デート・ア・ライブ~Hakenkreuz~


 

第一話「プロローグ」

ここは、何処なのだろうか?

私は一体誰なのか?

分からない。何も分からない。

…ああ、そこにいる方々、少しお話を…っ!

痛い、何をするのですか?

やめてください。痛いです。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


















ああ、

分かりました。

そっちがその気なら

私の全てをかけて

あなた方を殲滅しましょう。




















「Sieg Heil(勝利万歳)!!!」
 

 

第二話「【SS】」

 
前書き
やばい、士道君の口調がブレブレになってしまった…。 

 
~士道side~
俺、五河士道は何処にでもいる普通の高校生だった。このまま何も変わらない日常を謳歌するのだろうと思っていた。しかし、二年生の入学式の日から俺の日常は大きく変わってしまった。

全ては一人の精霊との出会いからだった。そして妹である琴里が司令をやっている組織ラタトスクから聞かされた話。

一般的にはまだ原因が分かっていない空間震の原因。精霊がこの世界に現れる時に必ず起きる物らしい。そして今年クラスメイトとなった鳶一折紙も所属している部隊ASTは精霊を殲滅することが目的だと聞いた。

だけど、それとは別の対処法がありそれが精霊とデートしてデレさせる事。そしてキスをする事で精霊の力を封印できると。それが出来るのは俺だけだと。そしてそれをサポートする為に組織されたのがラタトスクである事も。

言われた当初は全く実感が湧かなかったが最初に出会った精霊、十香に次にであった四糸乃の力を実際に封印した事で自分の力を自覚することが出来た。

そして皆と平和な時間を過ごしていると新たな空間震が起き、俺はラタトスクに呼び出された。

「ようやく来たわね。丁度空間震が起きるところよ」

琴里がそう言った瞬間モニターに移された街が突然歪み一瞬にして画面をノイズへと変えた。見慣れてないとはいえ見間違う事は無い。あれが空間震だ。ノイズは直ぐに治りモニターに移ったのは数瞬前とは違い荒廃した街の様子だった。

「今回の空間震はそれなりの規模ね。さて、一体何が出たのやら…っ!」

琴里がモニターを見た瞬間固まる。その顔には驚愕の二文字が浮かんでいた。

「嘘でしょ?」

「まさかそんな」

よく見れば他の人たちも似たような感じで全員モニターを見て固まっている。そして、モニターに映る一人の女性を見て俺は息が詰まるのを感じた。

きらめく銀髪をはためかせ、人形の如き美しさを持つその顔に歴史の授業で見た事がある、ナチスドイツの軍服の様な物を着込んだその女性は人とは思えない美しさを持っていた。そんな女性が空間震が起きたクレーターの中央で腕を組み目を瞑っていた。その姿からは女帝というイメージすら湧いてくる。

「…【SS】」

「エスエス?」

琴里が呟いた言葉に俺は聞き返す。そのままの意味ならSSになるけど一体何の事だ?ショートストーリー?

「…あの精霊の識別名よ。彼女が来ている服装からそう呼ばれているわ」

「AST来ます!」

苦虫を噛み潰したような顔で琴里がそう言った時丁度ASTが到着した様だった。また、なのか?ASTは一斉にミサイルを放つ。精霊なら死ぬ事は無いと分かっているとはいえこれには納得できない。琴里に向かって口を開こうとした時だった。

彼女は何処から取り出したのか小銃を握っておりそれをASTに向けて放った。本来ならASTにはそんな銃が効くはずがない。だけど、放たれた弾丸は呆気なくASTの体を貫通した。

「…え?」

自然と疑問の様な声が出ていたがそうしている間にも二発目、三発目が放たれる。銃より飛び出した弾丸はまるで意志を持ったように逃げ惑うASTを追尾し真っ赤な花を咲かせていく。

「な、何なんだよこれ…」

そして僅か数分、いや、もしかしたらもっと短い時間だったのかもしれない。その間にASTは負傷した仲間を連れて逃げて行った。精霊は追う気がないのかASTに背を向けて歩き出した。

「琴里、彼女は一体…」

「識別名【SS】は初めて現れた時から向かってくる者に容赦がなかったわ。彼女が持つあの銃のせいで既に何人も再起不能になっていて中には、死んだ人もいるわ」

「っ!」

きかされた内容はあまりも重い内容だった。それと同時に思い知った。世の中には自分の意志で手を染める精霊もいると言う事を。だけど、

「でも、あいつも精霊なら…」

「ええ、デートしてデレさせる。でも、出来る士道?彼女は十香や四糸乃みたいに甘くはないわよ?」

琴里の何処か挑発めいた言葉に俺は頷く。

「ああ、俺の力で救うことが出来るなら」

「ふふ、よく言ったわ士道。さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょう!」 

 

第三話「対話」

「SS marschiert in Feindesland
Und singt ein Teufelstlied
Ein schütze steht am Oderstland
Und leise summt er mit
Wir pfeifen auf Unten und oben
Und uns kann die ganze Welt
Verfluchen oder auch loben
Grad wie es ihr wohl gefällt
Refrain
Refrain
Wo wir sind da ist immer vorwärts
Und der Teufel der lacht nur dazu
Ha ha ha ha ha ha!
Wir kämpfen für Deutschland
Wir kämpfen für Hitler
Der Gegner kommt niemals zur Ruh'」

アリーナの中に入った精霊、識別名【SS】と呼ばれる彼女はその識別名通りの歌を歌いあげる。歌っている内容さえ気にしなければ誰もがウットリと耳を書向けるほどの美声であったが残念な事に彼女の歌を聞いている者はいなかった。尤も、彼女にとってそんな事は些細な事でしかなかったが。

「ふふ、やっぱり自由に動くからだと言うのは素晴らしい物ですね」

アリーナの中央にてクルクルと周る彼女は思い通りに動く体に恍惚とした表情を浮かべる。暫くそうしていたがやがて軍靴の音を響かせ回り終えた彼女はある一点を見つめる。その眼には先ほどASTを退けた時の様な冷たい目をしていた。

「さて、いつまでそこにいるつもりかは知りませんがのぞき見されるような趣味はありません。5秒以内に出てきてください。出て来なければ吹き飛ばします。5、4「わ、分かった!出るから待ってくれ!」最初からそうすればいい物を」

小銃、Kar98kを向け数え始めると情けない声と共に一人の少年が飛び出してくる。彼女は詰まらなそうに呟くと足を踏み込み一瞬で少年の所まで跳躍する。少年、五河士道の目の前に立った彼女は右手に持った小銃ではなく左手にいつの間にか持っていたワルサーP38を五河士道の額に当てる。鉄の冷たさと引き金を引くだけで殺せる武器が自分の額に突き付けられているため五河士道の顔は真っ青になっている。

「さて、一体何の様ですか?私はこう見えて忙しいのですよ」

「そ、それは…っ!」

五河士道は両手を上げ無抵抗の意志を示しながら必死に言葉を伝えようとするが銃が突き付けられた状態では上手く話せないのかしどろもどろになっている。

「…き、君と話がしたいんだ」

「…話?私は赤の他人と話す事など何もありませんが?そもそも貴方は誰ですか?」

五河士道の言葉が気に入らなかったのかワルサーを握る手に力が入り額に少しめり込む。その様子を見て青を通り越して白くなりつつある五河士道は更に話を続ける。

「お、俺は五河士道。精霊である君と話がしたいんだ」

「…へぇ」

彼女は五河士道の言葉に目を細める。しかし、先程の様に苛立ちを感じていないのか突き付けていたワルサーをホルスターに戻す。漸く解放された士道は両手を降ろし安堵の息を吐いた。そして士道は気を取り直して彼女の方を見て口を開いた。

「あ、あの「お話をする前に幾つか質問があります」な、なんだ?」

「まずその1。何故精霊の存在を知っているのですか?一般人は普通存在そのものを知らないはずですよね?その恰好を見る限りいつも飛んでくるコバエ共ではないようですし」

「そ、それは…。俺はラタトスクという組織に所属している。そこでは精霊の保護を目的にして活動している」

「成程。ではあのコバエとは別の組織、それも敵対していると考えてよろしいのですか?」

「敵対している訳ではないけど、味方ではないな」

「…質問その2、の前に新たに出来た3の方から聞きますか。保護と言ってましたがどうやって保護をするので?まさか霊力が観測されていることを知って言いますよね?」

「あ、ああ。俺にはある力があるんだ。その力は精霊の霊力を封印できる。封印すれば霊力は観測されないから精霊は普通の人間として生活できる」

「…」

士道の言葉に彼女は何かを考え込むように顎に手を当てる。少しして考えがまとまったのか士道の方を見る。吸血鬼の如き真っ赤な瞳が士道を射抜く。

「大体理解はしましたがそう言う事ならお引き取り願います。私は霊力を封印されるなんて真っ平ごめんですので」

「でもそれじゃ現れる度にASTに…」

「そのASTというのがあのコバエの事ならご心配なく。あの程度物の数ではありません。私を倒したいなら精霊を殺せる実力者を連れて来ない限りね」

士道はここに来る前にASTを蹴散らした姿を見ているため言葉に詰まる。しかし、

「でもそれじゃ毎回ASTと戦闘になるだろ!何でお互いに争わなけばいけないんだ!話し合いで解決だって…」

「…ふ、ふふ」

士道の叫びに彼女は何が面白かったのか口から噴き出す。そして、

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

アリーナに響き渡る大笑いを上げる。よっぽど可笑しかったのかお腹を抱えもう片方のてを顔に当てている。

「な、何が可笑しいんだ!」

「ふふ、ヒヒ…ふぅ。五河士道と言ったけ?いやぁ、君には笑わせられたよ。久しぶりにこんなに笑った」

彼女は息を整え目じりに溜まった涙をぬぐうと絶対零度の如き冷たい視線を士道に向ける。向けられた士道は一瞬で体中から熱を奪われたような感覚に襲われた。

「対話で解決できるなら既にそれが成されているよイエローモンキー。大体人間とは臆病な生物だ。自分とは違う、ただそれだけで迫害し差別する。それが人間ではないならなおさら、ね。人間という社会は人の姿をしながら世界を滅ぼせる力を持った私たちを決して受け入れない。その力が自分たちに向いたら、と考えるから。そして既に無意識、意図的ではないとは言え既に害が実際に出ている。例え封印し保護したとしてもそれは一時的に過ぎない。必ず殺そうとする者が現れるはずだ。その時、君は今と同じことを言えるかな?」

彼女の言葉に士道はただ黙る事しか出来なかった。
 
 

 
後書き
二時前にもう一話投稿します。 

 

第四話「対話の後で」

「…で?言い負かされて這う這うの体で逃げかえってきたわけ?」

「う、面目ないです」

識別名【SS】との対話から戻ってきた士道を出迎えたのは司令官モードの琴里からのきついお言葉であった。結局答える事が出来なかった士道はアリーナから出て行く彼女をただ見送る事しか出来なかった。いや、その気になれば士道は追いかける事が出来た。しかし、彼女の元に向かう前に見たASTの悲惨な光景と彼女から向けられた冷たい眼差しが士道の足を縫い付けているかの如く動かさせなかった。

それから数分後に彼女は消失(ロスト)したためラタトスクの空中艦フラクシナスへと士道は回収されたのだった。

「それにしても、彼女が言った言葉も尤もだわ」

琴里は悔しそうに顔を歪める。確かに今は何とかなっているとは言えいずれ精霊を封印していけばボロが出る可能性もあった。精霊と親しい関係になった者たちが正体を知った時果たして受け入れてくれるだろうか?それどころか化け物と忌み嫌う者がいても可笑しくはない。しかし、

「だからと言って精霊を救うのを辞める事はしないわ。そんなのラタトスクの存在意義に関わるもの」

精霊と対話しその力を封印する事で平和的な解決を目的に発足したラタトスク機関。力を封印された精霊が平和に暮らせるようにあらゆる準備は整えてきた。

「士道!彼女の言葉に思う事はあるかもしれないけど」

「分かっている。俺が諦めれば精霊を救う事は出来ない。そうなれば四糸乃みたいに争いたくない精霊を見捨てる事になる。俺は、そんな事は出来ない」

士道の言葉に琴里は笑みを浮かべる。

「よく言ったわ。それでこそ私のおにーちゃんよ」

例えどんなことがあろうと立ち止まるわけにはいかない。

「さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょう」



















天宮市にあるとあるビルの屋上。そこで彼女、【SS】は一人の女性と対峙していた。

「それで?一体何の用かしら、お嬢さん(フロイライン)?」

「いえいえ、特に大事な用はありませんわ」

女性は可笑しそうに唇をゆがめる。彼女は不快感を隠すことなく顔に出しながら右手に持った小銃を突き付ける。

「ならさっさと消えてくれる?私、貴方の近くに居たくないの」

「あらあら、随分と(わたくし)は嫌われておりますのね」

「当たり前でしょ?ナイトメア」

彼女は女性、ナイトメアの報を見ながら警戒する。彼女がこの世で最も警戒する精霊。本来なら同じ町、いや国にすらいたくないと思っているが彼女の目的のためにも今出て行くわけにはいかなかった。

ならば、どうするか?簡単である。追い出すだけである。

彼女は躊躇なく引き金を引く。体に響く衝撃と共に弾が吐き出され寸分違わずナイトメアの額を貫いた。普通なら即死の一撃を受けたはずだがナイトメアの顔には笑みが浮かび彼女の顔には苦虫を噛み潰したような表情が浮かんでいた。

「全く、いきなり発砲なんて淑女に有るまじき行いでしてよ」

「お生憎様、私は今まで自分を淑女と思った事は無い。目的の為ならあらゆる事をした私は既に淑女とは言えないもの」

彼女はリロードを終えると後方に向けて放つ。本来なら何もないはずの空間から骨董と言われても可笑しくない短銃が現れ発砲した。撃ちだされた弾は彼女の放った弾にぶつかりお互い関係な方向に弾かれた。

「…随分器用な事をするのね」

「ふふ、この位造作もない事ですわ」

体を後方へ向けた彼女の先には先ほど額を撃ち抜かれたはずのナイトメアの姿があった。しかし、ナイトメアの能力を知っている彼女はさしたる驚きを見せず小銃をリロードするとナイトメアに向けた。

「もう一度だけ言うわ。ここから消えて。一応ここは私の拠点なの。あなたに近寄られたくないの」

「もし、従わないと言ったら貴方はどうしますか?」

「簡単よ。分身体を全て殺し尽し本体も殺す」

「そうですの…」

ナイトメアは暫く薄く笑みを浮かべていたがやがて観念したように身を翻す。

「分かりましたわ。今日の所は御暇しましょう。ですが、私は暫くここ(天宮市)を拠点にしますのでもし道端で出会ってもいきなり撃つ様な事はしないようにお願いしますわ」

「貴方は私を何だと思って言うの?」

彼女は心外とばかりに顔を歪めるがナイトメアは可笑しそうに笑いながら影の中へと消えていった。暫くは小銃を突き付けていた彼女だったがナイトメアの気配が消えたことで漸く小銃を降ろすと隅に座り目を瞑った。自分の目的を思い出しながら。
 

 

第五話「対話の翌日」

-Heil Hitler! Heil Hitler! Heil Hitler!

遠くの方から叫び声が聞こえてくる。それと同時に懐かしい音楽も聞こえる。

これは…夢だろうか?メインストリートを行進する軍隊に歩道に集まった人たちが右手を上げて叫んでいる。

ああ、この光景全てが懐かしい。でも、何故だろうか?どの光景も懐かしいと思えるのに何で記憶にないの?

嫌だ、忘れたくない。忘れたら、私じゃなくなっちゃう!やめろ!嫌だ!

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ!!!!!!!

















「…はっ!!!!」

天宮市のビルの屋上の上で彼女は飛び起きた。体中を冷や汗で濡らした彼女は額に張り付いた前髪を払い息を整える。しかし、心臓は全く落ち着かず未だに早く脈動している。

「…くっ!」

全く落ち着かない心臓に業を煮やし近くに置いてあるペットボトルに入った水を飲む。ぬるくなった水が喉を通り彼女の体に潤いを与えていく。心臓も漸く落ち着きを取り戻しゆっくりと元の脈に戻っていく。

「…一体、何だったのだ…?」

何を見たのかは覚えていない。とても懐かしい気持ちになったが今となっては全く分からない。

精霊になってから失った記憶をこういう形で見るのは不快でしかなかった。あれを見る度にこうなっていたのでは体がもたない。

「…体を洗わないとな」

彼女は着ていた軍服を消失させ代わりに黒いワンピース姿になる。精霊である彼女にとってこの位造作もないが汗が張り付く不快感だけはどうしようも無かった。

彼女は素早く荷物を纏めると人に見られないように注意を払いつつビルから飛び降りる。幸い近くに人はおらず彼女は重力を感じさせない動きをふわりと地面に降り立つ。そしてそのまま通い慣れつつある近くの銭湯に入っていく。当初は慣れなかった日本の習慣にも天宮市に来てから半年(・・)も経てばある程度は慣れると言うもの。

「あら、アンナちゃん。おはよう」

「おはようございます。(よね)さん」

番台にいる女性、米が彼女に声をかけてくる。彼女はお金を渡しながら返事をする。彼女に名はない。あったのかもしれないが今(・)の彼女にはない。故にここに来るときはヨーロッパから留学してきたアンナと名乗っている。

女と日本語で書かれている暖簾をくぐる。朝早い事もあり中には人はおらず銭湯特有の蒸し暑さが彼女の体を包み込む。

着ていた服を消滅させタオルを持って風呂へと向かって行く。同性ですら見惚れるであろう美貌を包み隠さず晒すその姿には神秘的な魅力さえあった。誰も空間震を起こすたびにASTを蹴散らし時には死者すら出す精霊とは思えないだろう。

「(ナイトメアがここにやってきた。そして精霊の力を封印できるという五河士道…。ここも面白くなりそうね)」

ここに来てから初めて起こした空間震の後に出会った一人の少年。精霊の力を封印できるという彼に警戒こそ抱けど好意を持つ事は絶対にない。自らの目的の為にも精霊の力を封印されるわけにはいかない。いや、精霊の力を封印されれば取り返しのつかない事になりかねない。根拠は無かったが彼女は自分の脳内に浮かんだこの思いを否定する事は出来なかった。

「(…五河士道、貴方は私の目的を知った時どうするのかな?敵対?それとも…)ふ、ふふ、アハハハハハハハハハハッ!」

彼女はあり得るかもしれない未来を想像し不敵に笑うのであった。
 

 

第六話「休日の過ごし方・Ⅰ」

 
前書き
原作に絡めないと話が全然進まねぇ 

 
「この辺もきな臭くなってきたね」

彼女が拠点にしているビルの屋上。その上から天宮市を眺めていた彼女はふと、そんな事を呟いた。彼女の目線の先では上空を警戒するASTと裏路地に見えるナイトメア、そしてそのナイトメアに対峙する一人の少女の姿があった。魔導師(ウィザード)の中でもトップに位置する実力を誇る崇宮真那である。ナイトメアの行く先々で追いかけては殺している女性で彼女も幾度か戦ったことがあった。尤も、彼女はもう二度とごめんだと思っているが。

「(ここを動いた方がいいかもしれないね。流石にこんな場所じゃいつばれても可笑しくはないか)」

彼女は視線の先でずたずたに切り裂かれるナイトメア、の分身体を見ながらそう思いバレないように屋上の隅に丸まり意識を手放すのであった。







「…」

「鳶一一曹何をしているの!早く帰投するわよ!」

「…了解」














「おばちゃん、コロッケを一つ下さい」

「はいよ」

崇宮真那によるナイトメア、の分身体の殺害から二日が過ぎた。世間的には休日となる今日彼女は天宮市をぶらついていた。目的はない。ただの散歩である。何時もは目的の為に様々な行動をしているが目的のためにはどうしても暇になる時間が出てきてしまうため彼女は街を散策したり前の様に消失からの空間震による現界などをして暇を潰していた。

「…ふむ、やっぱりコロッケは揚げたてが一番だな」

金を払い揚げたてのコロッケを頬張る彼女は可愛らしく周辺にいる人々はほおを緩ませていた。

「さて、次は何処に行こうかな…ん?」

コロッケを食べ終えた彼女は次に暇つぶしになる物はないかと周辺を見渡すと一組の男女を発見した。ゴスロリ風の服装をしたナイトメアとこの前接触した五河士道である。五河士道については既に記憶の片隅に追いやられていたため思い出すのに数秒かかったが直ぐに思い出し一つの結論に至った。

「ナイトメアの霊力を封印しようとしているのかな?でも、ナイトメア相手だと確実にミイラ取りがミイラになるね」

あの少年がこのまま行けば確実に今日中に肉片へと姿を変えるだろうがだからと言って助ける義理もない。強いて言うならナイトメアの目的の邪魔を出来るが彼女はあれが成功する確率は低いと考えているため警戒するナイトメアに近づかない事で考えを纏めると二人に背を向けて歩き出した。五河士道が生きて明日を見ることが出来るかどうかを心の中で考えながら。
















「琴里、あれって…」

『士道。残念だけどあれにリベンジするのはまた今度よ。今は目の前の狂三に集中しなさい』

「士道さんどうかなされましたか?」

「い、いや何でもないぞ。早く行こうか…!」












「ナイトメアを探していたのですがまさかこっちが見つかると驚きです」

「…」

「まあ、お前も精霊であることに変わりはねーです。ナイトメアを探すついでにやらせてもらうです」

「…嫌だと、言ったら?」

「ふん!拒否権なんて最初からねーですよ!」

「…ならしょうがないな。こちらも全力でお相手するよ」

天宮市の中にある公園の中で二人は対峙する。片やナイトメアを殺し続ける崇宮真那に片や人を殺す事に罪悪感など持たないナイトメアに続く最悪の精霊。

彼女が嫌がっていたシチュエーションだが、彼女は悠々と武器を握り呟いた。

「Sieg Heil(勝利万歳)!!!」

「お前に勝利なんてねーです!あるのは死のみです!」

今、悪(SS)と善(真那)がぶつかる。
 

 

第七話「休日の過ごし方・Ⅱ」

先に動いたのは真那の方であった。両肩に付けられたスラスターから幾つものレーザーが吐き出される。彼女はそれを余裕を持って回避するが真那が指を振るとレーザーは角度を変え多方向から彼女の体を狙い突き進んでくる。

彼女はそれを体をくねらせ紙一重で回避するとともに右手にいつの間にか握られていた小銃を真那に向けて発砲する。時代錯誤の銃から放たれたにしては重厚な発砲音が響く。しかし、放たれた弾は真那が後方に回避する事で地面にぶつかり砂埃を発生させた。

「前にあった時よりも少しはやるよーですね」

「そういう君は少し鈍ったんじゃない?動きがとろいよ」

彼女は真那の言葉に返すとともに一気に接近する。そして一瞬で真那の懐に入ると左手に持っていたブレードを横なぎに払う。真那の体を上下に分断できるそれはしかし、CR-ユニットから発せられる随意領域(テリトリー)に阻まれる。一般兵程度ならそんな物関係ないとばかりに切り裂けるが真那のCR-ユニットは最新型と言う事もあり切断どころか皮膚に触れる事すら出来なかった。

「くっ!」

彼女はブレードを防がれた瞬間後ろに飛びのく。瞬間先程まで彼女がいた場所にレーザーの前が降り注ぐ。あのままあの場所に居れば確実に体中が穴だらけになっただろう。

彼女は飛びのくと同時に小銃を連射する。熟練者ですらここまでの早打ちは出来ないであろうと思われるスピードで連射された弾丸は真那が上空に飛び上がったため当たる事は無かった。

「流石ですね。ナイトメアに続く危険度の持ち主は伊達ではねーって事ですか」

「そう言うお前こそ本当に人間か?以前よりも人間を辞めていると思うよ」

真那の言葉に彼女はそう返すがその表情に余裕は無かった。対して真那にはまだ与力があるようで余裕そうにしている。

因みにここまでで彼女は銃を撃てど霊装を纏っている訳ではない。彼女が霊装を纏えば真那と言えど警戒せざるをおえないだろう。しかし、彼女は霊装を纏う事は無かった。

「そんなに余裕こいて死んでも知らねーですよ!」

真那は彼女の行いを余裕と取ったのか不機嫌な表情で一気に距離を詰めてくる。真那の両手にはブレードが握られておりそれを一気に振りかざす。

「…っ!」

「なっ!?」

瞬間彼女は動いた。距離を詰めてきていた真那の脇を素通りする形でするりと避けるとそのまま逃亡を開始する。真那も急停止をして追いかけようとするが真那の目の前に棒状の何か、柄付の手榴弾が目の前に現れた事で一瞬思考が停止する。これは彼女が脇をすり抜けた時に置き土産として置いて行ったものだ。

既に発動するための紐は抜かれており真那のテリトリーに触れると同時に大爆発を起こした。

「んな!?なんてことをしやがりますか!」

テリトリーに阻まれほぼ無傷とはいえ目の前で先行と大音量の爆発が起きればどんなものでも恐怖を覚えるだろう。真那も数秒とは言え恐怖に心を包まれるが直ぐに気を取り直し辺りを見渡すが既に彼女の姿は無かった。

「くっ!何処に行ったのですか…!」

真那は取り逃がしたと言う現実から手を握り締めるのであった。




一方、真那から無事に逃げることが出来た彼女は森の中を不規則に走っていた。真那を撒くためであるがあの爆発に気付く者もいるだろうし長居は無用だった。

既に森のある公園の反対側まで来ていたがまだ安心は出来なかった。今はただ、真那に見つからないように息を潜め逃げるのみだ。

彼女が本気になれば真那などどうにでも出来るが今真那を倒せばDEM社が本格的に介入してくるのは目に見えていた。

デウス・エクス・マキナ・インダストリーと呼ばれる軍事会社はCR-ユニットを始めとして様々な武器を製造している。更に魔導師最強のエレン・メイザースの存在もあり彼女とて現段階では迂闊に手を出す事は出来なかった。DEM社と本格的に敵対するのは彼女の考えではもう少し先であった。

「(…ここまでくれば大丈夫、と言いたいけど…)」

彼女は先ほどから感じる霊力にげんなりする。かなり近くから発せられるそれは今最も出会いたくない相手であった。

「(前門の虎後門の狼、か)なら私が進むのは…」

彼女は右へと反れる事で回避しようとする。しかし、

「おやおやぁ?私に挨拶せずに立ち去るつもりですかぁ?」

「…」

彼女の目の前の地面から一人の少女、ナイトメアが現れる。どうやらこちらが確認できたように既に彼女の僅かに漏れる霊力をあちらも感知していたようである。

「…どいてくれないか?」

「きひひひ、別に構いませんよ。貴方とやり合うにはまだ私の力は足りないですからね。けぇどぉ」

ナイトメアは短筒を彼女へと向ける。

「是非とも今から見てほしい光景があるのですよ。それからでも遅くはないのではないですか?」

ナイトメアは歪んだ笑みを彼女へと向けるのであった。
 
 

 
後書き
狂三ってこんな口調だっけ?あと真那も。 

 

第八話「休日の過ごし方・Ⅲ」

「断る」

ナイトメアからの申し出を彼女はばっさりと切り捨てる。しかし、ナイトメアは予想していたのか肩をすくめる。

「全く、少しは考えてくれてもいいのではないですか」

「私にメリットがない。大体貴様の食事を除いたところで何も面白味はないからな」

それにここには真那がいるため長居する事は出来ない。あれ以上相手をするのは面倒だからな、と口には出さなかったが心の中で呟く。一応撒くことが出来たとはいえ完全に安心とは言い辛かった。

「あらあら、私はまだ見てもらいたいものがあると言っただけですわよ?」

「今日の午前中にお前と五河士道が歩いているのを見かけた。どうせそいつ関係と思うのが必然だ」

「成程ぉ、あれを見られていたのですか。気付きませんでしたわ」

狂三は後悔するような表情で言うが口元には笑みが浮かんでいるためそれが本心ではないと見ただけで分かった。

「…さて、私はお前の近くにはいたくないんだ。通さないのなら、押し通るまで」

「き、ヒヒヒヒ!流石は【SS】さん。阻む者には容赦がないという訳ですの」

狂三は楽しそうに笑うと彼女に道を譲る。分身体でどうこうできるわけではないと最初から分かっており目的は最初からただの挨拶程度だった。

「…随分素直だな」

「ええ、それはそうでしょう。なんせ私は非力な分身体。貴方のお相手をするには力不足ですわ」

「…ふん」

非力と言う部分に目を細めるが別に指摘する事ではないため譲られた道を通る。分身体の脇を通る去り際に彼女は狂三に声をかける。

「…今も目的が変わっていないのなら言っておくぞ。私は貴様の目的を認めない。もし、目的が達成されそうなときは、貴様を殺す」

「…胸に刻んでおきますわ」

彼女は狂三のかを見ることなくその場を後にした。















世間では休日明けの日、彼女は来禅高校の近くに来ていた。理由は単純である。目の前に広がる校舎、しかしその周りを囲むように黒いドームで覆われている。

この前会ったナイトメアが有する時喰みの城と呼ばれる結界である。自分の影を広げその影を踏んでいる者の時間、つまり寿命を奪う代物だ。ナイトメアの天使は自らの時間を使用するためこうして他者から補充しているのだ。これがナイトメアが危険度が高い理由である。

しかし、そんな事は彼女にはどうでもいい事だった。一人二人の時間で得られる霊力などたかが知れているし例え百、千を一気に喰べても彼女に霊力を使わせればそれだけで十分消費させることが出来る。だが、彼女はあえて乗り込むことに決めていた。理由はとくにはない。ただ、数百近い時間を奪っているためそろそろ邪魔をしておきたかった。

彼女は霊装を纏うと一気に跳躍する。地上にいた彼女はそれだけで屋上を見渡せる位置まで飛び上がる。そして屋上には目標であるナイトメアと五河士道の姿があった。

彼女はラインメタルFG42自動小銃を構えるとフルオートで放ち屋上に弾丸の雨を降らせる。ナイトメアは分かっていた様で無傷で躱すが一緒にいた五河士道はいくつか弾が当たり血で屋上を染め上げる。弾倉を全て使い切るまで撃ち続けた彼女は空になった弾倉を交換しながら華麗に屋上に降り立つと直ぐにナイトメアに銃口を向ける。

「おやぁ?【SS】さんが私の邪魔をするなんて、珍しいですわね」

「別に、ただ目についただけ、だから」

彼女はそう言いながらフルオートでばら撒く牽制も兼ねて広範囲にばら撒くがナイトメアは自分の陰に入る事で呆気なく回避する。しかし、彼女はそれを予測していた為陰に向けて一気に放つ。当たるかどうかは分からないが圧を与える事は出来る。

案の定影は直ぐに消え代わりに右からナイトメアが現れる。その顔には不快の二文字が浮かんでおり忌々しそうに彼女を睨んでいた。

「小賢しい真似をするのですね」

「目的を達するのに手を抜く方が可笑しいのだ。私はただ貴様を潰すと言う目的の為に全力を出しているに過ぎない」

彼女はラインメタルFG42を話すと空間から新たにグロスフスMG42を両手にそれぞれ一丁ずつ持ちナイトメアに向けると一気に撃ち放った。本来なら固定しなければ撃つことは難しい機関銃を彼女は苦も無く発射する。先程とは比べ物にならない速度と弾丸がナイトメアに襲いかかる。

そしてナイトメアの体は呆気なく肉塊へと姿を変えるが彼女は警戒を解くことなくマガジンを交換する。そして彼女の後ろから新たな分身体が現れる。

「全く、貴方のせいで分身体が一体無駄になりましたわ」

「それは良かった。ならもっと減らせ」

ナイトメアの言葉を受けて彼女は更なる追撃を加えようと振り向く。しかし、

「待ってくれ!」

射線を塞ぐように一人の男が飛び出した。その男の姿に彼女は一瞬固まる。なぜならその男は先ほど体に穴を開け死んだはずの五河士道であったのだから。
 

 

第九話「ホロコースト・Ⅰ」

「待ってくれ!」

そう言って二人の間に飛び出た五河士道は一瞬で後悔した。なぜなら今まさに機関銃から弾丸が放たれようとしていた所に入ったからだ。彼女が士道の言葉に反応しなければまず間違いなくハチの巣にされ肉塊へと変えられるだろう。

「…何のようだ、五河士道。それに貴様は先ほど…」

「…それについては詳しくは俺も知らない。けど、その前に先ずは俺の話を聞いてくれ!」

士道は彼女がここにいる理由や先ほどミンチとなったはずの狂三が生きている事など聞きたいことが山ほどあったがまずは彼女に呼びかける。後ろにいる狂三は士道の邪魔をする気はないらしく特に危険な気配はしなかった。ただそれ以上に目の前にいる彼女は直ぐにでも士道ごと狂三を肉塊に変えても可笑しくない程戦意で溢れていた。とは言えそれをやっていないと言う事は少なくとも自分の話に耳を傾ける気はあると言うのだけは分かった。士道は次の言葉を言うためにつばを飲み込み口を開く。

