うぬぼれ竜士 ~地球防衛軍英雄譚~


 

第1話 うぬぼれ銃士

 今から、少しだけ過去の話をする。

 ――荒れ果てた街の中。曇り空の下。かつてそこにあった美しい景観が、嘘のように打ち砕かれた世界の中で――

「ぉおぉおッ!」

 ――勇敢とも無謀ともつかない戦いを繰り返す男がいた。

 数多の足を持つ黒い巨体に、絶え間無く弾丸を浴びせ――自らを喰らおうと伸びてきた牙を蹴る。
 その反動で後方にひっくり返った彼は――後ろに転がった勢いのままうつ伏せの姿勢になり。そこから間髪入れず、伏せ撃ちの体勢に移ってみせた。

 目にも留まらぬ反撃に、黒い巨体は反応できず――頑丈な装甲で守られていない口の中に、大量の鉛玉を注がれる。
 黄色い体液を撒き散らし、絶命して行くその様を一瞥し――かの強敵に勝利した男は。

「……次だッ!」

 一遍の油断も見せることなく、次の獲物を目指して走り出す。
 そうして人など容易に喰らう怪物に、恐れることなく接敵して行く彼を――多くの兵が目撃していた。
 だが。同じ服を纏って戦っているはずの彼らは、仲間の戦いぶりを賞賛するどころか――どことなく、気味が悪いと視線で訴えているようだった。

「なんて数なんだっ! 一体何処から出てきやがった!」
「突然現れたんだ! 前触れも無く、気が付いたら町中が巨大生物だらけだッ!」
「……おい、あいつ! まさか『うぬぼれ銃士(じゅうし)』じゃないのか!?」
「あんな無茶苦茶な戦い方して……死ぬ気か!? あのクレイジー野郎!」

 不名誉な異名で呼ばれている男は、同僚達の言葉に耳を貸すことなく――ただ愚直に、異星からの侵略者を屠り続けていた。

 ――その最中。

「……うぁあぁあぁあっ! お母様ぁぁあぁああっ!」
「――!」

 この世の嘆きを集約したような悲鳴が、男の注意を引きつけた。彼が視線を移した先には――男とどこか似ている格好に身を包む、1人の少女の姿がある。

(イギリス支部のペイルウイング……? 母親を食われたのか……)
「お母様っ……お母様ああぁあ!」

 彼女は艶やかな桃色が掛かったブロンドのセミロングを振り乱し、母親と思しき女性の遺体を抱きしめていた。亡骸を抱き、むせび泣く彼女の声を聞けば、2人が親子であったことは容易に窺い知れる。

「君、早く逃げるんだ! ここも危ない!」

 だが、ここは戦場の中心。例え親との別れという絶大な悲しみの中であっても、歩みを止めていては死を待つのみ。
 その思いで、男は少女に手を伸ばす。せめて彼女自身の命だけは、明日に繋がるように。

 しかし。

「聞こえないのか!? 早く逃げ――」
「いやぁぁあっ!」
「――あぐッ!」

 それを阻んだのは、新手などではなく――少女自身の手だった。

 彼女は、自分と最愛の母を引き離そうとする男の顔面を、持っていた銃の銃身で殴りつけたのである。まるで、駄々をこねて親の手を振り払う子供のように。
 その一発は男のヘルメットにあるバイザーを割り――破片が、彼の右目の瞼を切り裂いてしまった。縦一文字の傷が生まれた右目から、鮮血が滴り落ちる。

 だが、その傷以上に。男は、少女の姿に胸を痛めていた。大切な家族を失う痛みを、己が身を以って学んでいるが故に。

「……」
「ひぐっ、うぅっ……お母、様ぁっ……」

 男の手から離れた少女は、もう動くことも自分を抱き締めることもない、冷たい家族の体を抱いてすすり泣く。男は右目から赤い雫を頬に伝わせ――少女に掛ける言葉を見つけられずにいた。

『こちら、EDF本部。飛鳥(あすか)隊員。飛鳥竜士(あすかりゅうじ)隊員。応答せよ!』
「……はい。こちら飛鳥」
『巨大生物の猛攻が続いている。急ぎ、戦線に復帰せよ!』
「わかりました。ただ、その前に彼女を……!」
『そのペイルウイングに構っている暇はない。その戦域からはすでにインベーダーの反応は消えている。今はこちらを優先しろ!』
「しかし、オレはッ……!」
『これは命令である! 本部の命令は絶対だ!』

 本部からの命令に対し、意義を唱えるも――聞き入れられず。男は、鎮痛な面持ちのまま踵を返す。軍人として、上官の命令は絶対なのだ。

(済まない……! オレは、何もっ……!)

 それでも。途中、何度も振り返り。
 男は未練を残すような思いで、彼女の元を去って行く。崩落して行く巨大な時計台を、その黒い瞳に映して。

 やがて。瓦礫に埋もれたこの世の地獄に――少女の慟哭だけが、絶え間無く響き渡っていた。

 ◇

 ――かつてこの星は、二度に渡る侵略戦争に苛まれていた。

 2017年5月17日、第一次インベーダー大戦。2019年6月12日、第二次インベーダー大戦。

 地球と呼ばれる星の中に住まう人類が、ようやく共存という永年の夢を叶えたその日に、惨劇は訪れたのだ。
 守ると誓った人間も、誓われた人間も、皆等しく炎の中に沈み、その未来と命を失って行った。

 インベーダーと呼ばれた外宇宙からの侵略者に立ち向かう、連合地球軍――EDFの隊員達も、この星の平和という理想に己の全てを預け……同じ未来を辿ったのだ。

 後の世に生きる人は、語る。これは神が人類に課した、生きる権利の是非を問う「審判」だったのではないか、と。

 ――そして。

 二度に渡る審判の戦いを駆け抜け、この星の平和と正義に身命を賭した、「うぬぼれ銃士」と呼ばれるEDF隊員が居た。

 己の胸に秘めた苛烈なまでの勇猛さと、擦り切れた一丁の小銃を頼りに、激動の時代を生き延びたその男は、審判の終わりと共に光を見た。

 空を覆う侵略の象徴が――燃え尽きる刹那の輝きを。
 

 

第2話 翼の姫君

 ――2019年、ロンドン。第二次インベーダー大戦と呼ばれる、時代の中で。

『訓練終了、全隊員帰投せよ』
「了解!」

 とある少女が、幼い子供という殻を破り……1人の戦士としての、成長を遂げようとしていた。

「――守るんだ。私が、この街を」

 彼女は今、外来者によって齎された翼を背にして、自らのふるさとを見下ろしている。

 ――「ペイルウイング」。前大戦後、インベーダーの技術を応用した飛行ユニットの運用を前提として新たに編成された、EDFの特殊精鋭部隊である。
 第二次インベーダー大戦の開戦当初、侵略者の尖兵である巨大生物による猛襲で戦力の過半数を失ったイギリス支部は、戦力補充のためにペイルウイング隊候補生の中から、成績優秀者を補欠隊員として多数抜粋していた。

 正規隊員に決して引けを取らない、天才的な飛行技術を持つと謳われるこの少女――フィリダ・エイリング隊員も、その一人である。

「ねぇねぇフィリダ。これで今日の実機訓練おしまいでしょ? あとで最近オープンした私ん家のカフェ行かない?」
「カフェって……コリーン。そんなことに現を抜かす暇があると思うの? ロンドンへの侵攻が一旦は収まったと言っても、トーキョーやニューヨークでは未だに奴らとの戦いが絶えず続いているのよ。今この瞬間、遠い地で命を削って戦っている隊員もいると知っていてそう言うのなら、私はあなたを軽蔑せざるを得ないわ」
「そそ、そこまで言わなくたっていいじゃない。だいたい、フィリダは気を張りすぎなのよ。どうせ私達みたいな候補生上がりは補欠扱いなんだし、そんなに張り詰めてたってそうそう出番は回ってこないと思うよ?」
「……確かに私達は補欠よ。それでも、れっきとしたペイルウイング隊の隊員としてこの空にいる以上、一瞬たりとも訓練を怠るわけには行かないわ」
「もー、そんな調子じゃ肝心な時に持たないよ? それに他所の支部の人達が今頃頑張ってくれてるって言うんなら、なおさら今のうちにリフレッシュしなきゃダメじゃない! ヘトヘトになってる時に飛べって言われてダメだったら、本末転倒でしょ!」
「……そういう、ものかしら」

 共に補欠隊員として同じ隊に配属された同期の言葉に、フィリダは逡巡する。いくら腕がいいと評判でも、齢17の少女に過ぎない彼女では、明確な答えをすぐに見出すことは出来なかった。

「あ、そういえばフィリダ、知ってる? なんでも近いうちに、我がロンドン基地にすごい人が来るんだって!」
「すごい人……?」
「うんっ! 『うぬぼれ銃士』って呼ばれてる人なんだって。なんでも、前大戦でものすごく活躍した陸戦兵なんだってさ」
「うぬぼれって……なんだか、頼りない異名ね」
「聞いた話なんだけど、その人ってマザーシップを撃墜した、あの『伝説の男』に張り合おうとしたんだって。強いには強いんだけど、そういう無茶な人だったから、うぬぼれって呼ばれてるんだってさ」
「……確かに、それは無謀ね」

 前大戦で、マザーシップを撃墜し、この地球を救った「伝説の男」。嘘のような戦績を残した彼の存在は、遠い海を隔てたこのイギリスにも深く浸透していた。
 ゆえに、フィリダは「うぬぼれ銃士」の名が妥当であると感じていた。世間に伝えられている「伝説の男」の所業など、人間が真似できるものではないのだから。

『フィリダ・エイリング! コリーン・マクミラン! 貴様らいつまで無駄口叩いてる、さっさと帰投せんか! 遊んでると減給と降格では済まさんぞ!』
「は、は、はいぃっ!」
「……わかりました」

 そんな彼女達の語らいを、隊長の怒号が吹き飛ばして行く。ペイルウイング隊は隊員のほとんどが女性であり、指揮官も例外ではない。

 ……が、エリート部隊ならではのプレッシャーゆえ、男性顔負けの苛烈な上官が多い、という一面もある。さらにインベーダーとの実戦経験においては旧来の陸戦歩兵部隊に劣っているという点も、ペイルウイング隊幹部の焦りを煽る結果を招いていた。

 上記の理由から、ペイルウイング隊は女所帯とは思えぬ程の修羅の国と化しており、第二次大戦以前から除隊を願い出る隊員は少なくなかったと言われている。
 そんな中にいるからこそ、彼女達ペイルウイング隊員は、たまにある休暇のひと時を至福の喜びとしているのだ。上官の叱責やエリートとしてのプレッシャーと戦いながら、なおも自ら訓練に励もうとしている猛者など、正規隊員の中にすら数える程度しかいない。

 ましてや、花の10代がほとんどと言われている候補生上がりの中でそんな考えを持っている隊員など、フィリダ以外には誰一人として存在してはいまい。

「う〜こわ……。と、とにかくもう帰ろうよぉ。隊長、前にも増してご機嫌斜めだし……」
「あなたが隊長のプリン食べたりするからよ……ッ!?」

 ――だが、その狂気とも呼べる訓練への情熱があるからこそ。
 彼女は、誰よりも早く察知出来たのだろう。

「キャアアアーッ!」

 街中から響き渡る、女性の悲鳴を聞き取るより早く。

 復興中の建物に取り付けられていた、板の足場が崩れ――下にいる子供を、下敷きにしようとしていたことに。

「――ッ!」
「えっ!? ちょちょ、ちょっとフィリダぁ!?」

 コリーンが制止の声を上げるよりも早く、フィリダの飛行ユニットはその現場に目掛けて火を噴いていた。

 一方、足場の下にいる5歳ほどの幼気な少女は、自分を覆う影に気づいても微動だにしていない。自分に起きている事態に、理解が追いついていないためだ。
 その近くには、パトロールに当たっていた緑色の装甲服を纏う戦士――エアレイド部隊の隊員も数人いたが。フィリダは彼らには目もくれず、子供に向かってひたすらに突進していく。

 ――もとより、アテにはしていないからだ。

「……角度、高度……この、タイミングッ!」

 危険区域から、要救助者を安全かつ迅速に救出するための動作――エンジン出力の加減から、要救助者を衝撃で傷つけないための速度調整、地面に足が当たらない高さなど――その全てが、綿密に計算された一瞬であった。
 永きに渡る歴史と文明を色濃く残すこの街に敷かれた、アスファルトの上を滑るように。彼女の翼は、這うように宙を翔ける。

「――ッ!」

 ……そして、声にならない叫びと共に。彼女の腕に抱かれた少女は、その窮地から流れるように飛び去っていった。
 刹那、足場は歩道の上に音を立てて墜落し、復興に尽力していた英国紳士達の注目を一箇所に集めている。

「……よかった」
「――わぁ、すごいすごい! 私飛んでる! 飛んでるよ、お姉ちゃん!」
「ふふ、そうね……すごいね」

 一方、弧を描き、再び空へ舞い上がったフィリダの腕の中で、少女は無邪気にはしゃいでいた。そんな子供の純真さに、彼女は穏やかな微笑を浮かべている。
 そして、民衆の歓声を浴びて街の中へ降り立ったフィリダの前に――少女の母親らしき女性が駆け寄ってきた。

「ああ……アリッサ、アリッサ!」
「ママぁ!」
「良かった……本当に……!」

 その女性は愛する娘を必死に抱きしめながら、膝をついて安堵と共に泣き崩れていた。恐らくは、ほんのわずか目を離した隙に起きた、一瞬の出来事だったのだろう。

「ありがとうございます! 本当に、なんとお礼を申し上げればいいのか……!」
「いいえ。これも、貴族として当然の務めです」
「貴族……? あ、あなたはもしかして……! あの、名家エイリング家の……!?」

 フィリダは、母親の追及を聞き終えないうちに踵を返し、その場から無言で立ち去って行く。

「お姉ちゃん、また会える?」
「……会えるわ。こんな時代でも、生き抜けばきっと、会える」
「――うん! 約束だよ!」
「ええ、約束よ」

 その途中、少女の問いかけに一度だけ笑顔てから――フィリダは改めて、その場から姿を消した。

 だが、飛び去ったわけではない。本来ならば今すぐ帰投しなければならない状況であるが、それでもまだ帰れない理由が彼女にはあった。

「おぅ、お疲れさん。相変わらずお見事な手腕だぜ」
「ああ。さすがは名門貴族のお嬢様だ。あの飛びっぷり、絵になるねぇ」

 彼女が向かった先は……民衆に混じるように一連の流れを静観していた、特殊部隊エアレイドの隊員達だった。
 騒動に紛れて路地裏に場を移していた彼らの前に、フィリダが憤怒の形相で踏み込んで行く。

「……どういうつもりよ」
「は? なんの話だ?」

 バイザーの下から覗いている、艶のある桜色の唇を噛み締めて。フィリダは、声を震わせ彼らを糾弾した。
 彼女はその怒りを表現するかのように、ヘルメットを脱ぎ去る。セミロングの美しいブロンドや紅い瞳、透き通るような白い肌が露わとなった。

「どういうつもり、と聞いてるのよ。あの娘の上に足場が落ちてきた時、あなた達も近くにいたはずでしょう! あなた達のうちの誰か一人でも、咄嗟に動いていれば……私よりも早く、あの娘を助けられたはずよ!」
「……そうは言うがよ、お嬢様。俺達はあんた達ペイルウイング隊とは違って、機動力より火力が本領なんだ。こういう時はあんたの方が適役だろ」
「所属部隊がどうこうって問題じゃないでしょう! 例えどこの部隊の所属だろうと、私達の目的は何一つ変わらない!」
「空と陸、共に力を合わせて人類を守る――って、いつものご高説かぁ? 勘弁してくれよ、いい加減耳にタコが出来ちまう」
「アーマンドッ!」

 だが、エアレイド達はまるで聞く耳を持たない。アーマンドと呼ばれる彼らのリーダー格も、他の仲間達と共に茶化すように笑うばかりだった。緑のヘルメットに淡いブラウンの髪や碧い瞳を隠した美男子ではあるが、その笑い声には今一つ品がない。

「あーあー、聞こえない聞こえない。お前、前々から気張り過ぎな方だったけど、数ヶ月前の迎撃戦からは一層酷くなってんな。確か、あの戦闘でオカンが死んだんだっけ?」
「……ッ!」

 その瞬間、フィリダは一気に噴き出す激情のままに、アーマンドの胸ぐらを掴んでいた。

「お? 鉄拳制裁か? かっこいいねぇ、俺達の代表様は」
「あんたはすげーよなー、ホント。なまじ正規隊員よりデキたばっかりに、エアレイドの候補生でしかなかった俺達まで巻き添えで上に抜粋させちゃったんだから」
「今頃は生き残るための訓練をしてるはずだったのに、全く代表様は手厳しいねぇ?」

「……く……!」

 アーマンドは胸ぐらを掴まれても一切動じず、さらに煽るような言葉を並べたてる。他の仲間達も、フィリダを皮肉るような野次を飛ばしていた。

 ――彼らは全員、元々はフィリダと同期の候補生であり、エアレイド部隊の正規隊員として承認されるための訓練の途中だったのだ。
 しかし、数ヶ月前に起きた巨大生物との戦闘による損耗を受け、急遽戦力補充のために訓練課程を前倒しにすることとなり、今に至っている。

 彼らがそのような道を辿るきっかけを作ったのも、当時の混沌とした戦場の中で、候補生の身でありながら高い戦果を上げていたフィリダなのだ。彼女が打ち立てた功績は世論の中に、「同期として、名門貴族の活躍に続くべし」という風潮を生んでいたのである。
 それゆえに彼女を同期として、EDF隊員として尊敬する者以上に、彼女を「自分達をより早く死地へ追いやった疫病神」と蔑む者は多いのだ。

 フィリダ自身もその事実は把握しており、強く責任を感じていた。
 だからこそ、せめて彼らが1日でも長く生き延びられるように、いち早く正規隊員に相応しい人物に導かなくてはならない。
 それが彼女なりの償いでもあったのだが――それすらも、彼らには押し付けがましい持論としか思われていなかったのだ。

「……うッ……」

 その事実と負い目ゆえに、拳を振るうことも叶わず……その手は、力無くアーマンドの襟から滑り落ちてしまった。

「……ケッ、お高く止まってんじゃねーぞ」
「凡人には理解できねー世界だもんな。俺達ごときに構ってちゃ、時間の無駄だぜお嬢様」
「行こーぜ。ちょうどオープンしたばっかのカフェとかがあるんだったな」
「お、いいねー! うっぜぇ説教の口直しにはコーヒーがピッタリだ」
「はっ、はははは! ちげぇねぇ!」

 それを見届けたアーマンド達は、俯くフィリダを一瞥し――聞こえよがしに罵声を上げながら、路地裏から立ち去って行く。
 若きエアレイド達の笑い声がひっきりなしに響いていた空間が、少女1人を残して静寂に包まれる。

「……」

 そして、えもいわれぬ無力感が津波のように、彼女の胸中に覆いかぶさった。

 自分にできることなど、なにもないのか。その思いが、白い頬を濡らしていた。

(私は……間違ってるの……? ねぇ、お母様……)
 

 

第3話 超人になろうとした人間

 ――それから、数日が過ぎた。

「……」

 普段通り、空中から市街地のパトロールに赴いているフィリダは――どこかばつが悪そうに、歩道を巡回する陸戦兵やエアレイド達を見下ろしていた。
 純粋に手を振り、自分を応援してくれる市民達の姿も伺えるが――やはり、こちらを見上げる仲間達の眼差しには、皮肉の色がある。

(やっぱり、私は……ん?)

 それを目にした彼女は、自責の念に苛まれ――る、というところで。
 見慣れない光景を目の当たりにする。

「陸戦兵……? いえ、だけど……」

 単独で巡回している陸戦兵の1人が、道端で子供達と戯れているようだった。それだけなら、大しておかしいことではない。EDFに憧れる子供が身近なパトロール隊員に懐く、なんてよくある話だ。

 ――だが、それは他所の部隊であれば、の話である。

 こうしたパトロールに就いている隊員の多くは最下級の者であり、この辺りを受け持つ最下級の隊員といえば――自分の活躍によって早期に正式配属させられた新隊員しかいない。
 そう、アーマンドのように荒んでしまった新隊員しか。

 彼らの胸中はすでに態度として大きく現れており、陸戦兵やエアレイドに信頼を置けない市民が増えるのは、必然だった。
 ゆえに今では、彼らの横暴を恐れて関わりを避けたがる市民の方が多いのだ。無垢な子供達ですら、彼らには近づこうとしないほどに。

 ――その陸戦兵のパトロールに、子供が集まっている。それは、ここ最近のイギリス支部ロンドン基地では決して見られない光景だったのだ。

(あの陸戦兵は……?)

