渦巻く滄海 紅き空 【下】


 

序 閑話

 
前書き
閑話という名の登場人物紹介です。最初からこんなタイトルで申し訳ありません。

「渦巻く滄海 紅き空」におけるキャラクターそれぞれの現在の立ち位置(一部以外)を簡単にまとめたものです。ただし、原作そのままのキャラに関しては紹介致しません。ご了承ください。
第二部に入る前に一度整理しないと(私が)わかり難いので。未見の方はこのキャラ紹介で、少しでも興味を抱いてくださると幸いです。

捏造多数なので、あくまでもこの話の中での設定だという事を念頭に置いた上で眼を通してください。
また、原作と大幅に変わったキャラクターしか紹介しておりません。ご容赦ください。

 

 
『木ノ葉』


〇波風ナル
主人公。原作ナルトの立ち位置。性格・口調もナルトそのものだが、外見は【おいろけの術】のナルコを幼くしたツインテールの女の子。
姓を波風としているので、四代目火影の子だと周知されているものの、それでも里人には未だ忌み嫌われている。持ち前の明るさと真っ直ぐな性格で同期とは仲が良いが、恋愛事には物凄く鈍い。
原作ナルトより術を覚えるスピードが早く、頭の回転も意外に速い。だがそのぶん、精神的に追い詰められ、プレッシャーを抱え込みやすい。精神面は原作ほど強くない。
うずまきナルトとは双子で、実の妹。しかしながら本人はその事実をまだ知らない。


〇奈良シカマル
波風ナルの幼馴染の一人。ナルの同期で、里人に忌み嫌われている彼女の身をいつも案じている。事実、かなり幼い頃からずっと片想い。
同じく幼馴染のキバとは恋のライバルだが、ナル本人が鈍感なので、今のところは彼女を支えようと奮闘している。
恋の力か原作より若干やる気があるので、チャクラの持続を長くしたりなど陰ながら地道に努力している。うずまきナルトと、木ノ葉勢の中で最も接点が多い。
五代目火影・我愛羅と共に、サスケ里抜けの真相を知っている。


〇犬塚キバ
波風ナルの幼馴染の一人。ナルの同期で、彼女を気に入っている。シカマルとは恋のライバル。
ナルとよく似た性格で、彼女と気が合う。こいつは俺がいないとどうしようもないな、などと昔は思っていたが、中忍予選試合で負けて以来、ナルの力を認めている。ガキ大将気質なので、若干好きな子ほど苛めたくなるタイプ。
アマルの件でナルの相談事を受けた際、「そいつが悪い道へ行こうとするのを止めて、正しい道へ向かわすのが『友達』」の一言でナルに大きな影響を与えてしまった。基本的にナルと思考が似ているので、自分の考えはナルの考えと同じ、と思い込む節がある。


〇山中いの
波風ナルの幼馴染の一人。ナルの同期で、独り暮らしの彼女を姉のように心配している。独りの寂しさを紛らわせるのにせめてもの、と花屋故に花の球根をあげたのが思いの外喜ばれた。以来、植物を育てる楽しみに目覚めたナルの頼みで、家を空ける時は彼女が育てている花の世話をしている。
うちはサスケに恋心を抱いており、サクラとは恋のライバル。原作より修行をしているのか、相手の姿が見える範囲内で相手の精神に触れる事ができ、戦闘意欲もある。サスケ追跡編にて、危ないところをサイに助けてもらった。
目下の目標は、里抜けしたサクラを一発殴ってやる事なので、修行に更に精を出している。


〇日向ヒナタ
波風ナルの同期であり、彼女の親友。
ナルに憧れており、彼女の影響を受け、「まっすぐ自分の言葉は曲げない」事を忍道としている。ナルとの大切な思い出であるたんぽぽのしおりを宝物として大切にしている。
幼少期に雲隠れの里の忍びに誘拐されたところを叔父のヒザシに助けられた。その一件でヒザシが命を落としたと聞かされており、彼の生存を知らないため、その息子であるネジに負い目を感じている。
うずまきナルトとは僅かに接点があり、彼にほのかな恋心を抱いている。


〇日向ネジ
日向一族の分家出身でありながら、『日向家始まって以来の天才』と呼ばれるほど天賦の才に恵まれた実力者。
当初、人は変えようのない運命に支配されているという絶望的な人生観を語る運命論者で、うずまきナルトに人知れず昔の自分に似ていると称された。波風ナルとの試合を経て、運命とは自分で切り開くものだと知る。
その後、死んだと聞かされていた父――ヒザシの生存を知り、日向宗家やヒナタとのわだかまりを解消出来た。運命論に囚われていた自分を救ってくれたナルに好意を寄せているが、感謝の気持ちのほうが大きい。


〇日向ヒザシ
ネジの父。誘拐された宗家の跡継ぎであるヒナタを奪取するのに成功したが、隙を突かれ、逆に自分が捕虜として連れ攫われる。
白眼の秘密を探られるより前に、里の命令で、宗家の長である兄の日向ヒアシに額の呪印を発動させられ、死亡。その亡骸は何故か国境にある川沿いで発見され、死んで白眼の能力を失ったため、利用価値が無いと判断した輩が放置したのだろうと木ノ葉の里に推測された。
だが実際はヒアシの独断で、脳細胞を停止させ、仮死状態にされただけであり、木ノ葉病院奥の病室に秘密裏に収容されていた。一向に起きる気配は無かったが、中忍試験本選のネジとナルとの試合真っ只中で、意識が戻る。眼が覚める直前、金色が見えたらしいが定かではない。



〇月光ハヤテ
中忍選抜第三試験予選の審判を務めた忍び。
本選前、我愛羅の様子を窺っていた砂と音の密会を目撃し、火影に報告しようとした矢先に相手から逆に攻撃を受け、屋根の上で力尽きたらしい。偶然君麻呂に発見され、ナルトの口添えで木ノ葉病院へ収容された。砂と音の密会を目撃した夜を憶えておらず、一時的な記憶喪失になっていると周囲は考えている。
その後、今度は志村ダンゾウとナルトとの取り引き現場を目撃し、パイプ役を余儀なくされる。長い入院生活故か、喘息が治ってきているとは本人談。ダンゾウの前ではナルトを憎んでいるよう見せかけているが、その実、ナルトを以前から知っているようだ。


〇ロック・リー
師のガイと同様、相当な体術の使い手。
『体術だけでも立派な忍者になれることを証明する』という忍道を掲げ、努力の天才故に忍術の才能が無くとも体術のみで他を凌駕している。
中忍予選試合で、うずまきナルトと対戦し、【八門遁甲】を開放。だが第五門を開く前にナルトによって精神的打撃を受け、昏睡状態に陥る。開放したのが四門までだったので、【八門遁甲】の後遺症は少なくて済んだが、眠ったまま、眼が覚めずにいた。
木ノ葉病院にナルトが訪れた際、リーにかけた術が簡単に解けるよう施していたので(渦巻く滄海 紅き空【上】三十五話参照)後に帰郷した綱手によって眼が覚めた。以降はリハビリに励んでいる。


〇自来也
『伝説の三忍』の一人。
波風ナルの師で、彼女に【口寄せの術】を教えたが、まさかフカサクを呼び出すとは思ってもいなかった。サスケ追跡任務後のナルと共に妙朴山で仙術を改めて修行している。ある程度の仙術を身につけたので、今度は見聞を広める為にナルを連れて修行の旅へ出かけたが、その理由がフカサクの妻であるシマの虫料理にあるとは言ってはいけない。


〇綱手
『伝説の三忍』の一人。
放浪の旅に出ていたところ、木ノ葉崩しの一件でナル・自来也の説得で里に帰還。志村ダンゾウと火影の座を巡り、カカシ・サスケの手を借りて五代目火影に就任する。火影就任後、サスケのスパイ活動を認め、里抜けをわざと見逃すよう手配した。
猶、放浪の旅の道中に弟子にしたアマルが、大蛇丸の下へ行ってしまった事で自責の念に駆られている。


〇猿飛ヒルゼン
三代目火影。木ノ葉に存在する全忍術を解き明かし、「忍の神」と謳われた天才忍者。
兄の失踪を悲しむ波風ナルを案じて、禁術によりナルを始めとした人々の記憶からナルトの記憶を消した張本人でもある。以上から木ノ葉隠れの里でナルトを唯一憶えていた人物なので、『木ノ葉崩し』にて大蛇丸と対峙している際に介入してきたナルトに驚いていた。
ナルトによって【屍鬼封尽】の術の代償は両足だけで済んだが、人々の記憶からナルトの存在を消した自身の後悔から、術を解く唯一の方法である己の死を望み、術を解くよう促した。だがそれを拒んだナルトによって昏睡状態に陥る。綱手でさえも手に負えない深い眠りについているので、木ノ葉病院最奥の病室に、現在秘密裏に収容されている。
三代目火影生存を知っているのは少人数で、世間では殉職したと発表されている。


〇志村ダンゾウ
木ノ葉の暗部養成部門『根」の創設者で、『忍の闇』の代名詞的存在。
中忍試験本選の最中にてナルトと取り引きし、『うちは一族殲滅事件』の真相も、自分を破滅に追い込む真実も、その手に握っている彼に感心した。
五代目火影の座を巡って綱手と争ったが、カカシとサスケに邪魔され、火影にはなれず仕舞いに終わった。サスケ追跡編にて生け捕りにした音の五人衆の二人――右近/左近・鬼童丸を自分の手駒にしようと考えている。
ナルトとのパイプ役として月光ハヤテを利用し、ナルトを『根』に引き入れようと虎視眈々と狙っている。


〇サイ
『根』の一員で、ダンゾウの部下。
ダンゾウ火影就任を阻止する為に署名活動をしていたサスケの前に現れ、友達のように振舞っていた。実際は署名状を奪うことが目的だったが、内心サスケに親近感を抱いている。サスケの友達になろうと奮闘していた事もあり、サスケの里抜けには聊か驚いていた。サスケ追跡編にて、ダンゾウの命令で追い忍であるナル達を見張っており、右近/左近を捕らえる際、思いがけず山中いのを助けた。
ダンゾウの力になろうと奮闘するその本心は、自分の兄のような存在であるシンと会いたいが為である。兄に会う為にはダンゾウの許可が必要なのだが、事実はまだ明らかになっていない。








『砂』


〇我愛羅
尾獣・一尾の人柱力。砂の三姉弟の末っ子。父親の四代目風影に幾度も刺客を送られた過去から、以前は自分の存在を確かめる為に人を殺すなどといった非情な性格だった。うずまきナルトとの会話を経て、波風ナルと戦った一件により、考えを改める。
うちはサスケの里抜けの真相を、シカマル同様知る人物であり、綱手個人の要請によりサスケをわざと見逃した。もっともその際、かつての自分のように闇に染まらぬようサスケに釘を刺している。
うずまきナルトに感謝しており、恩人でもある波風ナルに対しては盲目的なほど一途な想いを抱いている。


〇テマリ
我愛羅とカンクロウの姉で、風遁使い。下二人が弟なので妹に憧れを抱いていた。
よって波風ナルを気に入っており、事あるごとに自身をおねえちゃんと呼ばせている。
ナルへの弟の恋心を察し、我愛羅を応援している。








『音』


〇大蛇丸
『伝説の三忍』の一人。
木ノ葉隠れの里を抜け、音隠れの里を創った。
木ノ葉崩しを決行するにあたって、ダンゾウと取り引きしたが、その内容をナルトに利用されたとは知らない。また、音の五人衆が生存してナルトの許へいる事実もナルトの上手い根回しによって知らないでいる。
ナルトに関しては絶対敵対したくない相手だと認めており、何度も自分に仕えてほしいと交渉しては、その度に断られている。

〇カブト
大蛇丸の側近で医療忍者。何故かナルトを嫌っているが、その一方でナルトとナルが兄妹と知っている。現在はアマルを弟子として医療忍術を教えている。


〇うちはサスケ
波風ナルの同班且つライバル且つ親友。うちは一族の生き残りであり、兄のイタチを憎んでいたが、うずまきナルトの仲介で和解。よってダンゾウ火影就任騒動では、すっかり兄を慕う弟に戻っていた。しかしながらその後、ナルトからイタチの死を告げられ、再び復讐者となる。
木ノ葉の里抜けの真相を五代目火影たる綱手に前以って告げてから、大蛇丸の許へ向かう。ナルトへの復讐心のみなので、原作より闇に染まっていない。イタチの形見である鴉を常に手元に置いている。

〇春野サクラ
波風ナルの同班。サスケに恋心を抱いており、山中いのとは恋のライバル。
カカシから「幻術の才能がある」と言われた事と、『木ノ葉崩し』にて助けてくれた香燐に自分の特技や取柄を見つけろと指摘された事が切っ掛けで、幻術が得意な夕日紅の許で修行していた。恋慕から、偶然見かけたサスケの後を追い、里抜けする。
ナルのことは妹のように想っているが、その一方で彼女の成長に焦りを覚え、このような事態に陥った。現在はサスケと共に大蛇丸の下にいる。


〇アマル
映画『NARUTO疾風伝 絆』のヒロインとして登場。
難病を患ったまま、闇のチャクラ増幅機として利用され、死にかけていた。死の直前に救ってくれたナルトを『神サマ』と慕い、ナルトを捜す旅をしていた際、綱手に会って弟子になる。波風ナルと意気投合し、仲良くなったが、大蛇丸の甘言で心が揺らぎ、ナルトに会いたい一心で彼の下へ向かう。
里抜けしたサスケを迎える役目として再登場した。現在、カブトの下で医療忍術を学んでいる。


〇ザク・アブミ
音の三人衆の一人で、大蛇丸への忠実さが災いして、ドスとキンの二人と決別。
予選試合で油目シノと闘った際、右腕を失くす。後に大蛇丸から義手をもらい、益々忠誠心を募らせたが、実は義手の中には麻酔針が仕込まれており、禁術の生贄にされる寸前だった。
中忍試験本選前に、我愛羅を奇襲したが、逆に返り討ちに遭う。死ぬ直前でナルトに命を救われ、義手に仕込まれていた麻酔針も秘かに抜き取られ、別のモノを繋ぎ目として埋め込まれた。だが当の本人は全く知らず、ドスとキンをたぶらかした憎き敵としてナルトを恨んでいる。
大蛇丸の部下として現在も音の里に滞在しており、大蛇丸に気に入られているサスケに敵対心を燃やしている。


〇シン
かつて『根』の一員で、サイの兄的存在。
現在は大蛇丸の下で、サイをダンゾウの魔の手から救おうと励んでいる。
サイの絵の上達の為に、動物に変化した過去から、動物限定だが、変化の術は天下一品。完璧な動物変化故に、なかなか見破るのは難しいが、ナルトには効かなかった。一時期、波風ナルを見張っており、宿の猫やトントンに化けていた。綱手の弟子だったアマルを大蛇丸側に引き込んだりと、裏で暗躍している。











『暁』


〇うちはイタチ
元『暁』の一員。
サスケの兄で、実の弟であるサスケを除き、うちは一族を殲滅させた大罪人と世間では見做されている。
真実を胸に秘めたまま死ぬつもりだったが、ナルトの介入により、サスケと和解する。しかしながら弟との和解に気が緩んだのか、気が急いたのか、内部から見張っていた『暁』に裏切者と認識され、鬼鮫に追われる身となる。形見として前以って己の写輪眼を仕込んだ鴉をサスケに届けてほしいとナルトに頼むと、自ら【天照】の黒い炎に撒かれた。
以降、『朱』と施されたイタチの指輪はナルトが常に首にかけている。


〇サソリ
『暁』の一員。
殺した人間を人傀儡に作り変えてコレクションしており、『永く後々まで残ってゆく永久の美』を芸術としている。ナルトを坊と呼んでおり、自分の傀儡にしたいと常々考え、毒死させたいと思っている。ナルトの死因を巡って、デイダラと度々口論している。


〇デイダラ
『暁』の一員。
『儚く散りゆく一瞬の美』をモットーに、爆発を芸術としている。ナルトを気に入っており、ナル坊と呼んでは爆死を喜々として勧めてくる。
ナルトの死因を巡って、同じ芸術仲間のサソリとよく言い争っている。


〇飛段
『暁』の一員。
殺戮をモットーとしたジャシン教を信仰しており、ナルトに何を見出したのか、何時の頃からか彼を『邪神様』と呼び慕う。毎回ナルトにその呼び名はやめろと咎められているが、聞く耳を持たない。
戦闘前や戦闘後に行う儀式における『ジャシン様』とは別物らしいが、同一視しているのかと勘違いするほどナルトに対する熱狂ぶりは凄まじい。
昔のナルトのほうが『邪神様』らしかったとは本人談。











『他』


〇紫苑
映画『NARUTO疾風伝』のヒロインであり、鬼の国の巫女。
妖魔『魍魎』を封印するにあたって、ナルト達と共に沼の国の祠に赴いた。人の死を予知するとされていたが、実際は己自身の死を予知し、その度に身代わりとして周りの者が死ぬ事に心を痛めていた。もっとも真実は、死ぬ間際に呼び覚まされる紫苑の本来の力を抑える為で、鈴も一見、強力な結界であり、紫苑を守る力であるように見せかけて、その実、彼女の力を抑え込む封印術がかけられていた。猶、魍魎を滅した後、鈴はナルトに預けている。
ナルトに恋心を抱いており、大胆発言をしたものの、多由也と香燐の剣幕でうやむやになってしまった。


〇ススキ
鬼の国の衛兵の一人で、足穂とは旧知の仲。
巫女の呪縛から逃れさせたい一心で紫苑を案じるがあまり、木ノ葉隠れの里に無断で潜入し、木ノ葉厳重警戒施設に収容された。
数日後には引き渡す手筈になっていたが、監獄内で自害する。本当に自殺なのか、それとも他殺なのかは鬼の国からしたら判別出来ないので、その一件により木ノ葉隠れの里との間に溝が出来てしまった。


〇足穂
巫女の付き人で、紫苑の母――弥勒への恩から、紫苑を警護している。
【影鏡身転の法】で紫苑に成り代わり、彼女の身代わりに死ぬところだったが、ナルトによって拒まれ、死なずに済んだ。
ナルトから木ノ葉隠れの里の諍いを無くす為の巻物を得て、それが国交を回復する切っ掛けとなる。


〇クスナ&シズク
映画『NARUTO疾風伝』で敵対する四人衆の生き残り。
妖魔『魍魎』を復活させた黄泉に従っていたが、途中で疑念を抱き、改心する。ナルトの口添えで死刑を免れ、各国で問題を起こした忍達を多数収監している施設に収容された。
ナルトに感謝の念を抱いている。


〇神農
表向きは世界を渡り歩いた医者だが、その実体は世界征服を企む空の国の忍。
【零尾】に関する巻物を手に入れようと、中忍試験に乗じて木ノ葉から目ぼしい巻物を盗んだ。
難病で村から隔離されていたアマルを利用し、闇チャクラを増幅させていた。
零尾を復活させたもののナルトに敗れ、術の反動で老人と化す。現在はナルトの術により記憶を奪われた村人と共に生活している。












『???』


〇桃地再不斬
『霧隠れの鬼人』としてその名を轟かせた霧隠れの抜け忍。元・『霧の忍刀七人衆』の一人で、首切り包丁を常に担いでいる。
【霧隠れの術】や水遁系の術を得意とし、『無音殺人術(サイレントキリング)』の使い手。
波の国で死んだとされていたが、ナルトに秘かに死を偽造されていただけで、中忍試験で暗躍したり、木ノ葉に訪れた鬼鮫と戦闘を繰り広げたりなど、ナルトと行動を共にしている。
文句を言いつつもナルトに従い、白や君麻呂を始めとした少年達をまとめたりと徐々に苦労人と化している。実はナルトの一番の理解者とも言える。


〇白
幼い頃、ナルトに拾われて以降、ナルトに忠実な美少年。
再不斬と同じく、波の国で死んだと見做されていたが、実はナルトに助けられていた。自分と同じ境遇の君麻呂を同族嫌悪から嫌っており、度々険悪な空気になっている。千本を得物とする、氷遁忍術の使い手。
ナルトの言葉は絶対で、彼の為ならば自分の命すら投げ出すほど盲目的に崇拝している。


〇君麻呂
音の五人衆のリーダーで、通り名は「地の君麻呂」。
ナルト至上主義者で、彼をナルト様と呼び、盲目的に崇拝している。その為、似たような境遇の白とは相容れない。
神農が木ノ葉から強奪した、かぐや一族関連の巻物を用いたナルトに不治の病を治してもらってから、益々崇拝ぶりに磨きがかかった。
大蛇丸から逃れ自由の身となる計画を企て、死の偽造に成功し、ナルトの傍で行動を共に出来るようになった。もっとも白も一緒にいるので、険悪な空気になるのもしばしば。多由也と香燐のように似た者同士とも言える。
実はかつて、ナルトの命を狙っていた黒歴史がある。


〇多由也
音の五人衆の一人で、通り名は「北門の多由也」。
ナルトについて行き、君麻呂と共に中忍試験に参加した。予選試合を勝ち進んだが、木ノ葉崩しの準備により本選は欠場。
その後、大蛇丸から逃れ自由の身となる計画を君麻呂と企て、ナルトに伝えずに決行した。犬塚キバと対戦し、死の偽造に成功。現在、ナルトの傍で行動を共にしている。
ナルトに対して恋心を抱いており、彼の前では猫を被ったように大人しくなるが、基本的に口は悪い。恋敵の香燐に対しては特に険悪で、眼鏡女呼ばわりしている。
一人称がウチの、好戦的な赤髪少女。


〇次郎坊
音の五人衆の一人で、通り名は「南門の次郎坊」。
大蛇丸の命令でうちはサスケを里抜けさせる最中、大蛇丸から逃れて自由の身となる計画を企てていた。波風ナルと対戦し、ナルに【呪印】の危険性を知らせたかったナルトの指示で、“呪印”を使用。死を装う対象者の死を目の当たりにする人間が必ず一人でなければならない条件によるナルトの術により、死の偽造に成功した。
敵のチャクラを吸い取る事が可能で、それを基にして仲間のチャクラを回復する事も出来る。多由也の口の悪さを注意したり、多由也と香燐の険悪な間を取り持ったり、再不斬と同じく苦労人と化している。


〇右近/左近
音の五人衆の一人で、通り名は「西門の左近」。
大蛇丸の命令でうちはサスケを里抜けさせる最中、大蛇丸から逃れ自由の身となる計画を企てていた。
サスケ追跡編にて山中いのと対戦。崖から落下して死を偽造しようとしたが、サイに捕らわれ、『根』のダンゾウに生け捕りにされてしまう。だがナルトが前以って取り引きしていたので身の安全は保障されている。
現在は鬼童丸と共に『根』の優秀な手駒としてダンゾウの下、修行させられているが、己の能力に関しては一切明かしていない。


〇鬼童丸
音の五人衆の一人で、通り名は「東門の鬼童丸」。
大蛇丸の命令でうちはサスケを里抜けさせる最中、大蛇丸から逃れ自由の身となる計画を企てていた。
日向ヒナタと対戦中、乱入してきたシノによって敗北。右近/左近と同じく『根』に生け捕りにされてしまい、優秀な手駒としてダンゾウの下、修行させられている。【念華微笑の術】でナルトから指示を仰ぐ一方、戦闘をゲームとして考える癖から、ナルトをチートキャラ・無理ゲーと脳内で度々叫んでいる。


〇香燐
感知タイプの眼鏡少女。チャクラを感じ取る事ができ、火遁の術も多少は使える。
中忍試験に参加しており、死の森でナルトに助けてもらった。ナルトに一目惚れし、ダーリンと勝手に呼んでいる。恋敵の多由也とは犬猿の仲だが、彼女と同じく赤髪及び一人称もウチなので、実際似た者同士。


〇鬼灯水月
霧隠れの里出身の少年。
再不斬の首切り包丁が目的で、ナルト達と行動を共にしている。再不斬を先輩と呼んでいるが、完全にからかって遊んでいる。尊敬はしている模様。
再不斬に奇襲をかけては返り討ちにされている。『霧の忍刀七人衆』の忍刀を集める目的の裏に、本当の目的があるらしい。


〇重吾
“呪印”のオリジナルで、自然エネルギーを取り込むことのできる体質を持つ。本来はおとなしい性格だが、時折殺人衝動が湧き起こる事がある。
その衝動を抑える事が出来る唯一の人物がナルトであり、重吾の異常な性質を更生させる為に、精神を安定させる効能を持つ薬を開発してもらった。
その薬を作るのに必要な薬草が、波の国の森に群生する草なので、平和な波の国で隠れて住んでいる。
穏やかに生活できる夢を叶えてくれたナルトを、ナルトさんと呼び、慕っている。君麻呂と特に仲が良いが、ナルトと行動している彼が羨ましく思っている。


〇ドス・キヌタ
音の三人衆の一人で、大蛇丸に疑問を抱き、ナルトとの交渉に応じた。
キンと共にナルトの傍で暫し行動を共にしており、再不斬にも僅かの間鍛えられた様子。現在は鬼の国の巫女・紫苑に仕えている。

〇キン・ツチ
音の三人衆の一人で、ドスと共にナルトの交渉に応じた。
ナルトの傍で行動を共にしていたが、現在はドスと同じく鬼の国の巫女・紫苑に仕えている。猶、ナルトに対して淡い恋心を抱いていたようだが、多由也と香燐の剣幕に怖気づいてしまったようだ。


〇ミズキ
かつて波風ナルを騙して禁術の巻物を盗ませた罪で、木ノ葉厳重警戒施設に収容されていたが、ナルトにより秘かに脱獄。世間では死亡したように偽造されている。
カブトがサスケを襲撃した際、再不斬と共に変化し、一芝居打った。好人物のようなその顔の裏には野心家の匂いが秘められている。ナルトのことを昔から知っているような口振りに、食えない奴だと再不斬は評している。


〇零尾
尾のない尾獣とされているが、その正体は明らかにされていない。突然神農に口寄せされ、無理やり従わされていた。人の心の闇や負の感情を喰らい、闇のチャクラを生み出す。範囲内であれば人の心を読み、チャクラを吸収する事も可能。
額に『零』という字が施された生白いお面をつけており、笑っているのか怒っているのか泣いているのか判然とせぬ面相で、大蛇のような長い躰。無数の触手で攻撃するが、妖魔『魍魎』の妖気で闇を促進されたのが原因で、黒い翼まで生えた。
神農に口寄せされる前や自分の居場所、己の事を何一つ憶えていない。自身を化け物と呼ばず、黎明と名付けたナルトを慕い、従っている。













◎うずまきナルト









 
 

 
後書き
『渦巻く滄海 紅き空 【上】』に長らくお付き合いくださり、ありがとうございます!
読んでいらっしゃらない方はこの閑話という名の登場人物紹介を読んで、少しでも興味を持ってくださると幸いです。原作・映画を観ていない方にはネタバレになってしまうかもしれませんが、あくまでこの話においてのキャラ紹介だということを念頭に置いておいてくださいね。
猶、原作と大幅に変わったキャラを思いつけるだけ書いたので、もしかしたら見落としている人物もいるかもしれません、ごめんなさい。(汗)


次回から第二部の疾風伝に入ります。原作と同じく成長してからの話なので、ナルト達が大きくなっています。駄絵で申し訳ありませんが、イメージとしては扉絵です。

次回から疾風伝に突入致します!
どうかこれからも『渦巻く滄海 紅き空』をよろしくお願い致します!! 

 

一 暁の静けさ

 
前書き
大変長らくお待たせ致しました!
冒頭の一場面は、今後の展開の一部を先取りしたものです。ご容赦ください。

疾風伝編、始動です。 

 
…―――約束、したよな。
一緒に、ラーメン食いに行こうって。




四苦八苦していた【口寄せの術】に助言をしてくれたり、誰かに頼ってもいいんだと思わせてくれたり、見舞いに花をくれたり。
そうして、いつか一緒に一楽のラーメンを食べに行こうって約束した相手。

中忍試験に共に参加した間柄だけだったのが、いつの間にか、大きな存在になっていた。




だから、信じられない。
同期の仲間が自分を呼んでいる。切羽詰まったように叫んでいる。自分以外の全員が警戒態勢を取っている。
それが何故なのか、彼女はわからなかった。


不意に、大きな雲がその場の面々に影を落とす。
雲は、大樹の枝上に佇む彼にも例外なく、頭上を覆い被さってゆく。周囲から敵意を向けられている張本人は、涼しげな顔で彼女を見つめ返した。
雲の影と、そして頭上の葉陰で暗くなっても、その眼差しだけは妙に美しく輝いていた。


「…―――ナルッ!!」

シカマルの声で、波風ナルはハッと我に返る。肩と共に、ツインテールの長く綺麗な金髪が大きく跳ねた。

何度も自分を呼んでいたらしいシカマルが、同期が、木ノ葉の仲間達がナルに呼びかけている。その声が彼女には何処か遠くから聞こえた。
けれど、先ほどからずっとナルの足は固まっていた。直立不動のまま、ある一点だけを見つめていた。


「そいつから離れろ!そいつは、うずまきナルトは―――」


周囲からの視線を一身に集めている彼の服が、ふわり、風で舞い上がる。純白の外套とは対照的な黒い裏地。
その端に、見覚えのある忌まわしき紋様が垣間見えた。

赤い雲。

「…―――『暁』だ…ッ!!」




自分の中の九尾をつけ狙う犯罪組織。その象徴が瞳に飛び込んでくる。

空のように純粋な青を、信じられないとばかりに大きく見開いて、ナルは呆然と彼を仰いだ。雲間から覗く太陽の光が、波風ナルとよく似た髪の色を煌めかせる。

忍び達に完全に包囲されながらも、ナルの視線を受け止めた彼は、滄海の如く深い青の瞳をゆぅるりと細めた。


敵意と困惑と殺意が渦巻くその中心で、彼は―――うずまきナルトは悠然と微笑んでみせる。
波風ナルを見つめるその瞳の青は、その場の誰にも真意を悟らせない、徹底的な謎を秘めていた。














光の無い、全くの闇だった。
あの時、あの瞬間、あの場所で。

二人の立ち位置が違っていたら。
両者の些細な言動が一つでも変わっていたら。

君と僕の立場は逆だったのかもしれない。
僕の見る光景が君の瞳に映っていたかもしれない。
そうしたら。

僕の居場所に君がいて、君の世界に僕が生きていた。
こちら側に君が生きて、あちら側に僕が立っていた。
そう考えたところで。



今は詮無き事。
















「……まだ起きとるのか?」
夜空をぼんやりと眺めていた彼女は、背後からかけられた師の声に振り向いた。

月光が、いつもは二つに結っている髪にキラキラと降り注ぐ。下ろされた長い黄金の髪が、まるで天の川のようだな、と自来也は柄にもなくそんな感想を抱いた。

「ちょっと、夢を見て…」
自来也の問いに、窓辺に腰掛けた波風ナルは曖昧に答える。
弟子の妙な受け答えに疑問を抱くこともなく、自来也は「遠足前のガキじゃないんだから、さっさと寝ろのぉ」と若干のからかいも乗せて促した。


「なんせ明日は、」
「わかってるってばよ」

子どもの頃と変わらない口調だが、姿形はすっかり大きくなった彼女が自来也の言葉を遮って唇を尖らせる。里を出る前の姿と比較して、(図体だけは一丁前になりよって)と自来也は内心苦笑した。

改めて就寝の挨拶を交わし、自分の寝床に戻った自来也を見送ったナルは、再び窓から天を仰いだ。
眼に痛いほど明るい月が、彼女の瞳の青に映り込む。



妙な夢を見た。夢の内容は憶えていないのだけれど、どこか懐かしい夢だった。

ずっと昔、遥か遠い過去。誰かが自分に寄り添ってくれていたような。
こうして眠る時、悲しくないように寂しくないように、自分の手を握ってくれていたような。
なんとなく、そんな陽だまりの中にいるかのような、ふわふわした夢だった。


明日は、懐かしい里に帰る日だ。
木ノ葉の里を出て、妙朴山で暫し過ごし、こうして各地を回る修行の旅に出て、久方ぶりの帰郷。

だから早く寝なければいけないのに、どうしてだか、その不思議な夢を見て、胸が騒いだ。
それで、泊っている宿の窓から月を見て、気持ちを落ち着かせていたところに、自来也が声をかけてきたのだ。


ただの夢だとはわかっている。しかしながら、ただ、という一言で片づけたくなかった。懐かしくてあたたかくて、でもどこか泣きたくなるような。

悲しくもないのに変だよな、と首を傾げたナルの視界の端で、道端に咲く小さな花が風に揺れていた。
忍び故に、眼が良い彼女の瞳は、暗い夜にもかかわらず、自分の部屋の真下で秘かに咲いている花をしっかと捉える。

雑草の部類だろうが、健気に生きている花を目にして、波風ナルは故郷で自分が育てている花の数々を思い出した。里を出て行く前に、幼馴染の山中いのに世話を頼んではいたが、枯れていないか不安だ。

まぁ花屋の娘である彼女は自分よりもきっと花への気配りは上手だろうけど、それでも植物を育てるのが好きなナルは僅かばかり心配した。

貰い物だから余計に気にしてしまう。なにしろ木ノ葉病院で入院していた際にお見舞いとして貰ったものだから。

花の送り主である、うずまきナルトの姿が一瞬脳裏に過ぎる。
彼の髪は、現在眺めている月のような綺麗な金色だったな、と自身も金髪であるにもかかわらず、ナルは窓辺に腰掛けながら思いを馳せる。

ラーメンを一緒に食べに行く約束を未だに果たせていない事実が気掛かりだが、何処にいるのかわからぬ相手だから仕方がない。しかしながら昔から、約束事に敏感である彼女は、他の人間よりもずっと約束を重んじていた。

いつか必ず、と意気込んでから、そろそろ寝ようかと腰を上げる。もう一度、ちらりと道端の小さな花を目にして、明日宿を出る時に水でもあげようかなと思う。

木ノ葉の里への帰還前夜、そんな、他愛のないことを波風ナルは考えていた。














吹き荒れる砂嵐。
強烈な陽射しと歪んだ熱気の中、場にそぐわない清澄な鈴の音が響き渡る。

灼熱地獄の世界で鳴る鈴は心が休まる唯一のようだったが、その鈴の持ち主は砂漠を進むにはとても似つかわしくない風体だった。
鈴が連なる笠を目深に被る二人の男はこの熱気だというのに、黒衣で身を包んでいる。
その中心の赤い雲模様がやけに目立った。

「…相手は人柱力だ。その袋、一つで事足りるのか?」
広漠たる砂地をずぅるりずぅるり這っている男が言葉少なに、もう一人に問う。男の歩いた跡をすぐに砂が覆っていった。

「問題ねぇ。それに、ちゃんと十八番も持ってきてる」
強く吹きつける風が黒衣を翻す。その下に差し入れた手のひらが、まるで男の心象を表わすかのように舌なめずりした。


「なんせ相手は…―――」
笠の陰から覗く瞳が獰猛に嗤う。



「『一尾』だからな」



















「…―――サソリとデイダラが?」
「ああ。一尾狩りに向かわせた」

光の一点も無い闇。
お互いの息遣いだけが唯一感じ取れる暗がりの中、男は仮面の奥で眼を細めた。感じるのは自分の息遣いだけで、相手は何も無い。
姿形はおろか、息遣いも、そして気配さえも無い。彼の完全なる“無”に、男は仮面裏で感嘆の吐息を漏らす。

「なにか、問題でも?」
「……いや。三年後と伝えたはずだが」

唯一聞こえる彼の言葉に、思い当った男は、ああ、と記憶を掘り返す。思い返せば、『木ノ葉崩し』にて彼は一度接触していた。
「仕方がないだろう。事態は急を要する。それにあの時は一尾・九尾、双方捕らえるに骨が折れるのはこちらも解っている。大蛇丸まで出張っていたしな」


かつて組織に所属していた大蛇丸の名を口にして、眉間に皺を寄せる。相手の望む答えとは的外れな返事をしているとは露知らず、仮面裏で険しい表情を浮かべていた男は、ふと気配が露わになった事に気づいて顔を上げた。

暗がりから、音も無く静かに現れた彼を目にして、わざと姿を見せてくれたのだと察す。だから男も敬意を表して、普段滅多に外さぬ仮面を外した。

露わになったその顔は年齢のわりに、人生を達観したかのような暗い表情だったが、それよりも彼の方がずっと、全てを見透かす眼をしていた。

鏡の如く澄み切っていながら、闇を濁り固めたような。それでいて、深い滄海の如き瞳の色が、男は気に入っていた。
自らも対象を吸い込む力を持っているが、それ以上に吸い込まれそうな青を見ていると、荒れていた心が落ち着く。同志だからだろう、と男は自身より背が低い相手の姿を眩しげに見つめた。



暫しの静寂の後、彼は何も言葉を発さず、くるりと背を向けた。再び闇に溶け込みかける小柄な背中へ、男は思わず手を伸ばす。拍子に落ちた仮面が、カツン、と音を立てて跳ねた。
闇に響いた音を聞き咎め、彼が「マダラ」と指摘する。その呼び名に、男は聊か機嫌を損ねた。

「お前だけは…その名で呼んでくれるな」


完全に立ち止まった彼が、男の代わりに仮面を拾い上げる。男の素顔を仰いで、ふっと和らいだ瞳の青が暗闇の中で妙に輝いていた。


二年ほど前よりは随分成長したものの、やはり変わらず、まるでその場に存在していないのかと見間違いそうになる。
そしてそれ以上に、今ようやく感じ取れた研ぎ澄まされた気配が、幻想的な彼の存在を確かに物語っていた。


差し出された仮面を受け取れば、彼はフードを目深に被って再度踵を返した。しかしながら肩越しに振り返ると、静かに男の本名を口ずさむ。



「わかっているよ……――――オビト」



音も、声も聞こえない、唇の動きすら読み取れないほどの些細な呼び名に、それでも男は満足して仮面をつけ直す。その時にはもう、男はマダラという名の男になっていた。

別れ際に彼が呼んでくれた自分の名が、まだ残響として耳に心地良く残っている。
己が何者かわからず、狂いそうになるのを唯一止めてくれているその名は、まるで地獄に垂れ下がる蜘蛛の糸のようだ。
闇の中で、消えた彼の髪の残像が、金色の軌跡を描いているように見える。その軌跡の金糸が、自分にとっての蜘蛛の糸だと仮面の男は思う。



こんな地獄のような世界で生きているからこそ、男はつい寸前まで目の前にいたはずの存在に感謝した。
やり切れない寂寥の海はいつだって凪いでいるが、寸前のほんの一時の対話だけで、心の荒波は平穏なものへ一変する。





彼―――うずまきナルトの存在こそが、己をうちはオビトだと証明してくれる同志だと、仮面の男は信じて疑わなかった。
とっくに消えたナルトの姿を、仮面の男は暫し視線で追うと、やがて己自身も闇に溶けゆく。





払暁を期して、組織は動き始めた。

 
 

 
後書き
どうかこれからも『渦巻く滄海 紅き空』をよろしくお願い致します!! 

 

二 怪しい雲行き

 
前書き
大変お待たせいたしました!!

今回前半部分は、シカマル→ナルの描写やシカマルとテマリの不仲、及び若干のハレンチ?というか青春な内容がありますので、ご注意ください!

 

 
「久しぶりだな、二人とも」

長い廊下の奥にある火影室。
その主たる五代目火影―綱手は、自来也の隣に立つ小柄な存在に眼を細めた。
目に入れても痛くない程、まるで孫のように可愛がっている子がようやく己の許に帰ってきたのだ。これを喜ばずにいられようか。
修行旅の労りの言葉を掛けようとした刹那、重厚な火影室の扉をノックする音がした。

「入れ」
綱手の許可を受け、扉を開けて室内に入ってきた奈良シカマルは軽く頭を下げる。
「どうも」と挨拶して顔を上げた途端、彼は硬直した。
その後ろからついて来た砂忍のテマリが、急に立ち止まったシカマルを訝しげに睨む。
「おい、どうした。早く中に…」

シカマルの背中越しに見えた金色に、テマリもまた動きを止めた。
以前からよく火影室に出入りするシズネや山中いのがこの場にいるのはわかる。けれども、ここ暫く見かけなかった眩しいばかりの笑顔が、シカマルとテマリの瞳に飛び込んできた。


この二年ほど木ノ葉の里で見ることが敵わなかった、鮮やかな金色。
以前も美しかった金髪は、しばらく見ない間に長く長く伸びたらしい。火影やいの達と談笑していた彼女が、背後のシカマルとテマリに気づいて、ぱあっと顔を明るくさせる。
二つに結っても長いツインの金糸を、ふわりと揺らして振り向いた存在に、どきりとシカマルの胸が高鳴った。

「…な、ナル…、おい!ナルじゃねーか!!」
「あっ…、シカマル!」

花がほころぶような笑顔で己の名を嬉しそうに呼ぶ彼女に、シカマルの鼓動は高まる。
その後方で立つテマリは、彼女の変わり様を見て驚いていた。



波風ナル。
12歳の頃の彼女の容姿は、ほぼ男と変わらぬ体型だったはずである。かろうじて、女と認識できたのはツインテールの金髪のみ。
華奢で小柄なところは変わっていないが、この二年ほどで何があったのか疑いたくなるほどに、立派な女性の姿になっていた。

(…というより、【お色気の術】で変化した姿まんまじゃねーか)
お色気の術を見たことがあるシカマルは、心中溜息を零した。

アカデミー時代の彼女がよくふざけて変化していた、グラマラスな身体の女性。その女性と瓜二つに成長したナルは、ボンキュッボンと理想の女性像の身体に育っていた。
(つか、こいつ、確か変化した時は裸体じゃなかったか…?)
うわ、と思わず口を押さえる。それはつまり、今の彼女の裸なわけで。
自然と顔が熱くなるのを誤魔化そうと、シカマルは即座に表情を得意のポーカーフェイスに切り替えた。

「お前、帰ってきてたのか」
「ああ。今朝帰ってきた」

男口調なのは変わってないのか、と少し安心する。照れ臭さを誤魔化すように軽く頭を掻きながら、シカマルはかける言葉を選ぶ。
けれども口から飛び出たのは、当たり障りのない一言だった。

「…なんつーか…変わったか、おい」
「変わりすぎよ!なに、この胸!」
シカマルの言葉に反応したのは、ナルが来る前に火影室にいた山中いの。
現在、綱手の弟子として修行に励んでいる彼女は、可愛い妹分のようなナルの成長っぷりに聊か抗議の声を上げた。

「なにしたらそんなでかくなるのよ、教えなさい!」
「…ちょ、いの…!?やめ…ッ」
自分の胸を鷲掴みするいのにナルが戸惑う。彼女の声とその胸を目の当たりにしたシカマルは、気が遠くなりそうになった。

「…あ~、いの。止めてやれ。健全な青年には刺激が強すぎる」
天の助けか、綱手がいのをやんわりと止める。その言葉にハッとしたいのは慌ててナルから離れた。
「なんじゃい、も~ちょっとしてくれてもよかったのに…残念じゃのう」
「あんたは!何を期待してるんだいっ!」
残念がる自来也を、綱手が拳で黙らせる。痛みに悶える自来也を、綱手はじろりと睨みつけた。

「…お前、ナルに手を出してないだろうね」
「ん~…?どうかの~??」
へらへらと笑う自来也に、ナル以外の全員が冷たい視線を投げた。冷ややかな眼を向けられ、自来也は慌てて弁解する。

「っ、あ、安心せえ!中身は12歳の頃とまっっっったく変わっとらん!」
「「「「「あ、やっぱり…」」」」」
「…エロせんに~ん…」
恨みがましくガクリと肩を下げるナルを見て、室内全員の心は一致した。
(((((つまり、鈍いままか…)))))


男と女の違いや、彼女に向けられる好意をまっっっったく理解していなかったあの頃と同じ。
しかも立派な女の身体となった今となっては、余計タチが悪い。
これから先苦労するのが目に見えて、シカマルは溜息をついた。

その横から、沈黙を貫いていたテマリがナルに声をかける。
「…ずっと考えていたんだが」
「…あ!テマリ姉ちゃんだってば!久しぶりだってばね!」
「ああ、久しぶりだな。憶えていてくれたのか」
「あったり前だってばよ~!すっげ~美人さんがいるって思ったってば!前も美人さんだったけど、ますます綺麗になっててびっくりしたってばよ!」

(…いや、びっくりしたのはお前のほうなんだが。つか、フェミニストぶりも変わってねえのな、めんどくせ~)といったシカマルの思考は、次のテマリの一言によって中断になった。


「ふふ、義妹は口が上手いな。よし、お義姉さん・義姉さん・テマリ義姉…この中からどれでも好きなのを選べ」
「おい!!」
思わず声を荒げたシカマルを、テマリは一瞥する。

「…なんだ」
「…なにが義妹だよ」
「我愛羅の嫁になるのだから、私の義妹になるのは当然だろうが」
「は!?なにが当然だよ!勝手に決めんな!!」
「お前に口出しされる覚えはない」
険悪な二人の間の空気をまったく読めないナルと、その状況の原因を理解して苦笑する綱手達。
そしてその口喧嘩を止めたのも、原因を作った本人だった。

「え~と、よくわかんないけど…前のように、テマリ姉ちゃんって呼んでもいいってば?」
「…まあ、それで今は良しとしよう。だがいずれ…」
「いずれも何も、これから先ねーよ」
「ふん、貴様には関係ないだろう」
悪態をつくシカマルを、鼻で笑うテマリ。
「…ッ、てめ…」

普段滅多に怒らないシカマルがなぜ不機嫌なのかわからぬまま、ナルはテマリに声をかけた。
「て、テマリ姉ちゃんはどうしてココにいるんだってば?」
久しぶりに会って少し照れ臭いのか、恥ずかしげに「姉ちゃん」と小さく言葉を紡ぐナルを、テマリは微笑ましく感じる。
こんな妹が欲しかったな、と二人の弟を持つ長女は切実に思った。
テマリの考えが読めたいのは、(相変わらず、この子は変わってないわね)と苦笑する。


火影室が談話室になることを怖れて、綱手の隣に控えていたシズネがこほん、と咳払いした。
「綱手様、そろそろ…」
「なんだい、水をさしおって…空気が読めないねぇ」
「綱手様の場合、サボりたいだけでしょう!」
口煩い側近に騒がれて、綱手は辟易とした表情を浮かべる。
二人のやり取りに苦笑した自来也は「わしはまだ報告があるから、お前達は先に出とれ。積もる話もあるだろう」とシカマルに視線を寄越した。

察しの良いシカマルは素早くナルとテマリ、そしていのを連れ立って火影室を後にする。
四人の足音が火影室から遠ざかったのを見計らって、綱手は何の前触れもなく背後に声をかけた。


「もう入ってきていいぞ」
「アイツ…成長したのは体格だけじゃないですよね?修行の成果があるとありがたいのですが」
火影室の窓の向こう側から即座に返ってきた返事に、自来也はふんっと鼻を鳴らす。
「抜かりがあると思うか?気を抜くとお前も出し抜かれるぞ」


挑発めいた答えに、火影室の外で待機していた畑カカシは満足そうにマスクの下で笑った。
「そりゃあ、楽しみですね」

窓から失礼して火影室に入ってきたカカシと、綱手と自来也の間で流れる空気を感じ取って、一礼したシズネは静かに退室する。

暫しの沈黙ののち、自来也がまず口火を切った。
「ヤツらの動きが活発になってきた」
その一言で、綱手とカカシはたちまち険しい表情を浮かべる。明確に言わずとも、ヤツらの正体を二人は把握していた。


『暁』――十数名ほどの忍びによって構成されている犯罪組織。
メンバーは何れもビンゴブックに載っている凶悪なS級犯罪者ばかり。そんな奴らが波風ナル――正確には、九尾の狐を狙っているという。


「各国の警備担当者には『暁』の情報を流しておいた。すぐに警戒態勢を取ってくれるとよいのだがのぅ」
綱手とカカシに報告する自来也の脳裏に、情報を流した里の一つが過ぎる。

中忍試験時にかつてナルと闘った相手だからか、ナルと似た境遇だからか、同じ人柱力だからか。
何れにしても砂隠れの里がどうも気にかかる。

もっとも、情報を流した砂の警備部隊の隊長は周囲からの信頼が厚い人物のようだった。心配はいらないか、と自来也は修行の旅で得た情報を報告することに専念する。


ちょうどその折、砂隠れの里に組織の影が忍び寄っていたが、現時点では誰も気がついていなかった。

















火影室から、ほぼ追いやられる形で里へ繰り出した波風ナル・山中いの・奈良シカマル、そしてテマリ。

いのに頼んでいた植物の世話等や中忍になれていないのがナルだけだという衝撃的事実を交えた近況報告を道すがら済ませる。
テマリが木ノ葉の里に来た理由が中忍試験の打ち合わせだと納得した後、ナルは先ほどから気になっていた事柄を彼女に問うた。


「テマリ姉ちゃん、我愛羅は?元気だってば?」
「ああ元気だよ―――我愛羅は、」

自分の弟が今どうなっているのかを誇らしげに伝えるテマリに対し、火影を目指しているナルには酷かと、いのとシカマルは気まずい表情を浮かべる。
顔を伏せるナルが拳をぎゅっと握ったが、二人の危惧は杞憂に終わった。
「そっか。我愛羅が…」


気合を入れるように、ぐっと背筋を伸ばす。ナルの決意が込められた視線に、一瞬テマリは眼を瞠った。
「オレも…っ、負けてらんねぇってばよ!!」
幼き日からずっと抱いている夢を火影岩に向かって改めて宣言する。


「絶対火影になってやる…!!見てろよ、我愛羅…っ」


















禿鷹が飛んでいる。

太陽を背に飛ぶ鳥の鳴き声は、吹き荒れる砂嵐に雑じっていても、里に響き渡る。
乾燥し切った空気を裂くように旋回し、小さな鳥影が砂隠れの里に落ちてゆく。


いつものように、我愛羅は己が治める里を俯瞰していた。里に聳える建物を砂が叩いてゆく。
無表情で里を見つめる彼の瞳には憂いが満ちており、知らずに溜息が零れていた。

里長に就任したと言えども、我愛羅の心中は気掛かりなことばかりだ。自業自得なので反論のしようもないけれど、かつての己の所業から、自分を怖れる里人も多い。
我愛羅は恐怖による支配などしたくはないし、するつもりもない。しかしながら中には、上層部の人間を脅して風影になったのでは、と疑う者もいる。

現状、我愛羅が風影になった事に関して認めていない里人が多数を占めているのは事実だった。



再び溜息をついて、我愛羅は一瞬眼を伏せた。
視界は砂で埋め尽くされ、止むことの無い砂嵐が彼の視線の先に常にある。
またもや、一陣の砂嵐が吹いて、眼に刺さる砂粒に、双眸が反射的に閉ざされる。

そうして眼を開けた瞬間、視線の先の光景が若干変わっていた。




「風影になったんだね。おめでとう、我愛羅」
「……誰だ?」




砂嵐に塗れた光景の中、その存在だけがやけに鮮明に映る。
激しく吹きつける砂向こうで、眼の前の人間は妙に白々と陽光の下で輝いていた。

フードの陰に隠れて顔は全くわからない。隙も気配も窺えない。
けれども、里に住まう人間ではないことは確かだった。

風影である自分に微塵も悟られず、ここまで接近してきたのだ。砂隠れの里に現在そこまでの忍びはいないと、自惚れではなく事実を知る我愛羅は当然の如く警戒した。


反面、突如現れた存在は、身構える素振りすらなく、悠然と手摺に腰掛けている。
激しく吹き荒れる砂嵐の中だというのに、顔を隠し続けるフードの白色が妙に眼に焼き付いた。
いっそ懐かしい感じすらして、我愛羅は眼を眇め、再度問い質す。
「――何者だ?」

我愛羅の再三の詰問にも、相手は答える気が無いのか、穏やかな物腰のまま黙している。そこで動揺を誘おうと、試しにほんの僅かに殺気を放つと、相手が微かに微笑んだ気配がした。
「以前のお前なら、出会った瞬間に殺気を出していた…――成長したな」

まるで昔からの知り合いのような口振りに、我愛羅のほうが動揺する。改めて何者か問うがやはり無言を貫く相手に、我愛羅は質問を変えた。

「俺に何の用だ」
「助言をしに来ただけだよ、我愛羅」

そこでようやく、相手は応えた。
何の感情も窺えない淡々とした物言いは事務的なようでいて、それでもどこか暖かみのある声音でもあった。


「風影になるのには相当努力したのだろう。それでも里長として認めてくれぬ人間もいる。人心を掴むには、我愛羅。身をもって立証するしか無いんだよ」
「…なにを、言って…」

今正に自分が悩んでいる事柄を的確に指摘され、我愛羅の足が自然と後ずさる。
無意識に視線を周囲に走らせるが、まるでこの場だけが世界から切り離されたかのように、誰も此処に近づく気配は無かった。



「里に脅威が迫った時、君はどうする?」


突然、何の脈絡もなく問われる。
今まで散々質問してきた己に逆に問うた相手は、物静かに言葉を続けた。

「影を背負う器になったからには、それ相応の覚悟も必要だ。同時に、己の命も大切にしなければならない。そして、君が現在風影になっているという事は、君を里長と認める人間もいるという事だ。それを忘れてはならない」
「…見ず知らずの人間が説教か?」

昔と随分変わったとは言え、流石の我愛羅も表情を険しくさせた。足元から、自然現象ではない、己の力である砂が小刻みに震え始める。
フードの陰で、「気に障っただろうな、すまない」と謝罪した相手がふっと口許に苦笑を湛えた。

「ただの、お節介さ」






眼前の光景が揺らめく。あれだけ鮮明だった相手の姿が曖昧になってゆく。
陽炎のように揺らめく我愛羅の視界の向こうで、相手が同じ質問を今一度問うた。

「里に脅威が迫った時、君はどうする?」

止んでいたはずの砂嵐が再び吹き荒れる。
視界に塗れる砂と激しい風の中で、物静かな声と共に澄んだ鈴の音が我愛羅の耳朶を震わせた。

「それが答えだよ、我愛羅」










激しく吹き荒れる砂嵐は止むことがない。
乾燥し切った空気を裂くように旋回する禿鷹の鳴き声が響く。里に聳える建物を砂が叩いてゆく。
そんな、いつもの環境音が我愛羅を我に返らせた。


眼を瞬かせて周囲に視線を走らせても見渡しても、寸前まで会話していた相手の姿など何処にも無い。手摺の辺りを注意深く見たところで、そこに誰かが腰掛けていた様子など微塵も無く、ましてや砂が積もっていた。

呆然と佇む我愛羅の背後で、己を呼ぶ声がする。
「風影様…そろそろ会議です」


跪いて伝えるバキに、我愛羅は一瞬、此処にいたのは自分だけだっただろうか、と問おうとした。
だが、途中で思い直し、「わかった」と一言返す。


今のが白昼夢だった可能性も無きにしも非ずだったが、それでも幻や空想という一語で終わらせるにはあまりにも鮮明過ぎた。


バキに促され、会議に出ようとした我愛羅は、不意に足を止めた。肩越しに振り返って、里向こうを見やる我愛羅を、バキが訝しげに呼ぶ。

再び、風影の羽織を翻し、里から眼を離した我愛羅は、これから迫り来る脅威に未だ気づいてはいなかった。しかしながら、心の何処かで警戒心が頭をもたげる。
耳に強く残る正体不明の存在の助言らしき言葉は予感めいていて、我愛羅の胸を砂嵐のように騒がせた。








砂隠れの里向こう、砂嵐に雑じって、鈴の音がした気がした。
それは、白フードから聞こえた音と同じく美妙だったが、不吉な音色とも言えた。





里と、そして我愛羅自身に迫る脅威の前兆の音だった。
 

 

三 瓦解

 
前書き
お待たせ致しました!
大変申し訳ありませんが、原作と同じ場面は端折ります。
原作と同じ個所はどんどん削りますので、ご容赦ください。

また大変申し訳ありませんが、加筆致しました。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
どうかよろしくお願いします!

