ねここい


 

第1話

 
前書き
さぁ始まりました『ねここい』
主人公 大神 音彦 に降りかかる困難な恋愛模様をお楽しみ下さい。
と言ってもまだ1話目じゃそれほど困難じゃないですけどね。

因みに、主人公の姉は奴です。 

 
「如何か高校生活という新生活で、彼女が出来ます様に!!」
俺の名前は“大神 音彦(おおかみ おとひこ)”
明日からピカピカの高校一年生だ。

そんな俺は新生活に向け、自室の窓から見えた夜空に輝く名も知らない星に祈りを捧げる。
何故なら彼女居ない歴=年齢という悲しい人生を送っているからだ。
何故彼女が居ないかというと、パッとしない容姿に加え、パッとしない以下の頭脳と、パッとしないどころの騒ぎじゃない運動神経だからだ。

口の悪い姉からは『現代の“のび太君”』と言われている。
だが新たな生活の始まり……
高校生という多感な年頃には絶対に必要不可欠な彼女を神頼みで得ようと祈りを捧げたのだ!

そんな事を考えつつも、一心不乱に祈り続けていると、祈っている星の方から何やら物体が近付いてきた。
良~く目を凝らして見ていると、その物体は段々近付いてきて、最後には……

「フライング・クロスチョ~ップ!」
と悪質タックル以上の悪質なタックルをかましてきた。
「ぐはぁ~!!」

「にゃはははは、どうだ参ったか凡人」
「げほっげほっ……」
飛んできた物体のクロスチョップが喉に決まり、喋れないで居ると勝ち誇った様に物体が俺の目の前で勝ち誇る。

(バン!)「うるせぇ! 何騒いでんだ馬鹿弟!」
苦しさの余り悶え苦しんでいると、隣の部屋の姉が怒り心頭で怒鳴り込んできた。
「お、おま……何で女連れ込んでんだ?」

女?
苦しいながらも姉の言葉に釣られ、悪質タックルしてきた物体に再度目をやる。
……確かに女だ。

「ちょっと~……何を騒いでるの麻里!?」
「違うわよ母さん。音彦が女連れ込んでイチャイチャしてるの」
如何したらそう見えるんだ? 喉元を押さえて苦しんでるだろ、俺は!

「イチャイチャなんてしてないニャ! 適当な事ぬかすと貴様も呪うぞブス!」
(ゴスン!)「言葉遣いに気を付けろコスプレ女! 生まれてきた事後悔させるぞコラ!」俺の姉は凶暴だ。悪質タックル物体の言う様にブスのくせに性格も悪く、凶暴なのだ。

「あらあら本当。お客さんが来てるなら言ってくれれば良いのに……」
事態に興味を持った母が、飲み物を持って俺の部屋へ入ってきた。
そして苦しんでる俺の前と、後頭部に姉のゲンコツを喰らい蹲ってる物体の前にジュースを置き、気を利かせた風に姉と共に去って行く。

何とかダメージから回復した俺は、同じ様にダメージから回復した悪質タックル物体と対面で座り、母が持ってきてくれたジュースを一口飲む。
うん。取り敢えず一旦落ち着いて、コイツが何なのか観察しよう。

先程姉が言っていたが、全く以てコスプレ女……それが悪質タックル物体だ。
服装は黒をベースにしたシャツとホットパンツ。
ただ上下とも袖口をワザと破いたかの様な感じにしており、随所にシルバーアクセサリーを鏤めた“パンクロック”か“デスメタル”ファンみたいな服装。

たけど特筆すべきはそこじゃない。
ヘアバンドっぽい部分が見えないけど猫耳みたいな物を頭に付け、ハリウッドの特殊メイクさながらの猫の鼻付近とヒゲを顔に付け、手には肉球と出し入れ自在な猫爪の付いたグローブ、足もグローブと同じ様なブーツ、そしてホットパンツの後ろからは黒く長い尻尾……

驚くのは、耳も尻尾も動いてる事だ。
今のテクノロジーは凄いなぁ……
まるで本物の様だ。

「所で……お前……何?」
観察が終わった所で、このコスプレ女の正体をズバリ聞いてみた。
すると返ってきた答えは俺の想像の斜め上を遙かに超えていた。

「アチシは悪魔ニャ」
「……はぁ~、悪魔っすか」
ヤバイ女に絡まれた。

「正確には悪魔見習いだけどニャ」
「はぁ……見習いっすか、大変ですね」
地位的なランクは下がったが、リアルに近づけてくる辺りヤバさは格段に上がった。

「で、その悪魔さんが俺に何のようですか?」
早く用件を聞いてコイツを追い出したい。
「お前先刻(さっき)、私利私欲丸出しの願いをしてただろ」
俺の願いを叶える為に悪質な訪問をしてきたのか? こんな女はお断りなのだが……

「聞こえてましたか……忘れて貰っても良いですよ」
「にゃはははは、もう手遅れニャ」
え~……こんな女は嫌だぁ。

「お前が先刻(さっき)祈ってた星……あれは星じゃにゃいニャ。あれは91年に一度、愛の女神“アフロディーテ”が下界を覗く為に時空に開けた覗き穴ニャ」
「はぁ……」
91年って、随分中途半端だなぁ。

「んで、丁度目の合ったお前の願いを少しだけ叶える為に、何か女神パワー的な物をお前に送ったニャ」
「え! じゃ、じゃぁ俺にも彼女が出来るって事?」

「甘えるんじゃにゃい! 女神パワー的な物でいきなりモテモテになって彼女が出来ると思ったら大間違いニャ」
「じゃぁその女神パワーにはどんな効能があるんだよ!」

「うむ。仕組みは解らんが、お前と生涯添い遂げる可能性の高い女を見分ける事が出来るらしい」
「はぁ~? イマイチよく解らないんだけど!」

「だから……知り合って、友好度を上げて、告白して恋人同士になって、友好度を上げて、プロポーズして夫婦になって、幸せな家庭を築きつつ友好度を上げて、別れる事なく一生を添い遂げられそうな可能性の高い女を見分けられるらしいニャ」
「はぁ! 俺の思っていた御利益と違うんだけど!」

「そうは言うが、この状態も凄い事だと思うニャ。だって考えてみぃ……例えば100人の女と知り合うとして、その誰が生涯の伴侶になるかなんて普通は解らないニャ。どんなに女との仲を進展させようと頑張っても、相手にお前を好きになる可能性がな無かったら無駄な努力で終わるニャ。何せ人の趣味は千差万別。デブで醜男とイチャイチャ腕を組み町を闊歩する美女の姿を見た事あるじゃろ? そのまた逆もあるだろうし、容姿性格云々より財力って女も少なくない。そんな中、『お前で良い』って思ってくれる可能性の高い女が事前に判るって凄い事だと思わんかニャ?」

「……確かに。随所にトゲのある言い方が気になったが、言われてみればその通りだ。可能性が高い事が判っていれば、その女性に集中して友好度を上げる事が出来る」
可能性がある事が判っていれば、女性に声をかける事が苦手な俺でも、頑張れる……気がする……多分。

「そうじゃろう、そうじゃろう」
「んで、それが愛の女神様の御利益だとして、正反対の存在のお前の目的は何だ?」
愛の女神のパワーを勝ち誇った様に語ってるが、コイツは何をするんだ?

「それニャ! アチシは実は、アフロディーテが大嫌いにゃのだ! だからお前にパワーを送った瞬間、アチシの呪いパワーを奴のパワーに盛り込ませたのニャ」
「はぁ~? あんなに勝ち誇って女神の事を語ってたのに、今更嫌いとかあり得なくない?」

「うっさいニャ! 兎も角アチシの呪いで、お前と生涯の伴侶になる可能性の高い女を見分ける部分に歪みを作ったニャ!」
「ゆ、歪み!?」

「そうニャ。お前と生涯の伴侶になる可能性の高い女は、皆ネコに見える様にしてやったニャ!」
「え、あの……ちょっと……意味が解らないんですけど?」

「フフン。明日になって色んな女に出会ってみれば嫌でも解るニャ」
そう言うと悪魔見習いネココスプレ女はフライング・クロスチョップで入ってきた窓に向かい踵を返す。

「あ、アチシの名前は“ベル=ノーラ”。お前はベル=ノーラ様と呼ぶニャ」
そう今更ながらの自己紹介をして窓から飛び降り、何処かへと行ってしまった。
うん。(ベル)(ノーラ)……化け()()と俺は呼ぶ事にしよう。

イカレた化け()()の戯言を本気で信じる程イカレてない俺は、明日の入学式に遅れない様、早めにベッドベ潜り込む。
女神パワーはちょっと期待しちゃうが、化け()()パワーなど存在しないし、世のテンプレを期待して、登校までの途次は曲がり角でのテンプレ出逢いに期待しよう。

曲がり角や交差点はちょっと早足でトライだ。



 
 

 
後書き
見切り発車甚だしく始めてしまったぁ~~~!!
体調も改善されてるし、まぁ良いか。

因みに第2話には、皆さん大好きな奴が登場。 

 

第2話

 
前書き
みなさん、曲がり角は注意しましょう。
テンプレが発生するとは限りません。 

 
♫一年生になった~ら 一年生になった~ら
♫恋人一人は出来るかな?

何て歌を脳内で歌いながら新生活の舞台である“桜花学園”までの途次にある交差点(車通りの多い交差点は免除)で、テンプレである“美少女とのぶつかり胸キュン出逢い”の為に、ぶつかりやすい様に早足で歩いて登校。

学校まで残り交差点4つ……
未だに誰ともぶつからないし、出会う事もない。
別に『♫恋人100人できるかな』何て事は思ってないんだよ……一人で良いんだよ!

しかし、その4つ目の交差点左方向から、遂に人の気配がしてきました。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
そう思った俺は、フライング気味に早足になり、ごっつんを決行。

(ドン!)「痛っ!」「痛ぇ!」
知らなかった……人にぶつかると結構痛いのね。
しかも俺みたいなヒョロイ男は、簡単に弾かれるのね。

でもでも、相手だって同じはず。
尻餅をついて、上手くいけばパンツ丸見えになってるかもしれない。
俺は素早く相手の方へ視線を向けた。

「お前、何処見て歩いてんだよ!」
「え、男!?」
そ、そんな馬鹿なぁ!!!

「あ゛? お前アレか……可愛い女の子にぶつかって、それを切っ掛けにあわよくばエロい仲になっちゃおう……何て考えてたのか!」
「ち、違うよ!」

俺とぶつかった男は、スマートに立ち上がると心の中を読んだかの様に俺の野望を的中させた。
“角でぶつかった=テンプレ出逢い希望”って思考は如何なんだ?
そんな事を考えてた男なんて、今は俺くらいだろうに……

「違う物か! 俺と同じ制服を着てるって事は、お前も桜花学園だろ。しかも真新しい制服……これも俺と同じで新入生だな。って事は、この交差点を直進……お前から見て直進のハズ。なのに意味も無く早足で左折してきた。極めつけは俺の事を見るや『男』の一言。普通の思考回路を保った人間ならば、人にぶつかった直後は“謝る”か“怒る”の二者択一。だがお前はそのどちらでもなかった」

な、何だコイツ……
あの一瞬でそこまで論理的に物事を考えるのか?
も、もしかして名探偵的な高校生?

「ご、ごめんなさい」
取り敢えず謝ろう。
俺に非がある事には間違いないのだし、敵に回さない方が良い気がする。

「ん。まぁいいだろ。ほら、何時までも座り込んでると遅刻するぞ」
俺の謝罪を素っ気なく受け入れると、ヘタリ込んでる俺に手を差し伸べ立たせる。
するとそこへ……

「リューくぅ~ん! 待ってよぉ~~~」
と可愛い声が聞こえたと思ったら、俺とぶつかった男へ何者かが悪質極まりないタックルを敢行した!

「ぐはぁ!」
何とタックルしたのは絶世の美少女!
黒く綺麗な髪をツインテールにしており、それとは対照的な真っ白で綺麗な肌。
ちょっと動くだけで艶容に揺れる大きな胸……視線を下げれば唯でさえ短い桜花学園の制服のスカートを更に短くしており、タックル時にはチラリと白い下着が……
黒のニーソックスは彼女の白い肌をより美しく飾っている。

「ゆ、幸……お前は日大のアメフト選手か? タックルが悪質すぎるぞ!」
ごみ~ん(こめ~ん)……でもリュー君が先に行っちゃうからぁ」
俺より悪質なタックルだったが男の方は倒れず踏み止まった。流石に俺の方が体重が重かったって事だろうか?

「か、彼女……かな?」
こんな美少女が俺に惚れるわけ無い、そう思うも“幸”と呼ばれた美少女がフリーなのかを確認してしまう。だが聞いてしまった理由はそれだけじゃ無い……この男、俺が言うのも何だが、そんなにイケメンではない。俺と同レベル……パッとした容姿じゃないんだよ。なのに何で、こんなに可愛い彼女が居るのか!?

「彼女じゃねーよ」
「ふっ、今はね」
ぞんざいに彼女否定されたにも拘わらず不敵な笑みを見せ男の腕に抱き付き歩き出す二人。

「おい。何時までそこに突っ立てるつもりだ? 入学早々遅刻するぞ」
彼女へのぞんざいな口調を俺にまで向けてはいるが、遅刻の心配をしてくれる彼氏。
悪い奴じゃないのかな?

とは言え……
学校までの数分間、イチャイチャを見せ付けられたのは苦痛だった。











長い長い校長先生の多分有難いお話しを終え、恙無く入学式が閉会し、割り当てられた新たな教室へと到着した。
ここに来るまで距離は兎も角、精神的に長い道程だった気がする。
如何して世の中の校長先生ってのは話しが長いんだろうか?

「よう、お前もこのクラスだったのか!」
誰もが思うであろう疑問をシミジミ噛み締めていると、後ろの席から気安く声をかけられる。
しかも聞き覚えのある声だ。

「や、やぁ……き、奇遇だねぇ」
何と俺の後ろの席には、今朝ぶつかった男が座っていた!
先方からは今朝の衝突について何も言ってこないけど、何だか気が引ける。

「俺“蔵原(くらはら) 竜太(りゅうた)”ってんだ。何かの縁だし宜しくな」
「あ、どうも……俺は大神音彦です」
ワザとぶつかった罪悪感からか、何故だかコイツには敬語を使ってしまう……

とは言え、あの彼女は可愛かったので、同じクラスなのか尋ねてみる。
「あの……今朝の彼女さんは……同じクラス……なの?」
「だから彼女じゃねーって! 幸は隣の1年3組だ」

「あぁそうなんだ……」
ホント、頑なに彼女否定を続ける蔵原。
あんなに可愛いんだから認めちゃえば良いのに。

「ところでさ……このクラスって可愛い()が多くね? ちょ~ラッキー!」
何だコイツ……
あんなに可愛い彼女が居るのに、脇目も振らず浮気願望を露出してきた。

「ほら、あの()! 窓際のあの()なんか(すげ)ー可愛いじゃん!」
男というのは悲しい生き物で、“可愛い()”って言われると思わず見てしまう生き物なのです。
そして俺も男……可愛い()という言葉に標準的反応を示してしまう。

「……!!??」
だがしかし、俺の目に映ったのは……



 
 

 
後書き
♫一年生になった~ら 一年生になった~ら
♫恋人一人は出来るかな?
♫一人で十分だ!
♫朝日を見ながら朝食を
♫二人で一緒に食べるんだ!

蔵原竜太登場!
こいつぁ波乱の予感だぜぇ!
因みに上の歌、蔵原君バージョンもあるよ。

♫一年生になった~ら 一年生になった~ら
♫恋人一人は出来るかな?
♫一人で十分だ!
♫ホテルに連れ込み 服脱いで
♫パッコン パッコン パッコンと……


追伸:
次話には85・55・88登場。 

 

第3話

 
前書き
ねこねこ55です。 

 
早速知り合った蔵原に言われ、同じクラスの可愛い()へと視線を向ける。
「……!!??」
だがしかし、俺の目に映ったのは…………………猫!

自分で言ってて何言ってるか解らん!
つまりアレだ……大きい猫がうち(桜花学園)の女子の制服を着て歩いてる。
これでもなお、言ってる意味が解らん。

「いいね。この学校の制服はスカートが短いから良い!」
猫の種類に詳しくないが、多分シャム猫の巨大版が短いスカートのうち(桜花学園)の制服を着て歩いてる。あ、今席に座った。

俺は余りの光景に目が離せない……
猫は可愛い。うん、それは認める。
だが……巨大な猫(しかも二足歩行)は怖い!

恐怖とか疑問とか色々な感情で硬直していると、俺の視界に巨大な白い毛玉が映り込んできた。
何かと思いそちらに目を向けると……猫!!
あれはペルシャ猫か!? これまた巨大で二足歩行の白いフワフワした毛並みの猫が、優雅な動作で席に着く。

「ほぅ……お前も気になったか? これまた美女だよなぁ。ハーフかな? 金髪が美しいぜ」
はぁ!? ハーフって何だ? 猫と人間のか?
金髪!? 俺には白い毛玉にしか見えんぞ!

「あ、その()も可愛い!」
混乱の極みで蔵原の言葉が耳に入ってきた……
言葉に従い俺は視線を自分の席の左前に移す。

!!!!!!!
こ、こんな近くにも巨大猫!
先程の蔵原の言葉が聞こえたのか、俺の後ろの席をギロリと睨んで正面を向き席に着く。

因みにこの種類は俺にも解る。
巨大なアメリカンショートヘアーだ。
ただ怖い。こんなに近くに居られると、なお怖い。

蔵原は怖くないのだろうか?
先刻(さっき)から『可愛い』『美人』など、褒めているが猫好きから見たら可愛く見えるのだろうか?
俺は3匹の巨大猫を何度も見ながら、その恐怖に堪え忍ぶ。

「はーい、新1年2組の皆さん席についてー」
「きたーーー! 高校生活開始において、美人教師登場は最高の船出!」
美人教師? そ、そうか……担任が来たのか。

兎も角落ち着こう……
巨大猫に脅えてるのは俺だけの様だし、ここで騒いでしまってはクラス中から変な目で見られてしまう。高校生活開始直後から変人扱いは避けねば……

(ガタン!!)
平静を取り戻そうと心で誓い、身体を教壇の方へ向け視線を上げると……
そこにも巨大猫!!!!

今度は三毛猫!
だが制服は着てない。白いブラウスにモスグリーンのカーディガン。濃紺のタイトスカートに身を包んだ巨大で二足歩行の三毛猫が、教壇に立ちこちらを見ている。

「如何しました? 私は席についてと言いましたよ。何故わざわざ立ち上がるんですか?」
そう、俺は混乱醒めやらぬ中に現れた巨大猫に驚き立ち上がっていた。
教壇の巨大猫は俺を噛み殺しそうな顔で睨む。こ、怖い……

「す、すいませんでした……」
「おいおい、担任が美人だからって反応しすぎだぞ(笑)」
俺は恐怖の余り即座に謝り座った……だが後ろの蔵原は俺の態度を勘違いして茶化す。クラス中からは笑い声が……教壇の巨大猫は多分笑っている。それも怖い。

何なんだこれは!?
俺以外の奴には巨大猫が見えてない様だ。
如何いう事だそれは?

はっ……
そ、そう言えば……昨日あの化け()()が言ってた。
『お前と生涯の伴侶になる可能性の高い女は、皆ネコに見える様にしてやったニャ!』って。

え? つまり如何いう事?
この巨大猫4匹が、俺の生涯の伴侶?
この巨大猫を口説かないと、俺には彼女が出来ないって事!?

