俺様勇者と武闘家日記


 

勇者との出会い

 
前書き
ドラゴンクエスト3の二次創作小説です。
ほのぼのだったり、戦闘多めだったり、たまにラブコメしてたり。
基本的にゲームに準じてはいますが、ストーリー上、全てゲーム通りに話を進めるのは困難なため、多少アレンジしたり、オリジナルキャラを登場させたりしています。
そういった内容でもOKな方は是非ご一読ください。
 

 
 ここは、アリアハンの城下町にある酒場。
 冒険者たちの間ではけっこう有名で、「ルイーダ」という女の人が一人で切り盛りしていることから、仲間内では「ルイーダの酒場」と呼んでいる。
 いつもこの時間は閑散としている店内なのだけれど、今日は昼間なのにもかかわらず、多くの人でごった返している。
 それもそのはず、実は今日、勇者が旅立ちの許可をもらう日なのだった。
「はぁ……。まだ来ないのかな……」
 ひときわ目立たないカウンターの一番隅のほうで、すっかりぬるくなってしまったホットミルクをちびちびと飲みながら、私は一人ポツリとつぶやいた。
 別に好きでホットミルクを飲んでるわけではない。カウンターに座った途端、酒場の女主人さんからサービスってことでご馳走された。
 やっぱり髪を二つわけにして三つ編みにしてるからだろうか。もともと年齢よりも幼く見えるため、余計子供っぽく見られるらしい。
 自己紹介が遅くなってしまったけれど、私の名前はミオ=ファブエル。なぜ私がこんなところにいるのかと言うと、『勇者』に会って彼の仲間にしてもらうのが目的なのだ。
 もちろん何の力もないただの女の子が『勇者』の仲間になれるわけがない。そのために私は、「武闘家」として今まで毎日修行を続けていた。ただ、服装もそれなりに武闘家っぽい格好をしてきたんだけど、やっぱり普段の稽古着とは違って着慣れない。それが返って幼さを引き立たせているのかもしれない。
 ともあれ今の私の心情は、暢気にミルクを飲んでいられるほど穏やかではなかった。
 半月前、アリアハンとは遠く離れたカザーブから、はるばるここルイーダの酒場に来たのだけれど、ここに来るまでも戸惑いばかりで、さっきからあたりを挙動不審気味に見回しているのが自分でもわかる。
 なにしろ今まで修行のほとんどを自身の能力を高めるための武術に費やしてきて、旅に必要な知識や土地勘、魔物との戦い方などをまったくといっていいほど知らなかったのだ。
 しかし酒場にいるほとんどの冒険者……要するに私以外の冒険者は、あちこちを旅して手ごわい魔物と戦ってきた、歴戦のベテラン冒険者ばかり。私は思わずため息をついた。
 そもそもなぜ私を含め大勢の冒険者がこの酒場に集まっているのかというと、つい先日、ここアリアハンより世界を滅ぼそうとたくらむ魔王を倒すため、一人の勇者が旅に出るという噂が広まったからだ。
 噂はやがて真実となり、それを聞いて共に魔王を打ち滅ぼそうと決起する歴戦の冒険者たちがここに集まるようになったのだ。
 だが魔王は仮にも世界を滅ぼそうと計画しているだけあって、その強さは計り知れない。
 現に十数年前、オルテガと言う一人の屈強な男が、無謀にも単身魔王に挑んでいった。だが死闘の末、彼は魔王の城に程近いネクロゴンドの火山で消息を絶ち、今も行方知れずとなっている。
 そしてそのオルテガの一人息子が、何を隠そうアリアハンの勇者なのである。
 噂では剣術はもちろん、魔法の使い手としても相当の実力者だと聞いている。ルイーダさんの話によると、レベルは30をとうに越えてるとか。父であるオルテガが成し得なかった偉業も、彼なら達成できるのではとさえ言われている。
 だがたとえレベル30の勇者でも、単身外に出てしまってはさすがに危険だと配慮し、ここルイーダの酒場で仲間を集めよと、数日前に命じたのだ。
 その影響は予想以上にすさまじく、自分も是非勇者とともにパーティーを組みたいと、たくさんの冒険者が酒場に集まってきた。
 もともとアリアハンは鎖国状態が続いており、他国との交流はほとんどないといっても過言ではないのだが、今回は特別に冒険者のみの立ち入りを一日だけ許可したのだ。
 かく言う私もポルトガに来ていたアリアハン行きの船に、ちゃっかり乗ることができた。もう本当に、奇跡のタイミングとしか言いようがない。
 そもそも勇者の仲間になるためにはまず、カウンターにいるルイーダにいまのレベルと職業を登録してもらうのだが、ここにいるほとんどの人がレベル10以上。
 そして私のレベルは「1」。……誰が見ても、私をパーティーに入れるなんて足手まといの何物でもない。
 もちろん自分でも、勇者のパーティーに入れてもらえるなんて無謀なことだとはわかっている。
 でも、足手まといだろうと何だろうと、私は勇者の仲間になりたいのだ。
 村にいたとき、遠いアリアハンから勇者のうわさを聞いて、私はすぐにその人に憧れを抱いた。
 少しでもその人に近づきたくて、武術を習い始めた。
 けど、いくら努力しても才能には勝てなくて、結局最後まで師匠にほめられることはなかった。
 家族の反対もあったが、私の熱意に根負けしたのか、最後には皆笑顔で見送ってくれた。
 ここまででもかなり無謀なことをしてきたんだから、もしかしたらなんとかなるかもしれない。私はそういう性格なのだ。
 そんなことを考えていると、戦士風の男の人が勢いよく酒場に入ってきて、他の仲間に向かって大声で叫んだ。
「おい! とうとうあの勇者が旅立つことになったらしいぞ!!」
 その一声に、店内の空気は一瞬にして期待と緊張の入り混じった高揚した雰囲気に包まれた。
 これ以上の奇跡はないだろう、いやでももしかしたら本当に仲間になれるかも、と頭の中で何度も考えを巡らせながらコップに入っているミルクを無意識に揺らしていたとき、次第に酒場の外が騒がしくなった。
「勇者だ! 勇者がやってきたぞ!!」
「いよいよ旅立つのね!!」
「絶対魔王を倒してこいよ!! でも無理すんじゃねーぞ?」
「バーカ。ユウリに限ってそんなことあるかよ。なんたってあいつは、この世界を救う英雄なんだぜ!!」
 酒場の外から、次々と歓声が聞こえてくる。
 町の人々も、勇者の旅立ちを今か今かと待ち望んでいたらしく、次々と声援を送っている。
 私は我に返り、その反動で持っていたコップをひっくり返してしまった。それでも心臓の鼓動は早くなるばかりだ。
 そして酒場にいた冒険者たちも、一気に色めき立つ。
「いよいよ、勇者とともに旅立つときが来たようだな!!」
「へっ、なに図々しいことぬかしてんだよ。レベル8のくせに生意気なんじゃねーの? 入るのはレベル12であるこの俺が……」
「そりゃこっちのセリフだ!! 俺なんかザオラル覚えてるんだぜ」
「なんだとっ!!?? オレなんか会心の一撃が……」
 と皆がざわめく中、ふいに、扉を開ける音が聞こえた。
 音のした方へ振り向くと、そこには扉の前で悠然と立っている、一人の少年の姿。
 黒い髪に鳶色の瞳。細身だが体つきはしっかりしているように思える。16歳の誕生日に旅立つと噂で聞いていたけれど、精悍な表情からは、どこか大人びた印象をも与える。
 額には、蒼く輝くブルーサファイアを埋め込んだ、サークレットが飾られていた。
 まちがいない、彼こそが勇者だ、と誰もが思った。
 私の心臓もまた、限界に達していた。
 彼は、一通り辺りを見回したあと、正面を向いて言った。
「これから旅に出るんだが、誰か仲間になってくれないか?」
 あっさりと、だがきっぱりとした言い方だった。表情はまったく動いていない。
 しかしその言葉を聞いた途端、酒場にいた冒険者たちが、まるで海岸に寄せる波のように、一斉に勇者に詰め寄ってきた。
「君があの有名なオルテガの息子さんか~。いやあ噂には聞いているよ。この年でレベル30なんだって?」
「勇者様には及ばないが、実はオレも武闘家の道を極めててさ、グリズリーなんか一発で気絶させるぐらいのことは出来るぜ」
「私これでも炎の上級魔法とか覚えてるから、仲間にするにはうってつけよ!」
「何言ってるんだ。旅に必要なのは特殊技能を持つ盗賊だ。怪しい所は必ずチェックして見せるぜ」
 などと、口々に自分をアピールしながら詰め寄る冒険者達。その迫力に圧倒された私は、いまだにこぼれたミルクのそばでぼーっと突っ立っていた。一方勇者の方はというと、これだけの人々にもみくちゃにされながらも、顔色一つ変えず平然と構えている。
 無表情でいることしばし。そしてついに、初めて勇者の口が開いた。
「とりあえず、俺よりレベルの低いやつは今すぐ消えろ。あと金のないやつも消えろ。見た目が暑苦しいやつは問題外だ。それでも自分に自信があるやつだけ残れ」
 …………………………。
 一瞬にして沈黙。そしてとどめの一言がさらに場を凍りつかせた。
「聞こえなかったのか? どいつもこいつも頭の悪いバカばっかりじゃないか。そんな奴らしかいないのなら、全員俺の仲間になる資格なしだな」
『……………………』
 それはまるで水を打ったかのような静けさだった。
「……ユウリ。そんな厳しい条件、誰も飲めないよ」
「ふん、勇者の仲間になるやつならそれくらいの条件が飲めるやつでないと認めん」
 隅のカウンターで、あきれたようにため息をつくルイーダさん。
 その言葉が口火を切ったのか、途端に店内の空気が爆発した。
「ふ、ふざけるな!! 俺たちを馬鹿にしてるのか!!??」
「勇者だからって、ちょっと生意気じゃない!?」
「ホントにこんな性格悪いのが勇者なのかよ!!」
 さっきとはうって変わって、怒号と罵声に包まれる店内。中にはいままで酒を飲んでいたのか、酔ってテーブルをひっくり返したりする人も出てきた。
「ふん、急に手のひら返したように態度変えやがって。だから口先だけの奴は嫌いなんだ。もうここにいるやつら全員まとめて国へ帰った方がいいだろ」
 その言葉に完全にぶちきれる冒険者一同。
「誰がテメーの仲間になんかなるか!!」
「だったらてめえ一人で魔王の城に行けや!!」
「俺たちを誰だと思ってんだ!! 泣く子も黙る疾風の……」
「くっ……私を仲間にして置けばよかったと後悔すればいいわ!!」
 わけのわからないことを口々に叫びながら、冒険者たちは怒り心頭で酒場のドアをくぐり出て行った。
 店に残ったのは、勇者―――ユウリさんと酒場のルイーダさんと・・・・私のみ。
 というか、あまりにも突然の言動で、あっけに取られていて動けなかっただけなんだけど。
「ふう……。やっぱりああいうレベルの高い冒険者様には、ユウリの態度は耐えられないみたいね。せっかくの王様のご好意を無碍にして、どうするつもり?」
「ふん、知るか。あいつらが俺のペースに合わせられないようならかえって足手まといなだけだ」
 ルイーダさんはあきれたようにため息をついた。すると、私の姿が視界に入ったらしく、少し驚きながらも声をかけてきた。
「あなたは、どうするの?」
「あ、えーと、その」
 私が返答に困っていると、にらみを利かせた勇者がこちらに近づいてきた。
 どうしよう。ものすごくにらんでる。
 私はびくびくしながらも、へんな対抗意識が芽生えて思わず睨み返した。だが、相手はまったく意に介することなく私を物珍しそうに眺め回した。そして、なぜかため息をついてつぶやいた。
「……残念な奴」
 残念!? 残念って何!!?? ほかの人と明らかに呼び名が違うんだけど!? それ見た目のこと言ってんの!? あるいは冒険者として残念ってこと!?
 私が心の中で軽くテンパっていると、相手はくるりと背を向けて、女主人さんとなにやら話し始めた。
 うわ、すっごい感じ悪い。
 私は、今までの勇者像とあまりにかけ離れた現実の勇者に、軽いショックを受けていた。
 同時に、故郷であるカザーブからポルトガを経由して、はるばるアリアハンまで来るまでの自分を、走馬灯のように思い返していた。
 すると、奥のテーブルの物陰から、かたん、と物音が聞こえた。
 ユウリさんもそれに気がついたらしく、再びこちらに向き直る。
「ルイーダ。この鈍くさい女のほかにもまだ人がいるのか?」
 鈍くさい……。私は心に10のダメージを受けた。
 ルイーダさんも、首をかしげる。
「さあ……。何しろ今まで店が埋まるほど人がいたからねぇ……………………あ」
 何か思いついたように、ルイーダさんは声を上げた。
 と同時に、がたーん!!と、例のテーブルがひっくり返された。
 ひっくり返したのは、顔中真っ赤にしたバニーガール姿の金髪の女の子。
 たぶん酔っていなければ、かなりかわいい部類に入ると思う。色白で華奢なその身体は、バニーガールよりは白いドレスのほうが似合う気がする。
「ねー、ルイーダのおばちゃーん!! お酒もうないのー?」
 小柄な身体に似合わずかなり大きな声で、その子はルイーダさんにお酒を要求した。
「だれがお○ちゃんよ、だれが!! てーかなんであんたまだここにいるのよ!! とっくにツケ払ってこの国出たのかと思ったわよ!!」
「……なんだあいつは」
 ユウリさんが横で静かにつぶやいたのが聞こえた。
 バニーガールの女の子は女の子で、マイペースに歌なんか歌っちゃってる。この子よっぽどお酒が好きみたい。私より年下に見えるけど。
「……このウサギ耳も俺の仲間になりたいと思ってここに来たのか?」
「いーえまったく無関係。あの子3日前にここにふらりとやってきては、毎日朝から晩までお酒飲んで店に入りびたり。しまいには店中のお酒飲みまくるもんだから一回強制退去させたんだけど、まさか忍び込んでくるとはね……」
 そこまでして飲みたいんだ、お酒。しかもまだ飲み足りてないみたいだし。
「あ、そうだユウリ、あなたあのバニーガール連れて行きなさいよ。たぶんあの子戦力になると思」
「ふざけるな。なんでよりによってあんな悪酔い女をつれて魔王を倒さなきゃならないんだ。結局厄介払いだろそれ」
 ルイーダさんの提案をコンマ一秒で一蹴するユウリさん。だがルイーダさんも負けていない。
「何言ってるの! 昔からバニーガールはいずれ立派な戦力となる、ってどこかの誰かが言ってたような気がしないでもなくもないわ」
「結局どっちだ! 冗談じゃない、こんな奴連れてくんだったらまだこいつのほうがましだ!!」
 といって、私のほうを指差す勇者。
「なーんだ、それなら安心ね。なんかその子ならあのバニーガールの面倒見てくれそうだし、ちょうどいいじゃない。両方仲間にすれば、両手に花よvv」
「な、ちが……」
「ねえ、そこのおチビちゃーん! ここにいる勇者様があなたの酒代全部おごってくれるってー!!」
「え!? ホント!!??」
「ふざけるな!! そんな約束俺は……」
「わーい、わーい!! ありがとー!! やったぁ超ラッキー!!!!!!」
 そういうと、ユウリさんに近づき、彼の周りをぴょんぴょん跳びはじめた。けれど彼は、それをうっとうしそうに追い払おうとしている。
「あーもう、邪魔だ!! こんな奴ら連れて行くんだったら俺は一人で行く!!」
「だめよ、お城の兵士に言われたんでしょ!? 『あなたのようなひねくれものの性格の人は仲間が必要ですよ』って」
 ルイーダさんがぴしゃりと言い放つ。今の言葉はユウリにも堪えたらしい。
「……お前、その情報どこから……」
「ふ、酒場のルイーダを侮らないでよね。これでも王室御用達なんだから」
「まったく理由になってないだろうが!!」
 ぎろっとルイーダさんをにらむユウリさん。そこで、再び彼と目が合ってしまった。
「なんだお前。まだいたのか。武闘家の格好をしてるがどうせレベル1か2なんだろ? そんな奴に用はない。とっとと自分の国に帰れ」
 うっ……。レベルまであたってる……。
 でも、そこまで言われて、はいそうですかと帰れるほど、私は大人じゃない。性格はどうあれ、この人は本物の勇者なのだ。ここで食い下がらなければ、もう二度とチャンスはない。
「あの!! 私、本当に戦力外だし、たぶんここにいるのも場違いだと思うけど、ユウリさんの仲間になるためにここまでやってきたんです!! お願いです!! ユウリさんの足手まといにならないようにがんばるんで、仲間にしてください!!」
 そういって、私は頭を思い切り下げた。
 ユウリさんはさすがに面食らったような顔をしていた。私なりに精一杯の誠意を表したつもりだったんだけど、かえって逆効果だったかもしれない。
「あなたも隅に置けないわね。こんなかわいい女の子からアプローチされるなんて」
 隣でルイーダさんがひやかすように言った。そういうつもりで言ってるわけじゃないのに……。
 なんとなく気まずい雰囲気が流れるのを感じて私は俯いてしまった。すると急に、
「……お前、変な奴だな」
「え?」
 ユウリさんが、無表情のままぽつりと言った。
 私ははじかれるように顔を上げる。
「自分から『戦力外』だの『足手まといにならないように』だの言って、どんだけレベル低いんだお前は」
「えー、あ、いや、だって事実だし……」
「お前、名前は?」
 いきなり言われたので、しばらく思考が回らなかった。
「なまえ……。あ、えっと、ミオです。ミオ=ファブエル」
「ふん、俺はユウリだ。ユウリ=ゼパス」
 それっきり沈黙。
「あ、あのー……?」
 もしかして、仲間として認めてくれたってこと……かな?
「早速だが、お前の仕事だ」
 そういっておもむろに私のところに何かを差し出した。よくみたらいままでユウリの周りを飛び跳ねていた女の子だった。私は驚いて思わず後ずさる。
 なにしろ、女の子の首根っこをつかんでいるのだ。普通女の子には絶対やらない行為だと思う。
「えーと、仕事って?」
「お前さっきの話聞いてなかったのか。こいつの世話がお前の仕事だ」
 せ、世話って……!! 人を犬か猫みたいに……!!
「む~っ。『こいつ』じゃなくて、シーラだよぅ!」
 ユウリさんの性格は、『ひねくれもの』だけでくくってはいけないような気がする。
 ともあれ私は、バニーガール(?)のシーラちゃんとともに勇者の仲間になるという悲願がかなったのであった。
 叶ったのはいいんだけど、これでよかったのかなぁ……?
 ふとシーラちゃんと目が合う。彼女はきょとんとして私を見たが、すぐに笑顔で返し、
「あなたもお酒代払ってくれるの?」
 と、キラキラした笑顔でいきなり問題発言を浴びせてくれた。
 こ、この二人と一緒に魔王を倒すってこと……?
 ……私は早々と、この先の旅の未来を不安に思った。




 

 

ナジミの塔

 結局その日は宿に泊まり、次の日の朝早くユウリさんたちと落ち合い、アリアハンを出発した。
「遅い。一体何をやってたんだ」
 出発前、世界を救う勇者であるユウリさんは、不機嫌そうに町の入り口の前に立ち、一番遅れてきた私に向かってこう言った。
「勇者である俺を待たせるなんていい度胸してるな。ま、どうせ鈍くさそうなお前のことだ、間抜け面でのんきに眠りこけて寝坊したんだろ」
 ……これが昨日初めて会った人に言う台詞だろうか。
 確かに遅れてきたのは悪かったけど(意外にもシーラのほうが先に来ていた)、そこまで言われる筋合いはないと思う。まだユウリさんと知り合って日が浅いこともあり、無謀だとわかっていながらも、ついムキになって言い返してしまった。
「ね、寝坊なんかしてません!! いろいろ仕度とかしてたら夜中までかかっちゃったんです!!」
「普通俺の仲間になるのなら俺と会う前に準備をしておくもんだろ。これだから田舎娘は機転が利かないんだ」
 ……結局、あっけなく反撃を食らってしまった。
 そのあと町を出てからも「足が遅い」だの「ボケた顔してる」だのさんざん言われまくったあげく、反論も許さないのだからこちらとしてはたまったもんじゃない。ただ歩いてるだけでストレスがたまってしまいそうだった。
 その上なぜかシーラちゃんには何も文句を言わない。この差別は何なんだろう。
「あはははは~!! ちょうちょだちょうちょ~♪」
 ……ひょっとしたらただ単に文句を言っても無駄だからなのかもしれない。
「ねえ、シーラちゃん。あのさ、本当にユウリと一緒に旅しちゃっていいの?」
 ちょうちょに気を取られているシーラちゃんに私は尋ねた。
 シーラちゃんはこちらに気づき、きょとんとした顔でこちらを見ている。そのしぐさがすごくかわいい。
「うん♪ だってこの人、お酒いっぱい飲ませてくれるって言ったものvv」
「俺はそんなこと言った覚えはない!!」
 まー確かにそれ言ったのはルイーダさんだったけど……。
「でもさ、シーラちゃんどう見ても未成年のような気がするんだけど……。大丈夫なの?」
「うん♪ あたしこれでもおっきなタル5こぐらい一気に飲み干したことあるよvv でもぜんぜん平気だったvv」
 た、タル五個分……!!?? ってタルの入ったお酒がどのくらいかがわからないっ……!
「もしかしてシーラちゃんて私より年上?」
「そんなこと今はどうでもいいだろ。それより、見えてきたぞ」
 ふと街道の先を見ると、ユウリのいうとおり村のようなものが見える。
「あれが、レーベの村だ」


 レーベの村は、アリアハンと違って穏やかな空気の似合う、なんとものんびりした村だった。なんとなく私が育った村に似ている。
 ユウリが言うには、この村にいる老人が『魔法の玉』というものを持っているらしい。
『魔法の玉』っていうのはいわゆる魔力蓄積器みたいなもので、詳しいことはわからないけど、とにかく使うと爆発するらしい。
 なぜ破壊力抜群の魔力を秘めた『魔法の玉』が必要なのかというと、ここからずっと南東にある『いざないの洞窟』を通らないとこの大陸から出られないのだそうだ。
 けれどその洞窟は昔から地震やがけ崩れが多いらしく、今では土砂が埋まって入り口が通行禁止になっている。
 それを取り除くために『魔法の玉』というものが必要らしいのだ。
「ふん、そんなことも知らないとは、お前それでも武闘家か?」
「し、知らなくったって武闘家です!」
「あたしも知らないよ~」
「お前には聞いてないウサギ女」
 変なあだ名をつけられたのにもかかわらず、シーラちゃんはなぜかうれしそうにはしゃいでいる。
「ねえねえ、ミオちんにはなんかあだ名ないの?」
「知るかそんなの。こいつなんぞ鈍足女だ」
 ……結局つけてるじゃん。ていうかいつのまにかシーラちゃんにまであだ名をつけられている。
「そういうユウリさんは、その『魔法の玉』っていうのがどこにあるか知ってるんですか?」
「ホントに鈍い女だな。だからこれから探しにいくんだろうが。それからユウリでいい。敬語も使うな」
「あ、はい、すいません」
 なぜか恐縮する私。
「あたしも呼び捨てで呼んでいいからね、ミオちん♪」
「あ、うん、わかった」
 それはいいんだけど、その『ミオちん』ってのはどうかと思うなぁ……とはいえない小心者の私だった。

「ああ、それならあそこの家だぜ」
 意外にも、村人に聞いてものの数分もしないうちに、その『魔法の玉』を所有している人の家の場所を教えてもらった。
 だが、その人に会おうとしているということをその村人に言ったとたん、全力で否定された。
「あー、それは無理無理。なんたってあそこんちの爺さん、しょっちゅう変な魔法の研究してて、客が尋ねてきても無視してんのか絶対顔を出さねえんだ。しかも扉にはわけのわかんない鍵までつけて、勝手に開けることさえ許してくれねえ。ありゃあ中でよっぽど物騒な研究でもしてるんだぜ」
 そんな怪しげな人から『魔法の玉』をもらわなければならないのか。私は横目でユウリをチラッと見た。
「だったら扉ごと壊せばいい」
 とか本気で言いそうな表情をしていたので、私は思わず目線をそらした。
 すっかり途方に暮れていると、シーラがなにやらせわしなく、しきりにきょろきょろしている。
「どうしたの、シーラ?」
「うーんと、この辺に酒場はないのかな~、て思って」
「まだ飲み足りてないの!?」
 確か昨日あの後ルイーダさんに、「これで最後」とかいいながら、ワインのような酒瓶を両手に持ち、浴びるように飲んでいたような気がしたんだけど。
「残念だけど、この村にはそういうのないみたいだね」
「え~~!? ショック~~~!! あたし一日一本はお酒飲まないと死んじゃうんだよ~~!」
「いや、そんだけ飲むほうが身体に悪いと思うけど……」
「ザル女のたわごとなんぞ放っとけ。それよりこれからどうするか考えるぞ」
「ざる? 何それ?」
「あれー? ユウリちゃんがそんな言葉知ってるなんて意外ー! いーけないんだいけないんだ~」
「お前に言われたくない!!」
 そういってユウリは逃げるシーラを追いかけ始めた。それを眺めながら私はいまだに「ざる」の意味について考えていた。
 やがて日が暮れ落ち、ひんやりとした夜の空気に変わりはじめたので、ひとまずここは宿を取って、翌日行動に移すことにした。
 宿についてからもシーラは「お酒がない」と言って、お風呂と夕食を済ませたあとすぐに部屋に戻り、早々と眠ってしまった。
 一方私はと言うと、食事が終わった後ユウリに呼ばれて、ユウリが泊まる部屋で明日の予定を決めることになった。
「さっき村人に聞いて回ったんだが……」
 実はあれから私たちはふたたび聞き込みをしてたんだけど、ユウリが聞いた村人の話では、この村からみて南西の方角に、『ナジミの塔』と呼ばれる塔が立っているらしい。
 そこには昔『バコタ』という盗賊がいたのだけれど、ある時アリアハンの兵士に捕まってしまった。彼が捕まる直前、仲間にとあるアイテムを渡したのだが、そのアイテムを持っている人物がナジミの塔にいるらしい。
 何でもそのアイテムと言うのは、解錠を得意としたバコタの技術をすべて結集させたもので、名を『盗賊の鍵』といい、ちょっと複雑な構造の鍵がかかった扉なら簡単に開けられるという。そのため盗賊たちの間ではのどから手が出るほどほしいレアなアイテムなのだそうだ。
「てことは、その盗賊の鍵があればあそこの家の鍵も開けられるってこと?」
「ああ。呼んでも出ないのならこっちから上がりこむしかないだろ」
 それってつまり不法侵入になるってことなんじゃないのかな?
「まあもし手に入らなくても家ごと呪文で破壊すればいいしな」
 ……不法侵入なんてかわいいもんだよね。うん。
「あのウサギ女にも伝えとけ。明日は『ナジミの塔』に行くとな」
「あ、うん。……でもさ、皆が欲しがりそうなそのアイテムを、そんな簡単に私たちにくれるかな?」
「そんなの、倒すか脅すかして奪えばいいだろ」
もうどっちが盗賊なのかわからない。
 結局明日の予定はユウリの独断で決定し、後は特に何も話すこともないまま、会議はこれでお開きとなった。
 部屋に戻る際にユウリが、
「ナジミの塔周辺は古くから魔物が住み着いているらしいし、戦闘になったらちゃんと戦えよ。足手まといが二人もいたら俺が疲れるだけだからな」
 と、しっかり念を押してくれた。ホントユウリって、いい性格してるよ。


 そして翌日。ぐっすり眠っていたシーラを揺り起こし、急いで仕度を済ませたおかげで、ユウリより先に部屋を出ることができた。
 それなのにユウリは何も言わず、そのくらい当然だ、と言わんばかりの態度で先に宿を出た。
「ふぁあぁ~ぁ。あーよく寝た♪」
 後ろでシーラがのんびりとあくびをかみ殺しながら歩いている。バニースーツにウサギの耳、おまけにものすごくかかとの高いハイヒールを履いている姿は、この村ではものすごく珍しいらしく、村人がすれ違うたびにシーラのほうをじっと見つめている。
 でもきっとバニーガール姿じゃなくったって、あんなにかわいらしい顔立ちをしているのだから、町行く人ならだれでも振り向くかもしれない。
 ふと、何でシーラはあんな格好をしているのかといまさらながら疑問に思ってしまう。
 聞いてみようかと決心しかけたが、ユウリが急に歩を早めたので気がそっちに行ってしまった。
「なにのろのろ歩いてんだ鈍足。早く行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。シーラがまだ……」
「あたしならここにいるよ~ん」
 声のしたほうを振り返ると、今まで後ろに歩いていたシーラが、いつのまにかユウリの前を走っていたのだ。
 私は彼女の意外な脚力に心底驚いた。あんなハイヒールでよく走れるものだ。
 そんな調子で先を急いだもんだから、結構かかると思われていた道のりも半日足らずで目的地についてしまった。
 村人の話では、途中に洞窟があって、そこから塔の内部へと続いているらしい。聞いたとおりの道を進み、何度か魔物にも出くわしたけどユウリが一掃してくれたおかげで難なく洞窟を抜けることができた。塔の内部は洞窟とは違い、うまく日の光が入る構造になっているのか、かなり明るい。
 ナジミの塔は昔からあると言う割にはあまり古ぼけた感じはしない。
「なんか……意外ときれいなんだね……」
 隣で何気なくつぶやいた私の言葉に、ユウリは奇妙なものを見るかのような目つきで私のほうを向いた。
「お前……。盗賊の棲みかに向かってなんて間抜けな感想を漏らしてんだ」
「だって……。なんかすごく掃除が行き届いてるんだもの。普通こういうところって、もっと薄暗い埃だらけの建物とか、傷だらけの壁がいっぱいあるところかと思ったんだけど、ここはぜんぜんイメージと違うね」
「まあ確かに、最初に入った洞窟と言い、不自然ではあるな」
 珍しく意見があった気がする。ユウリは腑に落ちない顔で塔の内部を見回した。
「ねぇねぇ、あそこにベッドがあるよ~♪」
 そういうとシーラは、誰よりも早く塔の中に足を踏み入れ、テンポのいい足音を立てながら奥へ進んでいってしまった。
「あの馬鹿……!」
「あぁっ、シーラ!!」
 あわてて私もシーラの後を追う。さらにその後ろから、大きなため息をついたユウリがついてきた。
 そしてその奥には、なぜかベッドがたくさん並んだ大きな部屋があった。
「いらっしゃいませ、お泊りですか?」
「は?」
 私は自分でも情けないほど間抜けな声を上げた。だって、盗賊の棲みかなのに、ちゃんとした宿屋があるんだもの。
「おいじじい。ここに『盗賊の鍵』があると聞いたのだが、お前が持ってるのか?」
 宿屋のおじさんを目にしたとたん、ユウリはいきなりおじさんの胸倉をつかんで脅し始めた。顔はいつもの仏頂面だから余計怖い。
「い、いや、わたしはそんなもの知らない!!」
「本当か? 隠すとためにならんぞ!?」
 もう完全に勇者じゃないよ、その言動。
「本当ですって!! わたしはただの宿屋の主人ですから!! ここの家の人に雇われてここに店を作ってるだけなんですからね!」
「なんでこんなところに宿屋があるんですか?」
 私の質問に、宿屋のおじさんは得意げな顔で答えた。
「君たち、洞窟を抜けてきたんだろう? 魔物に襲われなかったかい?」
「襲われましたけど……?」
「あの洞窟は別名『冒険者の修行場』と呼ばれていてね。魔物を倒すのに不慣れな新人の冒険者たちがちょくちょく腕試しにやってくるんだよ。けどやっぱり腕が未熟だからね、こうして休憩所を作っているのさ。いいアイデアだろ」
「は、はあ……」
 私が微妙な反応を返していると、今のやり取りをまったく無視した様子でユウリが尋ねた。
「ここの家の人に雇われた、だと?!」
「ええ。この塔には昔から住んでるご老人がおりまして、なんでも今は孫と二人で暮らしているそうですよ」
「孫!? 孫までいるの!?」
 私はさらに驚愕した。一人だと思っていただけに、孫までいると言う衝撃は半端ないものだった。
「どうやら、ただの塔じゃなさそうだな」
 そういって、ぱっとおじさんの襟元を離すユウリ。おじさんは心底安堵した様子で襟元を正している。
「よし、上に行くぞ」
 私たちの返事も聞かないまま、ユウリは宿屋のおじさんに背を向けて歩き始めた。
 私は宿屋のおじさんに頭を下げながら、勝手にベッドでごろごろ転がっているシーラを引っ張って、ユウリの後を追った。


 その後宿屋を後にした私たちは、おじさんの雇い主でもあるおじいさんとその孫がいるという手がかりをもとに、ナジミの塔を徹底攻略することにした。
 2階に上がり、一通り調べるため二手に分かれることにした。ユウリ一人と私とシーラの二人でだ。
 シーラと一緒に入り組んだ通路を進んでいると、やがていきどまりの壁が見えた。
 道を間違えたかと思い引き返そうとしたが、ふと壁の下に目をやると、金色に輝く宝箱がひっそりと置いてあった。
「こ、これって宝箱だよね!? 開けちゃって、いいんだよね?!」
「いーんじゃない? 宝箱も取って~♪って言ってるよ」
 シーラの同意により、私は宝箱を開けることにしろた。恐る恐るそれに近づく。あともう二、三歩で届く―――そのとき。
 ばかっ。
 足元の感覚が、急になくなった。そして、突然足元にぽっかりと空いた闇の中に、私は吸い込まれていく……はずだった。
「って、あれ?」
 なぜか身体が宙に浮いたままブランコのようにゆらゆらしている。
 どういうことなんだろう。そう思って上を見上げてみた。すると、顔を赤くして歯を食いしばっているシーラの姿が見えた。よく見ると私の服のすそを思い切りつかんで引っ張りあげようとしている。
「シーラ!!」
「う~~~、ミオちん落ちるのやだよ~~~!!」
 私はシーラの決死の行動に、はっと我に返った。意外にも冷静に判断した私は体勢を立て直し、何とか無事に元の場所に這い上がることができた。
「うわ~~ん!! ミオちん助かってよかったよ~~!!」
 そう泣きながら飛びついてきたので、思わず私も涙腺が緩んでしまった。
「ありがとうシーラ!! シーラがいなかったら私大怪我してたよ……!」
 そう言って私たちは、お互い強く抱き合った。そしてふと疑問に思う。
「でもなんでこんなところに落とし穴なんかあるんだろ?」
「む~、わかんない。きっと誰かのイタズラだよ!」
 イタズラにしては手が込んでいる。なにしろ床と落とし穴の境目がわからないように似たような色の石でごまかしているのだから。
「そうだ、宝箱は?」
 私は落とし穴の反対側に回り、今度は慎重に宝箱に近づいた。恐る恐る宝箱を開けるが、今度は何も起きない。
 中には、薬草が入っていた。
「なんだぁ。これだけ苦労したのに薬草一個なんて……」
 私ががっくりと肩を落としていると、別行動をしていたユウリがやってきた。
「なにぼさっと薬草握り締めてるんだ。何もないのなら早く上の階に行くぞ」
 ユウリのいつもと変わらない様子を見て、私は疑問に思った。
「あれ? ユウリは落とし穴に引っかからなかったの?」
 ユウリは心底あきれたような表情を、最小限の動きで私たちに見せた。
「俺があんな子供だましの罠に引っかかるとでも思ったのか? お前らと一緒にするな」
 う~~ん、本当に引っかかってただけに何も反論できないのが情けない。
「こっちは落とし穴に爆竹に煙玉だった。・・・ったく、どこのガキだ、こんな馬鹿げたものばかり仕掛けやがって……。これなら魔物のほうが何倍もましだ」
 常に不機嫌そうな顔をしているユウリが、今はさらに機嫌を悪くしている。また爆発させるとか言わなきゃいいけど。
 結局2階は罠と宝箱しかなかったので、3階に向かうことにした。けれど、3階にも同じような仕掛けがしてあっただけで、ほかに怪しいところなど何も見当たらなかった。
 取り立てて怪しいと言えば、上に上がる階段が二箇所あったということだけだ。
「どうするの? どっちに行く?」
「少し黙れ。今考えてる」
 何を考える必要があるのだろう。たとえ階段の先に罠があるとしてもユウリなら余裕で回避出来そうだし、私たちの身を案じて慎重に行動なんてことも性格的に考えられない。
 ともあれユウリが必死に考えてる中、こっちが勝手に行動するわけにもいかない。後で絶対文句言われるに決まってるもの。
 ただここでぼーっとしてるのも性に合わないので、暇つぶしにシーラとおしゃべりでもすることにした。早速シーラに話しかけようと声を……ってあれ?
「シーラ? どこ行っちゃったの?」
 そばにいたはずのシーラがいない。また一人でどこかに行ってしまったんだろうか!?
「シーラ!! おーい、どこー?!」
「ねーねーミオちん、上すごいよー!!」
「シーラ!?」
 壁の奥から聞こえてくるのはシーラの声だ。方向からしてここから遠い方の階段のようだ。
「ユウリ。シーラ先に行っちゃったよ?」
 と、声をかけるも、考えに没頭してるのか反応はなし。
 仕方がないのでほっとくことにした。薄情と思われても仕方ない。レベル30の勇者様ならきっと大丈夫だ、うん。
 私はシーラの後を追って階段を上った。上った先―――4階は周囲に壁がないため屋上のようになっており、その中央に小さな建物がぽつんと立っていた。
 シーラはその建物の前にしゃがみこんで何かをじーっとみていた。
「どうしたの、シーラ? 何かあったの?」
「あそこの柱の向こうに、誰か倒れてる」
「え!?」
 私は急いでシーラの言う場所まで走り、思わず立ち止まった。倒れていたのは、私とそう変わらない年の男の人だったのだ。



 

 

盗賊と鍵

柱の反対側まで来たとたん、少し長い銀色の髪を後ろに縛った男の人がうつぶせに倒れている姿が目に飛び込んできた。
「あ、あの、大丈夫ですか!?」
 私はあわてて銀髪の人を揺り起こした。どうやらお腹が減っているらしく、私の呼びかけに答えるかのようにお腹の虫が鳴っている。
 やがて私の声かけに気づいたのか、ぼんやりとした目でこちらの方を向いた。
「ここは……天国か?」
 開口一番放った彼の台詞は、割と余裕が見えた。
「あれ……? あんた誰?」
 顔を向くたび、細い銀糸のような前髪がさらさらと揺れる。顔つきからして私より二つ三つ年上だろうか? やや切れ長の目で細面な顔はクールな印象を与えるが、今は空腹のせいか、げっそりとしている。
「私はミオ。あっちにいるのがシーラ。もしかしてあなた、ここの塔に住んでるの?」
 もしそうなら私たちは不法侵入者と言うことになる。まあ、自分の家で空腹で倒れてるってのも変な話だけど。
「うう……。住んでるといえば住んでるが……。それよりメシ……」
「メシったって……今のところ携帯食ぐらいしかないし、それでもいいんならあげるけど……」
 私はリュックの中から残っていた携帯食を出して彼に食べさせようとした。すると、
「なにやってるんだ、お前らは」
 見上げると、不機嫌な顔をしたユウリが仁王立ちで私たちを見下ろしていた。
「リーダーであるこの俺をほったらかしにするなんて、いい根性してるな、お前ら」
「べ、別にほったらかしにしてるわけじゃないよ! 私やシーラもこの塔を調べてただけだもん」
「罠に容易く引っかかるような役立たずがそんな高度な真似できるわけないだろ。いいか? 俺の許可なく勝手な行動をするな。わかったか!」
 散々な言われようである。その言葉に、すっかり反論する気力も失われてしまった。
 すると、いきなり銀髪の人が起き上がった。
「ふぃーっ。ご馳走さん。いやー、腹減ってるからどんなものでも食える食える」
 どうやらユウリとのやり取りの間に、私が持っていた携帯食をこっそりとって食べてたらしい。
「携帯食ってそんなに美味くないんだな。でもおかげで3日間は生きながらえたぜ。サンキューな」
 そういって彼は、素直な感想とともに、さわやかな笑顔を見せた。
 逆にユウリはいっそう不機嫌な顔で銀髪の人をにらみつけている。けれど銀髪の人はそれにまったく気づかないのか、多少ふらつかせながらも立ち上がり、
「くっそー。あのクソジジイ、今度こそギャフンと言わせてやる!!」
 いきなり大声を上げたかと思うと、そのまま中央の建物に向かってダッシュした。
 中央の建物の正面には窓もなく、代わりに大きく赤い扉が構えており、彼はその扉の前でもそもそと何かをやっている。
「あーくそっ!! やっぱり開かねー!!! いやでもここをこうすれば……」
 おそらくあそこの扉には鍵がかかっており、彼はその鍵を開けようとしてるのだろう。わかったところで、それをやっている理由がわからない。
それを見てなにかを察したユウリが、ため息混じりに呟いた。
「無駄な時間を過ごしたな。行くぞ」
「で、でももしかしたらあの建物の中に盗賊の鍵があるかもしれないんじゃない?」
私は何故か彼が扉を開けるのを半ば期待していた。
「お前のことだから気づかなかったか。この下の階にあるもうひとつの階段の位置が、あの建物の真下だと言うことに」
「え!?」
 じゃ、じゃあもしかしてその階段から上に上がれば、この建物の中に行けるってこと?
「あれ? でもそれじゃあの人は何でわざわざ鍵がかかっている扉を開けようとしてるんだろう?」
「そんなこと知るか。これ以上無駄な時間と労力を浪費させるな。行くぞ」
 確かにこれ以上考えても意味がないのかもしれない。私は詮索するのをやめ、塔の端―――一歩でも足を踏み外したら落ちてしまいそうなぐらいのぎりぎりの場所でタップダンスの練習をしているシーラをあわてて呼び戻し、下の階へと降りた。
 いったいあの人はなんだったんだろう。一瞬疑問がわいたが、ユウリの急かす声に気を取られ、すぐに忘れてしまった。


 そして、もうひとつの階段はと言うと。
「なんじゃ!? お前さんがた!!?? どこから入ってきた!?」
 上った先には小さな小屋ほどのスペースの部屋があり、中に白いひげを蓄えた老人が、驚きを隠せないまま立っていた。
 おじいさんのほうも驚いたと思うけど、私たちもそこにおじいさんがいたことにかなり驚いた。
「どこって……そこの階段から来たんですけど……」
「むう。ノリの悪い娘じゃの」
 私の答えに、おじいさんはいまいち納得行かない顔で反応した。
「おいじじい。盗賊の鍵というものを持っているか? もし持っていたら俺によこせ」
「若者の癖にずいぶん横柄な態度じゃの。まったく近頃の若いもんは……」
 とても勇者が吐くとは思えない台詞を堂々とした口調で言うユウリ。おじいさんも思わず本音を漏らした。
「む!? そこの剣士、おぬし、もしかして勇者か?」
「ほう? 老いぼれの割にはまともな目を持っているな。まあ、そうでなくとも、この俺からにじみ出る勇者のオーラがあまりにもすごすぎるせいで、身分を隠したくても隠し切れないのだがな」
 しかしおじいさんは、ユウリの口上などまったく聞いてないようだった。
「まさか、半分信じちゃおらんかったが、本当にやってくるとはの……」
「おじいさん、いったいどうしちゃったんだろ」
「おいじじい、聞いてるのか?」
 発言を無視されたせいか、ユウリが珍しく戸惑った様子でおじいさんにたずねる。すると―――。 
 がちゃっ!!
 おじいさんの後ろで、なにやら鍵の開くような音が聞こえた。
「うおおぉぉぉぉおおお!!! よっしゃあああぁぁぁ!! 開いたぜ!!!!!!」
 こっちまで響くかなりの大声でそう叫んだのは、先ほど上の階で倒れていた銀髪の人だった。
「いやーん、お手玉落としちゃった」
 暇なのか、いままでお手玉をしていたシーラが一人嘆く。
「やっと開けられたぜ!! おいジジイ!! 約束どおり俺を一人前の盗賊として認めやがれ!!」
 おじいさんは深々とため息をついた。
「何じゃお前。この大変なときに。ほんっと昔からエアーリーディングをせんやつじゃな」
「なんだよそれ! いーから、早く『盗賊の鍵』くれよ!! もしこの扉を自力で開ける事が出来たら盗賊の鍵をくれるって、約束したじゃねーか!!」
「えっ!?」
「盗賊の鍵、だと!?」
 私とユウリは同時に彼のほうを見た。銀髪君は事態をまったく把握していないようで、おじいさんと私たちを交互に見ている。
「あれ? なんであんたらうちのジジイの所にいるんだ? つーかさっきも会ったけど、あんたらいったい何者なんだ?」
「馬鹿者!! この人は勇者じゃぞ!! 口を慎まんか!!」
「は? 勇者? この目つきの悪いのが?」
 といって怪訝そうな目でユウリを見る。当のユウリはさっきから人にじろじろ見られたせいか、ものすごく不愉快な顔をしている。
「じゃから口を慎めと言うとろうが!! 前にお前に夢のお告げの話をしたじゃろ!! そして今ここに、わしが夢の中で見た勇者と同じ姿をした少年が目の前に現れたのじゃ!!!!」
「あー……なんか子守唄代わりにそんなこと言ってたような……。てっきり寝言でも言ってるのかと思ったけど」
「馬鹿者!! 誰が寝言なんぞ言うか!! お前もわしの孫なら、そのぐらいの予知夢でも見んか……」
 がたんっっ!!
 一瞬にして場が静まり返る。
 ユウリがその辺にあった椅子を蹴倒したのだ。
「さっきから聞いてれば何をごちゃごちゃ喚いてる。いいから早く盗賊の鍵を渡せ」
「おお!! そうじゃった! おぬしが勇者とわかったからには、これを渡さなければならんな!」
 そういって、おじいさんはそそくさとベッドの脇のタンスの引き出しを開け、そこから小さい箱を取り出した。
「おっ、おいジジイ本気か!?」
 銀髪君の焦りをよそに、おじいさんはユウリに古ぼけた鍵を手渡した。それはまさしく、私たちが求めていた『盗賊の鍵』。
「お告げによれば、わが弟子が作りし鍵が、伝説の勇者の手助けになるだろうと予言している。最初は半信半疑だったが、今こうして目の前に夢で見たのと同じ姿の勇者が現れた以上、信じる他なかろう。さあ、勇者殿、この鍵をどうか受け取ってくだされ」
「ふん、最初から素直に渡せばいいものを」
 最初から最後まで完全に悪役口調のユウリだったが、おじいさんは完全に彼のことを本物の勇者だと信じ、目を輝かせている。
 いや別に、ユウリが本物の勇者だってわかってるんだけどさ。どうもあの口調と無愛想さを見てると疑問に思うんだよね。本人の前では絶対いえないけど。
「ちょっと待てよ!! その盗賊の鍵は、俺が一人前の盗賊になったらくれるっていったじゃねーかよ!!」
 ただ一人異を唱えているのは、銀髪君。おじいさんはちょっと困った様子で、
「ああ、すまんナギ。お前との約束も忘れたわけじゃないぞ。じゃが、わしとの約束と世界の平和を秤にかけたら、どちらを優先すべきかおぬしにわからぬことはなかろう。勇者の手助けになると思って、あきらめるんじゃよ」
 おじいさんはやさしくナギさんをなだめたつもりだったが、ナギさんにとってはその行為は逆効果だったみたいで、より険しい目でおじいさんを怒鳴り散らした。
「ふざけんなよ!! 約束破ったくせに、何勝手なこと抜かしてんだよ!! あの鍵をもらうのに今までどれだけ苦労したと思ってんだよ!! オレは絶対そいつを勇者だって認めねえからな!!」
「ふん。だったら実力で取り返せばいいだろ」
「ち……、ちくしょー! ふざけたまねしやがって!!」
 そういってナギさんは腰につけていたナイフを抜き、ユウリに襲い掛かった。
 だが、ユウリは必要最低限の動作でその攻撃をよける。まるで飛び回ってるハエをうっとうしげに払うように。
「くそっ、くそっ!!」
「ふっ、この程度なら、お前が一人前の盗賊になるまでに俺は魔王を倒しているだろうな」
 ユウリの発言に、ナギさんはさらに攻撃を増やしていく。だが、それもことごとくかわされていく。
 なんか、ちょっとかわいそうになってきたなぁ……。
 そう思い、私はユウリを止めようと彼に近づこうとした。そのとき。
「ちくしょ、ならこれはどうだ!!」
 ぼぅんっ!!
 急にユウリたちの姿が、煙に包まれた。
「煙玉!?」
 ナギさんが放った煙玉は、おじいさんの部屋をあっという間に包み込んでしまった。当然視界はまったく見えない。
「なんじゃあのバカは!! こんなところで煙玉なんぞ使いおって!!」
 おじいさんの言うとおり、四方を壁で囲まれた窓ひとつない部屋に煙玉なんて使ったら、視界ゼロになるのはもちろん、煙で喉と目まで痛くなるに決まってる。案の定、私も涙がぼろぼろ出てきて、思い切り咳き込みまくった。
「ミオちん、大丈夫?」
 煙で何もかも見えない中、なぜかシーラは普通の口調で私に言った。
「だ、だいじょぶ……。し、シーラはだい、じょぶなの?」
「あたしは平気だよ。こーゆーの慣れてるから」
 慣れてるって、どういうことなんだろう。気になるけど今は、それどころじゃなかった。
「そうだ、ユウリは!?」
 私が声を上げたと同時に、ナギさんの声が煙の中から聞こえてきた。
「どうだ? この煙の中じゃ、オレの姿も見えないだろう?」
「ああ。だがお前こそ、俺の姿が見えないだろう」
 沈黙。
「あぁっ、しまったあああぁぁぁっっっ!!!」
 ええええええ!!??
 もしかしてこの人、そこまで考えてなかったの?
「お前…………真性のアホだな」
 ユウリが心底あきれたようにつぶやいた。ため息とつくと同時に、煙も徐々に引いていった。
「ばっ……、い、今のはノリだ!! それもみんな想定内のことだっつーの!! これからが本気だぜ!!」
「いつ本気を見せてくれるのかずっと待ってるんだがな」
「くっ、口だけはよく回るな!! 男の癖によ!!」
「お前はもっと言葉のボキャブラリーを増やしたほうがいいんじゃないか?」
「……………………!!」
 ああ、なんかもう完全に勝敗が決まってる気がする。さすがのナギさんも、二の句が告げないみたいだ。
「それよりも、この下の階にある罠を張ったのは全部お前か?」
「あ、ああ、そうだけど……」
「ベギラマ」
 ごおぉおぉおおぉぉっっっ!!
「ぎゃああああぁぁぁぁっっっ!!??」
 いきなり放ったユウリの呪文を、ナギさんはすんでのところでよけた。
 もともと威力を弱めたらしく、炎は壁にぶつかったとたん、しゅんっ、と音を立てて消えた。
「なっ、ななななななにすんだよっ!!!」
 心底おびえた声で叫ぶナギさん。ユウリはひどく冷めた様子で、
「あんなくだらない罠を張るからだ。おかげで余計な手間が増えた」
「く、くだらなくなんかねえよ!! あれはオレが小さいときに盗賊の修行の一環として作った罠だぞ!! つーかそんな理由でオレを燃やそうとすんのか!!??」
 さっきの態度とは違い、ナギさんの声は泣きそうだ。
 やがて煙が晴れていき、ころあいを見計らったおじいさんが二人の間に割って入った。
「いやいや、今のは我が孫が悪い。申し訳ないことをしてしもうた。ほれ、お前も謝らんか」
「何でオレが!!」
「むう……。どうもこやつは昔っから変に意地っ張りでのう……」
 そしておじいさんは、しばし考え込んだ後、とんでもないことを口にした。
「そうじゃ、ナギ、お前、この者の無礼の償いとして、ともにこの者たちと戦い、協力しなさい」
「はぁ!?」
「なんだと!?」
 二人が一様に、眉間にしわを寄せた。私ですら、耳を疑った。
 だって、ともに戦うってことは要するに、私たちと一緒に旅をするってことじゃ……。
「冗談じゃねーよ!! 何でオレがこいつに協力しなきゃならねーんだよ!!」
「何でも何も、お前昔から自分の盗賊としての腕を試してみたいからって、ゆくゆくは旅に出るっていっとったじゃないか」
「それは確かに言った!! でもだからって、なんでよりによってこんな似非勇者みたいなやつと一緒に旅に出なきゃならねーんだよ!?」
「おいジジイ、俺がこいつと仲良く『協力』なんて出来ると本気で思ってるのか?」
「うむ、まあ昔からよく言うじゃろ。けんかするほど仲が良い、と」
「言わねーよ!!」
 ナギさんは力いっぱい否定した。けれどおじいさんは、ナギさんのほうを見てニヤニヤしながらこう言った。
「そうか。なら仕方ないのう。じゃが、ここで勇者殿と別れてしまえば、もう二度と『盗賊の鍵』は手に入らんのじゃぞ」
 その一言に、ナギさんはしばらく固まった。
「……意外といい性格してるな、ジジイ」
「伊達に年はとっとりゃせんよ。まあ、わしもこう見えて昔は盗賊じゃった。故に旅に必要な知識や技術も一通りあいつに教えこんだつもりじゃ。旅の支障にならないぐらいには役に立つじゃろうて」
「……もしかしてあいつも、あんたの夢の中に出てきたのか?」
「さて? どうじゃったかの。なにしろ夢の中のおぬしは存在感が大きすぎての、ほかの仲間がだれじゃったかさっぱり印象にないのじゃ」
「ふん。当たり前だ。勇者である俺とほかの一般人では住む世界が違うのだからな」
「うーむ……。別にそういう意味での存在感ではないんじゃが……。まあよい。そんなに知りたければ、わし以外の者に聞けばよい」
 わし以外の者? どういうことなんだろう。
「まあとにかく、不遜な孫じゃがこれからよろしくやってくれんか」
「冗談じゃない。とにかくで話を終わらせるな」
 おじいさんの訴えに、ユウリは頑として首を振らない。すると、いきなりナギさんがユウリの前で手を合わせて、頭を下げた。
「さっきは悪かった!! オレも一緒に連れてってくれ!!」
「!?」
 なんという変わり身の早さだろうか。さっきはあんなに意地張ってたのに、今度はなぜか急に態度を変えてきた。
「オレどうしても盗賊の鍵が欲しいんだ!! だからあんたの手助けする代わりに、あとでその鍵オレにくれないか!?」 ナギさんは、どうしてもその盗賊の鍵が欲しいらしい。さすがのユウリもこれにはあきれ返った様子で、
「……俺は『実力で取り返せばいい』といったはずだ。欲しければ勝手に俺のところから奪えばいい」
「よし!! じゃあ早速……」
「ベギラマ」
 ずがごおぉぉおん!!
「ぎゃああああああぁぁぁぁっっっ!!!」
「ふむ。なかなかノリのいい勇者じゃの」
「あれ……ノリがいいって言うんですか?」
 おじいさんの言葉に、いつのまにか私は、呆然としながら口を挟んでいた。
 そしていつのまにかユウリの周りには、私を含め、三人の仲間が揃っていた。 