 

 
砂漠の一角で、閃光が奔った。



爆発音。白煙。強烈な輝き。
砂嵐よりも激しい耳鳴りがする。

砂隠れの里全体を覆っていた砂の天蓋。最後の力を振り絞って里外へ運ばれたソレが轟音を立てて砂漠に落下する。
砂海が波打つのと、我愛羅がガクリと項垂れるのはほぼ同時だった。


「自らを犠牲にして里を守ったか…流石は風影だな、うん」

失った左腕の袖が靡く。
赤い雲模様が、闇夜に嗤った。























「たっだーいま!だってばよ」
快活な声を上げ、久方ぶりの我が家のドアを開ける。

途端、むわっと埃臭い匂いが鼻について、波風ナルは顔を顰めた。三和土で靴を脱いで足を踏み入れれば、ハッキリ足跡がついて、苦笑を零す。

「長いこと空けてたから、流石に埃だらけだってばよぉ…」

埃で覆われる廊下に足跡を点々と残し、寝室に向かうその前に、ナルは山中いのに預かってもらっていた五つの鉢植えをベランダに置く。
うずまきナルトから見舞いの品として貰った花々を種類ごとに分けて植え替えた八つの鉢。

陽当たりの良い場所へ下ろせば、埃だらけの部屋がようやく彩りを得た。綱手を捜す旅に出て以来忙しいナルに代わって、いのに世話してもらっていた花々はイキイキとしている。
残り三つの鉢植えはヒナタが預かってくれているようなので、後でお礼と取りに行かなきゃ、とナルは思った。

何も無い殺風景な室内で唯一あたたかみを感じられる花々に、心が落ち着く。

家を空ける間、換気や部屋の掃除をしようか、と名乗り出てくれた同期は多かったが、ナルは遠慮して断った。
申し訳ないという気持ちの反面、自分のテリトリーに他者を寄せ付けたくないという無意識な拒絶が働いていたのだ。
里の大人から散々受けた待遇や忌避された幼少期の経験は、そう簡単にナルの心の領域を他人に侵させない。


そういった自分の中の感情を自覚しないまま、窓を開けて寝室内に蔓延る澱んだ空気を逃がす。
清潔とは言い難いベッドに腰掛け、傍らの机上の写真を手に取った。案の定、埃で曇ったソレを、汚れるのも構わず手で丁寧に拭う。


「…サスケ…サクラちゃん…」

スリ―マンセルで構成される班の中、自分を残して里抜けしてしまった写真の二人。


うちはサスケと春野サクラの顔をまじまじと見つめ、「帰ってきたってばよ…」とナルは己の胸中の想いを言葉にする。胸の煙は埃に塗れた室内で形無き火となって立ち上った。

写真のように曇る事無く、いつまでも清いままのナルの決意。


「…―――連れ戻す為に」

























「邪魔されるのは興覚めだ」

意識を失った我愛羅を起爆粘土の巨大鳥に捕らえさせたデイダラは、風影を取り戻そうと躍起になっている真下の砂忍達を面倒臭げに見下ろした。

「ノルマはクリアしたし、さっさとずらかるか…いい加減、サソリの旦那も待ちくたびれてる頃だしな、うん」

起爆札が貼られた矢が飛び交う中、デイダラの乗る巨大鳥が里の出入り口へ向かう。


由良隊長率いる警備部隊が固めていたその場所は、既に死体の山で埋め尽くされている。【潜脳操作の術】で失っていた記憶を取り戻したサソリの配下である隊長の由良本人が、自ら全滅させたのだ。


見張り一つない無防備な殺戮地帯へ、デイダラは死体の山を尻目に悠々と降り立った。
途端、待ちくたびれていたサソリが間髪を入れず、デイダラを攻撃する。

「おせぇぞ!!待たせんなって言ったろ!」
頭上を通り過ぎた鎌の如きソレに、デイダラは肩を竦めた。

「坊を見習え!アイツは時間厳守だぞ」
「ナル坊と一緒にすんなっての、うん。結構強かったんだ、コイツ」

捕獲したばかりの我愛羅を、デイダラは顎で指し示す。
彼の左腕の袖が所在なく靡いているのを目に留めたサソリは、ハッ、と鼻を鳴らした。

「片腕一本で済んだなんざ、安いもんだろーが」
「そっちは?」
「バッチリだ!それより止血くらいしろ、見苦しい」

はためく左袖を鬱陶しげに見遣るサソリに、デイダラは「ナル坊に治してもらうから別にいいだろ、うん」と横柄に答える。

「お前…坊に甘えんのもいい加減にしろ」
「その台詞そっくり返すぜ、旦那。旦那だってナル坊に手土産貰ってたじゃねぇか。羨ましいぜ、うん」
砂隠れの里の出入り口での口論は、追い駆けてくる砂忍達の足音で一端途切れた。


「とにかく引き揚げだな、うん。そういや、旦那の部下はどうした?」
「由良なら先に行かせた。お前があまりに遅いんでな」
「サソリの旦那…いつまでも根に持つ男は坊に嫌われるぜ、うん」
「ぶっ殺すぞ」

軽口を叩き合いながら、外套を翻す。
黒地の中心の赤い雲模様が、月下にて異様に赤黒く浮かんでいる。


砂隠れの里内部を透かし見るように、サソリは一瞬肩越しに振り返った。即座に顔を、辺り一面に広がる砂漠へ向ける。それきり、彼が振り返る事は無かった。
背後で爆音がし、悲鳴が聞こえても、彼らは立ち止まらない。


「サソリの旦那のトラップに引っ掛かったようだな…うん」
「当たり前だ。引っ掛かるように作るのがトラップってもんだ」
「そりゃそうだ」

大方、追い駆けてきた砂忍が、死体を不用意に動かしたのだろう。罠として、由良が全滅させた部隊の亡骸に仕掛けておいた起爆札がまんまと爆発したのだ。

爆発音と閃光を背にして、砂漠を這うように進むサソリの傍ら、デイダラは胸元から笠を取り出す。
鈴が連なる笠を目深に被れば、鈴の美妙な音色が鳴り響いた。


けれども、その美しく澄んだ音は、捕らわれた我愛羅を癒す事も、ましてや耳に届く事など無かった。
そして、我愛羅の兄――カンクロウの叫びでさえも。


砂隠れの里を守る為に力を使い果たした我愛羅には、聞こえなかった。
























鼻孔をくすぐる美味しそうな匂い。
暖簾を潜れば、自室に籠っていた澱んだ空気など比べ物にならぬ、香しい湯気が顔にぶつかった。


快活に挨拶すれば、里の人間にしては珍しく幼少期からナルと親しくしてくれた豪快な主人が笑顔で迎えた。
随分会わなかったが、ナルにすぐ気づいたテウチとその娘のアヤメは、にこやかに彼女の帰郷を喜んでくれる。

帰還祝いに奢ってやると豪語するテウチの言葉を遮って「俺に奢らせてくれ」と暖簾の向こうから懐かしい声がナルの背中にかけられた。笑顔だったナルが益々喜色満面になる。
アカデミーの教師であり、自分の存在を認めてくれた初めての相手であるイルカに、ナルは歓喜の声を上げた。


修行でまた一回り大きくなったナルを、イルカは眩しげに見つめる。
ラーメンを嬉しそうに食べる姿は子どもの頃と変わらないので、若干安心しつつも、かつての教え子の成長をイルカは心の底から喜んだ。反面、夢にまで見たラーメンを口に出来たナルの笑顔が曇る。


「不満があるってばよ」と唐突に言うナルに、ラーメンの味に不満があるのか、とテウチがつっかかった。店主の剣幕に、ラーメンに不満があるわけではない、とナルは慌てて弁解する。

いつになく落ち込んだ様子に言葉の先を促せば、今度ラーメンをイルカに奢ってもらうのは中忍になれた祝いだと思っていた、とナルは胸の内を明かした。
同期の皆は中忍になったのに自分だけまだ下忍のままだと劣等感を抱くナルに、イルカが慰めの言葉をかけるも、「…それとさ」と彼女は話し続ける。


「お世話になった相手との、ラーメン一緒に食べに行くって約束も果たせてねぇし…一楽のラーメン最高だから食べてもらいたいのにさぁ」

【口寄せの術】の助言や見舞いの花々をくれたうずまきナルトを思い浮かんだナルが溜息をつけば、テウチは「なんだ、そんなことかい」と豪快に笑った。


「それじゃ、約束の友達とやらが一緒に来た時に、二人まとめて奢ってやるよ」
「ほんとっ、おっちゃん!?」
「男に二言はねぇ!!うちは千年後だって美味いラーメン作ってるからな!」

大げさに語るテウチをアヤメが恥ずかしそうに小突いたが、ナルは喜び勇んで思わず立ち上がった。奢ると言ったのにもかかわらず、イルカに先に言われてしまった手前、今回奢る事が出来なかったのがテウチには少し不満だったらしい。

「おっしゃ――!オレってば千年後も絶対おっちゃんのラーメン食べに行くってばよ!!」
「おう、待ってるぜ!」

店主と教え子の会話を微笑ましげに眺めていたイルカは、ナルから落ち込んだ雰囲気が払拭されたのを見て取って、ほっと安堵する。


改めてラーメンを食べようと、ナルが椅子に座り直す。
その拍子に、ナルの手前の籠から、ゆで卵が転がり落ちた。謝るナルに、テウチは寛容な態度で応える。

「それより、その約束した友達、連れてこいよ。美味いラーメンご馳走するからな!」
「ありがと、だってばよ!オレの好物の味噌ラーメン、そいつも好きにさせてやるってばよ!」
「おう、その意気だ!」

テウチとの会話で盛り上がりつつも、欠けた殻から覗き見えた白が、何かの均衡を破ってしまったように思えて、ナルは聊か「でも…この卵、もったいないってばよ…」としょげた声をあげた。
ほんの小さな綻びから全体が崩壊してゆく、そういった妙な不安感が胸に押し寄せる。なんとなく胸騒ぎがした。


直後、沈んでいた気分を晴らすように、ナルはイルカに向き合った。

「そういえば、砂隠れの我愛羅は風影になったって聞いたってばよ!すっげぇよなぁ!!」

心から感心するナルに反して、イルカは苦笑しながら「…あの子はまた…別格だからな」と聊か含みのある言葉を返した。

その返答が気に入らなかったのか、ナルは顔を顰めて反論する。
自分達とは違う存在のような物言いが、大好きな先生の言葉と言えど、聞き捨てならなかった。

「別格って、なんだってばよ…それだけじゃ、風影にはなれねぇ」


自分と同じ人柱力で、里の人間から忌避されていた我愛羅。
彼が風影という頂点に上り詰めるのに、どれほど頑張ったのか、血の滲むような努力をしたのか。


「頑張って頑張って…皆に認められて―――アイツは『風影』になったんだ!」

他の一般人なら想像もつかないだろうが、ナルには手に取るようにわかった。
自分とよく似た相手だったから。


「オレもアイツのように、頑張って頑張って、もっともっと強くなって…――」

その言葉の先は、言うまでもなかった。
昔から変わらない教え子の夢に、イルカは眩しげに眼を細めた。店内に籠る湯気が眼に沁みた。
























夜が明けた。

砂の水平線から顔を出す朝陽。旭日の輝く東の空を前に、サソリが立ち止まる。

「まさか…ついて来る奴がいるとはな…」


サソリの罠に引っ掛からなかったらしき砂忍に、デイダラは笠の陰で眼を眇める。
そして手土産を貰ったサソリへの意趣返しに、サソリに小声で囁いた。

「『木ノ葉崩し』では砂も噛んでたみたいだし、ナル坊もそいつと接触したかもな、うん」
ピクリ、とサソリの曲がった背が若干盛り上がる。


「その上、旦那の罠に引っ掛からず、ここまで追いついてきたんだったら…坊も認めるほどの忍びだったのかねぇ……うん」

デイダラの言葉は単なる推測だ。『木ノ葉崩し』でナルトが関与した事柄は、一尾と九尾の争い真っ只中で、どさくさに紛れて二体捕縛出来ないかという算段によるものだ、と暁のメンバーは聞いている。事実は異なるが、『木ノ葉崩し』で砂隠れの里が大いに関わっている事は明らかだった。



「我愛羅は返してもらう」
風影を、そして自分の大事な弟を取り戻しにきたカンクロウ。

同じ傀儡師だと即座に悟ったサソリの後ろで、デイダラは、クッ、と口角を吊り上げた。

(傀儡を扱うなら、サソリの旦那の右に出る者はいねぇ…)


それに煽っただけあって、サソリはやる気十分だ。
含みのある笑みを浮かべ、デイダラは鳥の背に飛び乗った。

我愛羅を捕らえる巨大鳥が空へ舞い上がるのを阻止すべく、カンクロウは手を振るう。指に結わえたチャクラ糸が、ピィン、と張った。

「行かせるかっ!」



だがカンクロウの糸で繋がれた傀儡人形は、直後、動きを止められた。
眼の前に立ちはだかるサソリによって。


「…俺は人を待つのも待たすのも好きじゃねぇからな……それに、」

先へ行かせたデイダラを見もせず、サソリはカンクロウを睨み据えた。サソリから生えている、人間とは思えない、妙な尾が傀儡人形を捕らえている。
絡まれた傀儡人形が、カタカタ、音を立てた。


「坊に認められる傀儡師は、俺一人で十分だ」


忍びに加え、同じ傀儡の術を扱う者として、サソリは鋭い眼をより一層冷たく細める。
暁天に、鎌の如き尾が風を切った。




「―――すぐに終わらせる」



























完全敗北だった。
地に伏せたカンクロウは、それを認めざるを得なかった。

痺れる全身。霞む視界。
毒が廻り始めている。
(ち…くしょう…)

追いついた相手との実力差は明白だった。黒地の赤い雲模様。会議で耳にしていた『暁』という組織の一員だとも、解っていた。
このまま命を落としたとしても、深追いし過ぎた自分のミスだ。自業自得だ。
(ちくしょう…ちくしょう…)

けれども、弟を攫った犯人をみすみす見逃すなど、カンクロウに堪えられるはずも無かった。



だって自分は……―――兄なのだから。


(…ちくしょう…ッ!)








「――生きたいか」


不意に、頭上から澄んだ声が注がれた。
対峙していたサソリという男の声ではない。カンクロウは顔を上げようとしたが、痺れる全身では指一本動かす事さえ叶わなかった。

伏せた顔で目線だけを上げようとしても、太陽の強い陽射しがカンクロウの眼を焼く。
足掻こうと引っ掻いた指が砂に塗れ、砂漠に吹き荒れる風がカンクロウの身を徐々に砂漠の一部とさせる。


「もし生きられるなら、お前はどうする?何を望む?」

幻聴かもしれない。死ぬ間際の幻覚かもしれない。熱い陽射しによる陽炎かもしれない。
けれども、何を解り切った事を、とカンクロウは応えた。


「弟を…――我愛羅を助ける…ッ」


カンクロウの心からの望みに、眼の前の陽炎は頷いたようだった。
力を振り絞って視線を上方へ上げると、白いフードがはためいているのが垣間見えた。



「…ならば、弟を―――我愛羅を諦めるな」



暁天を背に、陽炎は倒れ伏すカンクロウに囁いた。
遠のく意識の向こう、我愛羅を連れ去った『暁』の男達とは微妙に違う、鈴の音が聞こえた。




「―――兄なのだから」


やけに切々とした、夢幻の声を最後に、カンクロウはプツリ、意識を失う。
気絶する寸前、毒による苦痛が幾分か弱まった、そんな気がした。


 
 

 
後書き
ちなみに、暁メンバーのナルトの呼び方は、『渦巻く滄海 紅き空【上】』の七十話を、よかったらご覧ください!
次回もよろしくお願い致します!

 

 

四 毒媒蝶

 
前書き
いつも月末投稿が多いですが、今回別ジャンルで月末が忙しく、大変申し訳ございませんが、お早めに更新させていただきました!
捏造多数、オリジナル忍術などございますので、ご注意ください!急いで書き上げたので、短いし矛盾等あるでしょうが、ご容赦願います!
ナルトが非道に見えるかもしれないですが、許してやってください…っ!
その代わり、美少女ハーレムなカカシは許さなくていいよ!←おい

オリジナル忍術の一つはかつて【上】の十四話で出てきた術なので、よかったらご覧になってくださいね。
よろしくお願い致します!
 

 
吹き荒れる砂嵐が、止まった。

やむことのない風がピタリ、と一瞬治まったのは何かの前触れか、兆しだろうか。


台風の目にいるかのような一時の静けさの中で、倒れ伏したカンクロウの顔を、彼は片膝立ちで覗き込んでいた。


暫しの戦闘を繰り広げ、毒により力尽きたカンクロウの首元に手を翳す。

それだけで注入された毒の量が如何ほどのモノか推測した彼は秘かに眉を顰めた。
三日ともたずに済む量ではなく、明らかに今日一日もつかもたないかの瀬戸際を確かに感じ取る。


「……随分凶悪な量を仕込んだな…」

ナルトが認める傀儡師は己一人だけだ、と同じ傀儡の術を扱うカンクロウに勝手ながら対抗意識を燃やし、毒の量を普段の数倍注いだサソリ。
原因が己自身だとは微塵も気づけないまま、彼はカンクロウを憐憫の眼差しで見遣った。

「このまま解毒するのは容易いが…我愛羅を取り戻すなら、サソリと再戦するのは必然」


それならば、毒の抗体を得る必要がある。サソリと闘い勝つ為に不可欠な血清を手に入れるには、今、解毒しては再戦しても二の舞になるだけだ。


砂隠れの風影が暁に連れ去られたという情報が真っ先に入るとすれば、同盟国の火の国・木ノ葉隠れ。

医療スペシャリストの綱手は火影故に里から離れられないが、彼女の弟子ならば、問題ない。
おそらく砂に応援を要請された木ノ葉隠れの里が打つ手段としては、その弟子を送り込む可能性が非常に高い。
一部隊に一人の医療忍者が必要だと昔から主張している綱手なら猶更。よって、解毒法が皆目見当がつかない砂が頼るとすれば、木ノ葉からの応援要請で来る医療忍者だ。

更に、現在の時期を顧みれば、波風ナルを筆頭にした部隊を送り込むと予想がつく。
木ノ葉隠れの里にいる内通者からの情報という裏付けがあっての推測だが、綱手の弟子となった彼女達の実力を見るならば、これ以上ない案件だ。もちろん第一に見たいのは、波風ナルがどれほど成長したか、なのだが。



「すまないな…毒の巡りを遅延させるくらいしか、今はできない。解毒できない場合は、コイツに体内の毒を処理させる。それまで苦しいだろうが、我慢してくれ」

毒を秘かに吸って、体内の毒の量を徐々に減らす働きをもたらすソレ。人目につきにくい首筋あたりにソレをつけた彼は、すっくと立ち上がる。

そうして、砂隠れの忍びに見つけられやすいよう、おもむろに印を結んだ。



「【疾風(しっぷう)沐雨(もくう)】……」

瞬間、激しい雨風がカンクロウの身についた砂を全て洗い流す。
中忍試験予選試合でドスの身体に纏わりついた我愛羅の砂を掃ったあの術である。

あの時は我愛羅からドスを守る為に使った術を、今は我愛羅を助ける為に動いたカンクロウを救う羽目になるとはなんとも皮肉だった。


吹き荒れる砂嵐は砂を高く積み、埋める。吹き曝しになっているカンクロウの身体に砂が積もれば、ただでさえ見通しが悪い砂漠での発見が遅れる。そうなれば、身体を廻る毒の経過も速い。

以上からカンクロウを砂の追跡部隊に発見されやすいように施した彼は、何事も無かったかのように立ち去った。


再び吹き始めた砂嵐に、はためくフードの白がやけに目立つ。
その裏地の黒に、赤き雲の模様が垣間見えた。






















砂隠れの風影が暁という組織の者に連れ去られたという情報は木ノ葉隠れの里にすぐさま通達された。

応援を要請してきた砂隠れに応じ、五代目火影の綱手に命じられて、現在、畑カカシ率いる一部隊が砂隠れの里へ向かっている。
先陣を切って走っていた波風ナルは、前方を歩く背中に、木の枝上で足を止めた。

「テマリ姉ちゃん!!」


中忍試験の打ち合わせを終え、里へ帰る途中だったテマリは、頭上の木から下りてきた集団に驚いた。


波風ナル・畑カカシそれに山中いの・日向ヒナタ。
カカシ以外は女の子で固められた部隊に、テマリの眉間に皺が自然と寄った。

だが、もたらされた衝撃的な情報に、彼女は愕然とする。
「なに!?我愛羅が!?」


風影であり、そして自分の大事な弟である我愛羅を連れ去られたと知って、テマリは唇を噛み締めた。その険しい表情を、ナルもまた、難しい顔で見つめ返す。



女性ばかりのチーム編成だが、急を要する事情故、仕方がなかった。

砂隠れの里からの急を要する知らせが届いた時、火影室にいたのが偶々彼女達だったのだ。
ナルが家を空けていた間、花の世話をしてくれていたヒナタといのにお礼を伝えている最中の、緊急な知らせだったのだ。もちろん、綱手とて何も考えていないわけではない。


何故なら、綱手の弟子は、山中いの、そして日向ヒナタの二人だからだ。


山中一族の能力故に、戦闘面は仲間に頼りがちになりやすく、攻撃術は不得手だという弱点を克服する為、いのは【桜花衝】を始めとした攻撃に特化した術を綱手から主に学んでいる。

一方のヒナタは木ノ葉最強と歌われる日向一族な為、【柔拳】を駆使した接近戦は得意。よって彼女が綱手から主に教わるのは、繊細な医療忍術である。
体内のチャクラの流れである『経絡系』をも見ることが可能で、洞察力・透視に長けた『白眼』ならば、相手を治療するのも他の忍びに比べれば遥かに容易い。

それでも生半可な知識では難しいのは当然。よって二人が努力したのは、手に取るようにわかる。
いのも花屋の娘故に、薬草や毒物に詳しいので、二人揃って綱手の弟子と名乗るに相応しい大きな成長を遂げていた。




「ここから砂まで二日半はかかるからな。急ごう」
カカシの言葉に応じて、テマリを加えた部隊は再び、砂隠れの里を目指した。


ちょうどその折、里からおよそ半日の地点で意識不明のカンクロウが発見され、サソリによってバラバラにされた傀儡と共に回収される。

砂隠れの医療忍者に解毒不可能だと判断されるものの、比較的早く意識が戻ったカンクロウが得た情報を聞いて、バキは顔色を変えた。
手術室を後にしたバキは酷く険しい顔で、足早に廊下を進む。


「あの方達に…あのご姉弟に相談するしかあるまい。だが…素直に出てきてくださるかどうか…」


















重厚な扉の向こうで、泉に釣り糸を垂らす隠居した姉弟。
年老いた弟が、訪問者の気配に気づいて、立派な白眉を片方吊り上げる。

「おや、誰か来たようだな」

泉を挟んで、向かいの姉に呼びかけるも、返事は返ってこない。
一向に身動ぎしない姉に「死んだか?」と弟のエビゾウが呼びかける間もなく、釣竿がゆっくりと泉へ。


落ちる寸前、大きくしなった。

「なぁーんてな、死んだふり~!」


やーいひっかかったひっかかった、とばかりに、お茶目という言葉では聊か限度があるボケをかました姉のチヨに、エビゾウは大きく肩を落とした。
毎回、リアルな死んだふりをかますのはやめてほしい。齢が齢だけにこちらの心臓に悪い。


「ご姉弟…お二人にお力をお貸し頂きたく、参りました」

訪問してきたバキに、最初こそ静観の態度を崩さなかった砂隠れの里の相談役のチヨとエビゾウ。
かつて熟練の傀儡師・凄腕の軍師として忍び世界に名を馳せた姉弟は、次のバキの一言で目の色を変えた。


「暁のメンバーの一人に、お孫さんがいらっしゃいます」


実際に対峙し、毒を注入されたカンクロウから得た衝撃的な情報。
彼の実の祖母であるチヨは、明らかとなった孫の所在に、眼に見えてうろたえた。

かつて砂隠れで傀儡部隊の天才造形師と謳われた『赤砂のサソリ』。
彼が里を抜け二十数年、ようやく掴んだ孫の居所が、現在『暁』の一員であるという酷な真実を耳にして、チヨは目元を伏せる。


釣り糸を垂らしていた泉に波紋が幾重にも広がって、そして消えていった。



















無事、砂隠れの里に辿り着いた木ノ葉増援部隊。

いきなり『木ノ葉の白い牙』と勘違いして、カカシに襲い掛かったチヨとの騒動があったりしたが、医療忍者であるヒナタが早速カンクロウを診る。
いのは助手として付き添い、阿吽の呼吸で二人は協力してカンクロウから毒を抜いた。

薬草に関してはいののほうがエキスパートなので、ヒナタが体内に未だ残留する毒に対して治療する傍ら、解毒薬を調合する。

皆がカンクロウの治療に専念する中、首筋から秘かに何かがゆるり、と音も無く動いた。
治療に集中するヒナタといのは気づけなかったが、砂隠れの里の医療忍者の一人はソレを目にして眉を顰める。



それは、何らかの蛹であった。

白い壁をパキパキ…と抉じ開け、今まで見た事もないほどの艶やかな色が垣間見える。
深い青紫。ゾッとするほどの美しさ。


開け放たれた窓から飛び立つソレに、思わず眼を擦り、再度、カンクロウの首元を注視する。
首筋についていた蛹のようなモノは白い灰となって、やがてサラサラと砂の如く空気へ消えていった。


幻だったのだろうか。
連日徹夜でカンクロウの治療に手を焼いていた医療忍者は、寝不足による幻覚だったのだ、と己を納得させ、ヒナタといのの手伝いへと走った。






















「解毒したか…」

己の許へ舞い戻ってきた蝶に、彼はゆるゆると眼を細めた。

カンクロウの首筋から毒を徐々に吸わせて大きく成長したソレが、ゾッとするほどの美しい輝きを放って周囲を華麗に飛ぶ。
毒が強ければ強いほど、美しく艶やかな翅の蝶へと育つ為、猛毒だったのは間違いない。

蝶の働きがあったとは言え、それを解毒したのだから、五代目火影の弟子は優秀だという事が窺える。


「――これは期待できそうだな…」





この世のモノとは思えないほどの美しき蝶を人差し指に止まらせ、影の功労者である彼は、人知れず優雅に微笑んだ。
 

 

五 鈴鳴る向こう

 
前書き
ギリギリの更新、大変申し訳ありません…!!
また、急いで書いたので大した内容ではなく、更に短くて申し訳ございません!


相変わらず、捏造多数です。ご注意ください!
 

 
鈴が鳴る。

砂に染み入るような涼しい音色。
どこか物悲しい音は夜が奏でる風に溶け、やがて消えてゆく。

頭上を覆う巨大な鳥を見上げ、次いで正面を見やったデイダラは軽く肩を竦めた。
「やっと砂ともおさらばだな…」


砂漠から一転、鬱蒼とした森を見て、うん、と口癖を言えば、隣から不機嫌そうな声が返ってくる。

「人を待たせるのは嫌いだ…急ぐぞ」
我愛羅を追ってきたカンクロウの相手をしていたサソリの言葉に、デイダラは薄く苦笑する。

「やれやれ…誰のせいでこんなに時間食ったと思ってんだ」
自分のことを棚に上げてのデイダラの発言に、サソリは間髪入れず、反論した。

「それはお互い様だ」
「そうだった」

再び肩を竦めたデイダラは背後を振り返る。広大な砂地が広がる光景のずっと向こうを、彼は長い前髪の合間から覗き見た。


「追い忍は…さっきのサソリの旦那が相手にしたヤツだけか、うん」
「追い駆けたくとも追えない現状なんだろうよ」
「そりゃどういう意味だ、うん?」


首を傾げるデイダラに、サソリは剣呑な細い瞳を更に細めた。


「言ったろ…俺はお前と違って準備は怠らないんだよ」


砂漠に吹き荒れる風が、デイダラとサソリの外套を大きくはためかせる。
黒地の中心の赤い雲模様が、月下にて異様に赤黒く浮かび上がった。



「引っ掛かるように作るのがトラップ。そして気づかれないうちに仕込むのも、トラップってもんだ」



ククク…、と喉を震わせるサソリの笑い声が、鈴と風の音に雑じり合う。


砂嵐の向こう側を見やるサソリの眼には、今し方強襲した、そして郷愁に駆られた、砂隠れの里が見えなくとも映っていた。
















解毒に成功し、カンクロウが眼を覚ました。
彼は転んでもただでは起きぬ根性で、サソリの服の切れ端を『暁』の手がかりとして、最後の力を振り絞って得ていた。

その切れ端の匂いをカカシが忍犬達に辿らせ、その知らせを待っている間、砂隠れの里に新たな災難が降りかかる。


「た、大変です…!!」

慌てふためいた砂忍が、突然治療室に飛び込んできた。
次から次に襲い掛かる凶報に、バキはただでさえ、眉間に寄せていた皺を更に深くする。


「なんだ、いきなり…!」
「そ、それが…通路の起爆札を取り除いていた者達が突然、倒れて…!!」
「なに…!?」

バキが驚愕の声をあげるよりも、医療忍者であるヒナタといのが、逸早く飛び出す。
砂忍の案内で辿り着いた別の治療室は、病人で溢れかえっていた。



「な…なんだ、これは…っ!?」
愕然と立ち竦むバキとテマリに反して、ヒナタといのは患者達の容態をすぐさま診る。

「麻痺してるわね~…瞳孔が収縮してるわ」
いのの意見に頷きながら、ヒナタが『白眼』で体内を透かし見る。


「…筋肉を収縮する神経伝達物質の伝達が滞ってますね…」

一目で正確な診察をした二人の木ノ葉のくノ一に、感嘆している砂忍を、バキは苛立たしげに問い質した。


「一体、何があった⁉」
「それが…とても取り除けない場所に配置されている起爆札があり…仕方なくあえて爆破させたところ…その爆風の煙を吸った者達が次々と…」

おどおどと状況を説明する砂忍を前に、バキは眉間を指で強く押さえ、「何故、上に指示を仰がなかった…」と呆れが雑じった声を喉から搾り出した。

「勝手な判断がこのような状況を招いたのだ!もっと慎重に行動しろ!!」


怒鳴るバキの背後で、淡々と患者を診ていたヒナタといのが、忙しなく手を動かしながら眼を細めた。

「状況から察するに、その爆風がただの爆風ではなかったようですね」
「瞳孔の収縮、痙攣、咳…症状から見て、おそらく毒ガスね~…」



ただの爆発ではなく、毒ガスを孕んだ爆風をその身に受け、全身全身が麻痺している。
もっとも幸いなことに、命に別状はないようだ。症状もさほど重くない。
だが、人数が人数である。

カンクロウの治療を終えたばかりだが、いのとヒナタは手分けして彼らを診た。毒に詳しいチヨも、二人と協力して、患者を治療する。

三人は流石に手馴れていたが、特に『白眼』を持つヒナタの正確な手腕は見事だった。



頼もしい同期であり仲間であり友達であるヒナタといのの二人を、ナルは誇らしげに見る一方で、同時に何も出来ない自分を歯痒く感じる。
できることと言えば、包帯を変えたりタオルを洗ったり、といった簡単な作業だ。

テマリも医療関係の知識はないので、さほど助力できない己を悔いているらしく、唇を噛み締めている。けれども、時々、チヨに教えてもらったのか、ナルよりは手早く治療の補助をしていた。


やがて医療忍者の能力の高さから、比較的早く、患者達の呼吸が落ち着いてきた。
それでもまだ、油断はできない状況で、まだ毒ガスの影響を受けている砂忍もいる中、『暁』の追跡を頼んでいた、忍犬が戻ってくる。

我愛羅の匂いもした、と報告する忍犬――パックンの話を聞いて、カカシは顔を顰めた。

「そうか…すぐにでも出発したいが…」



チラリ、とカカシは、医療忍者が奮闘する治療室を窺う。カカシの視線に気づいたヒナタが手を止めた。

忍犬とカカシ、そしていのへ視線を這わせ、最後に、ナルを見る。
決断は、早かった。


「こ、ここは私に任せて、先に我愛羅くんを助けに行ってください…!」

いつものように口ごもりながらも、ヒナタの声音にはしっかとした決意が秘められていた。
綱手の弟子であり、同じ医療忍者のいのが、ヒナタの宣言に驚愕の表情を浮かべる。


「な…!ヒナタ、あなた…」
「私は大丈夫です。ここの患者さん達をきちんと治療して、後からナルちゃん達を追い駆けるから」
「ヒナタ、でも…っ!」

思わず身を乗り出したナルに、ヒナタは穏やかに微笑んだ。
診察している身、額をつたう汗が窓から注ぐ陽光で、キラリ光る。


「し、心配しないで、ナルちゃん…。『白眼』を持つ私なら、そんなに大変じゃないから…ね?」
「……そうなんだってば…?」

ヒナタに説得されつつあるナルをよそに、いのは秘かに眉を顰めた。
いくら『白眼』を持っていたとしても、たった一人でこの人数を治療するのは大変に決まっている。
けれども同時に、ヒナタの考えをいのは察した。


ヒナタは、ナルとカカシだけを、我愛羅奪還に行かせまいとしているのだ。
班につき一人は医療忍者が必要。特に、なりふり構わず敵の許へ向かってしまうナルの身を案じているのだろう。

本当は自分こそがナルと一緒に行きたいだろうに、適材適所を考え、ヒナタはいのに頼んだのだ。
頭に血が上って、敵に突っ込んでゆくナルを止めるストッパー役兼医療忍者として。



ヒナタの視線から、彼女の意図を感じ取って、いのは軽く溜息をついた。
承諾の意の吐息だった。



「…わかった。命に別状がある緊急の患者はいないから、ヒナタに任せるわ~」
「う、うん…ありがとう、いのちゃん…すぐ追い駆けるからね」

二人のやり取りを目にして、聡いカカシは彼女達の思いやりと成長っぷりに、眼を細める。


ヒナタだけではなく、ここには砂の医療忍者もいる。
だがヒナタの助けなくては、患者が回復するのは聊か難しい。状況から考えて、ヒナタの判断は間違っていないだろう。

なんせ一刻も早く我愛羅を助けに行くのが、一番の目的なのだから。



ヒナタに患者を任せ、早速パックンから得た情報を頼りに、ナル・カカシ・いのが砂隠れの里を出発する準備をする。
しかしながら、一緒に我愛羅の救出へ向かうはずだったテマリを始めとした砂の手練れの忍び達は、バキに止められた。

風影の不在が公になれば、他の里が攻めてくる可能性もあるという、里を第一に考える上層部の決定で、テマリは国境警備を余儀なくされた。
反論するも、苦々しい表情を浮かべているバキの顔を見れば、彼もまた上からの命令を渋々聞いたということが窺える。


板挟み状態となった砂忍達の頭上から、突如降ってきた声の主は、思いも寄らぬ人物。

「わしが行く」
決意を瞳に湛えて宣言したのは、砂隠れの里の相談役のチヨだった。


砂風に服を靡かせ、高齢を感じさせない軽い足取りで、ナル達の前に降り立つ。
隠居した身であり里の相談役、その上、かつて熟練の傀儡師と謳われたチヨには里の上役もなかなか口を出せない。それを逆手に取って、チヨは口許に弧を描いた。


「可愛い孫を久しぶりに可愛がってやりたいんでのう…」


どこか妖しい皮肉げな言葉の裏には、孫に対する複雑な感情も僅かに感じ取れる。

かつて砂隠れで傀儡部隊の天才造形師と謳われた『赤砂のサソリ』。
彼の実の祖母であるチヨは、大きな決意を胸にすると共に、感慨深げに眼を細めた。





















見渡す限りの砂海と暗澹たる森の狭間。

広大な砂漠を抜け、鬱蒼とした木立を歩くデイダラとサソリ。
その傍らで羽ばたく巨大な鳥が捕らえている我愛羅は未だ目覚める気配がない。


「なるほどな…起爆札に見せかけての毒ガスか…ねちっこい旦那の好きそうな手段だな、うん」
「誰がねちっこいだ、ぶっ殺すぞ」

サソリが砂隠れの里に残した更なるトラップの話を聞いて、デイダラが軽く口笛を吹く。
感嘆しつつもわざわざ揶揄してくるデイダラを、サソリは苛立たしげに睨んだ。


「さっき旦那が相手にした砂忍の治療で困ってるのに、毒ガスで病人は増える一方…今頃、里は阿鼻叫喚だな、うん」

木ノ葉からの救援である腕利きの医療忍者…いのとヒナタの存在を知らぬデイダラが嘲笑すれば、サソリは僅かに肩を竦めた。


「…と言っても、時間が無かったから、毒ガスのほうは大した効果はねぇ…毒に詳しい人間なら十分治療できる程度だ」
「毒に詳しい人間…?誰だ、うん」

デイダラの問いに、サソリは口を噤んだ。
毒に詳しい、祖母の姿が彼の脳裏を一瞬過ぎってゆく。


暫しの沈黙の後、サソリは一言、「さあな…」と答えた。




サソリの妙な返答に、デイダラは怪訝な顔をしたものの、すぐに目線を下に向ける。

清涼な渓流。切り立った崖の端で立ち止まり、下を覗き込めば、唐紅の社が大きな奇岩の前に鎮座している。

急にぽっかり開けた森を背後に、険しい崖から降り立った二人は唐紅の社へ足を進めた。



岩壁に穿たれた穴を塞ぐように佇む社。そしてその穴には奇怪な岩が嵌っている。
我愛羅を捕らえる鳥を伴って、社の前で印を結べば、奇岩怪石の中央に貼られた『禁』という御札から赤い光が迸った。

ややあって、途轍もなく大きな奇岩がズズズ…と上へ浮き上がる。岩から滴る水が糸を引き、小さな滝を作り上げた。

奇岩が浮くにつれ、ぱっくりと口を開ける洞穴。



社を潜る。

滝を抜け、洞窟の中へすうっと入った巨大鳥が我愛羅を下ろす。
途端、白煙となって掻き消える鳥をよそに、洞窟の出入り口付近で待っていた男は開口一番「遅かったな…」と、デイダラとサソリをやや責めた。

「思いの外、強くてな…人柱力ってのは」

デイダラがそう弁解すると同時に、背後で再びズズズ…と音が轟いた。奇岩が外からの光を遮り、深い闇が広がる。
閉ざされた外界。


「もうお待ちかねだ…」

陽炎のように揺らめいた姿で、ペインは背後を振り仰いだ。
洞窟の奥。更に深い闇の向こうで佇む彼の姿を認めて、デイダラとサソリは笠を恭しく脱いだ。



「頼んだぞ…――ナルト」




陽炎の如く揺らめくペインの言葉に、闇から静かな声が応えた。
デイダラとサソリが被っていた笠の鈴よりも、いっそ涼やかな声音だった。




「――ああ」

 
 

 
後書き
急いで書いたので大した内容ではなくて申し訳ございません!!

これからも、どうかよろしくお願いいたします。 

 

六 不可視の領域

 
前書き
捏造多数です。
書いといてなんですが、原作熟読していないですし、知識もあまりありません。
尾獣に関しても独自設定や捏造が多く含まれておりますので、ご注意ください!!

タイトルと一部の名前、変更しました。大して変わりませんが、ご了承願います!
 

 
(誰だ…この手…)


白に満ちた空間。
眼に入ったソレが己の手だと気づくのに、我愛羅は幾許かの時間を要した。

(……なんだ…俺の手か…)


自分の手をまじまじと見遣って、眼を瞬かせる。
曖昧模糊な感情とおぼろげな記憶が、彼の思考を鈍らせてゆく。不明瞭な考えばかりが取り留めも無く溢れては泡のように弾けて消えてゆく。


不意に、強烈な感情を伴う心の底からの疑念が胸を突いた。
(…俺は、誰かに必要とされる存在になれたのだろうか…)


手持ち無沙汰に手を開き、そして握ってみる。その手が掴めたモノの正体が我愛羅にはわからない。

夢も希望も未来も、己には手に入れられないモノだと幼き頃から悟っていた。
縁が無いモノだと諦めていた。

しかしながら幼い頃から自分が望み、願い、手に入れたかったソレは、結局のところ、何であったか。
今、心の底から浮かんだ疑問こそが、己の望むモノだと、ややあって我愛羅は気づく。

誰かに必要とされる存在。


(…――何故、必要とされたかったんだろう)
手を開閉させながら、我愛羅は思い巡らせる。


幼い頃……心身共に子どもであった自分は、どういう存在であったか。

何の為に存在し、生きているのか。
生きている間はその理由が必要。そしてその答えが見つからぬ限り死んでいるも同然。
過去のかつての自分は、己以外の人間を殺す為に存在している、という答えに行き着いた。

たくさん殺せば自分の存在を確かめられる。
他人の死が自分の強さの象徴。殺した数が強さであり、己が生きる理由。

今となっては一笑に付すほどの愚かな解答であったが、あの頃の自分にはそれが全てであった。
そうでも考えないと己を保つ事が出来なかった。




開いた手を、我愛羅はじっと見据えた。
子どもの時より随分大きくなった手だが、果たして何かを掴めただろうか。

夢も希望も未来にも縁が無い自分が。手に入れられない自身が。この手に掴めない己が。
そんなおこがましい考えを持てるのだろうか。


誰かに必要とされる存在になりたい、だなんて。


(俺は何故、それを望んだんだろう。そもそも俺とはなんだ…)


自分自身が何者かでさえ、わからなくなってくる。
真っ白な何も無い虚空に、我愛羅は手を伸ばした。何かを掴むように。

広大な白に、ぽつねんと所在なさげに佇む己こそが、取るに足らない存在に思えてきて、自然と自嘲の笑みがこぼれる。


(ああ、俺はなんて小さな―――)




空を切った手が力無くダランと垂れて、下りてゆく。
手を完全に下ろすその寸前に、何かが我愛羅の手首をパシリと握った。



虚空を切って何も得られなかったはずの手が、誰かに引き留められている。
自分の手首を握る白い指を、我愛羅はまじまじと見遣った。


ゆっくりとその指の先を視線で追う。
指、手、腕と目線を上げてゆくと、太陽のように眩い金色が突如として瞳に飛び込んできた。

今まで白のみに占められていた世界で急に現れたその金に、我愛羅は眩しげに眼を細める。
その金色を認めた途端、周囲も色鮮やかになってゆく。曖昧模糊な白の空間が突然鮮明な世界へと一変した。



輪郭は陽炎のようにぼんやりしているのに、妙に鮮烈に思える。
記憶も思考も薄れかかっている我愛羅は、その声の持ち主によって、まだ自分が存在できていると妙な実感が湧いた。
顔も気配も何もわからなかったが、金色だけがやけに眼についた。


「今の君は、ちっぽけな存在じゃない」



我愛羅の手を握った相手がだしぬけに口を開く。
その不可解な発言に答えようと口を開けた我愛羅は、そこでようやく、この世界が何処で、何であるのか知り得た。

此処は…―――。




「そうだろう?」

自分の手を握っている金色の存在が、急に我愛羅の背後へ声をかける。

その呼びかけに応えたのは、獣の唸り声。物凄い威圧感が全身にひしひしと突き刺さる。
同時に、見知ったチャクラだ、と我愛羅の直感が囁いた。


おそるおそる後ろを振り仰げば、巨大な茶釜がそびえ立っている。
幾重にも鎖が巻かれているその釜の奥底から、昔からずっと我愛羅を苛ませてきた存在が、劈くような声をあげた。


「てめぇら…誰の許しで此処に入り込んだんだァ!!??」


眼の下の隈が取れない原因であり、我愛羅を不眠症に至らしめている獣。

茶釜の中央に貼られた『封』の紙を目にして、我愛羅は己の背後に立ちはだかるその者が何なのか思い当った。


「お前は……俺の中にいる…」
「…―――守鶴」


我愛羅の言葉尻を捕らえて、金色の誰かが正確な名を告げる。
名前を呼ばれて、苛立たしげに己の巨躯を怒りに震わせた存在は…―――『守鶴』。


我愛羅の体内に封じられた一尾であった。


























薄暗い洞窟。

再び奇岩で出入り口を閉められた為に、内部は薄暗い。しかしながら、その奥は光すら射し込まぬ闇が広がっている。

意外に深い洞窟の奥を、デイダラは眼を細めて見やった。
先ほど引き渡した我愛羅を、洞窟の奥に連れて行ったナルトの背中を追うように。


ナルトに何事か頼んだペインの姿はもう無い。ナルトの邪魔はするな、との一言を残し、消えてしまった。

事前に聞いた話だと、尾獣を人柱力から引き抜く儀式をするにあたってナルトと何かを契約しているそうだが、定かではない。
何れにしても、手練れの忍び九人がかりで、それも三日三晩掛けてようやく可能となる術を、たった一人で行うという。


「普通なら、ありえねぇと一蹴するところだが…」
「ナル坊なら仕方ねぇな、うん」

サソリとデイダラは呆れたようにお互いに顔を見合わせる。
ナルトが何をしているか気になるのは山々だが、覗いたところで見えはしないし、聞こえはしない。
結界が施されているからだ。


『暁』のメンバーが脅威と敬意を込めて呼ぶその結界は【不可視の領域】。
たとえ【写輪眼】や【白眼】をもってしても、視ることが決して叶わぬ結界だ。



洞窟の奥周辺に貼られた結界を前に、サソリとデイダラは各自思い思いに過ごす。怠けているわけではなく、待っているのだ。

洞窟から消える直前、ペインから聞いた話はもう一つある。
砂隠れの里から我愛羅を連れ戻しに、追っ手が此処へ向かっているらしい。

要するに、ナルトの邪魔をするな、という言葉は、その間に誰かが邪魔をするならソイツを消せ、という意味と同義。

砂隠れの里で、我愛羅と一戦交えたデイダラがこれ幸いと暫しの休息を取る中、サソリは眉を顰める。砂隠れの追っ手というのが妙に気になった。



人柱力から尾獣を引き抜くのではなく、全く逆の行為が【不可視の領域】内で行われているなんて知りもせず、デイダラとサソリは追っ手を待ち構える。


結界が張られた洞窟の奥は、やはり変わらず沈黙していた。

























「……しゅ、かく…」

呆然と我愛羅は呟く。

今まで己の中にいる一尾に怖れ、恐怖してはいたが、真っ向から見たのは今回が初めてだった。
『木ノ葉崩し』の時でさえ、自らの精神を眠らせ、守鶴を呼び覚ます【狸寝入りの術】を使用したのだ。
意識が無く身体を乗っ取られた状態故に、一尾がどのような性格なのかも我愛羅は明確には理解していなかった。



「オレ様の名前を気安く呼ぶんじゃねぇ!!」

釜が大きく揺れ、幾重にも厳重に巻かれた鎖がじゃらじゃら音を立てる。
守鶴が大きく揺れ動いた為に地響きがし、我愛羅は踏鞴を踏んだ。途端、ずしゃり、と何かに埋もれる。

足元を見れば、砂が足首まで覆っていた。
守鶴が封じられている釜から溢れているらしく、寸前の怒声で益々なだれ込んでくる。

砂漠と言っても差し支えないほどの砂で溢れかえったその場は、先ほどまで何も無かったはずだった。


けれども白い空間は、いつの間にか、飴色の光に満ちた砂漠と化している。
砂隠れの里から月夜に見られる、月光が射し込む砂漠と同じ光景だ。


鎖が厳重に巻かれた巨大な茶釜さえ無ければ。




自分がいる世界の変わりように、我愛羅は戸惑う。

果たしてコレは現実なのか、夢なのか。
けれども己の手を握り締める、正体不明の誰かの手のぬくもりだけは何故か現実味があった。


「そう吼えるな、守鶴」

守鶴の威圧感にも、怒声にも、地鳴りが続く足場にも、微動だにしていない金色の彼が釜へ向かって、悠然と微笑む。
しかしながら穏やかな笑顔に反して、その声音は鋭く強い響きを伴っていた。


「相互理解してゆく仲だというのに」
「ハッ!!人様の領域に無断で足を踏み入れる無礼者と仲良くするわけねぇだろ!!」


鼻で嗤う守鶴を前に、我愛羅は目の前の会話についていけず、沈黙を貫いていた。
けれども、我愛羅が傍観者でいることを、金色の彼は良しとしないらしい。
次いで投げられた一言に、我愛羅も、そして守鶴も呆然と言葉を失った。


「理解し合うのは、俺じゃない」


金色の彼は、そこでようやく顔を上げた。やはり誰なのかわからない。
妙な白い霧のようなものが思考と記憶に覆い被さり、相手の正体だけが何故か知る事が叶わない。

何処かで会ったはずなのに、初対面のような。初めて知っただろうに、どこか懐かしいような。
不可解な謎ばかりが、我愛羅を戸惑わせたが、直後の彼の発言には更に困惑させられた。


「人様の領域だと言ったな。ならば此処は我愛羅、お前の中だ。守鶴…お前を封じる、我愛羅の内」

封印術により尾獣を封じる領域であり、人柱力である宿主と尾獣のそれぞれの意志の境目。



歌うように淡々とそう述べて、彼は我愛羅に顔を向けた。
金色の陰から垣間見える青い瞳が静かに光る。


「だから宿主である我愛羅、お前の許可が必要だな。勝手にすまない」

急な謝罪に、我愛羅は何とも言えなかったが、ずっと自分の手を繋いでくれているそのぬくもりが、まるで己の意識を繋ぎ止めてくれているようで、無意識に頭を振る。
長年自分を悩ませてきた一尾との間にいる彼の存在がとてもありがたかった。

けれども、結局のところ、何故自分はこんな場所にいるのだろうか。



心の内の疑問を悟られたように、金色の彼が我愛羅を真っ直ぐに見据える。そのまま、パチン、と指を鳴らした。


刹那、足場の砂が急激に増え、我愛羅はバランスを崩して倒れ伏す。
ジュウウウウ…と何か嫌な匂いと音がして、顔をあげると、釜を厳重に巻いていた鎖がボロボロと溶けている。その鎖には、いつの間にか紫色の艶やかな蝶が纏わりついていた。

その蝶の鱗粉によってなのか、まるで毒液を浴びたかのように、鎖がどんどん溶けてゆく。頑丈な鎖の囲いが緩むにつれ、茶釜が大きく揺れ動き、膨れ始めた。


そして、最後の鎖の一本が溶けたかと思うと、次の瞬間、釜が弾け飛ぶ。
其処から、のっそり現れたソレは、砂で形成された山の如き巨躯を大きく揺らした。




「ひゃっはあああああ―――!」


高いテンションで、守鶴が雄叫びを上げる。
封じていた茶釜から解放されてしまった一尾を、我愛羅は悄然たる顔で見上げた。


「なにがなんだか知らねえけど、解放してくれたお礼にぶっ殺してやるぜ!!」



隈取りのような文様を纏わせた巨大な体躯を愉快げに震わせる。叫ぶや否や、守鶴は我愛羅と、金色の彼に猛然と襲い掛かった。砂で形成された巨大な腕を振り翳す。

だが腕が振るわれるよりも先に、我愛羅の隣で、金色の彼が涼やかな声で朗々と言い放った。



「俺がお前を解放したのは、会話するならお互いに顔を見て話すべきだと思ったからだ」


守鶴からの攻撃に身構えていた我愛羅は、一向に来ない衝撃に困惑顔で一尾を見る。
己を封じていた鎖も釜も無くなり、自由になったはずなのに、守鶴は動かない。
否、不思議なことに動けないようだ。守鶴自身も己が何故動けないのか、戸惑っている。


その妙な事態に動揺するのは我愛羅と守鶴のみで、金色の彼はやはり変わらず、悠然と構えていた。



「話し合いは共存するに必要な行為だ。いつまでも口を利かないままだと、理解もし合えない」


話し合いの場を設けた彼は涼しげな顔で、しかしながら、有無を言わせぬ強い口調で語る。
難しい議題だが、現時点で少しでも彼らの間柄を良くしなければ、今後が大変だろう。
勝手な言い分だとは百も承知。

事態を把握できずにいる我愛羅の隣で、金色の彼――うずまきナルトは、そこでようやっと、己がこの領域に足を踏み入れた目的を告げた。






「せっかくの機会だ。お互いに歩み寄らないか」

人柱力と尾獣ではなく、仲間として相棒として…――そして友となれるべく。
せめて、それぞれを尊重し合う仲になってほしいが為に。

 

 

七 宣告

 
前書き
大変お待たせいたしました!
こんな長い話にお付き合いしてくださり、いつも本当にありがとうございます!
何卒、これからもよろしくお願いします!!