無理無理無理!!!
だって巨大で二足歩行の猫なんて怖いもん!
口説く前に話し掛けられない!

「はい。じゃぁ皆に自己紹介をしてもらおうかな」
俺が混乱を増してる間に、新生活の諸々な事柄を話し終えたらしく、教壇の巨大三毛猫がクラス全体を見渡しながら自己紹介タイムへと移った。

「それでは出席番号1番……からと思ったけど、座れって言った途端立ち上がった、自己アピール旺盛な君から始めてもらいましょう。その場で良いから立って、全員に顔を見せてから自己紹介して下さい」

え? そ、それって……
「おい、お前だよ、大神」
突然の無茶振りに戸惑っていると、蔵原が俺の背中を突きながら自己紹介開始を促す。

そ、そんな……何で俺が……
そう思いながらも逆らえない俺は立ち上がり、巨大三毛猫の指示通りに教室内を見渡して自己紹介を始める。き、緊張しかしない!

「は、初めまして……大神音彦と申します」
取り敢えず名前だけは言った。
如何する……後は何も思い浮かばないぞ。 これだけで座っちまうか?

「それだけじゃ寂しいわね。何か好きな物とか無いの?」
巨大三毛猫が俺を虐める!
巨大猫4匹に囲まれて恐怖に脅えてるのに、好きの物とか思い浮かぶわけねーだろ!

「あ、あの……ね、猫……」
「? 猫?」
「あ……はい、猫好きです!!」
「あら良いわね」

今思い浮かぶ“猫”と言うワードと、巨大三毛猫が言った好きな物と言うワードを組み合わせて、大して詳しくもないのに猫好き設定を作ってしまった。
色々猫の事を聞かれたら『知識は無いけど、猫は好きなの!』と言うしか無い。

兎も角言い終えた俺は、他に何か追加される前に素早く座った。
トップバッターが自己紹介を終えたと思った巨大三毛猫は、俺から視線を出席番号1番に移して自己紹介を続ける様に促す。

出席番号1番は“青木 茂”と言う名前だ。
名前を言い終えた後、『俺は犬派です。家でもセントバーナードを飼ってます』と付け加え席に着く。如何やら好きな動物を言う事が確定してしまったらしい。

出席番号2番は“海野 葵”でウサギ好きらしい。
出席番号3番……即ち俺の目の前の席の奴は“江田 洋司”と言い金魚を飼ってるとか……
また俺が自己紹介するのかと思ったが、巨大三毛猫は「じゃぁ出席番号5番の君、宜しくね」と俺を飛ばして蔵原を見る。当然か……

「うぃっす! 俺の名前は蔵原竜太。動物は全般的に好きですけど、一番好きなのは美少女です! このクラスでラッキーと心底思っております! ってなワケで、女子の皆さん末永く宜しくお願い致します! あ、男子は別に宜しくしないで良いよ」

何つーふざけた自己紹介だ。
そんなに美男子でもないのに……いや、俺とそれ程変わらない容姿のくせに、俺なんかより女慣れしてそうだ。軽蔑したいが正直羨ましいよ。

そんな事を考えていると、遂に1匹目の巨大猫の自己紹介に突入する。
俺の左前に座るアメリカンショートヘアー……
順番が来てスッと立ち上がり、周囲に顔が見える様に身体ごと見渡すと、最後に俺の方を見てニコッと笑う。な、何故笑った!? 怖いよー。

「初めまして、私は佐藤(さとう) 愛香音(あかね)です。私も猫が大好き! 大嫌いなのは女誑しです。蔵原みたいな奴ですね。どうぞ宜しくお願いします」
ね、猫好きだから俺に笑いかけたのか? ヤバイよ……本当は別に猫好きじゃないし。バレたら殺される?

自分の失敗にガクガクブルブル震えてると、次の巨大猫が自己紹介に入った。
そう……白い毛玉の様な巨大ペルシャ猫。
蔵原は『ハーフか?』と言ってたが、そんなに外人っぽいのかな? 毛玉なんだけど……俺には。

「どうも初めまして。私の名は白鳥(しらとり) エレナです。この金髪は地毛で、見ての通りハーフですわ。父は日本人ですが、母がロシアの生まれですの。私も猫が大好きで、自宅でも猫を数匹飼っておりますわ」

長い毛足をブワっと掻き上げ、何とも言えない気品を撒き散らし着席する白毛玉。
やはり猫好きと言う事で、最後に俺の方を見るや笑いかけてきた……怖いのは変わりない。
だが巨大猫に笑いかけられたのは既に2度目なので、何だか慣れてきた気がする。自分の順応力に吃驚だ。

「はい、じゃぁ最後ね。窓際席一番後ろの君。自己紹介をお願いします」
気が付けば1年2組最後の一人に順番が回ってきてた。
そう……3匹目の巨大猫。シャム猫の自己紹介だ。

「は、初めまして……私は渡辺(わたなべ) 愛美(まなみ)です。趣味はお菓子作りで、私も猫が大好きです! 家では1匹飼ってます! どうぞ宜しくお願い致します」
3度目。巨大猫に笑いかけられるのは3度目だ! 軽く会釈をするくらいの心の余裕は生まれてきた。

「さあ、皆自己紹介が終わったわね。じゃぁ担任の私の自己紹介をします」
4匹目の巨大猫である巨大三毛猫が教壇から自分の自己紹介をすると宣言。
目を付けられたくないし、大人しく聞いていよう。

「私は小林(こばやし) 夕子(ゆうこ)。このクラスの担任で受け持ち教科は古典です。因みに先生も猫好きです。今はマンションで一人暮らしをしてるから飼えないけど、実家には1匹猫が居ます」
きっと三毛猫に違いない。

「夕子センセー。スリーサイズを教えてくださ~い♡」
健全な男子高校生なら誰もが気になる女性(特に担任)のスリーサイズ。
だがエロい奴と思われたくない為、普通なら大声で質問はしないのだが……普通じゃない男が俺の後ろの席に居た。

「君からはその質問が来ると思ってましたよ蔵原君。ですが教えません! 普通に考えたら言うわけないでしょ」
うん。普通で考えたら質問すらしないよね。
でも普通じゃ無いんだと思うよ、俺の後ろの奴は。

「じゃぁ良いで~す。自分で計測しま~す♡」
そう言うと絵を描く人が両手の親指と人差し指をL字にしてくっつけ長方形の窓を作り出し覗き込む仕草と同じ事をして巨大三毛猫を舐める様に見る。そして……

「うん。上から85・55・88だ! 如何ですかな?」
「な、な、な、何で判るの!?」
え、大正解!?

巨大三毛猫は服の上から腕で身体を隠す様な仕草をすると、とんでもなく動揺してる。
平然としてれば正解か如何か判らなかったのに……
にしても(すげ)ーなぁ、蔵原。



 
 

 
後書き
85・55・88は偶然です。
関連はありません。
狙いましたけどね。 

 

第4話

 
前書き
猫4匹……一同に会する。 

 
新高校生活に向けての諸々の説明が恙無く終わり、高校生活初日の放課後へと突入。
兎も角気分を落ち着けたいから、そそくさと下校準備を開始したのだが……
俺の左前席に居る巨大アメリカンショートヘアーが椅子ごと俺の席に近付いてきて話し掛ける。

「なぁお前も猫好きなんだろ? 家で飼ってるのか?」
早速きた……猫好きと咄嗟に嘘を吐いた罰が当たった。
どうしよう……別に好きでも嫌いでもないんだけど。

「い、家では飼ってないよ……家計的に余裕が無くて」
嘘の上塗り。
巨大な猫に間近で質問されたら、『実は嘘でした』なんて怖くて言えないよ。

「そうなんだ。アタシも飼って無くてさぁ……母さんがアレルギー持ちだから動物全般飼えないんだよねぇ~」
「ふ~ん……愛香音ちゃんだったらモリモリ飼ってそうだったのに」
愛香音ちゃん? ……そ、そうか、この巨大アメリカンショートヘアーの名前か!

「気安く名前で呼ぶな蔵原!」
俺にではないのだけど、蔵原に睨みを効かす愛香音さん……もとい、佐藤さんは怖い。だって大きな猫なんだもん。

「大体、私だって飼いたいさ! 狙ってる種類の猫もいるんだし……」
「も、もしかしてアメリカンショートヘアーかなぁ?」
飼いたい猫の種類と言われ、思わず言ってしまった素直な言葉。

「そう! よく判ったな、アタシが飼いたがってるのがアメショだって!」
アメショ?
アメリカンショートヘアーの略か?

「あら、猫のお話しで盛り上がってますわね。私も仲間に入れてください」
飼いたい猫をズバリ当てた俺にグイグイ迫る巨大アメショ……もとい、佐藤さんにビビってると、白い巨大毛玉のペルシャ猫が近付いてきて話しに交ざりたがる。

「やぁエレナちゃん。君は猫を飼ってるんだったよね?」
「えぇそうですのよ。血統書付きの高貴な猫を……おほほほほ」
白い巨大毛玉……もとい、白鳥さんが優雅で高飛車な態度と共に話しに入ってきた。

「私アイツと同中(同じ中学の略)なんだけど、家が金持ちだからっていけ好かないんだよね。嫌いだそう言う奴は……」
巨大アメショこと佐藤さんは、俺に顔を近づけ(怖いからヤメテ)白鳥さんに聞かれない様に教えてくれた。

「おい大神。エレナちゃんはどんな猫を飼ってると思う? 先刻(さっき)みたいに当ててみろよ」
白鳥さんはかなりの美女らしく、蔵原の緩んだ顔が締まる気配を見せない。
そして何故だか俺に飼い猫の種類を当てる様に仕向ける。知らんがな!

「え、え~と……そ、そうだなぁ……ペ、ペルシャ猫……かな? 白鳥さんからはそんな感じが覗える」
そんな感じというか、俺にはその物にしか見えてない。
そしてこの巨大ペルシャ猫も、俺の回答に目を見張る。こ、怖い。

「す、凄いですわね。まさにその通り……私はペルシャ猫を飼っております」
「ホント凄い能力。蔵原とは大違いだな!」
佐藤さんも白鳥さんも目を見開いて驚く。それが怖い。

「何だ何だ~、俺の眼力だって凄いだろ。愛香音ちゃんのスリーサイズ、見破っちゃうよぉ~♡」
「止めろ貴様! 私の事を見るんじゃない!!」
「あら、猫話しで盛り上がってると思って来たんですけど……下ネタですか?」

遂に3匹目の巨大猫……シャム猫までもが参戦してきた!
え~と……この巨大シャム猫は何て名前の人だったかな?
「愛美ちゃんも猫を飼ってるって言ってたよね」

そ、そうだ渡辺愛美さんだ!
蔵原はよく記憶してるなぁ……
多分、女だけなんだろうけど。

「そうよ見て見てぇ! 家で飼ってる猫!」
飼い猫の話しを振られた事に喜んだ巨大シャム猫こと渡辺さんは、スマホを弄り何かを見せようとする。
多分、飼い猫の写真だろう。

「ちょっと待って。今スマホで飼い猫の写真を見せようとしてる?」
「え? ……ま、まぁそうだけど」
突然蔵原が渡辺さんの行動を遮り、しようとしてる事を尋ねる。

「じゃぁ写真見せる前に大神に飼い猫の種類を当ててもらおうよ。良いだろ、大神?」
えぇぇぇぇ~……全然良くないんですけどぉ~!
とは言え、ここで断ると3匹の巨大猫に食い殺されそうなので、言うだけは言ってみる……勿論見たままをね。

「そ、そうだなぁ……渡辺さんはシャム猫って感じかな(汗)」
「う、うそ……当たっちゃった!」
え、マジで!?

「ほら、ウチの猫……ジャムちゃんよ」
そう言うと先程用意しておいたスマホの写真を俺等に見せ、名前までも教えてくれる。
つーか何で『ジャム』なんだよ!?

「シャム猫ならぬ、ジャム猫……ってこと?」
蔵原が提示されたスマホの画面を見ながら渡辺さんの飼い猫の名前について質問をぶつける。
因みに写真には、巨大なシャム猫が小さいシャム猫を抱いてる写真が表示されてる。

「ダメ……かなぁ?」
「いやぁ……ダメじゃないけど」
「捻りがないですわね」

渡辺さんと蔵原の遣り取りを見てた白鳥さんが、大きく胸を反らして駄目出ししてきた。「じゃぁアンタの飼い猫の名前は捻ってるのかよ!?」
先程の感じからあまり好意的では無い佐藤さんが白鳥さんに食ってかかる。

「当然ですわ。見て下さいまし、私の飼い猫等を!」
更に胸を反らせた白鳥さんが、渡辺さん同様スマホに保存されてる写真を見せてくる。
だが俺には白く巨大な毛玉が複数の白い毛玉を抱えてる様にしか見えない。

「この私が抱いてる2匹の左が“オスカー”で右が“エリザベート”と言い、お父さんとお母さん猫ですわ。そして私の隣のカゴで寝んねしてるのが右から“エーリッヒ”“アントン”“ユスティーナ”ですわ」

凄いな……
俺には丸まった毛玉にしか見えない。
なのに白鳥さんには区別が付くんだ……

「うわぁーかわいい!!」「何これぇ~超フワフワぁ」
写真を見るや俺の感想とは真逆で、佐藤さんと渡辺さんが女子らしい華やかな声で歓喜する。
そうか……猫好きはここで感動しないとならないのか。

「本当だ可愛いなぁ……このカゴの3匹は凄く小さいけど、生まれたて?」
そう、巨大なペルシャ猫が小さいペルシャ猫2匹を抱え、その隣のカゴには3匹の更に小さいペルシャ猫が写ってるのだ。

「そうなんですのよ! 先月に生まれたばかりの子猫ちゃんなのです!」
あ、はぁ……そうですか。
何で自慢気なんだ?

「先生も興味あるんですか?」
何かに気付いた蔵原は巨大猫3匹の向こう側を見て、突然誰かに話し掛ける。
まぁ先生なんだけどね。

「ええ、楽しそうに猫の話をしてるのが聞こえてね……」
「そう言えば先生も実家で猫を飼ってるって言ってたけど……おい大神。先生の飼い猫を当ててみろ!」
また無茶振りぃ~!? 知らねーよ、他人の飼い猫なんて……

「え、え~っと……み、三毛猫?」
「す、凄い……何で判るの? ほら、実家の猫“ミーちゃん”よ」
そう言って驚きながらもスマホに保存されてる写真を見せてきた。

だが俺にはやはり巨大な三毛猫が小さな三毛猫を抱いてる写真にしか見えない。
それに俺は見たままを言ってるだけで、飼い猫の種類なんて判るわけない。
そんな事を知らない巨大猫4匹は、俺の周囲に集まり猫の話題で盛り上がってる。

盛り上がってるとこ悪いが、俺は怖くてしょうがない。
蔵原に助けを求めようと視線を向けたが……
「リューく~ん!! 一緒に帰ろ~」と、今朝見た蔵原の彼女が現れた。

「何だよ、幸……今、美人に囲まれて至福の時間を過ごしてたのに、現実に戻すなよ」
何でこんな美少女に抱き付かれてるのに、女好きのコイツはウンザリ顔なんだ?
あの巨乳を顔に押し付けられて、羨ましいとしか言い様がない!

そんな羨望の眼差しで眺めてると、『やれやれ』と言う顔で立ち上がり彼女さんと共に教室を後にする蔵原。
それを見て三毛猫先生が「あれが噂の“真田さん”ねぇ……」と呟いた。
真田さん……蔵原の彼女の事かな? 有名なのかな? 何でかなぁ?



 
 

 
後書き
あちゃは猫好きです。
でも巨大な猫(二足歩行)に囲まれたらビビると思う。
猫は小さいから可愛いのだ。

あ、でも虎とかライオンは可愛いよね。
色んな意味可能なら飼いたいんだよね。

うん。やっぱり猫は大きくても可愛い! 

 

第5話

 
前書き
蔵原竜太君のお兄さんはイケメンです。 

 
何とか巨大猫4匹の恐怖から逃げ帰ると、俺の部屋には化け()()が寛いでいた。
ベッドに寝そべり勝手に俺のマンガを読んでいる。
親父の酒のつまみ……さきいかを頬張りながら。

何やってるんだ!?
如何いうつもりだ、コイツ?
「よう、お帰り。如何だった学校は?」

「うるせぇ。何なんだこの状況は!? 本当に女神様の力とお前の呪いで、生涯の伴侶候補が猫に見えてるのか!?」
「お前はアホなのか? 昨日そう言ったじゃろう」
俺よりアホに見える化け()()に『アホ』呼ばわりされるのは腹立つ。

「ふざけんな! あんなの怖くて口説けるか!」
「にゃにを言う。猫じゃなくたってヘタレの貴様に女は口説けんじゃろ。一生童貞でいる言い訳が出来たじゃろ? 感謝せよ!」

「ふ、ふざけやがって……」
「にゃはははは。悔しかったら猫女でも口説いてみんしゃい(大笑)」
く、くそぅ……確かに俺には女を口説く度胸も技術も存在しない。

「あ、そうそう……昨日言い忘れてたけど、お前に掛けた呪いは半年で解除不能になるからニャ」
「は、半年ぃ!?」
半年って一年の半分って意味か!?

「そうニャ。今が4月だから10月の終わりまでに猫女の1匹に告白して、OK貰わニャいと呪いは永遠に解けないニャ(笑)」
「お、おま……10月末って……それまでに恋心を育む重大イベントがなさ過ぎるぞ! 大体告白とかって、2月のVD(バレンタインデー)か3月のWD(ホワイトデー)だろ!」

「どうせ貴様にはVD(バレンタインデー)WD(ホワイトデー)も告白できんニャ。ガタガタぬかしてないで覚悟を決めるニャ」
言い返せないのが腹立つ!

「じゃぁそういう訳でアチシは帰るニャ」
コイツ、本当に何しに来てたんだ?
「あ、そうニャ……さきいか食べ切っちゃったから、買い足ししとくニャ」
ふざけるな! 何でお前の為に……

そう言うとマンガ数十冊を読み散らかして窓から出て行ってしまった。
もう片付ける気力も起きない俺は、マンガ本をベッドの端に寄せて俯せで横たわる。
どうすりゃ良いんだ?

世の中は広いし、俺の生涯の伴侶が4匹……もとい、4人だけって事は無いだろうけど、他を探した所で全部巨大猫に見えるわけだから、どのみち怖いだけ。
つまり俺が将来結婚する為には、現状の4匹……じゃなかった、4人を口説かなきゃならないわけで……

唯でさえ女性を口説くなんて不得意なのに、対象が巨大猫なんて難易度高すぎ!
今日知り合った蔵原みたいに女性を口説く術があれば、もう少しは何とかなりそうだけど……
いや、でも相手は巨大猫だしなぁ……

でも俺にはそう見えてるだけで、本来は普通の女の子なんだよなぁ……
蔵原も4人が美女だって言ってたしなぁ……
慣れるしかないのか?

って言うか、あの4匹……違った、4人の中の1人を口説き落とさないと、俺の呪いは永遠に解除されない。
つまり……仮に高校卒業後、巨大猫に慣れて女性を口説ける様になっても、結婚まで行き着く相手は巨大猫のまま。

更に言えば、結婚出来ても嫁は巨大猫のまま……
それはヤバいぞ!
巨大猫が怖いとか言ってる場合じゃねー!

