遊戯王BV~摩天楼の四方山話~


 

ターン1 古生代不知火流、参る

 
前書き
というわけで新連載。
えらく気の長い不定期投降になりそうですが、途中で放り出す気はありませんのでのんびりお付き合いくださると幸いです。
 

 
「ん……」

 あるオフィスの一角。左右には山と積まれた書類に挟まれた状況で、その書類の主がふと目を覚ました。燃えるような赤髪とお揃いの赤いタンクトップの胸元をこんな薄着では足りんと言わんばかりに自己主張の激しい双丘が内側から押し広げる、やや目つきの悪い長身の美女である。
 突っ伏していた姿勢からよろよろと上半身を起こして窓の外に視線をやるも外はいまだ闇深く、照明の中でしれっと時を刻む壁際の時計の針は現在時刻が「美容」や「早寝早起き」という概念に真っ向から喧嘩を売っていることを示していた。どうやら、仮眠のつもりが随分と寝過ごしていたらしい。
 それまで腰かけていた椅子の背にひっかけてあった制服を袖も通さずに羽織ったところで、突然後ろのドアが開き1人の若い男が深夜のオフィスに入ってきた。彼女と同じ制服をボタンまで止めてきっちりと着込むその手には、コンビニのものらしきビニール袋が握られている。男は自分のことを見つめる彼女を見て、少し意外そうな顔をした。

「あれ糸巻さん、起きてたんすか」
「たった今な。で、今目が覚めたのを後悔してるとこ。やっぱアタシ、書類みたいな仕事は向いてないんだよなー」

 糸巻と呼ばれた女が、背伸びしながら心底嫌そうな声色でそう返す。その仕草は当の本人こそ無自覚ではあるものの、薄手のタンクトップの内側から強調される膨らみとその深い谷間の存在も合わさって人前ならば非常に好色な視線を集めるであろうものだった。だが男はそこに目を奪われる様子もなく、慣れた手つきでビニール袋から取り出したアルミ缶を投げ渡す。

「またその話ですか?そんなこと言ってるから報告書ばっかり溜まってくんですよ。ほら、甘酒買ってきましたからもうちょっと気合い入れてください。マジで本部から怒られますよ」
「おっ、サンキュ」

 キャッチしたそれのプルタブを器用に左手の親指だけでこじ開け、中身を一息に飲み干す。後ろも見ずに放り投げられた空缶がゴミ箱の中に落ち、ガコンと思いのほか大きな音を立てた。隣近所からの苦情を思い眉をひそめる男に対し、ようやく寝起きの状態から頭が回り始めたらしい糸巻がさらに言葉を続ける。

「そうは言うけど鳥居、ほら今って月初めだし?月末までに提出すれば問題ないだろ?」
「それ今月分の話でしょ?期限過ぎてんのは先月の報告っすよ」

 鳥居と呼ばれた男にとって糸巻の書類作業への抵抗はよほど慣れたものなのか、どちらが年上かわからないような態度で軽くいなして自分用の缶ジュースを開ける。それでもまだ何か抵抗のネタを探して左右に目を走らせる女上司の姿に、本人から見えないように小さくため息をついた。全くこの人は、有事の際には有能なくせにそれ以外はいつだってこの調子なのだから。そしてだからこそ、上層部(うえ)もここの扱いには手を焼いているのだろう。本来この地域は危険区域ど真ん中、本当はもっと人員も予算も回されてしかるべき場所のはずだ。
 ……鳥居には、今の上層部の考えが予想できていた。腕っぷしだけはやたら強いが、書類には常に真面目に取り組まないうえ独断専行の気が強く協調性も薄い糸巻。そして新人の自分。少数精鋭といえば聞こえはいいが、要するにただの厄介払いを兼ねた捨て石だ。おそらく自分たちは遅かれ早かれ「BV」の餌食になり、その知らせを聞いた上層部は犠牲者が出たという名目で政府予算をさらに巻き上げる。そうとでも考えなければこの「BV」戦線の最前線ともいえる町に、戦闘技能のない一般事務員を除くとわずか2人しか実戦部隊を配属しないなんて馬鹿げた話があるはずがない。
 ただ、たとえそうだとしても、鳥居は今自分にできることが糸巻に未提出の書類を催促することぐらいしかないこともよくわかっていた。彼女の素行不良が彼女自身の査定に響く程度なら知ったことではないが、自分の給料までも連帯責任によりその減額の対象となりうることに気づいてしまったからだ。そしてこのご時世、他に仕事の当てもない。

「ハァ……わーったよ。仕方ないなあ、チャチャっと片付けるか」
「もう30回は聞きましたけどね、そのセリフ」

 結局何も思いつかず、抵抗を諦めた糸巻が自分の席にもう1度座りなおす。だが、その手が放り出されたペンを掴むことはついになかった。突如オフィスの空気を切り裂くように、鋭いサイレンの音が鳴り響いたのだ。

「なんだ、強盗か!?」

 これ幸いとばかりに素早く立ち上がった糸巻が、口元に隠し切れないかすかな笑みを浮かべながらも手元のデバイスを操作する。ボタンを押すと同時にホログラムによって彼女の目の前に浮かび上がったこの町の地図には、自分の現在地を示す緑の光点と急行地点である赤い光点がリアルタイムの位置情報をもとに示されている。さっと目を走らせた彼女が、感心するかのように口笛を吹いた。

「へえ、いい度胸してんじゃん。鳥居、お前の行ってきたコンビニだろここ」
「え?あ、ホントですね。随分うちの近くですねえ」
「多分、深夜ならアタシらもいないと思ったんだろうな。でも残念、ちゃーんといるんだな。じゃ、軽くシメてきますかね」
「どっかの上司の残業のせいで、でしょう?どうせその辺のチンピラでしょうし、俺が行きますから糸巻さんは書類やっててください」
「いいや、これは正義のためだ!アタシが行く、そして終わったら流れで直帰する!」
「本音漏れてますよー……じゃあもう勝手にしてくださいよ、どうせ止めても聞かないでしょうし」

 あまり言い争っている時間もないと鳥居が折れ、それを見て我が意を得たりとばかりに逆巻が制服を羽織ったままの格好で飛び出していく。嵐の後のようなオフィス内の惨状と彼女が残していった手つかずの書類の山を見て、1人残された彼は今度こそ深く大きいため息をつくのであった。
 一方、意気揚々と飛び出していった糸巻は。意外にもその表情に先ほどの笑顔の色はなく、それなりに険しい顔で手元のデバイスをのぞき込んでいた。賊は今、通報地点におよそ3分と30秒間留まっている。彼女の予感が正しければ、既に目的は達成できている時間だろう。
 ……この付近の住民は、決闘者(デュエリスト)の恐ろしさは身に染みてよくわかっている。台風が近づいているからといって、海辺に出向き仁王立ちでそれを受け止め向きを逸らそうとする馬鹿はいない。むしろ強盗の真っ最中に通報できただけ、このコンビニの店員には根性があるといえるだろう。

「と、なると。こっちか」

 コンビニへの最短距離を行くルートから外れ、街灯もない入り組んだ路地にふらりとその身を翻す。その直後、コンビニで停滞していた赤い光点も動きを見せた。追っ手を攪乱しようというのかジクザグに路地を走りながらも、まるで昆虫が光に誘われるかのような確実さで同じく走る彼女に向けて近づいていく。
 そして、2つの光点の位置はついに路地1本を挟むのみのところまで近づいた。そこで彼女は1度足を止め、制服に無造作に突っ込んであった煙草を1本取り出し火をつける。それを口にくわえ一呼吸おくと、風のない空に立ち上る紫煙が月光に照らされたなびいた。その軌跡を見つめながら、タイミングを見計らって声をかける。

「……よお、強盗クン。なかなかどうして、いい夜じゃないか」

 建物に囲まれる影の世界から、月光の照らす元へ。まさに彼女のいる通りに飛び込もうとしていた人影が、不意を突かれ完全に硬直した気配が闇の中から伝わってきた。その初々しい反応から十中八九場慣れしていない、それも今回が初犯ぐらいのつまらないチンピラだろうと予感を確信に変える。固まったまま動かない人影に近づき、残り5メートルという地点でまた足を止め向かい合う。

「だ、だ、誰だアンタは!?」

 ようやく聞こえてきた声はまだ若く、多めに見積もっても成人したかどうかといったところだろうか。早くも声に余裕がなく、先ほどの評価に小心者と内心で付け加えておく。

「アタシか?しがない公務員、ゴミ処理業者のおばちゃんだよ。定時はとっくに過ぎてるけどな」
「な、なんだと!?いいか、それ以上近寄るとな……な、なんだ!?なんで実体化しねえ!?」
「『BV』だろ?」

 強盗がその唯一の拠り所らしき左腕にはめた機械、通常モデルよりやや大ぶりのデュエルディスクを起動したところで、さらに先回りして忌々しいシステムの名を怒りを込めて吐き捨てる。今度こそチンピラがフリーズしたところで、気を落ち着かせるために煙を強く吐き出しながら畳みかけた。

「あいにく、アタシのデュエルディスクは特別製でな。不完全な携帯式程度なら、妨害電波で無効にできちまうんだよ。さ、わかったら観念しな」
「妨害電波だと?まさかアンタ……デュエルポリス……」
「なんだ、制服まで着てきたのに気づかなかったのか?言ったろ、ゴミ処理業者だって」

 デュエルポリス。いまだ不完全な試作品である「BV」システムの脆弱性をついた妨害電波発生装置をデュエルディスクに組み込み、ソリッドビジョン実体化による物理的な危険を中和したうえでデュエルによって犯人の鎮圧を図る、人類に残された最後の切り札となりうる組織。
 もっともその性質上人員の大多数は「BV」の影響によりデュエルモンスターズが危険視された結果職を失った多数の元プロやその関係者により占められており、彼女に言わせれば『自分たちの馬鹿な研究のせいでくだらないシステムを作った挙句、その後始末に雇用対策の名目で何もしてないアタシらを、それも犯人鎮圧なんて一番危険な仕事に体よく駆り出した嫌味な組織』ということになる。
 恐れを込めた声色で放たれたその単語を彼女があっさりと肯定すると、闇の中から伝わる恐怖と狼狽がより一層激しくなる。そして彼女の経験から考えると、この後に考えられるパターンは大まかに分けて2つ。1つは完全に戦意喪失し、この場で自首に走る場合。彼女にとって楽ではあるが、その場合相手の評価に根性なしの一文が追加される。そしてもう1つは、それでも一縷の望みにかけて抵抗する場合だ。どうやらこのチンピラは、若さゆえの無謀さか後者を選ぶらしい。

「クソッタレ!だったらカードで勝負だ、アンタを倒して逃げ切ってやる!」

 やぶれかぶれになり、デュエルディスクをそのまま構える強盗。その仕草に好戦的な笑みを浮かべ、彼女もまた自身のデュエルディスクを起動した。

「仕方ねえな。コイツを吸い終わるまでの間なら、アタシも相手してやるさ」

 言葉とは裏腹に、彼女の声は明るい。仕事柄投降を勧めてはいたが、彼女は心の底から闘争に魅入られている。ただそれだけの理由ゆえに文句を言いつつも今の立場に居座り、煙草を吸い甘酒を飲み、こうして「BV」を手にしたことによる全能感からかくだらない犯罪に走るチンピラを締め上げ、時にはさらにその先にも手を出す女として敵味方から一目置かれているのだ。

「「デュエル!」」

 互いのデュエルディスクが同期し、それぞれランダムに選ばれた先行、そして後攻の文字が表示される。

「先攻はアタシか、なら遠慮なくやらせてもらうよ。来な、不知火の陰者(かげもの)!」

 不知火の陰者 攻500

 先手を取った糸巻が呼び出したのは、山伏衣装に身を包む人型のモンスター。手にした錫杖を地面に叩きつけると、その部分を中心に焔が円状の模様を描き始めた。

「そのまま、陰者の効果を発動。自分フィールドのアンデット族1体をリリースすることで、デッキから守備力0のアンデット族チューナー1体を特殊召喚できる」
「させるかよお!この瞬間、手札から灰流(はる)うららの効果を発動!デッキからモンスターを特殊召喚する効果は、これを捨てることで無効にできる!や、やったぜ!」

 山伏の炎が、突如あたりに舞い散った花吹雪にかき消されて消えていく。貴重な召喚権とリクルーター、そしてデッキエンジンを1度にカウンターされ、小さく舌打ちする糸巻。

「ならアタシは、手札を3枚伏せてターンエンドだ」
「へへへ、俺のターンだ!俺はライト(ペンデュラム)ゾーンにスケール1のメタルフォーゼ・シルバード、レフトPゾーンにスケール8のメタルフォーゼ・スティエレンをセッティング!」
「ほぅ、ペンデュラムか」

 ちらりと伏せカードのうち1枚に目を落とし……結局、その後の行動を黙って見守る糸巻。そのわずかな動きにまるで気づかない強盗が2枚のカードをデュエルディスクの両端にそれぞれ表側で発動すると、ソリッドビジョンでもそれぞれ1体ずつのモンスターを内包した青い光の柱がフィールドの両端に現れる。それぞれの光の柱にはモンスターの下に独特な字体で「1」、「8」とそれぞれ刻まれていた。

「これで俺は、レベル2から7のモンスターが同時に召喚可能だ。赤熱の軌跡描き駆け抜けろ、ペンデュラム召喚!行くぜ、メタルフォーゼ共!」

 光の柱に挟まれた空間の上部に穴が開き、そこから2筋の光が地面に落ちる。光はそれぞれバイクに乗った2体の人型モンスターとして、騎乗状態のままフィールドに降り立った。

 メタルフォーゼ・ゴルドライバー 攻1900
 メタルフォーゼ・シルバード 攻1700

「オラオラオラ、バトルだ!行けゴルドライバー、シルバード!」

 主人の指示に従い、男女のライダーが赤熱の軌道を後に引き距離を詰める。咄嗟に体の前で両腕をクロスさせることで突撃に備える彼女に、2度の衝撃が襲い掛かる。携帯式「BV」が未完成品の劣化コピーならば妨害電波発生装置もまた不完全な代物、実体化による周辺被害こそ辛うじて打ち消せても物理ダメージの全てを幻影に帰すことはできない。それだけ「BV」のシステムはオーパーツ的産物であり、偶然に偶然が重なり生み出されたそれは未完の状態であってなお人類の手には余る代物だった。
 そして、だからこそ日頃からマスコミにデュエルマッスル、などと揶揄されようとも日常的に体を鍛え高い身体能力、及び精神力を持つことが常識となっていたプロデュエリストにこの仕事という白羽の矢、彼女に言わせると貧乏くじが回ってきたのだ。今回もライフの大半をごっそり持っていくほどの激しい連撃を前に、その場で膝をつくこともなく彼女の肉体は耐えきってみせた。

 メタルフォーゼ・ゴルドライバー 攻1900→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP4000→2100
 メタルフォーゼ・シルバード 攻1700→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP2100→400

「どうだ!勝てる、このまま押し切れるぜ!」
「……ハッ、ありがとうよ。おかげでアタシも少しは目が覚めた、なにせもう夜遅かったからな」

 耐え切ったとはいえ、ダメージは決して無視できるほど浅くはない。だが彼女は口の端に加えた煙草もそのままに、ふてぶてしく笑って呟いた。

「リンク・スパイダー」
「何?」

 突然目の前で追い込んだはずの相手が口にしたモンスターの名前に、強盗が困惑する。その態度を見て呆れたように紫煙を吐き、仕方がないという態度もあらわに言葉を続ける。

「ゴルドライバー、それかシルバード。どっちでもいい、そいつらレベル4と3だろ?先に通常召喚して攻撃力1000のリンク・スパイダーをリンク召喚、改めて手札とエクストラデッキからペンデュラムすれば総攻撃力は4000超えてたんじゃないのか?」
「え?あっ、う、うるせえ!」
「んだよ、アタシの伏せを警戒したんじゃなくてマジで気づいてなかったのか?だったら呆れついでに言わせてもらうが今、ゴルドライバーから攻撃してきたろ。攻撃力は低い方から殴る程度のセオリーもなってない、足し算もまともにできやしない。やだねえ最近のチンピラは、教育水準がどんどん落ちてきちまって」
「ぐ……」

 半ば本気で呆れ気味に、半ば挑発込みの頭から馬鹿にしたような発言。彼女の読み通り人生経験の少ないこのチンピラは煽られることにも慣れていないと見え、強盗の顔がみるみる怒りに赤く染まる。

「うるせえ!デカい口叩いたってなあ、最後に俺が勝てばいいんだよ!俺はライトPゾーンから、メタルフォーゼ・シルバードのP効果発動!俺の場で表側のカード1枚を破壊して、デッキからメタルフォーゼ魔法か罠をセットするぜ。俺が選ぶのは、レフトPゾーンに置いたスティエレンだ!」
「……勝手にしな」

 また1瞬だけ自分の伏せカードに視線を送るが、結局その中の1枚たりとも発動することなく強盗の動きを見つめる糸巻。手札にはまだ1枚、未知のカードがある。どうせこれ以上ライフを削られるわけでもなし、まだ止める時ではないと考えたのだ。

「俺がセットするのは魔法カード、錬装融合(メタルフォーゼ・フュージョン)。そしてこのセットした状態から、即座に発動!俺の場のメタルフォーゼ2体を素材に、融合召喚だ。赤熱の奇跡呼び覚ます溶媒よ、この世の全てを溶け合わせちまえ!融合召喚、フルメタルフォーゼ・アルカエスト!」

 2体のライダーが空中で渦を描きながら混じりあい、卑金属が貴金属へと物理法則を飛び越え変化するように全く新たなモンスターへと生まれ変わった。バイクを降りてただの人型となったそのモンスターが身に着けた緑色の装甲の背面からは衰えを知らぬ炎がエンジン音と共に吹き上がり、右手に握る本人の背丈ほどもある巨大な杖の先端には無限の力を秘めて自発的に回り続けるタイヤらしき回転物質が備え付けられている。

 フルメタルフォーゼ・アルカエスト 守0

「アルカエスト、か」
「まだだぜ、墓地から錬装融合の更なる効果を発動!このカードを墓地からデッキに戻し、カードを1枚ドローする。カードを1枚伏せて、ターンエンドだあ!」

 ターンエンド。そう宣言した瞬間、ゆったりと事の成り行きを見つめていた糸巻の目がギラリと獲物を見つけた肉食獣のように光った。自由にさせる時間は1度終わりを告げ、ここからは狩りの時間だった。

「ならエンドフェイズにトラップ発動、バージェストマ・オレノイデス。このカードの効果で、相手の場の魔法か罠1枚を破壊できる。アタシが選ぶのはそれ、今伏せたばっかのそのカードだ」
「お、俺の無限泡影!」
「残念だったな。ま、運が悪かったと思って諦めろよ?そしてアタシのターンにもう1枚伏せカード、バージェストマ・マーレラを発動。デッキからトラップ1枚……そうだな、リターン・オブ・アンデットを墓地に。だけどアタシの狙いはそれじゃない、今発動されたトラップに直接チェーンして墓地からオレノイデスの効果を発動!このカードは通常モンスターとなり、アタシの場に特殊召喚される」

 2枚目のトラップが発動されたことにより、通常、の一語をいやに強調させながら薄赤色をした平べったい古生物が彼女の場へと呼び出される。

 バージェストマ・オレノイデス 攻1200

「おっと。さらに永続トラップ、シェイプシスターを発動!このカードは発動後、通常モンスターのチューナーとなってアタシの場に特殊召喚される。この発動にチェーンし、ついさっき墓地に送ったマーレラをオレノイデスと同じく蘇生する」

 さらに2体のモンスターが、召喚権すら使わないうちに場に並ぶ。この効果をフルに使っていれば、先ほどのターンを無傷で凌ぐこともできただろう。だが彼女は自らの身を蝕む物理ダメージをものともせずに、ただの1度の迷いすら見せることなくそれをしなかったのだ。そのことに気づいた強盗の顔が、理解できないものを見た恐怖に歪む。

 シェイプシスター 守0
 バージェストマ・マーレラ 攻1200

「さあ、これでアタシの場には同レベルのモンスターが3体揃ったからな。レベル2のバージェストマ2体と、シェイプシスター1体でオーバーレイ!」

 3体のモンスターが光となって螺旋を描きつつ天に昇り、無音の爆発と共に1つの新たなモンスターへと変化する。その全身はほとんど黒といってもいいほどに濃い紫色をした棘だらけの外骨格に隙なく包まれ、両腕は鋭い鎌のようにカーブした巨大な鋏がわきわきと生物的にうごめいている。頭部の2つの球体はそのまま全方位を一度に見渡し獲物を探す巨大な目であり、ガラス体がその内側から放つ光にはかすかな知性の色と捕食者の冷徹さが垣間見えた。

戦場(いくさば)呑み込む(あやかし)の海よ、太古の覇者の記憶を覚ませ!エクシーズ召喚、バージェストマ・アノマロカリス!」

 ☆2+☆2+☆2=★2
 バージェストマ・アノマロカリス 攻2400

「効果モンスターを出したな!ならこの瞬間に、俺のアルカエストの効果を発動!相手ターンに1度、効果モンスター1体を装備カードとして吸収しその攻撃力を守備力に加える!」

 アルカエストが杖を掲げると、先端のタイヤがより一層高速回転を始める。回転はさらなるエネルギーを生み、杖から夜空を裂く赤い光線がアノマロカリスめがけ放たれた。
 だが、糸巻の目に焦りの色はない。それどころか余裕の表情でそれを眺めていると、アノマロカリスが腕の鋏を無造作に一振りし怪光線を横の壁に弾き飛ばした。

「残念だったな。アノマロカリスはモンスターの効果を受け付けない、よってその効果は不発だ……ってうわっ、これお前が弁償しろよ?」

 アノマロカリスが弾き飛ばした光線の着弾点。そこにかすかについてしまった焦げ跡が目に入り、彼女の表情からさっと余裕が消えた。壁のペンキ代は絶対に何があってもこのチンピラに払わせるという決意こそ抱いたものの、結局彼女が書かねばならない要提出の始末書が1枚増えたことに変わりはないからだ。
 だが彼女にとってはそれなりに大きな問題も、強盗にとってはその怒りを逆なでするだけに終わってしまう。

「ふざけやがって、ちょっと効果を無効にしたからってなあ……!」
「あん?黙れ馬鹿!アノマロカリスの効果発動!自身のオーバーレイ・ユニット1つをコストに、カード1枚を破壊する!アタシが選ぶのは当然、フルメタルフォーゼ・アルカエストだ!」

 もはや当初の飄々とした態度はどこかに消え去り、完全にヒートアップした彼女が始末書への怒りを込めて吐き捨てるように宣言すると、アノマロカリスの周囲を回る3つの光球のうち1つが軌道を変えてその口元へと消えた。すると両手の鋏をクロスさせたアノマロカリスが、そこからお返しとばかりに青い光線を放つ。耐性を持たないアルカエストにその衝撃が耐えきれるはずもなく、あっけなくその場に崩れ落ちる。
 強盗の場に、もはやその身を守ってくれるモンスターはいない。捕食者の冷たい瞳が青く輝き、何者も遮ることのないその一本道を大量の節足をワキワキと動かし意外なほど素早く滑らかな動きで迫る。

「ひ、ひいっ!」
「まあなんだ、悪く思いなさんな。アノマロカリスでダイレクトアタック、抜刀乱舞カンブリア!」

 バージェストマ・アノマロカリス 攻2400→強盗(直接攻撃)
 強盗 LP4000→1600

「あ……ぐ……」
「なんだ、まだ意識あるのか?少しは見直してやるよ、カードを1枚セット。さ、かかってきな?投降ならまだ受付期間中だけどな」

 1発きつい一撃を入れて少し気分が晴れたのか、また当初の落ち着きを取り戻す糸巻。戦いの間にだいぶ短くなった煙草を未練がましく咥えつつ、またしても紫煙をゆっくりと吐き出した。

「……ああそうかい、ならまあせいぜい頑張りな。心の底から馬鹿だとは思うがね、少なくとも玉無しじゃないみたいだね」

 強盗はあくまでデュエルディスクを構え、戦闘続行の意志を示す。追い込まれながらも勝負を捨てないその姿勢に多少表情を柔らかくしつつも、敬意を示したうえで叩き潰さんと腕を組み待ち構える。
 だが当の強盗本人には、そんな彼女の変化に気づく余裕はない。迫りつつある逮捕の恐怖と敗北の足音に震える膝、そして先ほどの攻撃による物理ダメージが体の自由を奪っているからだ。

「お、俺のターン!魔法カード、ペンデュラム・ホルト!俺のエクストラデッキに3種類以上のペンデュラムカードが表側表示で存在するとき、カードを2枚ドローする!」
「ふーん、やるじゃないか」

 フィールドのカードを根こそぎ失った強盗が手にしたのは、発動後のあらゆるデッキからカードを手札に加える行為が制限される代わりに1枚から2ドローを行う強力なドローソース。共通P効果がデッキから特定カードをフィールドに直接セットするメタルフォーゼにはデメリットの影響も少なく、使い勝手のいいドローソースだろう。
 そこまで考えたところで、強盗がさらに2枚のカードを引いたところが目に入った。注意深く観察を続けていると、その表情がパッと明るくなる。

「来たぜ!来い、レスキューラビット!そしてそのまま効果発動だぁ!」

 レスキューラビット 攻300

 安全帽をかぶった1羽の兎。その姿がふっと消え、同じ顔をした2体のライダーが代わりに呼び出された。

「レスキューラビット……フィールドから自身を除外して、デッキのレベル4以下かつ同名通常モンスター2体をエンドフェイズまで特殊召喚する、か」
「ああそうさ。来な、メタルフォーゼ・スティエレンども!」

 メタルフォーゼ・スティエレン 守2100
 メタルフォーゼ・スティエレン 守2100

 そんな素振りこそ見せなかったものの、ここで1度糸巻は心中逡巡していた。レスキューラビットの召喚あるいは効果発動時、スティエレン2体の展開時……ここで、アノマロカリスの破壊効果を使うべきだろうか。アノマロカリスの起動効果は、トラップをエクシーズ素材としているときに限り相手ターンであっても発動できる。やろうと思えば、どれかを破壊することも可能だ。
 だが、迷った末に彼女はその判断を先送りにした。まだ、あの強盗の手札は2枚ある。それを見極めてから、あるいは無視できないほどのモンスターが出てきた段階でこの効果は使えばよい。そう決めた彼女の判断を、いったい誰が責められるだろうか。だがこの日この時この状況に限り、彼女の判断は間違いない悪手であったのだ。

「そして俺の切り札、超融合を発動!手札1枚、このメタルフォーゼ・ゴルドライバーをコストに、場のモンスター3体全部使ってチェーン禁止の融合だ!」
「くっ……!」

 圧倒的優位を強引にひっくり返したことで、険しい顔の糸巻とは対照的に強盗の表情がパッと明るくなる。同時に、街灯すらもまばらな路地裏が明るいオレンジ色の炎に照らされた。3体のモンスターが先ほどよりも強大な渦に巻き込まれ、1つのモンスターへと変異していく。

「赤熱の奇跡呼び覚ます枢機よ、この世全てを緋色に染めちまえ!融合召喚、メタルフォーゼ・カーディナル!」

 それはもはやバイクや車というよりも、2足歩行し人が乗って操るパワードスーツのような姿だった。大きく開いた上部ハッチからはヘルメットとライダースーツで全身を覆う搭乗者の姿が見え、かつてはタイヤを備え地を駆けていたのであろう両手両足からはエネルギー源でもある無尽蔵な赤熱の炎が吹き上がる。両腕がそれぞれ握りしめる炎の刃がその熱量で空気を揺らし、赤熱の軌跡が後に続いた。

 メタルフォーゼ・カーディナル 攻3000

「行けえ、バトルだ!メタルフォーゼ・カーディナルで攻撃!」
「2回も伏せカードを気にしないで突っ込んでくる根性は誉めてやるが、まだ温い!トラップ発動、バージェストマ・ハルキゲニア!このカードでカーディナルの攻守はこのターンの間半減するが、それだけじゃ終わらないさね。チェーンして墓地からバージェストマ・マーレラをモンスター化して蘇生する」

 地中から姿を現した次なるバージェストマは、全体的に緑がかった色をした背骨を軸に海中を自在に動き回るための葉のようなヒレと無数の細長い節足を持つ平べったい生き物。

 メタルフォーゼ・カーディナル 攻3000→1500 守3000→1500
 バージェストマ・マーレラ 守0

「させるか!速攻魔法、エネミーコントローラー!このカードの効果で、その気持ち悪いなんかには攻撃表示になってもらう。そのままカーディナルで攻撃だ!」

 巨大なゲームコントローラーからケーブルが伸び、マーレラに接続されたそれが何らかのコマンドを送り込むことで強制的にその姿勢を変えさせる。無理矢理臨戦態勢を取らされたマーレラに、やや勢いを減じたとはいえまだまだ燃え上がる炎の刃が深々と食い込んだ。

 メタルフォーゼ・カーディナル 攻1500→バージェストマ・マーレラ 守0→攻1200(破壊)
 糸巻 LP400→100

「どうだ、ポリ公め!もう諦めな、ターンエンドだ!」

 メタルフォーゼ・カーディナル 攻1500→3000 守1500→3000

 糸巻のライフは風前の灯火。かつてのプロ、デュエルモンスターズの精鋭揃いと名高いデュエルポリス相手に終始優位に立ちまわって勝利が目前に迫っているという自信と深夜ゆえの高揚感が、若き強盗のテンションをさらに高めていく。
 その姿に、糸巻が怒りに満ちた目で強く歯ぎしりする。その拍子に唇から落ちた煙草の吸殻をすかさずその残り火ごと全体重をかけて踏みつぶし、地獄の底から響くかのような低い声で強く唸る。

「……じゃねえ……!」
「あ、ああ?なんだよ、文句あんのか!」

 目の前で突如激しく燃え始めた怒りを目の当たりにし、強盗の高揚感が嘘のように引いていく。むくむくと頭をもたげてきた恐怖をかき消すように大声を上げるも、そこに含まれた怯えの感情は隠しきれていなかった。
 そしてそのなけなしの虚勢を叩き折るかの、恫喝の声が路地に響き渡った。

「いい加減にしろタコ!とどめ刺せるわけでもないくせにライフ500切った奴相手の、それもたかだか300ダメのためにエネコン切る馬鹿がどこの世界にいる!温存しろよ、伏せとけよ!アタシの場の伏せがハルキゲニア1枚なのは見てただろうが、トップ羽根帚でも警戒してんのかお前は!」
「な、なんなんだよ……」

 よほど強盗のプレイングが気に障ったらしく、怒りもあらわに大噴火しつつデュエル中であることも忘れて喧嘩腰に詰め寄ろうとする糸巻。その気迫に完全に気圧された強盗が無意識に後ろに下がり、数歩進んだところで無情にも壁に突き当たった。

「なんなんだよ、じゃねえ!確かにアタシがプロの時だってプレミはあった、別に全員がいつだって最適解ばっかりできるわけじゃない。だがな、チンピラ!この際だからお前に言いたいこと全部言わせてもらうがな。お前らのデュエルはどいつもこいつも温い、まるで基本がなってない!カードってもんはな、1枚1枚リスクとリターンを考えたうえで使うものなんだよ。その足りない脳みそで少しでもその辺考えたうえで動いてんならアタシも何も言わない、でもお前らのデュエルはどっからどう見ても将来のことを考えてないだろうが!今だってどうせ、守備表示でアタシが出したから条件反射でそのエネコン使ったんだろ?当然次のターンがアタシに回ってくるわけだが、その時のことなんて一切考慮してないんだろ?つまり、目の前10センチのところで視界が切れちまってんだ。アタシらは腐ってもプロ、デュエルモンスターズで飯食ってきた本職だったんだぞ?それをこんな毎日毎日毎日毎日お前みたいに幼稚園児以下のプレイングのド三下ばっっかり相手させやがって、そのくせカードだけは一丁前にレアカード用意しやがるから一層性質(たち)が悪い!チンピラならチンピラらしく大人しく逃げ帰ってもっと骨のある奴連れてこい!……はぁー」

 一息にまくしたてるだけまくしたて、ようやく積もり積もった不満由来の怒りの嵐もピークを過ぎたらしい。先ほどこぼれ落ちた吸殻を、さらにぐりぐりと靴の底で念入りに踏みつぶす。

「アタシらも慈善事業やってんじゃないんだよ……」

 うってかわって弱々しい、諦めたような声音で最後にそれだけ小さく呟く。常人には決して理解できない感情ではあるが、強者との闘争こそがその本質であり存在意義であり、強制的にその生活を奪われた彼女にとってそれはまぎれもない本音の言葉だった。

「はぁ……もういいや、アタシのターンな。考えてみりゃ、お前に言ったところでどうにもならないもんな」

 心底つまらなさそうな表情と態度のままに、カードを引く。引いたそのカードを一瞥すらせず、流れるような動きでそのままデュエルディスクに置いた。

「不知火の物部(もののべ)。このカードは召喚時に、デッキから妖刀-不知火と名の付くモンスターを特殊召喚できる。ただしこのターン、アタシはアンデット族しか展開できない」

 薙刀を手にした和装の少女が手にした得物をひと振りすると、その刃を包み込むようにしてこの世ならざる妖の焔が灯る。そして1本の妖刀が、天から飛来して音もなく地面に突き刺さった。その段階でようやくこの手のモンスターは道路にいちいち穴が開いて修繕費がかさむから控えてくれと請求書片手に半泣きで訴えてきた部下の顔を思い出したが、もうやってしまったものは止められない。

 不知火の物部 攻1500
 逢魔の妖刀-不知火 攻800

「レベル4の物部に、レベル3の逢魔の妖刀をチューニング。戦場貪る妖の龍よ、屍闘の果てに百鬼を喰らえ。シンクロ召喚……真紅眼の不屍竜(レッドアイズ・アンデットネクロドラゴン)。そしてこいつの攻守は、互いの場と墓地すべてに存在するアンデットの数だけアップする」
「な……な……」

 無数の死霊を従える、争乱極まりしアンデットワールドの首領。かつて誇り高き空を飛ぶ龍であったのだろうその体は、すでに地に堕ちて長い。鱗の隙間から覗き見える腐肉はもはや紫色に染まりきり、生前瞳のあった場所からはとうに腐りきった目玉に代わり鬼火の紅が風に吹かれてもいないのに揺らめきを放つ。そしてその死に絶えたはずの体を動かすエネルギーの源が、全身から常に漏れ出てなお余りあるあの強大な瘴気だった。

 真紅眼の不屍竜 攻2400→2900 守2000→2400

「は、ははは!なんだ偉そうに、そんなものいくら出したってカーディナルの方が強いぜ!」
「アンデットワールド」
「ははは……は……」

 無感情に放たれた死の宣告によって強盗の笑いが乾いたものに変わると同時に、周りの風景が一変する。どこからともなく湧き上がる血のように赤い沼地、腐りきっているにもかかわらずなぜかその形を維持する枯れ木、あたりに散らばった大量の骨の上には同じく自らの骨を一部むき出しにした骨ネズミや死体漁りの蟲の成れの果てが蠢いている。
 殺風景でありながら、この上なく動乱に満ちている。生あるものなど絶え果てて、死体が死体を喰らう土地。それこそが、アンデットワールド。糸巻の最も得意とする、ホームグラウンドともいえるフィールドだった。

「アンデットワールドがある限り、互いの場と墓地のモンスターはすべてアンデット族になる。つまりアタシのアノマロカリスも、お前の融合メタルフォーゼ2体も真紅眼の糧になる」

 メタルフォーゼ・カーディナル サイキック族→アンデット族
 真紅眼の不屍竜 攻2900→3200 守2400→2700

「攻撃力、3200……!」
「もう帰らせてもらうよ、アタシは。真紅眼の不屍竜でメタルフォーゼ・カーディナルに攻撃、獄炎弾」

 真紅の鬼火が、青い瘴気が、勢いを増し膨れ上がる。ゆっくりと開かれた口内から放たれた火炎弾の一撃を、カーディナルが出力を最大まで引き上げた機械の両腕で防ごうとする。
 死霊の青と錬金の赤熱、相反する2色の炎が正面からぶつかり合い互いをその熱量で焼き滅ぼさんと燃え盛り、その炎の勢いはほぼ互角……しかしカーディナルの気力だけで支えられる赤熱の炎と違い、死霊の炎はアンデットワールドに立ち込める瘴気を燃料として無尽蔵にその力を増していく。かたやその勢いを加速度的に減じていく赤、相対するは時を経れば経るほどに燃え上がる青。やがてそのバランスが完全に崩れた時、力尽きたカーディナルの巨体は不浄の炎に包まれる松明と化した。

 真紅眼の不屍竜 攻3200→メタルフォーゼ・カーディナル 攻3000(破壊)
 強盗 LP1600→1400

「ま、まだだ!まだ次のドローで!」
「もう遅いんだよ、全部な。効果発動……真紅眼の不屍竜がいる限りアンデット族モンスターの戦闘破壊はその仲間を、次の死霊を生み出す糧になる。まあここはなんでもいいが、アタシの墓地からアンデット族のアノマロカリスを蘇生する」

 バージェストマ・アノマロカリス 攻2400

「ひ、ひぃっ!」

 腰が抜けて動けないらしく、その場にへたり込んで顔いっぱいに恐怖を張り付けた強盗。その無様な姿を無感情に一瞥し、最後の攻撃指令を下した。

「アノマロカリスで攻撃、抜刀乱舞カンブリア」

 バージェストマ・アノマロカリス 攻2400→強盗(直接攻撃)
 強盗 LP1400→0

「う、うわあああーっ!」

 絶叫が夜に響き、そしてまた静寂が訪れる。ソリッドビジョンが、ゆっくりと消えていく。たった1人その場に立っていた糸巻が月光のかすかな輝きを頼りに煙草を吹かそうと口元に手を伸ばし、先ほど目当てのものを自分で吐き出したことを思い出した。
 制服のポケットに放り込んである箱の中には、あと何本残っていただろうか。給料日までの日数と心もとない財布の中身をざっと計算し、結局それ以上の喫煙は諦める。その代わりに彼女が手にしたのは、先ほど追跡に使用したデバイスだった。慣れた手つきで番号を入力し、画面に向かい語り掛ける。その表情からはもう、先ほどの諦めやどうにもできない苛立ちの入り混じった色はすっかり影を潜めていた。

「おう鳥居、アタシだ。こっちは終わったから、適当に夜勤の事務員集めてくれ。事後処理?んなもん明日で……え、ダメ?わかったわかった、こんな夜中にそう怒鳴るなっての。とりあえずここで見張ってるから、まずこのガキにつける手錠と車転がしてこれる奴頼むわ。アタシ?いやー、急だったから持ってくるの忘れちまってよ。んじゃなー」

 雷を落とされる前にさっさと通話を切り、流れるような動きで電源ごとオフにする。つかの間の静寂が戻った路地で気を失った強盗の手元に手を伸ばし、その腕のデュエルディスクからデッキを没収する。このカードが持ち主の手元に戻るのは、この男が娑婆に戻ってからだろう。何気なくその1番上のカード……もしも先のターンでエネミーコントローラーを温存し自分の身を守るために使用していた場合、その稼いだ1ターンで何を引いていたのかを確認する。無論、勝負の世界に「もし」はない。ただの暇潰し、ちょっとした実験程度のお遊びだ。

「永続トラップ、メタルフォーゼ・コンビネーションねえ」

 1人呟き、次いで自分のデッキを確認する。デッキトップは魔法カード、おろかな埋葬……無論彼女のデッキには、墓地から効果を発動する蘇生札である馬頭鬼が存在する。

「結局、お前じゃ力不足ってことか。なあ?」

 無論、強盗からの返事はない。地面に伸びたままのその姿を見下ろして乾いた笑みを漏らし、誰にも聞こえないような声量で静かに呟いた。

「誰か、たまにはアタシを倒してみてくれよ……」

 風に流れたその言葉は、ただ夜だけが聞いていた。 
 

 
後書き
主人公のスタイル、カードプール等基本的に「前作でやらなかった、できなかったこと」を色々詰めてみる形でやっていきます。なんのこっちゃという人はぜひ前作へどうぞ(宣伝)。
 

 

ターン2 魔界の劇団、開演

 
前書き
前回のあらすじ:元プロにして現不良デュエルポリス、糸巻はある晩可愛げのない部下に叩きつけられた正論から逃げるようにコンビニ強盗と対峙する。積もり積もったストレスを爆発させたりもしながらも、鎮圧自体は難なくこなしたのだった。 

 
 鳥居浄瑠(じょうる)は朝が嫌いだ。朝はいつだって、ろくなことが起きない時間帯だと相場が決まっているからだ。その日出勤した彼を真っ先に出迎えたのもまた、ろくでもない話だった。

「……鳥居。すまん!」

 おはようの一言もなく人の顔を見るなり頭を下げてきたのは、遠くからでもよく目立つ燃えるような赤髪の女上司。最初のうちは殊勝な上司の姿に一体何事かと慌てふためいたりもしたものだが、それはもはや遠い昔の話。毎日のごとく繰り返されるこの光景にもはやすっかり擦れてしまった感性はもはや心動かされることもなく、また面倒事起こしやがったなこのクソ上司、などと怒る段階すらもすでに超えてしまった。
 だから、地獄の底から聞こえてくるかのように低く重く暗い無感情な声音で彼はこう問い返す。

「今日は何やらかしたんですか、糸巻さん」

 口ではそう言いつつも、どうせ昨夜彼女が捕まえてきたコンビニ強盗関連の話だろうと内心ではあたりをつける。おおかたこの人のことだ、また頼んでもいないのに妖刀-不知火でも召喚して地面にぶっ刺したのだろう。業者に連絡を入れる程度なら、面倒ではあるがさほど手間でもない。
 だが彼女の口から飛び出したのは、強盗関連というアプローチこそ正しかったもののその先は彼の予想を大きく上回る思いもよらない爆弾だった。

「ゆうべのチンピラ、もとい強盗だけどな、あれアタシがさっき逃がした」
「…………は?」

 文字の羅列を彼の脳が意味を成す文章として受け入れることを全力で拒み、そこに含まれた意味からどうにか目を背けようと無駄な努力を繰り返す。そしていかなる努力も徒労に終わった時、ようやく目の前の上司が隠し切れない好戦的な微笑を浮かべている様子が見て取れた。

「まあ聞けよ、確かに独断なのはアタシが悪かったし、それはきちんと謝るからさ。ただ真面目な話、ちょっとした司法取引ってやつでな。これがまた、結構面白い話が聞こえてきたんだ」
「司法取引、ですか」

 手近なところにあった来客用の椅子に腰掛け、腕組みして話を聞く姿勢に入る。この上司は人格的には手遅れだが、少なくとも腕は間違いない。その彼女が取引に乗ったからには、それなりに信憑性も利益も大きい話だろう。それにこの人は、今の態度を見る限り間違いなく口先だけはそれっぽいことを言えど自分が悪いことをしたとは欠片たりとも思っていない。これは、何を言っても聞き流されるのが関の山だろう。その証拠に彼女がその煙草に火をつけ煙を吹かしながら話を再開したのは、以前に彼自らが半ば目の前の女上司への当てつけによってでかでかと書いた禁煙の張り紙の目の前だった。

「アタシも最初は、ただのチンピラの苦し紛れだと思ったんだけどな。どうもその割には妙に細かいところまで設定が練ってあるからこれはもしかしたら、と」
「何かあったら全部うちの上司がやりましたって言いますよ。で、いったい何を掴んだんです?」
「裏デュエルコロシアム、だよ」

 ほんの一瞬だけ、何を考えているのかわかりたくない上司の目がスっと細まった。
 裏デュエルコロシアム。「BV」により大きく廃れたデュエル産業で、デュエルポリスへの転業を良しとしなかったプロ崩れなアウトローたちのたまり場。密かに観客を集めては、厳重に隠蔽された空間でデュエルを見せものにし、現金や高額レアカードを賭けの対象とする非合法産業。どれほどデュエルモンスターズが危険視されようと、ほんの数年でそのファンまでもが廃れるわけではない。賭けの胴元となり資金を荒稼ぎする裏家業はもちろんのこと、表の世界からも政治家、アイドル、財界人……彼らのパトロンとなり、厳重に隠された場所を提供し、自らの逮捕されるリスクを負ってでも失われたかつての熱狂をもう1度見たいと願う者はいくらでもいる。仮にそのすべてを摘発したとすれば国ひとつ揺るがすほどの大損害が発生するともいわれ、どこの国も下手に手が出せない頭痛の種である。

「……いいんですか、元同業者だっているでしょうに」
「アタシも、あいつらの考えることがわからないわけじゃない。むしろ、アタシみたいなのの考えがあいつらには理解できないんだろうよ。何せアタシは、尻尾振って公務員に成り下がった犬だからな」

 彼ら元プロデュエリストのことを語るとき、いつも彼女は懐かしむような、自虐するような、様々な感情の入り混じった複雑な表情を見せる。この人も、難儀なことだ。鳥居はこの地に配属されてから幾度となく反芻してきたセリフを、そっと胸の内で繰り返した。仕事も生活もその何もかもをイカれた科学者の意味不明な発明によって奪われ、あげくその科学者を雇っていた政府に雇われてかつての仲間とも戦わざるを得ないというのはどんな気持ちなのだろう。

「……それでも、止める必要がある。なにせプロ崩れの集まる大規模な大会みたいなもんだ、かなりレベルの高い奴が集まるだろうからな。そんな上質な戦闘データの回収なんてされてみろ、どれだけアップグレードされるかわかったもんじゃない」

 デュエルモンスターズを行う、それ自体が違法なわけではない。問題なのはそれに付随する賭け試合の横行、そして「BV」だ。血に飢えた観客を楽しませ勝負に臨場感を持たせるため、この手の裏試合と「BV」は切っても切れない関係にある。そしてデュエルポリスによる妨害電波の及ばない試合ではその戦闘データは根こそぎ回収され、そのアップグレードの糧となる。後者だけでも排除しようにも、今では人の傷つかない裏試合など誰も見向きもしない。皮肉な話ではあるが、確かに「BV」はその目的、デュエルの常識を壊し新たなステージへ進めるという目標を成し遂げているともいえる。

「……なるほど、話は分かりましたよ。それで?いつ始まるんです?」
「明後日の午前0時。場所はほら、数か月前にニュースで見たろ?この近くにいる金持ちが、ここに避難用の巨大シェルターを作りますっての。その工事現場の中らしい……うまいこと考えたもんだ、いかにもデュエルモンスターズは怖いです、みたいなこと言ってる父つぁん坊やが場所の提供やってたなんてな。おまけにあそこは個人の土地だから、そうそう疑われない場所だったしな」
「あー、あの城みたいな家の。確かに、なかなか大きなヤマですねこれ。でも、ただのチンピラが何でそんなことまで知ってたんですか?」

 大まかな話には納得したところで、ふと気になったことを聞く。これは大規模な話になるだろうに、なぜ口を割りやすい下っ端がそんなことを知っていたのだろうか。同じことは糸巻自身考えていたらしく、その疑問には肩をすくめてあっさりと答えた。

「サクラ頼まれてたんだとよ。なんでもあのチンピラの頭が出場するらしくてな、威圧になるからって子分全員連れてくつもりだったらしい。さ、他に質問がなければ、これからちょっとばかり忙しくなるからな。まずは鳥居、お前は正攻法からコロシアムの内部に突っ込んでくれ。アタシはここに出るような連中には顔が割れすぎてるから、すこし別口から当たってみる」






 鳥居浄瑠は昼が嫌いだ。昼はいつだって、朝に飛び込んできた面倒事に対し本格的に向き合わなければならない時間だからだ。しかもこの日の仕事は、これまでやってきた上司のやらかしに頭を下げるレベルの話では到底終わりそうにない大物だ。彼が制服を脱いでの私服姿で訪れたのは、例のシェルター建設中の金持ちの自宅。表向きは実体化されたカードにより破壊された建物を復興する際の建設業で財を成した、このご時世では珍しくもなんともない小金持ちでしかない男の住む家の応接間だ。
 いかにも成金趣味な家具に囲まれ柔らかすぎるソファーに身をうずめることしばし、おもむろにドアが開く。反射的に立ち上がった彼の目に、いかにも人のよさそうな小太りの中年男性がにこやかな笑顔を浮かべながら近づいて手を伸ばす姿が映った。その姿が事前に記憶しておいたこの家の主、兜大山のものと一致することを確かめ、その手を握り返す。

「やあやあどうも、話は聞いているよ。私の半生なんかを本にしたいだなんて、いきなりだったから驚いたけどね。ええと……」
「初めまして。柘榴出版の鳥居、と申します」

 偽の仕事に、偽名すら使わない雑な変装。もしこの兜という男が事前に少しでも調べていたならば、柘榴出版なる会社は日本のどこにも存在しないことに気づいていただろう。普段の鳥居ならば絶対にやりたがらない雑な下準備だが、もとよりこの仮の姿をいつまでも維持する必要もつもりもない。重要なのは彼がこうしてこの男と接触できるか否かのみであり、たった今その目的は達成された。
 握手しながらも、気取られない程度に左右に目を走らせる鳥居。彼の視界内に、家族や家政婦といったこの会話を覗く相手は存在しない。
 ……仕事の、時間だ。

「さて、兜さん」
「なんだい?なにぶん自分の伝記なんて作るのは初めてでね、まだよく勝手がわからないんだ。それで……」
「2日後……ちょうど10日ですね、そこの午前0時」

 ピクリ、と中年の眉が動いた。わずかな沈黙を経て取り繕うようにぎこちない笑顔を浮かべたが、鳥居に言わせればその演技の素人臭い青さは誤魔化しきれていない。普段からあまり嘘をつきなれていない人畜無害なタイプの善人、裏との繫がりは本来薄い男だと判断して一気に畳みかける方針に切り替えた。

「どうしたんだい、いきなり?」
「兜さん、お互いとぼけるのはやめましょうよ。先に謝罪しておきますが、取材の話は全て嘘っぱちです」
「そんな……!」

 顔面蒼白になり、酸欠の金魚のように口をパクパクさせる姿には同情の念が湧いた。だがそれも無理はないだろう。裏デュエルコロシアムの開催は傷害の発生するデュエルの教唆、「BV」の発展に手を貸したテロリストへの加担、決闘罪といった様々な罪の複合として処理される。やり方によってはこのネタだけで向こう30年は強請りに使えるほどの大罪だ。これまで重ねてきた罪らしい罪といえばせいぜいそのあたりでの立ち小便ぐらいがマックスであろう善良な市民にとっては、異次元の出来事と言ってもいいほどに遠い世界だろう。
 自らの振るったムチが十分な効果を発揮したことを見て取り、やや口調を柔らかくする。ここで重要なのは、あくまでも自分の今後については匂わせるのみに留め当人に勝手に想像させることだ。うかつに踏み込んで余計なことまで口走ると、恐喝の罪で身内の世話になるのは一転自分の方となる。そしてムチが効果を発揮したら、今度は飴の番となる。

「しかし兜さん、私は別にどうこうするつもりはありませんよ。私も、デュエルモンスターズを愛する身。むしろ今回お邪魔した理由は、その逆です」
「逆……ですと?」

 その言葉にあからさまにほっとした様子を隠そうともせず、額に汗を浮かべたまま疲れきったようにソファーに腰を深くおろす兜。その時点ですでに9割9分交渉がこちらのペースであることを確信しつつも、鳥居はここで気を抜くほど甘くはない。依然として周囲への警戒は続けつつ、最後まで気を抜かずに締めにかかる。

「何を隠そう、私もデュエリストの端くれでして。主催者であるあなたからの口添えさえいただければ、今回の裏デュエルコロシアムに今からでも参加できるのではないかと」
「なるほど……」

 こちらの狙いを知り、小さくうめく声が鳥居の耳に入った。裏デュエルコロシアムでいい戦績を叩き出したとなれば、当然優秀なデュエリストを囲い込みたいその筋からの勧誘も見えてくる。向こう見ずな若者ならば誰もが1度は夢見る一攫千金のビジョン、おおかたそのたぐいだと思ったのだろう。大概そんな甘い考えでデュエルの世界に足を踏み入れるものはカードを手に取る前に門前払いを喰らうのがオチだが、今回は鳥居が主導権を握っている以上そうもいかない。
 そして悩むこと数分、ようやく中年男の唇が動いた。

「わかった。だが、私としてもこの場での一存で結論を出すことはできない。確かに参加者についてはある程度の裁量が私にもあるが、それ相応の実力者でなければ疑われるのは推薦する私なんだ」
「なるほど。下手に目を付けられるぐらいなら、私に屈した方がマシだと」
「そういうことだ。だが、それもできれば避けたい。君も、一旗揚げるために私のところに来たのだろう?それを無下にはしたくない」

 神妙な顔で大真面目に子供のようなことを口にする兜に、つい鳥居の口元が小さく緩む。大義があるとはいえ、彼のしていることは犯罪すれすれの脅迫まがいの行為だ。にもかかわらず、この男はその彼の思いを無下にしたくないなどとのたまう。こうしてわずかに会話しているだけでも伝わってくるお人よしの気配に、それこそがこの男に一代で財を成させた何よりの理由なのだろう、そんな考えも頭をよぎった。そして何かを決心したかのように、兜がその頭をあげる。

「よしわかった、ではこうしよう。私と君で、今からデュエルを行おう。君が勝てばそれでよし、私が勝てば推薦はできない。それでどうだろうか」
「……いいでしょう。その話、乗りましたよ」

 即答する。目の前の男が本人もデュエリストであるのはやや意外だったが、そうでなければこんな危ない橋を渡るほどデュエルモンスターズに入れ込みはしないだろう。

「あいにく、数年前に無許可での所持が見つかって以降デュエルディスクの取得許可がまだ下りていなくてね。ブレイクビジョン・システムなど組み込まれていないと言ったのだが……いや、愚痴になってしまったね。ともかく、ソリッドビジョン抜きでいいだろうか」

 ソリッドビジョン抜き。デュエルモンスターズの原点に戻った、机なり床なりにカードを置いて行う純粋なカードゲームとしてのプレイのことだ。立体化されるカードの迫力もなければデュエルディスクによる半自動処理も行われないが、その飾り気のない遊び方は1周回って根強い妙な人気のあるスタイルでもある。立ち上がった兜が部屋の端の戸棚に行き、その中から40枚のカードの束を取り出すと、鳥居もまた肌身離さず身に着けているホルスターから愛用のデッキを引っ張り出した。机を挟んで向かい合い、相手のデッキをカットしたのちそれぞれが自身から見て右下にそれを置く。

「では、始めようか」

「「デュエル」」

 通常このタイミングで挟まるデュエルディスクによるランダムな先攻後攻の振り分け機能、そんなものも当然存在しない。兜の表情をうかがうと、少し思案したのち口を開いた。

「すまないが、私が先攻を取らせてもらおう。一応これは君のテストだから、私がまず盤面を作らせてもらう」
「妥当ですね」
「では、私のターン。スタンバイ、そしてメインフェイズに移行し召喚僧サモンプリーストを召喚、効果発動。このカードは場に出た時、守備表示となる」

 召喚僧サモンプリースト 攻800→守1600

 1枚のカードを選んだ兜がそれをまず机の中央に縦向きで置き、鳥居の反応を確かめてから改めて横向きに直す。

「そして何もなければ、サモンプリーストの効果を発動しよう。コストとして手札の魔法カード1枚を捨て、デッキからレベル4のモンスターを1体特殊召喚する。私が選ぶ手札のカードは、通常魔法の究極進化薬だ。何かあるかい?」
「いえ、通しますよ」
「ではデッキから、終末の騎士を特殊召喚する。終末の騎士の特殊召喚成功時、私はデッキから闇属性モンスター1体を墓地に送ることができる。この効果には?」
「どうぞ」

 終末の騎士 攻1400

 サモンプリーストの隣に縦向きで置かれた、終末の騎士のカード。再び効果の発動に対し問いかける兜の問いに対し鳥居が首を横に振ると、ほっとしたように再びデッキに手をつける。

「ではこのカード、オーバーテクス・ゴアトルスを墓地に。そして効果によって墓地に送られたこのカードの効果により、デッキから進化薬カード1枚をサーチしたいのだが」
「当然、それも通しますよ」

 この方式ではデュエルディスクによる補助が一切存在しないために1枚ごとにルールとして、そして何よりもマナーとして相手にチェーンの伺いを立てなければならない。これを面倒と捉える人もいれば、ルールとマナーにより支えられた大人の競技として考える人もいる。鳥居自身はどちらかといえば後者よりであり、彼の上司は疑いようもなく前者だった。そういう意味では結果論だが、こちらに潜入するのが彼だったのは僥倖といえる。

「では、2枚目の究極進化薬を手札に。そしてこのモンスター2体を素材として、私から見て右側のエクストラモンスターゾーンに、魔界の警邏課(けいらか) デスポリスをリンク召喚する」

 横に並んだ2枚のカードを手に取り、右端に置かれたゴアトルスの上にその2枚を重ねる。代わりに兜が取り出したのはデッキの反対側、つまり左下に置かれた15枚のカードの束の中の1枚である青い縁取りのカードだった。イラストの周囲に描かれた8方向の矢印のうち、左下と右下の2か所がオレンジ色に塗られている。

 魔界の警邏課 デスポリス 攻1000

「では次にこの、究極進化薬を発動したい。私の墓地から恐竜族及び恐竜族以外のモンスターを1体ずつ除外し、召喚条件を無視してレベル7以上の恐竜族モンスターを特殊召喚する。まずコストとして恐竜族のゴアトルスと戦士族の終末の騎士を除外するが、何かあるかい……いいだろう。ではデッキからレベル10、究極伝導恐獣(アルティメットコンダクターティラノ)を攻撃表示で特殊召喚する」

 究極伝導恐獣 攻3500

 物々しい雰囲気の中デッキから取り出されたのは、それまでの使用カードとはそのレアリティからして違う1枚のカード。おそらくは、これが兜のエース格なのだろうとあたりをつける。

「さらにここで、デスポリスの効果を発動する。カード名の異なる闇属性モンスター2体を素材としてリンク召喚された時に付与される効果により、闇属性モンスターのデスポリス自身をリリースして私の場の究極伝導恐獣を選択。破壊に対する身代わりとなる、警邏カウンターを1つ置く」

 究極伝導恐獣(0)→(1)

「最後に永続魔法、カイザーコロシアムを発動。このカードが存在する限り相手プレイヤーは、私の場のモンスターの数以上のモンスターを並べることができない。今の私の場には1体しかモンスターが存在しないため、君の出すことができるモンスターも1体だけだ。さらにカードを1枚伏せ、ターンエンド。すまないが、私も本気でやらせてもらったよ」
「でしょうね……」

 てっきり金持ちの道楽程度かと思っていた鳥居にとっては悪い知らせだが、なかなかどうしてこの男も素人なりにデュエルモンスターズをやり込んでいたらしいとその認識を改める。究極伝導恐獣自身の持つ盤面制圧力に、ごり押しによる突破を防ぐ警邏カウンターの存在。そしてこちらの展開力をほぼ0にまで持ち込むこのタイミングでのカイザーコロシアム。デッキが回っていたのも間違いないが、それでも先攻1ターン目からこれだけの布陣を組むことはただの素人には難しいだろう。
 どうやら少しばかり、相手を侮っていたようだ。そう心の中で呟き、自分の中での本気度を上げる。

「では私のターン」

 1度咳払いし、喉の調子を整える。ソリッドビジョンのないデュエルは、落ち着きこそあるが今一つテンションがうまく上がらない。しかし、それもたった今まで。すでに勝負の幕は上がり、ギアは完全に入った。自らを鼓舞するために膝のあたりをバシンと叩き、ぱっちりと目を見開いて先ほどまでとはうってかわってよく通る明朗な声でおもむろに口上を述べる。

「『さあ御用とお急ぎでない方はお立会い。これよりお目にかけますは、魔訶摩訶不思議のスペクタクル。世にも珍しき一門の、稀代のショーにございます』」

 困惑する兜の表情に、それはそうだろうな、と冷静に分析する自分がいることを自覚する。無理もない、なにせいきなり目の前で大人しくカードを見ていた相手が唐突に叫びだしたのだ。しかし、鳥居はそんなことで止まらない。これこそが、彼の長年かけて培ってきたスタイルだった。
 鳥居浄瑠。彼は元々、プロデュエリストだったわけではない。彼の青春は演劇と共にあり、学生時代からとある劇団に所属していた。そこで彼らの最も得意としていた演目が、デュエルモンスターズを演劇に取り込み、デュエルを通じてストーリーを紡ぐ独自のスタイルである。ソリッドビジョンと舞台装置を駆使し、演者の動きとモンスターの攻撃や効果、そして魔法や罠の使用タイミングを正確に計ることでさもカードに命が宿ったかのように見せつけるその演目は評価も高く、小規模ながらに決して無視できない存在感を放っていた。
 しかし、そんな彼の生活を一転させる出来事が起こる。ブレイクビジョン……「BV」開発着手の知らせである。今となっては思い出すたびに当時の自分への怒りすら湧いてくるが、当時の彼は質量をもつソリッドビジョンとの知らせに対し本気で喜んでいた。モンスターに、魔法に、罠に触れることができるのならば、ワイヤーアクションに頼らずとも龍の背に乗り空を舞うことができる。舞台上に限るとはいえ地を駆けることも、水に潜ることも思いのままだ。背景に使うフィールド魔法も、当然そのリアリティが増すだろう。ある意味で彼らは、「BV」の開発者が当時掲げていた理想に最も近い位置にいたといえたのかもしれない。

「『準備はよろしいですね?それではお客様、これより開幕のお時間です』」

 その結末が、今だ。彼の居場所を、追っていた夢を、その同志さえも全てを奪われ、デュエルモンスターズそのものへのバッシングを受けて劇団は離散。どん底に落ちてなおデュエルに魅入られ、どうしてもカードを捨てきれなかった彼が最後に選んだ道が、デュエルポリスへの就職だった。

「『レフト(ペンデュラム)ゾーンに手札から、魔界劇団-エキストラをセッティング。そしてペンデュラム効果により、相手フィールドにモンスターが存在することでこのカードを特殊召喚できます』」

 魔界劇団-エキストラ 攻100

 芝居がかった口調を維持しながらも左下、魔法罠ゾーンの端に置いたエキストラのカードを確認させ、手を添えてその真上のモンスターゾーンに攻撃表示で移動させる。この時、兜は1つの決断を迫られた。特殊召喚を通したこの瞬間、究極伝導恐獣のモンスター効果……すなわち自らの手札、フィールドのモンスターを1体破壊することで相手フィールドのモンスター全てを裏側守備表示とする効果を使うか否かである。
 兜はまだ、鳥居のデッキ内容を知らない。エキストラ自体はその名の示す通り自身のカテゴリである【魔界劇団】での使用が一般的だが、その汎用性の高いペンデュラム効果と使い勝手のいい種族属性からフィールドへの展開を必要とするモンスターの素材や各種コスト要因として単体採用される可能性があるからだ。カイザーコロシアムの効果が効いている現状、ここで究極伝導恐獣の効果を使えば大きくこの先の動きを制限できる可能性は確かにある。
 しかし、と兜はここで、目の前の青年の顔を密かに覗き見た。彼もまた、こちらの究極伝導恐獣の効果は知っている。もし彼のデッキがアドバンス召喚主体のものであり、あのエキストラがリリース要因としての採用であったとすればどうか。あれを裏守備にしたところでリリースとしての価値は何ら損なわれず、例えばアドバンス召喚時にカード1枚を除外する効果を持った邪帝ガイウスなど出されようものならもう目も当てられないありさまとなる。では、彼のデッキが【魔界劇団】であったと仮定した場合はどうだろうか。エキストラはそのモンスター効果からテーマ内の潤滑油となり、あれを放置していれば突破できるかどうかは別としてそれなりにデッキが回ることを覚悟する必要がある。その場合、ここで動きを制限すれば大きく優位に立つことができるだろう。
 迷った末に意を決し、すっと片手をあげた。

「すまないね。その特殊召喚成功時、私は究極伝導恐獣の効果を使用する。手札のダイナレスラー・パンクラトプスを破壊することで、エキストラには裏側守備表示となってもらう」
「……」

 手札のパンクラトプスを墓地に送ると、了承の証に頷き無言でエキストラを裏側にひっくり返す鳥居。この行為が吉と出るか凶と出るか、固唾をのんで見守る兜の視線を感じながら……手札の1枚、ある魔法カードを場に出した。

「『おやおや、なんということでしょう。私の大切な演者の1人が、舞台に上がることを拒否してしまいました。ですが、果たしてそれは真実の全てでしょうか?否、私の紡ぐ演目は、そう単純なものではございません。魔法カード発動、ミニマム・ガッツ!』」
「そのカードは!」
「『その通り。ミニマム・ガッツはモンスター1体をリリースすることで発動し、相手モンスターの攻撃力をこのターンのみ0とします。恐るべき究極伝導恐獣の迫力に1度は舞台を降りたかに見えたエキストラ、しかしその裏では静かながらも着実な、第2幕への布石が張られていたのです』」

 究極伝導恐獣 攻3500→0

 エキストラを表にし、エクストラデッキの上に置く。これこそが、鳥居が最も得意とするペンデュラムカードの最大の特性。だが、今回それが役に立つことはないだろう。

「『レフト(ペンデュラム)ゾーンには我らが誇る世界の歌姫、スケール0の魔界劇団-メロー・マドンナを。対となるライトPゾーンには、誰もを笑わす最高の喜術師、スケール8の魔界劇団-ファンキー・コメディアンをセッティング』」

 ここで1度言葉を切る。「溜め」の意味もあるが、それ以上に発動時にあの伏せカードに動きがないかとの確認の意味もある。何もアクションを起こさないことを確かめてから、次の仕掛けに取り掛かった。

「『それでは此度の対戦を祝し、我らが歌姫に1曲奏でていただきましょう。メロー・マドンナはそのペンデュラム効果により、1ターンに1度1000のライフを支払うことで新たなる団員をデッキから手札に加えることができます。ただしこの効果を使うターン、歌姫は団員以外が舞台へ上がることを禁止いたします』」
「いいだろう、その効果も通しだ」

 鳥居 LP4000→3000

 いまだ伏せカードは動かない。その効果「も」、という言い回しは単なる言葉のあやか、それとも何か含まれた意味があるのか。はたまたそう読むことをさらに裏読みしての心理戦ということもある。ソリッドビジョンのない静寂のデュエルでは、相手の表情を、動きを、行動に移るまでのわずかな間を……すべてを読み取ったうえでの心理戦の持つ比重が大きい。

「『それでは私が呼び寄せるのは、栄光ある座長にして永遠の花形、魔界劇団-ビッグ・スター。そしてこれより行われますは、この最上級モンスターを1瞬にして舞台へと招く魔界劇団の目玉。整いましたるスケールは0と8、よってレベル1から7までのモンスターが召喚可能。ペンデュラム召喚、魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

 サーチされたそれを、流れるような動きでメロー・マドンナの右上、右から2番目のモンスターゾーンに縦向きで配置した。召喚無効のカウンターカードが存在しないことを無言で確認し、次の効果を発動する。

「『ではここで、ビッグ・スターの効果をお目にかけましょう。このカードが場に出た際、相手は魔法、罠を発動することができません』」

 どれだけ言葉で盛り上げようと、やっていることは机を前に数枚のカードを置いて1人で無理にテンションを上げているだけである。おまけに観客もおらず、唯一の対戦相手はどうもノリが悪い。鳥居自身もつい昔の調子でデュエルを始めてしまったことに対する後悔など思うところは色々とあるが、ここまできて今更引っ込みがつけられるわけがない。そちらの方がよほど気まずいというのももちろんだが、何よりここまでやっておいて今更いつもの調子に戻るなどとは彼なりのプライドが許さない。そうだ、人気の出ない頃はいつもこんな調子だった。真面目に見る気もないほんの数人の客を相手に全身全霊で演じて魅せる、そんな下積み時代の記憶も無駄に蘇る。

「『ビッグ・スターの効果発動!1ターンに1度デッキから任意の魔界台本1枚を選び、そのカードをフィールドにセットすることが可能となります。今宵の舞台に相応しき演目は……』」
「いや、ここでリバースカードを発動する。デモンズ・チェーンは相手モンスター1体の効果を無効にし、さらにその攻撃宣言も封じることができる」

 兜が動いた。表を向いたカードは永続罠、デモンズ・チェーン。ビッグ・スターの効果は無効となり、ただそこに立ちすくむのみのでくの坊と化した。仮に究極伝導恐獣の効果を回避しカイザーコロシアムの制約の中にあってさえなお突破の一手を探し当てたとしても、あのカードがあればさらに1体のモンスターを止めることが可能となる。まさに鉄壁の構えと呼ぶにふさわしい堅牢さを誇る布陣であった。
 だが裏を返せばそれは、もはや兜にも後がないことの証明でもあった。

「『演目名……魔界台本「魔王の降臨」。私の場で攻撃表示を取る団員の数までフィールドのカードを対象に取り、絶対の力を持つ魔王の一撃がその全てを焼き払います。このときレベル7以上の魔界劇団、すなわちビッグ・スターが存在することにより、相手は一切のカードをチェーンすることができません。さあ囚われの魔王よ、今こそその力の一端を世界に知らしめる時がやってまいりました!』」
「デモンズ・チェーンを破壊する気かい?だが今更それをしたところで、すでにビッグ・スターが自身の効果を使用したという事実が消えるわけでは……」
「『いえいえ、そうではございません。ビッグ・スターが魔王の意向を示すのは、この狭き闘技場。カイザーコロシアムを破壊!』」
「む……?だが、すでに君はペンデュラム召喚を行ったはず。ビッグ・スターが攻撃できないままでいいのかい?」

 いぶかしげに問いかけつつも、宣言されたとおりにカイザーコロシアムを墓地の一番上に置く。それこそが、鳥居の狙い全てだった。

「『それではついに満を持し、わが劇団の今宵の主役に登場していただきましょう。本日このステージを彩りますは、まばゆく煌めく期待の原石。通常召喚、魔界劇団-ティンクル・リトルスター!』」
「そのカードは……なるほど、そういうことか」

 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000

 主役の言葉通り真ん中のモンスターゾーンに、1枚のカードを配置する。

「『皆さんどうぞご一緒に、本日のフィナーレとまいりましょう。バトルフェイズに入り、ティンクル・リトルスターによる究極伝導恐獣への攻撃!』」

 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000→究極伝導恐獣 攻0(1)→(0)
 兜 LP4000→3000

「究極伝導恐獣に乗せられた警邏カウンターを、破壊の身代わりとして取り除く。が……」
「『ティンクル・リトルスターのモンスター効果!このカードは1ターンにきっかり3度、3回までモンスターに対し攻撃を行うことが可能となります。さあ、この場で幕を引きましょう。もう1度、究極伝導恐獣に攻撃!』」

 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000→究極伝導恐獣 攻0(破壊)
 兜 LP3000→2000

「『そしてこの瞬間に此度の演目における陰の立役者、ミニマム・ガッツの更なる効果が発動いたします。この効果を受けたモンスターが戦闘破壊され墓地へと送られたことにより、相手プレイヤーにその元々の攻撃力分のダメージを!』」

 兜 LP2000→0





「むぅ……見事だ、君のようなものがこれまで表に出てきていないことの方が意外だよ」
「お世辞として受け取っておきますよ」

 再び声の調子を戻し、パッチリと見開いていた瞳も元に直る。この切り替えの早さは様々な役を演じ分ける必要があった前職に由来しているのはもちろんだが、いちいちその言動に目くじらを立てていては本気で何も進まないほどに問題ばかり引き連れてくる今の上司との付き合いを通じて学んだものも大きいと鳥居自身は分析していた。

「では約束の話だが、確かに君の実力は見せてもらったからね。いいだろう、どうにかしてみよう。開催日が明後日であることを考えると、どう転ぶにせよ明日の今頃までには君に結果が伝えられるだろう。君の連絡先は……」
「いえ、この時間にまた伺いますよ。楽しみにしています」

 この善人相手ならば多少のリスクはあってないようなものだが、ここから先はもう少し裏の世界に近づく。万一のリスクを踏まえると、身バレの可能性に繋がる連絡先を明かすことは控えたかった。少し拒否の仕方が食い気味すぎて逆に怪しまれたかと後悔するが、幸いにもそんな考えは一切よぎらなかったようだ。

「わかった。私も明日ならば家にいるから、いつでも来てくれたまえ」
「ええ。それでは、これで失礼します」

 そう言って会釈し、兜宅の門を再び鳥居がくぐった時にはすでに真正面に月が昇っていた。十分に距離を取り尾行が付いてきていないことを確かめ、そろそろ上司に報告だけ済ませておこうと携帯を取り出す。予想外に時間こそかかったものの、おおむね狙い通りコロシアムの内部に踏み込むことはできたからそう悪くない。
 鳥居浄瑠は、夜だけはほんの少し好きだった。 
 

 
後書き
次はまた糸巻さんのターン。
なお時期未定。 

 

ターン3 蕾の中のHERO

 
前書き
前回のあらすじ:裏デュエルコロシアムが開かれる。偶然その情報を手にしたデュエルポリス糸巻は、その現場に面の割れている自分とは異なり顔の知られていない元子役の部下、鳥居を潜り込ませることでの対応を図る。彼がその参加者に名を連ねるため動く裏では、言い出しっぺの彼女もまた動き始めていた。 

 
 オフィスを飛び出た糸巻が一直線に向かったのは、とある小さなカードショップだった。その看板には堂々とした書体で「カードショップ 七宝(しっぽう)」と書かれている。デュエルモンスターズが危険視されて以降、当然ながらどこの町でもカードショップは年々縮小傾向にある。この店が続いているのにはまた別の理由があるのだが、自力で細々とした営業を続けている店を見るたびに、彼女はほんの数年前までどこの店でも毎日のようにたくさんの子供が小遣いを握りしめて目を輝かせカードを物色していた様を思い出してなんともやりきれない気分になる。
 そんな柄にもないノスタルジックを否定するかのように、まさに店内に入ろうとした彼女の向こう側から先ほど閉めた扉が開いた。

「おっと、悪いね」
「いえ、こっちこそすみません」

 年の頃は15、6といったところだろうか、と見当をつける。それとも、もう少し上かもしれない。大人びた黒い目が特徴的な1人の少年が頭を下げ、彼女と入れ替わるようにしてその場を去っていった。

「おや、またお客さんかい?いらっしゃい……ああなんだ、糸巻の」
「相変わらずご挨拶だね、七宝寺(しっぽうじ)の爺さん。客に向かってなんだはないだろうに」

 店の奥から顔をのぞかせたのは、まだわずかに黒いものが混じるとはいえほぼ白髪の小柄な老人。七宝寺と呼ばれた彼が糸巻の姿を認め、小さく笑みを浮かべた。

「ヤニ臭い格好で入ってくるようなのを客と認めた覚えはないよ。ここの敷地跨ぐならせめて1時間は禁煙しろって言ってるだろう?売り物に臭いがうつるし、それに勤務中のデュエルポリスにづかづか入ってこられたらこの近くでの心証も落ちる」
「よく言うよ、どうせ普段から閑古鳥ぐらいしか入ってこないくせに。ピーチクパーチクさえずってる中にこんな見目麗しいおねーさんが入ってきてやったんだ、むしろアタシには泣いて感謝してもらいたいね」
「ひっひっひ、よく言うよ。それに客なら糸巻の、アンタもたった今すれ違ったろ?」

 しわだらけの顔に浮かべたにやにやとした笑みを濃くしながら、先ほど閉めた扉の方を痩せた手で指し示す老人。先ほどぶつかりかけた子供の顔を思い出しつつも、

「ああ、あの子供(ガキ)か。おおかた友達との罰ゲームかなんかじゃないのかい?不気味な爺さんがいる店に1人で入ってこい、ってな」
「ひひっ、まあそういう輩がいることは否定しないがね。きっかけなんてなんだっていいのさ、なあ?私も、アンタも。理由はどうあれ、カードに……デュエルモンスターズに魅入られたからこそ、そこにいまだにしがみついている。私はもう、現役はこりごりだけどね」

 この言葉が示すように、この男もまたかつてはプロデュエリストの1人であった。糸巻よりもはるかに前からプロとして生計を立てていた彼には現役時代から彼女自身も何かと世話になってきたのだが、ちょうど「BV」の発表が行われるほんの少し前に寄る年波を理由に引退を発表。その後は直後に起きた事件のごたごたもありすっかり行方不明となっていた彼にこの町の片隅、懐かしい名前に惹かれふらりと入り込んだ先で出会った時には、さすがの糸巻と言えど目を丸くしたものだ。

「もったいないな、爺さん。アンタならまだまだ現役でもやってけるだろうし、こっちはいつだって人手不足だってのに」
「ひひっ、よしておくれ。今の流行にはついていけない、年寄りの体を危険にさらすんじゃないよ」

 この会話も、もう何度繰り返したことだろう。糸巻が勧誘し、七宝寺がそれを蹴る。まるで変わらない返答に仕方がないと肩をすくめ、ここに来た本題へ気持ちを切り替えた。

「……まあいいさ。爺さん、副業の依頼だ」
「だろうな。新パックも出ないこの時期にアンタがわざわざ顔を出すんだ、どうせまたくだらない話でも掴んできたんだろう?」
「その通りだよ。まず……」
「ああ、少し待っておくれ。その話はまた、もう少し後にしたほうがいいだろうさ。もういいだろう、そろそろ出ておいで!」
「へっ?おじいちゃんいつから気づいて、う、うわぁーっ!?」

 何の前触れもなく大音量で一喝すると、驚きの声と共に七宝寺の背後にあった陳列棚に隠れて聞き耳を立てていたらしい1人の少女がバランスを崩しその場で派手に転んだ。すぐ我に返って2人の大人に見降ろされていることに気づいた少女が、床に倒れたままばつの悪そうな笑みを浮かべる。
 だがこの時、驚いていたのは糸巻も同じだった。彼女にはプロデュエリストとして、肉体的にもかなりの鍛錬を積んできたという自負がある。素人程度の尾行、具体的にはスキャンダル狙いのパパラッチ程度なら彼女1人でも気づいたうえで撒くことも可能だ。しかしその研ぎ澄まされていたはずの彼女の感覚は、目の前のまだせいぜい中学生程度であろう少女の存在を今の今までまるで認識できていなかったのだ。
 だがその驚きは顔に出さないよう努め、目の前の老人に視線を戻す。

「おじいちゃん?爺さんが?」
「ひひひっ、似合わないと思うかい?でも私の孫じゃないよ、第一私は天涯孤独な独居老人さね。この子は姪の……さ、ご挨拶しな。大丈夫。この人はね、私の古い知り合いさね」
「は、はいっ!」

 七宝寺が姪と呼んだその少女が慌てて立ち上がり、びしっと背筋をまっすぐに伸ばし糸巻の目を見上げる。仕事柄というのもあるだろうが、今時珍しいほどに純粋な瞳に見据えられてややたじろいだ彼女にはきはきとした大声で告げる。

「先ほどは失礼いたしました!初めまして、最近おじいちゃんの家に越してきました、八卦九々乃(はっけくくの)と申します!」
「あ、ああ。アタシは糸巻……」
「一昔前は『赤髪の夜叉』なんて恥ずかしい名前で呼ばれてた私の後輩だよ」
「爺さん……別にその名前はアタシが名乗ったわけじゃないっての」

 にやにや笑いを隠そうともせず名乗りに横槍を入れてきた七宝寺に、うんざりしたような表情を向ける。彼女が現役だったかつてのプロデュエリストにはほぼ全員、何らかの二つ名がある。それはデュエリストという職業がまさしくエンターテイナーであったことの象徴であり、その中にあって1人1人の確かな個性を謳うプロとしての誇りの象徴でもあった。自発的に名乗る場合もあれば、そのファイトスタイルや使用デッキからいつの間にかファン内での相性が定着していく場合もある。彼女の場合は後者の典型的なパターンで、男相手でも容赦なく食らいつき叩きのめすデュエルスタイルからいつの間にか名付けられていたものだ。
 彼女にも、そのかつて呼ばれた名前に対する誇りはある。だがプロであることをやめデュエルポリスに再就職した際、それはもはや捨てたものだとも思っていた。自分がプロであった証であるそれを誰よりも大切に思うからこそ、この仕事に身を落とし国家権力の犬となった時に捨てた名前だと。

「糸巻さん、ですね?初めまして!」

 キョロキョロと2人の顔を見比べ、糸巻の苦い顔をどう受け取ったのか名乗った名字の方で呼ぶ八卦。自分の娘と言っても通用するような年頃の娘に気を使われたことを悟り、余計に表情が渋くなる。こんな時に煙草が吸えればいいのだが、さすがの彼女も大先輩の目の前、それも仮にも禁煙な店の中で堂々とそれを取り出すほどの図々しさはない。

「辛い時代だねえ、糸巻の。これぐらいの年の子だと、もはや私たちのことなんて知りもしない。これも時代の流れとはいえ、なんともやりきれないものさね」
「……ああ、そうだな」

 にやにや笑いを引っ込めた諦め混じりの表情で呟かれた言葉に、糸巻も神妙な調子で合わせる。その言葉通り、八卦は糸巻の過去を知らない。だがそれは、彼女が無名だったからではない。「BV」事件の後、テロ活動が小康状態になったほんのわずかな平和期間で世界的な広まりをみせたデュエルモンスターズへのバッシング行為。何冊もの雑誌が廃刊に追い込まれ、媒体はすべて廃棄され、無数のカードショップが焼き討ちにあった、デュエリストの地獄ともいえる暗黒期。八卦ほどの年ならば、あの時失われた当時の記録に関する記憶はもはや忘却の彼方だろう。

「本当に、つまんない話だ」

 そしてその時ほとんどの国は、何もしなかった。幾度もの被害届や陳述書にも関わらずが何かしら声明を出すでもなく、首謀者の検挙に形だけでも乗り出すこともなく、ただひたすらに静観を貫いていた。
 要するにそれは、世界としても「BV」を機に変わってしまったデュエルモンスターズとの新たな関わり方を模索している時期だったのだろう。有識者に言わせれば、そういうことになっている。あわよくばデュエルモンスターズそのものが歴史の闇に葬られ、テロも自然消滅する……そんな甘い期待があったのかもしれない。しかしそれは叶わず、デュエルモンスターズは滅びなかった。そして挙句の果てが、唯一「BV」に対抗する手段としてのデュエルポリス結成、あの地獄の時期の迫害を黙認してきた元プロへの勧誘という名の手のひら返し。
 糸巻自身は、デュエルポリスを激しく嫌悪する元プロの気持ちが痛いほどによく分かる。今更どの面下げてきた、彼女自身もそう吠えた記憶がある。それでも彼女は最終的にこの道を選んだし、それはたとえ記憶を消して100回人生をやり直そうとも変わらない選択だろうと思う。

「あ、あの、私何か失礼なこと言ってしまいましたか……?」
「いいや、八卦ちゃん。アンタは悪くないよ。それはそうと、八卦ちゃんはデュエルやるのかい?」

 ここまで口に出した時点で、自分の声がひどく空虚なものに聞こえた。露骨な話題逸らしだ、と心の中で自嘲する。それは、自分自身が過去の記憶から目を逸らしたがっていることの表れでもある。そしてそんな思いは露知らず、穢れを知らない純粋な目であっさりこの話題に食いついた少女を前にまた胸が痛む。

「私ですか?はい!ルールもおじいちゃんに教えてもらって、今は修行中なんです!」
「へえ、爺さん随分面倒見がいいじゃないか」
「つくづく似合わないだろう?だが、この子はなかなか特別でね。まだまだ荒いが、この子には天性のセンスがある。なかなか面白い逸材になりそうだよ」
「お、おじいちゃん……」

 もじもじと居心地悪そうに照れる少女を、まじまじと見つめる。人間的にはどうにも胡散臭い印象がぬぐえないが、この七宝寺という男は現役時代から人を見る目に関しては一目置かれていた。暗黒の時代に廃刊となってしまったとある雑誌では、毎年プロ入りするデュエリストが出るたびにご意見番として今後の予想を語る専用コーナーまで作られ、その結果次第でスポンサーの付き方や裏賭博の倍率まで影響を及ぼしたほどだ。
 だが糸巻の目には、目の前の少女がそこまで褒めちぎるほどの天才には映らなかった。確かにハキハキとした明るい好印象の少女ではあるが、一目見ただけで伝わるような強者の気配は感じない。
 そんな半信半疑の表情を目ざとく見て、老人がふと思いついたとばかりの軽い調子で声を上げる。

「おお、そうだ。糸巻の、なんなら今からこの子の相手を頼めないかい?」
「え、アタシが?この子の?」
「論より証拠というじゃないか。それに、この私仕込みのデュエリストだ。腕のなまった元プロ風情に、そう簡単に勝たせやしないよ」
「そうは言うがなあ」

 普段の彼女なら即座にOKを出したであろう誘いだが、彼女にも一応ここに来た理由は別にある。今頃は例の兜宅に潜入しているであろう部下の顔を……正確にはその鳥居に後で仕事放り出して遊んでいたことが発覚した場合に甘んじて受けることになる嫌味と愚痴の嵐を思い浮かべて小さく身震いする。

「よろしいんですか!ありがとうございます、是非お手柔らかにお願いします!」
「いや、今はちょっとなあ……」
「私からも頼むよ、もっとこの子には場数を踏ませてあげたいからね。それに糸巻の、ここに来た理由は察しが付くよ。明後日の話がしたいなら、まずこの子の相手をしてやっておくれ。それが、私からの条件さね」
「う……全部お見通しってわけか、わーったよ。八卦ちゃん、デュエルディスク持っといで。おねーさんが胸を貸したげるよ」
「はい!」

 八卦が元気よく店の奥に駆け出し、デュエルディスクを装着して戻ってくるまでのわずかな間。その1瞬の隙に、彼女には聞こえないよう老人が小声で呟いた。

「兜建設か。ま、あとで出場者リストぐらいなら作ったげるよ」
「悪いな、爺さん」

 裏稼業でなければ知りえないはずの、違法行為の詰め合わせである裏デュエルコロシアムの情報。これこそがこの寂れたカードショップがいまだ営業を続け、七宝寺自身の生活を成り立たせている真の理由だった。現役を退いてなお健在な彼の地獄耳は、どこから手に入れてくるのか常に最新の情報を掴んでいる。その理由や情報源について、彼女はいつも詮索しない。準備もなしにうかつに首を突っ込めば、この極めて重要性の高い情報網が絶たれかねないからだ。知らない幸福の存在を、彼女は確かに知っている。

「はあ、はあ……お、お待たせしました!デュエルしましょう、デュエル!」
「この狭い家の中で全力で走ってきたのかい?少し落ち着きな、アタシは逃げやしないからさ」
「す、すみません……ですが、もう大丈夫です!」
「はいはい、若いっていいねえ。それじゃあ……」

「「デュエル!」」

 カードショップ奥のデュエルスペース。テニスコートの片面ほどもあるその広い空間は、現役時代の資産とこの一帯の安い地価のたまものか。先攻を譲ろうか、と提案しようとしたその時には、すでに自分が先攻であるという割り当てがなされていた。少し頭を掻き、仕方がないと息を吐く。

「それならアタシも、本気で相手してあげようかね。アタシのターン、まずはカードを2枚セット。そして牛頭鬼を召喚する」

 牛頭鬼 攻1700

 糸巻がまず繰り出したのは、筋肉隆々な牛の頭を持つ地獄の門番の片割れ。悪くない滑り出しだ、と心の中で密かに呟く。特に、このカードが初手に来たことは大きいと残る手札の1枚に改めて目を落とす。

「まずは牛頭鬼、こいつの効果を発動。1ターンに1度、デッキからアンデット族を1体墓地に送ることができる。アタシが選ぶのはこのカード、不知火の陰者(かげもの)だ」
「不知火の陰者を……?」
「ほう?糸巻の、随分と強気だね」
「爺さん、余計なアドバイスは抜きで頼むよ。魔法カード、命削りの宝札を発動。このターンの特殊召喚と相手に与えるダメージを犠牲に、一時的に手札を3枚となるようカードを引くことができる。アタシの手札は1枚だから、追加で2枚をドロー……またカードを2枚伏せてエンドフェイズ、命削りの宝札のデメリットで手札をすべて捨てる」

 何かを感じたのか、反射的にデュエルディスクを操作してたった今墓地に送られた1枚のカードを糸巻の墓地から確かめる八卦。その表情がこわばり、あっと小さく息をのんだ。

「妖刀-不知火……!」
「伏せは4枚、しかも墓地にはいきなり妖刀かい。ひひひっ、随分大人げないじゃないか」

 非難するというよりはからかうような七宝寺に、ただ獰猛な笑顔をもって応える。彼女に大人げがあったことは35年もの人生1度たりともなく、長い付き合いのある七宝寺はそれを承知したうえでこの姪に彼女をけしかけた。ならば、遠慮する道理は欠片もない。それが彼女の持論であり、哲学でもあった。

「わ、私のターン!」

 干支がひとまわり以上年上の女が平気な顔して初手から敷いてきた手加減などまるで感じられない布陣に緊張感をにじませながらも、恐る恐るカードを引く。

「魔法カード、E-エマージェンシーコールを発動!デッキからE-HERO(エレメンタルヒーロー)モンスター1体、エアーマンを手札に加えます!」
「ほう、HEROか」
「ひひっ、さて、どうかな?」

 初手に繰り出したのは、カテゴリ対応のサーチカード。サーチ先もよほど捻った構築にでもしないかぎりまずデッキの核となるであろうエアーマンと、おおむね無難な立ち上がりである。
 さすがにこれだけではまだ、評価もデッキの方向も見えてこない。沈黙のうちに見つめる糸巻の視線を感じながらも、たった今見せつけたカードをデュエルディスクに出した。

「エアーマンを召喚し、効果を発動!デッキからさらにもう1体、HEROをサーチすることができます。私が選ぶのはこのカード、シャドー・ミストです!」

 E・HERO エアーマン 攻1800

 巨大な扇風機のような翼を背負う風のヒーローが、糸巻の牛頭鬼と対峙する。サーチ先は同じくHEROデッキならば大概の型には投入されるであろう万能下級モンスター、シャドー・ミスト。

「ここは、押してまいります!迷ったときは前を向け、です!魔法カード、融合を発動!手札のE・HERO、シャドー・ミストと同じく手札の地属性モンスター、薔薇恋人(バラ・ラヴァー)を墓地に送り、2体で融合召喚を行います!」
「薔薇恋人……?」

 ぴくりと糸巻の眉が動く。薔薇恋人はそれなりに強力なカードでこそあるが、戦士族を軸とするHEROとはシナジーが薄く両者が共存するデッキは限られる。

「【植物HERO】……それとも【捕食HERO】か……?いや、捕食軸ならあれは入らないか?」

 記憶の中から該当パターンを引っ張り出す間にも、融合は進む。黒い巨体に太い両腕をもつ大地の戦士が、エアーマンの隣に降り立った。

「英雄の蕾、今ここに開花する。龍脈の大輪よ咲き誇れ!融合召喚、E・HERO ガイア!」

 E・HERO ガイア 攻2200

「……初手から随分飛ばしてくるじゃないの。それもおじいちゃんの教えかい?」
「はい!この瞬間、融合召喚に成功したガイアと、その素材として墓地に送られたシャドー・ミストの効果を発動します。ガイアの効果でエンドフェイズまで相手モンスター1体の攻撃力を半分にして、その数値を1ターンの間吸収。そしてシャドー・ミストの効果でデッキのHERO、2体目のエアーマンをサーチです!」

 ガイアがその両腕を地面に叩きつけると、その衝撃のあまり発生した地割れが牛頭鬼に向かって走る。地割れを通して繋がった2体のモンスターのうち片方からもう片方へと、エネルギーの流れが送られていく。

 牛頭鬼 攻1700→850
 E・HERO ガイア 攻2200→3050

「これで2体の攻撃が通れば……!バトルです、ガイアで牛頭鬼に……」
「なるほどねえ。ガイアの効果を使えば確実に2200ダメージ、そしてエアーマンの1800できっかり4000、か。これでまだ初心者だってんなら爺さん、確かにこの子はなかなかの逸材だ……だが、まだまだ温いね。トラップ発動、不知火流 (つばくろ)の太刀!」
「あのカードは!」

 これまたわかりやすいぐらいはっきりとしまった、という表情を浮かべる様子に、あとで覚えていたらポーカーフェイスの指南でもしておこうと心に決める。しかし今は目の前の盤面だとばかりに集中を戻すと、ちょうど力を吸い取られた牛頭鬼が最後の意地を振り絞り2体のヒーローに対し手にした巨大な木槌で殴り掛かるところだった。

「アンデット族をコストとしてリリースし、フィールドのカード2枚を破壊。その後アタシのデッキから不知火ンスター1体を除外する。当然アタシが選ぶのは八卦ちゃん、アンタのフィールドにいるモンスター2体だ。さすがに今のを通してやるほどお人よしじゃないよ、アタシは」
「で、でしたら!チェーンして速攻魔法、冷薔薇の抱香(フローズン・ロアーズ)を発動します!私のフィールドからガイアを墓地に送り、植物族以外のガイアを選んだことでデッキから植物族モンスター1体をサーチします。私の選ぶカードはこの子、捕食植物(プレデター・プランツ)オフリス・スコーピオです!」

 地面から茨の蔦が伸び、ガイアの巨体を縛り付けて地中へと引きずり込む。除去されるモンスターをその寸前にコストとして利用する、一般的にサクリファイス・エスケープとも称される戦術。

「やるね。でも、燕の太刀には後半の効果がある。デッキから不知火モンスター1体を選び、それをゲームから除外……アタシが選ぶのは不知火の武部。そして武部が除外された場合、プレイヤーはカードを1枚引いたのちに手札を1枚捨てることができる。もっともアタシの手札は0、このデッキトップを手札経由でそのまま墓地に送ることになるがね」

 言葉通りに1枚のカードを引き、それをすぐさま墓地へと送り込む。これで互いのフィールドからモンスターは消えたが、いまだ八卦の瞳の炎は消えてはいなかった。彼女に残る手札はオフリス・スコーピオ、そしてエアーマンを含めてもいまだ4枚。

「バトルフェイズを終了します。そして墓地に存在する、薔薇恋人の効果を発動!このカードを除外することで手札の植物族1体を特殊召喚し、さらにこの効果で呼び出したモンスターはこのターンのみトラップの効果を受け付けません。来てください、捕食植物オフリス・スコーピオ!そしてこのカードが場に出た時1度だけ、手札のモンスターを捨てることで私はデッキから別の捕食植物を特殊召喚できます。ロードポイズンを捨てて、ダーリング・コブラを選択!」

 サソリのような形をした半動物の植物が両手の鋏を打ち合わせると、それに呼応するかのように地面から毒々しい色の蔦のような特徴を持つ蛇が顔を出す。

 捕食植物オフリス・スコーピオ 守800
 捕食植物ダーリング・コブラ 守1500

「そしてコブラの効果、か。捻りはないが無駄もない、定石通りの一手だな」
「捕食植物の効果で特殊召喚に成功したコブラは、デッキから融合またはフュージョン魔法カードを1枚サーチできます。私が手札に加えるカードは、ミラクル・フュージョンです。このミラクル・フュージョンをそのまま発動!」
「それにしても、まだ融合する余力が残ってたとはね。若い子はタフだねえ」
「ひひっ、なにせ私が手塩にかけてデュエルを教え込んだ自慢の姪だからね」
「すっかり爺バカになっちゃって、まあ。昔のファンが見たら泣くぜ、爺さん」

 呑気なことを外野と喋っている間にも、八卦の融合戦術は進んでいく。ミラクル・フュージョンは場か墓地の素材を除外するという極めて緩い条件からE・HEROの融合を行うことのできる同デッキの切り札ともいうべきカードであり、当然その恐ろしさは彼女自身も身にしみてわかっている。

「私が選択するのはHEROのエアーマン、そして水属性モンスターのロードポイズン。英雄の蕾、今ここに開花する。氷結の大輪よ咲き誇れ!融合召喚、E・HERO アブソルートZero(ゼロ)!」

 E・HERO アブソルートZero 守2000

 雪の結晶を模した穢れなき純白の衣装に身を包む、ガイアとはうってかわってスマートな第二の融合ヒーロー。しかしその体に秘められた膂力は、ガイアのそれに勝るとも劣らない。なんらかの反撃を警戒してかその表示形式こそ守備表示ではあるものの、その状態であってなお相手を牽制し、威圧するだけの能力がある。

「さらにカードを1枚伏せます。私は、これでターンエンドです!」

 アブソルートZero。その姿を前に糸巻は、無性に煙草が吸いたくなった。ポケットに手を突っ込んだところで、観戦中の老人の非難がましい視線に気づきまた手を放す。仕方がないと観念し、デッキトップに手を置いた。

「確かに、こりゃアタシでもそれなりに覚悟しないとキツイかもな……ドロー!」

 だが、何も手がないわけではない。ちょっと抵抗された程度ですぐ諦めに入るようなメンタルでは、プロなど到底務まらない。すでに彼女の仕込みは進んでおり、あとはそれがどう実を結ぶかだけの話なのだ。にやりと笑い、伏せてあった3枚のカードのうち1つを表に向けた。

「リバースカード、一撃必殺!居合ドローを発動!手札1枚をコストとして相手フィールドに存在するカードの数までデッキトップからカードを墓地に送り、その後カードを1枚ドローする。さあ、何かあるなら今のうちに申告しときな?」
「デッキ操作もなしに?ギャンブルカード、ですか?」
「いいや、そうじゃない。油断しなさんな、九々乃。『赤髪の夜叉』はあれを起点に、何度も自分の不利を力技で跳ね返してきたんだ」
「えぇっ!?そ、それは失礼しました!私からは何もありません、はい!」
「……なあ爺さん。ちょっといい子過ぎないか、この子。本当に爺さんの血縁かこれ?」

 90度に腰を曲げてぺこぺこと頭を下げ、平謝りする姿にまたしても毒気を抜かれる。どうにもやりづらいと文句をつける彼女に対し、問われた本人は軽く肩をすくめたのみで、もはやこの態度にも慣れきったと言わんばかりの調子で答える。

「育ての親は私じゃないよ。それよりほら、何もないって言ってるんだから早く続けたげな」
「あ、ああ。八卦ちゃん、アンタのフィールドにカードは4枚。だから4枚のカードを墓地に送り……ドロー!ドローカードは屍界のバンシー。居合ドロー以外のカードを引いた場合、今墓地に送った数までアタシの墓地のカードをデッキに戻す。今回選ぶのは命削りの宝札、牛頭鬼、燕の太刀、異次元からの埋葬だ」
「た、助かったぁ~……」

 ドローカードを見て、その動きを食い入るように見つめていた八卦がほっと胸をなでおろす。だがそれも無理はない、もし今のドローで同名カードを引いていた場合はその効果によりフィールドのカードはすべて破壊され、墓地に送られた枚数1枚につき2000もの特大ダメージが発生していたからだ。無論彼女のライフは、到底それだけの莫大なダメージに耐えきれはしない。
 だが、それが決して「はずれ」ではないことを、すぐに彼女は身をもって知ることとなる。

「トラップ発動、バージェストマ・ディノミスクス!手札1枚を捨てて、フィールドに表側で存在するカード1枚を除外する。アタシが選ぶのは当然、アブソルートZero。さらにトラップが発動したことでチェーンして、アタシの墓地からバージェストマ・ハルキゲニアの効果を発動。このカードをモンスターとして特殊召喚する」
「ええっ!?わ、私のヒーローが!」

 屍界のバンシーが墓地に送られ、うねうねとした半透明の触手を持つ生物が氷のヒーローに絡みつく。その姿が消えた時、緑色の芋虫状の体から何対もの足らしきものや注水機関を生やす、口はあれど目の存在しない得体のしれない生物が入れ替わるように現れる。

 バージェストマ・ハルキゲニア 攻1200

「ですがこの瞬間、フィールドを離れたアブソルートZeroの効果を発動です。相手フィールドのモンスターをすべて破壊……あれ?」

 氷結の嵐が吹き荒れるが、氷のつぶてを一身に受けながらもハルキゲニアの体はびくともしない。訝しむ少女を前に、大人げない大人が会心の笑みを浮かべた。

「残念だったな、バージェストマは確かに通常モンスターだが、モンスター効果を受けない能力を併せ持つ。まだまだ行くぜ、屍界のバンシーの効果だ。このカードを除外することで、デッキからあるフィールド魔法1枚を直接発動する」
「あるフィールド魔法……?」
「おうおう、随分久しぶりに見るねえ。現役時代を思い出すよ」

 困惑顔の八卦に、どこか嬉しそうな七宝寺。真逆の反応を感じながら、勢い良く1枚のカードをデッキから取り出す。

「生あるものなど絶え果てて、死体が死体を喰らう土地。アタシの領土に案内しよう……アンデットワールド、発動!」

 捕食植物オフリス・スコーピオ 植物族→アンデット族
 捕食植物ダーリング・コブラ 植物族→アンデット族
 バージェストマ・ハルキゲニア 水族→アンデット族

 晴れない黒雲、深き血の沼、穢れた空気、病んだ大地。その中央で1人不敵に笑う赤髪の女に、初めて八卦は背筋にぞくりとするものを感じた。それは強者を目の前にした防衛本能のなせる業だったのか、はたまたその光景から感じ取った破滅的な美によるものなのか。いくら才能があるとはいえいまだ幼い彼女には、その感情を言葉に表すすべは持ち得なかった。言葉を失ったまま目の前の光景を呆然と見つめるその耳に、遠く糸巻の声が響く。

「アンデットワールドがある限り、互いのフィールドと墓地のモンスターはすべてアンデット族に書き換えられる。さらにトラップ発動、バージェストマ・オレノイデス。このカードの効果でゲームから除外されたカード1枚、屍界のバンシーを墓地に戻す。だけどそれで終わりじゃない、トラップの発動にチェーンして墓地のディノミスクスを特殊召喚」

 バージェストマ・ディノミスクス 攻1200 水族→アンデット族

「召喚条件は、アンデット族モンスター2体。右下と左下のリンクマーカーに、このバージェストマ2体をセット」

 8つの印が浮かぶ円がフィールドに現れ、その右下と左下に2体のバージェストマが潜り込む。そしてモンスターの入り込んだ印に、オレンジ色の光が灯った。

戦場(いくさば)に笑う(あやかし)の魔性よ、死体の手を取り月光に踊れ!リンク召喚、ヴァンパイア・サッカー!」

 大量のコウモリが黒い渦と見まごうほどにどこからともなく結集し、その渦の中央から1人の少女が退屈そうに欠伸しながら地面に降りる。その開いた口から覗く歯は死体のように白く、ぞっとするほどに鋭い。だが何よりも彼女が人外であることを印象付けているのは、その背から生えた1対の翼の存在だった。