 

 
木がしなる。
二・三枚散った木の葉が、駆ける四人の後ろへ飛んでゆく。

攫われた我愛羅を取り戻す為に、パックンを先頭に走るのは、波風ナル・畑カカシ・山中いの、そして砂隠れの里のチヨだ。

「ナル…!いくら急いでいるからって隊は乱しちゃダメでしょ~!」
先を急ぐナルに、いのが注意する。後方のチヨを気遣っての発言だったが、当の本人であるチヨは「年寄り扱いするでない」と不貞腐れたように唇を尖らせた。

「ナル、だったか?遠慮せんと、もっとスピードあげても良いぞ」
「話のわかるばあちゃんだってばよ!!」

別里にもかかわらず、和気あいあいとするナルとチヨに、いのは軽く肩を竦めた。
暴走がちのナルを抑えてほしい、という日向ヒナタの頼み事に応えてやろうと思えど、ナル本人がこんな調子なので、彼女の要望にあまり応えられそうにない。

砂隠れの里に未だ残っていた敵のトラップに引っ掛かり、毒ガスを吸ってしまった砂忍の治療をする為に、ひとり、砂隠れの里に残っているヒナタに、同じ医療忍者であるいのは、内心謝罪した。


「ナル、そう熱くなるな。落ち着け。自来也様にもそう言われてるんじゃないか」

カカシの一言で、ナルは気まずげに視線を彷徨わせた。
カカシの推測通り、すぐに熱くなって暴走してしまうナルは、その欠点を自来也によく指摘されていたのだ。


少しスピードを落としたナルに苦笑するカカシの隣に並んだチヨが「ほう…?あの三忍の自来也があやつの師なのか?」と興味深けに問うた。

「ええ。ナルには常に自来也様がついていた。だから『暁』も今まで手が出せなかったんでしょう」

カカシの発言を聞いて、チヨは訝しげに眉を顰めた。


「…いや?わしが得た情報では、『暁』が今になって動き出したのは、もっと別の理由があると聞いた」


チヨからの新たな情報に、カカシを始めとした三人は顔を引き締めた。
『暁』の匂いを辿るパックンも走るスピードこそ落とさないものの、聞き耳を立てている。


「人に封じられる尾獣を引き離すにはそれ相応の準備が必要と聞く。その準備に手間取ったのじゃろう」

己の推測を語るチヨだが、ナルトがそう『暁』のメンバーに周知させた為に、彼らの尾獣狩りの行動を抑制させていたという真実までは知る由も無かった。



「尾獣…?」

聞き慣れぬ語に首を傾げるいのに、チヨは「綱手の弟子のくせしてそんなことも知らんのかい?」と聊か呆れの雑じった声をあげる。
次いでのチヨの一言に、ナルの顔が一瞬強張った。

「木ノ葉には『九尾』がおるじゃろう?」


人知れず、顔を伏せたナルをちらりと見遣って、カカシは「九尾のことは木ノ葉では完全に極秘扱いですので」となんでもないように説明する。
その説明を受けて納得するチヨに反して、ナルを気遣わしげに見つめていたいのは顔を顰めた。


極秘情報のわりには、里の人間はナルを九尾と同一視し、忌避していた。
幼少期から大人達から冷たい扱いを受けていたナルを、幼馴染であるいのは、ずっと傍で見ていたのだ。
幸い、いのの両親を始めとした幼馴染達の家族は皆、ナルに対しては優しかった。
他の里人のように、ナルを疎ましい存在だとはしなかった。


結局、人の口には戸が立てられないのを、あの頃の木ノ葉の里は体現していた。
ナルが九尾をその身に宿していると知っては、表向きには目立った暴行すら加えないものの、陰口か陰湿な行為は絶たなかった。もっとも、これでも随分マシになったそうだ。

ナルが四代目火影の波風の姓を名乗るその昔は、もっと酷い仕打ちを彼女は受けていたらしいと何処からか耳にしたことがある。
はたして何時からだったのか、幼少期よりも冷たく酷い仕打ちとは何だったのか、今となっては知る由もないけれど、幼馴染であるいのがナルの境遇に常日頃不満を抱いていたのは確かな事実だ。
ナルの不遇に真っ先に異論を唱えたのも、その原因に逸早く思い当ったのも、同じ幼馴染である某面倒くさがりなのは言うまでもない。




やるせない想いを抱いて、いのはナルと肩を並べた。
急に自分の隣へ跳躍してきたいのに、ナルは伏せていた顔を上げる。

「…私もナルが木ノ葉にいない間、ただ修行していたわけじゃないわ。綱手師匠の書斎に勝手に入り込んだり、外に出て調べられるだけ調べた」

ナルの顔を覗き込んだいのは、小声で「アンタの中にその尾獣がいるってのも、知っているわ」と何気なく呟く。肩を大きく跳ね上げたナルに気づかないふりをして、いのは話し続けた。


「でもだからって、私の大事な幼馴染で大切な友達なのは昔からずっと変わらない」


キッパリそう言い切ったいのは、動揺するナルの顔を真っ直ぐ見据えた後、前方へ視線を向けた。

「…調べたのは、九尾だけじゃないわ~。サスケくん…そしてサクラが里抜けして向かった先――大蛇丸についても少しだけど調べた。アイツも、元『暁』のメンバーの一人だったそうよ…。だから『暁』に近づけば大蛇丸の情報も、そして…―――」

一度、息をついたいのは、強い眼差しをナルに向けた。
確固とした決意を告げる。


「おのずと、サスケくんにも―――あのバカサクラにも近づける」



いのは、親友であったサクラが自分に何の相談も無しに、サスケを追った事が許せなかった。
こう言ってはなんだが、うちは一族の生き残りであるサスケが天涯孤独の身であるのに反して、サクラには両親も家族も友達も仲間もいた。その中でも、親友の自分はサクラにとって気の許せる相手だと、いのは思っていた。
だがそれはいのの単なる独りよがりだったらしい。

何か悩んでいるサクラがその悩みを打ち明けてきれなかった事や、何も言わず里抜けした事よりも何よりも、何も気づけなかった己自身がいのは許せなかった。


「サスケくんとサクラ、二人を取り戻すわよ」

一緒に、と言外に伝えられたいのの強い決意に、ナルは大きく頷いた。













前方で何やら話しているナルといの。
特に我愛羅奪還に必死になっているナルの背中をじっと見ていたチヨは、訝しげな視線をカカシに投げる。

「何故、あのナルという娘は他の里の我愛羅をあそこまで助けようとする?」

木ノ葉の里からの応援と言え、所詮、別里だ。自分の里の人間でもない相手を必死になって助けようと駆けるナルの強い想いを、チヨには理解できなかった。

チヨの疑問に、カカシは暫し眼を細める。
ほんの一時の沈黙ののち、カカシはナルの背中を見つめながら答えた。

「アイツも…――『人柱力』です」

思いも寄らぬ返答に、眼をみはったチヨに構わず、カカシは言葉を続けた。

「それも、『九尾』を封印された…―――我愛羅くんと同じですよ」


走る速度は落とさず、話し続けるカカシの言葉を聞き漏らすまいと、チヨは耳を澄ませる。

「ナルにとって砂隠れや木ノ葉といった里の違いは関係ないでしょう。しかし、砂隠れの誰よりも、ナルは我愛羅くんの気持ちがわかってしまう」

強大すぎる力には恐怖し、避け、畏怖するのが人間だ。故に、人柱力がどんな扱いを受けてきたか、どの里においても大差ない。


「だから、ナルにとって我愛羅くんは、同じ痛みを知る仲間なんです」


衝撃的な真実を告げながらも、カカシは幾分嬉しそうだった。ナルの背中を眩しげに、微笑ましげに見つめる。


「交わす言葉こそ少なくとも、誰かの心に寄り添い、その者と打ち解けられるのがナルなんです」


幼少期からの不遇な境遇にも耐え、辛さと痛みを乗り越えてきたナルだからこそできる所業であり、彼女の長所でもある。

誇らしげに語るカカシに、チヨは顔を伏せた。苦渋の表情を浮かべる。

「我愛羅に一尾を封じたのは、わしじゃ」


逆に衝撃の事実を知り得たカカシは、一瞬動揺したものの、顔には出さなかった。

「我が砂隠れの里の為、良かれ、と思ってしてきた行為だったが、間違いだったのかもしれない」


俯き加減で、半ば独り言のように、チヨは語る。
ややあって、チヨは顔を上げ、目の前を駆ける若い少女の――我愛羅と同じ人柱力であるナルを見やった。


「だが、今はどうだ?」

チヨの話に口を一切挟まず、カカシは無言で聞いていた。
飛び乗った木の枝の、ミシリ、という軋んだ音だけがやけに響く。


「里を守る為の行いが、結果、里を苦しめ、その上、同盟を信じず、避けてきた他の里によって助けられようとしておる…―――わしのしてきた事は、間違いばかりだ」

自嘲気味に語るチヨは、カカシに否定も肯定も何の返答も望んでいない。
それを察しているからこそ、カカシも無言で応えた。


「その上、老い耄れて諦め癖までついた……カカシよ」

名を呼ばれたカカシはそこでようやくチヨに視線を向けた。
チヨは羨ましげにいのと、そしてナルを見つめていた。


「若いとはなんという可能性を秘めていることか…」

羨ましいのぉ、と続くチヨの言葉に、ようやっとカカシは意見を返した。

「まだまだこれからですよ。十分お若いですし」


微笑むカカシに、お世辞だとわかっていながらも、チヨは楽しげに笑った。一頻り笑った後、彼女は伏せていた顔を大きく上げる。



「そうさのぉ…ワシにもまだ、できることがあるかもしれんのぉ…」
まだ、出来ることが。



同じ人柱力でありながら、我愛羅を誰より必死になって助けようとしている、九尾の人柱力の波風ナル。
先を急ぐ彼女の背中を見つめるチヨのその双眸には、年齢にはそぐわない、強い光が湛えられていた。

























【不可視の領域】。

【写輪眼】や【白眼】をもってしても、視ることが決して叶わぬ結界の内、ナルトは目の前の激しい応酬に、大きく溜息をついた。
うちはサスケとイタチとの間を取り持った時と同じく、【零尾】の力を借りている為に、この領域はナルトに支配下だ。それがたとえ、我愛羅の中であっても。

よって、我愛羅も一尾である守鶴もお互いチャクラを使えないのだが、双方は先ほどから激しい舌戦を繰り広げていた。




話し合いの場を設けたところで、そうすぐに仲良くなれるとは毛頭考えていなかったが、先が思いやられる。
四代目風影である我愛羅は生真面目すぎる性格であり、反して守鶴は意外にファンキーな節がある。
気が合うとはお世辞にも言えないだろうと予想はしていたナルトだが、再度溜息をつく。

まぁ、双方とも姿形と性格を知れただけでも良しとしよう。現段階では、白と君麻呂のような間柄であっても、お互い何も知らないままよりはマシだろう。
それに、もう時間が無い。

結界の内にいても、事前に仕掛けた術によってナルトには外の様子が手に取るようにわかる。そろそろ砂隠れの里から我愛羅奪還の為の追い忍が洞窟の前へ来るだろう。
そのうちの一人が波風ナルだと知っているナルトは、今まで貫いてきた沈黙の構えを解いた。



「話の最中、悪いが打ち止めだ」

いい加減不毛な言い争いを止めるべく、我愛羅と守鶴の間に割って入る。





「邪魔すんじゃねぇえええ!!」

ナルトの力で動けはしないものの、口だけは達者な守鶴が喚く。それを一瞥して、ナルトはわざとらしく肩を竦めた。
話し合いで済めば良かったのだが、そうも言っていなれない。手荒な手段に移らせてもらう。


「やはり所詮、一尾。九尾に比べれば品が無いな」
「……―――あ?」

ぶわりと毛が逆立つ。全身で不快感を露わにさせる守鶴に、ナルトはわざと挑発の言葉の数々を投げつける。

「力を始め、品の良さも心の広さも尾の数によって変わるのかな?九尾は人柱力に助力しているというのに」



尾の数を昔からずっと気にしている一尾『守鶴』。特に九尾に対しての対抗意識は強い。
その点を利用して、ナルトはわざと挑発めいた言葉を続ける。


「九尾は己の宿主に力を貸すという、広い心と器と強さを持ち合わせている。反してお前は……――」



そこであえて言葉を切って、わざとナルトは大きな溜息をついた。何も言わない事が更に守鶴の劣等感に火をつける。
押し黙り、怒りで全身の毛を逆立てる守鶴を、ナルトは涼しげな顔で見上げた。



「やはり『一尾は九尾には勝てない』という噂は本当だったようだ」



その一言は大いに効いたらしい。

凄まじい形相で守鶴はナルトを睨んだ。ナルトの術で動けないのが、更に守鶴の怒りを煽る。

膨らませてゆく濃厚な一尾の殺気に、ナルトは全く物怖じしない。
反面、守鶴の凄まじい殺意に、我愛羅は身体を強張らせて身動きできずにいる。



「これ以上話しても無駄だな―――行こう、我愛羅」

そう言うや否や、ナルトはパチン、と指を鳴らした。



その瞬間、溶けたはずの鎖が守鶴の足場である砂中から幾重にも出現する。
まるで鎖自体が意志を持っているかのように、ジャラジャラと音を立てて高く伸び上がったかと思えば、守鶴の身に纏わりつく。
何百本といった鎖が守鶴の身を覆い尽したかと思うと、それは当初と同じ茶釜へと変貌した。


寸前と全く変わらない釜の中へ封じられた守鶴は、忌々しげに唸り、喚く。
だが、ナルトは全く気にせず、我愛羅を悠然と促した。

ナルトが我愛羅を促してその場から離れようとするのを見て取って、守鶴は聊か焦りの雑じった声音で呼び止める。


「……ま、待ちやがれ……っ!!」


人知れず、口角を吊り上げたナルトの背に、守鶴は大声で喚き散らす。

「九尾のヤローにできて、この俺様ができないわけないだろーが!!バカにすんじゃねぇ!!」

上手く口車に乗せられているとも気づかず、守鶴は我愛羅をじろりと見据えた。


「……仕方ねぇ…。仲良くなんて柄じゃねぇけど、九尾のヤローに負けるのは癪だからな…。俺様が力を貸してやるんだ!感謝しやがれ!!」


何がなんだかわからず、ぽかんと口を開けている我愛羅をよそに、ナルトはほくそ笑む。

『木ノ葉崩し』前における、波風ナルへ力を貸して欲しいと頼んだ九尾と同様の手法だったが、上手くいったようだ。
一尾も九尾もお互いに気の無いふりをしていながら対抗意識を燃やしている。

よって、ナルトはわざと守鶴の劣等感を刺激した。
九尾の自尊心を傷つけ、ナルに力を貸すように仕向けたのと同じ原理だ。


卑怯なやり方だとは理解しているが、こういった荒療治でもしないといつまで経っても状況は変わらない。
今まで『守鶴』と名前を呼んでいたのに、急に一尾と呼び方を変えたのも、ナルトの計算の内だ。




再び封印した守鶴の茶釜に、ナルトは背中を向ける。
あれだけ口喧嘩していたのに、気遣わしげに釜の中の守鶴を見やる我愛羅を横目で見て、案外歩み寄るのは早いかもしれないな、とナルトは満足げに頷いた。

尾獣と人柱力が仲良くなれるのなら、ナルトは己自身がどれだけ憎まれても恨まれても構わない。
たとえ敵と見なされても、そう思われるだけの非道な行為をしている自覚が彼にはあった。



踵を返したナルトに手を引かれ、我愛羅が困惑顔で茶釜から離れる。
猶も喚き散らす守鶴を、ナルトは肩越しに振り返った。微笑。


「相変わらずお前は、九喇嘛への対抗意識が強いね。守鶴」





その瞬間、守鶴は喚くのをやめた。口を噤む。
彼の姿が、遠い昔慕っていた人物と重なった。大きく目を見開く。


「…じじい……?」



その呼び掛けに、ナルトは応えなかった。























ひんやりとした冷たさを背中に感じて、我愛羅は眼を開けた。
ゆっくり瞼を押し上げる。


「こ、ここは……」

砂隠れの里で『暁』の一人であるデイダラと闘って力尽きた後からの記憶が無い。
ぐらぐらする脳に加えて、眩暈がする。
ぼやける視界の隅で、白いフードを被った誰かが、我愛羅の顔を静かに見据えていた。


「起きて早々、申し訳ないが」

淡々とした冷たく澄んだ声が、我愛羅のいる洞窟の奥に染み渡る。
ぼんやりと霞む視界の中、我愛羅は目覚めた直後に、とんでもない宣告をされた。


フードの陰に隠れたその双眸の青には、動揺も戸惑いの色も何一つ無い。
ただ淡々と、ナルトは我愛羅へ静かに囁いた。














「死んでくれないか」

 
 

 
後書き

不穏な終わり方で失礼します。

今年最後の投稿でございます。来年もどうぞよろしくお願い致します。
それでは、よいお年を!!  

 

八 火蓋を切れ

 
前書き
あけましておめでとうございます!!(←遅い)
昨年は大変お世話になりました!今年もどうぞよろしくお願い致します!!

大変長らくお待たせ致しました!!
短いですが、今後とも何卒よろしくお願い致します!! 

 
巨石の前に静かにたゆたう水面。
目的地であるその場に、四人と一匹は降り立った。

ここから先は戦闘になる可能性が大きいので、カカシは案内役の忍犬にお礼を言って、【口寄せの術】を解く。
素直に従ったパックンが煙と共に掻き消えていく。
立ち上る白煙の傍ら、カカシはちらりと横目でナルの様子を窺った。
九尾のチャクラが滲み出ている彼女に、無理もない、と彼は内心苦笑する。


『尾獣を抜かれた人柱力は死ぬ』


共に行動している砂隠れの里のチヨからもたらされた事実は、同じ人柱力である波風ナルにとっては衝撃的なものだった。
特に我愛羅に親近感を抱いているナルには酷だろう。


おかげでチヨからその話を聞いてから、ナルの必死さは顕著だった。咎めるいのの忠告も耳に入らないのか、走る速度は増すばかり。

長い艶やかな金の髪は聊か逆立っているように波打ち、頬の三本髭は濃くなっている。
普段は澄んだ空の色である眼の青も、昂ったナルの気持ちに呼応しているのか、赤く燃えていた。

頭に血が上っている風情を感じ取り、(頼むから暴走してくれるなよ)とナルの中にいる存在を気がかりに思いつつ、カカシは改めて目の前にそびえる巨大な岩を見上げる。


この岩の向こう側に『暁』と、そして攫われた我愛羅がいるようだが、現段階では中を窺えない。
岩の中央に貼られた『禁』の札が妙に気にかかる。


思案顔を浮かべるカカシに反して、ナルが勢いよく岩に向かって拳を突き出した。
止める間もなく、殴りかかる。


しかしながら彼女の拳は、岩の前の視えない障壁に阻まれた。

「結界か……っ」




自分達が佇む水面と同じく、岩は波紋を描いて、ナルの行く手を阻む。
何らかの特殊な結界が張られている、とその場の面々は即座に悟った。


「さて…どうしたものか」

目と鼻の先にいるのに、手が出せない。岩のすぐ向こうに、目的の我愛羅と、そして『暁』がいるはずなのに、それを阻む巨大な岩と結界に、気を揉む。

苛立つナルの隣で、カカシは片眼を鋭く眇めた。






















「外が…騒がしくなってきたな」

岩向こうの変化に逸早く気づいたサソリが、ぴしゃりと尾で地面を叩く。
サソリの言葉に、デイダラも同意を返した。

「ご到着のようだな、うん」

外の異変を感じ取ったデイダラとサソリが岩を透かし見るように眼を細めるのと、洞窟の奥から朗とした声が響いたのは、ほぼ同時だった。


「だが、もう遅い」


三時間ぶりに姿を見せたナルトへ、サソリとデイダラはすぐさま顔を向ける。その腕に抱えられた我愛羅と、そして寸前の彼の一言を顧みて、彼らは即座に悟った。

それよりも、普通なら手練れの忍び九人がかりで、それも三日三晩掛けてようやく可能となる術を、たった一人で、その上三時間程度で行ったその力量に、内心舌を巻く。

「終わったのか」
「ああ」


我愛羅を地面に丁寧に横たわらせたナルトが軽く首を捻る。
我愛羅の胸が上下に動いていないのを一目見て、デイダラとサソリは我愛羅の死を確信した。

「さて、これからどうする、うん?」

指示を仰ぐデイダラをちらりと見遣って、それからナルトは岩向こうへ眼をやった。
深海より深い蒼の瞳が、ふっと懐かしげに緩められる。しかしながらそれは一瞬で、その上薄闇の中なのもあり、デイダラもサソリも気づかなかった。


「任せる」
「やっぱ、そうなるか…うん」

ナルトの一言に、デイダラは苦笑いしつつも、どこか誇らしげに笑う。サソリもまた心得たとばかりに頷いたが、直後「いいのか?」と不敵に問うた。

「外の連中の一人は、確かお前のノルマだろう…悪く思うなよ、坊」

九尾の人柱力である波風ナルを言外に匂わせたサソリの視線に、ナルトは無言で応えた。

答えぬまま、我愛羅に視線を落とすと、「丁重に扱えよ。お前の片腕を奪ったほどの実力者なんだろ」とデイダラに釘を刺す。
腕が無いことを既に見抜かれていたとわかって、我愛羅と一戦交えたデイダラは気まずげに視線を彷徨わせた。



「ところで、九尾の人柱力は、一体どんな奴だ…?」

ナルトのノルマである相手を自分の手柄にする気満々のサソリが悪びれた様子もなく、問い掛ける。
その問いに、ナルトは暫しの沈黙の後、涼しげな顔で一言答えた。


「一番最初に大声で怒鳴ってくる子かな…」

ナルトにしては、大雑把な返答に、サソリとデイダラは一瞬虚を突かれた。直後、呆れた声をそれぞれあげる。

「あァ?なんだそりゃ」
「もっと具体的な特徴はないのか、うん?」

サソリとデイダラの視線を一身に受けたナルトは、やはり微塵も動じず、軽く肩を竦めてみせる。
そうして、我愛羅を残したまま、一瞬でその身を消した。



瞬く間に消えてしまったナルトに、「あらら」とデイダラは眼を瞬かせた後、からかうようにサソリに声をかけた。

「ナル坊のノルマ、とっちまっていいのか?サソリの旦那」
「あの返答だと構わねえんだろ…」


デイダラの揶揄に、面倒臭そうに答えたサソリは、改めて岩の向こうを透かし見る。

九尾の人柱力が、ナルトの助言通りの人物であるかどうかを見極めるように。

























巨石の中央の『禁』の札。
結界の種類がどんなものか見極めようとしていたカカシは、次の瞬間、眼を見開いた。

何もしていないのに、札の端がチリリ…といきなり燃え上がったのだ。


一瞬にして燃え尽きた札に、聊か呆然とし、直後我に返ったカカシはいのに目配せした。
その合図に応えて、いのが巨岩から少し離れた場所へ移動する。そのまま助走をつけて、一気に岩目掛けて、師匠の綱手譲りの馬鹿力を振るった。


ガラガラガラ…と瓦解する岩の破片を飛び越え、突入する。
結界が自ら解かれたことに、(あえて結界を解くとは大した自信だな…)とカカシは眉間に皺を寄せた。
その隣で、ナルはようやく入れた洞窟内の光景に釘付けになっている。


視線の先で、横たわる我愛羅。
その身が微動だにしていないのを認めたくなくて、彼女は吼えた。


「てめぇら……!!」

黒の外套に赤い雲。
『暁』のデイダラとサソリを睨み据える。

特に我愛羅の身体に腰掛けているデイダラを、ナルは一際強い眼光で怒鳴った。

「…―――ぶっつぶす…ッ!!」



眩い金色の髪とその容姿に、デイダラとサソリは一瞬躊躇する。
ナルトに似通ったその身をまじまじと見遣った二人だが、彼女の言動に、すぐさま思い当った。



「一番最初に大声で怒鳴ってくる奴…――アイツか…」
「の、ようだな…うん」

一瞬でもナルトに似ていると思った己を恥じるように、サソリとデイダラはお互いに大きく頷いた。

「ナル坊、特徴教えるのうめえな…うん」

感嘆するデイダラの横で、サソリはナルと共に洞窟に飛び込んできた人物の一人だけに注目していた。こちらをじっと、感慨深げに見つめるチヨの視線から逃れるように顔を背ける。


「我愛羅…!そんな所で呑気に寝るなってばよ…立てってばよ!!」

我愛羅を起こそうと躍起になるナルの大声が洞窟内に響き渡る。
見兼ねたカカシが「わかっているはずだ」と心苦しくも止めるのを聞いて、デイダラはにやりと口角を吊り上げた。座っている我愛羅の頬をペチペチと叩く。


「そーそー。わかってんだろ…」

次いで、ナルにとって最も聞きたくない言葉が洞窟の中で、そして彼女の耳朶にうわんうわんと反響した。


「とっくに死んでんだよ」









我愛羅を取り返しにきたのだろうと推測し、デイダラは己が椅子にしている相手を少しばかり感心したように見やる。

「死んでも人質に使えそうだな、うん…」

一人納得したデイダラは、サソリの答えを待たずに、術を発動させる。
羽ばたく巨大な鳥の姿に、嫌な予感がしたサソリは「おい」と声を尖らせた。


「デイダラ…てめぇ、まさか…」
「芸術家ってのは、より強い刺激を求めたがる性質(タチ)なんでね…」


我愛羅に腰掛けたまま、デイダラは真っ直ぐナルを見据える。


「九尾の人柱力ってのはなかなかに強いって噂だし…なによりあのナル坊がノルマにするほどの相手だぜ?うん」

興味ある、と笑うデイダラに、サソリは「お互い考えることは一緒か…」と舌打ちした。


「オイラの芸術に相応しい相手だ…うん」
「デイダラ…てめぇは本物の芸術ってのをわかってないようだな」

いきなり芸術について舌戦し始めるサソリとデイダラ。

その会話を、警戒しつつも呆気に取られて眺めるナル・カカシ・いの・チヨの四人と同じく、洞窟から離れた地点で、呆れる存在がいた。



















「やれやれ…丁重に扱えと言ったばかりなのに」


洞窟の内部での光景が見えているかのように、ナルトは軽く溜息をつく。
釘を刺したというのに我愛羅の上に座るデイダラに、呆れた声を零す。


岩の結界を解く手間を省いた彼は、ひしひしと感情を高ぶらせる波風ナルを、洞窟から遠く離れた地点から静かに見やった。



「さて…お手並み拝見、といこうか」
 

 

九 傀儡師

「―――とっくの昔に…引退したと聞いていたんだがな…」


肩を落とすだけでなく、全身で溜息をつく。
我愛羅を使い、九尾の人柱力を誘い出したデイダラを洞窟の中から睨んだサソリは、改めて懐かしい顔を見据えた。


サソリの実の祖母であるチヨ。
引退の身故、戦線には出てこないだろうと、考えていたチヨとまさかの再会を果たし、聊か動揺していたものの、その顔に感情めいたモノなど微塵も浮かばせない。

表情に一切出さないサソリの強い眼光に、いのの足が無意識に後退した。
己より遥かに、実戦経験の差と人を殺してきた数が桁違いだと悟る。



「急に孫の顔が見たくなってな…」

懐かしげに眼を細めたチヨは、ゆっくり前へ進み出る。
たじろぐいのに「怖れるな。このワシに任せろ」と、力強く頷いてみせる。


老いて猶、頼りになるその背中を、いのは尊敬の意を込めて見つめた。

サソリと対峙したチヨがおもむろにクナイを取り出す。
ワイヤーで繋がれているかのような九本のクナイ。それらは重力に逆らい、宙に漂っている。

それらをチヨは一斉に解き放った。



引き寄せられるようにクナイはサソリ目掛けて飛び掛かる。
軌道を読んで、サソリはそのクナイを難なく全て叩き落した。


「俺に盾突こうってなら仕方ねぇ…」

面倒くさげに溜息を再度ついて、サソリは自ら服を破いてみせる。以前とは異なる形態を見せつけ、サソリは尾で地面を強かに叩いた。


「そこの餓鬼と一緒に俺のコレクションにしてやろう、チヨ婆よ」


昔の自分では無いと、己の力量を示すかのように。































粘土の巨鳥が翼を広げる。

空で旋回する鳥に乗ったデイダラは、眼下の二人を見下ろした。巨鳥の口がパカリと開き、我愛羅の足が垣間見える。


我愛羅を囮に、九尾の人柱力を誘い出す事に成功したデイダラは、自分を追ってくるナルを満足げに見下ろし、直後、チッと舌打ちした。


九尾の人柱力であるナルだけでなく、はたけカカシまで追い駆けてきた事に、面倒くさげに溜息をつく。

洞窟内に視線をやって、デイダラは「いいのか?俺なんか相手にしてて」とカカシに向かって、諭すような物言いで注意した。


「写輪眼のカカシ先生よぉ…うん?」

ナルと共に洞窟から出てきたカカシ。チヨといのを洞窟に残して来た彼を非難する。


「言っちゃぁ、なんだがサソリの旦那は俺より強いぜ?」

たぶんな、と付け加えつつ、デイダラは洞窟にいるサソリの強さを暗に指摘する。
チヨといの。二人だけでは到底太刀打ち出来ぬ相手だと。



「芸術に関する考えはだいぶ違うが、旦那の強さは本物だ。そっちを相手にした方がいいと思うがな…」


九尾の人柱力を捕まえたい故に、デイダラは邪魔なカカシをその場に留まらせようと促す。
巨鳥の口にくわえさせた我愛羅を取り戻そうと、怒りに満ちた表情で己を睨むナルを、デイダラはちらりと見遣った。


洞窟前の紅い鳥居の上に佇む九尾の人柱力は、金色の長い髪をなびかせて、デイダラを真っ直ぐに睨む据えている。
その容姿はナルトに似通っていたが、瞳の色だけは違っていた。


炎の如く真っ赤に燃える赤。


(ナル坊とは眼の色が違うな、うん)

やはりナルトとは似ていない、と結論づけて、デイダラはナルを挑発する。



「可哀想な嫌われ者の人柱力同士、放っておけない?だからコイツを取り返そうと必死なわけか?うん?」


紅い鳥居の上。
ナルの頭上を旋回しながら、デイダラは巨鳥にくわえさせた我愛羅をこれ見よがしに見せつける。


「人柱力は根暗で人嫌いなヤツが多いと聞くが…お前は変わってるな、うん」

失くした片腕の裾を棚引かせて、デイダラは口許に弧を描いた。
わざと声を張り上げる。





「我愛羅は死んだ!!」




尾獣を抜かれた人柱力は死に至るのは当然。その上、あのナルトが一尾を抜いたのだ。
現に、鳥の口の中で、我愛羅は身動ぎ一つしない。息をしていない。心臓も動いてやしない。


「安心しろ、うん」

寸前の顔とは打って変わって、にこりとデイダラは笑顔を浮かべる。口許に湛えるそれは、気遣っているかのような穏やかな笑みだ。


だが、その口からもたらされる言葉は酷く辛辣で冷たいモノだった。





「―――直に、お前もそうなる」































傀儡使いは後ろで糸を操るのが定石。

何故なら、傀儡を操る時、隙が生じやすいからだ。遠距離戦を得意とする傀儡使いは、反面、接近戦に弱いのが通常。


それを克服する為に生み出されたのが、現在のサソリの姿。
傀儡人形『ヒルコ』だ。

本体である傀儡使いは、内から人形を操り、傀儡は術者の鎧とも、そして武器ともなる。



つまり、まずは攻防一体の傀儡『ヒルコ』から、本体であるサソリ自身を引きずり出さなければならない。



実戦経験はこの場で一番多いチヨは、用心深く此方を窺うサソリに、ふ、と口許を緩める。
待つのも待たせるのも嫌いなサソリが迂闊に手を出してこない。

昔からの性格は変わっておらんな、と思いつつ、チヨはいのに耳打ちする。自分に聞こえぬよう小声で囁くチヨを、サソリは訝しげに遠目で見遣って、やがて高らかに嗤った。


「喜べ!貴様らで、俺の芸術はちょうど三百体となる」

今まで人傀儡にしてきたコレクションを自慢するかのように、冷笑する。


(できることなら坊を記念すべき三百体目にしたかったが…まぁいい)

もっと特別な機会にナルトを己の芸術作品にしようと勝手に決めたサソリは、何やら自分を倒す手立てを模索しているらしき二人の動きを注視する。
やがて、真正面から突っ込んできたいのに、呆れ返ったサソリは攻撃態勢を取ろうとして、自由に動かぬ我が身に、顔を強張らせた。



「なに…!?」

ハッ、と我に返ったサソリは、直後、チヨの先制攻撃であるクナイの意図を悟った。

「婆、てめぇ……ッ」



だが、その瞬間、いのの拳が迫り来る。
咄嗟の判断で『ヒルコ』から抜け出たサソリは、案の定、バラバラに砕かれた傀儡に、チッと舌打ちした。

カラカラカラ、と乾いた音を立てて地面に転がる『ヒルコ』の傍ら、黒のフードで顔を隠したサソリは「流石だな、チヨ婆…」とチヨを称賛する。



九本のクナイで攻撃した際、チヨはクナイについていたチャクラ糸を『ヒルコ』につけ直したのだ。
叩き落したのが仇となり、逆に己の得物である傀儡人形をチャクラ糸で全身に結んだチヨを、サソリは黒のフードの陰で見据えた。




「傀儡遊びを俺に叩きこんだだけはある…」
「…もう終わりじゃ。傀儡遊びも……そしてサソリ――お前も」


サソリの傀儡人形『ヒルコ』のコントロールを奪ったチヨは、指に結んだチャクラ糸を眼前に掲げた。
己の武器であり、鎧であった『ヒルコ』がチヨの命令で、バラバラに砕かれても猶、サソリに襲い掛かってくる。


「さァて…」


だが、それより速く、サソリは『ヒルコ』を何の未練も無く、粉砕した。


「そう、うまくいくかな?」




空中分解した傀儡人形の中、サソリは黒のフードを脱ぎ捨てた。
愕然と眼を見開くチヨを、愉快げに眺める。


そうして、厳重に紐で結わえた巻物を取り出し、彼は最初から手の内をさらけ出した。
圧倒的力で、相手を叩きのめす為に。


「婆相手に出し惜しみはしねぇ」




百体もの傀儡人形を従えて、サソリは嗤った。









「始まってすぐで悪いが、終演にしよう」






二十年前、砂隠れの里を抜けた当時のまま。
若々しい十五歳の容姿で、サソリは優雅に、それでいて不敵に微笑んでみせた。








「チヨ婆さまよぉ……?」

 
 

 
後書き
お待たせしました!
短くて申し訳ございません。また原作と変わり映えしなくて(最後以外)本当にすみませんが、これから微妙に違ってきますので、ご容赦ください!!


これからもどうぞよろしくお願い致します!! 

 

十 操演の幕開け

最初につくったのは、父と母だった。









赤砂のサソリ。

そう呼ばれるようになったのはいつからだったか。
砂隠れの天才造形師と謳われるようになったのはいつだったか。
人を待つのも、待たせるのも嫌いになったのはいつからだったか。


サソリが傀儡つくりに熱中するようになったきっかけ。
両親を『木ノ葉の白い牙』に殺され、チヨに待つように諭され、死者の帰りをひたすら待った幼少期。



それが全ての始まりだった。













影が落ちる。
いくつもの影が天から降ってくる。


それは徐々に人の形をかたどって、やがてサソリの周りを取り囲む。

その数。
およそ、百。



「数で圧すつもりかの…」

洞窟を埋め尽くすサソリの傀儡人形に、引き攣った表情を浮かべたチヨは、しかしながら至極真っ当な事を指摘した。

「そんな多くの傀儡を一人で操るには荷が重いじゃろうて」
「フッ…そうでもないぜ?」


黒衣の胸元から膨大なチャクラ糸を人知れず放出しながら、サソリは口角を吊り上げる。
そうして、洞窟の外である鳥居の向こうに、彼は眼を凝らした。



我愛羅を囮にしたデイダラを、九尾の人柱力の波風ナルと、はたけカカシが追っている。
その後を追い駆けなければいけない。よってサソリはこんな所で足止めを喰らうわけにはいかなかった。


「さっさとそこをどいてもらおう。デイダラに先を越されるわけにはいかないんでな…」
「見た目同様、せっかちなのは変わらんな…」


チヨの手元を離れた時から年を取っていないサソリ。
変わらないその姿に、同じ傀儡師であるチヨは、サソリが何故若いままなのかという理由にすぐ思い当った。

自らを人傀儡に改造した孫を見るその瞳に、一瞬憐憫の情が掠める。
だが直後、自分も人のことは言えまい、と己の腕を見下ろして、チヨは自嘲した。


「じゃがお前はもっと用心深い子だったと思うが?いきなり奥の手を出すとは…サソリ、お前らしくもない」




【赤秘技・百機の操演】。

一国を落としたとされる傀儡人形。

おそらく彼にとっては最大のカラクリであろう奥義を最初から披露してきたサソリに、チヨは訝しげに訊ねる。
自ら禁じていた術【白秘技・十機近松の集】の十体の傀儡人形を解放しながら、警戒心を露わに、彼女は問うた。


「急を要するからに決まってるだろーが。早くしねぇとデイダラが九尾の人柱力と……」

チヨの質問に、何を言っているとばかりに、サソリは肩を竦めた。







「コピー忍者…『木ノ葉の白い牙』の息子を殺しちまうだろうが」






サソリの発言に、チヨはハッ、と眼を見開く。
砂隠れに応援としてカカシが来訪した際も、彼女自身、『木ノ葉の白い牙』と見間違えた。

それほど似ている為に、血の繋がりがあるとは一目瞭然。
よって、『写輪眼のカカシ』や『コピー忍者』として有名なはたけカカシが『木ノ葉の白い牙』の息子だと判断するのは実に容易い。
だが、まさかあのサソリがその点に注目するとは思ってもみなかった。


「チヨ婆よぉ…確かに俺は血の繋がりだとか家族だとか、そういったものには興味はねぇ……────だがな」




砂隠れにいた当時のサソリは天才造形師と謳われ、優れた傀儡を数多くその手で生み出した。
だが一方で、己の芸術として、心血を注いだのが『人傀儡』。
傀儡にした人をコレクションし、芸術作品の一つとする事が、サソリにとっての『永久の美』であった。



何故なら傀儡にした相手は、朽ちない。寿命に縛られない。
死なない。
いくらでも作り直せる。
待つことも待たされることもない。


幼いあの日、『木ノ葉の白い牙』に殺された父と母を、いつまでもいつまでも待ち続けることもない。







「つくった人形には思い入れがあるんだよ」


幼少期が原因で、人を待つのも待たせるのも嫌いになったサソリは、己がこうなった理由は『木ノ葉の白い牙』だと考えた。
故に、その息子であるはたけカカシには、それ相応の報復をするつもりだった。



自分で操った父と母に抱かれたところで、返事は返ってこない。温もりなどない。

所詮、偽りの肉親。されど、サソリにとって始まりの傀儡。
よって自らがつくった傀儡を、多少なりともサソリは心にかけていた。


どんな事態が起こるか判り得ぬ戦場やその場に応じて、人形への思い入れが浅いか深いかは、変わるだろう。
だが、今ここにカカシがいるのならば、良い機会だとサソリは眼を細める。

砂隠れの里から我愛羅を連れ戻しに、洞窟にまで追い駆けてきた追っ手。
サソリが注視していたのはチヨではなく、カカシのほうだったのである。




「俺としては…チヨ婆。アンタがあの『木ノ葉の白い牙』の息子と同行していた事に驚きだがな。なんとも思わないのか?」
「……子どもに罪はない」
「どうだか…。なんにせよ、傀儡にするにも質が良さそうだ。うちは一族でもないのにあの【写輪眼】を保持していると、大蛇丸が散々訝しがっていたからな」



人形は数を増やせばいいわけではない。現在発動している【赤秘技・百機の操演】は確かに数の暴力といったものがあるとは認める。
だがコレクションするなら量より質に注目する。
よって、何か特殊な能力を持っている人間を傀儡にするのが良い。




「『木ノ葉の白い牙』の息子である『写輪眼のカカシ』を殺せば、仇を討ち、優れた傀儡人形の器も手に入る。一石二鳥だ」

その上、九尾の人柱力まで手に入れられたら言う事ないのだがな、とサソリは悪びれもなく言い放つ。
父の罪はその子どもであるカカシには関係ないことだ、とチヨが反論したところで、聞く耳を持たない。







「…………黙って聞いてりゃ、好き放題ベラベラ言ってくれちゃって…でもおかげで良い事を聞いたわ~…」


サソリの話を黙って聞いていたいのは、湧き立つ怒りを全力で抑えた。
できるだけ冷静になることを努め、静かに口を開く。


「アナタ、今、『大蛇丸』って言ったわね」
「ああ…。アイツとは昔、組んでたからな」


かつて、『暁』でパートナーだった大蛇丸の事を訊ねられ、サソリは怪訝な表情を浮かべつつも答えてやる。
その返答に、いのは眼光を鋭くさせた。


「────なら、色々と聞きたいことがあるわ」




木ノ葉の里を抜け、大蛇丸の下へ行ってしまった、うちはサスケ…そして春野サクラ。


想い人と親友の居場所を知る為に、いのはサソリを鋭く睨み据える。
いのの急激な感情の高ぶりに、サソリは首を傾げつつも、己の目的を改めて告げた。


「あいにくだったな。俺はさっさとお前らを片付けて、さっきの奴らを追い駆けないといけない。早くしねぇと、せっかくの傀儡人形の器をデイダラが爆死しかねないからな」

人間の死体からつくる人傀儡。傷一つでもつけられたら、堪ったものじゃない。
特にデイダラの攻撃は爆発だ。欠片も残らないほどバラバラにされてもらっては困る。


「人を待たせるのは嫌いなもんでね。質問に答えている時間はない。答えてやる義理もねぇしな」


九尾の人柱力はノルマなので、自分の判断で勝手に傀儡には出来ないだろうが、九尾を抜いた後なら交渉してみてもいいだろう。

なんせ、あのナルトに似た相貌だ。傀儡人形としてコレクションするのも悪くない。
そして『木ノ葉の白い牙』の息子である『写輪眼のカカシ』も良い人傀儡になるだろう。



「コピー忍者と九尾の人柱力……後者は『暁』の意向がどうかわからねぇが、前者は俺のコレクションの一体に加えても構わないだろうよ」



言外にナルとカカシを殺すと告げるサソリに、いのは抑えていた怒りを解放する。
洞窟の外にある鳥居を背に、彼女は吼えた。




「そんなことさせない…!許さない…!!」
「威勢が良いな、小娘。この数を前に、何をどう許さないって?」


圧倒的な傀儡人形を従わせ、サソリはいのを鼻で嗤う。


傀儡使いは使える人形の数でその者の能力を量れるとされる。
指の数と同じ十体の傀儡を同時に操る、チヨ婆極意の指の数。
城一つを落としたほどの攻撃力を誇る故にチヨ自らが禁じていた傀儡衆【白秘技・十機近松の集】だ。


だがその十倍の数をも保持している己の【赤秘技・百機の操演】を前にしては、たとえその禁じられた技でさえ霞んでしまうだろう。

己の勝利を確信し、冷笑するサソリに、いのは身構えた。


「勝負は数じゃない」



チヨがいのに囁く。チャクラ糸を結んで、いのを傀儡人形と同じく操ってくれるらしいチヨに、いのは囁き返した。

「チヨ婆様。申し訳ないですけど、私を操り続けてくださいね」
「わかっておる」

ぐっと腰を落としたいのに、チヨは頷く。
サソリの攻撃を回避するには、自分の補助が必要だろう。


いのが地を蹴ったのと、チヨが指を構えるのを、サソリは見下した。
無駄な足掻きを、と嘲笑する。

「たった二人で何ができる…!!」






瞬間、百体もの傀儡が一斉に、チヨといのに向かって襲い掛かる。

数多の傀儡の猛攻撃に、無駄のない動きで傀儡を操るチヨに、内心、称賛しつつ、サソリはいのに視線を向けた。
二人が自分の傀儡の数を減らす一方、サソリがいのを狙うのは至極当然。
その後、チヨに攻撃を集中させ、さっさと操演を終わらせてやる。


(まずはコイツから…)
攻撃の矛先をいのに集中させる。サソリに従い、傀儡人形がいの一人に殺到した。
怒涛の攻撃がいのひとりに襲い掛かる。


「…いの!!」

白煙が立ち昇る。
いくら自分がチャクラ糸で操っているとは言え、既に【白秘技・十機近松の集】を操っている身。
チヨは己の指をくいっと引っ張り、いのの身体と繋がっているか確認する。

手ごたえを感じ、ほっとする反面、今のサソリの攻撃をかわし切ったいのに、内心舌を巻いた。


(自らでも見極めないと、サソリの攻撃は回避し切れん…大した小娘だ)


白煙が晴れた向こうで、いのの無事な姿を認め、胸を撫で下ろすチヨに反して、サソリは眉を顰めた。


(なんだ…?)