俺は徐に起き上がると、机の上のパソコンに向かい起動させる。
立ち上がるやインターネットで猫の事を調べまくる。
不慮の事故で猫好き認定されちゃった訳だし、多少は詳しくないと支障をきたすだろう。

幸か不幸か俺の生涯の伴侶候補である4匹……間違えちゃダメだ、4人は猫好きらしいし、外見が俺に判らない以上、好きな物から攻めていかなきゃならない。
判る範囲でも好感度を上げていかなきゃならんだろう。

うん、そうだ。
蔵原の言動をよく観察して参考にしよう。
アイツの様にまでは無理でも、俺にだって真似出来るところがあるかもしれない。

だから俺は猫の事を調べ上げる。
姉が「おい馬鹿弟。夕飯だって声が聞こえないのか?」と部屋に怒鳴り込んでくるまで時を忘れて調べてた!
食後も猫の事を調べようと考えており、食事時の会話を憶えてない。

いや……姉が進級して新しいクラスの事を愚痴っていた事だけは憶えてる。
何故なら姉も俺と同じ高校で、しかも新たなクラスメイトに『蔵原(くらはら) 龍太(りょうた)』と言う男が居ると言ってたからだ。

蔵原の兄か?
姉が言うにはクラス中の女子(姉を除く)がキャーキャー言うくらい美男子らしいのだが、当人は『女に興味ない』的にスカした奴らしい。

蔵原の兄だったら女好きかな?
同姓のってだけの他人かな?
兄(かもしれない)の事を聞いて、俺に姉が居る事が知られて、女好きの蔵原に『紹介しろ』と面倒臭い事を言われたくないから、秘密にしておこう。

何せ俺の姉は、特殊な性癖でも無い限りそれらの対象にはならない女だから、誰にも言いたくない。
中学時代、俺の姉の事を何一つ知らない友人が『姉ちゃんが居るのか! じゃぁ着替えを覗いたり、パンツを盗んじゃったりしてんのか? 羨ましいなぁ!』と俺をからかってきた。

だが想像をしただけで吐き気がする事を言われ、数日口をきかなかった事がある。
せめて外見だけでももう少しマシなら、俺だってオカズにしてたかもしれないけど、容姿も悪けりゃ性格も最悪とくりゃぁ健全な思春期少年の発電道具にはなり得ない。

本人には絶対に言えない。
性格が悪い上に凶暴だから……






さて……
高校生活2日目だ。
先ずは巨大猫に慣れないと!

幸運なことに先方からの好感度はそれ程低いとは感じない。
猫好きアピールが効いてるのか?
今日も、休み時間や下校前に俺の席付近へ集まって猫談義に勤しんでいる。

美少女(だと思われる)方々が集まってきて、蔵原の饒舌さも拍車がかかり、学びたい俺には絶好の教材になってくれてる。
だが3組(隣のクラス)HR(ホームルーム)が終わり、彼女さんが向かえに来ると俺の特別授業は終了する。

彼女さんに何やかんや文句を言いながらも、イチャイチャ(彼女さんからの一方的なやつ)をしながら帰って行く。
羨ましいなぁ……

「ねぇ先生。蔵原の彼女……真田さんって、本当は男だって3組の友達から聞いたんだけど、本当?」
え、嘘!?
だ、だって……あんなに可愛いんだよ? 男とかあり得なくない!?

アメショの佐藤さんから、とんでもない情報を聞かされ驚く我々。
三毛猫先生も驚いてる様に見えるが……
「……って私も教頭先生や校長先生から聞いてるわ。手術とかは完全に終わってって、何処から如何見ても女の子にしか見えないらしいけど、本当は……」

マジかぁ……
だから女好きの蔵原が『彼女じゃ無い』と言うのか……
そう言えば始めて会った時に彼女さん(?)も『今はね……』と思わせぶりなことを言ってたのかぁ……

「良い。以前は性同一性障害に苦しんでたらしいの。でも今は家族や蔵原君のお陰で、苦しみから解放されたらしいから、無闇に今の情報を広げてはダメよ。真田さんだって幸せになる権利はあるんだからね!」
そ、そうか……そりゃそうだよね。

普通、完全に男だった時の事を知ってれば、あんなに抱き付かれたりしても邪険に扱ってしまうかもしれないけど、蔵原は困りながらも絶対に酷いことは言わないし、邪険にしたりはしてない。
女好きではあるが優しい奴なんだと知った。

でもあんだけ可愛ければ……
俺だったら……
う~ん……やっぱり羨ましいぞ!



 
 

 
後書き
幸ちゃんの事は公然の秘密的な扱いになってます。
外見は完全に女の子なので、男子と一緒の更衣室では着替えが出来ません。
とは言え女子に無断で同じ更衣室を使わせておくと、
後でバレた時に問題が大きくなるから、
最初から報告だけはしておいてるんですね。

それと、蔵原龍太君は女に興味ない訳ではなく、
奥手なオタクな為、女子達の反応に対応出来ないんですね。
弟と性格が反対だったら、今頃ハーレムを作ってるはずです。 

 

第6話

 
前書き
秘密道具登場! 

 
新高校生活が始まり、最初の週末が来た。
と言ってもやることがある訳でも無いし、俺は自室でノンビリ猫のことを調べる。
まだまだ解らないことだらけだ。

解らないと言えば、俺の生涯の伴侶候補が猫にしか見えないから、彼女等の表情を理解することが出来ない!
蔵原を参考に色々話し掛けては居るのだが、正直好感度が上がってるのか判らない。
折角巨大猫にも慣れてきたというのに……

そんな事を考えていると、また窓から勝手に化け()()が入って来やがった。
さも自分の家の如く、当然の様に入って来て、そして自然な動作で本棚からマンガを取り出し、俺のベッドに寝転がり読み耽る。ブン殴ってやりたい気分だ。

「お前……何しにきた?」
「見て解らんか? マンガを読みに来たニャ」
やっぱりブン殴るか?

「おい、さきいかでも持って来い。気が利かないニャぁ」
「お前なぁ……俺はお前の所為で、凄く苦戦してるんだぞ! 多少は巨大猫と仲良くなったが、猫の顔じゃ表情が判らず好感度を把握しづらい! 何とかしろ馬鹿」

「それが人に物を頼む態度かニャ? 何とかして欲しくば、さきいかを持って来るニャ。話しはそれからじゃろう」
「くっ……だが何とか出来るのか!?」

「それはさきいか次第ニャ。良いさきいかなら、考えてしんぜようぞ」
コ、コイツ……
しかし……本当に何とか出来るのなら、さきいかくらいくれてやっても良いな。

基本、誰かに反抗する精神が欠落しているヘタレな俺は、何とかしてもらえると言う事を自分に言い聞かせ、台所に保管してある父の酒のつまみ『さきいか』を取りに一階へ降り、見つけ出して部屋へと戻る。なお、化け()()は既にマンガに没頭している。

「ほら、持ってきたぞ。俺の悩みを解決しろ!」
「素直にさきいかを持ってきたニャ。良かろう……ちょっとは助け船を出してしんぜようニャ」
お前の所為で苦労してるんだろ! 何で上から目線なんだよ?

「ジャジャジャ~ン!! “好感度計ルーペ”ニャ」
何処かの猫型ロボット風な言い方で、ホットパンツの中から小学生が使用してそうな安っぽい虫眼鏡を取り出す化け()()
取り出した場所が気になり、渡されても親指と人差し指で摘まんでしまう。

「何、これ?」
「これだから馬鹿は困るニャ。先刻(さっき)説明不要なアイテム名を言ったじゃろう。好感度計ルーペって言ったじゃろう」

「つ、つまり何か? これで人を見れば、その人が俺に対してどのくらい好感度があるか判るって事か?」
「ちょっと違うニャ。アチシの呪いで猫に見えちゃう奴等だけニャ」
いや、今の俺にはそれだけで十分だ。……だが、

「本当かぁ? マンガ読みたいから適当なこと言ってるんじゃないのかぁ?」
「疑うのなら今すぐ出掛けて、試してみるニャ。クラスメイト以外にも、世の中には物好きが居てお前に好意を持ってくれる変人が居るかもしれないニャ……まぁそんなに数は居ないじゃろうけどニャ(笑)」

「逐一ムカつく言い方しやがるな! だが確かにそうだな……他の候補が居るか居ないか分からないけど、クラスメイトには会うかもしれないしな」
「納得したのならサッサと出て行くニャ。アチシは読書で忙しいニャ!」

絶対何時(いつ)か殴る!
そう心に誓い、部屋を後にした。








俺の家は最寄りの駅から徒歩15分。
大都会って訳じゃないが、それなりに発展してる駅前には週末と言う事と相俟って人が沢山集まっている。
こんくらい人が居れば新たな伴侶候補も見つかるかもしれないと思ったのだが……

前方に巨大な三毛猫がこちらに向かって歩いてくる。
俺の知ってる巨大三毛猫とは違う巨大三毛猫かもしれないし、こちらから話しかけることはせずに化け()()から貰ったルーペを使い巨大三毛猫を観察してみた。

するとルーペのレンズ部分に『♥246』と数字が出てきた。
♥マークが好感度を意味して、数字はその値を意味してるのだろう。
うん。確かに好感度を測る事が出来る様だ……だがね、数値の上限とか価値が判らない。この“246”は高い数値なのか?

「こんにちは大神君」
俺がルーペに表示された数値に困っていると、目の前まで近付いた巨大三毛猫が話し掛けてきた!
あぁ、やっぱり小林先生だったのか!

「あ、こんにちはです先生……」
「如何したの虫眼鏡で私の事を観察してたけど……そんな事しないで近付けば見えるでしょ?」
そ、そうか……日常生活で虫眼鏡(ルーペ)を使って他人を眺めること何て皆無だから、頗る怪しく見える!

「あ、いや……その……む、虫眼鏡越しに見た風景も乙なんですよ!」
俺は何を言ってるんだ?
自分自身で言ってる意味が解らないのだから、言われた方はもっと解らないだろう。

「ふふふっ……大神君は変わってるわね。席に着けと言った傍から立ち上がるし(笑)」
はうっ……初対面の時の事を根に持たれてる。
どう言い訳をすれば良いのか?

そ、そうだ……
「あ、あの時は……余りにも美人が担任だったから驚いちゃったんですよ」
蔵原が言ってくれてた……『担任が美人だからって反応しすぎだぞ』って。それを利用させてもらおう。

「あらまぁ……口が上手いのね♡ そんな生徒は蔵原君だけで沢山よ(笑)」
で、でしょうね……
ですが今は、周りからの情報を頼りに会話するしかないのですよ。なんせ俺には美人か如何か分からないから……

とは言え、俺に『美人』と言われ嬉しかったのか、巨大三毛猫の顔から笑みが絶えなくなってる。
もしかしたら好感度が上がったのかもしれない。
ちょっとこっそりルーペで覗いてみよう。

『♥268』
好感度268か……
先刻(さっき)が♥246だったから、この短い間に22上昇したことになる。

……ダメだ、全然参考にならねー!
振り幅が大きいのか小さいのかも判らないし、上限が判らないから判断基準も判らない。
好感度300がMAXだったら振り幅は大きいけど、500がMAXならそれ程でもない。

もしかしたら1000がMAXかもしれないし、下手すると10000がMAXかもしれない。
そうなると22の上昇も大したことない数値になる。
ウチのドラ○もんは殊の外役に立たない。あの青狸とチェンジしてもらいたい!

「さぁて……それじゃぁ私は行くわね。もっと生徒と交流を深めたいけど、食品が傷んじゃうから帰らないと」
「あ、買い物の邪魔をしちゃってゴメンなさい」

「ふふふっ良いのよ別に。それよりも余り羽目を外して問題を起こさないでね。先刻(さっき)蔵原君も見かけたけど、女の子をナンパしてたから、君も似た様なことをしてトラブルに巻き込まれない様にね」
「き、気を付けます……」

蔵原もこの付近に居たのか……ってか、何やってんだよアイツは!?
巨大三毛猫こと小林先生を見送り蔵原が居るかもしれない人混みの方に目を向ける。
目を向けた所で奴を見付けられるとは思ってなかったが、まさか簡単に発見出来るとは予想だにしなかった!

声をかけようと近付いたのだが……
本当に女の子をナンパしてたらしく、仲良さげに手を繋いで裏路地へと入って行く。
女の子の方……何処かで見たことある様な気がする。

蔵原の彼女候補……幸さんではない。
誰だったっけなぁ……
誰だったか思い出せない俺は、思い出す為に蔵原と女の子の後をコッソリ追う。

別に見られても問題無いのだろうけど、何故だか俺は物陰に姿を隠しながら二人を尾行している。
ある程度尾行してると、二人は独特の雰囲気を醸し出してる建物に入ろうとしていた……うん、ラ○ホテルだね。
俺個人は利用したことないけど、『休憩』と『宿泊』の二種類の料金を大きく表示してるなんてラブ○テル以外ないだろう。

……って言うかアイツ本当に何やってるの!?
「大神君……何やってるの?」
物陰に隠れクラスメートの尾行をしてたら、突然後ろから話し掛けられた!

俺は驚き後ろを振り返る。
そこに居たのは……



 
 

 
後書き
化け猫ことベル=ノーラの脳内VCは



水田わさび



ではありません。

皆さんは誰を起用してますか?(脳内の話しね。鬼籍に入ってる人も可。報告の必要性は無し) 

 

第7話

 
前書き
手が早し蔵原君。
問題を起こすなよ! 

 
物陰に隠れクラスメートの尾行をしてたら、突然後ろから話し掛けられた!
俺は驚き後ろを振り返る。
そこに居たのは……巨大なシャム猫だった!

あ、いや……巨大シャム猫って事は渡辺さんだ。
同じクラスで猫好きで飼い猫が“ジャム”の渡辺さんだ。
「こ、こんにちは渡辺さん」

「うん、こんにちは。所で本当に何をしてるの?」
ど、如何する……ラブホ○ルへ入っていくカップルを物陰から眺めてたなんて言いにくいぞ。
とは言え嘘を言ってもこの状況を巧く説明出来そうにないし、蔵原を犠牲にして真実を話した方が得策だろう。

「そ、それがさぁ……先刻(さっき)偶然に蔵原を見かけたんだよ。しかも何処かで見たことある様な女の子と手を繋いでさぁ……それで後を付けたら、ほら」
そう言って例の建物の方を指差し、奴が女の子と入っていく所を渡辺さんにも見せる。

「あ、本当だ! 連れてる彼女って1組の中島さんよね?」
「そうか、何処かで見たことある気がしてたんだけど、彼女も同じ学校の生徒か!」
そう言えば蔵原が学校の廊下で『1組のあの()可愛い!』と騒いでた。

フッと気付く。
電柱の陰に隠れてラブホテ○を覗く渡辺さん……
俺もこんなに怪しかったのか?

……にしても、尻尾は無いのかな?
巨大猫とは言え、元々は人間の姿をしてるわけだし、猫化した姿は俺にしか見えないわけだし、尻尾なんかは生えてない様子だな。

「ちょっと何? 私のお尻をガン見して!」
中腰状態で電柱から顔だけを少し出した姿……そんな渡辺さんのお尻を尻尾の有無を確認する為とは言え、凝視していた訳だから女子としては嫌がるのは当然だな。

だが本当のことは言えないよね……
だって『俺には貴女のことが猫に見えるんです。だから尻尾が無いのか見てました』何て頭のおかしい奴としか思えないもん。

じゃぁ何て良いわけをする?
う~ん……
蔵原だったら何て言うかな?

「あ、え~っと……お、お尻は見てたんだけど、そこだけでは無くて……な、何て言うか……か、可愛い服装だな……って思ってただけ!」
咄嗟とは言え俺にしてはよく言えたと思う。

俺には彼女が猫にしか見えないわけで、表情なんかは大雑把にしか判らないから、化粧だってしてるのかどうか判らないのである。
そんな情報が限定されてる中で好感度を保ちながら言い訳をするとなると、見て分かる服装のことしか思い付かない。

この言い訳なら、見てたのが尻限定では無く全体を見てたと思わせることが出来るだろうから……
蔵原ならもっと流暢に言えるんだろうなぁ……
俺の限界!

「え!? そ、そうかなぁ……か、可愛いかなぁ? わ、私の普段着なんだけどね♡」
おや? あんな噛み噛みの言葉でも何だか好感度が上がった感じがするぞ。
そ、そうだ! 例のルーペで好感度を確認しよう。

『♥301』
好感度301かぁ……
小林先生より高い数値が出た。

ただ、まぁ……
この数値が如何程の評価なのか判らないけどね……
使えねー、あの化け()()

「あー! そんな褒めといて、蔵原君みたいに私をホテルに連れ込む気だなぁ~」
「ち、違うよ! そ、そんな事しないよ!!」
馬鹿言うな! 仮に連れ込めても俺には猫にしか見えないんだぞ! 何が出来る?

「う~ん……大神君は蔵原君と違って真面目そうだし、信じてあげましょう(笑)」
渡辺さんは笑いながら俺への疑いを消してくれた。
うん、場所が悪い。蔵原が○ブホテルから直ぐに出てくるわけでも無いし、俺達は早々にここから離れるべきだな。

「あの渡辺さん……ここで覗いてると怪しいから、俺等はこの場から離れた方が良いと思うんだ」
「……そ、それもそうね」
俺に言われ気が付いた様で、怪しい覗き魔スタイルを止めた渡辺さんは、早足で表通りに向かった。




「にしても、蔵原君ってば手が早いのね」
表通りに出ると直ぐに渡辺さんが蔵原のことを評価してきた。
男としては羨ましい限りなのだが、そんな事を言えばドン引かれるだろうから言わない。

かと言って蔵原のことを批判すれば、それはそれで問題になりそうだ。
最悪、俺の事をゲイだと思われるかもしれない。
ここはノーコメントを貫こう。

そんな事を考えながら颯爽と歩く渡辺さんの後に付いていくと……
「あれ? 何だよ二人して……デートか?」
と巨大なアメショが声をかけてきた!

そうアメショこと佐藤さんだ。
彼女も休日を満喫するべく街中まで出てきてたらしい。
俺と渡辺さんを見付け話し掛けてきた……誤解してるけど。

「ち、違うわよ……ぐ、偶然出会っただけ」
「そ、そうだよ……会ったのも、数十分前だし」
デートを全力否定され、男として傷付いたが、事実だから仕方ない。

「そっか……偶然か。偶然と言えば、私も先刻(さっき)偶然クラスメートを見かけたよ。誰だと誰だと思う?」
だ、誰だろう?
もしかしたら……

「愛香音ちゃんも蔵原君に会ったの!?」
俺も同じ事を思ったが、あえて口に出さないで居たら、渡辺さんが嬉々として答えてしまった。
覗いていた事を聞かれるのは嫌だなぁ……

「会った……って言うか、見かけただけだけどね」
「1組の中島さんと一緒に居たわよね!」
グイグイ踏み込むな渡辺さん……

「あぁ……中島さんをホテルに誘ってた」
「うん! 私はホテルに入っていく所を見ちゃった」
どうして覗きをしてたことを正直に言えるんだろ?

「あぁじゃぁ成功したんだ」
「成功?」
何のことだ?