 ヴァンパイア・サッカー 攻1600

「モンスターとしてフィールドを離れたことで、バージェストマ2体はゲームから除外される。でもな、これでアタシのフィールドには2本のマーカーが向いたわけだ。墓地に存在する馬頭鬼の効果を発動!このカードを除外することで、アタシ自身の墓地からアンデット1体を蘇生することができる。甦りな、不知火の陰者。と、ここでヴァンパイア・サッカーの効果を発動。互いの墓地からアンデット族が蘇生された際、1ターンに1度だけカードを1枚ドローすることができる」

 不知火の陰者 攻500

 引いたカードを一瞥し、さらに次の展開にかかる。元々このドローはおまけ程度、既に十分すぎるほどにこのターン攻め込むための材料は揃っているからだ。

「さらに陰者の効果でアンデット族、陰者自身をリリースしてデッキから守備力0のアンデットチューナー、ユニゾンビを特殊召喚する」

 居合ドローで墓地に送り込んでいた馬頭鬼を足掛かりに不知火の陰者を蘇生し、さらにユニゾンビのリクルート。一度この流れに入った彼女は、もはや誰にも止めることはできない。

 ユニゾンビ 攻1300

「ユニゾンビの効果発動。1ターンに1度場のモンスターを選択し、デッキからアンデット1体を墓地に送ることでそのレベルを1上げる。ユニゾンビ自身を対象として、2枚目の馬頭鬼を墓地に。この効果を使うターン、アタシはアンデット以外では攻撃できないけれど……アンデットワールドにいる限り、その制約は踏み倒したも同然」

 ユニゾンビ ☆3→4

「たった今落とした馬頭鬼の効果を発動。また除外して、もう1度だけ不知火の陰者を蘇生する。レベル4の陰者に、同じくレベル4となったユニゾンビをチューニング!」

 そして始まる、シンクロ召喚。その合計レベルは、8。

「戦場潜る妖の電子よ、超越の脳波解き放て!シンクロ召喚、PSY(サイ)フレームロード・Ω(オメガ)!」

 細かく並んだ0と1のノイズとともに、全身を強化服と脳波増幅パーツですっぽりと包んだサイキック戦士が空間を歪めてワープ着地する。かすかに全身に走るプラズマの名残が、その念動力の強大さを示唆していた。

 ☆4+☆4=☆8
 PSYフレームロード・Ω 攻2800 サイキック族→アンデット族

「あんな状況から、こんなにモンスターを……」
「いいや九々乃、まだ気を抜くんじゃないよ。あれはやっぱり、腐ってもプロさね」
「その通りさ爺さん、それに八卦ちゃん。アタシのフィールドにはまだもう1本、ヴァンパイア・サッカーのマーカーが向いているからね。妖刀-不知火の効果を発動!墓地からこのカードと他のアンデット族モンスターを除外することで、アンデット族のシンクロモンスターを疑似的に呼び出すことができる。そしてアタシが選ぶのは、不知火の陰者!」

 ここで、糸巻は少し思案する。彼女のエクストラデッキには、特殊召喚時に相手の墓地からアンデット族を蘇生できるデスカイザー・ドラゴンが存在し、その効果を合わせればもう少しこのソリティアを続けることもできる。
 だが現在、八卦の墓地に存在する蘇生可能なモンスターはシャドー・ミストのみ。墓地に送られた際に後続をサーチする効果を持つ以上、そこまでやるのはリスクが高いか。音もなく地面に突き刺さった妖刀に、決して消えないこの世ならざる炎が宿る。その炎は妖刀を軸に不可思議な形に膨れ上がり、やがて1人の剣士の姿を模した。そしてその炎の体が不可思議の力によって一時的に肉体へと変化したとき、刀を構える1人の剣豪の姿がそこにあった。

「戦場切り込む妖の太刀よ、一刀の下に悪鬼を下せ!逢魔シンクロ、刀神(かたながみ)-不知火!」

 ☆4+☆2=☆6
 刀神-不知火 攻2500

「まだまだ終われないね。せっかくだ、ここまで来たらもうアタシが満足するまで付き合ってもらうよ。不知火の陰者が除外された時、陰者以外の名を持つ不知火1体を除外から帰還させることができる。もう1度蘇ってきな、妖刀。そしてレベル6の刀神に、レベル2の妖刀をチューニング」

 妖刀-不知火 攻800

 再び地面に突き刺さった妖刀の柄に刀神が手をかけ引き抜くと、再びその刀身が燃え上がる。それに呼応するかのように刀神の全身が元の炎に戻り、2つの炎が共鳴してさらに激しく燃え上がる。その炎を切り裂くように、1匹のドラゴンが不死鳥のごとくアンデットワールドの空に舞い上がった。

「戦場吹きすさぶ妖の烈風よ、水晶の翼で天を裂け!シンクロ召喚、クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン!」

 邪悪に病んだ土地にはあまりにも不釣り合いな、澄んだ水晶の翼。足のない純白の龍が両腕を広げてよどんだ空気を切り裂き、邪悪な少女の騎士であるかのようにその斜め後ろについた。

 ☆6+☆2=☆8
 クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン 攻3000 ドラゴン族→アンデット族

「さあお待ちかね、バトルの時間だ。覚悟しな、まずは雑魚散らしからだ。ヴァンパイア・サッカーでオフリス・スコーピオに、PSYフレームロード・Ωでダーリング・コブラにそれぞれ攻撃!」
「うう……!」

 守備表示の捕食植物2体に、コウモリと電撃が襲い掛かる。2つの死体はアンデットワールドの大地にのみ込まれ、無数に存在する死霊の一部となって闇にまぎれた。

 ヴァンパイア・サッカー 攻1600→捕食植物オフリス・スコーピオ 守800(破壊)
 PSYフレームロード・Ω 攻2800→捕食植物ダーリング・コブラ 守1500(破壊)

「道は開いた。やれ、クリスタルウィング!烈風のクリスタロス・エッジ!」
「まだ退きません!トラップ発動、ガード・ブロック!相手モンスターの攻撃に対し、私の受けるダメージを1度だけ0に。そして私はその後、カードを1枚ドローします!」
「なるほど、つくづくやるじゃないか。まさか、ノーダメージで凌ぎ切るとはね。八卦ちゃん、元とはいえプロのアタシが保証したげるよ。アンタの腕は本物だ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」

 守るものなど何もいないかに見えた八卦のフィールドだったが、直前に現れた半透明のバリアが龍の突撃を辛うじて逸らす。プレッシャーのあまりか息を切らせながらも、わかりやすく満開の笑みを浮かべるその顔につられて糸巻もつい微笑む。だが、ときっちり釘を刺すことは忘れなかった。

「本物ではあるけれど、格の違いを教えてあげるよ。ターンエンド」
「私のターン、ドロー!」

 このドローフェイズを迎えてカードを引いたことで、彼女の手札は先ほどサーチしたエアーマン含め3枚となる。だがその瞬間を見計らい、糸巻がダメ押しの一手を繰り出した。

「このスタンバイフェイズ、PSYフレームロード・Ωの効果を発動。互いの除外されたカード1枚を選んで、そのカードを墓地に戻すことができる。このターンアタシが選ぶのは、馬頭鬼だ」

 馬頭鬼を選択することで、さらに次のターンを戦う準備を整える。だが、Ωの効果は二段構え。追撃の準備を整えるのみならず、相手の反撃の芽すらも摘み取っていく。

「そしてメインフェイズ開始時、もう1度PSYフレームロード・Ωの効果を発動。相手の手札をランダムに選択し、そのカードとこのモンスターを次のアタシのスタンバイフェイズまで表側表示で除外する」
「私のエアーマン……」

 この少女に限りそんな卑怯な技は使わないだろうとは思ったが、一応習性として体に染みついた動きで相手の除外ゾーンを確認する。エアーマン、ロードポイズン、アブソルートZero……そして、2体目のエアーマン。

「魔法カード、一時休戦を発動!このカードの発動時に私たちはカードを1枚ドローし、次の糸巻さんのターンが終わるまでお互いにダメージは与えられません!」
「チッ……外したか?」

 1枚のハンデスも空しく希望を残す形となり、やや不満げに唸る。一方で1ターンの安全を確保したことであからさまにほっとした様子をにじませながらカードを引いた八卦だったが、何かそのカードを使用するわけでもなくターンを終えた。

「モンスターは出しません。これでターンエンドです!」
「いいだろう、ドロー。このスタンバイフェイズ、アタシのΩとアンタのエアーマンはそれぞれの居場所に戻る」

 再び0と1のノイズが空間に走り、サイキックの戦士が帰還する。この時に最初に特殊召喚した場所とは別のモンスターゾーンを選択することで、マーカー先を1つ空いた状態にするのは忘れない。大量展開における常套テクニックである。

「……とは言ったものの、どうせ何もできないんじゃねえ。ヴァンパイア・サッカーの効果を使い、八卦ちゃんの墓地からオフリス・スコーピオを守備表示で強制的に蘇生させる。そしてアンデット族モンスターが墓地から特殊召喚されたことで、このターンも1枚ドロー」

 ヴァンパイアの少女が地面に向けて手を差し伸べると、半ば腐って枯れかけたオフリス・スコーピオの死骸が小さな穴をあけて生えてくる。ピクリとも動かないその姿を前に、ご満悦そうにくすくすと小さく笑った。

 捕食植物オフリス・スコーピオ 守800 植物族→アンデット族

「これでアタシの手札は4枚。バトルフェイズ、ヴァンパイア・サッカーでオフリス・スコーピオを攻撃」

 ヴァンパイア・サッカー 攻1600→捕食植物オフリス・スコーピオ 守800(破壊)

「これで……」

 とりあえずモンスターを一掃してメインフェイズに移行しようとした、ほんの1瞬。その隙を、少女は決して見逃さなかった。

「この瞬間、私のフィールドにカードは存在しません。よって手札からトラップ発動、拮抗勝負!」
「何いっ!?」 
「取ったか、九々乃っ!」

 この試合で初めて糸巻の、そして七宝寺の余裕が崩れた。これまでどうにか保ってきた、余裕ぶった大人の態度をかなぐり捨て、罠にかかった獣めいた唸り声を喉の奥から漏らす赤髪の夜叉とは対照的に、老人はその姪が放った大逆転の一手に対し歓喜に目を光らせる。
 この局面で一時休戦を、そして拮抗勝負を引き当てる。それはどれほど訓練を重ねようともそれだけでは決して到達できない高み、それこそがまさに天性の才能。老兵が少女に見出した輝きの原石は、疑いようもなく真実だったと確信したからこその反応であった。

「バトルフェイズ終了時にのみ発動できるこのカードの効果で、相手プレイヤーは私のフィールドのカード数と同じになるように自身のフィールドからカードを裏側表示で除外しなければいけません。さあ糸巻さん、この拮抗勝負1枚分を除く全てのカード、除外していただきます!」
「アタシの選ぶカードは……Ωだ。PSYフレームロード・Ωを選び、後は全部除外してやるよ」
「クリスタルウィングじゃない、のですか?」

 死霊の王国が崩れ、再び元の店内に光景が戻る。その戦闘能力とモンスター効果から単体で高い制圧力を誇るクリスタルウィングに対し、糸巻の選んだΩはトリッキーな効果こそ持ち合わせているものの純粋なカードパワーでは下回る。そう思ったからこその純粋な疑問に答えたのは当の本人ではなく、いまだ興奮冷めやらぬといった面持ちの老人だった。

「いいや、それは違う。あのモンスターの効果なら、維持さえ続ければ裏側での除外さえ一時凌ぎにしかならないからね。しかもまだ、あちらさんには戦線を維持できるだけのリソースが残っている」
「そういうことだよ、八卦ちゃん。メイン2、墓地から馬頭鬼の効果を発動。自身を除外し、ユニゾンビを蘇生」

 ユニゾンビ 守0

「ユニゾンビの効果で、アタシの場のΩを選択。デッキから死霊王 ドーハスーラを墓地に。アタシの領土は滅びない、墓地から屍界のバンシーの効果!」
「また……アンデットワールドが!」

 消え去ったかに見えたのもつかの間、アンデットワールドが即座に再興する。再び場を支配する瘴気溢れる空間で、小さな英雄がたじろいだ。

 PSYフレームロード・Ω サイキック族→アンデット族 ☆8→9

「妖刀はまだ早い、か。カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「私のターン、ドローします」
「スタンバイフェイズにΩの効果で、また馬頭鬼を墓地に。さらにチェーンしてドーハスーラの効果発動!毎ターンのスタンバイフェイズにフィールド魔法が存在する限り、墓地のこのカードは守備表示で特殊召喚できる。さあ、ドーハスーラはここのお偉いさんだ。こいつの効果はえげつないぜ?」
「させません!チェーンして速攻魔法、サイクロンを発動!アンデットワールドさえ破壊すれば、ドーハスーラは蘇生できません!」
「これも止められたか……!」

 一度は蘇ったかに見えた死霊の王国がまたしても崩れ去り、彼女のエースの1体でもあるドーハスーラの効果が不発に終わり……このわずかな時間に、糸巻の脳はフル回転した。今のサイクロンは、ドローした直後に放たれた1枚。この限定されたタイミングで、またしても未来をつなぐ1枚を引き当ててみせたのか。
 だが、それはあくまでその場しのぎを積み重ねるだけの後手対応に過ぎない。残る手札は2枚、そのうち1枚はエアーマンであることがわかっている。墓地発動のカードも存在しない以上、不確定要素は残りの手札1枚のみ。

「メインフェイズ開始時、このターンもΩの効果発動!左側のカードとΩ自身を次のスタンバイフェイズまで表側表示で除外する、テレポーション・パルス!」

 2択の賭けだった。不確定の1枚さえ押さえてしまえば、八卦がこのターンできることはエアーマンを召喚しHEROをサーチすることぐらいとなる。だがサーチしたところでその手に融合のカードはなく、すでにエアーマンに召喚権を使用した以上このターンは手札に遊ばせておくだけとなるだろう。数少ない例外は特殊召喚可能なバブルマン、そしてHEROの攻撃力を一時的にブーストするオネスティ・ネオスだが、仮に前者からランク4、あるいはリンク2に繋げたところでこのターンでユニゾンビを排除し彼女のライフを4000削るような動きは不可能だし、後者だとしてもその1度のブーストでこの戦いの大局が動くことはない。そこまで判断したうえで、Ωを離脱させたのだ。すぐさま除外されたカード一覧を確認し……小さく舌打ちする。

「クソッ、またエアーマンかよ?」
「そして私の手札には、このカードが残りました。私の手札が1枚のみの時E・HERO バブルマンは特殊召喚でき、さらにこのカードが場に出た際に私の手札とフィールドにカードが存在しない場合、2枚のドローを可能とします!」
「嘘だろ……!?」

 E・HERO バブルマン 守1200

 極めて厳しい条件をクリアした時のみ使用可能となる、バブルマンのドロー効果。結果論とはいえ自らの発動したΩの効果がその条件を手助けする形となってしまい、一応相手の年齢に配慮して本人には聞こえないよう小さく毒づく。そんなわずかな唇の動きから言葉の内容を目ざとく読み取り眉を顰める老人の視線には気づかないまま、少女の動きに従って茨の蔦が地面から飛び出しバブルマンの全身をがんじがらめに縛り付ける。

「速攻魔法、冷薔薇の抱香の2枚目を発動!戦士族のバブルマンを墓地に送ることでデッキの植物族、ローンファイア・ブロッサムをサーチしてそのまま召喚。そして、そのモンスター効果を発動します!」

 ローンファイア・ブロッサム 攻500

 導火線に火が付いた爆弾をその花の、そして実の代わりに咲かす恐るべき植物。そして、導火線を伝う火がその本体へと届く。

「自分フィールドの植物族モンスター1体をリリースし、デッキから植物族モンスター1体をリクルートします。糸巻さん、ここまでのデュエルはまだまだ前哨戦です!これが私の、八卦九々乃の信じる最強のヒーロー。E・HERO クノスぺ召喚!」

 いまだ固く閉じられた蕾にそのまま手足が生えた、まるでなんでも擬人化するメルヘンなおとぎ話からそのまま飛び出してきたような異色のヒーロー。しかし八卦はその小さなモンスターを、絶対の自信と共に場に呼んだ。

 E・HERO クノスぺ 攻600

「クノスぺ……?」
「はい!これが私のエースモンスター、クノスぺです!そして攻撃力1500以下のモンスターの特殊召喚に成功したことで速攻魔法、地獄の暴走召喚を発動!デッキからさらに2体のクノスぺを攻撃表示で特殊召喚しますが、代わりに相手プレイヤーも自分のフィールドからモンスター1体を選んで同名カードを可能な限り特殊召喚できます!来てください、私のヒーローたち!」

 さらに2体、蕾のヒーローが並ぶ。一方糸巻のフィールドには、ユニゾンビが1体……だが彼女のデッキに、そのカードは2枚しか入っていない。

 E・HERO クノスぺ 攻600
 E・HERO クノスぺ 攻600
 ユニゾンビ 攻1300

「クノスぺの効果適用!このカード以外のE・HEROが場に存在する限り、このカードは直接攻撃が可能となります。3体のクノスぺが存在することでそれぞれがこの効果を適用、そしてバトルです、当然私が宣言するのはダイレクトアタック!」

 E・HERO クノスぺ 攻600→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP4000→3400

「この瞬間、クノスぺの更なる効果が適用されます。このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、その守備力100を犠牲とし攻撃力を100アップします!」

 戦闘を行うことで成長を遂げた蕾の戦士のその頭頂部に、ほんのり赤みがさす。まだまだ固く閉じられたままの蕾はしかし、確実に花開くための一歩を歩みつつあった。

 E・HERO クノスぺ 攻600→700 守1000→900

「まだ私のフィールドに、クノスぺは2体残っています。続けて連続攻撃!」

 E・HERO クノスぺ 攻600→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP3400→2800
 E・HERO クノスぺ 攻600→700 守1000→900
 E・HERO クノスぺ 攻600→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP2800→2200
 E・HERO クノスぺ 攻600→700 守1000→900

「ちまちまちまちまと……でも、やるじゃあないか」
「ありがとうございます!これが私の必殺コンボ、八卦九々乃のクノスペシャルです!」
「クノスペシャル、ねえ。そりゃまた、随分と大層なネーミングだこって」
「ひひっ、いい名前じゃないか。私の血縁だけのことはあるよ、そう思うだろう?」

 コンボの決まった高揚感からか目をキラキラと輝かせ、満面の笑みで胸を張る少女を優しい目で見る大人が2人。老人の言葉に首を縦に振った糸巻が、だがね、と続けて小さく呟いた。

「まだやっぱり、詰めが甘い。おいおい鍛えていけばいいだろうが、今はそろそろ本気で締めさせてもらうよ、八卦ちゃん」
「えっ?」

 びっくりしたような表情の八卦を前に、口元を歪めて赤髪の夜叉が笑う。服の埃を軽く手で払い、おもむろにデッキに手をかける。

「もうメイン2での展開はないみたいだね?エンドフェイズに速攻魔法、逢華妖麗譚(おうかようれいたん)―不知火語を発動!相手フィールドにモンスターが存在するとき、手札からアンデット族1体を捨てることで別名の不知火1体を蘇生またはリクルートする。2体目の不知火の武部を捨て、逢魔の妖刀-不知火をリクルートする」

 先ほどの妖刀とは似て非なる、存在するはずもないもう一振りの妖刀。より赤黒に近い炎を纏うその刀身が、カードショップの店内にふわりとひとりでに浮かび上がった。

 逢魔の妖刀-不知火 守0

「そして、アタシのターン。まずはスタンバイフェイズに、除外されたΩとエアーマンが帰還する」

 PSYフレームロード・Ω 攻2800

「メインフェイズ。墓地の妖刀-不知火の効果により、自身と刀神―不知火を除外することで再びシンクロモンスターを呼び出す。戦場切り裂く妖の太刀よ、冥府に惑いし亡者を祓え!逢魔シンクロ、戦神(いくさがみ)-不知火!」

 妖刀の隣にもう1本の妖刀が浮かび上がり、先ほどと同じように刀身から柄へ、そしてその先へと炎が宿り徐々に人の形を成していく。そこから現れた長い銀髪を無造作に伸ばす和装の男は、二刀流の……その右手には妖刀を、その左手には揺らめく炎の形を模したかのようなオレンジ色の特殊な形状の剣を握る独特な構えをとった。

 ☆6+☆2=☆8
 戦神-不知火 攻3000

「攻撃力3000……ですが、クノスぺにはもう1つだけ効果があります。自分以外のE・HEROが存在する限り、相手から攻撃対象に選ばれない効果……つまりクノスぺが3体並んだことで、いくら糸巻さんがモンスターを並べても攻撃することはできません!」
「わかってるよ、そんなこと。戦神は特殊召喚時に使える効果があるが、今は使わない。代わりにアタシが使うのは、これだ!刀神が除外された時、相手モンスター1体の攻撃力はこのターンの間500ダウンする。真ん中のクノスぺには、ちょっとばかし火傷してもらおうか」

 E・HERO クノスぺ 攻700→200 

「逢魔の妖刀の効果発動。このターンにアンデット族以外の展開を封じる代わり、自身をリリースすることで除外されたアンデット族2体を守備表示かつ効果無効で特殊召喚する!甦れ妖刀、そして陰者!」

 妖刀-不知火 守0
 不知火の陰者 守0

「また、チューナーモンスターが……まさか!」
「そのまさかだよ。レベル8の戦神に、レベル2の妖刀をもう1度チューニング!戦場統べる妖の太刀よ、輪廻断ち切る刃を振るえ!シンクロ召喚、炎神(ほむらがみ)-不知火!」

 蹄の音が響き、揺らめく炎が形を成したこの世ならざる幽鬼の軍馬が現れる。そしてその上にまたがるのは、長い銀髪を後ろで縛り黒白の和装に身を包む男。不知火流の原点にして頂点ともいえる、焔と共に邪を裂き闇を切り、ついには自らを縛る輪廻の輪すらも断ち切った伝説の剣聖。

 ☆8+☆2=☆10
 炎神-不知火 攻3500

「ついに抜き放ったか、糸巻の。切り札の一刀、炎神をよ」
「ああ。まさか素人相手にここまで熱くなるとはな、アタシらしくもない……だが八卦ちゃん、なかなか楽しかったよ。炎神の効果発動!特殊召喚時にアタシの墓地、または除外されたカードの中からアンデット族のシンクロモンスターを任意の数だけデッキに戻し、その数のカードを破壊する!」
「そんな、それでは!」
「クノスぺの攻撃ロック効果も、効果破壊には無力。刀神、そして戦神の2体をデッキに戻し、両端のクノスぺを破壊。不知火流・霊宝の太刀!」

 炎神が騎乗状態のままその妖刀を天高く掲げ集中すると、色とりどりの炎がその刀身を中心に燃え広がる。その姿は本人の白装束も相まってそれ自体がまさしく1本の樹……白銀の根、黄金の茎、そして白玉の実を持つとされる伝承の存在、蓬莱の玉の枝のごとし。

「きれい……」

 目の前で炎が織りなす幻想的な光景に、八卦が1瞬気を奪われて小さく呟く。まるでその言葉を待っていたかのように、妖刀がその場で振り下ろされた。ただそれだけで、3人肩を寄せ合って攻撃に備えていた蕾のヒーローのうち2人が消滅する。

「これで、邪魔者はもういないね。バトルフェイズ、Ωで最後のクノスぺに攻撃」

 PSYフレームロード・Ω 攻2800→E・HERO クノスぺ 攻200(破壊)
 八卦 LP4000→1400

「うぅ……!」
「ラストだ。炎神でダイレクトアタック、不知火流奥義・蓬莱斬!」

 炎神を載せた馬が、初めて動いた。いななきと共に上体を反らしたのち、妖刀を構える主と共に何物も邪魔をする者がいないフィールドを人馬一体となってただ駆ける。見る間に両者の距離は詰まっていき、そして……1瞬のうちに、勝負は決まった。

 炎神-不知火 攻3500→八卦(直接攻撃)
 八卦 LP1400→0





「よし、アタシの勝ち……ん、あれ?おーい、八卦ちゃーん?」

 音もなく消えていくソリッドビジョンを満足げに見送る糸巻だったが、呆然とその場に座り込んだままの八卦の姿を見て慌てて声をかける。糸巻本人の世代ならばデュエルモンスターズ全盛期であったためにあの程度どうということはないが、彼女のようにデュエルモンスターズとの関わりが薄いままに育ってきた初心者にはこれだけ長い間のソリッドビジョンの注視は荷が重かったかと思ったのだ。
 だが、その心配も杞憂だった。放心状態から我に返った少女はがばりと全力で立ち上がり、今日一番に目を輝かせ頬を上気させて糸巻へと詰め寄る。

「糸巻さん、糸巻さん!私のような未熟者相手に付き合っていただき、ありがとうございました!八卦九々乃、感激しました!凄いです、あれがプロデュエリストなんですね!」
「あ、ああ……」

 あまりの興奮っぷりに百戦錬磨の糸巻も、彼女には極めて珍しいことにやや引き気味になる。しかし興奮のあまり周りが目に入らなくなった八卦の方はそうとも気づかず、その両手で彼女の手を固く握りしめてぶんぶんと強く振った。

「糸巻さん、ご迷惑でなければ、また私にデュエル教えてください!私、もっともっと強くなりますから!」 
 

 
後書き
サブヒロイン出さないとモチベ保てない病。いかに前作が某ニンジャ、というかくノ一に依存していたのかがよく分かりますね。皮肉屋タイプもいいものですが、元気っ子もまたいいものです。

それはそうと居合ドロー以降のソリティア、もっと手順増やせば固い盤面作れましたね。まあ長くなるだけなのでやりませんが。糸巻デッキはベースが私自身ずっと愛用しているものなのですが、いまだに持ち主のタクティクスがデッキのパワーに追い付いていないせいで真の力を解放しきれないのが最近の悩みです。

あ、次はまた鳥居のターンです。 

 

ターン4 荒波越える五星たち

 
前書き
前回のあらすじ:糸巻の向かったカードショップ「七宝」は、店主でありかつて名をはせたデュエリストである七宝寺による情報屋としての裏の顔を併せ持っていた。裏デュエルコロシアムの情報を求めた彼女はそこで彼の姪であるという少女、八卦九々乃と出会う。粗削りではあるもののその血統に恥じない才能の持ち主である若き天才を、つい血が騒いだ彼女は極めて大人げなく真正面から叩き伏せるのであった。 

 
「うし、いよいよ大仕事だぞ鳥居君」
「……えらくノリノリですね、糸巻さん」

 時刻は夜。ようやくオフィスに帰ってきた鳥居が目撃したのは、鼻歌でも歌いそうな勢いで待ち構えていた女上司の姿だった。安物のタイヤ付きチェアの上に乗ってくるくると回る三十路の上司に警戒を隠そうともせず近寄ると、糸巻が机の上に置いてあった1枚の紙を手に立ち上がる。

「まあ、近頃こんなデカい話とは縁がなかったからな。できるなら今からでもアンタと潜入担当代わってもらいたいぐらいだよ」
「俺もそうしたいんですがね。で、それはなんなんです?」
「おう、単刀直入に言うぞ。今日のコロシアム出場者一覧だ、極秘情報だから間違ってもゲロるんじゃないぞ」
「えぇ……どこで拾ってきたんですかそんなの」
「その話は後だ。それよりほら、少し情報アドをくれてやるからよく聞いとけよ」

 当然の疑問をばっさりと一蹴し、7人の名前が書かれたトーナメント表を見せる。覗き込んだ鳥居を片目に、手にしたボールペンで一番右端にあった鳥居の名前を丸で囲む。

「まず、出場者は7人。トーナメント方式だから全3回戦だな。で、これがお前だ。本来この対戦表はシードのこいつ以外ランダムにくじで決まることになってるが……まあこんな表が出てくるんだ、最初から枠の決まったイカサマの茶番だろう。ともかく、お前は1回戦から勝ち抜きで最大3回戦うことになる」
「3回戦ですか。どこもそんなもんなんですかね」
「どこも大体こんなもんだな。今回のお客さんはそれなりに名の売れた映画スターとかアイドルもいるから、主催者側も大事な金づるの次の仕事に支障が出ない範囲で終わらせたいんだろ。まあそんなことはどうだっていい、問題なのは対戦相手だ。まず最初のこいつ」

 そう言って、鳥居の隣の枠に書かれた山形仁鈴(にすず)、という名前に線を引いて消去する。

「ぶっちゃけこいつはアタシも知らん。まあ、つい昨日逃がしてやったチンピラの頭領だろうな。無名は無名どうし潰しあって、少しでもマシな奴だけ勝ち残ってこいってことだろ。だけどな、いいか鳥居。お前仮にもデュエルポリスの実技試験抜けてきたんだろ?チンピラごときに負けたら承知しないからな」





 そんな会話を思い返しながら、目の前の相手と相対する。お決まりの開会式や仕組まれたくじ引きを終えて向かい合った確かにその男は鳥居よりも背が高く、体格もいい。筋肉で膨れ上がった上腕に刻まれた、黒々とした鮫のタトゥーのせいでさらに威圧感も割り増しに見える……だが鳥居の眼はそれが実戦的でない、見せびらかすための筋肉でしかないことも見抜いていた。おまけに部下に対して威張り散らすことは日常茶飯事でもこうして観衆の前に出てくることには慣れていないのか、その巨体からは隠そうとしても隠し切れない緊張からくる怯えの色が見え隠れしている。場慣れしていないいかにもな素人だと結論付け、そのまま緊張していろとばかりに自分たちを見つめる観衆の視線に軽く手を振って応えることで自分の余裕を見せつけておいた。実際彼にとってはこの程度の緊張感、むしろ本調子を出すためのスパイス程度にしかなりえない。そう自らを鍛えてきたからだ。

「さあ、今日も命知らずたちが集まったデュエルの祭典が始まるぜ!観客の皆、お気に入りへの賭けは終わったか?今日は信頼と実績のいつもの奴らだけじゃない、なんと新人が2人も出る日だ。当たればデカい大穴デュエリスト、ご祝儀代わりに投資してやってくれよ!」

 非合法だから当然とはいえ、天井のスピーカーから流れるあまりに堂々とした賭博宣言。その言葉そのものよりもそれにより一層沸き立った会場の空気に辟易としつつも、それを顔には出さずにこやかに手を振り続ける。すでに彼の演技は始まっており、一攫千金を求め無謀にも裏の世界に首を突っ込んできた若いデュエリスト、としての自分の役柄に徹しているからだ。

「それじゃあ時間も押してきた、カウントダウンで一斉にデュエル開始だ!5、4、3、2、1!」

「「デュエル!」」

 すでにトーナメントの割り振りと共に先攻後攻の順番も決まっており、それを決める必要はない。鳥居は今回、後攻……相手の出方を窺おうとした矢先に、後ろで試合がいきなり動いた。

「俺の先攻、デス・メテオを発動。相手ライフが3000以上の時、1000ダメージを与える!挨拶代わりに病院送りにしてやるぜ!」
「ぐわああああ……あれ?なんか……温いぞ?」
「うん?」

 「BV」妨害電波は、常に彼のデュエルディスクから垂れ流されている。その有効範囲はこの会場程度なら丸々包み込めるはずだから、彼に疑いの目が向けられるとしてもまだしばらくの猶予はあるだろう。「BV」の効力が薄まり苦痛の悲鳴が上がらないということは、つまりこの会場に公権力が介入していることになる。そのことに気づいた客席がざわめく中、デュエル開始の宣言を行ったスピーカーから即座に先ほどの声が流れる。

「どうだい、今日の趣向は?観客の皆も、今のは心臓掴まれたかと思うくらいビビったろう?大丈夫、ポリ公は俺らのことなんて気づいてねえよ!今日はちょっとしたサプライズ、「BV」の出力を少し落としてみたのさ!今の顔、なかなかに見ものだったぜヒャッハー!さあてめえら、気にせずデュエルを続けやがれ!」

 なんだ心臓に悪い、ただの趣向かと浮足立っていた客席の著名人たちが安堵のため息とともに再び席に戻る。一方で鳥居も平静を装いながら、内心ではその対応の早さに舌を巻いていた。
 彼のデュエルディスクは依然として妨害電波を発信し続けている、つまり今の放送内容は何もかも真っ赤な嘘に他ならない。ただデュエルが始まったばかりのこのタイミングで実は情報が洩れて潜入者が公僕から入り込んでいたため全試合中止、ともなれば払い戻しにより生まれる損失は計り知れず、なによりも今後裏デュエルコロシアムを開く際のグループとしての信用問題にも大きく関わってくる。このまま踏み込まれて実害が出るよりも先に、彼らは「侵入者」を排除して全てを握りつぶすつもりなのだ。
 もちろん、妨害電波を出したまま入り込めば遅かれ早かれこうなることは彼自身よく承知していたし、むしろそのために苦労して入り込んだのだ。それでもこの的確な早期対応を目の当たりにして、「BV」案件の根の深さを痛感する。

「……オイ!オイ、聞いてんのかこのもやし野郎!」

 そこまで思考したところで、ようやく目の前で叫んでいる男の存在に気づいてようやく自分もデュエルの最中だということを思い出す。周りを見れば、すでに他のリングでも一時のパニックは落ち着き試合が再開されていた。ここでいつまでも固まっていては、かえって怪しまれるだろう。

『なあに、いざとなったらアタシもいる。めったなことにはならんようにするさ。だからそっちはあれだ、いらんことは任せて目一杯暴れてこい』

 そう言って笑った女上司の顔を思い出しつつ、フィールドに目をやる。セットモンスター1体に、伏せカード1枚。その見かけに反して随分と静かな滑り出しだが、だとしても彼に支障はない。

「……コホン。『本日こちらの会場にお集まりの皆々様、これより目くるめく世界へとご案内するショーの開演をお知らせいたします』」
「は、はぁ?」

 がらりと雰囲気の変わった対戦相手に不気味さを感じ、やや引け腰になる山形。しかし彼に言わせれば、観客のノリが悪いからといって思考停止でファイトスタイルをマイルドなものに切り替えるのは2流のやることでしかない。
 まずはやりきること。それでまだノリが合わないようなら、その時にアドリブでどうにかすればいい。

「『この大観衆を前に先陣切って皆様にご挨拶するのは、怪力無双の剛腕の持ち主……レフト(ペンデュラム)ゾーンにスケール1、魔界劇団-デビル・ヒールをセッティング!』」

 先日の卓上デュエルとは異なり、今回はソリッドビジョンによる視覚効果をフルに利用することができる。勢い良くカードを置いた彼の左手に光の柱が立ち、その中央では1、と書かれた数字の上に腕を組んで仁王立ちする青黒い体に太い腕を持つ巨漢の演者。

「ペンデュラム、それも【魔界劇団】か」
「『ご明察。それではここでもう1人、目くるめく世界への案内人に登場していただきましょう。ライトPゾーンにはスケール8、誰もを笑わす最高の喜術師。魔界劇団-ファンキー・コメディアン!』」

 その言葉に反応したかのように、彼の右手側にも光の柱が立ち上る。8と書かれた光の数字の上にはおどけたように4本の手を広げてみせる、黄色い体を丸々と太らせた相方に比べれば小柄な演者。これで彼のフィールドにはスケール1と8が出そろい、一気にレベル2から7のモンスターをペンデュラム召喚することが可能となった。
 だが。

「この瞬間に永続トラップ、虚無空間(ヴァニティー・スペース)を発動!このカードが存在する限り、互いにモンスターを特殊召喚することが封じられる!」
「『ああっと、これはどうしたことでしょう。これはいかなるアクシデントか、この空間のある限り当劇団の目玉、ペンデュラム召喚を執り行うことができません』」
「余裕ぶっこきやがって……」

 当然だ、と心の中で小さく呟く。デュエルモンスターズと演劇を両立させるこのスタイルを確立するまでに、あの子役時代に仲間と共にどれほどの修練を積んできたことか。たとえどんなピンチに陥ろうとも、どれほどアウェーとなろうとも、彼の芝居が揺らぎはしない。そう言い切るだけの自信が、彼にはある。

「『と、あらばこれよりお見せするのは、予定を急遽変更しまして下級モンスターによるソロ演舞と相成ります。ご登場いただきましょう、舞台駆けまわる若きショーマン。魔界劇団-サッシー・ルーキー!』」

 ジャンプからの空中縦回転を決めながら着地する、もじゃもじゃ頭にトンガリ帽子を乗せた新たなる演者。その登場にPゾーンではファンキー・コメディアンが隠し持っていたクラッカーを引き、デビル・ヒールがどこからともなく取り出したシンバルを力任せに打ち鳴らす。

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700

「『それではバトルと相成ります。サッシー・ルーキーがセットモンスターに攻撃し、今ここにバトルの火蓋を切ろうとしております!』」

 鋭い爪を振り下ろし、セットモンスターに突撃をかける。正直なところ、ここは結果がどうなってもいい。破壊できたならばそれはそれでよし、仮に耐え切られ返り討ちにあったとしてもいわゆるひとつのオイシイ場面となる。そしてその一撃は、果たしてモンスターを切り裂いてみせた。

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700→??? 守400(破壊)

「『さあお集りの皆さん、拍手をもって勝者の凱旋にお応えしてください!』」

 口ではそう言いつつも、目だけは鋭く光らせる。あの1瞬の攻撃の際見えた相手モンスターの独特のシルエット、あのカードには見覚えがある。もしかすると今の攻撃は悪手だったかもしれない、そんな思いが彼の脳を占める。

「そうなるよなあ、当然。特殊召喚を封じられたから、下級モンスターでとりあえず攻撃する……その通りだぜ、もやし野郎。気持ちいいぐらい俺の思い通りに動いてくれてな!俺の墓地にカードが送られたことで虚無空間は自壊するが、そんなことはもうどうでもいい。今戦闘破壊された俺のモンスターの名は、スクリーチ!こいつが戦闘破壊されたことにより、俺はデッキから水属性モンスター2体を墓地に送ることが可能となる。次の出番を待ちな、伝説のフィッシャーマン!黄泉ガエル!」
「フィッシャーマン?なるほど、そういうデッキか……なら、『なんということでしょう、手のひらの上で哀れに踊る道化、サッシー・ルーキーの打ち抜いたモンスターの名はスクリーチ!果たしてこれはこれから押し寄せる荒波の序曲なのか、はたまた凪いだ海を行く航海の船出なのか。いずれにせよ、ここはわが劇団にとっても雌伏の時。カードを1枚伏せ、ターンエンドです』」

 このとき彼の手札にはレベル7、魔界劇団-ビッグ・スターが既に存在していた。虚無空間が自壊したことで当然それをメイン2にペンデュラム召喚することも、その効果を使うことも。あるいはリンク2モンスター、ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラムを呼び出すこともできただろう。
 だが今回、彼はそれをしなかった。その理由こそがたった今墓地に送られたモンスター、伝説のフィッシャーマンである。あのカードが採用されるとすれば、その理由は1つ。その召喚を止められるカードがない以上、手札は温存しておきたかった。

「俺のターンだ、そして最後のな。まずはこのスタンバイフェイズ、俺の場に魔法、罠カードが存在しないことで墓地の黄泉ガエルを蘇生することができる」

 黄泉ガエル 攻100

「そしてこの黄泉ガエルを、真下のリンクマーカーにセット。召喚条件はレベル1モンスター1体、リンク召喚!電脳の荒波に飲まれる豆粒、リンクリボー!」

 天使の輪を頭上に付けたカエルが、山形の前に現れた8つの印が浮かぶ円のうち真下の印へとその身を飛び込ませる。その印がオレンジ色の光を放つと、円の中から丸い体に小さな足と尾の生えたモンスターが飛び出す。

 リンクリボー 攻300

「魔法カード、蛮族の饗宴LV5を発動!俺の手札または墓地から合計2体、レベル5の戦士族モンスターを効果無効、このターンの攻撃不可にして特殊召喚することができる。来な、手札の剛鬼ライジングスコーピオ!そして墓地の伝説のフィッシャーマン!」

 対象こそ極めて限定的であるものの発動さえ成功してしまえば侮りがたき性能を持つ魔法カード、蛮族の饗宴により呼び出された2体のモンスター。出そろった3体のモンスターに身構える鳥居を、徐々に調子づいてきたらしい山形が笑い飛ばす。

 剛鬼ライジングスコーピオ 攻2300
 伝説のフィッシャーマン 攻1850

「どこのもやしかは知らねえがざまあねえな、ええ?おかげで1回戦を楽に勝ち上がれるんだ、感謝はしてやるぜ!」
「『いえいえ、勝負はまだついたわけではございません。クライマックスはまだ遠い、もう少しばかり演目の続きをお楽しみいただきましょう』」
「勝手に抜かしてな。もう俺の手札には、必殺のコンボが揃ってるんだからよ!俺のフィールドに存在する伝説のフィッシャーマンをリリースすることで、手札のこのカードは特殊召喚することができる!語り継がれし波濤の英雄、伝説のフィッシャーマン三世!」

 伝説のフィッシャーマン三世 攻2500

 2体の戦士のうち鮫にまたがり銛を持った海の男の姿が消え、一回り大きく鋭角的なシャチに乗り銛撃ち銃を片手で振り回す進化した伝説の戦士が場に現れる。すでに手札に握っていたか、と歯噛みする鳥居をよそに、腰に付けていた投網を大きく広げて海の男が放つ。

「伝説のフィッシャーマン三世が場に出た時、相手フィールドのモンスター全てを一網打尽に除外することができる。1体だけだろうが容赦はしねえ、サッシー・ルーキーを除外だ!さらに相手の除外されたカードをすべてその墓地に送り込むことで、このターン相手の受けるあらゆるダメージは1度だけ2倍になる!」

 投網に絡めとられたサッシー・ルーキーが涙目のまま勢いよく網ごと投げ飛ばされてどこかへ消えていき、デュエルディスクからもはじかれ墓地に送られる。蛮族の饗宴で特殊召喚されたライジングスコーピオはこのターン攻撃できず、除外効果を使用した伝説のフィッシャーマン三世もまた攻撃はできない。つまり今の山形が攻撃可能なモンスターはリンクリボーしか存在しない……だが、まだ彼には召喚権が残っている。

「俺は剛鬼ライジングスコーピオをリリースし、アドバンス召喚するぜ。こいつで締めだ、魔装戦士 ヴァンドラ!」

 魔装戦士 ヴァンドラ 攻2000

 サソリを模した戦士もまたフィールドから消え、竜のような被り物に金色の武具を左腕のみに装着した青い戦士が入れ替わるようにフィールドに現れる。そのモンスターは攻撃力こそライジングスコーピオを下回るものの、ダメージ2倍の状況でライフ4000を削り取るにはいまだ十分な数値であった。

「ライジングスコーピオがフィールドから墓地に送られた時、俺はデッキから別の剛鬼カード1枚を手札に加えることができる。剛鬼マンジロックをサーチし、バトルだ!やれ、ヴァンドラ!奴にダイレクトアタックしろ!」
「おーっと、Cブロックで動きがあった!ルーキー同士の対戦とはいえ山形選手、デビュー戦にしていきなりワンショットキルを成功させるのか!」

 デュエルの流れを追っていた運営が注意を促し、元プロの対戦を見ていた観客の視線が一時的とはいえ彼らに向けて一斉に注がれる。その中央で竜の戦士が、青い軌跡と共に一直線に駆けた。このままワンショットキルで勝負が付くかと思われた寸前、鳥居のフィールドで動きがあった。Pゾーンの光の柱を内部から叩き壊し、紫の巨漢がヴァンドラの行く手を遮るように立ちはだかったのだ。

「『攻撃宣言時に永続トラップ、ペンデュラム・スイッチを発動いたします。このカードは1ターンに1度モンスターとして、あるいはスケール要因としてフィールドに存在するペンデュラムカード1枚をそれとは逆の位置に移動させるカード。それでは皆様、改めまして彼の名を紹介いたしましょう。彼こそは怪力無双の剛腕の持ち主、馬鹿力ならば誰にも引けを取りません。魔界劇団-デビル・ヒールです!』」

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000

 自分よりも攻撃力の高いデビル・ヒールの登場により、1瞬だけヴァンドラが動きを止める。だが山形は、その努力をすぐさま笑い飛ばした。彼にも地元のチンピラをまとめる頭としての意地があり、この程度の反撃で立ち止まる程度の実力ではそれすらも成り立たないからだ。

「モンスターを出してくる、だからなんだ!魔装戦士 ヴァンドラは、相手フィールドにモンスターが存在しても直接攻撃することができる!そんな図体だけのでくの坊飛び越えちまえ、イーサルウェポン・ハイキック!」

 言葉通りにヴァンドラが上空へ飛びあがり、両腕を広げ通せんぼするデビル・ヒールの頭上を軽々と飛び越える。しかしそのまま空中からの飛び蹴りで強襲しようとする竜の戦士に対して剛腕の演者がその太い腕を振り向きざまにかざすと、広げた手のひらから衝撃波が放たれた。

「何っ!?」
「『デビル・ヒールのモンスター効果を発動、ヒールプレッシャー!このカードが場に現れた時、自分フィールドの劇団員の数だけ相手モンスター1体の攻撃力をこのターンのみダウンいたします。私のフィールドにはデビル・ヒール1体のみのソロパート、よってヴァンドラの攻撃力は1000ポイントダウン!』」

 魔装戦士 ヴァンドラ 攻2000→1000→鳥居(直接攻撃)
 鳥居 LP4000→2000

「ぐっ……」

 攻撃力こそ半減したものの、ダメージ倍加の効力によりその威力は2000。大幅に効力が薄まっているとはいえ「BV」によりそのダメージは実体化し、武闘家の一撃を喰らったような衝撃がとっさにガードした彼の両腕を痺れさせる。

「俺の必殺コンボを耐えきったか。まあいい、ターンエンドだ」

 魔装戦士 ヴァンドラ 攻1000→2000

 ダイレクトアタッカーを持ち出してのより確実なワンショットキルを狙った山形、それを紙一重の防御で回避してのけた鳥居。誰にとってもノーマークだったであろう新人2人の思いもよらぬ攻防に、会場に小さなどよめきが起こる。そして、そんな観客の注意を掴めそうな絶好のタイミングを鳥居浄瑠は見逃さない。

「『それではお次は私のターン、場面は変わり再び我らが舞台に。ドロー、先ほどデビル・ヒールの参戦により空白となりましたレフトPゾーンにスケール2、数字を操る凄腕の新人。魔界劇団-ワイルド・ホープをセッティング!』」

 再びファンキー・コメディアンの対となる位置に光の柱が立ち、その内部には2と書かれた光の数字とおもちゃのようにカラフルな銃を手にウエスタン風の装いをしたモンスターが映る。

「『そして私のPゾーンにカードが存在することで通常魔法、デュエリスト・アドベントを発動。デッキからペンデュラムの名を持つ魔法、罠、あるいはモンスター1枚を手札へと加えます。選ばれしカードの名は、永続魔法魂のペンデュラム!このカードを発動しまして、これにて揃いしスケールは2、そして8。よってレベル3から7を、同時に召喚することが可能となりました。現れよ、栄光ある座長にして永遠の花形。ペンデュラム召喚、魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

 デビル・ヒールと共に並び立つ、鳥居のエースモンスター。除外経由で墓地に送られたサッシー・ルーキーを呼び戻すことはできないが、それでも彼にはこの2体のモンスターがいる。

「『この瞬間、魂のペンデュラムの効果が発動いたします。私がペンデュラム召喚を成功させるたびにこのカードへとカウンターを1つ乗せ、その数1つにつき300ポイント、私のペンデュラムモンスターたちはその力を増します』」

 魂のペンデュラム(0)→(1)
 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500→2800
 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000→3300

「『そして名優、ビッグ・スターの効果発動!1ターンに1度デッキから今宵の演目となる魔界台本を選択し、そのカードを私のフィールドにセットいたします。ビッグ・スターにデビル・ヒール、大物演者2人が織りなすその演目名は……魔界台本「魔王の降臨」!そしてセットしたこのカードをそのまま開演、いまここに恐るべき2人の魔王が舞台を支配するためにやってまいりました』」

 魔王の降臨のカードが表を向くと同時にビッグ・スターが漆黒のマントを身にまとい、デビル・ヒールがおどろおどろしい悪役メイクを全身に施された。そして魔王の暴力が、フィールド内を吹き荒れる。

「魔王の降臨は私のフィールドに攻撃表示で存在する魔界劇団1体につき1枚、場のカードを破壊。そしてこの際にレベル7以上の魔界劇団が存在するならば、魔王の暴威に屈することとなる相手はこの発動に対しチェーンを行うことができません。ビッグ・スターはレベル7、デビル・ヒールはレベル8。よって私の選ぶカードは、2枚!」
「だ……だがな、伝説のフィッシャーマン三世は戦闘で破壊されず、魔法も罠もその効果を受け付けない!いくらチェーンができなかろうと、効果そのものを受けないフィッシャーマンには無力だ!」
「『いかにも。今宵魔王が対峙するのは、荒れ狂う海を縦横無尽に行き来する伝説の漁師。海の力が彼についている以上、魔王の脅威も通用しないでしょう。よって私が破壊対象に選ぶのは、リンクリボー……そして私のフィールドより、ワイルド・ホープ!』」
「ヴァンドラを放置して……自分のカードを選ぶだと?」

 宣言通りに2枚のカードが魔王の力をもって簡単に破壊され、フィールドに再びつかの間の平穏が戻る。だが無論、それだけで終わりはしない。

「『この瞬間に私は、破壊されたワイルド・ホープの効果を発動いたします。このカードが破壊された場合、デッキより次なる演者を1体手札に加えることが可能となるのです。ここでデッキという名の舞台袖より日の当たる場面へと呼び出されるのはこのカード。魅力あふれる魔法のアイドル、魔界劇団-プリティ・ヒロイン!そしてこのヒロインには、この華の足りないフィールドに早速登板いただきましょう!』」

 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500→1800

 コウモリ柄の魔法使い帽に、スカートから延びる2本の足をすっぽり包むハイソックス。緑色の三つ編みを揺らしつつ、いかにも魔法少女といったいでたちの新たなる劇団員がステッキ片手に呼び出される。登場早々に久々に見る大観衆を見回して目を輝かせ、ぶんぶんと大きく手を振りファンサービスに余念のないその姿に、いまだに魔王ルックをバシッと決めたままの背後の団員2人がやれやれと肩をすくめてみせた。

「『それではご挨拶はこれぐらいにして、そろそろ場面を次のステージへと移しましょう。ファンキー・コメディアンのペンデュラム効果発動!私のフィールドに存在する魔界劇団1体をリリースすることで、このターンのみその攻撃力を別の魔界劇団へと移行させます。リリースするのはビッグ・スター、そしてその力を得るのはもう1人の魔王、デビル・ヒールです!ああ、なんということでしょう。恐るべき2人の魔王の争いは、デビル・ヒールが辛くも勝利。敗者ビッグ・スターは、その力全てを吸収されてしまいました!』」

 ビッグ・スターがそのとんがり帽子を上空に放り投げ退場すると、デビル・ヒールがくるくると落ちてきたそれを器用に自らの頭で受け止める。明らかにサイズの合っていないそれをうまいことバランスを取ることで頭上に安定させ、改めて巨体を揺らしポーズを決めた。

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3300→5800

「『そしてこのターンもまた、ペンデュラム・スイッチの効果を発動。今度は私のライトPゾーンより、たった今ひと仕事こなしたファンキー・コメディアンに登場していただきましょう!』」

 彼の右側にあった光の柱がふっと消え、その中央に浮かんでいた肥満体の芸人が突然浮力を失ったことで4本の手をばたつかせながら真下に落ちる。丸々と太ったその体はボールか何かのように地面で1度バウンドするも、どうにか2度目の着地はその両足で決めることに成功した。

 魔界劇団-ファンキー・コメディアン 攻300→600→1500

「『ファンキー・コメディアンは舞台が賑やかになればなるほど力を発揮する根からの芸人、場に出た際に魔界劇団の数1体につき300の自己強化をターン終了時まで行います。そしてもう1つのモンスター効果を続けて発動、ハイテンション・エール!このカード自身による攻撃を封じる代わり、自らの攻撃力を他の魔界劇団1体へと分け与えることが可能となるのです。私の選ぶモンスターは当然、大魔王デビル・ヒール!』」

 いつの間にやら4本の手にそれぞれポンポンを装着していたファンキー・コメディアンが若干引き気味の視線を送るプリティ・ヒロインにお構いなくその場でノリノリの動きによるチアダンスを行い、デビル・ヒールの見せ場をさらに盛り上げる。

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻5800→7300

「『それでは皆さんお待ちかね、一世一代の大バトルと参りましょう。背負いしすべての力を胸に、大魔王デビル・ヒールによる魔装戦士 ヴァンドラへの攻撃です!』」
「Cブロック、今度は鳥居選手が動いた!放たれたその攻撃力の差は……4700!ワンショットキルに対するワンショットキル返し、これは今年の新人はレベルが違う!さあ、今ならまだ賭けの相手は自由に変えられるぜ!」

 デビル・ヒールが力強く拳を握りしめると、その太い腕に筋肉が盛り上がる。問答無用で振りぬかれた拳が、回避する暇もなくヴァンドラに襲い掛かる。

「もやし野郎のくせにやるじゃねえか……でもなあ、手札から剛鬼マンジロックの効果発動!相手の攻撃によるダメージ計算時、このカードを捨てることで俺の受けるダメージを半分にする!」

 ヴァンドラをかばうようにして1瞬、デビル・ヒールの拳の前にタコのような被り物をした怪しい人影が見えた気がした。しかし止まらない魔王の一撃は、そんなことお構いなしに2体まとめて打ち砕く。

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻7300→魔装戦士 ヴァンドラ 攻2000(破壊)
 山形 LP4000→1350

「うおおおお……!ど、どうだ!耐え切ってやったぜ!」
「『いえいえ、すでに幕は降りようとしております。ご来場の皆様方、どうかフィナーレまで目を離さずにお楽しみくださいませ』」
「なんだと?」
「『プリティ・ヒロインのモンスター効果を発動、メルヘンチック・ラブコール!どちらかのプレイヤーが戦闘ダメージを受けたその時、甘美なる彼女の魔法がフィールドへと降り注ぎます。すなわち相手モンスター1体を対象に取り、そのダメージの数値だけ攻撃力をダウンさせる魔法が!私が選択するのは当然、荒波越えし偉大な漁師!伝説のフィッシャーマン三世です!』」

 伝説のフィッシャーマン三世は強固な耐性を持つが、破壊以外の作用をもたらすモンスター効果に対しては無力。プリティ・ヒロインがステッキを向けるとその先端から星型のカラフルな魔法弾が連射され、それをまともに受けた漁師とシャチが力を失いぐったりとなった。

 伝説のフィッシャーマン三世 攻2500→0

「フィッシャーマン!」
「『それでは宣言通り、これにて幕引きといたしましょう。プリティ・ヒロインのラストキッスにより、ジ・エンドです!』」

 何が勝者と敗者を分けたのか、と問われれば、攻撃できるわけでもない伝説のフィッシャーマン三世をわざわざ攻撃表示で呼び出したことが勝負の分かれ目だったのだろう。そもそも先のターンでほぼ確実にワンショットキルが成立していた状況や貫通能力を持つモンスターへの警戒、さらに油断なく手札に加えていたマンジロックの存在を踏まえると、一概に致命的なミスであったと言い切ることもかわいそうなほどにほんのわずかな差。しかしその差が積もり積もった結果、勝敗へとダイレクトに結びつく。

 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1800→伝説のフィッシャーマン三世 攻0
 山形 LP1350→0





「決まったぁーっ!Cブロック勝者は新進気鋭の大新人、鳥居浄瑠!これは今夜の大会、思わぬダークホースとなりうるのかあ!?」

 勝敗を見届けたスピーカーから、熱の冷めぬうちにと景気のいい言葉がぽんぽんと飛び出して観客を沸きたてる。声援と熱気を一身に受け、鳥居は消えゆくソリッドビジョンと共にその場で一礼してみせた。
 優勝まで、あと2戦。 
 

 
後書き
エンタメデュエル方式は普通にデュエル作るのの倍近く脳細胞を酷使する感がある。
もう往復1ターンぐらいは使いたかったけど早くも力尽きそうだったので早期決着に切り替え。 

 

ターン5 多重結界のショータイム

 
前書き
NEW!
5話中2デュエルという登場頻度からもう「灰流うらら被害者の会」タグを新設しました。
あのでこっぱち無効範囲広すぎるんよ…リクルート元が不確定なはずの地獄の暴走召喚やマネキンキャットまで止めるとかなんなのほんと、別にいいんだけどさ。

前回のあらすじ:得意の演劇デュエルで裏デュエルコロシアムへと殴り込みをかけた鳥居。1回戦の相手、山形の繰り出すワンショットキルを危なげなく回避した彼は、そのまま2回戦へと駒を進めるのだった。 

 
 鳥居浄瑠が戦いを始めていた、ちょうどそのころ。ドーム状の建物を前に片手で風を避けながら、咥えた煙草にライターで火をつける女が1人いた。燃えるような赤髪が夜風に揺れ、細い煙がそれに乗って流れていく。ドーム内部での喧噪も、充実の防音設備によって彼女の元までは届かない。
 それが誰、などとは言うまでもない。赤髪の夜叉、糸巻太夫(だゆう)である。体の線を惜しげもなく強調する黒のライダースーツ姿は、闇夜にあってひときわ目立つその赤髪も相まって近くに人間がいたらさぞかし人目を惹いたことだろう。もっとも、今この場には彼女しかいない。表向きはあの会場も工事中の建物であり、街灯すらもついていないからだ。そんな場所に好き好んで入りたがるのは、それこそ訳ありか自殺志願者ぐらいのものだ。

「ふーっ……」

 ここまで乗ってきたらしいバイクに腰かけ、退屈そうな表情で煙を吐く。その姿は、まるで何かを待っているようだった。いや、事実彼女は何かを待っている。なんとはなしに丸めた紙を取り出し、ガサゴソと広げて中身に目を通す。昼間にも鳥居に見せた、今頃行われているであろう裏デュエルコロシアムのトーナメント表である。そのまま目を落としたのは、その中の名前の一つ。シード枠にエントリーされた、7人目のデュエリスト……彼女は、その名前に覚えがある。あれは、まだデュエルモンスターズに活気があったころの話。若かりし彼女自身が、そしてかつての仲間が、大歓声を受けて日夜しのぎを削っていた栄光の日々。
 だが、回想にふける時間は与えられなかった。代わり映えしない風景から特有の勘で何かを感じとったその目に力がこもり、バイクから降りてぱっと身構える。たっぷりと煙を吐き出すと、一度煙草を口から外し闇の中に向けて話しかけた。

「思ったより遅かったじゃないか、ゆっくりでいいから出ておいで」
「……」

 闇の中から返事はない。だが確実に、無言のまま動揺する気配だけは伝わってきた。どうあっても自分から名乗る気がないのならと、ゆっくりとした手つきで腰かけていたバイクのハンドルに手をかける。そして次の瞬間、おもむろにエンジンをかけながらその向きを大きく回転させた。

「む……!」

 瞬間的に点いたライトが、光の線を闇にくっきりと差し込む。そしてその中央には逃げ損ねた、黒いスーツ姿で闇に同化していた男の姿がくっきりと映っていた。年はせいぜいこの事件の発端となったコンビニ強盗のチンピラと同程度だろうが、全身から立ち上る気配の質はまるで違う。こういった闇家業を生業として生きてきた、プロ特有の匂いを彼女は敏感に感じ取る。おおかた、今回の用心棒役か何かだろう。

「元プロ舐めんじゃないよ。昔はやべーファンだって多かったからね、そんな程度じゃ尾行にもなってない」
「……気づいていたようだな」
「おうともさ、そしてアンタが一等賞さ。上から言われてきてんだろ?アタシを探して潰してこいって」
「話が早いな」
「最近はアタシも暴れたりないんでね。アンタが少しはマシな相手であることを祈るよ」

 そう言って明るく笑うと、男は理解できないと言わんばかりのうんざりした表情で首を振る。ややあって、小さく呟いた。

「……なるほどな。この街には赤髪の戦闘狂がいる……事前に聞いてはいたが、これほどの狂人とはな」
「ご挨拶だねえ、初対面の妙齢の美女に対する礼儀ってもんがまるでなってない。アンタんとこのボスは、随分と社員教育に力を抜いてきたみたいだね」

 返事はない。おしゃべりに付き合うつもりはないというわけだろう。会話の強制終了に肩をすくめデュエルディスクを構えた糸巻が、油断なく男のデュエルディスクに目を走らせる。「BV」は、案の定組み込まれている。
 当たりだ。とにかくここで敵を引き付け、内部の鳥居に疑いの目がかかるまでの時間を少しでも稼ぐ。それが、今夜の彼女の仕事だった。

「あんたもプロなら、最後に名乗っときな。アタシは知っての通り糸巻、しがない公務員だよ」
「……いいだろう。俺の名は蜘蛛……無論、本名ではないがな」

「「デュエル!」」

 蜘蛛、と名乗った男がデュエルディスクに目を通し、小さく頷く。

「先攻は俺だ。糸巻太夫、クライアントからその名は聞いている。そしてその実力のほども、デッキの傾向もな」
「そうかいそうかい。で、だったらどうしてくれるんだい?」
「こうするまでだ。魔法カード、強欲で金満な壺を発動。エクストラデッキからランダムに裏側でカードを6枚まで除外し、その数3枚につき1枚のカードを引く。俺が除外するのは、この6枚だ」

 先攻1ターン目から放たれた強力なドローソース、強欲で金満な壺。あいにく、彼女にそれを止める手段はない。

「そして通常魔法、強欲で謙虚な壺を発動。デッキの上から3枚をめくり、その中から1枚を選んで手札へ加える」
「好きにしな」

 そう吐き捨てながらも、すでに彼女の脳内はフル回転を始めていた。初手ドローソースに、手札の質を高めるためのサーチカード。なにか、どうしても引きたいカードがあるのだろうか?

「1枚目、強欲で謙虚な壺。2枚目、苦渋の転生。3枚目……」

 ここで、わずかに蜘蛛の口元が緩んだ。お目当てのカードを見つけたらしい。

「3枚目、盆回し。このカードを手札に加え、そのまま発動する。速攻魔法、盆回し!俺のデッキからフィールド魔法2種類を選択し、互いのフィールドにそれをセットする。そしてそのカードが裏側で存在する限り、互いにそれ以外のフィールド魔法を使用することができない」
「……なるほど。アタシの領土を封じに来たってわけか」
「気休め程度になれば十分だがな。俺のフィールドにはオレイカルコスの結界を、お前のフィールドにはそら、混沌の場(カオス・フィールド)をくれてやろう」
「盆回しで混沌の場、か。定番通りの動きだわね」

 余裕めいたことを口にしながらも、糸巻の表情は険しい。混沌の場は発動時に強制的に特定のカードをサーチさせるフィールド魔法であり、逆に言えばデッキ内にそのカードがない限りとりあえず発動することすら不可能なカード。これを裏側で送り付けフィールドの使用を禁じる盆回しは、まさにフィールド魔法に依存するデッキにとっては悪夢のようなカードである。
 そして当然、彼女のデッキにカオス・ソルジャー及び暗黒騎士ガイアの入るだけの空きスペースはない。

「オレイカルコスの結界を発動。発動時に俺のフィールドに特殊召喚されたモンスターをすべて破壊する処理が挟まるが、見ての通りこの場にモンスターは存在しない。そしてこのカードは1ターンに1度だけ効果によって破壊されず、このカードが存在する限り俺はエクストラデッキのモンスターを特殊召喚できない」

 蜘蛛の足元を中心に、2人のプレイヤーをすっぽりと囲むように不気味な光を放つ六芒星の陣が地表に描かれる。エクストラデッキを使用しないことが前提となるオレイカルコスと、エクストラデッキをコストにドローする強欲で金満な壺。よくできたカードだ、と毒づく彼女をよそに、あらゆるデュエリストの抵抗を封じ絡めとる蜘蛛の「巣」はすでに張り巡らされようとしていた。

「そして通常召喚、豪雨の結界像。このカードが存在する限り、互いに水属性以外のモンスターを特殊召喚することは不可能となる。さらにオレイカルコスの力により、攻撃力アップ」
「お前、【結界像】か!」
「プロにしては察しが悪いな、まあ無理もないか」

 蛙の姿を模した緑色の像がごとりと地面に置かれると、その額に足元のオレイカルコスと同じ六芒星の模様が浮かぶ。

 豪雨の結界像 攻1000→1500

「さらにカードを1枚伏せ、レフト(ペンデュラム)ゾーンにEM(エンタメイト)ドラミング・コングをセッティング」

 光の柱が結界から天空めがけて伸び、その中央に2、という数字と両胸がドラムになったゴリラが浮かび上がる。一見するとペンデュラム召喚の下準備に見える光景だが、糸巻はそうではないことを知っていた。ドラミング・コングは1ターンに1度、自身のモンスターが相手モンスターと戦闘を行う際にその攻撃力をバトルフェイズの間600だけアップさせるペンデュラム効果を持つ。十中八九蜘蛛の狙いはペンデュラム召喚ではなく、その効果そのものを永続魔法と割り切って使うやり方。それは単純ながらも効果的で、これで豪雨の結界像は2枚の強化カードにより実質2100の攻撃力を手に入れたことになった。
 それを彼女はこれから、水属性以外を特殊召喚できないこの状況で打ち破らねばならないのだ。ターンエンド、という初手からコンボを決めた余裕さえも透けて見える言葉を彼女はしかし、面白いじゃねえかと笑い飛ばしてみせる。

「アタシのターン、ドロー。さーて……ユニゾンビを召喚し、効果発動。豪雨の結界像を指定し、デッキからアンデット族1体を墓地に送り込むことでそのレベルを1だけ上昇させる」

 ユニゾンビ 攻1300

 彼女が召喚したのは、攻撃力では結界像に遥か及ばないユニゾンビ。多少のダメージは必要経費と割り切り、とにかくこの状況を打破するための破壊カードを1ターンでも早くドローするためのデッキ圧縮を狙ってのことである。
 それは極めて妥当な、動きを封じられた彼女に可能な最善手。だが、それは同時に極めて読み切られやすい諸刃の剣でもあった。

「手札から灰流うららの効果を発動。このカードを捨てることで、デッキからカードを墓地に送る効果を無効にする」

 桜吹雪が結界を流れ、力を奪われたユニゾンビが互いの肩に掴まりどうにか倒れ込まないようにバランスをとる。出鼻をくじかれた彼女を無感情に眺める蜘蛛の眼は、獲物の抵抗を見つめる異名通りの捕食者のそれであった。

「……カードを2枚伏せて、ターンエンド」
「もう威勢が弱まってきているようだが?俺のターン、ドロー。このターンも魔法カード、強欲で謙虚な壺を発動。デッキの上から3枚はそれぞれ大革命返し、月鏡の盾、ガリトラップ-ピクシーの輪か。月鏡の盾でもいいが……ここは大革命返しを手札に加える。多少は運がいいようだな、2種目の結界像はいまだに俺の手札にはない」
「はっ、アンタの日頃の行いが悪いんだろ?」
「その元気がいつまで続くのか、見せてもらうとしよう。ライトPゾーンにスケール6、EMリザードローをセッティング。そしてEMセカンドンキーを召喚し、オレイカルコスの効果で攻撃力上昇。さらにセカンドンキーが場に出た際に俺はデッキのEM1体を墓地に送るが、この瞬間に俺のPゾーンのカードが2枚揃っているのならばそれをサーチに変更することができる。2枚目のドラミング・コングを手札に」

 次に蜘蛛が召喚したのは、その名の通り茶色いロバのモンスター。その額にもオレイカルコスの印が光る一方で、糸巻は何か引っかかるものを感じていた。この蜘蛛という男と彼女にこれまで面識はないが、どこかに懐かしさを感じる。

 EMセカンドンキー 攻1000→1500

「EMリザードローのペンデュラム効果を発動。このカードの対となるPゾーンにEMが存在するとき、このカードを破壊して1枚ドローすることができる。そして空いたライトPゾーンに、手札に加えたドラミング・コングを発動」

 その直後、糸巻の思考を断ち切るかのように蜘蛛の左側に右側と全く同じ光の柱がそびえ立った。

「メインフェイズを終了し、豪雨の結界像でユニゾンビへ攻撃。さらにその攻撃宣言時、ドラミング・コング2枚のペンデュラム効果を発動。バトルフェイズの間、豪雨の結界像の攻撃力は600ずつアップする」

 青い石像の眼が不気味に光り、その体色と同じ青い光線を放つ。両端のゴリラが同時に胸を打ち鳴らし、その衝撃が光線の威力をさらに倍加させていく。

 豪雨の結界像 攻1500→2100→2700→ユニゾンビ 攻1300(破壊)
 糸巻 LP4000→2600

「手痛い一撃だな。セカンドンキーで、さらに追撃のダイレクトアタックを行う」
「冗談言うなよ、トラップ発動!バージェストマ・ハルキゲニアの効果でセカンドンキーの攻守は、このターンのみ半分になる」

 EMセカンドンキー 攻1500→750 守2000→1000

「そして永続トラップ発動、闇の増産工場!まあ、こいつの効果は今はどうでもいい。大事なのは、これがトラップだってことだ。トラップの発動に直接チェーンし、墓地のハルキゲニアの効果を発動!このカードをモンスターとして、アタシのフィールドに特殊召喚する」

 用途不明のメーターや排気パイプの付いた不気味な機械が糸巻の場に現れると、そのベルトコンベアを通って緑色の古代生物が呼び出される。

 バージェストマ・ハルキゲニア 攻1200

「攻撃を中止し、苦渋の転生を発動。相手は俺の墓地に存在するモンスター1体を選択し、エンドフェイズにそれを手札へと回収する。もっとも……」
「アンタの墓地にモンスターは灰流うらら1体のみ、選択の余地もクソもないってか」
「その通りだ。そしてカードを伏せ、ターンを終了する」
「なら、その回収前に増産工場の効果を発動。アタシの手札かフィールドからモンスター1体を墓地に送り、カードを1枚ドローする。手札の不知火の隠者を墓地に」

 豪雨の結界像 攻2700→1500

 幸いにもコンバットトリック系のカードは蜘蛛の手には存在しなかったらしく、どうにかモンスターを残したまま糸巻にターンが戻る。これは、彼女自身にとってもかなり危険な賭けだった。もしドクロバット・ジョーカーがハルキゲニアを戦闘破壊するようなことがあれば、次のターンの彼女の行動は極めて制限されていたからだ。それでもハルキゲニアをこのタイミングで蘇生させることを選んだのは、ここで蜘蛛が何もしてこないことを確かめたかったからだ。危険を冒すことで初めて、それに見合ったリターンが得られる。

「そしてアタシのターン、ドローだ」

 ドローカードは、アンデットワールド。普段なら彼女の力を増すためのカードも、現状ではドローロックに等しい足枷としかなりえない。そして蜘蛛の場の伏せカードは十中八九先ほど手札に加えた大革命返し、あのカウンタートラップによってカード2枚以上を同時に破壊する効果を無効にすることができる。

「だが、まだだ。妖刀-不知火を通常召喚!」

 妖刀-不知火 攻800

「だが、豪雨の結界像により水属性以外の特殊召喚は封じられる」
「わかってるよ、そんなこと。そんな余裕見せて、後で吠え面かいても知らないぜ?アタシはレベル2のバージェストマ・ハルキゲニアと、妖刀-不知火でオーバーレイ!」

 2体のモンスターが赤と青の光となって螺旋を描きつつ上空に昇り、おもむろに向きを変えて足元に発生した宇宙空間へと飛び込んで爆発を起こす。
 彼女のエクストラデッキには耐性と破壊効果、そして攻撃力を持ち合わせるバージェストマ・アノマロカリスのカードが存在するが、その召喚条件はレベル2モンスター3体以上と重くこの状況で特殊召喚するすべはない。だがそれとは別にもう1枚、その手元には水属性モンスターが控えている。この状況を打破するだけの力を持ったモンスターが。

戦場(いくさば)たゆたう(あやかし)の海よ、原初の楽園の記憶を覚ませ!エクシーズ召喚、バージェストマ・オパビニア!」

 ☆2+☆2=★2
 バージェストマ・オパビニア 守2400

「ほう……!」

 バージェストマ第二のエクシーズモンスター、攻めのアノマロカリスと対になる守りのオパビニア。大地低くから頭上に存在する5つもの目で全方位への視界を確保する、不釣り合いなほどに巨大な口吻から油断なく息を吸い吐きする奇怪な古代生物が糸巻の場に現れる。

「オパビニアの効果を発動!トラップをエクシーズ素材に持つオパビニアは1ターンに1度オーバーレイ・ユニット1つを取り除くことで、デッキからバージェストマ1枚を手札に加えることができる。1つ断っておいてやるが、このモンスターはあらゆるモンスター効果を受け付けない。つまりご自慢の灰流うららでも、このサーチ能力は止められないぜ。カンブリアの奉納!」

 デッキを取り出し、素早く中身に目を通す。この状況でサーチの候補となるバージェストマは全部で3種類、そう彼女は考える。まず1つが、モンスターを裏守備にすることで一時的にロックを解除するカナディア。だが召喚権を失いアンデットワールドの使えない彼女にそこから展開するすべはなく、何らかの方法でこのターンを防がれれば再び反転召喚によりロックが戻ってしまう。次に候補となるのがドラミング・コングの破壊から混沌の場の解除まで魔法・罠破壊能力を用い柔軟な対応が可能となるオレノイデスだが、これも破壊したい候補が多すぎて焼け石に水でしかない。
 となると、彼女の腹は決まった。

「バージェストマ・ディノミスクスを手札に加える。そしてオパビニアの更なる効果により、アタシはバージェストマを手札から発動することが可能となる!」

 手札1枚を捨てると同時に場の表側カード1枚を除外するディノミスクス。【結界像】はそれぞれが別の属性の特殊召喚を封じ込めるその性質上特殊召喚のギミックに乏しく、そして除外されたカードを無条件にサルベージする方法は数少ない。
 だが、そこで蜘蛛が動いた。すべては網の中の抵抗でしかないといわんばかりに、伏せられたカードのうち最初から場にあった1枚が表を向く。

「待った。カウンタートラップ、強烈なはたき落としを発動。相手がデッキからカードを手札に加えた際、そのカードを捨てさせる。そして通常トラップでしかないディノミスクスを、この発動に対しチェーン発動することは不可能」
「ぐっ……!」

 手札に加えられた逆転のカードが、何もなしえることなく墓地に落とされる。だが、これは彼女のミスでもあった。見せつけるようにして蜘蛛の手札に舞い戻った灰流うららへと意識を向けるあまり、これまで沈黙を保ってきていた場の伏せカードに対する注意力が落ちていたのだ。モンスター効果を受けつけないオパビニアのサーチ能力の高さに胡坐をかき、わずかな油断がにじみ出ていたともいえる。

「……どうした?吠え面とやら、いつかかせてくれる?」
「うるせえ、このターンも増産工場の効果を発動!手札の不知火の宮司(みやつかさ)を墓地に送り……さあ、アンタはどうしたい?」
「無差別な1枚のドローに望みを託すか。ここで1度止めたところで、闇の増産工場は毎ターン効果の発動が可能なカード。いいだろう、それぐらいは通してやろう」

 またしても不気味な機械がガタゴトと稼働し、ベルトコンベアから1枚のカードが流れてくる。それを手にした彼女が、そのカードをすぐさまデュエルディスクに叩きつける。

「オパビニアの効果により手札から、バージェストマ・オレノイデスを発動!場の魔法か罠1枚を破壊する……アタシが選ぶのはあれだ、レフトPゾーンのドラミング・コング!さらにトラップの発動にチェーンし、アタシの墓地からアンタが捨てたディノミスクスをモンスターとして蘇生する」
「なるほど、そのドロー運は腐ってもプロか。だがそれもその場凌ぎ、後手対応にすぎない」

 平べったい体の古代生物が跳ね、光の柱の中にいるドラミング・コングへと襲い掛かる。これで相手の攻撃力はわずかに下がり、彼女のフィールドにはモンスターが増えた。
 だが、彼女の表情に明るさはない。守備力0の下級バージェストマは、文字通りたった1度の壁にしかならない。蜘蛛の言葉通り、これが後手対応でしかないことは彼女自身がよく分かっていたからだ。

 バージェストマ・ディノミスクス 守0

「だがな、まだ、まだだあ!魔法カード、一撃必殺!居合ドローを発動!手札1枚をコストにアンタの場のカード数だけデッキからカードを墓地に送り、その後1枚ドローしてそれに応じた処理を行う!手札コストとしてアンデットワールドを捨て、効果発動!」
「無効を承知の上で発動するとは、よほど切羽詰まっているようだな。望み通りにしてやろう、手札から灰流うららの効果を発動。このカードを捨てることで、デッキからカードを墓地に送る効果を無効とする」

 蜘蛛の言葉通り、この居合ドローを止められることは最初から承知の上である。ハンデス手段のない彼女のデッキでは、見えている手札誘発を潰すためにはそれを使わせるしか方法がないからだ。確かに灰流うららの脅威こそ去りはしたが、その代償は大きい。この無茶な動きのせいで、彼女の手札は0となったからだ。
 しかし、ターンエンドを告げる彼女の闘志はいささかも揺らいではいない。獲物の魅せるこれまでになかった新鮮な反応を前に、蜘蛛が興味深そうに眉をよせた。

「俺のターン、ドロー。業火の結界像を召喚し、オレイカルコスの力で攻撃力が上昇する」

 業火の結界像 攻1000→1500

 そして召喚される、炎属性以外の特殊召喚を縛る第2の結界像。この瞬間、あらゆる属性を封じ込める蜘蛛のロックが完成した。

「俺の場に存在する攻撃力の等しい攻撃表示モンスター2体、この2種類の結界像を指定することで魔法カード、クロス・アタックを発動。その効果によりこのターン豪雨の結界像は攻撃できず、業火の結界像はプレイヤーへの直接攻撃を可能とする」
「おいおい、オパビニアが突破できないからってロックの上からダイレクト戦法か?一体いくつ手があるんだ、ったく」
「それをお前が知る必要はない。バトルフェイズ、業火の結界像でダイレクトアタック」

 ドラミング・コングの片方が破壊され、オパビニアの守備力2400はそう簡単に突破されない壁となった……などと一息つく暇すらもなく、即座に変更された攻め手にぼやく糸巻。炎を模した赤い結界像の目が光り、赤い光線がバージェストマ2体の間をすり抜けて彼女へと直撃する。

 業火の結界像 攻1500→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP2600→1100

「今のダメージを受けても平気で立っているとはな。妨害電波機能付きデュエルディスクだったか?それを加味してもさすがは元プロデュエリスト、そのフィジカルの強さは大したものだ」
「ようやく世辞のひとつでも言う気になったのかい?それよかせっかく炎の攻撃なら、こいつに火をつけてもらいたいんだがね」

 それは純粋な賞賛なのか、相手の心を折るための詭弁なのか。蜘蛛の表情からはどちらとも判断つかない糸巻だったが、いずれにせよ彼女の返答は決まっている。皮肉に笑ってニヒルに返す、それが彼女にとってのいい女というものだ。懐から取り出した煙草をひらひらと振って見せ、結局自分で火をつける。

「今更だが、アンタ煙草(こいつ)はやるのかい?どっちにしろ、アタシは1人で吸わせてもらうがね」
「好きにしろ……赤髪の夜叉、糸巻太夫。バージェストマと不知火の2テーマを軸とした混成デッキの使い手にして、デュエルポリス家紋町支部現代表」
「おう、なんだなんだアタシのプロフィールなんぞ並べたてて。ストーカー業も請け負ってるのかい?」

 煙草の力もあってかいささか落ち着いた調子でのんびりと返す糸巻の皮肉には答えず、蜘蛛が試すように問いかけを続ける。

「どんな気分だ?常に自分の武器としてきた水と炎、その2つの属性により行動を縛られる気分は」
「はっ、そこまで調べてきたうえでわざわざ豪雨と業火の2枚をチョイスしたのかい?ご苦労なこったね……いや、そうか。そういうことか」

 吸いなれた味とニコチンによって、糸巻の頭も次第に冴えてきた。普段よりも鋭さを増す思考回路がふと、今の言葉をきっかけとして彼女の頭脳に不意のひらめきを送り込む。1人で勝手に納得する彼女に怪訝そうな表情を向ける蜘蛛に、にやりと笑った彼女が口から離した煙草を手札のない右手に持ち替えて言い放つ。

「悪いね、蜘蛛とやら。この勝負、アタシの負ける道理はない」
「……なんだと?」

 またしても、風が吹いた。あたりに漂っていた紫煙がゆっくりとどこかに流れていく中を、彼女の言葉が突き抜ける。

「アンタのデッキを見た時から、どうも引っかかってたんだ。結界像とその打点を上げるオレイカルコス、そして使い減りしない強化手段のドラミング・コング……まあ、ここまではわかる。別に普通のデッキ構成だもんな。だけどな、問題はその後だ。リザードロー?セカンドンキー?そこまで来たらもう、アンタのデッキはただの【結界像】じゃない、【EM結界像】とでも言うべき別のデッキだよ」
「……何が言いたい?」

 真意を測りかねる蜘蛛に、ますます笑みを深くする糸巻。気づかぬうちに、もはや精神的な優位関係は完全に逆転していた。獲物を自らのロックで封殺しその抵抗が弱まるのを待っていたはずの蜘蛛は、いつの間にか糸巻の言葉という糸によって逆に絡めとられていたのだ。

「アンタは【結界像】に重要なメタカードや防御手段を削ってまで、【EM】の攻撃性能をデッキに組み込もうとした。ドラミング・コングもセカンドンキーも獣族、その比率が多いところを見ると、そうだな。おおかたフィニッシャー用のハンマーマンモ、守備メタのラクダウン、強化にブーストをかけるチアモール……まあキリがないからこのぐらいにしておくが、そのへんあたりも入ってるんじゃないか?」
「……だからなんだ?笑いたければ笑うがいい、俺は最後に勝つ。そうあり続ける限り、誰にも文句など言わせはしない」
「笑わないよ」

 即答だった。不意に笑みを消して真剣な表情になり、彼女にしては珍しくまっすぐに蜘蛛の目を見据える。その視線の強さに気圧されて何も言えなくなった蜘蛛の耳に、続いて語られる言葉が届く。

「笑うわけがない、文句だって言いやしない。逆に、もしそんな奴がいたらアタシの方がぶっ飛ばしてやる。あのな?プロってのはな、デッキのカード1枚1枚を選ぶことの重さを誰よりもよく知ってるもんなんだ。どれだけ無茶なコンボだろうと、たとえ上位互換がいくつあるとしても。そのカードが好きでデッキに入れた奴がいるなら、それは絶対に替えが効かない1枚だから。アタシはプロを辞めて随分になるが、それでも同じさ。ほんの少しでもプロの心構えを持ってる奴なら、人様が本気で組んだデッキを笑ったりなんてしない……なあ、アンタはアタシのデッキについてもある程度は下調べしてきたんだろ。そもそもなんでアタシは、不知火とバジェなんてわざわざ違う要素を組み合わせたデッキを使うのか。考えたことはあるかい?」
「何?」

 不意に話を変える糸巻に、そう問い返すのが精一杯の蜘蛛。完全に相手のペースにのみ込まれていることに対し彼の心の中では警鐘を鳴らしながらも、それでもその話に引き込まれてしまう。

「先に言っとくが、これはアタシに限ったことじゃない。もちろん例外だって多いが、あの時アタシと同期世代だったプロには結構いるんだぜ、混成デッキ使い。なんでだと思う?」
「……」
「別にそういうルールだったわけでもない、暗黙の了解なんてものもない。ただそういう奴が自然と集まってきてたんだよ、あの頃のプロリーグには。昔のアタシらの仕事はプロだ、スポンサーからの旗背負ってお客さんの前でデュエルを魅せる、エンタメに振り切った職」

 そこで1度言葉を切り、わずかに目を閉じてかつての生活に思いをはせる。しかし、センチメンタルは彼女の好むところではない。いくらでも湧き上がってくる思い出を振り切るように再び目を開き、口を開く。

「考えてもみろよ。アタシらはその自分の代名詞となるデッキを使って何十回、いや何百回も、同じ客が見てる前で戦うんだぜ?もちろん勝つことは大事だけどな、毎回全く同じカードから同じ動きで全く同じ盤面を作って、たまに妨害が入ればそのリカバリー。そんなの、本当に見たいと思うか?そりゃ当然、そこまで割り切った方が強いだろうさ。極限まで勝利パターンを絞りきって、たった1つのルートに最短でたどり着きつつ空きスペースに展開補助と妨害カードをフルに突っ込む構築が一番強いだなんて、そんなの小学生だってわかる話だ」

 誰よりも勝敗に貪欲なはずのプロデュエリストが、勝利への最短距離を取らないという矛盾。それを笑い飛ばす彼女に、蜘蛛も何か思うところがあるのか大人しく耳を傾ける。

「でもな、プロデュエリストはプロのエンターテイナーだ。そんな風に毎回戦術が固定されてたら見てる方だって、何よりいつかは必ず本人に飽きが来るに決まってるじゃないか。そうなった時に自分が使ってて楽しくないデッキを見せて、それで何がどうなるってんだ?そんなの、アタシに言わせりゃプロ失格だ。だから、デッキに『遊び』を作るんだよ。どんな相手にも決まった盤面で対抗して、それができるようにカードを選ぶんじゃない。戦ってみればそのたびに戦術や着地点が変わる、お決まりのカードから今日は何が飛び出してくるのかわからない。ただ強いテーマだからその時だけ使う、そんなスタイルは許されない」
「……どうやら、正体を現したようだな。人のデッキに文句をつけないなどと、口では立派なことを言っておきながら舌の根も乾かないうちにデッキ批判か?」

 自嘲的な笑みを浮かべながらの指摘に、しかし彼女はそうじゃないと首を横に振る。

「言いたいことはもっともだが、これはそういう次元の話じゃない。アタシもさんざん見てきたからよく知ってるが、そういう奴は大抵次に強いカードが出たらそこに乗り換える。公式戦以外で遊ぶ分には勝手にやってくれりゃあいいが、プロはイメージ商売でデッキはその顔、使い始めたデッキは基本的に一生ものなんだ。勝てるデッキで勝つんじゃない、自分のデッキで勝つんだよ。その瞬間を見るために客は集まってくるんだし、その瞬間をモチベーションにアタシらは戦い続け、デッキと自分を進化させてきたんだからな」
「それで、混成デッキを?だが、その話が何の関係があるというんだ」
「おう、今からその話に入るとこだ。演説代は請求しないでおいてやるから、耳の穴かっぽじって聞いとけよ」

 糸巻なりのプロ観に、蜘蛛は何を思ったのか。その顔からはいまだ何も読み取れないが、彼女の目には最初の出会いよりもほんのわずかに、それこそ比べてみないとわからないほどにその表情が柔らかくなっているように映った。それとも、たまたま光の当たり方が変わっただけなのか?いずれにせよ、彼女としては言いたいことを言わせてもらうだけだ。

「アンタのデッキはな、見たところまさに昔のプロの考え方そのままなんだよ。アタシらの時代でのデッキの組み方の流行りは、大まかに2種類あった。1つが、デッキの全てをたった1種類のエースのためだけに特化させる……マスコミからは過労死スタイルなんて名前付けられてたな、ネーミングはともかくそれはそれで面白いもんだった。そしてもう1つがアタシや、今のアンタのデッキと同じ。シリーズやテーマを組み合わせてワンパターンにならないように、そのくせ実戦に耐えうるだけの動きを模索した結果の型だ。だからそういう意味で懐かしい、アタシはそう思ったね」
「……ふん」
「そして、だからこそ、だ。アンタがこの稼業をどれだけ続けてきたのかは知らないが、プロデュエリストとしてのファイトスタイルならアタシに一日の長がある。いうなればアンタはアタシの後輩、その後輩相手に初見の状態で負けてやるほどにアタシの腕は鈍っちゃいないよ。さあ、おしゃべりはもう終わりだ。ターンエンドを宣言してみな?元プロの本気、たっぷり思い知らせてやるからよ」

 喋り続けるうちに手の中で短くなった煙草を未練がましく口の端に咥え、とびっきりの好戦的な笑みを浮かべてみせる。そしてその挑発に、蜘蛛は応えてみせた。

「いいだろう。その大口が嘘ではないと、俺に証明してみせろ!ターンエンドだ!」
「いいねえ、今のはなかなかいいお膳立てだ。フィールドはアンタが圧倒的に有利、アタシにはもう手札もない。でもご期待通り、1発でひっくり返してやるよ!アタシのターン、ドロー!」

 素早く唯一の手札に目を走らせ、その目を輝かせる。

「このターンもバージェストマ・オパビニアの効果を発動。オーバーレイ・ユニット最後の1つを取り除くことで、デッキからバージェストマを手札に加える。バージェストマ・マーレラをサーチだ」
「マーレラ……デッキからトラップ1枚を墓地に送るカードだったか。そんなものを今更サーチして、何ができる」
「何ができるって?盤面だけ見りゃ、確かにアンタがこのまま勝つのが道理ってもんだろうさ。でもな、アタシは道理なんざぶち壊して、理不尽に無理を通してみせる。魔法発動、一撃必殺!居合ドロー!」
「何かと思えば……居合ドローだと?引くというのか、この1回で?」

 居合ドローは墓地にカードを送ったのちにカードを引き、その後に墓地から落とした数だけカードを選びデッキに戻す効果があるが、それだけではなくもしそのドローカードが2枚目、あるいは3枚目の居合ドローだった場合にのみ発動する真の効果がある。フィールドをすべて破壊し、その破壊し墓地に送ったカードの数1枚につき2000ものダメージを相手に与える文字通り一撃必殺となりうる効果が。そしてその性質上発動時には破壊が不確定であるために、カードが何枚出ていようが蜘蛛は大革命返しを発動することも不可能。

「ああ、そうさ。引くんだよ、これからな」

 彼女はそう言って不敵に笑う。だが、その確率はあまりにも低い。同名カードを引かねばならないという性質上、デッキの残り枚数によって若干の確立変動こそあるもののその成功率はデッキ内に同名カードが2枚残っている最初の一撃が最も成功率が高いからだ。すでにその一撃を無効にさせた糸巻のデッキに、残る居合ドローは1枚のみ。彼女がこれまでのデュエルで使用してきたカードによって多少デッキが掘り進められているとはいえ、まだ30枚近く存在するデッキの中からピンポイントでそれを引き抜かねば彼女に勝機はない。しかも仮に最後の居合ドローがデッキの上の方にあったとしても、これから行う蜘蛛のフィールド上カードの枚数分の墓地肥やし……つまり墓地に落とす6枚のカードの中にそれが含まれていた場合には、ドローを行うまでもなくその失敗が確定する。
 馬鹿馬鹿しい、ただの運のみに頼った苦し紛れのギャンブル。蜘蛛の理性は、そう彼女の行動を否定する。それでも彼女は、その限りなく低い可能性に対し気負わずに笑ってみせた。

「アンタのフィールドにカードは6枚。そうら、1枚ずつ見てこうぜ。1枚目、不知火流-燕の太刀。2枚目、牛頭鬼。3枚目、命削りの宝札。4枚目、馬頭鬼。5枚目、迷い風。6枚目、死霊王 ドーハスーラ……ここまではセーフ、いよいよお楽しみの7枚目だ。アタシはとっくに終わらせたが、アンタのお祈りはもう済んだか?」

 デッキトップに文字通りの居合抜きを行う侍のように中腰で手をかけ、7枚目のカードに添えられた指先が白くなるほどに力がこもる。

「……はぁぁっ!」

 周りの音が消えた。裂帛の気合とともに、運命を握るカードが引き込まれる。そして、次の瞬間。

「一撃」

 ずるり、と空間が動いた。2体の結界像が、セカンドンキーが、ドラミング・コングが、伏せられていた大革命返しが、横一文字に両断された断面から徐々にずれていく。

「必殺」

 そしてそれは、蜘蛛の場のみに限ったことではない。糸巻本人のフィールドでもオパビニアが、増産工場の装置が、そしてフィールドゾーンに浮かび上がった混沌の場のカードが、同じくその断面から次第に上下がずれていく。

「……居合ドロー」
「馬鹿な、そんなことが……俺のフィールドが!」

 低く呟いた糸巻が、果たして引いてみせたカード……最後の居合ドローを表にする。ゆっくりと崩れていくフィールドに、呆然としたような蜘蛛の叫びがこだました。特殊召喚を封じ、手札もほとんど使い切らせていた。守りの準備も万全、勝利は目前のはずだった。
 しかし、その道理は打ち壊された。馬鹿馬鹿しいほどあっけなく、そして理不尽に。自らの叫び声を遠く聞きながらも蜘蛛はしかし、どこか納得めいた感情を感じていた。追い詰めていたはずの自分と彼女の立場が逆転し、相手が精神的に優位に立ったその時点で、すでに勝負はついていたのかもしれない、と。
 彼が諦めて目を閉じたその瞬間、両断されたカードが一斉に爆発を起こした。破壊され墓地に送られるカードはペンデュラムカード、及び1ターンに1度だけ破壊されないオレイカルコスを除く計6枚。12000ポイントのダメージが妨害電波による軽減をもってなおその体をぼろくずのように簡単に吹き飛ばし、地面に何度も転がしながら叩きつける。

 蜘蛛 LP4000→0

「あ……ぐ……!」

 全身を打ち据えられながらもどうにか立ち上がろうとして地面に手をつき、またその場に崩れ落ちる。打ち所がよほど悪かったのか、全身だけでなく頭が割れるように痛い。目はかすみ、ぐるぐると不安定に世界が揺れている。そんな横向きの風景を、燃えるような赤色が自分に向けてゆっくりと近づいてくる様子が辛うじて彼の視界に映った。やがて目の前で立ち止まったその人影が、おもむろにかがんでこちらに手を伸ばす。朦朧とした頭でその真意を判断することもできず、反射的に手を伸ばしてそれを掴むと、力強く自分の体が引っ張り上げられて近くの木にもたれかけるような姿勢に直される。

「なに、を」
「軽い脳震盪か。あとはまあ、骨折があるかどうか。痣やらなんやらはキリがないから放っておくぞ、勝手に自分で治しとけよ。じゃあアタシはぼちぼち移動するから、いい人に拾われな」
「……待て!」

 軽く全身を見渡し、ざっくりと緊急性はないと判断。さっさと背後のバイクに乗り込もうとする彼女に、ほんの少しだけ持ち直した蜘蛛が苦しげに声をかける。

「んだよ、これ以上ぐずぐずしてたら雑魚がわんわん集まってくるだろうが。いくらアタシでも馬鹿正直にその辺のチンピラレベルの奴なんざ1人1人相手してらんないぜ、それこそ朝になっちまう。これも仕事だ、もうちょっとこの辺一帯をひっかきまわしてやらないとだしな」

 バイクの側面にひっかけてあったヘルメットを無造作にかぶり、発車のために地面を蹴る。再びぼやけてきた蜘蛛の視界の中で闇に消えようとするその背中に、力を振り絞ってもう一言だけ叫んだ。

「……覚えていろ、次こそは、必ず……!」

 無理に叫んだことで、蜘蛛の体力に今度こそ限界が来た。完全に視界がブラックアウトする寸前、場所を変えつつある彼女が振り返りもせずに片手を上げて彼に応える姿が見えた。 
 

 
後書き
今回の教訓:トップ操作やオカルトパワー等の説得力ある理由なしに居合ドローでワンパンする脳死エンドはやっぱり創作としてもあんまりなので多用しないように気を付けようと思いました(小学生並みの感想)。デウス・エキス・マキナに頼った古代ギリシア人の気持ちがちょっとわかったのは内緒。

あとなんか中盤で長々と糸巻さんが語ってたのは、平たくかつメタ的に言うと環境トップに代表されるような切り替えす隙のないガッチガチのソリティア盤面は今後も出てこないという私からの決意表明です。私のデュエルタクティクスは……まあ、ここまで拙作を読んでいただいた方ならなんとなく察しがつくと思いますが、このレベルですので。あんまりルート長すぎるのよく分からない。 

 

ターン6 黄金に輝く太陽の炉心

 
前書き
前回のあらすじ:外で陽動に励む糸巻の元に放たれたプロの傭兵デュエリスト、蜘蛛。しかしその心の奥底に潜むエンターテイナーとしてのプロ意識を(口八丁で)引き出した彼女は、真のプロデュエリストとしての理不尽をいやというほどに叩きつけ逆転勝利を収めるのだった。 

 
 時間は再び前後して、糸巻と蜘蛛のデュエルに決着がつき、彼女が次の陽動に移る少し前。防音遮断された兜建設謹製ドームの内部では、外の闘争など知る由もなく。申し訳程度の休憩時間の後、今まさにコロシアム2回戦が始まろうとしていた。

「よろしく」

 鳥居と向かい合うなりそう言って頭を下げたのは、この華やかな場にはあまりにも場違いなくたびれたグレーのスーツ姿の男。やや薄くなった頭に若干突き出た腹、そしてよく言えば人畜無害だが悪く言えば何の特徴もない顔つきの、極めて平凡極まりない中年。大げさな仕草で一礼を返しながら、この平凡な男が勝ちあがってくることを予想していた女上司の言葉を思い出す。

『で、だ。1回戦はこんなもんだが、次は2回戦だな。多分勝ち上がってくるのはこっち、青木のおっさんだろうな』

 そう言って彼女は、何のためらいもなく隣のブロックの結果を予想したものだ。

『この青木のおっさんだがな、アタシより年は上だがプロ入りしたのはアタシより後だ。なんでもその前はどっかのブラック会社でソーラーパネルの営業やってる社畜だったらしいんだが、ある時に死んだ目でフラフラ外回りしてたら偶然カードを拾ったらしくてな』
『は、はあ』

 そしていきなり始まった謎の語りに困惑する彼の反応を知ってか知らずか、赤い髪を揺らしながら丸暗記しているらしいその後輩の話をぺらぺらと続けたのだ。

『それまでデュエルモンスターズには興味もない、ルールも何も知らないおっさんが、そのカードにだけは何かを感じたんだろうな。なんとなく拾ってお守り替わりに持ち歩き、イラストを見ては強いのかどうかも全く分からないテキストを何度も読んで、それだけを心の支えにしてたらしい。あ、本人に直接聞いた話だから信憑性は確かだぞこれ。で、そんなときにその会社が倒産したわけだ。急に仕事がなくなった青木のおっさんは少ない貯金でどうにか凌ぎながら、次の仕事を探す時間を丸々つぎ込んで手探りでルールを覚えてデッキも作り、はじめは町内大会あたりからだんだん勝ち上がっていってな。どう見ても素人の、明らかに浮いてるおっさんの姿がマスコミの目について、面白がったスポンサーが付き、あとはとんとん拍子のプロ入りだ』

 なるほど、と目の前の青木の姿を見て、彼はその時の糸巻の言葉にようやく得心がいった。13年前の「BV」事件よりも前の世界では、老若男女のあらゆる人間がデュエルを楽しんでいたといっても過言ではない。町内大会に中年男が出場する光景も、それ自体は何もおかしなことではなかった記憶が彼にははっきりと残っている。
 だが目の前のこのくたびれた男は、なんというか覇気が薄いのだ。デュエリスト特有の匂いというか気配が、妙に薄くしか感じられない。あれから長い時がたった今ですらこの調子なのだから、当時は確かに目立って仕方なかっただろうと心の中で頷く。例えるならば英語版のキラー・トマトがずらりと並んでいる中に、1枚だけ日本語版を紛れ込ませるようなものだ。

『だがな、経歴が浅いからって油断すんなよ。青木のおっさんのプロとしての2つ名は「太陽光発電」……すぐにその意味も分かるだろうが、なかなかどうして骨のある相手だぜ。あのおっさんは正直デュエルポリス(こっち側)に来ると思ってたんだけどな……最後に会った時はローンやらなんやらで首が回らないとか言ってたから、まずいとこに金借りちまって断り切れなかったんだろうな。なにせ、薄給のアタシらと違って動く金はあっちの方が桁違いだ』

 そこまでの会話を思い返したところで、頭上のスピーカーがタイミングよくがなり立てた。

「さあ、いよいよ準決勝。2回戦の始まりだぜ!今注目度の高いブロックはBブロック、新進気鋭の大型新人の鳥居浄瑠……そして対するは中年の星、輝け太陽光発電!今大会の最年長選手、青木(まさる)!時間も押してるからじゃんじゃん行くぜ、さあ……」

 会場に設置された時計の秒針がきっかり真上を向いた瞬間、2か所のデュエルフィールドで同時に試合が始まる。今回は鳥居が先攻であり、じっくりと布陣を整えることができる。

「「デュエル!」」

「『さあさあさあ、ご用とお急ぎでない方はお立会い。これより始まりますは、魔界劇場は第2幕。次なる演目を皆様にお目にかけましょう!』」

 大見得を切ったところで、彼は会場の反応から確かなその手ごたえを感じていた。先の1回戦を経て、確実に会場の注目は自分へと注がれている。無論、そうは言ってもまだ大した程度ではない。自分たちの反対側にあるデュエルフィールドではシード枠がデュエルを始めており、つい昨日まで無名の新人でしかなかった自分よりもそちらの優勝候補が注目を集めるのは当然だろう。
 しかし、そんなことは彼にとって気にならなかった。大事なのは1回戦よりも会場の熱気が確実に上がっており、それに自分が一役買っているという事実だけだ。視線を集め、熱狂を注がれ、そしてそれを自分が巻き起こす快感。それこそが、彼にとって一番のモチベーションだった。

「『それでは、開演のお時間がやってまいりました。路傍に佇む要石、魔界劇団-エキストラを通常召喚!』」

 最初に鳥居が繰り出したモンスターは、上部に穴が開いた小型の円盤のような物体。そこからむくむくと3つの人型が持ち上がり、やがてそれぞれがお揃いの帽子をかぶり赤、黄、緑の3色のチョッキをそれぞれ羽織った個別のモンスターとなる。

 魔界劇団-エキストラ 攻100

「『おやおや、これは大変です。エキストラばかりが舞台を練り歩き、肝心の主演役者の皆様が影も形もございません。どうやら彼らはこの大一番に出番を忘れてしまった模様、大至急呼び出してもらいましょう。エキストラのモンスター効果、発動!このカードをリリースすることでデッキから別の魔界劇団1体を選択し、そのカードを(ペンデュラム)ゾーンへと直接発動いたします。レフトPゾーンにスケール0、世界が誇る我らの歌姫。魔界劇団-メロー・マドンナをセッティング!』」

