魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~


 

プロローグ

 
前書き
宜しくお願いします。 

 
「もう知らんッ!? 誰が言うか、この馬鹿ッ!?」
「ハッハッハッハッハッ!」

 顔を真っ赤にし、肩を怒らせながら立ち去る幼馴染の後ろ姿。彼女の後姿を、一人の青年が見送っていた。今し方一人の女性を怒らせてしまったというのに、その表情は何処か楽しげだ。

 だがそれは決して彼が人を怒らせることを楽しむ様なロクデナシと言う訳ではない。彼と彼女の間ではこれが普通、この関係こそが彼『明星 颯人(みょうじょう はやと)』と彼女『天羽 奏(あもう かなで)』にとっての日常なのだ。彼が笑顔なのは、何時もと変わらぬ日常を、何よりも失いたくない掛け替えのない存在が健在である事に安心したからであった。

 奏が向かった先では、一つの大きな戦いが終わり、仲間たちが互いの無事を喜び合っている。日常が戻ってくる気配に、誰もが笑みを浮かべていた。
 その中に、奏が混ざり直ぐに彼女も笑みを浮かべた。それを見て、颯人は一層笑みを深める。

 眩しいまでの平和な光景、彼にとっての希望(・・)の存在。それが見れただけで、彼は報われる気持ちだった。

 そして、そんな彼女の姿を見て、彼は不意に彼女との出会いの時を思い出していた。




 ***




 ―10年前―

 彼、明星 颯人は天才マジシャンと称賛される父と優れた腕を持つ工芸家の母との間に生まれた。互いに手先の器用さを活かした職の両親から、彼はその才能を色濃く受け継ぎ幼くして様々な手品が出来るようになっていた。幼少期より父・輝彦(てるひこ)に様々な手品を見せてもらい、それを積極的に自分も出来るように練習してきたからだろう。流石にプロには負けるが、それでもこの年齢であれば十分過ぎるほどその手品の腕は卓越していた。

 ただ少々困ったことに、彼は無類の悪戯好きに育ってしまった。幼くして人を驚かせる技術を身に付けてしまった為に、手品で人を驚かせてそれを楽しむ悪戯小僧になってしまったのだ。
 当然彼の父は事ある毎に手品で他人を驚かせる颯人を厳しく叱り付けたが、彼は全く懲りる様子はなく周囲に迷惑を掛けまくっていた。

 そんな彼と天羽 奏の出会いは最悪の一言であった。

「皆、彼女が今日から皆の新しいお友達になる、天羽 奏さんです。奏さん、ご挨拶して」
「はい! 天羽 奏です、宜しく!」

 その日、颯人が通う小学校に奏が転校してきた。元より明るく奔放な性格の彼女は、すぐさまクラスメイトと仲良くなっていった。姉御肌な言動もあってか、特に女子からはあっという間に慕われていった。

 多くの女子と仲良くなっていった彼女であったが、その一方で男子からは疎まれることもあった。何しろどんな相手であっても気負うことなく、気に入らなければ男子が相手であっても食って掛かり時には喧嘩になる彼女は、この年頃の男子からしてみれば苦手な存在だったのだ。

 だが颯人だけは違った。彼は転校後女子と仲良くなる一方で男子と疎遠になっていく奏に、自分から近づいて行ったのだ。

「よぉ! 俺、明星 颯人。宜しくな!」
「お、おぅ?」

 あまりにも親し気に話しかけてくる颯人に、奏は最初面食らった。だが彼の屈託のない笑顔にすぐに警戒を解くと、彼が握手の為に差し出してきた右手を何の疑いもなく掴んだ。
 それは、これ以上ないくらい迂闊な行為だった。彼を知る者達であれば、颯人に差し出された手を無防備に握り返したりはしない。これは、奏が颯人の事をよく知らなかったからこそ起こった悲劇でもある。

 颯人の手を握り返した瞬間、奏はその右手の感触に違和感を感じた。妙に硬いのだ。まるで人の手ではないように。
 だが彼女がその事を彼に訊ねるよりも、彼の右手が手首からスポッと抜ける方が早かった。

「わぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
「ひゃぁぁぁぁぁぁっ?!」

 右手が取れたことで颯人は目を見開き悲鳴を上げ、彼の右手が取れたことと彼が上げた悲鳴に奏はひっくり返りながら悲鳴を上げた。

「ぁぁぁぁぁっ…………な~んちゃって」

 驚きのあまり腰が抜けたのかその場に座り込む奏。その彼女の前で、抜けた筈の颯人の右手が袖の中からにゅっと伸びた。これは簡単な手品だった。奏が最初に握ったのは人形の手首、彼女が掴んだと同時に彼は隠していた右手が掴んだ人形の右手を離したのだ。
 種明かしをすればその程度だったが、やられた方の彼女からすれば自分は何もしていないのに突然彼の右手が取れたのだ。ただ事では済まされない。

 結果──────

「あははっ! びっくり、し……あ」
「う、うぅ……」

 座り込んだ奏の下に広がる真新しい水たまり。驚愕のあまり、思わず失禁してしまったのだ。
 その光景に颯人は思わず気まずそうな顔になり、肝心の奏自身は羞恥に目尻に涙を浮かべながら顔を赤くする。

 そして────

「バカヤロォォッ!?」
「ぐっほぉっ?!」

 暴れる感情のままに奏は颯人に飛び蹴りをかました。

 これがこの二人の出会いであった。 
 

 
後書き
感想その他お待ちしています。 

 

キャラクター紹介

 
前書き
本作に登場するオリジナルキャラクターのプロフィールになります。読者の皆様がオリキャラ達の性格などを認識しやすいようにする為の物であって、読まずとも本編はお楽しみいただけますのでご安心ください。 

 
明星 颯人(みょうじょう はやと)(イメージCV:山口勝平)・20歳

誕生日:1月23日・血液型:A型・身長:178㎝
趣味:手品、悪戯・特技:手品、声帯模写、その他パフォーマンス全般
好きなもの:奏の歌、エンターテインメント、ドーナッツ・嫌いなもの:蟹、他人の不幸を笑う奴

本作の主人公にして仮面ライダーウィザード。趣味・特技は手品であり、若くして天才的な腕を持っている。同時に悪戯好きでもあり、得意の手品を用いて他人にドッキリを仕掛けることもしばしば。エンターテイナーとしての自分に誇りを持っており、常日頃からその行動にはどこか芝居がかった部分がある。
魔法が使える彼だが、手品に於いては魔法は一切使っていない。つまり作中で彼が行った手品で起こった現象は全て彼自身の技術によるもの。
奏の事が大好きであり、その気持ちを微塵も隠そうとしない。魔法使いとなる事を決意したのも、元はと言えば奏を救う為。彼にとって奏は唯一絶対の希望であり、彼女が笑顔で居てくれるなら己の命さえ惜しまぬ覚悟が彼にはある。

明星 輝彦(みょうじょう てるひこ)(イメージCV:???)・30歳(第1話時点)

誕生日:5月5日・血液型:O型・身長180㎝

颯人の父親にして世界的に有名なマジシャン。通称『奇跡の手品師』と呼ばれており、正に魔法としか言いようのない手品で世界中の人々を魅了した。颯人の手品の師匠にして、生涯の目標。
颯人が小学生の頃に妻のアリス共々交通事故で死亡している。

アリス・D・明星(イメージCV:???)・28歳(第1話時点)

誕生日:8月8日・血液型:A型・身長160㎝

颯人の母親。手先が非常に器用で、工芸家として活躍していた。世界に名を轟かす程ではなかったが、それでも知る人は知っている位には優れた技術を持っている。現在颯人が使用している懐中時計の装飾も彼女が手掛けたもの。
輝彦同様、颯人が小学生の時に交通事故で死亡している。


北上 透(きたかみ とおる)(イメージCV:折笠愛)・16歳

誕生日:8月1日・血液型:A型・身長:170㎝
趣味:歌、音楽、食べ歩き・特技:ヴァイオリン、家事全般、歌(喉が潰された為現在は歌えない)
好きなもの:クリスの歌、父のヴァイオリン演奏・嫌いなもの:鼠

仮面ライダーメイジに変身する少年。クリスの幼馴染。雪音一家について行ったバルベルデでクリス共々捕虜となり、武装組織の人間に喉を掻き切られると言う重傷を負う。
その後近くに捨てられていたところをメデューサに拾われ、魔法使いと覚醒させられて一命を取り留めた。ただし潰された喉は元通りになる事は無く、その時点で彼は声と歌手になると言う夢を失った。
それから暫くしてジェネシスを抜け出しクリスと再会を果たす。
基本的に他人を恨むことはせず、また他者と手を取り合う事を第一に考えて行動する心の優しい青年。本当は戦いを好まない性質ではあるが、やらねばならぬ時は心の痛みを堪えて拳を振るう事が出来る芯の強さを持つ。 
 

 
後書き
順次追加していきます。 

 

第1話:そうして彼は希望を見つけた

 あの後、颯人は当然のごとく教員からきついお叱りを受け、更には両親からも烈火の如く怒られた。一人の女の子をただ驚かせただけでなく失禁までさせてしまったのだから、悪戯にしても性質が悪すぎる。

 当初、彼の暴挙には奏もかなりお冠であり、落ち着きを取り戻し颯人への怒りが燃え上がった時は彼が両親と共に謝罪に来た際、怒りに身を任せて彼をボコボコにしてやろうとすら考えていた。

 まぁその考えは、彼が輝彦から頭の形が変わるのではないかと言うくらいボコボコに殴られている様子から流石に思い留まったが。傍から見て哀れに思うような目にあっている少年に、さらに追い打ちをかけるような真似は奏にはできなかった。

 勿論その後、颯人は正面から奏に謝った。一見すると父に殴られて嫌々頭を下げさせられているように見えるが、謝られる側の奏には分かった。

颯人は本気で悪いと思い、心の底から謝っていた。これまでにも他人を困らせるような悪戯は何度もしたが、泣かせたり心に傷を負わせたりするようなことにはならなかったのだ。
今回の事は彼にとってもある意味良き教訓となり、こっぴどく叱られたこともあり彼は自分の行動を改めて見つめ直し、本気で奏に悪いと思い謝ったのである。

 それからというもの────

「こらぁぁぁぁぁっ!? 待て颯人ぉぉぉっ!?」
「あっはっはっはっはっ! バ奏ぇ、こっちだよぉぉぉっ!」

 楽しそうに笑う颯人と、その彼を憤怒の表情で追いかける奏。これは最早日常の光景となっていた。

 あの事件の後も、颯人は懲りずに手品を用いた悪戯自体は継続していた。と言っても、その内容は本当にちょっと人を驚かせるレベルの物ばかりであり、以前に比べたら大分大人しくなっていた。

 奏に対してもそれは一応同様であり、初日の様に驚かせすぎてしまうと言ったことはなかったのだが、だからと言ってやられて引き下がるほど彼女は大人しい性格をしていなかった。
 颯人が何か悪戯を仕掛けると、奏は必ずと言っていいほどそれに対して反撃しようと彼を追いかけまわしていた。

 対する颯人も、奏が怒って追いかけ始めると謝るどころか逆に煽って逃げ回る始末。
 
その光景を見たら、二人はあれ以降仲が悪くなったように見えるだろう。

 だが実際は違った。奏は奏で彼との関係を楽しんでいた。勿論颯人もだ。

 奏は悪戯した颯人を追いかけまわし、時に逃げられ時に捕まえる。そのやり取りを二人は何だかんだ楽しんでいた。

 切掛けは恐らく、失禁した奏を鬼の首を取ったとばかりに虐めの対象にしようとした男子を颯人が守ったことだろう。

 当時多くの男子にとって気に入らない女子である奏が失禁した事を、多くの男子は虐めの標的にしようとした。だがそんな彼らの前に立ちはだかったのが他ならぬ颯人だったのだ。

 颯人は奏の前で、彼女を虐めようとする彼らに告げた。

「悪いのは奏じゃねぇ! ただ俺の手品が凄かっただけだ! 文句があるなら、まずは俺の手品を喰らってからにしろ!!」

 そう言うと彼は、奏を虐めの標的にしようとした男子のポケットの中などに手品を使ってゴキブリやクモを忍ばせるなどして全員を泣かせてみせた。

 その事で彼は再び教員から盛大に叱られることとなったのだが、一方で彼の両親はこれに関して彼を責めなかった。
 褒めたりすることもしなかったが、少なくとも非難はしなかった。

 それからだ、颯人と奏が行動を共にするようになったのは。

 彼らは時に喧嘩をし、時に互いに悪戯を仕掛け合い、そして時には共に笑いあった。

 奏が暇を持て余した時は新しい手品のテストとして覚えたての手品を披露し、彼と接することによって手品に対して目が肥えた奏がそれを品評するということもあった。
 逆に、手品がなかなか上手くいかず落ち込んだりした時は、奏が彼を元気付けたことも一度や二度ではない。

 彼らは共に良き友として付き合っていた。






 そんな時だ、颯人の両親が命を落としたのは。

「交通事故だって?」
「そうらしい。ただガソリンに派手に引火したのか、車含めて周囲は木っ端微塵。ご両親の遺体すら残らなかったって」

 それは本当に突然だった。偶然颯人が風邪で寝込んでいる時、車で外出していた彼の両親が事故に遭い命を落としたのだ。その事故現場は凄惨を極め、遺体と呼べるものは一つも残らなかったらしい。

 ノイズと言う人間の体を炭の塵に変え殺す怪物が出現するようになってから、遺体の無い空の棺を用いての葬式は決して珍しくはなくなったが、棺が空になる原因が交通事故と言うのはこの時世においても珍しいことであった。

 葬式の日、颯人は涙一つ流すことはなく空の棺を空虚な目で見つめていた。

 そんな彼の隣には、当然の如く奏が居た。彼女は心配していたのだ。自分の与り知らぬ所で両親を一瞬で失ってしまった彼が、無理をしているのではないかと。

 少しでも彼の悲しみを和らげようとしてか、奏はそっと彼の手を握った。

 だが次の瞬間、彼の口から出たのは奏が予想もしていなかった言葉だった。

「大丈夫。大丈夫だよ、奏」
「え?」
「何処にも…………俺は何処にもいかないから」

 恐らく、颯人は奏の行動を次は彼が居なくなってしまうのではないかと危惧してのものと勘違いしたのだろう。実際、家が近所だったこともあって家族ぐるみで付き合いがあった。
 彼の両親も、奏の事を実の娘の様に可愛がっていた。奏の方も彼の両親と非常に良好な関係を築いていた。故に、そんな勘違いをしてしまったのかもしれない。

 だが肝心の奏は、そんな彼の言葉に何よりもまず怒りを感じた。

 そして彼女は、何も言わず彼を葬式の場から引きずり出すと、会場の外の人気のないところに彼を引っ張りこう告げたのだ。

「馬鹿野郎ッ!? 何でお前があたしの心配するんだよッ!?」
「か、奏?」
「そうじゃない……そうじゃないだろ!? 今一番辛いのはお前だろうがッ!? そのお前が、何であたしの心配するんだよッ!?」

 奏は目に涙を溜めながら、鬼気迫る表情で颯人に怒鳴り散らす。そうでもしないと自分自身親しい人物を失った悲しみでまともに言葉を、気持ちを伝えられないし、何より彼には伝わらないと思ったからだ。

「辛いのはお前だろ? 悲しいのはお前なんだろ? 不安なのは────1人になるのを怖がっているのはお前の筈だろうが」

 颯人の心に、奏の言葉が次々と突き刺さる。
 それは、心を傷つけるようなものではない。彼の心を覆いつくそうとしている、間違った心の殻を取り除く為の刃だった。

 彼の事を思う奏の心が、言葉の刃となって彼の胸の内に押し込まれそうになった悲しみを押さえつける殻を、鎖を断ち切っていく。

「逆だよ。いなくならないのはあたしの方だ。あたしはお前の傍にいる。あたしがお前の希望になってやる。だから…………だから、今は思いっきり泣いてやれよ。そんで…………ぐすっ、明日から、またあたしに悪戯の一つでも仕掛けて見ろよッ!?」

 希望になる…………その言葉が決定打となった。

 それまで押し留めていた涙が颯人の両眼から溢れ出し、抑えの利かなくなった悲しみが暴れ出す。

「う……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!? 父さぁぁぁんっ!? 母さぁぁぁんっ!?」
「う、う……あぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」

 恥も外聞もなく、奏に抱き着き大声を上げて泣く颯人。それに釣られてか、それとも単に我慢の限界に達しただけか、奏も彼を抱きしめながら歳相応に泣いた。

 唐突に両親を失い、悲しみに暮れる颯人。その彼の中でこの日、奏と言う少女に対する想いが決定的に変化したのだった。 
 

 
後書き
感想その他お待ちしています。 

 

第2話:希望との別れ、魔法との出会い

 あれから数年後、2人は14歳になっていた。

 相も変わらず2人は、颯人が悪戯をし奏がそれを追いかけると言う関係を続けていた。が、それ以上に2人は笑い合う事の方が多くなっていた。

 あの葬式での一件以降、特に颯人からの奏に対する遠慮が無くなったのだ。

 それ以外にも、単純に2人が共に居る時間が増えたことも理由の一つだろう。あれ以来、颯人は何かと天羽家の世話になることが増えていたのだ。

 と言っても、別に彼が天羽家の養子になったとか言う訳ではない。彼は依然として両親と共に過ごした家に住んでいるし、苗字も明星のままだ。
 ただ、週に何回かは天羽家に泊まっているし、それ以外にも奏の父か母、時には奏自身が明星家に赴き家事の手伝いなどをしている。

 そんな日々を送り、気付けば2人とも中学二年生。

 颯人はあれからさらに手品の腕を上げ、奏に対する悪戯もグレードアップしていた。

 それでも2人の関係は相変わらず付き合いが続いているのは、奏の颯人からの悪戯に対する耐性が上がったからだろう。

 或いは、奏の中でも颯人に対する想いが変わったからか。

 両親を失った颯人ではあったが、彼は幸せだった。彼は1人ではない。奏が、彼の希望がいてくれる。それだけで彼の心は救われていた。

 だが…………その幸せの日々の終わりは、両親を失った時と同じくらい唐突に訪れた。








 それは中学二年のある連休でのことだ。

 その連休で、颯人は天羽一家と共に皆神山に遺跡発掘に赴いていた。と言っても、勿論颯人や奏、奏の妹にとっては連休を利用してのキャンプでしかない。
 3人は発掘作業終わった後に待っているバーベキューなどを楽しみにしていた。

 だが、ただの楽しい旅行になる筈だった遺跡発掘は、惨劇の場と化した。

 突如として現れたノイズ。ノイズは発掘調査に従事していた者達を次々に炭素の塵に変えていく。その中には、奏の家族も…………。

「父さん!? 母さん!?」
「何してんだバ奏、逃げるぞ!?」
「嫌だ!?」
「お姉ちゃん、早く!?」

 目の前で炭素に分解され死んでいく両親の姿に、奏は悲鳴を上げながら助けられないと分かっていながらもそちらに向かおうとする。それを颯人と奏の妹が引き留めるが、奏は止まろうとしない。それがさらなる犠牲者を生み出した。

「ッ!? お姉ちゃん、危ないッ!!」
「あっ!?」

 奏にノイズが襲い掛かろうとしていた。それに気付いた彼女の妹は、咄嗟に彼女を突き飛ばす。結果として奏は助かった。しかし代わりに奏の妹が犠牲となり、炭素の塵となって消えていった。

「そんな…………そんなぁ────!?」
「立て奏ッ!? もうお前だけでも逃げるんだよ!!?」

 颯人は蹲ろうとする奏を無理やり立たせ、遺跡の外へ連れ出そうとする。当然ノイズは2人の後を追いかけてくる。

 この時、既に奏からは生きる意志が無くなりつつあった。
 目の前で両親が死に、妹は自分の所為で死んだ。その事実を受け入れることができず、奏は何度も足を止めた。

 それでも何とか逃げることができているのは、途中から颯人が火事場の馬鹿力で奏を抱きかかえて走っているからだ。

 走りながら、颯人は奏をちらりと見る。恐怖と絶望に染まった彼女の表情を見て、颯人は必死に走りながら声をかけた。

「諦めるな奏ッ!! お前は生きなきゃならないんだッ! それがお前の親父さんとお袋さん、妹ちゃんの為なんだッ!!」
「なんで…………そんな事……」
「お前がお前の家族にとっての、そして……俺にとっての希望なんだッ!! 生きた証なんだッ!! そのお前が、こんなところで生きることを諦めるなッ!!」

 絶望を切り開かんとする颯人の言葉。嘗ては奏の言葉が颯人の心を覆いつくそうとした殻を言葉の刃で切り裂いたが、今度は颯人の言葉が奏の心の殻を切り開く。

「今のお前に希望が無いってんなら、俺を希望にしろ!! 俺がお前の最後の希望になってやるッ!! だからッ!!」

 逃げながら必死に奏を勇気づけようとする颯人だったが、それでも彼は所詮ただの14歳の少年だ。同い年の少女1人を抱きかかえて走り続けるには限界がある。

 遂に崩れて地面に落ちた遺跡の壁面に足を取られ、颯人はその場に転んで倒れてしまう。その際に、奏も投げ出されてしまった。

「うわっ?!」
「あうっ?!」

 とうとうノイズに追いつかれてしまった2人。まず真っ先に標的にされたのは奏だ。迫るノイズが、奏に襲い掛かろうとした。

 目前に迫るノイズに、奏は目を見開く。結局逃れられぬ運命に、奏の目から一筋の涙が流れ落ちる。

 自身にとっての最後の希望である奏の危機、それを目の前にして、颯人は脇目も振らず走り出す。

「止めろぉぉぉぉぉっ!?」
「颯人ッ!? 駄目だッ!?」

 奏に襲い掛かろうとするノイズの前に飛び出し、その身を盾に奏を守ろうとする颯人。彼を止めようと奏は倒れながらも手を伸ばすが、それが届くことはなく──────

「がっ?!」
「颯人ッ!? ああぁぁぁぁぁっ!?」

 ノイズによって颯人が殴り飛ばされた。触れた人間を例外なく炭素に変え分解するノイズの攻撃を受け、彼も炭素の塵になり果てる。その光景を思い浮かべ、絶望の表情を浮かべる奏。

 だが…………彼の体に変化は訪れなかった。

「……え?」

 颯人の体は炭素に分解されることはなく、そのまま壁に叩き付けられる。本来ならあり得ない筈のその光景に、奏は呆けた声を上げてしまった。

 だが、例え炭素に分解されることはなくともノイズのパワーは14歳の少年相手には強大過ぎた。壁に叩き付けられ地面に落ちた颯人は、その口から赤黒い血の塊を吐き出した。

「がはッ?!」
「は、颯人ッ!?」

 その様子に奏は血相を変え颯人を抱き上げると、それまでの様子が嘘のように必死になって彼をその場から引きずり出そうとした。
 今や唯一の心の支えとなった颯人に迫った命の危機に、漸く奏の心にも火が付いたらしい。

 だが今更気合が入ったところでもう遅い。颯人を引きずり出すには力も、何より時間も足りなかった。すぐにノイズが近付き、今度こそ2人にトドメを刺そうとしてくる。

 今度こそ万事休すと、奏が颯人を抱きしめ目を瞑り来る痛みに恐怖した。

 その時──────

〈エクスプロージョン、ナーウ〉

 2人の前に金色の魔法陣が現れ、迫るノイズ達を爆発で吹き飛ばした。

「な、何が?」
〈コネクト、ナーウ〉

 突然の爆発、しかも明らかにノイズが居る方向のみに威力を限定された爆発に、奏が呆然としていると背後から再び先程と同じ音声が響いた。

 そこで漸く自分たちの背後に何者かがいることに気付いた奏が後ろを振り向くと、それまで誰もいなかった筈の場所に宝石の様な仮面を被り白いローブを纏ったような恰好をした人物がいた。

 その人物は宙に浮いた魔法陣の中に手を突っ込むと、フルートの様な横笛と剣か槍を融合させたような武器を引っ張り出していた。

「あ、あんたは?」

 奏が仮面の人物に問い掛けるが、その人物は奏を一瞥し手にした武器を一振りすると遺跡の中に未だ残っているノイズの群れに突っ込んでいった。

 仮面の人物が武器を振るう度に、ノイズが次々と切り裂かれる。

 剣だけではない。時にはその足で蹴り飛ばしすらしてノイズを相手取ったのだ。

 本来であれば物理攻撃が通用しない筈のノイズが、物理攻撃で次々と屠られていく光景に奏は言葉を失う。

 ある程度ノイズの数が減ると、その人物は攻撃を止め右手の指輪を付け替えた。そしてその右手を、腰に巻いたベルトの掌型のバックルに翳す。

〈イエス! スペシャル! アンダスタンドゥ?〉

 バックルから音声が鳴り響くと、残り僅かとなったノイズは仮面の人物が翳した掌の前に展開した魔法陣から放たれる衝撃波で一掃された。ノイズも発掘調査隊も居なくなり、残されたのはノイズを一掃した仮面の人物と、颯人と奏の3人のみ。

 仮面の人物を呆然と見上げる奏、その腕の中で颯人は再び咳き込み血の塊を吐き出した。赤黒いその血の色は、内臓が傷付けられている証拠だ。

「げふっ?!」
「あっ!? 颯人ッ!? 颯人しっかりしろッ!!?」

 颯人の容態に奏は仮面の人物の事も忘れて彼に声をかける。

 その様子を…………正確には奏の腕の中の颯人を見て、仮面の人物は静かに呟いた。

「凄いものだな…………血は、争えんか」
「え? な、何言ってんだあんた? それより、早く颯人を病院に────」

 全てを奏が言い切る前に、仮面の人物──声からして男──は颯人を彼女から奪い取るように抱き上げると遺跡の外へ向かって歩き始める。

 それを見て慌てて奏が後を追いかけようとするのだが、出し抜けに体に鎖が巻き付き彼女の動きを拘束した。

〈チェイン、ナーウ〉
「えっ!? な、何だよこれ? おい、颯人をどこに連れて行く気だよッ!?」
「すまんな、それは言えない」
「ふざけるなッ!? 返せッ!? 颯人を返せよッ!?」
「君に助ける事が出来るのか?」
「関係あるかッ!? 颯人は……そいつは、あたしの──」
「助けは呼んでおいてやる。ではな」
〈テレポート、ナーウ〉

 奏の言葉を無視して、仮面の男は再び右手の指輪を付け替えると颯人を抱えたまま腰の掌型のバックルに翳した。するとまたも音声が響き、仮面の男を上下から白く輝く魔法陣が挟み込む。

 魔法陣に挟まれた男と颯人は魔法陣と同じ白に輝き、その場から忽然と消えてしまった。

 と同時に、奏の体を拘束していた鎖も消え去り、後には奏1人が取り残される。

「あ…………あぁ……」

 奏は誰も居なくなったそこに向けて、力なく手を伸ばす。

 伸ばした手を握るが、その手が握るものは何もない。空虚な空間を掴むだけだ。

 皆……皆居なくなった。父も母も、妹も。

 そして…………自身にとっても希望であった少年、颯人ですら誰とも知れぬ者によって連れ去られてしまった。

「あぁ……あぁぁ…………」

 何も出来なかった。守られるだけ守られて、全てを奪われた。その事実が、奏の心に白紙の上に垂らした黒い絵の具の様に広がり、無力感と絶望が奏の心を黒く塗り潰していく。

「う…………うわぁぁぁぁぁぁっ!? ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 絶望の叫びを上げ、地面を何度も殴りつける。両目からは涙が止めどなく流れ、素手で地面を殴ったことで手の皮が破れ血が流れても、地面を殴ることを止めなかった。

 自身の無力さを、自身への怒りをぶつける様に。

 奏の叫びは、遺跡の外で日が沈んだ後も続いた。

 その叫びを…………涙を、己への暴力を止める事が出来る者は、今は居ない。




 ***




 謎の人物によって連れ去られた颯人。彼が目を覚ましたのは皆神山での惨劇から数日後のことであった。

「ん……んん? ここ、は──?」

 颯人が目を覚ました時、彼はどことも知れぬ場所に置かれたベッドの上に横たわっていた。

 目の前に広がるのは、明らかに岩肌むき出しの病院どころか街中とは思えない光景。
 一瞬まだ皆神山の遺跡の中に居るのかと思ったが、自身が寝かされているベッドの存在がそれを否定させる。

 ここは一体何処だ? いや、それよりも奏はどうなった? そんな疑問を抱きながら取り敢えず奏の姿を探そうと上体を起き上がらせた颯人は、体に走った痛みに顔を顰め再びベッドに沈んだ。

「うぐっ?!」
「目が覚めたようだな」
「────え?」

 起き上がろうとしてベッドに倒れ、そう言えばノイズによって壁に叩き付けられたことを思い出した颯人。

 何故ノイズに攻撃されて生きているのかと新たに疑問を抱く颯人だったが、その事を考えるよりも先に声を掛けられ颯人はそちらに注意を向けてしまう。

 今の今までどうして気付かなかったのだろうか。

 ベッドのすぐ隣には、白いローブの様なものを纏った琥珀色の宝石のような仮面の人物が椅子に座って彼を見つめていた。

 その姿に颯人は面食らい言葉を失うが、微かに残っていた朧げな記憶の中に彼によって助けられた光景があった。つまり彼は命の恩人と言う事である。

 その考えに至り、颯人は痛む体に鞭を打って体を起き上がらせると仮面の人物に頭を下げた。

「あんたが、助けてくれたんだな? ありがとう…………ところで、奏……俺と一緒に居た女の子は、どうしたんだ?」
「ここには居ない。あの遺跡に残してきた」
「は? 何で?」

 奏はあの遺跡に取り残されている。その言葉に颯人は仮面の人物を睨みつけながら問い掛けた。

 今、奏は家族を全て失いとても心細い思いをしている筈だ。誰かが隣で彼女を支えなければ、それこそあの葬式の日の颯人を支えてくれた奏の様に。

 だが仮面の男はそれには答えず、徐に右手の中指の指輪を別のものに付け替えた。

 何も答えない彼に苛立つ颯人だったが、彼が何かを口にするよりも前に仮面の男が右手を腰のバックルに翳した。

〈ヴィジョン、ナーウ〉

 突如として響いた音声に颯人は驚き目を瞬かせるが、次の瞬間目の前で広がった光景に言葉を失った。

 仮面の男が手を翳すと、そこに円形の鏡のようなものが姿を現し見知った人物が映し出されたのだ。
 いや、見知ったというのは少し違う。見知った人物によく似た人物だ。

 鏡のようなものの中では、1人の女性が手に槍のような武器を持ってノイズと戦っている。

 その姿は、体にフィットする奇妙なスーツと鎧を身に纏い今よりもずっと成長した姿をしているが、奏に非常によく似ていた。いや、彼女がこのまま成長すればああなると断言できる。

「もう気付いているだろうが、これは今から三年ほど経った天羽 奏の姿だ」

 戦う奏の姿を呆然と眺めていた颯人だが、仮面の男の言葉で自身が感じた予想が事実であると証明された。

 彼女はあの後、戦う事を選んだのだ。自身の家族を奪ったノイズと。

 ならば尚の事、戻って彼女を支えなければならない。例え共に戦う事が出来なかったとしても、心を支える位はしてやりたい。いや、しなければならないのだ。

 だが次の瞬間、仮面の男に告げられた言葉は、颯人の心に絶望を刻むものであった。

「先に述べておく。この三年後の戦いで、天羽 奏は死ぬ事になる」
「──────────えっ?」

 彼の言葉を否定するよりも前に、投影された光景の中で変化が起きる。

 傷付いた一人の少女の前で、奏が手にした槍を掲げ歌を口ずさむ。どこか悲し気なメロディのその曲の歌を、歌い終えた彼女の口からは一筋の血が零れ落ちた。

 瞬間、彼女の周囲の蔓延るノイズが一掃される。戦いの場であった何処かの会場は一瞬で静けさを取り戻し、そこには奏と似たような恰好をした少女と、奏と1人の少女が地面に倒れ伏しているだけであった。

 奏と違い青いボディースーツを身に纏った少女が奏を抱き上げる。だが素人目に見ても分かる死相を浮かべた奏は、青い少女の腕の中でその身を塵にして消えていった。

 一頻りその光景が終わると、唐突にその景色が消え去る。後に残るのは、岩壁の壁面のみ。

 驚愕に愕然としたままの颯人、その彼に目の前の男が話しかける。

「今見せたのは、まだ確定していない未来の光景だ。だが、このまま時が経てば確実に現実となる」

 今し方見た光景に愕然としていた颯人は、仮面の男の言葉に体に走る痛みも無視して弾かれるように立ち上がると彼に掴みかかった。

「そんな、嘘だろッ!? 質の悪い冗談だろッ!? そうだって言えよッ!?」
「事実だ。今お前が見たものは未来の光景、このままだと確実に現実になる」

 仮面の男の言葉に颯人は糸が切れたかのようにその場に座り込む。耳を澄ませば啜り泣く声が聞こえた。

 このままだと、最愛の少女の命が確実に失われる。それをどうする事も出来ない自分の無力さに、情けなくて悔しくて、涙を流すことしかできなかった。

 そんな彼に、男はだが、と口にし手を差し伸べた。

「それは何もしなければ、の話だ。今後のお前の行動によっては、その未来を変えられる可能性がある」
「ほ、本当か? 本当に、助けられるのか?」
「飽く迄も、可能性の話だ。助けられない可能性はあるし、それ以前にお前自身に命の危険が伴う。だが何もしなければ今見た光景が現実になるだけだ。さぁ、どうする?」

 男はそう問い掛けるが、颯人の答えは決まっていた。

「…………あいつは、奏は俺の最後の希望だ。あいつを守る為なら、地獄の果てに行くのも悪魔に魂を売るのもやってやる!」

 そう言い切り、颯人は男の手を取った。
 未だ完治していない怪我人であるにも拘らず、その手には男の手を握り潰さんばかりの力が込められていた。

 それに男は満足そうに頷くと、彼に自身の名を告げた。

「私の事はウィズと呼べ。私がお前を、不可能を可能にする奇跡の体現者・魔法使いにしてやる。その代わり、お前にはやってもらいたいことがあるが…………構わないな?」
「さっきも言った通りだ。何だって構わねえ。奏を助ける事が出来るなら、俺は何だってやってやる!」

 颯人はウィズからの問い掛けに、決意を胸に答えを返した。

 この瞬間、1人の魔法使いが誕生することとなるのだった。 
 

 
後書き
感想その他お待ちしています。 

 

第3話:少年は魔法を手に入れ、少女は歌を歌い出す

 
前書き
よろしくお願いします。 

 
 風鳴 翼が初めて奏に出会ったとき、彼女に対して真っ先に抱いた印象は狂犬であった。

「よこせ…………あたしに、奴らを…………ノイズ共を殺しつくすだけの力を。あいつを…………颯人を取り返せる力を、よこしやがれッ!?」

 事の発端は、皆神山の遺跡でノイズが出現し発掘調査隊がただ一人の生存者のを除いて全滅したことからだった。

 ただ一人の生存者、奏は調査隊が消息を絶ったことで派遣された救助隊に保護され病院に搬送。その後、遺跡で起こったことを調査する為に特異災害対策機動部二課、通称二課で預かることになる。

 司令である風鳴 弦十郎は、最初奏から普通に話を聞くだけのつもりであった。だが奏はあろうことか、弦十郎の姿を見るや否や突然彼に飛び掛かったのだ。

 慌てて取り押さえられた彼女は、一度鎮静剤を打たれた後拘束具を着せられ、椅子に固定された状態で改めて弦十郎と対面した。その様子を翼が傍から見ている前で、奏は暗く濁った眼で彼に力をよこせと告げたのだ。

 彼女の様子に弦十郎は危険なものを感じた。当初は奏の要望を却下し、落ち着かせた頃合いを見てから解放しようとすら考えていた。

 彼女を落ち着かせる為、弦十郎は拘束されたままの彼女に目線を合わせるようにしゃがみ優しく声をかける。

「颯人と言うのは、君の友達と言う明星 颯人の事だな。安心しろ、君の友達と、家族の仇は我々が討ってやる」

 奏の気持ちを慮った上で、弦十郎は彼女にそう告げた。

 それは子供に危険な真似をさせる訳にはいかないと言う、大人としての責任感と彼女への同情心から出た言葉だった。普通であればそれは間違いではない。
 至極真っ当で、思いやりのある正しい言葉だっただろう。

 だが彼は知らない。今の言葉で奏にとっての地雷を踏んでしまったことを────

「仇? 仇っつったか?」
「あぁ、そうだ。遺跡で失った君の周りに居た者たちの無念は──」

 彼がそこまで口にしたところで、奏は信じられないような力を発揮し、椅子に拘束されているにもかかわらず弦十郎に頭突きをしてみせた。

「ぐっ?!」

 まさかここで頭突きをされるとは思っても見ずまともに喰らってしまった弦十郎は、そのまま後ろに倒れる様に尻餅をついた。

 奏は奏で、ろくに身動きできない状態で頭突きを放ったのでその勢いで椅子ごと前のめりに倒れてしまう。

 元より鍛えていた弦十郎に頭突きを行ったことで額は割れ、更には受け身も取れない状態で顔面から倒れた際強かに顔を打ち付け額だけでなく鼻からも出血してしまった。

 だが、額と鼻から血を流しながらも、奏の目は激情でギラギラと光っていた。翼はそれをまともに見てしまい、その迫力に思わず小さな悲鳴を上げてしまった。

「ヒッ!?」
「ふざけんなッ!!?? 死んだ? 颯人が死んだだと? あいつは死んでねぇッ!? あたしの、あたしの目の前で、あいつは連れていかれたんだッ!!?」
「つ、連れていかれた? 誰に?」

 ノイズに襲われた人間は例外なく炭素の塵となってしまう。現場には奏以外に生存者が居なかったので、彼女が言う颯人も彼女の両親他調査隊の者達と同様にノイズによって殺されたと考えるのが普通だった。

 故に、あの場から連れ去られたものが居るなどと考えても見なかったのだ。

 もしこれが奏の言う通り、あの場から連れ去られたものが居るのだとしたらそれはいろいろな意味で由々しき事態だった。
 そう思った弦十郎の言葉に、奏はそれまで以上に目に憎悪の炎を宿しながら答えた。

「さぁな。仮面を被った、全身白い恰好をした奴だったよ。ただそいつは見たこともない攻撃でノイズを全部ぶっ殺した後、死に掛けてた颯人をあたしから奪い取って消えちまった」
「ちょっと待てッ!? ノイズを倒したのか!?」

 奏の口から出た衝撃の言葉に、堪らず弦十郎は冷静さを欠いて聞き返した。

 現時点でノイズに対抗できるのは、FG式回天特機装束──シンフォギアのみ。そして使用できる状態のシンフォギアは、全て彼ら二課が所持していた。

 だというのに、奏の言葉を信じるならその人物はシンフォギアを用いるか、或いは未知の方法を用いてノイズを倒したという事になる。
 シンフォギアを管理する立場にある二課の司令である、弦十郎としてはとても看過できることではなかった。

 冷静さを欠いた弦十郎の様子に、奏はしてやったりと笑みを浮かべた。それを見て弦十郎はしまったと表情を強張らせた。
 ノイズを倒したというその仮面の人物に、普通以上に興味を抱いたことを彼女に悟られてしまったのだ。

「そうさ。あんたらが持ってる武器以外でノイズを倒せる奴が居るんだ。あたしはそいつに直接会ったことがある。どうだ? そんなあたしを放っておけるか?」

 獰猛な笑みを浮かべながら、先程よりは落ち着いた声色でそう訊ねる奏。

 こう言われると弦十郎としては彼女の言葉を無碍には出来ない。
 彼女の言う事が真実であれば、その人物に関する情報は何としても集めなければならないし、その人物の素性が分からない以上奏を手元から遠くに離すことは彼女の身を危険に晒すことにもなりかねなかった。

 むざむざ彼女を危険に晒すくらいなら、自分達の目の届くところに置いておいた方が安全だ。

 そういう事情から奏をシンフォギアの適合者たる装者にすることが決定したのだが、そこにある問題が発生した。

 奏はシンフォギアを扱うには、適合係数が低すぎたのだ。

 このシンフォギアは本来物理攻撃が通用しないノイズを攻撃できる唯一の装備なのだが、誰でも扱えると言う訳ではない。
 扱う為には相応の素質が求められた。ノイズと戦う力を求めた奏だが、彼女はこの適合係数が低過ぎた為当初は装者となる事が出来なかった。

 その状況を打開すべく、二課の技術主任である櫻井 了子主導で奏にLiNKERと言う制御薬が投与されることとなった。これによって奏はシンフォギアを纏うに足るだけの適合係数を得る事が出来る。

 翼が奏と言う少女に特に恐怖心を抱いたのはその時のことだ。

 通常の投与量だけでは適合係数が上がらず、過剰ともいえる量を投与した時…………。

「ッ!? うあぁぁぁぁぁぁっ?!」

 突然叫び声をあげ苦しみだした奏。LiNKERは確かに適合係数を上げてはくれるが、同時に劇薬であり場合によっては死者すら出す危険があった。

 奏を苦しめているのもその薬理作用であり、想像を絶する苦しみに奏は拘束を引き千切る勢いで苦痛に身を捩っていた。

 その様子を、拳を握り締めながら眺めるしかできない弦十郎。

 暫く奏の悲鳴が処置室から響いていたが、了子はこれ以上は限界と施術をやめさせようとした。あの様子ではこれ以上続けたら本当に死んでしまう。

 肝心のシンフォギアも適合係数が上がる気配を見せないしで、半分諦めかけていた。

 投薬と施術を止めた瞬間悲鳴は止み、手術台の上の奏は消耗からかぐったりとしている。
 その奏を安静にさせようと医療スタッフが拘束を外し移動させようとした。

 瞬間、彼女はカッと目を見開くと自分に近づく医療スタッフをなぎ倒しまだ投薬されていないLiNKERを片っ端から引っ掴みまだ医療スタッフが動けていないのをいいことに次々と自分で投薬し始めた。

「冗談じゃねえぞ、こんなところで止まってられるか! あたしは、取り返すんだッ! あたしの、残された最後の希望を────!?」
「な、何をしているッ!? 急いで彼女を止めろぉっ!?」

 明らかに危険なレベルの過剰すぎる投与量に、弦十郎が慌てて止めるように指示するがそれよりも先に奏に異変が起こった。

「ぐっ?! うぐ、ぐ…………うぶぇっ?!」

 突然動きを止めたかと思うと、口から大量の血反吐を吐きその場に蹲った。だがその手にはまだ中身のあるLiNKERが入った注射器が握られている。

 これ以上は本当に彼女の命が危ない。

「急げッ! 彼女からLiNKERを取り上げ、体内洗浄だ! とにかく薬を彼女の体内からかき出せッ!」

 医療スタッフが蹲って血反吐を吐いている奏に近付き、その手からLiNKERを取り上げようとした。

 だが奏はそれを許さなかった。医療スタッフの手が彼女の手に握られたLiNKERに触れようとした瞬間、彼女はその医療スタッフの手に指を食いちぎらん勢いで噛み付いたのだ。

「ぐあぁっ?!」
「ごちゃごちゃ、うるせえなぁ──!?」
「止せっ!? これ以上はやめろぉっ!?」

 弦十郎の制止も聞かず、奏は残ったLiNKERを全て投与した。

 瞬間────

「ッ!? 適合係数、飛躍的に上昇!?」
「ぐぅぅっ!? ぐ、か…………うげぁっ?!」

 突如としてそれまで何の反応も示さなかったシンフォギア・ガングニールと奏の適合係数が急上昇。

 その間も血を吐き続ける奏だったが、先程取り押さえようとして1人のスタッフが噛み付かれたからか今度は医療スタッフの動きが鈍い。

 その事に業を煮やして医療スタッフと弦十郎が怒鳴りつけようとした時、徐に蹲っていた奏が笑い始めた。

「ひひ、ひひひ…………」

 不気味に笑う奏だったが、翼からは死角になっていて彼女の姿が見えない。

 一体どうしたのかと窓に近付き、奏の姿を確認しようとした瞬間、彼女の目の前に出し抜けに血にまみれた両手が叩き付けられ下から狂気と歓喜に彩られた目をした奏が顔を出した。

 至近距離、真正面からその顔を見てしまった翼は、堪らず悲鳴を上げ尻餅をついた。

「きゃぁぁっ!?」
「ひひ…………やったぁ、やったよ颯人ぉ。あたし、手に入れたよ────!!」

 恐怖に慄く翼に気付いていないかのように、歓喜の声を上げる奏。その口から、一節のフレーズが紡がれた。

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」

 奏がその一節のフレーズを口ずさんだ瞬間、彼女の体が光に包まれる。眩い光が収まった時、そこには体にフィットするボディースーツを纏い、角のついたヘッドホンのようなヘッドギアを身に付けた姿の奏が居た。

 血反吐を吐きながらも、執念によってシンフォギア・ガングニールの力を手に入れた奏。彼女は自らが手に入れた力に歓喜していた。

「これで、奴らを殺せる! そして、あの白い奴から、取り返せる! 絶対、助けるから。だから、待って、て…………颯、人ぉ……」

 歓喜に身を震わせていた奏だったが、突然糸が切れた人形の様にその場に崩れ落ちた。同時にその身に纏っていたシンフォギアも消え、元の姿に戻る。

 それまで爛々と輝いていた目は白目を向き、半開きの口からは止め処なく血が零れ落ちていた。

 漸く本当に大人しくなった奏だが、医療スタッフは誰も動けない。
 奏がシンフォギアの適合者になれた、それは確かに喜ばしいことなのだが、彼らが奏を見る目には一様に畏怖の念が宿っていた。

 そんな彼らを、弦十郎は一喝した。

「馬鹿者ぉっ!? 何をぼぉっとしているッ!? すぐに中和剤で体内洗浄をするんだ、早くしろぉッ!?」

 弦十郎の一喝で我に返った医療スタッフは、少々おっかなびっくりながらも奏を再び手術台に乗せ中和剤を注射して彼女の体からLiNKERを除去していく。

 その間、何とか立ち上がった翼は治療を受ける奏に終始怯えた目を向けていた。






 ***






 それとほぼ同時刻、人里から遠く離れたとある山の中。天然の洞窟を利用して作られた隠れ家の様な場所に、颯人はいた。

 床には複雑な文字と画で描かれた魔法陣があり、颯人はその上に佇んでいる。その魔法陣の直ぐ傍には、ウィズの姿もある。

 と、徐にウィズが魔法陣に手を触れ何かを流し込むかのように力を込めた。

 瞬間、魔法陣が光を放ち立ち上る紫電が颯人の体を蹂躙した。

「ぐぅっ?! あが、あああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 体の内側を焼かれる痛みに、悲鳴を上げる颯人だが彼はその場から一歩も動かなければ倒れてのたうち回ることもしない。
 膝すらつくことなく、彼はひたすら自身の身を奔る魔力の奔流に耐え続けていた。

 どれほどそうしていただろうか。
 数分だった気もするし、もしかしたら数秒程度かもしれない。紫電に体を焼かれていた颯人を見つめていたウィズが、唐突に魔法陣から手を離した。

 直後、魔法陣から放たれていた光は収束し紫電も止み、全身を奔る激痛から解放された颯人は全身を汗で濡らしながらそれでもまだ立ち続けた。

 その様子にウィズが一つ頷いて見せた。

「少しは体が魔力に順応してきたようだな。だがまだまだだ。この程度では魔法使いとしての才能を開花させる前に死ぬ可能性がある。もう一度やるぞ」
「あぁ……何度でもやってくれ。俺はどうってことねえからよ。だから…………一日でも早く奏を助けに、行けるようによ。何度でも、やってくれや」

 全身を奔った激痛に脂汗を垂れ流し、目の下には隈を作りながらも彼はウィズに続きを促す。その姿はまるで幽鬼のようであったが、その目には消えることのない執念と情熱の炎が揺らめいていた。

 ──奏、待ってろよ。俺が絶対、お前を助けてやるからな──

 彼はひたすら貪欲に力をつけることに己の全てを注いでいた。全ては、最愛の少女をいずれ訪れる悲劇から守る為。

 互いに互いを想い、力を身に付けていく颯人と奏。

 この二人が再会するのは、それから実に三年の月日が経ってからだった。




 ***




 ―それから3年後―

 その日、住むものが誰も居ない無人島の海岸に、颯人の姿があった。彼は、特に何をするでもなく手頃な岩に腰掛け目を閉じてじっとしている。

 それは何かを待っているようであった。よく見ると、彼の顔には僅かに緊張しているような様子が見て取れる。

 特に何をするでもなく、何かを待ち続ける颯人。そんな彼の様子を、ウィズが少し離れた所からジッと見つめている。

 と、不意にそれまで身動きせずにいた颯人が目を開けると空を仰ぎ見た。燦々と照らす太陽に、思わず目を細める。

 瞬間、その太陽の輝きが陰り始めた。それだけではない。徐々にだが端から何かに食われているかの如く太陽が欠け始めた。
 日食だ。太陽は月の陰に隠れ見る見るうちに黒く塗りつぶされる。

 そうして太陽が完全に月の影に隠れ昼間であるにもかかわらず周囲が夜中の様に暗くなると、突然地面に赤い亀裂が走った。

 足元にできた亀裂とそこから溢れる禍々しい赤い光に、しかし颯人は慌てることなく、遂に来るべき時が来たと言うかのように表情を引き締めた。

 その直後、彼の心と体に想像を絶する苦痛が襲い掛かった。まるで体の中に熱く焼けた鉄を流し込まれたような、若しくは全身の血液が針に変化して膨れ上がったかのような苦痛。
 体の苦痛に引っ張られ、心には絶望が広がり蹂躙する。

「ぐぅっ?! あ、がぁぁぁぁぁああああっ!?!?」

 普通に生きていれば絶対に経験することのないだろう苦痛に、颯人は断末魔のそれに似た叫び声を上げた。体が内側から弾け飛びそうになる苦痛に心が挫け、生きることを諦めそうになる。

 ついに異変は見てわかるレベルにまでなり、彼の全身にひび割れの様な亀裂が走りその裂け目から悍ましい紫色の光が溢れ出る。

 そんな状況であるにもかかわらず、颯人はただ1人死んだ方がマシと言うほどの苦痛に耐え続けていた。

「いぎぎぎぎぎぎっ!? ぎぃがぁぁぁぁぁぁっ?! ぐぅぅぅぅぅっ!!??」

 大の大人、いや訓練を受けた兵士であっても屈するような苦痛に、彼はひたすら耐え続けていた。何故なら、彼の胸には決して消えることのない希望の光があったからだ。

 ──俺は、俺は負けないッ! こんな、こんな痛み…………奏を失うことに比べたら屁でもないッ!! ──

 思い返すのは今から3年前…………その時ウィズに突きつけられた、奏の死と言う彼にとって自身の死以上に残酷な予言。

 その時のことを思い出し、そこで心に宿した思いを再び燃え上がらせ颯人は全身を苛む苦痛に耐え続けた。

 遂には彼自身の体にも変化が現れ、全身に紫色の亀裂が走り今にも破裂しそうになる。

 だが颯人は苦痛に屈することなく、絶望を跳ね除け耐え続けた。

──俺は、俺は絶対負けないッ!? 俺がお前の希望になってみせるッ!! だから、それまで待っててくれッ!!──

「奏ぇぇぇぇぇぇッ!!」

 直後、彼の全身に走る紫色の亀裂が金色に輝く。

 今この時この瞬間、この世界に新たな魔法使いが誕生した。 
 

 
後書き
この作品における魔法使いに関してですが、作品説明にも書いた通りファントム回りの設定などを変えております。具体的に言うと、『ファントムが居るから魔法使いになれる』ではありません。『魔法使いになったからファントムが生まれる』になっております。

原作ウィザード通りのやり方で魔法使いになると、どう足掻いても無関係な犠牲を出さざるを得ず、それをやっておきながら奏の隣で暢気に颯人を笑わせて良いのか? もっと言うと奏と恋仲にさせてもいいのか? という疑問がどうしても払拭できなかったので、魔法使いになる方法に手を加えそれに合わせてファントム回りの設定も変更と相成りました。

こんな作品ですが、今後ともどうぞよろしくお願いします。 

 

第4話:迫る分岐点

 
前書き
まさか投稿機能が止まっていたとは知らず、公開されない作品を三話まで投稿していました。どうも、黒井です。

今回からやっとまともに投稿できる(;´Д`) 

 
 皆神山での惨劇から、3年後────

 その日、奏はとある大きなライブ会場の舞台裏で来るべき本番に備えていた。

 希望をすべて失ったあの日から、奏は今や1人の歌手となっていた。人気アーティストの一角、ツヴァイウィングの片翼として、その歌声で多くの人々を魅了しているのだ。

──────ただし、表向きは、だ。

 彼女には裏の顔がある。

 ノイズの脅威から人類を守護する為、人知れず戦う1人の戦士──シンフォギアの装者としての顔だ。彼女はその力で日夜、誰に知られることもなくノイズと言う人類共通の脅威と戦ってきた。

 それと同時に、彼女が行ってきたことがある。颯人の捜索だ。

 あれから奏はシンフォギアの装者として戦う傍ら、彼女が所属する特異災害対策機動部二課の協力を得て颯人若しくは仮面の男の行方を探っていた。二課は元々政府の諜報部であった。故に、こう言った人探しなどの調査はお手の物の筈だった。

 にもかかわらず、成果は芳しくなかった。3年も探しているにもかかわらず、颯人に関しても仮面の男に関しても全く情報が集まらないのだ。

 その事実に、奏は内心で苛立っていた。何が政府の諜報部、何が二課か。

 とは言え、その事を二課の職員や相方の翼にぶつけることはもうしない。
 確かに最初の頃は、仰々しい名前の割に大したことないと、失望にも似た思いを抱きその事で周囲に辛く当たったりもした。

 翼なんかは、あちらが彼女の事を少なからず恐れていたこともあり、オドオドとした様子を見せられ奏は苛立ち、いい関係だとはとても言えなかった。

 だが、今となっては彼女も周囲の人物を仲間と認めていた。
 それは単純に、3年と言う時間が奏の心の棘をゆっくりと丸くしたと言うのはあるだろう。怒り続けるというのは存外疲れるものだし、何より奏は元来他人への面倒見がいい少女だ。

 そんな彼女が気弱な面を持つ翼と長い間接していれば、自然と彼女の方から徐々に歩み寄っていくのは至極当然のことであった。

 だが何よりも最大の切っ掛けは、ある戦闘の後で助けた自衛官に言われた言葉にあった。それまで奏は復讐を最大の理由に、その為の道具として歌を歌ってきた。だのに、その自衛官はその歌から勇気を貰い救われたと言ったのだ。
 復讐の為の、憎悪を孕んだ歌にだ。

 それは彼女にとって正しく青天の霹靂であった。こんな自分が歌う歌で、誰かを助ける事が出来る。
 いや、復讐の為とやってきた行為が、誰かの助けとなっている事実をこの時彼女は漸く実感したのだ。

 この一件以降、奏の中で戦う理由の中には復讐だけでなく人々をノイズの脅威から救うというものが追加された。ツヴァイウィングの結成もその心境の変化の表れであった。

 しかし、それでも彼女の中では仮面の男に対する怒りが未だに渦巻いていた。彼女にとっての希望を、彼女の手から遠くへと連れ去った事を、彼女は未だに忘れずにいたのだ。

 そんな彼女の目が、舞台裏でスタッフの邪魔にならない場所で座り込んでいる相方の翼の姿を見つけた。

 本番を前に、緊張しているのかその表情は愁いを帯びている。
 それを見て、彼女の中に悪戯心が芽生えた。

 奏は一度その場を離れ自販機で冷たい缶ジュースを買うと、気付かれないように翼の傍に近寄り彼女が着ているレインコートの首筋にそれを突っ込んだ。

「うひゃいっ!?」
「あっはっはっ! どうした翼、そんな辛気臭い顔して?」
「か、奏ッ!? もう、止めてよこういうのッ!」

 突然首筋に走る冷たさに思わず悲鳴を上げる翼の様子に、奏は堪らず笑い声を上げる。対する翼は、相方からの突然の悪戯に抗議の声を上げる。

 翼の抗議を聞き流し、奏は自分用に買った缶ジュースの蓋を開け勢いよく口に流し込む。それを見て翼もこれ以上の抗議は無駄と諦め、大人しく首筋に突っ込まれた缶の蓋を開けた。

「んぐ、んぐ……ぷはぁっ! いけないねぇ、そんなに油断してちゃ。防人たる者、どんな時でも気を引き締めていかないと。例えそれが、ライブの本番前だろうとね」
「ん……はぁ。ご忠告どうも」
「どういたしまして」

 奏の忠告、翼はやや不貞腐れ気味に返すが、奏は全く気にしていない。

 暖簾に腕押しな反応に、翼はまたしても諦めの溜め息を吐く。

 もうこのやり取りも何度目だろうか。
 共にノイズと戦うシンフォギアの装者としてチームを組み始めた当初はそれこそ、手負いの獣もかくやと言うくらい周囲に敵意を振りまいていたというのに、今はこれだ。

 狂犬もかくやと言う凶暴性に距離感が掴めず辛く当たられたこともあったが、時が経ち彼女との間の壁がある程度無くなるとそこからは一気に距離が近付き、今では友であり姉のような存在となっていた。
 彼女が変わる切っ掛けとなってくれた、あの自衛官に感謝だ。

 あの頃に比べれば今は付き合いやすさで言えば大分マシだが、正直事ある毎に悪戯を仕掛けてくるのは勘弁願いたかった。

 翼の内心を知ってか知らずか、奏は背後から彼女に抱き着き話し掛けた。

「ま~ったく、相変わらず翼は固いぞ! そんなにいつも真面目やってると疲れるだろ? 少しは肩の力の一つも抜けって」

 な? と言って軽くウィンクする奏に、今度こそ翼は本当に肩から力を抜いた。こう言うところが奏は上手いと、翼は思っていた。
 何と言うか、線引きが上手いのだ。こちらが本当に嫌がったりする境界を絶妙に見極めていた。

 敵わない。翼は心からそう感じた。こういう駆け引きで、奏に敵う者はいないだろう。翼はそう信じて疑わなかった。

 だが彼女は知らない。その奏を以てして、駆け引きで敵う事が出来ない相手が居るという事を。

 そして、その人物ともう間もなく出会うことになるという事を。




 ***




 それから数十分後、奏と翼のライブは順調に進んでいた。一曲目は大歓声に包まれ、早くも二曲目に移ろうとしていた。

 その時、突如としてライブ会場となっているドームの中心が爆発し、黒煙が立ち上った。それと同時に姿を現す無数の異形、ノイズ。

 ライブ会場は一瞬で地獄絵図と化した。そう、まるで3年前の皆神山での惨劇の再現の様に、ノイズが人々に襲い掛かり次々と炭素の塵に変えていく。

 阿鼻叫喚響くライブ会場となっているドームから少し離れたビル、その屋上に────颯人は居た。彼は黒煙を上げるドームを見て、焦りを滲ませた顔で周囲を見渡している。まるで誰かを待っているかのようだ。

 と、その時、彼の隣に光と共にウィズが現れた。突然のウィズの出現に、しかし颯人は驚くよりも先に漸く着た事への不満を口にした。

「遅えぞッ!?」
「すまんな。こちらも少し忙しかったのだ」
「チッ…………それでウィズ、例の物は?」
「こいつだ。問題なく使えるぞ」

 颯人は、ウィズの手から二つの指輪を受け取った。宝石部分が大きい装飾となっている、全く同じデザインの指輪である。
 それを受け取り、颯人は満足そうに頷く。

「これを使えば、奏を助けられるんだな?」
「理論上は、可能ではある。後はお前の体が持つかどうかだ。念の為聞くが、本当にやるんだな?」
「へっ、愚問だぜ。もうとっくの昔に覚悟は決まってるんだ」
「…………まぁ、こちらとしては約束を果たしてくれるなら文句はない。好きにすればいい。死なない限りはな」
「安心しろ。お前の期待には応えてやる」

 颯人はそう告げると、右手に二つの内の一つを嵌め掌型のベルトのバックルに翳した。ウィズが身に着けているものと似たデザインのバックルだが、こちらは掌型のバックルの縁が金色だった。

〈ボンズ、プリーズ〉

 彼がベルトのバックルに手を翳すと、そんな音声が鳴り響き同時に彼の体を魔法陣が包む。それ以外に特に変わったことはなかったが、彼は特に不満そうにするでもなく再び満足そうに頷いた。

 そして彼は何らかの決意を固めたように顔を引き締め、今正に惨劇の場となっているドームに目を向けた。

 周囲には警報が鳴り響き、2人の上空を何かが通り過ぎて行った。航空機ではない。それは飛行型のノイズだ。

 頭上をノイズが通り過ぎて行ったのを見て、彼は右手の指輪を付け替えた。

「先に行くぜ、ウィズ!」
〈テレポート、プリーズ〉

 ウィズからの返事も聞かず、颯人は嘗て己を連れ去ったのと同じ効果の指輪──転移の魔法でその場を後にする。

 その場に残されたウィズは、暫しドームを遠くから眺めていたが、不意に上空に目を向けると右手に嵌めている指輪を付け替えてベルトのバックルに翳した。

「少し、数を減らしておいてやるか」
〈エクスプロージョン、ナーウ〉

 音声が響きウィズが上空に手を翳すと、無数の魔法陣が現れ次々と爆発。それにより上空からドームに向かおうとしていたノイズは次々と撃ち落とされ、空からドームに近づこうとしていたノイズはその数を見る見るうちに減らしていくのだった。




 ***




 一方、騒動の現場であるドームは酷い有様だった。突然の爆発と同時に姿を現したノイズにより、観客は次々と炭に変えられ分解されていく。

 さらには逃げようとする観客同士が互いに押し退け合った事で押し潰されるなどの二次災害が発生し、被害は加速度的に広がっていった。

 そんなドームの中心で、ノイズの群れを相手に立ち回る二つの人影があった。
 言わずもがな、装者である奏と翼である。彼女達はたった2人ではあったが、ノイズを相手に正に一騎当千の活躍をしていた。

 奏は手にした槍を振るい、次々とノイズを切り裂き穿ってその数を減らしていく。が、唐突にその槍から輝きが失われていった。

「クソ! 時限式はここまでかよッ!?」

 奏は投薬治療により無理矢理装者となった。それ故の弊害か、彼女が全力を出して戦える時間には制限があったのだ。

 しかも今回は、その肝心の薬品であるLiNKERを使用していなかった。それ故、いつもより早くに制限時間を迎えてしまったのだ。

 それでも彼女は戦い続けた。全力を出すことはできずとも、ノイズを倒すことはできる。そう考え槍を振るいノイズを切り裂き続けたのだが────

「きゃぁっ!?」
「ッ!?」

 突然背後の客席が崩れ、それに巻き込まれたのか観客の少女が1人ステージ近くに落ちてきた。幸い大きな怪我はないようだが、彼女の存在に気付いたノイズが襲い掛かろうとしている。

「んなろうっ!!」

 奏は素早く少女の前に躍り出ると、彼女に襲い掛からんと向かってくるノイズを次々と切り裂く。

 だがノイズ共は、まるで奏が思うように動けなくなっているのを理解しているかのように彼女を……正確にはその背後に居る少女を重点的に狙い始めた。

 奏も負けじと槍を回転させてノイズの突撃を防ぐのだが、その攻防の最中、戦闘の余波で飛び散った破片の一つが少女の胸に突き刺さり少女の胸に赤い花が咲いた。

「あっ!? おい、しっかりしろ!?」

 力なく倒れぐったりとした少女を、奏は抱き起し必死に声をかける。その状況に奏は既視感を覚えつつ、今にも死にそうな少女に声をかけ続けた。

「死ぬな! 死んじゃ駄目だ! こんな、こんな────!?」

 血を滴らせ、身動ぎしない少女に、奏は3年前の颯人の姿を重ねた。

 その瞬間、彼女の口は自然に動き『あの言葉』を口にした。

「『こんなところで生きるのを諦めるなッ!!』」

 その言葉は、嘗て己が言われた励ましの言葉。家族を目の前で失い、生きる気力を失いつつあった自分の心を奮い立たせてくれた、魔法の言葉だった。

 嘗ての自分に掛けられた魔法が少女にも通じたのか、少女は薄らと瞼を開く。

 その事に奏は僅かに安堵するが、状況が最悪なことに変わりはない。このままでは少女は出血で死ぬか、ノイズに炭にされて死ぬ。そうなる前に、決着をつけなければならない。

 そこまで考えた時、奏の中で決心がついた。一つだけあるのだ。この状況を打開する手立てが。
 だがそれは、奏自身の命を引き換えにした行為だ。やってしまえば、彼女は助からない。

 だがそれでいいのかもしれない、と奏は思っていた。このままでは被害は広がる一方だ。
 ならば、ここで『最後の歌』を歌って会場に居る全てのノイズを道連れにしてやればいい。

 勿論心残りがないとは言わない。相方の翼の事は心配だし、未だに見つけること叶わぬ颯人の事だって心残りだ。

 しかし、ここで我が身可愛さに取れる手段を取らずにいたら、その方が後悔する。それだけは許せなかった。

 ──ごめん、颯人。見つけてやれなくって。あたし、お前の希望にはなりきれなかったよ──

 奏は心中で颯人への謝罪を口にし、そして、諸刃の刃とも言える歌を口にした。 
 

 
後書き
と言う訳で第4話でした。

正直、ちょっと展開を急ぎ過ぎてるかな? という気もしましたが、必要以上に原作と関わらない話をグダグダやっても退屈でしょうしテンポ優先という事で勘弁してください。

感想その他お待ちしています。それでは。 

 

第5話:黄金の時間

 
前書き
今回はいよいよ原作のあのシーンです。 

 
「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl」

 突如として戦場に響いた新たな歌。それを耳にした瞬間翼の顔から血の気が引いた。

 今奏が口にしている歌は絶唱と呼ばれる、シンフォギアの言ってしまえば奥の手だ。その力は凄まじくこのドームに居るノイズを一掃できるだけの力を持つ。

 だが当然ノーリスクの技ではない。寧ろこの歌はリスクの塊と言ってもいい。何しろ翼ですら、この歌を歌ったらその反動で確実に暫くは病院のベッドの上で過ごすことになる事確実なのだ。
 元より最初は適性を持たず、投薬で無理矢理シンフォギアを纏い更には制限時間を過ぎてしまった今の奏が耐えられる訳がない。

「Gatrandis──」

「いけない奏、歌ってはダメェェッ!?」

 翼は血相を変えて奏の元へ向かい、歌を止めさせようとする。

 その彼女の行く手を無数のノイズが阻んだ。

「邪魔だ、退けぇぇぇッ!?」

 最早太刀筋も関係なく我武者羅に剣を振るいノイズを切り裂いていく翼。

 彼女は天に願った。時間を止めてくれ、奏を止めてくれと。
 奏が居ない未来など考えられない。彼女を自分から奪わないでくれと、普段はあまり信じない神に只管祈りを捧げた。

 だが残酷にも時は止まらず、奏の絶唱は最後のフレーズを残すのみとなった。

「Emus────」

「ダメェェぇぇぇぇぇッ!?」

 無意味と知りつつ、翼は奏に向けて届かぬ手を伸ばした。

 その瞬間、無数の弾丸が翼の周りのノイズに降り注ぎ次々と灰にしていった。

「え?」

 突然の出来事に目を見開き呆ける翼。それも当然で、ノイズを倒せる銃弾など聞いたこともなかったのだ。そして自分たち以外に装者が居ると言う話も聞いたことはない。

 では今の銃撃は一体何なのか? 

 その疑問は直ぐに解消した。出し抜けに彼女の背後から飛び出した1人の青年が、周囲に蔓延るノイズを手にした大型の拳銃で次々に撃ち抜いたのだ。

「fine──」

「あ、貴方はッ!?」
〈テレポート、プリーズ〉

 突如現れた青年は、翼の質問に答えることなく一瞬の光と共に消えると次の瞬間には奏のすぐ傍に移動していた。

「──zizzl」
〈ボンズ、プリーズ〉

 そして彼は、絶唱を歌いきる寸前の奏の右手からガングニールのアームドギアを毟り取ると、彼女の右手の中指に装飾の大きな指輪を嵌めて己の腰のバックルに無理矢理翳させた。

「え? え!?」

 絶唱を歌いきると同時に自身に行われた行為に、奏は理解が及ばず困惑する。何が起こったのか理解できず、無理矢理指輪を嵌められ引っ張られた掌の方を凝視していた。

 だが本当に彼女の思考が停止するのは、その相手から言葉を掛けられてからだった。

「こぉんの、バ奏ッ!? 何やってんだお前はッ!?」
「──────えっ?」

 バ奏…………彼女の事をその様に呼ぶ者は、後にも先にもただ1人。

 そして、その言葉を投げかけた相手をよく見れば、そこにはとても懐かしい顔立ちをした青年の姿があった。


 それを目にした直後、絶唱が発動し凄まじいエネルギーが周囲のノイズを軒並み一掃した。

 後には瓦礫の山と奏、青年、翼、そして未だ負傷したままの少女の4人だけがその場にあった。

「奏ッ!?」

 ノイズが一掃されたことで、邪魔する者が居なくなり全速力で奏の傍にとやってくる翼。

 己の安否を気遣ってくる相棒の言葉に、しかし彼女は答えることなく青年──颯人を凝視していた。その顔には歓喜を始めとした様々な感情が混ざり合い、何とも言えぬ表情になっていた。

 言いたい事、聞きたい事が一斉に頭に浮かび、言葉が渋滞を起こして逆に何の言葉も出なくなる。ただ何かを言おうとして半開きにした口が、興奮と緊張でカラカラに乾いていた。

 それでも、何とか口を動かし彼に声を掛けようとする奏。だがそれよりも先に、颯人が口や目から大量の血を噴き出す方が早かった。

「ぐあっ、がっはぁッ?!」
「は、颯人ッ!?」
「ぐぅ………………あ~、なるほど。こりゃ、確かにヤバいな。こっち流して……正解だったわ」

 顔中から血を噴き出し、その場に蹲る颯人を支える奏。

 最初彼女は彼の身に何が起こったのか分からなかったが、絶唱を歌いきる瞬間に彼が行った事を思い出し右手の中指に嵌められた指輪に目を向ける。

「まさか、これ──!? おい颯人、答えろッ!? もしかして、これはッ!?」
「あっはっはっ、流石のバ奏でも気付いたか? あぁそうさ。シンフォギアってのを扱う上でお前が受ける筈だった反動のダメージ、全部こっちに移させてもらったよ」

 そう言って彼が上げた右手には、奏が着けている物と全く同じデザインの指輪があった。

 それを見た瞬間、奏は必死の形相で颯人に掴み掛った。

「お前、なんて馬鹿な事してんだッ!? こんな事して、もし死んだりしたら──」
「カッ! お前他人の事言えんのかバ奏ッ!? 俺との約束破って勝手に死のうとしやがってッ!? まさかお前、あの葬式の日に自分で言った事を忘れたんじゃねえだろうなッ!?」
「そ、それ、は…………あっ! とにかく、こんな物ッ!?」

 颯人の発言に一瞬言葉を詰まらせる奏だったが、直ぐに何かを思い出したかのように指輪を外そうとする。これがある限り、自分がシンフォギアを扱う際の負担は全て颯人に流れていってしまう。
 それを防ぐ為に奏は右手の中指に嵌った指輪を抜こうとした。

 だが──────

「あ、指輪外してもパスは繋がったままだから意味ないぞ?」
「何てことしてんだッ!?」
「そうしないとお前がまた同じような無茶するかもしれないからに決まってんだろうが。まぁどうしてもパスを外したいってんなら俺を殺せば嫌でもパスは無くなるけど……」
「出来るかんな事ッ!?」
「じゃ、諦めるしかないよなぁ」


 何を当たり前の事をとでも言うかのように告げる颯人に、奏は言葉を失った。

 その一方で、翼は颯人の言葉に少なからず頷いていた。奏の性格だ、今後も似たようなシチュエーションになったら躊躇わず絶唱を使おうとするだろう。
 それは翼としても許容できるものではない。

 だがだからと言って、颯人の行動を認められるかと言われれば話は別だった。

「でも、それだと今度は貴方の命が危険に晒されるんですよ!?」
「うん、それなら平気平気。俺こう見えてかなり頑丈だから。この程度のこと屁でもねえよ」
「いえ、でも────」

 あっけらかんとした様子を崩さない颯人に、翼は困惑混じりに話し掛ける。

 確かに彼の言う通り、彼は奏の絶唱のバックファイアのダメージに耐えきった。だが、今後も確実に耐えられると言う保証はない。

 その結論に至ったからか、奏は飄々とした様子の颯人に拳を叩き込んだ。

「この馬鹿ぁッ!?」
「あいてっ?!」
「ちょっ!? 待って奏、この人は──」

 曲がりなりにも怪我人に振るわれる暴力を翼が必死に宥めようとするが、奏は何度も拳を振り下ろした。

 だが颯人が痛みを感じたのは最初の一発だけで、その後はどんどん殴る力が失われていった。

「バカバカバカバカバカッ!? お前、こんな無茶してッ!? あたしが、どれだけ心配……ぐすっ」

 拳を振り下ろす腕から力はどんどん失われ、気付けば彼女の両手は彼を殴る事を止め、力なく彼の両肩を掴むだけに留まっていた。

 そしてそのまま彼女は啜り泣く声と共に言葉を続けた。

「3年間も、一体何してたんだよ。ずっと、ずっと探してたんだぞ! 今になっていきなり出てきやがって…………無事なら、連絡の、一つ、くらい…………う、うぅっ!?」

 遂には言葉も続けられなくなり、颯人の体に縋り付く様にして涙を流す奏。

 今まで見たこともない彼女の弱々しい姿に翼はどうすれば良いか分からなくなり、ただただ黙って見ているしかできなかった。

 そして、颯人の方はと言うとそんな奏の様子に、申し訳なさそうに一度目を瞑るとそっと右手で涙を流し続ける彼女の頭を優しく撫でた。
 それはただ慰めていると言うよりは、自分の存在を奏に認識させているかのような撫で方だった。

「悪い。そうだよな、心配かけた。でも安心しろ。俺は今こうしてここに居るから」

 先程まで悪口も同然の呼び方で奏を呼んでいた人物とは思えない、優しい声色で語り掛ける颯人。その言葉と、何より縋り付いた彼の胸板と自分の頭を撫でる掌から伝わる体温が、彼の存在を、生存を如実に奏に教えてくれる。

 その事に奏は今まで連絡を寄越さなかったことや絶唱のダメージを勝手に引き受けた事に対する怒りも何もかもを忘れ、ただひたすらに彼と再会できたことを心の底から喜んだ。

「……本当に、颯人なんだよな?」
「あぁ…………久しぶりだな」
「夢じゃないんだよな?」
「ん? 頬っぺた抓ってやろうか?」
「それやったらこっちはその耳千切れそうになるくらい引っ張る」
「そいつは勘弁してくれ。俺お前にやられるそれだけは苦手なんだ」

 気付けば普通に会話を交わす2人。

 苦笑交じりに告げる颯人の言葉に、嘗ての、まだ子供だった頃の黄金の様に輝く思い出が蘇る。その輝きが奏の心を照らし、翼達二課の仲間と過ごしたことで溶けつつあった彼女の心の氷の最後の一欠けらを完全に溶かしきった。

 それは涙となって奏の眼から零れ落ち、感極まった彼女は颯人の存在を確かめる様に彼に抱き着いた。

「良かった…………本当に、生きてる。颯人が無事で、本当に、良かったよぉ――!!」

 まるで子供の様に泣きじゃくる奏の姿に、翼は呆然と彼女を見つめ颯人は未だ痛む体に鞭打って上体を起こした体勢を維持し右手で奏の頭を、左手で背中を優しく撫でながら声を掛けた。

「おいおい、昔はこんなに泣き虫じゃなかっただろうが。どうした?」
「誰の所為だと…………馬鹿」
「…………フフッ!」

 未だ目からは涙を流しつつ、子供の様に頬を膨らませる奏の様子に傍から見ていた翼は思わず吹き出してしまった。彼女と出会って3年になるが、こんな風に歳相応かそれ以下の少女のような姿をした奏を見た事が無かったのだ。

 初めて見る奏の新鮮な姿に、翼は堪らず笑みを溢してしまった。

 戦いが終わり、少なくない犠牲者を出してしまったライブ会場ではあったが、今この瞬間だけは穏やかな空気が流れていた。

 だが、それも長くは続かない。1人の人物の登場によって、状況は大きく動き出す。

「いつまでのんびりしているつもりだ、颯人」
「うぇ、もう時間かよ?」
「ん? なっ!? テ、テメェはッ!?」

 そこに現れたのは奏にとって忘れられる筈もない。目の前で颯人を連れて言った張本人である仮面の男ことウィズであった。

 彼の姿を見た瞬間、奏の目から涙は引っ込み一気に敵意に満ちた目をウィズに向ける。

 そのままウィズを睨みつけつつ、奏は近くに落ちているガングニールのアームドギアを手に取ろうとするが彼女が臨戦態勢に入る前に颯人が彼女を宥めた。

「待て奏っ!? ウィズは、ぐぅっ?!」
「颯人ッ!?」

 慌てて奏を宥めようとする颯人だったが、やはり奏が受ける筈だった絶唱のダメージを代わりに請け負うのはかなりの負担だったのか立ち上がる事が出来ずにその場に蹲ってしまう。

 彼が苦痛の呻き声と共に蹲った瞬間、奏は怨敵ウィズの存在も忘れて颯人を支えた。

 颯人は全身に走る痛みに顔を顰めながら奏に告げる。

「あ、安心しろ。そいつ、ウィズは味方だ」
「はぁっ!?」
「本当だ。ウィズのおかげであの時俺は一命を取り留めたし、お前を助ける為の力も手に入れた。いけ好かないところはあるが、少なくとも敵じゃない事は俺が保証する」
「利害が一致しているだけだ」
〈リカバリー、ナーウ〉

 颯人の弁護に素っ気なく答えつつ、ウィズは颯人に回復の魔法を掛ける。彼の体を魔法陣が包み、奏の絶唱の反動で彼が消耗した体力を癒した。

 見る見るうちに顔色が良くなっていく颯人の様子に、奏と翼の2人は初めて見る魔法と言う存在に視線を釘付けにされる。

 体力を回復してもらった颯人は勢い良く立ち上がるとその場で軽く体を動かす。体の節々は痛むが体力が回復したおかげで動けないほどではない。

 問題がない事を確かめると奏の方を向いて両手を広げて見せる。
 彼の様子と今し方見た光景に、流石にこれ以上ウィズを一概に敵と判断することは出来なくなり奏は黙って頷いた。

「な? 少なくとも敵じゃないだろ?」
「んまぁ……そう、だな。あっ!?」

 ウィズが敵ではないと言う言葉に一応の納得を見せた奏は、そこでやっと自分の近くで倒れている少女の存在を思い出した。

 慌てて少女の容体をチェックすると、大分衰弱してはいるようだがそれでもまだ生きていた。奏が彼女に掛けた魔法は未だ健在のようだ。

 その事に奏は一瞬安堵するが、息も絶え絶えな少女の様子に直ぐに表情を引き締めるとウィズに先程颯人に掛けたのと同じ魔法を掛ける様に頼んだ。

「おいあんたっ! 今颯人にやったのと同じのをこの子にもやってくれっ! 重症なんだッ!?」

 奏の懇願を、ウィズは最初取り合おうとはしなかった。小さな溜め息と共に腕を組んでそっぽを向き、非協力的な姿勢を見せた。

 だが、颯人が奏の援護に入ったことで彼の態度に変化が訪れる。

「俺からも頼むよ、ウィズ。あんただったらこの程度屁でもないだろ?」
「言っておくが、リカバリーでは傷の治療そのものは出来ないぞ。出来る事は飽く迄も体力の回復だけだ」
「やらないよりはマシさ」

 颯人の言葉に、数秒黙っていたウィズは大きく溜め息を吐くとバックルの左右のレバーを動かした。するとレバーの動きに連動して掌型のバックルの左右が反転し、再び彼がレバーを動かすとバックルは最初の形に戻る。

 すると彼が身に着けているベルトから音声が鳴り出した。

〈ルパッチマジックタッチゴー! ルパッチマジックタッチゴー!〉

 突然鳴り響いた歌の様な音声に翼が彼のベルトを凝視する中、彼は右手をバックルの前に翳す。

〈リカバリー、ナーウ〉

 バックルの前に翳した右手を今度は少女に向けるウィズ。すると颯人の時と同じように少女の体が魔法陣に包まれ、次の瞬間その顔色にみるみる生気が宿っていく。

 奏と颯人はその様子に安堵し、翼は明らかに異質なウィズの力に興味を抱いた。

「あの、先程から気になっていたんですが、それは?」
「魔法だ」
「ま、魔法?」

 素っ気なく答えるウィズに、翼は首を傾げる。そんないきなり魔法などと言われても、正直納得できない。

 だが事実として、今目の前で起こった現象は魔法と言う言葉でしか表現できず、翼はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 考え込む翼を余所に、少女がもう大丈夫だと分かると颯人はその場で立ち上がった。

「さってと。それじゃそろそろ行くとしますかね」
「え? 行くって……?」

 颯人の言葉に奏は困惑した。やっと再会できたのに、もう何処かへ行ってしまうのか? そんな不安を滲ませた言葉に、颯人は困ったように笑みを浮かべる。

「悪い、そういう約束なんだ。奏をここで助ける代わりに、暫くウィズの手伝いしなきゃなんねえんだよ」

 だから暫くまたお別れだ。そう口にする颯人に、奏は泣きそうな顔で彼の手を握り彼を引き留めようとした。

「そんな、嘘だろ!? やっとまた会えたんだぞ!? それなのに、もうさよならだなんて、そんなの……」

 彼女はもう十分待った。3年間である。この3年間、ノイズを討伐しながら彼の事を探し続けた。
 家族を奪われた事への恨みはノイズを倒すことで和らぎ、ある自衛官に言われた言葉でノイズへの復讐心は大人しくなった。

 だが、颯人に関しては違う。彼は目の前で、無力だった頃の奏から無理矢理引き離されてその後影すら踏むことが出来なかったのだ。
 あの時の無力感は今でも彼女の心を苛み、彼の安否が分からなかったこの3年間、発作の様に心に湧き上がる不安は彼女の精神を大いに蝕んだ。

 だからもういいじゃないかと。これからは共に居て、3年間離れていた分のあの輝くような時間を取り戻そうと奏は彼の手を掴んだ。

 縋る様に自分の手を掴む奏に、颯人は申し訳ない気持ちになった。彼女の気持ちは分かる。彼だって本当は、もう彼女と離れたくはなかった。

 だが、しかし──────

「本当、ごめんな。折角会えたってのにまたお別れだなんて、俺だって嫌だよ」
「ならッ!?」
「でも…………それでも、行かなきゃいけねえんだよ………………ま、心配すんな! 多分次はもっと早くに会える。だからその時まで、待っててくれよ。必ずまたお前の傍に戻ってくるからよ」

 そう言うと颯人はハンカチを取り出し、それを自身の左手に被せた。左手がハンカチで隠れたのは一秒にも満たない一瞬の時間。だが次の瞬間、彼がハンカチを取り払った時そこにはさっきまで何も無かった左手に一輪の白い花が握られていた。ダイヤモンドリリーと言う花だ。

 颯人は得意の手品で出したその花を、不安そうな顔をする奏の髪に差した。赤い彼女の髪に、白いダイヤモンドリリーの花が映える。

「…………本当だな? 本当に、帰ってくるんだな?」
「あぁ、約束だ。絶対にまた戻ってきて、昔みたいに手品で悪戯仕掛けてやるから覚悟しとけよ?」
「ハンッ! 昔みたいに逃げ切れると思うなよ?」

 互いに挑発的な言葉を投げ掛け合い、颯人はそれに満足したのか奏の傍を離れてウィズの元へ向かう。それを奏が寂しそうに見送っていた時、彼は徐に何かを思い出したかのように踵を返してきた。

「あぁっと!? そうだそうだ、もう一個言っときたい事があったんだ。悪い、ウィズ。もうちょっとだけ待っててくれ!」
「…………急げ」

 苛立ちを滲ませたウィズの言葉に、颯人は急いで奏の所まで戻ってくるとキョトンとした顔の彼女の手を取って告げた。

「お前の歌、最高だぜ。向こうでも聞いてるからな!」

 そう言うと彼は今度こそ奏の元を離れ、ウィズの所へ向かう。2人が並び立つと、ウィズが右手の指輪を付け替えバックルに翳した。

〈テレポート、ナーウ〉

 光と共に一瞬でその場から消える颯人とウィズ。正に魔法としか言いようがないその光景に翼は目を丸くし────

 一方の奏は、再び彼が行ってしまった事に涙を浮かべつつ、彼が最後に告げてくれた言葉に笑みを浮かべるのだった。 
 

 
後書き
はい、と言う訳で今回は颯人と奏の再会がメインの話でした。まぁすぐに分かれてしまいましたがね。再びの再会もそう時間はかかりませんよ。

それと、今回は颯人の変身を見送らせてもらいました。ウィザードの活躍を期待していらした皆さまには申し訳ないですが、ウィザードの初戦闘はもう少しお待ちください。
仮面ライダー物とのクロスで且つ主人公がこのライブ会場に居る場合、大抵はここで変身して奏の救出が多いですが、この作品では敢えてそのお約束を外しました。捻くれてますかね?

こんな感じで今後も所謂お約束とかを無視した展開が出てくるかと思いますが、今後ともお付き合いいただけますと幸いです。

それでは。 

 

第6話:奏、吠える

 
前書き
読んでくださりありがとうございます。 

 
 戦いが終わって、奏と翼の2人は二課所属の救護隊によって病院に搬送された。勿論、あの少女も一緒だ。

 あれだけの戦闘であったにも関わらず、装者2人は大きな怪我もなく簡単な手当てと休養を兼ねた検査入院で翌日には退院となった。尤も、奏に関しては精密検査もあったので翼に一日遅れでの退院だったが。

 そして、翼に遅れる事無事退院した奏。戦闘に関する諸々の報告と情報の整理の為に二課本部へと足を運んだ、彼女を待っていたのは弦十郎の鉄拳だった。

「この馬鹿者がぁっ!?」
「ぐっ?!」

 顔面をかなり容赦なく殴られ壁に叩き付けられる奏。年頃の少女を相手にやり過ぎと言う気もしなくはないが、そこは流石に色々と鍛えられているからか必要以上に痕が残ったりしないよう絶妙な力加減が為されている。

 何より、奏がこのように弦十郎に殴られるのは彼女が二課に入ってからはよくある事だったのだ。

 大体は独断専行する奏の自業自得によるものである。今でこそ大分鳴りを潜めているが、二課に配属当初は翼との連携などそっちのけで修羅の様にノイズを狩りまくり、その度に命令無視を繰り返しては弦十郎に鉄拳制裁を喰らっていた。

 奏がこんな事をしていたのは、言うまでもないだろうがウィズが原因である。
 あの日、遺跡で見せたウィズの圧倒的強さに奏はただ力を手に入れただけでは颯人を助けられないと、自身を強くする為に只管戦いを求めた。

 その結果、確かに奏の強さは翼に比べて抜きんでたものとなっていたが、その一方で翼との連携を疎かにしたが為に無駄に窮地に陥る事も何度かあった。

 3年と言う月日の中で奏も精神的に成長したおかげで今では翼とも問題なく連携が取れるようになっており、それに伴い彼女が弦十郎から鉄拳制裁を受けることも無くなっていたのだが、今回絶唱を使い自らの命を危険に晒したと言う事で久しぶりに弦十郎からの鉄拳制裁を喰らう羽目になったのだ。

「全く、何度言ったら分かるんだお前はッ!?」
「いっつつ……」
「もっと自分を大切にしろと、いつも言っているだろう! 特にお前の場合は絶唱など以ての外だぞ。分かったか!!」

 行動は乱暴だが、その表情と言葉は心から奏の身を案じていることが伺えた。寧ろ、彼女の身を案じているからこそ、暴走しすぎないようにかなり厳しく接しているのだ。

 奏自身もそれを理解し、且つ颯人の生存も確認できたこともあってか、彼女自身も驚くほどあっさりと弦十郎の言葉を受け入れ頭を下げた。

「分かってるよ、今回は悪かったって。それに、もう、んな無茶出来ねえよ」

 そう言いながら、奏は右手の中指の指輪を撫でる。颯人に付けられた、ボンズのウィザードリングだ。
 彼曰くもう着けていてもいなくてもパスは繋がったままなので無理して着ける必要はないのだが、あの後も奏はその手に指輪を嵌め続けている。

 どこか愛しそうに指輪を撫でる奏の様子に、弦十郎は溜め息を一つ吐き表情を和らげると奏に訊ねた。

「それで、本当なのか奏? お前が受ける筈だった絶唱のバックファイア、それを今までお前が探していた明星 颯人君がその指輪を通して全て請け負ったと言うのは?」
「あぁ、颯人は確かにそう言ってた。だからあたしはもう絶唱は使わない。これ以上、あいつに迷惑はかけられないからな」

 今回颯人は大きなダメージを負うだけで済んだ。だがこの次もそれで済むとは限らない。いや、下手をすれば彼の寿命を縮める可能性だってある。奏は今後絶対絶唱を使うまいと心に誓った。

 奏の決意を感じ取ったのか、弦十郎はそれ以上奏の絶唱使用に関して何かを言う事は止めた。代わりに話を件の颯人自身の事に切り替えた。

「しかし、まさか本当に生きていたとはな。奏、本当にあの時の彼が明星 颯人君で間違いないんだな?」

 ライブステージでの戦いの様子は、会場内にある監視カメラの映像からすでに確認している。だからこそ奏が絶唱を使ったことも弦十郎たちの知るところとなったのだが。

 そして当然そこには、途中から戦いに乱入して奏に近付いた颯人の姿も映っていた。
 そこで漸く弦十郎達は、颯人の存在を確認したのだ。

「あぁ、あれが颯人だ。信じてなかったのか?」
「そりゃそうよ。今だから言っちゃうけど、奏ちゃんが言う颯人君は3年前に遺跡でノイズに殺されてて、連れ去られたっていうのは奏ちゃんの妄想だと思っていたくらいだもの」

 歯に衣着せぬ言い方で颯人の生存を信じていなかったと告げる了子に、奏の鋭い視線が刺さる。

 だがそれも仕方のない事である。了子だけではなく、弦十郎も含め二課の職員は誰もが同じようなことを思っていたのだ。
 当時の彼女にそんなことを言ったら大暴れするだろうことは想像に難くなかったので、誰も口に出すことはしなかっただけである。

 以前の奏であればこんなことを言われたら誰が相手だろうと殴り掛かっていただろうが、颯人の生存が直接確認できた今、心に余裕を取り戻した奏は沸き上がった怒りを自らの意思で静める事が出来た。

 そんな奏に安堵の溜め息を吐きつつ、弦十郎は彼が使った力に注目する。

「とは言え、依然としてわからないことは多いな。彼がノイズを倒せた事もそうだが……」
「本当にねぇ。どう見てもシンフォギアを使ってる感じじゃないのに、この拳銃みたいなので次々とノイズを倒しちゃうなんて。これも彼と一緒に居た仮面の男の言う、魔法ってやつなのかしら?」

 そう言いながら了子は手元のコンソールを操作してモニターにある映像を映した。それは会場の外、ビルの屋上に立つウィズの姿を映したカメラの映像だ。

 その映像の中でウィズが上空に手を翳すと、空に無数の魔法陣が現れ次々と爆発が発生し、空からライブ会場に迫っていた飛行型のノイズを次々と撃ち落としあっという間に全滅させてしまった。
 さらに彼は別の魔法でその場から一瞬で会場内に移動すると同様の魔法でノイズを殲滅していくのが別のカメラに映っていた。

 見たこともない攻撃でノイズを圧倒する、ウィズの戦闘力に弦十郎を始め二課の職員は目を釘付けにされる。

「…………凄いものだな。奏、お前はこれを以前にも見たことがあるんだな?」
「見た。忘れもしない。あの時もあいつはあの爆発で、あたしと颯人を守ったんだ」

 厳密には、颯人を守っただけなのだろう。奏は恐らくそのついでだ。

 その事に奏は己の力不足を再認識し、拳を握り締める。こうして力を得たからこそ分かる。ウィズの力は圧倒的だ。あの絨毯爆撃もかくやと言う攻撃に曝されては、自分は何も出来ずに敗北することが嫌でも理解できてしまった。

 それでも幸いなのは、颯人の言葉を信じるなら彼は敵ではないという事だろうか。

「それにしても魔法ねぇ。奏ちゃんの絶唱のバックファイアを請け負った事と言い、この攻撃と言い。是非とも直接会って話を聞きたいところだけど…………」
「な~に、そう心配しなくてもその内会えるよ。あいつが、颯人が会えるって言うんだ。それまでの辛抱さ」

 そう言って奏は指輪を撫でる。脳裏に浮かぶのは、颯人が別れ際に奏にプレゼントした一輪の花、ダイヤモンドリリー。今は彼女の自室の花瓶に差しているその花の花言葉は、『また会える時を楽しみに』、だ。

 彼は奏と再び会える時を待ち望んでいる。その事が今の奏の心の支え、希望となっていた。
 すぐには会えないかもしれない。だが、きっと再会の時は来る。彼が再会を約束し待ち望んでくれているなら、自分もその時を待ち続けよう。

 奏はそう心に誓うのだった。




 ***




 それから数日、ノイズの襲撃は鳴りを潜めており、一見すると平和な日々が続いていた。

 だが、実際は平和なんてものではなかった。あの事件以降、厄介な問題が発生していたのだ。

 あの事件での生存者に対する、悪質なバッシングである。主にマスコミと評論家があの事件での生存者を一方的に悪者に仕立て上げ、生存者の中には既に住所が割れるなどして周囲から迫害を受ける者が出ているのだ。

 ただあの場で奏と翼の歌を楽しみにし、そして突然の災難を何とか生き延びることが出来ただけの無実な観客たちが、だ。

 その現状を聞き、奏は黙っていられなかった。

 確かにあの事件での死者の中には人災によって命を落とした者も少なくはないのだろう。
 だが、それが当事者の間で諍いとなるならともかく、無関係な世間が生存者だけを一方的にバッシングすると言う現状が許せなかった。

 しかし奏が何よりも許せないのは、そもそもあのライブを行った自分たちツヴァイウィングに対しては何のアクションも起こしていないくせにただ見に来た観客だけを叩いている事だ。
 これで世間が奏たちの事もバッシングしていると言うのであれば、この後の奏の行動ももっと大人しいものになっていたのだろうが、生き残った観客だけを悪者にしている現状は必要以上に彼女の神経を逆撫でした。

 故に、奏は行動を起こした。

 その日も、テレビで大きく取り上げられているのは先日のツヴァイウィングのライブ会場で起こった、ノイズによる災害を取り扱ったものだった。
 被害の詳細確認などもあるが、何より大きく取り上げられているのが被災した生存者が如何に非道かと言うものである。

 曰く、生存者は我が身可愛さに他人を見捨てた外道である。

 曰く、ノイズよりも生存者の方が悪い。

 曰く、生存者に裁きの鉄槌を。

 司会やメディアによく顔を出す評論家、コメンテーターが口を揃えて生存者をバッシングし、それに感化された事件と関係ない視聴者が頷く。そして大多数の者はそれに異を唱えることなく、否、異を唱えたことで自分も異端扱いされることを恐れて何も言う事はない。

 集団の恐ろしいところは正にそれだ。例え大多数の意見に間違っていると思えるところがあろうと、少数派の意見は多数派に容易く踏み潰されてしまうのだ。

 この日も終始生存者へのバッシングだけで番組が終わると、誰もが思っていた。

 だが、この日は違った。今この時この瞬間、誰も言えなかった多数派の間違いを正面から指摘する者が現れたのだ。

「ちょっと待ちやがれテメェらッ!?」

 突然その生放送番組に乱入したのは、怒髪天を衝く勢いで怒り心頭な様子の奏だった。彼女は並み居る警備員や撮影スタッフを薙ぎ倒しながら番組に乱入すると、カメラの前で堂々と司会や評論家を前に彼らの意見に異を唱える。

「お前らがあの事件の生存者の何知ってるってんだッ!? あの場に居もしなかったくせに、好き勝手言ってんじゃねえっ!?」
「あ、貴女は、ツヴァイウィングの天羽 奏さんッ!? こんなところで何を?」
「何をだ? んなもん決まってんだろ、お前らがアホな事抜かしてるからその間違いを言いに来てやってんだよッ!?」

 奏は机をひっくり返す勢いで拳を叩き付けると、右手の親指で自らを指さしながら啖呵を切った。

「いいか、よぉく聞けッ!? 今回の事件、まず文句があるならあたしらツヴァイウィングに言えッ!?」
「はぁっ!?」
「あのライブをやったのはあたしらだッ! 観客は、それを楽しみにやってきただけだッ! つまりあの事件の最大の原因はあたしらにこそある筈だッ! 分かるか? そもそもあたしらがライブをやらなけりゃ、あんな事件は起きなかったんだよッ! それを理解せずただ生存者が悪いとか、お前ら全員頭に豆腐でも詰まってんのか、あぁっ!?」
「で、ですが、実際人災で多くの方が──」
「じゃあお前同じ状況になっても誰にも迷惑かけずに生き残る自信があるのかッ!? それとも同じ状況に立ち会ったことあるのかお前はッ!?」
「い、いや。それは……その…………」
「どうせお前、話聞いただけで勝手に想像して決めつけてるだけで、実際の状況とか何も知らねえんだろうが。群衆がパニック起こしたら後先考えてる余裕も無くなるってことくらい、教養あるならわかるだろうがッ!? 評論家名乗るならちったぁ頭働かせろ、この脳タリンの馬鹿野郎ッ!?」

 勢いに飲まれつつも何とか反論した評論家を罵詈雑言混じりに言葉で黙らせると、カメラの方を向いてテレビの向こうの視聴者に向けて口を開いた。

「これ見てるお前らもだッ!? どうせこれ見てるの、あのライブ会場に居もしなかった連中だろう? そんな奴らが知った風な口きいて生き残った連中をどうこう言うんじゃねえッ!? 生き残った連中は文字通り、命の危険を肌で感じたんだ。それを知りもしない連中がとやかく言うなッ! もし納得できないってんなら、まずあたしに文句を言いに来いッ! あたしは逃げも隠れもしないッ! そして何よりあたしも生存者だッ! それもあのライブをやった、観客が集まった理由のだッ! あの事件で誰よりも文句を言われる筋合いがあるのはこのあたしだッ!」

 それは、奏のアーティスト生命を賭けた啖呵だった。下手をすればこれでツヴァイウィングは干されるどころか、多くの民衆からのバッシングに遭いまともに生活すら送れなくなる危険性がある。

 だが奏は止まる気はなかった。ここで止まってしまっては、あの時命をかけて戦ったことが無駄になってしまう。

 何より、自分のライブで多くの人が不幸になったというのに自分だけがのうのうとしていては、颯人に顔向けできない。同時に、同じ立場なら颯人もきっと同じ行動をしたという確信があったというのもある。

「だからあの事件で文句があるなら、まずあたしに言えッ!? それが出来ないなら生き残った連中に鞭打つような真似してんじゃねえッ!? 分かったか、日本全国のクソ野郎どもッ!!?」

 その言葉を最後に、奏は現場を後にした。

 残された司会やコメンテーター、評論家は何もいう事が出来ず、なし崩し的にその番組は終了となった。

 その後の事を簡潔に述べれば、結果的には何かが大きく変わるという事はなかった。あの番組以降も依然として生存者への迫害は続いた。番組以前に比べると大なり小なり大人しくなった印象はあるが、その程度だ。

 一方で、あれだけの啖呵を切った奏たちツヴァイウィングに対してもこれと言って大きなアクションは起こらなかった。
 流石に何の波風も立たないという事はなく、特に奏をバッシングの対象にする声は多少上がったが、アーティスト生命に支障が出るほどの何かはなかった。

 ただ流石にテレビであれだけの罵詈雑言を口にしておいてこれまで通りに活動すると言う訳にもいかないので、当面は活動を自粛することとなる。

 肝心の奏がどうなったかと言うと、テレビ局を後にした後放送を見ていた弦十郎が向かわせた慎次により強制的に本部へと連行され、勝手な行動をしたことをこっぴどく叱られた。
 事は奏個人だけでなく、翼を含めたツヴァイウィングに関わった者全員に影響することだったのだ。寧ろ叱られる程度で済んだのは最大限の恩情かもしれない。

 結局のところ、奏の行動は特に社会に対し大きな影響を及ぼすことはなかった。精々、ツヴァイウィングの奏と言う少女に対する民衆からの印象が変化した程度だ。

 だが、彼女の行動は決して無駄ではなかった。この時の彼女の行動は、少なくとも一人の少女に勇気を与えたのだ。

 奏がそれを知ることになるのは、それから2年後の事である。

 そして、その2年後…………彼女は指輪の魔法使いと再会を果たす。 
 

 
後書き
今回はちょっと奏を乱暴に描きすぎたかな?でも今XDUのゴジラコラボを見てる限りだと、自分の納得できない事なんかにはとことん食って掛かる感じがするんで、あながち間違っていないと思いたい。

さて、次回より本格的に原作と交わっていきます。皆さん待望の颯人の変身もだんだんと近付いていますので、楽しみにお待ちください。 

 

第7話:一角獣の導き

 
前書き
どうも、黒井です。

今回より本格的に原作本編に関わっていきます。 

 
 ツヴァイウィングのライブ会場での事件から2年後────

 私立リディアン音楽院と言う女学院、そこにほど近いところにある公園にちょっとした人だかりができていた。
 この日は日曜日と言う事もあって公園に多くの人が居ること自体は珍しくないのだが、日本のただの公園で人だかりができるというのは少し珍しい。

 その人だかりの中心に居るのは、1人の青年だった。

 チロリアンハットを被った黒いカジュアルなスーツ姿の青年は、周囲の人々に手に何も持っていないことをアピールしてから両手を合わせる。
 決して少なくない人々の目が彼の合わさった手に集中しているのを見渡した彼は、次の瞬間合わせた両手を今度は離した。

 すると、先程まで何もなかった筈両手の間にトランプが現れまるで繋がっているかのように右手から左手に流れていく。それを見た人々の多くはその光景に歓声と共に拍手を送る。

 オマケとばかりに青年は左手に集まったトランプを軽くシャッフルすると、1枚を近くに居た観客の1人の少年に引かせる。少年が引いたのはクラブのA。

 青年は他のトランプをスーツのポケットに突っ込み少年からクラブのAを受け取ると、マジックペンで花丸を書き観客にそれを見せると四つ折りにして左手で握り締めた。次いで右手の指をパチンと鳴らすと、開いた左手の中には何もない。

 クラブのAはどこに行ったのか? 観客が不思議そうな顔をする中、彼は徐に少年にズボンの後ろのポケットを見てみろとジェスチャーで示した。

 少年がそれに首を傾げながらもズボンの後ろのポケットに手を突っ込むと、そこには四つ折りにされた跡のある花丸を書かれたクラブのAがあった。

 またしても上がる歓声と拍手。そんな中、観客の1人は青年に疑いの目を向けていた。

 その目は、この程度のトリックなど簡単に見破れるぞと雄弁に物語っている。

 それを見て、青年のマジシャンとしての闘争心が疼く。青年は身振りで拍手を収めると、面白くなさそうな目を向けている観客を手招きで呼び寄せる。
 怪訝な顔をする観客に笑みを向けながら、その手を取ると1枚の白いハンカチを取り出した。表も裏も見せて、何のタネも仕掛けもないことをアピールする。

 それを観客の掌の上に被せ、1秒も経たない内にハンカチを取り去る。するとそこには、1羽の白いハトが居るではないか。

 これには彼に疑いの目を向けていた観客も歓声を上げざるを得ない。青年が観客の掌の上にハンカチを乗せた時間は本当に一瞬、観客の手が布の感触を感じ取ったかどうかと言う瞬間にハンカチを取り払った時、そこにはハトが居たのだ。
 これは流石に認めざるを得ない。

 一頻り拍手と歓声を受けた青年は、最後にハトを片手に優雅に一礼すると次の瞬間彼の足元から白煙が上がり、彼の姿を覆い隠す。

 煙が風に流され視界が晴れると、そこには『thank you』と書かれた紙を咥えたハトだけが残されていた。

 少し離れたところから響く歓声、それを聞いた青年──颯人は小さく笑みを浮かべると、誰にも悟られることなくその場を離れるのだった。

「さ~て、この近くだったよな。待ってろよ、奏」

 彼はリディアン音楽院に向け歩き出す。全ては、2年前の約束を果たす為に。




 ***




 ところ変わってここはリディアンの地下に存在する、特異災害対策機動部二課の本部。その一角にある休憩スペースにて、司令の弦十郎がエージェントの1人である緒川とコーヒー片手に雑談に興じていた。

 話題は主に“3人”の装者についてだ。

「どうだ? 最近のあの3人は?」
「悪くない感じだと思います。奏さんはまだちょっと彼女に負い目がある感じですが、翼さんは逆に彼女を鍛える事に意気込んでるみたいです」
「ははっ、そうか。翼に気に入られるとは、響君も苦労するだろうな」

 現在二課に所属している装者は全部で3人。以前から所属していた奏と翼、そして最近になって偶発的に装者となった、立花 響である。

 この響、2年前にツヴァイウィングのライブで起こった事件で奏たちに助けられたあの少女である。あの後奏達と共に病院に搬送され、治療を受けた彼女は無事退院していた。

 尤も、退院後に待っていたのは生存者に対する迫害であり、彼女と彼女の家族もその例に漏れず周囲からの迫害に苦しめられた。おかげで彼女は父親が突如として蒸発するなど心に傷を負う事になってしまったが、それでも彼女は真っ直ぐな心を保ち続けていた。

 その最大の理由は、あの事件の後に奏が生放送番組に乱入して日本全国に向けてアーティスト生命を賭けて切った啖呵である。
 大局的には大きな影響を及ぼさなかったあの啖呵も、部分的には大いに効果があった。

 それが顕著だったのは、響と歳の近い年齢の少年少女である。良く言えば多感であり感受性豊か、悪く言えば流されやすい彼ら彼女らは、あの奏の啖呵により徐々にではあるが響への態度を軟化させつつあった。

 それでも中には依然として響を貶める輩は存在した。

 が、そんな彼女を放って置かない者達が現れだした。

 それまで迫害の輪には参加せず傍観を決め込んでいた者達や、理不尽を感じつつも異を唱えることで自分にとばっちりが来ることを恐れて行動しなかった者達だ。
 特にとばっちりを恐れていた者達は、奏の言葉で自分達が間違っている訳ではないと考え積極的に響を庇う様になっていったのである。

 加えて響自身が学内での迫害に対し毅然とした態度で臨むようになってからは、虐めも次第に終息しだし少なくとも表立って響を貶める輩は形を潜めるようになった。

 流石に周辺住民からの迫害はそこまで減る事はなかったものの、それでも響は周囲の迫害に負けない強い心を持つことが出来るようになったのだ。

 だからだろうか。偶発的とは言えシンフォギアの装者、それも奏と同じガングニールの装者となり二課に助力することとなった響は奏によく懐いていた。
 ファンとしての憧れもあるのだろう。だが恐らく何よりも、彼女が奏に強い信頼を向けるのはあのライブ会場で助けられたことが起因しているに違いない。

 当の奏本人は、自らの力不足により負傷させてしまった上にノイズとの戦いに巻き込んでしまった事に対して負い目を感じているようではあるが。

 そんな3人は、現在二課本部施設のシミュレーターでの訓練を終え、訓練施設に隣接したシャワー室で汗を流したところだった。

 訓練の汗を流しさっぱりした3人は、更衣室で各々の衣服に着替えていく。

「ふぃ~。どうだ、響? 少しはギアの扱いにも慣れたか?」

 着替えの最中、奏が下着を身に着けながらここ最近の調子を響に訊ねる。

 二課に配属当初の響の動きは、正直に言って酷いにも程があった。敵を殴ると言う動作にしたって素人感丸出しで見ていて危なっかしい。

 故に、奏と翼は極力響を実践に出すことは控え、今は戦い方を叩き込むことに専念した。まだアームドギアさえ出せていない彼女には、危険と隣り合わせの実戦は早すぎる。

「あはは、正直まだ分からない事だらけです。アームドギアなんか、全然出せる気配もないし。でも、お2人について行けるように、私頑張ります!」
「よく言った立花。なら、次からはもっと厳しく鍛えてやろう。泣き言は聞かないからな」
「うえぇっ!?」
「あっはっはっ! 墓穴掘ったね、響。ま、安心しな。あたしも付き合うからさ」

 笑いを交えながら談笑する三人の様子から容易に窺えるが、3人の仲は良好である。

 響がガングニールの装者となった当初こそ、奏は諸々の責任感から彼女を巻き込むことに難色を示していたが、彼女自身の強い希望で仲間として迎え入れることが決まってからは一転して先輩として甲斐甲斐しく面倒を見ていた。

 また翼は翼で、奏と同じガングニールを纏っているからか響をそれに相応しい戦士に育て上げようと気合を入れて接していた。
 彼女の扱きは厳しく、響は口では何度も弱音を吐いていたが2人について行きたいと言う気持ちは本物なのか、何だかんだで翼に課せられたハードな訓練にも耐え続けている。

 奏がそれとなく緩衝材となって、適度に訓練の手を緩めさせている事も理由の一つかもしれない。

 とにかく、組んで間もないが3人はチームとして割と纏まりつつあった。

 そんな3人が和気藹々としながら着替えていると、突然馬の(いなな)く声が3人の耳に入った。

「ヒヒーンッ!」

「んん!? 何だ今の?」
「馬の声? ですよね?」
「でも、こんな所に馬なんて…………ん!? 奏、足元ッ!?」
「えっ?」

 明らかに場違いにも程がある馬の声に、困惑しながら周囲を見渡す3人。その中でそいつの存在に真っ先に気付いたのは翼だった。

 彼女の声に奏が自身の足元を見ると、そこには奇妙な奴がいた。

 それは一見すると手の平サイズで青いプラスチックか何かで出来た馬の様であった。だがそれの頭部には体のサイズに不釣り合いな大きさのナイフと言うか剣と言うか、とにかく刃物のような形状をしたパーツが付いているのだ。

 その姿を一言で言い現わすならば、ユニコーンと言うのが最も適切だろう。ただし、角に当たる部分のパーツだけが妙にアンバランスだが。

 そして、その手の平サイズの青いユニコーンの玩具の様な奴は、口にメモ用紙の様なものを咥えていた。

「な、何だ此奴?」
「おぉ、可愛いッ! ここってこんな物もあるんですね?」
「いえ、私達もこんな物は初めて見るわ。ドローンの類とも違うようだけど……」
「つか此奴、何咥えてんだ?」

 着替え途中であるにも拘らず、青いユニコーンに夢中になる3人。

 そんな中で奏は徐にそいつが咥えているメモ用紙に興味を持ちそれに手を伸ばした。奏がそれを掴むと、青いユニコーンはあっさりと口を放した。一切抵抗がないどころかむしろ進んで渡してきた当たり、どうやらこれを渡すことが目的だったらしい。

 さて、ここで問題となるのは、このメモ用紙には一体何が書かれているかという事である。奏は若干警戒しながら、二つに折り畳まれたメモ用紙を開き中に書かれている内容を確認する。

 そこに書かれていたのは────

「『I'm back』? 何だこれ? ………………ッ!?」

 とある映画における俳優の台詞の一つ、それが書かれただけのシンプルなメモ用紙を用いた手紙に最初奏は首を傾げるだけだった。翼と響も同様だ。

 だがその下の方にある宛名らしきものを目にした瞬間、奏は思わず呼吸を止めた。

 そこにはこう書かれていた。『by HAYATO』…………と。

 次の瞬間、奏は自分の恰好も忘れて更衣室を飛び出した。

「旦那ぁぁぁぁぁッ!?」

 後先考えず飛び出した奏を、翼と響は慌てて着替えを終わらせ追い掛ける。

「ちょっ!? 待って、奏ぇぇッ!?」
「奏さんッ!? ちょっとストップ──ッ!?」

 2人の引き留める声も聞かず、弦十郎を探して走り回る奏。不幸中の幸いにも他の職員とすれ違ったりする事無く、思いの外早くに弦十郎の姿を発見できた。

「見つけたッ! 旦那、これ──」
「「ブゥゥーッ!?!?」」

 休憩スペースで寛いでいる弦十郎と慎次を見つけると一目散に駆け寄る奏が二人に声を掛けるが、彼女の姿を見た瞬間2人は口に含んでいたコーヒーを揃って噴き出した。彼らの突然の奇行に仰天する奏だったが、彼らの仰天は彼女の上を行った。

 何しろ────

「うわっ!? ふ、2人共どうした?」
「どうしたはこっちのセリフだッ!?」
「奏さん、なんて格好してんですかッ!?」
「恰好? あ――――ッ!?!?」

 慎次に言われて奏は漸く思い出した。まだ自分は着替えが完全に終わっていない事を。

 恐る恐る下を見ると、下半身は肌着以外何も身に着けていない。上半身は普段着のチューブトップまでちゃんと着ていたが、下半身が下着むき出しの状態でここまで飛び出してしまっていた事実に奏の顔が一瞬で茹蛸の様に羞恥で赤くなりその場にへたり込んでしまう。

 言葉も出せずその場に座り込んでしまった奏に遅れて現場に到着した翼と響は、急いで奏に残りの着替え一式を渡し物陰に引き摺って着替えさせた。

 数分ほどで着替えを終えた奏は、まだ顔を赤くしつつも先程掌サイズのユニコーンから受け取った颯人からの手紙を弦十郎に見せた。

「ほ、ほらこれ! 颯人からだ!」
「何ッ!? 明星 颯人君からかッ!?」

 奏から手紙を受け取り中身に目を通す弦十郎。慎次も横から覗き込むが、シンプル過ぎて判断に困る手紙の内容に困惑した様子を見せる。

「I'm back……って、これだけですか?」
「これは、あるアクション映画における台詞の一つだな。意味はそのまま、『戻ったぞ』だ」

 何故態々英語表記でこんな手紙を寄越すのか理解できなかった奏たちだが、この中で唯一映画、その中でも主にアクション映画を嗜む弦十郎はそれがとある俳優の台詞であることに気付く。

 だが奏にとってはそれが誰のセリフかなんて重要ではない。問題は、その言葉の意味。戻ったぞ、と言う事は彼が帰ってきたと言う事。その事実に奏の顔が喜色に染まる。

「そ、それで? 何処に居るかとかは、分からないか?」
「これだけだとそこまでは、な」

 流石にこの一文だけで居場所まで特定することは出来ない。これでは何の為に手紙を寄越してきたのか…………。

 そこまで考えて彼女らは気付いた。そもそも、これを郵送などではなく直接渡してきたと言う事は、彼が近くに居ると言う事ではないのか? 