 その実態を確かめるべく、フィリダは身体を捻り、下方へと滑るように降下していく。彼女の姿を目にした子供達は揃って笑顔を浮かべると、陸戦兵に肩車されている少女を除く全員がそこへ駆け寄って行った。

「フィリダ! フィリダだ、わぁい!」
「すごーい! わたしもあんな風に飛びた〜い!」
「ふふ、みんなこんにちは」

 自身に懐く無邪気な子供達に、フィリダは華やかな笑顔を送る。そうして、彼らに揉みくちゃにされながら――彼女は、肩車されている子供と遊び続けている陸戦兵の背後に近付いた。

「あなた。所属部隊と、名前は?」

 そして、問い詰めるように口を開く瞬間。

「……んが?」

 陸戦兵は、ゆったりとした動作で振り返るのだった。両頬を、肩車している少女に引っ張られながら。その間抜けな絵面に、フィリダは思わず脱力してしまう。

「……」

 体格はEDF隊員の平均程度であり、アーマンドより一回りほど低い。黒髪黒目、という外見から察するに、人種は恐らく日系。面持ちから判断して、年は恐らくアーマンドやフィリダ達と同年代。
 顔立ちは整っているが……頬を左右に引っ張られているせいで、なんとも間抜けな面相に見える。
 歴戦の古傷を思わせる右目の切創痕も、本人の顔がこれではいまいち威厳に欠けてしまう。それが、フィリダが感じたこの陸戦兵への印象であった。

「ひふへいひはひは。わらひは……」
「……アリッサ。離してあげなさい」
「はーい」
「んぷぅ。……えー、失礼しました。私は本日付でロンドン基地に配属になりました、リュウジ・アスカ隊員です。以前は、極東支部に勤務しておりました」
「極東支部……」

 道理で見ない顔だ、とフィリダは納得したように頷く。同時に、極東支部の名が出たことに感嘆もしていた。

 極東支部と言えば、前大戦でインベーダーのマザーシップを撃墜した「伝説の男」を輩出した支部だ。しかも、インベーダーの攻撃が沈静化しつつあるこのロンドンとは違い、今なお激戦が絶え間無く続いている東京の守りに当たっている支部でもある。
 言うなれば、EDF屈指の猛者が集う、修羅の世界。そこから来たというのだから、聞き捨てならない。
 一見とぼけているようにも見えるが――それが演技だとするなら。あの右目の傷にも、説得力が生まれてくる。見た目からして、自分達と同じくらいの若さだというのに。

(――でも。なぜ極東支部に居た経歴があるほどの隊員なのに、今になってイギリス支部に来たのだろう。日本では、今もインベーダーの猛攻が続いているというのに)

 そんなフィリダの疑問を他所に、リュウジと名乗る陸戦兵は穏やかな笑みを浮かべ、子供達とのお喋りに興じていた。
 ――フィリダはふと、極東支部に纏わる噂話を思い出す。

 あまりに過酷な戦況が続くあまり、精神を病んだ隊員が次々と、外国の支部へ逃げるように転属している、と。

 彼がそれに当てはまるか否かは、定かではない。だが、仮にそうだとするなら。自分は、彼を許せるのだろうか。
 我が身可愛さに故郷も仲間も見捨てた、EDF隊員を。

(……何を生意気なこと考えてるの、私は! そんな口が利けるほど実績を立ててるわけでもないのに! だいたい、彼がそんな人だと決まったわけでもないのに……!)

 ふと過った考えを振り切るように、フィリダは頭を左右に振る。優しげな青年の横顔を見遣る度、彼女の良心はずきりと痛みを感じていた。
 彼の柔らかい雰囲気があるからこそ、子供達は恐怖の象徴だったはずの陸戦兵に懐くことができているというのに。

「――そう。私はロンドン基地ペイルウイング隊所属、フィリダ・エイリング。……アスカ隊員。本日付ということは、ここのパトロールも今日が初めてなのでしょう? 初日から寄り道ばかりだと、正規ルートを見誤ってしまうわ。早々に、パトロールに復帰することを薦めます」
「あはは……確かに、そうですね。了解しました。アスカ隊員、パトロールに戻ります。……じゃ、みなさん。またお会いしましょうね」
「えー、アスカもう行くのかよー」
「ふふ、また休日に遊びに来ますよ。みなさん、帰り道には気をつけてくださいね。お父さんやお母さんの言うことも、ちゃんと聞くのですよ?」
「はーい!」

 名残惜しむ子供達の頭を撫でながら、青年は穏やかな笑みを浮かべるとヘルメットを被り、踵を返す。

(子供の感性は、意外と鋭い。良い大人と悪い大人を、私達よりも正確に見分ける時もある。……この子達皆から、好かれている彼はきっと……)

 会って間もないはずの彼との別れを名残惜しむ子供達を見遣り、フィリダは改めてリュウジという青年の人柄を垣間見るのだった。

(そういえば。「伝説の男」も「うぬぼれ銃士」も、極東支部の出身だったとコリーンが言っていたけど……まさか、ね。とてもじゃないけど、そんな人には見えないし……)

 フィリダは、その背を見送ってから、パトロールに戻ろうとするが――突如、その足を止めてしまった。

「よぉ、フィリダ。この街の英雄ともあろうお方が、こんなところで道草かい?」
「アーマンド……!」

 仲間を引き連れてパトロールに当たっていたアーマンド達が、通りがかってきたためだ。

「あ、あいつら……」

 子供達は彼らを前に、各々の反応を示す。怯える少女もいれば、敵意を剥き出しにする少年もいた。

「け、世知辛いもんだ。被害者は俺達だってのによ」
「全くだぜ。別に俺達はァ、レディファーストの紳士じゃ……ねーってのッ!」

 そんな子供達の反応を見遣り、アーマンドの連れの1人が、苛立ちをぶつけるようにゴミ箱を蹴り倒す。エアレイドの横暴を前に、子供達や道に居合わせた市民の何人かが短く悲鳴を上げた。

「ちょっと……あなた達!」

 さすがに、それを見過ごすわけにはいかない。そう言わんばかりに、フィリダは眉を吊り上げて彼らに詰め寄ろうとした。
 その時。

「あー、もう。ダメですよ、こんなにゴミを散らかしちゃあ」
「あ、あなた!?」

 立ち去ろうとしていたはずのリュウジが、戻ってきてゴミを拾い始めていた。その行動に、フィリダは思わず目を丸くする。
 そんな彼に、アーマンド達も一瞬だけ戸惑ったような表情を浮かべたが――程なくして、嫌らしく口元を吊り上げた。

「なんだ、新入りも一緒なんじゃねえか。なぁ、極東支部から逃げ出してきた『うぬぼれ銃士』さんよ」
「えっ……『うぬぼれ銃士』!?」
「どうせ、あんたもトーキョー戦線が怖くて尻尾巻いたクチなんだろ。昔がどうだったかなんて知らねぇが、それで『伝説の男』を気取ろうってんだから、正真正銘の『うぬぼれ』野郎だよなぁ。えぇ?」

 アーマンドの嘲るような言葉に対し、リュウジはただ苦笑いを浮かべるだけであり――言い返す気配もなく、ゴミを拾い続けている。

(「うぬぼれ銃士」……この人が……!? いえ、それよりも……!)

 そんな彼の姿にフィリダは一瞬だけ、自分が思い描いてしまった仮説を浮かべ――それを振り払うように、アーマンド達を睨み付ける。

「――あなた達、いい加減にしなさい! はるばる極東支部から来た仲間に向かって!」
「こういう腰抜けを、仲間に数えたくはねぇなぁ、俺は」
「どの口がッ……!」

 これ以上の暴言は、負い目があろうと我慢ならない。フィリダはアーマンドに掴みかかろうと一歩踏み出すが――彼の胸ぐらに伸ばそうとした手を、寸前のところで掴まれてしまった。
 彼らに罵声を浴びせられているはずの、リュウジ本人に。

「はは……どうも、すいません。返す言葉もありませんよ」
「アスカ隊員、あなた!」
「はっ、正直じゃねぇか。それとも、日本人お得意のケンソンってやつか? なんにせよ、足だけは引っ張って欲しくねえもんだな。――ただでさえ俺達は、疫病神を抱えてんだからよ」

 そう吐き捨てると、アーマンドはじろりとフィリダを一瞥する。そんな彼に向け、フィリダも険しい眼差しを向けた。
 謂れのある自分だけでなく、リュウジにまで罵声を浴びせるアーマンド達を見過ごせなくなっていたのだ。今までは疫病神と言われれば、その通りだと口を閉ざさざるを得なかったが――こればかりは、譲るわけにはいかない、と。

「……んだよ。文句あんのか」

 そんな先日とは違う彼女の反応に、アーマンド達も眉を顰める。――その時だった。

『緊急事態発生! ロンドン近郊に巨大生物を確認! 付近の隊員は現場に急行し、独自の判断で巨大生物と交戦せよ! 繰り返す! ロンドン近郊に――!』

 突如、町中に警報が響き渡り――EDF隊員である彼ら全員が、目の色を変えた。

「ち……あばよ疫病神に腰抜け!」

 アーマンドは仲間達を引き連れ、素早く踵を返して基地の方向へ走り出して行く。エアバイクSDL2を取りにいくのだろう。

「くっ……とにかく、私達も急がないと!」
「そうですね……。私はE551ギガンテスを取りに向かいます。エイリング隊員は現場に先行してください」
「あの戦車を? 現場に急ぐならSDL2の方が――」
「――ロンドン近郊は庭園が多く、遮蔽物が少ない。SDL2だけで集まっても、酸の集中砲火には耐えられません」
「……!」

 リュウジの言及に、フィリダは思わず目を剥いて言葉を失ってしまう。勤務初日であるにも拘わらず、ホームグラウンドではないこのロンドンの地理を正確に把握しているばかりか、アーマンド達がSDL2で現場に急行しようとしていることや、その行動に伴う危険性まで見抜いている。
 自分達と同世代の隊員に出来るような、芸当ではない。

(この人は……本当に「逃げて」ここへ来るような人なの……!?)

 基地に向かい、猛烈な勢いで駆け出して行くリュウジの背を見送り――僅かに逡巡した後。フィリダは彼の言葉に従うように、ロンドン近郊に向けて飛び立つのだった。
 

 

第4話 ペイルウイングの危機

 ロンドン近郊の庭園に群がる、無数の黒い影。蟻を象ったその暴威の嵐は、濁流のように人々を飲み込んで行く。

「巨大生物だぁあぁああっ!」
「きゃああぁああっ! お母さぁぁあんっ!」
「酸だあぁあッ!」
「し、死にたくない! 助けて、助け――!」

 その嵐――巨大甲殻虫の群れが、躓いて逃げ遅れた市民の女性に、容赦無く覆いかぶさる――

「失せろッ!」

 ――瞬間。
 赤い電光が迸り、巨大甲殻虫達の巨躯を紙切れのように切り裂いて行く。

「あ、あ……」
「もう大丈夫です。さぁ、早く!」
「は、はい! ありがとうございます、エイリング様!」

 その身が体液を撒き散らして吹き飛んだ先には――ペイルウイング専用兵器「レイピア」を手にした、フィリダ・エイリングの姿があった。
 憧れの英雄に救われ、女性は歓喜の涙を浮かべる。

「フィリダ! よかったぁ、来てくれて!」
「コリーン、ここは私に任せて。あなたは市民の避難をお願い!」
「うん! ――フィリダ、気をつけてね!」
「えぇ!」

 そこに、現地で戦い続けていた同僚が駆け寄ってくる。彼女に素早く指示を送るフィリダは、瞬く間にレイピアを唸らせ、近づいていた数体の巨大生物を一瞬で切り裂いてしまった。

 そんな彼女の凛々しく、勇ましい姿に女性は心を奪われかけたが、彼女の言葉を思い出して我に返ると……コリーンに誘導され、駆け出して行った。

(私には……何もできなかった。お母様を守ることも、アーマンド達を止めることも。……アスカ隊員を、庇うことさえも)

 そんな市民達の背を見送るフィリダは、血が滲むほどに桜色の唇を噛み締めると――目の鋭さを研ぎ澄まし、未だに勢いを失わず迫り来る巨大甲殻虫達を睨みつける。
 どこか哀しみを帯びたその眼差しには、アーマンドやリュウジへの罪悪感が秘められていた。

(なら……せめて。貴様達を、1匹でも多くッ……!)

 迫り来る黒い影の口元には、陸戦兵やペイルウイングの装備が引っ掛かっていた。――おそらく、先行していた部隊は……すでに餌食となっていたのだろう。

「久しぶりね……侵略者共ッ!」

 後の人類史に「空挺結集」と名付けられる、インベーダーのUFO部隊との死闘。それ以来となる、ロンドンを舞台にしたインベーダーとの激戦が――幕を開けた。

「く……!」

 フィリダは飛行ユニットの機動性を頼りに、巨大甲殻虫が放つ強酸を回避する。黄色い不気味な液体が幾度となく宙を飛び交い、由緒あるロンドンの建物を次々と溶かしていった。

「やめろッ……!」

 その暴挙を止めるべく、フィリダは飛行ユニットのバーニアを加速させ、巨大甲殻虫達に肉迫する。レイピアの威力を十二分に引きすには、攻撃対象に接近するしかないのだ。

 無論、やすやすと接近を許す相手ではない。激しく酸の弾幕を張り、上空から襲来する敵を排除するべく巨大甲殻虫達も応戦する。

「これが、私達の――お母様の痛みよッ!」

 だが、屈するわけにはいかない。フィリダはその想いのまま、腰に忍ばせていた「プラズマグレネード」を巨大甲殻虫達の頭上に落としていく。

 刹那――青白い電光が迸り、巨大甲殻虫の群れを纏めて吹き飛ばして行った。直撃した個体はバラバラに砕け散り、そうでない個体も、余波を受けて空中に舞い上げられて行く。

「切り裂けぇえぇッ!」

 さらに、フィリダは生きたまま上空に向かって飛んできた巨大甲殻虫を――レイピアで八つ裂きにしていく。1匹たりとも絶対に逃がさないという彼女の執念が、巨大生物を次々と屠っていた。

 ――しかし。

「あっ……!?」

 若さゆえの高ぶりが、冷静さを奪っていたのか。いつしか彼女は全てのエネルギーを使い果たし――緊急チャージ状態に陥っていた。

「しまった……!」

 上空に長時間滞空しながら、プラズマグレネードとレイピアを矢継ぎ早に放てば、エネルギーの消耗が加速するのは火を見るよりも明らか。本来ならばプラズマグレネードの一撃が決まった瞬間、離れた場所に着地してエネルギーの回復を待ち、生き延びた個体を各個撃破していくべきだった。

 緊急チャージ状態になっては、飛ぶこともエネルギー兵器を使うこともできない。力無く真下に着地したフィリダは、巨大甲殻虫の群れに囲まれる格好となってしまった。

(くっ……迂闊だった! でも、今の攻撃でかなり奴らの数は削れたし、包囲されてると言っても、まだ次の奴らとはかなりの距離がある。酸を吐き出すタイプが少なければ、この状態でもある程度はかわして――)

 そして、そんな彼女の希望的観測を打ち破るように。雨あられと、酸が頭上から迫ってくる。

(――そ、そんなっ!)
 

 

第5話 エアレイドの意地

 もはや、万策尽きたか。そうフィリダが思った時。

「……この命知らずがァァ!」
「……ッ!?」

 数台のSDL2が、空を裂くように駆け抜け――先頭の一台が、フィリダの身体をさらっていく。彼女が立っていた場所が、酸の猛襲に晒された頃には――バイク部隊も彼女も、いなくなっていた。

 その地点から、わずかに離れた建物の影に――彼らはすでに移動していたのだ。
 緊急チャージにより身動きが取れないフィリダは、驚いた表情で自分を救ったエアレイド達を見遣る。彼女の窮地を救ったバイク部隊のリーダーは――あのアーマンドだったのだ。

「ど、どうして……」
「……どうもこうもあるか。味方の救援なんて、戦場じゃ当たり前だろ」
「だけど、私は……」
「勘違いすんな、バカ。俺達は、今でもお前が嫌いだ」
「お前が候補生の分際で正義感振りかざして暴れてくれたおかげで、同期の俺達まで訓練が中途半端なまま前線送りになったんだからな」
「……」

 いつも通りの手痛い罵声を浴び、フィリダは申し訳なさそうに目を伏せる。その姿を一瞥したアーマンドは、頭をかきむしりながら踵を返し、建物の影から巨大甲殻虫の動きを見遣る。
 奴らは――もうそこまで来ていた。

「――ま、先輩方も奴らとの戦いで殆ど死んじまって、ロンドン基地自体が、猫の手も借りなきゃならないくらい人手不足になっちまってたからな。遅かれ早かれこうなってただろうし……お前の勇躍は、お上が口実を作るいい機会だったんだろうよ」
「アーマンド……」
「要は俺らもお前も、クソ本部の被害者だってことだ。――だから、お前もせいぜい本部を恨め。自分を恨むよりか、楽でいいだろ」
「……ありがとう」

 フィリダの礼に対し、アーマンドも彼の仲間達も反応を示さない。代わりに無言のまま、より強くガシガシと頭をかきむしっていた。むず痒い、と言わんばかりに。

「……とにかく、さっさとチャージを済ませな。お前が回復しなきゃ、状況は打破できないぜ」
「えぇ。なんとか、包囲網を抜けさえすれば……」
「そこが問題なんだ。俺達はここに来る時、奴らの背後から乗り上げて駆け付けて来たが――ここから出るとなるとそうはいかねぇ。あの酸の雨をかわさなきゃ、ここを出られねぇ」
「俺達であちこち走り回って、酸の狙いをバラけさせる。エイリングはその隙にチャージを済ませて、飛行ユニットで包囲網を飛び越えろ」
「背後からレイピアで蹴散らせば、活路が開けるはず。そこからなら、運次第で俺達も抜け出せるはずだ」

 アーマンド達は、SDL2の機動性に賭け、巨大甲殻虫の酸を撹乱するつもりだ。しかし、その作戦はかなりの危険が伴う。

「でも……いくらSDL2が速いと言っても……」
「……ま、続けざまに波状攻撃されちゃあ、逃げ回るにも限界があるわな。あと1人くらい、人手がありゃあマシだったかも知れねぇが……ったく、あの腰抜けの『うぬぼれ銃士』が」
「……」

 アーマンドの愚痴に対し、彼の仲間達は同意するように深く頷く。だが、フィリダだけは違っていた。
 知っているからだ。彼が「まだ」、ここに来ていない理由を。

「……とにかく、時間稼ぎは俺達だけでもやるしかねぇさ。俺達の誰が死んでも悲しむ奴はいねぇだろうが……フィリダはそうでもねぇだろ」
「残された人間のモチベに関わるからな。なにせエイリングは名門貴族にして、ロンドン市民のアイドルだ。……世の中不公平だねぇ。同じEDF隊員でも、死んでいい奴と死んじゃいけねぇ奴がいるんだからよ」
「ハッ、違いねえ」

 その理由を知らないまま、アーマンド達は次々とSDL2に乗り込んで行く。その姿を前に我に返ったフィリダは、慌てて引き留めた。

「ま、待って! 死んでいい隊員なんて、ロンドン基地には一人もいないわ!」
「ケッ、この期に及んで説教かよ。今すぐ出て行って奴らの狙いを分散させなきゃ、俺達全員が間違いなくお陀仏なんだぜ。全滅と1人生き残るのとどっちがマシかなんて、お利口さんなお前なら考えるまでもねーだろが」
「で、でもっ!」
「あーうるせぇうるせぇ。説教の続きなら、あの世で聞いてやる。ホラ、行くぜお前ら!」
「あいよ!」
「ダメ! アーマンドッ!」

 フィリダの制止を聞き入れることなく、アーマンド達は捨て身の陽動作戦へと乗り出して行く。埃を巻き上げ、戦場へと飛び出して行くSDL2の群れに――少女は、ただ手を伸ばすことしかできなかった。

「オラオラッ! 当ててみやがれクソ野郎共がッ!」

 アーマンドの挑発的な叫びに応じるかのように、彼らの頭上に酸の雨が降り注ぐ。その落下点の隙間を縫うように、彼らはSDL2を走らせていった。
 ある時は体が地面に触れるギリギリまで車体を傾け、またある時は乗ってる本人が振り落とされそうなほどに飛び跳ねる。そんな際どい挙動を、彼らは絶えず繰り返して酸の猛攻をかわし続けていた。

「――舐めんなよッ! 俺達は入隊前まで、暴走族で慣らしてたんだ。そう簡単に当たると思ってんじゃねぇ!」

 その難しい運転をこなしながら、恫喝するようにアーマンドは再び叫ぶ。だが、口先で威勢良く振舞ってはいても――状況は刻一刻と、彼らを追い詰めている。
 巨大甲殻虫の群れは、徐々にアーマンド達のいる地点に近づいていた。それは酸の射程が短くなることを意味しており――精度も、比例して高まって行く。
 今は辛うじて全弾回避しているが、じきに追い詰められてしまうだろう。

(早く、早く……終わって……!)

