくれ。キミの名前を聞いてもいいかな?」
「フ…フレデリカです」
「名前も素敵だね!学生かい?おいくつ?」
「じ、14になったばかりです。…名前を誉めてくれてありがとう」
「14だって?とてもそうは見えないな。大人びて見えるよ…ああ、これは勿論いい意味でだけど」

 少し焦った(フリ)様子の俺を見て、彼女はニコッと笑ってくれた。可愛い!…俺は決して少女趣味ではない、大人びて見えるフレデリカ嬢がいけないんだ。
「あら。お上手ですね。いつもそうやって女の子に声をかけているんでしょうね。見たところ…軍人さん?艦隊の方ですか?」
「そんなことはないよ。キミが素敵だからつい声をかけてしまったんだ…そうだよ、今日着任したばかりなんだけどね」
「アハハっ!ウエイトレスは私と向こうにいるマーベルさんしか居ないのに?失礼だけど、マーベルさんは結構お年を召してらっしゃるし、その状況で『キミが素敵だから』って言われても…それに今日着任したのに『以前から思っていた』っておかしくありません?」
くっ…中々、用兵の妙を見せてくれるじゃないか…。

 「そこまでにしとけよ、マイク」
「いきなりだな、オットー」
「せっかくのいいお店なのに、お前のせいで出入り禁止になったらどうする」
「う…今回は敗けを認めるとしよう。でもフレデリカさん、連絡先だけでも教えてくれないか。素敵だと思っているのは本当なんだ」
「どうしようかなあ。常連さんになったら教えてあげてもいいですよ」
「分かった。ちょくちょく通わせてもらうよ」
…あれ?みんなこっちを見るんじゃない!戦術的撤退という言葉を知らんのか!



4月15日21:00 レストラン「サンタモニカ」 ヤマト・ウィンチェスター

 「貴方の同期、下手ねえ」
「…あのウエイトレスの戦術能力が高いのでしょう。中々、中央突破という風には行きませんよ」
マイクは大きくため息をついてグラスをあおった。オットーは肩で笑っている。
それにしてもフレデリカって、あのフレデリカ・グリーンヒルか?
もしそうなら世間は狭いというか何と言うか…。

 「貴方はどうなの?ヤマト・ウィンチェスター兵曹?」
俺が修業式の夜の出来事を誇らしく説明しようとした時、皆の個人携帯端末(スマートフォン)が一斉に鳴り出した。
メールフォルダを開くと、一通のメールが届いている。

『緊急呼集。パランティア星系外縁部にて、第224哨戒隊が帝国軍哨戒部隊と思われる艦艇と接触。総員帰艦せよ』

 皆の個人携帯端末(スマートフォン)にも同じメールが届いていた。
「中尉、これは」
「メールの通りよ。急ぎましょう」
 

 

第五話 パランティア星域の遭遇戦(前)

宇宙暦788年4月16日03:00 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ ヤマト・ウィンチェスター

 『全艦発進準備、艦内警戒閉鎖』
艦内放送が流れる。やっと出港だ。いやいや、慌ただしい事この上ない。
部隊実習の時だって緊急呼集は無かった。カヴァッリ中尉が一緒じゃなかったら一体どうなったことか。
再び艦内放送が流れ出した。

 『こちらは分艦隊司令部だ。我々はパランティア星系に向かい、本隊及び第1、第3分艦隊の到着まで敵を牽制する。総員奮励努力せよ。以上だ』

 艦内放送が終わった。アウストラは分艦隊旗艦だから、分艦隊司令部―分艦隊司令とその参謀たち―が乗り込んでいる。
「妙だなあ」
射撃管制主任のガットマン中尉が呟いた。俺はこの人の補佐だ。
「何がです?」
「いやあ、ウチの艦隊が先に出張るなんて珍しいと思ってね…ウィンチェスター兵曹だったな、俺はガットマンだ。よろしく」
「失礼しました。一等兵曹ヤマト・ウィンチェスターです、よろしくお願いします。…先行する事がそんなに妙な事なんですか?」
「そう。今までだって哨戒行動しかしてないんだ。今回帝国軍を見つけた哨戒グループだって、ウチの所属だ。それにダゴンやティアマトにも哨戒グループが行ってるから、満足に全員集合!…って訳にもいかないのさ。強襲揚陸艦や補給艦はアスターテで待機させるはずだから、多分…パランティアに向かうのは百五十隻もいないんじゃないか」
「百五十隻…少ないですね」
「だろう?司令部は牽制なんて言ってるが、もし大部隊がいてみろ、近づく事すら出来やしない。遠巻きに見てるくらいの事しか出来んさ」
「そうですねえ。敵が大部隊じゃないことを祈るしかないですね」
「そうだな…お前、なんだか落ち着いてるな。…本当に十八歳か?」
「え?十八ですよ?ID見せましょうか?」
落ち着いてるなと言われても…。中身は三十プラス十八歳なんだから落ち着いてて当たり前だ。中尉、あんたより多分年上だぞ、俺。戦闘直前にもなれば少しは緊張するんだろうが…。

 出港してしまうと何もする事がない。
射撃管制員にはガットマン中尉と俺を含めて七人が配置されている。ガットマン中尉は主任だから、文字通りリーダー。残り六人で二人ずつ三つのペアを組む。出港中はそのペアで三交代制で管制卓につく事になる。俺のペアはオデット・ファーブル兵長。同盟軍て本当に女が多いな。出港中に乗組員が増えたらどうするんだ?
それはさておき、パランティアに到着するまで暇だから俺の仕事の説明でもしよう……誰に??
射撃管制の仕事を説明するのはとても喉が乾くからファーブル兵長、ちょっとコーヒーを淹れてくれ。
砂糖はいらない、ミルク多めだよ。
コホン、射撃管制は、センサーが捉えた目標の中から、自艦の武装の有効射程内に入っている目標までの距離を射撃用センサーで精密に測距して、それを射撃担当…射撃員に伝える事だ。そして射撃員が我々が伝えたパラメータを元に目標を直接照準して射撃準備が完成する。
アニメでは艦隊戦闘が始まる時『敵、有効射程に入りました!』『撃て!』なんてシーンがある。あのセリフの前には我々射管員の仕事が隠されている、という訳だ。
あらかじめ指定されない限り、自艦が味方集団の先頭にいると考えて有効射程内ギリギリにいる目標から先に測距していく。なぜなら味方集団…艦隊陣形には奥行きがあるから。陣形の先頭の艦と後方に位置する艦では有効射程が違うので、狙う目標も変わってくるのだ。常に敵艦隊の奥を狙うようにしておけば、各艦の射撃時に照準が被る事が少なくなるだろう、という考え方だ。

 「そうなんですね!そういう事兵科学校では習わなかったです。管制卓の使い方しか習いませんでした」
ファーブル兵長が感心感心、と腕組している。…感心している場合じゃないよ??君の仕事でもあるんだからね??
「僕が主砲を担当するから、君はミサイル手にデータを送るんだ、分かったね」
「はい!…ところで、ウィンチェスター兵曹って、まだ十八歳なんですよね?」
「そうだけど…やっぱり年下に指示されるって嫌なものかい?」
「いえ!…やっぱり少し気になります。でも仕事出来そうな感じじゃないですか、ウィンチェスター兵曹は。だから平気ですよ」
ぐ…はっきり言ってくれるなあ。でもはっきり言ってくれた方が変なしこりを残さなくていいか。
…オットーとマイクは上手くやってるかな。




4月20日13:00 パランティア星系外縁部、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ パオラ・カヴァッリ

 「司令、我が隊はパランティア星系に到着しました。帝国軍はちょうど星系公転面の我々の反対側に位置するものと思われます」
「おう。近いな」
分艦隊司令のダウニー准将と主任参謀のドッジ大佐だ。
「艦長、横陣にするので艦を中央に頼む」
「了解しました」
艦長のパークス大佐の了解が聞こえると同時に副長のバーン少佐、航海長ピアソン大尉、航法管制主任デクスター中尉が動き出した。アウストラは旗艦だから、分艦隊に関わる仕事もこなさねばならない。
副長から艦長に報告が上がる。艦長はそれを司令に報告する。
「司令、各艦の位置計算および各艦への座標の伝達、終了しました。以後、横陣形における位置計算および座標伝達は自動となります」
「ありがとう、艦長」
球形陣から横陣への変換に約十五分。私はこの艦隊しか知らないけど、これってまあまあの時間なのかしら。
司令が主任参謀にささやく。主任参謀が了解しました、と答え、そして声を張る。…参謀はオペラ歌手の才能が必要ね。
「艦隊は現位置で待機!スパルタニアン(単 座 戦 闘 艇)を十機、偵察に出せ」
司令が主任参謀に次々と命令を伝えている。それを主任参謀が大声で示達する。命令を伝え終わると、司令は司令室に戻っていった。
「艦長」
「何でしょうか、主任参謀」
「以後を任されました。…各員交代で一時間の休息を許可します。状況に変わりなければ、これを継続します。司令部も適宜交代で休息します」
「了解しました。各艦に伝えます」

 ふう。一段落ね。
「内務長、当艦の状況はどうか」
「はっ、各科、内務班ともにオール・グリーン、異常なしです。身体的、精神的ともに異常を訴えている者もありません」
私の配置は内務長。各科…砲雷科、航法科、機関科、補給科、飛行科の状態把握と艦内に被害が出た時のダメ・コンの統制、被害復旧…が私の仕事。私の下には内務班として運用員、武器整備員がいる。
砲術科は砲術長セーガン大尉の下に射撃管制員、射撃員。
航法科は航海長ピアソン大尉の下に航法担当員、通信員、電子整備員。
機関科は機関長チャーチ大尉の下に機関員。
補給科は補給長コブ大尉の下に補給員、給養員、衛生員。
飛行科は飛行長コックス大尉の下に単座戦闘艇搭乗員、飛行整備員。
「宜しい。内務長、先に休みたまえ」
「ありがとうございます副長。でも副長がお先にどうぞ」
「…そうか、ではお言葉に甘えるとするか」
ふう。一段落ね。



4月20日14:30 パランティア星系外縁部、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ オットー・バルクマン

 やっと昼メシだ。現位置待機で助かった。
まったく、誰なんだ、航法オペレータなんて仕事考えたのは。どう考えても俸給以上の仕事だぞ!
それに何で今日の昼メシは炒飯と青椒肉絲なんだ!食べ終わったら仕事したくなくなるじゃないか!
くそう、何でこんなに旨いんだ!

 「…オットー、一人で何をブツブツ言ってるんだ?危険だぞ」
「え?なんか俺言ってたか?」
「言ってないけど…人のまばらな食堂の真ん中に一人で座ってたら、独り言言ってる様に見えなくもない」
テーブルの前に立っていたのはヤマトと、眠そうなマイクだ。
「お前たちも今から昼メシか?」
「俺はそうだけど、こいつはサボりだ」
そう言うと、ヤマトはトレーを取りに行った。
「いいなあマイク。サボれて。まあ艦隊陸戦隊本部付つっても、この艦に派遣されてる保安要員だもんな。暇でしょうがないだろ?」
「エル・ファシルを出て…アスターテに入ったくらいまでは良かったさ。…この二日間、何してたと思う?…おーい、当番、コーヒー淹れてくれ」
食堂当番兵にコーヒー淹れさせてやがる…まだ乗って五日だぞ、馴染みすぎじゃないのか?
「…何をしてたんだ?」
「暇だなって言われて…装甲服着て格闘だよ」
「二日間まるまる?」
「そう、二日間まるまる。疲れきってからじゃないと本当の力は出ないんだと。やっぱ薔薇の騎士は伊達じゃねえな。やっと抜け出して来たって訳さ」 

 

第六話 パランティア星域の遭遇戦(中)

宇宙暦788年4月21日01:00 パランティア星系外縁部、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ 分艦隊司令部

 「司令。偵察の結果、敵の規模は二百四十隻。戦艦六十隻、巡航艦百隻、駆逐艦五十隻、ミサイル艇三十隻。現在、我々と正反対に位置するパランティアⅥ近傍に横陣形を展開中、との事です」
「…アルレスハイムの情報は入っているか?」
「アルレスハイムですか?…いえ、何も入っておりませんが」
「ふむ。我が方の本隊の位置は?」
「アスターテにて待機中ですが…」
「主任参謀、リンチ司令官に連絡。…来援を乞う、アルレスハイムの状況を確認されたし、と伝えろ。そして、全艦戦闘用意、だ」
「了解しました。…全艦戦闘用意!」



4月21日03:05 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ ヤマト・ウィンチェスター

 『戦闘用意、総員配置につけ』
急に忙しくなってきた。タンクベッドに入ってなくて良かったよ…。
艦橋に入る。艦橋内は三つの区画に分けられている。俺たちがいるのは第三艦橋。砲術科のうち、射撃管制員が配置されている。一段高くなった所が第二艦橋。航法科員と副長がそこにいる。更に高くなった所が第一艦橋。艦長、砲術長、内務長がいる。アウストラは旗艦だから第一艦橋が広く作られていて、分艦隊司令部もそこに詰める。
総員配置時は、射撃管制卓に着くのは三人だ。射撃管制主任補佐は俺の他に二人いて、俺とその二人が管制卓に着く。バーンズ兵曹長と、エアーズ一等兵曹だ。
「早かったな、坊や」
「そうそう、タンクベッドで夢見てると思ったのに」
二人とも大ベテランだ。その間に俺。新人としては冷や汗しか出ねえ…。
残りのファーブル兵長、イノー兵長、ザハロフ二等兵曹は俺たちの後ろで待機、伝令だ。
「戦闘用意がかかったからといって、すぐ戦闘が始まるわけじゃない、落ち着いてやれよ、坊や」
「そうそう。ファーブル、コーヒー淹れてきなさい。新人君の分もね」
「は、はい!」
皆が俺を気遣ってくれている。俺の年が若いせいもあるだろうが…いい船だな、アウストラは。



4月21日04:00 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ 分艦隊司令部

 「司令、警備艦隊司令官よりFTL(超光速通信)が入っております」
「おう。自室で受ける。後を頼む。敵情監視を怠るな」
「了解しました」

”ダウニー准将、苦労をかけているな“

「いえ。それほどでもありません。ところで閣下、アルレスハイムの状況は掴めておりますでしょうか?
定時哨戒のグループは我々の所属ですが、敵発見の報告以降、哨戒グループの消息が不明です。同時にダゴン、ティアマトの定時哨戒グループも消息不明となっております…。現在我々は総数二百四十隻と思われる帝国艦隊と恒星パランティアを挟んで対峙しており、敵艦隊はパランティアⅥの軌道上に展開しております。第1または第3分艦隊の来援があれば敵を撃滅することも容易いのですが」

”…第1、第3分艦隊はダゴン星系に向かっている。本隊はこのままアスターテで待機する。無理をするなよダウニー准将。敵わぬと思ったら引くことだ“

「…閣下!」

“…貴官は今パランティアで敵と対峙している。私はその敵が、敵本隊から先行している索敵部隊ではないかと考えている。となると、ダゴン方面にも同様の敵部隊が展開しているかもしれない。故に第1、第3分艦隊をダゴンに送ったのだ。両分艦隊には敵を発見したなら牽制しつつアスターテに引け、と伝えてある。また、敵が我々の裏をかいてヴァンフリートを抜ける可能性も捨てきれない。故に本隊はアスターテで待機する。既にハイネセンからこちらへ第3艦隊が向かっている。約二十日後の到着予定だ…決して貴官らを見捨てる訳ではないぞ。健闘を祈る、以上だ”

「…あらゆる可能性について対処する、ということですか。微力を尽くします」


 「司令、リンチ少…いえ、警備艦隊司令官将は何と?」
「増援は送れない、との事だ。司令官は未発見の敵がいる、と考えておられる。ダゴンに既に第1、第3分艦隊を向かわせたそうだ。その敵がヴァンフリートを抜ける可能性も捨てきれないから、本隊はアスターテを動かん、とさ」
「なるほど…ですが、そう司令官がお考えなのであれば、最初から艦隊全力でアスターテで待機すればよかったのではないかと小官などは思いますが」
「主任参謀、敵を発見してしまったからこそ、他に敵がいないか探らねばならんのだ。考えてみたまえ、最初から我々がアスターテで待っていたら、敵は何の妨害もなくすんなりアスターテまで来てしまうじゃないか。ハイネセンから第3艦隊がこちらへ向かっている。第3艦隊到着まで時間を稼がねばならないんだよ。全くもって迷惑な話だ」
「しかし…パランティアには我々だけですが」
「警備艦隊司令官はアスターテまで引いてもよい、と仰っておられたな。君ならどうするかね?」
「小官が司令のお立場であれば…撤退したします」
「だろうね」



4月21日04:30 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 「…なんで保安要員が艦橋をうろうろしてるんだ?」
ガットマン中尉が苛ついた声を出した。…げっ、マイクじゃないか…!まっすぐ俺に向かってくるんじゃない!周りの視線が痛いだろ!
「よお、無事か?」
「…どうした、マイク…戦闘配備中だろうが」
「俺たちは戦闘配備中も巡察があるのさ。普段は巡察なんて艦橋には来る事無いから、こうやって白い目で見られるって訳さ…ところで、小耳に挟んだんだが…」
「なんだ、勿体つけるなよ」
「…増援は来ないらしいぞ。参謀連中が話しているのを聞いたんだ」
「本当かよ」
「ああ、それだけだ…皆さん、失礼しました~」
マイクはキョロキョロしながら去っていった。戦闘配備中の艦橋の様子が珍しいようだ。マイクが去って行くと、ガットマン中尉が駆け寄って来た。

 「彼は知り合いか?」
「はい、同期です。ちょっと遠慮の無い奴でして…申し訳ありません」
「それはいいんだが、何かあったのか?」
「ええ、ちょっと。巡察中に聞こえて来た話らしいのですが…増援が来ない様なのです」
「確かなのか?」
「参謀の方達がそう話していた、と言っていました」
俺の話を聞いたガットマン中尉は、第1艦橋に走り出した。
「坊や、主任に何を言ったんだ?」
バーンズ曹長がコーヒーを片手にニヤついている。俺がそれに答えようとしたら艦内放送が流れ出した。

『参謀および旗艦艦長集合、場所は士官室』



4月21日04:35 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊旗艦アウストラ、士官室 
セバスチャン・ドッジ

 士官室にはダウニー司令、私ほか司令部の参謀たち、旗艦艦長が集合した。
「集まって貰ったのは他でもない。我が艦隊の今後の方針を話し合う為だ。現状維持か、戦うか、退くか。忌憚のない意見具申を期待する」
ダウニー司令がそう言うと、まず口火を切ったのは、ウインズ少佐だった。
「撤退して本隊に合流すべきです。敵は二百四十、我が方は百五十。明白ではありませんか」
「戦ってもいないのにか」
艦長のパークス大佐が呆れた声を出した。パークス大佐は司令部要員ではないが、旗艦艦長であるためこの会議に参加している。
「そうです。本隊と合流してアスターテで待ち受けるのです」
「君の意見を実行した場合、敵が本隊と合流する機会を与える事になる。我々は撤退しているから、合流後の敵の規模が分からないままアスターテで待ち受ける事になる。事は明白ではなくなってしまう。まずくはないかね?」
「それは…」
パークス大佐の指摘に、ウインズ少佐は黙りこんでしまった。 
「艦長。君ならどうする??」
「司令の命令を実行するのみであります」
「主任参謀、君はどう思う?」
「撤退を進言する事には変わりありませんが、元々の任務は牽制でありますから、撤退する、という事を感知されないようにせねばならないと思います。敵がこの星系での合流を企図していたとして、合流後の敵戦力の規模を見極めた後の撤退でも問題はないように思います」
「そうだな。では、どう牽制するか、だが…」



788年4月21日04:40 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊旗艦アウストラ、第3艦橋 
ヤマト・ウィンチェスター

 どれだけ原作を知っていてもなあ…。
作中『イゼルローン回廊付近では常に遭遇戦が行われており』なんて数行で終わってしまうような戦いなぞ分かるわけがない。俺だってアニメで言ったら『同盟軍下士官A』なんだ。
出番すらあるかどうかのモブ中のモブなんだ。しかも味方は百五十、敵は二百四十、負けフラグ、死亡フラグ立ちまくりだ。つまり自分の才覚でどうにかしなきゃいけないわけだが、いち乗組員という立場じゃなあ…。死んでもまた都合よく転生してくれるかなあ。

『こちらは副長だ。各科とも現配備のまま適宜休息を取るように。以上』

 ファーブルちゃん、コーヒー頼む…。
「おい、ウィンチェスター。君の同期の言っていた事はどうやら本当のようだ」
ガットマン中尉が戻ってきた。目には諦めの色がある。
「おい坊や、手前が余計な事言うから本当に援軍が来なくなっちまったじゃねえか」
「そうそう。コトダマという存在を新人君は知らないようですよ、兵曹長」
…ねえねえエアーズさん、言霊とかそんなオカルティックな事を信じているの?地球教なの?
「俺が司令だったらなあ…」
ガットマン中尉が遠い目をした。

 「はは、主任がもし司令だったならどうしやす?」
バーンズ曹長が笑いながら尋ねている。
「うーん。退くね、絶対。勝てない戦はしない主義なんだ」
「…だから中尉のまま、って訳ですかい。納得納得」
オイ、と中尉がバーンズ曹長の脇腹を小突く。…いいなあ、ベテラン下士官と士官の和気藹々の会話。これぞ軍隊、だな。
でも待てよ?勝てないんだろうか?
「主任、うちの艦隊って、どういう構成なんです?」
「お?お前も分艦隊司令やってみるか?…戦艦六十、巡航艦五十、駆逐艦三十、空母が十であります、ウィンチェスター司令」
「止めてくださいよ…でも、戦艦が多くないですか?」
「うちは哨戒専門の独立愚連隊みたいなもんだからな。全体の定数は変わってないが、哨戒グループで小分けに出撃することが多いから、少しでも打たれ強い方がいいだろうって戦艦の比率を上げてくれたのさ。俺なら巡航艦を増やすがね」
独立愚連隊とかウン十年ぶりに聞いたな…。そんな事どうでもいい、戦艦戦力は敵より上…。打たれ強く…。

 「ここはお話が弾んでいるようね。周りはお通夜だというのに。オジさまも何考えてるのかしら、増援無しだなんて」
カヴァッリ中尉だ。笑い声につられたのか、第1艦橋から様子を見に来たらしい。
オジさま…。カヴァッリ中尉…。そうだ!閃いた! 

 

第七話 パランティア星域の遭遇戦(後)

宇宙暦788年4月21日04:40 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ、第3艦橋 ヤマト・ウィンチェスター

 そんな事どうでもいい、戦艦戦力は敵より上…。打たれ強く…。

 「ここはお話が弾んでいるようね。周りはお通夜だというのに。オジさまも何考えてるのかしら、増援無しだなんて」
カヴァッリ中尉だ。笑い声につられたのか、第1艦橋から様子を見に来たらしい。
オジさま…。カヴァッリ中尉…。そうだ!閃いた!
「よう、パオラじゃないか。第1艦橋は気が詰まるだろ?今休憩がてら分艦隊司令ごっこをやってるんだ」
「…分艦隊司令ごっこ!?…楽しそうですね。それよりガットマン中尉、ファーストネームで私を呼ぶの止めてください」
「いいじゃないか。全く知らない仲じゃないんだから」
「そういう言い方は止めてください!勘違いされたら困ります!…で今は誰が分艦隊司令役なんです?」
「ウィンチェスターさ。俺はバーンズ曹長にダメ出しされたから更迭だ」
ガットマン中尉が天を仰いで首を切る仕草をした。確か28歳。いい兄貴分って所か。
「参謀のカヴァッリ中尉です、新司令を心から歓迎します。宜しくお願いいたします、ウィンチェスター司令。前司令は残念でした…」
泣く真似までして…カヴァッリ中尉、あなたも結構ノッて来る人なんですね…。

 「司令は止めてください…でも閃いた事があるんです。…帝国艦隊が攻めて来ないのは何故です?あちらの方が優勢なのに」
「言われて見るとそうだけど…向こうはただの索敵部隊でしょう?私たちと同じ様に、こちらを牽制しつつ援軍を待っているのでは?」
「もうお互い姿をさらして半日以上経つのにですか?もし索敵部隊なら我々を撃破して尚の事前に進まなきゃいけない。敵発見を報告、戦闘に突入、です。優勢なのですから。優勢だけどこちらの撃破に自信が無ければ、攻撃を開始しつつ援軍を呼ぶでしょうね。だけど現状はそうなっていない。呼べる援軍がいない、というか、敵本隊というものがいないからです」
「…想像でしかないわ」
「確かに想像です。でも翻って我が軍を見てください。私の言っていることが確信に近い想像だと分かると思います」
「どういう事?」
「何故我々は撤退しないのですか?援軍もないのに」
「それは敵を牽制…そうか!そういう事ね!ちょっと来なさい!」
痛ててて、引っ張らなくても着いていくから待ってくれ…



4月21日04:50 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ オデット・ファーブル

 ウィンチェスター兵曹が拉致されてしまった。第3艦橋だけではなく、第2艦橋の人たちも何事かと走っていく二人を見ている。
「さっきの坊やの話、あれはどういう事ですかい?」
バーンズ兵曹長がガットマン中尉にコーヒーを渡しながら尋ねている。…あ!私が淹れなきゃいけないんだった…。
「リンチの野郎が騙されたのさ。ウチが敵を発見した、リンチに報告がいく。そして奴はこう考えた。発見された敵は二百四十隻だ、でもこんな筈はない、二百隻程度の艦隊で帝国が攻め寄せる筈がない。他にも部隊がいる筈だ…」
「あ…」
「本隊から増援がないのはリンチの野郎がそう思い込んじまったからだ。俺たちは目の前で精一杯だが、警備艦隊司令官ともなると色々考える事が増えるからな、そう思い込まざるを得ない訳だ。その結果、ダゴン、ティアマトも探さなきゃいかん、ヴァンフリートもあるからアスターテから動けない…こうなる事を予想してやったなら、あの帝国野郎は大したもんだぜ」
「なるほど…。坊やはそれを見破ったと」
それが本当なら、すごい!やっぱりウィンチェスター兵曹はエリート下士官なんだわ!ペアでよかった!
仲良くしなくっちゃ!

 主任が頭を掻いている。風呂入ってないのかしら。
「リンチの野郎が勝手に思い込んだ結果、だと俺は思うがね。物事を悲観的に考えるとロクな事にならない、っていういい見本だな。まあ一番の原因は最前線が二千隻程度の艦隊でどうにかなると考えている奴がいることだろうな。弁護するのは癪だが、リンチの野郎はその犠牲者って訳だ」
「統合作戦本部長が悪いんですかい?」
「国防委員会さ」
「…主任も一応士官どのなんですねえ。あの会話だけでよくおわかりで」
「一応は余計だ」
「ところでなんですがね、リンチの野郎、リンチの野郎って…主任は司令官がお嫌いなんで?」
「嫌いだよ」
「何でです?」
「あいつ、士官学校の時の学年主任教官なんだよ。俺が士官学校3年の時だったな。当時1年生のパオラ…カヴァッリ候補生を口説いた事があるんだ。まさかリンチの義理の妹なんて知らないからな。無知って恐怖だと実感したな。それがバレてから、俺の成績が目に見えて悪くなったんだよ。それまで学年3位だったのに」
「なるほど…報復人事みたいなもんで。それにしても優秀だったんですねぇ」
「だから。一応とか、だったとか、やめてくれ。今でも優秀だぞ」
…みんな色々あるのね。早く彼氏探して寿退社しないと…。ウィンチェスター兵曹にアタックしようかな…。



4月21日04:50 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、士官室
セバスチャン・ドッジ

 「内務長です、入ります」
そう言って旗艦内務長のカヴァッリ中尉が入って来た。彼女はリンチ少将の義妹だ。
二、三言しか話した事はないが、言葉の端々に聡明さが感じられた。優秀な人物の様だ。
その彼女が一人の下士官を伴っている。外見と階級からすると…下士官術科学校出身者か。
「さあ、ウィンチェスター兵曹、貴方の推論を話しなさい」
「は、はあ」
いきなり入って来て突然何を言い出すんだ。ダウニー司令もパークス艦長も呆気に取られている。ウィンチェスター兵曹か?彼も困っているぞ。
「内務長、今は司令部の会議中なのは分かっているね?ダウニー司令も君の上官も驚いているぞ。いきなり来られても困るのだが」
「はい、それは分かっています。ですが、オジさ…いえ、リンチ司令官は過誤をなさっておいでです。このウィンチェスター兵曹は過誤の原因を見抜きました。それでここへ連れてきたのですが…」
「パオラ・カヴァッリ中尉。貴官は縁故を頼って自分の意見を通そうとするのかな?順序があるだろう。そんな事をされてもリンチ少将は喜ばないだろうと私は思うが」
「ですが…いえ、主任参謀の仰る通りです。失礼しました」



4月21日04:55 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、士官室 
ギル・ダウニー

 「待ちたまえ内務長。主任参謀、聞いてみようじゃないか。宜しいか?艦長」
「司令がそう仰るのであれば異存はありません」
「私も異存はありません。が、内務長、今回だけだ。次からは副長同席のもと、艦長の私を通すように」
「…はい!ありがとうございます!…ではウィンチェスター兵曹、改めて貴方の推論を話しなさい」

 「なるほど、そういう事か。…それならば敵に動きが無いのも、敵に増援が無いのも説明がつくな」
「はい、最初から敵本隊などいないのです。警備艦隊司令部を責める訳ではありませんが、敵の少なさに騙されてしまったのだと思います。兵力に比して警備区画は広大です。他にも敵がいるかもしれない、と考えるのは至極当たり前の話だと思います」
「では、あの敵は何をしているのだと兵曹は考えるね?」
「航路調査か星系調査の類いではないでしょうか。優勢なのに攻撃してこないという事は、戦闘以外の任務で侵入しているのだと思います。そこをアルレスハイムで哨戒グループに見つかった、そしてパランティアで我々に出くわした、という事ではないでしょうか」
「調査か。だが我々に見つかった後も敵は撤退しないな。何故だと思うね」
「我々より優勢だからです。劣勢な状況の我々が攻撃を仕掛ける事はないと思っているのでしょう。攻撃されてもいつでも撃破できる、もし反乱軍に増援が到着したとしても充分に逃げられるだろうと。ならば調査任務を続行しても問題はありません」
「よく考えたな、納得した。艦長、いい部下を持っていますな」
「ありがとうございます、と言いたいところですが、私も顔を見るのは初めてなのです。彼の着任した晩に出撃でしたからな。艦長挨拶は次の日に予定していたのですよ」
「そうでしたか。…話を戻そう。敵の意図は判別した。この後どうするかだが、敵の増援がないのであれば、撃破に向けて努力しようと思うが。ウィンチェスター兵曹、君も司令部に来たまえ」



4月21日05:00 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ 
ヤマト・ウィンチェスター

 「司令部に、ですか?私は下士官です。参謀任務の経験もありませんし、もとの任務もありますし、遠慮させて頂きたいのですが…」
司令本人が言い出したんだから司令部行きは確定だろうけど、一応遠慮しないとな…下士官風情に司令の補佐をやられたら、参謀の顔が立たんだろう。現にドッジ大佐とウインズ少佐だったか?に睨まれている。
誇らしげなのは艦長とカヴァッリ中尉だけだ。
「謙遜するなよ、敵の意図を見破るくらいだから、敵艦隊の撃破なぞ容易いだろう?ウィンチェスター兵曹?」
ウインズ君、俺は君たちの顔を立てようとしてるんだぞ?それをなぜ挑発するのかね?お前達がちゃんと仕事してればこうはなってないだろ?それに艦隊戦なら原作知識をいくらでも出せるんだぞ?お前らホントに立つ瀬無くなるぞ?
「な、何が可笑しい!!」
…え?しまった、心の声が顔に出ていたようだ。ウインズ君がメッチャ怒ってる…俺は微笑んでいたらしい。カヴァッリ中尉を見るとスゴく呆れ顔をしているから、多分蔑み笑いでも浮かべてたんだろうな…。
「ウィンチェスター兵曹、私からも頼む。私達は参謀という肩書きに胡座をかいていた様だ」
ドッジ大佐、言葉の内容と表情が一致してませんよ…。
それはともかく、モブ中のモブから抜け出す機会を逃がす訳にはいかない。いっちょ、やったるか!
 
 「そういう事でしたら微力ながら力を尽くさせて頂きたいと思います。申し訳ないのですが、お願いがあります、司令閣下」
准将では閣下とはあまり呼ばれないのだろう、ダウニー司令は少し嬉しそうだ。
「何だね、行ってみたまえ」
「やはり、階級が気になります」
「戦時昇進でもさせろと言うのか、バカな!司令、このような…」
「ウインズ少佐、黙っていたまえ」
ウインズ君、立場が逆転したようだね。
「いえ、私は下士官、兵隊ですので、ドッジ大佐やウインズ少佐に軽々しくものを頼むという訳にはまいりません。そこで、私の手伝いをする人間が欲しいのです、閣下」
「確かにそうだな。一等兵曹が大佐に指示を出すわけにはいかんな。宜しいか?艦長」
「司令の宜しいように願います。ではウィンチェスター君、人選は済んでいるんだろうな?」
「はい」



4月21日05:10 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、第1艦橋 
オットー・バルクマン

 「どういう事だ、ヤマト。俺にもマイクにも分かるように説明してくれるんだろうな」
「まあまあ。後で説明するから、今は合わせてくれ」
「そうだな。巡察と格闘から救ってくれてありがたい事だ」
「…何をすればいい?」
「星系図を出してくれるか」
俺はヤマトに言われた通りコンソールを叩いてパランティア星系図を出した。それはいいが、何で参謀達に睨まれなきゃいかんのだ!
「…あったあった。…主任参謀殿、宜しいですか?」
「ドッジでいい、何だね?」
「ありがとうございます、ではドッジ大佐、艦隊をこの小惑星帯に移動させて下さい。伏撃の準備をします。その後に艦隊を二つに分けます」
「小惑星帯に襲撃部隊を潜り込ませるのか?艦隊を分けたら敵艦隊にバレてしまうぞ?さすがにこちらの数も知られているだろう。成功するとは思えんが」
「我々が全軍で小惑星帯に移動を開始すれば、敵もこちらの動きに注意を向けるでしょう。伏撃の準備かとね。伏撃の準備なら、当然艦隊を分けると思うでしょう。この場合、再び小惑星帯から出て囮の役目の艦隊の兵力は小さくなる筈ですよね、艦隊を二分するのですから。そうしたら、敵はどう動くと思います?」

 ドッジ大佐は興味が出てきたようだ。腕を組んで考えている。でもな、俺は大佐参謀と堂々と話の出来るお前の精神構造に興味津々だよ。
「…敵は元々我々の倍近い。こちらの兵力が二分されたとすれば嬉々として囮艦隊の撃破にかかるだろうな。この場合、小惑星帯にもう半分が潜んでいるのは分かっているのだから、そこから出てくる部隊には注意はするが、後回しといったところだろうな」
「では、小惑星帯から出てきたこちらの数が百五十隻のままだったらどうなります?」
「伏撃を諦めて出てきたと思うだろう。元々敵が多いのだ、これも撃破にかかるだろうな」
「では小惑星帯には、注意を払う事はない?」
「だろうな。兵力が小惑星帯に入るまえと変わらんのだから」
「ありがとうございます。では司令閣下に作戦を説明いたしますので、ご協力をお願いいたします。オットー、マイク、お前達も手伝ってくれ」



帝国曆477年4月21日06:00 パランティア星系、パランティアⅥ近傍、銀河帝国軍、
特別第745任務艦隊旗艦ニーベルンゲン 艦隊司令部

 「隊司令、パランティアⅥの調査が終了しました。それと、反乱軍に動きがあります。パランティアⅧ小惑星帯に移動中との事です」
「参謀、パランティアⅧ小惑星帯、というのは?」
「はっ、惑星パランティアⅧが周回する筈だった軌道に広がる小惑星帯です。今回の調査に随行している航路部の者によりますと、元々パランティアⅧになる筈だった微惑星や小惑星の集まりだという事であります」
「そこに反乱軍が潜り込もうとしているという訳か」
「はい。反乱軍は艦隊を二分して、一隊を小惑星帯に置き我々を挟み撃ちにしようとしているのではないか、と思われます」
「私もそう思う。反乱軍の兵力はいか程だったか?」
「百五十隻前後だと思われます」
「…調査の前に撃破してもよかったかな。…参謀、敵が小惑星帯に伏勢を置くとして、どれ程の兵力を割くと思う?」
「我々の正面に本隊百二十隻、小惑星帯に三十隻ではないかと。反乱軍としては、せめて我々の半数を置かないと、伏勢が攻撃を仕掛ける前に本隊が敗れてしまうでしょうから」
「同感だ。会敵の予想時刻は?」
「約七時間後と思われます」



4月21日13:55 パランティア星系、銀河帝国軍、特別第745任務艦隊旗艦ニーベルンゲン 
艦隊司令部

 「隊司令、まもなく会敵します。反乱軍艦隊…百五十隻程が橫陣形をとっております」
「…敵は伏勢を置くのを諦めたのかな、参謀」
「元々反乱軍は我が方より少数です。艦隊を二分した場合、本隊が堪えきれずに各個に撃破される事を恐れたのかもしれません。…どちらにせよ敵は少数です。撃破する事は容易だと思われます」
「だな。全艦、砲撃戦用意。旗艦の発砲は待たなくてよい。有効射程内に入り次第、各個に砲撃開始だ」
「御意。…全艦、砲撃戦用意!」



4月21日14:00 パランティア星系、自由惑星同盟軍、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
A集団、旗艦ユリシーズ A集団司令部

 「…司令、我が方右翼側から後方にかけて小惑星帯が流れています。艦隊後部の駆逐艦やミサイル艇が小惑星を牽引している事を考慮しますと、こちらの作戦が敵に露見するのを避ける為にはこのまま横陣形で戦闘を開始した方がよいと思われます。小惑星帯がありますので敵左翼側からの圧力は減少しますが、正面および敵右翼側から圧迫されると危険です。幸い我が方は戦艦の数が勝っていますので、短時間なら確かに主砲の連続斉射で凌げるとは思いますが、連続斉射は二時間が限界です。少数の我々を打ち破れない事に敵が痺れを切らして我々を粉砕しようと突破を企図した時、小惑星帯からB集団が突撃を敢行します。B集団は突撃突破後、敵の後方を遮断、我々と挟撃態勢に入ります」
「了解した。私の人生の中で一番長い二時間になりそうだな」
「…同感です」
「しかしよくも思い付いたな。小惑星を牽引して敵のセンサーをごまかせ、火線の少なさは連続斉射で補え、とは…貴官が思い付いたのか?」
「いえ、ウィンチェスター兵曹です」
「だろうな。貴官では無理だろう。私でも無理だ。確かに長距離センサーでは小惑星と艦艇の判別はつかん
。盲点だな」
「…!」
「貴官や私が劣っている、というのではない。むしろ軍人としては我々の方が優秀だろう。発想の違い、だろうな。小惑星を牽引して敵のセンサーをごまかす、なんて事はシミュレーションでは再現出来んし誰もやろうと思わんだろう?」
「ですが…そういうものでしょうか」
「そうだ。だから大佐、今落ち込む必要はないのだ。それに、この策が成功するとも限らんだろう?…よし。全艦、砲撃戦用意。全砲門開け」



4月21日15:30 パランティア星系、パランティアⅧ小惑星帯、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
B集団、旗艦アウストラ、B集団司令部 ヤマト・ウィンチェスター

 まだか。…まだなのか。
快く応じてくれたからよかったものの、ダウニー司令やドッジ大佐達には申し訳ない事をした。艦隊をA集団、B集団と分割したから、指揮をとる都合上移乗が必要だったのだ。戦艦ユリシーズの艦長もビックリしただろう。
そして、B集団の指揮はドッジ大佐に執ってもらおうと思ってたんだが、パークス艦長が指揮を執ると言い出した。
「ドッジ大佐は司令の補佐をせねばならん。手の空いているそこそこベテランの高級士官となったらワシしかおらん。旗艦艦長をやっておったから指揮の要領は大体判る。任せて貰いたい。それにワシの部下が言い出した事だからな、部下の尻拭いはきちんとせねばならんて」
申し訳ありません、と謝ったら、
「…と、こう言った方が格好よかろう?ワシは旗艦艦長だから大佐になっとるだけで、本当は中佐で終わる人間だ。退役前に一度でいいから艦隊司令をやってみたかったのだ。巡航艦四十隻とはいえ、艦隊は艦隊だ。ハハハ」
なんて言いやがる。こっちは楽しんでるから申し訳ぶらなくてもいいか…。

「ヤマト、敵が密集しだした、紡錘陣形をとるんじゃないか?」
「オットー、これを待っていたんだ。パークス艦長、今です」
「よし!全砲門開け!全艦、突撃!!」



4月21日15:30 パランティア星系、銀河帝国軍、特別第745任務艦隊旗艦ニーベルンゲン
艦隊司令部

 「こ、これは!隊司令、小惑星帯から高速で敵が突っ込んできます!」
「なんだと?応戦せよ!」
「正横からの攻撃です、それに我が方は陣形再編中です、間に合いません!」



4月21日16:00 パランティア星系、自由惑星同盟軍、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊A集団
A集団、旗艦ユリシーズ A集団司令部 セバスチャン・ドッジ

 戦闘が開始してからの司令は枷が外れたかの様にイキイキとしておられる。
「艦長、全艦に伝達。左翼後退、右翼は前進だ。…ああ、オペレータ、平文でいい、B集団に打電してくれ。敵に傍受される?傍受してくれたら敵は逃げ出すだろう。いいか?…B集団は敵左翼側に回られたし、以上だ」
”ユリシーズの艦橋はアウストラより狭くて息が詰まる“
なんて仰っていたのが、
“オペレータまで距離が近いから貴官の手を煩わせなくて済むな。これはこれで指揮が執りやすい”
に変わった。
「司令。敵は未だに混乱から回復していません、我が方の勝利は確定的です。おめでとうございます」
「ありがとう主任参謀。しかし気を抜くのはまだ早い、敵の旗艦はまだ健在だ。B集団と共同で敵左翼を半包囲できればパーフェクトゲームだが、敵も馬鹿じゃない。こちらの意図するところを見抜いてさっさと逃げ出すだろう。まあ、それでも勝利は勝利だ。まことにありがとう」
司令が握手を求めてきた。虚をつかれたが、慌てて差し出す。はにかんだ笑顔が印象的だった。

 「司令。戦う前に…策が成功するとは限らん、と仰っておられましたね」
「…確かにそう言ったな。それが?」
「いえ、成功するとは限らないのに、なぜ採用なされたのかと思いまして」
「…ふむ。私は七百二十七年生まれだ。まもなく六十五になって退役だな。君はいくつだ?」
「今年で三十五になります」
「ほう、そうか…あの方と同じ年か」
「あの方とは」
「ブルース・アッシュビー元帥だよ。…ドッジ大佐、私はウィンチェスター兵曹にアッシュビー提督を感じたのだ」
「司令はアッシュビー提督をご存知なのですか?」
「彼の事は皆が知っているさ。第2次ティアマト会戦。何もかも劇的すぎた。当時私は中尉だったが、提督とは会戦前に一度だけ話した事があるんだよ。ウィンチェスターが私の疑問に力強く答えるの見て、なぜかそれを思い出したんだ。ああ、これは勝つな、とね。あの方の作戦案も、本当に成功するのか?と疑うものが多かった。彼の策を採用したのはそれが理由だ。口ではああ言ったが、失敗するとは思わなかった、よくて痛み分けという想像はしたがね…愚にもつかない理由で失望したかな?」
「いえ。意外な理由で驚いています」
「単に私の思い過ごしと希望的観測と過大評価かも知れん。しかし考えてみたまえ、18歳でこの結果だ。この先どうなるか見てみたいとは思わないかね?」
「ブルース・アッシュビー元帥の再来、ですか…」 

 

第八話 昇進、そして問題発生

宇宙暦788年4月29日、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上司令部
ヤマト・ウィンチェスター

 “ヤマト・ウィンチェスター”
「はい!」
“マイケル・ダグラス”
「はい」
“オットー・バルクマン”
「はい!」
”以上三名を兵曹長に昇進させる。788年4月29日、自由惑星同盟軍少将、アーサー・リンチ。代読、アラン・パークス。…おめでとう”



4月30日19:00 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、レストラン「サンタモニカ」
ヤマト・ウィンチェスター

 「ウィンチェスター兵曹長、昇進おめでとう。超スピード昇進ね」
「ありがとうございます。カヴァッリ中尉、いえ大尉も昇進おめでとうございます」
「俺にはないのか?」
「あ、ガットマン大尉も昇進おめでとうございます」
「一応直属の上官なんだからな、忘れないでくれよ。それはそうと俺からも祝福させてくれ、昇進おめでとう」
「すみません、ありがとうございます」
バーンズ兵曹長、エアーズ兵曹、ファーブル兵長、イノー兵長もそれぞれ祝いの言葉をくれた。ザハロフ兵曹は残念だが当直だ。
マイクとバルクマンも誘ったんだが、それぞれの科で祝勝会をやっていてそれに参加しているようだ。

 「ドッジ大佐が貴方を誉めていたわ。ああ、大佐というよりダウニー司令が誉めていたみたい。
伝言みたいなものね」
「へえ。パオラ、司令はなんて言ってたんだ?」
「ブルース・アッシュビー元帥の再来だって。…って、だからファーストネームで呼ぶのは止めてくださいって言ってるでしょ!ガットマン大尉!」
…ブルース・アッシュビーの再来?俺がそんなタマか?
リン・パオ、ユースフ・トパロウルに並び賞される同盟軍の英雄だ。原作外伝によると、アッシュビー元帥は帝国内の共和主義者によるスパイ網から情報を得て、数々の勝利を得た…と同盟の捕虜になっていたケーフェンヒラー大佐や当時のヤン少佐が推察している。
極端な話、チートだ。
チート…あ、俺もか。敵からどころか全て知っている訳だから、チートレベルはアッシュビー元帥以上だろう。

 「それはちょっと誉めすぎじゃないですか?たまたま、閃いただけですよ?」
起きる事を知っていても、実行するのは難しい。チートするには俺が言った事を実行する人がいないと無理なのだ。
今回の勝利は、たまたまカヴァッリ中尉の顔が利いたというか、暴走から生まれたものだ。
アッシュビー元帥の再来か。ああ、士官学校受けてみればよかった…。
「だが、閃きは大事だ。蓄積された経験と学んだ知識、知り得た情報が上手く融合出来ないと閃きは生まれない」
「…ガットマン大尉からそういう言葉が出るなんて意外だわ」
「…キミを口説くまでは学年三位だったよ、俺は」
それは…と先を言いかけたカヴァッリ大尉はグラスの中身を一気に飲み干した。そんな彼女をガットマン大尉はテーブルに肘をついて見つめている。
うん、若者はいいね、こうでなくちゃ。くすぶったままの恋の炎は消すか点けるかどうにかしないと。

 「ウィンチェスター曹長は、彼女いるんですか??」
そんな二人に当てられたのか、ファーブル兵長が尋ねてきた。…二人をジト目で見るのはやめなさい。
エリカは…彼女なのかなあ。告白されて結局最後まで行っちゃったけど、俺は彼女を好きなんだろうか…。
「気になる人はいるけど、彼女かどうかは分からないなあ」
「へえ…だったら今度、どこか一緒に出掛けませんか?」
「え!?別にいいけど」
「やった!出来る人は先物買いしないとね!ガットマン大尉、休みください!」
先物買い…現金な子だなあ。証拠金はちゃんと用意してるのかい…??