 

洞窟にいざなわれて

「お、お前さんがた、いったいどこから入ってきたんじゃ!!??」 
 ナジミの塔に住んでいるおじいさんから盗賊の鍵を受け取ったユウリと私たちは、そのおじいさんから(無理やり)託された孫のナギを仲間に加え、再びレーベの村に戻ることになった。
 そして一行は、村で唯一鍵のかかった扉がある家へと向かった。一応確かめてみたけれど、やはり鍵はかかったまま。
 ユウリは何も言わずに盗賊の鍵を使って扉を開け、遠慮なく家の中に入っていった。
「なあ、あいつって、本当に勇者なのか?」
 新メンバーのナギが、真剣なまなざしで私に質問してくる。
「うん、たぶん……。時々私も疑問に思うときはあるけど……」
 私は自信なさげに答えた。
「あたしはユウリちゃんは勇者だって信じてるよ♪」
「え!? シーラ、ホント!?」
「うん♪ だってあたしの酒代おごってくれるって約束したもんvvv」
 一瞬でもシーラを見直した私が馬鹿だったかも……。
 そんな私たちをよそに、ユウリは1階には誰もいないとわかったのか、今度は2階に上がっていった。私たちもなんとなく後に続く。
 2階には大きな鍋が目の前に置かれており、奇妙な色をした液体をかき回している一人の老人がいた。どうみても怪しい老人が怪しい薬を作っているようにしか見えない。
 普通の人なら声をかけるだけでもためらいそうなのだが、勇者のユウリはまったく意に介さない様子で、その怪しげな老人に話しかけた。
「おい、ジジイ。あんたが『魔法の玉』を作ったって言う人物か?」
 すると、なべの中をかき混ぜていたおじいさんはびっくりして、手にしていた棒をなべに落としてしまった。それが冒頭の出来事である。
「俺は勇者のユウリだ。魔王を倒すため旅をしている。それにはあんたの作った魔法の玉が必要だ。異存がなければ俺によこせ」
「異存ありまくりだろ、その言い方」
 ナギが間髪いれず口を挟む。
「ふむ。おぬし、勇者じゃったか」
 おじいさんは、最初こそ驚いていたが、人生経験の差なのか、すでにユウリの対応に順応している。
「まあ、わしの部屋に入ってこられるならば、そこそこの腕の持ち主なんじゃろう。ほれ、ほしけりゃくれてやるわい」
 といって、おじいさんはあっさりと魔法の玉をくれた。
「ずいぶんあっさりとくれるんだな。それ、大事なもんじゃないのか?」
 ナギがおじいさんに尋ねる。
「たしかにその『魔法の玉』はわしの研究の最高傑作じゃ。じゃが、つい数日前にそいつの大量生産に成功してな。同じ威力の玉などいくつでも作れるのじゃよ」
 そういっておじいさんは、ユウリにあげたものと同じ形の魔法の玉を、どこからともなく出した。
「すごーい、おじーちゃん頭いいんだねー♪」
「ふむふむ。次はバニーガールの研究でもしようかの」
「ただのスケベジジイじゃねーかよ!!」
 ナギはあきれながら叫んだ。

 魔法の玉を手に入れたあと、一夜明けて朝早くレーベの村を出発した私たちは、次の大陸につながる旅の扉があるという、いざないの洞窟へと向かった。
 洞窟の入り口は案の定土砂や瓦礫でふさがれており、猫一匹入れる隙間もない。
 洞窟に入ったとたん、ユウリは無言で魔法の玉を手に取り、いきなりそれを思い切りぶん投げた。
「え!? それ投げちゃっていいの!?」
 私は思わず叫ぶ。だが、勢いよく投げられた魔法の玉は、きれいな孤を描きながら、ふさがれた入り口に向かって落ちていった。
 どごおおおぉぉぉぉおおん!!!
 すさまじい爆発音が洞窟内に響き渡る。
「……………………」
 私たちは、あっけにとられた顔でその様を見ていた。
「あんた……。それの使い方知ってたのか?」
「いいや。俺の勘がそう告げていただけだ」
 ナギの問いにあっさりとそう答える。全くもってユウリらしい答えである。
「すごーい!! 入り口が見えてきたよ!!」
 シーラの言うとおり、爆発による煙が晴れてその先に見えたのは、ぽっかりと開いた通路。その奥には、下へと続く階段のようなものがあった。
「こんな洞窟に階段があるんだ……」
 すると、ここは俺の出番だと言わんばかりに、ユウリが私の真横に立って説明をし始めた。
「昔は船がない代わりに、『旅の扉』というものを使って大陸間を行き来していたんだ。造船技術が進歩した今では『旅の扉』を使うこともあまりなくなったがな。だから、『旅の扉』がある場所では、旅人が移動しやすいように人工的に作られたものが多い。ここも、そのひとつだ」
「てことは、この洞窟は人の手によって作られたって事?」
「その可能性は十分考えられるな」
「要するに便利ってことなんだろ? ぐだぐだ言ってないでとっとと先に進もうぜ」
 そういってナギは先に洞窟の奥に進んでしまった。
「……あいつにはかしこさの種が必要だな」
 それで知性をあげるつもりなんですか、ユウリさん。
 とにかく私たちは、この洞窟のどこかにあると言う『旅の扉』を探すことにした。


 階段を下りてすぐに目に入ったのは、穴ぼこだらけの地面。
 あたりには土塊や大小さまざまな岩がごろごろしている。
「この穴って、例の土砂崩れのせいなのかな?」
 穴をのぞいてみると、底はかなり深いらしく、まっくらで何も見えない。
 もともとここの洞窟はナジミの塔と違って、ろうそくに灯された明かりしかないのだから、仕方がないのかもしれない。
「たぶんそーなんじゃねーの? ためしにあんた、降りてみれば?」
 仲間になったばかりだというのに、全く遠慮のない態度。今まで同い年の男の子と話す機会があまりなかった私は、多少面食らいながらも、馬鹿にされてるのだと思い、横目でにらみ返した。
「な、何だよ、その顔。気になってんなら見てくりゃいいじゃん」
「じゃあお前が見て来い」
 そういってユウリは、後ろから思い切りナギの背中を蹴飛ばした。
 するとナギは、断末魔の叫びのような声を上げて、穴の中へ落ちていった。
「ナギちん戻ってくるかな?」
?? ナギちん? ああ、ナギのことかぁ。
 なんてのんきなこと考えてたら、いまさらながら大変なことになったことに気がついた。
「ゆ、ユウリ!! どうするの!? ナギ、落ちちゃったじゃない!!! もし戻ってこなかったらどうするの!!??」
 するとユウリは平然とした顔で、
「穴の様子を見れば、この下が広い空間で、さらに空気の質と音の違いで危険が少ないことぐらいわかるだろ」
 って、何事もないように答えてくれた。
 確かにその下が底なし沼だったり、火の海じゃないってことはわかるけど……。もし変な落ち方して骨折でもしたら、しゃれにならないと思う。
「……って、危険が『少ない』ってことは、『ない』わけじゃないってこと?」
「昔からこの洞窟には、魔物が数多く生息しているという噂があるからな。運が悪ければ今頃魔物に襲われてるかもしれん」
「ええええええ!!??」
 全く表情を崩さずに、勇者は言った。


 私はあわててナギが落とされた穴に飛び込んだ。
 いざないの洞窟に入る前、世間話程度にナギと話していたんだけれど、そのときに自分は、塔から一度も出たことがないと聞いた。
「オレのじいちゃん、ああ見えても心配性でさ。近くの村にすらつれてってもらったことがねーんだよ。何年か前に、オレの遊び相手ってことで、その辺のおっさんとっ捕まえてここに住まわせたらしいんだけどさ」
「遊び相手? ってもしかして・・・・」
「そ。塔の一階にいたべ? 宿屋開いてたおっさん、タリオってんだけど、あの人、じいちゃんがどっかから連れてきてさ、もともと子供好きだったみたいで、昔は結構オレと遊んでくれてたんだ。でもオレがだんだん一人で盗賊の修行をするようになって、タリオは行くあてもないってんで、勝手に宿屋始めちゃったわけよ。つったって、こんなところに来るやつなんか冒険者ぐらいしかいないから、たんなる暇つぶしなんだろうけどな。そんでなんだかんだで月日は流れて、結局一歩も塔の外に出ないまま、あんたらの仲間になったってわけ」
 なるほど。あそこにいた宿屋の主人は、ナギの遊び相手として連れてこられた人だったんだ。
 そう考えると、ますます不思議だ。そもそもナギのおじいさんは、なぜナギを塔の外へ出したがらなかったんだろう。
 と、あの時はそんな考えしか浮かばなかったんだけど。
 つまり外に出なかったってことは、実戦経験もゼロなわけで。
 まあ、私もレベル1だし、経験で言うとナギとどっこいどっこいなんだけど。
 もしこのまま一人にして、もし運悪く魔物に襲われたりしたら……って思ったら、気がついたときにはもう穴の中に飛び込んでしまっていた。
「ミオちん!!」
 シーラの声が聞こえた。でも、振り向く間もなく、私は地下の地面に降り立っていた。
 こう見えても、着地だけは得意なのである。昔、木登りの修行でよく落ちていた成果の賜物なんだけど。
「ナギ!!」
 私は大声で叫んだ。すると意外とすぐ近くに、私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、ミオ!! こっちだ、助けてくれ~!」
 助けてくれ、と言う割には、ずいぶんのんきな声である。魔物でもいたんだろうか?
「いったいどうし……うわぁっ!!」
 目の前にいたのは、耳の大きい、角の生えたウサギが2匹と、大きな目をぎょろつかせた大きなカエルが1匹。その後ろにはやっと追いついたのか、緑色の半固体状の生物が2匹そろってやってきた。
「ま、魔物じゃん!! しかもこんなにいっぱい!!」
 この大陸でははじめて見る魔物ばかりだったので、私は恐怖と驚きで半泣きになっていた。
「え、これ、魔物なの? オレが思っていたのとちょっと違ってたから、誰かが放したペットなのかと思った」
「こんなところでペットを放し飼いにするわけないでしょ!!??」
 ナギの信じられないボケに、私はいてもたってもいられずツッコミを入れた。
「じゃあ、倒すしかないんだな?」
「そりゃ、そうだよ!!」
 うああ、いつまでもそんなやり取りしてる場合じゃないでしょーが!
 私はそう叫びたかったが、それを言う前にナギが魔物の前に飛び出した。
「ナギ!!」
 だが、私の予想とは裏腹に、ナギは、手にしたブロンズナイフでウサギの角を横一閃してまっぷたつにした。
 え、うそお!
 な、なんで魔物の姿も知らない人が、こんなに強いの!!??
 私が心の中で驚いている間に、ナギはもう一匹のウサギを下から上に切りつけ、さらに切り返し、最初に角を折ったウサギを再び横に薙いだ。
 2匹のウサギは声を上げることなく、闇に溶けていった。
「ミオ!! 後ろ!!」
 ふと我に返って、振り向かずにそのまま右へ跳んだ。すると、べちゃあっ、とトマトを壁にたたきつけたような音とともに、緑色の物体が上から落ちてきた。
「き、気持ち悪……」
 なんてつぶやいてる場合じゃない。私は気持ちを入れ替え、つぶれたトマトのようになっている緑色の物体に向かって拳をたたきいれた。
 いかんせん、感触がトマト状……っていうか半固体状なので、手ごたえがあったのかよくわからない。とりあえずもう一匹の緑色の攻撃をよけながら、再び同じやつに攻撃を入れてみた。
 すると、こんどはぶくぶくと音を立て、やがて泡のように消えていった。
「倒せた、のかな・・・?」
 と同時に、もう一匹の緑色が後ろから、私の左肩めがけて体当たりをかけてきた。
「っ!!」
 当たったとたん、ぴりっとした小さな痛みを感じたが、とりあえず動けるので気にせず身体をひねり、肩に張り付いていた緑色を振り落とした。
 緑色が宙に浮いたのを見計らって、私はひねった身体の反動を使い、左足で思い切りそれを蹴飛ばした。
 これもまた、一匹目と同じように、泡のように消えていった。
「あと、残るは……」
 ふと横を見ると、すでにナギはカエルを倒した後らしく、落ちていたナイフを取ろうとしている最中だった。
「あ、なんだ。そっちはもう倒しちまったのか」
 少し残念そうな顔で言うナギ。余裕だったらしく、ナギ自身全く怪我はしていない様子。それを見て、私はほっとした。
「なーんだ。ナギって意外に強かったんだね。一人で3匹相手に無傷だなんて、私要らない心配してたよ」
「んー、子供のころタリオと、取っ組み合いのけんかとか、チャンバラとかやってたからな。あいつに比べると、ぜんぜん弱いぜ、この魔物ら」
 取っ組み合いのけんかとか、チャンバラって……。そんなレベルの動きじゃなかったんですけど……。タリオさんっていったい何者?
「そーいうミオこそ、怪我しなかったか?」
「あー、ちょっとやられたけど、たいしたことないよ。なんかへばりついただけだったし、それ……に…………」
 急に、めまいがしてきた。
 それに、胸がむかむかして、吐きたいぐらいに気持ち悪い。
「お、おい!! どうしたんだよ!!」
「な……なんか急に、めまいが……」
 どんどん頭がくらくらしてきて、ついには意識を失ってしまった。


「…………ん、…………ミオちん!!」
 シーラの呼ぶ声に、私ははっと目を覚ました。
 あれ? シーラ……? なんでここに……?
「やっと目を覚ましたか。鈍足」
 目を泳がせると、心配そうにこちらを見つめるシーラと、その横で不機嫌な顔して立っているユウリがいた。
「なあ。こいつまだ顔色悪いけど、大丈夫なのか?」
 なぜかナギの声だけ間近に聞こえる。見上げると、ナギののど仏がすぐ目の前にあった。
「うぇえ!!??」
 私はあわてて身を起こした。ナギはあぐらをかいたまま、ぽりぽりと頬を掻いている。
「あれ? めちゃめちゃ元気じゃん」
 あろうことか私は、ナギの膝の上で横になっていたのだ。しかもどうしてそうなったのか、全く覚えてない。
「なな、なんで私こんなところで寝てたの!?」
「何言ってんだよ。あんた、ここで魔物を倒した後すげー顔色悪くなって、倒れたんじゃねーか」
「倒れた……?」
 そーいえば、意識がなくなる前、めまいがして気持ちが悪くて、頭がぐるぐるしてた気がする。
 でも今は、ぜんぜんそんな気分じゃない。むしろ元気になった気がする。
「だからお前はレベル1なんだ。こいつがなければ、今頃お前瀕死状態だったんだぞ」
 いつの間に近くに来たのか、ユウリは自分の荷物から袋を取り出し、そこから雑草みたいなのを取り出した。
「何? その雑草みたいなの」
 ユウリは呆れ返った目で私を見た。
「お前、そんなんでよくアリアハンまで来たな。これは雑草じゃなくて『毒消し草』だ」
「毒ぅ!?」
「ミオちん、毒受けてたんだって!! ユウリちゃんがミオちん見たとき、すぐそうだとわかったんだって!!」
 なんでも、私が戦った緑色の物体はバブルスライムといって、体内に毒をもっており、おそらく体当たりを受けた際に、毒も一緒に受けてしまったらしい。
 そのころ、ユウリとシーラは、地下に降りる別のルートを探し回っていた。そしてやっと下に下りる階段を見つけて降りたんだけど、意外とこのフロアはだだっ広くて、明かりもないから真っ暗で何も見えない。しばらく立ち尽くしてると、二人を呼ぶナギの声が聞こえてきて、そこで合流。そしてナギの膝の上で寝ている私を見て、ユウリがたまたま持っていた毒消し草で私を治してくれたらしい。
「も~~~っ、なかなか目ぇ覚まさなかったからすっごい心配したよ~~!!」
 シーラは泣きながら、私の首にしがみついた。私もシーラの背中に手を回して、お互い抱きしめあった。
「ごめんね、シーラ。私、みんなに迷惑かけちゃったみたい」
「ふん。足手まといのくせに、勝手な行動とるからだ」
 普段はいやみにしか聞こえないユウリの言葉も、今回ばかりは全く気にならない。なんだかんだいって、私の毒を取ってくれたんだもの。
「ごめんね、勝手な行動ばっかりとっちゃって。ありがとう、ユウリ」
 私は笑顔でお礼を言った。ユウリは別に何か言うわけでもなく、ただ眉を吊り上げただけだった。
「ちょい待て。オレには礼を言わないのか? オレだって地味~にあんたの枕代わりになってたんだぜ?」
「あ、ごめんごめん。ナギもありがとね」
「ちぇ、なんかすっげーついでみたいな扱いに聞こえるんだけど」
 そういってナギは、すっと立ち上がり、私の手をとって立たせてくれた。
 ナギって結構、やさしいんだな。それにすごく強いし。
 それに比べて私は、たった2匹の魔物相手に、こんなにみんなに心配されるなんて。
 私は変な疎外感を感じながらも、今は先に進むことだけを考えなきゃと自分に言い聞かせ、歩を進めた。


「これが旅の扉……」
 4人になってからも魔物の襲撃はたびたび続いたが、レベル30のユウリが加わったパーティーにかなう魔物などいるはずもなく、一行は、旅の扉のある祠へと難なくたどり着くことが出来た。
 旅の扉は、人一人は入れるぐらいの大きさの水溜りが渦を巻いているような、なんとも奇妙な姿をしていた。
 ひょいと覗いてみると、いくつもの渦が絡み合いながら闇に溶けて、さらにその闇が渦となって再び生まれる……なんとも不思議な感覚だ。
「ここに飛び込めばいいのか?」
「文献にはそう書いてある」
 だが、4人とも一向に動こうとしない。というか、私たち3人は、リーダーで勇者のユウリが一番先に飛び込むのかと思って様子を見ていたのだけれど。
「なあ、入らないのか?」
 沈黙を破ったナギが、ユウリに問いかける。だが、ユウリは、口を真一文字に引き結んだままそこから動かない。
「どうしたの、ユウリ?」
 私が心配してユウリを横から覗き込むが、その横顔には汗が一滴、滴り落ちている。
「なあ、こんなところで時間つぶしてても仕方ねーぜ。なんなら、オレが一番先に行くけど?」
 そのとき、ほんの一瞬だけ、ユウリの顔が緩んだ気がした。
 そんなことは露も知らないナギは、すたすたと旅の扉へと近づいていく。そして、後一歩で旅の扉に入るというときに、なぜかナギの姿が一瞬にして消えてしまった。
「なーんてな。今度はお前が穴に落ちる番だぜ!!」
 いつのまに回り込んだのか。ナギはユウリの背中に立って、目にも留まらぬ速さでユウリを突き落とした。
「なっ……!!??」
 これにはさすがのユウリも驚いたみたいで、両腕を振り回して、必死に落ちないように抗っていたが、重力に勝てるはずもなく、彼はものの見事にナギの計画に嵌り、旅の扉へと吸い込まれていった。
 その後姿を見送りつつ、ナギは不敵の笑みを浮かべた。
「ふっふっふ。あー、やっとすっきりしたぜ。見たか? あの慌てよう」
「ユウリちゃん、いい飛込み方してたね~」
「大丈夫かな、ユウリ……」
 さっきのあの様子からして、ユウリが無事に旅の扉を通れるか、私は少し不安になってきた。
 そしてその不安は見事に的中してしまうのである。 

 

旅の扉の向こうには

 濡れた草の匂い。ひんやりとした土が頬に心地よい。
 時折吹く涼風が、髪をくすぐってくる。
「っくしゅん!!」
 自分のくしゃみで、ようやく私は目を覚ました。
 ずるずると鼻をすする音が夜空に響き渡る。
「ここは……?」
 見上げると、空には無数の星がちりばめられていた。
 私はゆっくりと体を起こし、寝ぼけ眼で辺りをきょろきょろと見回してみる。旅の扉を通ったからか、なんとなくぼーっとしている。
「ユウリ、シーラ、ナギ、みんな大丈夫?」
「おーい、オレは無事だぞー」
 ナギの間延びした声が聞こえる。姿は見えないが、それほど遠くにいるわけではないようだ。
「ナギ、いつから起きてたの?」
「んあ? ああ、たった今、あんたのくしゃみの音で目が覚めた。つーかここどこだ?」
 言われて私は、改めて辺りを見回した。洞窟ではない。どうやら私たちは、草原のど真ん中にいるらしい。
「さあ……。わかんない」
 私は立ち上がり、ナギのところまで歩いた。ナギはその場に座り込んでいた。
「洞窟じゃないってことは、旅の扉を無事に通ったってことだよな? てことは、ここは別の大陸ってことか?」
「ん~……。たぶん、そうなんじゃない? ただ、どこの大陸にいるのか良くわからないんだけど」
 私も村の外に出たことなんてほとんどなかったし、地理の勉強だって、全くしてこなかった。こんなことなら、旅に出る前にちゃんと勉強しとけばよかったと改めて後悔した。
「あ、そうだ! シーラとユウリは!?」
「さあ? オレが倒れたところには二人ともいなかったけど」
 って、シーラはともかく、ユウリはナギが突き落としてしまったんじゃなかったっけ? 少しは責任感じないのかな。
 それどころかナギは、懐からなにやら紙のようなものを出して、私に目もくれず、その紙をじっと見つめている。
 私はひとまず、後の二人を探すことにした。すると、いくらもたたないうちに、横に寝転がっているバニーガールの姿を見つけた。
「シーラ!!」
 シーラは、すやすやと安らかな寝息を立てて寝ていた。とりあえず起こすのは後回しにして、ユウリを見つけるのを最優先にした。
「ゆぅーりぃー!! どこにいるのぉーっ!!??」
 私は力の限り大声で叫んだ。だが、夜で視界が暗いせいで、なかなか見つけることができない。
 一人だけ変な落ち方しちゃったからかなぁ……?
 そう思うと、どんどん不安が膨らみ始めてきた。昔の人が使ってたんだし、おそらく命にかかわるようなことはないとは思うんだけど、姿が見えないとなるとやっぱり心配になってくる。
 さらに先のほうに進もうと、再び歩き始めたそのとき。
ぐにゅっ、という感触が私の足に伝わってきた。
「イヤ―――ッッ!!! なにこれ!!??」
 澄んだ夜空を切り裂くような叫び声。
 私はわけもわからず、ただただ喚いていた。
「どーした!?」
 ナギが驚いた様子でこちらに向かって走ってくる。
 私は恐る恐る下を見た。それは、大きな黒いわだかまりに見えた。
 けど良く見てみると―――。
「って、ユウリ!!??」
 私が踏んでいたのは、探していた張本人、ユウリであった。とたんに顔がさっと青くなる。
 私は慌ててふんづけていた足を離し、しゃがみこんで彼の胸に耳を当て安否を確認した。
「よかった……。生きてる……」
 何しろ仰向けで寝ている人を思い切り踏みつけてしまったのだ。危うく人を殺めるところだったと、心の底から安堵した。
 だけど、なぜかユーリはぴくりとも動かない。あれだけの衝撃と悲鳴を受けて、声ひとつ上げないのもおかしい。
「ゆ、ユウリ、しっかりして!!」
 急いで揺り起こし、頬を叩いてユウリを起こす。闇夜の中なのではっきりとは見えないが、近づいてみると彼の顔は生気を失っているように見えた。まさかーーー。
「もしかして、ふみどころが悪かったとか!?」
「いやそれは違うと思うぜ」
 ナギが冷静に分析する。
「こいつのこの顔、さっきあんたが毒受けたときと同じような顔してるぜ。それに、何か必死に堪えてるような感じだ」
 ナギの言うとおり、ユウリは青ざめた顔で、うつろな目をしながら、何かを必死に我慢している。まるで、吐き気を抑えているような……。
「もしかしてユウリ、旅の扉に酔っちゃったの!?」
 私の言葉に、ユウリは一瞬ピクリと反応したが、すぐに元の具合悪そうな顔に戻る。
 確かに旅の扉に入った途端、誰かに上下左右ひっきりなしに揺さぶられたような感覚だったし、私も少しくらくらしていた。
 ……ひょっとして、さっきユウリを起こすときに揺さぶったから、ますますひどくなったんだろうか?
 そうなると、こんなところでいつまでも寝かしとくわけにも行かない。責任を感じた私は急いでシーラを起こし、近くに町がないか探し回ることにした。
「とは言ってもなぁ……。ここがどこだかわかんないことにはうかつに動き回るわけにも行かないし、ユウリがこんな状態じゃ、あんまり遠くにはいけないし……」
 私は焦りつつも、何かいい考えはないかと考えあぐねていた。ふと目をやると、隣にいるナギの手に持っている一枚の紙に気づく。
「ねえ、ナギ。さっきから気になってたんだけど、その紙いったい何?」
「さあ? よくわかんねえけど、さっき洞窟の入り口を通るときに、途中で宝箱が置いてあってさ、ついつい開けちゃったんだよな。そしたらその中に、こいつが入ってた」
 そういって、私にそれを見せる。見た瞬間、私は目を丸くした。
「こ、これってまさか……!!」
 私は声を震わせながら叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「そ、地図。しかも大きさから見て世界地図だぜ」
「えぇっ!?世界地図!?」
 そう、ナギが持っていたのは、なぜか「世界地図」だったのだ。
 なんでいざないの洞窟に世界地図が入っていたのかはこの際置いといて、とにかくこの地図があれば、ここがどこなのかわかるかもしれない。
「あ、もしかしてここって、ロマリアの近くじゃない?」
「 『じゃない?』って言われても、オレは大陸から出たことねーからわかんねーよ。あんた知ってんの?」
「行った事はないけどアリアハンに向かうとき通ったことあるから知ってる。たぶんここからそんなに遠くないよ確か」
 と思って、じっと見ていたら、またまたあることに気づいた。
 なぜか、一点だけ地図上にぽつんとあり、それが常に点滅しているのだ。
 ためしに何歩か歩いてみると、点滅している点もほんのちょっと動いた。
 つまりこの世界地図、所有者(つまり私たち)の現在地が自動で表示されるのだ。しかも、地図を持っている者が移動するたびに、地図の印も連動されるようだ。なんて便利な地図なのだろう。
「すごい!! この地図、ものすごく便利だよ!! 私たちが今どこにいるのかとか、近くに何があるかとか、すごく良くわかるもの!!」
「へぇぇ。よくわかんねーけど、とにかくすげーんだな?」
「うん!! そうとわかれば、早速ユウリが休める場所を探そう!!」
善は急げだ。私たちは地図と現在地を確認し、近くに町がないか必死に探した。そして、意外とすぐ近くにロマリアの城下町があることに気づき、早速全員で町へと向かうことにした。 

 

ロマリアにて

 旅の扉を通り、見知らぬ土地に放り出されて路頭に迷いそうになった私たちは、ナギのおかげもあり、なんとかロマリアの町にたどり着くことが出来た。
ユウリはナギに負ぶわれている間ものすごく具合が悪そうだったし、眠そうだったシーラも、私に手を引っ張られなんとか歩かされている状態だったが、幸いにも大きなアクシデントに見舞われることはなかった。
 それから宵闇の町の中を何十分歩いただろうか。初めて宿屋を見つけたときは、夜明け前にもかかわらず、ナギと二人で歓声を上げずにはいられなかった 。
 宿を取って二人をそれぞれ別の部屋に寝かせたあと、疲労困憊だった私はそのままベッドに突っ伏す。もう朝日が昇る時間帯ではあったが、泥のように眠り込んだ。
 やがて、太陽が真上に差し掛かろうとしたとき、ようやく私は重いまぶたを開けた。
「……………………?」
 熟睡してたせいか、寝る前の出来事をほとんど覚えていない。ぼんやりした頭を二、三度振って、ようやく今の状況を把握した。
 私はのろのろと支度をし、いまだに寝ているシーラを起こした。さんざん身体を揺らしても全く起きてくれなかったが、急に跳ね起きて叫んだ。
「そのテキーラあたしのなんだからねっっ!!」
 がばっと布団をはねのけて、朝一番に放った言葉がこれだった。いったいどんな夢を見てたんだろう。
「お、おはよう、シーラ。私これから下に下りて朝食食べるんだけど、シーラはどうする?」
「ん~……。さきにお風呂入りたい……」
 目を擦りながら、さっきとは打って変わって低いテンションで答えるシーラ。
 そういえば私も昨日そのまま寝ちゃったんだよな……。ま、ご飯食べてからでもいっか。
 私は寝ぼけ眼のシーラとともに部屋を出た。すると、ちょうど隣の部屋の扉が開いて、中から人が出てきた。
「あ、ユウリ!! もう起きて大丈夫なの!?」
「…………」
 寝起きが悪いのか、ものすごく不機嫌な顔で私をにらみつけてくる。昨日の弱々しい姿とは180度違う。でも、こんなことでひるむわけには行かない。
「ゆ、ユウリも朝食食べに行くの? だったら一緒に行かない?」
 断られるだろうとは思いつつ、私はあえて聞いてみた。
「…………」
 やっぱり無言。特に答えを期待していたわけでもないので、気まずい空気は続きつつも、私は彼の返事を待たないまま階段を下りる。
 すると、階段を5、6段下りたところで、ユウリが私の後をついてくるではないか。
 これってどういう意思表示なんだろう。OKってことでいいんだろうか? ひとまずこちらも黙って一緒に歩く。
 1階に下りて、先に風呂場に向かうシーラと別れたあと、カウンターにいるおかみさんに頼んで、かなり遅めの朝食……いや昼食を作ってもらうことにした。
とりあえず全員分の食事を頼んだのだが、まだ起きてない仲間がいることに気付いた。
「そういえば、ナギはまだ寝てるの?」
「…………」
シーラと同じで寝起きが悪いのか、こちらの呼び掛けにまともに答えようとしない。もうこれは彼の平常運転ということにして、とりあえず落ち着いて座れる場所を探すことにした。
カウンターの奥には食堂があり、四人掛けの木製のテーブルがいくつか並んでいる。私は一番陽当たりの良い窓際のテーブルを選ぶと、ユウリと向かい合わせに座る。時間帯のせいか、私たちのほかにお客さんは誰一人いない。窓の外を眺めると、眩しいくらいの真っ白な雲と真っ青な空が見事なコントラストを描いている。
 ………………………………。
 うーん、会話がない。
 ナジミの塔に行くときなんか、さんざん人の文句ばっかり言ってたくせに、なんでこんなときに限って何も喋らないんだろう。
お互い視線を合わすことなく、時間だけが過ぎていく。
 さすがにこの空気に耐え切れなくなった私は、意を決して行動に出ることにした。
「えーと、ユウリ、好きな食べ物って何?」
「それを聞いてどうする」
「いや、あの、えと、い、言いたくないなら別にいいんだけど」
 思わぬ反論で、急にどもる私。いや、これは私の質問のチョイスが間違ってたんだろうか。ハラハラしながら次の言葉を待ってみる。
「…………………………………………甘いもの以外なら大体食える」
 たっぷり間が空いたあと、ぼそっと、近くにいなければ聞き取れないほどの小さな声で、確かにユウリは答えた。
「え!? あ、じゃあ今度、料理作ってあげるよ。こう見えても料理は結構得意なんだよ」
私はぱっと顔を上げ、思わずそんな約束をしてしまった。
「お前が料理だと? ふん、お前ごときでも何かひとつぐらいとりえがあるんだな」
 …………やっぱ約束するんじゃなかった。私は5秒前の自分を呪った。
 私が項垂れていると、急にユウリが声をかけてきた。
「…………おい」
「へ?」
 けれど、何をためらっているのか、なかなか続きを言おうとしない。
 変に口を出したら怒られること必至なので、私は彼の顔をじっと見つつ次の言葉を待った。
「…………なんでもない」
 私は心の中で思わずずっこけた。ユウリの「なんでもない」は良くも悪くも心臓に悪い。
 詳しく聞こうと思ったが、タイミングが悪いのか、急に上からものすごい勢いで階段を下りていく音が聞こえてきたので、話は中断されてしまった。
「あっ、何だよお前ら、こんなとこにいたのかよー!!」
 場違いなくらい大きな声で私たちに近づいてきたのは、言うまでもなくナギだ。
 寝起きなのか、寝癖がものすごくひどいことになっている。子供に悪戯でもされたんだろうかってくらいの有り様だ。
「ナギもごはん食べる? 一応四人分頼んどいたんだけど」
「もちろん!! 丸一日メシ食ってねえから腹減って死にそうだぜ!!」
そういうと、すぐに私の隣にどかっと座り、テーブルに突っ伏した。
「そのまま永遠に寝てろサル」
 ユウリの攻撃に、ナギの眉がひときわつり上がる。
「ぁあ!? 何だと!! 昨日あんだけヘタレだったくせに、よくそんなえらそーなこと言えるよな!! つーか助けてやったんだから礼ぐらい言えっつーの!!」
「俺はお前みたいな野性のサルと違って繊細なんだ。それにお前あのジジイに言われたじゃないか。勇者である俺の手助けをしろと。俺を助けることはすなわち義務。よってお前に礼を言ういわれはない」
「だーっ!! なんなんだよ、めんどくせえよ!! 義務とかマジわかんねーんだけど!!」
そう怒鳴りながら、頭をぐしゃぐしゃに掻き乱すナギ。
「まあまあナギ、怒ったところでお腹減るだけだし、とりあえずご飯がくるまで待ってようよ。ユウリも病み上がりなんだしさ」
「はあ? お前はそれでいいのか? そんな甘いこと言ってると、こいつどんどんつけあがるぞ!」
「今はそんなことで揉めてもしょうがないって。それよりご飯だよ、ご飯」
「そんなことってなんだよ、重要なことだぞそこは」
 それでも腑に落ちないナギをなんとかなだめて、私たちは食事が来るまでとりとめのない会話をして時間をつぶした。といっても、ほとんどナギとしか話してないけど。
「そーいやミオってさ、この近くの村に住んでたんだろ? どの辺なんだ?」
 ナギがぼさぼさの髪の毛を手ぐしで整えながら、たずねた。
「そんなに近いわけじゃないけど……。ここから北にずっといったところにあるカザーブって村だよ」
「カザーブ……? ああ、あの山に囲まれた田舎くささ満開の村か。まさにお前にぴったりな村だな」
 いきなり横からユウリが口を挟んできた。いろいろ突っ込みたかったが、ふとある疑問がわいた。
「ユウリ、私の住んでた村知ってるの?」
「当然だ。世界を回るためには世界のことを知る必要がある。これでも世界各国の村や町、遺跡などの情報は前もって頭の中に入れてある」
「つーか頭でっかちなだけだろ」
 得意げに言うユウリ。横にいるナギはかなり不愉快そうにしている。
「お~い、おまたせ~♪」
 かわいらしい声でやってきたのは、お風呂から上がった金髪の美少女だった。お風呂上がりの彼女は上気して、白い肌がほんのりピンク色に染まり、ますますかわいらしさがアップしていた。けれど、違和感を感じて、すぐそれに気づく。
「ねえ、シーラって本当は髪の毛ストレートだったの? 一瞬誰かわからなかったよ」  
 いつもはボリュームのある巻き髪の彼女だが、レーベの村で泊まったときは、シーラはすぐに寝てしまったので、髪の毛を濡らしたシーラの姿を見たのはこれが初めてだったのだ。
「えへへ。本当はこの後乾かしながら髪の毛巻くんだけど、今はご飯中だから後回しにするんだ♪」
 まっすぐになったシーラの金髪は、愛らしい顔立ちによく似合い、その姿はまるでおとぎ話に出てくる泉の妖精のようだった。
 正直、普段の巻き髪よりも、こっちのほうが似合っていた。でも今はナイトドレスを着ているから、バニーガール姿になったら、またイメージが違って見えるんだろうか。
 そんなこんなでやっと食事が来た。空腹だった私たち4人は、ふんわり湯気の立った食事がテーブルに置かれるや否や、瞬く間に胃袋の中に食べ物を収めていった。
 あのユウリでさえ、掻き込むようにクリームシチューを平らげていたのだから、みんな相当空腹だったに違いない。
 気づけば、4人同時に空になったお皿をきれいに重ねていた。
 こういうところだけは、みんな気が合うのかもしれない。
 食後のデザートを頼んだところで、ユウリが三人を見回しながらこういった。
「食事が済んだらロマリア王に会いに行くぞ」
『へ?』
 三人そろって間の抜けた声を出す。ユウリは眉間にしわを寄せた。
「お前ら、この俺を誰だと思っている? この世界を救う勇者だぞ!? 異国にたどり着いたからにはその国の代表に会うのが、世界を救う勇者としての礼儀というものだろうが」
「そ、そういうものなの?」
「あたしに聞かれてもわかんな~い」
「つーかただ単に目立ちたいだけなんだろ」
 ナギの一言で、ユウリの周りの温度が10度下がったような気がした。
「ベギラ……」
「だめだよユウリ!! こんなところで呪文なんか……」
「そうよぉ!! まだ食後のデザートが来てないのに!!」
「そういう問題かよ!?」
 シーラの言葉に、ナギが突っ込みを入れる。というかシーラのデザートって、さっき頼んだウイスキー8本のこと?
「あのさ、前から気になってたんだけど、シーラっていくつなの……?」
「ふふふ♪ ナイショだよ☆」
私の問いに、意味深な笑みを浮かべるシーラ。私より年下に見えるのに、こんなにお酒飲めるなんて不思議だ。というか体は大丈夫なのだろうか?
「そんなことより、早く支度するぞ。日が傾く前には用事を済ませるからな」
シーラの年齢に全く興味がないのか、すぐに席をたつユウリ。もっとのんびりしたかったのになあ。
けれど『王様に会う』と言う一般人には到底縁のない出来事に、私は内心浮き足立っていた。
そのせいで結局食事の後に済ますつもりだったお風呂に入れなかったことに気付き、ロマリア城の門前で後悔したのだった。 

 

勇者の心と秋の空

 
前書き


 

 
「うわ~、やっぱり大きいね」
なんて呑気な声を上げた私は、アリアハンのお城とは異なる造りの外観を見て、思わず目を見張った。
なんというか、アリアハンのお城が標準的な造りなのに対して、ロマリアのはデザインにこだわりを感じる。
城門の兵士に事情を話すと、すぐに通してもらった。どうやらアリアハンの勇者が旅立ったという情報は、この土地にも広まっているらしい。
「アリアハンの城の中には、ロマリアに繋がる旅の扉があるらしい。だからお互いに情報を共有しているんだと、昔城の人間に聞いた」
 ユウリがいうには、アリアハンの王とロマリアの王は古くからの付き合いがあり、勇者の仲間の募集を世界的に広めたのも、ロマリア王のおかげだとか。
 要するに、こうして私たちがユウリと出会ったのも、ロマリア王のおかげだといえる。
 わざわざロマリア王に挨拶をするなんてさすが勇者だな、と感心していると、一番前を歩いていたユウリが突然真剣な表情で、私たちの方を向いて言った。
「お前ら、普段みたいにへらへら笑ったりキレたり踊ったりしたらどうなるかわかってるよな? 仮にも一国の王の前に立つんだから最低限のマナーぐらいは守れよ」
「そ、そんなに普段から笑ってないよ!」
「いや大体怒らせてんのお前じゃん」
「踊りばっかりじゃないよー? お手玉だってできるもん♪」
 三人それぞれの主張に、彼は諦めたように深いため息をつき、再び歩き始めた。
 ふと周りを見回すと、お城の中はとても豪奢で、柱の一つ一つにも細工が施されている。丁寧に彩られた壁紙と、鮮やかにちりばめられた装飾品を見るたびに心が洗練されていくように感じた。
「すげーよ、これ! じいちゃんちで読んだ本と全く同じやつだぜ!」
 ナギは終始興奮した様子で、辺りをきょろきょろしながら目を輝かせている。生まれてはじめて見たというだけじゃなく、盗賊としての血も騒ぐのだろうか。
 シーラははしゃぎながらも、兵士さんたちの前ではちゃんと挨拶したり、意味もなく騒いだりはしなかった。
 ユウリなんかはもうお城の中なんか慣れた感じで、堂々とした態度で通路のど真ん中を歩いている。
 そして、先ほどとは別の兵士に案内され、いよいよ玉座の間へと通された。
「おお! よくぞ参られた、勇者ユウリよ!! 英雄オルテガの噂はこのわしにも聞き及んでおるぞ。世間では英雄と言われども、オルテガにとってそなたは大事な肉親。さぞつらかったじゃったろう」
「私ごときにはもったいないお言葉、ありがとうございます」
 完璧な動作で丁寧にお辞儀するユウリ。いつもの態度とはまるっきり違う。
「しかし、残念じゃったな……。あれだけ勇猛なオルテガが魔王に……」
「父は魔王に倒されてなどありません」
 王の言葉をさえぎり、ユウリはきっぱりと否定した。
「確かに父はネクロゴンドの河口付近で消息をたち、今も行方不明です。しかし私は、今も何処かで生きていると信じています」
「そう……じゃったな……。すまん、ユウリよ。無礼なことを言ったな」
「いえ、私も出すぎた発言をしてしまいました。申し訳ございません」
 先ほどまで旅の扉酔いで半死状態だった姿を思い出すと、あまりのギャップに笑いがこみ上げてくる。だが場所が場所なので、私たちは必死でそれを堪えた。
 室内にきまずい空気が流れ始めたのを感じたのか、王様はこほん、と咳払いをした。
「まあ、良い。それより、長旅の疲れも癒せぬうちに言うのは酷なのじゃが、そなたたちに頼みがある。実はな、最近この国に盗賊が出没するようになっての。城の者にも警戒するように言ったのじゃが、2,3日前にカンダタという者が、この城の宝でもある『金の冠』を奪ってしまい、はるか西にある『シャンパーニの塔』に逃げ込んだのじゃ。もしそなたが真の勇者なら、その盗賊から『金の冠』を取り返してはくれぬか?」
「『金の冠』、ですか」
「もちろん、取り戻してくれたら礼をするぞ。何しろそなたたちは世界を救う旅の最中であるからな。そなたの腕はアリアハン王から聞いておる。なんでもすでにレベル30を超えているとか。本来ならそなたたちに頼むべきではないのだが、他に適する人物がおらぬのでな。頼む、図々しいとは思うが、どうか世界を救う前に我がロマリアを救って欲しいのじゃ!」
「…………わかりました。ロマリア王の頼みならば断る理由がございません。謹んでそのご依頼お引き受けいたします」
「そうか!! そなたなら頼もしい答えを出してくれると思っておったぞ!! では、頼んだぞ!! 勇者ユウリよ!!」
 ユウリの答えに、ロマリア王は満面の笑みを浮かべた。
 だが、ユウリは王の頼みを受けてから城を出るまで、ずっと無表情のままだった。



「ユウリ、何かあったの?」
 私がふと彼に訪ねたのは、城を出てしばらくして、家々の壁がほんのりオレンジ色に染まり始めたころ。
 宿屋へ戻る途中、突然シーラは「堅っ苦しいとこに行ってたから息抜きしてくる!」とかいって、地下にあるという『モンスター格闘場』という賭博施設へと走り去ってしまい、ナギはナギで新しい武器を見に行くといって商店街の人混みに紛れて行ってしまった。なんて自由な人達なんだ。
 そして残された私とユウリは、このあと特に寄り道することもなく、あと数百mで宿に到着するというところまで来ていた。
 たずねられたユウリは憮然とした表情でこちらの呼び掛けに気づく。
「さっきからおかしいなと思ってたんだけど……」
「俺がおかしいだと?」
 ものすごい形相でユウリが怒鳴った。言葉の解釈にズレを感じた私はあわてて訂正する。
「い、いやおかしいってのは、いつものユウリと様子がちょっと違うって言う意味だよ。何か深刻な問題でもあったの?」
「ああ、大有りだ」
 ユウリはきっぱりと言い放った。
「事は一刻を争うというのに、なぜ勇者である俺が盗賊退治なんぞ引き受けなきゃならないんだ!! そもそもその辺の野良盗賊なんかに大事な宝を取られるだなんて、この国の防衛能力はどうなってるんだ!! 不条理だろ!! 取り返すんだったら自分の国のやつらがやればいいだろうが!!」
 勇者とは思えない発言に私はたじろぎながらも、それはそれで一理あるなと思った。
「えー……。だったらユウリ、断ればよかったじゃない」
「仮にも一国の王の頼みだぞ!! あの場で断れるわけないだろ!!」
 ようするに、世間体ってやつなのだろうか?
「ユウリもいろいろ大変だね」
「ああ。特にお前みたいな世間知らずの田舎者の話し相手をするのはひときわ疲れる」
 そこまで言わなくても……。
 ともあれ、この『金の冠』を取り返す件、公の場で了承はしたけれど、当のユウリは全く乗り気じゃないらしい。
「あのさあ、それなら……」
「いっそのこと、あのサルをシャンパーニの塔に放り込んで、その隙に冠を取り返すか」
 あのサルというのは、ユウリ語でナギのこと……らしい。
 当然ながら私は断固否定した。冗談かどうかはさておき、ナギを囮役にするなんて考え、受け入れられないに決まっている。
 ユウリは渋っていたが、やがて次の案を思いついた。
「じゃああのザルウサギをシャンパーニの塔に(以下略)」
「だから駄目だって!!」
 ザルウサギというのは、ユウリ語でシーラの(以下略)。
 ユウリのむちゃくちゃな提案に、私は首を思い切り横に振った。
「なんていうか、それじゃあ全然勇者らしくないよ。勇者ならその盗賊を退治して奪い返せばいいんじゃないの?」
 すると、急にユウリの目つきが変わった。まるで一番最初にルイーダさんの酒場で出会ったときのような、侮蔑に満ちた目。
「『勇者らしく』って、なんだ?」
「え!?」
 急にそんなことを言われたので、私は次の言葉に詰まった。だって、いつも自分のこと勇者だとか言ってる人が、なんでそんな矛盾したことをいうんだろう?
「…………ふん」
 私が黙ったままだからか、ユウリは私から目をそらし、そのまま先に歩いていってしまった。
 ぽつんと一人取り残されて、私は一人考えを巡らせる。
―私何か、まずいこと言っちゃったのかな……?
 しばし悩んだが、頭の足りない私はそれ以上答えを導き出せるはずもなく、考えをやめてひとまず宿に戻ることにした。 

 