 緊急チャージは、ようやく半分以上に達したところだった。まだ、飛行ユニットが復活するには及ばない。
 全快する頃には――アーマンド達は、間違いなく距離を詰められ回避する余地を失い……全滅している。

 それを承知の上で、彼らは出て行ったのだ。フィリダの命だけは、明日に繋ぐために。

(どうして……!)

 なぜ、自分は何も守れないのか。誰かを巻き込んで行くことしかできないのか。その言葉にならない悔しさゆえ、彼女は唇を強く噛み締める。

「がっ……!」

 そんな彼女の思いを踏みにじるように。
 進行方向を切り替え、一瞬だけ減速したアーマンドのSDL2に――酸の弾丸が直撃した。
 クリームのように溶かされていく車体から逃げるように、アーマンドは咄嗟に飛び降りる。その隙を狙うように――酸の嵐が、彼に迫って行った。

「アーマンドぉぉおーッ!」

 SDL2という足を失えば、彼らは酸の猛襲をかわす術を失う。

 打つ手がないまま死を待つ同期に手を伸ばし、フィリダは悲痛な声で叫び出した。
 

 

第6話 うぬぼれも才能

 ――その時。

「えっ……!?」
「なっ……!?」

 フィリダとアーマンドが、同時に目を剥く。次いで――眼前の光景に、暫し呆気に取られていた。

 轟く爆炎。噴き上がる炎。吹き飛ぶ巨大甲殻虫。
 そして――酸からアーマンドを庇う、巨大な影。

 それら全ての事象が、矢継ぎ早に起きたのだから。

「な、なんっ……!」

 巨大な影――ギガンテスに向かい、「何で」と言おうとしたアーマンドの口を、2度目の轟音が黙らせる。
 だが、相打ちを狙うかのように浴びせられた酸により、ギガンテスの武器である砲身が溶解されてしまった。巨大な鉄の筒が、力なくだらりと垂れ下がる。

(来てくれたのね……アスカ隊員っ!)

 フィリダが顔を綻ばせた次の瞬間、激しい爆発で巨大甲殻虫の身体がバラバラに弾け飛び――包囲網に、「穴」が生まれた。
 あそこからなら――抜けられる。

「――遅くなりました、マルスレイ隊員! エイリング隊員とSDL2部隊を脱出させてください!」
「お……お前!」

 そう思った矢先、ギガンテスの上部ハッチから男の影が乗り出してくる。それは、逃げたとばかり思っていた「うぬぼれ銃士」――リュウジ・アスカだった。
 普段通りの苦笑いを浮かべ、彼はハッチからアーマンドを見下ろしている。

「ま、まさかそいつを取りにいくために……!? それに、なんで俺のファミリーネームを……!」
「この遮蔽物の少ない場所で戦うことになれば、攻撃に転じれず回避に専念せざるを得なくなると判断しまして。それに、あなた方は隊員各自の判断に任せた場合、SDL2に頼る傾向があると資料にありましたから」
「……!」

 ロンドンのあらゆる地域の地理を把握し、各隊員のデータを隅々まで掌握する。それら全てを、着隊前からこなしていたというのだ。極東支部で、インベーダーの群れと戦いながら。

(しかも、さっきの一連の流れ……。こいつ、狙いが狂う瓦礫の上を走行しながら、巨大生物共を正確に砲撃していた。余波が俺達に及ばない、ギリギリのところまで一カ所に引きつけて。……どんな狙い方してんだ、こいつは)
「マルスレイ隊員はこちらへ! ギガンテスの操縦は出来ますか?」
「訓練生崩れでも、ビークル専門のエアレイドの端くれだ。それくらいわけはねぇ。……だが、どうする気だ? 砲身は溶かされちまったんだぞ!」
「心配いりません。操縦さえして頂ければ、手の打ちようはあります」
「……」

 操縦士を代わるように促す彼に、アーマンドは訝しげな視線を送る。一体何をするつもりなのか、見当がつかないのだ。
 ――だが、彼の提案が自分達の不利益になるものではない……という確信ならある。このような無茶をしてまで、自分達を助けに来ているのだから。
 なら……賭けるしかないか。短い間の中で、若きエアレイドはそう決断する。

「……お前ら、こいつが開いた穴から抜けろ! フィリダはさっさとチャージを済ませなッ!」
「お、おうっ!」
「……!」

 アーマンドの呼びかけに反応し、彼の仲間達は矢継ぎ早に砲撃の焼け跡から包囲網を脱出していく。その後を追うように、巨大生物の群れは進路を変えた。

「反撃に転じます。エイリング隊員が戻るまでに、勢いを取り戻しましょう!」
「反撃!? 無茶言ってんじゃねぇ、あいつらはまだゾロゾロいやがるんだぞ! 大砲もへし折れて、フィリダも回復してねぇ今の状態で、どう戦おうってんだ! 普通、兎にも角にも戦域から離脱するところだろ今はッ!」

 ハッチに入り込んだアーマンドは、まくし立てるようにリュウジを説得しようとする。だが、リュウジ自身は彼の言葉に耳を貸す気配を見せず、ギガンテスの側面に手を伸ばしていた。

「おい、聞いてんのか! これ以上深追いしたって無駄死にするだけ――ッ!?」

 それを見たアーマンドは、さらに強く怒鳴ろうとしたが――リュウジの真剣な横顔に、思わず口を噤んでしまう。どこか凛々しさすら感じさせるその面持ちは、見る者を黙らせる気迫を湛えていた。
 だが、彼が口を閉ざした理由はそれだけではない。リュウジがギガンテスの側面から取り出したモノに、目を奪われたからだ。

「……大丈夫です。心配することはありません」
「おまっ、それ……!」

 それは、リュウジが車体に備え付けていた――ゴリアス-1。陸戦兵が携行できる火器の一つであり、強力な火力を持つロケットランチャーである。近くには、予備のAS-18も搭載されていた。
 ゴリアス-1は相当な筋力と射撃精度が要求される武器であり、歴戦の兵士が殆ど戦死し、経験の浅い若手が中心となっている今のロンドン基地では使わない者の方が多い装備だ。
 ――そう。リュウジは、ギガンテスの砲身が機能しなくなる事態までも想定していたのだ。不慣れな緊急出動で、アーマンド達が基地で騒然となっていた中で。

(こいつ……俺達より遥かに、実戦慣れしてやがる!)
「私が砲台代わりになります。マルスレイ隊員は、このまま巨大生物の群れを追ってください。背後から奇襲をかけます」
「……あんたからすりゃ今更かも知れんがよ。当てられるのか? 走行中のギガンテスの上から、ああも激しく動いてる巨大生物共にゴリアスを当てようなんて、正気の沙汰じゃないぜ。下手すりゃ、撃つ前に振り落とされかねないってのに」
「お気遣いありがとうございます。私なら多少は慣れてますから、心配いりません。操縦の方、よろしくお願いしますね!」

 その言葉を受けたリュウジは――出会った頃のような笑みを浮かべ、穏やかな表情のまま頷いてみせた。
 不安なことなど何もない、と言わんばかりの――日常と変わりないその面持ちに、アーマンドは観念したようにため息をつく。

「……ったく。どっからその自信が沸くんだ、って言いたいところなんだがな……」

 そして諦めたような表情で運転席に戻り――ギガンテスを起動させた。けたたましいエンジン音を上げて猛進する蒼い戦車が、黒い暴威の群れを追う。

「な、何を考えてるのよ、アスカ隊員!」

 酸を凌ぐ盾となっていた建物の影から、戦況を見守っていたフィリダは――砲台を破壊されたまま動き出したギガンテスを見遣り、驚愕する。
 1人の陸戦兵が、走行中のギガンテスの上でゴリアスを構えていたのだから――当然だろう。常識で考えれば間違いなく発射の反動で振り落とされるし、足場も敵も動き回っている状況で当てられるはずがない。
 いくら彼が、前大戦から戦い続けている歴戦の猛者だとしても、無謀であるとしか思えない。自惚れ(・・・)ているにも、程が有る。

 ――彼が、寸分狂わぬ精度で巨大生物を砲撃して見せるまで、フィリダはそう思い続けていた。

「そん、な」

 アーマンドはSDL2を狙う巨大生物を追跡するため、最短ルートである瓦礫の上を走行している。下手をすると車体が転倒しかねない危険な経路だが、運転技術に秀でた彼の手腕により事なきを得ている。
 だが、それでも不安定に車体が揺れていることには変わりない。その上に乗ろうものなら、確実に振り落とされてしまうはず。

 ――はずなのに。極東から来た男は、砲身があった部分を両足で挟んで体を固定し、ゴリアスを撃ち続けていた。
 決して撃ち漏らすことなく、巨大生物を次々と仕留めながら。

(す……すごい。すご、過ぎる)

 あの激しく揺れる車上にいながら、両足の力だけで上体とゴリアスを支え、射撃の反動にも耐えている。しかも、あれほど不安定な場所から撃っているのに、1匹も外していない。
 どう考えても。誰から見ても。人間業ではない。サイボーグか何かではないのか、とすら疑ってしまうほどの展開が、少女の前で繰り広げられていたのだ。

(でも、彼は……間違いなく人間よ。サイボーグに、あんな顔は……出来ない)

 だが、フィリダは彼が人外であると見做し、拒絶するようなことはしなかった。
 戦うためだけに存在している機械のような男に、無垢な子供が寄り付くはずがない。朗らかな笑顔で、触れ合うことなどできない。
 リュウジ・アスカは、紛れもなく血の通った人間である。人としての彼と、戦士としての彼の両方を知るフィリダは、そう断じていた。

(――そうか。そうだったんだ)

 そして……彼女の行動を縛り続けていた緊急チャージの時間が、ようやく終わる。
 刹那。彼女は弾かれるように飛び上がり、ギガンテスを追った。

(彼は、自惚れてなんかいない。きっと、今も昔も。自分に出来るやり方で、皆を守るために戦っているだけなんだわ)

 バイザーに隠された彼女の眼差しが――ゴリアスを撃ち続けるリュウジに注がれる。その瞳は……微かに、熱を帯びているようだった。

(だけど、彼のやり方は人から見れば非常識極まりなくて……理解出来る人なんて、殆どいなかった。「伝説の男」の真似をしようとしてる、無謀な人としか思われなかった。だから――「うぬぼれ銃士」と言われ続けてきたんだ)

 強張り続けていた少女の頬が、僅かに緩む。――ようやく、はっきりしたからだ。

(彼はきっと――私達新兵を、平和が来るまで守るために……!)

 自分達のために、今この瞬間も戦い続けている彼は、絶対に腰抜けなどではないのだと。

(でも……それなら。彼ほどの人が届かない「伝説の男」は、一体なんだというの……?)

 「伝説の男」を真似しているようでも、実績は遠く及ばない。それが「うぬぼれ銃士」という名の所以であると、コリーンから聞いたことがあった。
 ならば、「伝説の男」は……どれほど人間離れしているというのか。その超人を投入してなお、インベーダーを相手に苦戦を強いられている極東支部は、どれほどの激戦区だというのか。

 リュウジ達がいる世界と、このロンドンとの差を――彼の戦いぶりから、フィリダは垣間見ていた。

(もしかしたら……あの人なら……)

 その強さと、子供達を惹きつけていた優しさ。それを思い返した彼女はふと、あることを考えた。
 自分の蛮勇に同期を巻き込み、疫病神の汚名を背負った自分を、救ってくれるような――自分を「独り」から解き放ってくれる人。
 許されないと知りつつ、それでも心の奥底で求め続けた、理想の男性。

(……ダメよ、ダメ! 何を考えてるのよフィリダ・エイリング! あなたは、そんな人を望める身分じゃないでしょう!?)

 その願望を自分の「弱さ」と見做し、フィリダは雑念を振り払うべく己を責め立てる。それでもしつこく脳裏にまとわりつく甘い考えを捨てるため、彼女はバーニアを急加速し、リュウジ達の元へ向かった。

「……待たせたわ! フィリダ・エイリング、合流します!」

 今は余計なことなど考えず、この戦いに集中しなくてはならない。自分達を助けてくれた彼に、報いるために。
 ギガンテスの真横に、抵抗飛行で並んだフィリダとリュウジが、視線を交わす。

「――お待ちしておりました、エイリング隊員! ゴリアスの火力では、直撃でも仕留めきれない可能性があります。息がある巨大生物を、確実に排除してください!」
「了解ッ!」

 空中にいるまま敬礼を送ると、彼女は一際高く上昇し――巨大生物に向かい、急降下を仕掛ける。そして、レイピアの赤い輝きが――黒い影を切り裂いて行った。
 今までの借りを返す、と言わんばかりの攻勢に、アーマンドは軽く口笛を吹く。

「ヒューッ! やっぱペイルウイングは違うねぇ! こりゃ1分も経たねえ内に、あんたのスコア抜かれちまうんじゃねぇか? 先生!」
「それならいいんですけどね。ただ、ペイルウイングはその機動性と攻撃力の引き換えに、耐久力の面で陸戦兵やエアレイドに大きく劣ります。私達にも言えることですが、巨大生物の真正面に立つ事態は極力避けねばなりません」
「ま、あのペラペラのアーマーじゃ酸は凌げないわな」
「彼女が深追いして包囲されてしまう前に、私達も敵の数を減らさなくてはならないでしょう。SDL2の方々には、もう少しだけ鬼ごっこに協力して頂きます」
「おーおー、俺の仲間をいいように使ってくれるねぇ。そこまでしといて仲間を死なせたりしたら、承知しねぇぞ?」
「心配いりませんよ。そのために、私が来たのですから」
「……へ、言うね」

 聴く者を安心させる穏やかな声色で、リュウジは優しげにアーマンドを諭す。そんな彼に悪態をつきつつも、アーマンドのため息には安堵の色が滲んでいた。
 感じ始めているのだ。この男の言葉なら、信じられるかも知れないと。

(……妙だな。やけに攻撃的に動いているように見える。そんなに血の気が多いタイプには見えなかったが……)

 一方。フィリダの怒涛の攻勢に、リュウジは心のどこかで違和感を覚えていた。

「……ん? おい、1匹建物の隙間に逃げたぜ!」

 ――それから、僅か数分後。ほとんどの巨大生物を撃滅し、周囲の安全確認を始めようとした、矢先のことだった。

 邸宅が密集して立ち並ぶ高級住宅街に、巨大甲殻虫が逃げ込んで行く瞬間を、走行中にアーマンドが目撃したのだ。その報告を受け、近くにいたフィリダが真っ先に動き出す。

「何ですって!? 了解、直ちに排除に向かうわ!」
「待ってください、エイリング隊員! 先程、レイピアを連続使用したばかりでしょう!? エネルギーの回復を待って――!」

 戦闘中でも彼女の行動を正確に把握していたリュウジは、このまま行かせるべきではないと制止する。だが、彼女はそれよりも早く住宅街の中へと向かってしまった。

(私が……私が1番、誰よりも……強くなければならない。誰よりも、頑張らなきゃいけないのよ。彼に、アスカ隊員に甘えて、自分の責任を押し付けるなんて、絶対に許されない! だから……私がやらなきゃっ!)

 ――その責任感ゆえの焦りが、彼女の注意力を削いでいたせいか。

「なっ……!?」

 出会い頭に角から飛び出してきた巨大甲殻虫が、フィリダを頭上から食らいつこうと猛襲する。それに彼女が声を上げるよりも早く、黒い牙が彼女――の後ろにあった壁を抉り取った。
 間一髪、本能で回避した彼女は、素早くレイピアの銃口を敵方へ向ける――が。再び、彼女の行動を縛る現象が発生してしまった。

「……あ……!」

 引き金を引いても、赤い閃光が出ない。その事態を目にして、ようやく彼女は緊急チャージの警告音に気づくのだった。

「くッ……!」
「やべぇぞ! あんな狭いところじゃ盾にも……!」

 その状況を前に、アーマンドとリュウジは揃って眉を顰めた。フィリダと巨大甲殻虫がいるのは住宅街の隙間。ギガンテスでは入れないし、ゴリアスで砲撃すれば建物の破片で確実にフィリダを巻き込む。
 だが、このままでは――確実にフィリダは喰い殺されてしまうだろう。近くにギガンテスを停めて小銃を出している頃には、彼女は肉塊になっている。

「マルスレイ隊員、このまま突っ込んでください!」
「なんだって!? 無茶も大概にしやがれっ! そんなことしたら建物につっかえて、あんたが反動で確実に吹っ飛ぶぞ!」
「構いません、早く!」

 この事態までは想定していなかったのか、リュウジの声は切迫しているようだった。その声色から状況の重さを改めて察し、アーマンドは歯を食いしばる。

「ちっ……どうなっても知らねぇぞ!」

 そして、アクセルを全力で踏み込み――最大戦速で、フィリダのもとへ突進していく。

「これで死んだら――訴えてやるぅぅうぅッ!」

 青い鉄塊はただ真っ直ぐに突き進み――やがて、建物と建物の両角に激しく衝突した。

 辺りに轟音が響き渡り、アーマンドの視界をエアバッグが埋め尽くす。同時に、リュウジの身体がその反動で前方に吹き飛ばされ――建物の隙間へと転がって行く。

「――諦めない。オレは、絶対に君を諦めないぞッ!」

 その手にはすでに小銃――AS-18が握られていた。ギガンテスに備え付けられた、予備の1丁を持ち出していたのだ。

「……ッ!」
「きゃっ……!?」

 そして、逃げ場のないフィリダにとどめの牙が向かう瞬間。跳ね飛ばされた勢いのまま飛び込んできたリュウジが、彼女の体を抱きしめ――そのまま転倒した。巨大甲殻虫の牙は、予期せぬ来客により空を切る。

 ――刹那。

 フィリダを腕の中に抱き、激しく転がりながら――リュウジは背中を壁にぶつけ、勢いを殺すと。AS-18の銃口を瞬時に構え、少女の体を胸に抱き寄せたまま、発砲する。

 狙いは――巨大甲殻虫の口の中。

 自身を喰らおうと開かれた口に、大量の銃弾を叩き込むリュウジは、敵が血飛沫を上げて動かなくなる瞬間まで――攻撃の手を緩めることはなかった。

「……」
『巨大生物の全滅を確認! 各員、武器装備を点検し、帰投せよ!』

 やがて。レーダーから全てのインベーダーが消滅した時。ロンドン基地から、作戦終了の通達が来た。

 ――そして。

『なんですって……そんな……!』
『どうした!?』
『極東支部から、連絡がありました……! 皇帝都市が、陥落したと……!』
『本当か!?』
『はい……! 終わったんです、戦争が……!』

 通信の向こう側では。イギリス支部に響き渡る歓声が轟いていた。――ようやく、掴み取ったのだ。
 数多の命を贄にして。人々の、平和を。

 それをはっきり聞き取っていたリュウジは――故郷の方角を見やる。その遙か向こうでは――皇帝の最期を告げる輝きが、天を衝いていた。

「あ、あ……! わ、わた、し……っ!」
「……」

 その通信で、我に返ったのか。フィリダはリュウジの胸の中で、自分の行動にようやく気がつき――耐え難い罪悪感に打ちのめされたように、涙を目元に滲ませる。

 同期を危険に晒すことになったことへの償いのためにも、皆を守らなければならなかったはずの自分が。その同期に守られたばかりか、同期の責めから庇うこともできなかった隊員までも追い込んでしまった。

(ああ……なんて、ことなの……ッ! 私は、なんてッ……!)

