緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──


 

二重奏の前奏曲 Ⅰ

──こんな世界、と嘆く者。
──面白味の無い日常、と嘆く者。
──生きる理由など無い、と嘆く者。

そんな人間が、この日本のみならず、世界各地に居る。
この世界に絶望し、生きる理由さえも無いと嘆き、なのに、生に渇望する者が。

平安時代……否。日本史上最強の陰陽師と謳われる安倍晴明の血を引く少年、如月彩斗も、それを感じていた。
曰く、面白味の無い、平坦とした日常だと。

だから彼は、なることを決めたのだ。平凡な日常を打破し、非日常に足を踏み入れるために。……その名も、武装探偵。通称『武偵』と呼ばれる国家公務員である。

彼ら彼女らは帯銃帯刀を認められ、民間からの依頼及び数々の事案を受け持つなど、警察に準ずる活動が出来るのだ。場合によっては、『何でも屋』と揶揄されることも少なくない。

武偵こそが、彼が望んでいた職業。日常から一線を画した、非日常の世界観。
それを叶える為に彼は、東京武偵校への入学試験へと足を運んでいるのだ──。







「──そこまで」


無機質な声色を耳に入れた俺──如月彩斗──は、即座に俯せていた顔を上げる。それとほぼ同時に、教室内の筆記音が止んだ。教官が床を踏む音が響き、1人ずつの答案用紙を回収していく。

俺たちが先程までやっていた筆記試験は、東京武偵校の入試問題。

『武装探偵』という国家公務員を育成する高校ではあるが──しかも、帯銃帯刀を認めているとはいえ──名目上は高等学校の入試試験なのだ。偏差値は異様に低いのが難点ではあるが。
しかし、これは自分自身で望んだ道。文句は無い。

答案用紙を全て回収し、枚数を数え終えた教官は、教室内の面々を見渡してから口を開いた。


「この後は実戦試験を行う。徒手格闘(CQC)形態バトルロワイヤル──と言えば分かりやすいか。……ルールは簡単だ。全部で20階層ある試験会場にお前らを配置するから、お前たちは見付けたヤツを倒せば良い。背中がつくか、もしくは投了した時点で失格だ。んで、徒手格闘、銃剣類を主として闘え。実弾は使用不可能。事前に非殺傷弾(ゴムスタン)を渡しておいたハズだから、それを使うように」


「じゃあ、さっさと移動しろ」といった教官を横目に、俺は事前に場所を教わっていた試験会場へと歩を進める。件の場所はこの建物と繋がっており、移動にそれほど時間は要さない。
確か、俺の階は……5階、だったか──?

なんて考えていると、後ろからの足音がしなかったにも関わらず、背中に衝撃が走る。

何事かと振り返ってみれば、その主は神奈川武偵中学校(カナチュー)時代の親友、遠山キンジだった。
……あぁ、そういえばコイツも強襲科(アサルト)の試験を受けにきたのか。そういえば、そんなことも言ってたな。

ドッキリが成功したような満足気な笑みを浮かべているキンジの腕を払いながら、俺は口を開く。
立ち話していると遅れるから、歩きながら話すか──とも付け加えて。


「んで、キンジ。どうだった、筆記試験は。簡単だったろ?」
「いや、それなりに難しかった……気がするぞ。全部は解けなかったな。彩斗は?」
「こっちは簡単すぎて数十分間は暇だったんだが。おかげで眠いぞ」


真顔でサラリと告げる俺に、キンジは苦虫を噛み潰したような顔をして、


「……まぁ、実戦試験がメインだからな。武偵校の入試は。多少頭脳面に難があっても大丈夫だろ」
「うん、間違ってはないな。だからキンジ、お前は実戦で頑張れよ」


言い、試験会場へと続く鉄製の扉を開く。
俺の視界に飛び込んできたのは、弾痕も艶かしい建設途中とも思しき廃ビル。外見は普通の建物なのに、中がこの惨状とは──何かしらの意図があるんだろうな。屋内戦を想定して造られたとか。

一瞬躊躇いを覚えた俺たちだが、奥にもう1人の教官の姿が見えたこともあり、防弾制服のジャケットを整えながらそこに向かう。
M500(象殺し)と名高い世界最強のリボルバーをレッグホルスターに帯銃している彼女こそが、今回の教官らしい。

遅れて移動してきた面々も集まり、人数が揃ったかの確認を終えたところで──彼女の口から再度、説明が行われた。


「説明をする前に、ウチの自己紹介をしとくわ。蘭豹っちゅうモンや。ここ、東京武偵校の強襲科の顧問をやっとる。場合によっちゃ、この中で面識を持つヤツもおるんやろな。……まぁ、そんなことはええ。再度、ルール確認を行う」


蘭豹の口から紡がれていく言葉は、事前に聞いていた通り。それを不備がないか頭の中で整理していく。
試験形態は、バトルロワイヤル。目で捕捉した全員を倒せば良い。

徒手格闘(CQC)及び銃剣類を主とする。実弾は使用不可能。背中が地面につくか投了の何れかで敗北。
この後は各々割り振られた階層に移動し、試験開始のブザーを合図として動け──とのことである。

キンジにお前は何処の階層だと聞いてみれば、どうやら20階らしい。最上階だ。


「せいぜい頑張れよー。個人的には、お前とも闘いたいと思ってるんだからな」
「止めろ彩斗、胃が痛くなる」


そんな短い会話を終えたところで、俺は武器を確認しながら目的の階層へと向かう。

ベレッタM93R、マニアゴナイフ、先祖から譲り受けた日本刀──『大刀契(だいとうけい)《緋想》』。
無機質な靴音を響かせて、俺は高鳴る鼓動を抑えつつ配置を完了した。


『それでは、CQC形態バトルロワイヤル──始めッ!!』


蘭豹の声が、ノイズ混じりの放送で一帯に響き渡った。

 
 

 
後書き
皆様、初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。彩椰と申します。

かなり長い(無断)休載期間を経て、ようやく私はこの地に戻って参りました。皆様どうもお久しぶりです。(2度目)

緋アリ前作と比べても分かる通り、格段に文章力は向上しております。まぁ、前作は素人(以前の私)が書いた処女作ですので。

紆余曲折を経て、こうして連載開始と相成ったワケですが──実は、今作。前作の如月彩斗くんを、このまま引き継いでいきました。 言うなれば、前作の改稿版です。

……いやもう、我が子が可愛い。アリアも可愛い。
そんな私の想いを、この《二重奏》という作品から読み取っていただければと思います。

是非とも、評価や感想をお待ちしております。気が向いた方はいれてくださいな。原動力になります。(笑)
それでは、次回をお楽しみに! 

 

二重奏の前奏曲 Ⅱ

『それでは、CQC形態バトルロワイヤル──始めッ!!』







さて──とベレッタを抜きながら、傍から見れば執拗なまでに──辺りを確認する。早速、悲鳴やら怒号やらが聞こえてきた。
噂には聞いてはいたが、やはりロクな人間がいないようだ。
かといって、こんな学校に進学したいという俺も俺なのだが。

はぁ……と一息つく暇もなく、右側から足音が響いてくる。コンクリート製の建物故に、物音は反響しやすいのだ。
しかし、足音を消さずに来るとは……余程の素人なのか。武偵中学生と言えど、それくらいは教わってそうなモノだが。


──視線を向ける。


ナイフ片手に駆けてくるのは、1人の男子生徒。見るからに体格もよく、徒手格闘ではこちらが不利だろう。
少しでも間合いをとるため、俺はクイックドローしたベレッタの引き金を引き、9ミリ弾(ルガー)を彼の足元へ撃ち込む。

それは予測済みだったのか、着弾する前に身体の軸の向きを変えて避けたソイツは、持てるだけの脚力を存分に発揮して──


「っ、はぁっ!!」


──俺の足元から、逆袈裟にサバイバルナイフを振りかぶる。当たれば御の字、避けられても捨て身の連続攻撃、といったところか。

勿論、そう簡単に当たってやるワケにはいかないな。俺だって入学しようと必死なんだから。
少なくとも、足音すら消さない武偵に負けてたまるか──!

振りかぶられたナイフの持ち手を足場に、俺は渾身の月面宙返り(サマーソルト)を放ってやる。
爪先に鈍い感触を感じるのも一瞬、着地して体勢を整えた俺の眼前には、脳震盪を起こして気絶していた男子生徒がいた。

背中がついているので、試験官の元に従えば、失格である。
そうしている間にも、あちこちで叫び声が聞こえてくる。まだまだ先は長そうだ。







──9階層。俺は何とか、ここに来るまでの間に出会った人間を倒しきることが出来た。
それほど強い、というワケではないのだが……全員何かしらの弱点や隙があり、ここまで来れたのはそれを上手く利用させてもらったおかげだ。

階層を制覇した人間なのに、この程度の力量か──と疑問に思うほどには。
そんな疑問を頭の片隅に置きながら、俺は忍び足(スニーキング)で金属製の階段を上り、10階層への移動を試みる。

出入口付近まで来た時、俺はマニアゴナイフを取り出した。
武器、というのもあるが──刀身を鏡にして、周囲の状況を確認することが出来るこの武器は、非常に使い勝手が良い。

片手にはベレッタ。片手にはナイフ。これが今の俺が出来る最善且つ、最強の対近接攻撃手段である。
武偵中で培った知識を反芻しつつ、俺は背を壁に預けて刀身を鏡にし、息を潜めながらそっと先の様子を窺った。


(誰か……居るな)


澄んだ光の中にしっかりと視認出来たソイツの後ろ姿は、大男と形容すべきか。
最初の男とは似もつかない、正真正銘の大男。これは──少しばかり、手強いかもしれないぞ。

ソイツは何かを感じ取ったのか、身体をこちらに向け──足音を殺して歩いてくる。
咄嗟にナイフを引っ込めたが、これは……見られたか?

足音こそ聞こえないものの、その気配はだんだん大きくなっていく。それはさながら獰猛な肉食獣のようで、扱いを間違えれば一瞬で終わる。そんな相手だ。


「──いるんだろ。コソコソ隠れてないでさっさと出てこい」


一帯に響き渡る、唸り声の如く低い声。声の反響から考えると、相対して5メートルといったところか。
にしても……バレてる、とはな。今の今まで奇襲攻撃を掛けた時は、バレることなんてなかったのに。


「……そう、簡単にはいかないか」


そう嘆息して、俺は警戒は怠らないまま、ベレッタとマニアゴナイフを構えながら室内へと飛び出す。
彼の大男を視界に入れた瞬間、張り詰めた空気が一帯を包み込むような気がした。
これは……威圧感、と形容すればいいのか。手強そうなことには変わりない。そうだと直感が告げている。


「……ほう」


何やら関心したように呟きを漏らした大男だが、コイツ──見るからに俺たちと同年代ではないぞ。20、いや、30代後半と言ったところか。

となると、コイツは試験官の1人と考えるのが賢明。陰から動向を窺っていた、ということか……!
何故だろうか──と訝しみ、その旨を端的に告げてみせれば、試験官から返ってきたのは、酷く抽象的な語。


「……言えることは、ただ1つ。『選別』。それだけだ」


選別──? と俺が眉間に皺を寄せた、その時。
ヤツは宣言すら無しに大男さながらの脚力でこちらの懐まで飛び込み、そのまま鳩尾に掌底を叩き込むモーションへと移行していく。

それも一瞬のことで、反応すら出来なかった俺は、それをモロに喰らい──数メートル後ろまで吹っ飛ばされていく。


「……っ、かはっ……!」


受け身すらとれずに壁に打ち付けられた俺は、即座に身の安全を確認する。骨折や内臓損傷の有無。このままで闘えるのか──という、判断材料を得る為に。

その是非を確定してみせれば、身体は朦朧とする意識の中でよろめきながらも立ち上がり、慣れた手つきでナイフを仕舞ってから、日本刀──《緋想》──を抜いた。


──刹那、俺が感じている全てが、まるで《緋想》の刀身の如く明瞭に感じられた。
研ぎ澄まされた、視覚、聴覚、嗅覚。一点の汚れもない、酷すぎるほどに澄んだ世界。

『明鏡止水』と呼んでいる俺だけの世界は、《緋想》によって創られたモノだ。
……否。《緋想》をトリガーとして、という方が正解か。


大男は訝しげな表情を見せつつも、そのまま1歩のみで俺の懐へと潜り込む。動体視力が捉えた大男は、中国武術の発勁(はっけい)の構えをとった。


──流石に、速いな。


そう嘆息した瞬きの刹那、視界は明瞭なスーパースローの世界へと変わっていく。
《明鏡止水》だから成し得る、俺だけの世界。止水、或いは緩りと流れゆく流水の如く、時は流れていく。

瞬時にベレッタを収めた俺は、逆手で《緋想》を薙ぎつつ、最初のようにヤツの手を踏み台にして、月面宙返りを叩き込む。

しかし、それが反応出来ないワケじゃないだろう。腐っても武偵校の職員。《《普段の》》俺なんかが余裕で勝てるような相手じゃないハズだ。


──それは普段の俺なら、の話なのだが。


そして予想通りに事は進み、蹴り上げようとしていた足は片手で受け止められる。横薙ぎに振るった《緋想》も、手の動きそのものを止められた。


「……この程度か」


宙吊りの姿勢を余儀なくされた俺は、勝ち誇ったように呟く男目掛け、内心で「それは何方(どっち)の台詞なんだろうね?」とほくそ笑んでから──


……刹那。響き渡るは、轟音と聞き間違わんばかりの、反響音。
持てるべく脚力を存分に発揮した成果であり、彼の者を屠るべき一撃であり、そして何より、《明鏡止水》の恩恵でもあり。


──天井を踏み台にし、大男の額目がけて……脳震盪で済むほどに威力を落とした発勁(はっけい)を叩き込んだ。
驚愕に目を見開いた大男の顔が面白くて堪らない。

直後、その巨漢がグラリと後ろ向きに傾く。緩んだ足の感触を振り払い、俺は一回転して着地した。
鈍い音が響き、床が僅かに揺れる。埃がそと、舞い上がった。

油断大敵とはコレだろうな──と安堵したのも束の間に、3連バーストの銃撃音を《明鏡止水》の聴覚が捉えた。

恐らく、横薙ぎに、俺の頭部を狙った射撃。容赦ないヤツだ ──と思いながら、クイックドローしたベレッタの銃弾とあちらの銃弾を、持てるべく動体視力を利用して相殺する。

1つにも聞こえそうな3つの金属音は互いに跳ね返り、床や壁へと新たな傷を付けていく。
《緋想》とベレッタを構え、俺は視線をそちらに向けた。


「……ご親友のお出ましか。ご苦労さま」







俺と目が合うやいやな、口角を上げて笑う彩斗。
それは先程まで見た笑みとは僅かに違く、しかし、俺だからこそ理解出来たモノ。

なっている……のか。アレに。あの世界に。彩斗が手にしている日本刀──《緋想》──が、それを暗に物語っている。


「本当にお前と手合わせることになるとはな。ここまで来て言うことでもないが……出来れば、お前とやり合いたくない。《緋想》を抜いたお前は──《明鏡止水》だろ?」
「その言葉、そっくり返していいか? ……普段のお前が最上階からここまで来れるとは考え難いな。
そして、頭部への正確な射撃。あれが出来る今のお前は──HSSに他ならない。
……どうやら、筆記試験後に廊下で出会った時からなっていたみたいだが」


微笑を湛えて問う彩斗は、俺の違いに気が付いたらしく。
しかし、それは俺だって同じこと。だからこそ──やり合いたくないのだ。《明鏡止水》である、彩斗を相手に。

……というか、普段の俺の言われようが酷いな。確かにそれほど強くはないが。

HSS──正式名称、ヒステリア・サヴァン・シンドローム。
これこそが俺が持つ特異体質で、所謂、遺伝系の精神疾患だ。
性的興奮をトリガーとして発動され、それと同時に脳内のβエンドルフィンが過剰分泌されることにより……常人の凡そ30倍の身体能力を引き出すことが出来る。

つまり、意図して行ったというワケではないにしろ──《《そういうこと》》は起こってしまったのだ。不幸にも。
対して彩斗の《明鏡止水》は、《緋想》を抜刀した時のみ発動される。

《緋想》は妖刀と呼ばれる中でも封印刀の一種であり、ソレが抜刀された時は、《明鏡止水》の発動と彩斗自身が持つ《《超能力》》の増強を意味するのだ。

曰く、陰陽術。彩斗の始祖である安倍晴明から代々と業を継ぎ、大成されてきた超能力の一種。
ただでさえ桁違いな能力を持つというのに、その威力が更に跳ね上がったワケだ。

何度もソレを目にしてきている俺からすれば、相手にはしたくない。絶対に。


「安心しろ、キンジ。今のお前なら──Sランク合格は確実だ。だから存分に負けていいぞ」
「待て。何で闘う前提で話を進めてるんだ、お前は」


特段、《明鏡止水》だから好戦的というワケでもない。普段から好戦的なワケでもない。
……これはつまり、彩斗なりの冗談。軽口ということだ。

安堵しつつ天井を仰ぎ見た時、キラリと光を反射する何かが視界の端で姿を見せた。
あぁ──やっぱり、闘わなくちゃならないかもな。嫌でも。
俺はそれらを指さし、彩斗へと告げる。


「なぁ、気付いてるか? 一帯に配置された監視カメラの数々だ。恐らくだが……あれで監視してるんだろうな、俺たちのことを。レプリカかもしれないが」
「……ふぅん。力量があっても、態度によっては不合格ってことも有り得るのか。じゃ──始めようかな」


天井を見渡しながら軽い口調でベレッタを構えた彩斗は、間髪入れずに俺の頭部目掛けて発砲した。

それをHSSの動体視力によって上体を反らすことで避け、起き上がった反動でフルオート射撃をお見舞いしてやろうと思ったのだが──どうやら、俺の思い通りにはいかないらしい。

いつの間にか肉薄し、背を屈めた彩斗は、《緋想》を逆袈裟に振りかぶってくる。「身体を起こしたら斬るぞ──」と言わんばかりに。

仕方なくそれをバク宙で避け、当たれば御の字と顎目掛けて蹴りを放つ。感触が感じられないことを確認しながら着地した俺は、銃口を防弾制服へと向けて──引き金を引いた。

銃弾は右螺旋状に回転し、超速ともいえる速さで飛来していく。
彩斗はそれを《緋想》で一刀両断にすると、再度、俺の元へと肉薄してくる。

……くっそ、銃弾を一瞬で真っ二つにするなんて──どんだけ斬れ味いいんだよ、あの刀っ!!

胸中でそうボヤキつつ、俺はバタフライナイフを開き、振りかぶられる刀と交差させるように刀身を当てた。火花が激しく散り、鍔迫り合いになる。
そして互いに起こす行動は、1つ。


──焚かれたマズルフラッシュは、ほんの一瞬で。


銃口から放たれていく銃弾は、全て彩斗の頭部目掛けて飛来していく。俺の方が、僅かの差で発砲するのが早かったのだ。
しかし、これは──どうやって対処する? 避けようがないぞ。

そんな俺の期待と不安半々、彩斗は視線を銃弾に固定したまま、術を発動するための範囲を《《指定》》し、直後、眼前に《《境界》》を展開した。

発動の直前は視線が固定されると知ってはいても、中々に対応しにくいのだ。

これは、時空間移動術の一種。あの境界は時空を繋ぐ働きを持っているらしく、物体の移動手段として最適なのだと──彩斗が言っていた。

しかも、物体にかかったエネルギーは潰えることがないのだから、今回に至っては恨めしい。

瞼のような形をして展開されたそれは、銃口から放たれた銃弾を吸い込んでいく。
それを確認した彩斗は、静かに瞬きをして境界を閉じ──


「……こんなモンだな」


呟いた彩斗は俺と距離をとりながら腕を掲げ、自身の背後に扇状の境界を展開させた。そこから放たれていくのは、俺が先程発砲した、銃弾。

彩斗はそれを己がモノにし、攻撃手段へと変えたのだ。
俺の身体スレスレを通過していった銃弾は、壁にめり込み、傷痕では済まない弾痕を残していく。

コンクリートを抉る音が止んだ時、試験終了を知らせるブザーの音が、一帯に鳴り響いた。







・如月彩斗:強襲科入試試験、Sランク合格
・遠山キンジ:強襲科入試試験、Sランク合格
 
 

 
後書き
本作がお気に召されたのなら、是非とも評価等を宜しくお願い致します。m(_ _)m 

 

災厄の前兆

──ピン、ポーン……。

朝食を作っている俺──如月彩斗(きさらぎあやと)──の耳に、慎ましいチャイムの音が届いた。チラリ、と壁掛け時計を見れば、時刻は7時を回っている。

こんな早い時間に来客とは、誰だ? ──と思案する俺の脳内で思い当たる節は、たった1つ。

ガスコンロの火を消してから、即座に眼前に展開させた《《境界》》で玄関まで移動し、扉の先に待っているであろう少女の姿を想像しながら、俺は扉を開いた。

無機質な金属音が鳴り響いた後、東京武偵校の制服に身を包んだその少女と目が合った。
そんな彼女は俺を見るなり、小さく笑みをたたえて、


「あっ、あっくん。おはようございます。キンちゃんは……まだ寝てるのかな?」
「あぁ、おはよう、白雪。キンジならまだ寝てるが……起こしてきた方がいいか?」
「そう、だね。お願いします」


ペコリ、と深くお辞儀をした黒髪ロングの彼女、星伽白雪は──俺の同居人、遠山キンジの幼馴染だ。『あっくん』こと俺とも多少の面識があり、こうやって話をすることもしばしば。

実家は青森にある神社らしく、それ故に、彼女の巫女装束を目にすることもある。
何でも、武装巫女──との話も小耳に挟んだことがあるな。

そんな彼女が手にしているのは、何かを包んでいる風呂敷。
それがキンジへの要件に関係しているのか、と問えば、白雪は少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、


「えっと、ねぇ……お御飯、作ってきたの」
「……お御飯、を?」
「そうっ! 最近、2人にお料理とかしてあげられなかったから。これから武偵校の始業式だし、年度の始めのお祝いにも良いかなぁっ? って思ったの」
「そりゃ、さっさとキンジを起こしてこないとな。ちょっと待っててくれ」


白雪にそう言い残し、俺は玄関に1番近い部屋──キンジの寝室へと、ノックも無しに入り込む。我ながら無粋だと思ったが、いつものことだ。

そのままベットで気持ち良さそうな寝息をたてながら寝ているキンジの腹部目掛け、1拍呼吸をおいてから、俺は渾身の踵落とし蹴りを放った。

「ガハッ……!!」と驚愕と痛みに目を見開いたキンジを一瞥した俺は、玄関の方を指差して、


「さっさと起きろ。来てるぞ、お前の幼馴染」
「だから、って……踵落とし蹴りはない、だろ…………!!」
「十中八九、お前目当ての幼馴染が来たのに起きなかったお前が悪い。致し方なし、の制裁を加えてあげたのだよ」


ベットの上で悶え苦しんでいるキンジを横目に、俺は「さっさと行けよー」と廊下に出てから、事の一部始終を聞いていたであろう白雪に向かって、


「……悪いな、あとできっちりと説教しておくから。取り敢えずは上がってくれ」


入れ違いになるようにすれ違ったキンジにも聞こえるように、そう告げた。







結局、俺たちは白雪が持ってきた『お御飯』を食べることになり、俺が途中まで作っていた朝食は、余り物として保存されることとなった。

リビングのテーブルに所狭しと並べられた、豪華に彩られている重箱は──白雪が作ったとは人目で分かるものの、流石に朝食のレベルではない。

……待って。何で伊勢海老とタラバ蟹がメインで入ってるの。というかその他も高級食材ばっかじゃん。流石にこれを朝食として食べるのは惜しい気がする。
──という感情はキンジも同じらしく、


「……いいのか、これ。本当に食べちゃって」
「勿論ですっ。そのために作ったんだよ?」
「悪いな、白雪。ありがとう」
「そんな……えへへー」


2人は俺をそっちのけで幼馴染ワールドを展開している。
……くそぅ。どうせ俺は幼馴染すらも居ない非リアボッチですよ。はいはい。貴方たちお二人はご自由に幼馴染ワールドでも展開しやがっててください。

──などと胸中で毒吐きながら、俺は朝食を続けつつ、2人をそっちのけでテレビを付ける。

コメンテーターと映像と共に音声として発されてきた内容は、先日に起きた『武偵殺し』に関してのモノだ。現在進行形で、その説明が行われている。


『そもそも武偵殺しというのはですね……その名前からも分かる通り、武偵をターゲットにするんです。民間人を狙わず、武偵を。言わば、武偵に限られた無差別事件ですね。

で、その内容なんですが──極めて悪質なモノです。武偵が所有している車両などに爆弾を仕掛け、自由を拘束した挙句、短機関銃付きのラジコンヘリで追い回し、最終的には海に突き落とすというモノなんですよ。どうです、これ。信じられないでしょう。

といっても、既に逮捕は行われたので──』


武偵庁の人間だというコメンテーターは、怒りを露わにといった感じで、説明を続けていく。
そして、最後には──『極めて許し難い。法に則って処置を』と発言した。

……ふむ。この人が怒るのも無理はないな。同業者が狙われてるのを、そう簡単に看過できないということだ。
現に、武偵校でも『武偵殺し』の模倣犯には気を付けろ、との注意喚起が行われているのだから。見過ごせる内容ではない。

そんな武偵生活の先行きが不安になってきたところで、朝食を食べ終えた俺は席を立つ。


「白雪。ご飯、美味しかったよ。ありがとう」
「どういたしまして。あと……2人とも、気を付けてね。武偵殺しの模倣犯」


俺とキンジを交互に見渡して心配そうに告げる白雪だが、俺としては彼女の方が心配だ。
何しろ女なのだし、狙われる可能性は十二分にある。

それを分かっていて、尚更俺たちの心配をしてくれるあたり……優しいな。この子は。


「いい幼馴染を持ったな、キンジは。白雪は将来有望だぞ」
「何のだ、何の」
「さぁね?」


不思議そうに首を傾げるキンジを横目に、俺は自室に行き、登校の準備をする。

原則である防弾・防刃制服を着用し、愛銃のベレッタM93Rと、父親の形見のデザートイーグルを、予備弾倉があるかを確認してから帯銃した。マニアゴナイフも装着しておく。

そして、先祖代々と受け継いできた──大刀契《緋想》──を背中に帯刀する。
この刀は、俺の母方の始祖、安倍晴明が打ったとされる刀で、所謂……妖刀、というモノだ。

ただでさえ凶悪的な斬れ味を持つこの刀だが、所有者によって、発動される能力が変わるらしい。それも、始祖の血を引いている者しか適応されないのである。

俺の場合は、《明鏡止水》。止水の如く(スローモーションの)世界が、俺だけに適応される。
まぁ、そんな能力も……悲しいかな。使い所はほぼ無いのだ。大抵は銃で事足りるし。

そんなこんなで準備に数十分を要し、登校まで残り数分というところだ。白雪が扉からひょこりと顔を覗かせてきて、「行ってきます。あっくんも気を付けてね」と挨拶して、武偵校へと向かったのは。


「……さて」


俺もさっさと行くか──と思いながら、カバンを持ち、リビングに居るキンジのところへ向かう。
ちょうどキンジも準備が終わったところらしく、制服のジャケットを羽織っていた。


「キンジ、行くぞ。バスの時間に間に合わなく──」
「……どうした、彩斗」


腕時計を見ながらそう呟けば、文字盤が指し示していたのは、7時58分。バスの発車時刻より、1分遅れているのだ。
キンジもそれを察したのだろう。壁掛け時計を一瞥し、そして、自分の着けている腕時計の文字盤を凝視した。


「……遅れた、のか?」
That Right(その通り)、だな」
「「…………」」


いや、何だよこの沈黙。現実を受け止めろよ。
というワケにもいかず、俺は思考を変える。そう、ポジティブ思考に。

人間って現実に向き合えない時って現実逃避とかポジティブ思考になるらしいな。
例によって、今回もソレである。


「……まぁ、別にいいじゃん。お前だって長ったらしい始業式に参加したくないだろ? だから、敢えて境界も使わないことにする」
「それは……そうだが」
「よし、決まりだな」


ということで、俺たちは初日から──ゆったりのんびりスローライフ登校をすることにした。教師からの評価は論外だ。
 
 

 
後書き
──運命の歯車は、廻り出す。

(宜しければ、お気に入りや評価等宜しくお願い致します。歓喜乱舞してタンスの角に小指をぶつけた後、モチベが上がります) 

 

最悪と災厄

もはや慌てる気など一切ない俺たちは、自転車に乗りながらたわいもない話をしつつ──武偵校までの道を進んでいく。

俺たちの居住地、第3男子寮から自転車を走らせ、近所のコンビニやレンタルビデオ屋の前を通っていく。
台場のモノレール駅の下をくぐり、その向こうに見えたのは、東京湾と数々のビル群。

俺たちの通っている高校、武偵高は──レインボーブリッジの南に浮かぶ南北およそ2km、東西500mの人工浮島(メガフロート)の上にある。

学園島と称されたこの人工浮島は、武装探偵──通称、『武偵』を育成する総合教育機関だ。

武偵とは凶悪化する犯罪に対抗して新設された国際資格で、武偵免許を持っている者ならば武装を許可され、逮捕権を有するなど警察に準ずる活動が出来る。

ただし警察と違うのは、金で動くことだ。金さえもらえれば、武偵法の許す範囲内なら何をしてもいい。
荒っぽい仕事でも、下らない仕事でも、な。言い方を変えるならば、『便利屋』だ。 武偵は。
 
そして、この東京武偵高には一般科目(ノルマーレ)に加え、武偵活動に関わる科目を履修できる。

専門科目にもいろいろあるが、今、横を通りすぎたのが探偵科(インケスタ)。主に古式ゆかしい探偵術や推理学を学ぶ科目で、キンジが在籍している。

その向こうに通信科(コネクト)鑑識科(レピア)強襲科(アサルト)がある。
武偵校でも悪名高き強襲科こそ、俺が在籍している科だ。
 
しばらくして通信科の学科棟が見えてきたところで、不意に、後ろから声が聞こえてきた。
抑揚の無い、機械音声と形容すればいいのか。所謂、ボイスロイドというヤツで。


『その チャリ には 爆弾が 仕掛けて あり やがります』


爆弾とは、これまた面白いジョークだ。このご時世、爆弾なんて手に入れられるのは、武偵や警察くらい──。
馬鹿げたヤツだと後ろを振り返ってみれば、そこに居たのは、


「おい、キンジ。何だあれ」
「UZIが付いてる……セグウェイ、か? ついてきてるな」


俺の問い掛けにキンジは後ろを振り返ると、その声の主であるセグウェイを視界に入れた。無人ではあるが、俺たちの後ろに控えるようについてきている。

……恐らく、電波操作というヤツだろうか。となると、通信科関係の仕業に思えるな。

そして、キンジが言った通り、無人セグウェイの人が乗るべき場所にはUZIが取付けられており、小型スピーカーも見受けられる。それが2基、追いかけてくるのだ。


『チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります』


……明らかに、通信科の悪戯の類だとは考えにくいな。セグウェイだけならまだしも、UZIを取付けるあたり──殺意しか感じない。

そもそもUZIというのはイスラエルIMI社の傑作品と言われており、秒間に10発もの銃弾を発射できる、かなり集弾性が高い、近距離特化の短機関銃。モロに喰らえば、蜂の巣人間の出来上がりだ。


「何の……悪戯だよ、これッ!」
「怒鳴り散らしても無駄だ、キンジ。仮にも元強襲科の武偵なら、冷静に対処しろっ」
「冷静に、って……どうしろってんだよ。何か策でもあるのか?」


冷や汗を拭いつつペダルを漕ぐキンジを横目に、「生憎、策は無いんだが──」と告げ、


「──サドルの裏、触ってみろ。……分かるか? プラスチック製のケースだとは思うが、恐らくは爆弾だろうな。ご丁寧なことに、両方の自転車に付けられてる。このセグウェイと爆弾とを結びつければ、武偵殺しの模倣犯と考えるのが賢明だな」
「チャリジャック、ってことかよっ……!」
「ご名答。まさかこうやってお目にかかるとは思ってなかったけどな。あー、面白いわ」


「笑ってる場合じゃねぇだろっ!!」といったキンジの怒号を受け流しつつ、俺は解決策を脳内に巡らせていく。
その中から最も確実なモノを選び、シミュレーションを試みている、途中。唐突にキンジが虚空を指差し、何事かを叫び出した。


「彩斗、あれ見ろ! あそこの──武偵校の女子寮の屋上だッ」
「んー……。ピンクツインテの女の子だな。見たことないが」


細めた俺の目に飛び込んできたのは、女子寮の屋上に居る、1人の女の子。その縁に足を掛けた彼女は、どうやらあの高さから飛び降りようとしているらしい。

直後、ウサギみたいにツインテールをなびかせて虚空に身を踊らせたその女の子は、ファサーッ──と、滞空準備させてあったらしいパラグライダーを空に広げていった。

そしてツインテールをなびかせ、あろうことか……こっちに向かって降下してきたのだ。
 

「バッ、バカ! 来るな! この自転車には爆弾が──」

 
キンジが必死に怒鳴るが、間に合わない。というのも、女の子の滑空速度が異様に速かったからだ。
……上手く気流をコントロール出来てるな。強襲科の人間か?

女の子は、ぐりん。とブランコみたいに体を揺らしてL字に方向転換したかと思うと、右・左と大型拳銃──コルト・ガバメントか──を抜いた。
そして俺たちに視線を寄越したかと思えば、

 
「ほら、そこのバカ共! さっさと頭を下げなさいよ!」
 

──バリバリバリバリッ!!

 
俺達が頭を下げるより早く、問答無用で2基のセグウェイを銃撃した。
.45ACP弾が頭の上スレスレを通過していくが、彼女はそれが俺の脳天に当たっていたらどうするつもりだったのだろうか。

生命の危機を直に感じたところで、俺は後ろを振り返る。
どうやら1基は破壊出来たようだが、もう1基はまだ追いかけてきていた。
 
……としても、拳銃の平均交戦距離は7mと言われている。だが、女の子とセグウェイの距離はその倍以上あった。

気流を上手く捉えているとはいえ、不安定なパラグライダーから、おまけに2丁拳銃の水平撃ち。
2丁拳銃は俺も出来るが、パラグライダーからの銃撃は予想してはいなかった。

……端的に言って、上手い。なんて射撃の腕だ。あんなのが、うちの学校にいたのか?
強襲科の人間と予想したはいいものの、俺の記憶が正しければ、見たことは無い。ハズだ。
 
くるっ、くるくるっ。と、2丁拳銃を回してホルスターに収めた女の子は、今度は、ひらり。お尻を振り子みたいにして険しい顔のまま飛んでくる。

そして数瞬、俺とキンジを見て迷ったような顔をした。
……あぁ、なるほど。分かった。この女の子が何をしようとしているか。

救助(セーブ)、だな。ただ、いっぺんに2人は助けられないらしい。
そんな意図を読むことができた俺は、虚空に浮遊している女の子目掛け、大声で叫ぶ。


「おい、そこのお前っ! 俺のことは心配しなくていいから、隣のやつを救助しろ!」
 

そう言うと、女の子は少し困ったような表情を見せたが、キンジを救助するほうに決めたらしい。
それと同時に、そのツリ目がかった赤紫色(カメリア)の瞳で睨んできた。恐らく、『死ぬな』的なアイコンタクトだろうか。

……なら、それに応えてやろう。僅か数十年で人生終わらせてたまるか。

キンジと女の子が某国民的アニメのワンシーンのような体勢になっているのを目視した俺は、「アニメみたいなことってあるんだな……」と誰にともなく呟く。

そして自転車をフルスピードで漕ぎ、それと同時に、眼前に視線を固定させ、境界を展開させる。

縦長に展開されたソレが結んだ先は、先程の道路とは打って変わって、あろうことか……武偵校の校門前だった。
チラリと後ろを見ると、本来振り払うべきだったセグウェイは未だについてきている。

場所を指定する余裕が無いとはいえ、流石にここでUZI搭載セグウェイを相手にするとは。何かの間違いで損害賠償請求されないかな。大丈夫だよね。

なんて、今すべきではない心配を出来るくらいには……余裕はある。解決策も見つかった。

すぐさまソレを実行するため、俺はグラウンド入口に差し掛かったところで自転車を飛び降り、グラウンド内へと力の限りブン投げる。

僅か数秒で爆破した自転車は木っ端微塵になり、その破片がこちらに飛び散ってくるが──俺としては、好都合。

後ろを振り返った時に分かったのだが、どうやらあのセグウェイは、電波操作だけでなく……温度・物体移動センサーによっても、対象の動きを把握しているらしい。

何処かで見たような機械が搭載されていると思ったら、以前、装備科(アムド)で見せてもらったのを思い出した。

──だから。自転車が爆破したことにより、爆破された自転車の周辺は温度が急上昇する。オマケに、破片も沢山飛び散っている、ときた。

なら、俺の読み通りなら。セグウェイは方向転換をし、対象は俺ではなく、木っ端微塵になっている自転車へと向けるワケだ。


──バリバリバリバリバリバリバリバリッッッ!!!


まるで狂ったように自転車へと銃弾を浴びせ続けるセグウェイ目掛けて、俺はホルスターから抜いたデザートイーグルの照準を定め、しっかりと腕を固定してから、静かにトリガーを引く。

轟音と凄まじい反動と共に.44マグナム弾は、真っ直ぐセグウェイへと飛来していき、その中枢部を破壊した。これで、使い物にならなくなるハズだ。

……と安堵したのも束の間に、今度は俺の周囲を8台のセグウェイが何処からともなく現れては囲み、動作を揃えて銃口を向けてくる。


(ヤバいっ……!)


冷や汗が頬を伝うが、それと同時に、俺は背中に装着していた鞘から、大刀契──《緋想》──を抜刀した。

──刹那。視界は俺以外を除いて、スーパースローの世界になる。まるで止水の如く時が流れていくこの世界は、《明鏡止水》と呼んでいるモノだ。

これは《緋想》によって創られたモノだが、そもそも《緋想》は俺の始祖、世界最強の陰陽師として名高い安倍晴明が緋緋色金を媒体として打ったとされる刀。所謂、妖刀だ。

清明の打つ妖刀は使用者の()を吸収し、それを能力として具現化させる。
それが、俺の場合は《明鏡止水》として表れた。言わば、時空間系の能力だ。

更にこの刀は始祖の血を引く者しか扱えず、それ以外の人間が使っても、ただの斬れ味のいい日本刀にすぎない。

そんな世界の中で、俺は視線だけを動かして周囲を見渡す。セグウェイは全て、俺の頭部へと照準を定めていた。
……勿論、殺す気は万々なのだろう。ならば、俺とて抗う他ない。

スーパースローとはいえ、それなりの速さで迫り来る銃弾を、俺は《緋想》で一刀両断にする。累乗された弾片は互いに跳弾し、地に落ち、或いは、床を抉っていった。

銃弾が俺に当たっていないことを確認したセグウェイは、再度、弾幕の如く銃弾を浴びせてくる。

それを視認した俺は、くるりと一回転し、同時に、虚空へと手を翳していく。
範囲が指定された境界は、手を翳したところに展開され──銃弾を飲み込んでいった。

静かに閉じられたソレは、俺が腕を掲げるモーションの後、セグウェイの死角である背後に開かれた。
センサーの探知範囲外なのか、セグウェイの銃口が俺から逸れることはなかった。


──ズガガガガガンッ!!!


無論、反応することなど叶わない。
使い物にならなくなったセグウェイ内部にまで銃弾は達し、8基の乗り物はただのガラクタと化した。 

それらを一瞥してから俺は銃と刀を仕舞い、ケータイで武偵校の裏サイトにログインしてから──装備科、鑑識科、探偵科などの後処理をやってくれそうな学科に、匿名でその旨を送っておいた。

開いたケータイを閉じ、「……さて」と呟く。
辺りを見渡せば、嫌に閑散としたグラウンド。


──例の女の子とキンジは、何処に行ったのだろうか。

 
 

 
後書き
今回もお読みいただきありがとうございました。宜しければ、お気に入りや評価等お待ちしております。( *¯ ꒳¯*) 

 

神崎・H・アリア

「──とりあえず、キンジのとこか」
 

そう呟いた俺は、どこらへんに吹っ飛んでいったっけ──と辺りを見渡す。
派手な自転車の爆発は見たんだけど、その後、何処に飛ばされていったかまでは正直見えてなかった。

……まぁ、開けた場所なのだから、すぐに分かるハズだ。

そう思いつつキョロキョロと辺りを見渡すと、体育倉庫付近の木に女の子が使ったと思しきパラシュートが引っかかっていた。
その軌道から類推するに、どうやら爆風で体育倉庫内へと吹っ飛んでいったらしい。例の格好で。

数十メートルの距離があるそこまで俺は駆けつつ、倉庫内の様子を窺う。見たところ、かなり物が散乱しているようだ。

やはり変わった高校だとは俺含めほぼ全員が自負しているが、普段は流石にここまでの惨状にはならない。やはり、2人はここに吹っ飛んでいったらしいな。

途中にあった、ひしゃげたトタンとバラバラになったセグウェイ、そして散乱している空薬莢を横目に、俺は倉庫内へと歩を進めていく。

陽が差し込んだ倉庫内には、小さな人影が見えるが……どうやら、1人だけらしい。キンジの姿はなく、代わりにあの女の子がいるだけだった。
 
弾痕だらけのコンクリの床を、静かに進んでいく。その足音で俺に気が付いたらしい女の子は、ツリ目がかった赤紫色(カメリア)の瞳で俺を睨み付けた。

──そして、開口一番。耳に届くはアニメ声。

 
「……アンタ、あの強猥男の知り合い?」

 
それが初対面の人にかける言葉ですか。
 

「そうだが……。キンジに何かされたのか?」
「強制猥褻された。あとで起訴してやるわよ」

 
その女の子──名札を見る限り、神崎・H・アリアっていうのか──は、何やら不機嫌そうに呟き、手にしていたガバメントの弾倉を再装填する。

……それにしても、キンジが強猥? 有り得ないな。少なくとも──


「こんな小学生相手に……?」


そう俺が呟くやいやな、アリアはピクン、と口の端をひくつかせながら、明らかに作り笑いともとれる笑みで、問う。
「……もう1度、言ってご覧なさい?」と。

……え、何。なにか俺ヤバいこと言った? もしかして地雷を踏んでしまったのか?

自分の発言を思い返してみるが、アリアの逆鱗に触れたのだとしたら──さっきの小学生発言しかないだろう。
きっと、見た目より小さく見られたのが気に触ったのか。そうか、そういう年頃だもんな。


「……悪いな、アリア。インターンで入ってきた小学生と誤解して。なんだ、中等部の子なら、そう言ってくれれば──」


──良かったのに。
そう言う暇さえ与えず、アリアは2丁拳銃のガバメントを抜き、バギュギュン!! と俺の足元目がけて発砲してきた。
そして、俺が予知していなかった一言を、放つ。


「アタシは……高2だっ!!」


怒号とも呼べる叫び声が、倉庫内に響き渡った。
にわかにも信じ難いその言葉を理解するのに数秒を要した俺は、それを脳で処理すると同時、呆れ声で告げる。


「……アリア。いくら大人っぽく見られたいからってな。流石にそれは無理があると思うぞ」
Do you want to be killed?(殺されたい?)