諍い

 宿に戻ったのは私とユウリだけで、あとの二人はしばらく経ってもなかなか帰ってこなかった。
「格闘場に行ったシーラはともかく、ナギは武器屋に行ってるだけなんだよね? ずいぶん遅くない?」
 男女二人ずつ二部屋で取ったあと、私は一人部屋でぼーっとしているのも何なんで、ユウリがいる部屋にお邪魔していた。
 とはいっても、話の弾まないユウリと会話しても自滅するだけなので、荷物の整理なんかをしていたのだが。
ユウリはユウリで、俺に話しかけるなオーラを部屋全体に充満させながら、真剣に愛用の剣を磨いている。……要するに、二人とも無言だった。
 一通り荷物の整理を終え、一息ついたところで、私は窓の外がすっかり暗くなっていることに気づき、今の言葉を放ったのだ。
 私が二人のことでつぶやいていると、今まで下を向いていたユウリがゆっくり顔を上げ、私の方を見た。
 まるで今初めて存在に気づいたかのような表情をしていたので、私はなんとなく視線をカバンに戻した。
「……まだ帰ってきてないのか、あいつら」
 意外にも、私の呟きを聞いていたらしい。でもその割には、落ち着き払っている。
「そもそもあの二人って、そんなにお金あったのかな?」
 シーラはアリアハンにいたときから酒場のお酒を飲みまくってユウリに酒代払わせてたし、ナギも今までおじいさんと一緒にあの塔で暮らしてたみたいだから、武器を買えるほどのお金を持っているとは思えない。ただ商品を見るだけならこんなに時間はかからないはずだけど……。
 などと考えを巡らせていると、ベッドに座っていたユウリが、真剣な顔で光り輝く剣を鞘に収めて急にその場を立った。
「俺としたことが、迂闊だった。馬鹿を二人も野放しにして、ただで帰ってくるとは思えん。急いで連れ戻すぞ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 急にそんな事言われても……」
 そういってユウリはすぐさまドアの方に向かう。そして、私の抗議も無視して、勢いよく部屋のドアを開けた。
 どんっ。
「きゃああぁぁっっっ!!??」
 今の悲鳴は私ではない。ユウリがドアを開けたとたん、外側から誰かが彼にぶつかってきたのだ。
「も~~~っ!! 痛いよユウリちゃん!! ちゃんと前見てよ~~~!!」
 悲鳴を上げた人物―――シーラが、口を尖らせながら言った。怒っているにもかかわらず、なんともしぐさがかわいらしい。
 などと私がそんなのんきなことを考えていると、ユウリが親の敵をとったような顔でシーラに迫った。
「お前、今まで遊んでたのか?」
 するとシーラは頬を膨らませた。
「遊んでたんじゃないもん!! 『おしごと』してきたんだもん!!」
「仕事……?」
 ユウリは何か思い当たったかのように表情を変えた。
「あー、ユウリちゃん、なんか変なそーぞーしてるでしょー? やーい、むっつりーvv」
「……………………」
 シーラに冷やかされ、ユウリはなぜか鬼の形相のまま沈黙した。これがナギの場合だと問答無用で呪文を放つのだが、シーラの場合だとどう反応すればいいのかわからないらしい。
 そんなことはお構いなしに、シーラは話を続けた。
「『おしごと』ってぇのは、これよんっっ!!」
 そういってどこからか取り出したのは、一抱えほどもある金貨の入った革袋だった。
「どっ、どうしたのシーラ!!?? その金貨!!」
 どうみたって半日かそこらで稼げるような金額ではない。もちろん裕福ではない私の実家でもあんな大金見たことがない。
「もちろん、モンスター格闘場で稼いだんだよんvv」
「ほ、ホントに?」
 格闘場って、あんな短時間でこんなに稼げるものなの!?
 格闘場・・・・っていうより賭け事自体やったことのない私にとっては、全く理解できない話である。
「こんだけあれば、一か月分はお酒に囲まれて暮らせるもんね♪ あ、ミオちんにもお酒ちょびっとわけてあげるからね☆」
「あ、ありがと……。でも私お酒飲めないからいいよ……」
 するとちょうどタイミングよく、宿の玄関から聞きなれた声が聞こえてきた。
「くっそー!! なんでどこもあんなに高けーんだよ!!」
 どすどすと、荒い足音を立ててこちらに上がってきたのは、私たちが探していた仲間その2、ナギだった。
「おいサル。俺の許可なくこんな遅くまで出歩くとはいい根性してるな」
 まるで子供の門限に厳しい父親のようなことを言うユウリ。
「別にあんたの監視下にあるわけじゃないしいーだろ。それに、ただ出歩いてたんじゃなくて、自分用の武器を買いに行ってたんだよ! ……結局どれも高すぎて買えなかったけどな。誰かさんが一人でお財布握ってるせいでよ!!」
 そう言い放つと、ナギはユウリを鋭く睨み返した。
 そのただならぬ不穏な空気を感じた私は、余計なこととは思いつつも、つい口を挟んでしままう。
「ほ、ほらユウリ。そんなに心配しなくても、やっぱりナギ武器買いに行ってただけじゃん!」
「…………」
「それにこの先の旅のことを考えるなら、新しい武器を買える資金ぐらいナギに渡してあげてもいいんじゃない?」
「…………」
案の定、私が言ったところで状況が変わるわけがなかった。
「……この堅物にんなこと言っても無駄じゃね? あーもう気分悪いから先にメシ食って寝るわ」
 そう言ってナギは、部屋の中に入ろうとした。だが、いまだに床に座り込んでいたシーラにぶつかり、転びそうになってしまった。
「ってぇ!! なんなんだよ、ったく……」
 くるりとシーラのほうを振り返る。どうやらシーラではなく、横に置いてある金貨の皮袋につまづいたらしい。
「お、おま……なんだよ、それ……」
「これはあたしが格闘場で稼いだお金だょん♪ すごいでしょ♪」
 シーラの話を聞いて、ナギの様子が豹変した。言葉を失い、金貨のほうを凝視している。ついでに荒くなっていた呼吸を整え、こう言った。
「その金貨、全部オレにくれ!!」
「…………」
「…………」
「…………え?」
 シーラ、ユウリ、そして私までもが、一瞬沈黙した。けれどすぐにその沈黙は、金貨の所有者によって破られた。
「ナギちん? いまどきそんな冗談誰もウケないよ?」
「いやギャグじゃなくて!! それくれ!! 武器買うから!!」
 そのあまりにも潔い申し出に、私はむしろ心地よさを感じた。
「寝言は寝てから言え。何でお前ごときに全ての金をやらなきゃならん」
「あっ、ユウリちゃん!! あたしのお金だよそれ!!」
 ひょいと金貨を拾い上げたユウリを、シーラが珍しく憤慨した様子で奪い返そうとする。だがユウリはシーラに渡そうとせず、きっぱりとした声でこう言った。
「これは旅の資金にする。つまりリーダーである俺が保管しておく」
「ええっ!?」
 私は思わず声に出して驚いた。いや、私だけではなく、遥かに衝撃を受けた二人も茫然としている。
 これにはナギだけでなく、シーラまでも敵に回した。そりゃあそうだろう。ばくち好きのお父さんが珍しく大勝ちして大金を手にしたと思ったら、お母さんに全部没収されるようなものだもの。
「好き勝手に動き回るお前らに金を持たせるわけにはいかないだろ。ここはリーダーである俺が責任を持って管理する」
……なんか嫌な言い方だ。それじゃまるで私達が聞き分けのない子供みたいじゃない。
 普段はユウリになかなか意見することができない私だけれど、今のその発言にはさすがに容認出来なかった。
「ユウリ、いくら旅にお金が必要だからって、一枚もくれないのはあんまりだよ! それに、ナギが武器をほしがるのは旅を少しでも楽にするために大事だからだと思うし、そもそもシーラのおかげで金貨が手に入ったんだよ? もうちょっと私たち仲間のことも考えて欲しいよ」
「……………………」
「ミオの言うとおりだ! なんでいつもオレたちが我慢しなきゃなんねーんだよ!! そもそもなんでシーラが稼いだ金をあんたが取り上げてんだよ!!」
「ユウリちゃん、あたしが飲んだお酒代ならその袋の半分で充分足りると思うよ!?」
 私たちの訴えを聞いて、ユウリの眉間にしわが、かつてないほど深々と刻まれる。相当不機嫌になっている証拠だ。
「要するに、お前らは俺の意見を誰一人として聞き入れないということだな?」
 沈黙。それは三人一致で肯定を表していた。
「……わかった。そんなに金が欲しいのなら使えばいい」
 どさっ、と重い音が部屋に響き渡る。
「そのかわり、お前らだけで盗賊退治をしてこい」
 …………え。
「この金を盗賊のアジトに行くための準備に使おうと思ってたんだが、そこまでいうなら俺は何も手出ししない」
盗賊のアジトって……、ロマリア王に頼まれたこと?!
「あとはお前らだけでやってくれ。じゃあな」
 そう言い放つと、振り向きもせずあっさりと部屋を出て行ってしまった。
 不安と重苦しい空気を残したまま。
「……い、いまユウリなんて言った?」
恐る恐る私は皆に確認する。ナギは何故かさっきより生き生きとした表情をしていた。
「オレたちだけで盗賊退治だとよ。かえってあいつがいなくて気が楽だぜ」
 ナギはあっけらかんと言い放つ。なんでそんなポジティブなの!?
「いやいや、そういう問題じゃないよ!! 私たち、3人そろってもたいしたレベルじゃないじゃない!! そんな状況で盗賊退治なんてできっこないよ!!」 
 私は考えただけで血の気が引いた。いくら王様の頼みとはいえ、レベル30の勇者抜きで盗賊退治なんて無謀すぎる。
「だいじょーぶだいじょーぶ!! ミオちん、人間やるときゃやるんだよ♪」
 一番説得力の無いシーラに言われ、私はさらにめまいがした。
「シーラの言うとおりだぜ。人間、弱くても3人力を合わせればできるんだ!! って、昔じーちゃんのところにあった本に書いてあったし」
 …………ひょっとして、不安がってるのって私だけ?
 どこまでも前向きな二人に、私は羨望と脱力を一気に味わうという、貴重な体験をした。
 願わくば、ユウリが考えを変えて一緒に盗賊退治をしてくれますように…………。たぶん無理だと思うけど。

 

 

危険な盗賊退治(道中にて)

「っかーっ!!! すがすがしい朝だぜ!!」
 翌朝。結局ユウリはあれから一度も私たちの前に姿を見せることはなかった。一方、一人部屋で一晩を過ごしたナギはというと、言葉通りの朝を迎えたようで、これ以上ないほどのさわやかな顔で部屋から出てきた。
「あいつの顔を半日以上見ないことが、こんなにすばらしいものだとは知らなかったぜ」
 ナギは心底感動した様子で言った。よっぽどユウリと一緒の部屋が嫌だったのか。
「でも、ユウリってば、夕べどこで寝たんだろ。宿屋はこの町では一軒しかないし……」
私の言葉に、ナギが興味なさげな顔で答える。
「気にしなくていーんじゃねーの? レベル30の勇者様のことだから、どうせ城のやつらに歓迎されてふかふかのベッドでくつろいでたんだろうよ」
 うーん。全く現実味がないけど、ユウリならありえる気がする。
「さて、朝飯も食ったことだし、さくっと盗賊退治でもするか!」
 ナギの能天気な発言に、思わず私はずっこける。
「いやいや、さくっとって簡単に言うけど、魔物退治とは違うんだよ!? 人間が相手なんだよ?」
「だったら言葉が通じる分魔物より簡単じゃねーか」
 駄目だ……。なんかナギって世間と少しズレてる気がする。
「ねえ、シーラは盗賊退治なんて出来ると思う?」
 私に尋ねられたシーラは、自慢の金髪を特殊な金属の棒のようなもので巻きながらしばし考え込み、
「わかんなーい♪ でも三人でお出掛けするのも楽しそーだよね☆」
 そう屈託のない笑顔で返されたので、なんだか私一人だけ悩んでるのがばかばかしくなってしまった。
 もう乗りかかった船だ、おとなしくこの二人についていこう。ほとんどヤケだけど。
 そんなこんなで私たち3人は、宿を出たあと道具屋に寄り、薬草、毒消し草などのアイテムを補充し、ついでに武器屋にも寄ることにした。武闘家の私には武器はあまり必要ないので買わなかったが、ナギは聖なるナイフ、シーラは(もしかしたら使うかもしれない)くさりがまを購入した。
「シーラが稼いだお金、ほとんどなくなっちゃったね」
 私が名残惜しそうに金貨袋に向かってつぶやいていると、シーラがいきなり私の袖を引っ張った。
「ミオちん、お金増やしたいならもう一回行ってみる?」
 シーラの指差した先は酒場だった。だが、その入り口の脇に、モンスター格闘場入り口の看板がかかってある。それを見て、私は思い切り首を横に振った。
「だっ、だめだよ!! いくら昨日は稼げたからって、今日も稼げるとは限らないじゃない! 今は盗賊退治の方が大事だよ!」
「む~、今日はもっといっぱいお金増えそうな気がするのに~」
 そういうこと言う人に限って、大負けしたりするんだ。私の師匠もたまに賭け事をしていたが、大体シーラと同じ事を言っていた。
「なあ! おい、あれ見ろよ!」
 ナギが驚いた様子で声を上げた。その視線の先には、見覚えのある青いマントと黒髪。あれってまさか……。
「ユウリ!?」
 間違いない、背格好も彼にそっくりだ。残念ながら顔は見えないが、歩いている方向は確かにモンスター格闘場へと向かっている。
「あれー、ユウリちゃんも賭け事やるのかな?」
 シーラの一言に、私は目を疑った。だってまさか、ユウリが賭け事なんて全く想像できないんだもの。あの後姿は他人なんじゃないかと思い込んでしまうぐらい。
「あの野郎、オレに散々文句言ったくせに、自分はのんきに賭け事だと!? ふざけんなよ!!」
 ガツンッ、と近くにあった建物の壁を拳で叩きつけたまま動かなくなったナギ。よっぽど腹を立てているのかと顔を覗き込んだら、どうやら拳を痛めたらしく、涙目になっている。
うーん、なんか落ち着かない。
このギスギスした空気を緩和させようと、私はふと頭に浮かんだ考えを口に出してみる。
「もしかしたらユウリも旅の資金を増やそうとしてるんじゃない?」
 私の言葉に、二人は白けた顔でこちらを見た。……うん、確かに私も言って後悔した。どうしても無理があるよね、この意見は。
「ミオちん。いくらミオちんが人がいいからってそれはちょっとどーかと思うよ?」
「あの性悪勇者がそんな殊勝なことすると思うのか? お前は」
「……うん、ごめん。今のは私が間違ってた」
なんで私が謝らなくちゃいけないんだろう。
 ともあれユウリの行動に俄然盗賊退治へのやる気が沸いた3人(特に2人)は、勇者に一泡ふかせてやるという決意を胸に託し、意気揚々とロマリアの町を出た。
 そこでふと、ナギがあることに気づく。
「そーいや『シャンパーニの塔』ってどこにあるんだ?」
 私はあっと気づいて、急いでいざないの洞窟で拾った世界地図を広げた。点滅しているのが現在地。そこから西って言ってたから、……この辺かな?
 一同が地図を覗き込む中、私は指で塔があると思われる場所を指した。
「うーん、意外に距離あるね。どうする? 海岸沿いに回っていく?」
「そーだな。この距離だと途中で野宿になると思うし、なるべく近道していこうぜ」
 近道といっても、その距離は十分あった。地元である私でさえも、その遠さにうんざりした。
 なにしろ私の生まれ故郷カザーブからロマリアまでの、2倍以上の距離なんだもの。
 森の中の街道をひたすら歩き続ける途中、私がこの近くの村出身だという話を持ち出したら、ナギが興味深げに聞いてきた。
「そういやミオって、ここからどうやってアリアハンまで行ったんだ? 旅の扉を通ってきたわけじゃないだろ?」
「えっと、最初に私の住んでる村に、ロマリアの王様からのお触れが回ってきたの。『勇者とともに魔王と戦う仲間をアリアハンで募集している』って。たぶん私の村だけじゃなくて世界中でそういうお触れがあったと思うんだけど。それでその募集を受けにロマリアの近くにある関所を通ったあとポルトガに行って、ポルトガからアリアハン行きの船に乗ってたどり着いたってわけ」
「へー。あんな最低野郎の仲間になるためにわざわざ海を渡って行ったのか。お前みかけによらずすげーな」
「あー、うん、まあね」
 まさかこんな形でナギに感謝されるとは思わなかったので、私はテキトーな返事しか出来なかった。
「あれ? でもお前レベル1だったよな。ポルトガって所まで魔物に襲われなかったのか?」
「ちょうど募集してたときポルトガ行きの馬車があって、それに乗って行ったの」
「へー、馬車とかあったんだ。オレ乗ったことねーからうらやましいな」
「私も初めてだよ。しかもポルトガ王の御厚意で無料で乗せてもらったし」
ナギと馬車談義をしていると、後ろにいたシーラが間に入ってきた。
「ミオちん、もしかしたらあたしと同じ船に乗ってたかもよ!?」
「え? どういうこと?」
「だって、あたしもポルトガからアリアハンまで船で行ったもん♪」
 なぜか得意満面な笑みを浮かべるシーラ。
「ひょっとしてお前もあいつの仲間になりたかったのか!?」
「んーん。ポルトガでお酒飲んでたら、お金スッカラカンになっちゃって逃げてきちゃった☆」
 てへっ、と舌を出しながら言う彼女の顔は、全く悪びれた様子などない。
 うーん……。それって無銭飲食だよね。かといって、いまさらそのお店の代金を肩代わりする度胸もお金もないんだけど。
 そんな会話を時折しつつ、途中魔物とも戦い、何度か休憩をするうちに、あっという間に日が落ちた。
 だが、道のりは思ったより進まなかった。目的地まではあと半分以上ある。それでも、現在地がわかる地図を持っているのが唯一の救いだった。きっとそれがなければ、いつ着くかもわからず延々と歩き続けるはめになっていただろう。
 その日は結局野宿をした。交代で見張りをしながらだったので、ある程度睡眠をとったとはいえ完全に眠気が取れたとはいえない。
 きっと4人なら見張りの時間ももっと短いんだろうな、と目の前にある魔物避けの焚き火を見ながら、ぼんやりとした頭でそう思った。ふとユウリの顔を思い浮かべて、さらに心が重くなる。
 アリアハンで出会ってから今までを振り返って、やっぱり私みたいなレベルの低い足手まといは嫌だったのだろうかと思い込んでしまう。
私を仲間に入れたのも、ルイーダさんに強引に進められたからだし、あの時は他の冒険者たちは帰っちゃったけど、別の日にもう一度声をかけてたら、もしかしたらもっとレベルの高い人たちを仲間に出来たかもしれない。
 あー、駄目だ駄目だ、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。私は気を取り直して支度を整えた。 

 

危険な盗賊退治(シャンパーニの塔にて)

「う~、最悪だぜ……」
 簡易テントの中からひょっこりと現われたナギの顔は、昨日と打って変わってげんなりとしていた。
「どうしたの?」
「どーしたもこーしたも、すっげー不快な夢見ちまったぜ……。せっかく昨日はさわやかな目覚めだったのによぉ……」
「いったいどんな夢見たの?」
「聞くな。口に出したくもない……」
 まあ他人が見た夢にあれこれ言っても仕方ない。私は苦笑しながら、話を切り上げ出発の準備を始めた。
 二日目、三日目と、日を重ねるごとに魔物と遭遇する回数は多くなっていった。けれど戦ってきたおかげで低かった私のレベルもいくつか上がることができた。ナギはもちろん、シーラも同じように経験値が増えたようだ。そんな中―――。
「危ないシーラ!!」
 バシッ!!
 シーラに降りかかる無数の石つぶてをかばったのだが、その時左腕に衝撃が走った。
 私は急いで薬草を取り出したが、なかなか痛みは治まらない。
「大丈夫、シーラ?」
「ごめん、ごめんねミオちん……! あたし、ミオちんを助けるつもりだったのに……」
 実はその石つぶてを放ったのは、シーラだった。だが、コントロールが悪かったらしく、味方のほうへ全部飛んでしまったのだ。
「気にしないで、ありがとう」
「おい! こっちは大体片付いたぞ!!」
 汗だくになりながらも目の前の魔物を全て片付けたナギがこちらに向かってくる。
「よかった! まだこっち3体いるの!! お願い!!」
 私の返事を待たずに、ナギが一体のキャタピラーをナイフで突き刺した。
「うわぁぁん、ミオちん~~~!!」
「あーもーうっせえ!! もう大丈夫だから泣くんじゃねえ!!」
 こういうパターンが何回かあって。
 ……やっぱりユウリがいないと大変だっていうのは、この旅路で少なからず感じてしまった。
 毎日野宿をし、町を出る前にあんなに買いだめした携帯食料も底をつき始めた6日目の朝、ようやく目的地であるシャンパーニの塔に到着することが出来た。
「ふあ~、長かった~」
 私が疲労困憊で思わずため息をつくと、ナギがあきれたように言った。
「何言ってんだ。本題はこれからだろ」
「あ、うん、そうだよね」
 私は照れ笑いをしながら、塔を見上げる。目の前にそそり立つその建物は、外壁がところどころはがれていたりヒビが入ってたりして、とても人が住んでいるという感じではない。ナジミの塔に比べてだいぶ老朽化が進んでいるように見えた。
「この塔のどこに盗賊がいるんだろ?」
「ま、オレの勘が正しければ一番上だろうな」
 自信ありげに推理するナギの姿は、なんとなくユウリに似ていた。ユウリの代わりにリーダーになってくれてるのかな。
 そしてナギは、真剣な面持ちで皆を振り返った。
「よし、じゃあ早速今から中に入るけど、みんな、気を引き締めていけよ! きっと塔の中にも魔物がいると思うし……っておい!!」
「わ~い、いっちば~ん♪」
 ナギの言葉を無視して、さっさと中に入るシーラ。シーラにとっては誰がリーダーだろうと関係ないらしい。
 ナギは出鼻をくじかれたような様子で、しぶしぶシーラの後に続いていった。そのあとを私が追いかける。
 中は薄暗く、カビ臭い匂いも漂っていて、その独特の空気は魔物が棲んでるぞ、とでもいわんばかりだった。だが、下を見ると、埃だらけの床に真新しい足跡がいくつも残っている。おそらく盗賊たちのものだろう。私とナギは周りに注意しながら探索した。
「あそこに階段があるな」
 ナギの言うとおり、曲がり角の向こうに階段が見えている。辺りに人の気配を感じないのを確認した私たちは、慎重に階段を上り始めた。その時、
「きゃうっ!?」
 私の後ろにいたシーラが、いきなり奇妙な声を上げた。私はすぐに振り向き、同時に目を丸くして叫んだ。
「な、ナギ!! 魔物!!」
 それは暗がりでも目立つブルーの皮膚を持ち、大きな金色の目をぎらつかせた巨大なカエルだった。確か名前は……ポイズントードだったっけ。
 あろうことかその魔物は、シーラの足首に長い舌を巻きつけている。そういえばぬらぬらと光るその舌には、毒腺があるって聞いたことがある!
「シーラ、じっとしてて!!」
 私はとっさに渾身の力をこめて蹴り上げた。ポイズントードは不意を衝かれたのか、放った私が驚くぐらい勢いよく吹っ飛んだ。幸い魔物はそれきり動かなくなる。
 だが、その後ろから、続々と見たこともない魔物がやってきた。その数はざっと数えても10体以上。
「こ、これってヤバイよね」
「もちろん!! 逃げるぞ!!」
 そういってナギは盗賊さながらの瞬発力で階段を駆け上った。私は事態をまだ良く飲み込めていないシーラの手を引っ張りながら、夢中で階段を上りきった。
「よし、まだ魔物は来てないな? ……よっと」
 階段の手前でナギがおもむろに懐から何か細い糸のようなものを取り出す。そしてそれをまた懐から出したものにぐるぐると巻きつけ、それをすばやい動作で天井にくくりつける。その一連の早業に、思わず私は見入ってしまった。
「なにぼーっとしてんだよ。お前らは先に行ってその辺りの様子を見てきてくれ」
 私はあわててうなずき、シーラと一緒に奥に進んだ。ややあって、ナギが遅れてやってきた。さらにしばらくして、遥か遠くの方で小さな爆発音が聞こえた。
「ひょっとしてナギ、罠張ってたの?」
「まーな。つっても単なる時間稼ぎぐらいにしかならねーけど。その間に盗賊どものいる場所、探そうぜ」
 さすがナギ。あの状況であんなすばやく罠を作るなんて。伊達に何年もおじいちゃんとの修行をやってるわけじゃない。
 時折襲い掛かってくる塔の魔物を追い払ったり罠で足止めしながら2階、3階と上っていくうちに、だんだん外の景色が変わってきた。どうやらいつの間にかずいぶん高いところまで上っていたらしい。
 けれど、盗賊はおろか人間の姿すら発見できずにいた。
「くっそー!! 一体どこにいるんだよ、カンダタとか言う盗賊はー!!」
 ナギは走りながら、誰にともなく盗賊の名前を呼んだ。そういえば私たち、カンダタって言う盗賊の顔すら知らないんじゃなかったっけ?
 やがて、上り階段も見当たらなくなり、ここが最上階だと思わせるような一枚の大きな扉が、私たちの行く手を阻んでいた。
「もしかしてこの奥……?」
「だろうな。相手はどんな武器を持ってるかわかんねーし、油断すんじゃねえぞ」
 いつになく真剣な面持ちで聖なるナイフを構えるナギは、なんだか急に頼もしく見えた。
 私も負けじと身構える。シーラは相変わらずにこにこしながらお手玉とかやったりしてるけど、私たちと扉の間には張り詰めた空気に包まれていた。
 観音扉の片方の取っ手に手をかけたナギがゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、開けるぞ」
 私は小さくうなずく。同時にナギの手が動いた。
 が、扉は動かない。
「あれ?」
 押せども引けども、扉は一向に開く様子はない。さっきまでの緊張感が一気に霧散した。
「何で開かないんだ?」
 言いながら、扉を何とかあけようと鍵穴らしき場所を弄るナギ。私はこの光景を、前にもどこかで見たような気がした。
「ひょっとして、その扉も『盗賊の鍵』を使うんじゃない?」
「へ……、あ、そうか! そういうことか!!」
 ナギもその存在を思い出したらしく、ぱっと手を離す。
 そこにお手玉をやり終えたシーラが横から口を挟んだ。
「えー、でもそれってユウリちゃんが持ってなかったっけ?」
『え』
 しーん。
 ……そ、そうだった! 忘れてた!!
「どっ、どうしよう!! ユウリがいなきゃこの扉開けられないよ!!」
 慌てふためく私に、ナギは人差し指を口元に当てて静かにしろと制した。
「まあ待て。一応オレだって盗賊の端くれだ。そんな道具なんぞに頼らなくてもこんな扉の一枚や二枚、盛大に開けて見せるぜ」
 そういって、座り込んで懐から道具を取り出し鍵穴を覗き込もうとしたときだ。
 ばぁんっ!!
 ナギがしゃがんでいる反対側の扉が勢いよく開け放たれ、中から一人の男が現われた。
「さっきからガチャガチャうるせーんだよ!!」
 私たちに怒鳴り散らすその男は、ボロボロのシャツに動きやすいズボン、腰には短剣と、いかにも盗賊と思わせるような格好をしていた。
 もしかして、この人が王冠を盗んだ盗賊なんだろうか? けれどどちらかというと、盗賊の下っ端っていう感じに見える。
「あんたがカンダタか?」
「なんだこのクソ生意気なガキは」
「いーから質問に答えろよ!!」
 ナギの言葉に、盗賊らしき男はうっとうしげに答えた。
「お前らみたいなクソガキがおかしらに何の用だ? ひょっとしておれたちを倒しにでも来たのか?」
 そういって男は馬鹿にしたように笑う。その態度にナギは眉を吊り上げ、私も相手をにらみ返した。ということは、この人のおかしらがカンダタだということだ。
 部屋の奥にいたのか、他の盗賊たちも続々と男の背後から現われた。盗賊たちは私とナギを小ばかにしたような目で見ているし、ある盗賊はシーラを見てにやにやしている。
「ま、そこのバニーガールは置いていってもいいけどな。それ以外は帰った方が身のためだぜ。嫌だってんなら……」
 すっと、盗賊たちの表情が変わる。そして静かに短剣やナイフを抜き、一瞬にして殺伐とした雰囲気を生み出した。
「おれたちが相手になるぜ!!」
 一斉に、盗賊たちは襲い掛かってきた。私は戦慄を覚えながらも、なぜか冷静に敵の人数を確認できた。ざっと見て5人。数はけして少なくなかった。
 でもここにたどり着くまで私たちは何度も魔物と戦って、レベルもいくつか上がっている。だから、アリアハンを出たときよりも戦闘に関して確実にレベルアップしているのが、自分でもわかっていた。
 私のところに来たのは二人。二人は左右から同時に斬りかかってきた。動きはそんなに早くない。魔物と違って人間の動きは大体決まっているから、攻撃の先がどこに来るのかなんとなくわかる。
 私は二人の初撃を一歩退いて避け、体勢を立て直そうとした盗賊の頭めがけて回し蹴りを放った。
「ぐあっ!」
 どさっと左側の盗賊が後ろに倒れる。右側の盗賊は「てめえ!!」といいながら返す刃で私に斬りつけてきた。それを私はかがんで避け、がら空きになった男のわき腹めがけて正拳突きを放った。
「ぎゃっ!!」
 さらにもう一発叩き込む。それでもう一人の盗賊は完全にのびた。
 一息ついてナギの方を見てみると、一人で三人相手に苦戦しながらも、無駄のない動きで攻撃をかわし続けている。ちなみにシーラはノーマーク。一人でままごとなんかしちゃってる。
 やがて痺れを切らしたのか、盗賊の一人がナギに向かってがむしゃらに突っ込んできた。
「はっ!!」
 それを難なく避けながら、ナギはナイフではなく素手で盗賊の顔面をグーで殴った。
 他の二人も同じような攻撃で沈黙させ、あたりはすっかり静かになった。
「すごいね、ナギ。一度に3人相手にするなんて」
 ナギは得意そうにこちらを向いた。
「まーな。でも、お前だってすげーじゃん」
 そういわれて、私は思わず顔が赤くなった。誰かに戦いのことでほめられるなんて随分久しぶりだったからだ。
「へへ。でもなんか、自信出てきた。ここに来るまで盗賊退治なんて無理だって不安に思ってたけど、なんかいけそうな気がしてきた」
「だろ? 人間なんでもやってみなきゃ、わかんねーもんなんだって。この勢いで、カンダタもやっつけてやろーぜ!」
 ナギの意気込みに、離れていたシーラも「おー!!」と掛け声を上げる。私も思わず右手を上げて同じように声を出した。
「誰がおれをやっつけるって?」
 突如、部屋に低く響く声。戦慄が走ったとはこのことだろうか。無意識に全身が総毛立つ。
 直感でわかる。できるなら戦いを避けたい相手だということが。
 部屋の奥にある階段を、ゆっくりと降りていく音が聞こえた。その足音が近づくたびに、私の足は震えを増していく。
 チラッとナギを見たが、私のように足が震えてたりはしなかった。けれど、表情はさっきまでの余裕はないように見える。
 シーラはいつものおちゃらけた様子ではなく、おびえたように階段の方をじっと見つめている。
 私の頬に一筋の汗が伝い落ちた時、階段に歪んだ人影が見え、それはやがて実体を連れて私たちの前に現われた。
 その男は、他の盗賊とは一線を画していた。部屋を圧倒するほどの威圧感や殺気はもちろんなのだけれど、なんというか風貌がだいぶ変わっていた。
 他の盗賊が着ていた服もシャツ一枚とズボンいうシンプルな格好だったが、この人はそれを上回っていた。というかシャツすらない。つまり、上半身裸。
 その上、頭には個性的な覆面を被っており、顔は全く見えない。二つの穴のむこうにある両の目が、彼の表情をうかがい知ることの出来る唯一のパーツだった。
 その奇妙な出で立ちが逆に、得たいのしれなさを醸し出していた。
「おれがそのカンダタだが、お前らは一体何者だ?」
 カンダタと名乗る男が、唸るような声で聞いた。右手には、大振りの斧が握られている。
 ナギが一歩前に出て、カンダタに言った。
「お前がロマリアの城から王冠を奪ったって言う話を聞いて、オレたちはそれを取り返しに来た。おとなしく返してくれれば、見逃してやる」
 すると、カンダタは肩を大きく震わせ、豪快に笑い始めた。覆面をしているので表情は良くわからない。
「はっ。おれの手下を倒したからって、いい気になるんじゃねえぞ!! 王冠は渡さねえ。返してほしかったら力づくで奪いな!!」
 そういうと、手にしていた斧を壁に向かって思い切りぶん回した。壁は風圧で獣の爪あとのように抉られていた。
 ど、どうしよう……!!
 カンダタが私たち相手では太刀打ちできないことがいまさらながらわかった。たぶん、他の二人も同じように思っていただろう。それほどに、カンダタの今の一撃は私たちの精神にダメージを与えてくれた。
「そ、そんなもんでビビるかよっ!!」
 ナギはしまっていたナイフを出し、カンダタに向かって攻撃した。だが、あっさりとかわされてしまう。
「くだらねぇな」
 言い放ちざまに、蹴りを一発。鳩尾にもろに当たり、ナギはその場に崩れ落ちた。
「おいおい、もうお終いかよ」
 あのナギが、一発で倒れるなんて……! 私の歯はガチガチと鳴り、体の震えも一層増した。
 でも、私が倒れれば、今度はシーラが標的にされる。いや、それどころかひょっとしたらシーラだけさらってどこかに逃げるかもしれない。私はさっきの盗賊の顔が脳裏をよぎり、恐ろしい想像をしてしまった。
 ああ、もう、こうなったら行くしかない!!
 私は玉砕覚悟で、カンダタの懐めがけて突っ込んだ!! 

 

カンダタとの戦い

 私は意を決して、カンダタの懐に潜り込もうと突進した。
 けれどカンダタは予想していたらしく、あっさりと私の腕を取り、後ろでひねるように手首を返す。
「痛っ!!!」
 まさに『赤子の手をひねる』とはこのことだ。私は身動きが取れなくなり、体をもぞもぞと動かそうとした。でも体どころか指先まで全く動かすことができない。カンダタは下卑た笑いをしながら言った。
「おれも女相手に手を出すのは趣味じゃないんでな。……しかし、よく見るとこっちの女もまあまあだな」
 ねちっとした嫌な笑みを浮か べながら、私を見下ろす。その口調のあまりの気持ち悪さに身をこわばらせたが、覆面をしている分まだよかったかもしれない。
「ミオちんを、放せえぇぇぇっっっ!!!」
 シーラが慄きながらもこっちに向かって走ってきた。手にはなぜか巻き髪で使う金属の棒を持っており、それをぶんぶん振り回しながらカンダタにアタックしようとした。
 けれどやっぱりというか、振り回していたコテをがしっと掴むと、シーラごとそのコテを扉に向かってぶん投げた。
「ひゃああぁぁぁ……」
 シーラは頼りない声を上げながら、扉の向こうへと飛ばされた。そして聞こえる衝撃音。
「あんまり傷がつくと売り物にならねえからな。おっと、お前も動くなよ。大事な商品なんだからな」
 売り物? 商品? いったい何の話をしているの? まさか……。
 私は一瞬わけがわからなかったが、すぐに悟った。
 察した瞬間、私は言いようのない不安と恐怖に襲われた。こんなところで盗賊にさらわれるなんて、冗談じゃない。私は出そうになる涙をぐっとこらえた。
 けれど、ナギは攻撃を食らって倒れたままだし、もう他にカンダタに敵いそうな人なんて誰もいない。思わず目をつぶり、手下の盗賊を倒したくらいで舞い上がっていた自分を死ぬほど後悔した。
 ―――せっかく旅に出たのに、ユウリにも認めてもらってないのに、こんなところで 私の人生終わっちゃうの!?
 ふとユウリの姿が浮かんできた。ほんの数日会ってないだけなのに、随分昔のように思える。あの毒舌も、絶対零度の視線も、もう見ることは出来ないんだ。そう思うと、なんだか無性にもう一度会いたくなってくる。
 ひょっとしたら会えるかもしれない、ふと思いついて目を開けてみる。でもやっぱり彼はそこにいなかった。
 そうだよね。いるわけないもん。現実を目の当たりにして、私はなんだか吹っ切れた。
「とりあえず―――しばらく寝ててもらうぜ―――」
 拳を構えたカンダタの左手が動く。その瞬間、今まで出会ってきた大切なものがものすごいスピードで頭の中をよぎっていった。
 ―――嫌だ!! ここで終わりたくない!! 誰か助けて!! 誰か… …!!
「ユウリ――――――!!」
「アストロン」
 急に声が響いて、私はその場に硬直した。ううん、硬直というより、本当に体が動かない、というか……何も……。


――――――――――。


 気がついたら、地面にカンダタが倒れていた。
 代わりに、私の目の前には、懐かしい黒髪の勇者が立っていたのだ。


「まったく、本当にお前らは使えん奴らだ。こんな雑魚相手に手も足も出ないとは」
 わざとらしくため息を吐きながら、ユウリは言った。
 ……え、何、どういうこと? なんでユウリがいるの? ていうか、なんでいきなりカンダタが倒れてるの?
 私がぽかんとしたままユウリと、うつ伏せで倒れているカンダタを交互に見回していると、私の考えていることがわかるのか、ユウリが状況を説明をしてくれた。
「アストロン……自分と仲間を鋼鉄化し、攻撃を無効化する呪文だ。その代わり、俺たちから攻撃をすることもできないがな。それを唱えて変態の攻撃を防いだあと、呪文が切れるのを待ってから倒した」
 変態というのはカンダタのことだろう。確かにあってる気がする。
「とはいえアストロンが切れるのは全員同じタイミングだからな。俺だけ先に効果が切れるようにした。まあ、この程度の応用、勇者の俺には造作もないことだがな」
そういうと、ユウリはふんと鼻をならす。
「あ、ありがとう、ユウリ」
 私はとりあえずお礼を言った。顔を上げると、そこにはせせら笑いを浮かべる彼の姿があった。
「やっぱりお前らは俺がいないと変態1人さえ倒せないのか。それでよく盗賊退治なんて大見得切って言えるな」
何も言い返せない。実際、今ここにユウリがいなければ私たちは全滅していた。3人でどうにかできるだなんて、なんて浅はかな考えをしていたんだろう。ただ悔しさが込み上げてくる。
次第に滲む視界に、私は必死で抵抗した。けれど私の意思とは裏腹に、涙が頬を伝い床を濡らしていく。ユウリに顔を見られたくなくて、俯くことしかできない。
長い沈黙が続く。すると、床に伸びるユウリの影が僅かに動いた。
「ホイミ」
彼の低い声とともに、穏やかな光が私を包む。暖かくて心地よいそれは、今までの戦闘で傷ついた体をみるみるうちに回復させていく。
私は思わず顔を上げる。そこにあるのはいつもの無表情なユウリの顔。私の前に手をかざしているのは、回復呪文のホイミをかけてくれたからだった。
「ユウリ……?」
「とはいえ、お前らが囮にならなければ、ここまでスムーズに事は進まなかったかもな」
そう言い終わると、彼は手を下ろした。あちこちに出来た傷の痛みがいつのまにか引いていた。
「……ありがとう」
「あとの二人は……ああ、あそこか」
ユウリは辺りを見回すと、倒れているナギとシーラを見つけ、二人にもホイミをかけた。気絶しているのか、体は回復していても目覚めなかった。
「来てくれてありがとう。……でも、どうして?」
「……この変態に関して変な噂を聞いたからだ」
「変な噂?」
「こいつはただの盗賊じゃない。金の冠だけでなく、人身売買にも手を出してるらしい」
やっぱり……!
私やシーラを売ろうとしていたから、そんな気はしていた。
私が腑に落ちた顔をしていたからか、ユウリもなにかを察してくれたようだ。小さく安堵の息を漏らす。
……そうだ。なんだかんだで、ユウリは私たちのことを心配してここまで来てくれたんだ。
「ユウリ、あのときは……」
「ユウリちゃーん!! ごめんねぇぇ!!!」
 抱きつくというより、タックルに近いだろうか。いきなり後ろから衝撃を受けて油断してたのか、ユウリは前のめりになって危うく転びそうになった。
「なんだかんだいって、やっぱりあたしたちのこと心配してきてくれたんだね!」
 いつの間に目覚めたのか、タックルをした張本人のシーラが、私が今思ったことと同じ台詞をユウリに言いはなった。と、意外や意外、照れたように顔を少し顔を赤らめたではないか。まあでも、ホントに見逃しそうなぐらい一瞬だったけど。
「シーラ! 大丈夫?」
「うん!! 痛かったけどへーき!! それよりナギちん!! こんなところで寝てる場合じゃないよ、ユウリちゃんが助けに来てくれたんだよ!!」
 私も未だ倒れているナギに気づき、あわてて彼のもとへ行き、ゆり起こす。呪文のおかげでダメージが回復したからか、すぐに気がついた。
「あれ……? ミオ……? カンダタは……?」
「カンダタはね、ユウリが来てやっつけてくれたの!」
 私の言葉に、ナギががばっと起き出した。そして不機嫌な顔でユウリを睨み付ける。
「なんであんたここにいんの?」
「一番先にやられたバカに言われたくない」
 火花、復活。私は雰囲気に耐えられず二人をなだめると、ナギも状況を把握したのかこれ以上なにも言わなかった。
「そうだ、王冠はどこにあるの?」
 大事なことに気づき、私は辺りを見回した。けれど、この部屋はもともとがらんとしており、王冠どころか他に盗んだものさえない。……って、あれ?
「ねえ、カンダタが見当たらないんだけど」
 さっきまでこの辺に倒れていたのに、いつの間にかいなくなっている。私を含めみんな騒然となり、あわててカンダタを探し始めた。
 そのとき、ユウリが何かに気づいたように上を見上げた。
「どうやら、上の階に逃げたらしいな」
「あの野郎、往生際悪いじゃねーか!!」
 そういうとナギは、電光石火のごとく部屋の奥にある階段を上った。私も追いかけようとし たが、ふとユウリが扉の前をじっと見ているのに気がついた。
「どうしたの? ユウリ」
 けれどユウリは答えず、何を思ったか、私たちが入ってきた扉から部屋を出て行ってしまった。
 上の階に逃げたって自分で言ってたのに、なんで階段のない扉の向こうに行っちゃったんだろう?
 私はどちらに行けばいいのかわからず、ただそこでじっと立ち往生するしかなかった。
 やがて、上の階でなにやらドタバタと物音が聞こえてきた。
「……おい、待て!!」
 ナギがカンダタを呼び止める声が聞こえる。そして沈黙。捕まえたのかな、と思ったが、焦った様子でナギが降りてきた。
「駄目だ!! あいつ、塔の上から飛び降りやがった!!」
「えぇ!?」
 飛び降りたって、この部屋自体かなり高いところにあったはず。 さらにその上の階から飛び降りたなんて、想像もつかない。
「ま、まさか飛び降り自殺とか!?」
 すると、私の言葉に答えるように、部屋の外から小さな爆発音が聞こえてきた。
 みんな急いで部屋の外に出ると、そこにはユウリの後姿と、黒焦げになっている覆面男、カンダタの哀れな姿があった。
「なんだ、ここに落ちてきたんだ」
 私は自殺したんじゃないことがわかって、安心した。いや、敵の心配してる場合じゃないんだけども。
「おい変態。王冠を持ってるだろう。さっさと渡せ」
「ち……ちくしょう……」
 声も絶え絶えな様子で、カンダタは観念したとばかりにズボンのポケットから光り輝く王冠を取り出した。そしてそれを無造作にユウリに放り投げる。光る弧を描きながら、それはユウリの手にしっかりと握られた。
「頼む!!  それは返す!! 返すから、どうかおれを見逃してくれ!! もう二度としないから、お願いだ!!」
 さっき私たちが対峙した時とは全く違う態度で勇者に懇願するカンダタ。さっきまでの威圧感は微塵も残っていない。
 だが、そんな言葉を鵜呑みにする勇者ではなかった。ユウリはカンダタを薄目で見下ろすと、呪文を放つ態勢に入った。
「誰がそんなたわごとを信じろと? どうせ盗みをやめたとしても、人身売買はやめないんだろ? だったら今ここで人生を終わらせてやる」
 どす黒いオーラを放ちながら、全然勇者らしくない台詞を吐くユウリ。カンダタの体が激しく震えている。
「な、なんでそんなこと……い、いやそれは出まかせだ!! おれはそんなことやってねえぜ!!」
 言葉が言い終わらないうちに、 カンダタはユウリに向かって何かを投げた。それをユウリは眉一つ動かさず剣の柄で打ち払うが、その衝撃で煙だか灰だかよくわからないものが撒き散らされた。それは煙幕だった。
 それは当然私たちの視界も遮り、塔内部はたちまち真っ白な空気に包まれる。
「くそ、油断した……ゲホゲホッ!!」
 皆して、咳き込んだりむせたりした。いったいどんな成分なのかわからなかったが、幸い目とのどを痛めただけで、煙が薄らいだときにはもう治まっていた。
 けれど、煙とともにカンダタもいつの間にか消えてしまっていた。
「完全に逃げられたな……」
 ナギが、苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。剣を納めたユウリも憤然としていた。
「元はといえばお前らがぼんやりしてたからだ」
「ま、まあまあ、王冠は取り返したんだからいいじゃん」
 私は場を和ませるために言ったのだが、直後に浴びたユウリの視線が、それが場違いなのだということを意味していることに気がついた。
「……まあいい。こんなところでいつまでも突っ立っても仕方ないからな。……リレミト」
 ユウリが短く呪文を唱えると、一瞬にして塔の入り口に戻った。そして息をつく間もなく、また別の呪文を唱える。
「ルーラ」
 体が一瞬ふわっと浮かんだかと思うと、次に視界に映ったのはロマリアの町並みだった。
「も、もうロマリアについたの?」
 行きは一週間以上かかったというのに、この差は何なんだろう。やっぱり呪文って便利なんだな。
「あれ? ってことは、ユウリがシャンパーニの塔に行ったときもその呪文使ったの?」
 瞬時に気の乗らない表情に変わるユウリ。こういうときは大体くだらない質問をしてしまったときだと気づき、私は後悔した。
「ルーラの呪文はああいう塔やダンジョンを行き来することは出来ない。どちらにしろ一度も行っていない土地に移動することも出来ないがな」
「へえ、そうなんだ」
 自分から質問しといてなんだけど、曖昧な返事しかできなかった。
ということは、ユウリもあの塔まで歩いて行ったってことだ。しかもあの魔物の蔓延る荒野の中を1人で。
一体どんなことをすれば、ユウリみたいに強くなれるんだろうか。私が目指す道は、どれほど遠く険しいのかを考えて、自然とため息を落とす。
 空を見ると、青とオレンジが綺麗なグラデーションを映し出していた。風は少し肌寒く、町を歩く人は早く家路に着きたいのか足早に通り過ぎていく。
今こうやって悩んでても、仕方ないか。
 とにかく私たちは一刻も早く王様に王冠を渡すため、日が沈む前に急いでお城に向かうことにした。

 

 

王様の頼み事その二

「おお!! さすがは勇者じゃの!! あの 悪名高いカンダタから王冠を取り返してくるとは!!」
 ロマリアに戻り、城の前まで向かうと、幸い城門が閉ざされていることはなかった。お城の兵に事情を伝えると、早急に玉座の間まで向かうようにとあわただしくも通してくれた。その話は私たちが玉座の間に着くと同時に王様の耳に知らされたようで、王様はとても歓迎してくれた。
「やはりあの英雄オルテガの息子の噂は本当だったんじゃな。それだけの強さがあれば、必ずや魔王バラモスも討ち取ってくれるであろう。礼を言うぞ、勇者よ!!」
 王様がそういうと、ユウリは深々と礼をした。後ろにいた私たちもそれに倣う。
 すると、突然王様が神妙な顔をしてユウリの方を見た。
「……ところでユウリよ、そなた、王様になってみる気はないかのう?」
「……はい?」
 あまりにも突拍子のない言葉に、 ユウリの目が瞬く。
「いや、急な申し出で困惑させてしまっただろうが、わしは本気じゃ。そなたがよければ明日にでも、わしのかわりに王位を譲っても良いぞ」
 王様の目は冗談を言っているようには見えなかった。ユウリはしばらく考え込んだ後、やがて答えを出した。
「……あの、もしその話が本当なら」
 一呼吸の間を置いて、ユウリが慎重な声で尋ねる。
「ぜひその大役を承りたいのですが」
 その一言に、王様の顔がみるみる緩んでいく。
「ほほお!! そうかそうか!! そなたならそういうと思っておったぞ!! ならば早速使いの者に頼んでそなたに似合う服を用意してやろう!! おい、侍女長はおるか!!」
 王様の呼びかけに、奥の 廊下からしずしずと初老の女性が現われた。女性は後ろに若い侍女を数人引き連れて、何も言わずにユウリの傍までやってきた。
「はじめまして、わたくし、侍女長のミライザと申します。これから採寸をさせていただきますので、奥の部屋へどうぞ」
 これにはユウリも若干たじろいだ。だが彼が戸惑う暇も与えず、ミライザさんの後ろにいた侍女たちが半ば強引にユウリを連れ出した。そのあまりにも急な展開に、ユウリもそれに従うしかない。
 すると急にぴたりとミライザの足が止まり、私たちのほうを振り返ってこう言った。
「貴方たちの服もご用意いたしますが?」
「い、いえ結構です!!」
 私たちは即座に断った。私たちまで王様になったらユウリに何を言われるかわからない。
 その後、結局ユウリは王様になる準備やら何やらでお城に泊まることになった。もちろん私たちはその後すぐ宿に戻ることにした。
 シーラなんかはお城にあるお酒が飲みたかったとか後でつぶやいていたけど、私は早くこの疲れた体をベッドに預けたかった。実際部屋に着くと同時に、安堵したからか体の全機能が停止し、そのままベッドに倒れ込んだのは言うまでもない。
このまま明日まで一日中ずっと眠っていたい。私は本気でそう思っていたのだが、世の中そんなに甘くはなかった。
 なぜなら翌日、そんな疲れた体に鞭を打つような出来事に見舞われることになるのだから。


 まぶたに降り注ぐ日差しが、私の眠気をゆっくりと覚ましていく。
 やがて目を開けると、カーテンの隙間から零れる太陽の光が、暗かった部屋を暖かく照らしていた。
 もう朝かぁ……。
 私は目を開けると、ぼんやりと心の中でつぶやいた。
 ここ数日、盗賊退治で強行軍だったせいか、一気に疲れが出てしまったらしい。自分でも気づかないほどに、体は休息を求めていたようだ。
 私はベッドから体を起こし、大きく伸びをした。窓からは、小鳥たちが朝の目覚めを喜んでるかのようにさえずんでいる。
 隣のベッドでは、シーラがとても気持ちよさそうな表情で眠っていた。普段は綺麗な金髪の巻き毛だけれど、本当は根っからのストレートヘアらしく、今も金色のまっすぐな髪の毛が寝返りを打つたびにさらさらと揺れている。
 もともとくせっ毛気味の私にとっては、うらやましいことこの上ない。そもそも私が普段三つ編みをしているのは、くせ毛を隠すためなのだ。だから、まっすぐでも十分似合ってるのにわざわざ髪型を変えるシーラの意図が私には理解できない。シーラにはシーラの価値観があるんだと思うけど。
 なんて考えを巡らしてたら、タイミングを見計らったかのようにお腹が鳴った。
 とりあえず空腹を満たすために、私はベッドから降りて、朝食に行く準備をすることにした。もちろん三つ編みを結うのも支度のうちなので欠かさない。
 シーラは無理に起こすとかなり機嫌が悪くなるので、自分で起きてくるまで放っておくことにしている。これも、アリアハンから一緒に旅をしてきて知った、シーラの秘密の一つである。

 食堂に入ると、すでにナギが自分の分の朝食を食べ始めていた。
「おはよう。珍しいね、ナギ。こんなに朝早く起きてご飯食べてるなんて」
 するとナギは朝食のパンを手に持ったまま、眉間にしわを寄せた。
「オレだって好きで早く起きたわけじゃねーよ。できることならもっと寝てたかったぜ。けどまた変な夢見ちまってさ」
「へぇ~、また変な夢?」
 私は期待に満ちた目でナギを見た。彼はとてもうんざりした様子で、
「ちくしょー!! 夢なんて二度と見たくねーんだよ!!」
 といってパンをちぎって乱暴に口の中に放り込んだ。でも私はナギの見る夢が、今度はどうしても気になったので食い下がる。
「でもさ、もしかしたら将来ナギに関係があるものかもしれないよ。ねえ、どんな内容だったの?」
 ナギはしばらく渋々とした顔をしていたが、なんとなく自分の中だけで抱えているのは嫌だったのか、いつもより低い声で話し始めた。
「確か……墓場だったかな。真っ暗だったから夜だな。全然見たことないんだけど、なぜか懐かしさみたいなもんを感じて……そのあとおっさんの幽霊が出てきた」
「幽霊!?」
 その一言に、一瞬背筋が凍りついた。私は昔から幽霊とかおばけとかがものすごく苦手なのだ。
「そのおっさんも全然知らない人なんだけど、やっぱり見たことあるような感じがしたんだよな……。あー、なんかうまく言えねーんだけど」
「つ、つまり夜の墓場でおじさんの幽霊に会ったってことだよね。それでその後は?」
「は? それで終わりだけど。ていうか、途中で外にいる奴らに起こされた」
「外にいる奴ら?」
 ぴっとナギが人差し指を窓の方へ指す。つられて窓の方を見たけど、窓の外に人影はない。
「あそこの窓に人がいたって事?」
「ああ。オレが起きたときにはもうそこにいなかったけど。つーかお前ら、あんなうるさい声がしたのに気づかなかったのか!?」
「うん。疲れてたからぐっすり寝てた」
 私がきっぱり言うと、ナギは「お前ら幸せだなー、オレみたいな繊細な人間にはうらやましいわ」とかぶつぶつ言い始めた。何かそれ、私たちが図太い神経してるみたいな言い方に聞こえるんだけど。
 若干腹が立ったが、女将さんが私の心を覗いたかのようなタイミングで朝食を運んできてくれたので、私は反論する言葉を飲み込み、目の前に現れた空腹を満たす数々の食べ物に全神経を集めた。
「うわー、おいしそう!! いただきまーす!!」
 バジル入りの特製ドレッシングで和えたグリーンサラダ、焼きたてのライ麦パン、ジューシーなソーセージを添えた半熟卵の目玉焼き、絞りたてのフルーツジュース。
 どれも食欲をそそる料理ばかりで、私は目を輝かせた。
 頬張るようにしてそれらを胃袋に収めていると、厨房へ戻ろうとする女将さんが小さくため息をついている音が聞こえた。
「どうかしたんですか?」
 反射的にそういうと、おかみさんは無意識にため息をついていたのか、驚いた目で私を見た。
「ああ、ごめんよ。聞こえちまったかい? 気に障ったのなら謝るよ」
 私は首を振ったが、女将さんは申し訳なさそうな顔をしている。私はどうしても気になるので、再びため息の理由を聞いてみた。
「実はつい最近、カザーブにいる身内に聞いたんだけどね、北のノアニールからの連絡がここ数年ぱったりと途絶えてるみたいなんだよ」
「ノアニール……」
 確か名前だけは聞いたことがある。けれどカザーブ出身の私でさえ、その村の名前が話題に出てくることはほとんどない。なにしろここロマリア地方は、南は比較的温暖で平野が続いているが、北に行けば行くほど山岳地帯が広がっていき、行く道も険しくなっていく。加えて、気温の差も激しい。そのため、自然と人の行き交いも少なくなる。
 ただでさえカザーブですら旅人が村に入ることはめったにないのに、ノアニールに訪れる人間など、もってのほかだ。
 なので、ノアニールがどんな村で、今どういう状況になっているのか、ほとんど情報が入って来ないのである。
「でも何年も連絡が取れないなんて……」
「だったら直接そこに行けばいいんじゃねーの?」
 オニオンスープを一気飲みしているナギがあっけらかんと言う。私は首を横に振った。
「この辺りは北に行けば行くほど魔物も強いんだよ。カザーブみたいな田舎で戦える人って言ったらせいぜい村の自警団ぐらいしかいないし。かといってロマリアの兵士たちがノアニールに派遣させるには距離が遠すぎるし、そもそも長旅に慣れてる兵士がいないからなかなか実行できないみたいだよ」
「そうそう。その上最近じゃ魔王がさらに強い魔物を放ってるとかって不気味な噂聞いちまうし、ノアニールにも何かあるんじゃないかと思ってね。実家のカザーブはノアニールにそう遠くないし、ちょっと心配になっちまってさ。ところであんた、カザーブのこと良く知ってるね。カザーブに行ったことがあるのかい?」
「実は私、カザーブ出身なんです」
 まあ、と女将さんは嬉しそうに驚いた。女将さんもカザーブからこの町に引っ越してきたらしく、カザーブの実家には今も彼女の親が住んでいるそうだ。
「これも何かの縁なんだろうね。もし里帰りすることがあったら、挨拶でもしていきな。今も村の酒場で働いてるから」
「え! 女将さんのご両親、あそこの酒場で働いてるんですか!?」
 思わぬところで同郷の人間に出会った私は、久しぶりの故郷の話題に懐かしさを感じ、いつしか朝食を食べる手を止め、すっかり女将さんと話し込んでしまっていた。
 話が落ち着いてきたところで、いつのまにかシーラが食堂にやってきた。そして席に着くなり手付かずの私の朝食を寝ぼけ眼で食べ始める。
「ちょっ、シーラ!! それ私の!!」
 だがシーラは寝起きでボーっとしているのか、私の声に耳を傾くことなく黙々とソーセージを食べている。
「せっかくのご飯どきなのに、私のせいで迷惑かけたね。心配しなくても、もう一人分、用意するよ。そこのお兄ちゃん、スープのお代わりはいるかい?」
「いる!!」
 食後のデザートを食べようとしたナギはフォークを置き、元気良く返事した。女将さんは笑顔で頷き、厨房に戻っていく。私は自分の分のサラダを口に入れながら、ふとぼんやりと考えていた。
――魔王がさらに強力な魔物を放っている――。
 このことをユウリは、知っているのだろうか。
 確かに魔王を倒すことが私たちの旅の最優先事項。けれど、その魔王の手によって一つの町に災いが降りかかっている可能性がある。もしそれが間違っていなかったとしたら、助けられるのは勇者であるユウリにしか出来ないのではないだろうか。
 だけどその間にも、魔王は世界を征服するために魔物を呼び寄せ、力をさらに強めているだろう。ぐずぐずしていると、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
 一刻も早く魔王を倒すか、魔王に脅かされた町を救いながら向かうか。
 ユウリは、どちらを選択するんだろう。
 どちらにしても、おそらく私たちの意見は聞き入れることなく自分で決断するんだろうけど。