 つまり────

「ヒヒーンッ!」

 ここで先程奏に手紙を渡した掌サイズのユニコーンが再び嘶いた。その声に全員がそちらを見やると、いつの間にそこに居たのか通路の先で青い小さなユニコーンが背を向け首だけをこちらに向けていた。

 見たこともないその存在に弦十郎と慎次が面食らう中、奏は迷うことなくそのユニコーンに近付いていく。

 彼女が近付くとユニコーンは逃げる様にその場を離れるが、ある程度距離が離れると足を止め再び奏の方を振り返った。その様子は田舎道で出会ったハンミョウの様、まるでついてこいと言っているかのようであった。

 奏は確信した。あのユニコーンについて行けば、颯人の元へ辿り着ける。

「行こう! あいつについて行けば、きっと颯人の所へ行ける!」

 迷わずユニコーンの後をついて行く奏に引き摺られる形でついていく弦十郎達。

 小さい体ながら意外と速い速度で通路を進むユニコーンに引き離されないようについて行く奏達だが、途中で弦十郎はある事に気付いた。

──この道……司令室に向かっているのか? ──

「叔父様、この道って……」

 隣を走る翼も気付いた。慎次も気付いている。気付いていないのはユニコーンを追い掛けることに夢中になっている奏と、訳も分からず走っている響だけだ。

 通路を進めば進むほど、その道が指令室に繋がっているように思えて仕方ない。だがもし司令室に颯人が居るのなら、司令室に詰めている誰かが連絡を寄越す筈だ。今司令室にはオペレーターの藤尭 朔也や友里 あおい、更には了子までが居る。

 誰からも何の連絡もない、という事は流石に司令室には居ないという事だろうか? 

 弦十郎がそんなことを考えていると、ユニコーンは徐に一つの扉の前で足を止め奏達が追いつくのを待った。彼女らが追いついた時、ユニコーンは再び嘶き、その扉を見て弦十郎と翼は顔を強張らせる。

 一行が辿り着いた場所は、司令室だった。

 ここで漸く奏もユニコーンが司令室に向かっていたことに気付いたが、今の彼女にそんなことはどうでも良かった。この先に颯人が居る、その事への期待が圧倒的に強い。

 ユニコーンが頭部の角で扉をつつく。まるで早く開けろと言っているかのようだ。それを見て奏は、高鳴る胸の鼓動を抑えつつ扉を開けた。
 この先に待つ者の姿に奏だけでなく弦十郎達も神妙な表情になりながら扉の向こうを注視し────

 火薬の弾ける音が奏達を包んだ。 
 

 
後書き
と言う訳で7話でした。

今作では、奏が生存しているので翼が大分穏やかです。少なくとも問答無用で響を認めようとしないなどという事はなく、純粋に未熟な戦士として、またいろいろな意味での後輩として認識し接しています。お陰で原作程ギスギスすることなく円滑な関係を築けています。奏の存在が2人の間のクッションとしての役割を果たしているという点も大きいですね。

さて、宣言通り次回以降は週一での更新となります。書き溜め分はまだ余裕がありますので、暫くは安定して週一更新できると思いますのでどうかご安心ください。

それでは本日はこれにて。来週のこの時間に会いましょう。 

 

第8話:再会のパフォーマンス

 
前書き
すみません、予約投稿しておくのを忘れて更新が遅れました。

どうも、黒井です。

今回より本格的に颯人がシンフォギアのストーリーに絡み始めます。まずはその出だし、彼と二課との出会いになります。さて彼は二課を相手にどのように接触するのか。 

 
 奏達が司令室に戻ってくる十数分前────

 弦十郎が席を外している間も、オペレーターの朔也とあおいは端末の前でノイズ出現などの異常がないか計器やモニターに注意を向けていた。と言っても有事と言う訳ではないから、そこまで張りつめているわけではない。

 2人から少し離れた場所にある端末では、技術主任の了子が装者達のデータと睨めっこしている。

 彼女が特に注目しているのは響のデータだ。
 響のシンフォギアは奏と同じガングニールだが、物は奏や翼の物と違い心臓付近にあるガングニールの破片からなっている。2年前の事件で、戦闘中に砕けた奏のガングニールの破片が響に力を与えているのだ。

 所謂融合症例と言われるもので、現時点でこれが確認されているのは響だけである。それ故に、今後どのような事態になるか全く想像できない為、こうして細目に異変がないかチェックしているのだ。

 今回も特に大きな問題はないと一度モニターから目を離し、椅子の背もたれに体重を預ける。長時間座っていたからか、背骨がボキボキと音を立てた。

「う~~、ん。うん?」

 背筋を伸ばした瞬間の得も言われぬ感覚に浸っていた了子。彼女が何気なく視線を端末の脇に向けると、一体何時の間にそこにあったのか淹れたてのコーヒーが入ったカップが置かれていた。

 はて、何時からこれはここにあった?

 見たところ淹れてからまだそう時間が経っていないようだが、誰かが近付いてきた気配は感じなかった。それが出来る人物を1人知ってはいるが、今この場にはいない。

 視線を周囲に向ければ、朔也とあおいの端末の脇にも同様に湯気の立つコーヒーの入ったカップが置かれている。その様子に違和感を覚えていると、了子と同じくコーヒーの存在に気付いた朔也が当たり前のようにカップを口に運んだ。

 中のコーヒーを一口飲んだ彼は、その熱さに思わずカップから口を離す。

「熱っ!? あおいさん、今日ちょっと熱いですよ?」
「え? 何が?」
「あったかいものですよ。今日のはあったかいものと言うより、熱いものですけど」
「だから何の話?」
「え? これ、あおいさんが淹れてくれたものじゃないんですか?」

 朔也の言葉に、了子も試しに自分の端末に置かれたコーヒーを一口飲んでみる。確かに熱い、正に淹れたてだ。普段人に出す飲み物の温度管理が完璧なあおいが出すものとは思えない。

「ちなみに友里ちゃんの所にもあるわよ」
「へ? あっ!? ホントだッ!?」
「い、何時の間にッ!?」

 ここで司令室に詰めている他のオペレーターも異変に気付いた。淹れたてのコーヒーは現在司令室に詰めている者全員に用意されていたのだ。
 幾ら何でも誰にも気付かれずにこんな事が出来る者居る訳がない。

 いや、一応居ることは居る。だが繰り返すがその人物は今この場には居ない。

 つまり、このコーヒーはこの場の全員が知らない何者かが淹れたという事であり────

「あ~、すみませんねぇ。俺、コーヒーとか熱いものはゆっくり冷ましながら飲むのが好きなもんで」

 突如司令室に響く男の声。了子らがその声が聞こえてきた方に目を向けると、そこにはカジュアルなスーツ姿の青年──颯人が扉の近くに佇んでいた。

 颯人の登場に、彼以外の全員が一斉に身構える。

「誰だッ!?」
「友里ちゃん、すぐ弦十郎君に」
「はいっ!」

 朔也たちが颯人を警戒している間に、了子の指示で弦十郎に連絡を取ろうと通信機を手にするあおい。

 だが通信が繋がるよりも早くに、颯人の右手がベルトのバックル──ハンドオーサーに翳された。

〈コネクト、プリーズ〉

 音声が響いた後颯人が右手を上げると、その前に赤い魔法陣が現れる。彼がその魔法陣に手を突っ込むと、あおいの直ぐ近くに同じ魔法陣が出現。

 そこから魔法陣に突っ込まれた颯人の手が飛び出し、あおいが手に取ろうとしていた通信機が持っていかれてしまった。

「なっ!?」
「ごめん、それちょっと勘弁して。気持ちは分かるけど、別にこの場の人達に危害を加えるつもりはさらさらないからさ」

 ね? と笑みを浮かべながら告げる颯人を、朔也達は警戒していた。何の気配も感じさせずに部屋に入った事は勿論、訳も分からぬ能力を見せられて冷静でいることは難しい。

 そんな中で、颯人の事をつぶさに観察していた了子はここで漸く彼の事を思い出した。

「あら、あなた……もしかして、明星 颯人君?」
「え? …………あっ!? そうだ、この顔ッ!?」
「言われてみれば見覚えが……」
「あら、俺って有名人? いや~、日本じゃまだ無名だった筈なんだけど、なんか照れるなぁ」

 了子の言葉に朔也達は2年前の事件の後監視カメラの映像に映っていた颯人の姿を思い出す。
 あの頃に比べてさらに大人びてはいるが、それでも全体的に大きな変化はないので言われてみればそれが彼であるという事に気付く事が出来た。

 だがだからと言って警戒は緩めない。彼が敵ではないだろうことは2年前に奏を助けたことで分かっているし、また彼が奏にとってどれほど大切な人物であるかと言う事も嫌と言うほど理解している。

 だが彼がこうして不法侵入していることは事実。その彼に対し、何の警戒もしないなどと言う事は出来なかった。

 そんな彼らの心情を理解しているからか、颯人は通信機を返すと徐に両手をパンと合わせた。

「イッツ、ショータイム!」

 そして次の瞬間、合わせた両手を離すとそこから数羽の白い鳩が飛び出した。突然の手品に、面食らう司令室に詰めていた二課職員達。

 彼らが手品に驚いている様子に颯人は楽し気に笑みを浮かべると、続いて何も持っていなかった筈の手からトランプのカードを1枚取り出した。ハートのQだ。

「ん~、そうだな…………よし。そこのお兄さん」
「え? 俺?」
「そうそう、こいつをどうぞ」

 颯人は周囲を見渡すと偶然目が合った朔也を呼び寄せ、手に持っていたハートのQを渡した。

 朔也は突然渡されたトランプのカードにどうすればいいのか分からず困惑した様子を見せるが、颯人はそんな彼を宥めて落ち着かせると取り敢えず渡したカードに何もおかしなところがないことを確かめさせた。

 カードに何の仕掛けもないことを朔也が確かめると、颯人は彼にそれを両手でしっかりと挟ませた。その状態で彼には下がってもらう。

 朔也が元居た場所にまで下がったのを見ると、彼に向けて一度指をパチンと鳴らし、次いであおいに向けて指をパチンと鳴らす。

「ん。お兄さん、もう手を開いてもいいよ」
「え? おぉ…………ぉおおっ!?」

 完全に流れを掴まれながらもとりあえず言われた通りに両手を開くと、確かに両手で挟んでいた筈のカードが影も形も無くなっていた。思わず落としたかと足元を見るが、カードは影も形もない。

 驚き慌てる朔也の様子を眺めつつ、颯人はあおいの上着の右ポケットを指さし自分の上着の同じ部分をポンと叩いた。
 彼のジェスチャーにまさかとあおいが上着の右ポケットに手を突っ込むと、そこから先程確かに朔也に手渡されたはずのハートのQのカードが出てきた。

「えっ!?」
「あらぁ~」
「をぉぉっ!?」

 何をどうやったかも分からないが、テレビなどでよく見るものと寸分違わぬレベルの手品に先程までの警戒はどこへやら、職員たちは突然始まったマジックショーに完全に目を奪われていた。

 彼らからの警戒が少なくなった頃合いを見計らって、颯人は本題を切り出した。

「さってと。いい感じに楽しんでもらえたところで…………ちょっと頼みたいことあるんだけど」

 突然そんなことを切り出した彼に、職員達の顔に再び緊張が走る。彼の手品にすっかり夢中になっていたが、思えば彼の目的をまだ聞いていなかった。その事を思い出し、彼が一体何を口にするのかと身構える。

 再び警戒の色を露にし始めた彼らに颯人は苦笑すると、再びコネクトの魔法で魔法陣に手を突っ込むとビニール袋を取り出した。彼がそれから取り出したものは────




 ***




 弾ける火薬の音、そして飛び交う色取り取りの細い紙テープに目を奪われる奏達。

 そんな彼女たちを見やり、颯人は満面の笑みを浮かべながら口を開いた。

「いよぉ~ぅ、ひっさしぶりだな奏! 約束通り、戻ってきたぜぇ!」
「は、颯人────!?」

 司令室に入るなり鳴り響いたクラッカーの破裂音。上を見上げれば『ただいま奏 & 初めまして特異災害対策機動部二課』と書かれた横断幕が掛けられている。

 その光景に響は、自分が初めてシンフォギアを纏いそしてここ二課の本部に連れてこられた時のことを思い出す。あの時は訳も分からぬまま手錠で両手を拘束されたまま連れてこられて、そうしていきなり歓迎されたことに目を白黒させたものだ。

 あの時は弦十郎が仕掛け人だったが、今度はその弦十郎が仕掛けられる側となっていた。まさかの事態に今度は彼の方が目を白黒させていたが、二課の司令としての立場が心を律し平常心を取り戻させる。

 今はとにかく聞きたいことが色々とありすぎる。ありすぎて軽く混乱するレベルだが、それを堪えて弦十郎は差し当たって今一番気になっていることを訊ねた。

 ──────────了子達に。

「了子君。それに藤尭に友里達まで、一体何をやっているんだ?」

 弦十郎達が部屋に入った瞬間、クラッカーを鳴らしたのは颯人だけではなかった。あの瞬間、司令室に詰めていた者全員が手にクラッカーを持ち鳴らしていたのだ。

 特に責められているわけでは──いや、翼は呆れと非難が混じった眼をしている──ないが、さりとて無視することはできない。

 弦十郎と翼、2人からの視線に居た堪れなくなった朔也が冷や汗を流しながら口を開いた。

「いや、あの~、なんて言うか……」
「ノリに乗せられて、と言いますか……」
「面白そうだったから」

 しどろもどろになりながらも弁明しようとする朔也とあおいに対して、了子はいけしゃあしゃあと面白そうだったからと口にする。全く本心を隠す気もないその様子に弦十郎と翼は揃って溜め息を吐く。

 その一方で、奏は颯人に詰め寄っていた。

「颯人ッ!? お前こんなところで何やってんだよッ!?」
「見りゃ分かるだろ? サプライズだよサプライズ。久々の再会が普通に会うだけなんてインパクトが少なくて面白くないだろう?」
「いや普通でいいじゃんかッ!? 了子さん達まで巻き込みやがってッ!?」
「馬鹿野郎、俺はエンターテイナーの息子だぞ! んな面白味の無い真似出来るかッ!!」
「また変な意地を……」

 颯人のエンターテイナーとしての拘りに、奏は思わず呆れの溜め息を吐いた。

 再会して早々に口喧嘩する2人に若干話し掛け辛さを感じながらも、何時までも放置するわけにはいかないので弦十郎は意を決して話し掛けた。

「あ~、ちょっといいか? 君は──」
「あぁ、あぁ、まぁまぁまぁお待ちなさいって。気持ちは分かるけど、今は俺の舞台だからさ。大丈夫、ちゃ~んと段取りは考えてあるから」

 弦十郎の言葉を遮って、やや芝居じみた様子で颯人はそう告げると、彼は両手を広げて司令室の中央へと向かっていった。ちょうど二課職員や装者達が作る輪の中心に立つ形だ。

 二課の者達の視線が自分1人に集まったのを見て、彼は右手に指輪を嵌めてハンドオーサーに翳した。

〈ドレスアップ、プリーズ〉

 音声と同時に彼はその場でくるりと一回転。次の瞬間には彼の恰好はカジュアルなスーツ姿からシルクハットを被ったタキシードに変わっていた。手にはステッキすら持っている。

 早着替えとかそんなレベルではない光景に目を見開く弦十郎達の前で、颯人は軽快にステップを踏みながら自己紹介し始めた。

「さてさて、俺の事を知ってる人ばかりみたいだけど、様式美ってことで傾聴願うよ。俺の名前は明星 颯人。世界的天才マジシャン明星 輝彦の息子さ」

 話しながら彼は徐に朔也に近付くと、手に持っていたステッキを両手の中に消し代わりにソフトクリームを出して朔也に手渡した。
 渡された物が本物のソフトクリームであることを少し食べて確認した彼は、驚愕に目を見開く。

「日本じゃまだまだ無名だが、こう見えても海外じゃそれなりに名が知れててね。その内こっちでも有名になる筈さ。サインが欲しくなったらいつでもどうぞ」

 颯人はそのまま隣のあおいの前に来ると、何もない筈のハンカチの下から小さめのテディベアを取り出しそれを彼女に手渡した。この短時間に既に何度も颯人の手品を見ているあおいだが、やはり目の前で見事なものを見せられると興奮するのか子供のように目を輝かせながらテディベアを受け取った。

「今日ここに来たのは奏との約束を守る意味もあるけど、それとは別にもう一つ。今後は俺もあんたら二課に協力をと思ってね。その方が奏と長く一緒に居られそうだからさ」

 今度は了子の前に来た颯人は、彼女の手を取りその上にハンカチを被せた。彼がハンカチを取り去ると、そこには一輪の花弁の多い桜色の花、ダリアと言う花があった。

「そう言う訳で、今後はお世話になるんで、以後宜しく」

 最後に彼は弦十郎の前に立ち、シルクハットを手に優雅に一礼して見せた。

 自己紹介を終え、満足そうにシルクハットを被り直す颯人。

 対する二課職員達は誰も言葉を発さない。理解が及ばないとか引いているとかいう訳ではなく、純粋に圧倒されていたのだ。威圧されたという訳でもない。
 ただただ単純に、一つの舞台が終わった直後の様な雰囲気に動いたり言葉を発したりすることが無粋なように思えたのだ。

 誰も何も言葉を発さない中、まず真っ先に口を開いたのは奏だった。

「…………とりあえず言いたい事や聞きたい事は色々ある。もちっと普通に会いに来られなかったのかとか、事前に連絡の一つも寄越せとか」
「普通は無理。さっきも言ったけど俺はエンターテイナーの息子だ。連絡の方も、折角の再会なんだしインパクトあった方が良いかなって」
「まぁそこはもういいよ、お前に普通を求めても意味がないって事は昔から分かり切ってたことだし。だからこれだけは言わせろ」

 奏はそこで言葉を区切った。本当はもっといろいろと話をしたい。彼と離れ離れだった間に起こった出来事が沢山あるのだ。

 だがそれは今ではない。今後は彼と話す時間はこれでもかと言うほどあるのだ。

 であるならば、口にすべき言葉は決まっている。奏は万感の思いを胸に、今までずっと言いたくても言えなかった言葉を口にした。

「お帰り…………颯人」
「あぁ。ただいま…………奏」

 ずっと言いたくて、ずっと言われたかった言葉を交わした2人。

 漸くその言葉を互いに言い合えた2人は、どちらからともなく柔らかな笑みを浮かべるのだった。 
 

 
後書き
今回は以上です。

多分この展開をやる人は誰も居ないと思う。弦十郎を相手に逆にサプライズを仕掛ける主人公は、多分シンフォギア二次創作界においては彼が初めてかもしれない。

次回はこの作品におけるウィザードの設定の説明が主になります。原作仮面ライダーウィザードとは大幅に変更している点もあるので正直受け入れられるか不安が大きいですが、楽しんでいただけますと幸いです。

それでは来週のこの時間にお会いしましょう。

感想その他お待ちしてます。それでは。 

 

第9話:魔法使いとは?

 
前書き
どうも、黒井です。

今回より週一更新になります。書き溜めがありますので当分は安定して週一更新できるかと。

さて、今回はこの作品における魔法使いや魔法がどういうものなのかの説明になります。独自設定マシマシです。 

 
 互いに再会の挨拶を交わし合った颯人と奏。長い間満足に会うことも出来なかったが故に2人の間に流れる空気に、他の者達は誰も口出しすることが出来ずにいた。

 そんな雰囲気を察してか、颯人は空気を切り替えるかのように両手を叩いた。

「はいはい、しんみりした空気はこれでお終い! 元々今日は奏含めて皆が疑問に思ってることに答えることも目的にしてきてるんだから、気持ち切り替えていこ!」
「…………と言う事は、君が先程から使っている魔法とやらの事も教えてもらえると見て良いんだな?」
「もちろん。つっても質問の内容によっては答えられないのもあるかもしれないけど。とりあえず気になってることは何でも聞いてみることをお勧めするよ」
「じゃあとりあえず、その魔法って力の事を教えてもらえるかしらん?」

 どんな質問もウェルカムと言う雰囲気の颯人に、まず真っ先に質問したのは了子だった。やはり研究者である彼女としては、颯人の使う魔法が気になって仕方がないのだろう。何かを訊ねようとする弦十郎の言葉さえ遮って質問を口にした。

 了子からの予想通りの質問に颯人は満足そうに頷き口を開く。

「魔法ってのは、簡単に言えば全ての人間が持つ隠された力って奴だな」
「全ての人間? ちょっと待てッ!? 全ての人間だとぉっ!?」
「それって、俺たちも使えるって事かッ!?」

 早くも投下された爆弾発言に、司令室に動揺が走る。そりゃそうだろう。あんな能力が実は誰でも扱えるものだと言われれば、冷静ではいられない。

 この短時間でも、颯人は魔法で空間を繋げて離れた位置にある物を取り寄せたり、一瞬で服装を変えてみせたりした。過去に使われた魔法に至っては、瞬間移動に空間を爆発させるなどその力は圧倒的だ。

 誰もがこの力を使えれば、文字通り世界が変わるだろう。

 だが、何事もそう上手い話がある訳がない。

「いやぁ、残念ながら誰でも使えるって訳じゃないんだなぁ」
「え? だって、全ての人間が持ってるって……」
「誰でも持ってるのは確かだよ。ただ大抵の人間はその魔法を使う為の魔力の栓が閉まってるから使えないんだよ」

 より正確に言えば、生まれたばかりの赤ん坊は栓が少し開いており、成長するに従って徐々に栓は閉まっていく。子供が不思議な事を言ったり子供の頃に不思議な体験をしたりすることがよくあるのは、この僅かに開いた栓から漏れ出る魔力の影響である。

 成長するに従って栓は閉まっていき、大人になると完全に閉まってしまう。故に、大人にとって子供の口にする不思議な体験などは思い込みや妄想として片付けられるのだ。

「ただ、大人になっても極稀にこの栓が少し開いてる場合があるんだよ。そういう奴が、俗に言う超能力者とか霊能力者って言われるんだな」
「だが、ではどうやって君や君と行動を共にしていたウィズは魔法が使えるんだ?」

 これも当然の疑問だ。誰もが持っていながら使うことが出来ない力を、颯人やウィズはどうして使うことが出来るのか? 少し魔力が扱えるだけでは、彼やウィズのようなことは出来ないのだろう事は容易に想像できた。

 その質問が出た時、颯人は少し口籠った。いや、この事も話して大丈夫な内容に入ってはいるのだが、ここから先は少し悪い意味で刺激が強いのだ。故に、簡単に口に出すことはどうしても憚られる。

 とは言え、話さない訳にもいかないので颯人は少しだけ考える素振りを見せてから彼がどうして魔法を扱えるのかを話した。

「簡単さ。魔力の栓を強引にこじ開けたんだよ」
「こじ、開けた?」
「そ。サバトって儀式でね。サバトを行う事で人間の中にある魔力の栓はこじ開けられ、魔法を扱うことが出来るようになるのさ…………生き残れればね」
「生き残る? ちょっと待て!? それ死ぬ可能性あるのかッ!?」

 颯人の言葉に奏が喰いついた。案の定な反応に颯人は明後日の方を見ながら引き攣った笑みを浮かべる。

「ま、ね。大昔は違ったらしいけど、今の時代の人間にとって魔力は必要のない物になっちまった。その状態に慣れ過ぎて適応した人間の体は、過剰な魔力に耐え切れなくなっちまったのさ。だから現代人の体は本能で自主的に魔力の栓を閉じちまうんだと」
「魔力が人体に悪影響を及ぼす…………それでも颯人君が魔法を扱えるのは、体が魔力の悪影響を受けないものに変異しているからね?」
「ご名答。噂に違わぬ頭の回転の良さだね。殆ど正解だよ」
「ふふ~ん!」

 流石の了子の理解力に颯人は舌を巻き、拍手を送る。

 実際、颯人が魔法を使える理由は大体了子の言う通りだった。
 サバトを行い魔力の栓をこじ開けられた人間は、素質が無ければ急激に全身を巡る自身の魔力で体が崩壊してしまう。仮に素質があっても、一気に解き放たれた自分の魔力に耐えきることが出来なければ結局待っているのは残酷な死だ。

 魔力を扱える者────即ち魔法使いは、その死の運命を覆し自らの体を魔法が使えるものに変化させることが出来た者の事を指すのである。

「つまり君はサバトを行い、死ぬリスクを冒して魔法使いになったと言う訳か?」
「一応言っておくと、ウィズ曰く俺の場合は死ぬ可能性は低かったらしいけどね」

 魔法使いになる為に必要なものは主に素質と強い精神力が求められた。素質がなければ解き放たれる魔力に耐え切れないし、精神力が弱ければ魔力が解き放たれる苦痛に心が耐え切れず肉体も朽ちる。

 これら全てを満たした颯人だからこそ魔法使いになれたのだ。

 颯人は見た目や態度だけで測れるような人間ではない。その事を理解した二課職員達の彼を見る目が変わった。中には恐れに近い目を彼に向ける者も居た。

 そんな中、彼に近付く者が居た。奏だ。彼女は足早に彼に近付くと、何の警告も無しに彼の頬を容赦無く引っ叩いた。
 颯人はそれを避けも防ぎもせず、大人しく引っ叩かれた。

 突然の暴力に対し、颯人は驚くほど穏やかな表情だった。まるでそうされるのが当然であるとでも言うかのような様子だ。

 引っ叩かれたことで微妙に明後日の方を向いていた彼は、小さな溜め息と共に奏の方に顔を向けた。そのあまりにも穏やかな目に、その異質さに多くの者が息を呑む。

 ただ1人、奏を除いて…………。

「お前──!? 何でそこまでしてッ!?」
「カッ! それ奏が言う? 知ってるよ、奏がシンフォギアってのを扱えるようになる為に、劇薬を過剰投与して生死の境を彷徨ったって事」
「ッ!? お前、どこでそれを?」
「ウィズ経由で。ま、この件に関してはお互い様って事でいいじゃねえか。俺はお前の為に、お前は俺の為に命を掛けた訳だ。おっと、こいつは相思相愛って奴かな? おっちゃんどう思うよ?」
「むっ!? 俺か? いや、いきなりそんなこと聞かれてもな…………そっちに関しては俺も経験ないし…………」

 突然話を振られて狼狽える弦十郎。実際彼には恋愛経験はないので、この手の話を振られても答えることは出来ない。
 尤も今のは別に答えを求めて話を振った訳ではないので、答えてもらえなくても問題はなかった。狼狽える弦十郎の様子に颯人はおどけた笑みを浮かべた。

「はっはっはっ、だろうね。おっちゃんてそういう方面には疎そうな見た目してるし」
「そ、そんなに分かり易いか?」
「これでも人を見る目はある方だと自負しててね」
「おいっ! 話を逸らすなッ!?」

 先程と全く関係のない話を続ける颯人に業を煮やした奏が掴み掛る。胸倉を掴みそのまま壁に押さえつける奏を、翼と響が慌てて宥めた。

「奏ッ!?」
「奏さん、落ち着いてくださいッ!?」
「落ち着けだぁッ!? 落ち着いて、こ、こん、ッ!? く、う…………」

 最初は感情のままに動いていた奏だったが、翼と響の2人に必死に宥められ、更にはあまりにも穏やかな颯人の顔に勢いを失ってしまう。

 動きの鈍った奏を翼と響が引っ張ろうとするが、それよりも早くに颯人が逆に奏を優しく引き寄せた。

「分かるよ、お前の気持ちも。だから後でな。後でゆっくり話そう」

 一切の悪ふざけもなく、真摯に告げる颯人に奏はそれ以上何かを言う事は出来なかった。何かを堪える様に俯き、小さく頷くとゆっくり彼の胸倉から手を離した。

 翼や弦十郎達が見守る前でゆっくりと自分から離れていく奏を見て、颯人は続きを話そうと口を開く。

 その直前に、司令室内に警報が響き渡った。

「ッ!? 何事だッ!!」

 一瞬で頭を二課の司令官としてのものに切り替えた弦十郎の言葉に、警戒の為に持ち場に戻っていたオペレーターの1人がノイズの出現を報告した。

「ノイズ出現! 場所はリディアンより距離500ッ!」
「ええい、このタイミングでかッ! 奏、翼! 響君はどうだ?」
「形にはなってるよ。後は少しずつ実戦に慣らせれば」
「よし、ならば今回は響君も出動だ。ただし、必ず2人の内どちらかと行動を共にするように!」
「はい!」

 弦十郎の指示の下、3人の装者は速やかに現場に急行する為司令室を後にしようとする。あおいを始めとしたオペレーター達も配置につき、彼女らのバックアップの準備は万全だ。

 その様子を、颯人は少し離れた所から暫し眺めると徐に右手の指輪を付け替える。そして司令室を出ようとしている3人の前に立ち塞がった。

「な、何だよ颯人?」
「退いてください。これから出動なんです」

 行く手を妨害するように立ち塞がる颯人に奏は困惑し、翼は不快な様子を露にする。響も突然の彼の行動に不安げな表情を見せている。
 そんな3人を颯人は至って自然に、しかし何処か芝居がかったようなおどけた様子で制した。

「あぁ、あぁ、まあまあまあ待て待て。さっきも言ったろ? 今日は俺の舞台だ。この程度のアクシデントも想定内ってな」
「舞台って、これは遊びじゃないんですよ!?」
「知ってるよ。2年前からね」

 言われて翼は、彼が2年前のライブの時にノイズと一時とは言え戦えていたことを思い出す。確かにあの時、彼は自らの命の危険も顧みず奏を救う為に危険を承知でノイズの蔓延る中に飛び込んでいった。

 だが今の彼からはどうしても戦う者としての気概と言うか、気張った様子が感じられない。それが翼に不信感を抱かせていた。

 言っておくと、翼は颯人には感謝していた。彼が居なければ、奏は2年前の戦いで命を落としていたのだ。それを防いでくれた、彼には感謝しかない。
 だからこそ、軽い気持ちで危険に飛び込んでほしくないのだ。恩人であるからこそ、命を投げ捨てるような真似をしてほしくない。

 その気持ちが一番強いのは言うまでもなく奏だ。彼女にとって颯人は心の防波堤とも言える存在、もしここで彼を失うようなことがあったら確実に彼女の心は折れる。奏本人が自覚しているかは定かではないが、翼はそれを漠然とだが感じ取っていた。

 故に、翼は颯人の行動を咎めているのだが、彼は全く意に介していない。気付いていないのか、敢えて気にしていないのか。

「ま、気持ちは分かるよ。俺が心配だって気持ちは痛いくらい分かる。だからこそ、見てほしい。俺の力ってやつをね」

 颯人の口ぶりから、弦十郎は彼が何をしようとしているのかを察した。彼はこのノイズの襲撃を自分の力を見せる為のデモンストレーションにするつもりなのだ。

 正直、興味がないと言えば嘘になる。2年前の時点で彼は手にした大型の拳銃一丁でノイズに対抗してみせた。
 加えて彼と行動を共にしていたウィズはその魔法を用いてノイズを圧倒している。
 と言う事は、彼はここで2年前以上の何かを見せてくれるだろうと言う確信があった。

 興味はある。それは了子も同じだった。だが果たして、知らないことの方が多い彼に任せてもいいモノかどうか。

 弦十郎が判断に迷っている間に、颯人は行動を起こしてしまった。

「それじゃ、奏達お三方を特等席へご招待だ。二課での俺の晴れ舞台、しっかり目に焼き付けてくれよ!」
〈テレポート、プリーズ〉
「なっ!? おい待てッ!?」

 弦十郎の制止も空しく、颯人は奏、翼、響の3人を伴ってノイズ出現現場へと転移してしまった。4人が消えた場所を見て歯噛みしつつ、弦十郎は視線をメインモニターに目を向ける。

 ノイズ出現現場をドローンで撮影した映像を映すメインモニター。そこには今正に転移したばかりの颯人たちの姿が映し出されていた。 
 

 
後書き
と言う訳で第9話でした。

くどいようですが、この作品のウィザードは独自設定マシマシとなっておりますが、どうかご勘弁ください。仮面ライダーファンの方に怒られないか凄く不安ですが。

さて、次回はお待たせしました。いよいよ次回、颯人がウィザードに変身します。この作品におけるウィザードの初登場&活躍、どうかお楽しみに!

感想その他お待ちしています。 

 

第10話:マジックショー、開幕

 
前書き
どうも、黒井です。

今回は皆さん待ちに待った、颯人の初変身シーンです。 

 
 颯人の使ったテレポートの魔法により一瞬でノイズ出現地点に飛ばされた奏達は、最初自分たちが何処に居るのかを理解できなかった。

 が、少し周りを見渡して少し離れた所にノイズが居るのを見て、そこが今正につい先程ノイズが出現したと言われていた場所であることに気付き驚愕に目を見開く。

「こ、ここはッ!?」
「まさか、ノイズの出現地点ッ!?」
「えっ!? えっ!?」

 突然の状況に困惑する奏と翼、理解が追い付かずオロオロとする響。

 3人の様子を見て、颯人は小さな悪戯が成功した事を喜ぶかのような笑みを浮かべると右手の指輪を別の物に取り換えてベルトのバックルに翳した。

〈コネクト、プリーズ〉

 困惑しつつもシンフォギアを起動させようとする奏と翼、それに遅れる形で同じくギアを纏おうとする響の前で、颯人は赤い魔法陣に手を突っ込み2年前にライブ会場での戦闘に乱入した時の物と同じ大型の拳銃──ガンモードのウィザーソードガン──を取り出し、迫りくるノイズの集団に向けて数発発砲した。

 銃弾は真っすぐ飛んでいき、彼らの近くまで接近しつつあったノイズを次々撃ち抜いていく。

 それを、この時初めて目にした響は信じられないと驚愕に目を見開く。

「えぇっ!? 何で!? それ、シンフォギア?」
「うんにゃ、シンフォギアじゃないよ。ただの銃弾でもないけどね」

 この銃弾は銀魔法の銃弾と呼ばれるもので、言ってしまえば魔力を固めて銃弾としたものである。颯人の魔力がそのまま銃弾となっているので、基本的にリロードせずに魔力が続く限りは何発でも撃てる。

 とは言えこの程度でノイズを倒しきれるとは颯人自身思っていないし、これだけで倒すつもりも毛頭なかった。何しろこれだけでノイズを倒してしまっては、何のお披露目にもならない。
 そんな面白くもなんともない展開を、颯人は絶対認めなかった。

 故に、ここからは本気を出す。

「んじゃ、ウォーミングアップはここまでにしといて…………そろそろ本番、行くとしますか!」

 そう言うと彼は右手との指輪を別のものと交換した。腰のバックルと同じ形状の装飾の指輪だ。

 その間にもノイズは近付いてくるので、手近の奴から撃ち抜いていく。

 そしてある程度近場が片付いたところで、彼は右手をハンドオーサーの前に翳した。

〈ドライバーオン、プリーズ〉

 彼が右手を翳すと、ハンドオーサーを起点にして腰の周りにベルトが形成される。ウィズが装着している物に非常によく似ているが、黒に銀のラインが入ったあれに比べて彼のベルトはハンドオーサー以外銀一色だ。

 突然彼の腹に巻かれたベルトを奏達が注目しているが、彼はそれに頓着することなくノイズの迫る方に体を向けると、ハンドオーサーの左右にあるレバーを操作しそれまで右手の形をしていたハンドオーサーを左手の形に変えた。

 瞬間、ベルトから歌が流れる。

〈シャバドゥビタッチ、ヘンシーン! シャバドゥビタッチ、ヘンシーン!〉

 奇妙な歌が流れるの中、颯人は左手に白いハンカチを被せる。一秒にも満たない刹那の時、颯人がハンカチを取り去るとそこには中指に装飾が赤い宝石の指輪が嵌められた左手があった。いつもながらの見事なスピードマジック、だがそれに拍手を送るものは誰も居ない。

 手品に何の反応もない事に少しつまらなそうにしながら、彼は中指に嵌めた指輪の装飾を動かした。まるでカバーを掛ける様に装飾を動かすと、指輪の装飾がまるで仮面の様な見た目に変わった。

 そして彼は、その言葉を口にする。愛する者を守る為、己の身を変える為の呪文を。

「変身」
〈フレイム、プリーズ。ヒー、ヒー、ヒーヒーヒー!〉

 呪文と共に左手をハンドオーサーに翳し、その手を真っ直ぐ真横に上げた。すると左手の先に赤い魔法陣が現れ、ゆっくりと移動して彼の体を通過していく。

 光と炎で描かれた魔法陣が彼の身を通過したその時、彼の姿は変わっていた。

 カジュアルなスーツは黒いロングコートに変わり、頭は銀の縁取りがされた赤い宝石のような仮面で覆われている。

 弦十郎達二課の者達は、モニター越しにその姿を凝視していた。シンフォギアとは異なる、未知なる力を。

 その未知なる力を最も間近で感じているのは言うまでもなく奏達だ。颯人はまだ姿を変えただけだと言うのに、その身からは今までに感じた事のない力強い何かを彼女たちは全身で感じていた。

 3人は直感した。あれが魔法なのだと。

 自然と、奏の口は動いていた。

「それは……その姿は…………?」
「ウィザード…………魔法使いウィザードさ」

 奏の問い掛けに、颯人──ウィザードは仮面の奥で自信に満ちた笑みと共にそう告げた。

「さぁ、タネも仕掛けもないマジックショーの開幕だ」

 迫りくるノイズの群れを前に、ウィザードは余裕を感じさせる声色で告げるとウィザーソードガンを構え引き金を引く。次々と放たれる銃弾がノイズを撃ち抜き、炭素の塵へと変えていった。

 だがノイズが居るのは地上だけではない。上空にも飛行型のノイズは居る。無数の飛行型のノイズ、フライトノイズが上空から体を捻りその身を槍の様に変えて一気に地上のウィザードへと突撃していく。

「ッ!? 颯人、上だッ!」

 上空から迫る危機を奏が警告する。それにウィザードは上を見上げ、迫る脅威を確認すると慌てず騒がず右手の指輪を別の物に付け替えて新たな魔法を発動した。

〈ディフェンド、プリーズ〉
「よっ!」

 ウィザードが真上に手を翳すと、魔法陣と共に炎の壁が形成されノイズの突撃を防ぎながら焼き払う。その間にもフライトノイズが更に上空から彼に突撃するが、炎の障壁はその何れをも防ぎ逆に炭化させていった。

 だが上への防御に集中し過ぎたのか、他の地上を移動するノイズの接近を許してしまう。カエル型や人型のノイズがウィザードに迫り、周囲から攻撃しようとする。

 あれは銃撃だけでは凌ぎ切れない。そう判断した奏と翼がシンフォギアを纏おうとした。

 だがそれは早計だった。
 ウィザードは接近したノイズが銃撃では迎撃が間に合わないと瞬時に判断すると、ウィザーソードガンのグリップを銃身に対して真っすぐになるように倒した。すると折り畳まれていた刀身が伸びて一本の剣──ウィザーソードガン・ソードモード──に変形した。

 そのまま彼は周囲に近付いてきたノイズを次々と切り伏せる。

 射撃、防御に加えて今度は剣を用いての接近戦。しかも剣だけでなく蹴り技まで用いてノイズを全く寄せ付けない。しかも彼はまるで舞台の上で踊っているかのように、軽くステップを踏みながら時にフェイントを混ぜてノイズを翻弄しているのだ。

 明らかに戦い慣れた様子に奏は彼から目が離せない。それは翼も同様であった。ただし両者の目が離せない理由は全く別の物だ。

 奏は、幼馴染の意外では済まされない一面に衝撃を受けて。

 翼は、新たな強者の存在に闘争心を刺激されて。

 因みに響もウィザードの戦いに目を奪われていたが、それは2人の様な複雑な思いからくるものではなく純粋にシンフォギア以外の力によるノイズとの戦いに圧倒されただけである。

 その後もウィザードは剣技に銃撃、更には多様な魔法を織り交ぜてノイズを仕留めていく。

〈バインド、プリーズ〉
「ちょっとじっとしてな!」

 時には魔法陣から鎖を出してノイズを拘束し────

〈コピー、プリーズ〉
「「もう一丁」」
〈〈コピー、プリーズ〉〉
「「「「死角は無しだ!」」」」

 時には自分と全く同じ動きをする分身を作り出して円陣を組み、自身を取り囲むノイズを一掃したりした。

 そうこうしていると、気付けば残るノイズは大型の巨人型ノイズのみとなっていた。巨人型は、その長い腕を振り下ろしてウィザードを叩き潰そうとしてくる。

〈ビッグ、プリーズ〉
「よぉっ! ぬぅぅぅぅっ、どりゃぁぁぁっ!!」

 デカいものにはデカいものをとばかりに、ウィザードは自らの腕を魔法で大きくし巨人型の腕を受け止め逆に押し返した。まさかの反撃にたたらを踏むノイズ。

 この期に及んで体の一部とは言え巨大化までして見せた彼に、奏達は最早驚くこともしない、と言うかできない。

 その様子を肩越しにチラリと見て、3人(観客)の反応が悪くなったと見た彼は勝負を決めに掛かった。

「そろそろ幕引きかな」

 呟きながらウィザードはソードモードにしたウィザーソードガンの左側に付いている、握り拳のハンドオーサーを開かせる。

〈キャモナ・スラッシュ・シェイクハンズ〉

 拳を開かれ手の平となったハンドオーサー。詠唱が鳴り響く中、ウィザードはハンドオーサーに左手を翳した。ちょうど握手する形になる。

〈フレイム! スラッシュストライク! ヒーヒーヒー! ヒーヒーヒー!〉
「はぁぁぁぁ……」

 ウィザードがハンドオーサーに手を翳すと、刀身に赤い魔法陣が展開され炎に包まれる。炎を上げる刀身の剣を構え、巨人型ノイズを見据えるウィザード。

 そして、巨人型が立ち上がろうとした時、彼は巨人型に向けて駆けながら魔法を使用した。

〈バインド、プリーズ〉

 彼が魔法を使用すると、巨人型ノイズとの間の上空に赤い魔法陣が出現。そこから伸びた鎖は巨人型ノイズではなくウィザードの方に向けて伸びた。

 彼はそれに特に驚くことなく、寧ろ自分から伸びてきた鎖に左手を伸ばすとその手に鎖を巻き付かせた。

 左手に鎖が巻き付くと、ウィンチで巻き取られるように彼の体は上空に引き上げられていく。更には走る勢いがそのまま乗り、ウィザードはまるで振り回される振り子のように巨人型ノイズに向け引き上げられていった。

 そしてある程度距離が近付くと、彼の体は鎖から解き放たれ巨人型ノイズに向けて飛んでいく。一気に近付く巨人型ノイズ、ウィザードはそれに臆することなく手にした燃え盛る剣を振り下ろした。

「ハァッ!!」

 刃を振り下ろした瞬間、赤く燃え滾る斬撃が一直線に巨人型ノイズを切り裂いていく。燃え滾る斬撃は、見上げんばかりの巨体を誇る巨人型ノイズを脳天から股下まで縦一文字に切り裂いた。

 真っ二つに焼き切られ、切断面から灰となって崩れ落ちていく巨人型ノイズ。

 その様子を一瞥してからウィザードは構えを解き、踵を返して奏達の所へと戻っていく。未だ手に持ったウィザーソードガンの刀身で左手をポンと叩き、溜め息一つと共に変身を解除した。

「ふぅん。ま、こんなもんかな?」

 正に一仕事終えた、と言う感じの様子で奏達と合流する颯人。その彼の姿を、奏は若干悲しそうな目で見つめていた。




***




 颯人がノイズを倒し、奏達と共に二課本部に戻っていく。その様子を、ある場所で見ている者達が居た。薄暗いそこは、どこかの屋敷の中のようだ。

 その屋敷のある部屋の中に、3人ほどの人影が見て取れる。
 1人は椅子に座っており、1人はその人物の背後に控える様に佇んでいた。残る1人は少し離れた壁に寄りかかっている。

 椅子に腰かけている人物は、見た目だけで言えばウィズと瓜二つだった。ただ彼とは違い、身に付けているローブの色が夜闇のように黒い。

 ウィズと瓜二つの姿をした人物の前には、鏡のようなものが宙に浮いており颯人達の姿を映している。

 3人は暫しその光景を眺めていたが、颯人がテレポートで姿を消すとウィズ似の人物が手を軽く振った。すると鏡のようなものは空気に溶ける様に消え、最低限の照明しかない部屋は一気に暗さが増す。

 互いのシルエットしか見えないほどの薄暗さの室内。そんな中で、それまで椅子の近くで立っていた人物が右手を腰のバックルに翳した。

〈イルミネーション、ナーウ〉

 ウィズの物と同じ音声が響くと同時に室内の照明に明かりが灯り、一気に明るさが増す。

 室内が明るくなったところで、部屋に明かりを灯した人物が口を開いた。どこかアラビア風の衣服に身を包んだ、長い黒髪の美女と言って差し支えない人物だ。

「ウィザード…………もうこの日本まで来ていたとは」
「へっ! そりゃ来るだろうさ。あいつとウィズは俺達がよほど邪魔らしいからな」
「正確には、ウィズが我々を排除したいのだろうさ」

 美女の言葉に髭を生やした粗野な男が獰猛な笑みを浮かべながら答え、椅子に腰かけた人物──声からして男がそれに付け加える。

 椅子に腰かけていた男は立ち上がると、背を向けたまま背後の女性に指示を出した。

「まぁ、日本でも我々の邪魔をしてくるというのならそれでも構わん。邪魔立てするなら排除するまでよ。ヒュドラ、部下を招集しておけ」
「りょ~かい」
「メデューサは引き続き例の奴の捜索を続けろ。日本に居る事は確実なのだ」
「畏まりました、ミスター・ワイズマン」

 ウィズと瓜二つの人物…………ワイズマンの言葉に、ヒュドラと呼ばれた男とメデューサと呼ばれた女は恭しく頭を下げ部屋を出ていった。

 2人が出ていくのを見て、1人部屋に残されたワイズマンは再び椅子に腰かけ軽く上げた右手を静かに下ろした。

 するとそれを合図に照明が一斉に消え、ワイズマンの姿は闇の中に消えていくのだった。 
 

 
後書き
はい、という訳で第10話でした。楽しんでいただけましたでしょうか。

今回は颯人の初変身&戦闘シーン。とは言え相手はただのノイズのみなので、ちょっと薄味気味。ウィザード原作で言えば、第一話冒頭の対グール戦みたいなものです。今後更に濃厚で見応えのある戦闘シーンを描いていきたいと考えておりますので、どうかお楽しみに。

で、最後に登場したのはこの作品における悪の組織です。彼らが今後どんな出来事を起こすのか? それは今後の展開をお待ちください。

最後に、次回更新は折角の年末年始と言う事で大晦日と元旦の二日連続での更新を予定しています。時間は同じです。

感想その他お待ちしてます! それでは。 

 

第11話:今はまだ早すぎる

 
前書き
どうも、黒井です。

今年も早いもので本日で最後ですね。早いものです。

今回は2019年最後の更新になります。どうぞ 

 
 あの後、再びテレポートの魔法で奏達と共に二課本部に戻ってきた颯人は、司令室で早くも了子からの質問攻めに遭っていた。

 目下最大の質問内容は、やはりウィザードの事だった。

 特に、シンフォギアでもないウィザードがどうしてノイズに普通に攻撃できるのか? 誰もが当然のように抱く疑問を、言葉が物質化したのではないかと言うくらいの勢いで叩き付けられ、流石の颯人もその勢いにタジタジとなってしまった。

 だがこの質問も想定内、寧ろ来なかったら逆に不気味で仕方なかっただろう。

 しかし流石に何時までもノイズへの警戒と言う業務を疎かにする訳にはいかないので、今颯人の話を聞いているのは弦十郎と了子、装者3人の計5人であった。

 そこで彼は早速了子からの質問に答えた。

「んで、何でウィザードが…………って言うか魔法がノイズに普通に通用するかだけど…………」
「うんうん?」
「端的に言えば魔力ってのがそういう力を持ってるんだよね」
「と言うと?」
「早い話が、魔力は『あり得ない事をあり得る事にする』を可能にする力ってこと。こんな風にね?」
〈スモール、プリーズ〉

 言うが早いか颯人はスモールの魔法で自身を手の平大に小さくして見せた。

 精巧に作られたフィギュアかと言うほどの大きさの颯人がソファーの上で手を振る様子に、しかし流石にそろそろ颯人の魔法に対してある程度耐性が出来たのか期待していたほどの衝撃は与えられなかった。

 単純に感覚が麻痺しただけとも言えるだろう。
 この短時間でこれほど何度も物理法則を無視した現象を見せられたら、嫌でも慣れるというものだ。

 それに、物理法則の無視に関してはシンフォギアも決して他人の事は言えない。それこそ質量保存やエネルギー保存の法則すら無視しているシンフォギアも、見方を変えれば魔法と大差はないだろう。

 だがそんな中で了子は彼の言いたいことをここで理解した。よくよく考えてみれば、人間がそのままの姿を維持しながら体のサイズを縮小し尚且つ意識を保ち続けているというのは科学的に考えてあり得ないのである。

 端的に言うと、人間を含めた全ての生物の大きさは細胞の数で決まるからだ。

 細胞はそれ自体が生命体を構成する最小の大きさの物体であり、生命体そのものの大きさはこの細胞の数に左右される。もし現実に颯人を手の平サイズに縮小しようと思ったら、細胞の大きさはどうにもならない以上細胞の数そのものを減らすしかない。
 そしてそれをやった場合、必然的に脳細胞も数を減らされるので、結果を言うと縮小した時点で本来であれば彼の頭の中はパーになる。
 いや、パーになるだけで生きていれば御の字か。下手をすると生命を維持する事が出来なくなり縮小した時点で彼は死んでいたかもしれない。

 それが生きているという事は、科学的に見てあり得ない。それをあり得る事にしているのが、魔法と言う事なのだろう。そしてその原動力が魔力。

 あり得ないことをあり得る事にする。即ち、シンフォギアでないにもかかわらず位相差障壁による物理攻撃の無効化を無視(あり得ない事をあり得る事に)する事が出来たのだ。

〈ビッグ、プリーズ〉
「ま、こんな感じに」
「…………そうか、だからあの時ノイズに攻撃されても生きてたんだな」

 奏が思い出すのは5年前の事。

 あの時はいろいろあり過ぎてノイズの攻撃を受けた颯人が何故生きていたのかを深く考える余裕がなかったが、今にして思えばあれもあり得ないことだ。そういうあり得ないことを逆転させる性質を持ったのが魔力というものなのだろう。

 奏は漠然とそう理解した。

「な~るほどねん」
「すまん、了子君。もっと噛み砕いて説明することはできないか?」
「ん~と、つまりね────」

 その一方で、巨大化の魔法を使って元の大きさに戻る颯人を見ながら了子は魔法がノイズに有効な理由を理解し、今一理解が及んでいない様子の弦十郎に説明していく。

 その傍らで、颯人は成り行きで先程は奏達と一緒に連れまわした響が、2年前にライブ会場で起こったノイズの襲撃事件でウィズに助けさせた少女だったことを思い出していた。

「そう言えば君、響ちゃんて言ったっけ?」
「えっ!? あ、はい」
「その様子だと2年前のライブで会ってた事は覚えてないっぽいね。まぁ無事で良かったよ」
「へ?」

 あの時、既に響は辛うじて意識を保っていた状態だったので颯人やウィズの事までは覚えていなかったのだ。

 記憶にはないが、2年前の事件で彼にも助けてもらっていたらしいことを何となく察した響は、颯人の言葉に申し訳なさそうに頭を下げた。

「あの、すみませんよく覚えてなくて」
「いやいや、あの状況じゃしょうがないよ。それに直接助けたのは俺じゃなくてウィズだし、気にしなくても大丈夫大丈夫」

 奏と翼だけでなく自分も意外なところで接点が合った事を知り、その事を覚えていなかったことを素直に謝罪する響とそれを特に気にせず朗らかに接する颯人。

 だが2年前の事が話題に上がったことで、奏は当時彼に掛けられた魔法の事を思い出しそれを解くよう彼に詰め寄った。

「そうだ颯人ッ! 2年前あたしに掛けた魔法、いい加減解けッ!?」
「うん、だから嫌だって」
「何でッ!?」
「当たり前だろうが。無茶させるとやばい奴から無茶させない為の理由を取っ払う馬鹿がどこに居る?」

 この魔法は謂わば奏に対する枷だ。これがある限り彼女は絶対絶唱は使わないし、絶唱でなくとも無茶はしない。それが分かっているからこそ颯人はボンズの魔法を解かないのだ。

 だがそれは同時に、細やかなものであっても奏が受けたバックファイアなどの負担が颯人に全て流れていくと言う事でもある。自身にとっての希望を、自身の力で危険に晒らす。

 それが嫌だからこそ、奏は颯人に魔法の解除を要求しているのだ。

「あのなぁ、流石のあたしだっていい加減自分が無茶するのがやばいって事くらいちゃんと自覚してるっての。もうあんな事しないから、いい加減魔法解いてくれよ」
「ば~か、んな言葉に騙されるかっての」
「イテッ?!」

 強引に迫っても颯人は首を縦に振らないと見てか、奏はアプローチを変えた。即ち無茶しないことをアピールして油断を誘い、魔法を解除させようと言う作戦だ。

 だがこの作戦も颯人には読まれていた。彼女の性格はよく分かっている。口ではこんな事を言っても、いざと言う時になれば無茶をやるのは手に取るように分かった。分かりやすい嘘を口にした彼女を嗜めるかのように彼は彼女の額をペチンと叩いた。

「分かりやすい嘘ついてんじゃないよ」
「嘘なもんか!」
「嘘だよ。お前分かりやす過ぎるんだよ。だって顔に思いっきり嘘って書いてあるんだぞ、デコの所に」
「はぁ? んな訳あるか」
「本当だって。翼ちゃんとかに聞いてみな、うんって言うから」
「何言ってんだか。なぁ、翼?」

 何を世迷い事をと、奏は翼と響に同意を求めようと2人の方を見る。2人は彼女に同意しようと口を開いたが────

「――――ある」
「へ?」
「奏さん…………オデコに嘘って書いてあります」
「はぁっ!?」
「奏ちゃん、はいこれ」

 奏の顔を見て唖然としつつ颯人の言葉に同意した2人に、彼女はどういうことかと慌てて額に手を当てる。

 そんな彼女に話を終えたのか、了子が手鏡を彼女に見せ彼女にも自分の額が見えるようにした。

 果たしてそこには確かに、額に嘘と言う文字がしっかりと書かれていた。

「なぁぁぁっ!? 何だこれっ!?」

 まさかの光景に叫び声を上げる奏。

 何故こんなものがと額を擦ると、嘘と言う文字は滲んで形が崩れた。どうも水性のインクか何かで書かれたものらしい。

 そこで奏は気付いた。この文字が発覚する直前、颯人が自分の額を引っ叩いた事を。

 奏の表情が般若の様に歪み、ゆっくりと颯人の方を見る。

 彼女がそちらを見た時、そこでは颯人が明後日の方を向きながら肩を震わせ、ハンカチを差し出していた。
 やはりそうだ、これは彼が仕組んだことなのだ。恐らく、予め手にインクで嘘と書いておき、額を引っ叩く時その文字を押し付けたのだろう。

 それを理解した瞬間、奏の怒りが爆発した。

「颯人ぉぉぉぉぉぉっ!?」
「お~っとぉ!!」

 素早く颯人に掴み掛ろうとする奏だったが、それよりもコンマ数秒早く颯人は転がるようにしてソファーから離れその場を逃げ出した。奏は負けじとソファーから飛び上がり逃げる颯人を追いかけていく。

 背後から追跡してくる奏の姿を肩越しに見て、颯人は心底愉快と言った様子で高笑いを上げた。

「わぁっはっはっはっ! また物の見事に引っ掛かってくれたなぁおい! ほ~んとお前ってば騙されやすいんだから、バ奏は未だ健在か?」
「うるさい!? もういい加減我慢の限界だ、待てコラァァッ!?」
「おっ! いいねぇ、あの頃を思い出す。俺を捕まえられるか?」
「やらいでかっ!?」

 高笑いする颯人を奏が追い掛ける。凄まじい速度で走り去る2人はあっと言う間に司令室を出て二課本部の廊下の奥へと消えていき、後に残された翼達は2人が出ていった扉を呆然と眺めていた。

「何か、嵐みたいな人でしたね?」

 意外な事に最も早く我に返った響がそう呟くと、翼がそれに同意するかのように頷き返した。

「って言うか私、奏があんな風に手玉に取られたところ初めて見た」

 何時もは主に翼を一方的に揶揄ってばかりいる奏が、逆にいい様に手玉に取られる様は翼にとってかなり衝撃的な光景だった。

 その一方で、弦十郎はある事に気付いていた。

「しかし、その割には今まで見たことないくらいいい顔をしてたな、奏の奴」
「えぇっ? あれでですか?」
「そうねぇ。何て言うか、輝いてたわねぇ」

 弦十郎の見解に怪訝な表情になる響だったが、了子の言葉に翼は内心で頷いていた。了子の言う通り、奏の顔は今まで見たことないくらい生き生きとしていたのだ。

 奏が二課に所属してから丸5年。その間に自分では敵わない存在だと認識させられた彼女を手玉に取り、今までに見せたことないくらい生気に満ちた表情をさせてみせた颯人。

 そんな彼に対し、翼はある種の尊敬と畏怖、そして僅かな嫉妬を感じていた。




 ***




 一方、唐突に追いかけっこを始めた颯人と奏は縦横無尽に二課本部を走り回っていた。その間2人の距離は正に付かず離れず、絶えず一定の距離を保ち続けて二課本部の地下施設を隅から隅まで走り続けた。

 遂には体力が限界を迎え、2人仲良く辿り着いた先にあった休憩所のソファーに隣り合って腰掛けた。

「はぁ……はぁ……はぁ~~、はははっ。やるじゃねえか。流石に5年間ノイズと戦い続けて大分鍛えられたか。よく粘ったじゃねえか」
「そりゃ、こっちのセリフだよ。あ~~、チクショウ。いい加減とっ捕まえられると思ってたのに」

 もう仕返しする気力もないのか、すぐ隣に居る颯人に対して何のアクションも起こさない。肩が触れ合うか合わないかと言う距離で互いに隣り合って息を整える颯人と奏。

 ある程度落ち着いた頃、颯人は徐に奏の顔を覗き見て、何を思ったのか満足そうに頷いた。

「ん、いい顔になったな」
「は? 何が?」
「元気になったみたいだって話だよ。折角また会えたってのに、奏何か悩んで元気なさそうだったからさ。こうして昔を思い出させて元気付けてみたって訳」

 結果は大成功! と颯人は会心の笑みを浮かべるが、対する奏は颯人の言葉に唖然となっていた。

 その表情は彼が何を言っているか理解できていないのではない。

 今日ようやく再会したばかりだと言うのに、つい最近抱いた悩みを見抜かれたことに驚いているのだ。

「な、何で? あたし、何も言って…………」
「だ~か~ら~、言っただろ? 奏は顔に出やすいんだって。幾ら久しぶりとは言え見りゃすぐ分かるよ」

 そう言って颯人は奏の額を指先で軽く小突いた。今度は特に悪戯を仕掛けている訳ではないようで、小突かれたところを触ってもインクも何も付いていないのが分かった。

「んじゃ、分かったついでに何に悩んでたのかも当ててやろうか? 大方あの響ちゃんって子に関することだろ?」
「えっ!?」

 颯人の言う通り、奏は響の事で未だ悩んでいた。負い目を感じていると言ってもいい。

 2年前のライブでは自分の力が足りなかったばかりに、響には大怪我をさせた挙句今こうしてノイズとの戦いに巻き込んでしまった。
 響の事を仲間として認め、ある程度踏ん切りがついたと思ってはいたのだが、それでも心の奥底ではやはりどうしても気になってしまっていた。

 颯人にはそれを見破られてしまったのだ。

「な、何で?」
「そりゃ、昔っから変なところで律儀って言うか責任感が強かった奏の事だもん。大方自分の所為で戦いに巻き込んじまったとか考えて気にしてたんだろ? それくらい分かるよ、幼馴染舐めんな」

 幼馴染とは言うが、彼とは数年のブランクがあるのだ。
 にもかかわらず、彼は奏の僅かな感情の機微を敏感に感じ取り彼女が悩んでいることを見抜いた。

 その事を嬉しいと感じる反面、何故分かったのかと言う疑問が首をもたげる。

 そしてつい、奏は彼に何故と問い掛けた。問い掛けてしまった。

「何で、もう長い事会ってなかったのに?」
「何でって、そりゃお前好きな奴の事くらい分かること出来なくてどうするよ?」
「…………へぇっ!?」

 そして返ってきたまさかの告白に、奏は一瞬頭が真っ白になった。
 幾ら何でも唐突過ぎる。例えるならば、毎日決まった時間に訊ねたその日の夕飯の献立を答えられるレベルで気安く口にされた告白を、奏の脳が処理しきれず混乱する。

 だがそこで彼女はふと思い出した。相手はあの颯人だ。手先だけでなく口先も達者な彼が口にする言葉を、真に受けてどうする。
 きっと今の『好き』と言う言葉も、こちらを混乱させる為に口にしただけで『LOVE』ではなく『LIKE』と言う意味での言葉に違いない。

「あぁ因みに『LIKE』じゃなくて『LOVE』の意味での話な。勘違いするなよ?」
「ッ!?!?」

 今度こそ奏の思考は停止した。

 いや、嬉しくない訳ではない。彼女にとっても彼は特別な存在だ。

 5年前はあの絶望的な状況下で必死に自分を励ましてくれたし、2年前は命を賭して助けてくれた。それ以外にも、思い返せば子供の頃から颯人は何度も奏を助けてくれていたし、逆に奏が颯人を助けたこともあった。

 それだけ濃密に接していながら、好意を持つなと言う方が難しい。奏とてそこまで鈍感ではない。彼と共に居る時間が心地いい事くらい彼女だって自覚している。

 それが『LIKE』と『LOVE』のどちらによるものかと問い掛けられたら、聞いてきた相手が颯人でなければ時間を掛けながらも『LOVE』によるものだと答えたであろう。

 愛は自覚している。問題なのは颯人がそれを何の前触れもなく唐突に口に出されたことであり、これに対してどう答えればいいのか分からず奏は顔を赤くしながら口を閉ざしてしまっていた。
 彼女にとってはなんやかんやで颯人が初恋の相手であり、遺跡での一件があってからの5年間はそう言った浮ついた話とは無縁だったのだ。

「んで、お前からの返答を聞きたいんだが?」
「――――えっ?」
「奏が俺の事をどう思ってるのか、是非聞かせてもらいたいなぁ、っと」

 だと言うのに颯人は、奏に返答を求めてきた。今度こそ奏は意識が飛ぶのではないかと言うくらい混乱した。この場合何と答えればいいのか? 

 普通に自分も好きだと答える? 否、ここでそんなあっさりと答えるのは流石に雰囲気もへったくれもない。勝ち気で男勝りな部分が目立つ奏だが、その心にはしっかりと乙女な部分を残しているのだ。

 あと何よりも、全て彼のペースで進められるというのが非常に癪だった。

 では逆に、好きではないと答える? 否、そんな心にもない事口にはできないし、口にしたところで彼には一発で嘘だと見抜かれるだろう。
 その場合更なる追撃が予想される。

 結局痛い目を見るのは自分だ、得策ではない。

 それならば、適当に誤魔化してこの場は有耶無耶にして別のところで改めて答えるべきか? それならば落ち着いて答える事も出来るし、気持ちの整理も付けた状態で想いを口にできる。

 なかなかにいい考えだ。

 いざ覚悟を決め、颯人にこの場での返答は見送らせてもらう事を口にしようとした。

 その時である。

「(わわっ!? 翼さん、ちょっ!? 押さないでッ!?)」
「(いや、違っ!? 櫻井女史っ!?)」
「(だってよく聞こえないんだもの)」
「(ちょちょっ!? 危ないですって)、わぁっ!?」

 突然奏の背後にある角から響、翼、了子の声が聞こえてきたかと思うと、次の瞬間3人が折り重なるようにして廊下に倒れこんだ。その3人の後に続くように弦十郎も姿を現す。

 思っても見なかった3人の登場に、奏が驚愕しながらそちらを見る。

「なっ!? 翼に響ッ!? それに了子さんまでッ!? 3人とも何やって――?!」
「奏、此処は司令室のすぐ近くだぞ」
「はぁっ!?」

 そう、奏は颯人を追う事で頭が一杯になっていたので気付いていなかったが、今2人が居る場所はつい先程まで颯人が了子からの質問攻めに遭っていた場所のすぐ近くなのだ。何時の間にか本部内をぐるっと一周して司令室のすぐ近くにまで戻ってきてしまっていたのである。

 大方モニターか何かで2人の行動を見ていた弦十郎達は、2人がすぐ近くにある休憩所にまで戻ってきた事で彼らを迎えに行こうとして、颯人による奏への告白シーンに出くわしたのだろう。

 弦十郎の発言からそれらを察し、奏の顔がリンゴとかそういうのを通り越して爆発するのではないかと言うくらい赤くなった。

 今にもぶっ倒れそうな奏の様子に、堪らず笑みを浮かべた颯人は徐に奏の片耳に掛かっている髪をかき上げて息を吹きかけた。

「ふぅっ」
「うひゃいっ!? 何すんだいきなりッ!!」
「おぅ、お帰り。いや今にも爆発すんじゃないかってくらい顔赤かったからさ。ちょっと息吹き掛けて火を弱めてやったのよ」
「余計なお世話だッ!? つか颯人、お前翼達見えてたろッ!?」

 未だ頭の中は混乱しているが、それでも僅かに残った冷静な部分がその事に気付かせてくれた。位置的に考えて、颯人からは出羽亀をしている3人の姿が見えていた筈なのだ。

 奏が確信を持って問い掛けると、彼はあっけらかんとした様子で首を縦に振った。

「うん」
「うん、って……何で言わなかったんだよッ!?」
「俺にとっては奏からの返答の方が重要だったからだよ。ところで返答は?」
「んなっ?! し…………知るかッ!?」

 この状況下で尚も奏からの返答を求める颯人に、奏は一瞬言葉に詰まるが次の瞬間には乱暴に話題を打ち切ってその場を離れてしまった。

 結局答えを聞くことも出来ず、離れていく奏の背を見送る颯人。だがそれにしてはその表情には残念とかそう言った思いが感じられず、穏やかな笑みを浮かべながら肩を竦めるだけであった。

「あの、何かごめんなさい」

 せっかくの告白を台無しにしてしまったと思い、同時に目の前で行われた愛の告白に顔を赤らめながらも響は颯人に謝った。もしあそこで響達が姿を現してしまわなければ、きっと奏は何かしらの答えを口にしていただろう。
 そう思うと余計に申し訳なさが込み上げてきた。

 だが意外なことに、彼は響に対して全く怒りを向けはしなかった。

「ん? な~に、気にしなくていいよ。寧ろこれで良かったくらいだ」
「良かった?」
「そ、良かった。これくらいがちょうどいいんだよ」
「それは、どう言う…………」

 颯人の言葉の意図が読めず困惑する響だったが、彼はそれに答えることはせずソファーから立ち上がり思いっきり背を伸ばすと弦十郎の方へと向かっていった。

「そんじゃ、今後の事とかいろいろと話し合うとしましょうや。協力するにしたって連絡手段とか決めとかないといけないし。ねぇ?」
「ん? あぁ、そうだな。それじゃ、こっちへ来てくれ」
「あっ! 後で魔法の事とか調べさせてね?」
「あいよぉ~」

 そうして颯人は弦十郎や了子と話しながらその場を離れていった。

 相変わらずのどこか読めない飄々とした物腰の彼の姿に、しかし翼は何か違和感を覚えつつ取り敢えず響を伴って何処かへ行ってしまった奏を追いかけるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で、第11話でした。

これにて2019年は書き納めとなります。2020年もよろしくお願いします。

それでは皆さん、良いお年を。 

 

第12話:賑やかさの裏で

 
前書き
どうも、あけましておめでとうございます! 黒井です。

新年最初の更新になります。 

 
 颯人が二課に所属してから、早くも数日が経過していた。

 それからの最大の変化と言えば、やはり二課が全体的に賑やかになったという事だろう。誰ともすぐに気安く話せてしまう彼は瞬く間に二課の職員達と親しくなり、歳の差があるにもかかわらず気安く話が出来るだけの間柄になっていた。

 だが何よりも二課が全体的に騒がしくなった原因と言えば────

「待て颯人ぉぉぉぉぉっ!?」
「うおぉぉぉっ!? 今日は速いな、おいッ!?」
「今日は朝から絶好調だッ! 観念しろ颯人ッ!!」
「にゃろぅ、負けて堪るかッ!!」

 どう考えても毎日の様に行われる、奏と颯人による追跡劇だろう。

 タイミングは異なるが、一日一回は必ず颯人は奏に何かしらの悪戯を仕掛ける。しかもそれが、なかなかに手が込んでいるのだ。
 得意の手品を用いて、本当に一瞬気付かないレベルで、それでも気付いてしまえば物凄く主張してくる悪戯を毎日の様に奏に仕掛けていた。

 例えば、ある時などは颯人から奏に手渡された缶コーヒー──それも自販機から出した直後の奴──が全く同じ外見をしたビックリ箱になっている事があった。すぐ近くで颯人が缶を取り出す瞬間を見ていた翼も入れ替わった事に全く気付く事が出来ず、奏は缶のプルタブを開け派手な音と共に飛び出したビックリ箱の中身に凄まじく無様な悲鳴を上げてひっくり返ってしまった。

 その様を見て颯人は大笑いし、見事に悪戯に引っかかってしまった奏は憤怒の表情で彼を追い掛け回した。

 このようなことがほぼ毎日起こっているのだ。そりゃ賑やかにもなる。

 とは言え、彼は別段何時もふざけている訳ではない。現についさっきまで奏に追い掛け回されていたと言うのに────

「なぁ颯人ぉ~」
「ん~?」
「暇~、なんか新作無いの?」
「どれ、このカードをよく見てな」
「んん?…………おぉぉっ!」

 今は休憩所のソファーでだらけた奏に、新作のカードマジックを披露している。

 左手の親指と人差し指で挟んだトランプのスペードのAを右手の人差し指で撫でると、絵柄は一瞬で変化しハートのQになる。目の前で行われた鮮やかな手品に、奏は目を輝かせた。

 その様子を、翼と響は何とも言えない表情で眺めていた。

 特に翼は複雑そうだ。
 無理もない。颯人が合流してからというもの、奏は彼と行動を共にしていることが多くなったのだ。
 流石に二課本部から離れた時はそうでもないが、本部内に居る時は大体2人は一緒に居る事が多い。

 翼はどうにもそれが面白くなかった。まるで自分の居場所を取られたような、そんな気になったのだ。
 自然と、翼の颯人を見る目は険しいものになっていた。翼から放たれる苛立った雰囲気に、隣の響も堪らず居心地の悪そうな顔をしている。

「あの、翼さん? 大丈夫ですか?」
「えぇ…………私は何も問題ないわ」

 そうは言うが、響にはとてもそうは見えない。

 現に今も、手品の種明かしに興味津々な奏と、その奏に得意げな笑みを浮かべている颯人の様子に青筋を立てかけている。
 もう今にも飛び出して、2人の間に割って入ってしまいそうだ。

 本当は、翼は今すぐにでも奏から颯人を引き剥がしたかった。

 だが彼女がそれをしないのは、単に奏にとって彼がどういう存在かを翼も理解しているからに他ならない。

 5年前、奏が二課に所属し翼が彼女と装者としてチームを組んだばかりの頃。
 あの頃の奏は遮二無二強くなることと同じくらい、颯人を探すことに躍起になっていた。それこそ時には寝食を削ってまで情報収集に努め、そして少しでも怪しい情報を手に入れたら僅かでも暇を見つけてその情報の真偽を確かめに赴いた。

 その結果は知っての通り散々であり、その度に奏は荒れていた。

 それほどまでに焦がれていた相手と漸く再会できたのだから、少しでも長く共に居たいと言う気持ちは理解できる。

 理解できるのだが…………頭では分かっていても心がどうしても軋みを上げてしまうのだ。それが心をささくれ立たせ、気付けばイライラを周囲に撒き散らしていた。

 当然翼が苛立っている事は颯人も気付いている。故に、彼は頃合いを見計らって奏の傍から離れることにした。

 その際、奏に翼のフォローを入れるよう言っておくことを忘れない。

「んじゃ、俺はちょいと用事があるんで、一旦失礼するよ──《small》もちっと翼ちゃんに構ってやんな《/small》」
「えっ!? あ、あぁ……そっか。そうだな……」

 手をひらひらと振ってその場を去る颯人の背を、翼はジッと睨み続けていた。

 そんな彼女の様子を改めて眺めて、奏は自分のここ最近の行動を見返した。そして、翼の性格を考えて自分の失態に気付き気まずそうに頭をかいた。

 未だに颯人が去っていった方を睨んでいた翼は気付かなかったが、響の方は奏の様子に気付き縋るような目を彼女に向けた。

──お願いです! 翼さんを何とかしてください!!──

 目線だけで響がそう言っている事を察した奏は、声に出さず乾いた笑いを浮かべると自分の頬を張って気持ちを切り替え翼の隣に移動した。

 奏はドスンと音を立てる勢いで翼の隣に腰掛けた。そこで漸く翼も奏が自分の隣に移動してきていたことに気付いた。

「か、奏?」
「…………」

 何の前触れもなく隣に腰掛けた奏に翼が困惑してそちらを見やると、彼女はバツが悪そうな顔で鼻っ柱をかく。まだ何を言うべきか迷っているのだろう。
 基本思ったことをズバズバ言うタイプの彼女にしては珍しい事だが、今回の件はほぼ全面的に翼への対応を怠った奏の自業自得なので罪悪感とかで距離感を図りかねているのだろう。

──ど、どうしよう?──
──え、え~?──

 堪らず響に視線で助けを求めるが、助けを求められても響も困ってしまう。まぁこの件に関しては響に口出しできる余地はないので仕方がない。下手に部外者が突っ込んでも話を拗らせるだけだろう。
 その事を響本人が理解できているかは別として。

 暫し何を言うか悩んでいた奏だったが、このままでは埒が明かないと意を決して口を開いた。

「えっと、その…………悪い」
「……何が?」
「ほら、翼の事をなんて言うか…………蔑ろにして、さ。ゴメン。颯人が帰ってきて、ちょっと浮かれてたって言うか……」
「別に、気にすることないよ。ずっと探してた人だったんでしょ。ならしょうがないよ」

 絞り出すようにして言葉を紡ぎだした奏に対して、翼の返答は一見するとここ最近の奏の行動を特に気にしていないように見えた。
 だがその言葉はどこか感情を押し殺したように抑揚がなく、言い方も素っ気ない。

 そして何より、抑揚のない言葉とは裏腹にその頬は膨れていた。目線に至っては明後日の方を向いて目を合わせもしない。
 翼は完全にへそを曲げてしまっていた。

 ちょっとやそっとでは機嫌を直してくれなさそうな翼の様子に、奏はどうしたものかと頭を抱えてしまった。

「そ、それでも、さ……やっぱり、翼の事をほったらかしにしてたことは事実な訳だし。その所為で、翼には寂しい思いをさせちゃったって言うか、嫌な思いさせて悪かったって思ってるんだ。だから…………ゴメン」

 必死に自身の思いを纏めて翼に謝罪する奏だが、翼の表情は芳しくない。それは別に奏の謝罪に不満があると言う訳ではなく、その謝罪を素直に受け取れていない翼が自身に対して嫌悪しているからだった。

 翼だって本当は、颯人の事を受け入れたい。

 少し前までの奏は、何と言うか背伸びをしている感じがしていた。嘗ての翼はそれを頼もしく感じていたが、今になって思い返せばあれはふとした瞬間に気を抜けば崩れ落ちそうになる心を奮い立たせる為に『頼りになる天羽奏』を演じていただけなのだろう。

 だが今は颯人がいる。颯人の安全が確実であることが確認できた今、奏に無理をする理由はない。つまり、今の奏は肩の力を抜いた自然な姿の奏なのである。

 それを翼はこの数日で理解していた。奏が時折辛そうにしていたことを知っている翼はその事を純粋に良かったと思っていた。

 だが、その思いに反して心は彼の存在を拒んでいる。

 その相反する心の動きが翼を苛立たせ、奏への態度も素っ気なくさせていた。

 どんどん2人の間に漂う空気が冷えていくのを感じた響は、思わず天に祈った。もうこの際ノイズでも何でもいいからこの雰囲気を壊してくれと。

 その結果────かどうかは定かではないが、突如として翼の携帯がコール音を鳴らした。

「ッ!? はい、こちら翼」

 素早く通話に出る翼に、携帯の向こうに居る弦十郎はノイズ出現の報を知らせた。

『翼、ノイズが出現した。その場に全員居るか?』
「いえ、奏と立花は居ますが、明星さんは──」
「おぅ、居るぞっ!」
「…………居ます。全員揃いました」

 弦十郎からの問い掛けに、翼は咄嗟に颯人がこの場に居ない事を告げようとしたが彼は翼が全てを言い切る前に曲がり角の向こうから飛び出してきた。

 タイミング的には恐らく、この場を離れたフリをして奏と翼の様子を窺っていたのだろう。若しくは、この様な状況になる事を見越していたのかもしれない。

 何にせよ、今この状況で彼がこの場に居る事は彼女達にとって大いにプラスに働いた。

 何故ならば────

『よし。ノイズが出現したのはリディアンから距離およそ五百の住宅街だ。今、颯人君の端末に詳細な位置データを送信する』

 直後、颯人が持つ専用の端末にノイズ出現地点に関するデータが送信されてくる。颯人はそれを眺めつつ、右手の中指に嵌めた指輪をテレポート・ウィザードリングに変えた。

 これこそ颯人が二課に所属するようになって大いにプラスに働くようになった要素である。

 彼が3人の装者と行動を共にしている場合、突発的にノイズが出現した時にも極めて迅速に現場に駆けつけることが出来るようになったのだ。
 流石に彼が近くに居ない場合に関しては、従来通りの移動方法になってしまうが、それでも彼と行動を共にしていた場合の移動速度は迅速とかそういうレベルを超えていた。
 何しろ文字通りの瞬間移動である。正確な場所さえ分かればどこへでも移動できるのだから、一分一秒を争う状況が多い二課にとってこれほど頼りになる存在も居ないだろう。

 颯人が端末でノイズの出現位置を確認している間に、装者3人は彼の周りに集まる。

「響、今回は翼と組め。離れ過ぎないよう注意しろよ」
「はい! よろしくお願いします、翼さん!」
「……あぁ」

 彼の周りに集まった装者3人は、簡単に作戦会議を行う。と言っても、響の面倒を奏と翼のどちらが見るかと言う程度の話し合いだが。

 前回の戦闘では奏が響の面倒を見たので、今回は翼が響とチームを組む事になったらしい。響は翼とチームを組む事に気合を入れるが、対する翼は少し覇気が足りていなかった。

 先程までの棘のある雰囲気は形を潜めているが、心の中に燻ぶる暗い感情を完全に押し殺せてはいないようだ。

 颯人はいち早くその事に気付きはしたが、今はまだ大きな問題になる段階ではないと見当をつけ、目の前の問題であるノイズへの対処に意識を向けた。

「それじゃ、ちゃっちゃと行くとするか。準備はいいかい、お嬢さん方?」
「応ッ!」
「はいッ!」
「えぇ」

 3人からの返事に不敵な笑みを浮かべると、颯人は腰のハンドオーサーに右手を翳した。

〈テレポート、プリーズ〉

 直後、4人の体は光に包まれその場から姿を消し、次の瞬間には彼らはノイズが蔓延る街中へと転移しているのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第12話でした。

新年最初の投稿にしては中途半端な終わりだったかな?まぁキリが良かったんでご勘弁を。

今後は再び週一日曜日更新に戻る予定です。

初日の出も何とか拝めたし、近所の神社ではおみくじで大吉も引けたし今年はいい年になりそうな予感。
皆さんもよいお年になりますように。

今年もよろしくお願いします。それでは。 

 

第13話:空駆ける奇術師

 
前書き
ご覧いただきありがとうございます。 

 
 颯人の魔法によってこれ以上ないくらい迅速にノイズ出現地点に到着した4人。彼らの前には、既に避難が完了した街とその街中を闊歩するノイズの姿があった。

 蔓延るノイズを前に、颯人達は臆することなく行動を開始した。尤も、響だけはまだ実戦経験が少ないからか、ワンテンポからツーテンポ遅れて翼についていく。

〈シャバドゥビタッチ、ヘンシーン!〉
「そんじゃまぁ、マジックショーの開幕と行くか。変身!」
〈フレイム、プリーズ。ヒー、ヒー、ヒーヒーヒー!〉

「あたしらも行くぞ!!」
「立花、もたもたするな!」
「は、はいぃっ!?」

 ある程度ノイズの群れに近付いたところで颯人は早速ウィザードに変身し、それに続くように奏と翼も、最後に響がシンフォギアを纏い戦闘が開始される。

 最初に攻撃したのは颯人だ。
 彼はまずバインドで複数のノイズの動きを制限し、こちら側が先手を取れるようにした。

〈バインド、プリーズ〉

 ただの鎖であれば位相差障壁によって鎖はノイズに干渉することなく素通りするのだが、ウィザードの魔法によって作り出された鎖には通用しない。

 そして動きを止めたノイズに、颯人と装者達が襲い掛かる。

 颯人の、奏のガングニールの、翼の天羽々斬が振るう刃が次々と動けないノイズを切り裂き、響のガングニールの拳が3人の取りこぼしたノイズの体を穿つ。
 戦いではまだまだ拙さの残る彼女でも、動けない相手であれば仕留める事は容易だった。

 先制は二課が制し、颯人と奏は独自に、翼は響と組んで次々とノイズを倒していく。
 特に問題もなくノイズは次々と数を減らし、戦いは颯人達が優勢で進んでいた。

 その時、不意に奏は背筋に悪寒が走ったのを感じ、咄嗟に目の前のノイズへの攻撃を止めその場を飛び退いた。

 瞬間、タッチの差で直前まで奏が居た場所に上空から体を捩じって槍の様になって特攻してきたフライトノイズが突き刺さる。

「上だッ!!」
「おっ?」

 奏の声に3人が上空を見上げると、そこには先程まで殆ど姿がなかった筈のフライトノイズが無数に存在していた。

 その光景に奏と翼は顔を顰め、響は驚愕に目を見開く。

 地上に居る敵であれば、例え相手が大型であっても問題はない。だが空を飛んでいる敵となると、出来る事が限られる為3人はこのノイズを苦手としていた。

 勿論、全く対処法がない訳ではない。響に関しては特攻してきた奴を迎撃する以外に手はないが、奏と翼に関しては一応距離の離れた敵に対する攻撃手段も持っている。
 だがそれも相手の数が数体と言う範囲でならの話だ。流石に10や20という数に上空から攻められては、地上のノイズと合わせて対処が間に合わない。

 それでやられる奏や翼ではないが、響まで居るとなると話は違ってくる。まだまだ未熟な彼女では、空と地上両方のノイズからの攻撃に対応しきれない。

 などと考えている間に、フライトノイズが何体か再度突撃してきた。

 槍の様に体を捻じり一気に急降下してくるそれらを迎撃すべく、奏と翼がアームドギアを構え────

〈シューティングストライク! ヒーヒーヒー! ヒーヒーヒー!〉
「ほいほいっと!」

 突然放たれた炎の銃弾が、突撃してくるフライトノイズを消し炭に変えていく。2人が炎の銃撃が飛んできた方に目を向けると、颯人が左手の指輪を交換しているところだった。
 いつも最初に使用している赤い物ではなく、造形自体はフレイムと似通った緑色の指輪だ。

「上の連中は俺に任せな。3人は下の連中を頼む」
「任せろって、どうするんだ?」
「同じ土俵に上がればやり易くなるだろ? 単純な話さ」

 言いながら颯人は指輪を交換した左手をハンドオーサーに翳した。

〈ハリケーン、プリーズ。フー、フー、フーフーフーフー!〉

 フレイムウィザードリングを翳した時と同様、変身する時と同じように緑色の魔法陣が彼の体を通過する。
 すると仮面の色と形状が緑の逆三角に変化し胸のプロテクター部分も形状が変化した。

 初めて見る颯人の姿に奏達が注目していると、次の瞬間驚くべきことが起こった。

 徐に風が颯人を包んだかと思うと、その身が重力から解放されて宙に浮き始めたのだ。

「ッ!? 浮いたッ!?」
「いや、違う! 颯人は飛んだんだッ!」
「うえぇぇぇぇぇっ!?」

 突然空を飛んだ颯人に装者3人は驚愕する。

 驚愕する3人を尻目に、風を操るハリケーンスタイルとなった颯人のウィザードは上空のフライトノイズの群れに突撃していった。

「さぁ、来やがれッ!!」

 颯人のその言葉を皮切りに、フライトノイズが一斉に襲い掛かる。

 体を捩じり槍状にしたフライトノイズが彼の体を串刺しにしようと突撃するが、空を縦横無尽に動き回れる彼には通じない。紙一重で避けられた挙句すれ違い様に逆手に持ったソードモードのウィザーソードガンで切り裂かれていく。
 そもそもの話、ハリケーンスタイルのウィザードはスピードに優れている。フライトノイズも主な攻撃は槍状にした体での速度を活かした急降下攻撃だが、今のウィザードにとっては余裕で対処できる速度であった。

 上空でウィザードがフライトノイズを相手に無双しているのを見て、地上の3人も他のノイズへの対応に回る。

「喰らいやがれぇッ!!」
[STARDUST∞FOTON]

 未だ地上に蔓延るノイズの群れに向けて、奏が手にしたアームドギアを投擲するとそれが大量に複製され一気に地上に降り注ぐ。正に槍の雨となった奏のアームドギアは、範囲内に居た全てのノイズを貫き殲滅する。

 一見すると狙いなど定めていない、広範囲への無差別攻撃の様に見えるが降り注いだ槍は全て狙い違わずノイズを貫いていた。

「ハァッ!!」
[蒼ノ一閃]

 一方の翼は、大剣に変形させたアームドギアからエネルギー刃を前方に飛ばす『蒼ノ一閃』で複数のノイズを一気に両断する。奏に比べると効果は控えめだが、狙いを定めやすく堅実にノイズの数を減らしていた。

 と、その時。彼女の目にノイズの群れの中に単身突っ込み過ぎている響の姿が映った。

「ッ!? 立花、突っ込み過ぎだッ!?」
「えっ?」

 どうやら響は戦闘の熱気に充てられて周りが見えなくなっていたらしい。なまじ奏と翼による教導である程度戦えるようになってしまったが故に、少し調子に乗ってしまったようだ。

 気付いた時には、響の周りは突破が不可能なほどのノイズが集まりつつあった。

「わ、わわわわわっ!?」
「そこを動くなッ!! ジッとしていろ立花ッ!!」

 響の窮地を見て、翼は即座に上空に飛び上がると無数の剣を具現化させて一気に地上に降り注がせる。
[千ノ落涙]

 奏と同様、広範囲を一気に攻撃する技を放つ翼。雨あられと降り注ぐ剣が次々とノイズを切り裂き炭化させていく。

 ただし、その剣は響の直ぐ近くにも降り注いでいた。

「うわわわわぁっ!? つ、翼さんッ!?」
「大丈夫だ、動くなッ!!」

 自分の直ぐ近くに突き刺さる剣に狼狽える響を、翼は一喝して制止する。

 基本は広範囲を無差別に攻撃する技だが、今回に限っては翼も一応狙いを定めて攻撃していた。だがやはり元々正確に狙う技ではないからか、降り注ぐ剣の何本かは響の直ぐ近くに突き刺さっている。自分の近くに剣が降ってくる度に響は肝を冷やし、大袈裟に悲鳴を上げていた。

 念の為言っておくと、奏が使用した『STARDUST∞FOTON』もそこまで正確に狙える技ではない。

 しかし奏の場合、強くなることに明確な目標を持ち執念を糧に戦い続け貪欲に力をつけ続けた結果、複数の標的を正確に狙う事が出来るようになっていたのだ。

 颯人と装者達の活躍により、地上・空中とノイズの数は着実に減っていた。

 そんな時、戦場に新たなノイズが姿を現す。

 巨大な芋虫のような姿をした、強襲型とも呼ばれるギガノイズだ。単に体が大きいと言うだけではなく、小型のノイズを吐き出せるという厄介な能力も持っている。

 その脅威度は他のノイズよりも高く、当然ながら戦場では最優先攻撃目標となっていた。

 真っ先に奏が突撃し、大技でギガノイズを始末しようと動き出す。

 しかしその前にギガノイズにより複数の小型ノイズが吐き出され、奏は行く手を阻まれてしまう。

「くそっ!?」

 ギガノイズとそれに攻撃を仕掛けようとして動きを釘付けにされている奏の姿は颯人の目にも映っていた。

 だがそちらに気を取られた、その一瞬の隙を突かれて3体のフライトノイズの地上への突破を許してしまう。3体のノイズが向かっていく先に居たのは、奏だった。

「ッ!? させるかッ!!」
〈バインド、プリーズ〉

 奏に向けて特攻していく3体のフライトノイズ。

 颯人はそれを許してなるものかと魔法で鎖を作り出し下に向けて伸ばした。

 鎖はまっすぐ伸びていき、奏に向けて急降下していたノイズ────────────を縛る事はなく、そのまま地上まで到達すると奏の左腕に巻き付き彼女を上空に引き上げた。

「なっ!? あっ!」

 突然の事態に一瞬呆気に取られる奏だったが、鎖が伸びている方から3体のフライトノイズが特攻してきているのを見て即座に状況とウィザードの意図を理解。
 上空に引き上げられ急速にフライトノイズとの距離が縮まると、すれ違い様に3体まとめてアームドギアで切り裂いた。

 それだけに留まらず、颯人はハンマー投げの要領で奏を振り回すと遠心力の勢いを利用して一気にギガノイズのいる方に向けて放り投げた。

「行け奏ぇッ!!」
「おっしゃぁぁぁぁっ!!」

 既に上空にフライトノイズの姿はない。邪魔するものが居ない中奏は空中をギガノイズに向けて一気に直進し、その勢いを乗せて大技を叩き込んだ。

[LAST∞METEOR]

 穂先を回転させて発生させた竜巻がギガノイズの体の大部分を削り取り、トドメとばかりにその勢いのままに残った部分をアームドギアで穿つ。

 奏がギガノイズを仕留めたのと同時に、颯人は地上に降り立つと残った小型ノイズを一気に仕留めるべくこちらも必殺技を放つ。

〈キャモナ・スラッシュ・シェイクハンズ〉
「幕引き、いきますか!」
〈ハリケーン! スラッシュストライク! フーフーフー! フーフーフー!〉

 ソードモードのウィザーソードガン、その左側面に取り付けられたハンドオーサーに左手を翳すと刀身が魔法の風で包まれる。

 その状態で順手に持ち換えたウィザーソードガンをノイズの群れに向けて振るうと、一陣の風が瞬く間に膨れ上がり竜巻を形成。周囲のノイズを纏めて空中に巻き上げた。

 まるで洗濯機の中に放り込まれたかのように空中でしっちゃかめっちゃかに振り回されるノイズ達。中にはノイズ同士で衝突して、そのまま炭化してしまう個体も存在した。

 そこに颯人のトドメの一撃が飛ぶ。

「来場、ありがとよ! そらっ!!」

 颯人が十字を斬るように剣を振るうと、風の斬撃が二つ竜巻に向けて飛んでいく。

 二度の斬撃により、竜巻に巻き込まれていたノイズは全て消滅。炭素の塵となって風に流されていった。

「ふぅん」
『ノイズ、反応の消失を確認。戦闘、終了です』

 その様子を満足そうに眺めながら刀身で左手を軽く叩く颯人の耳に、オペレーターのあおいによるノイズ殲滅完了の通信が入る。

 そこにギガノイズを倒した奏もやってきた。周囲からノイズの反応が消えたことを通信で聞いているからか、既にギアは解除しており私服のチューブトップとホットパンツ姿に戻っている。

 対する颯人は一頻り周囲を見渡した後、変身を解除して元の姿に戻る。その際右手の指輪を付け替えてハンドオーサーに翳した。

〈ガルーダ、プリーズ〉
「ん?」

 突然帰還用のテレポートとは違う魔法を使用する彼に、奏が首を傾げていると颯人の前に枠型にはまったプラモデルの様なものが現れた。宙に浮いた枠型からは即座にパーツが勝手に外れて組み上がり一羽の赤い鳥の姿になる。

 始めて見る魔法に奏が目を奪われていると、颯人は右手の中指に嵌めていた指輪をその赤い鳥の腹の部分に差し込んだ。

 指輪が差し込まれた瞬間、命が吹き込まれたかのように動き出す赤い鳥。

 颯人がその鳥を前に上に向けて立てた人差し指をクルクルと回すと、赤い鳥は一声鳴き何処かへと飛んでいった。

 赤い鳥が飛んでいくのを見送ってから、奏はあれが何であるかを颯人に訊ねた。

「颯人、今のは?」
「ん~、簡単に言えば使い魔って奴だな。今のはレッドガルーダ。他にもブルーユニコーンやイエロークラーケンってのがある」
「あぁ、あの小っちゃいユニコーン?」

 言われてから奏は、颯人が二課にやってきた時にメモを咥えてやってきたブルーユニコーンの事を思い出した。

 そう言えばあの時、司令室で颯人と再会した時も彼の周りを何かが飛んでいた気がするがあの時は颯人にばかり注目していて全く気にしていなかった。

「何が出来るんだ?」
「まぁ、細々としたことだな。戦闘の補助も出来るけど、基本的には索敵だよ」

 そう言いながら颯人は懐から一枚のカードを取り出した。トランプの様に見えるそれは、覗いてみれば少し高い所から眺めた街の様子が映し出されている。ガルーダが見た光景がこれに映し出されるらしい。

 ここで奏は疑問を抱いた。ノイズに関しては専用のセンサーがあり出現すればすぐに分かるし、今更逃げ遅れた人を探す理由はない。
 にも拘らず何故彼は使い魔を出して周囲を索敵させているのだろうか? 