「君が何で狂三を攻撃するのかは分からない。だけど少しだけ攻撃を止めてくれないか?」

「…何故?今のそいつは私の敵だ。憎むべき敵だ。邪魔をするな。殺すぞ?」

彼女はそう言いながら、機関銃を士道に向ける。人を呆気なく肉塊に出来る武器を突き付けられ士道を言い知れぬ恐怖が襲うがここで退いてはダメだと判断し一歩前に出る。

「頼む!俺に時間を…」

「…いや、どうやら君が欲しい時間は相手にとっては必要なかったようだ」

彼女が急に機関銃を下げると同時に士道の体は複数の手によって掴まれ拘束される。

「ぐっ!?く、狂三!?」

「きヒヒヒ!士道さん、もうまどろっこしいのは止めにしましょう。役者もそろった様ですし」

「?何の事だ」

「シド―!大丈夫か!?」

「士道!」

「兄さま!」

士道の耳に聞きなれた三人の声が聞こえてきた。一人は最初に封印した十香、一人は自分を過剰なほど慕っている鳶一折紙。そして最近妹だと言う事が判明した崇宮真那の三人だ。

「あらあら、皆さんお揃いで」

「おのれ狂三!戦いの途中で逃げるとは…っ!」

「もう逃がさない!」

十香と折紙はそれぞれそう言った後顔を見合わせる。お互い別々の場所で狂三と戦っていたようだ。

「まあ、恐ろしいですわ。こんなにもか弱い私に大勢で襲いかかろうだなんて。…でも【SS】さんも今日は本気の様ですし私も全力でお相手して差し上げますわ」

狂三はそう言うと右手を天に掲げる。

「おいでなさい!〈刻々帝(ザフキエェェェェル)〉っ!」

狂三の言葉と共に後方に巨大な時計盤が現れる。そして狂三は両手に古式の歩兵銃と短銃を持つと十香達に向ける。

「さあ!さあ!始めましょうっ!」

「ふんっ!またいつもの様に殺してやります!」

「狂三!シド―を離せ!」

「きヒヒヒ!貴方たちでは私を殺しきる事など不可能ですわ!」

狂三がそう言って〈刻々帝〉の力を使おうとした時であった。ゴロゴロと思い何かが転がる音が響く。屋上の床を見れば一つの柄付き手榴弾が両者の間に転がってくる音であった。

「っ!」

「へ?うわぁ!」

「シド―!」

「くっ!」

「これは!」

狂三は士道を連れたまま後方に大きく下がり十香はそれを追いかけようとするが爆風の壁に防がれてしまう。折紙と真那は大きく下がり昨日同じものを目の前で受けた真那はその正体に気付く。

「…私を無視して戦争を行うのはやめて欲しいね」

両者の中間、手榴弾による爆風が終わった後そこには先ほど以上に不機嫌な彼女の姿があった。手榴弾を使ったためか両腕に持っていたMG42は右手にしか握られておらず左手には何もなかった。彼女は左右を見渡すと懐から古い煙草を取り出し一服する。

「ふぅ、…崇宮真那。これは私の獲物だ。今日の所は退いてもらおう」

「ふんっ!誰がてめぇなんかの命令を聞きやがりますか。ナイトメアごと殺すまでです」

「…そうか。ならやる事は単純だ!」

彼女はそこまで言うと一旦区切る。瞬間彼女の周りに膨大な霊力が集中してくる。圧倒的な霊力の奔流にその場にいる全員が息を呑む。

「出でよ!〈無名天使(ノーネーム)〉!」

彼女がそう言うと同時に霊力が集まり彼女の両手にに集まりそれは手袋という形で現れた。黒い手袋だが手の甲には鉄製の真っ赤な鉤十字があしらわれていた。

ただの手袋、なれど見る物が見れば警戒せざるをおえない力を有していた。

「こちらの準備は整った。後は貴様等の方だ。さあ、まずは誰からだ?かかってくるがいい」

既に彼女を無視できる者はこの場には存在しなかった。先程まで自らの天使を出し戦意高揚していた狂三も、その宿敵である真那も精霊を憎む折紙も霊力を封印された十香もその霊力を封印した士道も彼女を抜いて何かをする事は出来なかった。

既にこの場は、彼女の圧倒的な力と雰囲気に呑まれ、支配されていた。

「来ないのか?」

彼女の言葉に答えることが出来る物はいない。彼女の一挙手一投足に目を離せない。離せば最後、一瞬で命を刈り取られる。そんな思いがここにいる者たちの心の中に巣くっていた。

そして、誰もが動けないこの場で彼女は失望したように息を吐くと口を開いた。

「なら、こちらから行くぞ」

瞬間、彼女による大虐殺(ホロコースト)が幕を開けるのであった。
 

 

第十話「ホロコースト・Ⅱ」

最初のターゲット(犠牲者)となったのは真那であった。彼女の視界の中で最も近くにいた、という程度の理由だが選ばれた方からすれば理不尽とすら言えるだろう。

彼女は右腕に持ったMG42を真那に向け発砲した。先程ナイトメアに向け放った物と同じ弾丸。しかし、それは不気味に赤く光る弾丸に変貌していた。

「くっ!」

真那はとっさの事で右に回避する。運よく弾丸は一発もかすりもせずに真那の右わきを通り過ぎていく。しかし、通り過ぎた弾丸は勢いを殺すことなく、まるで何かに弾かれたように角度を変えて真那を後ろから狙う。

「っ!危ない!」

咄嗟に気付いた折紙が真那を押す事でそれも回避するが弾丸は見えない壁に当たったように角度を大きく変える。今度は弾丸がそれぞれ別の方向に跳ねる事で先ほど以上に回避を難しくしていた。

「はぁぁっ!」

視線が真那と折紙に向いている隙に死角から十香が攻撃を行う。両手で持った鏖殺公(サンダルフォン)を振り下ろす。しかし、彼女はそれを左腕に持ったトンファーで受け流す事でダメージを最小限に抑える。そして渾身の力を入れて振り下ろした十香は受け流されたことで姿勢を崩してしまう。

「ふっ!」

「あぐっ!?」

彼女は反撃と言わんばかりに受け流した動作を利用し十香の顔に回しげりを食らわせる。無防備となっている十香は何も出来ずその顔面に彼女の靴をめり込ませ屋上の端へと吹き飛ばされてしまう。更に鏖殺公(サンダルフォン)を途中で離してしまったため彼女の手を離れ遠くの方へと落ちて行った。

「十香!」

「これはこれは、まさかここまでとは思いませんでしたわ」

意識を失い倒れる十香を見て士道は叫ぶ。その隣では予想していなかった彼女の本気を見て逃げる算段をしている狂三の姿があった。

「(今この場で彼女の相手をしてもよろしいですがそれによってどれ程の被害が出るのか分からない以上この場は退いた方がよろしいですわね)…さて、士道さん。本日はここでお暇させていただきますわ」

「狂三!?何を…」

「本当なら貴方を喰べたかったのですが彼女が暴れていては私も危ないのでまた後日にさせていただきますわ」

「させると思うのか?」

狂三は一瞬で後方に下がる。瞬間狂三がいた場所をいくつもの爆発が発生する。その原因である彼女の方を見れば狂三の方に銃口を向ける姿があった。

「あら、真那さんや折紙さんの相手はしなくていいのですか?」

「あのコバエ共ならとっくに潰した」

彼女の言う通り二人は肩を寄り添って屋上の入り口で倒れている。どうやら十香の一連の動きの間に無力化したようだ。

「折紙!?真那!」

「…さて、残るはナイトメア、お前だけだな」

「ふふ、士道さんは数に居れていないのですね」

「当たり前だろ。武器を持たない、戦意もなくただ戦闘の邪魔にしかならない存在を数に入れる訳がないだろ」

彼女の辛辣な言葉に士道は俯く。彼女の言う通りこの場において最も戦力を有しておらず身を守る事も出来ないと理解していたからだ。士道のその様子を気にも留めず彼女は空間からある物を取り出した。

「光栄に思え、ナイトメア。貴様にはこれで止めを刺してやるよ」

彼女が取り出した物はナチスドイツが誇る高射砲、アハトアハトであった。到底人が持てるような大きさでも重量でもないが彼女はまるで小銃を構える時と同じように持ち、重さなど感じていないかのようにしている。

「準備は出来たか?まあ、準備が出来てなくても構わないがな」

彼女はそう言うと共に狂三へと弾丸が放たれる。MG42やラインメタルよりも巨大で手榴弾より威力のある弾丸はその射程距離の短さもあり呆気なく狂三の元に到着した。狂三は一瞬にして胴体が消し飛ぶと同時に弾丸の爆発の中へとかき消えていった。当たった瞬間の事も考えれば即死であろう。

「狂三ぃっ!」

狂三の呆気ない死に士道は声を上げるが狂三、ナイトメアの事をこの中では本人の次に知っている彼女は警戒することなくアハトアハトの代わりに機関銃を構えている。

「…お見事ですわ。あと少し早ければ私は死んでしまうところでしたわ」

「やはり、生きてたか」

「く、狂三?」

狂三が最後に立っていた場所。そこから少し後方から黒い影が現れ先ほど死んだはずの狂三が現れる。彼女は仕留め損なった事を薄々感じながら機関銃を構え士道はなぜ生きているのか分からず呆然とする。

「全く、貴方が本気の時に戦いたくはありませんわね。私が何十人いても足りないですわ。そうでしょ?私たち?」

狂三がそう言うと彼女と士道を囲むようにたくさんの狂三が現れる。

「な、なんだよこれ…」

「これらはあらゆる時間軸の私たちですわ」

大量に現れた狂三は本体を守るように配置しつつ全方向を囲むようにいた。彼女は首を回し軽く確認すると改めて本体の狂三を見る。狂三の瞳には既に戦意の意志はないが自分の邪魔をした彼女に不満はあるようで軽く睨んでいた。

「さて、私はこの辺でお暇させていただきますわ。流石にこれ以上暴れるのは危険ですので」

「逃がすと思っているのか?」

「きヒヒヒ!そのための私たちですわ!」

狂三がそう言うと分身体全てが短筒を向けてくる。確かに彼女と言えどこの数をまともに相手するのはきつい。自然と分身体の相手をせざるをおえなくなっていた。

「ナイトメアッ!」

「ふふ、それではごきげんよう。今日はそれなりに楽しかったですわ」

狂三はそう言うと自分の影の中に消えていくのであった。
 

 

第十一話「ホロコースト・Ⅲ」

「さて、これで最後か」

彼女は殿と言う形で残されたナイトメアの分身体、その最後の一体にMG42を打ち込み肉塊へと変えるとそう呟く。十体以上いたナイトメアの分身体は本体が姿を消してから僅か五分ほどで全滅した。本体に及ばずとも天使の力を持つにも関わらず呆気なく倒した彼女ん実力の高さを伺えるだろう。

「す、すごい…」

一方、屋上の隅で見ている事しか出来なかった士道はただただ彼女の戦いに目を奪われていた。それと同時に屋上の隅で戦いを見ている事しか出来ない自分が情けなく思えてくる。元々ただの高校生だった士道に精霊と戦う事など不可能だ。そんなことが出来るのなら既に精霊などこの世から消えているだろう。

「これで終了か?いや」

彼女はそこまで言いかけると後方を見る。そこにはブレードを杖にしてよろよろと立ち上がる折紙の姿があった。体中に弾丸が貫通した箇所があるが折紙は無茶を承知で体を動かす。

「【SS】っ、貴方はここで…っ!」

「…あなたが何故そこまで憎悪の感情を持っているのかは知らないし興味もない。だけど立ち上がり武器を持ちなおかつ闘志、戦意がある以上覚悟はあるのだろうな?」

彼女は右手に持った機関銃を折紙へと向ける。自動小銃の攻撃だけで満身創痍になっている現状で機関銃の攻撃を受ければ折紙の体は確実に肉塊に変貌するだろう。

「折紙!え、【SS】さん、止めてくれ!」

士道は彼女の攻撃を止めようと声を上げるが彼女の瞳は折紙へと向けられたまま固定されていた。

「くっ!なら!」

士道は震える足を無理やり動かし折紙の前に出ると手を広げ隠すように立つ。

「士道!?」

「…何の真似だ、五河士道。邪魔をするなら貴様も敵だ」

「頼む!これ以上誰かを殺すのは止めてくれ!もう、俺の目の前で人が傷つく姿なんて…!」

士道は機関銃の銃口を向けられている事による死の恐怖を無理やり抑え込み彼女へと叫ぶ。士道の心からの叫びであった。しかし、それは彼女の前では全く意味をなさなかった。

「…くだらない。今こうして相対するだけで膝を震わす貴様が何を言った所でこの現状では弱者の戯言でしかない。最後通告だ、五河士道。そこをどけ」

「…それは、出来ない!」

目の前の彼女から放たれる強烈な殺気。それだけ人の心臓を止めれるであろう殺気を真正面からうけても士道の返答は全く変わらなかった。本来それは士道の美徳なのであろうがこの場ではあまり意味がなかった。

「そうか…。ならば死ね」

彼女は士道の返答を聞くと何の抵抗もなく引き金を引いた。MG42という第二次世界大戦を代表する機関銃の本来の威力と彼女の天使による強化が施されたその弾丸はまさに一発一発が人の命を簡単に奪い人を肉塊へと変える力を有していた。

必殺の弾丸は士道の予測を超えあっという間に迫ってくる。自らの体で後ろにいる折紙が何処まで防げるかは分からない。折紙も士道を助けようと随意領域(テリトリー)を発生させるが彼女のCR-ユニットの随意領域(テリトリー)で防げる力などたかが知れていた。

直ぐに襲いかかって来るであろう痛みを想像し士道は目を瞑る。

しかし、それは

突然遮るように現れた熱風でかき消された。

「え…?」

「なっ!?」

「…」

士道は襲いかかって来ない痛みに疑問を持ち全てを見ていた折紙は驚きの声を上げ弾丸を呆気なく消された彼女は不快そうに眉を顰め上空を見る。

そこには、

「間に合った様ね」

天女の如き衣服を羽織り

「少しだけ力を返してもらうわよ士道」

炎を纏った

「焦がせ〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!」

五河士道の妹、五河琴里の姿があった。

「さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょう」









天宮市とは別の場所、暗い空間に彼らはいた。

「時は近い」

「我らの悲願はもうすぐ果たされよう」

「だがまだ不確定要素がある。それはどうする?」

「決まっている。いつも通りさ」

「そう、我らの前に立ちふさがる者には死を与えるだけだ」

「さあ、諸君。最後の仕上げを行おうじゃないか」

それを最後にこの空間からは声が完全に消えた。
 
 

 
後書き
琴里ちゃん漸く登場 

 

第十二話「ホロコースト・Ⅳ」

 
前書き
実家に帰省中の為投稿速度が遅くなる可能性があります。 

 
「琴里…、何で…?」

士道は茫然とした様子で上空に浮かぶ琴里を見る。琴里の今の姿は誰がどう見ても精霊にしか見えず右手には先ほど出現した巨大な斧が握られていた。

「…炎の精霊イフリートか。邪魔をするなら貴様も、死ね」

彼女は邪魔された不快感を隠そうともせず負の感情のままに琴里へとMG42を乱射する。人間であれば片手で撃つどころか持つ事すら難しい機関銃を軽々と持ち発射するそれは化け物とさえ思えた。

「はぁっ!」

琴里は先ほどと同じく炎を生み出すとそれを弾丸へとぶつける。霊力が込められた二つの攻撃は巨大な爆風へと姿を変えこの場で立つ者たちに襲いかかる。

「くっ!琴里!」

瀕死の折紙を庇いながら士道は琴里に呼びかける。辺りは爆風の影響のせいなのか黒煙が立ち込めており辛うじて時々聞こえてくる何かがぶつかる音や発砲音、そして士道のもとに襲いかかる衝撃が未だ二人が戦っている事を教えていた。

そして、黒煙が薄れその中央には、倒れ伏す五河琴里の姿とそれを見下ろす彼女の姿があった。

「っ!琴里ぃ!」

五河士道は思わずと言った様子で琴里の元へ駆け寄ろうとする。しかし、それは琴里の近くに立つ彼女から放たれる殺気のせいで未遂で終わってしまう。それと同時に士道は琴里に起きている異常に気付くことが出来た。

恐らく彼女に撃たれたであろう場所から青い炎が出現していた。それはいつの日か士道が体験した事象とよく似ていた。それが意味する事に思い当たった士道は一気に肩の力を抜く。

「…やはり、この程度では死なないか」

彼女も琴里の力を理解している様で忌々しそうに琴里を睨んでいた。やがて、炎が消えると琴里はゆっくりと立ち上がった。

「全く、無茶な事をしてくれるわね」

琴里はいつも通り人をおちょくる様な目で彼女を見る。しかし、その頬に汗を掻き目が笑っていない事から最大限の警戒を行っている事を伺わせていた。

「私としては貴方が恐れおののいて戦意を無くしてくれるのがベストだけど…」

琴里はその場から大きく後退する。瞬間琴里がいた場所には柄付き手榴弾が現れ爆発した。それが彼女からの返答であると考えた琴里は続けて攻撃しようとした時であった。琴里は頭を抑えその場に座り込んでしまう。

「…?…」

彼女は琴里の様子に警戒するがこの隙を逃さないとばかりに再びアハトアハトを生み出すとそれを琴里へと向ける。しかもそれを二門、三門と出していき合計五門の砲塔が琴里へと向けられた。先程狂三に対して行われた攻撃よりも過剰な姿はそれだけ目の前の琴里を警戒し葬ろうと全力を、彼女が出していることが伺えた。

「そんな…。琴里ぃっ!」

しかし、そんな事は琴里の兄である士道にとっては悪夢でしかなく琴里に向かって走っていく。だが、琴里は突然立ち上がると先ほどとは全く違う瞳で斧を天に掲げる。

「〈|灼爛殲鬼《カマエル)・(メギト)〉!」

その声に合わせて斧の刃は消え代わりに坊の部分が広がる銃口が発生した。それを彼女へと向けると炎が銃口に流れ込んでいくのが見える。

abschieβen(斉射)!」

「灰燼と化せ!〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!」

五つの邪悪な弾丸と全てを焼き尽くす紅蓮の砲撃がぶつかり合う。今までとは比べ物にならない衝撃波が屋上に吹き荒れる二人の力はほぼ互角。拮抗しあい中々崩れない。

しかし、それも遂に勝敗が訪れる。押され始めたのは、彼女の放った弾丸であった。砲撃と拮抗していた弾丸はその熱に溶かされ少しづつ力を失っていた。とは言え、それをただ座して受け入れるほど彼女はお気楽ではなかった。

laden(装填)!」

彼女のその言葉と共に五つのアハトアハトは自動的に再装填を行いあっという間に完了する。

abschieβen(斉射)!」

再びの一斉射。しかし、今度はそれだけではなかった。

laden(装填)abschieβen(斉射)laden(装填)abschieβen(斉射)laden(装填)abschieβen(斉射)abschieβen(斉射)abschieβen(斉射)abschieβen(斉射)!」

狂ったように放ち続ける命を出す彼女。本来の高射砲としては有るまじきスピードで放たれた弾丸だが琴里の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の前では燃やし尽くす対象を増やす結果にしかならなかった。そして、

「…あ」

彼女の体を、五つのアハトアハトごと〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の炎が覆いつくした。
 

 

第十三話「ホロコースト・Ⅴ」

 
前書き
今回は何時もより短めです。 

 
五河琴里から放たれた炎が収まった先には満身創痍の彼女の姿があった。五つあったアハトアハトは全て破壊され原形を留められない程溶かされていた。霊装は燃え、所々皮膚が露となっている。

「けほ、まさかこれほどの火力を持っていたとは…っ!」

彼女は口から少量の血を吐き出しながら忌々しそうに呟く。アハトアハト五門で問題ないと思った彼女の致命的な判断ミスであり彼女を絶体絶命の窮地に追いやっていた。

「銃を取りなさい」

そんな彼女に対し琴里は先ほどとは一変した威厳ある声で言う。

「まだ闘争は終わっていないわ」

「まだ戦争は終わっていないわ」

「さあ、もっと殺し合いましょう?」

「貴方が望んだ戦いよ」

「貴方が望んだ争いよっ!」

「もう、銃口を向けられないと言うのなら、死になさい」

琴里は心底楽しそうな声で言う。普段の琴里から想像も出来ない姿に士道は混乱する。そして、琴里の元へ士道の足が動こうとした時だった。

「ふざけるなよ、イエローモンキーィィィィッ!!!!」

彼女を中心とした霊力の暴風が吹き荒れる。それは、風の精霊ベルセルクの強風にすら勝らずとも劣らなかった。

「貴様程度(・・)に邪魔をされる訳にはいかない!私の!悲願の為にも!」

その言葉と共に彼女の後ろに巨大な樹木が現れた。しかし、それは樹木と言うには不気味すぎる代物であった。幹は黒く腐っているとも枯れているともとれる様相をしており葉に付随する物は存在せず果実の様に様々な武器が実っている。それは、小さな物なら銃や手榴弾、大きい者なら戦車や艦船まで存在した。

そしてその中の一つが彼女と樹木の間に落ちてくる。巨大な兵器が落ちて来た事で地面が揺れるが不思議な事に地面には日々一つ入らなかった。

しかし、そんな事を気にしていられる者はここにはいなかった。何故なら琴里に標準を合わせた巨大な砲塔が存在したからである。

60cmという巨大な砲塔を有する自走砲、カール自走臼砲と呼ばれるそれが琴里に牙を向かんと狙いを定めていた。

「死ね!一片の欠片も残さずこの世から消えろ!」

「何だ、やればできるじゃない」

巨大な砲塔に臆することなく琴里は笑みを浮かべ〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を彼女へと向けると炎をチャージしていく。しかし、

「やめろ!琴里!やめてくれ!」

士道が琴里の近くへと行き必死にやめる様に説得する。だが、琴里には士道の声は届いておらずひたすら目の前の彼女に狂気的な笑みを浮かべていた。まるでこの状況を楽しんでいるようにすら見える。普段の彼女、司令官モードの時や普通の妹とも違う一面に士道は後退る。

そして、

abschieβen(斉射)!」

「灰燼と化せ!〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!」

再び二人の渾身の一撃が放たれた。二つの力は二人の中間地点でぶつかり僅かな拮抗の後、巨大な爆風へと姿を変えた。屋上で繰り広げられた物の中で一番激しい爆風にそこにいる誰もが後方へと吹き飛ばされていった。

五河士道もゆっくりと薄れていく意識の中で最後まで妹である琴里や折紙等を心配しながら意識を失った。
 

 

第十四話「戦いの後」

天宮市にある来禅高校で起きた生徒の集団衰弱と同高校における大爆発から一日が経過した。既に高校の修繕は終わり翌週から問題なく再開されるだろう。

しかし、校舎の様に簡単に傷を治せている訳ではない者存在した。天宮市の外れにある街道を一人の女性が歩いていた。あちこちに傷を負い右足を引きずるように歩くその姿に見る者が見れば絶叫すら上げそうなほど痛々しい姿であった。

【SS】と呼ばれる彼女はとある目的の為に傷を修復する間もなく必死にある場所に向かっていた。本来なら既に到着しているはずだったが昨日ナイトメアが起こした出来事のせいで予定を変更し介入せざるをおえなかった。

「あと、少し…で、」

彼女は必死に進み続ける。自分の目的の為に。しかし、そんな彼女の意志とは別に体は限界を迎えており言う事を聞いてくれていなかった。故に

「…あ」

彼女は崩れ落ちる様にその場に倒れ込む。意識は朦朧としており視界は歪むと同時に暗くなっている。誰かが駆け寄ってくる気配もしたが今の彼女はそんな事を気にしてはいられなかった。

「い、か…なきゃ…」

それを最後に彼女は完全に意識を失った。















彼女がいた場所から少し離れた場所。かつて起きた南関東大空災の影響で廃園となった遊園地に人の姿があった。これから夏になり厚くなると言うのに枯草色のロングコートを羽織った男はとある人物を待っていた。

「…相変わらず季節感ないね~、大尉は」

新たにやってきた男、来禅高校の制服を着たその青年は枯草色のロングコートを着た男、大尉へと声をかける。その声を聞き青年の方へ体を向けた大尉はコートの内側から大きめの封筒を差し出す。

「たはは~、大尉は全然喋らないね。まあ、今に始まった事じゃないとは言え」

青年は封筒を受け取ると中を確認する。中には少し厚めの札束といくつかの資料らしき物が入っていた。それを確認すると青年は制服の胸ポケットからUSBを取り出し大尉へと渡した。

「そこにも書いてあるけど一応報告しておくよ。今のところ確認できたのは【ナイトメア】、【プリンセス】、【ハーミット】そして【SS】。それと昨日俺が倒れている間に五年ぶりに【イフリート】が現れたみたいだ。ただ【プリンセス】と【ハーミット】の反応はいまのところない。殺されると言う可能性もあるが最近別クラスに【プリンセス】に似た少女が転入してきた。恐らく何らかの方法で霊力を封印ないし観測に引っかからないようにしてあるのだろう」

青年は先ほどとは違い真面目な風に言った後一息つき続けた。

「恐らく何か大きな組織がバックについている可能性がある。今のところそれが何かまでは分からないけどな。それと【SS】についてだが今のところ目的は不明。何かを探しているようだがそれが何かまでは分かっていない。ただ、目的は我々に近いと思われる」
 

 

第十五話「戦いの後」

彼女が目を覚ました時最初に感じた感情は困惑であった。

自身の最後の記憶では木々が生える街道の近くにいたはずだが彼女の目の前に広がるのはかなり広い部屋であった。しかも彼女が寝ている部屋だけで普通の家の部屋の数倍近い広さを誇っているためかなりの豪邸である事が伺えた。

そして彼女の体には丁寧に包帯が巻かれておりその上から黒いネグリジェを羽織っていた。銀色の髪と相まって人形の如き美しさを醸し出していたが残念な事にそれに気付けるものはここにはおらず彼女も未だ上手く動かない体のせいで上半身をもと揚げるのが精一杯であった。

「確か、あの後私は…」

彼女はそこでハッとなり窓を見る。窓に映る景色は快晴で彼女が最後に見た夕暮れに近い時と比べて少なくとも最低半日は寝ていたことを悟る。

「…間に合わなかったか…」

自らの目的の為にどうしても会わなければならなかった相手。会談が行われると聞きその場に乗り込もうとしていた彼女にとってそれを逃すのはかなり不味かった。

「…やはり、直接聞くしかないか」

普通に聞いてもしらばっくれるだろうと思いつつ彼女が今後の行動を経てていると部屋の扉が開いた。

「…あら、目が覚めていましたの」

扉が開いた先にいたのは長髪の美女であった。手には替えの包帯や汗を取るためのタオルなどが置かれたトレイを持っており彼女の世話をしてくれていた事をうかがわせた。

「この包帯は貴方が?」

「はい、あんな所で倒れていた貴方みたいな奇麗な人を放っては置けませんから」

彼女が寝ているベッドの隣にある椅子に座った美女はそう微笑む。一瞬頭にちくりとした痛みが走るも彼女はそれを表には出さずにお礼の言葉を口にする。

「…世話になったみたいだな。礼を言う」

「いいえ。気にしないでください。今はしっかりと体を休めてください。その間はこの家に居て下さって結構ですから」

美女は彼女の両肩を優しく掴みそのままベッドへと押し倒す。霊力の大半を失い体力を大きく消耗している彼女は抵抗する間もなく押し倒された。

「…あ、自己紹介がまだでしたね。私は十六夜美九と言います。貴方の名前は何と言うのですか?」

「私は…ない、名前など」

何故ないのか。元からなかったのか?それとも忘れてしまったのか?それすらもう彼女は思い出す事は出来ない。精霊になってから早十数年が確実に経過しており自分の記憶を全て失っていた。覚えていたのはある目的。彼女の心に深く抉るように刻み込まれたその目的だけは覚えていた。

彼女はその目的を叶えるため、そして自分の正体を知るために今まで行動してきた。

そしてついに自分の正体に繋がるであろう一歩も自らの自業自得により失敗し今こうやって弱々しく体を横たえていた。もしこの状態を真那やエレンと言った魔術師が見れば嬉々として襲いその命を刈り取って来るであろう。

「名前がないのですか?それなら私は代わりにつけて差し上げますわ!」

美九と名乗る少女はそう言うと指を顎に当てて考え込む仕草をする。彼女は美九の姿を見ていくうちに意識が少しづつ薄れていく感覚を覚えるがそれに対して危機感を抱くことなく身を任せていく。

本来の彼女ならこの時ベッドから飛び起き美九から離れるのであろうが今の彼女は体力、霊力共に大きく消耗していたためそんな事が出来ないどころかやろうと言う意志すら持たなった。それが彼女の行動を大きく制限してしまう共知らずに。

「ん~、そうですね~。外国人の御人形さんみたいですし美亜(ミア)にしましょう!いいですよね?」

美九は彼女の名前を考えると彼女の耳元でそうささやいた。瞬間彼女の思考から完全に意識を破壊され彼女は特に考えもせずに「それでいいわ。素敵な名前をありがとう」と言っていた。気付いた時には彼女は美亜と新しい名前が与えられた後だった。

「一体何が…?」

「そうだわ!」

茫然とする彼女に美九は良い事を思いついたとばかりに両手を合わせる。彼女は美九の笑顔に言いしれない、そして何処かで味わった事のある恐怖に襲われた。

「今日から私の妹となってください。大丈夫です。貴方は私の言う通りにしていればいいのですから」

「え、そんな事…」

出来る訳がない。彼女がそう言葉を出そうとした時美九は再び彼女に近づき耳元で囁いた。

【…おねがい(・・・・)

「…っ!?」

彼女の脳は一瞬で真っ白になった。
 

 

第十六話「十六夜美亜」

「十六夜美亜と言います。今日からこの竜胆寺女学院に転校してきました。よろしくお願いします」

竜胆寺女学院のとある一年の教室に彼女の姿はあった。竜胆寺女学院の制服に身を包み無造作に腰まで伸ばしていた銀色の髪を半分切り残った髪でポニーテールにした彼女の姿は知っている者でも別人と思えるほど変わっていた。

「ねえねえ!美亜さんって美九お姉さまのご家族の方なんですか?」

「ええ、美九とは従妹の関係なの」

「転校する前は何処に住んでいたの?」

「ドイツのベルリン郊外よ」

「って言う事は帰国子女!?良いな~、私もヨーロッパに行きたいな~」

HRが終わり一限目が始まる前の休憩時間、彼女は早速クラスの女子に囲まれて質問攻めにあっていた。彼女はそれに苦笑しながら答えていく。因みにそのほとんどが美九が用意した内容で彼女はそれを嘘だと見抜かれない程度の演技で話していた。

クラスの女子に囲まれて穏やかな学園生活に身を置くなど数日前までは信じられなかったであろう。しかし、美九のおねがい(・・・・)を聞いた彼女の意志は大きく揺れた。霊力、体力共に消耗していたことで脳に簡単に侵入された彼女は防衛本能との板挟みを受け記憶の大半を失ってしまった。

目的すら忘れた彼女はただ新たに刷り込まれた美九の情報のままに過ごす事となり美九のおねがい(・・・・)の効果で彼女は竜胆寺女学院へと入学を果たしていた。

「…ふう」

「大丈夫ですか、美亜さん。何か困ったことがあったら何でも言ってくださいね?」

「ええ、ありがとう」

彼女は席の前に座っていた少女、遠萢(とおやち)天美(あまみ)に礼を言うと微笑む。人形の如き美しさを持つ彼女の笑みに天美は顔を一気に赤らめて反射的に前を向く。そんな天美に彼女は苦笑すると一限目に使う教材の準備を始めていった。









「あ、美亜さん。こちらに来てください」

彼女が転校してきた日の昼休み。彼女の姿は竜胆寺女学院の食堂にあった。そして一つのテーブルを独占しこちらに手を振る美九の姿も。彼女はそれに気づくと笑みを浮かべそちらに向かう。既に竜胆寺女学院の中では有名になりつつある彼女に羨望の眼差しや嫉妬の視線を向ける者など様々であった。

「遅くなりました。美九」

「いいえ、まだここには慣れてないでしょうし大丈夫ですよ」

彼女の謝罪に美九は笑顔で許す。美九にとって人形の如き彼女が自分の言うがままに行動し、近くにいるだけ満足であった。故に美九は彼女の耳元で再び力を使う。

「…美亜さん、【ずっと私のそばにいてください(・・・・・・・・・・・・・・)】」

「っ!…ええ、勿論よ」

「…それは良かったです。さあ、食事にしましょう」

頭に鈍い痛みを一瞬感じた彼女だったが直ぐに痛みは治まったため美九に返事をする。その返事を聞いた美九は笑顔で喜んだ。

この後、二人は食べさせ合い等をしながら食事を楽しみそれぞれ自分の教室に戻っていく。美九は彼女を自分と同じクラスにしたかったが彼女の学力の事も考え一つ下の学年にせざるをおえなかった。とは言え本人は同じ家、同じ学校に通えているため不満はあれど我慢できる範囲の為特に気にしていなかった。

そして学校が終わると二人は手をつなぎ家へと帰る。

「どうですか?竜胆寺女学院は楽しかったですか?」

「ええ、久しく学業には手を付けていなかったからついて行けるか心配だったけど杞憂だったわ。クラスメイトも優しく接してくれるし不便はないわ」

「ふふ、それは良かったです」

家についてから二人はお茶会を楽しむ。参加者は彼女と美九のみの完全なプライベートなお茶会であった。

そしてお茶会が終われば二人はディナーを楽しむ。豪華な食事に彼女は舌太鼓をうちそれを美九は楽しそうに眺める。その姿はまるで彼女と言う人形を愛し操る操縦者の如きであった。

「さて、食事も済みましたしお風呂に入りましょう。勿論、一緒にですよ」

美九はまるで決定事項の様に言うと彼女の手を引いて風呂場へと連れて行く。家の豪華さに引けを取らないふろ場にて洗いっこをしながら二人は入浴を楽しむのであった。
 

 

第十七話「復活の兆し」

「さあ、美亜さん。一緒に寝ましょう?」

風呂から上がった美九は待ちきれないとばかりに彼女の手を引き自分の部屋に連れて行く。

「美九、いくら何でも流石に一緒に寝るのは…」

「えー、【いいですよね(・・・・・・)?】」

「…そうね、いいわよ」

彼女は美九の声のままにベッドに横になる。そんな彼女を逃がさないように美九は上から覆いかぶさる。美九の頬は赤く染まりこれから行う行為を想像し興奮しているようだ。一方の彼女も可笑しいと感じつつ美九に触れられる事に快感を感じつつあった。

そして、美九は優しく甘いキスをする。彼女も親鳥から与えられる餌を啄むひな鳥の様に夢中で唇を合わせる。

やがて、美九の舌が彼女の口内に侵入し中を蹂躙し始めると彼女はそれを甘んじて受け入れされるがままとなる。

美九は口内を蹂躙すると同時に右手で彼女の胸を掴む。そしてこれから濃厚な淫行が行われようとした時であった。

「…っ!?あ、あああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

彼女は突如激しい頭痛に襲われる。両手で頭を抑えながら痛みから逃れようとベッドの上で暴れまわる。

「美亜さん!?大丈夫ですか!?」

突如暴れ始めた彼女に美九は必死に呼びかけるがその声は届かず彼女は目を見開きながらその意識を闇へと落とすのだった。



















-ィ…ァ…ッ!