 エリートとして。あるいは、諸悪の根源として。誰よりも強く、誰よりも優秀でなければならない自分が、一番足手まといになっていた。
 その重圧に、彼女の心が――押しつぶされてようとしている。

 ――それに、気づいたからか。

「ぁ……」

 リュウジの掌が、優しく労わるように。フィリダの白い頬を撫でた。緊張を解きほぐすその温もりに触れ、少女の唇から甘い息が漏れる。

「……いいんですよ。あなたは、それでいいんです。そうやって、誰かを思いやれるなら。もう、次は大丈夫」

 次いで、諭すような口調で、リュウジはフィリダの耳元に囁く。まるで、口説き落とすかのように。
 そんな彼の腕の中で、少女は言われるがままに心を委ねそうになる――が。自分の行為が生んだ結果を思い出し、踏みとどまる。

「で、も……次、なんて……」

 自分が、一番強くなくてはならない。気丈でいなければならない。その強迫観念が、彼女を突き動かし――リュウジの優しさを突き放そうとする。
 だが。リュウジの力は女性の腕力で脱出できるようなものではなかった。華奢に見えて、強靭に引き締まっている彼の腕からは逃げられず、フィリダは悪あがきをするように身じろぎする。

 ここで甘えてしまったら、自分は自分に負けてしまう。彼に全てを委ね、押し付けてしまう。自分だけが、楽になろうとしてしまう。
 その意固地な良心が、彼女の理性を首の皮一枚で繋ぎとめていた。

 ――しかし。

「次なら、あります。その次を作るために――私が来たのですから」
「……!」
「ありがとうございます。今まで、よく一人で頑張ってくださいましたね。これからは及ばずながら――私も助太刀致します」
「……ぅ、ぁ」
「ですから、これからは――この平和な時代の中で。共に戦って行きましょう。もうあなたは、一人ではないのですから」

 心の奥底で、望んでいながら。そんなことを望む資格はないと、理性で封じ続けていた言葉が。彼の口から、彼の腕の中で語られた時。

 最後の一線として張り詰めていた少女の糸は――切れてしまった。

「ぁ……ぅ、あ……ぁあぁああぁああぁあんッ!」

 貴族の子女として。英国の名士として。EDFのエリートとして。
 17年の人生をかけて積み上げてきたプライドが、瓦礫のように崩れて行き。

 子供のように。ただの、か弱い乙女のように。彼女は、リュウジの胸の中で泣き叫ぶ。ただひたすらに、その温もりに甘えながら。

 そんな彼女にリュウジは何も言わず、ただ静かに。震える肩を優しく抱き寄せ、慈しむように彼女を見守っていた。

 ――そして。

「やれやれ……正面に立ったらいけないんじゃなかったのかよ。自分ならいいってか? 筋金入りの自惚れ野郎だぜ、全く」
「なーおい、いいのかアーマンド。実は結構気にしてたんだろ、エイリングのこと」
「け、バカ言ってんじゃねえ。誰があんな疫病神」
「の割りには、さっきはえらく優しくしてたよなー」
「なー」
「だあぁああうるせぇ! てめぇら黙らねえといい加減にシメ上げ――わぷっ!」

 エアバッグに圧迫された格好のまま、戻ってきた仲間達にからかわれていたアーマンドは――顔を赤くして喚き散らしながら、本人に知られることのないように、少女の背を見つめていた。
 

 

第7話 君が笑ってくれるなら

 それから、5日が過ぎた。
 終戦を迎えたということで復興作業はますます勢いを増し、ロンドンでは戦時中以上に、人や物が忙しく行き交うようになっていた。

 ――そんな中。

「いい店ですね、ここ。オープンしたばかりなのに、メニューも充実していて。でも意外でしたよ、こういう店にはあまり来られない方とばかり思っていましたから」
「じ、実際、あまりこういうところには来たことなかったんだけど……。親友の実家が開いたお店だし――高級レストランとかだと却って引かれるって言われて……」
「ふふ、ではその方にもお礼を申し上げなくてはなりませんね。このような店にお招きして下さったのですから」

 ロンドンで話題になっていた、最近新しくオープンされたカフェ。「カフェ・マクミラン」と呼ばれる、その憩いの場に――2人の男女が、円形のテーブルを挟んで向かい合っていた。

 男の名はリュウジ・アスカ。女の名はフィリダ・エイリング。EDFの隊員である2人は初めて、私服で顔を合わせていた。
 英国淑女の気品を漂わせる、純白のドレスに身を包むフィリダに対し、リュウジは赤いカーゴパンツに黒のライダースジャケットというラフな格好。
 まるで釣り合いの取れていない組み合わせだが――この場にそぐわないのは、どちらかといえばフィリダの方だろう。ここは、一般市民が主に利用する店なのだから。

(あれから5日間、復興作業で会ってもまともに顔も合わせられなかった……。ダメよ、このままじゃ。今日を転機に、きちんと彼と向き合わなきゃ! それが英国淑女として、私が果たさねばならない――)
「エイリング隊員? お顔が赤いですよ」
「ひゃいっ!? あ、い、いやあの、その……この前はその……あ、ありがとう。何度も助けてくれて。その上、情けないところも見せてしまって……」
「――別に構いませんよ。あなたがご無事なら、それでいいんです」

 意中の男性を前に、しどろもどろになるフィリダ。そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、リュウジは穏やかな面持ちのまま、優しげに彼女を諭していた。

 ――周りの客のほとんどが、そんな彼らに注目している。リュウジの甘いマスクに惹かれている女性客もいるにはいるが――圧倒的に、フィリダの美貌に見惚れている男性客の方が多い。
 それゆえか、リュウジが浴びる視線の多くは、ロンドンの英雄でもある絶世の美少女と同席していることへの嫉妬であった。そのドス黒い憎しみの眼差しに、リュウジ自身は苦笑いを浮かべている。

「そ、それでね。その……これから一緒に戦って行く仲間として、親睦を深める……ということで。今日、このカフェに来てもらったのだけど、その……」
「……?」
「もしよかったら……名前で、呼ばせて欲しいの。いつか、頼れる人と出会えたら、そんな風に……って、ちょっとだけ、思ってて」
「なるほど。確かに、親睦を深めるのならそういうところも大事ですよね。構いませんよ、エイリング隊員。私のことは好きなようにお呼びください」
「あ、待って! 私のことはフィリダって呼んでほしいな。い、いいかな? その……リュ、リュウジ?」
「――畏まりました、フィリダさん」

「はい、カプチーノ2つ。お待ちどうさま!」

 そんな彼女達に割って入るかのように、1人のウェイトレスがコーヒーを持って来る。馴れ馴れしい接客なのは、顔馴染み同士だからだ。
 あちこちが跳ねている栗色のロングヘア。クリッとした丸いエメラルドの瞳。綺麗――というよりは、可愛らしいという表現に当てはまる、そばかすの付いた顔立ちに、整ったプロポーション。
 ウェイトレスのドレスに身を包む、その美少女――コリーン・マクミランは、場違いな格好で実家の店にやってきた親友にため息をつく。

「ありがとうございます。素敵な景観ですね、このカフェ」
「えへへ、どういたしまして。……にしても、何やってんのよフィリダ。そんなに硬くなってちゃダメじゃない。大体なに? その無駄に気合いの入ったドレス。ここはカフェよ? 紳士と淑女が集うホテルじゃないんですけどー?」
「だ、だって……こういうところ、来るの初めてだし……殿方と会うのに失礼な格好は出来ないと思って……」
「カフェをなんだと思ってんのよ……。にしても……殿方、かぁ。ふーん? お茶するだけなのに気合いも入っちゃうわけだ?」
「や、やめてよコリーン」

 恥じらうように目を伏せるフィリダを一瞥し、コリーンは目を細める。そして、自分のツッコミを聞いて苦笑いを浮かべるリュウジを見遣る。
 そして――でれっとした表情で口元を緩め、フィリダに耳打ちした。

「ねぇねぇ、彼が噂の『うぬぼれ銃士』リュウジ・アスカ隊員でしょ? 何よ〜超絶イケメンじゃない! 右目の傷もワイルドでカッコイイし! 強くて優しくて顔もイイEDF隊員なんて、とっくに全滅してると思ってたのに!」
「ぜ、全滅って……」
「……でも、フィリダのことだからどうせ告白もキスもお父様への紹介もまだなんでしょ? あんたのお父様、こないだもずっとピリピリしてらしたわよ」
「キッ……! バカなこと言わないでよ! プライベートで会うのも今日が初めてなのにっ!」
「イマドキそんな貞淑なキャラがウケるとは思えないんだけどなぁ。じゃあ、まだフィリダの彼氏ってわけじゃないんだ?」
「あ、当たり前でしょ」
「じゃ、私がアプローチしてもいい? 私、胸だけならフィリダに負けない自信あるし」
「だ、ダメ! それはダメっ!」
「あー、自信ないんだ? この前水着買いに行った時も、私がオススメした黒のスリングショット、嫌がってたもんね?」
「そういうことじゃなくてっ! あれは恥ずかしすぎて着れないってだけでっ!」

 自分を放置して親友のウェイトレスと口論を初めるフィリダを、微笑ましげに見つめた後。リュウジは無言のままカプチーノを手に、窓から外の景色を見遣る。
 その視線の先には、復興が進んでいる時計台――ビッグベンの姿があった。視線を落とすと道ゆく人々の中に、アリッサと呼ばれていた少女が母と笑い合う姿も伺える。

(……「伝説の男」。あなたのような強さがあれば……オレでも、彼女の母を守れたのだろうか)

 その姿に、在ったであろうフィリダの幸せを重ね、リュウジは人知れず思案する。微かに痛む右目の傷跡に、そっと指先を当てて。

 ロンドン基地に保管されている、この大戦初期の戦死者名簿の中から――フィリダの母の名を、リュウジは見つけていた。

(イギリス支部から、新兵の護衛を要請された時。オレは、極東支部の仲間達が日本で戦っている中であっても――断ることができなかった。現世(うつしよ)を離れてなお、我が子を愛する母君の御霊(みたま)が、オレをこの街へ惹きつけたのかも知れんな……)

 母の死に苦しみながら、孤独な戦いに身を沈めようとしていた少女。親友と語らい、明るく振る舞う彼女の、胸の内に染み込んだ悲しみ。
 その悲しみから救えなかった罪を贖うには――自分は、どうすべきなのか。

「……ねぇ。アスカさんのことほっといていいわけ? ダメねー、フィリダ。大事なカレを放置だなんて」
「――あっ!? ご、ごめんなさいリュウジ! ……もう! コリーンがおかしなことばかり言うからっ!」
「ごっめーん。だって、アスカさんのことでデレデレしたりプンプンしたりするフィリダが可愛かったんだもん」
「コリーンっ!」

 その思考を、フィリダとコリーンの喧騒が遮断する。
 耳まで真っ赤にして、ドレスを纏う純白の姫君――らしからぬ挙動で両手を振り回すフィリダ。そんな彼女を、コリーンもリュウジも微笑ましげに見つめていた。

「……オイ」

 その時。OD色の革ジャンとジーパンという格好の青年が、低くくぐもった声色で声を掛け、リュウジ達のテーブルの前に立った。
 青年、もといアーマンド・マルスレイは――バツの悪そうな表情で、リュウジ達を交互に見遣っている。

「おや、マルスレイ隊員もこちらにいらしたのですか。お会いするのは5日前の市街地戦以来ですが、お元気そうで何よりです」
「アーマンドでいい、堅苦しくてかなわねぇ。……まぁ、お前も元気そうで……何よりなんじゃねーの」

 にこやかに声を掛けるリュウジに対し、アーマンドはうまく視線を合わせられずにいた。そんな彼を前に、コリーンが眉を吊り上げる。

「アーマンド! あんたまたフィリダを苛めるつもりでしょ! 今度という今度は承知しないわよ!」
「るっせぇ! ちょっと二人に言いたいことがあるだけだ、外野はすっこんでろ!」
「えっらそうに! 前の戦闘でもアスカさんやフィリダに助けられてたくせにっ!」
「俺だって活躍したっつーの! お前こそ市民の避難誘導がどーのって理由付けて、真っ先に逃げ出しやがっただろーが!」
「なによ!」
「なんなんだよ!」

 それに応じるようにアーマンドも声を荒げ、二人はしばし睨み合った。その後、同時に「ふん!」と鼻息を吹き出して、互いにそっぽを向いてしまう。

「ええと。それで、御用件は?」
「用件ってほど、大事なことじゃねぇ。まー、その……あれだ、あれ……」

 それから、暫し頭を掻き毟り、考え混むような間を置いて――アーマンドはようやく、2人に対して口を開いた。

「……お前らのこと、腰抜けだの疫病神だのって、言いたい放題言って悪かった。そんだけだ」
「……え?」

 その口から出た言葉を、予想していなかったのか――フィリダとコリーンは、狐につままれたような顔で互いを見合わせていた。
 一方、リュウジはアーマンドが言おうとしていたことを察していたのか――特に驚いた様子もなく、穏やかな面持ちのまま彼の出方を見守っていた。

「……ちゃんと謝ったからな! 根に持つなよ、じゃあな!」

 誰1人、何も言葉を返さないことで恥ずかしくなったのか。アーマンドは顔を真っ赤にして捨て台詞を残すと、数枚の札をテーブルに叩きつけて立ち去ってしまった。
 外では彼の仲間達が、バイクを止めてリーダーを出迎えており――何を話しているかまではわからないが、仲間達の笑いに対し、拳を振り上げて怒っていることから、からかいを受けていることが伺えた。

「……何なのあいつ。今までずっと、フィリダを目の敵にしてたはずなのに」
「アーマンド……」

 コリーンは訝しげに、フィリダは信じられない、という表情で。ぶっきらぼうなバイク乗りの青年の背を、見えなくなるまで見送っていた。

 ――恨みを忘れたわけではない。彼女の勇猛さのせいで、命を落とした同期もいる。
 ただ、自分達と同じEDFの男性隊員でありながら、ペイルウイングを助けられるほどに強い上、人に好かれる優しさもある新入りが現れたことで。同じ男としての、自分の情けなさを思い知らされたから。
 このままじゃ、居ても立っても居られないから。思うままのことを口にした。

 それだけが、アーマンドを突き動かしていたのだ。それを知っているのは彼自身と、その仲間達と――同じ男として、その胸中を察したリュウジだけであった。

「――どうやら、信頼出来る仲間は……思っていた以上に多かったようですね」
「……うん!」
「フィリダ……!」

 そんなリュウジの穏やかな笑みに――ようやく、前に進めたと感じた少女は、満面の笑みで答えるのだった。それを目にして、コリーンは思わず目を剥く。

 それは――長い付き合いの親友が久しく見ていなかった。心からの、笑顔だったのである。

(……今はただ、この街を守り抜こう。これ以上、何も失うことがないように。そうすることで、もしも――君が笑ってくれるなら、オレは……)

 そんな彼女の、輝かんばかりの笑顔を見守りながら。リュウジは微笑を浮かべ、右目の傷から指先を離す。
 少女の笑顔に希望を見た今なら――もう、この傷が痛むことはないのだから。






 ――ところが。

「……ところで、気になったんだけど」
「どうしました? コリーンさん」
「アスカさん、一体今いくつなの? 2年前の前大戦から活躍してるって聞いてるけど――どう見たって私達と同年代じゃない!」
「まぁ、日本人は欧米人より若く見えるそうですし。私は今年で24になります」
「ちょっ……えぇ!? 24って……私達より7つも上だったわけぇ!?」
「ええ、まぁ。1年前に結婚して、子供も産まれる予定だったのですが、今大戦で……。あ、いえ、すみません。気になさらないで下さい、極東支部ではよくある話ですから」
「しかも妻子持ちぃいぃい!? そしてバツイチぃいぃい!?」

 著しくデリカシーに欠けるコリーンの発言により、次々と明らかになる事実を耳にして。

「……う〜ん……」
「ああっ! 恋する乙女のセンチメンタルが砕けたっ! しっかりしてフィリダぁあ!」

 驚愕する親友の隣で、フィリダは泡を吹いて昏倒するのだった。


 ――これが。とある戦後の、平和な一幕である。
 

 

第8話 義妹が来た!

 ――戦後を迎えたあの日から、数ヶ月が過ぎた。地球の季節は冬を迎え、辺りには雪が降り積もるようになっている。

 皇帝都市陥落による第二次インベーダー大戦の終焉以来、人類は驚くべき早さで復興を進めていた。この戦争で齎された技術を用いて、前大戦後のそれをさらに凌ぐ恩恵を手に入れたためだ。
 今では、その力を手にした人々の手により、世界中の都市がかつての活気を取り戻そうと――息を吹き返しつつある。

 そんな再生の時代の中――イギリス、ロンドンでは。

「どっ……こらせっ!」
「おーい、アーマンド! こっちも頼むぜ!」
「わーってるよ! ちったぁ大人しく待ってろ!」

 EDFによる復興作業が、順調に進められていた。陸戦兵やエアレイドなど、力に秀でた男性隊員は力仕事に従事し、ペイルウイングやオペレーターは事務作業に出ている。
 大量の資材を豪快に持ち上げ、廃墟となった町々を歩む若きエアレイド――アーマンド・マルスレイは、つるんでいる仲間達と共に作業を続けていた。

「アーマンドさん、それはその車両に積載してください。次はあっちの資材をオックスフォード・ストリートのジョン・ルイスまで」
「へいへい。……ったくよぉ、人使いが荒いぜアスカ。ちったぁお前も手伝ったらどうなんだい」
「あはは……申し訳ありません、これが私の任務ですから」

 彼らの作業を監督し、資料を手に指揮を執る陸戦兵――リュウジ・アスカは、苦笑いを浮かべて四角眼鏡の端をくいっと指先で上げる。レンズ越しのその視界には、どれほどの資材をどこに届けるかを全て記した、膨大な量の資料が映されていた。

「……そういやぁ、聞いたかアスカ? なんでも今日、極東支部からお偉いさんが来るらしいぜ?」
「えぇ。存じております。極東支部副司令と、その御息女が復興作業の視察に来られると」
「今頃、フィリダが対応してんだろうな。なにせあいつは、ペイルウイングの一隊員である前に、エイリング家のご令嬢だもんなぁ。ま、俺達みてぇな末端には関係ねぇさ」
「――そうですね」
「……?」

 どこか含みのある言葉を残し、リュウジは再び資料に視線を落とす。そんな戦友の姿を訝しみながらも、アーマンドは生真面目に作業を続けていた。

「野郎どものみなさーん! お昼の用意が出来ましたよーっ!」

 ――元気なペイルウイングの呼び声を、耳にするまで。

 栗色のロングヘアを靡かせる彼女――コリーン・マクミランはロンドン基地でも人気が高く、彼女の一言に多くの男性隊員が歓声を上げていた。「カフェ・マクミラン」の看板娘の美貌は、一般客以外も惹きつけていたのである。

「やれやれ……相変わらずキンキンうるせぇ女だな」
「と言いつつ、お腹が鳴ってますよ。アーマンドさん」
「る、るせぇ! ちょっと朝から張り切り過ぎただけだ!」
「こるぁー! アーマンドぉお! 聞こえてんのよ、このチンピラ隊員っ!」
「やかましい、このスピーカー女っ!」

 だが、その華やかな笑顔を向けられないただ一人の男――アーマンドとは、いまいち反りが合わないのか。公私問わず、彼らは顔を付き合わせる度に、こうして口喧嘩を繰り返している。
 そんないつもの光景を、リュウジは苦笑いを浮かべて見守っていた。

 ――だが。眼鏡を外し、ロンドン基地の方向を見遣る彼の目は。

(副司令……か。まさか、こうも早く迎えが来るとはな)

 どこか憂いを帯びた眼差しで、青い空の向こうを見つめていた。

 ――その視線の、遥か彼方の上空では。

「ロンドン基地上空に到着。間も無く降下します」
「ああ。……かりん、もうじき彼にも会える。失礼のないようにな」

 EDFの戦闘ヘリ――EF24バゼラートの蒼い機体が、ロンドン基地上空を滞空し――ゆっくりと、着地点に向かっていた。
 その機内では、パイロットとその後方に座る初老の男性が、静かに言葉を交わしている。