「何か探し物か?」
「探し物っつうか…………う~ん、まぁ、ちょっとな。それに関しちゃ追々話すよ」
「んだよ、そう言われると逆に気になるじゃんか。何隠してるんだ? 正直に話してみな、ん~?」

 珍しく歯切れの悪い言い方をする颯人に、何かを感じ取り彼の首に腕を回して引き寄せる奏。
 ナチュラルに距離を近づけてくる彼女に颯人は思わず苦笑を浮かべるが、こちらに近付いてきた翼が険しい表情をしているのを見て目をくるりと回しカードを懐にしまうと右手に帰還用のテレポート・ウィザードリングを嵌めた。

「その内話すよ。それよりさっさと帰ろう。2人もこっち来たみたいだし、あんまりのんびりしてるとあのおっちゃんにどやされそうだ」

 颯人に言われて漸く奏は翼に今のが見られていたことに気付き、バツが悪そうな顔になる。まるで悪戯がバレた子供のようだ。

 その様子で全てを察した颯人は小さく溜め息を吐くと、翼と響には聞こえないように奏に囁く。
「(しゃぁねぇなぁ。貸しにしといてやるよ)」
「ッ!?…………(悪い、恩に着るわ)」
「こちらは終わったわ。そっちも無事なようね」
「奏さん、颯人さん! お疲れ様です!!」

 2人が小声でそんなやり取りをしているとは露知らず、合流した翼と響は2人に労いの言葉を掛けた。尤も翼の方はやっぱり表情が硬く、声色もどこか淡々としているものだったが。

「おぅ、そっちもお疲れさん!」
「お疲れ~ぃ。だが響ちゃん、上から見てたけどあれはちょいと頂けないぜ? もうちょい周りに気を付けないとな」
「うっ!? あ、あははっ……さっき翼さんにも言われちゃいました」
「え、何? 響何かやらかしたの?」
「そいつはデブリーフィングでな。んじゃ、帰るか」
〈テレポート、プリーズ〉

 3人が自分の周りに集まったのを見て、颯人はテレポートで二課本部へと全員揃って転移するのだった。




 ***




「──────っとまぁ、今回はこんなとこかな」
「そうか、4人共ご苦労だった。後の始末はこちらに任せて君達はゆっくり休んでくれ」

「う~い、お疲れさ~ん」
「分かりました」
「お疲れ様で~す!」
「ども~、お疲れさん」

 4人を代表して奏が弦十郎に報告すると、この場は解散という流れになった。

 今回は初動も良かったので民間人に人的被害はゼロ、戦闘でも早急にノイズを掃討出来たので必要以上の被害の拡大も無しとこれと言って文句の付けようのない戦いだったので、デブリ―フィングもスムーズに終わった。

 ただ唯一、戦闘中に響が突出しすぎて敵中で孤立してしまったことに関しては多少のお叱りがあった。
 これに関しては今回の戦闘で彼女の監督役に選ばれた翼にも責任の一端はあったので、叱責自体は本当に軽い物であったが今後再発がないように注意すべきことではあるだろう。

「あっ! 響ちゃん、ちょっと……」
「ほぇ?」

 そうして解散となり、各々司令室から出ていく4人。

 その際、颯人が響を引き留めて何やら話しているのを奏は見逃さなかったが、目が合った際に彼がウィンクと共にサムズアップしたのを見て特に心配はないかと改めて司令室を後にした。

「奏さ~ん!!」
「うん?」

 司令室を出てある程度歩いたところで、響が彼女を追いかけて走ってきた。特に切羽詰まった様子でもないどころか笑顔であるところを見ると、何か問題が起こったとか言う訳ではないようだが……。

「どうした、響?」
「奏さん、この後って時間空いてます?」
「ん~、まぁ特に何かあるって訳じゃないけど」

 この後は特にライブや収録の打ち合わせがある訳でもないので、適当に時間を潰して早めにどこかで夕食を済ませたら早々に帰って休むつもりであった。

 そう告げると、響は輝くような笑みを浮かべて口を開いた。

「それじゃあこれから、2人でご飯行きません?」




 ***




「……はぁ」

 奏が響からの誘いを受けている頃、翼は1人本部内の一画にある休憩所でコーヒーの入った紙コップを手に溜め息を吐いていた。紙コップの中身は元々ホットのコーヒーだったのだが、殆ど口をつけていなかった為に冷めて酸味が強くなってしまっている。

 彼女が意気消沈している理由は、言うまでもなく奏や颯人との関係の問題である。
 奏とはなんだか溝が出来てしまっているし、颯人に関しては奏の恩人でもあるので歩み寄りたいと思う反面、奏を取られたくないという反発心を抱いてしまっておりなかなか心を許せずにいた。

 事実、この数日彼とはロクに会話していない。

 今までに無かった相棒との溝と、歩み寄りたいのに踏み出せないジレンマ。その二つが翼の心を苛み、影を落とす要因となっていた。

──我が儘な女だな、私は──

 本当は颯人とはもっと仲良くするべきなのだし、奏との間の溝だって翼が勝手に作っているものだ。それは彼女自身分かっている。何とかすべきという事も、このままではいけないという事もちゃんと頭では理解している。

 ただ、どうしても納得しようとすると出来ないのだ。

 もしこのまま奏との仲が疎遠となり、ツヴァイウィングが解散となってしまったら?

 奏を颯人に取られてしまったら?

 そう思うと心中穏やかではいられないのである。

 それが余計に彼女の自己嫌悪を加速させ、更に深い溜め息を吐いてしまった。

「はぁ…………うん、よし」

 このままではいけないと、翼は紙コップの中の冷めたコーヒーを一気に流し込むと、気分転換と精神鍛錬も兼ねて一つ訓練しようと立ち上がった。

 気分が暗くなった時は、何も考えず体を動かすのが一番だ。

 そう思いその場を離れようとしたのだが────

「おっとっと! ちょいと待ってくれや翼ちゃん」
「ッ!? 明星、さん?」

 突如として彼女の前に立ちはだかったのは、現在絶賛彼女の悩みの種であった颯人であった。

 出し抜けに目の前に現れた彼の姿に、最初驚愕しつつも次の瞬間には険しい表情を向ける翼。

 自身に向けられる表情を前に、しかし颯人は何処か楽し気な飄々とした笑みを崩すことはなかった。 
 

 
後書き
と言う訳で第13話でした。

執筆の糧になりますので、感想その他お待ちしています。 

 

第14話:それぞれのお悩み相談

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 休憩所を立ち去ろうとした翼の前に立ち塞がった颯人。突然現れた彼に翼は一瞬面食らうが、次の瞬間には表情を険しくして彼の事を睨みつける。平均以上に整った顔立ちの彼女に険しい表情で睨まれるとなかなかに迫力があるのだが、対する颯人は全く動じない。ただ小さく肩を竦めるだけだった。

「ん~、嫌われたもんだねぇ。ちょっと話し掛けただけで睨まれるとは」
「別に…………嫌ってる訳では、ありません。これから鍛錬に行くんです。退いてください」
「おいおい、おっちゃんから今日はもう休むように言われたっしょ? 休むのも戦士の仕事の内、今日は大人しくしといたほうがいいぜ」
「御構い無く。そう言うあなたこそ、奏と一緒に居なくていいんですか?」

 言ってから翼は自己嫌悪に顔を顰めた。こんな嫌味にしか聞こえないことを態々言うなど、なんて嫌な女なのだろう。やはり今日は少し雑念が多すぎる。鍛錬して雑念を払わなければ。

「────すみません、失礼します」

 そう思って彼の隣を通り過ぎようとしたのだが、それが叶う事はなかった。

「はい巻き戻し」
〈バインド、プリーズ〉
「なっ!? わっ?!」

 突然背後から伸びた鎖に縛られたかと思うと、そのまま後ろに引っ張られて再びソファーに座らされた。翼の意思を一切無視した颯人の行動に、彼女も一瞬呆気に取られたが即座に今度は明確な怒りを込めた目で颯人を睨みつけた。

「な、何を──!?」
「だ~か~ら、今日はもう休むようにっておっちゃんに言われたろうが。さっき翼ちゃん自身、分かりましたっつったんだからここは大人しく休まなくちゃ」
「余計なお世話ですッ!? これ以上邪魔をするつもりなら──」
「あぁ、あぁ、まぁまぁまぁお待ちなさいって。鍛錬つったって戦闘後の疲れた体でやったって大した効果はないでしょ? ならさ、折角だし休憩がてらちょいと雑談と洒落込もうや。親睦を深める意味でも、ね」

 そう言うと、颯人は翼が座らされているソファーに1人分の間を空けて腰掛ける。そしてコネクトの魔法で有名なドーナッツチェーン店『マスタードーナッツ』の箱を取り出し空けた場所に置くと2人分のコーヒーを新たに購入し片方を翼に渡した。

 差し出されたコーヒーの入った紙コップと颯人の顔を暫し交互に睨みつけていた翼だったが、ここは大人しくしておいた方がいいと判断し素直にコップを受け取った。正直こんなもの受け取らずさっさとこの場を去りたかったのだが、ここで下手に抵抗すると逆に面倒なことになりそうな予感を感じたので大人しく従う事にしたのだ。ここら辺は奏と接する内に覚えた対応である。
 まぁそれ以前の問題として、現在も腰をバインドの魔法でソファーに縛り付けられており逃れようがないのだが…………。

 翼が大人しくコーヒーを受け取ったのを見て、颯人は箱からドーナッツを取り出し口に運ぶ。

「うん、美味い。流石はマスド。翼ちゃんも、遠慮せず食べたら?」
「……いただきます」

 颯人に勧められ、翼もドーナッツを一つ手に取り一口食べた。颯人が選んだのはシンプルなプレーンシュガー、翼が選んだのはチョコリングだ。
 一口齧り、口の中に広がる甘さに思わず頬を綻ばせた翼。甘い物には人を幸福にする効果があると言う。何だかんだ言いつつも、翼もこの生理現象には抗えなかった訳だ。

 頬を綻ばせる翼の様子に、颯人も満足そうに笑みを浮かべた。

「うん、気に入ってもらえたようで何よりだよ」
「別に、そう言う訳じゃ…………と言うか、今更ですけど何時の間にこんなの買ってたんですか? この近くにマスタードーナッツの店なんてなかった筈ですけど?」
「本部来る前にちょちょいっとね。ほら、司令室の人達にも差し入れしようと思ってさ」

 話しながらも颯人は最初に手に取ったプレーンシュガーを食べ終わると、早くも二個目を手に取っていた。それを見て翼も少しだけ食べる速度を上げた。元よりこれは彼が買ってきた物なので彼が食べること自体は構わないのだが、何となく独り占めされるのは嫌と言うか損しているような気がしたのだ。せめてもう一つくらいは食べておきたいと言うのは、甘いもの好きな乙女心だろうか。

 翼が二個目のドーナッツに手を出した時、颯人は二個目を食べ終えており三個目に手を出した。だが彼はそれを口に運ぶことはせず、それを手に持ったまま翼に彼女を引き留めた目的を話し始めた。

「さて、このまま遅めのお茶会も悪くないんだけど、そろそろ本題いっとくかね」
「ッ!? そうです、何で急にこんなことを?」

 ここで漸く翼も、最初は鍛錬に行こうとしていたのに颯人に強引に引き留められた事を思い出し、緩んでいた頬を引き締め問い質す。
 尤も、その口元には直前に食べたドーナッツに入っていたクリームが付いたままだったので先程に比べて迫力は半分も存在しなかった。

 これはいかんだろうと颯人は箱の中に入っていた紙ナプキンを翼に差し出しながら口を開いた。

「ま、一言で言えば…………もちっとオープンに接してくれって話だな」
「はっ?」

 颯人の突然の言葉に、しかし翼は今一要領を得ない様子だった。確かにこれだけでは彼が言いたいことは伝わり辛いだろう。彼自身もそれを理解しているからか、手にしたドーナッツを齧りつつ言葉を続けた。

「翼ちゃんさ、俺が奏と仲が良い事に嫉妬してるでしょ?」
「そ、そんな、事──」
「誤魔化さなくてもいいよ。気持ちは分かる。多分俺と翼ちゃんの立場が逆だったら、同じようなことを思う自信はあるからさ」

 コーヒーで口の中の甘さを洗い流しながら話す颯人に、翼は言葉に詰まった。正しく彼女が颯人に感じている感情は嫉妬以外の何物でもない。彼女からしてみれば颯人は、ツヴァイウィングにして二課の装者と言う絆を持つ奏との間に、幼馴染であると言うだけの理由で割り込んできた邪魔者でしかなかったのだ。
 だがそれを認めるのは何だか子供っぽいような気もするし、何より彼を探し続けていた奏にも申し訳が立たないので必死にその感情から目を逸らそうとしていたのである。

 しかし現実には嫉妬の感情は押し殺す事が出来ず溢れ出し、奏との間に溝すら作ってしまっていた。そしてその元凶は言うまでもなく────

「俺なんて居なければ良かった…………な~んて思ったろ?」
「そんな事ありませんッ!?」
「はいダ・ウ・ト。感情が抑えられなくなってる時点で俺の言った通りだって、認めてるも同然だって自分でも分かってるだろ?」

 実際翼は颯人の言葉に心の中で同意していた。彼が来てからというもの、奏はあまり翼に構わなくなった。何故かと考えれば、それは颯人が居るからとしか言いようがない。彼が翼から奏を奪ったと言っても過言ではないのだ。

 目を背けていた、否、背けようとしていた自分の中の醜い感情を事の元凶である彼に突き付けられ、翼から冷静さをみるみる奪っていった。

 そして遂にトドメとなる一言を颯人は口にする。

「まぁ別に認めたくないならそれでもいいよ? ただこのままだと翼ちゃん、確実に奏と縁切れる事になると思うけどね」

 自身が最も恐れていた事、即ち翼との縁が切れる事を颯人から指摘され遂に翼は己の感情を抑える事が出来なくなった。コーヒーが零れ砂糖やクリームがソファーを汚すことも無視して両手をソファーに叩き付け、激昂した感情のままに今まで胸の奥に秘めようとしていた思いを言葉にして吐き出す。

「じゃあどうすればいいんですかッ!? あなたは自分が奏にとってどれだけ大事な存在だったか分かってるんですかッ!? 奏があなたを探す為にどれだけ必死になったか、あなたは知ってるんですかッ!?」

 感情の赴くままに言葉で颯人を責め立てる翼。颯人はそれを黙って聞いているが、翼にはそれが自身の感情をまるで理解していないかのように見えて更に感情を激しく燃え上がらせた。

「えぇそうですよ、怖いですよ!? このまま奏があなたについて行って私から離れてしまうんじゃないかって、もう奏と歌えなくなるんじゃないかって思うと怖くて仕方ないんですよッ!? だってしょうがないじゃないですかッ!? 奏はこれまでずっと私を引っ張ってくれたッ! 奏が居てくれたから私はここまで来られたんですッ! それが突然居なくなったらって思った、私の気持ちがあなたに分かるって言うんですかッ!?」

 とうとう言葉だけでは感情が抑えきれなくなったのか、翼は《《立ち上がる》》と颯人の胸倉を掴み上げた。目尻には涙が浮かび、憤怒の表情と相まって並の男であれば思わず後退ってしまうほどの勢いが今の翼にはあった。
 だが、颯人は全く意に介した様子を見せない。ただ静かに彼女を見つめ、黙って彼女の言葉に耳を傾けるだけだ。

「奏からあなたを奪うような真似はしたくない、でもあなたに奏を奪ってほしくもない! 私は一体どうすればいいって言うんですかッ!?」
「…………」
「──ッ!? 何とか言ってくださいよッ!?」

 依然として沈黙を保つ颯人の様子に、翼は胸倉を掴む手に力を籠める。そこで漸く颯人は表情を変化させた。

 それまでの無表情に近い顔から一転、柔らかな笑みを浮かべると胸倉を掴む翼の手を自身の手で優しく包む。

「そう、それでいいんだよ」
「えっ?」
「やっと自分の気持ちに正直になってくれたね。良かった良かった」
「あ、あの──?」

 正直、此処まで身勝手に怒鳴り散らしたのだから文句の一つや二つは飛んでくると思っていたのだが、予想に反して颯人から向けられたのは安堵の表情だった。その事が翼を困惑させ、たった今まで感じていた激情もどこかへと消えてしまっていた。

「ど、どういう、事ですか?」
「どういう事も何も、最初から言ってたじゃん? もっとオープンに接してくれていいよって」
「それは、そうですけど…………え?」
「え? じゃないよ。言葉通り、俺にも奏にも遠慮する必要はないって言ってんの」

 言いながら颯人は翼に胸倉を掴んでいる手を離させると、別のソファーに彼女を座らせ自身もその隣に腰掛けた。ここで漸く翼は、何時の間にか自分をソファーに縛り付けていた魔法の鎖が消えていることに気付く。

「ちょっと翼ちゃんに聞くけどさ、奏が翼ちゃんのちょっとした我が儘に目くじら立てるような奴だと思う?」
「それは…………でも、明星さんに関しては話が別だと──」
「んな訳ないっしょ。ちょっと前の奏がどうだったかは知らないけど、少なくとも今はその程度で機嫌悪くしたりはしない筈だよ。寧ろ俺との仲を遠慮して距離取られる方が奏にとっちゃきつい筈さ」

 颯人の言葉には頷ける部分もあったので、翼は彼の言いたいことを自然と理解していた。奏と打ち解け互いに歩み寄り出してからは、奏がそういう遠慮を嫌うタイプであることを感じる様になっていたのだ。

 その事を思うと、ここ最近は確かに奏にとって翼の態度は酷く居心地の悪い物だったことだろう。思い返して申し訳ない気持ちになる。

 颯人は翼がその事を理解したことを察し、軽く彼女の肩を叩きながらフォローの言葉を投げかけた。

「ま、気にすんなって。この手の事を根に持つほど奏も器の小さい女じゃない事くらい翼ちゃんも分かってるでしょ?」
「それは、勿論です!」
「そんなら、この話はこれでお終い。今日はこのまま真っすぐ家に帰って、ぐっすり寝て明日から何時も通りに奏と接してやんな。奏もそれを望んでる筈さ」

 奏も翼との仲直りを望んでいる…………その言葉に、翼は自分の心に覆い被さっていた不安が消えていくのを感じた。気持ちが軽くなり、自然な笑みを浮かべる事が出来るようになっていた。

「明星さん、ありがとうございます。それと、さっきは、お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありませんでした」
「ん、気にしなくていいよ。元はと言えば俺が原因だし、翼ちゃんの本音を引き出す為に煽ったのも事実だしね」
「それでも、です」
「ま、そこまで言うんなら大人しく謝罪は受け取っとくよ。ただ一つ言わせてもらうんなら……」
「何です?」

 軽く首を傾げて続きを促す翼に、颯人は少しおどけた様子で口を開いた。

「俺を呼ぶ時は下の名前で呼んでもらいたいかな」
「下の名前、ですか?」
「そうそう。今後も一緒に戦う仲間な訳だし、気安くいこうや!」
「それは……いえ、そうですね。分かりました、颯人さん」

 翼が自分の事を下の名前で呼んだことに満足そうに頷くと、颯人は懐から懐中時計を取り出し現在時刻を確認する。ぼちぼちいい時間だ。彼はドーナッツの箱を閉めると、残りを全部翼に差し出した。

「んじゃ、そろそろいい時間だし今日はもう帰んな。こいつはお土産にやるよ」
「そんな、悪いですよ!?」
「いいから取っとけって。翼ちゃん立場的にこう言うの気軽に買えないでしょ? 得したと思って貰っときな」

 学生の身分ではあるが、翼は既にツヴァイウィングの片割れとして有名人になってしまっている。そんな彼女が、こういったものを気軽に買う事は正直な話彼の言う通り難しい。出来ない訳ではないが、いろいろと面倒な準備を必要とした。主に、ファンなどに見つからないようにする為の変装などだ。
 その事を考えると、確かにここでもらえると言うのは得と思ってもいいのかもしれない。

 暫し悩んだが、此処は厚意に甘える事にした。決して普段滅多に買えない有名チェーン店のドーナッツの魅力に負けた訳ではない。

「それじゃ、ありがたく頂きます」
「ん、そうしてくれ。それじゃ、また明日」
「はい。颯人さん、お疲れ様でした」

 翼は箱を手に、颯人に別れを告げてその場を立ち去った。その足取りは心なしか今日一番の軽さを見せていた。

 立ち去る翼を見送った颯人。彼は彼女の姿が見えなくなった頃合いを見計らい、大きく溜め息を吐いた。

「はぁ~~、何とか丸く収まったか。奏の方も響ちゃんなら何とかなるだろうし。あとは────」

 颯人はそれまでずっと見ないようにしてきた方に目をやる。それは少し前まで翼が座っていた、颯人が最初に彼女を座らせた場所。

 今そこは、零れたコーヒーと潰れたドーナッツの砂糖でドロドロになっていた。翼はいろいろとあってこのことをすっかり忘れていたようだが、颯人はバッチリ覚えていた。

「これを片さなきゃならないんだよなぁ。ま、自業自得か」
〈コネクト、プリーズ〉

 観念した颯人は、魔法で自宅から掃除道具を引っ張り出しソファーと床を綺麗にすべく1人寂しく掃除を開始するのだった。




 ***




 一方、響に誘われた奏は一般人に正体がバレて騒がれたりしないようにとしっかり変装した上で彼女に連れられて、ある一軒の店に来ていた。

 店の名前は『ふらわー』、響が学友達と贔屓にしているお好み焼き屋である。テレビで有名になるほどの店ではないが知る者からは非常に評判であり、所謂隠れた名店の様な存在となっていた。

 店内はまだ少し時間が早いからか、決して広いとは言えない店内には2人しか客が居ない。

「はいお待ちどうさん! 豚玉二つだよ!」
「はぁい! 待ってましたぁ!」
「どうも。ん~、相変わらず美味そうだ! んじゃ、早速──」

「「いただきます!!」」

 出された二つの皿の上に乗った出来立てのお好み焼き。熱々のお好み焼きの上に掛けられたソースと鰹節の香りが食欲を誘う。更には出来立てであるが故にまだ小さく弾ける油の音が、視覚と嗅覚に加えて聴覚の三つの感覚でもって『食え』と訴えてきた。
 響は自他共に認めるほどよく食べる方だが、奏もどちらかと言えば食べる方だ。皿が出されたのを見た彼女は、響とほぼ同時に手を合わせると箸で豪快に切り分け、大口を開けて口に放り込んだ。乙女の恥じらいも何もない食べ方だが、隣の響も似たようなものだったので気にする必要はないのかもしれない。

 奏は口に広がるお好み焼きの旨味に、堪らず頬を緩ませ歓喜の声を上げた。

「ん~! 久しぶりに食ったけどやっぱここのお好み焼きは最高だよ!」
「ですよね! もうここ以外のお好み焼きなんて考えられないですよ!」
「んもぅ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの!」

 奏は久方ぶりに味わうこの店のお好み焼きの味に、リディアンに通っていた頃の事を思い出しながら舌鼓を打っていた。彼女も学生時代はこの店の常連だったのだ。当然その頃からこの店の女将とは知り合っており、故にこの店は奏が羽を伸ばして食事が出来る数少ない場所であった。

 どれほど時間が経っただろうか。既に最初の豚玉は2人の胃の中に消えており、互いに今度は別のお好み焼きを注文したところであった。

 女将は次の注文を作るので忙しそうだ。となると、話をするなら今しかない。そう思った奏は、響が突然自分をこの店に誘った理由を問い掛けた。

「んで? 今日はどうしたんだ?」
「あ~、えっとですねぇ~……」

 奏に問い掛けられて、響は少し考え込んでしまう。

 実は、響が奏を誘ったのは颯人に頼まれたからだ。曰く、響が装者となった事に奏が悩んでいるようだから2人でじっくり話して元気付けてやってくれ、と。
 響としても、奏と2人で話すことは吝かではなかった。寧ろ、色々とあってじっくり話す機会がなかったのでちょうどいいとすら思っていたくらいだ。

 だがいざこうしてみると、何を話したものかと悩んでしまった。颯人から事前に、奏は響を装者にしてしまったことを悩んでいるようだと言う事を聞かされていたのだが、響自身は装者となってしまった事を欠片も不幸と感じていないので悩まれても困るのである。

 暫し考えた末に、とりあえず奏をここに連れてきた理由を響は話すことにした。どの道、颯人の差し金であることは何処かで判明するのだろうしさっさとバラしても問題はないだろうとの判断だ。

「実は、颯人さんに言われたんです。奏さんが、私を装者にしちゃったことでまだ悩んでいるみたいだって」
「えっ!? あ、あ~……そう、だな。確かに…………」

 響がガングニールを纏って戦うようになりその原因が判明した時、奏は即座にその事を響に謝罪している。自身の弱さの所為で無関係だった筈の響を巻き込んでしまった事に強く責任を感じていたのだ。
 その時は響も即座に許すどころか、ノイズの脅威から人々を守ることに意気込みすら見せていたのでそれ以上何かを話すことはなかったのだが、その時話しただけではやはり奏の後悔は晴れる事無く未だに心の中で燻っている状態だった。

「うん…………やっぱり、今でも後悔は消えないし響にも悪いと思ってるよ。あたしの不甲斐無さの所為で、響を危険に巻き込んじまってさ」
「私は、そんな事気にしてませんよ?」
「響が気にする気にしないじゃないんだ。あたしがあたし自身を許せないんだ。あたしが戦う事を選んだのだって、元はと言えばノイズへの復讐とかが理由だってのに、さ」

 目を瞑れば今でも思い出せる。目の前でノイズによって殺された家族の姿、そして何も出来ずウィズによって颯人が連れ去られるあの瞬間。ウィズに関しては颯人の為でもあったのでもう恨みとかはそこまでないが、あの時の無力感は未だに忘れられない。
 言ってしまえば、奏が戦いに身を投じるようになったのは全て自分の為であった。家族を奪われた事への復讐心と何も出来ず大切な者を連れ去られた無力感を拭い去る為。途中でそれ以外の理由も見つけることは出来たが、結局のところ彼女が戦い始めた理由はそこに行きつく。

 対して響はどうだ? 彼女は身勝手で戦いに身を投じた奏のとばっちりで戦う力を無理やり与えられ、命の危険と隣り合わせの日々を送っているのだ。
 それについて、どうしても奏は自分が許せなかった。もしあの時、2年前のライブ会場での戦いの時、もっとうまく立ち回れていたらそもそも響がシンフォギアを得ることも戦いに巻き込まれることもなかったのではないか? 奏はどうしてもその考えを拭い去ることが出来なかった。

 思い悩んで思わず頭を抱える奏。そんな彼女の様子を見て、響は優しく笑みを浮かべると頭を抱えている奏の手をそっと取り両手で包み込んだ。

「? ────響?」
「私、奏さんの過去に何があったかなんて知りませんし、今ここでそれを聞こうとも思ってません。ただ、一つ言えるのは、あの時の事があったから私は今ここに居るんです」

 そう。今でこそ響はこうして元気にしているが、最初にガングニールを纏った時はそれが無かったら間違いなくノイズの餌食になっていたのだ。彼女が最初に二課と接する切っ掛けとなったあの日、小さな女の子を連れて逃げた先で響はノイズの群れに囲まれてしまっていた。あの時は翼と奏もあの場に向かってきていたのだが、響がガングニールを纏うことが出来なければまず間違いなく手遅れになっていただろう。

 その事を考えると、響は奏の悩みが的外れのように感じられた。

「だから、奏さんは気にせずこれからも私の先輩として仲良くしてほしいんです。ノイズとの戦いだったら私はへいき、へっちゃらですから!」

 そう言って響は奏に眩しいくらいの笑みを向けた。その笑みに、奏は自身の心の中に燻ぶる蟠りが無くなっていくのを感じた。
 心で理解したのだ。響は奏の事を恨んでいないどころか、感謝してくれていると言う事を。結局のところ自分が抱えていた悩みがただの独り善がりであることを察し大きく溜め息と共にそれを吐き出した。

「はぁぁぁ~~……」
「あ、あのぉ?」
「ん? あぁ、気にすんな。ただ自分がどれだけ無意味な悩みを抱えてたかを理解して馬鹿らしくなっただけだから」
「馬鹿らしく?」
「そ、馬鹿らしく。まぁあれだ、とにかくありがとよ。おかげで元気出たわ」
「ん~、何かよく分かんないですけど、奏さんが元気になってくれたみたいで良かったです!」

 何となくだが、奏がいつもの調子を取り戻したことを感じ取り嬉しそうに笑みを浮かべる響。それと同時に女将が二品目の皿を2人の前に出した。

「ほい、シーフード二つお上がり!」
「おっ! 待ってました!」
「えへへ、実は喋ってたら何だかまたお腹が空いてきたところだったんですよ!」

 いいタイミングで出された二皿目に、奏と響は勢いよく齧り付く。

 その際、奏の表情にはもう先程までの憂いは欠片も残ってはいないのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第14話でした。

翼との険悪な雰囲気があっさり解消しましたが、奏が生存してる以上翼の精神もかなり安定していると思うのでちょっと嫉妬する程度でそこまで引き摺る事はないと思ったのでこうなりました。個人的にドロドロした話を長引かせるのが嫌だったと言うのもありますがね。

響に関しては、この作品では奏の方が活躍が多くなるのでこう言うところで頑張ってもらいました。漫画版によると奏と響はイメージ的に親鳥と雛鳥らしいので、今後も颯人が近くにいない時は響が奏の心の支えになってくれることでしょう。

それでは今回はこれにて。

執筆の糧となりますので、感想その他お待ちしています。 

 

第15話:見抜かれる者

 
前書き
どうも、黒井です。

今回も読んでくださりありがとうございます。

2020・04・23:アドバイザーの方から色々と指摘を受け、後半を一部書き直しました。 

 
「おはようございま~……って、あれ? 今日は颯人まだ来てないの?」

 その日、奏が二課本部の司令室を訪れた時、珍しい事にまだ颯人は来ていなかった。意外かもしれないが、二課に協力するようになってからと言うもの颯人は装者三人よりも早くに本部に来ていた。そしてその度に何かしら差し入れ(大体はマスドのドーナッツ)を司令室のソファーの上に置いているのだが、今日は彼の姿は勿論差し入れも無かった。

「旦那、今日颯人は?」
「いや、俺もまだ見てないな」
「珍しいですよね。何時もならとっくの昔に来てる筈なのに」

 弦十郎に続き朔也までもが首を傾げる。その様子に奏はちょっぴり不安を覚えた。彼に限ってもしもと言う事はないだろうが、それでももし何かトラブルに巻き込まれていたら? 一応連絡は取ってみるべきかと、二課専用の通信機を取り出した。

 その時である。

「ふぁ~~、おはようさん」

 突然欠伸を噛み締めながら颯人が姿を現した。扉が開閉した様子が無い事から、恐らくはテレポートの魔法でここまで直接やってきたのだろう。

 いきなり姿を現した颯人に、通信機を取り出していた奏は一瞬面食らった。

「うぉぅっ!? 何だ颯人、どうした今日は?」
「随分眠そうだけど、もしかして徹夜でもしてたとか?」

 依然として欠伸を噛み殺し、眠そうに目をしばたかせる颯人。
 まさか彼に限って夜遊びなどする事はないと漠然と信じている奏だったが、彼は明らかに寝不足と言った様子だった。少なくとも睡眠時間を十分取れていないことは明らかである。

 もしや自分達に内緒で夜の間に何かやっていたのでは? と心配する奏達だったが、彼の口から出てきたのは予想外の言葉だった。

「いや、昨日は少し戦闘で魔力使い過ぎてさ。その上ここ最近連戦だったでしょ? 流石に魔力の回復が追い付かなくってさ」

 そう言って彼は再び大きく欠伸をする。ここで初めて奏達は、魔力の回復手段を知る事となった。

「魔力って、寝れば回復するもんなのか?」
「寝るだけじゃなくて物食うことでも回復するよ。だから派手に魔法使った後は矢鱈と腹が減るんだ」
〈コネクト、プリーズ〉

 話しながら颯人はコネクトの魔法でどこぞのハンバーガーショップの紙袋を取り出し、中からハンバーガーを一つ手に取り口にする。眠気が抜けきらず気怠そうな様子とは裏腹に、ハンバーガーは物凄い勢いで形を無くしあっという間に颯人の腹の中に収まった。
 すかさず二個目を口にする颯人だったが、その彼に了子が興味津々と言った様子で近付いた。

「ふ~ん、要は休息で回復するものなのね?」
「一応他にも色々と方法はあるみたいだけど、一番手軽なのはこの方法らしいよ」
「他の方法って?」
「ん~、これは魔法使い同士じゃないと使えない方法だけど、魔力の受け渡しで回復するって方法もある」

 そう言いながらハンバーガーは既に三個目を食べ終え、四個目に突入していた。この時点で少しは魔力も回復してきているのか、先程よりは目もしっかり開いている。

 魔力に余裕が出来てきたからか、徐に颯人は四個目のハンバーガーを食べながら奏に紙袋を差し出してきた。目が食べるか? と訊ねている。既に朝食は済ませているが、折角だしと奏は一つ貰い齧り付いた。

 奏が取り出したのが最後の一個だったのか、颯人は紙袋を片手で器用に潰すと再びコネクトの魔法で今度はゴミとなった紙袋を魔法陣の向こうに突っ込み代わりにマスドの箱を取り出した。

「ほいこれ、今日のお土産」
「あら、何時も悪いわねぇ」
「な~に、いいって事よ。さて、目も覚めてきたし、腹ごなしも兼ねて少し体動かすかな」

 了子が箱の中身を物色する傍ら、颯人は軽く体を伸ばすと本部内のシミュレーターに向かうべく司令室を出ていった。奏もついて行こうか迷ったが、まずは今後の予定や情報などをチェックしようとソファーに座り端末を取り出そうとする。

 その時、不意に先程の元気のない颯人の姿を思い出した。思えば記憶の中の彼は何時でも元気だった気がする。奏の記憶にある中で颯人に元気がなかったのは、彼の両親が事故死した後と、五年前の遺跡での事件で大怪我を負っていた時くらいではないだろうか。

 思えば随分と珍しいものを見た気がする。

――にしてもあれだな。元気のない颯人って、まるで種の無いスイカみたいだな…………どんな例えだ?――

 ふとした瞬間に浮かんだ意味不明な例えに、内心で自分の感性に疑問を抱きつつ、近くのソファーに向かい歩き出し――――――

「あ、そうそう言い忘れたてけどさ」
「ヴァァァァァッ!?」

 出し抜けに目の前に90度真横に傾いた颯人の頭だけが現れ、洒落にならない叫び声が奏の口から飛び出した。その悲鳴に司令室に居た者が全員そちらを見て、颯人の首だけが浮いている光景に更に数名が悲鳴を上げた。

 対する首だけとなった颯人本人は、幽霊でも見たかのような顔をしている奏に今の自分がどういう風に見えるかを考えたのか少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「あ、ごめん。ビックリした?」
「心臓止まるかと思っただろうがッ!? 何考えてんだッ!?」
「いや、この方が早かったからさ」
「お前は……はぁ。ったくもう、それで? 何?」

 殆ど悪びれた様子も見せずにいる颯人に、奏はこれ以上文句を言っても無駄と悟りさっさと用件を聞き出そうとした。
 今彼がどこにいるかは分からないが、首が繋がっている魔法陣の向こう側はこちらとは逆に首無しのデュラハン状態となっている筈だ。何も知らない職員がその光景を見たら、下手すると腰を抜かすかもしれない。早々に用件を聞き出して首を引っ込めてもらわなければ。

 因みにこの奏の判断は時既に遅しであり、既に数人の職員が首無しで廊下に立っている颯人の姿に悲鳴を上げていた。しかもご丁寧に、颯人は首から下をドレスアップの魔法で鎧武者に変えている。これで幽霊を疑わないのは無理があった。

 この一件が原因となり、暫く二課本部内には時折首無しの鎧武者が現れるという噂が流れる事になるのだった。

 閑話休題。

 そんな事など露知らず、奏が問い掛けると颯人は首だけの状態で手短に用件を告げた。

「あぁ、んな大したことじゃないんだけどさ。箱の端にあるカラフルな奴は俺のだから食わないでねって話」
「分かった分かった。分かったからさっさと首引っ込めな。変な噂流れるから」

 繰り返すが、奏の心配は既に手遅れだった。颯人の確信犯的行動により、向こう暫くは変な噂が流れる事が確定している。

「へいへい。んじゃ、また後で」

 半ば追い払われるように首を魔法陣の中に引っ込める颯人を見送った奏。彼の頭が無くなり魔法陣も消え、扉の方を見て誰も入ってこないのを見ると奏は早速了子に近付き彼女が物色しているマスドの箱を横から覗き見る。すると確かに箱の端の方に、矢鱈とカラフルなドーナッツが入っていた。これが颯人の言っていた奴だろう。

 それを見た瞬間、奏は一切躊躇せずそれを掴むと口に運んだ。奏の行動を見て真っ先に弦十郎が慌てて口を開く。

「おいおい、奏ッ!? それは今さっき颯人君が食べるなと言っていた奴じゃないのかッ!?」

 非難混じりに弦十郎が言うと、奏はあっけらかんとした様子でドーナッツを平らげながら答えた。

「いいのいいの。こちとらしょっちゅう揶揄われてんだから。こう言うところで仕返ししとかないと」
「因みにこの事を颯人君には――?」
「言う訳ないっしょ? 颯人には盛大に困ってもらうんだから」

 口の端に着いたチョコを舐めとりながら、奏はニヤリと笑みを浮かべる。悪戯っ子の様なその笑みに、司令室の者は全員が同じことを思った。

 似た者同士…………と。




***




 それから時が経ち、学業を終えた翼に遅れ響も本部へとやって来た。
 彼女達に加えて、既に本部で控えていた颯人と奏も交えミーティングが行われた。

 その内容は、この二課本部の地下深くに保管されているデュランダルと言う聖遺物――それも保存状態が良好な所謂『完全聖遺物』と呼ばれる物――に関するものであった。
 要約すれば、それが敵に狙われており、ここ最近頻発するノイズの発生はデュランダルを狙ったものである可能性が高いというのである。

 弦十郎達はそれに加えて、デュランダルを巡って国家間で色々と複雑な足り鳥などがある事を話し合っていたが、それ以上に颯人が気になったのはノイズの発生に何者かの作為が働いているかもしれない、と言う事であった。

 思い出すのは5年前、奏が家族を失い颯人が奏と別れる切っ掛けとなった遺跡での惨劇だ。
 二課に協力する事になってから知った事だが、あの時の遺跡にも聖遺物があったらしい。

 完全聖遺物が保存された二課本部周辺で頻発するノイズの発生と、聖遺物の存在する遺跡に発生したノイズ。これは果たして偶然だろうか?

 その事に対し疑問を抱き、1人悶々としていると奏がそれに気付き声を掛けてきた。

「どうした、颯人? 考え事か?」
「ん? あぁ…………奏さ、5年前の事、どう思う?」

 5年前……奏にとっても当時の事は忌まわしき過去なのか、颯人の口からその言葉が出た時奏は露骨に顔を顰めた。
 それを見て、颯人は己の言葉が軽率だったと気付き口を噤んだ。

「……悪い。迂闊だった。今のは忘れてくれ」
「いや、もう大丈夫だよ。それで、5年前がどうしたって?」
「もし……もしも、だ。あの時出たノイズも、誰かが遺跡にあった聖遺物を奏の親父さん達に取られないように誰かが(けしか)けたものだったら…………どうするよ?」

 颯人からのその問い掛けに、奏はすぐには答えなかった。顔から表情を消し、何処とも知れぬ虚空をじっと見つめていた。

 答えを返さぬ奏を、颯人は急かすことなくじっと見つめる。

「颯人は、あれも誰かの仕業だって思ってるの?」
「確証はねえよ。ただ、人気が多くない所にノイズが出たって話はあんま聞かないから、あんなところに出るなんざ余程の偶然か誰かの作為が働くしかないって思ってさ」

 自分で言っていて、だんだんと颯人の心にはどす黒い感情が渦巻き始める。
 もし本当に5年前の出来事が誰かの意思によるものだとしたら、颯人はその相手を絶対に許すことは出来そうにない。
 そいつの所為で、奏は心に傷を負い命を危険に晒す戦いに身を投じることになったのだ。その報いを受けさせねば気が済まない。

 彼も気付かぬ内に拳を握り締め、掌に爪が食い込むほど握り締める。

 その握り締められた拳に、奏がそっと手を乗せた。

「ッ!?」
「何でお前がそんなに怒ってんだよ?」
「いや……別に……ってか、奏はいいのかよ?」

 普通に考えれば奏がもっと怒りを見せてもいい話の筈だ。にも拘らず、彼女は微塵も怒りを感じた様子を見せない。
 あの時の事を完全に整理を付けた訳でもないだろう。
 だというのに何故?

「勿論、アタシだってあの時の事を完全に整理つけた訳じゃないよ? ただ、それでも今は颯人が居てくれるだろ?」
「――――え?」
「あの時の事は今でも思い出すだけで嫌な思いになるけど、颯人は……アタシの希望は今ここに居る。そう思えば、嫌な思い出だって乗り越えられるんだよ」
「え、あ、そう……」

 自分の事をじっと見つめてそんな事を告げる奏に、颯人は一瞬自分の耳を疑った。
 奏がそんなことを自分から口にするとは思ってもみなかったのだ。

 何時も口先手先で奏を翻弄する側だったので、思わぬ奏からの天然の反撃に珍しく気が動転してしまったのである。
 らしくなくドギマギする颯人だったが、それでも流石にマジシャンとしてポーカーフェイスを鍛えていただけに、その内心を奏に悟られるようなヘマはしなかった。残された理性と表情筋を総動員して見た目だけでも平常を保って見せた。

 もしここで表情を少しでも変化させていたら、すかさず奏が鬼の首を取ったように攻め立てるだろう。

 尤も、平常を保てたのは表面だけで心の方はまだ動揺しまくりだったが。

「ん? 颯人?」
「んあっ!? 何っ?」
「何? はこっちのセリフだよ。どうした、急にボーっとして?」
「いや…………な、何でもねぇよ。ちょっと色々考えすぎて、脳が糖分不足になっちまっただけだ」
〈コネクト、プリーズ〉

 話題を強引に変えるべく、颯人は少し離れた所に置かれているマスドの箱を魔法で引き寄せた。今朝、司令室の者達への差し入れとして持ってきた奴だ。
 これには当然奏や翼、響達の分も入っている。

「ちょいと休憩しよう少なくとも翼ちゃんと響ちゃんはまだ食ってないだろこれ」

 まだ動揺が抜けていないのか早口になる颯人に奏は疑問を感じたが、彼女にとってそれはどうでもいい事であった。

 颯人が箱を開けるのを、奏は近くでほくそ笑みながら見ていた。颯人と翼、響以外は知っている。あの中に、颯人が自分用に買ったやつが入っていないことを。

 期待に胸を膨らませる奏の視線と、呆れを滲ませた弦十郎達の視線を受けながら颯人は箱を開け――――――その中身を見た瞬間動きを止めた。

「…………おい、奏」
「ん~? 何?」

 突然動きを止めた颯人に何事かと注目していた翼と響。事情を知らない2人を余所に、颯人は低いトーンの声で奏に声を掛けながらゆっくりと彼女の方に顔を向けた。その颯人の様子に、奏はこみ上げる笑いを抑えきれないのか声を弾ませる。

「お前、俺が食うなよっつったドーナッツ食べただろ?」
「知らないよ、そんなの。最初から入ってなかったんじゃない?」
「ほほぅ――?」

 飽く迄も白を切る奏。颯人の言葉と奏の様子から何があったかを察して翼は思わず額に手を当て溜め息を吐いた。今日は珍しく奏が反撃しているようだが、正直に言わせてもらえば下らない争いとしか言いようがなかった。

 だがそれは飽く迄も外野から見た様子である。当の本人たちからすればこれもまたある種の真剣勝負であった。そして真剣勝負であるが故に、颯人もやられてばかりではなく反撃に移った。

「でも俺はそんなお前の正直な心を信じてる」
「は?」
〈コネクト、プリーズ〉

 颯人は真剣な表情で魔法陣から一つの小箱を取り出した。真新しい、買ってから一度も開けていないトランプの箱だ。彼は取り出したそれの未開封であることを示すセキュリティーシールを剥がすと、中身を取り出し素早くシャッフルし始めた。流石にカードマジックでよく扱うだけあって、その動きには一切の澱みや無駄がない。

 一頻りカードをシャッフルした颯人は、そこから一枚を奏に選ばせた。

「ほれ、どれでもいいから一枚引きな」

 言われて奏は少し顎に手を当てながら考え、本当に適当に一枚選んだ。彼女が選んだカードはクラブのJだった。

 颯人はそのカードを奏から受け取ると、マジックペンでそのカードに『犯人は私です』と言う文字を書き込んでいく。突如始まったマジックショーに、しかし最早これもここ数日で見慣れたものとなっている為何も言うことなく何が行われるのかを奏以外の周囲の者は見物していた。

 寧ろ神経を張り詰めているのは奏の方だ。まだ何も口に出してはいないが、これはタネを見破る事が出来なければ何か罰ゲーム的なものを課せられる流れである。それを全力で阻止する為、奏は颯人の一挙手一投足に神経を集中させていた。

 周囲からの視線を浴びつつ、文字を書き終えた颯人は奏を含め周囲の者にそのカードを見せつけ山に戻した。

「今、確かにカードはこの中に入ったな? これを今からシャッフルするぞ」

 再び颯人の手の中でシャッフルされるカード。奏がそれを真剣な表情で見つめていると、徐に颯人が今度は奏にカードのシャッフルを要求した。

「奏、お前も何回か切ってくれ」
「え?……おぅ」

 渡されたカードをシャッフルする奏。

 その様子を見て、響は翼に声を掛ける。

「あの、どうなるんでしょうこれから?」
「さあ? ただこの流れは…………」
「この流れは?」
「…………奏がロクでもない目に合う未来しか見えないわ」

 翼の懸念を他所に、奏は切り終えたカードを颯人に返した。颯人はそれを受け取ると、丹念にシャッフルされたカードを指差しながら周囲に問い掛けた。

「今、このカードの中には奏が選んで俺が書いた、『犯人は私です』と書かれたクラブのJがある。俺はそれが今どこにあるのかは分からない。でも……」
「でも…………何?」
「奏は、奏の心はそれがどこにあるのかを知っている。奏、俺が今から一枚ずつ引いてくからタイミング見てストップって言いな」

 言うが早いか、颯人は一枚ずつ引くとそれを脇に置いていく。何枚かそれが繰り返されるのを見て、山が半分ほどになったところで――――

「ストップ!」

 奏の声に、颯人が動きを止める。彼は今手に持っているカードを捨てずに、裏返したままの状態で全員に見せた。

「奏、お前が選んだのはこれでいいんだな?」
「あぁ、いいよ」
「よし。奏は確かにこれを選んだ。そしてこれには、さっき書いた文字が書かれてる。口では何だかんだ言っても、正直な奏の心は自分の罪を認め白状してる筈だ」
「大した自信だね。もしそれで何も書かれてない奴だったらどうする?」
「そん時は奏が思いつく限り一番高いケーキでも何でも奢ってやるよ。ただし書かれてるやつだったらその時は今日一日メイド服姿になってもらうからな」

 そう言うと颯人は裏返したままのカードをひっくり返して絵柄を全員に見せた。奏を含め誰もが固唾を飲んで見つめていると、その絵柄が明らかになる。

 果たしてそこにあったのは…………『犯人は私です』と書かれたクラブのJだった。

「はぁっ?!」
「あ……」
「あ~ぁ」

 颯人が勝ち誇った顔をする中、奏は驚愕の表情でカードを引っ手繰りそれに何の仕掛けも施されていないのを見ると、捨てられたカードや未だ颯人の手の中にある山をも奪い取り何かタネがないかを確認していく。特にカードが二枚重ねになっていないかを念入りに調べた。と言うのも、過去に似たようなシチュエーションで全く同じようにして罰ゲームをさせられたことがあったのだ。その時のタネは予め全てのカードが二枚重ねになっているというものだったが、今回はそうなってはいないらしい。

「おいおい、買ったばかりの新品を開けたのはお前も見てただろ?」
「ぐっ――――!?」
「さぁて、奏?…………覚悟は良いか?」

 タネを見破る事が出来ず、悔しそうに歯噛みする奏の手を取り颯人はドレスアップのウィザードリングを嵌めさせる。咄嗟に翼や弦十郎、響達に助けを求める視線を向けるが、誰もが一様に全てを諦めた顔をしている。
 助けはなく、魔法は秒読み段階。事此処に至り、奏は全てを察した。あの時ドーナッツの事を話したのは彼の罠だったのだ。言われなければあんな変な色のドーナッツ、手を出すことはしなかった。颯人がキープしているドーナッツという餌に、奏はまんまと食い付いてしまったのだ。

「チックショォォッ!?」
〈ドレスアップ、プリーズ〉

 勝ち誇った颯人の顔を前に、奏は叫び声を上げあえなく魔法を掛けられてしまうのだった。 
 

 
後書き
読んでくださりありがとうございました。

執筆の糧となりますので、感想その他お待ちしています。

それでは。 

 

第16話:最高のショー、その予約

 
前書き
2020・04・24:後半を大幅に書き直しました。 

 
「――――風鳴司令、翼さんの方そろそろお時間ですので」

 司令室の中央付近、ミーティングが行われているその場所で眼鏡をかけた慎次が弦十郎に声を掛けた。その表情は若干引き攣っている。

「翼さん、今晩はアルバムの打ち合わせが入っています」
「ッ! そうか、なら今日のミーティングはここまでだな。翼、行くといい」
「はい、それでは失礼します!」

 慎二は表の顔はツヴァイウィングのマネージャーを務めている。彼の登場でミーティングはなし崩し的にお開きとなり、翼は彼の後についてその場を立ち去っていく。

――――――のだが、その際の彼女の表情はどこか解放されたような、それでいてどこか名残惜しさを感じさせるものとなっていた。それはある意味で彼女だけではない。颯人と奏の2人を除いた全員が肩から力を抜き顔から緊張が無くなる。

 肝心の2人――――颯人と奏だが、2二人は互いに対照的な顔をしていた。まず颯人の方だが、彼は心底楽しそうな笑みを奏に向けている。

 問題は奏の方だ。彼女は何かを堪える様に、しかし隠しようのない怒りと屈辱に表情を歪めていた。その理由を理解しつつ、慎次と翼について行かない彼女に颯人はおちょくるような視線を向けながら問い掛けた。

「ん? 奏は一緒に行かなくてもいいのか?」
「…………今日は翼ソロの仕事だよ。あたしは別」
「それだけ?」
「──────ッ!?」

 理由など分かっているだろうに、それでも尚楽しむように問い掛けてくる颯人に遂に奏の堪忍袋の緒が切れた。

「こんな格好で外出られるかッ!?」

 そう言って奏は自身の服装を指差す。

 今の彼女の恰好は、いつもの私服ではなくメイド服となっていた。それもメイド喫茶などで見るような変にスカートの短いものではない。本場の貴族の屋敷に努めているような、決して華美ではなくスカートも長い本格仕様だった。派手さはないが、明らかにこの場どころか街中でも異質で目立つこと確実な恰好である。

 私服の中にチューブトップとホットパンツがある事から察することが出来るが、奏は露出の多い服を着る事に対しても抵抗が少ない。
 だが肌の露出の多い服と本格メイド服では話が別なのかかなり恥ずかしいらしく、顔を赤くしているがその理由は怒りだけでなく羞恥が入っていることは明らかだ。

 それを理解しているので、颯人は殊更に楽しそうな笑みを浮かべてメイド服姿の奏を眺めていた。

「だっつってもさ、元々は俺が食うなって言ったドーナッツを奏が食っちまったのが悪いんじゃねぇか。人の物勝手にとった罰だ、罰」

 決して間違ったことを言っている訳ではないので、颯人の言葉に奏は何も言えなくなってしまう。それでも諦めきれないのか、奏は抵抗を試みた。

「大体さっきのトランプ、あれ得意の手品だろッ!?」
「だったら? そこまで言うならタネ見破ってみろよ?」
「ぐぬぬ────!?」

 2人の様子に今日はこのまま颯人が勝ち逃げ、奏は一日メイド服で過ごすことになるのかと弦十郎を含め二課の職員の誰もが思っていた。

 その時、響が動いた。彼女は徐に颯人の右手を掴むと、何も言わずにそれを上下に振った。奏を揶揄う事に意識を向けていた颯人はそれを止める間もなかった。

 すると──────

 パラパラッ、パラッ

「「ッ!?」」
「あ……」

 響が両手を上下させるのに合わせて、颯人の上着の袖口から数枚のトランプカードが舞い落ちた。絵柄は違うが、その全てにこう書かれていた。

『犯人は私です』…………と。

 袖口から零れ落ちたカードを見て颯人と奏は固まり、あっさりとタネを見破った響は意外なほど気の抜けたような声を上げる。弦十郎を始め誰もがその光景を唖然と眺める中、颯人は黙ってカードを拾い集め──────

「────やっぱり仕掛けてやがったかぁぁぁっ!?」
「クソッ!? 響ちゃんにバレるのは流石に想定外だったッ!?」

 再起動した奏の叫びで始まる恒例の追いかけっこ。奏は長いスカートを可能な限り手で持ってたくし上げた状態で颯人を追いかけた。正直傍から見るとかなり危険なレベルでたくし上げているのだが、奏自身も颯人もその事には気が付いていない。

 あっという間に走って行ってしまった2人の後ろ姿を見送った響達。どうしたものかと呆然としている響に、弦十郎が感嘆の声を掛けた。

「…………響君、よくあの手品のタネが分かったな?」
「え? あぁ、いや、テレビなんかだと手品師とかイカサマ師って袖の中にカード隠してる事が多い印象だったからもしかしたらって思って。でもまさか本当にあるとは……」
「察するに、奏ちゃんが選んだカードを抜き取る寸前に袖に隠してたカードとすり替えたのね。見事な腕前だわ」
「あれ? でも颯人の奴、奏ちゃんが選んだカード以外も袖の中に隠してたみたいですよ? それに最初に奏ちゃんがカードを選んだ時は本当にランダムだった筈なのに──?」

 了子の分析で一瞬颯人のマジックのタネが明らかになったかに思えたが、朔也の発言により再び不可解な事実が明らかとなる。

 その謎に対して、弦十郎がある考察を述べる。

「……これは俺の勘だが、颯人君は触れただけでそれがどんなカードなのか分かるんじゃないか?」
「触れただけ…………ですか?」
「そうだ。昔映画か何かで見たことがある。優れたイカサマ師は、目で見ずとも開いた本が何ページなのかを知ることが出来ると言う。もしかすると彼も──」

 弦十郎の考察に、朔也などはそんなまさかと言う顔をしていた。彼だけではない。この場に残っている誰もが、彼の考察に対し似たり寄ったりな顔をしている。まぁ普通に考えれば、そんなことできる訳はないという結論に至るだろう。

 そう、普通に考えれば…………だ。




***




 一方、話題の渦中にある颯人の方はと言うと…………。

「わっはっはっはっはっ!」
「待てこらぁぁぁぁっ!?」

 上機嫌で奏から逃げ続けていた。
 つい先程、無自覚とは言え奏に気を動転させられた時の鬱憤を晴らすかの如く、盛大に高笑いしながら二課本部の廊下を駆け抜け、奏がそれを必死に追いかける。

 しかし現状は奏に不利だった。何しろ奏は今ロングスカートのメイド服姿だ。走るのには適していない。寧ろここまで颯人についてこれたのが奇跡である。

 案の定、奏は徐々に颯人から引き離されていた。
 いつものパターンで言えば、このまま颯人に逃げられて奏が地団太を踏むのが常であった。

 しかし、今回は違った。奏は徐に硬貨を二枚取り出すと、それを渾身の力を込めて颯人に向けて投擲したのである。

「逃がすかおらぁぁぁぁぁっ!?」

 奏が投擲した硬貨は真っすぐ颯人に向け飛んでいく。颯人はそれに気付く事なく――――

「いぃってぇぇっ?!」

 背中に思いっきり硬貨が直撃し足が止まった。

 それを見て奏が勝ち誇った笑みを浮かべるが、ここで奏も予想していなかった事態になる。
 奏が投げた硬貨が直撃した痛みで足が止まった際、足を(もつ)れさせる颯人。そのまま彼はよろけながらも進み続け、止まる事も出来ず壁に頭から激突した。

「あいだっ?!」
「あっ!? 颯人ッ!?」

 この展開は予想外だったのか、奏は笑みを引っ込めて頭を押さえて蹲る颯人に近付いた。彼の事を表面上だけでも知っている者であれば演技を疑って近付くのを躊躇いそうなものだが、今彼が壁に激突した時の音が冗談では済まされないレベルであることに気付いている奏はその可能性を考慮せず颯人を心配して近付く。

 果たして、彼は本当に壁に激突しているらしく奏が近付いても何のアクションも起こさなかった。
 額を抑えている颯人の肩に奏が優しく手を掛ける。

「大丈夫か颯人?」
「う~、大事は無いけどめっちゃイテェ」
「立てるか? ほら、そこにベンチあるから」

 奏のエスコートで近くのベンチに座る颯人。
 彼を座らせた奏は、颯人の足止めに貢献した硬貨で冷えた缶ジュースを買って颯人に渡した。

「ほら、これで冷やしな」
「あ~、悪い」
「気にすんなって。こっちも悪かった」
「いや、それは別にいいんだけどよ、あんなの何処で覚えた?」

 颯人の記憶にある限り、奏があんな事をした覚えはない。どう考えてもここ最近で覚えた技術である。
 そう考え訊ねると、奏は少し得意げな様子で颯人からの疑問に答えた。

「2年前からちょくちょく練習してたんだよ。颯人に逃げられないように、ね」
「変なもん覚えやがって、銭形平次かよ」
「こっちだって何時までも逃げられるのを指咥えて見てるだけじゃないんだよ。ただ今回は悪かった」
「そこはもういいよ」

 そこまで話して颯人は徐に額を冷やしていた缶を離し額に手を当て、コブが大分引っ込んだのを見るともう大丈夫と判断してプルタブを開けて中身に口を付けた。

 缶の中身を一気に全部煽ると、空になった缶をゴミ箱に放り投げる。投げた缶は綺麗な放物線を描き見事にゴミ箱に入った。

 ゴミとなった缶がゴミ箱に入ったのを見届けた奏は、颯人の額に手を伸ばして問題がない事を確かめた。その手付きから彼は奏が自分を本気で気遣ってくれている事を感じた。

「ん、もう大丈夫そうだな」

 奏が安堵の溜め息を吐く。その彼女の仕草だけで、本気で心配してくれているのが颯人には分かった。
 そんな彼女の様子に颯人は疑問を口にした。

「なぁ、そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないか?」
「何を?」
「奏が俺をどう思ってるのか。まだ告白に答えてもらってないんだけど?」

 ここでその問い掛けがされると思っていなかったのか、今度は奏が気を動転させた。

「んなっ!? ――んで今その事聞いてくんだよ!?」
「いいだろ? こっちはずっとお預け喰らってんだぞ。答え強請って何が悪い?」

 あっけらかんと告げてくる颯人に、奏は手を引っ込めそっぽを向いた。

 奏としては、彼の告白に応えるのは吝かではない。ただ、彼女とて1人の女、乙女である。愛の告白をするならそれ相応のムードが欲しい。
 少なくともこんなところでやっつけ気味に答えるようなことはしたくなかった。

「絶対答えない。答えて欲しかったらもっとムードを整えろ」
「じゃあせめて俺の事をどう思ってるのか教えて」
「い、や、だ!」

 意地でも答えない姿勢を見せる奏に、颯人はアプローチを変えた。

「それなら、ムードを整えたら答えてくれるんだな?」
「え?」
「今自分で言ったじゃん。ムード整えれば答えるって、そう言う事だろ?」

 自分の言葉尻を取られ、奏は顔を赤くしながら目を白黒させた。彼に付け入る隙を与えてしまった、己の迂闊さに頭を抱えたくなる。
 だがそれ以上に、彼が本気だと言う事が分かり期待している自分にも気付いていた。

 彼ならきっと、本当に相応のムードを整えた場所で告白してくれるだろう。
 何しろ彼はエンターテイナーとしての自分に誇りを持っている。場を盛り上げる事、人の心を沸かせることに関しては絶対に手を抜かない。

「よ、よし、分かった! アタシが満足できるようなムード作ってくれたら答えてやろうじゃないか!!」
「お、言ったな! よぉし、言質取ったからな。忘れんなよ?」

 颯人は楽しそうに笑みを浮かべ、顎を人差し指で叩いた。
 いや、楽しそうに、ではない。本気で彼は楽しんでいた。何しろこれは彼にとって最大のエンターテインメント、愛する女性を最高に満足させる為のショーを自らの手でプロデュースするのだ。
 心躍らない訳がない。

 結局のところ、彼は生粋のエンターテイナーなのだ。

 そんな颯人の様子に、奏は今更ながらとんでもない事を言ってしまったような気になり恥ずかしさを感じつつ、どのようなムードを作ってくるのかと言う期待で頬をほんのり赤く染めた。

「あ! 見つけた!」

 颯人が楽しそうに奏への告白のムードをどのようにするかを考えていると、近くの角から響が顔を出した。どうやら2人を探してきたらしい。

 2人を見つけた響は、何処か楽しそうな颯人と顔を赤くしている奏に首を傾げた。

「あの、2人ともどうしたんですか?」
「な、何でもない!? 何でもないから気にすんな!?」
「そそ、何時もの事だから気にしなくても大丈夫さ。ところで俺ら捜してたみたいだけどどうしたの?」

 訊ねはするが、響の目的は颯人には予想がついていた。大方なかなか戻ってこない奏――ついでに颯人も――を探していたのだろう。響は奏によく懐いている。

「奏さん達がなかなか戻ってこないから、どうしたのかなって」
「あぁ、悪い悪い。颯人捕まえようとしたらちょっとトラブってね」
「トラブル?」
「もう大丈夫だから気にしなくて大丈夫。んじゃ、そろそろ行くか」

 颯人が懐から懐中時計を取り出して時間を見ると、思っていた以上に時間が経っていたことに気付いた。確かにそろそろいい時間だ。

 首を回しながら颯人は立ち上がり、その場を立ち去ろうとした。

「んじゃ、そろそろお暇するかね」

 そして帰って奏に告白する為に最高のムードを演出する為の策を練らねば。

 そう思っていたのだが、徐に奏が彼の肩を掴んで引き留めた。

「ちょっと待ちな。まだアタシの用事が全部済んでない」
「――――ん?」
「ん? じゃないよ。分かってんだろ?」

 どこか凄みを感じさせる奏の言葉に、颯人が冷や汗をかく。今度はポーカーフェイスを崩した、始めて見る彼の表情に響が颯人と奏の顔を交互に見る。

「さ~て、颯人……覚悟は良いな?」
「一応聞く…………駄目って言ったら聞いてくれんのか?」

 どこか懇願する様な颯人の言葉。
 それを聞いて奏はニコリと笑みを浮かべると…………無言で彼の耳を掴んで思いっきり引っ張った。

「駄目に決まってんだろうがッ!!」
「あいででででででっ?!」

 背中から抱き着くようにして颯人の首に腕を回し、彼の頭を固定した状態で右耳を引っ張る奏。情け容赦のない仕打ちに、颯人は堪らず暴れ出すが奏がガッチリ掴まっている為振りほどけない。

 体勢的に颯人の背には奏の胸が押し当てられているのだが、今の彼にその感触を堪能している余裕は無かった。

「ごめんなさいごめんなさいっ!? 痛い痛い、千切れるって!?」
「安心しろ、この程度で千切れるほどお前の体は軟じゃない」
「俺限定っ!? いやマジで悪かったって、服元戻すから勘弁してくれッ!?」
「だ~め」

 言い方は可愛いが、内容は颯人にとって死刑宣告に等しい言葉。

 結局颯人はその後奏の気が済むまで耳を引っ張られ続け、その間二課本部内には珍しく彼の悲鳴が響くことになるのだった。 
 

 
後書き
*色々とありまして2020・04・24に後半を大幅に書き直しました。ワイズマンと颯人の対峙などが大幅にカットになりましたが、ご了承ください。

今回も読んでくださりありがとうございました。執筆の糧となりますので感想その他、表現や展開への指摘なども随時受け付けておりますのでよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第17話:月下の遭遇

 
前書き
どうも、黒井です。

今回はみんな大好き、そして今翼共々性格の違うanotherの登場により話題沸騰中のクリスが登場します。

*2020.3.23:諸事情により、この話で登場するメイジのメインカラーを青から白に変更しました。 

 
 とある湖畔の屋敷、その中の一室に3人の人影があった。

 1人は女性、抜群のプロポーションを羽織った白衣だけで隠した長い金髪の女性だ。白衣とストッキングしか身に付けていないので目のやり場に非常に困る。

 その被害を最も受けているのは、この場で唯一の男性でもある少年だった。首にスカーフを巻いた少年と青年の中間と言った感じの彼は、目の前に立つ女性の目のやり場に困る恰好を前にして居心地悪そうに顔を逸らしている。

 残る1人は少女だ。こちらは長い銀髪を頭の後ろでツインテールにしているが、こちらもこちらで発育は良い。目の前の女性には負けているが、同年代では並ぶ者は少ないだろう。
 その少女は、居心地悪そうにしている少年に何とも言えぬ目を向け、次に女性に少し鋭い視線を向ける。

 少女からの視線を意にも介さず、女性は薄く笑みを浮かべながら2枚の写真を手に口を開いた。

「いい事? さっきも言った通り、最優先目標はこの子……立花 響よ。で、その次が──」
「明星 颯人、赤い魔法使いだろ? もう何度も言われなくたって覚えたっつうの」

 女性の言葉に食い気味に少女が答え、少年がそれに同意するように頷く。少女からの返答に、しかし女性は気を悪くした様子もなく頷くとその場を離れていった。

「分かっているならばいいわ。その代わり、しっかりとやりなさい。失敗したらお仕置きだからね?」

 そう言って立ち去る女性の後姿を見送る2人。部屋から女性が出ていき、少し経ったところで少女が苛立ったように口を開いた。

「けっ! 信用してねぇな、あたしらの事。見てろよフィーネ、あたしと(とおる)の前に敵は居ねえんだ。行こうぜ」

 少女は女性──フィーネの出ていった扉に向けて吐き捨て、透と呼ばれた少年を伴って別の扉から出ていった。

 その少年の両手には、妙に装飾の大きな指輪が嵌められ、少女の首には飾り気のない赤い結晶の様なものが付いたペンダントが掛けられていた。




 ***




 その日夕方から夜半に掛けて、突如街に大量のノイズが出現した。出現場所は分散しており、一か所ずつ対処していてはとてもではないが間に合わない。

 止む無く颯人と奏、翼はそれぞれ持ち場を決めて分散してノイズに対処していた。

 なお今回、響は戦闘に参加していない。理由は、親友である小日向 未来と今夜見る事が出来るとされている流星群を見させる為である。彼女はこの日の為に課題を頑張って終え、約束を果たせることを喜んでいた。

 そんな時に入ったノイズ大量出現の報。

 当初は響も掃討戦に参加させるつもりであったが、前々から親友と流星群を見る約束をしている事を聞かされていた奏はそれに待ったをかけた。
 響の日々の頑張りを知っている翼もそれに同調し、さらに颯人が現在の戦力なら響が抜けた程度で後れは取らないと説いたのだ。

 結果、今回の戦闘では響の参加は見送られることとなりノイズは颯人と奏、翼の3人で相手をする事となったのである。

 なったのだが──────

「ぬあぁぁぁぁっ!? 流石に数が多すぎるッ!?」

 この日だけでもう二桁は軽く超えているノイズ撃破スコアに、流石の颯人も悲鳴に近い声を上げた。

 通信によれば、奏と翼の方もかなりの数のノイズに遭遇しており合流することは出来ないそうだ。

 その間にも颯人は向かい来るノイズをガンモードのウィザーソードガンで撃ち抜いていく。
 しかしやはり数が多く、目の前には道路を埋め尽くさんばかりに大量のノイズが蔓延っていた。

 だがよく見てみると、目に見える範囲で空を飛ぶノイズは確認できない。先程までは居たのだが、地上のノイズを始末している時に上から攻撃されると面倒臭いので先にハリケーンスタイルになって倒しておいたのだ。
 さらに言えば大型のノイズも見当たらない。

 とくれば…………やりようはある。

「戦列歩兵ってか」
〈コピー、プリーズ〉
「「もういっちょ」」
〈〈コピー、プリーズ〉〉
「「「「更に!」」」」
〈〈〈〈コピー、プリーズ〉〉〉〉

 コピーを繰り返し、総勢8人の颯人が道路に横一文字に並んだ。その状態で8人の颯人が同時にガンモードのウィザーソードガンを構え、一糸乱れぬ動きで引き金を引く。

 その昔、欧州にてマスケット銃が兵士の装備として採用された時、当時の兵士達は互いに有視界距離で横一文字に並び号令を合図に撃ち合いを繰り広げていた。

 今颯人が行っているのはその当時の戦列歩兵による一斉射撃と非常によく似ていたが、大きく異なるのは当時のマスケット銃が一発撃ったら次弾装填に時間が掛かっていたのに対して颯人のそれは彼の魔力が持続する限り何発でも撃てる。

 しかもノイズには遠距離攻撃する手段が基本的に存在しない。一部のノイズはあるにはあるが、銃撃戦が繰り広げられるようなノイズは存在しなかった。

 物の数分と経たずに道路に蔓延っていたノイズは一掃された。苦戦したと言うほどの事はなかったが、これほどの数を相手にするとやはり魔力の消費が少々激しい。

 できればそろそろ終わりにしたいところなのだが…………。

「奏達の方はどうなってるかねぇ?」
『颯人君、聞こえますか?』
「おっ! 友里さんかい? ちょうど良かった、奏達の方はどうなってるんで?」
『それが、その…………響ちゃんが、翼さんと合流して』
「えぇっ!? 響ちゃん来ちゃったの?」

 何でも、やはり自分1人が戦いから離れて颯人達に全て押し付けるのは申し訳ないからと、流星群を見終わったところで急いで戦闘に参加してきたらしい。
 一応約束は守ったようだが、律儀と言うかなんと言うかである。

「しゃーねーなぁ、それで? 状況はどんな感じです?」
『現在ノイズ自体は殆ど掃討完了しているわ。奏ちゃんの方がまだ少し残ってるみたいだけど』
「んじゃ俺、奏の方に行くんでナビ頼みます」
『了解よ。そのまま西に向かって』
「了解っと!」

 颯人はあおいの指示の下、奏が担当している地点に向けて愛車である専用バイクのマシンウィンガーを走らせるのだった。




 ***




 一方、翼と合流した響は2人で協力してノイズを掃討し、気付けば街中にある公園に辿り着いていた。

 既にノイズは見える範囲で全て討伐し、辺りは戦闘中とは打って変わって静かになっていた。

「ふぃ~……」
「お疲れ様、立花。それと、ごめんなさい。折角友達との約束があったのに」
「あ、いえ! 流れ星はちゃんと見られましたから、大丈夫ですよ!」
「そう? それならいいのだけれど。それより…………まだ?」
「う…………はい」

 顔を覗き込むようにしながらの翼からの問い掛けに、響は表情に影を落としながら頷いた。彼女が暗くなった理由は、未だ出せずにいるアームドギアにあった。
 もう何度も訓練し、奏や翼に何度も話を聞いたりしているのに響は未だにアームドギアが出せないのだ。

 このままでは自分が足を引っ張るだけと分かってはいるのに、どうする事も出来ない。それが響にはどうしても情けなく、知らず知らずの内に己を追い込んでしまっていた。

 そんな響に対し、翼は先輩として何と声を掛けていいか分からずにいた。

 彼女と奏は特に難しい事を考えずに普通にアームドギアが扱えていたので、アドバイスできることがなかったのだ。

 それでも先輩として、何か言うべきだという事は分かっている。
 だが何を言うべきか分からず、先輩として不甲斐なさを感じてこちらも気分を落ち込ませていた。

「何で、ですかね? 私だって、守りたいって気持ちは本物の筈なんです。奏さんみたいにやれたらって。なのに…………」
「それは…………」

 何とも気まずい雰囲気が2人の間に流れ始めた…………その時である。

「何だい何だい、折角来たってのに随分と暗~い雰囲気してんじゃねえかよ?」
「「ッ!?」」

 突如2人に掛けられた少女の声。聞きなれない声に揃って身構えて声のした方を見ると、公園の暗がりから案の定1人の少女が姿を現した。

 全身を細かい鱗上のパーツで構成された鎧。頭部はバイザーで覆われ、両肩からは無数の紫色の棘が並んでいる。

 その姿が月明かりに照らされ明らかになった瞬間、翼が驚愕の声を上げた。

「まさか、それは、ネフシュタンの鎧だとッ!?」
「ん~? あんたこの鎧知ってんだ?」
「当たり前だッ! 2年前、私達の不始末と不手際で失われたもの、失われた命ッ!? 忘れる訳がないッ!?」
「それで? どうするつもりだ?」

 翼の言葉に、少女は両肩から伸びる鎖状の鞭を手に身構える。

 その様子を見て、翼もまたアームドギアを構えた。

「知れた事ッ! その鎧、此処で返してもらうッ!!」

 互いに戦闘体勢に移行する翼と少女。だが響はそんな2人の間に割って入り、戦いを止めようとした。

「ま、待ってください翼さんッ!? 相手は同じ人間、ノイズじゃないんですよッ!? それなのに──」

「「戦場で何を馬鹿なことをッ!!」」

 曲がりなりにも人間同士で争おうとした2人を止めようとした響だったが、結果2人に同時に叱られることとなってしまった。左右からステレオで怒鳴られ、思わず首を竦める響。

 一方、一言一句同じ言葉を同時に口にした2人は、互いに妙なシンパシーを感じていた。

「意外ね。あなたとは気が合いそう」
「なら、仲良くじゃれ合うかい?」
「あぁ……参るッ!!」




 ***




 翼がネフシュタンの鎧の少女と戦闘に突入したのを、本部の司令室で弦十郎が苦虫を噛み潰したような顔でモニター越しに見ていた。

「まさか、こんなところであれが出てくるとはな」
「2年前、あのライブ会場を利用した実験の際に何者かに強奪されたネフシュタンの鎧。懸命な捜索にも拘らず行方不明になっていた筈だけど、よりにもよってそれが敵として出てくるなんてね」

 モニターの向こうでは、翼とネフシュタンの少女が激しく戦っている。戦況は一進一退と言いたいところだが…………正直に言って、翼が押され気味と言うのが現状だ。
 共に戦っていた筈の響は、少女が持っていた杖から召喚されたダチョウ型ノイズの粘液によって拘束されてしまっている。

 こうなると頼みの綱は、未だ合流していない颯人と奏になるのだが…………。

「肝心の2人も、ただ事ではないようだな」

 険しい表情で弦十郎が呟く。彼の視線の先では、別のモニターに映った颯人と奏の姿があった。

 その2人の前には、何処となくウィザードと似た姿の戦士が立ち塞がるように佇んでいた。




 ***




 奏と合流した颯人は、彼女が手を焼いていたブドウの様なノイズを合流して早々に仕留めていた。それが彼女の担当していた地点での最後のノイズであり、周囲にノイズの姿が無くなったことで2人は翼と響に合流しようとしていた。

 そんな時、そいつは現れた。翼達の元へ向かう為、マシンウィンガーに颯人が跨り奏がそれにタンデムしたところで、颯人に攻撃を仕掛けてきたのだ。

「くっ!?」

 咄嗟に奏を抱えて愛車から飛び降りる颯人。

 突然の襲撃者から距離を取り、奏と共に身構える颯人はそこに居た相手に仮面の奥で驚愕に目を見開いた。

「なっ、メイジだぁっ!?」
「メイジ? それがあいつの名前か?」

 驚愕の声で彼が口走った名前に奏が確認を取るように訊ねると、彼は若干の修正を加えながら答えた。

「あぁ、正確にはあいつ自身じゃなくあの格好をした奴がメイジだ。俺のこの姿がウィザードって言うみたいにな?」
「な~るほど。で? あいつは颯人の知り合いか?」
「知り合いっつうか……ま、敵だな。そこら辺詳しい事はまた後で説明してやるよ」

 颯人が奏に簡単に説明している前でその襲撃者――白い宝石のような仮面の魔法使い・メイジは、右手に細身、左手に幅広の剣を持って構えを取った。どうやらやる気満々らしい。

 だがその割には殺意の様なものが感じられない。どちらかと言うと、闘志とかそんな感じだ。
 その事が颯人に違和感を抱かせる。彼が今まで戦ってきたメイジとは、何かが違っていた。

 その事に疑問を抱きつつ奏と共にメイジと対峙していると、本部から緊急の通信が入った。

『奏、颯人君! 急いで指定した場所の公園に向かってくれ、翼と響君が苦戦している!?』
「何だって!? 翼が、ノイズ相手に!?」
『いや違う。敵はネフシュタンの鎧を纏った少女だ!?』
「なっ!?」

 奏と弦十郎の会話は当然颯人にも聞こえている。
 彼はそのネフシュタンの鎧と言うものが何なのか知らなかったので奏が驚愕する理由も分からなかったが、少なくとも翼と響が危機的状況にある事だけは分かった。

 となると、今すぐ指定された場所に向かうのが最適なのだろうが、どうにも目の前にいるメイジはそれを許してくれなさそうだった。

 案の定奏の様子から何かを察したのか、通信が終わる前に奴は攻撃を仕掛けてきた。

「危ねぇっ!?」

 思いの外素早い動きに、一瞬反応が遅れつつも颯人は振るわれた2本の剣をウィザーソードガンで受け止めた。

 そのまま剣戟の応酬に移行するが、二刀流相手に剣一本では少々分が悪い。素早く振るわれる2つの刃を前に、颯人は防戦一方となっていた。
 縦、横、斜め、更には一方をフェイントにしての時間差攻撃など素早く多彩な攻撃にウィザードは仮面の奥で冷や汗を流した。

「くっ!? やっぱ白頭は違うな、流石は幹部候補ってかッ!?」
「颯人ッ!!」
『どうしたッ!?』
「旦那、悪いがこっちも今取り込み中だッ! 出来るだけ急ぐけど直ぐには行けそうにないッ!?」

 苦戦する颯人を見て、奏は早々に通信を切り上げるとアームドギアを構えて助太刀に入った。彼女は颯人以上に得物が大きい為彼以上にこの相手は不向きなのだが、そこは2人と言う数の利を生かして対抗する。

「合わせろ颯人ッ!」
「あぁっ!」

 2人は息の合ったコンビネーションでメイジの二刀流に対抗していく。

 奏のアームドギアは大型の為取り回しに難があるが、その分攻撃力が高い。

 対する颯人は彼女に比べると威力は劣るが取り回しには優れている。

 互いの得意不得意を上手く組み合わせ、入れ代わり立ち代わり攻撃を仕掛け今度は逆にメイジを押し返した。

 颯人が前面に出てメイジの注意を引き、自分への警戒が疎かになったタイミングを見計らい奏が大振りの一撃を放つ。
 それを肌で感じた颯人は咄嗟に身を屈めると、メイジは回避不能な距離にまで迫った奏の一撃を辛うじて防御するが大きく吹き飛ばされてしまった。

 呻き声一つ上げずビルの壁に叩き付けられたメイジ。だが見た目以上にタフなのか直ぐに体勢を立て直すと再び両手の剣を構えて2人と戦う意思を見せた。

 正直な話、このまま戦っても勝てないことはないだろう。奏とのコンビネーションを前に、このメイジは完全に押されていた。勝てる可能性は高い。

 だが、翼達を差し置いてこの相手にかまけていいかと言われれば話は別だ。聞けば翼達は苦戦を強いられているとのこと。
 ここは早々にこいつを何とかして翼達との合流を目指さなければならない。

 奏がその事に内心で焦りを見せ始めると、不意に颯人が話し掛けてきた。

「なぁ奏。少しの間でいいからあいつの注意を引いてくれるか?」
「少し? それくらいなら何とかなるだろうけど……」

 あのメイジの行動を見る限り、完全に2人の足止めが目的でそれ以外に何かを仕出かす気が感じられない。
 ならばここは一瞬の隙を見て翼達と合流するのが最善手と考えウィザードは簡単に作戦を奏に説明した。

 奏はその作戦を聞くと、それが一番だと了解し早速行動に移した。

「はぁぁぁぁっ!」

 颯人の援護射撃を受けながらメイジに突撃する奏。先程とは異なる行動に、しかし相手は冷静に対応した。

〈バリアー、ナーウ〉

 青い魔法陣からなる障壁で颯人の銃弾を防ぎ奏を迎え打つ体勢を整え、彼女が攻撃圏内に入ると即座に障壁を解除し攻撃に移った。

 すると突然颯人からの援護射撃が無くなった。恐らく誤射を恐れて撃つのを止めたのだろう、メイジはそう考え奏に対し可能な限り接近戦を仕掛け続けた。

 これに対し奏はひたすら守りに徹する。

 縦横無尽に振るわれる二本の剣を、アームドギアの長さを生かして防ぎ続ける。
 攻めに回れない事にもどかしさを感じつつ懸命に待ち続けた結果、遂に念願の好機が訪れた。

 奏を攻めているメイジ、その鎧に無数の銃弾が突き刺さったのだ。

「ッ!?!?」

 突如として奏を避ける様にした軌道を描いてメイジに殺到する銃弾。その攻撃に面食らいメイジは動きを止めてしまう。

 その瞬間を見逃さず奏はアームドギアを地面に突き立て、穂先に溜めたエネルギーを一気にメイジに向けて開放しながら振り抜いた。

「喰らいなッ!!」
[SATURN∞BREAK]

 一気に解放されたエネルギーは地面を砕きながらメイジに向かっていく。直前の颯人の銃撃で怯んでいたメイジはこれを回避することが出来ず、手にした武器を盾に防ぐしかできなかった。

 奏の攻撃が直撃し、大きく吹き飛ばされるメイジ。

 その隙に颯人は奏を呼び寄せる。

「奏、今の内だ。来いッ!」
「分かった!」

 跳躍して一気に颯人の隣に立った奏。
 彼は彼女が近付くと迷わず彼女の腰を掴んで引き寄せながらテレポート・ウィザードリングを装着した右手をハンドオーサーに翳した。

 その際、当然ながら突然の行動に顔を赤くした奏の抗議が飛んだが状況が状況だった為、彼はをれを無視した。

「お、おいっ!?」
「四の五の抜かすな、これが一番確実なんだよ! 置いてきぼり喰らいたくなかったら大人しくしてろ!」
「ッ!? お、おぅ……」
〈テレポート、プリーズ〉

 奏を抱き寄せたまま、2人は転移魔法でその場から一瞬で翼達が苦戦している公園へ転移する。

 後には奏が最後に放った攻撃により破壊された道路と、それで吹き飛ばされた状態から体勢を立て直したメイジだけが残されていた。

 メイジは2人が転移すると、一瞬そこを見ていたがすぐにある方向に目を向け右手の指輪を別の物に変えハンドオーサーに翳した。

〈コネクト、ナーウ〉

 詠唱後、すぐ近くに現れた魔法陣に両手の武器を入れるとそれと交換で一本の箒の様な槍を引っ張り出した。

 それを持って駆け出し飛び乗ると、メイジと槍――ライドスクレイパー――が魔法陣に包まれ槍の形状が僅かに変化。柄尻にあるブラシ状の部位が肥大化し、穂先はハンドル、棒部分には簡易的なシートが装着された。

 メイジがそのまま跨ると、形状が変化したライドスクレイパーは浮遊し何処かへと飛び去って行く。

 メイジが飛び去った事でつい先程まで激しい戦闘が行われていた街中は、それが嘘だったかのような静寂に包まれた。後に残されたのは、戦闘があったことを知らせる破壊痕だけであった。 
 

 
後書き
と言う訳で第17話でした。

メイジと行動を共にしているクリスですが、一期では特にクリスを巡るストーリーが奏に次いで大きく弄られる予定です。どんな変化があるかは今後のストーリーをお楽しみに。

執筆の糧となりますので、感想その他、描写や展開に対する指摘も随時募集していますのでよろしくお願いします。

それでは。 

 

第18話:解き放たれる魔弓

 時は少し遡り、ウィザード達がメイジと戦闘に入っていた頃、翼はネフシュタンの鎧を着た少女を相手に苦戦を強いられていた。

「ガハッ?!」
「翼さんッ!?」

 ネフシュタンの少女の蹴りが、一瞬の隙を突いて翼の腹に突き刺さる。翼はその一撃を諸に喰らってしまい、苦悶の声を上げながら吹き飛ばされた。

「ネフシュタンの力だなんて思うなよ? あたしの天辺は、まだまだこんなもんじゃねぇぞ?」

 蹴り飛ばされた先で蹲る翼に対し、ネフシュタンの少女は余裕の表情を崩さない。口元に笑みを湛え、翼を見下した目で見ている。
 堪らず翼の援護の為に飛び出そうとする響だったが、少女が向けた杖から放たれたノイズによりそれは阻まれてしまう事となった。

「お呼びじゃないんだよ、こいつらの相手でもしてな」
「えっ、ノイズが操られてる!? どうして?!」
「そいつがこの、ソロモンの杖の力なんだよ。雑魚は雑魚らしく、ノイズと戯れてな!」

 矢鱈と背丈が高く、天辺には丸い頭部と鳥の嘴の様な突起が付いている。トーテムポールとダチョウが融合したような姿のノイズだ。
 そのノイズの嘴から放たれた粘液により絡め捕られ、響は身動きを封じられてしまった。

「うえぇっ!? 何これ、動けないッ!?」

 響が完全に身動きを封じられたことに少女は勝ち誇ったような笑みを浮かべるが、次の瞬間体勢を立て直した翼が大剣にしたアームドギアを手に突撃した。

「はあぁぁぁっ!!」
「ッ!? くっ!?」

 咄嗟に鞭を両手で掴み翼の一撃を防ぐ少女。相手が守勢に回ったと見て、翼は更に追撃した。

「油断したな! その子にかまけたのが命取りだ!!」
「このっ!? 調子に、乗るなぁッ!!」

 勢いに乗せて何度も振るわれる大剣を何度か防いだ少女は、鞭を翼の足元に向け突き刺すように投擲する。その攻撃を僅かに下がる事で回避した翼だったが、少女は地面に鞭が突き刺さったその反動を利用して逆にその場から大きく距離を取った。彼女の狙いが攻撃ではなく大剣の間合いからの退避であることに気付いた翼は逃すまいと接近しようとするが、それより早くに少女が地面に突き刺したのとは逆の方の鞭から白いエネルギーの球体を放った。

「ちょせぇっ!!」
[NIRVANA GEDON]

 自身の接近にカウンターで放たれた球体を、翼は大剣を盾にすることで何とか防ぐ。だがこの攻撃が意外と威力が高く、防ぐ為にはその場に踏み止まらざるを得なかった。

 それこそが少女の狙いであった。彼女は地面に突き刺した方の鞭を回収するとそちらから今のと同じ技を放ったのだ。

「もってけ、ダブルだッ!!」

 先程の奴にこれが直撃すれば、2つのエネルギーが爆発して凄まじい威力になる。それは分かっているのだが、前述した通り今の翼は踏み止まるので精一杯であり回避の為に動くことが出来ない。

 そのままエネルギー球が翼に迫り──────

「ん? うおぉぉぉぉっ!?」
「どわぁぁぁぁっ?!」

 何の偶然か、転移したウィザードと奏が翼とエネルギー球の間に現れた。迫るエネルギー球に気付いた2人は咄嗟に防御態勢を取り、2人で受け止めたことでエネルギー球を押し退ける事に成功する。

「ッ! ハァッ!!」

 それを見て気合を入れ直した翼も、何とかエネルギー球を打ち払う事が出来た。

 窮地を脱した翼。だが転移した直後に敵の攻撃に曝されることとなった奏は、とんでもない所に出たウィザードに猛然と抗議した。

「あ、あっぶねぇぇぇ……」
「何で敵の攻撃のド真ん前に出るんだよッ!? しず〇ちゃんちの風呂場に出口繋げた〇び太かッ!?」
「しょうがねえだろッ!? 穴掘った先に何があるか分かるモグラが居るかッ!? つかあっちは明らかに確信犯だろうがッ! 普通だったら玄関先とかに出口繋げるわッ!!」
「じゃあ颯人も公園の入り口に出れば良かったじゃないか。それが何で公園の中で、しかも敵の攻撃のド真ん前なんだよ? 馬鹿かお前はッ!?」

「と、止めなくていいんでしょうか?」
「……止まると思う?」
「う……」

「………………お~い」

 互いにヒートアップしてきたのか、2人の言い争いは続いた。翼と響のみならず、ネフシュタンの少女も間に割って入ることが出来ず2人の口喧嘩をジトっとした目で見ている。声を掛けても無視されていた。

「んなもんお前が翼ちゃん達の危機に焦ってると思ったから、直ぐに戦闘に参加できるようにしてやろうとしただけじゃないか。それに結果的に翼ちゃん助けられたんだから御の字だろうがッ!」
「開き直んなッ!? 一歩間違えれば何もせぬままにお陀仏だって分かってんのかお前はッ!?」

「…………おい」

「いいだろうが、結局間違いは起こらなかったんだし。過ぎた事を何時までもグダグダ言うなッ!?」
「あ、お前それ言ったらお終いだろうがッ! 結果論で反論封殺とか汚ねえぞッ!?」
「封殺じゃありません~、事実です~。危なかったのは確かだけどお陰で翼ちゃんの窮地助けられたんだからそれでいいだろうが。なぁ翼ちゃん?」
「へっ!? あ、まぁ…………はい」
「ほら?」
「この野郎────!?」

「……おい!」

「大体なッ!? 転移する時いきなり腰掴むな、ビックリすんだろうがッ!?」
「だ~か~ら、一緒に転移する時は接触してれば確実だったんだよ。緊急時の人工呼吸みたいなもんだ、いちいち目くじら立てんなッ!」
「触るだけなら手ぇ掴むだけで良かったろうがッ! 腰掴んで引き寄せるとか、下心見え見えなんだよ馬鹿ッ!?」
「ねぇよ、下心なんてッ!? ガキじゃねぇんだからあの程度で騒ぐなッ!?」
「何をぉっ!?」
「やるかッ!?」

「オイッ!?」

「「さっきから何だよッ!?」」

 自分を無視して2人だけで喧嘩を続けるウィザードと奏に、業を煮やしたネフシュタンの少女は大声で2人に声を掛ける。間に割って入られたことで2人揃って怒鳴り返すと、それに腹を立てたのか少女は再び2人に向けてエネルギー球を放った。

「無視すんなッ!?」
[NIRVANA GEDON]

 放たれたエネルギー球を、2人は防御せず翼の傍にまで飛び退くことで回避する。半ばやけくそ気味に放った攻撃を回避され、ネフシュタンの少女は盛大に舌打ちした。

 一方、翼の傍まで飛び退いた2人はそれまでの険悪な雰囲気を一瞬で霧散させ、息の合った動きで響を拘束しているダチョウ型ノイズを一瞬で始末し2人を庇う様に立ち塞がる。

「やれやれ、気性の荒いお嬢ちゃんだ。まるで警戒心の強い猫だな」
「猫云々はともかく、あいつがネフシュタンの鎧を使ってるってことは大問題だ。こいつは意地でもお縄についてもらわないとね」
「んじゃ、あのお嬢ちゃんの相手は俺に任せてくんな。ああいう輩は俺向きだ。奏は周り警戒しといてくれ。多分さっきの奴、俺らを追っかけてきてるだろうから」

 然も当然のように且つ素っ気なく奏を下がらせるウィザード。だが彼女は彼の言葉の裏に別の意図があることに気付いていた。

「……その心は?」
「少し休んでなッ!」

 言うが早いか、ウィザードはネフシュタンの少女に向けてソードモードにしたウィザーソードガンを手に突撃した。向かってくる彼に、ネフシュタンの少女は先程無視され続けた怒りも乗せて鎖鞭を叩き付ける。

「ちょせぇっ!!」

 自身に向けて迫る紫色の鎖鞭、ウィザードはそれを受け止める事はせず紙一重で回避すると一気に懐に入り込み少女に剣を振り下ろす。武器の相性的に考えて、中距離ならともかく近距離ならば少女はロクな反撃も出来ない筈であった。

「もらった!」
「ッ!? んの──!?」

 だが彼の予想に反して少女は対応して見せた。素早く鎖鞭を両手で掴み受け止める体勢を取ってウィザードの斬撃を受け止めると、その状態で足を振り上げウィザードを蹴り上げようとする。
 寸でのところでそれに気付いた彼は、軸をずらして横に転がるようにして蹴りを回避。そこから膝立ちになったままガンモードにしたウィザーソードガンの引き金を数回引く。無数の銃弾が少女に向け飛んでいくが、彼女はそれを回転させた鎖鞭で全て防いでしまった。

 ここでウィザードは、少女への攻撃を一旦止めた。彼は素直に、少女の反応速度や対応力に舌を巻いていた。単純に装備の力に頼っていては出せない強さだ。威勢が良いだけではないらしい。

──正面切っての戦いはチョイとばかし厳しい、か。なら!!──

 何時までもこの少女の相手をしていては、先程のメイジが乱入してくる可能性が高い。確定情報ではないが、彼女とあのメイジは無関係ではないだろう。タイミング的に考えて、仲間である可能性は非常に高い。
 ウィザードの知る限り、“例の組織”は魔法使いのみで構成されていた筈なのであの少女とメイジの関係性がイマイチ不明瞭だが、一口に無関係と断じるには出現のタイミングとメイジの動きが不可解過ぎる。関係があるという前提で考えた方が危険は少ないだろう。

 時間を掛けるのは得策ではない…………早々に決着を付けなければ。そう考えたウィザードは左手の指輪を赤から青い物に変えた。

〈ウォーター、プリーズ。スィー、スィー、スィー、スィー!〉

 左手を翳すと青い魔法陣がウィザードの体を包み、仮面は青いひし形となり全身の各赤い部分も同色・同形に変化する。

 司るは水の属性、4つあるウィザードのスタイルの内最も魔力量に優れたウォータースタイルとなったウィザード。その姿にネフシュタンの少女が警戒していると、彼は右手の指輪を別のと交換した。

〈リキッド、プリーズ〉
「チィッ!?」

 ウィザードが右手の指輪を交換した時、“それが何を意味しているかを理解している”少女はウィザードに行動させるのは不味いと鎖鞭を振り下ろした。今度はウィザードは避ける気配も防ぐ気配も見せない。その事に奏達は焦りの表情を浮かべ、対する少女は逆に怪訝な表情を浮かべた。

 双方の表情が変化したのは次の瞬間、鎖鞭がウィザードに直撃した瞬間だった。紫色の鎖鞭が彼の体に触れた瞬間、彼の体はその部分が液状化し鎖鞭は彼の体を素通りしていったのだ。

「なぁっ!?」
「えぇっ!?」
「うそ……」
「おいおい、マジか」

 奏達3人とネフシュタンの少女は目の前の光景に各々異なる反応を見せていたが、共通しているのは全員が驚愕しているという事だ。それはそうだろう、まさか体を液状化させて相手の攻撃を無力化するなど、想像できる訳がない。
 その驚愕こそ、彼が待ち望んだものだった。

「隙ありッ!!」
「あ、しま──」

 驚愕のあまり僅かに動きが鈍ったネフシュタンの少女。ウィザードは彼女に一気に接近すると、体を液状化させ一瞬少女の体に纏わり付き────

「あだだだだだだだっ?!」

 その状態から少女にバックブリーカーを極め、体を元に戻した。液状化している時は力が入っていなかったが、液状化を解除すると一気に力が掛かり一瞬で関節技を決められた少女は予想外の痛みに悲鳴を上げた。

「はっはっはっはっはっ! どうだいどうだい子猫ちゃ~ん?」
「お、お前──!? 女相手にこんな事して、恥ずかしくないのかよッ!?」
「ん? 全然? 何だったらこんなこともしちゃうもんね」

 言うが早いか、ウィザードは再び体を液状化させると少女の体勢を変化させ別の技を決めた状態で再び実体化した。今度は卍固めと言う技だ。肩・脇腹・腰・首筋に走る痛みに、先程以上の悲鳴が少女の口から飛び出した。

「いだぁぁぁぁぁだだだだっ?!」
「ほ~れほれ、こうなったら鞭も蹴りも使えないだろ? 大人しく降参しちまいな」
「傍から見てるとかなり問題あるぞその光景」
「通報待ったなしですね」

 効果的ではあるが、少女相手に一端の男性がプロレス技を掛けると言う光景はそこはかとない犯罪臭が漂っていた。と言うか、状況が状況なら普通に事案だ。警察に通報されても文句は言えない。

 だがそんな事はウィザードにとってどこ吹く風、全く気にした様子を見せなかった。

「うるせぇな、恥ずかし固めを使わないだけ良識ある方だろうがッ!!」
「い、いや~、あんまり大差ないような気が…………」

 因みに恥ずかし固めとは、早い話が女性相手に使う股を大開脚させた状態でホールドする関節技の一種である。キン〇バスターなどが想像しやすいだろうか。
 技の形からして想像できるだろうがこの技は威力も然る事ながら女性が相手の時のビジュアルが他の技に比べて殊更にえげつなく、特にスカートを履いた女性相手に使うと見た目がとんでもない事になる。確かに彼の言う通りこれを年頃の少女相手に極めないのはある意味良識はあるように思えなくもないが、それ以外の技も男性が女性に掛けるのはビジュアル的に問題大有りなので響の言う通りあまり差は感じられなかった。

 とは言え、ビジュアルがどうだろうと効果的であることに変わりはない。こうも綺麗に関節技を極められてしまっては少女に出来ることは降参だけとなるのは誰の目にも明らかである。

 だと言うのに、少女の目には微塵も諦めの色が見られない。それどころか徐に笑みを浮かべ始め、ウィザードは思わず技に掛けている力をほんの少し緩めてしまった。

「く、くくく……」
「あん? 何がおかしい?」
「あぁ、おかしいさ。これで勝った気になってるお前らのお気楽さがね」
「────何?」

 少女の言葉に首を傾げるウィザード。その言葉の意味を問い掛けるよりも早くに、少女が予想外の行動を起こした。

「こういう事さ…………アーマーパージだぁッ!!」

 瞬間、少女が纏っていた銀色の鎧が弾け飛んだ。四方八方に高速で弾け飛ぶ鎧の欠片は密着していたウィザードに容赦なく襲い掛かる。リキッドの魔法の効果でダメージこそ無かったが、至近距離で受けた衝撃は凄まじく液状化したウィザードの体が彼の意思に反して遠くに吹き飛ばされてしまう程だった。

「うぉわぁっ!?」

 吹き飛ばされた先で実体化したウィザードは、アーマーパージの衝撃で舞い上がった土煙を睨みつけながら立ち上がった。

「お~、びっくりした。ったく、何だよそれ。アーマーパージって、どこぞの脱皮かライジングか? そう言えばロボットにもこんな事する奴いたな」

 ボヤキながら土煙の向こうを凝視するが、見えるものなど何もない。だがあの少女は現在文字通りの丸腰の筈だ。何しろ鎧と一緒に唯一の武器である鎖鞭も吹き飛ばしてしまった。その状態で攻撃はしてこないだろう。

 となると、この土煙に乗じて逃げられたか? 彼が半ば本気でそんな事を考えだし、僅かにだが警戒を緩めた………………その時である。

「颯人、危ないッ!?」
「ん? うをっ!?」

 突然背後から飛んできた奏の警告。それに疑問を抱くよりも前に背筋に走った寒気にウィザードは考えるよりも早くに行動を起こし、土煙の向こうから突如奇襲を仕掛けてきたメイジの攻撃をなんとか回避することが出来た。

 間一髪のところで危機を回避できたウィザードは、一度背後に下がり奏達と合流すると取り敢えず先程警告を発してくれた奏に感謝した。

「悪い、奏。助かったぜ」
「気にすんなって」
「しかしお前よくこの状況であいつの接近に気付けたな?」
「ん? あぁ、勘でね。なんとな~く、さ」

 奏の返答を聞きつつ、土煙の向こうを見つめる。遂に追いついてきたメイジが、再び襲い掛かってくることを警戒しているのだ。

 だが、次の瞬間彼らの耳に、全く予想していなかった“歌”が入ってきた。

「Killter Ichaival tron」

「ん!? おい、これって────!?」
「嘘、だろ?」
「まさかッ!?」
「聖詠────?」

 ウィザード達が驚愕する中、視界を覆い隠していた土煙が風に流され晴れていった。

 そこに居たのは、先程からウィザードと奏の前に立ち塞がる1人の白い仮面のメイジ。そして──────

「歌わせちまったな? あたしに…………この雪音 クリスに!!」
「あれは…………」
「シンフォギア──!?」

 先程とは打って変わって、胸元と肩を露出させた赤いドレスのような姿をした、それでいて何処か奏達と似通った装備を身に着けた少女──クリスの姿があった。

「こうなっちまったらもう止められないぞ? お前ら全員…………覚悟は出来てるんだろうな!!」

 両手にボウガン型のアームドギアを持ちそう告げるクリス。それは即ち、新たな戦いの始まりのゴングでもあった。 
 

 
後書き
と言う訳で第18話でした。

前回の後書きでも言いましたが、クリス周りのストーリーは大分弄っております。今回クリスが早々に歌ってシンフォギアを使ったのもその一環です。意外かもしれませんが、今作ではクリスは自分の歌に対してそこまで嫌悪感を抱いておりません。
その理由については後のストーリーで明かしていく予定ですのでお待ちください。

執筆の糧となりますので、感想その他描写や展開に対する指摘も受け付けておりますので、どうかよろしくお願いします。 

 

第19話:危険な演奏会

「イチイバル、だとぉっ!?」

 クリスがネフシュタンの鎧を脱ぎ、新たにシンフォギア・イチイバルを纏った時司令室でモニターを見ながらオペレーターからの報告を聞いた弦十郎は堪らず叫びを上げた。

 何を隠そう、あのイチイバルは元々この二課の所有する聖遺物の一つであったのだ。

 今から10年前に紛失し、それ以降行方が分からなくなっていた第2号聖遺物を用いたシンフォギア。それが今、モニターの向こうで奏達と相対している。それも未確認の魔法使いと思しき者と共に。

 それを見て、まず真っ先に行動を起こしたのは了子であった。

「現場に行くわ」
「了子君ッ!?」

 突然踵を返しながら現場に向かおうとする了子を、弦十郎は慌てて引き留める。

「待つんだッ! 行くなら俺が行く、だから君はここで──」
「悪いけど、そうも言ってられないでしょ? 失われた筈のイチイバルの奪還、加えてあの子が脱ぎ捨てたネフシュタンの鎧を回収する千載一遇の好機なのよ。ジッとしてなんていられないわ」
「だが、危険過ぎる。未知の魔法使いにノイズを操る術を持った相手だ。君はここに残っていろ。行くなら俺と緒川だけで行く」

 弦十郎は了子が現場に向かう事に強い難色を示した。
 彼の言う通り、未知の相手にノイズを操る手段を持ったクリスは自衛の手段を持たない了子にとって大きな脅威だ。ヘタに向かえばとばっちりでシャレにならない被害を受ける可能性もある。

 二課の責任者として、何より“一人の男”として弦十郎は了子の行動を認める訳にはいかなかった。

「見たところ、あの魔法使いっぽいのは動きに悪意が感じられないわ。そもそもの話戦力自体はこちらが勝っている訳だし、身の心配はそんなに必要ないでしょう?」
「それは……えぇいッ!? 問答している時間が惜しい。いいか? 必要以上に勝手な行動は許さないからな!」
「はいはい、それでいいから早くいきましょ」

 半ば強引に現場に向かう了子。弦十郎はそれを仕方なく認め、緒川を伴い現場に向かう為彼女に続き司令室を後にする。

 その際、一度背後を振り返りモニターに目を向ければイチイバルを身に纏ったクリスとメイジがウィザード達との戦闘に突入していた。その様子に一度険しい顔をし、次いで了子の後ろ姿に苦虫を噛み潰したような顔をしてから司令室を出ていくのだった。




***




 一方、クリスと名乗ったイチイバルの装者とメイジと対峙するウィザードは、仮面の奥で一人険しい表情をしていた。

 あのメイジの実力は先程の戦闘で味わった。だからこそ断言できる、奴は強い。
 負けてるなどと弱気になるつもりはないが、さりとて自分の方が強いなどとは逆立ちしても言えなかった。最大限に見栄を張っても互角と言うのが精一杯だった。

 それはクリスも同様だ。彼女もなかなかの強さを持つ。ネフシュタンの鎧を纏っている時もノイズ相手に一戦を終えた後とは言え翼を追い詰めたのだ。
 この上未知のシンフォギアを纏った時、彼女の実力は如何程の物なのか? 