今の攻撃は確実に、いのに命中したはずだ。
だが、掠り傷一つないいのの姿に、サソリは一瞬違和感を覚える。


もう一度、改めて攻撃しようとした彼はハッ、と身を翻す。


「よそ見している場合かのぉ!!」

チヨの傀儡人形の攻撃。
いつの間にか間近にまで接近していた傀儡を、サソリは冷ややかに見やった。
自分の傀儡で容易にチヨの攻撃を受ける。

そのままチヨの人形を破壊しようとしたが、すんでのところで後退した白秘技の一体に、サソリはチッと舌打ちした。














傀儡師同士の壮絶な戦闘。
その片隅で、いのは人知れず、だが着実に、傀儡人形の数を減らしていく。

サソリが操る数多の傀儡人形。
それらを前に、彼女の脳裏には、先ほどサソリがなにげなく口にした人物の名が強く反響していた。



(大蛇丸…)

サスケくんとサクラに近づく為には、大蛇丸の情報を得る必要がある。
やっと見つけた手がかりを、みすみす見逃すわけにはいかない。




(────絶対聞き出してみせる…ッ!)


大蛇丸に関する情報をサソリから得る。
サスケとサクラ────二人の情報を手に入れる為に。












































「待てってばよ!!」


我愛羅を囮に、ナルを誘き寄せる事に成功したデイダラは背後を振り返った。
確実に自分の後ろを追い駆けている九尾の人柱力に、満足気に頷く。

同時に、サソリがいるであろう洞窟から爆発音が聞こえる。
遠目でその白煙を認めたデイダラは肩を竦めて、心の中でサソリに謝罪した。


(悪いな…サソリの旦那)

あの暴れっぷりだと、おそらく自分を追い駆ける為に、さっさと片付けようとしているに違いないサソリを思い浮かべ、デイダラは苦笑する。


だが、こんな機会なかなか無い。
サソリに譲る気など更々無いデイダラは、ちらりと横目でカカシのほうを見やった。


「それにしても…やっぱり邪魔だな」

九尾の人柱力を捕まえるには、コピー忍者は邪魔なだけだ。


先にカカシを始末しようと考えるデイダラは知らない。
『木ノ葉の白い牙』の息子であるカカシも、サソリのターゲットである事を。

爆死なんてさせたら、後でサソリからどれだけ苦情を言われるかなどとはそ知らず、デイダラは起爆粘土を練った。
ナルとカカシを引き離す為に、蜘蛛型の粘土を鳥から落とす。


直後、真下から聞こえてきた爆発音。
下を覗き込んだデイダラは口許に苦笑を湛えた。


「流石にコピー忍者相手には起爆粘土一つじゃお粗末だったな、うん」


無事なカカシの姿に肩を竦め、今度は多数の蜘蛛型粘土を墜落させる。




助走をつけての突破を防ぎ、対象に張り付いて爆発するタイプの起爆粘土。
後ろへ下がる際は一定距離を保ち、たとえ振り切っても、ジャンプして対象に追いつく。



カカシに上手く蜘蛛が張り付いて爆発したのを見届けて、デイダラは旋回した。










「カカシ先生…?」

後ろから聞こえる爆発音。
追い駆けているはずのカカシの身に何か起こったのか。


どうしたのかと、ナルは背後を振り返った。
途端、鳥の羽ばたく音に、ハッ、と空を振り仰ぐ。




「やっと…二人きりになれたな、うん」

頭上から落ちてきた影。
自分を強く睨み据えるナルに、デイダラは不敵な笑みを浮かべてみせた。




































圧倒的な人形の数の差。


だが、チヨが気を抜いてはいけない相手だとは、サソリとて理解していた。
だから、上手く誘導し、チヨと彼女が操る【白秘技・十機近松の集】の十体の傀儡人形を引き離す。

そして隙をついて、チヨに向かってサソリは傀儡人形を殺到させた。




「しま…ッ!!」

目の前の傀儡に気を取られていたチヨは、頭上から迫り来る人形に身を強張らせる。
慌てて白秘技の人形を呼び戻すが、それより速く、サソリは傀儡を操った。


「おせぇよ…────ソォラァ!!」










刹那、サソリは背後から迫る傀儡に気づき、反射的に反応した。


チヨの白秘技の一体かと視線を奔らせたサソリは、身を翻し様に、眼を見開く。
回避しつつも思いも寄らない人形の姿に、彼は眉を顰めた。






(…どういうことだ…?)











今、自分に攻撃してきたのは、サソリの傀儡【赤秘技・百機の操演】。


その百体の内の、一体だった。

 
 

 
後書き
いのがチヨ婆様に頼っているように見えますが、そんなことないので、ご容赦ください。
チヨ婆様は反応したのに、サソリが反応しなかったのがちょっと気になったので…カカシ先生ごめんなさい(汗)

また、随分前に書いた駄文ですが、「渦巻く滄海 紅き空」の没作品をpixivのみ公開中です。
「没・忍法帖」という題名での映画ネタです。
本編に全く関係なく、設定もまだあやふやな時に書いた駄作ですが、興味のある方はどうぞご覧ください〜!

次回もよろしくお願いします! 

 

十一 暗中飛躍

 
前書き
大変お待たせしました!
ですが申し訳ございません!急いで書いたので手抜きに加え、短いです(汗)

だけど、久しぶりのあのキャラが再登場!
憶えていらっしゃるでしょうか…??


 

 
身体を捻り、人形が突き出してきた刀を回避する。
耳元で、ひゅっと、風を切るような音がした。


自らが操る傀儡人形。
主である自分の意志に逆らって攻撃してきた人形に、サソリは顔を顰める。

(チヨ婆の奴…俺の傀儡にチャクラ糸を繋げやがったか…!?)


しかしながら、ただでさえ十本の指で【白秘技・十機近松の集】を操っているのに、その上更に、いのまで操るチヨに、サソリの傀儡を奪ってチャクラ糸を繋げる余裕があるだろうか。

(だが、俺の傀儡を操るなんて、それしか考えられない…婆め、一体どんな手を…)

改めてチャクラ糸の先がきちんと傀儡に繋がっているか、サソリは手ごたえを確認する。
その間に、窮地を脱していたチヨは肩で息をしながら、今し方の展開に眉を顰めた。


(今のはわしを殺す絶好の機会だった…何故────)


頭上から迫り来るサソリの人形。
その攻撃をもろに受けてしまう間際、一瞬何かに気を取られたのか、サソリの手元が僅かに狂った。
その隙に無事攻撃を回避したチヨは、不可解な展開に違和感を覚える。

疑問が生じつつも、サソリからの怒涛の攻撃と圧倒的な傀儡の数を前に、チヨは再び指を構えた。




サソリの傀儡人形───それらが着実に減っている。

その理由が、いのにある事に、彼らはまだ気づいていなかった。





























辺りを警戒する。
二人で交互に周囲を満遍なく見渡し、誰にも見られていない事を確認する。


打ち捨てられた廃墟。
与えられた任務を遂行した後、指示された待ち合わせ場所で、鬼童丸と左近は油断なく廃墟の奥へと進んで行く。



奥に進むにつれ、益々暗くなっていく廃墟。
四方は石壁で取り囲まれており、あちこちで石の柱が崩れている。
罅割れた天井の隙間から洩れる僅かな日光だけが、唯一の明かりだ。

崩壊した遺跡のようなその場所はかつての栄光など忘れてしまったように、しん、と静まり返っていた。



「…人使いが荒い奴ぜよ、ダンゾウって野郎は…」
「まったくだ。これならボスのほうがまだマシだっつーの」


ぼやきながら、倒れた柱の瓦礫に腰を下ろす。
罅割れた石柱に背中を預け、一息つくと、壁と壁の合間から声が聞こえた。



「おっつかれ~!!」

やけに間延びした明るい声に、二人の肩が大きく跳ねた。瞬時に警戒態勢を取る。

しかし、人影らしいモノは見当たらない。


待ち合わせしている相手か、それとも気配を消して自分達を尾行していた敵か。

後者なら、現在自分達の身柄を拘束している組織の可能性が高い。
鬼童丸は左近と目配せした。


お互いの心にある懸念は一つ。

((もしや、バレたか…!?))




「あ、大丈夫大丈夫」

二人の気持ちを読んだかのように、見えない存在が明るく答えた。

声のする方向へ眼を凝らすと、壁の壁の罅の隙間から、何かが滲み出ている。
じわじわと大きくなる染みの正体を、左近と鬼童丸は注視した。


「……水?」
「せいか~い!」


瞬間、壁の罅という狭い隙間を抜けて、ばしゃりと多量の水が迸る。
かと思えば、その水は人の姿を模って、やがて青年へと変化していく。


「正確に言えば、【水化の術】なんだけどね~」

ぴちゃん、と波紋を描いて、人の姿へと戻った水月は、へらへらと笑みを浮かべる。
警戒態勢を崩さない左近と鬼童丸を困ったように眺めて、彼は頭を掻いた。


「え──っと。アンタらが『根』に潜伏中の、元『音隠れ五人衆』?」


悪びれる様子もなくあっけらかんとした物言いで、訊ねてきた水月に、左近と鬼童丸の顔から血の気が引いた。

色白の見知らぬ青年と大きく距離を取る。チャクラを練り始めた二人に、水月は慌てて顔前で手を振った。

「いやいやいや!!ちょ、ちょっと勘違いしてない!?」


水月の意見を聞かず、左近が一気に踏み込む。その後方では、鬼童丸が蜘蛛の糸を硬質化させ、弓矢を構えた。
【呪印】を発動させずとも蜘蛛の糸を弓矢に変化させる事が可能になっているのは、皮肉にも『根』の過酷な修行の効果である。


「敵じゃないって!!」

二人からの攻撃を避け、水月は叫ぶ。
能天気な雰囲気を醸し出しているものの、しっかり回避する相手に、鬼童丸と左近は益々警戒心を高めた。

しかしながら直後、攻撃を仕掛けた彼らは、水月の一言で、ピタッと動きを止める。


「アンタ達、喧嘩っぱやすぎ!カルシウム足りてないんじゃね!?君麻呂を見習ってカルシウム濃度調整しろよ!!」

折しも、昔、香燐が君麻呂に向かって怒鳴った言葉と同じ言葉を水月は言い放つ。
君麻呂の名前に反応した左近と鬼童丸は水月を訝しげに見遣った。


「……てめぇ、君麻呂を知ってるのか?」
「知ってるも何も!アイツ、ナルトにべったりじゃん!!白と毎回、右腕の座巡って争ってるし!」

聊かうんざりした口調で答えた水月に、左近と鬼童丸は顔を見合わせる。
攻撃こそ止めたが、未だ警戒態勢は崩さず、水月から距離を取っていた二人の脳裏に、次の瞬間、声が響いた。



『久しぶりだな、鬼童丸、左近…それに、右近も』

普段は左近の体内で眠っている右近にも挨拶してきたその声の主に、水月・鬼童丸・左近は同時に叫んだ。


『おっそいんだけど!?ナルト!』
『ナルトか!待ち合わせにコイツ寄越したのはお前ぜよ!?』
『ってゆーか、この水ヤロー誰だよ、ボス!?』


【念華微笑の術】で連絡を取ったナルトに向かって、一斉に喚く。
同時に言われ、ナルトの苦笑雑じりの声が三人の脳裏に伝わった。

『一気に言わないでくれ…それと、左近、その呼び方はやめてくれ』


自分をボスと呼ぶ左近を窘めるナルトをよそに、鬼童丸が水月を睨み据える。


『俺達はお前の指示通り、待ち合わせ場所である此処に来たんだぜよ』
『ああ、すまない。俺は少し抜けられない用事があってな。彼に頼んだんだ。顔合わせもさせたかったしな』


ナルトの謝罪に、左近と鬼童丸の警戒心が若干薄れる。
それでもまだ自分に対して警戒態勢は崩さない彼らに、水月は軽く肩を竦めた。


「ボクは鬼灯水月───ナルトのお仲間だよ」

なんとなく白々しいその様子に、左近と鬼童丸は顔を顰める。
しかしながら、脳裏に響くナルトの言葉が、水月が敵ではない事実を明らかにしていた。









左近と鬼童丸は、大蛇丸の命令でうちはサスケを里抜けさせる最中、大蛇丸から逃れ自由の身となる計画を企てていた。

死を偽造しようとしたものの、失敗し、『根』のダンゾウに生け捕りにされてしまう。
もっともナルトが前以って取り引きしていたので身の安全は保障されており、現在は『根』の優秀な手駒としてダンゾウの下、修行させられていた。


ナルトとは度々、【念華微笑の術】という術で連絡を取り合っており、今回、待ち合わせ場所として指示されたこの廃墟に、ダンゾウの眼を盗んで、二人は来たのだ。

しかし、待ち合わせ場所に来たのは、ナルトではなく見知らぬ人間。
左近と鬼童丸が警戒するのも無理はなかった。




一方、水月は再不斬の首切り包丁が目的で、ナルト達と行動を共にしている。

前以って、元・音の五人衆の二人である左近と鬼童丸の事は聞かされていたものの、自分の情報も既に彼らに伝わっていると思っていた為に、水月は聊かナルトを非難した。


『ちょっと!いきなり攻撃されるとか聞いてないんだけど!?なんで顔見知りじゃなくて、ボクを寄越したわけ?』

今回の待ち合わせ場所へナルトに指示されて向かったものの、顔見知りである君麻呂や多由也のほうが適任だったのではないか、と言外に告げると、脳裏で謝罪と共にナルトが説明する。
その説明を聞くうちに、水月の機嫌も徐々に治まってきた。



『───というわけだ。お前が適任だろう、水月?』
『あ──…そういうことね…』

納得した水月が左近と鬼童丸に顔を向ける。
ナルトの説得でようやっと警戒態勢を解いてくれた二人に、水月は本題を切り出す。


現在『根』に潜入している彼らにしか頼めない事。
この廃墟のように人目がない場所ならともかく、流石にダンゾウの眼が光る『根』に水月は潜入出来ない。

だからこそ、今、表向きは『根』に所属という形に納まっている鬼童丸と左近が適任だ。
そして、彼らに与える任務内容から、今回待ち合わせ場所にナルトが水月を向かわせた事も納得できる。



ナルトから得た情報をもとに、早速水月は本題を切り出した。




「ボクが知る限りの情報を教えるから、アンタ達にはダンゾウの許から奪ってきてほしい」
「奪う、だと…?」

怪訝な表情を浮かべる左近と鬼童丸に、水月は言い直した。


「いや、ダンゾウが奪った、というのが正しいか…」
「何の話だ?」

理解が出来ず、眼を瞬かせる二人に、水月は口許に弧を描いた。
特徴的なギザギザの歯が垣間見える。




「霧隠れが唯一所有する双刀『ヒラメカレイ』、そして鮫肌と首切り包丁を除いた───『霧の忍刀七人衆』の忍刀」



己の目的であり、本来の目的を達成する為の重大な要。
その為に水月は、『根』に表向き所属している左近と鬼童丸に協力を仰ぐ。


ナルトの仲間であり、『根』にスパイとして入り込んでいる彼ら二人に。









「ダンゾウの許にある、それら忍刀を盗んできてほしい」


 

 

十二 奪還

 
前書き
お待たせしました!
色々捏造してしまってますし、オリジナル忍術が出てきます!
おかしな箇所や矛盾する点も多々あるでしょうが、眼を瞑ってくださるとありがたいです…!
どうかよろしくお願い致します!!

 

 
「ま~たサソリの旦那に、準備不足だって怒られそうだな…うん」

はたけカカシを蜘蛛型の起爆粘土で、九尾の人柱力と上手く引き離す事はできたものの、粘土の量がもう残り僅かな事に、デイダラは思わず天を仰いだ。
目を瞑り、強がった物言いで呟く。

「しかし、あれこれ考えてチマチマ用意するのは性に合わねえ。どんな状況になろうとも柔軟な発想で対処する。それこそが芸術家としてのセンスを磨くことにも通じるってもんよ」

苦笑を口許に湛えつつ、閉ざしていた眼を開けて眼下を見下ろすと、自分を睨み据える視線の持ち主と目が合った。




九尾の人柱力───波風ナル。

強い眼光でデイダラを見上げている彼女の視線を受けながら、「うーん…どうしよ」と悠長な態度で人柱力を捕まえる算段を探る。

不意に、眼下の相手が動きを見せた。
攻撃ではない。


何事かと視線をやると、何らかの巻物を取り出している。
流れるような仕草でシュッと巻物を開いたナルに、デイダラは眼をパチパチと瞬かせた。
そうして、巻物に描かれた術式に、瞳を細める。


(【口寄せ】の術…?)

眉を顰めるデイダラの前で、ナルが巻物の術式に手を打った。術が発動する。


直後、巻物の上で立ち昇る白煙。
ナルが口寄せした相手に、警戒態勢を取ったデイダラは、思わぬ姿に眼を丸くした。

























ふらり、立ち眩みを起こす。

一瞬意識が朦朧とし、ヒナタは机の端を掴んだ。ぐっと堪える。
踏鞴を踏んだ彼女を見て取って、砂の医療忍者が慌てて駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

休み無しでずっと、患者の容態を診ていたヒナタを砂忍が気遣う。


サソリの置き土産であった起爆札の爆風に雑ざっていた毒ガスを吸って、多くの砂の忍びが倒れてしまった。
その件で、ひとり砂隠れの里に残り、治療する為にナル達とは別行動を取っていたヒナタは、疲労感を漂わせながらも気丈に振舞う。

『白眼』を持つ故に、医療忍術に長けているヒナタのおかげで、毒ガスの被害に遭った患者のほとんどが快復に向かっている。
本来ならば、ナルと一緒に、我愛羅奪回を目的とした班員に加わるはずだった彼女を、砂の医療忍者は心配した。


「休憩無しのぶっ通しで治療してくださってるじゃないですか!休息してください!」
「それに、貴女のおかげでほとんどの患者が快復しています。もう大丈夫です!ここは我々に任せて…」

医療忍者に説得され、ヒナタは周囲の患者を見渡した。
確かに顔色も随分良くなっている。このまま安静にしていれば、全快するだろう。


砂の医療忍者たちに説き伏せられたヒナタは、木ノ葉増援部隊が休む為に用意された客室へと向かった。
カンクロウが握っていたサソリの服裾を忍犬に辿らせている間、休ませてもらっていた部屋である。
結局毒ガス騒ぎで、治療室に入り浸りになっていたものの、荷物などを置かせてもらっていたのだ。

チャクラを使い過ぎたので、今の状態でナル達の増援へ向かっても、足手纏いになるだけだ。
それに、カンクロウも我愛羅を奪回する為に、里を出るという。
それに同行させてもらう為、とにかく荷造りをしようと考えたヒナタは、自分達木ノ葉の忍びに宛がわれた部屋の扉を開けた。


「えっ!?」

部屋に入った途端、想像していなかった相手が室内にいるのに気づいて、ヒナタは驚愕する。
我愛羅を奪還する為に、とっくに砂隠れの里から出たはずの彼女の姿をまじまじと眺め、ヒナタはおそるおそる訊ねた。


「な、ナルちゃん…?」

じっと動かず、静かに眼を伏せているナルが部屋の隅で座っている。


窓から入ってきた小鳥が肩に乗っていても、微動だにしない。
ヒナタがそっと近寄ると、小鳥は逃げ出したが、ナルは依然として黙している。


「ナルちゃん、いつからここに…?いのちゃんと一緒に行ったはずじゃ…」

砂隠れの里を襲い、我愛羅を攫った『暁』の一員。
サソリの匂いを辿った忍犬の案内で、はたけカカシ、山中いの、そしてチヨと共に、我愛羅救出に向かったはずである波風ナルが残っている事に、ヒナタは戸惑う。

何も反応しないナルの肩に、おずおず触れようとしたその矢先、白煙が立ち昇る。

「な、ナルちゃん…?」
座禅を組んでいたナルの姿が白煙と共に目の前で掻き消える。
妙な現象だが、思い当った術の名を、ヒナタは口にした。


「……今のは…【影分身】?」




ナル本人ではないような気はしていたので、彼女が得意とする術だとは勘付いたものの、ヒナタは首を傾げる。
何故、影分身をわざわざ一体、砂隠れの里に残していたのか。

動かずに、ただじっと黙しているだけの影分身をつくるにも、チャクラが必要だ。
戦闘において大事なチャクラを何故、影分身に回しているのか。


動揺と疑問が入り雑じりながらも、ヒナタはカンクロウが里を出ようとしているとの知らせを耳にして、慌てて身支度する。
部屋を出る寸前、先ほど白煙と化して消えたナルがいた場所をチラリと見やる。

ナルの残像を掴むように、眼を細めて、ヒナタは心の内でナルに呼びかけた。

(ナルちゃん…今から私も行くからね…!)



ナル・いの・カカシ、チヨ、そして我愛羅の無事を願いながら、ヒナタは砂隠れの里を出発する。
治療で既に疲労困憊しながらも、少しでも力になる為に。





























「【口寄せの術】…!」


白煙が掻き消える。
口寄せした相手────口寄せ動物でもなんでもなく、ナルそのものが巻物の上で座っている光景に、デイダラは呆れた声をあげた。

「おいおい…そりゃ【分身】か【影分身】か?」


デイダラを見据えながら、ナルが【影分身】の術を解く。
軽い破裂音と共に、再び巻物の上で白煙が舞い上がった。

「そんなもん、口寄せしたところで何になる?うん?」

冷笑しながら、デイダラは軽く起爆粘土を投げる。

はたけカカシを足止めしているモノと同じ、蜘蛛型の粘土が跳ねながら、ナルに向かって飛び掛かった。
【影分身】の術を解いたナルの頭上に、蜘蛛が小さな影を落とす。


「チャクラの無駄使いだ…うん!!」

デイダラの合図で、蜘蛛が爆発する。
【口寄せ】や【影分身】を解いた時とは比べ物にならない白煙が立ち昇った。


白煙の向こうを透かし見るように、巨大な鳥の上から俯瞰していたデイダラは、次の瞬間、すぐ横から殺気を感じた。
「……ぐっ!!??」

辛うじて、避けようとしたが、吹き飛ばされる。空中で体勢を整えながら、デイダラは巨鳥に合図をした。
旋回した鳥の背中に上手く着地する。

回避したはずなのに、衝撃を受けた事実にデイダラは顔を顰めた。
未だ立ち込める白煙の向こうから、声が聞こえる。


「無駄じゃないってばよ…!」

白煙が消えていくうちに、見えてくる金の長い髪。
寸前と何も変わらないだろうに、妙な威圧感を感じ取って、デイダラは無意識に身構える。


風に髪をなびかせながら、岩の壁に重力を無視して佇むナルは、不敵な笑みを口許に湛えた。




「我愛羅は返してもらう…!!」




眦に紅の色が一筋。
赤い隈取りを目元にくっきり浮かばせて、ナルは口角を吊り上げた。



















印を素早く結ぶ。直後、岩壁をナルは強く叩いた。


「【土遁・岩壁(がんぺき)十手(じゅって)】…!!」


刹那、岩の壁から巨大な手が伸びてくる。
岩で形作られた手がデイダラの乗る鳥を捕まえようと、迫って来た。


それを回避したところで、背後の岩壁から、別の手が生えてくる。
岩壁と岩壁に挟まれた場所だからこそ、攻撃しにくい場所だと判断したのに、逆にその地形を利用してきたナルの術に、デイダラは舌打ちする。


空中を巨鳥で飛び回りながら、判断を見誤った、とデイダラは己の失態を思い知り、苛立ちを募らせた。


鳥を捕らえようと、周囲の岩壁から生えている手が、掴み損ねて空を掴む。
術を発動させながら、ナルもデイダラと同じく、焦燥感に駆られていた。

時間が無い。


仙人モードになれたところで、まだ持続期間は短いのだ。
今の内に、我愛羅を奪い返さないといけない。

砂隠れの里で、客室として宛がわれた部屋に、ナルは【影分身】を一体残しておいた。
そしてその影分身に、万が一の為に、と仙術チャクラを練らしながら待機させておいたのである。

しかしながら、砂隠れの里を出る直前に【影分身】をつくったので、仙術チャクラはあまり練り込めなかったようだ。
【口寄せ】で呼び寄せた【影分身】を解いたところで、還元された仙術チャクラが大した量ではないことが、己の中に入ってきた時点でナルには把握できた。


(せいぜい、二分…ってところか)

ならば、その間に、我愛羅を無事に奪還しなければならない。
そこで用いたのが、己が修行の内に編み出した術──【土遁・岩壁十手】だ。


岩でできた巨大な手が岩壁から十本出現する。
十本と言っても、捕縛対象を追って、あちこちの岩壁から現れ、素早い動きで手の中へ閉じ込めようとする術だ。

この術は、仙人モードではないと発動しないのだが、こういった地形を利用して敵を捕らえる事が可能であり、障害物が多ければ多いほど、捕縛に向いている。
要するに、現在のように、岩の壁と壁に挟まれた地形だからこそ、活用できる技だ。

仙術チャクラを多く練れば練るほど、十手から百手、そして千手へと徐々に手の数を増やしていく、捕縛専用の術である。



倒すだけならまだしも、デイダラの手中には我愛羅がいる。
彼を無傷のまま安全に取り返すには、一先ず、相手を捕縛するのが優先だと、ナルは考えたのだ。







「チッ…!こんなの想定外だぞ、うん…」

岩壁から生えてくる手を爆弾で吹き飛ばすにも、粘土が足りない。
天高く伸びれば、追い駆けてこないかと思いきや、岩の手が鳥の進行を阻む。
行く手を阻まれ、とにかく回避するしかこの場を凌ぐすべはない。

「まぁ、こんな大技、チャクラ切れですぐ終わ…ッ」

不意に、間近に迫ってきた拳に、デイダラは慌てて顔をめぐらせた。
しかしながら、またもや回避したにもかかわらず、頬に衝撃が奔る。

即座に距離を取ったデイダラは、いつの間にか、岩の手に乗って接近し、殴りかかってきたナルを睨んだ。

(まただ…!かわしたのに、攻撃が当たる…!なんなんだ、うん…!?)



仙人モードであるが故に、周囲の自然エネルギーが術者の体の一部となっている為、攻撃範囲が広がる【蛙組手】。

たとえ相手が躱しても攻撃を当てることが可能である体術だとは知らないデイダラは不可解な現象に、顔を険しくさせる。


妙な術を使うナルを警戒するあまり、背後から迫る石の手を見もせず、鳥が回避した。
刹那、鳥の顔に何かが飛びつく。


はたと見下ろしたその瞬間、デイダラは足場を崩された。

「なに…!?」
「我愛羅は返してもらうって言ったってばよ…────【螺旋丸】!!」



我愛羅を口の中に入れている巨鳥の顔。それを手に入れる為に、鳥の首と胴体の中心で閃光が奔った。
【螺旋丸】を当てられた巨鳥の胴体と首が引きちぎれる。



「くそ…!?」
「ナル…!よくやった!!」



足場であった鳥を失い、空中で体勢を整えていたデイダラの耳に、最も聞きたくなかった声が聞こえてくる。
デイダラの蜘蛛型の起爆粘土を振り切って、ナルの許へ駆けつけたはたけカカシが、額あてを押し上げた。
その眼は赤く渦巻いている。



【万華鏡写輪眼】。


その瞳に確実に捕らえられ、デイダラはぶるりと寒気を覚えた。
嫌な予感がすると同時に、空間が曲がる。
全身がその空間に捉えられ、身体そのものが捻じ曲げられそうな感覚を覚えた。



「とらえた…!!」



瞳にとらえた範囲の空間をべつの空間に転送する脅威の瞳術。
ナルのおかげで確実にピントを合わせる事が出来たカカシの左眼がデイダラを真っ直ぐに見据える。
空中で身動ぎひとつできず、デイダラは冷や汗を掻いた。


逃げられない。



































「仙術か…」


岩の壁から生えていた手がやがて、元の岩壁へ戻っていく。
仙術チャクラが切れたのか、肩で荒く息をしながら波風ナルが【土遁・岩壁十手】の術を解いた。
眦の紅が、スゥ……と消えてゆく。


仙術モードではなくなった波風ナルを遠目から見て取って、ナルトは青の双眸をゆるゆると細めた。


デイダラと、カカシ、そしてナルを遠くから観察していた彼は、指先に止まった蝶に、ふっと吐息をかける。
蝶はひらひら、と甘い香りを残し、ナルトの手から離れて行った。



「手間を増やしてくれるなよ…──デイダラ」

デイダラへの言葉を告げながらも、ナルトの視線はナルに向かっている。



以前と同じく真っ直ぐなナルをじっと見つめるその瞳は、まるで眩しいものを見るかのように優しく細められていた。 
 

 
後書き
仙術や仙人モードに関してあやふやな知識しかなくて申し訳ございません…!!
完全に捏造満載ですが、どうか次回もよろしくお願いします! 

 

十三 操り人形の手綱

空間が歪む。
身体が歪み、捻じ曲げられる。

「…ぐっ」

不可解な現象に、デイダラは身を捩る。空中で体勢を整えるのもままならない。
真下を見下ろすと、はたけカカシの赤く渦巻く瞳と眼があった。


(あいつか…!)

万華鏡写輪眼。
ピントを合わせた部分を中心に目標をピンポイントで転送。
狙いを絞ったデイダラの身体を得体の知れない時空間へ送りつけようとするその術をカカシは発動する。
一度として瞬きしていないのがその証拠だ。


なんとか逃れようとしたものの、完全に狙いを定められている。
自分の身体がみるみるうちに、さながらブラックホールに吸い込まれていくおぞましい感触がして、デイダラは冷や汗を掻く。

一方のカカシも、抵抗してなかなか転送に踏み切れないデイダラに、顔を険しくさせた。


狙いを絞らないといけないので、瞬き一つできやしない。それでもチャクラを込めて眼光に力を注ぐ。

不意に、視界の端で、何かがチラついた。なにやらヒラヒラと舞うその白に、気を逸らされる。
僅かにピントがデイダラからズレた。

「しま…っ」



狙いが外れる。

全身を捉えていたはずのデイダラの腕だけが術でねじ曲がった。
苦悶の表情を浮かべるデイダラだが、無事に身体を歪んだ空間から引き抜く。
腕が取れ、バランスを崩したデイダラの姿が背後の森へ墜ちていく。



「外れた…!」

正確に狙いを定めていたのに、視界端に映った白い蝶に気を取られてしまった。
焦点がズレた事でデイダラの像が一瞬ぼけてしまい、術を発動したものの、腕しか空間転移できなかった。


チッと舌打ちしたカカシは、瞼を閉ざす。
次に眼を開けた時には、赤く渦巻いていた瞳はいつものカカシの眼に戻っていた。

視線を走らせる。術の発動を偶然にも邪魔した白い蝶が、森へと飛んでいく。
デイダラが墜落した森の方角を確認する。


デイダラが墜ちた箇所へ視線を向けたまま、カカシはナルを呼んだ。

「ナル」




しかし、返事がない。


不審に思ったカカシが背後を振り仰げば、ナルは【螺旋丸】で引きちぎったデイダラの巨鳥の頭部を抱えていた。
その背中が小刻みに震えている。


巨大な鳥にくわえられていた我愛羅のだらんとした手足が、カカシの瞳に映った。




「我愛羅…我愛羅…」
「…ナル」
「なにしてんだ、我愛羅…!起きろってばよ!!狸寝入りすんじゃねぇぞ…!」
「ナル」



ナルの悲痛な声を耳にし、カカシは唇を噛み締める。
奪回には成功したものの、既に遅かった事は、理解していた。

わかってはいたが、それでもやはり、親しい者の決別は何度経験しても慣れない。
戦争慣れしているカカシでもそうなのだ。ナルなど、心が引き裂かれるほど辛いだろう。


「ナル…」

肩に手を置こうとしたカカシは、次の瞬間、反射的に飛び退いた。
触れようとした指先が火傷している。


ぞわり、と悪寒がして、カカシはナルを凝視した。



(……おいおい…まさか、)




我愛羅を抱えるナルの瞳は紅い。

寸前までは隈取りのように目元に引かれていた紅色は無く、今はただ、炎のように燃える双眸が赤々とデイダラが墜落した森の方角を見ていた。







「よくも…我愛羅を…ッ!!」
「待て、ナル…!!」


カカシの制止を聞かず、ナルが森のほうへ飛んでいく。
カカシは慌ててナルを追おうとしたが、残された我愛羅を見て取ると、彼の身体を担いだ。
我愛羅を背中に乗せる。


力無いその身体からはやはり生きているとはとても感じられなくて、カカシは間に合わなかった己を責めつつも、ナルの後を追った。
















その一部始終を、物言わぬ蝶がずっと見ていた。

森へと飛んで行った蝶とは別の黒い蝶は、胴体と頭部が別れた巨鳥の上をひらりと舞う。
やがて、デイダラ、そしてナル・カカシに続いて、黒い蝶もまた、森の奥へと向かった。

































「チッ…」

刀を手に迫る傀儡人形。
自分の得物であるにもかかわらず、主であるサソリに襲い掛かる。
かと思えば、チヨが操る【白秘技・十機近松の集】の傀儡人形の攻撃。


己の傀儡人形が一体、急に指示に刃向かって、サソリ目掛けて刃を振るう。
それを避け、傀儡を壊した次の瞬間には、別の人形がサソリを襲う。

最初はチヨがチャクラ糸を使い、自分の傀儡を奪っているのかと思っていたが、どんなに注意深く観察しても、チャクラ糸は見えない。



それならば、答えはひとつ。




(あの女、か…!)

【白秘技・十機近松の集】の傀儡衆と同じく、チヨにチャクラ糸を結ばれ、操られている本人────山中いの。

チヨがいなければ、自分の攻撃を避けることも出来ない小娘だと侮っていたが、どうやら違うようだ。


(あの女…一体どういう能力で、俺の傀儡を…)




一国を落とした、最大の奥義。
チヨの持つ【白秘技・十機近松の集】の十倍の数をも保持している【赤秘技・百機の操演】。
一瞬で決着をつける為に繰り出した術のはずなのに、思いの外、時間を食っている。


それもこれも、何処から、どの人形が自分に刃向かってくるかわからないという不可解な現象が原因だ。


(…数で圧すつもりが逆に仇となったか…)




どういう力かまだ判明は出来ないが、自分の傀儡人形を乗っ取って操っているのは間違いない。
サソリと同じ傀儡師のチヨが、チャクラ糸を結ばずに傀儡を奪うなんて芸当は流石に持っていないだろう。



(だが、人形を操るにしても、法則性があるはずだ…)

チヨの【白秘技・十機近松の集】と、急に制御が利かなくなる己の傀儡人形を相手にしながらも、サソリは、いのの能力を判明しようとする。

ふと、背後から襲い掛かる自分の傀儡の攻撃を避けたサソリは、すれ違い様に己に刃向かった人形を破壊した。直後、目の前から新たに傀儡人形が迫り来る。
たった今、破壊した人形とは直線上にいた傀儡の攻撃を見て取って、サソリは含み笑った。



(────なるほど)

つまり、人形から人形へと操る対象を変えるこの術の盲点は、直線上でしか使えないという事だ。
今し方、サソリの制御が利かなくなった傀儡が、背後にいた人形から、目の前にいる人形へと、変わったのがその証拠。


ならば、直線上にいる傀儡に気を付ければいい話だ。






「まぁ、その前に、本体をぶっ叩けばいい話だがなっ!!」


そう言うや否や、サソリはいのに向かって、傀儡人形を放った。

一斉に迫り来る人形は尋常な数ではない。
チヨが慌てて、いのを守るべく自分の【白秘技・十機近松の集】の人形を向かわせる。
同時にいのに繋いでいるチャクラ糸を、チヨは操った。


顔を俯かせているいのは、チヨのチャクラ糸に従い、サソリの攻撃をかわす。
だが、サソリはチヨにも己の傀儡人形を襲わせて、いのに注意が向けられないように施す。


自分に襲い掛かる傀儡の猛攻に耐えながら、チヨはいのを呼んだ。

「いの…っ!!」



直線上でしか人形を操ることが出来ないのなら、全方向の違った方角から襲い掛かってくる傀儡には、対処しようがない。
仮に、一体を操ったとして、他の人形はサソリの指示通りに直線上にはいないよう、上手くコントロールする。

もっとも、なんらかの方法でサソリの傀儡の制御を奪う術者────いのを倒せば、それで済む。




「ソォラァ!!」


傀儡が殺到する。
カンクロウを動けなくしたモノと同じ、毒を滴らせた刀を、複数の傀儡がいの目掛けて刺した。



手ごたえは、あった。






「────いのッ!!」

チヨが叫ぶ。
悲痛な声を背景に、サソリはくっと口角を吊り上げた。




刹那。




頭上から風を切る妙な音がして、サソリは反射的にチャクラ糸を操る。
傀儡人形が守るようにサソリの眼前に佇んだかと思うと、直後、破壊された。



「チッ、」

傀儡人形を拳で粉砕した相手から、サソリは距離を取った。
先ほど、自分の傀儡人形を殺到させた場所を振り仰ぐ。



複数の人形に全身を刀で突き刺されている────いのの姿が確かにある。
だが、その瞬間、その場に白煙が舞い上がった。




「【影分身】か…!」
「ご名答。私の親友の得意な術よ」


ただの【分身】とは違って、実体がある【影分身】。
いつの間にか、サソリの操る傀儡人形に変化して、【赤秘技・百機の操演】に紛れ込んでいたいのは、口許に弧を描いた。



「やるな、小娘……」
「アンタもね」


今の一撃でサソリを倒すはずだったいのは、内悔しげにしながらも、拳を前に構えた。



サソリの傀儡人形を次々と操っていたのは、サソリの推測通り、いのである。
山中一族に伝わる秘伝────【心転身の術】を使ったのだ。

相手に自分の精神をぶつけ、相手を乗っ取る術は、強い精神力の持ち主には抵抗されるという欠点がある。
しかしながら、元々、精神がない人形相手なら、話は別だ。

もっともこの術は、以前まではシカマルに相手の動きを止めてもらった上で、使っていた。
しかしながら、修行の成果で、対象が動いていても身体を乗っ取る事が可能となったのだ。
ただし、精神をぶつけて身体を乗っ取る事が出来るのは、現状では直線上の相手のみ、という欠点がある。そして、相手の身体を乗っ取っている際、自分の身体が無防備になってしまうのも変わらないままだ。


よって、その間、無防備になってしまう己の身体はチヨに操ってもらい、いの自身の精神はサソリの傀儡人形を乗っ取っていたのである。
サソリに破壊される間際に、他の人形へと精神を飛ばし、そしてまた、サソリに攻撃を繰り出す。



そうすれば、おのずとサソリの傀儡の数は減るに加え、サソリの得物を奪うことも出来る。
傀儡師のチヨがいるからこそ、出来る作戦だ。




「どうやら、俺の傀儡を操っていたのはお前のようだな」

(流石ね…この術のカラクリに気づいたか)



サソリの発言に、いのは表情にこそ動揺を露わにしなかったが、内心、感嘆する。


自分が術を使って傀儡の制御を奪っていると、サソリが気づいたらしいのを見て取って、いのは一度、本体に戻ると、秘かに影分身をつくったのだ。
そして、いの自身はサソリの傀儡人形に変化したのである。


中忍試験の予選試合で、波風ナルが使用した作戦。
赤丸にすかさず変化し、キバを騙して勝利へと繋がった親友からヒントを得て、いのは影分身を自分と見せかける。

もっとも、『木ノ葉崩し』において、カンクロウと闘った犬塚キバも同じような方法を使っているとは、流石にいのも知る由は無かった。





(だけど、チャクラの消耗が激しいから、【影分身】はこれっきりね…)

【影分身の術】は、分身体の数だけ本体のチャクラも等分される為に、チャクラの少ない者が使えば、消耗も大きい。それなのに、【多重影分身】で何人もの影分身を生み出すナルに、改めていのは感心していた。




戦闘態勢のいのをじっと見ていたサソリは、不意に【赤秘技・百機の操演】の術を解いた。
百体よりは随分数は減ったものの、それでもまだ残っていた傀儡人形が掻き消える。

傀儡師の武器である人形を急に巻物へ仕舞い込んだサソリに、いのは怪訝な表情を浮かべた。



「…どういうつもり?」
「なぁに。これ以上、俺のコレクションの数を減らしたくないだけだ」


いのに操られ、襲い掛かってきた自分の傀儡をサソリ自身も破壊していた為、せっかく百体揃っていた【赤秘技・百機の操演】が、名の通り、百機では無くなっている。

このまま、戦闘を続けていても、数は減るばかり。
それならば。






「暁に入った時のいざこざ以来だ。いつだったかなぁ~…」


黒衣のボタンに指をおもむろにかける。
徐々に露わになるサソリの身体を前にして、いのと、そしてチヨの眼が大きく見開かれる。



「ああそうだ。坊に完膚なきまでに破壊された時、だったか…」


無謀にもナルトに戦いを挑んだ挙句、一瞬で粉砕されてしまった昔の出来事を思い出しながら、サソリは皮肉げに自嘲の笑みを零した。



己の全身を纏っていた、暁の外套。
黒衣が、するり、と地面に滑り落ちる。

それを脱ぎ去ったサソリの身体を眼にして、チヨは愕然とした表情を浮かべた。
直後、顔を顰める。

「……変わらんはずじゃ…」




背中から、シャキン、と刃物が飛び出す。
腹部から伸びるワイヤー。先端を地面に突き刺すと、所々から毒が滴り落ちてゆく。



自らを傀儡化したサソリは、己の腹から伸びるワイヤーに足をかけると、生気の無い冷ややかな瞳で、いのとチヨを見下した。







「なんにせよ久方ぶりだ…────自分を使うのはな」 
 

 
後書き
大変お待たせしました…!

いのの力、こういう戦闘なら、上手く活用できるのではないかと…。
ただし、捏造多数なので、もし間違っていても眼を瞑ってください。ご了承願います。 

 

十四 しずめゆく者

 
前書き
ギリギリ更新、申し訳ありません~!!
いい加減、風影奪回編終わらせたいので、ささっと駆け足で書いちゃってます。
場面もコロコロ変わるので読みにくいかもしれませんが、ご容赦ください!
どうかよろしくお願いします!


 

 
熱いあついアツイアツい…。
腹の奥で溶岩が煮え滾っている。

殺意・憎しみ・怒り・悲しみ…様々な負の感情が熱を以って、ナルの身体を蝕む。
へそのあたりがどろりと溶けて、真黒い闇が顔を覗かせる。


閑散とした回廊。
熱く燃えたぎっている空間で、彼女は仰向けに横たわっていた。

ぽこりぽこりと、耳元で弾ける水泡。床一面を満たす水が熱を伴い、やがて蒸発していく。

しかしながら一向に空間には水が減らない。
否、一見、水に見えるが、どろりと粘着性のある汚泥のようなモノが彼女の全身を沈ませていく。


それは殺意と憎悪を多分に含んだ負の感情。

感情に流され理性が沈むゆくのを感じながら、ナルは瞼を閉ざした。
目の前に広がる巨大な鉄格子の向こうから、自分を呼ぶ強大な存在から眼を逸らして。


負の感情に、身を委ねた。




















「…風影を餌に、人柱力を誘き出すってアイディアまでは良かったんだけどなぁ…うん」

紅い雲模様の衣を纏うデイダラは、茂みに隠れながら(さながら、人柱力が纏ってるチャクラは九尾の衣か…)と息を顰めた。


ぽこり、ぽこり。
人柱力から迸る殺気とチャクラ。

眼に見えるほどの凶悪な九尾のチャクラに、デイダラは軽く口笛を吹く。面白いモンが見られたな、と眼を細めると、彼はそのまま視線を落とした。




失った両腕の代わりに、パタパタとはためく『暁』の外套。

風影であり一尾の人柱力である我愛羅の攻撃で片腕を失い、今しがた、はたけカカシの瞳術でもう片一本持っていかれた。
だが、腕だけで済んだのは僥倖だろう。全身を持って行かれても仕方のない状況だったのだ。

あの時、視界の端で飛んでいた蝶が今も、九尾の人柱力の傍で舞っている。意外にも九尾チャクラで燃えない蝶を何の気もなく眺めながら、デイダラは茂みの奥に身を潜めた。



「やっぱり最大の誤算は、あの写輪眼のカカシを振り払えなかった事だな…、うん」


おそらく九尾の人柱力だけでは、自分が追い詰められる現在の状況にはならなかっただろう。猪突猛進タイプの行動は読めやすいからだ。もっとも、急に力を増し、妙な技で自分を翻弄した点は評価に値する。

一気に獣染みている今と違い、あの時は目尻に紅色があった気がするが、錯覚だろうか。
とにかくも、我愛羅を奪われ、死んでいる彼を見て九尾の人柱力が激昂しているこの現状をどうにか突破しなければならない。





「これまでか…」

九尾のチャクラを身に纏うナルが視線を周囲に奔らせている。自分を捜しているのだ、とデイダラは察した。

もっとも幸いな事に、九尾の人柱力は我を忘れている。
追い駆けてきたカカシも、辺りの木々をなぎ倒しているナルを正気に戻すので手一杯。
逃げるチャンスはある。











「近い内にまた相手してやるよ…うん」
「そう言わず、今、相手してもらおうか!!」



背後から聞こえてきた声に、デイダラは反射的に地を蹴った。寸前まで自分がいた茂みを見やると、スッパリ綺麗に切り揃えられている。


足裏にチャクラを定着させ、大木の幹上で横立ちになって見下ろすと、大きな扇を掲げたくノ一の姿があった。彼女の後ろには、妙な瞳をした黒髪のくノ一がいる。
彼女は、デイダラがいる方向を寸分違わず、真っ直ぐに見つめていた。




(あの眼…!)

写輪眼と並び、木ノ葉に伝わる【白眼】。
その眼を使い、死角から接近してきた二人のくノ一を、デイダラは内心、感嘆しながら口許に弧を描く。


両腕を失っても猶、不敵な笑みを浮かべるデイダラに、ヒナタは一瞬怯んだ。
だが、ヒナタの先導でこの場に辿り着いたテマリは、むしろ果敢として扇を更に広げてみせる。




「その紅い雲模様…お前が我愛羅を攫った『暁』か」


デイダラの外套をちらりと見遣って、テマリは扇を握る手に力を入れた。







つい先ほどまで、風影の不在が公になれば、他の里が攻めてくる可能性もあるという、里を第一に考える上層部の決定で、彼女は国境警備を余儀なくされていた。

バキの口添えやカンクロウのおかげで、我愛羅を追っても良い事に決まった途端、テマリは砂隠れの里を我先にと飛び出したのだ。

連れ去られた我愛羅、そしてサソリと応戦し、負傷したカンクロウ。
姉としてどうしても許せなかった。


ひとり、深追いしようとしていたテマリは、誰かに呼び止められ、ようやく足を止める。
その相手こそ、ナルといの達に一刻も早く合流しようとしていたヒナタだったのだ。

彼女の【白眼】でデイダラがいる場所を特定し、現在ようやく、テマリは弟達の仇と相まみえる事が出来たのである。



扇を振り翳し、テマリはデイダラを強い眼差しで、しかしながら油断なく睨み据えた。








「我愛羅を……──弟を返してもらおう…っ!!」





































熱いあついアツイアツい…。
殺意・憎しみ・怒り・悲しみ…様々な負の感情が汚泥となって、ナルの身体を蝕む。


《おい…お前、》

鉄格子の合間からナルを呼んでいた九尾は、ハッ、と鼻をうごめかした。


かつて会った、そして会いたくなかった相手が、ナルの身体を引っ張り上げている。


汚泥からずるり、と彼女の身を救った相手を、九尾は剣呑な眼つきで見据えた。


《貴様……》
「久しぶりだね、九喇嘛」




ナルの身を沈ませようとしていた汚泥が、彼が足を打ち鳴らすと、澄んだ水へと忽ち変わっていく。
熱気に溢れていた回廊も、清浄な空気が吹き抜け、いつもと同じ、静けさが戻ってくる。


唯一、いつもと違うのは、この場にはいないはずの存在がいるという事だった。


《小僧…ソイツに何をした?》
「変わったねぇ、九喇嘛」


ぐったりとしているナルの身を案じているらしい九尾に、ナルトは微笑ましげに微笑する。

まだ九尾チャクラに翻弄され、理性を失う事もあるけれど、意外と人柱力と尾獣の関係は概ね良好な関係らしい。
心配していない風情を装ってはいるものの、ナルを気にしている様子を見て取って、ナルトはゆるゆると双眸を細めた。



ナルが九尾チャクラを纏ったと理解した瞬間、ナルトは己のチャクラを蝶へ宿した。そうして、九尾チャクラと蝶が接触するや否や、自分のチャクラがナルに注ぎ込むように施したのだ。
彼女を落ち着かせる為、内部からの精神安定を試みたのである。





「ナルを…これからもよろしく頼むよ──九喇嘛」



見事、落ち着かせたナルの髪を撫でる。自分と同じ、だけどナルトよりずっと長い金色の髪がさらさらと指の間をすり抜けていく。

額に汗でへばりついた前髪を掻きあげて、「もう…大丈夫だよ」と彼は囁いた。

その優しく穏やかな眼差しは、確かに、兄のものだった。







そうして、次の瞬間には、九尾の前からも、そしてナルの前からも、ナルトの姿は消えていた。








































ぽこり、ぽこり。
ナルから迸る殺気とチャクラ。

髪留めが燃え尽き、二つに結わえられていた長い金の髪が風に靡いている。


眼に見えるほどの凶悪な九尾のチャクラに、カカシは冷や汗をつう…と流した。

(自来也様…恨みますよ)

風影奪還の任務ですぐさま木ノ葉隠れの里を出発した為、カカシは自来也からナルの近況について、何も聞いていなかった。ましてや、九尾チャクラが漏れた時の対処法など。



写輪眼を使った手前、既にチャクラは残り少ない。この状況で、九尾の封印が解けてしまったらとても太刀打ちできない。
おぶっていた我愛羅を木の幹に横たわらせ、九尾チャクラを纏わせるナルを見つめながらカカシは思案する。ふと、何処からか視線を感じた。おそらく、デイダラだろう。

しかし、今はデイダラどころではない。目の前のナルをどうにか正気に戻すのが先決だ。
そう思っていた矢先、彼女が急に立ち止まる。寸前までの殺気が一気に消え失せ、纏わせていた九尾チャクラも、徐々に消えていく。

九尾の尻尾のようなモノも掻き消えたかと思うと、ふらり、ナルの身体が揺れる。
倒れる寸前に、カカシは彼女を抱きとめた。




「ナル、しっかりしろ!」

気絶しているだけだとはわかる。だが、眼を覚まさない彼女が息をしているかどうかをカカシは確認した。
規則正しい息遣いを感じて、ホッと胸を撫で下ろす。



不可解な現象に訝しげにしながらも、カカシは安堵感のあまり、大きく嘆息したのだった。






































「あやつは…わしの手元を離れた時から、昔のまま……歳を取っておらん」


チヨの言葉を耳にしながら、いのは愕然と視線を往復させる。

腕と足は人間と同じと言っても過言では無いほどの精巧なつくりであり、人と見間違えるのは当然と言えた。
だが、腹部から伸びるワイヤーと、背中の刃物が人と同じつくりをしていない事実を露わにしている。


「その理由が目の前のアレじゃ」

苦々しげに呟くチヨの視線を受けて、サソリはかくんと首を傾げた。瞬きひとつしない、怖ろしいほど整った顔立ちが逆に恐怖を煽る。

自らを人傀儡にしたサソリは、立ち竦んだまま動かないチヨといのを交互に見やって、眉を顰めた。


「どうした?来ないのか?」


紅い雲模様の衣が足元に滑り落ちる。
『暁』の外套の近くで、全身の武器に仕込ませている毒が滴る。洞窟で反響する音が開戦の続行を宣誓した。



「ならば、こちらから行くぞ」

両腕を掲げる。関節の音と相違ない音を鳴らして、手のひらから噴射口が現れる。


【赤秘技・放炎海】。
高温の熱が岩を溶かす。サソリの両腕から発射された炎は洞窟内の壁さえ溶かし、外の光が射し込んでくる。



あたりが炎の海へと化していく。サソリに近づけもしない。
チヨの傀儡人形である【白秘技・十機近松の集】の傀儡人形がサソリになんとか接近しようとしたが、そのほとんどは近づく前に消し炭にされた。



見事な身のこなしで、いのとチヨはサソリの攻撃を避け続ける。
炎が一瞬途切れたのを見計らって、いのがクナイを投げた。
クナイは高熱にすぐさま、傀儡人形同様に、炭と化す。

(これじゃ、迂闊に近づけない…!)