-ヒヒ…ッ!

-ァ、ァァァァァァッ!!!

-…いい加減諦めろ












-貴様は敗者、弱者だ。故にこうやって奪われ、支配される。我ら真の強者の前に貴様はただ蹂躙されるしかないんだよ。

-ほら、どうした?もっと啼けよ。折角の快楽も半減しちまうじゃねぇか。

-次に逃げようとしたら貴様を豚の性処理用にしてやるよ。

-全く、いい加減自分の立場を弁えてほしいな。お前(ドイツ人)(アメリカ人)に負けたんだ。そして今お前の全ては俺の者だ。お前は今俺の許可の元息を吸い飯を食い心臓を動かしているんだ。分かったならさっさと淫らに腰を振れ。お前にはそれしか求めていないのだからな。















ああ、

そうだ。思い出した

何で忘れていたのだろう?

あの辛い記憶を

決して許さないと思ったあの憎悪を

再びあの日を取り戻す為に準備をしてきたのに

それを忘れるなんて

…戻らなきゃ

まだここでくじける訳にはいかないから

世界に知らしめなきゃ

鉤十字(ハーケンクロイツ)は健在だと

この世から消えたわけではないと

決して過去の遺物ではないと

さあ、再び高らかに叫ぼう

Heil Hitler!と











「美亜さん、大丈夫ですか?」

気付けば彼女は美九のベッドの上に横になっていた。そして彼女の視界いっぱいに見えるのは最近お世話になっていた美九の顔。

「…ええ、大丈夫よ」

「それは良かったです!それじゃ早速続きを」

美九はそう言って彼女の唇を奪おうとするが彼女はそれを自分の人差し指で彼女の唇を抑え微笑む。

「…ごめんなさい。今日はなんか疲れちゃったみたいだからもう休むわ」

「む~。…分かりました。なら私が添い寝してあげます」

美九は思い通りにいかなかった事で顔を膨らませるが直ぐに機嫌を直してベッドに潜り込んでくる。彼女はこれ以上の拒絶は良くないと判断し美九を止めるような事はしなかった。

明かりが消え横に美九の気配と寝息を感じながら暗い中に僅かに見える天蓋を見つめる。既に彼女の頭の中には今後の予定が作られ始めており同時に美九との関係もある程度どうするのかを決めた。

「…まずは、彼に会わないと」

彼女はそう呟くと瞼を閉じ暗闇へと意識を落としていった。
 

 

第十八話「一方その頃」

「なあ、琴里。まだあの子、【SS】は見つかっていないのか?」

ラタトスクが持つ空中艦フラクシナスにて五河士道は司令である琴里に尋ねる。内容は数日前から行方が分かっていない彼女についてだ。とは言っても精霊である彼女の居所など空間震でも発生しない限り補足できていないため琴里がいう内容はある程度予想出来る物だった。

「見つかっていないわ。あれだけの戦闘だもの。どこかで倒れているとでも思ったけどそんな反応はないし一般人に拾われたかASTに既に殺されたか」

尤も、後者はあり得ないでしょうけどね、と琴里は呟く。いくら戦いで負傷し霊力を大きく消耗したとしてもASTから逃げる位の力は残っているだろうと言うのが実際に彼女と戦闘した琴里の感想だった。

あの時、琴里は内からあふれ出る破壊衝動で自我を失っていたとはいえ失う前までの感触やフラクシナスが撮っていた映像からまだ与力を残しているように思えた。その結果が負傷では何とも言えないが。

「それに今回の事ではっきりしたわね」

フラクシナスのメインモニターには前回の対話時の映像と今回の戦闘の映像が流れている。そして基本音量は無かった映像の一部で声がする。

『ふざけるなよ、イエローモンキーィィィィッ!!!!』

『貴様程度(・・)に邪魔をされる訳にはいかない!私の!悲願の為にも!』

「…改めて見ても胸糞悪いわね」

あの時は自我を失い彼女の言葉は耳に入っていなかったがこうして見てみれば琴里は不快の感情を隠しもせずに吐き出す。

「極度の選民思想。それも第二次世界大戦時の骨董品(・・・)ね。今時こんな人種批判をする人なんていないわよ」

琴里の言葉に士道は何も言えない。あの時近くにいた士道が彼女から感じたのは圧倒的な殺意そして自分を見下し蔑む瞳。士道は思う。彼女は確実に自分を見下していた、と。

それでも士道はあの瞳に映る確かな何かを感じた。それは憤怒であり自らをすら焼き尽くさんばかりに、だがそれを表には出さず燃やしていた。

きっとその怒りが彼女の言う悲願と関係があるのだろう。

「そして彼女の悲願だけど…、流石に情報が少ない今では何も分からないわね」

琴里は肩をすくめる。現状漸く彼女の観測データが纏まりつつある段階なのだ。それに加えて彼女との対話などほぼなく代わりに戦闘データばかり集まっていた。今の段階で分かっているのは無名天使(ノーネーム)と言う謎の天使と彼女の戦闘能力のみ。そして極度の選民思想の持ち主であり何かの悲願を成し遂げるために行動している事だけだ。

「…もしかしたら、彼女の目的は復讐、かもしれない」

「何ですって?」

士道は自分は感じ、そのうえで考えた考察を琴里に話す。琴里は頷き「そうかもしれないわね」と同意する。

「もし彼女が誰かに何かされその人に復讐を考えているのだとすればこの天宮市にいる可能性は高いわね。問題はその考察の通りなら」

「誰かを、殺すかもしれない」

士道は最悪の想定を口に出し顔色を悪くする。琴里もその事を考えたようで眉をひそめていた。

「可能性は無くはないわ。衰弱して動けない一般人がいる学校の屋上で戦いをするんだもの、他者を巻き込む可能性もあるわ」

「なら急いで会わないと!」

「言ったでしょ?まだ何処にいるのか分からないって。最悪隣界にいる可能性だってあるわ。どちらにせよ今はあちらからのアクションがないと動くに動けないわ」

「…そう、か」

自分には精霊を救う力があるのに今はただ待つ事しか出来ない。

屋上の一件以来士道の心の中には無力感が燻っているのであった。
 

 

第十九話「動き出す者たち」

「フフフ」

某所の地下、そこで一人の男が画面を見ながら不気味に笑っていた。その後ろには一人の少年が立っており男が見ている画面を除こうとしている。しかし、男の体は太く大きいため画面を覗く事は出来なかった。

仕方なく少年は男へと声をかける。

「ねえねえ、少佐。さっきから何を見ているんですか?」

「…准尉、少佐ではないぞ。少佐は既に名誉大佐に階級が上がっている」

少年の疑問を別の声が制する。暗闇の部屋の後方、少年の更に後ろから別の男が現れた。少佐と呼ばれた男と比べ極端に痩せた体をしているその男は画面を覗こうとする准尉と呼ばれた少年の襟首を掴み引きはがそうとするが少年は少佐の椅子にしがみ付く事でそれに全力で抵抗する。

「いい加減少佐からは・な・れ・ろ!」

「い・や・だ・ね!何で博士(ドク)の言う事を聞かなきゃいけないんだよ!」

少年はフーッ!と猫の様に威嚇する。しかし、博士(ドク)と呼ばれた痩せ気味の男はそれに対抗するように力を籠める。このくだらない戦いは少佐が椅子ごと倒れた事で幕を閉じた。いきなり抵抗がなくなったため博士(ドク)は背中から倒れ少年は椅子の下敷きとなってしまう。

「う~、少佐~。重いよ~。少しは痩せたらどうなの~?」

「ははは、それは無理な話だ」

少佐はそう言うと倒れた椅子から立ち上がる。椅子と少佐の重みから解放された少年はそこで初めて少佐が見ていた画面を目にする。

「…ねぇ、少佐。これって」

「ん?ああ、これか。()の者だよ」

少年の問いに少佐は実に楽しげに答える。しかし、もしここに常識人がいれば少佐の顔を見た瞬間恐怖を抱くだろう。それほどに今の少佐は狂気的な笑みを浮かべ見る者全てに一生忘れられない恐怖を覚えさせる程だった。

だが残念な事にここには普通の人はいない。全員が一つの目的の為に行動しその為に命を捨てる覚悟を持った狂人たちだった。故に少佐の顔を見ても何も感じない。全員が同じ表情をしているのだから。

現地協力者(・・・・・)からの報告やここ最近でのここでの観測結果からこいつ(・・・)が関係してる可能性がある。上手く隠してあるが我々の前では無駄な努力でしかない」

「…で、どうするの?このまま放置するなんてつまらない事はしないんでしょ?」

少年の挑発的な言葉に博士(ドク)がまた注意を使用と近づくが少佐がそれを右手を上げることで制する。

「勿論さ。彼の者が通う来禅高校、だったか?そこで面白い情報が入った」

そう言って少佐は懐から一つの封筒を取り出す。

同士(・・)からの定期報告の中に奴らが来禅高校に細工をしたらしい。恐らく同高校に通う【プリンセス】が見つかったのだろう」

「我らはこれに便乗し接触、可能なら拉致をする予定だ」

「それってあいつら(・・・・)の獲物を横取りするって事だよね?それは楽しそうだなぁ」

少年はその様子を想像したのか無邪気に、楽しそうに笑う。しかし、「でも…」と呟くとその笑みを引っ込めた。

「少佐は一体誰を送り込むつもりなの?あまり派手に動くと怒られるんじゃない?」

「無論送り込むのは少数精鋭さ。あまり大人数や重武装で行っても()の我々では精霊に対抗できない。本格的に動くのはまだ先の話だ」

少佐はそう言うと画面に映る少年、五河士道に視線を向け口角を上げ笑みを浮かべた。

「さあ、少年よ。せいぜい足掻いて見せろ。一方的な戦い程詰まらない物はないからね」

その言葉に少年も博士(ドク)も狂った笑みを浮かべるのであった。
 

 

第二十話「囁き」

「答えて、貴方は精霊?」

天宮市のとある商店街。その裏路地に位置する場所で彼女は俗に言う壁ドンをされていた。

尤も、女性があこがれるであろう壁ドンではなく同じ年頃の女性に睨まれた状態という逃げ場を無くすための壁ドンであった。

その対象になっている彼女は目の前の女性の行動に困惑と恐怖を感じている、様に見せかけて頭の中でこの状況の打開案を考えていた。

しかし、彼女が知る通りなら逃げる事は不可能に近くなおかつ精霊の力を使わない限り今この場を切り抜ける事は不可能に近かった。

何故、こうなってしまったのか?

彼女は目の前の女性、鳶一折紙を見ながら内心そう思うのだった。








彼女が全てを思い出して早二日が経過した。その間彼女は誘宵美亜として過ごしていた。理由としては二つあり一つ目は誘宵美九が精霊であるため今雲隠れしたら追いかけてくる可能性があるためである。この二日間の間で分かった事だが美九の彼女に対する執着はかなり強くそれまで美九のお気に入りだったであろう少女たちとの戯れを全て彼女に回すほどだった。

故に今彼女が美九の前から姿を消したら彼女は天使を使って探す可能性があった。そうなれば余計な混乱が発生し目的から遠のく可能性がある。

これ以上のロスは好ましくない。彼女はそう考え美九のお気に入りで暫くはいる事にした。

とは言え四六時中引っ付かれても困るため様々な方法で自由に使える時間を勝ち取っていた。しかし、その代償としてそれ以外の時間は美九が隣にいて迂闊な行動が出来ないようになってしまっていたが。

そして二つ目の理由は学校に通うと言う行動に対する憧れだった。それは彼女の生い立ちのせいであるが彼女は全くそれに気づいていなかった。

そんな彼女は今天宮市の商店街に来ていた。理由は特になく美九から離れるために来ていた。しかし、今回はその行動が不味かった。

「っ!貴方は…!」

偶然彼女の目の前に見知った顔があった。珍しい白髪の女性、鳶一折紙は彼女の姿を見て固まった。既に屋上の時の傷は癒えている様で見た限りでは傷跡は無かった。

「こっちに来て」

「え?」

どうしたものかと一瞬の思考の後に彼女の体は引っ張られる。右手は折紙の左手ががっちりと握っており決して逃がさないと言う意志を感じさせた。そうしている内に彼女は商店街の裏路地に引きづり込まれ壁を背に壁ドンをされてしまう。

「答えて、貴方は精霊?」

折紙の口調は疑問形だが瞳には否定は許さないと言う意志が浮かんでいた。しかし、彼女はASTであり精霊を狩る者だ。もし彼女がここでイエスと言えば即座に殲滅対象として攻撃を受ける事になるだろう。

「えっと、何の事ですか?」

「誤魔化さないで」

取り合えず彼女は誤魔化してみるが折紙はばっさりと一考もせずに切り捨てる。この事から彼女は完全に自分の正体を知ったうえで接触していると考える。そして目の前の折紙にばれないように周囲の気配を探る。

「(…周囲に仲間と思われる人物はいない。となると偶然会っただけか)…精霊ってなんのことか分からないけどいい加減どいてもらえますか?」

「嘘をつかないで。貴方は約一週間前来禅高校の屋上で暴れた。それにその二日前にはナイトメアを殺した現場を遠くから見ていた」

彼女は再び知らないふりをする。しかし、そんな事ないとばかりに彼女に関する情報を喋る。その様子は何処かストーカーの如き様相を見せていたが彼女はよく見ているな、と内心感心していた。

「やっぱり何の事か分かりませんね。これ以上は警察を呼びますよ?」

「…」

流石に商店街の裏路地とは言え暴れる訳に行かないようで折紙は彼女の強気な行動に悔しそうな顔をしながら手を壁から離し彼女を開放する。彼女は折紙を一瞥だけすると表通りへと歩いていく。折紙は後ろをついてくる様子はなくただ彼女の背を見るのみだった。







「(間違いない。彼女は【SS】…!)」

折紙は自身に背を向けて歩いていく女性、【SS】を睨みつける。今回は偶然出会ったためCR-ユニットは持っておらず本部に連絡する前に行動していた。その為彼女を追い込むには圧倒的に決め手に欠け彼女に自分が疑われている、と言う情報を与える結果に終わってしまった。

「(…次こそは必ず…!)」

折紙は精霊への憎しみを募らせながら心の中で決意を新たにしていた。

「…その願い、叶えてあげましょうか?」

瞬間、折紙は前方に大きく飛ぶように前に出た。咄嗟の事であり狭い路地裏で大きく動いたため折紙は裏路地の壁に体を大きくぶつけてしまう。

「おやおや、大丈夫ですか?ここは狭いですしあまり激しい行動はお勧めしませんよ?」

折紙の目の前にはスーツを着込みネクタイをきっちりと閉めたサラリーマン風の男が立っていた。男の物腰は柔らかであるが折紙はその年に似合わない戦闘経験から目の前の男がただ者ではないと感じていた。故に折紙は何時でも行動できるように背を丸め、

「精霊を簡単に殺せる方法、私知っていますよ」

男から発せられた言葉に体は硬直した。精霊を殺す。CR-ユニットと言った奇跡の力をもってしても殺すどころか傷すらつけられない精霊。その精霊を簡単に殺せると言う言葉は折紙にとって天からのメッセージの如きであった。

「無論、説明はしますし命に危険はありません。ただ、それは特殊な方法と言うだけですので」

男は折紙に近づき彼女の耳のそばに顔を持っちくと口角を上げ囁いた。

「どうです?話だけでも聞きませんか?」

男の言葉に折紙はただ頷くのみだった。
 

 

第二十一話「来禅高校修学旅行・Ⅰ」

「また謀ったな鳶一折紙!こちらの席は景色が遠いではないか!」

7月1日、この日は来禅高校の修学旅行であった。本来なら沖縄に行くはずが急遽或美島へと変更になっていた。そこには旅行会社から提示された破格の条件難度が絡んでいたが生徒たちにとっては沖縄から近場の或美島になったところで楽しむだけであった。

そんな訳で島に向かう飛行機の中、恐らくこの機の中で最もうるさい場所があった。三席の左右を美少女が座りその真ん中に男子が座ると言う誰もが羨むその席の廊下側に座っている少女、夜刀神十香は席から立ち窓側に座る少女、鳶一折紙に大声をあげていた。

そもそもの理由は廊下側に座っている十香が景色が見えないと騒いでいるからなのだが席の希望を細かく出していないためある意味では自業自得とも取れた。

「すいません、すいません、すいません、すいません」

その騒ぎの煽りを受け担任の岡峰珠恵(タマちゃん)が先ほどからずっとCAに頭を下げ続けていた。

「ほ、ほらいい加減十香も席に座れよ」

左右を美少女に挟まれた席に座る少年、五河士道は十香に落ち着くように言う。それを受け不承不承ながら十香は席についた。

「はぁ、全然寝れない」

「ははは、相変わらず両手に花で羨ましいな士道」

疲れたように呟く士道に声をかける存在がいた。士道たちとは廊下を挟み反対側の廊下側の席に座っている少年で先ほどまでのやり取りをニヤニヤした笑みで聞いていた。

「高校卒業後は中東で式を上げるのか?」

「やめてくれ。俺にそんな気概はないよ。安田」

少年、安田圭一は重婚でもするのかと遠まわしに聞きそれに気づいた士道は勘弁してくれとばかりに否定する。しかし、実際の所精霊の霊力を封印する為に複数の女性を口説いている士道ははたから見ればかなりのプレイボーイに見えるだろう。実際既にそう言う噂が言われていたりもする。

「全く、何でお前みたいなのばっかりモテるんだろうな、殿町」

「ああ、全くその通りだな」

安田は隣に座っている殿町宏人に同意を求める。そして殿町はうんうんと頷き同意をする。友人二人から羨まれる士道は付き合いきれないとばかりに上を見る。

「見て士道、雲が絨毯みたい」

「絨毯なら通路にも敷いてあるぞシド―!ほら!見ろ!」

「落ち着けって十香」

パシャリ

十香を落ち着かせようとした士道の耳にその音が聞こえてきた。前の方の通路を見ればこちらにカメラを向けている女性の姿があった。

「突然失礼しました。でも、中々いい表情が取れましたよ」

「は、はぁ」

女性、旅行会社から派遣されたカメラマンのいきなりの行動に士道は生返事をする。カメラマンの女性はそのまま前の方へと向かっていた。ややあって回復した十香が士道に尋ねた。

「あれは誰だシド―?」

「先生が言っていただろ?旅行会社から派遣されてきたカメラマンさんだよ」

「でも派遣されてくるカメラマンがあんな美人さんだったとはな。てっきり熟年のおっさんかと思ってたぜ」

士道の言葉に続くように安田が下心が丸見えの表情で鼻を伸ばしカメラマンの後ろ姿を見ていた。心なしか鼻息が荒かった。

「…そんな目で女子を見てるから嫌われるんだと思うぞ」

「何!?一体どんな目だと言うのだ!俺は美しい女性たちを見て目の保養をしているだけだ!」

「明らかに劣情の視線で見てる時点でアウトだよ」

安田の言葉に士道が呆れたように言う。顔の作りは悪くない安田が女性にモテないのは全てその欲情を隠そうともせずに女性を見るためだろう。中にはそんな安田に興奮する女性もいるとのうわさがあるが真意は定かではない。

「なあ、殿町もなんか言ってくれよ!」

「ん?ああ、悪いな。今彼女との次のデートプランを考えているんだ。邪魔をしないでくれ」

「親友に見捨てられた!?」

「というより相手にされてないだけだろ」

安田の言葉に士道は突っ込みを入れる。そうこうしている内にアナウンスが流れ或美島に到着する事が伝えられた。それに従い士道たちは席に座って着陸を待つのであった。










様々な思い、欲望、野望が入り交じる修学旅行が今、始まる。
 

 

第二十二話「来禅高校修学旅行・Ⅱ」

「漸くついたな!常夏の島!沖縄に!」

「…ではなくて或美島な」

安田のボケに士道は苦笑いで突っ込む。安田は沖縄から或美島に修学旅行先が変更した時最後の最後まで反対した男だった。毎日、担任の岡峰珠恵(タマちゃん)に食ってかかっており更には旅行会社に非難の手紙まで送っていた。最終的に安田が折れ皆との修学旅行を楽しむ方向になった。

「し、シド―!こ、これが海か!」

片や士道の隣では十香が興奮した様子で両手をバタつかせていた。

「十香は海初めてだったもんな」

「うむ!以前琴里や四糸乃と行ったプールもすごかったが海はもっと凄いな!」

「そりゃそうだ…ふぁ」

士道はそう言いながら欠伸を一つこぼした。かなり早めの集合時間だったため大して寝れておらず加えて飛行機内での十香と折紙の騒ぎ(十香が一人騒いでいただけ)のせいでろくに寝れずそれなりの眠気に襲われていた。

こりゃ今日の夜はぐっすり眠れそうだな、と士道は心の中で思いながらクラスのいる場所に向かおうとした時であった。

「ぬ…」

突然士道に背を向け海を見ていた十香が厳めしい顔をして振り返った。そこには先ほどまで無邪気に海を見ていた表情とは全くの別物であった。

「ん?どうした十香」

「いや、誰かに見られている気が…」

十香はそう言いながら辺りを見回す。釣られるように士道は周辺を確認する。周囲には来禅高校の関係者以外はおらず強いて言うなら遠くからこちらの方にカメラを向けて写真を撮っているカメラマンがいるだけであった。

「今のカメラじゃないのか?」

あの人さっきから俺たちの事結構撮っているし、と心の中で呟く。恐らく美少女である十香を前面に押し出したいのだろうと士道は考えるが当の本人は難しい顔のまま唸っている。

「ぬ~、」

十香は左右に首を振ると今度は上空を見上げた。

「…まだ、見られている気がするのだが…」

「え?」

「それも複数に」















「これが例の捕縛対象者か」

太平洋上空に一つの巨大な艦が飛んでいた。DEM社が保有する空中艦より小さく、シンプルな形状をしたその艦の艦首付近には黒と白で描かれた鉤十字が堂々と記してあった。

空中艦「グラーフ・ツェッペリンⅡ」。それがこの艦の名前であった。

そのグラーフ・ツェッペリンⅡの艦橋にある艦長席に座る初老の男は目の前にあるメインモニターに表示された捕縛対象者、五河士道を見て呟く。

ナチス時代の海軍提督の制服を着たその男はメインモニターから視線を外し自身の真下にあるコンソールを動かしていく。

程なく艦橋に取り付けられたスピーカーから独特の接続音が響き渡った。

「大尉殿、あと一日で捕縛対象者がいる島に到着します」

『…』

『えっと、大尉は分かったって感じだよー』

初老の男の言葉に返事をしたのは少年の声だった。決して大尉と言われるには適さない声は喋らない大尉に代わり返事をした。

「現在我が艦はアメリカやオセアニア諸国の目をかいくぐるため不可視迷彩(インビジブル)を展開し無音航行で進んでいる。その為多少遅れがちになるがそれでも明日の夜には遅くても到着する。そのつもりでいてください」

決して一つの艦を預かる艦長が大尉に対していうとは思えない下手に出た口調。知らない者が見れば驚く光景だが彼ら(・・)の中では決して珍しくない、それどころか当たり前とも言える光景だった。

『…』

『りょうかーい。大尉もそれで了承しているよー』

「艦長!捕縛対象者がいる島に異変が…!」

「何?」

艦長は艦橋下段にいるオペレーターの言葉にメインモニターを見る。そこには先ほどまで映っていた士道の画像は無く代わりに士道がいる島、或美島の全域を映した映像があった。

その映像には普通ではあり得ない速度で島を包むように動く雲の姿があった。それを見た艦長は「この任務、もしかしたら一筋縄ではいかないかもしれないな」と呟くのであった。
 

 

第二十三話「来禅高校修学旅行・Ⅲ」

「ぐっ、いきなり天気が変わっちまったな…!十香、急がないと皆に追いつけないぞ!」

「す、すまんシド―。でも確かに見られている気配がしたのだ!」

暴風が吹き荒れる或美島、その道を士道と十香は歩いていた。既にクラスメイトの姿はなく既に或美島の資料館に向かったのであろう。

そもそも、二人がクラスから離れて行動しているのには訳があった。十香が誰かに見られていると言いそれを確かめるため資料館の方とは別方向に駆けだしたのだ。それを追いかけた士道はうろ覚えの道を先導して歩いていた。

「騒いでいたから地元の人に注目でもされたんだろ。それより…!」

士道は次第に強くなる暴風に身をかがめて耐える。既に暴風は歩くのすら困難な状況にまで強くなっており上空を見れば島を中心に渦巻くように雲が発生している。しかし、雲は島のみで発生しており島の周囲は快晴と言っていいほどだった。

「十香!今は急いで資料館に…」

「シド―!危ない!」

振り返り十香に呼びかけた士道はそのまま十香によって突き飛ばされる。瞬間十香の顔に金属製のゴミ箱が命中した。

「ぎゃぷッ!?」

更に何処から飛んできた別のゴミ箱が十香の顔に追撃を行った。

「ぎゃんッ!」

そして三つ目のゴミ箱が命中し、十香は目を回しながら大の字に崩れ落ちた。

「十香!?大丈夫か!」

士道は十香に駆け寄り肩を揺さぶるが十香からの返事はない。しかし、呻いている様子から死んでいる訳ではないようだ。

「くっ!仕方ない…!」

士道は目を回し気絶している十香を背負うと資料館の方へと歩き出す。しかし、一層強まる強風によってその歩みは亀の様に遅かった。

そしていくらか歩いた時、士道は眉をひそめた。

「あれは…」

渦を巻くように濃くなっている雲、その中心に二つの影が見えた。士道はそれを見て二つの存在を思い出す。この半年で深く知る事となった精霊とASTである。

「でも、空間震警報は鳴ってないぞ…!一体これは…」

例え空間震警報がなっていなくても精霊がこちら側に来る事は出来る。十香や四糸乃、狂三がそうであったように。その為、士道はもしこれが精霊の起こした物なら…、という予想を立てることが出来た。

しかし、それよりも先に士道は十香を連れて資料館に向かう事を優先した。本当に精霊の起こした事なら放っておくことは出来ない。だがそれ以上に十香を安全な場所に移動させるのが先決だった。

「うわっ!?」

瞬間士道を今までとは比べ物にならない強風に襲われる。あまりの強風に体が浮くのではないかと感じた士道は思わず背負っていた十香を地面に降ろし自らも背を丸めて強風をやり過ごそうとした。

すると士道に襲いかかった風は数秒すると止み士道の周辺から風は一切消えた。

「…え?」

士道は思わず顔を上げ周囲を見る。遠くの方では未だ島を覆うように風が吹き荒れているのが確認できる。しかし、士道の周り、いや、士道の目の前にいる二人の少女(・・・・・・・・・・・・・・)を中心に風が止んでいた。

「く、くくくくく…」

と、士道から見て右にいる少女が口から笑いがこぼれる。少女の目には士道は映っておらず相対するもう一人の少女に目を向けている。

「やるではないか、弓弦。流石は我が半身と言っておこう。この我と25勝25敗49引き分けをしているだけの事はある。…だが、それも今日でお終いだ」

妙に芝居がかった口調で話すその少女の言葉にもう一人の少女は表情を変えずに言い返す。

「反論。この100戦目を制するのは耶俱矢ではなく弓弦です」

「ふ、ほざきおるわ。いい加減、真なる八舞に相応しき精霊は我と認めたらどうだ?」

「否定。生き残るのは弓弦です。耶俱矢に八舞の名は相応しくありません」

「ふ…。無駄なあがきよ。我が未来視(さきよみ)の魔眼にはとうに見えておるのだ。次の一撃で、我が颶風を司りし漆黒の魔槍(シュトゥルム・ランチェ)に刺し貫かれし貴様の姿がな!」

「指摘。耶俱矢の魔眼は当たった例しがありません」

「う、うるさい!当たった事もあるし!馬鹿にすんなし!」

士道の目の前で繰り広げられる言葉の応酬。突然の事態に士道はついて行けずただ二人を見ている事しか出来なかった。しかし、この間に士道はある程度彼女たちに対する情報を得ていた。

彼女は精霊であり二人の容姿、全くと言っていいほど瓜二つな事から双子、若しくはしまいなのだろう。双子の精霊などいるのか、士道には分からないがそれでも二人が精霊である事は理解できた。

「漆黒に沈めぇ!はぁぁっ!」

「突進。えいやー」

士道は考察している間に二人の周囲に強風が吹き荒れ同時に地を蹴り突撃する。近くにいる士道は思わず両手で顔を守ると同時に足に力を入れ吹き飛ばされないようにする。

二人の距離が近づくに連れ風は強くなる。自分は琴里の精霊の力で傷を負っても問題ないが後ろで気絶している十香が無事かどうかは分からない。

故に、士道は反射的に叫んでいた。

「ま、待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「「…!?」」

瞬間四つの瞳が叫んだ士道を射抜いた。
 

 

第二十四話「来禅高校修学旅行・Ⅳ」

「お?士道お前何処に行っていたんだ…よ…」

「お、おう。安田、ちょっとな…」

或美島の資料館。その入り口でクラスメイトと談笑していた安田は自分たちの方へ歩いてくる士道の姿を見て固まった。何故なら士道の両脇を二人の美女、それも双子でありアイドル顔負けの美貌を持つ絶世の美女が腕を組み、胸を押し付けるように密着していたのだから。

服装は来禅高校の制服であるがあれほどの美少女がいるなら噂にならないはずがなく安田は震える手で指差し質問する。

「お、お前…また誑かしたのか」

「ちげーよ!つーかまた(・・)ってなんだよ!また(・・)って!」

「それよりもいいバイトを考えたぞ。『1分1000円で殴り放題』っていうバイトだ。きっと半日で家が建つぞ。それも豪邸がな」

「話を聞け!そして誰がそんなバイトやるか!」

「え?ならボランティアで殴られてくれるのか?流石は士道。美女を侍らすだけの事はある」

「いや、だから何で殴られる事前提なんだよ」

安田の言葉に士道は声を荒げて反論するが安田は士道の言葉など無視するように改めて二人の美少女に問いかける。

「…で、彼女たちは誰だ?」

「そ、それは…」

「…転入生の八舞耶俱矢に八舞弓弦だよ」

安田の至極真っ当な質問に士道は言葉に詰まるがその質問の答えを別の人が言う。今資料館から出てきた副担任の村雨令音だった。

「転入生、ですか」

「…本来なら休み明けに転入してくるはずだったのだが…是非修学旅行に参加したいというものでね、現地で合流する手はずになっていたんだ。先ほど空港に到着したと連絡があったので、彼らに迎えに行ってもらっていたのさ」

「…村雨先生、それは本当ですか?」

「…何か、疑われる事でも言ったかな?」

令音の言葉に安田は声を落として聞き返す。その言葉には先ほどとは比べ物にならない圧が込められており令音は目を細めて聞き返す。

「…いえ、これほどの美少女がクラスメイトになるとか、もう興奮して興奮して」

「…そうか」

令音の言葉に返した安田はの顔は…緩み切っていた。その顔は何処からどう見てもエロい事を考える変態の顔であり令音は若干の呆れを込めて返事をする。しかし、安田はそんな事には気づいていないのか早速転入生を口説くために近くによる。

「初めまして。自分は安田圭一といいます。あなた方の様な素敵な女性と出会えたこと、それはまさに「何よあんた。気持ち悪いから近づかないで」「拒絶。半径5メートル以内に入らないでください」…」

ナンパに失敗どころかコテンパンに言われショックで倒れ込む安田。その様子に見ていた士道はただ苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