「……わかってるわ、お父様」

 男性の隣には――黒髪のショートボブと色白の肌を持つ、絶世の美少女が腰掛けていた。
 流暢に日本語を喋っていることから、父と呼ぶ男性と同じ日本人であることが窺えるが――ペイルウイングのスーツを纏う彼女のスタイルは、あまりにも日本人離れしている。
 豊満に飛び出した胸や、肉感的な臀部。芸術的なくびれ。どれをとっても女性らしさが激しく強調されており、見る者を虜にする美貌まで備えていた。

「迎えに来たわ……竜士義兄(にい)さん」

 空の上から英国の街並みを見下ろす、艶やかな黒い瞳は――愛おしげな色を帯びている。その白い手には、一つのロケットペンダントが握られていた。

 そして。そんな彼女の脳裏には今――ある青年の姿が刻まれている。
 
 

 
後書き
キャラクタープロフィール 01

名前:フィリダ・エイリング
性別:女
年齢:17
身長:160cm
体重:44kg
兵科:ペイルウイング
趣味:バレエ、ピアノ
スリーサイズ:B85.W58.H84 

 

第9話 泥棒猫

「イギリス支部ロンドン基地所属、ペイルウイング隊隊長バーナデット・ローランズです」
「同じく、ペイルウイング隊副隊長フィリダ・エイリングです!」

 バゼラートから降り立った2人の男女に向け、出迎えた2人のペイルウイングが敬礼を送る。戦時中から訓練生を指導していたバーナデット・ローランズと、第二次インベーダー大戦を生き抜いたフィリダ・エイリングの2名だ。
 亜麻色の長髪をポニーテールに纏めた、20代後半の美女は、真剣な面持ちで初老の男性――極東支部副司令、一文字昭直(いちもんじあきなお)と向かい合う。
 昭直の黒い瞳は、彼女とその隣で敬礼を送る――桃色が掛かった金髪のセミロングを靡かせる、色白の美少女を交互に見遣っていた。

「……ご苦労。極東支部より参った、副司令の一文字昭直だ。出迎え、感謝する。ロンドンの英雄『白金(しろがね)姫君(ひめぎみ)』とお会いできて光栄だ」
「恐れ入ります!」

 戦後、その勇戦を称えられ「白金の姫君」の異名を与えられたフィリダは、極東支部にまで己の名が知られていたことに緊張を覚える。副司令という大人物にまで評価されるという大変な栄誉を賜わり、彼女の頬は僅かに紅潮していた。

「……」

 そんな彼女を、切れ目の美少女がじっと見つめている。その視線に気づいたフィリダは、副司令の隣に控えている彼女に目を向けた。
 そして――同じ女でありながら、思わず見惚れてしまうほどの絶対的な彼女の美貌に。無意識のうちに、息を飲む。

「紹介が遅れたな。私の娘で、今回の視察での護衛に就いている――」
「――一文字(いちもんじ)かりん、であります」

 かりんと名乗るペイルウイングは、冷たい声色で短く自己紹介を済ませると、バーナデットとフィリダに敬礼を送る。冷徹ささえ感じるその顔立ちと色白の肌に、フィリダの表情は僅かに強張る。

「緊張しているのであろう、大目に見てやってくれ。何せ、ペイルウイング訓練生課程を修了して、10日ばかりしか経っていないものでな」
「そうなのですか?」
「ああ。だが、父親の私が言うのも難だが――訓練生課程を僅か1ヶ月で終わらせた才女だ。経験は浅かろうが、上官として信頼はしている」
「1ヶ月……!?」

 バーナデットの問いに対する昭直の答えに、フィリダは驚愕する。天才と謳われた自分でさえ、ペイルウイング訓練生課程の修了には、約半年の月日を要した。戦時中、訓練課程を中断していた期間を除いてもだ。
 それを、たった1ヶ月。それだけでも、彼女の才覚が如何に常人離れしているかが窺い知れる。

「……齢16の若輩者ですが、よろしくお願いします。私も、『白金の姫君』にお会いできて光栄です」
「え、ええ。こちらこそ、よろしく」

 冷たい表情のまま、手を差し出す彼女に応え、フィリダは手を伸ばして握手を交わす。――その時。

 艶やかな彼女の唇が、微かに動く。何かを、呟くように。

「え――」

 そこにフィリダの注意が向かう瞬間。かりんは、手を離して父の側への引き下がった。

「では、早速ロンドンの復興状況を拝見させて頂きたい」
「畏まりました。どうぞ、こちらへ」

 それを見届けた後、バーナデットは来客を案内すべく歩き始める。昭直とかりんは、そんな彼女の後をゆっくりと追うが――フィリダだけは、すぐには動けずにいた。

(彼女、今……)

 あの握手の瞬間。
 誰にも聞かれないような小声で、呟かれた気がしたからだ。

 ――泥棒猫、と。
 
 

 
後書き
キャラクタープロフィール 02

名前:アーマンド・マルスレイ
性別:男
年齢:18
身長:185cm
体重:82kg
兵科:エアレイド
趣味:ツーリング
 

 

第10話 再会、義兄と義妹

 復興作業に奔走しているのは、何もEDF隊員だけではない。ロンドン市民の多くも、資材を乗せたトラックを運転したり、食事を提供したりと、各々のやり方でロンドンの栄華を取り戻すべく奮闘している。

 そんな彼らの姿を、微笑を浮かべて見守りながら、昭直は街中を歩んでいた。EDF高官の制服に身を包む彼の姿に、ロンドン市民やEDF隊員達の注目が集まる。

 ――だが、それ以上に。そのそばに控えている絶世の美少女二人に注がれる視線は、焼け付くような熱を帯びていた。
 「白金の姫君」と呼ばれる凄腕のペイルウイングであり、ロンドン市民のアイドルでもあるエイリング家の令嬢フィリダ。その近くを歩む、一文字かりん。
 彼女達二人の美貌は、EDFも民間人も問わず、全ての男性の視線を釘付けにしていた。

 とりわけ、氷のような冷たさすら感じさせる切れ目を持つ、かりんに向かう眼差しの群れは、灼熱のように滾っている。
 日本人離れした色白の肌に、艶やかな黒のショートボブ。滑らかなラインを描く腰のくびれや臀部に、豊かな双丘。スカートの裾から覗く、肉感的な太腿、脚。
 その澄ました表情とは裏腹な、扇情的な肢体に、男達は強烈に本能を刺激されているのだ。たまたま近くを通りがかっていた若い衆の何人かは、不自然なタイミングで前屈みになっている。

「……」

 そんな彼らを、かりんはまるで――焼却炉に放り込まれていく生ゴミを見るような目で一瞥していた。その冷酷な眼差しに、隣を歩いていたフィリダは悪寒を感じている。

「しかし、随分と急な視察ですね。何か、我が支部の復興体制に参考になる部分でも?」
「ああ……。ここは、第二次大戦の最初の戦場だったからな。受けた被害は確かに甚大だが、その分取れたデータの数も多い。この街の復興要領は、大いに勉強になる」
「そうですか……。私も、共に地球を守るべく戦った同志の1人として。貴国の1日も早い復興をお祈りします」
「ありがとう。――それともう一つ、私的な用事もあってな」
「私的な用事……?」

 一方。昭直の言葉に、バーナデットは眉を潜めた。副司令ほどの人物が、戦後という混迷の時代の中、わざわざイギリスまで来るほどの「私的な用事」。
 それがただならぬことであるということは、容易に想像できるからだ。

「うむ。――実を言うと、息子に会いに来たのだ。正しくは、義理の息子だがな」

 そんなバーナデットの胸中を、知ってか知らずか。昭直は彼女に視線を移すと、あっさりと用件を告げるのだった。

 直後。

「おーう、フィリダじゃねぇか。そこのおっさんとデートかい?」

 向かいの車線からやって来た1台のトラックが、昭直達の近くに停車した。資材を大量に積んだ、そのトラックを運転していた青年――アーマンドが、車窓からひょっこりと顔を出してくる。
 その身分というものをまるで弁えない発言に、フィリダは眉を吊り上げる。バーナデットに至っては、憤怒の形相となっていた。

「ア、ア、アーマンド! こちらは視察にいらしているイチモンジ副司令よ!?」
「あ? 副司令? このしなびたおっさんがか?」
「マルスレイィイ! 貴様、死にたいらしいな!」
「ははは、1隊員におっさんと呼ばれたのは始めてだ。なかなか見所のある青年じゃないか」

 だが、おっさん呼ばわりされた昭直本人は、むしろ楽しんでいるかのように笑っている。そんな父の隣で、かりんは冷たい表情のまま溜息をついていた。
 なんとレベルの低い隊員だろう、と。

「アーマンド、降りてきなさい! 今日という今日は始末書じゃ済まさないわ!」
「マルスレイィィ! 今すぐ降りろ! この場で八つ裂きにされたいかァ!」
「おいアスカ。極東支部のお偉方がお目見えらしいぜ。同郷なんだし、挨拶しとけば?」

「――ッ!?」

 だが。バーナデットとフィリダの激怒を浴びてなお、涼しい顔で昭直を見下ろしているアーマンドの発言に。
 無表情を貫いていたかりんが、初めて目の色を変えた。同時に、昭直の表情が一瞬で引き締まる。

「本当ですか?」
「あっ、リュウジ! もう、あなたからも何とか言ってっ!」
「アスカ隊員、君の監督不足だぞ! 前大戦の勇士と名高い『うぬぼれ銃士』でありながら、なんという体たらくだ!」

 そして、資材を積んだ荷台から。右目に傷を持つ黒髪の陸戦兵が、顔を出した瞬間。

「……義兄(にい)さぁあぁんっ!」

 突如、かりんが表情を一変させる。
 誰よりも、何よりも愛しい人に会えた。そう言わんばかりの、幸せに満ちた華やかな笑顔を浮かべた彼女は――飛行ユニットのバーニアを噴き出し、陸戦兵に突撃する。

「……なっ!」

 そのかりんの豹変に、昭直を除く全員が驚愕と共に固まってしまい――リュウジ自身も、反応が間に合わずに突撃を食らってしまう。
 当たる直前に本人が減速していたため、車上から吹っ飛ばされるほどには至らなかったが、思わぬ体当たりを受けたリュウジは大きくよろめいていた。

「義兄さん、義兄さん……あぁ、竜士義兄さんっ!」
「うわっ、と……! か、かりんさん……!? どうしてあなたまで……!」

 そんな彼の逞しい肉体に、その豊満な肢体を隙間なく密着させ、かりんは全身でリュウジを抱き締める。さらに自分の匂いをマーキングするかの如く、胸や腹、脚をしきりに擦り付けていた。幸せに満ち溢れた、恍惚の笑みを浮かべて。
 一方、予期せぬ人物の体当たりを不意打ちで浴びたリュウジは、戸惑いながら彼女の肩に手を当てていた。

 リュウジが現れた瞬間、冷酷な表情を一変させたかりん。その行為に驚いていないのは、父である昭直ただ1人であった。

「ふ、副司令、これはどういう……」
「すまない、なかなか説明する機会がなくてな。そこの飛鳥竜士隊員は、私の義理の息子で――かりんの姉、一文字(いちもんじ)かのんの夫だった男だ」
「なっ……!?」

 澄ました表情で、真実を告げる昭直。その発言に、バーナデットの表情は驚愕の色に染まる。

「リュ、リュウジが……!」
「アスカが……副司令の義理の息子ぉ……!?」

 また――フィリダとアーマンドの2人も、信じられないという表情で、昭直とリュウジを交互に見遣っていた。

(――まさか!)

 そして――その事実を前にして。
 フィリダは、ようやく気づくのだった。かりんが、自分を「泥棒猫」と言った理由に。

 ……一方。

「ようやく、会えたな……竜士。あれからずっと、君を探し続けていた」
義父(とう)さん……」

 戦後一ヶ月という月日を経て、対面した親子は。神妙な面持ちで、互いを見つめあっていた。
 
 

 
後書き
キャラクタープロフィール 03

名前:コリーン・マクミラン
性別:女
年齢:17
身長:162cm
体重:48kg
兵科:ペイルウイング
趣味:ショッピング
スリーサイズ:B87.W59.H80
 

 

第11話 飛鳥竜士の過去

 一通りの視察を済ませた昭直一行は、休息を取るため、とある場所へ腰を下ろしていた。――リュウジ達の行きつけ、「カフェ・マクミラン」へと。

「なんで!? なんで副司令様がこんな庶民御用達のカフェに来てるの!? なんでぇ!?」
「お、落ち着いてコリーン!」

 珍しい客が来たと聞き、目一杯もてなそうと自慢のウェイトレス姿で登場したコリーンは――昭直と対面した途端、ひっくり返って狼狽していた。
 懸命に彼女を宥めるフィリダも、状況をうまく説明できないでいる。

「……なるほど。確かに、一見華やかでありながらも無駄に高級というわけではなく、快適に過ごしやすい空間だ。君が行きつけに選ぶのも納得のスポットだな」
「でしょう? ここのカプチーノはお勧めですよ」
「そうか、よし。……そこの君。カプチーノ2つ、頼めるかね」
「は、はは、はいただいまぁぁあぁあ!」

 だが、リュウジと昭直は落ち着き払った様子のまま、向かい合って談笑していた。副司令直々の命を受け、厨房目掛けて爆走していくコリーンの背を、男2人が微笑ましげに見送っている。

「……君が姿を消したと聞いた時は、どうなることかと思っていたが……。こうしてまた、君に会えるとはな」
「……まさか、まだ私を息子と想って下さっているとは、思いませんでしたよ」
「君を忘れるはずがないだろう。――かのんを愛してくれた、たった1人の夫の君を」

 親類でありながら、どこかよそよそしい2人のやり取りを見遣り、同席しているアーマンドが訝しげに口を挟む。

「しかしよぉ、どういう接点だったんだ? アスカと副司令の娘さんは。もしかしてアスカも、どっかの名家の生まれだったりすんのか?」
「……? いえ、私の実家は商店街の駄菓子屋ですが」
「……駄菓子屋の息子がなんで副司令の娘と結婚できるんだよ」
「第一次大戦の渦中、かのんさんとかりんさんが襲われているところを助けたことがありまして。それが縁でした」
「高校でも同級生だったんだよね、義兄さんと姉さん」
「ええ、そうでした。でも、その頃の私と彼女は接点なんてなくて――」
「――姉さん、その時から義兄さんが気になってたんだってさ。サッカー部のエースストライカーだったんでしょ? いつも嬉しそうに、義兄さんの試合を見に行ってたわ」
「……そ、それは初めて知りました……」
「ま、姉さんが完全に落ちたのは間違いなくあの1件だけどね」

 アーマンドの質問にリュウジが答えている最中に――今度は、かりんが介入してきた。

「凄かったわ……義兄さんは、あの頃から凄かった。他の隊員が逃げ出して行く中、『伝説の男』が巨大生物を撃滅するまで、私達を守り続けてくれたのよ。姉さんたら、それ以来義兄さんにすっかり夢中になって……何度も基地に応援の手紙を送ってたわ」
「へぇ……」
「……」

 自慢げにリュウジの活躍を語るかりんは、先ほどまでとは正反対の饒舌さだった。そんな彼女の姿に、フィリダは微かに唇を噛む。
 ――彼女は、自分が知らないリュウジを、たくさん知っている。それが、悔しかったのだ。

 その一方で、昭直もどこかばつが悪そうに視線を逸らしている。思い出したくない過去を、掘り返されている人の顔だ。

「それから戦争が終わって、1年が過ぎて。意を決して告白した姉さんが、義兄さんを連れて笑顔で帰って来た時は、家中大騒ぎだったわ」
「……初めてかのんが男を連れてくる、と聞いた時は『どこの馬の骨とも知れんヒラ隊員に娘は渡さん』……と言ってやるつもりだったのだがな。今や、この有様だ」

 昭直はリュウジに似た苦笑いを浮かべ、義理の息子を見遣る。娘は父親に似た男を好きになる、ということだろう。

「――だが、まさか竜士がかのんを受け入れてくれるとは思わなかった。彼の両親を死に追いやった私を、許せるとは思えなかったからな」
「えっ……?」
「かのんとかりんが襲われたあの日。私は、現場のEDF隊員に……『装備を放棄して撤退せよ』、と命じていたのだ」

 すると、昭直は観念したかのように肩を落とすと、リュウジを一瞥して己の罪を語る。第一次大戦の中、自分が下してしまった決断を。

「インベーダーの未知数の力に、当時のEDF隊員は情報不足ゆえに苦戦を強いられていた。……より多くの隊員を生還させ、反撃のためのデータを持ち帰るには、そう命じるしかなかったのだ」
「……」
「だが……その命令により退避した隊員に守られていた、竜士の御両親が犠牲となってしまった。――命令に反してでも娘達を守ってくれた彼の恩に、私は仇で返してしまったのだ」
「義父さん、それは――」
「――許す、と君は言ってくれたな。そこまでされて、娘を任せられないはずがなかろう……。私はあの日から、君の父になると誓ったのだ」

 昭直は昔を懐かしむように、天井を仰ぐ。そして、暫し目を閉じ――再び、リュウジの方へと視線を移した。

「だが……私達は、君を幸せにすることも、守ることもできなかった」
「なにが、あったのですか?」

 鎮痛な面持ちの昭直に、フィリダはおずおずと問い掛ける。想い人のことを、もっと知りたい。理解したい。その願いゆえの行動だった。
 そんな彼女の胸中を見抜いてか、かりんの目つきが鋭くなる。

「第二次大戦が始まってすぐ……竜士は日本戦線で、巨獣ソラスと戦った。身重のかのんを、戦闘に巻き込まれた自宅から逃がすために。……その陽動と撤退は、うまく行っていたのだが……」
「……私が逃げ遅れて、戦場のど真ん中に取り残されて――義兄さんは私を助けるために、姉さんの護衛を同僚に託して、戦場に戻ることになった。……でも」

 言いづらくなったのか、途中から声が萎み始めた父に代わり、かりんが強い口調で続きを語る。その語気は、ある部分でひときわ強いものに変わった。

「……その同僚が、あろうことか『勝てっこない』なんて泣き声を吐いて、戦場から逃亡したのよ。妊娠していて、早く走れない姉さんを置き去りにして!」
「そんな……!」
「義兄さんは重傷を負いながら、果敢に戦って私を逃がしてくれた。結果として、義兄さんはソラスには勝てなかったけど……充分に足止めしてくれていたわ。でも……みんな生き延びたと思って、帰還した私達を待ってたのは……」

 本来なら、同僚に連れられて更に遠くへ脱出していたはずのかのんは。腹の子もろとも、夫の足止めを破ったソラスに踏み潰されていた。
 かりんの脳裏に、義兄と共に姉「だった」モノを見つけた時の記憶が蘇る。決して許されない、EDF隊員の愚行が生んだ悲劇と、自分の「罪」の象徴たる記憶が。

「……そのあと、義兄さんは私達の前から姿を消した。『一文字竜士(いちもんじりゅうじ)』の名も捨てて、旧姓の『飛鳥(あすか)』を名乗って」
「――かのんさんを守れなかった私には、あなた方の家族である資格など、ありませんから」
「そんなはずがあるか! 今言ったばかりだろう、私は君の父になると……!」

 昭直は懸命にリュウジに呼び掛けるが、当の本人は儚げな苦笑いを浮かべるばかりで、取り合う気を見せない。

「……アスカ隊員。君が私の要請に応じて、イギリス派遣の任務を引き受けてくれたのは……イチモンジ家を去るためだったのか?」
「渡りに船、だったことには違いありません。ただ、私は単純に上の命令に従っただけです」
「……そうか」

 話を聞き続けていたバーナデットは、鎮痛な面持ちで部下の横顔を見遣る。副司令が今回の視察に拘った理由が判明し、合点がいったように息を漏らした彼女は、リュウジの様子を静かに見守っていた。

「リュウジに、そんな過去があったなんて……」
「……ま、血の繋がりがないにしても、こうして想ってくれる家族がいるってのは、いいことなんじゃねぇのか? イマドキ、家族が健在な隊員の方が珍しいんだぜ」
「アーマンド隊員の言うとおりだ。――率直な話。私達はこの視察を気に、竜士を極東支部に送還したいと思っている」
「なっ……そんな!」