 3体のエキストラが一斉に元の円盤の中へと引っ込むと、まるで本物のUFOよろしくそれがふわりと浮き上がる。そのままふわふわと鳥居の指示した左手の方向まで移動した円盤が白い煙を吹き出して視界を遮り、その煙が晴れた時その位置には光の柱、そしてその中心には大胆なスリット入りの黒い服にピンクの長髪をなびかせる女性型モンスターが静かに目を閉じて自らの出番を待っていた。

「『さらにここで、前奏曲としてメロー・マドンナのペンデュラム効果を発動いたしましょう。私のライフ1000をコストに、彼女は仲間を呼び込む戦いの歌を歌います。その歌声につられることで、私はさらなる魔界劇団を手札に加えることが可能となるのです』」

 鳥居 LP4000→3000

「ならばここで、手札から幽鬼(ゆき)うさぎの効果を発動しましょう。相手フィールドに表側で存在するカードが効果を発動した際、このカードを捨てることでそれを破壊」
「『おおっと!?』」
「そして使い手の君に言うまでもないでしょうが、メロー・マドンナはその性質上、発動にチェーンして破壊された場合にサーチを行うことはできない」

 腰に手を当て、光の柱の中で今まさに歌い出さんとした歌姫に鋭い鎌の魔の手が迫る。銀髪の少女によって光の柱を両断された歌姫はやむなくその歌を中断し、その場から一時的に退場した。

「『嗚呼なんということでしょう、興奮した少女による客席からの乱入により、前奏曲は一時中断となってしまいました。しかし、演者のいない舞台などはあまりにも締まりません。ここは一時幕を引き、仕切り直しといたしましょう。ライトPゾーンにスケール7、魔界劇団カーテン・ライザーをセッティング!そしてカーテン・ライザーは自身の効果により、演者のいない舞台に対し1度だけ緊急登板することを可能とする能力を持っています。カーテン・オン・ステージ!舞台を回す転換の化身、カーテン・ライザーの登板です!』」

 鳥居の右手に光の柱が立ち上り、まるで開いたテントから手足が生えたような人間離れした姿の劇団員がその中に浮かぶ。その団員はしかしPスケールの中で大人しくしていることを良しとせず、すぐに光の中から飛び出して自らの体をパラシュート代わりにしてふわふわと宙を舞い誰もいない舞台の中央に着地した。

 魔界劇団カーテン・ライザー 攻1100→2200

「『カーテン・ライザーは場面に自身しか存在しない時、その攻撃力を1100ポイント上昇させる不思議な力の持ち主。さらにそのカーテンの内部は摩訶不思議、彼らの楽屋と舞台袖を繋ぐ四次元通路。カーテン・ライザーの体を通じて舞台袖(デッキ)から魔界台本1冊を墓地に送り、楽屋(エクストラデッキ)に表側で存在する魔界劇団1体を私の手札へと呼び寄せるのです。魔界台本「オープニング・セレモニー」を墓地に送り、メロー・マドンナを手札にて再スタンバイしていただきましょう。このまま効果へと繋げたいところですが、あいにくと彼女がそのたぐいまれなる美声を披露するのは1ターンに1回のみ。私はこれで、ターンエンドです』」

 手痛い妨害を受けつつも、どうにか最低限のリカバリーを終えてターンを終える鳥居。しかし目の前の冴えない男は仮にも1回戦を勝ち抜いてきた強者、彼としてはデュエル中1度しか使えないカーテン・ライザーの効果まで切ってこれでは不服な結果である。

「では、私のターン。鳥居君、でしたか。先ほどのデュエル、拝見させていただきましたよ。実に見事なショーでした」
「……」

 ターンが移る。だが青木がカードを引くよりも先に口にしたのは、対戦相手への称賛の言葉だった。その真意を測りかねる鳥居に、しかし、と言葉を続ける。

「君のように未来ある若者には大変申し訳ありませんが、私にとってもこの1戦は生活のかかった大事な試合。決して手を抜くような真似はしませんので、そのことだけはお覚悟ください」
「『当劇団はいつでもどこでも真剣勝負。そして勝利の瞬間をお届けする。筋書などはありませんが、結末は常に1つをモットーとしております』」
「そうですか。ですが私も、負けるためにこの場へと来た覚えはありません。私のターン、ドロー。私のフィールドにモンスターが存在しない時にSR(スピードロイド)ベイゴマックスは手札から特殊召喚でき、さらにこのカードが場に出た際に私はデッキから別のSRモンスター1体をサーチします。タケトンボーグを手札に加え、そのまま効果を発動。タケトンボーグは自分フィールドに風属性モンスターが存在するとき、手札から特殊召喚が可能です」

 無数に連なったコマのようなモンスターに、竹トンボが変形して小型ロボットのようになったモンスター。召喚権すら使わずに手札消費1枚からモンスターを2体並べるこの強力なコンボは、本家【SR】のみならずあらゆるデッキに採用の余地がある。
 そして逆に言えば、この段階では幽鬼うさぎ含めまだ汎用カードしか使用していない青木のデッキ内容はわからない。いずれにせよ、次に出すカードでその内容も見えてくると気を引き締めた。

 SRベイゴマックス 攻1200
 SRタケトンボーグ 守1200

「チューナーモンスター、A・ジェネクス・ケミストリを召喚します」

 A・ジェネクス・ケミストリ 攻200

 そして通常召喚されたのは、機械の体を持つ小柄なチューナー。紫の体の背中には赤と緑のボンベを背負い、カラフルな印象を抱かせる。

「風属性モンスターであるレベル3のベイゴマックス、及びタケトンボーグに、レベル2のケミストリをチューニング。レアルの炉心に集いし風よ。声なき彼らの祈りに応え、いざ戦場の神風とならん!シンクロ召喚、レアル・ジェネクス・ヴィンディカイト!」
「『ジェネクス……』」

 ベイゴマックスとタケトンボーグが連なって飛び、それを包むようにケミストリが2つの光の輪となる。合計レベルは、8。

 ☆3+☆3+☆2=☆8
 レアル・ジェネクス・ヴィンディカイト 攻2400

 全体的に緑色のカラーリングを施された、後部に巨大なジェット噴射器を持つ平べったい近未来的な戦闘機。先端の赤い2つの丸みを帯びた窓も相まって、鳥居にはそのデザインは全体的に昆虫のような印象を抱かせた。

「バトルフェイズ。ヴィンディカイト、カ-テン・ライザーに攻撃!ブローエネミー・スカイハイ!」

 戦闘機が垂直上昇し、その上部に備え付けられた機銃から無数の弾丸を撃ちつける。カーテン・ライザーの体はすぐにその着弾による爆風にのみ込まれ、やっと煙が晴れた時には跡形もなくいなくなっていた。

 レアル・ジェネクス・ヴィンディカイト 攻2400→魔界劇団カーテン・ライザー 攻2200(破壊)
 鳥居 LP3000→2800

「『なんということでしょう、カーテン・ライザーが無慈悲なる戦闘機による空襲によりその身を炎に焼かれてしまいました!第一幕にて立ち向かいし海の脅威に引き続き、第二幕における今明かされた敵襲の名はジェネクス!声なき鉄の兵器に対し、魔界劇団はどう立ち向かうのか!?まずは手札より、メロー・マドンナの効果を発動!私のペンデュラムモンスターが戦闘破壊されたタイミングで、歌姫は戦場へと勇敢なる戦士を称える鎮魂歌を奏でるために手札より特殊召喚が可能となります。そしてメロー・マドンナの攻撃力は、私の墓地に存在する魔界台本1冊につきぴったり100ずつ上昇いたします』」
「ではこちらも、モンスターを戦闘破壊したヴィンディカイトの効果を発動しましょう。デッキからジェネクスを1体手札に加える……私が選ぶのはこのカード、ソーラー・ジェネクス!」

 魔界劇団-メロー・マドンナ 守2500 攻1800→1900

 黒衣の女性、メロー・マドンナがヴィンディカイトの前に立ち塞がると同時に、青木がデッキから1枚のカードを引き抜く。遠目から見ても一目で判別できるほどにぼろぼろの、まるで長いこと屋外に放置されていたようなカード。それを見て、改めて上司の言葉が鳥居の頭に蘇る。あの1枚が話に聞いた、この冴えない中年の人生を大きく変えるきっかけとなった1枚なのだろうとはすぐに察しがついた。
 そういうこだわりは、彼自身も決して嫌いではない。

「カードを1枚伏せ、ターンエンドです」
「『なるほど、先ほどのターンでは妨害、そして展開と見事に我々の先を行かれてしまいました。しかし一方的にしてやられるのみではショーになりませんし、なにより私自身も性に合いません。場面代わりまして魔界劇団反撃の狼煙、私のターン、ドロー!』」

 ハードルを上げるだけ上げてからカードを引く。レアル・ジェネクス・ヴィンディカイトは攻撃力こそそこまで高いわけではないが、強力なサーチ効果の他にも相手モンスターからの攻撃対象とならない効果を持つ。つまり、あのカードのみが居座っている限り鳥居は一切の攻撃宣言が封じられたに等しい。
 しかし、その程度で攻め手がまごつくようなことはない。この手札であれば、十分に勝機はあると彼は見た。

「『魔法カード、魔界台本「ファンタジー・マジック」を発動!私のフィールドに存在する団員であるメロー・マドンナを選択することで、このターン彼女がバトルを行ったモンスターをバウンスすることが可能となります。鋼鉄の侵略者に立ち向かうは、剣と魔法が世の習い。我らが歌姫には、脅威に立ち向かう女勇者の役を演じていただきましょう!そしてメロー・マドンナの攻撃力は、私の墓地に存在する魔界台本1冊につきぴったり100ずつ上昇いたします』」

 マドンナが片手に持った分厚い台本にパラパラと目を通し、身にまとった黒衣をさっと脱ぎ捨てる。外から見えぬよう巧みに隠されていたその中には、惜しげもなくその体の線を強調する明るい色の軽装にクールさを印象付ける青い首元のスカーフ。腰にはこの手のお約束として細身の長剣を下げ、強気に腰へ手を当てヴィンディカイトと向かい合う……女勇者が、そこにいた。

「……?だが、ヴィンディカイトは攻撃対象とならない。ファンタジー・マジックを使おうとも、戦闘を行えなければ意味はないはずですが」
「『いかにもその通り。残念ながら、今回のファンタジー・マジックそのものに意味はありません。ですがこの瞬間、私の求めた真の狙い。メロー・マドンナのモンスター効果を発動いたします!このカードがモンスターゾーンに存在し、魔界台本の封が切られたその瞬間。デッキよりレベル4以下の魔界劇団1体を、彼女の歌に合わせて踊るダンサーとして配備することが可能となるのです。再び出でよ、エキストラ!』」

 メロー・マドンナが剣を抜いて高く掲げると、そこに従う従者といった雰囲気のエキストラが再び円盤に乗ってふよふよと近寄ってくる。

 魔界劇団-エキストラ 攻100

「『そして、このターンもエキストラのモンスター効果を発動。このカードをリリースし、新たなる団員をレフトPゾーンへと配置いたします。そう、彼こそはスケール8にて波乱を起こすアドリブの達人。魔界劇団-コミック・リリーフの登場です!』」

 左手に上がった光の柱には、8と書かれた光の数字……そして、その中でジャグリングをしつつぐるぐる模様の瓶底メガネの奥から舞台の様子に目を光らせるむっちりと太った悪魔の姿。
 ここは本来ならば目当てのコミック・リリーフを直接持ってくるのではなく、まずもう1体のメロー・マドンナを発動し、そちらのP効果を経由してリリーフをサーチするべき場面であった。そうすればデッキの圧縮に繋がるだけでなく、左右で0と8のスケールを描くこともできただろう。
 しかし、彼はそれを選ばなかった。その躊躇いの理由こそが青木が先ほど伏せたカードの存在であり、もうひとつが先のターンにサーチされたソーラー・ジェネクスの存在である。彼自身【ジェネクス】にはそこまで詳しいわけではないが、あのカードがバーン効果を持っているということは頭の片隅に覚えていた。まだまだ数字に余裕があるとはいえただでさえ減っているライフをさらに減らすことを、彼の勘は良しとしなかったのだ。

「『そして私の手札には、こちらの団員がもう1体。魔界劇団-コミック・リリーフを通常召喚!』」

 魔界劇団-コミック・リリーフ 攻1000

 光の柱の中にいるコミック・リリーフが短い手を振り回して指示すると、その真下からもう1体、そっくり同じ瓶底メガネの小さな悪魔が自分の背丈ほどのサイズのボールで玉乗りすることでその低い身長をごまかしながらも出陣する。ただしその恰好は適用中のファンタジー・マジックの世界観に合わせてか妖精のような羽根を背中に装着し、手には魔法の杖らしき棒を握りしめてのまるで似合わない妖精スタイルであり、その姿に客席から思わずといった様子の失笑が漏れる。

「『さあ、舞台は整いました。カードを1枚セットして、コミック・リリーフのP効果を発動!相手モンスター1体と私の魔界劇団1体をそれぞれ選択し、その2体のコントロールを入れ替えたのちに自らを破壊してしまうのです。レアル・ジェネクス改め魔界劇団-ヴィンディカイトには、彼らの専用機となっていただきましょう!』」

 妖精ルックのコミック・リリーフが魔法の杖を放り投げ、代わりに懐からペンキとハケを取り出してヴィンディカイトを魔界仕様に塗装すべく指をワキワキとさせながら玉乗りしたままの怪しい笑顔でにじり寄っていく。
 これが通りさえすれば、もはや勝負の大勢は決するほどの一手。事実そこいらのチンピラが相手であれば、これは必殺の一撃となりえたであろう。しかし、青木はプロデュエリストだった。

「させるものか!永続トラップ、ディメンション・ゲートを発動!このカードは発動時に私のモンスター1体を除外し、このカードが墓地に送られた際にそのモンスターを再び特殊召喚する。また相手プレイヤーが直接攻撃を宣言した際、表側のこのカードを破壊することができる」

 コミック・リリーフから逃れようと大急ぎでジェットを全開にし垂直急上昇した緑の機体が、そのまま上空に突然開いた次元の裂け目の中へと消えていく。効果が空振りに終わったリリーフが残念そうにペンキをしまい、玉乗りを崩さないままに鳥居の元に帰還する。
 そうして青木がコントロール交換を回避した一方で、悩ましい選択を迫られたのが鳥居である。このままコミック・リリーフで攻撃を行えば、青木は確実にヴィンディカイトを帰還させるだろう。リリーフのP効果は1ターンに1度しか発動できないため、そのままターンを終えるしかない。となれば何もせずにターンエンドを行う、それも1つの選択ではある。しかし、ディメンション・ゲートはただ漠然と回避に使うよりもどちらかといえばコンボ向けのカードであり、あのカードを場に残すことでそのコンボ成立の手助けをしてしまう可能性も高い。永続トラップを墓地に送ることで2枚ドローするマジック・プランターや、自分フィールドにモンスターがいない状態でなおかつ表側のカードを破壊することを要求するものの古代の機械を無条件にリクルートできる古代の機械射出機(アンティーク・ギアカタパルト)をモンスターを帰還させつつ発動できる、などがその最たる例だろう。
 攻撃するか、しないか。どちらにせよ、ダメージを与えることはできない。ほんの1瞬だけ悩んだのち、鳥居は場に向けて言い聞かせるように指示を出した。

「『それでは、メロー・マドンナは守備表示のままに。反撃の狼煙も不発に終わり、いまだ長い冬、雌伏の時を迎えし魔界劇団は、果たしてここからどのような大逆転を果たすのか。どうか皆さん、この息詰まる戦いを最後までお楽しみください。私はこれにて、ひとまずターンエンドといたしましょう』」
「では私のターン。攻撃を行わず、ヴィンディカイトを除外ゾーンに残すことを選んだ……その判断は残念ながら、あまり正しくはなかったようですね。通常魔法、予想GUY(ガイ)を発動。私のフィールドにモンスターが存在しない時、デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を特殊召喚することが可能となります。ジェネクス・コントローラーを特殊召喚!」

 ジェネクス・コントローラー 攻1400

 金属製の顔に小さなタイヤの足が生えたようにも見える、声なき機械生命体。ジェネクスの原点にしてその核、コントローラーが青木の場に呼び出される。

「そして手札のこのカードはレベル7であるものの、ジェネクスをリリースする場合消費1体のみでアドバンス召喚することが可能。我が人生に光を差した、決して消えない不屈の太陽。たとえ幾たび沈もうと、明日が来ればまた日は昇る。アドバンス召喚……さあ行きましょう、相棒!ソーラー・ジェネクス!」

 ソーラー・ジェネクス 攻2500

 ゆっくりと腕を伸ばし高く天を指した青木の頭上で、突如爆発的にオレンジの光が弾けた。眩く暖かい光の粒子を身にまといそこに現れたのは、すらりとした人型のジェネクス。両腕と背中には戦闘機の翼を思わせる意匠が取り込まれ、その胸の中央には太陽の光を受けて輝く黄金の炉心が無尽蔵とも思える光を放つ。
 しかし、そのソリッドビジョンはどこか不安定だ。具体的にどこが、というわけではないが、微妙にその細部には通常よりも粗が見られる。カードそのものがボロボロであるせいか、読み取りに若干の不具合が生じてしまっているのだろう……過去に様々なカードを見てきた経験から、そう鳥居は推測する。
 正直な話ソーラー・ジェネクス自体はさほどレアリティが高いわけでもなく、いまだ営業を続けている適当なカードショップにでも行けば、それこそワンコインでもっと状態のいいものが買えるであろう。それでも青木は、この1枚を自らの相棒と呼んだ。この傷ついた1枚こそが彼の人生を一変させた恩人であり、彼のデュエリストとしての第二の人生の象徴でもあるからだ。これは、社会の荒波の中で自分を信じる気持ちを失った彼にとっての心の拠り所。このカードと共に戦う時だけは、不思議と負ける気を感じなかった。

「『ついに輝く太陽が、我々の頭上に昇ってしまいました!風、そして太陽。鋼鉄の兵団ジェネクスは、恐るべきことにその空の全てを手中に収めてしまったというのでしょうか!大いなる海に引き続き、偉大なる空を敵に回すこととなった魔界劇団。果たしてこの状況からどのように勝利という名のエンディングを導くのか、皆様どうか最後まで目を離さずにご鑑賞お願いいたします!』」

 しかし、それは鳥居も同じこと。青木が人生をカードに救われたというのなら、彼もまたその人生をカードに導かれた存在。物心ついたときから肌身離さずカードに親しみ、舞台をそれらと共に駆け回り、まるで生あるもののように接してともに成長してきた彼の半生こそが、たとえどんな相手にどれほど追い詰められようとも最後の最後までこの演劇デュエルという自信の信じるデュエルスタイルを、そしてエンタメを捨てない確固たる自信とプライドの源だった。それにそもそも、まだデュエルは始まったばかりなのだ。

「通常魔法、サモン・ダイスを発動。ライフ1000を支払うことでサイコロを1度振り、その出た目に応じた効果を発動します。私の出す目は……3!よって私の墓地から先ほどリリースしたジェネクス・コントローラーをそのまま蘇生。そして永続魔法、マシン・デベロッパーを発動。このカードが存在する限り、互いのフィールドに存在する機械族モンスターの攻撃力は200ポイントアップします」

 青木 LP4000→3000
 ジェネクス・コントローラー 攻1400→1600
 ソーラー・ジェネクス 攻2500→2700

 再び現れたコントローラー含め、2体のジェネクスのステータスが上昇する。それは数値こそわずか200にすぎないが、今この場では計り知れないほど大きな意味を持っていた。メロー・マドンナの守備力と拮抗していたソーラー・ジェネクスの攻撃力が、ほんのわずかにだがそのバランスを崩したのだ。

「バトルフェイズ。まずはジェネクス・コントローラーでコミック・リリーフに攻撃!」
「『ならばこちらも、コミック・リリーフのモンスター効果にてお相手いたしましょう。このカードが戦闘を行う際、彼の産み出す不可思議なギャグ補正の空間に相手をいざなうことでプレイヤー、つまり私の受ける戦闘ダメージは0となるのです!』」

 玉乗りしたままくるりと反転し、デュエルフィールドを駆けまわって逃げるリリーフに、そのタイヤを目一杯に回転させたジェネクス・コントローラーが追いすがる。最後には途中でバランスを崩したリリーフが短い両手を必死にばたつかせながらも派手な音とともに顔面から地面に激突したところに、勢いよくジャンプしたコントローラーがその背中へとのしかかった。

 ジェネクス・コントローラー 攻1600→魔界劇団-コミック・リリーフ 攻1000(破壊)

「戦闘ダメージは入らずですか。それでも構うことはない、ソーラー・ジェネクスでメロー・マドンナに攻撃。ソーラーショット・HINODE(ヒノデ)!」

 太陽の名を持つジェネクスの背部装甲がかすかな唸りを上げてゆっくりと開き、格納されていたソーラーパネルが表を向く。天井から降り注ぐ電灯の光を一身に吸収し、胸の炉心がひときわ鋭く光り始めた。そしてソーラー・ジェネクスがその腕を前に突き出すと、肘から手首の部分にかけて巨大なレーザー砲がその内部から展開される。

「撃てぇっ!」

 主の号令をトリガーとし、レーザーが破壊の光を解き放つ。腰に差した長剣を抜いてそれを正面から切り捨てて防ごうとするメロー・マドンナの抵抗も無尽蔵な光の奔流には耐えきれず、先に限界を迎えた剣がその手の中から弾かれる。そしてそのまま、女勇者の姿は光の中に消えていった。

 ソーラー・ジェネクス 攻2700→魔界劇団-メロー・マドンナ 守2500(破壊)

「『ああ、これは予想外の番狂わせです!鋼鉄埋めつくす暴虐の空へと反旗を翻すべく立ち上がった今回の主役、勇者メロー・マドンナはしかし、天より降り注ぐ太陽の鉄槌の前にはかなくも力尽きてしまいました!それでは、今宵の演目はこのままバッドエンドにて終了してしまうのか!?いえいえ、ご安心ください。勇者とはすなわち英雄。とあれば、その英雄の心は決して挫けません。何度でも立ち上がり、勝利のために戦い抜くのです……そう、ペンデュラムの力によって!無論言うまでもありませんが、メロー・マドンナはペンデュラムモンスター。フィールドから墓地へと送られる場合、墓地ではなくエクストラデッキへと送られます。正義求める不屈の魂に終わりなどありません。何度傷つき力尽きても、勇者は必ず立ち上がるのです!』」

 再びがら空きになった鳥居のフィールドの空白を埋めるように、朗々とした彼の声が響き渡る。いささかもその闘志に揺らぎがないことを示す言葉のリカバリーに、わずかに青木の表情が変わる。

「なるほど、どうやらあなたのことを私は誤解していたようですね。これだけの観衆を前にしながら、まるで衰えないその自信。私があなたほどの年の頃には、決して持ち合わせていなかった……いえ、つまらない話でした。私は、これでターンを終了します」
「『それではこれより私のターン、ドロー!』」

 彼の手札は、このドローを含め残り2枚。だが、まだ足りない。彼の今求めるカードは、手札にない。

「『ならば、このターンは……私はライトPゾーンにスケール2、魅力あふれる魔法のアイドル!魔界劇団-プリティ・ヒロインをセッティング。これにて描かれしスケールは2と8、すなわちレベル3から7のモンスターを同時に召喚可能となりました。ペンデュラム召喚!』」

 彼のエクストラデッキに、表側で存在するペンデュラムモンスターは全4体。しかしリンクマーカーが1つも向いてない彼のフィールドにそこから呼び出せるのは、そのうちわずか1体のみ。そして彼がこの局面で選んだのは……フィールドが丸い影に覆われたかと思うと、体を開くことで空気抵抗を目一杯に生かし、ふわふわとテントに手足が生えたような奇抜な団員が最初のターンと同じように降りてくる。

 魔界劇団カーテン・ライザー 攻1100→2200

 ここで、彼にはもう1つの選択肢があった。彼のPゾーンにはいまだ、コミック・リリーフが生きている。適当にペンデュラム召喚を行い、直後にその効果を発動すれば青木の場からソーラー・ジェネクスを奪い取ることもできたろう。その際にもう1体のコミック・リリーフを送り付けさえすればその効果……コントロールが移った際に元々の持ち主が自身のセットされた魔界台本を破壊できる強烈な能力を発動することも、十分に狙えたはずだ。
 それでも彼がその選択肢を選ばなかったのには、いくつかの理由がある。まずソーラー・ジェネクス自体の効果がジェネクス専門であり、彼のデッキではその力をまるで発揮できないこと。またこのターンに何をしたところでディメンション・ゲートとその先に帰還するレアル・ジェネクス・ヴィンディカイトの布陣を突破し青木のライフを0にすることまでは不可能で、それならばペンデュラム効果の発動後に自壊してしまうリリーフをプレッシャーとしてこのままPゾーンに置いておくのも悪くない、そう判断したからだ。だが何よりの理由としては、あくまでデュエルを演劇として捉える彼自身のファイトスタイルにある。自他ともに認めるほどのエースモンスターを奪い取るのならば、それなりの下地と脚本を演出しなければならない。なんの脈絡もなくただ相手のエースを寝返らせるような真似はしない、それが彼の美学だった。

「『カーテン・ライザーの効果を発動!といってもすでに、その力のほどは皆さんもお分かりですね?デッキより魔界台本「火竜の住処」を墓地に送り、エクストラデッキから勇者メロー・マドンナをまたしても私の手札へと帰還。この帰還も本来ならば勝利の凱旋といきたいところでしたが、なかなかそううまくは参りません。死んだら終わり、逃げるが勝ちとも申します。永続魔法、魔界大道具「ニゲ馬車」を発動!カーテン・ライザー、そして私自身の身をこの馬車に預け、空の色が変わるよりも速いスピードでの逃避行へと移りましょう』」

 鳥居の背後から突然に、どこからともなく現れた魔界の馬車がその蹄に紫の炎を纏いながら駆け抜けていく。その右端からは鳥居自身が、そしてその左端からはカーテン・ライザーが、同時にジャンプして小人の御者の両隣へと滑り込む。
 奇想天外なプレイングに観客がどよめいたちょうどその時、タイミングよくスピーカーの主もまた彼らのデュエルに目を移したらしい。驚愕の色を隠しきれない、すっとんきょうな実況が大きく響いた。

「決まったぁーっ!Aブロック、準決勝は試合終了だ!強い、強すぎるぜチャンピオン!今年も優勝候補の大本命は格が違うってもんよ!さーって、お隣のBブロックは……な、なんだぁ!?彗星のごとく今年現れた期待の新人、鳥居浄瑠が、「BV」を利用して永続魔法に直接乗り込んでいるぞぉっ!?」

 まず最初に彼が感じたものは、まるで雲の上にでも乗っているかのように不安定で頼りない感覚だった。馬車のしっかりとした座り心地はそこにはなく、いまにも自分の尻の下で消え失せてしまいそうな幻影の座席。
 そして、その理由はわかっている。投影された粒子の固定化、質量の一時的増加。いまだ人類には早すぎた、世界を壊すソリッドビジョン……ブレイクビジョンが本来の力を発揮できていたならば、その感触すらも正しく見た目通りのものが伝わってきただろう。それを妨害し抑え込んでいるからこその、この中途半端な実体化によるふわふわとした感覚。
 しかし彼はそれを喜ぶべきか悲しむべきか、その判別がつかなかった。こうして質量を得たカードと共に彼自身のデュエルを行うことができるというのは、元劇団員としての彼の夢であった。しかしデュエルポリスとしての彼にとって、今この状況は間違っても喜べるものではない。会場の中と外で彼自身、そして糸巻が今現在も「BV」妨害電波を2人がかりで垂れ流しているこの状況下にあってさえ、こうして人間1人をどうにか支えられるほどのビジョンを生み出すほどに「BV」の力は強い。それはとりもなおさず、デュエルポリスとテロリストの技術の差を物語っているからだ。

「……くそっ」

 今まさに完成へと近づいているかつての夢の実現を、その全てを壊すために今の自分はいる。「BV」の力を目の当たりにして、この仕事を選んだ時にはわかっていたはずの現実が再び彼の方を向く。誰にも聞こえないように、小さく吐き捨てる。歯を食いしばったその表情は、カーテン・ライザーの横に長い体が覆い隠してくれた。ぐっと力を入れて両目を閉じ、鋭く息を吸い、吐く。彼はどこまでもエンターテイナーであり、観客の前では絵に演者のあるべき姿を魅せねばならない。どうにか気持ちを落ち着かせてカーテン・ライザーの影から飛び出し、青木の周りに円を描くよう走り続けるニゲ馬車の上に立ち、そのまま大きく両手を広げる。

「『さあ、まだまだ勝負はここからです!朝に昇りし太陽は、夕には沈むが世の習い。ならばその時その瞬間を、皆様に見極めていただきましょう!私はここで今現在私自身が乗り込んでいる忠実なる大道具、ニゲ馬車の効果を発動!1ターンに1度自分フィールドの魔界劇団1体を選択してこの馬車へと乗り込ますことで、次の相手ターン終了時までそのモンスターを相手の効果対象に選べない状態にします!』」

 そう言うなり、カーテン・ライザーの全身がニゲ馬車の炎と同じ紫のオーラに包まれる。そのオーラ自体はすぐに消えてしまったが、付与された耐性が消えることはない。

「『これにてターンエンド……と、申し上げたいところですが、その前に最初の反撃を。バトルフェイズに移行し、カーテン・ライザーでジェネクス・コントローラーへの攻撃!』」

 攻撃宣言と同時にニゲ馬車がその向きを変え、青木の……いや、正確にはその横に佇む小さなジェネクス・コントローラーへと爆進する。無論それを操るのは、御者から一時的に手綱を受け取ったカーテン・ライザーだ。そして駆け抜ける勢いそのままに、コントローラーを跳ね飛ばす。

 魔界劇団カーテン・ライザー 攻2200→ジェネクス・コントローラー 攻1600(破壊)
 青木 LP3000→2400

「ぐううううっ……!しかしこの瞬間、マシン・デベロッパー及びソーラー・ジェネクスの効果が同時に発動!まずは機械族モンスターが破壊されたことで、マシン・デベロッパーにはジャンクカウンターが2つ乗ります」

 マシン・デベロッパー(0)→(2)

「そして、ソーラー・ジェネクスの効果発動!私のフィールドからジェネクスが墓地に送られるたび、500ポイントのダメージを受けてもらいましょう。ソーラーシュート・NICHIRIN(ニチリン)!」

 太陽のジェネクスのソーラーパネルに、墓地に送られたコントローラーの魂が光となってまっすぐに向かった。そしてその光をまたしても吸収したソーラー・ジェネクスが、そのエネルギーを凝縮させることで額から細いものの力強い一筋の光線を放つ。いくら直進するニゲ馬車といえど、光よりも速く走ることは不可能。背後からみるみるうちに距離を詰めた光線は、座席に穴をあけつつ鳥居の体を突き抜けた。

 鳥居 LP2800→2300

「『ぐっ……ですが今度こそターンエンド、ターンエンドです!』」

 軽い火傷の痛みが服を、そして胸を突き抜けて彼を襲う。しかし「BV」の効力が弱まっているうえに元のダメージ自体も500と微量、すぐに冷やしておけば跡が残るようなこともないときっぱりとその痛みを脳から遮断した。エンタメを行う演者として、舞台上で役としての演技ではなく自分自身の苦しみをあらわにすることは本来あってはならない。例え舞台で骨が折れたとしても、それを客に悟られるようではまだ二流。彼はそう教わってきたし、それが正しいことだと思う。

「馬車に……いや、魔法カードに直接自分が乗り込んでデュエルとは、まったく恐れ入りました。しかし、いくら常識破りのことをしたとしてもデュエルには影響を及ぼさない、それだけで勝利を掴むことは不可能。私のターン、ドロー。通常魔法、マジック・プランターを発動。永続トラップ1枚をコストに、カードを2枚ドロー」

 青木がカードを引く様子を、やはりあのカードが入っていたか、とニゲ馬車から冷静に観察する鳥居。となると、彼のデッキにはほかにも永続トラップが何枚か入っている可能性は高い。しかし、彼はここまでにいまだ1枚しか永続トラップを使用していない。となると、確率的にもそろそろ他を引いてもおかしくない頃か?

「そしてディメンション・ゲートがフィールドから墓地に送られたことで、除外されていたヴィンディカイトは再びフィールドへと帰還。マシン・デベロッパーの効果により攻撃力アップ!」

 レアル・ジェネクス・ヴィンディカイト 攻2400→2600

「さらに私はここで、ジェネクス・サーチャーを通常召喚。そしてこのカードも機械族、よって攻撃力がアップ」

 ジェネクス・サーチャー 攻1600→1800

 装甲に覆われていないむき出しの配線や、体のあちこちから飛び出るコードもそのままに上級ジェネクスと並んで召喚された、メインカメラの代わりらしき赤色ランプをゆっくりと回転させる機械の兵士。今にも機能停止してしまいそうなその体はしかし、そのフレーム丸出しの細い両足で会場の床をしっかりと踏みしめていた。

「バトルフェイズ。まずはジェネクス・サーチャーで、カーテン・ライザーに攻撃!」

 サーチャーが赤色ランプを走り続けるニゲ馬車に向け、ぎこちない動きで小型ミサイルを放つ。だがそれよりも早く敵襲を察知したカーテン・ライザーが再び手綱を操り、いくつもの小爆発を巧みに潜り抜けてその発射元を再びニゲ馬車と共に引き潰した。

 ジェネクス・サーチャー 攻1800(破壊)→魔界劇団カーテン・ライザー 攻2200
 青木 LP2400→2000

「そしてこの瞬間、再びマシン・デベロッパー及びソーラー・ジェネクスの効果が発動。ソーラーシュート・NICHIRIN!」

 マシン・デベロッパー(2)→(4)
 鳥居 LP2300→1800

「さらに、戦闘によって破壊されたジェネクス・サーチャーの効果を発動。このカードが戦闘破壊された時、デッキから攻撃力1500以下のジェネクス1体を攻撃表示でリクルートできる。私が選ぶカードは、タービン・ジェネクス!そしてこのカードが表側で存在する限り、すべてのジェネクスの攻撃力は400ポイントアップ。そしてタービン自身もマシン・デベロッパーの効果を受け、さらに攻撃力200ポイントアップ」

 大量の蒸気とともに、文字通り回転し続けるタービンがその体の大部分を占めた更なるジェネクスがサーチャーの残骸から現れる。

 タービン・ジェネクス 攻1400→1800→2000
 ソーラー・ジェネクス 攻2700→3100
 レアル・ジェネクス・ヴィンディカイト 攻2600→3000

「『空の鋼鉄兵団、逃避行へと追いすがりその先鋒を務めたのは攻撃力で劣るジェネクス・サーチャー!それを辛くも撃退したカーテン・ライザーですが、しかしそれさえも全てはその鋼鉄の手のひらの中で行われた遊戯にすぎなかったというのでしょうか!この圧倒的な布陣を前に、どうするカーテン・ライザー!』」
「レアル・ジェネクス・ヴィンディカイト、追撃のブローエネミー・スカイハイ!」

 再び上空に浮かび上がった緑の戦闘機が、空高くからニゲ馬車周辺にいくつもの爆弾を落とす。しかし爆風で何度も転びそうになり、その熱であちこちに焦げ跡を作りつつも、どうにか炎に包まれてその歩みを止めることなくカーテン・ライザーたちはその爆心地からの脱出に成功した。

 レアル・ジェネクス・ヴィンディカイト 攻3000→魔界劇団カーテン・ライザー 攻2200
 鳥居 LP1800→1000

「『この瞬間、ニゲ馬車の更なる効果適用!ニゲ馬車がフィールドに存在する限り、私の魔界劇団はすべて1ターンに1度だけ戦闘によって破壊されません。さらに私が戦闘ダメージを受けたことでプリティ・ヒロインのペンデュラム効果発動、メルヘンチック・ラブコール!相手モンスター1体を選択し、その数値だけ攻撃力を永続的にダウンさせます。キュートな彼女の愛の魔法で、太陽すらも包み隠してみせましょう!』」

 ニゲ馬車について回っていた光の柱の片方で、魔法少女が杖を振るう。無数のカラフルな星型弾がソーラー・ジェネクスの周辺を包みこむと、その黄金の輝きがほんのわずかに弱まった。

 ソーラー・ジェネクス 攻3100→2300

「無論、ここでその効果を使うことも承知の上でのこと。攻撃力が下がろうと、いまだソーラー・ジェネクスの攻撃力はカーテン・ライザーを上回る。攻撃せよ、ソーラーショット・HINODE!」

 またしてもソーラーパネルを展開したソーラー・ジェネクスが、その勢いで体の周りを包む星型弾を弾き飛ばす。自由になった太陽が再び腕を伸ばしレーザーを放つと、その一撃は今度こそ回避に失敗したニゲ馬車の中央を打ち抜いた。突然の衝撃から鳥居はニゲ馬車の背にしがみついて持ちこたえたものの、カーテン・ライザーの方は急停車の衝撃に耐えきれず吹き飛ばされて退場してしまう。

 ソーラー・ジェネクス 攻2300→魔界劇団カーテン・ライザー 攻2200(破壊)
 鳥居 LP1000→900

「『魔界劇団が戦闘によって破壊されたこの瞬間、手札からメロー・マドンナの効果を再び発動!歌姫の勇者メロー・マドンナは、味方の危機を見捨てはしません。正義のために立ち上がり、三度この場に参上します!』」

 地面にだらりと垂れたニゲ馬車の手綱を、どこからともなく現れた女勇者が優しく手に取った。時同じくしてその馬たちもレーザーの衝撃から立ち直り、礼儀正しくその新たな御者の指示を待つ。ひらりと華麗な動きで空いた座席に飛び乗ったメロー・マドンナが3体ものジェネクスを横目に見ながら手綱を引くと、再びその蹄に魔界の炎をともしてニゲ馬車は走り出した。

 魔界劇団-メロー・マドンナ 攻1800→2100

「ですが、まだ私のターンは途中。このメインフェイズ2にマシン・デベロッパーの更なる効果を発動。このカードを墓地に送ることで、その時に乗っているジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ機械族モンスター1体を私の墓地から蘇生。ジャンクカウンターの数は4、よって私が選ぶのはレベル3のジェネクス・コントローラー」

 ジェネクス・コントローラー 攻1400
 タービン・ジェネクス 攻2000→1800
 ソーラー・ジェネクス 攻2300→2100
 レアル・ジェネクス・ヴィンディカイト 攻3000→2800

「ともに機械族モンスターのタービン・ジェネクス及びジェネクス・コントローラーをそれぞれ右、そして下のリンクマーカーにセット。声なき者の祈りに応え、勝利と未来が今その両腕に繋がれる。追撃のリンク召喚、機関重連アンガー・ナックル!」

 それは、途方もなく巨大な機械の両腕を生やす列車型モンスター。文字通り行く手にあるはずの勝利と未来をすべてこの手でつかみ取ると言わんばかりの質量で迫るそれが、ソーラー・ジェネクスの正面にくるようにして鳥居の前に立ち塞がる。タービン・ジェネクスがフィールドから消えたことで2体の最上級ジェネクスの攻撃力はさらに低下するが、それでもなお太陽のジェネクスはその身を輝かせた。

 機関重連アンガー・ナックル 攻1500
 ソーラー・ジェネクス 攻2100→1700
 レアル・ジェネクス・ヴィンディカイト 攻2800→2400

「今、私のフィールドからは2体のジェネクスが墓地へと送られた。しかし、そのタイミングが同時であったためにダメージは1度しか与えられない……ソーラーシュート・NICHIRIN!」

 鳥居 LP900→400

「『ぐぐぐ……っ!い、いよいよ追い込まれてまいりました!しかし、デュエルとはすなわち最後の最後まで結末の見えない台本なき演舞。その結末を直接見届けるまではどのようなどんでん返しが何度起こるかもわからない、それゆえに面白い。どうか最後の最後、おそらくは次の私のターンまで、どうか目を離さずにお待ちください!』」
「このターンで終わらせられなかった私の言えたことではないが、まだそこまで言い切ることができるとは。それが若い力というものか……だとしても、私にも勝つ理由がある。カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 心底感心したように頷き、最後の手札を伏せる青木。おそらくは、次のターンで勝負が決まる……それは、互いにとっての共通認識であった。このドローで鳥居が何を引くか、それによってすべてが決まる。いよいよ長い戦いもクライマックスに至ったとあって、観客の視線が彼の手元に集まる。

「『私のターン、ドロー……来ました!魔法カード、デュエリスト・アドベントを発動!私のPゾーンにカードが存在することをトリガーに、デッキからペンデュラムと名の付くカード1枚をサーチします!私が選ぶのは通常魔法、ペンデュラム・ホルト!このカードは私のエクストラデッキに表側のペンデュラムモンスターが3種類以上存在するときにのみ発動でき、このターン他の効果によるドローが行えなくなる代わりに2枚ものドローを可能にいたします。続けて、ドローっ!』」

 サーチカードを経由してのドローソース。土壇場で手にした2枚のカードに目を走らせ、大きく息を吸う。

「『それでは皆様お待ちかね、いよいよ第二幕のクライマックスシーンがやってまいりました。この圧倒的に不利な状況を、いったいどのように覆すのか?まずはお決まり、ペンデュラム召喚から参りましょう。スケールはいまだ組み合わされたままの2と8、よってレベル3から7のモンスターが召喚可能!手札より満を持して現れよ、栄光ある座長にして永遠の花形!魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 どこからともなく射し込んだスポットライトの光に照らされて、上空高くからスタイリッシュなポーズを決めつつ名優、ビッグ・スターが走り続けるニゲ馬車の上に着地する。その座席の上で左右をメロー・マドンナとビッグ・スターに挟まれる格好となった鳥居が、指をパチンと打ち鳴らす。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

「『そして、ビッグ・スターの効果発動!デッキより台本1冊を選択し、私のフィールドへとセットいたします。選び抜かれし演目の名は……ここは王道を行く、私の一座で最も人気の高いあの演目といたしましょう。魔界台本「魔王の降臨」をセット!』」

 ビッグ・スターがニゲ馬車に座り込んだまま横に手を伸ばすとその手の中に光が集まり、次の瞬間には分厚い1冊の台本が握られる。まさにそれを開こうとしたタイミングで、青木が最後の抵抗に打って出た。

「この瞬間に永続トラップ、ディメンション・ガーディアンを発動。私のフィールドで表側攻撃表示のソーラー・ジェネクスを選択し、このカードが存在する限り選択したモンスターは戦闘及び効果によって破壊されない!」
「『なるほど、太陽は沈まない、というわけですか。ですが、もし私がそれを待っていたとしたら、どういたしますか?』」
「な、なに?」

 困惑と同時にかすかな後悔が、青木の表情をよぎる。その姿が、ニゲ馬車の上にいる鳥居からははっきりと見えた。まさに彼が狙っていたのは、あの唯一の不確定要素であった伏せカードが表を向くこの瞬間。この瞬間、彼の勝利は決定した。

「『あなたにとってそのソーラー・ジェネクスは、相棒と呼ぶほどに大切なモンスター。そして先ほどあなた自身が使用していたマジック・プランター。この2つの要素が明らかになった時から、想像はついていました。おそらくあなたの伏せカードは永続トラップ……それもソーラー・ジェネクスを蘇生させるリビングデッドの呼び声、あるいは破壊から守る安全地帯のように防御的なカードだろうとは感じていましたが、どうやら当たりだったようですね』」
「私の伏せカードを読んでいた、と?」
「『ええ。ですがそれはただの予想であり、確信には至る証拠はない。そこで、ビッグ・スターには一芝居打っていただきました。レベル7以上の魔界劇団が存在するときに相手からのチェーンを許さない魔王の降臨をセットすれば、もしその伏せカードがフリーチェーンで発動できるタイプのカードならばその発動タイミングはセットから発動までのほんのわずかな隙間、まさにこの瞬間しかありませんからね。とはいえかなり綱渡りでしたよ、もしソーラー・ジェネクスをフィールド外へと逃がすディメンション・ゲートのようなカードを伏せられていたら、私としてもかなり困った状況に追い込まれていました』」

 隣で手綱を取る女勇者に合図して、ニゲ馬車をその場に停止させる。馬車の上と下でわずかに向かい合い、最後の手札をデュエルディスクに置いた。

「『それではここまでの激闘に敬意を表し、ジェネクスの皆様を私たちの劇場へとご案内いたしましょう。フィールド魔法、魔界劇場「ファンタスティックシアター」を発動いたします!』」

 そう宣言した瞬間、コウモリをかたどったオレンジ色の風船が一斉に空に浮かんだ。風もないのに同じ方向へと流れていく風船たちの向こうでは花火が上がり、クラッカーが弾け、どこからともなく楽しげな音楽を奏でる楽団の音色が会場に響く。スポットライトが舞台を照らし、色とりどりのネオンが彩る。
 ここはまさに、魔界劇団による魔界劇団のための劇場。糸巻の領土がアンデットワールドというのならば、このファンタスティックシアターこそはまさしく彼の本拠地だった。

「こ……これは……!」
「『それでは皆様お待ちかね。リバースカードオープン、魔界台本「魔王の降臨」!攻撃表示で存在する魔界劇団の数までフィールドのカードを選択し、魔王の暴威でそのまま破壊!ヴィンディカイト及びアンガー・ナックルのご両名は、これにて退場と相成ります』」

 女勇者の格好のままのメロー・マドンナの横で、ビッグ・スターが以前と同じく漆黒のマントを体に巻き付ける。再び走り始めたニゲ馬車による人馬一体の突撃は緑色の戦闘機が張ったバリアをものともせずに突き破り、そのままの勢いで隣にいた腕の生えた列車も跳ね飛ばした。

「『そしてあなたのフィールドからジェネクスが墓地に送られたことで、ソーラー・ジェネクスの効果が発動します』」

 太陽のジェネクスが、まるで鳥居の書いた台本に従うかのように正確なタイミングでレーザーを放つ。狙いすまして放たれた、本来ならば彼のわずか400しか残っていないライフを奪い取るほどの一撃。しかし、それが彼の体を射抜く時はついに訪れなかった。彼がその寸前にニゲ馬車の足元から取り出して体の前で構えた、1冊の魔界台本。分厚いそれを最後まで貫くことができず、レーザーそのものが霧散したのだ。

「『ですが、ファンタスティックシアターの特殊な能力を適用。ペンデュラム召喚された魔界劇団が私のフィールドに存在する限り、あなたの発動するモンスター効果は1ターンに1度だけ「相手フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を選んで破壊する」と書き換えられるのです。私のフィールドに伏せカードはわずか1枚、それがこの魔界台本でした。そしてこの瞬間、たった今相手によって破壊されたこの台本……我々にとっても最高にして至高の演目、魔界台本「魔界の宴咜女(エンタメ)」の効果を発動!』」

 ステージの両端から白いスモークがたかれ、色とりどりのライトがまぶしくフィールドを照らす。ニゲ馬車の上では女勇者がその剣を抜いてすらりと高く上に掲げると、その合図に応え大きいものから小さいものまでいくつもの影がスモークの中から飛び出した。

「『私のエクストラデッキに表側表示の魔界劇団ペンデュラムモンスターが存在し、フィールドにセットされた魔界台本が相手の効果で破壊されたその瞬間。その1冊につづられたもうひとつの筋書に従い、タイトルこそ同じなれどそれ以外は全くの別物、ここでは魔界の宴咜女を開演いたします!その内容はすなわち、私のデッキより魔界劇団を任意の数だけ選択しフィールドへと一斉に特殊召喚する……まずは怪力無双の剛腕の持ち主、魔界劇団-デビル・ヒール!』」

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000

「『続いては舞台駆けまわる若きショーマン、魔界劇団-サッシー・ルーキー!』」

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700

「『そしてまばゆく煌めく期待の原石、魔界劇団-ティンクル・リトルスター!さあ皆様、万雷の拍手をもって彼らをお迎えください!』」

 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000

 割れんばかりの拍手を浴びながら、3体のモンスターがフィールドに並ぶ。力こぶを作ってアピールするデビル・ヒールや特に意味のないジャンプからの空中回転を決めてみせるサッシー・ルーキーに対しティンクル・リトルスターのみはおずおずとニゲ馬車から恥ずかしげに小さく手を振るのみと、その反応は三者三様。そして一通りのアピールを終えたところで、デビル・ヒールがその大きな手をぐわっと開き衝撃波を放つ。

「『デビル・ヒールのモンスター効果発動、ヒールプレッシャー!このカードが場に出た際に相手モンスター1体を選択し、私の場の魔界劇団の数だけその攻撃力をターンの間だけダウンさせましょう。今の私のフィールドには魔界劇団が計5体、よってソーラー・ジェネクスの攻撃力は5000ポイントダウン!』」

 ソーラー・ジェネクス 攻1700→0

「『さて、どれほど楽しい時間でも、いつかは必ず終わりが訪れるもの。長いようで短い第二幕も気づけばすでにフィナーレの瞬間、その幕はやはり勇者の手によって下ろしていただきましょう。魔王の降臨、魔界の宴咜女が墓地に送られたことで、メロー・マドンナの攻撃力はさらに200ポイントアップいたします』」

 魔界劇団-メロー・マドンナ 攻2100→2300

 ニゲ馬車から飛び降りたメロー・マドンナが、剣を手にスクラップ寸前のソーラー・ジェネクスへと近づいていく。胸の炉心もすっかり勢いを弱め、辛うじてかすかな輝きを見せるのみ。先ほどの拍手とは打って変わって静まり返った会場の中心で、その切っ先がゆっくりと落日の太陽へ向けられた。

「『では、最後のバトルフェイズ。魔界劇団-メロー・マドンナで、ソーラー・ジェネクスに攻撃です』」

 言葉は、もはや必要ない。静寂の中で放たれる女勇者の剣のひと突きが、炉心の中央を正確に貫いた。

 魔界劇団-メロー・マドンナ 攻2300→ソーラー・ジェネクス 攻0
 青木 LP2000→0





「『ハア、ハア……それでは魔界劇場第二幕、これにて終演と相成ります。大いなる海、そして偉大なる空へとその名を刻んだ魔界劇場第三幕、開演をしばしお待ちください!』」

 特大ダメージでのワンショットキルを狙いに来ていた1戦目とは打って変わって、細かなダメージを積み重ねての勝利を狙われた今回の戦い。辛くも勝利したものの、この2つの戦いを経たその代償は決して軽くない。あちこちにできた軽度の火傷痕、そして打撲……どこもかしこも痛みを訴える体を強いて動かし、観客の前でゆっくりと一礼する。そのまま裏手に引っ込もうとしたところで、倒れたままの青木がわずかに呻く様子が彼の目に入った。

「う、うう……」
「ほれ、立てますか?」

 さすがに見捨てるわけにもいかず、いいから早く休ませろとストライキを起こす全身を無理に引っ張ってそちらへと向かわせる。ただでさえ頼りなく見えたそのスーツ姿の中年の姿は敗者となった今よりいっそう小さく、そして弱いものに見えた。
 差し出した手をどうにかといった様子で握り返され、そのまま上に引っ張って親子ほどに年の離れた男の体を起こす。

「ああ、ありがとう。このデュエル私の完敗だ、君に敬意を表そう」

 そう言ってデュエルディスクに乗ったままのカードを1枚ずつ取り外しては、自らのデッキに戻していく青木。最後に残った1枚、傷だらけのソーラー・ジェネクスを大切そうにそっと眺め、愛おしげに指で撫でるその姿を前に、鳥居は知らず知らずのうちに一礼していた。それと同時に、なぜあの口が悪い女上司がこの男に対してはいつもの毒舌も控えめだった理由も理解する。
 彼女は鳥居に言わせれば、彼のタイプでこそないものの客観的にはまあ見てくれだけはそれなりの三十路で、口も性格もお世辞にもいいものではない。しかし、彼女の人を見る目に関しては彼も一目置いていた。

「……?」
「俺の方こそ、あなたに敬意を表させてください。あなたのカードを愛する心は、確かに本物です」
「そうか。ありがとう。決勝戦、影ながら応援しているよ」

 今度は青木の側から差し出された手を、力を込めて握り返す。この裏デュエルコロシアムも、ついにあと1戦を残すのみ。 
 

 
後書き
3戦目にして早くも感覚が麻痺し、このエンタメデュエル方式がちゃんとエンタメできているのか、ただ単に描写が寒いだけなのかが自分で書いていてよく分からなくなってきた。まあこれがやりたくてシリーズ始めた節もあるので、直接の苦情があるまではこのまま続けます。来たらその時考えます。

さて、ここまではそれなりのペース(本人比)で投稿してきましたが、4月からは生活が一変するため今後どうなるかは私自身もさっぱり読めません。もしかしたら投稿頻度もがた落ちするかもしれませんが、できる限り頑張りますのでご容赦ください。 

 

ターン7 傾国導く闇黒の影

 
前書き
今回はまだ投稿早い方です。予想以上にきっついわ新生活。
前回のあらすじ:輝け中年の太陽。 

 
「ハァ、ハァ、ハァ……クソッ」

 夜の月に照らされて、肩で息をしながらボロボロの体で前方を睨みつける赤髪の女―――――糸巻。その口の端の煙草は彼女の呼吸が乱れている証拠に、不規則に先端の火が強まっては弱くなりを繰り返していた。特にひどく痛むらしい右肩を起動中のデュエルディスクをつけた左手で庇いながらも決して膝をつこうとはしないその表情は、まさに手負いの獣といった様子だった。

「おやおやおや、あなたこんなに弱かったでしたっけ?家紋町の守護神、デュエルポリスの古株……元プロデュエリスト、『赤髪の夜叉』さん?」
「……はっ、最初のひとつは初耳だな。それに精々抜かしてな。公務執行妨害、暴行、凶器準備集合罪、まだまだ罪状盛りだくさんのお得セットだ。泣いて謝ったってしょっ引いてやるからよお!」

 言い返す口調だけは威勢がいいが、もはや逆転の目が薄いことは彼女自身がよく自覚していた。まだ可能性はゼロでこそないが、このままではその残り火が費えるのも時間の問題だろう。
 なぜ、なぜ、こうなってしまったのか。それを語るには、ほんの少し時間を巻き戻らねばならない。





 ソーラー・ジェネクスによるバーン効果を逆手に取る形で、傷だらけとなりながらも鳥居が2勝目を挙げたちょうどその時―――――外。蜘蛛とのデュエルを終えた糸巻は試合中のドームを中心に円を描くように動き、直線上で1キロほど離れた自然公園でいつも通りに煙草をふかしていた。常人ならばとうの昔に胸焼けして煙を見るのも嫌になるようなハイペースだが、1カートンをわずか3日で吸い尽くすほどに重度のヘビースモーカーである彼女の肺は、この程度のことで音を上げる様子はない。

(さて、そろそろか?)

 心の中で呟き、ここまで乗ってきたバイクの元に向かう。蜘蛛とのデュエル後から会場と一定の距離を保ったまま適当に走っては一服し、追っ手の気配がなければもう少し走りまた一服する。その繰り返しだ。今回の裏デュエルコロシアムは、参加メンバーのネームバリューからいってもかなりの金が動く。当然、追っ手があの蜘蛛1人で済むはずがない。まして彼女は、その蜘蛛を既に返り討ちにしているのだ。

「こんばんは。随分好き放題やってくれましたねー、おかげでこっちはえらい騒ぎですよ」
「おう、遅かったじゃないか。ようやく2人目の……」

 はたして、彼女の予感は的中した。背後から掛けられた、軽い調子の声に応え振り返る……その寸前、膨れ上がった背後の殺気に彼女の体はほぼ無意識のうちに動いていた。軽口を途中で切り、煙草の始末をする暇もなく地面に転がって前転、声の主から距離をとる。
 その直後、先ほどまで彼女が立っていた位置に巨大な、銀色の槍のようなものが突き刺さった。いともたやすく地面を貫いたそれが直撃していたら、明日の朝刊は一面記事の内容をすべて差し替えることになっただろう。さらに続けて2回ほど、転がった彼女の後を追うように同じような何かが突き刺さる。

「こんの……!」

 さらに1回転してようやく片膝で起き上がり、声の方を睨みつけながらもデュエルディスクを構える。突然現れた得体のしれない凶器、こんなものを可能にするのは「BV」しかありえない。だがわからないのは、今の実体化の力強さだ。彼女のデュエルディスクは、間違いなく妨害電波を流し続けている。にもかかわらず、一撃で地面を貫くほどの質量が召喚されている。ということは……しかし、彼女に深く考えているだけの時間は与えられなかった。

「うーん、やっぱり反応が早いですね。今ので終われば、私も色々と楽だったんですがね」

 サク、サク、とかすかに土を踏む音とともにこちらに歩いてきたのは、すらりとした長身の男。口元はにこやかに笑みを浮かべているもののその目は細く、その奥にある瞳はまるで笑っていない。
 この男、彼女にとっては知った顔だった。それも、できれば会いたくない部類の。

「『おきつねさま』……随分久しぶりだね。てっきりその辺でくたばっててくれたもんだとばっかり思ってたよ」
「ええ、お久しぶりです。貴女の方こそ、そんな恥知らずな職でまだ生き恥さらしてたんですか?」

 おきつねさま、とは無論、この男がかつてプロデュエリストで活動していた時の異名である。本名を(ともえ)光太郎。当時から不仲だった彼と糸巻の関係は彼女がデュエルポリスに再就職した時点で決定的に破壊されつくし、いまやその間には2度と埋まらず互いにその気すらもない溝が深々と横たわっている。それは時間とともに修復されるどころかますます深く広くなり、もはや憎しみと呼ぶ方がふさわしいほどに変化している。
 そして彼女にとっては厄介なことにこの男、目的のためならば一切の手段を選ばないことで当時から悪評が広まっていた。今の攻撃にしても、あれは断じて演技ではない。あれで彼女が死ねば面倒が一つ省けて楽だった、その程度にしか感じていない。はじめに声をかけたのも、不意打ちひとつで即死させるのではなくそもそも誰が自分を殺したのか、それを本人に理解させるため以外の目的はない。全く気付かないうちに痛みを感じる暇もなく死んでしまっては、彼の恨みが晴らせないからだ。
 総じて彼は危険人物であり、極めて面倒なことに腕の立つ狂人でもあった。

「……どこでテロやってんのかと思ったら、まさかこの町に来てるとはね。どれ、そろそろお縄につく気になったかい?」
「貴女こそ、10年以上前にも私言いましたよね?そろそろ死ね」

 口元の笑みは絶やさずに手元のデュエルディスク、そのモンスターゾーンにパチパチパチパチと流れるような動きで4枚のカードをセットする。一番右端にはすでにカードが置かれている……おそらく、最初に不意打ちを仕掛けてきたモンスターの物だろう。そして「BV」により彼の周囲に一斉に実体化したのは、計4体の白面金毛を持つ美しい妖狐……鬼火とともに現れる9の尾を持つ大妖怪、九尾の狐。それらが一斉にその尾をゆらりと持ち上げ、振り下ろされる槍の嵐のように彼女めがけてその先端を突き刺しにかかった。

「こんのリアリストが、舐めてんじゃねえ!」

 ここで彼女が並のデュエルポリスであれば、自身のデュエルディスクが放つ妨害電波がなぜ通用しないのかを理解する暇もなく串刺しの肉片となっていただろう。しかし彼女は少なくとも並ではなく、なによりも目の前のこの男のことをよく知っていた。おきつねさまが動くということは、なんらかの勝算あるいは理由があるときに他ならない。しかし1体につき9本、合計36本もの鋼鉄のように鋭く尖った尾からはいくら彼女の身体能力をもってしても逃れきれないだろう。そこで彼女が見出したのは、自身のデュエルディスクだった。咄嗟にどれともつかぬカード1枚を手に取り、モンスターゾーンに置く。理由はわからないが、あの「BV」はこれまでの物とはわけが違う。ならば、当然その恩恵は彼女も受けることができると踏んでのことだ。果たして彼女の目の前に、腐肉に鬼火を纏う黒き竜が現れる。

「来な、真紅眼の不屍竜(レッドアイズ・アンデットネクロドラゴン)!」

 開いた口から体内に蓄積された腐敗ガスを煙草の煙めいて吐き出しつつ、堕ちた竜がその腐肉にへばりつく鱗で36本もの九尾の尾を弾き返す。ギリギリの賭けではあったが、彼女のカードもまた「BV」処理を経て一時的な実体化に成功したのだ。
 そして訪れる、一時的な膠着。先にカードを引っ込めたのは、巴の方だった。

「はいはい。仕方ありませんね、実力で片付ければいいんでしょう?」

 面倒そうに肩をすくめて5枚のカードを回収してポケットに入れ、代わりに自らのデッキを取り出してデュエルディスクに改めてセットする。それを見た彼女も攻撃を防いだ真紅眼の不屍竜を取り出し、再びエクストラデッキに裏側で戻す。彼がカードを引っ込めた隙に真紅眼に攻撃させれば、確かにこの一件のすべては終わるかもしれない……しかし彼女がそれを良しとしないことは、お互いに知り尽くしている。彼女にとってカードは断じて殺人の道具などではなく、そのために「BV」を利用することはデュエルポリスの道を選んだ彼女の全てを否定することに他ならない。
 それがわかっているからこそ、彼もわざと彼女の目の前で隙を作るような真似をしてみせたのだ。口先だけのくだらない綺麗事に囚われて最も合理的な手段をとれないでいる彼女にその矛盾を突き付け、嘲笑うために。

「おう、余計なことしてないで初めからそうすりゃいいんだよ。アタシはいつでも受けて立つぜ?アンタと違って、アタシは負ける気なんてさらさらないからな」
「貴女のそのいちいち余計な一言を挟まないと気が済まない性分、私は大嫌いなんですがねえ」
「知ってるに決まってんだろ?わっかんないかな、だーかーらーやってんだよスカポンタン。それともうひとつ、アタシもアンタのその厭味ったらしくて胡散臭い態度は昔っから生理的に受け付けないんだわ」
「貴女の方こそ、ヤニ臭いところも昔から変わりませんね。もういい歳でしょうに」
「おう、仮にも女に向かって真正面から歳の話たあいい度胸だな。安心しな、裁判の時はアタシの権限の全てを使って、アンタの罪状に猥褻物陳列罪もおまけで付けといてやるよ」

 互いに軽口を叩きあうような気軽さで挑発を繰り返しながらも、その目はともに全く笑っていない。次第に張り詰めていく空気が限界を迎えた時、同時にデュエルディスクを構えた。

「「デュエル!」」

「アタシが先攻だ、不知火の隠者を召喚!」

 不知火の隠者 攻500

 先攻を取った糸巻が吠え、【不知火】のみならず【アンデット族】全般の起動エンジンといっても過言ではない山伏のモンスターを召喚した。アンデット使いの彼女にとって、このカードを初手に引けたことはスタートダッシュのアドバンテージ面で一気に優位に立つことと同義であり、それほどに大きな意味を持つ。
 しかし、同じく元プロである巴がそれをただ許すはずもなく。

「おっと、ならそこで増殖するGの効果を発動。隠者棒立ちエンドなんてつまらない真似、当然できるわけがないですよね?」
「増G……ケッ、だったら次善の策でいかせてもらおうか。アタシはこのまま不知火の隠者の効果を発動、自身をリリースすることでデッキから守備力0のアンデットチューナー1体を特殊召喚する。来な、ユニゾンビ」
「なら私も、貴女がモンスターを特殊召喚したことで増殖するGによりカードを1枚ドロー」

 ユニゾンビ 攻1300

 同じくアンデット使いならば誰もがその名を知る、二人三脚するほそっちょとでぶっちょの仲良しゾンビ2人組。そのボロボロになった服の隙間から1匹の黒光りする虫が這い出し、フィールドを飛んで巴の手元へと吸い込まれ1枚のカードに変化する。

「さらにここで、ユニゾンビの効果発動。アタシの手札1枚を捨てて、フィールドに存在するモンスターのレベルを1上げる。ユニゾンビを対象に屍界のバンシーを捨て、そのレベルを4に。そのままバンシーの効果を発動!このカードを除外することで、デッキからアタシの領土を呼び起こす。生あるものなど絶え果てて、死体が死体を喰らう土地……アンデットワールド、発動!」

 その瞬間、公園の空気が一変した。2人を取り囲む木々は不自然にねじれ、枯れ、その表面に苦悶の表情にも見える瘤を作り出す。澄んだ夜の空気を駆逐するようにあちらこちらから瘴気が吐き出され、急速にぬかるんでいくその足元では半分骨になった虫が蠢き、血のように赤い沼が沸き上がる。

 ユニゾンビ ☆3→☆4

「相も変わらず、汚らしい」
「自己紹介なら他所でやっとくれ、あいにくこっちは聞き飽きてんだ。ユニゾンビのもうひとつの効果発動!デッキからアンデット族を墓地に送ることで、フィールドに存在するモンスター1体のレベルを1だけ上げる。当然これにもユニゾンビを選択し、デッキからグローアップ・ブルームを墓地へ。この瞬間、ブルームの効果発動!」

 ユニゾンビ ☆4→☆5

 本来は下級モンスターに過ぎないユニゾンビが、2つの効果の重ね掛けによりレベル5にまで成長を遂げる。
 が、糸巻の狙いはそんなところにはない。彼女の足元で沼地がもぞもぞと揺れ、瘴気と共に血のように赤い一輪の花が開く。この生なき世界にはあまりにも不釣り合いな、咲くはずのない場所に開いた仇花。その花弁から放たれるかすかに紅い色のついた芳香が、アンデットワールドに新たな活気をもたらす。

「グローアップ・ブルームが墓地に送られた場合、このカード自身をゲームから除外することでデッキからレベル5以上のアンデット族モンスター1体を選択し、そのカードをサーチできる。だがアンデットワールドが存在する場合、サーチの代わりにそのモンスターを特殊召喚することもできる。さあ、ひれ伏しな生者ども!ここじゃあ現世の威光だなんて、クソの役にも立ちゃしない。死霊を統べる夜の主、死霊王 ドーハスーラ!」

 ずるり、とどこかで音がした。常に薄暗いアンデットワールドで、確かに何か巨大なものが動く気配がする。それは、巨大な蛇の下半身。それは、右手に握る黄金の杖。それは、両肩を守る髑髏の鎧。それは、朽ちて肉なき龍の顎。そしてその上で不気味に光る、冷たく知性を湛えた瞳……彼女のエースモンスターの1体にして時に追撃、時に滅殺とその気のむくままにあらゆる死霊を手玉に取る、アンデットワールドに潜むもうひとりの主。その名を、ドーハスーラと人は呼んだ。

 死霊王 ドーハスーラ 攻2800

「なるほど。では増殖するGにより、もう1枚カードを引かせてもらいます」
「おう、引け引け。精々それで足掻いてみせな、カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 余裕ぶった態度……だが内心、糸巻は冷や汗をかいていた。はっきりいって今の彼女の初期手札は、あまり良いとは言えない状況だった。カードパワーが低いわけではない。実際アンデットワールドとドーハスーラ、そしてこの2枚の伏せカードは並大抵の相手であればそのまま蹂躙できるほどの布陣だろう。だが、目の前の男が相手となるとやや話が変わる。彼女の出した4枚のカードに、彼のエースモンスターへの有効打は存在しない。まして今回は、増殖するGによってすでに2枚の追加ドローを許してしまっているのだ。しかしそんなことはおくびにも出さず、不敵な笑みを浮かべて次のターンに備えてみせる。

「では私のターン、ドロー。そうですね……では、巨竜の聖騎士(パラディン・オブ・フェルグラント)を召喚」

 巴が先陣切って召喚したのは、神聖な光に輝く鎧と剣を身につけた青年剣士。しかしその両足が地につくかつかないかのうちに、生身の体はみるみる腐り落ちていく。

 巨竜の聖騎士 攻1700 戦士族→アンデット族

「本来ならば召喚時の効果として私はデッキまたは手札からレベル7、8のドラゴン族1体をこのモンスターの装備カードにできるのですが、今はアンデットワールド適用中。下手に動くと貴女の王様が目を光らせていますからね。効果は使わないでおきましょう。代わりに魔法カード、テラ・フォーミングを発動。この効果によりデッキからフィールド魔法1枚をサーチします」
「ちっ、引いてやがったか」
「それはお互い様でしょう?あなたの領土だけで戦うのは不公平というものですからね、ここはひとつ私の世界にも来ていただきましょう。サーチしたフィールド魔法、闇黒世界-シャドウ・ディストピアを発動!」

 薄暗いアンデットワールドに、さらに濃い闇が訪れた。歪んだ木々の落とす影がふわりとその場で立ち上がり、悪意にまみれた表情の影法師となって死霊の間を駆け抜ける。聞いているだけで不安を煽るような嘲笑の声が四方八方から遠く、近くに反響して鳴り響き始める。死霊の土地であるアンデットワールドとはある意味でどこよりも近く、そしてどこよりも遠いはずの光なき世界。ここは闇黒に満ち溢れた、彼の最も得意とする空間。

「シャドウ・ディストピア……」
「ええ。ご存じでしょうが、このカードが存在する限り互いのフィールドに存在するすべてのモンスターは闇属性となります。ただでさえ種族を上書きされているというのに、属性までいじられてはもはや原形ありませんね」

 巨竜の聖騎士 光→闇

「さて、ですがそんなことはどうでもいいです。私は魔法カード、おろかな埋葬を発動。デッキからモンスター1体、九尾の狐を墓地に送ります」
「……待った!この瞬間にリバースカードオープン、バージェストマ・カナディア!相手フィールドのモンスター1体、巨竜の聖騎士を選択して裏側守備表示になってもらう!」

 巨竜の聖騎士 攻1700→???

「ふぅむ、なるほど?ま、いいんじゃないですかね。私は続けて、墓地に存在する九尾の狐の効果を発動。私のフィールドのモンスター2体をコストとしてリリースし、墓地から自身を蘇生。この瞬間にシャドウ・ディストピアの効果により、私のモンスター1体の代わりに相手フィールドの闇属性モンスター1体をリリースします。ドーハスーラ及び巨竜の聖騎士の魂2つを生け贄とし、黄泉より還れ九尾の狐!」

 ドーハスーラの周りを、どこからともなくわらわらと群がってきた実体のない影法師が取り囲んだ。影に飲まれた死霊の王は少しずつ、少しずつ、その体色が濃くなり輪郭がぼやけ、やがて本体の存在しない巨大な1つの影法師と化していった。影だけとなったかつての王が地面に溶け崩れると、墨のように黒いその闇の中からぬるり、と9本の尾を持つ白面金毛の大妖怪が口が耳まで裂けているかと見まごうような邪悪な笑みを浮かべつつ黄泉よりフィールドへと還ってきた。

 九尾の狐 攻2200 炎→闇

 そして、彼女にはこのカードに嫌というほど見覚えがある。たった今彼女の命を物理的な方法で狙ってきたのがこのカード、というだけではない。それ以前の彼女がプロだった際にも、彼の試合が組まれるたびにその狐顔を見てきたモンスターだ。
 何度死してもその黄泉の淵より平気な顔をして帰ってくる、しかも絶対にただでは死なない。まさに巴という男を体現したようなこのカードは、いつしか彼の2つ名の由来ともなっていた。

「来やがったな、『おきつねさま』。ええ?」
「そうですね、ですが攻撃の前に、まずは1つだけ言わせていただきましょう。糸巻太夫、赤髪の夜叉。貴女は本当に、本当に用心深い方です」

 まるで心のこもっていない形だけの拍手をパチ、パチと2度ほど行い、同じく感情のこもっていない冷酷な笑みを浮かべる巴。

「ですが、普通ならばプレイングミスと受け取られても仕方ないですよ、今のは?蘇生した九尾の狐ではなく、その前にフィールドに出しただけの巨竜の聖騎士に対し貴重なカナディアをわざわざ発動するだなんて」
「あいにく、アタシは用心深いんでな」
「ええ、貴女は昔からそうでしたね。さも自分が豪快奔放な性格であるかのように装っておいて、その実は緻密な策略家としての顔を合わせ持つ。精密にして思慮深く……詰まるところは、どこまでも臆病な小心者だ」
「あー?」

 ぴくり、と糸巻の眉が動く。それに気づいてか気づかずか……いや、間違いなく気付いているのだろう。その上で彼女の反応をいちいち楽しみながら、流暢な調子で言葉を続ける。

「おや、何か間違いでも?だってそうでしょう、結局のところ貴女が恐れているのは、私の手札にあるかどうかもわからない1枚のカードなんですから。違いますか?それを臆病と言わずしてどう称すればいいのか、ねえ?少々私の理解の及ぶところではありませんので、ぜひとも貴女自身にご教授願いたいですね」
「……さっきも言ったとおり、アタシは用心深いんでな。狐畜生風情との化かしあいで、アタシみたいな人間様が遅れを取るわけにゃいかないのさ」

 嫌味たっぷりの毒舌にはノータイムで返事を返したものの、その表情は硬い。巴の発言は、そのなにもかもが図星だったからだ。彼女があのタイミングでカナディアを巨竜の聖騎士に発動したのは、要するにたった1枚のカードを警戒しているからにすぎない。彼のエースモンスターの1体である最上級ドラゴン、闇黒の魔王ディアボロス。それはアンデットワールドにおけるドーハスーラと同じく自身の根城であるシャドウ・ディストピアにおいて最大の力を発揮し、ひとたび場に出ることを許せばかなりの苦戦を強いられることは目に見えている。そしてそのカードを特殊召喚するための条件は、「自分フィールドの闇属性モンスターがリリースされた時」。
 つまり彼女がカナディアを使ったのは、巨竜の聖騎士をシャドウ・ディストピアの適用範囲から外れた裏側守備表示にすることでその属性を書き換えられた闇から本来の光へと戻す、たったそれだけの意味しかない。あるかないかすらもわからないカードに対し過大に警戒し、あげく使い勝手のいい妨害札を1枚消費した。巴は、その意図に気が付いた。本来ならばただの馬鹿げたミスとして流してもおかしくないプレイングに感じた小さな違和感を紐解き、彼女に関する彼の記憶や印象と照らし合わせたうえでその意図を見破った。そしてその上で彼は、彼女を臆病と嗤っているのだ。

「それに、だがな。アタシにだってそれなりの理屈はあるんだぜ?教えてはやらんけどな」

 表情の硬さがどうにか取れ、にんまりとその口角が持ち上がる。今度は、糸巻がふてぶてしく笑う番だった。確かに彼女のプレイングはよく言えば慎重、悪く言えば被害妄想の激しいものだったかもしれない。だが、彼女の言葉はただの負け惜しみなどではない。巴光太郎が糸巻太夫の言動をその憎しみがゆえに予見できるのと同じように、糸巻太夫にも巴光太郎の思考パターンは頭に染みついている。彼は基本的には合理的であり、しかもそれを突き詰めることに快感を感じるタイプの人間である。そんな彼が、何の躊躇もなくそのディアボロスをデッキから装備カードとして引き出せる巨竜の聖騎士を使い捨て、墓地に送ることができるおろかな埋葬を九尾の狐のために使った。つまりそれは逆説的に考えれば、その効果をディアボロスに対し使う意義が薄い状態にある……すなわちディアボロスは、すでに彼の手の内に存在するということに他ならない。これが同じ元プロでも他の相手ならば、さすがの糸巻もそんなか細い理論だけで判断を下さなかっただろう。
 しかし、彼女はこの男をよく知っていた。互いにある種の同族嫌悪めいた匂いを感じ取る彼らはどこまでも対局的であり、同時に限りなく似通った存在だったからだ。

「では、そういうことにしておきますよ。どうせ、その減らず口もそろそろ聞き納めなわけですしね。バトル、九尾の狐でユニゾンビに攻撃。九尾槍!」

 彼女のもう1枚の伏せカードは、バージェストマ・ハルキゲニア。相手モンスター1体を対象に取りその攻守をターンの間だけ半減させるこのトラップをダメージ計算時に発動すれば、ユニゾンビであの狐を返り討ちにすることもできる。
 だが、彼女はそれを見送った。確かにユニゾンビをここで守ることができれば、次のターンで更なるアンデットを彼女の墓地に送ることもできる。しかしそれに待ったをかけるのが、九尾の狐の持つもうひとつの特殊能力である。破壊された時に弱小ステータスの狐トークン2体を場に残すその能力を、何らかの形で利用されることは避けられない。ゆえに彼女は、伏せカードを沈黙させたままでその攻撃を受けた。
 そして、その判断を即座に後悔することになる。

 九尾の狐 攻2200→ユニゾンビ 攻1300(破壊)
 糸巻 LP4000→3100

「……!」

 声すらも出ないほどに鮮明な、自分の腹部を直接えぐられるような痛み。暴走した痛覚がでたらめに体を刺激することでこみ上げたあまりの吐き気にその場に膝をつき、呼吸もめちゃくちゃに土下座するように両手を地面についてえづく。胃の中身をすべて吐き出さなかったのは、彼女にとって僥倖だった。

「おやおや、随分鈍ってますね。私の知っている貴女であれば、その程度のダメージに膝をつくような真似はしないと思っていたのですが。ま、おかげでいいもの見せてもらいましたよ」
「ざっけんじゃねえよ、タコ……!」

 冷静な煽りがかえって彼女の闘志に油を注ぎ、燃え上がる感情が自身の苦痛をねじ伏せる。脂汗をかきながらもどうにかその両足で立ち上がった彼女に、上品に口元を手で押さえてのくすくす笑いが降りかかる。
 彼は合理的だ。だが、その人格を構成する要素はそれだけではない。例えば彼はプロ時代、相手が誰であろうともその1戦のみのメタカードをデッキに仕込むような真似はしてこなかった。彼に言わせればそれは負かした相手にメタを張られたから負けたのだ、などという余計な言い訳を与えるだけの利敵行為であり、完膚なきまでに正面から捻り潰したうえで自分が弱いから負けたのだという事実を2度と消えないほど相手の心に強く刻み込む、そこに愉悦と快感を覚える彼の性癖に反していたからだ。そんな彼にしてみれば、さぞかし今の彼女は愉快な姿に見えたことだろう。

「愉快なものを見せていただいたお礼といってはなんですが、そろそろ種明かしぐらいはしてあげましょうか。どうせここで黙っていても、すぐに貴女方も知ることになる話ですからね。まずお察しの通り、私のデュエルディスクは新型です。今はまだデータ収集中の試作品ですが、見ての通りその鬱陶しい妨害電波に無効化されることなくブレイクビジョンを展開及び固定でき、さらに特筆すべき点として起動時から微弱な電波を発信することにより、その効果範囲に存在する人間の痛覚をより鋭敏なものとする機能が追加されています。貴女にも理解できるようにより噛み砕いて言えば、衝撃増幅装置としての機能を併せ持っているわけですね」
「なんだと……!?」
「どうです、素晴らしいものでしょう?どうも最近、裏デュエルコロシアムもマンネリ化が進んでいましてね。ダメージがこれまで以上により鮮烈な痛みとして現れるこの新型デュエルディスクが普及すれば、彼らもより真剣にデュエルを行うようになるでしょう」

 投げかけられる言葉を、目を丸くして聞く糸巻。しかし、それも無理はない。彼がなんということもなしに放ったその言葉は、今後の世界情勢を一変させかねないとんでもない爆弾だった。
 そもそも「BV」を利用してのテロ行為が今現在冷戦状態にとどまっているのは、全世界に散らばるデュエルポリス達が実体化したカードを近づくだけでその片端から元のソリッドビジョンに戻し、使い手を純粋なデュエルの腕で制圧することにより睨みを利かせて押さえつけているからというだけに過ぎない。テロリスト側が攻めあぐねているからこそ成り立つ危うい均衡の元で保たれてきた、常に後手対応に回らざるを得ないかりそめの平和。その条件がひとたび崩れたとなれば、パワーバランスは変化する。デュエルの相手をして勝利せずとも実体化したカードが消えないとなれば、テロリストがわざわざデュエルに付き合う義理はない。勝負を受ける理由も、その旨味も何もかもが失われるからだ。

「そんなものを、本気で作りやがったのか……?」

 だが、彼女が呆然となったのはその部分ではなかった。彼女にとって一番信じられなかったのは、痛みを増幅するデュエルディスクという概念そのものだった。
 これまで彼女は心のどこかで、デュエルポリスであることを良しとせず非公認の場での闇稼業に進んだ彼のような元プロたちも、プロデュエリストとしての誇りと矜持は失っていないと勝手に思っていた。国家の犬になる気はないが、デュエルモンスターズは続けたい。その目的があったからこそ、こうして日の当たらない道を選んだのだと。だが、今の言い草はどうだ。まるで、人を傷つけ痛めつけることがその目的の一番上に来ているようではないか。デュエルモンスターズを続けることが結果的に人を傷つけることとなる、というのならば彼女にも理解できる。だがその目的が入れ替わるというのは、まさに彼女にとって異次元の思考回路だった。

「ええ。いやあ、その顔が見られただけでも今日までひた隠しにしてきた甲斐があるというものですよ。とはいえ、繰り返しになりますがまだまだ試作品ですからね。この実地試験の被験者(パートナー)は貴女です、せいぜい壊れるまでは付き合っていただきますよ。カードを2枚伏せ、ターンエンド……そしてこの瞬間、シャドウ・ディストピアの更なる効果が発動します。互いのターンのエンドフェイズごとに、このカードの存在する状況の下でリリースされたモンスターの数までシャドウトークンをターンプレイヤーのフィールドに産み出しますよ。さしずめリリースされたモンスターどもの怨霊、といったところでしょうか」

 シャドウトークン 守1000 悪魔族→アンデット族
 シャドウトークン 守1000 悪魔族→アンデット族

「アタシの……ターン」

 再び糸巻にターンが移り、カードを引く。今の話を聞いたあまりの衝撃に、痛みはすっかり追いやられていた。そして血色の沼が奥底から泡立ち、果てしない底から杖を持つ黒い手が伸びる。

「このスタンバイフェイズ、墓地に存在するドーハスーラの効果を発動。フィールドゾーンにカードが存在することで、スタンバイフェイズごとにこのカードは守備表示で復活する。帰ってきな、ドーハスーラ!」

 死霊王 ドーハスーラ 守2000

「ありがとうございます、わざわざそのようなモンスターをご用意いただいて。トラップ発動、影のデッキ破壊ウイルス。守備力2000以上の闇属性モンスターをリリースすることで発動するこのカードは相手プレイヤー周辺にウイルスを撒き散らすことで、守備力2000以下の相手モンスターすべてに感染。破壊され墓地へと送られます。そしてシャドウ・ディストピアの効力により、私は九尾の狐ではなく貴女のドーハスーラをこの媒体とします」
「しまったっ!」

 後悔するが、もう遅い。甦ったはずのドーハスーラが再び消えていき、その体から黒い煙のような勢いと密度のウイルスが無数に噴出する。意志を持つウイルスの塊はフィールドをぐるりと回り感染できるモンスターが存在しないことを確認したのち、彼女の手札に向けてその進路を変える。

「手札を見せていただきましょうか。当然、守備力2000以下のモンスターはその場で破壊ですよ?」
「勝手にしろ!」

 彼女の手札は、残り2枚。それを表にして巴に広げてみせると、そのうち片方がボロボロに崩れて灰となって落ちていく。

「手札に残ったものが不知火流 輪廻の陣……先のターンに伏せない理由もなし、そちらが今のドローカードですか。そして破壊されたカードがなるほど、不知火の宮司(みやつかさ)と。たしかそのカード、召喚時に不知火1体を蘇生できましたよね?惜しかったですねえ、その2枚さえあればこのターンも隠者の蘇生、リクルートからスタートしてそれなりの布陣を組むことができたでしょうに」
「よく言うぜ、アタシがドーハスーラをスルーしたところで九尾の狐は守備力2000、しかもシャドウ・ディストピアで属性は闇。媒体とタイミングが違うだけじゃねえか」
「おや、さすがに気づいていましたか」

 いけしゃあしゃあと言ってのける巴に苦い顔をし、手元に唯一残ったカードをフィールドに伏せた。しかし、その正体はすでに割れている。そして彼女のフィールドにドーハスーラの置き土産ともいえる、シャドウトークンが現れる。

 シャドウトークン 守1000 悪魔族→アンデット族

「ターンエンドだよ、畜生。さっさと続けやがれ」
「汚い言葉遣いですねえ、では仰せのままに。私のターン、ドロー」
「スタンバイフェイズ、このターンもアタシの墓地からドーハスーラを……」
「ではチェーンしてトラップ発動、フレンドリーファイア。相手のカード効果が発動した際、別のカード1枚を破壊します。この効果により私のフィールドに存在する九尾の狐を破壊します……ああそうそう、ちなみにこのトリガーとなって頂いた貴女の死霊王ですが、その復活はさせませんよ?もう1枚チェーンして速攻魔法、墓穴の指名者を発動。相手の墓地からモンスター1体を除外し、さらにそのカードおよび同名カードの効果は次の貴女のエンドフェイズまで無効となります。今回は無事に処理できましたが、そのカードにあまり生き返られては厄介極まりないのでね」

 デュエルディスクから弾き出されたドーハスーラを、無言のままにキャッチする。彼女を取り囲む状況は、確実に悪化の一途をたどっていた。しかし、それを理解しつつも彼女にはどうすることもできない。

「九尾の狐は破壊された際に、私の場に狐トークン2体を特殊召喚します。おやおや、随分とフィールドが賑やかになりましたね。どこかのだれかとは大違いです」
「それは結構なことだがな、たかだか攻守揃って1000以下の奴ばっかじゃないか。いつからアンタの職業は、幼稚園児みたいな奴らの引率になったんだい?」

 減らず口だけは叩きつつも、それが負け惜しみでしかないことは彼女自身がよく理解していた。ひと昔前ならいざ知らず、今の世の中にはリンク召喚というものが存在するのだ。いくらトークンを並べてもチューナーが、あるいは融合や儀式、場合によっては強化のカードがなければ時間稼ぎにしかならないという時代はとうに過去のものとなり、いまやこの状況からでもエクストラデッキの枠さえ十分に確保してあれば様々なモンスターを下準備なしで展開できる。

 狐トークン 守500 炎→闇
 狐トークン 守500 炎→闇

 だが、彼女はただ減らず口を叩くのみで指を咥えてこの後の展開を見守るような真似はしない。すでにネタの割れた手ではあるが、あの手札の中に何らかの対抗策さえ握っていなければまだ、粘ることはできるのだ。彼女の背後に音もなく巨大な(やしろ)が出現し、その足元には地面のぬかるみを上書きするようにまっすぐな石畳が敷き詰められる。揺らめく炎が円を描くように結び合わされ、決して消えない不知火の渦が冥界と現世を繋ぐ道と化す。

「永続トラップ、不知火流 輪廻の陣!そしてアタシは早速、この効果を使わせてもらうぜ。1ターンに1度アタシのフィールドからアンデット族1体を除外することで、このターンに受けるあらゆるダメージを0にする!」

 糸巻のフィールドに唯一残っていたシャドウトークンが、炎の円へと吸い込まれる。瞬間彼女の足元を中心に不知火の紋様を描くように炎が走り、浄化の炎による強固な結界が発生した。

「まあ、そうするでしょうね。私も残念ながら、このターンのうちにその発動を妨害することはできません。その意地汚い延命処置がどこまで続くか、は気になるところですが……チューナーモンスター、クレボンスを召喚します」
「あん……?」

 クレボンス 攻1200 サイキック族→アンデット族

 このターンでの攻め手を遅らされた巴が繰り出したのは、全く関係のないチューナーモンスター。そしてそのシンクロ素材の相方として選ばれたのは、たった今九尾の狐が現世に残していった忘れ形見の狐火だった。

「レベル2の狐トークン2体にレベル2、クレボンスをチューニング。異邦と化した故郷(ふるさと)に、悪しき聖霊の夜を引く音がこだまする。シンクロ召喚、オルターガイスト・ドラッグウィリオン」

 合計レベル6のシンクロモンスターは、何とも言い難い異形の姿をした怪物だった。2本の両足に獣のような体、そして2対4本の細く小さな両手が生える肩から上には異様に長い首が伸び、その先端にある頭には笑顔の仮面を張り付けたような顔面とその上部に生える緑の頭髪。体の背部からは先のとがった3本の太い尾が伸びて、それぞれが気ままに揺れている。

 ☆2+☆2+☆2=☆6
 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200 魔法使い族→アンデット族

「貴女のシャドウトークンが消えてしまったのは残念ですが、そりゃあこの程度は読まれますよね。墓地に存在する九尾の狐は、ドラッグウィリオン及びシャドウトークン1体をリリースしてこのターンも黄泉還りの効果を使います」

 そして何事もなかったかのように、死してなお当然のような顔をして蘇る大妖怪。シャドウ・ディストピアによるリリースの肩代わりを使えない以上、彼は自分のモンスターのみを2体リリースして蘇生効果を使うしかない。
 しかし彼は、そのディスアドバンテージを軽減させる方法をいくらでも知っている。

 九尾の狐 攻2200 炎→闇

「では自身がリリースされた墓地のドラッグウィリオン及び、フィールドで闇属性モンスターがリリースされた際に手札に存在する闇黒の魔王ディアボロスの効果を同時に発動。それぞれ自身をフィールドへと特殊召喚」

 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200 魔法使い族→アンデット族
 闇黒の魔王ディアボロス 攻3000 ドラゴン族→アンデット族

 そして巴のフィールドに並び立つ、3体もの上級モンスター。やっぱり握ってたんじゃねえかと心中で毒づく糸巻に、わざとらしい動きで自分のフィールドを眺めまわしてみせる。

「九尾の狐、ドラッグウィリオン、ディアボロス……おやおや、私はあまり子供は好きではないので知らなかったのですが、近頃の幼稚園では随分と物騒なものを教えているようですね。ターンエンド、これで貴女の身を守るその貧弱な結界が消えると同時に私のフィールドにはシャドウトークンが生み出されます。私のフィールドに空きは1か所しか存在しないので、呼び出せるトークンも1体のみですが」

 シャドウトークン 守1000 悪魔族→アンデット族

 再び訪れる自らのターンを前に、ボロボロだ、と彼女は思った。こちらのフィールドはすでに壊滅寸前、対する巴の場にはその代名詞たる九尾の狐を筆頭に癖のあるモンスターが勢揃いしている。おまけにいまだフィールドを感染対象求め蔓延している影のデッキ破壊ウイルスの効力により、ドローカードはすべて公開されその守備力が2000以下ならば問答無用で破壊される。
 ……それがどうした。だからこそ、逆転が燃える。突き抜けた理不尽で相手が築き上げてきた道理をぶち壊す、それこそが彼女の最も得意とするところだった。常に綱渡りの勝負ばかりのくせに、なぜか戦績は圧倒的に高い。その粘り強さこそが、かつて名もなき1人の女デュエリストを『赤髪の夜叉』と呼ばれるまでにのし上げた最大の武器だった。
 だからこそ、彼女の心は決して折れない。その身が追い込まれるほどにその闘志は、彼女の長い髪のように赤く熱く燃え盛る。骨の髄まで闘争に魅入られたこの狂人が掴み取ったデュエルモンスターズという戦場は、彼女にとって無間地獄か極楽浄土か。それすらも、彼女にとってはどうでもいいことだった。

「ドロー!」

 そしてその理不尽な勝利を幾度となく目にしてきたからこそ、それを見つめる巴の目に油断はない。彼は彼女を憎むがゆえに、その実力に色眼鏡をかけることもない。属性を操作する巴に、種族を操作する糸巻。2人は根本的に違う人間ではあると同時に同族嫌悪を感じる程度には似通った部分を持つ者同士であり、その強さゆえに相手の力量が一定以上のものであることについてはかえって冷静な評価を下していた。
 だからこそ内心、彼はこう断じる。この女はこのターン、間違いなく反撃に出るだろう。それを可能とするだけの理不尽が、あのドローカードにはあるはずだ。そして案の定糸巻はたった今手に入れた唯一の手札を見て、にやりと渾身の笑みを浮かべた。

「まずはこのドローカード、見せなきゃいけないんだろ?ほらよ。アタシの引いたカードは守備力800のモンスターだから、ウイルスカードに感染して即座に破壊される。そしてメインフェイズ、アンタがたった今墓地に送ってくれたこのモンスター。馬頭鬼の効果を発動!」

 ウイルスカードは破壊とビーピングを同時に行う強力な効果を持つが、その効力がフィールドに及ぶのはあくまで1度きり、その後は手札のカードにしか感染しない。発動に成功したその瞬間以降、手札を経由しない展開に対しては無力となるのだ。

 ユニゾンビ 攻1300

「そら、ユニゾンビの効果発動!アンタの九尾の狐を対象に、デッキからアンデット1体を墓地に送るぜ。レベルアップさせてやるよ、嬉しいだろ?さあ行きな、馬頭鬼。そしてこの馬頭鬼もまた効果発動、自身を除外してアンデット1体を蘇生する」

 九尾の狐 ☆6→☆7
 不知火の隠者 攻500

 それは、根拠のない彼女の予感通りに。それは、記憶に裏付けされた彼の予想通りに。わずか1枚のドローをきっかけに、ウイルスの効力を逆手にとって2体のモンスターを並ばせる。そしてその合計レベルは、7。

「レベル4の隠者に、レベル3のユニゾンビをチューニング。戦場貪る妖の龍よ、屍闘の果てに百鬼を喰らえ。シンクロ召喚、真紅眼の不屍竜(レッドアイズ・アンデットネクロドラゴン)!」

 先ほども九尾の狐の攻撃を受け止めた腐肉の龍が、再びアンデットワールドの上空に鬼火と共に浮かび上がる。その咆哮は大気を揺らし、アンデットワールドの主が凱旋する様はただそれだけで実体のない影法師のいくつかを霧散させた。

 真紅眼の不屍竜 攻2400→3400 守2000→3000

「真紅眼の不屍竜のステータスは、常にすべての死霊どもの魂を取り込むことで強化される。互いのフィールドと墓地に存在するすべてのアンデット族モンスター、その数1体につき100ポイントだな……だがな、もう温存する意味もない。大サービスだ、こいつも持ってけ!トラップ発動、バージェストマ・ハルキゲニア!このカードでオルターガイスト・ドラッグウィリオンの攻守を半減させるついでに、チェーンして墓地からバージェストマ・カナディアの効果を発動。トラップが発動したことで墓地のこいつはモンスターとして、アンデット化したうえで甦る!」

 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200→1100 守1200→600
 バージェストマ・カナディア 攻1200 水→闇 水族→アンデット族
 真紅眼の不屍竜 攻3400→3500 守3000→3100

「……ちっ」
「おっ、スカした態度はもう品切れか?アンタも年取ってだいぶ気が短くなったみたいだな、現役のころならここの程度じゃまだまだ、その嫌味仮面は剥がれなかったと思ったんだがな」

 ギリギリと音が聞こえてきそうなほどに強く歯を噛みしめる姿にやや留飲を下げた糸巻が、自らの堕ちた龍に合図する。その攻撃目標は今しがた攻撃力を下げたドラッグウィリオン……ではなく、その隣に潜む魔王の名を持つ悪意の龍。

「バトルだ。さっきの礼をしてやるよ、真紅眼の不屍竜で闇黒の魔王に攻撃。獄炎弾!」

 真紅眼の不屍竜 攻3500→暗黒の魔王ディアボロス 攻3000(破壊)
 巴 LP4000→3500

「ぐ……」

 ただ500ポイントのダメージが通った、戦術的には今はまだそれだけに過ぎない。しかし実体化し、鋭敏となった感覚を刺激するその痛みは、ただのダメージでは済まないほどにその体を苛む。

「どんな気分だ、ええ?先に言っとくがな、アタシはちっとも面白くないぜ。なあ、こんなもんが、アンタらのやりたいデュエルだったのか?」

 苦痛に歪む顔を見てもまるで晴れやかにならない気分を抱えながら、返事の返ってこないであろう問いを、承知の上で口に出す。彼の言いたいことは、彼女にはよく分かっていた。13年前、徹底的に彼女たちデュエリストを否定した世界。その平和にまだ固執するのか、矜持を忘れいいように利用されるだけの裏切り者。この溝は決して埋まることはないし、互いに歩み寄るつもりもない。だからこそ、百万の言葉よりも一枚のカードで語るのだ。

「……真紅眼の効果発動!このカードが存在してアンデット族モンスターの戦闘破壊が発生した時、互いの墓地に存在するアンデット1体を蘇生する!ドーハスーラは除外されちまったが、ちょうどいいもんがアンタの墓地の一番上に落ちてんじゃねえか。アタシが選ぶのは、たった今破壊したディアボロスだ!」

 地に堕ちた魔王の躯が、その全身を鎖に縛られた状態で瘴気に照らされ浮かび上がる。もはや立ち上がることはないかに見えた、腐り果てるのを待つだけの縛られた死体。だがピクリ、とその腐った指が動いた。ボロボロになり穴だらけの翼がベリベリベリ、とその身を縛る鎖によって破られるのも意に介さずに強引に広げられた。そしてその瞳がゆっくりと開くと、既に中身が存在しないくぼんだ左の眼窩にぼわり、と鬼火が灯る。骨の見える腕の腐った筋肉に再び生前の力がこもり、1瞬の静寂。破砕音と共にすべての鎖がはじけ飛び、ちぎれたその破片が血色の沼地へゆっくりと沈んでいった。

 暗黒の魔王ディアボロス 攻3000 ドラゴン族→アンデット族

「さあ、アタシのバトルフェイズはまだ終わってないからな。ディアボロスでドラッグウィリオンに攻撃、アフター・ザ・カタストロフ!」

 闇黒世界よりもなお暗い漆黒のブレスが闇を裂き、弱体化したドラッグウィリオンに襲い掛かる。ひとたまりもなくその姿は闇に消え、巴による怨嗟のような苦痛の声が闇に響き渡った。

 暗黒の魔王ディアボロス 攻3000→オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻1100(破壊)
 巴 LP3500→1600

「ぐああああああ!!」

 悲鳴を聞きながら、先ほど自分が受けたダメージを彼女は思い返していた。あの時彼女が受けたその数値は、900。今発生したダメージのほぼ半分、つまり単純計算で彼の肉体にかかる負荷はあの時の倍近いことになる。それがどれほどのものなのか、彼女には予想もつかなかった。いくら世界に一度は見捨てられた身とはいえ、なぜそんな痛みを受け入れてまで、「BV」の開発を……その先にある世界への復讐を推し進める必要があるのかも。そして、その先にどんな未来が待っているのかも。

「これでアタシは、ターンエンド。このターンは1体もリリースが行われていないことで、シャドウ・ディストピアの効果は発動しない。そうだな?」
「ああ、この痛み……やはり、既製品とは一味も二味も違いますね。だからこそ、私たちの新たなる武器に相応しい!」
「聞く耳持たず、か。もう勝手にしてろ」
「ええ。私どもは勝手にやりますから、貴女もいちいち目障りに首を突っ込まないでいただけると有難いのですがね。現役を引退し、縁側で茶をすする余生というのも乙なものですよ?もっともそんな穏やかな老後など私が断じて許しはしませんが、それでもその前に泡沫の夢ぐらいは見せてあげましたよ。もっとも、それすらも全ては終わった話。今となっては何の意味もない仮定でしかありませんね。そろそろ無駄話はやめましょう、私のターンです」

 再び形勢が逆転したにもかかわらず、それを微塵も感じさせない態度のまま。

「サイバー・ヴァリーを召喚」

 サイバー・ヴァリー 攻0 光→闇 機械族→アンデット族

「サイバー・ヴァリーは3つの効果を持ちますが、今回私が使うのは2つ目の効果。このカードおよび私のモンスター1体を除外することで、カードを2枚ドローします。選ぶのは当然、シャドウトークンのうち1体」

 金属製の蛇のようなモンスターが現れたかと思えばすぐに消え、巴が追加で2枚のカードを引く。そして、その手に掴んだカードは。

「手札を1枚捨てることで速攻魔法、超融合を発動。貴女のフィールドに存在するバージェストマ・カナディア、闇黒の魔王ディアボロスは丁度どちらもトークン以外の闇属性、よってその2体を素材とします。確か貴女のバージェストマ、モンスターとしてフィールドから墓地に送られる場合には除外されるんでしたよね?」

 超融合。相手フィールドのモンスターも素材として融合召喚を行うことのできる、チェーン不可の速攻魔法。その特性上ディアボロスを輪廻の陣で除外することもできず、ただ墓地に戻るのを見つめることしかできない。彼の世界の中では、トークン以外のあらゆるモンスターが強制的にそのドラゴンへの素材モンスターに相応しい存在として書き換えられる。

「重なりし闇よ、そして集いし漆黒よ。千紫万紅をただ闇黒に塗りつぶし、咲き誇れ紫毒の仇花よ!融合召喚、スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン!」

 それは紫色の触手、ではない。何本もの植物、闇を吸い瘴気を喰らう貪欲な蔦が伸びる。太さも長さもまちまちではあるが、いずれも共通点としてその先端にはぷっくりと膨れた花の蕾がある。そしてそのうちの1つが、息をのむ糸巻の前でゆっくりと開いた。
 だがそれは間違っても真っ当な、どころかどれだけ花の定義を拡大解釈してもその範疇には引っかからないような代物だ。動物の口のように中央から2つに割れたその内側には控えめながらもびっしりと牙が生え、花弁らしきものは存在しない。辺りを見回した彼女の目に飛び込んできたのは、いつの間にか彼女の周りを取り囲んでいた他の蔦から生える蕾もまた、同じように開き始める光景。どれも最初のひとつと同じく、植物とは思えない獲物への貪欲さをむき出しにする動物的な代物。べちゃり、と湿った音がしてそちらに視線を動かすと、輪廻の陣の社を侵食するかのように這っていた「蔦」から生える「花」が「咲いた」拍子に、貪欲気に真下の石畳まで「蜜」……いや、「涎」を垂らしていたところだった。

 スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン 攻2800 ドラゴン族→アンデット族

「スターヴ・ヴェノムは召喚成功時、相手フィールドに存在する特殊召喚されたモンスター1体の攻撃力をエンドフェイズまで吸収する。せっかく残しておいてあげたんです、真紅眼の不屍竜にはこのまま上質の肥料となって頂きましょう」
「冗談言うなよ、輪廻の陣!このターンもアンデット族の真紅眼を除外して、アタシの受けるダメージを0にする!」