 「休みはいいけど、俺は許可できないぞ。転属だから」
「私も転属よ」
「二人とも転属なんですか?」
「ああ、俺は元々転属予定だった。次は第六艦隊だ。昇進も今回の戦いの結果ではなくて序列順の定期昇進さ」
「そうなのね。私は士官学校に行く事になったわ」
転属か。知っている人がいなくなるのは辛いな。危機が起きた時に人は新密度が増すというけど、今回は正にそれだった気がする。
「ダグラス曹長も転属よ。彼はローゼンリッターに行く事になったわ」
「え!?本当ですか?あいつ、そんなこと一言も言わなかったな。ですが、ローゼンリッターは亡命者の子弟から選抜されるのでは?」
「建前はそうだけどね。功名と悪名が強すぎて希望者が少ないのよ。この場合、悪名かしらね。…あら失言」
功名と悪名…ローゼンリッターは確かに同盟軍最強と呼ばれる陸戦隊だ。それ故に訓練も厳しいし、死傷率も高い。選ばれる事は名誉だが尻込みする者も多いと聞く。こっちは功名だよな。
では悪名は…ああ、そういう事か。
ローゼンリッターは戦闘中に逆亡命者が出るのだ。歴代の連隊長が自ら逆亡命することだってある。
「だからね、基本的には誰でもいいのよ。だって同盟市民は皆帝国から亡命したようなもんだろう、って事らしいわ。ダグラス曹長の場合はローゼンリッターから誘われたみたい。艦隊陸戦隊本部に詰めてたでしょう?あの人達、出撃するとずっと格闘術の訓練してるから、そこで見込みあるって言われて、本人も行く気になったようね」
サボり、サボりのイメージしかなかったけど、真面目にやってたんだな。みんな離れちゃうのか。
ちょっと…嫌だな。

 「ウチの分艦隊はしばらく開店休業だな。艦艇はともかく、人員だな。どこぞの星系警備隊からまわされて来るか、前線へ来たがる勢いだけのワカランチンが来るか…ダウニー司令も七月で勇退、パークス艦長も昇進して退役だ。リンチの野郎…ああ、すまん、警備艦隊司令官も頭が痛いだろうな」
「いいわよ別に。オジさま自身はいい人なんだけどね、縁故でどうのこうの言われるのはもう沢山。皆と別れるのは寂しいけど、転属になってよかったわ」
愚痴だらけだな…上に上がるのも考えものだぞこりゃ。



5月1日 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上司令部、
司令官公室 ギル・ダウニー

 「…以上が第2分艦隊の状況です」
「了解しました。艦艇、人員とも最優先でまわしてもらいますが、時間はかかります、済みません」
「謝らなくて大丈夫だよ。それくらいは分かっているよ」
「申し訳ありません教官。それと今回の勝利、おめでとうございます」
アーサー・リンチ少将。
デスクワークも艦隊指揮もこなす、文武両道の期待の軍人、ということになっている。
彼は今でも私を教官と呼ぶ。彼が士官学校の学生だった頃、私は彼等の主任教官だった。彼を支える分艦隊司令として誘われた時に、二人の時は昔のままでお願いします、と言われたのだ。

 「リンチ君。君の義妹さんは中々行動力があるな」
「そうなのですか?」
「うむ。今回の勝利は、義妹さんがきっかけだったと言っても過言ではない。ある下士官の提言を直接彼女が分艦隊司令部に持って来たからなのだ」
「…義妹がご迷惑をおかけしてすみません、職分を犯すような事をして…」
「迷惑などではないさ、勝ったのだからな」
「増援も送れず誠に申し訳ありませんでした、なんと申し上げたらよいか…」
「顔を上げたまえ、リンチ君。私が君の立場でもそうしただろう。指揮官の決断は常に万人に受け入れられるものではないのだ。気に病む事はないよ。まあ下の立場としては文句のひとつも言いたくなるがね」
「はあ…」
「君は回りの目を気にしすぎだ。確かに最前線を任されるのは期待の現れではある。だが、どうしても期待に応えられない時はあるのだ。期待に応えようとするあまり自分を見失ってはいけないよ」
「肝に命じます」
「…あと約二ヶ月か、君の元で働けるのも」
「教官のがおかげで現職を全う出来ているものと思っております。教官がいなくなったら私は…」



6月3日 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上司令部
ヤマト・ウィンチェスター

 「バーンズ曹長、砲術科員の身上調査表、目を通してくれました?」
「ああ、まだだ、すまん」
「サイン貰わないと管制主任のところ持ってけないんで今日じゅうに」
「…了解した。というか、可愛げがなくなっちまったなあ、坊や」
「可愛くなりたいんですけどね。書類と責任が増えると可愛げが減る事になってるんですよ」
航法科の兵曹長が転属してしまったから、バーンズ兵曹長が旗艦最先任兵曹長になった。
最先任兵曹長は忙しい。今までは砲術科の先任兵曹長だったから砲術科の下士官兵の面倒だけ見ていればよかったのが、アウストラ所属の下士官兵全員の面倒を見なきゃいけなくなったのだ。
俺も兵曹長だから、先任兵曹には違いないのだが、兵曹長の中にもちゃんと序列がある。
俺は兵曹長の中でも一番下っぱだから、色々と雑用をこなさなければならない。いわゆるデスクワークだ。
出撃してないときはほとんどこれだ。…面倒くさい。

 砲術科執務室のドアが開いた。オットーだ。
「おい、聞いたか」
「いきなり聞いたかと言われても」
「そりゃそうだな、…イゼルローン回廊のこちら側で第3分艦隊がやりあってるようだぞ」
「本当か」
「嘘ついてどうなる、痛み分けで睨みあってるらしい」
「ウチも出撃…はないか」
出撃はない。ウチの分艦隊は再編中だからだ。人員も艦艇も来ない。
さすがに最前線としては兵力が少ないと感じたのか、エル・ファシル警備艦隊の編制を変えるべきではないか、という意見が統合作戦本部で出たらしい。それで兵力を増やすか増やさないかを国防委員会と調整中なのだという。
「出撃はともかく、近所でやりあってるんじゃ再編も厳しいんじゃないか?」
「そうだろうな。退役前なのに司令も困ってるだろうよ」

 『第2分艦隊司令部は第10会議室に集合せよ』

 「あら。また何かあったのかな」
「どうせロクな事でもないんだろ…と、時間だ。本日も課業終了と。ヤマト、『サンタモニカ』に行こうぜ。新しいウエイトレスが入ったんだよ、知ってたか?」
「いや、知らない…というか、マイクが居なくなったからってマイクの分まで頑張らなくていいんだぞ」
「違うね、マイクが居たから俺の出番がなかっただけだよ、さあ行こう」
 

 

第九話 伝説の始まり

宇宙暦788年6月3日 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、レストラン「サンタモニカ」
ヤマト・ウィンチェスター

 オットーがフレデリカちゃんに必死に話しかけている。
確かにフレデリカは可愛い!アニメでも可愛かったが、現物はもっと可愛い!
新しいウエイトレスが、とか言ってた癖に…。オットーのやつ、フレデリカと話したいだけじゃないか。
痛でで!ファーブルつねるな!俺はフレデリカじゃなくてオットーを見てるの!てか何でお前着いてきてるの!
「…ウィンチェスター曹長はああいう子が好みなんですか??」
「好みというか、知ってるんだよね、あの子」
「へえ。知り合いの娘さんとかですか?」
「知り合いと言えば知り合い…かな?」
「??」
分からなくていいんだ、うんうん。……ん??
…あの窓側のボックスシートでボッチ飯してる客、どこかで……。こっち向け。窓の方を見ろ!
…間違いない、ヤン・ウェンリーだ。
本物だ!!初めて…じゃないけど初めて見た!
ひえー!生ヤンかよ!…本当に頼りなさげ感たっぷりだな…。
「ウィンチェスター曹長、個人携帯端末(スマートフォン)鳴ってますよ…あたしもだ」

”緊急呼集。第2分艦隊所属の者は宇宙港軍専用区画に向かえ“

 「またか!オットー、ファーブル兵長、行くぞ」
見るとヤン・ウェンリーも立ち上がっている。第2分艦隊所属なの??じゃなくても警備艦隊所属なのは間違いないな。てか今やっと原作第一巻なのか!アニメも原作も宇宙暦何年とか帝国暦とか気にしてなかったから、ヤンがいつエル・ファシルに来るのか分からなかったぜ!
銀河の歴史がまた1ページじゃねえか!!



6月3日23:00 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 やっとアウストラに戻ってこれた。しかし、シャトル発着の混雑は半端なかったな。二度とごめんだよまったく。

 『各科長集合、士官室』

 一体どうしたっていうんだ?…『エル・ファシルの奇跡』の始まりか?始まりなら始まりでいいんだけど、流れが見えないのはキツイ。
「よお、坊や」
「あ、バーンズ曹長。何か聞いてます?」
「本隊と第1分艦隊はアスターテに移動を開始したそうだ。俺たちも覚悟した方がいいかもな」
「…ウチの艦隊はまだ三分の一くらいが月のドッグに入渠したままですよ?哨戒に出てるやつらもいるから、現状で四十隻もいないんじゃないですか?」
「そういえばそうだった。それに他の艦は休暇処理だから、たった四十隻でも出撃準備が整うまで時間かかるだろうな。参ったなこりゃ」

 エル・ファシルには月がある。そういえばハイネセンにはなかったな。エル・ファシルは恒星の名前もエル・ファシルだし、俺たちがいる星もエル・ファシルって名前だ。よく考えてみると、??なんだよな。
この世界の人々も、自分が住んでる星の衛星の事を月って言うし、主星の事を太陽って呼んでる。ハイネセンに住んでた頃もバーラトじゃなくて太陽、太陽って呼んでた。
…なんて事はどうでもいい。月には補修用ドッグがあって、こないだの戦いで傷ついた船がまだ入渠したままなんだ。それもそうだし、哨戒に出ている艦艇以外は休暇になっている。アウストラは旗艦だから休暇は後回しになっていたからよかったものの、他の艦はそれぞれ全員揃うのに時間がかかるだろう…。確かに参ったなこりゃ。



6月3日23:50 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
オデット・ファーブル

 士官室に集まってた砲術長と射撃管制主任が戻ってきた。何か浮かない顔してる。
『士官は辛くても全然平気そうな顔をしてなくちゃいけないんですよ。特に兵隊の前ではね』ってエアーズ兵曹が言ってたっけ?確かにあんな顔をされたら部下としては色々勘繰っちゃうよね…。
「よし、皆集合。射撃の皆も呼んできてくれ」
新任のクロンビー中尉。中尉を見てるとガットマン大尉がどれだけ優秀だったか分かるわ…。
「砲術長、皆集まりました」
「そうか、では始めよう」
砲術長セーガン大尉が話し始めた。
「イゼルローン回廊の同盟側で、第3分艦隊が敵と交戦中である。警備艦隊司令官は宇宙艦隊司令部に増援を要請、ジャムジードの星系警備隊艦隊が増援の準備中だ。第2分艦隊は現有戦力でアスターテからアルレスハイムに進出、同星系の哨戒を行う」
どっちみちウチは哨戒ばかりということね。
「四十隻でですかい!?回廊入口でドンパチやってるってのに、そりゃ少しばかり酔狂の度が過ぎるってもんじゃねえですかい?」
「…決定だ。バーンズ曹長。本隊と第1分艦隊はヴァンフリートを突破して最短で回廊入口に向かうそうだ。我々は途中哨戒隊を収容しながらアルレスハイムに向かい、同星系の哨戒に当たる」
…はあ。やんなっちゃう。



6月6日14:00 イゼルローン回廊前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦セマルグル 
アーサー・リンチ

 「司令官。帝国艦隊およそ五百隻、我が方の12時方向。第3分艦隊と正対中です。距離、約六十光秒」
「よし、第3分艦隊と敵を挟撃する。全艦砲撃戦用意」
うまくいった、敵を牽制しつつティアマト方向に後退しようとしていた第3分艦隊を追う帝国艦隊の左側面を突く位置に出る事が出来た。ヴァンフリートを抜けたのは正解だった。
「第1分艦隊に、三時方向に移動して敵の後方を遮断するよう伝えろ」
「はっ」
第1分艦隊が敵の後方を遮断すれば、敵は三方向から包囲される事になる。第3分艦隊の損害の程度はまだ分からないが、それでも倍以上の兵力で包囲するのだ、完全勝利だろう。

 

6月6日19:00 アルレスハイム星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 ヤンがいた。若かったなあ…じゃない、近いうちに『エル・ファシルの奇跡』が起きるんだ。どうやって起こすんだろう?顛末は知ってても、フレデリカとヤンの出会いがあることは知ってても、経過が分からない…てか下手したら帝国の捕虜だ、それは困る。早くエル・ファシルに戻らないと…。
「ウィンチェスター曹長、どうしました?」
「あ、いや…ウィンチェスターでいいですよ、エアーズ兵曹」
「そうかい?でも一応上官になってしまったからねえ」
「新人には変わりないし、呼び捨ての方が気が楽ですよ」
「そうか。じゃウィンチェスター、どうかしたかい?」
「何でもないですよ…ていうか、いつまでここにいるんですかねえ」
「そりゃ…終わるまででしょうねえ。なんか用事でもあるのかい?」
「いや、まあちょっと…」



6月6日16:50 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦セマルグル
アーサー・リンチ

 「参謀長、降伏を勧告しよう、これ以上は無意味だろう。オペレータに敵と回線を…どうした?」
「これは…!イゼルローン回廊入口より帝国艦隊と思われる反応です!数は…数は約二千!」
「…増援か!参謀長、命令…正面の敵への攻撃を中止、第1分艦隊をこちらに合流させろ。第3分艦隊は攻撃中止後現位置を維持。…オペレータ、新しい敵集団との距離は?」
「はっ、失礼しました、新しい反応との距離、およそ七百光秒です!」
正面の敵が退いていく。約百隻。集団としてはそれなりだが、戦力としては数には入らないだろう。
「参謀長、あの敵の目的は何だと思う?」
「劣勢な味方の救援、だと思われます。数はこちらより優勢ですが、戦えない程の兵力差ではないとは思われますが」
「参謀長は戦いたいかね?」
「むざむざ合流させるのも興醒めとは思います」
「嫌がらせの攻撃を行う、と言うことか?」
「敵を撃破する機会を惜しまぬ、と仰って頂きたいものですな」
「物は言い様だな。よし、先ほどの命令を変更…第3分艦隊はそのまま微速前進、第1分艦隊の左翼に着け。第1分艦隊は現座標を維持、反転し逆撃態勢を取れ。本隊は陣形を再編しつつ三時方向に転回、横陣形を取る、急げ!」



6月6日18:30 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊作戦室
ヤン・ウェンリー

 「君も災難だったな、着任早々置いてけぼりを食らうとは…まあ君の場合は艦隊司令部が君にメール送信を忘れていたからなのだがね」
「はあ、申し訳ありません」
「これは仕方ない。まあでもエル・ファシルでよかったよ、こういう事はちょくちょくあるんだ。これが本国なら降任ものだよ」
確かに帰艦遅延は懲罰ものだ。それが緊急出港時の帰艦遅延ともなると…。
つくづく私は軍隊組織に向かない…しかし忘れていたのは少しひどくないか?組織から弾き出されようとしているのだろうか?
「緊急呼集、緊急出港が多いからね。遅れた者をその都度懲罰にかけていたら一番困るのは指揮官たちさ」
「何故です?」
「自分達の管理責任を問われるからさ。帰艦遅延は多い時で百人単位で出るんだ。そんなこと報告してみろ、大問題だよ。部下をきちんと管理できているのか、ってね。当然出世にも響く」
「はあ、なるほど」
「本国がまったく知らない訳じゃない。緊急出港に遅れた者は艦隊の地上司令部で勤務することになっているんだ。一種の避難措置さ」
「…勉強になりました」

 正面の大型ディスプレイには現在の戦況が映し出されている。ヴァンフリートを突破した味方本隊が、第3分艦隊と交戦中の敵側面を突いた。本隊から別れた第1分艦隊がそのまま敵後方を遮断、三方向から敵を半包囲…。
味方が優勢とはいえ、完璧な布陣だ。しかしこのイゼルローン回廊入口に現れた二千隻程の新たな敵影、彼らの意図をどう見るか…
「ヤン中尉、補給艦の準備だ」
「補給艦、ですか?」
「そうだよ。どうなるか分からないからね。せめてアスターテまでは進出させとかないと」
「しかし護衛に回せる艦がいませんが」
「第2分艦隊に護衛要請を出す。現在アルレスハイムには敵がいない、通常の哨戒に戻ってもらって、第2分艦隊主力にはアスターテに戻ってもらおう」
「了解しました。手配の準備にかかります」
やれやれ、地上勤務といっても暇はないか。…補給艦の手配…どうすればいいんだっけ…やれやれ…。
 

 

第十話 奇跡前夜

宇宙暦788年6月6日23:00 アルレスハイム星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ セバスチャン・ドッジ

 こんな事で休息中の司令を起こさねばならんとは…。軽視してはいけないのだが、
本当に今必要なのかと思いたくもなる。
「司令、お休みの所を申し訳ありません。エル・ファシル基地の警備艦隊地上司令部作戦室より要請が届いております」
「…構わん。何だ?」
「アスターテに出す補給艦の護衛要請です。哨戒を通常配置に戻し、第2分艦隊主力はアスターテに戻られたし、とあります」
「補給艦の準備は分かるが、何故護衛が必要なんだ?」
「さあ…イゼルローン回廊入口での戦闘ですから、大事をとって、ということではないでしょうか。本隊からの連絡によりますと、新たに発見した二千隻程の敵と思われる反応以外に、新たな敵の兆候はないとのことです」
「ということは、地上司令部はここに向かってくる敵はいないと判断しているのか」
「ではないでしょうか。要請ですから艦隊司令官の許可は得ている筈です」
「となると艦隊司令部も我々がアルレスハイムから退いても差し支えない、と考えている事になるが…主任参謀、どう思うかね?」

 確かにダウニー司令の言う通りだ。
ダウニー司令は少将に昇進なされた。多分今回の出撃が最後の作戦行動になるだろう。私も司令と同日付で准将に昇進した。そして司令の退役後は私がこの分艦隊の指揮を執る事になっている。
私が昇進した後から司令は、分艦隊について何も言わなくなった。そして私の進言が全面採用されるようになった。私に艦隊指揮に慣れさせようとしているのだろうと思う。
普段はいい。通常の哨戒や日常のスケジュールをこなす分には前例に従っていれば何も問題はない。
問題は意思決定しなければならない時だ。それを考えると、参謀という立場がどれだけ気楽な事か。
そして指揮官に交代はない。

 「艦隊司令部が是としているのであれば、これに従わねばなりません。通常の哨戒ですと二から四隻です、回廊前哨宙域で戦闘が行われている事を考えますと、少なすぎると言わざるを得ません。そして現在我々は六十四隻の兵力です。戦闘哨戒を行うにしても少なすぎる兵力です。もともと少なすぎる兵力ですからどのようにしても問題ないと考えます。ですので、四十隻をアルレスハイムに残置します。これを十のグループに分けて哨戒させます。各グループの指揮はそれぞれのグループの先任艦長に執らせます」
「我々はどちらになるのかね?」
「無論、アスターテに向かいます。司令部が存在する場所が主力ですので」
「…了解した。そう処置したまえ」
「ありがとうございます」


6月7日09:00 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地 ヤン・ウェンリー

 やっと事務作業から解放された。
補給艦の手配といっても何をしていいか分からないから色んな人に聞いて回らなければならなかった。
しまいには『なんでこんな奴寄越すんだ!』なんてクレームの電話を作戦室に入れられる始末だ。
大体こんな若造に補給艦の手配なんてやらせる方が悪い。
結局、『君も一応参謀なのだから、最近の戦いの戦闘詳報でも当たってはどうか』という事になってしまった。これなら私でもやれる。

 ……ひどい。そもそも戦いに意味があるのかどうか分からないような遭遇戦ばかりだ。「ぶらついていたら目が合ったからケンカになった」様な戦闘が多い。そもそも戦闘はお互いにやる気がないと起きない。
戦意過多、戦略無視…ああ、無視ではないか、かたや「自由惑星同盟などと僭称する叛徒への懲罰」で、もう一方は「傲慢で暴虐なる専制国家との神聖な戦い」なのだから、どれだけ無意味に思えても意味はあるんだろう。
…これはこの間の戦闘だ。…第2分艦隊か。…面白い、センサーの性能限界を利用し兵力数を小惑星を牽引する事でごまかして、別動隊を編成し側面を突かせる。別動隊を抽出した分の火力の減少は連続斉射で補う…。ああ、なるほど、敵の方が兵力は優勢だったがこちらの方が戦艦の絶対数で勝っていたのか。だから短時間なら火力の減少を戦艦の連続斉射で補えると考えた…。
余程の至近距離じゃなければ艦型、艦種までは分からないからな、でも味方は相当冷や汗かいていただろう。小惑星を牽引しているという事が露見しないよう連続斉射で敵を近づけない様にしたんだろう。
いやあ、面白い、こんな事を考える人がいるのか。
立案者は…下士官?ヤマト・ウィンチェスター兵曹長?まだ18歳?…世の中は広いなあ。

 

6月10日15:00 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 やることがないから食堂に来た。タンクベッド睡眠も飽きた。
あっちに行ったり、こっちに行ったり…ウチの艦隊は何をしてるんだ。確かにやってることは哨戒ばかり、そして補給艦の護衛ときた。決して軽視してる訳じゃないけど、いち乗組員の立場ではものすごく暇だ。気が休まらないのは司令部だけ…下っぱとしては、本当に戦争しているのかと疑いたくなる。
パランティアの戦いは…不謹慎だが楽しかった。心地よい緊張感。
自分に被害が及ばない限り、リアルなゲームなんだよな。何故って?相手の顔が見えないからに決まってるじゃないか。心地よい、でも確かにあの緊張感は重い。でも…それだけだ。
俺はどこか感覚がおかしいのか?30年余計に生きてるから麻痺してるのか?
だから艦隊の乗組員と陸戦隊員の仲が悪いのは当たり前なんだよな。
乗組員達は陸戦隊員の事を野蛮人とかトマホークを振るう事しか出来ない能無し、って言ってるし、陸戦隊員は艦隊乗組員の事を偏向シールド越しでしか戦争の出来ない臆病者、ってお互いに罵りあってる。
ああ、俺は誰に何を話してるんだ?…とにかく暇なんだ!

 「どうしたんです?難しい顔して」
「そうだそうだ。暇で仕方ないから顔だけ何か考えてる風に装ってるんだろ」
「…なんだ、ファーブル兵長とオットーか」
「なんだ、は無いでしょ、ひどいです。バルクマン曹長とそこで一緒になったから食堂に誘ったんですよ」
「一人で考え事か?」
「考え事というか…暇なんだよ」
「確かに…射撃管制、というか、砲術科は暇だろうな、この状況じゃ。第二警戒配置だし、まあウチも似たようなもんだけど…護衛で補給艦共々アスターテに待機じゃ、各艦の座標修正くらいしかやることがない」
「まあウチの分艦隊はどう見たって戦力外だからな。ところでオットー、回廊入口の状況、なんか分かる?」
「味方がだいたい千五百隻、帝国軍が約二千隻。兵力は帝国軍が優勢だが戦い自体は互角らしい」
「へえ。リンチ司令官も中々やるねえ」
「お前…他人事じゃないんだぞ」
「まあそうだけどね。でも今の状況じゃ半分以上は他人事だろ?」

 ファーブルちゃんがコーヒーを淹れて来てくれた。ビスケットのおまけ付だ。給養員に同期の女の子がいて、茶菓子にと呉れたらしい。そして今その同期がサンドイッチを作ってくれているという。前回の戦いで下士官らしからぬ功績を上げた俺達は、ちょっとしたヒーローなんだそうだ。そしてこれは本当についでなんだが、その子はオットーの事がタイプらしい。…けっ。
「じゃあウィンチェスター曹長だったらどうします?もし他人事じゃなければ」
「俺だったら?…どうしようかな」
「他人事じゃないんですよ?フフ」
「戦わないね。うん、戦わない」
オットーが吹き出しそうになっている。何もウケ狙いじゃないぞ。

 「危ない危ない、…ヤマト、敵がいるのに戦わないのか?」
「うん、戦わないね。戦わなきゃいけない、って決まってる訳じゃないからね。オットー、今回の戦いのキッカケは何だった?なるべく正確に」
「正確に?…第3分艦隊がイゼルローン前哨宙域で敵と遭遇…だよな?」
「もうちょっと正確に」
「はい!…第3分艦隊四百隻が、イゼルローン前哨宙域で帝国艦隊五百隻と遭遇。交戦状態に入りました!合ってます?」
「ファーブル兵長、正解。じゃあオットー、その後どうなった?」
「…第3分艦隊はティアマト星系方向に退きつつ、膠着状態に持ち込んだ。そこにヴァンフリート星系を突破したエル・ファシル警備艦隊の本隊が到着、帝国艦隊の側面を突く事に成功。第1分艦隊を帝国艦隊の後方に移動させて半包囲、その後イゼルローン回廊から新たな帝国艦隊が出現…」
「そう。ファーブル兵長、オットーにコーヒーのおかわりお願い。あ、俺も」
「はい。ついでにサンドイッチも貰ってきます」

 最近、ファーブルちゃんが可愛く見えてきた。つい後ろ姿を見てしまう。年上は苦手なんだけどな…あれ?俺の場合、ファーブルちゃんは年上なのか?年下なのか?…どっちでもいいか。
あ、食堂入口でドッジ准将が当番兵と話してる。…こっちに向かってくるぞ。
「どうしたんだ、二人とも…ああ、三人か、暇なのか?」
「正直、暇であります。立直(ワッチ)が終わったので気分転換と思いまして」
「そうか…ところでウィンチェスター、試みに問うが…いや、止めとこう」
「何ですか?言いかけて止められると非常に気になりますが…」

 ファーブルちゃんが気を利かせて(欲しくなかったが)、准将の分のコーヒーも持ってきた。…ほら、座っちゃったじゃないか、もう。
「お、ありがとう。…イゼルローン前哨宙域での戦闘なんだが、君はどうなると思うかな」
「分かりません。敵が優勢との事ですが、負けて欲しくはないです」
「それはそうだ。馬鹿な事を聞いた、申し訳ない。では…君ならどうするね?ダウニー司令の言う様に、君が本当にアッシュビー元帥の再来なら」
なんだ、ドッジ参謀も気分転換に来たのか。
「参謀殿、ちょうどその話をしていたんです。こいつ、俺なら戦わないって言うんですよ」
「戦わない…?」
オットー、煽るなよ…。
「面白いな、何故戦わない?」
ほら、こうなっちゃうだろ…。

 「当初、戦いは味方の第3分艦隊四百隻と敵、帝国軍五百隻で始まりました。当然劣勢な味方は増援を要請します。当たり前ですが、それは敵も察している。敵としては増援が来るまでに第3分艦隊を撃破したい…」
「確かに」
「しかし味方が頑張った。膠着状態に持ち込んだ。となると敵は焦ります。何としても撃破するか、増援を呼ぶでしょう、しかしこの場合、敵が増援を呼ぶとは考えにくい」
「何故そう思う?」
「面子です」
「はあ?面子だと?バカな」
「そうでしょうか?…失礼な質問になりますが、参謀殿、この状況で参謀殿が敵の指揮官なら増援を呼ばれますか?」
「それは…呼ばないだろうなきっと。君の言う通りだ」
「でしょう?遭遇戦だから形は選べないにせよ、勝てると思った敵に攻撃を仕掛けて、撃破できないから援軍をください、とは常識人では中々言えない。まあそれは置いといて、味方が上手く膠着状態に持ち込んだ所に味方本隊が敵の左側面を突いた…」
「そして半包囲が成功し、殲滅手前で新たな敵が現れた。味方は半包囲を解いて新たな敵に対処しようとしている」
「そうですね。では何故新たな敵が現れたのでしょう?」
「恥を忍んで援軍を頼んだか、戦闘開始以降連絡がないから見にきたか…あ、すみません」
「いいんだ、バルクマン曹長。多分そうだろう。…だろう?ウィンチェスター」
…何故俺だけ呼び捨てなんだ?

 「そうだと思います。では参謀殿、参謀殿が敵の援軍の立場ならどうお考えになりますか?」
「何をやっていやがる、世話かけさせやがって…ってところか?」
「本音はそうでしょうね、正解です。ここでまた話は変わりますが、帝国とはどういう国でしょう?ああ、オットーもファーブル兵長も考えてみてくれ」
「はい、先生!暴虐なる専制国家です」
「そうだな」
「…二人とも、先生は不満そうだぞ。どうだ?ウィンチェスター先生」

 意外にドッジ准将も楽しんでいるみたいだし、先生役になりきってやるか…。
「…帝国は皇帝、政府、貴族、軍、平民によって成り立つ国家です。まあ、皇帝と政府は同一視していいでしょう」
「軍は政府の一部ではないのか?」
「そうなんですが、少々事情が特殊です。帝国の宇宙艦隊は何個艦隊で成り立ちますか?」
「確か、定数だと正規艦隊が十八個だ」
「え!十八個もあるんですか!?同盟負けちゃう…」
「そう、十八個もあるんですよ。でも過去の大会戦でも実際に戦場で戦っているのは大体三個か四個、多くても六個艦隊が精々です。おかしいとは思いませんか?イゼルローン回廊を保持して、いつでも攻めて来れるのにやらない。たまにドッときて、終わり。こんなことをもう百五十年もやっている。攻撃に関する主導権を握っているのは帝国なのに、ですよ?」
「ううむ…確かにそうだ。無知をさらしているようで恥ずかしいが、何故だ?」
「単純です。定数を保持出来ないからです。またはその必要性を感じていない。その点に関しては同盟は偉い。曲がりなりにも定数の十二個艦隊を保持している、国防に関しては手抜かりがない。まあ、この事は今の話にはあまり関係ないのですけどね」
三人とも呆気にとられている。そうだろうな、目の前にある戦いの話をしているのに、帝国全体の話をしているんだからなあ。…ファーブルちゃん、コーヒーじゃなくてアイスティーをポットごと貰ってきてくれ。
話疲れるけどいい暇潰しになりそうだ。 

 

第十一話 過去、現在、そして明日へ

宇宙暦788年6月10日16:00 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 三人とも呆気にとられている。そうだろうな、目の前の戦いの話をしているのに、気がついたら帝国全体の話をしているんだからなあ。
「ヤマト、それが今回の戦いとどう関係があるんだ?」
「そう焦るなよオットー。まだ続きがあるんだから…では何故帝国軍は定数の艦隊を保持出来ない、あるいはしようとしていないのか。何故でしょう?原因はちゃんとあります」
「質問形式はもういい、先を聞かせてくれないか?先生」
「そうですよ!私こんな話初めてだから楽しくて。先をお願いします、先生!」
「…分かったよ。参謀殿、宜しいですか?」
「…先生、頼む」
「…了解しました。…宇宙暦669年に遡ります、時の銀河帝国皇帝コルネリアス一世による大新征が始まります。帝国はそれに先立って入念な下準備をしました。同時に『元帥量産帝』でもあったコルネリアス一世は合計して59人もの元帥を作り出しました。量産品とはいえ、軍事的才能が全くない訳ではなかったと思います、元帥ですからね。才能のありそうな順に艦隊の編成を始めた結果十八個、という事になったのだと思います。十八個という数も暫定だったのだと思いますよ。元帥一人に一個艦隊でも、五十九個艦隊必要なのですから」
アイスティーは正解だった。オレンジが無いのが残念だ。

 「本当に五十九個艦隊も作られては困る、十八個でも軍事費でパンクしてしまう、だが量産元帥がいる手前ダメとも言えない、皇帝陛下、とりあえず編成予定にはしてくれませんか?と政府がお願いしたのでしょう。その結果、編成の終わった数個艦隊で新征に望んだのだと思います。後は記録の通りですが、戦いに引き連れて入った五十九人の元帥のうち、三十五人が戦死しています。その後コルネリアス一世は元帥号を誰にも授与していません。自然に艦隊編成の話も消えて、十八個という数だけが残ったのだと思います」
「それで?」
「十八個は無理でも何とか数を揃えようと帝国軍は頑張った。でもそんな努力をかき消す大事件が起きます。『730年マフィア』の登場です」
「分かったぞ。『軍務省の涙すべき四十分』だな」
「はい。第二次ティアマト会戦で、帝国軍は軍中枢、将来正規艦隊を率いるであろう若手士官や軍事に練達した貴族指揮官、そして多数の艦艇を失った。同盟もアッシュビー提督と『730年マフィア』の結束を失いました」
「それがイゼルローン要塞の建造に繋がる…」
「そうです。帝国軍の損失は深刻なものでした。特に貴族指揮官を多数失ったのが決定的でした。彼等の跡を引き継ぐであろう貴族指揮官の子弟達はまだ子供だったからです。この戦い以降、帝国貴族の質の低下が始まった、と言われています。子供達を鍛えるべき親兄弟親戚が皆、戦死してしまったからです。でも悲しんでばかりはいられない。宇宙艦隊を再編しなくてはならない。しかし再建には時間がかかります、そこでイゼルローン回廊に要塞を建造して、回廊を封鎖することを考えた」
「それからは今の情勢か…ウィンチェスター、君は勉強家だな。しかし我々が当面気にすべきは前哨宙域の戦いであって、歴史ではない。今までの話がどう繋がるのだ?」

 セッカチだなあ、せっかく暇なんだから、暇潰しに付き合ってもらわないと困りますねえ。それに現状を理解するためには過去の経緯がすごく大切なのですよ。概説を軽んじてはダメですよ、ドッジ君。
「…イゼルローン要塞が完成した結果、イゼルローン回廊内や帝国から見たイゼルローン回廊出口、いわゆるこの辺りの事ですが、戦場が同盟側に固定されたために、帝国軍は無理に艦隊の数を揃えなくてもよくなったのです。ですが帝国軍は二つの問題を抱える事になりました。平民の台頭と、門閥貴族による軍の私物化…私兵、軍閥化です」
「なんだと」
「現実問題として、指揮官は揃えなければならない。失った貴族指揮官の穴は平民が埋めることになりました。ということは軍の将来は平民が担う事になりますが、帝国政府、軍としてはそれは避けたい。平民は潜在的な反乱階級だからです。彼等に力を持たせる事は避けなければならないとなると軍の中枢は貴族が担う事になりますが、彼等はその能力を失っている。現状では貴族は軍をコネ作りや自家の勢力伸張の場所として利用しています」
「そんな事になっているのか。どうやって調べたんだ」
「帝国を批判する出版物はたくさんありますし、フェザーンから入ってくる情報からでも推察は可能ですよ。現に門閥貴族の抱える私兵は、帝国軍所属には違いないでしょうが、帝国軍宇宙艦隊…正規艦隊の命令系統からは外れているとしか思えません。一応宇宙艦隊司令部には出撃許可を取るとは思いますけどね。暇なので過去の戦闘記録や、捕虜の尋問記録を調べましたが、帝国軍によるイゼルローン回廊内や近隣星系の哨戒は宇宙艦隊の命令系統に属するイゼルローン要塞駐留艦隊や、それに付随する哨戒部隊が行っていますが、遭遇戦の殆どはやはり正規艦隊に所属していない分艦隊が行っていました。貴族達が武勲欲しさにやっているのですよ」