即座にガバメントの照準を俺の頭に定めたアリアは、意図せずか意図してか、英語で『殺されたいの?』と裏の人格さえ感じさせる笑みで威嚇してきた。

……どこか肉食動物のような威圧感を感じるな。この子には。

ここで銃を抜き返してもいいんだが、何より無駄な騒動は起こしたくはない。ただでさえ、さっきのチャリジャックで教務科には連絡がいっているハズなんだ。これ以上は面倒事を増やしたくない。


「……悪かった。だから、その物騒な銃を仕舞ってくれ」
「……やだ。絶対に許さないから」


俺を許す気は毛頭無いらしいアリアは、手にしていた白銀と漆黒のガバメントの照準を──迷いなく、俺の頭に向けやがった。
そして、トリガーガードに掛けていた指を、引き金へと移すモーションへ、移行させる。

……どうやらコイツは武偵法9条を知らないらしい。いや、知ってはいるが、怒りでそこまで頭が回っていないのだろうか。
『武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない』と記された、この法を。


「……自分の感情に身を委ねるのは、武偵としてあるまじきことなんじゃないのか?」


諭すような俺の問い掛けに、アリアは小さく口の端を歪ませてから──引き金を引く直前に、銃弾の軌道が俺の顔側面スレスレを通過するよう、銃口の向きを逸らした。


──倉庫内に、銃撃音が響く。


それでもなお、俺は防御の構えをとらなかった。……いや、とる必要がなかった、という方が正しいか。

アリアの狙いは、銃弾の回避運動をする俺目掛けて追撃をすることだろう。だから敢えて、銃弾の軌道を逸らしたのだ。
その証拠として──銃をレッグホルスターに収め、背中から小太刀の日本刀を抜いたアリアを視ることができた。

避けないのならばアリアとしては好都合、ということだろうか。すぐさま追撃を入れる為、およそ女児の体型とは思えない脚力でこちらに肉薄してくる。

逆手に握られ、振りかぶられた刀の刀身は、数秒もすれば防刃制服に達するだろう。
しかし、そうはさせないと対抗する俺の意によって──鞘から抜かれた《緋想》より、澄んだ金属音と火花が散った。

僅かに鍔迫り合いになるが、アリアは持久戦を嫌ったのか……即座にバックステップをしつつ勢いを付けてから、大きく1歩踏み出して、刀身を突き出すようにしつつ、俺の腹部を狙ってきた。


「──やぁっ!!」


その体型でそのアニメ声は反則だろ──と思いつつ、俺はバックステップで刀の切っ先を避け、先程のアリアのように1歩踏み出してから、月面宙返り(サマーソルト)を放つ。

お互いに意表を突いたカウンター攻撃だったが、アリアはバック転で躱してしまう。
……しかし、次の瞬間。俺が──恐らくはアリアも──予期していなかった事態が起きた。


「うみゃっ!?」


素っ頓狂な声を上げつつ、頭からモロに地に着いたアリア。それを見て、俺は思わず吹き出してしまう。
その原因ともなる地面には、大量の空薬莢が転がっていた。

刀を杖がわりにしてよろめいているアリアを視界に入れつつ、俺は溢れ出る含み笑いを敢えて隠さず──口を開いた。

……コイツのような性格を持っている人間は、頭に血が上ると攻撃的になるタイプだ。厄介事になる前にも、俺はさっさとここからお暇したいのである。


「まさか薬莢で足を滑らせて転ぶとはなー、予想外だったぞ。……んじゃあな、アリア。今度はいつ会うか分からんが」
「ちょっ、待ちなさいっ──わぉきゃっ!?」


アニメの如く足を滑らせて転ぶアリアと、背後に降り掛かるアニメ声に内心可愛いと思いつつ──俺は既に始業式を終えたであろう面々が揃う新クラスへと、歩を進める。

……それにしても、神崎・H・アリアか。何処かで聞いたような名前なんだが──如何せん、思い出せない。
まぁ、無理に思い出さなくてもいいだろう。ただの思い過ごしかもしれない。

そう胸中で結論付けながら、俺は教室へと向かっていった。 

 

物騒な自己紹介

正面玄関に掲示されていたクラス割振りの紙に書かれていた結果を見た俺が向かった先は、2年A組。ここが、新たな仲間と一年を共にするクラスだ。

どうやら、かの遠山キンジとも同じクラスらしい。少なくとも1年は暇な校内生活を送ることはないようだ──と、俺は安堵の息をつく。

教室の扉を目前に控えた俺は、深呼吸をした後、覚悟を決めて取手に手を掛ける。
……始業式に遅刻したんだ。担任が誰かは知らないが、場合によっては入った瞬間、銃弾が飛んでくる可能性も大いにある。

最悪のビジョンを想定しつつ俺は静かに扉を開き、なるべく目立たないように小さく頭を下げて教室内に入っていった。
しかし、そんな俺の考えも杞憂に終わり、教卓の方から聞こえてきたのは──

 

「あ、如月君も来ましたねぇ。今HRの真っ最中だから、早く座ってー」

 

おっとり、と形容する他ないその声の主は、武偵高の良心こと、高天原ゆとり先生だ。
強襲科の蘭豹やら尋問科の綴やらなんやらと変人の巣窟である武偵校の中では、数少ないマトモな教師である。

この1年間は平穏が保たれるかもな──という期待と、周囲からの視線を受けつつ、俺は先生に指定された席に座る。
席は番号順などとは特に決められていない武偵校だが、偶然にも、キンジが前の席だった。

俺が座ったのを確認した高天原先生は、何故か終始ニコニコ顔だ。俺も含めたクラスメートらに訝しげな表情を向けられている彼女だが、それすらお構い無し。

かといって、ようやく口を開いたかと思えば、


「みんな、何で先生がニコニコしてるか分かる?」
「「「あ、そういうの良いです」」」
「そうかー……」


──問い掛けに口を揃えて返すクラスメートらの団結力よ。

流石に先生もそれは予想外だったようで、悲しげに目を伏せてから、

「実は、かわいい転校生ちゃんを紹介しようと思ってたんですよ。……というワケで、これから自己紹介してもらっちゃいますねー?」


転校してきたかわいい子……誰だ……?
などと腕組みして考えていると、ガタッ、と机から立つ音がした。音的に、教室でも後ろ端の方。

カツン、カツン、と靴音を響かせて教卓の前に立ったその子は、俺とも面識があり──というか、先程まで顔をあわせていた子だった。

一切の汚れの無い雪肌に、ピンク色のツインテール。下手すれば小学生にも見間違えてしまうほどに幼気な、その子は──

 
「強襲科の神崎・H・アリアちゃんでーす!」
「……うげ」

 
我ながら呆れた声を隠すこともせず俺が吃驚していると、次の瞬間、前からガタッ! と物音がした。
俺含めてクラスの面々が視線をやれば、どうやらキンジがイスから転げ落ちて頭を打ったらしい。どうしたよ、お前。

 
「どうした、キンジ」
「いや……なんでもない」
「嘘付け」
 

「絶対何かあったろ」と胸中でツッコミつつ、俺は壇上に立っているアリアへと視線を向ける。

……そういえば、アリアはキンジに強猥されたと言ってたな。
キンジの反応から見るに、その事実に近しいモノはあったのかもしれない。

俺と視線があったアリアは、一瞬こちらを睨み付けてきたが──それも嘘なのかと思えてしまうほどの台詞を、次の瞬間、彼女は言い放った。


「先生。あたしはアイツの隣に座りたい」

 
そう言って指さしたのは、俺。つまり、アリアは空席になっている俺の隣に座りたいと。そう言っているワケだ。
……いやいやいや、ちょっと待て。さっきまでドンパチやってた人間相手に言う台詞か。それは。


「まぁ、先生は良いけど……神崎さん、問題は如月君が了承してくれるかだよ? 確かにあそこは空席だけど──」
「大丈夫。何がなんでも了承させるから」


強い熱意の篭ったその声を聞き止めると同時、物音と共に叫び声を上げて立ち上がった男が居た。
クラス中の視線はソイツに向き、例によって俺も、その聞き馴染みのある声の主を視界に入れた。


「よ、良かったな彩斗っ! ようやく春が来たみたいだぞ!!」
「誤解もいいとこだな、武藤や」

 
黄色い笑みを隠すこともせず浮かべているアイツは、武藤剛気。
ガタイも良く、一見強襲科の人間と思われそうだが──あぁ見えて車輌科のAランクであり、特技は乗り物と名の付くものなら何でも運転できること、だそうだ。

俺含め強襲科の任務の際には、車輌科の武藤にお世話になっている。ちゃっかり有望者だ。

1人で馬鹿騒ぎしている武藤を横目に、アリアはそのまま俺の方へと歩いてくる。
その途中、キンジの席の前で立ち止まったアリアは、シュルッ……とベルトを解いてから、ぽいっ。

 
「キンジ、これ。さっきのベルト」


アリアを見るなりゲンナリとしているキンジ目掛けて、放り投げた。
それを手で受け取ったキンジは、即座に着用したが──いや、ホントにお前ら何してたの? 俺が来る前の体育倉庫で。

 
「あ、分かった! 理子分かっちゃった!! これ、フラグばっきばきに立ってるよ!」

 
何処となく武藤を彷彿とさせる黄色い悲鳴と共に手を挙げて立ち上がったのは、ロリ童顔の金髪ツインテール少女。
身にまとっている制服は何故かロリータ風に改造が施されているが、彼女の趣味らしい。

そんな彼女──探偵科の峰理子と言えば、校内の大抵の人間に伝わるだろう。名前を知らずとも、その奇抜な格好は誰もが1度は目にしているハズである。

傍目、ただの馬鹿騒ぎしている馬鹿なのだが……実力的には申し分ないのだ。といっても、この性格のせいで薄れてはいるが。
 
理子はアリアとキンジを両手で指さすと、探偵科の峰理子ならではの推理を、饒舌に展開し始めた。


「キーくんベルトしてない! そしてそのベルトをツインテールさんが持ってた! これ、謎でしょ謎でしょ!? でも、理子には推理できた! できちゃった!」
 

コイツのことだ。ロクな推理の予感がしない。何せ、探偵科──いや、武偵校でも群を抜くほどの馬鹿なのだから。
 

「キーくんは彼女の前で、ベルトを取るような何らかの行為をした! そして彼女のところにベルトを忘れていった! つまり──2人は、あつーいあつーい恋愛の真っ最中なんだよっ!」


……なるほど。その推理も一理あるな。


「理子、お前はただの馬鹿かと思ってたが──見直したぞ」
「おい、ちょっと待て彩斗。納得すんなっ!」


果たしてその事実は嘘か誠か。本人から聞き出せばいいだけの話だが──今回の理子の推理は、筋が通っている。少なくとも、馬鹿理論の継ぎ接ぎではなかった。


「おぉ、でしょでしょ! だよねぇー。あっくんもそう思うかぁ」
「理子もいい加減にしろっ! だいたい、そんな事実はないっつってんだろ!」
「えー、でも皆そう思ってるよ? そうだよねっ!」


クルン、とロリータ風のスカートを靡かせて半回転しつつ、クラスメートの意見を仰いだ理子目掛けて、我がクラスの面々は、揃って告げる。


「「「激しく同意」」」


武偵高の生徒は、一般科目の他に専門科目を履修する。そのため、クラスや学年を越えて学ぶので、顔見知り率は結構高い。
……のだが、息が合いすぎだろ。お前ら。
 
そんな事態の連なりに、流石のキンジも頭を抱えた時、

 

──バギュギュン!!

 

その音源へと、クラス中の視線が集まる。その先には、肩を震わせながら顔を俯かせているアリアが居た。
手には2丁拳銃のコルト・ガバメントが握られており、そこから放たれた銃弾は、教室の壁に傷を付けるに至っている。

……流石に理子も発砲されるとは思っていなかったのか、顔面蒼白といった感じで、大人しく席へと座った。武藤も同様である。

そんな中で、 チン、チンッ……という空薬莢が落ちる音が、余計に静けさを際だたせた。
だが……まさか自己紹介で発砲とはな。初めて見たぞ。流石の我が担任も涙目だわ。

ここ、武偵高では、必要以上の発砲は控えられている。つまり、してもいい。必要最低限の発砲に留めれば、注意勧告を受けることはないのだ。
 

「れ、恋愛なんて……くっだらない!」


肩は小刻みに震え、頬は怒りの為か、羞恥の為か紅潮している。
万人の恋愛観を真っ向から否定する言葉を言い放ったアリアは、何故かガバメントの銃口を俺と理子に向け──


「アンタら2人……いや、全員覚えておきなさいっ!今度からそういうこと言うヤツには──」


これが、神崎・H・アリアがクラス全体へ向けて発した最初の言葉である。

 
「──風穴開けるわよ!」


物騒なことこの上ない。
 
 

 
後書き
──物騒なことこの上ない。(復唱)

……あ、お気に入りや評価等、お待ちしております。次回もお楽しみにっ。(*ˊ˘ˋ*) 

 

押しかけ武偵

今朝の騒動から数時間が経った、昼休み。既に昼食を終えていた俺とキンジは、屋上のフェンスに背を預けるようにして、互いに話していた。

件の体育倉庫周辺では、蒼天の下、探偵科と鑑識科が鑑定捜査を始めている。さながら刑事ドラマのワンシーンのようだ。
バラバラになった自転車やセグウェイの残骸が捜査の手掛かりになるかは甚だ疑問だが──まぁ、俺が口出しできる案件でもないな。

そんな光景を横目に、俺はキンジへと問いかける。ただでさえ根暗そうな顔付きは、根暗そのものへと変化していた。
……まぁ、今朝のこともあったしな。色々と疲れたんだろう。

俺とて共感できないワケではないキンジの胸中を読み取り、「まぁ、お疲れ様だ」──と告げてやる。
それに次いで、ずっと気になっていた核心も、また。


「でさ、キンジ。お前は本当にアリアと《《そういうこと》》はしてないんだな?」
「……断固として答える。俺はしてないからな。そういうことは」


頑なに首を横に振るキンジだが、俺としてはどうにも矛盾がある。キンジとアリアがそういう行為をしていないのなら、何故、アリアはキンジに強制猥褻をされたと糾弾したのか。

それだけが、思考の端に引っ掛かっている。


「そんなハズはないだろ。現にアリアが証言してるんだ。……ほら、何があったか話してみろ。誰にも言わないから」
「……ったく。誰にも言うなよ? 特に──女子には」


──女子には。
……あぁ、分かった。そうか。そういうことか。
その単語を聞くやいやな、俺の脳は結論を導き出した。キンジが女を避けている理由にも成り得る、ソレ。


「……ふふっ。マジかよ……!」


笑いが堪えきれていない。いや、堪えられない。
キンジは訝しげな表情を俺へと向け、執拗に辺りを見渡しながら、小声でその原因ともなる結論を、口早に告げた。


「お前も知ってるだろ? HSS──ヒステリア・サヴァン・シンドロームだ」
「お前はあの幼児体型を相手にHSSを発動させたワケか。だったら納得できるわ。ロリコン確定だな」
「うるせぇ。こっちだって色々あったんだよッ」


羞恥の為に頬を紅潮させているキンジは、迷いなく右ジョブを放ってくる。それを上体を反らすことで軽く避けた俺は、HSSについて思考を巡らせた。

──ヒステリア・サヴァン・シンドローム。頭文字を取って、HSS。精神疾患の1つらしく、『性的興奮』をトリガーとして……脳内伝達物質である、β-エンドルフィンを過剰分泌させるらしい。

それにより、身体能力や思考能力やらが格段に跳ね上がるのだとか。
……羨ましい体質だよな。性的興奮ってのが難点だが。
だが、自在に使いこなせれば強いことには相違ない。


「……もうその話はいいだろ。終わりにしようぜ」
「いや、ちょっと待って……! ツボる……!!」


傍目、腹を抱えて大笑いする俺をキンジが下卑た目で見下すような構図になっているが、実際はそうでもない。
馬鹿笑いしている俺を、キンジが呆れ目で見下しているだけだ。

そんなこんなで笑いが収まるまで数分かかり──やっと笑いが収まったかと思えば、まるで見計らっていたかのようなタイミングで、5時間目を告げる予鈴が鳴り響いた。







──一般科目も終え、単位は既に進級条件に満たされているが故に専門科目を履修する必要が無い俺は、自室のソファーで横向きに寝転がっていた。
キンジは探偵科の授業に出るとかで、あと数十分は帰って来ない。


(……暇だな)


最近は政治的な話題は偏向報道ばかりするテレビも見飽きたし、かといって、することが無い。
だから、ただただ寝転がってキンジの帰りを待つだけである。

ゴロン、と寝返りをうてば、天井が視界に入った。
呆然と何かを考えていると、話題は今朝のチャリジャックに行き着く。


──誰が爆弾を仕掛けたのか。セグウェイを遠隔操作したのか。
──武偵殺しは既に捕まったハズだ。なら、模倣犯の仕業か。
──だとしたら、何故、俺たちだけが? これは偶然なのか?


考えれば考えるほど、分からなくなっていく。
俺直々に探偵科と鑑識科には物品の鑑定依頼をしたが、その結果を待たないことには話は始まらない。

そこまで思考が行き着いた時、制服の内ポケットに仕舞っていたケータイが、バイブレーションでメールの着信を知らせた。
宛先は──探偵科の、峰理子。さしずめ、中間報告といったところか。


『To:あっくん
From:理子りん
本文:探偵科と鑑識科の共同捜査は丁度今、終わりましたっ! 鑑識科にセグウェイの詳細鑑定を任せてるから、何か聞きたいことがあれば鑑識科に聞いてねっ♪』


……なるほど。中間報告になるかすらも怪しい中間報告だな。
まぁ、共同捜査は終わったらしいから、のんびりと結果報告を待つことにするか──。


──ピン、ポーン……。


突然に鳴り響いたチャイムの音に、俺は上体を起こす。窓から差し込んだ夕日が、少し眩しく思えた。
まだ夕方とはいえ、こんな時間に来客とは──しかも、俺の部屋に──どんなご用向きだろうか。


──ピン、ポーン……。


キンジは基本的にチャイムは鳴らさないし、白雪の慎ましやかな鳴らし方とも少しばかり違う。なら、理子とかか……?

俺が早く応対しないことに苛立ちを覚えたのか、2度目のチャイムが鳴る。
来客を待たせない為にも、俺は足早に玄関へと向かい、来客が誰かを確認しないまま……扉を開いた。

そして、俺の目に飛び込んできたのは──


「……アリア?」


──今朝のHR騒動の1人者である、神崎・H・アリアだった。

 
 

 
後書き
……アリアも理子も可愛い。(遺言その1)

……評価等もよろしくお願いいたします(*´︶`*)♥️(遺言その2)
 

 

奴隷宣告

「……アリア?」


思わず、呟きが漏れる。
そう。目の前に居たのは、キンジでも白雪でも理子でもなく──今朝のHRで発砲し、万人の恋愛観を真っ向から否定した、神崎・H・アリア。その人だった。

それを脳で処理すると同時、俺はドアノブを勢いよく手前に引き、アリアを追い返そうと扉を閉める。
しかし彼女はそれを手で制すと、半ばこじ開けるようにして──あ、くそっ。意外と力強いな。


「はい、これ持ってて。……ねぇ、トイレどこ?」


強引に扉をこじ開ければ、アリアは持ってきていたらしいトランプ柄のトランクの持ち手を俺へと手渡す。
そして、扉と俺の身体との間を器用にすり抜け、小走りに廊下へと侵入してしまった。


「トイレなら廊下の奥。右側だ。……そんなことよりな、アリア。何でここが──」


──分かったんだよ。そう言い終えるヒマすら与えず、アリアはトイレの扉を開け、用を足しに行ってしまった。
玄関にポツンと1人残された俺は、アリアが持ってきたというトランクをリビングまで運ぶ。

俺はその取手を引き、部屋の中に引き入れようとしたのだが──


「……っ、重てぇ」


引いただけでも分かる。めっちゃズッシリとくる。
……何だこれ。何が入ってるんだよ。大型のアサルトライフルとか入ってるんじゃなかろうか。ちゃっかりケースには『東京武偵校 神崎・H・アリア』と名前が書いてあるし。小学生か。

……それを見て、俺は1つ思い当たる節があった。

そういえば──武偵の語源は、武装探偵と言われている。つまり、元々は探偵なのだ。
だとしたら、アリアがここまで来れたというのは……尾行されてた、ってことかよ。

……マジか。全然気が付かなかったぞ。

などと訝しみつつ、やっとの思いでトランクをリビングまで運んだ俺は──今しがた用を足し終えたらしいアリア目掛けて、「どういうことだ」とアイコンタクトを送る。


「アンタ、ここって1人部屋なの?」


……アイコンタクトすら通じませんか。そうですか。
少しイラッとした俺は、敢えて不機嫌そうな声で返す。


「4人か5人部屋だろ。空き部屋は沢山あるからな」
「ふーん……」


小さく呟いたアリアは、そのままリビングの最奥──ベランダの窓から東京湾に沈んでいく夕日を望むように立つと、静かにこちらに振り返る。
しゃらん、と揺れたツインテールが、曲線を描いてその軌道を追った。

そして──ビシッ! と人差し指で俺を指さし、


「彩斗──アタシのドレイになりなさいっ!」


……暫くの間、静寂が訪れたような気がした。いや、意識が遠のいた、と形容すべきか。
まるで頭の中が真っ白になったあの感覚によく似ていて。


──そんな感覚を打ち破ったのは、アイツだった。


「……何してるんだ、お前ら」


リビングの扉の方から聞こえてきた、呆れたような、吃驚したような、キンジの声。

慌てて振り返ってみれば、まるで見てはいけない光景を見てしまったかのような罪悪感に苛まれた顔をしている。目は笑っていなかった。


「……あの、これはだな──」
「……悪い、お楽しみのところを邪魔したな。1時間後くらいにまた来ればいいか?」
「何を深読みしたんだよ、お前。そうじゃないっての。しかも生々しい時間設定にしやがって」


とにかく──と付け加えた俺は、アリアに視線を寄越してから、


「……ちゃんと説明してもらうからな。どういう意味か」
「どういう意味、って……そのまんまの意味よ。アンタはアタシのドレイ」
「それが理解できないって言ってんだろうが」


「……鈍いわねぇ」と呟いたアリアは、ぽふん。ソファーに腰を下ろすと、『話してあげるからこっちに来なさい』とでも言うように、隣をぽんぽん、と叩いた。
ちゃき、と組んだ足の太ももから、ガバメントの片方が頭を覗かせている。


「ねぇ、コーヒー飲みたい。エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ。砂糖はカンナが良いわ」
「エスプレッソ……ルンゴ・ドッピオ……?」


何だよ、そのコーヒー。エスプレッソは辛うじて分かるが、その他は分からん。コーヒー豆の銘柄か?

数瞬考えたがよく分からなかった俺は、他力本願でキンジにコーヒーを淹れてもらうように頼んだ。インスタントコーヒーでいいや。

明らかに嫌そうな顔をしたキンジを横目に、俺はアリアから少し離れた場所に座る。
近付きすぎたら何をしでかすか分からん。それは今朝の時点で学んだことだ。

しかし、ちゃんと目線は合わせた上で、俺は口を開く。


「……で、ドレイってどういうことだ。ちゃんと説明しろ」
「強襲科でアタシのパーティーに入りなさい。そこで一緒に武偵活動をするの」
「……そんなことか? 別にそれくらいならしてやってもいいが」


何気ない一言だった。俺にとっては。
でも、アリアにとっては物凄く重大で、その言葉自体が、一連の行動の意味を為しているようだった。


「……ホントに? ホントにいいの?」
「なんでこの状況で嘘をつく必要性があるんだよ」


ずいっ、と身を乗り出して執拗に確認してくる。
俺がアリアと同じパーティーで武偵活動をすることの何が大切なのかは分からないが……アリアとしては、満足のいく結果らしい。

話が一区切りついたところで、キンジが淹れ終えたコーヒーカップをアリアに手渡す。芳醇な香りと湯気が辺りに蔓延した。


「……インスタントコーヒーだがな。ありがたく飲めよ」
「いんすたんと? 何それ」
「お湯を注ぐだけで淹れられるコーヒーのことだ」
「コーヒーなんてみんな同じ淹れ方じゃない。馬鹿みたい」


……あ、キンジの眉間にシワが寄った。怒ってらっしゃる。
キンジはそのまま静かにリビングを抜けると、パタン。どうやら自室にこもってしまったらしい。

そんなことも分かっていないであろうアリアは、受け取ったコーヒーを1口飲むと、何やら吟味するように、


「ずず……何これ。変な味。ギリシャコーヒーにも似てるけど……んー、違うわね」
「生憎、ウチにはちゃんとした豆が無いんだよ。インスタントで我慢しろ」
「……む。ドレイのくせに生意気な」


呟いたアリアは一気にコーヒーを飲み干すと、カチン、とカップをテーブルに置いてから腕を組み、考えるような仕草を見せた。
夕日はとうに傾いていき、部屋の中も朱に染まっていく。訪れた静寂も一瞬に、アリアは口を開いた。


「……何でアタシがアンタをドレイにしたか分かる?」
「……いや、分からない」
「本当に分からない?」


どうせなら、分かっておいて欲しかった──そんな意図を含ませた声色で問うアリアに、俺は「うん」と短く返す。
夕日のせいか翳って見えるアリアの表情は、何処か哀しげにも思えた。


「実を言うと、ドレイ候補はアンタの他にもう1人居たの。誰だか分かる? キンジよ。遠山キンジ」
「……キンジが、か?」
「そうね。でも、アタシはアンタを選んだ。それには真っ当な理由があるわアタシだって無闇矢鱈には選ばないわよ」


──理由は3つあるわ。と端的に告げたアリアは、3本の指を立て、そのうちの1本を折る。
それが俺に印象付けられたところで、口を開いた。


「……1つ、現段階で武偵ランクがSであること。2つ、何かしらの特殊能力や二つ名を持っていること。3つ、アタシの勘」


最後だけは説得力の欠片もないが……コイツ。何処から俺の情報を調べ上げた?
武偵ランクがSということは、教務科にでも聞き込めば簡単に分かってしまうことなのだ。

ただ、問題なのは──コイツが一部の者以外には話していない《明鏡止水》のことを知っており、二つ名持ちだと確定した上で、俺をドレイにしたことだ。

唖然としている俺を余所に、アリアはさも愉快そうに口の端を歪めると、「……玲瓏(れいろう)」と、諳んじた。


「…………」


いやはや、懐かしいな──と内心でアリアの情報収集能力に嘆息する。ふっ、と笑みが零れるのを直に感じた。
確か、これは……数年前。俺が神奈川武偵中学校の強襲科に居た時の、云わば校内に限定された二つ名だ。詳しくは思い出せないが……それだけは、分かる。

そんなの──神奈川武偵中の人間しか知らないハズだ。何でアリアが知ってる? 誰に聞いた?


「……何処から調べ上げた。そんなこと」
「さぁ、何処かしらね? 教えなーい」


悪戯っ子の如く笑みを浮かべたアリアは、そのままソファーに身体をしなだれかけさせた。

初めて見せた女子っぽい光景にちょっとドギマギした俺は、軽く目線を逸らしてから……アリアが得た情報の大元について、辿ることにした。

──情報科か? あそこなら、データベースをハッキングして情報を閲覧することができる人間も、少なからず……居る。理子が良い例だ。

アイツは異常なまでのネト廃が功を奏して、ハッキングやら盗聴盗撮にやけに詳しいし、それに見合った技量もあるからな。
……ヤバいな。今の俺にはこれくらいしか思い浮かばないぞ。


「ねぇ、お腹空いたぁ」
「さっきコーヒー飲んだろ。我慢しろ」
「でもお腹空いたの!」


我儘だなぁ、女っていう生き物は。俺には到底理解できん。


「じゃあ……コンビニ行くか」
「こんびに? ……あー、下にあった小さいスーパーマーケットのことね。じゃあそこに行きましょ」


コンビニも知らないアリアに、俺が半ば呆れていると──身軽さを感じさせるほどの動きで立ち上がったアリアは、俺の顔を下から覗き込むように見て、


「ねぇ、そこって松本屋のももまん売ってる? アタシ、食べたいな。ももまん」
「売ってるから……もう少し顔を離せ。近いぞ」


──クチナシのような、甘酸っぱい匂いがした。
 

 

思いと想い

コンビニで夕食となる弁当を買った俺は、アリアとキンジと共に、久しぶりに賑やかな夕食時を過ごしていた。

アリアに苦手意識を持っているらしいキンジは、なかなかアリアと話そうとはしないが……大丈夫かな。これ。本当の女嫌いじゃないか。

割り箸で白米を掴んだ俺は、それを1口食べてから、


「──どんだけ買ったんだよ……もはや買い占めじゃねぇの、そのももまん」
「……俺も同感だ」
「いいのよ、別に。買ったものは客の物よ」


そう言いながら、アリアはソファーの上でももまんを頬張る。これがアリアの夕食らしい。
ももまんとは一昔前にブームになった、桃の形をしているだけの餡まんなのだが──そんなに美味しいモノだっけか。それ。

しかしアリアは、7個買ったうちの7個目まで既に平らげている。この体型に反して結構食べるんだな。意外だ。さぞ店員も驚いたことだろうよ。

──といった俺の目を気にせず、アリアは残ったゴミを紙袋の中に突っ込み、それをゴミ箱に投げ捨てる。見事にホールインワンだった。

それを見たキンジもゴミをゴミ箱へと投げ入れる。コイツもホールインワン。


「彩斗、ご馳走様。金払ってもらって悪いな」
「気にするな。金ならそこそこの額はあるから」
「ん、サンキュー」


キンジはそう言い残すと、残ったゴミをゴミ箱に捨て、そそくさとリビングを出ていってしまう。本当にアリアが苦手らしい。
アリア相手にHSSになったことに、罪悪感を覚えてるのかもしれないな。

それとほぼ同じタイミングで、アリアは部屋の端に置かれていたトランクの取手を手にしてから、


「お風呂、借りるわよ」
「……好きにしろ」
「ありがと」


パタン、とアリアがリビングを出て、風呂場まで行ったのを音で確認した俺は──ゴミ箱へとゴミをホールインワンさせてから、足音を消しつつ、キンジの部屋の前まで移動する。
軽くノックをすれば、中から声が返ってきた。


「……邪魔するぞ」


そう言ってから、俺はキンジの部屋へと入る。綺麗に整頓された部屋は、キンジの性格そのものを示唆していた。
ベッドの上に寝転がって漫画を読んでいるキンジの近くに腰を下ろしてから、俺は口を開く。


「……今朝のことなんだが」
「……なんだ。チャリジャックか?」
「違う。お前の白雪への態度だ」


少しばかり強めの口調でそう告げてやれば、キンジは手にしていた漫画をベッドの脇に起き、『何だと……?』と言いたげな視線を寄越してくる。


「朝早くからご飯を作ってきてくれる──このシチュエーションの有難味を、お前は分かっていない。そもそも、お前は白雪に好意を向けられていることさえ知らないだろう」
「どうした、いきなり」
「端的に言う。幼馴染とはいえ、好きでもないヤツに女子は手作りご飯なんかを持ってこないぞ」


そこまで聞いたキンジは、何やら唖然とした顔をしていて……この現状が飲み込めていないようだ。
いやはや、ここまで鈍いとは思ってなかったぞ。


「もっと分かりやすく言おうか。白雪は、お前のことが──好きだ。それ故の行動なんだよ。それがなんだ、お前はHSSやら性的興奮やらに怯えやがって。いいから早くくっ付いてカップル成立させろ」
「……もしかしてお前、怒ってんのか?」
「ある意味怒ってるわ」


そこで、だ。
そう付け加えた俺は、武偵校の帰りに書店で買ってきておいた1冊の本を、制服の内ポケットから取り出す。
それをキンジに手渡せば、キンジの露骨に嫌そうな顔が見れた。それもそうだ。タイトルは──


「『片思い女子の取扱説明書』……おい、ふざけんなッ」
「生憎、俺は本気なんでね。どうあってもお前には件の幼馴染とカップル成立してほしいワケだ」


しっかりと読んどけよ──と言い残し、足早にリビングへと向かう。ある種の達成感を感じてから、俺はソファーに腰掛けた。


「……どうなるのやら」


そう小さく呟いた時、それに呼応するかのように内ポケットに入れておいたケータイが、通話着信を知らせた。
宛先は──非通知。気味悪さを覚えつつも、俺は数秒して通話に応じる。


『如月彩斗くん──だね? 少しばかり君に頼みがあるのだが』
「……頼み、だと?」


受話器から聞こえてきたのは、若い男の声。どこか大人びた、それでいて、威圧感を感じさせる声。
それを聞き留めた俺は、彼の『頼み』とやらの内容を模索する。


『神崎アリアくんに関する事なのだが……聞いてくれるかい』
「それは内容次第だな」
『なぁに、簡単なことさ。君には彼女を守ってくれさえすればいい。常日頃、如何なる事象からもね。そうだな──報酬は前払いで、100万』
「っ……」


それなりの額で俺に『アリアを守らせようと』するコイツは──いったい、何者なんだ。
アリアを守るのは容易だ。だが……何の為に? 真意は? それが分かれば……っ。


「お前は……何がしたい?」
『いやなに、アリアくんのことが気にかかっているだけさ。だからこそ、いちばん近い存在である君に……こうしてまで、連絡を寄越したのだがね』
「信用して──いいんだな?」
『勿論』


ノータイムで返された答えに確りとした確信を持った俺は、


「なら──承諾しよう」
『……交渉成立だ。報酬は、後日。君の口座に振り込んでおくよ。それじゃあね』
「……待て」


通話を終えようとする男を引き止めてから、俺は端的に問う。


「お前は──誰だ?」


僅かな間が空いた。その静寂は、すぐに打ち破られたのだが。


『僕のことかい? そうだねぇ……《教授(プロフェシオン)》とでも覚えてもらおうか』


──無慈悲な電子音が、響いた。
 
 

 
後書き
更新少し遅れてすみません。(白目) 

 

最初の大舞台 Ⅰ

「──ってもな、自習ってダルいわ」
「くっそ分かる。何していいか検討つかねぇもん」
「まだ銃撃ってる方がマシだべ?」
「それな」


あちらこちらから聞こえてくるそんな声を耳に入れながら、俺は教室の机に突っ伏していた。
今、この時間は自習時間。教諭である高天原先生もおらず、我がクラスは騒然としている。

何やら違和感を感じた。首だけを動かして辺りを見回してみる。
……おかしいな。今日は不登校の生徒も多いハズなんだが。
それでもこんなにうるさいのか。

半ば呆れつつも、チラリと横を見る。本来ならアリアが座っているであろうその席には、何故か、本当に何故か──今朝から理子が座っているのだ。
同じく顔を腕に埋めるようにしていた理子と、視線が合う。

──小さく笑い返された。自然と口の端が緩むのを感じた俺は、慌てて目線を逸らす。思考を別に向けた。
少し驚いたような理子の顔が、最後に視界の端に掛かった。

そういえば……アリア。アイツは勝手に風呂に入った後、客人用の部屋を無断で独占し、かと思えば──荷物だけは残して勝手に居なくなっているという始末だ。昨夜っきり会ってない。

理子同様にずっと俺の顔を凝視しているキンジはというと、一通り俺が渡した本を読んだらしいが……どうにも、内容が理解し難いと。流石は極度の女嫌い。

キンジの課題はかの幼馴染と一線を超えることだろうか。それまでにはどれだけの時間を要するんだろな。

……なんて考えていると、ふと、ケータイが振動する。メール着信だ。宛先は──アリア。おかしいな。相互登録した覚えなんてないんだが……こればっかりはアイツ、勝手にメルアド相互登録しやがったな。

僅かな怒りと呆れを感じつつも、その本文を読み上げる。
着信音に気がついたらしいキンジと理子も、そっと画面を覗き込んできた。


「『強襲科のC装備に着替えたあと、女子寮の屋上までくること。15分越したら風穴』……?」


……嫌な予感がする。脳が警鐘を鳴らしているかのような、そんな感覚。まるで、大きな事案が発生するかのような。それも、良くない方の。


「あっくん、行くの?」
「……嫌な予感がする。早めに行きたいところだ」
「──気を付けろよ」


心配してくれるような2人の表情に笑いかけてから、俺は強襲科棟へと境界で移動した。周囲の驚いた顔を、後にしながら。







奇しくも、今日は雨。活動するに適した気候でないことは定かだが、万全を期さねばならない。

──そう考えながら、自身の装備を確認しつつ、女子寮の屋上へと降り立つ。
ぶわん、と境界が音を立てて閉じた。

C装備──TNK製の防弾ベスト。強化プラスチックのフェイスガード付きゴーグル。無線のインカムに、フィンガーレスグローブ。ベルトには、拳銃のホルスターと、予備弾倉が4本。

特殊部隊を彷彿とさせるこの格好は、いわゆる『出入り』の際に着込む──攻撃的な装備だ。
降りしきる水の粒を手の甲で拭い取り、周囲を見渡す。

……居るのは、2人。
何やらインカムにがなり立てているアリアと、鉄柵に腰掛けつつ、ドラグノフを抱えて体育座りしているレキがいた。

珍しいメンバーもいるモノだ──と思えば、それと同時にアリアの着眼点に感心させられた。
ふと、視線が合う。こうしたのは数ヶ月ぶりか、と思い返しつつ、俺は口を開いた。

「……お前もアリアに呼ばれたのか」
「はい」


いつもの抑揚の無い声。相変わらずだが……直せと言っても難しいか。

──レキ。狙撃科の麒麟児と謳われる、こと狙撃に於いては武偵校内で右に出る者は居ないほどの天才だ。
その無表情さとミステリアスさ故に『ロボット・レキ』などと呼ばれているが、一部の人間には好評らしい。

そんなレキが装着しているヘッドフォンを指で軽く叩き、


「そのヘッドフォン。いつも何聞いてるんだ?」
「風の音です」
「……風?」
「はい」


そうとだけ言うと、レキはドラグノフを、カチャ……と肩にかけた。そして、アリアへと視線を向ける。
俺もそれにつられるようにして、アリアへと視線を寄越した。

通話を終えたらしいアリアと、視線が合う。


「時間切れね……。残念だけど、これでやるしかないわ」
「……何の事だ?今の状況は?」
「バスジャックよ。今朝、男子寮に停まったハズのヤツ」


──いつも俺たちが乗っているアレか。
といっても、今日は境界を使ってホームールーム開始時間ギリギリまで部屋にいたんだが。

そうか。そんなことが起きてたのか。功を奏した……とは言い難いな。
小さく頷いたアリアは何やら思案するような表情を見せると、


「もう1人くらいSランクが欲しかった所だけど、他の事件で出払ってるみたい。3人パーティーで追跡するわよ。火力不足はあたしと彩斗が補う」
「……アリア。その犯人は車内に居るのか?」
「多分、居ないでしょうね。そのバスには、爆弾が仕掛けられてあるから」


爆弾──武偵殺し、か。
その単語を聞いて、先日の光景が脳内にフラッシュバックする。木っ端微塵にされた自転車。そして、人が乗っていたら即死であろう規模の爆発。
それを感じ取ったのか、アリアは俺に流し目しつつ、


「そう、これは武偵殺しの仕業よ。恐らく先日と同一犯ね」
「……やっぱりなぁ」


手口は全く同じだが、ヤツの意図が掴めない。無差別に爆弾を仕掛け、徹底的に追い詰める。それだけなのだ。


「最初の武偵は、バイクを乗っ取られたわ。次に車。その次があんたの自転車で、今回がバスよ。ヤツは毎回、減速すると爆発する爆弾を仕掛けて、遠隔操作でコントロールしているの。 でもその操作に使う電波にパターンがあってね。あんたの時も、今回も、その電波をキャッチしたわ」


すると、バララララ……と上空からヘリのローター音が聞こえる。その凄まじいエンジン音に上を向くと──視界に入ったのは、車輌科のヘリだ。


「──乗るわよ」


アリアの合図を最後に、俺たちの最初の事件解決が始まった。
 

 

最初の大舞台 Ⅱ

──インカムで通信科から聞いた話によると、武偵高のバスは いすゞ・エルガミオ。突如として男子寮前からどこの停留所にも停まらずに、暴走を始めたらしい。

そして、定員オーバーの60人を乗せたバスは学園島を1周したあと、青海南橋を渡って台場に入ったという。
……いやはや、何とも面倒な暴走っぷりだ──と嘆息しつつ、俺は窓から見える武偵校舎を見下ろした。


「……んで、武偵局と警察はどうしてる?」


上昇するヘリの轟音の中で、俺たちはアリアとインカムを通じて話す。


『動いてる。でも相手は走るバスよ?それなりの準備が必要だわ』
「じゃあ俺らが一番乗り……か」
『当然でしょ。ヤツの電波を掴んで、通報より先に準備を始めたんだもの』


フン、と鼻を鳴らしたアリアは愛用の2丁拳銃のチェックを行っていた。コルト・ガバメントのカスタムガンだな。
あの銃は既に諸々の特許が切れているから、結構自由に改造がきくんだ。

目立つのはグリップについているピンク貝のカメオで、そこに浮き彫りにされた女性の顔は、どことなくアリアに似ている美人だった。

家族だろうか。少し離れた親族だろうか。それは知る由もないが、血縁関係に当ることだけは、直感的に分かる。


『──見えました』


マイクから発されるレキの声に、俺とアリアは揃って防弾窓に顔を寄せた。右側の窓から台場の建物と湾岸道路、りんかい線が見える。

……だが、バスなんて何処にあるんだ?
と眉間に皺を寄せる俺に補足するかのように、レキは『あそこですよ』と指さす。


「……あぁ、あれか。ホテル日航の前を右折してるバスだろ? っても、豆粒みたいな大きさだけど」
『はい。窓に武偵高の生徒が見えます』
『よ、よく分かるわね。レキ、視力いくつよ』
『左右共に6.0です』


さらっと超人的な数字を言ったレキに、アリアが絶句している。
確かに、最初に聞いた時は俺も驚いたな。今となっては何とも思わないけれど。


「……さて」


凄まじいローター音と共に、先ほどレキが言ったあたりにヘリが降下していく。
その間にもバスは、他の車を追い越しながらテレビ局の前を走る。運転手は恐らく一般人だろう。長引かせるのも危険だな。

ヘリでそれを追えば、テレビ局の面々が建物の中からカメラで撮影しているのが見えた。
……テレビ局め。他人事だと思いやがって呑気に撮影してるな。こちとら仲間の命が懸かってるってのに。メディアはこういう時に面倒だ。


『……空中からバスの屋上に移るわよ。あたしは外側をチェックする。彩斗は車内で状況を確認、連絡して。レキはヘリでバスを追跡しながら待機』
「生憎だが、アリア。それなら俺の陰陽術で移動した方が安全だぞ。あれなら一瞬で車内に入れる」
『……あの変な境界?』


アリアの問いに、コクリと頷く。開きかけていたヘリのドアが、再び閉じた。無論、承諾の意だ。
軽く装備を確認した俺は、レキへと視線を向け、


「後方支援は頼んだぞ」
『……お任せを』


珍しく自信に満ち溢れたような返答。
どこか頼もしさを感じながら、俺は──今いる場所と、バスの内部を、境界にて繋ぐ。

元々大混乱だった生徒たちは、俺たちが入ってきたのを見て一斉に騒ぎ立てた。
言葉が交錯し、何を言っているのか聞き取れない。ただ、その中で聞き慣れた声がした。


「彩斗っ!!」


音源の方向に視線をやれば、そこには焦燥の色が顔に滲み出ている武藤が居た。
……何だ。何が起きている。尋常じゃないな。コイツのこんな表情を見たのは初めてだ。


「ちょっと話を聞いてやってくれ。あれだ。あの子」


こちらに急いで寄ってきた武藤が指を指す。その先は、運転席の傍らに立つメガネの少女だった。
俺とも少しだけ話したことがある、中等部の後輩なのだが。


「き、如月先輩っ!助けてっ」
「どうした?」
「い、いい、いつの間にか私の携帯がすり替わってたんですっ。そ、それが喋りだして……!」


──速度を 落とすと 爆発 しやがります。


携帯から発されるその音声を聞いて、俺は内心合点がいく。
……そういうことか、と。
確かに、アリアの言う犯人像と一緒だな。武偵殺しの模倣犯、と見て良いだろう。


「アリアの言った通りだよ。このバスは遠隔操作されてる」
「やっぱりね。思った通りだわ」


推理が当たった探偵のような笑みを浮かべて腕を組むアリア。
だが──安堵してる場合じゃないだろう。アリアの言に従えば……このバスには、爆弾が仕掛けられているのだから。

ここから視認するのは不可能。となれば──


「レキ。そこから車体の下を覗けるか? 恐らくは爆弾が仕掛けられているハズだ」
『…………ありました。C4。目測ですが、3500立方センチはあるかと』
「何ですって……!?」


──3500立法センチ。


その量に、俺も、アリアも動揺するしかなかった。
流石に異常すぎる。爆発すれば、電車やバスなんて簡単に吹っ飛ぶぞ。

この状態から剥がすのは……危険だな。何故なら──


「レキ、そこから解体しろとは言わない。……車体から剥せるか? お前の、狙撃で」
『……分かりました』
「……頼むぞ」


──真っ赤なスポーツカーが、運転席にUZIを載せて、バスの後ろにピッタリとついてきているのだから。
ウォン! というエンジン音と共に、ルノー・スポール・スパイダーはバスと並走するような形に移動した。

その銃口が、こっちに狙いを──向けた。銃を抜いて、銃口を狙い撃つのは間に合わないと判断した俺は、即座に手の平を向け、横凪に翳す。


「……伏せろっ!!」


俺が叫ぶと同時、無数の銃弾が、バスの窓を標的にUZIの銃口から放たれる。
しかしそれらは全て、俺が展開させた境界によって、跡形もなく消え失せていた。

それを確認した俺はホルスターからベレッタをクイックドローし、抜きざまに、別に展開させた境界の中へと撃ち込む。
直後、爆発音を伴って、目の前のUZIは銃口ごと破壊された。


──タァンっ!