逃げ場を徐々に失っていく二人。
岩壁に身を潜めながら、いのはチヨを捜した。いのと同じく、岩壁に隠れていたチヨが目配せする。その視線を受け取って、いのは大きく頷くと、手裏剣を取り出した。

再び投擲された手裏剣を見て、サソリは冷笑する。


「何度やっても同じことだ!」



手裏剣が高熱の炎でジュっと焼けていく。だが一枚の手裏剣が溶けていくのを目の当たりにしていたサソリの背中に影が落ちた。


「チッ、ばばあ…!!」

後ろから迫り来る【白秘技・十機近松の集】の傀儡人形。手裏剣で誘導し、背後からの攻撃を仕掛けたチヨが指を動かす。

手のひらの噴射口から炎を発しているサソリは、背中ががら空きだ。そこを狙う。


チヨの指の動きに倣って、傀儡人形が一斉にサソリの背中目掛けて、一斉に襲い掛かった。振り向く暇すら与えず、傀儡人形の影がサソリを覆う。影の中、サソリの指がピクリ、動いた。



「忘れてねぇか、チヨ婆…俺は傀儡師だぜ?」


先ほど脱いだ『暁』の外套。その衣がふわり、舞い上がる。
潜ませていた巻物が空を舞ったかと思うと、白煙が立ち昇った。





「懐かしい顔に会わせてやるよ、チヨ婆」

振り返る素振りすらせず、チャクラ糸で巻物を外套から取り出したサソリは、うっそりと眼を細めた。



瞬間、【白秘技・十機近松の集】の傀儡人形が急に動かなくなる。
関節がギギギ…と唸り、動きが鈍っているのを見て取って、チヨは己の指に巻き付けてあるチャクラ糸を訝しげに見下ろした。しっかり結わえられているチャクラ糸を確認する。


直後、視線をサソリに戻したチヨは、言葉を失った。
愕然として立ち竦むチヨに、いのが駆け寄る。咄嗟に、チヨを庇ったいのは、サソリの傍に見知らぬ人形が浮かんでいるのを視界の端で捉えた。




「【砂鉄時雨】!!」


ぶわり。
虫のような微小な粒状がサソリの周りで浮かんだかと思うと、一斉に飛び散った。それらはチヨの傀儡人形を正確に狙い撃つ。


散弾の如く、降り注いだ時雨。
雨が止んだ頃には、サソリの足元には、チヨの傀儡人形の残骸があった。





【白秘技・十機近松の集】を一瞬で全滅させたサソリを、チヨは苦々しげに睨み据える。


十年以上も前、消息不明となっていた三代目風影。
八方手を尽くしたが見つからなかった砂隠れの里長が、今、目の前にいる。


サソリの人傀儡として。






傀儡化した己自身、更に傀儡師として人形を操っているサソリは「これで二対二だな…」と空々しくチヨといのに視線を交互に向けた。



「どうした、チヨ婆さま?感激のあまり、声も出ないか?」


【白秘技・十機近松の集】の残骸を踏みしめる。
己のお気に入りの傀儡を披露してみせたサソリは、冷ややかな笑みを口許に湛えた。









「とっておきを見せてやるんだ────とくと御覧じろ」

 

 

十五 始まりの傀儡


──三代目風影。


かつて歴代最強と謳われた彼は、突如、砂隠れの里から姿を消した。
里の者達は八方手を尽くして必死に捜索したが、とうとう見つからず。

しかしながら、あれほど強い風影が死ぬはずはないと、砂忍の暗部には秘かに調査を続けさせていた。




その風影がまさか、サソリの手に墜ち、人傀儡として再会するとは。

サソリの祖母であるチヨは、思いも寄らなかった。













「どうだ?懐かしい顔だろう?」
「サソリ…お前が、」

風影を殺して己のコレクションに加えた実の孫を、チヨは憤怒の形相で睨み据える。



「なんだ、その顔は?隠居した婆が三代目の敵討ちでもするってのか?」

祖母の険しい表情を見やり、サソリはハッ、と鼻で嗤った。


「──ご苦労なこった」




整った顔立ちに浮かべる冷笑。
なまじ顔が綺麗なだけ、サソリの冷ややかな笑みに、いのは背筋を凍らせる。
顔を引き攣らせる彼女の隣で、久方ぶりの三代目風影を目の当たりにして驚きつつも、チヨは平然たる表情で口を開いた。


「隠居の身でもわざわざ重い腰を上げてみるもんじゃわい。新たな事実の発覚がこのような形で得られようとは思いも寄らなんだ。我が孫が悪党に身を堕とすだけならまだしも、里を裏切り、三度までも風影に手をかけようとは…」



一度は三代目風影。
二度は四代目風影。
そして、五代目風影である我愛羅。


我愛羅の父──四代目風影を殺したのは大蛇丸だが、それを手引きしたのはサソリだと語るチヨ。
その話に、サソリは不服げに「おいおい」と片眉を吊り上げた。


「四代目ってのは俺は知らねぇぜ?手引きは俺の部下がやったものだ」
「ならばお前がやったも同然じゃろう。部下の監督不行き届きは、サソリ…お前に責任がある」
「勝手に濡れ衣を着せるんじゃねぇよ。俺は自分の尻拭いも出来ねぇようなヤツは部下になんざしねぇ。大体、今のアイツは大蛇丸の部下だ。ってことは大蛇丸が責任取るのが筋ってもんだろーが」


ハッ、と吐き捨てたサソリに、チヨはなにか言いたげに口を開いたが、結局言葉を発さずに噤んだ。もはやかける言葉も見つからないのか、黙り込んだチヨを流し目で見遣ってから、サソリはふ、と口許に笑みを湛える。


「まぁ俺の部下が手引きしたと調べたところまでは褒めてやる。確か──『木ノ葉崩し』だったか?大蛇丸の野郎も、なかなかやるな」


その発言に、いのがピクリと反応する。

木ノ葉の里に多大な被害を与えた、木ノ葉の忍びにとっては悲劇に他ならない事件。
それを愉快げに語るサソリを、いのは激しく睨み据えた。


「…アンタは絶対捕まえて、大蛇丸のことを吐かせてやる…!」




いのの決意を込めた強い眼光を、サソリは柳に風と受け流す。
そうして、涼しい顔で「そろそろ、お喋りはお仕舞いにしようぜ」と軽く首を捻らせた。紅い髪がさらっと靡く。




「さて、やるか」


瞬間、三代目風影がいのに迫る。
生気のない瞳が、獲物を捉えた。チヨが咄嗟に指をくゆらせる。
感情の無い真顔で、サソリはひゅうっと口笛を吹いた。


「やるなァ、ばばあ」


残骸と化したはずの【白秘技・十機近松の集】。寸前破壊されたばかりの己の傀儡人形を防御壁に利用する。


いのを守ったチヨに賛辞を送ったサソリは、そのまま流れるように手首を軽く振る。指先のチャクラ糸が十字を切った。
すると、三代目風影の腕のカラクリがひとつ、ひとつ、開いていく。腕に仕込まれた札が露わになったのを一目見るなり、チヨは慌てて、いのに繋げたチャクラ糸を引き戻した。


「おせぇよ!!」



サソリの指の動きに従い、開放された札から数多の腕が出現する。
三代目風影の傀儡の腕から、同じような腕が何本も何本も重なって、束になっていく。

傀儡の腕に仕込まれたその手の数は、およそ千。



【千手操武】の名の通り、数多の腕がいのに向かって伸びてくる。束になっているそれはもはや、巨大な大木の幹のようだ。

しかしながら、やはり先端は、手の指が密集していた。チヨが咄嗟にチャクラ糸を操る。
重圧感を放つ大木の如き腕が真上から襲い掛かってくるのを、いのは見た。






「──いのっ」

地面に突き刺さる勢いで殺到する。土煙を濛々とあげるその先に向かって、チヨは叫んだ。
まともに、千本もの腕の猛攻を受けたいのは、黒煙の中、姿が見えない。
いのの身体を操るチャクラ糸を構えたまま、チヨは眼を凝らす。


煙が晴れていくにつれ、全貌になっていくのは、千本の腕で形作られた檻。

地面に深々と突き刺さっているその腕に阻まれて、いのの姿は見えない。
腕の檻に閉じ込められたいのの安否を、チヨは気にする。
その一方で、三代目風影を操り、【千手操武】を披露したサソリは、ぴくりと指を小刻みに揺らした。舌打ちする。




(──仕損じたか。運の良い小娘だ)

傀儡人形の反応から、獲物はまだ死んでいない。
指の感触だけで、いのの無事を確認したサソリは眉を顰める。

同様に、いのに結び付けたチャクラ糸から、チヨも彼女の生存を確かめた。
ほっと息をつく間もなく、サソリの次なる一手に警戒する。




サソリが小指を軽く折った。先手を打たれる前に回収せんと、チヨはチャクラ糸を引っ張り上げる。
チヨの指の動きに従って、千本もの腕の攻撃を上手く回避できたいのが、檻から抜け出た。


いのの姿がサソリとチヨの間で、空を舞う。しかしながら、チヨに回収される前に、サソリは既に次の一手を打っていた。




腕の檻。その内の一本から仕込まれた何かが噴出される。

それは毒々しい色を孕んだ煙。


サソリの身体に、そして三代目風影の傀儡にも仕込まれているモノと同じ色を帯びたソレは、檻から逃げ出した獲物を追うように迫りくる。


「毒か…!!いの!!」


逸早く毒煙だと気づいたチヨが叫ぶ。チヨの指示に従い、いのは息を止めた。
濛々と立ち込める紫紺の煙はたちまち、いのの身体を包み込む。




「毒煙なら、動きは関係ねぇぜ?」


どんなに運動神経が良くても、煙という気体なら逃げられようがない。回避不可能だ、と言外に冷笑するサソリを苦々しげに睨んだチヨは、即座にチャクラ糸を引っ張る。毒煙から引っ張り出そうとしているのを見て取ったサソリは、「させるか」と開いていた手を軽く握った。

すると、千本もの腕で形成された檻から、今度は別の噴射口が出現する。新たな噴射口から飛んできたソレを、チヨは直観で弾き返した。



「ほお…?」

自分の元へくるくると回転しながら飛来してきたソレを、サソリは軽く首をめぐらすことでかわした。

背後に落ちた、ロープつきクナイ。それを巻きつかせる事で、いのを毒煙の中に留めさせようと考えていたサソリは、思惑が外れた事に、逆に感心めいた表情を浮かべた。



「かわすと思っていたが、なかなかどうして……勘が良いじゃねぇか、チヨ婆」


チャクラ糸を手繰り寄せ、いのを無事に毒煙の包囲網から脱出させたチヨを称賛する。
そのままいのがチヨの元へ戻るその前に、サソリはひそやかに双眸を細めた。



「だが、忘れてねぇか…?」



刹那、背後から風を切る音がして、いのは反射的に身を捻らせた。激しい痛みが肩を掠めていく。





「あぐ…ッ」
「いの!!」


毒煙を抜けて、チヨのほうへ戻ろうとしていたいのの身体が、ガクリと崩れる。
肩を押さえるいのを目にして、チヨの顔が青褪めた。



いのの肩。押さえている手からも、どんどん液体が溢れ出る。
それは、血だけでなく──。





「俺は傀儡師であると同時に、」


紫色の毒を滴らせたワイヤーを腹部から伸ばしたサソリが、双眸をゆるゆると細めた。








「俺自身も傀儡なんだぜ?」

































































「チッ…!ちょこまかと…っ」


巨大な扇を翻す。


扇の動きを見て取って、デイダラは素早く幹を蹴った。途端、寸前まで自分が立っていた大木が、ずずん…と地を揺らして倒れゆく。
スパッと綺麗な切り口を残して切り刻む烈風に、デイダラは眉間に皺を寄せた。



(このままじゃ、隠れる場所が無くなんぜ…うん)


森中の木々を全て切り落とす勢いの風を操るテマリ。
攫った人柱力である我愛羅と同じ砂忍らしい彼女の攻撃に、デイダラは辟易していた。そのまま視線を、テマリの隣の存在へ移行させる。


(まぁその前に…あの眼の前じゃ、隠れようにも隠れられないんだがな…うん)

写輪眼と並び、木ノ葉に伝わる【白眼】。
どんなに隠れようと身を潜めようと、この眼の前では全てを看破される。



「さて、どうすっか…」

風の猛攻をのらりくらりとかわしながら、頭を悩ますデイダラの傍を何かが通る。
我愛羅とカカシによって失った両腕の代わりに、ひらひらと風にたなびく『暁』の外套。

黒衣に映えるその白に眼を留めて、デイダラはハッ、と辺りを見渡す。





ひらひらと、自身を先導するかのような蝶。

どこかで見たことのあるその白に、デイダラは視線を周囲に這わせた。


(……近くにいんのか…?───ナル坊)































ぽたり。


ぽたり、と血が滴り落ちる。
暗紅色と紫紺色が雑ざり合い、黒々とした赤紫色の液体が、度重なる戦闘で罅割れている地面に滴下した。



三代目風影を正面から襲わせ、傀儡化した自身のワイヤーで後方から攻撃する。
己自身と傀儡人形を同時に使ったサソリは、いのに駆け寄ったチヨを冷酷に見下ろした。


いのの肩口から溢れる血と紫紺色の毒。

眼を見張るチヨに、サソリは冷酷に真実を告げる。



「もう気づいていると思うが…このワイヤーにも毒が塗り込ませている」


カンクロウを戦闘不能に陥らせた毒。

それを己の腹部から伸びるワイヤーにも、そして背中の刃物にも、それどころか全身の武器に仕込ませているサソリは、間髪を容れずに指を動かす。

鍵盤を滑らかに躍らせるかのような指の動き。その動きに従い、三代目風影が身体の向きを変えた。



「毒煙を回避したつもりだったろうが、残念だったな…小娘はもう動けまい。あとは婆…てめぇだ」


俺の毒を喰らったヤツの末路は知っているだろう?と、サソリは冷ややかな眼差しでチヨを見下ろす。



じわじわと身体の自由を奪い、やがて死に至らせる猛毒。すぐに身体が痺れて動けなくなり、僅か三日の命という瀕死状態になる。

たとえ、掠り傷ひとつでも、毒を染み込ませたワイヤーの攻撃を肩に受けたのなら、いのはもう戦闘員ではない。
動けないまま、傀儡師同士の戦闘を見るくらいしか出来やしない。



毒の強さをよく知っているサソリは、もはやいのなど眼中に無かったが、やがて、苦しげに呻きながらも必死な声が耳に入ってきて、顔を顰めた。



「……さっきも…言ったけど…っ!」


毒が廻ってきているのか、足が痺れる。けれどもなんとか立ち上がろうとするいのは、霞む視界の向こうにいるサソリを睨み据えた。


「お、…大蛇丸のことで、き、きかなきゃいけないことが山ほどある…!だから、アンタは…絶対…っ、」



かつて、『暁』でパートナーだった大蛇丸のことを話したサソリは、うんざりとした表情でいのをチラッと見やった。
そのまま続けて啖呵を切ろうとする彼女を無視し、指をくいっと動かす。




三代目風影の腕に仕込まれていた数十本のクナイ。
それらが一斉に、いのに向かって投擲される。


迫り来る刃物に、いのは咄嗟に反応できなかった。
否、もはや身体が毒で、指一本、動くことすらままならなかった。



ギュッと眼を瞑る彼女の耳元で、刃物が風を切る音が響いた。




























「女が喋ってる時は、男は静かに聞いてやるもんじゃ。わしはそう、お前に教えたはずじゃったがのう」
「ふん…そんな遠い昔のこと、とっくに忘れちまったよ」


二つの巻物を手にするチヨ。自分を庇った二体の人形の背中を、いのは見上げた。
チヨの巻物から出現し、そしてチャクラ糸の繋がれているその二体は傀儡には変わりないはずなのに、どこか懐かしい感じがした。


そう──木ノ葉の里にいるであろう、自分の父と母。


両親を思い浮かべるような背中だと、眼を瞬かせるいのを、チヨは下がらせる。
二体の傀儡人形を眼にして、サソリは「ああ…」と気のない声をあげた。



「それか…」
「憶えておったか…」
「一応、作った人形には思い入れがあるんでね」

軽く肩を竦めるサソリ。
はぐらかすようなその物言いに、彼の心の内を見定めようと、チヨは瞳を細めた。

「そうじゃ…」

項垂れる二体の傀儡を通して、実の孫の真意を探る。






「お前が作った最初の傀儡──」


項垂れていた赤い髪の人形が顔を上げる。その髪の色は、サソリの髪とよく似ていた。


「『父』と──」


項垂れていた長い髪の人形が顔を上げる。その美しい面差しは、サソリの整った顔立ちによく似ていた。



「──『母』じゃ」









待ちわびていた存在を前にしながらも、興味のない風情を装う。
無関心な態度をわざと取るサソリに対し、チヨはむしろ彼が憶えている事に、驚愕の表情を浮かべた。




「俺の作った傀儡で、俺の傀儡と殺しあおうってか?くだらねぇ」


吐き捨てる言葉とは裏腹に、かつて己が拙いながら必死で作り上げた人形を、サソリは静かに見つめる。
















その瞳には、人知れず、懐古の色が確かに宿っていた。
 
 

 
後書き


大変お待たせしました~!!

いのが足手まといな感じに見えるかもしれませんが、これからですので、ご容赦ください!
原作沿いですので、原作の流れですが、微妙に違う展開になっていきますので、どうかこれからもよろしくお願いします~!! 

 

十六 蹉跌をきたす

 
前書き
お待たせしました!
捏造多数です。矛盾する箇所もあると思いますが、眼を瞑ってくださるとありがたいです。
どうかご了承お願いします!


 

 
白い蝶。

ヒラヒラと花びらのように舞う蝶に導かれて、デイダラは木を蹴る。


追い駆けてくる追っ手。砂忍のくノ一と木ノ葉のくノ一に注意しつつ、彼は白い蝶の行方を眼で追った。

「おっ」


視線の先で捉えたソレに、デイダラは歓喜の声を上げる。

起爆粘土の巨鳥の頭。我愛羅を咥えていた鳥の残骸だ。

ナルに引き裂かれた鳥の一部。風影を助ける為に手で掘ったらしく、あちこちに飛び散っている粘土を眼にして「荒っぽく掘ってくれたな、うん」とデイダラは苦笑した。

「────だが、好都合だ」


上手く小さな塊が散乱している光景。木に飛び移ったデイダラは粘土を口に咥えると、軽く咀嚼する。
ぷっと吹き出すと、先導してくれた蝶とそっくりの姿をした起爆粘土がひらひらと空を舞い始めた。

両腕があればもっと早く蝶型の爆弾をつくれるのだが、とデイダラは腕のない我が身を見下ろした。

片腕は我愛羅に、もう片腕ははたけカカシによって失なったものだ。

もっとも既に小さな塊が散乱しているので、粘土を千切る必要性はない。皮肉にも、我愛羅を助けようとしたナルの行いが、両腕のないデイダラに攻撃手段を与えてしまったのである。

その上、カカシは現在、暴走したらしい九尾の人柱力のほうにいる。逃げるなら、今がチャンスだ。


「感謝するぜ…九尾の人柱力」





鬱蒼とした森の中。木立の合間を駆け抜けていた木ノ葉のくノ一…ヒナタは、ハッ、と目線を上方へ向けた。

「見つけました…!」


【白眼】でデイダラの足取りを追う。ヒナタの導きでデイダラを追っていたテマリは、扇を構えたまま、彼女の視線の先を追った。


木の上。そこで『暁』の衣をなびかせているデイダラの姿を激しく睨み据える。

攻撃しようと扇を振りかぶったテマリは、ヒナタの「テマリさん…!」と注意を呼び掛ける声に、ハッ、と周囲を見渡した。


いつの間にか、数多の蝶に取り囲まれている。


白い蝶の群れ。
ひらひらと飛び交う蝶型の爆弾の中心で、デイダラは口角をくっと吊り上げた。




「綺麗だろ?こうすりゃ、もっと芸術になるぜ…うん!!」




刹那、緑一色の森に白煙が立ち昇った。



































もはや洞窟とは言えぬ空間。
そこでは、刃物と刃物がかちあう音が響き渡っていた。


チヨの人形────【父】が手にする刀が、三代目風影の繰り出す歯車と拮抗し、ガチガチと甲高い音を打ち鳴らす。
【母】が振るう茨の如き鞭から逃れた風影が腕から刃物を出せば、再び【父】の刀が襲い掛かる。



激しい攻防戦を繰り広げる傀儡人形。

それらの操り人は繊細且つ正確に指を素早く動かしている。目にも留まらぬ早業で踊るチャクラ糸が、その先に繋がる人形同士の戦闘を展開していた。


【父】と【母】を操るチヨが真剣な顔つきであるのに対し、サソリはどこか楽しげに三代目風影を操っている。祖母と孫の真剣勝負をどこか楽しんでいるかのような風情だった。



甲高い唸りが残響となって轟く。刃物と刃物がガチガチ噛み合って、火花が散った。

チヨの【父】【母】の傀儡二体と、サソリの三代目風影の、どちらも一歩も譲らぬ白熱した戦いを、いのは固唾を呑んで見つめた。三体の傀儡、特に三代目風影を注意深く観察する。


毒で、指一本自由に動けぬ我が身を、いのは苛立たしげに見下ろした。自分を庇って戦うチヨの小さな背中の影で、足手纏いの己を叱咤する。

(……今、修行の成果を見せないと、)




いのの瞳に強い決意の色が宿ると同時に、人形同士が一斉に離れた。激しい金切り音が未だ残る中、人形はそれぞれ傀儡師の許へ戻っていく。
双方の持つ得物の歯零れが激しい戦闘を露わにしていた。



チヨの人形である【父】と【母】のぶっつり千切れた鞭とボロボロに欠けた刀に、視線をやったサソリは、次いで己の傀儡を見た。歯車も仕込み武器も、もはや見る影もないほど刃部分が丸みを帯びており、使い物にならなくなっている。



反してチヨは、次の攻撃の対策として、即座に【父】と【母】の新たな仕込み武器を二体の腕から出現させた。今度は寸前とは逆で、【父】が鞭を手にし、【母】は刀を構える。

武器として成り立たなくなった三代目風影の得物を一瞥した後、互いの武器を入れ替えたチヨの二体の人形を見て、「少しはいじってるみたいだな…」とサソリは双眸を細めた。



「グレードアップしてんじゃねぇか…面白い。それなら俺もお礼に、懐かしいモノを披露してやるよ」


サソリの言葉に、油断なく構えていたチヨの片眉がピクリと動いた。嫌な予感がする。

チヨの怪訝な視線の先で、三代目風影がカタカタカタと音を鳴らして口を開いた。
そこから漏れ出すそれらに、顔を顰める。予感が的中したと、チヨは悟った。


「やはり、その傀儡……三代目の術を、」
「久しぶりだろ。この術で三代目風影は『最強』と謳われたんだからな」




砂隠れの里で最も恐れられた武器────『砂鉄』。

練り込んだチャクラを磁力に変えることができる特異体質から、三代目風影が編み出した術だ。あらゆる形状に砂鉄を変化させ、状況に応じた武器を作り出す。


自身が操る『父』と『母』の普通の傀儡人形とは根本的に違う。
生前のチャクラを宿した人傀儡の三代目風影を前に、チヨは冷や汗を掻いた。

【人傀儡】最大の利点を発動したサソリは、己のお気に入りコレクションを見せびらかすかのように、くっと口角を吊り上げる。




絶体絶命の危機に、せめていのを逃がそうと促すチヨを尻目に、「もう遅いんだよっ!」とサソリは足を踏み込んだ。同時に、三代目風影の周囲に漂う砂鉄が微小な粒状へと変化してゆく。



「【砂鉄時雨】!!」


刹那、砂鉄の弾丸が一斉にチヨといのを襲う。

散弾の如く降り注ぐ砂鉄に、チヨは咄嗟に【母】を操る。
いのを助けた傀儡人形を操る傍ら、己自身は【父】の傀儡人形に鞭を振るわせた。砂鉄の弾丸を弾く。


鞭を自在に操って砂鉄の雨を次から次へと弾く【父】を目の当たりにしても、サソリは顔色ひとつ変えなかった。
それどころか、「おいおい…攻撃を受けてよかったのか?」と呆れの雑じった声をあげる。


【父】の傀儡人形を操って、【砂鉄時雨】の猛攻から身を守ったチヨは視界の端で、いのの安否を確認する。
【母】に庇われた彼女の無事な姿を認め、ほっと息をついた直後、指先に違和感を覚えた。

指を動かして、そこで初めて、己の失態に気づく。


鞭を持っている【父】の腕。
それが、ギギギ…と嫌な音を軋ませるばかりで動かない。



(砂鉄で……身動きが、)
「防ぐんじゃなく、かわすんだったな」

チヨの表情の変化に逸早く気づき、口許に弧を描く。一枚上手だった孫に、チヨは「ワシともあろうものが…」と歯噛みした。

砂鉄が傀儡人形の腕に潜り込んだせいで、動きを封じられたのだ。
三代目風影のこの術は回避しなければならないと知っていたはずなのに、いのを守るほうに気を取られて判断を誤ってしまった。
今回は幸運にも【父】の片腕と鞭だけで済んだが、三代目風影の磁力がある限り、傀儡人形では勝ち目がない。


(どうしたものか…)

いずれ、傀儡人形は三代目風影の砂鉄で動かなくなるだろう。しかしながら、いのはサソリの毒にやられて動かない。
どうにかこの形勢不利を打破しなければならない。


思案に暮れるチヨは、ふと、自分の前に立ちはだかった影に目を瞬かせた。


「いの…」
「チヨ婆様、私の身体を使ってください」


気丈にもチヨの傀儡になると発言するいのに、「しかし、おぬしの身体では…」とチヨは困惑する。毒に侵された身、立っているのもギリギリなはずだ。

カンクロウが三日間苦しみ悶えた毒。
その強い毒性は、治療したいの自身がよくわかっている。動けば動くほど毒の巡りは早まり、死へのカウントダウンも差し迫ってくる。

にもかかわらず、戦う意志を見せる彼女の背中に、チヨはどこかしら既視感を覚えた。





「それに…私はこんなところで立ち止まってられないんです」

チヨに背中を向けながら、いのは強い口調できっぱりと宣言した。


「私の親友…その子の眼を覚まさせるまでは」







大蛇丸の許へ、サスケと共に行ってしまった春野サクラ。
彼女を一発殴って眼を覚まさせるまでは、死ねない。死なない。

ナルと一緒に、サスケとサクラを取り戻すまでは、いのはこんなところで足踏みするわけにはいかなかった。
前に進まなければならない。



「大丈夫。私に考えがあります」

毒で全身が痺れ、今にも意識を失いそうになる。だが、あれは最終手段だ。それまではなにがなんでも、使うわけにはいかない。

毒による激痛を押し殺し、いのは肩越しに振り返った。毒で青褪めながらも、微笑んでみせる。



「だから、私の身体……頼みますね、チヨ婆様」

毒で痺れる身、自分では動けなくともチヨのサポートがあれば動けるだろう。それに、生身の人間ならば砂鉄で動きを封じることはできない。
更に、砂鉄の脅威があるとは言え、まだ【父】と【母】の傀儡人形は壊されずに済んでいる。


いののキッパリとした宣言に、チヨは眼を細める。
彼女の師である、五代目火影────綱手の背中が被さって見えた。



話し合いが終わったらしいくノ一を真顔で見ていたサソリは、呆れたように肩を竦める。

砂鉄でまもなく動けなくなる傀儡人形二体に加え、生身の人間を傀儡として操る算段らしいと彼は察していた。
いのにチャクラ糸をつけたチヨを、サソリは「おいおい…なかなかの冷血婆じゃねぇか」と野次る。

「毒で動けねえ小娘を無理に動かすってのか?ふ、まぁ俺の毒を受けたのなら、死んだも同然だがな」


人体にチャクラ糸を繋げて傀儡人形のように操る【操演・人身冴功】。
術の由来は、戦場で傀儡を失った傀儡師が屍を傀儡人形として操った事によるものだ。

その事も含めて、サソリは愉快げに唇を歪めた。

「天下の傀儡師も落ちぶれたものだ…死にかけの小娘と傀儡二体で何ができる?」




直後、真顔になる。




「────俺を舐めるのもいい加減にしろよ」






サソリがそう言うや否や、地面に打ち込まれた砂鉄が針のような形状へと変化する。
瞬間、足場である地面から一斉に砂鉄の針がチヨといのに向かって襲い掛かった。

(下から…ッ!!??)


鋭い針が飛び交う空中。
咄嗟に跳躍したチヨは、浮遊しながら指を動かす。

いのと【父】と【母】。


三体を同時に操るチヨの動きを、サソリは注視する。
今や、この中で戦闘要員はチヨのみ。傀儡師であるチヨを叩けば、傀儡二体は動かなくなる。

毒に侵されているいのなど眼中にないサソリは、チヨ目掛けて更なる砂鉄の雨を降らせようと指を動かす。


だが、妙な違和感がある。
異変を疑問に思うよりも前に、サソリに向かって【母】が刀を振りかぶった。


それを三代目風影で防ごうとする。
動きを封じようと、三代目風影の口が大きく開き、砂鉄の雨が────。






















サソリ目掛けて、飛んできた。


























「……ッ、」

咄嗟に回避したサソリは、岩壁に飛び移る。
チャクラで足を壁に貼り付けた状態のまま、彼は「どういうことだ…」と顔を顰めた。


いきなり、自分のほうへグルンと顔を向けた三代目風影をじっと見据える。
不意に、ギギギ…と不愉快な音がして、見下ろせば、傀儡化した肩の溝に砂鉄が入り込んでいた。

完全に動きを封じられたわけではないが、自由に身動ぎできない。
サソリ自身も傀儡人形なので、砂鉄で動きを止められてしまうのである。

皮肉なものだ、と自嘲しつつ、サソリは指に結んだチャクラ糸を確認した。きちんと三代目風影に繋がっている。
それなのに、どうして、主人である己に刃向かったのか。


そこでサソリはハッ、と眼を見開いた。

【父】と【母】の間に雑ざって、迫るいの。彼女の頭が項垂れている。

毒で顔をあげるのも儘ならないと思っていたが────。



「まさか、」

試しに、サソリはチャクラ糸を動かして、三代目風影の腕を持ち上げようとした。

腕は持ち上がる。だが、次の瞬間、サソリは岩壁を蹴った。

背後を振り仰ぐと、先ほどまで自分がいた場所の上空に、微小な砂鉄が霧のように漂っている。
穴が空いた岩壁から砂鉄でできた針が見えた。



サソリの推測は、その瞬間、確信へと変わった。




視線が、【父】と【母】の傍にいるいのを認める。
チヨに操られるも彼女自身が動いているかのように見えるが、おそらく、中身はからっぽだ。



【赤秘技・百機の操演】。チヨの【白秘技・十機近松の集】と対戦時に起きた出来事の再来。

あの時は、傀儡人形の何体かが犠牲になったが、いずれも、大した力を持たぬ傀儡だった。
だが、今は最も厄介であり、そして己の得物が奪われた事実に、サソリは苦々しげに眉を顰める。

今まであまり表情に変化が窺えなかったサソリが、最も感情を露わにした瞬間だった。















「小娘……俺の傀儡を乗っ取りやがったな…!!」

 
 

 
後書き
いい加減、風影編終らせないといけないので、そろそろささっと書きたいんですが、なかなか…(汗

こんな長い話に付き合ってくださって、本当に感謝しております!
どうかこれからもよろしくお願いします!! 

 

十七 サソリVS三代目風影

 
前書き
大変お待たせしました~!!


いのが風影の力を自由自在に使いこなしてますが、身体(肉体)が術を覚えているっていうことで、すみませんがご容赦ください。
捏造多数です!ご注意ください!!


 

 
岩壁に穿たれる穴。
凄まじい勢いで降り注ぐ砂鉄の雨を、サソリは間一髪でかわした。

「チィッ」

舌打ちしつつ、自らのチャクラ糸を振るう。手応えはあるのに、それを無視して自分に逆らう人形に、サソリは顔を顰めた。

サソリの傀儡である三代目風影。それは今や自分の制御を逃れ、いのに乗っ取られている。

「小娘が…ッ」



【赤秘技・百機の操演】VS【白秘技・十機近松の集】の乱戦中、サソリは自分の人形を何体か失った。
それはチヨの人形に破壊された以外にも、いのの能力も大いに関係している。

しかしながら、あの戦闘中でサソリはいのの能力の法則性を見出したはずだった。
人形から人形へと操る対象を変えるこの術の盲点は、直線上でしか使えない。だが、乗っ取られる寸前、三代目風影といのは、直線上ではなかった。


(どちらにしても、風影を操っている小娘を倒せばいいだけか…)

サソリは、チヨの傀儡人形の【父】と【母】に守られているいのに狙いを定める。
自らを傀儡化した腕。その手のひらの噴射口をいのに向けた。


「燃え尽きろ!!」

【赤秘技・放炎海】。
傀儡化した両腕の噴射口から発射した炎。瞬く間に一面を火の海と化す威力のある炎は、いのに辿り着く前に、おびただしい数の砂鉄に阻まれた。
みるみるうちに熱を帯びる砂鉄を目の当たりにして、サソリは咄嗟に退いた。同時に、秘かにサソリの腕や足のつけ根に、砂鉄がじわじわと入り込んでゆく。






膨大な量の砂鉄がサソリの炎を浴びた事で、より一層凶悪な武器となって、襲い掛かってくる。三代目風影を乗っ取っているいのにより、高密度に圧縮されてゆく砂鉄。




硬質且つ重度の増した巨大な鋼鉄製の武器が瞬く間に生成された。

「【砂鉄結襲】…!?」


いのが一度も見たことのない三代目風影の術が、サソリに襲い掛かる。驚きを隠せないまま、サソリは飛び退いた。
三角柱や円柱の形状の武器がサソリを押し潰そうと迫り来る。

三代目風影の意志や精神はなくとも、術の使い道がなんとなくわかったいのは、これを機にサソリを倒そうと攻撃の手を緩めなかった。


【心転身の術】。自分の精神を相手にぶつけ、精神を乗っ取る山中一族の秘伝術。
強い精神の持ち主ならば抵抗されるが、精神を持たない人形相手には非常に有効だ。更に、人傀儡である三代目風影の身体を乗っ取る事で、生前の術を意のままに操れる。

また、直線上でしか相手の精神を乗っ取れないという欠点を克服する為にいのは修行に励んでいた。
その欠点を、彼女は土壇場で克服したのだ。
その結果が、今の戦況である。


(今の私にできること…!)

サソリの毒で、動かない我が身。
ぐったりとした自らの肉体は、チヨに上手く操ってもらっているが、足手纏いに他ならない。
だから、いのは身動ぎひとつ満足に動かせない自分の肉体を現時点では捨てた。万が一を考えて、奥の手とする為に。

三代目風影がいのの術によって奪われた事実を知ったサソリが術者であるいのを狙うのも、推定済みだ。
その攻撃はチヨによって防がれている。何故三代目風影が味方になったのか驚きが隠せないものの、いのの身体はチヨが傀儡である【父】と【母】を使って、しっかと守っていた。

相手の身体を乗っ取っている間は、いのの身体は無防備になる。
チヨの助力無しでは行えない術を使って、今のいのにできること…───それは。


(この身体で、サソリを追い詰めること!!)

自分の身体はチヨに任せ、三代目風影の傀儡を乗っ取ったいのは、砂鉄を操り続けた。























巨大な三角柱が回転しながらサソリを押し潰そうと迫り来る。
地面どころか、洞窟の壁を抉る驚異的な攻撃力。地鳴りをあげて、凄まじい砂煙が立ち昇る。

三角柱の攻撃を避けたサソリに、間髪容れず、円柱が頭上から墜落してきた。
かわそうと膝に力を込めたサソリは、ふと違和感を感じる。傀儡化した己の身体の節々が上手く動かせない。

「なに…?」

見下ろせば、地面に散らばった砂鉄がサソリの足元に集結している。
傀儡である自らの身体の関節に入り込んだ砂鉄のせいで、動くのも儘ならない。おまけに、地面の砂鉄が足を地にへばりつけている。その間に、刻々と巨大な影をサソリの頭上に落としてゆく円柱。



「くそッ」

手を頭上に掲げたサソリは、円柱に向かって炎を放つ。傀儡化した両腕の噴射口から発射した炎で、円柱が赤く熱されてゆく。だが落下してゆく勢いは削げられない。
サソリは噴射口から放っていた炎を止め、次いで水を放出した。熱していた円柱が水で急激に冷やされ、凄まじい水蒸気が一気に生まれる。


熱していたところを急に冷やす事で、脆くなった円柱に罅が入った。
そこを狙って、サソリは水の放出量を細くする。細くすればするほど圧縮された水は、まるで刃のように鋭くなり、円柱を切り裂いた。



バラバラに砕かれる円柱。自分を押し潰そうとしていた脅威を粉砕し、サソリは一瞬気を緩める。

それが命取りだった。




刹那、砂鉄の雨がサソリに降り注ぐ。
驚愕の表情を浮かべたサソリの身体を、砂鉄の鋭い散弾が貫いた。


鋭利な針状に変化した砂鉄が地面にカカカッと突き刺さる。
同時に、凄まじい勢いで降って来た砂鉄の針により、サソリの全身がバラバラになる。分断された手足があちこちに転がった。
























(……や…やった…?)


三代目風影の身体を乗っ取っていたいのは、半信半疑で地面に転がるサソリを見下ろした。

【砂鉄結襲】で生成した円柱がサソリに砕かれたのを見て、咄嗟の機転で、すぐさま【砂鉄時雨】へと攻撃を変えたのである。

砂鉄を微小な粒状に固めで、散弾の如く降り注ぐ【砂鉄時雨】。
熱されたところを急激に冷やされて瓦解し、細かく砕かれて小さくなった砂鉄を鋭利な針や弾丸に変じるのは、そう難しい事ではなかった。


頭部に手足、『蠍』と施された胸部、胴体が散らばっている。
かつてはサソリだった傀儡人形の成れの果て。


人形のパースがあちこちに散らばっているのを横目に、いのの精神は三代目風影から抜き出た。
自らの身体に戻ると、途端に毒による激痛や疲労感がどっと押し寄せてくる。
それをぐっと堪えて、いのはチヨに「やりました…!やりましたよ、チヨ婆さま!」と微笑んだ。



「いの…お前…」

信じられないとばかりに、チヨは眼を大きく見開いた。
【父】【母】に加えてチャクラ糸で操っていたいのは終始無言で項垂れていた事にも疑問だったが、サソリの傀儡である三代目風影が反旗を翻したのを目の当たりにして、益々驚きが隠せなかった。
闘う直前に、『考えがある』といのに伝えてもらわなければ、困惑して戦闘に集中できなかっただろう。



乗っ取っていたいのの精神が消え、主であるサソリもバラバラになった今、三代目風影は力なく倒れ伏せた。
サソリの残骸を背後に、いのはチヨのほうへと足を進める。毒で痺れる全身を駆使して、一歩一歩前進する彼女の顔からは勝利の喜びが隠せなかった。


それがぬか喜びだと気づけたのは、チヨが呻き声をあげた瞬間だった。






「く…ッ」
「チヨ婆さま!?」

自らの身体に戻ったいのが、チヨの呻き声に反応して、足を速める。視線の先では、チヨが自らの腕に仕込んだ機構を開き、荒い息を吐いていた。
全身を傀儡化したサソリ同様、腕を傀儡化させているチヨの結界が展開されている。












「傀儡使いという人種同士、考えることも同じだな」


背後で、カタカタカタという音と共に、サソリの声が響いた。






















背筋を凍らせたいのが立ち竦む。

確かにバラバラになったはずなのに、とおそるおそる振り返ると、『蠍』と施された胸部を中心に、サソリの身体がみるみるうちに元へ戻ってゆく。
首をぐるんと一回転させて、平然と佇むサソリに、いのの足が無意識に退いた。



勝利したと思い込んだいのの隙を衝いて、チヨに攻撃を仕掛けたサソリは口許に苦笑を湛える。
自分と同じように自らを改造している祖母を前にして、彼は聊か愉快げに唇を歪めた。


「だけど、その腕じゃ、傀儡はもう操れまい…いや、身体自体が動かねぇか」


ハッ、と察したいのがチヨの許へ駆け寄ろうとする。その前に、チヨの肩に突き刺さった何かが、いのの視界を掠めた。

毒が滴るワイヤー。



視界を過ぎったソレに、いのは悔しげに顔を顰める。いのだけでなく、チヨまでサソリの毒の餌食となってしまった。

咄嗟に腕のカラクリである【機光盾封】でワイヤーの軌道をズラしたものの、肩を掠めてしまったチヨもまた、苦々しげに眉を顰める。片腕はまだ使えるが、もう片腕のほうは毒で痺れて動けなくなっている。
【父】【母】を操ると同時に、いののサポートに専念するも、以前よりは上手く操れないだろう。

しかしながら、長年傀儡師として戦場で闘ったチヨは流石に観察眼が鋭かった。
愕然と立ち竦むいのを奮い立たせる意も込めて、小声で囁く。



「今…サソリは『蠍』と施された胸部を中心に、立て直していた。つまり、あの左胸がやつの弱点じゃ」

チヨの推測を耳にして、そこでようやくいのはハッ、と我に返った。再び復活したサソリを前にして、慌てて【心転身の術】で再度三代目風影を乗っ取る。

またもやサソリ目掛けて迫り来る砂鉄で生成された三角柱。
鋭い切っ先を向けられたサソリは、眉間に皺を寄せると、「仕方ない…」とぽつり呟く。




刹那、いのは慌てて、三代目風影から精神を抜き出した。同時に、ぼうんっと軽い白煙が立ち昇る。

サソリが三代目風影の傀儡を巻物に戻したのだ。



「二度も同じ手を食らうかよ」

白煙と共に、砂鉄の武器が大きな地鳴りをあげて、地に墜落した。衝撃で砂煙が巻き上がり、チヨは咄嗟に眼を瞑る。
同時に元の身体に精神が戻ったいのは、秘かに取り出したモノを、煙の中で己の身体に注入した。





「チヨ婆さま!!」

いのと同じく、サソリの毒に侵されたチヨが、どっと膝をつく。
辛うじて動く片腕でチャクラ糸を操りながら、チヨは気丈に「だ…大丈夫じゃ…」と強がってみせた。



「わしのことは気にするな、いの!それより前を見ろ!」
「……ッ、」

チヨの注意で我に返ったいのは、身を捩った。寸前まで自分がいた岩場が、スパンっと綺麗に割られている。
慌ててチヨを支えながら、いのはその場から飛び退いた。サソリの腕の噴射口から、圧縮された水が刃のような切れ味を伴って、いのとチヨ目掛けて放たれる。


「小娘…よくもやってくれたな」

冷酷な表情でサソリはいのを見据えた。
己のお気に入りのコレクションである三代目風影の傀儡を巻物に戻さねばならなくなった元凶を、激しく睨む。






三代目風影の術は敵に回ると相当厄介だ。その上、傀儡化している我が身なら猶更。
このままだと、砂鉄で身体の自由が完全に封じられるが可能性もある。現に、円柱が墜落してくる際、上手く動かせなくなっていたのだ。


だからこそ、これ以上不利になる前に巻物に戻した方が得策だとサソリは考えた。更に、他の傀儡を口寄せしたところで、またいのに乗っ取られるのは眼に見えている。

ならば、方法はひとつ。
サソリ自身が自ら闘うしかない。





いのは既にサソリの毒にやられている。チヨも今し方、ワイヤーの毒を突き刺した。片腕は未だ使えるようだが、片腕に結んだチャクラ糸だけで【父】【母】、そしていのを同時に操るのは難しいだろう。


チヨがチャクラ糸をつけた手を振るう。同時に、いのの身体が地を蹴った。
【父】と【母】の傀儡人形も、武器片手に、サソリへ迫り来る。

ガクン、といのの頭が項垂れた。三代目風影が乗っ取られた時と同じ光景を前に、サソリは視線を周囲に奔らせる。


(小娘…今度はどいつに入った…?)





左から迫る【父】か。右から迫る【母】か。

毒に侵されている身、いのの身体は痺れて動けない。ならば、どちらかの傀儡人形を乗っ取っている可能性が高い。


【父】と【母】も三代目風影の砂鉄で動きが鈍いが、それはサソリにも言える事だ。
いのが乗っ取った三代目風影の砂鉄により動きを封じられ、軋む我が身に、サソリは眉を顰める。

やはり三代目風影を巻き物に戻したのは正解だった、と周囲を警戒しながら「悩むまでもないか…」とサソリは苦笑した。


腹部のワイヤーを伸ばす。勢いよく飛来したワイヤーの切っ先はチヨの傍の岩に突き刺さった。そのワイヤーの切っ先に引っ張られたサソリは、空中で背中に仕込んだ刃物を出現させる。
まるで翼のように広がった鋭い刃物。それに回転を加えて更に殺傷力を増しながら、サソリはチヨに襲い掛かる。


「チヨ婆…!お前さえ消えれば…!」




傀儡人形の【父】【母】と、毒で動けぬいのの身体をチャクラ糸で操るチヨが倒れれば、あとは小娘一人だけ。
先にチヨを倒すのが先決だと考えたサソリの攻撃が、チヨへと届く寸前──。






ぐっと身体が斜めに傾く。何かがサソリのワイヤーを手繰り寄せている。

かと思えば、左右から【父】【母】がサソリに向かって武器を振り下ろす。
それを避け、見下ろしたサソリは、目の前の光景が信じられなくて、眼を見張った。


同時に、凄まじい怪力でワイヤーもろとも、己の身体が引っ張られる。
遠心力で思いっきり振り回される中、サソリは(馬鹿な…!?)と目まぐるしく回転する視界に認めた存在に、愕然とする。


ワイヤーを引き寄せている相手は、いの。

毒で動けないはずの彼女が凄まじい力で自分を引き寄せている。歩くなどという簡単な動きならともかく、空を飛ぶ自分を引き摺り落とすなどという激しい動きなど出来るはずもない。


(毒で動けないはず…ッ)








困惑するサソリには、ふたつ、誤算があった。

ひとつは、毒に侵されたいのが自由に動ける事は出来ないだろう、と思い込んでいたこと。
もうひとつは、いのの力が相手の身体を乗っ取るだけしかないと考えていた事だ。


カンクロウの治療時に、ヒナタと協力して作った解毒剤。
それをいのは、サソリが三代目風影の傀儡を巻物に戻した際に煙を隠れ蓑として、注射器で己の身体に注入したのである。
また、いのは怪力を最後まで隠し通していた。
自分の能力が相手の身体を乗っ取る力のみとサソリに思い込ませるのが狙いだったのだ。


身体が痺れても最後までとっておいた解毒剤。そして怪力。これらがいのの奥の手だった。



つまり、いのの解毒剤を知らず、更に彼女の綱手譲りの怪力を知らずにいた事がサソリの敗因だったのだ。








(しま…ッ)

サソリの弱点。チヨが推測した左胸の『蠍』目掛けて、いのは拳を振るう。
手繰り寄せた長いワイヤーがいのの怪力でひしゃげているのが、サソリの視界の端に過ぎった。


凄まじい力を込めた拳が、正確に、サソリが唯一残していた生身のパーツへと繰り出される。
渾身の一撃。



「これで…終わりよ!!」











「それは困るな」












パンっと、軽い音が響き渡った。



いのの怪力をいとも簡単に手のひらで受け止めた彼は、引き摺り落とされたサソリの身体をも、平然と支えている。

もう後がない最後の攻撃を容易に受け止められて、いのは愕然とした。チヨもいきなりの第三者に、動揺する。



いのとチヨはもちろん、サソリでさえ驚く反面、割り込んできた彼は平然とその場に立っていた。



フードの陰に隠れて顔は全くわからない。隙も気配も窺えない。

サソリ以上の強者の風情を感じさせる彼の声は、しかしながらいのには何処か懐かしいものに思えた。

だがその裏地に映える赤い雲が、サソリと同じ『暁』だということを露わにしていた。




















「彼にはまだ、やってもらわないといけないことがあるんでね」


サソリといのの間に割って入ったナルトは、白いフードの陰で、うっそり微笑んだ。

 

 

十八 等価交換

 
前書き
いつも月末ギリギリの更新で申し訳ございません…!
お待たせしました!!

 

 
瓦礫の山の上で、純白の衣をたなびかせる存在。

それは荒れ果てたこの地に君臨する、王者の如き気高さと、空気に溶け込むほどの透明感を秘めていた。


(──誰じゃ…?)