 朝食を済ませ、私たちは外に出た。なぜ外に出たかと言うと、ユウリの王様姿を一目見るためだ。うん、文字通り、本当に一目だけだけどね。変に関わったら余計なこと言われそうだし。
 ナギ曰く、偶然にも今朝宿屋のすぐ近くにユウリが来たらしく、その際起こった黄色い歓声がナギの寝ている部屋まで届き、そのせいで彼は起こされたという。
「ったく、王様になっても迷惑な奴だな」
 朝の件を思い出したのか、不愉快そうに人々の行き交う街角を眺めるナギ。その目の下には若干クマが見えている。
「でもユウリの王様姿ってどんなんだろうね?」
 私は半ばわくわくしながら皆に尋ねた。
「あー……。そういえば思い出したくないの思い出しちまった」
「何?」
「ほら、シャンパーニの塔でオレ、変な夢見たって言ったじゃん? あれ、あいつの王様姿が出てきたんだよ」
「ええっっ!?」
「ひょっとして、ヒゲとかつけてた?」
 シーラの言葉に、私とナギは思わず吹き出した。
「いやいや、王冠と王様っぽい服着ただけだけど。なんかすげーえらそうでむかついた」
「でもすごいね!! それって予知夢じゃん!!」
 予知夢ときいて私とシーラははしゃいだが、どうもナギはユウリの夢を見てしまったことが気に入らないようだ。これ以上思い出したくないのか、それきり会話が止まる。
「おいストップ! 噂をすれば何とやらだぜ」
 街の大通りの向こうからやってくる人影を見て、ナギは私たちに言った。
 私も大通りに目をやる。人影はやはり見知った人物のようだ。私たちは、予想通りの人物が近くまでやってくるのを静かに見守ることにした。
 するとナギがはっと思いつき、私たちに小声で耳打ちした。
「とりあえず、奴に気づかれないようにこっそりと覗いてみようぜ。王様姿のあいつが一般人にどういう態度を取るのか、興味あるだろ?」
 なるほど、それは一理あるかも。私とシーラは快く頷いた。
 私たちは急いで近くの店の壁へと向かい、ユウリの死角となる場所に寄り集まってしゃがみこんだ。
「そろそろか。……ん、ちょっと待て、あいつの後ろに何かいる」
 ナギの視線の先を追うと、ユウリらしき人物の後ろに、十数人程の人の固まりが見える。それは近づくうちに明らかになり、やがてそれが全員女性だと言うことに気づく。
「何あれ、何の集団?」
「オレに聞くなよ。それより、あいつの姿、オレたちの予想とは違ってるぜ」
 私は慌ててユウリの方に視線を変える。てっきりロマリア王のような、いかにもって感じの王様姿を想像していたのだけれど、全く違っていた。
 それは王様というより、王子様といった方が正しいかもしれない。
 落ち着いたブルーのベストには、繊細で美しい模様の刺繍が適度に縫い付けられており、マントにもけして派手すぎない程度に装飾が施されている。その色合いが黒髪のユウリに非常に良く合っており、精悍な顔立ちもあいまって、まるで本物の貴族のような気品さを漂わせている。
 もちろん頭には先日盗賊から取り返した金の冠が載っている。盗賊から取り返したばかりなのに外に出して良いんだろうか?
 後ろの女性たちは、ユウリの王様……もとい王子様姿に心を奪われたのだろうか、よく見ると皆うっとりとした目で彼を見つめているのがわかる。
 その見つめられている当人は、彼女たちに別段愛想を振りまくこともなく、いつもの無表情で街中を悠然と歩いている。おそらくそのクールな姿が余計女性たちの心をひきつけているのだろう。
「うーん、なんか変な感じ」
 私は複雑な表情でそれを見ていた。あの冷視線と威圧的な態度が、服装を変えるだけであんなに女性に好かれてしまうのだろうか? 彼の性格を知っている私には全く理解できなかった。
「いつものユウリちゃんじゃないみたーい。なんかつまんなーい」
 どうやらシーラも不評のようだ。
「オレにとっちゃ、どんな姿でもむかつく奴に変わりはないけどな」
 予想通りの答えを出すのはもちろんナギだ。
「なあ、あいつの化けの皮はがしてやろうぜ」
 ナギの思いがけない提案に、私とシーラは目を見開いた。
「ちょ、ちょっとナギ、仮にもユウリは今王様なんだよ? へんな事したらロマリア王様にも迷惑がかかっちゃうよ!」
「大丈夫。迷惑かからない程度にするからさ」
 そういうと、ナギは行き先も告げずにその場から走り去った。
「一体どこに言ったんだろ、ナギ……」
 私が心配そうに言うと、シーラは目をキラキラと輝かせて、
「面白そ~♪ ミオちん、とりあえずユウリちんの後を追っかけて見ようよvvv」
 と、心底楽しそうに笑みを浮かべた。
 ――なんかこの二人って、似ているのかもしれない。
そう思いつつ好奇心が勝った私は、結局二人の後を追うことにした。

 

 

王様の秘密

 王子様姿のユウリは、私たちが視線を向けていることも知らず、すぐ傍の店の前で十数人の女性たちに囲まれながら立っていた。
「あの、本当に勇者様なんですか?」
「まるで本当に貴族の方のようですわね」
「なんて凛々しい方なんでしょう」
「私、あなたのお姿が目に焼きついて離れません!」
「魔王を倒すなんて、とても勇敢なのですね」
「彼女はいらっしゃるんですか?」
「できればずっとこのロマリアにいてくださっても構わないんですよ」
 女性の黄色い声が次々とユウリに降り注ぐ。だが当の本人は煩わしそうに沈黙を続けている。
 ちょっとは優しい言葉でもかけてあげたら良いのに。あの女性たちも、そろそろユウリの本性に気がついてもいいと思うんだけどな。
「……この辺りに、道具屋か武器屋はあるか?」
 なんてことを思っていたら、ユウリの方から女性たちに声をかけていた。偶然目が合った一人の女性が顔を赤らめながら、
「こ、この先を左に曲がったところに商店街があります!」
 と、どもりながら答える。ユウリは礼も言わず、黙って歩き始めた。
 やばい、私たちが今隠れているのはすぐ近くの曲がり角の家の壁。ここを左に曲がられたら、私たちがここに隠れていることがばれてしまう。
「シーラ、場所変えよう」
 私はシーラの手を引っ張り、急いでユウリの目の届かない場所に移動した。
 と同時に、ユウリとその取り巻きの人たちが私たちがいた場所を通っていくのが見えた。ぞろぞろと歩くその様子を間近で見て私は、王様になるってこういうことなんだなと、しみじみと感じた。
 だが、ユウリが私たちのすぐ横を通り過ぎた途端、急にユウリがその場から一歩後ずさるのが見えた。勇者のただならぬ行動に、後ろにいた女性たちも戸惑う。
「な、なにかいましたか!?」
 女性の一人が叫ぶが、ユウリは動じない。なにやらぶつぶつと呟いている。そして、彼の手中が赤く輝いた。
「ベギラマ!」
「ぎゃああああああっっっ!!」
 ……ロマリアの城下町に、一人の盗賊の絶叫がこだました。
 ユウリが放ったベギラマは石壁に隠れていたナギに命中し、彼を黒焦げにさせた。ナギはその場に倒れたまま動かない。
 と言うかナギ、一体何がしたかったんだろう……。
 ある程度予想はしていたけれど、まさか何も出来ないまま終わってしまうとは。
 やがてユウリと大勢の女の子たちは商店街の方へ消えていった。それを見計らい、私たちは急いでナギの元へと駆け寄る。
「大丈夫? ていうかナギ、一体何したの?」
「……あいつの足下に……罠を張ろうとしたら……すぐに見つかってやられた……」
 う~ん、そりゃバレるよなぁ。
「ところであいつはどこ行ったんだ?」
「なんか商店街の方へ向かっていったけど」
「よし、行くぞ皆!」
 がばっと勢い良く起き上がったかと思うと、すぐさまユウリが向かった方へ走り出すナギ。私も慌ててシーラを引き連れてナギを追いかける。
「ねえ、なんでそんなにユウリを追いかけるのに必死なの?」
 するとナギは走りながら、ユウリ並みの不機嫌な顔でこちらを向いた。
「その言い方、すげー気にいらねーんだけど」
「あ、ごめん。でもなんで? そんなにユウリの王様姿が気になるの?」
「お前なあ……。いくらボケてても言っていいことと悪いことがあるだろ。あいつがどんな姿してようがオレには関係ないね。オレの目的はただ一つ、あいつの裏の顔を突き止めることだ!」
「裏の顔?」
 なぜかガッツポーズを決めるナギ。
「あいつがオレたちにあんなでかい態度とってるなら、こっちもあいつの弱点見つけて対抗してやろうってことだよ。お前だっていつもあいつにいろいろ言われてんだろ?」
「そりゃまあないとは言わないけど……」
 でもなんかそれって、違う気がするなぁ。それとも私が今のこの環境に慣れてしまったからそういうことが言えるだけかな。
 そんなことを言っている間に、私たちは商店街の町並みへと入っていた。大通りよりはやや狭い道だが、それでも路上には露店も連なっており、人も多く賑わっている。だが、その中でもひときわ賑わっているのが、商店街を入ってすぐにある道具屋だ。
 こっそり近づいてみると、人ごみの中心にいたのはやはりユウリだった。ユウリは王子様の姿で冷静に道具屋の主人と値切り交渉を行っている。いや、良く聞いてみると、値切りどころの騒ぎではなかった。
「おい、おやじ。俺はこの国の王だ。これからお前たちの生活や身の安全を守ってやる代わりに、お前らの売っているものを全部俺に差し出せ」
 訂正。これは立派な恐喝です。
「いやいや、いくらあなたがこの国の新しい王様でも、さすがに全部タダで渡すわけには行きませんよ。こっちにも生活がかかってるんですからね」
 道具屋の主人はいたって冷静な対応をした。そりゃ最もな意見だ、と思ったが、ユウリは変わらぬ表情で食い下がる。
「ほう? お前は今、王の命令に逆らったと言うわけだな? 王の命令に逆らうものはどうなるか、わかってるんだろうな」
 目を鋭く光らせる王様を目の当たりにして腰が引ける道具屋の主人。そのただならぬ威圧感なのか、それとも王の命令に逆らったからなのか、彼はおびえてこれ以上声も出ない。
「よし。じゃあこの薬草は全てもらう」
 まるで当然のように、商品棚から薬草を根こそぎ掴み取る。主人はいきなりのユウリの行動に度肝を抜かれたのか微動だにできなかった。そしてユウリはそれを懐に入れた後、やや引き気味の女性たちの間をすりぬけ、毅然とした態度でその場を後にした。
「うわぁ……」
 私は思わず声を漏らした。
「あいつには良心ってもんがないのか……?」
 ナギですら、驚嘆の声を上げている。
 裏の顔どころか、あんなことをみんなの前で堂々とするなんて、ある意味大物なんだなと思った。今までユウリを取り巻いていた女性たちは、皆冷めたのか各々散っていった。
 そして私は、ふとあることに気がついた。
「ねえ、このままユウリがロマリアの王様になっちゃったら、この国滅びちゃうんじゃない!?」
 私の意見に、二人ははっと気づいたように目を見合わせた。
「ミオの言うとおりだ! あいつがこの国の王になったら、確実にロマリアは滅びるぞ!!」
「ユウリちゃんが王様になっちゃったら、この国のお酒全部持ってかれちゃうかも!!」
 私たちの顔がみるみる青ざめていく。
「こうなったら、前の王様に戻ってもらうしかないよ!!」
「そうだな! こうしちゃいられねーぜ!!」
「あたしもがんばるー!!」
 一致団結した三人は、前ロマリア王を探すため、各自別れて捜索を始めることにした。

 だが、それから2時間ほどたっても、前ロマリア王を見つけることは出来なかった。
「駄目だ、噴水からずっと向こうまで探してきたけどいなかったぜ」
「ぜえ、ぜえ……。わ、私の探してた場所も、全滅だった……」
「お前そんなに息切らすほど探してたのか!?」
 だって、ユウリだったらやりかねないと思って……。ああ、息が切れて声が出ない。
「し、シーラは?」
 息を整えた後、私はシーラがいまだやってこないことに気がついた。確かこの噴水のある広場で一度落ち合う予定になっていたのけれど。
「さあ? まだ見てねえけど」
 きっとまだいろいろな場所を探しているんだろう。私はシーラが戻ってくるまで少しここで一休みすることにした。
「くそー、前の王様はいねーし、またあいつの傍若無人な振る舞い見ちまったし、ホント今日は最悪だぜ」
「ナギもユウリ見かけたの?」
「ああ。今度はあいつ、武器屋で値切ってたぜ。さすがに店の親父も命がけで断ってたけど」
「うわー。何かもう聞いただけで想像つくよ」
 私は午前中の光景を思い出して、目の当たりにしなくてよかったと心底思った。
「ていうかお前もあいつ見たのか?」
「うん。探している途中に酒場を通ったら、中でユウリの声がしたの。もめていたみたいだから、たぶんナギが見たのとおんなじ光景だったと思うよ」
 けどユウリってば、酒場ですらタダでご馳走してもらうつもりだったのかな。だとしたら相当ケチだと思う。ちなみに酒場と言ってもお酒だけ提供しているわけではない。昼間はランチなどの食事もあるので未成年の私でも酒場には入れるのだ。
「けど、そもそもなんで前の王様はユウリに王位を譲ったんだろうね?」
「知らねーよ。まず間違いないのは王様の判断がロマリアの存亡の危機を招いたってことだけだ」
 確かに。ナギの言っていることは大げさには聞こえなかった。
 それにしても、一向にシーラが来ない。シーラは教会の周りだけを探すように言ったので、どんなにじっくり探しても2時間以上はかからないはずだ。
「もしかしてあいつ、どっかで道草食ってんじゃねーのか?」
 それを聞いた途端、私はついこの間の出来事を思い出した。
 そういえば、ロマリアにはモンスター格闘場という、一種の賭博場がある。シャンパーニの塔へ盗賊退治に行く前にもシーラは大勝ちして帰ってきたんだった。
「ナギ、シーラを呼び戻しに行こう」
「は?」
 いる。彼女は絶対にいる。私はなぜかそう確信した。

 そうと決まれば話は早い。私たちは酒場の地下にあるという格闘場へと足を運んだ。
 生まれて初めて目にしたモンスター格闘場。それは田舎育ちの私には理解できないものだった。
 酒場よりもやや広いその空間の中央は頑強な柵で覆われており、その柵の向こうにはさまざまな種類のモンスターたちが争っていた。そしてその戦いあっているモンスターたちを見て、歓声を上げている人々。普通に考えれば、モンスターは人々が恐れる存在なのに、この場所だけは違っていた。
 私はその異様な空間に慣れることが出来なかった。けれど、この中に間違いなく、自分たちの仲間の一人がいるのだ。
「ナギも初めてここに来たんだよね。どう?」
「どう、って?」
 私の問いに、ナギは訝しげな顔をする。
「シーラみたいに、賭けとかやりたいと思う?」
「んー、そうだな、金があればやってみたいと思うけどね。あ、そうだ、あいつまた勝ってねえかな。少しぐらいなら軍資金くれるかも」
 一人で勝手にそういうと、ナギはシーラにお金をもらうため(?)、私を残して行ってしまった。
 どうやら格闘場に対して否定的なのは私だけのようだ。
 シーラはナギが見つけてくれるだろう。私は特にモンスターの戦う姿に興味を持つことなく、心なしか重い足取りで辺りをぶらついた。
 勝敗が決まるたび、辺りから歓声が轟く。勝って喜ぶ者。負けて悔しがる者。さまざまな人の声が熱気のこもった室内に響き渡る。その熱気から避けようと、私は隅の壁に寄りかかることにした。
「あれ?」
 私は違和感を感じた。壁際に一人、男の人が立っている。別に男の人が立ってるぐらいなんでもないことなのだけれど、何かが違う。―――そう、こんなところに一人で立っているのが変なのだ。
 私のように格闘場に興味がない人間でもない限りは。

 私がその人を見つめていると、男の人のほうもこちらに気づいたらしく、目が合った途端すぐに視線を逸らす。一瞬見えたその顔は、見覚えのある顔だった。
「ひょっとして……ロマリア王ですか?」
 王様の名前がわからないのでついそう言ってしまったが、どうやら当たりだったらしく、あからさまに動揺している。
 けれど昨日拝見したときとは打って変わって、どこにでもいる町人のような質素な格好をしている。しかも元々帽子を目深に被っており、顔が下に向いているときなどは、背格好だけでは判別できず、誰なのかまったくわからない。
 それでも私の問いを動揺で答えてくれたということは、間違いない。彼こそが前ロマリア王なのだ。
 思いがけず探し人を見つけることが出来た私は、驚きと喜びが心の内で混ざり合うのを感じつつ、ロマリア王をさらに問い詰める。
「あの、失礼ですが、なぜこんなところに? 実は私、あなたを探していたんですよ」
 すると王は顔を上げ、ばつの悪そうな表情で口を継いだ。
「いや、お恥ずかしい。まさか勇者殿のお仲間にこんなところを見られてしまうとは。……実はな、これはわしの唯一の趣味なのじゃ」
「趣味、ですか?」
 私がきょとんとしていると、王は照れたように頬を掻いた。
「いや、国を治める者として、このような趣味はあまり芳しくはないのはわかっておる。だが人の嗜好はそう簡単には変えられぬ。それに、趣味に興じることは数多くの公務をこなすわしにとって、いわば心のオアシスなのじゃ。じゃが王の姿では国民にどれだけ顰蹙を買うか計り知れぬ。そんな折、偶然にもおぬしたちが現われた。そこでひらめいたのじゃ。勇者殿に王位を預けることで、わしは今ただの一市民として趣味に没頭することができるということを」
 えーと。ということは、賭け事をやりたいがために、ユウリに一時的に王位を譲ったってこと?
「あ、あのー王様。ひょっとしたらその判断、間違っちゃったかもしれないです……」
「んむ? どういうことじゃ?」
 今度は王のほうがきょとんとする。すると、ひときわ大きい歓声がこちらまで届いた。
「おお、大穴のアルミラージが買ったのか。くっ、あそこで負け続けなければあいつに賭けられたのに……」
 もしかして王様、賭けるお金がないからここにずっといるのだろうか? そんなことを思う私など気にも留めず、王は歯噛みしたまま、次の対戦カードが気になるのか、歓声が沸き起こっている場所へと誘われるように向かっていった。
 その後を目で追った私は、はるか向こうに場違いな服を着た人間がそこに堂々とたたずんでいるのを発見した。
 この国で一番場違いな服を着ている人間と言えば―――。
「ユウリ!?」
 普通の人間なら、その姿ではけして入ろうとはしないという常識を覆した、ある意味勇者な男は、(本当の意味でも勇者だが)、私の視線などまったく感じていない様子で、次の対戦表を真剣に眺めていたのだった。
 

 

なんだかんだで王様終了

 ユウリは私と王様の姿を見た途端、目を丸くした。それはまるで、先ほど私が王様を発見したときと同じパターンだった。
 ユウリが驚きのあまり何もしゃべれないでいると、王様のほうから声をかけてきた。
「これはこれは勇者殿。まさかそなたも賭け事を?」
「いえ、これは公務として、一通りの施設を見て回ろうかと思いまして……」
 ユウリにしては珍しく、戸惑いを隠せないでいる。まさかこんなところに王様がいるなんて、露ほども思わなかっただろう。
「なるほど。ユウリ殿はこの地に来て浅いしのう。知見を得るために訪れるとは、さすが勇者の称号を持つだけある」
「あの、王様はどうしてここに……?」
「実は格闘場には興味があってな。さすがに公務の合間には来れぬゆえ、こうして平民となり楽しんでいるのじゃが……どうじゃ? 次の対戦は共にどちらが勝つか賭けてみぬか? わしは手持ちが少ないゆえ、あまり多く賭けることができぬが、どちらの予想が当たっておるか、それを競うのもまた一興であろう」
 王様は単純にユウリと一緒に賭けを楽しみたいからこう言っているのだろう。けれど、ユウリの方はさすがに後ろめたさを感じているのではないか。
現にさっきまで王様という特権を振りかざして町の人から金品を巻き上げ、傍若無人な降るまいをしているのに対し、ロマリア王は職務を犠牲にしなくては趣味に興じることができないと言っている。どちらが国の主としてふさわしい考えを持っているかと問われたら、言わずもがなだろう。まあ、趣味が賭け事っていうのもどうなのかとは思うけれど。
「……いえ、あの、お誘いしていただけるのは大変嬉しいのですが、賭け事は少々苦手でして」
「ふむ、そうか……。して、今日これまで我が国を見て回って、どう思われたかな?」
「そうですね。ここは治安も悪くなく、自然豊かで国民の人柄も良いので居住するには最適だと思います。ですが、国を治める身となると、正直なところ私のような器では、荷が勝ちすぎるようです。大変申し訳ないですが、この辺りで王位を退いてもよろしいでしょうか」
 予想外の言葉に、王様はもちろん、隣にいた私も驚いた。だってあんなに自分勝手にやってたのに、いきなり王様をやめるだなんて、どういう風の吹き回しなんだろう。
「う、うむ……。おぬしがそういうのなら構わぬが……。本当に良いのじゃな?」
「ええ。かまいません」
 そういうと、ユウリは頭上に冠している金の冠を慎重にとり、ロマリア王に手渡した。
 冠を受け取ったロマリア王は、心なしか残念そうな顔をしていた。



 あのあとすぐに、金貨の詰まった皮袋を取り合っているシーラとナギを発見し、二人もまた、私たちを見て驚いた。やっぱりシーラは探している途中でここに寄り、連続で大穴が当たってからというもの帰るに帰れずずっとここにいたらしい。帰るに帰れずというのは少し疑ってしまうけど。
 結局ナギはシーラからビタ1Gももらえずじまい。交渉……いや奪い合いをしているうちに私たちと合流し、結局1回も賭けに参加することは出来なかったようだ。
 一方のユウリはというと、本当は賭けをやってみたかったようで、本人にきいた訳ではないが、王様が去ったあと、格闘場をじっと見ていたし、何やらぶつぶつと呟いていた。こっそり近づいて耳をそばだてて聞いてみると、「あの魔物は炎の攻撃に弱いから、勝つ確率としてはなんとかかんとか……」って言ってたから、もともと計算して予想を立てるのが好きなんだろう。ていうか、なんで私の周りには賭け事好きな人しかいないんだろうか?
おそらくさっき王様に会ったときも、公務だとか誤魔化してはいたけど、本当は単に行ってみたかっただけかもしれない。あくまで推測だけど。
 格闘場を出た後も、ユウリはずっと考え事をしていたのか、独り言を言い続けていた。逆にそんなユウリの様子が、心配になる。
 だが、それは杞憂だった。城に到着してからの彼はいつもとなんら変わらず、先に城に戻っていた王様(すっかり元の格好に戻っている)にはいつもどおり丁寧な礼節で返し、私たちにはいつもどおり無愛想な態度で見せてくれた。玉座にいる王様に気づかれることなくそんな無表情を私に返すところは、やはりというか、さすがと言うか。
「実はな、他人に王位を譲ったのはこれが初めてではないんじゃよ」
 王様によると、ユウリだけでなく、この城に仕えている人に時々王位を一時的に譲っているらしい。侍女長であるミライザさんも、一度やらされたとか。
「ホントに、王様の趣味にはつきあってられません。私もなりたくてなったわけではないんですよ。ただあのときチェスで他の侍女に負けてしまったから仕方なく……」
「ミライザもうよい! お前は下がっておれ! ……すまぬ、わしが幼い頃から傍におるせいか、どうも苦手での……」
 と言って、苦笑する王様。道理で、ユウリを召しかえる時のミライザさんの行動が機敏なはずだ。もうこの城では日常茶飯事なことなんだろう。
 ひょっとして町の人たちもこの状況に慣れていたのだろうか? だから王様姿のユウリをすんなり受け入れたのだろうか。……まあ、そのあとのユウリの対応で、町の人たちのユウリに対する印象は大分変わったと思うけど。
 実際格闘場から城へ向かう途中、何人かの町人がユウリを見て怪訝な顔をしていた。ひそひそと話をしている人もいたし、一部の町の人はあまり良く思っていない人もいるようだ。
「ところでユウリ殿。もし旅の途中でノアニールの近くに行くことがあったら、町の様子を一度見に行ってはくれぬか?」
 落ち着きを取り戻した王様の言葉に、ユウリは一瞬眉を顰めた。
「どういうことですか?」
「魔王に直接関係ないと思うのじゃが、十年以上前からここから遥か北にあるノアニールの町の情報が入って来ないのじゃよ。あの辺りは手ごわい魔物も多く、調査に行くにしてもわが国の兵士だけでは力不足でな。じゃがカンダタを退治したそなたらなら、きっとノアニールまでたどり着くことができると思ってな。じゃが、無理にとはいわぬ。まず何よりも魔王討伐のほうがわが国にとっても、世界にとっても緊要な問題じゃからな」
「ノアニール……」
 宿屋の女将さんが口にした名前だ。確か女将さんの話だと、数年前から連絡が来ないって言ってたけど、そんなに前からだったなんて。
 それよりもユウリの答えのほうが気になった。おそらく私の知るユウリなら、わざわざ旅に関係のないところなど、行かないと言うだろう。けれど、頼んでいるのは王様だ。どういう反応をするのか、私は思わずユウリを覗き見た。
「わかりました。王様の頼みとあらば是が非でも足を運ぶ所存でございます。近いうちに報告できるよう尽力します」
 ユウリは、憂う王様を見据えて、そうきっぱりと言った。
 それから彼は城を出るまで私たちに顔を向けなかったけれど、私はその後姿を見るたびに、王様になる前の勇者とは少し雰囲気が違うのを感じていた。

「ねえユウリ。一体どうしちゃったの? 王様の頼みとはいえノアニールに行くなんて」
 ロマリアの城壁がかなり小さくなったころ、ずっと黙っていたユウリに、私は我慢できず質問した。
「お前の耳は節穴か。王が言ってただろ。ノアニールは十年以上音沙汰がないって」
 それをいうなら目でしょ。とつっこみたかったけど、あまりにユウリが前向きなので、調子が狂ってこれ以上何もいえなくなってしまった。
 ナギも私と同じことを考えていたのだろうか。疑うような目つきでユウリを眺める。
「ひょっとして王様になってる間に、だれか別の人に入れ替わったんじゃねーか?」
「ベギラマ。これでいいか?」
 ごぉおおおぉぉぉっっっ!
「ぎゃあああああ!! わかった!! わかりました!! 疑ってすいませんでした!!」
 炎に巻かれながら、ナギは懸命に謝る。偽者だと疑われたユウリは嘲るようにナギにホイミをかけたのだが、その様子はかなり奇妙だった。
「ユウリちゃん、ユウリちゃん♪ あとでお酒飲みに行ってもいい?」
 シーラが今日稼いだお金の入った皮袋をこれ見よがしに突きつけ、ユウリに許しを請う。駄目だよシーラ、またあのときみたいにお金全部とられちゃうよ!
 だが、ユウリはまたもや私の予想を裏切る発言をした。
「……あまり遅くなるなよ」
『ええええええええええええ!!!??』
 私とナギは一斉に声を上げた。
 何この優しいユウリ!? やっぱりどっかで頭でもぶつけておかしくなっちゃったんじゃない?! と声に出しそうになるのを必死でこらえる。
「やったーい!! やっぱりユウリちゃんならわかってくれると思ってたよ♪」
 そういうと、その場にいるのも惜しいのか、すぐさま酒場に走り去るシーラ。意気揚々と酒場に向かうバニーガールを見送りつつ、私はユウリの異常行動に疑問を持たずにはいられなかった。
あるいは、今日一日のあいだに、何か心境の変化でもあったのだろうか?
「ど、どうしたの……ユウリ……? ホントになんかあったんじゃ……」
「な? 絶対だれか別の奴がなりすましてんだって!! 明らかにあの時と別人だろ?」
 私たちが騒ぎ立てる中、ユウリはつきあってられるか、と言う表情で宿屋へ向かう道へと向き直る。その後姿を見て、私はあることを思い出した。
「そういえばユウリ、私たちがシャンパーニの塔に行っている間、格闘場へ行かなかった?」
 確かそれは塔へ向かう前、私たちが酒場の前を通っていたときだった。後姿しか見かけなかったが、あの青いマントと黒髪はユウリ以外の何者でもない。
 するとユウリはわずかに体をびくつかせた。どうやらビンゴのようだ。
「もしかしてユウリ、あのときから格闘場に興味があったの?」
 私のその言葉に、ユウリは微動だにしない。ただ、耳の後ろに汗が伝い落ちていくのが見えた。
「おい、ひょっとして図星かよ? まさかそこに行きたいが為に王様になったんじゃねーだろうな?」
 ナギが追い討ちをかける。ユウリの汗の筋がさらに増えていく。
「そんなわけないだろ! ロマリア王がどうしてもって言うから仕方なく頷いただけだ!!」
 明らかに図星を突かれた様子で反論するユウリ。どう見ても言い訳にしか聞こえない。
「お前ら、そもそもシャンパーニの塔に行ったとき、俺の助けがなかったらどうなってたかわかってるのか!? 俺の活躍があったからこそお前らはこうして生きていられるんだからな!!」
 私たちをそういう状況にしたのはユウリじゃん……とは口に出しては言わなかった。やっぱりユウリは相変わらずだったようだ。
 
 

 
後書き
これでロマリア編おしまいです!
次から第3章に入ります! 

 

故郷にて

 
前書き
2020.3.14 改稿しました。  

 
「まだカザーブにつかないのか?」
 疲労と空腹で不機嫌度MAXの勇者が、さっきから不機嫌な顔で私を睨み続けている。
 ロマリアを出発してから今日で丸3日。そろそろカザーブにたどり着いてもおかしくない頃なのだが、普段余り慣れない山道のため、距離の割に時間がかかる。おまけに魔物も好戦的であり、この3日間魔物と遭遇したのは数知れず。おかげで私のレベルも2~3上がってくれた。だが、レベル30のユウリがいなければ、おそらく倍以上の時間がかかっていただろう。
 ちなみに私がアリアハンに向かうためにカザーブからロマリアまで行った時は、ロマリアから来た馬車、それに兵士たちと一緒だったので随分楽な旅路だった。
 思えばこのとき少しでも兵士たちと一緒に魔物と戦っていれば、少しはユウリに文句を言われずに済んだんではないだろうか。
「えーと、もうちょっとで着くはずだよ」
「その『もうちょっと』を何回言ったと思ってるんだ!!」
 私の言葉に、ユウリはさらに声を荒げる。
「俺はお前らみたいな単細胞と違って、デリケートなんだ。今度その言葉言ったら次の野宿のとき一晩中見張りをやらせるからな!」
 私は夜通し一人で見張りをする想像をして、ため息をついた。
「はぁ……。なんでカザーブってこんなに遠いんだろ……」
 私の故郷カザーブは、山間に囲まれた小さな村である。つい十数年ほど前までは滅多に魔物も寄り付かない平和な土地だった。
 けれど、魔王が復活してから次第に凶暴な魔物が多く生息するようになり、今ではこの辺りを通る旅人や冒険者は度々魔物に襲われるという。
 もちろん村も例外ではない……はずであった。この村に救世主が現われるまでは。
 かの有名な英雄オルテガかと思われるかもしれないが、実は違う。むしろこの世界で彼の名前を知っている人は、おそらくカザーブ出身の者だけだろう。
 そして、彼の名を知る数少ない人間の一人が、何を隠そうこの私である。
 ……って言っても、そんなことを聞いてくる人なんていないんだけど。
 とにかく何が何でもカザーブに着かなければ。などと決意を固めていると、
「ねーねー、ミオちん! あそこに屋根が見えるよ!!」
 シーラの一声に、私の瞳に光が宿った。
 うっそうと生い茂る木々の間から小さく見える、数十軒の家。私は思わず歓声を上げた。
「間違いない、カザーブはもうすぐだよ!」
 私の声に、他の三人は安堵の表情を浮かべる。私も一晩中見張りをやる羽目にならなくて良かったと心底安心した。
村の入り口に近づくと、一人の男性が手を振ってきた。
「ミオちん、知ってる人?」
「うん。村の自警団の人だよ」
「なんだ、ミオじゃないか!! 久しぶりだな!!」
「デルバおじさん、久しぶり! 村に変わりはない?」
「当たり前だろ! 魔物の子一匹入れさせてないぜ」
私が尋ねると、デルバおじさんはどん、と胸を叩きながら誇らしげに答えた。
「ひょっとして、その人が噂の勇者様か? そうか、ちゃんと仲間に入れてもらえたんだな!」
そう言うと、私の頭をくしゃくしゃに撫でながら、豪快に笑った。
「あの人一倍泣き虫だったミオがなあ……。立派になったもんだ」
「そういうこと皆の前で言わないでよ」
私は赤面しつつも昔のことを覚えててくれたことに、くすぐったい気持ちになる。
おじさんと挨拶をかわしたあと、私たちは村の中へと入った。
「そういえば、宿とかってあるのか?」
「えーと、一応あるよ。小さい村だから宿屋も小さいけど。でももし宿代浮かせたいなら、私の家に泊まりに来ても良いけど……」
「わーい!! ミオちんの家行きたーい!!」
「いや、俺たちは宿に泊まる。お前は自分の家に行け」
「え……、でもせっかくだしみんなでうちに泊まっていっても……」
 私が残念そうにそういうと、背の高いナギがぽんと私の頭に手を置いた。
「せっかくだから今日くらい家族水入らずで過ごせばいいじゃねーか。あのカタブツ勇者も珍しくそう言ってんだしさ」
 私はナギを見上げる。まさかナギがそんなことを言ってくれるなんて思わなかった。
 シーラもそれに納得した様子で、「宿屋やどや~♪」と口ずさんでいる。
「ユウリ……」
「どうせお前の家など2~3人座るだけで身動きが取れないような狭い部屋しかないだろうからな。そんなところで寝かされるぐらいなら金を払った方がマシだ」
「え、私に気を使ったわけじゃないの!?」
「何でお前にいちいち気を使わなければならん」
 ユウリはにべもなく言い放った。
「う……。まあ、でも、ありがとう」
 私は申し訳ないと思いつつも彼らの厚意に甘えることにした。3人は疲れた足取りで宿屋の方へ足を向けた。するとユウリが振り返って、
「その代わり明日の朝、宿屋まで来いよ。遅れたら俺の分の荷物を持ってもらうからな」
 そういって向き直り、すたすたと歩き出した。
「あ、はーい……」
 でもやっぱりユウリはユウリだ。私は絶対に明日早起きすることを誓った。



「ただいまー!」
 村の一角にあるけして大きくない一軒家、そこが私の生まれ育った家である。
 いきなりの帰宅に、ちょうどその時玄関の近くにいた2番目の妹が、玄関先に立っている私を見てしばし呆然としていた。
「み、み、ミオねーちゃん!?」
 我に返った妹は、ありったけの声量で私の名を呼んだ。
「ちょっとリア! そんな大声出したらご近所に迷惑じゃない」
「だって、ミオねーちゃん、『ユウシャ』って人と一緒に『マオウ』を倒しに行ったんじゃないの?!」
「うん、そうだよ。でも今は魔王を倒す旅の途中で、今日はたまたまここに立ち寄っただけ」
「へー! ミオねーちゃん、ちゃんと『ユウシャ』って人の仲間になれたんだ!!」
 目をキラキラさせながら尊敬のまなざしで私を見るリア。彼女は私より6つ下で、昔から良く私になついていた。
「へへ、まーね」
 私が自慢げに体を反らすと、リアの声を聞きつけたのか、部屋の奥から3番目の妹と2番目の弟がこちらにやってきた。
「あー、ミオねーちゃんだ!!」
「おかえいなさーい!」
 3人の弟妹たちが次々と私に群がってくる。この暖かい雰囲気がなんだか懐かしく思えてきて、自然と笑みがこぼれた。
 確かにユウリの言うとおり、皆を家に連れて来ても寝る場所なんてないかもしれない。他にもう二人弟妹がいて、さらに母親までいるのだから。
 ちなみに父親は行商をしており、珍しいアイテムを見つけてきては世界各地に飛び回っている。私が家にいる間もほとんど家に帰って来ていなかった。
 私は普段は家にいる母親の姿が見えないことに気づき、妹たちに問いかけた。
「そういえば、お母さんは?」
 きょろきょろと辺りを見回した、その時。
「お母さんは仕事中だよ」
 急に後ろから声をかけてきたのは、私より二つ下の妹、エマだ。山盛りになった洗濯籠を抱えて、にっこりとかわいらしい笑顔を私に見せた。
「エマ!!」
「久しぶり。急にどうしたの? 旅は? ひょっとして、勇者のパーティーに入れてもらえなくて、戻ってきたとか?」
「ち、ちがうよ! ちゃーんと勇者の仲間として認めてもらったし、今だって魔王を倒す旅の途中なんだからね!」
 いいながら、ふと私ってユウリに仲間としてちゃんと認めてもらってたっけ?と疑問がわいた。
 エマが洗濯籠を地面に下ろすと、妹たちが一斉にそちらに行き、手伝いをし始めた。私たちきょうだいは家の手伝いを小さい頃からするのが習慣付けられているので、いつの間にか無意識に体が動いてしまう。妹たちも例外ではないようで、姉としては少し嬉しく思った。
「それじゃあ、すぐ旅立っちゃうんだ」
「うん、ちょうどこの先のノアニールに用があるから中間場所として今日はここで一泊することにしたの」
 私が残念そうに言うと、エマは小さく微笑んだ。
「そっか。じゃあ、適当にくつろいでてよ。ここまで来るの大変だったでしょ。これ終わったらお茶入れるから」
「じゃあ私も手伝うよ」
「大丈夫だよ。これはあたしの仕事だし、お姉ちゃんは大事な役目があるんだから今日はゆっくり休んでなよ」
 そう言って、妹たちと共に洗濯物を干し始めた。
 エマ、私がいなくてもしっかり家の事やってるんだなあ……。
 私が旅に出る前は、お母さんの後ろで私のやることを真似ながら家の手伝いをしていたエマが、今では妹たちの手本となって率先して家事をしている。
 そう思った途端なんだか急に寂しくなってしまった私は、ここでボーっと立っているのもなんなので、おとなしく家の中でゆっくりさせてもらうことにした。
 そして、部屋を一通り見て私はあることに気づいた。
「ねえリア、ルカはどこか行ってるの?」
 3人の弟妹が遊んでいるのを見守りながら、私はその中で最も年長のリアに尋ねた。
 ルカというのは、兄弟の中でも一番元気な弟で、リアよりひとつ上だ。よくリアと一緒に遊んでいたのだが、なぜか今は姿が見えない。
「ルカにーちゃんはね、ロマリアでお仕事してるんだよ」
「お仕事!?」
 私はリアの言葉に驚愕した。ここからロマリアまでなんて、そう簡単に行き来できる距離じゃない。つまり、たった一人でロマリアに出稼ぎに行っているということだ。それに、まだルカは11歳だ。ひとりで生活していけるほど自立しているとは思えない。
「ねえリア。ルカ、今どこにいるの? お姉ちゃんこの間までロマリアにいたけど、一度も見かけなかったよ?」
「うそー。だってエマねーちゃんがそう言ってたもん」
 すると絶妙のタイミングで、洗濯物を干し終えたエマが戻ってきた。私は彼女に詰め寄り、なるべく妹たちに聞かれないように小声でルカのことを尋ねてみた。
「ルカの居場所? ……そっか。お姉ちゃんロマリアに行ってきたんだもんね」
 エマは複雑な表情で話を続けた。それは、予想外の内容だった。
「本当はね、ここから遥か東にある、アッサラームにいるの。ロマリアじゃああんまりお給料もらえないからって、一月前にお父さんの知り合いと一緒に出稼ぎに行っちゃったの」
「ちょ、ちょっと待って。あんまりって……、うちの家計って今そんなに火の車なの!?」
「それはちょっと言いすぎだけど……。確かにお姉ちゃんが旅に出てから一度もお父さん戻ってきてないし、正直お母さんだけの収入じゃ食べていけないのが事実なの。でもあたしも内職してるし、リアたちも家の手伝いよくしてくれてるから、わざわざアッサラームまで出稼ぎに行かなくてもいいってルカに行ったのよ。でもあの子ったら、なんていったと思う?」
「想像つくようなつかないような……」
「ミオ姉ちゃんみたいになるために、アッサラームで修行して来るんだって」
「はあ??」
 私は間抜けな声を上げながら眉根を寄せた。
「アッサラームで、何の修行するつもりなの?」
「知らないわよ。もうあたしあきれて声も出なかったわ。お母さんはお母さんで、お父さんの知り合いがいるから大丈夫でしょ、なんて言っちゃってるしさ。もう誰もあの子を止められないわよ」
 確かに私が家にいる頃のルカは、とにかく好奇心が旺盛だった。初めて見るものには必ず首を突っ込むし、興味のあることには後先考えず突っ走っていってしまう。そのせいでご近所の人から怒られることもしばしばあった。
う~ん、あのルカがねえ……。
 私がため息をつきながら思い出に浸っていると、玄関の戸が開く音が聞こえた。それに反応したリアが、「おかあさん!!」と言って玄関の方に駆け出した。
「あら、ミオ!! お帰り!!」
 私が返事をする前に、お母さんは私のところへ来るなり抱きしめた。
「もーっ! 帰って来るなら来るで一言連絡ぐらい入れてくれればいいのに! ご馳走作りたくても作れないじゃない!!」
 そういってさらにぎゅっと強く抱きしめる。それは私の知るいつもの元気なお母さんだ。
「ごめん、旅の途中だったし、時間もなくて……」
「そうだよお母さん。お姉ちゃん、魔王を倒しに行ってるんだからそんな暇ないんだって!」
「そっか。じゃあ今夜はミオの大好きなものたっくさん作ってあげるからね! あ、そうだ! せっかくだから勇者さんたちも呼んできなさいよ。たいした物は出せないけど、あんたが日頃お世話になっているせめてものお礼にね」
 そういうとお母さんは腕をまくり、やる気十分といった様子で台所に向かっていく。
その横でエマがなぜか期待に満ちた目でこちらを見ていた。
「? どうしたの、エマ」
「ねえお姉ちゃん、勇者さんてかっこいい?」
「えーと、多分かっこいいと思うよ?」
 私は単純に見た目だけの特徴を伝えてみた。案の定、エマは自分好みの勇者像をイメージすることに成功したらしく、かなり満足そうな顔を浮かべている。
「そっかあ、じゃああたしも勇者さんに食べてもらえるように料理がんばろうかな♪ 勇者さんて好きな食べ物とかないの?」
「さ、さあ。良く知らないけど。でも確か、甘いもの以外なら食べるって言ってたよ」
 私が戸惑いがちに言うと、エマは信じられないといった顔で、
「えー情報それだけ!? お姉ちゃん一緒に旅してるのになんでそんな基本的なこと知らないのよ!!」
 と、半ば憤慨した様子で私を見た。
 別にそんなに親しい間柄でもないのに、そんなこと言われてもこっちが困る。だってまだユウリと出会って一ヶ月ぐらいしか経ってないんだもの。



 夕飯はお母さんとエマに任せて、私はユウリたちを誘うため、村の宿屋へと向かうことにした。
 外はもうすでに真っ赤な太陽が家の屋根に隠れ始めていた。先に三人が食事を始める前に見つけないといけないので、私は歩みを速める。
「あ、ミオちんだー。やっほー」
 聞きなれた声が私の耳に届いてきた。見回すと、こちらにやってくる3つの人影。なんという偶然だろうか。先頭を歩いていたウサギ耳の少女――言うまでもなくシーラなんだけど――が元気よく私に走り寄ってきた。
「あれ? みんなどこかに行くの?」
「聞いてよミオちん!! そこの宿屋お酒置いてないんだよ!? 信じらんないでしょ!!」
「あーごめん、あそこのおかみさん、酔っ払いとか嫌いみたいだから……」
「あたしをその辺の酔っ払いと一緒にしないでよぅ!!」
「いや私に怒っても……。まあいいや。それでお酒飲みに酒場に向かってるの?」
「ああ。オレは別に酒飲まねーし、宿屋でくつろいでもいいかと思ったんだけど、こいつがうるさくてさ。ミオもいないし、こいつ一人で行かせるのもいろんな意味で危険かと思ってついてきたってわけ」
 ナギがシーラを見下ろしながら言った。意外にナギって面倒見がいいんだよね。
 二人だけかと思ったら、少し離れたところにユウリがいた。
「ユウリも?」
 いつも単独行動をとるユウリが二人と一緒だなんて珍しい光景だ。
「まさかこんなに何もない村だとはな。娯楽の一つでもないのか?」
 ユウリが皮肉たっぷりに言う。いやだから、私に言われても困る。
「ねえ、だったら夕飯うちで食べてかない? たいした物はないけど、ご飯代ぐらいは浮くでしょ?」
「ミオちんの家!? 行く行くー!!!!」
 シーラが目を輝かせながらぴょんぴょん飛び跳ねている。かなり乗り気なようで、こちらとしてもなんだか嬉しい。
 ナギも「食えるんだったら何でもいい」の一言で了承してくれたようだ。
 ユウリはどうなんだろうか?
 エマのことを考えると、ユウリにはぜひとも来てほしいのだけれど、彼がこういった食事会に快く参加するかといわれれば、正直自信がない。
 現に今も興味なさげな顔で私のほうをじっと眺めている。何を考えているのかその表情からは全く読み取れないところが余計怖い。私はおっかなびっくり尋ねてみた。
「あの……無理にとは言わないんで……」
「……」
 予想通りの沈黙。
 こんな調子で結局最後は私の方から頭を下げてしまう。一ヶ月経ってもこんな関係なんだから、好きな食べ物なんてわかるわけがない。
 しばしの沈黙の後、ユウリは顔色一つ変えずやっと声を発してくれた。
「家に案内しろ」
「はっ!?」
 それは予想外の答えだった。予想外すぎて一瞬何のことだかわからないほどだった。
「えっと……それって、来てくれるってこと?」
 ユウリは無言で頷いた。それならそうとはじめから言えばいいのに。
 あいかわらず何を考えているかわからなかったが、ともかく皆を我が家のパーティーに招待することに成功した私は、宿屋には寄らずそのまま自分の家に向かうことにした。

 我が家に着いた途端、家の中は歓迎ムード一色だった。
「まあまあ! あなたが勇者のユウリさんね!! ミオからあなたたちのことは伺ってるわ。さ、狭いけど入って入って」
 お母さんがユウリたちを部屋へ促した。後ろにいたエマがユウリをじっと見つめていたが、当の本人は気づいているのかいないのか、相変わらずの無反応。
 他の妹たちはシーラのバニーガール姿が珍しいのか、彼女の周りにくっついて離れない。シーラも子供は嫌いではないらしく、普段どおりの様子で妹たちと戯れていた。
「すごいなミオ、これみんなお前のきょうだいなのか?」
 2番目の弟カイに高い高いをしているナギが楽しそうに言った。確かナギは一人っ子だって言ってたっけ。
「そうだよ。ナギは子供好きなの?」
「ああ。オレ兄弟いないから、こうやって年下の奴と遊んだりするの憧れてたんだ」
そう言うと、今度はカイを抱っこしながら、ぐるぐる回り始めた。すると、他のきょうだいもナギの周りに集まって、口々にやってほしいとせがんできた。
 皆の雰囲気が和んできたところで、お母さんが台所から料理を持った大皿を持ってきた。それは私が家にいた頃を含めても、はじめて見るご馳走だった。
 ナギは料理が出された途端、勢い良く手を伸ばした。それを真似しているカイがなんだか微笑ましい。年の離れた兄が出来たようでナギのことをとても気に入っているようだ。
「ん~、ミオちんの家の料理、すっごくおいしいよ!!」
「ほんと? そういってもらえると嬉しいよ」
 けれどシーラはなんとなく物足りない顔をしている。そういえばシーラ、お酒が飲みたかったんだっけ。なんか悪いことしちゃったかも。
 すると、玄関の戸をノックする音が聞こえた。
「ごめんください、こちらに勇者様とそのお仲間さんが来てるって聞いたんですけど」
 その声は私の知らない人だった。おそらく私が帰ってきたのをご近所の人が聞きつけて、カザーブの村全体に噂が広まったのだろう。
 私は返事をして、玄関先に向かった。扉を開くと、やっぱり私の知らない顔だった。
「やっぱり! あなた、うちの母が言ってた人だわ!」
「???」
 知らない人にそう言われ、私は思わず面食らった。うちの母? それって私の知ってる人?
 私の言葉を待たず、その女性は言った。
「あ、いきなり挨拶もせずすいません。私、ロマリアで宿屋を営んでいる女将の娘で、ラフェルといいます。今は夫と娘の3人で暮らしてますが、以前は母とロマリアで暮らしていたんです」
 その一言に、私ははっとして思い出した。確かロマリアの宿屋のおかみさんの娘さんがカザーブに移り住んだと言っていた。
「こちらこそ挨拶が遅れてすいません、私、ミオっていいます。ロマリアの宿屋では、すっかりお世話になりました」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方ですわ。母から手紙で勇者様のお仲間さんの話を聞きました。うちの娘もその話を聞いて大変喜んでるんですよ」
 おかみさん、私たちのこと、ラフェルさんたちに話してくれたんだ。なんだか私の話を信じてくれた気がして、とても嬉しい気分になった。
「そうだ、今ちょうど夕食パーティーやってるんですけど、よかったらご一緒しません?」
「まあ、それは素敵ですね。ぜひ参加させてください。娘も連れてきても構いませんか?」
 ラフェルさんの申し出に、私は快く了承した。結果、ラフェルさんは娘さんだけでなくだんなさんや隣のおばさんまで連れてきた。
「おやまあ、コーディさんちの奥さんまでいらっしゃって!! さ、狭いけど入って入って!!」
 ユウリたちだけでもかなり窮屈だったのだが、ラフェルさんたちが加わったことでさらに部屋が狭くなった。しまいには我が家の騒ぎを聞きつけてきたのか、全然知らないおじさんまでいつの間にか参加してしまい、さらにおじさんが持ち込んできた高そうなウイスキーをシーラがほとんど飲みつくし、場は夜更けまで大騒ぎとなった。
 私は家にいるという安心感や満腹感、さらにこの騒がしくも暖かな雰囲気にいつしか酔いしれて、そのままゆっくりとまぶたを閉じてしまった。
 

 