 現状に危機感を颯人が感じていると、彼の隣に奏がアームドギアを構えながら並び立った。突然隣に来た奏に彼がそちらを見やると、彼女は真剣な表情で口を開いた。

「まさかこの期に及んで下がってろ、何て言うつもりじゃないだろ?」
「ん~……まぁな」
「じゃ、文句はないよな?」

 そう言って不敵な笑みを浮かべる奏に、颯人は仮面の奥で溜め息を吐きつつ頼もしさに頬を緩めた。

「あぁ、文句はねぇ。寧ろ頼む」

 颯人がソードモードのウィザーソードガンを構えながら告げると、奏に続き翼と響も並び構えた。

「2人だけを戦わせるのは防人の名折れ。私もッ!」
「わ、私も、皆さんの邪魔にならない程度に頑張ります!!」

 戦う気満々の様子の翼と響。2人の参戦に颯人は奏と顔を見合わせ、同時に肩を竦めた。本当はまだダメージが抜けていないだろう翼と戦力的に不安が残る響には下がっていてほしかったが、問答する時間が惜しい。

 対するクリスは、立ち上がり自分達に対峙しようとする2人を見て明らかに小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「おいおい、さっきあたしにボコボコにされたこともう忘れたのか? お前じゃあたし達には勝てないぜ?」
「先程までの私と思うなッ!」

 言うが早いか、クリスとメイジに向け突撃する翼。彼女がそう動くだろうことは予め予想していたので、それに遅れる事無く奏は彼女に続き颯人はスタイルをフレイムに戻しながらメイジに攻撃を仕掛けた。
 響は颯人に続く。

 迫る奏と翼を、クリスは両手に持った二丁のボウガンで迎え撃つ。通常のボウガンとは異なり複数の光の矢を同時に発射するボウガンから放たれる弾幕を、奏は翼の前に出てアームドギアを回転させ盾にすることで凌ぐ。

「その程度ッ!!」
「チィッ!?」

 急激に距離を詰めてくる奏に流石に不味いと思ったのか、クリスはその場から跳躍して距離を取る。
 その様子から奏はイチイバルを纏ったクリスは接近戦が不得手であることを看破。翼に視線で合図を送ると更に攻勢を強めた。

 接近戦を得意とする2人に攻め立てられるクリスを援護しようとしたのか、メイジがクリスの元へ向かおうとするが颯人はそれを許さなかった。

 背を向けようとしたメイジにウィザーソードガンを振り下ろし、防御させることで強制的にその場に押し留めた。

「響ちゃんッ!!」
「はいッ!! やぁぁぁぁぁっ!!」

 動きを止めたメイジに、響が雄叫びと共に殴り掛かる。固く握りしめられた拳がメイジに迫るが、メイジはそれを左手に持った方の剣だけで弾いてしまった。
 力は籠っていた、フォームも悪くはない。しかし、覚悟が固まっていなかったのだ。理由はただ一つ、相手がノイズではなく人間だから。
 先程は自分が不甲斐ない所為で翼だけに負担をかけ、結果何も出来ずに翼を窮地に立たせてしまった。故に今度は3人について行こうと戦いに参加したのだが、やはり人間相手だとどうしてもまだ覚悟が決まり切らなかったのだ。

 その事を颯人は責める気はない。仕方のない事だし、彼女の性格を考えればこうなる事は簡単に予想できた。
 だからこそ彼はまず自分が攻め、相手に隙を作らせて響がやり易い状況を整えたつもりだったのだが、この程度ではメイジには通用しなかったらしい。

「うあっ?!」
「隙ありッ!」

 だが響の行動は決して無駄ではなかった。メイジが響に気を取られた瞬間、僅かにだがウィザーソードガンを押さえている力が緩んだ。
 それを見逃さず颯人は軸をズラし、メイジの懐に入り込むと刃を叩き込む。

 残念なことにこの攻撃は凌がれてしまい、相手の胴体を浅く切り裂く程度で大したダメージは与えられなかった。
 だがここで嬉しい事態になる。颯人から距離を取ろうとしたのか、後方に跳躍したメイジが偶然にもクリスと背中合わせの形になったのだ。

「ッ!?」
「透ッ!?」

 クリスにとってもこの形になるのは想定外だったのか、密着する形で背後に立ったメイジ──クリス曰く透──の存在に意識をそちらに向けてしまう。

 それを見た瞬間、颯人達は素早く行動を起こした。

「行け響ちゃんッ!!」
「翼もだッ!!」
「は、はいっ!」
「あぁっ!」

 颯人と奏の声を合図に、響と翼が背中合わせになった2人に突撃する。
 一方、颯人はウィザーソードガンをガンモードにして構え、奏もアームドギアを何時でも投擲できるように構えていた。

 今の透とクリスは一見すると互いに背後を守り合っているように見えるが、その実颯人達に追い詰められていた。
 何しろ背後に下がることは出来ず、動ける方向は前と横しかない。そして数の上で不利である現状、四方からの集中攻撃を避ける為には必然的に2人は左右どちらかに動かなければならなかった。それも2人で左右別々に、だ。同じ方向に動いても状況は何も変わらない。
 だがそれをすると当然相方の背中を無防備にしてしまう。

 つまりこの時点で2人は、互いに下がれない状況で4人からの集中攻撃を受けるか危険を覚悟で左右別方向に逃れて包囲を脱するしかないのである。

 それを見越して、颯人と奏はその場に残り響と翼だけを攻撃に向かわせた。2人の攻撃を受け止める様なら颯人達も攻撃に参加すればいいし、どちらかあるいは両方が左右に逃れようとすれば背中を向けている方を颯人と奏がそれぞれ攻撃すればいい。

 奏はこの時点で自分たちの勝利を確信していた。

 しかしここでクリスと透は予想外の動きに出た。徐にクリスが身を屈めると透がその背に乗るようにして後ろに倒れこんだのだ。対するクリスはそれに合わせる様に、否、彼の背を掬い上げる様に体を捻りながら両手に持ったボウガンをそれぞれ迫る翼と響に向けた。

「なっ!?」
「えっ!?」

 突然の行動に一瞬思考が停止する2人。

 その2人に向けてクリスは容赦なく引き金を引き光の矢を放つ。響と翼は咄嗟に防御したがお陰で体勢は崩され、更に響にはクリスの、翼には透の追撃が襲い掛かった。

「くぅっ?!」
「翼ッ!?」
「あっ────」
「させるかッ!?」
〈ディフェンド、プリーズ〉

 翼と響、それぞれに迫る追撃を颯人と奏がフォローして事無きを得る。響に放たれた矢はウィザードの障壁で防がれ、翼に放たれた斬撃は奏が振るったアームドギアにより弾き返された。

 どちらかが隙を晒すのを待って攻撃を翼と響だけに任せたのは失敗だった。

 そう感じた颯人と奏は体勢を立て直した翼・響と共に今度は4人で一斉にクリスと透に攻撃を仕掛けた。流石に倍の戦力で一斉に攻撃されては堪ったものではないだろう。

 ところが──────

「あめぇんだよッ!!」

 クリスと透は互いに向き合うと、透のバックアップを受けてクリスがその場で大きく跳躍した。魔法使いの腕力とシンフォギアによる肉体強化を受けての跳躍は優にビル3階分ほどの高さまで彼女の体を押し上げ、颯人達を俯瞰させた。

 その状態でクリスはボウガン型のアームドギアの形状を変形させ、銃口を3つ持つガトリング砲に変形させた。クリスはそのまま上空で体を横に回転させながら両手に持ったガトリングの引き金を引き、文字通り弾丸を雨霰と4人に降り注がせた。

「うわぁぁぁぁっ?!」
「何だよそれッ!?」

 弾丸の雨を受け、思わずその場で立ち止まってしまう響と奏。

 一方颯人と翼は何とか切り抜けると、地上に1人残された透を仕留めるべく一気に接近した。あの2人、なかなかに連携が良い。片方だけでも早々に潰して連携を崩さないとこちらの被害が大きくなる。

 そう思い透に攻撃を仕掛けたのだが、颯人と翼は思っていた以上の苦戦を強いられた。

 同時に放たれた颯人と翼の斬撃を透は両手にそれぞれ持った剣で弾き、まず手始めに翼の腹に蹴りを入れて大きく引き剥がした。

「ぐはっ?!」

 体をくの字に曲げて蹴り飛ばされる翼を颯人は一瞬見遣るが、直ぐに気を取り直して透の相手に集中した。

 相手が1人になったと見て、苛烈なまでに両手に持った剣で縦横無尽に斬りかかってくるのを颯人はウィザーソードガン一つで迎え撃つ。重く鋭くそれでいて速い斬撃を剣一本で耐え凌ぐのは骨が折れるどころではなかったが、文句を言っても始まらない。
 翼はまだ合流できそうにないし、奏と響は未だ上空からのクリスの弾幕で釘付けにされていた。

 増援が望めない状況に、颯人が仮面の奥で顔を顰めていると、出し抜けに目の前に光の矢が装填されたボウガンが突き付けられた。見れば何時の間にか着地していたクリスがアームドギアを構えていたのだ。

 仮面の奥で目を見開く颯人。その彼にクリスは不敵な笑みを向け、容赦なく引き金を引いた。

「ぐあっ?!」
「へへっ!」

 再び距離を離された颯人に、クリスは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
 それを見て彼は思わず地面を殴りつけ、苛立ちを発散させると体勢を立て直しつつある奏と翼に目配せし3人で一斉にクリスと透に飛び掛かる。

 響は…………まだ体勢が整っていない。1人のけ者にするようで心苦しい気持ちはあるが、此処は仕方がないだろう。

 2人相手ならあっさり対応されたが、今度は3人。しかも颯人は空中から伸ばした鎖で自身を引き上げ上空から攻撃を仕掛けている。

 三次元方向からのものを含んだ三方向同時攻撃、これは流石にどれか一つは刺さる筈だ。

 しかしやはりこの2人の連携は彼らの予想を上回っていた。

〈イエス! ブリザード! アンダスタンドゥ?〉

 突然透が魔法で地面を凍らせると、2人は徐に互いに左手に持った方の武器を上に放った。そして空になった左手を繋ぎ合わせると、その左手を中心に凍った足場を滑ってメリーゴーランドの様に回転し始めたのだ。

「「なっ!?」」

 既に攻撃できる距離まで近づいていた奏と翼はその行動に一瞬どちらを攻撃するべきか迷い、そこを突かれてクリスと透両方の攻撃を喰らってしまう。

「ッ!? チィッ!?」
〈フレイム、スラッシュストライク! ヒーヒーヒー! 〉

 先んじて攻撃を仕掛けた筈の奏と翼が返り討ちにあったのを見て、颯人は大技で2人を纏めて薙ぎ払う事を選択した。
 本当は奏と翼の攻撃で動きを止めた2人を同時に攻撃して連携を崩すつもりだったのに、こちらが逆に連携を崩されてしまったのだ。

 放たれる炎の斬撃。
 それを透はクリスの手を引き抱き寄せる様にして回避すると、そのまま回転の勢いを殺さず立ち位置を変更。大技を放った直後で無防備になっている颯人にクリスのアームドギアが変形したガトリング砲の吐き出す銃弾が襲い掛かる。

「あぁ、くそっ!?」
〈バインド、プリーズ〉

 自身に向けられる銃口を見て、颯人は咄嗟にバインドの魔法で自分の体を明後日の方向に引っ張り放たれる銃弾を回避する。

 何とか事なきを得た颯人だったが、状況が宜しくないことに危機感を覚えていた。

 あの2人、思ったよりもずっと強い。いや寧ろ、2人揃ったことで個人で戦ってきた時以上の力を発揮しているように見える。
 現に今も、体勢を立て直した奏や翼、響と共に攻撃を仕掛けていると言うのに互角以上に立ち回られている。

 時に互いに手を取り合い、入れ代わり立ち代わり立ち位置や相手を変え戦うクリスと透。その様はまるで戦っていると言うよりはホールでダンスでも踊っているかの様。剣戟や銃撃音をBGMに舞い踊る2人は、間違いなく今この場を支配していた。

 その事が颯人は非常に面白くなかった。

「ちっくしょう、舞台の主役掻っ攫いやがって。3人共、大丈夫か?」
「あたしはまだ何とか」
「わ、私も、大丈夫です。でも、翼さんが──!?」
「くぅ……」

 体勢を整える意味も込めて一旦あの2人から距離を取り1か所に集まる4人。
 この中で一番消耗が激しいのは翼だった。彼女はこの直前の戦闘で既にクリス相手に苦戦を強いられ、消耗していたのだ。其処に加えて、今し方の戦闘で更に消耗し動く事すら儘ならなくなってしまった。
 翼はもう限界だった。

 これ以上は不味い。それを感じ取った颯人はクリスと透に声を掛けた。

「へいへい! 今更だけどさ、お前らノイズまで使って一体何がしたい訳?」

 今はとにかく時間が欲しい。
 翼が持ち直すにしろこの場を捨てて退避するにしろ、苦しいのはこちら側だ。少しでも時間を稼いで、この状況を打開する手立てを考える事を第一に颯人はクリス達に声を掛けた。

 それにこれは決してただの時間稼ぎではない。あの2人の行動理由が気になると言うのは紛れもない事実でもある。もしこの質問に対する答えが得られればそれはそれで御の字、仮に無視されてもそこから話を繋げて時間稼ぎは出来る。
 颯人はそれを狙っていた。

「んん? 本当に今更だな?」
「状況が状況だったんでね。それで?」

 颯人の問い掛けにクリスはボウガンを肩に担ぎながら思案し、数秒ほど考えてから口を開いた。

 尚その間、透の方は片時も油断した様子を見せずに4人の動きを注視し警戒していた。

「いいぜ、答えてやるよ。あたしらの目的はな、そこの女を連れてくることなんだ」
「どの女よ、3人居るんだけど?」
「だぁぁっ!? もう、そこの一番小さい奴だよッ!?」
「一番小さい? あ、翼ちゃんか!」

 クリスの言葉に周囲を見渡し、翼の姿を目に入れた颯人はポンと手を叩いて合点がいったと言う様に頷いた。

 その言葉に翼は即行食い付いた。

「ちょっと待ってくださいッ!? その言葉は聞き捨てなりませんッ!? 私のどこが小さいと言うのですかッ!?」
「だってこの場に居る中じゃ一番貧そ、ゴメン、慎ましい体付きじゃん?」
「今貧相って言おうとしましたねッ!?」
「真面目にやれ馬鹿ッ!?」
「イテッ?! おま、アームドギアで殴るのは酷過ぎるだろッ!? 鈍器ってレベルじゃねえんだぞッ!?」
「誰が胸の話したんだよッ!? 身長だ身長ッ!? そこの髪短い奴だよッ!?」
「えっ!? わ、私ッ?」

 突然始まるバカ騒ぎの最中、自分が目的であると知らされ驚愕する響。当然ながら狙われる理由に全く心当たりがない為、何故自分が初対面の相手から狙われるのかと狼狽を露にしていた。

 狼狽える響を背に隠しながら、奏はクリスに何故響きを狙うのかと問い掛ける。

「響に何の用だ? 見たところ他所の国からのエージェントとかそう言うのじゃ無いっぽいけど?」
「さぁね? あたし達が言われたのはそいつを連れてくることともう一つだけだから。何でかなんて知らないね」

 クリスがシンフォギアを纏っている以上、シンフォギアを手に入れる為に経験の浅い響を狙うとは考え難い。
 となると、考えられるのは国に属さない若しくは国の意向とかが関係ない独立した組織ないし個人によるものである。いや、これまで二課がロクにその存在を掴むことも出来ずに活動していたという事を考えると、クリスの雇い主は個人であると考える方が妥当かもしれない。
 ある程度大きな組織であれば、二課の方でも何かしらの情報を掴むことは出来た筈だ。

 響が狙われたと言うところから奏がクリスの背後を色々と推測している横で、颯人はクリスが口にしたもう一つの目的と言うところが気になっていた。奏や翼を一緒くたにしない辺り、装者として欲しているのは響だけで他の2人は必要ないという事。

 となると、もう一つの目的で思い当たるのは………………。

「もう一つの目的ってのは?」
「そりゃお前さ、赤い魔法使い。お前を戦えないようにしろって言われてんのさ、あたし達は」

 やはりか。颯人は小さく鼻を鳴らす。
 シンフォギア以外で何か目的があるのだとしたら、それは魔法使いである彼しかいない。その目的が連れ去る事ではなく無力化と言うのは少し予想外だったが。

 差し詰め、あのメイジは対ウィザード用の戦力と言ったところか。目には目、歯には歯、魔法には魔法で対抗しようと言うのも理解できる話だ。
 単純にシンフォギアと同等の戦力が他に居なかっただけという可能性もあるが、クリス1人にネフシュタンの鎧とイチイバルの二つを与えているという事を考えれば、戦闘要員として動ける者はあの2人以外に居ないのだろう。

「あぁ、言われなくても分かってるよ透。あいつあたしらの隙伺ってんだろ?」
「は? どうしたいきなり?」
「分かってるって。殺しはしないよ」
「んん?」

 徐に、クリスが誰かと話し始める。

 透という名前を先程から口にしていることから誰に話し掛けているのかは分かるのだが、当の本人は先程から一言も口を開いていない。軽くクリスの方に目を向けたりなどはしているが、小声すら発してはいなかった。

 にも拘らず、彼女はどうやって会話を成立させているのだろうか? 

 突然奇妙なことを口にし始めたクリスに気を取られ、颯人の注意が逸れてしまった。

 それを狙ってかどうかは知らないが、次の瞬間クリスと透は行動を起こした。

「んじゃ、そろそろ仕上げと行くか。一曲景気のいい奴頼むぜ、透!」

 前に出てアームドギアを構えるクリス。

 一方透は、左手に持った剣を逆さに持ったかと思うと切っ先側の峰を顎で挟み、右手に持った剣の峰の部分を左手の剣の腹の部分に添えた。よく見ると両方の接触部分には共に糸が張ってあった。

 それを見て、颯人はそれが何なのかを理解した。あれはヴァイオリンだ。ヴァイオリンとしての機能を持った二つで一つの武器だったのだ。

 透が澱みなくそれで演奏を始め、それに合わせる様にクリスが歌を歌い出した。先程から戦闘中に口にしている歌を、更に激しくしたような歌だ。

 突如始まる演奏とそれに合わせた歌唱。

 するとクリス達と颯人達、双方に変化が起こった。

 クリスの方はアームドギアが変形し長い砲身のような形になると、スカート部分から変形した装甲と肩越しに合体して両肩に一門ずつ担がれた砲台となる。

 一方、颯人達の方は演奏が始まってすぐに翼と響、そして颯人が苦悶の声を上げ始めた。

「な、何だ、これは────!?」
「か、体が……重いッ!?」
「ぐあぁぁぁぁぁっ?! こ、こいつは──!?」
「何だ、どうした3人共!?」

 突然3人に訪れた異変に、唯一何の異常もない奏が混乱する。

 その彼女の耳に、オペレーターのあおいの声が入った。

『天羽々斬、及び響ちゃんと奏ちゃんのガングニールの適合係数が急激に低下していますッ!』
「はぁっ!? ちょっと待て、あたし何ともないぞ? …………あ、まさか──!?」

 シンフォギアは適合係数が低い者が纏うと負担が装者に襲い掛かる。奏もLiNKARで誤魔化してはいるが、効果が切れればギアは重くなり負担はバックファイアとなってその身を苛む。

 翼は元から適合係数が高かったし、響もギアと融合している為に奏に比べて受ける負担はまだマシな方となっている。が、奏が同じ状況になれば受ける苦痛は2人の比ではない。

 では何故奏は何ともないのか?

 その答えは、現在進行形で苦しんでいる颯人が答えだ。彼は魔法により奏がギアから受ける筈だった負担を己の身に肩代わりさせている。だからこそ奏自身は何ともないのに、彼はここまで苦しんでいるのだ。

 彼が今感じている苦しみは、本来奏が受ける筈だったものである。

 それを理解した瞬間、奏はなりふり構わず透に飛び掛かった。

「それ止めろぉぉぉぉっ!?」

 このままでは、奏のギアのバックファイアで颯人が苦しむだけでは済まない。

 何としてでも止めさせなくては。

 幸いにもクリスは大技の準備でまともに動けない様子だし、反撃してくるにせよ何にせよ、演奏を止めさせる事が出来ればそれで十分だった。

 バックファイアをこれ以上颯人に受けさせる訳にはいかない為、奏は技を使わず純粋にアームドギアによる攻撃だけで透に仕掛けた。距離は十分詰まり、奏は容赦なくアームドギアを横薙ぎに振るう。
 あわよくば、クリスも同時に仕留める事を狙って。

「おらぁぁぁぁっ!!」

 大きく振るわれ、薙ぎ払われるアームドギア。ノイズ数体を纏めて切り裂けるだけの威力を持ったそれを、しかしクリスと透は予想以上に軽快な動きで回避すると次いで奏に接近し、2人揃って彼女の腹を蹴り飛ばした。

「がっ?!」

 クリスと透の蹴りで颯人の直ぐ近くまで蹴り飛ばされた奏。

 奏から請け負ったバックファイアの苦痛に苦しみながらも、颯人は気力を総動員して立ち上がり飛ばされてきた奏を何とか受け止めた。

「奏……だ、大丈夫か?」
「馬鹿ッ!? あたしの心配より自分の事を────」

 こんな状況でも自分より奏の事を気遣う彼に、奏は焦りを露にしつつ彼の体を支えた。
 一見まだ余裕を残しているように見えるが、相当に辛い筈だ。実際、奏が支えようと彼に触れると、大して力を入れていないにもかかわらず彼の体は大きくグラついた。

 そして彼にばかり気を取られていたが故に、クリスと透に十分な時間を与えてしまった。

 ふとあの2人の事を思い出しそちらに目を向けた奏。彼女の目には、エネルギーを溜めて物騒な輝きを放つ砲口を向けているクリスの姿が映った。

「ッ!? しまった!?」
「ヤバい、退け奏ッ!?」
〈ディフェンド、プリーズ〉

 今にも強烈な砲撃をしてきそうなクリスを見て、颯人は奏を押し退け3人の前に出ると魔法の障壁を展開する。正直なところ、今のコンディションで障壁を張ったところであの明らかにヤバそうな攻撃を相手にどこまで通用するかは微妙だが、やらないよりはマシだ。

「これでも…………喰らいなッ!!」

 そして放たれる砲撃。放たれるは砲弾ではなく、最早ビームと表現すべき光の奔流。

 颯人の障壁はそれを何とか受け止めはするものの、彼自身に多大な負担を強いていた。

 しかもそれだけに留まらず、砲撃を受け止めていた障壁に罅が入り始めた。罅はすぐに障壁全体に広がり、これ以上は持たないことが容易に予想できた。

 それを察した瞬間、颯人は奏の前で両腕を大きく広げ彼女を守る為に動いた。

「やらせるかッ!!」
「立花ぁッ!!」

 そして遂に、障壁に限界が来る。

 障壁は砕け散り、4人をクリスが放った砲撃の奔流が包む。

 砲撃が行われたのは僅か数秒。

 すぐに光の奔流は消え去り、クリスの担いでいた砲身は元のボウガンに戻った。
 攻撃の構えを解き、クリスは砲撃の影響で発生した土煙の向こう側を注視した。

 正直、少しやり過ぎたかと思い始めていた。透には殺しはしないと告げた手前、全員生きてくれているとありがたいのだが…………。

 クリスが心配していると、風で土煙が晴れていく。内心でハラハラしながらクリスが見守る中、土煙が晴れた先に広がっていたのは──────




 倒れ伏す3人の装者と、彼女達を守るように両手を広げた颯人の姿だった。だがその肝心の颯人も、数秒と経たずにその場に崩れ落ちた。

 それと同時に、変身を維持できなくなったのか、その姿を元に戻すのであった。 
 

 
後書き
ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回、最後の方でクリスが使ったのは絶唱ではありません。ありませんが、メイジによる魔法でブーストが掛かり絶唱のインスタント版みたいな感じになりました。本家絶唱がツインバスターライフルだったので、こちらはツインサテライトキャノン風です。

次回は久々にあの男が登場です。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写に対する指摘や質問も受け付けておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第20話:一矢は報いる意志

 
前書き
どうも、黒井です。

最近はPC版シンフォギアXDUやりながら書いてます。小説書きながらクエストとか進められるの超便利!

……一部、戦闘中にキャラの音声が再生されないと言う不具合はありますがね。 

 
 強烈な砲撃が行われ、地面に倒れ伏した颯人達。その4人に、クリスと透は悠々と近付いていった。目的である響の確保、そして颯人を完全に戦闘不能にさせる為に。

「ぐ、うぅ──」
「────げほっ!?」

 2人が倒れた4人にある程度近付いた時、動き出す者が居た。奏と響だ。
 この2人はあの砲撃に巻き込まれたと言うのに、意外なほど傷が浅い。

 その事にクリスが疑問を抱いていると、起き上がった奏が他の3人に声を掛けた。

「颯人、翼、響……3人共、大丈夫か?」
「私は、何とか。でも、翼さんが──!?」

 見ると、翼は響に覆い被さるようにして倒れていた。恐らく颯人では防ぎきれないと悟った瞬間、咄嗟に響を守る為にその身を盾にしたのだろう。

 颯人が奏を守る為にその身を盾にしたように。

 そう、この場で最も重症なのは颯人と翼だった。

「た、立花……大丈夫か?」
「は、はい。それより、翼さんの方がッ!?」
「そう、か。なら……う──」
「翼さん? 翼さんッ!?」
「翼ッ!? 颯人ッ!? 2人とも、しっかりしろッ!?」

 遂に力尽きたのか、意識を手放しギアも解除される翼。

 一方の颯人は先程から目覚める様子がない。こちらも完全に気を失っているようだ。

 目に涙を溜めながら必死に翼に声を掛ける響。

 奏は傷付き倒れた颯人と翼の姿に歯を食いしばり、次いで近付いてくる2人の姿を見て痛む体に鞭打って立ち上がりアームドギアを構えた。

 まだ戦う意思を見せる奏に一瞬身構える透だったが、対するクリスはそんな奏の姿を鼻で笑った。

「はっ! まだやる気か? お前ももうフラフラじゃねえか」
「当たり前だ!? 颯人はこれ以上やらせないし、響だって連れて行かせない──!」
「あっそ。じゃ、死なない程度に痛めつけてやるよ」

 そう言ってボウガンを構えるクリス。

 だが──────

「──んだよ、透?」

 その手を透が制した。ボウガンに手を掛け、その手をゆっくりと降ろさせる。

 突然の行動を奏が怪訝に思っていると透はクリスに向けてゆっくりと顔を左右に振り、ボウガンから手を離すと今度は彼の方が奏に近付いた。

 殆ど無防備に近づいてくる透に警戒しながらも、奏はアームドギアを振るって攻撃を仕掛けた。だがそれは容易く弾かれ、無防備な腹を晒してしまう。

 その腹に、透の持つ剣の柄頭が刺さる。

「ぐぅっ?!」

 腹部に走る痛みと吐き気に、奏はその場に蹲ってしまった。

 更に追い打ちで、奏と響は魔法で拘束されてしまう。

〈チェイン、ナーウ〉
「ぐっ、くそっ!?」
「あっ!?」

 動きを拘束された奏と響を見て、透はクリスに頷いてみせる。それにクリスは仕方がないなとでも言うように溜め息を吐き、改めて響の方へと歩み寄る。

「く、ああぁぁぁぁぁっ!?」
「おわっ!?」

 響に近付こうとするクリスに、奏は拘束されたままタックルを喰らわせた。腕は拘束されたが脚はまだ自由だったのだ。
 とは言え腕を拘束された状態では一度タックルを喰らわせたらそこでお終い、受け身も取れず勢いそのままにクリス共々地面とキスする羽目になった。

 無様に地面に倒れこんだ奏だったが、そんなの知った事かと言わんばかりに顔を土塗れにしながら腕を使わず体を起き上がらせると、今度は透にタックルを喰らわせる。
 無防備にタックルを喰らう透だったが、こちらは押し倒されることなく逆に押し返して奏だけが地面に倒れた。

 無力化したと思っていた奏からの不意打ちで無様に押し倒されたクリスは、立ち上がって顔や髪に着いた土を払い落とすと顔を怒りに歪ませ倒れた奏の腹に思いっきり蹴りを入れた。

「いい加減にしろお前ッ!? お前はお呼びじゃないんだから、そこで大人しくしてろッ!?」
「がっ?! げほ、うぐっ!?」
「奏さんッ!? もう止めてッ!?」

 怒りに任せて二回、三回と奏の腹を蹴るクリス。

 透はそんな彼女を慌てた様子で宥めに掛かった。

「やり過ぎだぁ? 先に抵抗したのはこいつの方だろうがッ!?」
「………………」
「~~~~ッ! チッ!? あぁ、分かったよ。やる事だけ済ませてさっさと戻ろう」

 透の声なき説得に一応納得した様子を見せるクリスだったが、その言葉とは裏腹に彼女はボウガンを構えるとそれを奏に向けた。

「ただし、また邪魔されちゃ敵わないからな。殺しはしないが意識は刈り取らせてもらう。いいだろ、透?」

 クリスの言葉に透はどこか渋々と言った感じで頷き彼女から離れる。

 散々腹を蹴られた奏にはもう身動ぎするだけの体力も残っておらず、ギアを維持するだけで精一杯だった。

 そして、クリスがボウガンの引き金に掛けた指に力を籠め────

「────んなろうがッ!!」
「なっ!?」

 出し抜けに気を失っていたと思っていた颯人が立ち上がり、奏にボウガンを向けていたクリスに飛び掛かった。
 颯人に関しては完全にノーマークだったので、透も反応できずクリスに彼が飛び掛かるのを阻止することは出来なかった。

「奏は……やらせねぇぜッ!」
「死に損ないが、離れろッ!?」

 両手を掴まれていた為、颯人を引き剥がす為にクリスは彼に頭突きを見舞う。ヘッドギアを付けた状態で頭突きをされた颯人は、額を割られ血を流しながら倒れた。

 しかし尚も奏を守ろうと立ち上がりクリスに掴み掛かろうとする颯人。

 その彼の前に透が割り込み、脇腹に鋭い蹴りを放った。
 奏と響の耳にも、彼の骨が軋む音が聞こえそうなほどの一撃。

 それがトドメとなったのか、蹴り飛ばされた先で颯人は再び動かなくなる。

 彼が再び気を失い動かなくなったのを見て、クリスは頭を抑えながら立ち上がった。ヘッドギア越しとは言え、頭突きの反動は大きかったらしい。

「あぁ、くそっ!? 何なんだこいつら、しつこ過ぎだろ? もうこんな奴らに構ってられるか。透、そいつ連れてさっさと行こう」

 透が響を連れていこうとしているのを、散々痛めつけられた奏には見ているしかできない。
 そしてその光景は、5年前の光景を嫌でも思い出させた。

 目の前で颯人をウィズに連れていかれた、あの時の事を…………。

「チクショウ…………チクショウ────!?」

 また何も出来ずに奪われるのか。自らの無力さと不甲斐なさに、奏は視界を涙で歪ませた。

 その時である。突如笛の音が公園中に響き渡り始めた。

「ん? 何だこれ? 笛?」

 突然聞こえてきた笛の音にクリスは首を傾げるが、その直後彼女の身に異変が起こる。

 ギアの各部から突然スパークが走り始め、上から何かに押さえつけられたかのようにその場に膝をついたのだ。

「な……んだ、こりゃ!? ギアが、急に重く──ッ!?」

 突如彼女の身に起こった異変に、透は響を拘束している鎖から手を放しクリスの肩を抱き上げた。
 その間も笛の音は止むことはない。

「これ、まさか、透がやってたのと同じッ!?」

 クリスの言葉に透はこの笛の音が先程の自身の演奏と同じ効果のある物だと気付き、クリスから手を離すと双剣を手に取り再び演奏を始めた。自身の演奏で笛の音の効果を掻き消すつもりらしい。

 だがその思惑は早々に崩される。ものの数秒と演奏しない内に、何かに弾かれたように透の演奏が中断させられたのだ。

「透、どうしたッ!?」

 演奏を中断した透にクリスが問い掛けると、彼は焦った様子で首を左右に振った。

 傍から見ていた奏と響には何がどうなっているのか理解できなかったが、これは透の演奏──言うまでもないがただの演奏ではなく魔法の演奏だ──が、笛の演奏の持つ力に負けたが故の事だ。

 まさかの事態に呆然となるクリス。

 そこに、新たな人物が姿を現した。白いローブのような服に琥珀色の宝石のような仮面の人物、ウィズだ。

 何処からかふらりとやってきたウィズは、そのまま歩いて透とクリスの前に立ちはだかるとコネクトの魔法で魔法陣からハーメルケインを取り出し2人を威嚇するように構えた。

 その佇まいから、その場で意識のある者達は全員が察した。この笛の音は彼の仕業だと。
 他に協力者がいるのかそれとも魔法で演奏を流しているのかは分からないが、クリスと透の行動を妨害する為に彼がこの演奏に関わっている事は明白だ。

 そうと分かれば話は早いとばかりに、透は双剣を構えてウィズに斬りかかった。

 演奏の効果は魔法使いの行動には支障を来さない。案の定透の動きには一分の乱れもなく、先程までと変わらぬ素早さでウィズに接近し双剣を振るった。

 ウィズはそれをハーメルケインで迎え撃つが、彼が刃を振るうとそれを見越していたのか透はウィズの斬撃を受け流しながら走った勢いを利用して彼を飛び越え、がら空きの背中に刃を叩き込んだ。
 だがウィズはそれに難無く対応してみせ、軽く前に跳躍することで背後からの斬撃を回避すると振り向き様に刺突を放った。

 熟練の腕を感じさせる鋭い刺突、傍から見ていた奏でさえ一瞬反応が遅れるほどの鋭く素早い一撃を、しかし透は両手にそれぞれ持った剣をクロスさせる事で防ごうとした。

 瞬間、目にも止まらぬ速さでハーメルケインの切っ先が下から上に跳ねた。二つの剣を交差させてこれを防ごうとしていた透はそれにより両手を高く上げさせられ、ウィズに無防備な胴体を晒す。

 その隙を見逃す様な彼ではなく、無防備になった胴を横薙ぎに一閃し斬り付けた。

「と、透ッ!?」

 透に一撃入れられたことが信じられないのか、クリスが悲鳴のような声を上げるがウィズの攻撃は止まらない。体勢を立て直す隙すら与えず斬撃と蹴りの連続攻撃で透を追い詰めていく。

 それを黙って見ているクリスではなく、鉛の様に重くなったギアを堪え右手のボウガンを構えるとウィズに向け引き金を引いた。

「ぐぅっ?!」

 攻撃の際バックファイアによる苦痛がクリスを襲うが、彼女は構わず二度三度と引き金を引きウィズに攻撃を仕掛ける。

 クリスの攻撃を躱しながら透を攻撃していたウィズだったが、流石に鬱陶しくなったのか一際強い蹴りで彼を遠くに蹴り飛ばすとハーメルケインを一振りして自身に飛んでくる光の矢を弾き飛ばし、魔法の鎖で彼女を拘束した。

〈チェイン、ナーウ〉
「く、離せチクショウ!?」

 拘束から逃れようと藻掻くクリス。
 透は拘束した相手を必要以上に痛めつける事を良しとしなかったが、ウィズは違った。敵は叩ける時に叩くとでも言わんばかりに、クリスに向け容赦なくトドメの一撃を放ちに掛かった。

〈イエス! キックストライク! アンダスタンドゥ?〉
「うッ!?」
「ッ!? ま、待ってくださいッ!?」

 右足に魔力を収束させ、クリスに向けて走り出すと彼女に向けて飛び蹴りを放つウィズ。

 クリスが目を見開き、響が制止の声を上げる中、ウィズの必殺の蹴りがクリスに向けて飛んでいき────

「ッ!!」

 クリスに蹴りが命中する直前、透が彼女を突き飛ばし間一髪のところで救った。

 そしてその代償として、彼はウィズの必殺の一撃をその身に喰らう事になる。

「透ッ!?」

 為す術なく蹴り飛ばされた透は、飛んでいった先にある木をへし折り地面に倒れる。
 そこで限界が来たのか、変身を維持できなくなり元の姿に戻った。

 俯せの状態で倒れているので顔などは見えないが、背格好からクリスや響と大体同年代の少年であろうことが伺える。

 クリスは適合係数が下がった所為ギアで重くなった体を引きずりながら、倒れた透の元へと向かおうとする。

 それよりも早くに、ウィズが透に方へと向かっていく。クリスはそれを阻止しようとするが、アームドギアも構えることのできない装者など敵ではないと言わんばかりに完全に無視して透へと近付いていく。

 と、彼がある程度近付いたところで透がその場で立ち上がった。

 まだ立ち上がるだけの余裕はあるらしい。その事にウィズは若干驚いた様子を見せる。

「ッ! ほぉ、まだ立つのか? 直撃した筈だが…………ッ!?」

 透のガッツにウィズが舌を巻いていると、彼は次の瞬間透のとった行動に思わず息を呑んだ。

〈コネクト、ナーウ〉

 コネクトの魔法でライドスクレイパーを取り出すと、ウィズに向けて構えて抗戦の意思を見せたのだ。それと同時に再び変身しようとしたが、既に魔力の方が変身できるほど残ってはいなかったのかベルトは〈エラー〉と鳴るだけで何の変化も起こらなかった。
 透はその事に悔し気に顔を顰めると、気を取り直して槍を構えた。全身ボロボロ、口の端は切れ血が流れており足元もふらついている。とてもではないが戦える状態とは言えなかった。

 だがしかし、その目は未だに闘争心を滾らせていた。体はボロボロなのに、心は微塵も退く気配を見せていないのである。
 しかも彼は、ゆっくりとだがクリスの方へと近付いて行っている。こんな状態でも彼女を守ろうとしているのだ。

 その透の姿に、ウィズは舌を巻いていた。

──凄いものだな。まさかこんな所でこんな者に出会えるとは──

 ウィズが特に気に入ったのは彼の目だ。圧倒的強者を前にして、一歩も退かず徹底抗戦の意思を見せるほどの者はここ最近見た覚えがなかった。しかもそれが何者かに強制されたものではなく、完全に己の意思によるものとは。

 同時に注意すべきでもある。
 ああいう輩は、最期の瞬間まで絶対に諦めると言う事をしないのだ。例え差し違えることになろうとも、いや差し違える事が出来ずとも一矢は報いようとする。
 それは決して馬鹿にできるものではなく、時に手痛いでは済まない被害を受ける事すらあった。

 ウィズは長い人生の中でそれを知っている為、満身創痍になりながらも徹底抗戦の意思を見せる透に対し最大限の警戒を向けた。

 それが彼の最大の失敗だった。透にばかり意識を向けていた為に、クリスの次の行動に対する反応が遅れてしまったのだ。

「ぐ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
[MEGA DETH PARTY]
「むッ!?」

 突然絶叫を上げるクリス。

 ウィズがそちらに目を向けると、クリスが縛られた状態でスカートを変形させそこから大量のミサイルを発射しようとしていた。その際のバックファイアで目と口から血を流しているが、彼女はそれを気合で堪えるとウィズに向けて大量のミサイルを一斉に発射した。

 次々と殺到するミサイルが瞬く間にウィズを中心とした地点に命中し爆発と煙が彼の姿を覆い隠す。

 どれだけのミサイルが彼の元へと殺到したのか。局地的な絨毯爆撃が終了し、公園に束の間の静けさがやってきた。

 爆炎と煙に覆われたウィズ。奏と響が先程までウィズが居た場所を注目していると、風が煙を吹き飛ばしそれまで不鮮明だったウィズの姿が露となる。

 風で煙が吹き飛ばされた先、そこには翳した右手に発生させた障壁でクリスの爆撃を防いだ後と思しきウィズの姿があった。

 煙が晴れた周囲をウィズが見渡すと、地面があちこちクレーターだらけになったそこには二課の装者3人と颯人の他には誰の姿も確認することは出来なかった。
 どうやらあの隙にクリスと透には逃げられてしまったらしい。

 まんまと2人に逃げられたと悟ったウィズは、小さく溜め息を吐くと右手の指輪を交換してハンドオーサーに翳した。

〈プラモンスター、ナーウ〉

 ウィズが右手をハンドオーサーに翳すと、詠唱と共に彼の前に颯人が呼び出す使い魔のレッドガルーダの白バージョンとでも言うべきものが姿を現した。
 更にウィズは指輪を別の物に変えるともう一体使い魔を召喚する。こちらは始めて見る使い魔であり、その形状は3つの首を持った犬──地獄の番犬ケルベロスに酷似した姿をしていた。

 呼び出した2体の使い魔、ウィズはそれぞれに召喚の際に用いた指輪を差し込むと立てた人差し指をクルクル回して短く命令した。

「捜せ」

 酷く短い命令。だがそれで使い魔たちには十分だったのか、2体の使い魔は一声鳴くと各々別方向へと散っていった。

 それを見送ったウィズは、奏達……と言うか颯人の方を見ると彼へと近づきながら新たな指輪をはめハンドオーサーに翳して魔法を彼に掛けた。

〈リカバリー、ナーウ〉

 2年前に響にも掛けた癒しの魔法を颯人に掛けるウィズ。魔法を掛けられた颯人は魔法陣で包まれ、それが消えると呻き声と共に身動ぎして目を開いた。

「ぐ、うぅ…………ん? あれ、俺……あ、奏大丈夫か!?」
「馬鹿、あたしの事より自分の心配をしろよ!」
「あ、あのッ! 今の奴、翼さんにもお願いしますッ!!」

 颯人と奏が互いを心配する傍ら、響は今の光景を見て翼の事も癒してもらうようウィズに頼んだ。
 その光景は図らずも2年前、ライブ会場で奏がウィズに響の回復を懇願した時の状況と酷似していた。

 その当時の事を彼も覚えていたのか、響の懇願を受けて大きく溜め息を吐くと翼にも癒しの魔法を掛け…………ようとして、何を思ったのか指輪を外し颯人に投げ渡した。

「へっ?」
「お前がやれ。私は疲れた」
「何だその理由?」
「じゃあ言い方を変えよう。不甲斐ない戦いをした罰だ」
「へいへい」
〈リカバリー、プリーズ〉

 ウィズの割とかなり身勝手な物言いに辟易しながらも、颯人は翼に癒し魔法を掛ける。
 傷を癒すことは出来ない魔法だが体力は回復するので、翼の顔色が先程よりもいいものになった。

 それを見て奏と響は安堵の溜め息を吐く。

 颯人も同様に安堵するのだが、そんな彼にウィズは厳しい言葉を投げ掛けた。

「無様な戦いだったな、颯人。あの程度の輩に後れを取るなど」
「うるっせぇな、見てたんなら手伝えよ!?」
「そして次も苦戦したら私に助けを乞うのか? そんな事ではお前は何時まで経っても弱いままだぞ」

 言外に『次ヘマしたら見捨てるぞ』と告げるウィズに、颯人は忌々し気に舌打ちをする。それに対しウィズはこれ見よがしに鼻を鳴らし颯人を小馬鹿にしたような仕草を見せた。

「~~~~!? お前──」

 ウィズの行動に、颯人よりも先に奏が怒りを露にし彼に掴み掛ろうとする。

 が、それよりも早くに現場に漸く到着した弦十郎と了子が車から出てきた。

「皆、無事かッ!?」
「ッ! 旦那ッ!」

 弦十郎と了子の到着に、奏は意識をそちらに向けた。
 それに釣られてウィズも弦十郎達の方に視線を向ける。

 翼以外の意識のある者全員の視線を受けて、弦十郎が真っ先に注目したのはウィズであった。

「君が、ウィズか?」
「あぁ……そう名乗っている。そういうお前は風鳴弦十郎、颯人が世話になっているようだな」
「俺の名前を知っているのか?」
「ロクな後ろ盾無しで動いてるんでね。自然と情報収集に力を入れるようになった。怠ると冗談抜きで命に関わるからな」

 そう言いつつウィズは弦十郎と、ついでに了子に絶えず警戒を向けている。その証拠に2人が一定距離まで近づくと静かに距離を取るのだ。
 ある程度気を許した相手以外は絶対に近づけさせないと言う意思を感じさせる。

 この理論で考えると、自分から一定距離以上に近付いている颯人以外の装者達に対してはある程度気を許しているという事だろうか?
 いや、単純に脅威として捉えていないだけだろう。あの透が変身したメイジを一方的に下せる相手だ。
 クリスと合わせても2人相手に苦戦した、奏達など彼にとっては脅威となり得る訳がなかった。

──って事は、あの2人には何かしら脅威になるような何かがあるって事か?──

 不意に疑問を抱いた颯人だったが、それに気付いた者が居る訳もなくウィズと弦十郎の会話話続いていく。

「そうか……まずは礼を言わせてくれ。翼達を助けてくれて、ありがとう。君が来てくれなければ取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。彼女達に変わって、感謝する」
「彼女達の為ではない。颯人は私にとっても必要な存在だ。それをむざむざやられる訳にはいかなかった、それだけの話だ」
「だとしても、だ。感謝をしない理由にはならない。ありがとう」

 弦十郎からの感謝に、ウィズは小さく鼻を鳴らすことで答えた。その様子は颯人には、ウィズが照れ隠しをしているように見えた。

 そんな彼に、弦十郎は気を引き締めた顔で告げる。

「それで、折り入って君に話があるんだが……」
「大体予想は付くが…………何だ?」
「単刀直入に言おう。話をさせてはくれないだろうか?」
「ふむ…………単純に勧誘している、と言う訳ではないようだな?」

 弦十郎からの要請に、ウィズは顎に手を添えて考え込む素振りを見せた。要請が戦力としての勧誘であれば、即座に断るつもりであったがそうでないのなら話を聞くのも吝かではないようだ。

 しかし────

「ん…………いや、今回は断ろう」
「え、何で?」

 颯人の疑問は尤もだろう。
 ウィズ自身が言った通り、彼らには後ろ盾がない。対して、弦十郎は政府機関の長である。彼と協力関係を結べることは、今後ウィズの行動の大きな助けになる筈だ。

 にもかかわらず、彼は何故弦十郎からの案を蹴るのだろうか?

「ふむ、理由を聞いても?」

 同様の疑問を弦十郎も抱いたのか、彼もウィズに拒否の理由を問い掛けた。

 ただこちらは拒否される事をある程度想定していたのか、颯人ほど疑問に思ってはいないようだった。

「こう見えて忙しい身なのでな。話し合いは吝かではないが、今は駄目だ。日を改めて、だな」
「そうか。なら、仕方がないな」

 弦十郎がそう言って肩を竦めると、ウィズは颯人からリカバリーウィザードリングを抜き取りながら踵を返しその場を立ち去ろうとした。

 その際、颯人に厳しい言葉を掛ける事を忘れない。

「次も私が助けてくれるなどと期待するなよ? いざという時に頼れるのは自分だけだという事をよく覚えておけ、颯人」
〈テレポート、ナーウ〉

 小言を言うだけ言って、魔法でその場から文字通り消え去るウィズ。

 後に残された颯人は苛立ちを紛らわすように溜め息を吐きながら舌打ちをし、次いで未だ気絶したままの翼を抱き上げ弦十郎の元へと向かった。
 それを見て奏と響も立ち上がり颯人の後に続いた。特に奏は、小走りで颯人に追いつくと翼を抱き上げて歩いている彼の身を支える様にその肩に手を添え彼が弦十郎に翼を渡すのを手伝った。

 翼は了子が呼んだ救護班の車両に、残りは全員揃って弦十郎が乗ってきた車に乗って病院に向かうのだった。




***




 車で自衛隊病院に運ばれた4人の内、颯人と翼は即行で手術室に放り込まれた。翼は勿論だが、我慢していただけで颯人も重症だったのだ。

 当初、颯人は強がり何てことはない風を装っていたのだが、それを見抜いていた奏が彼の透に蹴られた方の脇腹を軽く小突くと言い逃れできないほど顔色を悪くしたので、弦十郎の手により強制的に放り込まれたのである。

 奏と響も念の為検査を受けたが、2人は比較的軽傷で済んでいたので早々に解放され今はロビーのソファーに並んで座っている。
 言うまでもないが、その表情はどちらも暗い。

 奏は折角力を手に入れたにもかかわらず、またしても目の前で自分の周りの者を失いそうになった不甲斐なさ故に。

 響は、大した役にも立てず翼や颯人に守られてばかりだったが為に。

 互いに己の力不足に思い悩む2人。先に口を開いたのは響の方だった。

「奏さん……」
「うん?」
「私…………悔しいです。何も出来なかったことが……翼さんや、颯人さんに守られてばかりの弱い自分が、情けないです」
「そうだね…………あたしもだよ、響」

 そっと奏の肩に寄りかかる響。
 奏はそれを振り払うことはせず、逆に響の肩を抱いた。その肩は震えており、響の口からは次第に嗚咽が零れ出した。響の嗚咽を耳にして、奏は彼女の頭を優しく撫でる。

 それにより心のダムが決壊したのか、響は奏に縋りつくように抱き着いて涙を流した。

「奏さん、私……強くなりたいです!? 皆を助けられるように……足手纏いにならないように──!?」
「あぁ、そうだね響。強くなろう…………強く」

 そう、強くならねばならない。その為に死に掛けてまで力を手にしたのだ。強くなって、もう2度と奪われないようにしなければ。

 涙を流す響きを慰めながら、奏は改めて強くなることを固く誓うのだった。 
 

 
後書き
ここまで読んでいただきありがとうございました。

今回少しクリスを悪役ムーブさせ過ぎたかな? でもまぁ原作からして腹蹴っ飛ばした翼の頭踏みつけたりと、この時点だと悪役って感じだったから多分大丈夫。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写への指摘などよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第21話:夢裂かれし者

 
前書き
どうも、黒井です。

今回より数話ほど、この作品におけるクリスの過去に関する話が続きます。

独自展開マシマシです。 

 
「たのもぉぉっ!!」

 その日、弦十郎宅の扉を響が叩いた。態々インターホンがあるにもかかわらず、拳で扉を叩き大声で弦十郎を呼ぶその姿に奏は彼女の後ろで思わず苦笑する。

「ひ、響君? それに奏まで、一体どうしたんだ?」
「何、単純な話さ。旦那にあたしと響を鍛えてもらおうと思ってね」

 これは奏の提案だった。最初響共々強くなる為に互いに模擬戦をしたりしようかと考えていたのだが、響の場合はそのやり方よりも弦十郎の“特殊”な鍛え方の方が参考になると思ったのだ。

「ふむ……鍛えるのは構わないが、俺の鍛え方は厳しいぞ?」
「望むところです!!…………あのところで、奏さんから特殊な鍛え方だって聞いたんですけど?」

 響は奏に弦十郎による鍛錬の仕方を聞いた時の事を思い出す。
 その時、彼女は笑みを浮かべながら行けば分かる、としか言わなかったのだ。だから響は弦十郎による鍛錬方法を知らない。
 ただ漠然と、厳しい筋トレや模擬戦だろうという認識しかなかった。

 故に、次に弦十郎の口から出てきた言葉を響が理解するのには若干の時間を要した。

「うむ。時に響君。君、アクション映画は嗜む方かね?」
「────へ?」

 弦十郎からの予想外の問い掛けに、響は思考が停止し間抜けな声を上げてしまう。

 響が思わず唖然とし、ポカンと口を開けているとそれが面白かったのか奏が声を上げて笑い出した。

「あっはっはっ! やっぱりね、そういう反応するだろうと思ってたよ!」
「か、奏さんッ!? どう言う事ですか!?」

 声を上げて笑う奏に響が詰め寄る。対する奏は詰め寄ってくる響を宥め、弦十郎による鍛錬がどういうものかを説明した。

「これが旦那流の鍛錬方法なのさ」
「た、鍛錬って────?」

 アクション映画と鍛錬がイマイチ結びつかない響は訳が分からないと言った顔を弦十郎に向けた。その様子に弦十郎は自信満々に自身の考える鍛錬方法を響に述べた。

「うむ! 俺の鍛錬方法…………それはッ!!」
「そ、それは?」
「映画見て、飯食って、寝るッ!! それで十分だッ!!」

 そう、これこそが弦十郎流の鍛錬方法だった。響は訳が分からず再び唖然としているが、奏が考える限りこれが響に合致した鍛錬方法なのだ。

 言ってしまえばこれは自身の動きを別の物から真似るという事である。

 響は口で教えたりするよりは奏と翼で実践して見せた方の呑み込みが早かった。この事から、響は頭で考えるよりも目で見させてそれを真似させた方が効率良く物事を覚えられるという結論に達したのだ。

 故に、実は前々から翼と話し合って弦十郎に響の鍛錬を頼もうかと考えてはいたのである。
 ただ、弦十郎は二課の司令官と言う身、おいそれと頼むのもどうかと思いこの件はもう暫く保留にしようと思っていたのだ。

 だが先日の戦いで、翼と颯人が負傷で暫く戦闘に加われないという事態になってしまった。
 そんな状況で悠長なことは言っていられないと、奏は今回響の鍛錬を弦十郎に託そうと考えたのである。
 奏はそのついでに、弦十郎に模擬戦などをしてもらって鍛えてもらおうと考えていた。

 ところが…………。

「ま、あたしはそのついでに一緒に鍛えてよ。流石に響みたいに映画見てそれ真似るってんで何とかなるとは思えないけど、旦那相手に組手とかさ「あぁ、あぁ、あぁ、待て待てそんなんじゃ駄目だって。奏は実戦形式でやって体で動き覚えた方が早いっしょ? 俺が相手になるよ」────んん!?」

 突如この場に居る筈のない者の声が響く。

 その声に奏を含む全員が一瞬フリーズし、次の瞬間声がした方を一斉に見るとそこにはまだ病院のベッドの上に居る筈の颯人の姿があった。
 まだそう日が経っておらず、怪我自体も決して浅いものではなかった筈だ。ここに居て良い筈がないのである。

 その彼がここに居る事にまず真っ先に声を上げたのは言うまでもなく奏だった。

「颯人ぉッ!? おま、何してんだ此処でッ!? まだ入院中の筈だろうがッ!?」
「言ったろ、これでも結構頑丈だって? あんなのちょっと寝てればすぐ直るよ」

 そう言って颯人は両手を軽く広げ、試してみろと促した。

 奏は弦十郎の顔を見て、彼が頷きかけたのを合図にちょっと強めに颯人の脇腹を小突いた。先日はこれで颯人の負傷が発覚したのだ。今回もこれで何らかのボロを見せる筈だった。

 しかし、奏が二度三度と先日と同じ箇所を小突いているにもかかわらず、颯人は全く顔色を変えない。汗一つ掻かない様子に、奏が驚愕と疑問の入り混じった顔を弦十郎に向ける。

「…………本当に、大丈夫なのか?」
「おっちゃんまで疑り深いねぇ? マジで重症な人間がこんなピンピンしてると思う?」

 颯人の言葉に弦十郎は眉間に皺を寄せて、口をへの字に曲げた。見た感じ、嘘をついているようには見えなかったのだ。

 この場にいる者の中で一番彼と付き合いが長い奏に視線で訊ねてみるが、彼女も彼が嘘をついているようには見えないのか首を左右に振った。
 どう考えても昨日の今日で退院など出来る訳がないのだが、この様子では何を言っても無駄だろう。
 仮に無理矢理病院へ放り込んで閉じ込めたとしても、彼なら何とかしてしまいそうな気がする。いや絶対何とかするだろう。短い付き合いの弦十郎でもそれは察する事が出来た。

 寧ろ、変に無茶されてもっと面倒なことになられても困る。となれば、目の届くところに居てもらいもしもと言う事態に即座に対応できるようにした方が利口と言うものだろう。
 幸いなことにと言うか、奏なら颯人のちょっとした異変にも気付けるかもしれない。

「奏、もし颯人君にちょっとでも異変があったらすぐに鍛錬は中止するんだ。今は大丈夫と言っても、普通なら彼も安静にしていなければならない筈なのだからな」
「あぁ、言われるまでもない。颯人も分かったな? あたしが止めるっつったらその時点でお前大人しくしてもらうからな!」
「分~かった分かった。それで納得してくれるってんならそれで俺は構わんよ。んで? おっちゃんの家に模擬戦が出来るスペースとかあるの?」
「いや、颯人君と共に模擬戦をするなら本部のシミュレーションルームを使った方がいいだろう。あそこなら奏もギアを纏った状態で訓練できる」
「おっしゃ。んじゃ、早速行こうぜ奏」
「無茶するなよ?」

 繰り返し奏に小言を言われながら、颯人は魔法で二課本部へと転移していった。

 その様子を弦十郎と響は少し心配そうな様子で見送る。

 その際、一瞬だったが響は見た。転移して2人の姿が消える直前、颯人が奏に小突かれた場所を片手で少しだけ抑えたのを。

 今見たものを弦十郎に伝えるべきか迷った響だったが、奏が面倒を見るなら大丈夫だろうと言う信頼と、2人が消えてすぐに弦十郎が響を家に招き入れてしまったので結局この事は響の胸の奥にしまわれ弦十郎に知らされることはなかったのであった。




***




 湖の湖畔にある屋敷。透とクリスが拠点としていたその屋敷の中では、ある種目を覆いたくなるような事が起こっていた。

 2人に指示を出していた女性、フィーネが手元のリモコンのスイッチを入れると、彼女の目の前で椅子に縛り付けられた者に電流が走る。脳天から爪先までを電流が駆け抜ける際の激痛で、椅子に縛り付けられた者は――悲鳴を上げこそしないが――全身から脂汗を流し体は痙攣していた。

 その様子を…………椅子の前で四方を鉄製の柵に囲まれたクリスが、目に涙を浮かべながら必死の形相で手を伸ばしフィーネに止めるよう懇願していた。

「止めろぉぉぉっ!? 頼むフィーネ、止めてくれッ!?」

 クリスの叫びにフィーネは一度スイッチを切り放電を止めた。
 だがそれはクリスの願いを聞き入れたからではない。数秒に一度は放電を止めて椅子に縛り付けられた透を休ませないと、本当に死んでしまうからだ。謂わばこれは、慈悲や許しからくるものではなく苦痛を長引かせる為の処置であった。

 事実、フィーネは透の呼吸が少し安定したと見るや即座に再びスイッチを入れ放電を開始した。

 その瞬間再びクリスの叫びが屋敷の中に木霊する。
 なお、今彼女はギアペンダントを所持していない。力尽くで透を救出されたりしないように、フィーネが事前に奪い取ってからクリスを閉じ込めたのだ。

「止めろッ!? 止めろぉぉッ!!? 透は昨日の戦いで怪我してんだッ!? これ以上やったら本当に死んじまうッ!?」
「大丈夫よ。こう見えて魔法使いは常人より頑丈だから、この程度じゃ死にはしないわ」
「じゃあせめてあたしにやれッ!? 透はあたしを手伝ってくれただけなんだ!? だからやるならあたしをやれッ!?」
「ダメよ。あなた自分がやられるよりこの子がやられた方が辛いのでしょう? 言った筈よ、失敗したらお仕置きだって。辛くないお仕置きなんて意味ないわ」

 そう言うとフィーネは再びスイッチを切り、柵の中のクリスに顔を近づけて血の様な色のルージュの引かれた唇を開いた。

「忘れるんじゃないわよ? あの子をここに置くよう頼んだのは、あなたよクリス。なら、あの子をここに置く事のメリットをあなたが証明してみせなさい。そう、私の命令をやり遂げると言う結果を見せて、ね。そうすればあの子は苦しまずに済むし、あなたの世界から争いを無くしたいと言う願いも叶えられるわ。簡単でしょう?」

 そう告げるフィーネの目を、クリスは畏怖を含んだ目で見つめ返していた。彼女の視線に、クリスは全身を真綿で締め付けられるような錯覚に陥る。

 クリスの恐怖を感じ取ったのか、フィーネは嗜虐的な笑みを浮かべてクリスの目の前でスイッチを入れる。
 彼女が再びスイッチを入れようとしたのを見てクリスは咄嗟に手を伸ばすが、クリスの手がギリギリ届かない所でフィーネは電気椅子のスイッチを入れた。

 またしても電流が流され、苦痛に歯を食いしばり全身を痙攣させる透。

 声は上げずとも苦しむ彼の姿にクリスが悲鳴を上げると、不意に2人の目が合った。透が苦痛を堪えてクリスと目を合わせたのだ。

 次の瞬間、透は信じられない事をした。電撃により激痛に苛まれる中、彼はクリスに向けて笑みを浮かべたのだ。常人なら意識を保つだけでも精一杯な状態で、確かに彼はクリスに向けて微笑みかけたのだ。

 その様子を見て、フィーネは心底愉快そうに口を開いた。

「ほら見なさい、クリス! あの子は今、痛みを通じてあなたと繋がれて嬉しそうにしてるわ! 痛みだけが、人と人を繋ぐのよ。あなたにも分かるでしょ?」

 笑みを浮かべる透にフィーネは歓喜の声を上げるが、クリスには分かっていた。あの笑みはそんなものではない。あれはもっと単純なものだ。

 そう、自分は大丈夫だから気にするなと言う、クリスを元気付ける為だけに浮かべた、全ての苦痛を押し殺した笑顔。

 それはクリスに、“2年前”のある光景を思い出させ涙を流させた。

 口と喉から血を流し、血溜まりに沈みながらもクリスに微笑みかける透の姿を…………。

「止せ、止めろ…………止めてくれぇぇぇぇぇぇッ!?!?」

 血を吐かんばかりに叫ぶクリス。

 その叫びが響いた瞬間、フィーネはリモコンを操作して電撃を止めると更に透を電気椅子に縛り付けていた枷を外した。

 そして最後にクリスを閉じ込めていた柵が床に格納され彼女を解放した。

 自由に動けるようになった瞬間、クリスは迷うことなく椅子の上でぐったりとした透に近付き彼を椅子から引きずり下ろした。

「透ッ!? 透、大丈夫か? しっかりしろッ!!」

 必死に彼に呼びかけるクリスだったが、透は弱々しく笑みを浮かべるだけで精一杯と言う様子だった。
 その姿にクリスが涙を流していると、徐にフィーネが彼女の髪を引っ張り強引に上を向かせた。

「うぁっ?!」
「今回はこれで勘弁してあげるわ。ただこれから先失敗が続くようだったら、この子がどうなるか分からないからそのつもりでいなさい?」

 それだけ告げるとフィーネはクリスを解放し、ギアペンダントをクリスに向けて放ると悠々と歩き去って何処かへと行ってしまった。
 彼女の後姿をクリスは怒りと恐怖が綯い交ぜになった目で見つめていたが、透の苦しそうな息遣いに彼を休ませるべく部屋へと運んでいった。

「ごめん……ごめんな、透。ごめん────!?」

 その道中、クリスはずっと泣きながら透に謝り続けていた。

 いつだってそうだった。透は、クリスの為にその身を危険に晒し、結果一番被害を受けるのだ。

 そう、8年前からずっと──────



――
――――
――――――



 そもそも、彼──北上 透(きたかみ とおる)とクリスの出会いは幼少期にまで遡る。

 透とクリスは、互いの父親がヴァイオリン奏者として縁があったが故に子供の頃から家族ぐるみで交流があったのだ。

 当時のクリスは声楽家の母親の影響もあってかよく歌う可愛らしい少女であり、そんな彼女と透は非常に仲が良かった。それこそ一緒に居れば共に歌う事が当たり前になるくらいには。

 透とクリスは互いに歌が大好きだった。

 だが、彼の父親である(わたる)は彼に歌ではなくヴァイオリンを教え続けた。息子である透を自身の後継者としようとしていたのだ。

 本当は歌い手となりたかった透だが、さりとて父親の事も愛していたので無碍には出来ず、厳しい指導を受けながらもヴァイオリンの弾き方を習っていた。元々父から才能を受け継いでいたのか、その上達具合は同年代の中では並ぶ者が居ないほどでありアマチュア程度であれば大人でさえ相手にならない程であった。

 そんな時である。クリスが両親と共にNGO活動で南米バルベルデに向かう事になったのは。
 目的は紛争地帯で主に戦災で心に傷を負った人々を歌と音楽で癒すこと…………早い話が慰安だ。
 だが雪音夫妻にとってはただの慰安ではない。

 2人の目的──いや夢は、音楽で世界を平和にすること。その一歩として、雪音夫妻は戦災により暗い気持ちになった人々を自分たちの音楽で笑顔にしようと行動したのだ。

 クリスがそれについていく事になった事を告げると、透は自分もそれについて行くと言い出したのだ。

 当然、彼の父である航はそれに反対した。透の母は既に他界しており、航に残されたのは我が子である透ただ1人。その透がよりにもよって海外の紛争地帯に行くなど到底許容できるものではなかった。

 だがこの時ばかりは透が頑固に我が儘を通した。
 父からヴァイオリンを教わってはいたものの、彼の中にはやはり歌に対する強い情熱があったのだ。
 そして雪音夫妻は、その歌で世界を平和にし人々を笑顔にして見せると言ってのけたのである。透はそれが見たかった。

 何を隠そう、彼の夢もまた自身の歌で人々を笑顔にすることだった。クリスと共に、世界の人々を歌と音楽で笑顔にしたいと、彼は心から願っていたのだ。
 その夢の光景が目の前で見られるかもしれない。となれば、居ても立ってもいられなくなるのは当然の事であった。

 長い話し合いの末、最終的には航が折れ透の雪音一家同行は許可される事となる。

 そして────────それが透にとっての苦難の人生の始まりであった。

 ある時、彼らが活動の拠点としていたある村の教会に運び込まれた支援物資の中に爆弾が混じっており、その爆発に巻き込まれ雪音夫妻は死亡。透とクリスの2人も、その後にやってきた現地の武装組織の捕虜となってしまった。

 それからは正に地獄の日々であった。

 武装組織の連中は相手が子供だろうと容赦なく暴力を振るい、時には平然と子供を売買した。幸いな事に容姿の優れていたクリスは勿論、透も日本人は金になるからと言う事で安易に売られる事はなく済んでいた。

 それでも時折ふとした瞬間に暴力が振るわれる事はある。
 大抵は不安に押しつぶされそうになったクリスが泣き出すとそれを煩わしく思い、黙らせる目的で見張りに来ていた者が振るう事が多かった。

 その度に、透はクリスを守る為に武装組織の者の前に立ち塞がった。鎖で壁に繋がれてはいたが、幸運な事に2人は隣り合わせで繋がれていたのだ。故に、透は彼女を守る為に動くことが出来た。

 だがその場合、当然だがクリスに向けられた暴力は透に向けられることになる。
 相手が男児だと言う事だからか、はたまたクリスへの暴行を邪魔された腹いせもあってか透への暴行は激しく気を失いそうになるまで殴られたりすることもざらだった。
 クリスが止めるよう懇願するが聞いてもらえる筈も無く、組織の男達が満足した頃には毎回ボロ雑巾のようになっていた。

 それでも透は一度たりとも暴行中に意識を失ったりするようなことはなかった。

 意識を手放せば、矛先がクリスに向くかもしれない。それだけはさせまいと、透は幼いながらも気力だけで意識を保ち続けたのだ。

 そして暴力が去った後は、必ずと言っていい程クリスがボロボロになった透を抱きしめ静かに涙を流していた。自身の無力さと、自分を守る為に身代わりとなってくれた透に対する申し訳なさで…………。

「透、大丈夫ッ!? しっかりして────!?」
「僕は……大丈夫、だよ。大丈夫……2人で一緒に帰ろう。それで、2人で沢山の人を歌と音楽で、笑顔にするんだ。クリスのお父さんとお母さんが、出来なかった事を、僕らがやるんだ」
「できるの、かな? パパとママは、そう言ってここに来て死んじゃったのに…………」
「出来るよ、僕とクリスなら。だから、頑張ろう? 頑張って信じて、一緒に日本に帰ろう」
「うん…………約束だよ。一緒に帰って、今度はあたし達がパパとママの代わりに歌で皆を笑顔にするの」
「うん…………約束」

 薄暗く他の子供達も居る部屋の中で、2人は生きて帰る事と将来の夢を誓い合った。クリスの両親の夢を自分達が受け継ぎ、ここから生き延びて2人の代わりに人々を歌で笑顔にする。

 それは2人にとって、生き延びる為の希望であった。

 それからどれだけそんな生活が続いただろうか。
 2人以外は部屋に押し込められた子供の顔ぶれも幾分か変わり、自分達より幼い子供の姿も目にするようになった。そんな子達は当然恐怖と不安に身を震わせ、時には泣き出すことも少なくはない。だが大きな泣き声を上げれば、黙らせようと組織の男が入ってきて泣く子に暴力を振るう。

 クリスだけでなくそう言った子も守りたいと思う透ではあったが、生憎と鎖の長さの関係で彼が助けに入れる距離には限度があった。

 結果、何も出来ず泣く子が暴力を振るわれるのを黙って見ているしかない。

 そんな時、透はある事を閃いた。子供達が不安を抱いているのなら、それを取り除いてやればいい。

 どうすればいいか?

 面白い話で気分を和らげてやるのもいいが、それ以上に彼が名案として思い浮かべたのは歌であった。歌って子供達や、クリスの心の不安を取り除こうと考えたのだ。
 これはただクリス達を元気付けるだけでなく、ここから生き延びた後今度は2人でクリスの両親の夢を受け継ぎ歌で人々を笑顔にする。
 それが出来るという事をクリスに証明する意味もあった。

 とにかく彼はその日から歌を歌い、クリスや他の捕虜となった子供達の不安を取り除く事にした。
 流石に考え無しに歌っていては武装組織の男達に煩わしがられて暴力を振るわれるのは目に見えていたので、男達の見張りや見回りの時間を覚えてその時間の合間を縫うようにして歌を歌い続けた。

 効果は覿面だった。見張りを掻い潜りながらだったので緊張感はあったが、それでも透の他者を思い遣っての歌は確かにクリスや子供達の心に届き恐怖や不安に泣き出す頻度は大幅に減っていった。
 毎日地獄のような日々であったが、彼が歌を歌っている間だけは恐怖や不安を忘れ穏やかな気持ちでいる事が出来た。

 だが…………それも長くは続かなかった。

 今から2年前の事、不運なことにその日何時もは誰も来ない筈の時間に、組織の人間が1人やって来たのだ。

 ただの気紛れかそれともサボりに来たのか。兎に角全く警戒していなかった時間にやって来たその男に透の歌を聞かれてしまった。それを聞いてその男が何を思ったのか、今になってはもう分からない。
 単純に煩わしく思ったのかそれとも暢気に歌っていると腹を立てたのか。

 次の瞬間その男は部屋に飛び込み、透を部屋の真ん中で押え付け馬乗りになると顔面を何発か殴り大人しくさせた。そして徐にナイフを取り出すと、それを透の喉元へ近づけたのだ。

 何をするつもりなのか? そんなこと、考えるまでもない。

 流石にそれは不味いと透は抵抗し、クリスも彼が何をされるのか察したのか発狂したように男を止めようと声を上げる。
 だが14歳という少年では荒事に慣れた男の力を振り払う事など出来る筈もなく、またクリスの声は全く聞き入れてもらえない。

 そうして遂に、男の凶刃が透の喉に食い込み傷一つなかった喉を、彼の夢と共にズタズタに切り裂いた。

 口と喉から止め処なく血を流し床に蹲る透。その姿にクリスが一際甲高い悲鳴を上げると、彼とクリスの目が合った。

 その瞬間、今にも死が間近に迫っていると言うのに透はクリスに向けて笑みを向けたのだ。

 自分は大丈夫、だから心配するな。

 溢れる血で喉が塞がれている中、彼はせめてクリスを少しでも安心させようと血を吐きながらも彼女に笑みを向けたのだ。
 血溜りに沈みながらも、自らに笑みを向ける透。その姿はクリスの脳裏に強烈に刻み付けられる。

 だがその光景も何時までも続かなかった。

 事を仕出かした張本人は、これで透はもう助からないと判断したのか彼を引き摺って部屋から出ていった。恐らく死体を処理する為の場所にでも連れていくのだろう。

 透が居なくなり、後には彼が流した大量の血だけが残された室内。

 残された子供たちは目の前で行われた残虐な行為に恐怖し涙を流し、クリスは絶望に放心状態となった。何も出来ず、目の前で心の支えであった少年を失ったのだ。彼女が感じる絶望は想像するに難くない。
 何しろある意味、彼女が原因でもあるのだ。

「あたしの……あたしの所為だ。ごめん…………ごめんね、透──!?」

 その日クリスは、自分の隣から姿を消した透に向けずっと謝り続けていた。

 それから2日後、その武装組織は襲撃を受けた。 
 

 
後書き
ここまでご覧いただきありがとうございました。

クリスの過去に関する話はあと3話ほど続く予定です。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写に対する指摘などよろしくお願いいたします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第22話:雪の温かさが彼を繋ぎ止める

 
前書き
どうも、黒井です。

クリスの過去編第2話になります。 

 
 武装組織を襲撃してきたのは国連軍ではなかった。
 何故それが分かるかと言うと、襲撃者たちは戦闘終了後にクリス達を回収していかなかったのだ。

 襲撃者の人数は分からない。
 クリスが見たのは、戦闘の音が消えた後に自分達が捕らえられている部屋を覗きに来た1人だけだったのだ。その1人は、紫色の宝石の様な仮面を被った、男か女か分からない人物だった。

 襲撃者は一通り暴れ、武装組織を完全に壊滅させるとクリス達が捕らえられている部屋を一度だけ覗き込み、興味を失ったかのようにその場を去っていった。
 何が何だか分からず震えるしか出来なかったクリス達だったが、それから数時間後に今度は正真正銘国連軍がやってきてクリス達は本当に救出されることになる。

 その際、既に襲撃を受け壊滅した武装組織に国連軍は首を傾げたものの、それならそれで仕事が楽だと彼らはクリス達を救出した。
 勿論そこで彼らはクリスらに襲撃者について訊ねたが、当然ながら分かる筈もないのでクリスを含め全員が知らないという答えを返した。

 結局襲撃してきた者達に関しては何も分からず仕舞い。捕虜となっていた子供達は解放され、クリスは日本へと帰国することになる。

 だが日本へ帰ったところで、既に彼女の家族はこの世に居らず、また親しかった……寧ろ捕虜生活を経て心の拠り所としていた少年も居ない。
 彼には父親が居た筈だが、とてもではないが会う勇気は無い。

 天涯孤独となることが容易に予想でき、帰国の飛行機の中で既に途方に暮れていたクリス。そんな彼女の前に、フィーネは現れたのだ。

「争いの無い世界を作りたいのでしょう? なら私と共に来て、私に協力しなさい」

 協力してくれるなら、衣食住は保障するし面倒もちゃんと見るとフィーネは言った。

 正直クリスはそんなフィーネの事を心底怪しいと疑っていたのだが、同時にこの時のクリスには他に行くところが無いのも事実。大人は信用できなかったが、他の選択肢はクリスには存在しなかった。
 透も居なくなり、若干投げやりになっていたと言うのもあるのかもしれない。

 とにかくクリスはフィーネについて行くことを決め、それからは彼女の下で研究への手助けと称した完全聖遺物の起動実験などに携わる事となった。

 最早クリスの居場所はフィーネの傍のみとなった事もあり、彼女はフィーネに求められるままに歌い、シンフォギア・イチイバルを纏ったり完全聖遺物・ソロモンの杖を起動させたりした。

 そんな日々を送る中で、次第に彼女の中である変化が起こっていった。自身の歌に対する嫌悪である。

 シンフォギアやソロモンの杖、クリスが歌う事で得られたそれらは全て破壊を齎すものだ。

 対して透はその歌でクリスや他の子供達を癒していた。

 自分の歌は周りを傷付ける。そう考えるようになったクリスは自己嫌悪し、次第に歌その物を嫌う様になっていったのだ。
 そうしなければ、透に対して申し訳が立たないと思っていたのである。

 そんな風に1人歌と自分に対する嫌悪で暗鬱とした日々を送っていたクリスだったが、ある日彼女の心境に変化が起きる時が来た。

 それは今から1年前の、ある雨の日の事だった。


――
――――
――――――


 その日、クリスはフィーネの拠点である湖畔の屋敷周辺の森を散策していた。

 この日はフィーネが屋敷に居らず、それでいてやることも特になかった為暇を持て余したクリスは気晴らしに屋敷周辺をぶらぶらと散策していたのだ。

 ところがこの日は生憎と雨が降っており、気が晴れる処か逆にフラストレーションが溜まっていた。
 雨が降る森と言うのも風情があると言えばあるのだろうが、今のクリスにとってはただひたすらに忌まわしいだけだ。

「…………チッ! 帰るか」

 差した傘や周囲の木に当たった雨粒が立てる静かな音に包まれながら森の中を歩く。
 途中木の根に足を取られたりしないよう気を付けながら歩き、時折近くの茂みの中で何か野生の小動物が逃げていく音に耳を傾けていた。

 その時────

「うん? あれは…………?」

 視界の端に森の中において違和感のある物が映った。

 最初それが何なのかクリスはイマイチ理解できなかったが、ある程度近付いてそれが何なのか分かった。

 足だ。人の足、それが地面に横たわっていた。

 それを見た瞬間、クリスは盛大に顔を顰めた。

 こんなところで行き倒れである。絶対普通ではない。ここは確かに人里離れた森の中であるが、富士の樹海の様に自殺の名所となっている訳ではない。
 つまり、自殺しに来たと言うよりは何か事情があってここで力尽きたと考える方が普通だった。

 正直、関わり合いになりたくない。面倒になりそうな気がする。

 だが同時にこんなところで1人寂しく野垂れ死に掛けている者に対して憐れみを抱いている自分にも気付いていた。
 自然、クリスの足は倒れている人物に近付いていく。既に息絶えていたらともかく、もしまだ息があったのならせめて手当くらいはして人里に送り返してやろうくらいは思っていた。
 ここで見捨てるのも後味が悪いし、何よりここで他人を見捨てるようではあの日最期まで自分を気遣っていた透に顔向けできない。

 そんな想いと共に木の根元に見える足に近付き、根元に倒れこんでいるらしき相手を覗き見て──────瞬間、クリスの周囲から音が消えた。

「──────え?」

 目にした姿に強い既視感を感じた。
 何処か見覚えのある目を瞑った横顔、服装は記憶にある物とは全く違う上にボロボロだが、覗き見える横顔は未だに記憶に刻まれていた。何せ6年間すぐ近くで見続けてきたのだ。記憶に残らない訳がない。

 だが彼がここに居る筈はなかった。彼はあの日、自分の目の前で首を掻き切られそのまま何処かへ連れていかれて命を落とした筈なのだ。
 少なくとも助けに来てくれた国連軍の兵士はあの部屋に居た捕虜以外に子供の生存者は居ないと言っていた。
 つまり、彼も死んだ筈なのだ。

 では、今目の前の木に寄りかかって座り込んでいる少年は一体誰なのだろうか?

 その疑問の答えを求めてか、クリスはフラフラと少年に近付き、スカートが泥で汚れるのも構わずしゃがみ込むと少年の肩に手を置き話し掛けた。

「と、透……なのか?」

 震える声で、1年前に大人の理不尽で殺された筈の少年の名を呼ぶクリス。その声が届いたのか、それとも肩に手を置いたからか…………少年の瞼が震え、薄っすらと目が開かれる。

 少年は薄く開いた目をクリスに向けると、途端にどこか嬉しそうでそれでいて儚い笑みを浮かべた。

 それはクリスの記憶にある透の笑みと寸分違わぬもので────

「透────!!」

 思わぬ所で思わぬ人物との再会に、クリスは思わず歓喜し目に涙を浮かべる。

 だが笑みを浮かべた直後、少年――透はガクリと項垂れそのままズルリと横に崩れ落ちた。
 突然の事にクリスは傘も放り出して、雨に打たれるのも構わず倒れた透を抱き上げた。

「透ッ!? おい、透大丈夫か? しっかりしろッ!?」

 必死に呼び掛けるクリスだったが、対する透は彼女の言葉にうんともすんとも言わない。それどころか、触れて分かったが彼の体は恐ろしいほど冷たい。呼吸もどこか弱々しく、誰が見てもこのままでは死んでしまう事が明白だった。

――ど、どうすりゃいいんだッ!? このままじゃ、透がッ!?――

 死んだと思っていた少年と奇跡とも言える再会を果たせたと言うのに、このままでは死んでしまう。そしたらもう2度と会う事も、触れ合うことも出来なくなってしまう。
 その事を肌で感じ取りクリスは焦っていた。

 とにかくこのままここに居てはまずい。

 クリスはその考えに行きつき、透を担いで屋敷へと向かっていった。フィーネに見つかったら何を言われるか分かったものではないが、このまま放置するなんて絶対できなかったし雨風に晒すよりはずっとマシだ。

 自身も雨に打たれながら屋敷に戻ったクリス。
 幸いと言うべきか、フィーネはまだ戻っていないらしかった。

 誰も居ない屋敷の中を、クリスは透を半ば引き摺る様にして自身の部屋へと運んでいく。ここならフィーネにもそう簡単には見つからない。

 部屋に連れ込んだ透を、まずクリスは服を脱がせタオルで体を拭いてやった。
 服を着た状態でも分かっていたことだが、透はかなりボロボロだった。それも古い傷ばかりではない。真新しい生傷まである。

 ここに来るまでに一体何があったのか? そもそもあの後一体何をしていたのか? 気になる事は多いが今は全て後だ。

 パンツ以外全ての衣服を脱がせ、体を隅々まで拭いてやるとクリスは透をベッドに寝かせる。毛布を被せ、彼の体温が上がるのを待った。

 だがいくら待っても一向に彼の容体は快方に向かわない。苦しそうに呼吸をし、体を震わせている。
 もう体が自力で熱を生み出すほどの体力もないのだ。これでは体を乾かして毛布を掛けてやっても意味がない。

 どうすればいいか? 悩みに悩むクリス。その間にも透は顔を苦しげに歪めながら体を震わせている。

 そんな時、クリスの脳裏に名案が浮かんだ。彼の体が熱を生み出せないのなら、他所から分けてやればいい。
 ではその熱は何処にあるか? 今からお湯を沸かしていては時間がかかるし、この部屋には暖炉の様な物はない。暖房は既に入れているが、これでは不十分だ。

 唯一ある物と言えば────

「それは、でも…………いや、四の五の言っていられねぇ!」

 意を決し、クリスは雨で濡れた自身の衣服を脱ぎ去る。彼同様下の肌着のみの姿となると、羞恥に頬を赤らめながらも彼を寝かせたベッドの毛布に潜り込み彼の体に抱き着いた。

 瞬間、人間の体とは思えない彼の体の冷たさにクリスは彼に迫る死の気配を感じ取り恐怖した。
 そして彼の体に回した腕に力を籠めると、全身を密着させ自身の体温で以って彼の冷え切った体を温めた。

 冷え切った体に抱き着きながら、クリスはひたすらに祈りを捧げていた。

――お願いだ、逝かないでくれ透! もうあたしを……1人にしないでくれッ!!――











 不意に透は、自身の体を包む温かさを感じた。

 それを感じて最初に思った事は、遂に自分は死んでしまったのかと言う事だった。

 人気の無い森の中で傷付き倒れ、雨に打たれた体では数時間しか持つまい。

 唯一彼にとって救いだったのは、意識を手放す直前に愛しい少女によく似た顔を見られた事だった。恐らく死の直前に見た幻影だろうと、最期に目にした顔が彼女の物であれば心安らかに逝くことが出来る。

 そう思っていたのだが、次第に彼は違和感を覚え始めた。死んだにしては妙に感覚がはっきりしてきている。

 何かがおかしい、そう考えた彼は試しに瞼をゆっくりと開けてみた。

「…………ッ!」

 開いた彼の目に真っ先に映ったのは、意識を手放す直前に見た少女の寝顔だった。

 懐かしい少女──クリスの顔が、それも至近距離にある事に透は最初困惑したがそれ以上に彼が感じたのは安堵だった。
 彼には分かったのだ、この少女が1年間離れ離れになっていたクリスであることが。そのクリスとこうして再会できた。その事を彼は純粋に喜んでいた。

 今がどういう状況かなどは関係ない。彼は懐かしい少女との再会を喜び、その体をそっと抱きしめた。

 すると、彼が動いたことで覚醒したのかクリスも目を覚ました。

「ん、んぅ……寝ちまったのか…………って、えっ!?」

 いつの間にか眠ってしまっていたクリスだが、不意に自分が抱きしめられている事に気付き目を見開き彼の顔を見た。

 そこには、優しく笑みを浮かべている透の顔があった。

「────透ッ!!」

 堪らず歓喜の声を上げ起き上がるクリス。

 だが次の瞬間、透は顔を真っ赤にして飛び起き彼女に背を向けた。
 一瞬その事に首を傾げるクリスだったが、直ぐに今の自分たちの恰好を思い出し今度は彼女の方が顔を耳まで赤く染めた。

「わっ!? わわっ!? 見るな、あっち向いてろッ!!?」

 もうすでに後ろを向いているのだが、そんな事を気にしている余裕もなくクリスは彼から離れるとクローゼットを開け乾いている服を取り出し着替えた。
 その間透は耳まで赤くした状態で彼女に背を向けている。そして数分ほどで着替え終わると、まだ少し頬を赤く染めながらも透の元へと近付いた。

「えっと…………もう、いいぞ?」

 とりあえず依然として背を向けたままの透にクリスが声を掛けると、透も頬を赤く染めた状態でクリスの方に再び体を向けた。

 互いに正面で向き合い、相手の顔をまじまじと見て互いに相手が記憶の中にある人物と同じであることを再認識する。

 その認識を確実なものとする為、クリスは透に彼自身の名と己の名を訊ねた。

「と、透……だよな? あたしの事、覚えてるよな?」

 クリスの問い掛けに頷き口を開く透だったが、その口から言葉どころか声が出る事はなく、呼気が出る掠れた音だけが零れた。
 その様子にクリスは、1年前彼の身に襲い掛かった不幸を思い出し驚愕と悲しみが混ざった目を彼に向けた。

 そう、彼は命が助かっただけで夢は無残に切り裂かれたままだったのだ。

 それでも透は何度も声を出そうとした。両手で喉を押さえ、必死に喉を振るわせようとしたが結局声は出ず。

 彼の声と夢が失われたと言う現実を嫌でも認識させられた。

「透……やっぱり、声──」

 もう二度と彼の声も、歌も聞くことが出来ないと分かり悲しみに暮れるクリス。
 そんな彼女の肩に、透は手を置き正面から彼女の顔を見つめるとその口をゆっくりと動かした。

 ク……リ……ス、と────

 彼の方もクリスの事を覚えていた。声はなくとも名を呼んでくれた。
 その事が堪らなく嬉しくて、心に広がっていた暗鬱とした思いが晴れたような気分になり、クリスは透に抱き着いた。

「────!! 透ッ!!」

 涙を流しながら、加減もせず抱き着くクリスを透はしっかりと受け止めた。
 両目から止め処なく涙を流し嗚咽を溢すクリスを、透は優しく抱き留めその頭をそっと撫でてやった。

 そのまま暫く歓喜の涙を流し続け、漸く落ち着いたクリスは透がパンツ一丁で他に着る物がない事に気付くと屋敷の中から適当なバスローブを持ってきて着せてやった。

 あの濡れてボロボロになった服を着せる訳にはいかないし、だからと言って何時までも裸で居させる訳にもいかない。

 先程は色々あって気にしている余裕がなかったが、落ち着いて今になって見てみると細身ながらも意外なほど鍛えられた彼の体に赤面せずにはいられなかった。
 こんな性格だが、クリスだって立派な乙女である。見慣れない男の、それも心の拠り所とするほどに親しい少年の逞しい素肌を前にしては冷静でいられる自信が無かったのだ。

 一度立ち上がってバスローブを着てから、再びベッドに腰掛ける透。その隣に腰掛けたクリスは、今が頃合いかと透にこれまでの経緯を訊ねた。

「それで、透? 今まで一体何やってたんだよ? て言うか、あの後どうしたんだ?」

 クリスの問い掛けに、透は少し考え込む素振りを見せる。何と答えたらいいか、どこまで答えたらいいかを迷っているらしかった。

 が、少し考えただけで意を決したのか部屋の中を見渡して何かを探すと、部屋の隅に放置された先程まで彼が着ていたボロボロの服を見てそちらに向かい、適当に放置された服の中から何かを取り出した。

 掌のような形をした変わったバックルのベルトと、いくつかの妙に装飾部分が大きな指輪だ。

 彼が取り出した奇妙な組み合わせにクリスが首を傾げていると、彼は腰にベルトを巻き指輪の一つを右手の中指に嵌めた。
 そしてそのままクリスの隣に再び腰掛けると、今度は右手を掌型のバックルの前に翳した。

〈コネクト、ナーウ〉
「な、何だ? って、おぉうっ!?」

 ベルトから響く声に困惑するクリスだが、次の瞬間目にした光景に言葉を失った。

 透が手を翳すとそこに魔法陣が現れ、彼がそれに手を突っ込むと少し離れた所にあるサイドテーブルの近くに同じ魔法陣が出来てそこから透の手が出てきたのだ。
 彼はそのままサイドテーブルの上に置かれたメモ帳とペンを掴むと、魔法陣から手を引き抜き手元に持ってきた。

 その光景にクリスは驚愕のあまり言葉を失い口をパクパクとさせていると、透は彼女の様子に小さく笑みを浮かべつつメモ帳の紙面にペンを走らせた。
 筆談だ。言葉を声で伝えることが出来ない以上、現時点で彼が取れるコミュニケーション手段はこれしかなかった。

 そこで彼は、己の身に起こった出来事をクリスに説明していく。

[クリス、僕、魔法使いになったんだ]
「──────は?」

 透からのカミングアウト、それにクリスが返すことが出来たのは、たった一文字だけだった。 
 

 
後書き
ご覧いただきありがとうございました。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写に対する指摘などよろしくお願いいたします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第23話:魔女と魔法使いの契約

 魔法使いになった。
 そう透に告げられ、クリスは堪らず困惑して思考が停止してしまっていた。

 それはそうだろう。死んだと思っていた幼馴染が生きていたという事に喜んでいたら、その相手から突拍子もない事を告げられたのだ。
 一度に起こるべき驚愕の出来事の許容量を超えれば思考が停止してしまうのは、人として当然である。

 そして、必然的に次にクリスの口から出てくるのは透の発言に対する否定の言葉であった。

「い、いや……いやいやいやッ!? 魔法使いって、何だよそれ? あり得ないだろそんなのッ!?」

 つい今し方透は離れた所にあるメモ帳とペンをその場から動かずに取り寄せたが、あれにだってきっと何かトリックがある筈だ。でなければ、クリスも知らない未知の聖遺物か何かか。
 フィーネに聞いたが、起動状態の完全聖遺物は歌が必要ないどころか扱いに男女の区別もないとの事。

 なまじ完全聖遺物と言う存在を知ってしまっている為、クリスは透の魔法を完全聖遺物によるもので先程彼がボロボロだったのはその完全聖遺物を狙った何者かが原因だろうと結論付けた。それなら彼女にも納得できるからだ。

 そんなクリスの考えが分かったのか、透は小さく苦笑しつつ右手の指輪を取り換えた。

 これだけで信じてもらえるとは彼自身思っていない。信じられないならば、多様な魔法を使って理解してもらうのみだ。

〈グラビティ、ナーウ〉

 透が別の指輪──グラビティ・ウィザードリング──を付けた右手をハンドオーサーに翳し、その手を今度はクリスに向けて翳すと彼女の体が重力の鎖から解き放たれて緩やかに宙に浮かび上がった。

「えっ? わっ! わわわわっ!?」

 透はクリスを浮かせた状態で室内を軽く一周させた後、ゆっくりと自身の隣に下した。

 突然の空中浮遊に肝を冷やしたクリスは、彼の隣に下ろされるとその豊かな胸元に手を置き安堵から溜め息を吐いた。

 その様子を見て声無く笑う透。
 彼が笑っているのに気付いて、クリスはムッとした顔になりながら文句を口にした。

「んだよ、いきなり宙に浮かされたらびっくりするのは当たり前だろうがッ!?」
「…………!」
「ゴメンて、あのなぁッ!?」

 文句を言ってくるクリスに、透は両手を合わせて謝罪の意を示す。それに更に食って掛かろうとするクリスだったが、不意に口を噤むと次の瞬間吹き出し笑い出した。

 それに釣られて透も笑みを浮かべ、声無く笑い始める。

「あっはははははははっ!」
「……………………!!」

 この瞬間、クリスの心から鬱屈としたものは全て消え去っていた。久しぶりに、本当に久しぶりに心の底から笑えたのだ。

 危なくない程度に行われた悪戯に、腹を立てて文句を言い謝罪される。
 そんなごくごく当たり前の、平和なやり取りが堪らなく懐かしく、そしてそれを彼と共有できている事がどうしようもなく嬉しくて楽しかった。

 2人揃って顔を見合わせながら笑い合い、一頻り笑って落ち着いた頃合いを見計らってクリスは今までずっと聞きたかったことを透に訊ねた。

「ははは、はぁ~……笑った笑った。久しぶりだな、こんな風に笑ったの」
「…………!」
「あ、それで? 結局、透は今まで一体何してたんだよ?」
「……!?」

 クリスからそう問い掛けられて、透は一瞬表情を硬くした。そして一度虚空を向き遠い目をすると、手にしたメモ帳にぽつりぽつりと再会するまでの事を記した。




***




 あの後、武装組織の心無い者によって喉を掻き切られた透は、部屋を引きずり出された後案の定始末した捕虜を処分する場所へと連れていかれていた。
 処分と言っても、特に何かをする訳ではない。ただ離れた所にある空き地に放り込んで、そのまま放置するだけである。放っておけば野生動物などが勝手に死体を片付けてくれるのだ。

 透もその例に漏れず、未だ原形を留めたものから元の姿が分からなくなるくらい朽ちた死体が散乱する空き地に放り込まれた。

 透の口と喉からは血が流れ続け、次第に意識が朦朧としてきた。もう痛みも感じない。人間としての感覚が薄れていく事に、透は己の死を予感した。
 だがそれを実感して尚、意外なほど彼の心は恐怖を感じてはいなかった。

 ただ一つ、目の前で自分が殺されかける光景を見せつけられる形となったクリスのその後が気掛かりだった。

 こんな状況になっても、透が考えるのはクリスの事であった。
 そう、彼は彼女の事を愛しているのだ。だからこそ危険を顧みず歌を歌って彼女に安らぎを与えようとするし、自分が死に掛けていると言うのに笑みを浮かべることが出来たのである。

 自分と言う防波堤が居なくなった後、クリスに男達の暴行が向かわないだろうか?
 目の前で自分が殺されかける光景に、心に大きな傷を作ったりしないだろうか?