 蔦の浸食を止めて焼き尽くすかのように、決して消えない妖の炎による不知火の紋様が彼女の周囲を覆う。しかし、その代償はあまりにも大きい。確かにこれで、このターンの安全は確保されたかもしれない。だが、この次のターンはどうなるというのだろう。ウイルスカードはいまだ生きており、すべてのドローカードは巴に筒抜けとなる。彼女と共に戦うモンスターたちはすべてフィールドを離れ、もはや彼女の手元には輪廻の陣たった1枚しか残されていない。ライフはいまだ、辛うじて彼女が有利。しかしその優位性が、この状況で何の役に立つというのだろう。先ほど逆転に繋いだウイルスカードを逆手にとってのコンボも、既に残り1枚しかデッキ内に馬頭鬼の残っていない彼女に2度使うことは不可能。脈がわずかに早くなり、血流の加速が傷の痛みをぶり返す。呼吸も、普段に比べほんのわずかに浅く速い。気持ちを奮い立たせるために懐に手を伸ばし、馴染みの煙草に火をつける。
 そして舞台は再び、冒頭へと巻き戻った。巴は、目の前の女が1度は逆転してくるだろうとは読んでいた。そして事実彼女は先のターン、素引きした馬頭鬼から一時は盤面をひっくり返した。しかし彼は同時に、その火事場の馬鹿力は1度しか保たないだろうとも読んでいた。プロ時代の全盛期ならいざ知らず、普段の相手がプロデュエリストからそこらのチンピラに格下げされたことで勝負勘の鈍りつつある今の彼女に2度も3度も奇跡を起こすだけのスタミナは残されていない。先のターンを耐えきったその瞬間、彼の勝利はほぼ揺るぎないものとなった。それが、今の彼女と実際に戦ったことで彼が得た結論だった。

「さあ、アタシのターンだ。もたもたしてたら夜が明けちまう、そろそろ終わりにしようぜ」

 そんな分析など知る由もなく、デッキトップに力を込めて指をかける糸巻。そして、このデュエルの最後の流れを決定づけるドローが……。

 ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 しかし、そのカードが引かれることはついになかった。夜の闇を引き裂くような音の不快な警告音が3度鳴り、盤面に異常が起きる。スターヴ・ヴェノムが、九尾の狐が、シャドウトークンが……それだけではない。糸巻の張った輪廻の陣、そしてアンデットワールドとシャドウ・ディストピアがいびつに混じりあった空間が、すべて絵の具をぶちまけたようにぐちゃぐちゃになってひとかたまりに溶け崩れていく。

「な、なんだ!?」
「ふむ。フィールド2種を常に維持し続けたうえであの数のモンスターを「BV」による同時展開を異常検知と判断しての安全装置の強制展開……なるほど、確かにこの試作品にはまだ負荷が強すぎましたかね。こんな形での中断とは私にとっても不本意ですが、いい実戦データが取れたので今回は良しとしておきましょう。ですがその前に、九尾の狐!」

 主の声に応えた九尾の狐が、その全身を溶かしながらも槍の尾のうち2本を同時に伸ばす。糸巻めがけ飛んできたそのうち1本は辛うじて身をひねり躱したものの、彼女のバイクを狙い撃ちにしたもう1本はどうすることもできない。愛車がスクラップになるさまに気を取られた彼女がわずかに巴から目を離したすきに、彼の姿はもう公園から消えていた。

「ふざけやがって、何勝手にケツ捲って逃げてやがる……!」
『ああ、そうそう。ひとつ大事なことを伝え忘れていましたよ』

 どこからともなく、エコーのかかった巴の声が響く。反射的にあたりを見回そうとして、すぐにやめる。どうせどこかにスピーカーでも仕掛けてあるのだろう、ならばそれに踊らされるのも物笑いの種になるだけだとの判断である。彼女の脳は実際、ようやく効いてきたニコチンと勝負を途中で捨てられた上にその相手を取り逃がした自分へのあまりの怒りのせいで逆にぞっとするほどに冴え渡っていた。その彼女の理性が、この話は聞いておくべきだと訴えかける。

『鳥居浄瑠君、でしたか?ああ、否定はしなくて構いませんよ、もう完全に調べはついていますので。まったくやってくれましたね、まさか客席ではなく選手として潜り込んでいたとは。逆に発見までに時間がかかりましたよ、それなりに参加メンツは厳選していたはずですので』
「……」

 裏デュエルコロシアムに潜り込んでいる部下の名に、煙草を咥えたままの糸巻の眉がわずかに上がる。ここで彼がデュエルポリスだと掴まれたということは、少々まずいことになった。今すぐにでも回収に向かわねばならないが、そのための足はたった今お釈迦になったところだ。しかしこの後の行動パターンを脳をフル回転させて模索する彼女を遮るかのように、巴の声が続く。

『とはいえ、ある意味では幸いだったとも言えますね。ご安心ください、私たちは今回、彼に対し一切の手出しは致しませんよ。理由は貴女のことです、明日の朝には気づくでしょう。あまり愉快な話ではありませんが、モグラが我々の中にいたのは不幸中の幸いですよ、本当に。彼が今戦っているであろう決勝の相手は「後ろ帽子(バックキャップ)ロブ」……愛すべき我々の元同僚、ロベルト・バックキャップですが、少しばかり彼に、いえ、彼だけの話ではないですね。今回に限り、貴女の部下以外の誰に優勝されても困る状況なのですよ。それでは、また近いうちにお会いしましょう』
「……?」

 不可解な話に眉をひそめるが、当然それに対する返事は返ってこない。夜の公園は、最初に彼女がここに来た時と同じように静まり返っていた。ただあの時と違い彼女のバイクは鉄くずとなり、地面には九尾槍による無数の穴が無残に開いている。明日の朝この公園の清掃人は、ここで地獄を見ることになるだろう。そして彼女の体に今も小さくうずく、あのデュエルを通しての痛み。それだけが、今の戦いが夢ではないと物語っていた。 
 

 
後書き
突発的コーナー『今日の懺悔』
・時間なかったのでスターヴ融合時の状況描写は私の前作「鉄砲水の四方山話」に使ったものをほぼそのまま移植しました。割と気に入ってたのもあるけど手抜きですまぬ。

あと今回の話で今更思ったんですが、もしかして1話が毎回これぐらいの長さって割と読みにくかったですかね。3分割ぐらいにして投降した方が親切なのかもしれない、なんてことも考える今日この頃。ちょっと次あたり覚えていたら試験的にやってみるかもしれないので意見ある人はメッセージなり感想なりくださると有難いです。 

 

ターン8 最速加速の大怪風

 
前書き
平成最後の投稿。インスピレーションが刺激されたのも大きいけれど、それ以前にこの対戦カードはどこかで1回やりたかった。

前回のあらすじ:糸巻の全盛期だったあの時、かつて互いに生理的に受け付けなかったライバルはすっかり歪んで…あ、元からでしたか。 

 
『さーてと、アンタが青木のおっさんに勝ったとして、そーすっと決勝の相手は、と。お、なんだロブか。こりゃ考えるまでもないな』

 外の状況など知る由もなく、いよいよ裏デュエルコロシアムも決勝3分前。ここに来る前に聞いてきた、上司からの最後の話を鳥居は思い出していた。

『通称後ろ帽子(バックキャップ)のロブ、ロベルト・バックキャップ。こいつなあ……アタシの記憶通りのデッキ、今でも使ってんだろうなあ』
『はあ?』
『ああいや、すまん。ただ、アイツは強いぞー。せめてライフが8000ぐらいありゃあもう少し持ちこたえられるんだろうがなあ。一応アタシは相性有利だったから勝ち越せてたんだが、それでも割と綱渡りだったんだよな。ただ鳥居、案外アンタとは馬が合うかもな。特に共通点があるわけじゃないんだが……なんつーか、アタシの勘だ』
『いやそこでめんどくさくなって説明放棄はやめてくださいよ』

 お世辞にも役に立つ情報だったとは言い難い。それでもあの女上司が、どこにも根拠のない自信だけはやたら満ち溢れためんどくさいアラサーがそこまで言うだけの実力のある相手だということだけは彼も理解できた。

「鳥居浄瑠さーん、スタンバイお願いしまーす」
「はーい」

 呼びに来たスタッフに促され、そこまでで回想を中断する。しかし椅子から立ち上がったろうとしたところで、体中に疼くような痛みを感じその場で固まる。休憩といってもほんの数分のこと、ここまでの2連戦による疲労、そして受けてきた火傷と打撲はまるで治癒しきっていない。

「ふぅーっ」

 固まっていたのは、ほんの数秒のことだった。軽く息を吐いて再び動き出したその時には、すでに体の不調など感じさせない滑らかな動きを取り戻している。彼は幼少期から仕込まれ続けたプロのエンターテイナーであり、観客が待つ舞台にはたとえ墓の中からでも立ち上がるのだ。

「今行きますよ」

 頬を両手で張ることで気合を入れ直し、改めて入場口へと歩き出す。明かりの下に出る少し前から聞こえてきた司会の声に歩みを速め、ほとんど飛び出すようにして最高のタイミングで観客とスポットライトの前に姿を現した。

『さあ、今日もいよいよ最終決戦、長かったデュエルもお開きの一戦だぁ!だけど今夜は一味違うぜ、まさかまさかの大番狂わせ、ここに集まったお前らは今、裏デュエル界の伝説の生き証人になったんだぜ!なにせここまで勝ち進んできたのは全く無名の新人……!』
「『やあやあやあ遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。とは申しますが、こちらにいらっしゃる皆様にそのようなことを申し上げるのはいささか野暮というものでしょう。今宵皆様のお目にかけますは大いなる海、偉大なる空に続く魔界劇場の第三幕にしてそのフィナーレ!提供は私、鳥居浄瑠が全責任を持って皆様にお届けいたしましょう!』」

 スピーカー越しの声を半ば押しのけるように、即興で作った声高らかな口上とともにオーバーな一礼。それなりの拍手をもって迎えられたことにやや満足するも、それもスピーカーが再び主導権を取り戻すまでだった。

『……あー、ここまで勝ち上がってきたチャレンジャーに対するは俺たちのチャンピオン!国籍不明、本名不明の大怪人、誰が呼んだかロベルト・バックキャップ……人呼んで後ろ帽子の(バックキャップ)ロブだぁっ!』

 派手なスモークがたかれ、噴出する煙の向こうからスポットライトに照らされて巨漢の影がゆらりと見える。清明かに先ほど鳥居に向けられたものよりも大きな拍手の鳴り響く中、その男がステージに現れた。
 その身長は、2メートルあるかどうかといったところ。がっしりとした四角い顔立ちにくすんだ金髪と碧眼が、彼が生粋の日本人ではないことを強く主張している。決して初戦で彼が当たった山形のように無駄な筋肉による過剰装飾があるわけではないが、しかしよく鍛え抜かれていることがわかる無駄のない体つき。13年前にプロだったことを考えると少なくとも30は越えているはずだが、まるで肉体的全盛期は過ぎ去ったことを感じさせない。もっとも、彼はそこに驚きは感じなかった。彼の身近にも、見てくれといい中身といいまるで年を感じさせない女上司がいるからだ。そしてひときわ目を引くのがその名、バックキャップの由来ともなった前後さかさまにかぶられた帽子。本人なりのファッションなのかはわからないが、少なくともトレードマークであることは間違いない。糸巻から聞いてきた話によると、あの帽子を取った彼の頭を見たものは誰もいないのだとか。

「……」

 寡黙な巨人といった雰囲気そのままに、割れんばかりの大歓声にはピクリとも反応を示さずのっしのっしとステージ中央へ向けて歩みを進めるロベルト。鳥居と向かい合う形で足を止め、40センチ近い身長差のある彼を必然的に見下ろす格好で目を合わせる。

「お前、今日の俺の相手か」
「お手柔らかに。それはそうと日本語、上手っすね」
「この国来て、20年になる。最初に習った相手、悪かった。ほとんど単語。もう癖取れない」

 ほとんど単語、というわかるようなわからないような会話の流れにほんの少し考え込むも、最初に方言でその国の言葉を習うともう標準語のアクセントで喋れなくなる現象と同じようなものだろうとすぐに納得する。随分横着な講師を選んだものだとやや同情するが、意味が通じないというほどではない。

『ここからじゃ何を話しているのかは聞こえねえが、チャンピオンとチャレンジャーがどうやら試合前の舌戦を繰り広げているみたいだぜ!だけど俺たちゃデュエリスト、そろそろカードでしゃべってもらいたい、なあ観客の皆もそう思うだろ!?』

 スピーカーの流す言葉に、会場が歓声をもって応える。さっさと始めろ、という言葉の裏に込められた若干の非難に同時に苦笑しながらも、先手を取った鳥居がアクロバットにバク宙を決めつつロベルトから距離をとる。2度3度と回転して再び着地した時には、すでに彼も演者の顔に戻っていた。

「『それではお待たせいたしました、レディース・アーンド・ジェントルメン!魔界劇場は最終公演、いよいよ開演のブザーと参りましょう!』」

 先攻はチャレンジャーたる彼のもの、手札誘発でも飛んでこない限りは落ち着いて布陣を固めることができる。そして幸いにも、彼の手札は今回かなり初手向きのものだった。それを確認し、大きく息を吸う。

「『それでは私のフィールドに、此度の演者をお呼びいたしましょう。ライト(ペンデュラム)ゾーンにスケール1、怪力無双の剛腕の持ち主!魔界劇団-デビル・ヒールを。そして対となるレフトPゾーンには同じくスケール2、数字を操る凄腕のガンマン。魔界劇団-ワイルド・ホープをセッティング!』」

 両手を大きく広げた彼の両端に光の柱が昇り、そのうち片方では1と書かれた光の数字の上でボディービルめいて筋肉を強調する巨漢が、そしてもう片方では数字の2の上で素早い動きのガンスピンをこなす西部劇から飛び出たようなガンマンが浮かび上がる。ここまで終えたところでさっと客席全体を見渡し、オーバーに肩をすくめてみせる。

「『おやおや、これはどうしたことでしょう。私の設置したペンデュラムスケールは1と2、このままではどのレベルのモンスターも呼び出すことができませんね。ですがご安心ください、こちらにセッティングされましたるワイルド・ホープはモンスターとして、そしてスケールとして。あらゆる場所において自在に数字を操る、魔法の弾丸を撃ち放つ銃の持ち主なのです。ワイルド・ホープのペンデュラム効果の名は、チェンジスケール・バレット。対となるPゾーンに魔界劇団が存在するときにのみ装填可能となるこの弾丸は、そのスケールのみを正確に撃ち抜くことで止まった振り子を大きく揺らし、その数字を1ターンの間のみ9へと変化させるのです。さあ1発のみのショータイム、見事デビル・ヒールの掲げる1を打ち抜きましたらばご喝采。チェンジスケール・バレット!』」

 口上が終わるのを狙いすましたタイミングで、弾丸の音が会場に響いた。全くのノーモーションから目にも止まらぬ動きで早撃ちを仕掛けたワイルド・ホープが、デビル・ヒールの足元で光る1の数字を正確に打ち抜いたのだ。そしていまだ硝煙立ち上る銃を再びガンスピンしたのちホルスターに収めた瞬間とほぼ同時に、弾痕穿たれたその数字が9へと変化する。
 少しでも冷静に考えればこれはギャンブル要素も含まれないただの効果の発動であって、何らかの妨害がなければたとえ何ターン繰り返そうとも失敗するわけがない。しかしそれでも、場の空気に飲まれていた客席からはパラパラと拍手が起きてしまう。それはまさしく場の空気を鳥居が握っていることの何よりの証拠であり、幼いころからそれを飯の種にしてきた彼にとっては面目躍如の瞬間であった。

 魔界劇団-デビル・ヒール スケール1→9

「『さあさあそれでは皆様がた、これにて長らくの下準備は終了と相成ります。ただいま私の場に並べられしスケールは2と9、よってレベル3から8の魔界劇団を召喚可能。今こそ満を持して舞台へと現れよ、栄光ある座長にして永遠の花形!ペンデュラム召喚、魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

 そして彼の場に呼び出される、魔界劇団の中核にしてその花形。三角帽子を持ち上げて深々と一礼し、再び深々とかぶり直したところで鳥居の指示が飛ぶ。

「『それでは早速挨拶代わりに、ビッグ・スターによる今宵の演目を発表いたしましょう。1ターンに1度デッキから魔界台本1冊を選択し、私のフィールドにセットします。最初の一幕はこちら、安定と安心のレギュラー公演。魔界台本「魔王の降臨」!今回は最終決戦ということもあり、我々としても大盤振る舞いの出し惜しみなしで参りましょう。魔王の降臨を発動!さあプロローグからいきなり舞台を支配する、恐ろしき魔王が登場いたしました!攻撃表示の魔界劇団は魔王ビッグ・スター1体のみ、よって1枚のカードを破壊いたします。私が選択するのは、レフトPゾーンに存在するワイルド・ホープ!』」

 漆黒のマントを羽織ったビッグ・スターがおもむろに大ジャンプし、光の柱のうち片方の中央にきりもみ回転からの恐るべき鋭角飛び蹴りを敢行する。たやすく砕け散った光の破片はフィールド中に降り注ぎ、まるで無数の蛍が飛び回るかのような幻想的な光景を作り出す。

「うわあ……」
「きれい……」

 客席からの呟きを鋭く聞きつけ、すぐさま予定を変更して少しの間だけ口を閉じて光が舞うに任せる。静寂が包むフィールドをキラキラとした光が彩るさまをたっぷりと客席に堪能させたのち、ようやく次の段階に進む。

「『そしてたった今破壊されましたワイルド・ホープ、そのモンスター効果を発動。このカードが破壊されたその瞬間、私はデッキから別の団員1体を手札に加えることが可能となるのです。舞台袖にてスタンバイする次なる魔界劇団の演者は、路傍に佇む要石。魔界劇団-エキストラをサーチ!さらにカードを2枚伏せ、これにてターンエンドでございます。さあチャンピオン、お手並み拝見と参りましょう』」

 魔界劇団-デビル・ヒール スケール9→1

 お世辞にも固い布陣とは言えないが、それでも胸を張ってターンを終える。先ほどの青木戦の裏で行われていたロベルトのデュエルを彼は見る余裕がなかったため、彼がどのような戦術を使うのかはわからない。だがたとえどのような戦術で来ようとも、彼は彼のデュエルでそれを迎え撃つまでだ。

「俺のターン。お前はペンデュラム、ならば俺もペンデュラム。魔法発動、妖仙獣の神颪(かみおろし)!俺のフィールドにモンスターがいない、デッキからこの2枚を直接発動。妖仙獣……出でよ右鎌神柱(ウレンシンチュウ)、応えよ左鎌神柱(サレンシンチュウ)!」
「『よ……【妖仙獣】!?』」

 驚きの声をよそに、ロベルトを挟み込むように2つのつむじ風が巻き起こる。風はそのまま天まで上る小規模な竜巻となり、その中から鳥居のものと同じ2本の光の柱が現れた。5の数字の上では、赤い鬼の面が取り付けられた右半分のみの鳥居が。そして対となる3の数字が光るその中には、青い鬼の面が張り付けられた左半分のみの鳥居が。それぞれ半身のみの鳥居が、頭上高くでその真なる姿を取り戻す。

「右鎌神柱、ペンデュラム効果。反対側に妖仙獣カード、スケールを11に変更する」

 ふたつがひとつとなり、真の力を取り戻した右鎌神柱の下で光の数字が大きく動いた。それは先ほど鳥居自身も行ったスケール変更の技、しかしその結果として完成したスケールの広さは彼の作り上げたそれを大きく上回る。
 してやられた、と心の中で歯噛みする。これではまるで先ほどのワイルド・ホープの効果がこの右鎌神柱の、ひいては使い手である彼自身がロベルトの引き立て役に徹したようなものだ、そんな思いも駆け巡る。しかしすべては手遅れであり、結局は今回に関してはこちらの負けだと潔く認めざるをえなかった。
 もっとも、まだ勝負そのものまで投げ捨てたわけではない。

 妖仙獣 右鎌神柱 スケール5→11

「効果発動ターン、妖仙獣しか無理。仔細なし、ペンデュラム召喚!」

 先ほどの比ではない大竜巻が、鬼の面持つ鳥居に挟まれる形でフィールドに2つ吹き荒れる。そして紅く輝くそれからは古傷残る独眼の紅龍が、緑がかったそれからは赤い両目が不気味に光る四つ足の妖獣が、それぞれ鳥居をくぐりフィールドに降り立った。

「逢魔が刻。妖魔の神域脅かされし時、その怒り星々さえも揺るがす大怪風となる!魔妖仙獣……吹き荒れよ独眼群主(ヒトツメノムラジ)!解き放て大刃禍是(ダイバカゼ)!」

 魔妖仙獣 独眼群主 攻2000
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000

 2体もの魔妖仙獣の一斉召喚。降臨と共に巻き起こった風は会場内を所狭しと荒れ狂い、「BV」により実際のエネルギーとなったその風圧はその場に固定されていない椅子、あるいはうっかり掴む手の緩んだ観客の荷物など手につく限りあらゆるものを吹き飛ばした。
 そしてそれは、真正面でそれと対峙する鳥居にとっても例外ではない。手札が吹き飛ばされることこそどうにか防いだものの、彼自身の体がともすれば浮かび上がりそうになる。ただ一人ロベルトのみはその中央、台風の目に位置する場所でほとんどその影響を受けぬままに仁王立ちして風に翻弄される周りの様子を見据えていた。そしてその手が、その口が、動く。

「独眼群主、大刃禍是の効果発動。独眼群主は召喚、ペンデュラム召喚時に1枚。同じ時に大刃禍是は2枚バウンスする」

 召喚の余波も収まりきらないうちに独眼の紅龍が赤い竜巻を1つビッグ・スターに、四つ足の妖獣が緑の竜巻を2つ鳥居の伏せカードに向け発生させ、またもや空気がうねり切り裂かれる。この畳みかけにはついに鳥居の我慢も限界に達し、風圧に耐えきれなくなった彼の体がなすすべなく浮きはじめ、抵抗空しくその両足がついに地面から離れた。
 みるみるうちに上昇して何メートルも回転しながら天井近くへと飛ばされていく彼の姿を見上げ、その後に起きる悲惨な光景を想像した観客から小さく悲鳴が上がる。しかし誰よりも早く叫んだのは、ほかならぬ彼自身だった。

「『なんということでしょう、まさに大怪風!おまけにこの効果が決まってしまえばもはや私のフィールドはカラも同然、神域の獣たちの連携攻撃によってこのライフはすべてが失われてしまうでしょう……ですが!』」

 その直後会場の皆が見たものは、空中に突如浮かんだオレンジ色のクッションのようなものが飛ばされ続けていた彼の体を受け止めた光景だった。そのクッションのようなものはみるみるうちに乱気流に乗って会場を飛び回り、そのうちのひとつがたまたま1回戦から彼の試合を間近に見ていた1人の観客の手元に届く。思わずといった様子で手を伸ばしてそれを掴んだその男が、あっと驚きの声を上げる。

「これ、風船だ!しかも、これってさっきも……」

 その言葉に周りの客も、もう一度自分たちの周りを飛び回るオレンジの物体へとその目を凝らす。そう、それは確かに無数の風船……コウモリを模した形の、オレンジ色の巨大な風船だった。そして彼らは最初の男の言葉通り、これと同じものをつい先ほどの試合でもその目にしている。そのことに観客の大多数が気づいたタイミングで、おもむろに天井から明るい笑い声が会場中に響く。

「『これは失敬。私としたことが、少々注意が至りませんでしたね。確かにお客様の中にいらっしゃるかもしれない心臓の弱い方にとって今の一幕は、少しばかり刺激が強すぎるものとなってしまいました』」

 そう明るく謝罪する声の主は、当然に鳥居浄瑠その人である。ではなぜ、いまだに天井からその声がするのか?その理由は、彼の左手にあった。手札を持ったままの右手は垂らしたまま、空いた左手で彼はいくつものコウモリ型風船をかき集めてその紐を握りしめていたのだ。ふわふわと浮く巨大な風船は、それをいくつも束ねることで彼1人程度の体重であれば十分空中に留まっていられるだけの浮力を生み出す。
 となると当然次に生ずるであろう疑問は、なぜその風船を生み出すカードが発動されたのかということになる。その答えを説明すべく彼は手にした風船をぱっと手放し、猫のように空中で一回転することでバランスを取りつつ着地する。

「『それでは皆様、そろそろ何が起きたのかの説明に移らせていただきましょう。私の場に伏せられ、チェーン2の大刃禍是によってバウンスされそうになった2枚の伏せカード。私はそれに合わせてさらにチェーン3、そのうち1枚を発動したのです。その名はトラップカード、メタバース!このカードは発動時にデッキからフィールド魔法1枚を選択し、手札に加えるか場に直接発動することが可能となります。となれば、もうお分かりですね?先ほども皆様を幻想の世界に招待した魔界劇団の本拠地、魔界劇場「ファンタスティックシアター」。そのカードを発動したのです!』」

 そう言い切ると同時にポーズをとった彼をめがけてファンタスティックシアターの小道具であるスポットライトに光が灯り、同じく小道具である無数のクラッカーが小気味いい音と共にカラフルな紙吹雪を放つ。

「『もうお分かりですね?確かに私のフィールドに今、ペンデュラム召喚された魔界劇団であるビッグ・スターはおりません。ですがファンタスティックシアターの発動時はまだチャンピオンの操る独眼群主の効果適用前であり、確かに魔王はそこにおりました。つまりファンタスティックシアターの効果は有効となり、大刃禍是の効果は「相手フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を選択して破壊する」と書き換えられたのです!』」
「書き換え……!」
「『そう。一見あっさりとあやかしの長の手によって敗北したかに思われた大魔王ビッグ・スターでしたが、実はそれすらも彼の大いなる計画の一部だったのです。彼がその身を犠牲にしてまでも、現世へと遺した1冊の本。それはすなわち、復活の秘術。1度は舞台を降りたかに見えたビッグ・スターが、さらなる仲間を得て再び表舞台へと駆け上がるための奥の手中の奥の手。大刃禍是の効果によって破壊されたことで、その本に込められた魔力の全てが解放されようとしております』」

 ビッグ・スターの消え去った鳥居のフィールドにポツンと残された、1冊の魔界台本。風になびかれてそのページが猛スピードでめくられていき、やがて中心付近でひとりでに止まる。ページ内部に見開きでびっしりと書き込まれた文字が光を放ち、フィールドを覆いつくすほどのスモークが沸き上がる。

「『その本の名は……魔界台本「魔界の宴咜女」!先ほどの第二幕でも大きな役割を果たしたこの演目は、この最終幕でも大きな役割を果たすこととなるでしょう。さあ、魔界の宴咜女の効果を発動!私のエクストラデッキに表側の愛劇団が存在し、フィールドにセットされたこのカードが相手の効果によって破壊されたこの瞬間。私はデッキから可能な限りの魔界劇団を選択し、私のフィールドへと一斉登板いたします!魔王ビッグ・スターが手札へと戻ったことにより、私のメインモンスターゾーンの空きはなんとこの5枠全て。ここまで続いた長い長いプロローグもいよいよひと段落、まずは本演前の舞台挨拶と参りましょう。一斉に現れよ、私のモンスターたち!』」

 スモークにまぎれ、煙の間を潜り抜けて5人もの演者がフィールドに飛び出し魔妖仙獣の2体と睨みあう。その体躯では1人1人は遥かに小さいが、合計すれば数では勝りその闘志も十分。

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000
 魔界劇団-サッシー・ルーキー 守1000
 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500
 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500
 魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200

「『さすがに数が多いですからね、申し訳ありませんが1人1人の口上は割愛させていただきます。ともあれこの瞬間に特殊召喚に成功したデビル・ヒールの効果が発動、ヒールプレッシャー!相手モンスター1体を選択し、このターンの間だけその攻撃力を魔界劇団1体につき1000下降させます。私が選択するのは当然、魔妖仙獣 大刃禍是!』」

 巨漢の演者が、今日だけですでに3度目となるヒールプレッシャーを挨拶代わりにその大きな手から放つ。しかし巨大な妖獣はさすがにそれだけで吹き飛ばされるようなことはなく、4本の足で踏ん張ってその衝撃に耐える。

 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000→0

「だが俺も、独眼群主の効果。フィールドのカードが手札かデッキに戻る、そのとき1枚につき500妖仙獣パワーアップ!」

 魔妖仙獣 独眼群主 攻2000→2500
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻0→0

「『全体強化……ですが大刃禍是の攻撃力は表記上0となっておりますが、ヒールプレッシャーによってダウンした数値は本来5000。たとえ500ポイントの強化が入ろうと、その攻撃力を再びプラスにするためにはあと1500ポイントほど足りませんね』」
「承知。ゆえにこのターン、大刃禍是はもう使わない。リリース、アドバンス召喚。妖仙獣……荒れ狂え、凶旋嵐(マガツセンラン)!」

 妖獣が再び竜巻と共に消え、その痕跡すらも残らないフィールドにひらひらと枯れ葉が舞い落ちる。どこからともなく無尽蔵に現れては落ちていく枯れ葉はみるみるうちにうずたかく積まれた山となり、その山を跳ね除けてボロボロの和装に首から下げた赤い数珠、そして幅広の湾曲した、異形の刀を持つ二足歩行の獣人が現れた。そして獣人がおもむろに首の数珠を取り外して地面に叩きつけると、地面に生じたひび割れから更なるつむじ風が巻き起こる。

 妖仙獣 凶旋嵐 攻2000

「凶旋嵐の効果。召喚成功時、デッキか同胞を呼び寄せる。跳ね回れ、鎌参太刀(カマミタチ)!」

 妖仙獣 鎌参太刀 攻1500

「バトル。独眼群主、プリティ・ヒロイン!」
「『ああ、なんということでしょう。荒ぶる風の主、その双璧をなす赤き龍がその独眼にて見据えた獲物は、我らが魅力あふれる魔法のアイド……うわっ!』」

 咄嗟のセリフすらも言い終わらぬうちに、独眼の龍が竜巻を吐き出して緑髪の魔法少女を狙う。体の防御そっちのけでスカートを押さえながら、その体が吹き飛ばされていく。

 魔妖仙獣 独眼群主 攻2500→魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500(破壊)
 鳥居 LP4000→3000

「『ですがこの瞬間、プリティ・ヒロイン最後の魔法が発動!私の受けた戦闘ダメージ1000をそちらのモンスター……ここは凶旋嵐の攻撃力から差し引きます、メルヘンチック・ラブコール!』」

 妖仙獣 凶旋嵐 攻2000→1000

 デビル・ヒールともどもすっかりおなじみとなった、攻撃力ダウンの恋の魔法が獣人を包む。しかし、今回行われる処理はそれだけでは終わらない。

「『さらにプリティ・ヒロインがモンスターゾーンにて破壊された時、すぐれた語り部でもある彼女は新たな演目をしるべとして場にセットすることが可能となります。私の宣言する次の演目はこのカード、魔界台本「オープニング・セレモニー」!』」
「鎌参太刀の効果。妖仙獣が戦闘ダメージ与えた、1枚サーチ行う。妖仙獣……響き返せ、木魅(コダマ)!」
「『木魅……?』」

 ここで予想外の一手に不意を突かれたのが、鳥居である。彼は鎌参太刀の効果を知っており、サーチ効果を止めるすべがない以上ここは必要経費と割り切るつもりでいた。だがそのサーチ先は万能カウンターである妖仙獣の秘技、あるいは攻撃反応の手札誘発である大幽谷響といったカードだろうと読んでいたのだ。相手ターンでは特に何かができるわけでもなく、手札に置いておく意味も限りなく薄いあのカードを、ロベルトは迷う様子もなくわざわざこのタイミングでサーチした。その理由は、真意はどこにあるのか。
 しかし、彼にそれを長々と考える余裕はない。刻一刻と変化するデュエルの最中、急に立ち止まって相手の考えを長考するなどエンターテイナーとしては論外だ。まして彼のスタイルは、常に動き続けるアドリブばかりの即興劇。考え続けることを辞めるのは勝負を捨てるのも同然だが、エンタメを捨てることもまた彼にとってはそれと等しい意味を持つ。結局彼は結論を出すのを後回しにし、サーチ後に何をしてくるのかに神経を集中させる。

「凶旋嵐、鎌参太刀はお前のモンスターに勝てない。カードを2枚伏せる、ターンエンド」

 妖仙獣 右鎌神柱 スケール11→5

「『エンド?……なるほど、ようやく私にも読めてきましたよ。チャンピオンの手札はこれで残り1枚、そしてそれがモンスターカードの木魅であることは揺るがない事実。つまり今伏せられた2枚のカードのうち、どちらか片方は何らかの手札コストを要する罠、あるいは速攻魔法といったところでしょうか』」

 木魅は、妖仙獣の中でも珍しい特色として墓地から発動できる誘発効果を持ち合わせている。それはつまり言い換えれば、テーマ内で最も手札コストに適したカードということだ。そう考えれば、なぜ今のターンに選んだのかの説明もつく。どうやらあの伏せカード、手札を捨ててでも発動したいようなよほど強力な見返りを持つカードらしい。肝心のロベルトは沈黙を保ったままだが、代わりに風がごう、と吹いた。独眼の紅龍の全身がつむじ風に包まれて、来た時と同じように天へと昇っていく。

「ターン終了時、特殊召喚された独眼群主は手札戻る。鎌参太刀は特殊召喚された、だから手札戻らない」

 ターンの終わりごとに、手札に戻る。この特色こそが鳥居の【魔界劇団】とロベルトの【妖仙獣】の複雑な力関係を生み出す要因であり、最初に彼のデッキがそれであると知った時に微妙な反応をした理由でもある。もっともそこにはそれらしい顔して自分は相性有利などとほざいていた上司の顔を思い出したせいも、無論あるのだが。
 まず魔界劇団側の強みとしては、毎ターン手札に戻り盤面がリセットされる妖仙獣は再び展開するためにいちいちモンスター効果を発動する必要があり、それがつまりファンタスティックシアターのいい書き換え先であることを意味している。またペンデュラム全体の特色である大量展開と一斉召喚は、同じくテーマの特色であるバウンス能力に対してある程度は強く出ることができる。
 しかしだからといって一方的有利と言い切れないのが、まさにこの手札に戻る能力の存在である。切り札である魔王の降臨をはじめ魔界台本はどれも手札に逃げたカードに対しては手出しができず、団員の中にもそこに干渉できるモンスターはいない。あくまで魔界劇団は観客(あいて)がいる舞台でこそその実力を完全に発揮できるテーマであり、空っぽのフィールドが相手だと微妙にその力も空回りしてしまうのだ。
 どちらが有利で、どちらが不利なのか。きわどいバランスで成り立つ両テーマの関係は複雑怪奇そのものであり、だからこそ使い手の腕が如実に表れる。

「『それでは皆様お待たせしました、私のターン!』」

 ここで鳥居は残る魔界劇団から強力なリンクモンスターであるヘビーメタルフォーゼ・エレクトラムをリンク召喚してさらに場を整えることも、あるいはさらに高リンクのモンスターを呼び出すこともできた。しかしそれをためらわせるのが、ロベルトが伏せた2枚のカードである。先ほども彼の頭をよぎった万能カウンター、妖仙獣の秘技。もしあのカードをこちらの展開に対しぶつけられた場合、目も当てられないことになるのは容易に予想が付いた。

「『まずは、そうですね。先ほどの攻防はあくまでも本編開始前のプロローグ、いよいよ物語の動き出すオープニングと参りましょう。守備表示だったサッシー・ルーキー及びワイルド・ホープを2体とも攻撃表示に変更し、ビッグ・スターの効果発動!デッキから魔界台本1冊をフィールドに直接セットします』」
「……」

 ロベルトの答えは、沈黙。伏せカードに妖仙獣の秘技があるという恐れがそもそも彼の杞憂なのか、あるいはビッグ・スターの効果ならば通してもよいとの判断か。まだ、判断材料は出揃っていない。

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 守1000→攻1700
 魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200→攻1600

「『そして私が選択いたしますは、2枚目の魔界台本「オープニング・セレモニー」!ですが、こちらの開演はもう少し後といたしましょう。路傍に佇む要石、魔界劇団-エキストラを召喚。よろしければ、そのまま効果へと移らせていただきます。自身をリリースすることで、デッキから異なる演者を私の空いたPゾーンに直接発動!ただしこのターン、私は魔界劇団以外の特殊召喚が行えません』」
「……」

 魔界劇団-エキストラ 攻100

「『ここで呼び出しましたるはスケール8、酸いも甘いも知り分けた古老。ダンディ・バイプレイヤーをセッティング!』」

 ペンデュラムカードを張り直したことで、最初にセッティングされていたデビル・ヒールと合わせて描かれたスケールは1と8。しかしこれにも、ロベルトは動かないままの姿勢を維持していた。まるで何かのタイミングを待っているかのような沈黙にやや引っかかりを覚えるも、だからといって彼にできることがあるわけではない。

「『それでは参りましょう、ペンデュラム召喚のお時間です。先ほど手札に戻りし魔王、魔界劇団-ビッグ・スター!そしてエクストラデッキから呼び出しますは、魅力あふれる魔法のアイドル。魔界劇団-プリティ・ヒロイン!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500
 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500

「『忘れぬうちにここで、たった今ペンデュラム召喚に成功したビッグ・スターの効果を発動いたします。このカードの召喚または特殊召喚の際、相手は魔法及び罠を発動することはできません。さらにダンディ・バイプレイヤーを利用してのペンデュラム召喚に成功した際、私は舞台袖たるエクストラデッキからレベル1、または8の魔界劇団1体を手札へと呼び戻すことが可能となります。再びエキストラを手札に!』」

 小太りの小さな老人がトランペットを明るく吹き鳴らすと、対となるペンデュラムゾーンではデビル・ヒールがどこからともなく取り出したシンバルを調子よく打ち鳴らす。簡易的なセッションの音楽に、ファンタスティックシアターの内部から目は見えない裏方の楽団がさらに調子を合わせて音色を奏でる。

「『素晴らしき演奏に拍手を。そして先ほどビッグ・スターの手によって伏せられましたこのカードを発動いたしましょう、魔界台本「オープニング・セレモニー」!私のフィールドに存在する魔界劇団1体につき、500のライフを回復いたします』」

 カラフルな花火が一斉に上がり、場に残った演者たちが賑やかな音楽を背後に観客たちに手を振って開演の挨拶を行う。これで彼が先ほど受けたダメージは帳消しとなり、それどころか莫大なおつりまで帰ってきた計算になる。2体の魔妖仙獣に圧倒されていた観客も、この華やかな舞台挨拶でまた少し関心を取り返すことに成功した。

 鳥居 LP3000→6000

 とはいえ、ライフ差が付いたからといって彼に安心できる要素が増えたわけではない。6000のライフは確かに高い数値ではあるが、2体の魔妖仙獣が本気を出しさえすればいまだ即座に吹き飛ぶような数値でしかない。そしてここまでの動きに一切の邪魔が入らなかったことで、またしても選択の余地が生まれた。すなわちここでバトルフェイズに入るのか、それともペンデュラム召喚した方のビッグ・スターの効果を先に使うかの2択である。
 少し迷った末、彼はもう少しだけ慎重に戦いを進めることにした。下手に魔王の降臨を持ってこずともこのモンスターたちによる一斉攻撃が通りさえすればロベルトのライフは十分0になる、ということも大きい。

「『では最後に、モンスターとしてのワイルド・ホープの効果を発動。1ターンに1度そのターンの間、場に存在する魔界劇団1種類につき100ポイントだけ攻撃力をアップします。そして私の場の魔界劇団は、恐るべき分身の秘術により2体に増えましたビッグ・スターを含めた計5種類。チェンジパワー・バレット!』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻1600→2100

「『お待たせいたしました、場面変わりまして我々の反撃!バトル、ワイルド・ホープで……』」
「バトルフェイズ?時は来た。速攻魔法、妖仙獣の風祀り!妖仙獣モンスターカードが3枚以上、その中のモンスター全てバウンス。さらに、手札5枚になるようドローする」

 ロベルトのフィールドに妖仙獣モンスターは凶旋嵐、そして鎌参太刀の2体しかいない。しかし風祀りのカードが発動条件に指定するのは妖仙獣「モンスターカード」であるため、今は魔法カードとして場に存在してもその本質はモンスターである右鎌神柱、そして左鎌神柱もその数としてカウントされる。それでいてバウンスされるのは妖仙獣「モンスター」、つまりモンスターとして場に出ている2体だけ、ということになる。

「『ですがいくら手札を増やそうと、そのカードを使えばチャンピオンのフィールドはがら空きになってしまいますが……』」
「当然、計算済み。速攻魔法、マスク・チェンジ・セカンド!手札1枚捨て、風属性モンスターの凶旋嵐を対象として墓地に。属性の等しいM・HERO(マスクドヒーロー)を呼ぶ。変身召喚、M・HERO カミカゼ!」

 木魅が墓地へと送られ、凶旋嵐が風と共に飛び上がる。空中で懐から取り出した鳥めいた仮面をかぶると、ボロボロの装束とは打って変わって清潔感漂う純白のマントが、そして明るい緑色の戦闘スーツがその身を包み込んだ。

 M・HERO カミカゼ 守2000

「『変身……召喚……!』」

 読み切れなかったことに、小さく歯噛みする。彼が「手札コストの必要な伏せカード」についてマスク・チェンジ・セカンドにまで考えが至らなかったことを責めるのは、果たして酷だろうか。
 少なくとも、彼自身はそうは思わなかった。確かに【妖仙獣】はあまり混ぜ物に適しておらず、使う場合はなるべく純構築でのデッキが好ましいとされるテーマである。しかしロベルト・バックキャップ、後ろ帽子(バックキャップ)のロブは、あの糸巻と同じ元プロデュエリストだ。プロのデッキは混ぜ物が多い……奇しくも彼女自身がつい先ほど刺客に対して諭した言葉は、鳥居自身も幾度か聞いて来た覚えがある。それでも、その存在にまで考えが至らなかった。それは、彼にとっては不覚以外の何物でもない。しかもあのカミカゼは戦闘破壊されない効果を持つため、強引に力技で押し通す手も使えない。

「『ならばメイン2に移行し、もうひとりのビッグ・スターの効果をついに発動。今回紡がれし演目名は、魔界台本「魔界の宴咜女」!』」

 彼が選んだカードは、先ほども彼の大ピンチを救った魔界台本。しかし彼の狙いは、もはやそこではない。

「『ですがこの台本、今回は先ほどまでとは一味違う筋書きを皆様にはお見せいたしましょう。セット状態から永続魔法、魔界の宴咜女を発動。このカードは1ターンに2度まで魔界劇団をリリースすることで、墓地に存在する他の演目をアンコール上演、すなわち私のフィールドに再びセットすることが可能となるのです。まずはサッシー・ルーキーをリリースし、魔王の降臨を再セット。さあ、再び開かれるその台本の力によって魔王の威光をもう1度天下に知らしめる時がやってまいりました!魔王の降臨を発動、魔王ビッグ・スターをはじめとしデビル・ヒール、プリティ・ヒロイン、ワイルド・ホープの4種類の魔界劇団が存在することで私の破壊できるカードは4枚まで、よって右鎌神柱、左鎌神柱、カミカゼの3枚を破壊!』」

 カミカゼはどうにか処理したものの、厄介なサーチ能力を持つ鎌参太刀に逃げ切られてしまったことは大きい。しかも風祀りにチェーンして手札の木魅と場の凶旋嵐が同時に墓地へと送られたことで、その枚数だけドローしたカードの枚数も余分に増えている。
 ちなみに右鎌神柱、及び左鎌神柱に関しては、元々妖仙獣の神颪によって発動されたカードであるためにこのターンの終わりが来れば自壊する。あまり戦術的に意味のある行為だとは言い難いが、だからといって何かを損したわけではない。それは彼にとって、なけなしの抵抗だった。

「『そして、手札に残る最後のカードをセット。これで、私はターンエンドです。そしてこの瞬間、ビッグ・スターの効果により場に置かれた魔界の宴咜女は墓地へと送られます』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻2100→1600

「俺のターン。魔法発動、妖仙獣の神颪。このターンもデッキから2枚を発動、そのまま効果でスケール上げる。もう1度出でよ右鎌神柱、再び応えよ左鎌神柱!」

 妖仙獣 右鎌神柱 スケール5→11

 まるで何事もなかったかのように破壊されたはずの一組の鳥居が甦り、先ほどのリフレインのようにそのスケールが大きく動く。これで再び、レベル10を誇る魔妖仙獣を呼び出すための準備が整ったことになる。
 しかし、前回に不意を突くことで大きくその目論見を崩したファンタスティックシアターはすでに存在が見えている。当然、あの時と同じ展開だけで終わるはずもなく。

「妖仙獣 鎌参太刀を召喚。召喚成功時、同名以外の同胞を通常召喚できる」
「『くっ……ファンタスティックシアターは、最初に発動した効果を強制的に書き換えます』」

 妖仙獣 鎌参太刀 攻1500

 鳥居の伏せカードは、2枚。そのうち1枚はプリティ・ヒロインの効果でセットしたオープニング・セレモニーであることが公開情報として開示されており、もう1枚の後から伏せた1枚はロベルトにはわからない。わずかな間が空き、ロベルトが破壊を選んだのはオープニング・セレモニーのカードであった。鎌参太刀の放り投げたどんぐり製の独楽がその上にふわりと乗り、高速回転の後にそのカードごと小規模な爆発を起こす。

「『そして私のエクストラデッキに表側の魔界劇団が存在し、セットされた状態から破壊されたオープニング・セレモニーの効果を発動。私の手札が5枚になるよう、カードをドローします。嗚呼なんということでしょう、これは単なる偶然の一致なのか、あるいはなんらかの運命だとでもいうのでしょうか?これはまさに先ほどチャンピオン自身が使用した妖仙獣の風祀りと同じ「手札が5枚になるまで」ドローを行う効果です』」

 一気に潤沢となった手札を互いに抱え、相手の次の出方に目を光らせる。彼は運命論者ではないが、ある程度の筋書のようなものが人生にあるとは感じていた。その中の1つがこの戦いなのかは、いまだ判別つかなかったのだが。

「墓地の木魅、効果発動。このカードを除外、手札の妖仙獣を通常召喚。妖仙獣……吹き抜けろ、侍郎風(サブロウカゼ)!」

 編み笠がやたらと特徴的な、和装には珍しい金髪の獣人が特に意味もなく天を指さしたポーズで現れる。もっとも、特に意味もなく天を指すのは彼の操るビッグ・スターも似たようなものであるのであまり人のことを言えた立場ではないのだが。

 妖仙獣 侍郎風 攻1700

「他の妖仙獣がいる時、侍郎風召喚。この瞬間効果により、妖仙獣のペンデュラムをサーチ。レジェンドコンボ・ワン!来たれ、独眼群主!」
「『なんということでしょう、またしても手札に加わるは先ほどもフィールドへと降り立った魔妖仙獣の双璧、その名も独眼群主!烈風の神域より再び降臨の準備を着々と進める妖獣軍団に対し魔界劇団、これをどう立ち向かうのか?』」
「侍郎風の更なる効果発動!フィールドの妖仙獣を選択、デッキから特定のカード2枚から1枚を選ぶ。それをフィールドに表側で置き、最初のカードをデッキへ戻す。レジェンドコンボ・ツー!左鎌神柱を対象に発動せよ、妖仙郷の眩暈風!」
「『永続トラップをフィールドに伏せることなく直接発動する効果!演者たちの周りを、気が付けば不吉な風が巻き起こっております!この圧倒的攻勢を前に、どのように彼らは耐えきるというのでしょうか?運命の瞬間は、もうすぐ訪れます。どうかごゆるりと、このままにお楽しみください』」

 言葉とは裏腹に、鳥居は自分の浮かべたその笑顔がぎこちなくなってきているのを感じていた。このターンだけなら、まだどうにかなる。だが、妖仙郷の眩暈風がこのタイミングで飛んでくるのはさすがにまずい。

「手札から3度目の左鎌神柱を、レフトPゾーンにセッティング。ペンデュラム召喚!」

 これまでで最大の規模を誇る大怪風が、天から地上に向けて叩きつけられる。鳥居は寸前で大きく後ろに飛んで壁にぴったりと背をつけたために再び上空に巻き上げられるような事態こそ防いだものの、それでも壁と風に前後から押さえつけられて息ができなくなるほどの力に襲われる。

「逢魔が刻。妖魔の神域脅かされし時、その怒り星々さえも揺るがす大怪風となる!魔妖仙獣……吹き荒れよ独眼群主(ヒトツメノムラジ)!解き放て大刃禍是(ダイバカゼ)!そして巻き起これ、妖仙獣 閻魔巳裂(ヤマミサキ)!」

 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000
 魔妖仙獣 独眼群主 攻2000
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000
 妖仙獣 閻魔巳裂 攻2300

「『これだけの上級モンスターを同時にペンデュラム召喚……!これはチャンピオン、本気で勝負を決めに来たということでしょうか!』」
「独眼群主、大刃禍是、閻魔巳裂の効果を同時に発動!独眼群主でモンスターゾーンのデビル・ヒールを。大刃禍是でそれぞれビッグ・スター2体とワイルド・ホープ及びプリティ・ヒロインを手札に戻す……だがこの瞬間、妖仙郷の眩暈風の効果!このカードが存在する、よって妖仙獣以外のモンスターに対するバウンスはすべてデッキバウンスと書き換えられる……妖仙ロスト・トルネード!」
「『これは魔界劇団、最大のピンチ!ペンデュラムモンスターにバウンスは効果があまりありませんが、デッキバウンスともなれば話は別でございます。眩暈風に誘われてふらふらとデッキに帰ってしまう彼らを正気に返すすべは、果たしてあるのでしょうか?その答えはイエス、です!速攻魔法、魔界台本「ロマンティック・テラー」を発動!』」

 最後の伏せカードが表を向いた瞬間、フィールドに地面から巨大な石造りの塔が生える。荒ぶる風にもびくともしない堅牢なその塔の上部に空いた窓から、いつの間にかドレス姿となっていたプリティ・ヒロインがよほど自分の格好にご満悦なのか喜色満面の笑みで顔をのぞかせた。そしてその視線の先にはこういう舞台は苦手なのか、見るからにげんなりした顔で薔薇の花束を手に糊のきいたスーツ姿を風になびかせるサッシー・ルーキーの姿が。
 飛び上がった彼はそれでも台本通りに塔を駆け上ってその窓までたどり着き、半ば押し付けるようにして囚われの姫役に花束を手渡す。ロマンスの欠片もない相手役の態度にやや不満げな表情のヒロインはそれでもオーバーリアクションで喜びをあらわにしてみせ、そのままとんでもない怪力でとっとと帰りたがるサッシー・ルーキーを塔の中に引きずり込む。しかしその数秒後にはスーツを脱ぎ捨てていつもの格好に戻った当の騎士役が、また窓から外へとすたこらさっさと逃げ出していく。そんなことをしているうちに、すっかり風は凪いでいた。

「『ロマンティック・テラーは発動時に私の場から魔界劇団を1体手札に戻し、その後エクストラデッキから異なる魔界劇団を守備表示で特殊召喚する能力を持ち合わせた当劇団には珍しいロマンス重視の作品。もっともこの騎士役は、自身の役に若干の不満があるようでしたがね。エクストラモンスターゾーンに存在したプリティ・ヒロインを手札に戻し、先ほどリリースされたサッシー・ルーキーを特殊召喚!』」

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 守1000

 ほとんどのモンスターがデッキに戻ってしまうも、ギリギリのサクリファイス・エスケープでどうにかフィールドが空になることだけは防いだ鳥居。しかしまだロベルトのフィールドには、もう1体のペンデュラム召喚された妖仙獣が存在する。鬼の角を生やす大柄な僧衣の獣人が、包丁のような形をした恐ろしく巨大な刀を片手で軽々と地面に叩きつけて旋風を巻き起こした。

「閻魔巳裂がペンデュラム召喚に成功した、効果発動。相手フィールドのカードを1枚破壊、対象はファンタスティックシアター!』」
「『度重なる嵐に耐え切れず、ついに魔界劇場が崩れ落ちてしまいました!それでも我々は決して挫けません、この最終幕を閉じきるまでは!』」
「このターンで、幕は落ちる。私が落とす。独眼群主の効果!カードが手札及びデッキに戻ったことで、妖仙獣パワーアップ!」

 3体もの魔妖仙獣の怒りにより、このターンデッキに戻ったカードは鳥居の4体。1枚につき500もの強化が、エクストラモンスターゾーンも含め6つのモンスターゾーン全てを埋め尽くしたロベルトの妖仙獣を劇的にパワーアップさせていく。

 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000→5000
 魔妖仙獣 独眼群主 攻2000→4000
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000→5000
 妖仙獣 閻魔巳裂 攻2300→4300
 妖仙獣 鎌参太刀 攻1500→3500
 妖仙獣 侍郎風 攻1700→3700

「閻魔巳裂でサッシー・ルーキーに攻撃、鞍馬山おろし!」

 巨体の重さを感じさせない軽々とした動きで、必殺の凶刃が迫る。振り切られる最中、その刀身に風がまとわりついて渦を巻くさまが鳥居にはくっきりと見えた。

「閻魔巳裂が風属性以外とバトルする。その時、ダメージステップ開始時に相手は破壊される」
「『ならばこちらも、サッシー・ルーキーの効果を発動!このカードは1ターンに1度のみ、戦闘及び効果によっては破壊されません!』」
「無論。だがこの効果はダメージ計算前、続く戦闘破壊は受けきれない」

 その言葉通り、振りぬかれた刀によってサッシー・ルーキーの細い体はいとも簡単に吹き飛ばされる。そのまま後ろまで吹き飛ばされたその体は、派手な破壊音と共に壁にぶつかってクレーターを作った。

 妖仙獣 閻魔巳裂 攻2300→魔界劇団-サッシー・ルーキー 守1000(破壊)

「『まだです!サッシー・ルーキーがモンスターゾーンにて破壊された時、その効果を発動!デッキからレベル4以下の仲間を選び、私のフィールドに特殊召喚いたします。残念ながらプリティ・ヒロインは既に私の手札におりますゆえにその呼び声に応えることはできませんが……ワイルド・ホープを特殊召喚!』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200

「無駄な抵抗。鎌参太刀で攻撃!」

 妖仙獣 鎌参太刀 攻3500→魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200(破壊)

「『ワイルド・ホープが破壊されたことで、効果発動!デッキから魔界劇団を選択し、手札へと加えます。今回私が選ぶのはスケール8にて波乱巻き起こすアドリブの達人、魔界劇団-コミック・リリーフ。さらに私のペンデュラムモンスターが戦闘破壊されたことにより、手札からメロー・マドンナの効果を発動!仲間を弔う鎮魂歌を奏でるために、このカードを特殊召喚いたします。我らが誇る世界の歌姫、魔界劇団-メロー・マドンナ!そしてその攻撃力は、墓地に存在する魔界台本1冊につき100アップ!』」

 魔界劇団-メロー・マドンナ 守2500 攻1800→2300

 サッシー・ルーキー、ワイルド・ホープ、そしてこのメロー・マドンナ。切れ目なく続く戦線が、辛うじて直接攻撃から鳥居を守り続けていく。まさに綱渡りでの攻防に、あきらかにロベルトは痺れを切らし始めていた。

「だが守備力2500、壁としても不足。侍郎風でさらに攻撃!」
「『確かにこのままでは、いまだ後ろに控える魔妖仙獣の恐るべき猛攻をしのぎ切ることは不可能でしょう。しかしそれは、あくまでも魔界劇団の独力に限っての話。それではここで、特別ゲストのご登場です!』」
「ゲスト……?」

 何かを感じ取り、不愉快そうに眉をひそめるロベルト。刀を手に風と共に駆け抜けてメロー・マドンナを切りつけに迫っていた侍郎風の斬撃は、しかしそのドレスに届くことなく空を切った。慌てたように編み笠を持ち上げて視界を広げ獲物を探す侍郎風の頭上に、ふっと黒い影が差す。慌てて上を見た獣人が目にしたのは、手にした杖を空中に浮かべてそれに片手で掴まり、もう片方の手でメロー・マドンナの手を掴み空中に引き上げた長身の魔法使いの姿だった。

「『それではその名をお呼びしましょう、彼こそは稀代の大スペクタクルサーカス団、EM(エンタメイト)からいらっしゃった特別ゲスト。EMオッドアイズ・ディゾルヴァーの登場です!』」

 妖仙獣 侍郎風 攻3700→魔界劇団-メロー・マドンナ 守2500
 EMオッドアイズ・ディゾルヴァー 守2600

「オッドアイズ・ディゾルヴァー……!」
「『その通り。オッドアイズ・ディゾルヴァーはペンデュラムモンスターが戦闘を行う際に手札から特殊召喚を行うことができ、さらにその戦闘によってはトリガーとなったモンスターが破壊されなくなる効果を持ちます。よって、侍郎風との戦闘から歌姫メロー・マドンナは守られました!』」

 悔しそうに地団太を踏みながら侍郎風が引き返す風景を背後に、魔術師が歌姫をそっと地面に下ろす。しかし、そんな彼らに対し真の暴風が唸りをつけて今まさに襲い掛からんとしていた。

「独眼群主でメロー・マドンナ、大刃禍是でオッドアイズ・ディゾルヴァーに攻撃!」

 魔妖仙獣 独眼群主 攻4000→魔界劇団-メロー・マドンナ 守2500(破壊)
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻5000→EMオッドアイズ・ディゾルヴァー 守2600(破壊)

「これで、全ての壁は消えた。大刃禍是、ダイレクトアタック!」

 魔妖仙獣 大刃禍是 攻5000→鳥居(直接攻撃)
 鳥居 LP6000→1000

「『ぐ……ぐわああぁーっ!!』」

 力業でこじ開けられたフィールドに、今コロシアムで発生した中でも最大級のダメージである5000もの攻撃力が圧倒的な暴力として振り下ろされる。叫んだのは痛みからではなく、叫びでもしないとそのまま意識が消えて最悪目覚められなくなりかねないという本能的な恐怖からの防衛手段だった。

「『あ……ぐ……げほっ!げほっ!』」

 ぼろ雑巾のように床に叩きつけられ、勢い余ってさらにバウンドしてまた叩きつけられる。どうにか止まったところで手をついて必死に起き上がろうとするも、手足にうまく力が入らないうえに散々吹き飛ばされたことによるカラの吐き気に脳を揺さぶられてまたしてもその場に崩れ落ちる。それでも必死になって床を這い、自身の作り出した光の柱……ペンデュラムスケールにしがみつくようにしてどうにか体を持ち上げる。

「『ぐ……ぐぎぎ……ぐ……!まだ……まだ、です……!まだ、私のライフは、尽きてはいません……!さあ、舞台を、続けましょう!』」
「……承知。鎌参太刀の効果。妖仙獣がダメージを与えた、よってデッキから妖仙獣の秘技を手札に。カードを伏せてターンエンド。そして特殊召喚された独眼群主、大刃禍是、閻魔巳裂。通常召喚された鎌参太刀、侍郎風の効果発動。すべて手札に戻る」

 フィールドを埋め尽くしていた6体のモンスターが、嘘のように風と共に消えていく。今度フィールドが空になったのは、このターンに決めきることのできなかったロベルトの方だった。デュエリストならではの回復の速さでどうにかその隙に体勢を立て直した鳥居が、今にも倒れそうに膝を震わせながらも自分の足だけで再び立ち上がる。

「『いよいよ勝負も大詰め、クライマックスが近づいてまいりました。これが最後のドローとなるか、はたまた次のターンに再びあの嵐のような軍団が今度こそ私にとどめを刺すのか。もう同じ防御の手は使えません、いずれにせよこれが正真正銘のラストターンと相成りました。いまだ無傷のチャンピオンのライフをこのターンが終わるまでにすべて奪わぬ限り、私に勝ちはございません』」

 言いながら、デッキトップに手をかける。そして、その言葉に嘘はない。そもそもが、結果論とはいえ今のターンを凌ぎ切れたこと自体が奇跡のようなものだ。もしロベルトがフィールドに存在したモンスターの全デッキバウンスを狙わずに1体でも攻撃表示のまま残しておいていたら、いくら防御を繋ごうとも超過ダメージで鳥居のライフは尽きていただろう。
 そして彼は、それを偶然とは捉えない。むしろその小さな奇跡をこのターンに繋がる勝利への前兆と捉えているからこそ、その意識を手放すことなく力強くカードを引く。

「『それでは皆様ご覧あれ……ドローっ!』」

 そして引き抜かれる、最後の一枚。そんな彼の腕の動きを会場中が固唾を呑んで見つめていることを、心のどこかで感じていた。いまやこの会場の中心にいるのは元プロとしての長い経歴と実績を持つチャンピオン、後ろ帽子(バックキャップ)のロブではなく、ほぼ無名の劇団にいた元子役でしかない鳥居だった。

「『永続魔法、魂のペンデュラムを発動!このカードは私がペンデュラム召喚を行うたびにカウンターを乗せ、カウンター1つにつき私のペンデュラムモンスターは攻撃力が300アップいたします。そしてこの場に張り巡らされしペンデュラムスケールは、1と8。よってこのターンもまた、レベル2から7のモンスターを同時に召喚可能!長かったこの最終幕もいよいよフィナーレの時を迎えます、最後まで目を離さぬよう心よりお願いいたします!』」

 そして行われる、ペンデュラム召喚。演者たちが、最後の出番に取り掛かる。

 魂のペンデュラム(0)→(1)

「『まずはエクストラデッキより、数字を操る凄腕のガンマン。魔界劇団-ワイルド・ホープ!』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻1600→1900

「『そして手札より魅力あふれる魔法のアイドル、魔界劇団-プリティ・ヒロイン!波乱を起こすアドリブの達人、魔界劇団-コミック・リリーフ!まばゆく煌めく期待の原石、魔界劇団-ティンクル・リトルスター!』」

 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500→1800
 魔界劇団-コミック・リリーフ 攻1000→1300
 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000→1300

「『そしてもちろん、この方を忘れるわけにはいきません。当劇団における栄光ある座長にして、永遠の花形……魔界劇団-ビッグ・スターです!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500→2800

「『ワイルド・ホープの効果を発動、チェンジパワー・バレット!4種類の魔界劇団が存在することで、その攻撃力は400アップいたします』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻1900→2300
 
 本来ならばこのターンも魔王の降臨をビッグ・スターの効果で取り寄せ、フィールドに残る右鎌神柱と左鎌神柱をきちんと露払いしたうえで攻撃するのが彼の流儀である。だがそれをさせないのが、ロベルトの場に伏せられているはずの妖仙獣の秘技の存在である。妖仙獣以外のモンスターが存在せず、かつフィールドに妖仙獣カードが存在するときのみ発動可能な万能カウンターをビッグ・スターに使われては、さすがに勝利も望めそうにない。神域へ続く神々の通り道は放置して、その奥の使い手に狙いを定める。

「『それではいよいよ正真正銘のクライマックス、最終幕はラストシーンと参りましょう!プロローグにて世界を支配していた恐るべき魔王ビッグ・スターとその愉快な仲間たちは長き時を経て紆余曲折の末に失われた力全てを取り戻して現世への帰還を果たし、神風の神域との最後の戦いに決着をつけに参りました。先陣を務めるはコミック・リリーフ、まず最初のダイレクトアタックです!』」

 魔界劇団-コミック・リリーフ 攻1300→ロベルト(直接攻撃)
 ロベルト LP4000→2700

 セオリー通りに行われる、攻撃力の低いモンスターからの攻撃。それが通った時、ふと鳥居は妙な感覚を覚えた。何がおかしいというわけではない。ただロベルトの態度がこれから敗北を受け入れようとしている人間のそれに見えない、そんな気がしたのだ。

「『……?ティンクル・リトルスター、続けてダイレクトアタック!』」

 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1300→ロベルト(直接攻撃)
 ロベルト LP2700→1400

 しかし、この攻撃にもロベルトは反応しない。

「『プリティ・ヒロイン!』」 
「手札から妖仙獣の閻魔巳裂を捨てる。これにより、このカードを特殊召喚する!妖仙獣……轟け、大幽谷響(オオヤマビコ)!」

 妖仙獣 大幽谷響 守?

 天を突く山のように巨大な、妖仙獣最後の守りの要。その攻守の数値は叫びをそのまま跳ね返すやまびこの名の示す通り、相手によって目まぐるしく変化する。

「大幽谷響の攻守は、戦闘する相手の元々の攻撃力と常に同じ。最も……」
「『私のモンスターはすべて、魂のペンデュラムにより強化されている、ですか。攻撃は止めず、このままプリティ・ヒロインで大幽谷響に攻撃!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻1800→妖仙獣 大幽谷響 守?→1500 攻?→1500

「左鎌神柱、ペンデュラム効果!妖仙獣の破壊、身代わりとする!」

 攻撃力で劣る大幽谷響はしかし、星型の魔法弾を受けてなお耐えきった。変わらずそびえ立ち両手を広げてとおせんぼするその巨峰に、ガンマンがその銃を両手で構えて狙いを定める。

「『ワイルド・ホープで続けて攻撃!』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻2300→妖仙獣 大幽谷響 守?→1600 攻?→1600(破壊)

「大幽谷響が破壊、妖仙獣1体サーチ。来い、独眼群主!」

 そして手札に加わったのは、このデュエルの始まりからずっと彼を苦しめてきた独眼の紅龍。しかし、その偉容が再びフィールドに現れることは、ない。

「『これにて終演、ここまでのご観覧誠にありがとうございました。魔界劇団-ビッグ・スターでダイレクトアタック、フルスロットルオベーション!』」

 ビッグ・スターが飛んだ、飛んだ。三角帽子を風に揺らし、その細い手足が猛スピードできりもみ回転してのドリルさながらの飛び蹴りが天空高くから強襲する。最終幕は、花形の手によって閉じられた。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500→ロベルト(直接攻撃)
 ロベルト LP1400→0





『き……決まったぁーっ!まさかまさかの大波乱、優勝はチャレンジャー、鳥居浄瑠だぁーっ!』

 スピーカーから声が響き、1瞬の沈黙。次の瞬間、会場全体が揺れたかと見まごうほどに観客が湧いた。鳥居の勝利に賭けて莫大な配当金を手にしたごく少数、ロベルト勝利の当てが外れて大損が確定した者、賭けには参加せずにただデュエルを楽しみにしていた者……様々な悲喜こもごもの感情が爆発するも、その反応はやがてひとつに纏まっていった。いったい誰が最初に始めたのか、最初は小さかった2人の勝負をたたえる拍手が、やがて全体に広がっていったのだ。
 そしてそんな全方位から浴びせられる拍手を受けてほとんど反射的に深々とした礼を返しながらも、鳥居は自身の目頭が熱くなるのを感じていた。これがかれこれ10年以上ずっと味わう機会のなかった、もはや記憶の中だけの皆を楽しませるデュエルの形。

「う……!」

 そんな彼の視界の端に、うめき声と共に起き上がろうとするロベルトの姿が見えた。そのトレードマークである後ろ向きの帽子は、あれだけのデュエルを経てもなお頭から外れる気配はない。

「チャンピオン!」

 近寄って手を差し出し、巨人が起き上がる手助けをする。その手を掴んで頭を振りつつ起き上がったロベルトもまた割れんばかりの拍手を見渡し、小さく微笑んで一礼する。

「見事。俺も現役と比べ腕は鈍っている、だがお前は強い、それに変わりない。生まれる時代が違えば、立派なプロになれた男だ」
「あいにくだけど、プロ入りには興味がないんですよね」

 肩をすくめてそう返すと、何がおかしいのか轟くような大声で体を反らせて笑い出すロベルト。その発作が落ち着くまでには、30秒近い時間が必要になるほどだった。

「とぼけるな、お前は表舞台に立つ。そうすべき男だし、実際そうだったはずだ。あの場慣れした雰囲気は、素人に出せるものではない」
「……さて、なんのことやら」
「まだとぼけるか?まあいい、今日は楽しかった。これは礼だ」

 あまり深く追及は行わず、代わりにロベルトが取り出したのは1枚のカードだった。差し出されたそれを見た鳥居が、思わずその顔を見上げて問い返す。

「こ、これって?」
「このカードをどう使うか、俺の感知するところと違う。使いたければ使えばいい、そうでなければ仕舞うなり売り払うなり、自由だ。だが俺はお前が戦士として気に入った、これはその敬意の証だ」
「あ、ありがとう……ござい、ます?」

 戸惑いながらも受け取ると、その反対の手をいきなり掴んだロベルトがおもむろにその手を上に掲げる。されるがままに手を高くあげさせられ混乱する鳥居の耳に、頭上から低いがよく通る彼の声が響いた。

「今回は俺の負けだ。この男に、もう1度祝福を!」

 チャンピオン直々の言葉に、より一層の拍手が巻き起こる。ふと最後の攻防についてどうしても聞きたくなり、他人に気取られないように小さく問いかける。

「そういや最後、どうして大幽谷響の効果を使ったんです?」

 例え大幽谷響と左鎌神柱のコンボで持ちこたえたとしても、魔界劇団の一斉攻撃を受けきれるほどではない。それは、ロベルト自身もよく分かっていたはずだ。にもかかわらず、彼は最後まで粘ろうとした。その理由を問おうとしたのだ……しかし、答えは鳥居にもすでに予想がついていた。それは質問というよりも、確認としての意味合いが強い。
 そして案の定、ロベルトはさも当然のことのような口ぶりで予想通りの答えを返す。それは鳥居好みの返答であり、そして彼の女上司もそう答えただろうことは容易に想像がついた。その部分において馬が合うからこそ、彼は口ではさんざん言いつつも彼女の部下としての地位に居座っているのだから。

「お前も知っているはずだ。最後の最後まで戦う、それがエンターテインメントだ」 
 

 
後書き
結局分割の話は身勝手ながらやめました。そもそも最初からそれを想定して書いているわけじゃないから切りどころがよくわからない不具合。 

 

エピローグ

 
前書き
真・平成最後の突発投稿。デュエルなしの超短編です。あのあと何があったのか、という後日談程度にどうぞ。

前回のあらすじ:裏デュエルコロシアム優勝者、鳥居浄瑠。 

 
 その日の朝に糸巻が自らの事務所で最初に目にしたものは、以前なけなしの予算をつぎ込んでリサイクルショップから掘り出してきた箱型おんぼろテレビの前で今日の日付の新聞を万力のような力で握りしめつつ画面を穴が開くほどに睨みつけていた部下の姿だった。彼女のために断っておくと、本来彼女はトラブルに目がない性格だ。人の愚痴を肴に一服たしなむのは、数少ない彼女のデュエル以外の趣味のひとつである。
 ただ、その日の朝に限っては若干調子が違っていた。消化不良のままに打ち切られたデュエル、いまだ体から抜けきらない無茶な連戦による痛みの残滓、妨害電波の通用しない進化した「BV」、賠償もとれぬままスクラップと化した愛車……いかに百戦錬磨の彼女といえど、昨夜の出来事は少々逆風が強かったのだ。いつもの元気に若干の陰りが生じていたとしても、誰も彼女を責めることはできないだろう。

「……」
「あ、糸巻さん。おはよーございます……」

 自分以上に負のオーラを全開にしている鳥居にくるりと背を向けて気づかれぬうちに退室しようとした矢先、かすかな気配を感じ取ったのか見るからにげんなりした様子の声をかけられる。最初にこの部屋へ足を踏み入れた瞬間から回れ右をしなかった自分のうかつさに心中呪いの言葉を吐き捨てながらも、諦めて胸ポケットから煙草を1本抜き出しつつ椅子に腰かける。

「よう、鳥居。ひっどい面してんなお前」
「お互い様っすね。んなことより糸巻さん、ニュース見ましたかニュース」
「あー?」

 堂々とした喫煙にもまるで無反応で……というよりは、それすらも目に入っていないのだろう。テレビを腕で示しながら、同時にくちゃくちゃの新聞を放り投げる。とくに強く握られていたのであろう箇所を開いて目を通すと、次のような記事タイトルが彼女の目に飛び込んだ。同時にテレビからも、慌てた様子のキャスターの声が聞こえてくる。

『デュエルポリスフランス支部、大手銀行の摘発!』

「おはようございます、まずは臨時ニュースです。日本時間で先日の深夜3時に行われたフランスの大手銀行、フルール・ド・ラバンク社へのデュエルポリスによる強制摘発ですが、現地では今まさにデュエルポリスフランス支部代表、(つづみ)千輪(せんりん)主任による記者会見が行われます。現地の門部(もんぶ)さん?」
「鼓ぃ!?待て待て待て、あいつ、今そんなに偉くなってたのか!?」

 すっとんきょうな大声に、さすがの鳥居も思わずといった様子で視線を糸巻に向ける。しかし肝心の彼女はといえば、もはや新聞も鳥居もそっちのけにして彼を押しやるようにしてテレビの前に慌てて陣取っていた。そんな様子など当然知る由もなく、画面はフランスに移り変わる。

『はい、こちら現場の門部です。今……あ、鼓さんが出てきました!』

 またもやカメラが動き、現地のレポーターから記者会見用の簡易セットへとピントが合わせられる。そこに現れたのは整った顔立ちに浮かぶ理知的な表情と赤い縁のメガネが特徴的な、腰まで伸びた銀髪を肩あたりでゆる三つ編みに結う日本人女性。きっちりと着込んだ制服をその内側から決して慎ましやかではない程度に盛り上げて自己主張するふたつの膨らみに対し報道陣から向けられる好色な視線もどこ吹く風に、糸巻の記憶通りの女性が一礼の後に口を開く。

『まずはじめに断っておきますが、今からこちらの申し上げる内容はあくまで要点のみです。より細かい内容は判明次第追って何らかの形で公表いたしますが、今の段階では現時点でこちらが突き止めた事実のみを明らかにさせていただきます』

 その顔立ちに似合った理知的な冷たい声が、フランスの街に凛と響く。質問を受け付けるつもりはない、との言外に込められたプレッシャーに静まり返った会場に対し、まるで記憶の中にあるそれと変わらない戦友の姿にかすかな小気味よさを感じて、テレビ越しに糸巻は自分の口元が緩むのを感じていた。

『ご理解いただけたようですので、手短に説明に当たらせていただきます。まず結論ですが、フルール・ド・ラバンク社は黒でした。我々の押収した資料からは、彼らが組織ぐるみで「BV」への資金援助、及び裏デュエルコロシアム関連で動いた金の資金洗浄、果ては身分を偽ったテロリストへの保証人……叩けば埃だらけ、とはこのことを言うのでしょうね。一般の口座開設者の方への補填に関してはこちらも今後この国と協議していく予定ですが、少なくともフルール・ド・ラバンクの名がこれ以降日の当たる場所で経営を続けることはないでしょう』
「しっかし、フルールがねえ。鼓の奴、ずいぶん思い切ったことしたもんだ」

 独り言ちながら、ずっと咥えたままだった煙草にようやく火をつける。フルール・ド・ラバンク、銀行としての経歴こそ比較的浅いものの比較的緩い条件で融資を受け付けることに定評があり、そのトップは世界の長者番付に常連として名を連ねる程度には羽振りがいい。それだけの会社にメスを入れたということは、かなり入念な根回しと証拠の入手が必要だったはずだ。
 ゆっくりと吐き出された紫煙に遮られ白く染まったテレビ画面の中では、今の簡潔にして簡素な説明に対しその張本人とは対照的に慌てふためく報道陣の様子がよく映っていた。そしてその様子を尻目に、あっさりと背を向けて立ち去ろうとする鼓。しかしその中で1人、まだ青年といっていいほどに若い1人の記者が立ち上がってマイクを向ける。

『こ、これだけは教えてください!どうして、今回の強制捜査に乗り出したんですか?そのきっかけは?』
『……私も代表としてこれから今回の件について処理しなければならないことは数多いので、質問を受け付けるつもりはありませんでした。ですが、そのひとつだけ答えましょう。私が個人的にフルールに疑念を抱いたのは、かなり前……かの銀行の名を最初に耳にした時でした』
『そ、それは、どういう……』
『フルール・ド・ラバンク、直訳で「銀行の白百合」。決して間違った語ではありませんが、普通この語を用いるのならば「白百合の銀行」とするのがベターでしょう。それを知りつつあえてその名前にしたという可能性もゼロではありませんが、それよりも私はこの名前そのものが、自分たちの存在をテロリストどもに伝えるひとつの符丁なのではないかという可能性に思い至りました。結果は、案の定でしたよ』

 そう言いつつ、制服から1枚のカードを取り出して質問した青年に見えるようにする鼓。何か聞くよりも早く、彼女自身が先手を打ってその口を開く。

『これは私が社長室へ踏み込んだ際、進退窮まった社長が「BV」を用いての違法デュエルを持ち掛けてきた際に使用していたカードです。大した腕ではありませんでしたが……いえ、話が逸れました。このカードですが、見ての通り日本版におけるその名はフルール・ド・シュヴァリエ。直訳で「騎士の白百合」……もちろん証拠が当時は存在しなかったためつい先ほどまで手出しはできませんでしたが、この摘発に「きっかけ」などというものが存在したとすればそれは、このカードとのネーミングの類似からです。このフルール・ド・シュバリエはフルール・ド・ラバンクの設立以前から存在するカード、つまり彼があえてデュエルモンスターズのカード名に類似した名前を付けたことになりますから』
『そんな乱暴な理由で……』

 失言に気づき慌てて口を閉じる記者だが、それを聞きつけてなお鼓の表情は変わらなかった。代わりにただ肩をすくめ、ため息混じりに片手でメガネを上に押し上げる。
 
『その通り、乱暴な推測です。それゆえにかえって誰も思いつかず、見るものが見れば一目瞭然であるにもかかわらずこれまでは疑いの目をかけられることすらなかった。実際見事な隠蔽でした、我々としても「必ず何かを隠している」という視点の元で何度も洗い直してようやく尻尾を掴めたようなものですから』

 その言葉を最後に、今度こそ背を向けて去っていく鼓。その後ろ姿を呆然とした風に映す映像が流れたところで、彼女はテレビの電源を落とした。

「いやー、面白いもん見た。んで鳥居君や、君は一体なーにをいつまでもうじうじしてるのかね。おねーさんが聞いたげようじゃない、うん?」

 続けて目を向けたのは、記者会見が終わってもいまだに負のオーラを放出し続けている鳥居。彼はそのかつての仕事上テンションの切り替えがうまく、何があったにせよここまで目に見える形で引きずり続けている時点でかなりの異常事態があったことはわかる。
 そして返事代わりに彼が投げつけてきたのは、新聞以上にぐちゃぐちゃに丸められた薄い紙きれだった。いい度胸だこの野郎と怒鳴りつけようとするのを寸前でぐっとこらえてその紙を開くと、すぐにその正体が分かった。小切手、それもその数字には随分とたくさんのゼロが並んでいる。

「この記号、確かユーロか?日本円だとざっと、あー、500万ってとこか。どうしたんだ、これ?」
「昨夜の優勝賞金っすよ。表彰の後に貰った」
「羨ましいこったねえ、アタシが現役の時でもこんなゼロだらけの額めったに拝んだことないよ。おい鳥居、先輩には当然何割か奢るんだぞ」
「1円でも入ってくりゃ喜んで奢りますよ、もっとよく見てください」
「あー……」

 その時点で流石の彼女にもオチは予想がついたが、一応小切手をさらに広げて確認する。くっきりと印刷されたその銀行名は、案の定フルール・ド・ラバンクとあった。ただでさえ違法な金であるうえ、おまけにその銀行は摘発真っ最中。どう控えめに表現しても、もはやこの小切手の換金が絶望的だろうということは彼女にも理解できる。

「まあ、なんだ。ドンマイ」
「俺の金ぇー……」

 デュエル中の生き生きとした様子からは想像もつかないほどに俗物らしさを全開にして嘆く鳥居。つまるところこちらが彼の素であり、デュエル中の人格は半ばカードを手にしたときに切り替わる二重人格のようなものである。そのことを改めて実感しつつ眺めながら、昨夜彼女自身が戦った宿敵である巴光太郎が去り際の最後に残して言った言葉を思い出す。彼はあの時、今回の裏デュエルコロシアムは鳥居が優勝しないと困る、そう言っていた。おそらくあの時点ですでに摘発によって小切手が紙切れになった、あるいは近いうちにそうなるであろうことは彼には分っていたのだろう。そしてあの参加者のうち他の誰かが優勝していたら、そんな銀行を経由して賞金を用意しようとした彼ら自身の裏社会での信用も地に堕ちる。
 だからこそこんなゴミを掴まされてもその経歴上どこかに訴えるわけにもいかず泣き寝入りするしかない彼が優勝し、この小切手を受け取る必要があった。彼女の中でようやく、パズルのピースがはまる。

「なるほどねえ。まんまとアタシらは、狐に化かされたってわけだ」
「なんですって?」
「あーいや、こっちの話だよ。でもほら、優勝したってことは、お前も自分のデュエルがやりきれたんだろ?ならまあ、それはそれでいいじゃねえか」
「そりゃそうかもしれないですけどさあ……でもこれだけの元手があれば、昔解散の時に置く場所もないからって二束三文で売っ払った大道具、ちゃんと買い戻して保管用の倉庫ぐらい兜建設に頼んで割安で建てさせて、また昔の仲間に連絡とって……って、俺も結構大真面目に考えてたんですよ?それがさあ、こんなことって……あー、俺の金ぇー……」

 彼は彼なりに、皮算用ではあったもののそれなりに切実な理由からこの賞金を当てにしていたらしい。だからだろうか、柄にもないことを彼女が口走ったのは。

「……しょうがねえなあ、昼はラーメンぐらい奢ってやるから少しは元気出せって」
「なら俺、プラス150円の大盛で……」
「駄目。80円の煮卵トッピングまでなら許してやる」

 きっぱりと言い切る糸巻に、ようやく元気が戻ってきたのか呆れたような鳥居の視線が向けられる。

「……俺の立場で言うのもなんですけど、そういうとこケチですねえ、糸巻さん」
「るせい、アタシだって毎日金欠なんだよ。奢ってやらないぞ」

 こうして、ひょんなことから首を突っ込むこととなった彼女らの家紋町裏デュエルコロシアムを巡る戦いはひとまずの解決を見ることとなった。互いにその結果には釈然としないものを残しながら、それでも戻ってきたつかの間の日常に帰っていく2人。ただ、糸巻は半ば確信していた。近いうちに、また面倒事に巻き込まれるのだろうと。 
 

 
後書き
ということで第一部、裏デュエルコロシアム編は終了。今作は前作のように完結まで何年もかけて続ける気はありませんので、大体一部ごとにこれぐらいの長さにするつもりです。
次回からは第二部、精霊のカード編(予定)ですので、気が向いたならばそちらもどうぞ。 

 

ターン9 破滅導く魔性の微笑み

 
前書き
第2章スタート!章タイトルがすでにネタバレなのは気にしない。

前回のあらすじ:裏デュエルコロシアム、完結。 

 
「はあ?幽霊が出るだあ?」

 あの目まぐるしい一夜から、一か月ほど過ぎたある日の朝。最初に糸巻の元へその話を持ってきたのは、彼女の小さな協力者だった。

「はい、お姉様!私はまだ見たことがないのですが、最近学校では噂になっているんですよ。女の子の幽霊が出るって」

 そう尊敬に満ちたキラキラした瞳で元気いっぱいに、もし尻尾があればぶんぶんとちぎれんばかりに振り回しているだろうことは想像に難くない様子で話すのは、八卦九々乃……元プロデュエリストの中でも屈指の実力者である七宝寺の姪であり、彼のデュエルセンスを最も受け継いだ少女である。
 以前相手してやってからというもの彼女の何がそんなに気に入ったのか、あれからほぼ毎日学校帰りに煙草の匂いが染みついた彼女たちの事務所に通い詰めては嫌な顔ひとつせず彼女が溜まりに溜まった書類と大格闘する様をじっと観察しており、3日目にして音を上げた糸巻が見られてばかりだと調子が狂うということでお茶くみや資料整理をやらせはじめ、本人の飲み込みの早さもあって今では軽い雑用程度ならてきぱきとよく手伝ってくれる事実上のスタッフとなっていた。
 そしてその仕事ぶり自体には彼女も文句はない。だが、そんな糸巻を唯一閉口させているのがこの、お姉様なる自分に対する呼称である。他のことならば糸巻の言葉は何でも素直に言うことを聞く彼女だが、この一点に関してのみは頑として譲ろうとしない。その頑固さにはさすがの彼女も歯が立たず、若干自分が折れかかっていることを自覚しながらも、もはや何の重みもないいつもの言葉を返す。

「そのお姉様ってのはやめてくれって言ってるだろ、八卦ちゃん。なんかこう、背中がぞわぞわするんだ」
「駄目……ですか……?」

 かすかにうつむき、やや目元を潤ませる少女。その後ろで明らかに面白がっている表情で「事案ですか?」と言いたげな視線を向けて事の成り行きを見ていた鳥居をきっと睨みつけると、その効果はてきめんでこれ見よがしに身震いして助け舟を出した。よりによって八卦の方へ。

「気にすることはないよ、八卦ちゃん。この人も単に照れてるだけなんだから、何ならもっともっと言ってあげれば」
「テメエ!」
「そうだったんですか、お姉様!」

 またしても喜色満面でがばっと身を乗り出す少女に対しあまり強気に出ることもできず狼狽する糸巻と、それを後ろから眺めつつ声を出さないように腹を抱えて笑う鳥居。彼の目には、糸巻が会話のペースを握られるこの光景がよほど物珍しいものに映ったようだ。

「そ……それで、だ。話を戻すと、幽霊ってのはなんなんだい?」

 強引な話題逸らし。しかしどこまでも純真な少女はその誘導にころっと引っ掛かり、彼女の差し出した餌にすぐさま食いつく。

「はい!実は私、もう調べてきたんです!これを見てください、お姉様!」

 横に置いてあったバッグを開き、教科書やノートの中から1枚の紙を引っ張り出して机の上に広げる八卦。そこに描かれた手書きと思しき家紋町の地図には、東端のあたりにいくつもの赤い点と小さな文字で日付が書きこまれていた。後ろからどれどれと覗き込んだ鳥居が日付に目を通し、ふむと小さく唸る。

「日時はここ一か月前から、場所もおおむね同じあたり……でも、なんで幽霊?ソリッドビジョンの線は?」
「はい、鳥居さん。私も最初はそう思ったんですけど。でもなんでもこの幽霊さん、物に触ることができるらしいんです!怖がって投げつけられた石がぶつかったと思ったら飛んで逃げていったとか、そういう話が多いんですよ」
「実体があって……」
「飛んで逃げた……?」

 ここで、糸巻と鳥居の表情が変わる。2人のデュエルポリスは、全く同じことを考えていた。これは、自分たちの仕事案件ではないかと。
 まだ幼く実際に「BV」を見たことのない八卦の思考回路は、このぐらいの年ごろの子供にはさぞ魅力的であろう幽霊という言葉にすっかり心奪われておりまだその可能性には至っていない。興奮したままにまくしたてる少女がそれに気が付かなかったのは、果たして不幸か幸いか。ともあれ、やや姿勢を正して糸巻が問う。

「……なあ、八卦ちゃん。その幽霊、どんな格好だったかとかは聞いてきたかい?女の子ってこと以外にさ」
「はい、お姉様!空に浮かんでいたとか足を動かさずに動いていたとか体全体がほんの少し光っていたとか……とにかく、小さな女の子らしいですよ」
「要するにあれか、恰好まではわからないってか。わかった、ありがとな。それはそうとそろそろ家に帰らないと、七宝寺の爺さんも心配するんじゃないか?」
「そうそう。幽霊騒ぎはこっちでも調べてみるけど、今日はもう帰った方がいいよ」

 時計を振り返りながらさりげなく発した糸巻の言葉に、鳥居が素早く真意を察して同意する。しぶしぶ時計を見てそうですね、とうなずいた少女が、座っていた椅子から立ち上がる。

「あ、ちょい待ち。この地図、置いてってもらっても構わないか?」
「はいお姉様、実はもうコピーもとってあるので大丈夫ですよ。では、今日もお邪魔しました!」

 別れの言葉と共に少女が退出してからたっぷり1分間、何かの拍子に戻ってくるようなことがないか時間を置く。改めてこの場に残された手書きの地図を見下ろした2人の顔は、すっかり真剣そのものだった。

「糸巻さん、この辺って何がありましたっけ」

 最初に口火を切った鳥居が、件の幽霊の目撃情報が特に集中している箇所に指を置く。現在地である彼らの事務所は町の東に広がる海に近く、大量の赤い点が配置された西の一角とはあまり縁がない。

「図書館だな。半年ぐらい前に廃業して、今残ってるのは外側(ガワ)だけだったはずだ。そのうち取り壊すとは言ってたが、今はまだ次の施設も決まってないから残ってる。アタシも行ったことあるけど、あの辺は人も少ないんだよな……おいちょっと待て、なんでそこで目ぇ剥いてんだ」
「いや、糸巻さん本とか読むんすね」
「どーいう意味だコラ。読んでたのは大体漫画だけどな」

 じろりと睨みつけるも、まあいいと首を横に振る。

「それより、女の子ってのが最高に面倒だな。どう頑張っても気が滅入る話にしかならなさそうだし、八卦ちゃんには悪いが聞かせられないなこりゃ」
「え、どういう……?」
「なんだお前、デュエルポリス(ここ)入るときに研修受けてこなかったのか?じゃあヒントだ。13年前と今を比べた時に一番衰退したのはデュエル産業だが、その次に落ちぶれた産業はなーんだ?」
「え?あー、ああ……」

 やりきれないといった表情を隠そうともせず煙草に火をつける糸巻に、遅ればせながら得心のいった鳥居が同じようなしかめっ面でゆっくりとうなずいた。
 あえてどちらも明言を避けた今のクイズの答えは、性産業……それはまさに、人間の業の深さを全面に表したような話だ。異形のモンスターや無機物も数多く存在するデュエルモンスターズだが、少し視線を横に向ければいわゆる美少女モンスターも数多く存在する。そしてそれが「BV」を使えば、質量を持った存在として実体化する。
 肉体こそ実体化しているものの物言わぬ彼女たち、あるいは彼らは「その手」の病気感染やそういった施設を利用したとの話を漏らされるリスクとも無縁であり、それは「BV」黎明期におけるテロリストたちの有力な資金源であった。かつてのプロリーグトップともなれば政界や財界へのパイプも当然持ち合わせており、腐りきった欲望はそのパイプをとめどなく汚い金と共に流れていく。
 だからデュエルポリスの間では現在でも、その産業へ真っ先に目をつけて最優先で踏み込んだからこそ今日に至るまでのテロ活動が少なくとも資金面ではスムーズに行われているのだとまことしやかに語られているのだ。

「アタシらの目が届きにくい、しかも人気のない場所……つまりは、そういうことだろうな。ったく、気が滅入る話だ」
「……なんつーかこれ、心底やってらんない話っすね」
「ああ、同感だ。だからアタシは、この仕事は嫌いなんだ。どう頑張っても、ただデュエルして勝てばいいスカッと終わる話にはならない。そんな事案から目を逸らせないからな」
「俺も、後味悪い悲劇よかハッピーエンドの方が好きなんすよ。特にこーいう生々しいのは趣味に合わないです。一部に熱狂的なファンはつくんですけど、やっぱ一般受け悪いんすよね」

 うんざりしたようなため息を2人同時につき、諦めたように立ち上がってそれぞれが動き出す。糸巻は現場近くで過去にしょっ引いたチンピラの情報から今回の件のバックにいる者のあぶり出しにかかり、鳥居は土地の権利移転の流れや現在の登記者の洗い出しに着手する。
 性に合わない書類仕事と格闘しながら、糸巻はふと昔のことを思い出していた。あれは、彼女がまだデュエルポリスになって日が浅かったころ。今回の件と同じような流れから経営元を追い詰めた彼女は、やぶれかぶれになって最後の抵抗に打って出たそのトップと「BV」付きのデュエルをすることになったものだ。おそらく、今回も最後はそうなるだろう。それが彼女自身なのか、それとも隣にいる鳥居がその役を担うか程度の違いだけだ。あの時のデュエルで、彼女は後攻だった。その閃きをきっかけに、もう長いこと思い出すこともなかった記憶が彼女の脳内に蘇る。確かあの時も、こんな夕暮れ時だった。





「糸巻、お前がデュエルポリスに魂売ったという話は俺も聞いていた。だが、それで俺を逮捕とはな。この裏切りは高くつくぞ」
「おうおう、風営法違反のご立派な犯罪者殿は言うことが違うねえ。ごたごたうだうだ抜かしてないで、男ならさっさとかかって来いってんだ」
「なるほど、それもそうだ。では、その言葉に甘えるとしよう」

「「デュエル!」」

 誰も見る者のいない、誰が楽しむわけでもない。ただ戦いの道具となったデュエルモンスターズに抵抗を感じなくなったのはおそらくこのあたりからだったのだろう、そう今の彼女は自己分析している。それはひどく寂しい考えだったし、ひどくつまらない考えでもあった。

「俺が先攻だ。少し手が悪いな、カードを3枚伏せてカードカー・Dを召喚」

 カードカー・D 攻800

「こいつを召喚するターンに俺は特殊召喚ができないが、それを補って余りある効果がある。召喚されたこのカードをリリースすることでカードを2枚ドロー、直後にエンドフェイズとなる。ターンエンドだ」
「アタシのターン。まあこんなもんか、馬頭鬼を召喚だ」

 馬頭鬼 攻1700

 男……無論彼にもれっきとした名前はあるのだが、どうしてもそこだけは思い出すことができなかった。ともあれそのがら空きになった場に一撃を叩きこむべく彼女が召喚したのが、馬頭鬼。
 しかし、その地獄の番人が手にした斧を叩きつける機会は、ついに巡ってはこなかった。

「トラップ発動、奈落の落とし穴。攻撃力1500以上のモンスターは破壊したうえで、さらに除外させてもらう」
「ちっ……」

 馬の頭を持つ地獄の番人の蹄を、地中から延びた手が掴む。地獄よりもなお深い奈落の底へとその魂が引き込まれ、消滅する様を彼女は見ていることしかできなかった。彼女のデッキは当時から除外と縁が深く、そこからの帰還手段も通常のデッキに比べはるかに多い。だがそれらはいずれも即効性を欠き、このターン格好の攻撃チャンスを逃したという事実に変わりはない。

「……なら、カードを3枚伏せる。アタシもこれでターンエンドだ」
「俺のターン。カズーラの蟲惑魔を召喚」

 カズーラの蟲惑魔 攻800

 地面にぽっかりと穴が開き、その内部が水のような液体で満たされていく。よく見るとその穴に見えたものはあきれるほどに巨大な植物によって作り出された縦長の空洞であり、いつの間にかその縁にはポツンと腰かけて涼む少女が1人現れていた。ふわりと腰まで伸びた豊かな金髪はキラキラと輝き、肩を丸出しにした大胆な服装は女性である糸巻から見ても人目を惹くであろうことは容易に想像できる。
 だがそれはすべて疑似餌、仮初の姿でしかない。少女がその小さな両足を突っ込んで気持ちよさげに揺らす液体は断じて水などではなく、目を凝らせばその奥底にはほんのわずかにだが前回の犠牲者である哀れな獲物の白骨がまだ消化されきらずに残っている。金髪にしてもその輝きは人間の頭髪というよりもむしろ丁寧に編み込まれた植物の繊維のそれに近く、無邪気そうな瞳の奥底には冷たい理性の色が垣間見えるはずだ。

「【蟲惑魔】か。アンタの商売にゃピッタリだな、ええ?」
「最高の皮肉だろう?カズーラの蟲惑魔1体を、真下のリンクマーカーにセット。誘われ誘われ欲望渦巻く森の奥、食肉の宴は開かれる。リンク召喚、リンク1。セラの蟲惑魔」

 セラの蟲惑魔 攻800

 新たに召喚された蟲惑魔は、素材となったカズーラと比べてもその攻撃力は同じ。カズーラの作り出した植物の穴が消え、先ほどまでぽっかりと開いていた地面からはその代わりに無数の細かい、まるで絨毯のような毛が草原のように周りへと広がった。そのすべてが先端に水滴のような雫をつけており、さながらタンポポの綿毛のように風になびいてそよそよと揺れるさまはいかにも手を伸ばしてその水滴を触ってみたい衝動を刺激する。いったい、どこに危険があるだろうか?現にこの草原の中央では、小さな少女が楽しそうに手を伸ばしては水滴ごと摘み取っているではないか。
 そんな思考が頭をかすめていたことに気づき、彼女はすぐさま頭を振って妄言を打ち消した。無論、あれもまた罠でしかない。水滴はすべて極めて高い粘性を誇り、わずかでも触れたが最後彼女を離しはしないだろう。パニックになって暴れるほどに余計な水滴に触れてしまい、ようやく気が付いたころには指1本まともに動かせない高カロリーな栄養の塊が出来上がるばかりとなる。これがただのデュエルであれば、それもまたお笑いで済んだだろう。だがこのソリッドビジョンはすでにソリッドビジョンにあらず、実体と質量を持つ「BV」だ。実際に人を食うまでは至らずとも、逃れられない粘性までは間違いなく備えているはずだ。

「ではここで通常トラップ、強欲な瓶を発動。デッキからカードを1枚ドローする……が、この瞬間にセラの蟲惑魔、その最初の効果が発動。通常トラップが発動したことにより、デッキから同名モンスターの存在しない蟲惑魔1体を特殊召喚する。トリオンの蟲惑魔を特殊召喚」

 トリオンの蟲惑魔 攻1600

 沸き立つ砂ぼこりとともに、短髪に頭の上の二本角が特徴的な次なる蟲惑魔が呼び出された。それまでの2体とは違い全体的に茶色のカラーリングのファッションに身を包む少女は、一見すると罠の要素などないようにも思える。
 しかしそれは、彼女がほかの蟲惑魔とは罠を張る場所が違うというだけの話でしかない。トリオンの本体は地中に潜む捕食者の昆虫であり、その足元では極力目立たないように隠されてはいるものの常に流砂が渦を巻く。さらにその足元を観察し続けていれば、地中から外を窺う本体の瞳に光が反射して不気味な光が断続的に点滅している様子さえも見ることができるはずだ。

「トリオンが特殊召喚に成功した際、相手フィールドの魔法、または罠1枚を破壊できる。右のカードを選択しよう」

 糸巻の伏せた右端のカードの下に突如として流砂が発生し、すり鉢状に崩れ落ちる砂の中に伏せカードがずぶずぶと沈んでいく。

「勘のいいヤローだ、ただ破壊されるよりかはマシか。チェーンして速攻魔法、逢華妖麗譚(おうかようれいたん)不知火語(しらぬいがたり)を発動!相手フィールドにモンスターが存在する場合、アタシの手札からアンデット族1体を捨てることでデッキか墓地から捨てたモンスターとは名前が違う不知火1体を特殊召喚するぜ。アタシが選ぶのはデッキの……」
「手札から灰流うららを捨てて効果発動、デッキからモンスターを特殊召喚する効果を含むそのカードは無効となる。言うまでもないが手札コストは返ってこない……いや、むしろそれが狙いの一つ、というわけか。さすがに抜け目がない」

 手札コスト付きのカードを無効にしたことでアドバンテージ面で優位に立った男はしかし油断ない動きで素早く墓地に目を通し、呆れ半分称賛半分といった口調で苦笑いする。言うまでもなく、彼女がコストに落としたモンスターを見てのことだ。

「さて、なんのことだかな。おかげでこっちは大損だ」
「白々しいな。前々から思っていたが、そこで否定することに何か意味があるのか?」
「アタシが楽しい」

 きっぱりと言い切った当時の彼女に、男は呆れたように首を振り……そして、再び彼女を見据える。

「だろうな。では、そろそろ本題に戻るとしよう。セラの蟲惑魔の更なる効果を発動。自身以外の蟲惑魔、この場合トリオンの効果が発動したことにより、デッキからホールまたは落とし穴トラップを1枚フィールドにセットできる。では……そうだな、2枚目の奈落の落とし穴をセット。バトルフェイズ、セラにトリオンの蟲惑魔で攻撃」

 セラの蟲惑魔 攻800→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP4000→3200

「こんのっ……!」

 中和されているとはいえ、確実にその体を苛む鈍い痛み。当時の彼女は当然ながら今よりも「BV」経験も浅く、わずか800のダメージであってもあからさまに怯んでいた。若かったものだと振り返る。

 トリオンの蟲惑魔 攻1600→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP3200→1600

「ターンエンド。ずいぶんと、哀れな姿だな。俺はお前に対し特別悪い印象は持っていなかったが、このまま邪魔を続けるとあらば攻撃を容赦する気はない……これは、俺たちデュエリストの世間に対する復讐なんだ。この店も、その資金稼ぎのための一環に過ぎない。お前にも俺たちの気持ちはわかるだろう、なのになぜそちら側にいる?どうしてこちらに来ない?」
「アタシは……」

 ああそうか、とそこまで振り返ったところで思い出した。この一戦は、彼女にとって今に繋がるある種の転機。どこぞの馬鹿狐のような憎しみ主体の皮肉ではなく、純粋な疑問として彼女がデュエルポリスとしての道を選んだ理由を正面から問われた初めての戦いだった。確かあの時、自分はこう答えたはずだ。

「……理屈なんざないよ。理由はどうあれ、プロデュエリストの求められる時代はあそこで1回終わったんだ。老兵のくせに大人しく消え去れないアンタらみたいな老害どもに引導叩きこんでやる、それがアタシの今の存在意義さ」
「なんのために?かつての同胞とそうやって敵対して、その先に何を見る?」
「そんなもんアタシに聞くなよなー。それこそ鼓のやつとか、もっと口達者なのだっていっぱいいるだろ?ただまあ、確実にこれだけは言ってやれる。アンタらがそうやって怒り任せにテロリストやってる以上、デュエルモンスターズはいつまでたっても戦争の道具から抜け出せない。小難しい話は他所でやって欲しいもんだが、あえて答えるとすりゃ……未来だよ。アンタらに尻尾振ってついていったところで、娯楽としてのデュエルモンスターズが帰ってくることは絶対になさそうだからな。どうせ犬だってんなら、狂犬病撒き散らす野良犬よりかは御上に尻尾振る飼い犬の方がまだマシさ」
「そうか、わかった。どうあっても、相容れることはできなさそうだな」
「残念な話だな。さ、お喋りはもう終わりさ。エンドフェイズにトラップ発動、バージェストマ・レアンコイリア。このカードはアタシの除外された馬頭鬼を、改めて1度墓地に送り込む」

 ここで答えた内容は、あれから何年も経った今でもほぼ変わらない。もっとも今同じことを問われたとして、この時ほど素直な気持ちで答えるだろうか。良くも悪くも、当時の彼女は今よりも擦れていなかった。

「アタシのターン。不知火の宮司(みやづかさ)を召喚、この召喚時に効果で手札か墓地の不知火1体を特殊召喚できる」

 不知火の宮司 攻1500

「ここで……いや、奈落の落とし穴は発動しない。不知火の宮司、除外された際にカード1枚を道ずれとして破壊するカードだったか」
「さすがに引っかからないか。さあ来な、不知火の陰者(かげもの)