ミオの過去

 どんちゃん騒ぎだった夕食がいつお開きになったのかもわからないうちに、私はいつのまにか眠っていたらしい。
 目が覚めるとラフェルさんたちの姿はなく(どうやら帰ったようだ)、我が弟妹たちとその横で酔いつぶれた様に眠っているシーラ、窓に顔を出しながら熟睡しているナギのほかには誰もいなかった。
 テーブルの上はすっかり片付いており、寝ている人たちにはそれぞれ毛布がかけられていた。
 私は肩にかけられていた毛布から抜け出し、しんと静まり返った部屋を見回した。
――あれ、ユウリがいない……?
 隣の部屋を覗いてみるも、幼い妹たちが並んで寝ているだけで、ユウリの姿はなかった。
 廊下に出てみると、明かりが一つついている。台所の方だ。
「お母さん、起きてたんだ」
 私の声に気づいたお母さんは、こちらを振り返り、ゆっくりと笑った。
「なんだい、起きちまったのかい。ま、確かにあそこじゃゆっくり寝られないか」
 そういうと、お母さんは戸棚からカップを取り出し、それに小鍋で温めておいたミルクを注いだ。
「久々に忙しかったから、一息入れようと思ってね。あんたも飲むだろ?」
 私の返事を待たず、お母さんは2つ目のカップを用意してくれた。私はミルクが注がれたカップを手に包ませ、冷ましながらゆっくりと飲んだ。
「あぁ、あったまるなぁ。なんか久しぶり、お母さんのホットミルク」
「あんたが旅立ってから、一ヶ月以上経つんだもんね」
 その言葉に、私はこの村を旅立つ前のことを思い出した。村に勇者の噂が舞い込んだあと、勇者の仲間になることを決意したあの日。最初家族は冗談かと思って誰もが笑い飛ばしてたっけ。
「お母さん、あの時私が言ったこと覚えてる?」
「ああ、確か『勇者の仲間に入って一緒に魔王を倒しに行くから!』だっけ? あの時は本当に冗談だと思ったよ」
 お母さんはどこか遠くを見つめながら言った。
「フェリオさんのところで武術の稽古をしていたときは、単に自分の身を守れるようになりたいぐらいにしか思ってなかったよ。でもまさか、魔王を倒すためだったなんてね。どうだい、ちょっとは強くなったのかい?」
 私は苦笑した。
「えーと……。まだ発展途上かな」
「そうかい、それなら安心したよ」
「? どういうこと?」
 私が首をかしげながら言うと、お母さんは私の目をまっすぐに見ていった。
「あんたの気持ちが旅立つ前と変わってないってことがわかったからさ。これからも、ユウリさんと一緒に旅を続けていくんだろ?」
 私は力強く頷いた。魔王を倒す、その気持ちだけは誰にも負けないつもりだし、変えるつもりもない。私がユウリのことを苦手だと思っていても、ユウリと旅を続けて行きたい気持ちは変わらない。
「もし家に帰りたくなったら、いつでも帰ってきな。今日みたいにご馳走作って待ってるからさ」
 私は笑顔で返した。
「うん、もちろん。またユウリたちを招待するよ」
 そう言うと、お母さんは私を優しく抱きしめてくれた。また明日からこのぬくもりとは当分離れなきゃならないんだ。そう思うとどうにも離れ難いなってしまい、しばらく甘えた子供のように、お母さんの胸に抱かれたままその場から動けなかった。



「ほら。いつまでも子供みたいなことしてないで、早く休みな」
ぽんぽんと肩を叩かれ、私ははっとしてお母さんから離れた。
 お母さんにユウリの事を聞いたら、しばらく前に外に出ていったのを見かけたそうだ。宿に戻るとは聞いてなかったので、そのうち戻っては来るだろうとは言うが、すっかり目が冴えてしまった私は彼を探すことにした。
 玄関を出ると、青白く輝く月と澄み切った満天の星空が私を出迎えてくれた。その代わり、秋に別れを告げるかのような肌寒さが私の体温を少しずつ奪っていく。
 とりあえず、彼が夜風に当たりそうな場所を考えて、近くの高台に向かうことにした。高台にはお墓がいくつかあるが、そこから見下ろすと、コスモスの花が咲いているので景色を見るには絶好の場所である。実際私が小さい頃も、よくその高台に登ってコスモス畑を眺めていた。
 高台に着いた途端、私は意外にもユウリと好みが一致していることを実感した。まさか本当にいるとは。しかもそこの木に寄り掛かって腰を下ろしている。
 私はユウリが寝ているのかと思い、後ろに回り込みつつゆっくりと近づいて、ユウリの顔を覗き込んでみた。すると彼は起きていたらしく、私の気配に気づいていたのか、特にこちらを見ることなく静かに息を吐いた。
「……なんだ。お前か」
 その後、驚く素振りもなく、いつもの仏頂面でぼんやりと景色を眺めている。驚かせるつもりはなかったが、こうも無反応だとなんとなく悔しい。
「ユウリこそ、どうしてこんなところに?」
私はユウリの隣に座りこみ、尋ねた。
「別に何だっていいだろ。俺はああいう大人数が集まる場所にいるのが苦手なだけだ」
「え、じゃあ途中で抜け出したってことだよね。こんな寒空の下、ひょっとして何時間もずっと一人でいたってわけ? 風邪引いちゃうよ!」
「ふん、余計なお世話だ」
そういうと、彼は顔を背けた。
「でも、もともと夕食に誘ったのは私だし、ユウリもそういう場所が苦手だったんなら言ってくれればよかったのに」
「別にお前には関係ないだろ。俺は今考え事をしてるんだ。邪魔するなら帰れ」
えー、でもなあ。さっき家から出ただけでこんなに寒さを感じてるのに、ユウリはそれよりずっと前からここにいるんだから、相当体が冷えてると思う。
「宿はどうしたの? 私と別れたときにとったんじゃないの?」
私が聞くとユウリは、はあ、と大きく溜め息をついた。
「俺が戻ったときには宿の鍵がかかっていた。おそらくお前の家に泊まると思ったんだろ」
ああ、そっか。きっと私の家に来た人が気を効かせて、宿屋にユウリたちのことを伝えてくれたんだ。実際ナギとシーラはうちに泊まったも同然だし、まさか勇者一人だけ宿に戻るとは思わなかったのだろう。
「それじゃあもう皆寝てるし、うちにおいでよ。多分ユウリ一人が寝れるスペースならあるよ」
だが彼は動こうとしない。いや、そもそも私の方すら見ていない。
別にこんなところで考え事なんかしなくてもいいのに、などと思いながらも口には出さず、ユウリの顔の前で手を振ってみる。すると、ようやくこっちを見てくれたではないか。そして私はふと気づく。
「あれ……? ユウリ、顔色悪い?」
 頼れるのは月の光だけなのではっきりとはわからないが、なんとなく具合が悪そうに見える。私は小さな怒りを忘れ、ユウリの顔をまじまじと見た。
「何じろじろ見てるんだ」
不満の声が聞こえるが、気にせず私は再び手を伸ばし、ユウリの頬にそっと触れてみた。
「!?」
「冷たっ!」
 私は思わず伸ばした手を引っ込めた。想像以上に冷たかったからだ。
「い、いきなりなんだ!!」
「ユウリ、やっぱり今すぐ帰ろうよ。体すっごく冷えてるし、具合悪くなったら大変だよ」
「っ……!」
それきり彼は何も言わず、私が話しかけても視線をそらしたままだ。
「疲れたでしょ。うちに帰って休もうよ」
「……」
「ねえ、ユウリってば」
「……」
 私の問いに無言で返すユウリ。あんまりにもしつこいから、怒ってるんだろうか。
でも今はそんなことをいっていられない。こうなったら引っ張ってでも連れていこうかと立ち上がろうとしたとき、急にユウリが口を開いた。
「お前に聞きたいことがある」
「え?」
ピタッ、と動きを止める私。
「何でお前……俺と旅をしようと思ったんだ?」
 唐突に話を振られ、私は動揺した。ユウリは私の心中など知る由もなく、淡々と話を続ける。
「あんな平和ボケしてるような奴らが周りにいて……。こんな、魔王を退治するとか馬鹿げたことしないで、ずっとここで暮らせば良かったんじゃないのか?」
 ユウリがこんなことを聞いてくるのは初めてだ。私に興味を持ってくれているってことなのだろうか?
とはいえ、魔王退治を『馬鹿げたこと』と言ったのが引っ掛かる。勇者が魔王を倒すのは当然の使命だと思っていた私は、正直面食らってしまった。
「えっと……。それは最初家族の皆に言われたよ。そんな危険なことするなら、家でずっと暮らしていけばいいじゃない、って。でも、世界のどこかで魔物に遭遇して苦しんでる人がこの村以外にもいるってわかったから、助けなきゃって思ってさ。それでなんとか皆を説得して旅に出たんだ」
そう言い終わると私は、辺り一面に咲くコスモスを眺めつつ、目を細めた。
「……お前もそういう目にあってたのか」
「ううん、私じゃなくて、村の人がね。十年以上前だったかな。私が小さいとき、一度この村に魔物が襲ってきたことがあるの」
まだ三~四歳くらいだろうか。近所には同い年くらいの友達が沢山いて、男女関係なく毎日近くの山や森で遊んでいた頃だった。
そのころはまだ村の自警団も作られていなくて、村人たちは魔物を脅威とすら感じていなかった。けれどあるとき、村の誰も見たこともない凶悪な魔物が現れて、近くにいた村人を次々に襲った。
当時幼かった私はその場にいなかったので、それがどれくらいの被害だったのか実感できなかったが、親や周りの大人の話によると、その数は十数人に及んだらしい。そしてその被害者の八割は私の友達で、いつものように森に遊びに行った帰りに、たまたまその魔物に遭遇してしまったらしい。
私はというと、その日はちょうど風邪をひいてしまい、一日中家にいたので難を逃れたが、私を除くほとんどの子供は、皆犠牲となってしまったのだ。
あまりにも突然の出来事で、幼い私の心には友達を失った悲しみよりも、胸にぽっかりと空いた喪失感の方が強く残った。
それによく私を見ては、『運がよかったわね』とか、『○○ちゃんの分まで生きるんだよ』とか泣きながら言われたが、物心つく前なのでどうしても実感がわかなかった。
「それで、同い年くらいの友達が皆いなくなっちゃって。ほら、このへんってたくさんコスモスが咲いてるでしょ? ここに眠ってる子達が好きだった花なんだ」
皆で山に咲くコスモスを引っこ抜いて、よくここに植えてたっけ。そのうちに、いつの間にか種が出来て、芽を出し、毎年花を咲かすようになるまでの年月が経ってしまった。
「もしかしたら私も皆と一緒にここで眠ってたかもしれないんだ。でも、一人だけ生き残っちゃって、やるせなさって言うのかな? そういうのがずっと残ってて、そういうモヤモヤした思いを埋めるにはどうしたらいいかなってずっと考えてたら、あるとき師匠が村にやって来たの」
「師匠?」
「あ、私が勝手に呼んでただけなんだけどね。その人は武闘家で、世界中を旅しててすごく強かったらしいんだけど、病気になっちゃって、たまたまたどり着いたこの村で療養することにしたの」
師匠は病に付しながらも、一人で日常生活を送れるくらいは動けていたので、村にやって来て間もないうちに、私の家の隣にあった空き家を改築した。
そしてあろうことか、武術道場を作ってしまったのだ。
「そのあと師匠は自分で道場を開いて、村の人に武術を教えようとしたんだ。ちょっとでも魔物と戦える強さを身に付けられるように」
「そんなにうまくは行かないだろ」
ユウリの言うとおり、この村には当時、武闘家に憧れる若者も、魔物を退治しようという気概のある大人もいなかった。
それに、この村の昔からの因習で、『魔物に襲われることは災害と同じである。下手に人間が手を出したらさらに災いは起こるだろう』という考えが村人の頭の中に根付いていたので、それを覆すことは容易ではなかったのだという。
さらに最初はよそ者ということもあり、師匠の話に耳を傾ける人すらいなかったそうだ。
「うん。でも、師匠はね、再び悲劇を繰り返さないためにも、あの事件と向き合う事が大切だって村人たちに必死に訴えたんだ。そしたら、ちょっとずつだけど、武術を習いたいって人が増えていったの」
そんな師匠の姿を隣でこっそり見ていた私は、いつしか武術に興味を持つようになり、道場の門を叩いた。
私が入って二、三年後には、門下生は十人を越え、自警団も創設されるようになった。そのころの師匠はまさに、村にとっての救世主そのものであった。
「それで私も師匠のもとで武術をやり始めて、何年か教えてもらってたんだけど、私が旅立つ前に亡くなってしまって……」
丁度あれは、一年くらい前だっただろうか。
死の間際、私を呼び出した師匠は悔しそうに言った。
ーおれの心残りは、お前を一人前の武闘家にできなかったことだ。
そう言い残すと、師匠は息を引き取り、故郷に帰ることもなくこのコスモスの花が咲く場所へ、子供たちと一緒に眠りについた。
師匠がいなくなり、道場も閉鎖となった。けれど師匠の教えは今でも私たちの中で引き継がれている。それでもやっぱり師匠がいなくなるのは寂しかった。
「そのあとは自己流で鍛えてたんだけど、やっぱり限界を感じちゃって。もうやめようかなってときに、勇者……ユウリが魔王を倒すって噂が耳に入ってきたんだ」
武術を始めて最初は、単なる自己満足でしかなかった。けど、師匠と一緒に修行をしていくうちに、師匠に教わった武術を自分だけじゃなく、誰かのために使いたいと思うようになった。
そして勇者の噂を聞いて気づいた。誰か、というのは魔物に脅かされる人々や、勇者であるユウリのことでもあるのだと。
その人たちの力になれば、自分は生き甲斐を感じることが出来るんじゃないか。
これも自己満足かもしれない。でも、なにもしないでいるよりは、誰かのために行動したい。その思いの方が強かった。
「ユウリと一緒なら、きっと魔王を倒せると思って、すぐに旅立とうと思い立ったんだ。でも、アリアハンに向かう途中もいろいろあったし、これで仲間になれなかったらどうしようかってずっと悩んでた」
ユウリの仲間になったのも運と偶然が重なっただけで、私も断られた他の冒険者と同じ目に遭ってたかもしれないのだ。最初にユウリを見たとき、言動に若干の不安を感じたが、それでも彼の仲間になれたのは本当に嬉しかった。今でも酒場のルイーダさんには感謝してもしきれない。
「あのときユウリは私を選んでくれた。私みたいにレベルの低い人なんかすぐに断ってもよかったのに、そんなことしなかった。それがすごく嬉しかったんだ。仲間にしてくれて、本当にありがとう」
私は真摯な表情で耳を傾けてくれているユウリに、自分の気持ちを込めて言った。
「今はユウリの足元にも及ばないくらい弱いけど、いつか背中を任せてもらえるくらい強くなって、一緒に魔王を倒すつもりだよ」
そこまで言って、ハッと気がついた。何バカなこといってんだ、お前には一生無理だろとか言われるんじゃないか。そう思い、おそるおそるユウリの様子を伺った。
「……はぁ」
私の予想通り、溜め息をつくユウリ。すると、端厳とした表情で私を見据えた。
「バカか。お前は俺の仲間なんだからそのくらいになるのが当たり前だろ」
「はっ、はい」
何となく怒られた気分になってしまい、つい反射的に返事をする。
けれどユウリが言った『俺の仲間』という言葉に、私は胸をギュッと掴まれるような感覚に陥った。
「それに、別に今さら決意表明されても、こっちは最初からそのつもりだったからな」
「ご、ごめん」
なんで謝ってんのか自分でもよくわからないけど、何か胸にストンと落ちた気分がした。
「ところでお前、その話他の奴らに話したのか?」
「え? いや、ユウリが初めてだよ」
「そうか」
いきなりなんでそんなことを聞くんだろう? それきり彼は黙ったままだ。
「何で?」
「別に。そういう話はまずリーダーに話すべきだからな。お前にしては利口な判断だ」
えー、そういうものかなあ? そんなルール初めて聞いたんですけど?
まあでも、本人は満足げだし、下手に余計なことを言わない方がいいか。
「そうだ。すっかり話し込んじゃった。早く家に帰らないと……」
そういって、腰を上げようとしたとき、コスモスの花がぼんやりと光り始めた。
「!? 何?」
「この気配は……?」
ユウリも判断できないらしい。私たちは、突如起きた不思議な現象に狼狽えるしかなかった。
やがて、花全体に放っていた光が一ヶ所に集まり、徐々にある形を成していく。それは人の形となり、私の記憶を鮮明に呼び起こした。
「し、師匠!?」
そう、目の前に光を帯びて現れたのは、紛れもなく師匠の姿だったのだ。
 

 

師の願い

「どっ、どうして師匠がこんなところにいるの!?」
私は夜中にも関わらず叫んでしまった。隣にいたユウリが手で制す。
「にわかには信じがたいが……。あれは幽霊だな」
「幽霊!?」
その言葉に私は思わず身震いした。私は幽霊とかの類いが死ぬほど嫌いなのだ。
「ここが墓場で、謎の発光とともに死んだは
ずの人間が現れたってことは、まず幽霊で間違いないだろ」
まあ、幽霊ってのはわかるんだけど、なんで今現れたんだろう? それに私は生まれてから一度も幽霊なんかみたことないし、急に不思議な力が備わったにしても唐突すぎる。
「もしかして、ユウリが何かしたの?」
「バカ、そんなわけあるか。ついさっきお前の話を聞いたばかりなのに、あの幽霊のことなんかわかるわけないだろ」
じゃあ一体、と幽霊姿の師匠をじっと見る。姿が師匠でなければ逃げ出していたが、それでも腰が引ける。私はおそるおそる師匠に近づいてみた。すると、
《ミオ……。お前の強い意志、確かに感じた……》
師匠の声が聞こえてきたではないか。幽霊って話せるの?!
《おれはお前を中途半端なままここに残してきたことが心残りだった……。だが、今のお前ならきっと大丈夫だろう……。おれが眠る場所を探してみるといい……》
そう言い終えると、光とともに師匠の姿は消え、辺りはもとの暗闇へと戻った。あっという間の出来事だった。
そして沈黙を破るかのように、ユウリが口を開く。
「眠る場所を探せって言ってたな」
「うん。多分そこのことだと思う」
私は幽霊が現れた場所にある、小さい石碑を指差した。手入れされた石碑には、師匠の名前が彫られている。
「とりあえず掘ってみるか」
「え?! 勝手にお墓荒らしちゃって、神父さんに怒られないかな」
「お前の師匠が言ってたんだから構わないだろ」
私の答えを待たず、ユウリは剣を鞘から抜くと、その鞘を使って石碑の下の土を掘り始めた。さすが勇者、行動力が早いなあ。
いや、感心してる場合じゃなかった。とりあえず怒られる前に後で謝ろう。私もユウリの向かいにしゃがみこみ、手で掘ることにした。
すると、鞘に何か硬いものが当たる音がした。掘り進めると、木箱のようなものが現れた。急いでその木箱を掘り起こしてみるが、なかなか出てこない。
それもそのはず、取り出してみると、私の指先から肘くらいの大きさがあったからだ。
木箱を開けると、さらに金属製の箱が入っていた。随分厳重だなと思いながら、蓋を開ける。
「……! これって……」
箱に入っていたのは、師匠が生前、かつて世界中を冒険していたときに使っていたと私に見せてくれた、『鉄の爪』だった。
「なんで、こんなものがここに……?」
「知ってるのか?」
「うん。師匠が昔、使ってたものだよ。私が修行してたとき、たまに見せてもらったことあるもの。たしかここに傷が……あっ、あった」
爪を手に取り、傷があった場所を確かめると、それは紛れもなく師匠のものだとわかった。でもなんでこんなところに埋めてあったんだろう?
私が鉄の爪を不思議そうに眺めていると、ユウリが私の手からそれを取り上げる。
「要するに、お前に使ってほしいからここに埋めたんだろ」
「え?」
「本当は生きてるうちに渡したかったが、そのときはまだお前は半人前以下だった。だから、お前が一人前になってまたここを訪れたときに渡せるよう、ずっとここで留まってたんじゃないのか」
「……じゃあ、師匠は幽霊になってもずっと、ここで私が来るのを待ってたってこと?」
「そういうことなんじゃないのか」
ユウリは鉄の爪をひとしきり確認したあと、私に再び渡した。
だけど、師匠が亡くなったあともしょっちゅうここに来てたのに、一度もこんな風に現れなかった。そのときはまだ師匠が私を一人前だと認めてなかったってことなんだろうか。
「けど、今ので成仏はしたみたいだな」
「本当?」
「ああ。ここに来るとき何人かの気配はしてたが、今は一人減ってる気がする」
「へー、そうなん……」
え、ちょっと待って。幽霊って気配とかでわかるの? しかも今何人かいるって言ってなかった?
「あ、あのさユウリ。まさかここに師匠以外の幽霊がいるってこと?」
「見えるわけじゃないが、何人かいるのは間違いないな」
そういって、明後日の方向に視線を移すユウリ。その様子を見たとたん、私の顔は青ざめた。
「ユウリ! もう夜も遅いし、早くうちに帰ろう!!」
私はユウリの返事も待たず、あわてて彼の手を引っ張ると、一目散にこの場から逃げ出した。



「で、お前の師匠が残したものってのが、それ?」
寝ぼけ眼で私が手にしている鉄の爪を指差したのは、結局朝まで爆睡していたナギ。同じくシーラも今しがた起きてきたばかりで、ぼんやりとこの鉄の爪を眺めている。
あれからすぐに家に帰った私とユウリは、お母さんに事情を話したあと、ユウリの分の布団を用意してもらった。お父さんが商人だからなのか、急な来客に対応できるよう何組か布団は用意してあるらしい。このけして広くない家に、どれだけの布団がしまいこんであるのだろうか。
ともあれ、無事にユウリを休ませることができ、私もつかの間の実家での一夜を過ごすことができた。
ただ寝付いたのが明け方近くだったので、ほとんど睡眠が取れていない。けれど私が起きて居間に行くと、すでにユウリは起きていて、いつもと変わらない様子で居間のテーブルに座り、お母さん特製のベーコンエッグを口にいれていた。
ほどなくナギとシーラがやってきて、キッチンにいたお母さんとエマは、先に私たち四人分の朝食を用意してくれた。
私は二人に鉄の爪を見せようと持ってきたのだが、寝起きだからか微妙な反応。夕べのことを説明し、ナギの問いに私がうなずくと、ナギは訝しげな顔をした。
「でもお前、今まで素手で戦ってきたんだろ? 使いこなせるのか?」
「多分大丈夫だと思う。修行中、爪を使った武器の訓練もやって来たから」
ただ問題は、爪だと武器を装備している分、動きが若干鈍くなることだ。師匠程にもなると、その重さを逆に利用したりするけど、爪での実践経験ゼロの私にはそこまでの技量もない。とりあえず慣れるまで経験を積むしかないんだろうな。
「はい、おまたせ。ポトフと焼きたてのパンだよ」
エマが再び皆の分の食事を運んできてくれた。テーブルに所狭しと並べられた朝食を眺め、私は自分がいない間に培われたエマの家事能力に感動していた。
「こんなにたくさん、頑張ったね。エマ」
私が絶賛すると、エマはふふっ、とはにかんだ笑みを浮かべ、ちらっとユウリの方を見た。よく見るとユウリの周りのテーブルだけ、異常な量の食事が置いてある。
「ユウリさん、これ全部私が作ったんですよ。是非召し上がって下さいね」
そういうと彼女は、家でも滅多に見せたことのないとびきりの笑顔をユウリに向けた。だがユウリは彼女の方を見ることなく、一言ああ、と返すと、黙々と食事を続けた。
ユウリってば、あんなにあからさまに好意を寄せられているのに、なんて反応が薄いんだろう。我が妹ながら、少し可哀想になってくる。
「ところでミオちん、ゆーべ幽霊見たってホント?」
「えっ!? いきなり何?」
突然シーラが尋ねてきたので、私はパンを取り落とした。
「だって、あたし幽霊なんて見たことないからさ、どんな感じなのか気になって☆」
「そ、そんなに興奮すること?」
「だって、滅多に体験できないことだよ? いーなー、うらやましいなぁ、ミオちん」
いやいや、全然うらやましくなる要素なんてないんですけど。出来ればもう二度と体験したくない。シーラはお化けが怖くないんだろうか?
「ねー、ナギちんも見たいよね?」
話を振られたナギは、どことなく苦い顔をしている。
「別に幽霊には興味ないけどよ……。なんか今お前が言った話、それ夢で見たわ」
「は? あ、ひょっとして……予知夢?」
「そ、多分な。前ロマリアで、墓場でおっさんの幽霊見たって言ったろ? それミオのことだったんだな」
「あー、そう言えば言ってたね。でもナギ、懐かしい感じするとか言ってなかったっけ?」
「それはオレじゃなくて、ミオの目線で感じたからだと思う。実際目が覚めたときは何も感じなかったし」
確かに夢だと楽しかったり、怖かったりとか感じるときあるけど、朝起きて思い起こしたりすると全く関係ない感情だったことってある。
「じゃあ自分だけじゃなく、他の人の未来も見えるってことなんだね! すごいじゃんナギ!」
私は目を輝かせて言った。ナギはまんざらでもない様子でふんと鼻を鳴らした。
「まーでも、見たいときに見れないのが難点だよね~」
「それに内容が抽象的過ぎて忘れちゃうよね」
「なんだよお前ら! 散々上げといてから一気に落とすんじゃねえよ!」
シーラと私の鋭い指摘に、長くなりかけたナギの鼻がぽきっと折れた。
ユウリと違って、ナギだとこういう冗談も言えるからつい言い過ぎちゃうんだよね。気をつけよう。
私たちはひとつ残らず朝食を平らげると、お母さんとエマにお礼を言った。
ユウリもあんな態度をとってはいたが、エマが作った分のお皿も残さず食べていたので、エマはとても喜んでいた。
「もう出発するのかい?」
「うん。これからノアニールに向かうから、早めに出るつもり」
「ノアニール……。そういえば昨日言ってたよね。何でまたそんなところに?」
私は二人に事情を話した。すると、ノアニールがそんな事態になってることを知らなかったようで、二人は顔を見合わせた。
「なんだか心配だね」
エマが言うと、お母さんは意を決したように私たちの方を見た。
「そんな遠いところに行くんなら、途中でお腹空くだろ。ちょっと待ってな。今から急いでお弁当作ってあげるよ」
「え、いいよそんな無理しなくて」
「ダメだよ! 食事はちゃんととらなくちゃ! 生きてく上で健康が第一なんだよ!」
お母さんにぴしゃりと窘められ、小さくなる私。隣でユウリが小さく呟いた。
「親が親なら子も子だな」
「? 何か言った?」
ユウリはなにか言いたげな顔をしたが、それきり無言だった。



日が高くなりはじめた頃、私たちは皆に笑顔で見送られながら、実家を後にした。
途中で村の教会に寄り、神父さんに夕べお墓を掘り起こしたことを謝ると、神父さんは怒るどころか、私が来ることを察していたようだった。
「フェリオさんからお話は伺っています。自分の弟子にどうしても渡したいものがあるからと。もしお墓を掘り起こしても、咎めないでくれとおっしゃっていましたよ」
師匠の優しさに、私は胸を打たれた。そこまで気にしてくれてたなんて。
「そうだったんですね。ありがとうございます」
私は神父さんにお礼を言うと、教会を出た。道具屋で旅支度を済ませ、村の反対側の出入り口へと向かう。
「もう出発しちゃって平気なのか?」
「うん。アリアハンに旅立つときにもうお別れの挨拶しちゃったし、それにあんまり長くいても別れるのが惜しくなるだけだもん」
平気と言えば嘘になるが、私だけ家族や村の皆にいつまでも甘えるわけにはいかない。
「ミオちん、その荷物って全部お弁当?」
シーラが気になっているのは、私が持っている大きめの荷物。
「そうだよ。随分張り切って作ってくれたみたい」
「おっきいねぇ~」
一人用と大人数用のお弁当箱が一つずつ、布製の袋に入れられている。おそらくユウリだけ特別なのだと思われる。
「お昼になったら、みんなで食べようよ」
「やった~!」
もう完全にピクニック気分だ。たまにはこういうのもいいな。
村を出たあと、途中何度か魔物に遭遇したが、カンダタ一味を撃退した私たちの敵ではなかった。
その上師匠からもらった鉄の爪の威力が想像以上に高くて、武器の重さなどほとんど気にならない。何しろ今まで出したことのない会心の一撃まで出せるようになったのだから、扱えた感動よりも驚きのほうが大きかった。
「いいな~ミオ、オレも強い武器ほしいな~」
「ナギだってロマリアで武器買ったじゃない」
「お前の方が入手方法がかっこいいじゃん」
「どういう理由なのそれ?」
「ねーねー、ユウリちゃん、お腹空いたー!! お昼にしようよー!」
「お前ら、少しは静かにできないのか? ……まあいい。ちょうど魔物の気配もないし、ここで一度食事にするぞ」
「やったー!!」
ユウリの同意を得たシーラは、満面の笑みでエマの用意したお弁当の包みを開ける。
「この小さいのがユウリで、あとの大きいのが私たちのだよね、きっと」
言いながら私はユウリに小さい方のお弁当を渡す。手にしたユウリは訝しげに私を見た。
「なんでこれが俺のなんだ?」
「え、いや、だって、朝食のときもユウリの分だけやたら多かったし……」
エマってば、会う前から勇者であるユウリを気にしていたからなあ。昨日実物を見てますます好きになっちゃったんだと思う。
「そういえばお前の妹、夕べ俺の隣で何か喋ってたな。全く覚えてないが」
「えっ、覚えてないの?」
確かに夕飯のとき、さりげなくユウリの隣に座って、飲み物を注ぎながら一方的に話しかけてた気がする。
「ひょっとしてユウリ、見た目の割にお年寄り並みの記憶力とか……?」
「そこの崖から落としていいか」
「ごめん、冗談だよ」
あまりにも興味が無さすぎるのでつい意地悪で言ったつもりだったが、ユウリの目は本気だった。
「いーから早く食べようよぅ!」
待ちきれないとばかりにシーラが、目の前の大きなお弁当箱の蓋を開ける。中には何種類ものおかずやサンドイッチがぎっしり入っていた。
「うわぁ、美味しそう~!!」
言うやいなやシーラはサンドイッチに手を伸ばし、ナギも目を輝かせながら鶏肉の唐揚げを頬張る。
すぐになくなりそうだったので私も急いで食べようとしたとき、お弁当箱の隙間に手紙のようなものが挟まっているのに気がついた。
開くと、エマの字でこう書いてあった。
ーユウリさんの分、たくさん作りすぎてしまったのでみんなで分けてください。
これって、もしかして……。
「まさか、この大きいのがユウリの分だったの!?」
どう見ても三~四人前は入っているんだけど。これ全部ユウリに食べてもらうつもりだったんだろうか?
振り向くと、皆してユウリのお弁当に手を伸ばしている。
まあ結局みんなで食べてるからいっか。夢中になると周りが見えなくなるところは変わってないな。
「なに思い出し笑いしてんだ。気持ち悪い奴だな」
「ほら、これ見て。やっぱりユウリのことが好きなんだよ。この大きいのがユウリのなんだってさ」
「ふん。いいから早く食べろ。今日中にはこの山を越える予定だからな」
からかい混じりに私はいい放つ。こういうことに慣れてないのか、照れ隠ししているのが私にもはっきりわかる。こういう彼を見るのは新鮮でちょっと楽しい。
「ところでさ、ノアニールまであとどのくらいなんだ?」
地図を眺めているナギに尋ねられ、私は大体の場所を指差した。
「そうだね、この地図で見ると確かノアニールがここだから……」
「山道が多いことを考えると大体5日ってところだな」
ユウリが瞬時に答えを出してくれた。とりあえず食糧は多めに買い足してあるので困ることはないはず、だった。

今思えば、10年間ノアニールに異変が起きていることがどれだけ深刻なのかをもっと真剣に考えるべきだったのだ。
ただの調査で終わるつもりが、こんな大事になるだなんて、このときは誰も想像すらしていなかったのだから……。

 

 

エルフの里

「なんなんだ、この村は……?」
カザーブを出たあと、私たちは予定通りの日数で旅路を経て、無事ノアニールにたどり着いた。
だが、村を見回してまず目に入ったのは、村人が全員眠ったままの状態であちこちに立っていたり、横たわっていたりしている姿だった。しかもただ寝ているだけではない。立ったままイビキをかいている人もいれば、食事の最中に鼻ちょうちんを出してる人だっている。
とにかく起きている人は誰一人おらず、それはあまりにも不自然な光景だった。
「とりあえず、手分けして村の中を回ってみようぜ」
真相を探るため、ナギの提案に賛成した私たちは、休む間もなく皆で村中を歩き回ることにした。
それから約数十分後、村から少し離れた家の近くで、ただ一人眠っていない老人と出会った。
その老人は私たちに気づくと、仰天したような表情をしたあと、ものすごい早さでこちらにやってきたではないか。
「おお、まさか、起きている人間に会えるとは思っても見なかった。なんという奇跡なんじゃ……」
そう言うと老人は、ユウリの目の前で泣き崩れた。栄養失調なのかガリガリに痩せ細っており、顔も痩せこけ今にも倒れそうだ。
ユウリはその場にしゃがむと、なおも震える老人の体を支えながら尋ねた。
「一体この村に何があった? 詳しい話を聞かせてもらえるか」
老人は顔をあげると、ユウリの顔をまじまじと見た。
「あなたは……。初めてお会いするが、なぜか懐かしい感じがする……」
「? なんの話だ?」
ユウリが訝しげな顔をすると、老人ははっと我に返った様子で頭を振った。
「いや……気のせいじゃな。すまない、旅の人。わしはマディン。この村に住んでおる」
マディンさんの話によると、村がこうなっているのはエルフの女王を怒らせてしまったからだと言う。
「今から約十二年前、わしの息子はエルフの女王の娘さんと恋に落ちてしまったんじゃ」
世界には様々な種族がいる。とりわけ仲が悪いのが、私たち人間と、エルフの二種族なんだそうだ。
無知で傲慢な人間と、寿命が長くプライドの高いエルフが恋に落ちるなど、前代未聞。
エルフの女王は人間が自分の娘を誑かしたと思いこんだ。そして自分の娘にも、それは本当の恋ではない、あなたは騙されていると説得し続けていたらしい。
けれど、女王の娘……アンさんは、母や周りのエルフたちの反対を押し切って、マディンさんの息子と駆け落ちをしてしまったのだ。
しかもそれだけならまだしも、アンさんはエルフ族の宝である、『夢見るルビー』という宝石も持ち出してしまったらしい。
それを知ったエルフの女王は、悪いのはすべて人間だといい、ここノアニールに呪いをかけてしまった。
それから何年たっても息子とエルフの娘は戻らず、村人も未だ目覚めることはないと言う。
「息子たちを待っているが、あれから十年以上の年月が経った今でも一度も戻ってきていない。会えずとも、せめて今どこで何をしているかが知りたいのじゃ……」
「近くにエルフの里があるんだろう。なぜ直接女王に会って話をしない」
ユウリがもっともな意見を言うが、老人は眉間に皺を寄せながら首を横に振り、
「会いに行こうとした。だが、呪いはわしにもかけられていてな。何度この村から出ようとしても出られないのじゃ。これでは息子たちを探すことすらできない……」
そういうと、手を両手で覆い、嗚咽を漏らした。
村から出ることも出来ないなんて……。なんでここまでひどいことをするんだろう。
「そんなに自己中心的な奴らなのか、エルフ族は。なら、勇者である俺が直談判してやろう」
「なんと、あなた様は勇者なのか?! ということは、オルテガ様のご子息では?!」
マディンさんのその言葉に、ユウリは目を丸くした。
「親父のことを知っているのか?!」
「うむ。確かあれは村が呪いにかけられる前日のことじゃ。わしは直接お会いしたわけではなかったが、宿屋から出ていくのを見たんじゃ」
「ということは、その日にこの村を出たってことか……。なんの用事があってこの村に来たんだ?」
「さあ……。宿屋にいた人なら知ってるかもしれんが、生憎わしは偶然見かけただけなんでな。オルテガ様の真意はわしにはわからぬ」
「……まあいい。そんなことより今はエルフの女王のところに行くのが先決だ。おいジジイ、その女王がいる場所を教えろ」
「女王がいるエルフの里は、ここから西に半日ほど歩いた先にある。……じゃが、本当に助けてくれるのか?」
「ふん。最初はあまり気乗りしなかったけどな。お前の話を聞いたら気が変わった」
そういうとユウリは、すっくと立ち上がり、マディンさんに手をさしのべた。
「俺がこの馬鹿げた呪いを終わらせてやる」
勇者のその言葉を聞いて、マディンさんの瞳に光が宿る。
「おお……! ありがとう……! あなたこそ、真の勇者じゃ!!」
マディンさんはユウリの手を両手でしっかりと握りしめると、ゆっくりと立ち上がり、何度も何度もお礼を言った。
その光景をしばらく眺めていると、いつの間にかユウリがこちらを見ているではないか。
「何をボーッとしてる。早くエルフの里に向かうぞ」
「あ、ごめん。今行くよ」
私はあわてて皆のあとを追う。
ユウリの言うとおり、ボーッと見てしまっていたのは自覚していた。なぜなら、さっきの二人のやりとりが、まさに私が憧れていた勇者の姿に見えてしまったからだ。
普段の彼からは想像もつかないが、彼は人々を救う勇者なのだと言うことを、改めて認識させられた。



「あなた方人間にお話しすることは何もありません。どうかお引き取り下さい」
にべもなくそう言い放たれ、私たちは目の前にいる人……ではなくエルフの女王様の言葉通り、その場から離れるしかなかった。
そもそもなぜ私たちがエルフの女王様とこんなやり取りをしているのか、順を追って説明しなければならない。
里の行き方を老人に教えてもらい、あっさりとたどり着いた私たちは、美しいエルフの女性に煙たがられても全く動じないユウリを先頭に、どんどん奥へと入っていった。里の奥にはエルフの女王様が一段高いところに座っており、左右には人間のお城で言う見張りの兵士のような立ち位置のエルフたちがこちらを見て睨んでいる。こちらが近づくにつれ、女王様の端麗かつ無機質な顔立ちが、次第に険しい表情に変わっていく。
「あなた方は人間ですね。勝手に我ら神聖なるエルフの地を踏み歩く粗野で乱暴な種族が、私に何の用ですか?」
右側にいるエルフの一人がいきなり棘のある質問を突きつける。だがそんな質問にも臆することなく、我らがユウリはロマリア王に謁見したときの立ち居振舞いで優雅に返した。
「突然このような形で拝謁することをお許しください。私は勇者オルテガの息子のユウリと申します。私たちはノアニールからやって参りました」
「そのような名の村など知りません。どうかお帰り下さいませ」
言葉を途中で遮られ、ユウリの眉根がぴくりと上がる。
「しかし、現にノアニールにいる老人から話を聞きました。あの村に呪いをかけたのはエルフの里の女王様であると」
「まあ! その言い方では女王様が一方的に悪いように聞こえますわ」
左側のエルフが嫌みったらしい様子で口を挟む。
「けして女王様のことを責めているわけではありません。ただ、なぜあの老人と話し合うこともせず村に呪いをかけてしまったのか、女王様のお心が知りたくてこうしてお目にかかったのです」
なおもユウリは女王様との話し合いを求める。だが、当の女王様はこちらを見ようともしない。
「人間というものはなんと愚かで浅ましいのでしょう。そもそもアン王女様は人間の男などに恋をするような方ではありません。この里の宝である『夢見るルビー』を持ち出してしまったのも、人間の男に唆されたからに決まっておりますわ」
右側のエルフが汚らわしいものでも見るかのようにこちらを睨む。
「そうよ! 実の娘にエルフの宝を持ち出された女王様の心労があなた方にわかって!?」
左側のエルフは今にもこちらに掴みかかりそうな勢いである。それを右側のエルフが静かに制した。
「女王様は今気分が優れないそうです。これ以上あなた方が側にいればお体を悪くする危険性もございます。どうかお引き取りを」
そう言うと、彼女は手にしている護衛用の槍をゆっくりとこちらに傾けた。
見目麗しい三人のエルフに門前払いされ、なす術もない私たち。
一見すると冷静な表情をしているが、ずっと一緒に旅をしてきた私たちにはわかる。ユウリが今までにないくらい腹を立てているのだと言うことを。けれどプライドの高い彼は、ここで暴言を吐いたり暴れるようなことはしないだろう。ただ静かな口調からは、明らかに怒気を含んでいるように感じる。
「ならば最後に一つだけ。娘さんが行方不明になったあと、ご自分で探されたりはしなかったのですか?」
そういうと、攻撃的な目を女王様に向ける。
すると、今までこちらを全く見ようとしなかった女王様の目がかすかに光った。
「あなた方に……。何がわかると言うのでしょうか」
その声は絶望に満ちていた。そして、冒頭へと戻る。
「あなた方人間にお話しすることは何もありません。どうかお引き取り下さい」
ユウリもこれ以上は何も言えなかった。仕方なく私たちはエルフの里を後にし、老人の待つノアニールの村へと戻った。



「しっかしどういうつもりなんだろうな、エルフの女王様は」
ノアニールに戻ったあと、マディンさんの家にお邪魔させてもらうことにした私たちは、彼のご厚意により、ここで一泊することになった。
夕食は、村の途中の森にいた獣や魔物の肉を倒して剥ぎ取り、マディンさんと皆で食べた。
何しろマディンさんの家には必要最低限の食糧しかないのだ。急に四人も泊めさせてもらう上、食事までごちそうになるわけにはいかない。なので自分達で食べる分は自分達で調達するしかなかった。
その後リビングで明日の予定を話し合い、一息ついたところでナギは眉をひそめて言った。
ちなみにマディンさんは日が沈むと同時に休んでしまった。十年以上も一人で自給自足の生活しているため、このサイクルは崩したくないらしい。
「う~ん、女王様の気持ちもわからなくはないけど、だからって十二年も呪いをかけ続けてるなんて、ひどいと思う」
「エルフって、寿命が長い分、時間の感じ方も違うって本に書いてあったよ☆」
「へえ、そうなんだ……って、なんでシーラお酒持ってんの?!」
「えへへ、おじーちゃん、お酒飲まないからってあたしにくれたのー!」
いやいや、あげると言われたからってそんな簡単にもらっちゃっていいの? ユウリはユウリで村に戻るなり一人でどっかに行っちゃうし。
なんて考えてたら、噂をすればなんとやら。息切れしながらユウリが戻ってきたではないか。
「ユウリ、どこ行ってたの?」
「村の周辺を探っていた。何か手がかりがないかと思ってな」
「手がかりって?」
「本っ当にバカだなお前は。駆け落ちした二人の足取りに決まってるだろうが」
「えーっ! ユウリ一人で探してたの!? 言ってくれれば私も手伝ったのに」
「普通の人間なら言わずとも察するだろ。俺に従い黙って手伝うのが当然だろうが」
そういうものかなあ? うーん、こういうところはやっぱりいつものユウリだ。
「で、結局手がかりはあったのか?」
ナギの問いに、ユウリは首を横に振る。
「手がかりはないが、この近くに人が入れそうな洞窟があった。何もないよりはましだからな。明日その洞窟に行くぞ」
洞窟かあ。そんなところに二人がいるとは思えないけど、でも何もしないよりはいいよね。
「うん、わかった。明日そこに行ってみよう」
「まー、勇者様がそう言うんなら仕方ねーな。オレもエルフたちにあんな言い方されて黙ってらんねーし、協力するぜ」
「あたしもおじいちゃんにお酒のお礼しなきゃなんないし、頑張るー!」
やっぱり皆思うことは同じようだ。私も女王様や他のエルフの考えには腹に据えかねていた。

みんなそれぞれ決意をしたところで、今日のところはこれでお開きになり、マディンさんの家の二階で休ませてもらうことにした。
さすがに一部屋に四人は狭かったが、長旅でずっと野宿だった私たちにとっては、屋根のある場所で寝られるだけでも贅沢だ。
ただひとつ不満があるとしたら、ナギの寝相の悪さだ。野宿のときも一人だけとんでもないところに寝転がってることがしょっちゅうあったが、それは室内でも例外ではない。今回も寝てる間壁に激突したり、足で私の顔を蹴られたりされて、何度も起こされた。
特に被害を被ったのはユウリで、朝起きたら髪はボサボサで、額には青アザまでついている。まあ、すぐに回復呪文で治ったみたいだけど、あのあと何度もナギにベギラマを放っていたのは私も少し同感だ。
ともあれ、一晩休んで体力も回復した私たちは(一人だけダメージを食らってはいるが)、食事もそこそこに洞窟へと向かうことにした。
 

 

夢みるルビー

マディンさんの息子とエルフの女王の娘を探す手がかりを見つけるため、ノアニールの近くの洞窟に向かった私たち。
洞窟の中はひんやりとしていて、不思議と力がみなぎるのを感じた。魔物も現れたが、どういうわけかこの洞窟にいるときの方が戦いやすい。
自分の体の変化を皆に伝えたら、やっぱり同じように思っていたようだ。
「もともとここが聖なる場所だからなのか、エルフの里に近いからなのかわからないが、確かに不思議な力を感じるな」
「見て! ここの湧き水すっごいキレイだよ!」
シーラが指差す通り、岩壁の隙間から流れる湧き水は透き通っているどころか、ぼんやり青く光っているようにさえ見える。ためしに両手で掬って飲んでみると、今までの疲労感が一気に消え去って行くのを感じた。
「すごい! このお水飲んだら疲れが取れたよ!」
私の言葉に、皆が興味津々で湧き水を飲もうと集まってきた。水を口に含むと、皆私と同じような感想を漏らした。
「もしかしたら源泉を辿って行けば何か手がかりが見つかるかも知れないな」
ユウリがポツリとそういうと、まるで地図でも見て歩いてるのかと思うほど迷いなく、一本の細い通路へ進んでいってしまった。
「まっ、待ってよユウリ!」
慌てて追いかける私たち。もうすっかりこのシチュエーションが定番になってしまっている。
そんなこんなで奥へと進んでは見たが、手がかりらしきものは今のところ何も見つかってはいない。ついには行き止まりの場所まで来てしまった。行き止まりと言っても岩壁に囲まれてる訳ではなく、湖の上に立っているような感覚であり、おそらくここが源泉かと思われる。
鍾乳石から流れ落ちる水滴の音しか聞こえないこの場所に私たち以外の人間がいるはずもなく、一同に重い沈黙が続く中、突然ナギが大声で叫んだ。
「おい! こっちに何かあるぞ!」
ナギが指差した方を見ると、地面に何やら光る物体が、半分ほど顔を出しながら埋め込まれていた。
それに近づいてよく見ると、それは血のように真っ赤な宝石だった。宝石の横には手で持てるくらいの大きさの瓶も埋まっており、中には手紙が入っている。
私はなんでこんなところにあるのだろう、そう思いながらも、あまりにも美しいその宝石に目が離せないでいた。
ずっとその赤い世界を、見つめていても、飽きないほど、魅力的で……。
赤い景色が……、光って……、まるで……。
「…………!! …………ぃ!! …………だ!!」
何も……、聞こ……えな……い……。せか……が……、と……、って…………。
「ミオ!!」
がしっ!!っと後ろから肩を掴まれ、私はハッと我に返った。
今……私どうなって……?
「ミオちん! 大丈夫!? 返事がないから心配したよ~!!」
「どうしたのシーラ? 私今どうなってたの?」
「あの宝石見たとたん、いきなりミオちんが石像みたいに動かなくなっちゃったんだよ!!」
「どっ、どういうこと!?」
「本っ当にお前はトラブルメーカーだな! あのままずっとあの宝石を見てたら今頃マヒして一生動けなくなるところだったんだぞ!!」
「ゆっ、ユウリ?! どうして!?」
後ろを振り向くと、怒りと焦りに満ちた顔のユウリが私の体を支えていた。
「あれは『夢見るルビー』と言って、見た者をマヒさせる危険な宝石だ。そして……エルフの里の宝でもある」
そう言って手を離すと、その場にしゃがみこみ、地面にめり込んだルビーを力を入れて外した。
「どうしてこんなところにあるのかわからないが、これだけでもエルフの女王のところに返していかないとな」
ユウリはなるべくルビーを見ないように埃を払い、自分の懐に入れた。
「なあ、きっとこれ、二人が書いた手紙だよな」
ナギがルビーと一緒に置いてあった瓶を掘り起こすと、中にある手紙を取り出した。私たちもそこに集まり、ナギが手紙を広げるのを待つ。
手紙には、小さな文字でこう書かれてあった。
『お母様へ。先立つ不幸をお許しください。私たちエルフと人間、この世で決して許されぬ愛ならば、せめて天国で幸せになります。ーアンより』
そんな……。まさか二人は……。
私は無意識に湖の底を覗き込む。けれど、底は闇が広がっているだけで何も見えない。その暗くはっきりしない闇は、まるで今回の出来事を反映しているかのように思えた。
手紙を読み終えたナギも、沈痛な面持ちで湖を見つめる。
「……二人はここへ身を投げたってことなんだよな。もっと早く周りが気づいてやってれば、こんなことにはならなかったんだろうに」
そういうとナギは、湖に向かって拝礼をした。シーラもナギの隣に座り、必死に涙を拭っている。
私たちがもっと早くここに来ていたら。
理解してくれる誰かが周りにいてくれてたら。
エルフの女王が娘のことを受け入れてくれてたら。
いろんな後悔がどんどん生まれて、それをどれだけ思い付いても、現実を思い返すたび泡のように儚く消えていく。過去はどうやっても戻ることはできない。わかっているのに悔しい気持ちが溢れだす。
ふと肩にぽん、と手を置かれ振り向くと、ユウリが湖の方を見ながら何かを決意したように言った。
「とりあえず、俺たちが今できることをやるぞ」
そうだ。ユウリの言うとおり、私たちにしか出来ないことがあったんだ。
このルビーを女王様に返せば、何か変わるかもしれない。私たちはユウリの呪文で洞窟の外へと戻り、再びエルフの里へと向かった。



「そうですか……。ではアンはあの男を本当に愛していたのですね……」
ユウリからルビーと手紙を受け取った女王様は声を震わせ、自身を納得させるようにそう呟いた。陶器のような肌の彼女の顔は、以前会った時よりも蒼白の色が滲み出ている。
「私が二人を許さなかったばかりに、アンには辛い思いをさせてしまった……。私は、私はなんて愚かだったのでしょう……」
真紅の瞳から零れる無数の涙が、彼女の娘に対する愛情の深さを表している。女王様も、娘のアンさんに幸せになって欲しかったんだ。でも、どこで間違ったんだろう。掛け違えたボタンのように、お互い本当の気持ちを理解出来ないまま、悲しい結末を迎えてしまった。
「……わかりました。こうなってしまったのは私にも原因があります。この『目覚めの粉』を持って行きなさい。それでノアニールの呪いは解けるはずです。きっとアンもそれを望んでいることでしょう」
女王様は側にいるエルフに『目覚めの粉』を持ってこさせ、ユウリに渡した。ユウリは深々とお辞儀をし、申し訳なさそうに言った。
「ありがとうございます。私も女王様の心中を察することもせず、不躾な態度をとってしまい申し訳ありませんでした。では、私たちはこれで失礼させて頂きます」
くるりと踵を返し、この場から離れようと歩を進めようとしたとき、女王様に呼び止められた。
「先日、あなたは勇者オルテガの息子とおっしゃいましたね。あなたも、魔王を倒すのですか?」
「はい。父は私が幼い頃魔王を倒しに行ったまま、消息を絶ちました。未だ魔物が蔓延る世を平和へと導くため、私は父の意志を継ぐことにしたのです」
「……そうだったのですね。私は人間全てを許した訳ではありません。ですが、この世界を救ってくださるあなた方には、出来る限りの協力をします」
そういうと、今度は右手の中指に嵌めてあった小さな指輪を外した。
「アンの居場所を教えて下さったお礼も兼ねて、この『祈りの指輪』を差し上げましょう」
小さな宝石がついたその指輪は、なんとなくだがさっきの洞窟と似た神秘的な雰囲気を出しているように見える。
「ありがとうございます。必ず魔王を倒し、世界に平和をもたらすことを約束します」
指輪を受け取ったユウリは、まっすぐに女王様を見据え、力強く言った。