「あ、それと先生。十香が飛んできたゴミ箱に頭をぶつけて伸びちまったんです。何処か寝かせられるところはありませんか」

「…おお、そうか。それは大変だ。こちらへ来たまえ。転入生の二人も、いろいろと注意事項を説明しておこう。一緒に来てくれ」

士道の言葉に令音は若干棒読みで答えながら資料館の奥へと案内していった。その四人の後ろ姿を値踏みするように見ていた視線に気づかずに。



















「…定時報告」

「捕獲対象【五河士道】、或美島の旅館に入りました。前の報告の通り近くには【プリンセス】がいます。捕獲に当たって障害になる可能性は高いです」

「それと、精霊【ベルセルク】が士道と接触しました。どうやら何か取引をしたようでずっとそばから離れようとしていません」

「…はい、捕獲は当初の予定以上に厳しい物となります。ですので【ベルセルク】若しくは【プリンセス】のどちらかが離れた隙に迅速に行うべきです」

「どうやらDEM社の関係者もこの島に居ます。…流石に正体がバレる可能性は限りなく0に近いと思われます」

今は亡き(・・・・)あのお方ぐらいで他の幹部の素顔は誰にも知りません。もし接触、もしくは武力行使を受ける場合は別の理由の方がしっくりきます」

「…はい、…はい、…分かりました。その様に致します」

「以上、通信終了」
 

 

第二十五話「来禅高校修学旅行・Ⅴ」

「艦長、あと一時間程で目標上空に到達します。作戦開始まで凡そ十分」

「うむ、現地協力者の報告からDEM社が介入する可能性がある。奴らの狙いは恐らく我らの捕縛対象と共にいる【プリンセス】だろう」

空中艦「グラーフ・ツェッペリンⅡ」。その艦橋にてオペレーターからの報告に艦長は答えた。この一日の間に現状の確認はある程度終え後は目標地点、或美島に到着次第作戦を開始するのみであった。

「更には島の周辺にラタトスクの艦もあるとは。気付けたのは幸いだったな」

艦橋のメインモニターにはラタトスクとDEM社の空中艦、フラクシナスとアルバテルの現在地が表示され見失わない様に解析と観測が行われていた。

艦長は近くの通信装置をいじり再び大尉の元へ通信をつなぐ。

「大尉殿、シュレディンガー准尉。作戦の最終確認を行います」

『…』

『…んにゃ?…おっけー。良いよー』

通信先から聞こえてくるのは相変わらずの無口な大尉と寝ていたらしい同行者であるシュレディンガー准尉の間延びした声だった。本来ならこのような態度を取る時点でシュレディンガー准尉は懲罰を受けるが彼は特別に許されておりよほどのことがない限り指摘、中尉はあれど罰せられる事は無かった。

無論、その態度を取り続けるための無茶な命令を受けているという理由もあった。

「まず第一段階として目標近海に到着次第特殊コーティングを施したポッドに大尉殿達を載せ射出。或美島に音速侵入、後に対象者を捕縛小型艇による回収後全速で離脱する。よろしいですね?」

『…』

『勿論!大尉も了承しているよ』

艦長の説明の途中でオペレーターが「作戦開始地点に到着しました!何時でも作戦を開始できます」と声をかける。

「ではこれより作戦〈ウンターネーメン・アイヒェ二号〉を開始する。ポッド射出用意!」

「了解!射出口開きます」

「最終調整完了、異常なし!」

「弾道予測終了、全て正常値!」

「発射準備完了!」

オペレーターが作戦開始の為準備をしていく。それらの声が異常がない事を説明しやがて艦長の指示を待つのみとなった。

「うむ、ではこれよりウンターネーメン・アイヒェ(柏作戦)二号を開始する!ポッドを射出せよ!」

「了解!ポッド射出します!」

艦長の言葉によって開始された作戦。その作戦開始と共に大尉たちが乗ったポッドは勢いよく発射された。音速に近づく速度によって射出されたポッドは凄まじいGが発生する。本来なら生身の人間が生きている事など不可能な速度で発射されたそれは或美島へと寸分の狂いなく飛んでいき、森林部に激しい音とともにめり込んだ。















幸か不幸か、ポッドによる衝撃と爆音は突如発生した暴風により気付かれる事は無かった。無事に或美島に高速侵入したポッドは森林に当たった影響で表面部分は大きく凹み開口部は開かなくなってしまっていた。

しかし、そんな事は関係ないとばかりに内側からの衝撃、大尉の蹴りにより開口部は勢いよく吹き飛んでいった。そしてその開口部より現れたのは二つの影。

黄色のオーバーコートに規格帽という北アフリカ戦線におけるナチスドイツ軍の軍服を着た大尉とヒトラーユーゲントの恰好をした猫耳の少年、シュレディンガー准尉であった。

シュレディンガー准尉は大きく伸びをすると吹き荒れる風を珍しそうに眺める。

「へえ、精霊ってここまで出来るんだね。僕は精霊と会った事なんてないから少し楽しみだな」

「…」

「もう!そんなに見なくたっていいじゃん!ちゃんとやるべきことはするし何より今回は大尉が中心に動くんでしょ?僕はそのお手伝い(・・・・)をするだけさ」

これから行う事など知らないような准尉の態度に大尉はただ見つめる。しかしそれを准尉は睨んでいるように思えたようで言い訳ともとれるセリフを言う。そんな准尉に大尉はいつも通り何も言わず森の中を歩いていく。准尉も慌てて大尉の後について行く。彼らの目標はただ一つ。五河士道の捕縛のみである。

彼らはその為に行動し実行していく。






DEM社、ラタトスク、そして鉤十字を掲げる謎の集団。彼らによる三つ巴の戦いが今、幕が開けようとしていた。
 

 

第二十六話「来禅高校修学旅行・Ⅵ」

「なっ!?」

「!?」

「…」

士道は突然の出来事の連続に言葉が出なかった。

お互いの気持ちを知った耶俱矢と弓弦が争い始めた。士道は止めようとしたがそこへASTとは違う別の存在、DEM社のバンダースナッチが十香と士道を襲撃。そのバンダースナッチに指示を出していたのが旅行会社から派遣されてきたエレン・メイザースであった。

そしてエレンはCR-ユニットを纏い十香を挑発。部分的に霊装を纏った十香がその挑発に乗り鏖殺公(サンダルフォン)を持って切りかかろうとした時一発の発砲音が響き二人の動きを一時期的に止めた。

その発砲音がした方向を見ればこちらに異様に銃身が長い拳銃を向ける男とその後ろからこちらを伺っている一人の少年の姿があった。

「…」

「はいはい、敵同士争うのは勝手だけど先に僕たちの用事を済まさせてね?」

「なっ!貴様等何者だ!」

「…」

突然の乱入に十香は怒り鏖殺公(サンダルフォン)の剣先を向ける。一方のエレンは眉を潜めこそすれそれ以外で目立った動きを見せなかった。

「そっちのDEMのエレン?だっけ、君は目の前の【プリンセス】を捕まえればいいよ。僕たちは興味ないから」

「…信用できませんね、あなたの組織(・・)について。断片的にですが知っています」

「あ、そうなんだ。これでも秘密裏に動いているつもりだけどやっぱり完全に隠しとおすのは無理か」

「あなた方の目的までは知りません。ですがアイクが警戒しているあなた方を信じる事は出来ません」

エレンはレーザーブレードを男に向け最大限の警戒をする。そんな様子を男は淡々と見ており、少年は楽しそうに微笑む。

「ふふ、流石に世界最強の魔術師だけの事はあるね。でもね、僕たちの目的は…」

少年はそこまで言うと士道の方を見る。瞬間少年の隣にいた男が一瞬消えたと思った同時に士道の目の前に立っていた。動く姿を確認できずまるで瞬間移動でもしたような目の前の男の行動に士道の脳は理解する事を一瞬放棄した。

「え…ぐぅっ!?」

士道は何が起きたのかすら分からずにその場で蹲る。腹部の激痛と意識を失いそうになる頭で必死に考え理解できたことは自分が目の前の男に腹部を殴られたと言う事のみ。その男は先ほどまで士道の腹部があった場所に自らの拳を置きつつも無表情な瞳で士道を見ていた。

「シド―!お前ら何をする!」

「…」

目の前で大切な(士道)が傷ついたのを見た十香は激昂し男へと切りかかる。しかし、男は大きくその場から飛ぶ事で十香からの攻撃を見事に躱すと同時に先ほどまで自身がいた場所に戻ってくる。

「…」

「ちょっと~、大尉。僕の所に戻って来ても困るんだけど?僕は見た目通り非力なんだからさ」

少年、シュレディンガー准尉は男、大尉に愚痴るが大尉は全く気にせずに十香そしてエレンを見る。エレンは先ほどの攻防に動いた様子はなく、バンダースナッチを十香とシュレディンガー准尉達を囲むように移動させたのみだった。とは言えバンダースナッチ程度なら大尉の前では案山子同然であり逃げる事など簡単であった。

大尉とシュレディンガー准尉はそれぞれ無表情と笑みを浮かべ十香は蹲る士道を守るように大尉とエレンを警戒しエレンは十香をどうやって捕まえつつ目の前の危険人物(大尉)から逃げるかを考えていた。

三つ巴の戦いはまだ始まったばかりである。












一方、その頃。ラタトスクの空中艦フラクシナスを見つけ攻撃していたアルバテルは混乱の極みにあった。

自分たちの砲撃を尽く防がれ傷一つつけられていない中突如後方が爆発を起こしたのである。正確には外部からの砲撃である。

そしてそれと同時にアルバテルのレーダー内に新たな艦を観測した。全体的に白いその空中艦は艦首に黒と白で描かれた鉤十字(ハーケンクロイツ)を付けていた。アルバテルの艦長ジェームズ・A・パディントンはその艦の正体を知らなかった。その為正体不明の艦の出現という異常事態に咄嗟に反応出来なかった。この差が命運を分けた。

グラーフ・ツェッペリンⅡの主砲たる41cm三連レーザー砲より合計12の線がアルバテルに向かって伸び当たると同時に着弾場所を溶解と破壊を行い、爆発を生み出す。

真夜中の空に巨大な爆発が起きる。幸い艦を動かしているエネルギーたる基礎顕現装置(ベーシック。リアライザ)とそれをコントロールする制御顕現装置(コントロール・リアライザ)に損傷は無かった。しかし、まだまだこれからとばかりにグラーフ・ツェッペリンⅡは大量のミサイル、彼らがV3と呼ぶミサイルはアルバテルを囲むように発射され一気に爆発を起こす。幸い、いくつかはアルバテルの砲撃で撃ち落とすことが出来たが最初の一撃も含めてアルバテルは大きく損傷していた。

一方先ほどまでアルバテルと交戦していたフラクシナスはアルバテルの陰になる事でグラーフ・ツェッペリンⅡからの攻撃を回避していた。

「ふむ、やはりあの艦は奴ら(・・)の…。司令の不在時に動き出すとは」

司令代理である神無月恭平は先ほどまでのだらけ切った顔や凛々しい顔とは別の顔、今出会いたくない者に出会った時の様なしかめっ面をしていた。

「ど、どうしますか!?今の内に逃げますか!?」

「…いえ、そう言うわけにもいかないでしょう。新たに現れた艦の目的は分かりませんが目の前にいる艦は恐らくDEM社の艦。そう考えれば目的ははっきりとします」

クルーの一人中津川宗近の言葉に神無月は冷静に返す。そこには遊びは感じられず現状をどうにかしようと言う強い意志を感じさせた。

「精霊、それも十香ちゃんが狙い…?」

「ええ、そう考えれば島には誰かしら派遣されていると見るべきです。この通信妨害もあちら(DEM)の仕業なら島では既に事が起こっていると見るべきでしょう」

「それなら早く向かった方がいいですが…」

クルーの一人、川越恭次は途中で言葉を切りモニターを見る。そこには炎を上げ少しづつ高度を下げるDEMの空中艦アルバテルの姿があった。その後ろにはアルバテルに攻撃を続ける謎の空中艦(グラーフ・ツェッペリンⅡ)があり次はこの艦の番だと否応にでもクルー達は理解させられた。

「さて、どうしたものですかね」

神無月は困ったように言うがこの声には少しも焦りは出ていなかった。
 

 

第二十七話「来禅高校修学旅行・Ⅶ」

「敵空中艦撃破!想定被害中破と思われます!」

「よし、このまま撃墜させろ。主砲を全て敵艦に向けるのだ!」

大尉と准尉を吐き出したグラーフ・ツェッペリンⅡはその後不可視迷彩(インビジブル)を用いて(アルバテル)の後方に接近した。そして主砲の砲撃で打撃を与えると同時に不可視迷彩(インビジブル)を解いて敵の前に姿を現したのである。

「いいか、本来は対象の捕縛が優先だが同時に我らにも重要な指令がある。『世界の前に現れ我らの武威を示せ』だ。その為にもDEMとラタトスクの空中艦を落とすのだ!」

「「「Jawohl(はっ)!」」」

「艦長!ラタトスクの空中艦が動き始めました!」

「何?」

艦長はオペレーターの報告でモニターを見る。そこには煙をあげながら墜落するアルバテルの陰に隠れる形で移動するフラクシナスを姿があった。それを見た艦長は逃亡と取りにやりと笑みを浮かべる。

「ふん、この艦の前に怖気づいたか。主砲を全て奥の敵艦に向け発射せよ!」

「了解!主砲、奥の敵艦に向けます」

グラーフ・ツェッペリンⅡが誇る主砲、41cm三連レーザー砲の砲口がフラクシナスへと向けられる。一方のフラクシナスはこちらに横を見せ移動を行っていた。

「主砲発射用意完了!」

Feuel(撃てぇ)!」

艦長の指示により主砲が火を噴く。青い色をしたレーザー砲が12個の線を描きフラクシナスへと吸い込まれるように向かって行く。そして後少しで当たると思ったその時であった。

突如フラクシナスが急速に弾かれるように上昇したのである。その為レーザー砲は当たらず辛うじて上部を狙っていたレーザーがかすめた程度であった。更にそれすら敵の防性随意領域(プロテクト・テリトリー)によってダメージは与えられていなかった。

「て、敵艦上昇!」

「そんなもの見ればわかる!直ぐに主砲を向けろ!」

「!敵艦の先端部に高エネルギー反応確認!敵艦の攻撃と思われます!」

「回避!面舵下方3-5」

「了解!面舵下方3-5!」

艦長の指示によりグラーフ・ツェッペリンⅡが斜め右下に向け回避運動を取る。しかし、敵の攻撃の方が早くフラクシナスの収束魔力砲ミストルティンが命中し艦全体を大きく揺らし次いで爆発音が響き渡る。

「くっ!被害状況は!?」

「左舷中部に被弾!損害は確認中ですが決して少ないはないかと…」

「くそっ!」

艦長は思わず拳を作りそのまま振り下ろす。艦長は油断しているつもりはなかった。しかし、グラーフ・ツェッペリンⅡはDEM社やラタトスクに負けない自分たちのあの艦(・・・)に次いで世界最強の自負があった。その為敵に損害を与えられたことに艦長のプライドは大きく傷ついた。

「奴を、必ず仕留めるぞ!主砲及びV3の発射用意!」

先程とは違い怒りが籠った声で艦長は怒鳴るように指示を出した。











「ミストルティン、敵に命中!」

「ふむ、意外と敵艦は速度がないようですね」

一方フラクシナスのクルーたちは喜んでいた。神無月の指示による回避からの敵艦への攻撃は見事成功し普段の神無月かあらはうかがえない安心感を与えていた。

「このまま撤退してくれればいいのですが…」

「!敵艦の主砲に再びエネルギー反応!他にもミサイルを確認!」

「ま、希望的観測はいけませんね。防性随意領域(プロテクト・テリトリー)を展開!範囲は…」

神無月の指示を受け的確に防いでいるクルー達。しかし、先ほどよりも激しい攻撃の前に船体は大きく揺れる。

「ふむ、敵の責め…もとい攻めは激しいですが」

神無月はそう言いながらヘッドセットの様な物を取り出し頭部に装着した。

「この程度では五河の世界樹には傷一つ付けられませんよ」















一方、或美島で行われる三つ巴の戦いは苛烈さを増していた。

「はぁっ!」

「…!」

上段から振り下ろされる鏖殺公(サンダルフォン)を大尉は右腕で奇麗に逸らす。その一方で左手の手刀で十香の首元を狙い突き刺す。

「くっ!」

「…」

十香は体を大きくひねる事で躱すが無理な体制から動いたため大きな隙を生み出してしまう。その隙を見逃すほど大尉は甘くなく十香の体に回しげりを入れる。

「あぅ!」

十香は錐揉みしながら大きく吹き飛ばされる。このやり取りを先ほどからずっと続けているため十香の体は傷と泥で大きく汚れていた。更に疲労も溜まってきており十香は鏖殺公(サンダルフォン)を杖代わりにして立ち上がるが肩で息をしている状態だった。

「…」

「私を無視しないでいただけますか」

大尉は十香に追撃しようとするがそこにエレンが横やりに入りブレードによる高速斬撃を放つ。大尉はそれらを見極め躱していくが躱しきれない斬撃が少しづつ大尉の体を切り裂いていく。

「…!」

「はぁっ!」

大尉は一瞬の隙を付きブレードの刀身を弾きエレンの腹部を無防備にする。そこへ左手によるアッパーが繰り出されるがそれをエレンは随意領域(テリトリー)を発生させ防ぐ。個体に当たった訳ではないが何か独特な触感を感じ大尉は左手を戻す。

エレンは一歩下がりつつブレードを構えると警戒しつつ一気に近づき仕掛ける。エレンから放たれる剣筋が見えない速さでの斬撃w繰り出すも先ほどとは違い服にすら傷をつけることなく大尉は躱すかいなしていく。

「…」

「なっ!?」

そして挙句の果てには大尉は両手でブレードを掴みそのまま握力のみで破壊してしまう。これにはさすがのエレンも驚きを隠せず刀身がなくなったブレードを見て呆然としている。

「…」

「ぐっ、ああっ!!」

そんな分かりやすい隙に大尉は渾身の蹴りを放ちエレンの鳩尾に叩きつけた。意識外からの奇襲を受けたエレンは耐えきれるはずもなく少し離れた所まで吹き飛ばされた。

そして周囲を囲んでいたバンダースナッチは既に破壊されつくしており周辺に残骸が転がっている状態であった。

陸の上における三つ巴の戦いを制したのは大尉であった。そして大尉は蹲る士道の元に歩いていく。

「シド―!」

未だダメージが抜けきらない十香は体勢を崩し地面に倒れながらも士道の元へ向かおうと手を伸ばす。しかし、その手は全く届かず宙を切るのみだった。

そして、大尉の手が士道の頭を掴もうとした時、

大尉の腕が宙を飛んだ。
 

 

第二十八話「来禅高校修学旅行・Ⅷ」

「(十香!)」

五河士道は痛みで蹲りながら十香の戦いを見ていた。そして同時に自らの無力感に苛まれていた。来禅高校の屋上の一件以来考えている事、精霊やASTとの戦いでは自らは見ている事しか出来ない事を。

十香や四糸乃の様に精霊の力を持っている訳ではない。琴里の様に的確な指示が出せる訳ではない。自分はただ精霊の元に出向きラタトスクの指示通りにしているだけだった。

最初の内はそれでもいいと思っていた。その分自らの本心を伝えればいいと。それが変わったのは屋上の一件だ。

話は通じずただ暴力が支配する空間。自分の親しい者たちが手も足も出ずただ蹂躙されていく、そして自分はその場に居ながら何も出来ずただただそれ(・・)が終わるのを遠くから見ていただけだった。

自分に突き付けられた銃口、それを跳ねのけてくれたのは妹の琴里だった。その時、自分は何も出来なかった。もう、あんな風に何も出来ずにいるのは嫌だった。

そして今、士道は同じ目に遭っている。あの時とは違い近くには十香しかおらず残りは全て敵であった。彼らの力の前に十香は呆気なく倒れ自分に向けて敵が手を伸ばしていた。

視界の端に地面に倒れ込む十香の姿が見える。地面に倒れながらも必死にこちらに向けて手を伸ばす姿が見えた。

「う、おおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

士道は自然と雄たけびを上げ手を振り上げた。彼の胸の内に秘める思いはただ一つ。

十香を、大切な人たちを守りたいっ!

そして、その願いは

「…っ!?」

「え…?」

「シド―?」

こちらに手を向けていた(大尉)の切り裂かれ、上空へと飛んでいく右腕に誰もが驚愕する表情、そして。

士道の右腕に握られた光輝く剣という形で現れた。













「っ!」

大尉は思わずと言ったように後方に大きく飛びのいた。そして同時に少女(十香)の方を見る。先程まで少女が持っていた鏖殺公(サンダルフォン)は存在しなかった。

少女が剣を投げた様子は無かった。なぜ彼が持っている?けして答えの出る事の無い疑問が大尉の胸を駆け巡る。しかし、直ぐにその疑問を飲み込み目の前の士道に目を向ける。

未だ士道は右手の剣に釘付けになっており隙をさらしていた。それを大尉は見逃さずしかし、警戒を強めて一気に駆けだす。

「シド―!」

「っ!」

少女の声に漸く士道が大尉の方を見る。しかし、その時には大尉の姿は士道の眼前まで来ていた。握り拳を作った大尉の左腕が士道の鳩尾に食い込む。何かがつぶれる音と共に士道の体は大きく吹き飛び後方にあった樹に背中を打ち付ける。右手に持っていた剣は手から離れ大尉の近くに落ちた。

「ぐっ!くそ…!」

士道は口から垂れた血を拭う。既に鳩尾には炎が現れ回復を開始していたが動けるようになるには少し時間が必要だった。そしてそれは目の前の大尉が攻撃し、士道に深手を負わせるには十分な時間だった。

大尉は一気に士道との距離を詰める。大尉も右腕を失い血が垂れている現状で長期戦は好まなかった。故に一気に畳みかける。

大尉が左手で手刀を作り攻撃の構えを取る。士道はそれを避けようとしても鳩尾の痛みで動くことは出来ず朦朧とする意識の中で迫りくる敵の攻撃を見ている事しか出来なかった。

そして、士道を確実に捕まえるために行われた大尉の一撃は

「やぁっ!」

「…っ!」

大尉の背中を渾身の力で切り裂いた十香によって阻まれた。回復しきれていない体で無理をした十香はその場に倒れ込む。しかし、大尉を止めることには成功し大尉は背中を大きく負傷しその場に蹲る。

「うう、シド―。無事か?」

「と、十香。サンキューな。助かったよ…」

「そ、それは良かった」

士道は十香からの問いに息を吐き出しながら答える。張りつめていた空気が一気に軽くなり士道は肩の力を抜き上空を見る。

空は大きな雲で覆われ時々八舞姉妹の戦闘の様子が見える。今すぐにでも二人の元へと士道は行きたかったが体は全く動かなかった。

「…まさか、大尉が負けるなんて思わなかったよ」

「「っ!?」」

敵を倒せたと言う安堵の中、声変わりをしていない少年の声に士道と十香は一気に警戒する。その声の主、シュレディンガー准尉は近くに木の陰から現れ人懐っこい笑みを浮かべながら二人に近づく。

「そんなに警戒しないでよ。僕は大尉みたいな戦いなんて出来ないし第一僕は喋らない大尉の通訳で来ているだけなんだから」

「…そんなこと、信じられるかよ」

「別に?君に信じてほしいとは思ってないよ」

士道の吐き捨てる言葉にシュレディンガー准尉は特に気にした様子も見せずに答える。ここが戦場でなければシュレディンガー准尉は愛らしい少年に見えただろうがここではただ警戒されるだけに過ぎなかった。

「まあ、大尉がやられた今僕たちは帰らせてもらうよ。目標達成は出来なかったけどデータはたくさん撮れたしお土産も出来たしね」

そう言うシュレディンガー准尉の手にはバンダースナッチ(お土産)をまとめた袋の入り口部分が握られていた。

「これで許してくれるかは分からないけどないよりはマシだよね」

「ま、待ってくれ!」

士道に背を向け歩こうとするシュレディンガー准尉を士道は呼び止める。士道の言葉にシュレディンガー准尉ははてなマークを浮かべながら顔だけ後ろを向く。

「君たちは、一体何者なんだ?」

「僕たち?別に教えてもいいけど、君達(・・)じゃ僕たちの事なんて知らないだろうからね」

「僕たちは鉄十字の会。80年近く前にこの世から消えたナチスの亡霊さ」

そこまで言うとシュレディンガー准尉は再び歩き出す。

「それじゃまたね、五河士道君。今度来るときは戦場じゃない事を祈っているよ」

大尉、帰るよ、とシュレディンガー准尉は呟くと大尉がいきなり現れる。その左腕には切断された右腕が握られていた。

大尉と言う強大な敵との遭遇を無事、とまではいかないが切り抜けられた二人は再び大きく安堵の息をついた。
 

 

第二十九話「来禅高校修学旅行・Ⅸ」

「おのれ!何故当たらない!」

グラーフ・ツェッペリンⅡ艦長は怒り狂っていた。目の前のモニターにはいまだ健在で浮かぶ敵空中艦(フラクシナス)の姿があった。戦闘から一時間以上経過しているが目の前の空中艦はグラーフ・ツェッペリンⅡの猛攻を全て無傷で耐えていた。

「主砲やV3の攻撃を受け何故無事なのだ!?」

「恐らく敵の随意領域(テリトリー)が強力なのかと…」

「ふざけるな!いくら随意領域(テリトリー)と言えどもこれほどの猛攻を防げるはずが無かろう!」

部下の言葉に艦長は怒鳴り声を持って返す。部下は震えあがるが言った本人も目の前の状況を現実とは認め辛かった。

彼ら鉄十字の会が保有する空中艦の中でもあの艦(・・・)に次いで強力なこの艦が武装も大して持っていない目の前の艦にいいようにしてやられているのは我慢ならなかった。

「主砲に全てのエネルギーを込めろ!敵の随意領域(テリトリー)ごと粉砕する!」

「し、しかし!それでは防御に回す分が…!」

「構わん!敵の攻撃手段は正面からの砲撃のみ!なら敵の正面に立たないようにすればいい!」

「J、Jawohl(はっ)!主砲にエネルギー充填開始します…!」

「V3も全て撃ちだせ!帰還時にはエネルギー以外全て空になるようにしろ!」

艦長の過激な指示に部下たちは戦々恐々しながら指示に従い行動していく。やがてグラーフ・ツェッペリンⅡはフラクシナスの横を取るように動き始める。その動きにフラクシナスは特に反応を見せずそれでいて警戒するような動きが見えた。

「主砲、エネルギーチャージ完了!」

「V3、発射完了!」

「よし、主砲一番から四番発射!V3も全弾撃ちだせ!」

艦長の指示に従いグラーフ・ツェッペリンⅡの全ての火力がフラクシナスへと牙を向いた。









「敵艦から発砲!更にミサイル接近!先ほどまでとは比べ物にならない数です!」

防性随意領域(プロテクト・テリトリー)展開!今から指示する通りに迅速にお願いします!」

クルーの報告に神無月は指示を出す。しかし、先ほどまでと比べ表情は硬く矢継ぎ早の支持となっていた。いくら敵の攻撃がミサイルやレーザー砲とは言え防性随意領域(プロテクト・テリトリー)で防ぐには限度があった。その為神無月はミサイルが着弾する順に防性随意領域(プロテクト・テリトリー)を展開し防ぎ次第次へと移っていく方法を取った。一歩間違えればフラクシナスはミサイルの雨によって地へと堕ちる事になるだろう。

幾つもの爆発音に振動が艦橋に響き渡る。それでいて損害があったと言うような報告はない。神無月の尋常ではない演算処理とそれから生み出される指示を的確に、迅速にこなしたクルー達の努力の賜物だろう。

「敵ミサイル沈黙!敵主砲の攻撃は未だ続いていますがミサイルは来なくなりました…。弾切れでしょうか?」

「可能性は高いですが警戒は怠らないように」

クルーの言葉に神無月はそう返す。

「…さて、そろそろ彼らにはお帰りになってもらいますか。ミストルティン発射用意!」

神無月はそういうとミストルティン発射の準備の指示を出す。その裏で必殺の一撃を貯めながら。















「…今、なんと言った?」

グラーフ・ツェッペリンⅡの艦橋は静まり返っていた。被弾によるアラームと外からの衝撃音以外は全く無音のこの中で艦長はあり得ないと言った顔でモニターに映る少年、シュレディンガー准尉の報告に聞き返した。

事の発端はつい数分前の事である。V3を打ち尽くしながらも主砲や副砲を使い攻撃を続ける艦長の元に士道を捕まえにいっていたシュレディンガー准尉から通信が入ったのである。艦長は士道を捕まえた報告で迎えを寄越せと言うものかと予想したが彼の第一声で時が泊まった。

『作戦失敗しちゃった。大尉も右腕落とされたから継戦できないや♡あ、お迎えよろしく』

そしてそれを聞いた艦長が言った言葉が上記の事である。

『聞こえなかった?五河士道の捕縛に失敗したの。それに大尉が右腕落とされたからこれ以上の戦闘は無理。だから早く迎えを頂戴』

「馬鹿な!?たかが(・・・)餓鬼一人を捕まえ損ない右腕を持っていかれたと言うのか!?」

たかが(・・・)?艦長、たかが(・・・)少年一人に態々空中艦に大尉を載せてはるばる日本(ヤーパン)まで連れ去りに来ると思っているの?』

「そ、それは言葉のあy「もし」!」

「本当にそう思っていたのなら艦長の頭は随分と緩いんだね。この位誰でも考えられると思うよ?」

「っ!?」

シュレディンガー准尉の馬鹿にした言葉に艦長は歯を食いしばる。そんな艦長をシュレディンガー准尉は気付かないのか「それじゃ、作戦も失敗したし早く帰ろ~」と間延びした口調で言い通信を切った。

「…か、艦長…」

「…くそがぁっ!」

艦長は耐え切れず拳を叩き落とす。怒りに任せてモニターに拳を叩きつけたため画面は割れノイズが走る。画面が割れた事で艦長の手は出血するがそれを気に留めない程怒り狂っていた。

「たかが准尉(・・)の分際でこの儂に逆らうなどあってはならん!」

「か、艦長、二人の迎えですが」

「そんなものはいらん!目の前の空中艦を迅速に落とし帰還する!」

「そ、それでは名誉大佐(・・・・)が黙っていないかと」

「…連中には精霊(・・)DEM社(・・・・)によって二人は名誉の戦死を遂げたとでも言えばいい。それよりも目の前の空中艦を…っ!?」

艦長が戦闘の続行をしようとした時グラーフ・ツェッペリンⅡは激しい揺れに襲われた。
 

 

第三十話「来禅高校修学旅行・Ⅹ」

激しく揺れるグラーフ・ツェッペリンⅡ。それと同時に何かがねじ込む音とそれにつづく様に爆発音が聞こえてくる。

椅子から落ちそうになるのを必死に耐えながら艦長は焦ったように叫ぶ。

「な、何事だ!」

「右舷後部に損傷!外部からの攻撃と思われます!」

部下の報告に艦長は驚く。目の前のフラクシナスはミストルティンを準備中であり未だ発射する気配はない。その為敵からの攻撃はないと思っていた。

「ば、馬鹿な!敵はまだ攻撃していないぞ!それとも新手か!?」

「いえ、今も何か(・・)が艦内に入り込もうとしています!」

「まさか敵のポッドか!なら急いで周辺に兵を…!」

「違います!これは…!」

部下はそう言うとメインモニターに映像を出す。そこには右舷の様子が映っており煙と時折見せる爆発と火災が被害の大きさを伝えていた。

そして、それらに隠れるように緑の膜、随意領域(テリトリー)を纏った何かが艦に突き刺さ去っているのが見えた。

「な、なんだこれは…!」

「恐らく、敵の遠隔操作型の兵器と思われます」

「くそっ!そんなものまで持っていたとは…!」

「艦長!敵の攻撃が来ます!」

「何だと!?回避!回避せよ!」

部下の報告に回避をするように指示を出すがその指示を出した瞬間、二回目の揺れがグラーフ・ツェッペリンⅡを襲った。しかし、今度の爆発は大きくその揺れにより艦長は椅子から転げ落ち地面に這いつくばる様に倒れてしまう。

「被害は!?」

「主砲及び副砲部分に直撃!前面にある砲塔全て破壊されました!」

「何だと!?」

グラーフ・ツェッペリンⅡは普通の艦の様に主砲がそれぞれ前方と後方についていた。グラーフ・ツェッペリンⅡの主砲41cm三連レーザー砲は四つあり二つずつ後方と前方についていた。そして副砲もろとも前方の主砲は破壊された。これはグラーフ・ツェッペリンⅡの火力の半分を喪失した事を意味し同時に継戦能力を大きく削がれた事を意味していた。

更に凶報は続く。

「艦長!右舷側のエンジン停止!敵の遠距離操作の攻撃によるものです!このままでは航行は困難になります…!」

「おのれぇ!」

その報告をきっかけに徐々に艦体は右側がさがり始める。同時に高度を落とし始めグラーフ・ツェッペリンⅡは雲の中へと吸い込まれるように落ちて行った。

この事にフラクシナスでは歓声が沸き神無月はホッと息をついていたがグラーフ・ツェッペリンⅡの艦長たちにそんなことが分かる筈もなくフラクシナスをただ睨みつけるだけだった。

「…こうなったら残った火力で島を攻撃する!せめてもの捕縛対象をこの手で抹殺する!」

「し、しかし!」

躊躇する部下に艦長は血走った眼を向ける。

「何をしている!さっさと指示に従え!私はこの艦の艦長だぞ!?」

そう言うと艦長は懐から拳銃を取り出し発砲する。幸い銃弾は当たる事は無かったがいきなりの発砲に部下はヒッ、と小さな悲鳴を上げ艦長の指示に従っていく。他の者も同様であり攻撃の準備をしていく。