 不知火の陰者 攻500

 オレンジ色の衣をまとう神主が炎を前に祈祷を行い、その炎から揺らめく人影が現れる。これでモンスターが2体、だが彼女はまだ止まらない。

「永続トラップ発動、闇の増産工場。まずはトラップが発動したことで、アタシの墓地のレアンコイリアをモンスターとして蘇生させる。おっと、これは永続だからセラの蟲惑魔のトリガーにはならないな」

 バージェストマ・レアンコイリア 攻1200

「んじゃ改めて、増産工場の効果を発動。アタシの手札かフィールドのモンスター1体を墓地に送り、カードを1枚ドローする。アタシが選ぶのは不知火の宮司だ」
「つくづく抜け目がないな。もし俺が最初の召喚時に奈落の落とし穴を発動してたとしても、そのケアは万全だったということか」
「ああ、何しろアタシは強いからな。その証拠に、ほれ。今引いた魔法カード、強欲で貪欲な壺を発動。デッキトップ10枚をコストとして裏側で除外し、カードを2枚ドローする」

 ピンポイントで引いてみせたドローソースで、それ1枚だった手札を2枚に増やしてみせる。だが彼女の展開に、それは単なる副産物に過ぎない。

「墓地にさっき送り込んだ妖刀-不知火の効果発動、このカードと墓地のアンデット1体を素材として除外することで、疑似的にシンクロ召喚を行う。戦場(いくさば)切り込む妖の太刀よ、一刀の下に悪鬼を下せ!逢魔シンクロ、刀神(かたながみ)-不知火!」

 ☆4+☆2=☆6
 刀神-不知火 攻2500

 突如弾けた爆炎と共にフィールドへ現れたのは、燃え盛る炎をかたどった刀を手にする和装の剣士。意志持つ邪悪な植物を、悪意に満ちる捕食者を、全て焼き払わんと燃え盛る炎に照らされて、2体の蟲惑魔がはっきりと戸惑う様子を見せた。

「ここで使えと言わんばかりだが……いや、もう少しだけ奈落は温存しておこう」
「これでもスルーか?しゃーないな、除外された宮司の効果だ。相手フィールドの表側表示のカード、トリオンの蟲惑魔を破壊する」
「なんだ、トリオンでいいのか?ならば好都合だ、チェーンして地霊術-(くろがね)を発動。地属性モンスターのトリオンをリリースし、レベル4以下の地属性モンスターを墓地から特殊召喚する。カズーラを蘇生し、さらに通常トラップが発動したことでセラの効果を発動。アトラの蟲惑魔をデッキから特殊召喚」

 そして現れた第4の蟲惑魔は、蟲惑魔の中でも最大級の攻撃力を持つ暗い髪色の少女。その足元でわずかに胎動するその捕食者は、冷徹に網を張る大蜘蛛だ。少女の足元を中心としてさりげなく、ゆっくりと、だが確実に、その粘度の高い網が徐々に広がっていく。地面の暗がりにまぎれ、鋭い爪の付いたその8本もの足が地中からその間合いを示すかのようにわずかに地上にその先端を覗かせる。

 カズーラの蟲惑魔 守2000
 アトラの蟲惑魔 攻1800

「こいつも躱されたか……面倒くさい奴だな、ホントに」
「お互い様だ」

 宮司の効果は対象を取るものであり、今のリリース・エスケープによってその発動は実質不発となった。しかも通常トラップを使わせたため、セラの効果まで通してしまうというなんともありがたくないおまけ付きだ。

「なら、これならどうだ?炎属性の不知火の陰者、そして刀神をそれぞれ右下、及び左下のリンクマーカーにセット。戦場燃え盛る妖の霊術よ、燃え尽きた魂に今一度生命の火を灯せ!リンク召喚、灼熱の火霊使いヒータ!」

 灼熱の火霊使いヒータ 攻1850

 2体のモンスターを惜しげもなく使い呼び出されたのは、ある意味では蟲惑魔以上に肌を露出させた赤い髪の少女。大胆にほぼすべてのボタンが外された白いシャツは上から胸当てで固定することでどうにか維持され、魔法使いらしい茶色のローブは本人の嗜好ゆえかその肩があらわになるまでずり下げられている。

「この瞬間、宮司の効果によって特殊召喚された陰者はゲームから除外される。だがこの瞬間、除外された陰者の効果発動!同じく除外された不知火を1体選択し、アタシの場に特殊召喚するぜ。甦りな、妖刀」

 妖刀-不知火 攻800

「なるほど、一見すると数は同じ。しかしリンク2が1体、か。当然打開策もあるんだろうが、かといって使わない手もないな。トラップ発動、奈落の落とし穴!」
「ま、通すわけないだろ?速攻魔法、禁じられた聖槍。ヒータの攻撃力を800ダウンさせ、このターン魔法と罠に対する完全耐性を与える。もっとも攻撃力の下がった時点で奈落の適用範囲からは外れたから、そこまで意味はないけどな」

 灼熱の火霊使いヒータ 攻1850→1050

「だろうな。だが落とし穴が発動したことに変わりはない、カズーラの効果を発動。デッキから別の蟲惑魔1体を選択して手札に加える、あるいは特殊召喚することができる。この効果でランカの蟲惑魔を手札に加え、カズーラの効果をトリガーにセラの効果を発動。デッキから……そうだな、特に今のタイミングで欲しいものもない。絶縁の落とし穴でもセットしておくか。さて、次は何を出す?」

 見えていたとはいえ強力な除去をあっさりと回避されたというにもかかわらず別段驚いた様子もなく、それどころかまたしても別の落とし穴を用意しつつ次の一手を催促する男。その問いかけに、彼女はすぐに答えてみせた。

「こうするのさ。レベル2の妖刀、そしてレアンコイリアでオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚!戦場呼び込む妖の魔猫よ、百鬼呼び寄せその目に見染めた戦乱を打ち破れ!No.(ナンバーズ)29、マネキンキャット!」

 2体のモンスターが渦を巻くように飛び上がり、地面に落下して爆発を起こす。妖刀の効果、ヒータのリンク召喚、その全てはこの1枚のカードをどうにかして呼び出すために使われた壮大な布石だった。球体関節の目立つ猫娘の人形が、ウインクしつつ左手を数度折り曲げて手招きの姿勢をとる。

 No.29 マネキンキャット 攻2000

「マネキンキャットの効果発動!オーバーレイ・ユニットを1つ消費することで相手の墓地からモンスター1体を強制的に蘇らせる、千客万来の小判振る舞い!」
「墓地のモンスターを?だが……いや、そうか。そういえばあれがあったな」
「なんだ、今頃気が付いたのか?灼熱のヒータには1ターンに1度、相手の墓地から炎属性モンスターを奪い取る効果がある。おかしいと思わなかったのか、だってのにアタシがそのモンスターを放置してたことによ!アタシが選ぶモンスターは灰流うらら、攻撃表示だ!」

 猫娘が髪飾りに付けていた小判を取り外して放り投げると、フィールドにじゃらじゃらと黄金色の小判の雨が景気よく降り注ぐ。落ちては消えていく黄金の輝きに誘われて、白装束の少女が地面からひょっこり顔を出した。

 No.29 マネキンキャット(2)→(1)
 灰流うらら 攻0

「そして当然、ただのプレゼントじゃ終わらないからな。マネキンキャットの更なる効果発動、百鬼夜行の小判振る舞い!相手フィールドにモンスターが特殊召喚された際、相手フィールドのモンスター1体を選択することでそれと種族、または属性の等しいモンスター1体を手札、デッキ、墓地のいずれかから特殊召喚できる。アンデット族の灰流うららを選択し、アタシのデッキに眠るアンデット族。死霊を統べる夜の王、死霊王 ドーハスーラを特殊召喚するぜ!」

 黄金の輝きに誘われたのは、亡霊の少女だけではなかった。大蛇の体に人の上半身を持つ死霊の中の死霊、アンデットワールドにおけるもうひとりの主たるドーハスーラでさえもその例外ではない。

 死霊王 ドーハスーラ 攻2800

「さあ、形勢逆転だな」
「使いどころは……さすがにこれ以上の出し惜しみは意味がない、か。ドーハスーラの特殊召喚時、俺はアトラの蟲惑魔の効果を適用して手札から落とし穴及びホールを発動できる。電網の落とし穴を発動、デッキから特殊召喚されたドーハスーラは裏側で除外される」
「ドーハスーラ……だがアンタがトラップを発動したことで、たった今マネキンキャットのオーバーレイ・ユニットとして墓地に送られたレアンコイリアはもう1度特殊召喚が可能になるぜ。等価でもなんでもねえ、随分と損する交換だがな」

 完全に不意を突く形で0と1の世界のはざまに追いやられたドーハスーラだが、それと入れ替わるようにしてレアンコイリアがまたしてもその歩脚をわさわさとうごめかせながらフィールドに舞い戻る。もっともその攻撃力は本来そこにいるはずだったドーハスーラの半分以下、彼女の言う通りモンスターの総数こそ変わらないとはいえかなりそんな取引であることは間違いない。
 それでもこうやって後になって思い出す分には、あの時はうまくしてやられたと素直に相手のプレイングを褒める気分にもなるというものだ。

 バージェストマ・レアンコイリア 攻1200

「とはいえ、やられたもんは仕方ないな。バトルだ、マネキンキャットで灰流うららに攻撃!」

 No.29 マネキンキャット 攻2000→灰流うらら 攻0(破壊)
 男 LP4000→2000

「ぐ……」
「追撃だ。次に攻撃力の高いのは……ヒータは禁じられた聖槍受けてるもんな、んじゃお前かよ。レアンコイリア、セラの蟲惑魔に攻撃!」

 バージェストマ・レアンコイリア 攻1200→セラの蟲惑魔 攻800(破壊)
 男 LP2000→1600

「さあ、これでライフが並んだわけだが。感想あるなら聞いてやるぜ?」
「ようやく振出しに戻っただけだ、ノーコメントで頼む」
「ああそうかよ、ならメイン2だ。つってもやることは少ないな、とりあえず今度こそヒータの効果を発動、アンタの墓地から炎属性の灰流うららをリンク先に蘇生する。さらにカードを伏せて、ターンエンドだ」

 灰流うらら 守1800

「俺のターン。今のままだと、どうにもな」

 彼の場に存在するのは、先ほどセットした絶縁の落とし穴。その効果はリンクモンスターのリンク召喚時にリンク状態以外のモンスター全てを破壊するという豪快なものであり、ホール及び落とし穴の効果を受け付けない蟲惑魔にとっては相手モンスターを一方的に破壊できる心強い除去カードとなる。だがそれは、相手のリンク状態がまだ整っていないことが前提。糸巻は絶縁を見た瞬間にリンクモンスターであるヒータを絡めた盤面づくりに心を砕いており、今の状態でカズーラ、あるいはアトラを素材としてセラを召喚したとしても破壊できるのは単体では弱小モンスターに過ぎないレアンコイリアと破壊された時にサーチを行うヒータの2体しか存在しない。しかもその手を使おうものならセラのリンク召喚に反応し、マネキンキャットにもう1度モンスターを呼び込む隙を与えてしまう。

「とりあえず、だ。ランカの蟲惑魔を召喚し、効果発動。デッキから更なる蟲惑魔、ティオの蟲惑魔を手札に加える」

 地響きと共に人間さえもすっぽりと包み込めるほどに巨大な花弁が現れ、その固く閉じられた蕾がゆっくりと開き内部に腰かける少女の姿を白日の下にさらす。しかし、その花びらは開ききってなおも呼吸するかのようにかすかに揺れている。どこかが光に反射して、硬質の輝きを放ったようにも見えたのは彼女の目の錯覚だろうか。少女の部分とはまた違う、その周辺から刺すような視線を感じるのは気のせいなのだろうか。ただその身を疑似餌のそばに隠すのではなく、自らも花に擬態し、動きを絶ち、獲物を待つ……たとえばそう、少女が腰かける花のような何かのように。

 ランカの蟲惑魔 攻1500

「あの伏せカードがどうにも気になるところだが、今の手札でトリオンを特殊召喚する手段はない。ならば、次善の策で満足するほかないか。万一を考えるとさすがにこのライフでセラをもう1度召喚する気にはならないな、レベル4のカズーラとトリオンでオーバーレイ」

 先ほど糸巻が行ったように、2体の蟲惑魔が光となって絡み合う。その爆発の中からフィールドに降り立ったのは、これまでで最大のサイズを誇る超巨大な花弁。そしてその中央ではたおやかに寝転がって糸巻を見下ろす、なまめかしい肢体とあどけない顔つきには不釣り合いなほどの色香を放つ少女。すべての蟲惑魔を統べる、リーダー的存在がついにこの場を制するためにその蕾を開いたのだ。

「その身に余る欲望に、払えぬ対価の清算の時は来た。エクシーズ召喚、フレシアの蟲惑魔!」

 フレシアの蟲惑魔 守2500

「またか?なら、相手フィールドにモンスターが特殊召喚されたことでマネキンキャットの効果発動。フレシア……確か自分以外の蟲惑魔に完全破壊耐性と対象耐性の付与だったか?ならフレシア自身を選択して同じ属性、つまり地属性モンスターを特殊召喚する。百鬼夜行の小判振る舞い!」

 再びマネキンキャットが髪飾りの小判を取り外し、空中に放り投げようとする。しかし男は、それを興味なさげに見つめるのみだ。

「愚かな。なぜセラではなくフレシアの召喚を最優先したのか、考えてはみなかったのか?確かに残りライフの問題もある、だが同時に、このカードの使用条件を満たすためでもあった。カウンタートラップ、エクシーズ・ブロックを発動!自軍に存在するオーバーレイ・ユニット1つをコストに、相手モンスターの効果の発動を無効にし破壊する」
「そんなもん初手からずっと伏せてやがったのか……!」
「驚くことはないだろう。落とし穴の攪乱にでもなるかと思ったが、そのまま発動の機会が来た、ただそれだけのことだ。速攻魔法、ハーフ・シャットを発動。場のモンスター1体の攻撃力はこのターン半減し、さらに戦闘破壊されない。そして装備魔法、やりすぎた埋葬を発動。手札からレベル6のギガプラントを捨て、それよりもレベルが低いモンスター1体を効果を無効として特殊召喚してこのカードを装備する。トリオンよ、今一度甦れ」

 息をのむ糸巻の前で、レアンコイリアの体が縮んでいく。弱った獲物を前にした蟲惑魔たちの瞳が一斉に妖しく輝き、獲物の気配に誘われた地中の蠱惑魔が再びそのショートカットをひょっこりと覗かせる。

 バージェストマ・レアンコイリア 攻1200→600
 トリオンの蟲惑魔 攻1600

「バトル。アトラの蟲惑魔でバージェストマ・レアンコイリアに攻撃」

 アトラとトリオン、2体の蟲惑魔の攻撃力はそれでもわずかに彼女のライフを削るには足りないが、破壊耐性を盾にサンドバックとするならば話は別だ。まして今現在その2体は、フレシアの効果により強固な耐性を付与されている。今更、何を恐れることがあるだろうか。
 大方そう考えていたんだろう、そう彼女は回想する。実際に、その見立ては正しい。バージェストマは対象を取るカードばかりであり、対象耐性を持つ相手は天敵に等しい。これで勝ったと思ったとしても、それは無理のないことだろう、と。
 そしてだからこそあの時の彼女は笑い、その瞬間を思い出した現実の彼女もまた会心の笑みを浮かべる。

「残念だったな、この勝負アタシの勝ちだ!ダメージ計算時にトラップ発動、バイバイダメージ!」
「バイバイダメージ、だと!?」
「そうさ、こいつはアタシのモンスターが攻撃されて戦闘を行うダメージ計算時、モンスターを対象を取ることなく効力を発揮するカード!その効果によりレアンコイリアは戦闘で破壊されず……まあ、それは元からだがな!」

 アトラの蟲惑魔 攻1800→バージェストマ・レアンコイリア 攻600
 糸巻 LP1600→400

 突然のカードに何かを察したのか、慌てて身を引き攻撃を止めようとしたアトラ。しかし身軽な疑似餌部分はいざ知らず、本体である大蜘蛛はすでに勢いに乗ってしまっているその体を急に止めきることはできない。先端に鋭い爪の生えた8本の足が躍りかかり、古生代生物の硬い表皮を無残に切り裂いた。

「痛つつ……そしてこの戦闘でアタシの受けるダメージ、その倍の数値の効果ダメージをアンタにも受けてもらう。これで、終いだ!」
「……!」

 男 LP1600→0





「……巻さん、糸巻さん!ヤバいっすよこれ、流石に洒落になんないです!」

 ようやく糸巻が目を開けた時には、あたりはすでに暗くなっていた。昔の記憶に思いをはせる最中、いつの間にやら居眠りしていたらしい。とりあえずいつも通り口先だけでも謝罪の言葉を述べようとして、すぐにやめた。あの鳥居が普段の態度はどこへやら、血相変えて彼女の体を揺り動かしている。それはつまり、それだけのことが起きたということだ。寝起きで半覚醒状態の頭に無理に活を入れ、無理な姿勢での睡眠がたたり固くなった体を伸ばしてどうにか立ち上がる。

「起きたぞ。で、どうした一体」
「今、カードショップ七宝って店の店主のじーさんから電話がありまして。八卦ちゃん、あれからまだ帰って来てないそうです!」
「何!?」

 今度こそ、完全に目が覚めた。 
 

 
後書き
今回はAパートの話がいつものノリより重いうえにデュエルパートも小さなアドと妨害札を積み重ねていくタイプの派手さが一切ない堅実なデュエルという異色回(自称)でした。
……はい、このレベルでシリアスなんです察してください。
あ、今回で力を貯めたので次回はもっとはっちゃける、というか暑苦しいものを予定しています。やっぱクール&ハードなシリアスは私がやっても長続きしないですな。 

 

ターン10 熱血!青春!大暴走!

 
前書き
珍しくシリアスな前回の引きを1瞬でぶっ壊しにかかるタイトル。
最近気づいてきたのですが私の場合、いくらでもシリアスできる世界観を設定してその中でコメディタッチというかこんな緩いもの書いてるのが一番性に合う気がします。

前回のあらすじ:糸巻が寝落ち回想しているうちに八卦ちゃんが行方不明に。 

 
 デュエルポリス2人が七宝寺から八卦が帰宅していないとの知らせを受け取った、ほんの少し前。糸巻らの元を後にした、それからの少女の足取りを追ってみよう。その純真さとポジティブ思考は自分がうまいこと締め出された、などという可能性には少しも結びつかず、敬愛する「お姉様」の言葉に従いいったんは家の方角に向け歩き出したものの、ほんの数歩も進まないうちにその足が止まってしまった。

「(あんなに喜んでもらえるなんて、思わなかったな。お姉様、実は怪談とか好きな人なのかな?)」

 ほんの話の種になれば、そんなつもりで持ってきた幽霊騒動に関するうわさ話は、少女の想像を超えて糸巻らの興味を引いていた。しかしその真意がまるで予想もつかない少女は無邪気に、幽霊という言葉に対し彼女らが食いついたのだとすっかり思い込んでいた。日が傾いているとはいえまだ夜にはわずかに時間があり、小さな背中を押す太陽の残滓が少女の心に余計な弾みをつける。

「(今から私も、この図書館のあったところに行ってみようかな?もしかしたら、幽霊さんに会えるかもしれないですし。お姉様の調査のお役に立つものが見つかるかも!)」

 そうと決めれば、若い少女のフットワークは軽い。学校帰りの女の子にしか見えない彼女はあくまでもごくありふれた学生でしかなく、いつもの帰り道とはまるで違う方向にふらりと踏み込んだ人影に注意を払うものは誰もいなかった。
 いくつもの路地を越え、信号を渡り。歩くにつれてまばらになってゆく周りの人影と比例するかのように、太陽の面積も小さくなってゆく。少女が目的の場所にたどり着いたときには既に、その上端がわずかなオレンジの光をどうにか浮かべているのみ。すぐ後ろまで忍び寄っていた夜の気配に多感な少女は身震いして躊躇するも、敬愛する彼女の顔を思い浮かべて自問自答する。お姉様ならば、夜になったからといって躊躇するようなことがあるだろうか?いや、答えはノー、だ。ならば、自分がここで躊躇するわけにはいかない。そんなことでは、いつまでたっても追いつけやしない。
 当然それは、勝手な思い込みでしかない。もしこの場所に当の糸巻本人がいれば、血相変えて止めに入ったであろう。しかしその彼女は現在、煙草を片手に大量の検挙記録を目を皿のようにして睨みつけている真っ最中だ。

「(……す、少しだけ。鍵がかかってたら、そこで帰りましょう)」

 そうは言っても、怖いものは怖い。迷った末に妥協案を心に決めて封鎖された裏門に回り込み、それを乗り越えて音もなく着地。かつて司書たちが使っていたのであろう勝手口のドアノブを掴み、そっとひねる。彼女にとって幸か不幸か、そのドアは開いていた。油がしっかりと残っているのかすんなりと開いたドアの前でまたもや固まるも、気を取り直してその体を屋内に滑り込ませる。きっちりとドアを閉めると、暗い廊下にはなぜかまだ生きているらしい非常口のランプが緑色の光を唯一の光源として不気味に落としているのみ。

「ゆ、幽霊さん、いらっしゃいますか?」

 かつては人もいたであろう無人の廊下に、わずかに震えた声が響く。少女自身この問いかけに何か反応があるなどと期待していたわけではなかったが、意外にもそこで動きが起きた。視界の端に見えていた、2階と地下に繋がる最も大きな一般客が利用するための大階段。そこで彼女の声に驚いたように小さな人影が立ち上がり、逃げるようにして2階へと走り去っていったのだ。それは遠目の、しかもほんの1瞬の邂逅でしかなかったが、デュエリストとしての卓越した少女の動体視力はそれを確かに捉えていた。
 そして確信する。あれこそが最近話題の、少女の幽霊だと。自分と同じく幽霊のうわさを聞き付け、肝試しに来た子供という線はあり得ない。なぜならば走り去っていくあの瞬間、確かに幽霊と後ろの階段は重なっていた。にもかかわらず、少女の目には終始階段が見えていた。つまり、その体はかすかに透けていたのだ。

「……!!」

 興奮が恐怖を一時的に追いやり、無鉄砲な好奇心がその足を前へと動かす。埃の積もったカウンターから一定間隔に並んだがらんどうの本棚を抜け、足音を殺すことも忘れてパタパタと走る。
 それほどまでに興奮していたからだろう、すぐ近くにいた2つの人影に、手遅れになるまで気が付けなかったのは。

「ん?誰だ!」
「どこの……って、なんだ子供か」

 その足音に振り向いたのはよれたGパンに「熱血」と力強い字体でプリントされた赤いTシャツ姿の青年に、その相方としてはあまりに不似合いな黒いスーツ姿にサングラスをかけた髭面の男。1人1人ならまだしもコンビとなるといかにも怪しい2人組に、少女は1瞬言葉に詰まる。そもそも今いる場所は立ち入り禁止であり、忍び込んだ自分以外に人がいるはずはないのだ。その場でフリーズする少女に、髭面の男が相方を手で制して優しく語り掛ける。

「嬢ちゃん、肝試しか何かかい?ここは立ち入り禁止だろう?」
「お、おじさんたちだって、入っているじゃないですか」

 咄嗟に口を突いて出た反発の言葉に、言い切ってからしまったと後悔する。そもそも同じ状況でも堂々と開き直れる糸巻や平然とすっとぼけられる鳥居とは違いまだ世間に擦れていない少女は自分が悪いことをしているという自覚と罪悪感が強く、生真面目な少女の感性はこれだけで今のは言いすぎたと感じたのだ。
 そして熱血シャツの青年がむっとした顔になった様子を見て、より一層罪悪感が強くなる。

「おじさんだと?待てぃ、俺はまだお兄さ……」
「わかったわかった、お前は黙っとけって。んで嬢ちゃん、確かにこりゃ一本取られたな。んー……おじさんたちはな、実はデュエルポリスなんだよ。知ってるだろう?あんまり評判良くないけどな」
「ええっ!?」

 この突然の宣告に、目を見開く少女。デュエルポリスということはお姉様の同業者で、しかもデュエリストとしても大先輩。しかし、その発言に戸惑ったのは1人だけではなかった。隣にいた熱血シャツもまた、慌てた様子で口をはさむ。

「ちょ、ちょっと、朝顔さん!?」
「いーからいーから、お前は黙ってろよ?で、この辺で最近話題になってる幽霊騒ぎ。とりあえず、近場にいた俺たちが今日は様子を見に来たのさ」

 朝顔と呼ばれた髭面の男は、なぜか2方向から注がれた驚愕の視線もどこ吹く風にそう言って小さく笑う。その笑顔にはとても裏があるようには見えず、少女もその言葉を信じかける。しかしその心のどこかには、ほんのわずかに引っかかるものがあった。そうとも知らず、朝顔が笑みを絶やさぬままに畳みかける。

「なあ嬢ちゃん、ここはひとつ俺たちに任せて、嬢ちゃんはお家に帰ってくれないかな。危ないことはないと思うが、一応こっちも仕事だからな」
「あ、あの!」
「うん、どうしたい?」

 ぬぐい切れぬ違和感。意を決して声を発した少女に、朝顔がにこやかな笑顔のまま聞き返す。
 少女は、ここでひとつミスを犯した。ここで彼女が取るべき最適解は、大人しく彼の言うことを聞いて外に出たと思わせておいてから糸巻お墨付きの隠密能力によりその後をつけるなり最初に見た少女の方向へ向かうべきだったのだ。しかし少女はまっすぐで、どこまでも純真だった。そのような相手の裏をかく手など思いつくはずもなく、正面から違和感の元を口に出してしまう。

「おじさん達、デュエルポリスなんですよね」
「ああ、そうだが……」
「この町のデュエルポリスは、お姉様……糸巻さんと、鳥居さんのはずです。あの2人でも私が今日教えてはじめてこの幽霊の話を知ったのに、どうしておじさん達がそのことを知っているんですか」

 ぴしり、と音がしそうなほどに空気が凍り付いた。たっぷり10秒ほど沈黙が流れ、朝顔がぎこちない笑みで諦めたように近くのテーブルに腰かける。

「……なるほど。咄嗟に出たにしては、俺にしちゃ結構うまい詭弁だと思ったんだがな。まさか嬢ちゃんが巻の字の知り合いだったとはな、裏目にもほどがあるってもんだ」
「え、えっと……?」
「いいか、そもそも俺たちがデュエルポリスだってのは真っ赤な嘘だ。むしろその正反対、巻の字に言わせればテロリスト。それが俺たちだ」
「そ、そん―――――」
「おっと、逃がさないぞ!」

 まるで笑っていない目を見た瞬間に身の危険を感じ、咄嗟に身を翻して逃げ出そうとする少女。しかしその細腕を、熱血シャツの青年が寸前にがっしりと掴んで止める。大人の男と少女では腕力の差は歴然、いくら身をひねって逃れようとしても頑としてその手が緩む気配はない。その様子を確認し、朝顔がまた口を開く。

「嬢ちゃんがここに来たのは、おおかた巻の字に何か頼まれたからか?この辺の様子を探ってこい、とかな」
「ち、違います!私が、勝手に……!」
「そうなのか?まあ、どっちでもいい。巻の字がこの幽霊騒ぎを聞きつけたってことは、奴のことだから当然俺らがらみだと思うだろうなあ……明日、下手すれば今夜。怒り狂った赤髪の夜叉が、ここに突っ込んでくる様子が目に浮かぶ」
「うう……!」

 朝顔の独り言も耳に入らず、動く範囲でじたばたと暴れる少女。拘束を抜け出せる気配はまるで見えはしなかったが、動いた拍子にバッグが床に落ちてその中身をぶちまける。教科書やノートの中に混ざる、デュエルディスクと彼女のデッキ。それを見た朝顔の目が、興味深そうな光を放った。

「そうか、嬢ちゃんもデュエルやるのか。なあ、嬢ちゃん。ひとつここで、俺らとアンティ勝負をやってみる気はないか?」
「うぅ、痛いです……え?」

 アンティ勝負。互いに了承の上で何か……通常はレアカードを賭けて行われる、俗に言う賭けデュエルである。「BV」の誕生する以前、糸巻らがまだ表舞台で喝采を浴びていた過去にはこのシステムがデュエルモンスターズの楽しみ方の一形態である合法賭博として受け入れられていた時期もあったが、それはすでに昔の話。デュエルモンスターズそのものにすら色々と規制のかかる現代では、当然違法行為として名を連ねている。

「ああ。嬢ちゃんとこの暑苦しい格好の奴、夕顔ってんだがな、こいつがデュエルをする。サイドなし、時間無制限の純粋な一本勝負だ」
「え、俺?」

 抗議の声をきっぱりと無視し、朝顔の説明は続く。その内容は理不尽この上ないはずなのに、なぜか引き込まれる語り口。いつの間にか少女は脱出も忘れ、真剣にその声に耳を傾けていた。

「とはいっても、別にレアカードが欲しいわけじゃない。嬢ちゃんに賭けてもらうのは、自由だ」
「自由、ですか?」
「そうだ。夕顔の奴が勝てば、嬢ちゃんには俺たちについてきてもらう。とはいえ安心しな、その場合でも海の底で石抱いて眠ってもらうことにはならないだろうからな。なにせ巻の字は甘ちゃんだ、可愛い妹分が人質に置いてあるのは俺らにとって相当大きい。まあ、家に帰れるのはかなり後のことにはなりそうだがな」

 私が負けたら、お姉様に多大な迷惑がかかる。あまりに現実離れした展開のせいでなかなか湧いてこなかった実感が、今になってようやく追いついてくる。そして彼女がまず最初に感じたものは、そこまで追い込まれた自分自身のふがいなさに対しての強い怒りだった。口を開くこともできずうつむいたままで小さく震える少女。その姿を恐怖由来のものと判断し、朝顔はあえてそれには触れずルール説明の続きに移る。

「嬢ちゃんが勝てば、このまま何もせず逃がしてやる。嬢ちゃんはその後で巻の字にチクるなりなんなり自由にすればいいが、少なくとも俺たちは今日は誰にも会わなかった体でいく。おい、お前もそれでいいな」
「勝手にしてくれよ、朝顔さん。俺は別に異論はないぜ、人質ってのはどうも卑怯だからな」
「そう綺麗ごと言ってられるのも、巻の字に敵として覚えられるまでの話だろうな。さあ、嬢ちゃんはどうしたい?」
「……もし私が断ったら、どうするつもりなんですか」

 にやり、と髭面の下で朝顔の口元が笑みを浮かべる。それは下卑た笑みというよりも、むしろ目の前の少女を認める称賛の表情のように見えた。

「なかなか肝が座ってるな、嬢ちゃん。その場合扱いとしては、夕顔の不戦勝だ。当然、最初に言った通り嬢ちゃんには誘拐されてもらう。ただ、その時はこっちも多少手荒な真似になるかもな」
「もうひとつ、聞かせてください。私が勝てば逃がしてくれるというのは、本当ですか」
「ああ。嬢ちゃんが巻の字からこいつを聞いてるかは知らんが、なんなら誓ってやろう。デュエリスト、朝顔涼彦(すずひこ)。プロネーム『二色のアサガオ』の名前でな」

 一見何気ない宣言。だがデュエリストにとって、その名前は大きな意味を持つ。かつて糸巻から聞いた話が、少女の脳内でリフレインする。

『……だからな、八卦ちゃん。実力はもちろんだがイメージ商売でもあるプロデュエリストは、名誉と名前を何よりも重視する傾向がある。アタシも絶対に破れない約束をするときは糸巻太夫の名前にかけて、そして赤髪の夜叉の名において誓いを立ててやったもんさ。そいつを代価に置いた以上、その約束を破ることはデュエリストとしての名誉を全部捨てたうえで踏みにじるのと同じ。例えるならデュエリストの魂、ずっと戦ってきた命より大事なデッキを1枚1枚自分の手で破いてヘドロの中に捨てるようなもんだ』

 その言葉の意味を何度も頭の中で繰り返し、目の前で注意深く様子を窺っている朝顔の目をまっすぐに見つめる。あるいはここでもう少し粘っていれば、危険な賭けに首を突っ込まずとも朝顔自身が危惧していたように糸巻が介入する可能性もある。
 だが、少女はその可能性をあえて自分から切り捨てた。お姉様に、迷惑はかけられない。

「わかりました。その勝負、お受けします」





 ほこりっぽいがらんどうの図書館、その元閲覧スペース。邪魔な机や椅子が脇にのけられることで作られた空間で、男女2人のデュエリストが対峙する。そのうち男の腕に装着されたデュエルディスクは、通常サイズよりも一回り大きい。正規品とは規格の違う、内部機構に「BV」の組み込まれた真っ赤な違法品だ。緊張感を隠しきれずやや動きの硬い少女に、男がさわやかに笑いかける。

「おいおい、随分と緊張してるじゃないか。そんなことじゃあ、デュエルモンスターズは応えてくれないぞ?」

 返事はない。すでにこの状況だけでいっぱいいっぱいの少女は、そこに割くだけの余裕がなかったからだ。

「放っておけ。夕顔!子供だからって油断はするなよ。あの巻の字の妹分なら、下手に扱うと手ぇ噛まれるぞ」
「いや犬かよ!まあいい、それじゃあ……」

「「デュエル!」」

 先攻後攻がランダムに選ばれ、それぞれのデュエルディスクに互いのデッキ、手札、エクストラデッキの枚数と共に表示される。男が先攻で、少女が後攻……だがそんなことよりも少女が目を疑ったのは、そこに記されたひとつの情報だった。

「エクストラデッキの枚数……6枚!?」
「おお、そうだ。俺のエクストラにカードはきっかり6枚、それで十分だ。何か問題でも?」
「い、いえ!失礼しました、私、つい……」

 慌てて謝罪する少女だが、その驚きも無理はない。百万喰らいのグラットン、強欲で金満な壺。いまやある種の聖域であったエクストラデッキそのものをコストとして力を発揮するカードも数多く、たとえエクストラデッキに入るモンスターを使わないデッキであってもそういったカードの使用を見込んで15枚ギリギリまでカードを入れる、それがスタンダードなデッキ構築だ。唯一の例外がサポートカードのほぼすべてにエクストラデッキにカードが存在しないことを要求する【帝】だが、そのデッキは基本強力なサポートが腐ることを危惧し最初からエクストラ0枚で勝負することが多い。
 つまり、男の提示した6枚という数字は0か15、という二極化が進むデュエリストのエクストラ事情に真っ向から抗う極めて異例な構築なのだ。

「気持ちはわかるぞー、嬢ちゃん。俺も最初は同じことを思ったからな」

 なぜか相手側の朝顔から飛んでくるフォローに目をぱちくりとしたまま頭を下げつつも、頭の中では必死に相手の狙いを定めようとする。しかしカードショップという叔父の職業柄カード知識はそれなりに豊富な少女でも、このエクストラの枚数から相手のデッキを絞りきることは至難の業であった。

「さあ、俺の先攻だ少女よ!俺のフィールドにモンスターが存在しないとき、フォトン・スラッシャーは特殊召喚できる!」

 先陣切って図書館に呼び出されたのは、銀の刃を光らせる大剣を手にした単眼の光輝く戦士。

 フォトン・スラッシャー 攻2100

「そして、召喚僧サモンプリーストを召喚!このカードは召喚成功時、守備表示となる!」

 召喚僧サモンプリースト 攻800→守1600

「フォトン・スラッシャーにサモンプリースト……【ランク4】?でも、それだとエクストラデッキの枚数が……」
「考えているな少女よ、では答え合わせの時間だ!サモンプリーストの効果発動、手札の魔法カードをコストにデッキからレベル4モンスターを呼び出す詠唱呪文を唱える!俺はこの魔法石の採掘を捨て、銀河の魔導師(ギャラクシー・ウィザード)を特殊召喚する。さらにこの銀河の魔導師は、1ターンに1度自身のレベルを4つ上げることが可能となる!」

 銀河の魔導師 守1800 ☆4→8

「さあ、開幕だ!魔法カード発動、ギャラクシー・クイーンズ・ライトオオオォォォ!」

 ただでさえ無意味に声の大きい夕顔がさらにオーバーなリアクションと共に声を張り上げ、その魔法カードを高々と掲げる。朝顔は彼のこうした行動にも慣れているのか彼が全力で声を張る数秒前にはすでに両手で耳をふさいで防御姿勢をとっていたが、そんなこと知る由もない少女は近距離で大音声をまともに聞く羽目となってしまった。

「このカードは俺のフィールドのレベル7以上のモンスターを選択し、他のレベルを持つ俺のモンスター全てをその数値に合わせる!燃え上がれ、俺のモンスター!」

 そのフィールドに存在するのは、レベル8となった銀河の魔導師。その数値に合わせ、残る2体のモンスターもまたそのレベルを倍加させる。

 フォトン・スラッシャー ☆4→8
 召喚僧サモンプリースト ☆4→8

「1ターン目からレベル8モンスターが、3体……!」
「俺はレベル8となったフォトン・スラッシャー、サモンプリースト、銀河の魔導師でオーバーレエェイ!3体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!」

 3体のモンスターが光となって絡み合いながら宙に飛び、地面に落下して大爆発を引き起こす。真っ赤に燃える光の中から、その背にくくりつけた大量の竹刀やバット、そして剣道着のような完全武装の防具の重さをものともせずにその重武装で腕立て伏せをする巨人の姿が浮かび上がった。

「沈みゆく夕日に俺は誓う、青春と血と汗と、そして永遠の熱血を!エクシーズ召喚、ランク8!熱血!指導!王!ジャイアントレーナーアアアァァ!」
「おーおー、熱血(バカ)は今日も元気だ」

 よほど慣れているのか冷めた目で呟く朝顔を尻目に、夕顔が力強くその拳を振り上げる。それと同時にようやく腕立て伏せを止めた巨人が、体の周りに浮かぶ3つの衛星のような光の弾を従えて仁王立ちした。

 熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800

「いくぞ少女よ、覚悟はいいかあぁ!ジャイアントレーナーの熱血効果、発動!オーバーレイユニットを1つ使い、カードを1枚ドロー!そのカードがモンスターカードだった場合、相手プレイヤーに800ポイントのダメージを与える!」

 ジャイアントレーナーの持つ竹刀に光の弾のうち1つが吸い込まれ、その力を解放した竹刀を巨人が力強く振りかぶる。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(3)→(2)

「熱血指導イチの太刀、青春!ドローカードは……魔法カード、戦士の生還!」

 自信満々に引き抜かれたカードはしかしモンスターではなく、まずは助かったと少女が小さく息を吐く。しかしそれを目ざとく見つけた夕顔が、またしても声を張り上げる。

「甘い、甘いぞ少女!確かにモンスターエクシーズは通常、1ターンに1度しか自身の効果を使用できない。しかああし、このジャイアントレーナーはたゆまぬ血と汗と涙と青春と熱血の鍛錬により、その枠を突き破ることに成功した絶対無敵の熱血王!俺は再びジャイアントレーナーの熱血効果発動、熱血指導二の太刀、闘魂!」
「1ターンに2度、効果を使うエクシーズ!?」
「そいつは違うぞ、嬢ちゃん。夕顔の使うジャイアントレーナーは、同名縛りで1ターンに3度まであの効果を使うことができる。初手で出されたのは、まあ事故だと思って諦めな」

 背負った無数の得物からゴルフクラブをおもむろに引き抜いて竹刀の代わりに構えてまたしても素振りを始める熱血指導王に驚愕する少女に、冷静に訂正を入れる朝顔。少女の専門はHERO、つまり融合召喚であり、エクシーズモンスター……ましてランク8もの大型モンスターの知識はまだ乏しい。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(2)→(1)

「ドローカードは……ちっ、今日は調子が悪いみたいだな。永続トラップ、リビングデッドの呼び声。またしてもダメージは発生しないが、ならば最後の1回だ!おい、いいか少女よ。熱血指導に最も必要な要素、それは一体なんだと思う!」
「え、ええ!?えっと……」

 なぜか唐突に自分に話が降られ、そもそも飛んできた質問の意味もよく分からず返事に詰まる少女。見かねて助け舟を出したのは、このままだと話が進まないと察した朝顔だった。

「嬢ちゃん、わからないときは素直にわからないって言っといた方が楽だぞー。どうせ大したこと考えて聞いてるわけじゃないんだ、真面目に考えてると考えただけ損だからな」
「え、えっと、その……申し訳ありませんがわかりません、まだ私が至らなくて、ごめんなさい……?」
「そうか、ならば仕方がない!この俺が直々に、熱血指導の在り方について教えてやろう!いいか少女よ、熱血指導に最も必要となる要素……それはずばり、愛だ!」
「愛、ですか?」
「あーあ。適当に聞き流しときゃいいものを、真面目だなあ嬢ちゃんは」

 あまりに唐突かつ不釣り合いな単語につい、オウム返しに聞いてしまう少女。呆れ気味の相方の言葉は相変わらず無視したままで、夕顔がそうだ、と大きく頷く。

「ただ痛めつけるだけの指導、そんなものは熱血の風上にも置けはしない!熱血指導とはすなわち相手に対する愛、ラブ、アモーレ、ローマ字で言えばエルオーブイイー!それが根本にあってこそ、真の熱血は成立する!少女よ、わかるかあああ!」
「LOVEってラブじゃねーか、そんなものローマ字読みしてもロべだぞロべ」

 喉元まで出かかっていたものの少女には遠慮のあまりなかなか言い出せなかった一言を、何の躊躇もなく突き刺していく朝顔。そんな冷静なツッコミも相変わらず聞こえていないのかはたまた聞こえていて無視しているのか、ともあれ熱血指導王がまたしても武器を持ち変える。最後に選ばれたのは、その巨体に見合った特大サイズのフェンシング用フルーレだった。

「熱血指導サンの太刀、愛!ドローカードは……来たかモンスター、BK(バーニングナックラー) ベイル!喰らえ、800のダメージを!」
「きゃあっ!」

 振りぬかれたフルーレの先端から稲妻が走り、容赦なく少女の身を焦がす。糸巻らデュエルポリスとは違い八卦の持つデュエルディスクは市販品であるため、「BV」の元素固定による実体化ソリッドビジョンの結合を弱めダメージを和らげる妨害電波発生機構はついていない。それでも大人であればまだその場に踏みとどまることもできただろうが、それよりはるかに軽い少女の体は勢い余って吹き飛ばされ、そのまま押しのけられていた机の角に背中からぶつかってしまう。幸いなことに手ひどくぶつけたにもかかわらず骨に異常はないようだったが、それでも背中を走る熱い痛みに息が詰まる。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(1)→(0)
 八卦 LP4000→3200

「おいおい嬢ちゃん、大丈夫か?」
「起き上がれるか、少女!」
「い、痛たた……はい!まだまだ、問題ありません!」
「よおし、その意気だ!なかなか見込みがあるぞ、少女よ!カードを1枚伏せて、俺はこれでターンエンドだ!さあ、どんと攻めてこい!」

 壁に手をつきながらも立ち上がりきっぱりと宣言する少女に、そのガッツが気に入ったらしい夕顔が破顔して自らの胸をどんと叩く。吹き飛ばされる最中も手放さなかった自らの手札をぐっと力を入れて握り、彼女もまたカードを引く。

「私のターン、ドロー!ここは……魔法カード、融合を発動!」
「ほう、嬢ちゃんは融合使いか」
「私が素材とするのは手札に存在するE・HERO(エレメンタルヒーロー) クノスぺ、HEROモンスターであるこのカードを2体。英雄の蕾、今ここに開花する。幻影の大輪よ咲き誇れ!融合召喚、V・HERO(ヴィジョンヒーロー) アドレイション!」

 彼女の最も信頼する蕾のヒーロー2体を墓地に送り呼び出されたのは、青黒い地肌に黒い衣装を着こんだ八頭身のヒーロー。その腰からは左右に3本ずつ計6本もの装飾が、まるで影の触手のように風もないのにはためいている。

 V・HERO アドレイション 攻2800

「さらに永続魔法、増草剤を発動します。これは1ターンに1度、私の通常召喚権を放棄することで墓地に存在する植物族モンスター1体を蘇生させることのできるカードです。私はこのターンその効果を使い、今墓地に送ったクノスぺのうち1体を蘇生させます!」

 その言葉通りに表を向けられた増草剤のカードの中から、固く閉じられた花の蕾が擬人化したかのような異色のヒーローが飛び出してアドレイションの隣に並ぶ。これは少女のエースにしてこのデッキの軸となる、ヒーローの中でも珍しい植物族の特性を持つこのカードだからこそできる芸当である。

 E・HERO クノスぺ 攻800

「行きます!アドレイションは1ターンに1度自分以外の私の場のHERO、そして相手モンスター1体を対象とし、選んだ相手モンスターの攻守をこのターンの間だけ選んだHEROの攻撃力分ダウンさせます。私が選ぶのは当然、クノスぺとジャイアントレーナーです!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800→2000 守2000→1200

「俺の熱血指導王が!」
「これでアドレイションの攻撃力は、あなたのモンスターの攻撃力を越えました。このままバトルに入ります、まずはアドレイションで攻撃です!」

 弱体化した巨人の放つ力任せの一撃を、漆黒のヒーローが難なく回避する。まさに自身の所属が示す幻影(ヴィジョン)のごとく滑らかな動きで背後に回り込んだアドレイションが、分厚い防具の隙間に鋭く正確な反撃の手刀を叩きこんだ。

 V・HERO アドレイション 攻2800→熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2000(破壊)
 夕顔 LP4000→3200

「なかなかにいいパンチだ、少女よ!だが、そんな程度ではまるで効かないぞ!」
「まだです!クノスぺでそのままダイレクトアタック!」

 蕾のヒーローが懸命に飛び上がりその小さな体を精一杯に使って蕾の腕で夕顔を殴りつけると勢い余ったその衝撃で派手に埃が舞い上がり、少女の視界を1瞬ふさぐ。再びその目が夕顔の姿を捉えた時、空になったはずのその場には両腕で巨大な盾を構えるオレンジ色のアーマーを着込んだ戦士が立ちはだかっていた。

 E・HERO クノスぺ 攻800→夕顔(直接攻撃)
 夕顔 LP3200→2400→3200
 BK ベイル 守1800

「そんな、ダメージが!?」
「今のも悪くない一撃だった……だがしかああし!俺はクノスぺの攻撃を受けた瞬間、手札からBK ベイルの効果を発動させてもらった!ベイルは俺が戦闘ダメージを受けた際に手札から特殊召喚でき、その時受けたダメージを回復する!」
「回復、ですか。あれ、でしたら最初にアドレイションの攻撃でダメージを受けた時にその効果を発動していれば、クノスぺの攻撃も受けずに済んだのでは?」

 ふと感じた疑問が、少女の口をついて出る。実際にクノスぺの攻撃力ではベイルの守備力を突破できず、ベイルの発動タイミングによっては夕顔のライフは結果的に全く減っていない状態のままターンを迎えることもできたはずだ。だがそれを聞いていた朝顔が、代わりにやれやれとたしなめる。

「おいおい嬢ちゃん、素直に質問するのも大事だが、勝負中はやめときな」
「は、はい!ですが気になったので、つい」
「あのな、嬢ちゃん?嬢ちゃんがそう思ったってことは、つまりアドレイションに戦闘ダメージを受けたタイミングでベイルの効果を発動していたらクノスぺでは勝てなかった、そう言いたいんだろう?ってことはつまり、だ。嬢ちゃんは今自分から、私の手札には手札から捨てることでHEROの攻撃力を2500上昇させるカード、オネスティ・ネオスは入っていませんよーって大声でばらしてるのと同じなんだよ」
「え?……あ、ああっ!」
「やーっぱり気づいてなかったのか。発言にはもっと気を付けときなよ、嬢ちゃん」
「す、すみません!ご指導のほど、ありがとうございます!」

 ぺこぺこと何度も頭を下げてお礼を言う少女の姿に、どこかやりにくそうな表情でそっぽを向く朝顔。負けたら自分が誘拐されるというのにその理不尽な勝負を持ち掛けた相手にすら素直に礼を言う、その純真さはすっかり裏稼業に染まった大人には眩しすぎるものだった。

「じゃああなたは、モンスターをより確実に残すためにベイルを……?」
「さあな、どう思う少女よ。だがその答えは、今にわかる!」
「で、ですか。ならば気を取り直しまして、相手に戦闘ダメージを与えたクノスぺの効果を発動!攻撃力が100上昇し、守備力が100下がります。さらにカードを2枚伏せて、ターンエンドです」

 E・HERO クノスぺ 攻800→900 守1000→900

 クノスぺの頭頂部にほんの少し赤みが差し、ごくわずかにその蕾が緩む。まだまだその英雄としての素質が花開くには時間が必要だが、それでも確実に成長を重ねていた。
 しかし今のクノスぺはまだまだ弱小モンスターにすぎず、パワーアップしたところでそのステータスは下級モンスターからの攻撃ひとつで簡単に倒れてしまう程度のものに過ぎない。その欠点をカバーするために少女が今伏せたカードのうち1枚が通常トラップ、ピンポイント・ガードである。相手モンスターの攻撃宣言時にレベル4以下のモンスターを1ターン限定の完全破壊耐性付きで蘇生できるこのカードを使えば、墓地に眠るもう1体のクノスぺを蘇生することができる。そしてクノスぺには自身以外のE・HEROと同時に並んだ時、攻撃対象とすることができなくなる効果がある。つまり朝顔が攻撃宣言を行ったが最後、アドレイション以外のモンスターに攻撃ができなくなる簡易ロックが完成するのだ。
 彼女の計画に穴はない。密かな自信とともにターンが移り、夕顔がデッキに手をかける。

「俺のターン、ドロー!相手フィールドに攻撃力2000以上のモンスターが存在するとき、限界竜シュヴァルツシルトは手札から特殊召喚できる!さらに伏せてあったリビングデッドの呼び声を発動、墓地から召喚僧サモンプリーストを熱血大復活!さらにこのターンもサモンプリーストの効果により、戦士の生還を捨てることで銀河の魔導師、その2体目をデッキより特殊召喚する!」

 限界竜シュヴァルツシルト 攻2000
 召喚僧サモンプリースト 攻800
 銀河の魔導師 攻0

「そして、先ほどとは違う銀河の魔導師もう1つの効果を発動!このカードをリリースすることで、デッキからギャラクシーの名を持つ魔法、または罠1枚を手札に加える!」
「ギャラクシー、そしてシュヴァルツシルトはレベル8……まさか!?」
「どうやら気づいたようだな、少女よ。そのまさかだ、俺はこうして手札に加わった2枚目のギャラクシー・クイーンズ・ライト、はつどおおおおぉう!」

 召喚僧サモンプリースト ☆4→8
 BK ベイル ☆4→8

 サモンプリーストとベイルのレベルが、シュヴァルツシルトのそれに等しくなるまで一気に引き上げられる。気づいたときにはもう遅い、再び熱血の幕は上がろうとしていた。

「俺はレベル8となったサモンプリースト、ベイル、そして元からレベル8のシュヴァルツシルトでオーバーレイ!3体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚!俺たちの青春はまだ終わらない!この熱い魂が燃え盛る限り、熱血全開大噴火ぁぁ!ランク8、熱血指導王!ジャイアントレーナーアア!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800

「ま、またそのモンスターを!もしかして、そのエクストラデッキの6枚のカードって……」
「いい着眼点だ、少女よ!だがまずは全国五千万人の熱血ファンがお待ちかね、熱血指導のはじまりだ!ジャイアントレーナーの熱血効果発動、1回目!熱血指導イチの太刀、青春!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー(3)→(2)

 早速先ほどと同じようにその得物を、だが今回はテニスラケットを素振りしてその効果を発動する巨人。

「ようし、来たな!モンスターカード、炎の精霊 イフリート!喰らえ、800のダメージを!」
「うぅ……!」

 八卦 LP3200→2400

「更に熱血指導二の太刀、闘魂!魔法カード魔法石の採掘、よってダメージは無しだ!だが、次はどうだ?熱血指導サンの太刀、愛!」

 2度目の効果が不発に終わったと見るや、続けざまに3度目の効果に繋げる夕顔。それに従いフィールドの巨人もその手にした武器を最初のテニスラケットから砲丸投げの弾、そして薙刀へと素早く入れ替えてはそれぞれのフォームでの素振りに繋いでいく。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(2)→(1)→(0)

「ドローカードは……少女よ、どうやら先ほどの疑問に対する答え合わせの時間が来たようだな。俺は今の熱血効果で引いた3枚目のカード、RUM(ランクアップマジック)-アージェント・カオス・フォースを発動!このカードは俺のランク5以上のモンスターエクシーズを選択して発動し、ランクが1つ上のモンスターへとカオス化させ、ランクアップさせる!熱血進化だ、ジャイアントレーナー!お前に秘められた真の熱血、今こそ解き放ち熱血界の神となれ!カオスエクシーズ・チェンジ!」
「ランクアップ……それじゃあ、やっぱり!」
「その通ーり!俺のエクストラデッキにはジャイアントレーナーが3枚、そしてこのカードが3枚の計6枚しかカードは入っていない!他のカードなど不要、俺のデュエルはこの熱血のみがあればいい!出でよ、CX(カオスエクシーズ)!熱血!指導!神!アルティメットレーナーアアァァァ!」

 この時点で薄々そうではないかと思ってはいたが、改めて明言されたあまりといえばあまりの宣言に言葉を失う少女の前で素材全てを使い果たした熱血指導王が真っ赤に燃える光となって宙に飛び、空中でエクシーズ召喚に特有の爆発を引き起こす。燃える瞳と共にその爆発より降り立ったのは、防具という名の拘束から解き放たれた真にして神なる熱血指導の姿だった。

 CX 熱血指導神アルティメットレーナー 攻3800

「いやいやいや、え、えぇ……?」
「嬢ちゃんは礼儀正しいなあ。でも大丈夫だぞ、思いっきり馬鹿にしてやって。わざわざエクストラ半分以上空けてまで好き好んでこんな縛りプレイやってるような奴、馬鹿じゃなけりゃなんだってんだ」
「行くぞおおぉ、少女よ!ジャイアントレーナー改めアルティメットレーナーの、超・熱血効果発動!このカードがオーバーレイユニットにモンスターエクシーズを保持している場合!1ターンに1度オーバーレイユニットを1つ使い、自分のデッキからカードを1枚ドロー!そのカードがモンスターカードだった場合、相手プレイヤーに800ポイントのダメージを与える!超熱血指導ヨンの太刀、熱血!」

 伸ばした拳に飛び込んだ光の弾をアルティメットレーナ―が力強く握りつぶし、光り輝く6本もの拳が空を裂く。突如として始まったシャドーボクシングと共に拳を突き出しながら、夕顔がカードを引く。

「ドローしたのはモンスターカード、グラナドラ!喰らえ、800のダメージを!」

 八卦 LP2400→1600

 無数の拳がもたらす風圧が、またしても軽い少女の体を後ろに飛ばす。先ほどの手痛い一撃による学習のおかげで今度はきちんと受け身の姿勢をとれたものの、それでも勢いを殺しきれず床にバウンドして叩きつけられながら転がってしまう。

「うぅ……!」
「どうだ、少女よ!このターンもジャイアントレーナーの効果を発動したため、俺はバトルを行うことができない。カードをセットし、ターンエンドだ!」

 まだ1度も攻撃を受けていないというのに、すでに少女のライフは初期値の半分を割ってしまった。効果ダメージの積み重ねに対しては、せっかく伏せてあるピンポイント・ガードも何の役にも立ちはしない。そして目の前にそびえ立つのは、攻撃力3800ものランク9モンスター。

「それでも、私は負けません!ドローです!」
「おお、いい闘魂だ!なかなか熱血の見込みがあるぞ、少女!」
「……まあ、巻の字の妹分ならなあ。どうしても似るんだろうなあ、かわいそうになあ」

 三者三様の反応の中で、少女が素早く自身の手札に目を走らせる。

「私は装備魔法、薔薇の刻印を発動!墓地の植物族モンスターを除外することで相手モンスターにこのカードを装備し、私のターンの間だけそのコントロールを……あれ?」

 彼女が引いた起死回生の一手のはずの装備魔法、薔薇の刻印。しかしアルティメットレーナーに装備しようとするもデュエルディスクはエラーメッセージを吐き出すのみで、ソリッドビジョンが現れない。その様子を見て、夕顔が高らかに笑う。

「わっははは、残念だったな少女よ!アルティメットレーナーは自身の持つ熱血耐性により、互いのプレイヤーのカード対象とならない!そして装備魔法は必ず対象を取るカード、アルティメットレーナーしかいないオレのフィールドに対してそのカードを発動することは不可能だ!」
「そんな効果があるなんて、やっぱりもっとカードの知識を増やさないと。対象に取れないと、アドレイションの効果も意味がない……ですが、まだ手はあります!除外ができないのならこのターンも増草剤の効果により、墓地のクノスぺを蘇生召喚です!」

 E・HERO クノスぺ 攻800

「そしてこの瞬間、クノスぺ2体の効果が適用されます。自分以外のE・HEROが存在するときこのカードは相手プレイヤーにダイレクトアタックができ、さらに攻撃対象に選ぶことができません!これが私の必殺コンボ、クノスペシャルです!」
「おお、必殺コンボか!いいぞいいぞ、そう来なくてはなあ!」
「……まあ、うん。いいんじゃないかな嬢ちゃん、まだ子供だもんな。それはそれとして朝顔、お前はもうちょっと大人になれ。こんな嬢ちゃんと同レベルよりちょい下で張り合ってどうする」
「バトルです。クノスぺが自身の効果を使用して、そのまま直接攻撃!」

 E・HERO クノスぺ 攻800→夕顔(直接攻撃)
 夕顔 LP3200→2400
 E・HERO クノスぺ 攻800→900 守1000→900

「ぐふっ……やるじゃねえか!」
「クノスぺはもう1体います。最初に場に出ていた方のクノスぺで、連携直接攻撃です!」
「その攻撃宣言時にトラップ発動、ドレインシールド!相手モンスターの攻撃を無効とし、その攻撃力の数値だけ俺のライフを熱血回復させぇぇる!」
「お、ここで切るのか。もったいない使い方だ」
「くっ……私のクノスぺの攻撃が!」

 夕顔 LP2400→3300

 予想外の回復が挟まったために結果的に与えられたダメージは小さく、それどころかむしろライフをバトルフェイズに入る前よりも増やす結果となってしまったことに少女は小さく歯噛みする。
 ふざけた態度こそ取ってはいるが夕顔本人は2ターン連続でレベル8モンスターを3体フィールドに並べるほどのセンスと腕の持ち主であり、このまま勝負が長引けば残るライフがあっという間に燃やし尽くされるのも時間の問題だろうということは容易に想像がついた。むしろ800ポイントのバーンが5回決まればそれだけで勝負が決まることを考えると、そのチャンスが8回もありながら今こうしてライフが残っていること自体が少女にとってはかなりの幸運だ。

「メイン2にアドレイションを守備表示に変更。これで、ターンエンドです……」

 V・HERO アドレイション 攻2800→守2100

「いよいよ俺のターンだな、ドロー!参ったな、熱血指導神がエクストラモンスターゾーンにいるままでは、次の熱血指導王を呼び出せない……とでも思っていたか!魔法カード、極超辰醒を発動!このカードは俺の手札及びフィールドから通常召喚不可能なモンスター2体を除外し、2枚のカードを引くことができる。俺は手札のイフリートと場のアルティメットレーナーを除外し、ドロー!」

 確かにアルティメットレーナーが居座っている限り、リンクモンスターも採用していない夕顔は3体目のジャイアントレーナーをエクシーズ召喚することは不可能。そしてアルティメットレーナーは自前の攻撃力とその耐性から、相手にとってもそう簡単に除去できるわけではない。そのため、自分からエクストラモンスターゾーンを解放できる極超辰醒の採用は、ある意味では理にかなっているといえるだろう。
 それでも、である。そもそもそれだけアルティメットレーナーの場持ちがいいのであれば、それを軸に攻め立てればいいだけなのでは?わざわざ大型モンスターを切り捨ててまで場所を空けようとするプレイングは、ただの本末転倒ではないだろうか。なにか根本的に不条理なものを感じつつも、少女は熱血の神がフィールドから消えていく様を見送った。

「これでよし、だ。魔法カード、魔法石の採掘を発動!手札を2枚捨てることで、俺の墓地に存在する魔法カード1枚を再び手札へと戻す。俺が選ぶのは当然、ギャラクシー・クイーンズ・ライトだ!」
「またですか!?なら、もしかして……!」
「その通り!すでに俺の熱血脳細胞には、次なる熱血への方程式が浮かび上がっている!なぜ俺が先のターン、攻撃力わずか900のクノスぺからの攻撃に対しドレインシールドを発動したのか、その理由を教えてやろう!魔法カード、ソウル・チャージを発動!俺の墓地から任意の数だけモンスターを蘇生できる代わりに、蘇生させた数1体につき1000ものライフ及びこのターンにバトルフェイズを行う権利を払わねばならない。俺が選ぶのは、魔法石の採掘の手札コストとして墓地へと送ったモンスター。グラナドラ2体を蘇生!さらに銀河の魔導師もだ!」
「グラナドラ?確か、あのカードの効果は……」

 テキストを思い出そうとする少女の目の前でその目の前に甦る、とても地球の生命とは思えない異形の爬虫類型生物と、このデュエルでは毎ターンその顔を見ている純白のローブを着た魔法使い。

 グラナドラ 攻1900
 グラナドラ 攻1900
 銀河の魔導師 攻0
 夕顔 LP3300→300

「そうだ、このモンスターにもまた効果がある。この瞬間、グラナドラ2体の効果を発動!このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚に成功した時、俺は1000ものライフを回復する!」

 夕顔 LP300→1300→2300

 目まぐるしくライフが動き、最終的には手札のソウル・チャージ1枚とわずか1000のライフから3体のモンスターを蘇生したに等しい結果だけが後に残る。これで彼のフィールドにはレベル4のモンスターが3体、だがまだそれで終わりではない。彼の熱血指導には、最後の仕上げが残っている。

「もうわかっているな、少女!銀河の魔導師の効果により、このターン自身のレベルを4上昇!そして……ギャラクシー・クイーンズ・ライトオオオォ!」
「またですかー!?」

 銀河の魔導師 ☆4→☆8
 グラナドラ ☆4→☆8
 グラナドラ ☆4→☆8

 恐ろしく強引な展開により、その過程はどうあれまたしても3体のレベル8モンスターが揃う。エクストラモンスターゾーンにも、モンスターを呼び出すための空きができた。そして夕顔のエクストラデッキには、まだあと1枚のあのカードが出番を待っている。

「俺はレベル8となった銀河の魔導師と、グラナドラ2体でオーバーレエエェイ!俺の熱血はここから始まり、そして永遠に終わらない!熱血こそが我が人生、世界に轟け熱き生き様!エクシーズ召喚、ランク8ッ!これが最後の熱血指導王!ジャイアン……トレーエエェナアァァァーッ!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800

「ですが、まだ……!」

 腕立て伏せとともに三度現れる巨人を前に、ちらりと手札に目を落とす。そこにあるのは先のターンに使えなかった装備魔法、薔薇の刻印。アルティメットレーナーと違い耐性のないジャイアントレーナーならば、今度こそこのカードを装備することは可能。これから始まる3度のドローでモンスターを2回以上引かれなければ、確実に勝利できる。やや分の悪い賭けではあるが、それでも運の勝負にもつれ込んだ。
 だが夕顔もまたその視線に気づき、ちっちっちと指を振る。

「甘い甘い甘い、甘すぎるぞ少女!俺はこの瞬間、墓地に存在するRUM-アージェント・カオス・フォースの効果を発動!ランク5以上のモンスターエクシーズがエクシーズ召喚に成功した際、墓地に存在するこのカードをデュエル中に1度だけ手札に戻すことができいいぃる!」
「そんな、それじゃあ!」
「ドローは計4回、万一外しても立ちはだかるのはアルティメットレーナー。ちと厳しい賭けだな、嬢ちゃん」
「だが、もう遅い!まずはジャイアントレーナーの、熱血効果発動!」

 ジャイアントレーナーが7度目に振るう得物は、ウエイトリフティングのバーベル。巨人のサイズに合わせ果てしなく巨大なそれをえいやっとばかりに持ち上げて頭上にキープするさなか、そのバーベルに光弾が吸い込まれる。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(3)→(2)

「トラップカード、エクシーズ・ソウル……だと……!?ならば二の太刀、サンの太刀だああ!闘魂、そして愛!」

 まずは1度目、しかし引いたのはまたしてもトラップカード。ならばと飛んだ次なる命令に巨人が応え、ずっと持ち上げていたバーベルを下ろし背中から取り出した新たな武器は、ゲートボールのスティックだった。

「3枚目のギャラクシー・クイーンズ・ライト……え、ええい!まだまだ俺はへこたれないぞ、次でモンスターカードを引き、アルティメットレーナーでもう1枚!それできっかり俺の勝ち、何も問題はなあぁぁい!」

 スティックでの素振りをそそくさと終えた巨人がいよいよ最後の得物、金属バットを振りかざす。最後の光弾を吸収して満ち溢れるエネルギーに光り輝くそのフルスイングが、強大な風圧と共に夕顔のデッキトップを巻き上げる。

「うおおぉぉー!モンスターカード、BK ベイル!来たぜ来たぜ来たぜ、喰らえ、800のダメージを!」
「キャアアアーッ!」

 八卦 LP1600→800

「お、やっと引いたか。首の皮1枚で勝機が繋がったな」
「いよいよリーチのようだな、少女よ!泣いても笑っても次が最後の1枚、俺は全身全霊の熱血指導でかかる!少女よ、お前も男……じゃないが、もはや性別などはどうだっていい!その燃え盛る魂で、見事俺の思いに応えてみせろ!」
「はいっ!不肖この八卦九々乃、全身全霊で受けて立ちましょう!かかって来てください、夕顔さん!」
「……なんだこの茶番」

 ぽつりと呟かれた呆れた一言は、もはやどちらの耳にも入らなかった。最初から最後まで無駄に燃えに燃えている男と、その素直さゆえにあっさり感化されてつられ熱血に陥った少女。いつのまにやら完全に2人だけの世界で行われていたこのデュエルは、最終盤になるにあたっていよいよ熱く激しく燃え盛っていた。最後のドローを行うため、先ほど手札に加えた1枚の魔法カードを取り出す……その寸前、なぜか夕顔が少女へと声を張り上げる。

「RUM-アージェント・カオス・フォースを発動!ランク8のジャイアントレーナー1体を素材として、熱血大進化ああぁ!さあ少女よ、ともに叫ぼう!」
「ええっ!?わ、私もですか!?」
「大丈夫だ、恐れることはない!その胸に秘められた熱き魂を、この口上に載せて解き放つのだ!俺も共に叫ぶ!」
「で、では!」

 対戦相手の召喚口上を一緒に叫べというもはや理解不能を通り越してこの男は本当に大丈夫なんだろうかと勘繰りたくなるような訳の分からない誘いに、しかしすっかり場の空気に飲み込まれ熱血に感化されきった少女は元気よく了承する。そして欠片も間を置くことなく、2人の声が図書館いっぱいに響き渡った。

「「熱血の前に熱血なし、熱血の後に熱血なし!燃えよ青春燃えよ闘魂、そして何より燃えよ、俺(私)!全ては愛の指導の下に、カオスエクシーズ・チェンジ!CX 熱血指導神!アルティメットレーナーアアァ!!」」
「いやなんで息ぴったり合うんだよ仲良しだなお前ら」

 CX 熱血指導神アルティメットレーナー 攻3800

「息が合う?それは違うぜ、朝顔さん!俺たちは今、魂の奥深くで分かりあった!そう、熱血の魂でだ!そうだろう、少女よ!」
「はい!まさにそういうことです!」
「……あ、そ。もうなんでもいいけど、まあ……早よ終わらせてくれや」

 ついに朝顔が突っ込みを放棄したところで、改めて夕顔が少女の方へと向き合う。モンスター越しに2人の視線がかち合ったところで、ついに少女の運命を決める最後の号令が下された。

「アルティメットレーナーの、超熱血効果発動!」

 CX 熱血指導神アルティメットレーナー(1)→(0)

 そして勢いよく引き抜かれる、そのデッキに眠る一番上のカード。2人のデュエリストが息をのんで熱い視線を送る中、ゆっくりとそのカードが表を向けられた。

「それは……!」
「トラップカード、エクシーズ・リボーンだと……!?」

 ダメージを与えるという観点から見れば、それはまたもやはずれの1枚。よほど精神ダメージが大きかったのか、夕顔の体がカードを手にしたままその場でよろめく。

「ゆ、夕顔さん!」
「俺のデッキはどちらかといえば、モンスターの比率を高めに組んである。なのになぜだ、なぜここまで引きが偏る!」
「夕顔さん……」

 しかしその場に崩れ落ちそうになった彼は、土壇場で大きく床を踏みしめて持ちこたえた。にやりと笑みすらも浮かべながら、再びまっすぐに立ち上がり少女と向かい合う。

「いや、恐らくこれが、この熱血指導の答えなのだろう。ならば少女よ、今度はお前の番だ!お前なりの熱血を、この次のターンで見事この俺に示してみせろ!」
「私なりの、熱血を?」
「そうだ、俺は逃げも隠れもせん!俺の度重なる熱血指導により少女よ、今のお前には熱血の魂が息吹いている!ならばその魂を持って、見事この俺を打ち砕け!それが俺の与えられる最後の課題、最後の熱血指導だ!ただしこの俺も、ただでやられはせん!俺はカードを2枚。このエクシーズ・ソウル、そしてエクシーズ・リボーンを伏せてターンエンドだ!」
「わかりました、夕顔さん……いえ、夕顔師匠!これが私の、私なりの熱血指導です!ドローッ!」

 どうせ正体の見えているカードとはいえ、わざわざカードを見せつけてからフィールドに叩きつけるようにして置く夕顔。そのまっすぐな瞳に対し全身全霊で懸命に応えようとする少女もまた、音が聞こえるほどに勢いよく運命を決めるカードを引き抜いた。

「さあ来い、少女よ!ただしこのターンで俺のライフを削りきれなかった場合、俺は今伏せたエクシーズ・リボーンを発動し墓地のジャイアントレーナーを蘇生、さらにエクシーズ・リボーン自身をその素材とする。その熱血指導をもって少女よ、その熱血にとどめを刺そう!」
「……!いいえ師匠、その必要はありません!私は今、あなたを越えてみせます!」

 大胆な宣言を受けて夕顔はにやりと笑い、朝顔も興味深げにサングラスの奥の目を光らせる。その挙動に注目が集まる中、少女が動き出した。

「まず私は、守備表示にしたアドレイションを攻撃表示に変更します」

 V・HERO アドレイション 守2100→攻2800

「アドレイションを攻撃表示に……?」
「そして、一気にバトルフェイズに移行します。まずはクノスぺ2体で直接攻撃、熱血クノスペシャル!」

 主に影響されてか、その漫画チックな瞳の中に炎を宿した蕾のヒーロー2体がそれぞれ仁王立ちするアルティメットレーナーを左右から潜り抜けて夕顔に手痛い一撃を叩きこむ。

 E・HERO クノスぺ 攻900→夕顔(直接攻撃)
 夕顔 LP2300→1400
 E・HERO クノスぺ 攻900→1000 守900→800

「ちっ……」
「いいですよ、クノスぺ!そのままもう一撃です!」

 E・HERO クノスぺ 攻900→夕顔(直接攻撃)
 夕顔 LP1400→500
 E・HERO クノスぺ 攻900→1000 守900→800

 この瞬間夕顔の脳内で、あらゆる可能性へのシミュレーションが行われる。彼の実力は本物であり、そのカード知識もまだまだ才能の開花しきっていない少女に比べはるかに多い。
 まず最初に思い浮かんだのは当然、打点増強カードの存在。アルティメットレーナーを正面から超えてみせようというのだろう。ここまでの立ち合いから相手のデッキがやや変則的とはいえ【HERO】の範疇であることを理解した彼は、もっともそのデッキに入ることが多くなおかつアドレイションの打点をアルティメットレーナー以上に引き上げる2枚のカードに思い至る。
 まず1枚が、先ほどの話にも出ていたHEROの攻撃力をフリーチェーンで2500アップさせるオネスティ・ネオス。そしてもう1枚が融合モンスターの戦闘を行う攻撃宣言時に発動し相手モンスターの攻撃力をそのモンスターにそのまま加算する速攻魔法、決闘融合-バトル・フュージョンである。

「(だが、その2枚はないな)」

 思いついたものの、彼の頭脳はすぐにそれを否定した。理由は単純、前者であればクノスぺの攻撃にそれを使わない理由がなく、後者であったとしてもそれだけではこのデュエルを制することなど不可能なのである。
 それが彼の伏せたカードのうち1枚、エクシーズ・ソウル。発動時に彼の墓地に存在するエクシーズモンスター1体を選択し、そのランク1つにつき300もの全体強化を行うことのできるカードである。彼の墓地に存在するジャイアントレーナーを選択すれば、アルティメットレーナーの攻撃力は6200にまで上昇する。
 仮に少女がバトル・フュージョンを握っているとしても、発動タイミングが攻撃宣言時に限定されている関係上アドレイションの攻撃力は6600。これではアルティメットレーナーを倒すことはできても、その後ろに控えた夕顔自身のライフを削りきることはまだ不可能。

「(だが、あの目……)」

 その1瞬の間に、少女と目が合う。その目は嘘偽りなく本気であり、このターンで勝利を掴むという少女自身の自信のほどを何よりも雄弁に物語っていた。ならば、どうして出し惜しみする理由があるだろう?彼の腹は、そこで決まった。

「俺が戦闘ダメージを受けたこの瞬間、手札からBK ベイルの効果を発動!特殊召喚すると同時に、俺のライフを今受けたダメージの数値だけ熱血大回復する!」

 BK ベイル 守1800
 夕顔 LP500→1400

「さあ、これで俺のライフにはまだ余裕があるぞ!」

 その言葉を聞いて、しかし少女は……静かに、しかし会心の微笑みをその口元に浮かべた。

「ありがとうございます、師匠。私はこのターン、いくつかの賭けをしていました」
「何……?」
「ほう、面白そうな話だな。続けてくれ、嬢ちゃん」

 抑えきれない喜びが、その言葉の端々に出る。それは、勝利を確信した者に特有の現象。それを察知した朝顔が、後ろから油断ない目で催促する。

「アドレイションを攻撃表示とし、クノスぺでライフを限界まで削る……そうすれば、師匠は先ほどドローしたベイルを出す。まず、これが最初の賭けでした」

 それを聞いた2人の男が、同時にアルティメットレーナーの横に並び立つベイルへと目を向ける。そんな視線の動きと合わせるかのように、少女の声が続いた。

「そして2つ目は師匠がそのベイルをこうして、守備表示で特殊召喚するということ。私もこれは知っていましたが、エクシーズ・ソウルは全体強化のカード。つまり攻撃力が0のベイルであっても、ランク8のジャイアントレーナーを選択すればその数値は2700まで上昇する。それを狙う可能性も捨てきれませんでしたから、どちらかといえばこちらの方が分の悪い賭けでした」

 それは、どこかひとつが崩れればあっさりと瓦解する、一見すればごく小さな希望。それでもライフが追い込まれればベイルが回復のために出てくる、そして攻撃力0のベイルはいくら強化カードがあったとしても守備表示で呼び出される……それはすべて、きわめて合理的な戦術。だからこそ、少女はその目が出ることを信じた。
 ゆっくりと、少女が笑う。その微笑みに2人の様子を観戦していた朝顔は、ふとかつての同僚がよく見せた姿を思い出す。

「……ふん。巻の字直伝のポーカーフェイスか。通るわけない希望をなぜか予定調和のごとく押し通す、あれもそういう奴だった」

 その言葉通り、堂々たる態度でのハッタリを少女に教え込んだのは糸巻本人である。相手にこちらの自信を嘘でもいいから伝えることで勝手に深読みさせ、その思考をドツボにはまらせることでこちらの狙い通りの結果へと暗に誘導する。まさに彼女の得意としていた盤外戦術を、この1か月で少女の柔軟な脳と純粋な頭は乾いたスポンジが水を吸い取るかの如く吸収していた。
 もっとも、少女にとってもこの戦法を実践に使うのは初めてのことである。本人の気質からはかけ離れたこのような盤外戦術を、しかもぶっつけ本番で成し得たのはまさしく七宝寺が見出し、糸巻が感じた少女自身の持つ天性のセンスの賜物か。

「ありがとうございます、お姉様。お姉様のおかげで、またひとつ私は成長することができました。では師匠、参ります!」
「なにがなんだかわからんが、ああ来い!言っただろう、俺は逃げも隠れもせん!」

 その声に背中を押されるように、少女が1枚のカードを表に返す。それはピンポイント・ガードと共に1ターン目からずっと伏せられ、しかし使う機会のこれまで訪れなかったカード。満を持して、その力が牙をむく。

「トラップ発動、メテオ・レイン!このカードの効果によりこのターン、私の全てのモンスターは守備モンスターに対する貫通能力を得ます!」
「なるほど、それでベイルを叩くつもりか?だがアドレイションの攻撃力は2800、貫通で1000ダメージを与えようが……」
「さらに!手札から速攻魔法、フォーム・チェンジを発動します!」
「ほう……!」

 興味深そうに、朝顔が唸る。それこそが少女がこのターンに引いたラストドローであり、勝利へと続く奇跡の一本道を辿る最後のパーツだった。

「このカードは発動時に私のフィールドから融合HEROを1体エクストラデッキに戻し、戻したHEROと同じレベルで名前の異なるM・HERO(マスクドヒーロー)1体をマスク・チェンジの効果によるものとして特殊召喚します。戻りなさい、アドレイション……そして!」

 闇のヒーローがその名の通り幻影へと消えていき、深くて暗い影のみがその場に残る。主を失った影はしかし消えるどころかますます色濃くなり、その中央から硬質な光を反射し輝く細身の剣を握った1本の腕が伸びた。そして同じく硬質な仮面が、その全身が、青いマントが、影を通り廃図書館に飛び上がる。

「英雄の蕾、今ここに開花する。金剛の大輪よ咲き誇れ!変身召喚、レベル8。M・HERO……ダイアン!」

 M・HERO ダイアン 攻2800

 その攻撃力は、戻したばかりのアドレイションと同じ。しかし、この戦術には意味がある。少女のデッキのエースにしてフェイバリットカード、あらゆるカードの全てはその力を最大限に生かすために収束する。

「ダイアンでベイルに攻撃します。そしてメテオ・レインの効果により、貫通ダメージの発生です!」
「ぬぐ……ぬおおおっ!」

 M・HERO ダイアン 攻2800→BK ベイル 守1800(破壊)
 夕顔 LP1400→400

「この瞬間、ダイアンの効果発動です!このカードが戦闘でモンスターを破壊した時、デッキからレベル4以下のHERO1体をリクルートすることが可能となります。そして私が呼び出すのは、私のエースモンスター。最後のクノスぺを特殊召喚します!」

 E・HERO クノスぺ 攻800

「やっぱりな、嬢ちゃん」
「ここでクノスぺ……そういうことか、少女よ!」

 フォーム・チェンジを認識した時点ですでにこの結果を察していた朝顔にやや遅れ、夕顔も少女の狙いにようやく思い至る。そして、バトルフェイズ中に特殊召喚された蕾のヒーローは、当然まだ行っていない攻撃を行うことが可能。

「これが最後の攻撃です!クノスぺは場に自分以外のE・HEROが存在するとき、相手プレイヤーにダイレクトアタックできる……必殺コンボ、クノスペシャル!」

 クノスぺが走り、アルティメットトレーナーの股下を潜り抜ける。反応が遅れた1瞬の隙に、蕾の両腕はその後ろに立つ夕顔の体へと届いていた。

 E・HERO クノスぺ 攻800→夕顔(直接攻撃)
 夕顔 LP400→0





「や……やりました師匠、お姉様!」

 精神的プレッシャー、そして肉体的負担。大きく肩で息をしながらも、抑えきれない喜びに少女の目は輝く。パチパチパチ、とゆっくりとした拍手が響いた。

「おー、まさか本当に勝っちまうとはなあ。大したもんだ、嬢ちゃん。で、お前はいつまで寝てるつもりだ」

 その言葉に、クノスぺによる最後の攻撃で殴り飛ばされてからずっと床に寝転がっていた夕顔がむくりと上半身を起こす。

「痛つつ……見事だった、少女よ!よくぞ熱血魂をものにし、そしてこの俺をも超えた!少女よ、お前にはもう俺が教えられることはない。熱血免許皆伝だ!」
「なにがだ」
「ありがとうございます、師匠!」
「だからなにがだ……まあいいか」

 結局この2人の世界へのツッコミは放棄されたところで、朝顔がくるりと少女に背を向ける。

「それはそうとして、負けたものはしょうがないな。帰るぞ、夕顔。この件はこの勇気ある嬢ちゃんと、デュエルポリスに丸投げだ」
「ま、待ってくれよ朝顔さん!」
「阿呆。早くしないと……」

 そう言い終えるよりも先に派手な音が閲覧室の向こう、入り口付近から響く。まるで停止した自動ドアを叩き割ってこじ開けたような……というよりも、まさにそれそのものの破壊音。そしてワンテンポ置き不機嫌と苛立ち、そして焦りを隠そうともしていない女の声。

「ここにいるテメエら全員動くんじゃねえ、とっくに調べはついてんだ!家紋町デュエルポリス、糸巻太夫!証拠隠滅なんてくだらない真似、アタシが通すと思うなよ!」
「同じく家紋町デュエルポリス、鳥居浄瑠。現在時刻午後7時31分、これより強硬捜査に入る。これはデュエルポリスの権力に基づく正式な捜査であり、一切の反抗及び抵抗は現行犯として即時拘留の対象となることを宣言します。つーか糸巻さん、これぐらいの宣言自分でやってくださいよ。一応形式だけでも言っとかないとあとあと面倒なんすよ」
「うるせえ馬鹿、こちとら緊急事態だぞ。八卦ちゃーん、いるかー!?」
「お姉様……!」

 聞き覚えのあるその声に、少女の顔がぱあっと晴れやかになる。声の方向に走りだそうとするも、しかしその両足は少女の意志に反してうまく動かない。それでも無理に歩き出そうとするも数歩も進まないうちに両足から力が抜け、なかばその場に倒れるようにしてへなへなと座り込む。
 しかし、それも無理はない。先ほどまでは勝負に全神経を集中させ全身をアドレナリンが駆け巡っていたためにさほど感じてはいなかったが、一切の軽減がなされていない「BV」による3200ものダメージは、少女の体を確実に蝕んでいた。気持ちばかりがはやるもまるで言うことを聞かない体を床の上でもがかせる少女に、朝顔が一つため息をつく。

「ほらな。まあ思ったよりちょっと早かったが、おおむねこんなもんだ。巻の字には見つかるとめんどくさい、とっとと帰るぞ夕顔。と、そうだ。最後に嬢ちゃん、ひとつ伝言を頼まれてくれないか」
「伝言、ですか?」

 相変わらず起き上がることもできないまま、どうにか首だけを傾けてそちらに視線を向けて見上げる。すでに日は沈んでいるにもかかわらず付けっぱなしのサングラスに隠れその目の中の感情を窺うことはできないが、男はああ、と頷いた。

「巻の字に伝えといてくれ。信じようが信じまいが勝手だが、今回の幽霊騒ぎに俺らは一切関与してないからな。むしろ誰の仕業なのかがかわからねえから、こうして調べてこいなんて上に使われてんのよ。んで今回俺らは、嬢ちゃんとのアンティに負けたから大人しくこの件からは手を引かせてもらう。協力する気はないが邪魔する気もないから、まあデュエルポリスの方で頑張っといてくれ、ってな。ほれ行くぞ、夕顔。そろそろ巻の字なら焦れて踏み込んでくる」
「応!さらばだ少女よ、俺とお前の熱血魂、もし縁があればまた会おう!」
「はっ、やめてやれよ夕顔。嬢ちゃんにとっちゃ、俺らとなんざもう会わない方がいいに決まってるさ。じゃあな嬢ちゃん、いいデュエル見せてもらったぜ」

 その言葉を最後に2人は身を翻し、糸巻の怒声が聞こえた方向とは反対側へと姿を消す。彼らの気配を感じられなくなってからわずか数秒後、どたどたと足音を響かせながら怒り狂った赤髪の夜叉が戦場の跡へと飛び込んできた。

「アタシを無視たぁいい度胸じゃねえか、その喧嘩買っ……八卦ちゃん!」

 荒っぽい言動とは裏腹に、踏み込むや即座に閲覧室全体のクリアリングを行う糸巻。そんな彼女が真っ先に目にしたものは閲覧室の真ん中にある明らかに人為的に机や椅子をどけて作られた不自然な空間と、その中央で倒れ込み彼女の方へ向き直ろうともがいている少女の姿だった。

「ちょっと糸巻さん、だから踏み込むの早いですって!施設封鎖もまだ終わってないんすよ!?」

 遅れて飛び込んできた鳥居もまた、倒れた少女と駆け寄る女上司の姿を目にする。
 そして、肝心の少女はといえば。見慣れた2人の顔を見て、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか。自分は助かったのだという実感が、ようやくその身に湧き上がったのか。堪えきれないほどの感情がその小さな胸のうちでいっぺんに爆発し、その視界がにじむ。息が詰まり、呼吸が熱くなる。
 ……そして。

「う、うぐ、ううう……」
「おい、八卦ちゃん?」
「う、うわーーん!お、お姉様ー!ごべんなざい、わだし、私ーっ!」

 軽々と自分を抱き上げた赤髪の豊かな胸にしがみつき、普段の彼女らしくもなく全力で泣きはらすのだった。 
 

 
後書き
夕顔のセリフ回しに関しては私の頭の中で宮野プロが大暴れしてました。ランクアップ合わせて同系統モンスターに5回も別の口上考えるの結構大変なんだぞ。でも1話丸々熱血指導回はわりとやりたかったことのひとつなのでとりあえずは満足です。
……それはそうと、今回は久々の八卦ちゃん回ということで割と彼女のやりたいように動いてもらったのですが。その結果なぜかやたらとお姉様LOVEっぷりが前面に出てきましたが、これ百合タグ付けたらさすがに怒られるかなあ。 

 

ターン11 鉄砲水の襲撃者

 
前書き
……まあ、うん。このタイトルを見た方の一部には、この回で私が何をしたのか既に察した人もいるでしょう。

前回のあらすじ:熱・血・指・導。 

 
「だいたいだ、この馬鹿!」
「すみませんでした、お姉様……」

 時刻はすでに、完全な夜。今なお明かりの灯る非常灯が照らす緑色のわずかな光とそれ以上の圧力を持った圧倒的な暗闇の中には、3つの人影。そのうちひとつはうっすらと埃の積もる床に正座し、ひとつはその影を上から見下ろすようにいらいらと動き回りながら立っている。最後のひとつはそんな2人からはやや距離を取り、適当な机に腰かけて暇そうに足を揺らしていた。
 それが誰である、などとは問うまでもない。正座して甘んじて説教を受ける八卦とその説教の主体である糸巻、そして適当な段階でフォローに入ろうと様子を窺う鳥居である。結局先ほどまでこの場所にいた2人のテロリスト……朝顔と夕顔のコンビに逃げ切られた彼女らは、いまだ痛みと疲労から体の動かない少女の元へと事情を聴き出すために戻ってきたのだった。
 自らの自由を賭けたアンティデュエルと、その結末。開いた口が塞がらない思いでその話を聞き終えた彼女たちは、わずかな沈黙ののち……こうして、説教の時間が続いている。

「確かにアタシも不注意だった。そもそもこの幽霊騒ぎの地図、アタシに渡したのの他にコピーがとってある時点で八卦ちゃんも正直、どっかで1回は来る気満々だったってことだもんな。それに気づけなかったのはアタシの責任でもある」
「は、はい……」
「はいじゃない!」
「わあ理不尽」

 いかにもやる気なさそうに入れられる鳥居の茶々に気勢を削がれながらも、目の前でしょぼんと座り込む少女を改めて見下ろす糸巻。この忠犬のような少女に尻尾が生えていれば、今はべったりと地面に垂れ下がっているだろうことは容易に想像できるだろう。

「今回は確かに、八卦ちゃんが勝ったかもしれない。だけどな、勝負なんて所詮は時の運だ。どれだけ実力差があろうとも、絶対に勝てる相手なんてどこにだっていやしない。まして八卦ちゃんの今日の相手は、道は違えどアタシと同じその道のプロだったんだろ?どれだけ自分が危ない橋渡ったのか、頭冷やしてもう1回考え直してみな」
「はい……」

 しょんぼりとうつむく少女。そんな彼女の頭に、糸巻の大きな手がポン、と優しく置かれる。

「え?あの、お姉様?」
「はい終わり、ここまでがデュエルポリスとしてのアタシからの話。で、だ。こっからはデュエリスト、糸巻太夫として話をしようじゃないの。まず、アタシから言えることはひとつ……よく頑張ったな、八卦ちゃん。さすが、アタシの妹分だ」
「お、お姉さ……」

 ぐるりと殺風景な廃図書館の内部を見渡し、その頭を撫でる手に力がこもる。おずおずと見上げた先の見たこともないような優しい微笑に、少女は自分の頬が意図せず熱くなるのを感じた。

「『BV』は初めてだったんだろ?しかも、こんなひとりぼっちの場所で。痛かったよな、辛かったよな。よく頑張った。本当に、よく頑張った」

 何か言おうとして口を開けるも、胸が詰まって言葉は何も出てこない。わけもなく胸が、頬が、そして目頭が我慢できないほどに熱く火照り、潤んだ視界がぼやけ……それでもなお、目の前にいる彼女の赤い髪色だけがただ鮮烈にその目に映る。つう、と一筋の涙が、ようやく乾いてきたその頬を再び流れ落ちた。そんな様子に糸巻はおいおいと苦笑し、固まった少女をその胸元に引き寄せてできるかぎり優しく抱きしめる。
 ちなみにその後ろで鳥居は、「あ、これ堕ちたわ」と冷めた目を送っていた。

「……」
 
 この糸巻太夫という女、現役時代においては男性よりもむしろ女性ファンの方が多かったことでも当時のデュエリストからは知られている。テレビ中継には親衛隊が黄色い声援を飛ばす様子がしょっちゅう映り込み、バレンタインには並の男プロよりうず高く積まれたチョコレートの山が積みあがる。ひとたびインタビュー等で何かが欲しいと呟こうものなら、その翌日には熱烈なラブレターと共に各地から最高級品が送られる。普段の性格からは想像もつかない時たま見せる優しさのギャップは、スキンシップを特に意識しないその気性も相まって数多の女性を虜にしてきた。そして恐ろしいことに、それだけ見境なしに堕としておいて本人には全くその気がない。そう、ちょうど今のように。
 赤髪の夜叉がかつて無自覚系女たらしとまで言われていた所以を現在進行形で目の当たりにし、貴重なものを見たと心の中で手を合わす。

「なんつーか、糸巻さん」
「ん、なんだ?」
「……いえ、なんでもないっす」

 よほどその口から出ようとしていた「でも厳しくしてから急に優しくするのって女たらしってよりかはDV夫のやり口ですね」などという言葉を寸前で呑み込む程度には彼は賢明であり、また自分が大事でもあった。

「妙なやつだな。さて、アタシらも帰るとするか。今日はもう遅い、とりあえず出直しだ。八卦ちゃん、そろそろ離れてくれると嬉しいんだが」
「えへへー。お姉様柔らかくてあったかいです~……」
「デレッデレじゃないですか。よかったですね糸巻さん、ひゅーひゅー」
「あのなあ……鳥居、お前がアタシ馬鹿にしてる時の煽り方ってなーんかいっつも雑なんだよなあ。あ、こら八卦ちゃん、どこ触ってんだちょっと!?」
「ふえっ!?え、あ、し、失礼しましたお姉様っ!つ、つい……」
「つい!?」

 雑に羽織っただけで前も留めていない制服の下、薄手のシャツ越しにその存在感を強く主張する彼女の双丘。しがみついて泣きはらすところまでは許容できても、さすがに直接まさぐるのはいくら彼女であってもNGらしい。しかし慌てて手を放して頭を下げた少女の目に、その顔がほんのかすかに赤くなっていたように見えたのは光の加減だっただろうか。その真相は、ただ彼女本人のみが知る。
 しかし、大量のお姉様成分のドーピングによりようやく力が入るようになってきたその足で立ち上がろうとした少女の動きはまたしても途中で止まる。熱血指導のインパクトでいつの間にやら頭からすっ飛んでいた、そもそもの自分がここに来た理由を今になって思い出したのだ。

「あのお姉様、それに鳥居さんも。すみませんがもう少しだけ、私に時間をくれませんか。私は確かに、ここで女の子の幽霊さんを見たんです」

 決意を秘めたその言葉に、デュエルポリス2人がなんとも言えない表情で顔を見合わせる。この件にテロリストと「BV」の関与がないことをまだ少女から聞いていない彼女たちにとってはこの幽霊騒ぎそのものが薄汚れた欲望にあふれる茶番、幽霊の正体も実体化したブレイクビジョンでしかない。これ以上この件に首を突っ込ませたところで、子供には刺激が強すぎるだろうという考えあってのことだ。
 だが結局、大人2人が少女の満足のいく答えを返すことはなかった。閲覧室の端の方から、落ち着いた調子の少年の声が響いたのだ。

「申し訳ないけど、それは勘弁してほしいかな。ちょっとばかし厄介なことになっててね、今はあの子を下手に刺激してほしくないのよ、これが」
「誰だ!」
「!?」

 突然の第三者に対し、その場にいた3人のとった反応は様々だった。咄嗟に振り向いて臨戦態勢となると同時に少女の手を取り自分の背中側に引っ張り込んで防御姿勢も同時にとる糸巻に、不意打ちに対しフリーズしてしまい対応の遅れる八卦。
 そして唯一手の空いていた鳥居が、そんな女性陣の前にゆらりと立ち上がる。

「……いつから、そこにいた?」

 いつもの軽い態度は鳴りを潜め、ドスの利いた低い声で本棚の向こう側、声の聞こえた暗闇の中に問いかける鳥居。普段見慣れていたうだつの上がらない苦労人としての彼とはあまりに違うその調子に、少女が小さく息をのむ。あるいは、これも彼の得意とする演技の一環なのかもしれない。いずれにせよその声に応え、足音と共に声の主は現れた。

「どうどう、そう怒りなさんな。で、いつからだっけ?そっちの子がデュエルするちょっと前ぐらいからかな。さすがにまずそうだし負けたら止めとこうかとは思ってたけど、普通に勝っちゃったからすっかり出そびれてね」
「アンタ……」
「あなた、確か……」

 暗闇から出てきたのは黒目黒髪の、姿だけ見ればせいぜい15、6程度の少年。しかしその雰囲気はまだ子供らしさの残る顔立ちからは不自然なほどに大人びており、実年齢はまるで読めない。見方によっては外見相応にも、あるいはそれよりも10も20も年上にも捉えられる。
 そして糸巻と八卦の2人には、この少年に対して見覚えがあった。あれは、彼女たちが最初に出会った日。カードショップ七宝に訪れた糸巻がすれ違った、それよりも前に店に来ていた少年。あの時は外見相応に見えたそのにこにこと人懐っこい笑みは、暗闇の中で影が差した結果その見た目のアンバランスさを余計に強調しなんとも怪しいものに見えた。

「はーい、そっちの2人は久しぶり……ってほど認識もないか。なんでもいいけどとりあえず、今日のところは帰ってくれると僕としては大変嬉しいかな。説明しろってんならやってもいいけど、とりあえず今は立て込んでるから次にして、次に」

 どこかのんびりとした口調ではあるが、少年はそれなりに真剣な顔である。だが糸巻が何か返すより先に、鳥居が1歩進み出る。

「悪いが、そうはいかないな。俺らも仕事で来てるんだ、胡散臭いガキの言うこと聞いて帰ってきましたじゃ話にならん」
「あ、やっぱり?」

 その返事も想定内なのか、特に気にした風もなく肩をすくめる少年。これに関しては、糸巻も同意見だった。面識と呼べるものがあるかどうかすら怪しい通りがかり程度の少年の言葉と、近辺に集まる状況証拠の数々。さすがにここで引くという選択肢は、デュエルポリスとしては論外でしかない。
 それであってもなお、糸巻が動かなかったのには理由があった。それが目の前の年齢不肖な少年からかすかに感じる、得体のしれない何かだった。全盛期に比べれば錆びついているとはいえかつて培ったプロとしての本能が、この男は危険な相手だと警鐘を鳴らす。自分だけなら笑い飛ばして喧嘩を売るのもいいが、この部下は?そしてデュエルポリスですらない、巻き込まれただけの妹分は?背中に庇う少女の手を握る腕に、ぐっと力がこもる。

「んー、じゃあこうしましょ。申し訳ないけど、今はちょっと本気で立て込んでるからね。誰でもいいけど、僕とデュエルして決めようじゃない。さっきはなかなか面白い話を聞かせてもらったけど、アンティルールの拡大解釈ってやつ。僕が勝ったら、悪いけど今日のところは退いてもらうよ。そっちが勝てば……まあ、僕も含めて好きにすればいいよ」
「条件に差があるな、随分と余裕じゃないか」
「そりゃ僕だって、自分が無茶言ってる自覚はあるもん。勝負仕掛けてるのもこっちなんだから、条件ぐらいは譲歩しとかないと申し訳ないでしょ」

 あっさりと告げるその表情からは、相手を馬鹿にするどころか本当に申し訳なさそうに思っている様子が読み取れる。だが逆に言えば、これはこの少年にとっても最大限の譲歩ライン。これ以上の好条件を引き出そうとしても、もはや首を縦に振ることはないだろう。そのあたりの駆け引きは慣れたものな糸巻が視線を向けると、わずかに振り返った鳥居も同じことを考えていたらしくそれを受けて小さく頷く。

「俺が相手になろう。それでいいな?」
「オーケイ、そうこなくっちゃ。ここに来てから初めての実戦なんだ、楽しいデュエルと洒落込もうじゃないの!」

 デュエルディスクを展開すると同時にさらに1歩前に出て、後ろの2人との距離をさりげなく広げる鳥居。それに対してにやりといたずらっぽく笑った少年がその左手首に付けていた青い腕輪に手をかけると、かすかに光ったそれが音もなく展開される。一体どのような素材からできているのか、半透明な膜のようなものが発生したのだ。よく目を凝らすとその膜は常に流動を続けており、少なくとも液体であることがわかる。

「なんですか、あれ……?」

 八卦の呟きは、この場の全員の気持ちを代弁していた。なるほど確かに、あの腕輪の変形したその姿はシルエットだけ見ればデュエリストの必須アイテム、デュエルディスクに酷似している。だが、その姿は例えるならば色違いモンスター、ホーリー・エルフとダーク・エルフほどになにもかもが違う。
 そして重要なのは、かつてプロとしてデュエル界の最先端を突っ走っていた糸巻。そして子役時代からあちこちで演劇デュエルを繰り返し、その都合上デュエルディスクの開発会社ともコネが強かった鳥居。デュエル用のアイテムに関してはスポンサーからの試供品等でかなり詳しい知識を持つはずの両者ともに、あの腕輪から展開するデュエルディスクは見たことがない品だという点だ。
 ……やはり、この男は何かが怪しい。意見が一致した鳥居が、警戒をより一層色濃くする。そして視線を自らのデュエルディスクに向ければ、問題なく相手のそれと同期したとの情報。どんな代物なのかはともかく、内部処理的には正規品と変わらないもののようだ。そして表示される、自分が先攻を取ったことを告げる表示。

「……ゴホン。『それではお集りの皆様方……とはいえ、今宵の観客はあいにくと数が少ない模様。しかし世の中には少数精鋭との言葉もございます、願わくば皆様方がそうでありますように』」

 目がぱっちりと開き、背筋も伸び、優雅に深々と一礼する。少年はいきなり態度の豹変した彼の様子にやや眉をひそめるが、特に何も言うことなく自らのデュエルディスクを構える。

「「デュエル!」」

「『それでは私の先攻、普段であれば目くるめく演劇の世界へとご招待するところですが、どうやら本日のお客様はいささかお急ぎの用がある模様。とあらば今回は少々趣向を変え、私としてもやや珍しい異色の演目。ワンターンキルの妙技をば、お目にかけると致しましょう』」
「ワンキル?」
「鳥居の奴がワンキルか、確かに珍しいな」

 不穏な単語に反応する少年と、感心したように呟く糸巻。その後ろで少女は初めて見る上級者同士の戦いに引き込まれたのか、食い入るようにデュエルの流れを見つめていた。

「『まずはメイン1の開始時に魔法カード、強欲で金満な壺の効果を発動。このターン他の方法によるドローが不可能となるかわりに、エクストラデッキからランダムにカードを6枚まで裏側で除外することでその数3枚につき1枚のドローを行います。上限いっぱいの6枚をコストに、2枚ドロー!そしてライト(ペンデュラム)スケールにスケール7、舞台を回す転換の化身。魔界劇団カーテン・ライザーをセッティング!そしてカーテン・ライザーはデュエル中に1度のみ、私のフィールドにモンスターが存在しない際にそのペンデュラム効果によりフィールドへとたった1人の演者として舞い降りることが可能となります。カーテン・オン・ステージ!そしてカーテン・ライザー以外のモンスターが私のフィールドに存在しないことで、その攻撃力は1100ポイントアップ!』」

 赤と黄色のカーテンに顔と手足が生えたようなモンスターが鳥居の右側に立った光の柱の中に浮かび上がり、そうかと思えばそこから飛び出してその体をパラシュート代わりにふわふわと地面に降りる。

 魔界劇団カーテン・ライザー 攻1100→2200

「おー……!これが、これがペンデュラム!」

 一方、まるで最初に火を見た原始人のような驚きもあらわにフィールドを見つめるのが対戦相手の少年である。まるでペンデュラムカードを初めて目にするかのようなその新鮮な反応に、糸巻ばかりか八卦までもが怪訝な顔つきとなった。ペンデュラムカード自体は珍しくもなんともなく、その使い手も別に絶滅危惧種というわけではない。考えられるのはこの少年が完全なデュエル初心者でありソリッドビジョンなど見たこともないというパターンだが、それだと糸巻と鳥居が感じたあの得体のしれない威圧感の説明がつかない。アタシの勘も錆びついたかと首をひねる糸巻だが、どちらにせよ鳥居に手を抜くつもりはない。

「『魔法カード、簡易融合(インスタント・フュージョン)を発動。私のライフ1000ポイントをコストとし、エクストラデッキに眠るレベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いで特殊召喚いたします。暗夜に羽ばたく自由の翼、LL(リリカル・ルスキニア)-インディペンデント・ナイチンゲール!』」