ノアニールに戻り、ユウリは早速『目覚めの粉』を使用した。粉を手のひらに乗せてみると、粉がひとりでに宙を舞い、やがて村全体に散らばっていった。
手のひらから粉が全てなくなると同時に、静寂に包まれた村に人の話し声が次々と聞こえてくる。人の足音、動物の鳴き声、どれも当たり前に耳にする音だ。だが、この村にとっては十数年ぶりのことなのだ。
「よかった……! これで皆普通の生活に戻れるね」
私がほっとしながら言うと、隣にいたユウリが難しい顔でため息をつく。
「そんな簡単に普通の生活に戻れるとは限らないけどな」
「え?」
「眠ってたとは言え十数年も経ってたんだ。色々困ることも出てくるだろ。例えば、あそこの家を見ろ」
ユウリに言われるがまま、西側に建っている家を見た。よく見れば、あちこち壁に穴が空いており、ちょろちょろとシロアリやネズミが行き来している。さらに屋根と壁の間には蔦や蜘蛛の巣が張っており、見る限りとても今後人が住めるような状態ではなかった。
「おそらく村人は呪いの副作用で老化までは進んでいないようだが、建物までは作用してなかったようだな」
「でもよ、案外何とかなると思うぜ? オレが住んでた塔だって、ジジイがオレくらいの頃からアジトとして使ってたらしいし」
「お前ら家族と同じに考えるな」
冷静にユウリが言い放つ。
「そういえばナギのおじいさんって、昔何やってたの?」
確かおじいさんの弟子が、ユウリが今持ってる盗賊の鍵を作った人だったんだっけ。てことはやっぱり……。
「ジジイの話だと、当時アリアハンじゃ知らない人はいないくらい有名な義賊だったらしい」
「義賊?」
「昔のアリアハンって今より魔物がいなかったからなのか知んないけど、貧富の差とか結構ひどかったみたいだぜ。そんでジジイをリーダーに盗賊団結成して、悪どい商売してるお偉いさんから金品盗み出して貧しい人たちに分けてたらしい」
「へぇ~、ナギのおじいさんってすごい人だったんだね!」
「てぇことはぁ、ナギちんもおじーちゃんみたいになりたくて盗賊になったの?」
「ちっ、ちげーよ!! ただなんとなく生活するのに便利だと思ったからだよ!!」
シーラの鋭い指摘に、ナギは顔を赤くしながら必死に反論した。なんて分かりやすい反応なんだろう。
「お前ら、無駄話してないでさっさと行くぞ」
ユウリに促され、はっと顔を見合わせる私たち。そうだった。もう一人、報告しなければならない人がいるんだった。



「そうか……。あいつはエルフの娘さんと一緒に行ってしまったのか……」
落胆するマディンさんの表情は、何か吹っ切れたようだった。
きっと、こうなることを予想していたのかもしれない。女王様の時とは違い、妙に落ち着き払っている。
「ありがとう。息子の居場所を探してくれたばかりか、村の呪いまで解いてくれるとは、夢にも思わなかった。おそらく今まで呪いがかけられていたことを知っているのは、わしの他にはいないだろう。村を代表して、重ねて礼を言うぞ」
村の呪いが解けても、マディンさんの息子さんは帰ってこない。それでも、一人残されたマディンさんは生き続けなくてはならない。
マディンさんにとって、それはとても辛いことだ。それでも彼は、笑顔で私たちを見送ってくれた。
そもそも、皆がこんな辛い思いをするくらいなら、駆け落ちなんてしない方がいいんじゃないのかな?
私にはまだ恋とかしたことないし、偉そうに言える立場じゃないけど、やっぱり自分が幸せになるなら周りにも祝福してほしい、って思う。
などとぼんやり考えながら夕日を眺めていると、視界の端で呆れ顔をこちらに向けているユウリと目があった。
「相変わらずの間抜け面だな、間抜け女」
もう何度目のやり取りだろう。もうすっかりユウリの毒舌が一種の挨拶として定着してしまっている。私は半ば諦めたようにため息をついた。
「そんなに私の顔って間抜けかなぁ?」
「そんなことを聞いてる時点ですでに間抜けだろ、間抜け女」
そうすげなく言い返され、小さく肩を落とす。もうちょっと言い方をなんとかしようとは思わないんだろうか。
と、ふとあることを思い出す。
「間抜け女じゃなくて、ミオだってば。……洞窟にいたときはちゃんと名前で呼んでくれたじゃない」
私は唇を尖らせながらユウリを見た。実は私が洞窟でルビーを眺めてたとき、ユウリが私の名前を呼びながら止めてくれたのを知っている。
すると、いつもの強気な姿勢はどこへいったのか、急に沈黙してしまった。
「もしかして、今気づいたの?」
「……」
無言。てことは、無意識だったのかな?
それはさておき、彼の様子を見るに、今まさにユウリに一矢報いるチャンスかもしれない。これを機に私やシーラたちにもちゃんと名前で呼んでもらおう。
「じゃあさ、試しにもう一回名前呼んでよ! 私、またユウリに名前呼ばれてみたいな」
「なっ、ばっ……、バカか! 用事もないのに呼べるか!」
いつになく動揺の色を隠せないユウリ。気分を悪くしたのか、そのままそっぽを向いてしまった。
なんだか見てはいけないものを見たような気分になり、これ以上からかうのはよそうと口を噤んだ。
そこへ、ナギとシーラが走りながらこちらへ戻ってきた。シーラの手にはこの前おじいさんと約束したお酒がぶら下がっている。
「ったく、ホントにお前は酒のことになると人一倍しっかりしてるよな」
「えへっ、だって約束してたもん♪ ちゃんと守らないとね♪」
「二人ともあのおじいさんのところにずっといたの?」
「いや、そのあとちょっと村の様子をぐるっと見て回ってた。その間シーラは酒もらいにずっとじいさんの家にいたみたいだけどな。そんで、村の人と話してるとき、ちょっと気になる情報を掴んだんだ」
「気になる情報?」
そう言うとナギは、ユウリの顔をちらっと見て、意味ありげに含み笑いをした。
「ああ。多分勇者サマも知らない情報だと思うぜ。何しろ十数年前の話だからな」
「……いいからさっさと教えろ」
ユウリの言葉に、ナギは小さく首を振る。
「タダじゃあ教えられねーなー。そうだな、1000ゴールドくれたら話してやるよ」
「ベギラマ」
「おーっと! そんな何回も食らってたまるか!」
ひらりとその場から飛び退くナギ。だが、着地点に向かってユウリが再び手をかざした。
「メラ」
「うわわわわ!?」
ナギの足が着く前に小さな火柱が現れ、炎が彼を包み込んだ。割とショッキングな出来事なのだが、いつも通り魔力を制御しているためか、大事には至らない。
「で、情報ってのは一体何だ?」
事も無げに再びナギに質問をするユウリ。だがナギはしばらく喋ることが出来ない。代わりにシーラが一緒に聞いてたらしく教えてくれた。
「んーとね、ユウリちゃんのお父さんが『魔法の鍵』ってのを手にいれるために、アッサラームに行っちゃったんだって」
「親父が!?」
と言うことは、十数年前にユウリのお父さん……オルテガさんがここに来て、ここからアッサラームに向かったってこと? そもそも『魔法の鍵』って何?
「古い文献によると『魔法の鍵』は、『盗賊の鍵』よりも複雑で魔法のかかった扉なんかも開けられるようになる鍵だ」
私の心を読んだのか、それとも顔に書いてあったのだろうか。ユウリが的確に私の疑問を解決してくれた。
「でも、なんでオルテガさんはその鍵を手にいれようとしたんだろう? 結局鍵は手にいれたのかな?」
「さあな。とりあえず、アッサラームまで行ってみないとわからない。ここから徒歩で行くには遠すぎるし、ひとまずルーラでロマリアまで戻るぞ」
「あ! ロマリア行くなら宿入ろうよ! あたしシャワー浴びたい!」
シーラの提案に満場一致で賛成した私たちは、再びロマリアに戻ることにした。
宿のおかみさんにノアニールのことを報告すると、おかみさんはほっと胸を撫で下ろし、私たちを快く泊めてくれた。
その夜、シャワーを浴び終えたシーラがまた格闘場に行こうとしたのを私が必死に止めたのは余談である。
 

 

商人の町

「うわぁ、すごいにぎやかだね!!」
 ほとんどカザーブから出たことがなかった私にとって、アッサラームの町はあまりにも刺激的だった。
 ロマリアから南東へ移動すること半月。途中小さな町々に立ち寄りながら、長い道程を経て、ここアッサラームへとやってきた。
 目的は、ノアニールで聞いた、『魔法の鍵』の情報である。
 十数年前、ユウリのお父さん、つまりオルテガさんは、魔王を倒す旅の途中、『魔法の鍵』を求めてアッサラームへと向かったらしい。実際に『魔法の鍵』を手に入れたかはわからないが、ユウリによると、私たちが今持っている盗賊の鍵よりも複雑な鍵の作りの扉も開けられるらしい。その鍵が有れば、魔王を倒すための手がかりが得られるかもしれない。
 すでにオルテガさんが魔法の鍵を手に入れてしまっている可能性もあるが、それならそれで彼の足跡をたどれるので、魔王の城に近づくチャンスでもあるのだ。
 だが、着いてすぐに、真夏かと思うようなけだるい暑さが私たちを襲う。南に進むにつれ、だんだん暖かくは感じていたのだが、アッサラーム地方に入った途端、まるでそこから境界線でも張っているのかと思うほど、気候ががらりと変わっていたのだ。
 もう秋も深まると言うのに、アッサラームに着いた頃には皆汗だくになっていた。
まず、道行く人々の格好が全く違う。どちらかと言えば寒いロマリア地方とは違い、ここアッサラーム周辺は砂漠が近いせいか夕方になってもかなり暖かい。男性はシャツ一枚か上半身裸、女性でも露出の高めな薄着一枚で町中を歩いているのだが、普段スカートすら履かない自分にとっては理解しがたい文化である。
他の町では浮きまくってたシーラのバニーガール姿が、ここでは全く違和感がない。むしろ私たちの格好の方が間違ってるんじゃないかと言う気さえおこる。
「アッサラームは世界でも有数の歓楽街だからな」
 ユウリが周囲の建物に全く興味がない様子で呟いた。
「でも、暑いね。早く宿屋に行ってお風呂に入りたいよ」
私は情けない声を出しながらひとりごちた。もうお昼もとっくに過ぎたと言うのに、この炎天下は異常だ。魔王の影響なのか、あるいはこの地域が特殊だからなのかわからないが、とにかく一刻も早く宿に行って疲れと共に汗を流したい。
そう思っていると、私の独り言が聞こえたのか、通りすがりのおじさんが声を掛けた。
「あいにくこの町にはお風呂がないんだ。シャワーくらいなら大衆浴場にあるけどね」
「そうなんですか? わざわざ教えてくれてありがとうございます」
私が軽くお礼を言うと、おじさんはこちらを見ながらにやっと笑って去っていった。
「大衆浴場かあ。それなら今夜はそこに行くしかないね」
私がポツリと呟くと、ユウリが眉間にシワを寄せて答える。
「いや、今夜は我慢した方がいい」
「え、なんで?」
「いいからやめとけ。二、三日入らなくても死にはしないだろ」
ユウリの気迫に負け、私は不承不承にうなずく。なぜそんな頑なに拒むんだろう。けどそれ以上しつこく聞いても余計なこと言われそうなのでおとなしく従うことにした。
「はあ……。じゃあ今日はこのまま寝るかあ……」
私ががっくりと肩を落としながら言うと、突然シーラが私の手を取り、こういい放った。
「じゃあ今からみんなで買い物に行こうよ!!」
「へ?!」
「おいザルウサギ!! なんでお前が仕切るんだ」
「だってあたし、前ここに住んでたんだもん。オススメのお店くらい紹介してあげないとねっ♪」
『なんだって?!』
私とナギの声が同時にこだました。ユウリも口には出さないが驚いた顔をしている。
「シーラ、アッサラームに住んでたの?」
「うん♪ ユウリちゃんたちに会うまではここにいたんだ~。それより早く行こっ!」
「買い物ってシーラ、何か欲しいものあるの?」
「ううん。でも、アッサラームのお店は他の町よりもいーっぱいいろんなのが売ってるよ♪」
 その言葉に、私はうーんと唸った。外は暑いが、この町にはいったいどういうものが売られているのかの好奇心の方が勝った。
「見るだけでもいいんじゃね? 掘り出し物とかあるかもしれねーし行ってみようぜ」
ナギの一声に、私はさらに興味を抱き始めた。掘り出し物という言葉に反応してしまう、この庶民根性が我ながら情けない。
 その横で、いら立ちを隠せないユウリが口をはさんだ。
「今はそんなことより魔法の鍵を……」
「値切れば結構安くしてくれるよ~?」
行く気のないユウリだったが、シーラの一言で表情がぴたりと止まる。
「……見るだけならいいだろう」
ユウリの分かりやすい程の変わり身の早さに心の中で苦笑しつつも、私達は宿に足を運ぶ前に、シーラの言うお店に向かうことにした。



町のメインストリートから少し離れたところにある路地裏。雰囲気は怪しいが、どうやらこのあたりに店があるらしい。久々に訪れたからか、それともこの辺りの家々が密集しているせいか、シーラは回りをキョロキョロみまわしながらお店を探している。
やがて、行き止まりにさしかかると、人一人入れるくらいのちいさな扉が見えてきた。シーラによると、ここが目的地のようだ。
ギイ、と木製の扉を開けると同時に、錆び付いた蝶番の擦れ会う音が鳴り響く。
まず目に飛び込んだのは、薄暗い店内だった。閉めきったカーテンはお客を呼ぶ気があるのか疑問だが、見渡すとたくさんのアイテムが棚やら壁やらにところ狭しと並んでいる。正面にあるカウンターには誰もいなかった。
「やっほー、ドリス。お買い物しに来たよ♪」
シーラの声に反応したのか、店の奥から何やら物音が聞こえてきた。しばらくして、店の主が姿を現す。
「いらっしゃい。おや、珍しい。シーラじゃないか。久しぶりだね」
シーラと顔見知りであるその人は、白髪混じりでモノクルをかけた老婆だった。年の割には背筋がしゃんとしており、私たちを見た途端、見定めるように一瞥した。
そして最後にシーラを見た途端、僅かに顔を綻ばせた。
「今日はみんなでお買い物に来たんだけど、なんかオススメのものある?」
「うちは薦められないようなもんは売らないよ。そういや、アルヴィスは一緒じゃないのかい?」
「あー、今あたし、ユウリちゃんたちと一緒に旅してるんだ。知ってる? この人が勇者のユウリちゃん」
訝しげに勇者を見るドリスさん。ユウリも鬱陶しげに睨み返すが、やがて彼女の視線が外れシーラに向き直る。
「とりあえず、あんたを騙してるわけじゃなさそうだね。ちょっと待ってな」
「おいばあさん、この俺をその辺のごろつきか何かと勘違いしてるようだが、何を隠そうアリアハンの……」
ユウリの反論に背を向けたおばあさんは、店の奥からいろんな品物を引っ張り出してきた。
「あんたが本当に勇者だってんなら、こんなのはどうだい?」
そう言って広げてくれたのは、今までどのお店でも見たことがない武器や防具だった。私に審美眼は備わってないが、ぱっと見ただけでそれなりの価値があるということはわかる。
「どうだい? 今ならお得意さんのこの子に免じて、二割引きで売ってあげるよ」
ぴくりとユウリの眉根が上がる。彼は手にしていた鎖状の武器をドリスさんの目の前に見せると、
「二割引きだと? おい、この柄のところを見てみろ。細かな傷がついてるぞ」
そういちゃもんをつけてきた。
言われてドリスさんはモノクルをかけ直し、じっと見る。
「何言ってんだい! こりゃ傷じゃなくて職人がわざとそういう装飾にしてるんだよ! ちょうどここのクロス部分にあしらうことでデザインに幅を持たせてんだ。そんなこともわからないのかい?」
「そんなことはわかっている。俺が言いたいのはここの装飾に不規則な傷があると言ってるんだ」
「よく見な。そこは光の加減でそう見えるだけさ。この角度で見てごらん」
「お前の目は節穴か。どうみてもこの部分は違うだろうが」
「あんたこそどこに目がついてんだい。これはこういう技法で……」
などと舌戦を繰り広げること数十分。結局最初に提示された値より少し負けてはくれたが、ユウリが望む金額には程遠かった。
あのユウリを値切らせないなんて、すごい人だ。現にあれほど交渉を続けていても平然としているドリスさんに比べて、ユウリの方は疲労の顔が出ている。
「はい、じゃあチェーンクロスと、鉄のオノだね。……誰が持つんだい?」
ユウリは無言で、ナギにチェーンクロスを、シーラに鉄のオノを渡した。
「え……買ってくれんのか?」
「そんなわけないだろ。自分で払え」
「はあああ??!!」
まあ、そうだよね。でも二人のために選んだり、値切ろうとしただけでも進歩したと思う。
「そこの武道家っぽい子には選んであげないのかい?」
急に話を振られ、戸惑う私。私には師匠からもらった鉄のツメがあるし、今さら買うものなんてないのだけれど。
「武器はいらん。それよりこいつに合う防具はあるか?」
意外にも、ユウリは私の防具まで選んでくれようとしていた。
「防具ねえ……。武道家が装備できるってなると、なかなか在庫がなくてねえ……。あ、これなんかどうだい?」
そういってドリスさんは、別の場所から木の箱を取り出した。この品物だけ扱いが特別ってことは、そこそこ立派なものなのだろうか? 期待に胸を膨らませながら箱の蓋が開かれるのを待つ。するとーー。
「他ではまずお目にかからない一品さ。その名も、『魔法のビキニ』!」
魔法のビ……え!?
防具とは思えない名前とその姿かたちに、私の目は点になる。
「見た目に反して防御力は他の防具より段違いに高くてね。なにより重量を気にすることがないから、あんたみたいな武道家にとっちゃ、うってつけの防具だよ」
「え、あ……はあ……」
いやでも、さすがにこれを着て魔物を退治するなんて、無理すぎる。勇者より勇気がいる。
一瞬、水着姿で町中を練り歩く自分を想像して、やっぱないなと思った。
「おい、マヌケ女、まさか本当に着る気じゃないだろうな!?」
ユウリの殺伐とした表情に、私はあわてて否定する。
「まさか!着 るわけないじゃん!! ごめんなさい、ドリスさん。せっかく出しといてもらったんですけど、やっぱり無理です!」
「ふん。まあ、これを好んで着れる子なんて、この子みたいな遊び人くらいだろうね」
そういってちらりとシーラを見る。いや、わかってるなら薦めないで欲しいです。
「えー? ミオちんなら絶対似合うと思ったのにー」
残念そうに口を尖らせるシーラ。バニーガールが町中にいるだけでも結構目立つのに、さらに水着姿の女までいたらもはや魔王退治のパーティーではない。
結局他のものも見せてもらったけれど、どれもピンと来るものがなくて、なにも買わないことにした。
新しい武器を買い、カウンターの目につく場所にある薬草や毒消し草などを必要分買い揃えたあと、ユウリはドリスさんに尋ねた。
「おい、ばあさん。『魔法の鍵』を知ってるか?」
その単語を聞いたとたん、ドリスさんの表情が変わった。
「確か何年も前に、同じようなことを聞いてきた男がいたね。確か名前は……」
「『オルテガ』だろ?」
「ああ、そうだった。……てことはあんた、その男の……」
「息子だ。俺はあいつの後を追うつもりはないが、魔王を倒すためにその鍵が必要なんだ」
「……そうかい。じゃあその英雄の息子が旅に出たってのは本当だったんだね。……あの子の言うとおりだ」
あの子? 一体誰のことだろう。この場にいるシーラのことなら、わざわざ『あの子』なんて言わないだろうし。
「残念ながら、あたしは鍵の場所までは知らない。けれど、その鍵の場所を知っている人物を教えることはできる」
『えっ!!??』
「オルテガにも同じ事を教えた。けれど、そのあと本当に手に入れたかどうかはわからない。もしかしたら、無駄足になるかもしれないけれど、いいかい?」
「そんなことをいちいち気にしてたら先に進めんだろ。いいからとっとと教えろ」
「はあ。ずいぶんせっかちな子だね。親譲りの性格なのは認めるよ」
ユウリの物言いにドリスさんは嘆息する。
すると突然、バタンと勢いよく店の入り口のドアが開かれた。
「師匠! ただいま買付から戻ってきました!! ……!?」
一斉に入り口の方を見ると、思いもよらない人物がそこにいた。
「る……ルカ!!??」
「姉ちゃん!!」
なんとそこにいたのは、私の5つ下の弟、ルカだった。あまりにも突然の邂逅に、私は腰が抜けそうになった。
「こら、ルカ!! お客様がいるかもしれないんだからドア開けるときは常に気をつけなって言ってるだろ!?」
「あっ、はい!! すみませんでした!!」
 ドリスさんに叱られ、委縮しただひたすら謝るわが弟。再会の感動より、なぜここにいるかという疑念の方が大きかった。
「なあ、ミオ。知り合いなのか?」
「知り合いもなにも、私の弟なんだよ」
ナギの問いに少し冷静になった私は、先ほどドリスさんが言っていた『あの子』というのが、ルカだということに気づく。何しろその英雄の息子に会いに行くとルカや家族の前で宣言したのは、他ならぬ私なのだから。その情報をドリスさんが知っていても不思議ではない。
確かお父さんの知り合いのところで修行してるって聞いてたけど、まさかドリスさんがその人だったとは。しかも彼女、かなり商売上手だ。そんな人に弟子入りしてるなんて、やるじゃないルカ。
と言うことは、私がルカの姉であることは、ドリスさんも薄々気づいていたのではないだろうか。同じ黒髪だし、目元や鼻筋はよく似ていると言われていた。さすがに背丈は私の胸ぐらいだが、それでも家を出るときに見たルカとはまるで別人のようにたくましくなっていた。
「……これだけ買い物をしてくれたんだ。サービスで、その『魔法の鍵』の場所を知ってる奴のところへ案内してあげるよ」
「!! 本当か!?」
ユウリの瞳が光り輝く。ドリスさんは、にやりと笑いながら、
「ああ。ただあたしはもう年だし、店の方で忙しいから、案内はこの子にやってもらうよ」
そう言って、ルカの方を指差した。
「え……? おれですか!?」
明らかに動揺するルカ。店に戻るなり、いきなり勇者を案内することになるとは思わなかったのだろう。しかもその中に、実の姉が混じっているのだ。
「これも修行の一つさ。砂漠のど真ん中に住む変わり者のじいさん、お前も知ってるだろ?」
「ああ、ヴェスパーさんですね。……わかりました! 今すぐ準備してきます!」
「ついでに、あいつにこの間仕入れたもの見せてやりな。あいつは珍しいものが大好きだからね」
「はい!!」
ドリスさんに指示を受け忙しなく動くルカを見て、私は内心感動していた。家にいたときとはまるで違う。好奇心の塊で、いつもお母さんを困らせていたあのルカが、こんなにしっかり者になるなんて。
「おいガキ。町の外に行くってことは、魔物を倒せるくらいの力はあるんだろうな?」
「あっ、えっと……、いつもは他の冒険者さんたちと同行するんですが、一応姉や行商人の父に、ある程度の体術は教えられてきました!!」
確かにルカにも体術を教えようとはしたけれど、自分には向いてないのかすぐ途中で逃げ出してた気がしたんだけれど……。
ためしに目で『本当に大丈夫?』と訊いてみる。案の定彼は、目を泳がせながら首を横に振った。いや、全然大丈夫じゃないじゃん。
「どちらにせよ、 今日はもう遅いから明日出発するんだね」
ドリスさんの言うとおり、今町の外に出るには遅すぎる時間だった。宿もとってないし、明日の準備も必要だ。ユウリも同意し、ひとまず店を出て休息をとることにした。



ドリスさんの店を出て数分後、後ろからルカが追いかけてきた。
「どうしたの、ルカ?」
「いや、師匠が、せっかく姉ちゃんに会えたんだから、ちょっとは話してきていいって」
「ドリスさんが?」
仕事中のルカをわざわざ私のところに行かせるなんて、ドリスさんて優しいな。
ここは彼女の好意に甘えさせてもらおう。先頭を歩くユウリを呼び止めると、後ろにいるルカに気がついたのか、皆立ち止まってくれた。
「あの、遅くなっちゃったけど、紹介するね。私の弟のルカ。私より5つ下の11歳で、さっき見た通り、商人になるためにドリスさんのところで修行してるの」
「はっ、はじめまして! ルカといいます! 姉がいつもお世話になっています!」
緊張しながらも、はっきりとした声で自己紹介をするルカ。
「姉より大分しっかりしてるじゃないか。俺はユウリ。見ての通りアリアハンの勇者だ」
「やっほ~! シーラだよ☆ よろしくねっ♪」
「オレはナギ。盗賊だ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします!」
そう言うと、ナギは白い歯を見せてルカの前に手を差し出した。ルカはぎこちなくその手を握ると、傍らにいる私の服の裾をくいくいとつまんだ。
「どうかしたの?」
皆に聞こえない程度の小声で尋ねる。
「なあ、アネキ。本当にあの人が勇者なのか?」
 そう言って、鞄の中身を確認し始めたユウリを指さした。
「うん、そうだよ。それがどうしたの?」
「そっか……。なんかイメージと違うね。もっとガタイのいい人かと思った」
「あはは。でも確かに、あの英雄オルテガさんの息子だよ。剣だけじゃなく呪文も得意なんだから」
「へえ、そうなんだ。でも、姉ちゃんがあの人たちと一緒にいるってことは、きっと間違いなく勇者なんだろうな」
そう呟くと、一人納得したように笑う。なんだか私も照れ臭くなったが、ふと実家での出来事を思い出し、ルカに尋ねた。
「そうだ、ルカ。エマが心配してたよ? 最初ロマリアに行ってたって聞いたけど、なんでアッサラームに?」
 ルカは、困ったような顔をして答えた。
「聞いてると思うけど、うち貧乏だろ? 単純にお金を稼ぎたかったからさ。父さんも昔、師匠のところでお世話になってたみたいでさ。商売としての腕はこの街でも指折りっていうから二人に頼み込んで無理やり弟子にしてもらったんだ」
「へえぇ……。なんか、ルカがそんなに根性ある子だとは思わなかった。なんかかっこいいね」
「へへっ、まーな。けどアネキ、あんまやたらに男を誉めるなよ」
「は? なんで?」
「男を誉めるときはここぞってときだけって師匠が言ってた。そしたら相手の信頼がぐっと上がるって」
師匠の受け売りか……。11歳の男の子が言う台詞じゃないんですけど。
「あっ、そんなことより、明日大丈夫なの?! 体術なんて、ろくに覚えてないでしょ?」
「いや~、勇者さんたちがいるから、大丈夫かなって思って。アネキだって、魔物の二、三匹くらい余裕で倒せるんだろ?」
「そういう問題じゃないでしょ! あと一言言っとくけどね、ユウリを怒らすと怖いんだから!」
「え、ちょっと待って、どういうこと?」
「言ってることそのままの意味だよ。嘘とかそういうの、すぐバレるから」
「ええ……、どうしよう」
私がぴしゃりと言い放つと、途端にルカの態度が小さくなる。昔から見切り発車というか、考えなしに行動したり、他人任せな所があったけど、今も変わってないみたいで私はさらに不安が募った。
「そ、それじゃアネキ、取り敢えずおれはこれからお得意先に寄ってくから、また明日師匠のところで待ってるよ。勇者さんたちによろしく!!」
慌てた様子で急に仕事モードに切り替わったルカは、要点だけ簡潔に言うと、別れの挨拶もそこそこに別の路地へと入っていった。都合が悪くなるとすぐ逃げるのも悪い癖だ。
この先、ホントに大丈夫かな?
「あれ? ミオちん、ルカっちは?」
「なんか仕事あるみたいで行っちゃった。また明日だって」
「そっかあ、残念。でもま、明日またお話すればいっか♪」
ルカの不在に気づいたシーラはそう言うと、なぜかその場でくるっと一回転する。それを横目で見ていたナギが、ぽつりと呟く。
「なんかお前と正反対の性格してるよな」
その言葉の意味が良くわからず、頭にはてなマークを浮かべる私。小さい頃はよく似た者姉弟とか言われてたんだけど、どう言うことなんだろう。
「そういう鈍くさいところが弟と似てないって言ってるんだ」
冷ややかな目で言うユウリのセリフを聞いて、私は納得した。いや、納得してる場合じゃないけど。
「あっ、ねえねえ、あれ見て!」
シーラが立ち止まって、ある場所を指差す。軒を連ねる商店街を過ぎて少し開けた広場に、大きな建物が建っていた。お城よりは小規模なその建物からは、眩しいくらいの照明と音楽が漏れ出ており、周辺の人々や場の空気を盛り上げていた。
「シーラ、あれなに?」
「あれはね、『劇場』っていうんだよ☆ 歌とか踊りとかを大勢の人が見る場所。ちょうど今始まってるみたいだねぇ」
懐かしむような目でそれを見つめながら、シーラが教えてくれた。
「シーラはあそこに行ったことがあるの?」
「行ったも何も、あたしあそこで働いてたんだよ?」
「えええっっ!?」
「そうはいってもあたしがやってたのは、踊り子さんとかじゃなくてお客さん相手の給仕係だったけどね~♪」
「逆にその格好でする給仕以外の仕事の方が思い付かんだろ」
いつのまにか隣にいたユウリが冷静にツッコミを入れた。
「そんなことより、今は明日の準備と休息が先だ。早く今夜泊まる宿を探すぞ」
劇場を見向きもせず、一人先を行く勇者。その後ろ姿を見ていたシーラが誰に言うでもなく、小さな声で呟いた。
「ふーん。ユウリちゃんなら興味あるかなーと思ったんだけどなー」
その表情は、いつもの明るいシーラのそれではなく、例えて言うなら小悪魔的な笑みを浮かべていたように見えた。





 

 

シーラとアッサラーム

『砂漠に入れない!?』
翌朝早く、ルカを迎えに再びドリスさんの店を訪れた私たちは、店の前で出迎えてくれた彼女の開口一番の一言に、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、仲間の情報があってね、夕べから砂嵐が頻発してるそうだ。こういうときはやめた方がいい」
ルカがいないのは、ドリスさんが行かないと判断したからだろう。ユウリは暫く思案し、口を開いた。
「……そうか。わかった。明日は大丈夫そうか?」
「今日の状況次第さね。まあ、この時期はそうしょっちゅう起こるわけでもないし、夕方には落ち着くだろう。とりあえずすぐ出発出来るくらいの準備はしておくんだね」
そう言うと、用件が済んだからか、さっさと店に戻ってしまった。
「……どうするか……」
急に何もやることがなくなってしまった。砂漠に行く準備は昨日大急ぎで済ませてしまったし、特に行くあてもない。
「う~ん。だったら、あたしが働いてたところに行かない?」
 脇からぴょこん、と顔を出すシーラ。
「って、昨日見た劇場?」
「そーそー。もちろん今の時間はやってないけど、ここ離れてからゆっくり挨拶もできなかったし、皆にも紹介したいんだ」
そういうことなら、と私はちらりとユウリを見る。特に不満があるわけでもないようだ。まあ、なにもしないよりはましだと判断したのだろう。
「でもよ、こんな朝早くから人なんているのか? それとも従業員はあそこでみんな寝泊まりしてるのか?」
「みんなじゃないよ。家から通ってる人もいるけど、あたしみたいに家のない子なんかは寮があって、そこで生活してるんだ」
ナギの疑問に答えるシーラ。なんかさらっととんでもない事実を聞かされた気がするんだけど、気のせいだろうか?
ともかく、手持ち無沙汰となった私たちは、シーラの言うとおり、劇場へと足を運ぶことにした。



ドリスさんの店を離れ、昨日と同じ道を行く。夜とはうって変わって、劇場周辺は静寂に満ちている。
シーラは慣れた様子で裏へと回り込み、正面入り口と比べて随分小さく作られている木製の扉へと手をかけた。
ガタガタッ。
「シーラ……。やっぱり鍵かかってない?」
「えへへ。やっぱダメみたい」
コツン、と自分で頭を小突くシーラ。うん、もう、かわいいから許しちゃおう。
 なんて言っていたら、遠くから人の気配とともに、地面を踏みしめる音が聞こえてきた。
「あら? あなたひょっとしてシーラ?」
凛とした声が響く。振り向くと、そこには桃色の髪が印象的な、若い美女が立っていた。
年は二十歳頃だろうか。目鼻立ちの整った容姿はけして近寄りがたい雰囲気ではなく、寝起きの無防備な姿も相まって親しみやすい印象を与える。けれどその深い瑠璃色の瞳は、女の私でも見つめられるとドキドキしてしまうほど魅力的であった。
「あー! 久しぶり、ビビっ!」
「やっぱりシーラ! やだー、全然変わってなーい! って、半年前に行ったんだから当たり前か」
きゃーきゃー言い合いながら、お互い抱きしめあう二人。ひとしきり再会の喜びを分かち合ったあと、戸惑う私たちにようやく気がついたのか、ビビと呼ばれた美女は、はたとこちらを見る。
「あらやだ、友達も一緒だったの?! やだー、恥ずかしい!」
「はじめまして、ミオといいます」
「どっ、どうも! オレ、ナギって言います」
「……ユウリだ」
いつもの無愛想なユウリはともかく、いつになくナギが動揺している。顔を真っ赤にしながら、一度も聞いたことのない敬語を使うナギは違和感ありまくりだった。ひょっとしてナギって、美人に弱いのかな?
「あのねー、ユウリちゃんはね、勇者なんだよ! そんでね、あたしたちね、魔王を倒しにあっちこっち旅してるんだよ♪」
「えーっ!? 何それすごくない?! シーラってば、魔王倒しちゃうの?」
「えへへ~、そうなっちゃったらスゴいよね☆」
「カッコいい~! ……あっ、私ったらまた! ごめんなさい、自己紹介がまだだったね。私はビビアン。この劇場の踊り子で、仕事仲間のシーラとはよく飲みに行ったりしてたの」
そういって、ふんわりとした笑みを私たちに見せた。みるみるナギの頬が赤くなる。
「それで、一体何しにここへ? 魔王を倒す旅の途中なんでしょ?」
「それが、今日これから砂漠に向かおうとしたんですが、砂嵐の影響で行けなくなってしまったんです」
私が答えると、ビビアンさんは憂わしげな表情をした。
「そっか、それは災難ね。じゃあ今日はここで足止めってこと?」
「そーなの。だから今日は一日暇してるの♪」
こらこらシーラ、ウキウキしながらそういうこと言わない。現に今の言葉を聞いたユウリが青筋立ててるのが見えるんだから。
「うーん、だったら、あなたたちさえよければ劇場の準備、手伝ってくれない? 今ちょうど人手不足で力仕事できる人探してたの」
「はいっ、やります!」
すっかりキャラが変わってしまったのか、ビビアンさんの提案に、手をまっすぐに上げ即答するナギ。ユウリだけでなくシーラまでもが軽蔑するような目で彼を見ている。
「ありがとう。もちろんお礼は私たちの座長に言ってはずませてもらうから。んーと、これくらいでどう?」
指で表した金額は、日雇いでもらうには十分過ぎる金額だった。
「勇者さんにお手伝いしてもらうんですもの、最低でもこのくらいは出さないとね?」
「ふっ。さすが、よくわかってるじゃないか。だがあとひとつ足らん。俺たちの昼飯代はどうする?」
これでも十分もらいすぎなのに、ユウリはまだ要求するつもりだ。
「もちろん後で渡すつもりよ、この劇場内お食事券4名様分を」
ビビアンさんはきらりと目を光らせ、どこからともなくお食事券4名様分を出してきた。それを見たユウリは満足そうな顔をして、当然のように受け取った。
「お前みたいな女は話が早くて助かる。お前らも少しは見習え」
そんな見下すような顔でこちらを見られても困る。ビビアンさんもあまり出会わない性格の人に出会ったからか、顔には出していないが若干戸惑ってるようだ。
「とりあえず私はこれから座長のところに行くから、あなたたちはしばらくここで待っててくれる?」
「いや、俺たちも行く。一時とはいえ、こいつを雇ったと言う人間を一度見てみたい」
そういって、ぐいっとシーラの首根っこを掴むユウリ。どういう理由なんだ。
「あたしも久しぶりに座長さんに会いた~い♪」
嬉しそうにバタバタするシーラ。ユウリが手を離すと、ウサギのようにビビアンさんのもとへと近づいた。
「わかったわ。それじゃ行きましょうか。私はこのあと朝の踊りの稽古があるから、あとは座長に従ってね」
にっこりと微笑むと、ビビアンさんは私たちを座長さんがいるという、別の建物へと案内してくれた。劇場よりは小ぶりな大きさだが、長屋のようなその場所は、ビビアンさんたちが寝泊まりする寮、稽古場、座長さんたちの部屋が並んでいる。
建物の奥にある一回り大きな扉の前に立つと、ビビアンさんはノックして自らの名を名乗った。扉の向こうから低い男の人の声が聞こえてきたので、彼女は素早く扉を開ける。
「失礼します。座長! シーラが帰って来ましたよ!」
「んあ? シーラ?」
座長さんは机に突っ伏したまま寝ていたのか、寝ぼけ眼をこすりながらも私たちに目を留めた。
「はりゃ、夢かと思ったら、ホントにシーラじゃないか! 戻って来たのか?!」
全体的に小さくて丸っこい体型の座長さんは、シーラを見るなり目を輝かせた。
「んーん、違うよ☆ 今は魔王を倒す旅してて、途中でここに寄っただけ♪ ほら、この子が勇者のユウリちゃん」
ユウリをこの子って……。言われた本人はものすごく嫌な顔をしてシーラを睨んでいる。
「勇者!? ホントにいるの? 都市伝説とかじゃなくて!?」
座長が目を丸くしながら勇者を凝視する。その驚き方が気に入らないのか、ユウリは目を細め、利き手である左手を座長に向けた。
「だったら目の前で証拠を見せてやろうか?」
「待って待って!! 呪文唱えようとするのはやめて!!」
本気で呪文を唱えようとしたので、私は慌ててユウリの腕に思い切りしがみついた。
冷静になってくれたのか、ユウリは即座に腕を引っ込める。
「それでですね、座長。今うち人手不足じゃないですか。今日ちょうどユウリさんたちが予定空いてるそうなんで、仕事を手伝ってもらおうかと思いまして」
「ふむ……。勇者がうちの劇団で手伝い……。めったにないチャンス……」
ビビアンさんが事の顛末を話すと、座長の様子が一変し、なにやらぶつぶつ一人言を言い始めた。そして何かを思い付いたのか、急に跳び跳ねるようにユウリに迫った。
「手伝いなんてとんでもない! 勇者さんにはぜひともうちの公演を観て頂きたい!」
「は?」
「勇者が観に来る劇団なんて大々的に触れ込めば、倍以上の客が入ってくるぞ! そうなりゃ一躍有名劇団の仲間入りだ! うははは!」
「おいふざけるな、俺は……」
「座長? またいつもの悪い癖が出てますけど?」
にっこり笑うビビアンさんのその表情は、先程とはまるで別人かのごとく見える。座長さんは彼女の放つ黒いオーラに心当たりがあるのか、身をすくめた。
「おほん。言葉をまちがえてしまったようだね。勇者様には、我が劇団の数々のパフォーマンスを見て、過酷な旅の疲れを癒していただきたい」
あ、当たり障りのないように言い直してる。いやもう、座長さんの本性は知ってしまったし、今さらなんだけど。
それにユウリがこういうものに興味があるとは思えなーー。
「ひょっとして、ビビアンさんの踊りも観られるんですか?」
今まで沈黙していたナギが、低くだがしっかりとした声で座長さんに尋ねてきた。
「あ、ああ、もちろん! ビビアンは劇団一の人気ダンサーだからな。ファンクラブまである彼女を出演させない訳がない」
「それならば、是非拝見させていただきます!!」
あらら、ナギの目が完全にハートマークになっている。よっぽどビビアンさんの踊りが観たいようだ。
「おいこら、何勝手に決めてるんだバカザル!」
「いや~、勇者様たちに観ていただくなんて、光栄の極みですなあ」
ユウリが不満を爆発させるが、満面の笑みをたたえる座長さんと、いつもと様子の違うナギに毒気を抜かれたらしく、結局しぶしぶ了承することにした。
「でしたら公演が始まるまで劇場内の食堂で食事でもどうです? もしくは勇者様ご一行プチサイン会でも開催されるとか……」
「いや、せっかくだから最初に言った通り、公演の準備の手伝いくらいはやってやる。公演を観るのなんかはこのバカザル一人いれば十分だろ」
「あぁ……、そうですか。それは残念。ですが、勇者様のお仲間さんだけでも観ていってくださるなら大歓迎です。もちろんお代はけっこうですので」
座長さん、隙あらばなにか利益になりそうなイベントを提案しようとしていてなかなか抜け目がない。さすがにそれに乗っかる我らが勇者様ではなく、あっさりスルーした。
結局座長さんは残念そうな顔をしながらも、最初の予定通り公演の準備のバイトを了承してくれた。バイト代は、ビビアンさんが言った金額よりも少し多い上、さらにいつでも劇場に入れるフリーパスまで用意してくれた。って言ってもたぶん使うのってナギだけだと思う。
ビビアンさんはこのあと稽古があるといって稽古場に向かった。ナギが名残惜しそうな目で彼女を見送るが、ユウリの冷ややかな視線に気付き我に返った。シーラは劇団の人を見かける度に、声をかけたりかけられたりして久々の仕事仲間との会話を楽しんでいる。
いいなあ、シーラは同い年くらいの友達や仲間がたくさんいて。
生まれも育ちもカザーブ一筋だった私には、同年代の友達はおろか知り合いもほとんどいない。例の魔物襲撃事件によってもともと少なかった同年代の子達は私以外全員亡くなってしまったし、辺鄙な村だったから他所からやってくる人も滅多にいない。
でもそういえば、一人だけいた。ルークと言う名の男の子で、確か何ヵ月もたたないうちにまたいなくなっちゃったんだ。病弱で、修行だか療養だかでその子が師匠の家にやってきて、私と一緒に武術の稽古をしてたっけ。
親が忙しくて、たまに寂しいと言っていたその子は、普通とは違う雰囲気をまとっていた。今頃どうしてるかな。
なんてぼんやり思い出に浸ってる場合じゃなかった。これから大道具さんのところへいって手伝わなきゃいけないんだった。
私はユウリ、ナギと一緒に舞台の設置や飾りつけ、照明の準備など。シーラはここで仕事してたときもやっていた、チラシ配りとお客さんの呼び込み、案内や誘導などを任された。
こういう裏方の仕事は、初めての経験もあって楽しかった。誰かのためにする仕事って、こんなにやりがいがあるんだな、と感じさせてくれる。
そんなこんなであっという間に時間は過ぎ、気づけばお昼を回っていた。仕事が落ち着いたところで、皆食堂にあつまり、ビビアンさんからもらった食事券を使ってお昼を食べることにした。
食堂は劇場内に併設されており、食事をしながら歌や踊りを観ることができるスペースになっている。今はお客さんがいないので、食事代さえ払えば私たちや従業員もここで食事をすることができるそうだ。
席に座るとほどなくシーラがやってきた。皆の分の料理を注文し、他愛のない話をしていると、やがて料理が運ばれてきた。鶏肉の香草焼きをパンで挟んだその料理を頬張った瞬間、食べたことのない刺激と風味が口の中に広がった。肉の旨味と未知の香辛料が程よくマッチして、あとを引く味だ。
「なんだろ、この味……。すごく辛いけど食べ始めると止まらなくなるね」
「多分それねー、唐辛子だよ。この辺だといっぱい採れるみたいだよ♪ 辛いもの好きにはたまらないよね~」
「う……。オレには辛すぎて食べれねぇ……。なんでお前ら平気なんだよ?」
ナギが涙目になりながら、唐辛子入りサンドイッチを少しずつ食べている。ユウリも平然としながら食べているところを見ると、ナギだけ辛い料理が苦手なようだ。
「ユウリは唐辛子は大丈夫なの?」
「……別に普通に食えるだろ、このくらい」
食べ終わったユウリが食後のお茶を飲みながら言った。
「なんだよ、なんかオレだけ子供みたいじゃんか」
「知能は子供と一緒だろ」
「今の言い方、完全にオレをバカにしてるだろ!」
いちいち横槍をいれてくるユウリに反論するナギ。そうやって反応するからユウリもそう言ってしまうのに、なぜナギは気づかないのだろう。
なんて話していると、シーラと同じバニーガールの格好をした二人組の女の子が、私たちのところにやって来た。二人とも、私とそう変わらない年なのにスタイルいいし、化粧をしているので大人っぽい。視線と雰囲気から察するに、ユウリとナギに興味があるようだ。
「すいません、勇者様とお仲間さんですか?」
面倒くさそうにちらっと一瞥し、小さく頷くユウリ。その途端、女の子達は黄色い声を上げる。
「ユウリさんて、クールでカッコいいですね!」
「そちらの銀髪の方は、お名前なんて言うんですか?」
「オレはナギ。一応盗賊やってる」
「盗賊ですか!? カッコいい~!!」
「あのっ、あとでサインください!」
嬉しそうな悲鳴を上げながら、一人また一人と、どんどん女の子が群がっていく。そのうちまた別の女の子たちがやってきて、いつのまにか男性陣は十数人の女の子たちに囲まれて動けないでいた。
確かに二人とも、見た目はいい方だ。もともと端正な顔立ちのユウリは、クールな印象も合いまって、孤高の王子様のような雰囲気を醸し出しており、対するナギも、ユウリとは種類は異なるが、長身で切れ長の瞳に大人びた容姿、さらにはこの地域では珍しい銀の髪が、好奇心旺盛な女性の興味を抱かせている。どっちも黙っていればの話だけれど。
普段の二人を知っている人間にはわかるが、ユウリは相変わらず無愛想だし、ナギは鼻の下伸びちゃってるしで、温度差がすごい。逆にこっちがいたたまれない気分になってくる。
そんな中、一人の女の子が私の方に近づいてきた。その子は何も言わずこちらをちらっと見ると、ちっと舌打ちをし、そのまま人だかりに入っていった。
 な、なんなの一体?! 私は信じられないものを見た気がした。
 と同時に、見知らぬ女の子に舌打ちされるのが、こんなにも憤りを感じるとは思いもしなかった。
 それと、時折こっちを見る女の子が、なんであなたみたいな人がここにいるの? とでも言わんばかりの顔で睨みつけてくる。何もしていないのに、なぜ私にばかり敵意を向けてくるのだろう。私には、彼女たちの考えていることがさっぱりわからなかった。
 同情を得たくてシーラの方を見たが、彼女はいつの間にか近くにいる大道具の男性と楽しくおしゃべりをしている。なんだか私だけ疎外感を感じた。
 デレデレのナギが(少なくとも私にはそう見える)、照明係の女の子に握手を求められる姿が目に入ると、私は一人ため息をついた。
 すると、食堂の入り口に群がっていた人垣の一部がざわついた。その向こうから、頭二つ、三つ分ほど高い位置に、ぴょこんとウサギの耳が現れたではないか。
 シーラにも同じものがついているが、とどのつまり目の前に近づいてくる人もバニーガールということだ。その割には、やたら身長が高い気がする。疑念を抱きながらも、その人物が現れるのを凝視する。
「あら、ずいぶん賑やかね」
突然、低い男性の声が聞こえた。と同時に、人垣をかき分け、大きな人影が現れる。
その瞬間、私の目は点になった。
なぜなら、そこにいたのはバニーガールの格好をした屈強な大男だったからだ。しかもカツラと化粧までばっちりしており、バニースーツに隆々とした筋肉がはみ出そうになっている。
 確かにバニーガールだけれど……いや、バニーガールなの?
 バニーガールの意味を延々と考えていると、おしゃべりをしていたシーラがはっとした表情で声を上げた。
「アルヴィス!! 久しぶり!!」
アルヴィスと呼ばれたバニーガール(?)は、シーラの言葉に笑顔で返した。
 急展開で頭が追い付かない中、あることを思い出した。
 昨日ドリスさんも言っていたシーラの知り合い、その人こそがアルヴィスさんだと言うことを。

 

 