 その時。昭直の口から出た発言に、フィリダが思わず立ち上がる。

「何もおかしなことはないだろう。竜士は元々、極東支部の隊員だ。元いた部隊に帰ることに、問題があるかね」
「待ってください! 副司令ッ!」

 顎に手を当て、考え込んでいるリュウジを一瞥し、フィリダは声を震わせる。

 ――戦後から数ヶ月。この復興の日々の中、自分もアーマンドも力を尽くしてきたが――このロンドン基地にいるEDF隊員の現場活動の要となっているのは、紛れもなくリュウジなのだ。
 街の人々も快く彼を受け入れており、EDF隊員も民間人も問わず、彼とこれから共に助け合って、このロンドンを復興して行こう――という時に。こんな形で本人がいなくなってしまったとあっては……どれほどの人々が落胆するだろう。

 リュウジと共に幾つも目にしてきた、こんな時代の中でも前を向いて笑う人々の姿を、思い出す度に。フィリダの心が、ただ真っ直ぐに突き動かされて行く。
 彼を――失いたくない。渡したくない、と。

「今、街のみんなが! ロンドン基地のみんなが! リュウジを必要としているんです! このロンドンの復興体制を参考にしたいと仰るなら、今のまま、リュウジをここにいさせてください!」
「……そのことは私も理解している。彼がここに来てからの勇躍振りは、ここに来る前からこちらも把握している。――それでも、彼を呼び戻したい理由が他にもあるのだ」
「他の理由……!?」

 昭直は腕を組み、神妙な面持ちで席から立ち上がったフィリダを見上げる。

「今、極東支部では激減した陸戦歩兵部隊を再編成するため、教官職が務まる生き残りの隊員を集めている。この大戦を生き延びた、強者たる陸戦兵を」
「教官職……!?」
「その中心となる、教育大隊長のポストに『伝説の男』を招くつもりだったのだが――彼は、最後の戦いで行方不明となっていてな」
「まさか……その後釜にリュウジを!?」
「その通りだ。『うぬぼれ銃士』の飛鳥竜士としては務まらないが、私の息子である一文字竜士としてなら箔も申し分ない。EDFの大幹部としてのポジションを捧げることが、今の私に出来るただ1つの償いだ」
「陸戦兵のヒラ隊員から、大隊長か……。前代未聞の大出世だな」

 昭直から出された破格の提案に、バーナデットは驚嘆と共に息を漏らす。――だが、反対はしていない。
 リュウジが副司令の息子として生きるならば、それが自然なポストだからだ。

「――義父さん。かのんを殺した私は、もう一文字竜士には戻れないんです。飛鳥竜士として生きられる場所がないのであれば……私は、ここを離れるわけには参りません」
「……なぜだ、竜士。ふるさとが恋しくはないのか」
「日本を忘れたわけではありません。……今はただ、リュウジ・アスカとしての期待に応えたいだけなのです」
「竜士……」

「――義兄さんっ!」

 だが、リュウジにその話を引き受ける気配はない。毅然としたその佇まいに、フィリダは頬を染め、アーマンドは軽く口笛を吹いていた。
 それでもなんとか説得しようとする父を遮り、かりんが胸を揺らしてリュウジに迫る。

「姉さんのことで自分が許せないなら、その分まで私が許すよ! 誰が何と言っても、私が義兄さんを許してあげる! 愛してあげるっ! だからっ……帰ろうよ! また、一緒に暮らそうよ!」
「……ありがとうございます、かりんさん。そのお気持ちだけで、私はもう――」
「――それで終わりにしないでよッ! 義兄さんが帰ってきてくれるなら、私なんでもする! 子供が欲しいなら、私が何人でも産むから!」

 リュウジの手に、自らの白い掌を乗せて。かりんは過激な発言も辞さず、彼を引きとめようとする。
 ――その時。事態をある程度静観していたアーマンドが、かりんをジロリと睨みあげた。

「……おい、いい加減にしとけ乳牛女。こいつがイヤっつってんのが聞こえなかったか?」

 その眼差しを受けたかりんは――再び冷酷な表情に戻ると、冷ややかな視線でアーマンドを見下ろす。

「――なに? 大した実力もない外野が口を挟むつもり?」
「家族水入らず、って時に首を突っ込むのは避けるつもりだったんだがな。アスカは、自分の意思でここに残るって言ってんだぞ? 俺みたいな『大した実力もない外野』をほっとけねぇってな」
「自分達の弱さを理由に義兄さんに縋るなんて、つくづく救いようのないクズね」
「てめぇらは自分達の都合で、アスカを振り回してんだろうが。今度鏡見てみろよ、俺以上のクズが映ってるぜ?」
「貴様……」

 今すぐ殺すべき仇敵を見る眼で、かりんはアーマンドを睨みつける。そして、冷酷な怒りを胸に宿したまま、腰の拳銃に手を伸ばし――

「アーマンドの言葉は悪いけど――私も同じ意見よ、カリンさん。リュウジがここに居たいって言う限り、私達は彼を渡すわけには行かないの」

 ――引き抜く寸前、その手をフィリダに止められてしまう。
 凍てつくような眼光を浴びても、決して引き下がらない彼女の手を振り払ったかりんは、忌々しげに彼女を睨みつける。

「……盗っ人猛々しい、とはこのことね。義兄さんを誑かしておいて、渡すわけには行かない? 笑わせるわ」
「カノンさんには、申し訳ないと思ってる。自分が酷い女だっていうことも、わかってる。それでも――今のリュウジが願っていることを、私は叶えてあげたいの」
「……ふぅん。ただのお姫様じゃあ、ないのね」

 毅然とした表情で自分と向き合うフィリダを睨み、かりんは僅かに逡巡するように顎に手を当て――意を決したように顔を上げる。

「――だったら。私が納得できる方法で、義兄さんがここに相応しいってことを証明してちょうだい。『白金の姫君』と、副司令の娘。どちらが強く、正しいか」
「……わかったわ。それで、あなたが納得してくれるなら」

 2人は互いに真剣な面持ちで、リュウジを巡る決闘に身を投じる決意を固める。

「フィリダさん……」
「全く……かりんの決闘癖には困ったものだ」
「はぁ……何という事態だ。一体、これをどう上に報告しろと……」
「女ってこえー……。アスカの奴も災難だな」

 そんな彼女達を、周囲は各々の反応で見守っていた。そして――

「カプチーノ2つ、お待ちどう――って何よこの危ない空気ぃい!?」

 ――蚊帳の外だったコリーンは、席を離れている間に巻き起こっていた女の戦いに、慄くのだった。
 
 

 
後書き
キャラクタープロフィール 04

名前:バーナデット・ローランズ
性別:女
年齢:29
身長:170cm
体重:51kg
兵科:ペイルウイング
趣味:婚期を逃したことへの自棄酒
スリーサイズ:B83.W60.H81
 

 

第12話 オンナとオンナの前哨戦

 ――翌日。

「よく逃げずに来たわね。そこだけは評価してあげる」
「……」

 ペイルウイングの装備に身を包む2人の美少女。彼女達は今、とある通りの路地の前にいる。
 彼女達の近くに控える関係者達は皆、真剣な面持ちでその動向を見守っていた。

「ペイルウイングの強さは、機動性にある。地形や障害物を問わず、あらゆる状況下で誰よりも早く現場に到着できる能力は、この兵科の戦闘力に直結する」
「――?」
「ペイルウイングなら、わかっていて当然よね? その能力を競って――優劣をつけましょう。私とあなた。どちらが義兄さんの側に相応しいか」

 かりんは不敵な笑みを浮かべ、ビッグベンの頂点を指差す。

「目標地点は、あの時計台の上端。あそこにたどり着くまでの経路は、各人の自由。いかに速くあそこに到着できるか――それで決着を付けるわ」
「……空の公道レース……ということね。いいわ、受けて立つ。リュウジを、あなたに渡すわけには行かないわ」
「フン……まるで私達が奪いに来た、とでも言いたげな物言いね。――私達は、返してもらいに来たのよ。かけがえのない家族をね」

 空中でのレースなら、住民に危害が及ぶことはない。僅かな逡巡を経て、フィリダは決闘を受諾した。
 恐れることなく、毅然と向き合ってくる彼女の姿勢に、かりんは鼻を鳴らして背を向ける。そして、首にかけたロケットペンダントを開き――生前の姉を写した写真を見遣った。

「見ててね……姉さん。私は必ず、義兄さんを取り返して見せる」

 その黒い瞳に、確かな決意を宿して。

「おいおい、こんな民間人もいる街中でレースしようってのか? あの乳牛女。EDF隊員として、どうなんだよ全く」
「公的には、EDFのプロパガンダを兼ねたパフォーマンスということにしてある。それに、2人とも他国の支部にまで名が知れている実力者だ。心配はいらない」
「――お上の道楽には困ったもんだ。ダシにされてるアスカも災難だぜ」
「あはは……」

 一方、外野では。決闘の行方を見守る3人の男達が、ヒソヒソと言葉を交わしていた。ダシ扱いを受けたリュウジは苦笑いを浮かべ――ふと、かりんと目が合う。

(怪我だけはしないように、気をつけてくださいね。かのんさんも、きっと心配していますよ)
(……あぁ、見てる……! 義兄さんが私を見てる……! 厭らしい目で私のカラダを……! ダメ、ダメよ義兄さん、姉さんが見てる前で! で、でも、義兄さんが望むなら……私は……)

 ――アイコンタクトは、まるで噛み合っていなかったが。

「あはは……まぁ、今はどちらも怪我なく終わることを祈りましょう」
「フィリダの応援はいいのかい?」
「私の応援なんていらないほど、彼女は強いですからね。それに、かりんさんの機嫌を損ねてしまいますから」
「やれやれ……女の苦労が絶えねぇなぁ、お前」

 ため息をつき、2人の戦姫を見遣るアーマンドはそこで一度言葉を切ると――彼女達を穏やかに見つめるリュウジの横顔に視線を移す。

「しかしよ。お前が結婚してたと聞いた時は意外だったぜ。周りの女どもがキャーキャー言ってても眉一つ動かさなかったお前が、よろしくヤッてたなんてな」
「はは……彼女は――かのんさんは、他の方とは違うところがありましたから」
「へぇ、どんな?」

 戦友の問いに、リュウジは天を仰いで過去を思い返す。

 あの戦禍の中で、自分に向けられた眼差し。他の誰からも貰えなかった、その視線を――

『安心してくれ。君達は、オレが必ず守る。例え、命に代えても――!』
『――だめ! そんなこと、言わないで! あなたも生きて! 自分を、見捨てないでっ!』
『……!』

 ――言葉を。

「……」
「アスカ?」

 暫しの、沈黙。それを破るべく、アーマンドを見遣る彼は、華やかな笑みを浮かべていた。

「……私を称えてくださる女性の方は、確かに大勢いました。自分なら出来ると、背中を押してくれる人も」
「そりゃ、そんだけ顔がよけりゃな。それに『伝説の男』にゃ及ばないってだけで、俺達からすればお前も大概モンスターだからな。お前に縋りたがる女は多いだろうさ」
「けれど……『自分を見捨てないで』と願われたのは、彼女と関わった時が初めてでした」
「……へぇ」

 フィリダとかりんを見ているようで、見ていない。ここではない、遠い何処かを見つめる眼差しで、リュウジはビッグベンが映る空を見上げていた。

(――かのん。君を失った今なら、わかる。強さが欲しいと口で言いながらも――オレはずっと、探し続けていたんだろう。強くないオレでも受け入れてくれる、温かい場所を)

 一文字竜士に戻るなら、自分は実力以上の強さを求められるようになる。自分が逆立ちしても敵わなかった「伝説の男」の、代わりを果たすために。

(たぶん……ここが、そうだったんだ)

 そんな生き方を、かのんは望んだだろうか。自分に「自分を見捨てないで」と願った彼女が。リュウジに必要以上の強さを求めなかった彼女が。そんなことを望むのだろうか。

(兵士としての強さなんて要らない。EDFも民間人もない。みんなが共に手を取り合って、大切なものを取り返すために生きる。そんな風に暮らしていけるこの街に、オレは今――君に似た安らぎを感じてるんだ)

 そう逡巡するリュウジの視線が、かりんの手の内にあるロケットペンダントに向かう。その中に仕込まれているであろう、妻の写真へ。

(……君と、離れるのは嫌だけど。けど、君にも、オレ達の子供にも――できれば、故郷の日本で。この先も生きていく君の家族を、見守ってあげて欲しいんだ)

「よし。2人とも、準備はいいな」
「はい。いつでも行けます」
「……当然」

 横一列に並び、飛行ユニットを展開する2人の姫君。その後ろ姿を、リュウジは静かに見守る。

「――用意、始め!」

(魂のままでもいい。生まれ変わっても構わない。だから――どうか。いつまでも。義父さん達を支えてあげてくれ)

 そして――義父の合図と同時に、鮮やかなジェットの軌跡を描いて飛び去って行く義妹を、無言で見送っていた。
 
 

 
後書き
キャラクタープロフィール 05

名前:一文字(いちもんじ)かりん
性別:女
年齢:16
身長:159cm
体重:42kg
兵科:ペイルウイング
趣味:テニス、義兄のブロマイド収集
スリーサイズ:B94.W57.H89 

 

第13話 スカイハイ・キャットファイト

 同時に飛び立ち、ビッグベンを目指して空中を翔ける機械仕掛けの天使達。だが、その競技には早くも大差が生まれていた。
 フィリダが建物の上を飛んで移動しているのに対し、かりんは路地裏の狭い道を低空飛行で駆け抜けている。上昇するための微かなタイムロスがない分、かりんの方が遥かに先を行っているが――当然、障害物だらけの道を行くかりんの方が、危険は多い。

「なんて無茶をッ……!」
「無茶に見えるのは、あなたに真似できる技量がないから――でしょう? だって、私は――」

 だが、彼女はそんな状況の中でも涼しげな表情を崩すことなく――鮮やかに路地裏を抜け出してしまった。まるで、映画のアクションシーンを見ているかのような光景に、フィリダは絶句する。
 普通のペイルウイングなら、確実に衝突事故を起こすような挙動を繰り返していながら――どこかに掠める気配もなく、地の利もないロンドンの路地裏を、危なげなく駆け抜けてしまう。

「――義兄さんのためなら。なんでも出来るんだから」
「……ッ!」
「義兄さんの強さに甘えることしか出来ない、あなたとは違ってね」

 そんなかりんの実力は――間違いなく、自分を凌いでいるからだ。
 挑発的な笑みを浮かべ、振り返るかりんに対し、フィリダは薄い唇を強く噛み締める。

 あくまで市民の安全を優先して高所を移動しているフィリダに対し、かりんは1秒未満のタイムを縮めるため、危険を顧みず最短のルートを疾走していた。
 フィリダも徐々に追い上げてきてはいたが――2人の間にある距離は、未だに長い。

(足りない……私の気持ちが、足りないとでも言うの!?)

 だが、フィリダの表情に諦めの色はない。その脳裏には、想いを捧げた男と共に過ごしてきた復興の日々が巡っていた。
 強く拳を握る、彼女の真紅の瞳が――余裕の笑みを浮かべる後輩の背を射抜く。

(違う! 私は、リュウジだけが全てじゃない。私は……彼と2人で、この街を守って――この街のみんなを、笑顔にするために戦ってきた! リュウジのことしか頭にないあなたとは、背負っているものが――違うのよッ!)

 噴き上がる激情のまま、フィリダは桃色のブロンドを靡かせて――バーニアを加速させる。その強い眼差しは、確実に目標を捉えていた。

「見てあれっ! 『白金の姫君』フィリダ・エイリング様よっ!」
「キャーッ! フィリダ様ぁあッ!」
「一緒に飛んでる子は誰なんだ!? すごい速さだぞ!」
「あのフィリダ様と、互角のスピードで飛んでる!?」

 そんな彼女達の勇姿を地上から見上げ、この決闘の経緯を知らない民衆から歓声が上がる。だが、パフォーマンスと思っている彼らに対し、当人達の表情は険しい。

「……っ! これだけ引き離せば、諦めると思ってたのに……!」
「バカにしないで……! これでも、彼を想う気持ちだけは――誰にも負けないつもりよ!」
「減らず口をッ!」

 いよいよビッグベンの荘厳な時計塔が、目と鼻の先にまで迫ってきた。視界を埋め尽くす、その巨大な影を見上げ――かりんは、強く地面を蹴り上げて急上昇する。

「――はぁあぁあッ!」

 そんな彼女を追うように、同じ地点からジャンプしたフィリダは――弾丸の如き速さでかりんに肉迫していく。その怒涛の追い上げに、圧勝を予定していたかりんが目を剥いた。

「なっ……!」
「お嬢様だと思って、甘く見ないで。これでも入隊前まで、脚はバレエで鍛えてたんだから!」
「――このおぉおぉおッ!」

 かりんを遥かに上回る脚力から放つジャンプは、バーニアの上昇力も加えて彼女の体を高く舞い上げている。自分と肩を並べる「白金の姫君」の姿に、かりんは唇を噛み締め――さらにバーニアを加速させた。
 その背を追随するように、フィリダのスピードもさらに高まって行く。天へ向かう2つの流星が、ビッグベンをなぞるような軌跡を描いていた。

「接戦してるな……こりゃあ、どうなるかわからないぜ」
「かりん……!」

 その艶やかなラインを描き続ける流星を見上げ、アーマンドと昭直は手に汗を握る。一方、リュウジは――フィリダに接近されてからの、かりんの過剰な加速を静かに見つめていた。
 彼女の真後ろに回る、フィリダの挙動も。

(……あれでは、エネルギーがすぐに尽きてしまう。あの高度で緊急チャージ状態になるようなことがあれば……)

 だが、その懸念がありながら、リュウジの表情には切迫の色がない。彼の瞳は義妹を見据える、白金の姫君を映していた。

(なんで、なんでよ……! 私は勝たなくちゃいけないのに……!)

 一方。追い上げてくる仇敵の加速を目の当たりにして、かりんの表情には徐々に焦りの色が滲むようになっていた。
 近いようで遥かに遠い、ビッグベンの上端を見上げる、彼女の黒い瞳の奥には――在りし日の平和な家族が映されていた。

 仲睦まじい姉夫婦と笑い合い、生まれてくる新しい命に思いを馳せた――穏やかな毎日。それを一瞬にして奪った、あの巨獣。
 そして――密かに想いを寄せていた義兄の、失踪。

 希望と絶望に挟まれた日々が、少女の目の前を埋め尽くし――その目尻に、微かな雫が現れた。

(私がのろまだったばかりに、屑な隊員がいたばっかりに、姉さんは命も子供も失って――義兄さんは全てを失った! だから弱卒を淘汰して、義兄さんのような優れた兵士だけのEDFを作って……同じ事を繰り返させない未来を作らなくちゃいけないのッ!)

 リュウジを教育大隊長のポストに据える。その判断に込められた思いを胸に――かりんは、バーニアをさらに加速させていく。緊急チャージが近いことを知らせる警告音にも、耳を貸さず。

(何より……義兄さんが大切なものを失ったまま、他所の国に使い潰されるなんて、絶対に許されないッ! フィリダ・エイリングのものになんて、させるわけにはいかないッ! だから私が義兄さんのものになる! 義兄さんの子を私が産んで、1つでも多くの幸せを、あの日から取り返すッ!)

 かりんの飛行ユニットは、緊急チャージの警告を無視した加速を続ける余り――ついに、煙を噴き出すようになっていた。その暗雲に、観衆の間にどよめきが広がる。

「いかん! 減速しろ、かりんッ!」
「おいヤベェぞ! あの高さから緊急チャージで落下なんてしたら……!」

 昭直とアーマンドも、緊迫した面持ちで事態を見守っている。対して、リュウジは平静を崩さないまま、真剣な表情で勝負の行方を見つめていた。

 ――そして。

(もう少し! もうちょっと! あと、ほんの少しだけ……ッ!)