サソリといのの間に割って入ってきた人物。白いフードで顔を覆い隠した彼を、チヨは眼を凝らして見つめた。
霞む視界に映る白は眩く、戦場と化したこの場に相応しくない。だが妙な事に、一際目立つであろう純白は希薄さえ感じられた。

第三者である彼が纏う雰囲気。
一言であらわすなら【無】だ。

まるでその場に存在していないのかと見間違いそうになりながらも、研ぎ澄まされた気配が感じ取れる。
同時に、本当に存在しているのかどうかすらあやふやな透明感と、この場の全てを制するほどの威圧感という矛盾さを抱えていた。


チヨは警戒しつつ、いのとサソリの戦闘を邪魔した不届き者を観察する。
いののせっかくの勝機を不意にした事から、相手がサソリの味方である事が窺える。
なにより、純白の外套とは対照的な黒い裏地に描かれた紋様が、自分達の敵だという事を露わにしていた。

赤い雲。


風影の我愛羅を攫った『暁』の証拠であるソレに、チヨは内心焦燥する。

いのはもはや限界だ。緻密な作戦を立て、全力を出し切っての攻撃が全て水の泡となったのだ。
条件反射で、サソリと、謎の相手から距離を取っているものの、動揺のあまり、立て直すのは難しいだろう。
体勢しかり計画しかり。

(ならば、わしがなんとかするしかあるまい…)


チヨはチャクラを練って、糸を再び『父』と『母』の人形に結び付けようとしたが、不意に立ち眩みを起こす。
拍子に、懐から『父』『母』を口寄せした巻き物が懐から転がり出た。サソリの毒の影響から、チャクラが上手くコントロールできず、傀儡二体が白煙をあげて、勝手に巻き物へ戻ってしまう。


「……ぐ…ッ」

サソリに刺されたワイヤーの毒が、じわじわと身体の自由を奪ってゆく。
脂汗を掻きながら、チヨは地面に膝をついた。


「チヨ婆さま…っ!」

背後を振り返ったいのは、チヨの青褪めた顔を認めて、眉を顰める。気遣わしげな視線をチヨに向けながらも、彼女の全神経は謎の人物に注いでいた。


サソリに勝てる唯一の機会。
それをふいにした相手だが、何故か憎いとは思えなかった。
むしろ、妙な事に懐かしさすら覚えたが、誰なのか全く思い出せない。





「おせぇぞ…坊」
「約束していたわけでもないだろうに」

サソリの非難めいた言葉に、謎の第三者が苦笑を返す。
チッ、と舌打ちしたサソリのほうが押し黙った事からして、力関係は彼のほうが上なのだろうか。
しかしながら『坊』という呼び名から、謎の第三者がサソリより若いという事が窺える。


彼の鈴の鳴るような澄んだ声は、一度聞いたら忘れられないほどなのに、まるで何か薄い垂れ幕に阻まれているかのように、曖昧模糊としたものだった。
声は特徴の一つのはずなのに、男とも女とも、または子どもの声にもとれる。
それでいて、どこかで聞いたことのある声なのだから、いのは内心、戸惑いを隠せなかった。




これがもし、サソリが彼を『ナルト』と呼んでいたならば、いのは記憶の底から、かつてナルへの見舞いの品である花を買いに花屋に訪れた少年の事を思い出しただろう。
デイダラのように『ナル坊』という呼び名でも、中忍試験で出会ったあの不思議な少年の顔を思い浮かべたはずだ。

だが、あいにくサソリの『坊』という呼び名だけでは、目の前の人物が以前会ったうずまきナルトと結びつけることは、いのには難しかった。




地に伏せるチヨと、傍らにいるいのに、ナルトは視線を奔らせる。
山中いのだと知っていながら、素知らぬ顔で「木ノ葉の忍びか…」とフードの陰で彼は青い双眸を細めた。



「『木ノ葉崩し』の主犯だった大蛇丸の情報が欲しいのか?」
「なにを言って…っ」


いきなり核心を衝かれ、いのは動揺する。警戒して身構えるその肩が一瞬跳ねた。


いのの本来の目的は、うちはサスケと春野サクラの居場所。
里抜けした彼と彼女が今、身を寄せている大蛇丸の居場所を突き止める為に、サソリから情報を引き出そうとしている事実を把握していながら、ナルトは涼しい顔で言葉を続けた。



「サソリから執拗に何らかの情報を手に入れようとしているのは、一目瞭然だった。大蛇丸は元『暁』であり、サソリと組んだこともあるからな…」
「俺はあんな蛇ヤローより坊と組みたかったのだがな…」



サソリの小さな呟きに気づかず、ナルトは「以上から、『木ノ葉崩し』で亡くなった三代目火影の敵討ちをする為に大蛇丸の情報を得ようとしているのだと踏んだのだが…?」としれっと訊ねる。

あえて、サスケとサクラには触れずに、いのが大蛇丸の情報を手に入れようと必死な訳を、もっともらしい理由をつけて、ナルトはでっち上げた。
ナルトの話を聞いて、「そうか…やはり三代目火影はあの時の事件で…」とチヨがしみじみ呟く。
サソリもまた「噂では聞いていたが…」と三代目火影の死を確信した。

それこそがナルトの狙いだとも知らずに。





砂隠れの里だけでなく『暁』にも、三代目火影である猿飛ヒルゼンの死を広める事で、実際は彼が生きているという真実を覆い隠す。
さもないと、木ノ葉病院の最奥で秘密裏に収容されているヒルゼンの命が危ないからだ。外堀は埋めておくに限る。




なにやら納得している風情のサソリと、急に三代目火影の話をし始めたナルトに、いのは怪訝な視線を投げた。
木ノ葉の里では一部の者しか、ヒルゼンの生存を知り得ない為、彼女もまた、三代目火影が『木ノ葉崩し』で亡くなったと思っている。

だが、いのが大蛇丸の情報を得たい理由は、里抜けしたうちはサスケと春野サクラを連れ戻したいという想いからだ。
残念ながら、三代目火影の敵討ちというわけではない。


しかしながら、いのが反論する暇を与えず、ナルトは厳かに口を開く。
フードで隠された顔の内、唯一垣間見える唇から紡がれる一言に、いのは眼を見張った。




「草隠れの里にある天地橋」
「坊…!お前、」

思わず声を荒げるサソリをよそに、ナルトは淡々と言葉を続ける。
それこそ、いのが求めていた情報だった。



「十日後の真昼、其処へ行け」
「てめぇ、なにを勝手に…!」


自分しか知り得ぬ情報を赤裸々に告白するナルトの胸倉を、サソリは掴んだ。
額と額がぶつかりそうなほどの接近にも臆さず、平然とした顔でナルトはサソリを見つめ返す。


「いや、それよりどうやって…!」

草隠れの里の天地橋で、部下と会う約束をしている事を知っているのか。
サソリの言葉尻を捉え、ナルトはキッパリと一蹴する。






「見逃してもらうに値する情報だと思うが?」







自分が割り込まなければ、いのに倒されていただろう?、と暗に告げるナルトに、サソリは気まずげに視線を彷徨わせた。
深い滄海の如き双眸の蒼に、しかめっ面が映り込む。何もかもがお見通しかのような澄んだ瞳から顔を逸らして、サソリはチッと舌打ちした。

渋々「大蛇丸の部下に俺のスパイがいる。其処でソイツと落ち合う手筈になっている」と口早に述べる。


思いがけず聞き出した大蛇丸の情報に、いのは眼を瞬かせた。




大蛇丸の部下である相手。
そいつと接触して上手く、大蛇丸の許へ向かい、あわよくば、サスケとサクラを連れ戻す。


そう、期待に胸を躍らせつつも、いのは疑念を晴らすことができない。
怪訝な表情で、彼女はナルトとサソリを注意深く睨み据えた。





「……それが嘘じゃないという証拠でもあるの…?」

木ノ葉の忍びを誘き寄せる罠ではないか、と疑ういのの前で、ナルトは軽く肩を竦めてみせる。



「…信じるかどうかは、そちら次第。だが、たとえ虚偽だとしても、藁にも縋りたいのではないのか?」
「…っ、」



確かに、何の手がかりも見出せない今、ナルトからもたらされた情報は、サスケとサクラへ辿り着く、唯一の道だ。

押し黙るいのを暫し、眺めていたナルトは「そうそう」と今、思い出したかのように、軽い口調で語る。
それは、まるで今日の天気の事でも話すかのような、軽い物言いだった。




「それから、砂隠れの里で起きた毒ガスの件は安心しろ。数日で身体から自然に毒気は抜ける」


サソリが砂隠れの里に仕掛けたトラップ。
起爆札の爆風に雑じった毒で、砂忍を痺れさせ、追っ手の可能性を減らしたサソリの罠の盲点を、ナルトはあっさり暴露する。
吸い込めばたちまち、全身が麻痺するが、その毒は何も治療しなくとも、数日後には次第に抜けてゆくのだ。

しれっとその事実を明らかにするナルトに、ほっと安堵するいのに反して、サソリは眉間に皺を寄せた。


「坊、てめぇはまた勝手に…!」

もはや、何故知っているか、という疑問を抱く事すらせずに怒るサソリに、ナルトは聊か冷ややかな視線を向けた。



「傀儡人形にしたいからって俺に毒を盛ったのはお前だろう、サソリ」



隙を見ては、モットーである『永久の美』に似合う人傀儡にする為に、幾度となくサソリはナルトに毒を盛っている。

「その意趣返しだ」と答えるナルトに、サソリは「よく言うぜ。平然としてただろうが」と肩を竦めた。


どれだけ強力な毒を盛っても、何事もなかったかのように振舞っていたナルトに呆れつつ、(自分の毒を何度も浴びている坊なら毒ガス成分も即座に把握できるだろうな)と納得したのだった。




















「東へ行け。森の奥に、お前達と行動を共にしていた木ノ葉の忍び達がいる」
「ナルとカカシ先生のこと?どうして…」



毒ガスに加え、ナルトからの更なる情報に、いのは戸惑いを隠せなかった。
こちらに対して、有意義な情報ばかりを告げてくるナルトを不審に思いつつ、何故、知っているのか、と眉を顰める。


まるでこちらの動きを全て見透かしているかのような。




そこで、いのはハッと顔を険しくさせた。




「アンタ…!ナルになにかしたんじゃないでしょうね…!!??」
「まさか、」



いのの激昂に、ナルトは口許に苦笑を湛える。
ナルとカカシの居場所を知っているという事は、彼女と彼に何かしたのでは、と訝しむいのの鋭い視線を、ナルトは受け流した。
フードの陰で、儚い笑みを薄く浮かべる。








(──大事な妹だからな)





毒ガスのことも、ナルの居場所も伝えたナルトに、サソリは顔を不機嫌に歪める。


「ちと、サービスが良すぎねぇか」

サソリの文句に、ナルトは涼しげに、手の中のものを弄んだ。


「情報料を頂いたからな」





いつの間にか、二本の巻き物を手の中で軽く弄んでいるナルトに、いのは眼を見張る。
隣で、地面に膝をついていたチヨが息も絶え絶えに「い…いつのまに…ソレを…」と苦々しげに言うのを聞いて、彼女はようやく気づいた。



ナルトが手にしているのは、『父』と『母』が収容されてある巻き物。
チヨがサソリを闘う為に持ち出した、幼い頃のサソリが作った傀儡人形だ。




つい先ほどまで、サソリとの戦闘に用いていた二体は、チヨが毒で痺れた事でチャクラが乱れ、巻き物の中へ戻っていた。
しかしながら、その巻き物はチヨの真横にあったはずだった。
もちろん、チヨの傍らに佇むいのにとってもすぐ傍に落ちていた。



その巻物を、2人に気づかれず、いや、サソリにすら悟られる事も無く、いつの間にか奪っていたナルトに、チヨは驚愕した。



恐るべしはサソリではなく、この不可解な人物にあるのではないか、と。




こちらにとっての有意義な情報を与えるも、しっかりとその対価として『父』『母』の巻き物を手に入れているナルトに、サソリは舌を巻いた。

同時に、小声で囁く。



「……最初からわかっていたのか…?」
「勘だよ」



サソリの懐に、手に入れた『父』と『母』の巻き物を忍ばせる。
本来の目的である代物を、ナルトから得たサソリは、深紅の髪を軽く振った。




「…なんだか、全てがお前の手のひらの上で転がされているふうにしか見えねぇな…」
「冗談を言うな」


サソリの一言に、ナルトは口許に笑みを湛える。
それは自嘲の笑みだった。








「己自身のことでさえ手に余るくらいだよ」








敵だというのに、白いフードで顔を隠す得体の知れない存在から、いのはなんだか眼を離せなくなった。
不思議と惹きつけられるモノが彼にはあった。


「……いい加減、彼女の毒を解毒してやれ」

ナルトの声で、いのはハッ、と我に返る。サソリの毒で痺れているチヨに、彼女は慌てて解毒剤を投与した。
荒かった息遣いが次第に落ち着いたものへなってゆく。

ほっと安堵の息を漏らしたいのが次に顔を上げた時、其処には誰もいなかった。


サソリも、『父』『母』の巻き物も、そして不可解なフードの存在も。


瓦礫の山の上で、いのはチヨの身体を支えながら、茫然自失する。


目の前に広がる荒涼たる光景。



あとに残されたのは、サソリとの戦闘の爪痕だけだった。





























「やっぱ、腕がねぇと不便だな、うん…」


数多の蝶型の爆弾を従えながら、デイダラは眼を細める。
木ノ葉の忍びであるヒナタ、それに砂隠れの忍びであるテマリと対峙していたデイダラは、ひらひらとたなびく袖を鬱陶しげに見下ろした。


デイダラが攫った風影の姉であるテマリ。
彼女の猛攻は凄まじく、蝶の爆弾でなんとか防御しているものの、時間の問題だ。

蝶の群れを操っていたデイダラは、ふとテマリとヒナタの背後へ視線を向ける。


にやり、と口角を吊り上げたデイダラは、蝶の一匹を人知れず、ソイツの傍へ向かわせる。
同時に、自分達の傍へ近寄る怪しい人影を【白眼】で視たヒナタが、ハッ、と後ろを振り返った。




「…テマリさん、危ない…!!」


ヒナタの呼びかけで、テマリは咄嗟に身を捩った。刹那、飛んできたクナイが、テマリの武器である扇を傷つける。
扇を掲げて身構えたテマリは、背後から現れた相手の姿を見た瞬間、愕然とした。



「お、お前は……」


砂隠れの里の上役であり、警備部隊の隊長。
周囲からの信頼も厚い上忍だったが、『暁』であるデイダラとサソリの襲撃以来、行方知れずだった。
死体が見つからないから、生存を望んでいたが、まさかこんな場所で会えるとは。


「無事だったのか!よかった…!」

同じ里忍である彼にテマリは親しげに声をかける。テマリの様子から敵ではないと判断したヒナタも警戒心を緩んだ。





「気をつけろ、アイツが砂隠れの里を襲撃した『暁』の──」
「存じてますよ」





警戒を促すテマリの言葉を遮る。
瞬間、ヒナタとテマリ目掛け、数多のクナイが襲い掛かった。




「な…!」

攻撃を仕掛けてきた同じ里の仲間であるはずの砂忍を、信じられないとばかりにテマリは眼を大きく見開いた。




【潜脳操砂の術】によって記憶を消されていた、『暁』のサソリの配下──由良。








「足止めにはうってつけだな、うん」










風影である我愛羅を攫う為に重大な任を担った相手。

彼の手引きで、砂隠れの里にサソリと共に、秘密裏に忍び込む事が出来たデイダラは、狼狽する二人のくノ一を愉快げに眺めながら、口角をくっと吊り上げた。
 
 

 
後書き
伏線というほどの伏線じゃないけど、【上】の70話の呼び名の伏線回収。
この話の為に、サソリにとってのナルトの呼び名を「坊」にしてました。
また、いのがナルトと花屋で会うシーンは【上】の34話です。


あと、等価交換ってタイトルのわりに、価値は巻き物のほうが上だと思いますが、情報も大事なので、ご容赦ください(汗)
どうか次回もよろしくお願いします!! 

 

十九 開演のブザーが鳴る

 
前書き
あけましておめでとうございます!

年末に話自体は書けていたのですが、何故か何度やっても更新にならなくて、年が明けてしまいました…(泣)
大変申し訳ございません!!

誰かが死にます。原作通り…とは限りませんが、原作では確か亡くなった相手なので、ご容赦ください!
我愛羅→ナルコが微妙にあるので、ご注意ください!!
 

 
我に返った瞬間、ナルの瞳に飛び込んできたのは我愛羅の遺体だった。


「──我愛羅!」

ガバリと起き上がったナルに、傍らにいたカカシは一瞬驚いたものの、ほっと安堵する。
九尾の力で暴走していた彼女が正気に戻ったのを見て取って「…落ち着いたか?」と訊ねると、ナルは眼を大きく瞬かせて、周囲をきょろきょろと見渡した。

自分がなぎ倒したのであろう大木や砕かれた岩を見て、苦渋の表情を浮かべる。青褪めるナルを気遣わしげに見ていたカカシは、ピクリと片眉を吊り上げた。

誰かが来る気配を感じ取って身構えたカカシは、駆け寄った相手の姿を認めると、構えを解く。





「よかった…!ナルもカカシ先生も無事みたいね!」

いのとチヨの姿を眼にして、ナルの肩から力が抜けた。ほっと安心した彼女同様、カカシも胸を撫で下ろす。


サソリと戦闘していた二人が此処にいる。その事から導き出される答えはひとつしかない。
いのとチヨによってサソリは倒されたのだろう。



まさかナルトによって取り逃がしてしまったとは思いも寄らず、カカシは「よく此処がわかったな」と感心する。

その言葉に、曖昧な表情でいのは苦笑を返した。
ナルとカカシの居場所までこんなにも早く辿り着けた理由は、サソリと共にいた謎の人物の助言によるものだからだ。




「……我愛羅はどこじゃ?」

チヨの問いに、ナルは眼を伏せる。
いのに解毒薬を打ってもらったものの、サソリの毒で体力を消耗しているチヨは、疲労が滲んだ顔で周囲を見渡した。横たわる我愛羅の遺体が目に留まる。




はっといのが息を呑んだ。
沈痛な面持ちのカカシと、唇を強く噛み締めるナルを見て、チヨは一度、瞳を固く閉ざす。


次に眼を開けた時には、チヨの瞳には決意の色が宿っていた。

































「なにが人柱力だ…!!なにが…!!」


ナルの視線が痛い。一目見てわかっていたけれど、動いていない心臓を前に、いのは顔を逸らす。


森の外れの広い原っぱ。
視界が悪い森よりも四方を見渡せる場所のほうが良いかと考え、そこに移動した一行は、我愛羅を中心に佇んでいた。


皆の注目の的である我愛羅本人は、ぴくりとも動かない。
ナルに頼まれて診てみたけれど、やはり変わらぬ現実に、空気が沈む。

清々しい風が吹き抜ける場所なのに、我愛羅と、彼を囲む者達の間では悲しみに満ちていた。白い蝶だけが空気を物ともせず、優雅に飛んでいる。



「風影になったばっかだぞ…!なのに……っ、なんで我愛羅ばっかがこんな目に…!」


同じ人柱力だからこそ、我愛羅を最も理解している。
同じく疎まれた存在だからこそ、彼の歩んできた過酷な道を知っている。


ぼろぼろとナルの、透き通るような青い瞳から大粒の涙が零れてゆく。それは空から降り続ける雪の結晶にも、深海の真珠にも見えた。
キラキラと煌めいて我愛羅に降り注いでゆく。


「……なにが人柱力だってばよ…!偉そうにそんな言葉でオレ達を呼ぶな…!そんなふうに言われて、我愛羅が何を思っていたか、何を感じていたか…!考えたことないのか…っ」


原っぱに、ナルの激昂が轟く。心からの叫びだった。
彼女の嘆きは、我愛羅の中に一尾を入れた砂の忍びであるチヨにはとても耳が痛い言葉だった。





砂隠れの里の為にと、自分が今までしてきたことは間違っていたのかもしれない。
ならば、せめて、今だけでも、正しいことをすべきではないのか。

たとえ──己の命を懸けようとも。








決意を秘めた瞳で我愛羅を見据えたチヨは、戦闘を終えたばかりのふらつく身体を駆使して、遺体の許へ向かう。

【己生転生】。
己の全チャクラを媒介とすることで、術者のチャクラが魂に変換され、対象者に生命力を分け与える禁術だ。


悔しげに泣くナルの横を通り過ぎ、何もできずに俯くいのの肩をぽんっと軽く叩く。
顔を上げたいのは、自分を押し退けて我愛羅に手を翳すチヨを見て、ハッと顔を曇らせた。

サソリを見逃してしまい、チヨの得物である【父】【母】の傀儡をも奪われてしまった。
その後、ナル達の許へ急いでいる道中、いのはチヨからこの禁術の事を聞いていた。


サソリの両親の傀儡に命を吹き込む目的でチヨが開発した術。
死者を生き返らせるという大きなリスクを伴う為、人道的理由から禁じられていた術だが、術を開発したきっかけである傀儡を奪われたと嘆くチヨからの話を前以って耳にしていたいのは、彼女が今から我愛羅に何をしようとしているのかわかって、顔色を変えた。



「チヨ婆さま、その術はまさか、」

言い淀むいのを制して、チヨは優しく笑顔を浮かべる。
皺が刻まれた柔和な眼差しに宿る決意の色に、いのは何も言えなかった。


だが、サソリとの戦闘直後故に、チャクラが圧倒的に足らない。いのから禁術の話を聞いたナルは苦しげに喘ぐチヨの傍へ寄ると、手を差し伸べた。


「オレのチャクラを使ってくれってばよ、ばあちゃん…!!」

チヨの霞みかける視界に、ナルの両手が映る。
ゆっくり顔をあげると、ナル自身も疲労しているはずなのに「オレってばチャクラだけはありあまってっからさ…!」と元気よく、へへっと笑ってみせた。だがそれが空元気なのを、チヨもいのもカカシも見抜いていた。


「頼む、ばぁちゃん」

ナルの強い意志を受けて、チヨの唇が笑みを象る。
彼女の青い瞳の奥に、前途ある未来のヴィジョンが垣間見えた。


「くだらぬ年寄りどもがつくった、争いの絶えぬこの忍びの世界に」

ナルの手と己の手を重ね合わせる。ナルのチャクラを借りながら、チヨは双眸をゆるゆると細めた。


「波風ナル…お前のようなやつがいてくれて嬉しい」



砂と木ノ葉。いがみ合っていた別里同士を繋ぐ架け橋。
これから先の未来を思い描いて、チヨはナルの瞳を真っ直ぐ見据えた。


「我愛羅をよろしく頼むぞ」
「おうっ!」


チヨの言葉を受けて、ナルは威勢よく頷くと「でもばぁちゃんもだってばよ!オレとばあちゃんと…皆で我愛羅を支えてゆくってば」とにっこり笑顔を浮かべる。
禁術のリスクをいのから聞いていながらも、それでも我愛羅も、チヨでさえも、ナルは諦めていなかった。


「オレってば我儘だからさ。最後まで希望は捨てないんだってばよ!!」


忍びの世界に身を置く身、何を甘ったるいことを、と言われるかもしれない。
忍びに相応しくないのかもしれない。

それでも希望を捨てないナルの発言を耳にして、チヨの目が大きく見開いた。



ナルは渾身の力を込めて、手にチャクラを宿す。いくら膨大なチャクラを持つ身とは言え、チャクラを放出し続けるには限度がある。



ナルは瞳を強く閉ざした。緊迫めいた空気をよそに、白い蝶が呑気に我愛羅の鼻先に止まって、美しい翅を休めている。



ナルの腹の奥で、狐の唸り声が聞こえた気がした。

























































罅割れた大地。


草原とは打って変わって荒れ果てた土地に、ひとりぼっちの子どもがいた。
赤い髪を腕の中に押し込めて、この世から消えて、無くなってしまいたいというように、縮こまっている子どもがいた。



やがて、その子の肩に、何かあたたかいものが触れる。視界の端に、白い蝶が止まっていた。
いや、それは幻だったのだろう。



我愛羅は顔をあげた。

泣き過ぎて腫れぼったい瞳に、金色の髪が垣間見えた。



「帰ろう、我愛羅」



















《おいこらクソ狸》

我愛羅の体内の奥の奥で縮こまっている存在。
ナルの手から注がれるチャクラを通して、その存在に話しかけた九尾はそいつを挑発する。


《お前はこのワシに負けっぱなしでいいのか?》


焦げ茶色の茶釜。どっしり鎮座して微動だにしない釜が、九尾の声に反応して、僅かに揺れた。


《そんなんだからお前はいつまで経っても三下なんだよ》


ガタガタガタ、と茶釜が揺れ動く。挑発に明らかに反応を示した茶釜に、九尾は畳みかける。


《一尾は九尾に劣るか!やはりワシの敵ではないわ!!》



カラカラと嗤う九尾の言葉を最後に、茶釜が大きく割れた。
中から煙と共に、怒りの形相で現れた一尾。

己と同じ尾獣に、九尾の口角が僅かに上がった。


「喧しい!!おちおち寝てられるか!!」
《寝てた?死んでたの間違いだろうが》




鼻息荒い一尾【守鶴】に、九尾は嘲笑を返す。だがその声音には満足気な響きがあった。



《寝汚ねぇお前のおかげで、ワシの宿主のチャクラが減る一方だ。さっさと起きろ》


一尾に目覚めを促して、九尾の意識がナルの許へ戻るのと、我愛羅の瞼がゆっくりと開かれたのはほぼ同時だった。


















































「我愛羅」
「…──ナル?」

起きた途端に、波風ナルの顔が飛び込んできて、我愛羅は眼を瞬かせた。
起き上がると拍子に、白い蝶がぱっと我愛羅から離れてゆく。


我愛羅は周囲を見渡した。
波風ナルと、畑カカシ。山中いのに、彼女に支えられて横たわるチヨの姿があった。



「──我愛羅!!」

ふと前方を見ると、カンクロウと、彼の部下達が駆けてくる。
カンクロウは弟の無事な姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

ヒナタといののおかげでサソリの毒を解毒してもらったカンクロウは、周囲の制止の声を押し切って、里を飛び出したのだ。だが、自分より先に我愛羅を助ける為に里を出たテマリとヒナタの姿が無い事に、彼は顔を顰める。


瞬間、森の奥で大きな爆発が聞こえた。
大きな地鳴りと共に、爆風が草原にも押し寄せてくる。


「なんだ!?」

カンクロウが爆発の発生源に眼を向けると同時に、爆風に押されるように誰かが森から飛び出してきた。

テマリとヒナタだった。


「テマリ…!?お前、なにやってんじゃん!?」
「私じゃない!!由良のヤツが…!」

煤だらけの顔を拭って怒鳴り返したテマリは、我愛羅の姿を認めると、顔を輝かせた。


「我愛羅!よかった…」

心の底から安堵の息をつく。
しかしながら、我愛羅の無事を確かめる前に、テマリはカンクロウと共にやって来た部下達に命じた。



「さっきまで戦っていた由良が自爆した」


何か残っていないか現場を見て来てくれないか、と言うテマリの指示に従い、部下達が森の奥へ向かう。
自分達と同じ砂の忍びであり行方知らずだった由良について、テマリがいきなり話し出した事で困惑したカンクロウが眉間に皺を寄せた。



「どういうことじゃん?」
「どうもこうも…聞いた通りだよ。アイツは自爆した。私達を殺そうとして」


由良の最期が脳裏に過ぎって、テマリは深い溜息をつく。

デイダラと対戦していた矢先に現れた由良は明らかに『暁』の味方だった。
追い詰めて口を割らそうとしたところ、自爆してしまったのである。



「おそらく由良が里に手引きした張本人だろう」
「周囲からの信頼も厚かった、あの由良が…」

由良がスパイだったという事実にショックを受けるも、気を取り直したカンクロウとテマリは、我愛羅の許へ急ぐ。
ヒナタも、ナルの無事な様子と、いの達の姿を見て、胸の前で手を組んでほっと安堵の息をついた。


「よかった…ナルちゃん…」
























「な~にが後々まで残ってゆく永久の美だ」

由良が爆発した現場。

大きなクレーターが穿たれたその場で、デイダラはサソリに対してブツブツ文句を連ねる。
己自身も我愛羅を奪い返された身でありながらも、いのとチヨが五体満足でナルの許へ来たのを遠くから確認した彼は、サソリが死んだと思い込んで、鼻で嗤った。


「だいたい、弱点丸出しの造形はつくづく自信過剰だと思ってたぜ、うん」
「やかましい。ぶっ殺すぞ」

瞬間、背後から放たれた殺気と声に、デイダラはひくりと唇を引き攣らせる。
おそるおそる振り返ると、憤慨したサソリがじとりと睨んでいた。

「あらら~…」と自分の発言が聞かれていたと察して、デイダラは視線を彷徨わせた後「旦那、生きてたんだな、うん!」と調子の良い言葉を続ける。


「あんな小娘とババアにやられるとは思ってなかったぜ、うん!」
「嘘つけ。さっきまで思ってただろーが」


愛想笑いを浮かべるデイダラを睨んで、サソリは木の下を覗き込む。
大きな穴が穿たれている掘り返された地面を見て取って、チッと舌打ちした。


「デイダラ…てめぇ、俺の部下の由良を使いやがったな」
「いや、アイツが勝手に足止めしてくれたんだぜ、うん!まぁ旦那の部下だけあって、なかなか良いヤツだったぜ」

しみじみと由良を高評価するデイダラに、サソリは今一度、大きく舌打ちした。


「なんでよりによって自爆しやがったんだ…!」
「いや~やっぱ芸術は爆発だよなぁ~!旦那の部下はよくわかってるぜ!!」

爆死を大いに評価したデイダラが、うんうんと嬉しげに頷くと、サソリは「やっかましい!!」と怒鳴った。


「なんでせめて毒で死ななかったんだ、アイツは!」

どうやら部下の死よりも、死因について腹を立てているサソリに、デイダラは「いや、忍者の遺体は色々調べられるから、跡形もなく消えるほうを選んだほうが得策だと思うぜ、うん」と至極もっともな答えを返す。
正論だと理解しつつも、サソリは苛立たしげに吐き捨てた。


「お前のモットーと同じのが余計嫌なんだよ!」
「旦那、ひっでぇ~!!」

芸術コンビの諍いは、テマリとカンクロウの部下である砂隠れの里の忍び達が現場検証をしに来るまで続いたのだった。

















我愛羅の周りが一斉に騒がしくなる。

沈んだ空気が払拭され、瞬く間に明るくなった。
だが、いのだけは、横たわったチヨを抱きかかえ、眼を伏せている。


カンクロウと共に来たチヨの弟であり、砂隠れの里の相談役であるエビゾウは、姉の顔を覗き込んだ。
今にも起き上がって、いつものように自分をからかいそうな安らかな顔に、立派な白眉を悲しげに下げた。


力無く、いのの身体に身を横たわらせるチヨを見つめつつ「今にも笑いだしそうなそんな顔をしておる」としみじみ呟く。


いのの瞳から涙が零れ堕ちた瞬間、腕の中の存在が身じろいだ。




















「なぁーんてな、死んだふり~!」



やーいひっかかったひっかかった、とばかりに、お茶目という言葉では聊か限度があるボケをかましたチヨに、周囲の人間達がギョッとする。
エビゾウが腰を抜かす横で、涙が引っ込んだいのが信じられないとばかりに、楽しげに笑うチヨを見た。


「ち…チヨ婆さま……?」

周りの反応に満足げに、あひゃひゃひゃ、と笑ったチヨは、暫くしてから、いのに顔を向けた。
「普通は死ぬはずなんじゃが、まだ生きとるのぉ」と茶目っ気たっぷりにウインクするチヨに、彼女を慕う砂隠れの里のくノ一達が「よかった、チヨ婆さま~」と抱きついた。


「こんな老いぼれでも、まだまだ生きてる価値があるのかのぉ」と不思議そうにしつつも笑顔を浮かべるチヨを前に、いのは涙を拭う。
よかった、と心からホッとすると同時に疑問を抱いて、我愛羅へ視線を向けた。




(…ということは、我愛羅くんは死んでいなかった……?)

術者の死と引き換えに、死者を生き返らせる禁術。

ただの医療忍術ではない、転生忍術は、術行使後に術者が死亡する可能性が非常に高い。
【己生転生】も例外ではなかった。


たとえ、ナルのチャクラを借りようとも、死者に命を吹き込めば術者は必ず死に至る。
我愛羅が目覚めた今、チヨの死は免れない定めである。


それなのに、我愛羅を生き返らせたチヨは死なずに済んだ。
以上から考えられるのは、ナルのチャクラによる恩恵が大きかったのか、それとも──。


(仮死状態だった…?)



一瞬浮かんだ疑念は、ナルの嬉しそうな笑顔によって消え失せる。
ヒナタがこちらに駆け寄ってきたのを見て、いのは自分の考えを頭から追い出すと、歓喜に打ち震える皆の許へ走ってゆく。


微笑ましげにその光景を眺めていたカカシは、ふと、誰かに見られているような気がして、森へ一瞬視線を向けた。
変わらない静まり返った森を暫し眺めて、気のせいか、とカカシは再び、我愛羅を中心に喜ぶ人々へ視線を戻す。





「我愛羅!!」
「ナル…!うわっ」
「よかった…!ほんっとうによかったってばよ~!!」

ナルに飛びつかれ、顔を真っ赤にした我愛羅が、嬉し泣きをする彼女に眼を白黒させている。
弟の恋心を知っているテマリがにやにやと笑っていると、カンクロウが「病み上がりなんだから急に危ないじゃん」と水を差すような言葉を投げ掛けた。

「無粋なこと言うんじゃないよ」
「…?なにがじゃん?」


溜息をつくテマリに、カンクロウがきょとんとする。弟の恋心に微塵も気づけてない弟に、テマリは「それだからアンタはモテないんだよ」と呆れ返った顔をした。

「急になんで蔑まされないといけないんじゃん!!??」


喚くカンクロウをよそに、弟の恋を応援する為、風影目的で近づくくノ一達を近づけまいとして、テマリは我愛羅とナルの前に立ちはだかるのだった。






































生きている我愛羅と、生きているチヨと。

たくさんの人々で賑わう草原を、遥か遠くから見ていた彼は、指先に寄ってきた白い蝶に「ご苦労様」と息を吹きかける。
たちまち、ただの白い花の花弁に戻った、かつての蝶は優雅に風に乗ってヒラヒラと飛んでゆく。







「これも、お前のシナリオ通りか?」
「どうだろうね?」

傍らの桃地再不斬に曖昧な言葉を返して、ナルトは今し方我愛羅の許へ駆け寄ったヒナタを見やった。


サソリの部下の由良は、彼女の足止めに大いに役立ってくれたらしい。
爆死したのは計算外だったが、彼のおかげで我愛羅を【白眼】で視られずに済んだと、ナルトは亡き由良に祈りを捧げた。

両腕を失って苦戦するデイダラの許へ、サソリの部下の由良を向かわせたのはナルトである。

サソリに化けて、デイダラを逃す手助けをしろ、と命じたのだ。
サソリからの指示を待ち望んでいた由良は微塵も疑う事もなく、デイダラの許へ向かい、彼と一戦を交えていたテマリとヒナタの前に立ちはだかった。

己の命を懸けてまで足止め役を遂行したものの、テマリの強さとヒナタの【白眼】には敵わず、起爆札で爆死したのである。彼女達をも爆発に巻き込もうとしたようだが、それは流石に無理だったようだ。
ナルトとしては、ヒナタを我愛羅の許へ近づけたくなかっただけなので、巻き込まれなくて良かったのだが。


何故なら【白眼】で視た場合、我愛羅が実際に死んでいないという事がバレる可能性があったからだ。
いくら巧妙に死を装って遺体に見せかけていても、チャクラの流れを把握できるあの眼で視られると、仮死状態だとヒナタに気づかれてしまう恐れがあった。


要するに、デイダラを見逃すように仕向けつつ、実際はヒナタの足止めが目的だったのである。
大木の幹に背を預けて、腕を組むナルトに、チラッと視線を投げた再不斬は「相変わらずお前の先見の明には頭が下がるぜ」と感嘆の吐息を零した。


「そううまくいかないさ。ストーリー通りにいかないのが、人生だよ」

白い蝶でさりげなく、仮死状態であった我愛羅の硬直を解き、止まっていた一尾のチャクラを循環させ、尚且つ、止まっていた心臓を動くように促す。

だからこそ、必ず死ぬはずの転生忍術を施したチヨが死なずに済んだのだ。
死者を生き返らせたわけではないからだ。





「サソリの実の祖母を死なせちゃ目覚めが悪いからな」
「あのカラクリ野郎がそんな殊勝なタマかねぇ」

面識はないものの、傀儡師として有名なサソリをカラクリ野郎と称する再不斬に、ナルトは苦笑を返す。


「口が悪くなったな、再不斬。多由也達の影響か」
「元々、俺はこんな口調だ」

むすっと顔を顰めた再不斬は「それよりいい加減、白達に顔を見せろよ」とナルトに文句を告げる。
「アイツら、二言目には「ナルトナルト」とお前のことばっか聞きたがる」と頭をガリガリと掻き毟る再不斬に、ナルトは苦笑いを口許に湛えた。



「世話を掛けるな」
「なにを今更」

ハッと鼻で嗤う再不斬の背後から、デイダラとサソリの気配を感じ取って、ナルトは片眉を吊り上げた。

いのとチヨからサソリを連れ出したナルトは、ナルの許へ向かう彼女達に見つからぬように彼らもまた、森へ向かったのだ。そうして、森奥に潜むデイダラを捜しに行くようにサソリに頼み込んだのである。

文句を言いつつも森へ消え去ったサソリを見送るや否や、こうして再不斬と落ち合ったナルトはこれからの計画等を手短に話し合っていたのだ。




「そろそろデイダラとサソリが帰って来る」
「わかった」

また連絡しろよ、と一言残し、再不斬の姿が掻き消える。
再不斬が、サソリとデイダラとは真逆の方向へ向かったのを確認しつつ、ナルトは改めて草原のほうを遠目で窺った。





我愛羅の傍で歓喜するナルの笑顔を微笑ましげに眺める。
彼女の喜びを我が事のように思いつつ、直後、ナルトは顔を引き締めた。


デイダラとサソリが自分の許へ辿り着くのにまだ時間がある。
双眸を閉ざしたナルトは【念華微笑の術】を発動させた。
この術は、山中一族の術に近い一種のテレパシーによるもの。
その術を用いて、彼は現在【根】に潜入している彼らに連絡を取る。



『約束の天地橋。それまでの十日間が勝負だ』

脳裏に響くナルトの言葉を受け取って、相手が息を呑む。



『大蛇丸とダンゾウ…どっちに転んでも殺されそうだな』と苦笑雑じりの返答を聞き流して、ナルトは淡々と言葉を続けた。























『準備はいいか?────左近・右近…鬼童丸』


それは、新たな計画の始まりを告げる一言だった。






開演のブザーが鳴る。
 
 

 
後書き
やっっっっっと風影奪回編終りましたあああああ~!!大変長くお付き合いしてくださり、ありがとうございます!

先月の分を今回投稿させてもらったので、今月はもう一話更新予定です!
次回からは新しい章に入ります!




昨年は大変お世話になりました!今年もどうぞよろしくお願いいたします!! 

 

二十 木ノ葉のスパイ

 
前書き
大変お待たせしました!

今回、ちょっと下品?セクハラ?っぽいところがあります。
また、シカマル・キバ→ナルな内容もございますので、ご注意ください!

新章突入です! 

 
蛇の鱗を思わせる石柱。
ちょろちょろと蛇の舌先のように裂けた炎が宙を舐める。点々と燈った蝋燭が仄暗い闇に橙色の光を落としていた。


殺風景な回廊は、まるで蛇の内部の如く長い。

四方を壁で囲まれた長い長い廊下のその先には広間があり、蛇の頭を象った銅像が鎮座している。空ろな眼窩には、ちょうど眼球のように蝋燭の炎が灯っている。

蛇の銅像は赤い瞳を爛々と輝かせ、まるで生きているかの如く、鎌首をもたげていた。





「十日後…天地橋ねぇ…」

蛇の眼から洩れる淡い光。蝋燭の炎に照らされて陰鬱な室内がほんの微かに明るくなる。
しかしながら、陰気で重苦しい空気が漂う此処では、橙色の光はいっそ不気味に感じられた。


「はい。其処で落ち合う手筈となっております」


風で揺れる蝋燭故に、闇と光を交互にその身に受ける。こうべを垂れていた相手の頭を大蛇丸は見下ろしていた。
頬に手をやり、なにやら思案した後、やがて蛇を思わせる双眸を細める。


「その情報を私に伝えるという事は…」
「大蛇丸様のご意向のままに」


かつて『暁』のサソリのスパイとして自分の許へ潜り込み、今や立派な自分の片腕として役立っている部下。
彼からの進言に、大蛇丸は「お前は本当に、末恐ろしいわねぇ…」と口許に苦笑を湛える。


「自分の元主人も平気で売るのだから」
「今の主人は大蛇丸様ですから」

しれっと答えたカブトは話の内容とは裏腹に、その柔和な表情を浮かべる。人当りの良い穏やかな微笑みは、とても以前の上司を裏切るようには見えない。


「裏切者は何度だって裏切るものよ」


暗に、自分の事もいつかは裏切るのではないか、と冗談雑じりに訊ねた大蛇丸に、カブトは「とんでもない」とゆるゆる首を振って否定を示す。


「僕ほど忠誠心が篤いものはおりませんよ」


「よく言うわ」と苦笑した大蛇丸の後ろに付き従いながら、カブトは言葉を続けた。


「では、十日後の天地橋の真昼にて…」
「ええ…────なんにしても楽しみだわ」


くつり、と喉を振るわせて口角を吊り上げる大蛇丸の背後で、カブトは背中に視線を感じた。流し目で背後を確認したカブトは、視線の持ち主に思い当ると、さりげなく眼鏡を押し上げる。

秘かに口角を吊り上げると、大蛇丸には気づかれぬよう、視線の先を自分の背中で受け止める。




カブトの些細な所作には気づかず、大蛇丸は唇に怪しげな微笑を艶やかに乗せた。

その笑みは、以前自分が座していた組織を懐かしんでいるのか、それともかつての仲間との再会を待ち遠しく思っているのか定かではなかったが、どこか愉快そうな風情でもあった。










「────サソリに会うのは」











陰鬱な空気が漂う隠れ家。その内に潜む各々が抱く意図。
食い違う思惑の中、物言わぬ蛇の銅像だけが変わらずに蝋燭の眼を赤々と輝かせていた。
































「ビックリしたってばよ、カカシせんせー!!」
「木ノ葉の里に帰るなり、ぶっ倒れるんだもんね~」
「だ、大丈夫ですか…?」


三者三様。女三人寄れば姦しいと言うが、三人とも自分を心配してくれているので、カカシは布団で覆い隠した口許に苦笑を湛えた。


風影である我愛羅を無事、砂隠れの里まで送り届けた事で、はたけカカシ・波風ナル・山中いの・日向ヒナタの任務は見事遂行された。

『暁』のメンバーを誰ひとり拘束できなかったのは口惜しいものの、一人の犠牲も出さなかった事は僥倖と言えるだろう。
【写輪眼】、それも新しい瞳術【万華鏡写輪眼】の使い過ぎでダウンしてしまったカカシを除いては。



木ノ葉の里に辿り着くまでは気力で歩いていたが、万物の始まりと終わりを示す『あ』と『ん』の文字が連なる重厚な門が近づくにつれ、気が緩んでくる。
深い峡谷の如き門を抜けると、木ノ葉の里へ無事帰還出来たという安堵感が一気に押し寄せると同時に、今まで張り詰めていた緊張の糸がついに切れてしまった。



門を潜るや否や、バッタ────ン!!と勢いよくぶっ倒れたカカシに、ナル達を始め、門番の神月イズモ・はがねコテツが驚いたのは言うまでもなかった。

















「ご苦労、カカシ」

木ノ葉病院の病室。
布団の上で眼を覚ましたカカシは、ナル・いの・ヒナタ以外の女性の声に、大きく眼を瞬かせた。
無理に起き上がろうとするカカシを、病室へ入ってきた五代目火影─綱手は押し止める。


「無理はするな。さっき診させてもらったが一週間はベッドの上だな」

任務復帰には更に数日かかる、と告げながら、綱手はカカシを病院まで運んでくれたイズモとコテツに眼を向けた。


「悪かったな、此処まで運ばせて。もう戻っていいぞ」
「いえ」
「良い息抜きができましたよ」


門でぶっ倒れたカカシを木ノ葉病院まで連れて来たイズモとコテツは、苦笑いを浮かべる。
正直、暇で飽きていたところだったので、良い息抜きが出来たと笑い合いながら、門番の仕事へ戻る二人を見送って、綱手は視線をカカシに戻した。


「当分は無理せず養生することだ。報告書は後日で良い」

前以って砂隠れの里から、風影を無事『暁』から奪還できた旨を聞いている綱手は、急を要する話は特にないと判断した。もっとも、それはカカシに限った話だが。


『暁』のサソリと直接闘って有意義な情報を掴んだらしい山中いのをちらりと見遣る。
師匠である綱手の視線を受けて、いのは微かに頷いた。















「『暁』のメンバーから得た情報です」
「十日後…天地橋、か…」

木ノ葉病院を出て、火影邸の露台で、いのからの報告を受けた綱手は思案顔を浮かべる。


草隠れの里にある天地橋。
そこで、大蛇丸の部下に潜り込ませた己のスパイと、サソリが落ち合う事になっていたという情報。
本来は、サソリというより、突如、いのとサソリの戦いに割って入ってきた謎の人物────つまりはナルトから得た情報だが、どちらにしても『暁』のメンバーからの情報である事は間違いない。


砂隠れの里から木ノ葉の里へ帰還したばかりの山中いのの話。
弟子からの報告に、綱手は顎に人差し指を添わせて考え込んだ。


「この情報を得た日から既に四日経っています。なので、六日後という事になりますが…」
「時間が無いな…カカシは当分あのザマだし」

木ノ葉隠れの里から砂隠れの里まで、急いでも二日半はかかる。よって、我愛羅を無事砂隠れの里まで送り届けて、急速に別れの挨拶をして帰還してきたものの、今や四日過ぎてしまっていた。
いのの言う通り、残り、六日しかない。


「しかし、この機会を逃す手は無いな。新しいチームを編成するしかあるまい」
「それならば、ナルちゃんは外すべきです!」


いのと綱手の会話を黙して聞いていたシズネが身を乗り出す。

九尾の狐の人柱力である波風ナルは、『暁』のメンバーから狙われている。
極力里外の任務は避けるべきだと意見するシズネを、しかしながら綱手は一蹴した。


「いいや。ナルは行かせる。百歩譲って、いのを任務から外したとしても、この任務にはナルを向かわせる」
「何故ですか!!??別の小隊を向かわせるべきです!」


猶も反論するシズネを一瞥した後、綱手は天を仰いだ。


「放っておいても、アイツは勝手に天地橋へ向かうだろうさ」


それなら最初から任務として行動させたほうが良い、と苦笑する綱手の言葉が終わるや否や、彼女が背にしていた手摺に、誰かが飛び乗った。


「流石、ばぁちゃん!オレのこと、よくわかってるってばよ!!」


とんっと軽やかな音を立てる。天地橋の話を聞いていたナルは、火影邸の屋上から飛び降りると、綱手の傍らの手摺の上で、にっと笑った。



「早速、メンバー探しするってばよ!サンキュー、綱手のばぁちゃん!!」





言うや否や、手摺を蹴る。
メンバー探しをする為に飛び出したナルの気配を背中で感じながら、綱手は「ったく、あのせっかちが…」と苦笑した。
ナルの飛び出した勢いで、巻き起こった風に髪を靡かせる。


「まだ、『暁』の罠の可能性もあるってのに…」












天地橋へ向かう気満々のナルを任務から外せば、逆に躍起となって単独で行動するのが容易に思い浮かぶ。
ナルの性格からして、その際、ひとりでいるところを『暁』に狙われる危険性もある。故に、最初からナルを天地橋へ向かわせるメンバーに組み込んでおいたほうが良い。

しかしながら、本当に草隠れの里にある天地橋へ、大蛇丸の部下に潜り込ませたサソリのスパイが来るかどうか、確証は無い。サソリからの話とならば、サソリ本人は橋に来ないだろうが、『暁』がこの情報をわざと流した可能性もある。

つまり、大蛇丸を餌とし、『暁』が天地橋で待ち伏せしている場合もあるわけだ。
そうなれば、九尾の人柱力であるナルが向かえば、『暁』の思う壺。





思案げに眼を伏せた綱手は、意気揚々と飛び出したナルの軌跡を視線で追いながら、軽く髪を撫でつけた。


(真偽を確かめねばならんな…)















































「そりゃ協力してやりてーのは山々なんだけどよ…」


期待に満ちた瞳でじっと見つめてくるナルの視線から顔を逸らす。
気まずげに視線を泳がせながら、奈良シカマルは眉間に深い皺を寄せた。


「めんどくせーけど、中忍試験の係員、任されちまってな」




ナルが風影の我愛羅を奪還して無事に戻ってきた。
更には新しいチームメンバーとして自分を頼りにしてくれたのはすこぶる嬉しいが、如何せん、綱手から中忍試験の係員に任命されたばかり。


一緒に任務に参加したいのは山々だが、タイミングが悪いな、と溜息をついたシカマルは、恨めしげに自分をじ~…と見つめる青い瞳に、思わず「んぐ」と喉を詰まらせた。



そわそわと視線を彷徨わせるシカマルをよそに、彼をじっと見つめながら、ナルはむすっと唇を尖らせる。

綱手といのの会話である天地橋の話を聞いて、ナルは早速メンバー探しに繰り出していた。
風影奪還の任務に共についていたヒナタといのも、今度の任務にも続けて参加すると希望してくれたが、疲労が溜まっている様子だったので、彼女達には休息をとってもらうようナルは頼んだ。

自分は元々体力バカで、その上、チャクラも多い。
既に体力もチャクラも回復しているし、里抜けして大蛇丸の許へ行ってしまったサスケとサクラに再会できるチャンスを逃す気も更々無い。

よって、新たなチームメンバーを探そうとして、真っ先に彼女が向かった先が幼馴染で何かと頼りになる奈良シカマルの許だったのだ。
しかしながら、期待を裏切って、遠回しに断りの言葉を連ねるシカマルを、ナルはじと~っと恨みがましく見つめた。



「そ…っ、そんな捨て犬みてーな眼したってな…っ」

澄んだ青空を思わせる瞳が不安げに揺れている。上目遣いで自分の顔を覗き込んでくるナルから、シカマルは火照った顔を隠すようにサッと眼を逸らした。


頼りにしてたのに、とか、シカマルならと思ったのに、などと呟くナルを前にして、動揺する。
内心、想い人である彼女に頼りにされている事実を喜びつつも、断りの言葉をシカマルは口ごもった。


「無理なもんは、む…」
「んじゃ、俺が一緒に行ってやんよ!!」

感情を押し殺して断ろうとするシカマルの言葉を遮って、空から声が降ってきた。



ドスン!、と地鳴りと土煙が湧き上がる。さりげなくナルを背中で庇いながら、シカマルは面倒くさそうな表情を浮かべた。
シカマルの後ろから、ひょこっと顔を覗かせたナルは、大きな犬の背中に乗っている人物をぽかんと見上げた。見覚えのある顔に、驚愕の声をあげる。


「き…キバ…か!?」
「よぉ!!」

ナルを見るなり、喜色満面の笑みを浮かべた犬塚キバは、相棒の赤丸からすぐさま降りた。
ナルに駆け寄るや否や、鼻をうごめかす。くんくん、と匂いを嗅いで「やっぱ、ナルだな!この良い匂いはよ!」とニカッと犬歯を覗かせてキバは笑った。


「んえ?いや、任務を終えて里に戻ってきたばかりだから汗臭いってばよ?」

シカマルとは我愛羅を奪還する任務に就く前に会っていたものの、キバには会ってなかった。
だから久しぶりの再会に喜びつつ、匂いを嗅がれたナルはくんくんと自らも自分の匂いを嗅ぐ。
嗅覚が鋭いキバならともかく、汗の匂いしかしないな、と首を傾げるナルの匂いを、キバは再びくんくんと嗅いだ。


「いや、この匂いは間違いなく昔から俺がす」
「おい、いつまで嗅いでんだ、メンドクセー」


ナルの傍から勢いよく引き離す。いくらナルかどうか確かめる為とは言え、何度も匂いを嗅ぐキバを、シカマルはじとっと睨み据えた。


「大体、おめーは紅先生との任務があるだろーが。勝手なこと言うんじゃねぇよ、めんどくせー」
「ナルが困ってんのに、黙ってられねぇだろ!」


邪魔されたキバがシカマルを睨み返す。
同じ想い人のナルを挟んで、バチバチ火花を散らしているキバとシカマルをよそに、ナルはすっかり大きくなった赤丸に夢中だった。



「すげぇってばよ、赤丸~!キバ乗せて走れるくらい大きくなったなぁ~!」と赤丸のもふもふの毛を堪能するナルと、ナルの顔をペロペロ舐める赤丸というほのぼのな光景を前にして、シカマルとキバが脱力する。







瞬間、二人の顔色が変わった。



「「ナル…ッ!!」」



シカマルとキバが一斉にナルに飛びつく。
押し倒されて、驚いたナルが眼を瞬かせると、視界の端で、赤丸が奇妙な猛獣に噛みついていた。黒い墨が飛び散る。


「な、なんだってばよ!!??」

墨へと変わった猛獣。
狛犬のようなソレに驚愕の表情を浮かべるナルに反して、キバとシカマルは彼女を守るように身構えた。


「あそこか…」

嗅覚が鋭いキバが逸早く、敵の居場所を突き止める。
いきなり襲い掛かってきた相手。正面の屋根の上に座っている人物の顔を認めて、シカマルは眉を顰めた。


(アイツ…何処かで…?)