シーラの同居人

「はじめまして♪ アタシはアルヴィス。昔シーラと一緒に暮らしてたの」
 バニーガールの大男もといアルヴィスさんは、食堂でシーラと再会のハグを交わしたあと、私たちが座るテーブルの隣の椅子に座った。
 アルヴィスさんが来た途端、ユウリたちを取り巻いてた女の子たちはもちろん、周辺にいた人たちの姿もいなくなった。元から彼のことを知っているのか、彼の雰囲気に圧倒されたのかはわからないが、皆彼に譲るようにその場を離れたようだ。
 アルヴィスさんは椅子ごとこちらに顔を向け、足を組んでにっこりと笑みを浮かべた。
「町でシーラが戻ってきたって言うからこっちに来てみたら、まさか噂の勇者様の仲間になってただなんて、やるじゃない」
「えへへ♪ そういうアルも相変わらずお仕事頑張ってるみたいだね」
「ふふ。ようやくお店も軌道に乗ってきたワ。今もこうしてお店のチラシ配りしてたところヨ。そしたら、町でシーラが帰って来たって聞いたから探しちゃったじゃない☆」
 私たちが一通り自己紹介をすませたあと、シーラとの再会を喜んだアルヴィスさんは、自分たちが発する困惑の視線に気づいたのか、向こうから話しかけてくれた。
「ああ、この姿が気になる? ちょっと最近太っちゃってサイズが合わなくなっちゃったのヨ」
 いやいや、サイズとかの問題じゃないです。そう思っても、沈黙するしかなかった。
「アルヴィスはね~、あたしにここの仕事を紹介してくれたの。アルヴィスも昔ここであたしと同じ仕事してたから」
 なるほど、だからアルヴィスさんもバニーガールの姿をしてて……って、いやだからそうじゃないって。
「今は独立して、お店を開いてるの。一応これ、営業用の衣装なんだけど、ほかにもいくつかあって……」
「おいお前。その格好は好きでやってるのか?」
 ユウリはアルヴィスさんの言葉を遮り、歯に衣着せぬ物言いをした。
「ふふっ。バニーガールは男のロマンなのよ。アナタも一度着てみる?」
 そう言ってウインクをするアルヴィスさんに対し、戸惑うユウリ。あのユウリを動揺させるなんて、只者ではない。
「ところで、ユウリくん、だったわよネ? アナタのお父さんってあのオルテガなんでしょ?」
 怪訝な顔をしながらも小さく頷くユウリ。その反応を見たアルヴィスさんはぽんと手を叩き、腑に落ちた顔をした。
「そう! やっぱり!! だってアナタ、彼の若い頃にそっくりなんだもの!」
「お前、親父のことを知ってるのか?」
 ユウリがテーブルに身を乗り出して聞いてきた。それは私も気になるところだ。
「知ってるも何も、アナタのお父さんが魔王を倒す旅をしてたとき、一時期アタシも一緒についていったのよ」
『えええっっ!!??』
 これには四人全員が一斉に叫んだ。アルヴィスさんが、一時とはいえオルテガさんと一緒に旅をしてたなんて、全く予想外のことだったからだ。
「てことはあんた、ただのバニーガールじゃないってことだよな?」
「ふふ、そうよ。よく気づいたわネ。アタシの前職は実は戦士だったのヨ」
 ナギの言葉に、さも予想外だと言わんばかりに経歴を話すアルヴィスさん。けれどバニーガールより、鉄の鎧を着たほうが絶対に似合っている気がするのは私だけではないはずだ。
 なぜ戦士がバニーガールにミラクルチェンジしてしまったのかは今はさておいて、私は別の疑問をアルヴィスさんに投げかけた。
「でも確か、オルテガさんって、単身魔王の城に乗り込んだって世間一般では言われてましたよね。アルヴィスさんは一緒に行かなかったんですか?」
 特にユウリともオルテガさんのことは話をしたことはないけれど、私が実家で聞いた噂ではそうだった。それに、今ここにアルヴィスさんがいるということは、途中で何か理由があって別々になってしまったのだろう。いくら英雄といわれても人間である以上、何がきっかけで人生の岐路に立つかわからない。同じ轍を踏む身としては、なぜそんな状態になってしまったのか知りたいところである。
 するとアルヴィスさんは昔を思い出したのか、せつなそうに眼を細めた。
「アタシはずっと一緒に旅してたかったんだけどね……。とある場所で彼に誘われてから、ずっとあの人と一緒にいるうちに、だんだん彼の魅力に惹かれていったの。それで、このあふれ出る気持ちが止まらなくなって、魔王城に乗り込む前に、思い切って彼に告白したのよ。そしたら、俺には妻も子供もいるって言われちゃってサ。さすがにそのあと一緒にはいられないし、迷惑になると思ってネ。それで潔く身を引いたのヨ」
「……そ、そうなんですか」
 予想の斜め上を行く答えに、思考が混乱する私。
 二人はどういう関係だったんだ。聞いちゃいけない話に触れた気がして、私は曖昧にうなずくしかなかった。
 話を切り替えようと、小さく咳払いをするユウリ。アルヴィスさんの視線が彼に向いた。
「なら聞きたいことがある。俺たちは今、『魔法の鍵』を探してるんだが、俺の親父もそれを探している様子だった。結局親父はそれを手にいれたのか? なぜ手にする必要があった?」
『魔法の鍵』、という単語に、心当たりがあるかのような素振りを見せるアルヴィスさん。
「ああ、その話ネ。そもそも『魔法の鍵』ってわかる? 要は魔法使いが特殊な術で施錠した扉……一般的には魔法の扉って言われてるけど、それすらも開けることができる鍵なの」
「魔法使いが施錠した扉?」
「ここアッサラームやイシスは、太古の建造物が多いのよネ。特にイシス地方にあるピラミッドには、古代のお宝が眠ってるみたいなんだけど、当時の偉大な魔法使いがそのお宝を守るために、扉に特殊な術をかけたの。その扉はちょっとやそっとじゃ開かないし、盗賊が持つ解錠の技術を使っても無理だと言われてるワ」
ふと気づいたユウリが、懐から盗賊の鍵を出した。
「この『盗賊の鍵』じゃダメなのか?」
「悪いけどそんな鍵じゃまず無理ね」
 そう言われて、顔には出さないが小さく嘆息するユウリ。
「アタシたちは魔王を倒すための手がかりを得る手段として『魔法の鍵』を手にいれようとしたけど、結局あきらめたワ」
「どうして諦めたんだ?」
 ユウリの問いに、アルヴィスさんは、ふう、と深くため息をつく。
「『魔法の鍵』を管理していた人とね、どうにも話が合わなくて結局譲ってもらえなかったの」
 管理していた人……。昨日言っていたヴェスパーさんって人か。ドリスさんも変わり者って言ってたし、どんな人か怖くなってきた。
「『魔法の鍵』が魔王を倒す為に必要かどうかはわからないワ。なくてもあの人は魔王の城までたどり着いたって言われてるし。けど、そこで消息を絶ったってことは、魔王を倒すための手段が足りなかったのかもしれないわネ」
「……」
「……ごめんなさい。アナタにとっては英雄である前に一人の父親ですものネ。けどアタシは、アナタのお父さんはどこかで生きてるって信じてるの」
「いや、気を使わなくていい。俺は親父を父親として見たことは一度もないからな。それより、やっぱり『魔法の鍵』は手に入れるべきだな」
「……ホント、アナタってお父さんにそっくりネ」
 アルヴィスさんは苦笑した。そして、胸板とバニースーツの間から、一枚の紙切れをユウリに手渡す。ためらいながらも、ユウリはそれを受け取った。
「これ、アタシのお店の名刺ヨ。もしお父さんについて知りたいことがあったら来て。昼間は別の仕事でアタシはいないから……そうね、日が沈むころに来て頂戴」
「……わかった」
 静かにうなずくユウリ。それを聞いたアルヴィスさんは椅子から立ちあがり、清々しい顔で私たちを見下ろした。
「それじゃあ、元気なシーラにも会えたし、アタシはここで失礼するわ。じゃあね☆」
 そういうと、再び私たちにウインクをしながら、アルヴィスさんは席を立ち去っていった。
「なんか、凄い人だったね」
 ふう、と息をつき、私はつい本音を漏らす。
 思わず口に出してしまった。けど、あれほどインパクトのある人物を見たのは生まれて初めてだったのだ。ナギも無言で頷いてシーラを見る。
「お前の同居人、とんでもない人だったんだな」
「うん♪ でもあたしもアルヴィスがユウリちゃんのお父さんの仲間だったなんて知らなかったよ☆ 昔超つよーい友達と旅してたってことしか言ってなかったもん」
 随分ざっくりとした説明だったようだ。そもそもシーラとアルヴィスさんってどういう関係なんだろう?
「おいザルウサギ。あいつとお前の関係って一体何なんだ? 親子ってわけではないんだろ?」
 私と同じ疑問を、ユウリが代弁してくれた。確かに親子というには距離感がある気がするし、だからといって友達っていう雰囲気でもない。
 するとシーラの顔が、僅かに強張った。
 そして、苦笑を滲ませる表情を私たちに見せた。
「親子だったらいいけどね。アルヴィスとは元同居人で、元仕事仲間。それだけだよ♪」
 その笑顔はまるで取り繕ったようだった。
 普段明るい彼女が無理して笑っているのは、きっと私たちにも言えない事情があるからなのか。そう思うと下手に聞かないほうがいいのかもしれない。
「……そうか」
 ユウリも察したのか、これ以上はなにも聞かなかった。
「それより、仕事終わってからどうする? 宿に戻るまで時間あるし、なにもすることないよね」
 私は話題を変えようと、これからの予定について皆の意見を聞くことにした。すると、目を輝かせたナギが真っ先に手を挙げる。
「オレ、このままここに残ってビビアンちゃんの公演観るから!」
 いつの間にかビビアン『ちゃん』と呼んでいるのは、ここに見に来るビビアンさんの熱狂的なファンが彼女の名を呼ぶときの共通語になっているらしい。誰が決めたわけでもないが、暗黙の了解というものだそうで、それをナギがスタッフから聞かされた。他にも色々と教えてもらったようで、彼はすっかりビビアンさんのファンになったといっても過言ではない。
私もナギと一緒に劇場に行ってビビアンさんの踊りでも見ようかと一瞬思ったが、なんとなく女性が行くには少し勇気がいるような気がして、口に出す前にやめた。 
「あー、うん。そういえばそういう約束だったもんね。えっと、じゃあ、シーラは?」
「あたしはこのあと昔なじみのところに行って、挨拶してくる♪」
「わかった、気をつけて行ってきてね。……ユウリは?」
 様子をうかがいつつ、私は彼に尋ねる。
「……そうだな。この町は道具屋や武具屋が多くあるらしいから、店を回ってみるつもりだ」
「そっか。じゃあ、私も一緒についていってもいい?」
「は?」
 訝しげな表情で私を見返すユウリ。
 いや、そこで聞き返されるとちょっと困る。だって私もやることないから何していいかわかんないんだもん。
 不審そうに見るので、私は慌てて言い繕う。
「べ、別に新しい装備が欲しいからとかじゃないよ? ただ一緒にお店回りたいだけなんだけど……。ダメかな?」
「……勝手にしろ」
 しばらく考え込んでいたが、ユウリにしては珍しく素直に了承してくれた。
「あっ、そうだ! ミオちん! 夜になったらあたしと一緒にお風呂入りにいこうよ♪ 結局昨日入りそびれたし」
「え?! でも昨日は行っちゃだめって……」
「大丈夫大丈夫♪ さすがに昨日からずっといるってことはないって☆」
「どういうこと?」
 何の話をしているのかさっぱりわからない。それを察したのか、シーラが言葉を続ける。
「つまりね、昨日お風呂のこと教えてくれたおじさんいたでしょ。それね、あたしたちをそこに行かせるためにわざと言ったんだよ」
「? 何のために?」
「あとで自分もそこに行ってあたしたちを覗き見するためだよ」
「ええっ!?」
「この街、そういう人多いからね♪ ミオちんは特に気をつけたほうがいいよ☆」
 あっけらかんとシーラがそんなことを言うので、この街に対する不安が急上昇し、私の顔は青ざめた。
 昨日ユウリが止めたのも、気づいていたからだろうか。私は心の中でユウリに感謝した。……けれど。
「そんなこと聞いちゃったら、余計お風呂行けないじゃん……」
「でもさ、知ってる顔の人にみられるよりはまだマシじゃない?」
「そういう問題じゃないって!」
 なぜか自然に視線が男性陣へと注がれる。
「ユウリちゃんとナギちんも、覗いちゃダメだからね?」
「見るわけねーだろ!」
「そのウサギ耳燃やしていいか?」
 シーラの発言に男性陣が露骨に反論するが、いたずらっぽい笑みを浮かべているシーラはなんだか楽しそうに見える。
 さっき見せた複雑な表情は何だったのだろうか。けれど、それをいちいち問い質すほどのことでもないと感じた私は、その小さなほつれを気に留めることのないまま、胸の奥にしまいこむことにした。
 

 

眠らない町

お昼を済ませたあと、残りの仕事を全て片付けた私たちは、ビビアンさんと座長さんから報酬をもらい、関わった劇場の人たちに挨拶を済ませ、劇場の入り口で一時解散することとなった。
久々に慣れない仕事に携わったからか、魔物を相手にするときより疲労感が強い。外に出て辺りを仰ぎ見ると、夕日が町全体を赤く染め上げていた。けれど、日が傾き始めても相変わらずこの辺り一帯は暖かい。
私はユウリと一緒に、町でも特にお店が立ち並ぶという商店街へと向かった。
道すがら、いくつもの露店商が並ぶ通りに出た。魔物の蔓延るご時世とはいえ、人の購買意欲というのはそう変わらないらしく、どのお店も人が並んでおり賑わいを見せている。
お店の人に気づかれない程度にちらりと品物を見てみると、食べ歩き出来そうな美味しそうな食べ物、女の子なら一度はつけてみたいアクセサリー、一見なんだかわからないアイテムなど、その品揃えは多種多様だった。
「うわあ、こんなにたくさんお店見たの初めてだよ!」
私はあまりのお店と商品の多さに、はしゃいでいた。
そしてユウリがいるのを忘れて、ついふらふらと近くにあった露店に足を踏み入れる。
そこには女性向けのキラキラした宝石やシンプルな銀細工など、様々なデザインのアクセサリーが置いてあり、私は思わず感嘆の声を上げた。
「すごいなあ、こんな細かい細工、どうやったらできるんだろう」
じーっと眺めていると、ユウリが後ろから声をかけてきた。
「なんだ、お前でもこういうのが欲しいのか?」
 皮肉交じりに言い放つが、今の私は別のことを考えていた。
「いや、欲しいっていうか、どういう風に作るのかなって思って」
そういうとユウリは、不思議なものを見るかのような顔をした。
「職人にでもなる気か?」
職人か。そういうのもいいかもしれない。もともと実家では、きょうだいの洋服や小物などを古着や余った布で作っていたので、自分が身に付けるより作る方に興味が湧いてしまうのだ。
「う~ん、魔王を退治したら、自分で工房でも開こうかな」
などと言っていたら、後ろで吹き出す音が聞こえたので、私は思わず振り向く。
「今のって、もしかしてユウリ?」
「……お前が笑わせるようなことを言うからだ」
一見平然としているが、口を抑えて必死に笑いをこらえているユウリ。いや、笑わせるつもりなんて微塵もなかったんだけど。でも、あの仏頂面を極めたユウリが笑うなんて初めて見たし、深く考えないでおこう。
あんまりじっと見てると機嫌が悪くなりそうなので、視線を外し、他にもお店がないか辺りを見回してみる。
すると、ちょうど小腹がすいていたからか、いつの間にか無意識に売り物を凝視していたのだろう。その店の店主が、細い串に焼きたての鶏肉を差した、見るからに食欲をそそられる食べ物を私に差し出してきた。
「お嬢ちゃん、そんなにお腹が空いてるならこの串焼き食べなよ」
「あっ、いや、そんなつもりじゃないんです。すいません」
けれど店主は一歩も引かず、今しがた金網に乗っていたもう一本の串焼きを取り上げ、
「あんたかわいいからサービスでもう一本つけてあげるよ。ほら、そこの彼氏と仲良く食べな」
そう言って、二本とも私に差し出してきた。
「いやあの、私たち別にそういうのではないんで……」
「いいからいいから。熱いうちに食べないと」
「……じゃあせっかくなんで買わせて頂きます」
結局食欲には勝てず、押しに負けてここは素直に一人分だけ支払うことにした。
「お前……少しは恥じらいってもんがないのか」
店主から串焼きを受け取ると、後ろにいたユウリが心底呆れたように言う。
いや、ロマリアでタダ同然まで値切ってたあなたに言われたくはないんですけど。
少しムッとした私は、串焼きを彼の目の前に見せながら、
「じゃあこれユウリにあげようとしたけど、どうしようかな」
と、意地悪く言ってみた。けれど興味がないとでも言うように、ユウリは私から視線をそらし、別の露店の品物を眺めている。
うーん、そう来るか。それなら、嫌でも興味を持ってもらおうか?
ふと閃いた私は、串焼きを隠すように持つと、彼に聞こえるように声を張り上げて言った。
「あっ、このお肉、食べたことのない味がする!!」
「は?」
思わずこちらを振り向くユウリ。そこへすかさず彼の口元に串焼きを持っていく。
「はい、ユウリ。あーん」
さすがのユウリも即座に対処出来なかったのだろう。私の言葉に素直に口を開けてしまったのが運の尽き。私は笑顔でその串焼きを彼の口に入れた。
「!?」
「あー、ごめん。やっぱりただの唐辛子だったよ」
あっはっはー、と嘘くさい笑いを見せた私は、動揺を隠せないユウリの顔を確認したあと、心の中でガッツポーズをとった。
「どう? おいしい?」
一方、何が起きたのかわからないユウリは、鶏肉を口の中に入れながら、目を瞬かせている。すると、彼の顔が次第に紅潮していくではないか。
ん? もしかして唐辛子の量が多かったのかな?
予想外の反応に、戸惑う私。
「えと、あの、そんなに辛かった?」
顔を真っ赤にしながら口元を押さえる彼の姿を見て、私はしまったと思った。
辛いのが平気だと言っていたが、どのくらい平気かは人によって様々だ。おそらくユウリが耐えられる辛さの量を越えていたらしい。
「ごっ、ごめん! 大丈夫?」
「お前……あとで覚えとけよ……」
若干涙目になっているユウリが、恨めしそうにいい放つ。まずい、これあとで絶対怒られる奴だ。
「あの、ユウリ……」
「アルヴィスのところに行ってくる」
結局ユウリは食べかけの串焼きを全部私から奪い取り、ここからは別行動だと言って、私を置いてその場から立ち去ってしまった。
どうしよう。完全に彼を怒らせてしまったようだ。



モヤモヤした気持ちでドリスさんのお店に到着すると、店の外でてきぱきと働くルカの姿があった。
「あ、アネキ。どうしたの?」
「ちょっとね。時間が空いたから、ルカに会いたくなっちゃって」
私の言葉に気づいたルカは、作業でしかめっ面をしていた顔を綻ばせた。
「アネキは、相変わらずだなぁ」
その彼らしいマイペースな口調に、私は心底安堵した。環境が変わって自身の生活が大変な中、ルカ自身が変わってなかったのは彼の強みと言えるだろう。
「仕事はどう? 家にいるより大変でしょ?」
「まーな。でも、おれがやりたくてやってるだけだから後悔はしてないぜ。アネキだって似たようなもんだろ?」
「うん、そうだね。私も後悔はしてない」
そう言って、自然と視線を落とす私。ルカが訝しげな顔をしてこちらをじっと見る。
「アネキ、なんかあったのか?」
顔に出ていたのだろうか。私は笑顔で誤魔化した。
「ううん。大丈夫だよ。それよりルカ、ドリスさんに迷惑とかかけてない?」
「だっ、大丈夫だよ! そりゃちょっと店の窓ガラス割ったり、注文の数間違えたりはするけど、後始末は全部おれがやってるし!」
「そりゃあそうでしょ。なんかちょっと心配になってきたんだけど?」
あたふたしながら言う彼の姿を見て、殊更不安を募らせる私。けど、次の言葉を言う前に、彼は凛とした顔つきに変わった。
「おれが頼りないってのはアネキも知ってると思うけど、一人で家を出た以上、覚悟持ってここにいるつもりだから。だから、安心して」
その真摯な目が、私の心を揺さぶった。ルカが冗談で言っている訳じゃないってのは、長年一緒に暮らして来たからこそわかる。
「うん、わかった。ルカは昔から、こうと決めたら最後までやり遂げる子だったもんね」
私は頭一つ分低いルカの頭を撫でた。
「私、応援してるから。困ったことがあったら、お姉ちゃんになんでも言って」
そう言うとルカは、照れながらも私の手を振り払う。
「いやアネキには言わねーよ。だって魔王倒すじゃん。おれのこと構ってる場合じゃないだろ」
「そういうの気にしないでいいから。家族として、お姉ちゃんとしてルカにしてあげたいだけなの。立派な商人になるつもりなんでしょ? だったら周りの人をもっと頼んなきゃ。多分お父さんだってそう言うよ」
「……うー、まあ、そうかも。わかった、ありがと」
少し考え込んでから、ルカは素直にお礼を言った。そして再び顔を上げる。
「でもさ、アネキ。アネキはアネキで色々やることあると思うから、アネキも困ったことがあったらおれに言えよな。おれには師匠もいるし、この街で知り合った商人仲間も何人かいるからさ」
「うん、ありがとう」
私はにっこりと微笑んだ。いつのまにかこんなに逞しくなっていたなんて想像もしてなかったけど、実際に会ったらやっぱりルカはルカのままで、ほっとした。
「あ、そうだ。ちゃんとお母さんやエマたちにも時々顔見せるんだよ? 心配してたんだから」
「わかってるよ。もう少ししたら仕事も落ち着くから、そしたら一度家に戻るよ」
キメラの翼使ってな、と付け加えた。さすが商人の卵、一度行った村や町に一瞬で行ける便利アイテムのことは知っているようだ。
「明日は砂漠に行けそう?」
「ああ。今日はいまのところずっと天気も安定してるみたいだから、大丈夫だって」
「そっか。じゃあ明日は予定通り出発でOKだね。もう今日一日何したらいいか皆悩んでてさ。結局今まで劇場でバイトしてたよ」
「へえ~。いいなあ。てか、よく入れたね? あそこ関係者以外立ち入り禁止なはずなのに」
「シーラが昔そこで働いてたんだって」
言われて、ぽんと手を叩くルカ。
「あー、昨日のバニーガールの姉ちゃんか。確かに見たことある格好してると思った」
「そう、それで中に入ったんだけど、そこにビビアンさんっていう踊り子が来て……」
「ええ?! ビビアンって、姉ちゃん、あの人と知り合いなの?!」
「知り合いなのはシーラだけどね。それで彼女を見たナギがもう目の色変えちゃって……」
そう言うと、ルカは納得したように頷いた。
「ああ、そりゃ、あんな人を見たら、男の人なら誰でもそうなるって。だって、劇場に行ったことない俺ですら知ってるくらい人気者だよ」
「そうなの? 確かにすっごい美人だったけど、ユウリは全然反応なかったなあ」
 私の言葉に、ルカは考え込んだ。
「……うーん。きっと勇者さんて有名人じゃん? たくさんの女の人に囲まれたりしてるから、美人に見飽きてるんだよ」
「あー、なるほどね」
「でもさすがに、砂漠の城の女王様の美しさには驚くんじゃないかなあ。絶世の美女だって噂だし」
「砂漠?! 砂漠にお城があるの?」
私は興味津々でルカの話に耳を傾ける。
「うん。イシスって町があってさ、そこに……」
こうして他愛のない話を続けていると、家にいた頃を思い出す。ルカも同じなのか、話している間、自分でもきづかないうちに私の呼び方が家にいた頃に戻っていた。
そして、ふと辺りを見回すと、気づけばすっかり薄暗くなっていた。
「うわ、もうこんな時間?! ごめん。仕事中なのにずっと話し込んじゃったよ」
「おれの方は大丈夫だから、用事があるなら行きなよ」
「それじゃ、また明日ね!」
「ああ、また明日な、姉ちゃん」
そう言ってお互い挨拶を交わし、私はルカと別れた。気づけば、ルカに会う前よりも幾分心が軽くなったような気がした。



「え、まだ帰ってきてないんですか?」
ドリスさんの店でルカと別れ、そのあと一度宿に戻ってみると、意外にもシーラが先に待っていた。約束通り二人で大衆浴場に足を運び、周囲に怪しい人物の気配がないか念のため確認したあと、幾日かぶりのお風呂にゆっくりと浸かることができた。
もともとこの街は水場が少ないのだが、地理的には一年を通して暑い気候が続くため、わざわざ北東の山の向こうから水を引いているらしい。なんでもこの街の近くに、その水を引く仕事を請け負ったホビット族がいるんだとか。
とにかくその人のおかげでこうしてお風呂に入ることができたのだ。ありがたい話である。
そんな上機嫌な中、再び戻って宿屋の主人に聞いてみると、男性陣が未だに戻ってきていないことが判明した。
ナギはともかくユウリまで帰ってこないなんて、珍しい。なぜなら今は、他の町ならとっくにベッドの中にいる時間なのだから。
当然お店はとっくに閉まってると思いきや、シーラ曰く、この街は夜からが稼ぎ時なんだそうだ。なので夜遅くまでやっている道具屋さんも結構いるらしい。
アルヴィスさんのところに行くと言っていたが、ずいぶんと時間がかかっている。何かあったんだろうか。
仕方なく私とシーラは部屋に戻り、明日の支度と就寝の準備を始めることにした。
「この街にいるとさ、時間の感覚がマヒしちゃうよね」
苦笑しながら話すシーラ。確かにここは暗くなってもそこかしこが明るくて、家路につく人々はそれほど多くない。常に明かりがついてたり音楽が流れていたりするので、いつ陽が沈んだのかも気づかないのだ。
「それでもあたしは、夜でも賑やかなこの街が好きなんだけどね」
そう言ったときのシーラの雰囲気が、まるで自分に言い聞かせているような気がした。
すると、隣の部屋の扉が開く音が聞こえた。いつものように二部屋取ってあり、音のする場所はユウリとナギの部屋である。私たちはすぐさま隣の部屋に向かった。
「あっ、ユウリちゃんだ! おかえり!」
シーラが声をかけた瞬間、ぎょっとした顔になるユウリ。やけに疲れた様子だけど、どうしたんだろう? それになんだか仄かにいい匂いがする。
「おかえり! 随分遅かったね。アルヴィスさんと何かあったの?」
私が何気なく聞くと、ユウリは襲いかかる魔物の形相でこちらを睨み返すと、
「うるさい!! お前には関係ないだろ!」
そう怒鳴り散らされた。彼に何があったのか気にはなるが、屋台での一件で生まれたモヤモヤした心に、さらに重い石を落とされた気分になり、これ以上は何も聞けなかった。
すると、シーラがにやりと笑みを浮かべながらユウリに尋ねた。
「ねえねえ、ユウリちゃん♪ アルヴィスんちで『ぱふぱふ』やったでしょ?」
「!? お前、なんで……!?」
明らかに動揺するユウリ。シーラはさらに言い立てる。
「だってあたし、アルヴィスのところで居候させてもらってたし~☆ それにユウリちゃんから、懐かしい匂いがするもん♪」
「くっ……!」
 そういうと、急に真顔になりユウリをじっと見据える。
「だからってそんなに機嫌悪くなることないじゃん、ミオちんがかわいそうだよ」
「……」
「んで、どう? 結構楽しかったでしょ?」
彼女が再び笑顔を見せると、ユウリはついに押し黙ってしまった。朗らかに笑うシーラを一瞥し、
「……黙れ! 俺はもう寝る!!」
そう吐き捨てると、部屋の扉を乱暴に閉めてしまった。私だけがよくわからないまま、取り残された感じになっている。
「ねえ、シーラ。『ぱふぱふ』って一体何なの? なんであんなにユウリは怒ってるの?」
「ん~、あたしの口からは言えないかな~。でも、普通の人はユウリちゃんみたいに機嫌悪くはなんないはずなんだけどね」
「??」
ますますわからない。そんなやたらと口に出すものじゃないなんて、どう考えても怪しすぎる。
「ミオちんも、むやみに色んな人に聞かない方がいいからね☆」
シーラに念を押され、結局ユウリがアルヴィスさんのところで何をしたかわからないままになった。
あとはナギだけだ。ナギの場合、きっとまだビビアンさんの踊りに夢中になっているのだろう。ひとまず部屋に戻ろうと、踵を返したとき、ここにあるはずのない壁にぶつかった。
「!?」
どういうことかと見上げると、それは壁ではなくナギだった。全く気配が感じられず、当の本人は間の抜けた顔でただぼーっとそこに突っ立っている。
「どっ、どうしたのナギ?! 全然気づかなかったよ!」
けれどナギは、明後日の方を向いたまま返事もせず、まるで脱け殻のようになっている。
「うあぁ、ナギちんやばいかも」
 シーラは苦い顔をしながら額に手を当てた。
「どういうこと? シーラ心当たりあるの?」
「うん。大体ビビのファンの人ってこうなっちゃうんだよねぇ。我が友ながら罪作りな奴よ」
確かに今日ビビアンさんに出会ってから、ナギの様子が変なのは、一目瞭然だった。ただ、彼女が好きなんだなってのはわかるけど、だからってこんな魂が抜けた状態にまでなるのだろうか?
「誰かを好きになるって、こういう感じだったっけ?」
「『好き』の形には、いろいろあるんだよミオちん」
いいながら、うんうんうなずくシーラ。うーん、私には理解できない。
「ほらナギ、こんなところで立ってないで、部屋に入りなよ」
私がぽんと背中を叩くと、ビクッと体を大きく震わせ、まるでいきなりルーラでここまで飛ばされたかのように辺りをキョロキョロと見回した。
「あれ? なんでオレこんなところにいるんだ?」
どうやらここまでどうやって来たのか記憶にないらしい。
「おかえり。ビビアンさんの踊りはどうだった?」
すると、ナギは興奮冷めやらぬ様子で私に顔を近づけると、大声でまくし立てた。
「どうだったもなにも、あれはまさに天使……いや女神様のようだったぜ!! あの流れるような動きといい、それでいて気品のある表情といい、全てにおいて普通の人間が出来る技じゃないのがわかるんだ!! まるで一枚の絵画を見ているようで……」
「ちょっ、待って……ストップ! わかったから!」
……余計なことを聞くんじゃなかった。まさかこんな流暢に感想を伝えてくるとは思わなかったので、私は両手を前に出してナギの暴走を必死で食い止める。
「明日は砂漠に行くんだから、早く休まないと! ユウリは先に部屋に入ってるよ」
「お前……! 急に現実に引き戻すようなことを言うなよな」
一瞬にして、ナギの表情が曇る。まるでこの世の終わりに直面したかのような様相だ。どれだけ現実から目をそらしていたんだろうか。
私は強引にナギの背中を押し、ユウリのいる部屋の扉を開けて無理やり押し込んだ。奥でなにやらユウリが喚いていたような気がするが、気にしないことにする。
 ともあれ、明日はいよいよ砂漠に出発することになる。砂漠は初めて見るので何もかもが未知の領域だ。
 町を歩いたときにユウリに聞いたのだが、砂漠は魔物も強く、気候も厳しいという。
 私は気を引き締めて、明日に備えることにした。

 

 

砂漠での冒険

「これが砂漠……!?」
 見渡す限り一面砂の大地が広がっている。雲一つない青空に、どこまでも続くオレンジ色の地平線。
 しばし自然の美しさに唖然とするが、すぐに不快感を感じ我に返る。
「うあ~、暑っち~よマジで!! 砂漠ってこんな暑いのか?」
ナギも砂漠は初体験らしく、あまりの暑さに汗だくになりながら文句を言っている。
夕べの言動は一体なんだったのか?ってくらい今日のナギはいつもと変わらない。今朝は日の出とともに出発の予定だったが、意外にも一番早く仕度を終えたのはナギだった。……ちなみにビリは私。我ながら情けない。
ともあれ予定通りに宿を出て、ドリスさんの家でルカと合流したあと、私たちは砂漠があるアッサラームの南西へと向かった。
町を出てしばらくは草木も生えていたのだが、進むにつれ徐々に砂と岩ばかりになり、ついに緑が一切なくなった。それと同時に太陽も昇り続けているので、自然と気温も上がる。今日は雲一つない晴天で、太陽を遮るものはなにもない。それが逆に尋常ではない暑さをもたらした。
そしてナギの言うとおり、彼の服は黒い長袖のインナーを着ているため、よけい熱が籠りやすい。かくいう私も分厚い生地の武闘着を着ているので、籠った熱と照りつける太陽で、さらに暑さが増しているように感じる。
たまらずナギが上着を脱ごうとすると、同行していた私の弟、ルカに止められた。
「むやみに服を脱ぐのはやめた方がいいですよ!」
「え、なんでだ? この暑さで長袖着てたんじゃゆでダコになっちまうぞ」
「あまり肌を出すと太陽の熱で火傷してしまうんで、なるべく長袖を着ていてください」
「そんなに熱くなるの?! 太陽の熱で?!」
私は驚いて、腕捲りをしようとしていたのを止めた。
それを聞いてふと、シーラがバニースーツのままなことに気がついた。
「シーラ、その格好で砂漠なんか歩いたら危険じゃない?」
本人も今気づいたのか、舌をぺろっと出して苦笑した。
「あ~、あたし砂漠なんか行ったことないからわかんなかったよ☆ でも、なんとかなるよ♪」
「いやいや、なんともならないって! ええと、私の着替えで良ければ貸すよ! 武闘着だけど!」
「気づかなくてすいません! シーラさん、オレのターバンで良ければ使ってください。こうやって、体に巻き付ければ……」
「ありがとう二人とも。でもるーくん、それやったら動けないと思うよ☆」
がっくりと膝をつく私たち姉弟。さすがにこのままじゃ連れていけない、と思ったそのとき、今まで静観していたユウリが、自身が身に付けているマントを外し、無言でシーラに渡した。
「え……あ、ありがとう、ユウリちゃん」
シーラが、戸惑いながらもマントを受けとり、お礼を言った。それには特に反応せず、すたすたと前を歩き始めるユウリ。
それを見たナギが、奇妙なものを見るような顔つきで私にこっそりと耳打ちしてきた。
「なあ、あいつ最近おかしくないか? 妙に親切っていうかさ」
「そう? ユウリは前から優しいよ?」
確かに出会ったばかりの頃や、ロマリアにいたときは何を考えてるのかわからなかったし、苦手でもあった。でも一緒に旅をしているうちにわかってきた。カンダタ退治を手伝ってくれたり、ノアニールでおじいさんの思いを聞いてあげたり、口には出さないが私たちを助けている。ただそれを表現するのが不器用なだけで、根は優しいのだ。まあ、時々何考えてるのかわからないし、怒るときはものすごく怖いけど。
 ナギが最近と感じるのは、ユウリがその気遣いを、私たちに隠さなくなったからではないだろうか。
シーラは早速マントを身に付けると、涼しい~♪と言ってその辺を走り回った。
「あんまり動き回らない方がいいですよ。砂漠は歩くだけでも体力使いますから」
ルカが冷静に注意する。そして、持っていた鞄から、なにやら小さくて丸いものを取り出した。
「ルカ、それなあに?」
私が興味深く聞くと、ルカはしたり顔で振り向いた。
「アネキも気になる? やっぱり商人の血が騒ぐだろ?」
「いや私武闘家だし」
 私がにべもなく言うと、ルカは少し寂しそうな顔をした。けれどすぐに気を取り直し、私にそれを見せつけながら説明を始めた。
「これは師匠から借りた『方位磁石』ってやつさ。手に乗せるだけで、なにもない場所でも正確な方角を調べることが出来るんだ」
「へええ。すごいものを持ってるんだね」
ルカの手のひらを覗いてみると、小さくて平たい円形の箱の中に、横にした小さな針がゆらゆら揺れている。針の両端にはそれぞれ何かを示しているのか赤と黒で着色してあった。
すると、ユウリも珍しいアイテムに興味があるのか、無言で私の横に立ち、一緒に覗き込む。
「ええと、ここが北で、こっちが南。……ってことは……こっちか!」
何やらぶつぶつと呟くルカ。すると何を思ったか、いきなり明後日の方向へ走り出したではないか。
「ちょっと待ってルカ! 急に走らないで!」
周りが見えていないのか、私の言葉に耳も貸さず、どんどん先へ走っていく。仕方なく、急いで追いかける私たち。すると、急に私の前を走っていたユウリが一歩後ずさる。
「気をつけろ! 魔物だ!!」
瞬時に緊張感が走った。私もすぐさま足を止める。そのとき、前にいるルカと私たちの間の地面から、ピンク色の大きなムカデのようなものが現れたではないか。
「ちっ、火炎ムカデか」
苦々しげにユウリが呟く。火炎ムカデと呼ばれた魔物は、幸いにもルカの方ではなくこちらを向いた。そして、その小さな口を大きく開けたかと思うと、人の顔ほどの大きさの炎を吐き出してきた!
『うわぁぁぁっ!!??』
ユウリを除く全員が、悲鳴を上げてその場から飛び退く。この炎、相当広範囲にわたって攻撃してくるので、回避だけするだけで精一杯だ。
頭を狙って蹴りあげようか? でも、その隙に炎を吐かれたらおしまいだ。そもそも見るからに防御力のありそうな皮膚をしているけれど、打撃が効くのだろうか。
そう考えあぐねていると、脇から勢いよく鎖が飛んできた。鎖に着いた分銅は見事火炎ムカデの口に命中し、ダメージを負わせた。
「よっしゃ、当たった!」
放ったのはナギだった。アッサラームで新調したチェーンクロスを手に、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
だが、それだけで当然倒れるわけもなく、火炎ムカデは体を大きく捻ったかと思うと、体を回転させ、そのままこっちに突進してきた。
再びあわてて飛び退く私とナギ。少し離れてシーラが小石を投げつけてはいるが、全て外れている。
「ラリホー!」
魔物から距離を取ったユウリが呪文を唱える。確か敵を眠らせる効果があるはずだ。火炎ムカデは呪文を受けたあと一瞬動きを止め、次第に眠りに……つかない。魔物は平気な顔?をして、攻撃対象に選んだナギに向かって突進した。
「くそっ!」
ナギは反射的に飛び退く。ムカデは急停止し軌道を変え、ダンゴムシのように丸くなりながら、再び彼の方に向かって転がっていった。
「あーもう、しつけぇ!!」
回避しながら再びチェーンクロスを振り下ろす。だが、魔物は全く怯むことなく再び軌道を変え、次は私の方へ向かってきた。
ユウリがこっちに近づこうとするが、新たに現れたネコとコウモリを合体させたような魔物(あとでユウリに聞いたらキャットフライというらしい)が数匹現れ、応戦せざるを得ない状況になってしまった。
私は向かってくるムカデの足元を狙い、タイミングを見計らって脇に避けつつ足払いをお見舞いした。バランスを崩したムカデは一回バウンドしたあと、明後日の方向に突進しようとして柔らかい砂地に引っ掛かり、勢いよく倒れ込んだ。
魔物は横たわりながらも、もぞもぞと動いている。体勢を整えている間に私はダッシュして、横たわる魔物の体に拳を叩き込んだ。続けざまにナギが再びチェーンクロスで攻撃する。だが、どの攻撃も致命傷には至らなかった。
「どうしたら倒せるの?」
焦る私。それは、表情から見てナギも同じ思いだった。
などと考えているうちに、体勢を整えたムカデが再び私たちに襲いかかる。まずい、これじゃ二人とも避けきれない!
「ラリホー!!」
他の魔物を全て倒したユウリが、もう一度ラリホーをかけてくれた。
すると、急にムカデの動作が遅くなり、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。もしかして……!
「ムカデは眠らせた! 今だ!」
どうやら二回目のラリホーは成功したようだ。ユウリが声を張り上げたのを皮切りに、私たち三人は一斉に攻撃を叩き込んだ。やはりレベル30を越えたユウリの一撃は効いているのか、数発でムカデの息の根を止めることができた。
「あ、危なかった……!」
「くっそ~~!! なんであいつ全然攻撃効かねえんだよ!」
たった一匹の大きなムカデなのに、ユウリがいないと倒せないなんて。私とナギはその場にへたりこんだ。
「……やっぱり魔法使いか僧侶が必要だな」
ぽつりとユウリが剣を鞘に納めながら呟く。そういえば今回、ユウリはラリホーの呪文しか使ってなかった。どうしてだろう?
「ねえユウリ。なんで今回あんまり呪文を使わなかったの?」
私の問いに、ユウリは面倒くさそうな表情を見せながらも説明をはじめた。
「あいつは火を使うから、俺が扱う火炎系の呪文は効かない。氷系や真空系の呪文なら効くんだろうが、俺は使えないからな。ラリホーなら多少は効くかと思ったが、耐性があるからか効きが悪かった」
そっか。呪文にもいろいろ種類があって、魔物によってはその呪文が効かないこともあるんだ。四人の中で呪文を使えるのはユウリしかいないから、使える呪文がなかったら結局物理攻撃するしかない。でも火炎ムカデみたいな防御力もそこそこある相手だと、物理攻撃のみで戦うのも難しくなる。
「せめてもう一人呪文の使い手がいればいいけどな」
ふう、と小さくため息をつくユウリ。確かに回復するのも薬草を使うか、ユウリの呪文しかない。けれどそれにも限りがあるし、この先もっと強い敵が出るほど、ユウリへの負担は大きくなる。
他にそういう呪文が使える人が現れたらいいのに。でも、魔王を倒す旅に一緒についていけそうな人なんて、そう簡単に現れるだろうか。
アルヴィスさんならもしかしたらって思ったけど、前職は戦士って言ってたっけ。でも呪文がなくても強そうな気がする。
そういえばどこかの山奥に、今の職業を変えられる神殿があるって師匠から聞いた気がする。そこにいけば、私も呪文が使えるようになるのかな?
でもとりあえず今は砂漠を越えることが第一だ。私は服についた砂をはたき落としてその場から立ち上がると、先に行っていたルカの姿を確認した。彼は今にも泣き出しそうな顔でこちらに歩いてきた。
「ごめんなさい。音を立てたら魔物に気づかれるって知ってたのに、走ってしまいました」
おそらく砂漠の歩き方は教わったんだろうが、ルカは考えなしに突っ走ってしまうことがある。私も人のことは言えないので、怒るに怒れない。
するとユウリが、怒気を孕んだ声でルカを呼び立てた。
「知っててどうして音を立てた? 一歩間違えばパーティーが全滅する可能性もあるんだぞ」
「はい、ごめんなさい」
「謝罪は一度でいい。それよりなぜこうなったのか、二度と起きないためにはどうしたらいいかを考えろ」
「……はい」
ユウリの強い口調に、ルカは溢れそうになる涙を必死にこらえている。助け船を出したいが、それではルカのためにもよくない。他のみんなもそれを慮ってか、黙っていた。
「……早く目的地に着くために、焦って周りが見えなくなっていました。今度は落ち着いて行動するようにします」
「『するようにします』じゃない。行動しろ」
「っ、はい!」
背筋を伸ばし、大きな声で返事をするルカ。すると、さっきまで殺気立っていた空気が少し和らいだ。
「ふん。ならいい。先に進むぞ」
そう言うとユウリは、ルカに方角を確認するよう促した。
重い雰囲気の中、ナギがいつもと変わらない様子で、ルカの頭をぽんと優しく叩く。
「ま、過ぎたことだし気にすんなよ。けど、次からは注意してくれよな」
「は、はい!」
すると、ユウリが私の方を見ながらこう言った。
「お前の姉よりは役に立ってるから安心しろ」
「え?! なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだけど?!」
私だって結構頑張ってるんだけどなー。でも、二人の言葉を聞いて、泣きそうだったルカの顔から笑みがこぼれる。
「ありがとうございます! 今度こそ気をつけます!」
深々とお辞儀をし、気を取り直したルカは再び方位磁石を取りだし、今度は冷静に位置を確認する。
「……ああそうか。ここから南西に進めばヴェスパーさんの家に着くはずです」
ルカが指差した方を見るが、家らしきものは何もない。
「ルカ、大分距離がありそうなんだけどどのくらい歩けば着くの?」
「えーと、三時間ほど歩けば」
「さっ、三時間!?」
この炎天下の中、三時間も歩かなければならないなんて、気が遠くなる。
「おい、暑いからって気を抜くなよ。魔物だって居るんだからな」
ユウリが釘をさすけれど、私の心はすでに折れそうになっていた。気分を変えるため、私は持っていた水袋を取り出して水を飲む。さっきの戦闘で喉がカラカラに乾いていたので一気に飲み干したかったが、ここは我慢して一口でやめておいた。
ふとシーラの方を見ると、マントを来た彼女は心なしか元気がなかった。私は彼女の方に駆け寄り、手にした水袋を差し出した。
「シーラ、大丈夫? もし足らなければ私の水飲んでいいよ」
「あ、ありがとうミオちん。でも大丈夫だから」
顔を上げた彼女は、笑顔を見せながらも、どこか無理をしている感じがした。
「……どうしたの、シーラ。疲れちゃった? それとも何か悩み事?」
「ううん、何でもないよ♪ さっ、行こっ☆」
そう明るく振る舞ってはいるが、一度違和感を覚えると、気になって仕方がない。私は他の人には聞こえないほどの小さな声でシーラに話しかけた。
「あのさ、私じゃ頼りないかもしれないけど、困ってたり辛いことがあったらさ、誰かに愚痴を言うだけでも少しは楽になると思うよ?」
私の言葉に、シーラは目を丸くした。そしてすぐにはにかんだ顔を見せた。
「ありがとう、ミオちん。ホントに今は大丈夫だからさ。何かいいたくなったら真っ先にミオちんに話すね☆」
「う、うん! 約束だからね!」
ずるいなあ。そんなかわいらしい笑顔を見せられたら、何も言えなくなっちゃうよ。
そんなことを思いながら、ひたすら歩くこと三時間。途中魔物に何度か遭遇したものの、順調に目的地へ着くことができたのである。
 

 

偏屈な客

「や、やっと着いた……!」
火炎ムカデと対峙してから三時間。ようやく私たちは、魔法の鍵の情報を知っていると言われるヴェスパーさんの住んでいる家に辿り着いた。
幸いにもあれ以降ムカデは現れなかったが、他の魔物とは何匹か遭遇した。
おばけきのこや人喰い蛾はどうにかなったが、地獄のハサミというカニの姿をした魔物と同時にこられると厄介だった。なにしろそのカニは自身の防御力も高いが、複数に効果のある防御系呪文のスクルトを唱えてくるのだ。最初にそれを唱えさせてしまい苦戦したが、次に現れたときはユウリがすぐさまベギラマを唱え、魔物を一網打尽にしてくれたおかげで、なんとか無事に進むことができたのだった。
一方、戦闘面で意外な力を発揮したのはルカだった。武器の扱い方は年齢や経験の差もありほぼ素人同然なのだが、身のこなしが軽く、体も小さいため敵の攻撃が当たることはほとんどなかった。
あとで聞いたら、毎日ドリスさんの知り合いの武闘家と戦闘の修行をさせてもらってるという。もっぱら攻撃を避けることしか出来ていないが、それだけでも十分成長している。実家にいたころの彼は遊ぶことしかしていなかったはずだったから、よくここまでがんばってきたと思う。
ふと気づくと、早朝に町を出立したにも関わらず、すでにお昼を回っていた。携帯食料は持ち歩いているが、食事は後回しにし、先にヴェスパーさんのところに行くことにした。
ここから少し離れたところに小高い丘陵があり、あちこちに岩や石くれが転がっている。その丘陵の頂上に、ポツンと小さな家が建っていた。
家といっても、普通の木造家屋ではなく、大きくて固そうな石を煉瓦のように積み重ねたような家だ。ルカが言うには、ここイシス地方ではこういう家は珍しくないという。暑さだけではなく、他の地域に比べて竜巻などの発生も多いため、簡単には壊れない造りにしてあるのだそうだ。
早速訪ねようと丘を登り、家のそばまで近づいてみるが、なぜか家の周りには動物の死骸やら鳥のフンやらが散乱している。
「ねえルカ。本当にここに人が住んでるの?」
「うん。あの人大の人嫌いでさ、わざわざ人が立ち入らないような場所を選んでんだ。ずっと一人で住んでるみたい」
ルカは平然とした顔で答えると、入り口から少し離れたところまで歩いて立ち止まる。
「ここなら人一人くらい通れます。オレがいつも使ってる道だから安心して下さい」
そう言いながら、腐敗した地面の合間から見える砂地に足を踏み入れる。刺激臭はするが、我慢できないほどではない。私たちはルカのあとに続いていった。
そして、てっきり入り口に向かうのかと思いきや、ルカは家を通りすぎ、奥の方へと進んでいくではないか。
「この家に入らないの?」
「ここは臭いがすごいから誰も住んでないよ。普段ヴェスパーさんは、この奥の祠で生活してるんだ」
祠? 祠でどうやって生活してるんだろう? ますますヴェスパーさんが何者なのかわからなくなってきた。
とにかくこの家には誰もいないらしい。遠い昔は誰かが住んでいたのかもしれないが、よく見れば壁のあちこちに亀裂が入っており、長い時間かけて劣化していったのがわかる。
祠と一軒だけぽつんとある家。きっとそこは昔、何かを奉っていたのだろう。そしてそれを守る神官だかが住んでいた。もはや推測でしか図れないが、魔王が復活する前はこんな辺鄙な場所でも生活できるくらい平和だったのかもしれない。私はやりきれない思いでそれを見ながら、少し歩いたところにある小さな祠へと向かった。
祠に近づくと、私たちの気配に気づいたのか、人影が動くのが見えた。その男性は姿かたちだけ見れば初老に見えるが、髪の毛はボサボサで、全身埃まみれの状態でじっと立っており、実年齢は定かではない。
彼はルカと私たちを交互に見たあと、再び祠の中に引っ込んでしまった。
「噂通り、かなりかわったおっさんみたいだな」
ナギが小声で誰にともなく呟いた。まあでも、ヴェスパーさんの立場からすれば、いきなり見知らぬ人間が何人も目の前にやってきたのだ。そりゃあ多少警戒はするだろう。
「あのー、突然大勢で伺ってすいません! 私たち、魔王を倒すために旅をしている者なんですけど、ちょっとお話させてもらってもいいですか?」
なるべく刺激しないように、下手に出ながら彼との接触を図ってみる。私が声をかけると、今度は目だけ出してこちらをじーっと伺っている。なんだか野生の獣のようだ。
「ヴェスパーさん。今日はあなたが欲しがってたものすごく珍しいものをたくさん用意してきたんですよ。ほら、これなんかどうです?」
もともと彼と商売の交渉をしに来たルカが、素早く鞄の中から何かの本を取り出した。この間ドリスさんが言っていたものだろうか。
「見てください、その名も『ユーモアの本』! これを読めば大爆笑間違いなし! さらに性格が『お調子者』になり、ギャグのセンスもピカイチになり、皆の視線を一人占めできますよ!」
「……わし人のいるところ行かないし、別に必要ない」
 ルカの熱弁もむなしく、ヴェスパーさんはきっぱりと断った。
「もちろん、一人でいるときもこの本を読めばいい気分転換になりますよ! あ、あとこの『金のネックレス』なんかどうです?」
 それに負けじと、ルカは次々に鞄の中からアイテムを出して紹介するが、ヴェスパーさんの購買意欲が変わることはないかった。それどころか、徐々に不機嫌をあらわにしていく。
「今日もまたつまらんもん見せに来ただけか。食糧だけ買うからとっとと帰ってくれ」
そう言うとヴェスパーさんは、お金代わりなのか、何やら鳥の羽根のようなものを無造作に置いて、また奥に引っ込んだ。これって家の前に散乱していた鳥の死骸から拾ったものなんじゃ……?
「待ってください! せめてこの人たちの話を聞いてください! この人たちは魔王を倒すため、あなたが知ってる『魔法の鍵』を探しているんです! どこにあるか教えて頂きたいんです!!」
 ヴェスパーさんは、顔を出して私たちを一瞥すると、面倒くさそうに鼻を鳴らした。
「ふん。そんなうさんくさい連中とは話なんぞする気にもならん。帰った帰った」
 再び奥に引っ込もうとするのを、ユウリが無機質な表情を顕わにしながら呼び止めた。
「おいジジイ。俺たちは魔王を倒す旅の途中で急いでるんだ。お前のわがままで救える命も救えなくなるんだぞ」
ユウリの高圧的な態度に、みたび顔をだしたヴェスパーさんはムッとした表情で返した。
「そんなんわしには関係ないわ。魔王だかなんだか知らんが、これ以上わしの生活を脅かさないでくれ」
この人、本気で自分には関係ないと思っているらしい。さすが、オルテガさんでさえ諦めざるを得なかった人物だけある。
「仕方ない。魔王が世界を滅ぼす前に俺がこの地を焦土と化してやる」
「待って待って!! 早まらないでユウリ!!」
ああもう、誰かこの暴走勇者を代わりに止めて欲しい。
するとそこへ、マントに身を包んだシーラが、ふらふらしながらユウリの横へやって来た。
「うああ~、暑い~! 脱ぐ~!! ユウリちゃん、いったん返す~!」
普段着なれてないからなのか、マント一枚で暑がるシーラは、急いでマントを外すとユウリに無理やり渡した。
急にバニーガール姿となった彼女を見たヴェスパーさんは、目を真ん丸にして微動だにしない。まるで生まれてはじめて見る生き物を見ているかのようだ。
そして、震える手で彼女を指差しながら、こう言った。
「そ……その尻についてるものをくれ!!」
は?!
皆の目が点になる。ナニヲイッテルンダロウ、コノヒトハ。
「え~と、さすがにおしりはあげられないかな~?」
「違う!! その尻についてるふわふわしたものじゃ!!」
言われてシーラは後ろを振り向く。確かに、バニースーツのお尻のところに、丸い毛玉みたいなものがついている。
「それ、『うさぎのしっぽ』ですよね。ヴェスパーさん、あれが欲しいんですか?」
ルカが目のやり場に困りながらおずおずと尋ねると、ぶんぶんと首を縦に振った。
「それだったら今度またここに来たときに仕入れておきますよ。今日は食糧だけで良いですか?」
「嫌じゃ! わしはその尻についてるのが欲しいんじゃ!!」
 駄々をこねる子供のように、わめき続けるヴェスパーさん。
「なんだ、ただの変態ジジイじゃないか。やっぱりここで葬り去った方が世の中の為になるんじゃないのか」
手をヴェスパーさんに向け、再び死の宣告をするユウリ。うん、今回は私も止めない。
「別にあげてもいいよ? また新しいのに変えればいいし」
けれどシーラはあっさりと、その『うさぎのしっぽ』を取り外した。
「その代わり、さっきも言ったけど、『魔法の鍵』の場所教えてね?」
「ほ、ほんとか!? 教えるとも! わしの持ってる情報でよければ、いくらでも教えてやる!」
にっこりと、ヴェスパーさんにそれを渡すシーラ。ヴェスパーさんもよっぽど『うさぎのしっぽ』が欲しいのか、先程とはうってかわった態度で快諾した。




 その後ヴェスパーさんは態度を改め、私たちを祠に招き入れてくれた。
 祠の中は朽ち果てた女神像が転がっており、、あとは必要最低限の生活道具が並べてあるだけだった。
 草を編んだ敷物の上でかったんだ? もしそさきちとあれを手に入れられたら魔王を倒して世界が平和になってたかも知れないんだぞ?」
ユウリの問いに、ヴェスパーさんは遠い目をしながら答えた。
「『渡さなかった』んじゃない、『渡せなかあえまかかかた』んじゃ」
「どういうことだ?」
 ヴェスパーさんは一つ咳ばらいをし、居住まいを正す。
「実を言うと鍵はここにはない。本当はここから北にある、古代の王族が眠る墓と一緒に隠されている」
「古代の王族が眠る墓?」
そう言われても全くピンとこない。お墓と一緒に埋められてるってこと? 師匠がくれた鉄のツメみたいな?
「うむ、世間では『ピラミッド』と呼ばれとるがな。墓といっても規模が違う。なにしろ墓自体がちょっとしたダンジョンよりも広いからな。その建物の中には代々の王族や、その王族が使ってた装飾品や宝が一緒に納められていてな。その宝を手に入れようと、今まで数多の盗賊や魔法使いどもがその墓に侵入したために、わしのご先祖が色んな仕掛けを施して入れんようにしたんじゃよ」
「へえ。じゃあ、その仕掛けを解かないと中には入れないってことか」
仕掛けと聞いて、興味深げに頷くナギ。
「お前の先祖は、ピラミッドの管理者だったのか?」
「うむ。もともとわしの先祖は魔法使いが多くてな。その中でも優秀な者たちが墓の所有者であるイシスの王に選ばれ、墓の守り手としてピラミッドに様々な仕掛けを施したのじゃ」
 ユウリの問いに、ヴェスパーさんはやや得意げに答える。
「じゃが、わしの一族にもいろいろあってな。何十年もたつうちに、墓の守り手自体、放置されるようになったんじゃ。今ではイシス城内でも、墓の守り手という存在自体知らないものがほとんどじゃ。もちろんわしら子孫にも、ピラミッド内部について語り継がれることはなかった」
 そう言って、深くため息をつくヴェスパーさん。
「だから、魔法の鍵がピラミッドのどこに眠っているのかもわからん。罠や仕掛けもどこに隠されているのか、それすらも今のわしには何一つ知らないんじゃよ」
それを聞いた私たちは、がっくりと肩をおとした。それでも、魔法の鍵がピラミッドにあるっていう情報だけでも大収穫だ。
「それじゃあ、オルテガさんが訪ねた時って……」
「ああ、そのときはわしも若かったからの。つい見栄を張って、さも知ってるけど教えないような素振りをしてしまったんじゃ。若気の至りってやつじゃな」
うん、やっぱりこの人、変わってる。さっきの感じから察するに、お互い意地を張って一歩も引かなかったんだろう。オルテガさんたちとヴェスパーさんがどういうやり取りをしたのか、想像して妙に納得してしまった。
「だからな、これ以上わしに聞いても無駄じゃぞ。あとは自分等でなんとかしてくれ」
「ずいぶん他人任せだな」
「何を言う。ちゃんとこいつのお代分は話したからな。もう用はないんだから、気が済んだのならとっとと帰ってくれ」
 なんて自分勝手なんだ。でも、魔法の鍵のありかを教えてくれた手前、彼がどんな気性であれ、そこは感謝しなくてはならない。
「教えてくれてありがとうございます、ヴェスパーさん。助かりました」
「ふん。まあ、お前の話のおかげで道が開けた。一応礼は言う」
「む、むう。そうやって正直に言えばいいんじゃよ」
 私たちがお礼を重ねると、ヴェスパーさんは少し照れた表情をした。
「けどよ、じーさん。そのウサギのしっぽをどうするつもりなんだ?」
 ナギの何気ない問いに、声を震わせるヴェスパーさん。
「な、なんじゃお前!! もしかしてやっぱり買い戻したいとか……」
「いや、絶対ないから」
「あたしも気になるなぁ~。もと持ち主として」
 ナギとシーラがずい、と歩み寄る。ヴェスパーさんは必死の形相でウサギのしっぽを両手でしっかりと握りしめると、
「こ、これはわしの唯一の拠り所なんじゃ!! 誰にも渡さんぞ!!」
 そう言って、自分がウサギにでもなったんじゃないかというくらい小さく怯えながら、拒絶の反応を示した。
 その様子があまりにも必死だったので、不憫に思ったのだろう。半ばからかい交じりだった二人は、これ以上言うのをやめた。
「そ、それじゃあヴェスパーさん。また何かあったら来ますんで」
 ルカが最後に挨拶をして、私たちは祠を後にした。振り向くと、ヴェスパーさんはずっと怯えたような目でこちらを見つめている。う~ん、やっぱり変わった人だ。