「雲から抜け次第島の中央部から攻撃を行う!目標を見つけたのならそこを重点的に!最終的には島を無くす勢いでやれ!」

「「「Jawohl(はっ)!」」」

艦長の怒鳴り声に部下は委縮し指示通りに行動する。

そして雲から出た時、そこには和解した八舞姉妹の姿があった。














「…何よ、あれは」

「同意。空気を読んで欲しいです」

八舞姉妹は突如現れた空中艦、グラーフ・ツェッペリンⅡを眉をひそめながら呟く。それと同時に後部の主砲からレーザー砲が放たれ二人の近くに着弾する。

「うわっ!」

「…!」

二人は思わず目を瞑りその場から少し離れる。当初は彼女たちを狙った攻撃かと思ったがそうではないらしく空中艦は島へと攻撃を始めた。

「…あのさ弓弦」

「提案。耶俱矢」

二人は同時に口を開いた。その事にふたりは一瞬きょとんとするが直ぐにお互いの言いたいことが分かり「ふふ」と笑みを零す。

「やっちゃう?」

「同意。やっちゃいます」

二人はそう言うと耶俱矢が左手を、弓弦が右手を差し出し、ピタリと重ねた。

すると二人の霊装が合わさりやがて弓矢の様になる。二人はそれを一緒に構え矢の先を空中艦へと向けた。

そして、

『〈颶風騎士(ラファエル)!【天を駆ける者(エル・カナフ)】!!〉』

二人は同時に矢を離した。

瞬間、二人の周囲を今までとは比べ物にならない風が吹き矢は寸分たがわず空中艦に辺り内部機関を矢とそれが発する風圧で破壊しながら貫通し空へと突き抜けた。

そして、止めとも言える一撃を受け空中艦は貫通部分から巨大な爆発を起こし夜空を赤く染め或美島近海へと墜落していった。






ここに、或美島で起きていた全ての戦いは終わりをつげ三つ巴の戦いに今決着が付いたのであった。
 

 

第三十一話「戦後」

「あちゃー、グラーフ・ツェッペリンⅡ落ちちゃったよ…」

「…」

迎えを待っていたシュレディンガー准尉と大尉は爆発や火災をあげながら海に落下するグラーフ・ツェッペリンⅡを見ていた。シュレディンガー准尉は勿体ないと言う表情で、大尉は相変わらずの無表情で見ていたがやがてシュレディンガー准尉が「しょうがない」と懐から通信機を取り出す。

「えーと、確かこれをこうして、これをこうすれば…よし、つながった!」

シュレディンガー准尉はつながった事に喜びながら向こう側の言葉を待つ。

『…准尉かね?』

「そうだよ~」

やがて一人の男の声が聞こえてきてシュレディンガー准尉はそれに同意した。

『どうやらグラーフ・ツェッペリンⅡは落ちたみたいだね』

「あれ?もしかして気付いてた?」

『勿論だとも。あの老害(・・)が艦長を務める艦だ。()じゃないいつか(・・・)あの艦は落ちていた。たまたま今日だっただけだ』

「なら迎えを早く寄越してよ~。このままだとこの島でサバイバルになるかもしれないよ?」

「…その心配はない」

瞬間先ほどまでの通信相手の声がシュレディンガー准尉の後方から聞こえてくる。シュレディンガー准尉が後ろを見れば通信相手、モンティナ・マックス名誉大佐(・・・・)の姿があった。

「あ!少佐(・・)~!ごめんね。作戦、失敗しちゃった♪」

「構わないとも。彼の周りには精霊がたくさんいる。今日も一人は近くにいた。それでは捕縛は難しいだろう」

「いや~、それなんだけど実は…」

シュレディンガー准尉は士道の起こした出来事を包み隠さず話す。その報告を聞いた少佐は笑みを浮かべた。

「成程、ここで彼が覚醒(・・)するとは。意外とまではいかないにしても想定外だな」

「まあ、直ぐに大尉にボコられていたけどね」

「それはそうだろう。彼はつい最近まで精霊の存在を知らなった一般人だ。むしろ大尉の腕の落とすことが出来たのを褒めるべきだろう。…それはそうと、大尉。腕は大丈夫かね?」

「…」

少佐の言葉に大尉は()()()()()()()()()()()()()。それを見た少佐は満足そうに頷く。

「さて、詳しい事は戻ってから聞かせてもらおうか」

「りょうかーい!」

「…」

少佐の言葉にシュレディンガー准尉は元気よく返事をして大尉は頷くのであった。







「…鉄十字の会が本格的に動き始めたか」

「はい、その様です」

四方を本棚で囲まれた部屋の中でラタトスクの司令、五河琴里は目の前の男の言葉に返事をした。

男はラタトスク機関の創始者であり最高幹部連である円卓会議(ラウンズ)議長を務めるエリオット・ウッドマンである。

「所属人数、拠点一切不明。目的はナチスドイツの復活と千年王国(ミレニアム)の建国。それ以外はほとんど何も分かっていない謎の組織。吸血鬼の制作を行い人工精霊の研究もしているとの噂もある。…彼らが君の兄上を狙ったのは間違いないんだね?」

「はい。目的までは不明ですが恐らく霊力の封印をしているのを知っているものと思われます」

「もしそうなら彼らの狙いは君の兄上に眠る莫大な霊力か」

ウッドマンは大変な事態になって来たと頭を抱える。彼らの目的が不透明な今今何か起きても不思議ではなかった。

「…そう言えば墜落した空中艦から何か分かった事はあるか?」

「ええ。先ず、空中艦事態の性能は先に墜落したDEM社の空中艦やフラクシナスより上です。そのうえで大量の武装を持っている事から戦闘艦であると思われます」

「…これが一隻二隻ならいいが十隻、ニ十隻となるとかなりの規模の組織になるな」

「…そして、乗組員ですが全員死亡していました」

「…やはり【ベルセルク】やフラクシナスとの攻防が原因かね?」

ウッドマンの言葉に琴里は辛そうに報告を続ける。

「いえ、そうとは言い切れません。何故なら全員焼死体だったので」

「…何だと?」

「付け加えるなら爆発などの外部からではなく内部から焼かれています」

その報告にウッドマンは戦慄した。情報の漏洩防止。その為だとしても全ての人間を救助することなく見捨てた事になる。

「…負けは、失敗は許されないと言う事か。五河司令、君の兄上の事もそうだがこれから様々な困難が押し寄せるだろうが決して無茶をしないでくれ」

「…分かっています」

そう返事をした琴里にウッドマンは心配げな表情で見るのだった。
 

 

第三十二話「問答・前編」

「…はぁ、修学旅行は散々な目に遭ったな」

五河士道はぐったりした様子で両手にスーパーのレジ袋を持っている。DEM社と鉄十字の会による襲撃があった修学旅行後の初の休日、士道は足りなくなった食材の書いた詩の帰りであった。

あれから琴里に様々な事を教えられた。鉄十字の会やDEM社について。そして今後両陣営の介入がある可能性も示唆された。とは言えそれらの介入があろうと士道による精霊の霊力封印の役目は変わらないのだが。

「取り合えず必要な物は買ったしそろそろ帰るか…おっと」

「…きゃ」

両手にもったレジ袋いっぱいに食材を買い込んだ士道がスーパーから出て商店街を歩いていた時たまたま目の前から歩いてきた人とぶつかる。人混みがありかつ目の前の人が小柄だったため士道からは微妙に見えていなかった。

「す、すいません。よそ見しちゃって…て」

「い、いえ。こちらこそ…」

「「…」」

士道はぶつかった人を見て固まる。対する相手、士道と同じくらいの歳の銀髪碧眼の少女も士道の顔を見て固まる。

何故ならそこにいたのは服装こそ違うが屋上の一件以来行方が掴めていなかった【SS】の姿があったのだから。







「(…なんで、こんな事になったのだろう…)」

ファミリーレストランの一角、店の奥で且つ、周りからはあまり見えない場所に彼女は座り目の前にいる男、五河士道の姿を見て何度目とも知れない呟きを心の中で吐き出す。

未だに誘宵美亜として美九の家にいる彼女は数少ない一人に慣れる時間で街を歩いていた。しかし、その結果が今の状況であり彼女としては自分の不運を呪わずにはいられなかった。

「(前の一件(折紙の壁ドン)と言い何で貴重な時間にこんな目にあうのやら)…それで?私をここに連れてきて一体何の用?」

「え、えっと。それは…」

しどろもどろになる士道に彼女はいぶかしげな目を向けるとやがて思いついたのか蔑むような視線で士道を見る。

「…まさか、強姦?」

「違う!」

何でそうなる!?と言わんばかりで士道は大声を上げるがここはファミリーレストラン。それも休日で昼過ぎとは言え中にはそれなりに人がいる。よって…

「…あ、すいません」

何事、と言わんばかりの視線に気づいた士道が必死に頭を下げる事となった。

「…まあ、冗談は置いておいて」

「あ、冗談だったんだ。よかった」

「当たり前じゃない。強姦なら連れ込むのはファミレスじゃなくて車か裏路地でしょう?」

弄ばれたと気づいた士道は苦笑いを浮かべるが彼女は真剣な表情で再び問う。

「…で、結局何の様なの?私はこう見えてあなたに私の大切な時間を取られているのが凄く嫌なんだけど?」

「…そ、それは。…あの屋上以来全然姿が見えなかったから少し心配していたんだ。…傷の方は大丈夫か?」

「…心配?」

士道の思いがけない言葉に彼女はきょとんとする。やがて気を取り直した様で直ぐに何時もの表情に戻る。

「別に、あのくらいなら直ぐに治るわ。私、精霊だけど少し特殊だから」

「そ、そうなのか。よかった」

「は?何であなたが喜ぶの?意味が分からないんだけど?」

「いや、だって。あんなに怪我していたんだから心配するのは当然だろう?」

「…そう」

彼女はまだ納得しているとは言い難かったが追及する気はないらしく一言で片づける。…そこへ、料理を持った店員がやって来る。

「お待たせいたしました。スペシャルハンバーグランチです」

「あ、それ私のです」

店員が運んできたのは士道から見ても巨大なハンバーグ。恐らく普段士道が食べるハンバーグの倍以上の量を持っているだろう。それを目の前の彼女は注文したと言う。

「…本当にそれを食べるのか?」

「ええ。何せ貴方の(・・・)奢り(・・)なんだもの。好きなだけ食べさせてもらうわ」

「そうか、俺の奢り…奢り!?」

彼女の言葉に再び士道は声を上げる。彼はてっきり自分のお金で食べている物だとばか思っていたからだ。そんな士道に彼女は「何を驚いているの?」という顔をする。

「無理矢理ファミレスに連れ込んだくせに食事の一つも奢らないの?随分と傲慢な人ね」

「い、いや。そういう訳じゃないんだけど…」

士道はそう言いながら財布を確認する。先程買い物を済ませたばかりであり財布の中は少し心もとない状況だった。一応、二千以上するスペシャルハンバーグランチなら払う事は出来る位には持っていたが。

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…ダメ?」

「…ワカリマシタ」

無言の攻防の末士道の財布からお札は消えるのであった。

余談ではあるがスペシャルハンバーグランチを余裕で完食した彼女は追加のお代わりを頼もうとして全力で士道に止められていた。

その大食い精神から士道は十香を思い出したとか。
 

 

第三十三話「問答・後編」

「…ご馳走様。一応言っておくわ。奢ってくれてありがとう」

「お、おう。全然大丈夫さ…ハハッ」

口元をナプキンで拭きながら彼女は士道にお礼を言う。一方の士道は真っ白い顔で返事をする。

士道はあれから同じものをお代わりで注文しようとする彼女とそれを阻止する士道との攻防の末デザートを頼む事で落ち着いた。それでも更なる打撃は免れず士道は財布を確認しながら真っ白になったのだった。

「…五河士道。貴方に聞きたいことがあります」

「!」

彼女の真面目な顔に士道は直ぐに表情を引き締める。彼女の顔は殺気こそないものの屋上の時と同じ厳しい目をしており士道はまるで問答という名の裁判を受けている気持ちだった。

「最初にあった時、貴方は精霊の霊力を封印できると言いましたね?その事に嘘はないですね?」

「あ、ああ。本当だ。俺も何でこんな力があるのかは分からないけど俺には精霊の霊力を封印し人間にすることが出来る」

「…成程」

彼女はコップに入った水を一口飲むと次へと移る。

「では、次の質問ですが()()()()()()()()()()()()がいる時、いえ()()()()()()()()()()()()()()()精霊がいる時、貴方は霊力を封印できますか?」

「…え?」

「例えあのコバエに狙われ続けるとしても精霊としてしか生きられない者を封印できますか?」

「それは…」

士道は彼女の言葉に黙り込む。もし、彼女が言っている精霊がいるなら霊力を封印した先に待っているのは()だろう。霊力を封印した結果が死。士道は答える事は出来なかった。

「…俺は」

「…いえ、答えなくていいです。ですがこれだけは言わせてもらいます。私は、封印されるのなんて真っ平御免です。私にはやるべきことがある。叶えたいことがある。その為にも今封印される訳には行きません」

「…君は一体、何者なんだ?」

士道の問いに彼女は微笑みで返す。彼女が初めて見せた優しい、それでいて悲しげな笑みは士道の心に大きく、深く刻まれた。

「…いずれ、私の悲願が叶った時。貴方が()()()()()()()その時は答えを聞かせてください」

「え?それって一体どういう意味…」

そう言って立ち上がる彼女に士道は聞き返すが彼女は何も答えずファミレスを出て商店街の人ごみへと消えてしまう。

士道はただその様子を茫然と眺める事しか出来なかった。








「…あ、彼女の名前聞くの忘れてた」












「…少し、話しすぎたかな」

その日の夜、彼女は美九の家にある自室にて士道との一件を思い返す。

本来彼女は()()()()を言うつもりは無かったが気付けばほとんど喋っていた。

「私の気付かないうちに彼に対する心象の変化があったのか、それとも…」

そこまで考えていると扉がいきなり開かれる。扉には両手を広げた美九の姿があった。

「美亜さーん!ご飯の時間ですよー?」

「ありがとう。今向かうわ」

「ふふー!なら一緒に行きましょう♪」

美九は上機嫌で彼女の左腕を両手で抱きしめる。美九の豊満な胸の感触が左腕を通じて伝わってくる。彼女は何時もの事ながら苦笑しながら払う事はせずにそのまま向かう。

「(これじゃ、どちらが姉か分からないな)」

彼女は心の中でそう呟く。当初は美九が姉となっていたが日々の生活を送るうちに今では立場は逆転し百合百合な(美九)とクールビューティーな(彼女)と言う図式に代わっていた。

彼女は右腕で美九の頭を撫でる。それを美九は嬉しそうに受け入れる。彼女が誘宵美亜となり既に二週間以上が経過しており我ながら随分で慣れたものだな、と彼女は心の中で呟くと食堂の間での道のりの間ずっと美九の頭を撫でるのであった。
 

 

第三十四話「決意」

「成程、【ベルセルク】も封印されたか」

南米ブラジル、その上空を飛行する空中戦闘艦ビスマルク。その艦橋内にてモンティナ・マックス名誉大佐はとある映像を見ていた。或美島の森林部にて映るのは裸の美女二人と青年の姿。霊力を封印された直後の【ベルセルク】八舞耶俱矢と八舞弓弦と五河士道である。

一件すればそういう(・・・・)場面にすら見えるこの映像をモンティナ・マックスは楽しそうに眺める。

「これで確認出来ているだけで【プリンセス】、【ハーミット】そして【ベルセルク】が彼によって封印されています。そして【ナイトメア】についてはいつも通り(・・・・・)行方知れず、あの時現れた【イフリート】もあれ以来行方が分かっていません。【SS】もあの一件以来全く行動の形跡がありません」

モンティナ・マックスにそう報告するのは鉄十字の会にて准尉の地位を得ているルーク。ヴァレンシュタインである。弟であるヤン・ヴァレンシュタインと共にアジアを中心に暗躍している者である。

「ご苦労!これで11(・・)の精霊の内確認できているだけで3つ、封印された事になる。…いや、この際五年前以来姿が見えなかった【イフリート】も封印されていると考えるのが正しいか。そうなれば既に三分の一はラタトスクの手にあるわけか」

モンティナ・マックスは心底楽しそうに呟く。艦長の席に座りモニターに新たに映し出された鉄十字の会が確認できている6人の精霊。全員が見目麗しい少女たちの姿は一種の神秘すら感じるほどであった。

「さて、そろそろご帰還するとしようか。さっさと帰還しなければ我が家(ホーム)で首を長くして待っているご老人方の首が戻らなくなってしまう」

そのジョークに艦橋にいた者たちが笑う。一人が代表し「それは早く帰還しなければいけませんな、名誉大佐殿」と言う。

「目標ジャブロー『豹の巣(パンテルシャンツェ)』!」

「「「Jawohl(はっ)!」」」

モンティナ・マックスの言葉に艦橋にいた者たちは一斉に動き出す。やがてブラジル上空を飛行していたビスマルクは針路を変え基地へと帰還していく。

「…それと、お耳に入れておきたい事が」

少ししてルークが再び発する。その表情は先ほどの報告時と比べいささか眉が寄っていた。

「まだ正確な情報と言えませんが天宮市AST駐屯地にDEM社の戦闘部隊が配属される様です」

「ほう、それが本当だとすればかの地は益々の混沌と化すだろう。…規模は?」

「一個分隊ないし二個分隊。表向きは駐屯地の補充要員としているようですからこれが精々かと」

「成程、しかしそれで精霊が倒せるのなら彼女たち(AST)も苦労していないだろうに。いや、意外と目的はそうじゃない可能性もあるな」

「と、申されますと?」

「前回は【プリンセス】の捕縛だったが我らに妨害され失敗。とは言えその時に(士道)の力を見ていたら?」

「…成程、それなら納得が行きます。精霊の力を使えるかもし(・・・)れない(・・・)。彼らが動くには十分な動機でしょう」

「それなら我らもうかうかしていられないな。至急帰還し老人方と会議だ」

















「…なんだぁ?ようやく決めたのか?」

天宮市のとあるビルの一室。薄暗いその部屋では一人の男が客人を出迎えた。…とは言え男の態度は悪くソファにどっしりと座り足を組むと言う出迎えとは思えない態度であったが。

「…」

「ったく、兄ちゃんは今は留守にしてるぜ。何せブラジルまで態々大佐殿と一緒について行っちまったからな」

「…」

「あ?はいはいはい。分かってますよー。兄ちゃんの言う通り精霊を殺す力は手に入れられるぜ?折紙ちゃんよー」

男、ヤン・ヴァレンシュタインは客人である鳶一折紙にそう言った。折紙がここに来た理由はただ一つ。精霊を殺せる力を得るためだ。

ルークに誘われ内容を聞いた折紙は一度頭を冷やした状態で考えるために一月近くの時を用いた。その結果は今の状態が示している。

「生憎兄ちゃんが帰って来るのは九月になってからだ。兄ちゃんがいなきゃあれ(・・)は出来ないからな。別に俺っちがやってもいいけど、失敗はしたくないだろ?」

「別にそう睨むこたぁねぇだろ。お前の意思が決定した以上兄ちゃんが帰ってき次第手術を行い、おめぇは力を得られる。それでいいだろ?」

「安心しろよ。例え俺たちが殺されたとしてもお前が願う限りいつでも遣い(・・)は来る。何一つ心配する事なんざねぇよ」

「分かったらいったん今日は帰れ。連絡はいつも通りに。その時は自らの価値観が一変するからな。楽しみにして置けよ」

ヤンはそう言うと折紙を扉に誘導する。折紙も特に抵抗する事なくそれを受け入れる。

精霊を殺せると言う期待と興奮を胸に抱きながら。
 

 

第三十五話「始まり」

「今日は厄日とも思いましたけど吉日でしたー!」

9月8日金曜日。現在夕食を食べ終え自室にて横になっていた時突然上機嫌の美九が彼女の部屋に入って来た。その顔は彼女が見てきた美九の表情の中でも一、二を争う程上機嫌である事が伺えた。

美九はベッドに横になっていた彼女にダイブしてくるが彼女はそれを自然に受け流し自分の横に寝かせる。美九の家に住むようになり既に三か月近く経過した。幾度となく美九に襲われてはそれを彼女は回避し続けており最初は不満だった美九もいつの間にか受け入れ失敗する事を前提で襲ってくる程だ。

今ではこのやり取りに満足しているのか最初の頃あった美九のおねがい(・・・・)も最近は全く聞かなくなっていた。

「それで?一体何があったの?」

美九を自分の横に寝かせ頭を撫でながら彼女は問う。撫でられている美九はまるで姉に甘える妹の様に彼女にくっつきながら笑顔で話す。

「実はー、可愛らしい人と会いましてー。美亜さんの様に奇麗な銀髪の方だったんですよー」

「へぇ、それは良かったね」

「はいー、彼女が空を飛ぶ魔術師(・・・)さんだったのが残念でなりませんけどー」

その言葉を聞いて彼女が思い浮かべるのは彼女が現界する時に現れるコバエ(各国の魔術師)達。その中で天宮市にいる間に現れる者の中で銀髪の美少女と言うと彼女の脳裏に一人だけ思い浮かぶ。

「(確か屋上の一件の時もいた気がするな)魔術師?一体何を言っているんだ?」

「…ああ、そうでしたねー。美亜(・・)さんは知らないんですよねー。忘れてください」

一瞬の違和感を感じつつも美九の言葉に納得する彼女。精霊と言う事が美九にバレていない以上魔術師という言葉をすんなり受け入れるのは怪しまれるだろう。そこで彼女はとぼけ結果美九は何も言わずに引き下がった。

「…ところで、美九は天央祭で歌ったりしないのか?」

「ええー?何でそんな事しなきゃいけないんですかー?私は可愛らしい少女たちに聞いてもらいたのであって()風情に聞いてほしくはないんですよー?」

「…そっか」

美九の言葉に彼女は苦笑する。こうして暮らして初めて気づいた美九の男に対する異常なまでの嫌悪感。初めて見た時は彼女すら驚いたほどだ。

一月近く前に彼女が美九と共に歩いていた時たまたまナンパを受けた事があったのだが声をかけたその男は美九の力によって近くの人たちにボロボロになるまで殴られていた。その時は驚きのあまり彼女もただ見ているしか出来なかった。

「また会えるといいね」

「全くです!あれほどの方なら私のコレクションに加えてもいいですねー!」

「…」

美九がいうコレクションとはお気に入りの者たちの総称である。大半が彼女の近くに構え親衛隊若しくは取り巻きの様な様相をしている。因みに彼女もコレクションに入っており自他ともに認める一番のお気に入りとの事である。

「それにしてもまさか天宮市にはまだあれほどの美少女が潜んでいたとは知りませんでした」

「それは…。美九があまり公に出ないからじゃないか?」

美九は基本的に学園と家以外では曲の収録くらいであまり外には出ない。視線に男が入るのが嫌との事でナンパの一件も彼女が出かけるから一緒について行っただけの事である。

「…そう言えば明日は天央祭の話し合いがあるんでしょ?そろそろ寝ないと間に合わないんじゃない?」

時計を見れば針は大小共に12を指しておりそろそろ寝なければいけない時間であった。

「なら今日も一緒に寝てもいいですよね?」

そう言いつつベッドから降りる気はない美九は明らかに戻る気はないと伺わせた。とは言えこれもいつも通りの為慣れてしまった彼女は手慣れた様子で電気を消し美九の隣に横になる。

すると美九は彼女の体を抱きしめる。

「えへへ」

美九は嬉しそうに彼女の胸に顔を埋める。そんな美九を彼女は抱きしめ返し頭を撫でる。

暫くすると美九の寝息が聞こえてくる。それを見た彼女も目を閉じ襲ってくる眠気に身を任せるのであった。











「…ふふふ、可愛らしい寝顔」

早朝、日が昇り始めた頃美九は隣に寝ている彼女の頭を膝の上に置き撫でながら愛おしげに見つめる。彼女の寝顔は起きている間のクールな表情とは違い幼げな顔で寝ていた。そんな彼女を見る美九は深夜の甘えた顔とは違い母性を感じさせるものだった。

「私は知っていますよ。貴方が精霊(・・)である事を。そして貴方が私では止めきれない大きな目標を抱えている事を」

美九は独り言のように呟く。

「いつの日かあなたは私の元を離れてしまうでしょう。ですが、それまでの間はせめて日常を謳歌してくださいね」

美九はそう言うとしばらくの間彼女の頭を撫で続けるのであった。
 

 

第三十六話「突然の再会」

 
前書き
10月最初の投稿で~す 

 
美九の家のとある一室では何とも言えない空気が漂っていた。

「美亜さん、紹介しますね。彼女は五河士織さんです。士織さん、こちらは私の従妹の誘宵美亜さんです」

「は、初めまして。五河士織です…はい」

「…誘宵美亜です。よろしく」

満面の笑みを浮かべる美九とは対照的に紹介されあった二人には何とも言えない空気が流れている。士織と呼ばれた少女は緊張と同時に何でと言う疑問が見て取れ彼女はその正体を知り軽蔑とも取れる視線をしていた。

「それじゃ私はちょっと準備してくるので美亜さんと士織さんは先にお喋りしててください」

「あ、ありがとう」

「…」

そう言って部屋を出て行く美九。それと同時に部屋は静寂が支配し二人、特に士織の方の空気が重くなる。士織はこの状況を何とか打開したいと考えをめぐらすが緊張と混乱から何も思い浮かばないどころか余計な混乱を引き起こしていた。

だが、そんな空気も彼女の言葉で一気に変わる。

「…で、何故そんな恰好をしている。五河士道(・・・・)

「うっ…」

士織、女装した五河士道は彼女の問いかけに喉が詰まる。彼女の瞳にはほんの少しの敵意と共に変態を見る目で見ておりその視線に士道は呆気なく撃沈した。

「じ、実は…」

「大方、誘宵美九を精霊と分かったから封印する為に来たのだろう?女装をしている事から美九の男嫌いは理解しているようだな」

「…そうです」

「だが恐れ知らずだな。もし男だとバレたらどうするつもりだ?様子から察するにかなり気に入られているようだな。それが男だったと知ったらきっと大激怒するだろうな」

「…」

「最悪の場合消される可能性もある。実際、程度も状況も違うとはいえ前に一度男を半殺しにしていたからな」

「…」

「幸い美九は小隊に気付いていないようだ。…まあ、そもそも気付いていたら喋らないし家には入れないだろうからな」

「…」

彼女の言葉に士道は顔を真っ青にして聞いていた。自分がいかに危険な橋を渡っているのか理解したのであろう。

「…ああ、そう言えば私用事があったのを思い出したわ」

そう言って彼女は席を立つ。瞬間士道の顔は行かないでと言う表情が浮かぶもそれを彼女は無視して部屋を出る。瞬間、お茶や菓子を持ってきた美九と遭遇する。

「あれ?美亜さんお出かけですか?」

「ええ、少し用事を思い出して。ごめんなさい、本当なら一緒にお茶会をするはずだったのに…」

「全然かまいませんよー。士織さんがいますし美亜さんはゆっくり用事を済ませてきてください」

「…ありがとう。美九」

そう言って彼女は美九の頭を撫でる。「えへへ」と口からこぼれつつ美九はそれを嬉しそうに受ける。美九の髪を優しく解くように暫く撫でた彼女は手を離す。一瞬名残惜しそうな表情を美九はするが士織を待たせることを思い出した様で外に出て行く彼女を笑顔で見送るのであった。

「(精々美九に正体がバレないように気を付ける事ね。まあ、封印した後も隠し通せるとは思えないけど…。士道って案外抜けているわね)」

そんな事を思いながら彼女は天宮市の中心街へと向かって行くのであった。














「…で、何でそうなったの?」

家に帰ってきた彼女を出迎えたのは若干の不機嫌な様子の美九であった。その様子から士道の女装はバレなかったのだろうと予想できると同時に何かあったのだろうと推測した。

そして結果が以下の美九の言葉の通りである。

「実は―、士織さんと天央祭一日目の最優秀賞を取った方が相手の言う事を聞くと言う内容で勝負する事になりましてー」

「?それはつまり美九がステージに立つと言う事?」

「ピンポーン!正解ですぅ。本当はゴミ虫共に私の歌を聞かせたくはないですがぁ、士織さんを手に入れ…コホン。士織さんに言う事を聞かせたくて仕方なくですぅ」

「ほとんど本心が出てたよ。…それにしてもそんな勝負、美九が圧倒的に有利じゃない。よく士織?は受ける気になったね」

「…まあ、あちらには譲れない何か(・・)があったみたいですから」

何か(・・)、ねぇ」

士道としても美九の霊力を封印できる機会はこれを逃せば当分ない可能性があり圧倒的に不利とは言え受ける事は必然と言えた。

「その他明日から早速皆にお願いをしてきますね。寂しいですが美亜さんは先に帰ってよろしいですよ」

「そう?なら私も当日は美九の歌を聞きに会場に足を運ぼうかしら」

「あーん。美亜さんになら何時でも私が歌ってあげますよぉ!」

「ふふ、それはまた今度ね。今日はもう遅いし、ご飯にしなきゃいけないから」

「むぅ、そうですかぁ。残念ですぅ」

美九は今すぐにでも歌いだしそうな勢いだが時間は六時を回っておりそろそろ夕食の時間であったため不承不承ながら頷く。

「(天央祭一日目は音楽がメイン。…美九に圧倒的に有利な展開で士道は何処まで食いついて来れるかな?)」

彼女は心の中でそう呟く。しかし、その声の中に士道に対する確かな興味があった事は彼女は気づくことはなかった。
 

 

第三十七話「準備」

「…で?何か申し開きはあるの、士道」

「…面目次第もございません」

フラクシナスにあるブリーフィングルーム。その中央で士道は士織ちゃんモード(女装状態)で正座し妹の琴里の圧力を受けていた。周りにはクルー達がおりその様子はさながら法廷で裁かれる罪人のようであった。

「私、言ったわよね?短気を起こすなって。精霊の好感度を上げようって時に、よりにもよって『お前が嫌い』?『お前を否定する』?随分と思い切ってくれたものね」

琴里のド正論が士道の心に辺り大きなダメージを与えていく。そんな士道を庇ってくれる人物は、誰もいなかった。

「で、でも…可笑しいだろ!あいつ、人の命を何とも思ってないんだぞ!?いや…ていうより、あの()でみんな美九のことが好きになるから、美九の周りには、悪い事を悪いって言ってくれるような人がいなかったんだ。なら、俺が」

「言う必要はなかったわよね。少なくともあのタイミングでは」

「うぐっ…」

士道の弁明の言葉を琴里呆気なく切り捨てる。その事で再び士道の胸にダメージが入る。

「確かに誘宵美九の倫理観はかなり破綻しているけどだからと言ってあんなに煽るなんて、頭大丈夫?」

「あう…」

「好感度が下がらなかったのが不幸中の幸いね。だけどそのせいで余計なことまで背負いこんじゃ意味ないわね」

「…」

五河士道、妹琴里の言葉に撃沈された。そしてそんな士道を助けてくれる者はおらず士道はただただ痛む胸を抑える事しか出来なかった。

そんな士道を憐れんだのか琴里は話題を変える。

「それにしても…。まさか【SS】、いやこの場合誘宵美亜と言った方がいいのかしら?まあ、彼女が美九と同棲していなんてね」

琴里の次の話題は行方が掴めていなかった彼女について。修学旅行明けの土曜日に一度偶然出会った一件以来再び行方が分かっていなかった。家に帰った後士道は琴里の命令で休日全てを使い再会した場所の周辺を探したが見つける事は出来なかった。

「美九と一緒の場所に住んでいる。…それも従妹と言う関係ならやっぱり誘宵美九の血縁者で間違いなさそうね。出来れば二人纏めて封印したいところだけど…」

琴里は無理と言う気持ちを込めたため息をつく。ただでさえ士道のせいでややこしくなっている美九に加え極度の選民思想を持ち美九以上に倫理観が破綻している彼女を同時に攻略など出来るはずがなかった。本来ならこの二人はじっくり時をかけ攻略していく相手。それを同時に相手など愚かでしかなった。

「幸い彼女の居場所はこれではっきりしたわ。美九さえ攻略できればそれを足掛かりに彼女も攻略できるかもしれないわ。その為にも…士道、天央祭は必ず勝ちなさいよ」

「お、おう。勿論だ」

「とは言え相手は人気アイドル誘宵美九。そう簡単に勝てる相手じゃないわ。士道の学校は、一日目のステージで何をやるの?」

「え、えっと。確かバンド演奏だったと思う」

「へぇ、良かったじゃない。得意分野で」

「へ?一体どういう…」

瞬間、士道の目の前には最も見られたくない映像が映る。中学二年生、その時にハマっていたギターの演奏である。

「あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

こうして士道は自らの黒歴史をばらされつつもラタトスクのバックアップを受け天央祭に向けて特訓を開始するのであった。


















「ヤン、名誉大佐殿より命令が来たぞ」

天宮市のとあるビル。鉄十字の会が日本における活動の拠点としているその場所でルーク・ヴァレンシュタインが封筒を持ちながらやっていた。

「おーおー、遂に俺たちに直々に命令が来るようになったのか。これって出世したってことでいいよなー?」

「違う。単純にここがそれだけ重要な場所と言う事だ。…ただ、そんな重要な場所を任されているのだ。そう捕えてもいいかもしれないな」

ルークはそう言いながら封筒の中身をヤンに見せる。封筒の中身は数枚の紙であり表面には『確認次第焼却するように』と書かれている。

「…へぇ、これは」

ヤンは内容を確認すると笑みを深める。その表情はまるで新しいおもちゃを手に入れた子供の様な表情をしていた。

「中身の通りだ。何時でも動けるように準備を怠るな。それとここも廃棄し拠点を別の場所に移す」

「はいよー。…所で兄ちゃん。あれ(・・)の調子はどうだ?」

「きわめて好調、と言ったところだ。まさかあれほど適合するとは私も思わなかったよ。あれならいずれ大尉殿にも勝るとも劣らない()になってくれるだろう」

「そうなりゃ真っ先にあの餓鬼にぶつけようぜ。あの餓鬼の絶望する顔を想像するだけでたまんねーぜ!」

「…それもこの作戦で彼が逃げ切れたらだ。私たちが動く以上或美島の様な失敗は許されない。良いな?」

「勿論だぜ、兄ちゃん」

ルークの言葉にヤンは笑みを浮かべて答えるのであった。
 

 