 上端に当たる部分が視界に大きく映り――かりんの白い手が、懸命に伸ばされた瞬間。
 その時が、ついに訪れた。

「……ぁあっ……!」

 届いたはずの場所が――遠ざかって行く。
 手を伸ばしても、決して届かない。

 その現実に打ちのめされ、彼女の目元から溢れた雫が――空高く舞い上げられていく。同時に、下にいるであろう大勢の観衆から、悲鳴が上がっているのがわかった。

(……姉、さん……)

 何も取り返せないばかりか、自分まで命を失うことになり――かりんは表情を絶望の色に染めたまま、空を仰いだ。

 ――が。

「……ッ!?」

 その直後。かりんの背後に、衝撃が走る。地面に激突した――にしてはあまりにも弱いショックであり、何よりそれにしては早すぎる。
 何事かと、彼女が振り返った先には――亡き姉に似た微笑を浮かべ、自身を見遣る少女の姿があった。

 彼女――フィリダ・エイリングは、緊急チャージで落下するであろうかりんの背後に回り込み、受け止める準備をしていたのだ。
 世に言う「お姫様だっこ」の体勢でビッグベンの上端へ向かう「白金の姫君」の姿に、観衆から爆発的な歓喜の声が上がる。

「……ど、どうして……!」
「EDFは、仲間を決して見捨てない。ペイルウイングじゃなくても、わかっていて当然よね?」
「……っ!」

 動揺した表情のかりんに対し、フィリダは穏やかな面持ちのまま天を翔け――ビッグベンの頂にたどり着く。2人同時にゴールを迎えたこのレースだが、勝敗は誰の目にも明らかだった。

「あ、危ないところだった……まさか、あそこでエイリング隊員が救助してくれるとはな」
「アスカ、お前妙に冷静だと思ってたが……こうなると読んでやがったな? 人が悪いぜ、全く」
「……私は信じていただけですよ。彼女が持てる強さを」

 この結末を最初から予見していたのではないか。そう訝しむアーマンドに対し、リュウジは朗らかに笑いながらそう答えていた。

(……そう。そんな彼女と共に歩んでいけるから……オレは、今もここに居たいんだ。かりん)

 そんな胸中の思いを、心の中だけに残し――巨大な時計塔を見上げる黒い瞳には。全てのプライドを砕かれ、恋敵と憎んだ少女の胸で泣き縋る義妹の姿が映されていた。
 
 

 
後書き
キャラクタープロフィール 06

名前:一文字昭直(いちもんじあきなお)
性別:男
年齢:57
身長:190cm
体重:84kg
兵科:極東支部副司令
趣味:囲碁、盆栽
 

 

第14話 今ある幸せ

 それから、更に数日が過ぎ――雪が降り積もるロンドンの街には、再び平穏が訪れていた。

「あんたが去年寄越したこのマフラー、調べてみたら超安物だったじゃん! こんな安物でクリスマスプレゼントが成り立つとでも思ってんの!? あんたの給料からプレゼント代天引きしてやろうかしら!」
「オメーにはその程度の安物で十分だっつーの! だいたいそんなに気に食わねーなら今年もちゃっかり巻いてんじゃねーよ! ネタが尽きるだろうが!」
「なによ!」
「なんなんだよ!」

 久々の休みを得たリュウジとフィリダは、口喧嘩を繰り返すアーマンドとコリーンの喧騒を背に、クリスマスムードで盛り上がる夜の大通りを歩んでいる。

「もう、あの2人ったら毎度毎度……」
「ふふふ。大変仲睦まじいようで、何よりですよ」
「あれで仲良いって言うの……?」
「ケンカするほど仲が良い、という言葉もありますから」
「……私は、リュウジとケンカなんてしたくないよ……」
「何か仰いましたか?」
「う、ううん。なんでもない」

 頬を赤らめ、言葉を濁すフィリダを一瞥した後、リュウジは視線をプレゼント売り場へ移す。そんな彼の背を、フィリダは愛おしげに見つめていた。

「……」

 ――遡ること、数日。

 決闘を制したフィリダの意向を汲み、此度の視察でリュウジを極東支部に送還する話は流されることになった。
 結局、一文字親子はロンドンでの復興体制の情報を持ち帰るのみに留まり、この地を去ることになるのであった。

「……今回のところは、私の負けよ。それは認めるわ」
「カリンさん……」
「――だけど! 手を引くのは今回だけよ。次の第2ラウンドじゃ、絶対に負けないんだから!」
「……わかったわ。あなたが諦めない限り、私も絶対に負けない。リュウジのためなら私だって、どんなことでも出来るんだから。……それで、次はどんな勝負かしら?」

 だが、かりんとフィリダの戦いは、まだ終わってはいない。姫君の脳裏には、愛しい男の義妹が残した爆弾発言が焼き付いていた。

「決まってるじゃない。ペイルウイングとしての勝負の次は、オンナとしての勝負よ。――勝敗の付け方は、義兄さんの子を先に身籠った方の勝ち!」
「……ん、んな、なあぁっ……!?」
「あら。何をそんなに驚くことがあるのよ。あなたも欲しいんでしょ? 義兄さんの、熱い子種……」
「こ、こだ、ね、ねね……」
「次の視察まで、義兄さんは勝者の権利としてあなたに預けてあげる。それまでに、義兄さんの子を孕んでみなさい。もし出来なかったら――今度こそ、私が義兄さんを奪い返すから」

 バゼラートに乗り込み、去りゆく寸前。フィリダにだけ聞こえるように囁かれた、かりんの言葉。その1つ1つが、姫君の心にずしりとのしかかっているようだった。
 ゆでだこのように顔を真っ赤にして、飛び去って行くバゼラートを呆然と見送ったあの日から、何日も経つというのに――あの時の衝撃は、未だに冷めない。

(私が、リュウジと……リュ、リュウジと……)

 いつもの日常を共に過ごす彼は、いつもと変わらない笑顔を自分に向けている。そんな普段通りの彼と視線が交わるだけで、恥ずかしさで頭が爆発しそうになった。
 そう遠くない日に、自分と彼が――そういう関係になる。どうしても、そんな可能性を意識してしまうようになったからだ。

(でも、リュウジは……私のことはどう思ってるのかな。私のことなんて、年下の妹みたいにしか思ってないんじゃ……)

 だが、不安もあった。向こうが、異性としての繋がりを意識しているようには見えないからだ。
 優しげな笑みだけを向ける、弱さを見せてくれない彼の背に、フィリダは愛おしさを感じると共に――微かな寂しさも覚えるようになっていた。

 その時。

「フィリダさん」
「ひゃあい!?」

 不意に当のリュウジに声を掛けられ、歓喜と驚愕の声を上げてしまった。おかしな反応をしてしまったことで、姫君の顔が真っ赤になる。

「アリッサさんや他の子供達に、クリスマスプレゼントを……と思ったのですが、女の子が喜ぶものがなかなか思いつかないものでして。お力添えを頂けませんか?」

 そんな彼女に向けられたのは、差し伸べられた手と――少しだけ困ったような笑顔。普段と僅かに違う、リュウジの表情に――フィリダの面持ちも変わる。

「……う、うん。私で、よかったら……」

 その手に自分の手を重ね、伝わる温もりを肌で感じながら――フィリダははにかむように笑い、彼の傍らを歩く。
 まるで新婚夫婦のようなその姿を、後ろの2人がニヤニヤと見送っていることにも気付かずに。

(私とリュウジがどうなるかなんて……まだ、わからないけど。今はただ、こうして2人で……)

 そうしてリュウジの手を握り、幸せな笑みを浮かべて――フィリダは、愛する男の横顔を見遣る。

(お母様……いつの日か、私も……きっと……)

 どこまでも相変わらずな、彼の優しげな面持ちを見つめる少女は――敢えて、先のことは考えず。今ある幸せだけを、噛み締めるのだった。
 
 

 
後書き
キャラクタープロフィール 07

名前:飛鳥竜士(あすかりゅうじ)
性別:男
年齢:24
身長:175cm
体重:76kg
兵科:陸戦兵
趣味:テレビゲーム
 

 

第15話 追い縋る因縁

 燃え盛る街。倒れる木々。人々の悲鳴と怒号。そして――火を噴き、全てを蹂躙する巨獣。
 それはもう、終わった悪夢のはずだった。だが……覚めた先にある現実でなおも、あの巨獣は牙を剥く。

 妻を奪っても。子を奪っても。まだ足りないのか。あと何を差し出せば、貴様は消え去る。
 答えのない問い掛けを、慟哭に変えて。癒えない傷跡を残した男は、茜色の空を仰ぐ。それが夕暮れだったなら、どれほど幸せだっただろう。

 ――2020年。終戦を経て、年が開けた今でも。地球は、平和ではなかったのだ。

 ◇

 1月の終わりが近付き、新たな1年間が本格的に始まろうとした矢先。
 EDFイギリス支部は、ロンドン郊外にある瓦礫に埋もれた廃墟の中から――触れてはならない存在を見つけてしまった。

 過去にインベーダーがこの地に襲来した際、いわゆる「不発弾」として置き去りにされていた巨獣ソラスが、瓦礫の中で眠り続けていたのだ。
 その地域は第二次大戦が始まって間もなく放棄された場所であり、復興も他の地域より後回しにされていた。それまで放置されていたため、今まで誰も気づかないままだったのだ。

 そして、久方ぶりに生命体の接近を感知したソラスは、長い眠りから目を覚まし――仲間達が全滅した今になって、人類に牙を剥いた。

 だが、もう「伝説の男」はいない。消息を絶った彼の行方は、本部が今も追い続けているのだが――あくまでEDFの最優先事項は地球全体の復興。
 戦争が終わったと知れ渡った今では、「伝説の男」の捜索という案件の優先度は低いものとなっていた。

 もう、この世界に英雄はいない。ならば、自分達が戦うしかない。若輩者ばかりが集まるイギリス支部の隊員達は、覚悟を決めた――のだが。
 本部により通達された命令は、市民の避難。戦闘は可能な限り避け、都市を幾つ破壊されようとも逃げ延びろ……というものだった。

 世界各国の支部はそれぞれの復興で手が離せない状況であり、ソラスを封殺出来る戦力を短期間で揃えるのは難しい状況であった。
 それに現在は、まともに戦える練度を保った隊員自体が少なくなってきている。僅かでも望みを繋ぐには、戦いを放棄してでも逃げるしかなかったのだ。

 ――それは、うぬぼれ銃士と呼ばれたリュウジ・アスカも例外ではない。
 この時代においては極めて稀少なベテラン隊員である彼は、新兵達の護衛を託されていた。ゆえに最も、戦いたくとも戦えない立場だったのだ。

 逃げ惑う市民を引き連れ、EDFの隊員達は銃を握ることさえ叶わず、街から街へと移り行く。

 自らの誇りを投げ捨て、生だけにしがみつかねばならないこの状況に、数多の隊員が苦汁を舐めた。
 それは貴族としてのプライドを持っていたフィリダだけでなく――口先で誇りを否定していたアーマンド達も同様だった。
 戦うべきだ。俺達はEDFだ。そんな叫びが、何度響いたかわからない。その都度、リュウジとバーナデットが彼らを宥めていたが――彼らも、臥薪嘗胆の思いだった。

 ――そして、そんな状況が幕を開けてから、1週間が過ぎた頃。

 じわじわと追い込まれて行くイギリス支部の苦境を目の当たりにした、極東支部の一文字昭直副司令は――ある一つの決断を下す。

 ◇

「……くそッ!」

 荒れ果てた市街地の中に設けられた、難民キャンプ。
 そこで健気に生きる人々を、遠目に眺めながら――見張りを務めているアーマンドが、怒りを吐き出すように瓦礫を蹴りつける。
 隣に立つコリーンも、どこか沈痛な面持ちだ。復興が進まない街を見つめるその表情には、かつての明るさが全く窺えない。

 難民キャンプで炊き出しをして、市民を励ましているフィリダも、笑顔の中に潜む不安げな色を隠せずにいる。そんな彼女に向け、顔見知りの人々は朗らかな笑顔で、激励の言葉を送っていた。
 こんな状況でも、街の人々は恨み言一つ吐かずに、笑顔で生き抜いている。そればかりか、先行きの見えない不安に駆られた若い隊員を、励ます者さえいた。
 こんな話があるだろうか。市民を守るべきEDFの隊員が、何もできないどころか、その市民に励まされるなど。

 誇りという誇りを、根こそぎ奪われ続けている。そんな苦境の中、己の非力さに憤るアーマンドは――ふと、顔を上げた。

「……そういや……ここんとこ、アスカの奴を見ないな」
「教官と何か話されてるんじゃない? 今後の……避難先とか」
「チッ! 一体、いつまで続くんだ、こんなこと……!」

 リュウジの過去を聞いたアーマンドには、わかっていた。ソラスという巨大生物が、彼にとってどれほど因縁深い相手か。
 本来なら、何を置いても真っ先に戦いたいはず。雪辱を果たしたいはず。なのに、市民ばかりか自分達まで無力なせいで、戦う暇さえなく避難先の確保に明け暮れている。
 どれほど悔しいか。無念か。それは、察するに余りある。

 ――その思いは、フィリダも同様だった。
 街を幾つ壊されようと、人々の命が続いている限り復興の見込みはある。いつもなら、そこに活路を見出し、明るく笑って市民を勇気付けていたはずだ。
 しかし、今の彼女の笑顔には、その力強さがない。リュウジの胸中を思えば思うほど、胸が締め付けられていくのだ。

(……リュウジ……)

 市民の励ましを受けても。人々の笑顔を目にしても。その痛みだけは、ぬぐい切れず。フィリダは憂いを帯びた眼差しで、指導者達が集まるテントに視線を向けていた。

 ◇

 ――市民及び、EDF新隊員を避難させるための会議を行う。それが、このテントにおける普段の用途だ。
 だが、今……避難経路を確認するための地図の上には。物々しい鉄製のケースが乗せられていた。

 それを目にしたバーナデットは、苦い表情で息を飲む。

「……これが本部の回答、か。彼らは、我々を見殺しにしたいのか……?」
「本当にそうなら、これすら渡されなかったでしょう。……いや、これも副司令の働きかけがあってこそ。それだけ、我々に対する優先度が低い……ということなのは間違いないかと」

 リュウジは、そんな彼女を一瞥した後――神妙な表情で、そのケースを開く。
 その中に積まれていた、1丁のロケットランチャーを目にして……バーナデットは、居た堪れない様子で目を伏せた。

「済まない……アスカ隊員、済まない。我々は、君をここに招くべきではなかった」
「……以前に申し上げたでしょう。ここまで来たのは、私自身の意思。全ては、私の選択によって導かれた結果です」

 ランチャーを手にしたリュウジは、その砲身の点検を始める。穏やかな口調でそう呟く、彼の眼は――この先にある「戦い」に向けて、鋭利に研ぎ済まされていた。

 ――ボルケーノ-6W。
 かつて「伝説の男」が使っていた、EDF最高峰の火力を持つ携行兵器であり……その余りに強大な火力のため、大勢の同胞を巻き込んだこともあったと言われる、曰く付きの代物だ。
 「皇帝都市」との決戦で行方不明となった持ち主の手を離れ、つい先日までは本部で厳重に保管されていた。……それが今、リュウジの手に渡っている。

 これが、救援を求めるイギリス支部に対する、本部の回答だったのだ。
 この呪われし武器を以て、最後の巨獣を駆逐せよ――という。

「……これを扱える陸戦兵は、現状私1人です。ゴリアスすらまともに撃てない子達に、こんな呪物を託すわけにも行きませんから」
「それにしてもッ……この対応は理不尽にも程があるッ! 君に死ねと言っているようなものだ!」
「死ねと命じられた覚えはありません。……刺し違えてでも、といったところでしょう」
「同じだ! ――くッ、イチモンジ副司令の力添えがあっても、この1丁が限界だなんて……!」

 これはもはや、イギリス支部を殲滅せんとする「本部の罠」だ。
 そう言わんばかりに激昂するバーナデットに対し、リュウジ本人は至って落ち着いた様子で、ボルケーノの整備を続けている。

「限界もなにも、この1丁があれば十分ですよ。ここは、私に任せてください」
「無茶を言ってくれるな! 『伝説の男』にでもなったつもりか!?」

「――ならば今こそ、なるべき時なのでしょう。なにせ私は、『うぬぼれ銃士』ですから」

「……っ!」

 ほんの一瞬。整備の手を止め、リュウジはバーナデットに視線を向ける。その瞬間、彼女は吐き出そうとしていた言葉の全てを、飲み込んでしまった。
 歴戦のペイルウイングですら、一瞬で黙らせる狩人の眼光。第一次大戦から戦い抜いて来た古強者だけが持つ、その抗い難い気迫を浴びて――バーナデットは、何も言えなくなってしまった。

「……ローランズ教官は、皆さんの避難をお願いします。あなたはこの先もずっと、イギリス支部には必要な方ですから」
「……その中に、君はいないのか」
「いたらいいな、ぐらいには思います」

 整備が終われば、彼はすぐにでも出動してしまうだろう。そう思い至ったバーナデットは、リュウジの作業を遅らせようとするかのように、声を絞り出し話し掛けていく。
 ――それはまるで、少しでも長く。彼が「生きていられる時間」を、与えようとするかのようだった。
 

 

第16話 消えゆく背中

 ――リュウジが、ロケットランチャーを抱えてテントから出て来た。

 息を切らせて駆けつけて来たコリーンからそう聞いたフィリダは、炊き出しの場から脱兎の如く飛び出し、難民キャンプから一瞬で消えてしまう。
 その場に取り残されてしまったコリーンは、やむなく彼女に代わって炊き出しを始め――親友の暴走を心配しつつ、ため息をつくのだった。

 ◇

「てめぇ、ふざけんなよッ! どこまで俺らをお荷物扱いすりゃあ気が済むんだ! あぁッ!?」

 難民キャンプから少し離れた、廃墟に陰で。アーマンドの聞き慣れた怒号が響いてくる。
 その叫びを辿り、向かった先では――リュウジに掴みかかる彼の姿が伺えた。

「ちょっと! アーマンド、手を離してッ!」
「うっせぇ! てめぇもマクミランから聞いてんだろ! ――おい、なんとか言えよ! そんなに俺達が使い物にならねぇのか!? 囮にすらならねぇのかよ!」

 フィリダは慌てて、リュウジからアーマンドを引き離そうとする。その手を振り払いながら、若きエアレイドは懸命に食い下がった。

「……囮になど、決して使えません。あなた達1人1人は今、イギリス支部に残された最後の希望なのです」
「希望だぁ……!?」
「……!」

 だが、体格で勝るアーマンドに胸元を掴まれながらも、リュウジは眉ひとつ動かさず――普段通りの穏やかな口調で、そう諭す。

「今、世界各国の支部がそれぞれの復興に追われ、手が離せない状況が続いています。この先、人類が再び文明を取り戻すためには――若く前途ある力こそ、何よりも残さねばなりません」
「だからってよぉ……! 俺達、EDFだろう!? なんでてめぇだけなんだ!」
「若くないからです。死ぬのは老いた順と、相場が決まっていますから」
「24の分際で年寄りぶってんじゃねーよ!」
「あなた達ほど若くはない。出向く理由はそれだけでも十分です」
「そんなっ……! どうして、あなた1人でなんて……!」
「これを扱えるのが、私だけだからです」

 しかし、アーマンドもフィリダも納得できずにいる。そんな彼らを前に、リュウジはボルケーノ-6Wを差し出した。
 重量感に溢れる火力の悪魔を前に、2人の若者は息を飲む。

「これ、は……」
「ボルケーノ-6W。『伝説の男』が使用していた、曰く付きのロケットランチャーです」
「でっ……『伝説の男』!? そんなもんが送られて来たのか……!」
「じゃあ……これを渡すから1人で倒して来い、っていうことなの……!? そんなの、いくらリュウジでも無理よ! 『伝説の男』じゃないのよ!」
「なら、今から成り切りましょう。そうするより、他ありません」

 ――「伝説の男」がいないなら。今こそ自分が、その存在に成り替わる。
 そう言い放つ彼を前にして、アーマンドは声を唸らせ詰め寄った。

「……待てよ、それなら俺も行くぞ。仲間は見捨てない、それがEDFのッ――!?」

 だが、言葉を言い終えないうちに。
 リュウジに腹を殴られたアーマンドは、一瞬で意識を刈り取られ――ぐったりとしたまま、彼に寄り掛かってしまった。

「リュウジッ!?」
「――そうです。EDFは、決して仲間を見捨てない。だからあなた達には、今もキャンプにいる皆さんを、守り抜いて欲しいのです」

 その身体を、フィリダに預け。リュウジはボルケーノを担ぎ、ソラスが待つ死地へと赴いて行く。
 それを引き留めたくとも、言葉が見つからず。フィリダはアーマンドの身体を抱いたまま、力なく手を伸ばすしかなかった。

「ま、待っ……!」
「――あなた達なら、必ずできる」

 そして、その言葉は届かず。リュウジの姿が、フィリダの前から完全に消え去って行く。

「う、うぅっ……!」

 1人残された彼女は、嗚咽を漏らし、俯くしかなかった。自分の非力さを、呪うしか……。
 

 

第17話 決意の戦姫達

 ――破壊の限りが尽くされた、瓦礫の山。その険しい道程を踏み越えた先に、深緑の巨影は待ち受けていた。
 咆哮を上げ、地を鳴らし、全てを穿つ。本能の赴くままに、命あるものを蹂躙する。

 それが、インベーダーが差し向ける侵略兵器としての、巨獣ソラスの存在意義であった。

 それは主人である異星人が、この地球を去った今も変わっていない。彼はまるで、行方をくらました主人を探すかのように、瓦礫の海を彷徨い続けていた。
 人々を襲う、という至極単純な命令を果たしながら。

 ――やがて、彼は足を止め。
 たった1人で立ちはだかる、愚かな人間をその視界に捉えた。

「……オレも、お前も。長く生きるには、業を重ね過ぎた」

 その者は、託された呪物を手に。右眼の傷跡を撫で――巨獣と相対する。
 それは巨獣にとって、久方ぶりの獲物であった。知性も理性も投げ捨て、主人すらも失った、孤独な彼が求める……ただ一つの獲物。

「そろそろ……終わりにしよう」

 その巨大な顎から噴き上がる、灼熱と咆哮。それを前にしてなおも、愚者は怯まず――引き金を引く。

(……君に似た安らぎ。それを守るために今日まで、オレは命は続いていたんだ)

 死に場所を、求めるかのように。

 ◇

 ――去りゆく背に、手を伸ばしても。声を絞り出しても。結局自分は、何一つ掴み取ることが出来なかった。

 その無力感に打ちひしがれながら、フィリダは表情のない顔で炊き出しを続けている。
 そんな彼女の様子を目にした人々は、口々に声を掛け気遣うのだが――それに笑顔で応えることさえ、困難になっていた。

(結局、私は何も変わってない。成長していない。リュウジがただ1人で戦いに行こうっていう時に……私は、ただ見ていることしかできなかった……!)