 LL-インディペンデント・ナイチンゲール 攻1000→1500
 魔界劇団カーテン・ライザー 攻2200→1100

 青を基調とした暗い色の羽毛に身を包む、女性的な風貌の鳥人。一見すると彼の【魔界劇団】とは一見シナジーが皆無なようにも見える……だが、それはあるカードの存在を考慮に入れなければ、の話である。

「『彼女の攻撃力は、常に自身のレベル1つにつき500ポイントアップ。それではまずは挨拶代わり、彼女のさえずりをお聴きいただきましょう。インディペンデント・ナイチンゲールの効果発動!このカードは他のカード効果を受け付けず、1ターンに1度自身のレベルの500倍ものダメージを相手に与えます。このカード本来のレベルは1、ラピスラズリ・ノクターン!』」
「く……!」

 ナイチンゲールがその両翼を口元にやり、空気をつんざくような音の衝撃波を放つ。

 ??? LP4000→3500

「『そして歌い終えた気まぐれなる青い小鳥は、再びまだ見ぬ空へと飛び立ってゆきました。私はレベル1のインディペンデント・ナイチンゲールを、真下のリンクマーカーにセット!』」
「リンクマー……?あー!なるほどわかるわかる、これが噂のリンク召喚ってやつね!」

 空中に浮かび上がった8つの矢印に囲まれる陣と、そのうち真下の矢印に渦となって吸い込まれる鳥人。なるほど、確かにペンデュラムを見たことがないというのはまだ納得がいかなくもない。デュエリストの人口が減っているのは間違いない、少年が純粋にデュエル歴の浅い素人だとすればあり得なくもない話だ。だが、リンクモンスターはエクストラデッキを扱うのならば実質的に必要不可欠ともいえる存在。それすらも使ったどころか見たことすらないというのは、いくらなんでも無理がある。
 彼女等にとっては見慣れたリンク召喚の演出を純粋なキラキラとした目で見つめて外見年齢相応な子供のようにはしゃぐ少年の姿に強い違和感を覚え、糸巻はそっと後ろにいる八卦に問いかけた。

「なあ八卦ちゃん、アイツ七宝に来た客だったんだろ?その時はなにしてたんだ?」
「えっとですね、おじいちゃんからデュエルモンスターズのルール……特にペンデュラムやリンクについて聞いてました。儀式、融合、シンクロ、エクシーズはよく知っているみたいなので、私も変だなとは思っていたんですが……」
「なんだその半端な知識。融合シンクロエクシーズは知ってるのにリンクは知らない?ますます胡散臭いな」

 小声の情報交換は、この距離なら聞こえないはずだった。まして目の前では今まさにリンク召喚が行われ、それなりに音も出ている状況だ。だが少年はふとそちらに顔を向け、片目をつぶってわざとらしく肩をすくめてみせた。まるで彼女たちの会話がすべて聞こえたうえで色々あるのさ、といわんばかりに。

「『おっと、公演中に余所見ですか?リンク召喚、リンク1!データの海へと潜る矢印、リンクリボー!』」

 リンクリボー 攻300

「リンクリボー……」
「定番だな。と、くればお次は、だ」
「『通常召喚。酸いも甘いも知り分けた古老、魔界劇団-ダンディ・バイプレイヤー!』」

 魔界劇団-ダンディ・バイプレイヤー 攻700

 次いで召喚されたのは、トランペットを手にした豊かな白髭の持ち主である小柄な老人。本来このモンスターはステータスも効果もお世辞にも戦闘向きではなく、コンボ前提のカードである。だがそれはあくまでも通常は、の話である。

「『さあさあ皆様お立会い。これよりお目にかけますは、無から有を生み出す稀代の召喚術。かたやカーテン・ライザー、そしてかたやダンディ・バイプレイヤー。彼らはともに、その代わりのいない唯一無二の効果を持つ私の演者たち……ですが、あくまでも単体ではただのモンスターにすぎません。しかしそんな彼らが一堂に揃う時、紫毒の竜牙がその目を覚ますのです。私のフィールドに揃いし闇属性ペンデュラムモンスター、カーテン・ライザーとダンディ・バイプレイヤーをともにリリース!』」
「ペンデュラムモンスターをリリース……?」
「やーっぱりな」

 2体の魔界劇団が飛び、空中でひとつの渦となって溶け合い混じりあう。そしてその渦中から、全く新たな姿となったドラゴンが現れる。
 鳥居の【魔界劇団】は本来、メインデッキのペンデュラムカードだけでも十二分の戦闘力を誇るカテゴリである。しかしエクストラデッキに「頼らなくてもよい」のと「頼らない」のには天と地ほどに違いがある。いかなる場合も柔軟な発想を持ち、あらゆる局面に持てる手札と力を存分に使い対処する。それは一見すると当たり前のことを言っているだけのようだが、基本的なことだからこそそれを守ることが彼なりの美学であった。

「『この方法をとることで、このカードは融合魔法なしでの正規召喚が可能となります。融合召喚、千の顔持つ蟲毒の竜!覇王眷竜スターヴ・ヴェノム!』」

 かつての閲覧室に積もった埃を巻き上げつつ、紫の竜がその両足で床を踏みしめる。微かに発光する明るい緑色のラインを全身に走らせたその竜は、しかし同じスターヴ・ヴェノムの名を持つスターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴンよりは全体的にやや小柄な印象を持つ。その特徴である全身に実る果実のようなエネルギーの塊もあちらと比べると明らかに少なく、異様に長い蔦のような尾もやはりあちらと比べ短い。
 しかしその小柄さは、決して両者の間の力の差を感じさせるものではない。全身を小さくまとめることで余分なパワーを削ぎ落し、より小回りとスピードに特化した変種といった佇まいすらも感じさせる。

 覇王眷竜スターヴ・ヴェノム 攻2800

「『それではいよいよクライマックス、スターヴ・ヴェノムのその力を今こそ開放いたしましょう!スターヴ・ヴェノムは1ターンに1度、互いのフィールドまたは墓地に存在するモンスター1体を選択することでそのターンの間だけ選んだモンスターの名前と効果を我が物とし、さらに私のモンスター全てに貫通能力を付与いたします。私が選ぶのは当然、私自身の墓地に存在するインディペンデント・ナイチンゲール。ペルソナ・チェンジ、インディペンデント・ヴェノム!』」

 紫毒の竜が吼え、茨のような無数の触手を背中から一斉に伸ばす。触手は突如として空中に開いた冥界へとつながる魔方陣に吸い込まれ、その先ですでに墓地へと送られた青い小鳥を絡めとった。触手を通じてその生体情報は貪欲なスターヴ・ヴェノムへと流れ込み、掲げたその片手にはそのデータをもとに再現された、鳥の顔を模した仮面が浮かび上がる。
 スターヴ・ヴェノムのレベルは8、これが通りさえすればカードの効果を受け付けず、攻撃力は6800。しかも毎ターンメインフェイズに致死量もの4000バーンを無造作に放つ恐るべきコンボが成立する。だが勝ちを確信した彼の耳に、少年が動くさまが見えた。

「とんでもないコンボだ……でもその仮面を被る前、今この瞬間なら効果が通る。幽鬼うさぎの効果発動!既にフィールドに存在するカードが効果を発動した時、このカードを捨てることでそれを破壊する!派手にやっちゃって、うさぎちゃん!」

 瞬間、銀色の閃光が走った。1度ならず2度、3度と、今まさにその仮面を装着しようとしていたスターヴ・ヴェノムの体を断ち切るかのように硬質な輝きが尾を引く。
 そして次の瞬間、その手にした仮面が最初に走った銀の軌跡に従うように2つに割れた。次いで、2番目に走った銀の軌跡によって無数の触手が一斉に断ち切られ、拘束から解き放たれて再び自由を手にした青い小鳥の体が力なく墓地へと帰っていった。さらに3度目、4度目の軌跡が残した残光に従うかのように紫毒の竜の体が切り裂かれ、切断面からゆっくりと別れていく。
 そして勝利の咆哮は断末魔の呪詛へと代わり、大地に倒れ込んだ竜の頭部に駄目押しのように凄まじいスピードで飛来した鎌が深々と突き刺さった。その投擲主は、和装に身を包み霊魂を従える銀髪の少女。竜の瞳から完全に生気が消えたことを確認した少女は、自らの主たる少年に対したった今見せた鬼気迫る攻撃とは裏腹に小さく微笑むと、儚げに手を振って消えていった。

「『幽鬼うさぎ……まさか握っていたとは』」

 失敗した、そんな思いを込めて呟く鳥居。先攻1ターン目からパーツの揃った今のワンターンキルを止める手段は、数あるデュエルモンスターズのカードの中でもかなり限られている。スターヴ・ヴェノムそのものを無力化するエフェクト・ヴェーラー、インディペンデント・ナイチンゲールを墓地から引きはがすD.D.クロウ、効果ダメージへのメタとなるライフ・コーディネーター……いずれにせよごく一部の手札誘発のみであり、カードパワーはともかく現環境においてサイドデッキならばまだしもメインからの投入率はどれもお世辞にも高いとはいえない。そしてその中の1枚が、まさに今仕事をした幽鬼うさぎである。

「僕が握ってたんじゃない、基本的にこの子はいい子だからね。僕を助けに来てくれたのさ」

 そう茶目っ気たっぷりに笑って返す少年が、そっと幽鬼うさぎのカードを指で撫でてから墓地へと送る。今のワンターンキルが失敗したことで鳥居の場に残るモンスターはリンクリボー1体のみ、そして手札も残るは3枚。しかし、それで終わらないのが鳥居浄瑠という男の本領だった。

「『ならば演目変更、今こそ我々魔界劇団の底力を見せる時。ライトPゾーンにスケール0!世界が誇る我らが歌姫、魔界劇団-メロー・マドンナを……そして対となるレフトPゾーンにはスケール9、まばゆく煌めく期待の原石!魔界劇団-ティンクル・リトルスターをセッティング!』」

 彼の両端に立ち並ぶ光の柱。0と描かれた数字の上では黒衣の歌姫がその髪をなびかせ、9と描かれた側ではサイズが大きいのかずり落ちてきた三角帽子を少女の演者が持ち上げる。

「『メロー・マドンナのペンデュラム効果発動!私のライフを1000支払うことで、デッキから更なる魔界劇団1体サーチいたします。ただしこの効果の発動後、私はターン終了まで魔界劇団以外の特殊召喚が不可能になるデメリットを受けますが』」

 鳥居 LP3000→2000

「なるほど、それで今のワンキルコンボを先にやったわけね」
「『ご明察。それではいよいよお楽しみ、ペンデュラム召喚とゆきましょう!セッティングされたスケールは0と9、よってレベル1から8の魔界劇団が同時に召喚可能!ペンデュラム召喚、まずはエクストラデッキより、魔界劇団カーテン・ライザー!』」

 リンクリボーのマーカー先に、先ほどリリースされたカーテン・ライザーが帰還する。しかし、この場で呼び出された演者はそれだけではない。その隣にもう1人、彼にとっても代表カードたる魔界劇団の顔が呼び出される。

 魔界劇団カーテン・ライザー 守1000

「『そしてやはり、彼の存在なくして私のデュエルは語れません。栄光ある座長にして永遠の花形、魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

「1度に2体のモンスターを……しかも1体はエクストラデッキから?なるほど、これがペンデュラム……」
「『そうですとも、素晴らしいでしょう?ビッグ・スターの効果発動!1ターンに1度デッキから魔界台本を1冊選択し、このフィールドにセットします。ここまでの展開で私のライフも少々減りすぎてしまいました、ここでひとつ息を整えると致しましょう。たった今セットしたこのカード、魔界台本「オープニング・セレモニー」。これより開演いたします!』」

 ビッグ・スターが空中から飛んできた分厚い台本を掴み、素早くパラパラと目を通す。最後のページをめくり終えたその瞬間、フィールドで花火が爆発した。カラフルなバルーンアートがひとりでに浮かんで宙を舞い、色とりどりの光の模様が閲覧室に浮かんでは消えていく。その中央ではビッグ・スターとカーテン・ライザー、そしてリンクリボーが歓迎のポーズをとっていた。

「『オープニング・セレモニーはその効果により、私のフィールドに存在する魔界劇団モンスター1体につき500のライフを回復いたします。該当カードはビッグ・スター及びカーテン・ライザーの2体、よって私が得るライフは1000!』」

 鳥居 LP2000→3000

 これでライフこそ3000まで持ち直したものの、やはり頼りない布陣であることに変わりはない。しかしすでに手札も残り1枚、これ以上打つ手もないのが事実。胸をよぎる一抹の不安はおくびにも出さず、ゆっくりと一礼する。

「『永続魔法、暗黒の扉を発動。このカードが存在する限り、互いにバトルフェイズにはモンスター1体のみでしか攻撃をすることができません。私はこれでターンエンドです。さあ、そちらの力を見せていただきましょう』」
「よしきた。せっかく面白いものを見せてもらったんだ、ここで引くのはあり得ないね。僕のターン、ドロー!」

 この場にいる3人の視線が、一斉に少年に集中する。それに気づいているのかいないのか、楽しげな微笑を浮かべて少年がカードを繰り出した。

「僕はまず魔法カード、妨げられた壊獣の眠りを発動!場のモンスターをすべて破壊し、デッキから壊獣2体を選択して互いの場に攻撃表示で特殊召喚する!」
「おいおい、いきなりの初手ぶっぱか?派手な真似するじゃねえか」
「『リセットカード……!』」

 破壊の嵐がすべてのモンスターを巻き込んで吹き荒れ、全てのモンスターが消えたフィールドへと我が物顔で現れた壊獣が対峙する。

 壊星壊獣ジズキエル 攻3300
 海亀壊獣ガメシエル 攻2200

「これでよし。手札の白棘鱏(ホワイト・スティングレイ)は、手札から別の水属性モンスター1体を捨てることで特殊召喚できる。グレイドル・イーグルを捨てて、このカードを特殊召喚」

 最初に少年が選んだカードは、純白のエイのような姿のモンスター。そして捨てたモンスターがグレイドル・イーグル。ここまでで2人のデュエルポリスは相手のデッキを【水属性】系統だと当たりをつける。

 白棘鱏 攻1400

「そして相手フィールドにモンスターが存在し、僕のフィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体のみが特殊召喚されたこの瞬間。速攻魔法発動、地獄の暴走召喚!」
「『しまった、このコンボは……!』」
「僕はこの発動トリガーとなった白棘鱏を手札、デッキ、墓地から可能な限り攻撃表示で特殊召喚する代わりに、相手もまたそのフィールドに存在するモンスターと同名モンスターを可能な限り手札、デッキ、墓地から特殊召喚できる。でも、それが成り立つことはあり得ない。なぜなら……」
「『私のフィールドに唯一存在するそちらから押し付けられた壊獣カードは、いずれもフィールドに1体しか存在できない特性を持つ。仮に私のデッキにガメシエルが入っていたとしても、すでに1体が存在している以上追加召喚は不可能、ですか』」
「ご明察。こっちが一方的に展開させてもらうよ、白棘鱏!」

 白棘鱏 攻1400
 白棘鱏 攻1400

「さっきお手本を見せてくれたのには礼を言っておくよ。僕は水属性モンスターの白棘鱏2体を左、及び真下のリンクマーカーにセット!」
「リンク召喚、か。確かあの向きで水属性縛りは……」

 いつの間にかちゃっかり咥えていた煙草をふかしながら、糸巻が目を細める。すでに彼女の目には、このデュエルの結末が映っていた。もちろんまだ勝負はわからないとはいえ、なんとなく予感がした。今回は鳥居の、ひいてはアタシらの負けだろう。

「千波万波を揺りかごに、水面に踊れ南海の乙姫!リンク召喚、リンク2!海晶乙女(マリンセス)コーラルアネモネ!」

 右と下に2か所のマーカーを持つそのモンスターは、スカートと袖の端からそれぞれ延びるその名前の由来ともなったイソギンチャクの触手めいた意匠のドレスを身にまとう茶髪の女性型モンスター。しかし自分で呼び出しておいて、一番感動しているのはなぜか当の少年本人であった。

「なるほど、これがリンク召喚、ね。それでこの……エクストラモンスターゾーン、だっけ?最初はここにしか呼び出せない、と。オーケーオーケー、シンクロやエクシーズの時も思ったけどやっぱり実戦で覚えるのが一番早いね、こーいうのはさ。ん?ごめんごめん脱線してた、それじゃあ続きと洒落込もう!コーラルアネモネの効果発動!1ターンに1度、自身のリンクマーカー先に墓地から攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を蘇生する。甦れ、白棘鱏!そしてこのカードは墓地から蘇生した時、このターンの終わりまで自身をチューナーとして扱うことができる」

 白棘鱏 攻1400

「『チューナー……シンクロ召喚か!』」
「その通り。レベル4の白棘鱏に、チューナーになった白棘鱏をチューニング。光機燦然(こうきさんぜん)日輪の元、語り継がれし波濤の勇魚(いさな)!シンクロ召喚、白闘気白鯨(ホワイト・オーラ・ホエール)!」

 そして呼び出されたのは、かつて激戦区とも呼ばれた層の厚いレベル8シンクロモンスターの中でもかなり高水準なスペックを誇る巨大な白鯨。そのクジラが重々しくその大口を開き、大気を揺るがすパルスをフィールド全体に放つ。

 ☆4+☆4=☆8
 白闘気白鯨 攻2800

「白闘気白鯨の効果発動!このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手フィールドに攻撃表示で存在するモンスター全てを破壊する!」

 先ほど引き出されたばかりのガメシエルがあっさりと破壊され、鳥居の場は完全にがら空きとなる。もし暗黒の扉が存在しなければ、ワンターンキルを防いだばかりか返しのワンキルすらもありえた布陣。内心舌を巻く糸巻の前で、少年が生き生きと手を伸ばす。

「暗黒の扉を破壊する手段は、今の僕の手札にはない。だけど、なら1体の攻撃のみで終わらせればいい!ジズキエルとコーラルアネモネをリリースし、アドバンス召喚!これが僕の切り札、霧の王(キングミスト)!」

 ジズキエルの体が、そしてコーラルアネモネの姿が、ともにあっさりと霧散する。霧に包まれ消えていくその向こう側に佇むのは、全身を鎧に包み大剣を手にした魔法剣士。

 霧の王 攻0→5300

「そして霧の王の攻撃力は、リリースしたモンスターのそれの合計値となる」
「『く……』」
「これで終わり。バトルフェイズ、霧の王でダイレクトアタック。ミスト・ストラングル!」

 霧の王 攻5300→鳥居(直接攻撃)
 鳥居 LP3000→0





「……はい、終わり。悪いね、今回はさすがに悠長なことは言ってられないのさ。ほれ、立てる?」
「こーんな子供(ガキ)にワンキル返し、それもオーバーキルなんて喰らうとは……俺もだいぶ焼きが回ったかね」

 ぼやきながらも少年が伸ばした手を掴み、身軽に立ち上がる鳥居。意外にもこのデュエル、「BV」の管理下にはなかったらしい。となると、少なくともこの男はテロリストとは関係がないのか?
 尽きない疑問は一度脇によけ、試合終了と同時にちょうど吸い終えた煙草を携帯灰皿に放り込んだ糸巻がとりあえずヤジを飛ばす。

「なーに言い訳してんだアホ、負けは負けだろうが」
「いやま、そりゃそうっすけどさあ」
「じゃあ3人とも、悪いけど約束は守ってもらえるかな。こっちも、できるだけ早めに取り掛かりたくて」

 よほど時間に余裕がないのか、明らかに落ち着かない様子で少年が声をかける。正直糸巻も鳥居も納得できないことは多いが、それはそれとして彼らにもデュエリストとしての矜持はある。渋々ながらも頷くと、少年は明らかにほっとした顔になった。

「ならよかった。じゃ、まったねー!」

 こちらが約束を守ることを疑ってすらいないのか、立ち去るのを確かめようともせずにくるりと向きを変えて闇の中へと走りだす少年。その背中に、糸巻が最後に声をかける。

「待った。まだアタシら、アンタの名前も聞いてねーぞ!」

 その言葉に足を止めた少年が、ほんの1瞬だけ振り返る。

「……遊野。遊野清明(ゆうのあきら)、別に覚えなくてもいいよ」

 その言葉だけを残して今度こそ、その姿は消えた。

「あ、あの……」
「何も言わないでほしいね、八卦ちゃん。糸巻さん、今日のところはもう帰りましょう」
「そーだな」

 そんな会話を最後に、残る3人の姿もまたその場を後にする。数か月ぶりに賑わっていた廃図書館に、再びいつもの静寂が戻ってきた。
 そしてその翌日。とりあえずいつも通りに出勤したはいいが昨夜の「幽霊騒ぎ」の顛末が気にかかりなんとなく仕事に集中できない―――――糸巻の場合は鳥居曰く「いつでもなんのかんの理由付けて仕事しないから平常運転」な時間を過ごしていたところに、突如事務所の電話が鳴り響いた。本来彼らの配置的に電話に近いのは糸巻の方なのだが、電話番すらまともにやろうとしない彼女に代わり応対するのは基本的に鳥居の仕事である。
 だがこの時受話器を取ったのは、意外にも糸巻だった。それはいかなる気の迷いか、天変地異の前触れか……あるいは彼女には何か、予感がしたのかもしれない。そして、その予感は的中する。果たしてその向こうから聞こえた声は、彼女の妹分のものであった。

『あの、お姉様ですか?私です、八卦九々乃です!お姉様、それに鳥居さんも。お姉様相手にぶしつけなお願いですが、今から少しだけ七宝(うち)にご足労頂くわけにはいきませんか?その、昨日のことで少し……あ、おじいちゃん!ううん、なんでもな……え、昨日の話?何かって?え、えっと……と、とりあえず切りますねお姉様!』

 それきり切れた電話を戻すと、いつの間にか横に来て立ち聞きしていたらしい鳥居と目が合った。ちゃっかりした奴だと半ば呆れつつも、説明の手間が省けたと単刀直入に問いかける。いや、それはもはや問いかけですらなく、ただの確認だった。いつだって糸巻太夫とは、そういう女なのだ。

「行くぞ鳥居、ちゃんと戸締りやっとけよ。うちが泥棒なんてやられたら笑いもんだ」
「はーい。よくわかんないけど行ってみますか、糸巻さん」

 そしてそこで一切の不平不満を口にせず、きっぱりと行動に移る。鳥居浄瑠もまたそういう男であり、このように根本的なところで変に気が合うからこそこの性格も何もかもが違う2人はタッグを組めているのだ。
 そしてどちらも、いざ行動となるとその判断も含め妙にその動きが素早いという点で一致する。「カードショップ 七宝」に2人が辿り着いたのは、電話を受けてからきっかり15分後のことだった。

「たぁのもぉーう!来たぜ、八卦ちゃん!」
「同じく……って、えぇ……」
「あ、こんにちわー」

 相も変わらず閑古鳥が鳴くどころか巣まで作って越冬していそうな店内の奥、デッキ構築や卓上デュエル等の需要にこたえるために設置されたのであろうテーブルスペース。その一角に座ってなんとも困った笑顔の八卦と共に屈託のない笑顔を浮かべ彼女たちに手を振るのは……遊野清明と名乗った少年、その人だった。 
 

 
後書き
誰?という人も多いでしょうから雑に解説。

遊野清明:拙作「遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~」主人公、外見年齢は永遠の14歳だが実年齢は23歳男。タイトル通りGX二次を最終話まで駆け抜けた男であり、シャチの地縛神ことChacu Challhua、通称チャクチャルさんをブレインに持つ今代唯一のダークシグナー。色々あった結果最終的には次元の壁を越えて新たなデュエル、そして元の世界では彼だけが手に入れていたシンクロやエクシーズといったカードを思う存分使うことのできる相手を求めて旅立った。どうやら、辿り着いた先はこの世界だったらしい。エースカードは霧の王で得意技は精霊召喚と家事全般、特に洋菓子関連は実家のケーキ屋でみっちりと鍛え上げられた腕前を持つ。

ただ正直、こんな誰も知らないキャラなんて求められてないだろうな、ということは重々承知しています。でもどうしても彼のその後は書きたかった。この世界に出したかった。
書きたいもの書きました。結果どうなろうと覚悟の上です。 

 

ターン12 鉄砲水の異邦人

 
前書き
漫画版ARC-Vも最終巻出ましたね。巷ではなんか色々言われているようですが、私はあの最終決戦大好きです。これまでのシリアス展開を全部呑み込んだうえでの、それでもなお輝く明るく楽しいエンタメデュエル。あれだけやったラストターンのオチがいい味出してますね。え、トークン2体でオーバーレイ?あれは《サプライズ・トークン》なるメインデッキに入るモンスター2体をリクルートする効果だったと個人的には解釈してます。まあこの話は長くなりそうなのでこの辺で。

前回のあらすじ:誰もが(誰も)待って(いない)…そんなあの男が半年ぶりに呼ばれてもない癖に復活。何か知っていることがあるようだが? 

 
「ええと、あれだ。ちょっと状況を整理させてくれ」
「はいはーい」

 カードショップ七宝の店内にて。糸巻と鳥居を迎え入れた時と変わらずニコニコと人懐っこく笑う遊野清明(ゆうのあきら)を前に、当の2人はしかめっ面でこめかみを押さえていた。彼がこれまでに語ったあまりといえばあまりに荒唐無稽な話を前に、聞いているうちに頭が痛くなってきたのだ。

「まずアンタ、遊野っつったか?あの図書館にいるのは幽霊なんかじゃなくて、カードの精霊だと」
「うん、ありゃ間違いないね。それと清明でいいよ」

 カードの精霊。無論、糸巻もいちデュエリストとしてその概念は知っている。大事にされた、あるいは特別なカードにはいつしか意思を持つ精霊が宿り、その持ち主を影ながら支えるという……要するに、根も葉もない噂話だ。糸巻自身は、そんな話を信じる気はまるでなかった。
 とはいえ、それは決して彼女に夢がないだとかそういった結論に繋がるわけではない。彼女がそう感じる理由は単純明快にただひとつ、デュエリストというものを彼女が信じているからだ。デュエリストとは自分のデッキに、そしてそのカードに特別な愛着を大なり小なり抱くものであり、もし大事に使うだけでカードに精霊が宿るのならば今はともかく13年前、「BV」の手によりデュエルモンスターズを囲む世界が様変わりする前の彼女の周りは精霊にあふれていたはずだ。だが彼女は、そんなものの気配を感じたことは1度もない。

「精霊、ねえ」

 信じる信じないは他人の勝手。「もしかしたらいるかもしれない」……そう感じたい、信じたいという気持ちも決してわからなくはない。それでも結局は子供に語るようなおとぎ話の世界でしかなく、どこまでいってもその空想は現実との境界を越えはしない。それが、夢のある話を信じたい元・少女の心と世間に擦れていく一方の赤髪の夜叉との間で折り合いをつけた、糸巻太夫としての結論でありスタンスだった。
 一方、その隣の鳥居浄瑠は。彼の本来の姿は劇団員であり、ソリッドビジョンや小道具を駆使して観客に夢を見せることがその本業である。しかし……あるいはだからこそ、というべきか。当の彼自身は彼の普段から魅せるそれよりももう少し現実よりの冷めた目線から世界を眺めており、カードの精霊などという胡散臭い存在にはよく言っても懐疑的である。無論彼自身も自分の使う魔界劇団カードへの愛着は人一倍大きいのだが、それはあくまでお気に入りの道具、信頼できる自分の一部に対するものでしかない。自分の体が大事でない人間はいないだろう。しかし、その手や足に自分と異なる人格が宿るなんて話が果たしてどこまでありうるだろうか?
 どちらの視線も、一言で表せば懐疑的。しかしその内訳には、決して無視できないほどの違いがある。

「ま、信じる信じないはどっちでもいいさ。これを最初に話したのは、あくまでも僕自身のため。お望みなら、もっとそれっぽい作り話を持ってきてもよかったんだよ?ただこの精霊騒ぎ、多分お二人さんとは何度かかち合うことになりそうだからね。変に嘘を積み重ねてどこかでボロが出たりしたら、それこそ目も当てられないぐらいややこしいことになりそうだからさ……って、うちのブレインが言ってた」
「ブレイン?」
「そ、僕の神様……あー引かないで引かないで、今のは僕の言い方が悪かったから」

 一気に3割増しで険しくなった視線に失言を悟り、ぱたぱたと手を振って発言を打ち消す清明。だがそんなフォローも時すでに遅く、八卦のみがはらはらと見守る冷たい空気の中でうむむと小さく唸った。

「別にここでダークシグナーになってもいいんだけど、それやっても精霊の証明にはならないもんねえ。何か手っ取り早い方法……となると、やっぱこれしかないか」

 さも仕方なさそうな口調とは裏腹に、妙にウキウキした表情と態度を隠そうともせず左腕の腕輪に手をかける。次の瞬間にはそのデュエルディスクが、カード置き場となる水の膜と共に勢いよく展開された。昨日に引き続きまたも目の当たりにしたその機構に、糸巻の目がすっと細まる。

「……まさに、それなんだよな」
「え?」
「はっきり言って、アンタの話は一から十までどうにもこうにも胡散臭い。だが、そのデュエルディスクの機構はやっぱりアタシでも見たことない。なあ爺さん、そっちはどうだい?」
「ああ、その通りだね。私もこの業界に首突っ込んでから随分になるが、そんなモデルのデュエルディスクが開発されているなんて話は噂のレベルですら聞いたことがないよ」

 店の奥に向かって張り上げられた声に反応して、店の主である七宝寺の返事がすぐに届く。本来彼女らの座る位置は、ショーケースの並び替えにいそしんでいる老人の位置からは死角になっているはずなのだが……この老人の地獄耳っぷりに慣れている糸巻は今更余計な反応はしない。重要なのは、その内容だ。

「だろうな。アタシはおろか七宝寺の爺さんすら知らないデュエルモンスターズ関連の話……そんなもんがそうそうあるとは思えない。だから、その与太話はともかくアンタ個人にはアタシも興味がある」
「ふむふむ、つまり?」

 続く言葉を察したのか、神妙そうに催促する清明。それに張り合うかのように、糸巻もまたふてぶてしく笑う。

「その喧嘩(デュエル)、このアタシが買ってやるってんだ」





「「デュエル!」」

 そして店の奥、以前彼女が八卦とデュエルしたデュエルスペースに移動して。向かい合った彼女らに、一緒についてきた2人から黄色い声援とやる気のない茶々が飛ぶ。

「頑張ってください、お姉様!」
「糸巻さん、これで負けたら最高にカッコ悪いっすよー」
「おう、八卦ちゃん!……うるせえ鳥居、後攻ワンキルが何言ってんだこのやろ」

 ファンに応じて対応はきっちり変える。いわば客いじりの基本、プロの常套手段のひとつである。糸巻も無論、その技能はしっかりと押さえている。

「アウェーだねえ。しゃーないか」
「そりゃまあな。なんなら、先攻は譲ってやろうか?」
「いやいや、レディーファーストでお先にどうぞ」

 ランダム機能は使用せず、先攻の押し付け合いにより結局は糸巻が先手を取る。そして、すでにこの時から心理戦は始まっていた。実はこのデュエル、互いの思惑は偶然にも一致していた。どうにか後攻の欲しい清明と、うまいこと先攻の欲しかった糸巻……その構図が、勝負の始まる前からできていたのだ。にもかかわらず彼女があえて最初に先攻を譲ることを示唆したのは、こうして彼の警戒を誘い相手の自由意思により確実に先攻を取るためである。

「後悔するなよ?アタシのターン。不知火の陰者(かげもの)を召喚!」

 そして望みどおりに得た先攻1ターン目、先陣切って召喚されたのは数あるアンデット族の中でも随一の実力を誇るデッキエンジン。とくれば、ここから先の動きは目を閉じていても暗唱できる。

 不知火の陰者 攻500

「陰者の効果発動!自分フィールドのアンデット族1体をリリースすることで、デッキから守備力0のアンデット族チューナー1体を特殊召喚できる。ユニゾンビを特殊召喚し、そのまま自身の効果発動。モンスター1体を選択してデッキからアンデット1体を墓地に送り込み、選んだモンスターのレベルを1上げる。アタシが選ぶのは当然ユニゾンビ自身、デッキから選ぶのは当然馬頭鬼のカードだ」

 ユニゾンビ 攻1300 ☆3→☆4

「出たな、糸巻さんのド定番コンボ」
「定番……確かに以前お姉様とデュエルさせていただいたときも、この動きは見たことがあります」
「なら話は早い。よーく見とくといいよ、別にこれは糸巻さんだけの専売特許じゃない。アンデ使い全員の常識みたいなもんさ」

 外野がわちゃわちゃと喋るのをよそに、糸巻は迷いない動きでカードを動かしていく。

「墓地から馬頭鬼の効果発動、自身を除外することで墓地から別のアンデット1体を蘇生する。来な、不知火の陰者」

 不知火の陰者 攻500

「なるほど、それでもう1回リクルートってわけ?」
「馬鹿言うなよ、冗談はロンファだけで十分だ。なにせ、こいつのリクルート効果は1ターンに1回しか使えないからな。だが、これでアタシの場にはチューナーとそれ以外のモンスターが出揃った。レベル4の陰者に、同じくレベル4となったユニゾンビをチューニング。戦場(いくさば)潜る(あやかし)の電子よ、超越の脳波解き放て!シンクロ召喚、PSY(サイ)フレームロード・Ω(オメガ)!」

 全身を強化服ですっぽりと包む超能力戦士。細かなプラズマをその全身から放ちつつ空中浮遊するその顔が動き、今回の敵である清明の姿を捉えたその目がフルフェイスヘルメット越しにギラリと光った。

 ☆4+☆4=☆8
 PSYフレームロード・Ω 攻2800

「……手札1枚からレベル8のシンクロモンスターとはね。なかなかやってくれるじゃない」
「もっと褒めてもいいぜ。あいにくと何も出ないがな!カードを3枚伏せて、ターンエンドだ」
「なら、何か出すまで揺さぶってみようかね。僕のターン、ドロー!」

 初手に糸巻の場で空中仁王立ちするPSYフレームロード・Ωに、3枚もの伏せカード。一見するとそれは、除去と制圧の蔓延する現環境においてはあまりに時代錯誤な布陣に見えるかもしれない。実際清明自身はそう捉えたのだろう、まるで恐れる様子もなくカードを引く。
 ……だが、彼はすぐに思い知ることになる。糸巻太夫がなぜ夜叉の名で呼ばれるに至ったのか、その実力の一端を。

「おっと、まずはスタンバイフェイズだ。Ωの効果発動!除外されているアタシのカード、馬頭鬼を選択して墓地へと埋葬し直すぜ。さあ、もう1度墓場で出番を待ちな!」
「また馬頭鬼……まあいいさ、まずはこのターンだもんね。メインフェイズに移って」
「まあ待てよ、ここでもう1度待ったをかけさせてもらう。メインフェイズ開始時、Ωの更なる効果を発動!ランダムに選んだ相手の手札1枚と場のこのカードを、次のスタンバイフェイズまでフィールドから除外する!」
「げっ!?」

 0と1のノイズを後に残して電脳戦士の姿が電子の海へと消えていく。そしてそれを見た清明の表情が、すぐに取り繕ったとはいえ明らかに1瞬強張った。

「思った通り、これは予想外だったかい?」
「……やってくれるじゃないの……!」

 にやにやと笑う糸巻に、同じく笑い返すも明らかにその表情には余裕の足りていない清明。まだよく自体の呑み込めていない八卦が、隣にいた鳥居に小声で問いかける。

「あの、鳥居さん。お姉様のフィールド、モンスターいなくなっちゃいましたよ」
「確かに。でも八卦ちゃん、これでいいんだ。だって……」
「待ちな鳥居、そいつはアタシが答えるよ。清明、アンタのやらかした最大のミスは、アタシの前で鳥居とのデュエルを見せたことだ。それもワンキルとはいえ、かなりデッキ内容を絞るようなものをな」

 黙って耳を傾ける清明に、一字一句聞き漏らすまいと真剣にお姉様の講釈に聞き入る八卦。少なくとも外面だけは少年少女に囲まれて、糸巻の声が朗々と響く。

「デッキ内に2体の壊獣が必要となる妨げられた壊獣の眠りを採用できる程度には多い壊獣カード、それに手札コストとして捨てていたグレイドル。確か地獄の暴走召喚、なんてのも使ってたよな?グレイドルの能力で相手モンスターの数を減らしたうえで相手フィールドに押し付けた壊獣のデメリットを逆手にとって、地獄の暴走召喚で自分だけがモンスターを大量リクルートする。確かにえげつない戦術だ、それはアタシも素直に褒めてやるよ。だがな、そのどれもがまず最初に相手フィールドにモンスターが存在しなければ真の実力を発揮できない弱点を抱えている。それをよく理解しているからこそアンタは、このデュエルで後攻を取ろうとした。違うか?」
「最初っから計算づくだった、と?」
「さあて、な。どちらにせよ、アタシは先攻が欲しかったのさ」

 飄々とうそぶく赤髪の夜叉に、まんまと踊らされた清明が手札に目を落とす。視線の先にあるそれは壊獣か、あるいはグレイドルか……いずれにせよ、Ωの退避によって何らかの計算を狂わせたことは間違いないだろう。だが、それだけでは夜叉の一撃は止まらない。

「そして、だ。今のΩで除外したアンタのカードは……通常魔法サルベージ、墓地の攻撃力1500以下の水属性2体を手札に回収するカードか。さすがにそれを返すわけにはいかないよなぁ?トラップ発動、バージェストマ・レアンコイリア!このカードはゲームから除外されたカード1枚を選択し、それを持ち主の墓地に送り込む。アタシが選ぶのは当然、今除外されたサルベージだ。これで次のスタンバイフェイズが来ても、もうそのカードがアンタの手札に戻ることはない」
「ぐわっ!?」

 モンスターとトラップの連続コンボにより、徹底的に昨日見た限りで掴んだ清明のデッキの強みを潰していく糸巻。だがこれは、別に彼個人に対しメタを張った結果ではない。彼女の使ったカードはどれも彼女自身が普段から愛用しているものであり、デッキの柔軟性はいささかも損なわれていない。彼女は自分にとれる戦術を最大限のやり方で叩きこむために先攻を取り、彼はまんまとそれに引っかかった。ただそれだけのことだ。

「……まだまだぁ!マーメイド・シャークを召喚、効果発動。このカードが召喚にしたとき、デッキからレベル3から5の魚族を1体選んで手札に加えることができる。そして自分フィールドに水属性モンスターが存在するとき、今サーチしたサイレント・アングラーは手札から特殊召喚できる!」

 しかし、清明にもまた彼なりの意地がある。次善の策とばかりに呼び出されたマーメイド・シャークから手札を補充し、すぐさまフィールドに2体のモンスターを整える。

 マーメイド・シャーク 攻300
 サイレント・アングラー 守1400

「そしてフィールド魔法KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント、発動!」

 拳を握り締める彼の背後に音を立てて巨大な灯台がせりあがると、周囲の風景もまた水辺に面した近未来都市へと変化する。そしてそこに佇む2体の魚が、同時に青い渦となって上空へと吸い込まれた。

「僕は魚族モンスターのマーメイド・シャーク及びサイレント・アングラーの2体を、それぞれ左下及び右下のリンクマーカーにセット!一望千里の大海洋に、忘却の都より浮上せよ女王の威光!リンク召喚、リンク2!水精鱗(マーメイル)-サラキアビス!」

 やや縮れ気味なその髪と同じ紫色のビキニアーマーに、黄金の輝きを放つトライデント状の王笏。その姿は一見すると極めて人間に近くはあるが、その海のように深い色を湛えた瞳はやはり彼女の人外性を強く物語る。

 水精鱗-サラキアビス 攻1600

「そしてフィールドに存在するカードが墓地に送られたことで、ウォーターフロントには壊獣カウンターが1枚につき1つ乗せられる」

 その言葉に反応するかのように、背後にそびえ立つ灯台に光が灯った。先端から放たれる2筋の光が空を裂き、遥か海の果てへとKYOUTOUの位置を示す。

 KYOUTOUウォーターフロント(0)→(2)

「モンスターがいないのは結構だけどね、ならこっちも好きに攻撃させてもらうよ。サラキアビス、ダイレクトアタック!」

 サラキアビスがその王笏を掲げると、先端から目もくらむような輝きが放たれる。Ωが退避したことによりその身を守るモンスターの存在しない糸巻に、その輝きが直撃した。

 水精鱗-サラキアビス 攻1600→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP4000→2400

「ちっ……」
「お姉様!」

 小さく舌打ちする糸巻に、ほとんど悲鳴のような声が出る八卦。無論このデュエルに「BV」の出る幕はなく、ダメージの実体化もありはしない。それはわかっていても、憧れの対象がダメージを受ける光景は気味のいいものではないのだろう。

「カードをセットして、これでターンエンド。まんまとしてやられたお返しは、まだまだこんなもんじゃないからね。反撃開始と洒落込ませてもらうよ!」
「はっ、寝言は寝てから言ってくれや。たかがリンク2の1体出した程度でドヤ顔か?アタシのターン、ドロー!このスタンバイフェイズ、アタシのΩはフィールドに戻る。アンタのサルベージはまあ、運が悪かったと思って諦めな」

 PSYフレームロード・Ω 攻2800

「さて、と。このまま攻撃してやってもいいんだが、それじゃいくら何でも芸が足りないよな?まずは通常召喚だ、来い、イピリア!この爬虫類はなかなかできた奴でな、1ターンに1度場に出た際、アタシはカードを1枚ドローすることができる。そして墓地から馬頭鬼の効果発動、除外して不知火の陰者を蘇生!」
「また……!」

 イピリア 攻500
 不知火の陰者 攻500

「ああ、また、さ。このまま効果発動、アンデット族の自身をリリースしてユニゾンビを特殊召喚。ユニゾンビの効果で自身を対象に馬頭鬼を墓地に送り、そのレベルを4に。そして馬頭鬼の効果を、陰者を対象として発動!」
「このお姉様の動き、さっきと同じ……」
「ああ。しかも、今度は1ターン目と違って墓地リソースだけで回してるからな。さっきよりもっとひどい」

 目まぐるしくモンスターたちが動き回るその光景は、先攻1ターン目のリフレイン。ひとたびこの流れが完成すればデッキ内のユニゾンビ及び馬頭鬼が切れるまで毎ターンこの動きが可能となる、これまたアンデット族の常套手段である。

 ユニゾンビ 攻1300
 不知火の陰者 攻500
 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(3)

「レベル4の不知火の陰者に、レベル4となったユニゾンビをチューニング!戦場切り裂く妖の太刀よ、冥府に惑いし亡者を祓え!シンクロ召喚、戦神(いくさがみ)-不知火!」

 それは、両の手にそれぞれ形の違う二振りの刀を握る銀髪の和装剣士。赤い上着が風もないのにゆらりとはためくと、そこに描かれた揺れる炎の意匠に動きを合わせるかのようにその刀身を伝い浄化の炎が空中に高熱の軌跡を描く。

 ☆4+☆4=☆8
 戦神-不知火 攻3000
 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(5)

「攻撃力3000のシンクロモンスター……だけど、このシンクロ召喚によってウォーターフロントの壊獣カウンターはマックスの5つまで貯まった」
「そんなもん承知の上さ。それに、3000どころじゃ済まないね。戦神は特殊召喚に成功した時、墓地のアンデット1体を除外することで1ターンだけその攻撃力を吸収することができる。アタシが選ぶユニゾンビは攻撃力1300……不知火流・火鼠の皮衣!」

 戦神-不知火 攻3000→4300

「手札1枚も使わずに、1ターンだけとはいえ攻撃力4300とはね。正直、すっごく嬉しいよ」
「あん?」

 単純な数値だけの強さとはいえ、初期ライフをも上回る4300もの打点。しかしそれを前にしてなお清明は恐怖するでもなく、むしろ喜びを抑えきれないとばかりにその目を輝かせる。

「やっぱり、僕の思った通りだ。こんなに世界は広いんだから、まだまだ僕の知らないとんでもなく強いデュエリストが星の数ほどいるはずだって。偶然とはいえここに来て、お姉さんみたいな人とデュエルができて。本当に心底、僕は嬉しいよ」

 妙に引っかかる物言いではあるが、糸巻には目の前の少年がいわんとしていることの本質はよく理解できた。そしてその理解と同時に、どこか親近感に似たものを抱く。
 ああ、この子供(ガキ)はアタシと同じなんだ。デュエルに魅入られて骨の髄まで闘争に浸かり、そこに幸福を見出すタイプの戦闘狂。戦い続ける限りどこまでも強くなるだろうし、常により強い相手を求め続ける。誰にも見られないように心の中で小さく苦笑し、条件反射で返そうとした皮肉を飲み込んでもう少し素直な言葉を探す。

「……ありがとな。その褒め言葉、素直に受け取ってやろうかね。さて、ユニゾンビの効果を使ったターン、アタシはアンデット族でしか攻撃宣言が行えない。でもな、だからってΩを遊ばせておくのももったいないよな?せっかくこうしてアンタの陣地に連れてきてもらったんだ、今度はアタシの領土に案内してやるよ。生あるものなど絶え果てて、死体が死体を喰らう土地。アンデットワールド、発動!」

 そして、周囲の風景がまたも一変する。近未来的な海辺の街には重くて黒い暗雲が果てしなく遠い水平線の向こうまで切れ目なく立ち込め、その海の色はこれまでの青から一転して血の赤色へと染められていく。何匹もの魚が腹を上にしてその水面へとぷかりと浮かび、水中の何かに引きずり込まれでもしたのかまた血の奥底へと沈んでいく。立ち並ぶビルや舗装された道路は風と共にみるみるうちに荒廃し、ゴーストタウンと化したそのメインストリートを何匹もの骨ネズミがギイギイと聞くものを不快にさせる鳴き声と共に駆け抜ける。
 そんな恐ろしげな風景を、しかし見学中の少女は熱に浮かされたような表情で見つめていた。この荒涼として、それでいて混沌とした景色にあってこそ、領土の主たる糸巻の美しさはもっとも色鮮やかに輝く。現役時代から変わらない、幾人もの女性を本人の与り知らぬところで虜とした……いうなれば破滅の中にあってこそ光り輝く魔性の美である。

「ここがアタシの領土、アンデットワールドだ。そしてこの場所に生者は相応しくない、このカードがある限り互いの場、及び墓地のモンスターには全員アンデットになってもらうぜ」

 イピリア 爬虫類族→アンデット族
 PSYフレームロード・Ω サイキック族→アンデット族
 水精鱗-サラキアビス 海竜族→アンデット族

 全身を強化スーツで包むΩは、その内面はともかく外面だけは一見アンデットワールドの影響など受けていないようにも見える。それとは対照的に目に見えて変化が起きたのが、清明のフィールドにいる海の女王だった。サラキアビスの健康的な肌色はみるみるうちに青白く変化していき、その瞳だけがただ血の色に赤く紅く輝きを放つ。舌なめずりする口元からは、先ほどまで影も形も見えなかった鋭い犬歯が覗いていた。

「サラキアビス!」
「おっと、心配してる余裕なんてないだろう?バトルフェイズ、ここは……戦神でサラキアビスに攻撃!」
「なら、ここでサラキアビスの効果発動!相手ターンに手札を1枚墓地に送ることで、デッキアから仲間の水精鱗1体をサーチする。そしてこの攻撃に対し、手札から今サーチした水精鱗-ネレイアビスの効果を発動!」

 炎を纏った剣士が音もなく間合いを詰め、燃え盛る太刀をさながら逆鱗に触れられた龍のごとく怒涛の勢いで、それでいて舞を踊るかのような優雅ささえも感じられる動きで5度振るう。咄嗟に手にした王笏で応戦しようとするサラキアビスの全身に、突如青いオーラが立ち上った。

「ネレイアビスは自身を手札から捨てることで場か手札の水属性モンスター1体を破壊して、その攻守の値を発動時に選んだ水属性モンスター1体に1ターンの間だけ加算できる。僕が破壊するのは攻撃力2500、カイザー・シースネーク!」
「悪くない手だが……まだ戦神には遠い!不知火流・龍玉五連斬!」

 一時的に劇的なパワーアップを果たしたとはいえ、不知火の剣士の技量はそれをなお上回る。反応速度こそ間に合いはしたものの、辛うじて初撃を受け止めたところであっさりと力負けしてそのまま流されるように病的なほど白いその柔肌が切り裂かれていく。

 戦神-不知火 攻4300→水精鱗-サラキアビス 攻1600→4100(破壊)
 清明 LP4000→3800

「くっ……!だけど、サラキアビスには更なる効果があるもんね。相手によって破壊されたこの瞬間にデッキから水属性モンスター1体を墓地に送り、その後墓地の水属性モンスターを守備表示で蘇生する!」
「そんなことは承知の上さ。そしてアンタのデッキの傾向と今の盤面から考えて、選ばれるモンスターはまず1択。だがな、アタシはさらにその上を行く。チェーンしてトラップ発動、幻影騎士団(ファントムナイツ)ロスト・ヴァンブレイズ!このカード幅のレベルを持つモンスター1体を対象として発動し、その攻撃力600を削ったうえでレベルを強制的に2に変更、そしてこのカード自身を攻守0のモンスターとして特殊召喚するのさ」
「なるほど、ダメージステップでも攻守変動が効果に含まれていれば発動はできる……ってわけね」
「理解が早くて助かるな。そしてアタシがこの効果を使うのは戦神、お前だ!」

 戦神-不知火 攻4300→3700 ☆8→☆2
 幻影騎士団ロスト・ヴァンブレイズ 守0 戦士族→アンデット族

 鬼火に包まれたとうに着込む者もいないボロボロの鎧が、地の底からゆっくりと浮かび上がる。

「お姉様、いったい何を……?」

 いくら攻撃を終えた戦神だから攻撃力ダウンの影響も皆無とはいえ、このタイミングで特に戦闘に参加できるわけでもないロスト・ヴァンブレイズの発動。一見不可解に見えるプレイングに、しかし当の清明は思い切り苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

「もう……!本当、ほんっとにやりづらい……!このタイミングでそんなカードをわざわざ使うってことは、もう何を落とすつもりかわかってるんでしょ?」
「ああ、まあな。だけどアタシがやりづらいんじゃない、アンタの行動が単純に読みやすすぎるんだよ。さ、早いとこ奴を呼びな」

 余裕たっぷりの笑みを浮かべる糸巻に対し、清明もまたどこか楽しそうにその拳を握りしめる。それは、彼が純粋にデュエルを楽しんでいる何よりの証拠でもあった。

「その喧嘩買った、やああぁってやろうじゃないの!サラキアビスの効果、デッキから海亀壊獣ガメシエルを墓地に送り、そのままガメシエルを蘇生対象に!来い、ガメシエル!」

 血の海が割れ、その海中から巨大な2足歩行する大亀のようなモンスターが翼もないのに暗雲漂う空へと舞い上がる。しかしその全身はすでに得体のしれない傷だらけであり、両の目は本来の知性をかなぐり捨てた狂暴な真紅の光を放っていた。

 海亀壊獣ガメシエル 守3000 水族→アンデット族

「壊獣カウンター5つでのガメシエル……糸巻さん、どうする気だ?」
「あの、鳥居さん。あのカード、そんなに強いんですか?」

 あのカード、というのは無論、清明の出したガメシエルのことだ。今時守備力3000というだけでは壁としての信頼感は薄く、八卦の壊獣に対する知識はリリースという方法を使った除去要因という間違ってはいないが中途半端なところで止まっている。【壊獣】ならではのファイトスタイルは、少女にとってはいまだ未知の世界であった。それを察した鳥居が、できる限り細かく噛み砕いて説明する。

「ああ、正直かなりキツイ。奴には場の壊獣カウンターを2個コストとして、あらゆる効果に対しそれを無効にしたうえで除外する万能カウンター能力がある。それを単純計算で2回は打てるうえに、ウォーターフロントはカードが墓地に送られるたびにそのカウンターを片っ端から補充するんだ」
「無効にして、除外……で、でも!お姉様はこうなることをわかっていて、その上であえて攻撃したんですよね?」
「まず間違いないだろうね。糸巻さん、ほんと何企んでるんだ?」

 ゴーストタウンと化したKYOUTOUの街に仁王立ちするガメシエルと、それを下から見上げる糸巻。動いたのは、糸巻の方だった。

「トラップ発動、ワンダー・エクシーズ!このカードの効果により、アタシはこの場でエクシーズ召喚を行うことができる。さあ、どうするよ?」
「ワンダー・エクシーズ……ガメシエルの効果は……」

 そこで清明が、わずかに言いよどむ。このカードの発動を通せば糸巻はこのバトルフェイズ中でのエクシーズ召喚が可能となるが、ランク2の中にガメシエルの守備力を単純な打点だけで突破できるモンスターはいないはずだと彼は推測する。となるとあれはただのブラフで、少しでもこちらの壊獣カウンターを削るための罠。それにこのカードを止めたところで、ランク2を呼ぶだけならばそもそもメイン2まで待てば何も消費することなく可能となる。
 となれば、ここで止める意義は薄い。彼の腹は決まった。

「……使わない!さあ、なんだか知らないけど呼んでみなよ」
「おお、望みどおりに呼んでやるよ……だがその前に、このトラップの発動に直接チェーンすることで墓地に存在するバージェストマ・レアンコイリアの効果を発動!墓地からこのカードを、レベル2のモンスターとして特殊召喚するぜ?ただしこの効果で特殊召喚されたカードは、墓地に送られる場合に除外されるがな」
「蘇生?それは……止める。下手に残すと遺恨が残るからね、ガメシエルの効果発動、渦潮!壊獣カウンター2つをコストに、発動したカード効果を無効にして除外する!」

 一見すれば、これこそ止めるまでもないかに見える一手。しかし、清明にも考えがあった。彼はいまだ新マスタールールの概念に触れて日が浅いが、リンクモンスターの持つ底知れない実力はこの短い日数でもよくわかっていた。増えた戦略と新たな概念は、それだけ彼のデュエルを高みに押し上げたからだ。
 それを念頭に置いたうえで、このレアンコイリアの発動である。条件さえ満たせば緩い条件から自己再生が可能であり、除外デメリットもエクシーズ素材とすることで関係を断ち切ればリセットされる。ここで止めなければ恐らくあのカードは蘇生後にそのままエクシーズ素材となり、そしてもう1度トラップに反応して復活したのち、次なるリンク召喚やシンクロ召喚、悪くすればまたもエクシーズ召喚に使われて何度でも素材として帰ってくるだろう。今後の展開まで考えるとここはガメシエルの効果を打つ価値がある、そう判断したのだ。また糸巻の手札は残り1枚であり、何を握っていたとしても抑えきることは可能との状況判断もある。そして主の命に応えたガメシエルが大きく天に吼えると巨大な水の渦がその手の内から巻き起こり、糸巻の墓地からレアンコイリアのカードを跳ね飛ばした。

 KYOUTOUウォーターフロント(5)→(3)

「悪いけど、後に繋がるそのカードは通せないよ」
「やってくれたな……なんて言ってやりたいとこだがな。あいにくアンタはもう、かなりデカいミスをやらかしたんだよ」
「えっ?」

 怪訝そうな顔になる清明。にやりと浮かべた糸巻の笑顔に嘘はないことを、敏感に察知したのだ。

「大方ガメシエルの守備能力ならランク2程度じゃ太刀打ちできないとでも踏んだんだろうが……甘いぜ!ワンダー・エクシーズの効果によりアタシはエクストラモンスターゾーンのレベル2となった戦神、そして同じくレベル2のロスト・ヴァンブレイズ及びイピリアの3体でオーバーレイ!」
「素材3体のランク2……!」
「こりゃ出るか、糸巻さんの真打!」
「お姉様、頑張ってください!」

 LOVEなどと書かれたうちわでも振り回しそうな勢いで顔を興奮のあまり真っ赤にしつつ飛び跳ねて応援する八卦の声援に片手を上げて軽く応え、そのまま3体のモンスターが変化した3つの光が足元に発生した宇宙空間へと飛び込むさまにあわせて両腕を勢い良く広げる。

「さあ行くぜ!戦場呑み込む妖の海よ、太古の覇者の記憶を覚ませ!エクシーズ召喚、バージェストマ・アノマロカリス!」

 血の海からガメシエルに遅れて飛び出したのは、原始的な青い外骨格に全身を覆う太古の海の覇者の生霊。血色の雫を全身を揺すって振り飛ばし、その体の下側に見える無数の節足をべきべきと音を立てて蠢かせる。

 バージェストマ・アノマロカリス 攻2400 水族→アンデット族

「攻撃力2400、ねえ。とりあえずチェーン処理が終わってワンダー・エクシーズが墓地に送られたことで、ウォーターフロントの壊獣カウンターはまた補充されてもらうよ」

 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(4)

「今更構うかよそんなもん、アノマロカリスの効果発動!1ターンに1度オーバーレイ・ユニットを1つ使い、カード1枚を破壊する。アタシが選択するのはガメシエルだ!」
「ガメシエルを……?どうせ罠なんだろうけど、ここで見過ごす理由もないか。お望みどおりにガメシエルの効果発動、渦潮!壊獣カウンター2つをコストに、その発動を無効にして除外する!」

 ☆2+☆2+☆2=★2
 バージェストマ・アノマロカリス(3)→(2)
 KYOUTOUウォーターフロント(4)→(2)

 アノマロカリスが体の前面でその巨大な鋏をクロスさせ放ったX字の衝撃波と、ガメシエルが再び生み出した水の大渦がフィールドの中央でぶつかり合う。互いに押し合うその力が拮抗していたのは、しかしわずかな時間だけだった。大渦を真正面から断ち切った衝撃波が、そのままの勢いで本来の目標たるガメシエルの巨体をあっさりと斬り飛ばしたのだ。

「そんな!?」
「悪いな、ご期待に沿えなくてよ。残念ながらバージェストマは永続効果として、モンスターの時には相手モンスターの効果を一切受け付けない。つまり、ご自慢の無効効果も効きやしないって寸法よ」
「まんまとしてやられた、か。最初からワンダー・エクシーズは囮どころか、ド本命一直線だったってわけね……!」

 ガメシエルを失ってもなお不敵な笑みこそ浮かべているものの、その笑みはややぎこちなく頬にはかすかに冷や汗が伝っている。今の一撃は、間違いなく予想外の一手だったはずだ。それを確認し、糸巻の笑みは対照的にますます深くなる。

 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(3)

「さあ、一気にバトルフェイズといこうじゃないか。アノマロカリスでダイレクトアタック、抜刀乱舞カンブリア!」
「くっ……!」

 バージェストマ・アノマロカリス 攻2400→清明(直接攻撃)
 清明 LP3800→1400

「なかなか面白かったが、これでラストだな。PSYフレームロード・Ωでダイレクトアタック!」

 サイキック戦士が伸ばした手の平から空気がねじれるほどに強大な念動波を放ち、最後の追撃にかかる。この瞬間、場を支配しているのは完全に糸巻だった。もうこれで終わるだろう……誰もがそう思った。ただひとり、彼を除いては。

「永続トラップ発動、バブル・ブリンガー!このカードが場に存在する限り、互いにレベル4以上のモンスターでのダイレクトアタックは宣言できない!」

 立ち上る泡の壁が、念力の波に大きく揺れ動きながらも割れることなくその勢いを弱めて逸らす。そして糸巻の場に、これ以上追加攻撃が可能なモンスターはいない。墓地に目をやっても、バブル・ブリンガーの発動をトリガーとして出てくるはずのレアンコイリアはガメシエルによって除外されている。大きく肩で息をしながらも、清明は自らのライフを次のターンに繋いでみせたのだ。

「……やるじゃねえか。ターンエンドだよ」
「お褒めにあずかりまして。じゃあ反撃と洒落込もう、ドロー!」

 彼の手札は、このドローを含め残り3枚。そしてKYOUTOUウォーターフロントの効果は……糸巻が、何かされる前に先手を打って動き出す。

「このスタンバイフェイズにΩの効果を発動、また除外された馬頭鬼を墓地に。さらにアノマロカリスはトラップをオーバーレイ・ユニットに持つとき、相手ターンでもその効果を発動できる。ロスト・ヴァンブレイズを取り除き、バブル・ブリンガーを破壊!」

 三度振るわれたその鋏から放たれた衝撃波が、Ωの攻撃でもびくともしなかった泡の壁をいともたやすく切り裂く。しかしそれに呼応して、廃墟と化したはずの灯台に4つ目の光が灯った。そしてその光は、冥府から現世への境界をも越えて大宇宙の彼方から侵略者たちを呼び寄せる。

 バージェストマ・アノマロカリス(2)→(1)
 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(4)

「ならまずは1ターンに1度、壊獣カウンターが3つ以上存在するウォーターフロントの効果を発動。デッキから壊獣を手札に呼び寄せる、さあ来い多次元壊獣ラディアン!」
「Ωの効果は……いや、使わない方がよさそうだな。さあ、今度は逃げも隠れもしないぜ」
「その意気やよし、ってね。グレイドルの寄生か、壊獣のリリースか……多分どっちかを警戒してのアノマロカリスの早撃ちだったんだろうけど……ま、やられたもんは仕方ないか。アノマロカリスをリリースして多次元壊獣ラディアンをそっちのフィールドに、そして相手フィールドに存在する壊獣反応に呼応して手札の粘糸壊獣クモグスを僕のフィールドに、それぞれ特殊召喚する!」

 多次元壊獣ラディアン 攻2800 悪魔族→アンデット族
 粘糸壊獣クモグス 攻2400 昆虫族→アンデット族
 KYOUTOUウォーターフロント(4)→(5)

「お姉様のモンスターを勝手に使って、自分も最上級モンスターを特殊召喚するなんて……!こんなの、止めようがないじゃないですか!」
「それが壊獣だからな。相手が何をしようがお構いなしに、自分のやりたい盤面を強引に作り出す……ある意味じゃ俺の魔界劇団と一緒でエンタメ性の塊なんだがな、相当うまくやらないと腹立つだけなのよなあれ」
「なんか好き放題言われてるけど、いいのか放っといて?」

 どこか面白そうに相変わらずわーきゃー騒いでいる外野を顎で指し示す糸巻。それに対して1度展開の手を止めた清明が、諦めたように小さく息を吐いた。

「そりゃねえ。グレイドルも大概だけど、ビジュアルも効果もどー見ても正義の味方のやることじゃないでしょこの子たち。典型的な悪役よ」
「お、おう」
「でも、この子たちは僕のことを助けに来てくれた。それはもう何年も昔の話だけど、それからもこんな僕とずっと一緒にいてくれてるんだ。この子たちが悪だってんなら、そんな正義はこっちから願い下げ。どうぞいくらでも喜んで悪魔の化身にでも地獄の使者にでもなってやるともさ」

 そう穏やかながらも硬い意志を秘めた目で言い切って、愛おしそうに自身のフィールドにいたクモグスの長い足を丁寧に撫でる清明。気持ちよさそうに壊獣なりの甘え声のような鳴き声を漏らすクモグスに小さく微笑むその姿は、先ほどまでの子供っぽい様子とは打って変わって急激に大人びているように見えた。先ほどまでとのあまりの違いに思わず目をしばたかせる糸巻の前で、またしても大人びた態度は影をひそめ見た目通りの少年のように明るく笑う。

「さ、デュエルを続けようか。今のままだと、クモグスだけじゃさすがに力不足だからね。ツーヘッド・シャークを召喚し、さらに自分フィールドに水属性モンスターがいることで2体目のサイレント・アングラーを特殊召喚するよ」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200 魚族→アンデット族
 サイレント・アングラー 守1400 魚族→アンデット族

「またリンク召喚……ってわけじゃなさそうだな」
「ご明察。やっぱり目には目を、エクシーズにはエクシーズで返さないとね。僕は2体の水属性レベル4モンスター、ツーヘッドとアングラーでオーバーレイ!三千世界を張り巡れ、海原に紡がれし一筋の希望!エクシーズ召喚、No.(ナンバーズ)37!希望識竜スパイダー・シャーク!」

 そして清明が手札をすべて使い切ってまで呼び出したのは、地を這う蜘蛛と海を行く鮫の意匠が共に混ざり合った純白の海竜。アンデットワールドの瘴気に飲まれたその姿はすぐさま死体となり果てたが、その誇り高き威容は死してなお少しも損なわれてはいない。

 ☆4+☆4=★4
 No.37 希望識竜スパイダー・シャーク 攻2600 海竜族→アンデット族

「ここでスパイダー・シャーク、か……」
「これで奴のフィールドには、攻撃力だけなら2400のクモグスと2600のスパイダー・シャーク」
「そしてお姉様のフィールドには攻撃力2800の多次元壊獣と同じく2800のPSYフレームロード。ですが、きっとそれだけじゃすまないんですよね?」

 鳥居からセリフの後半を引き継いだ八卦が、確かめるように問いかける。ああ、と彼が短く答えるのと、清明のフィールドに並ぶ2体の蜘蛛型モンスターが動き出したのはほぼ同時だった。

「バトル!まずはスパイダー・シャークでPSYフレームロード・Ωに攻撃、スパイダー・トルネード……そしてこの瞬間、スパイダー・シャーク自身の効果を発動!1ターンに1度だけモンスターの攻撃宣言時にオーバーレイ・ユニット1つを消費することで、相手フィールドに存在する全モンスターの攻撃力をこのターンの間だけ1000ダウンさせる!オーバー・レイン!」

No.37 希望識竜スパイダー・シャーク 攻2600(2)→(1)
 多次元壊獣ラディアン 攻2800→1800
 PSYフレームロード・Ω 攻2800→1800

 スパイダー・シャークの体に自身の周りを浮遊していた光球の1つが吸い込まれると、それをエネルギー源として体表に浮かぶ赤い光球から一斉に粘性のある純白の糸を噴出させる。糸は縦横無尽にフィールドを走ると、糸巻のフィールドで防御姿勢をとる2体のモンスターの全身に絡みついて明らかにその動きを鈍らせた。
 そしてその機を逃すことなく、狙いすました捕食者の一撃が超能力戦士へと叩きこまれる。

 No.37 希望識竜スパイダー・シャーク 攻2600→PSYフレームロード・Ω 攻1800(破壊)
 糸巻 LP2400→1600

「まだまだぁ!クモグスでラディアンに追加攻撃!」

 その言葉通り、同じ蜘蛛型モンスターゆえかスパイダー・シャークの糸に一切その足を取られることなく速やかに距離を詰めたクモグスが、ラディアンの首筋にその毒牙を音もなく深々と食い込ませる。

 粘糸壊獣クモグス 攻2400→多次元壊獣ラディアン 攻1800(破壊)
 糸巻 LP1600→1000

「クッ……案外やるじゃないか、まさかこの1ターンでここまで捲り返してくるとはな」
「伊達に場数は踏んでないってことさ。ターンエンド!」

 この1ターンで再び盛り返した清明の声には、心なしかまた余裕が戻ってきている。しかし、それを慢心だと責めるのはさすがに酷というものだろう。
 彼の場にいるのは相手ターンでも攻撃力ダウン効果は使えるうえに、自身が破壊された時に墓地から別のモンスターを蘇生できるという最後の能力を持つスパイダー・シャーク。そしてモンスターの召喚、特殊召喚に反応して壊獣カウンターを消費することで、1ターンの間そのモンスターの攻撃と効果を封じ込めるクモグス。対する糸巻の手札はこれから引くドローを合わせても、その枚数はわずか2枚。そのフィールドにはモンスターも伏せカードもなく、あるのはアンデットワールドただ1枚のみ。仮にこの盤面を100人に見せて判定させたとしても、そのうち100人ともが清明が優位だと判断するだろう。
 だが、それでも。

「なら、アタシもいよいよ本気出さないとな。アタシの……タアァーンッ!」
「お姉様!」

 どれほど追い詰められて追い込まれようと、糸巻太夫の闘志が陰ることはない。それどころか逆境をそのまま燃料に、さらに激しくその炎は死霊の土地に燃え盛る。
 遊野清明のデッキは、その使い手の決して諦めず最後までデッキを信じる心に応えて逆転の一手をもたらした。ならばどうして、それと同じ奇跡を彼女に起こせない道理があるだろうか?果たしてこの土壇場で引いたカードを見た彼女は、喉の奥で低く笑った。

「残念な話だが、このデュエルも今度こそ終わりみたいだな。スタンバイフェイズに速攻魔法、逢華妖麗譚(おうかようれいたん)-不知火語を発動!手札のアンデット1体を捨てることで、それとは名前の異なる不知火1体をデッキか墓地から特殊召喚できる!」
「墓地……戦神!」
「ああ、そうさ。甦れ、戦神!」

 再び2刀を手に墓地から蘇るは、浄化の炎纏いし火焔の剣士。その背後には、先ほどのターンで墓地に送られた青い古代生物の姿が半透明の霊体となって浮かんで消える。

 戦神-不知火 攻3000

「特殊召喚に成功した戦神の効果で、墓地からアンデット族になったアノマロカリスを除外することでその攻撃力を吸収する。不知火流・火鼠の皮衣!」
「クモグスの特殊能力、縛鎖!壊獣カウンター2つを消費して、このターン戦神を封じ込める!」

 もう1法の蜘蛛が糸を吐き、粘性の高いスパイダー・シャークの糸とはまた異なる硬質なそれが今まさに炎の衣をその身に宿そうとしていた戦神の全身をギリギリと縛り上げる。長くはもたない封印ではあるが、ほんの一時的にだけでもその体は完全に身動きが取れなくなった。

 KYOUTOUウォーターフロント(5)→(3)

「これで……」
「いや、甘いな。なぜなら、アタシの狙いは戦神の蘇生じゃない。この瞬間に手札コストとして墓地に送られたモンスター、グローアップ・ブルームの効果を発動!墓地のこのカードを除外することでアタシのデッキからレベル5以上のアンデット1体を選択し、そのカードをサーチする。ただしこの発動時にアンデットワールドが存在する限り、アタシはそのサーチを場への特殊召喚に変更することができる」
「最初からリクルートが目的だった、ってわけ?でも、どんなモンスターが出てこようともクモグスにターン制限はない。壊獣カウンターはまだ残ってる、みんなまとめて縛鎖してやるまでさ!」

 威勢よく啖呵を切る清明だが、それを糸巻は笑い飛ばす。

「はっ、そりゃあ一理ないな。確かに並みのモンスターなら、この場で出しても縛られちまうのがオチだろうよ。だが、こいつは一味違うぜ?アタシが呼ぶのはレベル8、死霊を統べる夜の王。来な、死霊王 ドーハスーラ!」

 アンデットワールドに巣くう死霊どもが、一斉にその王の帰還を讃える嘆きの歌を歌う。生者の心を荒ませるその悲鳴のような泣き声のようなもの悲しい響きの満ちる中、とうの昔にボロボロに風化してあちらこちらでむき出しの地面がのぞくかつてのメインストリートを湿った重いものを引きずるような音と共に恐るべき死霊の王がやってきた。

 死霊王 ドーハスーラ 攻2800

「ならもう1度クモグスの効果発動、縛鎖!」
「させるか、ドーハスーラの効果発動!」

 再び指令を受けたクモグスが、またしても大量の糸を噴出させてその新たなる獲物を縛り上げようとする。だがその瞬間、ドーハスーラがその手に持つ杖を振り上げた。見るものを幻惑させる光がその先端に灯り、その光に誘われてアンデットワールド中からどこからともなく、戦闘にも参加できずデュエルに影響を与えることもできないほどに低級な死霊が電灯に集う羽虫のようにうじゃうじゃと集まってくる。
 そしておもむろに、十分な数の死霊が集まったところでドーハスーラが自分へと向かってくる糸の奔流へと杖を向ける。集まっていた死霊どももまたその動きに吸い寄せられるように音もなく動き、そんな死霊の肉盾に糸が命中して四散した。

 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(1)

「クモグスの効果が……え?だぁから、そんなの知ってるなら先に教えてってば!自分で失敗して体で覚えろってのはよくわかったから、たまにはもうちょっと甘やかしてくれたっていいじゃない!」

 驚愕の表情から一転、突然明後日の方向を向いてぷんぷんと怒り出す清明。とはいえそれは本気で怒っているわけではなく、どちらかといえば動物がじゃれているだけのようにも見えた。
 ただ問題は、いるはずのその相手が糸巻たちには影も形も見えなかったことだけだ。

「えっと……あの人、誰と喋っているんでしょう……?」
「聞いてやらないほうがいいと思う。妄想癖は刺激しない方が安全だから」

 さすがの純真な少女も、目の前で突如繰り広げられたこの一幕にはやや引き気味となる。逆に鳥居が割と本気で彼と距離を取ろうとしているのは元からなので、その態度にはあまり変化がない。もとより長いプロ生活で様々な奇行を見慣れてきた糸巻も、形のいい眉を小さくひそめるのみだ。

「誰と喋ってんだお前。まあ一応教えといてやるが、ドーハスーラはアンデット族の効果発動に反応して、2つの効果から1つを選択して発動できる。今アタシが使ったのはそのうちの1つ、発動した効果を無効とする能力だ」
「ああうん、そうらしいね……でも!まだ僕にはスパイダー・シャークがいる、この子がいる限りドーハスーラの攻撃は僕のモンスターに届かない!」
「確かにな。だがスパイダー・シャークの能力は攻撃宣言時にしか発動できない、ならその前に潰してやるまでだ。墓地から馬頭鬼の効果発動、このカードを除外してもう1体の馬頭鬼を蘇生する……そしてこの効果に反応して、ドーハスーラの効果を発動!アンデット族が効果を使用した時、互いの場か墓地に存在するモンスター1体を選んで除外する!」
「除外じゃあ、ラスト・リザレクションも使えない……!」

 息を呑む清明の前で、ドーハスーラが今一度その杖を振る。いまだその杖の周りに浮遊していた残り半分の死霊どもが、今度はアンデットワールドの主の命に合わせて明確な敵意と共にスパイダー・シャークの全身に絡みついていく。鰭や尾を動かしてどうにか振り払おうとするスパイダー・シャークだったが、実体を持たない死霊には何の意味もなくその体が大量の死霊を道連れに消えていった。

 馬頭鬼 攻1700

「これでドーハスーラの効果も打ち止め……だが、この馬頭鬼を縛るための壊獣カウンターはもう残ってない」
「ぐ……」
「もう今度こそ、何もないみたいだな。まあアタシ相手によく粘った方だ、なかなか燃えられたぜ。バトル、ドーハスーラでクモグスに攻撃!」

 死霊王 ドーハスーラ 攻2800→粘糸壊獣クモグス 攻2400(破壊)
 清明 LP1400→1000

「これでとどめだ、馬頭鬼でダイレクトアタック!」

 馬の頭を持つ冥界の門番が、手にした大斧を無慈悲に振り下ろす。勝負は、決した。

 馬頭鬼 攻1700→清明(直接攻撃)
 清明 LP1000→0




「……っだぁー、負けたーっ!」
「ああ、相手が悪かったと思っときな」

 悔しそうに、しかし清々しく言い切って笑う清明に、糸巻も不敵な笑顔を返す。そして互いの健闘を認めあったデュエリスト2人がひとしきり笑ったところで、ふっと真面目な顔に戻る。

「しかし、どうしよっかね。はっきり言って僕としては、最悪手伝ってくれなくてもいいから邪魔さえしないでもらえればそれでいいんだけど」

 最初に口火を切ったのは、清明だった。邪魔しないで、というのは、やはりすべての発端となった幽霊騒ぎ……彼の言う精霊についての件だろう。デュエルを挑んでおいて負けた以上、もはや彼に決定権はない。しかしそう告げる彼の眼はどこまでも真剣そのものであり、よほどの事情……それもかなり切羽詰まった内容のものがあることを感じさせるには十分なものだった。

「……ま、とりあえずアタシらに話してみなよ。アンタが何でこの幽霊騒ぎに固執するのかを、さ」
「え?」
「おっと、勘違いするなよ。アタシは別に、アンタの与太話を信じてやろうってんじゃない。ただ今のデュエル、アンタは紛れもなく本気でぶつかってきた。どんな理由があるにせよ、真剣に通したい何かがなけりゃあの気迫は出るもんじゃない。アンタ個人を信じたわけじゃないが、アンタのデュエルを信じてやろうってんだ」

 予想外の言葉にきょとんとした顔になり、じわじわとほっとしたような笑みが広がっていく清明とは対照的に。鳥居がまた増えた面倒事にやれやれとこめかみを押さえながらも、最後に諦め混じりに小さく呟いた。

「あーあ。やーっぱりこうなったか、糸巻さん。あの人根っこが甘ちゃんだからなあ」 
 

 
後書き
これバブル・ブリンガーとかで粘ってなければもう1週は早く投稿できただろうなあ。
まあ、これが私の書くデュエルスタイルです。どうせやるならみっちり戦う方が面白い…と、私は思います。
しかし、漫画沢渡さんが魔界劇団を使ってくれなかったのは地味に痛い。 

 

ターン13 太陽と月と罪と罰

 
前書き
前回のあらすじ:遊野清明VS糸巻太夫、新旧主人公対決は清明の隙あらばすぐ負ける悪癖がいまだに治っていなかったため糸巻の勝ち。そして勝負を制した彼女は、勝利の報酬として清明から彼の話を聞き出そうとするのであった。 

 
「……色々と知っておいた方がいい前提はあるんだよ。でも、それやってると長くなるから今この瞬間に必要な要点だけ。それでいい?」

 七宝店内で再び机を囲み、最初に口火を切ったのは清明だった。

「なんだ、けち臭いな。アンタの知ってることとやら、とりあえず全部話してみればいいじゃねえか」
「そうは言うけどね。そもそもなんで、僕があの幽霊をカードの精霊だとわかったのか……とかそういう話だよ?特にそっちの彼なんて、絶対聞きたくないような話でしょ」

 とりあえずといった風に噛みついた糸巻に、肩をすくめてさらりと隣の鳥居に話を回す清明。急に話を振られた彼が何か言おうとするのに先回りして、そのままじっとりとした視線を向ける。

「俺は……」
「あれ、違うの?」
「……まあ、否定はしない。正直俺としては、お前そのものに対してまず懐疑的だからな」
「だろーね。だからその辺の前提は全部すっ飛ばして、あの子が精霊なことは確定情報として喋らせてもらうよ」

 さもそれっぽい理屈を述べて澄ました顔こそしているが、それは詐欺師の手口に他ならない。仮定の話にまた仮定を積み重ね、それを前提としてさらに仮定を上塗りする。そうやって話を膨らませるうちに、気が付いたときには一番最初に作られたはずの仮定はもう確固たる「事実」にすり替わる。あえて何も言いはしなかったが、糸巻の心の中でのこの少年に対する警戒レベルはまた1段引き上がった。
 デュエリストとしては信用できる。しかし、人間としてはどうだろうか?そんな疑心の視線を知ってか知らずか、しかめっ面を浮かべた彼の話はいよいよ本題に入る。

「ブレイクビジョン……「BV」だっけ?随分とまあ、とんでもないもの作ってくれたもんだね。本来カードの精霊ってのは、精霊だけの世界にいるものなんだよ?だけど持ち主がカードを大事にして、さらにたまたま精霊とデュエリストの……なんて言うのかな、波長が合った場合?うん、大体そんなときにだけそのカードを扉にして次元を越えて、こっち側に来ることができるってわけよ」

 ここで一度言葉を切り、周りの3人にじろりとかすかな非難混じりの視線を送る。しかしどんな目で見られようと、そもそも彼女たちもまた「BV」に人生を狂わされた被害者でしかない。同意のこもった表情で肩をすくめて先を促す糸巻に、また口を開く。

「そうやってこっちに来れた精霊も、基本的には人間からは見ることができない。こればっかりはどうしようもないけど、そもそも精霊を見ることのできる人間はかなり数が少ないんだ。まあ精霊側の世界に行けば話は別だし、たまーにこっちの世界でも自力で実体化できるような子もいるから例外も多いけど」
「いよいよもって胡散臭い話だな。つまり、お前にはそれを見ることができると?」
「色々あったのよ、色々ね。でも案外何かのきっかけさえあれば、ひょこっと見えるようになるかもね」
「本当ですか!?」

 そこで食いついたのが、やはりといえばやはりの八卦であった。精霊が見えるようになるという言葉に、誰よりも純真で眩しいほどに純粋な反応を見せる少女。そんな姿に何を思い出したのか目を細め、かすかな微笑を口元に浮かべて優しい声でしっかりと頷いた。

「結局は、わかんない話だけどね。でも僕はそうだったし、僕の親友もそうだった。精霊の見える目は決して先天的な才能じゃなくて、後から何かのきっかけで開花することもある。それは間違いなく保証するよ」
「へぇ……!」

 顔を輝かせて自分のデッキを取り出す八卦。その姿を前にしてまた会話がずれてきたことを察した糸巻がわざとらしく咳払いすると、ややきまり悪そうに清明が頭をかく。

「ごめんごめん、また脱線したね。で、話を戻すと。ふつうそういった精霊は、自分を呼び出すきっかけになったデュエリストと目に見えなくても繋がってるものなんだ。たとえどれだけ持ち主から引き離されてもその繫がりがあるからこそ、精霊たちはこの世界に留まっていられる……まあ、これも例外はあるけど。割とよくいるのよね、自分1人でも問題なく精霊としての存在を維持できるぐらい強い個体や、逆に自分の維持に必要なエネルギーが低すぎて、その繫がりがなくてもぴんぴんしてるような個体が」
「ん?要するにお前、何が言いたいんだ?」

 今一つ先の見えてこない話に焦れてきた糸巻が、一気に核心に踏み込もうとずばり問いかける。これ以上話を伸ばすのは悪手と悟った清明も、すぐにそれに応える。

「悪いねえ説明下手で。じゃあ、もっと要約するよ。要するに、あの幽霊はカードの精霊。だけど、どこをどう探してもそのカード自体の持ち主がいないかなりのイレギュラー存在。あの子がどういうタイプの精霊かはわかんないけど、下手すると近いうちに存在が保てなくなって消えちゃう。だから早いうちに手が打ちたい、具体的にはカード自体を回収して誰かにあげる、以上」
「いや、以上って……まあだいぶわかりやすくはなったな。最初からそう説明してくれ」
「幽霊さん……じゃなかった、あの子、消えちゃうんですか?」
「かもしれない、ね。ただ、今のままだとあんまりよくないことは間違いないかな」

 この中では唯一件の精霊を直接その目で見た八卦の問いかけに、ややためらったのち返事する。その言葉にやや安心はしたものの、それでも少女の脳裏にはあの時1瞬だけ出会った半透明の少女の姿が蘇った。

「イレギュラーって、なんか理由の当てでもあるのかい?アンタの話を聞くかぎり、また同じことが起きないとも限らないからな」
「外に出たら宝くじの当たり券拾って宇宙から隕石が落ちてくるぐらい無茶な確率だろうけどね。ただ今回に限っては、あの「BV」が一枚かんでるんじゃないかと思ってるよ」
「「BV」が?」

 カードの精霊というファンタジー概念から、ここに来て再び自体は現実の脅威に急転換する。聞きなれた名前に眉をひそめる糸巻に、ため息をついて先ほどと同じ非難混じりの視線を送る。

「そ。多分あれであのカードを実体化した時に、なんかの拍子でその肉体側に精霊の魂が引っ張られちゃったんだろうね。実体化するソリッドビジョンなんて、まさかオカルト抜きの科学の力だけで完成させたところがあるなんて思いもしなかったよ。三沢……昔の親友だけど、あいつが聞いたらなんて言うのかね」
「そんなこと、本当にあるのか?」
「あるのかったって、実際あるんだからねえ。ただ少なくとも、今こうして幽霊騒ぎが起きてるのは本当。でしょ?」

 当然の疑問を問いかける鳥居には肩をすくめ、あっさりと返す。

「さ、これで僕からの話はおしまい。そっちがこの情報掴んでるかどうかは知らないけど、僕はもう少ししたら行かせてもらうよ。今すぐ出てもいいんだけど、あの子はどうも日が落ちてからしか実体化できないみたいだからね。今行っても時間の無駄ってもんさ」
「はい!確かに私の調べたときも、確かに目撃情報は全部夜になってからでした。あの、私、お茶でもお持ちしますね」

 席を外した八卦からのお墨付きを得て満足そうに頷き、ひょいと立ち上がる清明。そのままショーケースまでふらりと歩き、中身を外から順番に眺め始めた。完全に時間つぶしモードに入った彼を横目に、デュエルポリス2人が手早く声を潜めての打ち合わせにかかる。

「おい鳥居。どー思う?」
「いやいや、どう、って……そもそも喋らせたの糸巻さんじゃないっすか、上司なんだから自分で考えてくださいよ」
「ふむ。アタシの勘だとアイツ、なーんか嘘ついてるようには見えないんだよなあ」
「そりゃ俺も同感っすね。ただ、だとするともっとヤバい可能性もありますよ。あの話を自分で信じ切ってるマジもんの妄想癖とかもう、俺らじゃなくて精神病院の管轄でしょう」
「つくづくリアリストだなあお前。まあ、アタシも半分は同感だ。万一の時のために拘束用の手錠と警棒、ちゃんとすぐ使えるようにしておけよ」
「そりゃもちろん。ん?待ってくださいよ糸巻さん、ってことは……」
「ああ、しばらくはアイツの話に乗ってやるさ。正直なところアタシも今の話を信じてみたい気持ちが半分はあるし……もし奴が頭のネジ吹っ飛んだヤバい奴だとしたら、それこそ1人にさせとく方がまずい。何やりだすかわからんからな」
「あー、監視役ってことっすね。了解です」

 あらかたの方針が決まったその瞬間を、ちょうど狙いすましたように。カードショップ七宝の扉が開き、スーツ姿の男がずかずかと店内に入り込む。そしてこの瞬間、またしても事態は面倒な回り道へと逸れることになるのだった。

「久しぶりだな、七宝寺の爺さん。おーい巻の字、どうせここにいるんだろ?そこにいるガキ1人、引き渡して欲しいんだが」

 当然のようにそう告げる髭面の男に、残念ながら糸巻はよく覚えがあった。何より、彼女に対してこんなあだ名で呼びかけるようなものは1人しかいない。

「朝顔……どうした、自首ならまた今度出直してくれや」
「おう巻の字、人の話ぐらいちゃんと聞いてくれ。まだ更年期には早いだろ」

 朝顔涼彦。かつてのプロデュエリストとしての通り名は『二色のアサガオ』。それが、このスーツ姿の男の名前である。デュエルポリスを選んだ糸巻とは違うテロリスト加担組の1人であり……そして彼女は知らないが、それを知るものはここにもう1人いる。
 折よくぱたぱたと小さな足音と共に、お盆に4つのコップとそれぞれ八分目まで注がれた緑茶を載せた少女が帰ってきた。

「お待たせしましたお姉様……あ、あなたは朝顔さん!?」
「あー、やっぱりここに居たのか。嬢ちゃん、つくづくツイてねえなあ」

 仕方ないなあと言いたげな表情の朝顔とは対照的に、危うく手にしたお盆を取り落としそうになる少女。目を丸くするその表情から何かを感じ取り、ドスのきいた声色で糸巻が向き直る。

「……なんだ朝顔、お前こんな子に手ぇ出したのか?返事次第じゃこの場でしょっ引くぞ」
「嫌な言い方だなあ巻の字、いくらなんでも俺の性癖はもうちょい上だよ」
「そういえば、お姉様のお知り合いなんですよね。私も、昨日お会いしたんですよ。あの、朝顔さん。先日はお世話になりました!今日は師匠はご一緒ではないんですか?」

 最初の驚きも過ぎ去って、元気はつらつに頭を下げる少女。仮にも彼は、目の前の少女に対し一方的なアンティを持ち掛け誘拐までしようとしていた男である。トラウマの発症ぐらいはかわいそうだが仕方がないと割り切ってこの場所に顔を出したのだが、さすがにこの反応は彼にとっても予想外だった。今度は朝顔がそのサングラスの奥で目を丸くしたのちやや居心地悪そうに頬を掻き、また糸巻に視線を移す。

「お、おう。夕顔の奴なら、今日は別行動だよ。あー、なんだ。おい巻の字、これもお前の教育か?」
「いんや、正直アタシもちょっと困ってんだ。アタシにはもう、この子はちょっと眩しすぎてな」
「あ、眩しかったですか?そうとは知らずに失礼しましたお姉様、照明落としてきましょうか?」
「……ほらな」
「心中察するぜ、お前さんも大変なんだな。と、今日はそんな話しに来たんじゃねえんだった」

 ようやく本来の目的を思い出した朝顔がポンと手を打ち、店内を見回す。いったいどこに行ったのか、清明の姿はいつの間にやら店内から消えていた。

「おお、それだ。朝顔、なんかガキがどうとか言ってたよな?」
「まーな。遊野なんとかって15、6の野郎だが、これが滅法腕が立つらしくてな。どう聞いても巻の字としか思えない赤髪の女を探して昨夜からこの街のあちこちで聞き込みしては、調子乗って喧嘩売ったうちの若いのを何人もデュエルで返り討ちにしてるらしい。どうせそいつらも酒の入った馬鹿なんだろうが、さすがに何の落とし前もなしってのは俺らも沽券にかかわるんでな」
「ほーん」
「で、だ。そいつがここに辿り着いたのはわかってるんだ、なあ巻の字。大人しくそのガキ、こっちに引き渡してくれねえか?どうせ大した知り合いでもないんだろ」
「ちなみに、嫌だっつったら?」
「まあ、腕づくだろうなあ。俺、巻の字の相手すんのはあんま得意じゃないんだが仕方ねえ」

 小さく息を呑む声がして、朝顔は糸巻の目をまっすぐに見つめた視線を逸らさないままに間違いなく目当ての存在がここにいると確信する。純真な少女は、どこまでも正直者だった。

「やっぱそうなるよなあ。おい鳥居、悪いがちょっとこいつの相手してやってくれないか?」
「んんっ!?げほっ、げほっ……え、俺なんすか?この流れで?」
「悪いがアタシは今駄目だ。いい加減煙草吸ってないから頭が回らん」
「こんのニコチン中毒!」

 一触即発の状態からため息をついた糸巻が振り返ったのは、のんびりと元プロ2人の会話を先ほどもらったお茶を飲みつつ見守っていた鳥居だった。突然の指名にややむせつつも抗議の声を上げる彼に対し、意外にも当の朝顔本人は乗り気だった。

「そうそう、お前さんのことも聞いてるぜ。前回の裏デュエルコロシアムに潜り込んでニューチャンプになった期待の……いやさ、擬態の新人だってな。青木のおっさんもロブの野郎も一筋縄じゃいかない相手なんだが、若いのに対したもんだ」
「げー……俺もすっかり有名人っすね」
「そりゃそうだろうよ。ま、もう俺らの間にもお前さんの顔は割れてんだ。最初の1回はうまくしてやられたが、もう1回潜り込むのは無理だと思っときな。センキューな巻の字、ついでにお前のことも一発かましてこれたとありゃ、俺も臨時ボーナスぐらいは出してもらえそうだ」

 乗り気の朝顔に押し付ける気満々の糸巻、そして変に気を使ってデュエルの邪魔にならないよう離れた位置から遠巻きに3人を見守る八卦。そして、店主の七宝寺と仮にも話題の中心なはずの清明の姿はどこにも見つからない。今この場に、鳥居の味方は1人もいなかった。

「えーいもう、わかりましたよ糸巻さん。やればいいんでしょやれば、俺が相手しますよ」
「おう、そうこなくちゃな。嬢ちゃん、悪いがデュエルスペース借りるぜ。それと今回も「BV」だ、ふっ飛ばされて困るもんは今のうちに退けときな」
「は、はい!」
「ひひっ、その必要はないよ朝顔の。もし何か壊れたら賠償は全部アンタら持ちさ……私の頼みだ、まさか嫌とは言うまいね?」
「ぐ……わ、わかったよ爺さん。あんたにゃ敵わんな、普通にデュエルしよう」

 先ほどまでどこにいたのか、突然ふらりと現れて完全に朝顔を威圧する七宝寺。それは糸巻にとっては……いや、彼女と同時期に活動していた元プロデュエリストにとっては何も違和感のない光景だったが、この老人の前職についてそもそも知らない鳥居と、現役引退した元プロということは聞いていてもその全盛期の伝説を知らない八卦はただただ2人してこの百戦錬磨なテロリストが目の前の小柄な老人相手にぐうの音も出ずに唸るさまを見て目を丸くするしかなかった。
 そして店の奥、デュエルスペースとして用意されたぽっかりと広い空間。あの時よりも観客ははるかに少なくはあるが、それでも鳥居は何となくあの裏デュエルコロシアムでの一夜を思い出していた。

「ま、やるとなったらやったりますか……『それでは皆様長らくお待たせいたしました、まずは自己紹介と参りましょう。私こそが当劇団の支配人にして目くるめく夢の世界への案内人、鳥居浄瑠にてございます。どうか皆様、末永くお見知りおきを!』」

 演劇モードのスイッチを入れ、眠そうな印象すらも与えるいつもの瞳をぱっちりと開きオーバーリアクションと共に深々と一礼する。そんな突然の彼の変わりようにも、すでにその変化について聞いていた朝顔は驚きはしない。

「おお、悪いなご丁寧に。知っての通り……つっても知らねえんだろうなあどうせ。二色のアサガオ、朝顔涼彦だ」

 そして互いに名乗りを終えたタイミングで、デュエルディスクのランダム機能が先攻後攻の順番をそれぞれ弾き出す。果たして先に場を固める権利を得たのは、朝顔の方だった。それを同時に確認し、ともに初期手札となるカードを5枚引く。

「「デュエル!」」

「さーて、まずは俺のターンか」

 そう言いつつ、じっくりと手札を眺める朝顔。その様子を完全に傍観者として眺める糸巻の裾を、くいくいと八卦が引っ張った。

「ん、どうしたい八卦ちゃん?」
「あの、お姉様。朝顔さんって、どんなデュエリストなんですか?二色の……って、どういう意味なんです?」

 少女が先日彼と遭遇した時、その相手となったのは相方の夕顔だった。そのため少女にとっても、これが初めて見る彼自身のデュエルとなる。しかし糸巻はそれに直接答えることはせず、軽く笑うと純粋な瞳で問いかける少女の頭にポンと手を置いて2人のデュエルがよく見えるように自分の横に並ばせた。これから始まるお楽しみ、その種を自分からばらすような無粋な真似はしないのだ。
 ……もっとも憧れの対象の真横という特等席を意図せずに手に入れ、さらにその体に密着する権利まで与えられた少女にとってはかえって勝負どころではなかったのだが。その理由は主に直立する少女の顔のすぐ真横に圧倒的な存在感と共に鎮座する、行儀悪く机の上に腰かけた糸巻の胸のせいである。彼女が呼吸するたびに必然的にそれに合わせてわずかに動く2つの膨らみは、思春期な少女の注意をほぼ全面的に引き付けるには十分なインパクトだった。
 そんなことが起きているとは露知らず、男2人のデュエルは今まさに始まろうとしていた。

「まずはこれからだな。俺は手札から、使神官-アスカトルの効果を発動。このターンシンクロモンスター以外をエクストラデッキから特殊召喚できなくなる代わりに、手札を1枚捨てることでこのカードを守備表示で特殊召喚。さらにその後、手札かデッキから赤蟻アスカトルを特殊召喚することができる」

 顔の付いた太陽をかたどった杖を手にした半裸の男性神官が現れ、その杖を空に掲げる。すると杖から黄金の光が放たれ、その光に導かれた巨大な赤き蟻がその6本の足をうごめかせながら神官のそばへと歩み寄る。

 使神官―アスカトル 守1500
 赤蟻アスカトル 守1300

「レベル5の使神官に、レベル3の赤蟻をチューニング。暴虐の太陽昇りしとき、表裏一体の対となる日輪が牙を剥く。シンクロ召喚、太陽龍インティ!」

 専用チューナーの元に呼び出されたそのシンクロモンスターは、まさに太陽の龍。先ほど神官が手にしていた杖と同じデザインの太陽の面が宙に浮き、そこから4本もの赤い首が伸びてそれぞれそっくり同じ竜の姿を成した。

 ☆5+☆3=☆8
 太陽龍インティ 攻3000

「『インティ……とくれば、恐らくは』」
「そして魔法カード、アドバンスドローを発動。俺のフィールドからレベル8以上のモンスターをリリースし、カードを2枚ドローする。手札から死神官-スーパイの効果を発動!このカードもまた俺の手札1枚をコストに守備表示で特殊召喚し、さらにスーパイ1体を特殊召喚できる。シンクロ召喚以外でエクストラデッキからモンスターを呼び出せないデメリットも含めて、アスカトルとほぼ同じ効果だ」

 太陽の龍がゆっくりとその首を根本の仮面に収納し、残った仮面も地中へと沈んでいく。それと同時に店内の照明も次第に暗くなってゆき、薄闇の中に鬼のような2本角の面をかたどった杖を手にする女神官がその杖によく似た宙に浮かぶ仮面を従えて現れた。

 死神官-スーパイ 守1900
 スーパイ 守100

「レベル5の死神官に、レベル1のスーパイをチューニング。無慈悲なる月光満ちるとき、表裏一体の対となる月輪が爪を研ぐ。シンクロ召喚、月影龍クイラ!」

 同じく専用チューナーの元に呼び出されたもう1体のドラゴンは、先ほど沈んでいったインティに比べるとその体躯はひとまわり小さい。その体色も赤を基調としたあちらとは異なり、全面的に青を押し出したカラーリングとなっている。しかしそのデザインはまさに対、ある一点を除くほぼすべてがインティの姿に酷似している。太陽の龍と月の龍を隔てる何よりの違い、それがその龍の体を伸ばす本体の仮面であった。太陽をかたどったインティに対し、月を人面に見立てた仮面……そしてそれが、先ほどインティの辿ったルートをなぞるようにして天頂へと浮かびあがった。

 ☆5+☆1=☆6
 月影龍クイラ 攻2500 

「『インティ、そしてクイラ。ともに対となる太陽と月の化身……魔界劇団の今宵の相手は、どうやら大自然の象徴たる昼と夜の顔そのもの。となればそれらを同時に相手取るこの演目名は、さしずめ魔界演目「星落とし」とでもお呼びいたしましょうか。天高く輪廻の孤を描く、昼と夜二色の顔を持つ2つの天体。ならば今こそ我々のエンタメで、星の軌道さえも曲げてみせましょう』」

 相手のデッキのギミックが分かったところで、鳥居は決して立ち止まらない。それは、彼の魔界劇団に対する誇りと自信のなせるものだ。
 しかしまた、その相手たる朝顔もかつては糸巻と同じプロデュエリスト。決して一筋縄ではいかない相手だろうと、改めて気合を入れ直す。

「星落とし、ねえ。はっ、なかなか言ってくれるじゃねえか。さすがはエンタメを名乗るだけのことはある、威勢のいい奴は嫌いじゃないぜ。俺の手札は残り2枚、これを全部セットしてターンエンドだ」
「『初手からハンドレスとは、なかなかに強気ですね。それでは、私のターン!おや、このカードは……いえ、なんでもございません』」

 ドローしたその1枚を見て、やや意味ありげな反応を見せる鳥居。だがそれ以上そのカードに触れることはなく、すぐさま別のカードを使って動き出した。

「『まず我々の目指すべきは、天頂に浮かぶあの青き月。そしてこの無謀なる挑戦に、果敢に挑む勇気ある団員の名を紹介いたしましょう。ライトPゾーンにスケール1、怪力無双の剛腕の持ち主……魔界劇団-デビル・ヒールを、そしてレフトPゾーンにはスケール8、誰もを笑わす最高の奇術師。魔界劇団-ファンキー・コメディアンをそれぞれセッティング!』」

 彼のデュエルではおなじみの、左右に立ち並ぶ光の柱。それぞれ紫色の巨漢と黄色い肥満体がその中心に、自身の持つ数字と共に浮かび上がる。

「『これにて私は手札より、レベル2から7のモンスターを同時に召喚可能。ペンデュラム召喚!舞台駆けまわる若きショーマン、魔界劇団-サッシー・ルーキー……そして!この偉大なる挑戦に、やはり彼の名は欠かせません。栄光ある座長にして永遠の花形、魔界劇団-ビッグ・スターの登場です!』」

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700
 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

「サッシー・ルーキーにビッグ・スター、ねえ。それで、どうする気だ?」
「『そうですね。いくつか考えられるストーリーはございますが……ここはやはり、お客様の意表をついてこそが華というもの。ビッグ・スターの効果発動!1ターンに1度デッキより魔界台本1冊を選択し、私のフィールドにセットいたします。最初に導き出される演目は、やはりこれがなくては始まらない。台本の中の台本、魔界劇団の代名詞。魔界台本「魔王の降臨」をセットいたします!』」
「何……?」
「ほう」

 鳥居が迷いなく選んだ台本は、自分フィールドに攻撃表示で存在する魔界劇団の数まで場に表側で存在するカードを破壊する極めて攻撃性の高い台本、魔王の降臨。そのチョイスに、元プロデュエリスト2人の目が鋭く光る。

「『おやおや、どうやらギャラリーの皆様方はこの選出が不思議なようですね。確かに今現在フィールドを支配する月の化身、クイラには効果がございます。それも魔王の降臨のチェーン不可能力では防げない、被破壊時に自身の対となるインティを蘇生する効果が。ですが、私はこれでもエンターテイナーを名乗る身。当然、これだけでは終わりません。魔王の降臨を発動、この時私のフィールドにレベル7以上の魔界劇団が存在することで相手はこの発動に対しカードをチェーンすることが不可能となり……その破壊対象は、私のフィールドに存在するサッシー・ルーキー!』」
「ええっ!?」

 八卦の上げた困惑の叫び声に反応するかのように、ビッグ・スターがすっかりおなじみとなった漆黒のマントによる魔王ルックを身にまとう。その隣で一緒になって黒服を着て胸を張るサッシー・ルーキーだったが、ビッグ・スターがそのマントを勢いよく広げてポーズをとった際に嫌というほどにその振りぬかれた腕に顔面を強打され、そのままその場にひっくり返ってしまった。

「『ですがご安心を。サッシー・ルーキーは1ターンに1度、戦闘及びカード効果によっては破壊されません』」

 涙目になりながら頭をさすりつつ起き上がる若き演者に、花形が魔王の格好のまま両手を合わせて謝罪する。気にするなと言わんばかりにその名が示す通りの偉そうな態度でひらひらと手を振り、再び2人の演者が月の龍を前にして並び立った。

「『そして手札より、魔界台本「ファンタジー・マジック」をサッシー・ルーキーに対し発動!このターン選択したモンスターがバトルによって破壊できなかったモンスターは、そのダメージステップ終了時に持ち主の手札へと戻ります。破壊するたびに互いが互いを蘇生しあう太陽と月の輪廻、ならば破壊以外の方法でその輪を断ち切ればいいだけのこと。これぞすなわち、星落とし!』」