「最後まで変なやつだったな」
ナギが何とも言えない表情で呟くと、ユウリが鼻を鳴らした。
「ふん。取り合えず、もうここには用はない。一旦町に戻って情報収集するぞ」
 太陽も大分傾き始め、昼間の暑さとはうって変わって空気がひんやりとしてきたのだが、未だに砂漠の気候は慣れない。
 鍵の場所はわかった。あとは、どうやってピラミッドの中に入るかだ。
「えと、あのー、皆さん。本気でピラミッドの中に入るつもりですか?」
 行く気満々の私たちに、おずおずと口を挟むのはルカ。
「ああ。別にお前を連れていくつもりはない。アッサラームに着いたらそこで別れるつもりだ」
「いや、そうじゃなくて……。師匠たちから聞いた話だと、ピラミッドって仕掛けだけじゃなくて、魔物も沢山いるらしいですよ」
「まあ、砂漠にこれだけ魔物がいるんなら、ピラミッドにいてもおかしくないだろ」
 しれっと答えるユウリ。けれど憂いの表情を浮かべたルカは、控えめだが力強い調子でさらに言い募る。
「でも、さっきのムカデよりももっと強い魔物がいるそうです。それにウワサでは、ピラミッド内部のどこかに呪文の一切効かない場所もあるらしくて、最近はほとんど誰もがそこに近寄ることすらしないそうです。……それでも行くんですか?」
「当たり前だ。俺たちの目的は魔王を倒すこと。そのために必要なアイテムならば、手にいれるのが当然だろ」
「そうですが……」
 それでもなお言おうとするルカに、私は違和感を感じた。すると、シーラがルカの隣に寄ってきた。
「るーくんはさ、おねーちゃんが心配なんだよね?」
え?
シーラが俯くルカの頭を撫でながら優しく話しかける。ルカは恥ずかしそうにしながらも、小さく頷いた。
「あー、さっきの戦闘で逆に不安にさせちまったってことか? まあ、オレも大口叩けるほどレベル高くはねーけどよ、こいつら守れるくらいはできるから。そんな心配すんなって」
ナギも察したのか、にっと白い歯を見せながら、私とシーラを指差した。
ああ、そっか。さっきの火炎ムカデとの戦闘で、かなりてこずってたからな。そのせいでルカに余計な不安を与えてしまったんだ。
「こいつらに不安を覚えるのも無理はない。だが安心しろ。レベル32のこの俺がいるからには絶対に全滅になるようなことはならない」
そう言いながら、自信満々に前に出るユウリ。いつの間にかレベル32になっていたらしい。でもユウリのおかげで私たちが生き残っていられるのは紛れもない事実だ。 逆にいうと、ユウリがいなければこの砂漠を越えることは出来ない。……それが事実なのだ。
ルカは勇者の一言が聞いたのか、安堵の表情に変わっていった。ごめんね、私がもっと強ければ、そんな顔させないですんだのに。
「そうですよね。勇者であるユウリさんが、負けるわけないですよね。おれも出来ることがあれば協力しますので、魔王を倒して、世界を平和にしてください。……あと、姉のこと、よろしくお願いします」
深く頭を下げるルカ。その小さな背中を見て、私は胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。ルカも成長してるんだ。私も今以上に頑張らないといけない。
「それはそうと、皆さんこれからアッサラームに戻ろうとしてますよね? 提案があるんですが、今からだと夜になってしまいます。それはさすがに危険なので、ここから北に少し行ったところにあるイシスに向かいませんか?」
「ああ。あの変態ジジイが言っていた、イシスか。確かに、ピラミッドに行くには、所有者であるイシスの王……いや、あそこは女王か。彼女にも話を聞いといたほうがいいからな。ここから近いのか?」
「ここから一時間ほど歩けば着けます。それに、イシスではアイテムの素材の買い取りも行ってるので、実はここを出てから行こうと思っていました」
「素材の買い取りって何? ルカ持ってるの?」
 ルカは何を言っているんだ、と言わんばかりに私のほうを向いた。
「持ってるもなにも、さっきヴェスパーさんがくれたじゃんか。あれキメラの羽根なんだよ。その羽根を集めて加工したのがキメラの翼になるんだ」
「ええっ!? そうだったの!?」
てっきり鳥の羽根かなにかと思ってたけど、まさか魔物のだったなんて。
「他にも『うさぎのしっぽ』なんかは一角ウサギの毛から作られてるし、結構魔物の一部を使って作ったアイテムって多いんだよ」
 頑張って覚えたのか、さすが商人見習い、と言わんばかりに饒舌に話すルカ。
「でもさ、この辺キメラなんて魔物、見かけないよ? なんでヴェスパーさん持ってるの?」
「うん、確かにこの辺にはいないんだけどさ。師匠が言うには、死期が近づくと、ある魔物なんかはみんなそろって同じ場所に集まって、そこで死ぬのを待ってるんだって。キメラもそういう習性があるかもって言われてる。ヴェスパーさんちの周り、動物とか魔物の死骸とか凄かっただろ? 世間じゃ『魔物の墓場』って呼ばれてるんだ」
「おいおい、そんなヤバそうなところに住んでんのかよ、あのじいさん」
 ナギがあきれた口調で言うと、ルカはナギに向き直り、
「でも商人の間じゃ、アイテムに使う貴重な素材もよく見つかるので、『魔物の宝物庫』とか呼ばれてたりしますよ」
 そう言って目を輝かせた。ひょっとしてルカをヴェスパーさんのところに向かわせているのも、そういう素材を手に入れるためなのかと推測してしまう。
 そして宝物庫と聞いて、一瞬ユウリの目が光ったが、敢えてそこには触れないことにした。
「それじゃそこで死んだキメラの羽根を、ヴェスパーさんは拾って生計を立ててるってことなんだね」
「そういうこと」
思わぬところでキメラの翼の作成方法を知ってしまった。ルカも色々勉強してるんだな。
「とりあえず、イシスに向かうぞ。まずはそこでピラミッドについての情報を集める。……よし、明日俺は女王のところへ向かうから、お前らは町で情報収集をしろ」
「二手に分かれるってこと?」
「ああ。全員で行ったら時間がかかるだろ」
 私は納得しながらうなずいた。そう言うと、ユウリは自身の影を見ながら、方角を確認していた。
 その様子を、ルカは羨望の眼差しを向けながら眺めている。
「オレ、最初にユウリさんのこと、勇者っぽくないっていったの取り消すよ。やっぱり人の上に立つ人って、カッコいいよな」
「あ、ああ、うん。そうだね」
ルカに同意する私だったが、内心ユウリがまたお城に向かうという事態に若干の不安を抱いていた。なぜなら、ロマリアの王様交代事件があったからだ。まあ、そんな酔狂なことをする王様なんてそういないし、そんな何人もいてもたまったもんじゃない。
とりあえず明日何事もないことを祈るしかないのだった。
 

 

砂漠の町

 砂漠の真ん中にあるオアシスの国、イシス。ここははるか昔からすでに大国として栄えており、砂漠を越える旅人の休憩の場であると同時に、この地域では伝統的な石造りの家々が建ち並ぶ、歴史的価値の高い町でもある。
そんな歴史ある町イシスに到着したころには、日はすっかり沈んでいた。この時間にお城に行っても門前払いされるだけだと判断したユウリは、翌日にお城に行くことを宿屋の中で話した。
その後皆でピラミッドに関する情報を得るため手分けして町を回ると言う話になったのだが、どうにも頭が回らない。砂漠の暑さと魔物との戦闘で疲労がピークに達したのか、彼の話を聞き終えて部屋に入った途端、張り詰めた糸が切れたかのように、私は力なくベッドに身を預けた。
砂漠の町の宿屋は手狭ながらも珍しく個室で、ベッドもいたってシンプルだ。木製の枠組みに敷物をかけただけの簡素な作りである。それでも長旅で疲れた私たちの体を休ませるのには充分だった。
 そして一夜明け、私は宿泊した宿の玄関外で、まだ日の出ない薄闇の中、震える声で呟いた。
「うう~、寒い。まさかこんな町の中でも寒いなんて」
 砂漠の朝は寒い。昼間のあの暑さはなんだったのだろうと疑ってしまうほど、この地域の寒暖の差は激しいのだ。
 そのあまりの寒さに想定外の早起きをしてしまった私は、眠気覚ましに外でトレーニングをしようと思い、思いきって外に出た。けれど外は部屋よりも格段に寒く、しかも今日は風が強いのか、冷気を含んだ鋭利な刃物のように、寒さが体を刺していく。私は一刻も早く体を温めるため、震えた体を抱きしめながら、小走りに町を駆けた。
走りながら見える町並みはどこも静まり返り、時おり吹く砂混じりの風が、この町の気候の厳しさを物語っていた。
 宿から少し離れると、何やら風を切る音が聞こえてきた。音のする方へ向かっていくと、少し開けた空き地に見慣れた人物が一心に剣を振っている姿があった。
あれは、ユウリ!?
 幸い向こうを向いているのでこちらに気づくことはないが、あの後ろ姿は紛れもなくユウリだ。どうやら彼も早朝のトレーニングを行っているらしい。私も相当早く起きたつもりだったのだが、一体ユウリはいつからやっているのだろうか。
 声をかけるべきか迷ったが、トレーニングを邪魔する訳にもいかないし、話しかけたらかけたで何だか怒られそうな気がするので、黙ってこの場を去ることにした。
 ユウリの姿を見てなぜか不思議とやる気が漲った私は、別の場所で鍛練を行うことにした。人に見られるのは恥ずかしいので、なるべく人通りの少ない場所を選ぶ。ちょうど木々が周りに囲われてある場所があったので、そこでトレーニングを始めることにした。
 師匠に教えてもらった体術、魔物相手を想定した組手など、今自分ができる技を昇華させるため、頭の中でシミュレーションしながら続けていく。
やがて自分が納得できるくらいに形になった頃、こちらに近づく気配がしたので何かと振り向いた。
「朝から熱心だな」
「ナギ! どうしたの? こんな朝早く」
 そこに現れたのは、意外にもナギだった。だけど、なんとなくいつもより顔色が悪い気がする。
「ああ、なんか目が冴えちまって、散歩でもしようかと思ってさ。お前こそ早いじゃん」
「私も寒くって目が覚めちゃったから、体を暖めるついでにトレーニングでもしようかと思って」
「へえ、お前も堅物勇者も真面目だな」
「ナギもユウリがトレーニングしてるところ見たんだ?」
「ああ、うっかり目に入っちまった。まああいつ、あれ毎朝の日課みたいだけどな」
「毎朝やってるの?!」
「そうみたいだぜ」
 全然気づかなかった。普段でさえ町やダンジョンを行き来したり、魔物と戦ってたりするのに、あんな朝早くからトレーニングしてるなんて、一体いつ寝てるんだろう。
「オレも時々するけどさ、絶対あいつの方が先に起きてんだよな」
悔しそうに言うナギ。ちょっとしたことでも負けたくないという気持ちが彼にはあるらしい。
「私も、絶対自分が一番早いと思ったんだけど、それより先にユウリがいたからビックリしたよ。そうだ、ナギも一緒にトレーニングする?」
「あー、いや、今日はなんかそういう気分じゃなくてさ。ちょっと散歩したら戻る」
「大丈夫? 顔色悪いみたいだけど」
「ああ。心配してくれてありがとな。なんか、お前の顔見たら安心した」
「え?」
急にそんなことを言われたので、ドキッとしてしまった。けど、どことなく無理をしてる雰囲気に見えるのは、気のせいだろうか?
「あの、無理しないでね。今日は私とシーラで町を廻るから、体調悪いなら一日宿で休んでなよ」
「大丈夫大丈夫。それにあいつ……シーラの方が無理してる気がするし」
そう言えば、昨日の砂漠での様子も、いつもと違っていた気がする。ナギも気づいてたんだ。
「シーラ、何か悩んでるのかなあ。ナギ、何か知らない?」
「さあ。お前が知らないってんなら、オレらはもっとわかんねーよ。あいつと一番仲いいのはお前だろ」
「うん……。でも私が相談に乗るって言った時も、シーラは笑ってただけで何も言わなかったし、何か隠してる気がするんだ」
 私が眉を下げてそう言うと、ポンと私の頭に何かが置かれた。見上げると、ナギが半ば呆れたような笑顔で私の頭に手を乗せていた。
「ホントお前って、そういうの気にするよな。だからあの堅物にいいように扱われるんだ。周りを見るのもいいけど、もっと自分を大事にしろよ」
「う、うん……」
 そういうナギも、気づけば私を含めほかの人にも優しく気遣っているように見える。
 すると、いつになく真剣な面持ちで、私を見据えた。
「あと、もっと自分に自信持てよ。あいつに散々言われてるけど、お前がこのパーティにいなかったら、こんな風に呑気に旅なんて出来てなかったぞ」
ナギの予想外の発言に、私はしばし言葉を失う。
「お前はいわばこのパーティーの屋台骨だ。周りの骨を支える支柱がなけりゃバラバラになっちまう。そういう存在なんだよ、お前は」
その力強い口調に、思わず私の目頭が熱くなる。そう言ってくれる人が身近にいてくれて、失いかけていた自信が再び戻っていくのを感じる。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。ありがとう。そう言ってくれて嬉しい」
涙を誤魔化すため、目に砂が入ったのを装いながら、私は笑った。けれど、もしかしたらナギには気づかれたかもしれない。なぜなら彼はあからさまに私から視線を外し、目新しいものもない街並みを眺めていたからだ。
いつもと様子が違うナギを見て、私の心の中にモヤモヤした気持ちが生まれる。顔色の悪い彼は心配する私に気づいたのか、すぐに話題を変えた。わざわざ人に話すことでもないことなのかもしれないが、教えてくれない以上、変に詮索しても余計相手に負担を与えるだけだ。私はすぐさま話題を変えてみる。
「ねえ、今日はやっぱり皆でお城に行ってみない?」
「? どうした急に」
城に行くのはあいつ一人だろ? とさらにナギは付け加える。彼の疑問は最もだ。けれど私は、何かに悩んでそうな二人を別行動させるのは不安と感じた私は、急遽提案をすることにした。
「そうなんだけどさ。ロマリアでユウリが王様になったの覚えてるよね? あのときみたいに、もしまた暴走して国の存亡に関わるようなことになったら大変だし、誰か止める人がいた方がいいと思うんだ」
とっさの言い訳だが、全くの嘘を言ってるつもりもない。実際ユウリが王様になったことでロマリアの経済は危うく破綻寸前になるところだったし、彼の物言い次第では、事態がどう転ぶか全く予想が出来ないのだ。
「おいおい、そりゃさすがに気にしすぎじゃねーか? あいつ、身分が上の人間に対しては割と常識的な行動するだろ」
「え、そうかな?」
言われてみれば確かに、初めてロマリアの王様に会ったときは、別人ですか?ってくらいまともに話していた気がする。
「そっか……。でもルカに聞いたんだけど、イシスの女王様って、絶世の美女って噂だよ。一般人でも気軽にお城に入れるらしいし、一度でいいからみてみたいと思わない? 」
「なんだって?」
絶世の美女と聞いて、急にナギの目の色が変わる。ビビアンさんはどうした、ビビアンさんは。
「それとも、ナギだけ別行動する?」
「バッカ野郎! そこまで聞かされて、何でオレだけ別行動させられなきゃならないんだよ!! 行くに決まってるだろ!!」
まるで一人だけ牢屋に入れられなきゃならない状況に陥ったんじゃないかというくらい、切羽詰まった表情で叫ぶナギ。いや、何もそこまで言ってないんだけど。
「それじゃ、帰ったらユウリに相談してみよう。もうユウリも宿屋に戻ってるよね」
話を強引に変えた私は、半ば興奮しているナギを落ち着かせたあと、トレーニングを切り上げた。と同時に、いつものナギに戻ったみたいなので内心ホッとする。そして結局そのまま一緒にナギと帰路に就くことにした。



気づくと、刺すような寒さはすっかり和らいでいた。 黄金色の朝日はすっかり町の屋根よりも高く上がり、私たちの歩く道を照らしてくれる。
宿に到着し、ドアノブに手をかけようとした途端、触れてもないのに勝手にそれが回りだし、同時にドアが私の目の前に吸い寄せられるように向かってきた。
どんっ!!
急に目の前が真っ暗になり、次いでお星さまが視界を遮った。後ろにいたナギが何やら騒いでいるが、額に現れた鈍痛に耐えるので精一杯で、何が起きたのか考える余裕などなかった。
目を瞬かせて見上げると、身なりを整えたユウリが立ちはだかっていた。
「何ぼーっと突っ立ってんだ。通れないから早くどけ」
「おい! その前にミオに謝るのが先だろ」
ナギが私の前に立ち、ユウリの進路を塞ぐ。不機嫌な顔のユウリは私たちを交互に見ると、眉間のシワをさらに増やした。
「そんなところに立ってるのが悪いんだろ。いいからそこをどけ」
「え、ちょっと待って! どこに行くの?」
「昨日言っただろ、イシスの女王に会いに行くって」
私が咄嗟に尋ねると、ユウリは鬱陶しげにいい放った。まずい、今言わないとユウリが行ってしまう。
「あのさ! さっきナギと話したんだけど、やっぱり皆でお城に行かない?」
額をさすりながら言う私に、心底うんざりした顔をする勇者。
「なんでお前らと一緒に? 別に女王に話を聞くくらい一人で行ける」
「だ、だってさ、昨日ずっと砂漠にいたし、ユウリも疲れたでしょ? 町での情報集めはあとで私たちがするからさ、お城から帰ったらユウリは休んでなよ。それに、万が一リーダーのユウリに何かあったらみんな心配するよ?」
「お前らがそんな繊細な心を持ってるとは思わないけどな」
 にべもなく言い放つユウリ。
 うう、なかなか手強い。しかもなにげに失礼なことを言っている。
 やっぱりアッサラームでの一件から、私に対して怒ったままなんだろうか。でも、自分の何が悪いのかがわからないので、これ以上謝りようがない。
 こうなったら、なけなしの演技力をフル稼働して、ユウリを説得してみよう。
 心を決めた私は、半ば勢いでユウリの手を両手で包み込むように握りしめると、憂いを帯びた目で戸惑うユウリを見た。
「な、なんだいきなり」
 私の突然の行動に、動揺の色を隠せないユウリ。そんなのお構いなしに、私はひたすらじっと見つめる。
「そんなことないよ。本当は皆、ユウリのことが心配なんだよ。だってユウリ、いつも無理してるもの」
「何?」
 仕草は演技だが、言ってることは本心である。実際アッサラームを出てから、彼はほぼ一人で魔物を倒していた。砂漠の魔物は強く、今の私たちでは魔物に致命傷を与えることすらできない。
 それだけじゃない。普段の戦闘でも、ユウリはリーダーとしての責任感故か、いつでも最前線で戦っている。それは本来、武闘家である私の役目なのだが、今の自分のレベルでは足手まといにしかならない。なので私が戦えない分、ユウリが負担になっていることに、私は多少の負い目を感じていた。
 私は俯くと、小さく肩を震わせた。もはや演技ではない。弱い自分を改めて思い返し、腹立ちすら覚えていた。
「私が弱いせいでユウリにばっかり負担をかけさせちゃってるし、せめて町の中にいる間は、少しでも私たちを頼ってほしいの」
ユウリを包む手に力が入る。そして真剣な眼差しで彼を再び見据え、必死に訴えかけた。心なしか自分の目が潤んでいるのは、自分で自分のことを弱いと認めたうえで、苛立ちと悔しさが入り混じっているからだろう。
けれど、その様子が彼にどう見えたのか定かではないが、真実味を持たせたのは確かだ。棘のように私に突き刺さっていた彼の視線は、次第に憐れみと同情の色に姿を変えていく。そして、静かに口を開いた。
「……心配するのは勝手だが……。そういう顔は他の奴に見せるな」
「え?」
小さい声でそういうと、顔を背け、手を払われた。いったいどういう意味なのか尋ねようとしたら、
「そんな情けない顔でいられたら、勇者の仲間として恥ずかしいだろ」
 と、きっぱりと言われた。
 ああ、そういう理由か。けれど、改めて他人にそう言われると、結構ショックだ。
 するとユウリは再びこちらに向き直り、
「……そんなに俺と行きたいのなら、仕方ない。特別に俺の隣で謁見する許可をやろう」
 そう上から目線で言った。言い方はともかく、とりあえず説得に成功したようだ。
「いいのか? あいつ、何だかんだでお前の頭ぶつけたこと、なかったことにしそうだぞ」
「あ、うん、とりあえず、私の意見を了承してくれたのなら別にいいよ」
耳元で話すナギの言葉に、そういえばそうだったと今さらながら思い出したが、あえてそういう素振りを見せず、明るく振る舞った。
そんなこんなで、急遽予定を変更した私たちは、ユウリと一緒にお城に行くことにした。
身だしなみを整えてから行きたいので、一度部屋に戻ることに。そういえばシーラは起きてるのだろうか。
「あっ、おかえり、ミオちん!」
部屋に入ると、朝から元気いっぱいな声のシーラが出迎えてくれた。いつもは寝起きの悪い彼女だが、今日は珍しくとても機嫌が良い。
「おはよう、シーラ。今日はなんだかご機嫌だね」
「へへ、まあね☆ それよりミオちん、今日は町を廻るんでしょ? 一緒に行こうよ♪」
彼女はいつもの調子で私の腕にしがみつき、にこにこしながら話しかけてきた。
「あのねシーラ。先にこれから皆でお城に行くことにしたんだ」
「え?! そうなの?!」
やったー、と言いながら、嬉しそうにぴょんぴょん跳び跳ねている。
「シーラもお城に行きたかったの?」
「うん! だって面白そうじゃん♪」
お城に面白さを求めるのもどうかなあ、と思ったが、細かいことは気にしないことにした。
「そうだ、ルカにも言っとかないとね」
「あ、るーくんなら、昨日もらった羽根を持ってどっかに出掛けたよ?」
昨日もらった羽根とは、キメラの羽根のことだろう。そういえば昨日、その羽根がキメラの翼の材料になるって教えてもらったんだ。ならその羽根を買い取ってくれるところに行ってるのだろう。
「そっか。じゃあルカが戻ってくるまで待ってた方がいいよね」
「ここからすぐ近くだって行ってたから、もーそろそろ帰ってくるんじゃない?」
シーラの言うとおり、ちょうど身支度を済ませた頃、買取りを終えたルカが戻ってきた。ルカは宿のカウンターで待つ私たちに気づくと、懐からなにかを取り出した。
「お待たせしてすみません! 値段の交渉してたら遅くなっちゃって……。これ、気持ちですけどどうぞ! ここまで来てくださったお礼です!」
私たちに渡したのは、羽根ではなく、完成品であるキメラの翼だった。それを人数分、つまり一人一つずつ私たちにくれるってことだ。
「どうしたの、これ? もしかして、買ったの?」
私が聞くと、ルカは笑ってはぐらかす。おそらく近くの道具屋で買ったのだろう。素材の買取価格はわからないが、キメラの翼は一つ買うだけでもけして安くはない値段だ。
「ありがとー、るーくん!」
歓喜の声を上げると同時に、がばっとルカに抱きつくシーラ。ルカもまさかいきなり抱きつかれるとは思ってなかったらしく、顔を真っ赤にしてどぎまぎしている。
「ありがとな。でも、いいのか? お前の師匠に怒られねーか?」
「大丈夫です。もともと今回は、いつもより多めに旅の資金を師匠から頂いてたんで、どうか気にしないでください」
「……そっか。じゃ、ありがたくもらっとくぜ」
そう言うと、ナギはわしわしとルカの頭を荒っぽく撫でた。こうしてみると、二人とも実の兄弟のように見える。
「こいつの弟にはもったいないくらい、気が利いてるな」
ユウリはユウリで、これが最高の褒め言葉なのだろう。私を見るなりそう言うと、感心しながらルカに視線を移した。
「ところで皆さん、今から出掛けるんですか?」
「ああ。これから城に行って女王に話を聞いてくる。本当は俺一人で行くつもりだったんだがな」
「そうなんですか! ならその間おれが町へ行って、ピラミッドの情報を聞いてみますよ。もうこの町でのおれの仕事は済みましたんで!」
「そうか。それは助かる……」
そう言うなり、ルカはユウリの返事も聞かぬまま、電光石火のごとく再び外に飛び出した。彼のこういうところは相変わらず直らないのが玉に瑕だ。
「……と、とりあえず、お城に行こうか。多分ルカなら大丈夫だよ」
この町に詳しいルカならむしろ任せてしまった方がいいだろう。気を取り直し、私たちはこの町を統べる女王様に会うため、宿を出ることにした。
 

 

イシスの女王

「ようこそ、あなたがあの噂に名高いオルテガ殿の意思を継いだ勇者殿なのですね。我々砂漠の民はあなた方冒険者を心より歓迎しますわ」
艶やかな微笑みを湛える黒髪の美女は、突然の来訪者たちにも全く不快感を示すことなく、歓迎の意を見せた。
その突然の来訪者である私たち勇者一行は、女王様とのお目通りの許可を頂いたあと、玉座の間へと通された。自己紹介を終えると、目の前に佇むこの世のものとは思えない美貌を持つ君主に、ただただ息を飲みひれ伏すしかなかった。
 艶やかな黒髪はまっすぐに切り揃えられていて、豪奢な髪飾りが品のよさを存分に引き立たせており、長い睫毛と切れ長の瞳、すっと通った鼻筋にふっくらとした唇、薄い褐色の肌に合わせたきらびやかな装飾品が、彼女の美しさを一層際立たせている。
ナギなんか、この部屋に入ったとたん女王様以外のものなど目もくれないし、シーラも目をキラキラさせながらずっと見続けている。かくいう私もまるで絵画を見ているかのように飽きずにぽーっと眺めていたりしている。
ユウリはと言うと、女王様のことを見てはいるが、特に変わった様子は見られない。
「急な来訪にも関わらずお時間を設けてくださり、お心遣い感謝致します」
 ロマリア王との謁見のときと全く変わらない言動に、私は内心焦っていた。
 女性の私ですらドキドキするくらいの美人なのに、なぜかユウリは全くの無反応。興味はなくてもせめて、女王様の美しさを誉めるくらいはしてもいいと思うのだけれど。さすがのユウリも女性を褒めるという行為は抵抗があるのだろうか。
「あの、女王様は大変お美しい方ですね!」
 業を煮やした私は、つい横から口を挟んでしまった。
 けれど私の思惑とは違い、なぜか女王様は僅かに顔を曇らせる。
「皆私の美しさを褒め称えます。けれどそれは所詮一時のものでしかありません。姿かたちだけの美しさなど、何になりましょう」
 そう言うと、淑やかにため息をついた。
 けれど憂いを帯びた女王様の表情は、彼女の言葉とは裏腹に、儚くも繊細な美しさを醸し出している。
 そしてその瞬間、私は失敗してしまったと悟った。さっきの言葉は女王様にとっては賛辞でもなんでもなかったのだ。私は自分の失言に、目の前が真っ暗になってしまった。
私が目を泳がせて反応に困っていると、隣にいたユウリが一言、失礼致しました、と口を挟んだ。
「彼女の言葉が足りないせいで、女王様にあらぬ誤解を招いたこと、お詫び申し上げます。先ほど彼女が伝えたかったのは、女王様の『心』が美しいと言いたかったのだと思います」
「『心』ですか?」
「はい。身分の差など関係なく、我々のような冒険者にも平等に接してくださり、また労って頂ける慈愛に満ちた心を持った人を、私はこの十数年生きてきて一度も拝見したことがありません。女王様はなんと心の美しい方なのでしょう」
すると女王様は、にっこりと微笑みを返した。
「わたくしも真の美しさとは心の美しさだと思っています。ですが殆どの人々はそれに気づかないのです。貴方たちとは気が合うかもしれませんね」
「女王様からそのようなお言葉を頂き、恐悦至極の思いです」
表情を崩すことなく、深々と頭を下げるユウリ。その様子を横で見ていた私は、心の中で彼に感謝した。
と同時に、女王様に失礼なことを言ったばかりか、そのあとのフォローも上手く言えない自分が悔しくて仕方がなかった。
「それで、要件はなんでしょう? わざわざこんな過酷な地へ訪れたということは、相応の理由があるのでしょう?」
気を取り直し、女王様はユウリに向かって改めて尋ねられた。
「はい、恐れながら申し上げます。我々は今、『魔法の鍵』というものを探しています。そしてその鍵は、この地方にあるピラミッドにあると聞きました。しかし、ピラミッドは古代のイシス王家の墓。王家の宝を頂くというのはあまりにも礼を失する愚行とは存じているのですが、私たちもその鍵がなくてはこの先の旅路に支障をきたすおそれがあります。そこで、女王様にお願いがあります」
「なんでしょう。申してみなさい」
女王様が促すと、ユウリは一呼吸おいて説明をし始めた。
「『魔法の鍵』を手にいれるために、ピラミッド内部に入る許可を頂きたいのです。ですが、それでは女王様に何の利益もありません。それに周辺の噂では、長年人が寄り付かないせいか、最近ピラミッド内部及び周辺に魔物が多く棲みついていると聞きました。そこで、『魔法の鍵』の対価として、我々がピラミッドの内部に入り、そこに生息している魔物を残らず退治するというのはいかがでしょう?」
ユウリの提案に、女王様は破顔した。
「まあ、それは我が国にとっても大変有難い申し出ですわ。そもそもこの地には、人が生活するには厳しい場所なだけあって、腕の立つ者が不足しているのです。勇者殿がそう言ってくださるのなら、喜んで協力しますわ」
「女王様の寛大な御心に感謝致します。早速ですが、内部に入る際の注意点、及び詳細な地図があると大変助かるのですが、そういったものは……?」
「ごめんなさい。私も詳しくは知らないのです。今は王家の墓も別の場所に作ってあるので、わたくしたちがあそこに立ち入ることは殆どありません。むしろあの遺跡を調査している考古学者の方の方が詳しいかもしれませんね」
そっか。語り継ぐ人はいないけれど、そこに興味があって調べる人はいるんだ。
「成る程。それではその考古学者はどちらに?」
「この城の離れに宮仕えとして働いている者がおります。少々変わり者ですが、その方に聞いてみると良いでしょう」
「では早速訪ねてみます。お気遣いありがとうございます」
「とんでもない。我が王家の所有地に魔物が蔓延っているだけでも厭わしいのです。それを一掃してくれるのなら、魔法の鍵だけでなく、そこにある宝もあなた方に差し上げますわ」
「いいのですか?」
「ええ。その代わり、またここへ来て、わたくしの話し相手になってくれませんか? あなたのように価値観の合う殿方がなかなか周りにいないのです。もしよろしければ用事を済ませたあと、またこちらにいらしてもらっても宜しいですか?」
「はい、構いませんが……」
「ありがとう。ではお待ちしていますわ」
 女王様はユウリとの約束をかわすと、妖艶な笑みを浮かべた。
 それにしても、王家の宝までくれるなんて、女王様ってなんて寛大なんだろう。きっとそういう内面的なところも含めて、人々に好かれるんだろう。
 私たちは再び平伏すると、女王様の側近の人に考古学者がいる場所を教えてもらい、玉座の間を退室した。



「ユウリ、さっきはありがとう」
考古学者がいるという、お城の離れに向かう途中、私は歩きながら、さっきユウリにフォローしてもらったお礼を言った。
お礼を言われた張本人は私の方を向くと、蔑むような顔でため息を一つつく。
「お前が王族に意見するなんて百年早い」
う……、そこまで言わなくてもいいのに。でも実際、ユウリのお陰であの場はなんとかごまかせたから、二の句は告げない。
そうこうしてる間に、離れにたどり着いた。離れと言っても建物の作りはしっかりしていて、四方の壁に窓は一つ。部屋の中は余計な飾りや柱などは一切存在せず、本棚と机、砂漠の町では必需品の水瓶のみ。だが、何かを作業するには最適な空間となっていた。
その部屋の机に向かって、なにやら分厚い本を見ながら、手元にある羊皮紙にペンを走らせている男性がいた。いや、よく見るとペンではなく、何やら小さい炭のようなもので何かを書いている。
普段手入れしてないのか、無精髭が目立つ。あちこち白髪が入り交じっているが、意外にもまだ三十歳前後に見える。
男性は私たちが声をかけても気づかないのか、ずっと机にかじりついたままだ。何度か呼んでいるのだが、こちらを見向きもしない。しびれをきらしたのか、急にユウリがずかずかと部屋に入り、男性のすぐそばまで行くと、息を大きく吸い込んだ。
『ピラミッドを調査してるのはお前か!?』
「わあぁぁぁっっっっ!!??」
今まで一度も耳にしたことのないくらいの大音量で、ユウリが叫んだ。さすがの男性も、いきなり耳元で叫ばれて驚いたのか、体を大きく弾ませると、椅子に座ったまま後ろに倒れた。
ガッターン!!
いやいや、それはやりすぎだろう……。周りにいた私たちも思わず耳を塞いだが、間に合わず耳が若干キーンとしている。シーラなんか目回ってるし。
「はっ! 君たちは一体?!」
男性はユウリと私たちを交互に見ると、警戒心を露にしながら尋ねた。
「俺はアリアハンの勇者、ユウリだ。お前に聞きたいことがある」
いや、その言い方だと完全にこっちの分が悪いと思うんだけど。さっきの女王様との会話は幻だったのだろうか。
「ゆ、勇者!? あの、英雄オルテガの子供の?! な、なんでこんなところに?!」
「俺たちは今からピラミッドに行かなければならないのだが、情報が足りない。そこで、お前なら知ってると聞いて、わざわざ勇者である俺の方から出向いてやった」
「そ、それはどうも……」
 流されないで! 教えてもらう立場として勇者のその対応はおかしいんだから!
「突然すいません。私たち、『魔法の鍵』がほしくて、ピラミッドに入りたいんです。女王様の許可も頂きました。ですが、そこには侵入者から守るための罠や仕掛けがあるみたいなんです。それで、なにか詳しい話を聞けたらいいなと思って、お邪魔させて頂きました」
 不遜な態度のユウリを押しのけ、横から私が説明する。もはやこの流れが恒例行事となりつつあった。
事の経緯を説明すると、ようやく男性は納得したのか、落ち着いて話を聞いてくれた。
「これは失礼しました。僕はロズといいます。あなたたちのおっしゃるとおり、仕事でピラミッドの調査をしています。と言っても、最近は魔物の数も増えてきて、滅多にそこに足を運ぶことはないのですが……」
「ピラミッドの内部に入ったことはないのか?」
「いやあ、無理ですよ。まずここからピラミッドに向かうまでが大変ですからね。まあそれでも、どうしても実物を調査したくて、あるとき紹介所で戦士を二人雇ってようやくあそこの入り口まで行きましたけど、砂漠にいる魔物とはまた別の魔物が蔓延ってまして。その魔物を見た瞬間、雇った戦士二人が急に逃げ出しちゃったんです。聞いてみたら、金は払わなくていいから帰らせてくれと言ったんです。その時は仕方なくそのまま帰って来ちゃいましたよ」
そう言って、苦笑するロズさん。戦士が二人いて戦う前に逃げ出すなんて、一体どんな魔物と対峙したんだろう。
「その魔物がどんな姿だったか、わかるか?」
「確か、包帯巻いたゾンビと、大きなカエルがいましたよ。あとで調べましたが、そいつらはそれぞれミイラおとこと、大王ガマだったはずです」
ユウリが聞くと、ロズさんは今でも鮮明に覚えているのか、すらすらと話した。
「ミイラおとこに、大王ガマ……。なんとかなるか」
魔物の情報を聞いて、一人ぶつぶつと呟くユウリ。おそらく彼の頭の中にはその魔物の知識が入っているのか、戦い方をシミュレーションしているようだ。正直火炎ムカデ一匹に手こずってる身としては、戦士二人が逃げ出すほどの魔物を相手する自信なんて全くないのだけれど、さすがに声に出しては言えなかった。
「内部の地図なんかは……ないだろうな」
「はい。先ほど言いましたが、入り口までしか行けませんでした。ただ、入り口から奥までずっと狭い一本道の通路になってましたね。隘路とも言いますか。ともかく侵入者を足止めするには適した地形にはなってます」
「なるほどな。ちなみにどんな罠や仕掛けがあるかは知ってるか?」
「そうですね……。実際に見てないから憶測でしかないのですが、一般的に宝箱の罠は警戒しといた方がいいですよ。昔から墓荒らしなどの類いは多かったみたいですし、そいつらからお墓に眠る宝を守るためにも、罠は必須ですからね。あとは、確かこっちの棚に……」
ロズさんは腰を上げると、横にある本棚の中から一際ぼろぼろの本を取り出した。本を開き、パラパラとページをめくると、あるところで手を止める。そこには見たことのない文字がびっしりと書かれており、挿し絵なのか、古代の人間を模した絵や星をあしらった装飾品、金色で塗られた爪形の武器などが描かれていた。
「変わった絵だね♪ あとこれなんて読むの?」
シーラが興味深そうにロズさんに尋ねる。
「古代文字ですね。僕も全部は読めませんが、どうやら古代のイシス王家の墓であるピラミッドに、棺と一緒にいろんな宝飾品も納めてたみたいですよ」
そう言うと、ロズさんは次のページをめくる。今度は文字よりも絵の方が多く、太陽が昇る様子と、沈む様子があちこちに描かれている。
「? どういう意味だろう?」
「さあ。このページの文面には『わが一族は常に太陽と共にあり』としか書かれてなくて」
「他にヒントになりそうな文献はないのか?」
「この本も、ピラミッドに関する情報はこのページで最後ですし、他に参考になる資料はないですね」
ロズさんから絶望的な答えを聞かされ、一気にテンションが下がる一同。ふと気がついて窓の外を見ると、怪しい雲行きになってきた。雨でも降るのだろうか。
「おや、この時期にしては珍しいですね。スコールが来ますよ」
するとほどなく、激しい音とともに大粒の雨が大量に降りだした。ロズさんによると、ここ砂漠地方ではたまにある現象らしい。
「雨がやむまで小一時間はかかると思いますが、どうされます?」
離れから王宮までは幸い屋根があるので雨に打たれることはないが、城の外に出れば間違いなくびしょ濡れになるだろう。とはいえここにいてもこれ以上得られる情報はない。そうなるとーー。
「なら俺は女王のところに行ってみる。お前らは一般開放している場所で待っててくれないか」
「そういえばそうだったね。じゃあ、ユウリが来るまでそこで待ってるよ」
四人それぞれ頷き合うと、そのまま私たちは大広間、ユウリは女王様のいる部屋へとそれぞれ向かったのだった。
 

 

不思議な歌

ロズさんと別れの挨拶をしたあと、私たち三人はユウリと別れ、城内の入り口から通じる大広間へと足を運んだ。そこは一般人も自由に出入り出来る場所で、壁のいたるところに金を掘った彫刻や、ガラスでできた置物などが飾られている。この大広間が一般開放となったのはつい最近であり、今の女王様のご意向でそうなったのだそうだ。
大広間は雨宿りのためか、数人の一般客と侍女らしき女性が歩いていた。広間の中央は庭園になっており、噴水と、その周りに花壇が敷き詰められ、その真上には、色とりどりのガラスの窓が模様のように張り巡らされていた。
「うわあ、きれーい……」
ぽかんと口をあけたまま、私はつい口にしていた。
「あれね、ステンドグラスって言うんだよ」
「へえ。シーラよく知ってるね」
今まで家の窓しか見てこなかった私にとって、ステンドグラスというものは衝撃的だった。振り向けばナギも目を丸くしながらそれを見上げている。
「そういえばナギ、今回は随分大人しいね。女王様を見ててっきり興奮してると思ったのに」
「おいこら、お前オレを動物か何かと思ってないか?」
私が疑問を呈したら、ナギが口を尖らせながら答えた。
「いや、そんなことはないけど……ビビアンさんのときと反応が違うなと思って」
「あの女王様は完璧すぎるんだよ! 確かに誰もが惚れそうになるくらいの美女だけどさ、なんていうか、逆に近寄りがたい雰囲気なんだよな。やっぱりオレの推しはビビアンちゃんだよ!! あの美しさと親しみやすさとのギャップが……」
まずい。どうやらスイッチが入ってしまったらしい。シーラが「関わらない方がいいよ」と目で訴えてきたので、そっとしておくことにした。すると、
にゃあ、にゃあ。
「?」
どこかで、猫の鳴き声が聞こえる。声のする方に視線を移すと、子猫が私の足にすり寄ってくるではないか。
「かっ、可愛い~~!!」
思わず目をハートマークにして、私はフワフワの白い毛並みの子猫を抱き上げた。よく見ると、噴水の周りに何匹もの猫が群がっている。人に慣れているのか、私たちが近寄ってきても全く逃げる気配はない。
「あっ、あっちにねこちゃんいるよ~」
「待て待てー」
すると、猫じゃらし代わりの草きれを持った小さな女の子たちが、猫を追いかけてこちらへやってきた。草にじゃれようとする猫と、それを追いかける女の子たちが、噴水の周りをグルグル回って無邪気に遊んでいる。
「なんかこういう光景見ると、旅のこととか忘れちゃいそうだねえ」
「そーだね~。このままずっとこうして眺めてたいねえ」
「お前ら、こんなところでのんきに油売ってんなよ。ったく、なにもしないで待ってるのが一番苦手なんだよ」
すっかり和んでしまった私とシーラに対し、待ちきれないのかずっとその場をうろうろしているナギ。すると、ずっと動いているナギの足に、数匹の子猫がじゃれついてきた。
「わっ、何すんだよ、お前ら! 踏んじまうだろ!」
ナギの警告などお構いなしに、どんどん増える猫たち。猫好きにしてみれば羨ましいことこの上ないのだが、本人は嫌なのかうっとうしそうだ。
「ナギって、ひょっとして猫嫌いなの?」
「別に嫌いとかじゃねーよ。ただ、足元にこんだけ猫がいたら踏んじまうじゃねーか」
「いや、気を付ければよくない?」
なんてやり取りをしているうちに、猫と遊ぶのは飽きたのか、女の子たちは別の場所で歌を歌い始めた。なんとなく聞き流していたが、歌詞の内容が印象的で、いつの間にか頭の中で何度も反芻していた。
―まんまるボタンはお日さまボタン。小さなボタンで扉が開く。東の西から西の東へ。西の西から東の東。
なんだろう。なぜかわからないが、違和感を感じるのだ。
それが何かを考えようとするのだが、あまりにも脈略が無さすぎて、ぴんとこない。
「ねえ、その歌って、何の歌? この町で流行ってるの?」
どうしても気になった私は、女の子たちに歌のことを尋ねた。女の子たちはお互い顔を見合わせると、揃って首を傾げる。
「うーん、わかんない」
「わたしがねるとき、おかあさんがよくうたってくれたよ」
子守唄みたいなものかな? 意味はないけど語呂がいいので、子供を寝かしつけるにはぴったりなのかもしれない。
なんて考えているうちに、玉座の間とは別の通路から、ユウリが戻ってきた。なんとなく疲れた顔をしているのは気のせいだろうか?
「ったく、何寄り道してんだよ。待ちくたびれたぜ」
ナギが声をかけるが、ユウリは私たちを一瞥しただけ。
何かあったのかと尋ねたかったが、またアッサラームのときみたいに怒鳴り返されるかもしれないので、あえて聞かないことにした。
「おい、何も聞かないのか?」
「へ?」
無言でいると、ユウリが思いがけない発言をしてきたので、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「えーと、別に……。だってユウリ、こういうの聞かれるの嫌なんでしょ?」
「だとしても、パーティーの一員として、一応聞くものだろ」
なんて理不尽なんだ。私は思わず顔をしかめつつも、仕方なくユウリの要望を受け入れた。
「えー? じゃあ、女王様と何話してたの? なんで別の場所からやってきたの?」
「ふん。お前ごときに教えられるわけないだろ」
 うああああああ!! 結局言わないんじゃない!! 腹立つ!!
 私が頭をかきむしりながら地団駄を踏んでいると、呆れ顔のナギが私の肩にぽんと手を置いた。
「反応するだけ時間の無駄だ。いいから、早く帰ろうぜ。ルカもそろそろ戻ってるかも知れねえし」
 いや、好きでやってるわけじゃないし!! そう思いつつも、私は必死で怒りをとどめた。
 確かにナギの言うとおり、ルカが待ってるかもしれない。急いで戻らなければ。
「あっ、ねえ! 今入ってきたの、るーくんじゃない?」
『え?!』
シーラの言葉に反応した私とナギの声が重なる。彼女の指差す方向を見ると、ちょうどずぶ濡れになったルカが慌てて大広間に入ってくるのが見えた。
「ルカ!! こっちこっち!!」
私が呼ぶと、ルカはすぐにこちらに気づき、走ってやってきた。なんて良いタイミングなんだろう。
「るーくん、大丈夫? びしょ濡れだよ!」
シーラはどこからか取り出したハンカチでルカの頭や顔を拭いた。それでも拭ききれず、髪から雨粒が滴り落ちている。
「だっ、大丈夫ですから! それより皆さん、もう女王様にはお会いになったんですか?」
「ああ。ちょうど帰るところだ。そっちはどうなんだ?」
ユウリが聞くと、ルカは表情を曇らせた。
「すみません、一通り町を聞いて回ったんですが、皆さんが求めてる情報は得られませんでした」
けれど、ルカは一呼吸置くと、ですが、と一言付け加えた。
「たまたまいた別の旅商人から、今の世界の情勢について話を聞くことができました。お聞きになりますか?」
「なるほど、それは興味深いな」
その言葉を聞いて、ユウリの目が即座に光った。確かに今世界がどうなっているのか知るのは重要なことだ。
「参考になれば良いのですが……。まず、ロマリアの西にあるポルトガという町を知っていますか? あそこは今輸入品がなぜか出回らず、景気が停滞しています。あと、もともと船舶業が盛んだったんですが、最近海でも魔物が急増してるため、船で行き来する人たちが少なくなってて、当分定期船の出港を停止してるようです。もし船を利用されるならポルトガの王様に直接訪ねた方がいいかもしれません」
「ああ。これから先船での移動は必須だからな。その情報があるだけでも助かる」
「あと、遥か東にあるサマンオサという国では、ここ数年他国との交流を一切断ってるそうで……」
「なるほど、不自然だな。王が変わったという話は?」
「王様が変わったという話は聞かないですね。何しろサマンオサ自体もともと鎖国的でしたから。たまたまサマンオサに立ち寄った旅人から話を聞くことができただけで、詳しいことはわかりません」
「サマンオサか……。確か俺の親父と同じくらい有名な英雄がいたような気がするが……」
「あ、ひょっとしてもう一人の英雄サイモンさんのことですか? オルテガさんと同じく魔王を倒そうとした人!」
「英雄って、オルテガさん以外にもいたんだ!?」
 私は思わず声を上げる。てっきり英雄と呼ばれていたのは、オルテガさんだけかと思っていた。
 でも今の話を聞く限り、ユウリはサイモンさんのことをよく知らないようだ。オルテガさんはサイモンさんと一緒に魔王を倒しに行こうとした訳じゃなかったのかな。
「おれが知ってる情報はこれだけです。すみません、あまりお役に立てなくて」
「いや、十分すぎるくらい貴重な情報だった。助かる」
どうやらルカが持ってきた情報は、ユウリにとって有益なものだったらしい。勇者に感謝されたルカは、安堵の息を吐いた。
「こちらこそありがとうございます。ユウリさんたちのおかげで、おれの仕事も達成したし、何より貴重な経験を積ませてもらいました。これから師匠のところに報告しなくてはならないので、皆さんとはここでお別れですが、またなにかありましたら、ぜひ協力させてください」
そう言って、深々とお辞儀する姿は、もうすでにいっぱしの商人に見える。
「オレらの方こそ、短い間だったけど一緒に旅できて楽しかったぜ。なんか弟ができたみたいで」
「実際弟なんだけどね。こっちとしてはちょっと寂しかったけど」
だって旅の間、私よりもナギといる方が多かったもん。ルカも初めてお兄ちゃんのような存在のナギと接して、なにか変わったのかもしれない。
「あたしも寂しいよ~! だってるーくんすっごい可愛いもん☆ 離れたくないよ~!」
「うわっ! ちょっ、待ってください」
いきなりルカに抱きつくシーラ。彼女も名残惜しそうだった。ルカも恥ずかしさで抵抗はしているようだが、意外にまんざらでもないみたいだ。
「もう、ルカったら、鼻の下延びてるし。この前も言ったけど、たまにはちゃんと家に帰るんだよ?」
「わっ、わかってるよ」
「ならいいんだけど……。はい、これ」
私はルカにあるものを渡した。
「これって……」
それは、女王様に会う前に彼が私にくれたキメラの翼だった。
「気持ちだけ受け取っておくから、それ使って、一度くらいはお母さんたちに顔を見せてあげてね」
「アネキ……ごめん。ありがとう」
照れ臭いのか、下を俯いたままのルカ。けど、ちゃんとお礼が言える辺り、昔より大分素直になった気がする。すると、横から顔を出したユウリも、キメラの翼をルカに渡したではないか。
「おい、間抜け女。それ渡すなら、もうひとつ必要だろ」
「あっ、そっか」
実家からアッサラームに戻るときも翼は確かに必要だ。けれど、えげつない値切り交渉をするあのユウリがアイテムを他人にあげるなんて、信じられない光景だった。
一方ルカは、勇者からもキメラの翼をもらって、戸惑いの表情を隠せない様子だ。
「え、あの、本当に頂いていいんですか?」
「俺はそんなものがなくても呪文を使えるから必要ない。もらえるものはもらっとけ」
「あ……ありがとうございます」
素っ気ない言い方だけど、ユウリもルカのこと気にしてくれてたみたいで、なんだか私まで嬉しくなってしまう。
「なにか言いたそうだな」
「うん。弟のためにわざわざありがとう」
「……ふん」
ぐいっ。
「痛い痛い!」
姉としてお礼を言っただけなのに、なぜか私の髪の毛を引っ張るユウリ。誰か通訳お願いします。
「そうだ、ルカ。これからアッサラームまで戻るんでしょ? どうやって帰るの?」
「師匠からアッサラームに帰る用のキメラの翼をもらってきてるんで、大丈夫」
なるほど、前もって用意してきたんだ。一人で砂漠を越えなきゃならないのかと心配だったが、取り越し苦労だったようだ。
「では、短い間でしたが、お世話になりました。ピラミッドに行く際は、どうか気を付けて下さい」
私たちを見回し、再び深く礼をするルカ。
「ああ。お前の師匠にもよろしくな」
「はい!」
「ルカ。商人の修行、頑張ってね。ドリスさんに迷惑かけちゃダメだよ?」
「お袋みたいなこと言うなよ! アネキ!」
「ミオ、お前実はブラコンなんじゃないのか?」
「もう、なんでそう言うこというかな!?」
「るーくん、また会おうね! 今度は一緒にお酒のもう♪」
「いや、まだ早すぎるから!!」
ルカはキメラの翼を使うまで、ずっと笑顔だった。私たちもまた、笑顔でルカを見送ることができた。この先長く険しい旅が続くと思うけれど、ちょっとでも楽しい旅が出来たのは貴重な経験になったんじゃないかと思う。だってあのユウリですら、口角を緩めてたんだもの。
「ちょうど雨も止んだな。これからピラミッド探索に備えるぞ」
ルカが去ったあと、まるでタイミングをあわせたかのように雨が止んだ。私は気を引き締めるため、自分の頬を軽く叩く。
城の外に出ると、洗い立ての太陽が私たちを出迎えてくれた。そう、まるでこれから向かう未知の場所へと足を運ぶ私たちに、エールを送っているようだった。