突然、耳に装着したイヤホンから聞こえてくる、乾いた銃声。それと同時に、レキが乗っているヘリからマズルフラッシュが焚かれる。

車内から目を凝らして見ると、どうやら片膝立ちの状態で狙撃したらしい。それも、あの不安定な乗り物から。


「……流石は神童だな」


タイヤに穴を開けられたらしいルノーは、その場で回転すると、ガードレールにぶつかってから──轟音を伴い、爆破した。


──有明 コロシアム の前を 右折 しやがれ です。


例の女子生徒が持っている携帯から、ボイスロイドの声が聞こえてきた。
運転手はそれに従うようにして、ハンドルを回す。速度を落とさず、正確な運転を保ちながら。

だが……まだ、人と車が多い。ここで爆弾を剥がすってのも危険だな。
俺はやや思案して、


「アリア。この先に開けた場所はあったか?」
「……開けた場所は──1つだけあるわ。今、通信科から連絡がきたんだけど、レインボーブリッジ付近は通行止めになってるみたい。警視庁が手を回したのね」
「……そこが勝負だな」


今、この状態で壁となるモノは何一つとして、ない。
だから、確実に決められるのは──そこだけだ。
こればかりは、レキを信じる他ないのだから。

バスはそのまま予定通り、レインボーブリッジへと走らせていき……最初で最後の、絶好の狙撃ポイントがきた。
俺とアリアが祈るようにして待機している中、突如、イヤホンから声が聞こえてくる。


『──私は、1発の銃弾』


これは、レキが狙撃する時の癖。


『銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない──』


云わばルーティンという行動で、これにより、狙撃の精度を高められる。


『──ただ目的に向かって、飛ぶだけ』


そんな詩のようなものを呟き終えた、直後だ。


イヤホンから聞こえる銃声の後に、一拍遅れて、着弾の衝撃が伝わってくる。
そして、ガンッ!と何かの部品が落ちる音がして道路に転がっていく。レキの狙撃により、車体から剥がされた爆弾だ。

次いで、第2波。


『私は、1発の銃弾──』


ギンッ! と部品から火花が散るような音と共に、飛び跳ねたらしい爆弾は──橋の中央分離帯、その下へと落ちていく。
水中に沈みこんだそれは、辺りの水を押し上げるようにして。

激しい爆発音。それと共に、水飛沫がバスの車体に飛び散っていく。
それを浴びながら、バスはだんだんと減速していき……遂には、レインボーブリッジの中間あたりで、止まった。

直後、車内は歓喜の声と叫び声で包まれる。


「──っ、良かったな! 彩斗! お前たちのおかげだっ」


腕を首に回してくる武藤に苦笑しつつ、俺はアリアに視線を向ける。どうせ、このうるさい車内では聞こえないだろうから、読唇してもらおう。


──ありがとう。


口パクでそう言い終えた俺は、アリアの反応を確認せず、インカムを通じてレキへと告げる。


「さて、レキ。もう戻っていいぞ。ありがとうね。後始末は鑑識科や探偵科に任せるから。負傷者が出なかったのは幸いしたな」
『……分かりました。では』


そう言い残して通信を切ったレキ。操縦手にその旨を告げたのか、ヘリは武偵校の方角へと戻っていく。
そうして安堵の息を吐いた時だった。満員バスの中、クイクイ、とアリアに指を引っ張られる。

何だろうかと視線を寄越せば、彼女はおよそ女子高生のような仕草で、少しばかり気恥しげな様子も見せつつ、


──ありがと。


そう告げてきたのだった。  
 

 
後書き
昨日更新できなくてごめんなさい。(白目) 

 

生半可な存在《モノ》じゃない

「──はぁ……」


ソファーに寝転がり、天井を仰ぎ見る。視界の端に引っかかった時計の針が示している今の時刻は、12時47分。
普段なら武偵校で授業やら昼休みやらの時間だが、俺含めバスジャックの解決者──或いは被害者は、こうして大人しく自宅謹慎という指示を出されたのだ。

そのため、キンジはまだ武偵校に。アリアは……何処に行ったんだろな。強襲科に装備を戻しに行ったまでは一緒だったんだが、その後は別行動と相成ったから、俺の知るところではない。

額に手を当てつつ、疲れた脳を行使する。


──この一連の騒動の主犯者を、見つけ出すためにも。


推理は俺の得意とする分野ではないが……さて、どうなるか。
そう胸中で呟きつつ瞼を閉じ、集中の度合いを高めていく。
時間と比例して意識は深層部まで沈んでいき、脳は澄んだ空気のようにクリアになっていく。

1つの事柄へと思考を向ければ、それを幹として、無数の枝のようにして様々な事象事案が脳裏に過ぎる。
異常なまでの集中と情報伝達の速度。これは、長くは持たないハズだ。

だから俺は、持てるべく時間の中で──推理を始める。


──俺たちが狙われたチャリジャック。あれは、明らかに武偵殺しの模倣犯などという《《生易しい存在》》ではない。
というのもだ。数十台のセグウェイにUZI、ひいてはルノー・スポール・スパイダーなど──手が込みすぎている。財力を掛けすぎている。

その時点で、模倣犯というセンは、俺の中で消えていた。
あれは確実に、俺やキンジという、有力な武偵を殺しにきているモノだと。


──ならば、何の為に。何を目的として、ヤツは動いたのか。
世間の注目か。或いは、それを身に浴びた上での、何かしらの要求か。

爆弾の扱いに長け、多大なる財力を有し、こうして武偵のみを狙う悪質な犯罪者。放っておけないのは事実ではあるが、その素性が分からないのもまた、事実である。

それが簡単に分かれば、苦戦などしないのだ──。
そこまで思考を巡らせた時だった。突如、玄関の扉を開く音と、廊下に響き渡る足音が聞こえてくる。

歩幅の感覚も短く、そこまで音も反響しないということは、身軽な女子だろうか。
だとすれば、アリア。もしくは──


「ちょりーっす、理子りんのお出ましだよーっ!」


リビングの扉を勢いよく開け放った『理子りん』こと峰理子は、何やら珍妙な格好で挨拶をしてから、小走りに俺の近くへと歩み寄ってくる。

集中の切れた脳では考えるのも難しいか──と。
そう判断した俺は、上体を起こしてソファーに理子が座れるだけのスペースを確保してやる。

空いたそのスペースに理子は迷いなく座ると、どこからか取り出した小型のタブレット端末を手に、


「さて、ここだけの話をしようっ!」
「……何のことだ、いきなり押し掛けてきて。そもそもお前は武偵校に居る時間だろうが。というか、どうした。そのタブレットは」
「ちょっと伝えたいことがあるから抜け出してきた。タブレットは情報科に貰ったの」


伝えたいこと──?
何のことやらと首を傾げると、理子は『待ってましたっ!』と言うかのように、タブレットの画面を俺に見せてくる。
そこには、かのSランク武偵であるアリアの顔写真が貼付されており……プロフィールと思しき文の羅列があった。


「知りたいでしょ? アリアのこと」


ニヤリ、と口の端を歪めて問う。無論、断る要素など、無い。
だから、俺は即座にこう答えた。


──勿論。


と。


「あ、でも教えるのはいいんだけど……んー。どうしよっかなぁ」
「……教えるんじゃなかったのかよ」
「この情報、全部理子が手に入れたんだからねっ。それをタダであげるのは惜しい。惜しすぎる!」


コイツは──武偵校じゃあ変わった存在だ。
だが、こと情報収集に於いては、秀でた才能を見せてくれる。
……それこそ、盗聴。盗撮。ハッキング。ネットに関しての知識は人一倍だろう。

だから、その情報1つに価値が生じる。


「……何をすればいい?」
「んー、何がいいかなぁ」


どうしようどうしよう、と一頻り唸って考えた結果、どうやら彼女の中で結論は出たらしい。
理子はおよそ物を強請るような子供の表情で、こう告げる。


「キーくんと、星伽白雪……ゆきちゃん? がカップル成立するのを手伝いたいなぁー、って。理子もやりたい! 手伝いたいっ!」
「どっから聞いたんだよ、それ……」


──まぁ、


「交渉成立、だな」
「おぉ、やったぁっ! いぇーいっ!! はいたーっち!」
「ほら、そのタブレットの中身見せろ。キンジには俺から言っといてやるから」
「あ、理子が自分で言う! その方がいいかも」
「まぁ、いいんだけどさ」


そうして、俺は理子からタブレットを受け取り──その中身を、見る。
かなりの情報量を含んでいるそれは、今の現状でいちばん、アリアのことを理解するに相応しいモノだった。
 

 

情報の真価

理子から受け取ったタブレットの画面を見る。
画面いっぱいに詰められたその文字列は全て、アリアに関する情報そのものだった。

これだけの情報を何処から集めてきたのか定かではないが……今の俺には、必要なモノだろう。
武偵殺しとは別になる、云わば『パートナー』としての。


「……ふむ」


視界に入ってくる情報を脳で即座に処理し、何度も言い直し、記憶として定着させる。
その中にあった1つに、俺は意識を向けた。


──数少ないSランク武偵。特技は銃剣術及び徒手格闘。バーリ・トゥードを主とする。
現状でロンドン武偵局に在籍しており、数多くの優秀な実績故に『双剣双銃(カドラ)のアリア』の二つ名を持っている。

……二つ名は誰にでも付けられるワケではない。それ相応の力量と、実績に伴って付けられる。名が広まれば自ずと注目を浴び、二つ名というモノは定着される。
アリアは……それほどの逸材なのだろう。ロンドンでは。


「おいおい、マジか……」


続く1文で、額に冷や汗が垂れる。


──総計99回の強襲を行っており、成功率は100%である。


その1文を何度も読み返してみるが、どう読もうと、俺の読み間違えではない。事実……なのだ。これが。


「凄いでしょ? 理子も最初見た時はびっくりしたなぁ」


まるで信じられない、と言うかのような声色で、理子は告げる。
……確かにそうだ。にわかには信じ難い。
強襲成功率が──100%なんて数値は。異常だ。

となると、アリアは述べ99人の犯罪者を強襲並びに逮捕したってワケか。そりゃあ二つ名も付くよな。


「あっ、あとね。もう1つ面白い情報があるんだけど……」


そう言って理子は画面をスクロールさせていく。
指を止めたその画面に映し出されていたのは、これまた信じ難い情報だった。
しかし、理子が調べたモノであるからして、事実に相違ないであろう、情報。


「母親が日本人、父親がイギリス人のハーフ……。どうりで日本人離れした顔付きだと思ったよ。そういうことか」
「んでもって、イギリスの家系が──『H』家、なんだよねぇ。すっごく高名な一族で、そっちのおばぁちゃんはDame(デイム)の称号を持ってるんだよ」
「……デイム?」


俺の問いに「うん」と頷いた理子は、補足説明を続ける。


「英国貴族に与えられる称号なんだけど……つまりは、アリアは本物の貴族様ってことだねっ!」
「……うぁー」


ちょっと有り得ない子をパートナーにしてしまったみたいだ。俺は。
それこそ二つ名持ちのSランク武偵で、強襲成功率100%で、英国貴族のお嬢様。ハイスペック過ぎる。


「にしても……英国貴族の『H』家って何者なんだ? 有名なのか?」
「うん。有名だよ? イギリスのサイトでググれば出ると思う」


と言い終えた理子は、ソファーを身軽な動作で飛び降り、


「 ……じゃ、理子はここでバイバイなのですっ。また明日っ! そのタブレットはあげるね!」


言い、風のように消え去っていってしまった。


「……くれるのかよ。これ」







俺がタブレットに保存された、アリアに関しての情報を見ている時だ。不意にリビングの扉を開ける音と共に、背後に何者かの気配を感じた。

顔だけを動かしてみれば、そこに居たのは、


「あんた、これ……何処から探し出してきたのよ」
「探偵科の峰理子から貰ったんだが?」
「ふぅん」


双剣双銃のアリア様はそう仰ると、そのまま背もたれを飛び越えて俺の隣へとお座りになった。
猫が伸びをするような姿勢になっているアリアを一瞥し、敢えて聞こえるようにして──俺は、呟く。


「……強襲成功率100%。異常な数値だな」
「別に、何ともないわよ。普通に逮捕してるだけだもん」


それに──とアリアは続ける。


「第28代安倍晴明──如月彩斗。そっちの方が異常だと、あたしは思うんだけれど」
「…………」


コイツは──知っている。俺の始祖が安倍晴明であることを。
それは酷く致命的で、また、本来ならば有り得ないこと。

これを知っているのは、現段階ではキンジだけだ。それ以外には……誰にも、公言していない。勿論、教務科にも。
別に公言してもいい。本家でも、そんな縛りは設けていない。

なら、何故俺だけがそれを避けるのか──。

その答えは、ただ1つしかなくて。
その血を引いていながらも、出来れば『普通でありたい』。
それだけ、なんだよな。

それにしても──


「……何処から調べがついた?」
「あたしが独自で探したのよ。まずは彩斗の身元を調べて、そこから系譜を辿っていけば……母方の本家は京都の晴明神社だってね。それでピンときたわ。それに、父方の家系は代々と国家公務員らしいじゃない?」


それを示す実績が、ここにあるわ──と告げ、アリアはポケットから1枚の紙を渡してくる。
教務科から提供されたであろうそれは、入学してからの俺の実績だ。


『1年時解決依頼及び事件:58件。(強盗・密輸・潜入等)
2年時解決依頼及び事件:1件。(バスジャック)
総解決数:59件。(学年1位)』


……いやはや。我ながら大したモノだ。
と嘆息すれば、アリアは口の端を僅かに歪ませて、


「これなら進級までの単位を揃えてるのも納得ねぇ。しかも解決金はそれなりにあるワケでしょ? 流石は私が見込んだだけはあるパートナーね」
「お前の発言さ……貯金額の多少で結婚即決をする女だぞ」
「けっ、結婚なんて、そんな──馬鹿みたいっ! 誰があんたと結婚するってのよ! 馬鹿っ!」
「ちょっ、待てっ! 痛い! 痛いからやめろっ!」


優美なお嬢様のような表情から一転、頬を紅潮させて俺を容赦なくぶん殴ってくるコイツは……どうやら、ツンデレというモノかもしれない。理子が前に言ってた。

そんな混沌とした状況をぶち壊したのもまた、アイツで。


「何してんだよ……お前ら」
「「遠山……キンジっ」」
「揃いも揃ってハモるとか、仲良いな。お前ら」
「「それはない」」


リビングの扉付近で、いつかのように見てはいけない光景を見てしまい、罪悪感に苛まれたような顔をしているキンジ。
お前が出てきてくれるのは有難いのに、タイミングがつくづく悪いねぇ。誤解されるのは、俺としては些か不満だ。


「べっ、別にコイツはあたしのドレイだからっ! それ以上でも以下でもないわっ!」
「まだ何も聞いてないぞ、アリア」
「うーるーさーいっ!」


抜きざまにガバメントを発砲したアリアは、キンジの足元──もとい、俺の部屋の床に弾痕を付けやがった。
この部屋には発砲音とキンジの悲鳴が響き渡り、俺は保身のため、大人しく自室に籠ることとなるのだ──。
 

 

標的は──?

──預金金額を指定の後、お金を入れて下さい。
無機質な機械音声を耳に入れつつ、俺は封筒から取り出した札束を、口座に預金する。

それなりの厚さを誇るこれは、先日のバスジャック解決者に給与されたモノで──いわば、解決金。
それが教務科から現金郵送で送られてきたのだ。
恐らくは、アリアやレキのみならず……車輌科や鑑識科も同様だろう。

俺の場合、約10万円とはいえ、立派な資金だ。後々のために貯金しておかねば、痛い目を見るのは自分だと──そう、父親から教えられていたから。

そうして一連の流れを終え、俺は通帳の中身を確認する。
今回の預金で10万円。だとすると、預金額は約389万のハズ……なのだが。
おかしい。489万円になってるぞ。機械のミスか?


「……何処から100万が入ってきたんだよ」


誰にともなく呟き、俺はその場を後にしつつ、100万の出処を模索する。預金通帳片手に、男子寮までの道程を歩いていく。
そして考えること、数分。漸く思い出せた。その、出処。

──思い当たる節は、1つ。


(……教授、とやらか)


そう心の中で呟き、かの男の目的を思い返す。
あの男は……どうやら、俺にアリアを守って欲しいらしく。その為だけに、俺を利用しているのだ。
アリアを守って何がしたいのか。それだけが分かれば、いいのにな。

まぁ──と俺は一区切り付けて、


(……成すべきことをやるだけか)


そう結論付け、家路を辿っていくのだった。







「アリア、ちょっと話がある」
「……何? 改まって」


リビングのソファーで優雅にコーヒーを飲んでいたアリアへと、俺は言葉を投げかけた。
僅かに眉を顰めつつも問い返してきたアリアに、手短に告げる。


「……武偵殺しの件について」


その一言で、まるで真剣味を帯びた表情に一変したアリアは、静かに俺の隣へと座ってきた。
聞こうということか。なら、話し始めるとするかね。

だが、その前に──


「キンジは?」
「アイツなら、部屋で理子と何かしてるわよ」
「あー……」


あれか。キンジと白雪をカップル成立させるためのプロットでも練ってるのか。理子はああいうの得意そうだもんな。

成程──と小さく呟いた俺は、思考を別に変える。
それは、これから話す話題──武偵殺し。帰宅途中に俺なりに推理した内容を、アリアにも話してみよう。
果たしてどうなるかは分からないが、やってみないことにも分からない。

推理の一纏めが出来たところで、俺は口を開いた。


「……可笑しいと思わないか、アリア」
「……何が?」
「あの日、武偵殺しが俺たちの自転車に爆弾を仕掛けることができた、という件についてだ」


ここまで言ってもなお、小首を傾げているアリアは……推理が苦手なのだろうか。俺でさえ苦手だというのに。
そんなアリアに対し、俺はその詳細を告げる。


「いいか? 登校時の俺とキンジの移動手段は、3つある。徒歩と、自転車と、バスだ。その中で見事に自転車と判断できたのは……何故だろうね?」
「……あぁ、そういうこと」


──おや、少しばかり分かってきたかもしれないね。
そんな一筋の期待を抱きつつ、俺は続ける。


「何かしらの工作を行わなければ、それは不可能だ。盗聴、盗撮といった類のモノを、ね。……生憎、俺だとそれらの有無は分からないけど──」


それでも、


「──仮定の1つとして、実行犯を探し出せることには変わりないだろう。重要なのは、武偵殺しの狙いだ」
「……狙い?」


そう。武偵殺しの狙い。様々な武偵を狙ってはいるのは、本質である《《彼女》》を狙うことを悟られないようにするためだろう。
恐らくは──カモフラージュ。


「これだけは分かっといて欲しい。狙いは……お前だ。アリア」
「……えっ。あたし?」


意味が分からない。その心情をそのまま表したような表情で、アリアは告げる。
やはり自覚がなかったか──と小さく溜息を吐いた俺は、脳に叩き込んでおいた推理を、更に展開させた。


「いちばん初めに武偵殺しが動いたのが……いつだっけな。まぁ、代表例としても──数ヶ月前の、アンベリール号か」


あの時狙われた武偵──遠山金一、キンジの兄だ──は、己が安全を後回しにしてまでも、乗務員と客を最優先に避難させたのだという。

それだというのに、メディアは『乗り合わせていながらも事故を未然に防げなかった無能な武偵』と叩き、ひいては家族に至るキンジにまで誹謗中傷を浴びせたとか。

実に不快な事件であるが故に、よく覚えてる。


「で、それ以降に姿を現さなかった武偵殺しが再度確認されたのが……例の、チャリジャックだ。模倣犯にしては手が込みすぎてるし、確実に殺す為の兵装を整えてたしな」


何より、


「チャリジャックの際にお前が救出に来てからというもの、武偵殺しは活発に動き出した。先日のバスジャックだ。早めの行動が功を奏したものの、車体に仕掛けられていたC4も……確実に、殺すためのモノだろう?」


ここから分かるのは、2つ。


「武偵殺しがお前を誘き出し、罠に嵌めた。罠と形容するからには、お前自身に何かがあるハズだ。武偵殺しを逮捕しなければならないほどの、重大な事案が」


そして、もう1つ。


「武偵殺しは……意外と身近な存在だろうね」
「身近な……?」


絞り出して発された声は、聞きたくもあり、聞きたくもなし──といったアリアの心情を示唆しているようで。


「武偵殺しを何らかの為に捕まえようとしているアリアを誘き出している、と。そう、推理した。勿論、これにも理由があるんだが……」


分かりやすいのは、先日のバスジャックだな。


「あのバスジャック。あれはアリアを誘き出す恰好の餌食だし、何より、アリアが武偵殺しを逮捕すると分かっていなければ出来ないことだろうね」


だからこそ──と俺は一区切りつけて。


「身近な存在だと、仮定できる」


しかし、俺はその名を静かに告げる。直感混じりの推理にしても、納得のいってしまう、その名を。
俺たちの身近な存在で、且つ、工作活動が得意な人間。


「──峰理子。紛うことなき、アイツだな」
「……っ、理子が?」
「……あぁ。ここまでが、俺の推理だ」


といっても、まだ曖昧なのだ。酷く曖昧で、不鮮明で、パズルのピースにも成り得ない。
でも、仮定としては十分すぎるのだから──


──暫くは、泳がせてみるか。
 

 

武の論立者

「遠山キンジ。よく聞きなさい」
「……何だよ、朝っぱらから」
「良いから聞くっ! ソファーにおすわり!」
「はいはい」
「『はい』は1回っ!」


なんて会話が、朝も早々にリビングから聞こえてくる。
その言に従ってソファーの上に正座したキンジは、アリアに諭されるような形になった。
何を話すんだか──。そう呟きつつ、俺はキッチンで朝食を作る手を止める。


「昨日、彩斗が武偵殺しについての論立をしたの。その内容を簡潔に言うから、よーく聞いてなさい。良いわね?」
「……武偵殺し? あれは模倣犯じゃないのか?」
「その件についても、彩斗の見解があるわ。……ほら、彩斗っ! ボケっとしてないで早く説明しなさいっ!」
「いや、俺が説明するのかよ……」


流れるような動作で人差し指を俺に向けたアリアは、昨日の武偵殺しについての見解を俺に説明させたいらしい。
……覚えてないのかな。説明するのが面倒臭いのかな。どっちなんだろう。

まぁ、どっちにしろ──と区切りを付けた俺は、付けていたガスコンロの火を消し、件の推理を詳細を反芻していく。
それが一通り纏まったと同時に、口を開いた。


「あくまでも俺の見解だが──武偵殺しの真犯人は……探偵科の峰理子だ。お前も昨日会っただろ? アイツだと俺は思う」
「……本気で言ってるのか? あの馬鹿キャラが?」
「それが上手い具合にカモフラージュしてるんだよ」


まぁ、理由としては──と前置きをし、俺は2本の指を立てる。


「……始業式の日に俺たちが自転車通学をすることを、何故、武偵殺しは予め予測出来ていたのかな?」
「それは……盗聴とか、か?」
「おや、目の付け所が良いねぇ。そう、そこなんだよ。キンジ。何かしらの工作を行わなければ、それは不可能だからな」


だから、仮定の1つとして──。言い、俺は指を1本折る。


「工作活動が得意な人間、と分かるワケだ」
「でも……そんなのは無かったろ? この部屋には」
「言ったろ、キンジ。この論立は、あくまでも……仮定だ。実証が出れば、それは真実になる」


そのために、と俺は付け加えて。


「今日の昼に鑑識科の人間をこの部屋に手配する。盗聴器やらが出れば、ほぼ確実だな。……さて、2つ目の仮定だ」


指をもう1本折り、それが印象付けられたところで、話を続ける。


「真犯人は、意外と身近なところに居る──という仮定の詳細を、説明しようか。何故、理子がその対象に成り得るのかを」


その説明も、よーく考えれば簡単なことだ。
口の端が歪むのを直に感じながら、俺は推理を展開させていく。分かりやすいように、且つ、支離滅裂にならぬように。


「武偵殺しが動いた代表例が……数ヶ月のアンベリール号か。キンジ、お前の兄さんが殉職した事件だ。覚えてるな?」
「……あぁ」


キンジの表情が、心做しか曇ったような気がした。
敢えて触れずにいたような、心の奥底に押し留めていたような──。それが、ここで開かれたのだ。無理もない。

アリアもこの気まずい雰囲気を感じ取ったのか、『早く何とかしなさいよっ』と言わんばかりの視線をこちらに向けてくる。
……ふむ。なら、続けるとするかね。

「……で、だ。それ以来大人しかった武偵殺しが活発化したのが、例のチャリジャック。しかも、その時にアリアが助けてくれたろう? 裏を返せば、《《助けられなければならないほどに》》俺たちは追い詰められていた」


その要因たるモノは、たった1つ。


「あれだけ大量のセグウェイに、UZI。どう考えても、財力を注ぎ込み過ぎている。ともすれば……模倣犯ではなく、真の武偵殺しと判断することが可能になるワケで」


そこから分かるのは、2つ。


「武偵殺しを何らかの為に捕まえようとしているアリアを誘き出している──と。そう、推理した。勿論、これにも理由があるんだが……」


分かりやすいのは、先日のバスジャックだな。


「あのバスジャック。あれはアリアを誘き出す恰好の餌食だし、何より、アリアが武偵殺しを逮捕すると分かっていなければ出来ないことだろうね」


だからこそ──と俺は一区切りつけて。


「身近な存在だと、仮定できる。盗聴器があればそれで情報は得られるし、近くに居た可能性も無きにしも非ずだ」


これらを纏めると、


「多大な財力を有し、盗聴器やらの実証が出たのならば、工作活動が得意な人間となる。尚且つ、身近な存在と指定すれば……ヒットするのは、武偵である峰理子だ。アイツが何故アリアを狙い、アリアが武偵殺しを追い続けるのかは──まだ、俺は知らないけれど」


後々話してもらいたいモノだな──裏にその真意を含めながら推理の証明を終えた俺は、返答を聞く余地もなく、再度、朝食の準備に取り掛かる。

何とも言えない表情で思案しているキンジが、俺の目には酷く印象的に映ったのだった──。


 

 

本当にそれでいい?

日もとうに高く昇った頃、アリアに連れられるようにして来た俺は、眼前に聳える建物を見渡し、誰にともなく呟く。
桜の代紋が掲げられ、警察車両が数台停められているここは──


「新宿警察署……?」
「……そうよ。ここが、彩斗に話したいことに関連するの」


俺の数歩前で歩いていたアリアは、その足を止めると、薄桃色のワンピースの裾を靡かせるようにして振り向いた。
その様子は宛ら小柄な西洋人形のようで、道行く人々が視線を固定させられるほどには可愛らしい風貌である。

今日のアリアは珍しく私服で出掛けており、俺からすれば武偵校のセーラー服姿しか見ていなかったモノだから……少しばかり、新鮮な感じだな。


──閑話休題。


ここに来ている理由だが、アリアは俺の立論を聞き留め、朝食を済ませた後に『話したいことがある』と話題を持ち掛けてきたのだ。

曰く、その内容が『あたしが武偵殺しを追う理由』だとのことで。

それを詳しく理解させるためにアリアは、ここまで俺を連れてきたのだという。どんな経緯であれ、知らせるべきかと──そう考えたのだろう。

そう一考しつつ、俺は腕時計の文字盤を一瞥した。
……ふむ。丁度今は俺の部屋に鑑識科が来ている頃か。応対はキンジに任せてあるし、結果は分かり次第に告げてもらうつもりだ。そこら辺は問題ないかな。

そう結論付けた俺は、既に建物内に入っているアリアを追うために、歩を進める。
自動ドアの開閉音でアリアと俺が入ってきたことに気が付いた警官の1人が、穏やかそうな笑みを浮かべつつ口を開いた。


「神崎アリアさん……ですね。そちらの方は付き添いでしょうか?」
「まぁ、そんなところね」
「分かりました。それでは、《《案内》》します」


警官に言われるがままに、アリアは後を追っていく。俺も遅れないように小走りで駆け寄っていった、のだが……。
はて、案内された先は面会室か。ともすれば、アリアの親族か知人が何らかの罪に問われた──と考えていいのかねぇ。

警官は内ポケットから取り出した鍵を鍵穴に挿し込むと、慣れた手つきで施錠した。
そして、ドアノブに手を掛けて、


「それでは──どうぞ。私はここで待機しておりますので」


その一声と同時に、面会室へと続く重厚な鉄の扉が開かれる。
先にはもう1枚の扉があり、他の部屋とは変わって、厳重な警備をしていることも明らかだ。


「……行くわよ」


意を決したような声色で呟き、アリアはドアノブに手を掛ける。
軽快な金属音の後に視界に飛び込んできたのは──アクリル板の向こうに座っている、1人の女性。

2人の監視官に挟まれるようにして座っている彼女は、アリアと俺が入室したことに気が付いて、小さく会釈した。
それにしても……見覚えがある顔だ。何処で見たっけか──と瞬時に思考を巡らせ、思い付いたのは、1つ。

アリアの持っているガバメントのグリップに埋め込まれていた、カメオ。俺の記憶が正しければ、それに彫られていた……んだっけか。

柔らかな曲線のロングヘアーに、オニキスを連想させる瞳──


「……アリア、その方は? 彼氏さん?」
「別に、そういうのじゃ……ないっ。誤解しないで、ママ」
「そうかぁー……。アリアも遂に彼氏さんが出来たかぁ」


──おっとり、と形容する他ないこの女性は、どうやらアリアの母親らしく、何処か似たような雰囲気を醸し出していた。
アリアも成人したらこうなるのかねぇ……。なんて胸中で呟きつつ、俺は椅子に腰掛けたアリアに控えるようにして立つ。


「コイツは……武偵校のクラスメイトだし、彼氏なんかじゃないわっ。でも──」


必死に弁明するような表情で、己が母親へと語り掛けるアリア。
アクリル板の向こうに居る彼女はそれを穏やかな顔付きで見つめていたが、続く一言で、一層晴れやかな表情へと一変した。


「──あたしのパートナー、って形容した方がいいかな」
「……本当に? この方がパートナーさん?」
「そうよ。如月彩斗、強襲科所属のSランク武偵。28代目安倍晴明の──れっきとした、血統者だから」


そう告げたアリアはどこか誇らしげで、さも目標の1つを成し遂げたと言わんばかりの声色が、それを示唆していた。
それを耳に入れたアリアの母親は、何度も俺の名を呟いてから、しっかりと俺の目を見据えて、


「こんにちは、彩斗さん。アリアの母親である神崎かなえと申します。娘がお世話になっているようで」
「まぁ、こちらも同意するような形でパートナーとなりましたしね。お世話になっているのは俺もですが」


言いつつ──俺は、脳内で思考を巡らせる。
何故、この面会室だけセキュリティ一が高いのか。本来なら1人で事足りるハズの監視官が、2人体制で彼女を見張っているのか。

アリアの母親──かなえさんが凶悪な犯罪者、という風体には直感からしては思えないが、はて、そこは外見では分からないモノだねぇ。

仮に犯罪者では無いとするならば、こうして彼女が拘留されている原因として考えられるのは、恐らくこの1つ──


「──冤罪、か」


意図せずして発されたその声を聞き留めるやいやな、部屋中の雰囲気が剣呑な雰囲気に変化した……ような気がした。
僅かながらその瞳を見開いているかなえさんを横目に、アリアは振り返って俺と視線を合わせてくる。


──何で分かったの?


とでも問うように。


「……やっぱり冤罪か。ともすれば、アリアが武偵殺しを執拗に追い続けているその理由っていうのは──」
「──ママが武偵殺しに濡れ衣を着せられたから、よ」


今朝、アリアが話したいことがあると言い、俺をここに連れてきた。それはアリアの母親たるかなえさんが、武偵殺しに濡れ衣を着せられ、有りもせぬ罪に問われている現状を、俺に伝えようとしたからに他ならない。

……よって、ここに帰結すると。

アリアはこの現状を理解してもらえたと判断したのか、かなえさんへと向き直るように体勢を変える。
そして、口早に──今までの事案を、告げていく。


「ママ。面会時間が短いから、手短に話すけど……コイツは武偵殺しの3人目の被害者のうちの1人なのよ。先日、武偵高で自転車に爆弾を仕掛けられたの」
「まぁ……それは災難ねぇ、彩斗さん」
「さらにもう1件。先日にバスジャックが起きてる。ヤツの行動は、急激に活発になり始めてるの。てことは、もうすぐシッポも出すハズだわ。だからあたし、狙い通りまずは『武偵殺し』を捕まえる。ヤツの件だけでも無実を証明すれば、ママの懲役864年が一気に742年まで減刑されるわ。最高裁までの間に、他も絶対、全部なんとかするから」


真剣な面持ちで告げられたその一部に、些か耳を疑うような数値が出てきた。それを耳にするやいやな、俺の脳は即座に否定の意を示す。
懲役864年が、742年まで減刑される……だと?

事実上の死刑じゃないか、そんなの。
それに、この判決は、日本では有り得ない。となると、海外で裁判したのか。恐らくだが。

……いやはや、冤罪と確定したとはいえ、武偵殺し1人では、とてもこんな判決は出ないだろうねぇ。
ともすると、複数人分の濡れ衣が着せられているとでも考えようか。

と一考しつつ、俺はアリアに視線を向けて口を開く。


「……アリア、横槍を出すようで悪いんだが──かなえさんには、武偵殺し含め、複数人分の濡れ衣が着せられている。なら、武偵殺しは何らかの組織、或いはグループの一員なのか?」
「──根源は、イ・ウー。武偵殺しも、ママに濡れ衣を着せた他のヤツも、全員ここに属してるわ」


──イ・ウー。それが、武偵殺しの属する組織であり、一連の騒動の根源であるというのか。
にしても、聞いたことの無い組織だ。極秘の組織なのかねぇ。


「……アリア。さっき、パートナーは彩斗さんと言ったけど──本当にこの方で大丈夫なの? 力量も信頼も足るべき人なの? アリアにとって」
「じゃなきゃ、パートナーにするワケないでしょ」
「……そう。分かったわ」


言い、かなえさんはその瞳を静かに閉じる。
そして、何やら思案したように顎に手を当ててから、俺とアリアを交互に見据えた。
そうして発された言葉は、子を想う心ゆえに──か。


「……無理はしない程度に闘いなさい。その身が朽ち果ててしまったら、元も子もないでしょう。そのためのパートナーなのだから、お互いに信頼関係を築くこと。私は、貴方たちに──全てを託すわ」


──直後、監視官による無慈悲なディスタンスが築かれた。
 
 

 
後書き
(この回を飛ばしてました。すみません。(白目)) 

 

予行演習《プロローグ》

「キンジ……本当なのか?」


受話器から聴こえてくる、聞き慣れた声。その主から告げられた事実に、俺は僅かに戸惑いつつも──否。解っていたにも関わらず、現実を直視できない不甲斐なさを呪いつつも──絞り出すような声で、それに応える。

心も声も、この新宿警察署前の喧騒に呑まれぬように。
頭が真っ白になってしまいそうな感覚に傾注しながらも、受話器から発される機械音声に、耳を傾けた。


『あぁ、信じたくないが……どうやらマジらしいな。玄関の下駄箱の隅に小型の盗聴器が仕掛けられてた。超広範囲集音型ってモノらしく、俺たちの部屋くらいの広さなら余裕で集音できるらしい。指紋鑑定も行った上での結果であり、類推して数日前に仕掛けられたモノだとよ』


告げられた事実に向き合うようにして、それらを脳内で整理する。数秒の空白の後、小さく口を開いた俺は、


「──分かった」


それだけ言い残し、通話を終えた。折り畳んだケータイを内ポケットに仕舞い、歩道の端に佇むようにして一考する。
鳴り響くエンジン音と、話し声。この喧騒の中での考え事とはそうそう容易にできるモノではないだろうが、始めるとするかねぇ。

誰にともなく胸中で呟き、親指を顎に添えるようにして、人差し指と中指を頬にあてる。

……指紋鑑定。設置日時。これらを踏まえても彼女が武偵殺し足り得ると。そう、結論付けられるのだが。
俺としては、1つだけ。どうにも気に掛かる点があった。
さて、何故だろうか──と彼女が残したその意図を探るが、如何せん、それが読めない。


──何故、盗聴器に指紋を残したのだろうか。


深度もそこそこの推論に意識を向ける俺の心境を思慮してか否か、俺の隣に位置しているアリアは、その赤紫色(カメリア)の瞳でしっかりと見据えてくる。

頭の遥か上を通り過ぎてゆくジェット機の轟音を無意識的に耳に入れた俺は、これ以上の推論は非効率だろうな──と判断を下し、腕を組みつつ視線を合わせた。
何処か不安げな、僅かに潤んだ、その瞳へと。


「部屋から盗聴器が見つかった。それも、玄関の下駄箱に。小型の盗聴器みたいだったから、気が付けなかったのも頷けるな」


確かに下駄箱は常日頃から使っているとはいえ、わざわざ埃の溜まる端を注視することなど、そうそうない。
だからこそ狙われやすいのだし、現に俺たちも気が付けなかったワケだ。

そして──。と俺は補足する。


「それらの盗聴器からは、峰理子の指紋が検出された」
「…………っ」


声にならない声、とでも形容するのか。息を呑んだかのように喉の奥が鳴るような音が、喧騒に紛れて響いた。
アリアからしても、まさか──と思ったのか。まぁ、それもそうだ。

まさか、クラスメイトが世間を騒がせた張本人などとは──普通は考えつかない。それは俺もキンジも同様だ。
しかしこれで、仮定は真実へと変貌した。アリア含めて俺たちに残されたことは、ただ1つだけ。


「…………理子、絶対に許さないから」


僧悪の多分に篭った声と硬く握られた小さな拳が、燻った感情を明喩していた。
アリアのその感情は、俺とて理解できないワケではない。寧ろ、十二分に同情できる。

しかし、数年前に両親を《《亡くした》》俺の哀傷には、到底勝るモノではないが──だからこそ、助けてやりたいと。切に願うのだ。
その為にも、まずは目先の事案を解決しなければならない。

俺に何が出来るのか、と彼女自身に問われれば、それは未だ漠然たる解答にこそなってしまうが──。


決して人通りの少なくないこの通りで、俺は悲憤の念を露わにして俯いているアリアの手を、そっと両手で包み込むようにして握る。
およそ女児と見間違わんばかりに小さなその手は、温かで、可愛らしくて、何処か安心感さえ感じるほどだった。

不意に起こされた行動に、アリアはハッと顔を上げ、潤んだ瞳で視線を合わせる。そして、羞恥のために頬を紅潮させて。


「なっ、何よ……いきなりっ」
「……いいか、アリア。俺はお前の《《パートナー》》として、武偵殺しを逮捕する。これは俺1人では到底出来ないだろうし、お前1人でも同様だ。でも、2人なら……それが出来る」


──こうやって、少しでも不安が和らぐような言葉を投げ掛けてやることぐらいか。俺が出来るのは。
……この問題は、お前だけの問題ではないんだ、と。


「パートナーだからこそ、俺はアリアを信頼してる。だから、アリアも俺のことを信頼してほしい。分かるね?」
「……うん」
「そう言ってもらえて嬉しいな。まぁ、だからこそ──」


……だからこそ、だ。この感情は。


「──俺はお前を、守りたい」







──羽田空港から離陸した旅客機であるANA600便は、その到着先をロンドンのヒースロー空港へと定め、絶賛飛行中と相成っていた。
窓から見える千切れ雲を横目に、俺とアリアはファーストクラスの席でくつろいでいる。

数分前にキャビンアテンダントから受け取った飲み物を1口含み、口腔内を潤す。これから始まるであろう《《舞台》》への下準備と考えれば、内心合点がいった。

アリアもアリアで大好物のももまんを頬張り、満足気な笑みを浮かべてワンセグを視聴していた。
こんな一時を過ごしている今は、この空の旅が小一時間ほど経った頃だろうか。


「……ねぇ、アリア」
「どうしたのよ。改まったような顔で」
「まぁ、これから話すことは……なんて言うんだろな。所謂、《復習》に該当る。武偵殺しの、とある1件の話だ」


そう。これは先程、武偵殺しに関しての最終情報を別に待機しているキンジに調べて貰った結果であり、俺としても彼としても、酷く信じ難い、その内容。

既に脳内にインプットされているそれらを反芻しながら、更には、アリアの顔を窺いながら、いつもに増して重みを感じられる口を、開く。


「キンジから聞いた話だ。どうやらアイツ、情報科と協力して……武偵殺しに関する資料を警視庁から借りたらしい。勿論、その中には事件の詳細が記されていたんだが」


──ただし、と付け加えて。


「俺たち含め、武偵殺しの被害者はバイクとカージャックだけじゃなかったらしい」
「……どういうこと? もしかして、隠蔽工作っ?」
「おや、勘が鋭いな。流石はアリアだ」


言外に当たりだと告げてみせ、その緋色の髪を手櫛(てぐし)()くように撫でてやる。
羞恥と安堵の入り混じった笑みに苦笑すれば、アリアは「アンタのせいだから──」と言わんばかりに睨み付けてきた。

……ふむ。ここで怒らせても困るし、アリアの反応を見て遊ぶのはこの辺りにしておくかね。
そう思い、そっと手を引く。再度、口を開いた。


「話を戻すか。まぁ、アリアの言った通り──隠蔽工作。所謂、可能性事件、ってヤツさね。これは分かるな?」
「勿論。武偵だもの」


自信に満ち溢れた笑みを浮かべ、流暢に説明してくれる。


「公には事故ってことになっているけど、何者か──第三者の仕業で隠蔽工作をされて、真相が分からなくなっている事件。でしょっ?」
「その通り。この場合は、武偵殺しが裏で手を回した可能性が高い。ましてやその正体が理子だとしたら、共謀者が居る筈だ」


それが誰なのかの議論については、内容は事欠かない。


「幾つあるか分からない可能性事件の1つとして挙げられたのが、この事件だ。覚えてるかな──『浦賀沖海難事故』」


その名称を告げれば、アリアは己が知識から一点を引き出そうと記憶の修復作業に入る。
数秒の後、何やら合点がいったかのように俺の瞳を見つめて、


「……アレね。メディアに大々的に報道されて、武偵制度の有無に大きな議論がされたヤツ。確か、死亡者が出てて……」
「2008年12月24日。遠山金一武偵、19歳。分かりやすく言えば、キンジの兄が──殉職した事件さね」