 発動された第2の台本に目を通し黒衣をすぐさま脱ぎ捨てたサッシー・ルーキーが今度は木製の剣と盾を手にし、明るい色のマントにバンダナといったいかにもな勇者の装備に身を包む。星々の軌道を変えるため一時的に手を組んだ勇者と魔王の姿は、少女の目にはひどく頼もしいものに映った。

「あれ?でも、お姉様。最初からファンタジー・マジックのカードが手札にあったなら、なんで鳥居さんは魔王の降臨を使ったんですか?」
「ネタバレは冷めるからな、とはいえヒントだけは教えとくよ。簡単な話、奴が狙ってるのはサッシー・ルーキーのもう1つの効果さ。それにしても鳥居の奴、2枚も伏せが残ってるってのにずいぶん強気でいったな」

 意味深な呟きが、当の本人の耳に届いたのかは定かではない。ともあれ、天高くで無慈悲な光を放つ天体の龍へとその先陣を切ったのは勇者サッシー・ルーキーだった。飛び上がりざまにその剣を振り上げ、力任せに振り下ろしにかかる。

「サッシー・ルーキーは破壊された時にデッキからレベル4以下の魔界劇団を1体リクルートする、だろ?確かにこの攻撃でクイラのバウンスが通っちまえば、すでにこのターン破壊耐性を使ったルーキーは戦闘破壊されて後続を呼び、そいつが攻撃力1500以上なら4000以上のダメージが通る計算になる……だが悪いな兄ちゃん、俺は一筋縄じゃいかないぜ?まずクイラが攻撃対象に選ばれた瞬間、クイラ自身の効果を発動!その攻撃モンスターの攻撃力の半分だけ、俺のライフを回復させる!」
「『もちろん、その効果も理解しております。ですがいかにライフが回復しようとも、星々の輪廻は表裏一体の月が消えたその時点で断ち切られます。つまり、この星落としは成立する!』」

 朝顔 LP4000→4850

 その言葉通り、勇者の振り下ろした剣は今まさにそれを迎え撃とうとする4本の龍の首とぶつかり合おうとしていた。この攻撃によりファンタジー・マジックは、その目的を達成することとなる。
 だが、ついにその時は訪れなかった。まさに両雄がインパクトするその瞬間、朝顔が動いたのだ。

「速攻魔法、禁じられた聖槍を発動!俺が選ぶのは当然、俺のフィールドに存在する月影龍クイラだ。これでクイラの攻撃力はこのターン800下がり、さらに魔法も罠もこのターンだけ受け付けない」
「『しまった……!』」
「ほう。腕は落ちてないみたいだな、朝顔」

 後悔するも時すでに遅く、最高のタイミングでのカウンターに糸巻が関心する。勇者の剣が龍の脳天へと激突し、竜の吐く炎が勇者の体を呑み込んだ。

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700(破壊)→月影龍クイラ 攻2500→1700(破壊)

「これでクイラの攻撃力はサッシー・ルーキーと同じになり、当然相打ちによる戦闘破壊が発生する。そしてファンタジー・マジックの効果は、相手が戦闘破壊された場合には不発となる……もっとも、今回は禁じられた聖槍で耐性が付与されたからどの道バウンスは通さないがな。月影龍クイラの効果、発動!月が大地に沈むとき、世界には再びの昼が訪れる。甦れ、太陽龍インティ!」

 クイラの残された仮面がゆっくりと地平線の向こう側へと消えていき、それと入れ替わるように再び太陽の仮面が……そしてそこから伸びる、4本の赤い龍の首が何事もなかったかのように現れる。みるみるうちにまたしても明るくなってきた店内に、くっきりと魔王の影が色濃く浮かんた。

「『ですが、戦闘破壊されたのはサッシー・ルーキーも同じこと。効果発動!デッキより出でよ、魅力あふれる魔法のアイドル。魔界劇団-プリティ・ヒロイン!』」

 太陽が昇ると同時に勇者のいなくなったフィールドで魔王の隣に呼び出されたのは、緑色の髪をした魔法少女。手にした魔法の鞭をまるで新体操のリボンのように巧みに操り、その肉球のような両手でポーズを決める。

 太陽龍インティ 攻3000
 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 守1000

「それで戦線維持したつもりだろうが、ここは一気に畳み込ませてもらう。永続トラップ、竜星の極み!このカードが存在する限り、相手モンスターは攻撃可能ならば必ず攻撃しなければならない。そこな嬢ちゃんは守備表示だから関係ない話だが、隣の花形にはそのまま突っ込んできてもらうぜ」
「『ならば、ビッグ・スターで強制攻撃をいたしましょう。意気揚々と布陣を整えて勝負に挑んだ魔界劇団でしたが、結局このターンのうちに太陽と月の運航を捻じ曲げることは不可能に終わってしまいました。しかし、それは魔界劇団の一方的な敗北を意味しているのでしょうか?いえ、断じてそうではございません。再びターンが巡るかぎり、彼らは何度でも立ち上がり再起を図るでしょう!ですがそれまでしばしの間、我々は一時の敗北を認めねばなりません』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500(破壊)→太陽龍インティ 攻3000
 鳥居 LP4000→3500

 漆黒のマントを広げ太陽の龍へと放った跳び蹴りはしかし、その本体へと届くよりも先に待ち構えていた龍の炎によって焼き尽くされた。
 これで鳥居のフィールドには辛うじて生き残ったプリティ・ヒロインただ1人と、この状況では特に何かができるわけでもないPゾーンのカード2枚のみ。圧倒的に不利な状況で、残る手札はただ1枚。

「『メイン2では何もいたしません。このままターン終了です』」
「そうか。なら、このまま俺のターンだな?フィールド魔法、チキンレースを発動!このカードはターンプレイヤーが1000ライフを払うことで、3つの効果から1つを選択して発動することができる。俺が選ぶのは、1枚ドローする効果だ」

 朝顔 LP4850→3850

 最初の小競り合いで優位に立った朝顔が手にしたカードは、万能ドローソースであるフィールド魔法。このまま残していれば次のターン、鳥居もまたこの効果を発動することができる……だが2人ともすでに公開情報から、それが実現しないことを知っている。それは、使神官アスカトルのコストとして捨てられたネクロ・ガードナーと同様に死神官スーパイの効果を発動するために捨てられた1枚のカード。

「墓地に存在する魔法カード、シャッフル・リボーンの効果を発動。このカードを除外することで俺のフィールドに存在するカード1枚をデッキに戻し、追加で1枚ドローする。ただしこの効果を使うターンのエンドフェイズに俺は手札を1枚除外するデメリットが発生するがそんなもん、手札全部使い切って踏み倒しちまえばないのと同じだな……嬢ちゃんも、デュエリスト志すなら覚えときな。こういうのがデュエリストの腕の見せ所、テクニックってやつだからな」
「は、はい!」
「オイこら朝顔、アタシの妹分に勝手に変な知識教え込むんじゃねえ」
「おうなんだ巻の字、嫉妬か?」
「あん?」

 ぎろりと据わった目で睨みつける糸巻とは対照的に、なぜか頬を赤らめてさりげなく立つ位置をずらし、より彼女へと密着する少女。一方でそんな昔馴染み同士の軽口についていけない鳥居はといえば、完全にアウェーの感覚を全身で味わっていた。
 そんな彼に、おもむろに朝顔が向き直る。

「さて、と。なあ兄ちゃん、どうやらそろそろ俺の二つ名の理由……二色のアサガオの由来を教えてやるよ」
「『由来……?はて、太陽と月の龍、その2種を軸とすることがその理由ではない、と?』」
「それもある。だが、それじゃ50点ってとこだな。兄ちゃんも巻の字から聞いたことぐらいあるだろ?プロはデッキに2種類以上の戦術パターンを盛り込んで戦術に幅を持たせてたってな。俺も元プロ、当然その中の1人だった。だが神官のアスカトルとスーパイには、それぞれ効果発動ターンにシンクロ以外でエクストラデッキが使えない欠点がある。そしてこの2神官をうまく使えれば、基本的に召喚権は余る。となれば、俺が何に活路を見出したと思う?」
「『……?』」

 困惑する鳥居に答え合わせだと言わんばかりに朝顔がその手札から1枚のカードを取り出し、デュエルディスクへと置く。

「時間切れだ。永続魔法、Sin(シン) Territory(テリトリー)発動!このカードの発動時、俺はデッキからフィールド魔法、Sin(シン) World(ワールド)を直接発動することができる」

 この局面で唐突に発動されたフィールド魔法により、太陽に照らされたフィールドが赤紫色の星空へと様変わりする。インティとクイラによる輪廻から唐突なSinに、流石の鳥居も目を剥いた。そんな思い通りの反応に気をよくし、上機嫌な朝顔が得意げに口を開く。

「そうさ、これが俺の隠し玉。太陽と月の二色と、白黒二色の矛盾の仮面。さあ覚悟しな、Sin パラドクスギアを召喚、そのまま効果を発動するぜ。フィールド魔法が表側で存在する際にこのカードをリリースすることで、デッキからもう1体の歯車を特殊召喚したうえでそれとは別のSinを手札に加える。チューナーモンスター、パラレルギアを特殊召喚!」

 Sin パラドクスギア 攻0
 Sin パラレルギア 攻0

「相変わらずの大型揃いか。よくもまあ、あんな重そうなデッキ回せるもんだ」
「俺に言わせりゃ巻の字、お前のデッキの方が大概だがな。アンワで種族サポートを腐らせて、バジェにドーハスーラにクリスタルウイング……よくあんな性格の悪さがにじみ出たデッキ臆面もなく回せるもんだ」
「お、お姉様を馬鹿にしないでください!」
「へいへい、悪かったな嬢ちゃん。パラレルギアをシンクロ素材にする場合、ルールとして他のシンクロ素材は宇手札のSinモンスターにする必要がある。俺は手札のドラゴン族レベル8、Sin スターダスト・ドラゴンに、闇属性レベル2のSin パラレルギアをチューニング。太陽沈み月堕ちる時、表裏一体を混濁する冥府の龍がその瞳を開く。シンクロ召喚、冥界濁龍 ドラゴキュートス!」

 白黒の仮面をつけた星屑の龍を、手足の付いた歯車の変化した2つの光の輪が包む。そして現れる第3のシンクロモンスターは先ほど沈んだ月の龍を、そして現在もなお天頂に浮かぶ太陽の龍をもはるかに凌駕する圧倒的な巨体の持ち主だった。その腹には頭部とは別にもう1つの巨大な口が開き、かすかに息を吐くと空気の流れと共に大量の瘴気が周りの空気に散布される。
 それは太陽も月も関係ない、死の世界より来たる龍。互いが互いを蘇生するインティとクイラのコンセプトに真正面から抗いながら、そのどちらの要素も内包するもう1体のドラゴン。

 冥界濁龍 ドラゴキュートス 攻4000

「さて、そろそろ終わりじゃないか?バトルフェイズに……」
「『いえ。確かに以前までの私であれば、この状況を覆すことは不可能だったでしょう。ですがデッキとデュエリストは、常に進化を繰り返すもの。今の私のこの手には、この危機的状況に対する回答が握られています!』」
「何!?」

 絶体絶命のピンチにも、鳥居はにっこりと笑う。彼の手に存在する、最後の1枚となるカード……しかしそれを表にする前に、敬意を表すべく深々と優雅な動きでお辞儀する。

「『まずはこの場をお借りして、チャンピオン……妖仙獣使いの強敵であったロベルト、後ろ帽子の(バックキャップ)ロブへとお礼申しあげておきましょう。あなたがあの時私のデッキの力を見抜き、その補強のためにくださった1枚のカード。その真の力、今こそこの舞台にてお見せいたしましょう!メインフェイズ終了時に手札より、ホップ・イヤー飛行隊の効果を発動!私のフィールドに存在するモンスター、プリティ・ヒロインを選択してこのカードを特殊召喚し、さらにその2体のみを素材としてシンクロ召喚を行います!それではご登場いただきましょう、これが私の新しい仲間!蒼穹の世界飛び交う小隊、ホップ・イヤー飛行隊!』」

 2体のドラゴンが支配する戦場に、突如3つの影が空の彼方から舞い降りた。それは、長い耳を翼代わりに自由自在に空中を高速飛行する獣人たちの部隊。この危機的状況を唯一どうにかするだけの力を秘めた、チャンピオンからのもらい物のカードである。

「ロブの野郎、いらんことしやがって……!」
「『そちらがあくまでシンクロで攻め込むというのであれば、私も同じ土俵に立って立ち向かうのが筋というもの。まだ私の星落としの演目は、終わったわけではございません。レベル4のプリティ・ヒロインに、レベル2の飛行隊をチューニング!幻界巡りし化天の翼、メタファイズ・ホルス・ドラゴン!』」

 太陽と死の龍を前に立ち塞がるように、ほのかに光り輝く純白の翼が力強く広げられる。2体の龍よりもずっと小さな存在でしかないその幻竜は、しかしその威圧感にも怯むことなく対峙する。

 ☆4+☆2=☆6
 メタファイズ・ホルス・ドラゴン 攻2300

「俺のターンにメタファイズ・ホルスか。厄介なことしてくれるぜ」
「『幻竜とはすなわち、ドラゴンの魂より生まれ出でてその幻界を突破した存在……そう、ドラゴンを越えるために!メタファイズ・ホルス・ドラゴンは、そのシンクロ素材となったチューナー以外のモンスターの種類によって異なる効果を発揮いたします。プリティ・ヒロインはペンデュラムカード兼効果モンスター、よって発動される効果は2つ。アセンション・ダブル・ウェーブ!』」

 ますます強くなる純白の光を放ちながら、メタファイズ・ホルスが高く高くに飛び上がる。光の軌跡を後ろに引き、輝きが太陽と死の龍を照らしてくっきりとその影を地面に落とした。

「『まず効果モンスターを素材としたことで、相手フィールドのカード1枚を選択してその効果を無効とする力。私が選択するのは、ドラゴキュートスです!』」
「ちっ……止められないな」
「『そして本命、ペンデュラムカードを素材としたときの効果。相手は自分フィールドのモンスターを1体選択し、そのコントロールをこちらに渡さねばなりません。さあ、どちらを選択なさいますか?』」

 ここで重要なのは、あくまでもコントロールを渡すモンスターを選ぶ権利は朝顔の方にあるという点である。一見それは選択のようにも見える……しかし実際のところは問われるまでもなくそんなこと決まりきっており、それは鳥居自身も百も承知である。

「ほらよ、行ってきな。太陽龍インティのコントロールを移す!そしてバトルフェイズ、ドラゴキュートスで太陽龍インティに攻撃!」

 効果が無効になろうとも、その攻撃力は損なわれていない。冥界の龍が、メタファイズの光に幻惑されて軌道を変えた太陽へと裁きの一撃を下す。

 冥界濁龍 ドラゴキュートス 攻4000→太陽龍インティ 攻3000(破壊)
 鳥居 LP3500→2500

「礼を言うぜ兄ちゃん、わざわざコンボの成立を手伝ってくれてな。この瞬間に太陽龍インティの効果が起動する。このカードを戦闘破壊したモンスター、つまり俺のドラゴキュートスはそのまま破壊され、相手プレイヤーにその攻撃力の半分だけダメージを与える!」

 沈みゆく太陽が地平線の向こう側に消え去る寸前、その首の1本がおもむろに伸びてドラゴキュートスの首筋に噛みつき共に引きずり込む。そしてほんの1瞬だけ、朝顔のフィールドからモンスターが消えうせた。

 鳥居 LP2500→500

「鳥居さん!」
「だが、こうしなきゃアイツのライフは今のターンで消えてたからな。結果的にドラゴキュートスも勝手に消えてくれたわけだし、消費の重さにさえ目をつぶりゃあ今のがベストな手だ」

 大幅に減ったライフに悲鳴を漏らす八卦とは対照的に、糸巻の視線はあくまで冷静なままだ。事実彼女はこの時、特に鳥居の心配はしていない。確かに彼の手札はこれで0だが、それは朝顔も同じこと。そして鳥居にはまだ、1と8を示したままのペンデュラムスケールが存在する。致命傷を負いライフ差こそ大きく開いたものの、見た目よりも戦況は悪くない、そう彼女はこの状況を分析する。
 彼が本当のデュエリストならば、ここでこのまま押し切られるような真似はしないはずだ。普段辛口な彼女ではあるが、それでもこの部下が本物のデュエリストであることに関しては、全く疑いを持ってはいなかった。

「仕留めきれなかったのはもうしょうがねえな、やるだけのことはやった。ターンエンドだ、ターンエンド」
「『それではこれにて私のターン、ドロー!』」
「スタンバイフェイズ、破壊されたインティの効果により墓地のクイラを蘇生する。太陽が大地に沈むとき、束の間の黄昏を経て夜が世界に訪れる。甦れ、月影龍クイラ!」

 そして再び、フィールドに薄闇が訪れて月の仮面と青き龍が天頂へと昇る。その姿と今引いたばかりの手札を見比べ、わずかな沈黙ののち……鳥居は、大きく息を吸い込んだ。わずかな溜めの期間を置き、あくまでも明るい調子を崩さずに口を開く。

 月影龍クイラ 攻2500

「『再び月が昇り、夜が訪れ……そして我らが魔界劇場も最終日、星落とし作戦最後の一日がやってまいりました!星々の輪廻には散々てこずらされてきましたが、この長きにわたる戦いにもこのターンをもって幕を下ろすと致しましょう。ですが、こちらもそれなりに疲弊していることは否定できません。まずは、星を落とすための下準備が必要となりますね。最初に来たるはこのカード、舞台を回す転換の化身。魔界劇団カーテン・ライザーを召喚!そして彼自身の効果によりデッキから魔界台本「火竜の住処」を墓地に送ることで、エクストラデッキより再びビッグ・スターを回収いたします』」
「やっぱり何か思いついたみたいだな。さーて、どう逆転する気かね」

 満足げに呟く糸巻の前で、カラフルなテントに顔と手足が生えたような異色の演者が召喚されてメタファイズ・ホルスの横に並ぶ。

 魔界劇団カーテン・ライザー 攻1100

「『ここで私はエクストラモンスターゾーンのメタファイズ・ホルス・ドラゴンと、今しがた召喚したカーテン・ライザーの2体を左下、及び右下のリンクマーカーにセット!リンク召喚、電脳駆けるデータの翼。LANフォリンクス!』」

 LANフォリンクス 攻1400

「まずはマーカー確保か。まあ、メタファイズ・ホルスが居座ったままじゃ何もできないしな」

「『セッティング済みのスケールは1、そして8!ペンデュラム召喚、エクストラデッキから再びサッシー・ルーキーとプリティ・ヒロインを、そしてクライマックスともなれば、なんといってもあの花形は欠かせません。手札からはもう1度、ビッグ・スターの登場です!』」

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700
 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500
 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

 そして用意したリンクマーカーをフルに活用して呼び出される、3体の魔界劇団。だが、まだその展開は止まらない。彼の思い描いた星落としのシナリオは、この3体が出揃った今もなおその途上にあった。

「『ビッグ・スターの効果発動!再びデッキより、魔界台本「魔王の降臨」を再上演!3種類の団員が存在することで破壊可能なカードは3枚、私はこの効果によってSin Territory、そして月影龍クイラを破壊します!』」
「クイラを選ぶとはいい度胸だ。明日が来ればまた日は昇るって、裏デュエルコロシアムの時に青木のおっさんから聞かなかったのか?甦れ、太陽龍インティ!」

 魔王の一撃が赤紫色の宇宙空間そのものを揺さぶり、その頂点に浮かぶ月の龍を陰らせる。再び沈んでいく仮面と入れ替わりに、つい先ほど沈んでいったばかりの太陽の龍が蘇った。

 太陽龍インティ 攻3000

「さあ、望みどおりに蘇生してやったぞ。それで次はどうする気だ、兄ちゃん?」
「『ならばもう1度申し上げましょう、私の今回の演目は星落とし。なるほど、確かに太陽と月の龍の不死性は恐ろしいものでした。しかしその力も、決して無尽蔵に使えるものではございません。ここで魔界劇団の心強き仲間、更なるゲストをご紹介いたしましょう』」
「ゲスト?」

 オウム返しに聞き直す朝顔に対し芝居っ気たっぷりにウインクし、おもむろに高く掲げた指を打ち鳴らす。それを合図に、ビッグ・スターの左右に陣取った2人の団員が飛びあがり空中で交差する。

「『私のフィールドに存在する、闇属性ペンデュラムモンスターであるサッシー・ルーキー及びプリティ・ヒロイン。この2体のモンスターをリリースすることで、このカードはエクストラデッキより特殊召喚できるのです。さあ満を持して今こそ出でよ、融合召喚!千の顔持つ蟲毒の竜!覇王眷竜スターヴ・ヴェノム!』」

 そして重々しい音とともに着地する、緑のラインが毒々しく光る紫毒の龍。その攻撃力ははるか上空にまで上り詰めた太陽にはいまだ届かない……しかし、その瞳は一歩も引くことなく直上に輝く太陽の龍を見据えていた。

 覇王眷竜スターヴ・ヴェノム 攻2800

「『スターヴ・ヴェノムは1ターンに1度互いのフィールド、もしくは墓地に存在するモンスター1体を指定することでその効果および名前を得ます。そして今回私が選ぶのは、その隣に立つ我らが花形。ペルソナ・チェンジ……ドラゴンライダー・ビッグ・スターヴ!』」

 まるで蔦のような触手を背中から真横に伸ばすスターヴ・ヴェノムに、それをタイミングよく掴んで飛び上がるビッグ・スター。再び体内に猛スピードで収納される触手をロープ代わりにその動きに合わせ宙を舞った花形が、正確にその紫色の背中に飛び乗った。

 覇王眷竜スターヴ・ヴェノム→魔界劇団-ビッグ・スター

「ビッグ・スターとスターヴ・ヴェノムが……合体した!?」
「落ち着け八卦ちゃん、ただの演出だ。あとあの乗っただけっぷりはどっちかっつーと融合だな」

 彼曰くドラゴンライダーと化して人馬一体となった2体のモンスターの共闘に、まんまと彼の演出に乗っかった八卦が興奮して叫ぶ。
 一方でさすがにプロとしての経歴も長い2人はこのように小手先の演出には引っかかりはしないが、それはそれとしてデュエリストとしての本能が目を離すことなくことの経過を興味深げに見続けていた。

「『さあ、今こそがクライマックスです!ドラゴンライダー・ビッグ・スターヴの効果を発動してデッキより最後の1枚、魔王の降臨を再々上演!たとえ道半ばにして仲間が力尽きようとも……いえ、それだからこそ、竜の力を得て真なる魔王と化したビッグ・スターは決して目的を諦めません。魔王の暴威は空に浮かびしあの星を落とすまで、何度でもフィールドを吹き荒れます!この局面にて魔王の選びし対象は当然、太陽龍インティ!』」
「ちいいっ……!」

 太陽と月の蘇生コンボには破壊以外の除去に弱いというほかにもう1つ、ほんのわずかな隙がある。それが、インティとクイラの効果にあるごく小さな違いである。破壊された場合に即座にインティを呼び戻すクイラと違い、インティ側の蘇生能力には破壊された「次のスタンバイフェイズ」というタイムラグが存在する。
 しかしそれは本来、プレイングによっては十分にカバーできる範囲のもの。現に先ほどのターン、朝顔は鳥居が敗北を回避するために使わざるを得なかったメタファイズ・ホルス・ドラゴンの効果を逆手にとってインティを送り付け、ドラゴキュートスで戦闘破壊することで特大の効果ダメージを与えつつ次のターンを蘇生したクイラで迎え撃つという理想的な流れを見せつけた。当然相手からの効果に頼らずとも、彼のデッキには能動的にインティを破壊してクイラに繋ぐカード、あるいは空いたフィールドに自分からクイラを蘇生し次なる破壊に備えるカードは盛り込まれている。
 しかし今この場においてそれらのカードは存在せず、あるのは太陽も月もないぽっかりと空いた空間のみ。星落としは、ここに成就した。

「『それでは最後のバトルフェイズと参りましょう。まずはLANフォリンクスによるダイレクトアタックです』」

 LANフォリンクス 攻1400→朝顔(直接攻撃)
 朝顔 LP3850→2450

「『そして最後を飾るのは、やはりこうでなくては締まりません。ドラゴンライダー・ビッグ・スターヴによるフィナーレの一撃……竜王のフルスロットルオベーション!』」

 上に乗った魔王がそのマントをはためかせ、スターヴ・ヴェノムが両足で力強く地を蹴って走る。上空からは光の柱でデビル・ヒールとファンキー・コメディアンがエールを送る中、最後に大きくジャンプしての人竜一体となって紫色の炎を纏っての突撃が真正面から朝顔に命中した。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2800→朝顔(直接攻撃)
 朝顔 LP2450→0





「はー……勝ちましたよ糸巻さーん」
「おーう」

 演劇の時間は終わり、また素に戻ってのやる気のない勝利宣言に対しこれまたやる気のない返答。普段は真逆のくせにこういった妙なところだけ同調する2人に、デュエルディスクの電源を落とした朝顔がなんとも言えない表情を向ける。

「いやもっと喜べよお前ら、俺だぞ俺。二色のアサガオに勝ったなんて、一昔前ならそれだけで少しは自慢できるレベルだったんだぞ」
「うるせー時代錯誤のテロリスト。ほれ、用が済んだなら負け犬は帰った帰った」

 未練がましい言葉にも、しかし糸巻はしっしっと野良犬でも相手するかのように手で追い払うジェスチャーで返す。仮にも敵対する組織の、それも「BV」をナチュラルに持ち歩く重犯罪者にもかかわらず身柄拘束といった発想が一切出てこないのは、基本的に何かフォローの入れようのないことをやらかすまでデュエリストに対しその重い腰を上げようとしない、彼女なりの元同業者への甘さのなせる業だった。あるいはそれだけ、道は違えどかつての仲間がデュエルモンスターズを悪用などしないということを信じているのかもしれない。
 そんなぶっきらぼうな態度から見え隠れするどこまでも甘い彼女の一面を見抜き、朝顔は苦笑いして肩をすくめる。

「へいへい、んじゃ帰りますかね。デュエルポリスとかち合って負けてきたって言っとけば最低限の格好はつくだろうさ。ただ巻の字、できればその遊野なんちゃらにはあんま目立つ真似すんなよって伝えといてやってくれ。後始末押し付けられるのは俺らだかんな」
「気が向いたらな。アンタの方こそ、もしどっかで巴の奴に会ったら伝えといてくれ。アタシがバーーカ、こう言ってたってな」
「巻の字、お前なあ……そんな小学生でも今時やらないような伝言押し付けられる40過ぎのオッサンの気持ち、少しでも考えたことあんのか?ま、気が向いたら言っといてやるよ。んじゃな、嬢ちゃんも元気でな」
「はい!今日のデュエルも大変参考になりました、ありがとうございます!」
「……やっぱ調子狂うなあ。巻の字、この嬢ちゃんにはあんまろくでもないこと教えるんじゃないぞ」

 その言葉を最後に、いつの間にかすっかり日が落ちて夜になっていた店の外へと朝顔が出ていく。なんだか疲れが押し寄せた鳥居が大きく息を吐くと、それを合図にしたかのように少年の顔がぴょこっと覗く。

「あ、ぼちぼち終わった?ご苦労様」
「清明?あれ、お前今までどこにいたんだ?」
「外。さっきの人に捕まると大変面倒くさいことになりそうだったからねー」

 なんてこともないようにそう述べる彼だが、その状況判断の早さに糸巻は内心うんざりしていた。現状はかなりの要注意人物であると評さざるを得ない言動にもかかわらず、今の逃げ足。ということはつまり、もし彼が精霊に関する妄想癖を拗らせた結果何かをやらかして彼女たちが捕まえる羽目になったとしても、あの危機回避能力をフルに生かして逃げ回られる可能性があるということだ。
 つくづく、面倒なことに首を突っ込んだものだ。改めてそのことを実感し、糸巻もまた腰を下ろしていた机から立ち上がり出入口へと向かう。この後に何が起こるのかを考えるだけで、煙草を吸わずにはいられなかった。 
 

 
後書き
File1における鳥居のデュエルは半ば【魔界劇団】の布教のような側面もあったので意識してそれ以外のカードはエクストラ含め極力使わないよう抑えていましたが、このFile2からはもっとじゃんじゃん使っていきます。
……まあ実際にはエキストラマドンナホープの効果を積極的に使っていきたい魔界劇団は、基本的にカテゴリ縛りが毎ターンかかり続ける状態なので少なくとも自ターンでカテゴリ外のカードを出すのはあまり得意でもないのですが。そういう意味ではその欠点をある程度カバーでき、不意打ちでホルスヴァルカンノートゥングあたりを呼び出せるホップ・イヤー飛行隊は実にいいカードですね。 

 

ターン14 鉄砲水と手札の天使

 
前書き
お久しぶりです。まず初めに、大変投稿が遅れてしまったことお詫び申し上げます。
というのも、最近発売されたデッキビルドパック、ミスティック・ファイターズ。そこで登場した新テーマ、ドラゴンメイドに惚れ込みその構築にばかり延々頭を使っていたら正直こっちで別のデッキについて架空デュエルを書く気力もモチベも全部そちらに吸い取られて……ははは(乾いた笑い)。しかもこれだけ時間かけたのにまだ改善点あるし。
おかげで今回、書いておいてなんですがデュエルシーンは出涸らしみたいなもんです。同じ題材でももうちょい工夫のしようはあったような…。
ただかなりズレた構築の、拙作で言えば糸巻さんがいかにも喜びそうなヘンテコドラゴンメイドとなりこれはこれで気に入っているのでまた機会があればそのうちこっちにも出すかもしれません。

前回のあらすじ:魔界演目「星落とし」、満員御礼につき講演終了。 

 
「じゃ、ぼちぼち行こっかな。んで、おねーさんたちはどうするのかね」

 突如現れた朝顔が再び出て行ってから、およそ一時間が経過した。何とはなしに壁にかかった時計を見上げた清明がそろそろ頃合いかと、背伸びしつつ探るような視線を向ける。

「わ、私もご一緒します!」
「アタシも。乗り掛かった舟だ、もうちょい付き合ってやるよ」
「俺も。行きたくはないけどしょうがないしな」

 返ってきた三者三様の答えに小さく頷き、ふらりと身を翻す。ついてきたければご自由に、ということなのだろう。

「んじゃ爺さん、姪っ子は重要参考人としてちょいと借りてくぜ」
「おや。天下のデュエルポリス様がそう言うのなら、この老体に反発する気はないよ」
「頼むからやめてくれ、爺さん」
「ひひひ、冗談さね。とはいえ九々乃、今は何かと物騒だからね。こんな時間に出歩くんだ、絶対に一人にならないように。いいかい?」
「はい、おじいちゃん……そうだ!」

 糸巻の知るその現役時代からつかみどころのない老人ではあったが、その姪に対する愛情は本物なのだろう。かなり真面目な忠告に当の少女も神妙に頷き、直後にさも名案を思いついたとばかりの笑みでとてとてと糸巻の隣に行きその手を伸ばす。

「あん?どうした、八卦ちゃん」
「手を繋ぎましょう、お姉様!私が迷子にならないように、です!」
「え、ええ……?」

 いやそれはおかしいだろう。喉まで出かかった言葉を糸巻が寸前で呑み込んだのは、そのあまりにきらきらとした瞳に見据えられたせいだった。さも自信満々に、さあ名案でしょう褒めてくださいお姉様!と言いたげな少女の瞳。自分にはとっくの昔に失われた若さと、生まれた時から持ち合わせていなかった純真さ。自分にないものをまじまじと見せつけてくるようなこの瞳に見つめられると、どうも彼女は調子が狂う。
 結局今回も、のろのろとした動きながらも彼女は自分から差し伸べられた少女の手を取るのだった。

「おふたりさーん、イチャついてるなら置いてくよー?」

 若干の苛立ちを含んだ催促にそれ以上の追及を諦め、満面の笑みと共にがっしりと握り返された自分の手を見つめる糸巻。ため息をひとつ呑み込んで、代わりにこう言うのだった。

「……んじゃ、ま、なんだ。行くか、八卦ちゃん」
「はい!おじいちゃん、行ってきます!」





「さて、と。んじゃ、始めてみますかね」

 再び廃図書館に辿り着いて警報装置を切り、先日とは異なりかつての正面入口から堂々と中に入る一行。小さく呟いた清明が取り出したのは、なぜかその言葉とは裏腹に自らのデッキだった。同時に、左腕につけた青い腕輪の一部を押して例の謎技術を用いられたデュエルディスクを展開する。

「おい、何やってんだ?」

 そんなちぐはぐな言動を見とがめた鳥居に指を1本口元に立てて黙らせ、パラパラと自分のカードをめくりお目当てらしき1枚を引っ張り出す。好奇心を抑えきれずにその手元を覗き込んだ八卦が、その名前を読み上げる。

幽鬼(ゆき)うさぎ……ですか?知ってますよ、レアカードですね」
「そ、いいでしょー。まあレア度はなんでもいいんだけど、女の子の精霊ならやっぱ女の子が適任かなって。おいで、うさぎちゃん」

 朗らかに呼び寄せながら探し当てた幽鬼うさぎのカードをモンスターゾーンに置くと、彼の頭上に現れた長い銀髪の和装少女が得物の鎌を片手に一回転しながら着地する。無言で一礼するその身長はこの4人の中では一番背の低い八卦よりもさらに小さいが、血のように赤いその瞳はその体の小ささや華奢な体格から生じる第一印象を打ち消してなお余りあるほどの凄みを放っていた。

「やっぱり……この感覚は間違いないね。ここには間違いなく、カードの精霊がいる。ねえうさぎちゃん、昔を思い出すねえ。あのデュエルアカデミア古井戸の底、はるばる君に会いに行った時も、ちょうどこんな感じがしたもんだ。ただ今回はあの時と違って、それなりに緊急事態だからさ」
「さっきからお前、何ぶつぶつ1人でやってるんだ?」
「どうも、ね……確かに例の精霊ちゃんもこの辺のどこかにはいるんだけど、あんまり人には会いたくないのかな?細かい場所まで探れないからさ。同じ精霊の感覚なら、もうちょっと絞り込めるんじゃないかと思ってね。そういうわけで頼むよ、うさぎちゃん」

 その言葉に小さく首を縦に振った幽鬼うさぎが、その名の示す通りの兎さながらに周囲をきょろきょろと見まわしては耳をそばだてる。ややあって彼女が無言で指さしたのは、2階へと続く階段だった。

「そういえば……」

 少女が思い出したのは、初めて例の幽霊と遭遇したあの1瞬の時である。あの時も半透明の幽霊少女は、こちらの姿を認識するや否やすぐに2階へと駆け出していった。その時に後を追おうとした少女の前に立ち塞がったのが、朝顔と夕顔のタッグである。

「じゃあ行こうか……あーいや、またお客さん?本当にもう、どうなってんのこの町は」

 ぼやきながらも彼が振り返ったのは、彼らが入ってきた正面入り口とは別にある裏手の従業員入り口のある方角。ちょうど八卦も先日の侵入ルートとして使用した、鍵のかかっていない小さなドアのある方向だった。慌てて少女もそちらの方に視線を向けると、すでにデュエルポリスの2人もデュエルディスクを構えて臨戦態勢に入っている。両者ともにいつもの軽口も出てこないところに、その「お客さん」への警戒の高さが感じられた。
 そして4つの視線の見つめる先から、ゆっくりと1つの人影が歩み寄る。本棚の影の暗闇にまぎれて視認できなかったその姿も、足音が大きくなるにつれて窓から差し込んだ月明かりに照らされその足元から浮かび上がった。その顔を見て、糸巻が忌々しげに吐き捨てる。

「なんだなんだ、アンタの面なんぞ拝むなんて今日は厄日か?なあ、おきつねさま。巴光太郎さんよ」
「狐は神獣であると同時に、凶兆の獣でもありますからね。学のない貴女にしては、存外知的な発言ですね。そして知的という概念は、貴女には似合わないことこの上ない。ねえ、赤髪の夜叉。糸巻太夫さん?」

 にこやかな笑みを浮かべながら現れたその男が、自分を見つめる視線をぐるりと見渡したのちにゆっくりと一礼する。しかしその目を真正面から見た時、八卦は背筋も凍るような思いがした。一見慇懃にも見えるその態度や口元の笑みは、全て仮面に他ならない。少女は知らない。この男がつい先日の裏デュエルコロシアムを巡るデュエルポリス達の戦いにおいて、妨害電波の通用しない新たな「BV」と実体化するカードを武器に糸巻と文字通りの死闘を繰り広げ、実際に彼女を後1歩のところまで追いつめた男だということを。
 しかし、その叔父譲りの人間を見極める目は本物である。その目ざとい感覚は、事前知識のない少女にも目の前の男が根からの危険人物だと全力で警鐘を鳴らしていた。

「お、お姉様、この人」
「わかるか、八卦ちゃん。これはアタシの昔の同業者だが……めんどくせえ奴と鉢合わせたもんだ。いいな八卦ちゃん、絶対にアタシの後ろから出るんじゃないぞ」

 おきつねさま……巴からは片時も目を離さないままに、糸巻が繋いだままの手をぐっと引っ張って少女の体を自分へと近づける。握られた手から伝わる心臓の鼓動から、彼女の緊張が少女にも伝わってきた。
 そして睨みあう元プロデュエリスト2人の視線を断ち切るかのように、鳥居がその間へと強引に割り込む。

「巴光太郎、名前だけは聞いたことがあるぜ。『糸巻さんと並ぶぐらい腕は立つくせに』、性格はとんでもない地雷野郎だってな」

 それだけ吐き捨てて1瞬だけ振り返り、真後ろの糸巻へと必死のアイコンタクトを送る。彼の言わんとすることを阿吽の呼吸で察知した糸巻は、視線は外さないままにじりじりと階段の方へと後ずさり始めた。
 これは、鳥居が咄嗟に編み出した作戦だった。彼も事後処理の一環で、あの裏デュエルコロシアムで彼が暴れている間に糸巻が何をしていたのかはすでに聞いている。巴の糸巻に対する異様な敵対心と憎悪についても、無論彼の知るところだ。それゆえに彼は今、わざと糸巻の名を引き合いに出したうえで挑発した。巴光太郎という人間が彼の聞いた通りの男であるならば、糸巻と対比したうえでどちらが上ともつかせないようなセリフは何よりも堪えるはずだ。
 果たして、その挑発は成功した。眉間にしわを寄せ、あからさまな敵意の乗ったその視線の向く先が糸巻から彼へと移る。

「ああ、誰かと思えば擬態の新人、最後まで自分の正体が秘密のままだと思っていた公権力の犬ですか。どうです、先日の賞金は?何か有意義な使い道は見つかりましたか?例えばそう、昔のごっこ遊びのお友達と旧交を温めるような」
「この野郎、今なんつった……!」

 どうやら煽り合いは、巴の方が一枚上手だったらしい。的確に神経を逆なでする挑発の叩き返しに、怒りが瞬間的に膨れ上がる。辛うじてその場での爆発だけは堪えたものの、歯を食いしばって睨みつける目にもそれまで以上の力がこもる。

「糸巻さん、八卦ちゃん、それとそこの。この野郎は、俺が相手します!」
「ちっ……無茶すんなとは言わないからな。よしいいか鳥居、差し違える気で死ぬ気で喰らいつけ!」

 言い争う暇はないと判断し、糸巻にしては珍しくあっさりと彼の案に乗る。それは逆に言えば、それだけ巴の存在を重く見ているということの証左でもあった。ともかくそれだけ言い残し、くるりと身を翻して八卦の手を引き階段を駆け上がっていく。清明も空気を読んだらしくその後ろに続いていくのを視界の端で見送ったのち、改めて2人だけとなった戦場で戦士たちは向かい合った。

「一応聞いておこうか、テロリスト。何の用があってここに?」
「それは無粋な質問ですね。人間の技術力は、ソリッドビジョンに肉体という器を与えることに成功した……しかし、傀儡はあくまで傀儡でなくてはならない。我々が欲しいものはこちらの意思を遂行する人形であって、自らの力で考える兵士ではない。いかなる理由があって意志を持つカードなるものが生まれたのか?それを知ることはすなわち、その発生源に蓋をする方法の第一歩ですよ。ここで目撃された「幽霊」はイレギュラーな産物ではありますが、同時にその突然変異へ至った原因を突き止めるにはきわめて興味深いサンプルです」
「まあぺらぺらとよく喋る、確かに糸巻さんは嫌いそうなタイプだ……『それでは、残念ながら観客は0といささか盛り上がりに欠ける舞台ではございますが。鳥居浄瑠のエンタメデュエル、本日はその目に焼き付けてお帰り願いましょう!』」

 デュエルディスクをほぼ同時に構え、暗い廊下で視線が交差する。外では月に雲がかかったのか、すっと射し込む光が弱まった。そしてそれを合図にしたかの如く、2人の声が響いた。

「「デュエル!」」





 一方、2階へと駆け上がった糸巻らは。この廃図書館の間取りは階段を上がれば横に伸びる廊下があり、かつては読み聞かせなどのイベントが行われていたのであろう小部屋に繋がる扉と2階の大部分を占める閲覧室の大まかに分けて2つの部屋がある。

「ぐわーっ!?」

 ちょうど階段を上り終えた彼女の目の前で、閲覧室側の扉を吹き飛ばして人間の体が部屋の内側から吹き飛ばされる。そのまま背後の本棚に勢いよく激突したその体は、大量の埃を巻き上げて一時的に視界を遮る。

「おいアンタ、どうした?大丈夫か……って、おいおい」
「えっと、脈はあるね。頭を打って気絶してるから当面は起き上がれませんよーと。何、おねーさんの知り合い?」
「まあな。アタシもあんま知らん奴だけど、一応は元同業者だ。つまりプロ崩れのテロリストだな。デュエルディスクが起動中ってことは、誰かとデュエルしてたのか」

 倒れたままピクリとも動かない人影に駆け寄って生命の無事を確かめ、ついでその腕で起動したままのデュエルディスクに目をやる。そのライフポイントが0を示しているところからしても、ちょうど敗北の瞬間に立ち会ったらしい。
 ならば問題は、その相手である。そして誰よりも早い反応を見せたのは、いまだに清明が召喚しっぱなしにしていた幽鬼うさぎだった。赤い目の光と宙に浮かぶ人魂の炎の軌跡を後に引き、辛うじて目で追いかけるのがやっとのスピードで開きっぱなしの小部屋へと飛び込んでいく。その姿を見てすぐさま立ち上がった清明がその後に続いたのを見て、慌てて八卦も糸巻の手を引き後に続く。そこに、彼女はいた。

「あなたは……!」

 それは、昨夜に八卦の見たままの姿だった。ただし先ほどの男が持っていたのであろう「BV」の影響か、その体は以前のように透けてはいない。ほのかに青みがかった癖のない銀髪も、全体的にやや大きめでその小さな体にはいささか持て余し気味な修道服も、誰が見てもいっぱいいっぱいなことが見て取れる張り詰めた表情やそれに相応しい今にも決壊しそうなほどに涙を湛え潤んだ大きな瞳や、その左腕に装着されて起動したままのデュエルディスクも、その全てが実態をもってここにいる。
 そんな少女を目を細めて見つめた糸巻が、ややあってポツリと呟いた。

儚無(はな)みずき、だな」
「え?」
「あのモンスターの名前だよ。見覚えがある、確か爺さんのカードショップにも1枚売ってたはずだ」

 そう言われ、改めて目の前で警戒もあらわにする精霊少女を見る。確かにあの姿は、少女にも店の手伝いをしている最中に見たことがあるような気がしないでもない。しかしそんな精霊少女の存在に誰よりもほっとしたような表情を浮かべたのは、他ならぬ清明だった。

「みずきちゃん、ね。やっと見つけた、会いたかったよ。とりあえずうさぎちゃん、説得ゴー」

 おそらく、先ほどの男は下の男ともどもこの儚無みずきを狙い、それを精霊少女が返り討ちにしたのだろう。となると今の段階では人間の話など聞く耳持たないだろうと、傍らの幽鬼うさぎの頭にポンと手を乗せる清明。すぐさまその仕草に込められた普段から自分で何でもやりたがるこの主には珍しい行動の意図を察し、愛用の鎌を手にしたままに和装の少女が歩を進める。

「……!」
「……」

 あからさまに身を震わせたものの、相手が同じ精霊であると感じ取ったのか逃げ出そうとまではしない儚無みずき。無口な精霊同士の声なき会話を、3人の人間は蚊帳の外からなんとはなしに黙ったままに見つめていた。

「……?」
「……!」

 そして短い会話は終わり、とてとてと踵を返した幽鬼うさぎが清明の元へと戻る。足元まで来て主を見上げ、何かを伝えようとするのに小さく頷く。

「アンタ、そっちは何言ってるかわかるのな」
「もうだいぶ付き合い長いからね、なんとなくは言いたいこともわかるのよ。最悪、うちの神様が通訳やってくれるしさ。ふんふん、なるほどねえ」
「えっと、幽霊さん……じゃない、精霊さんはなんて言ってるんですか?」
「こっちの言い分はわかったけど、まだ信用はできないとさ。よっぽど人間不信が強いみたいね、こりゃ。んで、それから?どこまで本気か見極めたいから、私とデュエルしろって?いいねいいね、メルヘンなのも嫌いじゃないけど、そういう武闘派思考は歓迎するよ。お疲れさま、うさぎちゃん」

 ぺろりと唇を舐め、デュエルディスクから幽鬼うさぎのカードを戻しつつそのまま構える清明。同時に、精霊少女もまた自分のデュエルディスクを構えていた。

「それじゃあ、デュエルと洒落込もうか。下の様子も気になるし、手加減抜きでいかせてもらうよ……デュエル!」
「……」

 そして先攻を取ったのは、儚無みずきからだった。糸巻も下でただ1人足止めをしている鳥居の様子は気にかかったものの、今は完全に伸びているとはいえこの階にもいつ目を覚ますかわかったものではないテロリストからの刺客がいる以上は下手に八卦を置いていくわけにもいかない。手錠や警棒といった道具の類は、全て下にいる鳥居が持っているため今の彼女は肌身離さず持ち歩いているデュエルディスクとデッキ、そして煙草の他はほぼ丸腰だ。かといって巴という男の危険性と以前対峙した新型の「BV」を今回も手にしている可能性を考えると、民間人の少女を下までまた連れて行くのはもっと論外である。
 結局はどうすることもできず、取り出した煙草に火をつけて目の前で始まったこのデュエルが終わるのを見ているしかなかった。彼女にとっては幸いなことに、今でも鳥居が下で頑張っていることは辛うじて下からの喧騒でわかる。何を話しているのかまでは聞き取れないが、彼なりのエンタメデュエルで巴相手に渡り合っている。

「……」

 そして儚無みずきが最初に召喚したモンスターは、青い鎧に身を包み槍を持つ1人の戦士。

 竜魔導の守護者 攻1800

「竜魔導の守護者……融合テーマ、ですかねお姉様」

 同意を求めるように見上げてきた少女に、そうだなと短く返す。竜魔導の守護者は融合に対し便利な効果を2つも兼ね備えているものの、反面その効果を発動するターンには融合モンスターしかエクストラデッキから特殊召喚できないという重い制約を持つからだ。
 そして主の声なき声に竜魔導の守護者が応え、手にした槍を床に突き立てる。するとその地点を中心とした魔導陣が展開され、中心から1枚のカードが浮かび上がり少女の手元にそっと届けられた。それを見て、今度は清明がその行為を誰に聞かせるともなく代弁する。

「竜魔導の守護者の効果で手札を1枚捨てて、デッキから融合かフュージョンの魔法カードをサーチした、ってわけね。それで、選ばれたのは簡易融合(インスタント・フュージョン)と」
「……!」

 サーチ後にすぐさま発動された簡易融合のカードは、融合召喚に必要な下準備をすべて省き融合召喚を行うことができる代わりに発動時に1000のライフコストが必要となる。いきなり初期ライフの4分の1もの数値をためらいなく支払ってまで呼び出されたのは、オレンジ色のドラゴンとその上にまたがるトカゲの戦士だった。

 儚無みずき LP4000→3000
 ドラゴンに乗るワイバーン 攻1700

「……」

 仕上げとばかりに発動される永続魔法、補給部隊。そこでターンを終えたらしく、エンドフェイズを迎えたドラゴンに乗るワイバーンは簡易融合のデメリットによって破壊される……だがその破壊をトリガーとして補給部隊の効果が発動し、すぐさま少女はその損失を取り戻す1枚のカードをドローする。同時に、墓地から角と鱗の生えた龍の仙人のようなモンスターが座禅を組んだ姿勢のまま浮かび上がる。

 霊廟の守護者 守2100

「簡易融合の自壊を逆手にとって補給部隊だけじゃなく、墓地から霊廟の守護者まで蘇生したか。ありゃ確か、自分のドラゴン族が戦闘か効果で墓地に送られるたびに何回でも出てくる奴だったな。随分面倒な壁を初手に引かれたもんだ」
「だとしても、僕のやることは変わらないね。壁が何回でも出てくるなら、何回だって食い破ってやるまでさ。僕のターン、ドロー!さあ来い、水精鱗(マーメイル)-ネレイアビス!そして僕のフィールドに水属性モンスターが存在することで、サイレント・アングラーを手札から特殊召喚……そしてこの特殊召喚をトリガーに速攻魔法、地獄の暴走召喚を発動!攻撃力1500以下のモンスター1体の特殊召喚をトリガーに、デッキからさらに2体のアングラーを攻撃表示で特殊召喚。ただしこの時に相手もモンスター1体を選択して、可能な限り手札、デッキ、墓地から同名カードを特殊召喚できる」

 水精鱗-ネレイアビス 攻1200
 サイレント・アングラー 守1400
 サイレント・アングラー 攻800
 サイレント・アングラー 攻800

「……」

 霊廟の守護者と、竜魔導の守護者。2体の守護者を見比べた儚無みずきが選んだのは、竜魔導の守護者だった。デッキからさらに2体の竜の騎士が選ばれ、フィールドへと放たれる。

 竜魔導の守護者 守1300
 竜魔導の守護者 守1300

「ありゃ、3積みだったかー……まあいいさ、何回だって言わせてもらうけど、どうせ僕のやることに変わりはないしね。水族のネレイアビスと魚族のサイレント・アングラーを、それぞれ右下及び左下のリンクマーカーにセット!一望千里の大海洋に、忘却の都より浮上せよ女王の威光!リンク召喚、リンク2!水精鱗(マーメイル)-サラキアビス!」

 水精鱗-サラキアビス 攻1600

 左側のエクストラモンスターゾーンに、糸巻との戦いでも使用された紫色のビキニアーマーを装備する女王にして戦士であるサラキアビスがリンク召喚される。しかもまだ、清明のフィールドには2体のサイレント・アングラーが残っている。間髪入れずにその2体が水色の光となって飛び上がり、螺旋模様を描きつつ空中で反転して彼の足元に開いた宇宙空間へと飛び込んでいく。

「ネレイアビスがフィールドから墓地に送られた時、僕はカードを1枚ドローして手札を1枚捨てることができる。さらに水属性レベル4モンスター、サイレント・アングラー2体でオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。一天四海に響く轟き、呼びて覚ますは同胞の牙!エクシーズ召喚、バハムート・シャーク!」

 ☆4+☆4=★4
 バハムート・シャーク 攻2600→3100 守2100→2600

 サラキアビスの示す2つのマーカーのうち片方に呼び出されたのは、神話の名を持つ2足歩行の海竜だった。その効果はリンクマーカーが1つ空いている、この状況にあってこそ最大限の物を発揮する。

「サラキアビスのリンク先に存在するモンスターは、常に攻守が500ポイントアップするよ。伏せカードもないことだし、ここはバトル!バハムート・シャークで攻撃表示の、サラキアビスで守備表示の竜魔導の守護者にそれぞれ攻撃!」
「……!」

 海を司る2体の息もつかせぬ連続攻撃に、いかにドラゴンの力を持ち融合を操る戦士といえどもあっけなく粉砕される。モンスターの破壊は補給部隊によってすぐさまドローという形のリカバリーがなされたものの、その効果も1ターンに1度しか使えない。

 バハムート・シャーク 攻3100→竜魔導の守護者 攻1800(破壊)
 儚無みずき LP3000→1700
 水精鱗-サラキアビス 攻1600→竜魔導の守護者 守1300(破壊)

「攻撃終わり、メイン2にバハムート・シャークの効果発動。このカードのオーバーレイ・ユニット1つをコストに、エクストラデッキからランク3以下の水属性エクシーズを1体特殊召喚する、ゴッド・ソウル……大安吉日新年の朝、昇る日の出が勝利を照らす!ランク2、餅カエル!」

 バハムート・シャーク(2)→(1)
 餅カエル 攻2200→2700 守0→500

 バハムート・シャークが自身の周りを浮遊する光球の1つに首を伸ばして食らいつき、その身に秘められた力を解放する。その仲間を呼び寄せ戦線を強化する神話の力に誘われてサラキアビスの空いたリンク先に現れたのは大小2段に積み重なった白いとぼけた顔のカエル2匹と、なぜかその上に載せられた小ぶりなみかんであった。

「バハシャ餅の布陣か……先出しして補給部隊のドローを止めるよりも、ダメージと相手へのプレッシャー優先ってわけだな。だが逆に言えば、餅カエルのコストにできる水族モンスターが奴の手札にいないことの証明にもなる。さあ、こっからどうする気だ?いくら万能のカウンター能力があるからって、安心できるようなもんでもないぞ」

 職業柄ついやってしまう鋭い目つきでの解説に、傍らの八卦もよく分からないなりにこくこくと頷く。

「僕は、これでターンエンド」
「……!」

 再びターンが変わり、またしても儚無みずきのターンとなる。フィールドだけ見れば圧倒的に不利な状況だが、精霊少女の目に諦めの色はない。そしておもむろに、1枚のカードを取り出した。

「サンダー・ボルトぉ!?ダメダメダメ、それは絶対通せない!餅カエルの効果発動!手札かフィールドの水族モンスター1体、この餅カエル自身を墓地に送って相手の発動したカード1枚を無効にして破壊、そしてそのカードを僕のフィールドにセットする!」

 すべてを破壊する雷撃が放たれる寸前、餅カエルが長い舌を伸ばしてその手から直接サンダー・ボルトのカードをひったくる。そのまま清明の手にカードを吐き出し、気まぐれなカエルはどこかへと跳ねていってしまった。
 強力なカードであるサンダー・ボルトは、これで清明の手に渡った。しかしそれは、早くもカウンターが打ち止めになってしまったことを意味している。

「おっと、餅カエルが墓地に行ったことで、その最後の効果を発動。僕の墓地の水属性モンスター1体、サイレント・アングラーを手札に加えるよ」
「……」

 どうやら今度は、融合モンスターを呼び出す気はないらしい。効果を使わないままに残る最後の竜魔導の守護者と霊廟の守護者が、ともに先ほどの清明がやったのと同じように光の螺旋となって宙に舞う。

「エクシーズ召喚、となるとランク4か」
「……!」

 ☆4+☆4=★4
 No.(ナンバーズ)50 ブラック・コーン号 守1000

 そしてサラキアビスとは反対側のエクストラモンスターゾーンに出てきたのは、漆黒に塗られた木造の帆船。力強く張られたその白い帆には大きく「50」の文字が独特な字体で描かれている。

「ナンバーズ、か」
「……」

 帆船に備え付けられた砲台が清明のフィールドを向き、光球のうち1つがその中に吸い込まれる。そして船内から飛び出したアンカーがサラキアビスの体をぐるぐると縛り付け、身動きできない海の女王を強制的に船上へと引き込んだ。

「まずいな。コーン号はオーバーレイ・ユニット1つと自身の攻撃する権利を使うことで自分より攻撃力の低いモンスター1体を墓地に送り、そのモンスターを弾丸にして相手プレイヤーに1000のダメージを与える。だがそれだけじゃない、サラキアビスがいなくなったことでバハムート・シャークにかけられた強化も消えちまう。おまけに効果が破壊じゃない墓地送りだから、サラキアビスの破壊された際の効果も使えない」

 糸巻の言葉通り、放たれた砲弾は強化を失い弱体化していくバハムート・シャークの横をすり抜けて直接清明の足元へと着弾する。

 No.50 ブラック・コーン号(2)→(1)
 清明 LP4000→3000
 バハムート・シャーク 攻3100→2600 守2600→2100

「ぐわっ!?で、さらにアームズ・ホール?サーチは再融合、と」

 無論、これだけでは儚無みずきの反撃は終わらない。デッキトップ1枚とそのターンの召喚権をコストに任意の装備魔法1枚をサーチまたはサルベージする魔法カード、アームズ・ホール。そして手札に加えられた再融合は、800のライフを支払い融合モンスターを蘇生したうえでその装備カードとなるあの往年の禁止カード、早すぎた埋葬を全体的に調整したようなカードだった。

 儚無みずき LP1700→900
 ドラゴンに乗るワイバーン 攻1700

「……!」
「守護竜プロミネシス、随分渋いカード使うな。手札から自身を捨てて、相手ターン終了時までドラゴン1体の攻守を500アップか」

 ドラゴンに乗るワイバーン 攻1700→2200 守1500→2000

「で、ドラゴンに乗るワイバーンは……」

 みなまで言うなとばかりに、荒ぶる風の力を受けて巨大化したドラゴンが無言の指示を受けたことでその翼を広げて滑空する。またもバハムート・シャークの守りをすり抜けてその奥の清明まで到達し、ワイバーンの振り下ろした竜の剣がその体を咄嗟のガードの上から大きく切り裂いた。

 ドラゴンに乗るワイバーン 攻2200→清明(直接攻撃)
 清明 LP3000→800

「痛たた……ドラゴンに乗るワイバーンは相手モンスターが水、炎、地属性しか存在しない場合、モンスターをすり抜けて相手プレイヤーに直接の攻撃ができる、だっけ?水属性メインの僕はいいカモってわけね」
「私も、クノスぺは地属性です……」
「アタシも不知火が炎でバジェは水だからな。ドーハスーラでも先出しできりゃともかく、この中だと誰が相手してもあんま変わらないだろ」

 追い込まれているというのにどこかのんびりとした会話をよそに、儚無みずきが1枚の伏せカードと共にそのターンを終えた。このターン中に清明のライフを削りきれなかった以上、当然その返しに彼は先ほど奪い取ったサンダー・ボルトが使用できる。当然、儚無みずき自身もそれはわかっているはずだ。
 だが、まだ少女の戦う意志は衰えていない。となると、と彼は推察する。まあ普通に考えて、あの伏せカードが何か悪さをするのだろう。しかし、せっかくもらえたものを使わない道理はどこにもない。もしも通れば儲けもの、まさかピンポイントなメタカードである避雷針などは入っていないだろう。

「僕のターン。お望みどおりに使ってあげるよ……リバースカードオープン、サンダー・ボルト!このカードの効果で、相手フィールドに存在するモンスターをすべて破壊する!」
「……」

 果たしてどんなカードで対応するのか、という視線が注がれる中、天から振り下ろされた雷の一撃がフィールドを焼き尽くしにかかる。しかし誰もの予想に反し、その伏せられたカードは最後まで表にならなかった。ドラゴンに乗るワイバーンとブラック・コーン号はともに跡形もなく焼き尽くされ、補給部隊のドロートリガーとなる。だが、それだけだ。他に何も起きない。最初にその違和感に気が付いたのは、やはり糸巻だった。

「……妙だな」
「どうかしましたか、お姉様?」
「コーン号の素材になってた霊廟の守護者は、もうとっくに墓地にいるはずだ。そして今のサンボルは、確かにドラゴン族モンスターのドラゴンに乗るワイバーンを破壊した。なら……」
「何もしてこない、ねえ。となると何か、蘇生させたくない理由があるってこと?霊廟の守護者がフィールドに居座ってたら発動できないカードとか……」

 言葉を繋ぎ、足りない脳をフル回転させての推測にかかる清明。彼の直感は、ここでの判断がこのデュエルの行く末を大きく左右すると告げていた。このままバハムート・シャークで攻撃するか、攻撃力800とはいえ先ほどサルベージしたサイレント・アングラーも通常召喚して戦闘に参加させるか、あるいは……そして、彼の腹が決まる。

「魔法カード、スター・ブラストを発動。ライフを500払うことで、僕の手札に存在するサイレント・アングラーのレベルを1つ下げる」

 清明 LP800→300
 サイレント・アングラー ☆4→☆3

 いきなり下級モンスターのレベルを貴重なライフを払ってまで下げるという行動に虚を突かれたのか、困惑したような表情になる儚無みずき。しかし、彼は至って正気だった。

「このターンもバハムート・シャークの効果発動、ゴッド・ソウル!如法暗夜を引き裂くは、沈黙にして悪夢の刃。さあ出ておいで、No.47……ナイトメア・シャーク!」

 彼のフィールドに向くリンクマーカーは存在しないが、そんなもの用意せずとも今はサラキアビスが離れたことで彼女のいたエクストラモンスターゾーンに空きがある。その位置へと、悪夢の世界から飛び出てきたような細長い体に鎌のような両手、そして不吉に広がる翼を生やすもはや鮫と呼ぶこともおこがましいような異形の生物が音もなくやってきた。

 No.47 ナイトメア・シャーク 攻2000

「ナイトメア・シャークの効果、発動!このカードの特殊召喚に成功した時、僕は手札か場にいるレベル3の水属性モンスター1体をそのオーバーレイ・ユニットに変換できる。これでレベル3にしたサイレント・アングラーを変換して、そのままナイトメア・シャークの更なる効果を発動。オーバーレイ・ユニット1つを消費して水属性モンスター1体を選択し、そのモンスターの直接攻撃を可能とする、ダイレクト・エフェクト!」
「……!」

 No.47 ナイトメア・シャーク(0)→(1)→(0)

 ナイトメア・シャークがその効果を発動し、細長い体が闇の中へと音もなく消えていく。それを見た儚無みずきは明らかに思わずといった様子で伏せカードに目をやり、そしてしょんぼりと肩を落とした。どうやら大正解を選んだらしいと察した清明は、それ以上何も言うことなく最後の攻撃宣言を行う。

「バトル。ナイトメア・シャークでダイレクトアタック」

 No.47 ナイトメア・シャーク 攻2000→儚無みずき(直接攻撃)

「……!」

 それは、精霊少女の意地による最後の抵抗か。無駄と知りつつも表を向いた伏せカードの名を、八卦が小さく読み上げる。

「エクシーズ・ダブル・バック……」

 エクシーズ・ダブル・バック。エクシーズモンスターが破壊されて自分フィールドにモンスターが存在しないターンにのみ発動でき、そのターンに破壊されたエクシーズモンスター1体とそれよりも攻撃力の低いモンスター1体を蘇生させるカードである。そして、サンダー・ボルトを受けた2体のモンスターが蘇る……しかし、その壁が役に立つことはない。音もなく忍び寄った悪夢の刃は、すでに儚無みずきの真後ろの闇へと溶け込んでいた。

 No.50 ブラック・コーン号 攻2100
 ドラゴンに乗るワイバーン 攻1700
 儚無みずき LP900→0





「なかなか強かったよ、みずきちゃん。うさぎちゃんの時もそうだったけど、やっぱ精霊は強い子多いね」
「そうなんですか?」
「そうそう。他にもユベルとか、The() despair(ディスペア) URANUS(ウラヌス)とか……まあ色々いたけど、みんなみんな強かったもん。と、まあそれは昔の話だからどうでもいいのよ」

 ほんの少しだけ過去を振り返るかのように遠い目をし、すぐに現実に引き戻る。膝を曲げて目線の高さを合わせつつ、そっと片手を差し出した。

「僕と一緒に、来てくれないかな。もちろんみずきちゃんのためでもあるけど、隠し事は無しでいこう。正直なところを言うと、これは僕のためでもあるんだ。僕は、もっともっと強くなりたい。今のままじゃまだ足りない、今のままじゃ何も、できやしない……!」

 そこで喋っているうちにこみ上げてきた感情を押さえつけるためか、差し出した手はそのままにぐっと目を閉じ奥歯に力を込め歯を食いしばる。こののほほんとした少年の過去に一体何があったのか、それは糸巻や八卦の知るところではない。しかし今の1瞬だけ見えたその表情は、よほど手ひどい地獄を見たのであろう過去の存在をうかがわせる。
 そして、かつて「BV」によりそれまでの生活の全てを失った糸巻には、ちょうどかつての自分と目の前の少年の姿がダブって見えた。それだけにそんな訴えが他人事とは思えずに、表情を曇らせ目を伏せる。煙草は、いつの間にか吸い終えていた。

「……だから、お願い。僕と、一緒に来て」

 永遠にも思えるような時間が過ぎた。とはいえ実際のところ、その間はせいぜい数秒程度だったのだろう。まっすぐに目を上げて清明を見つめた儚無みずきはやがて何かを決心したようにおずおずと近寄り、そっとその手に自身の小さな手を重ね合わせる。さらに空いたもう片方の手を懸命に伸ばし、かがんだままの彼の頭をそっと撫でさする。

「……」

 これまでで一番の優しい微笑みを浮かべたその体が明るい光に包まれて消えていくと、残ったのは清明の手の上の1枚のカードのみ。それがこの幽霊騒ぎのそもそもの原因となった、たった1枚のカードなのだろう。立ち上がった彼がそれをそっと掴んで見つめ、自らのデッキを取り出してその一番上に追加する。

「ありがとう。じゃあ、改めてこれからよろしく」

 万感の感謝のこもったその言葉にまたひょっこりと空中から現れ、コクリと小さく頷く儚無みずき。そしてまた消えていく精霊少女を見送ったのち、後ろの2人へと振り返る。

「さあ、早いとこ下に戻って」

 しかし、その言葉を最後まで言い終えることはできなかった。彼の言葉を断ち切るかのように階下からはっきりと聞こえたのは、まぎれもない苦痛の悲鳴。

「ぐ……うわあああぁーっ!」
「この声……」
「鳥居、どうした!?チッ、仕方ねえ、行くぞ!」
「まったく、次から次へと忙しいったらありゃしない!」

 感慨に浸る間もなく、すぐさま小部屋を飛び出して最初の階段を駆け下りる3人。踊り場に辿り着いたとき見えた光景に、糸巻は息を呑んだ。 
 

 
後書き
こんないかにも即座に次話投稿しそうな引きですが、次回も多分遅れます。
冒頭でお話ししたドラゴンメイドの構築がまだ練りきれてないのもそうですが、8月下旬はそろそろ別ゲーも忙しくなるんですよね(小声)。 

 

ターン15 暗黒の百鬼夜行

 
前書き
お久しぶりです帰ってきました。またペース戻せ……るように頑張ります。

もはや誰も覚えていない前回のあらすじ:鳥居、死亡フラグを立てる。 

 
「『レディース・アーンド・ジェントルメーン……は、残念ながらこの場にはいらっしゃいませんが。ご安心くださいお客様、私の誇るエンタメデュエルは、いかなる場合においても決してその手を抜かないのが流儀。めくるめく夢の世界へと、明るく激しくご案内申し上げましょう!』」

 暗い廊下に、明るい調子の声が響く。声の主は無論、鳥居浄瑠。いつもの調子で始まった彼の得意とするエンタメ節だが、見る者が見ればそこに含まれた微かな違和感にはすぐに気が付いただろう。そしてそれは、彼自身が心の奥底では誰よりもわかっていた。
 いつもよりもほんのわずかに、ギアが高い。口上の修飾語はいつもよりわずかに多く、声の調子もやや上ずっている。それはすなわち、彼自身の感じている緊張の裏返しでもあった。かつての演劇デュエルによる場数、そしてまだ日が浅いとはいえデュエルポリスとして何度か経験してきた、プロ崩れのテロリストとの死闘。それらの積み重ねをもってしてなお、この目の前の男……巴光太郎というデュエリストの発するプレッシャーに、彼の体は敏感に反応しているのだ。

「……」

 巴はただ何も言わず、薄く口の端を歪めて笑うのみ。ただそれだけで背筋の冷たくなるような感覚を覚えつつも、それを振り払うようなオーバーリアクションと共にいつもより声を張り上げる。

「『私がここで呼び出しますは、やはりすべての始まり……そう、ペンデュラム!ライト(ペンデュラム)ゾーン、及びレフトPゾーン。フィールドを睥睨するこの両端に光のアークを掲げしは、そのどちらもが数字を操る凄腕のガンマン。スケール2、魔界劇団-ワイルド・ホープをダブルセッティング!』」

 彼の左右に同時に立ち上る光の柱と、その内部に浮かぶ全く同じガンマンの姿。当然そこに映る光の数字は同じであり、このままではスケールは描かれない。

「『……で、す、が。ここにワイルド・ホープの特殊能力が加わればあら不思議。レフトPゾーンよりライトPゾーンへと空を切り裂き飛んでいく贈り物は、スケールを打ち抜く魔の弾丸。ワイルド・ホープのペンデュラム効果発動!反対側のスケールに魔界劇団がセッティングされているときに限り、このターンの魔界劇団以外の特殊召喚を制限する代わりに相手スケールを9へと上書きする、チェンジスケール・バレット!』」

 宙に浮かんだままのワイルド・ホープが光の柱内部で銃を抜き、カーボーイハットの位置を左手でわずかに上にずらしながら右手で照準を合わせる。1瞬の静寂のちに目にも止まらぬ早業で放たれた弾丸は正確に反対側の光の数字ど真ん中を捉え、その衝撃で数字が2から9へと変化した。

 魔界劇団-ワイルド・ホープ スケール2→9

「『これにて描かれしスケールは2と9、よって私はこのターン、レベル3から8までの魔界劇団を同時に召喚可能となりました。それでは皆様お待ちかね、今宵の主役によるご挨拶です!ペンデュラム召喚、栄光ある座長にして永遠の花形!魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

 三角帽子がトレードマークの、隻眼演者が2人のガンマンの見守る中央で意気揚々と片手で天を指すポーズをとる。その姿はよくRPGで見るような、ボスの左右を同じ姿の側近が固めているような構図にも見えなくはない。
 そこまで考えたところで頭を振り、そんな妄想を追い出した。冗談じゃない、その例でいくと倒れるのは俺の方じゃないか。

「『……ビッグ・スターの効果発動!1ターンに1度デッキから台本1枚を選択し、それをフィールドにセットいたします。オープニング・セレモニーというのも1つの手ではありますが……やはりこの状況、いかに花形といえども1人きりで回す舞台はいささか華が足りないというものでしょう。魔界台本「魔王の降臨」を選択し、そのまま即座に発動!攻撃表示の魔界劇団が1体私のフィールドに存在することで、フィールドに表側で存在するカード1枚を破壊いたします。本日魔王の暴威が最初に吹き荒れるのは、レフトPゾーンのワイルド・ホープ!』」

 光の柱の1本が消滅すると、その中央からひらひらと1枚のカードが落ちてくる。

「『そしてワイルド・ホープが破壊された時、私はデッキから魔界劇団1体のサーチが……』」
「させませんよ。手札より灰流うららの効果を発動、そのサーチはこれを捨てることで無効です」

 落ちてきたカードに手を伸ばすも、室内だというにもかかわらず掴み取る寸前に吹いたつむじ風がそれを巻き上げてひらひらとどこかに飛ばしてしまう。サーチが無効となった彼に、残る手札は2枚。それを、同時にフィールドに置いた。

「『致し方ありませんね。ならばカードを1枚セットして永続魔法、魔界大道具「ニゲ馬車」を発動!空の色が変わるよりもなお速く走るこの馬車は、魔界劇団の団員が乗り込むことで1ターンに1度だけその戦闘破壊を無効とし、さらに団員を選択することで相手ターン終了時までその1体は相手のカード効果の対象とならなくなります』」

 どこからともなく現れた魔界の馬車に、華麗な宙返りを決めて飛び移るビッグ・スター。座席に伸びた手綱を握ると、それを引く2頭の馬が同時に蹄を高らかに上げてそれに答えた。
 そしてそんな馬車の上、素早く乗り込んだビッグ・スターのすぐ隣の座席の上から優雅に一礼したところで、ターンプレイヤーが変わる。一人ぼっちの戦場で佇むビッグ・スターともども目を凝らして見つめる中、おきつねさまがゆっくりと動き出した。

「では私のターン、ドロー。フィールド魔法、闇黒世界-シャドウ・ディストピアを発動します」

 暗い図書館内部をぼんやりと照らす、非常口を知らせる緑の光。それが不意に点滅したかと思うと、すぐにぶっつりと消えた。2人のデュエルディスクの放つかすかな光に目を凝らせば、辛うじて見える闇の中には無数の影法師が揺らめいていた。悪鬼の顔をした闇そのものの切れ端による、天地四方の区別なく響く嘲笑とも怨嗟ともつかない声なき声が空間を埋め尽くす。

「『これは……』」
「いい声で鳴くでしょう?先のターンでは、なかなか明るい悪魔の演劇を見せていただきましたからね。私からもひとつ、そんなまがい物でない本物の闇黒をご覧に入れて差し上げましょう」
「『おや、これはこれは。つまり私の魔界劇団が、私のエンタメデュエルが、まがい物だとおっしゃいますか?』」

 見え透いた挑発だ。そうは思いつつも、彼はその挑発にあえて乗った。きっかけは何であれ、このまま相手を黙らせていてはどんどんこのプレッシャーに委縮して相手のペースに乗せられてしまう。たとえそれがデッドボールであっても会話が繋がってさえいれば、まだそちらの方がマシだと踏んだのだ。

「ええ。裏デュエルコロシアムでの録画は見させていただきましたが、あなたのデュエルはどんな相手にも明るく、楽しく、いわば『魅せ』に特化している。世が世なら、人気の高いプロデュエリストにもなれた逸材でしょう。しかしそれは全て、そのデュエルを観ていただけるお客様の存在ありきの物でしかない。ひとつお聞きしますがあなた、自分のためにデュエルをしたことはございますか?」
「『自分のため、に?』」
「ええ。あなたのデュエルスタイルは要するに対戦相手を、そして観客を楽しませるものであって、あなた自身というものがどうにも薄く見受けられましたのでね。築き上げた全てをかなぐり捨てて、存分に浴びていた歓声が一転して罵声になったとしても、どうしてもただ勝利の二文字を手に入れたい……そんな思いをされたこと、きっとあありませんよね」

 このまま何も答えなければ、ずるずるとテンポを掴まれる。頭ではわかっていても何も答えられずにいる鳥居に対しさらに畳みかけるように、巴の言葉が突き刺さる。

「だからあなたの覚悟はまがい物だと、そう言っているのですよ。私は昔も今も、自分のためにだけこのカードを振るいます。ですがそれは、1度は他人のために戦うプロデュエリストの世界に身を置いたうえで改めて選んだ結論。最初からエンタメなどという目の前に与えられた役柄に何も考えずしがみつき、自分の意思で戦う心構えを知ろうともしなかったあなたとは違うのですよ」
「『……そんなこと』」
「ない、そうおっしゃりたいのですか?では、その覚悟……いえ、あなたが覚悟だと思い込んでいるものがどこまで持つか見せていただきましょう。レッド・リゾネーターを召喚し、その召喚時効果により私は手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚できます。私が選ぶのは、レベル4の牛頭鬼です」

 レッド・リゾネーター 攻1200 炎→闇
 牛頭鬼 攻1700

 燃える体のリゾネーターが人魂のように闇に灯り、その明かりに誘われるかのように巨大な木槌を手にした筋骨隆々の牛の魔人が後に続く。

「そしてシャドウ・ディストピアが存在することにより、場に存在するあらゆるモンスターの属性は闇へと書き換えられます。なにせあなたの劇団員さんに、この効果は意味を成しませんからね。そして牛頭鬼は1ターンに1度、私のデッキからアンデット族モンスター1体を墓地へと送ります。墓場で今しばらくお待ちなさい、九尾の狐よ」

 九尾の狐。糸巻から聞いていた、巴のデッキにおける鍵にして彼を代表するカードの名に身構える。しかしその前に、巴のフィールドの2体が動いた。

「レベル4の牛頭鬼に、レベル2のレッド・リゾネーターをチューニング。異邦と化した故郷(ふるさと)に、悪しき聖霊の夜を引く音がこだまする。シンクロ召喚、オルターガイスト・ドラッグウィリオン」

 ☆4+☆2=☆6
 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200

 仮面を張り付けたかのような薄笑いを浮かべる、無数の手と尾を持つ異形の生物。その攻撃力はビッグ・スター相手にはわずかに届かない……だが、そんなことはもはや問題ではない。

「では、九尾の狐の効果を発動。私のモンスター2体をリリースすることで墓地より現世のフィールドへと黄泉帰ります。そしてシャドウ・ディストピアの効果により1ターンに1度、1体だけリリースのコストは相手に代わりに払っていただきましょう。私のドラッグウィリオンとあなたのビッグ・スター、この2体の命を糧に九尾の狐を蘇生召喚」

 ビッグ・スターとドラッグウィリオンが突如色濃くなった自身の足元の影に呑み込まれ、ずぶずぶとその姿が深く暗い闇の中へと消えていく。同時にニゲ馬車を引く2頭の馬の瞳からも生気が消えてゆき、がっくりとうなだれてしまう。それと入れ替わるように闇からゆらりと立ち上ったのは、暗く黒い闇にはあまりにも似つかわしくない白面金毛の妖獣だった。

 九尾の狐 攻2200 炎→闇

「そしてドラッグウィリオンは1ターンに1度、リリースされた場合に自身を蘇生できる」

 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200

「さて、どこまで耐えきれますかね?バトル、まずはドラッグウィリオンで攻撃」
「『ならばその攻撃宣言時に永続トラップ、ペンデュラム・スイッチを発動!これは1ターンに1体ずつペンデュラムカード1枚をフィールド、またはPゾーンから異なる位置へと移動させる不可思議なスイッチ。ライトPゾーンより来たれ、ワイルド・ホープ!』」

 迫りくる異形の魔法使いの攻撃に割り込むように、光の柱を破って飛び出したガンマンがぽっかりと座席の空いたニゲ馬車へと乱暴に着地する。手綱を引くものが現れて再びその目に光の宿った魔界の馬たちが威嚇すると、狙いに迷ったドラッグウィリオンが1瞬その動きを止める。

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200

「それで防いだおつもりですか?構いませんよ、ドラッグウィリオン。そのまま攻撃しなさい」
「『ですがニゲ馬車によって付与される体制により、魔界劇団は1ターンに1度ずつ戦闘によっては破壊されません!』」

 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200→魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200

「承知の上ですとも。では、九尾の狐で連続攻撃。そして墓地より黄泉帰った九尾の狐は、守備モンスターに対する貫通能力を持ちます」

 まるでそれぞれが意思を持つ槍であるかのように、妖獣の硬質化した伸長自在な9本の尾が迫る。ワイルド・ホープもニゲ馬車の手綱を操りどうにか回避にかかるものの、この場所は広いステージではなく狭い廊下である。辛うじて上から振り下ろされた3本を回避したところで勢い余って壁に激突し、頑丈なニゲ馬車には傷ひとつついていないものの、派手な破砕音と共にあっさりと大穴の空いた壁の向こう……かつて閲覧室だったのであろう大部屋へと戦場は移った。
 普段ならばいくら取り壊しも近い建物とはいえ、器物損壊に顔を青くするであろう状況。しかし鳥居は今、それどころではなかった。気づかぬうちに伸びていた4本目の尾がワイルド・ホープの体を深々と貫き、それと同時に彼自身の腹部にも槍で貫かれるような激痛が襲っていたのだ。

 九尾の狐 攻2200→魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200(破壊)
 鳥居 LP4000→3000

「『ぐはっ……!?こ、これは……!』」
「素晴らしいでしょう?彼女から話は伝わっているとは思いますが、これが我々の独自開発した最新式「BV」ですよ」

 最新式「BV」。その言葉に彼の、裏デュエルコロシアム後に糸巻から聞いた記憶が呼び起こされる。これまでとはわけが違う痛みをデュエリストにもたらす、デュエルポリスの開発した対「BV」妨害電波の通用しない新たなブレイクビジョン・システム。
 そして派手な破砕による瓦礫の向こうからゆっくりと彼を追いやってきた巴が、ニゲ馬車から転げ落ちて床に膝をつく鳥居を冷淡な目で見降ろしたままに語り掛けた。

「その様子ですと、随分と気に入って頂けたようですね。前回行った彼女との試験使用の際は途中でシステムがダウンするという失態を冒してしまいましたが……今回は、あの時のような無様はさらしませんよ」
「……なるほど、こりゃ糸巻さんの言った通りっすね。こんなもん、間違っても世に出せる、わけがない……!」

 エンタメモードの口調を忘れ、素の鳥居浄瑠として吐き捨てる。実体化したニゲ馬車によりかかるようにして腹を押さえながらもどうにか立ち上がり、再び誰もいなくなった座席へと転がり込んだ。荒く2、3度呼吸し、どうにか息を整える。
 再び起き上がった時にはすでに、彼はエンタメデュエリストへと戻っていた。

「『破壊されたワイルド・ホープの効果により、デッキより呼び出されるは世界に誇る我らが歌姫、魔界劇団-メロー・マドンナにございます。それではこの場をお借りしまして、今宵の演目内容の発表をば致しましょう。今回舞台となりますのは、見ての通りの廃図書館。草木も眠る丑三つ時、闇に紛れしは妖怪変化。それに立ち向かうは皆様おなじみ、魔界劇団の面々にてございます。魔界劇団の悪霊退治、見事恐るべき物の怪に打ち勝ちましたならば、どうぞその時は拍手ご喝采!』」
「そう、それですよ。一見あなたのそのそぶりは、どんな時でもスタイルを崩さない誇りと矜持の成せるもののようにも見える。実際、あなた自身もそう信じているのでしょう。ですが、それは断じて違いますよ?あなたは単に、それ以外のやり方を知らないだけに過ぎない。知らないからこそ変化を恐れ、これまで自分が拠り所にしてきたものにしがみついて目を固く閉じ、身を縮こませてただ震えることしかできない。それでは、私には到底届きませんね」

 鳥居はそれに、何も言い返せない。彼の理性は、巴の言動をこちらを動揺させ心に隙を作るための詭弁だと叫んでいた。事実巴光太郎という男が他人の心をえぐることを極めて得意とする危険人物だという話は、糸巻からも何度か聞いている。
 しかし頭ではわかっていても、その言葉には一抹の真実も含まれている……そう感じることこそが罠だとは百も承知だが、それでもその罠から彼の思考は逃れられない。自分のためだけにデュエルをする、そんなことは彼の人生において1度も考えたことすらなかった。彼のデュエルはまだ子役だった幼少のころから巴の指摘通り観客と共にあり、1人でも多くの人間を楽しませることこそがデュエルを行う一番の喜びでありモチベーションだった。そこに疑問の余地はなく、事実それでこれまではうまくやってきていたのだ。だからそれを欠点とする巴の言葉に、彼は言い返せるだけの根拠を持ってはいない。

「おっと、今はまだ私のターンでしたね。1度この辺にして、最後の処理に移りましょうか。カードを伏せてエンドフェイズ、シャドウ・ディストピアの最後の効果が強制的に発動。ターンプレイヤー、つまり私のフィールドにこのターンリリースされたモンスターの数に等しいシャドウトークンを特殊召喚します」

 シャドウトークン 守1000
 シャドウトークン 守1000

「『俺の……いえ、私の、ターン!』」

 エンタメモードに入った際の、一人称の取り違え。こんなことは、このスタイルを身に付けて以来ただの1度もなかったミスだ。それがまた、彼の心の動揺を嫌でも物語る。

「『それではいよいよこちらのターン、今回この悪霊退治へと志願した勇敢なる戦士たちに、まずは戦いの歌を送りましょう。ライトPゾーンにスケール0、メロー・マドンナをセッティングし、その効果を発動!私のライフ1000を支払い、その妙なる歌声はデッキから更なる団員を私の手札へと誘います。この効果により手札に加えたスケール9、まばゆく煌めく期待の原石。魔界劇団-ティンクル・リトルスターをレフトPゾーンにセッティング!』」

 鳥居 LP3000→2000

 さらにライフを削りこそしたものの、再び張られたそのスケールは0と9。これは、彼に用意できる中ではほぼ最高の数値幅である。そして間髪入れず、そのスケールが生かされる時が来た。

「『それではいよいよご登場いただきましょう、こちらが本日の戦士たちです!まずは再びのご登板、魔界劇団-ビッグ・スター……そしてもう1人は怪力無双の剛腕の持ち主、その自慢の筋肉は果たして闇を住みかとする悪霊に通用するのか!?魔界劇団-デビル・ヒールです!』」

 ニゲ馬車の座席、中央に座る鳥居の左右に、それぞれ上空から2体の演者が飛び込みを決める。細身のビッグ・スターはなんてことなくスタイリッシュに着地したものの、巨漢のデビル・ヒールの落下はそれだけでニゲ馬車が軋み馬たちもその衝撃に数歩よろけるほどだった。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500
 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000

「『そしてデビル・ヒールの効果を発動、ヒールプレッシャー!このモンスターが場に出た際、相手モンスター1体の攻撃力をこのターンの間だけ魔界劇団1体につき1000ダウンさせます。オルターガイスト・ドラッグウィリオン、その恐ろしき異形の魔女にはしばし弱体化願いましょう』」

 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200→200

「『さて。まずはこのターンもペンデュラム・スイッチの効果により、メロー・マドンナを特殊召喚です』」

 光の柱からスカートの端を押さえつつ飛び降りた黒衣の歌姫もまた、その下で待ち構えていたニゲ馬車の座席へとすっぽり収まるように着地する。しかし当然それだけ座席スペースは狭くなり、ただでさえ巨漢のデビル・ヒールはやや居心地悪そうに身を縮めた。

 魔界劇団-メロー・マドンナ 攻1700→1800

「『ビッグ・スターの効果発動、このターンに選択する演目は魔界台本「火竜の住処」。そして即座にこの火竜の住処を、デビル・ヒールを対象として発動!』」

 それは台本というよりも、飛び出す絵本のように仕掛け満載の立体的な地図だった。ビッグ・スターから投げ渡されたそれに目を通したデビル・ヒールがその太い腕で勢いよく指を鳴らすと、瞬く間に演目に相応しい衣装がその全身を覆っていく。小さな顔と巨大な口だけは外に出ているものの、それ以外の下半身と両腕を丸々包むサイズの赤い棘や鱗をあしらい尻尾と翼までついた衣装に、帽子代わりにその頭から伸びる竜の首……早い話が、演目名が語る通りの火竜の着ぐるみであった。

「『そして私が魔界台本を発動したことにより、またしてもメロー・マドンナの効果が発動いたします。彼女のモンスターゾーンで奏でる歌はデッキの仲間を呼び出し、レベル4以下の魔界劇団1体をこのターンの間だけ登板させる力を秘めているのです。魅力あふれる魔法のアイドル、魔界劇団-プリティ・ヒロイン!』」

 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500

 とんがり帽子の魔女っ子もまたニゲ馬車に飛び乗ろうとして、その寸前ですでに定員いっぱいな状況に気がついて空中制止を掛ける。そのまま呆れ顔で仕方ないなあといわんばかりに手にしたステッキにまたがって、ニゲ馬車上空の斜め後ろからついていくことに決めたらしい。

「『さあ、いよいよクライマックスです!このターンはデビル・ヒールにニゲ馬車の耐性を付与し、さらにティンクル・リトルスターのペンデュラム効果を発動!デビル・ヒール以外のモンスターはこのターン攻撃できなくなる代わり、選ばれたデビル・ヒールはこのターンで3度までモンスターへの攻撃が可能となります。竜の力を得たことで一時的に悪霊を焼き尽くすことが可能となったデビル・ヒール、いざ悪霊退治へと出発いたしましょう!』」

 2重3重の強化を受け、これ以上ないぐらいのやる気に満ちたデビル・ヒールが今は竜の着ぐるみに包まれたその剛腕をぶんぶんと振り回す。抜け目なく手綱を操るビッグ・スターの号令に従い、ニゲ馬車が再び走り始めた。

「『我々魔界劇団は、私のエンタメは、断じてまがい物などではありません!バトル、火竜デビル・ヒールでドラッグウィリオンに攻撃!』」

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000→オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻200(破壊)
 巴 LP4000→1200

 猛スピードで直進するニゲ馬車から飛び降りることで、その勢いも加わった高所からのドロップキックが弱体化された異形の魔女の体を軽々と吹き飛ばす。

「ぐっ……!!」
「『この瞬間、火竜の住処の効果を発動!発動ターンに対象にとったモンスターがバトルで相手モンスターを破壊した時、相手プレイヤーは自身のエクストラデッキから3枚のカードを選んで除外しなくてはなりません。そして戦闘ダメージの発生したこの瞬間にプリティ・ヒロインの効果発動、メルヘンチック・ラブコール!キュートな彼女の恋の魔法により、相手モンスター1体の攻撃力は今発生したダメージの数値だけダウンいたします。これにより、九尾の狐の攻撃力は0に!」』

 上空から放たれた星型弾が九尾の狐の周囲を取り囲み、その力を確実に弱めていく。

 九尾の狐 攻2200→0

「『さて、もうおわかりですね?デビル・ヒールが続けて攻撃いたしますのは、九尾の狐!』」

 2800もの大ダメージにより苦痛に顔を歪め脂汗を流しつつもエクストラデッキから3枚のカードを取り出す巴には目もくれず、蹴りの反動も利用して着ぐるみの翼をバサバサと振りながら空中で一回転して着地した火竜デビル・ヒールが次に狙いを定めたのは九尾の狐だった。力強く地面を蹴り、竜の頭で人間……もとい悪魔魚雷となっての強烈な頭突きを叩きこみにかかる。
 とはいえ実のところ、この攻撃ですべてが終わるなどという甘い期待はしていなかった。この程度でデュエルを終わらせられるほど一筋縄で済む相手なら、あのアラサー上司がボロクソ言いながらもその実力に関してだけは嫌々ながらに一目置くはずがないのだ。
 そして案の定と言うべきか、その頭突きが命中する寸前に巴の場に伏せられていたカードが表を向いた。

 巴 LP1200→600

「トラップ発動、魂の一撃。戦闘を行う攻撃宣言時、私のライフが4000以下であるときにそれを半分支払うことで発動いたします。4000と現在の自分のライフ差、つまり3400ポイントだけ、九尾の狐を強化しましょう。これで返り討ち……と言いたいところですが、まずたった今受けた2800もの弱体化を打ち消す必要があるためにその攻撃力は600減っての2800止まりですね。ですが、それであっても私のライフを残すには十分な数値です」

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000→九尾の狐 攻0→2800(破壊)
 巴 LP600→400

「ぐはっ……!ですが九尾の狐が破壊されたことにより、狐トークン2体を場に特殊召喚です。無論、守備表示でね」

 狐トークン 守500 炎→闇
 狐トークン 守500 炎→闇

「『やはり受けきられましたか……ですが火竜デビル・ヒールには、後1度の攻撃権が残っております。そしてデビル・ヒールが戦闘で相手モンスターを破壊したことで、今度は火竜の住処に加え彼自身の効果を発動。墓地に存在する魔界台本、魔王の降臨を私のフィールドに再セットいたします。それではお待ちかね最後の攻撃、ここはレベルも攻撃力も高い方を優先して狙うべきでしょう。最後のターゲットはずばり、シャドウトークンです!』」

 そして、強烈な飛び込み頭突きを見舞った状態から空中で姿勢制御したデビル・ヒールが、最後にその後ろから迫っていたシャドウトークンへと体を捻りつつのローリング・ソバットを叩きこむ。

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000→シャドウトークン 守1000(破壊)

 この攻撃は、残念なことにダメージを与えるものではない。しかし火竜の住処はいまだ有効であり、この戦闘破壊も合わせて合計9枚ものエクストラデッキ破壊に成功した計算になる。
 それは、デッキの種類によってはそれだけで詰みかねないほどの一撃。しかし元々エクストラデッキへの依存度がさほど高いわけでもない【シャドウ・ディストピア】にとって、果たしてこの9枚という数はどれほどの痛手となりえただろうか?