 「…正規艦隊でもない貴族の遊びに付き合わされているというのか、我々は」
「…遊びかどうかは分かりませんが、そうなりますね。ここで話がやっと目の前の問題に下りてきます。武勲を欲しがる人たちというのはどういう人たちですかね?」
「見返したい、抜け出したい、期待に応えなくてはならない…そんなところか?」
「そうですね。貴族でも前線に来るのはそういう人達です。そういう人達が援軍なんて他人の手を借りると思いますか?」
「借りない、だろうな」
「宇宙艦隊司令部も簡単には援軍は出さないでしょう、出兵計画にはない出撃でしょうから。まあイゼルローン要塞は宿として提供するでしょうけどね。…まあ話を戻すとそのイゼルローン要塞があるから簡単に攻め込まれる心配はないわけで、宇宙艦隊司令長官の信頼の置けるものだけを艦隊司令官にして…現状としては九個艦隊程度あると思っておけばいいんじゃないですかね。帝国軍も予算で動く訳ですから、余裕があるわけではないでしょう。示威行動としても貴族達が出撃してくれるのはありがたい筈です」

 ドッジ准将は考え込んでいる。
「しかし、奴等の心配をする訳ではないが、貴族だけで出撃などしたら、ひどい事にはならんか?奴等は軍事的には素人なのだろう?」
「基本的には帝国軍です。指揮官が貴族のお坊ちゃんだとしても、支えるスタッフや乗組員達は軍の正規教育を受けているわけですから、それほどひどいものではないと思いますよ。ですが、貴族達にとって一番大事なのは前線に出た事であって、戦果は二の次だと思います。統帥本部や宇宙艦隊司令部も勝てば儲け物、ガス抜き位にしか考えていないのではないでしょうか」
「ひどいものだな」
「ですね。でも貴族達に適当にやらせといた方が、帝国軍も都合がいいのですよ」
「何故だ?」
「貴族の持つ力が強すぎるからです。平民が活躍し武勲を上げ昇進する。云わば平民が大きな顔をするわけですよね、貴族達にとっては。それは彼等にとって面白くない。そういった彼等の鬱憤が内に向いた時が恐ろしい。貴族達、特に門閥貴族が軍組織を私物化しようと本気でその影響力を行使しだしたら、帝国軍内部は分裂、派閥化してバラバラになってしまいます。現にそうしようとしていてもおかしくありません。帝国軍の首脳部も貴族には違いないが、彼等は元々軍人を輩出してきた軍事貴族の名門、専門家で、いわゆる門閥貴族とは違います。専門家ではない貴族たちの専横は面白くないのです。ですから貴族の私兵達に好きなように出撃させてやれば、貴族達にも活躍の場を与えた上に、帝国の潘屏としての面子も立ててあげられますから、都合がいいのです。要は面子なのです。だから無理に戦わずとも、こちらから徐々に退いてやれば、彼等の面子が立ちますからね。そうすれば彼等も退きますよ。大艦隊ならともかく、遭遇戦程度の兵力で同盟をどうこうできるなんて彼等も思っちゃいませんからね」

 ドッジ准将は大きく息を吐いた。
「目の前での戦闘の話が、こんな大きな話になるとはな」
「元々こういう話は好きですし、歴史も好きですからね。先生になった気分で楽しかったです。参謀殿、失礼な態度があったら先に謝っておきます、申し訳ありませんでした」
「そんな事はない、楽しかったよ。任務に忙殺されると、こういう事を考える余裕がないからな」
オットーとファーブルちゃんはまだ呆気にとられたまま俺を見ている。
「ヤマト…お前、いつそんな勉強してたんだよ?」
「昔からだよ」
そう、昔から…。

 「ウィンチェスター、ところで君は士官になる気はないか?」
「なぜですか?」
「君がアッシュビー元帥の再来かどうかは分からない。だが先日君が見せた作戦立案能力、そして今話したような識見は士官の立場で活かされるものだ。…これは決して君達兵士の立場を卑下しているわけではないぞ。だが才能を活かすには立場が必要だ。君の才能は下士官という立場では活かされない才能なのだ。分かるかね?」
「それは…分かります。ですが、私はまだ若造ですし、しかもこの間昇進したばかりですよ?」
「それは関係ない、士官になる道は三つある。士官学校に入学する。武勲、功績立てて昇進する。まあこれは通常だ」
「ではもう一つは何ですか?」
「士官学校に入るのには変わらないが、将官推薦で入学するのだ」
「そんな事が出来るんですか?」
「推薦枠があるのだよ。下士官兵のうち、特に優秀と認めた者に許される制度だ。普通に功績を立てれば士官にはなれるのだから、あまり使われないがね。その点、君は下士官術科学校を出ているし、直接分艦隊の勝利に結び付くような功績をあげている。充分に推薦の条件を充たしている」

 ほぇー。そんな制度があったのか。確かに、直接将官に推薦される下士官なんてあまりいないだろう。
でも…また学校に戻るのか?一人じゃ嫌だなあ。
「ありがたいお話ですが、ご期待に添えるかどうか…当然中途編入で入学ですよね?」
「そうだ。階級と過去の軍歴を加味して、二年生に編入される」
「編入でしかも将官推薦枠で、なんて…在校生からの風当たりが強くないですか?」
「それはあるだろう。だから君一人では辛かろうと思って、バルクマン兵曹長とダグラス兵曹長も推薦しておいた」
「おいた…って、もう決定事項なんですか!?」
「可否はまだ分からんよ。もしも推薦が通らなくても、推薦に値する人物、という評価は残る。となると嫌でも士官への道は近いという事になる。…現在の行動が終わる頃には結果が出るだろう。生き残る事だな、ウィンチェスター。そろそろ私は戻るとするよ」



6月10日17:00 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
オットー・バルクマン

 「ヤマト、お前といると楽しいよ」
「ありがとう」
「ありがとう、じゃないよ!士官学校だぞ!?俺は嫌だぞ?」
「俺だって嫌だよ。でも断れると思うか?相手は准将閣下だぞ。まあ断わるも何も、既に推薦されてるんじゃ断り様もないけどな」
「はぁ…また学生生活かよ。ハイネセンに戻れるのは嬉しいけどさあ」
「マイクは喜ぶだろうな」
「ああ、絶対に喜ぶ。あいつ何してるのかな。もうハイネセンに戻っちまったかな」

 全く…なんでこんなことになっちまったんだ。
ヤマトの奴、妙な所で妙に鋭くて、見ていて不思議なんだよな…。変に落ち着いててオッサン臭いし。
「ヤマトさあ」
「何?」
「お前、さっきの話といい、いつの間にあんなに勉強してたんだ?」
「昔から、って言ったじゃないか」
「軍に入る前から、って事か?」
「そうだよ」
「そうだとしても、中学生の知識レベルじゃないんだよな。…お前本当に18歳か?」
「実は48歳…って言ったら信じそうで怖いからやめとく」
「確かに信じてしまいそうで怖い。それにしても、帝国軍の事なんてどうやって調べたんだ?市販されてる本の内容じゃない気がするんだけど」
「いや、あるよ」
「え?なんて本だ?」
「銀河英雄伝説」
「…銀河英雄伝説??どんな本だ?」
「…フェザーンで出版された本さ。…自家出版で売り物じゃないから、もう手に入らないけどね」
「お前はどうやって手に入れたんだ?」
「実家にあったんだよ」
「…なんか嘘臭いな。そんな都合よく帝国の内情を調べた本なんてあるもんか。大体そんな
本があるなら、同盟軍がほっとかないだろ」
「…まあな、嘘だよ。本当にあったらお前にも見せてるさ」



6月10日17:10 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
オデット・ファーブル

 ウィンチェスター曹長がハイネセンに戻る…。久しぶりに年下と付き合えると思ったのに!
頭も良さそうだし、下士官だけど前途有望だと思ったのになあ…。
「戻っちゃうんですね、お二人とも」
「まだ決まった訳じゃないさ。嫌なのは本当だし、ここが気に入ってるからね」
「本当ですか?でもバルクマン曹長はハイネセンに戻れるのは嬉しいって…」
「ハイネセンに戻れるのは俺だって嬉しいよ。でも休暇で戻るくらいで丁度いいんだよ。俺はこの(ふね)が好きだし、離れたくはないね。オットーだってそうだろ?」
「そうだな。ハイネセンに戻れるのは確かに嬉しいけど、それとこれとは話が別だな。みんないい人だしさ。それに着任していきなり戦闘で、しかも昇進までさせてもらって、愛着が涌かない訳ないだろ」
「そうなんですね…でも戻っちゃうんですよね…多分」



6月10日17:15 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 やっぱり、先の出来事を知っているのは良くないな。どうしても口出ししたくなるんだよな…。転生者の悪い癖だ。こればかりは職業病みたいなもんだから仕方ないか。
この行動が終わったら、士官学校か…。
あれ?2年生に編入ということは、アッテンボローの一期下になるのか?同期になるのか?
それはそれで楽しそうだ。でもなあ、多分このあとエル・ファシルの奇跡だろ?
士官学校入校はともかく、どうにかしてエル・ファシルから抜け出さないといけないんだよ。
…また口出しするか。
「オットー、このあと調べものを手伝ってくれ」
 

 

第十二話 エル・ファシルの奇跡(前)

宇宙歴788年6月8日01:00 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦セマルグル
アーサー・リンチ

 「司令官、敵が二つに別れました。敵前方集団、約八百隻。これよりA集団と呼称します。敵後方集団、約千二百隻。これよりB集団と呼称します。敵の両集団共に、わずかづつですが、徐々に近づいてきます」
「命令、現陣形を維持し、等距離を保ちつつ後退せよ。…敵の意図は何だと思うかね?」
「はっ…現陣形を維持し、等距離を保ちつつ後退せよ!……兵力は敵が優勢ですが、戦い方によっては我々に状況を覆されかねません。よって、状況を更に有利にする為に、現段階では我々の分艦隊の無力化を意図しているのではないか、と思われますが…」
「私もそう思う。が、何だね?」
「何故敵は一気に距離を詰めないのでしょうか。敵は優勢なのですから敵A集団、B集団共に我が方の分艦隊にそれぞれが攻撃を仕掛ければ、こちらは当然本隊がどちらかに救援に向かいます。我が方はどちらかの分艦隊を失う覚悟をせねばなりません」
「それはかなりきつい一手だな。こちらは本隊両翼前方に第1、第3分艦隊を置いている。奴等が横並びでこちらの中央めがけて距離を詰めてきて、こちらの両分艦隊を中央から外に圧するように別れたなら、かなりまずい」
「そうですね、その場合どちらかの分艦隊を救援に向かうと、もう一つの分艦隊は完全に孤立します」
「だろう?…敵はそれに気付くかな。気付く様なら、右翼の第3分艦隊は中央に合流させた方がいいかも知れん。彼等は数が少ない」
「…第3分艦隊に合流の指示を出されますか?」
「私は気付く様なら、と言ったぞ参謀長。しばらく現在の位置関係で様子を見よう。それでも敵が何の動きも示さない様なら、急進して敵のA集団を半包囲する」
「しかし、それでは敵B集団は敵A集団を迂回して、我が方右翼側面か左翼側面に食いつこうとするのではありませんか?」
「そうだろうな。だからこちらは全力斉射でA集団を潰しにかかるのだ。敵B集団がこちらに食いつく頃には、敵A集団は半壊寸前だろう。そうなればB集団は我が方に食いつきつつA集団を救おうとするだろう。そこでこちらは退くのだ。…過日の第2分艦隊に倣う、二時間きっかり全力斉射して後退する」
「なるほど。ですがどちらに食いつかれても両翼が耐えきれるか分かりません。今の内に警戒するよう伝えようと思いますが、宜しいでしょうか」
「そうしてくれたまえ」



6月10日17:15 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 「ヤマト、調べものって、何を調べるんだ?」
「エル・ファシルの民間人の数さ」
「…民間人の数……?そんなデータ、この(ふね)にはないだろう?そもそも有ったとして、調べてどうするんだ?」
自由惑星同盟って不思議なんだよな。有人惑星のある星系に警備艦隊があるのは分かるんだけど、中核となる戦力がいないんだよな。せめて一個艦隊でもエル・ファシルに常駐していれば、もっと楽だと思うんだけどな。それかジャムジード辺りに三個艦隊くらい常駐させるとかすれば、最前線は精神的にも物理的にもだいぶ楽だろうに、と思う。
いちいちフェザーン経由で情報もらって、帝国が攻めてきます、じゃあハイネセンから何個艦隊出撃…なんて、タイムロスが有りすぎるだろ…本当に自分達の領土を守る気があるのか??民主共和制の軍隊なのに民間人を守る、という色が希薄なように見える。

 「いや、うちの本隊が負けたらどうするのかな、と思ってさ」
「え?負けるって事はないだろ。負けたってハイネセンから増援が来れば巻き返せるさ」
「同盟軍だけならそれでいいけど、エル・ファシルはどうなる?」
「どうなる、ってそりゃあ…民間人を脱出させる計画くらいはあるだろ」
「そりゃああるだろうさ。問題はそれを民間人に周知徹底させてるかどうかだよ。俺達訓練されてる人間だって緊急出港でめちゃくちゃ混みあうんだぞ。それを民間人にもやってもらう…想像できるか?」
「…単純にパニックだな。でも俺達がやらなくても」
「戦闘中の本隊は自分達で精一杯さ」
「じゃあエル・ファシルの地上作戦室は」
「前哨宙域と何個星系またいでると思う、危機感がないんだよ。負けた時を想定していれば呑気に補給艦出そうか、なんて言わないよ。それにあそこは艦隊が出撃してしまえば、補給管制がメインの仕事になる。何も考えてないと思うぜ」
「なんてこった」

 百五十年も戦争してたら麻痺しちゃうのかな。戦闘始まったから避難の準備を、なんて毎回やってたらエル・ファシルの経済活動や市民生活はめちゃくちゃだろう、やってないだろうな多分。エル・ファシルが落ちた、なんて事がないから危機感が無いんだろうな。平和ボケではなくて戦争ボケか。
「でも、どうやって司令部に持ち込むんだ。前はカヴァッリ大尉が暴走してくれたけど」
「うーん、艦長にいうしかないな。その前に副長か。ドッジ准将に直接言ったら今度は怒られそうだ」



6月10日16:00 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦セマルグル
アーサー・リンチ

 これ以上下がるとティアマト星系外縁部に入ってしまう。後退を続けても等距離で追って来るだけで何もしてこない。丸二日半も稼いだし、これ以上下がるのは危険だろう。
「オペレータ、敵A集団とB集団の間はどれくらいだ?時間的距離で頼む」
「はっ…およそ三十分です!付け加えますと、我が方と敵A集団の距離は三十光秒、至近です!」
「了解した…司令官、お聞きの通りです」
「気の利くオペレータだな。よし、全艦に作戦の伝達は完了しているな?」
「はっ」
「では始めよう。全艦、後退やめ。全艦前進。…砲撃戦用意。艦隊速度、第一戦速で敵に逆撃を加える。旗艦の発砲は待たなくてよい。敵A集団の先頭が有効射程に入り次第砲撃開始。全力斉射だ」
「了解しました。…全艦、砲撃戦用意!」



6月10日17:40 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、
第2分艦隊司令部 セバスチャン・ドッジ

 「旗艦艦長は、あの下士官達の言う事を真に受けるのですか!?」
声をあらげているのはウインズ中佐だ。彼も前回の戦いの恩恵を受けた一人だ。おこぼれ昇進にあずかった形なのが気に食わないらしい。その作戦を立案したのが下士官乗組員で、それが採用されたのも気に食わないらしい。司令部所属でないとはいえ、上位者に対する態度としては決して誉められんな。

 「…充分真に受けておるよ。でなければ司令部にこのような話を持ち込む訳はなかろうて」
パークス准将。彼も前回の戦いで昇進した。旗艦艦長は本来大佐が務めるが、退役前ともあって昇進後もアウストラの指揮を執ることが許された。
「では、旗艦艦長もリンチ司令官が負けると仰るのですか?」
「負けるとは言っていない。だが、ウィンチェスター曹長の言う事も尤もだ、とは思わないかね?」
「…確かに尤もではあります。ですが、ジャムジードからの増援が来れば、充分に勝利は可能ではありませんか」
「…ダウニー司令、彼等に言っておらんのですか」
「…何の事です?司令」
…何の事だ?
「…ジャムジードからの増援は来ない。ジャムジード警備艦隊は出撃準備を整えていたが、国防委員会に止められたのだ。ジャムジードの艦隊兵力は千隻、もし更に帝国軍が増援を繰り出した場合、ジャムジードからの増援では焼け石に水の様なものだと。第1、第2艦隊を増援として派遣するので、それまで帝国軍を食い止めろ、との事だ」
「そんな…馬鹿な…いえ、失言でした、申し訳ありませんでした。司令のお言葉を疑う訳ではありませんが、それは事実なのでしょうか」
「事実だよ、ウインズ中佐。事実だからこそ、リンチ司令官は不利な状況にありながらも前哨宙域から後退されないのだ」



6月10日18:30 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上作戦室、
ヤン・ウェンリー

 「私がですか?」
「それはそうだろう。私はただの作戦室長で、末席とはいえ君は司令部の作戦参謀ではないか。民間人に与えるイメージを考えてみれば君の方がいいイメージを与える事が出来ると思うがね」
「…そんなものでしょうか」
「そんなものだよ。それに作戦室は要請に従って民間船の徴用準備と民間人の乗艦の割り振りの計画を立てねばならんのだ。実際暇なのは君しかいないんだよ。よろしく頼む」
「了解しました。これよりエル・ファシル合同庁舎に出向き、脱出計画の説明にかかります」
「よし、かかれ」

 体のいい厄介払い…いや、よそう。
イメージ云々はともかく作戦室長の言う事は尤もだ。艦隊司令部が出張らないと市民は納得しないだろう。問題なのは私の階級が伴ってない、という事だけだ。
それに民間船の徴用準備も乗船計画も急を要する。厳密には私は部外者ではないが、私が居たって邪魔なだけだろう。
それにしても、私はどうしてこうも事務処理が不得手なんだろう…歴史書を読むのは得意なのに、何故書類を読むのは苦手なのか。それがなければこうも厄介払いは…いや、よそう。



6月10日18:30 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、
第2分艦隊司令部 ギル・ダウニー

 「主任参謀、補給艦はエル・ファシルに向かったかね?」
「はい。明後日の昼頃にはエル・ファシルに到着予定です」
「そうか。補給艦にはどれくらいの人間を乗せられるのだ?」
「十万トン級三十隻、二十万トン級十隻ですから、乗船者の為の最低限の飲料水と糧食を搭載しても、無理をすれば百万人は乗船させられます」
「そうか。そういえば、艦隊陸戦隊の強襲揚陸艦もあったな」
「はい。陸戦隊の装備を載せずに補給艦と同様の措置をとりますと、二百隻で五万人は乗船させられます」
「そうか…宜しい。ところで、今回もウィンチェスター君の発案かね?」
「そうです。彼は…司令の仰るようにアッシュビー元帥の再来かもしれません」
「…賛同者が増えて嬉しいな、それは。しかし、何故そう思うようになったのかね?」
「彼がこの案を持ち込む前の事です、食堂で私は彼と話す機会がありました。彼の同期や部下もいたのですが、話の内容は前哨宙域で戦っている味方の事でした。自分が警備艦隊司令官ならどうするか、と」
「ほう」
「彼は戦わないと言いました。戦わずとも、敵の面子を立ててやれば、敵は退くと」
「面白い考え方だな」
「その答えに至るまでの彼の考えがまた興味深いものでした。まるで見てきたかのような、既に確定事項のような…充分に有り得る、そのような推論でした」
「見てきたかのような、既に確定事項のような、か」
「士官学校への編入を推薦したことも話しました」
「…推薦したのか、彼を」
「はい。最初は驚いていましたが、後は平然としていましたよ」
「そうか…推薦したか。では死なせてはならんな。主任参謀、旗艦艦長を呼んでくれないか」
「了解しました」



6月10日17:40 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦セマルグル
アーサー・リンチ

 「司令官、敵B集団、我が方の右翼前方、二時方向に移動しつつあります。こちらの右翼側面または右翼後方に回りこもうとしているようです」
「……よし、第1分艦隊に命令、敵A集団に突撃せよ。命令、第1分艦隊突撃後、本隊と第3分艦隊は敵A集団への攻撃を続行しつつ九時方向に移動、敵B集団に正対する。陣形そのまま、急げ」
「了解しました。…第1分艦隊はA集団に突撃せよ!…本隊、第3分艦隊は九時方向にスライドしつつB集団に正対する!B集団との相対距離を保て!」
第1分艦隊が約三百五十隻、敵A集団は…約五百隻くらいか。突撃が成功すれば、敵A集団を釘付けに出来る。こちらの本隊、第3分艦隊で約千隻、敵B集団がおよそ千二百…正対すれば戦線の維持は可能だ…なんだ?
「こ、これは…敵A集団が後退しつつあります!敵B集団、陣形再編中…紡錘陣をとる模様!」
紡錘陣だと?…しまった!こちらを分断に来たか!
「急速後退だ。スパルタニアン(単座戦闘艇)を出して近接戦闘の準備をさせろ…どうした?」
「司令官、第1分艦隊が後退する敵A集団を追って陣形が崩れ出しています。突撃準備には時間がかかるものと思われますが、続行させますか」
「続行だ。引き続き突撃隊形への再編急げと伝えろ」
「了解しました…二時方向より敵B集団、向かって来ます!」
 

 

第十三話 エル・ファシルの奇跡(中)

宇宙暦788年6月10日19:00 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ ヤマト・ウィンチェスター

 「ウィンチェスター曹長ほか一名入ります。艦長に呼ばれて参りました」
「まあ、楽にしたまえ。補給艦がエル・ファシルに帰還中なのは知っているな」
「はい」
「君達の懸念が組織を動かした訳だ。中々無い事でもあるし、そのような乗組員を部下に持つ身としては、非常に鼻が高い」
「ありがとうございます」
「が、内容が内容だ。私もダウニー司令も本隊が負けるとは思わない。まあ思っていたとしても口が避けても言いたくないがね。…万が一負けたとすれば、避難計画は計画では無くなる。味方が負けるという事は、帝国軍のエル・ファシルへの来襲が予想される訳で、計画の実行、成功には非常な困難を覚悟せねばならない。そして避難対象者は民間人な訳だが、概算で二百万人の民間人がエル・ファシルには存在する」
「…予想はしていましたが、実際に考えるとすごい数ですね」
「そうだな。一個艦隊強の人間を運ばねばならん。一人の損害も無く、だ」

 ヤンの達成したことがどれだけすごい事かよく分かる。
事故も遅延も許されないのだ。寒気がする。
軍隊だけならまだ楽なのだ。軍事行動の場合は許容出来る損害を含めて計画を立てる。これは銀英伝に限った事ではなくて、現実でもそうなのだ。まあ許容出来る損害の中には絶対入りたくないが…。
大体一割、多くても二割くらいが戦闘時の損耗や行動中の事故で失われると想定して計画を立てる。
となると、二百万人の一割は二十万人、二割なら四十万人の被害が出る事を許容する事になる。冗談じゃない、民間人にこれだけ被害が出たら、同盟軍の信頼どころか自由惑星同盟が崩壊しかねない。
民間人の被害を当たり前と考える軍隊など誰も信用しないし、それを許す政府も同様だ。ヤンさん、偉いよあんた。同盟自体を救う事になるんだから…。

 「確かに、そうです。民間人に被害が及ぶ事は許されません」
「その通りだ。地上作戦室では既に民間人の実数の集計や乗船割の策定を進めている。が、計画と実際に齟齬は付き物だ。そこで、ここから本題だ」
「はい」
「避難計画を発動する場合、その円滑な実施には計画実行者と計画発案者の強固な連帯と迅速かつ明瞭な意志疎通が必要である、と分艦隊司令部は考えている。そこで、計画発案者たるウィンチェスター曹長と、それを補佐するスタッフをエル・ファシルに早急に移送してもらいたい、分艦隊司令部からと要請があった」
「避難計画は第2分艦隊司令部主導で行うのではないのですか」
「計画主導はあくまで警備艦隊司令部だ。幸運なことに、緊急出撃に間に合わなかった作戦参謀が地上作戦室にいるのだ」
「了解しました。…差し出がましいようですが、リンチ司令官はご存知なのですか?」
俺がそう言うと、パークス艦長は大きく息を吐いた。いらん事を聞いた、どうやらここから先はオフレコの様だ。

 「…知っていたら分艦隊司令部は苦労はせんよ。補給艦を戻した事も、この避難計画も、言わば独断だよ。みんなリンチ司令官の名前で行ってはいるがね」
「そうなのですか?」
「前哨宙域では新たな戦闘が始まっている。当然気も立っているし、余裕もない。そんなときに暇な我々が”避難を考えた方がいいのでは“何て言ってみろ。“俺たちが負けると思っているのか、暇人どもめ”なんて事になるだろう?」
「は、はあ」
「そして言い出したのは誰だ、という事になる。”旗艦乗組の下士官です“なんて事もとても言える事じゃない。だったら黙ってやった方がいいとは思わんかね?」
「ま、まあ」
「味方が勝っていれば、内輪の口頭注意で済む話だ。独断は誉められないが、非常時の事を考えていて真に宜しい、避難訓練、真に宜しい、となる。それが警備艦隊司令官の名前で命令された様に手回しが済んでいれば尚更だ」
「…負けていた場合は」
「…考えたくはないが、戦いに精一杯で民間人の事を顧みる暇はなかった、とは言えないだろう?だが警備艦隊司令官の名前で避難命令が出されていればどうだ?戦いには負けたが民間人は救った、最低限の任務は果たした、宜しい、となる。軍の名誉は守られる」
「なるほど、命令を出してさえいれば、勝てば誰も傷つかないし負けても言い訳が出来る、と言う訳ですね」
「ハハ、君は口が悪いな。では…2100時に駆逐艦オーク34が接舷するので、移動の準備をしたまえ」
「…第2分艦隊はエル・ファシルに戻らないのですか?」
「我々は前哨宙域に向けて移動する。…本艦乗組、短い間だったがご苦労だった。これからの君達の活躍に期待する。以上だ」



6月10日18:30 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦セマルグル
アーサー・リンチ

 第1分艦隊の突撃は半ば成功、半ば失敗した。
敵のA集団の後退に引きずられた第1分艦隊は、突撃隊形を完全に作る事が出来ないまま、敵A集団に突撃した。敵A集団が更に後退し、第1分艦隊を半包囲、この運動によって敵同士を引き離す事には成功したが、こちらも敵B集団の突破を避ける為に後退した結果、第1分艦隊との連携を完全に断たれてしまった。
「司令官、第1分艦隊が孤立しています。右翼第3分艦隊を前進させて敵B集団を迂回させ、反時計回りに敵A集団の左側面を突きましょう」
「…いい案だが却下だ。それを行うとこちらが敵B集団の突破を許してしまう。引き続き第1分艦隊には後退しろと…いや待て」
…どのみち突破されるのは時間の問題だ。その後はどうするか…全艦反転…いや駄目だ。…そうか!
「参謀長、第3分艦隊との間を徐々に空けろ、本隊を九時方向にスライドさせるんだ。第3分艦隊には敵にわざと突破させるから、頃合いを見て急進して敵A集団の左側面を突け、と伝えろ。敵B集団がこちらを抜けたら本隊も急進、第3分艦隊の後方より迂回して敵A集団の右側面を突く!急げ」



帝国暦477年6月9日13:30 イゼルローン回廊、イゼルローン要塞、イゼルローン駐留艦隊司令部
ヴァルテンベルク

 「閣下、軍務省よりFTL(超光速通信)が入っております」
「判った。自室で受ける」
全く…。どうせ回廊出口での遭遇戦の事だろうが面倒な事だ…。

 “忙しい所を済まぬな、ヴァルテンベルク”

 忙しいと思うのなら止めてくれ。
「いえ、回廊出口以外は全く平穏無事であります。忙しいという事もありません」

”ほう、忙しくはなかったか、それなら丁度良い。たった今卿の口にした回廊出口の事だ“

「はい。何かご懸念がございますでしょうか」

”今出撃していたのはコルプト子爵であったな“

「そうです。第206任務艦隊です。優勢に戦いを進めていると側聞しておりますが」

“ブラウンシュヴァイク公の言葉からはそういう印象は受けなかったな”

「…後詰、という事でしょうか。」

”そうは言ってはいなかったな。ただ、一門の長として、陛下に不恰好な報告はしたくない、とは言ってはいたが“

「…現在、イゼルローン回廊内を訓練を兼ねてメルカッツ艦隊が哨戒中であります。ところで、この通信の事は統帥本部長、宇宙艦隊司令長官もご存知なのですか?」

“いや、卿への陣中見舞いを兼ねた私信のつもりだが…何か、私が間違っているのだろうか”

「…いえ、小官ごときへのお心遣い、真にありがとうございます。そういえば、メルカッツ艦隊の哨戒範囲は回廊内だけでなく回廊出口周辺宙域まで広がっていたのを失念しておりました。真に申し訳ございません」

“いや、よいのだ。忙しい所を済まなかったな”

 全くもって不愉快だ!毎度の事ながら、自分のケツも拭けんとは!帝国の藩弊が聞いて呆れる!
何故俺がメルカッツに連絡せねばならんのだ!俺が頼んだ様に見えるではないか!

”お待たせ致しました。何か緊急事態でも起きましたか“

「いや、そうではない、そうではないのだメルカッツ提督。…異常はないか?」

“回廊内に異常は認められません。おかげで訓練も順調です”

「そうか!それは良かった。では、訓練日程は予定通りか?」

”いえ、順調すぎて二日ほど繰り上げて終了出来そうです。こちらからも連絡せねばと思っていたのですが、前倒しでの寄港は可能でしょうか“

「いや、それは可能だが」

“何かご懸念が……回廊出口、でしょうか”

「いや、少し気になるのでな。コルプト子爵は優勢に戦っておるそうだが、卿の艦隊の姿を見れば、更に勇気づけられるかもしれぬ。少し姿を見せるだけでよいのだ、ご足労かけるが、お願いできようか」

”かしこまりました。遠巻きに眺めておればよいのですな“

「そう、眺めているだけでよい。真に面倒な事だが、善処を期待する。以上だ」



宇宙暦788年6月11日04:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル第2軌道上、
駆逐艦オーク34 ヤマト・ウィンチェスター

 「おい、ヤマト、もう到着だぞ。駆逐艦って、飛ばすとめちゃくちゃ早いんだな、って……お前、大丈夫か?」
「オットー、俺は何をやっているんだろうな」
「…どうしたんだ、急に」
俺は何をやっているんだろう。
第2分艦隊は俺達を置いて行ってしまった。味方を助ける為に。
俺が調子こいて、”民間人の避難の必要性が”なんて言わなければこんな事にはならなかった。エル・ファシルの民間人はヤンがきちっと助けてくれるんだ、なぜ警備艦隊を救う事を考えなかった?
リンチだって捕虜にならずに済むのに、俺のやった事はただ原作知識を利用して、自分が死なない為だけに警備艦隊を見殺しにしただけだ。
パランティアで俺の意見は取り入れられた。今回も俺の意見が取り入れられた。多分次だって取り入れられるだろう。
…じゃあ何故やらなかった!
分艦隊司令部に、”警備艦隊司令部に撤退を意見具申してください”と何故言わなかった!言っても不審がられるだけ?その立場じゃない?人の命とどっちが大事だ、馬鹿野郎!!

 「…おい!!」
「あ、ああ。大丈夫だ。…これからどうするんだっけ?」
「全然大丈夫じゃねえじゃねえかよ…ヤマト、お前パークス艦長と話した後からおかしいぞ?…シャトル乗り換えて、地上に降りて、基地の地上作戦室に行くんだろ?」
「そうだったな、そうだった。……オットー、何でこんな事になっちまったんだろうな」
「何でって…お前が言い出したからだろ。こう言っちゃなんだけどな、誰もエル・ファシルの事なんて気にしてなかった、俺の周りだってそうさ。…この行動はいつ終わるんだ、いつ戻れるんだろう。気にしていたのはそこだけさ。任務に精励していない訳じゃない、みんな本音はそんなもんだ、多分な。それをお前が強烈に、現実に引き戻したんだよ」
「現実?強烈に?」
「そうさ。俺たちが何の為に戦っているのか、ということだ。アウストラの食堂で、ドッジ准将と話したろ?その後お前を手伝いながら少し俺も考えたんだよ」
「何を考えた?」
「目の前の敵に勝つ事も大事だし、早く帰りたいのも本当だ。でも横には民間人の事を考えている奴がいる。勝つ事、自分の事ばかり考えていないか?確かに味方が勝てば結果的に国も民間人も守れるさ、でもそれだけでいいのか、って。負けた時の事なんて考えたことなかったからな。ドッジ准将の言う通りさ、俺達の立場、階級の人間が考える事じゃない、俺達はただ言われた通りにやればいい、でも、俺の横にはそれをちゃんと考えている奴がいる。俺達は下っ端さ、でも下の人間が一番大事な事を考えてる。だから、艦長だって分艦隊司令部に言ってくれたんだと思うぜ」

 違う、違うんだ。俺は知ってる事をひけらかしただけだ、自分の事しか考えていないのは俺なんだよ。まだこの世界を見ていたかっただけなんだ。俺は結末を知ってるんだよ…。
エル・ファシル警備艦隊をめちゃくちゃにしたのは俺なんだ…!
「なんか、うまく言えないけどな。まあ俺の中身の無い頭じゃ、これが精一杯だよ。とにかく準備しようぜ」



6月11日05:30 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、
警備艦隊地上作戦室 ヤン・ウェンリー

 「兵曹長、ヤマト・ウィンチェスターおよび兵曹長、オットー・バルクマン。避難計画協力を命ぜられ、ただいま着任しました。よろしくお願いします」
「私はヤン中尉だ。よく来てくれたね。見ての通り、艦隊司令部の要員は私だけで人手が足りないんだ。宜しく頼むよ」
「はい」

 彼がウィンチェスター曹長か。今回の避難計画も彼の発案だという。…一体、第2分艦隊はどうなっているんだ?パランティアの戦いも彼が発案し作戦立案にも関わっている。優秀なのは間違いない、私とはえらい違いだな。
「あの、荷物を置きたいのですが、どうすればよろしいですか」
「ああ、済まない。ロッカールームは通路一番奥を曲がって左のドアだ。早速だが、荷物を置いたら私の部屋に来てくれるかい?」
「分かりました」
オットー・バルクマン曹長。ウィンチェスター曹長の同期か。端正な顔立ちだったな、さぞモテる事だろう…彼もパランティアの戦いの作戦立案に関わっているな。同期だから手伝っただけなのか、手伝わされたのか…。能力がなければ同期であっても手伝わせるような事はしないだろう、彼も優秀なんだろうなあ…。

 「荷物を置いてまいりました」
「二人ともまあかけてくれ。急にあてがわれた部屋なんでね、椅子の座り心地が悪いのは勘弁してくれ」
「はい」
「早速なんだが、計画の発案は君達だろう?何故第2分艦隊で行わないんだ?警備艦隊司令部がやることじゃないと思うけどね」
「避難実行後の事を考えて、です」
「避難実行後?」
「はい。そもそも避難計画はあるのですか?」
「…ない。いや、無くはないが百年前の計画だ。当時とはエル・ファシルの人口も社会情勢も違う。役に立たない」
「でしょうね。でも幸運な事に今までエル・ファシルが占領されるような事態はなかった。だから新しい避難計画は必要なかった。でも今まで必要なかったから、無くてもいいとは限りませんよ」
「そうだね」
「星系の防衛について責任を持つのは軍です。今の場合は警備艦隊です。その責任を果たせなくなったとき、どうしますか」
「当然、撤退するだろうね。民間人を連れて」
「ですよね。それに責任を果たせたとしても、避難が必要な場合はあります。警備艦隊が何も考えてないのはまずいのでは?と第2分艦隊は判断しました。ダウニー分艦隊司令の老婆心ですよ。あの方はリンチ司令官の元教官だそうですから」
「…警備艦隊司令官の名前で命令が出されていれば、勝っても負けても誰も傷つかない、か」
「そうですね」



6月11日06:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、
警備艦隊地上作戦室 ヤマト・ウィンチェスター

 ヤン・ウェンリー…前は見かけただけだったけど…こうやって目の前にしてみると普通すぎて何の感慨も湧かないなあ。前に見かけた時も思ったけど、頼り無さ感満載だ。どうにかしてやろうと思うか、駄目だこいつは、と思われるかのどちらかだな。リンチ司令官は後者だったのかな。
自分があの時何とかしてれば…って思うのは驕りだ、って、確かキャゼルヌさんが言ってたよな。ヤンがまともにリンチを補佐出来ていたらどうだっただろう。遭遇戦に勝って、エル・ファシルの奇跡は起こらないんだろうな…そしたらヤンの評価はまともなものになっただろうし、いずれ『魔術師ヤン』と呼ばれる事になっても軍首脳に素直に受け入れられたんじゃないか?昇進は遅くなるだろうけど、本人はあまり気にしないだろうし…。だめだ、切り替えなきゃ。

 「ウィンチェスター曹長、その、君は今回の戦いをどう思う?」
「前哨宙域の戦闘の事ですか?でしたらあまり意味は無いんじゃないですか」
「どうしてそう思うんだい?第一、今戦っている味方に失礼じゃないか」
「失礼しました。勝ち負けという事であれば、是非勝ってほしいです」
「そりゃあそうだろう。でも君は民間人を避難させる、または避難計画の必要性を感じた。…例えば負けたとする。エル・ファシルは当然失陥するだろう。避難させなくても、帝国軍だって民間人にひどい事はしないんじゃないかな。民心を得る必要があるからね」
「確かに民心を得る必要がありますね。当たり前に考えれば略奪暴行諸々禁止でしょうが、それを当たり前に考えるのは、我々が自由惑星同盟軍…民主主義の軍隊だからですよ」
「どういう事かな」

 本当に分からないのかな。それとも試されてるのかな。
「ヤン中尉、我々は帝国から見たらどういういう存在ですか」
「自由惑星同盟を僭称する反乱軍だね」
「そうですね。彼等にとって我々は対等の存在ではないのですよ。軍人民間人は関係ない、帝国に対する反乱者なのですから。いわば政治犯罪者だ。犯罪者はどうなります?」
「収監される…しかし、二百万人以上もいるんだぞ。無理だろう」
「やりますよ、帝国軍は。軍民関係ないのですから捕虜収容所にでも入れればいい。捕虜収容所ならまだいい、その上もありえます」
「…死罪か?いくら何でもそれは」
「…帝国には共和主義者にとって悪名高き内務省、社会秩序維持局がありますよ。捕虜収容所なら帝国軍の管轄ですが、政治犯罪者扱いなら内務省管轄になりますね。そして、得なければならない民心は同盟人の民心ではありません。帝国臣民の民心です。見せしめに二百万人が死罪…充分ありえます」
「…帝国臣民、いわゆる平民の反発がひどい事にならないかい?」
「社会体制が違うのです、平民が求めているのは政治的自由ではありませんからね。それに百五十年も戦争している。帝国の平民だって、我々に恨み骨髄ですよ。溜飲を下げる、復讐という意味でも喜ばれるかも知れません。専制国家ですからね、何が起こるか分かりませんよ。…以上は想定としてはまだまともなパターンです」
「これでまともとはね。そうじゃないパターンがあるのかい?」
「…聞きたいですか」
「…聞いておいた方がいい気がするのでね」
「まともじゃない場合というのは指揮官が貴族だった場合ですよ」
「…どう違うんだい」
「連れて帰って売る」
「売る?人身売買という事かい?」
「はい。我々は帝国臣民ではないですからね。働ける者は労働力として。容姿端麗、妙齢の女性…女性だけでは無いかも知れませんが、性的な奴隷というのもありますね。それ以外は殺されるかもしれない」
「…もういい、よくわかったよ」
「…思い上がった反乱者ども!という事でいきなり熱核兵器で抹殺…という事もありえます」
「わかったよ、よく分かった。仕事にかかろう」 

 

第十四話 エル・ファシルの奇跡(後)

宇宙暦788年6月10日19:30 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、
旗艦セマルグル アーサー・リンチ

 「よし、敵A集団は第1、第3分艦隊に任せよう。本隊は反転、こちらに向かってくる敵B集団と正対する…」
「二時方向、新たな敵影!距離、約七百光秒。数は…現在千五百、徐々に増えていきます!…現在千八百、二千を越えました!」
「…オペレータ、反応の数が落ち着いたら再度教えてくれ。参謀長、反転中止。敵A集団は残りどれくらいだ?」
「はっ…およそ百隻前後かと思われます」
「参謀長、現在の状況で敵B集団との会敵予想時刻は?」
「三十分後だと思われます」
「…敵A集団を全力で撃破後、全艦十時方向に転進、その後八時方向に再度転進、ティアマト星系に移動する…残念だが撤退だ。参謀長、ティアマト星系進出後、味方の残存数を教えてくれ。…少し頼む」
「了解しました」



6月11日03:00 ダゴン星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ギル・ダウニー

 「司令、FTL(超光速通信)が入っております」
「分かった。自室で取る」

“教官、お疲れ様です”

「うむ。どうかね状況は」

”敵が再度増援を繰り出しました。三千隻の兵力です。敵残存兵力と合計するとおよそ四千隻になります。…現在我々はティアマト星系中心部にて再編中です。残存兵力は約千二百隻、残念です“

「艦隊戦を二連戦してそれだけの戦力を維持しているのだ、君はよくやっているよ。ところで現在エル・ファシルでは民間人の避難準備を進めている。私の独断だ。君の名前は借りたがね」

“…それはよろしいのですが、疎開ではなく、避難ですか?エル・ファシルから逃げると?”