「私が見かけた時は、中島さんとホテルに行こうと必死に口説いてる場面だったからさぁ……アイツ顔は普通なのに、口が巧いから口説き落とせるんだな。私は嫌いだけど」
「あー解るぅ……私も蔵原君みたいなタイプは苦手。友達としては良いかもしれないけどね」

「そう、それな! 私も最初は毛嫌いしてたけど、話してると面白いし、結構博識だし、友達としては良い奴なんだよな。恋人同士には絶対なれないけどね!」
う~ん……猫化してるって事は俺の生涯の伴侶候補なワケだし、あまり奴の好感度が高いのは困る。

あ、好感度と言えば……
『♥299』
お……? 小林先生より高く、渡辺さんより低い。

う~ん……判断に困るなぁ。
これ……どのくらいが高い数値なんだろう?
まだ知り合って間もないし、この数値がズバ抜けて高いとは思えないんだよなぁ……

取り敢えず佐藤さんの服装も褒めて、数値の上昇率を確認するか。
「そ、そう言えば……佐藤さんの私服姿を初めて見たけど、渡辺さん同様に可愛いね! や、やっぱり美少女は何着ても可愛いのかな?」

「な、何だよ急に……お、お世辞言っても何も出ないぞ♡ わ、私は親や友達から『がさつ』って言われてるんだから……び、美少女なわけないだろ! 愛美は美少女だけど……」
俺には猫にしか見えないんだから、二人が美少女か如何かなんて解るか! 女誑しの蔵原が『美少女』って言ってたから、それを参考に言ってるだけだよ。

あぁそんな事よりも好感度を計測してみないと。
『♥322』『♥325』
上がってる。渡辺さんの数値も一緒に計ったけど、二人とも上昇してる。因みに325が渡辺さんだ。

二人とも少しモジモジしてるのが猫化してても判るが、俺なんかの台詞で好感度が上がるなんて驚きだ。
これ、本当に上がってるのか? この数値……上昇するごとに嫌われてるって事は無いだろうか?

でも二人からは悪い感じは見受けられない。
き、嫌われてはないだろう……多分。
もう少し状況を確認していかないと分からないな。

でもちょっと自信になる。
俺の台詞でも女性を喜ばせることが出来るんだから。
後はMAX値がどのくらいか知りたいな……



 
 

 
後書き
奥手な大神君は、
流石にこの後、
彼女等をホテルへ誘うことはしませんでした。

リュー君だったら…… 

 

第8話

ゴールデンウィークを間近に控え、初めての中間テストが訪れた。
俺もそれほど利口では無いけど、高校生として最初のテストだけあって、それ程難解では無かったと思う。
俺でも何とか赤点は免れたからね!

だが驚いたのは蔵原だ……
同類として慰め合おうと点数を聞いたのだが……
その殆どが95点以上だった!(勿論100点満点)

俺の最高点は蔵原の最低点より20点以上も低い!
おかしい……蔵原はテスト前日まで俺と遊んでたはずなのに、何でこんなに差が出てるんだ?
同類が居ると思って俺は勉強しなかったんだけど……裏切られた?

「お前……酷い点数だな!」
「く、蔵原は何時勉強してるんだよ!? 前日の遅くまで俺と出かけてたじゃんか!」
おかしいよ……絶対にあの後、一緒に出掛けてた真田さんとヨロシクやってたハズなのに!

「お前なぁ……学校のテストなんて、授業を聞いてりゃ点は取れるだろ? 授業中何してたの?」
「な、何って……」
普通授業聞いてたって無理だろ!

何かズルイ……
もしかして天才って奴か?
コイツ運動神経も良かったな……

体育の授業で1組とクラス対抗サッカーをした時、1組に居るサッカー推薦で入学してきた太田を翻弄してたし……
その所為でサッカー部から勧誘が凄く来てたっけな。

でも蔵原は『俺は体育会系のノリが大嫌いなんだ。先輩ってだけで能力も無いアホに敬語を使わなきゃならん……絶対に嫌だね入部なんて!』と大きな声で断ってた。
クラスの女子の何人かからは『蔵原君ってポリシーがあって格好いいかも?』とチラホラ聞こえてくる始末。

あの佐藤さんでさえ『思ってたより芯が通ってるじゃん』と高評価。
それに引き換え俺は……
勉強も出来ない、運動もダメ……顔が同じ程度でも、モテる要素の格差が激しい。

「お? 大神も凄い点数だな(笑)」
左前方に座ってる佐藤さんが、俺のテストを見ると笑いながら話し掛けてきた。
本来なら勝手に見られたのだし、怒っても良いのだろうけど、苦笑いするだけで何も言えない。

「悪い……私と同類だったから思わず言っちゃった(テヘ)」
そう言って佐藤さんの点数を見せて貰った。
うん、俺と変わりない。1点・2点くらい彼女の方が上かなってとこ。

「君達……授業を聞いてないの?」
高得点男の蔵原が呆れ口調で呟いた。
ただ……高圧的じゃ無いから、それ程嫌な感じはしなかった。

「う、うるさいなぁ……生まれ付き馬鹿なんだから仕方ないだろ!」
佐藤さんは少し頬を膨らませながら言い返す。
猫化してても可愛い。

「どうせゴールデンウィーク中は何処にも出掛けないんだろ? 勉強会でもするか?」
「く、蔵原君……教えてくれるの!?」
突然、渡辺さんが会話に割り込んできた。

「な、何だ……愛美ちゃんも点数悪いの?」
「うん……」
そう言って見せてきたテストの点数は……

「愛美……アンタ私達の事、馬鹿にしてるでしょ?」
佐藤さんがそう言いたくなるのも解る。
全然悪い点数じゃ無いじゃん!

最高点で83点、最低点でも55点。
俺と佐藤さんの平均点でも、渡辺さんの最低点より低い。
俺がそんな点取ったら祝賀会を開いちゃうよ。

「い、良いけど……何処でやる?」
蔵原も勉強の必要無いと思ったのか、それとも迫り方にビビったのか、ちょっと押され気味に受け答える。

「何でしたら私の家を使っては如何ですか?」
「……エ、エレナちゃんも点数悪いの?」
これまた突然、白鳥さんが会話に割り込んできた。その為、蔵原も点数が悪いのだと思い込む。

「馬鹿にしないで下さい! 蔵原さん程ではございませんが、私だってそれなりの点数は取ってますわ!」
そう言って見せてきたテストは……眩しいばかりだ。
最低点ですら91点……100点も幾つか存在する。

「私の家は広いですので、勉強会には適してると思いますの。如何かしら?」
「うわぁ行くぅ! だって前に見せて貰った猫ちゃんに会いたいし」
天真爛漫な渡辺さんが嬉しそうに受け入れた。

「た、確かに……あのペルシャ猫の子猫たちには会いたいな」
同中で好きじゃ無かったと言ってた佐藤さんも籠絡された。
俺も白鳥さんの家に興味があるし……

「ぜ、是非……お願い出来るかな?」
と受け入れを宣言。
巨大猫に見えるとは言え、女子の家にお邪魔するなんて一生に一度あるかないかだ。
それに彼女も俺の生涯の伴侶候補だしな。

あぁ因みに……
馬鹿猫から貰ったルーペを使って毎日好感度を測ってるのだが、結構上がってきた。
佐藤さん『♥1228』・白鳥さん『♥1184』・渡辺さん『♥1279』・小林先生『♥1088』となっている。

結構か上がってるよね。
努力したもん。
ほぼ毎日話し掛けて、褒めたりして好感度あげたもん。

でもね……1000でもMAXじゃ無いって事だよね。
数値は上がってるけど、100000中1000程度だと大した事ないよ?
本当に使えねー化け()()だよ。

これまでも、さきいかと引き換えに色々なアイテムを手に入れたが、使えない物ばかり。
『想い伝え用紙』と言って渡されたのは、普通の便せんと封筒。
下手すると店で購入した方がオシャレな便せんと封筒。

更に『君をフォトけないよぉ』と言って渡されたのが、時代を感じる使い捨てカメラ。
最初これが何なのか分からなかった程だ。
アイツ何時の時代を生きてるんだよ?

だが使えそうな物も存在する。
その一つが『好感度上昇ブースターシール』だ。
もうダジャレ染みた名前を考えるのが面倒だったのか、ストレートな名前のアイテム。

使い方は、好感度を大幅に上げたい()の首筋に、このシールを張り付けると、スッと体内に吸収されて24時間は好感度が下がること無く、通常よりも上昇率が大幅に上がるらしい。
『らしい』と言うのも、未だ使ってないからだ。

何せ1枚しか無いアイテム。
使いどころが難しい。
と言うのも、まだ誰と親密になるかが決まってない。

4人も居て、皆それぞれ同じくらいの好感度で、決め手に欠けるのだ。
容姿で選びたくても俺には猫にしか見えないし、性格面では皆良い()だし……
下手に一人に決めて、後でアッチの()の方が良かったなんてのは避けたい。

この約二ヶ月間……
色々世の中を見渡したけど、この4人以外に猫化して見える女性が現れなかった。
つまり俺には4択しか無いのだ。間違いは許されない。

以前の俺からしたら『4人も居るんだから贅沢言うな!』って言ってやりたい悩みだけど、通常の女の子とは違うからね。
俺には巨大猫にしか見えないのだから、狙いを定める為の基準が難しい。

外見で選べないのだから内面……つまり性格面で決めれば良いのだけど、巨大猫という見た目の恐怖に慣れて接してると、皆良い()なんだよねぇ……
別に欠点を探してるわけでは無いけど、決定打に欠けるというか……

佐藤さんは活発で社交的で良い()なんだ。
ちょっと人との距離感を間違えることがあるけど、話してるだけで元気をもらえるね。

白鳥さんは少し横柄な感じがするんだけど、故意にでは無く育ってきた環境がそうさせるみたいだ。実際自身でも気になってるらしく、懸命に俺等に合わせようと努力してるのが覗える。

渡辺さんはお菓子作りとか好きで家庭的。
ちょっと天然が入ってる感があるけど、そこがまた可愛い。

小林先生は大人な優しさを有してる。猫の姿しか見れないけど、それを感じさせる。
だが如何せん年上なのだ。たった6歳の差だけど……

皆良い()で誰を選んでもハズレは無いと確信出来る……
こうなるとやっぱり見た目も参考材料に入れたいよ!
何なのこの困難な状況?

俺の生活範囲内に彼女等4人しか候補者を発見出来なかったのだから、もう彼女等と生涯を共にする覚悟を決めないとならないのに、人に惚れる重大な要素たる外見が拝めないのは厳しい。

まだ4ヶ月はある……だけど、あと4ヶ月しか無いとも言える。
女性を口説くテクニックなど持ち合わせてない俺に、4ヶ月という期間は十分と言えるのだろうか?
蔵原の様な性格だったら良かったのに……



 
 

 
後書き
ダジャレアイテム炸裂。
インスタントカメラって今需要あるのかな? 

 

第9話

 
前書き
なんやかんやで夏休み前まで時間は進みます。
夏……そう、恋を育むには最適な季節。
私にそんな経験無いけどね! 

 
梅雨というジメジメとした嫌な季節を乗り越え、輝かしい夏休みが目前に迫った期末テスト明け……
ゴールデンウィークに行った勉強会などのお陰で、赤点こそ免れた物の、自分のアホさ加減に滅入る瞬間と言えるだろう。

だが落ち込んでばかりも居られない。
そう……嫌いな人は居ないであろう夏休みが来るのだ!
クラスを見渡すと、あちらこちらで夏休みの予定を話し合う連中も……

俺も4人の候補者を誘って何処かに行ければ良いのだが……金も積極性も無い俺に、女の子を誘う事が出来るのだろうか?
蔵原を利用して、バーター的に出掛けられる様に仕向けるか? 出来るのか俺に?

「あ、あの……大神さん。な、夏休みは、どちらかに出掛けられるのでしょうか?」
無い知恵を振り絞って蔵原巻き込み計画を立案しようとしてたら、白鳥さんが珍しく控えめに話し掛け、俺の夏休みの予定を尋ねてきた。
え……もしかして何かのお誘い!?

「お金も行動力も無いから、何処にも行けないよぉ」
「で、でしたら……我が家の別荘へ一緒に行きませんか?」
まぢで!?

今朝好感度を測った時『♥5033』ってなってたけど、この数値ってもしかして高いのか?
その影響でもしかしたら惚れられてたりしちゃってるのか?
まぢでか!? 俺みたいな顔も頭も運動神経もショボイ男を!

「ぜ、是非行きた「おぉ良いな……別荘なんて持ってるんだ! 流石金持ち……私も一緒に行きたいよ! 何処にあるの? 海? 山?」
俺が行きたい旨を伝えようとしたら、話を聞いてた佐藤さんが割り込む様に参加してきた。

「い、良いですわよ……勿論。と、友達ですから……ちっ」
ん?
今、舌打ちした様に聞こえたけど、二人とも何時もの様に会話を続けてるから気のせいだろう。

「うわぁ~良いなぁ~……私も一緒に行きたい!」
「わ、渡辺さん……よ、宜しくてよ。我が家の別荘は無人島にございまして、大人数でも問題ありませんから」
へぇ~……無人島を買い切っての別荘なんだ! 金持ちなのは知ってたけど、本当に凄い金持ちなんだなぁ……

「良いなぁ無人島でのバカンスぅ~……ねーリュー君、私達も連れてって貰おうよぉ~」
「ゆ、幸……お、お前……何時の間に現れた?」
確かに何時の間に!?

突如現れた真田さんは、その巨乳を蔵原の後頭部に乗せ抱き付く感じで俺等の予定に乗っかろうとしてる。
「では我が家の別荘へおいでになりますか? 100人以上が訪れても余裕がある別荘ですので、問題無いですわよ」
「良いの? 邪魔じゃぁない?」
何だ? あんまり遠慮しない性格の蔵原が、何故だか遠慮がちに尋ねてるぞ?

「今更何を……1人増えるも4人増えるも同じです。遠慮なさらないでくださいまし」
4人?
俺・佐藤さん・渡辺さん・蔵原・真田さん……5人では?

「こらー、そこの思春期少年&少女諸君。子供らだけど無人島なんてダメですよー!」
年頃の男女の心配をしてるのは小林先生。
言われてみれば当然か……まぁ白鳥さんのご家族が付き添ってきてくれるのだろうけど。

「んじゃさぁ……夕子センセーも一緒に如何? 思春期の沸き起こるリビドーを監視するって立前でさぁ?」
“リビドー”と言うのが何なのか解らないけど、蔵原が小林先生まで誘い始めた。
蔵原が言うには小林先生は美人でナイスバディーな様だし、女付きな奴は狙ってるのだろうか?

「そ、そうですわよ先生。見張り役として一緒に行きましょう!」
見張り? つまり『学生が羽目を外さない様に監視する』って事かな?
うん、確かに必要だし、何より候補者4人が全員揃うのは有難い。

「あら、何か悪いわね。私までご相伴させてもらって」
「美人は大歓迎でしょう! なぁ大神」
「え!? ……あ、あぁ……そ、そりゃぁ……」

流石に大人な小林先生は、それとなく遠慮を見せて同行を受け入れる。
そんな大人へのフォローなのか、蔵原が俺を使って歓迎を示した。
俺としては突然名前を呼ばれて驚いたけど……

「じゃぁ……夏休みの宿題を絶対に忘れない様に。教科書も持って来れば、なお良し!」
「えぇ! 折角の夏休みだってのに勉強させられるの?」
まったくその通りだ! 俺は佐藤さんの一言に激しく首を縦に振る。

「お前と愛香音ちゃんは期末も赤点ギリギリだったろう……良い機会なんだから、みっちり勉強しとけよ。まぁその間俺等は遊び呆けるけどね!」
「イェ~イ。無人島でバカンスー!」

無慈悲な事実を突き付けつつ、真田さんとラブラブ宣言をする蔵原……
抱き付いてる真田さんは、今にもキスしそうな勢いで顔を近づけ同意してる。
彼女が男だと聞いてなお、羨ましいとしか感じないこの状況。

とは言え俺のお相手は巨大猫にしか見えない4人だ。
この呪いにかかった当初は、大したイベントも無い半年間で、俺に何が出来るのか不安だったけど、それでも何とかなっているのが驚きだ。

未だに基準が解らない物の、好感度も上がってきてるし、このまま何とか乗り切れれば良いなぁ……
10月末までに誰かに告白しなければ、俺の呪いは消えること無く永遠に持続する。
一体誰に告白すれば良いのだろうか?

因みに現在の好感度は……
佐藤さん『♥5043』・白鳥さん『♥5033』・渡辺さん『♥5031』・小林先生『♥4998』となっている。

数値が無くても仲良くなった感じはしている。
でも告白して成功する値が判らない。
テレビゲームみたいに“『♥5000』を超えたら告白可能”とか設定があれば良いのだけど、あるのか無いのかすら判らないから困っている。

因みに、この数値が大きくなると、上昇率も大きくなっている。
つまり『♥200』や『♥300』の頃は上昇値も20~30だったけど、『♥1000』を超えた辺りからは上昇値が100~500になってた。

『♥10000』を超えれば、1000~5000くらいの振り幅で上昇しそうだ。
好感を持たれれば、その分だけ上昇率も増える仕組みらしい。
嫌いな奴に褒められるより、好きな奴からの褒め言葉の方が嬉しいって事だろう。

そう言えば、以前に化け()()から貰った『好感度上昇ブースターシール』の使い所が判らなかったから、それとなく蔵原(勝手に恋愛の師匠にしてる)に聞いてみた。『惚れ薬があって、それが一人分しか無い場合、使用する基準はなに?』って感じで……

そしたら『俺はそんな卑怯な物に頼らない! 女性に好かれる努力をして、その結果としてモテたいのであって、ただ快楽を味わいたいわけでは無い! 相手の意思があっての恋愛だ』と言われた。

もう全てにおいて俺より格好いい……
何なのこの男?
惚れ薬的アイテムの使い所を模索してた俺には痛い言葉だったよ。

そんな遣り取りを聞いてた真田さんが、蔵原が居ない時にコッソリ教えてくれた。
アイツは女性にモテる為に色々努力してるらしい。
馬鹿はモテないだろうと授業は聞き逃さない様にし、運動音痴はモテないと体力作りも努力し、ピアノが弾ければモテると思えば習い、いやモテるのはギタリストでしょって聞けばギターを学ぶ。

動機はエロだけど、そのストイックさたるや頭が下がる思いだ。
未だ付き合いは短いけども、蔵原の“努力をしない者は嫌いだ”って感じは伝わってくる。
ちょっと前の俺なんかは、まさに蔵原の嫌いな人間だったろうけど、アイツは敵対心をぶつけなければ誰とでも仲良くしてくれる男だ。

そのお陰で俺の恋愛スキルは向上している。
蔵原程の域には達しないだろうが、現段階の状況を考えると、コイツの生き様は参考になり助かっているよ。

さて、夏休みの予定も少しは確定したことだし、蔵原の言動を真似して未来の嫁さんを確保する為、頑張りましょうかね。姉に言ったら『私も連れてけ』って言いそうだし秘密にしておこう。
夏休みの後半には、毎年恒例行事の夏祭りも開催されるし、このチャンスを生かさなきゃね。

惚れ薬的な物はさておき、もう少し使えるアイテムを化け()()からもらえないだろうか?
でもなぁ……
アイツ……馬鹿だからなぁ……

使えない物ばかり渡してきやがる。
うん、これからアイツを馬鹿()()と呼ぼう!



 
 

 
後書き
実写版『銀魂2』が封切り!
もう見るっきゃないね!
前作は直腸の手術直後に行って大変だった。
笑いすぎて手術跡が切れたからね。
今回は大丈夫。
肺の手術は半年前……
流石に笑っても切れないよね? 

 

第10話

 
前書き
大神君等のバカンス編突入。
私もこんな青春を送りたかった…… 

 
青い海。白い砂浜。透き通る大空!
やって参りました夏の無人島へ!
白鳥さん家が所有する無人島……思っていたより整備されており、島中央に建つ別荘もかなり豪華。

本土の港で超豪華なクルーザーを見た時から、それなりに豪華だとは思っていたが、実際に目の当たりにすると声も出ないくらい凄い。
はぁ~……金持ちって本当に居るんだな。

でも吃驚したのは真田さん家も、かなりの金持ちらしいって事だ。
彼女も家もクルーザーを所有してるらしく、乗った船について白鳥さんに色々聞いたり、使い勝手の悪さを笑顔で言い合ってたり、何処ぞの令嬢感を出していた。

……男だから『令嬢』は変か?
いやでも……何処から見ても女だしなぁ……
うん、真田さんは女として意識しよう。じゃないと混乱する!