彼は豪華客船沈没事故で、逃げ遅れた乗客と乗務員を助けるために、自らの危険を鑑みずに最後まで残ったという。
その事実はキチンと残っており、知る人ぞ知るモノだ。

だが、乗客たちの訴訟を恐れたイベント会社・一部の乗客たちは、事故後、彼を激しく非難した。
曰く、船に乗り合わせていながら事故を未然に防げなかった、無能な武偵と。

表面ではこのようにこそ報道されてはいるが、裏の情報としては、『武偵殺しによるシージャックだった』と噂されている。
彼と武偵殺しの一騎討ちに合い、敗れたのだ──と。

ともすれば、奴は危険だ。遠山家の血を引いた……つまりは、HSSを相手にして、勝利を手にしたということになる。
HSSともなれば、しかも、キンジより幾枚も上を行く彼を凌駕する存在になる。武偵殺しは。


「……アリア。武偵殺しは、強い。俺よりも。お前よりも」
「……うん。それは直感的に分かるわ」
「だから、慎重にな。感情に流されるな。アリアの悪い癖なんだからな。それは」


優しい声音で諭し、窓から見える景色を一瞥した。
そろそろ、事態が動く──と言わんばかりに。
俺の直感が告げている。脳内でけたたましく警鐘が鳴る。
武装を確認しつつアリアへと視線を寄越せば、彼女も力強く頷いた。


──刹那。


僅かに緊張の色が滲み出たこの静寂を撃ち破ったのは、機内に響く、2発の銃声。
そして。それを聞き留めた乗客の、狼狽の声。


「……っ、アリア!」
「分かってる!」


文字通り老若男女が混乱で行き交うその原因たる銃声源を仮定した俺は、即座に扉を開き、混沌たる廊下へとその身を晒す。
ホルスターから抜いたベレッタの照準を、其奴(そいつ)に定めようとして──ヒュッ、と。喉が鳴るのを直に感じた。

一見して、ただのキャビンアテンダント。
しかし、何処か畏怖の念を感じさせる瞳と手にしている銃は、彼女がただの人間ではないことを示唆している。

華奢なその手に握られているのは、ワルサーPPK。その銃口は迷いなく、既に部屋に篭った乗客ではなく──彼女に対して敵意を剥き出しにしている、俺たちへと移された。

……あぁ、間違いない。コイツが、俺たちが《《掛けた罠》》に捕えられた張本人であり、アリアの母親に濡れ衣を着せた武偵殺しであり、そして何より──


「……やっぱり、かぁ」
「──理子。罠と分かっていても、己が欲している対象の存在をチラつかされれば──来ないワケにはいかないだろう?」


トリガーガードに掛けられた人差し指の動きを注視しつつ、俺はキャビンアテンダント──否。峰理子へと、語り掛ける。
風貌こそ大きく異なるものの、彼女が発する雰囲気は、何処となく理子を感じさせていた。

直感と形容する他はないが、現にそれは的中した。ならば、ここからは段取り通りに動くだけだ──。
そう、胸中で呟く。それと同時に、先々のプロットを脳内で反芻していく。


「……そっかぁ。あの電話って──あっくんだったんだぁ」


何やら納得したかのような声色で独り言を洩らした理子は、徐に首元に手を伸ばしてから──乾いた音と共に、その仮面を剥ぎ取っていく。

およそ健康的な女子高生を思わせる白い雪肌に、虚空に靡く金髪のツインテール。照明に反射した金色の瞳は、しっかりと俺たちを見据えていて。


「あの電話が、『罠』だったんだ?」
「……あぁ。今更気がついても遅いがな」


そう。俺が使ったのは、超古典的手段。それでいて、それなりの結果は見込めるであろう、それを。

変声術を駆使したとはいえ、俺直々に理子へと通話を仕向け、暗にアリアの所在地を告げたことには変わりない。
そして、理子こと武偵殺しは──アリアを何かしらの目的で誘き出し、ひいては何かしらの行動を起こす為に、今に至るのだろう。


「……さて、どうする? 武偵殺しさんよ。こうなった今、目的を完遂させる前に逃げるか、大人しく逮捕されるか──の2択に行動権は絞られたが」
「……今更退くなんてつもりは、毛頭ないから」

己が意志を鼓舞するかのような、呟き。
それと共に、理子は軽やかな足取りでバックステップをし、俺たちから数メートルの距離を取って──。


「始めましょう、2人とも。この運命によって導かれた舞台は、既に幕を上げているのだから。……オルメスとリュパン家の、因縁の舞台。オルメス4世と、リュパン4世の、ね」


──予行演習(プロローグ)は、これにてお終い。

 
 

 
後書き
将棋の羽生善治九段が前代未踏の地を踏まれました。いぇい。

追記:2019/06/14 に言い回しを追加しました。  

 

緋が奏でし二重奏 Ⅰ

「始めましょう、2人とも。この運命によって導かれた舞台は、既に幕を上げているのだから。……オルメスとリュパン家の、因縁の舞台。オルメス4世と、リュパン4世の、ね」
「……理子、何処からそれをっ──!」


──オルメス。この単語がアリアの耳に深く染み付き、グリップを握る華奢なその手に小さく血管が浮き出るほどに、彼女を感傷的にさせたのは……いったい、何故だろうか。

聞けば、オルメスと対峙するような、リュパンという名。
知識があるなら即座に行き当たるであろうその先は、フランスの大怪盗──アルセーヌ・リュパン。
4世ともなれば、理子はその曾孫であると類推できる。

としても、かの単語がアリアを感傷的にさせたのは、俺とて重々感じている。理子がそれを狙って発言したのだろうというのも、また。

だからこそ──。

僅かに見開かれた赤紫色の瞳を一瞥しつつ、俺はこの2人の行く末がどうなるのか──はたまた、どう対処するべきか、と。一瞬の交錯で、思考を巡らせていた。

理子はそんな俺へと嘲笑(えみ)を零し、ワルサーの銃口を、しっかりと対象を見定めるかのように、俺へと向ける。
……暗に俺が本命だと告げているのか。或いは、邪魔すれば容赦はしないということか。

それはどっちでもいい。しかし、ともすれば、彼女の動作には細心の注意を払っておくべきだろう。

それにしても──


「……オルメス、だと?」
「あれ、あっくん──パートナーなのに、そんなことすら知らされてないんだ?
アリアは散々と人のことを探っておきながら、自分のことは打ち明けようともしない。
……そんなモノは、完全な信頼関係とは言えないんじゃないのかなぁ? ねぇ、アリア」
「……それはっ──」


困惑と躊躇と狼狽と。理子がアリアの士気を下げ、その間に何らかの行動を起こそうとしているのは──直感的に、分かる。
だから、背に携えている《緋想》の柄に瞬時に手を掛けることは、可能だ。《明鏡止水》さえ発動すれば、こちらに分が有る。

目を右往左往に泳がせるアリアを睥睨するように、理子の口から愉悦の嘲笑が溢れ出た。最早、敵だと確言せんばかりに。
ワルサーの銃口は俺へと向けられているにも関わらず──否。
そうであるからこそ、本命(アリア)を狙うその意気だけは、隠し切れていない。



「くふふっ。理子が知らないとでも思ってたの? だとしたら──とんだお間抜けさんだね。……オルメス」


────お前を倒しに来た。そう、言わんばかりに。


「……御生憎様だけれど、理子。アタシたちはアンタを捕まえに来た。『武偵殺し』としての悪行は看過できるモノじゃないし、何より──」


そこまで告げたアリアは、2丁拳銃のガバメントの照準を、確りと理子へと定めながら、口の端を哀傷に歪める。
指は既にトリガーガードから外されていた。それが示唆するのは、ただ1つだけ。


「──ママに冤罪を着せたことは、絶対に赦さないわっ!」


瞋恚(しんい)の言と共に理子へと向かうは、累乗数的に増えてゆく.45ACP弾。
機内に鳴り響く轟音と、焚かれるマズルフラッシュ。
理子のサイドを掠めるような軌道で飛来してゆくそれらは、アリアの強い決意を表していて。


……加勢するなら、ここがベストか。


そう判断した俺は、身動きが取れる状況では断じてない理子を警戒しつつも、《緋想》を、その刀身を、露わにする。
──刹那。スローモーションへと成り行く、俺の視界。
それはアリアの放った銃弾の軌道を視覚化させ、どう動くべきかを暗に告げてくれる。

既のところで銃弾の軌道を読み切ったらしい理子は、『今度は自分の手番だ』とでも言うかのように、空いていたもう片方の手に、スカートの内側から取り出したUZIを握らせてから──


「……お前は邪魔だ。如月彩斗っ!」


豹変した声色と共に向けられた、ワルサーとUZIの銃口。
斬新的に、それでいて、確かに焚かれるマズルフラッシュ。
《明鏡止水》といえど、それなりの速さで迫り来る銃弾の数は──双方合わせて、21発。


──斬るか。否。

──避けるか。否。

──叩き落とすか。否。


「……甘いな」


そう呟けば、見えたのは理子の訝しげな表情と、アリアの悲愴に歪んだ、それでいて、愛らしい顔。
何とも無用な心配だと胸中で笑ってやれば、既に眼前まで迫り来る銃弾へと焦点を合わせた。

──境界の発動条件は、対象物へと焦点を合わせること。
或いは、手を翳し、発動場所を定義すること。
音も無く開かれたソレに呑まれゆくは、理子の攻撃手段。
その一瞬は、無惨にも、あまりにも呆気なく。


「……陰陽術。そうか、お前が遠山金一(カナ)の言っていた──28代目・安倍晴明か」


──理子の納得したような声遣いが、狼狽の意を際立たせた。

 

 

緋が奏でし二重奏 Ⅱ

「……何、だと?」


意図しない狼狽の音が洩れ出る。
いや、まさか。そんな筈はない。せめて聞き間違えで──そう願うも、俺の頭は既に、先程の発言の真意を類推してしまっている。

曰く、何らかの形で、理子がキンジの亡き兄である、遠山金一(カナさん)と関係を持っていたのだと。
ならば、それはどのような形で? あのシージャックとは別件で、なのか? すれば、友達か、協力者か、はたまた──。

──いや、今それは関係が無い。問題なのは、あの人が俺の素性を知っていたということのみ。
無論、俺が親しい人間以外には教えていないことは明らかだ。
その1人であるキンジにも、公言はしないように言った筈なのだが。

それが本当だとすれば。キンジが公言をしていないとすれば。
あの人は何処からその情報を取り入れてきた?
本家と関わりは無い筈なのに。誰も公言していない筈なのに、如何して……?

訝しみ、理子の顔色を窺う。依然として、睥睨するように。

……しても、理子に知られてる、となれば、色々と面倒だ。
コイツのみならず、武偵は金と感情で動く。条件次第では、悪しき方向に情報が漏れかねない。
俺が理子へとアリアの情報詮索を依頼したように、同じような人間が出ることも考えられる。

そこまで思考を巡らせれば、小さく溜息を吐いた。


「……ったく。お前を捕まえなきゃならない理由が、1つ増えたねぇ」
「くふふっ。気になるでしょっ? どうやって理子がその事を知ったのか。何で、あの人と接点があるのか──ってことかな?」
「おや、話が早い。そこまで頭が回るならば──分かるだろう? こっちだって、色々あるのさ」
「それって、アリアの為に?」


戦意を失った純粋な疑問を浮かべた笑みとは名ばかりで、理子は俺たちの関係を少なからず知っている。
どんな会話をしていたのか。どんな行動をしていたのか。
腐っても探偵科のAランクなら、その情報であらかた読めてしまう。良くも悪くも、だ。

だから俺は、小さく笑い返すだけに留めておいて──傍らで事の始終を傍観しているアリアを一瞥した。一瞬、視線が合う。


「……まぁ、大切な人と同類だからな。コイツは。その為なら何でも出来るさ」


言外に『守ってやりたい』と告げれば、アリアはどうやら脳内キャパが限界になったらしく。
頬を紅潮させるやいやな、嬉しいんだかなんだか分からない笑みを浮かべて悶絶してるよ。
……んー、どうなんだろな。これ。戦力外通告してもいいかな。

なんて自問自答していると、理子は宛ら無邪気な子供のような笑みで、


「……女たらしだね、あっくん。それとも無意識?」
「いんや、生憎だが──意図的に言ってるさ。勿論、アリアだけの特権、だな」


言い、苦笑すれば、


「え、アタシだけ……って……?」
「文字通りの意味さね。あとはお察しだ」


我ながら何を口走っているのだろうかとも思うが、これでアリアの士気を元に戻してやることくらいは、出来た……かねぇ。
さて。こうして馬鹿話してるのも良いが。そろそろ、決着を付けないとねぇ。

そう胸中で呟き、俺は虚空へと視線を張り巡らし、累乗数的に境界の位置を指定していく。
無機質な音と共に虚空へと想起されるそれらは、理子を取り囲むように。
更には、両腕と両脚を穿つような射撃角へと微調整する。

──逃がしはしない。


「……ッ、やる気?」
「──さぁて、本番の開幕だ」


避けられぬ鉛の雨。目の前の光景をどう対処するのか。
その思考を巡らせている理子を見据え、片腕を掲げる。
そうして、明らかに雰囲気を変えた理子へと告げてやろう。


「これだけの数、全てを対処しきれるかな?」


宣戦布告と共に掲げた腕を振りかぶり、無機質的な音と共に開かれるは、数多の境界。
そして射出されるは、先程呑み込んだ、21発の9mm弾。
運動エネルギーはあの状態で保たれ、無論、致死性の暴力へと。



「──穿て」







酷く冷徹な声色と共に、21発の銃弾は理子へと迫り行く。
それらが刹那の時に雪肌に達しようというほんの動作の1コマに起きた変化現象を、《明鏡止水》の眼は見逃さなかった。

突如として理子を周囲を(ボウ)と包む、護持するかの如く緋色の光。
それは時を経つ毎に蓊鬱(おううつ)たる存在に成り行き、己が存在を主張してゆく。
依然としてそれに包まれている理子の口元は──歪んでいた。

勿論それは、悦楽に。嘲笑にも近い、それ。
しかし、捉えたのはそれだけではなかった。光が密度を増すのに比例して、理子の金髪のツインテールが、宛ら五指の如く揺れ動いてゆく。

瑠色の、神通力とも見て取れる光の影響だろうか。
理子の髪は恐らく本人の意思によって制御され、メデューサを思わせる佇まいとなり、同時に、凶器(狂気)へと。

鋭い風切り音と共に、理子は己が髪の1本1本を極精密に制御し、迫り来る銃弾を数で包み込む。なお抗おうというのか。
──無謀な行動だ。超高速で迫り行く銃弾は、髪の鎧などいとも容易く穿ってしまうだろう。
その雪肌に紅薔薇を咲かせる未来は、必然的に導かれる。


──その必然が、傀儡(かいらい)の如く操られた。


「……その程度か? 陰陽師」


睥睨の眼差しは、俺へと。
そして、数の鎧で包み込んだ銃弾を、いとも容易く四方八方へ散らせた理子は──哀愁と嗔恚の入り混じったような冷笑を零した。


「アタシは此処でお前を倒して、曽祖父様を越える存在(・・・・・・・・・・)になる。だから、イ・ウーで研磨したこの能力で──アタシは今日、アタシを越えるッ!」


その為に──と理子は俺に目配せし、吐き捨てるかのように、


「如月彩斗。お前にはオルメスのパートナーとしての役割を果たしてもらなきゃならない。
100年前、曽祖父様どうしの対決は引き分けだった。だから今日、アタシがオルメス4世(アリア)を倒せば、あの人を越えたことになるからな」


成程。理子は何としてでもアリアと因縁の対決をしたい──言に従うならば、初代リュパンを越えたい──らしいな。
その為に俺というパートナーを引き付け、一連の騒動を起こし、こうしてやってくることまで読んでいたのだ。

……ならば、受けて立つとするかねぇ。
こっちも罠に掛けた時点で逃がす気がないのは、理子も理解しているだろう。
しかも遠山金一さんやイ・ウーが裏で関与していることも、意図せず聞き出せた。これが最後のチャンスだと見る他ない。


「理子、やるのなら──容赦はしないわよ? アタシはママの為にイ・ウーを追ってる。アンタはその通過点(・・・)でしかないわ」
「お前にとっては通過点でも、アタシにとっては大舞台だ。だから、妥協もしない。本気で行く。そして──」


──二重奏を、アタシに奏でろ。


 
 

 
後書き
宜しければ、お気に入り登録や評価等をお願いします。(*ˊ˘ˋ*) 

 

緋が奏でし二重奏 Ⅲ

その言葉は果たして冀望か否か。
再度、己が髪を精密な制御で凶器と変貌させた理子は、何処かから隠し持っていたらしいナイフを2本、そのツインテールへと──宛ら本物の手のひらの如く、収めた。


「……ッ!」


そして、間髪入れずアリアと俺目掛けて放たれたそれは、《明鏡止水》の動体視力と防衛本能がけたたましく警鐘を鳴らす。
──避けろ、と。防げ、と。

既のところで《境界》による防護壁を展開させることで防がれたそれらは、無惨にも羽を捥ぎ取られて。
一連の結果に小さく舌打ちをした理子は、恐らく彼女が出せるであろう最大の脚力を以て、アリアへと肉薄する。

華奢なその手には、ワルサーとUZI。
遠距離攻撃が《境界》で無効化されるのなら、近接拳銃戦(アル・カタ)でカタをつけようという試みか。

……成程、得策ではある。

常に防弾制服を着用している武偵同士の戦いでは、拳銃は一撃必殺の刺突武器にはなりえない。打撃武器だ。
となるとモノを言うのは総弾数だが──これは、アリアが明らかに不利だ。

アリアの二丁拳銃のガバメントは、総じて14発。エジェクションポートに手で1発入れておくか、チェンバーに予め入れておく必要がある。そうしても、16発だ。

対して理子は、ワルサーとUZI。装弾数は30発を優に超えているのだから、アリアが弾切れを起こした時点で──勝敗は、ほぼ決まってしまう。


まぁ、それは──アリアだけなら(・・・・・・・)、という話なのだが。


それを読み切った上での装備と行動なのだとしたら──先見の明があるのか、はたまた、本気で。
……あぁ、そうだろう。恐らくは、本気で。
本気で、この子はアリアを倒すつもりでいるんだろうな。

だが、アリアはもう止まるわけにはいかない。既に理子は眼前に肉薄してきているのだから。
マズルフラッシュと共に.45ACP弾の奏でる轟音を立てて、至近距離から理子をガバメントで撃ち始めた。

ACP弾の反動は直接的に身体へと伝わり、それが振動となって、アリアの緋色の髪を僅かに揺らしている。
理子の用いる9mm弾の反動さえ小さいが、ワルサーとUZIから連なって射出されるそれらを極精密に操るのは、腕の見せ所、だろうね。


「くっ………このっ!」


お互いがお互いを撃とうとせめぎあう。
しかし、武偵法9条。『武偵は如何なる状況であっても、人を射殺してはならない』という、絶対の了解。

アリアはそれをキチンと守り、理子の頭は狙わない。
理子も武偵として(・・・・・)合わせているのか、アリアの頭を狙うようなことはしない。

まるで格闘技のように、2人の手が激しく交差する。
武偵同士の近接拳銃戦戦は、射撃線を避け、躱し、或いは相手の腕を自分の手で弾き──の戦いだ。

無論、1度でも自分に不備が、或いは間違いが起これば、その時点で攻守逆転になる。非常にリスクの高い、それでいて、しっかりと決まればモノを言う戦型の1つ……なのだが。


「……彩斗! 弾切れっ!」


刹那、響くは金切り声。それはアリアの使う二丁拳銃(ガバメント)が弾切れを起こしたことを告げる一声であり、同時に、後方支援を求めた声に他ならない。
その瞬間、アリアは理子の両腕を抱えた。射撃線を大きく逸らし、無駄に銃弾を発砲させる為の。


「このチビ、が……ッ!!」


2人は抱き合うような姿勢になり、腕を固定された為だろうか。理子の銃撃も止んだ。
……だとすれば、これが、最大の好機。
理子がアリアの鳩尾目掛けて蹴りを放とうとする、その刹那。

俺は《境界》を開き、理子の背部──その周囲の空間へと、時空を繋げた。面白いほどに無防備になっているそこは、アリアではどうあっても狙い得ない場所。

その急所たる場を、これから突いてやろう。
胸中で呟き、軽く笑みを零す。
一瞬の間に理子の首筋へと突き付けられたそれは、《緋想》の刀身。その、先端。少しでも動けば、薄皮が斬れる。それほどの距離。

その冷酷さに寒慄したかのような表情を見せた理子は、蹴り上げた膝を下ろし、観念した──かのように、


「……へぇ」


誰にともなく、そして。


「……だけど、ねぇ。彩斗。それだけで──勝ちを確信するのは、まだ早いと思うよ?」


──訝しむ間すら、無い。否。無かった。
そう表現するのは、既に理子が人手宛らの髪を操り、《境界》を経て、《緋想》を己が傀儡(かいらい)にせんと手繰り寄せたからに他ならない。

俺が(しっか)りと握っていた筈の《緋想》の柄は、離すものかと僅かにでも抵抗すれば、強靭とも呼べるその髪に絡まれ、一筋が幾重にも連なった傷跡を手甲に残した。

その柄が俺の手から離れれば、氣を吸い取り、《明鏡止水》を発動させていた妖刀の能力は、無惨にも無に帰した。
理子はそれを髪で巧みに操れば、俺が声を出す間も無く、アリアが反応する間すらなく────


「……cette conviction que j'avais(終わりにしましょう)


────刀身を、迷いなくアリアの心臓へと。


 

 

緋が奏でし二重奏 Ⅳ

……悲劇の序曲は、あまりにも粛然としていて。

眼前で起きたその光景を、何処かで拒絶している自分が居た。虚ろになった赤紫色(カメリア)の瞳と、恐怖で小刻みに震えた、その華奢な身体。

穢れすら無かった雪肌に突き立てられるは、残酷にも、己が使用していた《緋想》が。理子によって、呆気なく。

そうしてアリアの口から漏れ出るは、荒い吐息と、一筋の紅血。ツゥ、と滴下する血珠は、一雫、また一雫、と床を濡らす。
彼女の脳内を巡らせている数多の感情を敢えて名指しすれば、疼痛と、憂虞と、そして──理子への、畏怖の念だろうか。

そんな中でも幸い、と言えることはただ一つ。

刀身が心臓を直に穿っていれば、森羅万象(死生有命)の輪廻からアリアが抜け出すことは、いとも容易く出来てしまう。
輪廻の淵へと呑まれんとした、彼女の確固たる喧嘩の意思が、そうさせたのだろう。


「……あーあ、心臓から逸れちゃった。つまんないなぁ。でも、まぁ。それぐらいしなきゃ、楽しめないからねっ?」
「っ、ぐ…………!」


傷口を押さえるが為に、アリアは反射的に手から銃を離した。
理子の享楽にも似た、歪んだ笑みが零れる。その瞳が見据えた先は、《緋想》の刀身が穿った、アリアの雪肌。

心臓の位置から僅かに逸れた(・・・・・・)其処に、紅血が滲み出ていた。刀身を伝い、血珠は滴下する。
苦痛を誤魔化す為に、無意識に噛んだ唇からも、また。

……いやはや、流石としか言い様がない。
刹那(・・)としか言い表しようがないあの瞬間で軌道を見極め、あまつさえ、紙一重で避けたのだから。

仮にも心臓を貫かれていたのなら、俺は即座にアリアを連れ、此処から撤退していただろう。

だが、その必要すら無くなった。今の理子の意識は、9割、アリアへ向いている──と言っても過言ではない。
こんな状況でも凛とした、アリアの瞳が俺を見据える。一種の感情さえも大いに昂らせてくれる、それ。

その感情が何なのか──無論、増悪と瞋恚の念に他ならない。
……いちばん守りたい人(・・・・・)を、守りきれなかった(・・・・・・・・)。その正当な己への怒りと、理子への増悪は、何処へと?

そう、自問自答する。即座に返ってきた答えは、一つ。
……赦さない。どうあろうと、この身がどうなろうと、彼女(アリア)だけは守り抜く。彼女(理子)にだけは、正当な裁きを下そう。


──さぁ、予行練習(プロローグ)はお終いだ。
武装探偵と第28代目安倍晴明の名において、愛し人を、この手で。この能力で、守り抜こう。


掲げた腕は、無意識的に、数多の境界の位置を定義する。
それは、理子を頭上から囲むようにして、逃げ場の一つすら与えずに、無機質な《有》を創造した。
掲げた腕を振りかぶれば、此方の手番だ。それは勿論、反撃の隙すら与えずに。


「……《一条戻橋》」


──二重奏の終幕だ。


呟きに呼応するように、数多の境界は開かれていく。
即座に異変を察知した彼女が見上げたのは、頭上。だが、もう遅い。遅すぎる、と言っても良い。

そして呆然と立ち尽くしながら、掠れた声で。


「陰陽、術……」


──刹那。虚空に所狭しと、《有》となり想起したそれらは、無慈悲な雨となって降り注ぐ。
ナイフが理子の双髪を()ね、銃弾は交差し、やがてその身に傷を刻んだ。

音も無く落下した双髪と、カランと鳴いた刀身と、刻まれた傷の痛苦に喘ぐ、その一瞬すら見逃さず。
俺は最後の最後に、同胞ではなく、仇として──ベレッタの照準を、彼女の頭部へと定めた。


「これでもなお、続ける気はあるまいな?」
「……最後は、やっぱり、お前が──あの人(・・・)の言った通りだった。あの人の言うことは予知に等しい。
だから、気は抜かないでおいたが……こうして、最後の最後で、してやられた。読めていた、筈なのにっ!」


叫喚に任せるように、理子は手にしていた銃を投げ捨てる。
頬は紅潮し、気の所為か、瞳も僅かに潤んでいるようで。
彼女もまた、己が冀望を成せなかったことに、瞋恚の念を抱いているのだろうか。

アリアを瀕死一歩手前まで追い込んだにも関わらず、最後の最後で──読み抜けたのだから。
それは目標としていた初代リュパン。理子の言に従えば、曾祖父を越えられなかったことへの、瞋恚と遺憾の権化。


「……己が強さでも、予知に等しい助言を使っても適わなかった。なら、何が敗因だったと思う? 理子」
「……アタシの、敗因?」


言い、紅血が刀身に染まり、文字通り《緋想》となった刀を拾い上げ、鞘へと収める。
それはもう、理子の戦意が失われたと判断したが故に。
そうして理子に目配せしつつ、僅かながらよろめいているアリアの肩を、そっと手で包み込んだ。


「それは、たった一つだけ。信頼(・・)に他ならない」
「お前とアリアの、信頼……?」
「そう。それこそが、武器足り得たのさ」


己が身を犠牲にしてでも、敢えて理子の意識を引かせたアリア。
それを一瞬のアイコンタクトで解したが故に、最初で最後の切り札ともなる一手──《一条戻橋》を放ったのだから。


「……アリアのことを好いているのなら、あの一撃で、彩斗の戦意は大きく削がれている筈だった。でも、違った。その読みがアタシの裏目に出た」


呟き、理子は斬られた双髪に手を伸ばし、自虐的に笑う。


「……《色金》で、双剣双銃(カドラ)まで使ったのに、なぁ。そっか。駄目だったか」


髪を結わえていたリボンを解けば、それらは重力に引かれて。

ストレートレアの理子を見るのは初めてか──と内心で呟きつつ、アリアの頭を優しく撫でてやる。
どんな表情をしてるのかは想像に難くない、のだから。敢えて見る必要はないかな。

……さて、これで本当にお終いだ。


「……武偵殺し。いや、峰・理子・リュパン4世」
「殺人未遂、の現行犯……で──逮捕するわっ!」


そう告げてやれば、理子は何やら思案するかのように沈黙を発し、時に観念したかのように笑みを零し。
そして、口を開く。何を告げてくるのかと疑問に思えば、その心配すら杞憂に終わってしまって。


「……やっぱり、強いね。2人は。これが《差》なのかな。もしかして、あっくん。アリアがこうなることは、始まる前から読めてたの?」
「まぁ、ね。いちばん考えたくはないシナリオだったけれど、有り得たかもしれない世界線、というくらいには考えてたさ。
それがこうして実現するとは、思ってなかったけどねぇ」


苦笑し、ベレッタをホルスターへと収める。
流れるようにアリアの傷口へと目配せすれば、未だ出血も止まっていない。早めに戻らないと──。

──何だ。何かがおかしい。何か、違和感とも言える奇妙な感覚があるのは、何故だと直感が告げている。いつかと同様に、警鐘を鳴らしている。

理子の戦意は削いだ。攻撃の手は無い。打つ手は無い、筈だ。


……否。それは、此処だけの話でしかない。


それを理解すると同時、窓の外に何かが見えたのを、俺とアリアは見逃してはいなかった。尾を引き、超速で飛来する物体を。

しかとその目で見据え、胸中で毒を吐く。
警鐘が告げてくれた、有り得たかもしれない世界線。まさか……これだとは、ね。


教授(プロフェシオン)……!?」


嗚呼(あぁ)、成程。理子の一言で確信した。
理子が裏で繋がりを持っている組織、イ・ウー。
《教授》とは、あの時の電話の男。
恐らくは其奴が、イ・ウーに関する1人だ。


「……面倒だな。今度はイ・ウーか!」


直後、1つとも聞こえる2つの轟音と衝撃が、耳を劈き、地を揺らす。乗客の悲鳴が傍らから耳に届いた。
先程の視覚的情報と可能性からして、対空ミサイル。それをこの飛行機に向けて、海上から放たれた、と考えるのが妥当か。

……ともすれば、理子の計画が失敗に終わったから、なのか? いや、それがどうであれ、彼の組織が面倒に思っているのは、十中八九、俺たちだろう。


「ったく。追討ち……かねぇ。アリア、傷は大丈夫か?」
「痛むには、痛むけど……致命傷じゃないわ」


よし、それならば、最後にもう1度だけ頑張ってもらうかねぇ。


「なら、お前と理子と……あとは、ここにいる乗客を、俺の《境界》で武偵病院前まで転送する。無傷の乗客より、お前の身が優先だ」


言うが早いか、脳内では既に、武偵病院周辺の地図が描き出されている。そこからとある1つの座標を指定すれば、音も無く数メートル幅の《境界》が展開された。

続いて、視界に届く位置にあった、内線電話の受話器を手に取り、深呼吸してから──淡々と。
それでいて、安堵の念を多分に含めて、乗客らへと告げる。


『……乗客及び乗組員の皆様。御手数をお掛けいたしますが、今すぐに、廊下へと御足労願います。その後は武偵の指示に従って行動してください。繰り返します──』 
 

 
後書き
評価やお気に入り登録もお待ちしております。次回もお楽しみに。( *¯ ꒳¯*) 

 

緋が奏でし二重奏 Ⅴ

アナウンスで口早に告げたその内容を脳内で反芻しつつ、アリアと理子にはその場に留まるように──乗客らが来たら、何が何でも、あの境界を潜るように──伝え、俺は1人、この機体の制御を成すため、コックピットへと駆ける。

……自分以外の人間を避難させて、こうして緊急事態に対処するのは──宛ら、あの時の金一さんになった気分だ。


「あの人も、こうやって……かねぇ」


何らかの数値を示している計器を一瞥して呟き、機長席に腰をおろした。すぐさまBluetoothのスピーカーとケータイを。
そして羽田空港の管制塔にもまた、スピーカーを繋いだ。何処かで聞いた緊急用周波数をこれだと思い出し、確信すれば、数値を合わせる。

よし、これで。向こうにこちらの音声は届いているハズだ。

……一刻の猶予すらない。それは理解している。
そのことを念頭に置いた上で、傾いている機体を上昇させるために操縦桿を操作すれば、体感ではあるが、少しだけ水平になった気がするな。

生憎、飛行機の運転方法はよく分からないが……武藤から以前、自慢気に教えて貰ったのを覚えている。
それなら、簡単な運転くらいは出来るだろうね。恐らくは。


「……さて」


手元にあったノイズ混じりのヘッドフォンを装着して、ともかくは現状を告げようと、管制塔へ向けて言を投げ掛ける。


「メーデー。羽田管制塔、東京武偵校の如月彩斗だ。当機は何者かによるミサイル攻撃を受けたため、これより羽田空港へと緊急着陸する」


その返答すら待たず、ケータイで繋げた先は──遠山キンジ。
たった1度の機械音の後、怒号にも近い叫びが、耳元で木霊した。勿論それは、電話の持ち主に他ならない。


『彩斗、どうなってるんだ、ANA600便は! 情報科からお前たちの話が回ってきたから、武偵校(ウチのクラス)は大騒ぎだぞッ!』
「落ち着け。騒動の首謀者である理子はもとより、アリアと乗客及び乗組員らは、境界で武偵病院前まで移動させたから……まぁ、大丈夫さね。あとはやってくれるさ」


さて──と付け加えて、再度、計器を一瞥する。どうやら2つのエンジンがやられたらしく、それを示す警告灯が点滅していた。
同時に、何かの数値が急速に低下しているのも捉えたが、恐らくは燃料関係か。だとすれば、ゆっくりしてられないねぇ。


「……情報科はなんて言ってた?」
『ニュース速報でANA600便がハイジャックされた、とな。それで通信科が乗客名簿を確認したら、お前とアリアの名前があったってことだ。乗客の誰かが機内通報でもしたんだろうな』
「そっか。そういえば、武藤は居るか?」
『ちょっと待ってろ。…………おう、呼んだか? 彩斗』


車輌科の武藤。聞き慣れた声だ──と笑みを零し、同時に管制塔にも飛行機がミサイル攻撃を受けたこと、それによりエンジンがやられたこと、何かの数値が低下し続けていることを口早に説明した。

それを聞けば、何やら武藤は思案するように沈黙を発し、小さく舌打ちをしてから、苛立たしげに、


『……まさか、EICASか? 中央から少し上に付いてる四角い画面で、2行4列に並んだ丸いメーターの下にFUELと書いた3つのメモリがある。そこのTOTALってやつだ。その数値が、下がってるだと?』


いやはや、ここまで記憶しているとは。流石は車輌科のAランクだ。この能力は、こういうところで役に立つ。
賛美し、軽く頷く。


「ご名答、さね」
『……チッ。そりゃー、アレだ。燃料計だ。それが漏れてるってことは、長くは()たねぇぞ』


やっぱりか──と胸中で呟いた。
そうでありながらも、背後遠くから聞こえる足音は、誰であるか分かってしまっているのだから、無視できるモノではないが……どうして来たのかねぇ。わざわざ言いつけを犯してまで。


「……まったく。どうして来たんだ、アリア」
「……パートナーを放っておけないでしょ。まぁ、安心しなさい。救護科に応急処置だけはしてもらったからさ。理子は武偵校に、乗客たちは武偵病院に待機してもらってるわ」


助手席に座ったアリアへと視線をやれば、紅血で滲んでいた服は新調したのか、皺ひとつ無い、綺麗なセーラー服になっている。
そうして、胸のあたりを人差し指で軽く(つつ)いてみせ、


「それに、鎮痛剤(モルヒネ)も打ってもらったしね」
「おや、どおりで元気なワケだ。そういうことか」


……さて、これで疑問も1つ晴れたねぇ。


「んで、武藤や。燃料はどうにかならないのか?」
『端的に言う。止める方法は──無い(・・)。やられたエンジンは、燃料門の役割も兼ねてるハズだ。それが機能しないってんなら、打てる手はねぇぞ』
「……彩斗、どういうこと? 燃料って」


同様にBluetoothで繋がれたヘッドフォンから武藤の声を聞き留めたアリアは、俺へと流し目し、疑懼の色を見せた。
だが、俺が説明しようと口を開くよりも早く、武藤の声が、鼓膜を振るわせる。


『おや、巷で人気のアリアさんかい。……まぁ、15分ってとこだ。このまま羽田に引き返すのが賢明だろうな』
「……でしょうね。それが最善手のハズよ」


アリアは操縦桿を傾ける。


「ジェット機なら操縦できるわ。任せなさい」


機長席と副機長席に1つずつ設置されている操縦桿は、互いに連動していた。
そうして、華奢な手が操る操縦桿の動作に連れて、機体が傾く。向かう先は勿論、羽田空港へと。


「……羽田管制塔、如月彩斗だ。今までの話は聞いてたな? これから羽田空港へと緊急着陸する」
『如月武偵、了解した。此方で着陸準備はしておく。乗客の安全は確保出来ているのだろうな? 操縦は?』
「勿論だ。こっちには、優秀なパートナーが居るからね。操縦に関しては問題ない」


微笑み、アリアへと視線を遣る。
最後に管制塔に一言、「1分後に到着する」と言い残してから、理解の出来ないような声色を聞く間もなく、羽田管制塔とは通話を終えた。


『……おい、彩斗。1分後に羽田に到着って──正気か? 車輌科の武藤様にその冗談はキツイぜ、いくら何でもよォ』
「……おや、車輌科の武藤様や。俺を相手に、その発言は頂けないねぇ。だろう? アリア」


燃料を無駄にせずとも、安全に飛行し、瞬時に到着、着陸が可能になる──その手段。
俺が、或いはキンジやアリアといった親しい間柄でなければ思いもつかないであろうそれは、《境界(・・)》に他ならない。


「……出来るの? こんなに大きなモノを」
「まぁ、仮にも──」


──陰陽師だからねぇ、と言い掛け、言葉を呑み込む。


「──アリアを守る為なら、何だってするさね」
「なっ、なに言ってんのよっ! こんな時に、冗談……っ」


羞恥の為に頬を紅潮させたアリアは、照れ隠しに俺の腕を叩く。
だがそれに力は篭っておらず──否、篭めようとする意すら無いのか──軽く何事かを呟いてから、パチリ、と一方的にBluetoothスピーカーの接続を遮断してしまった。

そうして、俺と目を合わせることもせず、


「早くやりなさいよ。……陰陽術、使うんでしょ」
「あぁ、勿論ね。だけど──1つだけ、言わせておくれ?」


言い、フロントガラスを(とお)した眼前へと、意識を傾注させ、視線を固定させる。
それは、位置定義。《境界》を展開させる為の。
視界の端から端へと流し目する。規模を指定する為に。

……さぁ、準備は整った。
そう胸中で呟き、アリアを一瞥してから、告げる。
赤紫色の瞳と目が合った、その刹那に。


「……さっきの言葉は、冗談じゃないさね」


言い終えるが早いか、アリアの表情に変化が表れるが早いか、はたまた、そのどちらにも意識を向けようとはさせない為か、飛行機の機体1つを丸々と呑み込んで仕舞えるであろう規模の《境界》が、眼前に(ひら)かれる。

刹那、変わりゆく景色。
広大な敷地にある滑走路と、数多の装飾が施されている展望デッキ。高く聳えるビル群は、此処が目的地であることを示唆していた。


「アリア、これから着陸するが──操縦は、お前に任せる」
「……分かったわ。任せなさい」


頼もしい声音を聞き留め、高度の下がりゆく視界を見据える。
俺はアリアを信頼している。アリアも俺のことを信頼──しているかは分からないが、期待に答えようとしてくれているのは、重々感じられる。

だからこそ、か────


「……余裕そうね、彩斗」
「まぁ、な。信頼できるパートナーが居るってのは、良いモノさね。だから安心できる。こうやって任せられるのさ」


────こうしている間にも、機体の足は地に付いていく。


「よし、行くわよっ。3、2、1っ……!」


アリアの奏でるカウントダウンに従って、機体は高度を徐々に下げていき、やがて、その足を完全に地に付けた。
そのまま走行する滑走路の上で、ブレーキを掛ける。

──止まるのだ、と確信していた。アリアの先を無駄にしない為にも、ここまで協力してもらった仲間の為にも。
そして機体は、徐に減速していき、やがて、静止した。


「……さて、二重奏(・・・)もお終いだねぇ」
「そうね、パートナーさん」


静寂に包まれたコックピットの中で、2人、顔を見合わせる。
笑み、軽く言を交わし、数瞬の沈黙を生んでから──そうだ、あの時、ハッキリと言えなかったことを言っておこう、と思い至った。

それはアリアも同じだったのか、宛ら運命とも呼べる瞬間に、


「「──ねぇ」」と。


それすら厭わず、1拍の間を空けて。瞳を見据えて。


「「──ありがとう」」

 
 

 
後書き
緋が奏でし二重奏──終曲。

お気に入り登録や評価等、今すぐにでも、画面下の欄からポチリとしてね。待ってます。(*ˊ˘ˋ*)
宜しければ、次話も閲覧いただければ幸いです。お楽しみに。 

 

これにて、一件落着──?

『──昨日に行われたとされるANA600便のハイジャックですが、武偵2人の活躍により、死者・負傷者ともに確認されておらず、無事に事なきを得ました。

ハイジャックの首謀者である、意外にも、少女Aは……どうやら活躍した武偵の1人によって東京武偵高に身柄を引き渡され、現在は取調べを受けている模様です──』


武偵病院の一室──それも、アリアの為に急遽手配された──に設置されたテレビから響き渡る、無機質なナレーターの声。
アリアはそれを純白のシーツに包まれたベッドの上で聞き流し、対して俺は傍らに据え置かれているソファに腰掛け、珈琲を1口、口に含んでから、口腔内を潤した。

僅かに鳴いたティーカップには、逢魔時(おうまどき)の陽光が反射する。
目に眩しいと視線を逸らし、ニュースの感想を口にした。


「……やっぱり、少年法で名前が伏せられてるな。武偵校でも理子のことは、まぁ──有耶無耶にされて告げられるだろうね」
「当たり前でしょ。理子が武偵殺しなんて露呈したら、大変なことになるじゃない。あくまでも穏便に、司法取引を済ますのよ」


次々と告げられるナレーターの声に被せるようにして、アリアはさも当たり前だと告げる。それが、曰く、司法取引だと。

この制度は、確か……最近になって、日本でも導入された制度だった気がするな。犯罪者の有罪を立証するために必要な証拠の収集に協力することを条件に、捜査当局が公訴権を放棄したり、訴追罪状を軽減する取引だ。

この場合は、武偵殺しが濡れ衣を着せたという、神崎かなえさん──アリアの母親だ──の無罪主張をするために、理子自らが法廷に立ち、己が罪を認め、あまつ、情報を提供せねばならない。

……そう。アリアが武偵殺しを追い続けてきた理由はまさにこれであり、冤罪関与に複数人が居るとしても、その1人分(理子)の刑期が短縮されることは必然なのだ。

理子の裏では必ず、組織が手を回している。
それは、イ・ウー。公然には名すら知られぬ、影に擬態した、何らかの組織。人員は不明。目的も不明。
そんな、謎に包まれた組織に、理子は属している。

そこまで考えを巡らせ、アリアの胸元へと視線を遣る。
普段なら頬を紅潮させ怒るアリアも、今回ばかりは俺の心境を察してくれているのか、ほんの少しだけ、羞恥心に歯向かいながら、


「……アンタが心配する必要ないわ。心臓からはギリギリ逸れてたし、貫通もしなかったじゃない。ただ、あの刀を奪われた時は本当にヤバいと思ったけどね」


言い、アリアは苦笑する。「だって、斬れ味抜群だもん」とも。

──あの時の光景が脳裏を過ぎる。守りたい人を、守れなかった。その後悔が生んだ、己への失望と絶望と、怒り。
しかし、諦めはしない。何があろうと、アリアとは相補的関係であり、最早、依存にも近しい関係なのだから。

その後悔は形として現れ、よって、この行動に至るのだ。


「……ごめん。守れなかった」


しっかりと見据えた赤紫色の瞳が、揺らぐ。
その瞳が動作を追った華奢な手で、胸元へと、触れた。
緋色の髪が揺れ、陽光に煌めく。


「……なんで」


そうして、絞り出すかのような、か細い声で。
或いは、想いの吐露をするかのように。
或いは、想いを哀願するかのように。
その想いは、誰へと──?