「そうだ。民間人に被害が出てからでは言い訳が出来ない。軍は敗北も転進と言い逃れる事が出来るが、民間人はそうもいかないからな」 

”では、我々が避難に必要な時間を稼ぐと?“

「そうだ。我々もダゴン星系に向かっている。微力すぎる兵力だがね」

“無茶ですよそれは!教官もお逃げください!”

「教え子をほっといて逃げるとでも思うのかね、私が」

”そうではありません、そうではありませんが“

「…今回の避難計画も、発案は例の下士官なのだ」

“…義妹の部下に居たという下士官ですか?”

「そうだよ。パークス先輩が言っていた。頬を思い切り叩かれた感じだったとね。目先の戦いに気を取られて、真に守るべきものを忘れていたと。確かに避難計画はある、だがそれは百年も前に策定されたもので実情にそぐわない。我々はそれを知っていながらおざなりにしていた。確かに遭遇戦闘の度に疎開や避難をしていたら市民生活に与える影響は大だ。だが下士官ですら危惧していることを、今まで我々はやっていなかったのだよ」

”そう、ですね。忘れてはいない、でもどこかで軽く考えていたかもしれません…“

「今からでも遅くはない、我々は責任を果たさねばならないのだ。故に私は君に合流する」

“ありがとうございます。ダゴン星系中心部で待機してください。敵の動静を見つつ、我々もそこに向かいます”

「了解した。…済まないが、改めて地上作戦室に命じてくれないか。独断のままでは気分が悪くてね」



6月11日07:30 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地
ヤン・ウェンリー

 目の前の二人は談笑しながら朝食をとっている。食べながら話しませんか、とウィンチェスターが提案した。根を詰めて話し合ってもロクな答えは出ないそうだ。それもそうだなと、その提案に乗るバルクマンもバルクマンだが…。
年齢と釣り合わない識見と態度。さっきの話もそうだし、今も自然に落ち着いている。上官の私が言うのも何だが、信頼出来る何かがある。
「中尉、エル・ファシルは正確にはどれ程の人間がいるのですか?」
「ああ、軍民合わせて二百六十七万四千二百五人だ。その内軍人は三万五千人だ」
「中尉、いいですか」
「どうぞ、バルクマン曹長」
「バルクマンでいいですよ。その全員をどうやって集めるんです?」
「そうなんだよ。昨日合同庁舎に説明に行ったんだが、中々もって非協力的なんだ。なんかいい手はないものか…」
「さっきのヤマト…ウィンチェスターの話をすればいいんじゃないですか?歴史で習いましたけど、熱核兵器でドン、なんて地球時代の十三日戦争以来でしょ?かなりインパクトあるんじゃないですか。聞いててヒェってなりましたよ」
「…脅すのかい?」
「違いますよ、可能性の話ですよ」
「…ウィンチェスター曹長はどう思う?」
「俺もウィンチェスターでいいですよ。アリだと思います」
「そうか。では行くとしようか。まだ就業時間前だが、大丈夫だろう」




6月11日19:00 ティアマト星系外縁部(ダゴン星系方向)、エル・ファシル警備艦隊
旗艦セマルグル アーサー・リンチ

 敵の動きが妙だ。新しく現れた三千隻の敵艦隊こそが敵の本隊と思ったが、今まで戦っていた敵艦隊と合流する様子がない。着いては来るものの、非常にゆっくりだし、戦闘に介入しようという気配もない。
「参謀長、どう思うか」
「…新たな敵艦隊は敵の本隊ではなく、別の命令系統の艦隊ではないでしょうか」
「後詰、ということかね」
「こういう言い方が合っているかどうかは分かりませんが、心配になって見に来た…のでは」
「案外当たっているかもしれんな。だが、味方の危機は見逃すまい。戦闘準備は整えている、と考えるべきだろうな」
「はい。…敵の呼称を変更致します。現在我が方と正対している敵艦隊、今までは敵B集団と呼称していましたが、これを敵C集団とします。その後方にある艦隊を敵D集団とします。現在敵C集団、およそ千二百隻、十二時方向、六十光秒。敵D集団、およそ三千隻、十二時方向、四百光秒」
「C集団はこちらとほぼ同数か…第1、第2艦隊のエル・ファシル到着は何日後だったかな」
「すでにハイネセンを出て三日は経っていますから、最短で十五日後です…こう言ってはなんですが、ジャムジードからの援軍の方がよほど有り難かったですな」
「それは言わぬが花というものだ、参謀長」
「そうですね…敵C集団、速度をあげて近づいて来ます。…敵D集団はそのままです。どうなさいますか」



6月11日08:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル、中央合同庁舎 
ヤマト・ウィンチェスター

 「市長は現在登庁の途中です。それに昨日も申しあげましたがアポイントメントの無い方の面会は受け付ておりません」
「エル・ファシル在住の人々の命がかかっています。それでも市長は会ってはくれないというのですか?」
「ですから、最低でも三日前にはアポイントメントを取って頂かない事には…」

 規則を遵守する事は大事ですがねお嬢さん、階級はそれほど高いとは言えないがエル・ファシルの防衛を司る警備艦隊司令部所属の作戦参謀が制服を身につけて訪れている、その意味が分かりますか?
「…アポイントメントが無ければ会ってはくれないそうだ、どうしたものか」
諦めるのが早いなあ、ヤンさん…。何か、何か…あ!あの人は!
「中尉、あの人を頼りましょう。きっと力になってくれますよ。ロムスキーという方で、医者の方です」
「そうなのかい?大丈夫かな」
「ロムスキーさんは紳士ですから、訳を話せば力になってくれますよ」
「でもねえ、知らない人になんて話せばいいんだか…いきなり避難計画を話してもねぇ」
「…私が行ってきます。オットー、行くぞ」
しっかりしてくれヤンさん…。

 「あの、すみません、ロムスキー医師ですよね?」
「そうですが…あなた方は?」
「警備艦隊司令部の者です。ご覧の通り軍人ですよ。ところでロムスキーさんは市長に用事がお有りなのですか?」
「往診を頼まれましてね。執務が始まる前に来てほしいという事で、ここでこうして待っているのですよ」
「なるほど。市長はどこか体がお悪いのですか?」
「心臓に持病をお持ちで…いけない、個人情報ですから他の方に言っちゃダメですよ」
「え!それは困った…こんな緊急な話聞かせていいものかどうか…もし心臓に負担がかかったら…オットー、どうしようか」
おいオットー!ボーッとするな!話を合わせろ!!
「そ、そうだな、市長が倒れてもいけないし…でも困ったなあ…」

 「…市長に緊急な用件がお有りのようだ。確かに市長に倒れられても困りますね。どうでしょう、私に同席するというのは。何かあっても一応の処置は出来ると思いますが」
「いいのですか?」
「いいですよ。でも、その緊急な用件というのは、私が聞いても大丈夫な内容ですか?」
「え?ああ、全然大丈夫です!むしろこれからも協力いただけたらなあと思いますが。なあオットー」
「そうですそうです!大歓迎ですよ!」
「…では受付のお嬢さんに訳を話して来ます。多分大丈夫だと思いますよ」
「ありがとうございます!では上官が居ますので、報告して参ります!」
よし!

 「中尉、市長に会えますよ。ロムスキー医師が協力してくれます」
「本当かい?…まさか騙したりはしてないだろうね」
「いえ、本当の事を言っただけです。そしたら協力してくれると。逃したらチャンスはありませんよ」
「…そうだね。では行こうか」
「いえ、我々は外で待っています。警備艦隊司令部主導ですから、ここはヤン中尉にやっていただかないと。我々が行ってしまうと第2分艦隊がでしゃばった事になってしまいますので、後々問題にする方が出てくるかもしれない。そうなると中尉にも迷惑がかかります。それは避けたいのです」
「特に気にする事はない、とも言えないか。ご配慮ありがとう。では行ってくるよ」

 「…お前、役者だなあ…。呆れちゃうよ」
三十年の人生経験プラス十八年を舐めてもらっては困るなオットー。現実社会では結構苦労したんだぜ?
…これで、何とかなるだろう。




6月11日20:00 ティアマト星系外縁部(ダゴン星系方向)、エル・ファシル警備艦隊
旗艦セマルグル アーサー・リンチ

 「敵、横陣形で寄せてきます!まもなく敵前列が有効射程内に入ります!」
「まだ撃つな!……司令、我が方は全力斉射を続けて来ましたので、各艦ともエネルギー残量に余裕がありません。長射程で撃ち合いますと偏向磁場の展開に支障をきたす艦艇が出る恐れがあります」
「防御出来ずに沈む(ふね)が出る、という事か。…戦艦は前列へ!巡航艦に戦艦の影に隠れながら砲撃させよう。戦艦は防御に専念させる」
「敵C集団、完全に有効射程内に入りました!敵C集団より高熱源、無数に発生!」
「全艦、撃て!」




6月12日09:00 ダゴン星系外縁部(ティアマト星系方向)、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊
旗艦アウストラ セバスチャン・ドッジ

 遂に本隊と合流した。
無惨なものだ、残存兵力六百隻余り。戦艦が一隻もいない。聞くところによると撤退時に殿(しんがり)を勤め、最終的には敵艦を道連れに爆沈する艦が多数出たという。
我々は今、敵の追撃予想進路に機雷を敷設している。二千個では足止めにもならないが、嫌がらせにはなるだろう、何と言ってもここはダゴン星系だ。我々の大勝利の地、帝国軍にとっては忌まわしい記憶の地だ。
嫌がらせ程度でも慎重になるに違いない。

 「機雷の敷設、完了しました。敷設宙域の敵通過予想時刻は二時間後、かなりの広範囲に渡って撒きましたので、一発でも引っかかってくれれば儲けもの、といったところです」
「ご苦労。ところで、君には退艦してもらわねばならない」
「…まさかここでパーティ会場から退席を求められるとは思いませんでした…理由をお聞かせ願えますか?」
「若年者、妻帯者を中心に希望者を募っている。艦隊司令官の許可も得ている。死ぬと分かっている戦闘に、無理やり付き合わせるのも悪いからな。彼等を率いて避難計画に合流してもらいたい」
「了解しました、と言いたいところですが、拒否します」
「…何故だね?」
「司令にもしもの事あれば、この分艦隊を指揮するものが居なくなります。それに、次の第2分艦隊司令は私です。自分の艦隊を放っておいて逃げる指揮官などいませんよ」
「そうか、残念だな。では退艦者の引率はウインズ中佐に任せるか」
「はい。お願いします」
「…君に退艦して貰おうと思ったのはもう一つ理由があるんだよ。ウィンチェスター曹長達の事だ。士官学校に推薦しただろう?という事は君は後見人になるわけだが、後見人がいないのでは何かと不利になるかもしれない、と思ったのだ」
「大丈夫でしょう。命令とはいえ上官を見捨てて逃亡した者が後見人では、そちらの方が彼等に迷惑をかけるでしょう。多分彼等は大丈夫です。アッシュビー元帥の再来なのですから」
「そうか、そうだな。…艦隊司令官にFTL(超光速通信)を繋いでくれるか。君も聞いていてくれ」
「了解しました」



6月12日09:10 ダゴン星系外縁部(ティアマト星系方向)、エル・ファシル警備艦隊
旗艦セマルグル アーサー・リンチ

 ”リンチ君、艦隊の状況はどうかね“

「…総数は六百四十隻ですが、現状で戦えるのは四百隻程度です、教官」

”そうか。では戦えない二百四十隻を私に呉れないかね?乗員は連れていきたまえ。無人艦として運用するのでね“

「…分かりました、置いていきます」

”ありがとう。では、教官として最後の授業だ。何が言いたいか、分かるかね?“

「部下を見捨ててはならない、だと思います。教官は常に仰っておられました。一将功成りて万骨枯る、と。武勲の影には無数の兵士達の死があるのだと。だからこそ、それを忘れて部下を見捨てるような上官になってはならないと」

”よく覚えていたな。正解だ。では、これからやる事は分かっているかね?…これを実践しろと言うのは私としては辛いが“

「…分かっています。私が死んでは、脱出したものが逃亡者として断罪されかねない。エル・ファシル失陥の罪を取らされかねない。脱出の援護に成功しても、それでは結果として部下を見捨る事になってしまう。だから逃げ回らねばならない。なるべく、無様に」

”そうだ、正解だ。そう教えてきたからこそ、私も君を支えて戦うのだ“

「…ありがとうございます。すでに、地上作戦室に残っている作戦参謀のヤン中尉に、避難準備を改めて発令しました。その、教官の目にかなった下士官達がいるのなら、あとは状況を利用して上手くやるでしょう」

“そうだな。……君は私の教え子の中で一番優秀だった。世辞ではないよ、これは”

「……ありがとうございます。今まで、本当にありがとうございました、教官殿」




6月22日12:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル、エル・ファシル宇宙港
ヤマト・ウィンチェスター

 「ヤン中尉!リンチ司令官が我々を見捨てて逃げ出したというのは本当かね!」
「そうだ!艦隊の護衛もない!これで避難など出来るのか!」
「…本当ですが、慌てないでください。逃げ出した司令官達が敵の目を引き付けてくれますよ」
「き、君は司令官を囮にするというのか?」
「とんでもない。時間差をつけて脱出するだけですよ。さあ準備してください」

 「上手くいきそうですね、中尉さん」
「ああ。司令官には申し訳ないが、見捨てて出ていったのは向こうだからね。言葉は悪いが、せいぜい利用させてもらうよ。…サンドイッチ、まだ残ってたかな」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。…ンガッ!………ふう、助かった。でも出来ればコーヒーじゃなくて紅茶の方がよかったなあ」
「……」

 第2分艦隊主力はダゴンで全滅した。本隊も一旦補給の為にエル・ファシルに戻って来たが、原作の通りリンチ司令官はエル・ファシルを逃げ出した…。
あの時俺にもっと真剣になっていれば本隊を救えたのに。リンチ司令官だってあんな無様に逃げ出さなくて済んだんだ。第2分艦隊だって……。
応えなきゃ。期待に応えるんだ。…アッシュビーの再来か。いいだろう、やってやろうじゃないか。 

 

第十五話 ハイネセン帰還

宇宙暦788年6月29日11:00 ジャムジード星系、JE船団、船団旗艦ナウシカアⅢ
ヤマト・ウィンチェスター

 まもなくジャムジードに到着だ。これでやっと戦闘糧食(レーション)ともおさらばだよ。
原作通りの脱出行とはいえ、散々なものだった。人を載せるのに精一杯だから糧食も飲料水も最低限しか
積んでない。通常食は民間人に、軍人はレーション。イゼルローン脱出の時のキャゼルヌさんの苦労が分かるわ。まあ俺達は味の不味さに苦労しているだけなんだけども…。

 「ウィンチェスター、この後の予定を確認しておこうか。バルクマンを呼んできてくれないか?」 
「分かりました」
ヤン中尉だ。エル・ファシルで一生分の勤勉さを使い果たしたって言うのは本当だろうな。逃げ出したリンチ少将が帝国軍に捕まった、っていう情報が船団を駆け巡った後は針のむしろだったし、見てて可哀想だったよ。警備艦隊司令部は信用ならない、中尉風情があてになるものか!…脱出するときの騒ぎが再燃したんだ。俺やオットーも同じような目で見られて正直腐ったよ。そんな状況だったから、途中すれ違ってエル・ファシルに向かって行った第1艦隊の姿をみた途端の変わりようが凄かった。やはり軍は頼りになる、ありがとう、ヤン中尉!だもんな。

 「…二人とも、ジャムジードに到着した後の予定は分かっているかい?」
「はい。ヤン中尉に同行してジャムジード警備艦隊司令部に向かいます。警備艦隊司令官に報告後、身辺整理となります」
「うん、そうだね。その後なんだが…よかったら食事にでも行かないか?」
「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」
「一緒に仕事出来たのも何かの縁ですからね。ご一緒します」



6月29日19:00 ジャムジード星系、チヒル・ミナール、タフテ市中央区6番街、
レストラン『カミングオブスプリング』 ヤン・ウェンリー

 「任務の無事終了に乾杯だね。乾杯」
「乾杯」
「乾杯!」
「…ヤン中尉、司令部での事情聴取、長かったですね。何かしつこく聴かれたんですか?」
「…避難計画の指揮を執った経緯さ。経緯も何も、避難計画の策定、準備命令は出ていたから、そこは問題が無いんだが、やはり私の階級が引っかかったようだよ。実際、上位者は他にも居たからね」
「そうだったんですね」
「君とウィンチェスターも事情聴取はされたんだろう?」
「はい、でもまあ俺はオマケみたいなもんですからね。大したことなかったですよ」
「そんなことはない、私もウィンチェスターも君には救われているよ。君がいなければ、ウィンチェスターだって潰れているはずだ。違うかい、ウィンチェスター?」
「…はい、というか恥ずかしいから止めてくださいよ」

 そう、彼等と知り合う事が出来てよかったと思う。
私の友と言えば、ジャン・ロベールとジェシカくらいなものだ。あとはキャゼルヌ先輩やアッテンボロー
…。結果としてきつい任務になったが、ウィンチェスターとバルクマンという知己が出来た。
…軍隊は不条理の塊だ。なぜなら一個人としての評価と、軍人としての評価は別だからだ。優秀な軍人が、個人としても優秀な人間、と言うわけではないんだ。こいつとは友達づきあいなんて無理だな、なんて同期や部下、上官は不幸な事に沢山いる。この先どうなるかは分からないが、彼等という存在を大事にしていきたいものだ…。

 「はは、本人を目の前にしてはそりゃ言いづらいか、悪かった悪かった。…ウィンチェスターはどんな事を訊かれたんだい?」
「そうですね…私の聴取担当官の方はジャムジード警備艦隊司令部の作戦参謀でしたが、何故下士官の私の発案がすんなり通って警備艦隊司令部が動いたのか、ということに納得がいかなかったようです」
「なるほど。それはそうだろうね、私が思ったくらいなんだから。で、なんて答えたんだい?」
「正直に答えました。以前にも思いつきが取り上げられた事があった、だから今回もそうしたんだ、って答えましたよ」
「ははは、でもその答えだと担当官は納得しなかっただろう?」
「はい、でも、軍の任務に民間人を護る事は含まれていないのですか、次善の策を考えて戦いに望むのは当たり前ではないのですか、端的に言えばそういう事を上申したまでです、と言ったら黙ってしまいましたよ」
「確かにそうだね。指揮官としては戦いに勝つ事がベストだ。でもそうはならない時の事を考えることもとても重要だ。勉強になるなあ、広い視野、理想と現実ということかな」
「そうなんですかね。人として、軍人として、為すべき事は為す、ということを実行するのはとても難しいと実感しました…」
「…ヤマト、もう悩むのやめろよ。俺達は頑張った、そうだろ?」
「そうだな、オットー…」


6月29日19:30 ジャムジード星系、チヒル・ミナール、タフテ市中央区6番街、
レストラン『カミングオブスプリング』 ヤマト・ウィンチェスター

 オットーの言う通りだ、もう悩むのは止めなきゃな。俺がグジグジしていても死んだ人は戻って来ないし、捕虜になった人が帰ってくる訳でもない。
考えてみると、指揮官ってすごいよな。戦闘中だけじゃなくて、普段からこういう事で悩まなきゃいけないんだから。ヤンさん、あなたにその覚悟はありますか?…まあ、今は無いだろうねえ…。
自分の決断が、相手を部下を、運が悪ければ自分の事も殺してしまう。ううう、悩むのは止めようと決めたのに、これからを考えると胃が痛くなりそうだ。
「…何か悩みでもあるのかい?」
「いえ、大丈夫です。オットー、お前が変な事言うから中尉に心配させちゃったじゃないか」
「…そうだな。そういうことにしておくよ。すみません、中尉」
「いや、何もないならいいんだけどね」



6月30日17:00 ジャムジード星系、戦艦ユリシーズ
ヤマト・ウィンチェスター

 チヒル・ミナールに着いたと思ったら、次の日にはさっそくハイネセンに向かわなきゃならんとは…。
ハイネセンまでは十二日。
エル・ファシルでの出来事は、俺にとってすごく苦いものだったけど、一つだけ朗報?救い?があった。
アルレスハイムに哨戒に出ていたエル・ファシル警備艦隊、第2分艦隊の残余四十隻がユリシーズを先頭に戻って来たのだ。アルレスハイム方面の哨戒に出ていた彼等は、特に任務変更を受けることなく哨戒を続けていて、第2分艦隊司令部や地上作戦室との連絡が途絶したのを不審に思い、エル・ファシル星系に戻ったところ、警備艦隊が全滅した事、リンチ司令官が囚われた事、民間人が脱出した事を知ったのだという。
要は忘れられていたんだけど、無事でよかった。
タイミングがずれていたら、彼等も捕虜にされていたかもしれないのだ。ちょうど第1艦隊と帝国軍が睨み合いをしている最中で、彼等は助かったらしい。
で、その彼等、第2分艦隊の残余もハイネセン向かうというので、俺達も便乗させてもらっている。

 チヒル・ミナールの基地を出る時、辞令を貰った。士官学校編入の辞令だ。今考えてみると、コピー用紙の規格って、地球時代から変わっていないんだよな。辞令書の入った封筒もA4版用、いろんな資料もA4版が多い。当然のように使っていたから、今まで気がつかなかった。個人携帯端末(スマートフォン)だって、当然のようにそう呼ばれている。便利な物は多少形は変わっても残り続ける、ということか。
それはさておき、士官学校か…。

 「ヤン中尉、士官学校ってどんな所です?」
「士官学校?懐かしいな。懐かしいといっても一年ちょっと前までそこにいたんだけどね。そう、懐かしいな…私は戦史研究科にいたんだが、途中から戦略研究科に転科したんだ」
「戦史研究科は廃止になったんですよね」
「そうなんだよ。あれは残念だったなあ」
「戦史を学べば、戦いの原因から結果、総括までいけますからね」
「そうそう、戦略研究科でも戦史について学ばない訳ではないが、艦隊シミュレーションが大半を占める。確かに艦隊シミュレーション、戦術は大事だけどね、まずは戦いの方針というか、何を目的として戦うのか、の方が大事だと私は思うね」
「シミュレーションがお嫌いなのですか?」
「嫌いではないよ。好きか嫌いか、ではなくて嫌いではない、だね」

 確か戦略研究科は人気ナンバーワンの課程なはずだ。士官になって艦隊指揮官、宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長を皆が夢見ると聞いている。確か同期首席のマルコム・ワイドボーン氏をシミュレーションで負かした事がキッカケで、戦略研究科に転科したんだったなあ。そのマルコム・ワイドボーン氏は今は何をしてるんだろう?
「君たちは士官学校に編入生として入学するんだろう?」
「ご存知だったのですか?」
「チヒル・ミナールの警備艦隊司令部で聞いたよ。将官推薦なんて五十年ぶりだって言っていたな。すごいじゃないか、おめでとう」
「ありがとうございます」
「一年次から編入かい?」
「いえ、二年次からの編入です」
「そうか。君たちの一コ上にアッテンボローっていう奴がいるから、よろしく言っておいてくれないか。私からも君たちの事は話しておくから」

 ダスティ・アッテンボローかあ。あの人大好きなんだよな。伊達と酔狂、逃げ足一級、ケンカの売り方一級…ジャーナリスト志望って言ってたから、生粋の軍人志望ではないところがヤンさんと馬が合ったのかな。…ちょっと待て、ということは一コ下にアンドリュー・フォークがいるのか?…楽しそうな学校生活になりそうだ…。
「そのアッテンボローという方は、どういう方ですか?」
「面白い奴だよ。先輩であれ後輩であれ、頼りになるいい奴さ。そうだなあ、キャゼルヌ先輩にも君たちの事話しておくよ。入校して一段落したら、連絡をくれないか。入学祝いをしないといけないからね」
「何から何までありがとうございます。その、何故我々に良くしていただけるのです?」
「面と向かって聞かれると恥ずかしいな。…そう、友人といい酒はよく吟味しないといけないだろう?」
「そうですね、その二つは生涯の付き合いになりますからね」
「そうそう。ああ、吟味と言うのは言葉が悪いな。簡単さ、君たちとならいい友人になれると思ったからさ」
「失礼ですが、こちらにも選択権はありますよ?」
「…駄目かい?」
「いえ、こちらこそ喜んで。改めてよろしくお願いいたします」
「ありがとう。こちらこそよろしく頼むよ」 
 

 
後書き
ジャムジード星系の有人惑星や都市名ですが、原作に記述がありませんのでなるべく原作のもつ雰囲気を壊さないような名前にしたつもりです。この先もこういう事が多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。 

 

第十六話 士官学校入校

宇宙暦788年7月15日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市
自由惑星同盟軍士官学校、ヤマト・ウィンチェスター

 ふう。着いた。
「しかし、ヤマトとオットーが准尉殿とはねえ」
「一コしか階級違わないんだから気にするなよ、マイク」
そう、久しぶりに三人揃ったんだ。マイクはローゼンリッターに転属していたから、会うのも三ヶ月ぶりだ。というか、三ヶ月しか経ってないんだなあ。三ヶ月の内容が濃すぎて、久しぶり、っていう感覚がぴったりくるんだよ。卒業、配属、昇進、艦隊全滅…ほぼ全滅か、三ヶ月で中々体験できないぞ?
俺とオットーの三ヶ月も中々濃い内容だったけど、マイクの方も凄かったらしい。奴に言わせると、ローゼンリッターの訓練内容というのは『死んだ方がまだマシ』なんだそうだ。確かに見違えるような精悍さが漂っている…中身はマイクのままなんだけどね。何しろ、俺とオットーが一緒に入校するのも知らなかったみたいだし。

 「でも、見違えたな、マイク。本物のいい男だよ」
「ありがとう。でもなオットー、上には上がいるんだぜ?」
「そうなのか?」
「ああ、ローゼンリッターはいい男揃いだ。ローゼンリッターが嫌われてるのは、いい男揃いで女の子をみんなかっさらっちまうからなんじゃないかと俺は思うね」
「強い上にいい男…そりゃ女の子達もほっとかないよな」
「だろ?俺クラスのいい男なんかざらにいるんだぞ。あの連隊はマジでヤバい」
「俺クラスのいい男、って言われると、あまりいい男じゃなさそうだな」
「……」


 士官学校に向かう前に、統合作戦本部総務局に呼ばれた。昇進伝達なんだが、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊所属の者は皆昇進なんだそうだ。
エル・ファシル失陥の報は情報統制の見地から同盟市民には伏せられていたが、軍人の家族から人づてに拡がり、市民はパニックになりかけたという。逃げようとしたリンチ司令官が帝国軍に捕まるとの報が伝わると抗議のデモ隊が評議会ビルに押し寄せたが、ヤン中尉が民間人を連れて脱出した事が分かると、統合作戦本部ビルの周りはお祭り騒ぎの同盟市民で溢れかえったそうだ。

 「余計な事を言ってくれるな、っていう口止め料だろうな、これ」
オットーがそう言って、自分の襟元を摘まみながらため息をついた。
「余計な事も何も、リンチ司令官が逃げた事はバレているし、何を喋るなっていうんだ?」
「おいヤマト…しっかりしろよ、お前気づかないのか?アルレスハイムに哨戒に出てた連中は何も知らないんだぞ。エル・ファシルに戻ってみたら、司令官は逃げ出してました、民間人は脱出してました、僕らは何もしていません…なんて知れてみろ、マスコミに面白おかしく書かれちゃうだろ」
「あ」
「俺達だってそうさ。お前が発案です、なんてマスコミにバレてみろ。軍の公式発表はあくまでも『リンチ司令官の指示でヤン中尉は脱出計画を策定したが、当の司令官は逃げ出してしまった。ヤン中尉は冷静に、司令官捕縛に躍起になる帝国軍の隙をついて、脱出船団を大規模小惑星群に偽装してエル・ファシルから脱出に成功した』なんだからな」
「そう言われると、確かに余計な事は喋っちゃダメだな」
「だろ?ヤン中尉だって大変さ。司令官が逃げ出した不名誉を覆い隠す為に、必要以上にヒーローとして祭り上げられちゃうんだぞ。まあセンサーをごまかすのに大規模小惑星群に偽装、なんて思い付きもしなかったけどな」
「…オットー、お前、大人になったなあ」
「事情が分かれば、これくらい予想はつくよ…ヤン中尉は明日昇進らしいぞ」
「落ち着いたら昇進祝いだな。入学祝いやってくれるって言うし、兼ねて盛大にやろう」


 今日はとりあえず着校だけで何もない。明日は挨拶、面接、筆記試験を行う事になっている。。
俺達の住まいは士官学校の敷地北側、B-1棟3階、42号室が割り当てられた。士官学校生だけど、現役の軍人でもあるから敷地外に部屋を借りる事も出来るみたいだけど、面倒だからやめた。
「オットー、お前はどの課程を希望するんだ?」
「戦略研究科。マイクは?」
「俺も同じ」
「…みんな同じかい」
「術科学校の時は元々友達でもなかったし、課程もバラバラだっただろ?、今回はヤマトに合わせようと思って、マイクと話してたんだよ」
「理由が雑すぎる。戦略研究科って、エリートコースなんだぞ?お前達に務まるか?」
「お前だって務まるかどうか分からないだろ?」
「……頑張るか」



7月16日 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍統合作戦本部、
参事官室 アレックス・キャゼルヌ

 「着任した早々に大事だったな、ヤン」
「大変でしたよ。緊急出撃に遅れたのがいけないんですが」
「お前さんのその呑気さにエル・ファシルの民間人、いや同盟は救われたんだ。そうぼやくな。それに出撃していたら戦死していたかもしれん」
「まあそうですが…そういえば新しい友人が出来ましたよ」
「ほう。どんな奴なんだ」
「まだ下士官なんですがね、懐の深い、優秀な若者ですよ。ヤマト・ウィンチェスター曹長とオットー・バルクマン曹長…昨日付で准尉に昇進したのかな。今頃は士官学校にいる筈です」
「おいおい、まさか将官推薦された三人の内の二人か?」
「そのまさかですよ。それにしても将官推薦ってそんなに大事なんですか?五十年ぶりなんでしょう?」
「…将官推薦だぞ。統合作戦本部でも大騒ぎになったよ」
「へえ、そうなんですか。そんなにご大層な物だとは…そもそもそんな制度があった事も初耳です」
「それはそうだ、全く使われなくなったから、知らない人間も多いだろう。それに将官推薦というのは推薦する方も大変だから、誰もやりたがらない」
「何故です?」
「考えてもみろ、推薦する理由があるだろう。結果、どうなる」
「…将官が推薦するくらいだから、人物、才能共にとても優秀な人間じゃなきゃ無理でしょう?それくらい私にだって分かりますよ」

 「…お前さん、本当に宮仕えの人間か?まあいい、推薦する側の人を見る目が問われるのさ」
「当たり前じゃないですか」
「…ヤン中尉、お前さんは本当に世渡りというか、こういう事に疎いな。推薦された方は過度の重圧がかかる。期待に応えなくてはならないし、教官や学生からもそういう目で見られるからな」
「…推薦ですから当たり前なのでは?」
「それを全うすればな。途中で挫折してみろ、軍はあたら優秀な人間を失う事になる。推薦した側も、人を見る目が無かったと面目丸潰れだ。当然昇進や配置先に響く。推薦した者、された者お互いにプレッシャーがかかるんだ。この制度が出来た当初は上手く機能していたらしい。が、徐々に機能しなくなった」
「……政治家、官僚や大企業、それと繋がるお偉方達が乱用したのですね」
「そうなんだ。縁者や後継者に箔を付けるためにな。だが箔付けだけの為に入校した者は挫折する事が多かったそうだ。結果面子を潰す事になって使われなくなった。頼み込む方もそれを知っているから、依頼する者は皆無になって、制度だけが残ったのさ」
「…本当にすごい制度ですね」
「だから大騒ぎになったんだ。推薦者のドッジ准将…死後特進して中将だ、彼は昔の上官でね。とても優秀な人だった。驚いたよ」
「そうだったんですか」
「お互い会う機会はすごく減ったが、知っていたら止めただろうな」
「でも、何故推薦したんでしょうね」
「そりゃあ、優秀だからだろう。落ち着いたらアッテンボローと一緒にウチに連れてこい。お前さんの友人だ、入校祝いとお前さんの昇進祝いをしないとな。…二階級特進、おめでとう」



7月17日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、
第57講堂 マイケル・ダグラス

 ヤマトもオットーも無事に帰って来てくれてよかった。推薦されたのはいいけど一人で士官学校なんて
事になってたら大変だったぜ。
しかし…何なんだこの人だかりは。中途編入がそんなに珍しいのかね…そうか、現役のまま入校だからか。でも、教官以外の軍人を見るのがそんなに珍しいもんかねえ。
「ヤマト、将官推薦ってそんなにすごいのか?ローゼンリッターじゃ誰も知らなくてさ」
「五十年ぶりらしいぞ。でも誰も知らないなんてそんなことあるのか?」
「士官学校に入校とは聞いてたけど、誰も理由を教えてくれないんだよ。ただ、将官推薦枠としか。ひでえだろ」
「そうだったのか。辞退するなら今のうちだぞ」
「三人揃ったのにするわけないでしょうが。しかし長いな、オットーの面接…おい、誰かこっち来る…あ!カヴァッリ大尉!」
「お久しぶりね、二人共。バルクマン候補生は面接中か。まさかここに来るなんてね…入校おめでとう」

 “ヤマト、知ってたのか?” ”ああ、知ってたよ“
「カヴァッリ大尉、俺の事はマイクとお呼び下さい、といった筈ですよ」
「もっといい男になったらね」
くぅー!やっぱりパオラはいい女だぜ!って、なんだあのニヤニヤ笑ってる奴は。
「入校そうそう女漁りとは。さすが将官推薦者は違いますね。当然の余裕という奴ですか」
「…なんだお前」
「紹介が遅れました、候補生一年、アンドリュー・フォークです。宜しくお願いします、ダグラス先輩」
「何で俺の名前を」
「将官推薦で中途編入、学校内では有名人ですよ。そちらの方はウィンチェスター先輩ですね、アンドリュー・フォークです、宜しくお願いします」
「ああ、ウィンチェスターだ。宜しく」
「くっ…バルクマン先輩は面接中でしたか。いや、先輩方が戦略研究科希望と聞いたのでご尊顔を拝しに来たのですよ。希望が通れば講義をご一緒する事もあるでしょうし。では、これにて失礼します」
「なんだアイツ。陰気なヤローだ」
「まあまあ。彼ね、学年首席なのよ。ライバル出現で気が気でならないんでしょうね」
「ライバル?…麗しのパオラよ、白兵の講義もあるんでしょう?」
「あるわよ…ていうか、ファーストネームで呼ぶのはやめなさい!あなた、ローゼンリッターに行ってからますます軽くなったわね」
そうか。白兵戦技の講義もちゃんとあるのか。こりゃ楽しくなりそうだぜ。

 「ヤマト」
「なんだ?」
「中々楽しそうな所だな、士官学校って。まさか軍人になってまで初日に因縁つけられるとは思わなかったよ」
「まあ、色んな奴がいるだろうしな」
「だな。それで、だ。将官推薦って、特別なんだよな?」
「ああ」
「アンタッチャブルってやつだよな?」
「…まあ、そうなる…のか?何でそれを俺に聞く?」
「お前のせいで、良く言えば、お前のおかげで士官学校に来れた訳だ。望外の望みってやつだよ。しかも将官推薦なんてアンタッチャブルな位置付けでな。だったら、ああいう陰気なヤローにはそれをちゃんと分からせてやらねえとな。取り巻きの役目としては」
「おいおい、いつから取り巻きになったんだ」
「お前、アッシュビー元帥の再来って言われたそうじゃねえか。オットーに聞いたよ。再来なら再来らしく、マフィアを作らなきゃいけねえだろ?」 

 

第十七話 負けられない戦いがそこには有る

宇宙暦788年7月30日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校
戦術講堂 オットー・バルクマン

 ここでの生活にもだいぶ慣れた。元々似たような生活習慣だったから慣れるのも早かったな。
しかしヤマトの奴、本当にどこで勉強しているのか分からん。士官候補生二年次には四千八百人ほどの同期生がいるが、あの野郎、編入試験の結果を学年順位に当てはめると、学年中で百二位らしい。俺はというと、千九百五位、マイクに至っては三千二百十六位だ。
”これは一般学科だけだし参考記録みたいなものだから、あまり気にしないでいいわよ”とカヴァッリ大尉に言われたが、これはこれでヘコむ…。
一番癪に障るのはこの事をあのアンドリュー・フォークが知っている事だ。

”おやおや、将官推薦の方々は成績が悪くても希望通りの課程に進めるのですね。これでは何のための試験か分かりませんな”

なんて言いやがる。本当の事だから頭に来るぜ…。

 戦略研究科、略して戦研科では、一年生から三年生まで学年関係なく講義が行われるカリキュラムがある。戦術分析演習、いわゆる艦隊シミュレーションだ。何故全学年で行われるのかというと、同学年内だけで行うといじめや差別の助長に繋がるから、らしい。
それとシミュレーションに慣れた上級生から初心者の下級生までがランダムに対戦する事によって、あえて強弱をつけ、習熟度の差に関係なく実戦に近い環境に置くことを重要視しているのだそうだ。三年生の成績優秀者と一年生の平凡な成績の候補生が対戦して、三年生が負ける事もあるという。候補生には分からなくても教官達には当然シミュレーションの対戦者が分かるから、才能の発掘にも繋がるらしい。
が、これは戦研科だけの話だ。戦研科の他には航海科、機関工学科、技術情報科、補給科、飛行科、陸戦科があるが、彼らは逆に学年内で各課程共同で戦術分析演習が行われる。戦術分析演習の時数も戦研科の十分の一くらいの時数しかない。…航海科にしておけばよかったかな。一応本職だからな…。

 今日はカリキュラム内での初の戦術分析演習の日だ。戦術分析演習は〇九〇〇時から一六四五時までみっちり行われる。昼食もマシンに入ったまま戦闘糧食(レーション)を食べる。俺達は不味いと思うが、候補生たちには受けがいいそうだ。
それはともかく、俺達は編入組だから当然シミュレーションには慣れてない。
課業外の自由時間、自習時間や休日を潰してシミュレーションマシンを使わせてもらったが、慣れたのかそうでないのか全く分からない。卑怯な事にヤマトの奴はアウストラに乗っている時もシミュレーションをやっていたのだという。シミュレーションマシンの性能は高く、高度自己認識・推論機能、音声入力・応答機能が付いている。「射撃管制は戦闘以外暇だし、喋ってくれるから暇つぶしに丁度良かった」そうだ。
確かにそうだが、他にもやることあっただろ!

 「これはこれは、将官推薦のバルクマン先輩ではありませんか」
「ふ、フォーク候補生…」
「対戦があるかも知れませんね、そのときはお手柔らかにお願いしますよ」
「お、おう」
くそっ…。
「どうしたオットー」
「ヤマト…」
「フォークの奴になんか言われたか?」
「いや、ちょっとな…」
「対戦相手なんて分かりゃしないんだから、大丈夫だよ。ほら、教官来たぞ」



7月30日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、
戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 あれは…ドーソンか?間違いない、ドーソンだ。まだ大佐なのか…。それにチュン・ウー・チェンじゃないか!中々銀英伝らしくなってきたぞ…。
「気ヲ付ケ!」
一年から三年までが一斉に立ち上がる。今日のシミュレーションは戦研科全学年の五分の一が参加している。
「…着席してよろしい」
皆が一斉に座る。
「本日の講義は戦術分析演習、シミュレーションだが、趣向を変える。本来対戦相手は指名禁止、姓名は明かさないのが原則だが、候補生一年のフォーク候補生のたっての希望により、対戦相手を指名して行う。今日はこの一戦のみ行い、他の候補生諸君は見学とする。見学者の講堂の出入りは自由、フリードリンクだ。だが早飯は許さんぞ!…見学者は自分が指揮官なら、参謀ならどうするかを考えながら見学するように。フォーク候補生、対戦相手を指名してよろしい」
げ!ドーソンのやつ、フォークの煽りに乗ったな?あいつの事だから、俺達の誰かを指名してくるに決まってる、参ったな…いきなり洗礼とは。
しかしフォークの奴、相当自信あるんだろうな。負けたらどうするんだろうか?