第三十八話「ある日の一時」

「なぁ、五河。恋って…良いよな」

「何を言っているんだこいつは?」

まるで薬をキメている人の様に恍惚とした表情で話す殿町宏人に安田圭一は呆れた声で言う。

「…いきなり何だってんだよ」

呼ばれた士道は鬱陶しそうにしているが殿町は気づいていないのか興奮した様子で話す。

「俺…運命の出会いを果たしてしまったかもしれん」

「ん?なんだ、二次元でいい娘を見つけたのか?」

「いや、違うと思うぞ」

「実はな、一昨日の放課後なんだがな。すっげぇ俺好みの女の子に出会ってしまったわけだ」

「ほう」

「へぇ」

「男子トイレで」

「ぶふ…っ!?」

「はぁっ!?」

殿町のカミングアウトに士道は吹き出し安田は思わず聞き返す。本来なら男子トイレに女子がいる事に対する反応と思えるが約一名、士道だけは違っていたが幸いなのかその事に気付ける人物はこの中にはいなかった。

「その反応も良くわかる。だが本当なんだ。男子トイレの中で俺を待ち伏せしてたんだ」

「待ち伏せはしてねぇって!」

「え、そいつ物好きか?」

「うんにゃ、間違いない。だってあの子、俺の名前知ってたんだぜ?」

「いや、だからって…」

「そもそも何で男子トイレで待ち伏せするんだよ?痴女か何かか?」

あいつみたいに、と安田は士道の隣の席を親指で刺す。そこは鳶一折紙の座っている場所で当初はミステリアスな雰囲気を醸し出していた折紙も士道の事に関しては痴女とも言える行動をとるため安田にはそう思われていた。

「マジで運命を感じたね。俺と二人っきりになりたいからって、人気のない校舎奥のトイレで待ち伏せしているなんて。名前くらい聞いておけばよかったな…」

「…あ、ああ。そう…」

「で?そいつってどんな見た目してるんだ?」

「五河くらい背がスラッと高くて、五河ぐらいの体格で…でもって初対面だってのに長い事一緒にいたような気安さがいいんだよ。…そうそう、まるで五河みたいな感じだったな」

「「…」」

殿町の言葉に二人は黙り込む。片方は気づいていて態とやっているんじゃないか、と疑い片方は殿町は士道に気があるのか、と全く別々の事を考えていた。

そこへ、士道が立ち上がり教室のドアへ向かう。

「ん?なんだどこか行くのか?」

「お前が推薦してくださった実行委員だよこんちくしょう」

「ああ、そう言えば選ばれていたな。皆から推薦を受けるとか…。士道、お前って人気者だな」

「安田、お前分かってて言っているだろ」

あんな敵意が込められている人気者などなりたくねーよ、と言い実行委員へと向かって行った。

「ふ、期待しておけ、今年は皆本気だからな。表彰台に上げてやるぜ」

「去年竜胆寺のブースに行った奴が何言ってるんだよ」

殿町の言葉に安田は苦笑しながら突っ込む。士道が教室を出て行き暫く経った頃そう言えば、と思い出したように安田が呟く。

「知ってるか?竜胆寺にまた転入生が来たらしいぜ」

「本当か?またこんな中途半端な時期に来たな」

「実際に来たのは夏休み前らしいがな。そして、聞いて驚くなよ。そいつはなんと美九たんの従妹らしい!」

「何!それは本当か!?」

「ああ、しかも美九たんに負けず劣らずの美少女らしいぞ」

「くぅ~!一目でいいからみてみたい!」

「いや、結構簡単に会えるかもしれないぜ。休日は偶に目撃情報があるからな。これがその写真だ」

そう言って安田はスマホから一枚の写真を見せる。そこにはクールビューティーと言う言葉が似合いそうな美少女が映っており日本人離れしたその美少女はモデルをやっていても不思議ではなかった。

「こ、こんな美少女なのか…!」

「ああ、何でもハーフらしくてな親のどちらかがヨーロッパ系の人らしく最近ここに引っ越してきたらしい」

「これで竜胆寺の顔面偏差値が上がったな」

「幸いと言うべきか悲しむべき何かやると言う情報はないからな。恐らく来たばかりだから慣れる事を優先したんだろう」

「…この人に、接客されたい」

「おーい、さっきお前が言っていた娘はいいのかよ」

「はっ!そうだった!俺には名前も知らない娘がいるんだった!」

「お前の妄想じゃなければな」

「そんなわけあるか!俺はこの目でちゃんと確認して実際に話したんだぞ!」

「分かった分かった。そうがなるな。そうなにいうなら探して実在するって証明してくれよ」

安田の言葉に殿町はピタッと停止する。

「…そうだな。そうだよな!ここで話していても意味がない!安田、悪いが俺は早速あの子を探しに行ってくる!」

「おう、気を付けろよ~」

あっという間に駆け出していく殿町に安田は軽くエールを送るのであった。
 

 

第三十九話「鳶一折紙」

鳶一折紙にとって精霊とは両親を殺した憎き存在である。折紙は今でもあの当時の事を鮮明に思い出すことが出来る。

真っ赤な炎に包まれる住宅街。遠くに見える両親の姿。

そして、刹那の時を持って白い光が目の前を通過し両親のいたところを大きく抉っていた。

その元凶、炎とその精霊が放つ光のせいで姿こそ見えないが両親を殺した憎き存在。

既に両親を殺した精霊について、折紙は知っているが決して手を出す事は出来ない。

識別名【イフリート】。天宮市の住宅街を焼き尽くし折紙から両親を奪った存在は自らが愛する五河士道の義理の妹。いくら両親を殺した憎き精霊としても士道の悲しむ顔は見たくない。

故に折紙は琴里から霊力の反応が消えた事を理由にこの問題を放棄した。同時に今の自分では彼女を殺す事など出来ないと悟ってしまった。

最凶最悪のCR-ユニット〈ホワイト・リコリス〉。脳への負担こそ大きいものの理論上その火力は精霊に届きうる性能を持っている。それをもってして彼女には、イフリートには届かなかった。

だが、今折紙の手の中には精霊を殺せる力がある。例えそれが悪魔(・・)からもらい受けた力であろうと、この力なら精霊を殺せる(・・・)。その理解が折紙の心に大きな闇を作っていた。




















9月22日。天央祭を明日に控えた折紙はASTの駐屯地に来ていた。自らのCR-ユニットの整備のためである。いくら学生とは言え自身はASTに所属している身。整備を怠ることなど出来るはずがなかった。

「(…可笑しい)」

折紙は声にこそ出さないがそんな疑問を感じていた。彼女がいる格納庫には折紙以外にもASTの隊員や整備員がいるが彼女らの表情は何処か何時もと違って見えた。緊迫感、それも出撃前の時に似ているものだった。

「(…でも、何か作戦行動があるとは聞いていない)」

何かしらの作戦があるなら一隊員である折紙にも知らせが来るだろう。しかし、折紙の元にそんな知らせは無くそれが余計に折紙に疑問を持たせる要因となっていた。

ふと、折紙の左方から何かが走ってくる音が聞こえてくる。そちら側を見れば資材を抱えて走ってくる女性、整備主任のミルドレッド・F・藤村二等陸曹の姿があった。

ナイスタイミングである。折紙はミルドレッド、通称ミリィが自らの前を通り過ぎるのを確認して、彼女の首根っこを掴む。

「ふぎゃっ!?」

猫が潰れたような悲鳴を上げミリィは尻餅をつく。そして直ぐに立ち上がると元凶である折紙に食って掛かった。

「な、何するかー!ミリィの頸椎に何かあったら責任とれるですかー!」

「ミルドレッド、聞きたいことがある。近々何か特殊な作戦でもあるの?」

折紙の問いにミルドレッドは目を丸くする。

「何言ってるですかオリガミ。明日のための準備に決まっているじゃないですか」

「明日?何の事?」

明日何か行動があるとは聞いていなかった。そんな折紙に「あれぇ?連絡ミスですかね?全く、リョウコは人に偉そうに言うくせに…」とミルドレッドは一人納得していた。

「教えて、明日何があるの?」

「はいはい、明日は…」

「ストップ。整備主任さン。そこからは秘匿事項ヨ」

今まさに作戦の内容を言おうとしていたミルドレッドの口は防がれ不発に終わる。そんな行動に折紙は口を塞いだ人物、DEM社からの出向社員ジェシカ・ベイリーを睨みつける。

「どういう事?」

「フフ、言った通りヨ。怖い顔しないデ。文句を言うなら上層部へどうゾ」

そう言うとジェシカはミルドレッドを連れその場を離れていく。折紙は眉を潜めつつ周りを見る。しかし、周辺の隊員や整備員は折紙と目が合うと慌てて作業に戻っていく。

居心地の悪い、まるでのけ者にされているかのような空気に折紙の機嫌は悪くなっていく。

とは言えそれを今の自分では知る事は出来ないだろうと思い作業に戻る。途中力を誤り部品を握り(・・)潰す(・・)と言う事もあったが無事に整備を終え着替えるためにロッカールームに向かう。今日の作業は終わったため今日はさっさと帰り明日の為に歌のおさらいをした方が有意義である。

そう思いロッカールームで着替えていると扉の開く音がした。折紙が視線だけそちらに向ければそこにいたのはASTの隊長である日下部燎子の姿があった。

「日下部一尉」

「…」

折紙の言葉に燎子は特に反応を示さない。どうやら隊長である燎子ですら自身と口をききたがらないらしい。それが分かった折紙は着替えを再開する。

しかし、突然燎子が言葉を上げた。

「あーあー、今日も一日、嫌な外人の相手疲れたわねー。もう愚痴らないとやってらんないわねー。丁度ロッカーには誰もいないみたいだし、独り言でも呟いちゃおうかなー」

何とも棒読みな声に折紙は眉を顰める。ロッカールームには燎子だけでなく折紙の姿がある。燎子がいる場所から折紙が見えないと言う事はないしそもそもロッカールームに入った時に折紙の姿が見えているはずであった。

折紙の思いに気付いていないのか、燎子は折紙に背を向け壁に向かって話し始める。

「…明日9月23日、15:00時、天宮スクエアに第三戦闘分隊が突入するわ。目的は精霊【プリンセス】の疑いがある少女、夜刀神十香の捕獲」

「…!」

燎子の独り言に折紙は声にならない驚きを上げる。確かに自分は十香と同じクラスであり親睦も深めている。それだけの理由で作戦に入れてもらえないのであろうか?

折紙の驚きを見えていない燎子はここで特大の爆弾を落とす。

「…及び、来禅高校二年生、五河士道の捕獲」

「っ!!」

折紙は思わず手を力一杯に握ってしまう。強く握りすぎたのか握られた手からは血が出るがそんな事は折紙にとって些細な事だった。

目の前が真っ赤に染まっていくのを感じながら折紙は衝動のままに燎子に掴みかかろうとするがそれより先に燎子がロッカールームの入り口に立つ。

「…ああ、面倒くさいわねぇ、明日の作戦。怠すぎて第二(・・)格納庫の(・・・・)裏口に(・・・)鍵かけるの(・・・・・)忘れちゃい(・・・・・)そうだわ(・・・・)。ま、想定外のトラブルなんて起きるとは思えないし、別にいいわよねぇ」

第二(・・)格納庫(・・・)。そこに何があるのか分かっている折紙は茫然と燎子を見る。燎子は扉を開けロッカールームを出る間際、一言漏らした。

「…頼んだわよ、折紙」

それを最後に燎子はロッカールームを去っていった。そして一人残された折紙はその眼を真っ赤に染め、歯を食いしばり拳を握り締めた。
 

 

第四十話「天央祭・Ⅰ」

『これより、第25回、天宮市高等学校合同文化祭、天央祭を開催いたします!』

天井付近に付けられたスピーカーから実行委員の宣言が響くと同時に、各展示場が拍手と歓声に包まれた。

天央祭の元々のルーツは天宮市が出来て間もないころ、各高等学校が人数の少なさゆえに盛り上がりに欠けていたのを何とかしようと考え合同で文化祭を主なった名残である。

天央祭は天宮市の高校全てが出店するため大変規模が大きいものとなっている。正面入り口から近い一号館、飲食関係の模擬店がある二号館、奥の三号館、四号館には様々な研究発表やお化け屋敷などの簡易アトラクションが集められていた。

そしてTシャツにジーパンと動きやすい服装に身を包んだ彼女は二号館にいた。理由は単純である。よく食べる彼女は食べ物に釣られる形で二号館に来ているだけである。

そして彼女の目の前にはとある看板があった。

『メイドカフェ☆RAIZEN』

そしてその下で必死に呼び込みをする五河士道、いや士織の姿があった。美九との勝負に勝つためになりふり構っていられないのであろう。

「(…別なところにするか)」

態々ここじゃなくても飲食店はある。自分とはほとんど関係ないとはいえ敵に塩を送る様な真似をする必要もないだろう。そう思い目の前を通り過ぎようとした時だった。

彼女の両腕を誰かががっしりと掴む。彼女は驚きのあまり左右を何度も見る。そこにいたのは

「いらっしゃいませー!一名様ですね?直ぐにご案内しまーす!」

「士織の言うとおりだ!こっちへ来るといい!」

逃がさないとばかりに暗い笑みを浮かべる士織と彼女の正体を知っていないと思われる無邪気な笑みを浮かべる十香の姿があった。振りほどこうにも士道はともかく十香は霊力を封印されたとは言え【プリンセス】の名を持つ精霊である。故に、彼女の抵抗は無意味な結果となり彼女はメイドカフェに引きづられるように来店することとなった。

「(…なら、せめて軽く押さえるだけにしてさっさと出よう)」

不本意な出来事に腹を立てた彼女は心の中でそう決意するのであった。

















「…すいません。ナポリタン追加で」

「はーい!ナポリタンの追加が入ったよー!」

彼女がメイドカフェに引きずられるように入店して一時間が経過した。彼女の周りには空となった皿が山盛り置かれており先ほどから吸い込まれるように彼女の胃の中に入っていく料理の数々をみて周囲の客は感心を通り越しドン引きしていた。

とは言え彼女の食べ方は上品でありその姿に見惚れる客(主に男性陣)が増えあっという間に店の前には行列が出来ていた。

「(…本当はダメなのに、でも美味しい)すいません。オムライス追加で」

「はーい!オムライスの追加が入ったよー!」

来禅高校のメイドたちはまるで事前に知っていたかのように流れるように注文、料理を行う。これには彼女がここに来る可能性を考えて士道が練っていたものである。

『前にファミレスに行った時に分かってけど美亜は十香並みの大食いだ。だから彼女を引き込めさせすれば売り上げをかなり稼げるはず。それに美亜の姿を見に客が集まる。一石二鳥だ!』

とは言えこの作戦はあくまで美亜が天央祭に訪れていなければならない。それなりに火が昇ってからだったり来禅高校のブースを避けていたら大損の作戦だったが幸い彼女は開始と共に現れ来禅高校のブースの場所を知らなかったらしく偶々目の前を通ったため連行するように入店させた。後は接客のメイドたちによる料理の解説に特典(千円以上食べたらデザート無料で配布など)をちらつかせ彼女の胃に訴えかけた。

結果は士道の作戦勝ちであり彼女は駄目だと思いつつ料理のおいしさにどんどん注文をしていく。悪いと思いつつ士道は彼女が財布を覗いた時にかなりの大金を持っているのを確認していた。恐らく天央祭で食べ歩きをするつもりであったのだろう。

そのお金をどんどん落としてくれ!と願いつつライブまでの時間を頑張っていく。

途中ラタトスクの解析官で士道のクラスの副担任をしている村雨令音や四糸乃がやってきたりしていた。

そして、遠くの方から今までのにぎやかさとは違ったざわめきが聞こえてくる。暫くすると天央祭を訪れた客たちが一斉に左右にどける。その開いた道を優雅に歩てくる女性、誘宵美九の姿があった。

「おはようございます。士織さん。随分ご盛況の様ですねー。…え!?美亜さん!?」

「(やばい!気付かれた!)」

「!み、美九…」

彼女は驚きのあまり固まってしまう。そんな彼女は今来たばかりのナポリタンを食べていた様でフォークにパスタを絡ませた状態だった。

暫くの間三人の間になんとも言えない空気が流れるが一番最初に復活したのは美九だった。

「…美亜さん、先程あちらで数に制限のある特性たこ焼きが売っていましたよ」

「!本当か!す、すまないがお会計を頼めるか」

流石に一緒に住んでいるだけの事はあり美九は彼女の事をよく知っていた。呆気なく士道の作戦は失敗してしまったがここからだと気合いを入れなおすのであった。
 

 

第四十一話「天央祭・Ⅱ」

「…ふむ、このたこ焼きはとても美味しいな」

天央祭を満喫している彼女は外にでて先ほど買ったばかりの特性たこ焼きに舌太鼓をうつ。あの後裏切りともとれる彼女の行為を特に咎めることなくむしろ「一か所のブースにいるよりたくさんのブースを周ってきた方が料理もおいしくなりますよぉ」とアドバイスをしてメイドカフェに釣られないようにしていた。そのうえで自らは士織を連れデートへと向かってしまい。一人残される形となった彼女は美九の言うとおり食べ歩きをする事にしたのである。

「美亜様!この唐揚げはとっても美味しいですよ!」

「何を言っている!このフライドポテトこそ天央祭の料理の中で最も美味な料理だぞ!」

「このリンゴ飴なんていかがですか?とても美味しいですよ」

「それよりもお姉さま!この恋人用のポッキーを是非私と一緒に食べてください!」

しかし、彼女が誘宵美九の従妹、誘宵美亜だと知ると美九のファンや彼女の容姿に惚れた者たち、そして一定数いる女子たちによって彼女の周囲はいっぱいであった。

「(…少し、うっとおしいな)いい加減離れてもらえますか?邪魔です」

「そんな事を仰らないでください!」

「それよりも美亜様!一緒にお化け屋敷を見に行きませんか!」

「Hey、子猫ちゃん。僕の車で一緒にドライブしないかい?」

「ああ~ん!お姉さまの素敵な声が私の耳に…!」

「…邪魔です。消え失せろ」

美亜は少し苛立ちを感じ語尾を強めて言う。その言葉に男たちは恐怖を抱き女たちはその場に倒れてしまう。美亜は空となったたこ焼きの容器を右手に持ってその場を離れる。幸い、追ってくる者は誰もいなかった。

「…ふう、これで食べ歩きができそうですね」

美亜は容器を捨てると早速周辺の屋台や店に片っ端から入り料理を頼んでいく。今回の為に美九がくれるお小遣いを一切使わずに取っており美亜の財布は三つほどに分割しなければいけない程中身は潤っていた。

三十分ほどすれば彼女は二号館にある料理店の半数を周っていた。彼女の周辺にいる人たちはよく食べる彼女に驚いているが彼女は特に気にした様子も見せずに右手に焼きそばを、左手にフランクフルトを二つ持ち口にはアメリカンドッグを咥えていた。

普通なら汚らしいとも思える行為だが彼女の人間離れした容姿によってそれすら一種の芸術の様にすら見えていた。

「(ふむ、大体回ったしそろそろ一旦別のブースを見に行くか。美九のライブまで時間はあるからな)」

『最前列のチケットです!是非最前列で見てください!』

そう言って笑顔で最前列のチケットをくれた美九。彼女は士道との約束云々を抜いても美九を応援する為に見に行こうと思っていた。

「さて、次は何処に行くか…」

「なーなー兄ちゃん。天央祭って高校生の文化祭だろ?それなのに結構レベルが高いんだな」

「まあ、天宮市スクエアを使っての盛大な催しだからな。半端には出来ないのだろう」

彼女のその声に驚きその場に立ち止まる。その声を彼女は知っていた。

遠い記憶、彼女が(・・・)精霊に(・・・)なる前(・・・)の記憶(・・・)。十代前半の二人の兄弟に手をさし伸ばす自分。

彼女は思わず振り返る。しかし、そこには声の主はおらず様々な人の姿しかなかった。

「…気のせい、な訳ないか」

彼女は周辺を歩き回るが結局声の主を見つける事は出来なかった。















「兄ちゃん。いいのか?一応今日の夜決行だろ?こうしてダラダラ文化祭に来て」

「勿論さ。全ての準備は整い後はその時(・・・)が来るのを待つだけだ」

彼女が探していた人物、ヴァレンタイン兄弟は外にある休憩スペースにいた。ルークは屋台で買ったコーヒーを、ヤンはたこ焼きや焼きそばなどの料理を食べていた。

「既に()は例の場所に移送しており内通者(・・・)にも連絡は言ってある」

「しっかし、上の連中も思い切った事をするようになったよなー。ちょっと前なら考えられなかったよなー」

「それだけ或美島の一件を重く見ていると言う事だ。それに、我々は準備に準備を重ねてきた。半世紀以上の時をかけてなこれ以上の準備は無意味、若しくは必要ないと言う事だろう」

「そうかねー。まあ、俺はたくさん殺せればそれでいいけどよー」

ヤンの言葉にルークは何も言わなかったが呆れたようで目じりを抑える。長い付き合いの弟の何時もの考えにルークはあまり賛同的ではなかった。それでも戦闘では無類の強さを誇るヤンに特に注意をする必要もないと考えているのだった。
 

 

第四十二話「天央祭・Ⅲ」

『まもなく天央祭、ステージ部門を開始します。参加者の皆さんは控室に集まってください』

「…いよいよか」

天宮スクエア全体に響き渡ったアナウンスを聞き彼女は呟く。既に出店している全ての店に入りほとんどのメニューを食べ終えた彼女は三つ目の財布が心もとなくなってきていたため他のブースへと足を運んでいた。

「そろそろ行かないと間に合わないな」

彼女は紙が完全になくなったポイを返しその場を離れていく。因みに彼女がやっていたのは金魚すくいであり赤や黒の金魚が巨大なプールの中を泳いでいたが彼女は一匹も取れていなかった。彼女にとっては楽しめたため特に気にはしていなかった。

ライブが行われる一号館に入る。チケットは予め美九から貰っていた。最前列のチケットであり位置も美九の目の前と言う破格の席だった。

中はそれなりに埋まっており誰もが美九の演奏を楽しみにしていた。…中には美九の容姿を見るために集まっている者もいるが。

そして、ライブが始まり美九がステージに立つ。瞬間青いスポットが一斉に美九を照らし出す。そして中央に立った美九が口元にマイクを持っていき、静かな曲調に合わせて声を発する。

瞬間、鳥肌が立ったようなゾワッとした感触が体表を撫でる。この一瞬で彼女は美九の歌声に圧倒されていた。

無論それだけではここまでにはならない。バックダンサーや美九の振りも合わさった結果の事であり彼女は初めてライブに行く人の気持ちが理解できた気分だった。

そうして、圧倒されている間に一曲目は終了していた。そして瞬間会場の照明は全て消えた。突然の事に会場の人たちはざわめく。いきなり照明が落ちればこうなる事は必然だろう。

しかし、ステージを見れば中央に立っている美九が光り始める。その事に彼女は、そして精霊(・・)を知っている者なら気付いた。

「〈神威霊装・九番(シャダイ・エル・カイ)〉!」

瞬間美九の服装は変わった。体のラインに沿うように張り付いたトップス、ボリュームのある袖、それらを包むように展開したボレロ状の光の帯。そして、光のフリルが幾重にも折り重なった煌びやかなスカート。

誘宵美九の、【ディーヴァ】の霊装であった。

「上げていきますよー!ここからが本番です!」

そこから美九はマイクも使わずに歌い始める。スピーカーはない。アンプもない。それなのに美九の歌声は先ほど以上に心に届く。観客たちは一層の盛り上がりを見せる。彼女もつられるように盛り上がっていた。先程の事を当初、彼女はアクシデントか?と考えた。だが、これを見せられれば先程のは演出だったのだろう。美九の歌声をより観客たちに届けるための。

彼女は初めて、美九の本当の力を、姿を見た気がした。


















「美亜さーん!私の歌、どうでしたか?」

美九のライブが終わり休憩と次の準備のため今ライブは停止していた。未だに圧倒されている彼女の元へ美九がやって来る。先程纏った霊装のままであった。

「…すごかった。それ以外に言葉はないよ」

「ふふ、それは良かったですー。本当は男なんかに私の声を聞かせたくはないんですが美亜さんが目の前で応援してくれたので最後まで歌えました~」

どうやら彼女に最前列のチケットを渡したのは美九の精神安定も兼ねていたようである。そんな打算的な美九に彼女は苦笑する。

「…次は来禅高校の演奏だけどこれを聞いた後だと、ね」

「ふふ、当たり前じゃないですか。私は士織さんを手に入れるために手は緩めませんよ?」

「知っているよ。美九がそう言う性格だってことをね」

そう言って美九の頭を撫でる。美九より身長が十センチほど高い彼女が撫でると彼氏彼女にすら見えてくる。美九は嬉しそうに目を細め頬を緩める。

「えへへ~」

緩まった口からアイドル、いや女性とどうなのかと取れる言葉が出てくる。幸い機材の故障なのか会場は暗かったため美九のその姿に、そもそもここに美九がいる事すら気付いていなかった。

「…そろそろ来禅高校の番だ」

「そうですね~。でも、私に勝つなんて無理ですよ~」

「…分からないよ。いくら美九の声が凄くても、それを超える事は可能なんだから」

「…ふふふ、美亜さんは面白い事を言いますね」

美九は彼女の言葉に一瞬眉を顰めるも直ぐ何時もの表情に戻り可笑しそうに笑う。そこには自分が得意な歌で負けるはずがないとと言う自信が伺えた。

確かに美九の歌は凄まじかった。彼女を超える事などアマチュアの士道では不可能だろう。しかし、美九は気付いていないのだ。この勝負の(・・・)勝利(・・)条件を(・・・)。気付いていたらここまで歌に力を注ぐことなど出来ないだろう。とは言え美九がこれで少しでもいい方向に変わればいいと考え何も言わなかった。

「ほら、そろそろ戻らないと…」

彼女は美九に戻るように伝える途中で背後を向く。正確には背後の天井部分。彼女の表情は段々険しくなっていく。いきなりの事に美九は困惑する。

「…?どうかしましたか?」

「…いや。すまないが美九。少し用事を思い出した。少し、外に出てくるよ」

「?構いませんけど…」

彼女は美九の怪訝そうな視線を背後に感じながら急いで外に出た。そして、ライブが始まる直前、天宮スクエアのはるか上空で複数の爆発音が響いた。
 

 

第四十三話「天央祭・Ⅳ」

DEM社の出向社員であるジェシカ・ベイリーは困惑していた。15:00より始まる来禅高校の演奏に出る夜刀神十香の捕縛。その為に天宮スクエアの上空に仲間とバンダースナッチと共にやってきたが時間と同時に謎の光線が現れバンダースナッチを破壊したのである。

「何事ダ!」

『前方に高エネルギー反応あり!』

『精霊…ではありません。生成魔力の反応です!こ、これはまさか…!』

部下の報告にジェシカはただ驚く。その反応に見覚えがあった。最強にして最悪な兵器。使った者を三十分で廃人にした〈最悪の欠陥兵器〉。

「馬鹿ナ…〈ホワイト・リコリス〉だト…!?」

その出現にそれと同時に搭乗者の姿に驚く。彼女はここにいるはずがなかった。何故なら今頃下で目標と共にステージに立っているはずだからだ。

「くっ!鳶一折紙!何故此処にいル!」

ジェシカの問いに折紙はほのかに(・・・・)赤く(・・)染まる(・・・)()を向けるだけだった。

「目標変更!迎撃用意!」

瞬間全ての武器が折紙に向けられる。しかし、折紙は動じることなく両肩から飛び出るように装着された砲塔をジェシカ達に向け、発砲する。緑色の光線は適確にジェシカ達に襲いかかってくる。彼女たちはそれを慌てて回避しつつ反撃とばかりに一斉に発砲する。ASTですら未だ持っていない最新鋭の武器、ジェシカは精霊にダメージを与えられると思っていたそれは折紙の目の前に現れた乱入者によって全て撃ち落とされた。

「今度はなんダ!」

『これは…霊力(・・)!?』

『そ、そんな。馬鹿な…!?』

新たな乱入者の反応を見た部下たちは一気に顔色を青ざめる。霊力を感じた時点で精霊と言う事は分かっている。だが、今この場に最もいてほしくない相手であり絶対に現れないであろう精霊がそこにいた。

「…【SS】っ!」

「…少し、静かにしてもらおうかブルジョア人。友の大切な勝負の最中なんだ」

彼女の力で呼び出されたMG42を両手に構えた彼女はそれらをジェシカ達に向ける。一方で後方にいる折紙は邪魔するなと睨みつけていた。

「そう怒るな。今大事なのは私に構う事ではなく、あいつらに邪魔させない事じゃないのか?」

「…」

彼女の言葉に折紙は黙る。本来、彼女は折紙について詳しくは知らない。知っている事はASTの隊員であり以前一度だけ絡んできた事のみだ。だが、理由は知らないが襲撃しようとしていたジェシカ達を止めていると言う事実から折紙を助けたのだ。

「この場限りの不可侵だ。あいつらを退けるまでの仲。それで十分だろ?」

「…分かった。だけど背中は決して預けない」

「一緒に攻撃されないだけで十分だ!」

その言葉を合図に彼女は機関銃を放った。

彼女の霊力で補強された弾丸はまるで一つ一つが意志を持ったよう曲り、ジェシカの部下やバンダースナッチを落としていく。一方の折紙もホワイト・リコリスの火力を生かし攻撃を加えていく。その勢いは凄まじくあっという間にジェシカが連れてきた戦力の半分を無力化していた。

「非常事態ダ!応援を求ム!」

溜まらずジェシカは応援を求めるが通信先から聞こえてきた言葉は死に難いものだった。

『…えー、現在この回線は使われておりません。日下部燎子は上官の命令によって現場にすら出向けていませんのでもう一度お確かめの上発信してください」

「ふざけるナ!非常事態だゾ!」

周りの言葉にジェシカは怒鳴る。しかし、帰って来た言葉は相も変わらなかった。

『この回線は現在使われておりませーん。…あんまりしつこいと、切りますよ?』

「っ!」

燎子の言葉にこれ以上は無意味と判断しジェシカは通信を切る。それと同時に折紙を恨めしそうに睨みつける。

「くっ、覚えていなさい!この件は必ず問題にさせてもらうからネ」

「…それは、生きていたらの場合だよね?」

瞬間、ジェシカの後頭部を何者かが掴む。ジェシカは慌てて随意領域(テリトリー)を発生させようとするが瞬間掴んだ者、彼女によってジェシカのCR-ユニットは破壊される。上空にいるための機器を失ったジェシカは重力に従い落ちるが彼女に後頭部を掴まれている為頭に全体重がかかれど落ちる事は無かった。

「くっ!おのレ!」

「喚くなよ。あまり喚くと手を離しちゃうかもしれないよ?私は別にいいけど」

「っ!」

彼女の言葉にジェシカは大人しくなる。今、ジェシカの命は彼女が握っているに等しく暴れれば自分はこのまま手を離され地面に落ちる事は間違いなかった。

そして、隊長を抑えられた部下たちは見てわかるほどに狼狽し折紙の操るホワイト・リコリスの餌食となっていき十分ほどでジェシカを除き全てが無力化された。ジェシカが請け負った任務は今ASTの裏切り者と最悪の精霊の手によって完全なる失敗と言う形で終わりを告げるのであった。
 

 

第四十四話「天央祭・Ⅴ」

「さて、これでもうお前の仲間は全て墜ちたな」

「くっ!まだヨ!」

「この状況で何が出来るんと言うんだ?」

彼女によってアイアンクローを決められているジェシカはその様に吼えるが彼女はただ呆れと関心を抱くのみだった。

下方、天宮スクエアの一号館では来禅高校のライブが既に始まっているのだろう。ここまで音楽は聞こえてくる事は無いがそれでも盛り上がりは伝わってくる。残念な事に今どんな演奏が行われているのかは分からない。

「味方の魔術師は全滅、〈バンダースナッチ〉?とか言う鉄くずも皆破壊された今貴様に出来る事など…っ!」

彼女はジェシカを離し後方に大きく飛びのいた。瞬間、先程で彼女がいた場所を極太のレーザーが通り抜ける。そのレーザーはホワイト・リコリスの主砲に似ているが色は違っていた。

「一体何が…っ!?」

彼女はその存在をみて驚く。そこにいたのはホワイト・リコリス、に似た機体だった。全体はホワイト・リコリスと違い真っ赤でありさしずめ〈スカーレット・リコリス〉とも言える機体であった。