「……アンタが謝るの? アタシはむしろ、感謝してるのに。パートナーになってくれたこと。アタシのために、ママのために、一緒に頑張ってくれてることも。それに比べれば、この傷なんて──」


──大したことじゃないわ、と。


心臓を撃ち抜かれたような気がした。そうして迸る血潮の如く、脳裏に浮かんでいた取り留めもない、形容も出来ない(もや)は、消え去ってゆく。

……嗚呼(あぁ)、そうか。どうしてここまでして、アリアを守りたかったのか。その感情を生み出した要因は、恐らく、ソレ。
優しさ(・・・)として形容されるアリアのソレに、俺は惹かれたのかもしれない。

その感情を守りたくて。或いは、無意識にその感情を受けたくて、必死に彼女の身を守ろうとしたのかもしれない。
だとしたらアリアは、俺のこの感情をどう思うだろうか。
形容するならば、恋情(・・)とも呼べてしまう、これを。
はたまた、愚蒙(・・)とも呼べてしまう、これを。


「だから、これだけはアタシの口から言わせて」


すぅ、と吸われた酸素は、彼女の肺を、全身を満たす。
そうして、1拍の時を置いて、その言は告げられるのだ。
アリアの心情を告白したともいえる、紛いなき、本音。


──それは笑みとともに、1発の銃弾となって。


「……これからも、宜しくね。彩斗(パートナーさん)
「……あぁ」


──嗚呼。だから彼女に、恋情を抱いたのだ。


彼女に恋情を抱いた。それを確信したのは今しがた。
それを知ってしまえば、これからどうアリアに接すれば良いのか、はたまた、この関係は何処まで続くのだろうか──そんな不安が、1つの渦となって胸中を巡り廻る。

それ以前に、不思議でしょうがないのだ。
無為無聊だと現実を半ば強引に打破し、武偵となった過去がある。そうして、非日常に足を踏み入れた。
一般(・・)の現実に達観していたが故に、恋なんて感情(モノ)を抱くことはなかったのか。

それは最早、何ら平凡な異性に恋愛感情を抱くことは不可だと述べているのと同義であり、アリアは武偵であるのだから──即ち、非日常に足を踏み入れた異性であるのだから──こうして惹かれ、恋愛感情を抱いた、ということなのだろうか。

その考えがどう見られているのか、それは分からない。
ただ、変わっているのではないか──ということだけは、直感的にも、論理的にも、分かる。
武偵は変わり者が多い。そう言われてはいるが、果たして自分も、その枠組みに入っているのだろうか。


「ねぇ」


考慮は、アリアの言によって断ち切られた。
反射的に俯せていた顔を上げれば、何かしらの行く先を懸念するかのように、その瞳に憂慮の念を浮かばせた彼女が、視線を遣っているのが視界に入った。


「何かあったの?」
「あぁ、えっとだな……」


どう会話を続けようか。異性への恋愛感情を意識してしまったがばかりに、会話の内容の選別すらままならない。
そうして瞬時に、何かしらの疑問となって脳に染み付いていたその言葉は、形となって、告げられた。


「飛行機の中で理子が言ってた、『H家(オルメス)』。あれは何処の一族の名前、なんだ?」


問い掛けてから、後悔の波が津波の如く押し寄せてくる。
……会話の為に投げる球を間違えた、と。
しかしアリアは、そんなことすら気にもせず、


「そういえば、教えてなかったわね……。パートナーだから、てっきり知ってるとは思ってたのに。……まぁいいや」


言い、彼女は姿勢を正し──純白のシーツに包まれたベッドの上で、女子よろしく足を崩して座り──ソファに腰掛けている俺と、敢えて目線の高さを合わせた。


「アタシの真名(まな)は、神崎・ホームズ・アリア。かのシャーロック・ホームズの曾孫であり、ホームズ4世」


そして、


「だから、パートナーのアンタは、ワトソン……だね?」


宛ら小動物の如く、笑んだ。

 
 

 
後書き
(本当にこれで1章はお終いです。( ˙-˙ )) 

 

幼馴染の異変

(くだん)の騒動から1週間ほどが経ち、武偵校内外での目立った事件は、いつの間にか──と形容してよいほどに。
黄昏時の夕闇に、知れず星が瞬いているように──誰かしらの手によって、鎮圧化されていくのだ。

そうして平穏と呼べる日々が戻った学園島ではあるが、依然として我が家は濃密な日々が続いている。
いつしかアリアよりも存在を主張している、彼女(・・)に。それに呼応するようにして、()に、異変が起こっている。

悪い事態ではない。それは確信してはいるが、何やら前の2人とは考え難い光景で──それでいて、密かに望んでいた光景でもあり──。


「……成程。キンちゃんの昼食は肉類の確率が高い──っと」
「おい、白雪っ。武偵校でその呼び名は止めろって言っただろっ! 恥ずかしいんだよ! さりげなく変なメモもとるなっ!」


白雪は制服のポケットから小型のメモ帳とペンを取り出すと、何事かを呟き、達筆に情報を書き記していく。
キンジはそれを聞き、一瞥すれば、食事中の手を止めて抗議の言を発した。

時は昼下がり、場は喧騒に包まれた武偵校の食堂。

俺とアリアは勿論のこと、近頃は何があったか、キンジと白雪は常に行動を共にしている。
もしや、かねてより計画していた幼馴染カップル化計画が着々と水面下で進行しつつあるのか──?

などと僅かな期待を抱きつつ、俺はパスタを、アリアは当たり前の如くももまんを、キンジは焼肉を、白雪はサバ定食を注文し、昼下がりのトークに華を咲かせていた。

因みにアリアと白雪は初対面なのだが、先日、白雪がウチに料理を持ってきてくれた時に偶然、鉢合わせたのだ。
そうして何度か話すうちにすっかり意気投合し、今ではこの4人で行動することが多くなっている。

抗議とは聞き捨てならない──と言わんばかりに顰め面を見せた白雪は、小切れにしたサバの味噌煮を食してから、俺とアリアの双方の瞳を見据えて、


「え、でもキンちゃんはキンちゃんだよ? だよね? 2人とも」
「……ん、まぁ。それもそうさね」
「アタシも彩斗に同意よ。恥ずかしがらなくていいのに」
「うんうん。だから私は遠慮なく『キンちゃん』って呼ばせていただきます。これで万事オッケーなのですっ!」
「どこをどう解釈したらそうなるんだよ……!」


満足気な笑みを浮かべ、定食を美味しそうに食す白雪。
対称に、不満しかないと言わんばかりの引き攣った笑みを浮かべ、焼肉を不味そうに食すキンちゃんことキンジ。

どこからどう見ても仲の良い幼馴染なのだが、やはり女嫌いと噂されているキンジとは対称的な光景であるが故に、一部から反感を買っているという声も度々聞くようになった。

キンジ曰く、『ここ最近、男子共の俺に対する当たりが強い』とのことである。因みにそれはとある一部らしいのだが、キンジが手を回した情報科の証言によると、《星伽白雪ファンクラブ会員》だというのが確定したのは昨日の話。


「……にしても、武偵校も大丈夫かねぇ。人気女子のファンクラブが秘密裏に創設されてるなんてねぇ」
「え、何よそれ。本当に?」
「生憎、本当だ。因みに白雪を初めとして、アリアや理子、レキとかもあったな。人間的に終わってるよ、この学校」


苦笑し、昼食の最後の1口を食べ終える。
食器をテーブルの傍らに移動させてから、はて、2人はどんな反応をするんだろうねぇ──と顔を窺った。


「私のファンクラブが……?」「え、アタシの……?」


どうやら自覚が無いようで、小首を傾げて疑問符を浮かべている。まぁ、それもそうだ。まさか自分が一部の人間の崇拝対象になっているとは夢にも思わないだろうし。

だが、まぁ──ファンクラブが創設されるということは、聞こえを良くすれば、その女子にとって非常に名誉でもある。
何故なら、外見を認められたことになるのだから。白雪なら清楚系、アリアならツンロリ系、とね。


「確かに、2人は美少女だけどねぇ……」


呟き、胸中で続ける。「些か性格に難アリ、だねぇ」
そんなことを表立って言う勇気は今の俺にはないので、自然に会話を変えようと、近頃の話題を模索していった。

その中の1つを選び取り、話題を変えるために「あ、そうだ──」と言い掛けた時だった。
食堂に、甲高い校内放送のチャイム音が鳴り響いたのは。


『2年B組、S研の……あー、星伽白雪ぃ。今から尋問科まで。繰り返すぞー。S研の星伽白雪は、今から尋問科までなぁ』


何処かで聞いた女の声だ──と声の主を探し当てるよりも先に、内容を訝しむ感情の方が、勝った。
瞬時に脳内で反芻する。白雪が尋問科へと呼び出されたのだ。


「……白雪。お前、何かやらかしたのか?」


キンジは驚愕と危惧の混じった視線を白雪へと向ける。


「ううん、何も。……たぶん、生徒会関係の話かもね。キンちゃんたちは待ってて。行ってくる」
「あぁ、行ってこい。食器は片付けといてやるから」
「うん、ありがとうっ」


キンジは小走りに去っていく白雪の背中を呆然と見送り、そうして、俺たち2人の視線が自分に集中していることに気が付くと、白雪と食べ終えた自分の食器を片手に立ち、


「……何だよ」
「いんや、キンジも幼馴染には優しいんだなぁって」
「……まぁ、な。最近色々あったし」


口早にそう言い残すと、食器返却口まで歩を進めていった。
隣のアリアへと視線を遣れば、かなりの量を誇っていたももまんも、いつの間にか無くなっていて。


「……2人に何があったんだろね? アリアや」
「それはアンタが分からなきゃ意味無いでしょ。アタシが白雪と会ったの、先日よ?」
「それもそうだねぇ……。前より変わったのは事実だけどねぇ」


何が2人をそうさせたんだろうねぇ?
声に出して軽く呟き、腕時計の文字盤を一瞥する。昼休みが明けるにはまだ時間があるな。
……そうだねぇ。どうせなら、見てみるかねぇ──?


「キンジ、アリア」


食器を片付けてきたキンジと、隣に座っているアリアへと。


「……どうせなら、白雪に何があったか、見に行ってみる?」


1拍の間を置いて、


「「……はぁ?」」


2人が仲良く声を揃え、訝しんだのは言うまでもない。


 

 

幼馴染との同棲

「武藤くん、本当にタダでいいの? え、悪いよっ、こんなに荷物持ってきてもらったのに……。せめてガソリン代だけでも──」
「いや、ホントにいいんで。車輌科の人間なら誰でもこのくらい朝飯前っスから! ね? だからお代なんていらないっスよ!」


なんてやり取りを横目に入れつつ、俺とキンジは、男子寮駐車場に停められている武藤所有の軽トラの荷台の傍らで、黙々と作業をこなしていた。

荷台に積まれた白雪の所有物──それこそ、俺たちよりも数多く──を、境界を通して白雪の部屋に運び入れている。
紡錘形の境界から、荷物をセッティングするアリアの顔が鮮明に見えていた。


「……珍しいな、アリア。自己的にやるなんて」


アリアは作業の手を止めると、境界に顔を寄せて、


「だって、彩斗やキンジに言われるってのが目に見えてるもん。それならば自分からやって好感度上げ──あ、嘘! 今のナシっ!」
「……本音が漏れてるぞー」


アリアに苦笑しつつ、俺はキンジから受け取った荷物を境界へと通した。今度は布団だ。羽毛だから軽い。
続いて桐箪笥やら、卓袱台やら。本棚の傍らに置かれたダンボールに詰まっているのは恐らく、書籍だろうか。

女はこうも所有物が多いのかねぇ──と小首を傾げるが、アリアの部屋も本棚は勿論のこと、ドレッサーやキャビネットやらで同様だっけか、と思い返す。女は所有物が多いのだろうと至った。


「よ……いしょ、っと。重いわね、これ……」
「落さないように気を付けろよ、アリア。白雪のモノなんだからな。最悪は弁償してもらうぞ」
「馬鹿キンジは黙ってなさいっ! 大きなお世話!」


……アリアとキンジの仲も、こうやって軽口叩けるくらいには良くなったのだろうかね。まぁ、そうじゃないと困るんだが。

ここ、男子寮に於ける俺の部屋は、リビングやキッチンのほか、小部屋が5つか6つほどある。
その中に2段ベッド部屋というのもあるのだが、俺たちは総じて個室を使おうという形なので、ほぼ使っていない。

個室に置く家具はお値段以上のニトリで自前。1年生の時に依頼(クエスト)を真面目にこなしていたらしいアリアは勿論のこと、キンジや俺も依頼金はそれなりに貰っていた。

無論、今のキンジは依頼なぞ受けさえしないので金欠なのだが。
少し前に入ったバスジャック解決の報酬金が、キンジの2年生で初めての報酬かもしれない。

とはいえキチンと定期試験は受けさせていたので、ランクはS。見るところによると、AよりのSランクといったところか──


「……分かりました。今回は私が手を引きます。でも、いつか! いつか困ったことがあれば、何でも私に相談してくださいっ! この借りは絶対に返しますっ!」
「……あ、あぁ。分かりました。はい」


などとキンジの行先を一考しつつ、最後の1つである荷物を境界に通した、直後。
どうやら武藤と白雪の口論──というか、お代を払うか否かの是非──も一段落したらしくて。


「どうやら、向こうも終わったらしいねぇ。……アリア、ありがとう。助かったよ」


少しながら分かったことではあるが、あの子は褒められると弱い。ご機嫌になるというのが俺によるアリア研究の貴重なデータだ。きっと何処かで活きる。と思いたい。


「んーん、どういたしまして。でも、別に……このくらいは苦じゃないから、何かあったらいつでも呼びなさい。手伝ってあげるっ」


アリアはそう言い残すと、既に簡易なセッティングだけを終えたらしく、部屋の扉のその先へ──恐らくは、リビングだろうか──ご機嫌そうに歩を進めていった。


「最近、仲良くなったよな。お前とアリア」


それを見たキンジが、身なりを整えつつ小さく零した。


「……その言葉、そっくりお前に返していいか? おい、白雪と何があった? 答えてみ?」
「いや、特には……無い、ぞ? というか、近い! 顔が近いっての! 誤解されるからやめろッ!」


最早、互いの鼻先が触れそうな距離ではあるものの──確認出来たから良しとしよう。キンジの視線の泳ぎと、僅かに視界の端に掛かった、制服のカフスを触れた指が。

確か、何処かで聞いた心理学の知識だが……指が服の裾やカフスボタン、腕時計等に触れているというのは、動揺の表れなのだということを知識として持っていた。

まさか、こんなことで活きるとは思っていなかったが……。
キンジは何かから意識を背けるように、俺を視界から外した。そうして白雪を一瞥すると、


「おい。お前の荷物は全部運んでおいたから、早く中に入るか。この日差しだ。暑いだろ?」
「……うんっ。ありがとう、キンちゃん」
「その呼び方で──まぁ、いいや。もう面倒だ。さっさと行こうぜ。俺も暑いから」


キンジは白雪を手招くと、紡錘形の境界に入るよう促した。
そういえば、白雪に陰陽術の存在は知らせていなかったっけか。ともすれば、近いうちに説明もしないとねぇ。

小さく息を吐き、傍らでキンジと白雪のやり取りを見ていた武藤へ視線を遣ってから、俺は小さく手を振ってやる。


「ありがとうね、武藤。助かったよ」


2人が境界を潜り抜けたことを確認しつつ、軽トラの運転座席へと歩を進める武藤へと投げ掛けた。
武藤は小さく笑うと、すれ違いざまに俺の肩に手を乗せて、


「また何かあったら言え。気分次第で受けてやる」
「……気分次第って。まぁ、いいや。何かあったら、ね」
「おう。それじゃな」
「うん。バイバイ」


満面の笑みで運転座席に座り、最後に手を振りつつ男子寮駐車場を後にした軽トラの後ろ姿を目で追ってから、武藤っていう人間は、こんなにも仲間思いだったかねぇ──と胸中で呟いた。


「……まぁ、いいんだけどさ」


ふと上を見上げれば、留まることを知らず、ただ膨れ昇るだけの入道雲が、彼方此方に想起していた。

そういえば、そろそろ梅雨入りか、とも言える時期だ。
こうして入道雲が見れるのも、夏特有の生温い空気を感じるのも、その前兆なのだろう。

思えば、既に2年生の折り返し地点に入り掛けてるのではないか。アリアと出逢い、キンジと共に居ながらこうして生活してきて──数ヶ月。そして今日、白雪が新たに加わった。

……果たして、何処まで平穏が続くだろうか。恐らく、といっても俺の直感でしかないが──恐らく、数週間。
アリアを守れと依頼してきた電話の謎の男。峰理子。魔剣。
これらは全て、裏で繋がっていると考えて良いだろう。

だとすれば、必然的に事は動き出す。その時間猶予(タイムリミット)は思うほど長くはない。白雪をこうしてキンジが護衛するというのも、教務科の過保護などでは到底なくて、最善手なのかもしれない。

白雪が魔剣に狙われているともなれば、間接的にアリアにも危害が及びかねないことは──覚悟しておこう。
今、俺に出来ることは、たった1つ。キンジと協力しつつ、アリアと白雪を、守ることだろう。仲間として。

そこまで考えを纏めてから、紡錘形の境界へと視線を遣る。
白雪には、色々と説明しなければならないことがあるのだから。それはやはり、早い方が都合がいい。
そう決意して、俺は境界へと潜り込んだ──。






「……や、お疲れさんだねぇ」


時期も時期、時間も時間な今日この頃──つまるところ、5月上旬の昼下がり。それなのに部屋に蔓延った熱気を払うには、必然的に冷房という文明の利器に頼る他になくて。

誰が冷房を効かせたのか、かなりの冷気と風圧を放ち続けているにも関わらず、暑い暑いと我が国の四季折々の気候に悪態を吐くアリア──あ、これ確信犯だ。冷房つけたのアリアだ。

妙な確信とともに後ろ手に扉を閉めつつも、外気との温度差に清涼たる心地良さを覚える。

俺はテレビを見ながら談笑しているキンジと白雪を横目に、文字の如く気怠そうに、ソファーでダラけているアリアの隣へと、腰を下ろした。


「……こんなに冷房効かせても身体に悪いぞ、アリア」
「うー……暑いモノは暑いんだもん。イギリスはこんなに暑くなかったぁー。日本の夏が馬鹿なだけよぉ……」
「……因みに、アリア。イギリスの夏の平均気温って?」
「23度くらい……じゃないの?」


パタパタと手の平を扇子代わりにして顔を扇ぐアリアだが、その数値を聞いて、ここまでアリアが暑がるのも妙に納得してしまう。というか納得するしかない。


「まぁ、この猛暑と地震やらの災害は日本に居る限りは避けられないからな。これから慣れていくしかないさね?」
「えぇー……やだぁ。災害大国日本に居たくない……」


ゴロン、とアリアは寝返りをうった。俺に背を向けるような形になっている。トレードマークのツインテールも、この暑さで項垂れているように見えた。


「その代わり、世界で最長の歴史を誇る国に居るという誇りが持てるぞ。皇紀約2600年だ」
「……イギリスが大差で負けた。まぁ、歴史でも技術でも国民性でも、日本に適わないのは当たり前ね」


ゴロン、とアリアはまた寝返りをうつ。ツインテールが曲線を描いて揺れるのに呼応するように、身体も回転した。
赤紫色の瞳と視線が合う。その顔は、僅かながら笑んでいて。

そんなに自虐史観的に考えなくてもねぇ──と思いながらも、俺は小さく境界を開く。白雪がこちらを一瞥するのが見えた。
キッチンに置かれた冷蔵庫の中から手軽に食べられるアイスを人数分だけ手にして、口を開く。


「……みんな、アイス食べる? パピコだけど」


アリアのご機嫌な視線と、キンジと白雪の純粋な興味の視線。それを一瞥してから、俺は面々に1本ずつ投げ渡した。

手にするなり口を開いて食べるのは、アリアとキンジ。お礼を言ってから食べるのは、白雪。育ちの違いが出るね。
一応、アリアはホームズ家の一族らしいけれども。面影は何処へやら、だ。


「……んー。白雪の為にも、そろそろ説明するかねぇ。陰陽術のこと。何も知らないんだろう?」
「……そう、だね。初めて聞いたよ、そんなこと」
「まぁ、今まで話す機会も無かったし、何なら会う機会も少なかったから、仕方ないと言えば仕方ないか」


白雪に視線を合わせながら、パピコを1口、口腔内に含む。そうして、ほろ苦い珈琲の味とシャーベット状の食感を楽しむのだ。

にしても、どうして以前にでも伝える機会がなかったのか──いや、伝えることを何処かで忌避していたのかもしれない。
それは定かではないが、いずれにせよ、もう。伝えてはおこうという明確な意思があるのだから、捻じ曲げる事はしない。


「……まず、白雪には俺の家系から説明しなきゃいけないね」
「家系、って……? 普通の家とばかり思ってたけど」


呟き、白雪は隣のキンジに流し目した。
まるで『キンちゃんは知ってたの?』と言わんばかりに。
キンジはそれに軽く頷き、姿勢を正す。アリアも伏せていた顔を気怠そうに起こし、聞く意思を見せた。

まぁ──と俺は付け加える。


「さっきの《境界》だけじゃない。この他にもある五行陰陽術と呼ばれるそれらは、始祖から代々と受け継いだ、安倍晴明本家のみの異能力。五行全てを司り、始祖が打った大刀契、《緋想》を扱うことが出来るのが、他ならぬ本家の一族だ」


そして、枝分かれした血筋は、


「分家筋──と呼ばれる一族は、五行陰陽術のうち、五行のうち1つだけの術を扱える。これは一族で固定だ。裏を返せばそれだけだけれど、一点に特化してるんだよね」


そんな5つの分家筋が、本家を護るべく結界の役割をしている──というのは、まぁ、スピリチュアル界隈やオカルト界隈では、有名な話ではあるのだが。

そして、本家筋に於いては、大刀契という妖刀自体が陰陽術の基盤と応用を担っているということも、また。
裏を返せば、陰陽術は大刀契と共に在る。2つで1つだ。


「……そして、俺は一族の中ではこう呼ばれている。古来より続く陰陽師の系譜の《長》であり──第28代目安倍晴明、とね」


さて、これから奏でられる重奏曲を、楽しもうか。

 

 

幼馴染との契約

此処、東京武偵校には、3大危険区域と呼ばれる区域がある。
勿論それは感覚的にも分かることであり、武偵校生なら嫌でも耳にしてしまう情報であることも、また。

武偵校生曰く、だ。彼等彼女等は口を揃えてこう告げる。
強襲科(アサルト)』を初めとして、『地下倉庫(ジャンクション)』、『教務科(マスターズ)』には極力干渉しない方が良い──と。

その1つである教務科は、単なる職員室だ。ただし職員室とは、表面に公表する柔らかい表現でしかない。
『者狂いの詰め箱』と表現すれば、分かりやすいのだろうか。

教務科に所属している面々の経歴は、殆どがおかしい。
強襲科顧問の蘭豹は香港マフィアの愛娘で──とか。
我がクラス担任の高天原先生は元傭兵で──とか。

探偵科や情報科にはその道に精通した、云わばプロも居るようだが、悲しいかな。希少価値足り得る存在になってしまっていて。
はぁ、と小さく溜息を吐けば、後方から苛立つキンジの声が聞こえてきた。それに意識を傾注させる。


「……なんだって、お前の興味でこんなところに潜入しなきゃならねぇんだよ! よりにもよって、教務科のダクト内にだッ」
「少し静かにしなよ、キンジ。下手したら見つかるだろうに」
「そうよ。馬鹿なの? 馬鹿キンジなの?」


などとキンジへ向かって悪態を吐きつつ、俺たちは教務科の天井裏──ダクト内へと侵入し、目的地を目指して匍匐前進で移動している最中だ。

俺、キンジ、アリアの順で1列になり、狭苦しく、埃臭く、視界の悪いダクト内を、ひたすら強襲科で培った匍匐前進で進む。
食堂で聴いた放送の女声の主は、恐らく──ただ1人。


「……綴梅子、だよなぁ。尋問科ってのが証拠だし」


呟き、いつかに見た教務科の見取図を脳内で忠実に再現する。
そうして、尋問科の──綴が居るであろう部屋の位置をおおかた予想を付ければ、後方の2人に『こっちだ』と目配せし、匍匐前進のスピードを早めた。

直進して、右折して。そこから見えたダクト内に射し込む一筋の光は、通気口からだった。光と共に漏れ聞こえる声もまた、そこが目的地だと示唆している。

俺が動きを止めたことで勘づいたのか、キンジとアリアも、狭いダクト内にも構わず、通気口からの光景を視界に入れようと、俺の両肩を穿つような形で割り込んでくる。地味に痛い。
通気口のその下へと、視線を遣った。


「んで、だ。……あー、お前を呼び出したのは他でもない」
「……何の理由でしょうか? 綴先生」


椅子に腰掛け、葉巻を薄い黒革の手で摘んだ綴は、傍らで立つ白雪へと視線を遣ると、何やら不敵な笑みを浮かべ、告げた。
小首を傾げる白雪を目にした綴は、その葉巻に炎を灯し、喫煙などとは教育上宜しくないのも厭わず、紫煙を燻らせる。


「お前も実感してるだろぉ? 星伽白雪さんや。成績が──妙に下がってるってことをさぁ?」
「……はい。重々、承知しています」


まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど──。
綴はそう言い放ち、「本題は別にあるのさ」と黒のロングコートを正し、脚を組んだ。

彼女、外見と言動ともに危ない女だが──実はある1つにおいて、非常に有能な武偵だ。尋問科顧問という経歴で既にお察しではあるが、尋問。

綴に何をされるかは不明だが、尋問された者は皆、綴を女王だとか神だとか崇め讃えるらしい。
そういう意味では、国内外有数の尋問官であり、武偵校でも関わりたくない人間の1人でもあり。


「……お前、アイツにマークされてるんじゃねぇのか? じゃなけりゃ、お前の成績が落ちるなんて考えられないんだ。ウチらとしてはさぁ」


聞き留め、白雪は何やら思案するような表情を浮かべる。


魔剣(デュランダル)──ですか」
「……ほらぁ、ビンゴ」


魔剣──か。周知メールで注意勧告が出ていただけだが、それでも、この名の影響力は武偵の間では拡大し続けている。
超能力を扱う武偵。所謂、超偵を誘拐し、己が手駒に成り変わそうとする、誘拐魔だ。

だがその存在すら確認されておらず、デマと言われているに等しい。等しい、が──何かが怪しいのだと、直感が告げている。
魔剣が居るであろうと噂されたのが、数週間前。丁度、理子の関わるハイジャックを解決した時期だ。

その背景には、イ・ウー。入れ違うように騒動が水面下で起きているとしたら、やはり……かの組織が関与していると考えて良いだろう。


「ですが、先生っ。彼の者の存在はデマに等しいのでしょう? それに、いくら超偵を狙うとしても……です。私よりも優秀な超偵は居るでしょう」


自分自身もまた、超偵であるのだ──と彼女は告げた。
それが分かるのは、キンジから聞いた、彼女の系譜。
青森に在る星伽神社の巫女であり、彼女等は総じてとある能力を有しているのだ、と。

星伽の巫女は、武装巫女だ。
何処の神社でも、神主や巫女は多かれ少なかれ御神体を守るものだが、星伽神社は、長い歴史の中でどこをどう間違えたのか、それを武装して守っているのだ。

その源が『鬼道術』と呼ばれるモノであり、星伽一族が代々と継いできた能力でもある。
聞くところによれば、白雪が頭に装着している白の帯が、その制御装置足り得るのだとか。

因みに超能力者は、各国の特殊機関で密かに研究・育成されていて、武偵高でいえば──超能力捜査研究所(SSR)、通称S研がそれにあたる。


「星伽ぃ、あまり自分を過小評価するんじゃないよ。お前が思う以上に、お前は優秀な武偵であり、超偵だ。だから、何回も言ったけど──」


今回ばかりは、お前に拒否権は無い、と。


「──ボディーガードを配備しろ」


教務科からは時々こういった警告が生徒へ出されることがある。
……のだが、実際問題、誰かが襲われたことは殆ど(・・)無い。つまり、これは優秀な武偵を守るための、教務科の過保護っていうワケで。

とは言ってもやはり、『殆ど』なのだ。万が一にも問題がある。前例があるのだから、それに従え──と。俗に言う、『大人の都合』ってモノだ。


「いいか、もう1度言うぞぉー? ボディーガードを配備しろ。お前に拒否権は無い。今回ばかりは、だ」
「……分かりました」


白雪は軽く頷き、顎に手を当て、一考するような仕草を見せる。
綴も同じく、一考するような──それでいて、何かを訝しむような表情を浮かべると、徐に、顔を真上に向けた。

そうして、口腔内に含んだ紫煙を吐き出して──。


「……っ」


漏れた吐息は何処からか。
綴は僅かに目を細めると、口の端を三日月形に歪ませる。
それは即ち、此処に居る俺たちを視認したという証左。

だとすれば、まぁ──元来の目的はこれ(・・)なんだし、逃げる必要もないかねぇ?

そう判断すれば、俺は通気口の金網を音も無く外し、驚く白雪の顔を一瞥してから、その床へと降り立った。続いてキンジとアリアも、また。


「3人とも……何でここに居るの?」


白雪は依然として目を泳がせ、何があったのかと状況を把握出来ていないでいる。その中で放った一言に、キンジとアリアはまたしても仲良く声を揃えて、


「「彩斗の興味本位で」」


と、呆れたように。



「彩斗……あぁ、この間のハイジャック事件の解決者かぁ。ってことは、そこのピンクツインテは神崎アリア? ついでに、根暗そうな顔付きの君は遠山キンジ君だろ? 何の因果か、全員が現役のSランクだけどねぇ」


綴は俺たちを視認するやいやな、摘んでいた葉巻の先を灰皿に擦り付け、微笑をたたえつつも、口数は止むことを知らない。
名前を知られている、のか──と綴の情報探知力に関心したのも束の間のことで。


「……っと、確か──如月彩斗君は神奈川武偵中出身だったか。そこの強襲科で遠山キンジ君と組んでて。二つ名もあったんだろ? 《玲瓏》、だったか?」


アリア同様に、何処からそれを──と俺は訝しむ。


「んで、京都に実家があって。父親が公務員で殉職、母親が本家の系譜で病死。そんな中で、そこから上京してきたワケか? ご苦労様なこった」
「……何処から知ったんですか、そんなこと」
「あまり大人を舐めない方がいいよぉ、如月彩斗君。それに、それだけじゃないだろ? 公然に露呈(・・)させてないことは」


そうだなぁ、例えば──。
綴はそう呟き、白雪へと目配せする。キンジは数年来の親友であるから、アリアはパートナーであると噂されているから、話してあると読んでいるのか。

とすれば、消去法で選んだとしても、だ。綴は相当に頭が回るな。残念だが、隠し通せてはいなかった、と。


「……陰陽術、とかァ?」


眉間に皺を寄せる白雪を一瞥して、綴は淡々と告げる。
そのリアクションは予想通りだ──と言わんばかりに。
アリアとキンジの、さも当たり前の表情と白雪の表情を吟味し、小さく笑みを零してから、


「……あの時、試験会場に監視カメラがあったのは覚えてるだろ? 強襲科の受験者がどんなモノかって興味本位で見させてもらってたが──面白い戦いだったよぉ。如月彩斗くんと、遠山キンジくん」


あぁ、成程──まさか、綴が見ていたとはね。何かの縁、なのかねぇ? これも。
小さく嘆息する俺を横目に、綴はアリアへと視線を遣った。


「ロンドン武偵局では随分と優秀な活躍を残してたようだけどさぁ。どうした? 今期は大した活躍もしないでカップルごっことかさぁー。ま、花の女子高生でいいんだけどさぁ……」
「……かっ、カップルじゃないっ! コイツはパートナーだから! 断じてカップルとかじゃないから! これホント! ホントのホントよっ!」


やれやれ、誰と、とは言ってないのになぁ──と首を竦めて冗談交じりに苦笑する綴だが、アリアとしては真に受けてしまったらしく。

どうにも色恋沙汰に弱いねぇ、と胸中で呟けば、自分とて同じだろうに、と感情が相反した。


「……まぁ、せいぜい学生時代を楽しみな。バカップルさん」


んで──と呟いた綴の視線は、キンジへと。
……否。キンジと言えば語弊があるな。正確には、キンジが装備している、備品。ホルスターに仕舞い込んでいる、銃に。


「遠山キンジくん。違法改造の(チャカ)を持ってるってことは、自覚してるよなァ? 確か──装備科の平賀文が改造した、ベレッタM92FS。通称『キンジモデル』だったっけ?」
「……あ、あのですね。あれはッ──」
「ま、いいんだけどさ。世の中結果論だし。だから、君らの結果が出ることに希望を抱いて……2人のデザートイーグルとベレッタは没収しないでおくかぁ」


一株の希望を抱く言とともに紫煙を吐けば、綴は何かを思い付いたかのように指を鳴らし、俺たちを3人を一瞥してから、白雪へと問うた。


「あぁ、そうだ。ボディーガードはこの3人の中から1人選びな、星伽。これなら安心だろ? お前もさぁ」
「……あ、はい。そう……です、ね。分かりました」


白雪が俺たち3人を一瞥し、誰を選抜しようか悩ます暇すら与えずに──腕が虚空を掻き分ける音が、隣で響く。
それは思いもしなかった、自己表現。以前の彼なら有り得なかったであろう、選択に他ならなくて。


「……なら、俺がやる。構わないな? 白雪」


白雪が。或いは、俺たちでさえも──感心し、または驚愕し。


「キン、ちゃん……が? 私のボディーガードを? 本当に?」
「何でお前に嘘を吐く必要があるんだよ。やるったらやる──」


照れ隠しに、キンジは白雪から視線を逸らす。
だけれど彼女はそんなことすら厭わず、何なら公衆の面前だということすら厭わず、勢いをつけて 、キンジの制服の胸元に顔を埋めるようにして呟いた。


「──ありがとうございますっ」
「……うぁー」


羞恥の為に頬を紅潮させ、呻くアリアを一瞥する。
そうして、初心でありながらも愛くるしいと感じてしまうこの感情は──勿論。恋情なのだろう。

──いつかは、2人も。 

 

想いは紅涙と共に

「……はぁ」


自室で寝転んだベッドの上で、誰にともなく溜息を吐く。
思いの外に響いたその声に意識を傾注させつつも、俺は、数時間前に白雪に説明したことを脳内で反芻させていた。

夕食と入浴を挟んだからといって、その記憶は全く薄れてはいない。それほどなまでに重要な、話題だったのだから。

安倍晴明の子孫であるが故の、陰陽術の使い手であること。

しかしそれは、緋緋色金が微量に含まれた《緋想》によって能力は底上げされているのであり、裏を返せば、刀そのモノが無いとほぼ無意味であること。

《明鏡止水》は、最低限の媒体として、緋緋色金と直系子孫の血筋の持つ()によって発動しているということ。



そして、それを踏まえた上で、白雪は告げたのだ──。


「……となると、あっくんは『超偵』に該当(あた)るね」


何やら思案し、確信したかのような表情で、白雪は口を開いた。
その知識はSSRに所属している白雪ならではで、俺ですら知らなかったことを、次々と説明してくれた。


「多分、超能力者という区分だと──あ、超能力者には幾つかジャンル分けがされててね。4つあるんだけど、あっくんはそのⅣ種超能力者に該当すると思うの」


曰く、Ⅳ種超能力者は、他の何れかの複合系なのだと。


「《緋想》っていう妖刀は、氣……多分、精神力みたいなモノかな。それを媒体として《明鏡止水》っていう能力が発動されてるってことだよね? エネルギー的なモノを媒体にしてるから、まずⅠ種に該当するの」


そして、もう1つは。


「……緋緋色金が含まれて、それもまた《明鏡止水》の発動に関係するんでしょ? 物質を媒体にしてるから、それでⅡ種だね。2つの性質を併せ持った結果が《緋想》による陰陽術と言えるから、あっくんはⅣ種超能力者。だと思う」



──とのことだった。白雪が言うには、Ⅳ種は極めて稀とのことだ。SSRにも居ないらしく、仮に俺が履修しても、Aランクは容易に取れるだろう。とのことだった。


「……それよりも、なぁ」


現在は強襲科を履修しているが、更にSSRまで受けるとなると、成績的には宜しいのだが……如何せん、精神的に持たなそうだ。とは言え、事実として履修している者も居るのだから、感嘆の一言に尽きる。

それよりも、アリアに関する理子の司法取引や、イ・ウーの詳細、白雪の護衛に意識を削いだ方がまだマシだと思うね。
恐らくはアリアも、そう言うだろう。無駄な利益は鑑みず、目標へ向かって一途に──というのがアリアのポリシーだ。


「……彩斗。入っていい?」


なんて、噂をすれば……かねぇ。

と胸中で呟きながら、少しだけ開いた扉の間から顔を覗かせてきたアリアの姿を見て、俺は何事かと思案する。
わざわざ俺が1人の時に来たということは、それだけ重要な話なのだろうか。


「どうした、アリア。別に構わないが、入ってくる時はノックくらいした方がいいぞ」
「……ん」


軽く頷き、依然としてベッドの上で寝転んでいる俺を一瞥してから──一直線に、こちらに歩を進めてくる。
既に入浴済みのようで、寝巻きに着替えたアリアの頬は微かに紅潮しており、昼間はツインテールの髪も夜は下ろしてある。

その足取りはいつもより軽く、逡巡もせず、マットレスの軋む音と共に、華奢な膝を立てた。
腕は俺の胴体を挟むような形で、前屈みになり、紅潮したその頬と赤紫色の瞳で見詰めてくる。


「……アリアっ、ちょっと──何のつもり、だ?」
「──のね」


虚空に霧散してしまいそうな僅かな声にさえ、感情が滲み出ていた。それは、アリアがそれ程に感情を揺り動かされたという、証左。果たして、何があったのか。この喜々(・・)たる声色と時期で、おおかた予想はついてしまうのだが。


「──あのね、理子の司法取引で、最高裁でのママの刑期が数十年単位で短縮されたって、さっき弁護士から電話が来て……!」
「……本当に?」
「うん。それでね、まだあるの。理子が、イ・ウーのことも証言してくれたみたいなのっ」


この喜びを抑えられない──と言わんばかりに、アリアは今まで見せたこともないような満面の笑みで告げてくる。
話す度に前屈姿勢になり、緋色の髪と梔子の甘酸っぱい香りが鼻腔を刺激した。かなり興奮しているようだ。


「武偵活動の完全復活を条件にして──その内部と、魔剣(デュランダル)がイ・ウーの一員ってことと、その目的まで教えてくれたの」


指折々と数えながらアリアは言い、俺の顔色を伺っている。
理子がかなえさんに関しての冤罪を認めた、というのなら理解は及ぶ。だが、イ・ウーと魔剣に関しての供述をした、だと──?