 様々な不安を胸に抱きつつ、遂に透は意識を闇へと沈めるのだった。




 それから二日後…………

「ほぉ、これはこれは……」

 二日前の時点で息も絶え絶えで誰がどう見ても死に掛けだった透は、驚いたことにまだ生きていた。普通ならあり得ない、例え大の大人であっても息絶えていなければおかしい筈である。

 その彼を見て、興味深そうな声を上げる者が居た。メイジだ。

 仮面と両肩の突起物の色が紫色をしている。
 更にその周囲には、琥珀色の仮面と突起物のメイジが複数人居た。琥珀色のメイジの一人が、紫色のメイジに話し掛ける。

「メデューサ様、如何なさいますか?」
「こいつは連れて帰る。凄まじい素質を持つ者だ。くれぐれも死なせないようにな?」
「畏まりました」

 話し掛けてきたメイジに紫色のメイジ──メデューサは透を託すと、自身は他のメイジを引き連れて武装組織の襲撃に向かった。

「行くぞ。力を存分に振るい、魔法に慣れておけ。いずれ更に大きな敵と戦う事になるのだからな」

 その言葉を合図にメイジ達は武装組織に攻撃を仕掛ける。

 程無くして怒号と悲鳴、銃声と爆発音が響き渡り、メイジの襲撃を受けた武装組織はそれほど時間を掛ける事もなく壊滅することとなった。




***




〔それから僕は、その連れていかれた先で魔法使いにさせられて、暫くはそこに居たんだ〕
「そっか…………なら、なんでさっきはあそこに?」

 その問い掛けに対し、透はすぐに答えることはしなかった。

 クリスから顔を背け、思い悩むように顔を顰める彼の様子にクリスは複雑な事情があることを察する。

 まぁそもそも、あの状況から今まで音信不通だったこと自体が複雑な事情な気はするが…………。

 暫し考え込んだ後、彼は意を決してメモ帳にペンを走らせる。クリスが覗き込む中、透は短く端的に理由を記した。

〔間違ってると思ったから〕

 何が、とはクリスは訊ねなかった。
 そう記した透の顔に、後悔の色が見えたのだ。

 きっと、彼を助けた者達はロクな人間ではなかったのだろう。
 だが彼はそんな連中に対して、何か協力するようなことをしてしまったのだ。

 彼の性格を知るクリスはそれを察し、それ以上彼に対して詮索することを止めた。
 彼女にとって重要なのは透が生きていて、今こうして自分の傍に居る事であった。

 だがこの時クリスは気を抜き過ぎていた。

 彼女が透の今までの経緯に疑問を持つという事は、透も同様に彼女の今までの経緯に疑問を持つという事である。

 案の定、透が今度はクリスのこれまでの事に疑問を持ち問い掛けた。

〔そう言えば、クリスは今までどうしてたの〕
「ッ!?!? え、あ、あたしか? あたしは、その……」

 透からの問い掛けに、クリスは言葉に詰まった。当然だ、彼女があれからやって来たことと言えば、とても透に離せる内容ではなかったのだから。

 直接手を下していないとは言え、ソロモンの杖を起動させて多くの人を傷付ける要因を作り出した。
 また、彼女の主であるフィーネは既に何人も手に掛けている。

 その片棒を担いでいるのだ。他者を思いやり、誰かの為に危険を顧みず動ける透とは真逆だ。話せる訳がなかった。

 俯き、答えに窮するクリスを透はじっと見つめていた。
 それすらも、今のクリスには彼が自分を責めているように思えてしまい、余計に言葉が口から出なくなる。

 クリスも気付かぬ内に、彼女の体は震え、体中に冷や汗が浮かび始める。

 呼吸も徐々に荒くなってきた彼女を見た透は、何かを察してペンとメモ帳を脇に置くと優しくそっと彼女の体を抱きしめた。

「ふぇっ!? と、透?」

 突然の彼の行動に戸惑うクリスだったが、彼は構わずにクリスを抱きしめると彼女の頭をそっと撫でた。
 無言の行動だったが、クリスにはそれが単純に安心させようとしているだけでなく、彼が彼女のこれまでの事を労っているように思えた。

 傍に居てあげられなくてゴメン、頑張ったんだね。もう大丈夫だよ────と。

 なんだか子供扱いされているような気がしなくもないが、それ以上にクリスは彼からの抱擁に安心感を抱き、気付けば彼に全てを委ねていた。
 体重を預け、彼の体に腕を回し抱き着く。それだけでそれまで何処か虚無感があった心が満たされていくのを感じた。

 気付けばクリスは静かに涙を流していた。

「う……ひっく、透ぅ──!?」
「…………」

 静かに涙を流し、嗚咽を上げるクリスを透は抱き締め続けた。
 それが今の彼女に出来る最大限の癒しであることに気付いたからだ。

 今の彼女はとにかく、他者の温もりを欲している。昔の様に歌う事の出来なくなった彼にとって、今できる事はこれだけだった。

 どれ程そうしていただろうか。不意に透の耳が、屋敷のどこかで扉が開閉する音を捉えた。

 その事に透は首を傾げ、クリスへの抱擁を中断するとペンとメモ帳を手に取り誰かが屋敷内に居る事をクリスに告げた。

〔誰か居る〕
「あ…………って、えッ!?」

 抱擁が止まったことに一瞬名残惜しそうな顔をするクリスだったが、透の記した内容が意味していることに気付き肝心なことを思い出した。

――フィーネに、何て言おうッ!?――

 言うまでもないがここはフィーネの館だ。つまり、ここに誰かを入れるにはフィーネの許可が要る。

 が、今回クリスはフィーネの許可を取らずに透を館の中に招き入れてしまった。

 その事でフィーネに咎められ、場合によっては『躾』をされる可能性もあったがそれよりも彼女が恐れているのは、最悪フィーネが透を排除しようとする事だった。
 何しろフィーネにとって透は完全に部外者、彼をここに置く理由がフィーネにはない。
 追い出されるだけならまだしも、フィーネの性格を考えれば彼を殺そうとする可能性の方が高かった。

 クリスは悩んだ。このまま透を隠し通すことは出来ない。あのフィーネの事だから、こっそり透をここに置こうとしても何処かで何かに気付いて見つけ出す可能性が高い。
 もしそうなった場合、勝手に部外者を招き入れたとしてクリスは仕置きと称した拷問を受け透は殺されてしまう。

 では逆にここでさっさと透の存在をフィーネに明かし、彼をここに置くことが出来ないかと懇願しようかと考えたがそれも少々微妙な所だ。

 前述した通りフィーネには透をここに置く理由がないのだから。

 どうしよう…………そこまで考えたところで、クリスは透にはまだ帰るところがある事を思い出した。

「ッ!? そうだ…………透には、帰るところがあるんだ」

 途端、クリスの体は震えた。もしここで透が彼の父親の所へ帰ったら、二度と会うことは出来なくなる。

 だって彼がそこから先歩むのは日向の道で、対する自分は日陰の道を往く。会う事など出来る筈もない。

 嫌だ。もう離れたくない。折角こうしてまた出会えたと言うのに、また離れ離れになるなんて想像したくもない。
 もうクリスには透しかいないのだ。過去の彼女を知る、彼女と過去を、苦難を共有したのは透ただ1人なのだ。

 だが同時に、頭のどこかで彼とは別れるべきと言う声が上がっていた。

 クリスが目指す先にあるのは争いの無い世界とは言え、その道中は否応なしに周囲に破壊を齎す。
 もしかしたらその中で誰かをクリスが殺める事になるかもしれない。その手を血で汚すのだ。

 透に近くに居てもらうという事は、その瞬間を彼に目撃されるという事であり、同時に彼の手も血で汚させる可能性があるという事だった。

 離れるのは嫌だが、彼に汚れられるのも嫌だった。透には清らかなままでいて欲しい。それならば離れるしかないのだが、それもまたクリスにとっては苦痛だった。

 離れるべきと言う気持ちと離れたくないと言う気持ち、二つの相反する想いが鬩ぎ合いクリスの心を苛む。

 そんな彼女の背中を後押ししたのは、他ならぬ透だった。

「…………」
「────!? ぁ──」

 透はクリスの頭にそっと手を乗せると、彼女を安心させるように優しく撫でた。

 撫でられたクリスが透の顔を見やると、彼は穏やかな笑みを浮かべて彼女に頷きかけ、そして撫でるのを止めると自らの胸に手を当て、次いでその手をクリスに差し出した。

 それはまるで、御伽噺に登場する騎士が愛する姫君に誓いを立てている様で。

 クリスが誘われるように彼の手を取ると、彼はその手を両手で包みしっかりと頷いて見せた。

 言葉はなくとも、その仕草で彼の言いたい事はクリスに伝わった。
 彼はこう言っているのだ。

 もう離れたりしない、だから安心して…………と。

 その瞬間、クリスの体の震えはぴたりと止まった。
 先程まで荒れ狂っていた心は穏やかになり、頭はクリアーになり冷静に物を考える事が出来るようになった。

「とお、る────?」

 クリスが呆然としながら呼びかけると、透は力強く頷きかけた。彼はクリスと共に居る道を選んでくれたのだ。

 その事を認識したクリスは、心の中で彼に感謝し同時にフィーネに透をここに置いてくれるよう頼む覚悟を決めた。
 恐らくフィーネはかなり難色を示すだろう。それどころかかなり不機嫌になる事が容易に想像できた。

 だがもうクリスの心に恐れや迷いは存在しない。透が共に居ると言ってくれた、その事がクリスに勇気を与え、フィーネに物申す決意を促した。

 クリスが意を決して部屋から出てエントランスを通り食堂へ向かうと、金髪に金色の瞳の美女ことフィーネが食堂に居た。
 クリスが食堂に入ると、彼女に気付いたフィーネがそちらに目を向ける。

「あらクリス、ただいま。出迎えに来てくれたのかしら?」

 特に何でもない様子でクリスに話し掛けるフィーネ。
 対するクリスは、フィーネの言葉にすぐには返答せず、一呼吸間を置いて覚悟を決めると口を開いた。

「フィーネ! あ、その……頼みが、あるんだ」
「ん? 何かしら?」

 クリスの言葉に、フィーネは金色の双眸を向ける。
 特に責められている訳でもないのにその眼光に身が竦みそうになるが、透の存在に心を奮い立たせた。

 そして遂に、その言葉を口にする。

「あの、ここに置いてほしい奴が居るんだ」
「…………は?」
「透────」

 フィーネが怪訝な顔をする前で、クリスが透を呼ぶと扉の向こうで待機していた透がフィーネの前に姿を晒した。

 彼の姿を見た瞬間、フィーネは眉間に皺を寄せ圧のある声でクリスに問い掛けた。

「これはどういう事かしら……クリス? 何故ここに部外者の少年が居るの?」
「待ってくれフィーネ!? 話だけでも聞いてくれッ!?」
「えぇ、聞いてあげるわ。聞くだけだけどね……だけれど、その前に――!!」

 冷たい殺意を滲ませながら2人に迫るフィーネを、クリスは必死に宥めようとする。
 だがそんなことで止まる訳がなく、クリスの頬を引っ叩こうとフィーネが手を上げた。

 その瞬間、透が2人の間に割って入った。

 自分の前に立ち塞がった透にクリスは目を見開き、フィーネは構うことなくその手を振り下ろした。

 結果クリスの代わりに透がフィーネに頬を引っ叩かれる。
 かなりの強さで──実際クリスが喰らっていたら間違いなく転倒していた──引っ叩かれた筈だが、透は顔を一瞬明後日の方向に向けただけですぐにフィーネに顔を向けると、力強く彼女の顔を見つめながら頭を下げた。

「へぇ…………一応礼儀は弁えているのね」
「あッ、と、透ッ!? 待ってくれ、ここはアタシが──」

 慌てて透の前に出ようとするクリスだったが、彼はそれを手で制してペンとメモ帳を取り出し筆談でフィーネに語り掛けた。

〔初めまして。北上透と言います〕
「筆談? あなたの顔に付いている口は飾りかしら?」

 侮蔑を含んだフィーネの声。
 咄嗟にクリスがその対応に反論しようとするが、それより早くに透はフィーネに切り裂かれた跡が目立つ喉を見せた。

 見ただけで常人なら思わず口元を抑えたくなるような醜い傷を付けた透の喉を見て、フィーネは不快そうに目を細めて鼻を鳴らした。

「あら、それじゃ確かに喋れないわね。お気の毒様」
〔お気になさらず〕
「フン…………それで? クリスが言うにはここに置いてほしいそうだけど?」
〔クリスの手伝いをさせてほしいんです。邪魔にはなりません、お願いします〕

 そう記すと透は再びフィーネに頭を下げた。

 精一杯誠意を見せる透だったが、正直現時点でフィーネの認識では透を配下に加えることに必要性を感じていなかった。

 第一に、声を失った彼は聖遺物の起動実験において何の役にも立たない。
 歌えればまだ男とは言え使いようはあったろうが、歌う事すらできないのであれば論外だった。

 第二に、彼に荒事が出来るとは思えなかった。
 バスローブを脱げば細くともそれなりに筋肉が付いていることは分かるのだが、その程度ではフィーネは納得しない。これから先、場合によっては戦闘行為も視野に入れているフィーネにとって戦えるように見えない透は足手纏い以外の何物でもなかった。

 以上がフィーネが透を迎え入れる事に難色を示す理由である。

 だが透自身、自分がそういう目で見られるだろうことは想定内であった。

 故に、彼は己の価値をフィーネに示した。即ち、魔法使いとしての力をだ。

〈コネクト、ナーウ〉
「ッ!?」

 徐に透は魔法を発動し、魔法陣に手を突っ込むと遠くの花瓶から花を一輪抜き取り、フィーネに差し出した。他人に魔法の存在を認知させる為なら、これが一番手っ取り早い。

 透が魔法で花を取り寄せるのを見て、フィーネは驚愕に目を見開いた。
 だがそれは、魔法と言う存在に驚いたのではなく透が魔法使いだという事実に驚いたのだ。

「あなた、魔法使いだったの?」

 魔法の存在を既に知っており、透が魔法使いであるという事にフィーネの方が気付いたことにクリスと透は揃って驚いた。
 驚きはしたが、知ってくれているなら透にとっては好都合。これで彼の価値がフィーネにも伝わった。

 事実、フィーネは透が魔法使いだと言う事を知って彼への認識を180度変えていた。

 思い返すのは1年前、ツヴァイウィングのライブで“彼女が引き起こした”事故の現場に姿を現した颯人とウィズの姿だ。
 特にウィズは、魔法を用いてノイズを圧倒していた。正直、ロクに戦う手段を持たない自分やネフシュタン、イチイバルを与えたクリスだけでは不安が残る。

 だがここで透が、戦える魔法使いとして加わってくれるなら話は変わってくる。フィーネは、運が自分に向いてきているのを感じた。

「一つ聞かせて。あなた、戦える?」

 とは言え彼が戦えるほどの力を持っていなければ同じことだ。幾ら魔法が使えるとは言え、その魔法が遠くから物を引き寄せる程度であれば結局足手纏いに変わりはない。

 さて透はどのような回答を見せるのか? フィーネが品定めするように眺めていると、彼は左手の中指に装飾部分が白い宝石で作られた指輪を嵌めた。そして右手には、赤く縁取られた掌の様な形をした装飾の指輪を嵌める。

 そして彼は変身した。そう、颯人と同じように。

〈シャバドゥビ・タッチ・ヘンシーン! チェンジ、ナーウ〉

 透が仮面と肩の突起などが白い仮面のメイジに変身したのを見て、フィーネは堪え切れず笑みを浮かべた。

 何たる僥倖か! 悩みのタネであった魔法使いへの対処、それが勝手に自分の手の中に転がり込んでくるなど!!

「──────いいでしょう、あなたをここに置いてあげるわ。透だったわね? 私はフィーネよ、よろしく」
〔よろしくお願いします。それと、ありがとうございます〕
「いいのよ、折角のクリスの頼みでもあるのだもの。偶には我が儘の一つも聞いてあげなくちゃ」
「フィーネ──!」

 先程の様子から一転、快く迎え入れる姿勢を見せるフィーネに、透は感謝しクリスは顔に喜色を浮かべる。

 だが甘やかすだけで終わらないのがフィーネと言う女だった。
 彼女は透の顎に指を添えると、底冷えするような声で小さく彼の耳に囁いた。

「ただし、役に立たなかったらその時は…………分かってるわね?」

 クリスには聞こえなかったその言葉。
 それを聞いた瞬間透は一瞬表情を強張らせたが、すぐに小さく深呼吸して心を落ち着かせるとフィーネに小さく頷きかけた。

 フィーネは透からの声無き返答を見ると、純粋に喜ぶクリスを尻目にどこか妖艶でねっとりとした笑みを浮かべるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第23話でした。

XDUのイベント、まさかあの三人娘がプレイアブルキャラになるとは思いませんでしたね。ただそれ以上に、爺様のインパクトがデカすぎる。翼なんか見知らぬ老人扱いしてるし(汗)

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写への指摘も受け付けておりますので、どうかよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第24話:歌をあなたに、演奏を君に

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。

2020・04・26:後半の一部を書き直しました。 

 
 透がフィーネの屋敷に厄介になることになってから早くも数週間が経過していた。その間、彼は消耗していた体力を回復させ戦えるくらいにまでなると、早速フィーネの監督の下クリスと共に戦闘訓練などに明け暮れていた。

 その中で一つフィーネとクリスにとって予想外だったのは、透が意外と戦えたことだろう。
 彼曰く、ここに来る前に居た場所で鍛えられたという話だが、フィーネの見立てではそれだけでは済まないくらい彼は強かった。

 何しろネフシュタンだといい勝負をすることもあったが、接近戦に不得手なイチイバルだと一度近付かれたら透の方に軍配が上がるのが常であった程だ。

 フィーネは確信した。透には天性で戦士としての才能がある。これはますますいい拾い物をしたと内心で喜んでいた。

 透の価値はそれだけではない。
 彼はクリスを精神的に縫い留めておくのに最適だった。

 彼を屋敷に置いて数日もしない時点でクリスが彼に強く拘っていることは察する事が出来た。透はフィーネに恩義を感じている為そう簡単に離れる事はなく、そして彼をダシにすればクリスはそれまで以上に従順に動いてくれる。

 フィーネの思惑は確かに成功していた。
 だが成功し過ぎていた。フィーネは意識していない事だったが、クリスの中で優先順位がフィーネよりも透の方が上になってしまっていたのだ。

 その事にフィーネは気付くことなく日々は過ぎ去った、ある日の事だ。

〔そう言えばクリス、どうしてイチイバルを使う時以外は歌わないの?〕

 共に過ごすようになって数カ月が経とうとしていた頃、透は徐にクリスに問い掛けた。

 彼が知るクリスは良く歌う少女だった。

 捕虜になっていた頃は精神的に余裕が無かった為一度も歌う事は無かったが、それ以前は何もなくても良く歌っていた。
 それを聞いて透も共に歌うと言うのが2人にとっては当たり前の事だった。

 しかし、この屋敷で再会してからと言うもの、彼女はイチイバルを用いて戦う時以外は片時も歌おうとはしなかった。
 この数カ月の間は歌う事が出来なくなった自分に遠慮しているのだろうと思い、彼女の意を酌むつもりで何も指摘することは無かったが、数カ月経つ頃にはそれだけが理由ではないことに察しがついていた。

 対してそれを訊ねられたクリスは激しく動揺した。
 当然だ。今の彼女にとって自身の歌は忌むべき存在、例え透であってもその事に触れてほしくはなかった。

 結果、クリスは一瞬で険しい表情になり彼女にしては珍しく透に対して拒否の姿勢を見せた。

「あたしに、もう…………歌の事は言わないでくれ。本当はイチイバル使うのだって嫌なんだ」
「!?…………?」

 まさかの返答に透は目を見開き手にしていたペンが滑り落ちた。

 ペンが床に落ちる音で我に返った彼は、ペンを拾う事も忘れてクリスに問い掛ける様に彼女の目を覗き込んだ。

 だがクリスはそれを拒絶するように顔を背けると、彼に背を向け忌々しいと言う気持ちを隠しもせず歌を嫌うようになった理由を口にした。

「分かるだろ? アタシの歌は透のとは全然違うんだ。イチイバルにネフシュタン、それにソロモンの杖…………アタシの歌で出来る事なんて周りの物を壊すしかできないんだ。アタシの心を支えてくれた、透の歌とは違うんだよ!?」
「……!?」

 クリスの答えに透は全力で首を横に振ると、ペンを落としていたことに漸く気付き急いで拾い上げ、殴り書きに近い勢いでメモ帳に文字を記しクリスに見せた。

〔そんなことはない。クリスの歌にだって人を支えることは出来る!〕
「──!? 何を根拠にそんなこと言えるんだよ!? 誰の所為で歌えなくなったのか忘れたのか!? アタシの所為だぞ!? アタシなんかを元気付けようとしたからだろうが!?」

 珍しく透に対して怒気を込めて言葉を発するクリスに、透は困惑した目を向ける。
 クリスの剣幕に気圧されながら、それでも透はクリスの歌を諦めきれず食い下がった。

 諦められる訳がない。クリスの歌は、透にとっての夢でもあるのだから。

〔それじゃ、僕らの夢は? あの時誓い合った、歌で沢山の人を笑顔にしようって言う約束は?〕

 透にとって、それが今までの生きる糧であった。クリスとの約束と夢を叶える事を胸に、ここまで来たのだ。
 それがクリス自身にとって否定されるなど、彼にとっては死刑宣告にも等しい言葉であった。

「ッ!? 約束は……あたしも覚えてる。でも、もう駄目だ。壊す事しかできないあたしの歌じゃ、透の夢を逆に汚しちまう。だから…………ゴメン。約束は、守れない」

 今度こそ透の頭の中は真っ白になった。指先の感覚が無くなり、ペンとメモ帳が再び落ちる。顔からは血の気が引き、呼吸はしているのに息が苦しい。

 絶望している透の様子に気付いているのかいないのか、クリスは悲痛な面持ちで言葉を続けた。

「悪いとは、思ってる。約束、勝手に破って。でも、もう駄目なんだ。だから、約束の事はもう…………忘れてくれ」

 そこまで言って、クリスは足早に部屋から出ていった。もう彼の前には居られなかったのだ。
 今にも泣きそうになっている、透の前には…………。

 クリスが出ていき1人部屋に取り残された透は、扉が閉まると同時にその場に崩れ落ちその場で静かに泣いた。声が出せなかったのはこの場合彼にとって幸いだっただろう。
 もし声が出せていたら、きっと彼の慟哭はクリスの耳に届いていただろうから――――




***




 それから数日の間、透のクリスの仲は限りなく疎遠になっていた。

 会話――勿論透は筆談――は最低限、顔を合わせるのも数える程度。しかも戦闘訓練では、透の戦績が明らかに悪くなっていた。

 これは透とクリスが互いに相手との距離感を見失ってしまったが故である。特に透はクリスの存在が力の源になっていた節があるので、彼女との精神的な距離が離れてしまった事でコンディションが最悪になってしまっていたのだ。

 苦しんでいるのは彼だけではない。クリスも同様に苦しんでいた。
 それは彼との約束を勝手に破ってしまった罪悪感だけによる物ではない。

 ある日、1人屋敷の外を湖に向かって歩いていく透を見つけた時の事である。

「あの先は、湖? 何で…………ッ!? 透の奴、まさかッ!?」

 クリスとの約束を、夢を叶えられなくなったことに絶望し、入水自殺しようとしているのではないか? そんな予感に慌ててクリスが飛び出して後を追い、湖の畔で見つけた時彼は湖に向かって必死に発声練習をしていたのだ。
 勿論声は出ない。でない声を必死に出そうとしていたのである。

 何故あんな事を? 等と考える程クリスは鈍くはない。
 透はまだ、夢を諦めきれていないのだ。歌を愛し、歌で人を笑顔にしようと夢見た透。
 しかし彼自身は最早歌を歌えず、共に歌で人々を笑顔にしようと誓ったクリスは歌を捨てた。
 最早彼が夢を叶える為には、起きもしないだろう奇跡に縋って声が出せるようになる事を願う以外に方法は無かったのだ。

「透――――!?」

 必死に、それこそ血を吐かんばかりに出せない声を出そうと発声練習する透の姿に、クリスは堪らず涙を流した。
 未だ夢を諦めきれず、その身を叶わぬ夢と言う炎に焼かれて苦しむ様子を見て彼女も罪悪感に苛まれたのだ。

 1人の少年の夢を自らの手で砕いてしまった、その罪からくる罪悪感に。

 それからと言うもの、クリスは透が発声練習するのを見守り続けた。それこそが自分への罰だと思ったからだ。

「クリス、最近透の様子がおかしいのだけれど、あなた何か知らない?」

 そんな時である。フィーネが珍しくクリスに透の事で訊ねてきた。
 当然クリスは言葉を詰まらせた。透の様子が変化したのは、誰がどう見てもクリスが原因だからだ。

 フィーネからの問い掛けに最初返答を迷いだんまりを決め込んでいたクリスだったが、ふと魔が差してフィーネに悩みをぶちまけた。
 それは或いは逃避だったのかもしれない。もう見ていられなかったのだ。叶わぬ願いを追い求めて苦しむ透の姿を見る事が、彼女にとっても辛くて苦しくて仕方なかったのである。

「聞いてくれるか、フィーネ?」
「そうね……まぁ言ってみなさい」

 フィーネに促され、ぽつりぽつりと最近透との間に起こったトラブルを…………彼の夢と約束を破ってしまった己の罪を懺悔するように告白した。

 透とクリスの間に何があったかを聞かされたフィーネ。
 全てを話し終え、再び罪悪感に苛まれたのか表情に影を差し肩を落とすクリスをフィーネは暫し見つめた。

 正直、彼女としてはここでクリスと透に駄目になられては困る。何とかして立ち直ってもらわなければ。

「ねぇ、クリス?」
「ん……何だ?」

 何時になく柔らかな声で話し掛けるフィーネ。普段のクリスであれば少しは警戒するのだろうが、今のクリスは精神的に余裕が無かった為欠片の違和感すら抱くことは無かった。

「聞きたいんだけど、あなたはどうしたいの?」
「どうしたいって?」
「透に対して、罪滅ぼしをしたいのか否かよ」
「そんなの、したいに決まってる!? でも、どうすりゃいいんだよ……」

 出来ることなら、彼に罪滅ぼしをしたいと言う気持ちに嘘偽りはない。しかし、歌を捨てた自分に今更何をしろと言うのか。

 そうクリスが思っていると、フィーネはとんでもない事を口にした。

「それなら簡単よ。クリス、歌いなさい」
「――――――は?」

 最初、クリスはフィーネの言葉が理解出来なかった。だが彼女の言葉が頭に染み込み、理解できると心に激情が沸き上がった。

「何言ってんだッ!? あたしがもう歌いたくないって、歌う資格はもうないって分かってるだろッ!?」
「だからよ、クリス」
「何がッ!?」

 激情に駆られ怒鳴り散らすクリスをフィーネは冷ややかに見つめながら諭す。

「あなたにとって歌う事は苦痛なのでしょう? なら丁度良いじゃない」
「え?」
「夢と約束を破てしまった彼の為に、あなたが歌って彼を癒すのよ。どう? 罪滅ぼしとしては最適でしょう?」

 傍から聞けばそれは滅茶苦茶な話だった。夢と約束を破った相手の為に、その原因と言える捨てた歌を歌うだなんて。

 だが今のクリスは透とのすれ違いと罪悪感で、冷静な判断力を著しく欠いていた。
 故に、フィーネの言葉が筋の通ったものであると思えてしまった。

「ね? それにこれはあなたが彼と本当に分かり合う為に必要な事でもあるのよ」
「必要な、事?」
「そうよ。歌うのは辛く苦しいのでしょう? でもその苦しみはきっと、あなたと彼を繋いでくれるわ。何しろ、痛みこそが人と人を繋ぐものなのだから」

 話を聞けば聞くほど、フィーネの言葉が正しいように思えた。

「さ、行きなさいクリス。彼の為に、罪滅ぼしの為に歌うのよ」
「透の、為…………あぁ、分かったよ」

 フィーネに背を押され、透の元へ向かうクリス。
 やや覚束ない足取りで部屋を出ていくクリスの後姿を、フィーネは薄く笑みを浮かべながら見つめていた。

 一方部屋を出たクリスは真っすぐ透の部屋へと向かったが、そこに透は居なかった。
 ここに居ないとなると、彼の行く場所は限られる。きっと今日も、湖の畔に発声練習をしに行っているのだろう。

 今日で、それを終わらせる。

「すぅ……はぁ……」

 一度深呼吸し、覚悟を決める。
 そして声を出そうとして咽ている透の隣に無言で立つと、イチイバルを纏う時以外は遠ざけ、封印していた歌を紡いだ。

「ッ!?!?」

 再びクリスの口から奏られた歌を耳にし、透は目玉が飛び出さんばかりに見開いた。弾かれるように自身の隣に立つクリスの方を見る彼の目には、溢れんばかりに涙が浮かんでいる。

 歌いながら彼を見て、改めて自分の罪を認識しクリスの心が悲鳴を上げる。
 それを表に出さないようにし、クリスは歌い続ける。これが透への罪滅ぼしだと信じているから。

 最初、クリスが再び戦いに関係なく歌を歌い出してくれた事に歓喜していた透だが、彼はすぐにクリスが心の中で苦しんでいる事に気付いた。

 それで彼も気付いた。クリスは無理をして、自分の為に歌っているのだという事に。

 透は慌ててクリスの肩を掴み、首を左右に振った。

 そんな無理をしてまで歌う事は無い。自分を苦しめてまで、歌うようなことを透は望んでいなかった。

 しかし――――――

「いいんだ、透。あたしは、透の為に歌う。歌えなくなった透の代わりに、あたしが歌うよ。だからもう、透は苦しまないでくれ」

 クリスはそう告げると、取り付かれたように歌い出した。クリスにとっては今や苦痛でしかない歌を、透を癒す為に歌おうと言うのだ。

 そうではない、そうではないと透は声を大にして言いたかった。
 彼が聞きたいクリスの歌は、苦痛を押し殺した罪滅ぼしの歌ではなく、クリス自身が望んで歌う彼女が楽しめる歌なのである。

 こんな歌は断じて彼の望む歌ではない。

 だが今のクリスにただの言葉が通じぬことも理解できた。今のクリスは、透への罪滅ぼしをすると言う強迫観念にも似た想いで歌っている。

 どうすればいいか? 悩む透だったが、その瞬間彼の脳裏に父の顔が浮かんだ。
 そこで閃いた。今の自分に出来る事が、一つだけあったのだ。

〈コネクト、ナーウ〉

 透は閃きを実行に移すべく、コネクトの魔法で愛用の双剣――ヴァイオリンとしての機能を持つカリヴァイオリンを取り出した。

 そして彼はクリスの歌に合わせて演奏を始めた。出来る限り優しく、聞く者の心を癒すような旋律を。

 これはクリスの為の演奏だ。クリスが自分の為に、自分を癒す為に歌ってくれるのなら、自分は彼女を少しでも癒す為に演奏しよう。
 透はそう心に誓った。

 果たして、クリスの表情からは少しだが苦痛が取れたような気がした。まだ歌う事に対する抵抗などは残っているだろうが、それでも透の演奏が僅かながらクリスの心の癒しとなっている事は確かなようだ。

 夢破れた少年を癒す為の歌と、罪に苛まれる少女を癒す為の演奏。
 互いに互いを思い遣る、しかしそれでいてどこか悲し気な2人だけの演奏会。

 その2人の様子を、フィーネは離れた所からじっと眺めているのだった。




──
────
──────




 そして現在に至る。フィーネのお仕置きと言う名の拷問で体力を消耗しきった透を部屋に連れていったクリスは、ベッドの上で泥の様に眠る透の手を沈痛な面持ちで握り締めていた。

 彼女が考えている事はただ一つ、このままここに居て良いのかと言う事だ。
 フィーネには確かに恩がある。天涯孤独となっていたところを引き取って衣食住の世話はしてもらったし、必要な教育も少しスパルタだったが受けさせてくれた。
 これから先普通の学校に通う事になっても何の問題も無いだろう。それに何より、透を受け入れてくれたことは彼女にとって何よりの僥倖だ。

 ただ、何時の頃からかフィーネからの透に対する当たりが強くなってきていた。
 具体的に何時だったかは定かではないが、気付けばフィーネは透に対して辛く当たる事が多くなり、今回ほどではないが透に対してはかなり厳しい罰を与えることも増えてきていたのだ。

 透もフィーネからの接し方がきつくなっている事には当然気付いていた。
 だが彼はそれに気付いていながらも、何故かフィーネに対して出会った当初から変わらぬ態度で接していた。
 例えどんな罰が与えられようと、彼は一切気にした様子も無く、時にはフィーネに食って掛かろうとしたクリスを宥めていつも通りを貫いていたのだ。

 今までは彼がそう言うならばと、クリスは留飲を下げ続けてきた。

 だが今回は流石に我慢ならなかった。先程のあれはいくら何でもやり過ぎだろう。確かに透をここに置きフィーネの協力者とすることを提案したのはクリスの方だ。

 しかし、いやだからこそ、手を貸してくれている透に手を出すのはお門違いと言うものではないだろうか。クリスが罰せられるならばともかく、透に手を出すのは今回に関しては間違っているとしか思えなかった。

 事ここに居たり、クリスはこのままフィーネの元に透と共に居るべきかと現状にかなり不満を抱き始めていたのだ。

 フィーネがクリスからの透に対する優先度を履き違えている事がここにきて大きく影響しだしていた。
 今のクリスにとってフィーネなどどうでもいい存在だった。いや、どうでも言いは流石に言い過ぎかもしれないが、フィーネと透どちらを取るかと聞かれれば迷いなく透の方を取るだろう。

──もしもって時は、いっその事……──

 この時既に、クリスはいざという時の事を考えだしていた。

 彼女がそれを実行に移す時が来るのかは、今はまだ分からない…………。 
 

 
後書き
と言う訳で第24話でした。

原作ではフィーネ以外に頼れる、と言うか縋れる相手が居なかったクリスですが、今作では透が居るのでフィーネに対応に原作以上に不満を抱いています。勿論これは今後の展開に大きく響きますので、今後の展開をお見逃しなく。

次回からは再び颯人達の方に場面が戻ります。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写等への指摘を受け付けていますので、どうかよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第25話:彼は踏み出さない

 
前書き
どうも、黒井です。

今回はちょっと甘めのお話になります。

2020・04・24:一部書き直しました。 

 
 響が弦十郎宅で修業を行い、クリスが今後の身の振り方について考えを巡らせている頃、二課本部のシミュレーションルーム…………に隣接された休憩所では、ちょっと奇妙な光景が繰り広げられていた。

「あの~、奏さん?」
「ん~? 何だ、颯人?」
「えっと~、何時までこうしてるつもりで?」
「まだ5分も立ってないだろうが。もう暫く休むんだよ。分かったらジッとしてろ怪我人」

 颯人のちょっと困惑した声に、奏はぶっきらぼうな声で答えていた。
 これだけならあまり可笑しな光景ではないのだが、問題はそこではない。

 今颯人は、奏に膝枕されているのだ。普段なら頼んだってやってくれないだろう事に、流石の颯人も困惑していた。

 事の発端は、颯人が無理をしている事が奏にバレた事だった。あの後二課本部のシミュレーションルームに移動して互いに模擬戦を行い鍛錬していた2人だったが、暫く続けている内に颯人の動きに異変が現れ始めたのだ。
 ただしそれは、彼の事を普段からよく見ている奏にしか分からないほどの僅かな異変であった。

 異変に気付いた奏は模擬戦を中断すると颯人の変身を解除させ徹底的に問い詰めた。
 最初は当然彼もシラを切っていたのだが、一瞬の隙を突いてまた彼の傷口の辺りを奏が軽く刺激すると、今度はポーカーフェイスを維持し続けることが出来なくなり無理をしていたことがバレてしまった。

 その瞬間奏はシンフォギアを解除し、颯人を強引に引き摺って近くの休憩所に向かうと有無を言わせずソファーに座った自分の膝の上に颯人の頭を乗せて膝枕で寝かせたのだ。
 勿論颯人も抵抗したのだが、相手が奏だからかそれとも傷口が思っていた以上に痛んだからか、完全に抵抗しきることは出来ず結局は奏の膝枕に厄介になってしまった。

「そんなにアタシの膝枕が不満か?」
「いや、不満は無いんだけどよ…………」
「ならいいじゃないか。折角このアタシが膝枕してやるって言ってんだ。ありがたく横になって休んどけ」

 奏としては、颯人を押さえつける意味でやった事なのだろう。適当なものを枕にして彼を寝かそうとしても、恐らく彼は激しく抵抗するか一瞬の隙を突いて逃げ出すに決まっている。

 あまり無理をされると単純に心配になる。彼はもう十分無理をしているのだから、これからは少し肩の力を抜いてほしいのだ。

 そんな奏の想いが理解出来たからか、颯人はそれ以上の抵抗を諦めソファーと彼女の太腿に己の体重を預けた。
 腿に掛かる負荷が増えた事で彼が本格的に諦めたと分かり奏は満足そうに溜め息を吐いた。

 その溜め息を聞いて、颯人は膝の上から奏を見上げて何故こんなに強引な手に出たのかを訊ねた。

「今日は随分と強引と言うか積極的だな。何かあったのか?」
「別に。ただ、心配なだけだよ」
「心配?」

 奏の言葉に颯人は彼女の太腿の上で首を傾げながら先を促した。

「颯人…………無理し過ぎなんだよ。2年前だって、アタシの絶唱の負荷を全部自分に流したりして…………そりゃお陰でアタシは助かった、その事自体は感謝してるよ。でも、アタシだって颯人が思ってるのと同じくらい颯人の事が心配なんだ。どこか、遠くに行っちゃいそうで、不安なんだよ…………」
「奏…………」
「だから、頼む颯人。もうこれ以上、必要以上に無理するようなことは止めてくれ。アタシは今よりもっともっと強くなる。颯人が守らなくてもいい様に、希望でいられるように頑張る。だから颯人も、アタシの希望を絶やすようなことは止めてくれ」

 静かに、だがこれ以上ない程の必死さを感じさせる奏の懇願にも匹敵する要望。言葉の端々から彼女が心の底から颯人の事を心配し、大切に思っている事が伝わってきた。

 それを聞いて颯人は、苦笑と共に溜め息を吐いた。溜め息を苦笑を同時に吐き出す彼に奏は一瞬馬鹿にされたかと不機嫌そうな顔になる。

「ふ…………ククク」
「──んだよ? アタシ何か可笑しなこと言ったか?」

 もしヘタな回答が返ってきたら、傷口が開かないギリギリの威力の肘を傷口に叩き込んでやろうと密かに身構える奏。だが次の瞬間颯人が向けてきた顔と言葉に、奏は思わず動きを止めた。

「いや…………俺やっぱりお前の事大好きだわ」
「んなッ!? おま、またそう言う事────!?」

 何時もであればこんな事言われようものなら即行恥ずかしさのあまり手が出ていたであろうが、今の彼の顔があまりにも真剣で普段のお茶らけた感じとは違っていた為そんな気はとてもではないが起きなかった。真面目な彼の顔が直視できず、思わずそっぽを向いてしまう。

──だぁ、もう────!? ほんっと此奴の行動って全然読めない。何でアタシこんな奴を好きになっちゃったかな~──

 思い悩む奏だったが、そんなの考えるまでも無かった。

 颯人は何時だって本気なのだ。本気で奏を想い、本気で奏を守ろうとする。一切の打算も無く、奏に対する想いだけは何時何処でも偽らないのだ。

 5年前の遺跡で、元気付けようと必死で声を掛けてくれていた時の様に…………。

 心の底から想ってくれるから、奏の心も自然とそれに答えようと思ったのだ。それが奏が彼を好いた理由だ。そう、奏は颯人の事を好いている。

 そっぽを向いていた奏だったが、好意からくる誘惑に負けてチラリと颯人の顔を覗き見てしまう。彼は未だに真剣な表情で奏の事を見ていた。

 思わずその真面目な顔に見とれてしまいそうになるが、瞬間彼の顔に何か悪戯を思いついたかのような笑みが浮かんだ。

「それにしても奏よぉ、今日はホント大胆だよな?」
「え、は? 何が?」

 出し抜けに声をかけられ出鼻を挫かれた奏は思わず面食らう。

 大胆とは、はて一体何の事なのか?

「さっきからこの近くを通ってる人達、み~んな温かい目で俺らの事見てたぜ?」
「えっ!?」

 言われて慌てて周囲を見渡すと、今正に近くを通りかかろうとしていたと思しき女性職員が2人に温かい目を向けながらその場を立ち去っていくのが見えた。

 それを見て奏は一瞬で顔を真っ赤にした。

 この時、奏は人通りの事を完全に失念していた。

 颯人を無理矢理にでも休ませようと言う気持ちが強かったせいで忘れていたが、シミュレーションルームのすぐ近くも普通に人通りがある。そんなところでこんな事をしていては、そりゃ他の職員の目について当然だった。

 奏は慌てて颯人を引き剥がしにかかった。

「ど、退け颯人ッ!? 早くそこ退けッ!?」
「あ~、何だか傷口が痛んできたわ~。こりゃ下手に動くと傷口開きそうだからジッとしてた方が良さそうだわ~」
「お、おま──!? このタイミングでいけしゃあしゃあと────!?」

 どう考えてもこの発言は嘘っぱちなのだが、さりとて彼が怪我人であることは事実なので強硬手段に出ることは出来ない。一見ふざけているように見えて、実は本当に傷口が開きそうになっている可能性もある。
 そんな彼を強引に引き剥がそうとして、本当に傷口が開いてしまっては洒落にならない。

 結局奏は、されるがままに颯人に膝枕をするしかないのだ。その事に羞恥と悔しさで顔を真っ赤にしていた。

 彼女の様子に颯人は再び笑みを溢すと、軽く呻き声を上げながら上体を起き上がらせた。

 突然起き上がった彼に、今度は困惑した奏だったがそれでも最低限彼に無理はさせまいと言う思考が働いたのか起き上がろうとする彼の体を奏は咄嗟に引き留めた。

「ちょちょ、どうした急に?」
「止めだ止め、こんな状態じゃ鍛錬もへったくれもねぇだろ? いい時間だし、飯にでも行こうぜ?」

 奏を少し遅めの昼食に誘いながら手を伸ばす颯人。その姿には無理をしている様子が感じられない。

 暫し悩む奏だったが、結局彼女はその手を取ることにした。
 実際問題、颯人に無理をさせられない以上奏には鍛錬の方法がない。一応シミュレーターを使用して投影したノイズを的にした鍛錬は出来るが、今の奏にその鍛錬はあまり効果がない。出来るのは現状維持程度であろう。

 それならいっその事、気分転換も兼ねて彼の誘いに乗るのが一番だろうと判断した。
 そうすれば少なくとも、彼が何かおかしなことを考えて変な無茶をしないか監視することは出来る。

「当然、颯人の奢りなんだよなぁ?」
「勿論。この間いい店見付けたんだ、多分奏も気に入ると思うぜ」

 颯人の言葉に笑みを浮かべながら彼の後に続く奏。その際誰も居らず、且つ颯人は先導していたのはある意味で奏にとって幸運だったのだろう。

 この時奏が明らかにウキウキした顔をしながら颯人の後について行っていたのだが、その事に気付く者は誰も居なかったのだから。




***




「お、ここだここだ」

 奏を連れて颯人がやって来たのは、大きな通りから少し外れたところに建っていた1軒のラーメン屋だった。一見すると繁盛しているようには見えず、奏は少し不安を覚えた。

 当然、奏の口からは不満が漏れる。

「ここ? 何かあんまり繁盛してるようには見えないんだけど?」
「見た目はな。だが味は俺が保証するよ。それにこう見えて意外と客入ってるんだぜ。俗に言う知る人ぞ知る名店って奴だな」

 颯人の言葉に奏は改めて店を見る。

 見た所確かに寂れている訳ではないが、かと言ってやはり繁盛しているようには見えない。
 何しろ2人の他にこの店に入ろうとしている者は誰も居ないのだ。しかも外から店の中が見えない為、今客がどれくらい入っているのか分からないときた。

 正直、不安しかない。美味い店か、それともがっかり店か。

「ま、失望はさせねぇよ。ほら、早く入ろうぜ」
「あッ!? お、おいッ!?」

 覚悟が決まらずなかなか足を踏み出せない奏を、颯人がその手を引いて店内へと引き摺りこむ。

 2人が店内に入ると、厨房に居た店員が良く通る声で声を掛けてきた。

「いらっしゃーい。お好きな席どうぞー」
「へぇ────」

 店内に入って、奏は少し驚いた。

 まず店内は思っていた以上に綺麗で片付いている。下手なチェーン店より清潔かもしれない。

 そして店内に居る客だが、こちらも想像していた以上に居る。
 満席とはいかないが、見渡せばどこかに必ず客の姿が確認できる程度には繁盛しているらしい。もしかすると、もう少し早い時間に来ていればもっと座席は埋まっていたのかもしれない。

 奏が店内の様子を観察していると、颯人が軽く手招きして手頃な席に彼女を誘導した。

 因みにだが、今奏は颯人のドレスアップウィザードリングで服装を変えている為、店員は勿論他の客にも正体はバレていない。
 かなり地味で大人し目な服装で髪型も変えているので、彼女の事を良く知る者でもない限りは彼女がツヴァイウィングの天羽 奏である事に気付く事は無いだろう。ましてや、食事に意識を割いているなら尚更だ。

 昼下がりの適度に空いたラーメン屋の雰囲気に、奏がホッと一息ついていると颯人がメニュー表を彼女に見せてきた。

「ほれ、好きなの頼みな。俺はもう決めてあるから」
「ん~、そうだなぁ…………」

 奏はざっとメニュー表に目を通す。見た所、醤油・塩・味噌・豚骨と言った基本的なラーメンは揃っているし、ラーメンだけでなく餃子やチャーハンもある。
 逆にこの店特有の、言ってしまえば奇抜なものは存在しないようだ。

 普通こういう個人店は、他店との差別化を図る為に独特のメニューを載せていると思っていたのだが、ここはそう言ったもので勝負する気はないらしい。

「う~ん…………よし! んじゃぁ醤油ラーメンに餃子のセットで!」
「やっぱな。すいませーん! Aセット二つ!」
「はーい」

 颯人が2人分の注文を店員に告げるのを眺めながら、奏はお冷の水を一口飲みながら彼の事を考えていた。

 思えば奏は颯人に助けられっぱなしだった。初めの出会いこそ最悪だったが、その後は自分で蒔いた種の回収の意味もあるが悪意ある同級生から奏を守り、同時に転校先で異性の友人が居なかった奏にとって最初の男子としての友人となり、彼女の世界に色を添えた。

 5年前は命懸けで家族を失った奏を勇気付け、2年前に至っては命を削るレベルの危険を冒して奏の命を救ってくれた。

 そして先日のクリスと透との戦闘である。

 あの戦闘で颯人は奏を(勿論響と翼もだが)庇おうとしてその身を盾にし、奏にトドメを刺そうとしたクリスに生身で挑んで返り討ちにあってしまった。

 元よりシンフォギアを纏うようになったのは、そもそもが颯人を探し助け出す為だったにも関わらず、結局彼女は彼に助けられてばかりだったのだ。

 それが堪らなく情けなくて申し訳なくて、知り合いから邪魔が入らないと言う状況が奏の心の栓を緩めていた。 

 注文を終え、自分もコップに注がれた水を口に含む颯人。その彼に、奏は万感の思いを込めた謝罪を告げた。

「颯人……」
「うん?」
「その…………ゴメン」

 突然絞り出すように告げて頭を下げた奏に、颯人は呆気に取られてきょとんとしてしまう。が、このままでは変に注目を集めていらぬ情報の拡散を招いてしまうと考え、素早く周囲を見渡して自分達に興味を向けている者がいない事確かめるとある魔法を使用した。

〈デシーブ、プリーズ〉

 颯人が魔法を使用すると、2人が座っている座席の足元に魔法陣が一瞬展開され輝くとすぐに消えた。

 これは所謂隠蔽魔法とも呼ぶべきものであり、これが展開されると魔法陣の範囲内で起こったあらゆる出来事は他者に感知されなくなる。
 ただしそれは使用する直前まで見られていないことが必要条件であり、仮にこの時2人の事を見ていた者が居た場合、その者はこの後も変わらず2人の間で行われるやり取りを知る事が出来てしまう。

 また感知できなくなるのは飽く迄も出来事だけであり、2人の存在自体は周囲から認識されている。なので、店員が注文の品を持ってくる時2人の姿を見失う事は間違ってもない。

 今回は颯人が素早く周囲を確認して誰の注目も受けていないことを確認したので、ここから先の会話を他人に聞かれることは間違ってもない。颯人は安心して続きを奏に促した。

「これでよし。んで? 藪から棒にどうしたんだよ?」
「どうしたって…………分かるだろ? アタシの所為で、颯人に余計な負担を掛けまくってるって話だよ」

 奏の言葉に、颯人は少し考え彼女の言わんとしている事を理解した。要は颯人の無茶の責任が自分にあると言いたいのだ。

 それを察した颯人は、俯きがちな奏の額に軽くデコピンを喰らわせた。

「んッ!? 何──」
「な~にが余計な負担だよ、この程度屁でもねぇっての。そっちこそ、余計な心配してんじゃねぇよ」
「何暢気な事言ってんだよッ!? 颯人お前、自分がどれだけ命知らずなことやってきたか分かってるのか?」
「んじゃぁ逆に聞くけどよ? お前の知る明星 颯人って奴は、そんなあっさりと死んじまうような柔い男なのか?」
「それ、は────!? そ、そう言うんじゃ、無いけど…………」
「じゃ、そう言う事で良いじゃねぇかよ。安心しろって、俺はそう簡単にくたばったりはしねぇからよ」

 あまりにも堂々として且つ自信に溢れた様子を見せる颯人に言葉を詰まらせる奏。

 不安を抑えきれないのか苦悩した様子を見せ始めた彼女に、颯人は溜め息を一つ吐くと彼女の右手を両手で包み込んだ。
 突然の行動に颯人の手で包まれた右手を注目する奏。彼女が見ている前で彼が両手を開くと、そこには菊の花の様に花弁が多い一輪の花が彼女の手に握られていた。

「これは────?」
「アスターステラホワイト。花言葉は、『私を信じてください』さ」
「信じる…………」
「約束、守ったろ? もう少しくらいは信じてくれてもいいんじゃないか?」

 颯人の言葉…………そして手の中の花に、奏はそれ以上悩むことを止めた。

 颯人の言う通りだ、彼は2年前の約束を守り奏の所へ戻ってきてくれた。そうでなくとも、彼はこう言う真面目な所で交わした約束を破ったことはただの一度もない。

 ならば信じよう。彼はそれに値する男なのだから。

 奏はそう思い直し、手の中のアスターステラホワイトに向けて軽く笑みを浮かべた。

 彼女の笑みに颯人ももう大丈夫と安堵の溜め息を吐く。それと同時に、2人が注文したAセット2つが運ばれてきた。

「お待たせしました。こちらAセット2つになります」
「お! 来た来た」
「おぉ……」

 2人の前に並べられた2つの丼と皿。

 丼には麺が見えない濃さの色をしたスープが張られ、その上にモヤシやメンマ、2切れのチャーシューに煮卵が乗ったラーメンが入っている。

 一方の餃子は、ハネが付いたシンプルな焼き餃子だ。オーソドックスな組み合わせながら、油と麺とスープが放つ暴力的な食欲を誘う香りが2人の鼻を刺激する。

 店員が離れていくのを尻目に早速ラーメンに箸を伸ばす2人。麺を箸で摘まんでスープを絡ませながら啜ると、程よい塩気と腰のある麺の味が口の中に広がった。

 メンマを口に運べばしっかり締まった歯応えと麺とは異なる味が舌を楽しませ、チャーシューや煮卵は味以上にその重量で腹を満たす。

 そしてたっぷり盛られたモヤシの淡泊な味が舌を休ませ、スープを啜れば麺と一緒に口にした時とは異なる出汁の利いた旨味が心を満たした。

 その素晴らしいハーモニーを現すなら、この一言以外にあり得ない。

「ん~、美味い!」
「だろ? 気に入ると思ってたよ」
「あぁ、こりゃいいや! 今度は翼達も誘ってみよう!」
「お、いいね~。翼ちゃんこういう店にも縁無さそうだから、きっと新鮮な反応を見せてくれるんじゃねぇか?」
「違いない。どうせなら夜ちょっと遅い時間に誘ってみよう」
「何で?」
「その時間に食うラーメンの背徳感も一緒に味合わせるのさ」

 奏はそれを実行に移した時の事を考えてちょいとばかし悪い笑みを浮かべる。

 翼は体型維持の事を考えて、夜9時以降は食事を摂らないようにしているのだ。ましてやラーメンの様な塩分と油分が豊富な物など絶対口にしないだろう。
 だが同時に、その時間に食べるラーメンが殊更に美味いのもまた事実だった。奏の言う通り、背徳感によるものもあるのだろう。

 それを味合わせるのも、彼女にとっては良い刺激になるかもしれない。

 その時の翼の反応を想像して奏は何処か楽し気に笑みを浮かべ、それを見て颯人も満足げに笑みを浮かべると餃子を箸で掴んで酢とラー油を垂らした醤油に付け口に放り込むのだった。




***




 それから数分後、食事を終えた2人は満足気に店を出た。奏は満足そうに膨れた腹を擦り、颯人はそんな奏を微笑みながら眺めていた。

「いや~、食った食った!」
「ホントにな。まさか替え玉まで頼むとは思わなかったぞ?」
「そう言う颯人だって、追加でチャーハン頼んだろうが」
「三分の一はお前も食ったけどな」

 軽口を叩き合いながら路地から出る2人。

 その際颯人は軽く周囲を見渡し────────突然奏の手を取ると路地に引っ張り彼女を壁に押し付け通り側の壁に手をついた。
 俗に言う壁ドンだ。

「ぉわっ!? な、何──」
「しーっ…………」

 完全に予想外の彼の行動に抗議しようとした奏だったが、唇に人差し指を当てられ黙らされる。
 かなり真剣な様子だったので抗議を飲み込み黙る奏だったが、黙った事で頭が冷え今の自分の状態を再認識してしまった。

 そう、颯人に壁ドンされていると言う現状を、だ。

──こ、これが所謂壁ドンって奴か? 何? 何で急にこんな事を? どうした颯人?──

 奏は多少の事であれば軽く流せる程度の神経の太さは持っていたが、流石にフィクションの中だけの出来事だと思っていた壁ドンを、それも意中の相手である颯人にされたとなると冷静ではいられない。
 どこか非現実的な出来事にいろいろな考えが浮かんでは霧散し、奏は指先一つ動かせなくなっていた。

 奏の内心を知ってか知らずか、颯人は通り側からは死角となるズボンの右ポケットから一つのウィザードリングを取り出して奏に付け替えてもらった。

「奏、悪いんだが右手の指輪をこいつに変えてくれねぇか?」
「ふぇっ!? あ、あぁ……」

 颯人の声に現実に引き戻された奏に渡されたのはコネクトウィザードリングだった。

 何処か落ち着きを失いつつあった奏に指輪を付け替えてもらった颯人は、即座に魔法を発動させる。

〈コネクト、プリーズ〉

 魔法を発動させると、颯人は通りから死角となる場所に魔法陣を展開しそこに右手を突っ込んだ。物の数秒で引っ張り出した右手には、見慣れない携帯電話が握られている。

 当然奏のではないし、颯人が持っている物とも違う。

 不審な携帯電話に首を傾げている奏に対し、颯人はジッと何処かを見つめていたが、少しすると小さく息を吐きながら壁から手を放した。

「は、颯人?」
「あっぶねぇ~、今パパラッチ居たぞ」
「えっ!?」

 思ってもみなかった言葉に奏が急いで路地から通りを見ると、1人の男性が逃げるようにその場を去っていく光景を目にした。
 恐らくあの男が颯人の言うパパラッチなのだろう。

 トップアーティストであるツヴァイウィングのスキャンダルを狙う者は多いが、それを差し引いても奏はパパラッチによく狙われていた。

 理由は2年前の生放送番組での啖呵である。
 あれが良くも悪くも注目を集め奏に敵を作ってしまい、それ以降彼女のスキャンダルを狙おうとするパパラッチは頻繁に現れていたのだ。

 今回は確かに危なかっただろう。
 あの人気アーティストコンビの奏が、男と2人っきりで居ると言うのだからこれ以上のスキャンダルはない。あれこれ脚色すれば大きな注目を集めること間違いなしだ。

 例えその結果奏の歌手としての活動に影響が出たとしても、パパラッチ本人には微塵も影響しないのでパパラッチ本人は気楽なものだった。

 尤も、今回は颯人と言うパパラッチにとってのイレギュラーであり天敵が居たので意味の無い事だったが。

「よ、よく分かったな?」
「あれはどちらかと言えば分かり易い方だったけどな。ここ来る途中からこっちチラチラ見てたし、時々携帯取り出してはカメラのレンズこっち向けようとしたりしてたし。挙句の果てには店入る前と同じ場所に立ってやがるからまさかと思って警戒したら案の定だったぜ」

 言いながら颯人は再びコネクトの魔法を使用し、現れた魔法陣にパパラッチから奪い取った携帯電話を放り込んだ。

 その様子を見ながら、奏は先程の事を思い返す。颯人からの壁ドン、それもかなり真剣な表情をした颯人からのそれを思い出し、奏は再び赤面した。もしも、もしもだ…………もしも彼からの最初の告白がこの時だったなら──────

「ん……もう大丈夫そうだな。それじゃ……って、お~い、奏? ぼ~っとしてどうした?」
「んえっ!? いいいいや、何でもッ!?」

 そんな事を考えていたら、安全を確認した颯人から声を掛けられ思考を現実に引き戻された。

 慌てて何でもない風を装うが、その行動は颯人にとって何よりも雄弁に奏の内心を語っているに等しかった。

 案の定彼女が何を考えていたのかを察した颯人は、小さく笑いながら彼女の顎にそっと人差し指を這わせ軽く上を向かせた。

「どうした? 流石の奏でも、ああ言うシチュエーションは恥ずかしいもんだったか? それとも…………その先の事でも考えてたのかな?」

 壁ドンの先…………それが意味することを理解し奏は脳が沸騰しそうなほど顔を赤くした。
 今の彼女が考え付く限り壁ドンの先にあるモノなど、キスしか考えつかなかったからだ。

 それを証明するかのように、颯人は上を向かせた奏の顔に徐々に自分の顔を近づけていった。

 彼が何をしようとしているのか、そんなもの子供でも分かった。

「────!?!?」

 その瞬間、奏は両目を固く閉じた。

 姿勢はそのままに、目は硬く閉じ、体は小刻みん震えている。

 それは果たして拒絶を意味しているのか、それとも──────期待しているのか。

「………………ふぅ」

 一方の颯人は、目を固く閉じ小刻みに震える奏を見て溜め息と共に肩から力を抜きフッと笑みを浮かべると、顔と指を離してそのまま右手の人差し指で彼女の額を軽く突いた。

「ん、え?」
「冗談だよ。お楽しみには、まだ早いもんな」
「え? あ────」

 柔らかな笑みと共に掛けられる颯人の言葉に、奏は何かを告げようとするが、それが告げられるより颯人の行動の方が早かった。

「そんじゃ、怪我人は大人しく帰って休ませてもらうとするかな。多分明日には回復してるだろうし。つう事で奏、また明日な」
「あ……は、颯人────」

 去り行く颯人の背に声を掛け引き留めようとする奏だったが、声を掛けた所で何と言葉を掛けるべきか迷い口を噤み上げかけた手を下ろす。

 そのまま颯人は振り返ることなく歩き去り、人混みに紛れて奏の前から姿を消してしまった。

 暫し颯人が消えていった先を見つめる奏だったが、徐に自身の頭を軽く小突いた。らしくなく、変に期待してしまった。

 お楽しみにはまだ早い…………その通りだ。
 颯人は奏に告白する為の最高のシチュエーションを用意してくれる。ならば、今はそれを待とう。

「楽しみにしとくよ…………颯人」

 姿の見えなくなった颯人に向けてそう告げると、奏も踵を返し帰路につくのだった。 
 

 
後書き
第25話でした。

奏と言えば姉御肌なイメージが強いですが、そんな女性だからこそ乙女な一面を出した時最高に可愛いと思ってます。寧ろ可愛くしたい。

今後もこんな感じで姉御肌とは違うけど、可愛い奏を描いていけたらと思ってます。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写への指摘をお待ちしています。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第26話:一時の静けさ

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。

2020.05.05:諸事情により、入院中の翼のシーンをカットしました。 

 
 クリスと透と言う装者と魔法使いのコンビに颯人達が煮え湯を飲まされてから早数日が経っていた。

 その間、響は弦十郎との鍛錬に精を出し、颯人は驚異的な速度で傷を癒し奏と共に模擬戦を繰り返して互いに切磋琢磨していた。

 彼も何だかんだであの時の敗北は悔しいのか、かなり実戦を意識した鍛錬で奏と時々は響も交えて激しい鍛錬を行っていた。

 フレイムスタイルでのオーソドックスな戦闘訓練は勿論の事――――――

「ほれほれ攻撃当ててみなっ!」
「だぁぁっ!? 当たっても意味ないだろうがッ!?」

 ある時はウォータースタイルでリキッドの魔法を使い、液状化した体で奏を翻弄した。ただでさえ液状化して攻撃が通用しない上に、液状化しているが故の不規則極まりない動きは奏を大いに困惑させる。

 また時には――――

「ぶーんぶぅーーん! おらおら、ちんたら走ってると当てちまうぞ?」
「クッソ!? 空飛べるからって調子乗りやがって、チクショウッ!?」

 ハリケーンスタイルとなり空中を自在に動き回るウィザードに追い掛け回され、ロクな反撃も許されず終始逃げに徹せざるをえなかったりもした。

 そして更には――――

「響、行くぞッ!」
「はい! うおぉぉりゃぁぁぁぁぁっ!!」

 奏と響、2人揃って突撃する先に居るのは、これまでに見せた事の無い新たなウィザードの姿。アーマーと仮面の色が黄色いウィザードは、突撃してきた2人の攻撃を一人一本の腕だけで受け止めてみせた。

「何ぃっ!?」
「嘘っ!?」
「へっへっへっ、力には自信のあるスタイルなんで、ねっと!!」
「わぁぁぁぁっ!?」
「ひゃぁぁぁぁっ!?」

 ウィザード4つ目の姿、ランドスタイルによる力技で2人同時に圧倒される奏と響。

 この様に1人で様々な戦いが出来るウィザードを相手とした鍛錬は奏は勿論、弦十郎との修行の合間を縫って時折鍛錬に参加した響にも良い刺激となっていた。

 そうなると今度はウィザード自身にも何か刺激が欲しくなると言うもの。そこでこの男が動いた。

「よしっ! じゃあ今度は俺も参加しようッ!!」

 ウィザードと奏達の鍛錬に刺激されたからか、それとも響との修行で燻ぶっていた何かが燃え上がったからか、ウィザードと奏の鍛錬に弦十郎が参加したのである。

 最初、シンフォギアを纏った奏とそれに匹敵する力を持ったウィザードにただの人間である弦十郎が生身で相手をするなど何の冗談かと颯人は不安を覚えた。一体どれだけ力加減をすればいいのか、と。

 だがそれは非常に甘い考えだった。弦十郎を交えた鍛錬を終えた時、そこにはシミュレーションルームの床で大の字に寝ている奏と心ここに非ずと言った様子で虚空を見つめながら座り込む颯人の姿があった。

「おいおい…………嘘だろ? あのおっちゃん何で魔法の鎖引き千切れんだよ? 生身の人間だったらピクリとも動かせない筈だぞ?」
「旦那に理屈を求めちゃダメだよ颯人」

 一方翼に関してだが、こちらは思いの外傷が深く、命に別状は無いが一カ月の入院を余儀なくされていた。
 あれほどの一撃を喰らい、それでも一カ月の入院で済んだのだから運が良かった方だろう。まだ意識は無いままだが、医者の話ではそう遠くない内に目覚めるだろうとの事だ。

「しっかし、今更になってだけどあの時の一撃って何だったんだろ? 了子さんが言うには絶唱に匹敵する威力とフォニックゲインだったらしいけど?」
「あれはほら、透だったか? そんな風に呼ばれてた奴が演奏で向こうの装者にバフ掛けしてたんだよ」

 この日、定期的なミーティングの為に二課本部の司令室で待機していた颯人と奏、響は弦十郎が来るまでの暇な時間に先日の戦闘に関する考察を行っていた。
 奏が知る限り、あれほどの威力は普通ではない。それこそ、絶唱でも使わない限りは不可能だった。

 その疑問に対する答えを颯人は知っていた。あの時クリスが矢鱈と高威力の攻撃が出来た事には、ある意味当然と言うべきか行動を共にしていた魔法使い=透の存在に秘密があった。

「演奏って、あの剣をヴァイオリンの代わりにしてた奴か?」
「そう。あのヴァイオリンで演奏するとどうも味方にバフを、敵にはデバフを掛ける事が出来るみたいだな。それがあのクリスって子の適合係数を上げて負担を限りなく下げ、代わりにこっちの奏達のギアの適合係数を下げて戦えなくしてたんだろ」
「あれ? でも奏さんは普通に動けてませんでした?」
「そりゃ奏の負担は全部俺が受け持ってるからな。絶唱を歌ったとしても奏には何の影響も無いぜ!」

 考察の中、響がふと口にした疑問に颯人は自慢げに答える。

 だがそれに黙っていない者が居た。そう、奏だ。

 奏にとって、自身に掛かる負担が全て颯人に向かうと言う颯人に掛けられた魔法は呪いにも等しい。
 単に全力が出せないだけではない、今回の様に何かの拍子にギアのバックファイアを受ける際、意図せずに颯人に要らぬ負担を掛ける事になるのだ。それも命を削るほどの負担を…………。

 自分の所為で颯人が命を削る、そんな事を奏が許せる筈がなかった。

「威張って言うな馬鹿ッ!? いい加減この魔法解けッ!?」
「そんで奏が無茶して死んだりするのを黙ってみてろってか? 出来る訳ないだろそんな事」
「颯人の事が心配だって言ってんだよッ!?」
「それはこっちも同じ事。本当だったら戦いから遠退いてほしいくらいなんだが、奏の事情を考えれば俺にそこまでのことは出来ねえよ。となると、俺に出来る事なんてお前が無理しないようにしつつ一緒に戦うくらいだろ」
「~~~~~~!? ああ言えばこう言う――――!?」
「お互い様だろ?」

 突如始まった2人の口論。

 距離があるオペレーター達は、痴話喧嘩は放っておけと言わんばかりに無視を決め込み、対照的に響は何とか2人を止められないかとオロオロしだす。

 そこへ、弦十郎がやって来た。彼は司令室に入るなり、口論している颯人と奏を見て溜め息を吐く。

「やれやれ、今日も相変わらず元気だなお前らは」
「「颯人(奏)が強情なだけだよ…………あん?」」
「あ、あはは…………あっ! そう言えば師匠、了子さんは?」

 何だかんだ言いつつ息ピッタリな2人に、響は苦笑すると次いでこの場に居るべきもう1人が居ない事に疑問の声を上げた。

 その言葉で颯人と奏も了子がまだ来ていないことに気付き、口論を止め室内を見渡す。
 人の事を言えた義理ではないが、彼女が居ないと妙に静かだ。

「そう言えば確かに、何時もだったらここら辺で茶化してくるのにな?」
「旦那、了子さんは研究室かい?」
「いいや、永田町さ」

 弦十郎の答えに3人は首を傾げた。
 それを予想していたからか、弦十郎は特に気にした様子もなく了子が永田町に居る理由を話す。

「政府のお偉いさんに呼び出されてな。本部の安全性及び、防衛システムについて説明義務を果たしに行っている」
「あ~、そんなのがあるんだ?」
「え~っと、誰だっけ? あ、そうだ、広木防衛大臣」

 奏が口にしたのは、二課の理解者とも呼べる人物だ。
 二課やシンフォギアの存在を公にし明確な武力として機能するように政府に働きかけているらしい。それでいて二課に対しては厳しい姿勢を崩さないようだが、それは敢えて特別扱いしない事で周囲からの反感を減らそうと言う思いからの事である。

…………と言うのが弦十郎の言だ。まぁ早い話が、二課に対して公平な立場を取る政府の偉い人である。

 恐らくそれは並大抵の苦労ではないだろう。秘匿情報が多いお陰で他の官僚からの評判は悪く、しかもそれでいて外交カードに利用しようと考える輩まで居ると言うのだからやりきれない。
 にもかかわらず、二課にある程度の自由を許しつつその存在を守ってくれる。何とも頼もしい人物である。

「な~んか、ややこしい話ですね」

 と、ここまでの話を聞いて響がそうぼやいた。
 その発言には颯人は勿論奏も同意見だった。こっちは日々の戦いで必死に命賭けて戦っていると言うのに、現場から遠く離れた所にいる連中はこっちの苦労などお構いなしに勝手な事を考えては振り回してくるのだから堪ったものではない。

「アタシもこの世界入ってから何度も思ったよ。ねぇ旦那? もういっその事ふんぞり返ってるモグラ連中全員ここ引っ張り出して現場の空気感じてもらった方が早いんじゃないの?」

 もう色々と考えるのが面倒くさくなったのか、奏がそんなちょっと物騒な事を口にする。その気持ちが分からなくもない颯人は思わず苦笑を浮かべると、徐に彼女の背中を軽く叩いた。

「と、何するんだよ颯人?」
「ちょっとかっかし過ぎだって、落ち着けよ」
「颯人君の言う通りだぞ奏。世の中そんなに簡単じゃない事くらい、お前だって分かっているだろ?」

 颯人と弦十郎の2人に言われ、奏は両手を軽く上げソファーの背もたれに体重を預けた。その様子はどう見ても降参である。流石の奏も、今のは暴論だったと自覚したようだ。

「へいへい、アタシが悪うございました。ところで流石に了子さん遅くない?」
「ふむ、確かに。何か妙だな?」



***



「このハンカチ、よ~く見てな。ほい、ほい…………ほい!」
「おぉっ! ハンカチが鳩になった!!」
「そんでこいつを、こう! ほい、これ奏にやるよ」
「いや鳩サブレってお前、多分違うんだろうけど食い辛いよ!?」


 場所は戻って二課本部。

 連絡も無く一向に来る気配を見せない了子を待っていた颯人達は、気付けば奏と響を観客とした颯人によるマジックショーの様相を呈していた。

 一方弦十郎他二課の職員達は、時間を無駄にすまいと空いた時間を使って各々やるべき仕事を片付けていく。

 そんな時、朔也の通信機に通常のものとは異なる通信が入る。非常事態を可及的速やかに伝える為の通信だ。

「ッ!? 司令、緊急通信です!!」
「どうしたッ!?」
「ひ、広木防衛大臣が――――」

 弦十郎が朔也から報告を受けるのを、2人の会話を聞いて何事か起こったことを察した颯人は奏に鳩サブレを差し出した体勢のまま見ていた。
 その佇まいは先程まで無邪気に手品をしていた時とはガラリと変わっており、それを見ていた奏と響も否応なしに表情を強張らせた。

「…………どうやら、長めのブレイクタイムは終わりらしいな」

 そう言いながら鳩サブレを自分の口に放り込む颯人。すかさず奏は彼の傍に置いてあった水の入ったペットボトルを回収し、サブレを食べて水分が減った口を潤そうとしていた颯人から恨みがましい視線を受けしてやったりな笑みを浮かべる。
 一方の響は、ちょっとサブレが食べたかったのか少し残念そうな顔をしていた。

 一頻り颯人の口惜しげな顔を堪能した後、奏は彼にペットボトルを渡しながら弦十郎に何があったかを問い掛けた。十中八九厄介事か厄ネタだろうが、知らない事には始まらない。
 奏の問い掛けに、弦十郎は若干思慮する様子を見せた後口を開いた。

「広木防衛大臣が何者かの襲撃を受け、殺害されたらしい」

 弦十郎の口から語られた内容は、思っていた通り厄介事の匂いを盛大に漂わせていた。その匂いに充てられた響は絶句して弦十郎を見つめ、奏は表情を険しくさせる。
 そして颯人はと言うと、先程の朔也の通信に対する応対からある程度予想していたのか、弦十郎の口から出た言葉に驚いたり警戒したりするようなことはせず、ただ小さく溜め息を溢すだけであった。 
 

 
後書き
と言う訳で第26話でした。

志村けんさんの訃報など、新型コロナ絡みで暗い知らせばかりですが、コロナに負けずに皆さん頑張っていきましょう。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写への指摘などお待ちしています。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第27話:その名は“創世”

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 広木防衛大臣が殺害されたと言う報告を朔也が受けてから、二課は一気に慌ただしくなった。

 まずは現状の詳しい把握。
 大臣が殺害されたという情報だけが入っているだけで、それ以外が何も分かっていない。今はとにかく正確な情報が欲しいので朔也とあおいを始めとしたオペレーター陣が全力で情報収集に努めていた。

 それと同時進行で行われているのが、了子とのコンタクトだった。
 あれからまた暫く経っているのにもかかわらず、了子からは何の連絡もない。もしや広木防衛大臣襲撃の際に被害を受けてしまったのでは?

 弦十郎や響の脳裏に嫌な予感が過ったその時、唐突に司令室の扉が開き何食わぬ顔で了子が姿を現した。

「いや~、ご~めんなさいねぇ。大変長らくお待たせしました~」
「了子君ッ!?」
「「了子さんッ!!」」

 平然とした様子で司令室にやって来た了子に、弦十郎達は安心と心配が半分半分と言った様子で駆け寄っていく。

 颯人はそれをソファーに座ってコーヒーを啜りながら見ていた。

 一方3人から駆け寄られた了子は、彼らが何故そんなに心配していたのかを分かっていない様子で首を傾げた。

「なになにどうしたの? そんなに寂しくさせちゃった?」
「了子さん! 良かった、無事だったんですねッ!!」
「心配したよ、全く!」

 響に続き奏からも安堵したと言われ、了子は訳が分からないと言った様子で弦十郎に視線で問い掛けた。彼女の疑問を察して、弦十郎はつい先ほど何が起こったのかを了子に告げる。

「……広木防衛大臣が殺害された。永田町からの移動中に、殺害されたらしい」
「えぇっ!? 本当ッ!?」
「複数の革命グループから声明が出されているが、詳しい事は把握できていない。目下全力で捜査中だ」
「本当かどうか疑わしいけどな」

 弦十郎が了子に事情を説明していると、唐突に颯人が口を挟んだ。彼の言葉にオペレーター以外の全員の視線が彼に集中した。

「何がだ、颯人君?」
「強いて言うなら革命グループって点かな? 情勢不安定だったり地続きで宗教思想の違う国と隣接してるならともかく、周り海に囲まれて基本国民感情が大きく乱れてない今の日本で、テロ起こしても効果は薄いだろうよ」
「平和な国だからテロ起こす事に意味があるんじゃないのか?」

 颯人の言葉に奏が疑問の声を上げる。
 確かに日本で何かしらのテロ行為を行えばそれは自分達の存在を大々的にアピールすることに繋がるのだから、示威行為としては十分だろう。

 だがそれを差っ引いても今回の一件をテロの一言で片付ける事に颯人は疑問を抱いた。

「これがもっと人が多い場所で、民間人とかを盛大に巻き込んでの事なら俺もテロを疑っても良かったんだけどな? さっきから聞いてると被害受けたのは防衛大臣とその護衛だけって話じゃねえか。それはつまり、防衛大臣だけを狙った計画的な犯行で……」
「声明は我々の目を眩ませる為のダミーだと言いたいのか?」

 途中で颯人の言いたい事を察した弦十郎の言葉に、颯人は満足そうに頷いて見せた。空の紙コップを脇に置いて立ち上がった颯人は、弦十郎達の周りをゆっくりと歩きながら口を開いた。

 その様はまるで舞台の上で演技をする役者の様であった。

「確実にそうだ、とは言い切れないよ。ただ一般人は別として、政府関係者的には防衛大臣殺害は大きすぎる問題だ。目を引くには十分すぎる。そして、そういう時大抵小さいことからは目が反れちまうもんだ」
「…………手品と同じ、か?」
「そ。人目を惹くパフォーマンスの裏で本当にやりたい事を仕掛けるのは手品の常套手段だが、これは別に手品に限った事じゃないからな」

 そう言いながら颯人は右手をひらひらさせる。奇妙な動きをする右手に一同の目がそちらに集中した、次の瞬間その右手の上を左手が通過していく。

 すると気付いた時には、彼の右手には小さな花束が握られていた。右手の動きに全員の視線が集中した、その一瞬の隙に左手に用意していた物を素早く右手に握らせたのだ。

「ほら……こんな感じ」

 手品とは、言葉を変えれば人を騙眩かして驚かすことである。これ自体は一種のパフォーマンスなので最終的に行き着く場所は他人を楽しませる事なのだが、その技術は少し使い方を変えれば容易く他人を陥れることが出来てしまう。

 今回の防衛大臣殺害ももしかしたら…………と言う事である。

 颯人の言いたい事を理解した弦十郎が、顎に手を当て神妙な顔になった。何やら深く思案する何かを感じたらしい。

 今の彼に話し掛けることが憚られたのか、それとも今まで言いたくても話の流れ的に言い出せなかったのか、話が途切れたこのタイミングで響が了子に連絡が付かなかった訳を訊ねた。

「そう言えば、了子さん今まで一体何やってたんですか? 連絡にも出てくれなくて、みんな心配したんですよ?」
「え? 連絡?」

 響の言葉に了子は自分の通信機を取り出し画面を確認した。

「あ~、ごめん。充電切れちゃってるわね」
「おいおい、了子さんよぉ……」
「いや~面目ない。でも心配してくれてありがとう。そして、政府から受領した機密資料も無事よ」
「ほほぉ。んで? そのお宝の中身は?」

 了子が機密資料の入ったケースを掲げると、彼女の背後から颯人がそれを覗き込むようにして眺めた。いつの間にか背後に居た彼の存在に若干面食らいながらも、了子は表面上平静を保って彼の問い掛けに答えた。

「それをこれから皆に説明するのよ。でしょ?」
「うむ、緊急ブリーフィングを始める。この任務遂行こそが、広木防衛大臣への弔いだ!」

 弦十郎の言葉に、了子はケースをテーブルに置き中に入っていたSDカードを取り出す。

 と同時に、それまでオペレーター席に座っていた朔也とあおいもブリーフィングに参加する為席を移動した。弦十郎を始めとして了子にオペレーターの2人、奏と響が続いて司令室を出ていく。

 残された颯人は顎に手を当て、何事かを思案するように数回指で顎を叩いた後、了子が残した資料の入っていたケースを一瞥してから彼らの後に続くのだった。




***




 会議室に全員が集まり、席に着いたところでブリーフィングは始まった。

「それでは了子君、皆に説明を頼む」
「私立リディアン音楽院高等科、つまり特異災害対策機動部二課、本部を中心に頻発しているノイズ発生の事例から…………その狙いは本部最奥区画アビスに厳重保管されているサクリストD、デュランダルの強奪目的と政府は結論付けました」

 会議室内の巨大ディスプレイに、アビスに保管されている剣、デュランダルの映像が映し出される。

「ああ。そして今回の任務だが、このデュランダルを安全な場所へ移送せよ、との政府決定だ」
「でも移送するったって、何処にですか? アビス以上の防衛システムなんて…………」

 朔也の疑問に、颯人は内心で同意した。そこは確かに気になるところだからだ。
 施設的にも戦力的にも、ここを超えるレベルの安全性が保障された場所が颯人には思いつかない。もうそれこそ、ここから動かすくらいならコンクリート詰めにでもして海の底にでも沈める位した方がマシと思えるほどだ。

 その疑問の答えを弦十郎が口にした。

「永田町最深部の特別電算室。通称『記憶の遺跡』。そこならば……という事だ」
「防衛システムはともかく、シンフォギア装者の戦力を考えると、それでもここ以上に安全とは思えませんが──?」

 その記憶の遺跡とやらがどのような場所なのか知らない颯人ではあったが、あおいの反応からやはり安全面を考えればここには劣るらしい。

 そんなところに、敵の狙いとなっている物を移送する。それが意味するところは一つしかなかった。

「どの道俺達が木端役人である以上、お上の意向には逆らえないさ」

 あおいの疑問に弦十郎がどこか達観した笑みを浮かべながら答えた。つまりはそう言う事である。
 例え現場を知らなかろうが、上層部の命令には逆らえない。これは組織に属する者の宿命であった。

 移送した後の問題については、それから考えると言う事である。

 それに、考えてみればこれは悪い話ばかりでもない。狙われているのが本当にデュランダルであり、それを移送することが出来たなら、リディアン周辺でのノイズ被害は減少する可能性が高い。そう言う、言い方は悪いが打算的な考えもあるのだろう。

 普通であればこれである程度納得できる話ではあった。だが正直、颯人的にはこれでは『面白くない』。どうせならもう一工夫加えたい。

「ふぅ……む」
「ん? どうした、颯人?」

 突然何事かを思案し始めた颯人の様子に気付き、奏が問い掛ける。そこには少なくない警戒心が見て取れた。
 彼女は気付いたのだ。今の颯人の様子が、何事かを企んでいる事に。

 だがそれを問い掛けられたからと言って、すんなり話す程彼は容易くは無かった。

「ん、いやいや何でも。何でもないよ、うん」

 そうは言うが、奏の目には何か企んでいるようにしか見えない。寧ろ今の否定でその思いが強まったくらいだ。

 更なる疑惑の籠った目を颯人に向ける奏だったが、颯人はそんな視線など何処吹く風と言った様子である。

 そんな2人の様子を何時もの事とあまり気にも留めず、弦十郎は話を続けた。

「ただ、移送の道中では敵からの襲撃が十分に考えられる。奏、颯人君、響君の3人にはその時に備えてもらいたい」
「敵…………そう言えば、あの……クリスちゃん? の事は何か分かったんですか?」

 弦十郎達が口にした『敵』と言うワードに、響は先日の戦いで出現したクリスらについて訊ねた。仮に襲撃を仕掛けてくる者が居るとしたら、その敵は間違いなくクリスらだ。

 謎のシンフォギアを纏った彼女達が何者なのか、響は気になって仕方がなかった。

「あぁ、そうだったな。藤尭?」
「はい司令。名前と映像を元に調べた結果、彼女の身元が判明しました。本名は雪音クリス、現在16歳。2年前に行方不明になった、過去に選抜されたギア装着候補の1人です」

 朔也の報告に、弦十郎は重苦しい顔になった。彼はクリスと言う少女について朔也の情報以上の何かを知っているようだったが、何となく今はそれを聞くべきではない気がしたので颯人はそれについては気付かないフリをした。

 それに何より、もう一つ聞かなければならない事がある。

「あの透って呼ばれてた奴に関しては? 何か情報無いの?」

 そう、クリスと共に行動していたあの魔法使いが彼にとって最大の謎である。彼とクリスは見た感じなかなかに深い関係の様に見えた。ただ同じ組織に身を置いていると言うだけではないだろう。

 そちらについても朔也は調べてくれていた。

「あぁ、そっちも調べてあるよ。ただ……こっちに関してはちょっと不可思議な結果だけど」
「どういう事だ、藤尭?」
「はい。まず本名ですが、映像から判断する限り恐らく北上透で間違いないでしょう。年齢は雪音クリスと同じく16歳の筈…………なんですが……」
「何? 何か問題でもあったのか、藤尭さん?」

 突然言い淀んだ朔也に奏が首を傾げていると、彼は咳払いを一つして気を取り直して続きを話した。

「んん、あ~、彼に関してですが、記録上は既に死亡しているとありました。2年前に雪音クリス共々捕まった武装組織で、組織の人間の手により、殺害されたと」
「えっ!? じゃあ私達と会ったあの透って人は誰なんですかッ!?」
「死んでなかったんだろ?」

 朔也から齎された情報に面食らう響だったが、颯人が情報と現実の齟齬の理由をあっさり解決した。と言うか、似たような事例が今正に彼女の目の前に居る。

「死んでなかったって?」
「あれ、言わなかったっけ? 俺5年前奏と一緒にノイズに襲われた時、ノイズの攻撃もろに喰らったけど分解されなかったんだぜ?」

 そう、報告上は死んだと思われていた透と同様、颯人も話を聞いただけならば死んだと判断されても致し方ない程の状況に陥ったことがある。

 ノイズに攻撃された者は例外なく炭素の塵に分解され息絶える。それが通説だが、颯人はノイズに攻撃されても衝撃でダメージは受けたものの分解される事は無かった。
 それは何故かと問われれば、無意識の内に魔力を操り体を防護したからである。

 恐らく透に関しても、死んだと思えるような致命傷を受けながらも無意識の内に魔力で延命していたのだろう。颯人にはそうとしか考えられなかった。

「この期に及んで魔法使いまで敵に回る、か。厄介な事この上ないな」
「あ、そういや颯人? この間あの魔法使いの事、メイジって呼んでたけどあれって他にも居るのか?」

 純粋に敵が増えた事に対して表情を険しくする弦十郎、対して奏は先日から気になっていたメイジについての疑問を颯人にぶつけた。あの時の彼の口振りからして、メイジが透が変身する奴だけではない可能性に気付いたのだ。

 その事を問い掛けられ、颯人の表情に若干変化が起きた。一瞬だが眉間に皺が寄り、しかし自分の表情の変化に自分で気付いたのか小さく溜め息を吐いてすぐに表情を元に戻してから口を開いた。

「ん、そうだな。いい加減そろそろ話すべきだな」
「あの魔法使いの事を、か?」
「それだけじゃねぇ。俺達がこれから戦う事になる、敵についてだよ」
〈コネクト、プリーズ〉

 神妙な顔で話を区切った颯人は、魔法で手だけを向かわせて何処かの自販機で買った缶コーヒーを一口飲み、口の中を湿らせてから続きを話し始めた。

「あのメイジは、ある魔法使いの組織に所属する連中が変身した姿だ」
「魔法使いの組織? そんなものがあったのか?」
「知らないのは当然さ。連中はとにかく隠れるのが上手いからな」

 颯人の話を聞いて、弦十郎が神妙な顔をする。彼からすれば、そんな連中が今の今までノーマークだったと言うのだから自分の力の足りなさなどを嘆きたくもなるのだろう。朔也やあおい等も、同様に危機感を募らせているようだ。

 一方奏はと言うと、かなり真剣な表情で颯人の話の続きを待っている。彼女は早くも感付いたのだ。その組織が、颯人にとって決して無視できない大きな敵であるという事に。

「その組織の名前は?」

 自然と、奏の口は颯人に組織の名を訊ねていた。彼女の問い掛けに、颯人は再び缶コーヒーに口を付けると一息間を置いてからその名を口にした。

「その組織の名前は……『ジェネシス』。新しい世界の創造、なんて理想を掲げる狂人の集団さ」

 颯人は半ば吐き捨てる様にそう告げた。それだけで、彼(と言うよりウィズ)とジェネシスと言う組織の対立度合いが知れると言うものだった。

 2年前、あのライブ会場で颯人は奏を助ける条件としてウィズの手伝いを強いられていた。その手伝いと言うのが、他ならぬジェネシスとの戦いなのだろう。ウィズは対ジェネシス用の戦力として、颯人を魔法使いにしたのだ。少なくとも奏はそう考えた。

 知らず、奏は拳を握り締めた。

 奏が心の中で怒りを燻らせている事に気付きつつ、颯人は再び魔法を使うとそこから数枚の写真を取り出した。

〈コネクト、プリーズ〉
「これは?」
「メイジは確かに魔法使いで、それだけ聞くと厄介に思うかもしれないが実は見た目で大体のレベルは測れる。大きく分けて三種類だな」

 颯人が取り出した数枚の写真。その中には色とりどりの仮面のメイジが居た。その内の一枚、琥珀色の仮面をしたメイジが写った写真を颯人は手に取った。

「こいつは所謂雑魚。大体は魔法使いになり立てで戦い方も下手な奴が多いが、数が揃うと厄介な連中だ。何しろこいつらは基本洗脳されてるからな。場合によっちゃ、自分への被害を無視して突っ込んで来やがるから注意が必要だ」
「洗脳? 無理矢理戦わされてるのかッ!?」
「そんなッ!?」

 洗脳と言う単語に、弦十郎と響が大きく反応する。必死の形相で詰め寄ってくる2人を、颯人は両手を上げて制止した。

「気持ちは分かるし質問したいのも分かるが、その辺に関しては全部後でな? まだまだ話さなきゃならないことあるから」
「ほら、響」

 聞かねばならない事、聞きたいことは山ほどあったが、颯人の言い分も一理ある為弦十郎は気持ちを落ち着けて座り直した。一方の響は未練がましくしていたが、奏にも諭されて渋々と言った様子で同じく座り直す。

 2人が落ち着きを取り戻したのを見て、颯人は別の写真を手に取った。先日の透が変身していたのと同じ、白い仮面のメイジだ。

「こいつは言っちまえば準幹部……幹部候補を示してる」
「幹部候補? そいつは、強さ的な意味でか?」
「強さもそうだし、素質的な意味でもある。正直選定理由は俺にも良く分かんねえんだ。何しろ明らかに大して強くもない奴でも仮面が白かったりすることがあるから、もしかしたら魔法的な素質が物を言ってるのかも」

 だが先日の透は明らかに強かった。颯人と奏、2人で組んで掛かって何とか対抗できていた位だ。しかも、もしかしたらあれはただの様子見程度で、本気を出せばもっと強かった可能性すらある。
 その事実に考えが辿り着き、奏は戦慄した。

 一方で、了子はある事に気付いた。
 颯人は先程、メイジは三種類に分けられると言っていたが目の前に広げられた数々の写真はどう見ても三種類では収まらない。

「ねぇ颯人君? 今気づいたんだけどこれ、三種類以上いない?」
「そ、重要なのはこっから」

 了子の言葉に颯人は琥珀色と白の仮面のメイジの写真を除いた。後に残されたのは色取り取り、紫や赤茶色、灰色など様々な種類がある。

 それらを前にして、颯人は告げた。

「後の此奴らは全部幹部だ」
「幹部ッ!? ちょっと待った、1、2、3、4……全部で6人居るぞッ!?」
「あぁ。しかもこれで全部とは限らないもしかしたら増えてるかもしれないぞ。何しろ、幹部だけは今まで1人も倒せてないからな」

 改めて、奏達は広げられた写真を見る。様々な色の仮面を被った6人の魔法使い。その全てが幹部であり、それは即ち颯人でも倒せないような実力の魔法使いと最大で6回は戦わなければならないという事でもあった。

 その事実に流石の奏も冷や汗を流し、響に至っては緊張のあまり生唾を飲んでいる。

「……幹部には決まった色は無いのか?」
「そう言う事。幹部はパーソナルカラーとでも言うべきものが認められてる。だからさっき言った二色以外が出てきたら要注意って覚えておいてくれ」

 そこまで話した颯人は、残った缶コーヒーを飲み干すと「ちなみに」と口にし一つ付け足した。

「この間戦った透って奴は、実力だけで言えば十分幹部として通用するレベルだった。候補で留まってるのは何かが足りないんだろうな。若しくは幹部の席が埋まってるからか……」
「良く分かるわね、颯人君。詳しいの?」
「ぜ~んぶウィズの受け売りだよ。俺よりも長く連中と戦ってきたらしいし、そう言うの嫌でも分かっちまうんだろ?」

 了子からの問い掛けに答えつつ、広げた写真を片付けていく颯人。

 だがもう一つ、彼は肝心なことを話していない。

 そう、この組織を纏めている者の存在を、だ。その事に気付き、奏が話を終わらせようとする颯人に待ったを掛けた。

「ちょっと待った颯人。こいつらのボスはどんな奴なの?」
「お~っと、そいつを忘れるところだった! いけねぇいけねぇ、うっかりしてたぜ」

 写真を魔法陣の中に放り込みながら、颯人は奏の質問に後頭部を軽く叩く。
 だがその動きはどこか芝居じみている。多分何も言われなければ、彼の方から口にしていたのだろう。

「ジェネシスのボスの名前はワイズマン。見た目はウィズを黒くしたって思っとけばいいが、ウィズとは別人だ」
「ワイズマン……賢者、ね」
「やってることはかけ離れてるがね。何しろ自分の手駒を増やす為に、何十人何百人も犠牲にしてるんだ。ワイズマンってよりタイラントだよ、ありゃ」

 心底口にするのも嫌だと言いたげに苦々しく告げる颯人だが、この時はまだ誰も予想していなかった。

 賢者の名を騙る暴君…………それこそが今後、颯人だけでなくこの場の全員にとっての長い戦いにおける最大にして最悪の脅威になる事を――――――









 今は颯人も含めて、誰も思っても見なかったのだ。 
 

 
後書き
と言う訳で27話でした。

今回は大雑把ながら、本作品における悪の組織の説明となりました。今後の物語に大きく絡んできますので、ご注目ください。

因みにですが、『ジェネシス(Genesis)』は『創世記』と訳すのが基本ですが(少なくともGoogle翻訳ではそう)、『創世』だけでも使われることがありますので本作ではそちらを採用しました。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写への指摘等お待ちしています。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第28話:狂宴の幕開け

 
前書き
どうも、黒井です。

今回から天下の往来独り占め作戦となります。 

 
 その後、颯人の口からはジェネシスが行った悪行が語られた。

 曰く、ジェネシスは攫った人を無理矢理サバトに掛け、強制的に魔法使いにする。その際、半分以上は生贄として殺され残った半分もその殆どが魔法使いとしての才能を開花させる前に息絶える。

 曰く、そうしてサバトに掛けられ奇跡的に魔法使いとしての才能を開花させた者も、ワイズマンにより洗脳され使い捨て同然の扱いで無理矢理戦わされる。
 颯人は彼らを可能な限り生かしたまま無力化しようとするのだが、彼の努力を嘲笑うようにジェネシスの幹部はメイジ毎颯人を始末しようとするので結果的に助けられない場合が多い。

 それら外道・非道の行いを聞かされ、弦十郎を始め響や奏が嫌悪感等で顔を歪める。
 特に弦十郎は、取り分け裏の情報に触れる機会が多かっただけにその存在を微塵も掴む事が出来なかった事に悔恨の念を抱いていた。

 もし知る事が出来ていたら、何かしら手を打てていたかもしれないのに、と…………。

 だが何よりも弦十郎が悔やんでいたのは、そんな連中との戦いを結果的にとは言え若者である颯人にのみさせてしまっていた事だ。
 聞けばウィズと共に戦っているのは颯人一人だと言う。つまり、ウィズの手が及ばない所は必然的に颯人の負担となると言う事で、彼の様な若者が、翼や奏と違い何の報酬も得ることなく孤独な戦いを強いられていたのかと思うとやるせない気持ちになった。

 それらの話を聞かされた後、弦十郎から颯人にほぼ1人での戦いは辛くなかったのか?

 響から、洗脳された魔法使い達は助ける事が出来るのか?

 そんな事を訊ねられた。
 颯人としては、奏の死の未来を知らされた時以上に辛い事は無かったし、洗脳された魔法使い達を解放する方法も一応はあるので特に澱みなく答えていった。

 颯人が疑問の声を上げたのは、それらに答え終えた時の事だ。

「────にしても、だ。あの透って奴は何で1人だったのかが分っかんねぇんだよな~?」

 徐にそんな事をぼやいた、彼の言葉に奏が代表して問い掛けた。

「1人って、クリスって奴が一緒だったろ?」
「あぁ~、そう言えばこれは言ってなかったな。白い仮面の奴は幹部候補ってだけじゃなく、他の雑魚メイジを率いる小隊長的な役割もあるんだよ。だからこいつが居るなら、他に雑魚メイジが居ても良かった筈なんだけどな────?」

 厳密に言えば、彼は1人ではなくクリスと行動を共にしていた。

 だがそれは彼女を部下として率いていると言う感じではなく、対等なパートナーと言う感じだった。
 颯人が知る限りで、ジェネシスの中に対等なパートナー関係を築いている者はいなかった筈だ。連中には力関係からなる隷属と言う上下はあっても、対等な関係からくるパートナーと言うものは存在しない。そういう連中だ。

 だからこそ、透とクリスの関係がイマイチ理解できなかった。

──あれ? もしかしてあの透ってジェネシスと関係切れてる?──

 不意にその可能性に行きつく颯人だが、現時点で正解を知る術はない。知りたいのであれば、何らかの方法で彼と接触するしかなかった。

 その方法を考え、右手を顎に当てて人差し指で顎を叩く颯人。そんな彼のこめかみを、徐に奏がデコピンして思考を中断させた。

「……何すんだよ?」
「今はそこまで難しく考えても仕方ないだろ? 大事なのは次の移送任務でクリスやノイズだけでなく、そのジェネシスって奴らが襲撃掛けてくるかもしれないって話だ。違うか?」
「あ~……まぁ、そうだな」
「だろ? ならさ、今はとにかくそっちに備えようや。そうだろ、旦那?」

 奏の言う通り、今大事なのはデュランダルの移送任務であり、透含めたジェネシスと言う組織に於ける不審な点を云々する時ではない。重要なのはデュランダルの護送そのものだ。

 颯人の口から語られたジェネシスと言う組織が想像以上に驚異的だったのでうっかりしていた。その事に弦十郎は思わず苦笑を浮かべる。

「奏の言う通りだ。敵は強力かもしれないが、それでも俺達はやり遂げねばならない。了子君!」
「デュランダルの予定移送日時は、明朝0500。詳細はこのメモリーチップに記載されてます。皆、開始までに目を通しておいてね」
「いいか、あまり時間は無いぞ! 各自持ち場へ付いて準備を進めるんだ!」

 弦十郎の言葉を合図に、ミーティングは終了。この場は解散と言う流れになった。

 朔也達銃後の者は明日の移送任務の為の情報の整理などに向かい、その一方で颯人など戦闘で活躍する3人は明日の移送任務中に発生するだろう敵からの襲撃に万全に備える為に体を休める事となる。

 颯人などは真っ先に立ち上がり、ブリーフィングルームを後にしようとする。

 その際、彼はドアの前で振り向き奏に声を掛けた。

「あ、そうそう奏?」
「ん?」
「作戦開始前に身の周りの物をチェックしといた方が良いぜ。失せ物とか忘れ物が無いようにな」
「…………そいつは一体どう言う──」
「そうだ、おっちゃん! 後でちょっとだけ時間作っといてもらえるかい? そんなに長い時間は取らねえからよ」
「ん? まぁそれくらいなら……」
「頼んだぜ。じゃぁな!」

 それだけ言って颯人はその場を去っていった。

 後に残された奏は、彼が出ていった後急いで自身の身の回りをチェックした。
 彼女は気付いたのだ。自分に最後の言葉を掛ける瞬間、明らかに颯人の声色が変化したことに。

──あれは颯人が何か仕掛けた時の声だッ!!──

 奏は絶対颯人が何かをしたと確信していた。

 だがよくよく考えてみると、現時点で自分は大して物を持っていないことに気付く。
 バッグの類は持っていないし、身に付けている物と言えばギアペンダントくらい。だがそれも持っていかれた形跡はないと来ている。

 失せ物忘れ物と言う事は、何かが無くなっているという事だが──?