「『デビル・ヒール自身の効果により、火竜の住処を再セット。さて、これにて火竜デビル・ヒールによる悪霊退治の大暴れはひとまず幕を下ろします。えっ、まだ悪霊は残っているって?その通り、ですがご安心ください。火竜の大暴れもいいものですが、やはり私どもの公演はこれがなければ終われません。追撃のアンコール上演、魔界台本「魔王の降臨」!これにより今回破壊の対象といたしますのは、残る3体の怨霊及びこの暗黒の世界そのものです!』」

 ビッグ・スター1人だった1ターン目とは違い、今の鳥居のフィールドには合計4体もの攻撃表示の魔界劇団が存在する。すなわち破壊できるカードもまた、4枚。吹き荒れる魔王の暴威によって残る3体のトークンが、そして闇に閉ざされた空間までもがねじれちぎれて消えてゆき、巴のフィールドもまた完膚なきまでに壊滅していまや1枚のカードも残っていない。ほんの少し明るくなった閲覧室の片隅で、消えていた非常灯に再び緑の光が点き始めた。

「『これが我々の、魔界劇団の力です!ですがここで、ひとつ残念なニュースがございます。確かに目に見える範囲では全ての悪霊の駆逐に成功いたしましたが、残念ながらまだその奥にはいまだ姿を見せない真の親玉がいるようですね。ならばこの魔界劇団一座、勝ち名乗りを上げ祝杯を挙げるのはやはり相手の大将首を落とすその時までお預けといたしましょう。さあ、第二ラウンドに備え再び戦いの準備です。メロー・マドンナによって呼ばれたプリティ・ヒロインは、このターンが終わると同時に私の手札へと戻ります』」

 これでニゲ馬車に残るは着ぐるみのままなデビル・ヒールと先ほど着替えた魔王ルックのビッグ・スター、そして必然的に御者役となったメロー・マドンナと鳥居自身を残すのみとなった。すでに巴には手札もなく、盤面もまた圧倒的有利。何よりリリース戦法の要となるディストピアを破壊できたことの戦術的な意味は、計り知れないほどに大きい。
 しかし、である。それでもなお、彼の気分は晴れなかった。理由は彼自身にも分からない。これが我々の、魔界劇団の力……そう高らかに言い切るその声は、むしろ彼自身に言い聞かせるような響きを帯びていなかっただろうか。巴はそれすらも見透かしているかのように薄い笑みを浮かべつつ、逆転された現状をさほど気にする様子もなく次なるカードに手をかける。

「なるほど。では、私のターン」

 圧倒的不利を微塵も感じさせない、気楽な調子でのドロー。そしてそのカードが、ゆっくりと表を向いた。

「ではスタンバイフェイズ、私は今引いたこのカード……RUM(ランクアップマジック)七皇の剣(ザ・セブンス・ワン)をあなたに公開します。何かございましたか?」
「『なっ……そ、そのカードは!?』」

 巴のエクストラデッキに眠る、残り5枚のカード。そのモンスターの種類によってはこれほどまでの状況も1枚で逆転することも可能となる、問答無用のパワーカード。それを、引いてしまった。この状況で、引き抜いてみせたのだ。

「その様子ですと、何もないようですね。ではメインフェイズ1、その開始時に発動条件を満たした七皇の剣を発動。デュエル中に1度だけエクストラデッキから特定のナンバーズを特殊召喚し、そのカオスナンバーズを重ねてエクシーズ召喚を行います。こんなこともあろうかと、残しておいてよかったですよ……No.(ナンバーズ)107、銀河眼の時空龍(ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン)。そして同じくCNo.(カオスナンバーズ)107、超銀河眼の時空龍(ネオギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン)!」

 ニゲ馬車の前に、暗く赤みがかった体色のどこか機械じみた印象の龍が立ちはだかる。そしてその龍が虚空に吼えるとその体が変形し、不気味な黒い四角錐へと変化する。まるで繭か蛹のようなその中でいかなる変態が行われたのか、再び四角錐が展開されるとその体色は黄金へと変化を遂げ、長い首の数は3つに増えその体そのものもさらに二回りほどの巨大化をしていた。

 CNo.107 超銀河眼の光子龍 攻4500

「本来ならばこのカードもディストピアの管理下でその効果を存分に発動したいところなのですが、そんなくだらない話は無用でしたね。ペンデュラム・スイッチを使ったところで逃がせるのは1体のみ、全てのモンスターが攻撃表示である以上この攻撃を回避することは絶対に不可能」
「『く……』」
「あいにく私は、末期の句を詠ませる暇を差し上げるつもりはありませんよ。では、さようなら。超銀河眼の時空龍、魔界劇団-ビッグ・スターに攻撃」

 3つ首の龍がそれぞれの口から光の奔流を放ち、それらが空中で混じりあって相乗作用でさらにその威力を跳ね上げる。すべてを消し去る光の中にビッグ・スターが、デビル・ヒールが、メロー・マドンナが、そしてニゲ馬車が消えていく。

 CNo.107 超銀河眼の光子龍 攻4500→魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500
 鳥居 LP2000→0

「ぐ……うわあああぁーっ!」

 体中が苦痛を訴え、たまりかねて自然と口から出た悲鳴。光の奔流が収まっても辛うじてまだ、彼の意識は残っていた。いや、むしろ気を失うことすらできなかった、という方が正しいかもしれない。全身の細胞が焼け、苦痛を感じているのか感じていないのかすらもよく分からない。何もわからず崩れ落ちた彼の耳に、いくつもの足音が聞こえたような気がした。しかし、それが幻聴なのか現実なのかも判別がつかない。ただただ、何もわからなかった。





 悲鳴を聞きつけた糸巻たちが階下に降りてきて真っ先に感じたものは、人間の肉が焼ける嫌な臭いだった。そして派手に大穴の空いた壁と、そこから見える巴の後ろ姿。その視線の先に無造作に転がる、焼け焦げた塊の正体に気が付いたとき彼女は息を呑んだ。

「鳥居っ!」
「うわぁ……おっと八卦ちゃん、見ない方がいいよ」

 彼女の背後で遅ればせながら目の前の光景を一瞥した清明が、咄嗟に最後に降りてきた少女の後ろに回り込んでその目を手で覆い隠す。的確な対処だが、今の彼女にはそれに礼を述べる余裕などない。

「テメエ、やってくれたな……!」
「ええ、やってやりました。おかげで、なかなかいいデータが採れました。物理的な痛みよりもエネルギーの塊、それこそドラゴンのブレス攻撃のようなものの方が見ての通り苦痛の効率がいいことなどは、なかなか面白い発見でしたよ」
「ふざけやがって!」

 かつての二つ名同様な夜叉の気迫を放ちながら1歩詰め寄る糸巻に、くすくすと上品に笑いながら1歩下がる巴。

「おや、よろしいんですか?そちらの彼、早く病院にでも運んで差し上げないと後遺症がますますひどくなりますよ?」
「なに?待て、どういう意味だ?」
「どういうも何も、言葉通りの意味ですよ。彼はまだ生きています、どこまで復帰できるかは別としてね。わざわざダメージだけで即死しないように出力を落としておいたのですから、むしろ感謝していただきたいですね」

 その言葉に、視線は巴から離さないままに焼け焦げた鳥居の体に近寄る。近くに寄ればそれだけ嫌な臭いも強くなりはしたが、それでも弱々しくその体は動いていることも見て取れた。まだ、呼吸が続いているのだ。そしてその時気が付いたのだが、巴は今なんとも絶妙な位置に立っている。もし彼女がこの場で戦闘を強行すれば、ほぼ確実に鳥居はその余波に巻き込まれるだろう。
 わざわざ虫の息で生かすことにより人質としての価値を発生させ、自分はその間に悠々と撤退する……いかにもこの男らしい、抜け目なく嫌らしい手だと歯噛みする。するが、彼女にはその意図が分かっていても止められない。鳥居がかなり危険な状態にあることはまぎれもない事実であり、彼女はそんな彼の上司なのだから。

「3対1……まあやってやれないことはないでしょうが、あまりリスクは好みませんからね。では、御機嫌よう」

 それだけ言い残し、闇の中に消えていく。

「ちっ!八卦ちゃん、救急車だ!」
「は、はい!」

 慌てて携帯を取り出した少女が、清明によって巧みに視線を遮られたまま通報を開始する。どうにか巴を追いかけられないかとも思ったが、そんな考えが通用するほど甘い相手ではない。思考を遮るように近くに待機させていたらしい車のエンジン音が響くと、すぐにそれも遠くに消えていった。徒歩でここまで来た彼女たちに、もはや追跡は不可能だろう。

「死ぬんじゃねえぞ、馬鹿野郎……」

 その言葉に、当の本人から答えが返ることはなかった。 
 

 
後書き
割とひどい終わり方ですが、精霊のカード編はこれでおしまいです。
また近いうちに裏デュエルコロシアム編の時と同じく短いエピローグを書いて、その次からは新章突入……予定。 

 

エピローグ

 
前書き
前回のあらすじ:エンタメデュエルの敗北。しかし彼の心にはその事実よりも、その過程で投げつけられた言葉の方が遥かに強い痛みを伴って響いていたようで。 

 
 幽霊が出る……きっかけはそんな、夢のような話から始まった。そしてその夢は一夜明け、更なる広がりを見せた。精霊を追う男達、精霊を知る少年。少女の知る世界はわずか1日にしてそれまでとは比べようもないほどに広がった。
 しかし昇らぬ朝日がないように、沈まない夕日もまたありはしない。広がりきった少女の夢は、宵闇と共に悪夢と化した。そして悪夢の戦いから、1週間もの日付が過ぎた。

「よう、鳥居。起きてるか?」

 燃えるような赤髪をわずかに揺らし、ゴンゴンとノックの音がかすかに薬臭い廊下に響く。その声の主は、言うまでもなく糸巻である。そしてその後ろには、花束を手に待機する八卦の姿。彼女たちにとっても、あの日以降彼に会うのは1週間ぶりのことだった。あの後呼びつけた救急車によって病院に担ぎ込まれた彼は意識不明の重症と診断され、そのままノータイムで集中治療室に。面会謝絶状態が続き、ようやく今朝になって見舞いの許可が下りたのだ。
 しかし、いつまで経っても部屋の中から返事はない。痺れを切らした糸巻がもう1度ノックしようとして考え直し、引き戸の取っ手を掴み慎重にドアを開く。

「鳥居?……なんだ、起きてんのかよお前。ったく、なら返事ぐらいしろよな」

 そっと覗き込んだ彼女の視界に入ったのは、ベッドの上で上半身を起こし、ぼんやりと窓の外を見る部下の後ろ姿だった。燃え尽きたと医者から聞いていた髪も再び産毛が生え始めており、背筋も割合しっかりとしている。

「入るぞー」
「し、失礼します!」
「ああ、糸巻さんに八卦ちゃん……ども、お久しぶりっす」

 ようやく物思いから我に返ったのか、弱々しい声で振り返る。まだ手ひどい火傷の跡は確認できるだけでも顔面や二の腕に残っているものの、彼の年齢を考えれば跡も残らず、とまではいかないまでも十分誤魔化せるぐらいまでには回復するだろう。それを見て無邪気に顔を綻ばせる少女と、それとは対照的に渋い顔になる糸巻。確かに彼は、肉体的には復帰も近いように見える。だが、その精神はどうだろうか。
 百戦錬磨の彼女は、これまで幾度となくこんな顔をした若者を見てきたことがある。例えば念願叶いプロデュエリストの仲間入りしたものの、相次ぐ敗北にファンもつかずスポンサーも愛想をつかし、やがて表舞台を去っていく時。例えば正義感とデュエル愛に燃えデュエルポリスの門を叩いたはいいが、そこで自分の実力不足を嫌というほど試験時に叩きこまれた時。人の心がへし折れた時の顔を、彼女は知っている。

「鳥居、お前……」

 言葉はしかし、続かなかった。一見元気そうに見える彼を見て喜ぶ八卦を前に、水を差すようなことが言えなかったということもある。しかしそれ以上に、彼女自身がそれを口に出すことを嫌がっていたのだ。口に出してしまえば、もう後戻りはできなくなる。ようやく体の傷が治りかかっている彼に、このタイミングで心の傷という現実を突きつけることが正しいことだと言えるだろうか。
 らしくもなくまごついている彼女を一瞥し、優しい声音で鳥居が少女に向き直った。

「ちょっと悪いけど、八卦ちゃん。お使い頼まれてきてくれるかな」
「お使い、ですか?はい、お任せください!何を買ってきましょうか!」
「えっと……んじゃ、『スイートミルクアップルベリーパイとろけるハニー添え』ってのをお願い。この近くのケーキ屋にあるかわからないから、30分探しても見つからなかったらそんでいいから」
「30分ですね、わかりました。では、失礼しますっ!」

 元気よく少女が部屋を後にしてからたっぷり1分ほど待ち、戻ってきていないことを確認した鳥居がようやく口を開く。その声色はさっきまでとは打って変わり、悲壮感と無力感に満ちていた。

「……すんません、糸巻さん。俺ちょっと、もう駄目かもしんないっすわ」
「だろうな。よっっぽど手ひどくやられたんだろ?悪いとは思ったがデュエルディスクの内部データから、どんなデュエルをやったのかは確認させてもらったからな」

 先ほどまでは純粋無垢な少女の手前、かなり無理してお得意の演技をしていたのだろう。彼は今、自分の心がどれほど悪い状態にあるのかを客観的に捉えて知っている。それを確認した糸巻も、もはや遠慮は不要とばかりに近場の椅子にどっかりと腰を下ろして長い足を組み、懐から煙草を1本取り出す。

「……ここ禁煙っすよ」
「怒られるのはアタシじゃない」
「よくわかってるじゃないっすか、俺が怒られるんすよ」
「知るか、馬鹿」

 そうは言いつつも言葉とは裏腹に舌打ちし、火をつける寸前の煙草を元通りしまい込む。いつになく素直な女上司のそんな姿に、鳥居がまた力なく笑う。

「なんか今日は随分優しいっすね、糸巻さん」
「馬鹿いえ、アタシはいつだって絵にかいたような善人だぜ」
「なら俺知ってますよ、その絵のタイトル地獄絵図ってんですよね」

 いらん一言と流れるような軽口こそいつもの調子だが、そこにはまるで覇気がない。彼自身もそのことを痛感しているのか、何とも言いようのない薄ら笑いを引っ込めて急に話題を変えた。

「ねえ、糸巻さん。糸巻さんは、何のためにデュエルしてるんすか」
「は?」

 おもむろに放たれた、哲学的とも思える問い。彼も目の前の反応から自分の説明不足を悟り、思い出したくもない記憶を自らの脳裏からサルベージする。

「あの時俺、言われたんすよ。俺のデュエルは、ただ与えられた役割にしがみつくだけのまがい物だって。俺はずっと俺のデュエルを観てくれるお客さんのためにデュエルをしてて、それが俺にとっての全部で。自分のために戦うなんて考えたこともなくて……だから、そんなデュエルじゃ届かないって」
「いかにも巴の奴らしいやり口だな……そんなもん、聞き流しとけよ」
「でも俺、自分のことだからわかるんすよ。そうやって言われた時、最初は俺も思いました。これは罠だ、聞く価値なんてない妄言だって。だけど本当は、心の奥底では、あいつの言うことの方が正しいんじゃないかって……!」

 途中で言葉が消えていき、顔をくしゃくしゃに歪めて体を震わせる鳥居。彼の中では今、爆発した感情が行き場もなくなっていた。敗北による悲しみ、苦痛、恐怖……しかし圧倒的に大きいものは、何も言い返すことのできなかった自分自身に対しての悔しさだった。
 そしてその気持ちは、糸巻には痛いほどよく分かる。それまでの自分自身を全否定され、だというのにそれを甘んじて受け入れるしかない。かつて、彼女自身もそうだった。ずっと続くと思っていたプロデュエリストとしての日々から一転し、四方から浴びせられた罵声と迫害。自分と同じデュエリストのせいで数多の死傷者と被害が出たのだと遺族に直接詰め寄られた時も、彼女には一切の申し開きができなかった。ただ唇を噛みしめ拳を握り、その両方から血が出るほどに力を込めるだけ。彼女に、何か言う資格などなかったのだから。
 重苦しい沈黙に包まれる中、やがて鳥居がどうにか落ち着きを取り戻す。

「すんません、糸巻さん。俺らしくもないっすね。今聞いたことは忘れてください……いつかきっと、俺の手で答えを出してみせます」
「おう、そうか。その意気だ」

 またしても短い沈黙。いつかきっと、と彼は言った。しかしそのいつか、とは一体いつになるだろうか。たとえ傷が完治したとしても、今の決定的に大切なものをへし折られた彼にまともなデュエルを行うことなど不可能だろう。まして彼が折り合いをつけて答えを出すべきエンタメデュエルは、ただでさえ常人以上の精神力を必要とするものだ。答えの見えない問いが宙に浮き、その不透明さと先の暗さがのしかかる。
 そこでよし、と手を叩いたのは、糸巻だった。彼女にはもう少し目先の問題で、考えるべきことがあったのだ。

「この話はやめだ、やめ。それよか鳥居、お前『アレ』どーする気だ?その様子だと出るのは無理だろうが、もう1週間もねえぞ」
「あー、『アレ』っすか。正直、俺もノープランです。でも、一応本部からも応援は来るんすよね?」
「そりゃまあ打診はしておいたけどな、正直今からお前の穴埋めなんて出せるかどうかは微妙なとこだな。ある程度腕っぷしがよくて、なおかつアタシら(デュエルポリス)寄りの人間……」

 謎めいた言葉を挟み、2人して頭をひねる。ちょうどその時、ドアがババン、と音を立てて勢いよく開いた。そして息せき切った少女と共に、見覚えのある少年が何かの入った紙箱を手に顔を出す。

「ハア、ハア……お、お待たせしました鳥居さんっ!」
「洋菓子店『YOU KNOW』家紋町支部、店長の遊野清明でーす。『スイートミルクアップルベリーパイとろけるハニー添え』ただいまお持ちしました。こっちも大概金欠だけど、まあ見舞い品だからオマケしとくよん」
「「いたー!」」
「……へっ?」

 同時に叫ぶ大人2人と、何が何だかわからないという顔で固まり目をぱちくりさせる少年。またしても、何かが動こうとしていた。 
 

 
後書き
相変わらず短いですが、まあエピローグだしね。
次回より新章、「デュエルフェスティバル編(仮題)」始まります。 

 

ターン16 魂鋼の風雲児

 
前書き
今回から新章です。

前回のあらすじ:若いうちは体の傷はすぐに治るが、心の傷はなかなか治らない。年を取ると心の傷はすぐに治るが、体の傷はなかなか治らないとはよく言ったもので。
……鳥居浄瑠、まだまだ前者。 

 
「はーん、なるほどねえ」

 病室。上体だけ起こしてベッドの上から窺い見る鳥居とその脇にある見舞い客用の椅子で足を組む糸巻が視線を注ぐ中、その視線の中心人物……遊野清明がゆっくりと頷いた。

「デュエリストフェスティバル、かあ」
「頼む。アタシともう1人他所から手伝いに送られてくる奴、まあ誰かは知らんが……ともかく2人だけじゃ、さすがに手が回らんからな」

 デュエリストフェスティバル。それは読んで字のごとく、デュエリストたちの祭典である。少なくとも、名目上だけは。
 かつてこの祭典は、プロデュエリストたちとそのリーグが互いの垣根を越えて手に手を取り、3年に1度行われる大規模なものだった。普段ならば絶対にありえない所属リーグやライバル会社をスポンサーに持つ選手同士が組んでのタッグデュエル、プロ1人に対し抽選で選ばれた観客3人という変則マッチ、新型デュエルディスクの発表会やその試遊……ありとあらゆる方面からデュエリストたちの嗜好を満足させる、明るく楽しい3日間のお楽しみ。開催地は毎回違う国が選出され、各国その趣向を凝らして世界中から集うデュエリストと観客を歓迎したものだ。その経済効果は抜群であり、日本円にして10桁は軽く動いたとも言われている。それだけ、デュエルモンスターズは世界の中心だったのだ。

「いいなぁ。私も、お姉様の晴れ舞台を生で見たかったです」
「ま、それも昔の話さ。今はせいぜい、アタシらデュエルポリスが主催する町内のちっぽけなお祭りがいいとこだな。徹底的に落とされたデュエルモンスターズの評判を少しでも回復させるためとかなんとかで、近くのちびっ子を招待してアタシらのデュエルやソリッドビジョンを体験してもらう。ポジティブキャンペーンってやつさ」

 そう小さく笑う糸巻。だがその笑みは寂しげで、自嘲の色を帯びていた。彼女がいつも昔のことを話すときと同じように……もう2度と手に入らない、望まずして失ったかつてを思い返すように。
 そしてそんな気配を察知し、かすかに清明が顔をしかめる。その表情の変化には2つの意味が込められており、まずひとつが単純に湿っぽい話は彼の好むところではないという意思表示。そしてもうひとつはこの話の流れと場の空気から、一層断りづらくなったことを察知したためである。そしてそんな機敏な感情の変化を読み取った糸巻が、流石にこの程度じゃなあなあで押し切れねえかと内心で毒づく。

「なあ、どうにかならないかね」
「ああいや、僕としても協力したいのはやまやまなんだけどね」

 彼女らには知るよしもないが、元来この遊野清明という男はかなりの祭り好きである。それもかなりの行動派で、常々見るアホウよりも踊るアホウでありたいと大真面目に言い出したりもするタイプである。そんな彼がデュエリストフェスティバルの存在を知ってなお反応が薄いのには、また別の理由があった。

「僕、最近はこの近くのケーキ屋で居候させてもらってるんだけどね?そこの親父さんが、今ちょっとばかしトラブっててね。一宿一飯の恩もあるし、僕が用心棒やってないとまずいのよ」
「トラブル?用心棒?……糸巻さん」
「ああ、わかってる。鳥居、お前はそこで寝とけ。面会は終了だ」

 何かを通じ合うデュエルポリス2人。その視線が交錯し、ややあって糸巻が小さく頷いた。

「まあなんだ、とりあえずその店まで連れてってくれ。用心棒が出張るほどとなると、もしかしたらそれはアタシらの領分かもしれないからな」

 そう言い勢いよく立ち上がると、慌てて空箱を持った八卦も続く。「いや見舞いって言ってくださいよ何やらかしたんすか俺」という小声の抗議は、当然のごとくきっぱりと無視された。





 3人が病院を後にすると、気持ちのいい秋の青空が広がっていた。閉塞的な空間から抜け出たことに気をよくした糸巻が大きく伸びをすると、自然と強調されるふたつの果実へと周囲の視線が一斉に集まる。それ自体はもう慣れたものであり、彼女自身はあまり気にしていない。むしろこれだけ一生懸命見ておいてまだ気づかれていないつもりなのかと、馬鹿馬鹿しさ混じりのおかしみすら感じるほどだ。
 ただそんな彼女でも、一番熱のこもった視線が自分のすぐ隣から注がれていることにはやや閉口した。顔を動かさずにこっそり横目で窺うと、案の定小さく拳を握りガッツポーズをとる少女の姿がその目に映る。

「……八卦ちゃん」
「…………は、はははははい!ななななんでしょうかお姉様!?」
「いや、なんつーか……まあ、いいや」

 あまりにわかりやすくテンパる少女を前にそれ以上追及する気も失せ、代わりにため息をついてシャツの上から羽織っていたジャケットの前を止める。肌色の減少に少女は露骨に残念そうな表情になるが、素早く湿った視線を向けた糸巻と目が合うやすぐに取り繕ったぎこちない笑顔に変わる。

「おーふたーりさーん。置いてくよー?」
「は、はい!ただいま!」

 タイミングよく飛んできた清明の声に渡りに船とばかりに飛びついた少女が、ぱっと駆け出してその場を後にする。今の呼びかけは偶然か、それとも計算づくなのか?考え込む糸巻の目に1瞬、清明の頭上に浮かぶ黒と紫のシャチのような顔が見えた気がした。あれは呆れ顔をしている……そう感じたのは彼女の単なる直感だが、いずれにせよその顔は彼女がはっきりと認識するより先に秋の空へと消えていった。

「……おう、今行くよ」

 あまり考えすぎても仕方がない。そんな時は考えること自体をすっぱり諦め切り替える、彼女が人生で得た経験のひとつだった。先行する2人に気持ち足を速めて追い付き、道中より詳しい話を聞こうと先導する少年の背に声をかける。

「で、だ。とりあえずお前さんの話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」
「はいはい。簡単に話すとその店、1か月ぐらい前に若いチンピラが来店してねー。えらいイライラしてたし、何があったかは知らんけど最初っから憂さ晴らしでいちゃもんつけに来たんだろうねきっと。まあとにかく適当にケーキ頼んでお金払って、そこから即クレームよ」
「クレーム?」

 オウム返しする八卦に、大人びた所作で軽く肩をすくめる。しかし糸巻の目は、思い出すだけでよほど腹に据えかねたのか瞬間的に指が白くなるほどに力を込め拳を握りしめていたのを見逃しはしなかった。

「……そ。この店では床にゴキブリ飼ってんのかーってさ。まあ実際、そいつの指さしてた先で黒いのがうぞうぞしてたのよ」
「うぞうぞ……」

 謎擬音につい情景を想像してよほど嫌な気分になったのか、少女の顔がやや引きつる。

「ただ、ねえ。僕もずっと後ろでレジ並んでてなーんかピンと来たから、試しに踏んづけてみたのよ」
「ひっ!?」

 またしても嫌な想像をしたらしく、引きつった表情はそのままに少女の顔が青くなる。

「そしたらそいつ、だいぶ体重乗せたのにぴんぴんしてやんの。ただ面白いものが見えてね、潰れない代わりにその恰好にノイズが走ったのさ」
「「BV」か?」
「今思えばそうなんだろうねえ。黒光りするG、飛翔するG、対峙するG……まあなんだっていいけどさ、ともかくその辺のカードを実体化させたのかね」
「なるほどオーケー分かった、「BV」がらみとあったらそいつは間違いなくアタシらの縄張りだ」
「それもなんだっていいさ。ただ、僕も実家がケーキ屋でね。うちみたいな飲食にその手の悪評はほんとに死活問題で、それがわかってるからどうしても見過ごせなかったのよ。本物がお客さんの見えるところに出たってんならまだしも、それじゃあんまりにも浮かばれないからね。で、後は逆切れされたから軽くデュエルして追い払って、そのままお礼されてなし崩しに3食屋根付き生活をさせてもらうことになったってわけ」
「なんつーか、お前も大変なんだな」

 糸巻は普段の言動からは勘違いされがちだが、あまり他人のプライベートに土足で踏み込むことを良しとはしない。あくまでも相手が心を閉ざす限界を見極めたうえで、決して一線を越えはしない。
 それでも今の会話で流されたいくつかのワードは、彼女の興味を引くには十分なものだった。例えばあの言い方からすると、そのケーキ屋とやらに居候するまでこの男は3食屋根なしの生活を送っていたということになる。彼女が彼に初めてカードショップ「七宝」で出会ったあの日、彼はどこで生計を立てていたのだろう。それに、「BV」はデュエルポリスの管轄であるという国際的な了解も、もっと言えば「BV」に一般人は極力関わらない方がいいという一般常識すらもこの男には欠けている。

「あはは、まーね。わかったらもっと労わってもいいよ」

 そして彼自身も自らに向けられた疑心に気が付きつつも、あえて自分からその過去を語るようなことはしない。自分は異世界からやってきましたなどという話は、あの悪夢の一夜を経てなんとなくうやむやとなった自身への狂人疑惑を蒸し返すだけだと彼のブレインたる精霊、地縛神Chacu(チャク) Challhua(チャルア)との話し合いの末に釘を刺されているからだ。
 そしてなんとはなしに会話が途絶え、微妙な沈黙があたりに漂い始める。最初にその静寂に耐えきれなくなった幼い少女が何でもいいから口火を切ろうとした矢先、清明が目を細めて立ち止まった。

「あ、あのお姉様」
「……ん?待った、なーんか嫌な感じがする」

 じっと前を見つめて耳を澄ますことしばし、今度は急に小走りになる。つられて女性陣も小走りについていくと、やがて何かの建物の前を取り囲む人垣が見え始めた。

「まずいなー。その店ってのがあそこなんだけど、僕が離れたのバレちゃったかな?すみませーん、通ります!」
「アタシらも行くか、八卦ちゃん」
「はい、お姉様!」

 器用に隙間を押し通り、ひょいひょいと最前列に進む清明。それに続いた糸巻と八卦にも、やがて何を見るためにこれだけの人間が集まっているのかが見えてきた。店の前で、2人の男と1人の女が一触即発状態で睨みあっている。
 男の方はまだ若く、どちらもせいぜい20歳程度。女の方はそれよりも一回りは上に見える大人びた雰囲気の理知的な美女だが、今はその端正な顔立ちに不機嫌そうな仏頂面が張り付いている。しかし彼女らの何よりの特徴は、その3人がそれぞれ腕に見覚えのある機械……デュエルディスクを装着していることだろう。このご時世で3人ものデュエリストがこうおおっぴらに出歩いているとあれば、野次馬が集まっても無理はない。もっともこれだけの数の人間が足を止めた理由の半分は、その女に目を惹かれたからというのもあるだろう。顔立ちに見合った長身で足の長いモデル体型に、ゆったりとしたデザインにも関わらずなおその下のメリハリのあるボディラインを主張させる灰色の縦セーターと群青のロングスカート。カメラやマイクといった機材が存在しないことに目をつぶれば、映画か何かの撮影といっても通用するだろう。
 苛立ちを押さえるようにゆる三つ編みの銀髪をかきあげた女が、くいくいと左手の手のひらを上に向けて男を手招きした。

「どちらでも構わないが、早くかかってきたらどうだ?どうしてもと言うのなら、多少のハンデとして2人同時でも構わないが」
「ふ、ふざけやがって……!」

 あからさまな挑発に男の1人がデュエルディスクを起動し、いよいよデュエルが始まるのかと人垣がざわめく。遅れてもう1人の男も動き出そうとした機先を制するように、糸巻の鋭い声が響き渡った。

(つづみ)!何やってんだお前こんなとこで!」
「……糸巻か。久しいな、だが話は後だ。すまないが挨拶と手土産は今準備するからもう少し待ってくれ」
「悪いがそうもいかねえな。この町は一応アタシの縄張りだ」

 ぽきぽきと拳を鳴らしながら前に進み、赤髪と銀髪が横に並び立つ。口の端に煙草を引っかけて火をつけたところで鼓と呼ばれた美女はわずかに口元を綻ばせ、どこかからかうような響きを帯びた声音で聞き返した。

「ご立派な職業意識だな。で、本音は?」
「何面白そうなことやってんだよ、アタシにも暴れさせろ」
「だろうな。仕方ない、そっちの奴は任せた」
「あいよ。じゃあそっちの、アンタがアタシの獲物だ。どうせ期待はしちゃいないが、精々頑張って足掻いてくれよ?」

 そんな互いに気心の知れた仲であることをうかがわせる息の合った会話に、野次馬の1人になっていた少女の胸は大人な女性への憧れで高鳴る。しかし同時にその奥には、どこかチクリとしたものが突き刺さった。少女と知り合って以降、彼女はあんな表情を浮かべたことはない。それは、少女にとって初めて見る……そして鼓と呼ばれた美女にとっては見慣れたものらしい、糸巻の一面だった。

「まあなんとなく察しはつくけど……おばさん、すいません遅れました」
「ああ、清明ちゃん!よかったよ、もうおばさんどうしようかと思って困ってたのよ」

 少女が初めて感じた嫉妬の欠片に自分でも戸惑う、その傍らで。別の方向に目を向けた清明に声を掛けられて振り返ったのは、いかにも町のケーキ屋さんといったイメージそのままの恰幅のいいエプロン姿の中年女性だった。安堵の表情と共に歓迎の意を表現するその女性に駆け寄った清明が、目の前の出来事について問いかける。

「で、おばさん。これ一体、どうなってんです?」
「それがねえ、さっき清明ちゃんが出てってすぐにあっちの子がお客さんで来たんだけど、そこにあの2人も入ってきてね。お店の中で暴れそうだったからおばさん怖かったんだけど、それをあの子が止めてくれて」

 その言葉に、改めて彼は銀髪の女性へと視線を向ける。おそらく年齢は糸巻と同程度かやや下、どう贔屓目に見ても「子」と評するにはいささか無理のある年齢だが、それは固く口を閉ざしておいた。この世界の人間は、「BV」の危険性は身にしみてわかっている。2人がかりでデュエルディスクを見せびらかしているならば、デュエリストでもないこの店の人間に自衛しろとは最初から無理な注文だ。

「あ、清明ちゃん。あの2人、助けてあげなくて……」
「んー、まあ大丈夫でしょう。というかあの2人、かなり手練れっぽいです。下手したら僕より強いですよ、変に手出ししても邪魔になるだけです」

 すっかり観戦気分になって見守る他所では、ちょうど4人のデュエルが始まろうとしていた。どちらに注目しようかと1瞬考えて、銀髪の女性に集中する。言うまでもなくお姉様の即席応援団になって拳を振り上げる隣の少女の存在もあるが、単純に糸巻ならばあの程度の相手にはどうせ勝つだろうと踏んだのだ。ならば、手練れなことはその所作から予想がつくものの実力未知数なもう片方のデュエルが気にかかる。

「「「「デュエル!」」」」

 先攻を取ったのは、チンピラの男。よほどいいカードでも引けたのか下卑た笑みを浮かべつつ、意気揚々とカードを出した。

「メインフェイズ1の開始時に永続魔法、スローライフを発動!このカードは俺のフィールドにモンスターが存在しないときにだけ発動でき、互いのプレイヤーは自分のターンに通常召喚か特殊召喚のどちらか片方しか行えなくなる。俺はこのターン通常召喚を行い、終末の騎士を召喚!このカードは場に出た際、デッキから闇属性モンスター1体を墓地に送ることができる。俺が選ぶカードはレベル5、異界の棘紫獣だ」

 終末の騎士 攻1400

「おっと、せっかくスローライフを発動したのに除去されたらつまらないからな。このカードも発動するぜ、永続魔法遮攻カーテン!このカードは俺のカード1枚が破壊されるとき、このカードを身代わりに破壊することができる。さあ、これでターンエンドだ」

 あからさまな下準備に費やされたターンを終え、いよいよ鼓へとターンが移る。満を持してカードを引き……わずかな沈黙の後、少し首を傾げた。

「……ふむ、少し面倒だな。仕方ない、このターンは超重武者ソード-999(キューキューキュー)で受けて立つ。そして999は場に出た際、自身の表示形式を変更できる。私はこれでターンエンドだ」

 スローライフによりこのターン選んだのは、鼓もまた通常召喚。重量級の和装らしき意匠の施された赤い人型機械が、その太い両腕を打ち合わせて絶対防御の姿勢をとる。

 超重武者ソード-999 攻1000→守1800

 ……え、それだけ?誰も口に出しはしないが、そんな気配があたりに満ちる。着々と攻め込む準備を進めるチンピラに対し誰がどう見ても防戦一方な1ターン目に、皆が反応に困り何とも言えない微妙な空気に包まれる。まして、そのすぐ隣ではこの通り。

「オラオラオラ、墓地から妖刀-不知火の効果発動!このカードとレベル6の刀神-不知火を除外することでレベル8のアンデット族シンクロモンスターを特殊召喚する、輪廻シンクロ!さらに速攻魔法、逢華妖麗譚-不知火語を発動、手札の馬頭鬼を切ってデッキから逢魔の妖刀-不知火を特殊召喚。逢魔の妖刀をリリースして除外されたカードの中から屍界のバンシーと妖刀-不知火を守備表示で特殊召喚、さらに今捨てた馬頭鬼を墓地から除外して墓地のドーハスーラを……」

 絶好調の糸巻によるアンデットならではの展開力を生かした特大ソリティアが行われているのだ。必然的に対照的なその2つの盤面は比べられ、余計になんともいえない雰囲気が濃厚になる。
 しかし当の本人はそんな気配などまるで気にした様子もなく、いたって冷静に待ち構える。

「ん、どうした?サレンダーでもするつもりか?」
「舐めやがって、後悔しやがれ!俺のターン……守備固めか、ならこのカードだ!お前の超重武者ソード-999をリリースして、ヴォルカニック・クイーンは相手の場に特殊召喚できる!この効果での特殊召喚をするターンは通常召喚ができないが、スローライフの効果でどのみちこのターン俺に通常召喚は不可能だ」

 ヴォルカニック・クイーン 攻2500

「ほう、デメリットの重複か。少しは戦略があるようだな」

 999の姿が溶岩に呑み込まれ、長い体を持つ巨大な炎のドラゴンがその後釜に居座る。その体から垂れる溶岩が鼓のすぐそばの足元に落ちてコンクリートを焼くも、その理知的な美貌はまるで動じた気配すらも見せない。そしてその余裕が、余計に若者の苛立ちを募らせる。

「バトルだ!やれ、終末の騎士!」
「仕方がないな。迎え撃て、ヴォルカニック・クイーン」

 黒衣の剣士が剣を構えて突撃し、溶岩の蛇が火炎弾でそれを迎え撃つ。当然その後に考えられるのは、コンバットトリックによる戦闘破壊とダメージ。しかし、そうはならなかった。その剣は炎の体に触れるよりも先に溶岩へ沈み、ついでその本体も炎に呑み込まれ崩れ落ちる。

 終末の騎士 攻1400(破壊)→ヴォルカニック・クイーン 攻2500
 男 LP4000→2900

「ほう」
「熱いぜ……だがな、俺は正気だぜ。俺のモンスターが戦闘で破壊されたこの瞬間、手札の異界の棘紫竜と墓地の異界の棘紫獣の効果を同時に発動!それぞれ自身を特殊召喚する!」

 そしてフィールドに、紫色の茨が伸びる。それぞれ同じ濃い紫の体色を持つ異形の竜と獣が、終末の騎士の亡骸を媒体としてその身を自らの異界から現世のフィールドへと現れる。

 異界の棘紫竜 攻2200
 異界の棘紫獣 攻1100

「これで、俺のバトルフェイズは終了だ。だがな、ここからが俺の攻撃だ!俺はレベル5の異界の棘紫竜と、異界の棘紫獣でオーバーレイ!2体のモンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚!」

 2体の茨を持つモンスターが紫の光となり、螺旋を描いて空中で結合し……そして反転してア落下し、足元に開いた空間へと吸い込まれる。無音の爆発が起きたそこで、赤い体を持つ溶岩の恐竜が産声を上げた。

「灼熱のマグマ噴き上がるとき、空は砕かれ大地はひれ伏す!No.(ナンバーズ)61、ヴォルカザウルス!」

 No.61 ヴォルカザウルス 攻2400

「ヴォルカザウルスか。なるほど、強力なカードには違いないな」
「その余裕、こいつの効果で吹き飛ばしてやるよ。ヴォルカザウルスの効果発動!オーバーレイ・ユニットを1つ使い、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象に取り破壊。その攻撃力分のダメージを相手に与える、マグマックス!」

 No.61 ヴォルカザウルス(2)→(1)

 赤色の恐竜の周囲を回る光球のうち1つがその体に吸収され、エネルギーを解放したヴォルカザウルスが胸の期間から超高温の火焔を放つ。その温度はいったいどれほどのものなのか、本来炎を操り溶岩の体を持つはずのヴォルカニック・クイーンが焼かれ、限界を迎え、生物とは思えないほどにドロドロに溶けていく。

「くっ……」

 鼓 LP4000→1500

 そしてそのダメージは、当然のごとくデュエルポリスの力で中和しきれなかった分の「BV」によってそのコントローラーであった鼓にも降りかかる。無造作に顔をかばった左手にも火の粉がかかり、セーターにいくつかの焦げ目がついた。
 しかし、逆に言えばそれだけだ。チンピラが下卑た欲望をもって内心で期待していた苦悶の呻きも、火傷の苦痛に歪む表情も、求めた反応は何一つ引き出せていない。そのことに不満を覚えつつも、すぐさま次の動作にかかる。

「ちっ、お高く留まりやがってよ。まあいい、魔法カード、希望の記憶を発動!このカードは俺のフィールドにNo.が存在するとき、その種類の数だけドローできる。ヴォルカザウルスの1枚ドロー……ケッ、やっと引けたのかよ。永続魔法、ギャラクシー・ウェーブを発動!このカードの効果により、これ以降俺がエクシーズ召喚に成功するたびに500のダメージが発生するぜ。俺はヴォルカザウルスのオーバーレイ・ユニット1つをコストに、ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!」

 号令に従い役目を終えたヴォルカザウルスが赤い光球となり、先ほどと同じく舞い上がってから反転し地表の空間に吸い込まれる。そして新たに生まれたのは赤とは真逆の青、そして雪のような純白。

「このカードはランク5モンスターからオーバーレイ・ユニット1つを取り除くことで、その上に重ねてエクシーズ召喚ができる。極寒の吹雪荒ぶるとき、大地は枯れ果て海は凍り付く!エクシーズ召喚、No.21!氷結のレディ・ジャスティス!」

 No.21 氷結のレディ・ジャスティス 攻500→1500

「こいつの攻撃力は、自分のオーバーレイ・ユニット1つにつき1000ポイントアップする……だが、そんなことはどうでもいい。このエクシーズ召喚をトリガーに、ギャラクシー・ウェーブの効果を発動!」

 鼓 LP1500→1000

「まだまだ行くぜ!俺はランク6のレディ・ジャスティスを素材とし、ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!疾風の雷光走るとき、海は砕かれ空は引き裂かれる!エクシーズ召喚、迅雷の騎士ガイアドラグーン!」

 3たびモンスターが光球と姿を変え、レディ・ジャスティスがさらに新たな姿へと生まれ変わる。次いで現れた迅雷のモンスターは、緑を基調とした鎧を纏う龍に騎乗し、それと一体化した半機械の騎士。

 迅雷の騎士ガイアドラグーン 攻2600

「そして、またギャラクシー・ウェーブの効果が発動するぜ。どうだ?俺の必殺コンボの味は」

 鼓 LP1000→500

 重ね重ね与えられた効果ダメージに、わずか1ターンで鼓のライフは残り500まで削られる。だが、彼女が不利なのはライフだけではない。スローライフは通常召喚か特殊召喚のどちらかを封じ込め、もう1度守備モンスターを立てて凌いだところで貫通能力を持つガイアドラグーンの前には壁にすらならず、仮に攻撃を耐えきっても次にチンピラがエクシーズ召喚を行えばギャラクシー・ウェーブのバーン1回すら耐えきれない。そしてそのどのパーツを破壊しようにも、遮攻カーテンは1度だけそれを防ぐ。
 どれだけ贔屓目に見積もっても、彼女に残された逆転のチャンスは次の1ターンのみ。だがスローライフがあったとはいえ最初のターンをモンスター1体の召喚のみで終えざるを得なかった彼女に、果たしてまともな逆転の手など打つことができるのか。
 それでも不思議と、清明には彼女が敗北するとは思えなかった。なぜ今が初対面な彼女の実力をそこまで信じることができるのか、それは彼自身にもよく分からない。しいて言えば、それが強者を嗅ぎ分けるデュエリストとしての彼の嗅覚なのだろう。

「ターンエンドだな?なら私のターンだ。糸巻、そっちはどうだ?」
「ん?ああ、アタシはもう終わったとこだよ」
「そうか。こちらも今、終わらせる」
「な、なんだと!?」

 デュエルが始まる前と何ら変わりない、強い自信に裏打ちされた冷静沈着な態度。あまりにも現状の盤面にそぐわないその会話の内容に激昂するチンピラだが、その口調は尻すぼみに弱々しくなっていった。鼓が少し黙れと言わんばかりに、ぎろりと冷たい視線を向けたのだ。

「では、ラストターンだ。私はレフト(ペンデュラム)スケールにスケール1のメタルフォーゼ・ゴルドライバーを、ライトP《ペンデュラム》ゾーンにスケール8の超重輝将サン-5をセッティング」
「はあ!?超重武者にメタルフォーゼだあ!?一体、何考えてやがる!?」
「そう喚くな、少し声が大きいぞ。これで私はレベル2から7のモンスターを同時に召喚可能、そして奇遇にも私の手に残る手札4枚のうち3枚は、全てその基準をクリアするモンスターばかりだ。奇跡を起こすエネルギーよ、不動の戦士に大地踏みしめる力を宿せ!ペンデュラム召喚!」

 赤熱の斧を手に貴金属のバイクを乗りこなすライダーと、重金属の鎧に身を包む不動なる機械の将。本来交わるはずもない2つの勢力が、天空に立ち上った2つの光の柱によって結びついた。そして両勢力の戦士たちが、完成した光のアークに導かれ共に戦場へと降り立つ。

 超重武者ダイ-(ハチ) 守1800
 メタルフォーゼ・シルバード 攻1700
 超重武者カゲボウ-C 守1000

「まず私は、ダイ-8の効果を発動。私の墓地に魔法、罠が存在しないとき、守備表示のこのカードを攻撃表示に変更することでデッキから超重武者装留と名の付くカード1枚をサーチする」

 そして最初に動いたのは、ローラー型の両足を持ち巨大なリアカーをいとも軽々と引く機械の兵士。関節を伸ばしてリアカーに手を入れ、大量に積み込まれた荷物から1対の副腕のような物体を取り出した。

 超重武者ダイ-8 守1800→攻1200

「この効果によって超重武者装留チュウサイをサーチし、そのままダイ-8に対し装備。チュウサイはモンスターカードだが場の超重武者に対し手札から装備カードとして装着することができ、装備状態のときにそのモンスターをリリースすることでデッキから更なる超重武者1体をリクルートすることができる。鐘の音響く大地踏みしめ、百万の敵を迎え撃て!超重武者ビッグベン-K、ここに在り!」

 副腕を装着したダイ-8の姿が光となって消え、遥かに巨大な鋼鉄の鬼神がその場に仁王立ちした。僧衣を模した装甲に身を包み、得物の薙刀を構えるその巨体には目まぐるしく振れるいくつものメーターや断続的に蒸気を吐き出す太いパイプが伸びており、その技術力の高さが垣間見える。

 超重武者ビッグベン-K 守3500

「最後の一押しだ、カゲボウ-Cの効果を発動。このカードをリリースすることで、手札から別の超重武者1体を特殊召喚することができる。私が呼び出すのはレベル1、超重武者ツヅ-()

 超重武者ツヅ-3 守300

「さて、これで最後だ。先ほど、メタルフォーゼの採用に随分と驚いていたようだが……無論、私とて理由もなくこのテーマを採用したわけではない。メタルフォーゼ・ゴルドライバーのペンデュラム効果を発動、私のフィールドから表側表示のカード1枚を破壊することによりデッキよりメタルフォーゼの名を持つ魔法、または罠1枚をセットすることができる。今特殊召喚されたツヅ-3を破壊することで……ここまで来たら何でもいいが、とりあえずメタルフォーゼ・カウンターでも伏せておこう」

 呼び出されて即座に、その名が示す通り巨大な鼓の形をしたモンスターが爆散する。しかし、その犠牲は決して無駄ではない。すべての動きは、彼女の手の中にある。

「この瞬間、ツヅ-3の効果を発動。このカードがフィールドから戦闘またはカード効果により破壊され墓地に送られた場合、墓地に存在する超重武者1体を蘇生することが可能となる。ソード―999を守備表示で蘇生」

 超重武者ソード-999 守1800

「知ってるぜ、超重武者……確か守備表示で守備力を使っての攻撃ができるんだよな?だが、いくらモンスターを並べたところでガイアドラグーンの攻撃力を越えられるのはビッグベン-Kだけ、そして戦闘破壊は遮攻カーテンで防げる!」

 1ターン目とはまるで違う、別人のような動きに冷や汗を流しながらも言い放つ。だがそんな空元気を、冷笑ひとつと共に彼女は鼻で笑った。

「30点だな。超重武者の特性について知識があったことは素直に褒めておきたいが、いかんせんその知識が浅すぎる。痛い目にあって学ぶといい、バトルだ。私はビッグベン-Kで、迅雷の騎士ガイアドラグーンに攻撃する」

 腰のメーターが一斉に振り切れ、超重量の巨体が動き出す。大量の蒸気を吐き出しながらその中心で目に光を宿す機械の僧兵が小手に包まれた左腕を全力で地面に叩きつけると、大地が砕けるとともに衝撃波がガイアドラグーンへとまっすぐに走る。

「ひっ……しゃ、遮攻カーテンだ!」

 超重武者ビッグベン-K 守3500→迅雷の騎士ガイアドラグーン 攻2600
 男 LP2900→2000

 遮攻カーテンが身代わりとなったことで、どうにか破壊の一撃から踏みとどまるガイアドラグーン。だがほっと息をつくチンピラの目の前でその槍に、鎧に、みるみるうちにひびが入っていく。

「な、なに!?」
「だから勉強不足だといったんだ。ソード-999が場に存在する限り、超重武者との戦闘で破壊されなかったモンスターは全てダメージ計算後にその攻守が0となる」
「馬鹿な、それじゃ俺は、最初っからもう……」
「その様子だと、手札誘発も握っていないようだな。ならばこの盤面を許した時点で詰み、だな」

 無慈悲な宣告と共に、ついに竜騎士の装備に限界が訪れた。示し合わせたかのようにすべてが粉々に砕け散り、もはやなんの意味も持たぬガラクタが残るのみ。

 迅雷の騎士ガイアドラグーン 攻2600→0 守2100→0

「続けよう。メタルフォーゼ・シルバードでガイアドラグーンにもう1度攻撃」

 女ライダーが流線型のバイクを走らせ、駆け抜けざまに手にした錬金銃を乱射する。無数の光弾に撃ち抜かれ、竜騎士は静かに力尽き地面に沈んだ。

 メタルフォーゼ・シルバード 攻1700→迅雷の騎士ガイアドラグーン 攻0(破壊)
 男 LP2000→300

「最後だな、超重武者ソード-999で攻撃。そうそう、言い忘れたが本来、999に守備表示のまま攻撃できる効果はない。しかしビックベン-Kが存在する限り、私の超重武者は全て守備表示での攻撃が可能となる」
「なんなんだよ……お、お前ぇ!一体、なんなんだよおぉ!?」

 ズシンズシンと1歩1歩を踏みしめて近づく確実な敗北の足音に、腰を抜かしたらしくその場にへたり込んだチンピラが錯乱気味に喚く。その言葉にわずかに眉をひそめた彼女が、ああ、と銀髪を揺らして小さく頷いた。

「すまないな、私としたことが自己紹介を忘れていた。元プロデュエリストにして現デュエルポリスフランス支部代表、鼓千輪(せんりん)……『錬金武者』の鼓だ」

 その名乗りを聞き、あっと八卦が声を上げる。しばらく前に見たある記憶、テレビのニュース映像が蘇ったのだ。

「お、思い出した……あの人!」
「んー?どったの八卦ちゃん」
「あの鼓って人、前にテレビで有名になった人です!ほら、フランスでフルール・ド・ラバンク社が摘発された時の!」

 そして名乗りを終えるとともに、ちょうどチンピラの眼前へとたどり着いたソード-999が背負った大量の刀を振りかぶった。1瞬の溜めの後、それらを一斉に叩きつける。

 超重武者ソード-999 守1800→男(直接攻撃)
 男 LP300→0 
 

 
後書き
Q:鼓さん口調変わってない?(比較対象:裏デュエルコロシアム編エピローグ)
A:赤髪のアラサーと違って公私は分ける人なのです(建前)
  見た目はむっちゃ理知的だけど言葉遣いはぶっきらぼうでスタイル抜群のお姉さんっていいよね……いざデレた時の破壊力凄そう(本音)

つまり我慢できなくて性癖に負けた結果です、はい。まあ前もどこかで書いたような覚えがありますが、創作なんてみんな大なり小なり作者の性癖暴露大会みたいなとこありますし。
逆に言うと性癖に何一つ響かないキャラは極めてキャラ付けが雑になるわけで、だから種別:チンピラのキャラパターンが1種類しか書けないんだろうなあ。 

 

ターン17 錬金武者対赤髪の夜叉

 
前書き
1週間ほど更新遅れましたが、私は元気です。

前回のあらすじ:単発モブだと思った?レギュラーだよ!な鼓さんこと鼓千輪、登場回。 

 
「んで?鼓、お前一体何しに来たんだ?」

 デュエルが終了してから、わずか10分。敗北したチンピラ2人が這う這うの体で逃げ帰り、見せもんじゃねえぞと睨みを効かせて野次馬を追い払い。経営危機を脱したケーキ屋のおばさんからせめてものお礼にうちのケーキでもとの誘いを受け、それじゃまあと誘われるがままに店内に入り、ずらりと並べられた甘味を前にして糸巻が口火を切るまでの時間である。清明は厨房の方に消えていったため、店内はさながら小規模な女子会の場と化していた。
 1つの国を統括するフランス支部代表と、激戦区とはいえ日本の小さな町担当。同じデュエルポリスとはいえ今の立場には天と地ほどに大きな隔たりがあるものの、プロ時代から長い付き合いのある2人の前にそんな地位の違いなど存在しない。いつもの煙草の代わりにイチゴを突き刺したフォークをびしっと赤髪の美女が向けると、指された銀髪の美女もこれまた単刀直入に、マカロン片手に答えを返す。

「何を言っている、糸巻。本部に今年はデュエリストフェスティバルするから人員寄越せとのたまったのはお前の方だろう。あの摘発の件もあって働きづめだったから、有休も余ってたことだしな。リフレッシュがてら故郷、日本の土でも踏んで来いとのお達しだ」
「えぇっ!?」

 当然だろうと言わんばかりの返答にすっとんきょうな声を上げたのは、ちゃっかり糸巻の隣の席を確保して生クリームのかけらを頬に付けた八卦である。当然その場にいた全員の視線が向けられたことに気づいてやや赤面しつつも、それでも驚愕の方が勝りおずおずと続ける。

「え、えっと、鼓さん……ですよね」
「ああ。そういう君は?」

 ぶっきらぼうな言葉ではあるが、そこに刺々しさや拒絶は感じられない。気さくで荒っぽい糸巻とは対照的なようで、どこか人を引き付ける魅力という点では根が同じものを持つ。それが、鼓千輪という女である。
 だからだろうか。不思議と少女の口からは、すんなりと言葉が出た。

「申し遅れました!私、八卦九々乃と申します。まだまだ半人前の身、及ばずながら糸巻お姉様の元で、一人前のデュエリストになるため精進させて頂いております!」
「ひとつ補足すると、七宝寺の爺さんの姪っ子だな。若いのに大した子だぜ」
「七宝寺さんか、懐かしい名前だな。よろしく……いや待った。糸巻お姉様?糸巻、お前まーた女の子引っかけたのか」
「うるせえ」
「ま、また?」

 理知的で整った眉を細めて意味ありげなジト目を送る鼓に、露骨に顔をしかめる糸巻。しかしそれで済まないのが、すぐ隣の少女だった。

「えっと、お姉様?どういう意味かお聞きしてもよろしいでしょうか」
「それには私が答えよう、八卦ちゃんとやら。そこの女は昔から行く先々でとにかく女性受けが良くて、そのくせ鈍感なものだからしょっちゅうファンを勘違いさせる言動を繰り返してな。人の趣味をとやかく言う気はないが、おかげでよくつるんでいた私までそちらの趣味があるんだとまことしやかに噂となり、あの時はどれだけ迷惑したことか」
「へぇ……」

 その実感のこもった言葉にギギギっと首を曲げ、隣の赤髪にそれまで彼女が見たことがないほどに据わった視線を注ぐ少女。そしてどこか空恐ろしいものを感じながらも気づかぬふりでさりげなく視線を外し、なるべく遠くの皿に手を伸ばす糸巻。そんな2人の様子を眺め、呆れたように鼓が手の中のマカロンを口に放り込んだ。

「もう10年以上経って少しは落ち着いたかとも思ったが、期待するだけ無駄だったようだな」
「お前が誤解されるようなこと抜かすからだろうが!」
「そんなもの、私が当時受けた扱いに比べればなんてこともないだろう。ちなみにだが、私は今でも根に持っているぞ?お前が爆笑しながら見せてきた、レズビアンデュエリストの双極などというゴシップ記事。あれが作られたのも、お前のファンから剃刀の刃を贈られたのも、ついでに私が二日酔いで苦しんだのも。元はと言えば、お前が私を誘って毎晩のように飲み歩いてたからだろうが。男だろうと女だろうと、他にも飲み仲間なんていくらでもいたはずだが」
「それはしゃーない。お前が一番、一緒に酒飲んでてアタシが面白かったからな」
「……ふむ。わかるだろう、八卦ちゃん?これで無自覚だ、こいつはこういう女だ。あまり入れ込まないうちに、早々に諦めた方が身のためだぞ」

 色々と諦めたような視線に対し、少女もなんとも言えない顔でこくこくと小さく頷く。もっともその表情を見れば、恋に恋する少女の気持ちがいまだ変わっていないことは容易に読み取れたのだが。
 だが、今度それで済まなかったのは糸巻の方だった。

「お前なあ、黙って聞いてやりゃ言いたい放題言いやがって。喧嘩売ってんならアタシはいつでも買うぞ、コラ」
「ほう?そこまで大口叩くからには、当然腕は落ちていないんだろうな。先の一戦なんて、あんなものウォーミングアップとしても認められんぞ」

 冷笑と共に返される、売り言葉に買い言葉。わずかな睨みあいの末に2人のデュエリストが席を立ちあがりデュエルディスクを手にしたのは、まるで鏡に映したかのように全く同じタイミングだった。

「え、えっと、あの」
「そゆことするなら外行ってくんないかなあ……ほれ八卦ちゃん、ちょっと下がってようか」

 立ち昇る闘気を察知してか、ふらりとエプロン姿の清明が厨房から帰ってきてわたわたと戸惑う少女を後ろに下がらせる。そのまま2人の間にある甘味いっぱいの机をどかしたそのタイミングで、2人の声が店内に響いた。

「「デュエル!」」

「よし糸巻、先攻はくれてやろう」
「いい度胸だ、なら貰ってくぜ。アタシのターン、ユニゾンビを召喚!」

 ユニゾンビ 攻1300

 まず糸巻が初手に繰り出したのは、アンデット族の中核をなす2人1組で肩を組むゾンビ。

「ユニゾンビは1ターンに1度デッキからアンデットを墓地に送り、モンスター1体のレベルを1つ上げることができる。アタシが選ぶのはグローアップ・ブルーム……そしてブルームは墓地に送られた時、自身を除外することでデッキからレベル5以上のアンデット1体を手札に加えることができる。その時にアンデットワールドが発動していれば、このサーチを特殊召喚にすることもできるがな。アタシが選ぶのはレベル5、ヴァンパイア・フロイラインだ」
「フロイラインか。面倒だが、まあどうにでもなるか」

 眉一つ動かさず戦況を分析する鼓とは対照的に、獰猛な笑みを口の端に浮かべつつ糸巻がさらなる一手を打ち出す。彼女の仕込みは、まだ始まったばかりなのだ。

「もう1度ユニゾンビの効果を発動!手札1枚をコストに、モンスター1体のレベルをさらに1上げる。アタシが選ぶのはこのカード、屍界のバンシーだ」

 ユニゾンビ ☆3→4→5

「こんなところだな。カードを2枚セットしてターンエンド」
「では、私のターンだな。超重武者装留イワトオシを召喚」

 満を持して召喚されたのは、巨大な青い弓のような形をしたモンスター。モンスターとはとても思えない弓そのものの威容が、射線上にユニゾンビの姿を捉える。
 攻撃力ではユニゾンビに及ばない1枚……しかし、糸巻はそれを通さなかった。

「っ、させるかよ!アタシはこの瞬間にトラップカード、バージェストマ・カナディアを発動!召喚されたイワトオシには、そのまま裏側守備表示になってもらうぜ」

 超重武者装留イワトオシ 攻1200→???

 細長い体を持つ古代生物が地中から飛び出し、イワトオシに何重にも巻き付いてその姿を地面に落とす。セット状態に強制変更されたイワトオシを一瞥し、仕方ないとばかりに息を吐く。

「さすがに通してはくれないか。それにしても、初動潰しとはな。このデッキがフルモン超重武者なら、この時点でだいぶ苦しかったぞ」
「ってことは、まだ動けるみたいだな?そう来なくっちゃ張り合いがないな」
「まったく、私よりお前の方がよほど言いたい放題じゃないのか?とはいえ、ご期待に沿えるよう頑張ってみるか。魔法カード、苦渋の決断を発動。デッキからレベル4以下の通常モンスター、メタルフォーゼ・スティエレンを墓地に送り、さらにその同名カード1枚を手札に加える。そして魔法カード、錬装融合(メタルフォーゼ・フュージョン)を発動。私の手札に存在するメタルフォーゼモンスター、スティエレン。そして場のイワトオシを素材として、融合召喚を行う!」

 赤熱のライダーと、機械仕掛けの大弓。2つのカードが渦を描いて空中で混じりあい、超重の息吹に触れた卑金属は貴金属へとその真の力を覚醒させる。

「堅牢なる鋼鉄の魂が、輝き纏い昇華する。融合召喚!叫べ、アダマンテ!」

 メタルフォーゼ・アダマンテ 攻2500

 騎乗していたバイクが変形し、スティエレンの装甲となる。肩部分から生える燃え盛ったままの2つのタイヤはその回転エネルギーから無限のパワーを生み出し、腰に移動した排気管からは勢いよくジェット噴射ばりに炎が吹き上がる。そのエネルギーの行き先は、彼が手にした2本の剣……赤熱の二刀流を構え、アダマンテがその切っ先を糸巻へと向ける。

「そしてこの瞬間、フィールドから墓地に送られたイワトオシの効果を発動。デッキから超重武者モンスター1体を手札に加える。超重武者ツヅ-3を手札に加え、錬装融合の更なる効果を発動。このカードをデッキに戻すことで、カードを1枚ドローする。ふむ……バトルだ。アダマンテでユニゾンビに攻撃」

 大量の爆炎を噴き上げて、炎の軌跡がユニゾンビへと迫る。しかしその剣先が届く寸前、アダマンテの眼前に漆黒の傘がパッと開いた。

「モンスターの攻撃宣言時、アタシは手札からヴァンパイア・フロイラインの効果を発動!このカードを守備表示で特殊召喚させてもらう」

 ヴァンパイア・フロイライン 守2000

 傘の持ち主は、不気味なほど白い肌と絵と対照的に赤く妖しい光を放つ目をした人形のような金髪美女。しかしその足元には、本来存在するはずの影がない。より正確に描写すれば、その手にした傘の影はしっかりと地面に浮かんでいる。だというのに肝心の彼女だけが、地面に影を落としていないのだ。
 しかし、それはサーチを見ていた鼓にとっても想定内。

「削りだけでも仕掛けておくさ。攻撃対象を変更、そのフロイラインに攻撃」

 肩のタイヤが高速回転し、減速した推進エネルギーが再び蘇る。炎の軌跡を描き降りぬかれた細身の剣が、女吸血鬼の傘とぶつかって激しく火花を散らした。

「ならこの瞬間、フロイラインの効果発動!アタシのアンデット族が相手モンスターとバトルを行う時、フロイラインにアタシの(ライフ)をくれてやることでその攻守を上げる。アタシが払うライフは……まあ500で十分だ、な!」

 フロイラインの傘の影から1匹のコウモリが音もなく宙に舞い、糸巻の伸ばした腕にその鋭い牙を深々とめり込ませる。プレイヤーの生き血はヴァンパイアの活力となり、一時的なブーストを得たフロイラインの細腕が錬金のエネルギーと互角の膂力を発揮する。

 メタルフォーゼ・アダマンテ 攻2500→ヴァンパイア・フロイライン 守2000→2500
 糸巻 LP4000→3500

「ご苦労、アダマンテ。それにしても随分慎重になったものだな、糸巻。昔のお前ならフロイラインの1度に発動できる上限、3000ライフを一気に払って反射ダメージを稼ぎにきてもおかしくなかったが」
「若さゆえの無茶、ってやつだろうな。ま、いくらアタシが若くてもそこまでじゃないってことさ」
「若……?ハッ」
「おう鼻で笑うのやめーや、そもそもお前もアタシとはタメだろが」

 自虐めいた軽口の応酬。一見じゃれているだけにも聞こえるが、両者の視線は明らかに言葉のドッジボールが進むたびにその鋭さを増していた。あまりに大人げのないといえばその通りの光景ではあるが、本人たちは大真面目である。静かながらも激しい睨みあいに部屋の気温まで数度下がったような錯覚に襲われ、名実ともにまだ若き少女は小さく身震いした。
 ややあって鼓がふっと、わざとらしい口調で肩をすくめる。

「おや、そうだったか?カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」
「待ちな、このエンドフェイズにトラップ発動、バージェストマ・オレノイデス!今伏せたうち右の伏せカード、こいつの効果で破壊させてもらうぜ。そしてこの発動にチェーンして墓地のカナディアの効果を発動、こいつをモンスターとして蘇生する」

 バージェストマ・カナディア 攻1200

 赤みがかった平たい体の古代生物が床を這って伏せカードに襲い掛かり、その一方で糸巻の場には先ほどイワトオシを縛り上げていたカナディアがフィールドに戻りとぐろを巻く。ターンの移る直前を狙いすました正確な一撃を前に、しかし鼓は動揺の色など浮かべはしなかった。

「残念だったな、糸巻。やはり勘が鈍ったか?お前が今破壊したこの伏せカードは、メタルフォーゼ・コンビネーション。このカードが破壊され墓地に送られたことにより、私はメタルフォーゼモンスター1体……レアメタルフォーゼ・ビスマギアを手札に加える」
「外れ引いちまったか?ま、それならそれで構わないさ。アタシのターン、ドローだ。よしよし、素引きできたか。さあ鼓、久方ぶりにアタシの領土に案内してやるよ。生あるものなど絶え果てて、死体が死体を喰らう土地……アンデットワールド、発動!」

 揺れる赤髪を中心に、みるみるうちに周りの風景が変化していく。おなじみの血色の沼地や飛び交う死霊の姿はここが室内ということもあってか見られないが、それでも壁に床に天井がソリッドビジョンによって塗り替えられ、崩壊した廃墟の一部屋と化していく。厨房の方から女性の物らしき短い悲鳴と、かなりの怒気を含んだ少年の呻き声が上がった。

 バージェストマ・カナディア 水族→アンデット族
 メタルフォーゼ・アダマンテ サイキック族→アンデット族

「あちらの彼がだいぶ怒っているようだが、糸巻」
「あー……やべ。まあ後だ後、さっさと終われば傷は浅いな。このターンもユニゾンビの効果発動、アンワの効果でアンデット族になったカナディアを対象に馬頭鬼を墓地に送り、そのレベルを1上げる……と言いたいところだがな、カナディアはモンスターとして場にいる限り他のモンスター効果を受け付けない。よってそのレベルは2のままだ」
「盤面を触ることなく墓地肥やしだけを引き出したか。なるほど、よく考えたものだ」
「このままいくぜ?レベル2のカナディアに、レベル5となったままのユニゾンビをチューニング。モンスター扱いのカナディアはフィールドを離れる場合除外されるが、そんなことはもう関係ないな。戦場貪る妖の龍よ、屍闘の果てに百鬼を喰らえ!シンクロ召喚、真紅眼の不屍竜(レッドアイズ・アンデットネクロドラゴン)!」

 ☆2+☆5=☆7
 真紅眼の不屍竜 攻2400→3300 守2000→2900

 今彼女たちがいる店内は、決して狭いわけではない。それでもなお、糸巻お気に入りのカードであり彼女のエースの一角を務める腐り果てた死骸の龍の巨体は到底その室内に収まるものではない。しかし、デュエルディスクに使われる技術はそんなことでエラーを吐き出したりはしない。デュエルの開始と同時にあらかじめ周囲を自動スキャンし、その空間の容量に合わせてソリッドビジョンのサイズを自動で調整する機能が備わっているのだ。
 すなわち、何が起きるのか。意気揚々と彼女がシンクロ召喚し、呼び出した鬼火の目を持つ死骸の龍。その偉容は店のサイズに合わせて縮尺を大きく縮まされ、出てきたそれはせいぜい大型犬程度のサイズとなっていた。なまじ人型のアダマンテやフロイラインが普段通りの人間サイズで睨みを利かせる中、御大層な口上とともに現れたそのちんまい姿はあまりにもシュールな光景で。

「え、えっと……マスコットみたいでいいですよね、お姉様!」

 干支でほぼ2回り年下の少女にまで気を使われた、精一杯のフォローだった。

「いいんだよ別に、デカけりゃいいってもんじゃねえ。これだってかわいいもんだろ?」
「お前が言うと説得力がないな」

 からかうようにそう言い捨てて、意味深な視線をジャケット越しになお抑えきれずに内側から押し上げる彼女の胸元に向ける鼓。何が言いたいのかすぐに合点がいった彼女が無言でジャケットの前を合わせ直すが、そんなことでその存在感が薄まりはしない。

「……さっきのゴシップ記事の話だがな、お前のそーいうとこも原因だとアタシは思ってるぞ。もうこの話はやめだ、やめ。今墓地に送った馬頭鬼を除外し、墓地のアンデット族を蘇生する。屍界のバンシー、復活!」

 腐肉の龍がその小さな翼を目いっぱいに広げて上を向き、体躯に似合わぬ空気を揺るがすほどの咆哮を放つ。するとどこからともなく冥界の主の呼び声に応えるかのように、歌うような女性の声が返ってきた。そしてフロイラインの横に現れる、これまた異様に白い肌をしたボロ布のような服を1枚身に着けるのみの薄幸そうな美女。

 屍界のバンシー 攻1800
 真紅眼の不屍竜 攻3300→3200 守2900→2800

「あのカードは確か……アンデットワールドに対象耐性及び破壊耐性を与える、か。やむを得ない、必要経費だな」「まだだ、真紅眼の不屍竜の効果!このカードの攻守は常に、互いの場と墓地のアンデット族1体につき100ポイントアップするぜ。さあ、お待ちかねのバトルフェイズだ!真紅眼の不屍竜でメタルフォーゼ・アダマンテに攻撃、獄炎弾!」

 小さな体からは想像もできない火力の、死霊を燃料とした青い火炎弾が放たれる。赤く燃え盛る剣をクロスさせて受けきろうとしたアダマンテだが、徐々にその赤が青に呑み込まれ、食いちぎられ、焼き尽くされていく。
 しかし、そこに異を唱える存在があった。カンカンカンと警鐘を鳴らし、1両編成の小型列車が両者の間に割って入ったのだ。

「この攻撃を通せば、真紅眼の不屍竜の効果でさらに墓地のアンデットを蘇生される。しかし逆に言えば、この攻撃さえ防げば糸巻、お前に攻め手はない。手札から工作列車シグナル・レッドの効果を発動。相手モンスターの攻撃宣言時にこのカードを特殊召喚して強制的に攻撃対象をこのカードに変更、そしてこのカードはその戦闘によっては破壊されない……惜しかったな、糸巻」
「さすがに止めどころは弁えてるか、ええ?だがシグナル・レッドは特殊召喚されたことでアンデットワールドの効果を受け、真紅眼の不屍竜はさらにその力を増す」

 工作列車シグナル・レッド 機械族→アンデット族
 真紅眼の不屍竜 攻3200→3300→工作列車シグナル・レッド 守1300

「そのまま屍界のバンシーでメタルフォーゼ・アダマンテに攻撃、さらにダメージ計算時にフロイラインの効果発動!800ライフを払い、バンシーの攻撃力を800アップ!」

 屍界のバンシーが口を開き、歌に乗せて音波を放つ。伴奏を奏でるかのように優雅な動きでフロイラインが傘を広げてコウモリを飛ばし、糸巻の生き血が闇の饗宴を彩った。

 糸巻 LP3500→2700
 屍界のバンシー 攻1800→2600→メタルフォーゼ・アダマンテ 攻2500(破壊)
 鼓 LP4000→3900

「ようやく初ダメージか。まあ、腕が鈍っている割には頑張った方じゃないか?」
「言ってろ。アンデット族モンスターの戦闘破壊が発生したこの瞬間に真紅眼の不屍竜の効果発動、レッド・ペイン・マーチ!互いの墓地の中からアンデット族モンスター1体を選択し、アタシの場に蘇生する!さあこっちに来い、アダマンテ!」

 音波によって致命傷を受け、吹き飛ばされたアダマンテの物言わぬ死体。しかしその装甲の継ぎ目から、どこからともなく新鮮な肉体の気配を嗅ぎつけた死霊たちが集まり侵食していく。
 そして、冒涜的な再生は完了する。すでに動くことなど不可能なその指がピクリ、と動いた。うなだれたままの首がぎこちなく上を向くと、その眼窩には瞳の輝きのかわりにぼわり、と幽鬼そのものの鬼火が灯る。そして激突した壁に手をつきながら、再びアダマンテの死体が立ち上がった。

「よし、さっそく初仕事だ。シグナル・レッドに追撃!」

 メタルフォーゼ・アダマンテ 攻2500→工作列車シグナル・レッド 守1300(破壊)

 シグナル・レッドの戦闘破壊耐性は1度きりであり、皮肉にも先ほど身を挺して庇ったアダマンテ本人の手によって亡霊列車が炎に沈む。これにより守りの札をすべて失った鼓に対し、糸巻のフィールドはいまだ潤沢。しかし両者の表情は、そんな盤面とは真逆だった。淡々とした様子の銀髪に対し、むしろ追い詰められた獣のような焦燥感すら滲ませる赤髪。普段強気な姉貴分の見慣れない弱気とも思えるその姿に、それを見つめる少女も不安の影が胸をよぎる。

「ん、どうした?もう終わったなら、早いところ私にターンを譲ってもらいたいのだが」
「……わーってるよ、ターンエンド」
「待ちわびたぞ?ならばエンドフェイズに速攻魔法、緊急ダイヤを発動。相手フィールドのモンスターが私のフィールドのそれよりも多い場合にのみ発動でき、その効果によりデッキからレベル5以上、及びレベル4以下の地属性かつ機械族モンスターを1体ずつ効果を無効にして特殊召喚する。この発動ターンに私は機械族モンスターでしか攻撃宣言が行えないが、もはや関係のないことだ」

 アンデットワールドはフィールドと墓地の種族を書き換えるが、デッキの中に眠るモンスターに対しては無力。そして彼女のデッキには、当然その条件を満たすモンスターが存在する。出陣するは僧衣を模した装甲を持つ機械仕掛けの荒武者に、その武具ともなる巨大なグローブ。

「鐘の音響く大地踏みしめ、百万の敵を迎え撃て。レベル8、超重武者ビッグベン-K!そしてレベル3、超重武者装留ビッグバン!」

 超重武者ビッグベン-K 守3500 機械族→アンデット族
 超重武者装留ビッグバン 守1000 機械族→アンデット族

「やっぱり出やがったか……だが!フィールドのアンデット族が増えたことで、真紅眼の不屍竜の攻守はさらにアップする!」

 真紅眼の不屍竜 攻3300→3500 守2900→3100

「誤差だな。私のターン、ドロー。まずこの瞬間、緊急ダイヤのデメリットは解除され……先ほどサーチした超重武者ツヅ-3を通常召喚する」

 超重武者ツヅ-3 攻300

「役者は揃った。超重武者であるレベル8のビッグベン-K、及びレベル3のビッグバンに、超重武者チューナーであるレベル1のツヅ-3をチューニング」

 あくまでも落ち着きを崩さない、静かな宣告が下される。3体のモンスターのレベル合計は、デュエルモンスターズにおける最高値である12。その放大なレベルに、少女が小さく感嘆の声を上げる。

「レベル12のシンクロモンスター……」
「不動の大地に(わだち)を刻み、無窮の戦場(いくさば)を駆け巡れ。シンクロ召喚、超重蒸鬼テツドウ-O!」

 ☆8+☆3+☆1=☆12
 超重蒸鬼テツドウ-O 守4800 機械族→アンデット族
 真紅眼の不屍竜 攻3500→3700 守3100→3300

 汽笛の音が鳴り響き、厳つい鬼の面を正面に持つ列車型のモンスターが大量の蒸気を噴出しながら停車する。もっとも本来ならば文字通りの列車サイズであろうその姿は、糸巻の真紅眼と同じく店内のサイズに合わせて随分と縮小されていたのだが。

「では、バトルフェイズに入りたいのだが?」
「あーしてこーして……駄目だな、耐えられないか。もったいねえなあ、メインフェイズ終了時に屍界のバンシーの効果を発動するよ。このカードをゲームから除外して、アンデットワールドをデッキから直接発動する。発動ったって、同じもんを張り替えるだけだがな」
「そしてアンデット族モンスターが1体除外されたことで、真紅眼の不屍竜はパワーダウンする。だろう?」

 真紅眼の不屍竜 攻3700→3600 守3100→3000

 その言葉通りにバンシーの姿が消え、真紅眼が弱体化する。テツドウ-Oもまた守備表示のまま守備力を使い攻撃ができるモンスターであり、糸巻のライフは度重なるフロイラインへの消費により既に3000を切っている。アンデットワールドの耐性と保険を失うのは痛いが、それ以上にここで逃がさない限り、どうあがいても戦闘による敗北は避けられない。やむを得ない状況に追い詰められた糸巻は、こうせざるを得ないのだ。

「では、改めて。真紅眼の不屍竜……いや、それには及ばないな。もう少しの間、エクストラモンスターゾーンを塞いでおいてもらうとしよう。それよりも、こちらを狙う方が嫌がらせになりそうだ。ヴァンパイア・フロイラインに攻撃する」

 鬼面の蒸気列車の側面から巨大な車輪が意志を持つかのように自動的に外れ、猛スピードで回転する重い質量の塊がヴァンパイアの美女へと迫る。フロイラインも先ほどアダマンテの攻撃を防いだ時のように傘を開いて受け止めようとしたものの、今度は先ほどのように糸巻の血によるブーストはない。鉄塊の一撃にはさしもの不死人といえども耐え切れず、爆発と共にその姿は跡形もなく消え去った。

 超重蒸鬼テツドウ-O 守4800→ヴァンパイア・フロイライン 守2000(破壊)

「お姉様!で、ですがお姉様のフィールドには、まだ真紅眼の不屍竜がいますよね?アンデット族モンスターが戦闘破壊されたこの瞬間、不屍竜の効果を使えば」
「ああ、その通りだ。どうする、糸巻?任意効果だ、使うも使わないもお前の自由だぞ?」

 少女の言葉に合わせ、口の端にごくごくわずかな笑みを浮かべて心底楽しげに問いかける鼓。その問いに対し等の糸巻は目を逸らし、苦々しげに短く吐き捨てた。

「……使わねえよ、勝手にしろ」
「そんな、お姉様!ヴァンパイア・フロイラインを蘇生すれば、今の戦闘の被害を……」
「まあ、無理だろうな。というよりも、そんな真似やりたくても私が許さない」
「え?」

 実際、少女の言葉は正しい。ヴァンパイア・フロイラインに対し真紅眼の不屍竜の効果を使えば、盤面は再び元に戻る。しかし糸巻には、その手段を選べない理由があった。いまだピンと来ていない少女にもわかるようにと、鼓が軽い解説にかかる。

「ふむ。では、私から少し説明しよう。糸巻、お前は少しそこで待っていろ。八卦ちゃん、私がこのテツドウ-Oをシンクロ召喚するために使ったモンスターは覚えているか?」
「え?えっと、ビックベン-Kにビッグバン、それにツヅ-3……ですよね?」
「その通り。そしてここで今重要なのが、ビッグバンの持つモンスター効果だ。このカードは墓地に存在するときにこそ真の力を発揮する、なかなか面白い1枚でな。自分フィールド上に守備表示の超重武者……この場合はルール上は超重武者として扱うテツドウ-Oが存在して、バトルフェイズ中に相手が何かカードの効果を発動した時、つまり今の糸巻だな。奴は今、君も指摘した通り真紅眼の不屍竜の効果を発動できる状態にあった。しかしその瞬間に、私はこのカードをゲームから除外する。するとその発動は無効となり破壊され、極めつけにフィールドのモンスター全てを破壊して互いのプレイヤーに1000のダメージを与えることになる」
「ええ!?それじゃあ!」
「先ほど糸巻の奴は、私が攻撃する寸前のメイン終了時に屍界のバンシーの効果を使っただろう?あれも同じこと、バトルフェイズに入ってしまっては退避のために除外した瞬間に全モンスターを吹き飛ばしていたからな。まったく、流石にそういうところは抜け目がない奴だ」

 苦笑と共に締め、改めて糸巻へと向き直る。実のところ、今の攻撃は彼女がこのターンにやろうとしていることの全てではない。彼女の攻め手は、まだ終わってなどいないのだ。

「すまんな糸巻、待たせたな。メイン2に入り、テツドウ-Oの効果を発動。手札を2枚まで……とはいえこの場合は1枚で十分だな。レアメタルフォーゼ・ビスマギアを捨て、アンデットワールドを対象に取り破壊する」
「クソッ……!」

 周りの風景が一変し、再び元の明るいケーキ屋店内へと戻る。同時にその呪いから解放された鼓のモンスターたちが、本来の生気ある姿を取り戻していく。

 超重蒸鬼テツドウ-O アンデット族→機械族
 メタルフォーゼ・アダマンテ アンデット族→サイキック族
 真紅眼の不屍竜 攻3600→2700 守3200→2300

「さて、糸巻。お前のデッキ、今はアンデットワールドは何枚入っている?もし3枚ならばまだチャンスはあるが……案外、2枚で止めていたりしないか?だとすれば、私としてはありがたいのだが。テツドウ-Oの更なる効果を発動。1ターンに1度ずつ互いの墓地に存在する魔法、罠カードをすべて除外し、その枚数1枚につき200のダメージを与える。私の墓地からは苦渋の決断、メタルフォーゼ・コンビネーション、緊急ダイヤを。お前の墓地からはアンデットワールド2枚とバージェストマ・オレノイデスを。根こそぎ除外してもらおう」
「そんな……!」

 糸巻 LP2700→1500

 決して無視できないほどに大きいダメージが、確実に糸巻のライフを削り取る。しかしそれ以上に破壊したアンデットワールドの再利用すらも徹底的に封殺する容赦のないデュエルに、敬愛するお姉様の圧倒的不利を知った少女が絶句する。
 そして、これは当の鼓本人にもはっきりとした確証のある話ではなかったのだが。糸巻のデッキに今、アンデットワールドは2枚しか積まれていない。PSYフレーム・ロードΩやバージェストマ・レアンコイリアといった除外ゾーンの魔法・罠に干渉できるカードを使い墓地に戻したうえで居合ドローを使うという再利用手段がないわけではないのだが、すでにテツドウ-Oまで現れたこの状況でそんな悠長な真似を見逃してくれる道理はないだろう。

「ターンエンドだ。さあ、少しはお前の意地も見せてもらおうか。お前がこの程度で立ち止まるほどやわな相手でないことは、私が一番よく知っているからな。ここからが本番だ、そうだろう?」
「こんなズタボロにしておいてよくまあ言ってくれるぜ、ったくよ。ま、その喧嘩は買った。アタシのターン、ドロー!」

 どれほどの逆境に陥ろうとも、彼女は最後の最後まで諦めはしない。それこそが糸巻太夫という女の持つ何よりの恐ろしさであり、その力の原点だからだ。

「お望み通り、引いてやったぜ?魔法カード、命削りの宝札を発動!手札が3枚になるようにカードをドローし……モンスターをセット、カードを2枚伏せる。モンスター2体を守備表示に変更し、ターンエンドだ」

 メタルフォーゼ・アダマンテ 攻2500→守2500
 真紅眼の不屍竜 攻2700→守2300

 そして当然のように紡がれる、奇跡的な引き。発動ターンの特殊召喚を封じエンドフェイズにすべての手札を墓地に送らせる命削りの宝札を使う上で、下級モンスター1体と伏せカードを2枚伏せるというのはまさに理想的なデッキの並びである。あまりにも強引で理不尽ですらあるそのトップ解決に、半ばわかっていたこととはいえ苦笑が漏れる。

「本当にまあ、大したものだ。私のターン、ドロー。いきなりテツドウ-Oの効果を使うのもいいが、まずはこちらも戦況を整えるか。超重武者テン()()を召喚、このモンスターの召喚時効果によって墓地に存在するレベル4以下の超重武者を蘇生する。甦れ、超重武者ツヅ-3」

 超重武者テンB-N 攻800
 超重武者ツヅ-3 守300

「そして機械族モンスターであるテンB-Nとテツドウ-Oを、それぞれ右及び下のリンクマーカーにセット。不動の荒武者、錬金の騎手。繋がらぬ2つの世界をその手に結べ!リンク召喚、機関重連アンガー・ナックル!」

 機関重連アンガー・ナックル 攻1500

 そして現れる、くすんだ黄金色の車体を持つ新たなる列車モンスター。一見すればそれは、切り札となりうるだけのスペックを備えたテツドウ-Oをみすみす切り捨てるだけの行為。しかし彼女には、さらなる先を見据えた別の考えがあった。

「魔法カード、アイアンドローを発動。私のフィールドに機械族の効果モンスター2体しかモンスターが存在しないことにより、デッキからカードを2枚ドローする。先ほどまでは手札で腐っていたが、アンデットワールドさえなくなればこの通り使えるものだ」
「ドローカード、お前も握ってやがったか」
「腐っていたがな。そしてスケール8のメタルフォーゼ・スティエレンを、ライト(ペンデュラム)ゾーンにセッティング、そのままペンデュラム効果を発動。私のフィールドに表側で存在するカード1枚を破壊し、デッキ内のメタルフォーゼ魔法、罠1枚をフィールドにセットする。ツヅ-3を破壊し、メタルフォーゼ・カウンターをセット」
「このコンボって、確か……」

 それは、つい先ほど見た光景との一致。そのコンボの内容を思い出し、少女が声を上げる。

「そう。フィールドのツヅ-3が破壊され墓地に送られた時、1ターンに1度だけ墓地の超重武者を蘇生できる。そして繰り返しになるが、このカードはルールの上では超重武者として扱われる。甦れ、超重蒸鬼テツドウ-O!」

 超重蒸鬼テツドウ-O 守4800

「さて、テツドウ-Oの効果を使いカードを破壊するのもいいが……これを捨てるのはいささか躊躇われるな。どうせアンデットの守備力などたかが知れている、バトルだ。アンガー・ナックルでセットモンスターに攻撃する」

 機関重連アンガー・ナックル 攻1500→??? 守500(破壊)

 アンガー・ナックルの鋼鉄の腕が伸び、セットモンスターの上から叩きつけられる。伏せられていたモンスターは、鼓の読み通り確かに守備は極めて低い……しかし彼女はこの時点で、ある読み違いをしていた。糸巻の伏せモンスターは決して苦し紛れの壁などではなく、全てが計算づくだったのだ。そしてもっと言えば、それはアンデットですらない。

「かかったな?戦闘によって破壊されたマスマティシャンの効果、発動!カードを1枚ドローする……さあ鼓さんよ、どうするよ?アタシはどっちでもいいんだぜ?」
「面倒なものを……!」

 かすかな苛立ちをにじませて、鼓は思案する。彼女の墓地にあるビッグバンの効果を使えば、確かにこの発動を止めることはできる。しかし、その後が問題なのだ。ビッグバンはバトルフェイズに発動された効果を「無効にして破壊」し、それが成立して初めて全体破壊とバーン効果の処理が発生する。しかし糸巻が今発動したマスマティシャンはすでに戦闘破壊が成立して墓地に送られており、これを「無効」にはできても「無効にして破壊」することは不可能なのだ。
 ちなみに鼓の手に握られた最後の1枚の手札は、超重武者装留ファイヤー・アーマー。手札から捨てることによって場の超重武者1体の守備力をそのターンの間800ダウンさせる代わりに、ターンの間だけそのモンスターに完全破壊耐性を付与する強力な守りの要である。本来彼女の算段では、糸巻が何を仕掛けようともそれをビッグバンで止め、全体破壊からテツドウ-Oをこのカードによって守ることでがら空きになったところに守備力4000のダイレクトアタックを叩きこむつもりだったのだ。ここでビッグバンを使えば真紅眼の不屍竜とアダマンテに遮られダメージは通らず、かといって発動を許せば増えた手札から何を仕掛けてくるかは想像もつかないほどにリスクが高い。
 迷ったのは、ほんの1瞬だった。

「墓地に存在する超重武者装留ビッグバンの効果を発動。このカードをゲームから除外することで、その発動を無効とする」
「やっぱりここで切ってきたか?まあ、そうだろうな」
「お前の掌で動くのは極めて不愉快だがな。バトルフェイズを続行し、テツドウ-Oでメタルフォーゼ・アダマンテに攻撃。それは私のカードだ、いい加減返してもらうぞ」
「おお、そういえばそうだったか?あんまり長いことこっちにいたから忘れてたぜ」

 ターンを凌いだうえで厄介なビッグバンをほぼ無駄打ちに近い形で消費させたことに気を良くし、余裕の軽口を叩く横でアダマンテが巨大な車輪に捻り潰される。しかし、そのダメージは糸巻には届かない。

 超重蒸鬼テツドウ-O 守4800→メタルフォーゼ・アダマンテ 守2500(破壊)

「昔からとはいえ、心底しぶといものだ。メイン2に入り、テツドウ-Oの効果を発動。お前の命削りの宝札、私のアイアンドローを除外して計400のダメージを与える。これでターンエンド」

 糸巻 LP1500→1100

「アタシのターン。へっ、どうやら幸運はこっちに向いてきたみたいだぜ?まず1枚目のトラップ発動、バージェストマ・ピカイア。手札のバージェストマ1枚、今引いたマーレラを捨てることでカードを2枚ドローするぜ。そしてこっちが本命だ!トラップ発動、幻影騎士団(ファントムナイツ)ロスト・ヴァンブレイズ!このカードの効果で真紅眼の不屍竜はこのターンレベルが2になって攻撃力が600ダウンし、さらにこのカードをレベル2モンスターとして特殊召喚する。そしてトラップの発動にチェーンすることで、墓地のピカイアをモンスターとして特殊召喚!」

 幻影騎士団ロスト・ヴァンブレイズ 守0
 真紅眼の不屍竜 攻2700→2100 ☆7→2
 バージェストマ・ピカイア 攻1200

 テンポよく発動されるカード群により、見る間に糸巻の場にはレベル2のモンスターが並ぶ。では、その結果生まれるカードといえば?鼓と八卦がその胸中で、同時に1枚のカードの姿を思い浮かべる。もはやその答えは、1枚しかありえないだろう。すなわち凶悪な耐性と使い勝手のいいカード破壊効果を持つ彼女のエースの一角、バージェストマ・アノマロカリスである。しかしそれは鼓にとっても望むところ、なぜならばテツドウ-Oにはファイヤー・アーマーがついているのだから。
 しかし当の本人はそんな予想を読み切ったかのように、わずかに笑ってみせる。果たして彼女の導き出したモンスターは、両者の予想を裏切るものであった。

「アタシはレベル2のロスト・ヴァンブレイズと、真紅眼の不屍竜の2体でオーバーレイ!戦場(いくさば)たゆたう(あやかし)の海よ、原初の楽園の記憶を覚ませ!エクシーズ召喚、バージェストマ・オパビニア!」

 ☆2+☆2=★2
 バージェストマ・オパビニア 守2400

 2体のモンスターが光となって混じりあい、異様に伸びた口吻から呼吸を繰り返す5つの目を持つ古代生物が現世へと蘇る。それは最強の矛である攻めのアノマロカリスと対となる最強の盾、守りと補助に特化したもうひとつのバージェストマ。

「ここでオパビニア……まさか糸巻、お前!」
「当たり前だ、お前の機関車相手にして馬鹿正直に正面突破なんてするわけないだろ!現役時代、何回それでカウンター喰らってきたと思ってやがる!てなわけで、遠慮なく搦め手で始末させてもらうぜ?オパビニアの効果発動、トラップを素材とするこいつはオーバーレイ・ユニット1つを取り除き、デッキからバージェストマカード1枚を手札に加える。カンブリアの奉納!アタシが選ぶカードは当然、バージェストマ・ディノミスクス……そしてオパビニアの効果により、アタシはバージェストマを手札から発動できる。ディノミスクスを発動!フィールドで表側のカード1枚をゲームから除外し、手札を1枚捨てる。失せろ、テツドウ-O!」

 テツドウ-Oの金属の車体に、するするとまとわりつくように無数の触手が地下から延びる。先端に棘が付きものが挟めるようになっているそれは車体の窪みや起伏をとっかかりとしてさらにその奥深くへと延びていき、ついには鬼の面すらも見えなくなるほどがんじがらめに縛りあげた。そして完全にテツドウ-Oを覆いつくした触手に、一斉に強い力がこもる。いかに分厚い金属の塊といえども全方位から一斉に向けられた力には耐えきれず、徐々に小さくなっていく触手の塊の中から何かがひしゃげて潰れていく嫌な音が響いた。

「テツドウ-O……!」
「だいぶさっぱりしたじゃねえか。だが、まだだ!ディノミスクスの発動にチェーンして墓地のマーレラをモンスターとして蘇生、そして今捨てた馬頭鬼の効果を発動。帰ってこい、真紅眼の不屍竜!」

 バージェストマ・マーレラ 攻1200
 真紅眼の不屍竜 攻2400→2700 守2000→2300

 エクシーズ召喚でモンスターが減ったはずが、むしろ盤面がさらに増える異常事態。今度追い詰められているのは、一転して鼓の方だった。しかし彼女にもまだ、場のカードの破壊をトリガーとしてデッキからメタルフォーゼをリクルートするメタルフォーゼ・カウンターがある。かなり厳しい戦いではあるが、まだ粘ることも決して不可能ではない。
 はずだった。

「アタシの手札は残り1枚……これで終いだ。魔法カード、アンデット・ネクロナイズを発動。アタシのフィールドにレベル5以上のアンデットが存在するとき、相手モンスター1体のコントロールを1ターンの間だけ得る」

 アンガー・ナックルが破壊されることなく場を離れたことで、もはやメタルフォーゼ・カウンターの発動タイミングはない。それはつまり、もはや鼓に打てる手がないということでもある。
 勝負はついた。静かに勝敗それぞれの運命を受け入れた女戦士たちが、むしろ穏やかに言葉を交わす。

「あの状況から捲り返してくるとはな。相も変わらず、理不尽な奴だ」
「劇的な逆転、と言ってくれ。なあ、八卦ちゃん?」
「本当に、あんなピンチを切り抜けるなんて……やっぱりお姉様は、私の目標のデュエリストです!」
「な?」
「やれやれ……この女泣かせめ。本当に心底変わらんな、お前は」

 興奮のあまり頬を上気させて目を輝かせる少女の純粋な表情を一瞥し仕方がないと苦笑する銀髪に、不敵な笑みで応じる赤髪。対照的な表情を浮かべる2人のデュエルは、今ようやく終わろうとしていた。

「バトルフェイズ。バージェストマ・マーレラと真紅眼の不屍竜で攻撃だ」

 バージェストマ・マーレラ 攻1200→鼓(直接攻撃)
 鼓 LP3900→2700
 真紅眼の不屍竜 攻2700→鼓(直接攻撃)
 鼓 LP2700→0





「やれやれ、お前相手にはなかなか勝てんな。この10年、私も遊んでいたつもりはなかったんだが」
「そりゃあれだ、人間の格の違いってやつだろ?」
「格?……少なくとも、器はお前の方が小さいようだな。胸ならお前の方が大きいだろうが」
「お前なあ。それともなんだ、もう1戦やる気か?」

 笑いながら問い返す糸巻に、いや、とゆっくり首を横に振る鼓。先ほど脇に退けられた席に再び腰かけてシュークリームを手に取り、一口かじってからすっ、と赤髪の向こう側に見える厨房を指し示した。

「糸巻。ご指名はお前だ」
「あん?……あ」

 言われるがままに振り返った彼女が目にしたもの。それは目を細めてニコニコと笑みを浮かべ、指が白くなるほどに力を込めて腕組みをする清明の姿であった。当然その視線だけで人を刺し殺せそうなほど鋭い目を見れば、彼の怒りの度合いはとてもよく伝わってくるのだが。

「糸巻さん?」
「お、おう」

 笑顔とは元来攻撃的なものであり、最も恐ろしい表情である……そんなどこかで見た文句が、彼女の脳裏に蘇った。目の前に立つ、遊野清明。少年の見掛けにはあまりにも似つかわしくない、幾度となく修羅場をくぐってきた人間特有の研ぎ澄まされた怒りと殺気は、その言葉をまさに体現していた。こいつは何者なんだろう、幾度となく胸をよぎった問いが改めて湧き上がるが、今はそんなことを気にしている余裕は彼女にはなかった。

「営業妨害って言葉について、ちょっとばかし話がしたいんだけど。少しいいかな?」
「あーっと……」

 助け舟を求めて、わずかに後ろに視線を送る。当然付き合いの長い鼓ならば、彼女の言いたいことは察したはずだ。
 しかし、聞こえてきた会話は無常だった。

「どれ、八卦ちゃん。これも食べるといい、美味いぞ」
「これですか?あっ、本当ですね!」

 お前らなあ、と恨み言のひとつでもぶつけようとしたところで、先手を打つように清明が動く。ゆっくりとした動きの手招き。しかしそれは、絶対に逃がさんという気迫に満ちたものでもあった。未練がましく逃げ場所を求めて左右に目を走らせ……最終的に諦め、彼の後について店の奥へと向かう。その足取りは、さながら執行前の死刑囚のように重いものだった。 
 

 
後書き
「金」と「食」が絡むとそれなりに真剣に怒る男、遊野清明。

……それにしても、まさか不知火要素皆無のままデュエルが終わるとは思わなんだ。
 

 

ターン18 もうひとりのエンターテイナー

 
前書き
前回のあらすじ:なんのかんのいって糸巻さんは作中でもかなりの強キャラなのです。 

 
「あー……疲れた」

 だらしなくテーブルにぐったりと伏せる女、糸巻。数時間にわたりねちねちと厭味ったらしく(本人談)行われた説教からようやく解放され、心底くたびれたという姿勢を隠そうともしない。精神的な疲労に加え煙草を吸う許可も与えられなかったためのニコチン不足もあり、彼女の頭脳は今さながら霧がかかったようにくすんでいた。

「自業自得だな」

 そんな抜け殻のようになった腐れ縁の相手をちらりと横目で見据え、ばっさりと切って捨てる鼓。すでにティータイムを終え、その手には甘味のかわりに湯気の立つコーヒーカップが握られていた。

「相手モンスター1体につき500バーンー……」

 そしてうわごとのように訳の分からないことを呟く彼女に、見ていられないと世話を焼くのがまだ14歳の少女である。

「ほらお姉様、このマドレーヌ食べてください!甘いもの食べると元気になりますよ!それとも、こっちのシナモン入りクッキーの方がお好きでしたか?」
「うー……悪い八卦ちゃん、あーん」
「ほええっ!?え、えっと、それではお姉様、不肖八卦九々乃、参ります!あ、あーん!」

 ぐったりと伏せたまま顔だけ上げて中学生相手に平気な顔して口を開けるいい大人と、それでも幻滅するどころか真っ赤になりつつ緊張のあまり手を震わせながらもその口の中に手にしたマドレーヌをちぎって押し込む少女。退廃的を通り越してある種芸術的ですらあるダメ人間とその製造機の所作を前に、私はこんな女に負けたのかと痛くなってきたこめかみを押さえる鼓。
 本人たちの意思はともあれ、それは平和と言えば平和な光景ではあった。しかし、そんな時間は決して長くは続かない。それは闘争に魅入られた彼女たちの業なのか、はたまたデュエルに惚れ込んだ彼女たちの性なのか。
 いずれにせよ、短かった沈黙は破られた。店のドアが勢いよく開き、来店を知らせるベルが鳴る音もかき消すほどにハイテンションな大声が響く。

「ハーイ、グッドイブニング!プリティーガールたち、デュエルポリスの糸巻?っていう人を知らないかい?」

 明るく顔をのぞかせたのは、本人は普通に笑っているつもりなのだろうが胡散臭いとしか言いようのない笑顔を浮かべ、一目で偽物とわかる金髪のカツラを被り、星条旗カラーに塗られた宴会用と見まごうほどに派手な革ジャンを着た男だった。

「うわ胡散……じゃなかった、いらっしゃいませ」

 大声を聞きつけてまたも厨房から現れた清明の放ちかけた一言は、まさにその場にいた全員の心情を代弁していた。その名誉のために一言断っておくと彼とて客商売に長けた身、普段からここまで本音を隠せないわけではない。糸巻の精神をもがっつりと削った長時間のねちねちとした嫌味のこもる説教は、彼自身の心もまた荒ませていたのだろう。
 しかし明らかに聞こえていたであろう失言にもめげず、エセアメリカ人はテンションを崩さない。ぐるりと店内を見渡していまだテーブルに突っ伏したままの赤髪に目を止め、その表情をさらに輝かせてつかつかと歩み寄る。面倒くさそうに軽く頭を上げた彼女の目の前に、勢いよくその右手が差し出された。

「お初にお目にかかりマース、セニョール糸巻太夫。まずは友好の証、シェイクハンドしましょう!」
「あぁー……?人違い、ってわけじゃなさそうだな。握手は結構だが、まず誰だアンタ」
「ノー、これは失礼いたしました。ある時は胡散臭いエセアメリカ人、またある時は胡散臭いエセ中国人、またまたまたある時は胡散臭いエセフランス人……」

 自己紹介ひとつに挟まる長々しい前口上に、後ろでそれを聞かされる清明と八卦が密かに胡散臭いのは自覚あったんだこの人、と意識をひとつにアイコンタクトをとる。しかし次の瞬間、男の気配ががらりと変わった。胡散臭い日本語風英語は鳴りを潜め、気取った調子で深々と一礼する。そしてそのポーズに、糸巻は見覚えがあった。

「……しかしそのその正体は?劇団「デュエンギルド」元・団員、一本松一段(いっぽんまついちだん)。ユー相手には鳥居浄瑠の兄弟子、って言った方が通りがいいかな?改めてお初にお目にかかる、こんな美人さんの下で働けてあいつも幸せもんだ」

 鳥居の兄弟子。さすがの糸巻もこの言葉には不意を突かれ、目を丸くして押し黙る。そしてそれは、清明と八卦も同じこと。同時に、目の前の男から漂う胡散臭さの正体も判別がついた。要するに今彼女たちが見ている姿は、デュエル中の鳥居と同じく演劇モードに入った姿なのだ。ただひとり事情がよく呑み込めていない鼓が探るように全員の顔を見渡し、しかし口を挟むことはせず興味深そうにカップを口に運んだ。

「ん?ああ、別にそう構えないでくれ。あいつに何があったのかはミーも知っている、それについて上司のユーに文句を言いに来たわけじゃない。デュエルポリスってのはそういうリスクもある仕事なんだろうし、あいつはそれをわかったうえでこの職に就いた、そうだろう?それなのにミーがその結果に文句をつけるのは、あいつの覚悟に対して最も失礼な行為だ。まあ、後で見舞いには行くつもりだがな。今回ミーが弟分より先にユーのところに顔を見せに来たのには、また別の理由がある」
「つまり?」

 予想だにしない方面からやってきた来客の衝撃から立ち直り、鋭い目つきで先を促す糸巻。先ほどまでのだらけた様子とはまるで違う抜身の刀のような威圧感にわざとらしく身震いしてみせ、一本松が敵意のないことを示すかのようにこれ見よがしに両手を広げた。

「どうどう。そんなに怖い顔で睨むと美人が台無しだぜ、マドモアゼル?ミーはただ、純粋に挨拶だけしにきたのよ。デュエルフェスティバル、今年はこの町でやるんだろう?鳥居から聞いてるとは思うが、ミーたちデュエンギルドはデュエルモンスターズと演劇のハイブリッドを売りにしてきた劇団。つまりミーも、こんなこと言うとなんだか自慢みたいがそれなりに腕に覚えはある。ぜひとも出場させてもらいたいと思ってね、主催者のデュエルポリス……つまりユーに直接掛け合うのが手っ取り早いと思ったのさ」
「はぁ!?」

 唐突な出場申請。想定外の相手から飛び出す全く予想もしなかった方面に転がり始めた話にただでさえニコチン不足がたたり本調子でない糸巻の頭は、この短い間にまたしても意表を突かれたことで困惑の声を上げるのが精一杯だった。
 そのタイミングでコーヒー片手に事態を静観していた鼓が、見ていられんとばかりに空になったカップをことりと置いて立ち上がる。

「少し、よろしいでしょうか」

 鼓千輪は公私の区別を弁えた女である。この話題はデュエルポリス、つまり仕事の管轄だと判断し、口調も先ほどまでのプライベートなものから改まった形に代わっていた。そんな突然の横槍にもめげず、一本松がくるりと首を動かして先ほどと同じく大仰な一礼を繰り返す。

「おおうこれはこれは、負けず劣らずお美しいマドモアゼル。ええと、お名前は……?」
「申し遅れました、私もそこの彼女と同じデュエルポリス。フランス支部代表、鼓千輪と申します」
「おおう、なんとなんと。本物のフランス在住者でしたか。してお美しい方、あなたがなぜこの日本の地に?」
「今年のデュエルフェスティバル、運営としての仕事を命ぜられまして。そういうわけでそのお話、ここからは私がお預かりいたしましょう。参加希望、ということでしたが……失礼ですが、理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」

 物腰こそ丁寧だが、その言葉の端々からは有無を言わさぬ調子が漂う。あるいはその言葉は、半ば強引に話題を引き継いだ糸巻へ向けたものであったのかもしれない。いずれにせよ一本松はすぐに順応し、改めて鼓へと向き直った。

「いかにも。確かに劇団「デュエンギルド」は14年前、例の事件をきっかけとして自然消滅。ミー含め団員も散り散りとなり、鳥居のような例外を除き、ほぼ全員がデュエルモンスターズとは関わりを持たない日々を過ごしてきたと思いねえ。しかしその沈黙を破りミーがこうして参加を表明するに至ったのは、ちょいとした訳がある。そう、あれはある雨の日……」
「要件をお聴きしたいのですが」
「ノー、そりゃないぜ綺麗なお姉さん。せっかくミーの舌が絶好調で回り始めたって時に、お預けなんて。とはいえユーがそこまで聞きたいというのなら、もう少しかいつまんで話そうか。まずひとつが、鳥居が入院したって話を聞いて見舞いにでも、なんて思ったから」

 そう言いつつ視線を外し、まるで何かを警戒しているように左右、そしてガラス越しの店の外にまで視線を飛ばす一本松。全方位を確認してもまだ警戒は続いているのか、身をかがめて口元に手をやり、囁くようにしてようやく重い口を開いた。

「そしてもうひとつ、これは多分デュエルポリスもまだ知らない話のはずだ。ミーは今、流通関連で働いて生活してるんだがな?最近、同業者の間で妙な話が出回っているんだよ。曰く、べらぼうに高い礼金で大して重くもない荷物を運ばせたがっている怪しい客があちこちの運送会社、時には個人にまで掛け合ってる、なんてね。それもいわゆる裏ルート、公には出さないようにとのお話ときたもんだ」
「それで、その話がどのようにこの件と?」
「まあまあ、物事には順番ってもんがあるんでね。それで、ミーはまだその話を振られたことはない。ないが、実際に金に釣られてそのブツを運んだって奴の話を聞く機会があった。かなり念入りに口止めされていたらしいが、彼はその時ひどく酔っぱらっていてね。つまり、その分だけ口が軽くなっていたわけだ。なんでもそのブツの行き先はここ、日本の家紋町。しかも、何が何でも今週末までに、とキツくお達しがあったらしい」
「今週末……デュエルフェスティバル開催日、ですね」

 すべての話を横で聞いていた少女が、小さく漏らす。指摘されるまでもなく、それは2人のデュエルポリスも真っ先に結びつけた点だ。デュエルフェスティバルはデュエルポリスの主催イベント、何か起きようものならばその影響は決して小さくない。
 訪れた沈黙に、だろう?と言わんばかりにオーバーリアクションで肩をすくめた一本松が、また声を潜めて話を再開する。

「実を言うと、ミーがこの話をユーたちに伝えた時点でミーがここに来た意味はほとんど終わってるんだ。だけど不幸なことに、ミーがその運び屋と一緒に飲んだことはかなり大勢が見ている。そのすぐ後に仕事を休んでまでここに来たんだ、わかるだろう?」
「なるほどなあ。つまり出場したいなんてのは単なるブラフ、アタシらに今の話を持ってくるための表向きの隠れ蓑、ってことか」

 真面目な話に復活した糸巻が目を細め、噛みしめるように確認する。こうしている間にも、彼女の頭の中ではいくつもの可能性と今後の展望が目まぐるしく浮かんでは消えていた。まず、この話に信じる価値はあるのか……しかし、それは考えるまでもない。もし本当だった場合の被害を考えれば、たとえ真っ赤な嘘だったとしても信じないという選択肢は存在しないからだ。そして彼自身の安全も考慮するならば、この出場申請を蹴るのはリスクが高いだろう。
 ややあって、同じ結論に至ったらしい鼓が小さく頷いた。

「わかりました。では出場の申請、こちらの方で調整しておきます」
「オーゥ、ベリーベリーセンキュー!あのデュエルフェスティバルに出場とあれば、ミーも鼻が高いってもんですね」
「……いや、ちょい待ち」

 しかしそこに待ったをかけたのが、ほかならぬ糸巻である。意外な制止にぱっと明るくなった表情を一転して訝しげな顔になる一本松に、最後の疑念を投げかける。

「こう言っちゃなんだがアンタ、デュエルの腕は実際のところどんなもんなんだ?さっきの話しぶりからすると、もう10年以上カードには触れてないんだろう?一応今回のコンセプトは、プロの戦いをデュエルモンスターズを知らない今の世代の前に復活させる、だ。変に弱い奴が1人いるなんて話になったら、逆に悪目立ちしかねないぜ」
「確かに、それは一理ありますね。では、糸巻。最初に言い出したあなたにテストを行ってもらいます、一本松さん、デュエルディスクは持参していますか?」
「げ、アタシか。まあ言い出しっぺだしな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。テストテストって、ミーはつまり何をすれば?」
「簡単なことです、単なるデュエルですよ。あなたの実力を軽くで構いませんので確かめさせていただくため、最も手っ取り早い方法です」

 勝手に進む話に上がる不安の声に、なんてことはないと言わんばかりの調子で軽く返す鼓。公私を問わず発揮されるこの強引さと、相手の反論を許さない冷たい美貌。それは現役時代から変わらない、彼女の強みのひとつでもあった。

「あ、あの!」

 しかしそこに、おずおずと手を上げて口を挟む少女がひとり。本人に睨みつけているつもりはないのだが冷たい瞳に見据えられて声が上ずるも、懸命に勇気を振り絞る。
 つい先ほどその目の前で繰り広げられた、かつてのプロデュエリスト2人の互いに譲らぬ激戦。その熱気の余波が粗削りな少女の闘志に不格好な火をつけ、身の内から溢れ出て止まらない衝動を掻き立てる。その一言を口にさせたのは、デュエリストの本能。まだ幼い少女の、生まれつき手にした才能……あるいはこのご時世、それは呪いなのかもしれなかった。

「そのデュエル、私に……八卦九々乃に、戦わせてください」





 そして、数分後。またしてもテーブルと椅子をどけて作られたスペースの中央で、演者と少女は向かい合っていた。商売あがったりだと色々と諦めた顔で「CLOSE」の札を掲げに行った清明が帰ってくるのを横目に、鼓が傍らの糸巻に話しかける。

「それにしても意外だな、糸巻」
「何がだ?」
「この状況そのものが、だ。お前がデュエルを他人に譲るのもそうだが、その相手があんな小さい子とはな。あの子の片思いかと思ったが、お前の方も随分とお気に入りじゃないか」
「よしてくれ」

 最後の一言に含まれたからかうような声音に気づき、小さな呻き声をあげる糸巻。その反応に気を良くした鼓が低く笑みを漏らすのを聞き逃さず、対照的なしかめっ面を浮かべる。

「ただ真面目な話、アタシはあの子にはもっと実戦経験が積ませてやりたいのさ。アンタも見てりゃすぐ分かるだろうが、さすがは七宝寺の爺さんの血筋だ。あの子の潜在能力を、アタシはかなり高く買ってるんだよ」
「ほう、お前にそこまで言わせるとはな」
「ありゃあ間違いなく逸材だ、だがまだ青い。あの子の未来は、まだ何も決まっちゃいない。だからこそ、見てみたいのさ。デュエリスト八卦九々乃が、一体どこまで行けるのかをな」
「未来、か。私にもお前にも、もう縁のない言葉だな」
「違いねえや」

 そこで顔を見合わせ、ほぼ同時に表情を緩める。彼女たちはもう、自らの未来を自分の意思で選び取った身。だからこそ何も決まっていない少女の行く末がほほえましくもあり、同時にもどかしくもある。しかしそこで横槍を入れることが本人のためにならないことを知っているからこそ、口出ししたい気持ちをぐっと堪えてただ見守るのだ。
 デュエルとは、すなわち人生なり。カードだけが、その答えを知っている。

「「デュエル!」」

「ワオ、先攻はミーですね。思えばこのデッキを使うのも14年ぶり……ですが、ミーもこれでも昔はそれなりに鳴らした身。ミーがこの舞台へと最初に繰り出すモンスターは、数式導くジーニアス!マスマティシャンを召喚し、モンスター効果発動!ミーのデッキからレベル4以下のモンスター、BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロスを墓地に送り、ターンエンド