さてさて、小難しいことを考えるのは止めて、海に来たのだから楽しまねば!
別荘と言う名の豪邸に招かれ、各人に割り当てられた部屋に荷物を降ろし、海パンに着替えて颯爽と出陣!
ほぼ同時に右隣の部屋の蔵原も出てきた……

奴の引き締まった肉体を見て、俺は部屋へと舞い戻りたくなる。
同い年なのに、何故これ程格差が生まれるのだろうか?
筋肉隆々と言うわけでも無く、スマートに付いた筋肉は服を着ていれば鬱陶しく感じない。貧相な俺とは大違いだ……

これまで歩んできた人生の違いに後悔してると、左隣の真田さんも着替え終わり登場してきた。
俺には全く気が無い事は理解してるけども、その美しい肢体に目が離せなくなる。
ほ、本当に……男なんですか? 手術したとは聞いてるけど、名残のもっこりとかが微塵も無いですけど?

「やだぁ~大神君。ガン見しすぎぃ!」
「あ……ご、ごめんなさい!」
真田さんから指摘を受けて慌てて顔を背ける。

「別に見たきゃ見れば良いだろ? 俺に遠慮しなくて良いぞ」
モテる男の余裕なのか、彼女が本当は男だからなのか、彼氏候補の蔵原は真田さんのビキニ姿をガン見することに不満を持ってない。

「も~ぅ! リュー君の為に買った真っ赤なビキニなのよ! もっと堪能しちゃいなさいよぉ」
「くっ……卑怯者め」
蔵原の為と言い、無防備な巨乳を押し付け抱き付く真田さん……良いなぁ。

そんなラブラブカップルを横目に、1階のリビングへ行き他の人等を待ってると、早速小林先生が水着姿で登場した。
……そう、巨大三毛猫の小林先生が。

最近、巨大猫の姿に慣れてきて、仕草や表情に可愛いと感じられる様になってきたのだけど、そんな巨大猫の水着姿を見ても嬉しくない。
白くて可愛いワンピースを着てるけど、俺には猫なんだもん。

「ちょっと大神君……そんなあからさまに思春期特有の視線を向けないの!」
「全くお前は判りやすい性格してるな(笑)」
当たり前の誤解を小林先生と蔵原にされ、違うとも言えず困るのは俺。

「お待たせー」
俺が目のやり場に困っていると、2階へと続く階段から声が聞こえてくる。
そちらに目を向けると、残りの3人が各々の水着姿で現れた。

佐藤さんは競泳選手が着てそうなワンピース。
白鳥さんは黒のビキニで腰にはパステルな色のパレオを巻いてる。
渡辺さんは白地に赤いドットのワンピースで、胸にはヒラヒラなフリルが付いてる。

……でも巨大猫。
皆、巨大な猫の姿。
俺にとって思春期特有の欲望を満たせる姿に見えるのは本当は男の真田さんだけ。

「もう……聞こえてたわよ大神君。君の嫌らしい視線攻撃の事は♥」
「まったく……今先刻(さっき)指摘されたんだから、少しは遠慮しろよな大神」
「やれやれですわね。ここまであからさまな視線を向けられれば、諦めも付きますわ(笑)」

俺からの視線を受けて、3人の巨大猫は恥ずかしそうに階段を降りてくる。
違うのに……そう言う意味でガン見しちゃってたのは真田さんだけなのに!
せめて同じ男として解って欲しく、蔵原に目を向けると……

「仕方ないよ。4人とも可愛くて美人なのだから、ほぼ裸の水着姿を凝視しちゃうよ。男として当然の行動だし、口下手な大神流の賛辞だと思いなよ(笑)」
ち~が~う~! 真田さん以外にはイヤらしい気持ちは保って無いぃ!

「ふふふっ。じゃぁそういう事にしておきましょうよ」
「そうね……先生の言う通り。そういう事にしてやるよ」
「まぁ褒められてると思えば嬉しい……かなぁ」
「そうですわ。健全な男子として当然の態度でしょうし、褒められて文句を言うのも失礼ですからね」

小林先生・佐藤さん・渡辺さん・白鳥さんの順序で、俺をムッツリスケベとして認定していく。
間違っちゃいないが、今回は違うのに!
でも……皆さんから嫌悪の感じは受けないし、やっぱり多少は好かれてるのか?

「さぁ、海に行きますわよ」
対応に困ってると、白鳥さんが俺の手を掴み屋外へと(いざな)う。
……始めて彼女等に触れたが、触った感じは人の……女の子の手だ!
俺から見ると、毛だらけの肉球ハンドなのに、触ると柔らかい女の子の手だ。

そうか……見た目だけなのか!
じゃぁ触ったら、胸やお尻も毛だらけじゃないって事だな。
まぁ無許可で触ったら怒られるだろうけど……

あ、でも好感度も上がってきてるし、もしかしたら触っても怒られないかも?
いやいや……怒られるに決まってる。
折角少しずつながら好感度を上げてきたのに、大幅に下げてしまっては元も子もない。

なお、佐藤さん『♥6858』・白鳥さん『♥6996』・渡辺さん『♥6841』・小林先生『♥6840』となっている。
これは来る途中のクルーザー内で計測した数値だ。

未だにMAX値が判らないけど、少しでも上げておいたほうが良いだろう。
有利になることはあっても、不利になることはないはず……
ただ……あの馬鹿()()のアイテムだからなぁ。






「到着!」
「船から見た浜辺も綺麗だったけど、直接来るとより綺麗ね!」
「こらこら、あまりはしゃぎすぎて怪我をしない様にね」

活発な佐藤さんの合図と共に、乙女チックな渡辺さんが感動を露わにし、流石大人な小林先生が注意を喚起する。
俺も羽目を外して入水したいけど……泳げないことを思い出して二の足を踏む。

「如何しましたか大神さん?」
俺の手を引いてた白鳥さんが、俺の不安げな顔を見て質問してくる。
どうしよう……格好悪くて『泳げない』なんて言えないぞ。

「大方、泳げないことを今更思い出して、海にまで踏み込めないんだろ!」
何故に蔵原は俺の思考が解るの!?
しかも言っちゃうし……皆の前で暴露しちゃうし!

「そうなのか大神?」
「え~っと……はい……蔵原の言う通りでございますです佐藤さん」
嘘吐いても速攻でバレる状況……素直が一番サ(やけくそ)

「あら、じゃぁ大神君には勉強と平行して夏休み中に泳ぎを教えましょう……先生が直々に♡」
「あ~ら……ゲストの先生は海で遊んで下さいまし。大神さんへのレクチャーは私が行いますので♡」
お、何だ? 俺に泳ぎを教える役目で、小林先生と白鳥さんが対立を始めたぞ?

「おいおい……この中で一番泳ぎが得意な私が教える! 先生も白鳥も水遊びをしてなよ」
「お、教えるのだったら、実力が近い私くらいがベストだと思います!」
何でこんなカナヅチ如きに水泳を教える事で、佐藤さんや渡辺さんまでも出張ってくるんだ?

「いえいえ……生徒同士で教え合って、万が一にも事故になっては問題ですから、ここは今日したる私が教えます!」
「事故の心配をするのでしたら、安全な浅瀬で水泳教室を開く大神さん等では無く、その他大勢を監視する方が効率的でしょう。私はここの海辺は熟知してますから!」

「浅瀬で教えるんだから、熟知も何も無いだろ。やっぱり一番泳ぎの巧い私が教える!」
「素人は素人なりに安全な泳ぎ方を解ってますから、私が教えるのに適してますよぉ!」
先刻(さっき)まで仲良く笑い合ってた4人が、笑顔のままだが言い合ってるのは何故?

「な、何でお前はハーレム状態になってるんだ?」
ハ、ハーレム!? 巨大猫4匹ですよ!
俺としては真田さんに抱き付かれている蔵原こそが羨ましいですけど!(巨乳で腕をサンドイッチされてる)

「ハ、ハーレムとか……そんなんじゃねーし!」
「そ、そうですわ……佐藤さんの言う通り、ただ泳ぎを教えたいだけ……ですわ」
「そうよねぇ……困ってる大神君を助けたかっただけ……よねぇ」

「そ、それじゃぁ……ここは皆で水泳を教えるって事で……」
蔵原の言葉を聞き、我に返った様に言い合いを止める4人。
結局、水木を着た巨大猫4匹に囲まれ、浅瀬でバシャバシャ泳ぎを教わることになるらしい。

「あ、蔵原君と真田さんは、私から見える範囲で遊んでてね。イチャイチャしたいのなら、部屋へ戻ってしてくれると助かるわ」
「はぁ~い、そうしま~す♥」

思春期真っ盛りの男女が一線を踏み越えない為の監視として同行したはずなのに、先生自ら蔵原と真田さんを放任認定した。
それを聞いた真田さんは可愛く答えてから、蔵原の腕を引き入水する。

南の島のバカンスってこんなん?



 
 

 
後書き
皆さんはどんな青春を送りましたか?
甘酸っぱい経験はありますか?

元男の幸ちゃん一人に抱き付かれてる状況と、
巨大猫4匹の美女に囲まれてる状況は、
どちらが幸せでしょうかね? 

 

第11話

 
前書き
歌は世につれ 世は歌につれ、
歌い継がれる美しさがある。
今宵お届けするのは奇跡の美声。

では歌って戴きます。
蔵原竜太!
歌は…… 

 
黄昏が白い砂浜を赤く染める……
そんな格好いい台詞を思わす言いそうになる夕暮れ。
流石に海水浴(俺は泳ぎの練習)を終え、別荘と言う名のお屋敷へと帰宅する。

てっきり白鳥さん家の召使い等が、食事の支度をしてくれる物だと思っていたら、実は送迎に協力してくれただけで、島での身の回りのことは俺等でしなきゃならないと言うこと。
そう言えばクルーザーを降りてから先生以外の大人を見かけなかったな。

料理なんかした事の無い俺は、思わず先生に縋る様な目を向けた。
「ちょ、ちょっと……そんな目で私を見ないで。か、簡単な料理しか作ったことないのよ!」
いやいや、俺なんか簡単な料理も作ったこと無いんだから、遙かにマシでしょう。

「わ、渡辺さんは自己紹介の時に『趣味はお菓子作り』って言ってたし、任せても大丈夫よね!?」
「お、お菓子で良ければ作りますけど……良いですか?」
「ゆ、夕飯にお菓子はなぁ……」

「じゃぁ愛香音ちゃんは料理出来るんですか?」
「うっ……で、出来ません……」
「せ、先生は……お、お菓子でも良いかなぁ……」

「良いわけありませんわ! この島に居る間、ずっとお菓子なんて太ってしまいますわ!」
「じゃぁエレナは料理出来るのかよ?」
「そ、そうよ……エレナちゃんの家なんだし、食事の支度は任せたいわ!」

「おほほほほ。自宅でも料理は専用のシェフに任せてるのに、この別荘が我が家の物だからって料理が急に出来るわけありませんわ!」
「威張って言う事か!」

「私やりましょうか?」
女性4人が炊事の押し付け合いをしてる中、自ら買って出る者が現れた。
そう、見た目が絶世の美少女な真田さん!

「さ、真田さん……りょ、料理出来るの?」
「ステキな花嫁になる為に、バッチリ修行済みです」
は、花嫁って……まぁ深くはツッコまないけど。

別に“料理は女の仕事”とか旧時代の馬鹿が言いそうなことは考えないけど、元男の真田さんが一番乙女チックなのは如何な物なのか?
何でも出来そうな蔵原も、今回の件では何も言わないから料理は出来ないのだろう。







真田さんが作ってくれた食事のお陰で腹も膨れ一心地付く。
昼間、海で遊んだ(俺は水泳教室)ので流石に疲れているから、これから勉強なんてしたくない……けど今回の旅行には先生が一緒に来ているので、強制されるかも。
そんな考えを巡らせてると、何かを発見した蔵原が突然声を出した。

「あ! 最新式の通信カラオケがあるじゃん!」
この別荘はリビングとダイニングの仕切りが無い所謂リビングダイニングになっており、寛ぐ為のスペースたるリビングに高価そうなカラオケ機が設置されているのが見える。

「お父様がカラオケを好んでまして、年に1回行くか如何かなのに全ての別荘に設置されておりますの。しかも最新機種が発売される度に買い換えるので、一度も使わずに払い下げることも暫しですわ。そのカラオケ機も先月入れ替えたばかりですから、まだ誰も使用してないのですよ」

「じゃぁ持ち主より先に使っちゃ拙いか?」
「いいえ。先程も申しましたが、使わずじまいなんて事もあるので、気にせず利用して構いませんわ」
カラオケが好きなのか、美女を見るときのように瞳を輝かせてる。

「蔵原君……カラオケ好きなの?」
皆の思いを汲み取ってか、小林先生が代表して聞いてくれた。
「歌なら誰にも負けない」
凄い自信だな……

「リュー君は超歌が上手いのよ♡」
ピアノもギターも弾けると以前真田さんが言ってたから、相当歌も上手いのだろうとは思うが、本人がそう思っているだけって事もあるし、油断は出来ない。

かく言う俺の姉も自分では歌が上手いと思っているジャイアン体質だ。
歌が好きで勝手に歌うのは問題無いが、下手な歌を聴かされるのは勘弁して欲しい。
我が家は父も母も、そして俺も音痴な家系だ。
姉以外は音痴である事を理解しているが、アイツだけは解ってない。

蔵原のことが好きな真田さんだから歌が上手いと勘違いしてるのかもしれないけど、下手の横好きという言葉もあるから、油断はしてはいけない。
そんな身構えた状態で蔵原の動きを目で追う俺。

使用許可が下りた途端、スイスイ準備していく蔵原……手慣れた物だ。
「あれ? ギターも置いてあるけど……何で?」
カラオケ準備中に、機会の横に高価そうなギターが置いてあることに気付く蔵原。

「それはお兄様の趣味ですわ。演奏出来るのでしたら、そちらも使って宜しいですわよ」
「ラッキー☆」
白鳥さんからギターの使用許可も貰い、満面の笑みで準備を進める蔵原。

マイクスタンドにマイクを差し込み、軽くギターの弦を全て指で鳴らすと「よし、チューニングは合ってる」と一言。
聞いただけで解るんですか?

手元に置いておいた操作パッドで選曲すると……
激しくギターを弾き、演奏を始めた。
モニターを見ると“DOES”の"ジャック・ナイフ”と表示されてる。

あまり歌に詳しくないが、この曲はかなり激しい曲目な様で、マイクの前の蔵原からは爆音が轟いてくる。だが驚くのは、この爆音に負けない声量で歌う蔵原だ!
しかも言うだけあって凄く上手い。

そんなに耳が肥えてない俺にでも上手いと思える歌声。
カラオケの使用を許可した白鳥さんも驚きの表情で眺めている。
いや、白鳥さんだけじゃ無い。佐藤さんも渡辺さんも……小林先生さえも驚き聴き浸っている。

う~ん……唯でさえ歌が苦手なのに、激うまな蔵原の後に歌うのは抵抗ある。
って言うか、人前で音痴をさらけ出すことに拒絶反応。
逃げ出したい。

チラッと室内を見る。
このリビングダイニングは庭(外)と直結している造りだ。
ちょっと引き戸を開ければ、そこには満天の星空が広がるテラスへと出られる。

俺は皆が蔵原に集中してる隙にソッとテラスへと逃げ出した。
本当は女性の前で歌声を披露して好感度を上げるのがベストなんだろうけど、俺の歌声では逆効果である事は火を見るより明らかだから、今回は蔵原の独壇場にして大人しくしていよう。

しかし……俺のこれまでの人生で、これ程女子と親しくした時間が在っただろうか?
いや無いな。まさに今は青春真っ盛りって感じだ。
ただ……見た目が猫じゃ無ければもっと楽しいんだろうけどなぁ……

「おい大神は歌わないのか?」
美しい星空を眺め黄昏れてると、俺の逃亡に気付いた佐藤さんが、テラスに出てきて話し掛けてきた。
きっと蔵原なら、『美しい星空に誘われて……』的な気障な台詞を言うんだろうけど……

「俺……音痴だからさぁ。歌わなきゃならない状態になったら嫌で……」
うん。俺らしい台詞だ。
好感度云々より正直に言わねばならないだろう……この場合はね。

「正しい判断ですわ。私も音痴とまでは言いませんが、蔵原さんの後で歌うのは気が引けますもの」
「ちっ……」
俺の格好悪い暴露に答えてくれたのは白鳥さんだ。ただ佐藤さんの舌打ちが気になる。

ただ、よく見ると白鳥さんだけではなく、渡辺さんと小林先生も一緒に来ていた。
「あそこまで上手いと……ちょっとねぇ」
「愛美は歌が上手そうだが?」

「いやだから、蔵原君の後では歌いづらいわ」
「ホント。あれは反則級に上手いものね、彼。先刻(さっき)の歌、99.877点だったわよ!」
点? あのカラオケ機は点数採点もしてくれるのか。歌の途中で逃げたから、小林先生の一言が無きゃ知ることなかっただろう。

「むしろ何が悪くて100点じゃなかったのかが気になりますわ」
「でも大丈夫そうじゃねーか。あの調子だと、一度持ったマイクは離さないタイプだぞ、蔵原」
室内から漏れてくる音で、既に次の曲目に移行してる事が解る。因みに歌い手は蔵原だ。

「その方が助かりますわね。佐藤さんもそうでしょ? 貴女……中学校の頃の合唱コンクールで音程外しまくってましたものね(笑)」
「う、うるせーな!」
あぁ……仲間がここにも居た。

気が付けばテラスに設置してある円形のテーブルに飲み物を置き、星空の下で男子が俺だけの座談会が開始されていた。
何だこの夢の様な状況は?

一年前の俺が見たら羨ましくて仕様がない状況なんだろうけど、俺から見たら猫4匹だからなぁ……
一年前の視界で今の状況を味わいたい!
蔵原曰く『みんな美少女』だから、さぞ絶景なんだろうなぁ……



 
 

 
後書き
歌に国境は無いけど、
時と場合を加味して歌った方が良い。

古畑任三郎の様に、
結婚式でサン・トワ・マミーなんてダメだゾ。 

 

第12話

 
前書き
今回のエピソードには、
若干のアダルト要素が含まれております。
各々の責任においてご鑑賞下さい。



って言うか、あちゃ の作品は全て当て嵌まってたね! 

 
無人島バカンス2日目の朝が来た。
割り当てられた俺の部屋で寝てたんだが、左隣の部屋のベランダへ出る引き戸が閉まる音がし、目を覚ました。
まだ気温が上がってない早朝の外は気持ちよさそうで、俺もベランダへ出てみる。

「おう、おはよう……あぁ、静かに閉めたつもりだったが起こしちまったか?」
ベランダに居たのは蔵原。
上半身裸で朝日を眺めていた。

「まぁ切っ掛けは……でももう起きる時間でもあるし問題無いよ」
そう笑顔で言って気が付く。
あれ……左隣って真田さんの部屋じゃなかったっけ?

「む~……もう朝ぁ?」
一つの疑問が思い浮かんだ途端、その答えを提示するかの様に部屋主の真田さんが姿を現した……全裸で!!