 「そうですね…先日中途編入された候補生二年の方々がいましたよね、ドーソン教官?」
「ふむ、確かに居たな…うん、うん。五十年ぶりの将官推薦者の三名の事かね?」
「え!将官推薦の方々だったのですか!?ということは実力も確かなはず…ですよね?教官」
「うん、うん。そうだろうな。彼等を指名するのかね、フォーク候補生」
「はい、三人のうちどなたでも結構です。是非ご教授して頂きたいものです」
「…とフォーク候補生は言っているが…バルクマン候補生、ダグラス候補生、ウィンチェスター候補生」
「はい」
「はい」
「はい」
「可愛い後輩のたっての希望だ、どうか受け入れてやってはくれないだろうか」
さすがに周りもざわついているな。完璧な出来レースじゃねえか。負けられない戦いがそこにはある、なんてよく言ったもんだ。
「挙手がないのならこちらから指名するが……姓名順で…バルクマン候補生、いいかね?」
「いえ、私がいきます」
「ダグラス候補生か。いいだろう。では両名、準備をしたまえ、十分後に開始する」

 ざわめきが酷くなった。俺達の編入時の成績はもう皆に知れ渡っているからな…。
「マイク、大丈夫なのか?負けるとは思わんが」
「顔に負けるって書いてあるぜ、バルクマン」
「いや、それは…俺が行くよ」
「いや、いいんだ、あいつは元々気に食わなかったからな。いいチャンスだぜ、へこましてやるよ」
「マイク」
「なんだヤマト」
「あいつ、一年とはいえ首席だからな。気を付けろよ」
「だいじょぶだいじょぶ」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 マイケル・ダグラス

 さあ、ちゃちゃっとやっちゃいますか…!
「両名とも、以下の設定を入力したまえ。…戦域設定はイゼルローン前哨宙域、ティアマト、ダゴン、ヴァンフリート、エルゴン、アスターテ。双方、艦艇数一万五千隻、練度A。敵発見時は報告せよ。時間経過設定は十分を毎時とする。双方の配置は戦域内にランダムに行われる。自動撤退の設定は残存艦艇数八千隻とせよ。どちらかが自動撤退になった時点で状況終了とする。質問はあるか?無ければ設定入力が終了後、申告せよ」
「…用意よし」
「用意よろしい」
「了解。………始め」

 やっと始まったぜ。俺は赤軍か。ここは…ダゴンだな。…ダゴンと言えば包囲殲滅戦か。皆あれをやりたがるよな…でも兵力は同じ。…それでもやるか?まあ、嫌味なやつほどやりたがるよな、こういうのは。せっかくだからここで待ち受けるとするか!
「コンピュータちゃん、五千隻を索敵に回せ。ダゴン星域全方位に索敵だ」
『編成ハ、ドウナサイマスカ?』
…合成音声とはいえ、いい声してんね、コンピュータちゃん。頭もいいしね。
「コンピュータちゃん、編成は任せる。一万隻はダゴン星域中心部に移動、陣形は任せる」
『了解イタシマシタ…五千隻ヲ十二方向二展開サセマス。…推論ノ妨ゲニナリマスノデ不必要ナ語句ノ修飾ハオ止メクダサイ。チャン、ハ、必要ガアリマセン』
「お、おう。分かった」
…コンピュータちゃん、本当に頭いいんだよな…。



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 「ヤマト…マイクの奴、大丈夫かな。一時間経ったから、シミュレーション上は六時間経った事になるけど」
「スクリーンに戦況が写し出されるのは敵発見後らしいからな。まあ大丈夫だろ。しかし暇だな…」
「なんでそんなに落ち着いてられるんだよ?どう見ても嫌がらせの対戦だろこれは!俺達は不馴れ、相手は学年は下だけど、首席だぞ?」
「まあ落ち着けよオットー。ほら、オレンジジュース飲むか?」
「いらん!」
「美味しいのに…。オットー、慣れてるって言ったって、あいつは一年だ。たかが三ヶ月のハンデだぞ?フォークが士官学校に入校したとき、俺達はどこにいた?シミュレーションは奴の方が上かもしれない。でもたかが三ヶ月でも経験は俺達の方が上さ。しかも艦隊戦、勝利、全滅、脱出のフルコースだ。フォークの奴は、俺達が下士官上がりだから舐めているんだよ。そしてマイクはどこに居た?ローゼンリッターだぞ。陸戦でも艦隊戦でもやることは同じだ。負けないよ」
「…お前の話を聞いてると本当に大丈夫そうな気持ちになるから不思議だよ」
「お前だって大丈夫さ。生き死にはかかってないんだからな。たかがシミュレーション。それが全てじゃないんだ」
「そうだな、そうだよな」

“レッド・フリートより敵発見の報告あり。ブルー・フリート発見、約六千隻。ダゴン星域内、ティアマト星系方向。レッド・フリート主力は発見した敵と正対、距離千光秒。これ以降の戦闘状況はスクリーンに写し出されます”

 「ほら来た」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 マイケル・ダグラス

 「コンピュータ。会敵していない索敵部隊を急いで引き返させろ。ダゴン星域中心部で合流させる。合流後は横陣形で待機。本隊はこのまま急速前進、十二時方向の敵を叩く」
『了解イタシマシタ』



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 アンドリュー・フォーク

 『前方百光秒二敵影、四百隻。コノ敵影ヲコレヨリA目標ト呼称シマス。A目標、我ガ方ノ針路ヲ塞イデイマス。ドウナサイマスカ?』
ふん、敵の索敵部隊だろう。先に我が本隊が発見されたのは不味かったが、これで奴はこちらが挟撃ないし半包囲しようとしている事が判った筈だ。
「コンピュータ、他に敵影はあるか?」
『敵二発見サレタ後カラ周辺宙域二妨害電波ガデテイマス。他二敵影ハ認メラレマセン』
…分かりやすい奴だ。索敵部隊の後ろにお前が居るのが明白ではないか。
「よし、コンピュータ、減速。前方の敵集団を撃破だ!」
『了解イタシマシタ』
しかし妨害電波のせいで分進させている両翼の分艦隊と連絡がつかないな…。しかしダグラスも自分の放った妨害電波のせいで、近づきつつある両翼の分艦隊の位置は判るまい。その分こちらが有利だ。
『前方十二時二新タナ敵影、オヨソ一万隻。コノ敵影ヲコレヨリB目標ト呼称シマス。B目標、我ガ方二急速二近ヅキツツアリ。A目標、急速後退シマス』
バカな、突撃してくるだと!?


7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 マイケル・ダグラス

 「コンピュータ。昼メシ中だが先手必勝、突撃だ。全力斉射。星域中心部の第二集団に命令。星域外縁部、アスターテ方向に転進せよ。外縁部到着後、別命あるまで待機」
「了解イタシマシタ」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 「マイクの奴、優勢なのに退いていくぞ。フォークの本隊の殲滅のチャンスじゃないのか?」
「そうだな…損害軽微、マイク本隊九千五百隻、フォーク本隊三千五百隻…本隊の戦いだけで見れば、自動撤退になってもおかしくない。何故後退するんだ?………そうか、判ったぞオットー。あいつ意地悪だな」
「どういう事だ?」
「いいか?一ラウンド目はマイクの完勝だ。何故フォークの本隊が六千隻しかいないと思う?ダゴンにマイクが居たもんだから、ダゴン殲滅戦を再現しようとしたんだだろう。分進合撃からの包囲殲滅、誰もが夢見るやつだよ。スクリーンに写っているのは敵発見後の戦闘の状況だけだから、フォークの奴が本当に殲滅戦を再現しようとしているなら、スクリーンに写ってない残り九千隻を二つに割って進ませている事になるだろ?」
「そうだな…じゃあ、マイクの奴も残り五千隻をどこかに隠してるのか?」
「多分、索敵に使ったんだろう」
「五千隻もか?」
「そうさ。多分マイクはずっとダゴンに居たんだ。動かない代わりに索敵網を密にしたんだろう。戦力はお互い同数、増援がある訳でもないしな。ダゴンに居れば、フォークが殲滅戦を再現するだろうと踏んだのさ。そしてこの場合、索敵網に敵のどれか一つでも引っ掛かってくれるだけで良かったんだ。一つは確実に位置が判るし、一万隻あれば見つけた一つは確実に減らせるからな」
「…でもマイクはその一つを殲滅せずに後退しているぞ?」
「意地悪だって言ったろ?オットー。フォークだって敗けられないんだ、お前が奴だとして、この状況で後退するマイクを追うか?」
「いや、追わない…戦力が足りないから残り九千隻と合流……そうか、判ったぞ。マイクの奴、居場所の分からない敵戦力を引き摺り出そうとしてるのか!」
「ご明察!」


7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 アンドリュー・フォーク

 おのれ…中々やるではないか。だが奴は一万隻、こちらは六千隻だった、優勢なのは当たり前ではないか。しかし優勢なのに奴は何故退いたのだ?
『敵ガ後退シマス。ドウナサイマスカ』
「コンピュータ。敵が後退に見せかけて、追って来るこちらを逆撃にかけようとしているのではないか?」
『…ソノ恐レハナイト思ワレマス。現在ノ本隊残存兵力、三千五百隻デス。兵力差カラ判断シマスト、敵ガ後退ヲ偽装シテマデ逆撃ヲカケルトハ思ワレマセン』
そうか、その通りだな。しかしコンピュータと一人問答とは情けない限りだ、それでも首席か、アンドリュー・フォーク!お前は同盟軍の将来を背負って立つエリートなのだぞ!緒戦で負けたくらいで落ち込んでどうするのだ!
「コンピュータ、戦力を再編だ。妨害電波の影響外の宙域まで後退する。両翼の分艦隊には合流の指示を出し続けろ」
『了解イタシマシタ』
奴は一万隻だった。五千隻を索敵に当てているとすればこちらは合流すれば一万千五百隻、まだ充分に戦える!



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 「マイクの勝ちだよ、オットー」
「そうだな…味方左翼を厚くして前進させる事で敵左翼の突出を誘う。味方の突出に誘われるように、敵の予備として控えていたフォーク本隊が敵左翼の更に左側からマイクの右翼側面に回り込もうと迂回、そこへ当初索敵に回していた兵力の残り、四千六百隻がアスターテ方向から現れてフォーク本隊の後方を突いた…フォーク本隊は半壊し艦隊全体の統制が取れない。フォーク側は損害が七千隻を越え自動撤退、状況終了か」
「フォークは包囲にこだわり過ぎた。フォーク本隊が動くのはもう少し後でも良かったんだ。状況終了時のお互いの残存兵力だけ見れば、マイクは一万隻、フォークは七千八百隻。引き分けと言ってもおかしくない数字だよ。実戦ならこうなる前に切り上げるか、増援を呼ぶと思うからね」
「そうだな…それにしても周りがざわついてるな。まあ当たり前か、マイクが勝つとは誰も思ってないだろうからな」
「そうだね、でもこれで益々俺達への風当たりは強くなるな。特にドーソン教官が」
「そうなのか?」
「シミュレーションの始まる前のあのわざとらしい態度を思い出してみなよ?言ってただろ、本来は相手の指名は禁止、対戦相手の姓名は明かさないって。上から言われたならともかく、首席とはいえ一候補生の希望を入れてこのシミュレーション対戦をやったんだぜ?ドーソン本人は候補生の希望を入れてやっただけって言うかもしれないが、許可したのはドーソンだろう。こんな事、上に言っても認められる訳がないだろうからな」
「もしそうなら、なんでフォークの希望を受け入れたのかな」
「俺達が気に入らなかったんだろうよ。将官推薦者は優秀、というのがレッテルだからな。将来自分の競争相手になる、とでも思ったんじゃないか?それにあいつは他人のアラ探しをするタイプみたいだからな」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂

 「将官推薦は伊達ではないようですね、今回は大人しく敗けを認めるとしましょう」
「ハッハ、次の機会はないぜ。お前は俺に勝てないどころか、オットーやヤマトにも勝てやしない」
「…一度勝ったくらいでいい気になるな!下士官風情が!!今回は本気を出さなかっただけだ!次こそは!」
「…おい」
「何だ!」
「実戦に次はないんだぜ?常に本気なんだ、分かるか?戦いに士官も下士官も関係ないんだ」
「……覚えていろよ」
「ああ、覚えておいてやるとも」 

 

第十八話 休日

宇宙暦788年8月15日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、
ヤマト・ウィンチェスター

 こないだの、マイクとフォークの奴のシミュレーション対戦の効果は抜群だった。今まで挨拶すらされなかったのが、やたらと声を掛けられるようになったんだ。特に声を掛けて来るのが、一年のスーン・スールズカリッターと、三年のダスティ・アッテンボローだ。
アッテンさんはまだ分かる、ヤンさんから話を聞いてるだろうし。
分からないのはスールズカリノ…(ビュコック提督風)さんだ。卒業生総代になったらどうしようって悩んでいたくらいだから、成績優秀だしハンサムだし、フォークなんか気にしなければいいんだが、本人はそれについても相当悩んでいたらしい。
すでに『フォークに勝てない男』という面白くない渾名がついているのだそうだ。意外にフォークは白兵戦技も優秀みたいだ。じゃなきゃ確かに首席にはなれないからな…。

 「ヤマト、やっぱりここに居たのか」
「だって、図書室が一番落ち着くんだよ」
「知ってるか?お前、最近じゃ『図書室の君』って言われてるんだぞ?女子候補生が騒いでるみたいだ。将官推薦のエリート、本を読んでる姿がさまになる、とさ」
「はあ?」
「お前、密かに思われるタイプだよな」
「はあ?」
「はあ?だけ言って本を読み出すのはやめろ…ところで、今度の週末はどうするんだ?何か予定があるか?」
「何も無いけど、どこか行くのか?」
「来週、野営訓練があるだろ?現地の下見に行こうって、マイクと話してたんだ」
「ああ、そうだったな…よし、行くか!」



8月18日15:00 ハイネセン、テルヌーゼン市郊外 ヤマト・ウィンチェスター


下見なんて止めときゃよかった、週明けにまたここへ来ると思うと気が萎える。
というか…なんでエリカがいるんだ!?今日はマイクの彼女とその友達も来るって聞いてたけど、エリカも友達だったのか?

”せっかくハイネセンにいるんだからさあ、彼女達に連絡取ったら、ウィンチェスター准尉に会いたがってる子がいるって言われてさ“

 意識してエリカに連絡しなかった訳じゃないんだ、ただなんとなく連絡しそびれたんだ…。
「ウィンチェスター先輩、私の事、嫌いになっちゃいました?」
「いや、そんなことないよ。大丈夫だよ」
「そうですか…ならよかった。でも連絡してくれないのは酷いです。先輩達の事、術科学校でも話題になったんですよ?」
「そうなの?」
「はい、五十年ぶりの将官推薦、我が校の誇るエリート!って。エル・ファシルでは活躍なさったんでしょ?准尉昇進おめでとうございます!」
エル・ファシルでの活躍か…。
やるべき事をやって、やるべき事をやらなかっただけだ。英雄を助けて、身近な人々を裏切った大馬鹿野郎だよ、俺は。
「…どうしました先輩?何か気に触る事言っちゃってたらごめんなさい」
「大丈夫、大丈夫だよ。ありがとう」
 エリカは悪くない。悪いのは…俺だ。
「キャっ!?き、急にどうしたんですか先輩!みんな見てますよお」
「しばらく、こうさせといてくれない?」
「恥ずかし……はい、構いませんよ…」


 女の子にはいきなりはきついコースという事で、途中にあった山小屋みたいな喫茶店で休憩したあと引き帰すことになった。下見じゃなくて、ただのハイキングだなこりゃ…。
「テルヌーゼンに戻ったら、どうするんですか?」
「メシでも食って解散じゃないか?学校戻らないといけないしさあ。エリカもそうだろ?」
「え?先輩、泊まりじゃないんですか?」
「え?え?みんな泊まる気なの?俺外泊申請してないけど。…マイク、オットー、二人とも申請してるのか?」

 「あ、言うの忘れてた。俺達四人で温泉行くんだよ。お前はエリカちゃんと仲良くな。じゃあな」
「そ、そうか…」

 「すみません、いきなり私着いて来ちゃったから…私、実家テルヌーゼンなんです。週末はちょくちょく帰ってて。ダグラス先輩がみんなでハイキング行くからおいで、って言ってくれて。だからてっきり先輩も泊まるものかと…」
「いや、マイクが泊まるって言い忘れたのが悪いんだ。大丈夫だよ」
困ったな、士官学校に電話してみるか…。

「はい、自由惑星同盟軍士官学校、当直室です」
「もしもし、候補生二年のウィンチェスターです」
「お、ウィンチェスターか、俺だよ俺」
「あ、アッテンボロー先輩。今日は当直ですか?」
「そうなんだ。どうした?何かあったか?」
「いえ、外見申請してなかったんですけど、急に泊まる事になりそうで…当直士官いらっしゃいますか?」
「今はメシ食いに行ってるよ…なんだ、女か?」
「まあ…そんな感じです」
「任せとけ。お前の外泊申請、代筆しといてやるよ」
「それは…公文書偽造なのでは」
「いきなり当直士官に言ったって通るわけないだろう、上手くやっとくから、気にするな。明日の二三〇〇迄にはちゃんと帰ってくるんだぞ」
「ありがとうございます!助かりました」
「礼はいい、上手くやれよ」
「はい」


 「大丈夫だった。外泊オッケーになったよ」
「そうなんですか!?よかった!…あの、よかったらウチに来ませんか?」
「え??」
「あの、その、来てもらわないと困るんです!両親には彼氏連れてくるって言ってあって、その…」
「エリカちゃん」
「…はい」
「初デートでいきなり実家ってキツくない??」
「ですよね…」
「でも、せっかくだからお邪魔するよ。本当に行っても大丈夫なの?」
「はい!両親も是非連れておいで、って言ってますから!」



8月18日17:00 テルヌーゼン市 ホテル『ガストホーフ・フォン・キンスキー』
ヤマト・ウィンチェスター
 
 「エリカちゃん、ここ、実家なの?」
「はい!…そうですよね、お互いまだ何も知らないんですもんね」
『ガストホーフ・フォン・キンスキー』はテルヌーゼン市の中でも高級なホテルとして知られている。同盟全土から客が来る事でも有名だ。エリカちゃんって、いいとこのお嬢様だったのね…。
「そうだね、確かにお互い知らない事だらけだね。いきなり告白されて、そのまま…」
「あああ!その先は言わないで!恥ずかしい…!」
「はは、すごい行動力のある女の子、っていうのは判ってるよ」
「そ、そうですね、ハハ…」
「しかし、下世話な話、このホテル、凄くお値段が高かったような…」
「大丈夫です!実家に泊まってもらうのに、金を取る親が居るか!ってパパが言ってましたから」
「え!タダ?…何だか悪いなあ…」
「いえ、本当だったら是非ちゃんとお食事会をしないといけないのに、急だったもので…ママも、ウィンチェスター准尉に謝っておいて、って言ってました」
「いやいやそんな、充分過ぎるよ、ありがとう」

 …こんな部屋泊まった事ないぞ!
最上階、ロイヤルスイート…。俺の給料手取り二ヶ月分…。この部屋、本当にタダでいいのか?
「私もこの部屋に入ったの初めてなんですよ。素敵なお部屋ですね。新婚旅行みたいです!」
「そうだね…本当にありがとうございます」
「いえいえ、本当なら両親に会わせたかったんですけど、やっぱり急だったもので、二人とも仕事でハイネセンポリスに行ってまして…。すみません」
「いや、いいよ。この先どうなるか分からないけど、改めて挨拶に来るよ」
「わあ、ありがとうございます!准尉、ゴハンにします?お風呂にします?お風呂なら露天風呂がありますよ。ゴハンならこの部屋でもレストランでもどちらでも大丈夫ですよ」

 悩んでいると、入り口のドアのチャイムが鳴った。
「お前達…すげえ部屋に泊まってんなあ!羨ましすぎる…」
「オットー、マイク…なんでここに?」
「温泉行くって言っただろ?このホテルの露天風呂、天然の温泉なんだぜ。知らなかった?まあ、このホテルに泊まれるのもエリカちゃんのおかげだからなあ」
「そうそう。彼女は大事にしないとな、ヤマト」
「お前ら…」
「そうだそうだ。ハイネセンに戻って来たってのに、エリカちゃんとだってロクに連絡取ってなかったんだろ?こんないい娘、他にいないぜ?」
「そうだそうだ」


 8月19日19:00 テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、正門前
ヤマト・ウィンチェスター

 「じゃあね、エリカ。エリカも門限に遅れないように」
「はい!これからも…会えますよね??」
「当然だよ。同じハイネセンにいるんだし」
「よかった…!じゃあ准尉、頑張って下さいね!」
「ありがとう。エリカもね」

 …ふう。
若いって素晴らしいな。色々と。
現実世界でも決してオジサンではなかった(と思いたい)が、やっぱり十代の恋愛は初々しいもんだね。
でもねえ、せっかくいい気分に浸っているのに、それを邪魔する奴ってのは必ずいるんだよな。
「これはこれはウィンチェスター先輩、お疲れ様です」
「おう、お疲れ様、フォーク候補生」
「先輩は彼女がいらっしゃるんですね。羨ましい限りですよ」
「君はいないのか?」
「…先輩のような余裕は有りませんからね」
「そうか。俺だって余裕はないよ」
「…嫌味ですか?」
「そうじゃないさ、余裕ではなく、心のゆとりを持つ事が大事だ、と言いたいだけさ」
「…私にはそのゆとりが無いと仰りたいのですか!?」
「そう見えるね。それが君の命取りになると思う」
「…不愉快です、例え先輩でも言っていい事と悪い事がある筈だ!」
「だろうね。でもそれを指摘してくれる人は居たかい?」
「……」
「これは、本心からの忠告だよ、アンドリュー・フォーク。軍人としてではなく、人間としてだ」
「…ありがとうございます。失礼します」

 …ふう。同盟軍にしろ、帝国軍にしろ、信賞必罰は問題だな。
武勲を上げれば昇進する、当たり前の話なんだが、当たり前すぎやしないか?
不当に昇進させなかったり、悪事を見逃すのは確かにいけない事だ。だけど、当たり前すぎるのもなあ…。
組織のパイは決まっている。当然指揮官や参謀の配置の数も決まっているから、その中で苛烈な競争が行われる訳だ。
その結果、上昇指向の強い人間が生まれやすい。
武勲を上げる事が一番で、その他を省みない人間ばかりが増えてるんじゃないか?フォークはその一例に過ぎないんだろうな。同期であっても競争者、その上出来る先輩や後輩が居たら、フォークには悪いが、ああいう人間には気の休まる時間なんてないだろうな…。
そういう世界に俺はいる、と言われればそれで終わってしまう話なんだけどね。
…明日からの野営訓練に備えて寝るか…。
 

 

第十九話 巣立ちの準備

宇宙暦789年1月3日 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、
シルバーブリッジ24番街 キャゼルヌ邸 ヤマト・ウィンチェスター

 「お前さんがウィンチェスター准尉か。それにバルクマン准尉、ダグラス曹長。三人共よく来てくれた。キャゼルヌだ。よろしくな」
「ヤマト・ウィンチェスターです。よろしくお願いいたします」
「オットー・バルクマンであります。キャゼルヌ中佐、よろしくお願いいたします」
「マイケル・ダグラスです。よろしくお願いします」
「そんなに畏まらんでもいいさ。ほら、あの二人を見てみろ」

 キャゼルヌさんが顎を向けた先には、早々とウイスキーを手に取るヤンさんとアッテンさんがいる。
「おい、そこの二人。やっと全員揃ったんだ。新年の乾杯くらいしたらどうなんだ」
「乾杯はいつでも出来ますがね、いい酒に巡り会える機会というのは逃してはならないものなんですよ?なあ、アッテンボロー」
「全然同意します、ヤン先輩」
「あのなあ、俺がいつそいつを飲んでいいと言った?」
「酒の方は全然拒否する気配がありませんよ?」
「全く…お前さん達、酷い先輩を持ったな。ほら、皆グラスを持て…新しい年に、乾杯!」

 アッテンさんの誘いで俺達はキャゼルヌ邸へお邪魔している。ヤンさんの所に行ってもロクなメシはないからキャゼルヌ中佐の所に行こう、となったのだ。もちろんヤンも誘ってだ。ヤンさんは機会があれば俺達を連れて来い、とキャゼルヌ中佐に言われていたそうだ。

 “丁度良かった、新年の挨拶もまだだし、三人共連れて来いって言われてもいたからね。行こうか“

 いきなり押しかけて、この二人は他人の迷惑とか考えていないのだろうか?
「アッテンボロー、バルクマン准尉とダグラス曹長と一緒にツマミを買いに行って来てくれないか。オルタンスが来るまでメシがないからな。ほら、財布持っていけ」
「分かりました。チョイスに文句は無しですからね」
「分かった分かった」


 
 「…ヤンに友人が出来たなんて、どんな人間か知りたくなるじゃないか。…エル・ファシルでは大変だったようだな。ドッジ准…中将の下に居たのか?」
「はい、いえ、正確には私は旗艦乗組員でした。ドッジ中将はエル・ファシル警備艦隊第二分艦隊司令部所属でいらしたので、それで良くしてもらいました」
「そうだったのか。ヤンがやたらとお前さんの策を誉めるのでね。分艦隊司令部所属かと思ったんだが…よく自分の思い付きを通せたな」
「いえ、当時の上官のお陰でして。当時の内務長が私の思い付きを上申してくださったんです」
「ほう、よくもまあねじ込んだもんだ。何という人だ?」
「パオラ・カヴァッリ大尉という方です」
「カヴァッリ……ああ、あの子か」
「キャゼルヌ先輩、ご存知なんですか?」
「ああ。ヤンにとっても縁は薄くないぞ」
「どういう事です?」

 意外にもキャゼルヌ中佐はカヴァッリ大尉を知っていた。士官学校卒なら、年が近ければ先輩後輩の間柄ってのは有り得る事だ。
「カヴァッリ大尉は士官学校の後輩でな。俺が候補生三年の時の一年生だった。彼女はリンチ少将の身内なんだ。ヤンとは被ってないな、なあ、ヤン?」
「よく覚えてないですね」
「…お前さんの歴史以外の記憶力に期待したのが間違いだったよ。…才気煥発、という程ではなかったが、行動力には不足のない印象だったな。当時はリンチ少将も士官学校で教官をしていたから、肩身の狭い思いをしていたようだ」
「でも先輩、そんな昔の事よく覚えていますね」
「俺はまだ二十七だぞ。記憶力に偏りのあるお前さんが異常なんだ」
 くそっ、アニメのままの声だから、ついニヤニヤしてしまう。
「ウィンチェスター、何がおかしいんだい?」
「いや、お二人は本当に友人同士なんだなあと思いまして」
「そうだね。先輩でなければとっくに友達付き合いを止めているところなんだけどね」
「おいおい、俺が友達でなくなったらお前さん、栄養失調どころか、餓死してしまうぞ?」
「すべてオルタンスさんの功績じゃないですか」
「…とにかくだ、得難い友人同士という訳だ」

 年の離れた友人というのは、本当に羨ましい。先輩後輩の間柄でも分け隔てなく接するキャゼルヌさんの人柄による所が大なんだろうな。
「そういえば、ヤン中尉…ではない、ヤン少佐はエコニアに行かれてたんですよね?ケーフェンヒラー大佐はどういう人でしたか?」
「君はケーフェンヒラー大佐を知っているのか?」
「軍内部の電子新聞の片隅に訃報が載っていましたからね。捕虜収容所の不正を暴くのに協力した、とか…ヤン少佐が暴いたんですよね?すごいなあ」
「あれは…私は何もしていないよ」
「でも少佐の存在がキッカケとなったのではありませんか?」
「…何故だい?」
「不正を働いている側からすればですよ、英雄と呼ばれているヤン少佐がいきなり赴任してくれば、これは何かあると勘繰るのは当然ではないかなあと思うからですよ。ましてやエコニアは辺境だ。英雄の赴任先には相応しくない、と誰もが思うでしょう。時期から言って耳目を集めやすい。不正を働いている者からすれば、大人しくするか、逆に注目される前にどうにかしてやろうと思うでしょうから」
「…キャゼルヌ先輩、どうです?優秀な若者でしょう?」
「お前さんも充分若いがね。いやはや、確かにすごいな。エコニアにヤンを行かせたのは俺なんだ。英雄騒ぎのほとぼりを冷ますのに丁度いいかなと思ってね。確かに不正の噂も前からあったし、どうにかしなくてはとも思っていたからからな、ちょっとした爆弾を落として診ようと思ったのさ。まあ、ヤン自身も歴史的探求心を満たして帰ってきた事だし、いい事づくめさ」
「…一歩間違えれば死ぬとこだったんですがね」
「何かを得るには、何かを失うものさ」
「ほら、言っただろう?先輩でなければ友達を止めているだろうって。これから君も苦労するぞウィンチェスター。有能な軍官僚はとてつもなく腹黒いんだ。可愛い後輩をダシにして不正を暴こうとか、友達が聞いて呆れるだろう?」
「お二人共仲が本当にいいんですね…ケーフェンヒラー大佐には私も話を聞いて見たかったです。私も歴史が好きなので」

 「ヤン、同好の士が出来て良かったじゃないか。しかし、何故ケーフェンヒラー大佐の話を聞きたいんだ?」
「アッシュビー元帥の死は謀殺…ではないのですか?」
「何故それを…ヤン、お前さんが話したのか?」
「いえ、話してませんよ」
「…噂はすぐに伝わるものです、キャゼルヌ中佐。何でも、投書があったとか」
「…内容については明言出来ないが、確かに投書はあった」
「後はキャゼルヌ中佐自身が話された通りではありませんか?ヤン自身も歴史的探求心を満たして帰ってきた、と仰ってましたよね。歴史的探求心を満たすには資料や歴史の生き証人が必要です、それがケーフェンヒラー大佐だったのでは?」
「参った。お前さん、本当にすごいな。これは確かに紹介したくなる友人だ。よかったな、ヤン」
「ええ、エル・ファシルでも助けてもらったし、本当に得難い友人ですよ」
全部知っている立場としては非常にこそばゆいぜ。もうモブキャラじゃなくて準レギュラーの立ち位置だな。…早く卒業してえなあ…。



789年5月10日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校
野戦演習場 オットー・バルクマン

 「立て!学年主席が聞いて呆れるぞ」
「おのれ…油断しただけだ!」
アンドリュー・フォークは事ある毎に俺たちに絡んでくる。今だってそうだ、学年が関係ないカリキュラムで、講義の日程が合うと必ず絡んでくるのだ。
今は白兵戦の講義中だ。今日は実際に装甲服を着て行う白兵戦技実習が行われている。陸戦隊にだって指揮官や参謀は必要だからな、当然卒業後は陸戦隊に行く者もいる。実際に自分自身が戦う必要が無かったとしても、戦えない指揮官や参謀はバカにされる。下士官達にバカにされない程度に、ある一定の白兵戦技能は身に付けなきゃならない、という訳だ。
ローゼンリッターに行ってたマイク程ではないが、俺やヤマトだって白兵戦技は不得意じゃない。陸戦専門の戦科学校程ではないが、下士官術科学校のカリキュラムの半分は白兵戦技訓練だった。もちろん装甲服を着用しての戦技実習もたくさんあって、団体戦技トーナメントや個人戦技トーナメントもあるくらいだから、手を抜く奴等はほとんど居なかった。

 「…お前、どうしてそんなに俺達に絡んでくるんだ?」
「……」
「生きのいい奴は嫌いじゃないが、少ししつこくないか?少し休憩しようぜ」
「もう一戦やってからだ!」
「…ヤマト、替わってくれ。なんか飲んでくるわ」
「…了解。よし、いつでもいいぞ」
確かに奴は頑張っている。学年首席は伊達じゃない。同じ学年と試合している時は八割くらいの勝率を維持している。あ…負けた。


5月10日 自由惑星同盟軍士官学校、野戦演習場 ヤマト・ウィンチェスター

 「下半身ががら空きだぞ。ほら、もう一回だ」
「くそっ!!」
「…今のは中々良かったぞ…よし、時間だ。ありがとうございました」
「…ありがとうございました…」

 俺達は三年生、君も二年生になったことだし、もうそんなに目の敵にしなくてもいいんじゃないか、フォーク君。
でも…アニメのイメージと違うんだよな、目の前にいるフォークは多少性格は悪いが、頑張り屋の優秀な奴だ。それが何でああなった?
「おーい、マイク」
「やっぱ格闘は楽しいよな…なんだ?」
「今日の外出、何か予定あるか?」
「ないよ。オットーも酒飲みに行くくらいじゃないか?」
「スールズに言ってさ、フォーク呼び出せないか?」
「スールズ?…ああ、ズカリッターか。呼び出せるだろうけど、来るかな?」
「スールズも一緒なら来ると思うけど、珍しいな?説教でもすんのか?」
「内容はどうあれ、俺達と奴は結構親密な間柄だろ?たまには一緒にメシでもどうかと思っただけさ」
「ふーん。まあ暇だしいいか」



5月10日19:00 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、ウーズヴィル5番街
パブレストラン「ラシュテ」 ヤマト・ウィンチェスター

 「このようないかがわしい場所に出入りしていたとは…将官推薦の名が泣きますよ、先輩方」
おい、やめろ、というスールズカリッターの制止にも耳を貸さず、フォークは言葉を続ける。
「後輩を呼びつけて私的制裁でもしようというのですか?これだから下士官あがりは」
「フォーク、お前な…」
「ほっとけオットー、俺たちは向こうで飲もうぜ、ほら、ズカリッターもこっちだ」
「ダグラス先輩、妙な略し方は止めてくださいよ…」

 マイク、気を利かせてくれたのか。お前は本当にいい奴だ。
「私的制裁なら店に呼び出す訳ないだろう?まあ座れよ、何飲む?」
「ジェイムスンを」
「じゃマスター、俺も同じやつを……乾杯」
「…乾杯」
「初めて飲んだけど、悪くない」
「…それで、ご用は?」
「用が無きゃ誘っちゃいけないのか??俺達は編入だし、アッテンボロー先輩は卒業してしまったから、士官学校の中で濃い付き合いがあるのはお前とスールズカリッターくらいなもんだからな、一緒にメシでも、と思っただけだよ」
「…敵に塩でも送ったつもりですか?」
「おいおい、俺達同じ同盟軍だろ?敵も味方もあるもんか」
「甘いんですね。周りは皆競争相手ですよ。そういう意味では敵ではないですか」
「…競争相手だ。敵じゃないさ」
「先輩と私では考え方に相当隔たりがあるようですね」
「そうだな。別に俺は宇宙艦隊司令長官や統合作戦本部長になろうとは思っちゃいないからな」
「将官推薦を受けておいて、ですか?他の候補生に失礼ではありませんか?」
「失礼とは思っていないよ。その二つだけが士官として最終目的地ではないだろ?地位というのは自分が頑張った結果として付いてくるものだ」
「全くその通りですよ。先輩はそうではないかも知れないが、私の頑張った結果として欲しいのは統合作戦本部長です。卒業年次の近い候補生は皆競争相手、敵ですよ。阻害要因は早い内に潰さねばならないのです」
「学年内で統合作戦本部長に一番近いのは自分、邪魔なのは俺達、という訳か」
「…そうなりますね。本人方を前にして、失礼な話ですが」

 やっぱりだ、腹立つ奴だがフォークはまだおかしな奴じゃない。転換性ヒステリーなんて病気を抱えて士官学校に入学出来る訳がないのだ。その傾向はあるんだろうが、在学中から順風満帆にエリートコースを歩み過ぎてああなったんだろう。何もかもが上手く行って挫折や障害が無かったんだ。でなければロボスが飛び付いた結果とはいえ、帝国領侵攻作戦の参謀なんかになれる訳がないのだ。第六次イゼルローン会戦だって参謀として参加している、無能な訳がない。
そんな順風満帆な所に俺達が現れた、確かに邪魔だ。しかもその邪魔者たちは秀才という訳でもない。たまたま将官推薦されただけの下士官あがりの増上慢、と来ている。フォークの判断基準だと、そんな奴等に勝てないのだから、屈辱だろう…。
しかし奴はそれを堪えている。耐えている。俺達という障害を前に、それに屈する事なく頑張っている。
考えてみればフォークも不幸な奴だ。ヤンさん越えを狙ったのが運の尽きと言うものだ。でなければ帝国領侵攻なんて、あんな粗雑な作戦考える事もなかっただろう。

 「お前の頑張りは認めてるよ。でもそれは独りよがりの頑張りだと俺は思うよ。自分も、巻き込まれた周りも、そのうち不幸にする。いずれ追い付き追い越せではやっていけない時が来る。それよりだ、俺達と一緒に来ないか」
「…来ないか、って、どこへ行くんです?」
「それはまだ分からんけどな。行けるところまで行けばいい、行き止まりだったらそこでまた考えようぜ。行き止まりだ、って一人で考え込むより皆で考えたほうが楽だろ?」
「…その結果、私が先に進むかも知れませんが、いいのですか?」
「そんときはこき使ってくれればいいさ」
「…考えておきます」
 
 

 

第二十話 新たな戦いへ

宇宙暦790年3月1日 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ24番街、
キャゼルヌ邸 ヤマト・ウィンチェスター

 キャゼルヌさんちに来ることがすっかり多くなってしまった。ふふふ、これで俺も立派な準レギュラーって事になるな。しかし一つ残念な事がある。キャゼルヌ夫人が妊娠で里帰りをしているのだ。
それを聞いた時には皆が落胆した。
俺もマイクもオットーも、いや、それだけじゃない、アッテンさんやヤンさんもミセス・キャゼルヌの作るゴハンのファンなのだ。それを食べる機会を失わせたこの家の主には、皆から非難の雨あられだ。最近はフォークやスールズカリッターもここに来るから、非難の声は更に増えている。

「一つ言っとくがな、ここは士官学校生の寄宿舎じゃないんだぞ」
「私はもう卒業しましたよ」
「アッテンボロー、お前さんの事じゃない、そこの五人の事だ」
「いいじゃありませんか。可愛い後輩達ですよ彼等は。それに、ミセス・キャゼルヌの料理を食べる機会を失わせた償いをしてもらわないと」
「償いだと?オルタンスが居ないのは人類の種としての責任を果たした結果だぞ?消費しかしないお前さん達に文句を言われる筋合いは無いと思うね」
「でも中佐、酒は消費しないと意味がありませんよ?」
「酒にだって飲まれる相手を選ぶ権利くらいあるだろうさ。全くだな、お前さん達が来ると月の俸給の半分が酒代で消えるんだぞ?ホストの身にもなれ」
「それがまた回りまわって我々の俸給になるんだからいいじゃないですか」

 キャゼルヌさんはフォークやスールズカリッターも快く受け入れてくれた。本当に連れて来てよかったと思う。彼らにはまだ一年ある、いい話がたくさん聞けるだろう。
士官学校生が在学中に出会う現役の軍人と言えば、教官くらいしかいない。教官達も自分の実体験を候補生達に話してくれるけど、候補生からすれば『教官がまた何か言ってるよ』にくらいにしか思えないものだ。そりゃそうだ、普段から一緒に居るし、そんな人達の戦場での姿や経験は想像しづらい。しかしキャゼルヌ中佐は違う。現在進行形のバリバリのキャリアだし、そんな人の生の(と言っては失礼だけど)経験が聞けるのだ。スールズカリッターにとっても、軍上層部を目指すフォークにとっても有益だろう。
俺だって実年齢はキャゼルヌさんと似たようなもんだから、彼の言うことはよく分かる。軍人としても、短い間だったけど濃密な艦隊勤務を経験したから同様だ。ということは、やはり経験が人を作り上げるんだな。資質、素養、経験が上手く合致しないといい人間にはなれないし、いい軍人にはなれない。でも困った事にいい人間といい軍人は相反する事が多いんだなこれが…。もうすぐ士官学校も卒業だ、この事でこの先ずっと悩んでいくんだろう…。

 「アッテンボローは第二艦隊だったな」
 「ええ。私は駆逐艦の射撃管制やってます。駆逐艦は楽しいですよ」
「そうなのか?」
「艦長ならもっと楽しいんでしょうがね。イメージ的には図体のでかい単座戦闘艇(スパルタニアン)ですから、小回りは利くし、すばしっこいし、やりようによっちゃ戦艦も喰えます。それに、大所帯じゃないって事が素晴らしい」
「そうか。で、ウィンチェスター、お前さん達の配属は決まったのか?もう発表される頃だと思うが」
「マイクはローゼンリッターに戻ります。連隊付で士官学校に入ってますから。私とオットーは…」
「なんだ、配属先の嫌な噂でも聞いたのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、私とオットーはエル・ファシルに戻る事になりました。昨年再編の終了したエル・ファシル警備艦隊に配属されます。ところで中佐、お聞きしたいのですが」
「ん、なんだ?」
「ドーソン教官に嫌みったらしく言われたんですが、我々は卒業すると大尉なのだそうですが、本当ですか?」
「そうなのか?俺も詳しくは知らんのだ。将官推薦者自体がいなかったからな。まあ…現役の教官でもあるし、あのドーソンがいうのなら本当だろうな」
「嫌ですよ、士官としての経験もないのにいきなり大尉だなんて」
「…国防委員会に聞いてやろう。少し待っといてくれ」
「あ…ありがとうございます」

 「こいつは驚いたな。もうお前に抜かれるなんてな。嫌みじゃないぞ、将官推薦って本当にすごいんだな」
「よして下さいよアッテンボロー先輩」
”先輩、本当に知らなかったんですか?てっきり知ってると思ってましたが“
「フォーク、お前知ってたのか?」
「我々の学年では有名でしたよ、ドーソン教官にやたらとハッパをかけられましたからね。下士官風情に負けてどうする!あいつらは卒業したら大尉なんだぞ!って。まあ、詳しくは教えてくれませんでしたし、お前に言われたくはない、って反応が殆どでしたが」
言ってくれればよかったのに…でもそれを知っていたから、しつこく絡んで来たのか…。
確かに自分達は少尉任官なのに、俺達は大尉じゃ、この野郎!ってなるだろうな。なんて制度だよ全く…。
あ、キャゼルヌさんが書斎から戻ってきた。