何が理子をそう動かさせたのか──と考える暇すら与えず、アリアは(おもむろ)に顔を伏せた。前髪の奥で僅かに見える瞳には、雫が浮かんでいて。

それが頬を伝い、地に足が着くよりも早く、華奢な身体が小刻みに震える。嗚咽と(あぐ)ねるような笑みが零れ出ていた。
細い髪が濡れた頬にまとわりつく。彼女はそれを指でそっと払うと、小さく零した。


「……ちょっとでもイ・ウーに近付けて、嬉しくって。それに、アンタが助けてくれたこともね。こんなに感情が沸き立つのって、久しぶりかもしれないわね。嬉し泣きしたのは──初めてかも」
「…………そっか。そう、だよね」


嗚呼(あぁ)──それもそうだろう。他人の感情は、自分に置き換えれば理解が早いのだ、と思い至った。
自分の追い続ける存在に。愛する身内を、少しでも救える糧となる存在を得るべく、協力してくれるパートナーを想えば。いつか自分も、こうして紅涙を絞る時が来るのだろうか。

……本当に、この子は一途なのだと再確認させられる。
捕われの母親への変わらぬ愛情と希望。パートナーたる俺への勿体ないほどに素直な、信頼。
……いやはや、これを裏切ってしまってはどうにもならないね。


「それなら、これからも──」


呟き、眼前で小さく笑みを零していたアリアの顔に手を伸ばす。
そうして、親指の腹で、浮かべた雫を拭い取ってやるのだ。その行動に、僅かな意味を込めながら。
気が付かなくてもいい。ただ、これからも。


「──俺はアリアと、ずっと一緒に居るつもりだ。主従契約は、主の方から一方的に切られない限りはね」
「ふふっ。何よ、それ。でも……そうよね。アタシ次第かぁ」
「そう、だねぇ。それは、良いんだけど──アリアはいつまで、俺に馬乗りになってるつもりなのかな?」
「…………あっ」


突如、我に返ったかのように──それも、宛ら小動物を感じさせる身軽な動きで──アリアは俺への馬乗り状態を解くと、ちょこんとフローリングの床の上で女の子座りをした。

今までの行動を反芻しているのか、だんだんと頬の紅潮が高まってきて。それが限界に達した時、流れるように俺を赤紫色の瞳で見据えてから、隠しもせず羞恥心と犬歯を剥き出しにして、


「い、今のは……忘れて! 忘れることっ! じゃなきゃアンタなんか捨ててやる! ドレイ以下よっ!」
「……馬乗りされたこと、だけね。あ、あと。今は何時?」
「えっ? えっと、今は……9時を回るところ、だけど」
「うん、研究データがとれた。ありがとう」
「……何の研究をしてるのよ、アンタ」


アリアの羞恥による感情は、突拍子もない話題を間に挟むことで、そちらに意識が向く。あとは、なすがまま──と。

……自分で思い返してみても、無意識的に分析していることもあるんだよね。自分で恋情を自覚してからの、アリアの扱いに関しては。特にね。


「言うなれば、人間観察ってところかな。……ほら、そろそろ寝る時間だ。明日も学校だよ? アリアも早く寝なきゃ」
「……あ、うん。じゃあ、おやすみなさいっ」
「うん、おやすみ」


軽く言葉を交わしてから、アリアは扉越しに手を振って、そのまま自室へと歩を進めたらしい。
『そろそろ寝るよ』という俺の空気に流された、ということは。多少なりとも空気に流されやすいのかな。
今回は割と素直に部屋を出ていったけど、次があったらもう1度試してみるかなぁ……。


「……何やってんだろ」


間の抜けた声が、室内に木霊(こだま)した。 

 

かごのとり

白雪が彩斗の部屋に越してきてから、丸1日が経った。
窓の外に見える、ただひたすらに立ち上るだけの──それでいて、夏の訪れをいよいよと告げる、茜色の入道雲。
それを呆然と眺めながら、キンジは壁に寄りかかって、『アドシアード準備委員会』の名を冠した集いの一部始終を聞き留めていた。

何故、委員会活動とは無縁のキンジがこんなところに居るのだ──と問われれば、キンジは、
「白雪のボディーガードを担っているからだ。理由にそれ以上も以下もない」
と手短に答えるだろう。事実、答えたのだ。この委員会のメンバーに、怪訝な顔をされながら。

それを思い出し、キンジは苦渋の表情を浮かばせる。
そんなに俺がここに居ることがおかしいのか。やっぱり良いイメージは持たれてないな──。
気持ちが沈みながらも、キンジは部屋の中へと視線を巡らせる。白雪のボディーガードの任を務めるためだ。


「……星伽さんには是非、閉会式のアル=カタには出ていただきたいわ。生徒会長でもありますし、武偵校を代表して」
「そうですね、星伽先輩は美人ですし。報道陣も好印象を持つかもしれませんっ」
「ええ。枠も1名分空けてありますし……どうでしょう?」


会議用のテーブル席に着いている女子たちが、白雪の両隣で楽しそうに言葉を交わす。
白雪はそれを聞き留めてから、何度も頷く。軽く苦笑して、申し訳なさそうに、やんわりと告げた。


「皆さんのご好意は嬉しいのですが──あくまでも、私は裏方で貢献させてください。ねっ?」
「「「えー……」」」
「そんなに残念がらなくてもいいじゃないですかぁ……。まぁ、少しだけ、なら……検討します。武偵校の印象アップは、教務科の方でも話が回ってますし」
「「「ありがとうございますーっ!」」」


女子たちの嬉々とした声に、白雪は更に苦笑を重ねた。つられてキンジも、苦笑する。
この場に彩斗とアリアも居たなら、彩斗は同じように苦笑して、アリアは引き気味で笑んでいたことだろう。
そう、キンジは憶測ながらに推想した。

まぁ、肝心の2人は装備科に用があるらしいから、それもどうかは分からないが──と心の中で零す。
本来なら彩斗たちも一緒に来るハズだったのだが、予定が狂ったことを、キンジは悔いていた。

そのまま白雪を一瞥して、『程々にな』と視線を送る。白雪が表舞台に立つのは、キンジたちとしても都合が悪い。

魔剣(デュランダル)が白雪を狙っているのならば──それこそ、魔剣が誰かに変装していて、かつ、手軽に武偵校に入れ、白雪に接近できる機会は──先のアドシアードしかない。
そんなところで身を晒そうモノなら自殺行為も甚だしいと、彩斗は推論していた。

仮に表舞台に身を晒したとしても、キンジたちが護衛の役割を十分に担えるとは到底思っていない。勿論、尽力はするつもりだが、3人で護れる範囲も限度がある。
白雪自身の自己防衛は、護衛以上に大事だ。

会話を終えた白雪が、資料を腕に抱えて立ち上がる。


「……ふふっ。さて、キリのいいところで会議は終わりにしましょうか。皆、この後は解散です。私も帰って仕事を終わらせなければならないので──精一杯頑張って、アドシアードを成功させましょうっ!」


委員会の会員である面々に満面の笑顔を振り撒いてから、白雪は手を握りしめて、胸の前で掲げた。
そうしてキンジに近付き、一緒に帰ろうと歩を進める。
キンジもすぐにその意図を把握した。
背に降り掛かる労いと熱意の言葉を耳に入れながら、白雪とキンジはその場を後にし、2人だけの帰路に着く。

昇降口を出ると、陽光が目に()さった。室内に篭ったあとの外の陽射しは眩しい。ましてやそれが夕刻の陽ならば、尚更だった。2人は揃って手で陽射しを隠す。

武偵校の校門を抜けると、あちらこちらに武偵校の半袖制服が点在している。額からはじわりと汗も滲む。夏も近いのだ。
陽が伸びるとはいえ、何かしらの事件を、常日頃から白雪は生徒会長として懸念していた。

隣で歩くキンジに顔を向けて、声を掛ける。


「早くお家に帰った方が安全なのにね。何でみんな、あんなに遅くまで遊んでから帰るんだろう……?」
「そりゃ、遊びたいから遊ぶんだろ。たまには白雪も遊んでみたらどうだ? 作業ばっかじゃつまらないだろ」
「そりゃあ、1度は遊んでみたいとか、思うけど……。買い食いとか、皆で仲良くお店を回ってみたりとか。それでも──」


──星伽の巫女は、護り巫女。


まるで詩の一節を諳んじるかのように、か細い声で。


「私たち星伽の人間は、神社と学校以外は許可無く外出してはいけないの。……星伽の巫女は護り巫女。生まれてから逝くまで、身も心も星伽を離れるべからず」
「そんなのは単なる実家の掟に過ぎないだろッ。それに、こうやって青森の実家から東京に出てきたんだ」


キンジが僅かに怒気を孕んだ声で反論する。白雪の肩を両手で掴むと、引き寄せるように、顔を正面に向けた。


「約束紛いの掟、素直に守ることない」


真剣味を帯びたキンジの顔が、白雪の眼前に迫る。白雪は小さく息を詰まらせると、悲しげに目を伏せて、視線を逸らした。

──キンジは思い起こした。遠い昔の記憶を。
それは、小学校低学年の頃だった。青森の星伽神社に、家族で遠出をした時のこと。
妙な制約があったことを、キンジは子供ながらに疑問に思っていた。曰く、神社の境内から出てはいけない。

子供ながらに疑問に思った。異様だとも思った。
それを裏付けるかのように、キンジの兄、遠山金一は、星伽の彼女等を哀れんでいた。
そして、こう呼んでいた。哀れみの感情を多分に込めて、かごのとり(・・・・・)と。
永遠に星伽という籠の中に捕らえられた、巫女という小鳥だ。

──その一族であるが故の、制約という名の手枷。
──逃れられぬ運命と、藻掻いても変えられぬ運命。
──虚弱な小鳥は、籠の中。悠久の刻を、身を滅ぼすまで。

今も昔も変わらず。その現状に、キンジは、酷く哀情と瞋恚(しんい)を覚えた。
そうして、胸の中で小さくその言葉を転がすのだ。何度も何度も、かごのとり──と。

2人の間に、沈黙が流れていく。
 

 

想いの吐露と現実と

装備科棟、平賀文の工房。入室許可を得て、入ってみれば──所狭しと、細かな部品が辺りに乱雑していた。
まさに道無き道。工具箱や部品が詰められた箱が示す道を辿りながら、俺たちは部屋の奥へと歩を進める。
落ちている部品やケーブルを踏まないように、慎重に。

見えてきたのは、部屋の壁際に置かれた、横長の作業テーブル。
それに備え付けの作業椅子に座っていた平賀文は、物音で来たと気が付いたのか、入ってきた俺とアリアを交互に見た。
そして、小さく小首を傾げて無邪気に笑んでみせる。


「それで、如月くん。いったい何の用なのだ? 神崎さんも連れてきて、あややにカップル成立のお知らせなのだ?」


聞いたアリアが、真っ先に口を開く──よりも早く、2丁拳銃のガバメントをホルスターから抜いた。
漆黒を俺の側頭部に、白銀を文へと向けると、さぁ、反論の始まりだ。


「かっ、カップルなんて……馬鹿らしいっ! アタシと彩斗はそんな馬鹿げた関係じゃないから! 主人と奴隷だから!!」
「アリア、流石にその関係性を正当化するのは宜しくないと思われるよ。文が誤解しちゃうだろう」


次の発言に備えて、銃口の位置を俺の側頭部から逸らす。下手を言って風穴を空けられるのは、御免被りたいからね。


「あぁ、それとも──アリアは、カップルだと間違われたのがそんなに不服だったのかな?」
「それは……別に、そんなワケじゃないけどっ!」
「……けど、何だい?」
「うぅ……何でもないーっ! 彩斗は黙ってなさい!」


軽く茶化してみれば、アリアは犬歯を剥き出しにして、当然のようにグリップで殴りかかってきた。手でいなしてみせる。
頬を紅潮させて喚くこの光景を見るのは、果たして何度目か。
もはやこれが、俺の中で神崎アリアという人間ではないか、と定着しつつあるのが怖いところではあるが。


「……まったく」


小さく苦笑して、俺は視線をアリアから文へと移した。
パチリと開かれたその瞳は、どうも喋り方と相まって、無邪気さと純情さしか感じさせてくれない。
おかしいなぁ。銃口向けられてるのにね、文。


「よーするに、如月くん……神崎さんとはパートナー、なのだ? それならこんなに仲がいいのも頷けるのだ! お似合いですのだ! もっと言うと、銃口逸らして欲しいのだ……」
「ふふっ。まぁ、パートナーだね。それなりの付き合いだ。……ほら、アリア。銃はしまいなさいな」
「……むー」


無邪気に笑う文につられて、俺も笑みが零れる。
それを面白くなさそうに横目で見ているアリアはまだ興奮しているようで、頬が紅潮したままだ。2丁拳銃をホルスターに仕舞うと、腕を組んでそっぽを向いてしまった。

文が俺とアリアを交互に見て、小さく呟く。


「それで、何の用ですのだ……?」
「あれ、忘れちゃったのか。1年の時に、文に銃の改造をしてもらったろう。それで帰り際に、『また1年したら定期整備をするのだ! 忘れずに来てくださいですのだ!』って」
「あー……。そんなこともあったですのだ。2人とも武偵校入りたてで、あれが初めて会った時なのだ」


どうやら忘れていたらしい。


「まぁ、2人とも座ってくださいなのだ。話はゆっくり、作業は素早く、ですのだ」


文に促されて、2人で木製の作業椅子に腰掛ける。作業椅子はすぐにグラつくようなイメージがあったが、意外にも安定した座り心地だ。偏見とは恐ろしい。

しても──と、顎に左手を添える。
何を切っ掛けで、あの時は文に銃の整備を頼んだんだっけ。
風の噂で『装備科に天才ロリ整備士が居る』って話を耳に入れて……興味本位で行ってみたんだっけか。

その時に、ベレッタとデザートイーグルの改造をしてもらったんだよね。反動をなるべく逃がしたりする機構とか、デザートイーグルをバースト化してくれたのも文だ。

その技量と平賀文という名前から立ち昇った噂が、1つ。
文は、かの平賀源内の子孫ではないか──と噂されているのだ。平賀源内は江戸時代の名工として知られている。文のその技量は、まさに彼を思わせるに相応しいモノだった。


「当時も今も変わらず、文はぼったくりの敏腕整備士だね」


左で頬杖をつくようにして、軽くテーブルに身体を預ける。


「いや、でもねぇ……。初めて文の請求書見たら、ぼったくりとは思ったよ。貯金額もその時はそこまで無くてさ、文に『あとで必ず返すから』って借金しちゃって」
「借金……って、彩斗。何を文に頼んだのよ」
「デザートイーグルのバースト化と反動除去、定期整備がメインだね。その他にもあるけど、完全分解(オーバーホール)での整備は俺には出来ないから。それなりの額だよ」


呆れるような眼差しで問うアリアに、文は口を開く。


「お金持ちな神崎さんはいつも1回払いですのだ。それに比べて去年の如月くんは殆ど分割払い──あ、話がズレた……のだ? 銃の整備で合ってるのだ?」
「うん、定期整備ね。ベレッタと、デザートイーグルで頼むよ。あっ、追加で……この刀も」


言い、ホルスターから愛用の2丁を。そして鞘に収められている《緋想》を、背から取り出した。
もしかしたら、文に見せるのは初めてかもしれない。文は興味深そうに取り出されたそれを覗き込むと、瞳を輝かせる。


「如月くん、この刀は何ですのだ?」
「えっとねぇ……。我が一族に代々と伝わる妖刀。大事なモノだから、こっちも整備をしてくれるかな」
「了解ですのだ! えっと──全部合わせて、たぶん1時間と少しあれば出来るのだ。下手したら夜になっちゃうかもだけど、待っててくれるのだ?」


横に居るアリアと顔を見合わせる。
『別に構わないけど』と言うかのように、アリアは小さく頷く。またすぐに、そっぽを向いてしまった。
まぁ、アリアにとっては何が地雷になるか分からないから、俺としても下手なことは言えないんだよねぇ。


「……まぁ、構わないよ。陽も伸びたし、何なら武偵校の食堂で夕食も食べれるし。購買が空いてるなら、アリアの好きなももまんも買えるだろうから」


ねっ、と機嫌を損ねているらしいアリアに笑いかける。
また視線を逸らされたけど、少しだけアリアの口の端が歪んだのを見逃したワケではない。ももまんは有効打だ。


「神崎さん、ももまんが好きなのだ? それなら購買に売れ残りがあったと思うから……今からでもたぶん売ってるのだ。行ってみたらどうなのだ?」
「……本当に? 売ってなかったら風穴」
「あぁ、アリア。行く前にちょっと──」


物騒な台詞を残して、席を立ったアリアを呼び止める。
手招きをして戻ってきたのを確認してから、制服の内ポケットの中から1枚の紙幣を手渡した。1000円札だ。


「はい、これ。あげる」
「……ありがと」


嬉しさと驚きが入り混じったような表情を浮かべているアリアに笑いかける。「早く行っておいで。売り切れちゃうよ」
小さく頷いたアリアは、早歩きで扉の向こうへと消えていってしまった。やはり、ももまんは有効打だ。

あれ1つでアリアの機嫌って変わるもんなぁ……。食べ物の存在って案外偉大なんだろうな。

文はアリアの後ろ姿を見送ると、すぐさま作業に取り掛かった。
まずはベレッタの整備から始めるらしく、工具を引き出しから取り出して、傍らの電球ライトを点ける。
スライドを慣れた手つきで外しながら、文が訊いてきた。


「……実際のところ、如月くんは神崎さんのこと、どう思ってるのだ? あややにはパートナー以上恋人未満に見えたのだ」
「何をいきなり……」


でも、まぁ──と呟く。気恥しいのは堪えた。


「あの子は……何だろう。護りたいっていうか、護るべき存在、っていうか。文も少し前のハイジャック事件は覚えてるだろう? 丁度、あの頃からだね。アリアの境遇を知った頃から、だ」
「境遇……なのだ?」
「うん、母親が冤罪で捕らえられてて。数百年にも及ぶ刑期が架せられてるんだよね。事実上の終身刑だ。その背後には──詳しくは言えないけど、とある組織が絡んでてね」


そう、イ・ウー。未だ解明できていないその存在を、俺たちはこの手で追い求めているに他ならない。
それでも、確実な情報は得つつある。アリアの聞いたところによれば、ここ最近で、理子との司法取引の一件が異様な速度で進んでいるらしい。

まだ詳細は伏せられているみたいだが、イ・ウーの内部情勢。内部派閥。目的。メンバーの素性の一部露呈。
収穫以上だ。1人とはいえ、接点のある人間を捕らえただけで──まるで地に張り巡らされた根のように、他が解明されていく。理子がここまで証言するのにも、何か裏があるのではないかと、疑う余地も無いほどに。


「その組織のメンバーで、尚且つ冤罪容疑に関与している者を逮捕していくのが、アリアの役目であり、パートナーである俺の役目でもあり、かな。……始業式の日から、世界が変わったんだ」


ポツリと零す。思い返せば、武偵になった理由なんて──今思えば、単なる子供の、未知への好奇心。
日常に無味乾燥という感情を抱き、現状打破のために志した道筋の1つでしかなかった。
それが今や、尾びれを引いてここまで来てしまって。無論、アリアとの約束を反故にするつもりはないのだけれど。


「たぶん、神崎さんを分かってあげられるのは、如月くんだけかもしれない……のだ。あややの聞くところによれば、神崎さんの色々な噂はある。でも、神崎さんがここを出てから愚痴の1つも言わないの、神崎さんっていう人間を理解してあげられてるから。だと思うのだ。むしろ護ってあげたい、だなんて──」


文はそこまで言うと、おもむろに作業の手を止めた。
そして、その純情な瞳で俺をしっかりと見据えて、少しだけ気恥ずかしそうに。
それでいて、何もかもを見透かしたように、無邪気に笑んだ。


「──如月くん、神崎さんのこと……好き、なのだ?」


女子という生き物は、どうして……ここまで。
ついこの間に、アリアへ抱いた気持ちが恋情だと自覚したばかりの俺とはまったくの正反対を貫いて、こうも女子は男の心というモノを見透かしてくるのだろうか。

いや──それは、もしかしたら違うのかもしれない。
俺以外の男子が女子への何らかの感情を抱いたのだとしたら、それは真っ先に恋情だと仮定するのだろう。
女子に対して何らかの思わしげな態度を取るのは、男子がその女子に恋情を抱いているからなのだと仮定するのだろう。

どうにも、一般の恋愛観と俺の恋愛観とは釣り合いが保てないらしい。まぁ、恋愛とは無縁の環境で育てられてきた俺も俺なのだが。京都の実家は、系譜が系譜だからねぇ……。

色々と考えを巡らせてはいるものの、文が見せた悪戯っ子のような笑みに、内心戸惑っている。
どう返せばいいんだろう。どう説明すればいいんだろう。
分からないけれど、思ったそのままを、言ってみた。


「好き──という言葉に表していいのかは、分からない……けどね。さっきも言ったけど、アリアを護りたい。それが文の中で『好き』という感情に置き換えられるのなら、たぶん、そうなんじゃないかな。この感情も、きっとね」


俺はまた左の肘で頬杖をつく。
文はその答えを噛み締めるようにして、何度も頷いた。
そうしてまた、着々と作業の手は進められる。先程よりも少しだけペースが上がっているようにも見えた。


「……あややは色恋沙汰の経験とかは無いけど、他の人のお話を聞いたり見たりするのは大好きなのだ。だから如月くんと神崎さんが上手くいくように手伝ってあげてもいいし、何なら神崎さん、如月くんのこと嫌ってはないのだ」


理由は幾つかあるんだけど──と文は続ける。
ベレッタの整備も中盤あたり、といったところか。細かい部品が取り外されて、完全分解されたところだ。
これから埃を取り除いたりする作業に入るのだろう。


「さっきの……ももまん? のお話を如月くんが切り出した時、神崎さん、口元が緩んでたのだ。たぶん好物なのだ?」
「そう、だね。かなりの大好物みたいだよ」
「なら、神崎さんの喜ぶことをしてやった方がいいのだ。よほど嫌われてない限り、嬉しいと思うハズなのだ。目指すは好感度アップ、ですのだ!」


銃身(バレル)の中を磨くのか、文は真鍮ブラシを片手に、ピシッと俺の顔の前に突き付けてみせた。
文は無邪気だなぁ、とつくづく思う。何なら、会う度に思ったりする。だから、その都度に──


「ふふっ、好感度ね。……ところで──文ってさ、落ち込むことってある? いつも無邪気で笑ってて、そういうところを見たことがないからさ」


無邪気な文でも、落ち込むことはあるのかい?
初めて会った時からずっと気になっていたことを、訊いてみた。いつでも訊けることだけれど、どうせなら、今。

文は大きなその瞳で瞬きすると、俺と視線を合わせた。
そして、少し考えるように唸ってから、口を開く。幾つのパーツは既にクリーニングされていて、下手すれば、もう組み立てられるんじゃないかというところだ。


「うーん……。落ち込むことは、まぁ、ある……のだ。さっき、あややは色恋沙汰の経験は無いって言ったけど、それでも何もしてないワケじゃないのだ。気になってる人とかが任務に行ったりすると、しばらく会えないって落ち込むし──」


よく見る女子高生の恋愛事情そのものだった。


「──でも帰ってきて、あややに武器の整備を頼んでくれた時とかは、物凄く嬉しいのだ! 張り切ってやるのだ! ……よしっ、出来たのだ。ベレッタは特に異常は無いのだ」
「……もう終わったのか。早いねぇ」


文は満面の笑みで、そう告げた。組み立てが終わったベレッタを、その小さな手で手渡してくれる。
しても、整備に5分程度しか掛かってないように思えた。5分も掛かっていないかもしれない。

仕事の速さに嘆息しつつも、ベレッタをホルスターに仕舞った。
そのまま、流れるように扉の向こうへと視線を遣る。まだアリアは帰ってこないらしい。そろそろ来るのかな。


「銃の機構さえ覚えちゃえば、こっちのモノなのだ。あとは慣れが重要、ですのだ! えっと、次は──デザートイーグル。くぅぅ、かなり重いのだ……」


デザートイーグルを両手で持ち上げる文は、それだけで一苦労といった感じだ。これは44口径だから、重量は……1.7キロあたりかな。そりゃ重いワケだ。俺でも重いもん。


「いやー、流石に44口径のデザートイーグルとはいえ、ねぇ……。扱うのはかなり難しいよ。反動制御とかは改造前よりは良くなったけど、それでも使うことは少ないね」
「因みに、最後に使ったのは……?」
「始業式の時、だったかなぁ。セグウェイに襲われた時に、咄嗟に手に取ったのがデザートイーグルだったんだ」
「成程。把握なのだ」


元気に答えた文は、既に解体されていた銃身の中身を覗き込んだ。ペンライトで照らしたりしてから数回頷くと、そのまま他の部品の整備に移りながら教えてくれる。


「バースト機構も反動除去機構も壊れてないのだ。銃身中の損傷を見る限り、発砲したのは……せいぜい1発や2発っぽいのだ。これなら銃身にヒビが入らない限り、まだまだ使えるのだ」
「……おぉ、発砲数が当たってる。凄いね」
「大事なのは経験と勘、なのだ。何事も──あっ、神崎さん! おかえりなさいなのだー!」


おもむろに振り返った文は、笑顔で両手を振る。その視線の先には、恐らくももまんが入っているであろう紙袋を抱えたアリアが、足元の部品を避けながらこちらに歩いてくるところだった。

それなりに時間が掛かったようだが、当の本人は御満説のようだ。文に負けず劣らずの無邪気な子供のような笑みを浮かべて、隣の作業椅子に腰掛けた。


「2人とも、ただいまっ」
「……おかえり。どうしたの。ご機嫌が宜しいようだけれど」


アリアが笑顔で説明する。


「ももまんが在庫処分セールだったのよ。賞味期限切れの1日手前で半額だったから、おやつ用と夕食用で……15個ね。アタシの買い占め状態だったわ」


言い、ここぞとばかりにアリアはももまんを頬張った。
笑みが零れている。本当に大好物を食べているのだから、まぁ、それもそうだ。嬉しくもなるだろう。

こうしている時のアリアは可愛らしい。さながら学生生活を謳歌している女子高生──現にそうなのだが、武偵校生のインパクトが強過ぎて──そのものだ。


「また随分と買ったねぇ。まぁ、アリアが嬉しいなら俺も嬉しいけどね。って、もう食べるのか……」
「……ほへほりもさ(それよりもさ)──んんっ。彩斗、平賀さんと何を話してたのかしら?」


アリアは器官に詰まらせかけたももまんを飲み込むと、咳払いをしてから問い掛ける。そのまま俺の瞳を覗き込んできた。
……まぁ、何をって、それは色々とだ。さっきのは銃の話──


「まとめると、如月くんは神崎さんのこと、どう思ってるのだ──ってお話をしてたのだ! 面白かったのだ!」
「ちょっと、文っ!」


マズイ。まさか文に露呈(バラ)されるとは思ってもみなかった。当の本人も口が滑った様子で、慌てて口元を押さえてるし……えー、どうしよう。この状況。


「……彩斗」


アリアの──何を示唆しているのかが読み取れない、いわば無機質な声色が響く。そうでなくとも、今の俺にはそう聴こえた。
アリアはそのまま、扉の向こうへと流し目する。『先に帰ってて』という合図だ。


「……わ、分かった。じゃあ、そういうことだから、文っ。整備の方は宜しく頼むねっ」
「りょ、了解なのだ! 任せてくださいなのだ! その代わり、荷物は神崎さんが持っていってほしいのだ!」
「……分かったから早く行きなさい。キンジたちの夕食の準備、してあげといて」


……アリアが何を思ったのか。下手したら何かやらかしたのではないか。それを考えながら、工房を抜けて帰路に着いた──。


 

 

秘めた想いと現実と

彩斗が工房から出ていったのを横目で確認したアリアは、大きく深呼吸をして、作業椅子に腰掛ける。
目線が合うのは、少し慌てた素振りを見せた文。
彩斗も、いつもの冷静さとは考えられないほどに慌てていたのを、アリアは疑問に思っていた。

それと同時に、文が口を滑らせた内容──彩斗が自分のことをどう思っているのか、ということに、興味を抱いた。
その内容は、聞かれたくない。
だから彩斗には悪いが、先に帰ってもらう。そして、文にその詳細を聞く。アリアはそう考えたのだ。

(たかぶ)る興味心と不安感を募らせながら、アリアは銃の作業を再開させた文に問い掛けた。声は僅かに震えている。


「……それで、平賀さん。さっきのはどういうことよ」
「それは……そのままの意味、ですのだ」
「──教えて」


嫌に芯が篭っていた、力強い声だった。ついさっきまでの震え声が示唆していた動揺は、何処に行ったのだろう。
文は伝えるべきか戸惑う。作業の手を止め、長考した。

彩斗とアリアの行く末を見てみたい。手伝ってあげてもいい。出来ることなら、手伝いたい。話を聞いて、文はそう思った。
自分が掛橋になれるのかは分からないけれど、武偵校入学時から度々の付き合いをしていた彩斗のことは、少なからず分かっているつもりだ。

恋愛に関しての話を彩斗としたのは、今回だけではない。彩斗が相談を持ち掛けることもあれば、文が相談をすることもあった。
文にとって彩斗の相談は『恋愛』の字にも至らない程度のモノだったが、ある種の青春感に近い感情を感じていた。

例えば、彩斗にまったく縁が無かった女子が、急に話しかけてくるようになった──だとか。
かと思えば、ある時を境に、距離を置かれた──だとか。

原因は文には分かっていた。彩斗の経験の短さだ。
恋情というモノを、或いは恋愛という行為や感情を知らないと無意識的に示唆していた彩斗だからこそ、異性からのアプローチに鈍感なのだと文は見なしていた。

だから、今回の訪問は──アリアという異性と行動を共にし始め、果ては同棲までしているという噂も立っているその事実の上で──文にとって、予想外の出来事だった。

いやいや、もしかしたら形だけかもしれない。
そう思って彩斗の恋愛話と恋愛観を探ってみれば、文は彩斗の心に変化が生じていたことに、内心で嘆息していた。

恋愛感情というモノを理解していないのは相変わらずだったが、男子が女子に抱える、ある種の抱擁。
いわば本能的なモノで、異性を『護りたい』という感情を抱いていたことが、彩斗としても、文の中でも大きかった。

彩斗がアリアに好意を寄せている──或いは、気にかけているというのは、文の目にも明らかだった。
そして、アリアがこの話題に食い付いてきたということは、アリアもまた、如月彩斗という人間に興味を示しているのではないか。

……それならば、一か八か。告げてみる価値はある。文はそう決意すると、彩斗から聞いた内容を反芻しながら、口を開いた。


「如月くんの話をする前に……まずは、神崎さんなのだ。神崎さんは、如月くんのこと──どう思ってるのだ?」
「そっ、それは……」


アリアは文から視線を逸らした。
どう言うべきなのか。答えを間違えたら、もしかしたら……。
思考を巡らせる。アリアと文の付き合いこそ短いが、2人とも、それなりの信頼を築いてきた。

こと武器の使用者と整備士ともなれば、密接な関係も出来てくる。アリアも文に、風の噂から依頼をしたことが多々あるのだ。

純粋で一途。挫折感をまるで持たないような向上心と、探究心。それを、アリアは一目置いていたりする。

色々と思考を巡らせ終えてから、アリアは手を小さく握った。正直に言ってみよう、と決めたのだ。
文のパチリと開かれた瞳を見据えて、アリアは口を開く。


「彩斗は……どう言うのかしら。第一印象は、冷静な人。何かあって周りが騒いでても、彩斗だけは淡々と推理したり、行動を起こしたりしてるの。アタシにはそう見えたわ」


だけど──。と付け加えて。


「あぁ見えて内心、かなり動揺してたりすると思う。感情があまり表に出ないような。でも、アタシたちのことは心配してくれてる。パートナーとしてなら、多分、アタシのことも気にかけてくれてると思ったり……するのよね」


照れくさそうに笑みを零してから、アリアはハイジャック事件を思い出した。理子を逮捕する直前──自分が負傷した時のこと。

あれが彩斗の目に見えて分かる、いちばん大きな動揺だったのだろう。焦燥と、怒りとも呼べる感情が現れていた。
それを明確にさせたのが、その後の病室での告白なのだが。


「……信頼」


ポツリと零す。彩斗がハイジャック事件の最中で言った言葉だ。
峰理子の敗因は、彩斗と自分という信頼(・・)を断てなかったことだ、と。アリアは内心で、それを嬉しく思っていた。


「アタシはパートナーっていう都合上で、彩斗とキンジと──今は白雪も、一緒に住んでる。そうすると分かってくるんだけど、彩斗は優しいのよね。男子のキンジにはぶっきらぼうに対応することがあっても、白雪やアタシ、結局はキンジだって気にかけてくれるのよ。そりゃ……意識しないワケ、ないじゃないっ」


言い切ったと言わんばかりの、アリアの羞恥の口調。裏を返せば、本音に他ならない。
文は作業をしながら、黙々とそれを聞いていた。なんて理想的な人だろうと思った。

アリアの口から出てくるのは、賛美の言葉ばかり。愚痴の1つも零していない。如月彩斗は、紳士か何かか。そう思いながらも、


「……如月くんは良いところばかりなのだ。ところで、悪いところっていうのは、あるのだ?」


念のために、訊いてみた。
アリアが困ったように笑う。


「彩斗の悪いところは……何かしらね。特には目立たないんだけど、強いて言えば、その……ほらっ──」


今までの羞恥心を隠すように、アリアは指を立てた。


「──アタシに優しすぎる、ところ……?」
「……神崎さん。それ、本当なのだ……?」


流石の文も、作業の手を止めて顔を上げた。
ここまでくれば、如月彩斗は紳士を通り越して善人か聖人になってしまう。それほどなまでに、悪点が無いのだ。
アリアが頬を膨らませながら説明する。


「ハイジャック事件の前は『アリアを護りたい』なんて言われたし……! その後数日は妙に態度が変わったなぁって──アタシに対して大人しくなったなぁって思ったら、今度は優しく接してくれることが増えてて! 何なのよ……」


成程、と文は納得した。実に彩斗らしいといえば彩斗らしい。


「多分──如月くんなりの、表現方法だと思うのだ。少なからず神崎さんのことを意識してるから、嫌われたくなかったり……とか、かもなのだ」
「……何よ、それ」


ぶっきらぼうにアリアは零す。けれども、満更でもない表情を浮かべていた。口元は緩んでいるし、アリアも多少は意識しているのだ。やっぱり、2人の相性はかなり良いのだろう。

文はそう結論づける。2つ目のももまんを取り出してご機嫌そうに頬張るアリアを見て、伝えてよかった、と思った。
しても──と、文は作業の手を再開させる。デザートイーグルの完全分解は既に終わり、部品の細かな整備をするところだ。


「でも、本当に……如月くんの悪いところって、見当たらないのだ? あっ、別に見つけたいとかそういうのじゃなくて──ただ単に、神崎さんがそこまで褒めるのも珍しいって思ったり……」


アリアは腕に顔を埋めてから、呟くように答えた。先程まで手に持っていたももまんは消え去っている。もう食べたらしい。


「……見つからないだけで、本当は隠してたりするのかもしれないけど。でも、見つけられないのよね」


……ここまでくると、見つけてみたいわね。そう思わない?
顔を上げたアリアは、そう問い掛けた。そのまま頬杖をつく。
僅かに顔を傾げた動作を追うようにして、緋色の双髪が、綺麗に曲線を描いた。


「あはは……。まぁ、それは神崎さんのお仕事なのだ。神崎さんのお仕事は、如月くんの悪いところを見つけること! ですのだ。次に会う時までの課題ですのだ!」
「まぁ……いいわね。そういうのも」


彩斗にした時と同じように、文は真鍮ブラシをアリアの鼻先に突き付けた。無邪気に笑んで、楽しそうに作業を進めていく。

アリアは、面白いじゃない。と内心で呟いた。見つけられないモノを見つけようとしているのは、砂場の中で指輪を探せと言うようなモノではあるが──それが尚更、興味と関心を際立たせた。

今まで、異性に惹かれることなど無かったのに、何故か如月彩斗という人間だけは、愛おしいようで、嫌うことができない。
その人間性と性格に惹かれたのだとすれば、アリアはもっと知りたい、と自己探求心を湧かせた。

初めて惹かれた異性のことを、もっと知りたいと思うこの気持ち。愛おしく感じてしまうこの感情に名前を付けるならば──そう。恐らく、アレなのだろう。
文に聞こえないように、小さく呟いた。


「……恋情」


でも、まだ。その真偽は明瞭じゃない。アリアの中で彩斗はパートナーであり、異性の友達(・・)という立ち位置だ。
その上を求めようとしているのは、アリアも承知している。文の話を聞いて、もしかしたら──と勘繰っていた。

出逢ってまだ、1ヶ月と少しだ。まだ早い。時間は沢山ある。
相手を知る時間など、まだまだ猶予はあるのだ。それならば、仮にその『もしかして』が合っていたとしても、自分の中での確証の数値を高めるためには、時間が必要だとアリアは考えた。

帰ったら、彩斗とどんな風に接すればいいんだろう。どんな風に話をして、生活して、パートナーとして片翼を担えばいいんだろう。そんな不安と緊張が、一気に押し寄せてきた。

押し殺すように、赤紫色の瞳を閉じる。

『もしかして』でも、それを知って、自覚してしまったばかりに、こうした不安と緊張に苛まれることになるのか。とアリアは思った。彩斗もそうだったりするのかなぁ。とも。


──そう考えると、これからの生活が一変して見えた。

 

 

予期せぬ事態

少し遅い夕食後、暫くして──10時に差し掛かる頃。
リビングのソファーで、俺とアリアは隣り合わせながら、沈黙を喫していた。既に入浴済みで、就寝体制ではある。
テレビの音声だけがリビングに鳴り響いている。アリアは何を言うともなく、その画面を呆然と見つめていた。

キンジは今更ながら入浴中、白雪は自室でアドシアード関連の作業をしているらしい。かれこれ15分は経過していた。

この沈黙の原因は何となく分かっている。
恐らく、俺自身の──意識。文と話した、アリアの、あの話。その内容を意識し過ぎているのだ。

俺が工房から抜けたあと、アリアと文は何を話していたのかは定かではないが……帰ってきたアリアは、妙に態度が変わったような気がした。どこか、冷たくなったような。

アリアとはそんな雰囲気のまま夕食になり、何やら発する空気を読んだらしいキンジと白雪も、口数少なに黙々と食べていた。
何度か俺に流し目をしてきたが、首を横に振るしかなくて。

……やっぱり、やらかしたかなぁ。あの話をしたことで怒っているのかもしれない。ともすれば、謝る他に無いのだが。
色々と思考を巡らせながら、俺は隣に座ったまま一言も話さずにテレビを見ているアリアを一瞥した。

少し前にお風呂から上がってきたとはいえ、まだ髪が乾ききっているワケではない。濡れた髪が、照明を反射させて輝いていた。
頬は熱を帯びているかのように紅潮している。ツリ目がかった赤紫色の瞳は、どこか物寂しいような印象を受けた。


「……ねぇ、アリア」


この沈黙に耐え切れずに、小さく声を掛けた。
華奢な身体が僅かに震えて、大きく瞬きをする。そのまま我に返ったような表情を見せると、向き直って、返答してくれた。


「……何よ」
「もしかして、だけど──怒ったり、してる? 俺に」
「……別に。怒る理由がないもん」
「じゃあ何で、さっきから黙ってるの? 帰ってから、ずっと」
「それは……」


諭すように、優しく問い掛けてみた。
アリアは体裁が悪いと言うかのように、視線を逸らす。


「言い難いことだったら、言わな──」
「……彩斗はさ」
「──うん?」


アリアは言葉の端を遮って、小さく零した。
こうしてまで主張しようというのは、いつものアリアとは少しばかり違う気もする。なんだろう。珍しさ、と表現するのか。
果たして何を言ってくるのだろうと、アリアの瞳を見据える。

何かを言おうとしては、言い淀んで。
その度に物怖じしたように、目を伏せて。
そんなことを何回か繰り返してから、アリアは口を開いた。


「彩斗はさ……アタシのこと、どう思ってる? 何でアタシに構ってくれるの? 優しくしてくれるの? 聞きたい」


そんなことか──と内心で一蹴(いっしゅう)した。そんなことなんか、前から言ってきたことだ、とは。思ったのだけれど。
再確認か。はたまた、アリアに伝わっていなかったのか。
気恥しさを堪えながら、俺は告げる。
あの時に伝えたことを。あの時に思ったことを、そのまま。


「……アリアを護りたいから、かな。その問いの全ての理由は、最終的にそれに行き着くんだ。仮にそうじゃないとしても、原動力や根幹は、アリアを護るためだよ」
「あっ、えっ……、いつまで言ってるのよ、それっ……」


紅潮した頬は明らかに、羞恥に染まっていて。
そうして目を泳がせているアリアに、次に出された問いの答えを教えてやるのだ。


「んー、ずっと。俺がアリアに嫌われてても、ずっと」


深くは、まだ伏せておきたい。抱いたこの感情に区切りを付ける時が来たのなら──或いは、この感情を成就させる時が来たのなら、その時は、話したい。奥深くの何故か、を。

だから、その時までは……ごめんね、アリア。
今はまだ、話したくないんだ。いつになるかは分からないけれど、いずれ話せる時がくるのなら、その時に話す。
そう、決意した。

アリアは泳がせていた目を(おもむろ)に瞬くと、その瞳に強い決意の感情を込めて、しっかりと告げる。


「……でも、アタシは護られるだけのお荷物になるつもりはないから。彩斗がアタシを護ってくれるなら、アタシも彩斗を護る」
「……ふふっ、アリアらしいね。ありがとう」
「馬鹿ね、当たり前のことでしょ。パートナーを見捨てるほど、アタシは人間として落ちぶれちゃいな──」


言葉の端を折って、アリアは突然、リビングと廊下を繋ぐ扉へと視線を向けた。直後、誰かの足音が反響して木霊する。
恐らくは白雪だろう。何かあったのか。
訝しみ、様子を見に行こうとした、その時だった。


「──キンちゃん! どうしたの!?」


白雪の悲鳴にも近い叫び。それを聞き留めた俺は、小さく溜息を吐いた。いやはや、どうしてこうも騒がしいのか──。
眉間に手を添えて、等身大の《境界》を眼前に開く。紡錘形の亜空間には、廊下とその周辺が鮮明に映っていた。

視線を巡らせる。アリアも覗き込んできた。

照明に照らされた廊下に起きた異変は、洗面所、そしてバスルームへの通路を隠すカーテンが、無造作に開かれていること。
着替え途中だったのか、半裸のキンジと、それを目にした白雪が硬直して見つめ合っていて──。


……いや、待って。なんで。何が起きてるんだ。


「……何やってるのよ、アンタたち。いいからキンジは早く着替えなさい。んで、白雪はどうしたの? 話なら聞くわよ」


呆れ声でアリアはそう言い放つと、白雪を手招いた。
キンジは俺たちの会話を尻目に、素早くカーテンを閉める。着替えに戻ったことを確認したらしい白雪は、それに背いた。
等身大の亜空間を潜り抜けて、こちらへ移動する。


「えっとね、あのねっ。……あっ、アリア。隣、座っていい?」
「どうぞ。……それで、何があったのかしら?」


白雪はアリアの隣に腰掛ける。俺と白雪でアリアを挟むような形になっていた。この方が話も聞きやすい。
先を促された白雪は、僅かに躊躇するような仕草を見せると、伏し目がちに口を開いた。黒髪が靡く。


「えっと……。キンちゃんが電話を掛けてきて、『バスルームに居るから今すぐ来い』って言われたの。それで、行ったらご覧の有り様です。……何が起こったんだろね、キンちゃんっ?」


着替えを終えて、リビングに入ってきたキンジに問い掛けた。


「誰かのイタズラ電話に決まってるだろ。そもそも俺は電話なんて掛けてないし、そもそもシャワーを浴びながら掛けられるモノでもないだろ。気にすんな」
「あっ、あー……。そっかぁ。それもそうだよね」


白雪は我に返ったかのように瞳を瞬くと、小さく苦笑した。
キンジも、アリアも。内心では俺も、賛同していた。誰かのイタズラ電話だ、と思っているハズだ。現に俺がそうなのだから。
それなのに、この、形容しがたい胸騒ぎは……何だ?
イタズラ電話だと賛同する。いやはや、そんなのは──


「……そんなのは──現実逃避の、免罪符かもね」
「免罪符、って……?」


アリアが問う。首を傾げる動作に呼応して、緋色の髪が靡いて揺れた。懐疑と、僅かな疑惧がこもっているような、そんな声。


「免罪符っていうのは、キリスト教用語なんだけどね。簡単に言えば、罪に対する罰の免除証書だ。罪を逃れるためのモノさね。この場合は、現実の裏を直視しないこと。かな」
「現実の、裏……?」
「いいかい? 俺たちは白雪を魔剣から護るための護衛役だ。魔剣に接触されると危惧しているのは、アドシアード当日なんだよ。その日まで、あと数日。しかもさっきの電話の対象は、白雪だ。怪しいと思わない?」


アリアが口元に手を添える。数瞬考えてから、口を開いた。


「つまるところ、魔剣の隠密接触(シークレット・コンタクト)って考えるのが妥当かしら。十二分に有り得るわね」
「うん、正解だ。そういうことだよ」


それを踏まえて──と、俺は白雪へ視線を遣る。


「白雪は電話でキンジに呼ばれたらしいけれど。その番号は、もっと言うと、聴こえてきた声は、本当にキンジのモノかい?」
「声は少し違かったような気がするかも。普段のキンちゃんよりも大人びてて、芝居がかったような声だった。あっ、番号は非通知だったかな……?」
「……電話の主は魔剣だと仮定しようか。だってそうだろう? 非通知着信に、白雪が違和感を覚えた声色。魔剣が何処かから俺たちを監視しているのなら、前者は容易だ。後者は分からないけど、魔剣の可能性は高いさね」


これが、ファースト・エンカウントなら。魔剣は──俺たちの動向を、把握していると考えていいだろう。
理子の時みたく盗聴器か? 或いは小型の監視カメラか?
否。武偵殺しの用いた策が破られたのならば、その手段は使わないだろう。リスクが高いのだしね。
ともすれば、最も原始的な──尾行。覗き、か。

白雪からキンジへと視線を移す。


「キンジ」
「……なんだよ」
「お前は極力、白雪から離れるな」
「……どういうことだ?」


鈍いわねぇ、とアリアが呟く。


「その小さな脳ミソでよーく考えなさい。この一連の流れは、魔剣が初めてアタシたちに干渉してきた証左よ。それならば、どうして干渉できたと思う? 盗聴、盗撮……まぁ、もしかしたらあるでしょうけど、今回は論外ね」
「論外、って……。何でだ。そうでもしなきゃ分からないだろ」
「魔剣は武偵殺しと仲間なのよ? 深くは言えないけど、同じ組織に属してるの。仲間が失敗した方法を、自分も使うとでも?」


アリアは饒舌に推理を続けていく。流石はホームズ家の一族だ。
しても、俺も全く同じ推理だったとはね。少し驚いたよ。
キンジは箇所で頷き、納得したように聞いている。


「ともすれば、必然的に古典的手段になるハズよ。尾行や覗きとかね。何処から見てるのかは知らないけど、絶対にそうだわ。視認できる範囲に魔剣が居るのなら、それこそ一瞬でも無防備にはできないでしょ? だから、白雪と繋がりのいちばん深いキンジを選んだのよ。そうでしょ、彩斗」
「ご名答だ。頭が回るね、アリア。全く同じ推理だったよ」


少し褒めてみせれば、アリアは満足したように笑みを零した。
そしてキンジの瞳を見据えて、人差し指で、ピシッと指差す。自信の篭もった手付きだった。


「キンジ、アンタは……そうね。学校に居る間はアタシたち全員で護衛するけど、()むを得ず、今日みたいにアタシと彩斗が抜けて、白雪が1人になった場合は──キンジが護りなさい。命懸けで」


アリアの仲間を想う、真剣な眼差しと口調。
キンジはそれに背いて、決意したのだ──。

 
 

 
後書き
昨日がアリアの誕生日だったんだって。おめでとー。() 

 