「ば、馬鹿……幸! お前服を着てないんだぞ!」
何故か知らないけど、絶対に見ちゃいけない気がして、慌てて顔を背ける。
でも生まれて初めて家族以外の女の裸を見た。

「うわぁ! ま、まさか大神君も居るとは思わなくって!!」
俺の存在に気付いた真田さんは慌てて部家の奥に戻ったらしい……見えないけど。
あぁ……本当はもっと見ていたかった。

だがしかし……
「お、俺……もう部屋に戻るから!」
小心者の対応はこんなもんだ。欲望とは裏腹に逃げ出す。



部屋に戻り、完全に目が覚めた俺は先程のをオカズに一仕事しようかと思ったんだが、結構な大声での会話だったから他の部屋の方々も起きてしまったらしく、廊下等から気配を感じ断念することに……

着替えて廊下へ出ると、そこには猫4匹が集まっていた。
「如何したの? 何かあったの?」
心配顔の渡辺さんが俺の姿を見て問いかけてきた。

「あ、いや……その……」
俺は言葉に詰まりながらも見てきたことだけを伝える。
彼女の裸を覗こうとした訳じゃないって事を。

「だ、大丈夫だよ大神。お前が覗きをしようとした訳じゃ無いのは判ってる。だって元々は男なんだぜ……真田さんは男なんだぜ」
あ……そ、そうだった!

でも見たのは完全に女の裸だった。
ウチの姉とは違い大きな胸で、俺には付いてるモノが完全に存在しない、完璧な女の裸だった。
だからこんな慌てた態度をとってしまったんだ。

いや待て……
元が男だと理解した状態で見たとしても、小心者の俺には同じ反応しか出来なかっただろう。
恋人同士になったのなら兎も角、マジマジと観察なんて出来るわけ無い。

「そ、そんな事より……あの二人は昨晩、高校生にあるまじき行為をしてたって事?」
引率という立前の小林先生から衝撃の言葉が……
そ、そうか……そういう事になるんだ!

「元男って事で、普段はぞんざいな態度ですのに、随所で真田さんに対して優しい蔵原さん……もう堂々と付き合ってしまえば良いのに」
「教師としては、真田さんの性別に拘わらず、そういった行為は見逃すわけにはいかない……んだけどぉ」

「私は白鳥さんの意見に賛成ですよ先生。互いに愛し合ってるんですから、年齢なんて関係ないわ!」
「私も蔵原と真田の関係は受け入れるけど、あの男……軟派な性格を改めそうに無いからなぁ」

流石女子……
コイバナ(?)に目が無い様で、パジャマのままで楽しそうに会話居ている。
ただ気になるのは、時々俺の方をチラチラ見てくる事だ。俺は真田さんの裸で頭がいっぱいなんだよ。

「おや……皆さんお揃いの様で。朝っぱらから廊下で立ち話なんて、如何したんですかな?」
着替えを終えた蔵原が、軽く化粧もしてバッチリ決めた真田さんと共に部屋から出てきた。
にしても、何故ここに集まっているのかは言わなくても解ってるだろうに。

「あ゛……そ、そう言えば私ってば着替えもしないで!」
「あ! わ、私もですわ……」
真田さんのちゃんとした格好に、今現在の自身の身形に気が付いた小林先生が、恥ずかしそうに腕で身体を隠し後退る。

勿論同じ様に気が付いた白鳥さんも逃げる様に自室へ戻り、残りの二人も脱兎の如く退散した。
俺には猫にしか見えないから気にしてなかったけど、蔵原が現れて身形を気にし出すなんて……何かモヤモヤする。




さて……パジャマだった女子陣も着替え終わり、真田さんの手料理を朝から堪能した所で、小林先生が「さぁ、暑くなる前の朝方に、夏休みの宿題等をやっちゃいましょう」と提案してきた。遂に……

折角のバカンスなのに、勉強とか考えられなくない?
ここはそんな野暮なことは言いっこ無しにしてほしいな。
そんな眼差しを俺と佐藤さんで先生に向けてると……

「俺……旅行前に出された課題は殆ど終わらせちゃったんで、海で遊びます」
と、蔵原から自分勝手な発言。
ず、ズルいぞ!

「は~い。私も終わらせちゃってあるんで、リュー君と一緒にラブラブしまぁ~す♡」
これまたズルイ。
昨晩しこたまラブラブしてたんだろうから、今日は皆に合わせて勉強しろよ。

「ちょ……課題を殆ど終わらせてるとしても、二学期に向けて予習をしておきなさいよ」
そうだそうだ!
お前等も勉強しろ!

「一学期の成績、学年首位と次席の二人に、二学期の予習しろとはお笑いですなぁ。そんな事しなくても好成績はとれるんですから、一度しか無い高校一年の夏を謳歌する方が打倒だと思いますが?」
くそぅ……実績残してる奴は態度がデカい。

「そうだそうだぁ。こう言う時に遊べる様に、普段から勉強して良い成績を残してるんだから、遊ばせろぉ!」
た、確かにその通りだと思うし、真田さんの笑顔が可愛いから認めたくなっちゃう。

「うっ……そう言われちゃうと……」
「まぁ良いではないですか先生。勉強は私たちだけでも……」
言葉に詰まる先生を優雅に見やって白鳥さんが二人のラブラブを容認する。

「じゃぁ5人で勉強会しましょうね」
「それが良いですわね。大神さんと佐藤さんも、それで宜しいですよね?」
いいえ、俺は遊びたいです。でもそれを言わせてもらえない雰囲気です。

「あ、何かそっちの方が美女が多くて楽しそうだ!」
楽しいものか!
コッチは勉強させられるんだぞ……しかも猫4匹に。

「リュー君はぁ~、私と楽しみましょうよぉ~♡」
お前等は昨晩から楽しみすぎだろ!
俺も楽しみたいぞ!

「じゃぁ大神君には私が付きっきりで教えてあげるね♡」
「何を言ってるの渡辺さん。大神君には教師の私が教えるわ。貴女と白鳥さんは、友達の佐藤さんに教えてあげてね♡」

「いえいえ先生。物覚えの悪い佐藤さんは私には荷が重いので、彼女は渡辺さんと先生でお願い致しますわ♡」
「勝手なことを言うなよな。私も大神も同じくらい馬鹿なんだから、皆で一緒に教えろよ♡」

猫4匹が俺の馬鹿を否定しないで、笑顔で馬鹿の擦り付け合いをしている。
何で満面の笑顔を崩さないの?
何か怖いんだけど……

「美女4人に囲まれて勉強出来るなんて……馬鹿も偶には良いことあるな」
サッサと遊びに行けば良いのに、俺の哀れな状況を楽しんでいる蔵原と真田さん……
代わってもらえるならお願いしたいよ。

あぁ……勉強嫌だなぁ……



 
 

 
後書き
相変わらずだねリュー君。 

 

第13話

 
前書き
夏休み後半戦へ突入。
因みに私は人混みが大嫌いなので、
お祭りは苦手です。 

 
勉強会と水泳教室で幕を閉じた夏休み前半のバカンス。
楽しい思い出に浸るのも束の間、お盆も過ぎて新たなるイベントが訪れる。
そう……夏祭り!!

俺の住む地域は昔から盛大に夏祭りを開催している。
歴史を紐解けば多分厳かな言い伝えとかがあるのだろうけど、今は見る影も無い唯の馬鹿騒ぎの場。
幼い頃は親に連れられ出店を堪能しに行ってたけど、成長するにつれ行かなくなったイベント。

無人島でも話題に上った事だったし、行けば誰か(猫4匹の)には出会えると思う……
居れば好感度を上げるチャンスではある。
「でも金ないしなぁ……」

思わず呟いた独り言だった。
だが……
「そんな貴様にステキアイテム!」

そう言って何時もの如く窓から勝手に入ってくる馬鹿()()
小脇には何かの包みが……
あれがステキアイテムか?

「今回は何だ? どんなアイテムだってんだ?」
「にゃんかぞんざいだにゃ。良いのかそんな態度で?」
どうせ役に立たないアイテムだろうに……

「良いから見せてみろ」
「おいおい、何時も言ってるじゃろう。他人(ひと)に物を頼むには、それ相応の対価が必要だってにゃ!」
何つーデカい態度……無視してやろうか。

「にゃ?! そ、その袋に入ってる物は!!」
毎回さきいかをせびられるから、予め“お徳用さきいか”を買い溜めしておいたんだが、部屋の片隅に放置しておいたから馬鹿()()に見つかってしまう。

「これか? これは“お徳用さきいか”だ。何時もより多めに入ってるぞ」
「これやるから、そっちよこすにゃ!」
羨ましがらせようと“お徳用さきいか”を手にしたら、馬鹿()()は持っていた包みを投げ渡し、俺の手から“お徳用さきいか”を奪い取る。
そして既に封を開け貪っている。

こ、この馬鹿猫……
やるとは言って無いだろうに!
だが仕様がない……強引にだが好感した包みを開けてみよう。

中から出てきたのは……甚平?
あの浴衣の様な着物の甚平だ。
通気性優れる日本の野津の着物って感じの甚平だ。

「これにはどんな効果があるんだ?」
馬鹿()()が渡すアイテムだし、何らかのマジックアイテムだと思われるし、効果効能をさきいかを貪ってるアホに尋ねる。

「馬鹿が。甚平と言えば通気性優れ蒸れず快適な着物にゃ。他に何がある?」
「馬鹿はお前だ。これは何らかのマジックアイテムじゃ無いのか!?」
馬鹿に馬鹿と言われると凄く腹立つ。

「そんな物はない! イ○ンで980円で購入した物にゃ」
「きゅ、きゅうひゃくはちじゅうえんって……安っ、ワゴンセール品か!?」
こんなん俺でも買えるわ!

「何か文句でもあるのかにゃ?」
「あるわボケ! コッチはお前の為にさきいかを買ってるんだぞ。なのにマジックアイテムでも無い、唯のワゴンセール品を渡されるなんて……文句もあるだろ」

「お前、良く考えてみろ。お前の買ったお徳用さきいかは幾らだったかにゃ?」
「え? ……まぁ、税込み298円だけど」
「アチシの買った甚平は、セール品とは言え980円にゃ!」
「……………」

「勝手にマジックアイテムを期待してるのは、アチシの知った事じゃ無いにゃ。女への好感度を上げる為に使えそうなアイテムを渡してる……ただそれだけにゃ」
「た、確かに……298円で甚平が手に入ったと思えばお得……かな?」

「そうじゃろう、そうじゃろう! じゃぁ納得した所で、お前はサッサと祭りに行くにゃ。アチシはさきいか食べながらマンガ読むから、邪魔するにゃ」
結局マンガを読みたいだけかい!

だがこの甚平はお得だ。
これを着ていけば、祭りでも馴染む。
好感度は多少上がるんじゃないかな?

うん。そうとなれば早速着替えて出掛けよう。
俺の部屋の俺のベッドで寝転がりマンガを読む馬鹿()()の横で、今着てる服を脱ぐ。
すると……

他人(ひと)がマンガを読んでる隣で、汚い物を見せるにゃ!」
と理不尽なクレーム。
ムカつくから脱いだTシャツを投げつけると、汚物を振り払う様なオーバーアクションでTシャツを払い除ける。

生意気だな……





着替え終わったし、日も暮れてきたからウキウキしながら1階へ降り出掛けようとする。
取り敢えず母さんに出掛ける旨を伝えると、
「あらあら、その甚平良いわね。もしかしてお祭りデートかしら?」

そう言ってコッソリ5000円をくれた。
「お姉ちゃんには秘密よ」
と釘を刺して。

うん。あの女に知られるとうるさいからな。
弟の俺に5000円なのだから、姉には10000円よこせ……ってな事を言い出すだろう。そしてその金はアニメとかゲームとかを買う為に使われる。

さて、その姉が自室に引き籠もってる間に、俺は祭りへと出掛けよう。
玄関を急いで出ると……
「おお、何だ音彦。随分とめかし込んで? 祭りでデートか?」
と、帰宅した父さんとバッタリ出会した。

「随分と気合いが入ってるみたいだから、麻里には内緒でこれをやろう」
そう言って母と同じ5000円を財布から取り出して俺にくれた。
そして「麻里には言うなよ。うるさいからな」とこれも同じ様に付け加えて……

何だ……(すげ)ーな。
今までに貰ったアイテムの中で、一番有効なんじゃないのか?
甚平……(すげ)ー。





軍資金も手に入れて、意気揚々と祭りが催されてる神社へ来た俺。
待ち合わせこそしてないけど、多分何処かに居るであろう巨大猫の姿を探す。
だが最初に見付けたのは……蔵原。

向こうは俺の存在に気付いてないけど、真田さんでは無い美女と手を繋いで歩いてる。
あれは誰だ?
何処かで見たことがある女の子だ。
1組の中島さんじゃないぞ。

あ、思い出した!
あの女の子は、チア部の堀川先輩だ。
如何いう接点があって、部活に関係ない男が先輩の女子を口説けるんだ?

あ……境内へ通じる階段の中腹で、小脇に逸れて人気の無い林へ入っていったぞ。
アイツ……あそこで……ヤ、ヤる……のか?
如何なってるんだアイツの思考回路は!?

呆然と遠目で蔵原と堀川先輩を見送ると……
「あ~……大神君だぁ!」
と、元気で可愛い声が聞こえる。

誰かと思い振り返ると、そこには可愛い浴衣姿の真田さんが居た。
真田さんは何時もの様に笑顔で可愛い。
もう、元男とか関係ないよね。

「ねえねえ……リュー君を見なかった?」
如何やら蔵原とはぐれて探してるらしい。
うん……見たけどぉ……

「ゴ、ゴメン……俺、先刻(さっき)来たばっかりだから、見かけてないなぁ」
何故か本当のことを言えなかった。
真田さんは可愛いし、良い()だし、真実を告げてショックを与えたくない。

「そっか……きっと何処かの女をナンパして、物陰に連れ込んでるんだと思うんだけどぉ……まぁ良いわ。私、探してみるから」
解ってるんだ、蔵原の行動パターンを……

良い香りを残して颯爽と祭りの中へと探しに行く真田さん。
あんなに思われてるんだから、蔵原の奴も彼女に決めちゃえば良いのに。
元男とか、あんなに可愛いんだから関係ないだろう!



 
 

 
後書き
甚平って普通でも2000円くらいはするよね?
多分これ安いよね??

因みに次話で夏休み編はラストです。
その次からは二学期に突入。
文化祭や体育祭が待ち受けてます。 

 

第14話

 
前書き
夏祭り後編。

♫浴衣の君は~ ススキのかんざし

高校生だから熱燗とか飲んじゃダメだけど、
甘酸っぱい思い出は残して欲しい。

そうしないと あちゃ みたいな大人になっちゃうよ! 

 
「大神!」「大神さん♡」「大神君♡」「大神君!」
元男美女の後ろ姿を何時までも眺めていたら、突如俺を呼ぶ声が複数聞こえてきた。
振り向くとそこには色とりどりの浴衣を着た巨大な猫が4匹。

「わぁ……皆、浴衣姿だ。可愛いね」
出来れば人間の姿で見たかった……とは言えず、巨大猫に浴衣というシュールな絵面を我慢して褒めておくことに……

「あ、ありがとう……そ、そう言う大神君だって、その甚平ステキじゃないの♡」
「ホントホント。夏の男って感じだぜ♡」
「殿方の衣服に無頓着な私でも、その素晴らしさは解りますわ♡」
「うん。大神君は渋いよね♡」

四者四様の社交辞令をもらったところで、先程見た光景を皆にも教えてあげる。
つまり、蔵原と真田さんの事だ。
ジェスチャーを交え、奴等が向かった先を指差して教える。

皆の視線が神社の方へ向いた所で、見られない様にルーペで好感度を計測する。
佐藤さん『♥27764』・白鳥さん『♥27775』・渡辺さん『♥27751』・小林先生『♥27763』
先日の無人島バカンスで、飛躍的に上昇した好感度。
未だにMAX値が判らないが、これってかなり高い値なんじゃないの?

「ホント……蔵原の奴はどうしようもない男だな。この前の旅行で、真田との仲を深めたと思ってたのに……」
「幼馴染みで、真田さんの性転換の一番の理解者らしいし、元から中は深いんじゃないの? 問題なのは彼の性格でしょ」

「あんなに思ってるのに、幸ちゃん可哀想……」
「渡辺さんの意見も解りますけど、性格面は熟知してるようですし、そのくらいで落ち込む程メンタルは弱くないのではないですか?」

本当にこの4人はコイバナが好きだなぁ……
女の子ってそう言うモノなのか?
でもウチの姉は、そう言うところが微塵も無いからなぁ……

「さぁ……問題児蔵原君は放って置いて、私達は私達なりにお祭りを楽しみましょう」
「賛成賛成! 先生の意見に大賛成!」
「相変わらず佐藤さんは、遊ぶことだけは積極的ですわね」
「普通の高校生は、皆同じですよぉ、エレナちゃん」

祭りを堪能することに決定した一行は、呆然とする俺の手を引き、祭りの中へと(いざな)っていく。
皆さん興奮してるのか、何となく顔が赤らんでる気がする。
先生は兎も角、まさかお酒なんか飲んでないよね?





甚平パワーか、はたまた馬鹿()()マジックか……
今日の俺には財力がある。
甚平姿の俺を見た両親が、各々5000円づつ提供してくれたからだ。

恩着せがましくするつもりはないのだが、金持ちが居ようが大人が居ようが、男として奢り倒すのは当然の義務だろう。
焼きそば・綿アメ・金魚すくい……美女(推定)4人に奢りますよ!

はい……もうオケラ。
何でお祭りの縁日の出店って、こんなに高いの?
大して美味しくもない焼きそばが1人前500円。
美女(推定)4人と俺の計5人分購入したら、軍資金の25%が消滅さ。

女性とのお付き合いって、もしかして金がかかるの?
師匠(蔵原)は如何してるの?
彼ん家、もしかしてお金持ち?

「大神君は金魚すくい、やらないの?」
節約の為、初めの焼きそば以外は自分用に金を出してない俺を見かねて、渡辺さんが話し掛けてきた。今にも金魚を丸呑みしそうな絵面で……

「お、俺は……いいよ。下手だし、捕っても家じゃ飼えないし」
巨大猫の傍に、大量の金魚という絵面はシュールさを増幅させる。
でも俺の言い訳はシュールじゃない。

「た、確かに……ウチ、猫居るし」
俺の一言で飼い猫の存在を思い出す渡辺さん。
「ウ、ウチ……猫居ないけど金魚は飼えないなぁ」
捕った金魚の保管に困る佐藤さん。

「確かに『縁日』って感じだからやってみたけど、この年になると要らないわね、金魚」
場の雰囲気に踊らされてたことに気が付く小林先生。
「我が家には熱帯魚とかも居ますし、観賞用の魚は不要でしたわ……」
一度行った事あるけど、絶対に金魚が似合わない豪邸の白鳥さん。

や、やばい……
何かシラケさせてしまった。
ど、どうしよう……
出店のオッチャンも俺の言葉に不機嫌顔。

「うへぇ……右の尻を蚊に刺された。痒い」
俺のKYさに困っていると、出店の奥の草むらから蔵原が出てきた……堀川先輩と共に。
何してたんですか? ……あぁ、ナニしてたんですね!