見覚えのある顔に、顔を顰める。
色白の青年の姿に、ナルも不思議そうに首を傾げた。



「どっかで会った気がするけど、誰だってばよ?」
「知り合いにしてもいきなり襲い掛かってくる奴があるかよ!」


警戒体勢を取ったキバが、色白の青年向かって飛び出す。
途端、青年の術らしい数匹の狛犬がナル目掛けて襲い掛かった。


「チッ」と舌打ちしたキバが狛犬を赤丸と共に蹴散らしながら、「行け、ナル!!」と促す。
【影真似の術】の印を結んで青年を拘束する準備をするシカマルを横目で確認し、ナルもキバに続いて地を蹴った。


たくさんの狛犬がナルを邪魔するように襲い掛かってくるが、それらは何れもキバと赤丸が蹴散らしていく。
その合間を縫って、青年の許へ辿り着いたナルはクナイを即座に手に取った。




カキンと、短刀とクナイが搗ち合う音が響く。




刃物と刃物が軋む音を奏でる中、ナルは対峙している色白の青年を見据えた。
やはり、何処かで見た事がある。
過去の記憶を遡っていた彼女は、しかしながら、相手の下品な物言いで一気に引き戻された。




「野蛮だなぁ…君、それでもおっぱいついているんですか?」


朗らかな笑顔に反して下品な物言い。
女性に対する明らかなセクハラ発言に、ナルよりも、シカマルとキバのほうが青筋を立てる。
露骨に顔を顰めるシカマルとキバに反して、ナルは「しつれーなっ」と頬を膨らませた。






「エロ仙人のお墨付きの立派なのが二つ、ついてるってばよ!!待ってろ、今、見せて…」
「「やめろバカ!!!!!!!!!」」





怒りに任せて、その場で脱ごうとするナルに向かって、シカマルとキバが一斉に叫ぶ。
慌てて【影真似の術】を咄嗟に、色白の青年ではなくナルに仕掛けて動けなくしたシカマルに非はない。
代わりに、キバが勢いよく色白の青年へ襲い掛かった。


キバの猛攻をひらりとかわすと、色白の青年は胡散臭い笑顔を浮かべて、ナルを見つめる。
シカマルの術で身動ぎできないものの、強い眼光で自分を睨む彼女を、色白の青年────サイは愉快げに眺めた。

そうして軽く屋根を蹴る。
キバとシカマルには眼もくれず、ナルを一心に見据えながら、サイは印を結んだ。


「いずれ、またお会いしましょう」






刹那、墨がサイの全身を覆いつくす。
墨が消えた頃には、サイの姿は何処にも無かった。


「何者だ、アイツ?」と犬歯を覗かせて唸るキバの横で、「な~んか、見た事あるんだけどな~」とナルは不思議そうな表情を浮かべる。

過去の記憶を辿いながら【影真似の術】を解いたシカマルは、ハッ、とようやく思い当った。




(そうか。アイツ、サスケと────)































(───さて、)

執務室で手を組みながら、綱手は自分の部下を下がらせる。



いのやシズネを始めとした部下達が部屋から遠ざかったのを見計らって、彼女はやにわに【口寄せの術】を発動させた。
己が契約している口寄せ動物の大蛞蝓。
今はさほど大きくもなく、肩に乗せられる程度の大きさの蛞蝓は、綱手の視線を受け止めると恭しく首を垂れる。
暫しの沈黙の後、ようやく手元のカツユが相手からの言葉を綱手に伝えてきた。


≪なんだ?≫
「ご挨拶だねぇ」


蛞蝓【カツユ】が分裂した個体はみな意識を共有している為、どれだけ離れていても情報の伝達が可能である。
よって定期的に五代目火影である自分へ情報伝達するようにカツユの分身を相手に前以って渡していたのだ。


本来は、綱手の口寄せ動物であるカツユが分裂した個体が受け答えする為、丁寧な口調が返ってくるはずだが、どうやったのか、相手本人の声が直接聞こえてくる。








かつて、木ノ葉隠れの里を抜けた────。



















「元気かい、サスケ?」
≪何の用だ?≫







表向きは抜け忍であり、実際はスパイとして大蛇丸の許へ潜り込んだ────うちはサスケ。




昔と変わらぬ相変わらずのぶっきらぼうな物言いに、綱手は口許に苦笑を湛えた。
 
 

 
後書き
ちなみに、サイにはシカマルとナルは一瞬会ったことあります。詳しくは【上】の七十九話をよかったらご覧ください!

これからもどうぞ「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願いいたします~! 

 

二十一 タイムリミット

「そうか…ご苦労、サスケ」

大蛇丸を餌として『暁』が天地橋で待ち伏せしているという可能性。
罠ではないか、という疑惑が、これで潰れた。


現在、秘密裏に大蛇丸の許へスパイとして忍び込んでいるサスケの話に、綱手は思案顔を浮かべた。


大蛇丸とカブトの会話を秘かに聞いていたサスケ。
カブトが一瞬こちらに気づいたような素振りを見せたものの、大蛇丸に何も伝えていない事を考えると気のせいだろう。大蛇丸の腹心の部下であるカブトが、盗み聞きしているサスケの事を大蛇丸に報告しないはずがない。

サソリと落ち合う事を大蛇丸に報告している時点で、カブトがサソリを裏切っているのは明白である。
大蛇丸に、己が『暁』のスパイだと暴露して、今もサソリの部下ならば、その時点でカブトの命はない。
よって、現在のカブトが従う相手は大蛇丸に他ならないだろう。
それほど忠誠心を抱いている大蛇丸に何も言わなかったのなら、会話を盗み聞きしていたサスケに気づかなかったと判断できる。

大蛇丸とカブトの会話を聞いたことでサスケの身が危険に晒されることはない、と判断した綱手は、「しかし…」と、顎に指先を添わせた。


「カブトが『暁』メンバーの部下だったことは驚きだな」
≪前々から胡散臭い野郎だと思ってはいたがな≫


綱手の口寄せ動物であるカツユ。
その分裂体から聞こえてくるサスケの声に耳を傾けながら、綱手は「ひとまず、これで天地橋に向かっても罠の可能性はないわけだ」と言いながら、眉間に皺を寄せた。


「だが、大蛇丸が来る可能性がある、という危険性が更にあるわけか…」
≪曖昧なところだな≫


サスケとて、大蛇丸とカブトの会話を完全に把握できたわけではない。
カブトが『暁』のメンバーの部下であり、天地橋で落ち合う手筈になっていたという情報は聞き取れたが、実際に大蛇丸が橋に向かうかまでの確証は得ていない。カブトがこちらに気づいたような素振りを見せた時点で、サスケはすぐさま身を潜めたからだ。


「まぁ『暁』の罠の線が消えただけで良しとしよう───ところで、サスケ」

綱手の問いに、サスケは無言で話の続きを促した。
黙っているカツユの分裂体である小さな蛞蝓に、綱手は声を潜めて訊ねる。


「春野サクラと…────アマルの現状は?」

サスケの後を追って里抜けしたサクラと、かつて綱手の弟子であったアマル。
サスケがスパイだと知らずに里を抜けたサクラと、大蛇丸の甘言で自分の許を去ったアマルを、綱手は気にしていた。


《アマル…?ああ、里を抜ける時、俺を迎えに来たあの女か》


『終末の谷』で、ナルと対峙した時、大蛇丸の命令でサスケを迎えにきた赤い髪の少女。
ナルと決別して大蛇丸の部下になったそうだが、詳しいことはサスケは知らない。

そもそも、サスケ自身、大蛇丸に迎えられてからというもの、アマルはもちろん、サクラとさえ引き離されたのだ。
やはり木ノ葉の里に戻ろうと心変わりをしないように、大蛇丸がそれぞれを引き離したのである。
よって、単独で行動していたサスケが、彼女達の現状を知るよしもない。


《詳しくはわからないが、聊か気になることはある。サクラのことだ》
「どうした?」
《サクラは早々に俺と引き離され、大蛇丸の傍で修行させられていたらしい。つまり…》
「……大蛇丸に洗脳されている可能性がある、と」
《懸念であればいいがな》


サスケの話に、綱手は顔を顰める。
木ノ葉の里の抜け忍でありながら、音の里をつくり、部下を得ている大蛇丸は確かにどこか惹きつけられるものがあるのだろう。傍にいれば、大蛇丸の嗜好や考えに同意してしまう可能性もある。

「苛立たしいことに、アイツにはカリスマ性があるからね」と、かつて同じ三忍と呼ばれてきた綱手は苦々しげに吐き捨てた。


ふと、火影室へ誰かが向かって来る気配を察した綱手は、早々にサスケとの会話を打ち切る事にする。
近々、天地橋にナルが向かうことを口早に告げると、綱手はサスケに頼み込んだ。


「また何かわかり次第、連絡してくれ」
《────わかった》


サスケの言葉が終わるや否や、カツユが白煙と共に掻き消える。

素っ気ない態度だが、従順な答えを返したサスケに、綱手はホッとする。
サクラが大蛇丸に洗脳されている可能性はあれど、サスケは違う。
そのことを確認できただけでも上々だ。





















「さて……」

執務机で、手を組んだ綱手は、今からこの部屋に訪れる強敵にどう立ち向かうか、頭を巡らせる。
ノック音と共に部屋に入って来た水戸門ホムラとうたたねコハルの顔を認めて、綱手は背筋を伸ばした。
彼らの話が何かとうに察しはつくものの、素知らぬ顔で訊ねる。



「これはこれは。ご意見番のお二方。如何された?」




















































太陽の光さえ届かぬ地下。
外界と切り離された其処は暗澹としており、まるで仄暗い深海のようだ。

十字形に交叉した橋は四方を円柱に囲まれ、圧倒的な静寂だけが満ちている。
辛うじてその十字路の如き橋、それも中心のみが、天から降り注ぐ光に微弱ながらも照らされていた。




鼠一匹すら忍び込めぬ閉鎖された空間。暗澹たる世界で、男の荒い息遣いが響いている。
顔を引き攣らせて、荒い息を吐いている男の肩。


其処には、顔が生えていた。







「妙な真似をしないほうが身の為だぜ?」
「き、貴様…!?」


ダンゾウの部下である【根】の男の肉体に入り込んだ右近は、顔だけを男の肩から覗かせながら念を押す。


「下手な行動は命取りだぜ?何故なら、今、俺とお前は肉体を共有しているんだからな」






チャクラが流れる経絡系は内臓の各機関に深く絡み合っている。
経絡系とは、各機関を造り出している組織にも、そして組織を造り出している細胞にも、更に細胞の主成分であるたんぱく質にまで複雑多様に絡み合って連結している。
チャクラでこれらの細胞やたんぱく質の分解再構成が自由に出来る右近は、己の身体を粉々にして敵の体内へ入り込み、また元に戻して外に出る事が出来るのだ。


要するに、普段、左近と右近がそれぞれ身体を共有している状態を意味する【双魔の攻】が彼ら二人の血継限界である。
だが『根』の創始者であるダンゾウを始め、『根』に所属する者は皆、右近・左近の血継限界を知らない。
更に言うならば、右近の存在も知らないのだ。

弟の左近が一人だと見せかけ、身体の中で眠りについている右近の存在を『根』の気づかれないように徹底して心掛けていたのである。
それと言うのも、今までダンゾウに利用されないが為に、あえてひた隠しにしていたのだ。




かつて、うちはサスケを里抜けさせ、大蛇丸の許へ連れ出そうと見せかけ、その実、大蛇丸から逃れ、自由の身となる計画を企てていた『音の五人衆』。
その際、次郎坊・君麻呂・多由也は死を偽造出来たが、鬼童丸と右近・左近は『根』に生け捕りにされたのである。

大蛇丸の部下だった『音の五人衆』を捕縛しても、彼らの身の安全を保障するよう、ナルトが水面下でダンゾウと取り引きしていたので、実験体にされずに済んだものの、『根』では常に監視されていた。


だから、ダンゾウがいない今がチャンス。




「『霧の忍刀七人衆』の忍刀の在り処を教えろ」
「な、何故、それを…!?」

身体を右近によって融合され、恐怖に怯える『根』の一員の男が驚愕する。その情報は、火影でさえも知らず、ダンゾウが秘密裏にしていた内容だ。


霧隠れが唯一所有する双刀『ヒラメカレイ』、そして鮫肌と首切り包丁を除いた───『霧の忍刀七人衆』の忍刀。
それを、『根』の創始者であるダンゾウが保管している事は、『根』の部下の中でも一部しか知り得ない情報である。



(水月の話通りだな)

男の表情から察するに、やはりこの場に『霧の忍刀七人衆』の忍刀はあるのだろう。



ダンゾウにこき使われている最中に立ち寄った廃墟。そこで左近と鬼童丸は鬼灯水月と落ち合った。
ナルトの仲間となったらしい彼の言い分から、ダンゾウが奪った忍び刀をこちらの手中におさめるのが、『根』に潜伏中の右近・左近と鬼童丸の任務である。



「さっさと刀がある場所へ案内しな。さもないと、お前の細胞を破壊してしまうぜ」
「わ…わかった…」

相手の身体に入り込む。その肉体の内臓・器官・組織をバラバラにしてほしくなければ、言いなりになる他無い。
反面、右近にとっては身体に入り込む事で攻撃を食らわなくなる。


肉体を共有している故に、相手の細胞を生かすも殺すも右近次第。事の深刻さを理解して、己の身体を人質にされた男が冷や汗を流す。


暗殺専門の術の恐ろしさを早々に理解した男に右近は満足げに頷いた。

ふと、頭に過ぎったのは、身体を共有されながらも自決覚悟で自分を倒そうと立ち向かった木ノ葉のくノ一。
(普通はコイツみたいに俺に逆らえなくなるか、命乞いするかの二択なのに、あの女は度胸があったな)と右近は珍しく山中いのを称賛した。


現在、ダンゾウは、五代目火影の綱手の許へ向かっている。
こちらの行動をダンゾウが知る前に、『霧の忍刀七人衆』の忍刀を手に入れなければならない。



















常日頃、左近の体内で眠っていた右近。
左近から水月の話を詳しく聞いていた彼は、久しぶりに外へ出られたことを喜ぶかのように、やる気たっぷりの笑みを浮かべる。

ダンゾウの部下である男の肩から顔だけを覗かせて、右近は口角を吊り上げた。



(さて、さっさとこんな辛気臭い地下から抜け出す為にも、手土産を持参しねぇとな)
 
 

 
後書き
今回、大変短くて申し訳ありません~!

その上、急いで書いたので、つまらない内容で本当にすみません~!(泣)
右近の能力、こういう事に向いてそうな気がして(汗) 

 

二十二 忍びの闇

 
前書き
大変お待たせしましたぁ―‼

ダンゾウが悪役ですのでご注意ください!



 

 
「アンタは…自分の部下を見殺しにする気か!!」

五代目火影の剣幕に、志村ダンゾウは涼しげな顔で答えた。

「部下…?ふん、勘違いしてもらっては困る」

水戸門ホムラとうたたねコハルのご意見番を前に、ダンゾウは冷ややかな目をゆるゆると細めた。

「あやつらは、もともと大蛇丸の部下だった。それを返却するだけだ」
「ハッ!自分の部下を物扱いかい?」
「ワシの手駒の中でも役に立たない捨て駒を返して何が悪い」


しれっと答えるダンゾウに向かって、綱手は目の前の机を叩いた。
随分力を抑えたものの勢い余って罅が入った机を、ダンゾウは横目に眺める。


「短気なのは相変わらずだな、綱手姫」
「……アンタも相変わらずだね」


『根』の創始者であり、『忍びの闇』と評される志村ダンゾウを、綱手は苦々しげに見やった。





つい先ほど火影室に訪れたご意見番のホムラとコハルの二人によって、突如開かれた会合。
案の定、波風ナルの処遇に関する内容に、綱手は溜息をつく。

『暁』から得た情報である天地橋。
そこで大蛇丸が現れるという情報により、ナルを向かわせるはずが、どこから聞きつけたのか、ご意見番が出てきたことに、綱手は顔を顰める。もっとも聞きつけた情報源はわかっている。


視線を彷徨わせる傍らのシズネを睨みつけると、綱手はご意見番に自分の意見を押し通した。

なんとかナルが天地橋へ向かうことを承諾させたものの、追加の班員に関してはこちらで用意した忍びをつけさせる、と条件をつけられる。

確かに、現状第七班は、うちはサスケと春野サクラが里抜けしている為、実質ナルひとりである。
はたけカカシが倒れた今、だれか追加の班員が必須なのは綱手としても同意見だ。


何らかの魂胆を覚えずにはいられないものの、ご意見番の意見を無碍にするわけにもいかず、渋々了承を返した綱手は、背後の気配に振り仰ぐ。


「久しぶりだな、綱手姫」
「アンタが出てくるってことは…そうか」

杖をついて猶、威厳を損なわぬ、忍びらしい忍び。
志村ダンゾウに、綱手は眉を顰めた。


「新しい班員というのは、暗部の根の者か」
「根の者?いいや、ただの捨て駒だ」


冷たく吐き捨てたダンゾウに、綱手は元々低かった機嫌を益々降下させた。
直後、ダンゾウから追加の班員の名を聞いた彼女は、抑えていた憤りを露わにさせた。



そして冒頭に戻る。





















ダンゾウが指名した相手。

かつてサスケの里抜けに助力し、結果的に『根』に捕らえられた『音の五人衆』。


他三人は死亡を確認したが、唯一生存していた彼らの生け捕りに成功した話は、五代目火影である綱手も耳にしていた。『根』ではなく、木ノ葉が保護すべきだと再三申し出たが聞き入れてもらえなかった忍びの子ども達。

左近と鬼童丸を天地橋へ向かわせるというダンゾウの意見に、綱手は額に青筋を立てた。


「そんなもん、大蛇丸にみすみす殺させに行かせるようなものじゃないか!!」

死んだはずの部下が実は生きていて、そしてしれっと大蛇丸の許へ向かえば結果は見えている。
それなのに、大蛇丸が訪れる天地橋へかつての部下である右近・左近と鬼童丸を向かわせるなど、何を考えているのか。


憤る綱手に対し、ダンゾウは「元部下なら、親心をだしてアジトにまで案内してもらえるかもしれないだろう」ととぼけた返事を返す。

「そんな殊勝なタマじゃないと、アンタが一番理解しているはずだろう!!」


かつて大蛇丸を従わせていたダンゾウに問いただす。
だが、ダンゾウは聞く耳をもたず、窓から木ノ葉の里を一望している。
綱手が更に詰問しようと口を開くも、ご意見番の二人に「追加の班員はこちらで用意すると伝えたはずだ」と非難された。

「チッ」

納得できずに舌打ちした綱手は、極力怒りを抑えつつも「…カカシの代わりはどうするつもりだ」とダンゾウの背に鋭い視線を投げた。


「…班員を子どもだけにするつもりなら、益々アンタの正気を疑うね」
「ならば、火影直轄の暗部の中から、より優秀な忍びを1人選抜して隊長にするべきだな」


綱手の鋭い視線を一身に浴びながらも、ダンゾウは振り返らずに淡々と答えた。

「カカシの代役の人選はこちらで任せる……、という事で良いのか?」


無言の返事に、綱手は今一度舌打ちすると、強かに机を叩く。
どうやらこれ以上話すことはないらしい。

「そちらが二人指名するのなら、こちらもカカシの代役と班員…二人指名させてもらおう」

せめてもの反抗とばかりに意見する綱手に、ダンゾウは一瞬チラリと視線を投げる。

無言の承諾に、綱手は鼻息荒く立ち上がった。
ご意見番とダンゾウを一瞥し、勢いよく部屋を出て行く。

その後を慌てて追い駆けたシズネは、一度立ち止まると、ご意見番のホムラとコハルに一礼した。
五代目火影の前にあった机がビキビキと音を立てて壊れていく様子を目の当たりにして冷汗を掻きながら、綱手を追い駆けてゆく。


その光景を、天井裏から覗き見ている者には気づかずに。


















足音荒く廊下を歩く綱手に追いつくも、シズネは師である彼女の機嫌が悪いことに身を縮こませた。
抑えていたとは言え、叩いた机が時間差で粉砕されたことにも、綱手の怒りが窺える。

萎縮するシズネをよそに、「カカシの代わりをも、てっきり自分の部下をゴリ押ししてくるかと思ったが…」とぶつぶつ呟いていた綱手は、親指をギリッと噛みしめた。

「カカシの代行に火影直轄の暗部というのはこちらも考えていたことだ。だが、まさか向こうから提案してくるとはな…」

目下の急務は、カカシ班の編成だ。
だが、それにしても大蛇丸の部下である音の五人衆を向かわせるとは、どういう意図あってのことか。

「…それとも何か他に魂胆が、」


ダンゾウの考えが読めない。
苛立ちを隠しもせずに、綱手は再三舌打ちした。














































薄暗い闇に、研ぎ澄まされた刃物がギラリと鈍い光を放った。

鈍刀の兜割・長刀の縫い針・爆刀の飛沫・雷刀の牙。

それぞれ忍び刀とは思えない造形をしている名刀の数々に、鬼童丸はヒュウッと口笛を吹く。


『霧の忍刀七人衆』の特殊な忍刀は代々受け継ぐ習わしとなっており、刀を受け継ぐ度に襲名されてきたが、今や霧隠れの里が所有する忍刀は双刀のみ。
相次ぐ内乱等で再不斬のように所有者が刀ごと次々離反していったからである。故に忍刀の一振りである双刀以外は現在消失している有様なのだ。

再不斬の首切り包丁に鬼鮫の鮫肌、それに霧隠れが唯一所有している双刀『ヒラメカレイ』を除けば、『霧の忍刀七人衆』の忍び刀は幻のものとなっている。

それらが全て自分の手の内にある事に、鬼童丸は軽い感動を覚えていた。



「おめーの無駄に多い手はこの為にあったのかもな」
「いやべつに俺は忍び刀を持つ為に手が六本あるわけじゃないぜよ!?あと、無駄には余計ぜよ!!」

右近の揶揄に、思わずツッコミを入れる鬼童丸だが、その手には四本の名刀がしっかと握られている。

刀というより斧に近い兜割と、斧に巻物を組み合わせた形状の飛沫や、巨大な刺繍針の如き刀の縫い針はともかく、斧と巨大なハンマーを組み合わせる兜割と、二刀一組の牙は二本揃っている。

その為、腕が六本あるからこそ、ひとつひとつの刀を持つことができる鬼童丸に、「これだけ多い忍び刀を一発で持ち歩けるなんざ、コイツしかいねぇわな」と右近はボソッと呟いた。

「で?これで全部か?」
「水月から聞いた話ではそうなるな」

前もって水月と会っている鬼童丸に、普段は左近の中で眠っている右近が問いただす。
水月から直接刀の説明を受けていた鬼童丸は「確かに刀の特徴を知らねぇと、『霧の忍び刀七人衆』の刀だととても気づけないぜよ」と六本もある自らの腕が全て納まっているのを眺めた。


「き、貴様、なんだ、その腕は!!??我々『根』はそんな報告受けてな…、」
「おっと」

右近に現在身体を共有させられているダンゾウの部下が、鬼童丸の腕の多さを目の当たりにして、目を白黒させた。
大声で怒鳴ろうとするも、右近によって口を閉ざされてしまう。

『霧の忍び刀七人衆』の忍び刀が保管されている場所へ案内させられたダンゾウの部下。
その身体を乗っ取っている右近は、落ち合って一緒に忍び刀を探した鬼童丸と顔を見合わせた。

「「言ってないからな」」



そもそも『音の五人衆』は、うちはサスケの里抜けに便乗して大蛇丸の許から抜けようと企てていた。

君麻呂・多由也・次郎坊は上手く死を偽造し、ナルトの許へ向かえたが、鬼童丸と右近・左近は『根』のダンゾウに生け捕りにされてしまったのだ。
ナルトが前以って取り引きしていたので身の安全は保障されているが、いつ切られるかも定かではないのだ。
スパイとして潜り込んだ先に手の内を明かす愚か者がどこにいるだろうか。

よって『根』には自分の能力に関しては一切明かしていない。
鬼童丸は能力どころか腕が六本あるというのさえ、徹底的に誤魔化していたので、現在、ダンゾウの部下を驚かせているという次第である。



「お前が長時間出てるなんて珍しいな、右近」

口を右近によって押さえられているダンゾウの部下がふごふご言っているのを尻目に、鬼童丸は右近に訊ねた。

基本的に右近は普段左近の中で眠っている。
だが、今は分離してそれぞれ単体で動いているのを疑問に抱きながら、鬼童丸は巻物の中に『忍刀七人衆』の忍び刀を収納した。
流石に敵のアジトの中を盗んだ忍び刀を持ってうろつくわけにはいかない。

鬼童丸の問いに、右近は「ああ」とダンゾウの部下の口を押えながら、答えた。

「アイツは今、ダンゾウを見張ってる」



今頃五代目火影の綱手の許で、天地橋へ向かう波風ナルの処遇に関して話し合っているのだろう。
木ノ葉の里に関わる情報をナルトだけでなく、鬼童丸や右近・左近にも流してくれる相手からの情報だ。

現在、波風ナルの七班は、うちはサスケと春野サクラの里抜けによって班員がナルしかいない。
班を率いるはたけカカシでさえ、風影の我愛羅の件で木ノ葉病院に収容されている。

その欠員に、ダンゾウは『根』の誰かを送り込む手筈となっている。
その誰かが自分たちであることを、右近・左近、それに鬼童丸は知っていた。









大蛇丸に、かつて彼の部下であった自分たちをぶつける。
要するに、裏切り者である右近・左近と鬼童丸自身を大蛇丸への贈り物とすることで、大蛇丸の警戒心を緩ませようとする魂胆だろう。

死んだと思っていた右近・左近や鬼童丸が実は生きていたとすれば、大蛇丸は彼らを裏切り者だと認識する。
何故なら生存しているにもかかわらず、音に帰らなかった者など大蛇丸にとっては裏切り者に他ならないからだ。

その裏切り者である右近・左近と鬼童丸をダンゾウは手土産にするつもりなのだ。






ならば、こちらも相応の手土産を頂いても構わないだろう。



ダンゾウが秘密裏に保管していた『霧の忍刀七人衆』の忍び刀を秘かに持ち出しても。
































ダンゾウを今まさに天井裏で見張っている左近が戻ってくるまでに、さっさと忍び刀を持ち出そうと考えた右近は、融合することで人質にしているダンゾウの部下の身体を使って、普段は入れない場所を秘かに歩く。

いつもは閉鎖されており、どうあっても行けなかった廊下を突き進むと、何処かで水音がした。

「なんだ…?」

自分の口寄せ動物である蜘蛛を鬼童丸が音のする方向へ向かわせる。するすると、音がする方向へ小蜘蛛が糸を出しながら向かって行く。

安全を確認して戻ってきた小さな蜘蛛を人差し指に乗せた鬼童丸は、「奇妙な水槽があるらしい」と右近を振り返った。


「あっちに何があるんだ?」
「し、知らない…あちら側にはダンゾウ様しか行けない場所だ」

人質のダンゾウの部下の答えに、右近は思案顔を浮かべる。

『霧の忍刀七人衆』の忍び刀の在り処でさえ知っていた者が知らない場所。
上手くすれば、ダンゾウの弱みをつかめるかもしれない。



そもそも、幻の忍び刀でさえ、何故ダンゾウが手に入れていたのか定かではない。
大方、自分の部下に命じて収集したのだろうが、本来ならば霧隠れの里に返さないといけない代物だ。
それを秘密裏に隠していたとなると、国際問題にもなりかねない。

よって、たとえ右近・左近と鬼童丸が忍び刀を持ち出したところで、ダンゾウは表立って忍び刀を追うわけにはいかないだろう。
更に、自分達二人は今から天地橋へ向かわされることになっているのだ。

忍び刀が無くなったことに気づいた時には、天地橋で大蛇丸と会っている頃だろう。
その時、忍び刀の紛失に気付いたところでもう遅い。


全てはナルトの読み通りに動いているが、ダンゾウの秘密が他にもあるのなら調べない手はない。
ダンゾウの部下が大声を出さないように口を押えながら、右近は鬼童丸に目配せした。


子蜘蛛の糸を辿る。
糸を辿ったその先には、水柱があった。







その中に、囚われている存在に、右近と鬼童丸の目が大きく見開かれる。


「な…どういうことだ…!?」












































『おい、ナルト!!』


【念華微笑の術】で連絡を取ったナルトに、鬼童丸は開口一番に問いただした。
ナルトは、香燐をからかう水月に視線を投げながら「どうした?」と尋ねる。


以前、水月に会って、忍び刀の特徴を伝えられた右近・左近と鬼童丸。
その鬼童丸からの報告に、ナルトは心の中で(────やはりな)と呟いた。

























『なぜ水月が此処にいる!!??』 
 

 
後書き

最後の台詞の人物の名前、誤字ではありません。やっと伏線回収できます…!
あー長かった!!

次回もどうぞよろしくお願い致します~!!
 

 

二十三 取り違え

断刀の首斬り包丁・大刀の鮫肌・双刀のヒラメカレイ・鈍刀の兜割・長刀の縫い針・爆刀の飛沫・雷刀の牙。
特殊な能力を宿す七本の忍び刀。

それを使いこなす実力者に尊敬と畏怖を込められて贈られる称号を“忍刀七人衆”という。
故に忍刀を継承できる事は名誉なことであるが、相次ぐ内乱で所有者が刀ごと離反してしまう例が続き、現在は断刀の首斬り包丁・大刀の鮫肌・双刀のヒラメカレイ以外の名刀は所在不明となっている。

しかしながら、それを良しとしない兄弟がいた。


【霧の忍刀七人衆】の刀を全て集め、新たな七人衆を結成し、そのリーダーとなることを夢見る弟と、忍刀を継承することを夢見る兄。
日々の過酷な任務故に【霧の忍刀七人衆】全ての刀を使いこなすほどの腕前となった兄だが、彼もまた、相次ぐ戦乱で失われた刀同様、消息不明の身となっている。

失われた鈍刀の兜割・長刀の縫い針・爆刀の飛沫・雷刀の牙を探していた半ばで、弟の前から消え失せた兄。
だから弟は【霧の忍刀七人衆】の忍刀を集めることを決意した。

そうすれば、きっと―――


「兄の、鬼灯満月を見つけられる」






いつになく真面目な鬼灯水月の真剣な眼差しを受け、再不斬はふんと鼻を鳴らした。
水月の熱心な視線から【霧の忍刀七人衆】の忍刀の一つたる首切り包丁を遠ざける。

「おめーの兄ちゃんが『根』の水柱に囚われてるって?なんでそんな面倒なことになってんだよ」
「たぶん…忍び刀を集めているところでダンゾウに捕まったのか…」

再不斬の首切り包丁に鬼鮫の鮫肌、それに霧隠れが唯一所有している双刀『ヒラメカレイ』を除けば、『霧の忍刀七人衆』の忍び刀は幻のものとなっている。
その幻たる名刀を集めていた矢先に、ダンゾウに捕まったのではないか、と推測を語る水月に、話をそれとなく聞いていた香燐が横から口を挟んだ。

「もしくは既に収集していたダンゾウの許に忍び込んだか…」
「んなことわっかんねぇだろ!!」

憤慨する水月だが、その可能性は無きにしも非ずなので、その眼は泳いでいる。


自身の身体を液体化させる【水化の術】は敵のアジトなどへの潜入に長けている。
水月と同じく満月も同じ術を扱えるので、『霧の忍刀七人衆』の名刀を集めていたダンゾウの組織たる【根】に忍び込んだということも大いに考えられる。


香燐と水月がギャアギャア騒ぎ始め、話が脱線し始めたので、ナルトはぱんっと大きく手を打った。
ハッと顔をあげる水月と気まずげに口を噤んだ香燐を確認し、ナルトは再不斬に視線をやる。
ナルトの視線を受けて、代わりに口を開いた再不斬は「だったら、」と苛立たしげに頭を掻いた。


「何故生かしておく必要がある?ダンゾウが盗んだにしろ、ダンゾウから盗もうとしたにしろ、そいつは殺されてるはずだろ」


『霧の忍刀七人衆』の名刀を持っていた満月からダンゾウが刀を強奪したにせよ、あるいは、刀を収集していたダンゾウから満月が盗みだそうとしたにせよ、【根】に捕らえられた時点で満月の命はない。

現在忍び込んでいる右近・左近と鬼童丸のように部下として扱うのならともかく、捕らえているだけなど想像できない。

ダンゾウの性格からして、無意味なことはしないはず。
それなのに水柱の中で捕らえているとはどういうことか。

思案顔で水月の話を聞いていたナルトが壁を背にしながら答えた。


「────生かす価値があるからだよ」


どういうことだ?、と視線で問う再不斬を手で制し、ナルトは【念華微笑の術】で鬼童丸と右近に、水月の話を伝えていた。

















ナルト達から遠く離れた場所。
今まさに【根】に潜入捜査していた鬼童丸と右近は、目の前に聳え立つ水柱を仰いだ。

ナルトの話を聞いて「水月の兄貴か…」と、水月と見間違えた存在を改めて見上げる。
水柱の中で、髪を漂わせて双眸を閉ざしている彼は、確かに水月そっくりだ。

水に満たされた柱。
機材に囲まれている柱からは数多のコードが繋がっている。

水柱の中心では、水月にそっくりな存在────水月いわく、彼の兄の鬼灯満月の口から、こぽり、と水の泡が吐き出される。
息をしているその様子から、死んではいないのが窺えた。

「いつから閉じ込められているんだか…」


水の柱に、驚愕の表情がみっつ、映っている。
鬼童丸と右近だけではない。
現在、右近に融合され、自らの身体を人質に案内させられていたダンゾウの部下の顔も驚きに満ちていた。むしろ鬼童丸や右近よりも驚いている。


「…ダンゾウ様はここでいったい何を…!?」
「──状況から察するに、人体実験かねェ?大蛇丸のことをバカにできねぇな」

部下である自分にも知らされていない目の前の光景に衝撃を受ける部下に、右近が嘲笑する。
からかい半分だが、残り半分は本気だ。

人体実験をしていたのではないか、と推測する右近の隣で、鬼童丸は状況をナルトに再び報告した。

鬼童丸から、満月が水の柱の中にいる報告を受けたナルトは、水月に視線を投げる。
満月の現在の状況を伝えると、水月は顔を苦々しげに歪ませた。

「ボクと兄さんが使う【水化の術】の弱点を的確についているね…」


己の体を自在に液体化させ、物理攻撃を無効化及び潜入や不意打ちなど高い戦略性を有する【水化の術】。
しかしながらこの術の盲点は、密閉された容器に閉じ込められると身動ぎできなくなるのだ。

「人体実験というより、閉じ込めて逃げられなくするのが目的のようだな」

液体化できる特殊な体質であるからこそ、生きていられるが、柱の外にいる者に話しかけることはできないだろう。
水の中だから助けを呼ぶこともできないし、声を出す事もできない兄の現状に、水月は顔を顰める。


「『霧の忍刀七人衆』の刀と一緒に満月を逃がすわけにはいかないか?」
「ダンゾウが戻ってくるまでもう時間がないだろーが」

議論する水月達を横目に思案顔を浮かべていたナルトは、脳裏に響く鬼童丸の焦った声に、眉を顰めた。

「どうした?」
『誰かこっちに来るぜよ…!』

早く、身を隠すように促したナルトの脳裏から、鬼童丸の声が途絶えた。
【念華微笑の術】を一度解いたのだろう。


ややあって再び【念華微笑の術】で連絡を取ってきた鬼童丸の発言に、ナルトは内心(やはりな…)と溜息をひとつ零した。

























「どういうことぜよ…?」


水の柱の前で、誰かが語りかけている。

人の気配がするなり、咄嗟に機材の影に隠れた右近は、人質であるダンゾウの部下の口を手で押さえた。
同じく身を潜めた鬼童丸は、水柱の前に佇む人物を、目を凝らして見つめる。


こちらに近づいてくる気配がして、もう『霧の忍刀七人衆』の刀を盗んだことがバレたのか、と身構えたが、相手は水柱の許へ一直線に向かった。そのまま、楽しそうになにやら話しかけている。

水柱の中にいる満月からは返事などあるわけないのに、語り掛けている人間は見覚えがあった。


「あれは…サイ、だったか…?」

右近の問いに、口を押さえられたままのダンゾウの部下がこくこく頷く。水柱の前にいるサイを遠目に確信した部下は怪訝な表情を浮かべていた。

ダンゾウにお気に入りであるサイを前々からあまり良く思っていなかった部下の訝しげな視線に気づかず、サイは水柱に手を添えて楽しそうに話している。
表情に乏しいサイの珍しいその様子に、鬼童丸と右近は顔を見合わせた。聞き耳を立てる。




「…──本当はダンゾウ様の許可がないと此処には来れないんだ」

苦笑雑じりのサイの言葉を、水柱の中にいる満月は聞いているのか聞いていないのか。
おそらく眠っているのだろう彼を見上げて、サイは更に言葉を続ける。


「毎回、任務のご褒美に会わせてもらってたけど、次の任務は少し、難しいから…」

その口振りから、今はダンゾウから許可をもらっていないのだろう。
落ち着きなく、周囲を警戒しているものの、いつもの冷静さを欠いている為に、鬼童丸や右近にダンゾウの部下が身を潜めている事に、サイは気づいていない。


「次の任務は…大蛇丸のアジトに忍び込まないといけないんだ…」

生きて帰ってこれるかわからない超難易度任務。
故に、ダンゾウの許可を得ずに、独断で会いに来たサイは水柱にそっと手を当てる。


双眸を閉ざし、水をたゆたう満月。
水柱の中にいる彼の手があるあたりに、柱ごしに手を合わせて、サイは満月を見上げた。



「だから生還できるように祈ってて───シン兄さん」















水柱から離れて立ち去ったサイ。

暫くしてから、隠れていた機材からそっと立ち上がった鬼童丸と右近と、ダンゾウの部下はすっかり混乱していた。


「は…?あの水柱の中にいるのは、水月の兄じゃなかったのか?」
「シン兄さんって言ってたよな?」

困惑顔で顔を見合わせた鬼童丸と右近の横で、右近に寄生されているダンゾウの部下が「そんな…バカな」と呆然と呟いている。

「シン…アイツは死んだはずだ」



かつて【根】では幼い子ども達を集めて共同生活をさせ、忍びとしての訓練をしてきた。
だから自然と仲良くなった子や、あるいは兄弟のように共に過ごしてきた子どもが多かった。特にサイとシンは実の兄弟でもないのに、本物の兄弟よりも兄弟らしかった。

しかしながら、仲間同士の殺し合いにより、シンは死んだはずだった。


忍びとして合理的な思考及び行動がとれるように、感情を消す訓練として殺し合いをさせたのである。
全てはダンゾウの教育方針だ。


【根】とはダンゾウの『木ノ葉という大木を目に見えぬ地の中より支える』という根の意思を元に活動する組織。
よってサイが兄と慕っていたシンは、その時、既に命を落としているはずである。



愕然とするダンゾウの部下を視界の端に捉えながら、鬼童丸はナルトに再び【念華微笑の術】で連絡を取った。
困った時のナルト頼みである。


『あの水柱の中にいるのは、水月の兄貴じゃなかったのか?』
「…なにがあった?」

前々からの推測通りだと思いつつも、億尾にも出さない様子で、ナルトは訊ねた。
固唾を呑んで、見守る水月をチラリと視線を投げる。

鬼童丸からの報告を受けるナルトからの答えを聞いて、水月は「はぁあ!!??」といきり立った。



「誰だよ、シンって!!??ボクの兄の満月に決まってるでしょーが!!」

水で満たされ、密閉されている柱。
そこで身動ぎできずとも生きていられるのは、【水化の術】を使える鬼灯兄弟だけだ。


憤慨する水月が勢い余ってナルトに食って掛かろうとするのを、白と君麻呂が羽交い絞めにする。

「ナルト様に八つ当たりするな!!」
「ナルトくん、現場にいない我々では、判断が難しいと思いますよ」

ナルトの身を案じる君麻呂の隣で、白がもっともな発言をする。

しかしながら、その手は水月を取り押さえる力を一切止めない。
その上、液体化して【水化の術】で逃げられないように身体を凍らせてくる白に、水月は顔を引き攣らせた。



白の助言を受けて、ナルトは「そうだな」と頷く。
ヘルプ!!とナルトに助けを求める水月を、「そこまでにしとけよ…」と次郎坊が抑える一方で、「いいぞもっとやれやれ!!」「意外とブラコンなんだな、おめー」と煽る多由也と香燐。


その光景を呆れたように見やる再不斬の隣で肩を竦めたナルトは、鬼童丸に【念華微笑の術】で指示を出した。





















ダンゾウがいつ戻ってくるかわからない今、彼を助け出すのはリスクが高すぎる。

水月の兄の満月か、それともサイの兄のシンなのか。
どちらにせよ、水柱の中の彼を助けるのは、またの機会にするしかない。


だが、ナルトは知っている。
サイの兄のシンの居所を。


元『根』の一員であり、そして現在大蛇丸の部下であるシン。

かつて『木ノ葉崩し』の幕が下りた時期、ナルトはシンと接触している。

あの時、彼はこう言った。


『弟はダンゾウに騙されている。だから俺は弟を、サイを、ダンゾウの魔の手から救おうと大蛇丸の部下になったんだ』と。



その発言から、大蛇丸の許にいる彼が本物のシンだと窺える。
ならば、やはりダンゾウの許にいてサイがシンと呼ぶ水柱内の彼は、水月の兄である鬼灯満月だ。

おおかた、サイに己の言う事を聞かす為の手段及び人質として、ダンゾウが利用しているのだろう。
要するにサイは、自分の兄のシンと、水月の兄の満月を取り違えているのだ。



もっとも、以上の事は、あくまでナルトの憶測だ。
実際に水柱内の彼を助け出すまでは、下手に結論を下すわけにはいかない。

思案顔を浮かべていたナルトは、ひとまず鬼童丸に指示を与え、次いで、右近達と同じく【根】に現在所属している相手に連絡を取った。






【念華微笑の術】でナルトに指示された通り、鬼童丸は水柱の周囲を視えない糸で巻きつける。
鬼童丸の口寄せ動物である蜘蛛の糸は、そう簡単に見破れず、そう容易に切れたりしない。

蜘蛛の糸を巻き付けた直後「終わったぞ」と伝えるや否や、『鬼童丸、右近』とナルトが有無を言わさぬ強い口調で告げた。


『今すぐ眼を閉じろ』
「「……ッ、」」


条件反射的に、眼を瞑る。
『もういいぞ』とナルトからの許可が下りる前に、この場にはいない第三者の声がした。


「やれやれ…人使いが荒いですね、ナルトくんは」

咄嗟に、声がした方向から飛び退く。

直後、自分が寄生しているダンゾウの部下がぐったりしている事に、右近は気づいた。
寄生している故に身体を操れるものの、急に意識を失ったダンゾウの部下に、顔を顰める。


「安心してください。眠っているだけですよ」

巻物を片手に、朗らかに笑う相手を見やって、鬼童丸と右近は怪訝な表情を浮かべる。

「アンタは…」















ダンゾウとナルトの仲介役。
以前、ダンゾウとナルトの取り引きを目撃した故に、木ノ葉の特別上忍でありながら、【根】に所属している月光ハヤテは、苦笑いを浮かべた。

「ナルトくんからの指示を得て、急いで来たんですよ?この巻き物、便利でしょう?」


中忍第二試験の課題で使った『天の書』と『地の書』。
催眠の術式が施されているその巻き物を開けば、五日は眠り続ける羽目になる。

木ノ葉崩しが始まる前に、砂と音が密会していた夜。
自分で自分にその巻物の術を掛けた張本人は、「五日間は絶対眼が覚めない事を保証するよ」と自嘲気味に言い切った。


鬼童丸と右近・左近が天地橋に行くのは四日後。
つまり、その間は『霧の忍刀七人衆』の刀を盗んだことがバレてはならない。

だが、身体に寄生することで人質にしたダンゾウの部下の口から暴露されるのは必至。
故に、正直、刀を収集し終えた後は、ダンゾウの部下を殺すつもりだった右近は、ハヤテの巻き物によって眠った寄生主を呆れたように見やった。


「命拾いしたな、コイツ…」
「ナルトに生かされたようなもんぜよ」

眼を閉じろと、【念華微笑の術】で強く指示された事からも、巻き物を見ないようにするナルトからの配慮だろう。鬼童丸と右近まで眠ってしまっては元も子もないからだ。


「こいつ…殺さなくてもいいのかよ?」
「ナルトくんからの指示だ。その通りに従うさ」

ナルトの指示で、急いで鬼童丸と右近の許へ走ったハヤテのなんでもない口振りに、鬼童丸と右近は眉間に皺を寄せる。
ずるり…と寄生していたダンゾウの部下から抜け出した右近に、ハヤテは「早くこの場を立ち去ったほうがいい」と促した。


【念華微笑の術】で、ダンゾウの部下はその場に捨て置け、とナルトに指示されるまま、秘かに右近と鬼童丸はハヤテの先導で、水柱から離れる。

最後に一瞥するも、やはり水の柱の中にいる彼は、髪を水中で躍らせながら静かに双眸を閉ざしていた。




『水柱の彼のことはまた考える。今は自分のことを優先しろ』

最後にナルトから【念華微笑の術】で告げられる。
それきり、ナルトの声が聞こえなくなったのを合図に、鬼童丸と右近はハヤテに訊ねた。


「アンタ…やけにナルトのことを信頼している口振りだな」
「昔からの知り合いか?」

ナルトのせいでダンゾウとのパイプ役にされたのならば、ナルトを恨んでいるはず。

薄暗い廊下を先だって歩くハヤテは、背後からの問いに、「…さァてね」と曖昧な答えを返した。



「それより、そろそろ君の弟が帰ってくると思うよ」

チラリと右近を見やってのハヤテの言葉に、鬼童丸と右近はビクッと肩を跳ね上げた。




ダンゾウを監視していた左近が帰ってくるということは、ダンゾウが帰還してくるということ。おそらく、帰ってきて早々、天地橋に波風ナルと共に向かうよう任務を言い渡されるだろう。
ならば、こんなところで、しかも月光ハヤテと一緒にいる光景を見られたら溜まったものではない。


鬼童丸と右近は急いで駆け、ハヤテを追い越してゆく。
通り過ぎ様に、ハヤテのほうをチラッと見やった二人の視線は、疑念に満ちていた。



急いで自分から遠ざかった右近と鬼童丸の背中を見送っていた月光ハヤテは、口許を手で覆う。

「昔からの知り合い…か」

ナルトのことを昔から知っているのか、という鬼童丸と右近の質問。
寸前の彼らの問いを思い返しながら、彼は誰もいない薄暗い廊下で、ぽつり、呟いた。

















「彼が木ノ葉の里を抜ける以前から────知っているよ」
 
 

 
後書き
大変お待たせしましたあああ~!!
平成最後のナルトの最新話です!まさか元号変わっても続くとは思えませんでした、この話(汗)

渦巻く滄海 紅き空【上】の三十一話・五十七話・六十六話などの伏線回収です!死んだ人間が生きてたりする長編ものなので、ご注意ください!
まさか、中忍試験のあの巻き物がこんなにも大活躍するなんて思わなかった?私も思わなかったよ(笑)

令和になっても「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願いしますー!!
 

 

二十四 昨日の敵は今日の友

 
前書き
大変お待たせしました!