 「おう、待たせたな。国防委員会人事局の知り合いに聞いてみたよ。将官推薦者にも二種類いるらしい。軍以外の人間が推薦を受けた場合は中尉任官、現役軍人が推薦を受けた場合は大尉任官なんだそうだ。おめでとう、ウィンチェスター。バルクマンも、ダグラスも。本来、昇進というものは内報が出るまで本人には知らせちゃいかんのだが、もう知ってしまっているからな」
「…ありがとうございます。しかし何故大尉という階級なのですか?」
「将官推薦というのは本当に特別なんだ。確かに士官としての勤務経験、実績はない。しかしそれを補って余りある資質がある、という事の証なんだ。下士官の昇進、降任については統合作戦本部の専権事項だが、士官への昇進、士官の降任については国防委員会の人事局が決定権を持つ。その中でも将官推薦者については、将官と同じように履歴書も考課も国防委員長まで直接報告が行くんだ。…まあこれは、さっき聞いて俺も初めて知ったんだがな。知り合いによると、お前さん達の事は国防委員会でも有名らしいぞ」
「なんて事だ」
「…何て事だ、なんて言ってる場合ですか先輩。私としては、改めて将官推薦者を追い抜くという目標が出来たからいいのですが」
「フォークの言うとおりだぞウィンチェスター。ドーソンがフォーク達にハッパをかけた理由が分かったよ。国防委員長まで報告があがっているとすれば、将官は置いておくとしてもだ、お前さん達は大尉でありながら、どの佐官よりも統合作戦本部長の椅子に近い事になる。大変だぞこれは」
「あ~あ、お前ら大変だな…ハタチで大尉、更に佐官を敵にまわすのか…普通の士官学校出身者でよかったよ俺」
「そんな事言うのホントにやめて下さいよアッテンボロー先輩…」


 キャゼルヌ邸を出ると、フォークとスールズカリッターは実家に顔を出して来ますと言って俺達と別れた。
…いきなり大尉というのはちょっと想像の度合いを越えている。
将官推薦者は士官学校の成績とは関係なく昇進序列が最上位、くらいにしか考えてなかった。それだけでも充分すごい事なんだけど。しかもだ、国防委員長まで直接報告があがると言うことは、確実に降任はないといってもいい。自分で考課表を見ているのだ、降任させると国防委員長自身の資質を問われかねない。非の打ち所の無い(?)大失敗をやらかさない限り更迭もないだろう。
「こりゃあ本当に大変だぞ。大尉だぞ大尉」
「オットー…今更ながら巻き込んで済まないな、二人共」
「俺は充分楽しんでるけどな。気にする事ないぜヤマト。オットーも気にしすぎだぞ」
「だけどなあ」
「いいじゃねえか。大尉おおいに結構。階級に見合った成果を出せばいいんだろ?」
「気楽だなあマイクは。連隊に戻ったら中隊長だぞお前」
「余裕余裕。俺達は十八で一等兵曹だった。オットー、正直、やれると思ったか?」
「…キツかったな」
「同じような経験をまたするだけさ。佐官を敵にまわす?上等じゃねえか。キャゼルヌ中佐とヤン少佐は別枠だけどな」
「…何だかよく分からないが、とにかくすごい自信だな」
「ああ。オットーは自信ないのかよ?」
「…まだ分かんねえよ」




宇宙暦790年3月24日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校
大講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 “卒業生、宣誓”
「はい!…私は我が国の自由と独立を護る自由惑星同盟軍人としての使命を自覚し、国家に忠誠を誓い、暴虐なる専制主義に屈することなく責務の完遂に努め、事に臨んでは危険を顧みず、以て同盟市民の負託に答える事を誓います。宇宙暦七百九十年三月二十四日、卒業生代表、ヤマト・ウィンチェスター!」



3月24日15:00 自由惑星同盟軍士官学校、第七食堂 オットー・バルクマン

 「卒業したな」
「ああ」
「マイクはこのままローゼンリッターに行くのか?」
「そうだな。そのまま歓迎会だぜ」
「歓迎会?」
「そうさ。前に着任したときはエル・ファシル失陥の騒ぎで一応自粛してたからな、今回は晴れて大尉任官、着任の歓迎会をやってくれるんだと。先任中隊長にすげえ人がいるんだ」
「へえ。なんて人だ?」
「シェーンコップ大尉って人だ。女も敵もこの人には敵わないね」
「そうか。いいなあ」
「何そんなにショボくれてんだよ、エル・ファシル警備艦隊司令部参謀殿?」
「やめてくれよ…ますます気が重くなるだろ」
「考え込んでもいいことないぜ。俺は中隊長、お前だって今は参謀だけど、直ぐに指揮官という立ち位置が見えてくるんだぜ?眉間に皺寄せて、ウーンウーン唸って考え込んでる指揮官や艦長を部下が見たいと思うか?」
「…そうだな」
「だろ?俺達はレールに乗っちまったんだ。前に進むしかねえんだよ。明るく行こうぜ、明るく」
「…俺、お前の部下になりたかったよ。いい指揮官になれるぜお前」
「はは、ありがとな。…では、いまいち乗りきれないバルクマン大尉に、ダグラス中隊長がいい言葉を教えてやろう。心して拝聴するように」
「…なんだ?」
「世の中を甘く見る事。いい言葉だろ?」
「…それが出来れば苦労しねえよ…何言ってんだよ全く」
「固いねえ…ところでヤマトは?」
「エリカちゃんを駅に迎えに行ったよ。エリカちゃんも今日卒業だろ?ご両親がお祝いしてくれるんだと。俺も誘われたけど断った」
「なんでよ、行けばいいじゃねえか」
「…空しくなるだろうが」
「まあな、はは」


 じゃあな、また集まって一杯やろうぜ、と言い残してマイクは行ってしまった。
俺って要領悪いんだろうか…。
卒業時の席次はヤマトが首席、俺が百五番、マイクが二百十三番だった。一応トップグループに入る事が出来た訳だ。
ヤマトは分かる、あいつはいつの間にか勉強している奴だからな。マイクだって勉強は苦手、とかいいながら、かなり頑張っていた。戦術と白兵戦技は同期でもトップクラスだ。兄貴肌で意外に面倒見がいいから、下級生には人気があった。翻って俺は…特徴がないのが特徴、とか言われそうだ。

 「どうしたのよ、一人でポツンと」
「あ、カヴァッリ大尉」
「卒業おめでとう。いつも一緒の二人はどうしたの?」
「ありがとうございます。ヤマトは彼女を迎えに、マイクもさっき駅へ向かいましたよ」
「あら、残念。卒業祝いしてあげようと思ったのに。どう?これからゴハンでも」
「いいんですか?」
「顔見知りだし、一応教え子だし、それにこれからも一緒に働く事になったしね」
「…大尉もエル・ファシルへ?」
「そうよ。荷物置いてきなさい、明日までは宿舎使えるんでしょ?」
「ああ、はい」
…ひでえ夜になりそうだ…。




 (揺籃編 完) 

 

第二十一話 ELSF~エル・ファシル警備艦隊~

宇宙暦790年4月20日 エル・ファシル星系、エル・ファシル、月軌道上、エル・ファシル警備艦隊
旗艦リオ・グランデ ヤマト・ウィンチェスター

 まさかの!
まさかの!!
ビュコック提督なのー!しかも旗艦はリオ・グランデ!いいね!
いやいやいや、エル・ファシルにとんぼ返りだから、また死亡フラグかと思ってたら…なんとまあ。
死亡フラグ消えたね…ん?消えたか?
「大尉、オットー・バルクマンです。よろしくお願いします」
「大尉、ヤマト・ウィンチェスターです。よろしくお願いします」
「二人ともよく来てくれた。ビュコックじゃ。しかしまあ…貴官らが噂の将官推薦者か。よろしく頼むよ」
「閣下、小官等の配置ですが…」
「予定通りじゃ。バルクマン大尉は儂の副官、貴官は艦隊司令部参謀となる」
「了解致しました」
「後の細かい事は首席参謀のシェルビー大佐に聞きたまえ。以上だ」

 エル・ファシル警備艦隊。ワッペンも一新されてるな。自由惑星同盟軍(F.P.F.)エル・ファシル警備艦隊(E F S F)か…。
どれどれ…艦隊規模は四千隻。艦隊司令官アレクサンドル・ビュコック少将。分艦隊司令官はアイザック・ピアーズ准将、ガイ・マクガードゥル准将。本隊が二千隻、ピアーズ准将とマクガードゥル准将がそれぞれ千隻ずつか。声優さんは誰になるんだろうか…。
艦隊司令部は…首席参謀タッド・シェルビー大佐、次席参謀ナイジェル・イエイツ少佐、そして俺か。
司令部内務長に…ああ、カヴァッリ大尉ね。司令部要員が十人、一度に覚えられないなこりゃ。で、オットーがビュコック提督の副官ね。…くそう、オットーの奴、オイシイ配置だな…。
分艦隊司令と参謀…まあビュコック提督が選んだんだろうから、参謀はともかく分艦隊司令はまともな人達なんだろう。問題はシェルビー大佐とイエイツ少佐だ。

“お前さん達は大尉でありながら、どの佐官よりも統合作戦本部長の椅子に近い事になる。大変だぞこれは“

 キャゼルヌさんが言った通りなら、俺もオットーも針のムシロのど真ん中だ。どうか二人ともまともでいてくれますように…。
「副官かあ…やっていけるかなあ俺」
「大丈夫さ、ビュコック提督はいい人だ。下士官兵からの人望も厚いし、常識人だよ。多少皮肉がキツい所があると思うけど」
「知ってるのか?」
「キャゼルヌ中佐からそう聞いたんだ。…それにしてもどうしたんだ?最近おかしいぞ」
「…俺さ、何もしてないだろ?」
「は?」
「だからさ…ただ一緒にいるだけ、というか…まあ士官学校でも頑張ったよ?でもお前とマイク見てるとさ、なんかこう…」
「首席になっちゃった俺が言うのもなんだけどさ、お前の成績だって充分すごいんだぞ?…確かに一等兵曹から兵曹長、二年経っていきなり大尉だ。俺だって面喰らってるし、うまくやれるかどうか分からんよ。将官推薦は確かに重い、でもな、誰だって新米の時はある。それは新米兵曹だろうが、新米少尉だろうが変わらないと思うんだ。新米大尉だって同じだよ。大事なのは失敗しないとか旨くやることじゃない、確実にこなすことなんだ。お前は副官だ、ビュコック提督とマンツーマンの任務だ。スケジュールがどうこうじゃなくて、ビュコック提督の人為を理解する事が必要でもあり任務でもあるんだ。そこに徹すれば、階級は気にする事はないよ」
「…ヤマト、お前、達観してるなあ。本当に同い年って思えなくなってきたよ。ありがとう、気が楽になった。そうだよな、状況に入りきる事が大事だよな、よし」
オットーが自信を無くしていたのは前から気づいていたんだ。俺はある意味この世界の住人じゃないから、未だに登場人物を見てウキウキしたり、死亡フラグがぁー!とか言いながら、それを楽しみながら過ごしている。でも俺以外にとってはそうじゃないんだよなあ、当たり前だけど…。




790年10月15日 アルレスハイム星系外縁部(イゼルローン前哨宙域方向)、エル・ファシル警備艦隊(F.P.F.E F S F)、旗艦リオ・グランデ、艦隊司令部 ヤマト・ウィンチェスター

 「どうかね、ウィンチェスター大尉、この艦隊は」
「どういう意味でしょうか、司令官閣下」
「どういう意味も何も、そのままの意味じゃよ」
着任して半年経った、思うところを述べてみよ、ってところかな? …そんな緊張した顔するなよオットー。変な事は言わないぞ?
「いい艦隊だと思います」
「…それだけかね?」
「率直に申し上げて宜しいのであれば…」
「ほう、何だね」
「ウチの艦隊の再編成が完了したのは一年前でした。エル・ファシル失陥後の急拵えの艦隊にしては悪くない、練度も高く、兵力も以前の倍です。星系警備の艦隊指揮に旗艦級戦艦を配備しているという事を見ても、国防委員会はいい仕事をしたと思います。自分達の事で恐縮ですが、我々将官推薦者を送り込んだという事をみても国防委員会の期待は大きいのかもしれません。いい艦隊だと思いますが…」
「ハハ…まだ何か含むところがあるようじゃな。儂から訊いたのじゃ、全部言ってしまいたまえ。シェルビー大佐もイエイツ少佐も居らん、気にせんでいい。儂にも遠慮は要らんぞ」
「は…御配慮有り難うございます。ウチの艦隊は兵力規模や人事面から見れば期待されているようにも見えます。ですが…恐れながら閣下はこれまでご自身の御意向に沿う待遇を受けて来られたでしょうか?」
「ふむ…不満に思う訳ではないが、そういう事は無かったの」

 そうなのだ。ビュコック提督は名将と言っていい存在だ。優秀ではない人物が二等兵から少将まで来れる筈がないのだ。だから下士官兵達からの信望、評価は高い。しかし、士官学校を出ていないという事から、軍組織、国防委員会からの信望、信頼を得ているとは必ずしも言い難い。
「やはりそうですか」
「しかし大尉、儂の意向に沿わない人事や待遇があったからとて、それがこの艦隊に関わって来るとは思えんがの。第一、本人の希望が全て通る組織なぞありはしない。特に軍はそうじゃ。むしろ現在の分相応な地位に就けてくれた事を、軍には感謝しておる」
「はい。それは司令官閣下の仰る通りですし、閣下のお気持ちも分かります。ですがこの場合、この事が、我が艦隊に関わって来ると思うのです」
「ほほう、流石は将官推薦じゃ、視点が違うの」
「いえ、我々も閣下と同じ…いえ、似た立場ですので」
分かりやすくアッと言う顔をするなよオットー。俺の言いたい事が分かってくれたか?

「どういう事かね?」
「軍組織において主流ではない、という事です。失礼を承知で申し上げます、閣下は士官学校を出ておられません。という事はやはり軍主流足り得ません。そして我々は将官推薦こそされましたが、現在の同盟軍の上層部に将官推薦を受けた者は一人として居りません。という事は我々は組織の中で異分子です、やはり、主流足り得ません」
「確かに貴官等は異分子かもしれん、が士官学校を出ておる、それで主流ではないという事にはならんじゃろう?」
「では、閣下が軍に入られた頃の事を思い出して下さい。将官推薦者は居たでしょうか?」
「居ったよ。知っておる人達は皆優秀じゃった。じゃが大半は軍を去ったな」
「その人々は小官のように下士官兵からの、所謂叩き上げでしたか?」
「…いや、軍に関係のある企業や、国防委員会からの紹介で将官推薦を受けて入隊した者が多かったな」
「知人に聞きました。将官推薦制度はコネ作りに利用される事が多くなって、利益より弊害が多くなって使用されなくなったと。それはそうです、箔付けや天下りのコネ作りに利用されていたのですから。しかも推薦を受けた者が中途で軍を去るとなれば、たとえ軍に残る者がいたとしても、組織の中核にはなれません。それに五十年前といえば、所謂『七百三十年マフィア』が台頭を始めた頃です。軍の組織も安定し、将官推薦制度のようなものに頼らなくてもよくなっていたのですよ。制度としては死んだのです。だが小官等が五十年ぶりに推薦された。小官等の来歴や考課表は国防委員長まで報告が行きます。小官等の上司になる方々はそこを考慮して我々を任務につけるでしょう。自分がつけた考課表が直接国防委員長の目に触れるとなれば、下手な事は書けません。言ってしまえば、多くの人々が我々の為に迷惑を被るのです。推薦者が多かった時代ならば…」
「よく分かった大尉。貴官等の推薦が理念通りの物だったとしても、今の同盟軍では傍迷惑、という事じゃな」
「はい。小官の推測に間違いがなければ、ですが」
「言われてみればその通りじゃ。士官学校も出とらんのに少将の地位にいるのは儂だけじゃし、貴官や儂の副官のバルクマン大尉も、中央にしてみれば使いにくかろう。考課表を国防委員長に直接みられるのではな。推薦制度自体は残っておるのだから、下手な評価をすればどこに飛び火するか分からんからな。まあ飛び火して喜ぶ輩もおるじゃろうがの、ハハ」

 ビュコック提督は俺の話を聞いても嫌な顔一つしない。むしろ感心感心、といった表情で
髭を撫でながら俺の顔を見ている。
「貴官等が儂の所に来たのもそういう理由が有ったんじゃな。パッと見れば、将官推薦者という優秀な補佐役を付けて人事面でも戦力増強しています、という風に見えるからの。儂も含めて使いにくい者は辺境へ、という訳か。いやはや何と言うか」
「良い面もあります。実際に今の兵力は以前の倍です。しかも一昨年にヤン少佐が成し遂げた撤退作戦のお陰でエル・ファシルという名は全同盟市民の視線が注がれます。という事は国防委員会、同盟軍上層部は我等を無下に見捨てる事は出来ない、という事です。まあ、逆に言えば、我々も下手に失敗出来ないという側面はありますが…」
「それが一番厄介じゃのう」
「全力で閣下をお支えします。失礼な物言いになりますが、小官は閣下の能力に一抹の不安も抱いてはおりません。その閣下の下で働ける事を光栄に思っております。もちろん、一個人としても閣下を尊敬しております」
「面と向かって誉められるとこそばゆいの。ありがとう。では改めて聞こうか。当面、我が艦隊に必要な物は何かね?」
「実戦です。我が艦隊は幸か不幸かまだ実戦を経験しておりません。前哨宙域の哨戒活動も我が艦隊が再編途中だった事もあって、現在も正規艦隊が行っております。小官の着任前及び着任後を見ても、士気、練度には問題は無いと思われます。しかしこれまでの訓練内容は主に我等参謀が中心となって行って来ました。訓練での勇士が実戦では弱兵、ということも充分に考えられますので、まずはひと合戦かと思われます」
「ふむ。訓練での勇士が実戦では弱兵という事もある、か。貴官、もう十年も参謀職に就いているように見えるの。貴官等を推薦したのは誰じゃったかな」
「ドッジ准将閣下です、死後特進されまして中将です」
「ドッジ…ドッジ…おお、セバスチャン・ドッジ中将か?」
「ご存知なのですか?」
「知っておるよ。優秀な方じゃった。当時儂はある(ふね)で砲術長をやっておったが、その時の副長じゃった。故人の悪口は言いたくないが、よくもまあ彼が貴官等を推薦したもんじゃ。当時のドッジ副長が下士官兵と話しておる所を見た事ある者など居らんかったからな。近くに居た儂でさえ見ておらんからの」
「そうなのですか?」
「下士官兵を毛嫌いしていた訳では無かったが、直接交流を持とうとはしておらんかったな。いやはや懐かしい名前を聞いたもんじゃて。…済まん済まん、実戦という事じゃったな」

 そういえば、半年経った今まで、提督とこんなに話す事なんてなかったな。思い出してみれば、”貴官等の宜しいように“、ばかりだった気がする。ビュコック提督流の人物観察法なんだろうか?あとでオットーに聞いてみよう。
「はい。まあ、こればかりは宇宙艦隊司令部より帝国に聞いてみないと判りませんが」
「それもそうじゃな。宜しい、宇宙艦隊司令部には意見具申をしておく。が実戦が必要だからといって不必要な犠牲、損害は避けねばなるまい。その辺の所はどう考えておるかじゃが…」
「はっ。勝てる敵とだけ戦います」
「はっはっは。それはいい。戦度胸をつけるという訳か」
「はい。戦闘経験のない新兵も多くおりますので、古参やベテランと噛み合わせるのに丁度いいかと」
「よし、首席参謀と次席参謀を呼んできてくれんか、ウィンチェスター大尉」
「かしこまりました」 

 

第二十二話 展望

宇宙暦791年1月6日 エル・ファシル星系、エル・ファシル、中央区八番街、
レストラン「サンタモニカ」 ヤマト・ウィンチェスター

 この店はいつ来ても落ち着く。適度な広さ、ヤニの染み込んだカウンター。ボックステーブルを見れば、
あちこちにソースの染みは残っているが、洗濯され綺麗に糊付けされたテーブルクロス。昼間はカップルやビジネスマン、学生と、幅広い客層が来店する明るい感じの店内が、ディナータイムからはガラリと雰囲気が変わる。俺は昼の部も好きだけど、夜の部はもっと好きだ。

 「とりあえず、新しい年に乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
今日は久しぶりにカヴァッリ大尉も交えて三人で飲んでいる。もう一人はもちろんオットーだ。なんと、二人は交際を始めたらしい。
「貴方達が大尉だなんてねえ。世の中どうなるか分からないわね。新年を迎えたばかりで来年の事を言うのもアレなんだけど、来年には少佐ね、二人共。…あ、もう一人居たわね」
「そんなことより、二人はいつからなんです?オットーも黙ってるなんて酷いな」
「…なんとなく言いそびれたんだよ。なあ、パオラ」
「そうよ。元の部下、そしてこないだまでの教え子に手を出した、なんて言われたくないじゃない?」
かぁー!パオラって呼んでるのかよっ!…付き合ってればまあ当たり前の事だろうけど、なんか悔しい。
「で、キッカケは?」
「士官学校の卒業式の夜にパオラに誘われて飲みに行ったんだ。それがキッカケと言えばキッカケさ」
「知らない」
「知らないって…お前エリカちゃん迎えに行って、そのまま彼女んチ行っただろ?」
「あらやだ。同期ほっといて彼女のとこ行ったの?サイテー」
何故だ。何故俺が攻められる流れなんだ?
「あれはしょうがないだろ?エリカの両親の招待だったんだから」
「彼女の実家にお呼ばれして、しょうがない、は無いわよね、サイテー」
「うん、最低だ」
なんだ?何なんだコレは?何故俺が攻められねばならない?
「それに同じ警備艦隊司令部所属なのに、なんだか余所余所しいし」
「それはですね、キチンと公私は区別しないと、と思って…」
「サイテー」
「うん、最低だ」
クソっ、こんなことでっ…。
「余所余所しくしてたんじゃない、忙しかったの!今も忙しいけど!」

 司令部参謀という職は忙しい。まずは艦隊の状況把握から始まる。各艦艇からの日施報告の確認、これがまた面倒なんだ。何も無ければ艦隊旗艦と分艦隊旗艦とのコンピュータの自動応答で済むのだが、どこぞの(ふね)に何か異状があるとそれを記録して、まとめて報告する準備をしなきゃならない。異状の内容は艦の故障不具合から乗組員の精神的・肉体的変調から、乗組員の家族に関する事まで多岐にわたる。乗組員の事はよほど重篤や急を要する場合でなければ基本的には各艦で処理する事柄だけど、艦艇の故障や不具合はそうはいかない。どちらにしても艦隊の戦力発揮に関わる事だから、司令部参謀はそれをキチンと把握して、それを更に朝から昼にかけて正規の書式に落として夕方の就業時間終了時までにビュコック提督に報告する…のだけど、報告書の作成中に突発事象が起きたりもする。そうすると、またそれについても報告書を作成しなければならない。停泊中はこれが毎日続く…。アニメの中では他人の作戦案にイチャモンつけてるだけにしか見えなかったから、意外に楽勝配置だと思っていたんだけどなあ…。
でも俺の場合仕方のないことなんだそうだ。大抵は司令部参謀でも少尉や中尉の仕事だからだ。それを知っているから次席参謀も首席参謀も通常の場合は無理はさせない。俺はそこをすっ飛ばして来ている上に将官推薦だ。いきなり大尉という階級に就いた以上、こなさなくてはならない(又はこなしてみせろ)事らしい。そんな事だから、次席参謀のイエイツ少佐は自分の作業量が減る事の方がよほど嬉しかったらしい。

“いやあ、優秀な後輩が来てくれて助かったよ、本当にありがとう”

なんて、喜びすぎて逆にシェルビー大佐に怒られる始末だ。
それにひきかえ副官のオットーは(比較対象としてだけど)それほど忙しくない。奴はビュコック提督の個人副官だから、マネージャーみたいなもんだ。下手すると提督と三次元チェスをしていたりする。
司令官室でその光景を見た時、ちょっと殺意を覚えたもんな。
司令部内務長のカヴァッリ大尉もそれほど忙しくない。彼女の仕事は、艦隊司令部の雑務をこなす十人のスタッフのとりまとめだからだ。
俺だけが、忙しい。訓練中の方がむしろ暇なくらいだ。
訓練中、要するに艦隊の行動中は、異状がない限り艦隊司令部への日施報告は省略される。訓練と言っても敵がいないだけで作戦行動中となんら変わらないから、『異状がないなら静かにしてなさい』という訳だ。

 「だろ?忙しそうだから言いそびれたんだよ。まあ、黙ってて悪かったな」
「そうそう。悪かったわね、参謀殿」
「はあ…もういいよ。二人共、おめでとう」
それにしても卒業式の後にそんな事が有ったのか。エリカは元気にしてるかな…。
「お前はどうなんだよ、ちゃんとエリカちゃんと連絡取ってるのか?」
「一応ね…」
「おいおい、大丈夫かよ?」
「大丈夫さ、きっと」

 キャゼルヌ中佐に言われたような俺達に対する反感は、艦隊司令部や旗艦内部に限って言えば、あまり感じられない様な気がする。オットーは至って常識人で自分をひけらかす様な事はしないし、俺も後ろ指を指される事がないように気をつけていたから、探す粗がなかったのかもしれない。シェルビー大佐とイエイツ少佐に限って言えば、むしろ同情される事の方が多かった。
「推薦を辞退出来ないってのも中々厄介だな。食べたくないのに、先輩に勧められて仕方なく食べた…みたいなモンだろう?」
「いえ…まあそんな側面もありますが。食べてみたら意外に美味しくいただけましたよ」
「はは、そうか。まあよろしく頼むよ。四千隻の艦隊を三人で切り盛りせにゃならんのだからな。早く一人前になって貰わねば困るんだ」
「こちらこそ宜しくお願いいたします、大佐」

 フレデリカちゃんはまだこの店で働いていた。エル・ファシルが同盟の手に戻った後、母親と戻って来たそうだ。もうすぐ士官学校を受験するという。
そうだな、たしか794年に次席卒業、だったもんな。
そもそもグリーンヒル家はエル・ファシル在住なんだろうか?アニメだと当時のグリーンヒル大将が救国軍事会議のクーデター前に、死別した奥さんの墓参りをしていた。時期的にも地位的にもクーデター前にハイネセンを離れるとは思えないから、あの墓はハイネセンにある、ということになる。という事はグリーンヒル中将自身はハイネセン出身なんだろうな。フレデリカちゃんや奥さんは、奥さんの療養の為に奥さんの実家に滞在していたか、仕事で滞在していたのだろう。
「フレデリカちゃんのお父さんも軍人なんだっけ?」
「軍では相当偉いみたいです。中将って言ってましたから」
「そ、そうだね、中将って階級はめちゃくちゃ偉いんだよ」
「家では全くそういう風に見えないんですけどね。そんな事より、ヤン中尉…今は少佐ですよね、ヤン少佐はエル・ファシルには戻って来てないんですか?」
「残念でした。ヤン少佐は今は昇進して中佐になられた。第八艦隊の作戦参謀をやっているよ」
「そうなんですか!…あーあ、ウィンチェスターさん達じゃなくてヤン中佐がエル・ファシルに戻って来ればよかったのになあ」
「おいおい、そいつはひどいな。脱出騒ぎの時は俺やオットーだってヤン中佐を手伝ってたんだぞ?…さてはヤン中佐にホレてるな?」
「ち、違いますっ!私はヤン中佐に憧れているだけでその…」
「ムキになるところがまた怪しい、なあオットー?」
「やめろよ、いたいけな少女をからかうのは」
「そうよ。軍人のイメージダウンにつながるわ。この店も出禁になっちゃうかもでしょ!」
「…え?」
また俺が攻められる流れなの?なんなんだよ一体…。


791年3月8日 アスターテ星系、EFSF、旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

「閣下、第十一艦隊が離れます」
「うむ」
”第十一艦隊旗艦より入電、『新生エル・ファシル警備艦隊ノ新タナル旅立チト、ソノ航海ノ無事ヲ祈ル』以上です“
「返信なさいますか?」
「そうじゃな。バルクマン、返信内容は任せる」
「はっ。……オペレータ、第十一艦隊旗艦に返信、『御厚意ニ感謝ス。貴艦隊ノ愉快ナル航海ノ無事ヲ祈ル』、以上だ」
“はっ。了解しました”
「愉快なる航海か。宜しい宜しい」
「ありがとうございます」

 副官任務は楽しい。
この任務が楽しい理由は、ほとんどビュコック提督の人為によるところが大だ。強烈な上官だったらと思うと、ゾッとする。
”大事なのは失敗しないとか旨くやる事じゃない、確実にこなす事なんだ“
ヤマト、お前が同期で、そして一緒に居てくれてよかったよ。
「バルクマン、貴官はこの艦隊を見てどう思うかね?」
「正直に申し上げるべきか、言葉を飾るべきか、迷っております」
「何故かね」
「は、小官は司令官閣下の副官ではありますが、艦隊には小官より上位者の方々が多数いらっしゃいます。小官の申し上げる事がその方々への誹謗中傷にならぬか、と心配している次第でありまして」
「ふむ。貴官の気持ちもよく分かる。じゃがの、副官は一番身近な話相手じゃ。好きな事を言ってもいいと儂は思うておる。上官を諫めねばならん時もあるからの、好きな様に物を言える様にならんとな、大尉」

好きな様に物を言え、か。それが出来たらなんと楽な事か…ん?相手の地位に遠慮するな、と言う事か。
「閣下、ヴァンフリートに向かってはどうでしょう?」
「何故かね?」
「我が艦隊は全体では四千隻と一応の数ではありますが、哨戒任務を主にする艦隊ですので、今後戦力を分散せねばなりません。という事は会敵した場合、それぞれが少ない兵力で敵と対峙しなくてはならない、という事です。となると、味方にせねばならないのは地の利です。ヴァンフリートは両軍共に敬遠する程の場所ですので、そこに習熟するだけでも艦隊の財産になるのではないでしょうか」
「なるほどのう。戦いづらい場所も味方にせねばならんか。よし、ヴァンフリートに向かうとするか」
「ありがとうございます!」 

 

第二十三話 兆候

宇宙暦791年3月13日 ヴァンフリート星系、EFSF、旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 ヴァンフリート星系か。確かここに同盟軍が補給基地を作るんだよな。いつくらいから作り始めるんだろう?そもそもこの星系の詳細な情報ってあるのか?どれどれ…惑星八個すべて環境劣悪。星系全域にわたって小惑星が入り乱れている…。なんじゃこりゃ。確かに大軍は行動しづらいでしょうね。じゃあパッとここに来て布陣しましょうか、とか中々出来ないという事か。ウチの艦隊くらいの規模なら、なんとかまとまっていけそうだな。確かに地の利を得る事は大事だ。こりゃ腰をすえて探索しないとダメだぞ。

 「大佐。大佐はこの後の行動についてどうお考えですか?」
「この後?このヴァンフリート星系の哨戒と探索だろう?」
「それはまあそうですが」
「何か、あるのか?」
「上層部はここに補給基地を作ろう…なんて考えてるんじゃないかと思いましてね」
「ヴァンフリートに?あんな行動しづらい所にか?」
「行動しづらいという事は敵も同じですから、中々入って来ないと思うんですよ。バレなければずっと使えるし、バレたらバレたで、ここに帝国軍の目を惹き付ける事が出来ます」
「しかし、何の為に作るんだ?」
「イゼルローン要塞攻略の為にですよ」
「補給基地一つ作ったところで何も変わらんと思うがね」
「仰る通りです…」
「そんな話を誰かから聞いたのか?」
「いえ、ふと思いつきまして」
「そうか…でも、もしかしたらそういう事もあるかもしれんな。データにある調査記録はいつのものだ?」
「……判りました。五百二十三年。約二百七十年前のデータです」
「そんなに古いのか!?」
「多分アーレ・ハイネセンの『長征一万光年』の頃のデータじゃないですか?当時はまず居住可能な惑星のある恒星系を探してたでしょうから、初期調査でそうじゃないと判ってからは、本格的調査も後回しにされたのではないかと」
「後回しにも限度ってものがあるだろう?」
「こうもイゼルローン回廊に近いのでは、資源的に有望だったとしても危なっかしくて誘致しても民間企業は来ないでしょう、戦争中ですから。この星系での戦闘記録も大規模なものは皆無ですし、そもそもエル・ファシルよりこちら側は民間船も来ません。政府、軍としても当面は調査も必要ないと判断したのかも知れません」
「…調査が必要かな?まあ提督が仰った事だし、二百七十年前のデータでも何の問題もないのでは?…という訳にはいかないだろうが…」
「詳細な情報が判れば我が艦隊の作戦立案の糧になるのは間違いありません。大きな目で見れば統合作戦本部どころか国防委員会だけでなく、財政、天然資源、経済開発、地域社会開発の各委員会に恩を売れますよ」
「なるほど…そういう事なら軍の利益にもなるな。イエイツを呼んできてくれ。早速調査の計画立案にかかろう」
「了解しました」

 くそっ、現金なもんだよ全く。恩を売れます、って言った途端目の色を変えやがって。
提督がヴァンフリートに向かうって言った時はシェルビー大佐も、スクリーンの向こうの分艦隊司令もあからさまに嫌がってたからな。

“フォロー頼むよ。ヴァンフリートに行こうって進言したの、俺なんだ”

 オットー、お前の考えは正しいよ。俺達の艦隊は少数、地の利がないと戦えないんだ。動きづらいから中々入ってこない?当たり前だ!当たり前だから裏をかこうとするやつが出てくるんじゃないか。同盟軍がヴァンフリートに補給基地を作ろうとしたのなら、帝国だって似たような事を考えてもおかしくないって事だ。
「ウィンチェスター、入ります」
「どうした?」
「シェルビー大佐がお呼びです。ヴァンフリート星系の調査計画を作成すると」
「了解。五分後に行くよ、先に戻っててくれ」
「はっ」
イエイツ少佐は自室で執務している事が多い。艦隊の補給担当だからだ。
少佐が艦隊の各艦から上がってきた補給要望を取りまとめて書類にしてビュコック提督に提出する。提督はその書類にサインして経理部長に提出する。経理部長はその書類にサインして後方勤務本部に提出する。基本的に提督はサインするだけだから、イエイツ少佐の作った補給要望書がそのまま後方勤務本部に上がる事になる。この補給要望に齟齬やおかしな点があると、書類が突き返される上にビュコック提督が怒られるし、エル・ファシルに艦隊の補給物資が届くのが遅れる事になる事になるから、彼の仕事はかなり重要だ。といっても、集計作業の大半はコンピュータと司令部スタッフがやってくれるので、行動中はそこまで忙しい訳じゃないんだよな。
俺やシェルビー大佐も彼の部屋でコーヒーをいただく事がある。何しろ艦隊の補給の大元締だ、コーヒー豆もいいものが置いてある。羨ましい限りだ。



3月15日14:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ近傍、EFSF旗艦リオ・グランデ
アレクサンドル・ビュコック

 オットー・バルクマンにヤマト・ウィンチェスター…。確かに優秀じゃ。特にウィンチェスター、あの若者はらしくないところがあるの。階級はともかく、士官学校卒業したばかりの若者には見えん。目の前の任務だけを考えていない、儂と話す時も先を見て話しておる。そつがない、と言うのともまた違う、抜け目がない、という表現も少し違う。そう、全てを知っている様に話す。知っている事を少しずつ小出しにするような…。いつまで見ておれるか分からんが、どこまで行くか見てみたいもんじゃ…。お、バルクマンが血相を変えておる。若者はああでなくてはならん…ん?何かあったか?
「なんじゃと?ガイドビーコン(誘導標識)?」
「はっ、どうも帝国製には間違いないとピアーズ分艦隊司令より報告が来ております」
「バルクマン、皆を集めよ」
「はっ。そう申されると思いましたので、司令部参謀の方々には既に中央艦橋に集まるように伝えてあります」


 ”提督、報告は既にお聞きおよびですか?“
「うむ。ピアーズ司令、帝国製のガイドビーコンというのはどういう事かね?」
“はい、我々は現在ヴァンフリートⅥの公転軌道付近にいます。以前の戦いか何かの時に帝国軍が設置した物ではないかと思ったのですが、回収後調べたところ、稼働中だったという事から最近設置したものであると思われます。無論、以前から設置されていて時間差をつけて稼働を始めたのではないか、という可能性も捨てきれませんが”
「最近はこの辺りでは大きな戦いは起きてない筈じゃが…」 
“仰る通りです。両軍の兵力が千隻を越える大規模戦闘は、エル・ファシル再奪取時にエル・ファシルで、その後はイゼルローン前哨宙域で三回。昨年末から現在にかけては帝国軍と遭遇しておりません”
「そうじゃな。この艦隊が哨戒活動を始めた昨年の十一月以降は小規模な遭遇戦すら無い。エル・ファシル再奪取後は、この辺りの哨戒はどこが行っておったかの」
”再奪取後からの時系列ですと、第二艦隊、第一艦隊、第八艦隊、JSSF(ジャムジード警備艦隊)、第十一艦隊です。問い合わせますか?“
「それはこちらでやっておこう。貴隊はマクガードゥル分艦隊と連繋して調査を続行、そのままイゼルローン前哨宙域に向かえ」
“はっ!前哨宙域で会敵したならばどうしますか”
「会敵した場合はそれぞれティアマト、アルレスハイムに急速に転進せよ。それぞれがどちらに向かうかは貴官とマクガードゥル司令に任せる」
“急速に転進…なるほど、了解いたしました”


3月15日14:05 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ近傍、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 なんだなんだ?ガイドビーコン?
「少佐、ガイドビーコンって文字通り誘導標識ですよね」
「ああ、後続の部隊に安全な進路を示したりする為に置くのさ。あれ、ウィンチェスター?知らなかったのか?」
「以前の艦隊勤務ではまだ砲術科下士官でしたから、恥ずかしながら…」
「…ああ、そういえばそうだったね。それに砲術科じゃ関係ないもんな。ガイドビーコンを使うのは主に帝国軍なんだ。奴等は同盟側のまともな航路図がないからね。この星系やダゴンだとよく使うだろうな」
「なるほど」
「放っておくと内蔵電源が切れるまで定期的に電波を発信し続けるから、見つけたら破壊か回収するんだ」
「電源はどれくらいの期間持つんです?」
「確か170時間…約一週間だね」
「…という事は一週間以内に設置したことになりますね」
「そうだな…近くに帝国軍がいる事になる」

 シェルビー大佐の顔が青い。大佐、あなたの失敗ではないんですから、顔色変えなくても大丈夫ですよ。
「提督、念のため過去に哨戒行動を実施した艦隊に問い合わせておりますが、返信が揃うのは早くても一時間はかかるかと思われます」
「了解した。大佐、現在の情報で考えられる事は?」
「敵が侵入しているのは間違いないでしょう。こちらのセンサーにひっかかっていない事から、少数または単艦での星系調査か航路調査ではないでしょうか」
「そうだな。となると、侵入した敵がどこに居るかじゃが…」

 ああ、やっと繋がった。こんな事、司令部スタッフにやらせればいいのに。
「あ」
”あ、じゃないだろう“
「…いえ、勤務中のお姿を拝見するのは久しぶりなもので。お元気ですか、ヤン中佐」
”わざわざ挨拶の為に私用で旗艦からFTL(超光速通信)を使っている訳じゃないだろう?何か、あったのかい?“
「以前、第八艦隊もこちらの哨戒に出ていましたよね?その時、戦闘またはその兆候、特にヴァンフリート星系近辺で何かありましたか?」
”少し待ってくれ。検索は苦手でね“
「…知ってますよ。出来るだけ急いでください」
”知ってますよ、って…何があったんだ?“
「現在我々はヴァンフリート星系に居るのですが、帝国軍の稼働中のガイドビーコンが発見されたのです。ビーコンの稼働時間は短いですから、最近設置されたのか、それとも時間差をつけて動き出したのかを調べるために、過去に哨戒に当たった艦隊全てに照会している最中なんですよ」
”なるほどね。君も知っている通り私じゃ時間がかかるから、校長…じゃなかった、シトレ提督にワケを話して再度こちらから連絡するよ“
「了解しました。お願いいたします」
”頑張れよ。じゃまた後ほど“


3月15日14:25 バーラト星系、ハイネセン、統合作戦本部、宇宙艦隊司令部、第八艦隊地上作戦室
ヤン・ウェンリー
 「知っています、は良かったな、ヤン中佐。それにしても君はまだ私の事を校長と呼ぶのかね?」
「はあ、中々昔のクセが抜けません。ところで提督、通信の内容はお分かりになられたと思うのですが」
「そうだな。司令部のスタッフに当たらせよう…あの大尉が例のウィンチェスター大尉か?」
「はい、私なんかよりよほど優秀です。エル・ファシル以来親しくさせてもらっています」
「多分、君とは優秀の向きが違うだけだろう。今度会わせてくれないか」
「はい。後でまた聞いてみます」 

 

第二十四話 大事件かも

宇宙暦791年3月15日18:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、
EFSF旗艦リオ・グランデ ヤマト・ウィンチェスター

 「ウィンチェスター、ウチの艦隊の哨戒記録を全て洗ったが、ヴァンフリートで異状があったような痕跡は認められなかったよ」
「そうですか…ありがとうございます」
「役に立てなくて済まなかったね」
「いえとんでもない、お手数をおかけしました」
「異状という程の事ではないが、帝国軍との遭遇記録はある。そちらで見るなら転送するが、どうする?」
「お願いいたします」
「分かった、すぐ送る。ああそれと、シトレ提督が君に会いたがってたよ。ハイネセンに戻る時があったらウチの司令部に来てくれ。じゃあね」

 シトレ提督か。俺が知ってるシトレさんはもう元帥で統合作戦本部長だったからな。艦隊司令官時代のシトレさんか、ハイネセンに戻ったら会ってみるか。戻れたらの話だけども…。
「大佐、第八艦隊の哨戒行動時には異状はなかったそうです。念のために帝国軍との遭遇記録を送る、との事です」
「了解した。どの艦隊の哨戒時も異状は見受けられない…提督、そうしますとあのビーコンは最近設置または起動した事になります」
「ふむ…少佐はどう思うかね?」
「小官も首席参謀と同意見であります」
「そうか。大尉はどうかね?」

 …ガイドビーコンが発見されて、提督もそれ自体には不審そうだった。でも敵が近くに居るのかもしれないのに総員配置は発令していない。通常警戒のままだ。なんで通常警戒のままなんだ?
「提督、少々お待ち下さい。…大佐、恥ずかしながら小官はガイドビーコンの存在を知りませんでした。ガイドビーコンというのはありふれた存在なのですか?」
「なんだ、知らなかったのか。ビーコンを見つける、というのは結構ある事だ」
「では先ほどの発見時のように、ビーコン自体が作動している状態で発見されたとしても特に問題にはしないのですか?」
「問題にはしないな」
「何故ですか?」
「至極ありふれた存在すぎて、報告する意味がないのだ。考えてもみたまえ。設置してすぐ稼働したのか、タイマーセットで稼働したのか、分からないのだからな。それに、ビーコンに向かって来る帝国軍がいないのだ。過去の記録からもそれは明らかになっている。発見した稼働中のビーコンをわざと放置して、待伏せしたことも度々あった。それでもやつらは来なかった。結果、発見しても報告はいらない、という事になったのだ。無論、教本には載っていない」
「では何故ピアーズ司令は報告をあげたのでしょう?」
「ピアーズ分艦隊とマクガードゥル分艦隊は、ヴァンフリートの各惑星の公転軌道を、主星ヴァンフリートを挟むように哨戒と調査を進めている。言わば我が本隊の前路警戒だ。そこに稼働中のビーコンを発見した。索敵範囲内で最初の何かの兆候を見つけた訳だ。それで我々に警戒するように、と警告を発してくれたのだ。我が艦隊の初の哨戒任務だ、齟齬があってはならん。それで正規の手順で報告してくれた、という訳だ。艦隊の錬成訓練の時はなかっただろう?」
「確かに…ありませんでした」
「訓練で想定として見つかる物を見つけて報告して、それに対して処置をするのと、実際に処置をするのでは全然緊張の度合いが変わってくる。艦隊はビーコンを見つけるためだけに訓練しているのではないし、ビーコンだろうが敵艦隊だろうが、発見、報告、対処。やることは同じ。大尉、今は何時だ?」
「一八〇五です」
「そうだな。ビーコン一つに実際に対処するのに約四時間かかっている。これが訓練だと一時間で行わなくてはならない。私が提督に最低でも一時間、と言ったのはそういう事だ。何故一時間なのかは調べても分からなかったがね。訓練だけでは実際は分からない。実際にやってみるしかないのだ」
「はい」
「実際にかかる時間が判れば、それを基準に物事を考える事が出来る。分艦隊司令のお二人に、何でもいいから異状らしきものがあれば報告をあげて下さい、とお願いしておいたんだ。提督の許可も得ている。報告の内容がたまたまガイドビーコンだっただけだ」
提督の許可も得ている?何の為だ?