「あれ、夕子せんせーに愛香音ちゃん。それにエレナちゃんと愛美ちゃんじゃん! 奇遇だね」
あれ……俺の存在は目に入ってないのかな?
「どこから現れるのよ蔵原君……」
でも話しは進めるのですね。

「何処って……人目の無い場所?」
「いや……私等に聞かれても……」
我等(多分、俺は居ないものとされている)の代表として小林先生が話を進めているが、相変わらず蔵原はマイペースだ。

「あ……そ、そうだ蔵原。先刻(さっき)真田さんが探してたぞ、お前のこと」
「あれ! 大神も居たの? 気配消すなよ……気付かなかった」
消してないし……

「幸が探してた……かぁ。まぁ放って置けよ」
「ちょっと、ひっど~い蔵原君! 幸ちゃんが可哀想でしょ」
何故だか真田さんの事を一番気に掛けてる渡辺さん。

「いいんだよ……どうせ今見つかっても『あ~アオカンしてたでしょ! 次は私とだからね♡』とか言ってくるだけだから」
「してあげれば良いじゃないアオカン! ……って言うか、アオカンって何?」
アオカンを知らない渡辺さんは大声で『アオカン』と連呼する。

「あ、あのな……ア、アオカンってのはな……(ごにょごにょ)って事」
「……………!!!!」
周囲から注目を集めてたので、佐藤さんが渡辺さんに小声で教えてあげた。因みに白鳥さんと小林先生は他人のフリをしている。

「さ、最低! 蔵原君、最低!!」
知らぬとは言え大声で連呼していた事に恥ずかしくなった渡辺さんは、顔を真っ赤にして神社の境内の方へ逃げてしまった。

「あ……待って渡辺さん!」
金魚屋のオッチャンに睨まれてたのもあるので、便乗する形で俺も境内の方へと逃げる。
多分、他3人も続いてくる気配。






境内の裏手で合流した俺等は、恥ずかしさを打ち消す為に蔵原バッシングをする渡辺さんを宥めることに苦労する。
金を使わないで済むが、もう少し祭りを堪能したかった。

渡辺さんも落ち着きを取り戻し、寒い懐状態で終わる祭りを惜しんでいると、夜空に爆音と共に大輪が咲き乱れる。
そう、祭りのクライマックス……打ち上げ花火だ。

「わぁキレイ……」
誰が言ったのかは判らない。
だが俺も同意見なため、「本当だ……」と返答する。

好感度を上げることが出来たのかは判らないけど、久しぶりに祭りというものを堪能した。
例え姿が猫に見えてても、女の子と……しかも4人と楽しめるなんてラッキーだと思う。
しかも蔵原の意見では4人とも美人らしいし。

さ~て……あとほぼ2ヶ月。
4人の内、誰か1人に告白しなければならない。
一体誰に告白すれば良いのやら……

失敗出来ないと言うのに!



 
 

 
後書き
一体誰と結ばれるのか?
作者として困っております。
皆さんは誰が好みですか?

ウルポンですか?
リュリュちゃんですか?
ラングかな?
う~ん、迷っちゃう! 

 

第15話

 
前書き
8月中には終わらせたかったけど、
流石に間に合わなかったね。
如何しても9/1にはウルポンを掲載したかったから、
そちらを優先させちゃったからね。
でも9月中には終わらせる……つもり……多分……だと良いけど…… 

 
高校一年の二学期も始まって1ヶ月。
学校行事に困らない二学期ですよ。
つまり、女子との好感度を上げるイベントに困らない二学期って事です。

そして早速訪れたのが文化祭。
同じクラスの女子(勿論男子も含まれるけど)と一緒に、同じ目標へ向かって作業するワクワクがいっぱいなイベント。

ウチのクラスは『メイド&執事喫茶』をやっている……
まぁ名前を見れば解るけど、女子はメイドの格好で男子は執事の格好で客を向かえる喫茶店だ。男性客には女子が可愛らしく『お帰りなさいませ、ご主人様♡』と言い女性客には『お帰りなさいませ、お嬢様☆』と言って対応する。

なお蔵原は、出し物を決めるHRで『女子限定のノーパン喫茶をやりたい!!』と最後まで言い続けていた。アイツ、頭は良いが馬鹿だ。
俺はクラスの女子を敵に回したくないので、黙って成り行きを見守っていたよ。

さてさて、そんな訳でメイド&執事喫茶絶賛開催中。
ウチのクラスにはそれなりにイケメンが存在する。
そのお陰か女性客は尽きない。

だが……女子のグレードは学年トップだろう。
俺が猫に見えない女子だけでも、他のクラスには負けそうに無いレベルだ。
その所為か鼻の下を伸ばした男性客が多いの何のって……

特に人気なのが白鳥さんと渡辺さんだ。
佐藤さんも人気だったのだが、接客が無愛想な為に客足が遠退いた。
その為、俺と共に裏方へと左遷された。

あ、俺は左遷じゃないよ。
元々裏方だったんだ。
クラスの大半から『お前じゃ客は呼べん』と言われてね。納得はしてるけどね。

まぁ裏方も悪いもんじゃない。
幸運にも佐藤さんと一緒に作業できるようになったからね。
夏休みに一緒に旅行へ行った仲だから、和気藹々と作業が出来るよ。

でも不思議なのは、接客をさせると無愛想だったのに、裏方に回ったら凄く愛想が良くなったんだよね。日の目を浴びない裏方なんて退屈だろうに……
俺にはお似合いだけどね。

裏方がお似合いと言えば、俺よりも裏方じゃないと問題が出そうな蔵原の姿が見当たりません。
こう言ったイベントは率先して参加し、事ある毎にナンパしまくるだろうと思ってたんだが、何処かでサボってるのだろうか?

そんな事を考えていたら休憩の時間がやってきました。
食事を済ませたり、他のクラスの出し物を見学したりと、後退で休憩する決まりになっているのですが……

「大神君、一緒に体育館へ有志のバンドを見に行こ♡」
休憩時間が重なっている渡辺さんから、可愛くお誘いを受ける。
断る理由など存在しない。

ミニスカで可愛いメイド服の渡辺さんと一緒に体育館へ……と思ったら、同じタイミングで休憩の白鳥さんも「良いですわね。私もご一緒させて戴きますわ♡」と相乗り宣言。
きっと蔵原が見たら羨む様な光景。
でも俺には猫ですから!








他の出し物を楽しむのなら、映画同好会の自作短編映画とかでも良いだろうに、何故に素人バンドを見学するのか不思議だった。
夏祭りで散財してしまった金の無い俺を気遣ってのことかと思ったが、演奏が始まって理由が解る。

何と蔵原がギターを演奏してるではないか!
ボーカルは1組の吉川だが、ギターを弾きながらコーラスも担当している蔵原。
そうか、だからクラスの出し物には余り顔を出さなかったんだな。
にしても、認めたくは無いが格好いい……

俺は同じクラスで何人か仲の良い男子が居るが、他のクラスの奴とはそれ程親しくない……
だが蔵原は社交的だからクラスとか関係なく仲良くなっている。
そんな絡みなのだろう……ギターが弾けるって事で声がかかったんだな。

だが惜しいのはボーカルじゃ無い事だ。
ボーカルの吉川も下手では無いのだけど、蔵原の歌声を聞いた事があれば奴の方がボーカルに向いてると分かる。
ギターを弾きながらだって歌は歌えるのだから、蔵原をギターだけ(コーラスもしてるけど)にするべきではないのでは?

あ、でもそうすると吉川の存在が不要になるのか……
皆で仲良く一つの物事を進めるには必要な措置なのかもしれないな。
何でも出来るって事が時には弊害をもたらすことになるんだな……勉強になった。

「あの大神さん。この歌は何という歌かご存じですか?」
「全っ然知らん!」
かなりの爆音に気圧されながら、白鳥さんが俺の耳元で大声で質問してくる……残念ながら答えられないけど。

因みに白鳥さんとは反対側の隣に居る渡辺さんにも尋ねてみたが、答えは同じだった。
音痴だからって事で避けていた所為で、全然無知になっている。
スッと答えられたら、それだけでも格好いいのだろうけど。

「この曲は“X JAPAN”ってグループの“Weak End”だよ白鳥さん」
突然、俺等の後ろに居た先輩が情報を提供してくれた。
しかも白鳥さんの事を存じ上げてるらしい。
何? ストーカー? 怖い!

「あ……ど、どうも」
白鳥さんも俺と同じ様に感じたのか、軽く会釈をして礼を言うと顔を背けて俺の方へ寄ってきた。
教えてくれるだけならまだしも、ワザワザ名前を呼ばれるのはやっぱり怖いよね。

「い、行こうか……」
この爆音と騒がしいだけの歓声から逃げたくなったのもあるが、何かストーカーっぽいのが後ろに居るから白鳥さんと渡辺さんに声をかけて退散する旨を伝える。

勿論二人も同意見だったらしく、俺の腕にしがみつきながら蔵原等の演奏に熱狂してる人混みを掻き分けて体育館出口へと向かう。
チラッとだけストーカーっぽい先輩を見たが、凄く残念そうな顔をしていた。どうか追ってこない様に。







何とか静かな場所まで逃げてきたが、二人とも俺の腕にしがみつく形になっていたので、二の腕に胸の感触が……
普段は毛むくじゃら(俺視点)で分からなかったけど、二人とも大きい!
役得な感じがするね。

「さて……これから如何しましょうか? まだ休憩時間は沢山ありますけど……」
「もう騒がしいのは遠慮したいなぁ」
各人俺の腕にしがみついた状態で、これからの予定を話し合う。……あの、もう離れても良いんじゃないですか?

「じゃ、じゃぁ静かな場所で……の、のんびり過ごす?」
そう言って文化祭会場からかなり離れた場所に有る校庭の隅を指差す。
既に校舎から離れていた為、指定した場所はそれ程離れていない。

「うん。私はそれで良いよ」
「私にも異存はございません」
いっこうに離れる気配のしない二人に(いざな)われて、校庭の隅へと歩を進める。

そして校庭の端にある、筋トレ用のタイヤ(引きずって足腰を鍛えるやつ)に腰掛けた。
あぁ……蔵原曰く、二人は美人らしいから、普通に見えてれば最高の状況なんだろうなぁ!
今更ながらあの馬鹿()()が憎い!
折角美人四人とお近づきになれたのに、通常通りに見える様にするには、誰か一人に告白して四人との関係を一人に絞らなければならないんだろ? 勿体ないなぁ……

「ちょっとぉ~……折角の文化祭だって言うのに、何でこんな隅っこで落ち着いてるのよ?」
美女が猫にしか見えないこの状況と、この状況にした馬鹿()()を恨んでいると、突如話し掛けられた。

慌てて顔を上げ誰だか確認すると、そこには小林先生が立っている。
「あ~ら先生こそ、口内の巡回をサボってこんな僻地に何のご用でしょうか?」
そうだよね……教師陣は、生徒らが何か問題を起こさない様に会場内を巡回するのが役目なんだよね。

「三人引っ付いて校舎から出て行くのを見かけたから、僻地でも問題行動を起こさせない様に来てみたのよ」
確かに……ここも学校内ではあるのだから、教師が見回りに来てもおかしくは無い。
でも先生まで腰を下ろして寛ぎモードになるのは何故ですか?

「ふふっ……この状況を、まだ休憩時間が来ない佐藤さんが知ったら『ズルイ!』って言うわね」
「しかたありませんわ、本来は接客だったのに無愛想で裏方に回されたんですから……」
「そうよ、所詮は一時のことなんだから、不特定多数のお客さんに愛想良くしておけば良かったんだわ」

「た、確かに……でもアレは酷かったね。お客さんに呼ばれたのに『あ゛!?』って顔を顰めて返事してたからね」
「佐藤さんも笑ってれば可愛いのに……」
俺には判らない情報だ。
蔵原も佐藤さんは可愛いって言ってたし、今だって先生が可愛いって評価してる。

「で、でも裏方に回ったら機嫌が良かったよ。人前に出るのが苦手なだけかも……?」
「それは大神君の傍で働けたからだと思うわよ!」
渡辺さんの言ってる意味って?
そりゃぁ俺は他人(ひと)に命令したり指示出したりするのは苦手だけど……

「あの配置変えを見て私も無愛想にしようかと考えてしまいましたわ」
「あ、それ私も分かるぅー! 愛香音ちゃんだけズルいって思ったもん」
本当は二人も接客が苦手だったのだろうか?

何だか俺との共通点も結構在るんだなぁ……



 
 

 
後書き
次回は体育祭。

騎馬戦って危険だからと言って完全に廃止されたわけじゃぁないよね?
 

 

第16話

 
前書き
高校時代なんて遙か昔だから、
今の高校生はどんな感じなのか分からない。
第16話にして何言ってるの?
って感じですけど、現役の人はツッコまないでね。 

 
大きな学校行事の一つでもある文化祭が無事終わり、新たなるイベントが訪れました。
そう……体育祭!
頭も悪いが、運動神経も皆無な俺には地獄の様なイベント。

きっと何をやっても皆の足を引っ張ることしか出来ないだろうから、言われた競技を全力で頑張ろうと悟りの境地で待ち構えている。
花形のリレーに推薦されても、ただ黙って微力を尽くすだけ。負けてもそれは俺の所為じゃ無い……俺を推薦したのが悪いんだ。

そんな無責任を絵に描いた様な心持ちで居たら、佐藤さんが『アタシと一緒に“男女混合二人三脚”に出よう』と誘ってくれた。
申し出は凄く嬉しいんだけど、100%足を引っ張るだけ……それでも良いのかと思わず聞いてしまいましたよ。

そうしたら『良いんだよ、参加することに意味があり、努力することに意義があるんだから!』と言って、今から二人三脚をするかの様に肩を組みやる気を見せる佐藤さん。
そうか……参加し努力することが重要なんだね。
因みにリレーには蔵原が選ばれました。

そんなこんなで体育祭当日です。
清々しい秋晴れにも恵まれ、まさに運動日和なのでしょう。
佐藤さんのテンションの高さから、それが覗えます。

結果が伴わなくても兎も角頑張る!
そう心に誓い、佐藤さんと共に練習を続けました。
生まれて初めて猛特訓をしたと自分でも思っている。

最初の内は文字通り足を引っ張っていました。
自ら俺を誘い特訓を始めた佐藤さんも、次第に俺の運動音痴っぷりに苛つき出します。
今からでも個人種目に切り替えてもらおうと、佐藤さんに相談しようとした時……

白鳥さんと渡辺さんが小林先生を伴って俺の特訓に参加してくれたのです。
そして判明したのが、運動神経抜群の佐藤さんには、運動音痴の俺が何故出来ないのかが解らず、行き詰まっていたと言う事なのです。

簡単に言うと、出来る人に出来ない人の気持ちが解らず、教え方も解らなかったって事。
しかし……教えるプロの小林先生と、佐藤さんの事を理解している白鳥さんと、運動音痴の事を解ってる俺に近い能力の渡辺さんが合流したことで、俺の特訓プログラムが完成しました。

そう言えば、この4人に水泳を教わったから、今年の夏は泳げる様になったんだよね。
泳げるって言っても10メートルくらいまでだけど……
でも大進歩だと思います。

さて、完成した俺用の特訓プログラムに基づき、パートナーの佐藤さんは元より白鳥さん・渡辺さん・小林先生と代わる代わる一緒に二人三脚を実走していったんです。
だからですけども、皆さんの胸のサイズが身を以て解ってしまいました。

勿論ですが蔵原の様に具体的な数値として解るわけではないのですが、白鳥さんが一番巨乳である事を知りました。
次いで小林先生、渡辺さん……最後に佐藤さんの順序で変化。

当然ですが皆さん柔らかいですよ。
その柔らかさが俺の腕や身体に密着するのです。
とってもスパルタな特訓でしたが、天国の様な心地よさでしたよ……目を閉じればね。だって目を開けると猫なんだもん。

そんな天国と地獄を合わせた特訓の効果もあって、何とか本番で2着でゴールすることが出来ました。
特訓を始めた当初はゴールすることもままならなかったのに……
感激でちょびっと泣いてしまったことは内緒だ。蔵原には「何泣いてるの?」と直ぐバレたけどね。

だが感動のまま幕が閉じると思っていた体育祭だったが……
突然のアクシデントで波乱の様相に!
本来出場する予定じゃ無かった騎馬戦に、急遽駆り出されてしまいました。

と言うのも、騎馬戦の直前に行われた綱引き(全員参加)で、騎馬戦で上に乗る予定だった奴が負傷。
我が校の騎馬戦は全学年混同(能力別で騎馬を形成するので、同学年で組む奴も居る)なのだが、騎馬戦に命をかけてる先輩(3年生の、ちょっとヤンキーが入ってる人)がキレ気味に代理を探したそうです。

騎馬の上に乗る奴って事で、兎も角体重の軽い男子に焦点を合わせた結果、美女(一般目線)4人に囲まれ天国を味わってる俺に白羽の矢が刺さりました。
因みに、その騎馬の騎馬役をやる蔵原は「アイツは使えないと思うよ」と、ある意味フォローしてくれたのですが「うるせー、もう時間がねーんだよ!」と先輩に押し切られてしまいました。

超怖ー!
騎馬戦に出場するのも怖ければ、並み居る対戦相手も怖ー!
そして何より味方なはずのヤンキー先輩が一番怖ー!

唯一の救いは蔵原が俺を支えてくれてる事だ。
蔵原は「急に招集されたんだから、負けて当然って気持ちで気楽にやりなよ」と言ってくれてるんですけど、ヤンキー先輩は「馬鹿野郎、勝つことに意味があるんだ!」と負けず嫌い感を発揮。

それを聞いた蔵原は「あ~はいはい」と言った後に「うるっせーな馬鹿」と小声で反論。
聞こえていたら味方同士の大乱闘になっていたかもしれないのだが、幸運な事に聞こえなかったらしい。
お陰で危険地帯に放り込まれる貧弱ウサギな俺。

結果は当然、一本のハチマキも取れず敗退。
激怒するのはヤンキー先輩。
負けた原因を全部俺の所為に……いや、まぁあながち間違いじゃないんですけど。

殺されそうな勢いで怒鳴られる俺を見た蔵原が「アンタは馬鹿か? 練習もしてない貧弱野郎を仲間にして、勝とうって思ってることがおかしいんだ! 自分の人選ミスを他人の所為にするな馬鹿!」と俺のフォローというか、喧嘩を売っているか判らない台詞を……

そんな台詞を聞いたヤンキー先輩は、今にも蔵原を殴りそうに……
だが俺が理不尽に怒鳴られてるのを見てた佐藤さんが「蔵原の言う通りだ馬鹿野郎! そんなに勝ちたかったんなら多少重いのを我慢してでも運動神経の良い奴を選べば良かっただろ!」と援護。

ヤンキー先輩の怒りの矛先が佐藤さんに向こうとした時、白鳥さんも「自身の過ちを受け入れられないなんて器が小さすぎますわよ!」と参戦し、ちょっと逃げ腰になりながらも渡辺さんまでもが「そ、そうよ……きゅ、急遽選ばれた大神君は悪くないわよぉ!」と庇ってくれた。

美女(と言われている)から攻められ、ヤンキー先輩も少し怯みがち。
しかし、ここで引いたら男が廃ると思った……のかどうかは分からないが、力を振り絞って何かを怒鳴ろうとした瞬間!