そしてそこに乗っている人物を見て更に驚く。二十代くらい、黒い短髪の男性(・・)であった。別に魔術師が女性しかなれないわけではない。しかし、その男性は本来なら決して戦場になど出てこない人物であった。

「…ふむ、予想以上にこの機体(スカーレット・リコリス)は扱いづらいな。改良の余地あり、か」

その男は自らの手を閉じたり握ったりを繰り返していたがやがて彼女たちの方に視線を向ける。

「悪いが内の社員は返してもらうぜ」

そう言う男の下では機体の随意領域(テリトリー)に包まれて落ちていくジェシカの姿があった。彼女はそれを忌々しそうに見ながら男を油断なく見る。ワイシャツに紺色のズボン、膝まで届く白衣を着た男はどう見ても研究者と言う出で立ちであった。

「…ああ、自己紹介がまだだったな。俺はクラーク・リトルトン。DEM社技術開発部の最高責任者だ。よろしくな鳶一折紙一曹に精霊【SS】」

「DEM社?」

折紙はそんな重要人物が何でここにと疑問を持つも決して油断することなく主砲を向け何時でも攻撃できるようにする。彼女もMG42をリロードしクラークへと向けた。

そんな二人の行動にやれやれとばかりに肩をすくめる。

「おいおい、俺に戦闘の意志はないぜ。最初にいった通り社員の救出に来ただけだからな」

「それならそんなものを持ちだしたりしない」

「全くだな。そんな重火器を持ちだされては戦争をしましょうと言っているようにしか見えないけど?」

クラークの言葉に折紙と彼女は真っ向から否定する。二人は知らないが〈スカーレット・リコリス〉はホワイト・リコリスと並ぶ最強の欠陥兵器であり三十分で搭乗者を廃人にしていた。とは言えそれだけの火力は持っており理論値で言えば精霊すら殺しきれる代物だった。

流石に〈スカーレット・リコリス〉については知らなくてもホワイト・リコリスと同じ機体であることは分かる。そんなものを持ちだし更には外したとはいえ一度砲撃をしていた。

「…確かに少し(・・)過剰戦力だったことは認めよう。だが、こうでもしないと戦闘になった場合無事に逃げられる確率はゼロに等しかったのでね」

精霊の中でも上位に位置する最悪の精霊である【SS】と精霊を理論上殺すことが出来るホワイト・リコリスを装備した鳶一折紙。しかも折紙はどういう訳か活動限界が近いはずなのに問題なく動かしている。

そんな彼女達に普通のCR-ユニットで立ち向かう程クラークは自分の力に自信を持っている訳でも無謀なわけでもなかった。

「…さて、私もそろそろお暇させてもらおうか」

「させると思っているのか?」

クラークの言葉に彼女はMG42の銃口を向けるが瞬間クラークが乗る〈スカーレット・リコリス〉から大量のミサイルが放たれる。

突然の攻撃であったが彼女と折紙は冷静に対処しミサイルを全て撃ち落とす。しかし、破壊されたミサイルは爆発と共に白い煙を周囲へとまき散らした。突然の事態に彼女と折紙は一瞬硬直するも直ぐに更に上空へと飛ぶ事で煙幕の外へと逃れる。

煙幕はかなり広範囲へとまき散らされたため煙幕の外へ出るのに少しの時間がかかってしまう。その間にクラークは撤退したようで周囲には影1つ見えなかった。

「逃げられたか」

「…っ」

折紙の方も同じらしく眉を顰めている。取り合えずではあるがDEM社の襲撃は無事防ぎきる事に成功していた。

しかし、事態はこれで終わりではなかった。

「…何の真似だ、鳶一折紙?」

折紙の乗るホワイト・リコリスの主砲が彼女へと向けられていたからである。

「…」

彼女の問いに折紙は何も答えず主砲のレーザーを発射した。瞬間、彼女の体は緑の閃光に包まれた。
 

 

第四十五話「天央祭・Ⅵ」

「貴方は精霊。本来なら先にあなたを殺すべき。だけど士道の為にあなたを手を組んだ。でも、退けた以上次の標的は貴方」

「全く、節操がないな」

彼女はホワイト・リコリスの主砲を躱しながらMG42を広範囲にばら撒く。折紙はブースターをフル稼働し通常のCR-ユニット並みに動いてくるため点より面での攻撃が有効と判断したためである。

実際にその判断は間違ってはいなかったが広範囲にばら撒いたため当たっているのは一割にも満たないためホワイト・リコリスの随意領域(テリトリー)で危なげなく防がれてしまう。

「DEM社の第二波が来ないとも言えないこの状況下でよく大胆に動けるな」

「第二波は来ない。DEM社からの出向社員は彼女たちだけ」

「そうか」

端から〈バンダースナッチ〉を数に入れていない二人。人間味の無い鉄人形など今の二人にとっては単なる障害物扱いでしかなかった。

MG42の弾が切れた隙を狙い折紙が主砲を放つ。その攻撃を彼女は身を翻し躱すが避けた先に大量のミサイルが包み込むように近づいてきていた。

「っ!」

それを防ぎきる事は不可能と断定した彼女は直ぐに退避行動をとり退避した先からくるミサイルのみを撃墜する。結果ミサイルの包囲から脱出する事には成功するも退避した先には折紙が彼女に主砲を向けていた。まるで来る(・・)ことが《・・・》分かっ(・・・)ていた(・・・)様に。

しかし、彼女はそれを呆気なく避けて見せ折紙に弾丸の雨で反撃する。彼女の霊力が込められた弾丸はMG42の本来の性能もあり一般人なら一発食らうだけで人体の大半をミンチに出来る威力を誇っている。無論随意領域(テリトリー)を展開する魔術師も無事とは行かず最強の魔術師と言われているエレンも無傷では済まないだろう。

それらはホワイト・リコリスの重さ故に回避運動が間に合わなかった折紙に全弾命中するも発生した随意領域(テリトリー)に呆気なく弾かれる。

「流石にこれをそんな簡単に防がれるのは心が折れるな」

「精霊を殺すためならこのくらい出来て当然」

「それは、嬉しくないねっ!」

彼女は手榴弾を折紙に投げそれを撃ち抜く。瞬間、黒い煙があふれ折紙の視界を奪う形で周辺に漂う。

その隙に彼女は後方に回り込み両腕に持ったパンツァーファウスト60を発射する。速度こそ弾丸よりはるかに遅いものの折紙が気付くころには目と鼻の先まで近づいており、折紙の目の前で爆発を引き起こした。

「…くぅっ!!」

随意領域(テリトリー)の展開が間に合わなかった折紙は顔を真っ赤に染めながら彼女の事を睨みつける。そんな彼女は撃ち終えたパンツァーファウストを投げ捨てラインメタルを構え銃口を向けていた。

折紙は随意領域(テリトリー)を発生させようとするが脳にダメージが入ったのか上手く作動せずそれどころか視界が真っ赤に染まり何も見えなくなってしまう。更に意識が朦朧とし始めておりこのままでは死ぬと折紙は無意識に思った。

「中々の強敵だったよ鳶一折紙。それじゃあ、Auf Wiedersehen(サヨウナラ)

そして、今まさに折紙へと止めの攻撃を食らわせるべく引き金に手をかけた時であった。

ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!

下から響き渡った巨大な音。それはピアノの鍵を一斉に鳴らしたかのような音。耳へと響く音に思わず彼女は耳を抑える。しかし、音は耳に響くのではなくまるで脳に直接入り頭の芯を侵食するかのように染み込んできた。

「これはっ!?」

彼女はこの現象に心当たりがあった。三か月以上前に美九が自らにした【お願い(・・・)】、それによく似ていたのである。幸いな事にあの時の様に洗脳される事は無かったがもしもう少し消耗していたならあの音にやられていただろう。

一方の折紙は脳にダメージがありそれどころではなかったのか特に異常はなかった。しかし、満身創痍であることに変わりはない。彼女は武器をしまうと折紙に話しかける。

「…どうやらステージで何かあったらしい。私は様子を見に行く。お前も退いた方がいい。これ以上やるなら手加減(・・・)は出来ない」

「ッ!!!!!」

折紙は彼女の言葉に歯を食いしばる。手加減(・・・)。彼女は確かにそう言った。その事実はつまり自分は彼女に手を抜かれた状態で相手をされていたと言う事である。自分は本気で戦っていたはずなのに相手は余裕があった。その事実が折紙の頭を何度も行き来する。

「…」

茫然とする折紙に彼女は怪訝な表情をするも天宮スクエアへと降りていく。

「っ!させない!」

折紙は当初の(・・・)目的を(・・・)忘れた(・・・)様に(・・)主砲を放つ。今度は彼女はそれを避けなかった。対角線上には天宮スクエアがあったからだ。もし、彼女がここで避ければ天宮スクエアに直撃していただろう。そうなれば中にいる人たちに死傷者が出ていたはずである。

「…どういうつもりだ?」

主砲を受けた彼女は…軽傷であった。両手にはトンファーが握られておりそれを使って防いだことをうかがわせた。

「お前の目的は分からないが精霊から人類を守ると言っているお前らがやる行動とは思えないが?」

「そ、それは…っ!」

我を失い自らが行った行動に折紙は震える。もし、彼女が避けていたら…。あの中にいた士道に 何か起きたかもしれない。その事に折紙は震える。

「…脅す訳じゃないがこれ以上の深追いをするなら一般人に被害が出る覚悟で追ってくるんだな」

「私は…」

彼女はそれだけ言うと今度こそ天宮スクエアに降りていく。その様子を折紙はただ見ている事しか出来なかった。
 

 

第四十六話「天央祭・Ⅶ」

 
前書き
お待たせしました。第四十六話の投稿です。 

 
「これは…、一体どうなっているんだ?」

「あら~、美亜さん。今まで何処にいたんですか?」

「っ!美亜…」

折紙との戦闘を終え天宮スクエアの一号館のステージに入った彼女の目に飛び込んできたのは中にいた人達が無表情で立っている姿とステージに立つ美九。そして何故か取り押さえられている士道(士織)の姿があった。

「…美九、先程の音はお前が?」

「ふふ、そうですよ~。…それにしてもやっぱり、精霊だったんですね」

「…気付いていたのか」

途中から気づいてましたよ~、と暢気に美九は言うが肝心の彼女の方は眉をひそめていた。精霊と気付いていたなら自らの洗脳が解けている事も理解していたはず。それなのに何故…?とその問いを見透かしていたかのように美九は目を細めて言う。

「精霊と分かった時は驚きましたけどぉ、美亜さんは私の傍から離れようとしなかったので特別に気付かないふりをしていました」

サービスですよ?と人差し指を口につけし~、の仕草をする美九。その姿は美九の容姿もあり見る者を引き付ける魅力があった。

「…さて、美亜さんは少しそこで見ていてください。士織さんが私の物になる瞬間を」

「っ!や、やめろっ!」

士道は抵抗するが両手を拘束する生徒によって逃げ出すことが出来ないようになっていた。そうこうしている内に美九はゆっくりと近づいてくる。その様子に彼女は美九がまだ士道(士織)の正体に気付いていないと分かると同時にここまでだなと考える。

案の定美九は士道(士織)のメイド服のスカートの中に手を入れると同時に固まる。

「今の感触…、いや、そんなまさか…」

どうやら美九は漸く士道(士織)の正体に気付いたようだ。士道(士織)から少し離れナニを握ったであろう右手を閉じたり開いたりしていたがやがて指を鳴らす。

「確認してください!」

美九がそう言うと新たに二人の女子がステージに登ってきて士道(士織)の着ているスカートをめくる。そこには色気のないショートパンツがあった。

「お、おい。何をするんだ!やめろぉ!」

士道(士織)は今から行われる事に気付き声を張り上げるもその声も空しくショートパンツが降ろされる。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

いきなりの事に士道(士織)は絶叫を上げ手足をばたつかせる。流石にこれには洗脳された生徒たちも退かざるをおえず手を離す。

解放された士道(士織)は急いで下着を履きなおすが時すでに遅く美九はかなり離れたところからこの世の終わりの様な顔をして顔を真っ青にしていた。これには客席から様子を見ていた彼女も美九に同情する。

「しっ、ししししし士織…さん、貴方。お、おおおおおおおおオト、コ…っ!?」

壊れたラジカセの様に呟く美九。美九の目はぐりんぐりんと揺れていく。

「み、美九!落ち着け!俺は…」

士道が落ち着かせようとそう声をかけるも既に遅かった。

「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

美九が絶叫を上げ破軍歌姫(ガブリエル)を発動する。瞬間、彼女以外の全ての人、観客、出演者、司会等関係なく士道へと向かって行く。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「さぁ、後悔しなさい!この私をだました事を…っ!」

怒号と足音に紛れて美九の怒りの声が士道の耳に入る。しかし、士道はそれにいちいち反応できなかった。何故なら中にいた人達全てに追いかけ回されているのだから。

「く…!」

そして呆気なく追い込まれ逃げ場の無くなった士道は一か八かの賭けに出る。そう、美九の元へと走り出したのである。操っている本人を止めれば或いは…、と考えたからである。

しかし、士道の行く手は突然(・・)現れた(・・・)氷に(・・)よって(・・・)防がれた(・・・・)

「氷壁…?」

「まさか…これは…!」

突然の事に彼女は眉を顰めその能力を知っていると思われる士道は目を見開く。

『んー、ふふー。あー危ないなぁ。そんなことしちゃ駄目だよー?』

「お、お姉さまは…、私が…守り、ます」

その声は士道の後ろから聞こえてくるそちらの方に視線を向ければそこには巨大なウサギの人形とそれにまたがる一人の少女の姿があった。

「…【ハーミット】か」

「四糸乃!?何で、お前…」

【ハーミット】。精霊の一人であり一番大人しい精霊とも言われている。その理由は現界の度にASTに襲われては消失(ロスト)するまで逃げ回っているからだ。彼女も見るのは初めてであり観察するように四糸乃を見ている。

一方の士道はまさかの登場に驚いているようだ。士道の表情を見るに既に封印済みなのだろうと言う事が彼女は推察できた。そして四糸乃が何故攻撃してきたのか?四糸乃が言っていた『お姉さま』と言う言葉。これが意味するものに士道は気づいたようで信じられないと言った顔をする。

「まさか、お前…っ!」

士道が無意識に四糸乃へと足を一歩踏み出した。瞬間、士道を物凄い突風が襲った。
 

 

第四十七話「天央祭・Ⅷ」

突如発生した突風に襲われた士道であったが幸いにも吹き飛ばされるような事も無く士道は突風を起こした者達(・・)へと顔を向ける。

「くく、愚かな。我らが姉上様に楯突こうとは、総身に知恵が回りかねておると見える」

「肯定。短慮且つ無謀な行動です。お姉さまには指一本触れさせません」

そう言ったのは士道と同じくメイド服に身を包んだ二人の少女。同じ顔立ちから双子と思われた。

「今度は【ベルセルク】か。意外と五河士道に霊力を封印されていた精霊は多いみたいだな」

「耶俱矢と弓弦まで…」

士道は【ベルセルク】、八舞耶俱矢と八舞弓弦の行動に呟く。一方で彼女は自身も含めて十二人の精霊の内三人の霊力を封印していると言う事に感心する。聞かされた当初は不可能だろうと感じていたが案外できる者だなと考えていた。

「(尤も、美九を攻略するのに女装(・・)等と言うだますような行動を取った時点でこうなる可能性は高かったけどね)」

「ふ…ふふ、あははは…っ!なぁに、これ」

と、美九の笑い声が聞こえてくる。

「人が悪いじゃないですかぁ、士織さん。会場に精霊がこんなにいるなんて!しかも皆私好みの子たちばかり!ああ…良いです。最高です!」

美九は可笑しくてしょうがないと言った様子で身を捩っている。恐らく思わぬ収穫(・・)に恍惚としているのであろう。美九の解けたような表情が彼女のいる観客席からも見える。

「さぁ…こうなったら、いよいよあなたに用はなくなっちゃいました。さっさと始末して、精霊さんたちと遊ぶことにします。…さぁ!やっちゃってください!」

そう言うと美九は光の鍵盤を強くたたく。すると、四糸乃や八舞姉妹は敵意の籠った瞳で士道に向ける。霊力を封印されているとは言え精霊である彼女たちと戦えば士道と言えど一溜りもないだろう。更に美九の親族である彼女も美九につくと思われた。ナイトメアと並ぶ危険度を持つ彼女が参加すれば士道では一瞬で肉塊へと変貌する未来が見えた。

そして、事態はさらに悪化する。士道の後方からゆらりと影が近づく。現れたのは同じく精霊である十香。同じく霊装を纏った状態でゆっくりと前に出てきた。

「ま、まさか十香まで…嘘だろ?やめ…」

しかし、この場で士道の言葉に耳を貸す者など皆無。四糸乃が冷気を、八舞姉妹が風圧の塊を士道へと放った。

「う、うわぁぁぁっ!」

士道は自らに襲い来るであろう衝撃と痛みを想像し目を瞑る。しかし、士道を襲ったのは冷気でも風圧でもなくふわりと言う奇妙な浮遊感であった。

「…え?」

士道は間の抜けた声を出す。流石にこの状態、敵になったと思われた十香(・・)お姫様(・・・)抱っこ(・・・)をされていると言うのは士道と言えど意味が分からなかった。

やがて士道を抱えた十香は天井から伸びるキャットウォークの上に降り立った。

「シドー、一体何が起きているのだ…?」

「…」

十香から聞かれた疑問に士道は直ぐに答えられなかった。自らに起きている事を理解するのに少し時間がかかってしまったからだ。とは言えいつまでも相違している事などできない。

士道はキャットウォークへと降り立つと十香に声をかけた。

「ありがとう、助かったよ。でも、十香…おまえ、なんで何ともないんだ?四糸乃達は皆美九に操られちまっているのに…」

そんな疑問を浮かべる士道に十香は

「…ぬ?」

と不思議そうな顔をしたのち、「おお」と何かを思い出したように手を打ってから両耳に手をやった。そして、そこに詰まっていたイヤホン(・・・・)を取り出す。どうやら演奏の時からずっとつけ続けていたらしい。

「お前…それ」

「うむ、どうも片方だけではバランスが悪く、リズムが撮り切れない気がしてな」

「…」

士道は十香の言葉に呆れてしまう。彼女は知らないが十香が演奏で担当していたのはタンバリン。決してそこまでの装備が必要な楽器ではなかった。

「それで、シドー」

「ああ…多分、美九が皆を操っているんだ」

そう言うと十香はステージに立つ美九を見る。美九はキャットウォークに逃れた士道たちを憎々しげに睨みつけると、鍵盤に走らせていた指の動きを変え、〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の音色を変化させた。

すると観客たちが一斉に動き出しステージ袖に入っていく。恐らくステージの裏から来るつもり何であろう。中には何を思ったのか壁をよじ登ろうとする者もいた。

しかし、それ以上に士道たちにとって厄介なのは美九の周りを囲むように立つ四糸乃と八舞姉妹、そして先ほどから客席に座り様子を見ている彼女であった。

四糸乃や八舞姉妹ですら厄介なのにそこに時崎狂三と並ぶ危険度を持つ彼女がいては勝ち目は薄かった。実際、十香は屋上にて呆気なく敗北していた。

「…く」

士道は素早く耳に付けられたインカムを叩く。この場は一旦フラクシナスに回収してもらおうと考えたからだ。

『ハイ、どうしたのかしら?』

通信に出た琴里の緊張感のない声に士道はあり得ないと思いつつも最悪の想定をする。

「琴里!不味い状況になった。外に出るから一旦フラクシナスで回収してくれ!」

『はぁ?』

そして、士道の疑念は次の琴里の言葉で確信へと変貌した。

『何言ってるの?お姉さま(・・・・)に逆らったお馬鹿は、そこでミンチにされてなさいよ』

士道の思い浮かんだ疑念。それは今の状況を更に絶望へと突き落とすものだった。
 

 

第四十八話「天央祭・Ⅸ」

『あっははははは!ブァーカ!美九お姉さまを騙しんたんだから死んで償うのが当然でしょう?死ね!早くそこで死ねっ!』

イヤホンから聞こえてくる妹の罵声に士道は顔を歪める。何時もの様なじゃれた言葉と違い本気で死ねと思っている声。実の妹からの言葉に士道の心は大きく傷ついていた。たとえそれが美九に操られた結果の言葉としても。

「シドー?」

様子の可笑しい士道に十香は声をかけるがその言葉は士道の耳には入っていなかった。

「シドー!」

「っ!と、十香…」

耳元で大きな声を出され士道は漸く十香へと顔を向けた。その顔は真っ青であり汗がダラダラと出ていた。傍目から見ても何かあったと分かる顔であった。

「何があったかは分からないが今は兎に角逃げるなり美九を対峙するなりしなければ」

「!そ、そうだな(琴里の事は気になるけど今は美九の方を優先しなきゃ)」

士道は改めてステージ上の美九を見る。瞬間、士道と目が合った。美九は士道と目が遭った事に強い不快感を表し睨みつける。

「もういいです!精霊さんたち!やっちゃってください!」

美九が再び鍵盤に這わせた指を動かし音色を変える。すると四糸乃と八舞姉妹は一斉に士道へと向かってくる。士道は十香にたいしょをさせながら必死に避けると同時に四糸乃達を説得する。

その様子を彼女は特に何もせず見ていた。当初は異変が起きた事で入ったものの対峙する二人に肩入れしなかった。

確かに美九とは三か月にわたり一緒に生活していたがだからと言って手を貸すほど仲は良くなっていない、と彼女は考えていた。それに今ではかなり薄まったとはいえ彼女には悲願がある。その目的にどちらがどうなろうと構わなかった。

「ふふふ、可愛い子たちが私の為に戦っていますぅ。最高です!」

美九はステージの端によりながらそんな事を呟く。そして、端に来ると席に座っていた彼女へと視線を向ける。

「…本当は貴方にも私の【お願い(・・・)】を聞いてほしいのですけれど、やめときますぅ」

「へぇ?てっきり美九の力で私を操るのかと思ったけど」

「ふふ、美亜さんは私にとって特別(・・)なのでそんな事はしませんよ~?もし、私の傍から離れていれば別でしたけど」

要するに美九の傍にいる限り操ろうとはしないと言う事だ。しかし、美九の傍を離れ何処かへと言った瞬間連れ戻す為にどんなことでもすると言う事でもあった。

彼女は思う。美九ならやりかねない。現にこのステージにいた人達を操り少し特殊な青年を殺そうと動かしているのだから。そうなっていたら悲願どころの騒ぎではなかっただろう。昔の自分に彼女は感謝した。

「それで?美九は可愛い子たちに全てを任せ自分は私とお喋りか」

「む~、美亜さんは意地悪ですね」

美九は頬を膨らませて抗議する。可愛らしいその表情に彼女の頬は自然と緩んでいた。それと同時にキャットウォークにて戦っている精霊を見る。そこには二体の精霊に少しづつ追い込まれていく士道たちの姿があった。

「…あちらはもうすぐ決着が付きそうだな」

「そうみたいですね。そうなったら今度は精霊さんたちと仲よく天央祭を楽しみましょう!勿論、美亜さんも一緒ですよ?」

「…分かった。その時は楽しませてもらうよ」

そう言っていると十香が〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構えこちらへと突貫してくる。しかし、それは四糸乃が作り出した氷壁で防がれた上に八舞姉妹の突風で十香は天井を突き破り、外へと吹き飛ばされてしまう。

「う、うわぁぁぁっ!?」

「十香…!」

呆気なく吹き飛ばされた十香であったが今度は天井を突き破り美九の真上へと現れた。どうやら吹き飛ばされたとはいえそこから次の攻撃に繋げた行動に彼女は感心する。

「な、ぁ」

しかし、美九は突然の事に目を見開いたまま固まってしまう。その様子に彼女はやれやれと思いつつ右手にトンファーを握ると十香と美九の間に躍り出る。

「邪魔をするなぁっ!」

「そちらこそ、いい加減倒れろ!」

振り下ろされた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉をトンファーで防ぐ。右腕を中心に鋭い痛みが走るもそれに気を取られる事なく右腕をずらし剣の軌道を変える。

そして右腕をずらした勢いのまま体をひねり右足による回し蹴りを十香の顔に命中させる。

「ぐっ、ああぁぁっ!!!」

もろに直撃を受けた十香はそのまま壁まで吹き飛ばされる。彼女はトンファーを仕舞い右腕を確認する。十香の一撃を受けたため右腕には激痛が走っており最悪骨にひびが入っている可能性すらあった。

単純な力なら十香に分があったが技術面も含めれば彼女が負けるはずがなかった。とは言えこれ以上の戦闘は今は難しいなと思い美九に無事かどうかを聞こうとした時であった。

天井が十字に切り裂かれそこから機械を纏った女性が降りてきた。
 

 

第四十九話「天央祭・Ⅹ」

「ベイリーたちは結局失敗しましたか。…まぁ、いいでしょう。想定内です」

そう言いながら入って来たのは全身に白銀のCR-ユニットを取り付けた金髪の女性、エレン・ミラ・メイザースであった。

突然の第三者の乱入に彼女は目を細めると同時に最大限の警戒をする。美九は今入ってきた女性に頬を染めているが彼女の持つ情報では彼女は人類最強の魔術師(ウィザード)で名を知られていたはずである。その実力は精霊に匹敵し事実不明ではあるが精霊の捕縛に成功したと言う話も聞いていた。

故に彼女がとった行動は美九の前に立つ事であった。もし、エレンの目的が精霊の排除なら美九を狙う可能性は高い。何故なら今この天宮スクエアの一号館にいる人間を操っているのだから。そんなきわめて危険性の高い精霊を放っておくとは考えづらかった。

しかし、エレンは彼女を一瞥するだけで何かを探すように辺りを見回し士道たちと目が合う。

「…今は【SS】とやり合うつもりはありません。目標は夜刀神十香に五河士道…の反応がある生徒です」

エレンはそう言うと両手にレーザーブレードを構える。そして、

「これより捕獲に入ります」

彼女たちに目もくれずに十香たちに一直線で向かって行く。その速度は早く、スピードに定評のある八舞姉妹に一歩劣るとは言え決して侮る事の出来ない速度であった。その様子に彼女は人類最強と言うのは伊達ではないのか、と心で呟く。と同時にもし自分とやるなら直ぐに距離を詰められるだろうなと戦う場合の想定を行う。

「!逃げるのだ、シドー!」

「に、逃げろって言っても、一体どうやって…」

「くっ!」

士道と十香がいるのはキャットウォークで逃げようにも既に美九に操られた生徒によって入り口は防がれ少しづつ迫ってきている状態であった。この高さから降りようにも下には四糸乃と八舞姉妹が待機しており何処にも逃げ場はない状態であった。

「…すまない!シドー!」

その状況に十香は驚きの行動に出る。十香は士道のてを掴むとあらん限りの力で先ほど開いた壁の穴目掛けて士道を放り投げた。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」

霊力は封印されていようと精霊の力は普通の人間より高い。そんな状態で放り出された士道は情けない声をあげながら建物の外へと飛び出て行った。

「!…ほう」

十香の驚きの行動にエレンの足は思わず止まる。咄嗟にしては素晴らしい行動に思わずエレンも感心してしまう。とは言え、目標の片方を取り逃がす事になってしまったエレンは同時に忌々しいと思っていたが。

「冷静な判断です。称賛に値します」

「ふんっ!貴様に褒められても嬉しくなどない!」

「そうですか」

エレンは短くそれだけ言うと改めて周囲を見回す。キャットウォークに追い詰められた【プリンセス】、夜刀神十香に追い詰める何千の群衆。そしてステージに立つ【ディーヴァ】とそれに付き従う【ハーミット】と【ベルセルク】。更には【ディーヴァ】の前に立ちこちらを警戒している【SS】。なんとも奇妙な光景であった。

これだけの精霊が一堂に会する事など今までは無かった。故にエレンは十香の捕縛失敗時には別の誰かを…と言う思いも浮かぶが直ぐにそれを切り捨てる。

「…いえ、止めておきましょう。慢心は禁物です。それに」

そう呟くエレンの視線の先には【SS】がいた。【ナイトメア】と並び精霊の中でも危険な存在。彼女に殺された者は決して少なくはない。そんな彼女は【ディーヴァ】を庇う様に建っている。それが正しければ二人は知己、若しくは親密な関係と言う事になる。いくら人類最強の魔術師(ウィザード)と言え精霊を複数同時に相手に出来るとは思わなかった。

故にエレンは目標を一本に絞る。そう、夜刀神十香に。

「今日用があるのは貴方だけです、夜刀神十香。今日こそは私と共に来てもらいます」

「ふ、ざけるな!」

十香はそう言いながら剣を振るうがエレンはそれを難なく受け止める。

「おや、思ったより威力はないのですね。まあ、好都合ですが」

「な…っ!?」

十香はエレンの反撃に呆気なく宙を舞うも直ぐに立ち直る。しかし、その時には既にエレンは目の前まで迫ってきておりレーザーブレードを振り上げていた。

「こちらも時間をかける訳には行きません。或美島の時の様に鉄十字の会や第三者の介入があっては面倒です。直ぐに決着を付けさせてもらいます」

瞬間、エレンの振り上げたレーザーブレードが十香めがけて振り下ろされた。それは寸分の狂いなく十香の頭に辺り十香の意識を刈り取った。
 

 

第五十話「天央祭・Ⅺ」

「う…あ…っ、けほっ、けほっ」

会場内から放り投げられ、辺りに植えられていた木々に激突したのち地面に落下した士道は、前進に走る痛みと衝撃に激しくせき込んだ。

衝突した影響で数分の間意識を失っていた士道は痛む体を起こしながら周囲の確認をする。士道が飛ばされた場所は天宮スクエアからほど近い公園の一角であった。木々と柔らかい芝生のおかげでこの程度の怪我で済んだらしい。そして、後方に広がる駐車場にぶつからなかったことに心の底から安堵した。

もし、固いコンクリートの駐車場にぶつかっても琴里の精霊の力で死ぬ事は無いだろうが激痛に襲われる事になっただろう。そうなれば暫くの間は動けないだろう、士道は自分の運の良さとここに投げた十香のコントロールに感謝する。

「そうだ、十香…!」

漸く意識が鮮明になってきた士道は自分の置かれている状況を思い出す。そして、未だに会場に残っているであろう十香の事も。

「ぐ…っ!」

士道は痛む体を無理やり動かす。いくら霊力を限定解除している十香とは言え、アンナ状況では無事に済むはずがない。最悪の場合捕まってしまう可能性すらあり得た。

そして、天宮スクエアに目を向けた時、天井から何かが飛び出すのが見えた。

「あれは…!」

その姿に、士道は目を見開き驚愕を露にする。

白銀のCR-ユニットを纏った女性、エレン・ミラ・メイザースが意識を失った十香を抱いて空を飛んでいたのだから。士道が予想した中で最も最悪の状況、それが起きてしまったのだから。

「十香…!?」

十香は意識を失っている様でぐったりとした様子で動かなかった。そんな十香を抱いて飛ぶエレンは周囲を確認したのちに何処かへと飛んでいってしまった。

その様子を士道はただただ、茫然と見ている事しか出来なかった。

「十…香…?」

瞬く間に起こった現実感のない出来事が、次第に脳に染み込んでいき、士道の意識を揺さぶってくる。

「十香…十香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

叫ぶも、その声は空しく空に響き渡るだけだった。

そして、或美島以来の感情が士道に襲いかかる。

何も出来ない無力感。ただただ守られるだけの自分に士道の心は押しつぶされそうになる。また(・・)、何も出来なかった。美九の封印は出来ず、八舞姉妹や四糸乃、琴里は美九に操られ唯一洗脳を免れた十香も今目の前でさらわれていった。

だが、現実は非情である。そんな感傷に浸かる暇さえ士道には与えてくれなかった。天宮スクエアの正面ゲートより現れる無数の人間。ゆらゆらと進み、何かを探すような動きに士道は目的が誰なのかを直ぐに察する。

「くっ!」

士道は未だ激痛の走る体を無理やり動かしその場を必死で逃げていく。十香の努力を無駄にしないために。









「流石は人類最強の魔術師(ウィザード)と言った所か」

彼女は天宮スクエアの天井から先ほど出て行ったエレンに称賛を送る。十香がエレンに捕まる一部始終を見ていた彼女はエレンの予想以上の実力に驚いていた。

彼女が持っていた情報ではあそこまで強くはなかったはずである。せいぜい全力の十香と戦って十分持てばいい方であったはず。しかし、今のエレンは限定解除とは言え精霊の力を使った十香相手に圧勝した。あれなら全力の十香と真っ向から戦えるだろう。

エレンに何が起きたのかは知らない。だが、言えることは()の実力が予想以上に強いと言う事。もし、戦う事になったなら彼女も全力(・・)で全ての力を使い戦う必要がある。手を抜いたら、確実に負ける。

「…美亜さん、彼女は一体何だったのでしょう」

洗脳した群衆に士道を捕まえる様に指示を出した美九が彼女に近づき疑問を口にする。今まで見てきたASTとは明らかに異なる相手。美九ですらエレンの発する圧に気圧されていた。目の前の敵とは、絶対に戦ってはいけない、と。

エレンがいなくなり漸く肩の力が抜けた美九が急いで士道を追うように指示を出したのがつい先ほど。だが、既に遠くへと逃げてしまっているだろう。それだけの時間があったのだから。