 「分からないかね?艦橋の雰囲気が報告が上がる前とは全然変わっているだろう?」
「…皆、少し緊張しているように見えます」
「だろう?たとえそれが普段は気にしないガイドビーコンであっても、それが分艦隊から報告が上がれば話は別だ。兆候として報告されているのだから、それに対しては真摯に対応せねばならん。やるべきはキチンとこなして、休む。オンとオフをきちんと切り替えねば、大所帯はうまくいかないんだ」
「ありがとうございます、大佐……提督、小官も特にありません」
「そうか。ではこのまま調査と哨戒を続行する。貴官等も交代で休みたまえ。儂も自室に戻るとするよ」

 特に何もない…。
何もないのかなあ。あちこち遭遇戦をやってる最中であれば、ガイドビーコンがあろうが無かろうが確かに誰も気にしないだろう。でもなあ…。
いちいち止まってられないのも分かるし、先行している分艦隊から続報がない以上は問題なしでもいいんだろうが…。皆本当に疑問に思わないのだろうか?はあそんなものなのですね、と納得してしまうのか?
「ウィンチェスター、二一〇〇時まで頼む。二一〇〇時からはイエイツ、二四〇〇時からは私だ」
「了解いたしました」

 シェルビー大佐とイエイツ少佐が何やらぶつぶつ言いながら艦橋から退いていく。
俺を除いて司令部の皆が艦橋から居なくなった。ということはこの約三時間、この艦隊は俺の指揮下にあるという事か。ふむ…旗艦艦長はテデスキ大佐。何かあったら大佐から報告を受ける訳か。…大佐も嫌だろうな…。
「中々サマになってるじゃない」
「あ。司令部内務長」
「フフ、普段通り司内長でいいわよ。まるっきり一人になるのは初めてでしょ?」
「そうですね。訓練の時も今までも一人ではなくて、シェルビー大佐かイエイツ少佐のどちらかと一緒に立直でしたから。大尉はどうされたのです?何か御用ですか?」
「いえね、みんな退いてきたのに何も放送がないなと思って」
「…あ!……艦長、本隊は哨戒第三配備とします。各艦に伝達よろしくお願いします」
「了解した。いつ号令をかけるのかと内心クスクスだったよ。司内長、ありがとな」
「いえ、出来の悪い教え子ですからね。たまには見に来てあげないと」
カヴァッリ大尉、ありがとー!
「司内長、助かりました」
「いい事すると気分がいいわね。あとでジュース奢ってね」



3月15日19:40 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ 
ヤマト・ウィンチェスター

 カヴァッリ大尉は、俺達と違う意味で士官学校では浮いた存在だった。彼女はリンチ少将の身内なのだ。義理の兄が逃亡を図って帝国軍に捕まったとなれば、嫌でも肩身は狭くなる。その上、軍隊は女々しい組織だ、噂話はすぐに広がる。身内というだけで白い目で見られる。公にそういう事は有ってはならないが、人が三人以上集まれば真実以外が付いて回る。
彼女が士官学校生だった頃の教官やら知人はほぼ転属かいなくなっていて、当時の教官で残っていたのはドーソン中佐だけだったという。
ドーソンなんて知人以上の関係にはなりたくないからな、彼女だって近づきたくもなかったろう。講義を持っている訳でもなかったから、学生の間では『近寄り難いショートの美人』って言われてたな……ん?艦長、何でしょう?
「参謀、報告が入った。帝国規格のコンテナを複数個、発見したそうだ。エネルギー反応、生体熱反応無し。駆逐艦が回収に向かっている」
「帝国規格のコンテナ…コンテナというと貨物コンテナですか?」
「そうらしい」

 帝国規格の貨物コンテナ?破壊された帝国艦から流れ出たのか?
「艦長、帝国の貨物コンテナを見つける、というのはよくある事なのですか?」
「よくある事だな。敵が艦ごと降伏した時じゃないか?爆散や轟沈ではなくて、機関部をやられて行動不能になった時だな。ビームやミサイルの破口から流出する事がある。百五十年も戦争していれば、とりたてて珍しい事でもないな」
「珍しい事ではない、という事は普段なら見過ごす、という事ですか?」
「そうだな。さっきのビーコン騒ぎと一緒さ。報告をあげたって事は生真面目な艦長なんだろう。アレコレ何処其処に行け、と言われない限り、艦隊哨戒なんて暇な任務だからな、やる事が無さすぎて回収しようという気になったのかもしれん。個艦で回収する分には作業報告さえしていればいいからな」
「なるほど。ありがとうございます」

 よくある事か…俺が細かいのか?ありふれた光景だから気にしないなんて、これも一種の戦争ボケじゃないのか?今は791年…なんかあったか??
もっと日時を気にしてアニメ観とけばよかったぜ…。ここはヴァンフリート、ヴァンフリートⅣ。ヴァンフリートⅣと言えば、衛星Ⅳ-Ⅱでラインハルトとリューネブルクがローゼンリッターと戦闘した所だ。グリンメルスハウゼン艦隊だ。まだⅣ-Ⅱには基地はない…はず、だよな?
だんだん思い出して来た、外伝だ。外伝と言えば他にもあった。キルヒアイスがサイオキシン麻薬の密売やってる貴族に絡まれる話だ。なんか艦隊戦の描写があったな。ああ、カイザーリング艦隊だ、アルレスハイムで負けるんだ。気化したサイオキシン麻薬が原因で艦隊の一部が暴走して負けるんだった。しかし、同盟領で何で麻薬載せたまま戦闘したんだ?密売取引を同盟領でやっていたのか?くそ、日付さえ分かればなあ…。



3月15日20:10 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ 
ヤマト・ウィンチェスター

 「続報だ。コンテナの中身は全て金のインゴットだった。約一億ディナール分、だそうだ。それと発動前のガイドビーコンが一基、格納されていた」
「…艦長、本隊各艦に哨戒第一配備を伝達して下さい。私は提督をお呼びします」
俺は参謀だから、総員配置や戦闘準備は下令出来ない。総員配置なり戦闘準備を下令するのは指揮官の専権事項だ。たぶん俺が呼びにいかなくても、提督は艦橋に来るだろう。指揮官不在時に配備をいじるとしたら、それ自体が何かがあった事の証明だからだ。
「ヤマト、何か有ったのか?」
「オットー、提督は?」
「シャワー中だった。まもなく来られる」
「そうか。思い過ごしならいいんだけどな。…でも怒られちゃうか?」
「提督は滅多に怒らないよ。それが逆に怖いがな」
確かに提督は怒らないだろう。シェルビー大佐には怒られちゃうかな…。

 「何か有ったのかね、ウィンチェスター大尉」
「駆逐艦が帝国規格のコンテナを複数個、発見しました。エネルギー反応、生体熱反応はありませんでした。駆逐艦が回収に向かったところ、中には約一億ディナール相当と思われる金のインゴットと、一基のガイドビーコンが格納されていました」
「ふむ、それで」
「はい。金塊は何かの代金ではないか、と私は考えました。ということはその代金を受けとる為に帝国ないし同盟の未確認の船舶が付近に現れる、または潜んでいる可能性がある、という結論に至った為、哨戒第一配備としました」
「了解した。密輸…密売、ということかね?」
「はい。そうであった場合、代金を放出した側の船も付近に潜んでいる可能性があります。買い手売り手が誰にせよ、同盟軍艦艇に偽装しているか、同盟軍艦艇そのものが使われている可能性があります」
「それは何故だね?」
「同盟軍艦艇であれば、この場にいても不自然ではないからです。エル・ファシルからこちらは民間船舶は来ません。帝国側の密輸業者だとしても、過去に鹵獲され払い下げられた物が入手可能だと考えられますので」
「成る程のう。大佐、どう思う?」
「大尉の推論は理路整然としています。充分に有り得ます。よく考えたな、大尉」
「ありがとうございます。もう一点、申し上げなければならない事があります」
「何だね?」
「同盟軍自体が関与しているかもしれない、という事です」 

 

第二十五話 やっぱり大事件

宇宙暦791年3月16日02:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 大変な事になった。想像した通りサイオキシン麻薬だ。
この麻薬撲滅に関しては同盟帝国が唯一協力した過去があるくらいの強力な麻薬だ。
同盟軍自体が絡んでいるかも、って言ったらシェルビー大佐がめっちゃ怒ったよ。まあ、怒るよな。ビュコック提督もいい顔はしていなかったし、イエイツ少佐は天を仰ぐし、オットーは真っ青な顔するし…。
味方の悪口は言いたくないけど、みんな想像力を働かせてくれよ…。



3月15日20:15 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 「軍が密輸密売に絡んでいるというのか?ウィンチェスター、想像の翼を働かせ過ぎじゃないのか?」
「民間船は来ない、となれば可能性は一つではないでしょうか、大佐」
「しかしだな」
「大佐、まあ待ちたまえ。本隊の全艦艇で精密検索させよう、すぐに結果は出るよ」
「了解しました」
「儂とていい気はせん、じゃが大尉とて好き好んで味方が悪さをしとるとは言わんじゃろう」
「仰る通りです」



3月15日23:40 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 精密検索の結果、潜んでいた同盟軍の駆逐艦がいた。しかも嚮導用に改修された特別なやつだ。
発見した戦艦からの報告によると、こちらが臨検しようとすると発砲して逃走しようとしたらしく、機関部を破壊して拿捕したそうだ。駆逐艦の乗組員は旗艦に連行されるという。
「ウィンチェスター、君が尋問したまえ」
「小官がですか?お言葉ですが大佐、小官は尋問の経験はありませんが」
「今日がその初めてだ。…私がやると、彼らを殴ってしまいそうなのでね。提督、よろしいでしょうか」
「いいだろう。じゃが大尉一人では心許ない。バルクマン大尉、貴官は同期を見捨てるような真似はすまい?助けてやりたまえ」
「了解しました。一つ貸しだぞ、ヤマ…ウィンチェスター大尉」
「エル・ファシルに戻ったらな。…ウィンチェスター大尉他一名、連行中の乗組員が到着次第、尋問にかかります」
「うむ」



3月16日00:45 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 「お前といると楽しいよ、ヤマト」
「ああ、楽しいだろう?」
「お前の事だ。どうせ結末はわかるんだろう?今回は俺にも想像はつくけどな」
「そうだな。多分サイオキシン麻薬だろう」
「だよなあ。こんな場所でやるなんて、売り手も買い手も馬鹿だよなあ。もしどちらかが帝国ならだぞ、フェザーン経由でやればいいのに…おっと、俺はサイオキシン麻薬を肯定してる訳じゃないぞ?」
「そんな事は分かってるよ。…フェザーンを通すと確かに楽だろうが利益は減るし、バレる可能性がある。だからこっち側なのさ」
「ああ、賄賂やら口止め料でマージンがかかるからだろう?でも利益は少なくてもそっちの方が安全じゃないか?」
「安全を求めるなら国をまたいで密輸なんてやらんだろうさ。売り手も買い手も、お互い国内では足がつきやすい。俺は卸し元は同盟側で、買い付け業者が帝国側だと思っているよ」
「じゃあ、まさか製造工場がヴァンフリートにあるのか?」
「あるだろう、いや、あるね」
「でも、ヤマトさあ、提督呼び出した時言わなかったじゃないかそれ」
「あの時点でそれを言ったら、シェルビー大佐にもっと怒られるだろうが。嫌だよ、怒られるの」
「お前なあ…」
「多分、提督は工場の場所を知っているよ」
「何だって!?」

 ちょっと飲み物貰ってくるわ、と言って、ヤマトは食堂に向かった。提督が工場の場所を知っている?
そんな馬鹿な、だったら提督が密輸を見逃しているか、一味の関係者って事になるじゃないか。いくらお前でもそれはあり得ないぞ。



3月16日01:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 「馬鹿な…ヴァンフリートⅣ-Ⅱにサイオキシン麻薬の生産プラントだと?」
「はい大佐。この場合捕虜…と呼称しますが、捕虜の申告によりますと、我々が接近して来たので生産プラントの稼働を停止、全電源をカット。我々がこの星系から去るのを待っていたようです。捕虜の乗っていた嚮導駆逐艦は我々の動向を観測するために潜んでいたようです」
「…稼働停止、電源カットか。そうすれば確かにセンサーには引っかからんな。近付いて目視しないと分からん、という訳か」
「はい大佐。それでですが…」
「…ウィンチェスター大尉、一端止めたまえ。ここからは儂の部屋で話そう。大佐も少佐も来たまえ。バルクマン、しばらく頼む」
「了解しました」
 皆、凹んだ顔して戻って来るんだろうな。楽しいね全く…。



3月16日02:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 大変な事になった。想像した通りサイオキシン麻薬だ。
この麻薬撲滅に関しては同盟帝国が唯一協力した過去があるくらいの強力な麻薬だ。同盟軍自体が絡んでいるかも、って言ったらシェルビー大佐がめっちゃ怒ったよ。まあ、怒るよな。ビュコック提督もいい顔はしていなかったし、イエイツ少佐は天を仰ぐし、オットーは真っ青な顔するし…。
味方の悪口は言いたくないけど、みんな想像力を働かせてくれよ…。

 「では提督はヴァンフリートⅣ-Ⅱに秘密の補給基地が建設される事を知っておられたのですか?」
「大佐、儂だけではない。各艦隊司令官は皆知っておる。儂は正規艦隊司令官ではないが、警備宙域にヴァンフリートも入っておる都合上、知らされておった。まさか麻薬が作られておるとは思わなんだ」
「…では艦隊司令官のお歴々も知らないのでしょうか?この現状を」
「知らんじゃろう。ヴァンフリートⅣ-Ⅱには近寄るな、と口頭で通達されているからな。儂が分艦隊を先に行かせたのもその為じゃ。何もせずに通り過ぎても別に不審ではないからの」
「となると極秘な事をいいことに不正を働く輩がいる事になります。提督、プラントを破壊して、一味を拘束しませんと」
「そうじゃ。じゃがまずは連絡じゃ。大佐、宇宙艦隊司令部にFTL(超光速通信)を。そして…」
「お待ちください」
「何だね、大尉?」
「宇宙艦隊司令部への連絡は控えた方がよろしいかと思われます。宇宙艦隊司令部に一味に通じる者がいた場合、そこから情報が一味に漏れる恐れがあります」
「貴様!軍上層部までもが不正をしていると言うのか!」
「不正をしていると言った訳ではありません。…知り合い、例えば同期や先輩後輩、友人、教え子、お世話になった方々が一味に居て、その人が不正を働いているかもしれない、または関わりがあるかもしれない、となったら、大佐はどうしますか?不正をしている事におぼろ気ながら感づいている場合もあるでしょう、その時、大佐ならどうしますか?何らかの遠回しな忠告をするのではありませんか?ヴァンフリートⅣ-Ⅱに基地が建設予定である事を知っているのはほんの一部なのですよ?上層部と一味が極めて近い所にある、と小官は考えます」
「不正を見逃す、というのか?上層部が?有り得ないだろう!」
「…見逃すとは言っておりません、情報が漏れるかもしれない、と申し上げております」

 完璧に怒らせちゃったなあ。大佐だって知人や友人が宇宙艦隊司令部にもいるだろうしなあ。そこから漏れる、って言ったようなもんだからなあ。不正はいけない事、なんて誰でも分かってるよ。でも極秘の場所で不正が行われている、となったら、そこで不正を行っている人間は、その場所が極秘である事を知っている奴だろう?となるとこの場合、麻薬密売をやっている人間は上層部に近い人間、ということになる。
「大佐、落ち着きたまえ。…どうすれば良いと思うかね、大尉」
「まずはプラントにいる者達を拘束すべきです。麻薬製造にも原材料は必要です。基地の建設資材に紛れ混ませているのでしょう。輸送計画を知る事が出来れば、大元にたどり着くかもしれません。若しくはプラントにいる者が生産の指示を出している人間の名を知っているかもしれません。まずは拘束が先です。本隊にも、拿捕したものと同じタイプの嚮導駆逐艦があったはずです。拿捕したものは機関部を破壊していますから、うちの物を使いましょう」
「なるほど、一味を装ってプラントに向かう訳じゃな」
「はい。一味が我等の動向を観るのにわざわざ駆逐艦を派遣したという事は、観測手段が無いか、センサーの性能が限定されているのでしょう。拿捕した乗組員を装って連絡すれば接近は容易であると思われます。生産プラントの稼働停止、全電源カット、という証言からすると、現在、一味の生命維持は宇宙服に頼っているものと推測されます。彼等が派遣した駆逐艦からの連絡がないと、何をするかわかりません。あまり時間的余裕が無いと思われます」
「分かった。大佐、大尉の推測が妥当だろう。嚮導駆逐艦の準備と逮捕に向かう陸戦隊の準備、指揮は君がやりたまえ。儂も怒っとるが、怒りは君の方が大きいだろう、思い知らせてやりたまえ」
「はっ。シェルビー大佐、これより準備にかかります。準備でき次第、出発します」
「少佐は艦橋に戻りバルクマンと替われ。別名あるまで哨戒第一配備を継続」
「はっ!イエイツ少佐、哨戒第一配備の指揮を代行します」



3月16日02:45 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
アレクサンドル・ビュコック

 捜査やら何やら…こういう任務は苦手じゃな。しかも身内が絡んでおる。後味の悪い事じゃ…。
やはり優秀な若者じゃ。宇宙艦隊司令部から情報が漏れるかも知れんとは中々言えまい。そりゃ大佐も怒るじゃろうて。それはさておき、全くどこにも連絡しないという訳にもいかん。どうするかのう。
「バルクマン、第八艦隊とFTL(超光速通信)を繋げてくれ。シトレ提督と話がしたい」
「了解しました」
「ウィンチェスター大尉、貴官はシトレ提督を信用出来るかね?」
「軍人としてでしょうか?友人として、でしょうか?」
「ふむ…両方かの」
「私などより提督の方が、シトレ提督の人為にお詳しいのではありませんか?」
「ふむ、確かに知っておるがの。優秀で、信頼出来る方だとは思うのじゃが…直接話した事はないんじゃよ」
「…私も話した事はありません。そもそも艦隊司令官でお名前を知っているのはシトレ提督とロボス提督、グリーンヒル提督くらいなものでして」
「ハハハ、皆が知っておる事を知らんとはな。逆に皆が知らん事をよく見ているんじゃろうが…で、どう思うかね?」
「失礼しました。信用すべきだと思います。今からでも遅くはありません、友人になさるべきです」
「友人、か。これまた難しい事を言うもんじゃて…バルクマン、繋がったか?」
「はい。今はヤン中佐が出ておられます」
「よし。極めて重大な内容だから、シトレ提督に自室に移動してもらいたいと伝えてくれんか。ああ、貴官等はここに居って構わん」


 “シトレです。極めて重大な内容と聞きましたが”

「直接お話するのは初めてですな。アレクサンドル・ビュコックです。実はヴァンフリートⅣ-Ⅱで厄介な事が起きております」

”ヴァンフリートⅣ-Ⅱ…ああ。ビュコック提督の横に二人姿が見えますが、よろしいのですか?“

「起こっている事の性格上、話さざるを得ませんでした。どうもサイオキシン麻薬の生産プラントがあるようなのです。というより、あるのですが」

”宇宙艦隊司令部には報告されたのですか?“

「いや、場所が場所だけに上層部が絡んでいるかもしれない、報告すると賊に情報が漏れる恐れがある、とここに居るウィンチェスター大尉に進言されましてな。現在陸戦隊が向かっておりますが、全く誰にも伝えない訳にもまいりません。そこで連絡させてもらった訳です」

”なるほど。私は信頼されている訳ですな“

「はい。小官は現場叩き上げで艦隊司令官の方々とも知り合いがおりません。悩んだ結果、こうしてお話させて頂いております」

”わかりました。ヴァンフリートⅣ-Ⅱの事を知っている者は限られております。現地の情報をいただければ、お力になれるでしょう“

「いや、ありがとうございます。判明しているものから随時、送らせてもらいます」

”期待しております。では“



「…いや、話してみるものだな。ありがとう、ウィンチェスター大尉」
「いえ、小官は何もしておりません、恐縮です」
「よろしいでしょうか、提督」
「何だね、バルクマン」
「今思いますと、小官がヴァンフリートに向かおうなどと進言しなければ、こうはならなかったのではないかと…」
「いや、貴官の進言に間違いはなかった。ヴァンフリートは確かに戦いづらい、誰も足を運ぼうとは思わん。じゃが警備宙域に含まれとる以上、行かねばならんからな。それより儂の頭の中はヴァンフリートⅣ-Ⅱの事をどうやったら悟られんようにするかで一杯じゃったよ」
「ありがとうございます」
「それに麻薬密売などという不正している輩も発見出来たしな。そこでじゃが、売り手はカタがつく。問題は買い手じゃ。やはり帝国かの、ウィンチェスター」
「同盟軍艦艇を使用しているということは、基地建設資材を運ぶ輸送艦に原材料を紛れ込ませている訳です。ヴァンフリート帰りの輸送艦に物を積んでいると不審ですし、だからといって出来上がった麻薬をⅣ-Ⅱに積み上げる訳にもいかないでしょう。ヴァンフリート近傍で麻薬を売れそうな市場となるのは一番近いのはエル・ファシルです。エル・ファシル警察が公表している犯罪検挙のグラフを見ましたが、サイオキシン麻薬事案はごく少数です。他の有人惑星やハイネセンの物も見ましたが、近年はやはりごく僅かです。ということは同盟領域ではあまりサイオキシン麻薬は出回っていない事になります。ということは買い手は帝国、またはフェザーンということになります」
「フェザーンか…この場合、フェザーンは除外しても良さそうじゃの」
「はい。ここから遠すぎますし、官憲に渡すマージンも馬鹿にならないでしょう。直接やり取りした方が利益も大きいはずです」
「となると、商品を受け取りに来るはずじゃな」
「はい」 

 

第二十六話 ヴァンフリート星域の遭遇戦

宇宙暦791年3月16日05:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 「提督、マクガードゥル司令よりFTL(超光速通信)が入っております」
「スクリーンに写してくれ」

 “提督、イゼルローン回廊から前哨宙域に向けて近づいてくる集団を発見しました。数およそ六千隻。帝国軍と思われます”

「そうか。いずれ現れると思ったが、早かったの。最初に指示した通り、貴隊とピアーズ分艦隊はそれぞれアルレスハイム、ティアマト方向に急速転進せよ」

“ですが、それでは敵を足止め出来ませんが。我々が足止めしている間に本隊にこちらに来て貰えたら…と思ったのですが”

「いや、かなりの確度で敵はヴァンフリートに来る筈じゃ」

“では我々もそちらに向かった方がよろしいのでは?”

「急速転進は逃げたと思わせる為じゃ。本当に逃げる訳ではないぞ?当てが外れて敵がティアマト、アルレスハイムに向かうかもしれんから、その保険じゃ。もし貴隊等に敵艦隊が向かって来たならば、その時は本当に急速転進じゃ。貴隊等は敵艦隊がヴァンフリート星域に入ったのを確認後、ゆっくりとヴァンフリートに戻って来ればよい。これで意図は分かったじゃろ」

“蓋をするのですね、了解しました。ただちに急速転進、のふりを致します”

「うむ。かかれ」


 流石だなあ。ヴァンフリートは戦いづらいとかいいながら、当初の行動予定からの変更もなく自然に戦おうとしている。ランテマリオもそうだし、マル・アデッタもそうだ。なんだかんだこういう場所が好きなんだろう。今回も過去(ではないけれども)の二つの戦いと一緒で、こちらが寡兵だ。地の利を得る、勉強になるなあ。
「どうしたのかね大尉、さっきからやたらと頷いているが」
「失礼しました。このような事を申し上げるのも重ねがさね失礼ですが、勉強になるなあと思いまして」
「ほう。『アッシュビーの再来』に及第点をもらえるとは儂もまだまだ捨てたもんじゃないのう」
「…バルクマン大尉からお聞きになったのですか?」
「うむ。過去にそう呼ばれておったそうじゃな」
「お恥ずかしい限りです。たまたま結果が付いてきただけなのです」
「たまたま、のう。儂にも付いておるよ」

 …笑うべきなのか、これは。いや、笑った方がいいんだろうな。こんな冗談を言う人だったのか!
「フフッ…失礼しました」
「笑ってくれてありがとう。バルクマンは笑わないからのう」
エっ!?って顔するなよオットー。
「冗談はさておき、儂も貴官の事を『アッシュビーの再来』と思う日が来るかも知れんよ」
「何故ですか?お聞きしてもよろしいですか?」
「貴官は自然なのじゃ。自然にその地位、役割をこなしておる。バルクマンも優秀だが、年相応とでもいうか、大尉としてはまだまだな所がある。決してバルクマンをけなしているのではない。どれだけ優秀でも経験の有無は隠せないものじゃ。年相応と言ったのはそういう事じゃ。だが貴官にはそれがない…あまり褒めすぎても調子に乗ってしまうからの、これくらいにしておこう」
「ありがとうございます…話は変わりますが、このまま戦闘配置に以降しますと哨戒第一配備から連続で配置に就く者が出てまいります。一旦哨戒第二配備に落として、交代で休息を取らせた方がよろしいかと思われます」
「会敵予想は?」
「現在の針路、速度ですとおよそ十時間後です」
「了解した。第二哨戒配備とせよ。交代で休息を許可、タンクベッド睡眠も可とする。儂も先に休ませて貰おうかの。頼んだぞ、大尉」
「了解しました。…艦長、お聞きの通りです。通達をお願いいたします」
「了解した…ビュコック提督があんな冗談を言うとはな。初めて聞いたよ」
「ですよね。驚きました」
「久しぶりの戦いだからな、気分が高揚しておられるのかも知れんな…攻めてくる帝国艦隊、やはり、あれか?商品の受け取りか?」
「だと思われます」
「いくら帝国軍とはいえ、麻薬密売なんてやるか?奴等だって麻薬は重罪だろうに」
「帝国軍は帝国軍でも貴族なのかもしれません。私兵の維持には金がかかるでしょうし」
「見栄張ってナンボの世界か。貴族ってやつも大変だな」




3月16日05:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ-Ⅱ、自由惑星同盟軍基地建設予定地
タッド・シェルビー

 しかし…やりたい放題だな。基地建設の資材搬入に紛れて原材料も搬入、サイオキシン麻薬を作るプラントも、部品ごとでは判別がつかない。そして関係者以外は誰もいない。正にうってつけの場所だ。
ウィンチェスターの言う通り、そこら辺の下っ端が簡単にやれる事ではない。後方勤務本部のかなり上部の人間が絡んでいることは間違いない。統合作戦本部や宇宙艦隊司令部にも協力者が居るのだろう。
直接戦闘に関わるものではないのに、ここに近寄るなと艦隊司令官に口頭で下令されているということからもそれは分かる。艦隊司令官に直接命令出来るのは宇宙艦隊司令部だ。後方作戦本部からの要請であれば、極秘だから、と口頭命令もだすだろう。大元にたどり着く何らかの証拠があればいいが…
「大佐、基地に居た者を拘束しました」
「ご苦労。全員で何名居た?」
「はっ、10名であります。武器は所持しておりませんでした。尚、その内二人は女性で民間人の様です」
「民間人だと?」
「女性達は、私達はただの娼婦だ、と言っております。他の者も同盟軍の制服を着用してはおりますが、階級章も無くID等も所持しておりませんので、現状では所属ははっきりしません」
「了解した。負傷した者はいないな?」
「はっ。人員武器異状ありません。拘束した者にも負傷者等はおりません」
「よくやった。二十人やる。拘束した者を駆逐艦に移送、監視を付けてバラバラに拘禁しろ。そのまま駆逐艦にて監視チームの指揮を執れ。物的証拠の捜索も並行して行っているだろうな?」
「はっ。現在捜索中であります」
「よし。では指示した通り、かかれ」
「はっ。ケッセル少尉、これより拘束者の移送と拘禁の指揮を執ります」
…まずは一段落か。さて、何が出て来るかな。



3月16日08:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

「バルクマン、どう思うかね?この報告を」
「はっ…約一トンのサイオキシン麻薬を押収、10名拘束、うち一人は拘禁中に服毒自殺…。自殺した者が現場の責任者なりキーマンだったのでしょうか?それにしても一トンとはすごい量です」
「一億ディナール相当か。小売りの時にはいくらになるんじゃろうかの」
「さあ…小官はその手の話に詳しくないもので何とも…それはともかく、買い付けに来る帝国の人間は何とも思わないのでしょうか?我々と帝国は、まがりなりにも戦争をしている最中です。それなのに敵国の人間から麻薬を買うなどと…」
「需要と供給が合致すれば立場など関係ないという事じゃろう。お互い違法行為をしておるのだから、むしろ敵同士というより法を逃れる味方同士ではないかな」
「味方同士…という事は結束は強い、という事ですか?」
「いや、それは無いじゃろう。商売に関しては味方同士でも、表看板は同盟と帝国じゃからな。何かあれば知らぬ存ぜぬ、さっさと居なくなってしまうだろうて。頃合じゃろう、押収したガイドビーコンを作動させろ」
「了解いたしました」



3月16日10:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 本隊はアスターテ方向に移動しつつある。イゼルローン前哨宙域を抜けてこちらに向かってくる敵艦隊を騙す為だ。

「僭越ではございますが、本隊と両分艦隊とで前後から敵を挟撃する、という閣下の方針は正しいと思われます。ですが相手は六千隻、我が本隊は二千隻です。敵からも発見される頃ですので、ジリジリと後退してみせた方が、味方の圧力に耐えかねて後退する同盟艦隊…の様に敵の目に映るのではないでしょうか」
「なるほどのう」
「現在位置で迎撃しますと、敵は艦隊を二つに分けて、前哨宙域側から蓋をする役目のピアーズ、マクガードゥル両分艦隊と本隊を各個に撃破しようとする恐れがあります。簡単に下がる訳にもいかないが、戦力差を感じて攻勢は取れない…とジリジリ後退すれば…」
「荷受けの安全を図る為にも我らを追ってくるだろう、という訳か」
「はい。劣勢なのに一挙に後退しない我々を見れば、商品を回収したい帝国艦隊としては後背を襲う可能性のあるピアーズ、マクガードゥル両分艦隊よりも、我々を先に撃破しようとするのではないでしょうか」
「こちらの分艦隊が奴等の後ろに食い付くまで、逃げそうで逃げない、追い付きそうで追い付かない、を演じねばならん、という事か。難しい事じゃな、バルクマン」
「…はい、閣下」

 よく考えたなオットー。確かにそれなら敵は追ってくるだろう。
…だけど確かに難しい。算を乱して逃げる寸前、という状態を演じきらないと、敵は食いついて来ないのじゃないか?

”帝国艦隊、増速中!“

「焦るな!橫陣形で対処する」
「了解しました…橫陣形に切り替える!陣形再編後、更に後退、微速だ!」
「…よろしい。ウィンチェスター、敵は乗ってくるかな?」
「大丈夫です。味方は二千、敵は我が方の三倍です。更に距離を詰めてくるでしょう。ですが、こちらがあまりにも整然としすぎていると、擬態、と思われるかもしれません」
「なるほど。では命令を変えよう…後退しつつ、橫陣形に再編」
「はっ。…先程の命令を変更、微速後退せよ!橫陣形に再編しつつ後退だ!」

“…敵、更に増速!敵艦隊が二つの集団に別れつつあります!”

「オペレータ、敵艦隊二つの集団のうち、後方の集団に注意を払え…提督」
「うむ。全艦、砲撃戦用意」
「はっ。…全艦、砲撃戦用意!」



3月16日20:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ、EFSF旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 戦闘が始まってからは呆気なかった。提督は狙点を固定して、長距離砲撃でひたすら敵の最先頭のみを攻撃させ、更に僅かずつ艦隊を後退させていった。
帝国艦隊は最先頭が痛めつけられるものだから、中々前に進めない。そして我々は更に後退する。敵は二つに別れたものの、それぞれが団子状になったまま雑然とこちらを追ってくる。隊形も何もあったもんじゃない。そこにピアーズ司令とマクガードゥル司令の分艦隊が、敵の後方から食らい付いた。敵も予想はしていたのだろうが、前面と後方から挟撃されている事が恐怖に拍車をかけたのだろう、敵の後方集団は統一された反撃が出来なかったようだ。
それを見届けたビュコック提督は後退を止め前進、橫陣の両翼を更に伸ばして敵の先頭集団を半包囲、彼等を押し込んだ。
ビュコック提督はエネルギーが尽きるまで撃て、と味方に発破をかけた。敵は包囲されているとはいえ、まだ我が方より兵力は上なのだ。包囲陣は薄いのだから、どこを突き破られてもおかしくはなかった。だが突破戦力をまとめる者が居ないのだろう、敵艦隊はただ撃破されていくだけだった。
戦闘が突如終了した。敵艦隊が二千隻程までに撃ち減らされたあたりで旗艦が降伏を申し出てきたからだった。敵旗艦も機関部と艦首に直撃を受け、行動不能になっていた。完勝だった。

 

 

第二十七話 全てを知る者

宇宙暦791年3月17日10:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ、
EFSF旗艦リオ・グランデ ヤマト・ウィンチェスター

「報告します。ピアーズ分艦隊、九百二隻。うち、修理を要する艦艇三百七十二隻。マクガードゥル分艦隊、八百七十五隻。うち、修理を要する艦艇二百八十隻。本隊、千八百四十六隻。うち、修理を要する艦艇五百六十八隻。降伏した帝国艦艇、千二百四十六隻。うち、自力航行可能な艦艇は八百三十三隻です」
「…激戦じゃな。味方の損傷艦艇のうち、応急修理で戦力発揮可能な艦艇はどれ程かの」
「はっ…九百八十隻です。すでに応急修理は開始されております」
「うむ。イエイツ少佐、応急修理の終わった(ふね)からピアーズ、マクガードゥルの両分艦隊に回せ。二人には再編成終了後報告せよと」
「はっ。了解いたしました」
「シェルビー大佐、艦隊陸戦隊を帝国艦艇に移乗させろ」
「了解しました。砲口は塞がせますか?」
「無論じゃ。暴れられては叶わんからのう」
「そうですね。既にエル・ファシルにはこちらに捕虜迎えの輸送艦と補給艦を寄越すよう、手配済みです。航行不能な帝国艦艇ですが…」
「可哀想じゃが、沈める。…捕虜がこの場を去ってからじゃ」
「了解しました。輸送艦と共に後送する損傷艦艇の指揮ですが、どうなさいますか」
「君に任せよう」
「ありがとうございます。エル・ファシル到着後、ただちに修理にかかります。…まもなく敵艦隊の司令官が到着します」
「了解した」

 うむ。何もする事がない。戦闘中も休息について進言したくらいで何もやってない。やっぱり出来る人の下にいると楽だなあ。将来のヤン艦隊もこんな感じなんだろうか。ヤン艦隊の司令部のみんなは座って戦況を観てたしな。あれはかなり羨ましい。
シェルビー大佐は後送する損傷艦艇と捕虜を連れて一足先にエル・ファシルに戻るし、イエイツ少佐はその損傷艦艇の修理の為の書類作成と、各艦から上がってくる補給要望の振り分けに入っている。
俺は…俺は?
「ウィンチェスター大尉」
「はっ」
「戦闘記録の作成を頼む。カヴァッリ大尉に手伝って貰うように」
「了解しました」
「あと、敵艦隊の司令官が到着したら、引見を頼む。要領はもう解っとるじゃろ?」
「了解しました。ですが、私などでは階級が釣り合わないのではないのでしょうか?」
「無論、儂も会う。その後じゃ。本当に麻薬密売に関わっとるのか調書を取らねばならんでな。関わっとらんのであれば亡命という形も認められようが、関わっとるのであれば、捕虜にもなれん。犯罪者じゃ。憲兵隊に引き渡さねばならんでの」
なるほど、そういう事か。
「了解いたしました。必要な資料を揃えて尋問の準備をいたします」
「うむ。哨戒第一配備とせよ。一配備ではあるが交替で休息も可とする」
「了解いたしました」


3月17日10:45 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 大体、資料は揃ったな。そうだよな、本当に麻薬密売なのかどうか調書を取らないといけないよな。
しかし…ソバとかないもんかね?チャチャっと何か食べたいんだ、腹減ったんだよ…。食堂で資料整理したのもその為なのに。戦闘糧食(レーション)じゃカロリーは取れても腹は膨れないからな、調理員長に何か作ってもらうかな…しかし、いい匂いがするな…。って!
「資料集め、進んでる?」
「カヴァッリ大尉…何食べてるんですか?」
「ヌードルよ。レトルトだけど」
「…余分、あります?」
「残念ね。最後の一つ、オットーにあげちゃったわ」
「……」
くそ…リア充どもめ…。おろ?旗艦副長のネルソン少佐が血相を変えてこっちに来るぞ?
「ここに居たかウィンチェスター、やはり奴等は黒だ。帝国艦艇に移乗した陸戦隊から報告が上がって来ている。サイオキシン麻薬の常習者と思われる乗組員が一人や二人じゃないそうだ。中には禁断症状から暴れ出した者もいるらしい。艦長が、提督に報告するのはウィンチェスターだから先に知らせろと言ってくれたんだ。後でお礼言っとけよ?…邪魔したな、じゃあな」
ネルソン少佐は何かまずいものでも見たような顔をして行ってしまった…。
「副長、あたし達の事勘違いしてるみたいね」
「そのようですね…秘密は完璧に守られているようで結構な事です。では行ってきます」
「頑張ってね」

 間に合った間に合った。
既に会議室には警備の陸戦隊員と共に帝国艦隊の司令官が連行されていた。
「自由惑星同盟軍少将、エル・ファシル警備艦隊司令官、アレクサンドル・ビュコックです」
「男爵、帝国軍中将、第359遊撃艦隊司令官、ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリングです」
「カイザーリング中将、降伏して下さって本当にありがたかった。戦争をしておってこんな事を言うのも妙ですが、無駄な人死は避けねばなりませんからな」
「真にその通りです。あのような無様な戦をしてしまい、死んでいった者達には申し訳ない事をしたと今更ながら痛感しております。私個人はどのような処遇でも構いません。部下達にはどうか…」
「それは分かっています。ですが、中将を含めあなた方の処遇を決める前に、二、三お聞きしたい事があります」
「それは…」
「質問については、ここにいるウィンチェスター大尉が担当しておりますので、彼から質問させていただきます。飲み物や食べ物、休息などは全て彼に申し出ていただいて結構です。では、また後ほど」