「菊永先生……彼です!」
と小林先生が、体育教師で生徒指導の菊永先生(♂)を呼んできてくれた。
因みに菊永先生は、10人が10人ともヤクザと思う容姿です。

「何だ清水! また問題を起こしてるのか?」
あ、『清水』とはヤンキー先輩のことです。
下の名前は知らないけど。

「ち、違うっすよぉ……」
「キクリン、言ってやってよ! コイツ、大神を無理矢理参加させたのに、負けたのを其奴の所為にしようとしてるんだぜ」

「く、蔵原……てめぇ……余計なこと……」
「やっぱり問題起こしてるじゃねーか!」
ヤンキーな先輩に睨まれても平然としてる蔵原……

そんな奴の密告(チクリ)でヤクザ先生に連行されるヤンキー先輩。
見送る後ろ姿を見ながら舌を出すツワモノな蔵原は、どんな精神をしてるんだろうか?
取り敢えず危険は遠退いたらしい。

「大丈夫だった大神君!」
危険が遠退くと、そこには楽園が待っていた。
何と小林先生が心配の余り俺の頭を胸に抱き締めてくれたのだ。

目を閉じてれば姿は見えないし、触った感触は完全に女性だし、小林先生はナイスバディーだし……もう永遠にこのままで良いって感じ。
体育祭ってステキかも♡



 
 

 
後書き
いよいよクライマックス突入。 

 

第17話

 
前書き
体育祭が終わったら、次は中間テスト……
でもその前に…… 

 
体育祭が終わって三日後の昼休み……
蔵原が顔にアザを付けて戻ってきた。
これは体育祭での仕返しに違いない。

そう思い先生に報告しようとしたのだが、蔵原本人が『いいって! もう終わった事だから、何もしなくていいって』と大事(おおごと)にするのを拒否。
でも俺の所為で殴られたのだろうから、放って置くなんて出来ない!

何がしたかったか(何が出来るか)は分からないけど、兎も角あのヤンキー先輩が居る教室へ向かった。
いざ教室の前まで来たが、やっぱり怖いのでソッと教室内を確認する。
あのヤンキー先輩は何処か?

居ない……何処にも居ない。
困り果ててると同じ教室の他の先輩が『如何したの?』と話し掛けてきた。
あのヤンキー先輩とは違い優しそうだ。

もしかしたら体育館裏とかで教師にバレちゃダメな事(タバコとか)をしてるのかと思い、その先輩に聞いてみる事に……
すると……

『ああ、清水なら早退したよ。何か誰かと喧嘩したみたいで、ボッコボコになってた。聞いても誰にやられたか言わないし、もしかしたら下級生にやられたのかも(笑)』
との事。

も、もしかして蔵原か?
アイツが反撃(?)して、自分の怪我より酷い目に遭わせたのか??
もしかしてアイツって喧嘩強いのか!?

凄く気になったので、急ぎ1年生のフロアへ戻り、3組の真田さんを探す。
丁度トイレ(勿論女子)から出てきた所だったので、現状を説明して蔵原の事を聞いてみた。
すると少し顔を顰めて彼女は蔵原の事を話してくれた。

『リュー君はねぇ……喧嘩とか嫌いだけど、自らの信念的な物を貫く為になら喧嘩するのよ。そうそう無いけど、絶対に譲れない信念的な物があって、それを侵害された時だけは、誰に対してでも楯突くわね。でもね……自分の為に喧嘩する事はまず無いの。多分今回も、君が狙われたから立ち塞がったんだと思うわよ。凄く友達思いだから』

そう優しい口調で教えてくれた真田さん……
彼女は更に蔵原の事を教えてくれた。
アイツの独自ルールについて。

『それと私から大神君に言っておきたいんだけど、リュー君はこう言う事言われるのも言うのも嫌がるから私が言った事は秘密にしてよ。リュー君はねぇ……小林先生・渡辺さん・佐藤さん・白鳥さんが貴方に惚れてる事を解ってて、口説こうとしてないからね。リュー君の独自ルールで、他人(ひと)の女・明確に好きな男(女もあり)が居る女には手を出さないってのがあるの。もしそのルールが無ければ、リュー君の話術で4人中3人は口説き落とされてるわね。あれほどの美人、放置しておかないもの』

あの4人が俺に惚れている!?
何かの間違いだろうと思うが、それにしても蔵原の独自ルールが凄い。
俺なんかそんなルール持ってる余裕無いのに。

大好きなリュー君の凄い所を俺に知らしめた所で、昼休み終了のチャイムが鳴り真田さんは教室へと戻っていく。
俺も自分の教室へ戻るのだが……
最低一発は殴られてるのであろう蔵原の顔を見るのが辛い。

俺の所為で蔵原が殴られてしまった……
その倍以上をやり返したのかもしれないが、本来なら蔵原は殴られる必要は無かったのだ。
でも奴は、その事で何も言ってこない。

それに真田さんから凄く気になる事を言われたし……
蔵原が俺に気を遣って4人を口説かない……
もしかしたら俺に気を遣ってるのじゃ無く、4人の意思を尊重してるのかもしれない。

にしても、直ぐ側に居る美女に何の行動もしないなんて……
アイツ……(すげ)ーな。(すげ)ー意思が強いな!
でも俺は、至極良い友達を持ってるのかもしれない!

……アイツの好意に甘えてばかりで良いのだろうか?
独自のルールとは言え、アイツは俺が結婚出来る候補の女性に手を出さないで居る。
もう10月も半ばだし、俺もそろそろ答えを出さねばならない。

俺は決心した!
直ぐさまスマホを取り出して、LINEを使ってメッセージを送る。
『大切な話があるから、放課後……体育館裏に来て下さい』と……

まだ午後の授業が始まったばかり。
でも俺は授業を受けてる精神的余裕は無い。
心を落ち着かせる為にも、先に体育館裏へ行き、放課後まで待っていよう。

(ピロリ~ン)
俺のスマホに返事がきた。
『解りました。この授業が終わり次第、直ぐに行きます』

どうやら放課後まで心を落ち着かせる事は出来ないみたいだ。
それでも時間的余裕は出来た。
兎も角俺は体育館裏へと向かう。









体育館裏にある塀にもたれ座り、俺は考える。
如何言うか……どんな顔をするか……どんな態度で切り出すか……
時間があれば考えが纏まる、スマートに告白出来る……そう思っていた。

だが考えても考えても答えが見つからない。
それどころか、不安感だけが増大していく。
蔵原は如何やって女性を口説いてるんだろうか?
そう言えば口説いてる直接の場面には出会した事が無い……大事な時だと言うのに!

……いや違う!
俺は口説きたいのでは無い。
俺の気持ちを伝えたい……好きだという気持ちを解ってもらいたいだけなのだ!

そうだ……スマートさや格好良さなんて求めちゃダメなんだ。
俺は俺。
そんな俺に惚れてくれたのなら、きっと何とかなるさ。

そう俯きながら思い始めた頃……
俺に視線に女の子の足が映った。
極度の緊張と堂々巡りだった思考で、授業が終わったチャイムが聞こえなかったらしい。

そこに居る()は、授業が終わると同時に走ってここまで来たらしい。
“はぁはぁ”と言う息を切らした声と、女性特有の甘い香りを俺に届ける。
俺は緊張で顔を上げられないまま彼女の目の前に立ち上がる。そして……

「ごめん。急に呼び出して……でも、如何しても伝えたい事があったんだ!」
彼女の方から何か言ったら、ヘタレて恍けてしまう……そう思い、下腹に力を入れて話し始めた。だが彼女の顔を見る事が出来ない……

「な、何……」
彼女は今にも泣きそうな……湿った声で俺に問い返す。
な、何だ……この緊張は!?

こんなに緊張するものなのか?
彼女に断られたって、まだ3人候補が居る……
そう思った瞬間、反対の事も思い浮かぶ。

1人に告白したというのに、振られたからと言って直ぐさま残りの3人に告白なんてしたら、絶対に軽蔑される。
付き合ってくれれば誰でも良かった……そう考えてると思われる!

半年とか一年とか、ある程度の期間をおいて他の3人との仲を進展させてからなら問題無いだろうけど、振られて直ぐの告白は軽薄その物だ。
つまり俺には今日しか……今しか無い!

今この場で告白に成功しなければ、俺は一生彼女等の本当の姿を見る事が出来ない。
うぅ……緊張で吐きそうだ。
でも後には引けない。

目の前の女性は、まだ走ってきた事で動悸が治まってないのか、自分の胸に手を当てて肩で息をしている。
俺は走ってもいないのに、激しい動悸で胸を押さえている。

俯いてる俺の後頭部に、彼女の吐息が規則的にかかる。
これ以上は待たせられない……
言え! 言うんだ!!

「あの……す……す、好きです! 貴女の事が好きです!! 一人の女性として……俺は貴女が大好きです!!!」



 
 

 
後書き
そろそろ本当に決めないと。
誰と大神をくっつけるのかを……

でも難しいなぁ。

ここで
『俺達の冒険は始まったばかり!』
ってな感じで幕引きしたら怒る?  

 

第18話

 
前書き
私も青春したい。 

 
「あの……す……す、好きです! 貴女の事が好きです!! 一人の女性として……俺は貴女が大好きです!!!」
「あ………っ………」

勇気を振り絞って言い切った。
だが彼女からは返答が無い……
何だか言葉に詰まってる印象を受けるが、俺とじゃ無理と言う事だろうか?

不安になりゆっくり顔を上げる。
そこには両手で口を押さえ、潤んだ瞳で俺を見詰める……美少女!?
黒髪のボブヘヤーで、健康的に日焼けした肌の美少女……だ、誰ですか???

「さ、佐藤……さん?」
俺から呼び出し、俺から告白をしておいて、何故だか疑問形。
訪われた彼女も困るだろうに。

「あ……ご、ごめん。そ、その……オ、OK……です……」
え……OK? 何が?
『私は佐藤さんですよ』って意味か?

「わ、私も……大神の事が……す、好き……」
や、やった! 美少女から好きと言われた!!
……いや違う。今そういう事じゃなくて!

彼女は佐藤さんだ!
そ、そうだ……俺が告白したから、馬鹿()()の呪いが解けて、本来の佐藤さんの姿を目の当たりにしてるんだ!
その佐藤さんが『OK』で『私も好き』と言った……って事は?

「え! 嘘? マジ!?」
「え!? マ、マジ……よ……?」
ヤ、ヤバイ。いきなり呪いが解けるから混乱してる!

「で、でも……俺だよ? 頭も悪いし、運動神経も悪い。顔だって良いとは言えない俺だよ? 呼び出された俺に気を遣って『OK』って言わなくて良いんだよ」
「気なんか遣ってない! わ、私……結構前から……大神の事……す、好き……だったんだよ」

う、嘘みたい!!
始めて会った時から猫だったから、驚き恐怖はしたけど、気後れだけはしてなかった。でも最初から佐藤さんの美貌を知ってたら、俺とは釣り合わないと勝手に結論付けて、仲良くなろうともしなかっただろう。

ヤバイ、凄い、信じられない!
人生で始めて出来た彼女が、こんな美少女なんて!!
な、何か……涙が出てきた……

「ちょっ……な、泣かないでよ」
「ご、ごめん。でも嬉しくって……俺、女性にモテないから嬉しくって!」
俺は慌てて涙を拭いながら笑顔を作る努力をする。

「な、何言ってんだよ……大神は優しくて真面目だから、白鳥や愛美が狙ってるんだぞ。しかも小林先生だって狙ってるね……お前が卒業するのを待ってから、元教師って立場を利用してモノにする気に違いない」

マ、マジか!?
これがモテ期ってやつか?
もう二度と訪れないだろうな……佐藤さんを手放しちゃダメだね。

チラリと佐藤さんの顔を見ると、頬を赤らめて俺を見詰めてくれている。
まだ午後の事業が残ってるけど、そんな状態じゃない。
俺は佐藤さんを傍にある普段使われてない非常階段の一段目に座る様誘い腰を下ろす。

どうせ今戻っても事業になんか集中出来ないから、互いに何処が好きになったのかとかを語り合う。
二人っきりだが変な事はしない。
こんな美少女が俺の彼女なんて奇跡だから、早まった真似して台無しにするわけにはいかない。

でもね……佐藤さんの方からね……












「よぉ……何でお前、午後の所行をサボってんだ?」
流石にHRまでサボるわけにもいかず、俺は佐藤さんと共に教室へ戻ると、速攻で蔵原から声をかけられた。因みに教室の手前まで佐藤さんと手を繋いで居たけど、バレるのは恥ずかしいので直前で手を離した。

「ちょっと……体調悪くて……」
本当の事は言えず視線を逸らして嘘を吐く。
ふと教室内を見渡すと、白鳥さんと渡辺さんの席に見知らぬ美少女が……
え!? う、嘘だ……あんな美少女等が俺を狙ってるなんて有り得ない!

俺の視線に気付いた二人が席を立ち近付いてくる。
多分白鳥さんだろうけど、服の上からも判る巨乳を揺らしてこっち来る。
透き通る様な白い肌に、輝く様な金髪美少女……絶対に俺の事を好きなんて有り得ない。

そして多分渡辺さん……
黒くて綺麗な髪をポニーテールにして笑顔が眩しい。
少し童顔っぽい……まだ中学生にも見える美少女だ。

「大神さん……体調が悪かったのですか?」
「大丈夫、大神君?」
俺に惚れてるなんて知らなかったから今まで気にしなかったけど、凄く二人とも近付いてくる。白鳥さんの胸なんかは俺の肩に当たるくらい!

「だ、大丈夫! ほ、本当はただのサボリだったんだよ! ご、ごめんね……」
俺の左前の席では、何時もならこの輪に加わる佐藤さんが、こちらを見る事なく笑いを堪えている。ちょとぉ~……俺に余計な情報を与えたんだから責任とってよぉ。

「あれ、大神?」
タジタジになりながら席に座ると、突然蔵原が何かに気が付き話し掛けてきた。
何かこの状況を緩和させる事を言ってくれるのかな?

「お前……愛香音ちゃんと付き合う事にしたの?」
「な、な、な、何を、い、い、い、言ってるん!!??」
「そ、そ、そうよ! な、な、何なんだよ蔵原!」

突然の指摘で大いに慌てる俺。
俺等の輪に加わらないで居たのに、椅子をひっくり返す程慌てて蔵原に詰め寄る佐藤さん。
俺達二人の反応を見てニヤリと笑う蔵原。

「大神ぃ……口に愛香音ちゃんのと同じ口紅が付いてるぞ」
「え? マジで!」
俺は慌てて唇を触った。

「お、大神……私……口紅なんか付けてない」
「うっそ~ん(笑) 唇に色移りはありませ~ん。君等の態度でピンときただけ~」
だ、騙された……

「う、嘘!? 大神君……愛香音ちゃんと付き合うの!?」
「そ、そんな……で、出遅れましたか!?」
二人に視線を移すと、泣きそうなくらい落ち込んでいる。お、俺なんかより良い男は沢山居るだろうに……

「ほらほら~、HR始めるわよ。何を騒いでるの、席に着く!」
蔵原の暴露と俺達の動揺で事態が大事(おおごと)になり、教室内がざわついてると小林先生が入って来た……多分。

い、いや……三毛猫しか知らないから、俺。
艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、切れ長の瞳が色っぽい美女。
こんな大人な美女が俺みたいな子供に惚れるわけない。

「センセ~……大神が愛香音ちゃんと付き合う事になって、教室内がざわついてます!」
(ガタン!)「え!? う、嘘でしょ?」
嘘でしょって言いたいのは俺だ。小林先生は蔵原の言葉を聞いて、教壇を倒す程動揺する。

「センセー動揺しすぎ(笑) 失恋の痛手は俺が癒やして差し上げますよ。ベッドで!」
「し、し、し、失恋って……な、何を言ってるんですか、蔵原君は!?」
いやいやいや……俺でも判る様な動揺でしたよ。

「さ、佐藤さんは可愛いから、引く手あまただと思っただけよ!」
「いえ先生。先生と白鳥さんと渡辺さん……そして佐藤さんが大神君を狙ってる事は、夏休み前からクラス中に知れ渡ってました。これに気付かないのは相当鈍感な人くらいです」

え、マジで!?
余り仲良くはないクラスメイトの高宮(♂)がニヤニヤしながら教えてくれた。
相当鈍感な部類に当事者の俺が混じってる。

「おい、高宮が言ってる『相当鈍感な奴』ってお前の事だぞ(笑)」
この状況が吃驚すぎて呆然としていると、蔵原がダメ押しで教えてくれた。
俺だって彼女等が猫の姿じゃなければ……それでも気付かないかも?

そんな俺を取り巻く嘘みたいな状況中、本日は下校の時間となった。
もうバレてるわけだし、佐藤さんと手を繋ぎ仲良く帰路に……
後で、白鳥さんと渡辺さんが泣きながら帰ったと聞き、俺相手なのにと言う申し訳なさでいっぱいになる。






蔵原の様にホテルに連れ込むなんて出来ないが、下校途中にある公園で日暮れまでお喋りして人生二度目のキスで締めくくる。
そして幸せの余韻に浸りながら帰宅する。

まだ夕飯には時間があるので、自室にて時間を潰そうと戻ると……
そこには馬鹿()()が漫画を読んでいた。
本来ならコイツに報告してやる義務はないが、奴の呪いを撥ね除けてやった事を伝えたくて、少し上から目線で伝える事に。

「おい、遂に呪いを解いてやったぞ!」
「ニャに!? 貴様なんかが告白してOKもらえたのか!?」
「言い方がムカつくが、その通りだよ。もう俺には彼女が居る!」
「も、物好きな女も居たもんだニャ」

「よ、余計なお世話だ!」
俺も同感だけど、此奴に言われると腹が立つ。
ムカつく序手でに使えないアイテムの事を責めてやろうか。

「そう言えばお前から貰った『好感度上昇ブースターシール』は使い所が無かったぞ! お前同様に使えないな」
「はぁ? そんなの当たり前ニャ! 虫眼鏡以外、そこらで手に入る代物ニャ。あんなシール女に貼ったところで、何の嫌がらせかと怒りを買うだけニャ。もしかしてお前……あんな道具に頼って女の心を操ろうと考えてたのか? ゲスな男だニャ」

そ、そんなつもりは無かった……いや、ちょっとはあったけど、マジックアイテムってこの『好感度計ルーペ』しか無かったって事?
さ、詐欺じゃん! 俺はマジックアイテムだと思ったから、さきいかと好感してたのに……

(ゴツン!)「ニャ!」
「もう出て行け」
俺はベッドで寝そべる馬鹿()()の後頭部にゲンコツを落とし漫画を取り上げると、ストックしてあったさきいかを全部渡して窓から追い出した。

「もう二度と来るな!」
「言われんでも来ないニャ!」

こうして俺は神だか悪魔見習いだかに振り回される事はなくなった。
でも何だかんだ言って、あの星への祈りが通じだお陰であろう。
もう二度と神頼みはしないと誓いつつ、これはこれで感謝もしている。







後日談だが……

もう目当ての男が無くなった事を知った蔵原が、白鳥さんを口説き落とした。
愛香音ちゃんとのデート中に、ラブホテ○ から二人して出てくる場面に出会した。
白鳥さんは慌てて言い訳しようとしてたけど、彼女程の美人を蔵原が放置しておくワケ無いので、納得している。

渡辺さんも口説いたらしいが、本人も言ってた様に女誑しは嫌いみたいで、口説き落とされなかった。
ちょっと不安なのが、未だに俺を諦めてないという噂を聞く事だ。
俺に固執するより、新しい恋を見付けた方が良いのに……

小林先生は未だにフリー。
勿論、蔵原に口説かれたらしいが、相手は生徒なので口説き落とされなかったらしい……ただ蔵原が言うには、『卒業したら受け入れてくれるに違いない』との事。




俺の青春は未だ未だ続くが、馬鹿()()の馬鹿に振り回される話しは終わり。
愛香音ちゃんと別れず、一生を添い遂げられるよう、俺の努力は終わらない。
唯一役に立つ『好感度計ルーペ』を駆使してね。


 
 

 
後書き
迷った。
誰と大神を付き合わせるか、本当に迷った。

読者様の期待に添えなかったら申し訳ございません。
ですが あちゃ の「ねここい」は、
これが本筋であります。