準備期間

「──あぁ、如月に神崎か。こっちや、こっち。はよ来んかい」


教務棟へと続く扉を開け、辺りへ視線を巡らせれば──酒焼けた声を掛けてきたその主は、強襲科顧問の蘭豹だった。

それでいて、喧騒に包まれた昼下がりの中、校内放送で俺たちを呼び出した張本人でもあって。
滅多に呼び出されることなどない俺とアリアだから、何事かと訝しみながら、《境界》で移動してきたのだ。

蘭豹は、教務科の第一職員室。そこの左手前に構えられていたデスクから、急かすように手招いた。
椅子の背もたれに身体を預けて、瓢箪を豪快に(あお)る。
満足そうな笑みを浮かべる彼女に苦笑する。いったい、何の御用向きだろうか。気になるところではあるね。


「上機嫌そうだけど、何かあったのかしら。蘭豹先生」
「珍しいこともあるんだねぇ。……さて、行こうか」
「うんっ」


アリアも同じことを思っていたようだ。

軽く会話を交わしてから、俺たちはデスクへと歩み寄る。意外と整頓されているデスクの端には、蘭豹が愛銃としているリボルバー──M500が無造作に置かれていた。
足元には2メートル近い大太刀、斬馬刀が転がっている。

……鬼に金棒だろう、と思った。ましてやM500は『象殺し』と名高い。口径もさることながら、デザートイーグルと並んで、世界最強の威力を誇る銃と言われている。

M500もデザートイーグルも、同じ50口径だ。
まともに喰らえば人体なんか千切れるし、掠っても肉片が抉れる。少なくとも、人に向けて放つような銃じゃない。
そんな例外が、武偵校に1人。蘭豹なのだが。

俺が父から譲り受けた形見のデザートイーグルでさえ、改造が施された40口径のマグナム弾だ。これでもかなりの威力だが、生前に父の言ったところによれば、『50口径よりは安心』とか。
それでも怖いモノは怖いのだから、父は人に向けては撃たなかった。俺も撃たないと思う。思うだけ。希望的観測だ。


「お前らを呼び出したのは他でもない。このウチや」


そんな蘭豹は香港マフィア、貴蘭曾(グランフィ)の会長さんの愛娘。香港では無敵の武偵として恐れられていたが、色々と各地の武偵校で問題を起こし、その度に転々としているのだとか。


「で、本題はこれや」


蘭豹は手短に告げると、手元に置いてあったファイルから、2枚のプリントを取り出した。
表題(タイトル)が視界の端に掛かる。
『強襲科:アドシアード出場推薦員 ガンシューティング』
それぞれに手渡されたプリントの内容は、読んで字の如く。

ざっと目を通していく。……あぁ、成程。大方、予想通りだね。
アリアも同じことを思ったらしく、俺に流し目をした。軽く頷いてから、暫く、考える仕草(・・)をする。
答えなど、初めから決まっているのだ。申し訳ないけれど。


「校長から直々の推薦を申し渡された。独自に成績優秀者を選抜してもらった上での結果になる。これは強襲科顧問としても、名誉なことや。結果の是非は問わんし、出場するだけで単位の獲得は約束されとる。……どうや? やるか?」


問い掛けに、アリアは伏し目がちに視線を逸らした。
蘭豹が眉を(ひそ)めて訝しむ。
強気なアリアにしては、珍しいと思ったのだろう。そこで初めて、何か事情があると察したらしく、声の調子を下げた。


「……どうした、お前ら。出場できないワケがあるんか」
「えぇ、まぁ。今回は2人とも辞退させてほしいんです」
「如月と神崎がそこまで言うなら、こちらとしても、強制はせんけどなぁ……。因みに理由ってのはなんや。外せないんか?」


そうですね──と、理由を切り出しかけたところだった。
突如として、首に腕を回される感覚。アリアは小さく悲鳴を上げると、後ろを振り返った。僅かに遅れて、俺も振り返る。
黒革と独特な葉巻の匂いがした。


「綴、先生……?」
「理由ってのは、アレだろ? ほらぁ、あの……星伽の。ボディーガードだっけか? 前にお前にも話したろ、蘭豹よぉ」
「ンなこと覚えとらんわ。余計なお世話や」
「っていうワケだからぁー。俺、アタシはガンシューティングには出場できません、すみません──ってことか。へぇー」


綴は冗談めかして笑いながら、俺たちの首に回した腕を解いた。
そのまま隣のデスクに座ると、葉巻を指で摘んで紫煙を燻らせる。教育衛生などという言葉とは無関心だ。
組んだ脚からは、グロック18Cが顔を覗かせていた。

時折、肩や首の骨を鳴らしたりして、2人は話している。アドシアードに関しての話を、俺たちはそのまま聞いていた。
勝手に戻るワケにもいかないので、黙って立っている。
……あ、蘭豹の小言が始まったよ。まったくもう。出場できないモノはできないんだから。頑固だなぁ。

俺たちのことで言い争っているのを、他の職員たちが聞き耳を立てているにも関わらず、2人は騒いでいた。

……だが、まぁ。綴の言ったその理由は、間違ってはいない。
事実として白雪の護衛役を担っているのだから、アドシアードなんて茶番には付き合ってはいられないのが現状だ。
茶番なんて言えば、真剣に出場する生徒に失礼ではあるが。


「……ったく。つまらんわ」


論破されたらしい蘭豹は、先程とは一変、不機嫌そうに瓢箪を呷って、小さく吐き捨てる。
そのまま何度か唸ってから、何やら思案するような仕草を見せた。数十秒の後、軽く頷いたりして、渋々といったように言う。


「……分かった。アドシアードには出場せんでいい。だが、星伽白雪の護衛はちゃんと果たせ。教務科の過保護になってるのが現状やが、先陣切って受けてくれたお前らにも感謝はせにゃいかん。アドシアード出場分の単位、そっちに回してやるわ」


蘭豹の言葉に続くように、奥の綴が葉巻を咥えながら告げる。背もたれに身体を預けると、軋んだ音が鳴り響いた。


「あー、でも如月は……確か、1年の時に進級分の単位は揃えてあるんだっけか? それを今年度に繰り越してんだろ?」
「あぁ、はい」
「馬鹿みたいに依頼こなしてたもんなぁー。総解決数、学年1位っての覚えてるかぁ? それがなんだ。今は殆ど受けてねぇし──って、まぁ。そんなのはいいんだけどぉ」


葉巻の灰を灰皿に落とす。煙とともに、灰の灯火が失せた。


「如月が単位揃えてんなら、その分を変換してやるぜ? (カネ)だよ、金。アドシアード後に振込書でも送り付けるから、額はそん時に確認しろ。あぁ、あと……神崎、だっけかぁ? お前にも同額でくれてやるよ。単位と金な。これで文句はねぇだろ?」


綴は饒舌に、それでいて妙に納得のいく内容で、交渉を持ち掛けてきた。勿論、俺もアリアも断る理由はない。その旨を告げた。
アリアと視線を合わせて、小さく笑う。
綴と蘭豹も満足のいく結果だったのか、喉を鳴らして笑った。

綴は……交渉が上手いな。自分たちの利益も追求しながら、無理のない範囲で俺たちにも益をもたらしてくれる。
まぁ、教務科直々の依頼に等しいのだから、見合った報酬か。

それにしても──とアリアが口を開いて、小さく小首を傾げた。


「どうして、ここまで優遇してくれるんですか?」
「どうして、って、そりゃあ、アレや。簡単なことや。力量に見合う報酬を与えるのは当たり前のことやで、神崎」
「まぁ、そうだよなぁー。……お前も、如月も。もう少し自分に自信を持ったらどうなんだよぉ? 期待されてんだぞー? 少なくとも、校長の目に留まるくらいにはなぁ」


それに──と綴は続ける。


「ゆとりも、一目置いてるらしいってさぁ。頑張れよー」


高天原先生にまで、期待されてる……ってことか。
いやはや、個人的にはそこまでのことはしていないつもり、ではあるのだけれども。目まで付けられてしまったら、下手なことはできないねぇ。少しは気をつけるとするかねぇ……。


「ほら、分かったら2人ともはよ戻れ。呼び出しておいてなんだが、昼休みも終わる。悪かったな」
「あー……。そろそろ戻ります。ありがとうございました」
「おう、はよ行け」


2人に軽く会釈をすると、俺たちは教務科を後にした。
蘭豹と綴が優しかったねー、とか。期待されてるのも困るねぇ、とか。そんな他愛のない話をしながら、俺たちは宛もなく廊下を歩いていく。

教務科棟を抜けたあたり、だ。ふと思い付いたのは。


「……あっ」
「どうしたの?」
「……いや、装備を忘れてたなぁ。って」


今更ながらに、肝心の主装備が足りてないことに気が付いた。ベレッタはあるが、それ以外のデザートイーグルと、大刀契だ。
装備科の定期整備に出しっぱなしだったことを思い出す。
進めていく歩を止めて、アリアに向き直った。


「デザートイーグルと、大刀契。文の定期整備が終わったら、持ってくるようにアリアに頼んだハズなんだけど……」
「あっ。そういえば、あれっ……? 昨夜に持って帰って……ない」
「ふふっ、忘れちゃったのか。仕方ないなぁ、アリアは」
「うぅ……だって、しょうがないでしょっ! 人間だもんっ!」


相田みつをの『人間だもの』を免罪符にして、半泣きで俺の横腹を殴ってくるアリア。力はこもってないんだけど、地味に痛い。
そのまま俺の制服のジャケットを両手で握り締めたまま離してくれないアリアは、どうにも拗ねてしまったようで。

廊下のド真ん中で2人、父親にお菓子を強請(ねだ)る子供のような図が出来てしまっている。色々と宜しくないのだけれど。
幸い、生徒も先生も居ないからいいけど……万が一にも見られたら、弱み握られちゃうなぁ。やだなぁ。


「ねぇ、アリア」
「……何よ」
「このまま歩ける?」
「……うん」
「抱っこしようか?」
「……やだ。死ね」


何、この子。本気で拗ねてる。可愛い。
しかし、まぁ……こうしていれば誰かに見られるのも時間の問題だしねぇ。そろそろ昼休みも終わるし、早めに文のところへ装備は取りに行きたいところではある。

コアラ状態のアリアへ視線を落としてから、俺は掌を虚空へ翳した。直後、斬音を伴って、紡錘が眼前を斬り裂く。
記憶に新しい、装備科棟にある文の工房の入口だ。相変わらず、細かな部品やらで部屋は包まれていた。

《境界》を潜り抜け、俺たちは足を踏み出す。


「転んで怪我しないようにね」
「……世話焼きなんて要ら──きゃっ!?」
「あー、もう。言わんこっちゃない……」


《境界》を閉じると同時に、床に散らばっていたボルトやらを見事に踏んだアリアは、前向きに転んで下半身の体勢を崩した。
とはいえ、手だけはしっかりとジャケットを握り締めたままだから、これといって顔を打ったワケでもない。

アリアが体勢を崩したのに連動して俺も脚を崩したが、倒れる程ではなかった。倒れていたらアリアが危なかっただろう。
小さく安堵の溜息を吐く。
アリアは依然として手だけは離してくれないが、そのままペタンと女の子座りをした。

その一連の物音に気が付いたのか、どうやら、この部屋の主が駆けてくる音がする。アリアが羞恥に紅潮させていた顔を上げた。
つられて俺も、アリアから視線を移す。

制服姿の文と視線が合った。文はそのまま俺たちを交互に見ると、無邪気に笑んでみせた。幼稚園児顔負けの笑顔だ。


「おー、神崎さん、如月くんの制服なんか掴んじゃって可愛らしいのだ! お似合いの2人なのだ! あはっ!」
「……別に、そういうんじゃないわよ」
「うんうん、お似合いの2人なのだ!」
「……平賀さん、アタシの言うこと聞いてた?」


流石のアリアも呆れ気味だった。
そうして数瞬、直前に文に茶化されたことを思い出したのか、一度は冷め切っていた羞恥心を全開にして、超速で俺のジャケットから手を離した。なに今の。残像が見えたんだけど。
まぁ、いいや──と一蹴して、軽く立ち上がる。


「因みに、何で神崎さんは如月くんの制服を握ってたのだ……? 気になる木、ですのだ。教えてなのだ」
「単なる忘れ事を、『人間だもの』を理由にしてアリアが拗ねてただけだよ。どうやら、文に頼んだ装備を持ち帰ってくるのを忘れちゃったみたいでね」
「あー、なるほど。ですのだ」


じゃあ──と言って、文は俺たちを工房の奥へと案内する。いつもの作業椅子に文は腰掛けると、座るよう促してくれた。
小さく笑んで、2人で椅子に座る。テーブルの上には、整備済みなのだろう。デザートイーグルと大刀契が置かれていた。

文はまずデザートイーグルを両手で持ち上げると、必死な表情で手渡してくる。やはり、重いのだろう。
アリアが小さく笑みを零したのが聞こえた。
それをホルスターに収めたのを確認した文は、「この刀を渡す前に──」と切り出す。


「研ぐとかそういうことはしたんだけど、その他に、ちょっと気になったから調べさせてもらったのだ」
「……気になること?」
「ですのだ。その刀の製造時代とか、成分とか」
「えっ、まさか……分かったの?」


興味のありそうなアリアの問い掛けに、文はコクリと頷いた。


「……どんな感じなのかしら?」
「見た感じ、平安時代の日本刀で……これだけ保存状態が良いなら、かなり歴史的価値の高いモノだと思うのだ。如月くんの一族の刀と言ってたけど、具体的に何処の一族なのだ? 普通の人はこんなの持ってないのだ」


文が俺へと視線を移す。それに合わせて、アリアが流し目するのが視界の端に掛かった。小さく頷いてから、俺は口を開く。


「文も名前は知ってると思うけど──俗に言う、土御門家の本家だ。安倍晴明の直系子孫にあたるね」
「安倍晴明……、って、あの陰陽師の? えっ、本当なのだ!?」
「んー、まぁ。本当だよ」


苦笑し、「それで、何か分かったかい?」と視線で訴える。
文は口元に手を当てて少考した。何か思い当たる節があるのか、かなり真剣に考えている。

ここまで真剣な顔は、見たことがないかもね。
アリアも俺に顔を寄せて、「珍しいわね」と耳打ちしてきた。
それから数分経った頃だろうか。文はようやく口を開いた。

興奮と物怖じに満ちた声だった。


「……安倍晴明が関わっているモノで、平安時代に打たれた刀は、あややの知ってる文献資料で残ってるモノだと2つしかないのだ。961年、応和元年に村上天皇に献上された、大刀契。二振りのうち一振りが、その時献上されたのだ。残った一振りが、安倍晴明が子供に譲らせたのなら、合点はいくのだ。大刀契は護り刀とも言われてるのだ」


更に──と文は続ける。


「これを裏付ける証拠で、この刀の成分分析をしてみたのだ。何度も何度も打ち直されてきたみたいだけど、基盤となる成分は、平安時代中期のたたら製鉄の技術による鉄や砂鉄なのだ。ただ、1つだけどうしても分からない成分があって……」
「分からない成分、なんてあるのかい?」
「あったのだ。下手をすれば新種の物質か、単に装備科の機材が読み取れないだけか、なんだけど……。分からなかったのだ」


声の調子を落としたかと思えば、一変して文は断言した。


「でも、これは──文の目が狂ってなければ、《大刀契》っていう刀に間違いないと思うのだ。どうなのだ?」


……いやはや、まさか文がここまでの知識を有してるとは、思ってもみなかったね。流石は文だ、と内心で嘆息する。
しても、今さっき話してくれた、この刀が大刀契たる理由というのは、何処かで聞いた気がするな。本家に文献資料が残っていたハズだから、恐らくはそれかもしれない。


「……正解だね。この刀は大刀契だ。《緋想》という銘で、打ったのは安倍晴明とされてる。本家では妖刀として扱われてるから、間違いないと思うよ。ただ──その物質が、気になるねぇ」
「やっぱり、ですのだ。あややの目に狂いはないですのだ! えっへん!」


自信があるのはいいことだねぇ、と呟き、まだまだ発達途中の胸を自慢気に張っている文に笑いかけた。
確かに、自信があるのは良いことだ。技師の自信はモチベーションにもなる。顧客も技師の自信に頼る一面もあるから、ね。
そういうところで、俺は文を信頼している。

徐に、アリアは何かを思い出したのか、俺に問い掛けてきた。


「そういえば、彩斗の本家ってどうなってるの?」
「どうなってるの、とは……?」
「管理体制よ。アタシが彩斗に出会った頃に調べた資料を見た限り、少しだけ複雑な系列になってるらしいじゃない。本家と分家で分かれてたり、色々と」
「おや、そこまで調べがついてたのか。凄いねぇ」
「……言わなかっただけよ」


照れ隠しか、アリアはツンとそっぽを向いてしまう。
いつものことだと割り切りながらも、素直じゃないねぇ、と苦笑してから、俺は説明しかけた口を閉じて、小さく呟いた。


「まぁ、機会が来たら説明する……かなぁ」
「分かった。待ってるから」
「うん、お楽しみにね」


少なくとも、今に説明することではないだろう。
総本山の京都に赴く機会があればその時にでも立ち寄って、あの人たちにアリアを紹介しよう。そう決めた。
その時には、アリアの一族についても聞いてみたかったり。


「……あっ、そうだ。ところで神崎さん、アドシアード閉会式のチアダンスに出るって本当なのだ?」
「えっ? えぇ、まぁ……そうだけど」
「やっぱりですのだ。クラスの男子が言ってたのだ」


文は興味深そうにアリアに問い掛けた。アリアは控えめに肯定したが、俺としてはそんな話は聞いたこともない。


「アリアがチアに? え、本当? 聞いてないんだけど」
「彩斗たちには言ってなかったのよっ。いいでしょ、別に」


いやいやいや。良くないだろうに。


「ともすると、チアの練習はもうしてたってこと……?」
「体育の授業の時にね。もう万全よ」
「それなら、楽しみにしてる。アリアのチアは気になるし、たぶん可愛らしいだろうから。ねぇ、文もそう思うだろう?」
「ですのだ。神崎さんはみんなの人気者ですのだ!」


必要以上の期待に少なからずプレッシャーを感じたのか、アリアは軽く苦笑すると、「取り敢えずやってみる」とだけ告げた。
もっと自分に自信を持てばいいのに。そう思いながらも、その言葉は飲み込んでおく。笑い掛けるだけに留めておいた。

しても、閉会式のチア。ねぇ……。大丈夫かねぇ。
仮にも、白雪の近辺に異変が起きた時の混乱を招かなければいいけれど──とはいえ、その時はその時なのだが。
最悪の事態にならないことを切に願いながら、俺は工房の壁に掛かっている壁掛け時計に視線を遣ってから、立ち上がった。


「……さて、早いけどそろそろ帰ろっか。白雪の護衛もあるし、キンジ1人に任せてはいられないしね。ねっ、アリア?」
「そうね。平賀さん、ありがと。邪魔したわね」


アリアは立ち上がりつつ、文へと小さく笑みを零す。
文も負けじと満面の笑みで手を振り返すと、「あっ」と小さく呟いて、作業机の上に置かれていた大刀契を俺に渡してくれた。


「また忘れたら駄目ですのだ。忘れ物厳禁ですのだ」
「……ふふっ、ありがとう。また頼む時は宜しくね」
「如月くんも神崎さんも大事なお客様なのだ。いつでもどうぞ、ですのだ! あややは何でもしますのだ!」


胸を張る文を見て、俺とアリアは目を見合わせて笑う。
それじゃ、邪魔したね──と残してから、工房の出口へと続く扉を開けて、装備科棟の廊下に出た。
少し後ろにはアリアがちょこんとついてきて、さながら小動物のように小走りに駆けながら、俺に追い付いた。

それを確認して、少し立ち止まる。
眼前に焦点を固定させながら、男子寮自室の座標を思い出し、空間を繋げようと試みた。
脳内に学園島の細かな地図を展開させようとした──その時。

アリアは俺の制服の裾を小さく引っ張ると、顔を見上げて、


「ねぇ、彩斗っ。今日は歩いていかない?」
「……いいけど。何で?」
「いいから。一緒に歩きたい気分なの!」


無邪気に駄々をこねるアリアを見て、俺は隠すことなく苦笑した。出口へ向かって歩を進める。
アリアは嬉しそうについてくると、何を言うこともなく、隣で歩幅を合わせて、一緒に歩いていた。

──さぁ、そろそろ夏の始まりだ。
そう思うと、棟内にも関わらず、澄んだ風が吹いた気がした。
アドシアードまでもう、数日。出来ることはしっかりやる。
色々と楽しみなこともあるけれど、それは後回しにして。
──今年の夏は、少しばかり違いそうだね。

 

 

情の変遷

そのあと、妙にご機嫌そうなアリアと帰路についてから──俺たちは自室に戻り、何をするともなくリビングに居る。
2人でソファーに腰掛けながら、俺はベランダ側の窓から見える、ただ立ち昇るだけの入道雲を、茫然と見遣っていた。

つまるところ、時期尚早な夏の来訪。
アリアは暑いのが嫌だとかロンドンより猛暑だとか苦言を呈してはいるが、個人的に夏は好きだ。

抜けるような青空とか、立体的な入道雲とか、煩く時雨(しぐ)れる蝉の鳴き声とか、アスファルトに(かげ)る陽炎とか──これ以上なく胸懐心を感応されやすい季節では、あるのだが。


「ところで、アリア」


陽光の差す四角い枠から視線を移し、傍らでソファーの背中に(もた)れて瞳を閉じているアリアへと呼び掛けた。


「……なぁに?」


虚ろな瞳でアリアは俺を見ると、小さく口の端を歪めて答えた。
数十分前に、遠慮なく陽線照り付ける外から帰ってきたとはいえ、額には薄らと膜を貼るように、汗が滲んでいる。

髪が汗で貼り付いているのもアリアは厭わないようだが、蠱惑的(こわくてき)な魅力を醸し出しているのは、本人は自覚していないようだ。


「5月5日──明日の夜、ウォルトランドで花火大会があるんだってさ。クラスの女子が言ってたよ」
「花火大会……が、どうしたの?」
「うん、まぁ──」


アリアは興味ありげに訊くと、起き上がって姿勢を正した。脚を揺らしながら小首を傾げる姿を内心で可愛らしいと思いながらも、俺は暫く言い淀んでから答えを告げる。


「──アリアと行こうかなぁ、って」
「えっ、それはその……。ふた、2人だけ、で……?」
「うん。もしかして嫌だった?」
「あぅ、あっ、その──そういうワケじゃなくてっ。嬉しいっていうか、驚いたっていうか……」


言い淀んでいたのは果たしてどちらか。
アリアは赤紫色の瞳を見開いてから、頬を一気に紅潮させる。
そうして、感情を具現化しようとして──けれども上手く言い表せないのか、羞恥心に負けたのか、目を逸らしてから、零す。


「……でも、行ってみたい」


どこまで可愛らしいんだ、と思った。
空一面を覆い尽くすあの群青のように果てがなくて、揺蕩う入道のように奔放で、それでいて、時折見せるこの常花のような仕草に──1度きりじゃない。何度も惹かれている。

その姿を少しでも多く見てみたくて、欲を零せばずっと一緒に居たいという独占欲にも近いこの感情はやはり、あれなのだろう。
そんなことは分かりきってる。これを伝える術と機会など、幾らでもある。ただ怖いのは──拒絶だけ。

幸い今のところは好意的に思われているようだけれど、それでも、その感情の数値を上げておくに越したことはない。
だから、この誘いにアリアが乗ってくれたことは、どうしようもなく心嬉しいモノなのだ。

露呈したらすぐにでも死にたくなりそうなこの感情を悟られないように、俺は小さく笑みを零す。


「じゃあ、行こう。2人で」
「……うん」


アリアは頬を紅潮させたまま頷く。
「でも──」と、そのまま続けた。


「本当に、アタシでいいの?」
「アリアだからこそ、だよ。それ以上の理由は要らない」
「……ありがと」


羞恥心を押し殺し──満足気にアリアは笑んでくれた。







まだ遠く夏には及ばない時期ではあるものの、遠慮なく照り付ける陽線に一種の不快感を覚えながら、キンジは武偵校の校門前で白雪と2人、立ち話をしていた。
校門から出ていく生徒も(まば)らに居る中で、キンジは辺りへ視線を巡らせる。校門付近、グラウンド周辺、校舎。
無論、探し人が居る為に、2人はこうして暇を潰していた。


「それにしても、彩斗とアリアは何処に行ったんだ……」
「もう帰っちゃったのかな。あの2人なら単位が揃ってるから、専門科目受ける必要もないとか聞いたことあるし。護衛に関しても、キンちゃんに信頼を於いてるんじゃない?」
「護衛は俺1人じゃどうにもならんし、多い方が良いのは当たり前だ。お前こそ、俺だけでいいのか? 《魔剣》が心配だろ」


時期尚早な夏の到来は、季節の変遷に溝を生む。
その溝に1度呑まれてしまえば、体調不良諸々の身体的影響が出るのは目に見えていることで──例に漏れずキンジも、妙な不快感を感じていた。
それがこの陽線か、変遷かは自覚していないようではあるが。

白雪はキンジの問いに小さく笑みを零すと、さもそれが重要なことではないとも言うように、爽爽と告げた。


「ううん、全然心配してないよ。だって、キンちゃんは元Sランクだもん。今はAランクだけど。これで心配しろって言われても……。並大抵のことは、ね。ふふっ」
「……ったく。過大評価も過ぎるだろ」


とはいえ、キンジは内心で雀躍(じゃくやく)していた。異性に頼られるのは、どうあっても喜ばしいことだったから。
ましてやそれが幼馴染であれば、この関係は良好なのだろうと読みを入れながら、『Aランク』という肩書きを憂いていた。

武偵校の強襲科に入学当初は、如月彩斗と並んでのSランクとして、注目の的だったことは言うまでもない。問題は、それがどこまで、いつまで持続できるかだ。

キンジはHSSに救われていたことを、何度も後悔していた。
あの肩書きはHSSの加護によるモノであり、自分自身の地力ではないことを自覚しては、何度も翼を捥がれた。
それでも、努力はしたと自他ともに自負している。1年時の努力があったからこそ、まだAランク武偵なのだ。

専門科目で培った知識は出来る限りを吸収し、技力はHSSにこそ劣りはするものの、地力とHSSとの差は多少なりとも埋まってきていた。有力主であることには、今も昔も変わりない。

それでも、如月彩斗の方が上なのだ、と思い知らされる時がある。《明鏡止水》を付与された時の技力こそ、HSSの自分には劣らないが、それよりも格段的に異なるモノ。

──卓越した洞察力と論理的思考。大局観。

これだけは、HSSのキンジを上回っていた。
大局観は一朝一夕で身に付くモノではない。ともすれば、彼はいつからそんなことをしていたのかと、キンジは気に掛かっていた。

それでも、訊けなかった。訊きたくなかった。
置いていかれそうな気がしていたから、ずっと訊くことはしなかったのだ。それでも、いつかは。
キンジは改めてそう決意すると、(おもむろ)に歩を進めた。


「……帰るぞ」
「え? あっ、うん」


歩幅を合わせて2人は歩く。何を話すともなく、立体的な入道雲を眺めていたり、時折見える夏陽炎に哀愁の念を抱いたり。
今年の夏は少し早そうだ──なんて思いながら、キンジは隣で歩いている白雪を一瞥した。

一滴の穢れもない雪肌には、薄膜を貼るように汗が滲み出ている。髪が汗で貼り付くのを嫌っているのか、女子さながらに、指を手櫛(てぐし)にして位置を整えていた。



「そういや、そろそろゴールデンウィークか」
「そういえば、そうだね。キンちゃんは何処か行くの?」
「……俺は、別に。白雪はどうするんだ。行きたいところは?」


暗に『連れてってやることも出来るが』とキンジは告げた。
白雪はその問いに沈黙を喫すると、小さく小首を傾げて、作り笑いのような苦笑を浮かべる。
いつもの白雪らしくないな──と訝しむが、直後、キンジはその意味を理解した。


「──星伽、か」
「……うん」


永久に籠に囚われた、星伽という名の小鳥。かごのとり。
あの時みたく哀情と瞋恚(しんい)の念が沸々と出で立つのを感じながら、キンジはクラスの女子が話していた内容を思い出す。


「明日、ウォルトランドで花火大会がやるんだとさ」
「……?」
「行け。無論、お前1人とは言わない。俺も行ってやる」


あぁ──と付け加える。


「こんなに人が居る場所は苦手だろうから……。そうだな。葛西臨海公園でどうだ? あそこなら人も少ないし、適度に見える。1日くらい、外出のトレーニングだと思って行ってみろ」
「で、でも……」


外出にトレーニングというのもおかしな話だが、とキンジは内心で苦笑した。白雪は実家の制約がおかしいから仕方ない。


「言ったろ、お前1人じゃない。俺も護衛役でついてってやる」


そう、背中を押してやれば──


「……分かりました。お願いしますっ」


──瞳を輝かせて、白雪は笑顔で頷いたのだった。
 

 

恋篝 《如月・神崎ルート》

 
前書き
本話は花火大会の『彩斗・アリア』ペアのお話になります。
これとは別に、『キンジ・白雪』ペアのお話も書きます。 

 
「……トントン拍子にしては、出来すぎてるじゃない」


水平線の彼方へ沈みゆく夕陽を眺めながら、アリアは零した。
ダークブラウンの着色が施された椅子の背もたれに、彼女は深く身体を預ける。それが僅かに軋んで鳴き声を上げた。
アリアは年季モノかしら、と言うかのように小首を傾げる。


「まぁ、成功に超したことはないのだけれど」


そのままローテーブルの上に置かれたティーカップを持ち上げて、その(ふち)を優雅に口付ける。
緋色の髪が(なび)き、陽光を受けながら揺らめいた。
酷く蠱惑的(こわくてき)な魅力を醸し出していて、それが自分と同じ歳相応の少女とは思えないと、何度思ったことか。

その魅力に惹かれたのも、アリアへの恋情を自覚してからだったか──などと一考しつつ、俺は小さく笑みを浮かべて言った。
同じくして椅子の背に寄りかかり、腕を組んでアリアを見る。


「上手くいったようで、なによりだったね」
「本当に運が良かったわよ。ここの最上階(ホテル)、かなりの人気があるって話題だったんだけど……」
「最上階は少しばかり値が張るからね。部屋がとれたのは幸いだった。時期的に無理だと思ってたんだけどね」


苦笑し、手元にあるティーカップを口付ける。珈琲の芳醇な香りと、滋味豊かな深みが口腔を潤した。

ここ、シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルは──ウォルトランドに隣接する連携ホテルだ。
四ツ星ホテルとしても有名で、スタイリッシュな外観と高級感溢れる内装が特徴になる。アリアに満足とまで言わせたほどだ。

外装、内装、サービス、食事に於いても、やはり、満足の声が多いらしい。貴族のアリアが言うのなら、庶民は尚更だ。
その評価を頼りにした上で、俺たちは例の花火大会を見るために、ここまで《境界》にて赴いたのだ。道中は僅か数秒である。

ホテルで花火を見ようと言ったのはアリアだったが、それには同意だった。ウォルトランドの中に入ることはしたくない。
アリアにどんな意図があるのかこそ訊いてはいないが、だいたい予測の範疇だろう。体質であったり、気分であったりする。

因みに俺としては、雰囲気を楽しみたかったからだ。喧騒に揉まれるよりは、静かな場所で花火を見たい。それだけの理由。


「……にしても、だね」


胸中で呟いてから、自宅を出る時のことを思い出す。リビングで、キンジと白雪が浴衣の着付けをしていた、あの記憶。
2人は少し離れた葛西臨海公園で、花火を見るとか言っていたけれど……白雪が外出するとは珍しいね。
恐らくはキンジが誘ったのだろう。積極的でなによりだよ。

ただ、《魔剣》の接触が心配だね。何かあれば、2人には連絡を寄越してもらうように、言伝はしてあるけれど。
特に白雪には、僅かな異変でも教えてくれるように、かねてより何度も伝えてある。今のところで目立った行動はないが、まだ油断ならない。Xデーは、アドシアード当日なのだ。


「この1ヶ月でかなり変わったね。色々と」
「……そう、ね。彩斗と会ってから」


アリアは頷き、またティーカップを口付ける。そのまま窓の外に視線を移すと、過ぎた日々を懐古するように見詰めていた。

始業式のチャリジャックを始点として、アリアを狙った武偵殺しによる犯行。バスジャックと、ハイジャックだ。
その真犯人は峰理子であり、彼女は今、司法取引を進めている。それも直に終わる、とアリアは先日言っていた。

それに続けて、《魔剣》の出現。武偵殺しこと峰理子もイ・ウーの一員であり、《魔剣》もそうであると理子が供述したのだ。
果たしてその真意は、こちらの知るところではないが──かの《教授》なる男に行き着くのは、直感的にも理論的にも分かる。

その《教授》も、始業式の日に俺との接触を図ってきた。
曰く、『報酬の対価としてアリアを護れ』と。
そこまでしてあの男がアリアを護りたいのか、というのが疑問でしかないが、受けた以上はやるしかないのだ。

《教授》はアリアを護れ、と。武偵殺しはアリアを倒し、初代リュパンを超える、と。
《魔剣》は真意が不明だが、暗雲の垂れ篭める行き先だ。イ・ウー勢力が台頭してきた、と表現すればよいのだろう。

少考してから、アリアに問い掛けた。


「理子の司法取引は、もう確認だけで終わるの?」
「そう、ね。少しばかり時間が掛かっちゃったけど、供述も可能な範囲内でしてくれた。それの裏付けは無理だけど、有望な情報には変わりない。もう書類で送られてくる頃じゃない? 同時に、理子の釈放も……いつだったかしら。明日、だったような」


明日、か。これを利用しない手は無いね。
成程、と呟き、顎に手を当てて再び少考に(ふけ)る。

書類の供述と本人の供述とを照合した上での、更なる情報提供を求む姿勢は変わりない。今はまだ敵と看做(みな)している。
たとえ武偵という枠組みの中でも、身内であろうとも、アリアに牙を剥いた代償は大きいと、自覚してもらおうか。

接触した後の扱いにも、最大限の傾注を図らなくてはならない。
理子の一連の騒動は、ほぼ裏切りに等しいのだ。それを露呈させるも否かも、俺たちの意思に支配されている。

そう自覚すれば、脳は更に、少考から長考へと、移り変わった。


「──ぇ、彩斗。ねぇ、彩斗? 聞いてる?」
「…………あぁ、うん、どうしたの?」


呼ばれて、伏せていた顔を上げる。視線の先には、身体をテーブルから乗り出して、心配そうに見つめてくる彼女がいた。


「さっきから話し掛けてるのに、何も反応しなかったじゃない。理子のことで苛立ってるのは分かるけど、考えすぎよ。怖い顔してたもん。今夜は花火を見に来たんでしょ?」
「……ごめん」


アリアは安堵のような溜息を吐いて、腰を下ろした。
──そうだ。いつの間にか話が脱線していた。何の為にここに来たんだ? アリアと花火を見るためだろう。
理子のことはひとまず忘れて、アリアにだけ意識を傾注しろ。

胸中で叱咤してから、壁掛け時計を一瞥した。既に6時半だ。


「じゃあ、花火は8時からだから、お風呂に入ったあとに夕食でも食べよっか。大浴場があったハズだからね」
「そうね。ほらっ、早く行くわよ。立つのが遅い!」
「……はしゃぎすぎだよ、まったく」


言うが早いか、アリアは立つと同時に、俺の服の裾を強く引っ張ってきた。強引に立たせようとしてくるところが無邪気だ。
それは子供(さなが)らの、満足気なモノ。それでいて、悪戯心の見え隠れするような、笑みだった──。





大浴場で久々の長風呂を済ませた俺は、客室のキャビネットから持ち出した浴衣を羽織り、アリアとの待ち合わせ場所に赴いた。どうやら時計を見るに、30分は待たせてしまったようだ。
夕食を予定していた場所──ブッフェ・ダイニング・グランカフェの入口付近には、浴衣を羽織ったアリアが立っている。

周囲には子連れの大人たちで混雑していながらも、アリアの姿は一際目立つ。主な要因は髪色や髪型なんだろうが、端正な顔付きも相俟って、より一層、目立っているように見えた。

アリアは俺に気が付くと、小さく手を振りながら、笑んで呟く。


「……やっと来た」
「久々に長湯したからね。もしかして、待った?」
「いや、待ったっていうか、手間取ったっていうか……」
「手間取った、って?」
「あ、その……浴衣を着るのに、時間かかっちゃったのよっ」


アリアらしいね、と笑ってから、本人曰く『手間取った』らしい浴衣の着付けを確認する。まぁ、もしかしなくても、帯だよね。
ということで、帯を覗き込む。予想以上に普通だった。


「……どこが手間取ったんだい」
「帯よ、帯。なんか10分経っても締められなくて、それを近くで見てた老婦人が締めてくれたのよ。『ハーフの女の子は可愛いねぇ』って言われたりしたわ。ふふっ」
「それには同感だね。……さて、行こうか」
「えっ、今なんて……?」


動揺を隠しきれていないアリアの手を取ってから、敢えてその問いには返さずに、目的地へと歩を進めていく。
優雅に靡く髪と裾が、彼女には似合っていた──。







「やー、美味しかったねぇ」
「本当ね。……あっ、もう8時になるわよ。早く早くっ」
「だからもう、ほら。焦らないの」


そんなに切羽詰まらなくてもよいだろうに──と胸中で呟いてから、明かりの灯った客室のメインルームの扉を抜ける。
窓沿いに設置されているテーブルの上には、数時間前、アリアが飲んでいたティーカップが置かれていた。
2人分の個別ベッドのシーツは、シワひとつ付いていない。

アリアは2つある椅子の片方に腰掛けると、向かい合わせのもう1つを指さした。「いいから座りなさい」と付け加える。
俺は言われたままに腰掛け、邪魔な浴衣の袂を捲ってから、左腕で頬杖をついた。


「あのね、こういうのは雰囲気が大事なのよ。ほら、ドラマとかでもよくあるでしょ。分かる? マトモに見てないと思うけど」
「……まぁ、ドラマは見ないけどさ。何となくは分かるよ」
「素直でよろしいわ」


満足気に頷くアリアが面白くて、思わず笑みが零れる。

そのまま窓の向こうへと視線を移す。アリアも連られるようにして、その動きを追った。
ウォルトランドのあちこちに散りばめられた光の欠片が、嫌に幻想的だ。あまつさえ、夜闇に顔を出した月も見える。
月光に照らされた太平洋の色は、仄かな淡みを帯びていた。

窓ガラスには、2人の顔が──光の角度の影響だろう──くっきりと映し出されている。
お揃いで羽織っている浴衣も、少し前の興奮を示唆している頬の紅潮も、馬鹿馬鹿しいくらいに明瞭だ。

それすらもそっと包み込むのは、月明かりに他ならなくて。


「……アリア、ほら。月が綺麗だね」


何気ない一言だった。月が綺麗(・・・・)だ、と。
たったそれだけだったのに、アリアは何やら面食らったような表情を見せて、その雪肌を一瞬にして紅潮させた。


「あぅ、えっ、その……、いきなり何を言い出すのよっ! なんかこう、いきなり言われても! だってアンタ、それって……」


──『■■』と、一緒じゃない。そう、か細い声で。





漆黒に描かれた菊紋様と、それが奏でる灯火の音色。聞き取れなかったのは、生命の灯火が風に吹かれたからだ。
そんな嘘が通じるなんて、思ってもいないけれど。
嗚呼、恐らく。今の俺は、誰にも見せられないような表情をしているのだろう。それでも、彼女になら。





──穿たれて迸る血潮の如く、この感情は、溢れ出て往く。




 
 

 
後書き
大変長らくお待たせいたしました。() 

 

恋篝《遠山・星伽ルート》

「……なんで、キンちゃんは私を誘ってくれたの?」


葛西臨海公園──海岸沿いの散歩道を歩きながら、キンジは、徐に口を開いた白雪を一瞥する。懐疑心の見え隠れするような声色だったと分析すれば、本気で疑問に思っているのだろう、と結論付けた。

水平線の彼方へ身体を預けゆく夕陽は、眩い陽光を放っている。
漆黒のカンバスに紺碧のインクを零したような少女の瞳は、およそ飴細工の如き婉美さと、反照する朱の淡さとを兼ね備えていた。


「なんで、って……。理由を言わなけりゃ駄目なのかよ」
「出来れば、明確な理由をキンちゃんから聞きたいな、って」


通販で購入したお揃いの浴衣は、自分よりも似合っていると、ふと思った。それは宛ら、大和撫子のような──いや、違う。今、目の前にいるのは、正真正銘の大和撫子だ。


「まぁ、なんて言うんだろな──」


そして、すぐさま問われた問題の答えを模索しようと、脳内で文章を組み立てていく。それは実に容易なことだった。
あの日、2人で下校した道中の話を、キンジは忘れていない。『かごのとり』の所以(ゆえん)を。或いはそうであるからこそ、今回のこの行動に至ったのだということも。


「──お前に世界を経験してもらいたいからだ。枷を嵌められた小鳥を見捨てるなんてことは、俺には出来ないしな。だからと言って、ただ闇雲に籠の外に出すワケじゃない。段階を踏むんだよ、段階を。これはその一種だ」


その答えに、白雪は小首を傾げて呟く。切り揃えられた黒髪が、曲線を描いて揺れた。


「星伽の制約を、破れってこと……?」
「口が悪いようだが、星伽の制約はおかしいと思うぞ。お前も、その……なんだ。生き難さとか、感じたことないのか」
「それは、まぁ……無いワケじゃ、ないけどっ。でも……」
「だったら尚更だ。時には殻を破って生きてくことも大事だろ。ましてや武偵なら、な。武偵憲章9条、世界に雄飛せよ──だ」


白雪が生きているのは、限りなく狭小範囲の、箱庭だ。だから、そこでしか知識や経験が得られない。そこでしか、見えていない。その枠でしか、考えられない。そう、キンジは一考する。

対して自分たちは、それとは比にならないほどの世界を見ているのだ──と自覚してはいるが、それですら極一部であったりするのだから、世界は酷いくらいに残酷なのだ。

麒麟が見る世界と、人間が見る世界と、蟻が見る世界。
極論化すればこうであって、白雪はまさに蟻であるのだと。だからこそ成長させて、せめて並の人間らしく(・・・)してやろうと、キンジは前々から思っていたのだが。

あくまでもそれは表面的な理由に過ぎない、と彼は脳内で大きく頭を振って否定した。そうして、また(・・)胸中で渦を巻くこの感情に付ける名前は、いったい何だろうと自問自答する。

いつからか意識し始めた、幼馴染の存在。それを想えば、言い知れぬ感情の暴力に心臓を穿たれるような、そんな感覚。傍に居て、少なからず安堵の息を吐ける。そんな感覚。
過去の如月彩斗の言を借りれば、これが『好き』という感情なのだろうか、と何度も何度も長考した。

それに踏ん切りがつかないまま、それでも、安堵の息を吐き続けていたいという面倒な欲望を満たすために──こうして先述の理由を免罪符にして、訳の分からない戯言を行動に起こそうとしている。

嗚呼、そうだ。結局はそうでありたいのだ。ただ、露呈して拒絶されるのが怖いだけ──。


「……馬鹿馬鹿しい」


誰にともなく、歩を止めることなく、ただ虚空に霧散させることが目的かのように、キンジは零した。
白雪は彼を一瞥するが、また視線を前に向けて、何事も無かったかのように歩を進めていく。

キンジは胸中で渦巻く感情を押し留めながら、せめて上辺だけの目的は果たしてやろう──と意気込んだ。
視界の端には、首都高湾岸線。東京湾を隔てた向こうには、煌びやかな装飾のウォルトランドが見えた。

立ち止まって、白雪が指さす。


「あっ、ほら、キンちゃん。あそこ! ウォルトランドだっ」
「あぁ。思った以上に人も少ないし、ここは穴場だな」
「そうだねっ。それにしても……花火はこれから、なのかな?」
「さぁ、どうだか。音は聞こえてなかったけどな」