 唇を噛み締め、その麗しい貌を歪ませて。フィリダは1人、思案に暮れる。
 ボルケーノを間近で見た時。去りゆく瞬間の、鋭い貌を見た時。足が竦んでしまい、自分は動けなかった。
 肌で感じてしまったのだ。レベルが違い過ぎると。

(そんなの……言い訳にならない! 何がEDFよ、何が精鋭ペイルウイングよ――何が「白金の姫君」よ! 肝心な時にいつも、私はッ……無力じゃない!)
「ちょ、ちょっとフィリダ。……休みなよ、疲れてるんだよ。大丈夫大丈夫、アスカさんならきっと帰ってくるから」

 気づけば、頬に雫が伝っていた。さすがにこれ以上は見ていられない、と思い至ったコリーンが、彼女を裏手のテントで休ませようとする。
 ――すると。

「今さら自分の無力さが分かったみたいね」

「えッ――!?」

 聞き覚えのある声に反応し、咄嗟に顔を上げた瞬間。フィリダとコリーンの前に、1人の少女がふわりと降り立った。
 ペイルウイングのユニットを纏う、巨峰の持ち主は――鋭い眼差しで、フィリダの瞳を射抜く。腕を組む彼女の胸が、たわわに揺れ動いていた。

「カ、カリンさん……!? どうしてここに……!?」
「呆れた。父さんが義兄さんのために用意した戦力が、あんな筒1本だと本気で思ってたわけ? 『白金の姫君』が聞いて呆れるわ」
「……! カ、カリンさん、私達のために日本から……!?」
「勘違いしないで。私は、義兄さんを守るために駆け付けて来たの。泥棒猫なんてどうだっていいわ。……父さんは心配するだろうからって、義兄さんには私が来ること言ってないらしいけど」

 ――極東支部副司令の娘にして、1ヶ月でペイルウイングの訓練過程を卒業した才媛。その名声を背負う一文字かりんは、フィリダの顔を見るなり鼻を鳴らす。

「ま……あなたの情けない顔を見れただけでも良しとしてあげるわ。……で、結局どうするの?」
「ど、どうっ、て……」
「私、前に言ったわよね。次会うまでに義兄さんを落とせなかったら、私が貰うって。……足が竦んでるならちょうどいいわ、ずっとそこで震えてなさい。義兄さんはソラスを片付けてから、私がそのままお持ち帰りするから」
「なっ……!」

 あからさまに挑発して来る彼女に対し、フィリダは眉を吊り上げる。……すると、生気を失っていた彼女の眼に、微かな光が灯った。
 それを見逃していなかったかりんは、ニヤリと口元を緩める。

「これで分かったでしょ。あなたなんかじゃ、義兄さんの力になんてなれない。そんなあなたに義兄さんと添い遂げる資格なんて、これっぽっちもありゃしないわ。あの巨獣なら私と義兄さんで始末してあげるから、あなたは全てが終わるまで、ここで震えていればいい」
「……!」
「フィ、フィリダ……!」

 かりんはさらに言葉を並べ、フィリダをなじる。血が滲むほど拳を震わせ、唇を噛みしめる彼女に、コリーンは心配げに声を掛けた。
 ――その時。

「……渡さないわ! あなたなんかに、リュウジは渡さない! 私はこれからもずっと、あの人と一緒に……このロンドンで生きていく! 失った笑顔を、幸せを、取り戻すために!」
「……ようやく、それっぽい面構えになったわね。もう戦闘は始まってるはずよ、混ぜて欲しけりゃ40秒で支度なさい!」
「そんなに……いらないわ!」

 フィリダは燻っていた想いを爆発させ、テントの裏に備えていたユニットを素早く装着する。
 強い意志を感じさせる、その手際と目付きを前にして――かりんは不敵に笑う。好敵手(ライバル)を見つけたかのように。

 一方、戦う決意を固めたフィリダは、勇ましい面持ちでコリーンに向き直る。気勢を取り戻した親友を見つめるコリーンも、どこか安堵した様子だ。

「ごめんなさい、コリーン。無断出動になっちゃうけど……なんとか、あなたに責任が及ばないようにするから」
「……なぁに言ってんの、そんなのどうだっていいわよ。炊き出しも市民のお世話も、全部やっといてあげるから……絶対、帰って来なさいよね」
「うん……ありがとう!」

 そして、互いに敬礼した後。フィリダはかりんと視線を合わせ、飛び立とうとする。
 ――エアレイドの装備を着込んだアーマンドが、身を引きずるように現れたのは、その直後だった。

「待てよフィリダ、乳牛女ァ……! 何勝手に話進めてやがる! 俺も1発あいつをぶん殴らなきゃあ、気が済まねぇんだよ!」
「……あら、いたの類人猿」
「いたのじゃねぇよ! 乳もぐぞ!」
「ビークルもないんだし、あんたがいてもクソの役にも立たないわ。帰って寝なさい。そしてそのままくたばりなさい」

 そんな彼に、路傍を這う芋虫を見るような視線を注ぎながら、かりんはフィリダと共に飛び立っていく。
 アーマンドは懸命に地を駆け抜け、その後を追い続けて行った。

「くたばんねぇよ! エアレイドの取り柄がビークルだけだと思ってんなら、大間違いだぞ!」
「……全く、うるさい男ね。静かにしないと、あんたから消すわよ」
「やってみやがれホルスタインが!」
「もうっ……2人とも、喧嘩してる場合じゃないでしょ!」

 ――そうして、時折フィリダが仲裁しつつ。彼ら3人は、1人戦い続けるリュウジの元を目指して、瓦礫の海原へと漕ぎ出して行くのだった。
 

 

第18話 4人の伝説

 鮮血に塗れ、肉や骨が露出し。頭蓋は砕け、片目は抉られ。幾多の肉片が瓦礫に混じり、辺り一面に転がっている。
 ――そんな中でも、巨獣ソラスは戦いを投げ出さずにいた。駆逐すべき人間がまだ、目の前で生きているからだ。

「……は、ァッ……はッ……」

 だが、人間の方も血みどろの重傷であり、生きているのが不思議なほどである。だが、その眼光に宿る闘志が、彼の身体を突き動かしていた。
 互いに満身創痍になりながら、それでもなお、一歩も譲らず闘い続ける。永遠のように感じられる時の中、どちらかが斃れるまで。
 ――それが、生存を賭けて激突した両者に課せられた、宿命であった。

「あ……ぐッ!」

 しかし、如何に強者といえど、片方は所詮「人間」。人智を超えた侵略者である巨獣を屠るには、後一歩及ばない。
 雌雄を決するべく、巨獣が灼熱を吐こうとする中。得物を構えねばならないはずの身体が、言うことを聞かないのだ。

 後少し、余力があれば。両腕が折れてさえいなければ。そう呪ったところで、何かが変わるわけでもなく。
 永遠の眠りを拒み続けてきた人間が、いよいよ屠られる。その瞬間が、間近に迫り――

「はあぁあぁあッ!」

「やああぁあぁッ!」

 ――少女達の叫びが、その運命を捻じ曲げた。男の頭上を駆け抜ける、2人の妖精は……血だるまと化した巨獣の顔面に、同時に銃口を向ける。
 刹那、蒼い稲妻が巨獣を襲い――けたたましい悲鳴が天を衝いた。

「……な……!」

 死を迎えようとしていた男は、その光景に瞠目し――隣に現れたもう1人の男に、肩を貸された。

「……よ、まだ生きてたな」
「ア、アーマンドさ――ぐッ!?」
「ひとまずこれで勘弁してやる。次に俺らをお荷物扱いしてみろ、こんなもんじゃ済まねぇからな」

 と、思いきや。いきなり腹に拳を叩き込まれ、むせ返ってしまう。
 その拳に心当たりがあったのか――リュウジは、アーマンドに苦笑いを向けた後、神妙な面持ちで2人のペイルウイングを見上げた。

「……まさか、かりんさんまで。副司令、なんて無茶な……」
「そんだけ、息子のてめぇが大事なんだろ。……しかしまぁ、さすがだな。加勢するつもりで来たんだが、ほとんど死に掛けじゃねぇかアレ」
「……ダメ、です。サンダーボウ10では、いくら弱っているソラスでも決定打には及びません! せめて……後1回、これを撃てれば……」

 2人のペイルウイングは、ソラスの火炎放射を縦横無尽にかわしながら、その全身に蒼い電撃を浴びせている。だが、効果が薄いのか――ソラスは痛みに叫びながらも、攻撃の手を緩めない。
 ペイルウイングは機動力と引き換えに、防御力が犠牲になっている。このままでは、いずれエネルギーが尽きて火炎放射の餌食になってしまう。

 そうなる前にソラスを仕留め、2人を守るには――今リュウジの足元に転がっている、ボルケーノ-6Wを使うしかない。
 何十発とこれを浴びたこともあり、最早ソラスは半死半生の身。後1回、この砲口から放つ6連弾を浴びせられれば、間違いなく決着を付けられる。

 だが、ボルケーノを使える隊員はリュウジしかいない。そのリュウジも、今は両腕が折れてしまっている。
 このままでは、起死回生の好機を地面に転がしたまま、悲劇を迎えてしまう。

「……上等だ。『伝説の男』の戦果、俺ら4人で再現してやろうじゃねぇか!」

 ――やがて、アーマンドは意を決したようにボルケーノを拾い。それをリュウジの肩に乗せ、自身はその後ろに回った。

「うっは、クソ重てぇなコレ。こんなん抱えて今まで戦ってたのかよ」
「アーマンドさん、何を!?」
「腕が折れて砲身が支えられねぇんだろ! だったら、筒は俺が持っててやる。てめぇは照準を合わせて、引き金さえ引きゃあいい!」
「……!」
「EDFは仲間を見捨てない。あの時、てめぇが俺に教えたことだ!」

 初めて出会い、共闘したあの日。
 リュウジはフィリダを救うために、家の隙間にギガンテスを突っ込ませ、その反動で転がり込む――という無茶をやってのけた。

 仲間を救うためなら、どんなリスクも厭わない。
 それが出来ると自分を信じ抜く「うぬぼれ」は、空中レースでかりんを救ったフィリダにも、今ここでリュウジを支えるアーマンドにも引き継がれていた。
 ――そして、危険を承知で駆けつけて来た、かりんにも。

「義兄さんに手出しはさせない!」
「貴様は必ず、ここで止めるッ!」

 2人のペイルウイングは、即興で組んだコンビとは思えないほど、息の合った連携を見せていた。
 ――愛する男を守り抜く。その行動理念が、シンクロしているからだ。

「……ッ!」

 そんな彼女達を狙うソラスの火炎放射は、さらに勢いを増している。邪魔な2人から先に始末してやろう、ということなのだろう。
 ――なら、その前に決着を付けるしかない。リュウジは震える指先を引き金に掛け、痛みに悶えながらも渾身の力を込める。

 そして、引き金を引く直前。

 巨獣の火炎放射が、こちらを向こうとし――

「やっちまいなァアッ!」

 ――た、瞬間。

 天から降り注ぐ閃光の雨が、命を屠る刃となり。満身創痍のソラスに、容赦なく突き立てられた。
 絶叫を上げる巨獣の姿に、アーマンドが歓声を上げる。それは――エアレイドの衛星兵器要請「サテライトブラスターA」によるものだ。

 ――アーマンドはこの事態を予期し、予めいつでも撃てるよう待ち構えていたのである。

「ハァン! どうよ俺のパーフェクトな座標指定! 訓練生崩れだからってナメんじゃねぇ!」
「アーマンドさん……!」
「さぁ、行くぜアスカ! てめぇがうぬぼれ野郎かどうか……俺達に見せてみろよッ!」
「……ッ!」

 ソラスは痛みの余り、火炎放射を中断している。砲口を向けられている状態で、完全な無防備となった。

 ――もはや、何も躊躇うことはない。

(かのん……オレは、やっと……)

 リュウジは痛みも苦しみも顧みず、ただ渾身の力を込めて指を引き――6方向に飛ぶ弾頭を、発射した。

 反動でアーマンドが後方に転がり、支えがいなくなったことで、リュウジもバランスを保てなくなり転倒する。
 そんな彼らを尻目に、駆逐すべき巨獣を狙う弾頭に群れは――見事に、その使命を全うした。

 衝き上がる爆炎。轟く爆発音。響く断末魔。全てが同時に巻き起こり、吹き抜ける爆風が戦場を席巻する。
 巨獣だったものが辺り一面に散らばり、その命に終焉が齎されたのは、その直後だった。

「リュウジ! アーマンドッ! 2人とも大丈夫!?」
「に、義兄さん! 義兄さんッ! しっかりしてッ!」
「……へへ、どうよ。俺達も、わりかし捨てたもんじゃねぇだろが」
「えぇ……そうですね。『うぬぼれ銃士』の、完敗です」
「もう捨てちまえ、そんな名前」
「え……?」

 ――そして、全ての終わりを悟った時。土埃が晴れた空は、青く澄み渡っていた。
 仰向けに転がったまま動けない、リュウジとアーマンド。そんな2人に駆け寄るフィリダとかりん。彼ら4人を、その青空が静かに見下ろしている。

「『伝説の男』がいねぇ時代に、『伝説の男』じゃなきゃできねぇことをやってのけたんだ。『うぬぼれ』なんて、もう誰にも言わせねぇよ」

 この時代に築かれた――新たな伝説を。
 

 

最終話 地球防衛軍英雄譚

 ――巨獣ソラスの脅威は去り、イギリス支部はロンドン復興を再開。一度は崩れたかと思われた平和は、たった4人のEDF隊員によって取り戻されたのだった。

 フィリダとアーマンドの2人は無断出動だったのだが、実績を鑑みて厳罰に処されることはなかった。トイレ掃除1週間という処分を経て、2人は改めて英雄として迎えられたのである。

 飛鳥竜士。フィリダ・エイリング。一文字かりん。アーマンド・マルスレイ。彼ら4人には勲章が授与され、復興に向かうロンドンから「救国の英雄」と讃えられたのだった。

 ――もう、リュウジを「うぬぼれ銃士」と呼ぶ者はいない。彼を指し示す異名は「伝説の後継者(レジェンド・サクセサー)」と改められ、後の世の教科書に、その名を残すことになる。

 そんな英雄達の凱旋と復興の再開から、1年が過ぎた2021年。
 リュウジ・アスカは、とある一つの大きな転換期(ターニングポイント)を迎えようとしていた。

 ◇

 ――歴史あるロンドンの街並み。その中でも一際目立つ、絢爛な豪邸。

 エイリング邸と呼ばれる、その宮殿の如き屋敷を――軍の礼服に袖を通すリュウジ・アスカが、穏やかな面持ちで見上げていた。
 その隣に立つアーマンド・マルスレイは、門前に立つ親友をニヤニヤと笑いながら見守っている。

「……しっかし、てめぇも災難だよなぁ。地雷みてぇな女2人に目ぇ付けられちまうなんてよ」
「あはは、地雷なんかじゃありませんよ。私などには勿体無い方ばかりで、恐縮です」
「いやぁ、片方は確実に地雷だと思うけどなぁ。……恋敵の屋敷に乗り込んで行くような猪女だぜ?」

 アーマンドはうんざりしたように苦笑いを浮かべ、屋敷に目を向ける。

 ――現在、屋敷では煌びやかにドレスアップした2人の美姫が、リュウジの到着を今か今かと待ちわびていた。
 煌めくブロンドの髪を持つ、イギリスの淑女は青いドレスに。艶やかな黒髪と豊かな胸を持つ、副司令の令嬢は赤いドレスに。それぞれの美しさを引き立てる衣装に、身を包んでいる。

 2人は今日、ある大きな転換期(ターニングポイント)を迎えるために、こうして美しく着飾っているのだ。

 ――「伝説の後継者」リュウジ・アスカの名声は今や、ロンドン中に知れ渡っている。彼の求心力に目を付けた勢力が、縁談を多数持ちかけてくる可能性は極めて高い。
 ゆえにその前に、当人には早々に身を固めて貰おうということになり。その候補として真っ先に名乗りを上げたのが、この2人の美姫なのだ。

 しかし、どちらもリュウジと共に戦った4大英雄の一角。しかも、良家の子女でもある。家柄においても女性としての魅力も、実質互角であった。
 ならば両者と事実上の婚姻関係を持ち、片方を公妾(こうしょう)とすることで、リュウジを巡る両家の争いを回避しようという案もあったが――それでも結局、どちらが正妻となるか、という問題が残る。

 ――そこで今日、当事者であるリュウジ本人に、その判断を委ねることに決まったのである。

 EDFでも指折りの美貌を持つ、絶世の美女。その二つの花を手にする資格を得たリュウジは、親友(アーマンド)に見送られながら敷地へと踏み込んで行く。

(かのん……ようやく、オレも……前に進めそうな気がするよ)

 数年に渡るインベーダーとの因縁。その象徴である、巨獣との決戦。それらを経てようやく、飛鳥竜士は。
 一文字竜士としての過去の自分に、決着を付けることができたのだ。

 ――これからは、一文字竜士としての自分から逃げた、「うぬぼれ銃士」の飛鳥竜士ではなく。何者でもなくなった、「伝説の後継者」のリュウジ・アスカとして。
 新しい人生の一歩を、踏み出して行く。

(ありがとう……)

 自分をここまで導いてくれた全てに、その言葉を捧げて。消えかけている右目の傷跡を、指先でなぞり。

 「伝説の後継者」リュウジ・アスカは、美姫達の華やかな笑顔に包まれた――。
 
 

 
後書き
 本作はこれにて完結となりました! 因縁ある巨獣ソラスとの決戦も終わり、このリニューアル版を以て、ようやく円満に完結を迎えることができました。本作を最後まで応援して頂き、ありがとうございます!
 最後に竜士が選んだのは、フィリダなのかかりんなのか。その辺りは……読者の皆様の判断に委ねます(笑
 来週この時間帯からは、ウルトラマンの2次創作「ウルトラマンカイナ」を、週一更新でお送りします。
 それでは、竜士達の戦いを最後まで見届けて頂き、ありがとうございました! 失礼します!