「あれ? 奏さん、ちょっと……?」
「どうした?」
「ちょっと失礼します」

 何かに気付いた様子の響。奏がどうしたのか問い掛けると、それには答えず響はそっと奏の脇を覗き込み──────

「ひゃんっ!?」

 徐に奏の胸を横から突いた。その瞬間の感触、服越しに伝わる胸を突かれる感触に奏は一瞬変な声を上げてしまう。

 突然の事に奏は響に文句を言おうとしたが、その直前胸に感じた違和感に彼女も気付く。

「響ッ!? なに、す…………ん?」
「奏さん……下着、は――――?」

 その違和感の正体…………それは、服の下に下着の感触──ブラジャーの存在を感じ取れなかったことだ。もしあれば響に突かれたとしてもここまでダイレクトに感触は胸に伝わらない。
 試しに自分で服越しに胸を触ってみると、服と胸の間にある筈のブラジャーの存在が感じられなかった。

 恐る恐る衣服の胸元を引っ張って見てみると…………そこには服のすぐ下にある、肌色の双丘が…………。

「は…………颯人ぉぉぉっ!?!?」
「あっ!? 待ってくださぁぁぁぁぁい!?」

 衣服しか押さえるものが無くなった為、激しく動くと左右に揺れる胸を腕で押さえながら颯人を追いかける奏。響も慌ててその後を追い掛ける。

 大事な作戦前だと言うのにまたしても始まった2人の追いかけっこ+αに、弦十郎は軽く頭痛を覚え額に手を当て、了子は楽しそうに笑みを浮かべるのだった。

 因みに──────颯人はそれから数秒と経たず奏に発見され、彼の口から消えた奏のブラジャーは響の上着のポケットに入っている事が明かされた。
 下着無しの胸を放置することは出来なかった為、仕方なくトイレで響にブラジャーを返してもらっている間に颯人にはまんまと逃げられてしまうのだった。




***




 翌日の朝5時、颯人達は予定通りに移送任務を開始した。

 颯人は愛車のマシンウィンガーに、奏と響は了子が運転する車にデュランダルを入れたケースと共に乗っていた。いざと言う時、直ぐにデュランダルと了子を守れるようにする為だ。

 尚今回の任務では、弦十郎もヘリに乗って上空から直接指揮している。いざと言う時、より迅速に指示が出せるようにだ。

 そんな中、奏はあることに不安を覚えていた。
 今日になってから、颯人が嫌に気が立っているのだ。

 明確に不機嫌と言う訳ではない。ただ、明らかに何かを警戒しているのである。その警戒っぷりと言ったら凄く、先日の仕返しをしようと言う気が失せるほどだった。

 今だって、了子が運転する車の隣を走る彼の周りにはレッドガルーダとイエロークラーケンが居て、絶えず周囲を警戒している。

 出発前のギリギリのタイミングに了子から知らされたことだが、先日クリスが脱ぎ捨てたネフシュタンは結局回収出来なかったらしい。とすれば、彼が強く警戒しているのはネフシュタンを再び纏ったクリスとメイジに変身する透だろうが、それにしては少し度が過ぎているように思える。

「颯人君ってば、やる気満々ねぇ? 奏ちゃんと響ちゃんも負けてらんないわよ?」
「…………あぁ、分かってるよ」
「はい! 頑張ります!」

 勿論奏と響だって警戒していない訳ではない。颯人・奏・響の3人はともかく、他の者はノイズに襲われては一溜まりもない。

 誰もが周囲を警戒し、緊張しながらも情報統制により一般車両や一般人の居ない公道を走る。
 了子の運転する車の前後左右にも護衛の車両があり、その車内に居る二課のスタッフも何か異常がないかつぶさに周囲を観察していた。

…………そんな彼らの姿を、あるビルの上からじっと眺めている者達が居た。

 紫の仮面をしたメイジ──メデューサと、その配下の琥珀色の仮面のメイジ達だ。

 メデューサは眼下を走る車両群を、その中で取り分け目立つ颯人のマシンウィンガーと了子の車を見やり、小さく鼻を鳴らすと部下たちに指示を出した。

「…………やれ、狙うは聖遺物だ」

 指示を受け、周囲のメイジ達が一斉にライドスクレイパーで飛び立ち車両群に向け飛んでいく。

 今正に襲い掛かろうとする魔法使い達。その存在に真っ先に気付いたのは、颯人の周囲を飛び回る使い魔達だった。

「ん?」

 突然、ある方向を見て騒ぎ始めた使い魔達に、颯人がそちらを見やると彼も迫りくるメイジを目にした。

 次の瞬間、危険なレベルで了子の車に近寄ると後部座席の窓を乱暴に叩く。

「オイッ!!」
「な、何だ、どうしたッ?」
「すぐ戦闘準備しろ、敵襲だッ!!」
「敵ッ!? クリスか?」
「ちげぇよ、悪い魔法使いだよッ!!」

 奏に怒鳴って告げると、了子の車から距離を取りメイジ達を迎え撃つべく変身する。

〈シャバドゥビタッチ、ヘンシーン!〉
「変身!」
〈フレイム、プリーズ。ヒー、ヒー、ヒーヒーヒー!〉

 ウィザードに変身した颯人は、コネクトの魔法でガンモードのウィザーソードガンを取り出し迫りくるメイジ達に向け躊躇なく発砲した。

 それを見るや、奏は窓から了子の車の屋根に飛び乗りながら自身も迎撃の為にシンフォギアを纏う。

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

 シンフォギアを纏い、奏は飛んでくるメイジを睨みつける。

 向かってくるメイジは目に映る限りで総勢10人。颯人がウィザーソードガンで迎撃し何人かには命中したが、メイジ達は構わず突っ込んできた。

 損害を気にせず突撃してくるメイジ達に、奏は舌打ちしウィザードは仮面の奥で忌々し気に顔を顰める。

「ったく、しょうがねえなぁ──! お前らも俺のマジックショーの虜にしてやるよ!」

 颯人の銃撃を切り抜けて接近してきたメイジが2人、左手のスクラッチネイルで斬りかかってくる。

 左右から迫る攻撃を、颯人はバイクの上で跳躍して回避しバイクに着地する瞬間、ソードモードにしたウィザーソードガンで切り裂いた。

「ぐあっ?!」
「がはっ?!」

 ウィザードに切られたメイジ2人は、ライドスクレイパーから転げ落ちて後方に流されていく。普通なら大怪我どころか死亡する危険もあるが、魔法使いであればあの程度なら怪我で済む。

「さぁ、タネも仕掛けもないマジックショーの開幕だ!」




***




 二課とジェネシスの戦いの火蓋が切られた頃、とある洞窟の中にウィズは居た。洞窟の中は幾つかの部屋に分けられており、それぞれの部屋の前には扉も付けられている。

 その扉の一つをウィズが空けると、そこには全身を黒いローブで覆い隠した人物が居た。

 ウィズはその人物に近付くと、手にしていた宝石のような物を渡した。

「待たせた、漸く見つける事が出来たぞ。これだ」

 赤いルビーの様なそれを受け取ったローブの人物は、満足そうに頷いた。

 その人物はそのまま席に着き、目の前の机に置かれた器具でそのルビーのような石を削り始めた。

 が、徐に何を思ったのか作業を中断してウィズの事を見やる。その視線が何を言いたいのかを察したウィズは、その人物が何かを言う前に口を開いた。

「今回は颯人達に任せる。ワイズマンが出ないのであれば、あいつだけでもなんとかなるだろ。一応装者達も居るのだ、心配はいらん」

 ウィズの言葉に、ローブの人物は何かを躊躇するように軽く俯き、直ぐに気持ちを切り替えたのか作業を再開した。

 その様子を眺めながら、ウィズは今正に戦闘の真っただ中だろう颯人に思いを馳せた。

──すまんな、今回はお前に任せるぞ──

 心中でそう呟く、ウィズの声は誰に届くこともなく洞窟の闇の中に消えていくのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第28話でした。

次回から本格的な戦闘となります。結構な激戦となる予定ですので、お楽しみに。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写への指摘もよろしくお願いします。

それでは。 

 

第29話:三つ巴の争奪戦・その1

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。

尚最近の話ですが、諸事情から15・16・24・25話を一部書き直しました。もしかしたら今後も書き直す可能性がありますが、どうかご了承ください。 

 
 二課とジェネシスの戦闘は開始早々に激しいものとなった。

 まず真っ先に狙われたのは集団の後方を走っていた護衛車両だ。あっという間に追い付いたメイジ達は、哀れな羊を前に一切の容赦なく攻撃を仕掛けた。

〈〈〈アロー、ナーウ〉〉〉

 複数のメイジが放つ魔法の矢が、四方八方から護衛の車両に突き刺さる。

 コンクリートの路面を一撃で抉るほどの威力の魔法の矢だ。
 案の定車は木端微塵に吹き飛び、あっという間に後方に流され見えなくなった。乗っていた二課のスタッフもあれではミンチも同然だろう。

 それに構うことなく颯人は了子の車に近付こうとするメイジを迎え撃つ。
 先程2人程叩き落として後方に引き離したが、あの程度ではすぐに戦線に復帰してくるだろう。油断ならない。

 加えて、これだけの数のメイジが居ると言う事はこの場の何処かに指揮官が居る筈だ。それが幹部候補であればまだいいが、幹部クラスともなると苦戦は必須だろう。
 出来る事なら早々に数を減らすなどして、幹部や幹部候補との戦いに備えたい。

 しかし数の差だけは如何ともしがたかった。

「ちぃ、クソッ!?」
「させん!」
〈バリア―、ナーウ〉

 今、颯人の傍を1人のメイジが通り抜けていった。そいつが目指したのは、了子の車の前を走る車両。何をするつもりなのかを察した颯人がさせじと銃撃するが、間に割って入ったメイジが障壁を展開し邪魔をした。

 仲間のサポートを受けて先頭車両に辿り着いたメイジは、ライドスクレイパーから車の屋根に飛び降りた。同時に、箒の形をしたライドスクレイパーは魔法陣に包まれその形状を変化させ槍となる。

 メイジはその槍を着地と同時に運転席の真上から突き刺した。飛び散る血により赤く染まる窓。
 運転手を失った事により制御が利かなくなった車からメイジが飛び立つと、その車は後方で了子の車の右側に居た護衛の車に衝突した。

 残る護衛の車は了子の車の左側を走る一台のみ。

 その一台からは、護衛を務める黒服の男達が身を乗り出し手にした拳銃で必死に応戦していた。相手がノイズでなければ、確かに反撃の余地はある。

 だがしかし、それは所詮儚い抵抗だった。メイジにとって拳銃弾など豆鉄砲にも等しいものでしかないし、そもそもの話車に追い付く為にライドスクレイパーで飛んでいるメイジの機動力は非常に高い。
 撃ってもまず当たらないし、当たったとしても怯ませる事すらできない。

 結果、残った一台の車両も2人のメイジによって呆気なく撃破され残るは了子の車と颯人が乗るマシンウィンガーのみであった。

 その了子の車の上では、シンフォギアを纏った奏がアームドギアを片手に迫るメイジに必死に抵抗していた。

「クソッ、ちょこまかとッ!?」

 颯人が取り零さざるを得なかったメイジによる魔法の矢による攻撃を、奏はアームドギアを振るい叩き落す。
 幸いな事に颯人との訓練により上空を動き回られながら攻撃される事にはある程度慣れていたので対処出来ているが、この状況が続くとしんどいものがある。

 一方の颯人。
 こちらは銃撃できる分奏に比べれば対処出来ており、事実何人かのメイジにはダメージを与えられているがそれでも地上を走る彼と空を自在に飛び回るメイジでは機動力に歴然とした差があった。

 一瞬ハリケーンスタイルになって自分も空を飛ぼうかと考える颯人だったが、肝心のスタイルチェンジをする余裕がない。
 こちらの手の内を知っている連中は、彼に指輪の交換をさせる時間を与えなかったのだ。

 地上の苦戦は、当然上空の弦十郎にも知るところとなる。

「くぅっ!? 敵の魔法使いの戦力がこれ程のものとは――――!?」

 先日の一件から、ノイズの襲撃は警戒していたし 颯人からの警告で魔法使いの襲撃があるかもしれないと言う予測も立てていた。
 しかし二課にとっては初の対魔法使い戦。ノイズとは勝手が違う。
 何よりも厄介なのは、連中はノイズと違って自分で考えて行動する事だ。各々で最適な行動を選択できる上に統率も取れている為、少人数で最大の力を発揮してくる。

 敵の人数は僅か10名ほど、にも拘らず護衛の殆どはあっと言う間に殲滅されてしまった。

 颯人の変身するウィザードと奏の活躍で何とか了子の乗る車だけは守られているが、あの数に攻められてはどれほど持つことか…………。

 さらに懸念として、現時点で確認できているのが雑魚メイジである琥珀色の仮面の奴ばかりと言う事があった。

 颯人によると、琥珀のメイジは必ず指揮官である幹部候補か幹部に率いられているとのこと。

 つまりこの戦場には、まだ姿を現していない幹部候補か幹部が居ると言う事である。

 そんなのにまで出てこられたら、あの場で唯一戦う力を持たない了子の生命すら危ぶまれる。
 そう考えた弦十郎は一か八かの策に出る事にした。

「了子君、今から回避ルートを送るからナビを確認してくれ!」
『了解!…………ッ! 弦十郎君、このルートはちょっとヤバいんじゃない?』

 弦十郎が指示した回避ルート、そこにあったのはこの先に存在する薬品工場だった。言うまでもなく可燃性の高い薬品があるそこでドンパチしたりしたら、最悪全員纏めて木っ端みじんになりかねない。

『この先にある工場で爆発でも起きたら、デュランダルは――――』
「分かっている! だからこそだ。敵の魔法使い達は奏の妨害があるとはいえ、他の護衛車両と護送車に対する攻め手が明らかに違う。恐らく敵もデュランダルは無傷で手に入れたいのだろう。ならばこそ、心理的に敵の行動を縛るんだ!」

 だがそれは敵対しているジェネシスにも同じことだった。連中からすれば奪取を目論む聖遺物――そもそも何故連中がデュランダルを欲するのかは謎だが――を、自分たちの手で破壊しかねない真似は出来なかった。

 それを避ける為には、連中も攻め手を緩めるしかなくなる。彼はそれを狙ったのだ。

『勝算は?』
「思い付きを数字で語れるものかよッ!!」

 了子と弦十郎のやり取りは当然颯人にも聞こえていた。

 彼の言葉を聞き、仮面の奥で颯人は堪らず噴出してしまった。彼の策は最早博打にも等しいものだったが、だからこそ滾るものがある。

──いいねぇ、そうこなくっちゃ!──

 弦十郎の危険な策に、颯人の心に気合いが入る。颯人は決してギャンブラーではないが、迫る困難に心を燃え上がらせる性質なのだ。

 とその時、了子の車の前に新たなメイジがライドスクレイパーに乗って舞い降りた。
 他のと違い跨るのではなく優雅に横座りしている。

 だが問題なのはそこではない。そのメイジの仮面は紫色だった。それはつまり、そいつが他のとは違う幹部クラスと言う事。

 そして颯人は、その魔法使いの事をよく知っていた。

「フフッ!」
〈アロー、ナーウ〉
「ッ!? 避けろッ!!」

 颯人が警告するも間に合わず、突如現れたメイジ・メデューサの放つ魔法の矢が真っ直ぐ運転席の了子に向け飛んでいく。ハンドルを切って回避するのは間に合わない。

 あわやと言うところで、奏がアームドギアで了子に迫る魔法の矢を受け止めた。
 だが他のメイジのとは違う、重い一発に思わず呻き声を上げる。

「ぐっ!?」
「ありがと奏ちゃん、でも前が――」

 奏の行動は確かに了子を救いはしたが、それは同時に了子の視界を塞ぐ行動でもあった。この瞬間、了子にはメデューサの次の行動を見る事が出来ない。

 その隙をメデューサは見逃さなかった。

 了子の回避が間に合わなくなったこのタイミングで、今度は右の前輪を狙って魔法の矢を放つ。

 メデューサの動きが見えない了子にはそれを回避することは出来ず、また先の一撃で動きが硬直している奏はそれを防ぐ事が出来なかった。

 結果、前輪を破壊された了子の車は制御を失い横転してしまう。

「きゃぁぁぁっ!?」
「うわぁぁぁぁっ!」
「くっ!?」

 奏はその際飛び下りる事で難を逃れたが、響と了子はそうはいかない。このままでは横転しながら工場に突っ込み、最悪薬品タンクか何かにぶつかって諸共吹き飛んでしまう。

「させるかっ!」
〈バインド、プリーズ〉

 このままでは不味いと、颯人は魔法で鎖を伸ばし2人が乗ったままの車を何とか停止させる。

 お陰で目的の薬品工場からは離れた所で止まることになってしまったが、死んでしまっては元も子もないのだから致し方ない。

 横転する直前飛び下りた奏は車に駆け寄ると、シンフォギアで強化されたパワーでロック毎扉を引き剥がして2人の安否を確認した。

「響、了子さん!? 2人とも大丈夫か!?」
「な、何とかね……」
「私も、大丈夫で~す」

 横転したせいで上下逆さまになってはいたが、幸いな事に2人に大きな怪我は見られない。その事に奏と颯人は安堵するが、安心してばかりもいられない。

 響と了子の安全を確認し引っ張り出した直後、彼らの周りをメイジが取り囲んだのだ。

 メデューサは勿論、途中で叩き落した筈のメイジも戦線復帰したのか、最初に襲撃を仕掛けてきたメイジが全員揃っている。

 総勢11人のメイジに囲まれた颯人達。奏と颯人は了子と響を守るようにしながらも表情を険しくしている。
 尤も颯人は仮面で表情が隠れてしまっているが。

 そんな彼らに、メデューサが既に勝利を確信したような声で話し掛けた。

「残念だったな、ウィザード。命が惜しくば、その聖遺物をこちらに渡せ」
「俺が自分の命惜しさに、んなことする奴だと思ってんのか?」
「いや、全く…………だが他の者の命が関わるとなればどうだ?」

 言外に、奏達の事を人質にとるようなことを告げるメデューサを、颯人は仮面の奥から睨みつけた。だが悔しい事に、彼が何かをする前にメデューサ達が動く方が早い。
 その場合颯人と奏はともかく、まだシンフォギアを纏っていない響と生身の了子に被害が及ぶ。

 万事休す…………そう思いながらも何かできる事は無いかと颯人が考えを巡らせた、その時である。

「ちょせぇっ!!」
[NIRVANA GEDON]

 突如何処からか放たれたエネルギー球が、彼らを包囲するメイジの輪の一画を吹き飛ばした。

 それと同時にあちらこちらに緑色の光が降り注ぎノイズが出現する。

「何ッ!?」
「これは――――!?」
「奏、今だッ!!」
「ッ!? 響ッ!!」
「え? あ、はいッ!」

 予想外の事態にメデューサの意識が颯人達から離れる。

 その瞬間を見逃す颯人ではなく、奏に声を掛けながらメデューサに攻撃を仕掛けた。
 奏は奏で、響にシンフォギアを纏わせ了子を守らせつつ自分も手近な所に居るメイジに飛び掛かる。

「Balwisyall nescell gungnir tron」

「えぇい!? ケースを奪えッ! その女は殺しても構わんッ!!」
「んなこと気にしてる暇があんのかッ!!」
「ちっ!?」

 浮足立つメイジに指示を出しながら、自身は颯人からの攻撃に備えるメデューサ。

 その一方で、奏には複数のメイジが迫り、響と了子にも何人か襲い掛かっていた。

 その周辺では突如出現したノイズをメイジが相手にし、更には今日は再びネフシュタンの鎧を纏ったクリスが、了子の持つケースに向かおうとして途中にいた邪魔なメイジに鎖鞭を振るっていた。縦横無尽に振るわれる鎖鞭に、メイジはかなりの苦戦を強いられている様子だ。

 それを横目で見て、颯人は確信する。あの透と言う少年とジェネシスは仲間ではない。何らかの理由で、透はジェネシスから離反したのだ。
 とは言え、その事が分かったところでどうしたものか。

 ジェネシスとは関係ないとは言え、透とクリスは何者かの指示を受けて響を連れ去ろうとし颯人に害を加えようとした。その事に変わりはない。

──あ~、くそ。面倒臭い事になっちまったなぁ──

 事態が複雑化したことに颯人が仮面の奥で顔を顰めている頃、上空のヘリから様子を見ていた弦十郎は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 4人がメイジに包囲された時は、思い切って救援に向かおうと思っていたのだがその直前にノイズが現れたのだ。流石にノイズの相手は弦十郎にはできない。あの乱戦の最中、無策で突っ込んでノイズに灰にされてはそれこそ本末転倒だ。

「くそっ!? 見ているだけで何も出来んとは――――!?」

 弦十郎は、何もできない現状に自身の無力さを感じていた。

 だが――――――

「暇そうにしてんなぁ、おっさん?」
「むッ!?」

 出し抜けに、ヘリの中に第三者の声が響く。

 聞いたこともない男性の声に、弦十郎が弾かれるようにそちらを見ると一体何時からそこに居たのか、1人の男が椅子に座りながら弦十郎の事を眺めていた。
 その顔には獰猛な笑みが浮かんでいる。

 一瞬で最大限の警戒心を男に向け、弦十郎は身構えた。

「誰だ君はッ!? どうやって、いや、何時の間にそこにッ!?」

 そうは言うが、弦十郎には相手の正体がある程度分かっていた。飛行中のヘリの中に気付かれずに潜り込む事が出来るようなものなど、魔法使い以外にあり得ない。

 それを証明するように、男――ジェネシスの幹部の1人であるヒュドラは、腰のバックルに特徴的な指輪を嵌めた右手を翳した。

〈ドライバーオン、ナーウ〉
「俺は、ヒュドラってんだ…………魔法使いさ!」
〈シャバドゥビタッチ、ヘンシーン!〉
「変身!」
〈チェンジ、ナーウ〉

 身構える弦十郎の前で、ヒュドラは悠々と赤茶色の仮面のメイジに変身した。

 三つ巴の様相を呈した地上どころか、上空でも混迷を極めつつある状況。戦いにまだ終わる気配は見えなかった。 
 

 
後書き
と言う訳で第29話でした。

今回から数話に渡り激戦が続きますが、どうかお付き合いください。

執筆の糧となりますので、感想や評価、お気に入り登録などよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第30話:三つ巴の争奪戦・その2

 
前書き
どうも、黒井です。

今回はデュランダル争奪戦第2話。何も知らぬヒュドラに、弦十郎の旦那が牙を剥きます(笑) 

 
 二課とジェネシスの戦いは、苛烈を極めていた。

 二課側は、颯人と奏を中核としてメイジとノイズに対処し、この場で最も脆い了子を守るべく奮闘していたのだ。

 颯人が振るうソードモードのウィザーソードガンによる一撃を、メデューサがライドスクレイパーで受け止め反撃の横薙ぎを放つ。それを跳んで躱しつつ、左手を峰に添えて狙いを定め不安定な態勢ながら刺突をお見舞いした。

「貰った!」
「くっ!?」

 相手の攻撃の直後の隙を突いて放たれた一撃だったが、流石に幹部として名を連ねるだけあって一筋縄ではいかずギリギリのところで防がれてしまった。それだけに留まらず、メデューサは魔法の矢を放ち反撃してきた。

〈アロー、ナーウ〉
「喰らえっ!」

 自身に向けて飛んでくる無数の矢に、颯人は舌打ちしつつガンモードのウィザーソードガンで矢を打ち落とす。全ての矢を迎撃し終えると、再びソードモードのウィザーソードガンでメデューサに斬りかかる。メデューサはそれに合わせる様に身構え、防御の構えを見せた。
 またしても受け止められる颯人の一撃だったが、彼も同じことばかり繰り返すような間抜けではない。
 受け止められた瞬間、軸をズラして防御をすり抜けメデューサの懐に入り込んだ。

 結果的に密着する颯人とメデューサ。超至近距離で互いに相手を睨みつけながら、颯人はメデューサに問い掛けた。

「お前ら、何だってデュランダルを奪おうとする!?」
「あれは我らにこそ相応しい。我らによる新たなる世界創造に役立てるのさ! 聖遺物にとっても光栄だろうさ!」
「長風呂が過ぎてるぜッ!!」

 問答の最中、僅かな隙を見て颯人からメデューサは距離を取る。一瞬の睨み合いの後、両者は再びぶつかり合った。

 その時、不意に彼の目に響とメイジの戦闘が映った。

「ハァッ!!」
「うわっ!? く、ま、待ってくださいッ!?」
「問答無用ッ!!」
「ぐっ?!」

 響は誰が見ても苦戦している様子だった。それも、たった1人のメイジ相手に対して、である。だがそれも無理はないだろう。例えデュランダルのケースと了子が居なかったとしても、響は間違いなく苦戦どころか手も足も出なかった筈だ。他者との争いを好まぬ、心優しい少女である彼女に本気の命の取り合いである対人戦など土台無理な話だったのだ。

「ヤベッ!?」

 彼女の苦戦を見て、颯人はメデューサの相手をしている場合ではないと一度距離を離し、使い魔の最後の一体を召喚した。

〈ユニコーン、プリーズ〉
「ちょっと持たせといて!」
「待て貴様ッ!? えぇい、邪魔だ!?」

 メデューサの相手を使い魔達に任せ、響の救援に向かう颯人。メデューサは小さく素早い使い魔達に翻弄され、一時的にだがその場に釘付けにされていた。

 その間に響の下に駆け付けた颯人は、彼女が相手をしていたメイジを即行で片付けた。

「邪魔だお前ッ!?」
〈スラッシュストライク! ヒーヒーヒー!〉
「ぐあぁぁぁぁっ?!」
「ッ!? 颯人さんッ!?」
「よぉ、響ちゃん。大丈夫だったかい?」

 メイジに必殺の一撃を叩き込み戦闘不能に追いやる颯人。先程までとは違い大技の一撃を喰らったメイジは、変身を維持できなくなったのか倒れた状態で元の姿に戻ってしまっていた。その事を心配する響だったが、颯人はそれに構わず彼女に語り掛けた。

「響ちゃん、戦い辛いなら無理せずそのケースと了子さん連れてこの場を離れてな」
「それは……でもッ!?」

 颯人の言葉が、響には言外に戦力外通告しているような気がして思わず反発した。それを予想していた颯人は優しく、だが厳しく彼女を諭した。

「言いたいことは分かる。だがな、響ちゃん? ここは敢えて厳しく言わせてもらう。今の君は足手纏いだ」
「ッ!?!?」

 言外どころかドストレートに戦力外通告をされて、響の表情が固まる。自分が役立たずだと言われて、響の心が悲鳴を上げたのだ。
 それに気付いている颯人は内心で顔を顰めつつ、響に伝えるべきことを伝えた。

「俺が今めちゃんこ厳しい事を言ってることは俺自身が理解してる。だが聞いてほしい。今この場においては、君は下がるべきだ。だがそれは響ちゃんが役立たずだって言ってる訳じゃない」
「でも、足手纏い……」
「出来もしないことを無理矢理やろうとするのはそりゃ足手纏いだろうさ。いいかい響ちゃん? 俺は別に君を役立たずだと言ってる訳じゃない。ただ誰にだって出来る事と出来ないことがあるって言いたいだけだ」

 適材適所と言う言葉がある。どんな人、どんな物にもそれに見合った活躍の場と言うものがあるのだ。響は確かにシンフォギアを扱え、ノイズとも戦える力を持っている。だがそれは、このような場において発揮されるような力ではない。特に彼女の気質を考えれば尚更だ。
 響は守る戦いでこそ力を発揮できるが、最悪なことに彼女にとって無理矢理戦わされているメイジ達もまた守るべき…………否、助けるべき人であった。だからこそ、彼女はメイジ相手に全力を出す事が出来ないのだ。

 しかし彼女のそんな思いは洗脳されているメイジ達には関係ない。いや寧ろ、そうして出来た隙を連中は容赦無く突いてくる。響の心身の安全を考えたら、そして任務の事を考えたら響にはケースと了子を守ってもらう方が適任だった。

「俺はあいつらと戦える。だがケースと了子さんまでは手が回る自信がない。メデューサを相手にしなきゃならないからな。だから、俺に出来ないことを響ちゃんがやってくれ」

 颯人の説明に、響も一応の理解は示してくれたのか表情は暗いながらも頷いた。
 気落ちした様子の彼女の頭を、颯人は少し乱暴に撫でた。

「わわっ!?」
「すまねぇな、響ちゃん。了子さんとケースは頼んだぜ。ま、どうしてもきつくなったらケースの方は捨てちまいな。どうせ大した価値なんて無いんだから」
「そ、そんなの駄目ですよ!?」

 颯人の言葉に逆に必死にケースを抱きしめる響に、彼は軽く苦笑する。

 そして彼は、奏も同様に対人戦では全力を発揮できないだろうと、あまり無理はしないように言おうとそちらを見た。

「奏! お前も――――」

 声を掛けようと、颯人が奏の方を見た。

 その彼の視線の先では――――――

「ハァッ!!」
「ガッ?!」
「らぁっ!!」
「ぐあぁっ?!」

 目の前に立ち塞がっていたメイジ2人を、アームドギアを振るいあっという間に叩きのめす奏。

 その彼女の背後に2人のメイジを倒して隙が出来た所を狙った別のメイジが迫る。颯人がまずいと彼女を援護しようとすると、それより早くに奏のアームドギアの石突がメイジの顔面を直撃した。

「ごっ?!」

 予想外の一撃にメイジがふらつく。その隙を突いて振り返りざまに振るったアームドギアで、背後から迫っていたメイジも倒してしまった。

 あっという間にメイジ3人を叩き伏せた奏に響は勿論、颯人も唖然となってしまう。

 そんな2人に気付いた奏は、特に颯人に向けて得意げな笑みを向けた。

「ん? 何だって?」
「…………何でもねぇよ!? 余計なお世話だった!」

 心配など不要なほど全力を出してメイジと戦い叩きのめす奏に、颯人は半ば不貞腐れる様にそっぽを向く。その彼に、メデューサの相手をさせていた使い魔三体が飛ばされてきた。
 飛ばされてきた使い魔三体の内、颯人がクラーケンとユニコーンを、響がガルーダを受け止める。

「おっと」
「わわっ!?」

 2人が受け止めた使い魔達は、メデューサとの戦いで魔力を使い切ったのかそのまま2人の手の中で指輪に戻ってしまう。颯人は指輪に戻った使い魔三体を懐に入れ、ウィザーソードガンを構えてメデューサと対峙する。

「小癪な真似をしてくれたな――――!?」
「よぉ、メデューサ。幹部のくせして高々使い魔程度に随分と時間食われたじゃねぇか? 普段の戦いを部下に任せっきりで腕落ちたんじゃねぇか?」

 小馬鹿にしたような颯人の言葉。仮面を被っているのでメデューサの顔は見えなかったが、それでもメデューサの額に青筋が浮かんだのを響は幻視した。それほどに、今のメデューサからは怒気を感じていた。意識せず、響はケースを両腕でギュッと抱き締める。

 その響の手を引く者がいた。了子だ。何時の間にか響の近くに来ていた彼女は、響の手を引きこの場から引き離そうとしていたのだ。

「ここを離れるわよ、響ちゃん」
「りょ、了子さん!?」
「ここに居たら颯人君が全力で戦えないわ。ね?」
「は、はい! あの、颯人さん、気を付けてください!」
「おぅ、任せな!」

 メデューサと対峙する颯人に一声かけ、了子と共にその場を離れる響。それと入れ替わるように奏が彼の隣に並び立つ。

「幹部相手は1人じゃきついんじゃないかい? 手を貸すよ、颯人」
「あれ? 他のメイジは?」

 奏が加勢してきた事に、内心で嬉しく思う反面他のメイジはどうしたのかと疑問を抱く。問い掛けながら彼が周囲を見渡していると、奏がアームドギアで肩を叩きながら答えた。

「他の連中はノイズとクリスってのの相手で忙しいらしくてね。こっちには目もくれなかったよ」

 なるほど、言われてみればノイズもクリスも一向にこちらに来る気配がない。それは周囲に散らばったメイジ達が派手に暴れて引き付けてくれているからだった。皮肉なことに颯人達二課を圧倒しようと数を揃えたことが、結果的に彼らを手助けする事となったのだ。

 思わぬ事態に、メデューサが周囲のメイジ達を見渡しながら苛立った声を上げた。

「えぇい、役立たず共めッ!?」

 機嫌を悪くするメデューサに、颯人は僅かながら状況を楽観視し始めた。敵となる二つの勢力が勝手に潰し合い、消耗しあっている。
 となれば、あとは目の前にいるメデューサと何処かに居るクリスを何とかしてしまえば勝機はあった。

 そう思った矢先、突如上空で何かが爆発する音が響いた。何事かと全員が上を見上げると、そこでは今正に爆発したと思しき弦十郎が乗り込んでいたヘリの残骸が降り注いでいるところだった。




***




 時間は数分ほど遡り、上空を飛ぶヘリの内部では弦十郎とヒュドラの激しい戦いが繰り広げられていた。

「オラァッ!!」

 狭い機内であろうと、容赦なく全力で剣を振り回すヒュドラ。対する弦十郎は素手で相対している。受ければ大怪我か致命傷、避ければヘリに致命的な被害が出る可能性があると、普通に考えればこの時点で弦十郎に勝ち目はない。絶体絶命だ。

 だがヒュドラは、彼らは知らなかった。弦十郎と言う男の規格外さを。シンフォギア装者とウィザードにばかり警戒を向けて、ノイズとも戦えず魔法も使えない弦十郎を脅威にはならないと高を括っていたのだ。
 そのツケはこれ以上ないほどのしっぺ返しとなってヒュドラに返ってきた。

「ヌンッ!!」
「なぁっ!?」

 魔法使いに変身し、強化された腕力で振るわれた剣による一撃。それを弦十郎は、あろうことか片手で受け止めてしまったのだ。
 そう、片手で、である。あまりにも常識外れなその光景に、ヒュドラは一瞬思考が停止してしまった。

 その隙を見逃すような弦十郎ではない。
 彼は狭い機内と言う場にあって見事な体捌きでヒュドラの懐に入り込むと、剣を持つ手に手刀を振り下ろした。その一撃はヒュドラの手から剣を容易に手放させ、奪い取った剣はそのまま機外に放り捨ててしまった。

「て、テメェッ!? くっ!?」
「遅いッ!!」

 まさかの展開に、距離を詰められたままは不味いと判断し弦十郎から離れようとするヒュドラだが、弦十郎が更に踏み込むほうが早かった。踏み込みと同時に背中で放つ体当たり『鉄山靠』を仕掛けると、喰らったヒュドラは凄まじい衝撃を受け機内の壁に叩き付けられた。

「ごはっ?!」

 ヒュドラが機内の壁に叩き付けられた衝撃と、弦十郎が踏み込んだ際の力でヘリが大きく揺れた。だが弦十郎は微塵もバランスを崩す様子は無く、しかしそれでいてヘリのパイロットには機体を安定させるよう苦言を口にした。

「おい、東野村(とのむら)! もうちょっと静かに飛ばせないのか?」
「無茶言わんでください!? 空に居るノイズにだって気を付けなきゃいけないのに、おわっ!?」

 言いながらも突撃してきたフライトノイズをギリギリのところで回避したパイロットの東野村 裕司(ゆうじ)。尚も激しく機動を続けるヘリに弦十郎が肩を竦めている前で、ヒュドラは困惑しながら体勢を立て直した。

 言うまでもない事だが、変身している魔法使いは並大抵の攻撃ではビクともしない。通常兵器で言えばライフル程度なら余裕で耐えられるだけの防御力を誇っていた。
 にも拘らず、弦十郎の一撃は体の芯まで響く威力を持っている。その事実にヒュドラは体勢を立て直しながら、信じられないと言った目を向けた。

「お前、一体何者だッ!?」
「事前に調べておかなかったのか? 俺は特異災害対策機動部二課の司令官、風鳴 弦十郎だ!」
「そう言う事じゃねぇッ!? クソッ!」

 ふざけているとしか思えない弦十郎の様子に、半ばヤケクソになりながら突撃するヒュドラを弦十郎は油断なく見据える。

「オラオラオラッ!!」

 剣を失った事で左手のスクラッチネイルを主体とした格闘戦で対抗するヒュドラだったが、その攻撃は悉くが弦十郎に受け止められ、受け流され、挙句の果てには反撃を喰らい自分がダメージを受けていた。

「ぐ、おぉ――?!」
「おぉぉぉぉぉぉっ!!」
「うっ!?」

 予想していた以上のダメージに、思わず動きを止めるヒュドラに弦十郎の正拳突きが放たれる。
 喰らったら絶対ヤバいと回避したかったヒュドラだが、狭いヘリの内部ではそれも叶わず止む無く防ごうとした。

 果たして、弦十郎の一撃はヒュドラの防御をぶち抜いて彼にダメージを負わせた。

「はぁぁっ!!」
「が、っはぁぁっ?!」

 弦十郎の一撃を諸に喰らい、再び機内の壁に叩き付けられるヒュドラ。今度の一撃は弦十郎もかなりの力を入れていたのか、衝撃でヘリが大きく軋んだ。

「ちょちょちょっ!? 司令、手加減してくださいッ!? あんまり本気出されたらヘリが持ちませんッ!!」
「安心しろ。ちゃんと加減はしている」

 裕司からの抗議を軽く流しながら、弦十郎は壁に凭れ掛かるヒュドラを見据えていた。
 対するヒュドラは、曲がりなりにも幹部として名を連ねる自分がたった1人の生身の男に圧倒されている現実に戦慄していた。

「お前、本当に人間か?」
「何を当たり前のことを。さぁ、大人しくお縄についてもらおうか!」

 あわよくばここで敵対組織の幹部の1人を拘束しようと目論む弦十郎だったが、そうは問屋が卸さない。この程度の状況を打開する手段は、彼らジェネシスの魔法使いにはいくらでもあるのだ。

「付き合ってられるか――!!」
〈イエス! ファイアー! アンダスタンドゥ?〉
「むっ!? いかんっ!!」

 一瞬の隙を見て右手の指輪を交換し、ヒュドラは魔法を発動させた。彼の右手に灼熱の炎が集束されていくのを見た弦十郎は、即座にそれを危険と判断。止めるか逃げるかで迷ったがもう止めようがない事を直感的に悟ると裕司を座席毎引き剥がしてそのままヘリから飛び降りた。

「へ、ちょ、うわぁぁぁぁぁっ!?」
「口を閉じてろッ!!」

 弦十郎は悲鳴を上げる裕司を宥めながら、空中で体勢を整えつつ自分達が先程まで乗っていたヘリを振り返った。彼が視線の先に見たのは、コンマ数秒の差でヒュドラから放たれた灼熱の業火により運転席が吹き飛ばされたヘリが爆発する様子であった。 
 

 
後書き
と言う訳で第30話でした。

今回は終盤が全てを持って行った気がする。でも問答無用で相手を分解できない以上、こうなるのは仕方ないよね。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入りなどお待ちしてます。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第31話:三つ巴の争奪戦・その3

 
前書き
どうも、黒井です。

デュランダル争奪戦、その3になります。

読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 突如頭上から響いた爆発音に颯人と奏が上を見上げると、そこには弦十郎が乗っている筈のヘリが爆発している光景を見る事になった。その光景に、堪らず奏が悲鳴のような声を上げる。

「だ、旦那ッ!?」
「ん? 奏、よく見ろ! おっちゃんはパイロットと一緒に脱出してる!」

 爆発したヘリに目が行きがちだった為奏は気付かなかったが、爆発したヘリの下の方に目を向ければ確かにそこには自由落下状態の弦十郎と彼に座席毎抱えられた裕司の姿を確認できた。

 見た所弦十郎はパラシュートを着けているようには見えない。まぁ仮に着けていたとしても、座席と裕司を抱えた状態ではあまり意味は無かったかもしれないが。

「奏、おっちゃんの方に行ってやんな」
「ッ!? 良いのか?」
「良いも悪いもあるかよ。あの高さじゃ流石に不味いだろ?」

 或いは、弦十郎だけであればもしかしたらと言う事もあるかもしれない。何だかんだで生き残る様子が容易に想像できる。
 だが、裕司の方は話が別だ。弦十郎が裕司を見捨てると言うようなことは無いだろうが、それでも着地の衝撃でどうにかなったり、それ以前に2人揃ってノイズに襲われては一溜まりもない。

 響には了子とケースを任せた手前、余裕が出来そうなのは颯人か奏のどちらかだ。
 そして、颯人にはメデューサとの戦闘の経験がある。

 となれば、選択肢は一つしかなかった。

〈ユニコーン、プリーズ。ガルーダ、プリーズ。クラーケン、プリーズ〉
「こいつらも行かせるから、あっちは任せるぜ」
「…………分かった、悪い!」

 再度召喚した使い魔三体を連れて、弦十郎の元へ向かう奏。

 行かせてなるものかとメデューサが妨害しようとするが、颯人がそれを許さない。奏を妨害しようと動いたメデューサの前に立ち塞がり、その行く手を遮った。

「おぉっと! そう急ぐなよ、もうちょっと付き合っていけって。ショーの盛り上がりはこれからだぜ?」
「ふん、子供騙しにも劣るショーなんぞ見る価値もない」
「試してみるか?」

 メデューサへの言葉が終わった直後、ソードモードのウィザーソードガンを構えた颯人が飛び掛かった。




***




 一方、響は了子と共にケースを抱えて戦場を離れつつあった。一先ず目指すは当初の予定通り、この先にある薬品工場。そこへ行けば少なくとも響達への攻勢は弱まる筈であった。

 ところが――――

「はぁ……はぁ……了子さん、大丈夫ですか?」
「えぇ、私は大丈夫よ。それより周りに、ッ!?」

 薬品工場に逃げ込もうとする彼女達の前に、2人のメイジが立ち塞がる。どうやらノイズと戦っていたところに、2人が近付き過ぎてしまったらしい。
 知る由が無かったとは言え、痛恨のミスである。いや、運が無かったと言った方が良いか。

 即座に了子を自身の背後に下がらせ、ケースを足元に置く響。流石に2人のメイジを前に、逃げ切れると思う程楽観的にはなれなかった。

「……そのケースを渡せ」
「だ、駄目です! これは渡せません!」
「では、死んでもらう」
「待ってください!? 皆さん、本当にこんなことしたいんですか!?」
「我らの意思は関係ない。全てはメデューサ様の、そしてワイズマン様の望むままに」

 取り付く島もないメイジ達の様子に、響の顔が悲しそうに歪む。クリスと対峙した時とは違う、全く話が通じない疎外感の様なものに、心を痛めていたのだ。

 響の様子に了子がこれは不味いと声を掛けようとした。

 その時、新たな乱入者が現れた。

「おおぉぉぉぉぉぉっ!!」
「「ッ!?」」

 乱入してきたのはクリスだった。2本の鎖鞭を振るい2人のメイジに巻き付けると、2人纏めて遠くへ放り投げてしまった。入れ替わりに響の前に立ち塞がるクリスの姿に、響は一瞬呆気に取られるがすぐさま気を引き締める。

「く、クリスちゃん!?」
「気安く呼ぶんじゃねぇ、融合症例!」
「そんな名前じゃないよ!? 私の名前は――」

 自身の事を名前で呼んでくれないクリスに、響は訂正しようと口を開く。しかし彼女が己の名を口にするよりも、クリスが鎖鞭を振るう方が早かった。

「そのケースを寄越しやがれぇぇぇッ!!」
「くっ!?」

 振り下ろされる鎖鞭を両手でガードする。避ける事も一瞬考えたが、そうすると了子やケースに被害が及ぶ危険があった。守るべき対象を守る為には、彼女は動く訳にはいかなかったのだ。

 強烈な一撃に、響の顔が苦悶に歪む。

 だがそれも一瞬の事。
 苦痛を振り払い、響は一気にクリスに向け突撃した。

 近づかせるものかと鎖鞭を横薙ぎに振るうクリスだったが、響はそれを今度は弾き飛ばすことで対処した。

 響はそのまま一気にクリスに接近しようとする。彼女は先日の対峙から直感的に気付いていたのだ。クリスはメイジ達とは違い、話せば分かり合える相手だという事に。
 今はまだ聞いてもらえなくても、話し掛け続ければ言葉は届くと信じていた。

 故に彼女はクリスに対し、手を伸ばすことを諦めないのだ。

 そんな響の内心をクリスは知る由もなく。
 本格的にインファイトに持ち込まれると流石に不味いと判断したのか、距離を取ろうとするクリスと必死に追いすがる響と言う構図を了子はその場に佇んで見つめていた。

 その最中、チラリとケースに目をやる。了子の目は、明らかに先程まで響に向けていたものとは異なっていた。

 どこか冷たさを感じさせる冷徹な目で了子がケースを見つめていると、出し抜けに彼女の前に2人のメイジが降り立った。先程クリスに投げ飛ばされた奴らだ。
 ノイズの包囲を切り抜けて、ここまで戻ってきたのだろう。

 再び訪れた窮地に、了子は身構える。

 メイジ達はもう容赦するつもりはないのか、それぞれスクラッチネイルとライドスクレイパーを構え了子に襲い掛かった。

「チッ!!」

 咄嗟にメイジ達に向け片手を翳し、2人のメイジの凶刃が了子に振り下ろされた。

 その瞬間、横合いから飛び出してきた弦十郎がメイジの1人を渾身の力を込めて殴り飛ばした。

「うぉおおぉぉぉりゃぁぁぁぁぁっ!!」
「がぁっ?!」
「げ、弦十郎君!?」

 いきなり飛び出してきた弦十郎に面食らう了子だったが、それ以上に驚愕したのはもう1人のメイジだ。
 まさか生身の人間に、変身した魔法使いが一撃で殴り飛ばされるなど思っても見なかったのだから。

 驚愕のあまり、その場で棒立ちになるメイジ。

 それは致命的な隙であった。

 彼が気を取り直して身構えるのと同時に、弦十郎は彼への攻撃を行っていた。

「ふんっ!!」
「ごふっ?!」

 弦十郎がメイジに中段回し蹴りを放つ。

 咄嗟にライドスクレイパーで防ぐメイジだったが、なんと弦十郎の蹴りはライドスクレイパーの柄をへし折ってそのまま蹴り飛ばしてしまった。

 蹴り飛ばされたメイジは、その勢いのまま海に向かって落ちていく。絶妙な手加減で死んではいないが、このままでは溺れてしまう。

 その前に、弦十郎の後を追いかけてきた奏が着水したメイジを引っ張り上げた。

 とりあえず救助したメイジを適当な所に放っておいて、奏と物陰から出てきた裕司は弦十郎に文句を言った。

「司令っ!? 無茶しないでくださいっ!?」
「おい旦那!? ノイズにやられたらどうするつもりだったんだよ!?」
「颯人君から借りたこいつらが居れば大丈夫だろう」

 2人の抗議に弦十郎は大した事はないとでも言う様に返した。

 実際今も弦十郎に近付こうとするノイズに対し、颯人の使い魔たちは意外と善戦して食い止めていた。基本魔力で体を構成された使い魔の攻撃は、ノイズにも一応有効だったのだ。

 しかしたった三体で凌ぎ切れるノイズの数など高が知れている。大型だったり使い魔では対処が間に合わない数のノイズに迫られては堪ったものではなかっただろう。

 何より、指揮官が最前線に出張るなど前代未聞である。

「だからって、何も司令が飛び出すことないじゃないですか!?」

 一応経緯を説明すると、弦十郎も好きでここまで進んだ訳ではない。

 持ち前の超人的身体能力で着地した彼は、最初は裕司と共に安全圏まで退避しようとしていた。だがノイズから逃れる為の移動を繰り返していたら止むを得ず戦闘の中心地まで来てしまったのである。

 そこで奏と合流し、彼女と使い魔のサポートを受けながら退避しようとしたところで了子の窮地が弦十郎の目に入り、次の瞬間には彼女を救うべく飛び出していたのだった。

 とは言えそんな事情など奏達には知った事ではない。彼女は心配が混ざった抗議を弦十郎に飛ばす。

「そう言う問題じゃないんだよ!? 自分の立場忘れんなっつってんだよ!?」
                                    
 辛抱堪らず奏が弦十郎に怒鳴り声を上げていると、颯人とメデューサまでもがこの場にやってきた。戦っている内にここまで移動してしまったらしい。

「ん? いぃっ!? 何でおっちゃんがここに居るの!? おい奏ッ!?」
「アタシの所為じゃないよ!? 東野村さんと一緒に安全な場所に送ろうとしたら1人で突っ込んじゃったんだって!?」
「おっちゃん!? あんた立場考えろよ!?」
「う…………す、すまん……」

 若者2人に全く同じ理由で、しかも正論で怒られ流石の弦十郎も委縮して素直に頭を下げる。
 今回はちょっと行動が突飛だったが、本来彼は良識ある大人なのだ。ただ今回に限っては、彼にも譲れぬ道理があっただけである。

 その彼にとっての譲れぬ道理こと、了子は危険を顧みず自らの元へ馳せ参じた彼にやれやれと言う視線を向けている。

 颯人と奏、裕司に了子の4人は弦十郎に、響はクリスに意識を向けた関係でメデューサが一瞬フリーとなってしまった。

 その好機を、見逃す程彼女は迂闊でも優しくもない。

「全員仲良く、あの世に送ってやる」
〈イエス! スペシャル! アンダスタンドゥ?〉
「ッ!? しまった!?」

 突然響いた詠唱を耳にした瞬間、颯人は弾かれるようにメデューサに目を向ける。彼が見た時、メデューサは魔法陣の向こう側からこちらに右手を向けている。それが何を意味しているかを知っている颯人は、全員に警告しながら自身もその場から全力で退避した。

「全員逃げろッ!? 早くッ!!」

 ただならぬ颯人の様子に、何故と問う事もせず奏はその場を飛び退くように離れた。
 その際響が颯人の気迫に圧されて動きがもたついていたので、片腕を引っ掴んで多少強引ながらも引っ張って移動させた。

 弦十郎も同様だ。彼の場合颯人の警告だけでなく、彼自身がメデューサから脅威を感じ取り本能的に回避を選択していたのだ。
 裕司は弦十郎に首根っこ引っ掴まれてその場を離れる。

 しかし、この中でただ1人、完全に逃げ遅れてしまった者が一人居た。了子である。
 デュランダルが納められた大型のケースを持った彼女は、逃げようとする際に小さな瓦礫に足を取られてバランスを崩してしまったのだ。

 了子がデュランダルの入ったケースを持ったままその場に転び、それと同時にメデューサの魔法が放たれる。

「あっ!?」
「了子君ッ!?」
「「了子さんッ!?」」

 弦十郎が、奏が、響が手を伸ばすが、無情にもそれが届くことは無い。

 そのまま了子にメデューサの魔法が迫る。了子は自身に迫る魔法を呆然とした様子で見つめ――――

〈コネクト、プリーズ〉

 直撃の寸前、颯人が魔法で了子を自分の近くに引っ張り出した。テレポートとどちらを使うか迷ったが、彼女の身の安全を確保する“だけ”であればこちらの方が早かったのだ。

 とは言え、これで確保できたのは了子の身の安全だけであった。彼が了子を魔法陣から引きずり出した時、突然引っ張られたことで了子はデュランダルのケースを落としてしまっていたのである。
 しかもタイミングがメデューサの魔法が直撃する寸前の事だったので、ケースが落ちる前に魔法がケースに直撃してしまった。

 忽ち石化していくケースに、約二名を除いて驚愕の表情を浮かべた。

「ッ!? しまった!?」
「あぁっ!?」

 見る見るうちにケースは石化し、それどころか罅が入り遂には砕け散ってしまった。それは当然、中に入っていたデュランダルも同様で――――

「ん?…………え!?」

 そう思っていたのに、ケースが砕けた後にはデュランダルではなくただの棒切れが石化したと思しき物があるだけであった。

 その光景に了子だけでなくメデューサも、奏と響、クリスですら理解が追いつかずその場でフリーズする。

「な、何で――――!?」

 咄嗟に了子はクリスをキッと睨み付け、彼女が首を左右に振るのを見て今度はメデューサを睨み付ける。

 当然メデューサにも心当たりはない為、睨んできた了子を逆に睨み返すと徐に颯人が天を仰ぎ見ながら声を上げた。

「あ~あぁ、もうバレちまったよ。どうせなら俺の手で、じゃじゃーんってネタ晴らししたかったのになぁ~」
「は、颯人君?」

 突然声を上げた颯人に、了子が彼の方を見る。

 いや、彼女だけではない。弦十郎を除く全員が一斉に颯人の事を注目した。

 その中で一早く状況を完全に理解したのは奏であった。彼女は確信した、この状況は全て颯人が仕組んだものであることを。

「颯人、お前何した? つかデュランダルは?」
「ん~? 分からねぇ?」
「…………まさか――――」




***




 その頃、デュランダルを移送する予定の記憶の遺跡にて――――

「ん? 何だこれは?」

 警備の人間が巡回中に、物陰に奇妙なケースが置かれているのを見つけた。近付いてみるとそれには一枚の紙が張り付けてある。

『デュランダル在中。慎重且つ速やかに保管されたし――――風鳴 弦十郎』

 紙にはそう書かれており、その文章の隣にはそれが確かに弦十郎に掛かれたものであることを示すかのように判子が押されていた。

 それを見て大慌てで警備員は通信機で内部に連絡を取る。騒ぎは広がり、他の警備員も集まってきた。





――――――その様子を、1人の少年が上空から箒の様な物に跨りジッと見つめている事に、気付いた者は居ない。 
 

 
後書き
と言う訳で第31話でした。

デュランダル争奪戦自体は次回辺りで終わる予定です。まぁ戦闘後の後始末的な話はありますが。

・今回の没シーン:ヘリにヒュドラが乗り込んだ時

「颯人ヤバい! 旦那の乗ってるヘリに幹部が乗り込んだって!?」
「あぁ!? あ~……ほっといて大丈夫だろ?」
「おい!? そんな薄情な――」
「あのおっちゃんだったらター〇ネーター位なら1人で相手できる、放っとけ」
「…………それもそうか」


本当はこんな感じのシーンも入れようかと思ってましたが、テンポの関係でカット。偶にはこういう面白シーンも入れたいんだけどなぁ。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入りなどもよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第32話:三つ巴の争奪戦・その4

 
前書き
どうも、黒井です。

今回で戦闘パートは終了です。 

 
 颯人の口から明かされた事実…………それは奏達は勿論了子にすら内緒で、デュランダルを記憶の遺跡に颯人の魔法で移送し終えていたと言うものであった。

 完全に想定を遥かに超える話に、奏は当然颯人に食って掛かった。

「何でそれアタシらに言わなかったんだよッ!?」
「よく言うじゃん、敵を騙すにはまず味方からって」
「だからって……って言うかそんな勝手に……あっ!? ミーティングの最後に旦那を呼んだのって――!?」
「ピンポンピンポーン! あの後おっちゃんを説得して何とか納得してもらったのよ。先方に魔法で物だけ置いとくにしても、信用できる方法で証明しとかないといけないからさ」

 あっけらかんとした様子でいけしゃあしゃあと告げる颯人。彼のカミングアウトに、奏は頭痛を覚えて額に手を当てて天を仰ぎ見る。

 その一方で、響は先程の颯人の言葉を思い出していた。

「あ~、だからさっきあんな事を…………」
「あんな事? 響ちゃん、それって――?」
「さっき颯人さんに助けてもらった時、いざって時はケース捨てちゃえって言われてて。その時は駄目って言ったんですけど、中身偽物ならそりゃ価値なんて無いですよね~」

 そう言って響は思わず乾いた笑い声を上げる。まぁ必死こいて守ったケースが、実は中身が偽物だったと知らされたらそうもなるだろう。

「一体何時すり替えたんだよ?」
「出発前に便所行った時、ちょちょっと。今頃は……記憶の遺跡、だっけ? も軽く騒ぎになってるんじゃね?」
「じゃねって、お前なぁ…………」

 もう何かを言う気も失せて項垂れる奏だったが、一方で収まりがつかずにいる者も居た。

 メデューサである。徹頭徹尾、颯人の掌の上でまんまと踊らされた形になった彼女は、怒り心頭と言った様子であった。
 その怒りっぷりと言ったら正に怒髪天を衝くようであり、戦闘に関してはズブの素人である裕司の目にもメデューサから怒りのオーラが立ち上っているのが見えていた。

「貴様ぁぁぁ!?」
「お? 何? もしかして怒った?」
「そりゃ怒るわよ」

 恐らくメデューサでなくとも怒るだろう。コケにされただけでも怒りを覚える理由としては十分なのに、この上更に颯人はメデューサを煽るような物言いをしているのだから質が悪い。

 尤も奏に言わせれば、あれはワザと煽っている可能性が高かった。ああやって、相手を怒らせるなどして冷静さを奪って自分のペースに持って行くのは颯人の常套手段だ。

 人間の心理を口先手先で誘導し自分のペースに巻き込むことに関して、颯人はそこらの詐欺師など相手にならないくらい優れていた。

 ある意味不本意ではあるが、そこら辺の能力に関して奏は颯人の事を認めていた。

 勿論、何時かはそう言う方面でも颯人に勝ちたいと言う思いを諦めるつもりは毛頭なかったが、それが叶うのは何時になる事やらである。

「ウィザード……貴様、覚悟は出来ているだろうな?」
「それはこっちのセリフ。お前こそ、今度と言う今度こそボッコボコにしてやるからな?」

 そんな事を奏が考えていると、いよいよもってメデューサが颯人に仕掛けるつもりらしい。颯人の方もそれを迎え撃つ気満々で構えている。
 妙に颯人が好戦的なのが気にはなるが、メデューサを倒せば他のメイジは統率を失うことが明白なので奏もそれに助太刀すべく彼の隣に並び立つ。

 響は了子と共に弦十郎の元へ向かい、彼らを守れるように身構えた。荷物が無くなって身軽になってしまえば、先程に比べればずっと立ち回り易い。

 クリスは目的の物がここに無いと分かったからか、既に撤退を考えているらしくソロモンの杖を畳んで腰の後ろに仕舞って周囲を見渡している。

 この戦いも漸く終わりに向かうかと弦十郎らが思ったその時、一気に三つの出来事が起こり流れに変化が生じた。

「よぉ、メデューサ。楽しそうにしてんな?」
「ヒュドラか? 今までどこで油を売っていた?」
「ちと雑魚が鬱陶しくてよ」

 まず最初に起こったのは、新たな幹部の参戦であった。上空で弦十郎のヘリに乗り込んで撃墜させた、ヒュドラがこの場にやってきてしまったのだ。

 厄介な奴が増えたことに颯人は仮面の奥で顔を顰めるが、すぐにそれどころではなくなった。

「ん、通信? どうした、藤尭?」

 突然の本部からの通信。オープンチャンネルだったが故に颯人の耳にも入ったその通信の内容は、彼を驚愕させるに足るものであった。

『司令、大変です!? たった今、記憶の遺跡からの通信で、何者かの襲撃を受けて内容物の確認が済んでいないケースが強奪されたと……』
「はぁっ!?」

 内容物の確認が済んでいないケース……それは彼が弦十郎に頼んで簡易ながら証明書を用意してもらった本当のデュランダルのケースに他ならない。
 防諜の意味も込めて弦十郎以外には誰にも明かしていなかったそれの存在を、よりにもよって強奪されたとあっては彼も驚かずにはいられない。

 だがこんなのはまだ序の口、彼らが本当に度肝を抜かれたのはこれからであった。

「ん? 颯人、あれ!?」
「お次は何だ!?」

 何かに気付いた奏が指さす先を颯人が見ると、そこには明らかに鳥でも航空機でもない飛行物体の姿があった。

 それがライドスクレイパーに乗ったメイジである事に颯人はすぐに気付き、次いでその手が大きなケースを持っている事に気付くのもそう時間の掛かる事ではなかった。

 あのメイジが持っているケースの中身は何か? そんなの、考えるまでもない事であった。

「あいつかッ!?」

 記憶の遺跡を襲撃して本当のデュランダルのケースを奪ったのはあのメイジだ。その考えに颯人が至るのと、メイジがクリスの近くで滞空しケースを見せる様に掲げたのはほぼ同時であった。

 その仕草だけで、メイジに変身しているのが誰なのかをクリスは気付いた。

「透か!」

 クリスの問い掛けにメイジ――透は頷いてみせる。

 彼の登場と思わぬ土産の持参に、クリスは喜色を浮かべて鎧の機能で浮遊し彼の隣に向かう。

「ったく、まだ怪我治ってないのに無茶すんなよ!」

 本来は怪我の療養の必要があったので透は不参加の予定であった。

 故に、無理をしてやって来ただろう透に対してクリスは少し乱暴な物言いをした。
 しかし心のどこかでは彼が来てくれたことを喜んでいるのか、表情には隠しきれていない嬉しさが見て取れる。

「でもま…………ありがとな」
「…………」
「へっ! よし、ずらかるぞ!」

 何にしても目的の物はクリス達の手に渡った。もうこの場に用はない。

 さっさとこの場から離れるべく飛び去ろうとする2人だったが、そうは問屋が卸さない。

「逃がすな、ヒュドラ!」
「応よッ!!」
〈イエス! ファイアー! アンダスタンドゥ?〉

 再びヒュドラから放たれた灼熱の業火が、透を撃ち落とさんとする。

 自分達に向けて放たれる業火を見て、透は回避すべくケースを手放しクリスの手を引いて急降下した。

「うわっ!?」
「…………ッ!?」

 寸でのところで直撃は免れた2人だったが、回避の為とは言え手を放したことでケースは無防備となってしまった。

 その隙を見逃す颯人ではない。

「もらった!!」
〈エクステンド、プリーズ〉

 マジックハンドの様に手を伸ばして落下するケースを掴み引き寄せる颯人。

「させるか!」
「おっと!」

 メデューサがそれを奪い取ろうと飛び出すが、奏がそれを許さず彼女の前に立ち塞がる。

 ケースはそのまま颯人の方に引き寄せられ――――

「させっかよ!?」

 あと一歩と言うところでクリスが伸ばした鎖鞭がケースに巻き付き、2人の間で引っ張り合いとなる。

「ヒュドラ! ケースを奪え!!」
「分かってるっての!」
「ちぃ!? 透、頼む!」

 引っ張り合いとなって宙ぶらりんとなったケースを横から奪おうとし、ヒュドラがケースに向かうがその行く手を透が遮った。カリヴァイオリンを構え、ヒュドラを牽制する。

「へっ! 俺の邪魔するってか? この裏切りもんが!」

――裏切り者?――

 ヒュドラが口にした裏切り者と言う単語に一瞬気を取られた颯人だが、直ぐに意識を切り替え邪魔するものが誰も居ないフリーとなっている響にケースを確保するように言った。

「未だ響ちゃん! 今の内にケース持ってっちまいな!」
「え!? あ、はい!」

 颯人の声に響は弦十郎達の傍を離れて、デュランダルのケースを確保しに向かう。敵の幹部2人は奏と透が足止めし、クリスは颯人にケースを持って行かれないようにするので精一杯。こうなれば、響の邪魔をするものは誰も居らず、颯人に加勢してクリスから完全にケースを奪い返す事が出来た。

「えぇい、誰か居ないのか!?」

 このままでは颯人達にデュランダルを確保されるとみて、メデューサが声を荒げた。もうこの際動けるなら誰でもいいと言った心境である。

 果たして、その声に応える者が居た。まだ倒されていないメイジの1人が、ノイズとの戦闘を切り抜けて響の前に躍り出たのだ。

 目の前に現れたメイジの存在に、響は怖気付いた様に後退りする。

「う、あ!?」
「ッ!? やっべ!?」

 メイジの登場に颯人は一つの選択を迫られた。このままクリスと綱引きを続けるべきか否か、である。

 響にメイジの相手は出来ない。今の彼女に、洗脳されただけの人間との戦闘など荷が重すぎる。

 当然自分か奏のどちらかに任せる外ないが、そうするとケースからは手を離さなければならない。ヒュドラの相手をする透を置いてクリスが逃げるとは考え辛いが、可能性は無くはないだろう。どちらにしても、相手側にデュランダルが渡るのはリスクが大きすぎる。

 それだけではない。大分数が減った上に動けるメイジが相手をしてくれているがノイズも居るのだ。この場に居る生身の人間である弦十郎達3人を何時までも放置してはおけない。

 どうするべきか? 颯人が思考の海に沈みそうになった時、弦十郎が響に声を掛けた。

「迷うな響君!!」
「えっ!?」
「今君が何を恐れているかは、何となくだが想像が付く。だが敢えて言わせてもらおう、迷うな! その迷いは君自身だけでなく、君の周りの者をも殺すことになる!」
「私の……周りの人も……」

 弦十郎は響がメイジ相手に戦えない所を見てきた訳ではない筈だが、今見せた一瞬の仕草や性格から彼女がメイジとの戦いに積極的になれないことを看破したのだ。
 人を見る事に関してはそれなりに自信のある颯人も、これには舌を巻いた。流石の洞察力である。政府の裏に位置する組織の司令と言う立場は伊達ではないという事だ。

「響、考え方を変えてみな。助けるって考えるんだ」
「助ける?」
「連中は無理矢理戦わされてるんだろ? だったら、これ以上無理矢理戦わされて罪を重ねる前に、ぶん殴ってでも止めてやるんだよ!」

 助ける為に、殴る。これ以上罪を重ねさせない為に、力尽くでも止める。

 弦十郎と奏、2人の言葉を自身の中で反芻した響は、次の瞬間力強い目でメイジを見据えた。

 その表情には怯えや迷いが感じられない。2人の言葉が発破となって、響に覚悟を決めさせたのだ。

「おぉぉぉぉっ!!」

 覚悟を決め、自分からメイジに向けて殴り掛かる響。

 それを合図に、一斉に戦闘が再開された。

「おらぁぁぁぁっ!!」
「邪魔だッ!!」

 アームドギアとライドスクレイパー、互いに長物を武器とする奏とメデューサの戦いは、一瞬の拮抗の後徐々にだが奏が圧倒し始めた。

 身の丈を越える大きさの槍を穂先から石突まで余すことなく使い、時に突き時に薙ぎ、そしてメデューサの意識が穂先に集中したと見るや今度は相手が意識していなかった石突で殴打した。

「くぅ、小娘がッ!?」
「舐めんじゃないよ!」

 メデューサは、元々中遠距離での魔法を用いた戦いで真の力を発揮するタイプである。近付かれた時のことも考えて接近戦も出来なくはないが、接近戦をメインで戦う奏とは相性が良いとは言い難かった。

 しかし、一芸で幹部は務まらない。
 メデューサは徐にライドスクレイパーを地面に突き刺すと、ポールダンス宜しく腕の力だけで体を持ち上げ不規則な動きで奏の攻撃を回避。
 それだけに留まらず、攻撃を回避されて隙を晒した奏に三発蹴りを喰らわせ、強制的に距離を取らせる。

「ぐっ!?」
「馬鹿め、これで!」
〈アロー、ナーウ〉

 距離が離れた事で、余裕をもって魔法の矢を放つメデューサ。他のメイジのそれとは違い、高威力の矢を受ければシンフォギアと言えどただでは済まない。

 奏に迫る無数の魔法の矢。しかしそれが彼女の体を穿つことは無かった。

「んなろうっ!!」

 颯人が左手で持ったガンモードのウィザーソードガン、その銃弾が奏に迫る魔法の矢を全て撃ち落としたのだ。

「悪い、助かった!」
「あぁ気にすんなって!」

 奏を助けた颯人は、次いで響の援護を行った。覚悟か決まったとは言え、彼女は戦い始めてからまだそう時間が経っていない。奏、颯人と共に訓練したとは言え、未熟と言わざるを得ない彼女に1人でメイジの相手はやはり酷であった。

 それ故に、颯人の援護は彼女にとってありがたいモノであった。倒せはせずとも、怯ませたことでメイジに生まれた隙に響は一気に接近するとその拳を叩き付けた。

「うおりゃぁぁぁぁっ!!」

 振り下ろされた拳を、メイジはライドスクレイパーで受け止める。予想外に重い拳に、メイジが呻き声を上げて動きを止めると響は受け止められた拳を引っ込め反対の拳で下から突き上げた。先に放たれた拳がかなりの威力だった為、そちらの防御は間に合わず腹に拳が突き刺さった。

「ごふっ?!」

 無防備な腹への一撃に、堪らず膝を突くメイジ。

 援護ありきとは言えかなり善戦している様子の響に、颯人は仮面の奥で安堵の溜め息を吐くとチラリと透とヒュドラの戦いに目を向ける。

「えぇい、ちょこまかとぉっ!?」

 鋸の様な剣を振り回すヒュドラに対して、透は身軽さを活かして素早く立ち回っている。しかも動き回るだけでなく、一瞬の隙を見つけて一撃入れるのを忘れない。

 しかしヒュドラもやられてばかりではなく、敢えて大振りな一撃を放ち透の動きを誘導し、隙を突いてきた彼の一撃を紙一重で回避し反撃の一撃を叩き込んだ。

 流石幹部として名を連ねるヒュドラと、実力だけなら十分幹部として通用するだろう透の戦いである。正に一進一退と言った感じだ。

 さて、こうなると後は颯人も頑張らねば。何とかしてこの綱引きを制し、デュランダルのケースをこちら側に引き寄せなければならない。

 そう思った矢先、突然ケースが内側から弾けるように開いた。

「何だッ!?」
「これはッ!?」

 突然の出来事に颯人もクリスも、いや2人だけでなくその場の誰もがデュランダルに注目していた。

 その場にいる誰もが見守る中、デュランダルは独りでに宙に浮かび黄金の輝きを放つ。

「あれは、デュランダルが起動したのか!? 了子君!?」
「恐らく奏ちゃんのに加えて、精神的に安定した響ちゃんのフォニックゲインに反応して覚醒したんだわ!」

 突然起動したデュランダルに驚愕する弦十郎達だったが、装者と魔法使い達の行動は別だった。

「あたしが貰う!」
「渡す、ものかぁ!!」

 響とクリスは起動したデュランダルの確保に動いた。メイジも動こうとしたが、響からの一撃がまだ残っているからか跳ぼうとはしたがすぐにまた膝をついてしまった。

 一方、奏の動きは違った。彼女はデュランダルに気を取られているメデューサに、容赦なく一撃を叩き込んだ。

「隙あり!!」
[SATURN∞BREAK]
「ッ!? しま、ぐあっ?!」

 咄嗟の事で反応が遅れたメデューサは、奏が放った『SATURN∞BREAK』により吹き飛ばされる。

「今だ颯人!!」
「よっしゃ!」

 吹き飛ばされたメデューサを見て、颯人はこの場でメデューサを打ち倒すべくトドメの一撃を放ちに掛かった。

 右手の指輪を、奏も初めて見る物に変えハンドオーサーに翳した。

〈チョーイイネ! キックストライク、サイコー!〉

 発動したのは必殺の魔法『ストライクウィザード』。

 コートの裾を翻してメデューサに向けて駆け出し、側転、バク転とアクロバティックな動きを交えて上空に飛び上がると右足に炎の魔力を集束させて跳び蹴りを放った。

 如何に幹部として名を連ねそこらのメイジより頑丈だろうが、体勢が崩れた状態でこれをまともに喰らえば堪ったものではないだろう。

「こいつでぇっ!!」
「くっ!?」

 自身に迫る必殺の一撃を見て、メデューサは回避しようとするが間に合わない。
 颯人は己の勝利、メデューサの敗北を確信し――――

「メデューサ様ッ!?」

 あと一歩と言うところで、響の一撃で動けなくなっていた筈のメイジが割り込みメデューサを守ってしまった。

「ぐあぁぁぁぁぁっ?!」
「こいつッ!?」
「ふっ、ご苦労!」

 直前で邪魔が入りメデューサを倒し損ねたことに颯人は焦りを感じ始めた。
 ストライクウィザードは魔力消費の大きい技だ。それに加えて今回は他にも魔法を何度も使用している。正直、もうそんなに魔法は使えそうにない。ストライクウィザードなど、次に使ったらそこで魔力がそこを尽きてしまう。

 敵の戦力はクリスと透、ジェネシス側が幹部2人と雑魚が3人と言ったところか。
 ハッキリ言って、かなり厳しい。

 颯人が現状に内心で冷や汗を流し始めた時、不意に戦場に響の雄叫びが轟いた。

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「何だ!?」
「響ッ!?」

 声につられて颯人達がそちらを見ると、響がデュランダルを手にしている光景が見えた。
 ただ響の様子が明らかにおかしい。顔は黒い影の様な物で覆われ、目は赤く光っている。声も理性があるとはとても言えず、何らかの異常が発生していることは明白だった。

「おいおいおいおい! ありゃ一体どういう事だ!?」
「そんなのこっちが知りたいよ!? 了子さん!! 旦那!!」

 不可解な事態に、颯人と奏は弦十郎と了子に説明を求めた。少なくともこの分野の天才・了子ならば、何かしら知恵が働くだろう。

 対して、メデューサは状況を冷静に分析していた。

「デュランダルの力に飲み込まれたか…………このままだとこちらもとばっちりを受けるな」

 それとなく危機感を感じていたメデューサは、速やかに撤退の判断を下した。

「ここは退いた方が無難か。ヒュドラ!」
「え~、もう帰んのかよ?」
「これ以上はこちらの被害が大きくなるだけだ」
「収穫無しで帰るのか?」
「収穫ならあったさ。裏切り者が、何処に居るのかが分かったのだからな」

 そう言うとメデューサは未だヒュドラを警戒しつつクリスの方にも意識を向けている透を一瞥し、ライドスクレイパーに乗ってその場を飛び去って行った。
 1人で飛んでいくメデューサに、ヒュドラは慌てて自身もライドスクレイパーを取り出し飛び立つ。動けるメイジ達もそれに続いた。

 脅威が去った事で、透は響に飛び掛かろうとするクリスを必死に宥めに掛かった。

「そんな力を、あたしに見せびらかすなぁぁぁっ!?」
「…………!?」
「何で止めんだよ!?」

 今の響に近付くのは危険すぎる。そう判断して透はクリスを宥めるが、クリスは意固地になっており納得してくれない。

 動きを止めた2人を、暴走した響が見据える。
 そして、その手に持ったデュランダルを振り下ろそうとした。

 あんなものが振り下ろされたら、薬品に引火してここら辺一帯が火の海になる。弦十郎達の避難も間に合わない。

「ヤベェな、止めるぞ奏!」
「あぁっ!」

 颯人と奏は被害を最小に抑える為に動き出す。

 今からでは響を宥めるのは難しい。となると、出来る事と言えば響が振り下ろしたデュランダルの一撃を何とかして止めるしかない。

 どうするべきか? 考え込む奏の肩に、颯人が手を置いた。

「奏、お前の『LAST∞METEOR』で俺を響ちゃんに向けて吹っ飛ばせ」
「はぁっ!? 何言ってんの!?」
「俺がさっきメデューサに使った奴を、お前の技で飛ばすんだよ。俺と奏の合わせ技だ」

 いきなりとんでもない事を言い出す颯人に、奏は思わず面食らうがあれを止めるとなると普通の技では撃ち負けることは容易に想像できた。
 普通の方法で駄目なら、普通でない方法に頼るしかない。

 しかし問題は颯人の方だ。言ってしまえば彼は奏の技とデュランダルの一撃、二つの力に挟まれることになる。
 そんな状況に耐えられるだろうか?

「颯人は大丈夫なのか?」
「心配するくらいなら全力で歌ってくれ。俺は奏の歌があれば何時でも全開だからな」
「何だよそれ」

 颯人の言葉に奏は思わず笑みを浮かべる。こんな状況下にありながら、こんな軽口を叩く彼に若干呆れもした。

 だが同時に覚悟も決まった。彼がこうまで言ってくれるのだから、それに応えなければ女が廃る。

「行くぞ颯人!!」
「おっしゃ、来い!!」
〈チョーイイネ! キックストライク、サイコー!〉

 駆け出し、飛び上がると響が振り下ろしたデュランダルの放つ光の奔流に向けてストライクウィザードを放つ。

 その彼の背を押すように、奏が穂先を回転させた竜巻を放った。

「行けぇぇぇぇッ!!」
[LAST∞METEOR]

 普段であればノイズを穿つ竜巻は、この時ばかりは颯人を押し出す追い風となった。

 ただでさえ高威力の跳び蹴りが、奏の必殺技のバックアップを受けて勢いと威力を増しデュランダルの一撃とぶつかり合う。

「ぐぅぅぅぅっ!!」

 とは言え、これだけですんなり何とかなれば世話は無い。拮抗はするが、やはり颯人の方が押されていた。

 想像以上の威力を持つデュランダルの一撃に、颯人が苦悶の声を上げる。
 その彼の耳に、奏が紡ぐ歌声が響く。

「今を生き抜く為に! 私たちは 出会ったのかもしれない!」

 この状況下でも颯人の耳に届くほどの歌声、きっと先程彼が言ったように全力で歌ってくれているのだろう。歌に含まれた情熱が、彼の心の炎を燃え上がらせる。

「負、け、る、かぁぁぁぁぁぁっ!!」
「止まらずに! Sing out with us!」

 奏の歌に、颯人が気合を入れる。

 するとそれに応えるかのように、彼の右足の炎が大きく燃え上がりデュランダルを押し返し始め――――




 次の瞬間、空中で大きな爆発を起こした。 
 

 
後書き
と言う訳で32話でした。

戦闘パートは今回で終了ですが、まだ戦闘後の後処理があります。それはまた次回に。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録などよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第33話:後始末のイリュージョン

 
前書き
どうも、黒井です。

今回は天下の往来独り占め作戦の後始末、前回までの戦闘で倒された魔法使いの簡単な処遇なんかの話になります。 

 
 上空での大爆発。

 その爆炎を突き抜けて、デュランダルとシンフォギアが解除された響が落ちてくるのを見た奏は迷わず響の方に向け走り出す。見た所彼女は気を失っている。このままでは受け身も取れず大怪我をしてしまう。

 少し危うかったが、地面に激突する前に響を受け止める事に奏は成功した。
 すぐに状態を確かめるが、見た所大きな怪我も無いようだし気を失っているだけに見える。

 大事が無いようでホッと一息つく奏。その彼女の直ぐ傍に、響と共に落下していたデュランダルが突き刺さり少し肝を冷やす。

「おっと、ふぅ…………ん? あ、颯人は!?」

 あと少しズレていたら危なかったなどと考えていた奏だが、颯人が何処にも居ない事に気付き慌てて周囲を見渡した。

 見える範囲に彼の姿は見当たらない。響を近くの安全な場所に寝かせて颯人を探すが、彼の姿は影も形も無かった。

 そんな馬鹿なと思いつつ、最悪の事態を想像し顔を青くしながら奏は颯人の名を呼び続けた。

「颯人! 颯人ぉっ!? 何処に居るんだ!? 返事をしろっ!!?」

 返答は、無い。
 想像したくもない最悪の事態が現実味を帯び始め、奏は全身から血の気が引くのを感じた。

「冗談止せよ…………颯人ぉぉぉぉっ!?」









「うるっせぇな!? んな何度も人の名前叫ぶなよっ!?」

 突然、背後から聞こえた颯人の怒鳴り声に奏は飛び上がるほど驚きながら背後を振り返った。

 そこには、全身ずぶ濡れになりながらこちらに歩いてくる何時もの服装に戻った颯人の姿があった。
 予想外の場所からの登場に、奏は面食らいながら彼に近付いた。

「うおっ!? は、颯人!? 何処に居たんだよ?」
「吹っ飛ばされて海に落ちたんだよ、くそ!?」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫なもんか!? お気に入りの一張羅が海水でびしょ濡れだ。結構高かったんだぞこれ!」
「要するに、体は何ともないんだろ。心配させるなよ、ったく!」

 心配した割には元気そうな颯人の様子に、奏は不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 しかし颯人には、それが彼の身の安全を確認して安堵した事の裏返しであるのを見抜かれてしまった。
 結果、彼は先程までの服が濡れて不機嫌そうな様子を一変させ、何時もの飄々とした様子で奏に話し掛けた。

「あれれ? もしかして泣いちゃった?」
「泣くか馬鹿!?」
「はははっ! 悪い悪い、心配かけさせちまったな。な~に、安心しろって。俺はこの通り怪我一つないからよ」

 そう言って颯人は両手を広げてそっぽを向いた奏の視線の先に出る。軽快なステップを踏むその様子には、なるほど確かに不調は見られない。

 早くも何時もの雰囲気を取り戻しつつある颯人に、奏も釣られて笑みを浮かべる。

 奏が笑みを浮かべたのを見て、颯人は満足そうに周囲を見渡した。

「しっかし、すげぇ爆発だったな。見ろ、周りに残ってたノイズが皆居なくなっちまいやがった」

 そう言えば、と奏は改めて辺りを見渡し、文字通り綺麗さっぱりノイズが居なくなった周囲の様子にデュランダルの力を再認識した。

「ホント、よく無事だったよね颯人」
「まぁな」

 デュランダルとガングニール、2つの力の間に挟まれてピンピンしている颯人に呆れ半分安堵半分と言った様子の奏。

 颯人がそれに得意げに鼻を鳴らしていると、弦十郎達がやって来た。彼の腕には未だ気を失っている響が抱えられている。

「2人とも、無事か!」
「あぁ旦那。ご覧の通り」
「ピンピンよ!」

 2人を心配した弦十郎だったが、大事なさそうだと分かって安堵の溜め息を吐く。

 全員の無事が分かり、デュランダルも無事確保で来たところで今度は事後処理が待っていた。

 まずデュランダルだが、移送は中断しこのまま持ち帰ることになった。移送先の記憶の遺跡が襲撃を受けた上に、そもそも移送どころではなくなったのだから致し方ない。

 またクリスと透だが、2人の姿は気が付いたらなくなっていた。恐らく爆発後のごたごたの間に逃げられたのだろう。

 その他、殉職した護衛に参加した者達の確認――生き残っている者が居ないか――等があったが、それ以上に厄介な問題があった。

 颯人達に倒され、戦闘不能になった魔法使い達の処遇である。メデューサ達は倒されたメイジを回収していかなかったのだ。
 残りの魔力の関係か、状況的に余裕が無かったのか、とにかく今回の戦闘では合計3人の魔法使いが奇跡的にノイズに分解されることも無く取り残されていた。

 戦闘不能になった魔法使いは全部で7人の筈だが、残りの4人は動けない所をノイズに分解されたらしい。洗脳され戦わされた挙句ノイズに分解されその生涯を終えた、被害者とも言えるメイジ達に奏達は憐れみを感じずにはいられなかった。

 さて、この残った魔法使い達をどうするか? 弦十郎はこのまま本部に連行しようと考えたが、颯人がそれに待ったを掛けた。

「このまま連れてったら魔力が回復した時派手に暴れるよ」
「それは……そうか、彼らは洗脳されているんだったな」

 こうなると迂闊に連行する事も出来なかった。下っ端魔法使いの彼らは尋問で口を割るようなことは絶対無いし、魔法で洗脳されている以上医学的に洗脳を解くことも出来ない。

 本格的に彼らの処遇に弦十郎が頭を抱えそうになったが、それに対する解決手段を颯人は持ち合わせていた。

「そこは俺に任せてよ」
「何か方法があるのか?」
「餅は餅屋、魔法は魔法使いにってね」

 そう言って颯人は手錠を掛けられた魔法使い達に近付くと、右手の指輪を取り換え彼らに魔法を掛けた。

〈シール、プリーズ〉

 颯人が魔法を発動すると、ジェネシスの魔法使い達の足元に赤い魔法陣が出現し彼らを包み込んだ。
 彼らが魔法の光で包まれたのは僅か数秒の事。次の瞬間彼らは光から解放され、先程と何ら変わらない様子でそこに居た。

「ほいお終い、これで大丈夫」
「え? 颯人何したの?」

 今の一瞬で何が起きたのか理解できず、奏が首を傾げる。
 不思議そうにする彼女に、颯人は軽く肩を竦めると徐に魔法使いの1人に近付き、コネクト・ウィザードリングを嵌めた右手をその魔法使いのハンドオーサーに翳した。

 以前颯人から聞いたが、本来であれば他人のドライバーであっても魔法は発動させる事が出来る。魔法の中には指輪を付けた人物に作用するものもあるらしく、そう言った物を使用する場合は隙を見て相手に指輪を嵌めさせ無理矢理ハンドオーサーに翳させて魔法を掛けるのだとか。
 しかし、颯人が手を翳してもメイジのハンドオーサーはうんともすんとも言わなかった。

 その事に奏は勿論、弦十郎や了子も目を剥いた。

「え、何で?」
「封印した……こいつらの魔力をね。これを解かない限りこいつらはもう魔法を使えない」
「洗脳の方は解けないのか?」
「悪い、それは俺には無理。俺が出来るのは暴れたりしないようにするまでだよ」
「ふむ……いや、だが何にしても助かった」

 これで本部に移送しても被害が出ることは無い。体力を取り戻せば物理的に暴れる事はあるかもしれないが、その程度であれば対応は可能だ。

 これで大きな厄介事は大体片付いた。あとは二課の職員に任せておけば大丈夫だろう。

 「ん、んん……」

 と、その時、デュランダルの力で暴走し、爆発の影響か体力が尽きたのか気を失っていた響が目を覚ました。

 それに気付き、奏が弦十郎に抱えられたままの響に声を掛けた。

「お、起きたか響! 大丈夫か?」
「か、奏さん? え、っと……私、何で?」
「何があったかは覚えているか?」
「確か私……クリスちゃんより先にデュランダルを手に取って、それから…………ッ!?」

 途中まで思い出したところで漸く周囲の惨状が目に入ったのか、辺りを見渡して絶句する響。
 そして周囲の状況を見て、同時に気を失う直前の事を思い出したらしい。

 自分がこの状況を作り出したことに愕然とする響を見て、颯人と奏は互いに頷き合うと弦十郎に響を下ろさせ、彼には事後処理に集中するよう言って下がらせた。

 そして響に近付くと、奏が彼女の肩に手を回し颯人が帽子から花束を取り出した。

「お疲れ、響!」
「初めて1人で魔法使いを相手に、よく頑張ったよ。こいつはお祝いだ」
「あ……ど、どうも」

 颯人から花束を受け取る響だが、その顔色は優れない。まだショックが大きいようだ。

 こんな反応は当然颯人の想定内。彼は響の表情を見て、颯人は余裕を崩さず花束にハンカチを掛けた。

「花束じゃ不満かい? それなら……これでどうかな!」

 そう言って颯人が被せたハンカチを取り払った、そこにあったのはクリームに色とりどりのフルーツが黄色い生地で包まれたクレープだった。

 思わぬ物の登場に、響は勿論奏も面食らう。

「わっ!?」
「何時用意した!?」
「企業秘密。ま、難しい事は考えずに、これでも食って英気養いな」
「でも……」

 やはりまだ食べる気になれない。それを見て取って、奏は少し乱暴に響の頭を撫でた。

「わわっ!?」
「颯人も言ったけど、難しい事は考えるなって! アタシや翼が戦った後もこんな風になった事はある」

 例えば、放った大技が放置された車のガソリンを引火させたりなどした時だ。あの時は奏がまだ荒れていた頃だったので、周囲の被害など二の次だったのである。
 当然やらかした後は弦十郎に派手に叱られ、説教されたものだ。

「それに比べりゃ、今回のは可愛いもんさ」
「それにもしまたこんな事になりそうになったら、俺らが何度でも止めてやるよ。響ちゃんは1人じゃないんだ。もし不安になったら、いつでも手を伸ばしな。奏がいつでもその手を取ってくれるからよ」
「颯人も取ってやれ!」
「響ちゃんは奏の妹分だろ? だったら奏が面倒を見てやれよ」
「面倒臭がり!? 薄情者!? ズボラ!?」
「そこまで言うか!?」

 自分を挟んで何時もの口喧嘩を始める颯人と奏に、響はクスリと笑みを浮かべると手の中のクレープを一口齧った。

 一度食べると、それに空腹が刺激されたのか次々と食べ進めていく。
 その様子に颯人と奏はじゃれ合いを止め、互いに笑みを浮かべ合い響の後ろでハイタッチを交わすのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第33話でした。

シールの魔法は原作には登場しませんでしたが、玩具の方には音声だけ登録されているみたいです。
原作で未登場の魔法ですのでどんな効果なのか想像するしかありませんが、本作では他人の魔力の封印と言う形で描くことにしましたのでご了承ください。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第34話:青春の華

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
「はぁ~……」

 その日、響の親友である小日向 未来は公園で大きく溜め息を吐いていた。
 彼女が意気消沈した様子を見せる最大の理由は、彼女の親友である響が原因である。

 ここ最近、響の様子が明らかにおかしいのだ。休日は朝から修行とか言って一日の殆どを外出していることもザラだし、平日にしたって学校が終わってすぐにどこかへ行ってしまい、共に過ごす時間が少し前に比べて格段に減ってしまっていた。
 しかもその理由を訊ねても、なんやかんや言ってはぐらかしてしまう。現に今日も、本当は響と共に下校する筈だったのに肝心の響は突然用事が出来たとか言って1人で何処かへ行ってしまった。どこへ行くのかと訊ねても、その理由を説明してはくれなかった。

 訳も分からず親友との間に開いてしまった距離に、未来は大きな寂しさと小さな苛立ちを感じずにはいられなかった。

「はぁ……もう、響ったら」

 改善の余地が見えない響との仲を思って、再び大きく溜め息を吐く。

 その時、未来に声を掛ける者達が居た。

「どしたの、未来?」
「あ……」

 不意に、横から声を掛けられる。顔を上げると、そこには彼女の事を少し心配した様子の友人・板場 弓美の姿があった。
 自分の事を心配してくれる友人に、未来は慌てて何でもない風を装う。

「う、ううん! 何でもない、大丈夫だよ!」
「そう? ならいいんだけど」
「ヒナ、最近元気ないけど大丈夫?」
「何か、悩みごとですか?」

 弓美に続いて安藤 創世、寺島 詩織も未来を心配して声を掛けてくる。どうやら気付かぬ内に暗い雰囲気を醸し出してしまっていたらしい。
 3人から向けられる自分を心配する視線に、未来は両手を振って笑顔を顔に張り付けた。

「本当に何でもないって。それよりほら! また何か見せてくれるみたいだよ!」

 未来が指差した先では、青年がマジシャン――颯人が次の手品を披露しているところだった。

 実は颯人、二課に協力してからもこうして不定期ながら路上パフォーマンスをしているのだ。目的は単純に手品の腕を鈍らせない為であり、練習の一環なので見物客から料金は取っていない。

 その彼は愛用のチロリアンハットを裏返し、何も入っていない事を未来を含めた観客達に見せて証明してから白いハンカチを被せる。帽子を片手で持ち、もう片方の手の指を1本、2本、3本順番に立ててからサッとハンカチを取り払うと、帽子の中から一匹の猫が身を乗り出し一声鳴いた。

 確かに何も入っていなかった筈の帽子の中に現れた愛くるしい猫の姿に、未来も憂いを一時忘れ純粋に驚きと称賛の笑みを浮かべるのだった。




***




 翌日――――――

「――――と言う訳なんです」
「う~ん、そりゃ確かに、ちょっと困ったねぇ」

 響は二課本部内にある休憩所で奏に悩みを打ち明けていた。

 彼女は彼女で親友である未来に全てを語れず、徐々に距離が開きつつあることに悩みを抱えていたのだ。
 本当は彼女も、未来に全てを伝えたかった。親友に嘘を吐くような真似はしたくなかった。だが全てを告げるとシンフォギアの情報などを狙う他国のエージェントに狙われるリスクが生じるので、止む無く口を噤むしかできなかったのだ。

 しかしいい加減それにも限界が来つつあった。出来る言い訳にも限りがある。
 これ以上はまずいと考え、響は堪らず奏に助けを求めたのだった。

「とは言え、機密の事とかその未来って子の安全の事も考えると、全部話す訳にはいかないしねぇ」
「そうなんです。そこは分かってるんですけど…………」
「ん~……颯人はどう思う?」

 響に悩みを打ち明けられた奏は、運良くこの場に居た颯人に意見を求めた。こう言う対人関係に関しては、颯人の方が適任だ。

 そして問い掛けられた颯人は――――

「~♪ ~♪ ~~♪」

 イヤホンでポータブルオーディオプレイヤーの音楽を聴いて、上機嫌で鼻歌を歌いながらトランプをシャッフルし広げては纏め、一瞬で消したりしていた。
 2人の話は微塵も耳に入っていないらしい。

「こいつ――!?」

 あまりにもお気楽な颯人の様子に奏は青筋を立てる。その時彼女の目に彼のオーディオプレイヤーが映った。

 瞬間、彼女はオーディオプレイヤーに手を伸ばし、一切の容赦なくそれの音量を最大にまで上げた。

「のわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 突然大音量になったイヤホンからの音楽に、颯人は悲鳴を上げて飛び上がると慌ててイヤホンを耳から引っこ抜く。
 抜けたイヤホンからは奏のソロ曲『逆光のリゾルヴ』が流れている事に響は気付いた。

 一方御機嫌な歌を聴きながら寛いでいたところを邪魔された颯人は、未だ耳鳴りのする両耳を抑えながら奏に猛然と抗議した。

「何しやがんだ、バ奏ッ!?」
「うっさい馬鹿ッ!? 暢気に人の歌聞いて鼻歌歌ってる場合かッ!?」
「いいだろ、ここに居たの俺が先なんだからッ!?」
「何でもいいから響に何かアドバイスしてやれ! こう言うの得意だろ?」
「ったく、もう。それで? 何だっけ?」

 一頻り文句を言うだけ言って、怒りも冷めたのか相談に乗り始めた颯人。
 また喧嘩かとちょっと身構えていた響は、思っていた以上にあっさり颯人が引き下がった事に胸を撫で下ろした。

「だから、響が――」
「あぁ、お友達に嘘吐いて秘密守り続けるのが難しくなってきたって話だったな」
「――聞いてたんならどうして何も言わなかった?」
「おいおい、響ちゃんは奏の後輩だろ? なら面倒はしっかり見てやれって」

 別に、颯人としては響にアドバイスをする事は吝かではなかった。ただ颯人の言う通り響は奏を慕っており、奏も響を後輩として可愛がっている。
 単純に、先輩である奏に華を持たせてやろうとしただけであった。

 奏にとっては颯人が誰よりも頼れる存在であるように、響にとって奏が頼れる存在で真っ先に相談する相手なのだ。颯人はそれを察したが故に、まずは奏に何とかしてもらおうと敢えて何もしなかったのである。

 勿論、颯人とて奏に頼られる事は別に嫌ではなかった。単純に、奏の彼に対する信頼が想定以上だっただけの話だった。

「それが思い浮かばないから聞いてんだよ」
「しゃーねーなぁ」

 観念した颯人は、オーディオプレイヤーを止めるとトランプを仕舞い、代わりに何故か帽子から缶コーヒーを取り出し一口飲んでから口を開いた。

「あ~……一つ、思い付いたことあるけど……聞く?」

 何故か奏の顔色を窺うように訊ねてくる颯人に、不穏なものを感じつつ彼女は先を促した。彼の事だから、何だかんだで荒唐無稽な事は言わないだろう。

「とりあえず聞かせて」
「んじゃ、俺の考えだけど…………全部バラしちゃえ」

 しかし颯人の意見は、奏の予想の斜め上をいっていた。まさかの意見に、奏は勿論響も驚愕に目を見開く。

 当然奏が黙っている訳が無かった。

「馬鹿かお前はッ!? それが出来ないからどうしようって話をしてたんだろうがッ!?」
「そ、そうですよッ!? シンフォギアの事とかバラしちゃったら、未来が悪い人たちに狙われちゃうッ!?」

 奏のみならず響までもが颯人に抗議するが、そんな反応は彼も予想していたのか特に取り乱す事も無く言葉を続けた。

「いや、多分だけど俺の考えが正しければ現状その、未来ちゃんだっけ? その子に何も伝えないのは逆に危ないと思うぞ」
「どういう事だ?」

 実は、響には本人の性格や戦闘力とは別に大きな弱点があったのだ。奏と響はそれに気付いていないらしかったので、颯人はそこら辺も踏まえて2人に説明した。

「一つ聞くけど響ちゃん。その未来ちゃんって子とはよく一緒に居る?」
「え? はい。最近は、修行とかで一緒に居られない事も多いですけど……」
「学校じゃ仲良くしてる?」
「勿論!」

 既に述べたが、響にとって未来は唯一無二の親友なのだ。それは未来にとっても同様である。仲良くしない理由などない。
 だがそれこそが颯人の意見の肝であった。

「つまり、本気でシンフォギアとかの事を調べたり掻っ攫ったりしようとしてる連中にすれば、響ちゃんと仲が良い未来ちゃんを抑えちまえば響ちゃんに首輪を付けれるって訳だ」
「えっ!?」
「な、何でッ!? 未来は何も知らないのにッ!?」
「関係ないんだよ。他国のエージェントからしてみれば、未来ちゃんって子がシンフォギアの事を知っていようがいまいが。何しろ未来ちゃんを押さえちまえば芋づる式に響ちゃんが釣れる訳だからな」

 これは奏には思い付かなかった危険性である。

 奏にも、二課に所属して以降の学友は存在していた。ただし、当時の奏はノイズとウィズに対する憎悪なんかがあり学友との関係はそこまで深いものではなかった。交友は浅く、登下校は勿論休み時間に教室を跨いでまで交流する相手は存在しなかったのだ。

 翼もそれは同様である。彼女の場合は奏とは勝手が違うが、それでも深く交流を持つ友人と言うものは存在しない。加えて彼女は奏と共にツヴァイウィングと言うアーティスト活動をしている為、それが更に奏以外の友人が出来ない事に拍車を掛けている。

 ついでに言えば、奏は家族がすでに全員他界しており翼も親類はおいそれと手出しできない者ばかりなので、精神的な枷となる人物が2人には存在しない。

「でも響ちゃんは違う。例えば、何も知らない今の未来ちゃんを人質に捕られて、その事を誰にも知らせずに1人で何処かの倉庫に来い……って言われたら、響ちゃんどうする?」

 颯人の問い掛けに、響は顔を青くして視線を泳がせた。飽く迄もIFの話なので、この場で答えを出す必要はないが実際にその時が来たら多分彼女は相手の要求通り1人で行動してしまうだろう。

 ここで漸く奏も颯人が未来に全てを明かすべきという発言をした意味に気付いた。つまり、守られる側の人間にも守られていると言う自覚を多少なりとも持ってもらって、もしもと言う時に備えようと言う話なのだ。

「……でも、流石に響の周りは旦那がしっかり守らせるんじゃないのか?」
「そりゃそうだろ。寧ろそれ怠ってたら流石の俺も黙っちゃいないよ。当然やってはいるだろうけども、誰から見ても分かるくらいのアキレス腱なら本人にそれなりの自覚は持ってもらわんとって話」

 その理屈で言うならば、響の親族も狙われる対象となり得るだろう。血縁である以上、未来と同等かそれ以上に可能性が高い。
 颯人は後で弦十郎に確認を取っておくべきかと頭の中でメモしておいた。

「それじゃあ、やっぱり未来に全部話した方が……でも信じてくれるかな――?」

 話すなら話すで、問題となるのはそこだろう。
 普通に考えて、国家機密の対ノイズ兵器の使用者になってしまいました、なんて話を素直に信じるのは難しい。荒唐無稽に過ぎる。下手をすれば、出鱈目な作り話で誤魔化そうとしていると思われて逆に怒らせる危険性すらあった。

「そんなら、おっちゃんに一筆書いてもらうとかどうだ? 若しくは本人に話を付けに行ってもらうとか」
「……旦那を説得に行かせる気か?」
「それくらいの時間はとっても良いんじゃねえの? 響ちゃんに協力してもらってる立場なんだし」

 恐らく、弦十郎ならそれくらいは動いてくれるだろう。彼も内心では響は勿論、奏や翼にも戦いからは離れてほしいと思っているからだ。若く未来もある彼女達に、戦いを強要せざるを得ない己を心の何処かで恥じてすらいた。

「ま、今すぐ答えを出さなくてもいいだろ。響ちゃんにも心の準備は必要だろうし、覚悟が決まったらおっちゃんとかに話付けてみな。難しそうだったら俺らも手伝うから」
「そうそう。ほら、今日はもう帰んな」
「颯人さん、奏さん…………はい! ありがとうございます!」

 2人の激励に響は元気を取り戻したのか、憂いの無い笑みを浮かべてその場を立ち去って行った。
 その響の後姿を颯人は温かい目で見送り、対照的に奏は少し心配そうに見つめていた。

「響の奴、大丈夫かな?」
「仲違いしないかって事? 大丈夫だって、俺らがそこまで気にする事じゃないよ」
「でもさ――――」

 どうしても不安が拭えない奏。もし仮に二課やシンフォギアの事を秘密にしたが為に響が親友と仲違いしてしまったら、それは間違いなく戦いに巻き込んでしまった自分の責任だと考えているのだ。

 そんな不安を察した颯人は、奏の前で跪くと彼女の手をそっと取り自身の両手で包み込んだ。

「そう心配すんなって。喧嘩で仲違いなんてのは青春の華さ。喧嘩して仲直りした数だけ、互いの絆は固くなる」

 そう言い切った直後、颯人が両手をパッと広げるとそこには奏の手に乗る程度の量のアゲラタムの花があった。
 更に彼が手を離すと、何時の間にか奏の指に一本の紐が巻き付けられていた。紐の先端は颯人の手の中にあり、彼が手を離しながら一定間隔で紐に何かを結びつけるような動作をするとその度に色々な国の国旗が繋がれていく。

 その手品に奏は覚えがあった。
 まだ颯人も手品のレパートリーが少なかった子供の頃、奏が気分を落ち込ませたり機嫌を悪くした時によくやってくれた手品がこれだったのだ。

 その頃の事を思い出し、懐かしさに笑みを浮かべた。

「青春の華、ねぇ」
「俺達がもう、絶対手に出来ない得難い宝だ。大事にしてもらわないとな」

 しみじみ言う颯人に、奏はふと気付いた。
 彼がしょっちゅう悪戯を仕掛けて揶揄ってくるのは、もしや失われた青春時代を少しでも取り戻そうとしているのではないか?

 もしそうだとするならば――――――

「颯人ってさ……結構馬鹿だよね?」

 一見すると何時も通り、先程と同じように罵倒しているようにも聞こえるが、今度の“馬鹿”にはいろいろな意味が込められていた。
 そして颯人は、それに気付いていた。2人が子供の頃から繰り広げてきた喧嘩は、両手の指では足りないのだ。喧嘩と仲直りの数だけ絆が固くなるなら、2人の絆は鋼なんて目ではない。

 故に彼は特に反撃するようなことはせず、笑みと共に気障なウィンクを返したのだ。

「あれ? 今更気付いた?」
「プフッ! ば~か」

 堪らず噴出す奏に釣られるように、颯人も声を上げて笑い始める。

 周囲に誰も居ないリディアン地下の二課本部の一画。
 そこに、失われた青春時代を取り戻そうとするかのような颯人と奏の無邪気な笑い声が響き渡るのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第34話でした。

今回颯人が考えた危険は私の個人的解釈ですので、違う考えの方もいらっしゃると思いますがそこはご了承ください。
奏の交友関係に関しても同様です。彼女の性格なら戦いとは無縁の友人が居ても違和感ないとは思いますが、本作ではこういうスタンスで描いていきますのでよろしくお願いします。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録などよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 

 

第35話:変わる味

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 山奥の洋館・フィーネのアジト────

 クリスはその裏手にある湖に掛けられた桟橋の上で、1人物思いに耽っていた。いや、悩んでいると言った方が良いだろう。

──透と同じ格好をした魔法使い共……あいつらが──

 透から時々話を聞いていた。再会する以前に身を置いていた、魔法使いのみで構成された組織。
 死に掛けだった透を保護してくれたと言う点に関してはクリスも感謝しても良いと思ったが、その感謝も透からの話を聞いていく内に消えていった。恩義など薄れる程に外道な連中だと分かったからだ。

 その組織に、遂に透の所在が明らかになってしまった。
 連中は透の事を裏切り者と言っていた。つまり、今後も透の命を狙って襲撃を仕掛けてくる可能性があると言う事だ。

「させるかよ……どんな奴が相手でも。透だけは、絶対に──!?」

 決意を胸に、拳を握り締めるクリス。反対の手には、ソロモンの杖が変形した状態で握られている。
 颯人の存在から、魔法使い相手にはノイズがあまり有効ではない事が分かってはいたが、数の上では圧倒的に不利なので数合わせの意味でも弾除けの意味でもないよりはマシだった。

 そんなクリスに、近付く人影があった。
 透だ。彼はソロモンの杖を握り締め険しい顔をするクリスに近付くと、握り締められた彼女の拳に手を当てた。手を当てられて漸く彼の接近に気付いたクリスは、握り締めていた拳から力を抜いた。

「透……大丈夫だ。透はアタシが守るからな」

 柔らかな笑みと共にそう告げるクリスだったが、対する透は彼女に憂いを帯びた顔を向ける。
 透としては、まずクリスには己の身を案じていてほしかった。ジェネシスの魔法使い達は一筋縄ではいかない。特にメデューサは狡猾で残忍だ。目的の為なら手段は選ばない。

 そんな奴の魔の手がクリスに伸びるかと思うと、透としては気が気ではなかった。
 最悪、クリスには自分の事を気にせず逃げて欲しいとすら考えていた。

 透の不安と心配、そこからくる覚悟。クリスは彼の表情からそれを感じ取った。

「そんな事言うなよ。あたしが透を見捨てるなんて、するわけ無いし出来る訳ないだろ」

 そう言うとクリスはソロモンの杖を手放し、彼の体に両手で抱き着いた。

「あたしにはもう、透しかいないんだ。だから、約束してくれ。もう、あたしの前から…………居なくならないでくれ」

 先程とは打って変わって弱々しい声で懇願し、縋りついてくるクリスの体を透は優しく抱きしめる。
 今の彼に出来る事はこれしかない。これでクリスの不安が少しでも晴れてくれるなら…………と。

「暢気なものね、貴方達は……」
「「ッ!?!?」」

 出し抜けにフィーネから声を掛けられ、2人は弾かれるように声のする方を見た。フィーネはサングラスをかけてはいたが、冷たい視線を向けている事は2人とも察することは出来た。

 抱き合っているところを見られるのは恥ずかしかったし、それ以上に何だか申し訳ない気になったので透は慌ててクリスから半歩離れた。
 一方のクリスは、少し不満そうだったがその気持ちをそれ以上表に出すことなくフィーネの方に体を向けた。

「──んだよ?」
「悠長にしてて良いの? 透の命が狙われるかもしれないのに?」
「言われなくても分かってる!!」

 挑発する様なフィーネの言葉に、クリスはソロモンの杖を潰さんばかりに握り締める。

「力を持つ奴、あたしから透を奪おうとする奴、どいつもこいつも全部ぶちのめしてくれる!」

 啖呵を切るとソロモンの杖を拾い、そのまま勢いに任せる様にその場を立ち去るクリス。透はフィーネに軽く頭を下げてからクリスの後に続いた。

 去って行く2人の後姿を、フィーネはサングラスの奥からジッと見つめていた。




***




 その頃、自衛隊病院に奏と響が翼の見舞いに来ていた。
 本当は颯人も居たのだが、室内の様子を一目見て自分は退散した方が良いと判断した為、この場には居ない。

 と言うのも、翼の病室はそれはもう凄まじい散らかりっぷりだったのである。ゴミも衣服も散乱し放題。部屋に3人が来た時翼は室内に居なかった為、何も知らない響は翼が何者かに誘拐されたと勘違いして大いに慌てた程だ。
 まぁ奏はそうなる事が分かっていて、敢えて黙っていた訳だが。

「何か……意外です。翼さんって、何でも完璧にこなすイメージがありましたから」

 恐らくそれは響だけでなく、歌姫としての翼しか知らない者の共通認識だろう。凛とした佇まいからそんな印象を持たれがちな翼だが、現実はこうだ。

 そんな響の感想に、翼は自嘲気味に呟いた。

「私は……戦う事しか知らないのよ」

 単純に片付けが苦手と言う以上の、色々なものが含まれた言葉を吐き出す翼。響は彼女に心配そうな顔を向けるが、奏は違った。彼女は翼の生い立ちとかそう言うのを完全に無視して、純粋に『駄目な部分』として片付けが出来ない事を指摘した。

「翼は昔からこれでねぇ。響は知らなかっただろうけど、実は響が来てからも定期的にアタシや緒川さんが翼の部屋の片付けやってたんだよ」
「えぇっ!? 奏さんはともかく、緒川さんにまでッ!? 男の人ですよッ!?」
「うぐっ!? わ、私だって時々は自分でやるわよ」
「でもその度に逆に状況悪化させるんだよね?」

 何とか自己弁護しようとした翼だったが、彼女のプライベートを熟知している奏が居る為それは無意味だった。

 幸いなのは、全てを察した颯人が自発的に退散してくれた事だろう。それは暗に、この事で翼を馬鹿にする気も何も無いという事の意思表示であった。

 それはそれで、響は勿論翼にとっても意外な事であった。

「颯人さんだったら絶対この事で翼さんを揶揄うと思ってました」
「正直、私も。まさか何も言わずにいなくなるとは」

 2人がその事で疑問を抱き揃って首を傾げると、奏が堪らず苦笑を漏らした。流石颯人、もう既に2人から変な意味での信頼を得てしまっている、と。

「意外かもしれないけどね、あぁ見えて颯人も結構気遣いできるんだよ」

 しかも他人の感情の機微なんかには、こちらが思っている以上に敏感なのだ。それを良い事にも悪い事にも活用してくるのが、玉に瑕ではあるが…………。

 等と考えながら、奏は翼の散らかった肌着や衣服を畳みながらチラリと翼と響の様子を伺う。
 見れば響は翼に今まで以上に気軽に話しかけている。翼のだらしない一面に、最後の壁が無くなったようだ。

──頃合いだね──

 内心でほくそ笑むと、奏は席を外すべく立ち上がった。

「そんじゃ、アタシはそろそろ先行くよ」
「え、奏さん?」
「奏?」
「いい加減一人にしとくと、颯人が何仕出かすか分かったもんじゃないからさ。じゃ~ね~」

 突然立ち去ろうとし始めた奏に、困惑の表情を向ける響と翼。
 去り際、ドアから出る直前に奏は病室内に視線を向けると、翼にだけ意味深な視線を向けウィンクしてみせた。

 勝手知ったると言うか、それだけで翼は奏の言いたい事を理解した。

──後は任せたよ、翼──
──分かった、任せて──

 翼には──奏にもだが──前々から響に訊ねておきたいことがあった。

 響は奏と違って力を求める理由も無く、また翼の様に力を持ち国を護る者として教育を受けてきた訳でもない。偶然力を得てしまっただけなのだ。
 そんな彼女が何故ここまで命を懸けて戦うのか?