下手したら……もう、終わってたりするんじゃないか。
なんて、キンジは一考する。ともすれば、かなりバツが悪い。
自分から誘っておいて、少なからず期待させてしまったその思いを反故にしてしまうのは、男として最低だ──。

白雪は藍のキャンパスを見上げ、揺蕩(たゆた)う千切れ雲を緩慢と目で追いながら、淋しそうに呟いた。


「……終わっちゃった、のかな。多分、私の足が遅かったり、駅で切符を買うのに手間取っちゃったからいけなかったんだよ」
「少なくともお前のせいではないから、安心しろ。もしかしたら、休憩時間かもしれないしな」
「……うん。ありがとう」


自虐史観的な性格は、昔から変わってないな──とキンジは思った。他人の非さえも自分の非にしてしまうのは、時に良くも悪くも、自分に働きかける。相変わらず悪い癖だな、と苦笑した。


「ところで、キンちゃん。昔の──星伽を抜け出して、初めて花火を見に行った時のこと、覚えてる?」
「あぁ……あれか。忘れるワケないだろ」
「あは、良かった。今回も、それと同じだね。キンちゃんが私を、学園島から出してくれた。籠から、ね」


過ぎた日々を懐古するように。今この瞬間も、1秒後にはもう過去だ。その刹那でさえも、彼女は意識を傾注させている。


「あの花火の景色を覚えてるから、私は大丈夫。今夜の花火も楽しみだったけど、あの時の花火の方が、ずっと綺麗だった」


そう言って、彼女は海岸沿いへ駆け寄った。
そのまま、藍に散りばめられた輝石を背景に、振り返る。
浴衣の袂が靡いて、黒髪が艶美に曲線を描いた。


「それでも、花火よりも──傍にキンちゃんが居ればいいの」


心臓を穿たれたような、形容し難い感覚。そうして迸る血潮の如く、溢れ出たこの感情は、その名を明白に告げた。
先程まで胸中に掛かっていた(もや)は霧散し、既に過去の遺物へと想起してしまっている。

あぁ、これが──恋心、というモノなのか。
思えば如月彩斗は、いつだったか自分にこう告げたことがある。『白雪は、お前のことが好きだ』と。

当時は一蹴こそしていたが、日々を過ごす度に、名もなき感情の靄が一段と濃くなっていくのを感じていた。
それが、今。その感情に名前を付け、あまつさえ、濃霧も嘘のように晴れている。点が線になるのを感じている。

白雪がここまで自分を想ってくれているのなら──俺のやるべきことは、少しでも応えてやることだ、とキンジは決意する。
フッ、と笑みを零して、呟いた。


「ありがとう。……ちょっと待ってろ」
「えっ、キンちゃん、何処に行くの?」


白雪は振り返り様にキンジへと駆け寄ると、見上げるようにして問い掛けた。純粋な興味の篭った声色と瞳だ。


「売店に花火セットを買いに行くだけだ。心配しなくていい」


キンジは、地を蹴って駅の方へと駆け出した。後ろで白雪が何かを言っているが、風が頬を撫でる音で聞き取れない。
あくまでも彼女の護衛が役目だが、ものの数分だ。大丈夫だろう──。





白雪は、徐に駆け出したキンジの背中を茫然と見詰めていた。

──売店に花火セットを買いに行くと言ってたけど、私はキンちゃんと一緒に居れればそれでいいのに。
でも、花火を買ってきてくれるのは、少し嬉しいかも。

胸中を巡るのは、幼馴染への恋心。内に秘めていた想いを、今日やっと伝えられたのだと思うと、妙に心臓が早鐘を打った。
気のせいか、頬も火照ってきた気もする。きっと自分は今、誰にも見せられないような顔をしているのだろう。

白雪は、浮ついた足取りで遊歩道沿いのベンチに腰かけた。
手に提げていた巾着から携帯電話を取り出し、ディスプレイに目を見遣る。時刻は8時を優に越していた。

それと同時に、1件の不在着信が入っていることも、彼女は理解した。非通知着信だ。誰だろう、と小首を傾げる。
不審に思いながらも、白雪は通話ボタンを押し、受話器を耳へと軽く当てた。電子音が数コール響き、鼓膜に反響する。

僅かなノイズ音の後、その主は声を発した。時代がかったような、それでいて、威圧感のある女性の口調だ。


『──星伽白雪だな。こうして(・・・・)話すのは初めてだろう』


白雪は辺りを見渡し、誰もいないことを確認して声を潜める。


「……あなたは、誰?」
『勘が鈍いな。まぁ、教えるまでもないだろう。既に貴様は、私のことを知っているのだからな』


わざわざこうして接触を図ってくる人物。
しかし生身の現実ではなく、通話という愚像を用いるとは──自分の詳細を明かしたくないから、だろう。
ともすれば、白雪にとって思い当たる節は、1つ。


「……何が目的なの、《魔剣(デュランダル)》」
『既に分かりきっている(・・・・・・・・)ことを、貴様は問うのか。……笑わせるなよ、時間稼ぎをしようとしても無駄だ。私としても、暇ではない。今から、貴様に交渉を持ち掛ける。
それを呑まねば、そうだな……。最愛の者を、殺めても構わんのだろう? 交渉とは即ちこれであり、森羅万象には対価が付いて回る。それを自覚しろ、星伽よ』


実に交渉が上手い相手だ、と白雪は思った。
呑めなくはない条件を餌にしつつも、対価の価値は異様に高い。断れない構図を、自らの言葉で作り上げている。
しかし、白雪としても保身に走る意味はない。


「なら、早くその条件を言いなさい。私も暇ではありません」
『ふむ、いいだろう。……己が()を差し出せ。それがこちらの条件だ。時間の猶予は無い。今ここで返事をしろ』
「いいでしょう。その代わり、周りの者に手出しするのは許しません。その時は、私が許さない」
『貴様が反故にせずに来れば、の話だがな』


白雪は逡巡する素振りすら見せず、即答した。
それは暗に、彼女の最愛の者を想う気持ちの強大さを示唆していた。それでありながら、正義心というモノも、また。


「《魔剣》、私が約束を破るとでも思っているのですか」
『フッ、貴様がそんな人間でないことは把握済みだ』


《魔剣》は愉悦そうに笑みを零す。そうして、告げた。


『場所は『■■■■』、時間は『■日』の『■■時』だ。口外は許さん。抜け出してこい、周囲に勘づかれるなよ──』







キンジは買ってきた花火と小型ライターを袋に提げ、小走りで駆けながら、白雪のもとへと進んでいく。
心地良い夜風が、髪の間を通り過ぎていった。地を蹴る音と、木々の葉が擦れる音と──誰かが話す声が、聞こえる。

まさか──。

足音を消しつつ、木の影から様子を見る。暗くて見えにくいが、ベンチに座っている白雪は、電話を片手に誰かと話していた。
普段なら絶対に見せないような、険しい顔付きだった。
……その相手は、誰だ。キンジには粗方の予想は付いている。


「──《魔剣》、私が約束を破るとでも思っているのですか」


刹那、心臓が早鐘を打った。否、早鐘などといった生温い表現では、些か足らない。これは警鐘だ。
白雪は、《魔剣》と接触している。あまつさえ、何らかの交渉も結んでいることは明らかだ。

キンジは、如月彩斗に連絡をすべきか逡巡する。
《魔剣》が白雪に連絡をとれたのなら、恐らく、自分たちの連絡網も割れているだろう。それは危険だ。
下手をすれば、『約束』の対価に抵触する可能性がある。そうなれば、白雪やその周囲の身が危ういことは、容易に見える。

どうすればいいんだ──!

ギリ、と歯が軋み、悲鳴を上げる。掌に喰い込んだ爪が皮膚を引き裂き、深紅色の薔薇が花弁を散らした。
ポタタッ、と朽葉が音を立てて鳴く。
痛覚が自我に干渉する。そこで初めて、キンジは焦燥に身を任せて自傷していたのだと気が付いた。

この件は、下手に口外できない。かと言って白雪を問い詰めても、口を割ることはないだろう。
つまりは、《魔剣》に干渉されていると勘付かれずに、行動を起こすことが必要だ──とキンジは思い至った。

白雪は既に通話を終え、神妙な面持ちでベンチに腰かけている。電話はいつの間にか、仕舞われたらしい。
タイミングを見計らってからキンジは、さも今戻ってきたかのような演技をしつつ、彼女の名を呼んだ。


「っ、……なんだ。キンちゃんかぁ。おかえりなさい」
「なんでその程度で驚くんだよ。怖いことでもあったのか?」
「う、ううん。何にも無いよ。大丈夫」


白雪は両手を大仰に振って否定する。普段のキンジなら何も思わずして流すだろうが、今だけは、その言葉が苛立たしかった。


「……んで、花火。これしか売ってなかったんだけど」


申し訳なさそうにキンジが呟き、袋の中身を取り出す。たった数本の手持ち花火だ。


「花火セットは売り切れてた。これしか残ってなくてな。悪い」
「キンちゃんが謝ることないよ。買ってきてくれてありがとう」
「もう少し早めに来てたら、たぶん売ってたんだろうけどな。ちょっとばかし残念だ。……さて、やるぞ」


キンジはそう言って白雪の隣に腰掛ける。それぞれが1本ずつ花火を持ったのを確認してから、ライターで着火した。

小さな炎が灯る。それは瞬く間に朱の球になり、そうして、我先にと散りゆき、霧散した。
色とりどりの輝石が、虚空を灯している。陽炎が揺らぎ、その姿を虚偽へと変貌させる。

それでもここには──2人だけが、真に誠の存在だった。
白雪は軌道の読めない散る華を見て、小さく悲鳴を上げる。にも関わらず、その儚げな瞳は、真っ直ぐとそれを見据えていた。

白雪は花火から視線を外すと、キンジに問い掛けた。


「……キンちゃんはさ、火って、嫌い?」
「いきなり何を突拍子もないことを言い出すんだ、お前は……」
「嫌い? 嫌いじゃない?」


真理を探るような声色で──。


「人は本能的に火は苦手だと思うぞ。特に日本人は、恐怖を感じる遺伝子が多いらしいからな。俺は苦手じゃないが」
「そっか、良かった。……あっ、消えちゃったね」
「まだあるから……、あ。こっちも消えたな」


花火とは、つくづく酷い造形物だと思う。
日本人の深層心理に訴えかけ、否が応でも『儚い』という感性を想起させてしまうから──キンジも白雪も、胸中に生まれたこの感情に、心を寄せずにはいられない。

それでも、その花火だった(・・・)残骸を放り捨てて、またその愚行を何度も何度も繰り返す。その度にこの感情はどんどん湧き出て、それをいつか終えるとき、まるで──激しく火花を散らし、果ては散りゆく花火のように、霧散するのだ。


「……さて、これで最後だな。線香花火だ。白雪、お前がやれ」


キンジは残骸の後処理をしながら、最後に残った線香花火の1本を、白雪に手渡した。
白雪はそれを受け取ると、ただそれを呆然と眺めている。何かを脳裏に焼き付けるような、そんな眼差しで。


「ねぇ、キンちゃん。これ……残しておいてもいい?」
「別に構わんが、何でだ」
「今日の、キンちゃんとの思い出にしたいから」


あぁ──、実に白雪らしい答えだ。とキンジは思った。
断る理由など無いのだ。それが彼女らしいとあらば、それが彼女の性格そのものなのだろう。
一点の穢れすら見えないような純白を、染めたくはなかった。

自分の都合で『花火は燃やすモノだろ』とか、そんな話じゃなくて。その《物》が白雪にとって《確かな記憶》になるのなら、キンジはそれでもいいと思った。
だから──そんな彼女を守りたいのだ。


「……あと。あと、1つだけ。お願いしても、いいですか?」


そう問い掛けた彼女の声は、嫌に震えていて。


「……これまでも、だけど、これからも──」


──私だけを、見ていてください。


夜闇に融けてしまいそうなか細い声は、キンジの耳にしっかりと届いていた。ただ、その意味を理解するのが気恥ずかしくて。
そんな2人を嘲笑うような大輪の菊の華が、夏を先取りした。

 

 

最高に最低な──救われなかった少女 Ⅱ

 
前書き
少し短くなってしまった。 

 
「理子のことを──好きになってくれますか?」


その想いの吐露は、締め付けられた声帯を無理にでも震わせるような、それほどなまでに、確固たる断案の意が込められていた。
そう、それでいいのだ。聞きたかったのは、その言葉だ──。


「……理子。君は、本当に──」


そうして伸ばした腕を、彼女の頭に乗せる。肩が僅かに跳ね、嗚咽ともつかない喘声が漏れ出た。水晶体に浮かぶ湖の湖面は、揺れる水面そのものだ。その縁から水滴が一筋、ツゥ、と零れ落ち、音を立てて滴下した。


「──強がりさん、だね」


小さく笑み、親指の腹で、その涙を拭いとってやる。
これはまさに、峰理子という人間が零した、衷心そのものなのだ。大部分が悲哀に満ち満ちた、今という今まで、誰にも告げることが出来なかった──少女の、弱さの根幹だ。


「……どういう、こと?」


そう言って小首を傾げる理子は、どうやらこの発言の真意を、理解出来ていないらしい。本心か、はたまたこの後に及んでお得意の演技なのか、は分からないけれど……。
いやはや、面白いね。自分からソレ(・・)を欲してきたにも関わらず、この発言の裏が読めていないのだから。


「だから、字の如くだよ。いつまでそんなに強がってるんだい? もうそろそろ、楽になってもいいんだよ。隠し通す必要なんてない。……そうだろう?」


全て知っているからね──。そんな意図を込めながら、先程の言葉は、一語一句に想いを乗せて告げた。
理子という少女の何を知っているのか。その答えは実に簡単だ。ただしそれは、《物語》と冠した今までの《日々》が無ければ、まったく気がつけなかったことになる。

あの日。ハイジャックの日から──理子の言に従えば、二重奏を奏でたあの日から──その伏線は幾つか張られていたのだろう。
今になって思えば、理子が《イ・ウー》の一員であることも、初代リュパンを越えようとしたことも、司法取引で有意な情報を提示してくれたことも、今に至る想いの吐露の、伏線だったのだ。

そして、それが結び付ける先は、たった1つだけ──。







嗚咽ともとれぬ声が、リビングに響き渡る。悲哀と孤独が形骸化したような、今の今まで秘めていた、峰理子という少女の弱さそのもの──それが身を知る雨となって、零れ落ちた。

自分は何をしているのだろう。……そんなことは分かりきっている。駄々を捏ねた子供のように、如月彩斗の腕に抱きついて、あまつさえそれに抱かれたまま、泣き腫らしているのだ。
もはや自分自身に投げつける、呪詛にも近い言葉だった。


「……辛かったろう。いいんだよ、泣いても。恐らく今、君をちちばん分かってやれるのは、俺だけだろうからね。ようやく気付けた。少しばかり遅れてしまって、悪かったね」


蠱惑にも近い、甘美な声。腕に抱かれながら頭を撫でられている感覚に心地良さを覚える暇すらなく、理子は嗚咽を吐き続ける。

どうしてそんなに、如月彩斗は自分のような劣等種を見捨てずに、手を差し伸べてくれるのだろうか。
いや、劣等種であるからこそ──それが見るに耐えなくて、拾い上げてくれたのだろうか。そんな憶測が理子の脳裏を過ぎる。


「っぐ、なんでぇっ……なんで、理子なんかっ……」


とめどなく溢れ出てゆく涙を抑えようと、必死に目頭を拭うのに──いわば蛇口を締めたにも関わらず──それは漏れ出てくる。

もう、自分も彼も、分かっているのだ。どれほど自分が我慢(・・)をしていたのか。自分を変えるために、努力をしてきたのか。そして、認めてもらいたかったことを。居場所が欲しかったことを言えないまま過ごしてきた、幻想に塗れたあの日々を。


「……なんで? ふふっ、愚問だね」
「ぐも、ん……?」


そう、愚問。そう彼は言った。


「理子のことを、認めているからだよ。努力家で、一途で、自分が苦しいことを誰にも話せなくて、それでもなお、自分を変えようとする君のことを──見捨ててはおけないから」


紛うことなき本音だよ、とでも言うようだった。

つい数分前まで、ふざけて如月彩斗の腕に抱きついていた自分が、今は抱きしめてもらう側に回っている。暖かな温もりは、果たして幾年ぶりに感じただろうか、と理子は一考した。

羞恥心なんて感情は既にかなぐり捨てている。この身体を満たしているのは、言い知れぬ感情の暴力だ。彼から告げられる一語一句に込められた意思が、余すことなく彼女の心臓を穿ってゆく。
そして、治癒されていくのだ。元通り──否、それ以上に。


「……目標は、時として重荷にすらなる。覚えておいてね。諦めろとは言わないけれど、休息も必要だよ。もっと言えば、今がその時じゃないのかな。一時の空白に何が起きるかで、その先にある運命は変えられる。そこに賭けてみようとは、思わない?」


言い、彼は理子の顔を覗き込んだ。


「賭け、る……?」


そう、賭け。その優しい笑みが、酷く印象的で。


「だから、乗ろうが乗るまいが、理子の自由だよ」


目尻に溜まった涙を指で拭いながら、理子は問い掛けた。
あれだけ泣き腫らしていたにも関わらず、溢れ出てゆく感情の渦を止めることが出来なかったにも関わらず、その『賭け』という言葉だけで──あたかも魔術に魅せられてしまったかのように、ピタリと止んでしまった。

実に(いや)らしい人間だろう。都合の良い時だけに他人に頼りきって、都合の良いことだけに興味を示して。

それでも自分は、変わりたいのだ。
居場所が欲しいのだ。
認めて欲しいのだ。
誰に──?
そんなのは誰にだっていい。
ただ、今は。今だけは、こう言いたい。
貴方にだけ、認めてもらえればいいんだ。


「居場所が無ければ、造ればいいだけ。簡単な事だよ。自分で無理なら、他人が。俺が、造ってあげるからさ。……そうだろう? なんたって君は──最高に最低な、救われなかった(・・・・)存在なんだから」


嗚呼、だから自分は──彼のことが、好きなのだ。

 

 

最高に最低な──救われなかった少女 Ⅰ

ソファーの背もたれに寄り掛かりながら、俺は壁掛け時計を一瞥した。ベランダへと続く窓からは、昼下がりの陽光が仄かな淡みを帯びて、床を照らしている。それが反射して、瞳に映された。

硝子細工(がらすざいく)が魅せるような輝きに、一種の艶美さを覚えるが──眩しさに耐えかねて、薬指で前髪を弄る。
そうしてテーブルの上に置かれているグラスを手に取ってから、一気に中身を飲み干した。


「……そろそろ、かねぇ」


呟いた声は、思いの外、このリビングに反響した。

誰もいない、自分だけが存在する空間は──昼下がりにも関わらず酷く不気味で、出来ることなら、約束(・・)すら反故にして、このまま外に逃げ出したいほどだ。
嗚呼(あぁ)、きっと自分は、『独り』が嫌なのだろう。

思い返せば、2年に入ってからは実に騒がしい日々だった──否、騒がしい日々を過ごしている。
これが僅か一時の空白だとしても、こうして妙な孤独さを感じるのは、やはり身内である彼らの存在感が大きいのだ。


「……それにしても、面倒だね。《武偵殺し》も、《魔剣》も」


誰もいないからこそ、こうして独りごちる。
面と向かっては言い難い、紛うことなき本音だ。
その根幹にある原因も、分かっている。分かっているからこそ、やらなければならないのだ。

これから行う《武偵殺し》──所謂、理子との対談は、上手くいけば、《魔剣》の有力な情報を引き出すことが出来る。
この機会を生かすも殺すも、自分次第。 彼女が釈放された今、知りたいことはいつでも聞ける……、のだが。

《魔剣》との接触が可能性として残っている数日後を見据えれば、『いつでも聞ける情報』の価値が幾倍にも跳ね上がるのは、誰の目から見ても、明らかだろう。


「……目的は、何だろうね」


《魔剣》に関する一連の行動の意味は全て、白雪の護衛という一箇所に集約されている。それに間違いはない。
先日に起きた脱衣場での騒動も、あの電話の主を《魔剣》と仮定するならば──白雪が接触されたという確固たる証拠になる。
逆にただのイタズラ電話と仮定するとしても、そこには齟齬が生じる。手の込みすぎている仕掛け、それ故に。

……ならば何故、《魔剣》が白雪を狙うのか。

聞くところによれば《魔剣》は、超能力を扱う武偵──通称、超偵のみを狙っているとか。白雪もまた、超偵に他ならない。
《魔剣》の背後には、かの組織──《イ・ウー》が関与していることは明確だ。ともすれば、《イ・ウー》は超能力者を欲しているのだろうか。

……詳細は分からないが、それもきっと、この後の対談で判明してくれることだろう。この対談は、大いなる意味がある。

そうして、小さく溜息を吐いた。余韻に混じるようにして、玄関の扉の開閉音と、誰かの足音が聞こえる。
時間を見るに、来たのは理子だろうね。いよいよだ──。







「──さて、まずはともかく、久方ぶりだ」
「んと……、ハイジャックぶりだね。あっくんは元気してた?」
「なんとか、ね」


隣に腰掛けている理子を一瞥しながら、俺は今さっき受け取った大判の封筒──司法取引での資料だ──の中身を取り出した。
右上がホチキスで留められている。内容を脳内に叩き込むためにも、 速読でざっと目を通しておこう。見出しの数々は、知的興味心を抱かせるのには事欠かない。

理子は今日も今日とて、武偵校の改造制服を身にまとっている。
そうして、床に足が付かないのだろうか。やり場がなさそうに、ブラブラと虚空に浮かせていた。
表情に緊迫感は感じられず、およそ親友の家に遊びに来たような、和やかな雰囲気を漂わせている。

彼女はおもむろに脚の動きを止めると、俺の肩を小さく叩いた。


「ところで、あっくんの彼女(アリア)はどったの? もしかして別れちゃった?」
「いきなり何を言い出すんだ……」
「理子、実は気になってたんだよねー。それで、どうなの?」


別れるなんて、まさかねぇ──、と苦笑した。
大まかな内容を反芻し終えた資料は、テーブルの上に投げ置く。誰に言われずとも、口の端が緩んでいるのを感じた。
それだけに、この資料の中身は──自分たちにとって有益そのものなのだと、再確認させられるのだ。


「今日ばかりは、アリア以外にも総じて出払わせてるよ。対談は、最初から2人きりでするつもりだったからね」
「となると、何をしても邪魔が入らないんだぁ。ふっふーん、これは良きことを思いついてしまいましたなぁー?」
「……余程のことがなければ。それより、何をするつもりだい」
「うん? 2人きりでえっちぃこと!」


理子は満面の笑みでそう言い放つと、アリアが居ないのを良いことに、見境なく俺の腕に抱きついてくる。
アリアが居れば間違いなく、銃を使った室内戦に発展するだろうね。やはり出払わせといて正解だった。

しても、どうして理子は嬉嬉としてこういうことを言えるのだろうか。色々と軽々しいと思うね。誰にでも愛想を振り撒いているのなら、いったいどれが本心なのだろうか。


「……理子は誰にでも、こんなことをしてるのかな?」
「んー。んーとね、理子の好きな人にだけだよ?」
「……はぁ?」


これが本心、なワケないだろう。……そう、ブラフだ。こんなのはブラフにすぎない。そもそも理子は俺がアリアに好意を寄せていることを知っているのだから、俺を狙う意味が掴めない。


「だから、あっくんだけだよっ。くふふっ」


挑発的な笑みにも見て取れる、それ。ただ、語感からすれば……何故か、虚弁を述べているような気はしなかった。
小さく溜息を吐き、隣に座っている理子を一瞥する。本当にこの子は、不思議だ。時折見せてくれる差異が、面白いのだから。


「ほら、そういう冗談はいいから、腕から離れておくれ。それよりも──今回の目的を、忘れたワケじゃあるまい?」
「ちぇっ、理子は本気なのになぁー。据え膳食わぬは男の恥、だよ? ぷんぷんがおー、ってやっちゃうぞ! がおー!」


理子はそう言うと、もう片方の空いている手の人差し指で、ツノ(・・)を作った。人差し指をツノに見立てた『ぷんぷんがおー』とやらは、理子のお家芸なのだろうか。


「ふふっ、いいから、ほら。始めるよ」
「あ、笑った挙句に無視したね!? ……ふーんだ、もう理子は離してあげないんだからっ! ぎゅーっ!!」
「痛い痛い痛い、離さなくていいからちょっと緩めて……!」


その小柄な身体のどこから、およそ暴力の権化のような握力が生み出されたのか。甚だ疑問だね。普通に痛いから困る。

……しても、色々と軽々しい、と思ったのは気の所為ではないらしい。このフレンドリーさも、全く変わってないね。
まぁ、下手に変わっても、こちらが気まずかったりするだけなのだが。その点、理子と一緒に居るのは心地が良いかな。


「それより、理子とこんなことしてていいの? 聞きたいことがあるんじゃない? 《イ・ウー》とかぁー、《魔剣》とかぁ」
「分かってるなら早く本題に入ろうよ……」
「うっうー、了解! なのですっ!」


敬礼するような珍妙なポーズで、理子は応えた。
『そんなことは資料に書いてあるよ?』と言わないあたり、この子はこちらの意図を分かっているのだろう。
何にせよ、再確認(・・・)の時間は、必要だからね。

理子は自由なもう1つの片腕をおもむろに動かすと、その華奢な手を顎に当てて、数瞬だけ考え込んだ。眉間に皺が寄る。
どう説明しようか決めあぐねているらしく、時折、小指で前髪を弄る仕草を見せている。
その度に、女子特有の甘い匂いが鼻腔を刺激した。アリアが持つクチナシの芳香とはまた違う、バニラエッセンスのような。


「……んー、理子からは差し障りのない部分だけを話すことにする。話しすぎると、ちょっと危ない(・・・)から」
「危ない?」
「《イ・ウー》は簡単に言えば、学校。能力と才能のある人たちだけが集まって、お互いに吸収したり、高めあったり。いずれは神の領域まで到達するような、そういう組織なんだよ? だから、一口に『犯罪組織』というのは違うかなぁ」


なるほど、それが《イ・ウー》の教育方針か。
個々の能力を高める、他人の良点を吸収する、そうして、達するところまで達するように、ただひたすらに、学ぶ──。
良いコンセプトじゃないか、と俺は内心で嘆息した。

ただ、理子はその感想を見透かしていたのかもしれない。
彼女が「だけど」と前置きするのと、『ちょっと危ない』の意味を俺が理解するのとが、ほぼ同時だった。


「《イ・ウー》には規律がないの。都合の悪いことを身内に話されれば、その人を狙う。そのせいか、遵法意識の欠片すら無いような人も居るから、注意しないといけないんだよねー」


そう言うと、理子は親指と人差し指で『銃』を真似た形を作る。
それが何を意味しているのか、もう、分かってしまった。


「いーい? あっくんとアリアは《イ・ウー》に目を付けられてるんだよ? 理子が仮にも逮捕されたことで、少なからず警戒はしてる。まだ手出しはされないだろうけど、気をつけてね? 後ろから、バーン、ってされちゃうかもだから。くふふっ」


そう言うと彼女は、お手製の銃の引き金を引いて、発砲音を真似てみせた。動作は可愛らしいが、その内容は物々しい。
これは自分でも予期していなかった。《イ・ウー》に反感を買われていることは少なからず読めていたが、まさか、ここまでとは。下手すればいつ殺されるかも分からない、ってことだね。

これは──かなり重要な忠告だ。有難く受け取っておこう。これを知っているかどうかで、後の展開を読む精度が、上がる。
例えば、《魔剣》がどうであるかを知ることにも、ね。


「勿論、気を付けるよ。ご忠告ありがとう。……ところで、ひとくちに《イ・ウー》といっても、派閥があるんだろう?」
「そそ、《研鑽派(ダイオ)》と《主戦派(ノマド)》だね。前者が個々の能力を高めるだけの穏健派、後者は《イ・ウー》の権力を利用する過激派で──世界を支配しようとしてるの」
「ふむ、常識的に考えても、その過激派から狙われているワケだ。まぁ、色々と武偵は(しがらみ)があるからねぇ……」


武偵法9条と、3倍刑。鬱陶しいのはこの2つだ。
殺人を許容するワケじゃないが、下手をすれば正当防衛が通用しないことすら有り得る。そうすれば一巻の終わりだね。
武偵法の改正は考えてほしいモノだけれど、難しいかねぇ……。


「ところで《魔剣》は、理子と同じ《研鑽派》だったかな?」
「うん、そうだよ。《魔剣》の話に移る?」
「……いや、まだ」


……まだ、僅かに早い。《イ・ウー》の問いを、あと1つだけ。


「理子は《教授》を知っているだろう? 実は始業式の日に、その男と連絡を取ったことがある。そこで依頼をされたんだ。報酬込みで、『如何なる事象からもアリアを護れ』って」
「あの方が……? 何がしたいんだろ……」


理子が目を見開く。予想外の問い掛けだったようだ。


「その理由が分かれば良かったんだけどねぇ。ま、難しい──」


苦笑する俺の語尾を遮るようにして、理子が口を開いた。


「……たぶん、あれだと思う。《イ・ウー》の中でたまに話題になるんだけど、緋緋色金に関する『緋色の研究』かも」
「それとアリアに、繋がりがあるの?」
「んーん、分かんない。ただ、聞いたことがあるから……。でも《教授》が珍重にしてるってことで、その線はあるかなぁ」


理子が小さく首を横に振ると、ツーサイドアップの金髪がしゃらんと揺れた。虚空のキャンバスに、大小様々と弧を描いてゆく。
……しても、緋緋色金、ねぇ。《大刀契》ならまだしも、アリアに関係があるのか、という話なのだが。


「……こればかりは、本当に分からないか」


呟き、零す。僅かな音響だけが鼓膜を震わせて、一瞬の静寂が訪れた。彼女も口を閉ざしている。下手に話せはしないのだろう。
ともすれば、話題を戻そうか──《魔剣》のことに、ね。


「それじゃ、今度こそ《魔剣》の話。話題を変えて悪かったね」
「あっくんが謝ることないよ。それで、何が知りたいの?」
「《魔剣》の目的は《イ・ウー》の目的か、ってことさね」


資料によれば、《魔剣》が白雪を狙う理由は──


「『希少価値の極めて高い、金剛石の素を手に入れたい』。《魔剣》はそう、理子に話したようだね。合ってるかい?」
「そうだよ。その『金剛石の素』は間違いなく……、あっくんたちが護衛してる、星伽白雪のこと。正確には、その能力だけど」
「能力、って……どういうことだ」


「んーとね、」と理子は前置きした。


「鬼道術──って聞いたことある? 妖術の一種なんだけど、《魔剣》はそれを狙ってるの。……あ、ごめん。ちょっと語弊があったね。正確には、星伽白雪の持つ、刀術かなぁ」


それを聞き留めると同時に、資料の一節が、鮮明な画像のように浮かび上がってきた。それはまさに、点が線になった証左だ。
『《魔剣》は秘密組織イ・ウーの研鑽派に所属しており、己の能力を高めるための活動を行っている。また、高貴な一族の末裔であり、騎士として振る舞っている。主武装は刀剣類が主で──』


「……そうかぁ。そういう、ことか」


刀術は流派こそ異なれど、扱う武具は『刀剣』だ。
あまつさえ《魔剣》は、騎士である。《研鑽派》であることも考慮すれば、その理由は単純明快だ。
そして、《イ・ウー》は星伽白雪を欲している。それは《研鑽派》にも《主戦派》にも同じことが言えるのだ。

《研鑽派》に白雪を招けば、相対的に己の能力の向上を図ることが可能になる。《主戦派》に白雪を招けば、1人の戦力として、野望を達成する近道にも成り得る。
つまるところ、《イ・ウー》にとって白雪とは──どちらに転んでも分が良い、いわゆる掘り出し物なのだ。
《魔剣》が『金剛石の素』と暗喩したのも頷けるね。


「……だからといって、身内を易々(やすやす)と引き渡すワケには、いかないんだよねぇ。そうだろう、理子」
「あは、あっくんならそう言うと思ってた。だから……、理子が教えてあげる。ぜんぶ、ぜーんぶ、ねっ」


言い、目配せする。気付け。早く、気が付け。
これはお前を試す(・・)為の、言葉なのだから──。


「……ただ、その代わりに──」


少女はそこで、一呼吸おいた。
いつもの饒舌な声色は、今ばかりは震えている。それが何故なのか、もう既に分かっていた。……否、分かってしまった。
腕の感触が一段と増す。
少女の身体は、間違いなく悲哀の一色に満たされている。それが何を求めているのかも、また。


「──理子のことを、好きになってくれますか?」

 

 

緋神の巫女と銀氷の魔女《デュランダル》 Ⅰ

キンジは薄暗い自室の中で、1枚のメモ紙に筆を走らせていた。
『──用事があるので早めに出る。』と。
カーテンに閉ざされた窓から差し込む朝の陽光は、仄かに彼の背中を照らしてくれる。臙脂のジャケットは、武偵校の制服だ。

その下に忍ばせた備え付けのショルダーホルスターには、愛銃のベレッタM92Fと予備弾倉が収められている。
兄から貰ったバタフライナイフも、勿論、忘れることはない。
最低限でありながら、彼にとって最大限の武装だ。

手早く書き終えた言伝をキャビネットの上に残しておくと、キンジは壁に貼られたカレンダーに視線を移した。
薄暗い中でもハッキリと見える、赤ペンで『X'day』と記された、今日の日付。それはアドシアード当日とも補足されている。

その手記は、見事に的中した。キンジは今さっき、隣にある白雪の部屋から物音がしたのを聴き逃していなかったのだ。
睡眠中だったとはいえ、昨夜から常に気を張りつめていた──それが功を奏したのだろう。

……不眠が祟らないといいが。と胸の中で呟いた。

時刻は午前5時を回ろうとしている。運良く異変に気が付けたことにキンジは感謝しながら、こうして用意を進めているのだ。
睡魔はいつの間にか消え去っている。それよりも、この先に起こる出来事への憂虞を拭いとることを、彼は望んでいた。

白雪はまだ部屋から出ていないらしいが、もうすぐだろう。
先日の葛西臨海公園で盗み聞いた話によれば、彼女と《魔剣》が接触することは確実だ。

それはいつだろう──そう、今日だ。

現在進行形で起こっている不自然な白雪の行動と、今日までの雰囲気から察するに、彼女は《魔剣》と会おうとしている。

つまるところ、星伽白雪という人間の身を差し出すということになる。彼女がキンジたちに相談の気色を見せなかったということは、《魔剣》に他言を禁じられているということだろう。

しかし何故、白雪を狙うのか。『超偵』という枠組みに彼女がいることは知っているが、キンジはそれを疑問に思っていた。

超偵とはすなわち、超能力者である武偵のことだ。ともすれば《魔剣》は、その力を欲しているのだろうか──。
そこまで考えた時、微かな金属音がキンジの鼓膜を響かせた。扉だ。扉の開閉音だ。それは、白雪が部屋を抜け出たことの証左に他ならない。数秒遅れて、玄関扉の開閉音もする。


「……ふぅー」


これ以上ないほどに張り詰めた空気。焦燥感。忙しない拍動。それを抱きながら、キンジは部屋と玄関とを無音で抜け出した。
茜に染まった空と雲が、五月晴れのキャンバスを描いている。そっと階下にある駐車場を見下ろすと、足早に歩いていく白雪の後ろ姿が視界に留まった。武偵校の制服を身にまとっている。

それにしても、こんな早い時間に抜け出すのか──。
胸の内でそう呟きながら、キンジは足早に白雪の後を追っていく。抜き足(スニーキング)で階段を降り、一定の距離を保ちながら、朝風に靡く彼女の黒髪を見つめていた。

駐車場を抜け、路地に出る。そのまま白雪はペースを落とすことなく、歩を進めていった。キンジも同様に尾行する。
まるで目的地が明確に決まっているかのようだ。行き先は分からないが、《魔剣》と予め決めていたのだろう、と類推した。

もう朝陽は昇りかけている。日の出の前に起こされた行動は、言ってしまえば《魔剣》の傀儡そのものだ。白雪がそれに抗えないということは、何かしらの枷が課されていると見ていいだろう。
先程の仮定に基づけば──他言をしなければ、白雪の身辺に危害を与えない、だろうか。彼女の性格を読み解けば納得できる。

そんな推理をしながら、依然としてキンジは、白雪の後ろ姿を追っていく。時には物陰に隠れながら、動向をうかがっていた。
彼女は片時も脇見をしていない。何か言い知れぬ焦りの感情に駆られているかのような、そんなモノを気配から感じた。

そうして、歩き始めてから数十分。
ようやくキンジは、白雪の行き先を当てを付けることが可能になった──東京武偵校。その、地下であることを。







武偵校の地下は船のデッキのような多層構造になっており、地下2階からが水面下に位置する。その主たる移動はエレベーターなのだが──何かがおかしいとキンジはこれで確信した。


「……チッ」


電子盤に数桁の数字を入力し、金属製の扉に手を掛けた。だが、それは微塵も動く気配を見せず、鎮座して異変を告げている。
意図しない舌打ちが鼓膜を揺るがせ、胸中にあるキンジの焦燥感を更に苛んでいった。あそこで逡巡(・・)さえしなければ──。

更に下の立入禁止区画に侵入するためには、このエレベーターが必要不可欠だ。緊急用のパスワードを打ち込むことで、それは正常に動作をする。パスワードさえ知っていれば、だが。
それなのに微塵も動く気配さえないということは、何者かによって工作を受けたと考えるのが妥当だろう。


──《魔剣》は、居る。この近くに。


恐らくは白雪がこのエレベーターを使用した直後に、システムが遮断されたのだろう。つまるところ、外部の介入を必要最大限に避けたということだ。嫌がった、とも言える。
早朝という時の利を利用し、地下という地の利も得られた。これほど都合の良い状況というのは、なかなかに存在しない。

……いや、造りだすように仕向けられたのだ。

眼前にある金属扉を睨みながら、キンジは数分前の行動を思い返していた。ここ武偵校の地下へと移動する路の途中で、ほんの一瞬だけ恐怖心を抱き、歩調を止めてしまったことを。

いつもは如月彩斗もいる。そのパートナーのアリアもいる。幼馴染の白雪もいる。武偵校の友人もいる。
その彼等彼女等も ──今は全員、居ない。
進んではいけない境界線の淵で逡巡していた。死の淵を覗き込んだかのような悪寒と、突き放されていく恐怖。

酷く長たらしい時間に感じた。恐らく、たった数秒だったのだろう。しかし現に今、この数秒が命取りになってしまっている。
白雪の姿を見失い、真の意味での孤独を体感しているのだ。誰が何処に居るとも分からない、ある種の闇の中枢だ。


「……それでも、か」


キンジはおもむろに呟くと、傍らにある変圧室に侵入した。更にその片隅、床に設置されている非常入口から保護ピンを抜く。
マンホールのような形状をしているこれは、浸水時の隔壁も兼ねているらしい。三重の金属板で構成された保護壁を破るのは、ある意味一苦労でもあった。


それでも──。


パスワード認証、カードキー、非接触IC、それらを駆使して幾つもの扉を開け、階下へと梯子を下ろしていく。
降り立ったボイラー室でも同様に、地下3階、4階、5階。
焦燥に駆られた生身の人間の皮膚は、擦り減っていた。


それでも──。


痛覚などは、かなぐり捨てる。
白雪がここに居る可能性も、《魔剣》が居る可能性も、高い。
ましてや幼馴染なら。1度でもあの感情を抱いてしまったのなら、起こるであろうそれを見殺しにすることは、出来やしない。


「……よし」


呟き、ようやく降り立った先は、地下7階。別名を地下倉庫(ジャンクション)。武偵校の最深部であり、強襲科・教務科と並んで最も危険とされている場所でもある。
間違いない。彼女はここに居るのだ。直感がそう告げている。

赤く灯っている非常灯は、どこか物寂しさを助長させた。
それらが照らすのは、左右に陳列されている弾薬棚。その先は大広間のような空間になっていることを思い出してから、キンジは眉を(ひそ)めた。

……地下倉庫の中でも危険な弾薬が集約されている、大倉庫と呼ばれる場所がこの先にある。大口径の銃弾は勿論のこと、投擲弾、対戦車擲弾。強襲科の知識が無い者ですら戦慄を覚えるような、そんな場所なのだ。3大危険区域。その理由はそこにある。

つまるところ、銃は使えない。ここは地下倉庫であり火薬庫だ。
跳弾が当たりでもして爆発が幾重にも誘発されたとしたら……、比喩表現では飽き足らない。武偵校が、学園島が、吹き飛ぶ。

見たところ、丁重に管理されている様子は微塵もない。だからこそ危険性が増すのであって、それが起きないという保証をすることは、キンジには到底不可能だった。

小さく溜息を吐き、ホルスターに伸ばしかけていた手を引き込める。そうして取り出したのは、バタフライナイフだ。
無音で開かれたその刀身は、非常灯の赤を歪んで映している。
このナイフは構造上、音が出やすい。潜入に使うのには不向きなことを理解していながら、キンジはそれを用いるつもりだ。

音が出るといっても、不用意に振り回したり、振動させなければいいだけの話ということを、彼は理解していた。
かつての兄と、刀剣の腕に定評があると強襲科内でも有望の、如月彩斗の知識。2人の享受は無駄になっていない。

慣れた手つきでナイフを構える。息を潜めながら、弾薬棚のその向こうを見るために、刀身を即席の鏡にした。
……あいにく、光の加減で見えにくい。それでも、しっかりと目視できた光景を把握したキンジは、小さく息を呑んだ。


「──ッ」


視線の数十メートル先だろうか。彼女を取り囲む非常灯は、さながらスポットライトのようだった。妖しくもあり、艶しくもある──そんな艶美さを醸し出しながら、星伽白雪は立っていた。

その向こうに、キンジはまた1人の気配を感じた。白雪が見据えている視線の先。そこに居る者こそが──、


「来ましたよ、《魔剣》。居るのでしょう。姿を見せて」
「……どうやら怖気付くことはなかったらしいな、星伽よ。ただ、その要求に応えることは些か不可能だ」
「何故ですか。あなたの要求は私でしょう? ……来るなら来なさい、韜晦(とうかい)ばかりの卑怯者!」


非常灯の灯らぬ一層の暗闇に向かって、白雪は一喝した。
そうして僅かな沈黙の後に、その暗闇の内から響き渡る冷淡な声は、底知れぬ深淵の淵を覗き込んだかのような──近しく喩えるならば、夕冷えにも似たあの感覚だ。


「貴様は、あの晩に交わした口約束を覚えているな?」
「それがどうしたと言うのですか」
(とぼ)けるつもりか? 笑わせるなよ、星伽」
「何を──っ、」


《魔剣》の嘲るような笑みが反響する。白雪が訝り、周囲を見回したのもほんの一瞬だった。
異変に気付いたのは、それと同時か。唸りにも似た風切り音が、彼女の頬を刈り取ってゆく。

しかし、《魔剣》の狙いは白雪ではなかった。異形の鎌は刹那にして、弾薬庫の隅で様子をうかがっていたキンジの頬をも掠めてゆく。紅の鮮血は金属を染め、痛覚はとめどなく襲い掛かる。


「……ッ!」


いつから露呈(バレ)ていた?
そんな懐疑心が、キンジの胸中を痛覚と共に駆け巡る。


「キンちゃん、居るなら逃げて!」


悲痛な叫びが木霊した。
白雪の瞳にキンジは映っているのだろうか。それは彼からは分からなかったが、薄々と感じ取られていたのだろう。


「武偵は超偵に勝てない!」


──嗚呼(あぁ)、自分は。彼女を守れなくなるのだろうか。