「…エレン・ミラ・メイザース。現界する度に現れるASTより厄介で恐ろしい、敵だ。今回は夜刀神十香、だったかが目的だったらしいがもし狙われていたのがこちらだったら負けていた可能性もあった」

「美亜さんも、勝てませんか?」

「…正直、分からない」

あの能力(・・)を使えば比較的楽に倒せるだろうがあれが奥の手の中でも奥の手でありそう簡単に使いたくはなかった。

「…それより、この後はどうするんだ?こんなに騒ぎを大きくして」

彼女は話題を変え今後の事について聞く。彼女が放った天使の力で操られた群衆が士道を探す事に躍起になっている。そうなれば必ず異常として民衆に知れ渡る事になるだろう。

そんな彼女の懸念に美九は特に気にした様子も見せずに笑みを浮かべる。

「そうですね~。折角ステージに立っている事ですし可愛い精霊さんや美亜さんの為に歌おうと思いますぅ」

そんな美九の答えに若干の恐怖を感じつつ彼女は美九に促され精霊たちと共に席につくのであった。
 
 

 
後書き
次から第四章になります。 

 

第五十一話「天央祭の夜」

夕日が沈み切り、辺りに闇が満ち始めた頃。十香の決死の努力の末ステージから逃げ切る事が出来た士道は、天宮市の外れにある廃ビルの中の一室に身を潜めていた。

流石にメイド服のままでは動きづらい上に、目立つため道中広場で行われていたフリーマーケットで適当な服を見繕いそれに着替えていた。勿論喉に付けている変声機も取り外している。

そんな士道は、手に持ったスマホから映し出される映像に目を奪われていた。そこには現在天宮市で起きている暴動についてだった。両手にペンライトを持ち何かを探すようにゆらゆらと歩くその姿は一種の恐怖を感じていた。言わずもがな、美九に操られている人たちだ。

テレビ内ではコメンテーターがしきりに持論を展開しているが一般人に今回の暴動の原因が分かるとは思えなかった。例え、真実に行きついても精霊について普通の人は信じられないだろうしまず国からの圧力がかかるだろう。最悪、抹殺の可能性もあった。

そんなテレビを見ながら士道は歯噛みする。明らかに人の数が増えている。

テレビには美九はステージの観客のみならずどんどん尖兵を増やしていた。〈破軍歌姫(ガブリエル)〉にどれだけの力があるのか士道には分からない。しかし、このままではジリ貧であった。

そして恐ろしいのはスピーカー越しでも〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の効果はあると言う事だ。暴動を鎮圧に来た警官隊が街宣車から流れる美九の歌を聞き戦列に加わった時はさすがの士道も軽く絶望したものである。

「くそ…!」

忌々しげに固めた拳を床にたたきつける。

「こんなことしている場合じゃないのに…俺はっ!」

士道は今焦っていた。解決すべきことは美九の件だけじゃない。DEM社によってさらわれた十香も取り戻さなければいけないのだ。

彼らの目的は士道には分からない。だが、精霊を殺す事を至上とし、各国の軍や警察組織に顕現装置(リアライザ)を提供している組織が意味もなく攫うとは思えなかった。

士道は苛立たしげにインカムを叩く。しかし、帰って来るのはノイズのみで琴里の罵倒すら聞こえてこなかった。

「一体、これからどうしたら…」

士道は苦悩に満ちた顔を作ると、再び拳を床にたたきつけた。

問題は山積みだった。

士道を狙う美九。それに支配された四糸乃、耶俱矢、弓弦。美九の従妹にして狂三と並ぶ危険度の【SS】改め誘宵美亜。

天宮市を埋める人の群れ。

未だ連絡の取れないラタトスク。

そして、十香をさらっていったDEMインダストリー。

それら全てに対応する為には、何もかもが不足していた。

時間が足りない。

設備が足りない。

戦力が足りない。

何よりも、士道には力が足りない。

屋上の一件以来士道を襲い続ける無力感。或美島の一件で少しは軽くなったとは言え未だに無力な事に変わりはない。何故なら五河士道たった一人の力ではこの局面を逃げ惑う事しか出来ないのだから。

「俺は…っ!」

奥歯を噛みしめる。

「俺はっ!」

そして、士道が全身に蟠る無力感を声にして零した瞬間。





-くす、くす、と。





誰かが、笑った。

「…っ!?」

肩を揺らし、バッと顔を上げる。

一瞬、士道は美九に操られた人に見つかったのかと思った。こんな廃ビルに訳もなく人が立ち寄るとは思えない。土木系の人だとしても今は夜である。とっくに仕事を終え帰路についているはずである。それに何より、今天宮市の外を歩いているのは美九に操られた人しかいないだろう。

しかし、辺りに人影はなかった。

だが、その声の主の正体は直ぐに判明した。

影が。

黒い部屋の中に充満した影が躍動したかと思うと、そこから一人の少女がはい出てくる。士道にはその少女に見覚えがあった。

血の様な紅と闇の様なドレスで構成されたドレス。左右不均等に結われた黒髪。左目に浮かんだ時計の文字盤と一秒ごとに規則的に時を刻む針。

そして、その作り物としか思えないくらいに整った貌は、愉悦とも嘲笑ともとれる生々しい笑い顔に彩られていた。

「うふふ、随分と暗い顔をしていらっしゃいますのね」

「狂三…っ!?」

時崎狂三。かつて士道と対峙し士道を殺そうとした精霊。いらっしゃいますのね誘宵美亜と並ぶ最悪の精霊の一人。

士道狂三の突然の訪問に警戒を露にする。一度は敵対し、殺されかけたのだ。経過して当然であったがもし狂三がその気なら士道は呆気なく敗れ殺されるであろう。それくらい二人の間には実力の差があった。

そして、それを理解している狂三は妖しく笑い、士道は唇をかみしめる。

「お困りの様子ではありませんの。…ねえ、士道さん。少し、お話をしませんこと?」

そう言う狂三は妖美に、妖しく笑みを浮かべるのであった。
 

 

第五十二話「提案」

「お困りの様子ではありませんの。…ねえ、士道さん。少し、お話をしませんこと?」

暗いビルの一室で。

漆黒の影から這い出てきた少女は、妖しく笑いながらそう言った。

「な…」

突然の事に士道は真っ先に警戒する。目の前の少女、最悪の精霊である時崎狂三。一度は敵対し、殺されかけた相手に警戒を抜くほど士道は平和ボケしている訳ではなかった。

「あら、違いましたか?四糸乃さんと八舞姉妹を精霊に奪われ、十香さんをDEM社にかどわかされ…、為すすべもなく途方に暮れているようにみえたのですけれど」

「なっ」

士道は息を詰まらせる。何故なら、狂三言った事は全て事実でありこの数時間の間に起こった事であるのだから。まるで、見ていたかのような詳しい内容に士道の目は自然とほそまる。

「…なんで、そんな事を知っているんだ?」

「うふふ、野暮な事を訊かないでくださいまし。わたくし、士道さんのことなら何でも知っていますのよ?」

そう言って、狂三が可愛らしいしぐさで微笑む。しかし、士道にはそれと同時に狂三の足元に蟠った影が微かに蠢き、小さな笑い声がいくつも聞こえた気がした。

「…」

士道は数か月前に見た光景を思い出し、ごくりと喉を鳴らす。狂三は比喩でも冗談でもなく実際に幾つもの()()を持っていた。あの会場の中に一人や二人、狂三(・・)が混じっていても不思議ではない。

そして、同時に士道は今の自分の立ち位置に目を見開く。

狂三は、知っているのだ。今この場に、士道を守るものが何もない事を。駆け付ける者がいないことを。…狂三の食事(・・)を邪魔するものがいないことを。

「く…」

身を固くし、片足を引く。だが、狂三はそんな士道のようすを見て愉快そうに唇を歪めた。

「ふふ、落ち着いてくださいまし。…少なくとも今わたくしに、士道さんをどうこうしようというつもりはございませんわ」

「何…?」

予想外の言葉に士道は眉根を寄せた。

「どういう事だ?お前は、俺を食べる(・・・)のが目的なんじゃなかったのか?」

「ええ、それは否定しませんわ。…でも、先程申し上げたではありませんの。今は、士道さんとお話がしたいと」

「そんな言葉を信じろって言うのか?」

狂三の言葉を疑う士道。しかし、それも仕方のない事だった。狂三が士道にしたことを考えれば。

「わたくしが今、嘘をつく理由がございまして?」

「む…」

そう言う割れて、士道は言葉に詰まる。この状況は狂三に圧倒的に有利であり狂三の機嫌次第で煮るなり焼くなり隙に出来る状態にあった。そんな狂三が嘘をついてまで士道を騙すメリットがあるのだろうか?その答えは、ない、である。

「…一体、何を話そうってんだよ」

「ええ、これからについてのお話を」

「これから?」

士道は怪訝そうに言うと、狂三はトントンとリズミカルに靴底で床を叩き、士道の方に近寄ってきた。

そして、士道に寄り添うような格好になりながら、耳元に唇を寄せ、囁くように言う。

「ねえ、士道さん。十香さんを助けたくはありませんこと?」

「何…?」

狂三の言葉に士道は何を言っているんだ?と言う表情を作る。

「どういう、事だ?」

「そのままの意味ですわ。士道さんは、十香さんをDEM社の手から救い出したくはありませんの?」

「そ、そんなの当然じゃないか…!相手は精霊を殺そうとしている組織何だろう?そんな奴らの元に十香を置いておけるわけがない!」

「きひひ、そうですわよね。そうですわよね。それでこそ士道さんですわ」

狂三は、今までで一番楽しげに笑う。そんな狂三を見て士道は得体のしれない不快感に襲われる。

「…っ」

「十香さんを助けたい。…でも、いくらそう願った所で、士道さん一人では実現は不可能でしょう?そもそも十香さんが何処に連れていかれたのかも分からない。仮に場所を突き止めたとして、念願の精霊を手に入れたDEM社がなんの備えもしていないとは考えられませんわねぇ。それに、十香さんを攫った魔術師(ウィザード)をご存じでして?あれ(・・)は厄介な女ですわ。人間が相手をするには過ぎた存在ですわよ?」

狂三の容赦ない正論が士道に襲いかかる。狂三の言うとおり士道には何の計画も情報も持ち合わせていなかった。もし、美九に洗脳された人たちがいなければ士道は天宮市をやみくもに探す事しか出来ず最終的には黄昏手いたはずである。

「っ!そんなこと、言われなくても分かってる!でも、だからって…」

「ええ、ええ。士道さんはそう仰るでしょうねぇ。でも、それは勇気ではなく蛮行ですわ。気持ちだけで何かを成す事など出来はしませんわ。士道さん一人が挑んだところで、直ぐに殺されるか捕らえられるのが落ちですわ」

「ぐ…、何が言いたいんだよ」

士道の言葉に狂三は可笑しそうに笑う。

「うふふ、分かりませんこと?だから、わたくしが手伝って差し上げると言っているのですわ」
 

 

第五十三話「各々の動き」

「なっ!?」

狂三が出した信じがたい提案に、士道は目を見開いた。本来二人の関係は捕食者と餌の関係に近い。それなのに、捕食者である狂三がこんな提案をして来るとは思えなかったからだ。

「手伝…う?狂三が?俺を?」

「ええ。十香さんを助けだすのに手をお貸ししますわ」

そう言って狂三は、くすくすと微笑む。

士道は突然の狂三の言葉に頭を抑える。現状、士道一人では何もできない。現に今の今までこの廃ビルの中で息を潜めている事しか出来なかった。だが、狂三が手伝ってくれるというならそれは大いに助かる事も事実。狂三の分身体を使えば簡単に十香の居場所も分かるだろうしDEMとの戦いでも大いに役立つことは明白だった。

しかし、

「何が目的なんだ?」

士道はこれまでの経緯から狂三の言葉を手放しで信じる事は出来なかった。

「目的だなんて。わたくしはただ、士道さんのお役に立ちたいだけですわー」

士道が信じるとは思っていないのだろう。狂三は芝居がかった口調で言ってくる。

「お前な」

「あらあらあら」

士道が呆れたように、半眼を作り狂三を見ると態とらしく泣き真似を始める。

「悲しいですわ。わたくしは士道さんの事を思っているだけなのに」

「…」

「信用がありませんわねぇ。まぁ、仕方ないかもしれませんけど」

狂三は泣き真似を呆気なくやめ肩をすくめた。

「白状をすれば、わたくしも別口でDEM社に用事がございますの。手を貸す代わりに、わたくしも士道さんを囮として利用させていただきますわ。ギブアンドテイクでしてよ」

「用事…?」

「ええ、とある方を探しておりますの」

「とある方?一体誰だ?」

「それは秘密ですわ」

狂三が鼻の前に指を一本立てながらウインクをして来る。そんな狂三に士道はいぶかしげな視線を向ける。

「ご安心くださいまし。戯言を吐いてはいませんわ。…尤も、それでも信じていただけないのであれば、無理にとは申しませんけど」

「う…」

狂三の言葉に士道は苦々しげに呻く。狂三を完全に信用する事は出来ない。狂三が士道にしたことはそれだけ悲惨であったのだから。

だが、狂三がこの状況を打開できる唯一の希望であることも確かであった。今の狂三の手を取る事は果たして希望への道筋なのかそれとも絶望への片道切符なのか、それを今の士道に判別する事は出来ない。何もしないという手も底なし沼に埋まっているような現状ではいずれは地獄へと堕ちるだろう。

ならば、例えそれが罠だとしても士道には手を取る以外の選択肢は存在しなかった。

「…分かった。信じるよ、狂三。俺に手を貸してくれ…」

「…ええ、喜んで」

狂三は優雅な仕草で持ってスカートの裾をつまみ上げ膝をかがめて見せた。それはまるで名家のご令嬢が道化の様におどけいる様であった。

この瞬間、士道と狂三の間に同盟が結ばれた瞬間であった。












「…うむぅ?」

精霊【プリンセス】こと、夜刀神十香は小さなうめきと共に目を覚ました。その眼に映るは自分の部屋。自分のベット。何時も通り(・・・・・)の光景を見る。

「ふぁぁぁぁ」

大きく欠伸をした十香はいつも通りの行動をしようと動こうとして違和感を感じる。手足が動かないのである。まるで、何かに拘束されている感じに十香は疑問を持つ。

瞬間、十香の目に写っていた部屋はあっという間に様変わりした。生活感ある部屋は無機質な空間へと変わり十香も椅子に座っている状態であった。

そしてその椅子は十香を逃がさないとばかりに枷が付いており腕には点滴の針が刺さっていた。十香の視界には映らないが頭に何かが付いているのが感触で分かる。

「な、なんだこれは!?」

十香は改めて周りを見渡してみる。部屋の広さは教室ぐらいであろうか?十香を拘束している椅子と点滴以外には何もない無機質の部屋。部屋の角にはスピーカーとカメラが取り付けられている。まるで独房の様な様相であった。

「ここは…一体」

十香は必死に最後の記憶を思い出そうとうねる。そして、直ぐに最後の記憶を思い出し目を見開いた。

「そうだ、確か天央祭でステージに立っていて…」

誘宵美九に操られた【ハーミット】四糸乃、【ベルセルク】八舞姉妹。そして美九に味方する【SS】。そして最後に現れた白金の鎧を纏った魔術師(ウィザード)。彼女に敗れ何とか士道を逃がす事は出来たものの自分は捕まってしまい、

「と言う事は、ここは…」

瞬間、目の前の壁が長方形の亀裂が入りドアの様にスライドする。そこから出てきたのは十香と戦った魔術師(ウィザード)、エレン・メイザースであった。後ろには白衣を着た科学者らしき男もいたが十香の目にはエレンしか映っていなかった。

「貴様!」

十香は飛び掛かろうと力を入れるが枷は日々一つ入ることなく十香の動きを阻害する。

「落ち着いてください。今のあなたの力ではその枷を外す事は出来ません」

「ふざけるな!今すぐこの枷を外せ!」

エレンが落ち着いた声で宥めようとするも今の十香には火に油を注ぐだけで終わってしまう。

「外したところで、どうするのですか?」

「知れたこと!シドーを助けに行くのだ!」

「シドー…。五河士道の事ですか。安心してください。彼の行方は我々も調査中です。遅くとも数日中にはここへ連れてきます」

「なっ!」


「天宮スクエアの方も今攻略部隊を編成中です。夜明けと共に総攻撃をかけ【ディーヴァ】以下、【ハーミット】、【ベルセルク】を捕獲します。運が良ければ【SS】も捕獲したいですが難しいでしょうね。まあ、貴方のお友達には直ぐに合わせてあげます」

「ふざけるな!そんなことさせない!」

「今のあなたに何が出来るというのですか?安心してください。暴力は振るいませんよ。抵抗されたらその限りではありませんが」

「っ!」

エレンの言葉に十香は憎悪の視線を向ける。それと同時に枷からミシ、という音が聞こえてくる。しかし、

「ぐぁぁぁぁっ!!」

十香の体を無数の電撃が走る。十香はあまりの痛みに声を上げる。そこに先ほどまでの力はなくぐったりと体を椅子に預ける。

「…どうやら私の出番はないようですね。リトルトン」

「当たり前でしょう?対精霊用の拘束椅子です。ただ枷を嵌めて終わりという訳がないでしょう?」

電撃を受けぐったりしている十香を見てエレンが後方にいる男に声をかける。男、クラーク・リトルトンは当然と言った様子で言葉を返した。

「さて、抵抗は無意味と分かってもらえたようですしいくつか質問をさせてもらいます」

エレンはそう言うと壁の一部を引っ張り出すとそれを椅子代わりにして十香の目の前に座るのであった。
 

 

第五十四話「美九と美亜」

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」

精霊【SS】こと誘宵美亜は天宮スクエアのセントラルステージの一番前の席に座っていた。ステージの上には淡い輝きを放つパイプオルガン、〈破軍歌姫(ガブリエル)〉がそびえその前では精霊【ディーヴァ】こと誘宵美九が霊装を纏い光輝く鍵盤に指を走らせながら歌を歌っていた。

そんな美九に〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の効果で洗脳され熱狂的な美九のファンとなった観客たちが黄色い歓声を送っていた。ここに男性の姿はない。美九の命令で外を見張っているからである。故にステージに立つ美九に向かって歓声を送るのは全て女子であった。

「(そしてこの歌もスピーカーにのり外へと放出されている。これを聞いた者は美九の先兵となり五河士道を捜索するという訳か。よほど男だったと言う事が答えているのか)」

彼女は口には出さなかったがそのように思っていた。因みに彼女が精霊と判明した後も美九の態度は特に変化しなかった。自分はそれほど気にいられている、彼女はそう思ったが不思議と悪い気はしていなかった。このまま目的(・・)を忘れ美九と過ごしてもいいと思えるほどには。

「……うっ」

一瞬美九が言葉に詰まった。恐らくあの男(五河士道)の事を思い出したのだろう。幸いなのはそのまま演奏が終わったため気付いた者はいなかった事だろう。演奏が終わった事で割れんばかりの拍手と歓声が美九を包み込むもとうの本人はあまり気分は良くないようであった。

『……疲れたので、少し休みますぅ。再開まで好きにしててくださぁい』

そう言うと美九は残念がる観客たちの声に耳も貸さずに舞台袖に戻っていった。彼女も美九に用意された特等席から立ち上がり美九の後を追って舞台袖に向かう。

「お、お疲れ様です……お姉さま。あの、よ、良かったら……これを……」

彼女が舞台袖についた時に汗を軽くかいた美九にタオルを渡す存在がいた。メイド服に身を包んだ小柄な少女、【ハーミット】こと四糸乃であった。

小柄な体躯と保護欲をそそるその様相に美九の顔はとろけていた。恐らく場所が場所ならそのまま襲うくらいには。因みに四糸乃は本来メイド服ではなく私服を着ていた(天央祭には客としてきた為)。しかし、来禅高校が行ったメイドカフェの制服が余っていたため美九の指示で着るように言っていたのである。

「あーもう、可愛いですぅー!たまりませんねぇ!たまりませんねぇ!」

「き、きゃっ!……お、お姉さま……!?」

『わぁーお、美九ちゃんったら意外とダ・イ・タ・ン~!』

思わずと言った様子で美九は四糸乃に抱き着いた。突然の事に驚き戸惑いながらも四糸乃は笑みを浮かべている。そして突然の行動をした美九に声をかける者がいた。それは四糸乃の左腕に付けられたウサギのパペットからであった。最初に見た時は独特な子だと彼女は思っていたが美九がその事について聞いた時四糸乃の友人と言う事らしい。

美九は腹話術をする四糸乃が可愛らしいためにそのままにしているらしいが彼女にとっては何度見ても慣れる光景ではなかった。とは言え別にやめさせようとは思わない。美九の指示と言う事もあるが四糸乃自身がそれがないと不安定になるからだ。

美九はある程度四糸乃を抱きしめ頬ずりすると四糸乃の頬にキスをして身を離した。四糸乃の顔が一瞬で真っ赤になる。

「ありがとうございます、四糸乃さん。私の為に待っててくれたんですねー」

「あ、あの……は、はいっ」

四糸乃は真っ赤になった顔を伏せながら右手に持ったタオルを美九に差し出す。美九はそれを受け取ると汗を取るが四糸乃に抱き着いた際に半分ほどは拭われていた。彼女はそんな美九に声をかけた。

「お疲れ、美九」

「あ!美亜さん、来てくれてたんですねー!」

美九は彼女の姿を見ると一瞬で笑顔になる。先程も笑みを浮かべていたのだが今の美九は純粋な笑みを浮かべていた。作り笑顔ではない純粋な笑みに自然と彼女の頬が緩んでいく。

「くく、さぞ疲れただろう、姉上様。ゆるりと休むがよいぞ」

「誘導。こちらへどうぞ、お姉様。美亜お姉さまもこちらに」

ふと、美九を呼ぶ声がする。美九と彼女がそちらに顔を向ければメイド服の少女が二人経っていた。一瞬鏡でもあるのかと思えるほど瓜二つの顔立ちの少女たち。風の精霊【ベルセルク】こと八舞耶俱矢と八舞弓弦である。

そんな二人は控室に椅子と飲み物を用意して美九をねぎらっていた。そして、美九一番のお気に入りの為か彼女の分と思われる椅子と飲み物も用意されていた。

「ふふっ、ありがとうございます♪さあ、美亜さんも一緒に」

「…ああ」

美九の催促に従い美九の座った隣の椅子に腰かける。八舞姉妹はそれぞれ耶俱矢が美九を弓弦が彼女のお世話をする。

「確認。美亜お姉さま、気持ちいですか?」

「ああ、とても上手ね」

「ふふふ、姉上様もどうだ?」

「あ~ん、気持ちいいです~」

耶俱矢は美九の肩を揉み、弓弦は彼女の両足を揉む。二人とも一流のマッサージ師にも劣らない実力を発揮し彼女も思わずリラックスしてしまう程だ。

すると美九達の方に心地よい風が流れてくる。前を見れば四糸乃が団扇を持ちこちらに仰いでいた。恐らくこのままでは美九が八舞姉妹に取られてしまうと思っての行動だろう。

「ありがとうございます。四糸乃ちゃん。とても気持ちいですよ」

「あ、あの……その、は、はい……」

四糸乃は嬉しそうに顔を赤らめ俯く。

「ああ……」

その様子に美九は恍惚とした表情を浮かべる。美九にとって今の艦橋は自分の理想と言ってよかった。自分の歌を聞いてくれる女の子たち。そして自分に精一杯尽くしてくれる絶世の美少女たち。そして、この世で最も愛おしい存在である彼女(美亜)が隣に、傍にいてくれる。

余りにも充実した現状に夢ではないかと何度も疑っていた。その度に頬をつねっては現実だと確認する。そのすべてが痛かった。

理想郷、ここに成れり。美九は今幸せの絶頂にいるのであった。
 

 

第五十五話「発見」

理想郷と錯覚するほど美九の現状は良かった。しかし、唯一のしこりがあった。

「……く」

五河士織。その名と顔が再び美九の脳裏をよぎったのである。突然の事に美九の顔は皺が寄った。

「士織さん……許しませんよ……」

ここにはいない士織(士道)に向けて呪うように呟く。あまりの迫力に八舞姉妹と四糸乃が「ひっ!」と小さく悲鳴を上げてしまう程である。

「……」

そんな美九を彼女はやはりこうなったか、という表情で見ていた。天央祭前に士織としての五河士道にあったのは一回しかないが普段の美九の様子からたいそう気に入っていたのは知っていた。それだけに真実を話す事は出来なかった。もし、美九がそこまで入れ込んでいなければさっさと真実を話していただろう。

これまでの事が脳裏をよぎったのか?美九は口を抑え前のめりになる。

「お、お姉様……!」
「だ、大事ないか!?」
「戦慄。誰か袋を」

三人が慌てた様子で声を上げる。美九は「大丈夫ですぅ」とみんなの動きを制しギリ、と歯を噛みしめた。

「許さない……許さない……ッ!私の心を弄んでェ……ッ!」

美九は震えを抑えるように肩を抱き二の腕をがりがりとかきむしる。美九の脳裏には士織を男だと思い行ってきたことが走馬灯のように浮かんでいく。その度に美九はブワリと鳥肌が立つ。

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないぃぃぃっ!!!」
「……少しは落ち着け」

何度も「許さない」と連呼する美九を彼女は抱きしめて落ち着かせる。自身の胸に美九の頭を寄せ後頭部を優しくなでる。彼女に抱きしめられたからか美九の震えは少しづつ収まっていき少しすると完全に収まった。

「どうだ?少しは落ち着いたか?」
「……はいぃ。でも、もう少しだけこのままでもいいですか?」

美九は顔を上げて懇願する。狙ったわけではないが自然と上目遣いになっていた。それを受けた彼女は大きく眼を見開くもすぐに笑みを浮かべそのまま後頭部を撫で続ける。

暫くそうしていると美九は士織を忘れたように落ち着く。そろそろいいかと彼女が思った時だった。やめそうになったのを感知したのか美九は彼女の腰に腕を回しホールドする。完全に動けなくなった彼女は突然の事に困惑しながら美九を覗き込む。

「どうしたんだ?美九」
「……もう少し(・・)だけ先に……」

美九の表情は赤らみ鼻息を荒くしていた。まるで、発情しているように。そしてそのまま突然の事に驚いて固まる彼女の唇に顔を近付け、

その唇を奪おうとした時に控室の扉が開き三人の女子が入って来る。

「失礼しまっす!お姉様!」
「緊急事態です!お姉様!」
「てぇへんです!お姉様!」

と、身長通りの順番に言ってくる。彼女たちは本来なら士織(士道)と共にバンド演奏を行う筈だった少女たちだ。本来なら手厚く出迎えたのだろうが時期が悪かった。

「「「あっ……」」」

三人の女性、亜衣、麻衣、美衣は完全に自分たちが入ってはいけないタイミングで入った事を悟った。

美九の一番のお気に入りで全ての美九のファン(洗脳された者たち)の中でも一目置かれている美亜とその彼女に抱き着きキスしようとしていた美九。もし、自分たちが入らなければそのままキスが行われもしかしたらそのままR18な展開になっていたかもしれない。それを自分たちが潰したのである。

「「「あわわわわわっ!!!」」」
「……ん?どうした何かあったのか?」
「「「い、いえ!失礼しましたっ!」」」
「構わないから報告してくれ」
「「「で、でも……」」」

彼女に促されるも今にも出て行きそうな三人の視線の先には美九がいた。美九は三人の方を見ておりその眼には「今すぐ出て行ってもらえますか?」と訴えていた。更には黒いオーラをまき散らし笑みを浮かべつつも青筋を立てて入れば誰もが逃げたくなるだろう。

三人はどうしようと悩んだ末にさっさと話して出ていく事に決めた。尚、この時に要した時間は一秒にも満たない速度であった。だらだらと話す時間さえあればすぐにでも控室から出て行っている。

「じ、実は五河くんが見つかったんですよ!」
「…なんですって?」

瞬間、三人を睨んでいた美九はその怒気をひっこめた。息苦しさが消えた三人はほっと息をつく。

「ふふふ、意外と粘りましたねぇ。でも、無駄だったようですねぇ。……それで?見つけたのは誰ですか?女の子だったら特別に可愛がってあげます。男だったら……金平糖一粒でも上げましょうか」
「あ、あの。実は……」
「発見した人が多すぎるというか……」
「マジ引くわー」
「?どういうことですか?士織さんは何処にいるんですか?」
「ええとその……この近くに」
「というより天宮スクエアの真ん前に」
「どうしましょうか?」
「……え?」
「……へぇ」
 

 

第五十六話「突入」

時は少し遡り数分前。
士道は狂三と共に、天宮市の中心にある大型コンベンションセンター、天宮スクエアの近くまで舞い戻ってきた。
10校合同文化祭・天央祭の舞台にして天宮市大暴動の発生源。
そして、今は精霊・誘宵美九の居城である。

「流石にここにはたくさんいるな」

天宮スクエアを見ることが出来る付近のビルの屋上にて士道は呟いた。
目の前には不気味にライトアップされた天宮スクエアとその前にて夥しい人たちがいた。美九の力にって操られた人たちだ。
と、プロペラ音が聞こえてきて咄嗟に身を隠す。その瞬間報道ヘリと書かれたヘリコプターが飛んでいた。恐らくこの大暴動の報道をしに来たのだろうが既に美九の演奏を聴いてしまっているだろう。その証拠に先ほどから天宮スクエアの周りをあり得ない低空で旋回していた
今一体何処まで美九の支配領域が広がっているのかは分からないが少なくとも天宮スクエアに向かう道中の道には美九の演奏を聴き士道達を探す人たちが徘徊しておりその様はさながらバイオハザードに出てくるゾンビのようであった。
士道も幾度となく見つかりそうになっており狂三がいなければ既に捕まり美九の元に献上されていただろう。

「ここまで来たけれど、ここからどうするか……」

いかにして天宮スクエアを囲むようにいる人々に見つからないように行くか、士道は頭を働かせる。入り口があの調子なら他の入り口も似たような状況であろう。

「入り口がダメなら天井に穴を開けて侵入するか?いや、それだとヘリに気付かれるだろうし……」
「何を仰っていますの、士道さん。そんなの、考えるまでもないではありませんの」

と、士道が考えている脇で狂三があっけらかんとした調子で帰してきた。

「何か方法があるのか?」
「ええ、勿論ですわ。きちんと士道さんを美九さんの元にお送りして見せますわよ。……まぁ、勿論。その後は士道さんの手管次第となりますけれど」
「……本当に、そんなことが出来るのか?」
「勿論ですわ。早速参りましょう。これ以上時間を無駄にしても、状況は悪くなる一方ですし」

そう言うと狂三は立ち上がり、士道を抱きかかえた。

「……え?」
「さぁさ、参りましょう」

そう言うと狂三は屋上の縁に足をかけ特に躊躇することなく飛び降りた。

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!??」

ビルの屋上からの垂直落下に心の準備が出来ていなかった士道は敵がいるのも忘れ大声を上げてしまう。このまま地面へとぶつかってしまう!士道がそう思った時真下の地面から大きな影が現れ落下してきた衝撃を吸収した。

「あらあら、士道さんたら、大きなお声ですわね」

狂三は可笑しそうにくすくすと笑う。

「い、いいから早く降ろしてくれ……」
「あら、わたくしはこのままでも構いませんわよ」

そう言いつつ狂三は士道を地面へと降ろす。瞬間、二人を幾つものサーチライトが照らし出す。そして大勢の人々が二人を取り囲んだ。
美九の指示待ちなのか襲ってくる事は無いが着々と包囲網が完成していく。中にはガタイのいい者や拳銃を持った警察官の姿もあった。
そこへ。

『……わざわざ私のお城に戻って来るだなんて、随分と余裕があるんですねー。士織さん……いえ、五河士道……っ』

そんな声が響き渡る。スピーカー越しとは言えその声を聞き間違えるはずがない。誘宵美九の声であった。既に美九には士道達の事が伝わったらしい。

『一体なんのつもりか知りませんけどぉ、こうなった以上はもう逃げられませんよー?さ、皆さん捕まえちゃってください。少しくらいなら痛めつけてもいいですけどぉ、出来るだけ丁重に扱ってくださいね。出ないと、私の分がなくなっちゃいますから』

その言葉を残しブツッとスピーカーが切られた。その瞬間であった。

「「「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」

美九に洗脳された男たちが一斉に二人に襲いかかる。流石の光景に士道は一歩後ずさる。そして、一人の男が士道へと掴みかかった。士道はその男と掴み合いながら狂三へと声をかける。

「狂三!このままじゃ……!」
「大丈夫ですわ、士道さん」

狂三がそう言うと同時に士道は体内から何かが抜ける感覚を覚える。それは相手も同じようで掴みかかっていた男は力なく倒れてしまう。
周りを見れば同じように倒れる男たちの姿があった。そして士道はこの光景に見覚えがあった。まだ狂三が来禅高校の生徒として通っていた時の。

「【時喰みの城】……!」
「きひひ、安心してください。一人一人から取っている時間は大したことありませんわ。ただ、人数が人数なので今から摂生すればおつりが来ますけど」

狂三の【時喰みの城】は影を踏んでいる者から時間、寿命を奪い取る結界だ。精霊やその力を封印し、その霊力を己の体内に宿す士道なら大して影響はないが普通の一般人なら意識を失う程強力な物であった。

「兎に角、これで道は開けましたわ。先を急ぎましょう」
「っ!そうだな」

今の士道には狂三の言葉を信じ、前に進む事しか出来なかった。