 疑問に思ってはいたのだが、響が二課の協力者となってからこっち颯人の帰還にクリスと透の出現、翼の入院に加えてジェネシスの襲撃などがあった所為でなかなかその機会に恵まれなかったのだ。

 そんな中でこれだ。翼が抜けていた間、奏と颯人に引っ張られながらも響は良く付いてきてくれていた。その事を評価するついでに、翼にその事を訊ねてもらおうと奏は画策したのである。

 にこやかに、且つクールに病室を出た奏。

 病室から出ると、少し離れた所に颯人がベンチに座って彼女を待っていた。ポータブルのオーディオプレイヤーで音楽を聴きながら、手の中のルービックキューブを一瞬手を翳しただけで色を揃えたり模様を作ったりしている。

 と、颯人が病室から出てきた奏に気付いた。彼女と目が合うと、颯人はルービックキューブを一瞬で消しオーディオプレイヤーを懐に仕舞って彼女に声をかけた。

「よぉ、もういいのか?」
「あぁ、あとは2人だけで大丈夫だよ」

 奏が満足そうに頷くと、颯人の隣に腰掛けた。颯人は彼女が隣に座ると、当たり前の様に魔法で缶ジュースを取り出し彼女に差し出した。

「飲むか?」
「ん、ありがと」

 缶ジュースを受け取った奏だが、蓋は開けず手の中の缶をじっと見つめる。何かを言おうとして考えている様子の奏に気付いた颯人だが、彼は何も訊ねず彼女が口を開くのをじっと待っていた。

 たっぷり二分ほど時間を掛けて、考えが纏まったらしい奏は口を開いた。

「颯人から見てさ……響ってどう?」

 奏の問い掛けに颯人は顎を指で叩きながら少し考え、ややあってから答えを口にした。

「ん~、そうだな…………ちと危なっかしい感じはあるな」

 颯人の答えに奏は、そうかと呟き缶の蓋を開けて中身を口に流し込んだ。中身はただのオレンジジュースの筈だが、何故か奏の舌は苦味を感じていた。

 浮かない表情をする奏を横目で見つつ、颯人は話を続けた。

「誰かを助ける為に、我が身を顧みず必死になる。奏や翼ちゃんが心配するのも、分かるよ」

 しかし、である。颯人に言わせればそれはある意味で無用の心配であった。

「だけどさ、響ちゃんには帰りを待ってる子が居るだろ?」
「あ……えっと、小日向……未来だっけ?」

 奏の答えに颯人は満足そうに頷くと、魔法で自分の分の缶ジュースを取り出し一口飲む。奏と同じオレンジジュースだが、彼は微塵も苦味を感じず爽やかな甘さと酸味を楽しんだ。

「彼女は響ちゃんにとっての帰る場所なんだろうな。そう言う子が居るなら、その子が響ちゃんの最後のブレーキになってくれる。どこかで必ず、響ちゃんを踏み止まらせてくれるだろうさ」

 颯人の言葉は、すとんと奏の胸に収まった。

 実は響の在り方にはある一点を除いて、奏は既視感を感じていたのだ。
 颯人である。自身に足りないところがあろうとも誰かを助けようとする響の在り方は、奏を助けようとする颯人と非常に似通っていたのだ。響との違いは、見ず知らずの不特定多数に平等に向けられているか、奏と言う明確に守りたい相手が居るかである。

 前々から奏の為に無茶をする颯人の在り方に肝を冷やし続けてきた奏。
 しかし、今の颯人の話を聞いて少し安心できた。響にとって未来と言う少女が最後のブレーキになるのなら、颯人にとっては──────自分が最後のブレーキになるのではないか? と奏は考えたのだ。

──そう思っちゃうのは、自惚れかな──

 一度意識し始めると好奇心が抑えきれなくなった。

「颯人は……」
「ん?」
「颯人は、さ…………アタシが待ってるって言ったら、どこかで思い留まったりする?」

 奏がこんな事を聞いてくるとは思っていなかったのか、ポカンと口を開けて奏の顔を凝視する颯人。
 対する奏は、後になって恥ずかしくなったのか頬を赤く染めて明後日の方を向き彼に顔が見られないようにした。こんな顔を見られたら絶対揶揄われる。

 だがその心配は無用だった。何故なら颯人も、奏同様赤くなった顔を彼女に見られないようにそっぽを向いていたのだから。

──こう言うところが、堪らないんだよなぁ──

 普段奏を翻弄する側の颯人。時々奏も反撃に出るが、意図的な反撃は彼には通じない。策を弄しても奏は分かり易いからすぐに分かってしまう。意図した反撃が成功するのは、彼女の行動が彼の予想を上回った時だけだ。
 しかしそんな彼も、彼女が無意識に見せる可愛らしい姿にはとことん弱かった。惚れた弱みと言う奴だ。

「────当たり前だろ」

 何とか奏に動揺を悟られることなくそう返した颯人。その答えに奏は笑みと共に小さく息を吐き、残っていたジュースを全部飲み干した。

 先程は何処か苦味を感じたジュースは、今度はいやに甘酸っぱく感じられた。




***




 その頃、街中を屋根伝いに掛ける影があった。
 透とクリスだ。透は既にメイジに変身しており、クリスを横抱きに抱えて警戒に屋根から屋根へと飛び移っている。

「透、まだ完全に治った訳じゃないんだから無茶すんなよ?」

 クリスの言葉に透は小さく頷く。

 イチイバルなりネフシュタンなり使えば彼の手を借りる必要はないのだが、聖遺物由来の力は使うと二課に動きがバレる危険があるので、目的の場所に近付くまではこうして移動する方が安全だった。
 先日の戦いの所為で未だ不調の透ではあったが、クリス1人を抱えて移動するくらいなら変身していればどうという事はない。

「フィーネが言うには、この先に融合症例は居る筈だ。さっさと掻っ攫って帰るぞ」
「…………」
「え? 二課の連中は響って呼んでた? どうでもいいよ、あいつの名前なんて」

 透の訂正に、心底どうでもいいと鼻を鳴らすクリス。彼女の反応に透は小さく溜め息を吐き──────

「ッ!?!?」

 突然足を止めクリスを下ろすと、彼女を庇う様にカリヴァイオリンを構えた。

「な、何だ透ッ!?」

 予想外の行動に戸惑うクリスだったが、彼の行動の意味はすぐに分かった。
 透が見据える方向から、一発の魔法の矢が飛んできたのだ。透はそれをカリヴァイオリンで苦も無く叩き落す。

「こいつは────!?」

 今の攻撃でクリスは襲撃者が誰なのか分かり、苦虫を噛み潰したような顔になった。

 決して来ないとは思っていなかった。存在が明るみになった以上、そして奴らが彼を探しているのであればそう遠くない内に襲撃されることも予想していた。
 しかし、まさかこんなにも早くに来るとは思っていなかった。

 透とクリスが身構える先、ビルの間を縫って数人のメイジがライドスクレイパーで飛んでくる。

 迫る敵にクリスはネフシュタンの鎧を纏うと、両手に鎖鞭を取って迎え撃つ構えを取るのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第35話でした。

翼と響の会話に関しては原作と大差ないのでテンポの事も考えてカットしました。描くかどうか迷いはしたんですけどね。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第36話:明かされる秘密

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 クリスが振るった鎖鞭が、ライドスクレイパーで飛ぶメイジ3人の内1人に振り下ろされる。
 標的とされたメイジはそれをローリングで回避しつつ接近し、スクラッチネイルで彼女を切り裂こうとした
 回避された鎖鞭をクリスが引き寄せるが、彼女が次の攻撃に移る前にメイジの攻撃が放たれる方が早い。

「甘いんだよッ!!」

 だがこの時、既にクリスの次の攻撃は行われていた。出し抜けにメイジは背中に強い衝撃を受け、飛行の為のコントロールを失いビルの屋上に落下した。

「ぐぁっ?! な、何が――?」

 今一体何が起こったのか? 落下したメイジが仮面の奥で苦痛に顔を歪めながら上空のクリスに目を向けると、彼女が鎖の先に巻き付けていた何処かの看板を別のメイジに向けて投げつけているのが見えた。

 そう……先程の攻撃は回避されたのではなく、最初からあの看板を狙っていたのだ。それを引き寄せ、無防備なメイジの背をぶっ叩いたのである。

 1人を叩き落してそのまま看板を他のメイジにぶん投げたクリスだが、流石にそれは大振りだった為か簡単に回避された。外れた看板はそのまま何処かのビルに直撃する。
 反撃に残りのメイジ2人から魔法の矢が飛んでくるのを、クリスはネフシュタンの飛翔能力で回避した。背後のビルの外壁が吹き飛んで道路に落下し路上駐車されている車を押し潰す。

 街中で派手に戦闘を繰り広げるクリスとメイジ達だったが、人的被害は見た目よりは少ない。
 戦闘開始時、メイジが街への被害を考えず魔法をぶっ放した事で街に緊急事態を知らせる警報が鳴り響き、街の人々が避難した為だ。

「くそっ!?」

 余計な人的被害が発生しなくなったこと自体はありがたいのだが、それでも無暗に街が破壊される事はクリスは勿論、途中で逸れてこの場に居ない透にとっても避けたい事であった。

 そう言う訳でクリスは戦いながら、可能な限り被害が少ない方に向けて移動していた。向かうは近くにある自然公園だ。透もきっとそこへ向かっている筈だった。

「お前らの相手してる場合じゃないってのに――!?」

 クリスが焦るのも無理はない。響の確保をしなければならないからと言うのもあるが、何よりも透と逸れてしまっている事がクリスの焦燥感を掻き立てていた。
 透はまだ不調なのだ。しかも襲い掛かったメイジの人数は、透に向かっていった方が多い。パッと見ただけでも5人は居た。透の事は信じているが、それでも不調を抱えたままではもしもと言う事もあり得る。

 焦りがクリスの攻撃から正確さを奪っていくが、それでも透と共に切磋琢磨して得た実力は伊達ではなかった。
 少々苦戦を強いられはしたが、それでも目的の自然公園には到着する事が出来た。

「こいつらの相手でもしてろッ!!」

 自然公園に到着すると、クリスはソロモンの杖を取り出しノイズを召喚してメイジ達に嗾けた。一体一体は大した事なくとも、数は揃えばそれだけで力となる。案の定メイジ2人はノイズに阻まれ、クリスに攻撃するだけの余裕を失った。

「へっ! そいつらと遊んでな!」

 ノイズに翻弄されるメイジ達を尻目に、クリスは透との合流を目指した。耳を澄ませる必要も無く何処からか激しい戦闘音が聞こえるから、彼はそこに居る筈だ。

 飛翔して戦闘が行われている所へ向かおうとするクリスだったが、そんな彼女の前に立ち塞がる新たなメイジ。その仮面の色は白だった。

「ッ!? 透……じゃ、ねえなテメェッ!!」
[NIRVANA GEDON]

 一瞬透が合流してきたかと思ったが、別の場所での戦闘が未だ続いている事に加え明らかに敵意を向けてきたので即座に別人だと気付いた。こいつはこのメイジ達を率いている幹部候補だ。

 すぐさま先手必勝と攻撃を仕掛けるクリス。放ったエネルギー球を白メイジは魔法で防御するが、その際に発生した爆炎で視界が遮られる。
 その隙に背後に回り、鎖鞭を片方の腕に巻き付けた。

 そのまま引き寄せて蹴りでも食らわせようとするクリスだったが――――

「舐めるなッ!!」
「えっ!?」

 白メイジは逆にクリスに向けて加速した。突然の行動にクリスが動きを止めると、白メイジは加速の勢いを利用して逆に鎖鞭を引っ張り、そのまま空中でハンマー投げの様に振り回して地面に向けて放り投げた。

「がはっ?!」
「ひっ!?」

 クリスは制動する間もなく地面に叩き付けられるが、鎧のお陰かダメージ自体は大した事も無くすぐに立ち上がれた。
 だがその際新たな問題が発生した。落下の瞬間、クリスの耳は聞きなれない第三者の小さな悲鳴を耳にしていた。

「え、なっ!?」

 まさかと思い声のした方を見ると、そこには学校帰りだろう制服を着た1人の少女――未来が怯えた目をクリスに向けているのが見えた。

 その姿を目にし驚愕した直後、白メイジがクリスの前に降り立った。しかも最悪な事に、先程ノイズを嗾けて足止めしておいた琥珀メイジ2人も合流している。
 存外役に立たなかったノイズに心の中で悪態を吐きつつ、クリスは何時攻撃されても良いように身構えていた。勿論、未来の事は巻き込まないように気を遣う事を忘れない。

 それが仇となった。未来に気を付けるつもりでそちらにチラチラと視線を向けていると、クリスが彼女を気に掛けている事が白メイジにバレてしまった。

「……そいつだ!」

 白メイジが琥珀メイジの1人に命令すると、そいつはクリスを無視して未来に飛び掛かり一瞬で取り押さえ首筋にスクラッチネイルを突き付けた。

「きゃあっ!?」
「おいっ!? そいつは無関係だろ!?」
「だがお前はその女の事を気にしているようじゃないか。ならば利用させてもらう」
「この……下衆野郎!?」
「何とでも言え。さて、この後の事は言わなくても分かるな?」

 言外に『抵抗すれば未来の命は無い』と脅す白メイジを睨み、未来の様子を伺う。突然巻き込まれた事に多少混乱しつつも、自身の命が危険に晒されている事を理解し恐怖に涙を浮かべ震えていた。
 その様子を見てしまえば、抵抗しようと言う気も無くなってしまう。

 しかし、このままむざむざと捕まる訳にはいかない。こいつらの魂胆は、クリスを人質にして透を始末する事なのだ。それが分かるから、クリスはまだネフシュタンの鎧を解除していない。

 尤も、鎧があろうがなかろうが魔法使いには関係なかったが。

〈チェイン、ナーウ〉
「くっ!?」

 魔法の鎖で縛られるクリス。ただの鎖ではない為、普通に力技で引き千切ろうとしてもクリスの力では不可能だった。
 白メイジは拘束したクリスを掴み、足を払うと地面に押し付けた。

「ぐぅっ?!」
「手古摺らせてくれたな。行くぞ。裏切り者はすぐ近くだ」
「くぅ……」

 悔しそうに歯噛みするクリスだったが、この状態では満足に身動きできないし下手に抵抗すれば未来に危害が及ぶ。流石に目の前で自分が原因で人質に取られた無関係な者を、切り捨てる程クリスも人間を捨ててはいなかった。

 そこに、更なる乱入者が現れた。

「み、未来ッ!?」
「響ッ!?」
「お前は――!?」

 今正にクリスが連れ去られようとしていた時、姿を現したのは颯人・奏・響だった。クリスが戦闘を始め、更にノイズまで召喚した事でクリス達の戦闘は二課の知るところとなり、3人にも騒動の場所が知らされたのだ。
 現場に到着すると、未来がメイジに人質に取られている事に響は驚愕し動きを止める。

 一方、奏はギアペンダントに手を掛け颯人は予め出しておいたガンモードのウィザーソードガンを構える。狙うは未来を捕らえているメイジだ。あれを何とかしない事にはどうにもならない。

「未来を放してッ!?」
「放せと言われて人質を解放する奴が居るか。お前たちも動くなよ?」

「(奏、俺があのメイジ撃って怯ませる。その隙にあの子を頼む)」
「(よっしゃ!)」

 響が必死に未来の解放を叫ぶ中、颯人と奏は小声で話し合い未来を助け出す算段を立てる。白メイジは油断ならないが、琥珀メイジならやりようはあった。
 未来を解放し、ついでにクリスからも意識を逸らせてしまえば形勢を逆転させる事が出来る可能性はある。

「何をこそこそ話している、ウィザード! 早くその武器を捨てろ!」
「へ~いへい」

 何時までも銃口を向けている颯人に焦れたのか、白メイジが脅すように声を上げる。颯人は言われた通りに捨てる為手を離す。

 一見すると大人しく手放したように見えるが、当然ながらそんな事はない。

 パッと見た感じ分かり辛いが、ウィザーソードガンと颯人の手は極細で透明なワイヤーで繋がっていた。彼が少し手を動かせば、落下中のウィザーソードガンは一瞬で彼の手の中に戻る仕組みだ。加えてこの銃の弾は、彼の意思で自由に軌道を変えられるし狙ったところに当てられる。

 颯人は頭の中で未来を助け出す算段を立てながら、タイミングを見計らう為に重力に引かれ落下するウィザーソードガンをチラリと見やった。

 その時、木々の向こうから二本の剣が弧を描いて飛んできた。
 クリスはそれにいち早く気付くと、顔に喜色を浮かべた。彼女はそれが何であるかを知っているからだ。

「ん?」

 クリスの表情の変化に颯人が気付き、彼女が見ている方に目を向けるがその時には弧を描いて飛んできた二本の剣がそれぞれ白メイジと未来を掴んでいる琥珀メイジに命中する。

「ぐあっ?!」
「がぁっ?!」
「きゃぁっ!?」
「未来ッ!?」

 弧を描いて飛んできた剣……カリヴァイオリンは見事にメイジだけを切り裂き、クリスと未来から引き剥がした。
 突然自由になった事で投げ出された未来に、響が素早く近付き抱き起す。その際まだ無傷のメイジが響の邪魔をしようとしたが、それは素早くウィザーソードガンを手元に引き寄せた颯人の銃撃で防がれた。

「未来、大丈夫!?」
「う、うん。響、これ一体何なの?」
「これは、その……」

 困惑しながらも投げ掛けられた問いに、響は何と答えようかと言い淀む。
 だが状況は、彼女にゆっくりと答えを考える時間を与えてはくれなかった。

 メイジを切り裂いたカリヴァイオリンは再び弧を描いて飛んできた方に戻っていく。戻ってきた二本の剣を、木々の向こうから飛び出してきた新たな白メイジ――透が掴み取った。

 その向こうからは更に琥珀メイジが3人姿を現す。

「おいおい颯人、なんだか状況が面倒臭くなってきてないか?」
「奏、ポジティブに考えようぜ」
「どんな風に?」
「……退屈しなくて済む」
〈ドライバーオン、プリーズ〉
「全人類がそんな風に考えられると良いね」

 颯人の答えに嘆息し、次の瞬間には意識を切り替えた奏は颯人の変身に合わせて聖詠を口にした。

〈シャバドゥビタッチ、ヘンシーン!〉
「変身!」
〈フレイム、プリーズ。ヒー、ヒー、ヒーヒーヒー!〉
「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

 颯人がウィザードに変身し、奏がガングニールを纏って…………とりあえず、確実に敵と分かっている琥珀メイジに攻撃を仕掛ける。未だ拘束されているクリスと、ジェネシスと敵対していると思しき透は後回しだ。

 颯人と奏が加わった事で、戦闘は激しさを増す。
 その様子を見て震え上がる未来を、響は必死に宥めた。

「あ、あぁ――!?」
「未来、大丈夫! もう大丈夫だから!」
「でも……あぁっ!?」

 突然悲鳴のような声を上げた未来。何事かと響がそちらを見れば、クリスを抑えつけていた白メイジが2人に襲い掛かろうとしていた。

「ま、まだだ! そいつを使えば!」
「未来には手を出させない!!」

 白メイジの前に立ち塞がる響。親友がその身を賭して自分を助けようとしている事に、未来は悲鳴のような声を上げて響を引き留めた。

「な、何言ってるの響!? 逃げよう、早く!?」

 自らの手を引く未来に、響は後ろ髪を引かれる。出来ることなら、このまま未来と共に逃げてしまえば或いは物事は丸く収まるのかもしれない。少なくとも、未来の前では何の力も持たないただの立花 響のままで居られる。
 だが、それでは駄目だ。目の前に居る白メイジは2人を絶対に逃がすことはない。逃げたければ……未来を守りたければ、戦わなくてはならなかった。

 響は覚悟を決めた。

「……大丈夫」
「――え?」
「未来は、私が守るから」

 何を言っているのかと未来が訊ねる前に、響は聖詠を口にした。

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 未来の目の前でシンフォギアを纏う響。未来はその様子を信じられないと言った様子で見つめていた。

「ひ、響?」

 目の前で親友が見たことも無い装備に身を包み、拳を握り締めて白メイジと対峙する響の後姿。
 響の事情を何も知らない未来は、彼女の背を呆然と見つめるしか出来ずにいるのだった。 
 

 
後書き
という訳で第36話でした。

ここら辺、響と未来の仲違い部分に関してはちょいとばかし独自の展開になります。原作とは少しばかり違う方向に流れますが、どうかご了承ください。

執筆の糧となりますので、感想その他お気に入り登録や評価など受け付けておりますのでよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに! それでは。 

 

第37話:真っ直ぐな意志

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 突如姿を現した透は狙ってか偶然か、クリスだけでなく未来までをも解放すると追跡してきた琥珀メイジ3人との戦闘を再開した。

「最優先攻撃目標、攻撃開始」
「了解」

 感情を感じさせない言葉を発しながら襲い掛かってくるメイジ達を、透は2本の剣だけで巧みに相手取る。

 最も近くに居たメイジのライドスクレイパーを右の剣で弾くと、そいつを無視してスクラッチネイルで攻撃してくるメイジを回し蹴りで蹴り飛ばし、それを隙と見て魔法の矢を放ってくるメイジに左の剣を投げつけた。

「へぇ……」

 特に危な気も無く、3人のメイジを相手に一歩も退かないどころか完全に手玉に取っている透。その姿に颯人は舌を巻いた。
 こうして見ていて分かった。彼の強みはその軽快なフットワークだ。素早く動き回りながら、最も脅威度の高い相手を的確に攻撃し、しかも決して深追いすることなく即座に次の相手に狙いを変える。判断力、反応速度。危機察知能力、全てが高水準で纏まっていなくては成し得ない事だ。

 そんな事を考えながら、颯人は襲い来るノイズを片っ端から撃ち抜いていた。白メイジに拘束された時にクリスがソロモンの杖を落としたからか、残ったノイズが無作為に動き颯人もメイジも関係なく襲い掛かってきたのだ。
 このままでは公園から出て一般人にまで襲い掛かる危険すらあった。それ故に、颯人はメイジを後回しにしてノイズへの対処を行っていたのである。

 その時、彼の目に未だ拘束されているクリスの姿が映った。魔法を掛けた白メイジが健在だからか、未だ彼女を拘束している魔法の鎖は健在だ。
 まぁここで派手に動かれて更に状況が面倒臭くなられては堪ったものではないし、今すぐ助ける義理はないだろうという事で颯人は彼女を放置していた。

 それが良くなかった。クリスは苦労しながらも膝を立てて上半身を起き上がらせると、以前颯人に拘束された時と同じ方法で抜け出したのだ。

「あたしを、無視すんな! アーマーパージ!!」
「ッ!? やっべ!?」

 気付いた時には、クリスの体から弾け飛んだネフシュタンの鎧の破片が炸裂した手榴弾の様に颯人に飛んできていた。

「ぬおっ!?」
「うわぁっ!?」
「ぐわっ?!」

 高速で飛んできた鎧の破片を颯人と奏はギリギリのところで回避する。見ると響も近くの未来に覆い被さるように伏せていた。
 ついでに言うと、白メイジも回避に成功していたようだ。癪だが流石は幹部候補、と言ったところか。結局飛び散った鎧の破片の直撃を喰らったのは、奏の相手をしていた白メイジだけだったらしい。

 そして────

「Killter Ichaival tron」

 アーマーパージで発生した土煙に紛れてシンフォギアを纏ったクリスは、透と戦闘を繰り広げる琥珀メイジにガトリングに変形させたアームドギアを構え引き金を引いた。

「透から離れやがれぇぇぇッ!!」
[BILLION MAIDEN]

 放たれた無数の銃弾が、透に圧倒されていた琥珀メイジ達に襲い掛かる。透も射線上には居たが、クリスが引き金を引く直前その場を飛び退いて難を逃れていた。

「どうする、颯人?」
「まずは残ったノイズを何とかしよう。クリスって子がコントロール失ったからか好き勝手動いてやがる」
「あと響も」
「忘れちゃいねえよ」

 言いながら視線を向けると、そこでは白メイジ相手に必死に食い下がっている響の姿があった。

「うおぉぉぉぉっ!!」
「ちぃっ!?」

 所々危ない場面はあるものの、白メイジに対抗してみせる響。弦十郎との修行が実を結んだ証拠だ。あの白メイジが幹部候補としては弱い方に入るのも理由の一つだろうが、生半可な実力では対抗する事も難しいだろうことを考えると彼女の成長具合が伺える。
 その彼女の様子を、未来は信じられないと言った様子で見つめていた。

「ひ、響が……そんな──!?」

 呆然とする未来だったが、何時までもここに居るのはまずい。戦いの余波に巻き込まれる危険がある。

 そんな危険を放置する弦十郎ではなかった。徐に未来の背後に慎次が姿を現すと、彼女の腕を取りながら声を掛けた。

「大丈夫ですか?」
「ひゃっ!? だ、誰っ!?」
「説明は後で。今はこの場を離れましょう!」

 有無を言わさず未来を戦場から連れ去る慎次。後の事は彼に任せれば、諸々の説明も済ませてくれるだろう。彼女にとっては寝耳に水の話で困惑するだろうが。

 とにかくこれで無用な被害を気にする必要は無くなった。
 颯人と奏はさっさとノイズを片付けてしまおうと攻勢を強める。

「えぇい、こんな筈では──!?」

 一方響の相手をしていた白メイジは思っていた以上に善戦する響に苛立ちを隠せなくなっていた。
 目に見えて焦り出す白メイジ。それもその筈で、この作戦はメデューサからの命令なのだ。失敗すればただでは済まされない。

 焦りが響にも伝わったのか、一瞬の隙を突かれて距離を詰められる。

「やぁぁぁっ!!」
「しま──」

 至近距離に接近され、回避は間に合わないと察した白メイジは咄嗟に防御の姿勢を取った。魔法は使わない。魔法で障壁を張るよりも、響の拳が直撃する方が早い。

「ぐぅっ!?」

 ギリギリ防御に成功した白メイジだったが、ダメージは彼が想像していた以上だった。踏ん張ろうにも足が地面から離れ、軽く吹き飛ばされてしまう。

「がはっ?! ぐぅ…………ん?」

 地面に背中を叩き付けられ、一瞬呼吸が止まった白メイジだが何とか痛みを押し殺して立ち上がった。
 その際、彼は琥珀メイジ達に攻撃してこちらには気づいていないクリスの後姿を見た。クリスは透から琥珀メイジを遠ざけるのに集中しており、白メイジの事には気付いていない。

 それを見て白メイジは仮面の奥で顔を醜悪な笑みの形に歪めた。今の彼にとって、クリスは格好の的でしかなかったのだ。

「馬鹿め、所詮小娘だな!」
〈イエス! キックストライク! アンダスタンドゥ?〉
「ッ!? 危ない!!」

 クリスに向けて放たれる、白メイジの魔力を集束させた飛び蹴り。放たれた瞬間にそれに気付いたクリスだが、その時にはもう目前まで飛び蹴りが迫っていた。

 正に絶体絶命…………その窮地を救ったのは、先程まで白メイジと対峙していた響であった。

「間に合えぇぇぇぇぇッ!!」

 響は右腕のガントレットのジャッキを引き、地面を殴りつけた。

「な、何だあれッ!?」

 その行動に、ノイズの相手をしながら響の様子を窺っていた奏は困惑する。今まであんなことした覚えはないし、出来るとも思っていなかったのだ。アームドギアに変化するガントレットに、ジャッキが付いているなど彼女にとっても知らなかった事である。
 それは響にとっても同様であった。彼女はこんなことが出来るなんて思っていなかった。
 ただ無意識に、只管にクリスの元へ一直線に駆け付けたいと思ったら、体が自然と動いていたのである。

「うぉおおりゃぁぁぁぁっ!!」

 ジャッキを引いたガントレットには、本来アームドギアに変化する為のエネルギーが内包されていた。それが地面に叩き付けられジャッキが戻ると、パイルバンカー宜しく打ち込まれたエネルギーは行き場を失い彼女の体を押し出す推進力となる。更に腰のバーニアで加速を得て、一気にクリスに接近した。

「な、わっ!?」
「くぅっ!?」

 白メイジがクリスに狙いを変え必殺技を放つ直前、彼女は飛び出し半ばタックルも同然にクリスに飛びついて白メイジの飛び蹴りを回避させた。

 狙いを外れた白メイジの飛び蹴りが地面を穿ち、派手な爆音を響かせる。

 思わぬ形で窮地を脱したクリスは、堪らず響を問い詰めた。

「つつッ!?…………な、何でお前──!?」
「何でって、放っておけないよ!」
「何言ってんだ!? あたしらは敵だぞ!?」
「敵じゃない! 話せばきっと分かり合えるよ!」
「何を根拠に──!?」

 理屈などなくただ助けたいから助けた響と、何故助けられたか理解できないクリスが状況も考えず言い争う。

 その一方で、戦局逆転の好機を見事に逃すことになった白メイジは殺気の籠った目で自分の邪魔をした響を睨み付けた。

「この……ガキがッ!? あと一歩と言うところでッ!?」
「「ッ!?」」

 言い争いをしていた2人だったが、白メイジから殺気を向けられて弾かれるようにそちらを見る。

 ライドスクレイパーを片手に、怒り心頭と言った様子で迫る白メイジ。流石に言い争いを止めて白メイジを迎撃しようとする2人だったが、それよりも早くに透が動いた。

「ッ!?」

 白メイジの攻撃が外れた瞬間の爆発で、透の意識がそちらに逸れていた。それを好機と見て3人の琥珀メイジが飛び掛かる。
 が、透はそれに即座に反応。一糸乱れぬ動きで襲い掛かってきた3人の琥珀メイジを、透はカリヴァイオリンで素早く一蹴。

 自身への脅威を即行で取り除いた彼は、白メイジの方を向くと両手に持っていたカリヴァイオリンを白メイジに向けて投擲した。

 弧を描き白メイジに迫る2本の剣。投擲すると同時に透は駆け出しながら右手の指輪を交換してハンドオーサーに翳した。

〈イエス! キックストライク! アンダスタンドゥ?〉
「っ!?」

 投擲されたカリヴァイオリンと聞こえてくる魔法の詠唱に、自身に迫る脅威に気付いた白メイジは響とクリスへの攻撃を止めて透の迎撃に意識を向けた。

「ぐ、くそっ!?」

 時間差で飛んできたカリヴァイオリンをライドスクレイパーで弾き、その隙を突くように駆けてきた透に薙ぎ払いを放つ。
 しかし透はそれを前転で回避するとその勢いを利用し、立ち上がりながら魔力を集束させた右足を白メイジの無防備な腹に叩き込んだ。

「がぁぁぁっ?!」

 透の必殺蹴りを喰らった白メイジは、大きく蹴り飛ばされ落下した先で変身を解除された。落下した先で辛うじて意識がある時に何やら悪態を吐いていたようだが、それが誰かの耳に入る事はなく彼はそのまま意識を手放した。

 クリスに迫る危機を排除出来たからか、透は一息吐くと立ち上がった。それと同時に白メイジに弾かれて明後日の方向へ飛んでいたカリヴァイオリン2本が再び弧を描いて戻ってきたのを、彼はノールックで2つともキャッチしてみせた。

 気付けば周囲から戦闘音は聞こえなくなっている。ジェネシスのメイジは全て倒れ、颯人と奏の活躍によりノイズも殲滅されたらしい。
 見れば、ノイズを倒し終えた2人が悠々と3人の下へ向かってきている。決して殺気立っている訳ではないが、クリスと透は油断なく2人を見据えている。

 有り体に言えば一触即発の雰囲気。それを感じ取り、響は慌てて両者の間に割って入った。

「ま、待ってください奏さん、颯人さん!? クリスちゃん達も!?」

 必死に戦いを止めようとする響の様子に、颯人と奏は顔を見合わせて肩を竦めた。と言うのも、この時点で2人には戦意がないからだ。先程未来への安全を考慮して無理に戦闘を行わなかった、クリスの様子からまずは話し合いをする余地があると2人も感じ取ったのだ。
 つまり、これは響の早とちりと言う事である。

 言ってしまえばこの程度なのだが、クリスの方も2人に対して尋常ではない警戒心を向けていた。

「お前、まだそんな事言ってんのかよ、この馬鹿!?」
「馬鹿じゃない! 私には立花 響って言う名前があるんだよ!!」
「知るかそんなの!? この際だからハッキリ言っとくけどな、あたしは敵と馴れ合うつもりなんか────」

 またしても響とクリスが言い争いに突入しそうになり、颯人と奏が盛大に溜め息を吐いた。

 次の瞬間、背筋に走った悪寒に2人は揃って上空を見上げた。
 2人が見上げた先では、無数の飛行型ノイズが今正に体を捩じって特攻しようとしているのところであった。

「ヤバいッ!?」
「響、上だ!!」
「え? え!?」

 2人に警告され、漸く上空から迫る危機に気付いた響。しかし言われたからと言って彼女にはどうする事も出来ない。響には遠距離に対する攻撃手段が無いのだ。

 とりあえずで防御態勢を取る響と、少しでも数を減らそうと銃撃する颯人。奏は響のフォローをしようと彼女に向け駆け出した。

「こいつら──!?」

 無数のノイズ達はクリスと透にも降り注いだ。それに気付いた2人も共に迎撃しようと身構え──────

 それらは全て無意味に終わった。

「をっ!?」
「こいつは!?」
「へ?」
「何だ、盾?」

 出し抜けに彼ら彼女らとノイズの間に割って入るように巨大な何かが“斜めに”地面に突き刺さり、一行をノイズの脅威から守った。
 奏はそれに見覚えがあった為仕立て人にすぐに気付いたが、クリスは何が起こったのか理解できず率直な感想を口にする。

 それに対し、上の方から否と言う声が響く。

「剣だ」

 声がするところに目をやれば、そこには巨大な剣となったアームドギアの柄頭に佇む翼の姿があった。未だ万全ではないが、無理を押して馳せ参じたようだ。

「翼!!」
「翼さん!!」

 心配半分、嬉しさ半分と言った様子で声を上げる2人に、翼は力強く頷いてみせる。

 そこに、新たな声が周囲に響き渡る。

「全く……命じた事も出来ないなんて、あなた達はどこまで私を失望させるのかしら?」
「何者だ!?」

 聞きなれぬ声に翼が周囲を警戒する。
 翼だけではない、颯人に奏、ここに居る全員が声の発信源を特定しようと周囲を見渡した。

 すると高台の上に、1人の女性が佇んでいるのを見つけた。黒い服を着た金髪の女性、その手には何時の間に回収したのかソロモンの杖が握られている。

「あれは……」
「フィーネ!」
「フィーネ? それがあいつの名前か?」

 名前も名乗らず姿を現した女性の名を叫んだクリスに、颯人達は一瞬気を取られた。
 その隙にフィーネは全ての行動を終わらせていた。

 徐にフィーネが右手を掲げると、その手が青白く輝き散らばったネフシュタンの鎧の欠片が集まった。
 それだけで只者ではない事を察した颯人は、彼女を逃がすまいとウィザーソードガンを向け引き金を引いた。

「させるか!」

 放たれる無数の銃弾が、不規則な動きをしながらフィーネに飛んでいく。しかし魔法の銃弾は、フィーネが翳した手で展開されたピンク色の障壁に阻まれ一発も彼女に命中することはなかった。

 簡単に防がれた事に颯人は思わず舌打ちをする。そんな彼を尻目に、フィーネは踵を返しながらソロモンの杖からノイズを召喚した。

「やると言った事も出来ないなんてね…………もうあなた達に用はないわ」
「な!? 待てよ、フィーネ!!?」

 一方的に言うだけ言って姿を消すフィーネを見て、クリスはその後を追おうと駆けだす。
 その彼女を透は引き留めると、魔法でライドスクレイパーを召喚し後ろにクリスを乗せて飛び立っていった。

「クリスちゃん、待って!?」
「立花、今は後回しだ!」
「そう言うこった! まずはノイズ共を何とかするぞ!」

 クリスの後を追いたかった響だが、さりとてノイズを放置する訳にもいかず。

 4人で全てのノイズを掃討した頃には、クリス達の姿は当然影も形も残らないのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第37話でした。

響のガントレットのジャッキを引いてからの下りは、どうやって入れるか少し悩みました。原作ではクリスに一撃入れる為に編み出した行動ですが、こちらでは既にクリスが窮地に陥っていたので。悩んだ末に、クリスを助けると言う揺ぎ無い思いを成し遂げる為の手段としてがむしゃらに動いたって感じです。

次回からは響と未来の喧嘩の話になりますが、ここもまた多分にオリジナルの展開になると告げておきます。どんな展開になるかは次回以降をお楽しみに。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくお願いします。

それでは。 

 

第38話:手品で出来るコト

 
前書き
先週、更新有ランキングでTOP10に二日ほどランクインしました!ありがとうございます!!

読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 自然公園での戦闘の後、フィーネを追って飛び立った透とクリスの2人は拠点である洋館に戻ってきていた。

 クリスは表情を憤怒に染めていた。それも当然だ。あまりにも一方的に役立たず宣言され、しかも間違いでなければ響諸共ノイズの攻撃を受けていたかもしれないのである。
 幸いな事にその攻撃は翼によって防がれたので未遂に終わったが、あの瞬間フィーネがクリスを切り捨てたのは明らかだった。

 疑っていなかったとは言わない。最近の透への仕打ち等もあって、クリスはフィーネに対し少なくない不信感を抱いていた。
 しかし、それと同時に信じてもいたのだ。矛盾しているかもしれないが、世界から争いを無くすと言う言葉、そして自分と透に居場所をくれたフィーネの事を心のどこかでは確かに信じていたのだ。

 にも拘らずこの裏切りである。クリスの感じた怒りは想像するに難くない。

「フィーネッ!!」

 蹴破る勢いで洋館の扉を開けたクリスの先には、酷く冷めた目で自分達を見つめてくるフィーネの姿があった。彼女のまるでゴミを見るような目に、クリスの怒りは更に燃え上がる。
 その横では、透が頻りに周囲を警戒していた。

「……扉を開ける時はノックをしなさいと、教えなかったかしら?」
「そんな事どうだっていい!? それよりも、あれは一体どういう事だ!?」
「あれ、とは?」
「失望したとか、用はないとか……あれはどういう意味だって聞いてんだ!?」

 クリスが怒り心頭と言った様子で訊ねると、フィーネはわざとらしく大きな溜め息を吐いた。それが更にクリスの神経を逆撫でする。

「そのままの意味よ。もうあなた達に価値は無いの」
「価値は無い、だと?」
「えぇそうよ。世界から争いを無くしたいとか言ってたけど、あなたのやり方じゃ争いを無くす事なんて出来やしないわ。せいぜい一つ潰せば、新しく二つ三つ生み出すくらいかしら」

フィーネの言葉に、クリスは俯いて震える拳を握り締めた。

「…………透の言う通りかよ、くそ」

 実は以前、戦う目的を透に話した時に言われたのだ。力で争いは無くならない。争いは争いを呼ぶだけだと。
 それでも力を持つ者に対しての怒りを捨てきる事は出来ずフィーネに協力していたクリスだが、その心の中には戦いに対する疑念が燻っていた。

 それ故にか、フィーネに戦う理由を否定されても驚くほど冷静でいられた。クリスが怒りを抱く理由はただ一つ、フィーネに響共々攻撃された事だけである。

「ん? 何か言った?」
「何でもねえよ。でも、あたしをあの……融合症例共々攻撃しようとしたのは確かだ。その事に対する落とし前は付けさせてもらうぞ!」

 クリスは本気でフィーネを一発殴るつもりで、右の拳を胸の前に掲げる。
 その様子にフィーネは微塵も取り乱すことなく、侮蔑の視線をクリスに向けた。

「あぁ、そう言えば一つあったわ」
「あ? 何がだ?」
「価値よ、価値。ま、価値があるのはクリスじゃなくて透の方だけれど…………ね?」

 フィーネがそう言った直後、館内の2人から見て死角になるところから次々とメイジが姿を現した。その光景にクリスは目を見開き、透はクリスを背後に庇った。
 先程から透が周囲を警戒していたのは、このメイジ達の気配を薄々と感じていたからだった。

「こ、こいつらは透を狙ってるって言う!? どう言う事だフィーネ!?」
「透の古巣と取引したのよ。透を差し出す代わりに、魔法使いを何人か貸してくれってね」
「テメェ──!?」
「正直ね、透1人じゃ不安だったのよ。ウィズと明星 颯人、2人の魔法使いに対して透は1人。二課の装者も合わせると戦力不足は否めないわ。それを透1人差し出すだけで解消できるんだから、利用しない手はないわよね」

 さも当然のように言うフィーネを、クリスは射殺さんばかりの視線で睨み付ける。
 その間にもメイジ達は少しずつ距離を詰めてきていた。透は片時もメイジ達への警戒を緩めることなく、クリスと共に徐々に館の入り口に向け下がっていく。

「カ・ディンギルも完成し、魔法使いへの対抗手段も手に入れた。もう怖い物などない! だからあなた達は用済みなのよ!」

 上機嫌に笑いながら、駄目押しでソロモンの杖からノイズまで召喚するフィーネにクリスも形勢不利を感じずにはいられなかった。ただでさえ2人は先の戦闘での消耗を癒し切れてはいないのだ。
 この数を相手に戦えば不利である。

「くっ!?」

 イチイバルを纏って戦おうとするクリスだったが、透がそれを制した。それを何故と問う前に、彼は指輪を嵌めた右手をハンドオーサーに翳した。

〈スパーク、ナーウ〉

 ベルトから詠唱が響き、透が右手を翳すと眩い光が周囲を包み込んだ。唐突な光に誰もが眩しさに目を瞑り、その場で動きを止める。
 その影響を受けなかったのは、魔法を使った本人である透と彼がやろうとした事にいち早く気付いたクリスだけであった。

 周囲の魔法使いが目眩ましに隙を晒している間に、透は目を瞑って閃光から視界を守ったクリスの手を引いて洋館から逃げ出した。

〈コネクト、ナーウ〉

 洋館から出ると同時に眼前に発生させた魔法陣を潜り抜けると、その瞬間には透はライドスクレイパーに跨っておりクリスの手を引いて自身の後ろに乗せて飛び立っていった。

 その直後にぞろぞろと館から出てきて、同様にライドスクレイパーを取り出して追跡の為飛び立つメイジ達。
 彼らが飛び立つと、最後に悠々と姿を現したフィーネは飛行型ノイズを複数召喚しそいつらも2人の追跡に向かわせた。

 一気に追われる身となった2人の、既に胡麻粒レベルに小さくなった姿を見て薄く笑みを浮かべると踵を返して洋館の中に戻っていくのだった。




***




 翼の見舞いから一夜明けて、学園での日常に戻っていた響。
 しかしその心は重く沈んでいた。

 何を隠そう、親友の未来に今まで秘密にしていたシンフォギアの事やノイズとの戦いの事などがバレてしまったのだ。
 以前颯人からの助言もあり、順を追って未来にだけは色々と事情を説明しようと思っていた。その矢先にあれである。

──未来……──

 偶発的に巻き込まれた事で何も説明しない訳にもいかなかったので、緒川の口から色々な事情をされた未来。
 その後帰宅を許された彼女が、遅れて帰宅した響に掛けた言葉は拒絶であった。それも当然か。今まで親友と言って、嘘など吐かないとまで言っておきながら秘密を抱えていたのだ。未来からすれば裏切られた気持ちであっただろう。

 結局その日は未来との間に溝を感じながら一夜を明かし、今朝は必要最低限の会話だけで距離を置きながら登校した。
 時間が経っても未来から感じる壁は一向に薄くなる気配を見せず、挙句の果てには安藤達の発言により昼食を途中で中断して食堂を飛び出して行ってしまった。

 このままではいけない。関係修復の意味でもけじめの意味でも、未来とちゃんと話をすべきだと考えた響は出ていった未来を追って屋上へと辿り着いた。

「未来、聞いて!」

 屋上で静かに佇む未来は、響からの声にしかし振り返る事をしない。その事に罪悪感の様な物を感じつつ、響は彼女に謝罪の言葉を口にした。

「まず、これだけは言わせて……ごめんなさい!」
「どうして響が謝るの?」
「未来はわたしの事、ずっと心配してくれてたのに、わたしはずっと未来に隠し事して心配かけ続けてきた。私は──」

 自身の胸の内を明かそうとする響だったが、その彼女の言葉を未来が遮った。

「──言わないで」
「……え?」

 響の言葉を遮って振り返った未来の目からは、涙が零れ落ちていた。

「これ以上、私は響の友達でいられない……ごめん!」

 泣きながらそう言って、響の横を走って通り過ぎようとした未来。

 しかし響はそれを許さなかった。

「待って!?」

 真横を通り過ぎようとする未来の手を掴み、彼女を引き留める。まさかここで引き留められるとは思っていなかったのか未来は驚愕に目を見開き、半ば力尽くで響を振り払おうとした。

「ッ!? 離して!?」
「未来お願い! 話を聞いて!!」

 ここで未来を行かせてはいけない。響はその一心で未来を引き留め、その強引な姿勢に未来は半ばパニックを起こしてしまう。

 そして────

「止めてッ!?」

 未来は思わず渾身の力で響を突き飛ばし、響は思わず手を離してその場に尻餅をついてしまった。
 大した力で突き飛ばされた訳ではないが、親友に力尽くで距離を離された衝撃が響の思考を停止させ呆然とした表情で未来の顔を見つめる。

 その隙に未来は屋上を逃げるように立ち去り、響はその場に取り残されてしまった。

「どうして……こんな」

 響の心は後悔と罪悪感、絶望感で包まれた。

 何故、もっと早くに未来に事情を説明しなかったのか。多少なりとも事前に説明をしておけば、未来を悲しませることはなかった筈だ。

 未来に嘘をついてしまった。彼女は響の事を信じてくれていたのに、響はそれに応えなかった。

 未来に拒絶されてしまった。強引に引き留めようとした挙句、彼女を泣かせて突き飛ばされ、彼女はそのまま響の前から立ち去ってしまった。

「いやだ……いやだよぅ──!?」

 足元から崩れて、暗い海の中へ落ちていくかのような絶望感に響の目に涙が浮かび零れ落ちた。一度流れると、涙は止め処なく流れ落ちる。

「うぅ、うあぁぁぁぁぁ──!?」

 誰も居ない屋上で、響は1人涙を流し続けていた。




***




「…………Oh, Jesus」

 響が未来と仲違いする様子を、颯人はガルーダの目を通じて二課本部からこっそり見ていた。

 先日の戦いの後、巻き込まれた少女が響の親友であり以前彼女が相談を持ち掛けた理由でもある相手である事に心配になって使い魔で様子を探っていたのである。
 その結果はご覧の通り、修羅場とも言える仲違いの様子をバッチリ見てしまい、颯人は居た堪れなさと罪悪感で思わず顔に手を当て天を仰いでしまった。

「どうした、颯人?」

 突然ぼやいた颯人の様子に奏が問い掛けると、彼は顔から手をどかして事の顛末を彼女に説明した。

「修羅場到来。響ちゃんがお友達の未来って子と喧嘩しちまった」
「未来……それって──!?」
「そ、この間響ちゃんが相談してきたお友達って子だろうよ。昨日の戦闘で巻き込まれた子だ」
「うわっちゃぁ……まずそう?」
「かなりまずいな 未来って子は今は何も聞きたくないって感じだし、響ちゃんは滅茶苦茶落ち込んでる。もしこんな状態で出撃して見ろ、ろくすっぽ戦えずに的になっちまうぞ」

 シンフォギアは装者の精神状態にコンディションを大きく左右された。精神的に乗っている状態であれば普段以上の力を発揮できる。逆もまた然りだ。

 とは言え、颯人は状況を絶望的に捉えてはいなかった。彼から見て、未来は完全に響を見限っているようには見えなかったのだ。
 恐らく、今の未来は自分でも感情をコントロールできていないのだろう。頭では響の事情などを理解しようとしているが、心が声を大にしてしまい体を勝手に動かしてしまった。
 響を突き飛ばしたのもこれだろう。

 となれば、希望は十分にある。

「とにかく、奏は後で響ちゃんを少しでもいいから元気付けといてくれ。俺は未来ちゃんの方に行くから」
「響の事は構わないけど、行くってどうするんだよ?」
「今回の一件、俺らにも責任の一端はあるだろ? なら、2人が仲直りできるように一肌も二肌も脱がないとな」
「出来んの? 話聞く限り拗れた感じだけど?」
「な~に、何とかなる何とかなる。俺を誰だと思ってる? 奇跡の手品師の息子だぞ。手品ってのは人を驚かすだけじゃないって事を見せてやるよ」

 そう言って自らの胸を軽く叩く颯人を見て、奏は先程まで感じていた不安が薄れていくのを感じた。

 颯人は普段ふざけて人に悪戯したりする困った奴だが、その結果が齎すものは結局のところ笑顔であった。その場ではムカついたとしても、後になれば笑い話で済む程度に抑えられていたし抑えられるように彼自身考えていた。

 彼はその技能を、誰かを笑顔にする事に注いでいたのだ。
 その彼が何とかなると言うのなら、きっと大丈夫だろう。

 奏はそんな確信を抱き、響を少しでも元気付ける為にどうするべきか頭を働かせるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第38話でした。

はい。フィーネが透を売りました。どう考えてもこの作品の二課を相手にするのに、透1人が増えただけでは戦力不足ですからね。因みに先に言っておきますと、フィーネは月の破壊など本当の目的をジェネシスに明かしてはいません。これ言っちゃったら流石に彼らも手を貸さないどころか絶対邪魔するんで。

原作では未来とクリスの出会いから響と未来の関係の修復と言う流れになりましたが、今作では颯人と奏が大きく出張る事になります。彼の性格的に、こういう事を放置するとか考えられませんしね。面倒見のいい奏も居るなら尚更です。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第39話:力無き者の戦い

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 雨の降る街の上空を、ライドスクレイパーの後ろにクリスを乗せた透が飛んでいた。傘を差せる状態ではないし合羽も着ていないので、降りしきる雨が2人の体をずぶ濡れにする。

 2人の様子は酷く疲弊している様子だった。それもその筈で、つい先程まで2人は追撃してきたノイズと魔法使い達と一戦交えたばかりなのだ。
 幸いな事に負傷こそしなかったが、断続的にやってくる追撃に2人は疲れ切っていた。しつこい追撃と雨の冷たさに体力を奪われた2人は、休息を欲していた。

 どこかに雨風を凌いで休息できる様な場所は無いだろうか?

「ん? 透、あそこ!」

 突然クリスが何かを見つけ、透の肩を叩き街中のある一点を指差した。
 見るとそこには、管理する者が居なくなったのか外観が荒れ放題となった廃ビルがある。雨風凌いで体を休めるにはちょうど良い。

 廃ビルに飛び込む前に、透は周囲を見渡す。折角体を休める場所を見つける事が出来ても、敵にその場所がバレては意味がない。幸いな事に、度重なる追撃の失敗から敵は一度体勢を立て直す為に後退しているのか、周囲にはノイズの姿もメイジの姿も見当たらなかった。

 改めて廃ビルの適当な部屋に飛び込んだ透は、着地と同時にバランスを崩し倒れそうになる。度重なる襲撃と冷たい雨に体力をかなり奪われたらしい。
 そんな彼の体を、同じく疲れ切っている筈のクリスが支える。

「透、大丈夫か? ほら、ここなら……」

 クリスに支えられながら透は部屋の奥に向かうと、壁に凭れ掛かるようにして座り込む。彼を座らせたクリスは、一度周囲をもう一度警戒して安全を確認すると抱き着くように彼の隣に腰掛けた。

 雨に濡れて冷えた体を互いの体温で暖め合う。フィーネの館で再会したあの時の様に…………。

「結局、大人なんて信じられなかったな」
「…………」
「このまま遠くに逃げよう、透。あたし、透と一緒なら……どこまでだって…………」

 安全な場所に辿り着いた事と透の体温に緊張の糸が切れたからか、最後まで言い切る前にクリスは眠りに落ちていった。
 静かに寝息を立てるクリスの背を優しく撫でる透。その顔は慈愛に満ちており、心から彼女を労わっているのが見て取れた。

 しかしその表情とは裏腹に、彼の心はこのままではいけないと危機感を抱いていた。

 クリスは逃げようと言ってくれたが、恐らくメデューサからは逃げきれない。例え海外に逃げたとしても奴らはきっと自分達を見つけるだろう。結局、2人に待っているのは片時も心休まる時の無い逃亡生活だ。
 当然そんな生活がずっと続く訳がない。そう遠くない内に体力的・精神的に限界がきて捕まってしまう。

 その結果、自分が始末される事はまだいいが、クリスまでもが奴らの手に掛かる事は耐えられない。
 逃げる以外の道を見つけなければ。

 透が思い浮かべたのは、響を始めとする二課の装者と魔法使い。響は敵である筈のクリスを助け、更には対話で分かり合おうとしてくれた。他の者達もそうだ。日本政府はともかくとして現場に出てくる4人は信用できる。
 とは言え自分達は二課の、日本政府の敵として対峙してきた。恐らく投降すれば2人は拘束されるだろう。

 しかし話せば分かってくれるだろう彼らの方が、問答無用で殺しに掛かってくるジェネシスよりもずっと良い。

「ん……透……」

 不意にクリスが寝言と共に抱き着く腕に力を込めた。見ると目元には僅かながら涙が浮かんでいる。
 透はその涙をそっと拭い、再度彼女の背を優しく撫でながら自身も休息をとる為に瞼を閉じた。目を閉じて体から力を抜くと、直ぐに睡魔が彼を眠りに誘っていく。

 睡魔に身を委ねながら、透はどのようにして二課にコンタクトを取るかを考えつつ眠りに落ちるのだった。




***




 響と未来が仲違いをしてから一夜が明けた。昨日以上に冷え切った雰囲気のまま2人は朝食を済ませ、一言もしゃべらぬまま授業を終え、別々に学院を後にした。
 響は二課本部へ、未来は真っ直ぐ自宅の寮へ────

「お、居た居た!」
「──え?」

 俯きがちに歩いていると、横から現れた颯人が未来に声を掛けた。突然の事で理解が追いつかず目を白黒させた未来だったが、それがつい先日弓美達と共に観た噂の手品師である事に気付く。更には自然公園で響と共によく分からないものに変身して戦っていた事を思い出し、未来の顔に緊張が走る。

 表情を強張らせた未来に颯人は軽く苦笑し、手品で小さな花束を出して見せた。鮮やか且つ予告なしの手品に未来が目を奪われると、颯人は更にその花束を手の平サイズのブローチに変えてしまった。

「お近づきの印に、どうぞ」
「あ、どうも」

 差し出されたブローチを、やや警戒しながら受け取る未来。最初の驚愕は大分薄れてきたが、それでも先日の自然公園での事もあって完全には警戒心が抜けてくれないらしい。

 こちらを警戒する未来に、颯人は軽く肩を竦めた。

「警戒されたね。もしかして、俺も響ちゃんを戦いに巻き込んだ連中の1人、とか思ってる?」
「ッ!? それは……」

 言い淀む未来。その反応は颯人も予想していたので、特に気分を害することはしない。寧ろ彼女がそう思うのは当然の事だ。彼女は彼の事を何も知らないのだから、そう思っても仕方がない。

 警戒する彼女の心を静める為、颯人は次の行動に移った。

「ま、ここで長話ってのもなんだ。突然のお誘いで恐縮だけど、どこか適当なところでお茶でもしないかい?」

 颯人の誘いに、未来は未だに警戒しながらもついて行くことにした。
 彼の雰囲気などから少なくとも危険な人物ではない事は察する事が出来たと言うのは勿論だが、響が戦っている事に関してより深い話が聞けるかもしれないと思ったからだ。

 2人はその場から少し歩き、リディアンの裏手にある小さな公園のベンチに腰掛けた。周囲にはあまり人の気配がない。話の内容が内容なので、他人に聞かれる危険の少ない場所を選んだのだ。

 ベンチに着くと、颯人は近くの自販機で缶コーヒーを二つ買い一つを未来に渡した。

「ま、まずはこれでも飲んで落ち着きなよ」
「ありがとうございます…………それで、あの……」

 コーヒーは蓋すら開けず早速本題に入ろうとした未来だったが、颯人がそれよりも早くに自分の缶の蓋を開け中身を一気に流し込んでいるので思わず言葉を飲み込んでしまう。

「ん、失礼。それで、本題だけどね」
「あ、はい」
「まぁ、最初に言いたい事は……響ちゃんの事は許してやってくれって話だな」
「許す?」

 颯人の言葉に未来の表情が更に険しくなるが、彼はそれに気付きつつ話を続けた。

「そう。響ちゃんについては、もう大体の事情は聞いたと思う。あの子にもおいそれと話せなかった理由があるんだ」
「それはもう響にも聞きました」
「そうだな。つまり、君が響ちゃんと喧嘩したのは響ちゃんが許せないんじゃなくて、響ちゃんに対して何もしてやれなかった自分が許せなかったから…………だろう?」

 その言葉に未来は目を見開いた。正に彼の言う通りだったからだ。

 先日響を拒絶してしまったのは、響が自分の知らない所で戦い傷付いているのにそんな事を知らずにのうのうと過ごし何もしてやる事が出来なかった自分を許せなかったから。共に痛みを共有することも苦労を肩代わりする事も出来ず、彼女の負担となるしかないのが耐えられなかったからだ。

 そんな思いを見抜かれてしまった事に、未来は思わず思考を停止させてしまった。

 驚いた拍子に未来の手から蓋の開いていない缶コーヒーが滑り落ちる。それを見て颯人は小さく肩を竦めると、落ちた缶コーヒーを拾って未来に渡すと話を続けた。

「未来ちゃんの気持ちは分かるよ。俺も一度は自分の無力さに心が折れそうになった」
「手品師さんもですか? あ、えっと──」
「おっと、そう言えばまだ名乗ってなかったな。こいつは失礼。明星 颯人だ。以後お見知りおきを」
「は、はい。もう知ってるみたいですけど、小日向 未来です。それで、颯人さんはどうして?」
「詳しく話すと長くなるからここじゃ割愛するけど、俺も昔自分に力がなくて大切な奴が居なくなるかもしれないって事に心が折れそうになったことがあるのさ。自分が情けなくてね」

 未来は颯人の話に聞き入った。缶コーヒーを開ける事も忘れて、その中身が完全に冷めた事にも気付かず彼の話の続きを待っていた。

「で、まぁ、色々あってね。力を手に入れて大切な奴を守れるようになって、命懸けだったけどそいつを助ける事が出来たのさ。その時、そいつが何を思ったと思う?」
「え? ありがとうとか、感謝……ですか?」

 予想通りの答えに、颯人は当時の事を思い出し笑みを浮かべた。これは当事者でないと絶対思いつかないだろうから仕方がない。

「答えはね……『心配』だよ。未来ちゃん」
「心配?」
「そ。そいつ曰く、『何馬鹿なことしてんだ』だってさ」

 あの時は本当に無茶をし、そして奏に心配をかけてしまった。3年間音信不通だった事もあり、奏がどれだけ心配していたかは想像するに難くない。
 その事に自分が奏にとってどれだけ大事な存在であるかが分かり、嬉しく思うと同時に彼女をいたく心配させてしまった事に申し訳ない気持ちも芽生えてくる。

「多分、俺とそいつの関係を2人に照らし合わせるなら、未来ちゃんが俺の立場になるんじゃないかな?」
「私が?」
「そ。響ちゃん、よく君の事言ってたよ。よっぽど君が大事なんだろうな。そんな君が待っててくれるから、響ちゃんは頑張れるんだ。生きて君の所に帰る為にね」

 颯人と奏だってそうだ。互いに相手が居るから、生きて帰る為に最大限の力を発揮できる。帰る場所が、大事な相手が居れば人は限界以上の力を発揮できるのだ。

「言いたい事は分かります。でも……」

 それでもやはり未来の心には、ただ帰りを待つしか出来なことに対する(わだかま)りがあった。何となくその気持ちが分からなくもない颯人は、困ったように小さく唸る。誰かを大事に思うあまり、じっとしていられない気持ちは分かるからだ。

「こう考えてくれないか? 響ちゃんを迎える事が未来ちゃんの戦いだって」
「迎える事が?」
「そうさ。響ちゃんと一緒に戦いたいって言う未来ちゃんの気持ちは分かるけど、もし本当に未来ちゃんが戦いの場に出て怪我したり最悪死んじまった場合、響ちゃんはとんでもない位悲しむ。未来ちゃんもそれは望んじゃいないだろう?」

 そんなの、言われるまでも無い事だった。未来にとっても、響が悲しみ絶望するのは望むところではない。

 ただ待つのは辛い。だがそれに比べて命と隣り合わせの危険な戦いに身を投じる事は楽な事なのかと言われたら、そんな事は無い。戦う事は戦う事で辛いだろう。そして響は、そんな戦いに身を投じている。

──あぁ、なんだ……同じ事なんだ──

 敵を討つ事だけが戦いなのではない、戦場に向かった者をひたすら待つこともまた戦いなのだ。いや、戦いに向かった者が帰る場所を護る事こそが戦いと言っても良い。
 未来に求められる戦いとはそう言うものなのだ。

 謂わば、力無き者が出来る戦い。戦わずに行う戦いがそこにあったのである。
 響を迎える事こそが未来の戦いであると言う、颯人の言葉の意味を未来はここで漸く理解できた。

「颯人さん、ありがとうございます」
「おっと、礼を言うのはまだ早いぜ未来ちゃん。何せ大事なのはこれからだからな」
「これから?」

 これから一体何があるのかと首を傾げる未来だったが、視界の端に映ったこちらに近付いてくる人影に言葉を失った。

「え!?」
「み、未来!?」

 そこに居たのは、奏に連れられてきた響だった。

 出会った2人は互いに見つめ合ったまま固まり、仕立て人たる颯人は実に愉快そうに笑みを浮かべ、そして奏はそんな彼に呆れを含んだ笑みを向けるのだった。 
 

 
後書き
という訳で第39話でした。

今回は割と賛否両論分かれる展開だったかもしれませんが、この作品ではこんな感じに未来を諭す事にしました。何事も無ければ颯人も本来は未来と同様のポジションに収まっていた訳で、下手をすれば闇を抱えた人物になる可能性もありました。ただ彼の場合は実際に力を手に入れて奏の隣に並び立てるようになって、そこで漸く守る側が何を思っているかが分かったからこういう事が言えるようになったって感じです。

次回はひびみく仲直りの仕上げになります。こんな感じの拙作ですが、今後もお付き合いいただけますと幸いです。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等宜しくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第40話:エンターテイナーの使命

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 数分前……颯人が未来と出会った頃、奏もまた二課本部内で響を見つけていた。

「あぁ、ここに居たのか響」
「奏さん?」

 奏が見つけた時、響は明らかに覇気がない様子であった。やはり未だに未来と仲違いしてしまった事を引き摺っているようだ。
 これはいけないと、奏は出来る限りの方法で響を元気付けようとした。

「ま、何があったかは知ってるよ。未来って子と喧嘩しちゃったんだって?」
「えっ!? な、何でそれを――?」
「ごめん。実は颯人がさ、響の事を心配して使い魔でこっそり見てたんだって。だから何があったかは大体知ってる」

 勝手に響のプライベートを知ってしまった事に罪悪感を抱きつつ、奏は近くのベンチに響を伴って腰掛けた。生憎と近くに自販機は無かったし颯人の様に何もない所から物を取り出したりは出来なかったので、飲み物で喉を潤しながら会話と洒落込むことは出来なかったが。

 響を隣に座らせたはいいモノの、響は何を話すべきか迷っているのか何も語らない。
 それが分かっているからか、奏は自分から口を開いた。

「そんな思い悩むことは無いよ」
「――――え?」

 突然の奏の言葉に首を傾げる響だったが、奏は構わず続けた。

「颯人が言ってたよ。その未来って子は響が嫌いになったとかじゃないって」
「でもわたし、未来の手を無理矢理掴んで……嫌がる未来を…………」
「それは、響の行動にどうしたらいいか分からなくなっただけなんだってさ。その子も本気でそうしたかった訳じゃなくて、どうすればいいか分からず咄嗟にやっちゃったんだよ。アタシにも経験あるから分かる」
「奏さんも?」
「颯人と子供の頃にね。いや~、あの頃はホント互いに子供だった」

 原因は何てことはない。学校でふざけ合っていた時にうっかり花瓶を割ってしまったのを、互いに自分の所為だと相手を庇い合った結果喧嘩に発展してしまったのだ。
 本当は喧嘩したい訳ではなかった。互いに相手を思い遣るが故に譲らず、最終的にどちらからともなく手が出て喧嘩にまでなってしまったのだった。

 今にして思えば本当に幼稚で、子供っぽい喧嘩の理由だ。

「だからさ。響もその未来って子の事をもう少し信じてやりなよ」
「信じる?」
「向こうもきっと、響とちゃんと話をしたいと思ってる筈さ」

 確証の無い奏の言葉。しかしその言葉を聞いて、響の目には力が戻りつつあった。信頼する奏からの、実体験込みの言葉は響を元気付けるのに十分な力を持っていたのだ。

 少しだが響に覇気が戻ったのを見て、奏は頃合いと立ち上がり響の手を引いた。

「さて、行くか!」
「え、行くってどこへ?」
「それは来てからのお楽しみ。ま、来れば分かるよ」

 そうして奏に手を引かれた先で、響は未来と遭遇する事になったのである。




***





「未来ッ!?」
「響ッ!?」

 互いに思わぬ遭遇を果たし、驚愕し固まる響と未来。
 これは颯人の策だった。彼は未来をこの場に釘付けにし、奏が響をここに連れてくるように仕組んだのである。

 予想外の事態に驚きのあまり言葉も出ない様子の2人を見て、颯人は愉快そうに笑みを浮かべていた。奏はそんな彼の脇腹を小突く。

「にっひっひっ!」
「おい颯人、ここからどうするんだよ?」

 見た所響と未来の間に険悪な様子は見られない。未来は勿論だが、響の方も奏のエールによって一応持ち直してはいるので、先日未来に拒絶された時の様な弱々しさは無かった。
 しかし問題はここからだ。ただ単に引き合わせただけでは何も変わらない。何しろ2人は本当に突然遭遇させられたのだ。心の準備が出来ている訳がない。

 ここから颯人はどうやって2人を仲直りさせるつもりなのか? 奏が疑問に思っていると、颯人は徐に響を未来の隣に座らせ、奏を隣に2人の前に立った。
 その雰囲気は正に舞台に立った手品師のそれである。

「さぁて、色々と混乱してるだろうけどお2人さん? 悪いがちょいと付き合ってくれ」
「へっ!? つ、付き合うって一体――?」
「いやね、新作の手品が出来たんだけどちょっと予行練習がてら誰かに見て欲しくてさ」
「はぁっ!? おい颯人、2人の仲とかはどうすんだ!?」
「忘れてないから大丈夫だって。何とかするよ」

 そう言いながら颯人は一つ拍手すると、両手の間に一本のステッキが出現する。
 響と未来がそれに注目していると、彼は芝居がかった仕草で口を開いた。


「さ~て、お待たせしましたレディース! この度は明星 颯人のマジックショーにようこそ!」

 軽快なステップを踏みながら恭しく頭を下げる颯人に、響と未来は圧倒されつつ取り合えず軽く拍手する。
 一方奏は訳も分からず勝手に始まったマジックショーに、彼に文句を言おうと詰め寄るのだが――――

「早速だが、まずはゲストでもお呼びしようかな? という訳で、ほいっと」

 颯人は詰め寄ろうとした奏の胸元をステッキの先端でちょいと突いた。すると突然奏の衣服の胸元が膨らみ、そこから一匹の猫が顔を出した。

「にゃ~!」
「なぁっ!?」
「更に、ちょちょいと!」

 続いて彼が奏の背中を突くと、今度は無数の鳩が奏の服の下から飛び出した。まさかの展開に奏が必死に衣服を押さえ、響と未来の2人は目の前の展開に目を白黒させる。

「ちょっ!? おい颯人、何だこれ!?」
「何って、手品だよ。タネも仕掛けも無い動物召喚マジック。肝は自分が身に付けてない物から動物を出現させるってとこでな」
「んな細かい解説聞いてない!? 人を勝手に手品の助手にすんなッ!?」

 予告無しで手品の手伝いをやらされた事に、奏は颯人に掴み掛りがくがくと揺らした。
 その様子に圧倒されていると、2人の元に奏の胸元から姿を現した猫がやってきた。

 近付いてきた猫に2人が注目していると、猫は2人の間に飛び乗り満足そうに鼻を鳴らして丸くなった。

 自分から近づいてきた無防備な猫に、響が誘惑に負けて頭から背中にかけてをゆっくり撫でると猫がごろごろと喉を鳴らす。
 その愛くるしい様子に、響だけでなく未来も笑みを浮かべる。

「「フフフ…………あ!?」」

 思わず笑みを浮かべ、そして互いに笑っている事に気付くと慌ててそっぽを向いた。しかしそれは互いに無防備な姿を見せたくないと言う意地からくるものではなく、単純に少し気まずいものを感じたからの行動であった。

 突然撫でるのを止めそっぽを向く2人を猫が不思議そうに眺め、もっと撫でろとでも言うかの様に一声鳴いた。更には気を惹こうとしているのかひっくり返って腹を見せ、響と未来にじゃれついてきた。
 これには流石に2人も無視することは出来ず、顔を見合わせて笑い合った。

「ぷ、くすくす――!」
「あはは!」

 どちらからともなく笑い合い始めた響と未来に、服の下から猫と鳩を出されて颯人に掴み掛っていた奏も動きを止めていた。対する颯人の方は、2人の雰囲気が変化したことに手応えを感じ満足そうな笑みを浮かべた。

 一頻り笑い合い、肩の力が抜けたのか響は自然な表情で未来に話し掛けた。

「未来、ゴメン。今までずっと危ないことしてたの黙ってて」
「ううん、私の方こそゴメン。響が私に黙って危ない事してるって知って、置いてかれたような気になって。何だか響が遠くに行っちゃうような気がして、気が付いたら……」

 自分の知らない響の一面に、疎外感を感じて色々な気持ちがごちゃ混ぜになった結果、未来自身もどうしていいか分からなくなってしまったのだ。その結果が先日の響への拒絶である。
 その気持ちの正体に気付けた、今の未来は素直な気持ちで響を見る事が出来ていた。彼女の心には、最早疎外感など存在しない。あるのは響を想い、彼女が帰る場所を何が何でも護るのだと言う使命感に近い決意であった。

「響、私決めた! 私は、響が帰る場所を全力で護る。響が笑顔で帰ってこれるように待ってる。それが私の戦い。だから響、絶対に帰ってきてね」
「未来――!! うん!!」

 未来の言葉に、感極まったのか目に涙を浮かべながら頷く響。一度は離れてしまった2人の心が、ここに再び重なり合う事が出来たのだ。

 仲直りで来た2人を見て、安堵の溜め息を吐く颯人。
 そんな彼の脇腹を、奏は称賛の言葉と共に軽く小突いた。

「やるじゃん」
「だろぉ?」

 素直に感心してみせる奏に颯人は得意げに返した。
 これこそがエンターテイナー。彼らエンターテイナーは、他人を笑顔にする事こそが最大の仕事である。その使命を見事に果たせた、颯人は己を誇っていたし奏はそんな彼を頼もしく思っていた。

「にしても、もしかしてだけどあの猫って狙ってああいう風に動いたのか?」
「おう、そうするように仕向けたからな」
「動物の調教もお手の物か。手品で食っていけなくなったらサーカスで猛獣使いにでもなれるんじゃないか?」
「それはそれで悪くはないけど、俺としては奏のマネージャーって線も捨てがたいな」
「その場合アタシにこき使われる事になるけど?」
「俺がタダでこき使われるとでも?」

 やるべきことをやり終えたという達成感からか、響と未来の事などそっちのけで口で牽制し合う颯人と奏。

 一方、響と未来は仲違いして疎遠になっていた間の時間を埋め合うかのように他愛のない話に花を咲かせていた。それこそ颯人と奏が眼中からいなくなるくらい。

 何時の間にやら2人だけの空間を作ってしまっていた響と未来に、気付いた颯人と奏の2人は思わず苦笑しつつその場を後にした。あとは2人だけでも大丈夫だろう。寧ろこれ以上2人に構うのは無粋と言うものだ。

 心なしか軽い足取りでその場を離れる2人の後を、自分も役目を終えたとばかりに猫がついていくのだった。




***




 その夜、月明かりに照らされた街を屋根から屋根に飛び移りながら移動する複数の人影があった。
 透とクリス、そしてその2人を追跡するメイジ達である。

 何とか体を休める事が出来る場所を見つけた2人であったが、案の定早々に発見されメイジとノイズから逃げ惑う羽目になっていた。廃ビルを追い出されるような形で逃げ出した2人は、二課に捕捉される事も覚悟してイチイバルも用いて必死に追撃を振り切ろうとしていた。

「くそ、こいつら本当にしつけぇな!?」

 文句を言いながらもクリスは引き金を引き、後ろから追いかけてくるメイジとノイズにミサイルと銃弾を雨霰と浴びせた。それを何とか凌いだとしても、次の瞬間には接近してきた透により意識を刈り取られる。

 もう何度繰り返されたかもわからぬその追撃戦が、一区切りついた時には既に東の空が白み始めていた。
 夜明けの光景に、透とクリスの2人は揃ってその場に腰を下ろした。元の服装に戻った2人の顔には、隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。

「はぁ……はぁ……はぁ……くそ」

 息を整えながら悪態を吐くクリスを、透がなけなしの体力を振り絞って抱き起しその場を離れていく。このままここに居ると二課に捕捉されたり、次の追撃に晒されるかもしれない。
 百歩譲って二課に捕捉されるのは構わないが、次の追撃に追いつかれたら体力を大きく消耗させた現状対処できるかは微妙な所であった。

 必死にその場を逃げ出す透とクリス。その2人の心には、何時になったら解放されるのかと言う暗鬱とした思いが広がっているのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第40話でした。

響と未来の仲直りはこんな感じに決着つきました。タコノイズの出番も無く平和に終わりました。
その分クリスの方がかなり剣呑な雰囲気漂わせてます。次回からはそんなクリス側の話に移行します。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第41話:狩られる者達

 
前書き
どうも、黒井です。

今回、遂にクリスと透にジェネシスの魔の手が掛かります。 

 
 響と未来を和解させる事に成功した翌日…………

「ん~、昨日はいい仕事したなぁ」

 二課本部の司令室にて颯人がソファーで寛ぎながら、上機嫌にゴムボールをジャグリングしていた。ただのジャグリングではない。三つのボールは投げられる度に色を変え、傍から見ていると虹の球をジャグリングしている様に見えた。

 そんな彼の、彼にとっては児戯にも等しい手品を鼻歌交じりに行う様子を、近くのソファーに腰掛けた奏と翼が眺めている。

「ま、今回は確かに見事だったよ。奇跡の手品師の息子の面目躍如ってとこだね」
「今日、学院で普通に仲良くしてる2人を見たわ。仲直りできたと言うのは本当の様ね」

 今回響と未来を仲直りさせた颯人の手腕、特に未来に響の想いを気付かせたその話術には奏と翼も素直に舌を巻いていた。
 これで響の問題は片付いた。彼女の友情は失われる事無く、また今後は未来に対して秘密を抱える必要もなくなった。見事に丸く収まったと言える。

 となると、現状直近で考えるべき問題は――――

「次はあの透とクリスって名前の2人。そんで最近のノイズ災害の原因、フィーネって奴の事だな」
「透って奴の事は深刻だぜ。どうもあいつジェネシスを裏切ったらしい。連中の事だから裏切り者は許さねえぜ」
「今こうしている間にも命を狙われているって事ですか?」

 ジャグリングを続けながらも真面目な顔で告げる颯人に翼が問い掛けると、彼の代わりに弦十郎が口を開いた。

「ここ最近、街中でイチイバルとノイズの反応が短時間だけ検出されると言う事が頻繁に起こっている。恐らくその場には、透君も居ただろう」
「先日の一件で、イチイバルの装者はフィーネに切り捨てられたと見て良いでしょう。となると、利害の一致するジェネシスと手を組んでいる可能性も……」
「案の定、か。どうする旦那?」
「どうする、とは……」
「次そのノイズとイチイバルの反応が出たら、助けに行くのかって事さ」

 既にクリスと透が悪人ではない事は分かっている。あの2人は響の言う通り、話せば分かってくれるだろう。そんな2人が、不条理で理不尽な暴力に晒されると言うのなら助けることも吝かではない。
 いや寧ろ、助けるべきであるとすら思える。

 ただし助けるにしても問題はあった。2人の所在である。
 その話題が出たのを見て、朔也がイチイバルとノイズの出現が感知された場所を地図上に表示する。

「イチイバルの反応は検出される度に移動しています。現在の場所を正確に特定することは難しいでしょう」
「透ってのと一緒なら、他人の目につかない時間帯に空飛んで移動してるんだろう? なら機動力は高い。一度移動を始めれば、発信機でも付けてない限り補足するのは難しいだろうな」

 言いながら颯人は三つのボールを次々と握り潰すようにして消した。と思っていたら、次の瞬間帽子をひっくり返すとそこからボールが三つ転がり出てきた。

 しかしこうなるとあの2人を見つけるのは容易ではない。追われる身である以上、あの2人が一か所に留まると言う事は無いだろう。しかも2人の移動手段は飛行。その2人を正確に補足することは普通に探したのでは至難の業だ。

「なぁ颯人ぉ、魔法使って何とかならないの?」
「そんな都合のいい魔法あったらさっさと使ってるよ。ま、ウィズなら何かしらの方法で見つけられるかもしれないけど、あいつこっちから連絡取れないからなぁ」

 肝心な時に役に立たないと、颯人は面倒くさそうに溜め息を吐く。
 颯人に釣られるように奏も鼻で溜め息を吐くと、その勢いに押されるように背もたれに体を預け天井を仰ぎ見た。

 その時、奏の視界に白い小鳥の様な物が映った。それを見た瞬間奏は目を見開き空中に浮かぶそれ――ウィズが召喚するホワイトガルーダを凝視する。

「は、颯人あれ――!?」
「あれ? あれって何……ッ!?」

 奏が指差したことで、颯人もそれの存在に気付いた。
 颯人が気付くのを待っていたかのように下りてきたホワイトガルーダ。その足には彼も見た事の無いウィザードリングが。

「こいつは――――?」

 下りてきたホワイトガルーダに手を伸ばすと、ホワイトガルーダは足で掴んでいたウィザードリングを彼の手の上に置いた。
 明らかに使えと言っているようなその仕草に、颯人は訝し気な顔になりながらもそのウィザードリングを右手中指に嵌めハンドオーサーに翳した。

〈テレフォン、プリーズ〉
「テレフォン? 通信か?」

 ベルトから聞こえる詠唱でその魔法の効果に予想を着けていると、右掌に小さな魔法陣が展開された。颯人は傍から見ると何とも間抜けな姿に見えるのではと言う不安を押し殺し、恐る恐るその右手を右耳に近付けた。

「も、もしもし?」

 電話する時の要領で右手の魔法陣に話し掛ける颯人の様子を、奏と翼、弦十郎が興味津々と言った様子で見守っている。傍から見ていると可笑しな光景だが、状況が笑っていられるものではない事を肌で感じ取っている為奏ですらその様子を茶化すことはしない。

『颯人か?』

 果たして、魔法陣からは予想していたがウィズの声が響いた。

「何だよウィズ? こんな方法で連絡だなんて、初めてじゃないか?」
『細かい事は気にするな。今から言う場所に来い。出来れば仲間がいた方が良いな』
「どういう事だ?」
『悪いが説明している時間はない。事情は来れば分かる。場所は――――』

 ウィズから手短に来るべき場所が指定され、颯人はとりあえずその場所をメモった。ここから嫌に遠い事が気になるが…………。

『急げよ。間に合わなくなるからな』

 言いたい事だけを告げて一方的に通信を切るウィズ。通信が切れた証拠に魔法陣が消えると、ホワイトガルーダが颯人の指からウィザードリングを抜き取りそのまま通気ダクトに入って何処かへ行ってしまった。
 あんな所から出入りしていたのかと呆れながら、颯人は帽子を被り直し奏に声を掛けた。

「ウィズが何やらお呼びだ。何でも人手があった方が良いって言うから、奏悪いけどついて来てくれね?」
「それは……アタシは構わないけど……」

 奏は言い淀んでチラリと弦十郎を見た。奏としては颯人についていく事は吝かではないが、この一件は明らかに二課の装者としての活動に反している。勝手な行動は許されない。
 そんな思いを込めて弦十郎を見ると、彼は快く同行を許可してくれた。

「こっちは翼と響君が居れば何とかなるだろう。俺としても、ウィズが何を思って颯人君を呼んだのか気になるしな」
「そんじゃ、お言葉に甘えて。行こうぜ奏」
「オッケー。そういう訳だから翼、後は頼むわ」
「分かった、任せて」

 翼に留守の間の事を託して、颯人の元へ向かう奏。彼女が近くに来たのを見て、颯人は右手にテレポート・ウィザードリングを嵌めてハンドオーサーに翳した。

〈テレポート、プリーズ〉

 魔法で転移しウィズに指定された場所に向かう颯人と奏の2人。

 一瞬で場所を移動したのは、二課本部から遠く離れた何処かの林の中。

 そこで2人は…………離れた所に居る複数のメイジと、今正に透に剣を振り下ろそうとしているクリスの姿を見た。




***




 颯人と奏が転移する十数分ほど前――――

「くそっ!? 相変わらずしつこいな、あいつらッ!?」

 透とクリスの2人は、今日も今日とて追手のメイジから逃げ続けていた。先日少しは腰を落ち着けることが出来るだろう空き家を見つけることが出来たのだが、早くもメイジ達に居場所を特定され襲撃を受け再び逃げる事になってしまったのだ。
 禄に休息をとる暇も無く逃げ出す羽目になった事に透の乗るライドスクレイパーの後ろで悪態を吐くクリスだが、その手は正確に背後から追跡してくる琥珀メイジに狙いを定めアームドギアの引き金を引いた。

 放たれた光の矢が琥珀メイジを撃ち抜き、コントロールを失ったメイジは背後を飛ぶ琥珀メイジにぶつかり落下していく。
 一気に琥珀メイジを2人落としたクリスだが、喜んではいられない。追手はまだまだ居るのだ。しかも今回はかなり本気で2人を追い詰めるつもりなのか、いつもに比べて明らかに数が多い。ノイズが居ないのが幸いと言えば幸いだったが、代わりにメイジの数が多いので結果的に窮地に陥っていた。

 このままではマズい。そう考えた透は一か八か急降下し、眼下に広がる林の中に逃げ込みメイジ達を振り切る作戦に変えた。木々にぶつかるリスクはあるが、それは向こうもお互い様だ。寧ろ向こうは人数が多い分、透達より不利である。

「ッ!?」

 いきなり真下に急降下し林の中に逃げ込んだ透に、しかしクリスは何も言わずに後方への迎撃に専念した。透の読み通り、琥珀メイジ達は互いにぶつからないようにする事と木を避ける事に意識を割くあまり、動きが少し単調になって先程よりも狙い易くなっている。
 クリスは単調な動きをする琥珀メイジに容赦なくボーガン型アームドギアの矢をお見舞いし続けた。

「おら、こっちくんじゃねぇお前ら!!」

 ここは下手に狙うよりも弾幕を張った方が効果的と考えたクリスは、正確に狙う事を止めてとにかく引き金を引きまくった。狙いは甘くとも手数の多い攻撃に、琥珀メイジは次々と木にぶつかったり互いにぶつかり合ってその数を減らしていく。

 このままいけば逃げ切れるかもしれない。

 そんなクリスの淡い期待は、前方に現れた1人の魔法使いの存在により砕かれた。

「よし! 後ろは粗方片付けた。このまま、あっ!?」

 クリスがふと前を見ると、そこにはライドスクレイパーに横座りしている1人の魔法使いが居た。仮面の色は紫。

 言わずもがな、幹部の1人メデューサである。

〈イエス! スペシャル! アンダスタンドゥ?〉
「逃がしはしない!」
「ッ!!」
「わわっ!?」

 メデューサが放った石化の魔法を回避する為、無茶な軌道を取る透。お陰で石化は免れることが出来たが、無茶な軌道を取った為にバランスを崩し木に激突しそうになってしまった。

 これ以上飛び続けるのは無理だ。そう判断した透は、クリスを抱きしめると躊躇わずにライドスクレイパーから飛び降りた。

「な、わっ!?」

 突然の透の行動に驚きを隠せないクリスだったが、直ぐにそれに対応し彼女自身も透にしがみ付いた。

「ぐぅっ!?」

 透の咄嗟の判断が功を奏したのか、大きな怪我も無く着地に成功した2人だったが、それは窮地からの脱出を意味してはいなかった。
 地面を転がりながら着地に成功し、体の節々の痛みを堪えながら立ち上がる2人の前に悠々と着地するメデューサ。そして林の奥からは、ヒュドラに率いられた琥珀メイジが5人ほど姿を現し2人を包囲した。

 完全に追い詰められた状況の2人。彼らに向けて、メデューサは仮面の奥で勝ち誇った笑みを浮かべながら話し掛けた。

「ふ、これでお前達も終わりだな」
「くそ……テメェら!? 何だってそうまでして透を狙うんだよ!? もう放っといてくれよあたしらの事は!?」
「そんな事できる訳があるか。そいつは裏切り者だぞ? 裏切りには、相応の報いを受けさせるのが普通と言うものだ」
「そんな勝手な理由で…………ふざけんなッ!?!?」
[MEGA DETH PARTY]

 メデューサの勝手な物言いに怒りが頂点に達したクリスは両手のボーガンをガトリングに変え、腰部アーマーを展開させ小型ミサイルと銃弾を周囲にばら撒いた。

 瞬く間に周囲の木々を薙ぎ倒し地面を穿つクリスの一斉射撃。琥珀メイジも2人は吹き飛ばされたがここに来て疲労が原因か、狙いが甘くクリスの攻撃を切り抜けた琥珀メイジがいた。

 クリスに近付く琥珀メイジを迎撃しようとする透。しかしその前にメデューサとヒュドラが立ち塞がった。

「お前の相手は私達だ、裏切り者」
「へっへっへっ! 精々楽しもうぜ!!」

 専用の剣とライドスクレイパーで攻撃を仕掛けてくる2人の幹部の攻撃を、透もカリヴァイオリンで迎え撃つ。

「ハッハァッ!!」

 振り下ろされるヒュドラの剣を受け流すと続いて放たれたメデューサの一撃を弾き、その隙を突こうとしてきたヒュドラを蹴り飛ばし流れるような動きでメデューサに斬りかかる。
 しかしその動きは明らかに何時もの精細さを欠いている。体力がもう限界なのだ。度重なる連戦により既に透は満足に戦える状態ではないのである。
 それでも幹部2人に対抗できているのは、偏に彼の実力と何よりもクリスを守ろうと言う決意によるものであった。

 だが体力が限界に達しているのはクリスも同様だった。

「ぐっ!? がはっ?!」
「ッ!?」

 聞こえてくるクリスの苦悶の声に透が弾かれるようにそちらを見ると、そこでは今正にクリスが琥珀メイジ3人による連撃で叩き伏せられているところであった。両手のガトリングはライドスクレイパーで突かれ動きを拘束されたところで背中をスクラッチネイルで切り裂かれ、アームドギアから手を離した瞬間左右の琥珀メイジ2人からの回し蹴りで蹴り飛ばされ背後の木に背中を盛大に打ち付けた。

「ぐっ、あぁ……」

 木に叩き付けられ地面に膝をつくと、そこで遂に限界が来たのかイチイバルは解除されそのまま倒れこんだ。倒れたクリスを3人の琥珀メイジが囲む。

「ッ!!?」

 それを見て透はクリスを助けようと琥珀メイジ3人に向けて駆け出すが、幹部2人がそれを許す筈がなかった。

「させるか!!」

 ヒュドラは透が駆けだすと同時に飛び上がり、クリスと透の間に降り立つと剣を振るった。狙ったのは彼自身ではなく彼が持つカリヴァイオリン。今までと違い武器を狙った一撃に反応が遅れ、透は武器を弾かれ大きな隙を晒してしまう。

 そこにメデューサの魔法が炸裂した。

「これはきついぞ?」
〈イエス! ポイズン! アンダスタンドゥ?〉
「ッ?!」

 放たれた毒の魔法が透に直撃し、彼の体を猛毒が侵食する。
 その身を蝕む毒に透は意識が飛びそうになるのを気力で持ち堪えるが――――

「おらよ!」

 無情にも振り下ろされたヒュドラの剣による一撃がトドメとなり、透は膝から崩れ落ちた。更には変身も解除され、幹部2人の前に無防備な姿を晒してしまっていた。

「と、透ッ!? 透ぅぅぅッ!?」

 傷だらけで倒れた透の姿を見たクリスは、自分も琥珀メイジに取り押さえられている事を無視して透に必死に声を掛けるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第41話でした。

ここから先は原作とはだいぶ異なる展開となります。どんな展開になっていくかは、次回以降をお待ちください。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第42話:三流と一流の違い

 
前書き
どうも、黒井です。

お気に入り登録ありがとうございます!