ビュコック提督は会議室から出て行った。カイザーリングに付き添っている陸戦隊員が再度、彼のボディチェックを行った。
「参謀殿、異常ありません。我々は外に控えておりますので、もし何かありましたら、このブザースイッチを押してください。直ぐ駆けつけます。では」
陸戦隊員はカイザーリング氏に聞こえるようにそう言うと、彼を一瞥して出て行った。
「ヤマト・ウィンチェスター大尉と申します。若輩ですがよろしくお願いします」
「カイザーリングだ。答えられる事には答えるし、答えたくない事には答えない、いいかね?」
「それでは閣下のお立場が悪くなりますが、よろしいですか」
「構わない。部下の命さえ助けてもらえるなら、私はどうなっても構わないのでね」
うーん…カイザーリング艦隊…。外伝ちゃんと読んでおけばよかったな。この人麻薬密売やってるようには見えないんだよな。悪役面をしていないというか…アニメだと悪役は分かりやすいんだよ。
「なぜ、この星系に?」
「戦争をしているのだ、君達は叛乱軍だろう、我々がその叛乱軍を討伐しようとするのは当たり前だろう?」
「確かにそうですね。ですがあなたは我々の二つの分艦隊を確認したにも関わらずこのヴァンフリートに向かっている。あなたの(ふね)の戦闘記録を調べましたのでそれは判っている。なぜです?」
「確かに確認はした。だが千隻程度の艦隊が二つだ。その二つがお互い反対方向に急速反転、つまり逃げ出した。私はそれを擬態だと思った。こちらの艦隊に、逃げたどちらかを追わせる為ではないかと思ったのだ」
「それで」
「逃げた方向のどちらかに本隊が控えていて、我々がどちらかを追うと反対側に逃げた敵がまた反転して来て我々の後背を衝くのではないかと思った。二つの艦隊がそれぞれ別の所属の艦隊で、どちらにも本隊がいる可能性もあると考えた。ならばヴァンフリートには敵はいないだろうと踏んだのだ。ここは戦い辛いからな」
なるほど。考えはおかしくない。…そうだ、アルレスハイムで負けて、愚将って烙印を押されて少将に降格させられたんだ。そして退役…キルヒアイスが出会ったんだ。そしてこの人は全然愚か者ではないって印象を……そうだ、バーゼルが居た!
「そうですね。閣下の立場ならそう考えてもおかしくはない。しかし我々がいた」
「そうだ。だから我々は君達の撃破にかかった。嵌められたと思った。ティアマト方面とアルレスハイム方面にそれぞれ逃げた艦隊が我々の後背を衝く、君達と挟撃するつもりだと。ならばこちらは六千隻、前面の君達は二千隻だ。前進して君達を撃破、反転して二つの艦隊を撃破、充分勝算はあると思ったよ。君達全部合わせても四千隻だからな」
「そうですね。閣下の判断は正しい。ですが、閣下は艦隊を二つに分けられた。こちらから見ると、それは無秩序な二つの集団に見えました。ああも無秩序に前進しては勝てる戦いも勝てないと思うのです。最初の見通しは外れたが、こちらの策に嵌まった後も閣下は冷静に状況を見ておられた。そんな閣下が艦隊を無秩序に前進させるとは思えないのです。艦隊の行動が無秩序になる、何らかの理由があったのではないですか?」
「…私が艦隊を制御出来なかっただけだよ」
「閣下は勝てると思ったのでしょう?ならばそれを艦隊に示達したはずです。味方の数も多い、普通に考えれば、閣下のご意志に従えば勝てると艦隊の皆も思うでしょう。ですが現実は違った。私はこう思っています、閣下が最初に仰った事も、今仰った事も、後付けの理由ではないかと。最初から何かの目的があってこのヴァンフリート星系に来たのではないかと。その目的が露見する事を恐れた結果が、あの無秩序な艦隊行動になったのではないかと」
「……」
「まあ聞いてください。まず、閣下と話した印象ですが、失礼ですが閣下は愚かな方とは思えません。聡明で、いくらでも理路整然と装う事の出来る方だと思いました、装いたくなくてもね。…話を戻します、我々はヴァンフリートⅣ-Ⅱに極秘の補給基地を建設中でした。勿論極秘ですから、我々は知りませんでした。知っていたのはビュコック提督だけでした。本来なら、我々の艦隊はここに来るはずではなかったのです。提督の副官の進言により、ヴァンフリート星系を哨戒を兼ねて調査しようという事になった」
「…何故だね。ここは君達の領土なのだから、調査など必要ないだろう」
「データが古すぎたのです。同盟建国当時のデータしか無かったのです。ここは同盟の領域とはいえ、イゼルローン回廊のすぐ傍で、いわゆる係争地となっています。そんな危険な所を落ち着いて調査しよう、なんて出来やしません。同盟でも民間人はここまで来ませんし、戦い辛い場所だから放置されていたのですよ。副官の進言は尤もなものでした。地の利を得るためです、と。ビュコック提督としては極秘だから此処には近づきたくなかったろうが、副官の言う事が至極全うだったためにその進言を採らざるを得なかったのです」
「……」
「ヴァンフリートⅣ付近で金塊の詰まった帝国規格のコンテナを発見しました。更にⅣ-Ⅱで見つけたのは
サイオキシン麻薬とその生産プラントでした。極秘なのをいい事に不正、しかもサイオキシン麻薬の密売を企んでいる者が居ると我々は判断しました。生産者は当然売り手です。となると買い手が居なくてはならない。そこに閣下の艦隊が現れたのです。これは偶然でしょうか」

 カイザーリングは俯いていた。肩も少し震えているようだ。…そうだ、バーゼルとヨハンナだ。カイザーリングの初恋の人、ヨハンナ。彼はヨハンナをずっと愛していた。しかし彼女はバーゼルの妻になった。バーゼルは麻薬密売に手を染めた。しかもバーゼルはカイザーリング艦隊の補給担当だ。カイザーリングの初恋の人が自分の妻、しかもカイザーリングが今もヨハンナを愛している事をバーゼルは気づいていたのだろう、何かあってもヨハンナへの愛情から自分を庇う事も分かっていたのだ。
完璧に思い出した。全部知ってるって怖いな。ちょっとカイザーリングが可哀想になってきたよ。
「…まさか、叛乱軍に露見するとはな。そうだ、我々が買い手だ」
「我々、と言いましたね。他にも共謀者がいるのですか」
「…いや、私だけだ」
「麻薬犯罪、特にサイオキシン麻薬に関わる物は重罪です。これは両国共通の筈です。私には、聡明な閣下がこの犯罪に手を染めたとは思えませんが」
「いや、他にはいない。私が計画し、私が実行した」
「…投降した閣下の艦隊の全ての人々の処遇に関わる事です。本当に、それでよろしいのですか」
「……それは」
「話してください」
嫌な役目だな、全く。
 

 

第二十八話 余波

宇宙暦791年3月17日11:30 ヴァンフリート星系外縁部、EFSF旗艦リオ・グランデ
パオラ・カヴァッリ

 私達司令部の皆は、帝国のカイザーリング中将の事情聴取を別室から見ていた。
あの子…やっぱり只者じゃないわ。
ただ事実と想像を淡々と喋っているだけ。なのにカイザーリング中将は追い込まれた。有無を言わせない、というか、全て知っている様な話し方。終わった後、嫌な役目だ、ってあの子言っていたけど、嫌な役目の割にはかなりサマになってたわよ。そのうち味方でよかった、って思う日が来るのかもね。


791年3月25日12:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地
EFSF地上司令部 ヤマト・ウィンチェスター

 昇進だ。昇進日はもう少し先だけどビュコック提督、ピアーズ司令、マクガードゥル司令、そしてシェルビー大佐、イエイツ少佐、カヴァッリ大尉、オットー、そして俺。
ビュコック提督は中将に昇進、第五艦隊司令官に任命される予定だ。ピアーズ司令は少将に昇進、エル・ファシル警備艦隊司令官に任命される予定で、マクガードゥル司令も少将に昇進、EFSF副司令官になる。
シェルビー大佐は准将へ、そしてEFSFの分艦隊を任される。イエイツ少佐は中佐へ。カヴァッリ大尉も少佐に。オットーも少佐になって、そのままビュコック提督の副官として、提督と一緒に第五艦隊へ。そして俺も少佐になる。 
いやあ、早い。二十一歳で少佐か。ヤンさんと変わらんな。しかし、ビュコック提督もオットーも居なくなっちゃうのか…。カヴァッリ大尉もオットーと離ればなれになるし寂しいだろうな…。
そういえば、提督は副司令官を置かなかったな。今度はマクガードゥル司令が分艦隊司令兼任で副司令官になるんだけど、副司令官って、置いても置かなくてもいいものなんだろうか?シェルビー大佐も司令部から抜けるし、誰か補充が来るんだろうか?
 
 「ここに居たのか。君はいつも食堂にいるな」
「あ、イエイツ少佐」
「休暇の支度は済んだのか?」
「休暇といっても、どこか行く訳でもないし…それよりまだレポートが終わってないんですよ」
「レポート??…ああ、課題答申か。そんなの国防委員会教育部の資料集から丸パクリでいいんだよ」
「え?それでいいんですか?」
「良い訳ないだろう。ちょこちょこ文言を弄くってだな…」
「イエイツ少佐。前途有望な若者にズルを教えてはいかんな」
「シ、シェルビー大佐…」
「私も交ぜてもらっていいかね?」
「あ、はい」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう。いきなりだが…二人共、私の下に来ないか?」
「シェルビー大佐の下と言うと…分艦隊司令部ですか?」
「そうだ。六月一日付で皆昇進だ。もう知っているだろうが、私も昇進と同時にこの艦隊の分艦隊司令になる事が決まっている。そしてピアーズ司令が新エル・ファシル警備艦隊司令官になるわけだが、ピアーズ司令は今の分艦隊司令部の面子をそのまま艦隊司令部に持ってくるらしい。となると私が分艦隊司令となっても参謀がいない事になる」
「確かにそうですね…でもピアーズ司令が自分の参謀を連れて来ると言う事は、私やイエイツ少佐は自然に大佐の下に移るのではないのですか?」
「いや、参謀の数に定数は無いんだ。だから、君達はそのままここに残る事になる」
うーん…ピアーズ司令の事嫌いじゃないし、彼の参謀達もいい人達なんだけどなあ…
「ピアーズ司令はイケイケだが常識人だし、いい指揮官だと思っている。彼の下で働くのは決して悪い話ではない。だが分艦隊の参謀を引っこ抜かれるのは少しやり辛いものがある。このままだと本隊の司令部機能は強化されるが、私も新任、参謀も新任では私の率いる分艦隊の司令部機能は半減以下だ。私だけ行って他所から新しい参謀を引っ張ってくるとなると尚更だ。どっちみち機能低下、というのなら少しでも気心の知れている者の方ががいい。どちらかでも来てくれると助かるのだが」

 確かにシェルビー大佐の言う事は尤もだ。ハイネセンにいる正規艦隊ならともかく、最前線(こ こ)じゃそんなに再編成に時間はかけられない。
「なるほどなあ。確かに司令部がみんな新任じゃ分艦隊のクセも分からない。どうせ分からないなら勝手のわかっている人間同士の方がいいですよねえ。私は行っても構いません。どうする、ウィンチェスター?」
「私も同様です」
「そうか。二人共ありがとう。いや助かった。でも本当にいいのか?しばらく休養に入るから、返事はその後でもいいんだが」
「構いません、どうせなら慣れ親しんだ上官のほうがいいですからね」
「そうですね、私もその方が気が楽です」
「そうか。いや、本当にありがとう。ところで休養中は二人共実家に戻るのか?」
「はい、しばらく家内や子供にも顔見せてないんでジャムジードに戻ろうと思います」
「私はエル・ファシルに残ります」
「いいのか?移動時間は休暇日数と別枠だから気にせんでいいんだぞ?」
「休暇日数よりハイネセンとの往復日数の方が長いんじゃ、休んだ気がしませんよ。それより、呼べるなら呼んで欲しい奴がいるんですが」
「ほう、誰だ?」
「後輩なんですが、アンドリュー・フォークという奴です。少し気難しいですが、優秀ですよ」
「今はどこにいるんだ?」
「士官学校出てから連絡とってないんで、調べておきます」
「了解した」

 艦隊は先日の戦いで受けた損害を復旧する為に人員補充と修理、休養に入る。ピアーズ、マクガードゥル分艦隊はまだ哨戒中だが、我々の穴埋めをするために第三艦隊がエル・ファシルに来るそうだ。
大佐にはああは言ったけど、実際はハイネセンに帰るかどうか迷った。ヤンさんやキャゼルヌさん、エリカやマイクにも会いたいし、たまには親にも顔見せないと文句言われそうだ。
でもなあ、往復で移動に四十日、休暇は二週間、二ヶ月近く艦隊から離れるのは正直気持ち悪い。オットーやカヴァッリ大尉の引っ越しの手伝いでもしてた方がよほど有意義だ。エリカ、ごめんな…。
「ウィンチェスター大尉、FTL(超光速通信)が入っています。相手の方はキャゼルヌ大佐と名乗っておられます」
「了解した、自室で受ける」

 “よう、元気そうだな。中々の活躍ぶりじゃないか”

「お久しぶりですキャゼルヌ大佐。大佐になられたんですね、おめでとうございます。お元気ですか?活躍も何も、言われた事をこなしているだけですよ」

“こなしているだけ、か。それが出来る奴は優秀なんだ、という事はやはりお前さんは優秀な人間だ。…そんな事はどうでもいい、そのこなしているだけ、の事でハイネセンは大揺れに揺れてるぞ。…秘匿装置は入れているか?”

「…オンにしました。何かあったんですか?」

“お前さんの所のビュコック提督が昇進して第五艦隊司令官になるのは知っているな?ああ、昇進おめでとう”

「ありがとうございます。知っていますよ。オットーも昇進して提督と共に第五艦隊に行きます。それが何か?」

“お前さん達と同日付で第八艦隊のシトレ中将が大将に昇進、宇宙艦隊司令長官代理に任命される。第一艦隊のロボス中将も大将に昇進だ。ロボス中将の後任はクブルスリー少将、シトレ中将の後任はアップルトン少将だ。その二人も同日付で昇進、中将、艦隊司令官だ”

「そうなんですか。でも何故そこに私が関わって来るんです?」

“麻薬密売の件だ。統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官が辞任する。表向きは勇退だ。同時に辞めるとなると色々勘繰られるから、先に宇宙艦隊司令長官が病気療養を経て勇退される”

「本当ですか!?」

“だから秘匿回線に切り替えたんだ。軍が麻薬密売に関わっているかはまだ分からんが、利用されたのは確かだ。下手すると後方勤務本部長もクビが飛ぶ。国防委員会も他人事ではいられない”

「何故です?」

“売り買いが麻薬だけじゃない事も考えられるからな”

「…情報、という事ですか」

“そうだ”

「でしたら、再度聴取しましょうか?まだ彼等はエル・ファシルで移送準備中です」

“だが既に憲兵隊に引き渡したのだろう?お前さんがどういう権限で再度聴取するんだ?”

「…確かに仰る通りです」

”この件はすぐには公表されない、お前さんももう関わらない方がいい。ビュコック提督やお前さん達の昇進も帝国艦隊を撃破し、帝国艦隊司令官を降伏させたから、というのが表向きの理由だからな“

「公表されない…何故ですか?サイオキシン麻薬ですよ?」

“現時点では、だ。何らかの結果が出れば公表する、と俺は聞いている…今公表してみろ、何も分からない今の時点ではマスコミのいい的だぞ”

「…そうですね」

”国防委員会も軍も、その降伏した帝国艦隊の人間達の取り調べが終わるまではこの件については何も出来ないんだ。推測で物は言えんからな。とにかくだ、もう関わるんじゃないぞ。じゃあな“



791年3月25日12:20 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地
EFSF地上司令部 オットー・バルクマン

 「キャゼルヌ大佐との話、長かったな」
「なんでオットーが通信先を知ってるんだ?」
「オペレータが教えてくれたのさ。元気だったか、キャゼルヌ大佐は」
「元気そうだった。面倒な事聞かされたよ」
「…今回の人事の件か?」
「なんだ、知ってるのか?」
「そりゃあね。副官やってれば知りたくない事も知らされるさ。マイクの奴は、こういうのと無縁なのかな」
「第五艦隊に行きたくないのか?」
「そういう訳じゃないよ。光栄な事さ、ビュコック提督の副官を続けられるんだからな…キャゼルヌ大佐、シトレ中将とロボス中将の事、何か言ってたか?」
「…二人共昇進する、昇進と同時にシトレ大将は宇宙艦隊司令長官代理に任命される」
「そうか、それだけか…」
「何か、あるのか」
「派閥争いさ。今回の麻薬密売の件で、シトレ中将を頼っただろう?結果、中将を通じて上には報告されてる。本来ならウチから直接報告しなきゃいけない事だ。そして、結果だけ言えばシトレ中将は宇宙艦隊司令長官代理になる。それを面白く思わない人がいるって事さ。お前の事だ、これだけ言えば誰だか分かるだろう?」
「ロボス中将…」
「名前は出さなくてもいいさ。さっき超光速通信(FTL)で嫌味を言われたよ。ああ、言われたのは俺じゃないけどな。横で聞いてて腹が立ったよ」
「そうなのか…」
「それで回線がもう一つ使われているのに気付いたのさ。オペレータに聞いたらお前だった、って訳」
「なるほどなあ」
「艦隊司令官達は皆集められて聴取の記録映像を見せられたそうだよ。統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官、後方勤務本部長も同席の上でな。勿論、持ち込んだのはシトレ中将だ」
「モグラ探しか?」
「基本的にヴァンフリートⅣ-Ⅱの補給基地建設の事を知っているのは彼等だけだからな」
「でもロボス中将だって昇進するんだから……ああ、シトレ中将が司令長官代理になるのが気に食わないのか。ビュコック提督が力添えしたと思われているんだな?」
「そういう事さ」 

 

第二十九話 新任務

宇宙暦791年4月28日11:00 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍統合作戦本部ビル ヤマト・ウィンチェスター

 「よお!ウィンチェスターじゃないか!久しぶりだなあ、元気か?」
「…ガットマン大尉!」
「はっは、今は少佐さ。君ももうすぐだろ?ご活躍ぶりは聞いているよ」
「ご活躍とか…そんな大層な事はしてないですよ」
「ご謙遜だな。今日はどうしたんだ?君はEFSFだろ?転属か?休暇で帰って来たのか?」
「向こうで休暇取ってたら、呼ばれましてね。所属はEFSFのままですよ」
「そうなのか。で、どこに呼ばれてるんだ?」
「参事官室です」
「参事官室?…ああ、キャゼルヌ大佐のところか。二十階だ。しかし、エル・ファシルからわざわざ呼びつけるなんてな。往復何日かかると思ってるんだ?意地が悪いにも程があるな」
「ハハ…少佐はどこに所属されているのです?」
「俺か?俺はまだ第二艦隊にいるよ。巡航艦の副長やってる。今日は艦隊司令部に文句いいに来たのさ」
「なるほど、それでこちらへ」
「色々たまってるからな。呼び止めて悪かった、無駄話はこれくらいにしといた方がいいな、早く行った方がいいぞ。参事官、なんて人種は時間にうるさいからな」
「はい。暇をみてまた連絡しますね」
「おう、飲み行こうな」

 懐かしい人に会ったな。カヴァッリ大尉の近況でも教えてあげればよかったか?…教えたところで複雑な顔するだけだな、やめておいてよかった。しかし…休暇の中日に呼び出すとか気が狂ってるな。敵だけならともかく、上司までこっちの都合はお構い無しなんだよなあ。『可及的速やかに出頭せよ』だと?ガットマン少佐の言う通りだ、キャゼルヌ大佐もFTL(超光速通信)で済ませればいいのに。

 「ウィンチェスター大尉、入ります」
「おう、座れ座れ。しばらくぶりだなウィンチェスター」
「ご無沙汰しておりますキャゼルヌ大佐。今日はどういったご用件ですか?」
「おいおい、そうかしこまらんでもいいさ。来たばかりで任務の話をするのもアレだろう?コーヒーか?紅茶か?」
「コーヒーをお願いいたします。かしこまらんでも、と言われましても、プライベートじゃないんだからかしこまっちゃいますよ」
「はは、まあそれもそうだな。どうだ、元気でやっていたか」
「おかげさまで。なんせ上官に恵まれていますからね。ご存知の通り今はEFSF艦隊司令部ですが、六月以降は同じEFSFの分艦隊司令部所属になります」
「ほう。分艦隊所属が格落ち、とは言わんが、何かあったのか?」
「ビュコック提督が栄転なさるんで、現在の分艦隊司令のお一人が艦隊司令官に昇格なさるのですが、分艦隊司令のポストに艦隊司令部の私の上官が行くんです。そこでお互い司令部を入れ替えることになりまして」
「そうか。まあ気心の知れている同士の方が楽だからな。だが、弊害もある」
「何故です?」
「他人の考え方が判りづらくなるからさ。それに、同じチームで長く組むと物の見方が狭くなりがちだ。役割も固定されるから誰かが抜けた場合替えが利かなくなる事も多い。まあ、そこは考えた上でやっているんだろうが」
「なるほど…確かにそれはそうですね。だからという訳じゃないんですが、ニューフェイスが欲しいんですよ。フォーク…アンドリュー・フォークを呼ぼうかと思いまして」
「フォークか。本人には話したのか?」
「いえ。士官学校をでた後は連絡を取っていませんので、現所属も知りません。ご存知ですか?」
「知ってるも何も、このビルにいるよ。作戦情報科だ。おっと、この後行こうなんて思うなよ」
「元気ですか、奴は」
「元気だよ。昨日もウチに来たな。あいつ、ウチの家内(やつ)のミートパイがお気に入りなんだ。お前さんもそうだが、やはり首席は伊達じゃないな。いい話相手だよ。この間なんて、ヤンを三次元チェスでコテンパンにして鼻息荒くしてたな」
「はは、ヤンさんは三次元チェスど下手ですからね」

 フフフ、いい傾向だ、闇落ちフォークは回避されそうだな。ヤンさんとフォークが三次元チェスか…見てみたいもんだ。
「そうだな、ヤンと言えば…というか、今回お前さんを呼び出した件なんだが」
「…真面目に聞いた方がいいですか?」
「まだ真面目にならんでもいい。これからお前さんに会ってもらう方がいる。まもなく、来るはずだ」
「どなたです?」
「それは言えん。来れば分かるさ」
なんだなんだ?非公式、ってやつか?
「お、一一四〇になった。お前さんとの業務調整の面談時間は終了だ。現時刻以降、お前さんはこの部屋にいない事になる。ビル立入のパスがあるだろう、渡せ。こちらで返しておく」
「…えらく大袈裟ですね」
「機密保持のためさ」
キャゼルヌ大佐がどこかに電話して、それが終えると……あれ?部屋を仕切っているパーティションの向こうから…俺が出てきた…??
「すごいだろう?彼はお前さんに似せたマスクを被っているんだ…オイ、パスを返したら時間をずらして戻ってこいよ」
もう一人の俺は右手を軽く挙げると参事官室を出て行った。しかし…いつの間に俺の顔のデータなんて採ったんだ?おっかねえ組織だぜ…
「そろそろ来るぞ。ここからは大真面目だ」
「了解しました」

 参事官室に入ってきたのは、壮年で黒い肌、高身長の、いかにも軍人という風貌の中将だった。
「凝った趣向で申し訳ないな、ウィンチェスター大尉。ああ、敬礼はいい、シトレだ。よろしく」
「ウィンチェスターです。…すみません閣下。大佐、これは…」
「シトレ閣下が大将に昇進なされた後、私は閣下の次席副官になる事が内示されている。今日はその次席副官の任務内容について教えて下さるという事で、わざわざ閣下が時間を割いて下さったのだ。よって君がここに居る筈もないし、君が閣下と話す事も私の預かり知らぬ事だ。聞こえてはいるが聞いてはいない。いいな?」
「…了解しました。私はここに居りません。よって中将閣下と話す筈もありません」
「よし。…閣下、お願いいたします」
「大佐、ありがとう。…済まんな大尉、君を呼んだのは私なのだ。八艦隊司令官の私がEFSF所属の君を呼びつける理由も権限もないものでね。君やキャゼルヌ大佐の交遊関係を利用させてもらった。呼ばれた理由は、分かるかね?」
「口にしてもよろしいのでしょうか?訳知りはあまり居ない方がいいのではないですか?」
「構わない。君も当事者の一人なのでね」
「…先日の麻薬密売の件、ですか」
「そうだ」
「お言葉ですが閣下、私が当事者の一人というのはどういう事でしょうか?確かにビュコック提督に進言もしましたし、捕らえた艦隊司令官の聴取も私が行いました。それだけで当事者と仰るのはいささか…」
「心外かね?」
「はい」
「聴取の映像記録を見せて貰ったよ。私だけじゃない、統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官、後方勤務本部長、各艦隊司令官達でだ」
「はい」
「あの聴取で君は、カイザーリング帝国中将は麻薬密売の犯人ではない、と推論を述べていたな。誰かを庇っているのではないかと」
「はい。目の前にいたカイザーリング帝国中将は穏やかで聡明そうな方でした。とても麻薬密売を行っている様には見えなかった。今思うと根拠としては薄弱ですが」
「…私には君が全てを知っていて話しているように見えたがね」
「聴取で述べた通りです」
「フフフ、まあいい。麻薬密売も厄介だが、話し合いの結果、もう一つ厄介な問題が浮上した」
「麻薬だけでなく、情報も扱っていたのではないか、という事ですね。親切な先輩が教えてくれました」
「そうだ。それであの件を更に深く追及せねばならなくなったのだ。麻薬密売については判明している。主犯はクリストフ・フォン・バーゼル。カイザーリングの旧友だ。彼の艦隊の補給担当参謀でもある。まあこれは君の聴取で判った事だから君も当然知っている。問題はこの後だ。麻薬と金塊以外、物証がないのだ。投降したカイザーリング艦隊の艦艇を全て調べたが、何もない。ヴァンフリートⅣ-Ⅱの生産プラントに居た同盟側の人間についても背後を追えていない。そこで、核心をつく事にしたのだ」
「核心ですか?」
「バーゼルの妻、ヨハンナだ。彼女を亡命させる。彼女はバーゼルの金庫番だ。情報も握っている。意外な事にカイザーリングもバーゼルも協力的だ、司法取引というやつだな。君にはヨハンナの亡命の手引きをやってもらう」
「…なぜ私なのですか?」
「カイザーリングからのご指名だよ。若さに似合わね冷静さ、その落ち着きっぷりを気に入ったらしい。聴取の時の印象が良かったんだな。信頼出来そうな者に頼みたいらしい。でないとこれ以上は協力出来ないと言うんだ。事が済めば君と友達になりたいそうだ」
「友達、ですか。…司法取引、という事は皆亡命、という事で落ち着く訳ですか」
「そうだ。誰も損しないからな」
「損をしない?麻薬密売の件も発表しない、と?」
「公表はする。我が軍に不届き者がいた、という形でだ。実際にそうだろうからな。どのレベルまで追及するか、というのはまだ決まっていないし分からない。決まっていないからこそ核心を手に入れなくてはならないのだ」
「拒否は出来ないのですか」
「出来ない。君にはフェザーンに行ってもらう。たしかキンスキーグループのご令嬢と婚約していたな?
婚前旅行という訳だ、羨ましい事だ」
「…彼女を、キンスキー曹長を巻き込んだのですか」
「巻き込んだ訳ではない。表向きは全くそうだからな。軍の福利厚生のパターン採取に協力、任務は君との旅行、という事になっている。後方勤務本部からの要請だ、彼女は喜んでいたそうだよ」
「フェザーン駐在の高等弁務官府へは」
「行ってはならない。当然ながら、彼等にも知らされていない任務だからな。あくまで旅行だ。任務の人選は君が行いたまえ。必要な物はキャゼルヌが用意する。以上だ」

 シトレ中将は出て行った。入れ違いにヤンさんが入って来た。
「先輩、あのマスクの臭さ、何とかならなかったんですか。知ってて私に被らせたんでしょう?」
「お久しぶりです、ヤン中佐。私役は中佐だったんですね」
「そうだよ。久しぶりだね、ウィンチェスター。…ちょっと、シャワーに行ってきます、じゃあ、また後で。ああ、臭い」
ヤンさんは青い顔をしながら参事官室を出て行った。
「しかし、エリカまで巻き込むとはひどいじゃないですか」
「仕方ないだろう、他に思い付かなかったんだ。何しろお前さんを指名したのはカイザーリング氏だからな」
「でしょうけど…でも、自分の妻なんだし、そこはバーゼルが頼み込むのが筋じゃないですか?」
「中将によると、バーゼルは亡命後のこちら側での身の振り方にしか興味がないらしい。健気だよ、カイザーリング氏は」
「今更ですが、大佐も調査に協力しているのでしょう?預かり知らぬ事だ、とかカッコつけてましたけど」
「非公式の内容だからな。参事官、ってやつは何でも屋みたいな物なんだ。橋渡し、オブザーバー、助言者的立ち位置さ。これでも俺は人徳、人望がある方だからな、こういった任務も手伝わなきゃいかん、という訳だ。ところでお前さん、今日は泊まる所はあるのか?宇宙港から直接来たんだろう?」
「誰にも内密で、という事でしたからね。エリカにも知らせてませんし」
「じゃあ、今日はウチに泊まれ。皆を呼んで一杯やろうじゃないか」 

 

第三十話 前途多難

宇宙暦791年4月28日18:00 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ24番街
キャゼルヌ邸 ヤマト・ウィンチェスター

 ここはいつ来てもいいなあ。わざわざ俺の為に皆が集まってくれた。主人(ホスト)のキャゼルヌさん、ヤンさん、アッテンボロー先輩、フォーク、スールズカリッター、そしてエリカ。
「ヤン先輩に聞いたよ。いやあ、うかうかしてられないな、こいつは。おめでとう」
「中々ご活躍の様ですね、先輩。まあ分かっていた事ですが」
「おめでとうございます、先輩」
「お、おっ、おめでとうございます!ウィンチェ……その、ヤマト、さん…」
この面子にエリカを交ぜるなんて、キャゼルヌ大佐もひどい事するもんだ。当然ながら冷やかしがひどい。
ウィンチェスターなんて他人行儀すぎる、ヤマトって呼べ!…フォーク、お前、相変わらず酒飲むとカラむなあ…。
そういえば、初めてエリカにファーストネームで呼ばれたな。こそばゆい…。

 「遅れてすみません、ヤマト、元気か!」
「マイク!お前も来てくれたのか!」
「当たり前だろう!連絡くれねえなんて酷いじゃねえか」
「内密に、って言われていたんだ、エリカにも言ってなかったんだぞ」
「じゃあ仕方ないな。六月には少佐殿か!やっぱりお前は大したやつだぜ」
「来年には少佐だったんだ、そんなに変わらんよ」
「そりゃ定期昇進だろう、全然違うぞ。とにかく、おめでとう!」

 「『エル・ファシルの奇跡』も『アッシュビーの再来』も、このアンドリュー・フォークには勝てぬようですな。将来、お二人には私の両翼となってもらいましょう…ア痛っ!」
「お前だって俺に勝てねーだろ!」
「ダ、ダグラス先輩、本気じゃなかっただけですよ…」
「フォーク、前に言っただろ、戦場じゃ一度しかねえって」
「き、肝に銘じてますよ」
「…どうして私はこうも弱いのか…昔から三次元チェスだけは上達しないんだ」
「三次元チェス以外で頑張ればいいんですよ、ヤン中佐」
「そうは言うがね、最近覚えたばかりのキンスキー嬢にすら勝てないんだぞ、私は。正直、心が折れそうだよ」
「軍事的才能が突出し過ぎて他がダメなだけですよ。保証しますよ」
「それじゃ只のダメ人間じゃないか。軍事的才能なんて一番必要無いんだ。アッテンボロー、後輩の教育はどうなっているんだ?」
「どうなっているんだと言われましても…ヤン先輩の場合、ウィンチェスターの言う事が正しいですからね」
「…全くいい事のない人生だった、入りたくない軍隊に入り、後輩にはバカにされ、三次元チェスじゃ初心者にすら勝てない、そして彼女がいる訳でもない。帰って酒飲んで寝よか」
「三次元チェスに負けたくらいで気分出さないでくださいよ」

 エリカとキャゼルヌ夫人は俺達の掛け合いを見て腹を抱えて笑っている。
楽しい場所だ、ここは。アニメ見てても羨ましかったもんな。
「よし、お前達、大長征(ザ・ロンゲストマーチ)に行くか!」
「いいですねえ。フォーク、スールズ、来るだろ?アッテンボロー先輩、当然オゴリですよね」
「え、ダグラス、お前の方が階級上だろ」
「先輩後輩の序列は変わりません。伝統ですよ」
「分かったよ、ホラ、行くぞ…キャゼルヌ夫人、御馳走様でした。ウィンチェスター、またな」
「御馳走様でした!ヤマト、明日連絡くれよ!」
「先輩、また手合せお願いいたします。夫人、大佐、御馳走様でした」
「またよろしくお願いします、御馳走様でした」

 「やれやれ。アッテンボローの奴、気を利かせてくれたようだな」
そうだ、残ったのはヤンさんとエリカだけだ。…ヤンさんはシトレ中将の代理みたいなもんか?
「嵐の後の静けさ、だね。ウィンチェスター、シトレ校長の依頼、受けたんだろう?」
「既に拒否出来る状況じゃなくなってましたからね。初めてお会いしましたが、外濠を埋めるのが上手い方ですね。ヤン中佐、苦労しますよ?」
「どうしてだい?」
「そのうち、君になら出来る、君が出来なければ他の誰にも出来はしないとか言われますよ、きっと。保証します」
「そうかなあ。どうです?キャゼルヌ先輩」
「俺が分かる訳ないだろう…キンスキー曹長。こっちへ。オルタンス、ちょっとキンスキー嬢を借りるぞ」
「はい。あなた、先にお風呂いただくわね」
「どうぞどうぞ。…ウィンチェスター、人選はどうするんだ?」
「フェザーンに向かうのはいいんですが、バーゼル夫人を連れ出す方法は考えてあるんですか」
「バーゼルと夫人だけの合言葉があるそうだ。その合言葉が使われると、バーゼル夫人はフェザーンに来る手筈になっているらしい」
「手回しのいい事ですね」
「麻薬、情報。情報はまだ分からんが麻薬は充分に非合法だからな、もしもの時を想定していたんだろう」
「だったら私は行く必要がないじゃないですか」
「そこだけ聞けばな。カイザーリング氏が心配しているのは、バーゼル夫人がフェザーンに向かう途中で襲われる事だ」
「襲われる?商売敵かなにかですか?」
「内務省らしい。カイザーリング氏によると、バーゼルは相当目をつけられていたようだ。役人に袖の下を渡したり、氏が頭を下げる事も度々有ったそうだ。氏はバーゼル夫人の悲しむ顔が見たくはない訳だからな、頭を下げるのも容易いだろうしな。それに内務省は貴族には甘いらしい。必要経費さえ貰えば、という事だろう」
「…だが、我々に捕まった」
「そうだ。あちらさんの公式発表だと、カイザーリング艦隊は全滅、だそうだ。となると内務省も氏やバーゼルを庇う必要が無くなる。内務省としては綱紀粛正の為にバーゼル夫人を収監する事だって出来る訳だ」
「キャゼルヌ先輩、それだと内務省は門閥貴族の反感を買うのではないですか」
「大貴族に手を出す訳ではない、それにドジ踏んで戦死した貴族の未亡人を庇う程門閥貴族もお人好しじゃない。バーゼル夫人を収監すれば、貴族にも厳しい内務省、と平民達にアピール出来る」
「結果、平民達は門閥貴族に対する反感を募らせるでしょう?となると内務省め、余計な事をしやがって、と門閥貴族は思うのではないですか」
「それを考えずに内務省がバーゼル夫人を収監する訳がないだろう?庇う事がないとはいえ、貴族には違いない。事前の根回しはするだろうよ」
「なるほど…」
「バーゼル夫人が平気でいられるのは、今も滞りなく袖の下が払われ続けているからなんだ。しかしそれも長続きはしない。内務省としては彼女が何らかの動きを見せた時が手切れの時、と判断するだろう。だからフェザーンに夫人が向かうのは危険なんだ。…というのがカイザーリング氏の意見だ」

 ヤン中佐が大きくため息を吐いた。吐きたくなる気持ちもよく分かる。
「よく受けたね、こんな任務」
「中佐、めちゃくちゃ他人事じゃないですか」
「だって、命ぜられたのは私じゃないからね。しかし、そうなると帝国本土内に工作員を送り込む必要があるんじゃないかな」
「そうなんです。話の途中からそう思いました。生半可じゃないですよ。薔薇の騎士…ローゼンリッターしか居ないのではないかと思います」
「そうだね。帝国の慣習を知っている人間、帝国公用語を話せる人間。戦闘能力も高いから夫人の護衛にもピッタリだ。しかし…」
「しかし、何です?」
「引き受けてくれるかな」
「明日、マイクに話してみます」
「ダグラス大尉を連れて行くのかい?彼は同盟生まれだろう?帝国の潜入には向いていないんじゃないか」
「奴も行きたがるでしょうが、そこはひとまず置いておいて、先ずは信頼出来る人間を選んでもらおうと思います」
「なるほど。そういう事なら私も一人紹介出来る奴がいるよ。フェザーン商人でボリス・コーネフという男だ。今は…確か雇われ船長をしている筈だよ。幼なじみなんだ」
「悪たれのボリス・キッド、ですね」
「何故君がその渾名を…?」
「え?ほ、ほら、エル・ファシルで話してくれたじゃないですか。脱出行の時に」
「そうだったか??…まあいいか、その悪たれボリスには私から連絡して置こう。どうでしょう、先輩」
「そうだな。今日はこんな所だろう。明日、ダグラス大尉には私からも連絡しよう。ウィンチェスター、明日の予定は?」
「二人でテルヌーゼンへ。エリカの実家へ行ってきます」
「そうか、そうだな。ハイネセンには居ない方がいいかもしれんな。人選と準備で三、四日はかかるだろう。二人で羽根を伸ばして来い」
「ありがとうございます。じゃエリカを駅まで送って来ます」
「おい、キンスキー嬢も今日はここに泊まるんだぞ?聞いてなかったのか?」
「そうなの?エリカ」
「はい!キャゼルヌ夫人がせっかくだからって…」
「そうよ、泊まってくのよねー、エリカさん」
「おい、オルタンス、なんだその格好は。一応こいつらは客なんだぞ。バスローブのまま出てくるやつがあるか」
「いいじゃない、身内みたいなもんですよ、もう。エリカさん、今日は少しだけお酒付き合って下さる?」
「はい!喜んで!」
「オルタンス…お前、飲むのか?」
「私だってたまには飲みたいわ。いつもあなた達が飲んじゃうから、私まで酔っぱらう訳にはいかないでしょ?今日くらい女同士で、ねえ、エリカさん」
「はい、お付き合いします!」
「では、先輩、私も大長征(ザ・ロンゲストマーチ)に顔出してきます。じゃあな、ウィンチェスター。少佐への昇進、おめでとう」
「ありがとうございます。今日は来てくれて嬉しかったです」
「私達は友達だろう?当然だよ。キンスキー曹長も、またね」
「はい!またよろしくです!」


 ふう。有難い事だ。俺なんかの為に…。
しかし、どえらい任務だな、こりゃ。シトレ中将も危ない橋渡るなあ。昇進後を見据えて、って事か?
原作じゃこの辺はサラッと流されてるからな。大将昇進、宇宙艦隊司令長官代理…俺やオットーが引き金って事か?時系列的に考えるとそうなるよな…俺達という「異分子」が引き金か…。いや、元々居たのかもしれないな。「俺達」という役回りの存在が。銀英伝という世界の中で、描かれなかった「俺達」。
そりゃそうだよな、モブキャラ細かく描いてたらキリないもんな。このまま行くと「俺達」は主要キャラクターって事になる訳だけど、本編開始後には出てこない…。やっぱ何処かで死ぬのか?嫌だ、それは困る。
醒めない夢なら結末まで見たいもんだ。
「…大尉?眠れないんですか?」
「いや、ちょっと考え事をね。エリカ、さっきみたいにヤマトって呼んでいいんだよ?」
「でも…」
「でも…恥ずかしいかい?」
「いや、そうじゃなくて…。今日お呼ばれして、とても嬉しかったけど、改めて驚いたんです」
「何に?」
「目の前にいるのは『エル・ファシルの英雄』のヤン中佐。それだけでも凄いのに、そんな方と普通に話す大尉がいて、私はその大尉の彼女。そして大尉は彼女にすらハイネセンに戻って来た事を秘密にしなきゃいけなくて、極秘の任務を受けるような凄い人…。話を聞いてくうちにフェザーン旅行だ、って受かれてた自分が恥ずかしくなっちゃって」
「…フェザーン旅行だって正式な任務さ。たまたま任務が重なっただけだよ」
「…そうなんですか?」
「軍の福利厚生の為だ、って言われただろう?」
「はい、旅行が終わったらレポートを提出してくれって…」
「だろう?立派な任務さ。そこに俺の任務が重なった。非公式だし秘密の任務だけど、重なる以上、君もある程度事情を知っとかないといけない。だからキャゼルヌ大佐は君を呼んだんだよ」
「はい!」
「さあ、もう寝よう。愛してるよ、エリカ」
「私も。…ヤマト」