読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 共に地面に倒れ伏し、取り押さえられた透とクリス。
 琥珀メイジにより押さえつけられた2人を、メデューサは満足気に見下ろしていた。

「散々手古摺らせてくれたが、それもここまでのようだな」
「ち、チクショウッ!?」

 いけ好かない態度をとるメデューサにせめて一矢は報いようと拘束から脱しようとするクリスだったが、傷だらけな上に体力も限界な彼女では成人男性を超える力を持ったメイジの拘束から逃れることは出来ない。逆に暴れるなと言わんばかりに地面に押さえつけられる。
 その際土が口に入り、じゃりじゃりとした嫌な感触が口の中に広がった。

 だが彼女はまだマシな方だ。深刻なのは透の方。何しろ彼はメデューサにより猛毒の魔法を掛けられたのだ。そしてその毒は未だ彼の体を蝕んでいる。
 現に今も、彼は押さえ付けられながら口から血反吐を吐き出している上に呼吸も弱っていた。誰の目にも、今の彼が死に掛けである事は明らかであった。

 そんな彼の様子に、クリスは抵抗を止め透の治療を懇願した。

「透ッ!? なぁ、頼むよ!? 透の事は助けてやってくれ!?」
「ダメだ。そいつはミスター・ワイズマンを裏切ったのだ。それ相応の報いを受けてもらう」
「ならあたしが代わりに罰を受ける!? あたしになら何したって構わない!? だから頼む! 透の事は見逃してやってくれ!!」

 必死に懇願するクリスを、メデューサは仮面の奥から冷たい眼差しで見つめていた。その隣に佇むヒュドラは、彼女の必死さが滑稽に感じられたのか腹を抱えて笑っている。

「はっはっはっ!! 無駄無駄! こいつにそんなお涙頂戴は通用しないって」

 どこか小馬鹿にしたようなヒュドラの物言いに、メデューサは彼を鋭い視線で睨みつける。得物を睨む蛇の様な眼光に晒され、しかしヒュドラは微塵も怖じ気付いた様子も無く暢気に口笛を吹いて誤魔化した。

 彼の飄々とした様子にメデューサは忌々し気に鼻を鳴らすと、徐にクリスの髪を掴んで彼女の体を持ち上げた。

「うあっ?!」
「これまで散々逆らってきたのだ。そこの裏切り者にも、そしてそいつに手を貸したお前にも相応の報いを受けてもらう」

 メデューサはクリスにそう告げると、右手を指輪を交換し魔法を発動した。

〈コントロール、ナーウ〉

 メデューサが魔法を発動すると、彼女の手から放たれた魔法陣がクリスの体を包み込む。
 次の瞬間、首から下の感覚が無くなった事にクリスは自由に動く首から上で自身の体を見渡した。

「何だッ!? か、体が──!?」

 感覚は全くないのに、体は勝手に立ち上がりメデューサと向かい合う。自らの前に立つクリスに、メデューサは満足そうに頷くと次の瞬間とんでもない事を告げた。

「よし。ではそこの裏切り者を…………殺せ」
「は!? 何言ってんだ、そんな事する訳……えっ!?」

 当然拒否しようとしたクリスだったが、その気持ちに反して体は勝手に動き、あろう事か透が落としたカリヴァイオリンの片方を手に取り2人のメイジに押え付けられた透の傍に立ってしまった。更にはカリヴァイオリンを両手で持ち、透の首を狙う形で構える始末。
 事ここに至り、クリスはメデューサが本気で自分に透を殺させようとしている事に気付いた。

「や、止めろッ!? 何で、こんな──!?」
「今やお前の体は私の操り人形。何をさせるのも私の自由だ」

 無論、メデューサが使用した魔法、コントロール・ウィザードリングなら意識すらも完全に支配下に置いて操る事は可能だがメデューサはそれをしなかった。理由は単純で、裏切り者の透に与していた事に対する報いである。

「さぁ、己の愛する者を己の手で殺せ!」

 そのメデューサの命令に従い、クリスの体は動いて両手で持った剣を振り上げる。これにはクリスも慌てた。

「い、嫌だ!? 嫌だぁッ!? 頼む、お願いだ!? 止めろ……止めてくれ!?」
「フフフ……」
「はは、こいつは良いショーじゃねえか!」
「お願いだ!? 何でもする! だからこれは、これだけはっ!?」

 クリスの必死の懇願は、幹部2人の嘲笑にかき消される。

 そして遂に、あとは振り下ろすだけと言うところまで来てしまった。

「あ、あぁ……嫌だ…………嫌だ」
「さぁ…………やれ」

 メデューサの合図と共にクリスが剣を透の首に向けて振り下ろす。
 その瞬間、クリスの口からは喉が張り裂けんばかりの絶叫が響いた。

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 両目から大粒の涙を流し、血を吐かんばかりの叫びを上げるもその剣は無情にも透の首に向け振り下ろされていく。
 その瞬間、クリスの目には全ての出来事がスローモーションに見えていた。自らが振り下ろす刃がゆっくりと透の首に迫っていく。クリスはそれを認識しながらも何もする事が出来ず──────









──────────突然その剣が何かに弾かれ、それと同時に目の前の景色の速度が元に戻った。

「わっ!?」

 剣が弾かれた瞬間、メデューサの意識が逸れたからかクリスの体に自由が戻った。突然戻った感覚に頭がついて行かず、まるで帰還したばかりの宇宙飛行士の様にその場に崩れ落ちるクリス。

「ぐっ?!」
「がっ?!」
「ッ!? 何ッ!?」

 その間に透を拘束しているメイジ2人も銃撃により彼から引き離された。

「う、つつつ──!? あっ、透!?」

 崩れ落ちたクリスだったが、直ぐに起き上がると拘束を外された透の生存を確認する。毒により呼吸は浅くなっているが、まだ彼の息はある。

「あぁ、透。透ぅ────!!」

 自分の手で透の命を奪う事、透が二度と触れ合えない遠くへ行ってしまう事から逃れられた事に、クリスは服が透の血反吐で汚れる事も厭わず彼を抱きしめた。
 一方メデューサは、明らかに何者かの妨害があった事を察知し剣が弾かれたのとは逆方向を睨んだ。

「誰だッ!?」

 そんな言葉が口から出たメデューサだったが、振り返る前から彼女にはそこに居る人物が分かっていた。一瞬だけ見えた、不規則な動きをする銀色の弾丸。こんな芸当が出来る人物を、彼女は1人しか知らない。

「メデューサよぉ……お前って本当にエンターテインメントってもんが分かってねぇなぁ。こんな三文芝居じゃ観客は誰一人満足しないぜ?」
「ウィザード!?」

 そこに居たのは、つい今し方到着したばかりの颯人と奏であった。ウィズに指示された場所に着いた2人は今正に透がクリスにより殺される寸前の瞬間を目撃。それを見て咄嗟に颯人がウィザーソードガンでクリスが持つ剣と透を拘束している琥珀メイジを撃ったのだ。

〈シャバドゥビタッチ、ヘンシーン! シャバドゥビタッチ、ヘンシーン!〉
「俺が今から本当のエンターテインメントってもんを見せてやるよ。行くぞ、奏!」
「あぁ!」

「変身!」
〈フレイム、プリーズ。ヒー、ヒー、ヒーヒーヒー!〉
「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

 ウィザードに変身する颯人と、ガングニールを纏う奏。
 2人が戦闘体勢に入るのを見て、琥珀メイジ達も2人を真っ先に排除すべき脅威と判断して攻撃を仕掛けた。

「まずはメイジ共を片付けるぞ!」
「了解! でも、あの2人放っといていいのか?」
「ウィズが何とかするだろ? ここに俺ら呼んだのあいつなんだし」
「それもそうか」

 今にも琥珀メイジが襲い掛かってきそうだと言うにも拘らず、暢気にクリスと透をどうするか話し合う2人。それを好機と見て一斉に襲い掛かる琥珀メイジ達だったが────

「「邪魔だ!!」」
〈スラッシュストライク! ヒーヒーヒー!〉
[POWER∞SHINE]

 攻撃の瞬間、どんな者であっても防御は疎かになる。それが大した実力のない者ならば尚更だ。2人はそれを狙って、琥珀メイジ達を一掃した。
 残ったのはメデューサとヒュドラの幹部2人。この2人は距離が離れていたこともあって、颯人と奏の攻撃を難無く防ぎきる。

 幹部2人が残る事は想定内だったので、颯人達は彼女らが残っている事を特に残念がる事も無かった。

「さて……メデューサ頼んでも良いか? 俺ヒュドラやるからよ」
「任せな。この間のケリ着けてやる!」
「お、やるかお前?」
「甘く見られたものだな。返り討ちにしてやる!」

 前座を終え、真打の対幹部戦。颯人・奏ペアがジェネシスの幹部2人と激しくぶつかり合う。

 それをBGMにし、クリスは透を引き摺ってその場を離れていく。このままだとあの戦いの余波で透が傷付くかもしれない。彼を治療する意味でも、今はこの場を離れなくてはと言う一心で動いていた。

「はぁ……はぁ……大丈夫だぞ、透。アタシが絶対、助けるから──!」

 透と共にその場を逃げるクリスだったが、その前に立ち塞がる人影があった。

「ッ!? て、テメェは──!?」

 クリスの前に立ち塞がったのはウィズだった。彼は木陰から姿を現しクリスの前姿を現すと、ゆっくりと2人に近付いていく。
 当然、それを黙って見ているクリスではない。

「透はやらせねぇ!!」

 透をその場に下ろし、イチイバルを纏おうとするクリス。しかし彼女が聖詠を口にしようとした瞬間、一瞬で距離を詰めたウィズの拳がクリスの鳩尾に突き刺さった。

「がっ?!」

 吐き気と息苦しさ、そして痛みと共に視界が黒く染まっていき、意識が遠のく。完全に意識を失う寸前、彼女の視界に映っていたのは目を覚ましこちらを見る透の顔だった。

「ちく……しょ…………とお、る……に、げ…………」

 途中まで言いかけたところで、完全に意識を失い倒れるクリス。ウィズがその様子に小さく溜め息を吐きつつ一歩前に踏み出すと、今度は透が起き上がりクリスを抱き上げるとウィズに背を向けその場にしゃがみ込んだ。
 彼の行動にウィズは今度こそ大きく溜め息を吐いた。透の考えは分かっている。自分の命と引き換えに、クリスを守ろうとしているのだ。もう今の彼にはウィズから逃げるだけの体力はない。ならばせめて、クリスだけでも守ろうと言うのだろう。

「…………ハァ」

 揃いも揃って健気と言うか向こう見ずな2人に、ウィズは再び大きく溜め息を吐くのだった。




***




 その頃颯人・奏ペアとジェネシスの幹部2人による戦いは先程以上に激しさを増していた。

「そこだ!!」
「おっと?!」

 一瞬の隙を突いて引き金を引いた颯人の銃撃を、ヒュドラは剣の腹で受け止める。ならばと颯人は銃弾を操り相手の死角を突こうとするが、ヒュドラも彼がそうすることは読んでいたのか銃弾の軌道が動いたのを見た瞬間手にしていた剣を投擲してきた。

「いっ!?」

 自身に向けて投擲された剣を見て、颯人の集中が乱れる。
 言うまでもないが銃弾一つ一つの操作と言うものはかなりの集中力を必要とする為、途中で余計な思考が入ると操作が狂って銃弾が明後日の方向に飛んで行ってしまう。

 飛んでくる剣を前にして、颯人は脳裏で銃弾の操作を上書きする形で剣を回避する算段を一瞬思案してしまった。その思案が雑音となり、銃弾の操作が狂いヒュドラは飛び交う銃弾の間を抜けて颯人に接近してきた。
 銃撃に失敗したと見るや、颯人は即座に思考を切り替え飛んできた剣をウィザーソードガンで防いだ。モードを剣にしていては間に合わないので、ガンモードのまま飛んできた剣を叩き落とす。

「おらぁっ!?」
「ぐあっ?!」
「ついでにッ!!」
〈コネクト、ナーウ〉

 その瞬間、僅かに視界を遮られたのが隙となり接近したヒュドラが颯人の腹に拳を叩き込んだ。更におまけとばかりに、魔法で手元に引っ張り出した剣で無防備となった颯人に斬撃をお見舞いする。

「ははぁっ!!」
「ぐ、う──!?」

 この連続攻撃には、流石の颯人もその場で膝をついてしまった。
 弦十郎相手に煮え湯を飲まされたヒュドラではあったが、あれは油断などがあったが故の事。これが本来のジェネシス幹部が1人であるヒュドラの実力である。

 それはメデューサも同様であった。

「とりゃぁぁぁぁっ!!」
[SPEAR∞ORBIT]
「させるか!!」
〈バリア―、ナーウ〉

 翼の技の一つである『天ノ逆鱗』に酷似した、アームドギアを巨大化させ敵に向けて蹴り落とす『SPEAR∞ORBIT』がメデューサに放たれる。恐らくこれが琥珀メイジであれば、障壁は数秒と持たず突き破られるであろうが相手は幹部。障壁はひび割れる事も無く、奏の必殺技を受け止め続けた。
 しかし、そこで引き下がる奏ではない。受け止められたのなら、受け止めきれなくなるまで力を込めればいいだけの事。

「まだまだぁぁぁッ!!」

 思い返すのは響の戦い方。模擬戦闘による訓練の最中、響は腰のパーツをブースターに変化させて接近の際の速度を上昇させることが度々あった。
 同じガングニールであるならば、響に出来て奏に出来ない道理はない。奏は確信を持って自身が更に加速する様を想像すると、両腰のサイドアーマーが変形しブースターになった。二つのブースターが火を噴き、アームドギアを押す力が増す。

「おぉぉぉぉっ!!」
「ちぃっ!?」

 忽ち障壁には罅が入り、メデューサは仮面の奥で表情を険しくする。だがその表情は直ぐに笑みに変わった。彼女はどちらかと言えば策を弄するタイプの幹部。その彼女にとって、これだけの時間があれば反撃の算段を立てる事は造作もない事であった。

 遂に音を立てて砕けるメデューサの障壁だったが、その瞬間彼女は次の行動に移っていた。そして奏は、彼女が取った行動に驚愕することになる。

「なっ!?」

 何とメデューサは、障壁が破れた瞬間巨大になった奏のアームドギアに飛び乗り駆け上がってきたのだ。
 これはまずいと、奏は体勢を崩しアームドギアを元の大きさに戻す。足場が消え、メデューサはそのまま落下するかと思われたが彼女の手にはまだライドスクレイパーがあった。足場となっていたアームドギアが消えた瞬間、メデューサはライドスクレイパーに跨り奏に急接近しすれ違いざまに彼女を蹴り落した。

「ぐっ?!」
「ふふっ!」

 蹴り落されたと言っても、落下するまでにはまだ時間がかかる。決して長いとは言えない滞空時間の間、メデューサは空中を縦横無尽に飛び回りながら蹴りやスクラッチネイルでの攻撃によるヒット&アウェイで奏を攻め続けた。

「ぐぅっ!? がぁっ!?」

 空中で散々攻撃され、着地の体勢を取る余裕を失った奏。このままだと地面に激突してしまう。

〈バインド、プリーズ〉

 そんな奏の窮地を颯人が救った。彼は奏の窮地に気付くとヒュドラから距離を取り、彼女が地面に激突する寸前に魔法の鎖で彼女の体を受け止めてみせたのだ。

「大丈夫か、奏?」
「あ、あぁ、何とか。そう言う颯人こそ……」
「これくらいどうって事ねぇよ」

 一旦合流し、互いの状態を確かめ合う2人。口では強がるが、今回の戦いの流れは相手側に傾いているのか少々分が悪いのが分かっていた。

 傷だらけで合流した2人を挟むようにヒュドラとメデューサが近付いてくる。流れが自分達に傾いている間に決着を付けようと考えているのだろう。

──そうは問屋が卸さねぇよ──

 颯人と奏は互いに顔を見合わせ、無言で頷き合うと背中合わせになってヒュドラ・メデューサと対峙した。未だ戦意を滾らせる2人に、ここで仕留めてやると言わんばかりに襲い掛かるヒュドラ達。

 その瞬間を待っていた。この2人が自分達に同時に向かってくるのを、颯人と奏は期待していたのだ。

「奏!」
「あぁ!」

 颯人が声を掛けると同時に姿勢を低くすると、奏は彼を踏み台にして高く跳び上がった。
 思わぬ行動に揃って彼女を目線で追ってしまうヒュドラとメデューサ。

〈ビッグ、プリーズ〉

 幹部2人の視線が奏に向いている隙に颯人はビッグ・ウィザードリングを使用し右手を巨大化させるとヒュドラを掴んでメデューサに向けて投げつけた。

「そぅれい!」
「何ッ、うぉっ!?」
「何だッ!?」

 ヒュドラを投げつけられ、堪らず動きを止めたメデューサ。そこに奏の追撃が降り注いだ。

「こいつでッ!!」
[SUPERGIANT∞FLARE]

 アームドギアから生み出した太陽と見紛うほどの火球。そこに奏が上からメデューサ達に向けてアームドギアを突き立てると、アームドギアに押し出されるように火球から熱線がメデューサ達に向け放たれる。本来は決して効果範囲の広くない技であるが、相手が一か所に固まってくれているなら話は別だった。

 颯人の前で、熱線に包まれる幹部2人。熱線の照射は数秒ほど続き、終わった時には2人の姿は立ち上る土煙で覆い隠されていた。

 あの2人がどうなったのか、注視する颯人の傍に奏が着地する。

「やったのか?」
「さぁて、どうかな?」

 一見派手に倒したようにも見えるが、そう簡単な相手ではない事を颯人は分かっていた為颯人は決して警戒を緩める事はしなかった。
 それが功を奏した。何の前触れも無く土煙の向こうから剣とライドスクレイパーが2人に向けて飛んできたのだ。

 この展開を予想していた颯人が飛んできた二つの武器を弾き飛ばすと、同時に風が土煙を吹き飛ばす。
 視界が晴れた先には、颯人の予想通り多少のダメージは負っているようだがそれでも尚健在と言った様子のメデューサとヒュドラが佇んでいた。

「ちっ、まだ元気なのかよ」
「だろうと思ったよ。この程度でやれれば世話ねえよな」
「ご期待に副えたようで何よりだよ」
「やってくれんじゃねぇか。お前ら、覚悟は出来てんだろうな?」

 まんまとしてやられた事にヒュドラなどはかなり頭に来ているようだが、ふと周囲を見渡した時透とクリスの姿が見えなくなっている事に気が付いた。

「ん? おいメデューサ! あの2人居なくなっちまったぞ!!」
「何だと!? あの体で遠くへ行ける訳が…………ッ!? そうか、ウィズか!?」

 ここでメデューサとヒュドラは自分達がまんまと時間稼ぎに嵌ってしまっていたことに気付いた。
 勿論颯人と奏はここでメデューサとヒュドラを倒すつもりではあったのだが、一進一退の攻防で時間を掛け過ぎた結果時間稼ぎをしたも同然になってしまったのである。

「どうする? このまま腹いせにこいつらやっちまうか?」
「…………いや、ここは退く。これ以上やり合えば消耗戦になる」

 少し悩んだメデューサだったが、彼女はここで撤退を選んだ。今回の彼女達の目的は透を始末する事。これはワイズマンからも命令されている事だ。それが達成できなくなった以上、無駄な事に時間を費やすことはワイズマンの意思に反するも同然である。
 ワイズマンに絶対服従のメデューサにとって、それは看過できない事であった。

「おいおい、逃げんのか?」
「こっちはまだまだ余裕あるぞ?」

 対する颯人と奏は戦闘の意思がある事を示し挑発した。正直、これ以上の戦闘は少し厳しかったのだが、このまま一進一退のまま逃げられるのが何か癪だったのだ。特に単純なヒュドラであれば、軽く挑発してやればすぐに食い付くと考えていた。
 実際、2人の挑発にヒュドラは即座に食い付く素振りを見せたが、メデューサがそれに待ったを掛けた。

「へぇ、上等じゃねぇか!」
「待てヒュドラ。貴様、ワイズマンの意思に逆らう気か?」

 言いながらライドスクレイパーの穂先を突き付けてくるメデューサに、ヒュドラは両手を上げて降参の意を示した。流石の彼もここで彼女とやり合ってまで颯人達との戦闘を続行する事に意味はないと悟ったのだろう。

「分~かったよ、俺が悪かった。今回は大人しく退こう」
「それでいい。さらばだ、明星 颯人に天羽 奏。決着はまたいずれ着けよう」
〈テレポート、ナーウ〉

 転移魔法でその場から消えるメデューサとヒュドラを、颯人と奏は黙って見送った。あんな事を言っておいてなんだが、正直な話これ以上の戦闘は少しきつかったので退いてくれたのは素直にありがたかった。
…………口に出すのはプライドが傷付くので、絶対に言いはしないが。

 ジェネシスの幹部2人が消え、周囲を見渡すと初手で倒した琥珀メイジ達もいつの間にか消えている。クリスと透は言わずもがなだ。
 一気に静かになった(ついでに荒れに荒れた)周囲に、2人は元の姿に戻った。

「とりあえずあの2人の安全は確保された、って考えて良いのか?」
「多分な。ウィズはあの透って奴に興味持ってるみたいだったし、多分今頃は何処か敵が来ない安全な所に2人揃って連れて行ったんだろ」
「この事、旦那に報告しても良いかな?」
「良いんじゃねえの? つっても俺も今のウィズのアジトの場所知らねえから、言うだけ無駄かもしれねえけど」

 話しながら颯人は右手の指輪をテレポートに変える。彼が帰還の準備をしているのを見て、奏は自然と彼に近付いた。

「そっか…………一応聞くけど、手荒な事にはならないよな?」
「流石にそこまではしないと思うぞ。軽く脅すくらいはするかもしれないけどな」

 颯人の返答に、奏はそこはかとなく不安になり何とも微妙な顔をした。そんな彼女の様子に颯人は軽く苦笑しつつ、転移魔法で二課本部へと帰還するのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第42話でした。

ポイズンとコントロールも、放送当時に発売された玩具に収録されていた音声だそうです。どう考えても主人公サイドが使うとは思えない魔法、多分本当は白い魔法使いとかが使う予定だったと予想。

全開の戦闘で旦那にボコボコにされたヒュドラ、今回はその時の汚名返上となりました。幹部ですからね、強さもしっかりアピールしとかないと。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくおねがいします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第43話:情けは捨てきれず

 
前書き
どうも、黒井です。

読んでくださりありがとうございます。 

 
 二課本部に戻った奏は、早速先程の顛末を弦十郎に報告した。

「何だと!? あの2人がジェネシスに?」
「あぁ、結構危ないところだったよ」
「でもま、今はとりあえず心配はいらねえよ。ウィズが連れて行ったんならそう悪いようにはしねえだろ」

 ジェネシスに敗北し、危うく透の命が奪われる寸前だったと言う話を聞いて肝を冷やす弦十郎だが、颯人達によって救われウィズに匿われたと聞き一先ず安堵する。一度しか相対した事は無いが、これまでのウィズの行動から弦十郎も彼の事は悪人ではないと認識しているのだ。

「ウィズ、か。彼が関わっているのであれば安全面なら信用しても良いのかもしれないが、何故彼はあの2人を?」
「2人って言うか、透の方が重要だったんだろ。何しろあの透って奴はジェネシスを裏切った幹部候補。多分何かしら組織の情報持ってるんじゃねえかって期待したんだろうよ」

 弦十郎の疑問に対し、颯人はあまり興味無さそうに答えた。透が情報を持っていようがいまいが、ウィズが独り占めしている現状彼らにはどうしようもないのだから考えるだけ無駄と思っているのだ。

 もし彼がその事について考える必要があるならば、それは状況が変化した時である。

「クリスちゃんが危なかったって本当ですか!?」

 などと考えていたら、早くも状況に変化が生じた。部屋の外で話を聞いていたのか、響が血相を変えて部屋に飛び込んできたのだ。
 翼も共に居たのか、部屋に飛び込んだ響を必死に宥めている。

「お、落ち着きなさい立花!? 話は聞いていたでしょう!? あの2人なら今はとりあえず心配する必要は無いって!?」
「あ、すみません…………でもぉっ!」
〈コネクト、プリーズ〉
「ハイハイ。これでも食べて落ち着きなって」
「むぐっ!?」

 興奮冷めやらぬと言った様子の響の口に、颯人が魔法で取り出したドーナッツを響の口に押し込んだ。突然口の中にドーナッツを押し込まれて目を白黒させる響だったが、口の中に広がる甘さに本能が刺激されたのか無言で咀嚼した。ドーナッツにまぶされた砂糖の甘みが、響の興奮を冷ましていく。

 響の口にドーナツが引きずり込まれるように入っていくのを見て、奏と翼は軽く苦笑しつつ颯人にウィズと連絡が取れないか訊ねた。今あの2人が彼の元に居るなら、これまでの事と今後の事も考えて接触しておきたい。

「なぁ颯人? ウィズと連絡とる事って出来ないのか? それこそ電話番号とか、さっきの魔法みたいな奴とか」
「無理無理。ウィズの奴、こっちからは絶対連絡させないんだよ。あの指輪も結局ウィズの使い魔が持って行っちまったし」

 ここら辺ウィズは本当に徹底していた。長距離の移動は基本転移魔法なので足取りを追う事は不可能だし、颯人に対する指示などのやり取りは専ら直接面と向かっての口頭である。だから通信傍受など無意味だし、颯人自身もウィズのアジトの場所は知らないので彼からウィズの居場所が明かされる可能性はゼロに近かった。
 お陰で片手間にだがウィズの行方も捜索している弦十郎はお手上げ状態だった。

「こうなったら、当分はあの2人の事はウィズに任せるしかない……と言う事か」
「そう言う事だな。さっきも言ったけど、とりあえずは安心しといていいと思うぜ」

 一つ心配があるとすれば、クリスの方が大暴れしないかと言う事であった。恐らくだが、ウィズとクリスはあまり相性が宜しくない。透が間に入って緩衝材の役割を果たしてくれればいいが、チラッと見た限り彼はあの時点で相当消耗していた。そんな状態で、暴れる少女を何処まで宥める事が出来るか。

 颯人は内心の不安を、周りに気付かれないように溜め息と共に吐き出すのだった。




***




「ん、んぅ…………ん? ここは――――?」

 その頃、クリスは目覚めると目に映る光景に困惑を隠せずにいた。

 まず自分の状態だが、傷の手当てがされた上に着替えさせられ布団の中で寝かされていた。一瞬透がやってくれたのかと思ったが、彼は彼で動く事も儘ならない程の状態だった筈だ。安全そうな場所にクリスを運ぶならともかく、着替えさせた上に布団に寝かせられるほどの余裕があったとは思えない。

 そもそも今寝かされている場所自体、訳が分からなかった。今彼女の目の前に広がっているのは何処かの部屋の天井だが、誰かの手で管理されているのか微塵も汚れた様子がない。消えた照明にも埃が積もっていないのだ。

 ここは何処で、誰が自分に手当を施したのか? いやそもそも、あれから一体どうなった?
 確か気を失う前、自分と透はジェネシスの魔法使いに襲われた挙句、逃げようとしてウィズに遭遇し…………

「――透!?」

 そこでクリスは透がどうなったのか気になり起きようとして、手当された傷が痛んだことで再び布団の中に沈んだ。
 全身を苛む痛みとぶり返してきた疲労に堪らず顔を顰めていると、起き上がろうとして乱れた掛け布団が何者かによって直された。

「ッ!?」

 そこに居たのは、頭の天辺から全身を黒いローブで包まれた人物だった。フードを目深に被っている上にゆったりしたローブの所為で体型も分からない為男か女かの判別すら困難だったが、フードの下に僅かに見える口元から辛うじて女性だろう事が伺えた。

 その女性と思しきローブの人物が、クリスに布団を掛け直しながら口を開いた。

「大丈夫ですか? まだ動いてはいけません。今は安静にして、傷と体力を癒す事に集中してください」

 口から出た声色と口調は明らかに女性のそれだった。
 丁寧で且つ優しい口調でクリスの事を気遣う女性だったが、クリスはそんな彼女の気遣いを煩わしいとでも言うかのような態度で返した。

「う、うるせぇ、余計なお世話だ。それより透……アタシと一緒に居た男の子は?」
「彼でしたらそちらに」

 反発するクリスに、しかし女性は気を悪くした様子も無くクリスの視線を彼女の右隣に誘導する。促されるままに自分の右隣に顔を向けるクリス。その際部屋の内装を見る事になったが、部屋の造りなどを見た所ここはどうやら何処かのマンションかアパートの一室らしい。

 そんな感想も、隣で目を閉じ身動ぎすらしない透の姿に掻き消える。

「透ッ!?」

 思わず起き上がり透に近寄ろうとするクリスだったが、それは女性により止められる。

「ですから、動いてはいけません。彼ほどではありませんが、貴女にも安静が必要なのですよ?」
「余計なお世話だっつってんだろ!? それより、透は?」
「彼でしたら大丈夫です。解毒は済ませ、手当も終えています。命に別状はありませんが、貴女以上に彼は体力の消耗が激しいので当分の間は絶対安静です」

 先程よりも強めの口調で、しかしそこには確かな気遣いを感じさせる声でクリスを諭し寝かせる女性。徹底して敵意を感じさせない彼女の雰囲気に、流石のクリスも少しだけ警戒心を引っ込め大人しくすることにした。

「本当か? 本当に透は大丈夫なんだな?」
「ご安心ください。そこは誓って保障します。貴女達に危害を加えない事も含めて、です」

 そう言って頭を下げる女性に、クリスも今は大人しくすることを選んだ。顔も晒さない彼女の言う事を全面的に信じる事は出来ないが、少なくとも今すぐどうこうするつもりがない事だけは信じる事にしたようだ。
 どの道、満足に動けない現状ではヘタなことは出来ない。ここは彼女の言う通り傷を癒し体力を回復させることに専念した方が、ここから逃げ出す時に都合がいいだろう。そう考えたクリスは、女性に促されるままに布団の中で肩の力を抜いた。

 その瞬間、クリスの腹が盛大に音を立てた。思えばここ最近ロクなものを食べていなかった。逃げる事に必死になるあまり、思うように食料の調達が出来なかったのだ。
 不覚にも腹の虫が鳴いたのを女性に聞かれ、クリスは恥ずかしさと情けなさで顔を赤くしたが女性の方はこうなる事を予想していたのか即座に立ち上がると台所へ向かった。

 それから物の数分ほどで、女性はスープの入った皿を乗せた盆を持ってきた。女性は盆をクリスの枕元に置くと、彼女の背中に手を回して起き上がるのを手助けし、折り畳み式の小さいテーブルを組み立てクリスの膝を跨ぐように置いたそれの上に盆を置いた。

「お腹が空いているでしょうが、体力の消耗した体に固形物は宜しくありません。物足りないかもしれませんが、今はこれで我慢してくださいね?」

 野菜が細かく刻まれ、軽くドロドロになるまで煮込まれたと思しきスープ。粥か何かの様なそれから漂う匂いは、忽ちクリスの空腹を刺激し再び腹の虫を鳴かせる。

 体はすぐにでもそれを食べろと言うが、しかしまだ完全に警戒を解いていないクリスはそれに手を付ける事をしない。もしかしたら今までのが全て彼女を油断させる為の演技であり、このスープに何かを仕込んでいるかもしれないのだ。

 スープと女性の顔を交互に睨むクリスに、女性は小さく溜め息を吐くと一緒に置かれたスプーンを手に取りスープを掬うと一口飲んだ。

「……これで、毒などは入っていない事を理解していただけましたか?」
「――――チッ」

 自ら率先して毒見をしてみせた女性に、クリスは何だか負けたような気になり悔し紛れに舌打ちをすると女性からスプーンを引っ手繰りスープをかき込むように口に運んだ。一度口に入れると、体の方が抑えが利かなくなったのか休む間もなくスープを掬っては口に突っ込む。まだ口の中にスープが入っているのに次を口に入れようとして、口元から零れたスープがクリスの口周りやテーブル、着替えさせられた寝間着を汚していく。

 そうして数分ほどで完食すると、今度は眠気が襲ってきた。まだ疲れが残っていたのと、温かいスープを飲んだことで体の緊張が解れたのだろう。

「あふ……」
「あ、少々お待ちを」

 一つ大きな欠伸をして舟を漕ぐクリスを引き留め、女性は替えの寝間着に着替えさせた。流石にあのまま寝かせる訳にはいかなかったのだ。
 眠気の所為で思考が鈍ったクリスはされるがままに寝間着の上を着替えると、横になり布団を掛けられた。

 クリスはそのまま眠りに落ちようとするが、一つだけどうしても気になる事があったので睡魔を堪えて女性に問い掛けた。

「あ、なぁ…………そう言えば、聞き忘れるところだったけど、あんた……一体誰なんだ?」

 状況の変化に混乱していた上に透の事が心配だったのもあって、女性の名を聞くのをすっかり忘れていた。彼女にとって先程まで女性に対する関心はその程度だったと言うのもあるが、逆に言えば今は彼女の名前が気になる程度には興味を持ち始めているという事でもある。

 今にも眠ってしまいそうなクリスに教えて、目覚めた時覚えているかは分からないが、それでも彼女はクリスからの問い掛けに答えた。

「申し遅れました。私の事は、アルド……とお呼びください」

 アルド…………彼女がそう名乗ると、クリスは口の動きだけでその名を反芻しながらゆっくりと眠りについていく。

 あっという間に寝息を立て始めたクリスを見て、アルドは音を立てないようにテーブルを片付けると食器を乗せた盆を下げる。

 そこへ新たな人物がやってきた。

「アルド。どうだ、2人の様子は?」
「しー……」

 やって来たのはウィズだ。何時もの恰好で部屋に入ってくるとアルドにクリスと透の事を訊ねるが、アルドは眠ったクリスが再び起きてしまわないようにと静かにするよう口元に人差し指を当てる。彼女の仕草にウィズが言葉を詰まらせると、アルドはなるべく抑えた声で話した。

「先程、クリスさんが目覚めました。ただまだ体力が完全に回復した訳ではないので、軽く食事を摂らせ再び眠らせました。透君の方はまだ目覚めません」
「そうか。まぁメデューサに毒の魔法を浴びせられたのだ。回復にはまだ時間が掛かるか」
「暫くは絶対安静です。それと、透君に関してですが……」
「何かあるのか?」

 どこか歯切れの悪いアルドに、ウィズが訝し気に訊ねると彼女は透に目をやった。フードに隠れて分からないが、その雰囲気は何処か痛ましいものを見ているように感じられる。

「彼は喉に古く深い傷を持っています。恐らく声は失われているでしょう」
「問題ない。口が利けないなら筆談で教えてもらうまでの事だ。あの様子で流石に文字も書けないという事はないだろう」
「いえ、そうではなくて…………」

 アルドが本当に言いたい事はそこではなかった。彼女は可能であれば透の治療をしたいと考えていたのだ。

 しかし――――

「治療したいと言うのなら不要だ。そこまでしてやる理由がない」
「ですが……それでは…………」

 若くして何らかの不幸により声を失ってしまった少年をアルドは痛ましく思っていた。出来る事なら、力になりたい。
 だがウィズはそれを許さない。許す訳にはいかなかった。

「他人に対する情は最低限にしろ。多少施しを与えたいと言う程度ならまだしも、そこまで面倒を見てやると情に抑えが利かなくなるぞ」
「…………はい」
「忘れるな、私は『ウィズ』でお前は『アルド』なんだ。この名はジェネシスを倒す戦士としての名前だ。他人への情など捨てろ。でなければ、耐えられなくなるぞ」
「分かって…………います」

 絞り出すようにして言葉を口から出すと、彼女は黙ってその場を離れ別の部屋へと入っていく。彼女の作業様に設えた部屋だ。
 ウィズはそれを見送ると、彼女が扉を閉めたのを見計らい指輪を交換し魔法を使った。

〈サイレント、ナーウ〉

 部屋全体が魔法陣で包まれると、途端に室内の音が全て消えた。クリスと透の息遣いは勿論、時折外から響いてきた車の走行音なども。

――…………新しい器具を用意する必要があるな――

 アルドが入っていった部屋を見ながら、ウィズはそんな事を考えるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第43話でした。

今回新たに名が明らかになったアルドはウィザード原作で言うところの輪島のおっちゃんポジです。今後もサポートキャラとして幅広く活躍してくれる予定です。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第45話:隠れ家を探せ

 
前書き
どうも、黒井です。

お気に入り登録ありがとうございます!

読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 あの後、颯人の魔法で二課本部の司令室に帰還した奏は、早速颯人を問い詰めた。

「んで? あれは一体どういう事なんだ?」

 奏が問い掛けているのはウィズの去り際に颯人が行った事である。
 魔法で転移する直前、背を向けているウィズに対し颯人は、こっそり召喚したイエロークラーケンを気付かれないように彼のローブの裾に張り付かせて共に転移させたのだ。

 その事には彼の背を見ていた響と翼も当然気付いていたので、奏が颯人を問い詰めると2人も気になると彼を見つめてきた。

 3人からの視線に、颯人は何処か楽しそうに先程の行動の意味を話し始めた。

「な~に、簡単な事さ。ウィズの奴が何も教えてくれないのならこっちからウィズの隠れ家の場所を知っちまおうと思ってね」

 そう言いながら颯人は一枚のカードを取り出した。使い魔の見たものを確認する為に彼が使う特殊なカードだ。

「お、映った映った。一番の問題は結界的な魔法で使い魔との繋がりが切れちまうことだったんだが、問題ないみたいだな」
「これ……あっ!?」
「これがウィズの隠れ家か?」

 颯人が持つカードには、イエロークラーケンが見ている光景が映し出されていた。ウィズのローブの裾から離れたイエロークラーケンは、彼に気付かれる事なく隠れ家の様子を観察出来ているらしい。室内どころか、窓から見える外の景色すら見る事が出来た。
 勿論、その光景の中には布団に寝かされた透とクリスの姿も確認できる。ウィズ、透、クリスの3人の姿を、イエロークラーケンは物陰に隠れながら観察していた。

 確かに颯人が送り込んだ使い魔はウィズの隠れ家に潜入できたが、颯人はここからどうすると言うのか?

「んで? これからどうするんだ?」
「我に秘策あり。簡単さ、クラーケン呼び戻してもう一度案内させるのさ」

 先程からチラチラ窓の外に見える景色には日本語の看板などが見える事から、外国でない事は明らかであった。県外であればここまで魔力が持つか怪しい所であるが、少なくとも一度部屋から出て周囲の景色を見ればこの近辺かどうか大体分かる。
 見た事のある景色であればここまで呼び寄せればいいし、見た事の無い景色であれば近場の駅なんかに向かわせれば回収は可能だ。

 帰還の報告もそこそこに、颯人に群がる装者の様子に好奇心を刺激された弦十郎も話の輪に加わる。

「一体何の話をしてるんだ?」
「あ、おっちゃん。喜べ、お探しのクリスちゃんの居場所が分かるぞ」
「なんだとぉっ!?」

 クリスの居場所特定の情報は、弦十郎をもってしても涼しい顔していられないものだったのか奏達を押し退ける勢いで颯人に詰め寄った。その勢いに気圧されながらも、颯人は現状とこれからの展望を述べた。

「ま、まだ特定まではいってないって!? 特定するのはこれから、クラーケンに上手くウィズの隠れ家から逃げ出してもらわないと」

 説明しながら颯人はイエロークラーケンに指示を出し、ウィズの隠れ家の部屋から脱出させようとした。イエロークラーケンは背を向けたウィズに気付かれないように慎重に動き、ドアの郵便受けに向けて移動する。あそこからなら、イエロークラーケンもギリギリ出られるだろう。

 イエロークラーケンは一度振り返り、ウィズがまだ気付いていない事を確認すると一気にドアに近付き郵便受けを開け、投入口から外へ出ようとした。

 その瞬間、一気に視点が動きウィズの顔がドアップで映し出された。

「げっ!?」
『全く、油断も隙も無い奴だな。悪戯小僧め』

 ウィズがそう言った次の瞬間、カードが何の景色も映さなくなる。ウィズが無理矢理イエロークラーケンの指輪を引き抜いたのだ。指輪が無ければ、使い魔はその姿を保てない。

 颯人がやられた……と顔を手で覆って天を仰ぐと、額に何かがこつんと当たり床に落ちる。

「あ痛っ!?」

 何事かと床を見ると、そこにはイエロークラーケンの指輪が落ちている。慌てて再び上を見上げれば、そこにはウィズが魔法を使う時に出る魔法陣があり、次の瞬間消えてしまった。

 消える魔法陣を見て、颯人は悔しそうに顔を歪め呻き声を上げた。

「う~~、くぅぅぅ!?…………はぁ」

 悔し気に呻く颯人だったが、ここで感情に任せて地団太を踏むのは奏達の目もあってみっともないと考えたのか、何とか感情を抑え込み諸々の感情は溜め息と共に吐き出した。

 そんな彼にこれからどうするのか訊ねる奏。

「どうするんだよ、颯人?」
「どう……すっかなぁ」
「おいおい、さっきあれだけ大口叩いといてもうお終いか?」
「か、奏! そんな言い方は……」

 傷口に塩を塗るかのような奏の物言いに翼が苦言を呈すが、今の颯人には奏の言葉が少しありがたかった。ヘタな慰めよりは、奏の様な厳しい言葉を掛けられた方が気が楽だ。

 そんな3人の様子を見ていた弦十郎がふと響を見ると、彼女は何か考え事をしているかのように俯いていた。

「響君? どうかしたのか?」
「あ、いえ。その……」

 弦十郎に声を掛けられて弾かれたように顔を上げた響。実は先程、颯人にウィズの隠れ家の様子を見せてもらった時彼女はクリスが居た事とは別に気になる事があったのだ。

「さっきウィズさんの隠れ家を見せてもらった時、ちょっとだけですけどリディアンが見えたような気がして……」

 響が少し自信なさげに告げると、それを間近で聞いた弦十郎だけでなく颯人達も驚愕に目を見開きながら響に目を向ける。
 響の言葉に弦十郎が更に詳しく内容を訊ねようとするよりも早くに、颯人達が響に詰め寄った。

「響ちゃん、それマジでッ!?」
「は、はい。何となく見たことあるなって思ったら」
「地図!? 藤尭さん地図を!」
「いやそれよりも写真だ! リディアンの写真!」

 目に見えて分かる目印があると言うのなら話は別だ。リディアンのどの部分がどの角度から見えたのか、それによってウィズの隠れ家の場所を特定することが可能となる。

 奏の声に慎二がリディアンを上空から写した写真を持ってきて響に見せると、彼女はそれを見て暫しウンウン唸ると先程の記憶と照らし合わせるかのようにゆっくりと見えた部分を指差した。

「確か……この辺りです」
「ふむ、正門から校舎の一部か」
「どっちから? 右か、左か」
「右から、だったと思います」

 響は記憶の糸を手繰り、先程見えたリディアンの校舎の様子を出来る限り思い出していく。見えた大きさ、近くのビル、その他諸々を聞きながら颯人は地図に凡そのウィズのアジトの場所に辺りを付けた。

「出来たぜ、おっちゃん」

 颯人が響の証言から予測したウィズのアジトがあるだろう場所をマジックで地図に書き込む。生憎と響の証言だけでは正確な場所までは特定できない為、大まかな場所を丸で囲むしかできないがそれでも闇雲に探すのに比べたら十分過ぎる情報だ。

 弦十郎は颯人から地図を受け取ると、大きく頷いた。

「うむ、これだけ範囲が絞れれば後はこちらで探し出せる。助かったぞ、2人とも!」
「いやぁ、今回は響ちゃんのお手柄だよ」
「よくやった、響!」
「全くだ。大したものだな、立花!」
「いや、そんな…………えへへ!」

 その場の全員から絶賛され、顔を赤くしながらも破顔する響。嬉しそうにする響に改めて笑みを浮かべると、弦十郎は捜索の為にその場を後にしたのだった。




***




 それから3日ほど経ったが、弦十郎の表情は芳しくなかった。

 何しろ、結構本腰入れて調査に臨んだのに結局ウィズの隠れ家どころかクリスと透の姿を見たと言う声すら聞かなかったのだ。

 クリスと透の姿を見かけなかったと言うのは、ウィズが徹底して2人を外に出さないようにしていればそうなるだろう。軟禁状態の人間を、ましてや転移と言う反則技で何処かに閉じ込めたのであれば目撃情報が無いのも頷ける。

 だが、確実に街中に居る筈で特にマンションやアパートは虱潰しにした筈なのに、尻尾を掴むことも出来ないと言うのは諜報が本懐であった弦十郎をしてかなりショックな事であった。
 この状況に、弦十郎は堪らず颯人に助けを求めた。

「颯人君。君を頼るようで不甲斐無い話だが、今一度手を貸してはもらえないだろうか?」
「構わねぇよ。って言うか、これに関しては俺の方が志願するべきだったわ」

 ウィズが関わっているのであれば、どこかに必ず魔法が使われている筈と考えるのが妥当だ。つまり、颯人は最初から捜査に参加すべきだったのである。

 颯人は地図を睨みながら思考を巡らせた。

「移動してる余裕はないだろうから、この辺に居る事は間違いないだろう。それが探しても見つからないって事は、認識阻害の魔法で見つからないようにしてるんだろ」
「そんな魔法もあるのか?」
「ここ来る前にウィズと一緒に居た時も、その魔法で隠れ家作ってたから間違いないだろう」
「颯人、お前ならそれ見つける事出来ないか?」

 同じ魔法なら颯人に対処できないかと奏が訊ねるが、彼は残念そうに首を横に振る。

「元々ジェネシスの魔法使いに見つからないようにする為の魔法だからな。俺でもそう簡単には見つけられねぇよ」
「……どうしようもないのか?」

 弦十郎が口惜しそうに訊ねてくる。その口調からは、ここで諦めたくはないと言う思いが感じられる。

 勿論颯人だってここで諦めるつもりは毛頭無い。折角ウィズを少しでも見返せる可能性があるのだ。ここで諦めて堪るか。

「ちょいと難しいけど、こいつらを使えば何とかなるかもしれない」

 そう言って颯人は使い魔達を出す。

 この使い魔達はちょっとした認識阻害の魔法程度なら通用しない。ウィズが本気で他者を寄せ付けないような強力な、それこそ元来た場所に戻ってしまうような結界を張られては手も足も出ないが、気付かれないようにする程度の結界であれば無視して行動できる。
 こいつらを使えば、捜索は可能であった。

「ただ無暗に捜そうとしても埒が明かねぇ。おっちゃん、今回捜索した中で空き部屋はどれ位あった?」
「決して少なくはなかった筈だ。藤尭」

 指示を受けて朔也がコンソールを操作すると、モニターに捜索地点が表示されさらにそこに赤い光点が表示された。その数は確かに多い。両手の指では足りない数だ。

 しかしここまで特定できているのであれば、後は地道な捜索を繰り返せば何とかなる。

「うん…………ここまで分かってればこっちで何とかなる」
「何か他に手伝える事はあるか?」
「いや、とりあえずは俺に任せてくれ。何か分かったら連絡するからよ」

 そう言うと颯人は司令室を出る。背中越しに手を振りながら去って行く颯人を、弦十郎達が見送った。

 それから2日後…………遂に颯人から、ウィズの隠れ家を見つけたと言う連絡が届いた。 
 

 
後書き
と言う訳で第45話でした。

以前ウィズは隠れ家の周りに結界を張っていると言っていましたが、原作でファントムたちがアジトの周りに張っていた結界に比べれば大分弱いです。流石に街中で元来た場所に戻されるなんて事になったら直ぐに騒ぎになりますからね。森の中ならともかく。

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次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第44話:病室ではお静かに

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
「ん…………? 朝、か」
「ようやく目が覚めたようだな」
「────え!?」

 翌朝クリスが目覚めた時、壁際にウィズが寄り掛かって彼女の事をじっと見つめていた。彼の姿を見た瞬間、クリスは掛け布団を跳ね飛ばす勢いで飛び起きた。

「な!? テメェはッ!?」
「よく眠れたようだな。何よりだ」

 飛び起きたクリスは最大限の警戒をウィズに向け、布団から飛び出ると未だ眠り続けている透との間を遮るように身を低くして立ち塞がった。体力はともかく、長時間横になり続けていたからか力が上手く入らず、身を低くしていると言うよりはほぼ四つん這いである。
 その様子はまるで全身の毛を逆立てた猫の様であった。

 対するウィズは彼女の警戒など何処吹く風と言った様子であり、余裕の表れか警戒するクリスに対して小さく鼻を鳴らしすらした。それが余計にクリスの神経を逆撫でする。

 そんなウィズを前にしながら、クリスはチラリと透の様子を伺い見た。
 先日と少し違い、額には濡れタオルが置かれている。どうもクリスが寝ている間に疲労か、それとももこれまでの無理が祟って風邪を引いたのか熱を出したらしい。少し汗をかいているようだし、呼吸も少し苦しそうだ。

 彼にウィズを近づけてはいけない。そう考えたクリスは、イチイバルを纏いウィズを牽制しようとする。

 しかし──────

「あぁ、気付いていないようだが、君らが戦える道具は全て預からせてもらった。こんな所で暴れられても困るからな」
「んなっ!?」

 今まで腕組して隠れていたウィズの手の中には、クリスから取り上げたギアペンダントと透から取り上げた各種ウィザードリングがあった。
 クリスは己の迂闊さを悔いた。昨日起きた時点で確認しておくべきだったのだ。いや、あの時点だと気付けても満足に動けなかったのだから、どちらにしろ意味はない。ヘタに抵抗しても力尽くで取り押さえられて終わりだろう。

 結局、クリスに出来る事は抵抗せずに大人しくしている事だけであった。ただそれだと何だか悔しいので、せめてもの抵抗でこれ以上ない位の怒りと力を込めてウィズを睨み付けた。

「……命の恩人に対して向ける目ではないな」
「あ?」
「君達をここへ連れてくるに当たって、颯人に君らを助けるよう指示したのは私だ。それに私が君らを匿っているからこそ、ジェネシスの魔法使いやノイズに狙われる事も雨風と空腹に苛まれる心配もしなくて良くなったんだ。そこら辺をもうちょっと考えて行動しようと言う気にはならないのか?」
「はっ!? 恩を返せってか? 頼んでもいねぇのに押し売りしたくせして、何様のつもりだ!?」

 敵意剥き出しで言い返してくるクリスに、ウィズは肩を竦めるとギアペンダントとウィザードリングを仕舞った。これで完全にクリスと透には抵抗の為の手段が無くなってしまった事になる。

「…………何が目的だ?」

 何とか心を落ち着けて、ここは一先ず大人しくしてウィズの油断を誘う方法に切り替えるクリス。もしかしたら、装備を取り返すだけの隙が出来るかもしれない。

「私の目的はそちらの少年──北上 透の方だ」
「透が?」
「彼はジェネシスの幹部候補だ。それもなかなかに腕が立つときた。となると、何か組織についての情報を持っているのではないかと思ってな」

 ウィズの言葉に、クリスは頭を働かせた。ウィズが嘘を吐いていないのであれば、透は彼にとって貴重な情報源。無碍に扱うようなことはしないだろう。
 生憎とクリスには透の持っている情報がどの様なものなのかは分からないが、少しの間の安全は確保されたと考えて良いかもしれない。

 だが、ここではい分かりましたと首を縦に振るような事をするほどクリスは不用心ではなかった。

「情報提供については透が起きてからとして、だ。透から情報を聞き出した後…………あたしらはどうなる?」

 それが重要な所だった。ウィズは信用ならない相手だ。こちらから情報を聞き出したら、もう用済みと言って始末してこないとも限らない。

 その懸念を察したのか、ウィズは落ち着いた声でクリスからの問い掛けに答えた。

「安心しろ、用事が済めば解放してやる。ギアも指輪も返し、自由にすることを約束しよう」

 クリスはウィズの言葉を吟味した。仮面で顔が隠れている為表情を読み取ることは出来ないし、メンタリストの類でもないので僅かな仕草から何かを察する事も出来ない。だが過酷な過去を生きた経験が、クリスに常人以上の危機感知能力に近いものを持たせていた。
 それに従えば、ウィズの言葉に危険なものは感じられなかった。少なくとも装備を返し、自由にすると言う言葉に嘘はなさそうだ。

 だが────

「信用できねぇな」
「ふむ?」
「大人はどいつもこいつも嘘吐きだ! フィーネだって、アタシらを裏切った! お前も大人なんだろう? 都合の良い話でアタシらを釣っておいて、必要無くなったら始末しないってのをどうしたら信用できる!?」

 怒りと憎しみの籠ったクリスの言葉にウィズは何かを考え込むように腕組をすると、徐に彼女に近付き手を伸ばした。
 突然の彼の行動にクリスは身構えるが、彼の手がクリスに触れる事は無かった。

 何故なら、伸ばされたウィズの手を透が掴んで引き留めたからだ。
 今の今まで眠っていた筈の透が起きるどころか、ウィズの手を掴んでクリスに触れないようにしている事に2人は驚いた。

「ッ!? 何?」
「透ッ!?」

 ウィズの手を掴んで引き留める透だが、その様子はとても回復したとは言い難い。呼吸は相変わらず粗いし、顔には汗を浮かべている。誰が見ても無理をしている。
 しかし、その手には尋常ではない力が込められていた。今の今まで疲労と熱で寝込んでいた少年の力とは思えない。

 クリスには指一本触れさせないという強い意志を感じさせる。

 そんな透の手と瞳に込められた強い意志を前に、ウィズは肩から力を抜き手を引っ込めようとした。しかし透はまだ手を離さない。

「安心しろ。お前達2人を傷付けるつもりは毛頭無い。本当だ。信じるのは難しいのだろうが、な」
「…………」
「…………分かった。ではこれだけは返そう」

 出来る限り柔らかな声で透を宥めるウィズだったが、尚も手を離そうとしない透に遂にウィズが折れた。取り上げたウィザードリングの幾つかを透に返し、抵抗の手段を与えると透も漸く警戒を解除したのか手を離し、同時に意識も手放したのかそのまま再び布団に倒れ込み気を失ってしまった。

「透ッ!? 大丈夫か、透ッ!?」
「落ち着いてください」

 再び気を失った透を心配し声を掛けるクリスだったが、音も無く表れたアルドがクリスを宥めると透に布団を掛け直し、濡らしたタオルで汗を拭った。

 暫く透を介抱していたアルドだったが、彼の様子が落ち着いてきたのを見ると一つ息を吐き、立ち上がると腕組してウィズとクリスを交互に見やった。フードを目深に被っている為表情を伺うことは出来ないが、その雰囲気から御機嫌斜めであろうことは容易に伺えた。

 ウィズですらそんな彼女を前にしてバツが悪そうに咳払いをしたのを見て、自分も下手な事をするのは良そうと畏まるクリス。
 大人しくなった2人を見て、アルドは大きく溜め息を吐いた。

「…………今後、私が2人の体調を問題ないと判断するまで一切の諍いは禁止します。宜しいですね?」

 伺い立てているように聞こえるが、言外に「病人が無茶するような騒ぎを起こすんじゃない」と厳命しているのが理解できた。クリスとしては透が少しでも早く治ってくれるように協力する事は吝かではなかったので、ここは大人しくアルドに従う事にした。

 とその時、外から突然喧しいサイレンの音が聞こえてきた。

「何だ、この音?」
「ノイズが出たようですね。これはその警報です」
「安心しろ。この部屋の周りには目に見えない結界を張ってある。ノイズはここには近付いてこないさ」

 初めて聞くサイレンがノイズの出現を表すものだと聞いて、クリスは血相を変えた。このタイミングでのノイズの出現、これは行方を眩ませた自分達を探し出す為にフィーネが送り込んだに違いない。

「おい、あたしのイチイバルを返せ!?」
「いけません。まだ戦わせられるほど、あなたの体は万全ではないのですよ」
「でも、このノイズはあたしと透を探す為にフィーネが寄越したんだ! なら、透が動けない今あたしだけでもいかないと──!?」

 掛け布団を跳ね除けて動こうとするクリスだったが、アルドは彼女の両肩を掴むと強引に押し倒して布団に寝かしつけた。

「うっ!? は、放せよッ!?」
「駄目です。あなたが戦闘に出ることは許可できません」
「そもそも、戦闘に出てそのまま逃げられたら事だ。返す訳がないだろう」
「透がここに居るなら、絶対戻ってくる! だから──」

 尚も食い下がって戦わせろと懇願するクリスだったが、その頬を突然アルドが引っ叩いた。彼女の行動にウィズは何も言わず彼女を注視し、クリスは一瞬呆気に取られてしまった。

 しかし直ぐに頬を叩かれたことに対する怒りが湧いたのか、顔を赤くして文句を口にした。

「な、何すんだッ!?」
「落ち着きなさい。ノイズが囮で、本命は魔法使いだと言う可能性を考えないのですか?」
「あ────」

 アルドに言われてクリスも気付いた。先日まで執拗に魔法使いが追跡していたのに、ここに来てノイズに捜索させる理由など炙り出し以外にある訳がない。
 大方クリスと透の人の好さに付け込んで、人々がノイズの脅威に晒されたのを黙って見ている事が出来なくなって出てきたところで魔法使いに襲撃させる腹積もりだったのだろう。それが分かっているのに戦いに出るなど、無謀でしかない。

「でも、それじゃあ…………」

 それでも、何もせずにジッとしているなど、クリスには我慢ならなかった。自分達の所為で関係ない者達が巻き込まれるなどあってはならない。

 しかしハッキリ言って彼女の心配と苦悩は無用であった。何故ならノイズの対処が出来る者は、彼女達だけではないのだから。

「無用な心配だな。今頃は、二課の装者と颯人が出撃している筈だ。ノイズだけなら対処は容易だろう」

 ウィズがどこか宥める様にそう告げると、アルドが寝かせたクリスに掛け布団を掛けて彼女の胸の辺りをそっと押さえた。ここで漸く彼女も観念したのか、それ以上の抵抗を止め大人しくなった。

 クリスが大人しくなったのを見て、ウィズは一安心したかのように息を吐くと右手の指輪をテレポート・ウィザードリングに交換した。

「大丈夫だとは思うが念の為だ、私は少し外に出て様子を見てくる。ここは任せたぞ。特に、じゃじゃ馬娘がおイタをしないようにな」
〈テレポート、ナーウ〉

 次の瞬間にはウィズは魔法で転移して部屋から消えた。

 あとに残された、アルドは透の様子を見て再び濡れタオルで彼の額に浮かんだ汗を拭い、クリスはウィズが最後に残した言葉に彼が先程まで居た場所を睨み付けているのだった。




***




 一方、街に出現したノイズにはウィズが言った通り颯人と二課の装者達が対応していた。

 ウィザードに変身した颯人のウィザーソードガンが空を飛ぶフライトノイズを撃ち抜き、奏の槍と翼の剣が、そして響の拳が地上のノイズを次々と屠っていった。

 相変わらずノイズの数は多いが、状態が万全な装者3人と颯人の前には物の数ではない。ノイズはその数を見る見る内に減らしていく。

 そんな時、響の前に一体のノイズが出現した。一見するとタコの様に見えるノイズである。他のノイズに比べると大分大きい。

 だがそれでもギガノイズなんかに比べれば、その大きさは少し大型のバス程度。この程度なら大した事は無いと歌いながら殴り掛かる響だったが、その瞬間ノイズの素早い触手による攻撃が響に襲い掛かる。

「わっ!?」

 思っていた以上に素早い攻撃に、響は堪らず攻撃を中断し回避する。これほどの攻撃、防御していたら耐え切れない。

 紙一重で回避して反撃に移ろうとする響だが、ノイズは正確に響を捉え次々と攻撃を放ってくる。その連続攻撃に響は反撃する間もなく、回避に専念するしかなかった。

「な、何でこんなに────!?」

 いくら何でも狙いが他のノイズに比べて正確すぎる。響が目の前のノイズに違和感を覚えていると、周囲のノイズを殲滅し終えた奏が合流してきた。

「響、大丈夫か!?」

 見るからに苦戦している様子の響を見て、奏は彼女に声を掛けながら助太刀に入った。彼女の参戦に響が声を上げようとするが、それより早くにノイズが触手で奏に攻撃を仕掛けた。

「ッ!? くっ!?」

 何の兆候も無く放たれた攻撃に、奏は面食らいつつも何とか防御する。踏ん張る為に一旦歌を中断し、ノイズの攻撃を受け止める奏を見て響は隙ありとノイズに殴り掛かる。

 だが背後から殴り掛かったにもかかわらず、ノイズは素早く反応して触手を薙ぎ払い響を叩き落してしまった。

「あうっ?!」
「響ッ!?」
「だ、大丈夫で、はっ!?」

 今度は響と奏、2人に同時にノイズが触手を振り下ろした。奏はともかく、今叩き落されたばかりの響には回避するだけの余裕がない。
 絶体絶命、攻めて防御して耐えようと両腕でガードする響と彼女を援護しようと駆けだす奏。

 その時、“街のあちこちから同じ動きで何人もの颯人が現れ”、ノイズに向けて声を掛けた。

「「「「「「「「「「お~い、タコ野郎! ほら俺はここに居るぞ!」」」」」」」」」」

 同時に声を発する颯人に、ノイズはそれぞれに向けて触手を叩き付ける。

 その瞬間翼が飛び出し、同時に颯人が奏と響に声を掛けた。

「「「「「「「「「「今だ、やっちまえ!!」」」」」」」」」」

 颯人の言葉に反応して、奏と響が既に行動に移っていた翼に続く様に動いた。

「これでッ!!」
[蒼ノ一閃]
「喰らいなッ!!」
[LAST∞METEOR]
「うおぉぉりゃぁぁぁぁっ!!」
[我流・撃槍衝打]

 翼の、奏の、響の放つ技が無防備となったノイズに同時に突き刺さる。大型とは言えギガノイズにも劣る体躯のノイズに耐えきれる筈も無く、3人の攻撃を同時に喰らったノイズは炭素の塵となって風に流されていった。

 それを見届けると同時に、あおいから通信が入った。どうやら今のが最後のノイズだったらしい。
 それを聞いて装者3人はシンフォギアを解除し、颯人も変身を解いた。

「よ! 3人ともお疲れさん」
「颯人さん、さっきはありがとうございました!」

 颯人が声を掛けると、響が開口一番に感謝の言葉を口にした。先程は彼があのノイズの気を引いてくれなければ、響がかなり痛い目に遭っていただろう。正に危機一髪と言うタイミングだった。

「な~に、良いって事よ」
「アタシも助かったよ。でも何であの時、あのノイズは響を攻撃しないで颯人の方を攻撃したんだ? それも律儀に分身全員に?」

 奏はそこが腑に落ちなかった。仮に彼女があのノイズの立場であれば、どう状況が変化しようがとりあえず響にだけは攻撃を仕掛けておく。あのノイズの様に、標的を変えて確実に攻撃できる相手を放置するようなことはしない。

 その疑問の答えは、翼の口から語られた。

「奏と立花は気付いていなかったみたいだけど、あのノイズは音に反応して攻撃を仕掛けるみたいなの」
「音?」
「気付かなかったか? あのタコ野郎、声出してる方にだけ攻撃仕掛けてたんだぜ」

 言われてみれば、最初に響と戦った時も奏が参戦した時も、ノイズにしては正確過ぎる狙いで攻撃を仕掛けてきていた。図体の割に随分と俊敏に動くノイズだと疑問を抱いていたが、それは他のノイズと違い音に反応して動いていたからだったのだ。戦いにおいては基本歌を歌わなければならない、シンフォギアにとってある種の天敵の様なノイズである。

 だからこそ颯人は先程、態々何人にも分身してノイズの注意を引く為に声を上げたのだ。そうすればあのノイズは確実にそちらを優先的に狙う。そしてその瞬間が最も隙が出来る瞬間であった。

 颯人からそれらの事を聞かされ素直に感心する奏と響。2人からの視線に颯人は得意げに笑い、引き上げようと右手にテレポート・ウィザードリングを着けようとした。
 そんな彼の後頭部を、何者かが手刀で引っ叩いた。

「んげっ?! な、何だ誰だッ!?」

 突然の事に颯人が面食らいながら背後を振り返ると、そこには右手で手刀を構えたウィズが佇んでいた。
 突然手刀で殴られた事に、当然ながら颯人は食って掛かった。

「何しやがんだッ!?」
「これを見てもまだそんな事が言えるのか?」

 文句を言ってくる颯人にウィズはそう言って左手に持っていた“モノ”を颯人の足元に放った。

 ウィズが放ったモノを見て、颯人だけでなく奏達も驚愕に言葉を失った。
 そこに居たのは琥珀メイジだったのだ。ウィズは戦闘不能にした琥珀メイジを3人、この場に持っ(連れ)てきたのだ。

「こいつらも居たのか」
「あの2人を焙り出そうとしたんだろう。取り合えず颯人、こいつらが暴れないように魔力を封印しろ」
「それくらい自分でやれよ……」
「何だ?」
「い~や、何でも」
〈シール、プリーズ〉

 ぶつくさ文句を言いながらも、魔法でメイジ達の魔力を封印する颯人。メイジ達が魔法使いとして戦力外となったのを見ると、ウィズは何も言わずその場から立ち去ろうとした。

 その時、響が立ち去ろうとするウィズの背に声を掛ける。

「待ってください! あの、クリスちゃん達は?」
「安心しろ。怪我の治療は施し、今は私の隠れ家の一つで休息を取らせている。傷と疲れが癒え、聞きたい事を聞き終えたら解放するつもりだ」
「そうじゃなくて、その──」
「アタシらには会わせてくれないのかい?」

 ウィズが匿ってくれた以上、怪我などの治療に関してはそこまで心配はしていなかった。だが人伝に無事を知らされるのと実際に顔を合わせるのは違う。
 それに何より、響はクリスともっと色々と話をしたかったのだ。以前は色々とあって話せなかった、それこそ他愛のないあれこれである。

 奏はそんな響の気持ちを察し、彼女の言葉を代弁するように問い掛けたがウィズからの返答は素っ気無いものであった。

「悪いが、隠れ家の場所を知られる訳にはいかないんでな。今言った通り、聞きたい事を聞き終えたら解放するつもりだからそれまで我慢していてくれ」

 そう言ってウィズは4人に背を向けてその場を立ち去ろうとする。雰囲気からこれ以上は取り合ってくれないだろう彼に、響は肩を落とし奏と翼は彼の背を睨む。

 一方颯人は、暫しウィズの背を右手の人差し指で顎を叩きながら見ていたが、不意に何を思いついたのかニヤリと笑みを浮かべた。

「ん?」

 それに気付いた奏だったが、それを訊ねて周囲──特にウィズ──に彼の行動を知らせるような真似はしなかった。それが今は最善だと彼との付き合いの長さで気付いたからである。

〈テレポート、ナーウ〉

 そうして彼が何事かするのを見ていると、ウィズが魔法でその場から転移して姿を消した。

 消えたウィズに響と翼はそれぞれ思った事を溜め息にして吐き出したが、奏だけは颯人に伺うような視線を向けた。

 彼女の視線に対し、颯人はそれに気付くとそれはそれは良い笑みを浮かべ右手でサムズアップするのであった。 
 

 
後書き
と言う訳で第44話でした。

原作とは違い、既に響と未来が仲直りしているのでタコノイズに対する戦闘が大幅に変わっております。音に反応する奴って、何気にいろんな作品に出てきますけど基本厄介ですよね。洋画なんかだとグリードを思い出します。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくおねがいします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第46話:透の選択

 
前書き
どうも、黒井です。

今回は透の過去に触れる話になります。 

 
 時を少し遡り、ウィズの隠れ家では容体が回復した透がウィズと対面していた。
 透の隣にはクリスが居り、もしウィズが透に何かしようとしても即座に動けるように身構えている。尤も、今のクリスはシンフォギアを取り上げられているので、ウィズが力技に訴えた場合何の役にも立てないのだが。

 因みにアルドは何をしているかと言うと、話の邪魔にならないようにとキッチンで洗い物をしていた。

「さて……熱もすっかり下がり、体力も回復しただろう。そろそろこちらからの質問に色々答えてもらいたいんだが……構わないな?」

 訊ねてはいるが、その声からは否とは言わせないと言う強い気迫が感じられた。それを感じ取ったクリスは彼を睨み付けたが、透はそんな彼女を宥めて用意されたメモ帳にペンを走らせた。

〔構いません。何を答えればいいんですか?〕
「話が早くて助かるな。とりあえず今聞きたいのは連中が次に何を仕出かそうとしているかだ。何か知らないか?」

 ウィズが問い掛けると、透は暫し考え込んでからペンを動かした。

〔すみません。僕は確かに幹部候補でしたが、組織が次に何をしようとしているかまでは知らされませんでした〕
「そもそも透は1年以上も前に連中と手を切ったんだぞ。次に連中が何しようとしてるかなんて知る訳ねぇだろ」

 透の返答にクリスが続けて補足する。クリスの補足にウィズは小さく唸りながら彼女を睨み、それから小さく溜め息を吐き次の質問をした。

「まぁそこは仕方ない。ならば次だ。君が知る限りの幹部を教えてほしい」

 幹部は非常に強力な戦力だ。早々増えるものではないが簡単に減らせても居ない。事実颯人と行動を共にしていた時は、結局1人も幹部を倒す事は叶わなかった。

 こちらに関しては透も特に迷う要素は無かったのか、スラスラとペンを動かしメモ帳に幹部の名を書いていく。


〔僕が知る限りでは、メデューサにヒュドラの2人だけです〕
「他に幹部は居ないのか?」
〔分かりません。僕は組織に所属していた期間はそんなに長くはありませんでしたから。精々メデューサに魔法の使い方を習い、ヒュドラに何度か実戦に駆り出された程度でしたから〕

 それを知りウィズは落胆を隠せなかった。期待したような情報は何もない。骨折り損のくたびれ儲けだった。

 ウィズが肩を落としたのを見て、クリスが堪らず笑みを浮かべる。彼の思い通りにいかなかったことが愉快なのだろう。隠す事もせず鼻で笑い、ウィズに睨まれた。

 何やら険悪な雰囲気になってきた室内だが、そこにアルドが一石を投じた。

「一つ、私からもお聞きしたいことがあるのですが?」
「アルド?」
〔何でしょう?〕
「その、透君は何故ジェネシスを抜けようと思ったのですか?」

 アルドがその問い掛けを口にすると、明らかに透の表情が強張った。その表情には明らかに後悔と自己に対する嫌悪が表れており、彼にとってはそれに関わる事は忌まわしい記憶であることが伺えた。

 それを理解していながら、ウィズが追い打ちをかける様に問い詰めた。

「ふむ、それは確かに気になるな。ジェネシスの魔法使いは洗脳されワイズマンを裏切る事はしない。何故君は、自らの意思で組織を抜ける事が出来た?」

 ウィズから見て、透が嘘を吐いているようには見えなかった。2人がメデューサ達に命を狙われたのは演技ではないだろう。
 だがだとすると、彼が組織を抜ける事が出来たことそのものが不自然であった。彼からすればあり得ない事態である。

 もしかすると、彼がウィズに助けられることもジェネシスの描いたシナリオかもしれない。そう考えると、こうして透と共に居ること自体かなり危険な事である可能性があった。

 警戒心を交えてウィズが透を見据えると、透はその視線から逃れようとするかのように顔を逸らした。辛そうにする透を見て、クリスが彼を庇う様に2人の間に割って入った。

「もういいだろ!? お前らが聞きたいのは魔法使い連中の事であって透個人の事じゃない筈だ!?」
「連中にも関わる事だから聞いておきたいんだ。もし理由があまりにも曖昧だった場合、ここにこうしている事も連中の差し金によるものである可能性だってある」
「そんなのそっちの都合だろ!? もういい加減あたしと透の事は放っておいてくれ!?」

 クリスはもううんざりだった。大人の勝手に振り回され、命まで狙われ、挙句の果てに思い出したくない過去の記憶をほじくり返されようとしている。

 いい加減、我慢の限界だ。

 しかし、透の方はそうではなかった。彼は憤るクリスの肩に手を置くと、静かに首を左右に振った。

「え、何でだよ透!?」
「…………」
「こんな奴らに付き合う必要はねえ!?」
「…………」
「そんなのどうでもいい!? 透が昔何してたかなんて──」

 必死に透を思い留まらせようとするクリスだが、それまで静観していたアルドがここで口を挟んだ。

「クリスさん、落ち着いてください」
「ッ!?」
「彼が……透君が頑なに過去を話そうとしているのは、他ならないあなたの為なのですよ」
「あたしの、為────?」

 訳が分からないと言いたげなクリスに、アルドは優しく丁寧に言葉を続けた。

「クリスさんのお気持ちは分かります。透君の過去に頓着せず、彼の全てを受け入れようとしているのでしょう。ですがそれでは…………前へ進む事は出来ず、いずれ必ず目を背けてきた過去が牙を剥き平穏を奪い去るでしょう」

 過去を無かったことには出来ないし、過去から目を背け続けて進展することは絶対にない。アルドの言う通り過去が牙を剥くか、目を背き続けた過去が気になって本当の意味で心が安らぐことはない。
 透が過去を話そうとしているのはそれが分かっているからであり、また自分が過去を少しでも乗り越えることでクリスにも過去を乗り越え前へと進んでほしいと願っているからであった。

「透────!」

 クリスは改めて透の強さを認識した。彼は本当に強い。逃げる事しか考えなかった自分に対し、過去と向き合い前へと進み続けようとするとは。

 彼の強さに感心を抱いたのはウィズも同様であった。自分の為ではなく、他人の為に己の過去を乗り越えようとするとはなんと強い心の持ち主なのだろう。

 そんな風に感心するウィズに気付いているのかいないのか、透はクリスと再会する前…………ジェネシスに保護されてからの事をメモ帳に記し始めた。




***




 バルベルデで武装組織の心無い者に喉を掻き切られ、生死の境を彷徨っていた透はギリギリのところでメデューサに救出された。

 その後、彼は最低限の応急処置だけを施された後、その時集められていた多くの者と共にサバトに掛けられた。素質はあったが既に虫の息だった彼が魔法使いとして覚醒する保証がなかったので、メデューサも適当な手当だけで済ませていたのだ。
 覚醒すればその瞬間活性化した魔力で死は免れるだろうし、覚醒しなければ手当しても無意味だからだ。

 幸か不幸か、生死の境を彷徨う程意識を失っていた事で透はサバトを行う際に伴う地獄の苦痛を知る事は無かったのである。

「よくぞ目覚めた。喜べ、お前は魔法使いとして生まれ変わったのだ」

 目覚めた透に、メデューサが最初に掛けた言葉がそれである。突然魔法使いとして生まれ変わったと言われても訳が分からなかった透だが、ドライバーと指輪を渡され魔法を使わされたことで自分の現状を嫌でも理解させられた。

 自分の声と、夢が永遠に失われたことも、だ。覚醒の瞬間の魔力は彼を死の運命からは救ってくれたが、声までは取り戻してくれなかったのである。

 声が失われた事で意気消沈した透だったが、彼にはまだ希望があった。クリスだ。共に夢を誓った彼女がいてくれれば、彼には生きる価値があったのだ。

 早速メデューサに筆談でクリスの事を訊ねる透だったが、素質を感じさせなかったクリスには興味が無かったので意識していなかったのである。
 その事を聞き再び消沈する透だったが、そんな彼に声を掛けたのがワイズマンであった。

「安心しろ。お前の言うクリスとやらは生きている。だがこのままでは彼女は過酷な人生を歩むであろうな」

 自身の希望である少女が過酷な目に遭うと聞かされ、何とかならないかと縋る透。
 そんな彼にワイズマンは、優しく導く様に話し掛けた。

「その少女を救いたいのだろう? ならば、私に従え。我々はこの魔法の力で新たな世界を作り上げる。無用な争いを排除した新たな世界だ。その世界でならば、お前の大切な者も平和に暮らせるだろう」

 そう言って頭を撫でるワイズマン。彼の言葉は透の心に甘く広がり、得も言われぬ安心感を齎した。

 思えばこれはワイズマンによる洗脳だったのだろう。心が弱ったところで甘い言葉に乗せて魔法を掛ける。嫌らしいが効果は抜群だ。

 それから透はメデューサに魔法を、ヒュドラに戦い方を教わった。争いを好まない彼にとっては皮肉な事に、戦士として天性の才能に恵まれた彼はまるで砂漠の砂に水が沁み込むようにその腕を上達させ、あっという間に幹部候補にまで上りつめた。

 この頃の透は組織に忠実だった。ワイズマン他組織の幹部の言葉は絶対だと思い込み、彼らの言葉には忠実に従っていた。
 しかしその脳裏から、クリスの姿が消える事は無かった。彼は何時でも、クリスを何時か救い出す事を目標に行動し続けていた。

 そんな彼が組織から決別したのは、魔法使いとして覚醒してから1年経ってからだった。

 ある日、彼はサバトに邪魔が入らないようにする為の警備として儀式の場に配備されていた。
 彼にとっては初めて目にするサバトに、これから何が行われるのかとメデューサに問い掛けた。

「これから行われるのは大いなる選別だ。素質ある者は我らと同じ魔法使いとなり、新たな世界を作り出す為の尖兵となるのだ」

 誇るように言うメデューサだったが、サバトに掛けられようとしている者達の怯えた様子に透は僅かな違和感を覚えていた。何かがおかしい。
 その時、彼の心が大きくざわついた。サバトに掛けられようとしている者の中に、自分やクリスと同年代だろう少女の姿を見たのだ。

 少女の怯える様子が、記憶の中で捕虜として不安に身を震わせていたクリスの姿に重なる。

 少女に透が目を奪われている間に、遂にサバトが始まった。
 唐突に発生した不気味な日食。そして地面に魔法陣が広がり大地がひび割れ怪しい光が溢れ出すと、魔法陣の上に乗せられた人々が苦痛に悲鳴を上げた。

 突然の阿鼻叫喚に透が唖然としていると、1人が溢れる自身の魔力に耐え切れず体を弾けさせ塵となって消えた。それを皮切りに次々と人々の体がひび割れ弾ける。

「……!? ……!?!?」
「ん? おい!?」

 それはあの少女も同様で。地獄の苦痛に叫び声を上げ涙を流す少女の姿に、透は堪らず飛び出し少女とたまたま近くに居た人の手を引き魔法陣から引きずり出そうとする。体内の魔力を強制的に活性化させるサバトは透をも蝕み、全身を激痛が襲うが構わず2人を引っ張る。
 しかしそれは一歩間に合わず、どちらも耐えきる事が出来ず体を弾けさせた。透の手からは2人の手だったものが零れ落ち、それと同時に魔法陣は消えサバトは終わった。

 結局、この時のサバトで魔法使いに覚醒した者は1人も居らず、全員がその命を散らす事となった。

 自分の手から文字通り零れ落ちた命に透が呆然としていると、メデューサが近付いてきた。

「何をしている?」

 ワイズマンの配下となったメイジにあるまじき行動に、不信感の様な物を抱いたらしい。呆けている彼の首筋にライドスクレイパーの穂先を突き付けるメデューサ。

 今し方の地獄絵図。クリスと重なった少女が命を散らし、刃を突き付けてくるメデューサが武装組織の者と重なった。

 その瞬間、透の頭の中でガラスが割れるような音が響いた気がした。それはワイズマンによる洗脳が解けた瞬間でもあった。彼の中にある他者を思い遣る優しい心と、未だ消えないクリスに対する愛が彼の心を解き放ったのだ。

〈コネクト、ナーウ〉
「ッ!? 貴様ッ!?」

 正気に戻った透はカリヴァイオリンを取り出すと、ライドスクレイパーを弾きメデューサから距離を取った。
 この時点で他のメイジ達も異変に気付き、武器を手に透を包囲し始める。

「貴様、よもやワイズマンの意思に逆らうつもりか? いやそもそも、何故反抗できる!?」
「…………」

 問い掛けられても、声が出せない透では答えることは出来ない。筆談でなら返答できるが、この状況では暢気に文字を書いている余裕もない。
 問い掛けてからそれに気付き、メデューサは舌打ちをした。

「チッ、お前に聞いても意味が無いか。まぁいい、反抗的な態度を取った貴様にはお灸を据えてやる必要がある。やれッ!!」

 メデューサの命令に周囲のメイジが一斉に透に襲い掛かる。琥珀メイジに全て任せるつもりなのか、彼らが動くと同時に彼女は下がった。

 周囲から襲い掛かる琥珀メイジ。透はカリヴァイオリンでそれらを全て捌くと、反撃をお見舞いした。持ち前の素早さを活かし、蹴りも混ぜて襲い掛かってきた全ての琥珀メイジを返り討ちにした。
 幾ら雑魚の琥珀メイジだからとは言え、あまりにも一方的な展開にメデューサも流石に面食らった。

「くっ!? 所詮候補と甘く見ていたか。ならば私が直々に相手をしてやる!」
〈アロー、ナーウ〉

 魔法の矢を放ち牽制してくるメデューサ。透はカリヴァイオリンで矢を弾きながら接近し、攻撃できる距離に近付くと斬りかかる。メデューサもライドスクレイパーで反撃するが、接近戦では透の方に分があるのかメデューサは防戦一方だった。

「ぐっ!? くそっ!?」

 ライドスクレイパーを薙ぎ払うメデューサだったが、透はそれを伏せて空振りさせると一気に懐に入り込み剣を振るった。この距離での斬撃、これは躱せない。

 だが斬撃が当たる直前、メデューサは後ろに飛んでダメージを最小限に抑えた。これで決めるつもりだった透は思わず仮面の奥で苦い顔をするが直ぐに追撃すべく次の攻撃に移った。

 その時────

〈ライトニング、ナーウ〉
「ッ!?」

 突然明後日の方向から飛んできた雷撃を、透は回避も防御もできずまともに喰らって吹き飛ばされてしまった。
 地面に叩き付けられた衝撃と電撃のダメージで声も無く喘ぐ透が、何とか立ち上がるとそこにはヒュドラを引き連れたワイズマンの姿があった。

 彼がその姿を確認すると同時に、ワイズマンの追撃が襲い掛かる。

〈ライトニング、ナーウ〉
「ッ!」
〈バリア―、ナーウ〉

 再び放たれる電撃を今度は魔法で防ぐ透だったが、ワイズマンの魔法は強力で障壁毎彼は吹き飛ばされてしまう。それだけでなく、今度はヒュドラが接近し剣で斬りかかってきた。

「オラァッ!!」

 ワイズマンの魔法を防いだばかりの透にはこの攻撃に対処するだけの余裕がなかった。放たれた斬撃が透を切り裂き、堪らず膝を突いた彼の首をヒュドラが掴んで持ち上げる。首を絞められ、苦しさに剣を手落とし首を握るヒュドラの手を掴むが、首を絞める力は微塵も緩まない。

「馬鹿な野郎だ、俺らに歯向かうなんてよ。ワイズマン! こいつどうします?」
「そうだな…………とりあえず再教育だ。今度は反抗すると言う考えも起こさないよう、徹底的にな」

 ヒュドラとワイズマンの会話に危機感を感じた透だが、二度に渡るワイズマンの魔法に加えてヒュドラの攻撃で大きくダメージを受け、更に首を絞められて酸欠になった透にはもう抵抗するだけの力はない。

 徐々に意識が薄れ、手足の感覚も無くなりつつあった透は自身の力の無さ、そして彼らを容易に信じてしまった己の迂闊さを嘆いた。こんな事をする連中だと分かっていれば、もっと早くに行動を起こして彼らを助ける事も出来たかもしれないのに。
 誰一人助ける事も出来ず、後悔しながら意識を手放しそうになった透だが、そんな彼の脳裏に1人の少女の歌声が過った。

「ッ!!」

 幻聴だったのかもしれない。しかし彼にとっての希望である少女の歌声は、消えつつあった彼の心の炎を再び燃え上がらせた。

〈イエス! キックストライク! アンダスタンドゥ?〉
「なにぃっ!?」

 手探りで右手の指輪を素早く付け替え、ハンドオーサーに翳すと透は己の首を掴むヒュドラの手を強く握りしめた。ヒュドラは手を掴んで離さない透の足に魔力が集束されていくのを見てまずいと彼を振り払おうとするが、それよりも早くに透が至近距離からヒュドラの腹に蹴りを叩き込んだ。

「ごはっ?!」

 逃げ場がない状況で相手の腹を踏み台にするように放たれた蹴りに、ヒュドラは肺の中の空気を全て吐き出しその場に膝を突く。同時に透の首を掴む手の力が緩んだ。その好機を見逃さず、透はヒュドラの手を振り払うとダメ押しに蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされて距離が離れるヒュドラ。それを入れ違いになるようにメデューサとワイズマンの魔法が放たれた。

〈アロー、ナーウ〉
〈ライトニング、ナーウ〉

 自分に向けて飛んでくる魔法を直感で察知した透はヒュドラを蹴り飛ばすと同時にその場を飛び退く事で回避すると、コネクトの魔法でライドスクレイパーを取り出しその場を飛んで逃げ去った。
 これ以上ここに居ては結局負けた挙句、心の底からワイズマンの手駒にされてしまう。今はどう足掻いても勝ち目がないと察してその場を逃げる事を選んだのだ。

 あっという間に小さくなる透の姿に、ワイズマンはメデューサに命令した。

「逃がすな。地の果てまでも追い詰めて始末しろ」
「御望みのままに、ミスター・ワイズマン」




***




 その後透は度重なるジェネシスの魔法使いからの追撃を何度も撃退し、何度も傷付きながらも日本に帰り、力尽きた所でクリスとの再会を果たしたのである。

 透の話を聞いたウィズは、改めて彼の心の強さと何よりも優しさに感銘を受けた。

 彼が知る限り、ワイズマンの洗脳は強力でちょっとやそっとの事では解くことは出来ない。それを彼は、他者を思い遣る心と離れ離れになったクリスへの愛情だけで解いてしまった。普通に考えればあり得ない事である。
 だがそこまで考えて、ジェネシスに参加する以前の透の過去を思い返して考えを改めた。周りに頼れる者が居ない中で彼はクリスや他の子供達の為に、危険を冒して歌を歌い、死に掛けているにもかかわらずクリスを少しでも安心させようと笑みを浮かべて見せた彼である。

 その心の強さは常人を大きく上回るのだろう。

「なるほど、君の過去は分かった。何故組織を抜けたのかも理解できた。それで? 今後君はどうするつもりなんだ?」

 透の事がある程度理解出来たウィズは、先程よりは柔らかな口調で訊ねた。
 そう、問題はこの後なのだ。

 このまま解放しても、ジェネシスからの追撃は続くだろう。そして彼と行動を共にする限り、クリスもジェネシスに狙われる。いや、透とクリスの関係は既に連中に知れているのだから、彼の弱点を突く為に今後はクリスも積極的に狙われるだろう。

 透はそれをどう思っているのだろうか?

〔実は、二課の人達に協力しようと思っています〕
「ほぉ?」
「透ッ!?」

 透の答えにウィズは興味深そうに、クリスは驚愕に声を上げる。

「正気か!? ついこの間まで敵対してたんだぞ? そう簡単に受け入れてくれる訳ねぇだろうが!?」
〔僕はそうは思わない。あの響って子はクリスの事を助けてくれた。颯人って言う魔法使いの人も、他の人達も誰かの為に頑張れる、良い人たちだよ〕

 透の言い分は分かる。二課の装者や魔法使いは善人だろう。これまでの事を謝罪すれば、受け入れてくれるかもしれない。

「それは……でも────」

 それでも不安や納得できないものがあったクリスは食い下がろうとした。

 その時、突然ウィズが立ち上がり玄関から死角になる位置に移動した。同時にコネクトの魔法でハーメルケインを取り出し、ドアから見えないように構える。

 彼の様子にただならぬものを感じた残りの3人は、彼に倣って玄関から見えない位置に移動した。

 直後、インターホンが数回鳴ったかと思うと鍵が開けられるガチャリと言う音が聞こえてきた。クリスが物陰から少しだけ顔を出し玄関を見ると、鍵を開けたと思しき手が魔法陣の中に引っ込んでいくのが見えた。

──魔法使い!? 見つかったのか!?──

 咄嗟にシンフォギアを纏おうとするクリスだったが、まだギアペンダントを返してもらっていない事を思い出しウィズを恨めしそうに睨む。

 そうこうしているとドアが開かれる音がしたので、クリスは慌てて頭を引っ込め息を潜めた。この状況では戦えない自分は役立たずだ。臨戦態勢のウィズと体力の回復した透に任せるしかない。

 物陰に隠れながらなので正確には分からないが、足音から察するに入ってきたのは1人ではないらしい。複数人が足音を忍ばせながら近づいてくるのを感じ、心臓が緊張に高鳴る。
 足音は次第に近付き、遂にこの部屋に入ろうとしてきた。

「動くな……ん? お前は……」

 同時に、鼻っ柱を出した相手の首にウィズがハーメルケインを刃を突き付けた。だが続いて彼の口からやや困惑した声が出た事に、クリスと透は顔を見合わせると意を決して顔を出した。

 そこに居たのは、ウィズにハーメルケインを突き付けられた颯人であった。 
 

 
後書き
と言う訳で第46話でした。

透が最初メデューサ達に大人しく従っていたのは、サバトが死人を出す儀式だと知らなかったからです。気絶している途中になんかされて、気が付いたら魔法使いにされていたので何が行われたのかは知りませんでした。それに加えてクリスに対する強い想いが、裏切ると言う行動を起こさせたわけです。

執筆の糧となりますので、感想その他お待ちしています。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第47話:隠れ家突入

 
前書き
どうも、黒井です。

読んでくださる方達に最大限の感謝を。

*2020.9.1:展開があまりよろしくなさそうなので、後半を始めとした一部に改訂を行いました。 

 
 ウィズの隠れ家捜索の方針が決定してから、颯人は奏が見た事も無いほど使い魔と共有した視界に集中していた。

 彼曰く、今回の認識阻害魔法は使い魔の視線は誤魔化せなくても、それを通して見る颯人自身の目には多少なりとも影響する可能性があるのだとか。なので例え使い魔越しであっても見逃す可能性があるので、かなり集中して見る必要があるのだそうだ。

 視界共有のカードを視線だけで射貫くのではと言う程集中している颯人に、声を掛けられるものは誰も居ない。奏ですら、全神経を集中させた様子の颯人にやや心配そうな顔をしている。

 と、その時────

「ッ!! 見つけたぁッ!!」

 突然カッと目を見開いてそう叫ぶと、近くに置いてあった地図を引っ張りマジックペンで目的の場所に目印を書く。
 当然彼の叫びはその場にいた全員の耳に届き、自由に動ける者は全員颯人の周りに殺到した。その中には弦十郎も居る。

「本当か!? 何処だ!?」
「ここだよ、ここ! 間違いない!」

 颯人が指差した場所は、リディアンから──即ち二課本部からそれほど離れていない所にあった。それを見て弦十郎は即座に行動に移った。

「よし、すぐに行くぞ!」
「おっしゃぁっ!!…………と、言いたいところだけど」
「ん?」

 気合十分にウィズの隠れ家に向かおうとした弦十郎だったが、ここで突然颯人が彼の行く手を阻んだ。
 一体どうしたのかと弦十郎が首を傾げると、颯人はビシッと指を立てて告げた。

「俺1人で行く」
「な、何故だ!?」
「理由は簡単。何が起こるか分かんねぇから」

 これから向かう場所は、魔法使いであるウィズの颯人も知らない隠れ家である。過激な罠は仕掛けられていないだろうが、用心するに越したことはない。

「それに、ジェネシスの連中もあの2人の事は探してる筈だ。おっちゃんが強いとは言え、バッタリ遭遇して戦闘に巻き込まれたらどうなるか分かったもんじゃない」
「むぅ……」

 弦十郎としては、途中で諦めざるを得なかった仕事に片を付け、クリスを迎えに行くと言う意味で同行したかった。しかし颯人の言う事にも一理ある。
 一度それを認めてしまうと、司令官としての立場が自ら現場に向かわせることに異を唱え始めた。司令官とは現場に出向く者ではなく、後方でどっしり構える者の事を言うのだ。

「……分かった。ここは颯人君に任せよう。ただ、ウィズに会えたら通信機を繋いでくれないか? 直接会う事は出来なくても、話だけはしたい」
「了解。精々良い報告を期待しててくれ」
「1人で大丈夫か? なんならアタシも一緒に……」
「いいっていいって、ここ空っぽにする訳にもいかないし。皆は此処で待っててくんなって」




***




 二課本部を1人で出て暫く、颯人は目的のアパートを見つけた。三階建ての、如何にもな感じの木造建築アパート。エレベーターは無く、階段で上の階に上っていく。二階はまだ周囲の景色の高さが足りていないので、最上階である三階まで上がる。

「さ~てと、窓から覗き込んだ感じだと…………確か……」

 颯人は部屋を一つ一つ、指差しながら廊下を進んでいく。元より古めかしいアパートだからか、入居者もあまり多くはなく空き部屋が多い。
 あと少しで一番端の部屋に辿り着きそうになり────

「ととっ!? 危ねぇ、スルーするところだった」

 徐に立ち止まると、通り過ぎそうになった部屋の前に立った。表札が無い所を見ると入居者は居ない事になっているそうだが、ここがウィズの隠れ家らしい。

「にひひひひっ! 不自然にならない程度に強さを押さえた認識阻害の結界を張ったようだが、場所をある程度特定された状態で捜されちゃあ効果なかったみたいだな」

 ウィズを出し抜けたと見て、愉快そうに笑う颯人。
 とりあえずインターホンを何度か押してみるが、当然の様に反応が無かったのでドアノブに手を掛ける。
 が、鍵が掛かっているのかノブを捻ってドアを引いても開かない。
 どうやら結界を超えて来た者が出た場合に備えてカギを掛けていたようだ。

「でもこの程度なら、と」
〈コネクト、プリーズ〉

 颯人は慌てず魔法陣に手を突っ込んだ。すると数秒とせず、ドアから鍵を開ける音が聞こえてきた。どうやら魔法でドアの向こう側に手を出し、内側から鍵を開けたらしい。

 改めてドアを開け、颯人は部屋に入った。

 部屋の中は静まり返っていた。一見すると空き部屋のようにも思えるが、よく見ると先に見える部屋には先程まで人が居た事を感じさせる痕跡が見て取れた。明らかにここには誰か、勝手に住み着いている者が居る。

 失礼を承知で土足で上がり、慎重に歩く颯人。

 颯人はゆっくり歩き、リビングに足を踏み入れようとした。
 瞬間、出し抜けに死角から刃が飛び出し首筋に突き付けられる。

「動くな……ん? お前は……」

 一方刃を突き付けている人物──ウィズの方も相手が颯人である事に気付き、ハーメルケインを下ろした。

「どうやってこの場所を見つけた?」
「こっちには頼りになる味方が居てね」
「お前と言う奴は、全く……」
「へへっ……おっと、そうだった」

 苛立ち混じりに溜め息を吐くウィズを余所に、颯人は通信機を取り出し弦十郎に繋いだ。

『もしもし、颯人君か?』
「は~い、こちらエージェント颯人。ターゲットに接触完了だ」

 通信は直ぐにつながり、弦十郎が応答したのをみて通信をこの場の全員に聞こえる様にスピーカーモードにした。

 一方ウィズは、溜め息を一つ吐くとアルドに向けて顎をしゃくった。それで何かを察したのか、彼女は1人別室に引っ込んでいく。

「ん? ウィズ、あの女の人誰?」
「あぁ、颯人は直接合った事は無かったか。アルドだ。お前が使っている指輪を作ってくれている」
「そうなの!?」
「感謝しろよ?…………で? そもそもお前は何をしにここまで来た? まさか世間話をしに来た訳でもないだろう」

 そのウィズの問い掛けに答えたのは、颯人ではなく通信機の向こうに居る弦十郎だった。

『俺達の目的は、そこに居る2人だ』

 弦十郎の言葉に颯人が目を向けた先では、様子が気になるのか透とクリスが顔を覗かせていた。
 ウィズにとって少し意外だったのは、弦十郎が透の事も目的としている事だった。

「風鳴 弦十郎……確か帰国直後に行方を眩ませた雪音 クリスを捜索した捜査員の生き残りでもあったな」
『そこまで調べていたか』
「だが解せないな。彼女に興味があったのはシンフォギアの適合者として注目していたからだろう? それが何故、北上 透にまで興味を持つ? 二課では魔法使いが居ても持て余すだろう」

 実際、了子の頭脳を以てしても颯人の魔法に関しては殆ど分からず仕舞いであった。ウィズの言う通り、透を引き入れても戦力として以上に価値は無い。

「純粋に戦力としてか?」
『いや、違う。俺にやりたい事はもっと単純な事だ。2人を救い出す』
「……え?」

 思っても見なかった弦十郎の言葉に、クリスは思わず声を上げる。

『引き受けた仕事をやり遂げるのは、大人の務めだからな』
「──ッ!? 大人!? はん! 大人の務めと来たかッ! 子供の事なんて何とも思っちゃいない、余計なこと以外何もしてくれない大人が偉そうなこと言うなッ!?」

 弦十郎の言葉が、クリスの心の地雷を踏み激昂させる。
 クリスの事情を知らない颯人は、この件に下手に首を突っ込むと火に油を注ぐだけと判断し彼女の怒りが静まるまで傍観する事を決めた。

 だんまりを決め込む颯人を余所に、弦十郎は通信機越しにクリスの言葉に対して首を左右に振り否と口にした。

『余計な事と言うが、では今君達がそうしていられるのは何故だ?』
「うッ!?」
『察するに、ウィズが君達を悪い魔法使い達から匿ってくれたんだろう? それに傷の手当なんかもしてくれた。違うか?』
「う、うるせぇっ!?」

 痛いところを突かれて、動揺を隠せないクリスだったが弦十郎は更に畳み掛ける。

『確かに君達を酷い目に遭わせたのは大人なのだろう。だが、全ての大人が君達の敵という訳ではない。そこに居るウィズ、それに今は離れているが俺も君達の力になりたいと思っている』
「そんな言葉を、信じろってのかよ!?」
『信じてくれ…………頼む』

 通信機越しだから定かではないが、恐らく弦十郎は二課本部で通信機に向かって頭を下げているだろう。颯人にはもちろん、ウィズにも、透にも、クリスにすらそれが分かった。

 最早クリスの頭の中は怒りを通り越して混乱しっぱなしだった。フィーネに裏切られた事で大人は全て敵という認識をしていたクリスに対する、ここ数日のアルドからの献身的な世話と顔が見えずとも分かる弦十郎の心からの思い遣り。
 自らの価値観の揺らぎに、クリスは意識せず透に縋り付いた。

 その時、別室に引っ込んでいたアルドが再び姿を現した。アルドは部屋から出てくると、ウィズに向けて頷きかける。

「……どうやらここまでのようだな」

 アルドの頷きを見て、ウィズは懐に手を突っ込むとクリスのギアペンダントと透の残りのウィザードリングを取り出し2人に向けて放った。

 2人はギアと指輪を返されるや、即座に窓に向かって駆け出した。

〈コネクト、ナーウ〉

 ベランダから飛び出しながら、透が取り出したライドスクレイパーに2人で乗ってそのまま何処かへ飛んでいく2人。
 彼らの背を見送った颯人は、溜め息を一つ吐いて通信機の向こうの弦十郎に状況を伝えた。

「おっちゃん、残念ながら2人には逃げられちまった」
『そう、か。あの2人とはまだ話したい事があったのだが……』
「それは次の機会にでも取っときなって。そんじゃ」

 颯人は通信を切り、ベランダに出て2人が飛んでいった空を眺めながらウィズに問い掛けた。

「何で逃がしちまったんだ?」
「もう聞きたい事は無くなったんでな。聞く事を聞いたら解放すると言う約束を果たしたまでだ」
「律儀だねぇ」

 ウィズに適当に相槌を打ちながら振り返ると、アルドの手には何やら大荷物が抱えられている。それを見て颯人は目を丸くした。

「あれ? 何その荷物?」
「お前にここを見つけられた以上、もうここには居られないから別の隠れ家に移るだけだ」
「あ~、そいつは失礼しました」

 あの大荷物はウィズの言葉から察するに、アルドが指輪を作る為の器具何かが入っているのだろう。ウィズを出し抜きたかった颯人だが、あの様子にはちょっと悪かったと言う気もしなくもない。

 しかし彼にだって言い分はあった。

「でもよぉ、ウィズはもうちょっと周りと連携を取るべきじゃねぇのか?」
「……何だと?」
「だってよぉ、もう奏達もジェネシスの連中には敵として見られちまったんだぜ? 同じ敵を相手にするなら、もちっと足並み揃えられるようにした方が良いとは思わね?」

 敢えて仲間になれとは言わない。心を開く気が無い者が一緒に居ても、最悪足を引っ張るだけで終わるからだ。
 だがそれは別として、せめてもう少し連絡位は取り合った方が良いのではないかと言うのが颯人の意見であった。

「この間の通信魔法みたいな奴をさ……」
「…………ふん」
〈テレポート、ナーウ〉

 ウィズは颯人の言葉には答えず、小さく鼻を鳴らして魔法でアルドと共にその場から消えてしまった。

 颯人は暫し誰も居なくなった室内を見つめていた。その表情からは、彼の考えを読み取ることは出来ない。

 どれだけそうしていたのか、徐に歩き出し静かな足音を響かせながら部屋から出ていく。
 その際――――――

「みんな、もっと素直になればいいのにねぇ」

 誰に言うとでもなく紡がれたその言葉は、直後にドアを閉められた薄暗い室内に消えていった。

 それはまるで、行き場の無い言葉を聞く者が誰も居ない部屋の中に放り捨てたようでもあった。 
 

 
後書き
と言う訳で第47話でした。

ウィズが隠れ家にしていた部屋に関してですが、アパートの管理人はウィズが居る事を知っていました。より具体的に言えば、変身していない状態のウィズが管理人に金を握らせて黙らせていました。なので颯人達が管理人に問い詰めても管理人は知らんぷりです。

執筆の糧となりますので、感想その他お待ちしています。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 

 

第48話:3人寄れば姦しい

 
前書き
どうも、黒井です。

前回の話に関してですが、少々内容が宜しくなかったようでアドバイザーの方にも怒られてしまったので後半を主に改訂しました。
今後はこのような事が内容努めて精進しますので、今後ともよろしくお願いします。 

 
 その日、リディアンの地下にある二課本部の廊下を2人の少女が歩いていた。
 1人は2人居るガングニールの装者の1人として二課に協力している立花 響。そしてもう1人は、その響きの親友である小日向 未来である。

 今日は正式に二課の外部協力者として力を貸すことになった未来を案内する為に、響と共に二課の本部を訪れていたのだ。

 響に案内されて廊下を歩く未来は、普段自分が勉学を学んでいる学院の地下にこんな施設があった事に驚きを隠せず物珍しそうに周囲を見渡しながら歩いていた。

「学校の地下に、こんなシェルターや地下基地があったなんて……」

 映画の中同然の光景に目を丸くする未来に、響は堪らず苦笑を漏らした。自分も最初、訳も分からずここに連れてこられた時は似たような反応をしたことを思い出したのだ。

 その時、前方に設置された自販機の前に5人の男女が居るのが見えた。何やら真剣な表情で拳を握ってにらみ合う、5人の姿に響は元気よく声を掛けた。

「あ! 奏さん、翼さん、颯人さん!!」
「ん? あぁ立花か。そちらは確か、協力者の──?」
「こんにちは、小日向 未来です」
「えっへん! わたしの一番の親友です!」

 そこに居たのは奏に翼のツヴァイウィングの2人に颯人、そして慎次と朔也の5人だった。彼らに対し未来は丁寧に挨拶すると、翼と慎次、朔也の3人は挨拶を返したが、颯人と奏の2人は適当な挨拶だけ済ませて再び睨み合いを再開した。
 その雰囲気に加えて前半3人はともかく、後半の2人までが一緒に居るのは少し珍しかったので響は思わず翼に問い掛けた。

「あの、翼さん? 奏さんと颯人さんは一体どうしたんですか?」
「大した事じゃないわ。ただどっちがこの場の全員にジュースを奢るかでジャンケンしようとしてるだけよ」

 翼の答えに、響はまたかと言いたげに乾いた笑い声を上げた。未来はその様子を不思議そうに眺めている。
 と、その響の笑い声が合図になったのか、颯人と奏は同時に拳を突き出した。

「「ジャンケンポン! ポン! ポン!!」」

 相子二回の後、ジャンケンの決着はついた。
 結果は颯人がグーで奏がパー、よってジャンケンは奏の勝利となり颯人はめでたく全員にジュースを奢る事となってしまった。

「シャァッ!!」
「クッソ!?」

 心の底から喜ぶ奏と、対称的に悔しがる颯人。奏は悔しがる颯人に機嫌の良さそうな笑みを浮かべると、これ見よがしに颯人に催促した。

「ほれほれ、ぼやぼやしてないでさっさと買いな。響! それに、未来だっけ? 2人も何か欲しい奴言いな」
「うぉい!?」
「えぇっ!? いや、そんな……」
「私達、今来たばかりですよ。悪いですって」
「気にすんなって。2人増えた位大したことないよ。な、颯人?」

 奏の言葉に颯人は口をへの字に曲げ、憮然とした表情で財布を取り出した。

「ったく、好きかって言いやがって。へいへい仰せのままに。響ちゃん、未来ちゃん、翼ちゃん。レディーファーストだ。好きなの最初に選びな」
「で、でも……」
「それじゃ、私は緑茶を」
「えぇっ!?」
「立花、小日向も。こういう時は素直に厚意に甘える方が礼儀ってものよ」

 翼の言葉に一応の納得を見せ、響と未来も若干申し訳なさそうにしながらも好きな飲み物の名をを口にする。その後に慎次と朔也。
 奏は一番最後だった。

「おい、レディーファーストはどうした?」
「奏は別枠。ほれ、お前もさっさと選べよ」
「ふ~ん……ま、いいさ。そうだねぇ、アタシは……これ、レッ〇ブル」
「お前……一番高い奴を」
「ん? 何か文句でも?」

 颯人はぶつくさ文句を言いながら、奏の要望のジュースのボタンを押す。取り出し口に出てきた缶に手を伸ばそうとする颯人だったが、奏はそれに待ったを掛けた。

「待ちな颯人! 手ぇ上げな」
「ん……」

 奏に言われるがままに手を上げる颯人。
 これは奏にとって当然の警戒だった。このまま普通に颯人に取らせては、どんな仕掛けを施された偽物とすり替えられるか分かったものではない。だが流石に手を触れなければ、彼だって何も出来はしないだろう。

 あっさり引き下がる颯人に少しばかり怪しいものを感じながら、奏は取り出した缶の蓋を悠々と開けた。

 その瞬間、缶の上部が弾け紙吹雪と紙テープが散乱した。

「どわぁっ!?」
「ぷっ! わっはっはっはっはっ!!」

 ビックリ箱へとすり替えられていた缶に奏は仰天し、驚きのあまり尻餅をついた。その様を見て颯人は先程までと打って変わって愉快そうに笑う。

 驚かされたのは響達もだった。颯人は確かに奏用に買った缶には手を付けていない。一体いつの間にすり替えたのか?
 その答えに行き着いたのは慎次だった。

「ん? これは……」

彼は徐に取り出し口に手を突っ込むと、そこから一枚の布と蓋の開いていないレッ〇ブルの缶を取り出したのだ。それを見て奏は目玉が飛び出さんばかりに目を見開く。

「お、緒川さん……それ──!?」
「お、気付いた?」

 これが今し方の手品のタネだった。颯人は奏の性格から彼女が何を望むかを予想し、朔也の分を取り出すと同時にレッ〇ブルが出てくる取り出し口の所にカモフラージュ用の布を仕掛け、偽物の缶を入れておいたのだ。布は黒いので、よく観察しなければ上から見ただけでは分からない。
 奏は見事に引っ掛かってしまったのである。

「な、何でアタシがこれ欲しがるって分かったんだ?」
「お前の性格考えりゃ、ここで一番高い奴言うのは分かったんでね」

 可笑しいと言う感情が押し殺せないのか、再び口元から笑いが零れる颯人。その笑い声が癇に障ったのか、奏は烈火の如く怒り未だ手の中にある偽物の缶を潰さんばかりに握りしめるとそれを渾身の力を込めて颯人に投げつけた。

「~~~~!? ふざけんな!!」
「お~っと!」

 投げられた缶をあっさり回避した颯人だが、その程度で済ませる奏ではない。投げると同時に颯人に駆け寄りとっ捕まえようとする。
 勿論簡単に捕まる颯人ではなく、奏が走り出すと同時に彼もその場から逃げ出した。

 あっという間に二課本部の奥へと言ってしまった2人。翼は暫し2人が走り去っていった方向を見て溜め息を一つ吐くと、改めて未来に話し掛けた。

「んん、改めて、風鳴 翼だ、よろしく頼む。立花はこう言う性格故、色々面倒を掛けると思うが支えてやってほしい」
「いえ、響は残念な子ですので、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「ええ~、なに? どういうこと~?」
「響さんを介して、お2人が意気投合しているという事ですよ」
「むむ~、はぐらかされた気がする」
「ふふっ」

 翼と未来、そしてそれに対する慎次のフォローに納得のいかない顔をする響。
 そんな響を見て笑みを浮かべる翼。

「でも未来と一緒にここに居るのは、なんだかこそばゆいですよ」
「司令が手を回し小日向を外部協力者として二課に登録したが……それでも、不都合をしいるかもしれない」
「説明は聞きました。自分でも理解しているつもりです。不都合だなんて、そんな」
「あ、そう言えば師匠は?」

 不意に響が、今日はまだ会っていない弦十郎の事を思い出し首を傾げた。苦労を掛けたと言うのであれば一言礼を言っておきたいのだが。

 そこで奏が颯人と共に戻ってきた。

「はぁ……はぁ……あ、戻ってきた」
「ふぅ……ちょうどいい、ちょっとタイム。何か飲もう……あ、小銭ねえ」
「ちょっと待ちなって」

 近くを一周して戻ってきた2人は、今度は奏の支払いでジュースを買い喉を潤してから3人の方を見る。

「んぐ、んぐ……ぷはぁ! な~に、気にすんなって。颯人以上に面倒掛ける奴はいないって」
「んん、俺が何時面倒掛けたよ?」
「何時もの事だろうが!」
「奏だけだよ」
「尚悪いわ!」

 ついさっき追いかけっこして、たった今仲直りしたと思ったらまた喧嘩。目まぐるしく表情を変える2人──しかも片方は国民的アーティストだ──に、未来は目を白黒させた。

「あの、もしかして奏さんと颯人さんって……お付き合いしてるんですか?」
「ぶぅぅっ!?」


 とても親しそうにしている2人に、勘繰った未来が口にした言葉に奏が口に含んでいたジュースを思いっきり噴き出した。それを彼女の前に居た颯人が思いっきり被る事になる。
 顔面に奏の口から吐き出されたジュースを浴びた颯人は、無言で帽子からタオルを出しそれで顔を拭く。

 一方の奏は顔を真っ赤にして咽ながら反論しようと口を開く。

「おま、な──!?」
「え? 違うんですか?」
「ち、違う! まだ答えてないし」
「そうそう、まだ答え貰ってないから付き合ってないよ」

 奏に続き顔をタオルで拭きながら未来の言葉を否定する颯人。タオルで顔を覆っている為その顔色は窺えない。

 しかし、未来は2人の言葉の中に含まれた”ある単語“を聞き逃さなかった。

「『まだ』……って事は、その内付き合うんですか?」
「んなっ!?」
「……そうなったら良いけどねぇ」
「ん゛っ!?」

 未来の言葉に続けて放たれた颯人の言葉に奏は言葉を失う。堪らず目を瞑って天井を仰ぎ見る奏と、それを合図にしたかのようにタオルを取る颯人。タオルの下から現れた彼の顔は、特に赤くなることも無くいつも通りであった。

「あら~、いいわね。ガールズトーク? 混ぜて混ぜて。私のコイバナ百物語聞いたら、夜眠れなくなるわよ~?」

 そこに姿を現した了子。彼女は薄ら聞こえてきた会話と顔を赤くして天井を意味も無く見ている奏の様子に、新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべながら近づいてきた。

「俺ガールじゃないよ~」
「右に同じ」
「左に同じです」
「細かい事は気にしな~いの!」

 了子の言葉に軽く反論するもあっさり流されるこの場の男3人。全く相手にされない事に、颯人は残ったジュースを一気に飲み干した。

「りょ~うこさんのコイバナ~ッ! きっとうっとりメロメロオシャレで大人な銀座の物語~ッ!」

 そんな彼を放置して、了子の言葉に食い付く響。何だかんだで響も健全な女子高生、他人のコイバナやガールズトークには目が無いのだ。
 当然彼女の話には未来も興味津々と言った様子だし、翼も満更無関心と言う訳ではない様子だった。唯一奏はそれどころではない様子だが、それでも気にならない訳では無いようで少しすると顔を扇ぎながら了子の話に耳を傾けた。

「そうね……遠い昔の話になるわねぇ……こ~う見えて呆れちゃうくらい、一途なんだからぁ」
「「おお~ッ!」」

 しみじみと口にする了子に、声を上げる響と未来の2人。少女2人が目を輝かせるのだが、そこにこの男が水を差した。

「遠い昔……何だか年季を感じさせる言葉だな」

 女性にとって禁句となる年齢に直結する言葉を口にする颯人。妙齢の女性である了子がそれに反応しない訳も無く。

 女性の割には結構固く握られた拳が颯人に飛んだ。

「うぉっと危ないッ!?」

 飛んできた拳を颯人はギリギリで回避。更に追撃を恐れて距離を取る颯人を、奏は呆れた目で見ていた。

「馬鹿な事言うから」
「意外でした。櫻井女史は恋と言うより、研究一筋であると」
「命短し恋せよ乙女ッ! と言うじゃなぁい? それに女の子の恋するパワーってすっごいんだからぁッ!」
「女の子、ねぇ……」
「あら何か文句ある?」

 懲りずに藪を突く颯人を了子が笑顔で威嚇する。顔は笑っているが、その手には何時の間にか奏が飲み干し空になった空き缶が握られていた。スチール缶の筈のそれは、握り締められて形が歪み、思いっきり振りかぶられている。

 音を置き去りにした空き缶が飛んできそうな気迫に、颯人は無言で口にチャックのジェスチャーをした。

 流石に懲りた様子を見せた彼に、了子も気が済んだのか空き缶をゴミ箱に放り投げ話を続けた。

「私が聖遺物の研究を始めたのも、そもそも────あ」
「「うんうんッ! それでッ!?」」

 話の途中で何を思ったのか言葉を途切れさせる了子だが、響と未来の2人は彼女の様子に気付いていないのか続きをせがむように身を乗り出す。

 そんな2人の様子に、了子はやや引き攣った笑みを浮かべた。

「……ま、まぁ、私も忙しいから! ここで油を売ってられないわッ!」

 無理矢理話題を変える様にそう言った了子に、彼女が凶器を持っていない上に距離があるのを良い事に再び何かを口にしようとする颯人。しかしそれを予見していた奏は素早く彼に近付き、手を押し込む勢いで彼の口を塞いだ。

「とにもかくにも、できる女の条件は、どれだけいい恋をしているかに尽きる訳なのよ。奏ちゃんみたいにね?」
「えっ!? いや、あの──」

 ここで了子がこんな事を言うとは思っていなかったので、奏はまた顔を赤くした。動揺して力んでしまい、颯人の口を塞ぐ手に力が籠る。

 颯人と奏の様子を目にすると、了子は満足そうに頷いた。

「ガールズ達も、いつかどこかでいい恋なさいね? んじゃ、ばっはは~い」

 響達に手を振りながら颯爽と去って行く了子。
 彼女の背を響は残念そうに見送った。

「ん