 

 
室内で騒がしい物音がして、シカマルは眉を顰めた。

呼び出されたものの、既に先客がいるようだ。出直そうか、と思ったところで、「入れ」と中から火影の指示があった。

綱手の声に従い、火影室を開けると、執務机を挟んで誰かが火影である彼女に直談判している。見知った顔に、シカマルは眉間に皺を寄せた。


「私も天地橋の任務に同行させてください!」
「お前は砂隠れの任務から帰ってきたばかりだろう」
「それを言うならナルもでしょう!」

シカマルの幼馴染たる山中いのが鬼気迫る勢いで、綱手に交渉している。
いのの並々ならぬ威勢に、シカマルは無意識に部屋の隅へ後退した。触らぬ神に祟りなしならぬ、触らぬいのに祟りなし、だ。
幼馴染だからこそ、彼女の剣幕にげんなりしつつも、何事か、と疑問を抱いていると、綱手の視線がシカマルに留まった。


「話は以上だ────シカマル」

急に話を振られたシカマルが動揺しつつも、綱手の許へ向かうと、いのが苦み走った表情で火影に叩頭する。
すれ違い様に、じろりとねめつけられ、シカマルは肩を竦めた。




「───いいんスか?」

いのが火影室から遠ざかってゆくのを見計らってシカマルが訊ねると、綱手は執務机で手を組んで、深々と溜息をつく。


「どうも天地橋への任務に、あやつも行きたいらしい」




【暁】に攫われた風影の我愛羅奪還の任務に就いていた波風ナル・山中いの・日向ヒナタ、そしてはたけカカシ。
その際、いのは、サソリ、正確にはナルトからの情報で、大蛇丸のもとにいるサソリのスパイと接触する機会を得た。

草隠れの里にある天地橋。
其処に、大蛇丸の部下と落ち合う事になっていたというサソリの話に乗り、指定された日にちと時間に向かう手筈となっている。その任務に、いのも加わりたいと志願してきたのだ。


サソリとの闘いで、チャクラも体力も本調子ではないはずなのに、やけにしつこく食い下がってきたいのに、綱手は頭を掻いた。

「仕方ないっスよ…いのはサクラと仲が良かったっスから」


木ノ葉の里を抜け、大蛇丸の許へ向かったのは、うちはサスケと春野サクラ。
サスケは、実は木ノ葉のスパイとして大蛇丸の許へ潜り込んでいるのだが、その真実を知っているのは極わずか。
一方のサクラはサスケについて大蛇丸の許へ行ってしまったので、こちらは抜け忍として扱われている。

どちらにせよ、サスケがスパイだという事実は機密事項なので、世間一般的には、サスケもサクラも抜け忍と思われている。だから彼らがいる大蛇丸の手がかりを、ナルもいのも欲しているのだ。

ナルは同じ七班としての仲間であるサスケとサクラを。
いのは想い人であるサスケと、恋敵であり親友のサクラを。
大蛇丸の許から取り戻す為に動いている。

火影である綱手に直談判する事からも、いのの本気が窺えた。


「いのは同行させちゃダメなんスか?」
「木ノ葉は常に忍び不足だからこれ以上人員を割くわけにもいかない…それに医療忍者として言わせてもらうと、疲労がかなり溜まっている。このまま向かっても足手まといになるだけだ」

流石、医療忍術のスペシャリスト。
一瞥しただけで、いのの体調を見透かした綱手は「きっちり休息を取って体力が戻ればまだ考えるんだけどねぇ…」と肩を竦める。

サソリとの戦闘の爪痕が疲労となってまだ残っている。
それだけ激しい闘いだったのがいのの体調から察した綱手は、彼女が立ち去った方向に気づかわしげな視線を投げた。



「それで、俺を呼び出したわけはなんです?」

本題に入るべく問うたシカマルに、綱手は顔を一変させる。周囲を厳しい視線で見渡し、誰の気配もないことを確認すると、「お前の任務に関してだ」と重々しく告げた。


「奈良シカマル────お前には、天地橋へ向かってもらう」
「お、俺ですか…!?」

つい先ほどいのが綱手に一蹴された任務を自分が受け持つ事になり、シカマルは眼を白黒させる。だが同時に、ナルと同じ任務につける事に内心喜んだ。

新しいチームメンバーとして以前ナルから協力を頼まれた身。
その時は断ったが、彼女の心底ガッカリした様子に良心が痛んだのは記憶に新しい。
その後、犬塚キバの登場、及び、色白の青年に襲われて、メンバーの話はうやむやになったものの、あれからナルはどうしたのか、気がかりだったのだ。


「しかし…中忍試験の係員の任は、」

自分と同じくナルに恋心を抱いているキバに対して、若干の優越感を覚えつつも、シカマルは怪訝な表情で綱手に訊ねる。
ナルのメンバー勧誘を断らなければいけなかったのは、まさに目の前にいる火影から中忍試験の係員に任命された事が原因だ。
シカマルの質問を耳にして、今思い出したかのように「ああ、そういえば頼んでいたな」と綱手は椅子に深く腰掛けた。


「中忍試験の係員の件は、誰か別の者に頼むとしよう…そうだな、ネジにでも頼むとするか」

上忍になった日向ネジに申し訳なく思いつつ、シカマルは「そうまでして、俺をナルと同行させる理由はなんです?」と詰問した。


「言ってはなんですが、俺は戦闘向きじゃない。せいぜい後方支援できる程度ですよ」
「お前にはその頭脳があるじゃないか」
「買いかぶりすぎです。他にも理由があるんでしょう」
疑問形ではなく確信めいた発言に、綱手は「やはりお前は話が早いね」とバツが悪そうに苦笑した。


「天地橋へ何故向かうかは聞いているな?」
「【暁】のメンバーのひとりの部下…大蛇丸の許でスパイしているヤツと会うんですよね?」
「そうだ。それに関して、【暁】が待ち伏せしている可能性はないと言質はとった」

綱手の言葉に片眉をぴくりと上げたシカマルは「……サスケ、ですか?」と確認に近い質問を投げた。

「そうだ。天地橋で落ち合う相手…【暁】のメンバーのひとりであるサソリの部下は、」


サスケからの情報だと肯定した綱手は、そこでいったん、言葉を切った。
シカマルの目をひたと見据える。


「カブトだ」






中忍試験にて、一度、ナルを始めとした木ノ葉の忍びに友好的であった音隠れの忍び。
そして、綱手を木ノ葉隠れの里へ連れ帰る際に、ナルと敵対した大蛇丸の部下。

温厚そうでありながら、眼鏡の奥に隠しきれない影があったカブトの相貌を思い出して、シカマルは「また、あの人ですか…」と溜息をついた。

「さほど驚いてはいないようだな」
「カブトが大蛇丸の部下だったということはナルから聞いてましたから…どことなく疑わしい人柄でしたしね。しかし二重スパイとは流石に予想できませんでしたが」

今でこそ五代目火影の座についている綱手だが、かつては放浪の旅をしている真っ最中だったので、ナルが彼女の師である自来也と共に、里へ連れ帰ってきたのだ。
その間、何が起こったかをナルから聞いていたシカマルは、当然、カブトのことも耳にしていた。


「ということは、天地橋にはそのカブトが来るということですか」
「だといいが…」

渋った物言いの綱手の話を、シカマルは視線で促す。
無言の催促に、綱手は頭をガシガシと荒々しく掻きむしった。

「サスケの話によると、大蛇丸が出てくる可能性も無きにしも非ず、とのことだ」
「…っ、それは」

一瞬、声を呑んだシカマルの前で、綱手は大きく手を振ると、「可能性の話だ」と付け加える。

「ですがもし、大蛇丸自ら出てくるとなると、俺とナルでは荷が重すぎます」
「わかっている…だからカカシの代役として、ある忍びを此度の任務につける」

風影奪還の任にて写輪眼の使い過ぎにより、病院で療養中のはたけカカシの代わりとして選抜した忍びの名を、綱手は告げた。


「三代目在任の時からの暗部の一番の使い手だ。名を、ヤマト」
「ヤマトさんっスか…偽名ですか?」

シカマルの何気ない問いに、「相変わらず、察しが良いな…」と綱手は苦笑した。

「三代目火影から与えられたコードネームだよ。本名ではない」
「三代目からの火影直轄の暗部ってことっスか。それは心強いですね」

大蛇丸に対抗すべき人材を用意している綱手に、シカマルは一度頷き、ややあって「そのヤマトさんには、サスケのことは?」と直球で訊ねた。

「話していない。秘密を共有する人数は少ないに越したことはない」
「それで、俺が同行するというわけですか…」


たとえ元暗部であっても、サスケが木ノ葉のスパイだと、綱手はヤマトに知らせていない。
つまりシカマルがこのたび、天地橋へ赴く理由は、サスケが潜入捜査を続行できるようにうまく根回ししろ、ということだ。何故なら、現時点でサスケがスパイだと知っているのは、五代目火影である綱手と、五代目風影の我愛羅、そしてシカマルのみ。
仮に天地橋にサスケが現れた場合、彼がスパイだとバレないように、真実を知っているシカマルが上手く誘導する必要がある。


「簡単に言ってくれますね…」
「保険だよ。そんな事態にならないことが一番だ」

理想としてはサソリの部下であるカブトを生け捕りにして大蛇丸の情報を得ることだ。
大蛇丸が自ら現れる可能性もサスケがスパイだとバレる可能性も無いとは言い切れない故、事情を知っているシカマルが天地橋へのチームメンバーに抜擢されたのである。


「ただし、何か異変が起きたら逐一報告してくれ。場合によっては増援を送る」
「わかりました」

了承したシカマルは、そこで不意に、ナルに襲い掛かった色白の青年を思い出した。


確か、サスケが里抜けをする以前、火影の座をかけて綱手が志村ダンゾウと争っていた時期。
あの時、サスケの傍でよく見かけた少年と、色白の青年の顔立ちはよく似ている。
同一人物ではないかと思い当たって、シカマルは先ほどの出来事を綱手に語った。


墨で描いた狛犬を使っての攻撃だと耳にして、綱手はついと形の良い眉を吊り上げた。


「おそらく【根】の者だろう…しかしどういうつもりだ?ダンゾウが指名した人数は二名のはずだが…」

思案顔を浮かべる綱手に、シカマルは「どういうことっスか」と訝しげに訊ねる。
ダンゾウの顔を思い浮かべて渋い顔をした綱手は、今回の任務で上層部になんとかナルが天地橋へ向かうことを承諾させたものの、追加の班員に関しては【根】で用意した忍びをつけさせる、と条件をつけられたことを語った。

実際、現状第七班は、うちはサスケと春野サクラが里抜けしている為、ナル、ただひとり。
はたけカカシが倒れた今、だれか追加の班員が必須。


「だからこそ俺と、火影直轄の暗部であるヤマトさんがメンバーになったんじゃないんですか?」
「上はそれじゃ納得しないんだよ…特にナルは九尾の…」


そこで綱手は言葉を切る。
彼女が口ごもった理由を、シカマルは知っていた。

波風ナルが九尾の人力柱であるという事実。
幼い頃は、彼女が里の人間から何故疎まれているのか不思議で仕方がなかった。
少年の頃にはそれとなく理解し、現在ではそれは確固たる真実だととっくに把握している。
だけどナルが九尾の人柱力だからといって、それがなんだというのだ。


「要するにナルを監視するための人員ってことっスか」
「まぁ…そういうことだな」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる綱手の答えに、シカマルは顔を顰める。
シカマルの不機嫌を感じ取ったのか、綱手は「だが、ダンゾウが指名した相手はいわば、大蛇丸に殺されに行くようなもんだがな」と不明慮な言葉を続けた。


「どういうことっスか」
「見ればわかるさ」

綱手の曖昧な返答に、シカマルの眉間の皺が益々深く刻まれる。
シカマルの怪訝な表情を前に、綱手は苦笑した。





かつてサスケの里抜けに助力し、結果的に『根』に捕らえられた『音の五人衆』。
他三人は死亡を確認したが、唯一生存していた彼らの生け捕りに成功した話は、五代目火影である綱手も耳にしていた。『根』ではなく、木ノ葉が保護すべきだと再三申し出たが聞き入れてもらえなかった忍びの子ども────左近と鬼童丸。

要するに、あの時、サスケを追跡するメンバーの一員であり、『音の五人衆』と対峙したシカマルやナルにとっては、死人も同然。

つまり、今回の天地橋へ赴く際、【根】の者としてダンゾウに指名された左近と鬼童丸を一目見れば、ナルやシカマルが驚愕するのは間違いない。




「あ~…ひとつ言えることは死人が同行するってことだな」
「は…?」


先ほどまでの気難しい顔とは一転して、ぽかんとするシカマルの肩を、綱手はぽんっと労わるように叩いた。



































「いったい、どこにいるんだってばよ!新しいメンバーは!?」


サソリの部下であるスパイが天地橋に現れるまで、もう時間がない。
早速、天地橋へ赴く為、木ノ葉の里を出発したナルはぷんぷん憤慨しながら、木から木へと跳んでいた。

里内で待ち合わせ場所に訪れたのは、シカマルと、そして綱手に選抜された元火影直属の暗部であるヤマト。

昔からの幼馴染であるシカマルとの任務に、ナルの喜びようと言ったら言葉にできないほどだった。
はしゃぐナルを宥めつつも満更ではないシカマルの様子に、ヤマトは内心(青春だねぇ…)と眩しげに眼を細める。


初対面のヤマトに対してもすぐ気を許したナルだが、他にも同行すると言われていた残り二名の姿は見当たらない。どうやら、里外で会う手筈になっているらしい。

万物の始まりと終わりを示す『あ』と『ん』の文字が連なる重厚な門を後にする。
木ノ葉の里を出ても一向に姿を見せない見知らぬ二人に、ナルが腹を立てている隣で、シカマルは後ろを振り返った。


(木ノ葉の里では大手を振って歩けない相手ということか…?)

里外じゃないと姿を見せられないということは、何かしら事件を起こした罪人という事だろうか。

木から木へと跳躍しながらシカマルが思案に沈んでいる矢先、ナルが苛立ち雑じりに先へ向かう。ヤマトが呼ぶ声を振り切って、ナルは木の枝を強く蹴った。


「なんなら、もうオレとシカマルとヤマト隊長だけで天地橋へ向かうってばよ!!」


一向に姿を見せない相手に焦れて叫んだナルの声は、両隣から聞こえてきた声にかき消された。


「「つれねぇなぁ」」



いきなり聞こえてきた声にビクリと肩を跳ね上げたナルの足が着地に失敗する。ずるり、と木の枝から滑って、身体が真っ逆さまになる。


落下しかけたその瞬間、足首を何かがつかまえた。
人間の手ではない。なにか細くて粘り気がある────蜘蛛の糸。



「落ち着くぜよ」

どこかで聞き覚えのある声が真下から聞こえてきて、ナルは宙ぶらりんになったまま、視線を落とした。




「お、お前らは…!!??」
「よお」

逆さまになったまま、驚愕するナルの前で、鬼童丸が悠然と手をあげる。
里を抜けたサスケを追い駆ける際に対峙した『音の五人衆』のひとりである彼の登場に、ナルは口をぱくぱく開閉させた。


鬼童丸の蜘蛛の糸で落下せずに済んだものの、逆さま状態のナルの許へ向かったシカマルはようやく姿を見せた二人を視界の端で認める。



『音の五人衆』の子ども達は何れも死んだことになっていた。


一つは、土砂に埋もれ、窒息死した死体────ナルと闘った次郎坊
一つは、『終末の谷』の下流で浮かんでいた水死体────ネジと闘った君麻呂。
一つは、首を掻っ切り、自害した死体────キバと闘った多由也。

そして、いのと闘った左近も崖から墜落死し、ヒナタ&シノと闘った鬼童丸も蟲によって死んだはずだった。


だからこうして生きている二人と会って眼を白黒させるナルの隣で、シカマルは綱手の意味深な言葉を思い出して、眉を顰める。



(なるほど……死人、ね)


実際は君麻呂・多由也・次郎坊が生きているとは露知らず。
事前に火影からそれとなく聞いていても、鬼童丸と左近をこの目で実際に見たシカマルの口から「生きていたのか…」と思わず呟きが零れた。



「昨日の敵は今日の友っていうだろ?」

にやり、と口元に弧を描いて左近が笑う。


人気のない深い森の中でようやく対面した新メンバー。
死んだとされている人間ならば、確かに木ノ葉の里で大っぴらに顔を出せないだろう。
故に里を出た後もなかなか姿を見せなかった二人に対し、困惑顔だったナルの表情が次第に変わってゆく。


「おっせーんだってばよ!!」

生きていたのか、と訊ねる前に、やっと姿を見せた鬼童丸と左近に文句を言う。
鬼童丸の蜘蛛の糸から逃れて、シカマルに助け起こされたナルが早速左近と鬼童丸にかみついている光景を、ヤマトは遠い目で見やった。






「こりゃ、前途多難かな…」
 
 

 
後書き
今回、急いで書いたから雑な仕上がりとなっております…申し訳ありません(汗)
でもこれからも続けたい所存ですので、どうかよろしくお願いします!! 

 

二十五 野心

 
前書き
大変お待たせしました────!!
久しぶりの音忍、再登場!憶えていらっしゃるだろうか…?

原作では序盤でいなくなっちゃってるので困惑するかもしれませんが、このシリーズでは生きてます!
【上】の十五話や幕間、二十八話、または【下】の閑話の登場人物紹介などに一瞬眼を通してくださるとわかりやすいかもしれません!

追記/最後のほう、少しだけ加筆しました!微々たるものですが、ご容赦ください!
よろしくお願いしますー!

 

 
人の感覚を麻痺させるほどの激しい水音がとめどなく続く。

轟々と唸る滝音と、水の匂い。
聴覚と嗅覚を制する滝壺には、ひとつの影が自然と一体化するかの如く、ひそやかに佇んでいた。

派手に飛沫を飛び散らせる瀑布。
滝に打たれていたサスケは、前方から忍び寄る気配にうっすら眼を開ける。

「何の用だ」

煌めく陽射しの下で、白く泡立つ滝壺。
目の前を絹糸の如く流れる水の合間を、サスケは見据える。

深く青い水面の上で自分をじっと睨みつけている相手───ザク。

充満する水の匂いに、ふと、異臭が雑ざる。別の匂いが鼻について、サスケは眉を顰めた。


「そういうてめぇは滝修行でもしてんのかよ」

吐き捨てるような物言いをする相手から香る血臭。
形の良い眉を一瞬顰めるもすぐに涼しげな顔でサスケは声をかけてきた相手を見やる。
滴る水越しにサスケを睨んだザクは、怒気と血臭を纏わせながら、挑発めいた言葉を続けた。


「サスケ、お前…大蛇丸様のお気に入りだからって調子に乗るなよ」
「…何の話だ」
「しらばっくれんな!」

ザクの怒声を意に介さず、サスケは身を乗り出す。
滝から抜け出て、滴る水もそのままに、滝壺の傍に生えている大木の枝へ手を伸ばした。そこに掛けておいた羽織の袖に腕を通す。


「大蛇丸様から命じられたのは、殲滅せよ、とのことだったよなァ!?」
「そうだな」
「じゃあなんで、テメエが相手した奴ら全員、死んでねぇんだ!?」


大蛇丸は音隠れの里の創設者であると共に、抜け忍である。その上、かつては『伝説の三忍』と謳われているのであれば、彼を倒して名をあげようと考える者は少なくない。
追い忍や賞金稼ぎやらの多くが大蛇丸の命を狙ってくるのは一度や二度ではない。よって、頻繁に襲撃してくる連中を返り討ちにするようにと、サスケとザクはよく大蛇丸に命じられるのだ。


「それなのに、てめぇは毎回殺さねぇ。甘っちょろいのも大概にしやがれ」
「再起不能にはしている」
「チッ、それが甘いって言ってんだよ」

舌打ちするザクに全く動じず、サスケは「言いたいことはそれだけか」と抑揚のない 言葉を返す。

「なら、もう用は済んだだろう。さっさと水浴びでもなんでもすればどうだ。血生臭い」
「それは俺への当てつけか?」


サスケとザクの戦闘光景は対照的だ。
汗ひとつ掻かず、返り血すら浴びずに、敵を気絶させるサスケに対し、ザクは確実に息の根を止めようと動く為、返り血を浴びることが多い。現に、ザクの身体からは鉄臭い血が酷く匂う。

返り血を浴びるのは二流の忍びだ。殺してはいない事を非難しにきたけれど、実際のところザクはサスケの才能に嫉妬していた。
サスケと自分の力量差を思い知って、ギリギリ歯ぎしりする。


貧しかった幼少の折に大蛇丸に才能を見出され、それ以来、大蛇丸に選ばれた事を生きる拠り所にしていたザク。
忠誠を誓った相手のお気に入りであるサスケを、ザクは強い眼光で睨みつける。

うちはサスケの里抜けに加担した身だが、かつて彼に右腕を折られかけた経験を持つザクは、サスケによく喧嘩を売っていた。
自分のほうが先に音忍として大蛇丸に忠誠を誓ったにもかかわらず、大蛇丸に優遇されているサスケが気に入らなかった。


「だいたいてめぇのことは中忍試験の時から気に食わなかったんだ」

木ノ葉崩しの前段階として、大蛇丸からサスケ殺害の命を受け、木ノ葉の中忍試験へと送り込まれたザク。
サスケの実力を見る為だけの捨て駒が本来の役割だったにもかかわらず、今も変わらずザクは大蛇丸の忠実な僕だ。

ザクの言葉を耳にして、サスケの脳裏に中忍試験を受験した当時の出来事が蘇る。
ザクがドスやキンと共に『音の三人衆』としてサスケの前に現れたあの頃を思い出して、サスケはつい、と片眉を吊り上げた。ほとんど独り言のように呟く。


「『音の三人衆』…だったか」

サスケのその一言に、ザクの肩が大きく跳ねた。小声であったにもかかわらず、大きな反応と動揺を示したザクを、サスケは冷ややかな眼で眺めた。


「今は、ひとり、だな」
「黙れ…!!」

挑発の色も慰めの色も、感情の色さえないサスケの一言に、ザクは激情する。
サスケとしてはただの事実を述べただけだったが、ザクにとっては地雷を踏んだも同然だった。


音忍三人衆――キン・ツチ、ドス・キヌタ、ザク・アブミ。

その名前はツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨という三つの骨から成り立つ耳小骨を思わせる。鼓膜の振動を蝸牛の入り口に伝える役割を持つそれらは、切っても切れない相互関係にある。可動連結している三つの骨だが、隣接しているツチ骨とキヌタ骨が靭帯で頭骨に固定されているのに対し、アブミ骨は前庭窓または卵円窓という蝸牛の入り口に繋がっているのだ。

名前の関連性も、繋がりも絆も、三人衆の間にはあの頃、確かに存在していた。

大蛇丸の部下として目的が同じだったとは言え、スリ―マンセルを組んで、中忍試験に挑んだ彼らの間には、言葉なくとも何かしらの信頼は築けていたはずだった。


────うずまきナルトさえいなければ。




あの時。
大蛇丸の命令でうちはサスケがいる木ノ葉の七班を襲ったものの、そのサスケに腕を折られ掛けた。
予選試合でも対戦相手であった油女シノの奇壊蟲の前に破れ去り、おまけに右腕を失った。

二度失敗した者を大蛇丸が許すとはとても思えない絶望的状況の中、ヤツは現れた。

自分と共に来るか、大蛇丸の許に戻るか、逃げるか。選択肢を与え、交渉しに来たナルトに、ドスとキンはあっさりついて行った。


だからザクは強さを求める。ナルトと共に自分の許から立ち去った二人を見返す為に。

そうしてドスとキンを誑かした張本人────うずまきナルトを殺す為に。

ナルトについて行こうと決めたのはドスとキンの意思だ。
それがわかっているからこそ、ザクはナルトが許せなかった。

ただの八つ当たりだとは承知しているが、割り切れないものがあるのも事実。
中忍本試験前に我愛羅を襲い、逆に返り討ちに遭ったあの時も、自分を助けたナルトがザクは気に入らなかった。
サスケ以上に気に入らない存在だった。


「てめぇがどれだけ大蛇丸様に気に入られてようと、俺のほうが絶対強くなってやる…ッ!!」

自分を指差し、咆哮するザクを、サスケは素知らぬ顔で受け流していた。
だが、次のザクの言葉は聞き逃せなかった。


「そして殺してやる…!あの、うずまきナルトを…!!」
「………なに?」

今までザクの話を一向に聞いていなかったサスケは、そこで初めてザクの顔を見た。
感情が窺えなかった端整な顔立ちに、微かだが、憤怒の色が過ぎる。


「ふざけるな。アイツを殺すのはこの俺だ」


サスケは木ノ葉のスパイだ。
里抜けし、兄と同じスパイの道を選んだ時、覚悟は決まっている。

たとえ世間では抜け忍とされても、裏切り者と蔑まされようとも、闇に染まる気はない。
大蛇丸と同じ、深い深い淀んだ闇に堕ちるつもりはない。
だが、胸に秘めた野心だけはサスケの中で常にくすぶっている。

己の兄…うちはイタチを殺した――うずまきナルトへの復讐。
兄の仇を討つ野望。

それは自分の手で成し遂げねば意味がない。
ならば、同じくナルトを殺す野心を秘めているヤツは味方ではない。
敵だ。


急に顔色を変えたサスケを前に、ザクは動揺する。
先ほどまでまるで無かった敵意や殺意が剥き出しになっているサスケを眼にして、驚く一方、ザクの胸には言いようがない歓喜が湧き上がっていた。

今まで自分など眼中にないとばかりに振舞っていたサスケが自分を敵視している。
たったそれだけで、酔いしれるほどの優越感を覚えたザクは、サスケを更に煽った。


「てめぇこそ、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ。俺の獲物だぜ」
「アイツはお前に殺される程度の存在じゃない」
「なんだと…!」

額を小突き合わせるほどの距離で、ザクはサスケの胸倉をつかむ。
怒りを露わにするザクに反し、サスケは涼しい顔だ。だがその瞳には確かに敵意の色が宿っていた。



「「うずまきナルトを殺すのはこの俺だ…!!」」















暫しの沈黙。
ただ、滝の轟々とした唸りと、互いへの敵意がその場を制する。

その満ちた険悪な空気を切り裂いたのは、崖からの声だった。


「じゃれ合うのはそこまでにしておきなさい」

降ってきた声に、サスケとザクは反射的に崖を見上げた。
滝を見下ろした大蛇丸が呆れ顔を浮かべている。
忠誠を誓う大蛇丸に酷く動転するザクの隣で、サスケは涼しい顔の裏で内心動揺していた。


(……どこまで聞かれた?)

うずまきナルトを殺す野望を聞かれたところで木ノ葉のスパイだとはバレるはずもない。だが、野心はなるべく秘密にしておきたい。

ナルトと大蛇丸に接点があるとは知らないサスケは怪訝な顔で崖を見上げる。
サスケの胡乱な眼つきに、大蛇丸は肩を竦めた。

「そんなに睨まないでちょうだい。修行してたところを邪魔したのは悪かったわ」

いつのまにか仲良くなったのねぇ、と微笑ましげに自分達を見下ろす大蛇丸に、サスケとザクは同時に「「誰がこんなヤツと…ッ」」と反論した。

お互いに睨みつけながらもサスケは心の中で安堵する。どうやらナルトが獲物だという会話は聞かれていなかったようだ。
切磋琢磨して修行する仲だと勘違いされたのは甚だ遺憾だが。


「でも、そろそろアジトに戻ってちょうだい。暫く留守を頼みたいのよ」

パンパン、と手を打ち鳴らして促してくる大蛇丸に、サスケは眉を顰める。

「…留守?何処かへ出かけるのか」

サスケの問いに、大蛇丸はうっそり嗤う。
嫌な予感がしたサスケが更に問い質そうとする横で、ザクが「お任せください、大蛇丸様」とあっさり承諾した。

「良い子ね」

ふ、と蛇を思わせる瞳を細めた大蛇丸は、一瞬、滝の向こうに視線を投げると、崖から立ち去る。
その後ろ姿を怪訝な顔で見送ったサスケは、寸前の大蛇丸の視線の先を追った。

滝の向こうに連なる山々。
草隠れの里がある方角を透かし見るようにして、彼は内心舌打ちした。


(雲行きが怪しくなってきたな…)


先ほどの大蛇丸の視線の先。

それは、草隠れの里にある天地橋を指し示していた。










































「ナルト。鬼童丸と、右近・左近のことなんだが…」

あまり自分に話しかけない相手から声をかけられ、ナルトは顔をあげる。
真っ直ぐな瞳の蒼に見据えられ、一瞬うろたえるも、次郎坊は意を決して訊ねた。

「見殺しにする気じゃないだろうな…?」


かつてサスケの里抜けに助力した『音の五人衆』、結果的に『根』に捕らえられた『音の五人衆』────君麻呂・多由也・次郎坊、それに鬼童丸と右近・左近。

前者は思惑通りに死を偽造し、こうしてナルトの許にいるが、後者は『根』に捕らえられている。

その右近・左近と鬼童丸が、草隠れの里にある天地橋へ、木ノ葉の忍びと共に向かうという。
はっきり言って、死にに行くようなものだ。


懸念する次郎坊がナルトに詰問するのを聞き咎めたのか、多由也が間に割って入ってきた。

「グダグダうるせぇな、デブ。ナルトに口出しすんじゃねぇよ」

次郎坊の肩をガシっと掴んで、ナルトから引き離す。
ナルトの前で仁王立ちになった多由也の相変わらずの口の悪さに、次郎坊は顔を顰めた。

「多由也…前々から言ってるけど、女がそういう言葉をあんまり…」
「うっせぇよ、デブ!!ほっとけ!!」

ぎゃいぎゃい騒ぎ始めた多由也と次郎坊に、すっかり蚊帳の外になったナルトは苦笑する。
同時に、『音の五人衆』である彼らが、なんだかんだ言いながらも、『根』に生け捕りにされた右近・左近と鬼童丸を気に掛けている事がわかって、内心ホッとした。


「─────で?どうするつもりだ」

壁を背に、腕組みしていた再不斬がナルトに訊ねる。
多由也と次郎坊、それに一歩離れたところにいる君麻呂を眺めながら、ナルトはつい、と再不斬に視線を投げた。


「どうもしないさ」
「見殺しにする気か」

死んだはずの部下が実は生きていて、しれっと天地橋へ向かうとどうなるか。
大蛇丸が来ないほうに懸けるしか、右近・左近と鬼童丸の生き抜く道はない。

再不斬の問う視線を受け、ナルトは黙ったまま目線を遠くに向けた。
窓辺に腰掛け、遠くを眺める。その視線の先が何処に向けられているか察して、再不斬は肩を竦める。


「まぁいいさ。俺達はお前に従うだけだ」

再不斬の独り言のような呟きを背中で拾う。
首だけを巡らせて振り返ったナルトは、口許に苦笑を湛えた。


「苦労をかけるな」
「何を今更」

面倒くさそうに頭をガリガリ掻いた再不斬は、傍らの首切り包丁を手繰り寄せる。
白い大きな布で覆われたソレを指先でなぞりながら、「コイツが錆びつくまでには終わるんだろ」と誰ともなしに訊ねた。

首切り包丁は、血液中の鉄分を吸収する事で刀身を修復する。
よって、いくら刃毀れしても、たとえ折られたとしても、敵を斬り続ける限り何度でも修復されていく能力を隠し持っている。
だから錆びることもないはずなのだが、再不斬はあえて含みのある言い方で問うてみた。


「ああ」

窓から外の光景を一望しながら、ナルトは口を開く。チラリと再不斬を見遣った瞳は、彼の言葉の裏を完全に汲み取っていた。

空よりも海よりも底知れない蒼を宿したその双眸には、昔と変わらず、決意の色が強く宿っていた。



「終わらせる」
 

 

二十六 親睦

「まさかお前とこーやって温泉に入るとはなぁ~。世の中何が起こるかわからんぜよ」
「そりゃ、こっちの台詞だ」

白い湯気が立ち込める温泉街の一角の宿。

宿に泊まる事を提案したヤマトが温泉に浸かりながら鼻歌を歌っている。
その少し離れた場所で、同じく温泉に浸かる鬼童丸と左近を、シカマルはじっと見つめた。



「お前、あの腕はどうした?」
「変化で隠してるに決まってるぜよ。普通の人間に腕が六本あるのはおかしいだろーが」

シカマルの問いに、ふふんと胸を張る鬼童丸の腕は、現在二本。常に額当てで隠している三つ目の眼は、タオルで巻いて隠している。
他にも温泉客がいる為、変化で隠している鬼童丸に、左近が口を挟んだ。


「お前にも常識ってのがあったんだな…」
「おいこら。お前には言われたくないぜよ」

眠っているらしい右近の頭にタオルをかけて隠している左近に、鬼童丸が呆れた声を返す。
まさか、敵対していた音の五人衆の2人と同じ温泉に入るとは思ってもみなかったシカマルは、溜息をついた。溜息は温泉から立ち昇る白い湯気に雑ざって消えてゆく。

大きな竹垣の向こうから、「おぉ~!久しぶりの温泉だってばよー!」というナルの歓声が聞こえてきて、シカマルは益々溜息をついた。



今回の任務で暁のスパイを連れ帰る事が出来れば、大蛇丸暗殺とサスケ&サクラ奪取の両方の作戦を立案できる貴重な情報源を入手することになる。
そう、木ノ葉の里出発前にヤマトが語った内容を思い返して、シカマルは眉間に皺を寄せる。
本当はサスケが木ノ葉のスパイである真相を知っている彼は、さてどうしたものか、と白濁した湯の中で腕を組んだ。


ちら、と隣を見やる。木ノ葉病院に入院したカカシの代行として七班の隊長となったヤマトの本音はその顔からは一切窺えない。
柔和な笑みを湛えているが、(こりゃ恐怖による支配も平気でやるタイプだな)とシカマルは冷静に分析していた。



先に湯から上がったヤマトの後ろ姿を見送った後、シカマルはついと油断なく鬼童丸と左近を見やる。

元は音の五人衆、しかし今は『根』の一員。
かつて大蛇丸に仕えていた者が今やダンゾウ率いる『根』に所属している。

いわば木ノ葉に捕虜として捕まり、『根』に強制的に引き込まれたと言ってもいい。
だが、それならば現在、『根』にいる鬼童丸と左近は、ダンゾウに忠誠を誓っているのだろうか。


「お前達は…大蛇丸からダンゾウに乗り換えたのか?」

言い方は悪いが率直に問うたシカマルの前で、鬼童丸と左近はキョトン顔を浮かべる。
敵だった時は憎い相手だったが、こうして見ると自分とさほど変わらない年齢の青年だということがよくわかる。
年相応の表情だった。

やがて、ぷっと吹き出した左近に続いて鬼童丸も腹を抱えて笑い始める。
周囲の客が何事かと遠巻きに視線を投げてきたので、シカマルは「おい」と眉を顰めた。


「乗り換えてなんざねぇよ」

ひとしきり笑った後の左近の答えを聞いて、シカマルは「それじゃ、」と言い淀む。
その言葉尻を捉らえ、「だからって大蛇丸様…いや、大蛇丸でもないぜよ」と、鬼童丸が答えた。


大蛇丸でもダンゾウでもない。
ならば、彼らは現在誰にも仕えていないのだろうか。

木ノ葉の忍びとして火影に仕えている身のシカマルは、元音の五人衆である二人をまじまじと観察する。
ややあって、鬼童丸と左近に再会してからずっと考えていた疑問をシカマルは彼らにぶつけた。


「今回の任務…何故、引き受けた?」

天地橋を目指し、大蛇丸の組織に潜入している『暁』のスパイを拘束し、連れ帰る。
それが大蛇丸及びうちはサスケと春野サクラの情報が手に入るチャンスだと、ナルとヤマトは考えている。
だがかつて、サスケを大蛇丸の許へ向かわせた張本人達が今や真逆の任務を受けているこの状況はどう考えても不可解だ。


「引き受けたっつーより、ありゃ強制だな」

温泉の中で肩を竦めた左近に、鬼童丸が同意する。

「ああ。捕虜の身である俺らに選択肢はねぇぜよ」
「ダンゾウにか?」
「「それ以外なにがある?」」

シカマルの問いに、左近と鬼童丸は揃って肩を竦めてみせた。

「お前も気をつけろよ、奈良シカマル。ありゃ野に虎を放ってるのと同義だ」
「────詳しく聞かせてくれ」

かつて火影の座を巡って、綱手と争った志村ダンゾウ。
大きな禍のもとだと暗に告げる左近と鬼童丸の話を耳にし、シカマルは思わず身を乗り出す。
真剣な顔つきで聞く体勢になったシカマルに、鬼童丸はすぐさま否定を返した。


「ああ、そりゃダメぜよ。話せない」
「何故?忠誠を誓っているわけではないんだろ」

シカマルの至極当然の問いに、左近がやにわに口を開いて、舌を見せた。
そこには奇妙な印が施されている。

「コイツがあるもんでね」



【舌禍根絶の印】。
『根』の機密事項、特に長であるダンゾウの情報を話そうとすれば、たちまち身体が痺れて動けなくなる呪印だ。

大蛇丸に施されている呪印だけでなく、ダンゾウにまで呪印を舌に施されている鬼童丸と左近に、シカマルは愕然とした。
ようやく口にできた言葉は「そりゃまぁ…用心深いこって」というダンゾウに対する批評だった。


「そりゃまぁ、俺らは元大蛇丸の部下だかんな。用心にこしたことはないんだろーよ」
「まぁ正直言って、呪印が二つも施されてる状況はあまりよかねぇぜよ」

他人事のように言葉を連ねる左近と鬼童丸に、シカマルは違和感を覚える。

「随分…他人事のように言うんだな」
「まぁ俺らには当てがあるからな」


ふ、と誰かに思いを馳せるように、遠くに視線をやる二人。
温泉街のあちこちで立ち上る白い煙の向こう、遥か彼方を見るようなその目線に、シカマルは眉間に皺を寄せた。

だが、シカマルが再度質問するより前に、ザバリと身を起こした左近と鬼童丸は「そろそろ出るぜよ」と湯船から出る。


「お前もさっさと温泉から出ろよ。湯冷めしても知らねぇぞ」

そう言い捨てて、背を向ける左近と鬼童丸を、シカマルは思案顔で見送った。

(呪印を解呪する見込みでもあるのか…?)


それとも────解呪できる誰かがいるのか。





思わず熟考して長湯しそうになったシカマルは、竹垣の女湯のほうから恥ずかしげもなく「おーいシカマル~!いるってば~!?」と自分の名前を呼ぶナルの声で、温泉に顔を突っ伏した。

周りの男性客からにやにやと「彼女かい?」と揶揄され、顔を真っ赤にしたシカマルは「あの…超バカ…!」とお湯の中で悪態を吐いたのだった。




























薄暗い部屋の壁に、額縁が飾られている。
たくさんの絵が壁に掛けられている様は、さながら美術館のようだ。

しかしながら、それらはどれもタイトルが無い。
無題の絵ばかりの部屋は美術館のように見えても、やはりどこか殺風景な室内だった。

絵の具や筆が置かれた机上で、持ち物を整理していたサイはふと、小さな絵本に目を留める。
それに気を取られた一瞬、背後から風を切って刃物が迫った。


「腕は鈍ってないな。それでいい。いつ何時も気を抜くな」

同じく刃物で受け止めたサイに、襲い掛かった仮面の男が忠告する。
同じ『根』所属の先輩の言葉に、サイは素直に頷いた。


「なんです、先輩?」

藪から棒に襲い掛かってきた先輩を、サイは胡乱な眼つきで見遣った。
たかが忠告の為だけに自分の許へ来るはずがない事はとうに知っている。

サイの怪訝な視線を受けて、『根』の先輩は懐に忍ばせておいた封筒を差し出した。
受け取って中身をチラリと覗き見たサイの顔色が一瞬変わる。

サイから疑わしい視線を受けても、『根』の先輩は平然としたまま、仮面の下で「いいか」と確認するかのように言葉を続けた。


「お前に与えられた極秘任務はダンゾウ様の、」

刹那、仮面の下で鋭く視線を投げると同時に、クナイを投げる。


吸い込まれるように窓から外を飛んだクナイは、サイの部屋の前にある木々の中へ突き進む。
葉音を立ててクナイの姿が消えた直後、木の葉陰から飛び出してきた猫が慌てて屋根の上を走り去っていった。


「猫か…」

仮面の下で、ぽつり呟く。
しかしながら隙のないその身のこなしから、『根』に所属する者が常に神経を張り巡らせているのが窺えた。


鳥の鳴き声がちちち…と聞こえてくる麗らかな陽射しが窓の外では溢れている。
里が明るい光に包まれている反面、薄暗い室内でサイと会話を交わす仮面をつけた『根』はまさしく闇に生きる者だった。

平和な木ノ葉の里の裏に所属する者のひとりは、再度サイに忠告をもたらす。

「里の先を見据えたダンゾウ様の意志を担うもの────それが今回の極秘任務だ」


そう告げた先輩の眼が仮面の奥で細められる。
サイの手元にある本に眼を留めた彼は「まだそんなものにしがみついているのか」と咎める。

「お前の兄──シンは死んだ。それ以上でもそれ以下でもない」



いっそ残酷なまでの言葉に、サイは顔を逸らす。
言い淀み、顔を伏せたサイに、『根』の先輩は改めて『根』に生きる者が今まで幾度も言い聞かされてきた決まり文句を口にした。


「『根』には名前がない。感情はない」
「過去はない。未来はない。あるのは任務」

続けて言葉を連ねたサイに、『根』の先輩は満足げに頷く。


「木ノ葉という大木を眼に見えぬ地の中より支える我々『根』の意志。決して忘れるな」

そう言うや否や消え去った、同じ『根』に所属する先輩の忠告がサイの耳朶を打つ。


白煙と化した相手が消えた場所を睨むように見据えながら、サイは「……あなた方はなにもわかってない…」と小さく反論した。




「シン兄さんは生きている…『根』のあの水柱の中で」

だから僕は────…。










薄暗い部屋。
絵に囲まれた室内で、ぽつりと呟いたサイの本音を聞いているのは、先ほど『根』の先輩が投擲したクナイに驚いて逃げたはずの猫だけだった。




















サイが住む部屋を遠目から見ている猫。

サイの先輩である『根』の人間にクナイを投げつけられ、逃げたふりをした猫は、髭を震わせて口を開く。
そこからあふれ出す鳴き声は猫のものではなく、明らかに人の声。


「『根』には名前がない。感情はない。過去はない。未来はない。あるのは任務、か────。くだらない。全くもってくだらない洗脳だ」



『根』しか知らぬ文句をあっさり諳んじてみせた猫の影がみるみるうちに人の形へ変わってゆく。
サイの部屋の前にある木々に飛び込んできたクナイを、手の中でもてあそぶように放り投げながら、彼は猫の変化を解いた。

サイが持っていた絵本の表紙。その絵表紙の人物に似ている彼は、サイがいる部屋を遠目に見遣る。


「木ノ葉は人目がありすぎるな…さっきの『根』の眼が隅々まで行き届いている」

そう言いつつも、猫に完璧に変化していた為、バレなかった彼は地面を忌々しげに見下ろす。
それは地下に蔓延る根を睨むような視線だった。


「木ノ葉という大木を地の中で支える『根』…だが眼に見えないその『根』の根元が腐っていたとしたら────」

サイが持ち歩く本の表紙の人物────死んだはずであり、水の柱に囚われているはずのシンはそこで言葉を切った。
水月の兄の満月と間違われている彼は、真実を告げたい想いを抑え、サイの部屋を見据えると、やがて鳥の姿へ変化して、空を飛び立つ。


直後、部屋を出て里外へ向かうサイの後ろ姿を追いながら。





























「ヤマト隊長~!」
「やれやれ…現金な子だね、君は」

温泉街の宿で、太っ腹にもご馳走を食べさせてくれたヤマトに、ナルはすっかり懐いたらしい。
犬のようにヤマトについて回るナルを見て、左近が「おめーも大変だな」とシカマルに労いの言葉をかけた。


「どういう意味だよ?」
「いや、お前ってアイツの保護者っぽいとこあるからさァ」

人の悪い顔をする左近をシカマルが横目で睨んでいる傍ら、ヤマトにまとわりついていたナルがこちら側へ駆け寄ってくる。鬼童丸をビシッと指さしながら、負けん気の強い彼女は鼻息荒く、宣戦布告した。


「ところで!おめーとはいつか決着つけなきゃいけないってばよ!!」
「おう。望むところぜよ」

宿を出て、さほど経っていないのに、道中で喧嘩が勃発しそうな気配に、シカマルは「お、おい」と焦った声をあげる。
親睦を深めるという意図から、温泉街の宿をとったヤマトの笑顔が徐々に暗くなってくるのを認めて、シカマルはナルと鬼童丸の間に割り込もうとした。



「腕が六本もあるなんて、ズルいってばよ!!腕相撲で勝てるわけねーってば!!」
「ふふん、負け犬の遠吠えぜよ」

直後、思いもよらぬ喧嘩の内容に、ガクッと崩れ落ちる。
ぽかんとするシカマルの横で、左近が呆れたように「アイツら、昨日、腕相撲で白熱してたんだよ」と説明した。




いつの間にか、ヤマトの思惑通り、親睦を深めているナルと、鬼童丸と左近。

すぐ仲良しになる美点を持つ彼女だが、それにしたって警戒心無さすぎだろう…とシカマルは脱力したのだった。 
 

 
後書き

大変お待たせしましたー!!
ナルが原作のナルトより天然で、すぐ仲良くなる子です、すみません(汗)

更新遅いのに、ゆっくり進んでしまって申し訳ありません…!じ、次回こそ天地橋へ…!! 

 

二十七 的

風がざわめいている。
びょうびょうと吹き抜ける風に煽られ、木の葉が数枚飛び去ってゆく。

激しい風が唸る朱色の橋。
深く切り立った崖の上に架けられた天地橋を遠くから窺っていた彼は眼を細めた。
木陰から遠目で位置を確認する。


目的の人物はまだ来ていない。

彼は得物の刃先を再度確かめた。
捻じ曲がった刃先は橋から遠く離れた場所からでも木に邪魔されずに目標を射抜くだろう。
大木の幹を貫通するほどの威力があるソレを掲げ、彼は息を詰めた。
既に冷汗が流れていたが、深呼吸をして落ち着くと、己の気配を極限まで消す。


幸い、橋の上では強風が吹き荒れている。音も匂いも風が飛ばしてくれるに加え、これだけ離れた距離からなら気配を悟られることもない。
だが、念には念を入れなければ。

何故なら己の得物を射る的は────。


葉の擦れる音がカウントダウンのようにさわさわと頭上で絶え間なく聞こえてくる。

約束の時間まであと少し。













「────天地橋周辺に人の気配はない、か」

天地橋の手前にある奥深い林。
その中から橋の様子を窺っていたヤマトは、他の面々に目配せした。

彼らが意識を向けているのは、『暁』のサソリと、大蛇丸の許に潜るサソリのスパイが落ち合う手筈となっている天地橋。
実際に大蛇丸の下に潜り込んでいる木ノ葉のスパイたるサスケからの情報で、天地橋に来る相手がカブトだと綱手から聞いているシカマルは、ヤマトの視線を受けて、もっともらしく頷いた。


ヤマトはカブトが来るとは綱手から聞いていない。サスケからの情報だとバレてはいけないからだ。
サスケが木ノ葉のスパイだという真実を知っているのは、現時点では五代目火影の綱手と風影の我愛羅、そしてシカマルのみ。

たとえ元暗部であっても、サスケが木ノ葉のスパイという事実は極力秘密裏にしておきたい綱手からの指示で、現在シカマルはこの任務に就いている。
即ち、仮に天地橋にサスケが現れた場合、彼がスパイだとバレないように、真実を知っているシカマルが上手く誘導する必要があるのだ。



(藪をつついて蛇を出す結果にならなければいいけどな…)

大蛇丸の圧倒的な存在が一瞬脳裏に過る。
顔を険しくさせたシカマルは、己の緊張を解そうと軽く頭を振った。
ふと、傍らで、カリ、と兵糧丸を口に含んだ左近と鬼童丸に眼を留める。

「お前ら、その兵糧丸、しょっちゅう食っているな」

思い返せば、鬼童丸と左近が兵糧丸らしいモノを口にしている光景を、シカマルはよく見かけている。
奈良一族は薬剤を調合し、薬の成分と効果をよく調べている。よって薬に関しては木ノ葉の忍びの中では豊富な知識を持っていると言っても過言ではない。

兵糧丸についてもそれなりに詳しい。秋道一族の兵糧丸である丸薬も調合できるほどだ。
もっともあの兵糧丸はカロリーコントロールを得意とする秋道一族しか使用できないため、調合法を知っていても、その丸薬でシカマルが強くなることはできない。


だが、薬や兵糧丸に詳しいシカマルでさえも、鬼童丸と左近が口にしている兵糧丸は見覚えのないモノだった。
シカマルの視線の先に気づいたのか、鬼童丸がカリ、と兵糧丸を噛みしめ、口角を吊り上げた。

「コイツは特別製ぜよ」

どこか誇らしげに答えた鬼童丸にシカマルが問うよりも先に、ヤマトがその場の空気を引き締めるように手をぱんぱんっと打ち鳴らす。


「さて。それでは予定通りに行動しよう」























「────来た」

風が強い天地橋の端。向こう側から来る人影を認める。
ごくり、と唾を呑み込んだナルの隣で、シカマルは双眸を細めた。

『暁』のサソリに唯一会ったナルの指導で、サソリの声色を再現したヤマトは木遁変化でサソリに化けている。
サソリに化けたヤマトが、約束の天地橋へ向かうのを、ナル・シカマル・鬼童丸・左近達は後方から距離を取って見守っていた。

約束の時間の正午。
橋の向こうから現れた相手の姿を、サソリに扮したヤマト、そして後方で待機しているナル・シカマル・鬼童丸・左近/右近は凝視する。


フードを被り、顔が窺えない相手。
今の段階ではサスケではないと判断はできない。
なんせ、サスケと以前会ったのは彼が木ノ葉を抜けた時。今はシカマル達と同じく、背も伸びているだろう。


ちりん、と鈴の音色が風に乗って聞こえてくる。
サソリに化けたヤマトが天地橋を一歩一歩ゆっくり、だが着実に渡っている。

目深に被った笠に結わえられた鈴が、橋の上を吹き抜ける強風で鋭く鳴り続けている。
それはどこか、相手に近づくなという警告音のようだった。


天地橋の中心で待っているフードを被った人物に、サソリに扮したヤマトが近寄る。
目深に被った笠の陰から、ヤマトはサソリの部下らしき人物の顔を窺った。


「お久しぶりです、サソリさま────五年ぶりですね」

ゆったりとした動作で、相手がフードを脱ぐ。強風に煽られ、フードがバサリとサソリの部下の顔を露わにさせた。
その顔を見て、シカマル以外が息を呑む。


(──薬師…カブト…)


大蛇丸の許でスパイをしているサスケから綱手に流された情報。
それを事前に知っていたシカマルは、顔を顰めるナルを横目でチラッと窺った。

木ノ葉中忍試験、そして綱手を木ノ葉の里へ連れ帰る際にもカブトとは会っているナルは複雑な表情を浮かべている。
無理もない、とシカマルは思う。

中忍試験でカブトにもっとも懐いていたのは、ナルだった。
あの時の好青年がこうして次から次へと、彼女の前に立ちはだかるのはどこか因縁めいたモノさえ感じられる。



サソリに扮したヤマトが、カブトにいくつか質問する様子が遠目から窺えた。
何を話しているかは強風で聞こえないが、大方、大蛇丸のアジトの場所とうちはサスケ・春野サクラに関する情報だろう。
木ノ葉の里を抜け、大蛇丸の下へ向かったサスケとサクラの奪還がこの任務の最大の目的だからだ。
実際のところサスケは木ノ葉のスパイなのだが、サクラがサスケを追い駆けて大蛇丸の許へ向かったのも事実。


綱手がこの任をシカマルに命じたのは、サスケがスパイだと悟られない配慮だが、サクラを連れ戻す事が出来ればそれに越したことはない。七班のふたりを一気に失ったナルの悲しい顔を見るのはシカマルとしても辛い。

この任務で、少しでも彼女が明るくなれれば良いのだが、と知らず肩に力が入っていたシカマルを、左近が咎めた。


「少し、肩の力を抜け」
「気配を悟られるぜよ」

小声で左近と鬼童丸が注意してくる。シカマルは気まずげに「わかってるよ」と気を静めた。
元音の五人衆からの忠告は的を射ている。


だがその忠告はシカマルに対する言葉ではなく、どうやらナルへの発言だったらしい。
感情が聊か昂っているナルの頭を、シカマルは軽く手の甲で叩いた。天地橋のほうに注意を向けていたナルがシカマルへ顔を向ける。
大きく深呼吸したナルは熱くなっていた自分を静めてくれたシカマルに、「ありがとだってばよ」と小さくお礼を述べた。

自分も気を静めてもらった身なので、曖昧に苦笑したシカマルは、左近と鬼童丸に視線を投げた。
相変わらず眠っているらしい右近を背にする左近・鬼童丸は天地橋のカブトの動向をじっと観察している。
その動作がどこか似通っていて、同じ音の五人衆だと、こうも似た感じになるのだろうか、とシカマルは若干違和感を覚えた。

その左近と鬼童丸が、ピクリと身構える。
彼らの視線の先を追ったシカマルは、何やらハッと顔を引き締めたカブトを認めて、警戒心を強めた。


(気づかれたか…!?)

シカマル達と同じく身構えたヤマトは、カブトの視線が別方向を向いていることにホッと安堵する。
茂みからひょっこり現れた野兎に、カブトの強張っていた肩の力が抜けてゆく。


「野兎か…」

ガサリ、と揺れた茂みを一瞥したカブトは、改めてサソリ扮するヤマトと向き合った。












その様子を木陰から見ていた彼は、爬虫類のような瞳をゆるゆると細める。
天地橋を俯瞰できる場所で、野兎を一呑みにした蛇を従え、ゆっくりと斜面を下りてゆく。

ずるり、と斜面を滑るように、彼は天地橋へと近づいていった。















(潮時か…?)

カブトと会話を続けていたヤマトは、サソリの顔の下で冷汗を掻いていた。
あまり会話を長引かせるとボロが出る。もう少し粘りたいところだが、慎重すぎると返って相手を取り逃がしてしまう可能性が高い。

内心、どうするか考えあぐねていると、カブトが違和感を覚えるような表情を浮かべた。
怪訝な視線を受け、ヤマトは裾の内に忍ばせたクナイを握りしめる。


「────面白そうな話ね…」



不意に、割り込んできた声に、ヤマトはクナイを振りかぶるタイミングを誤った。
同時に、大蛇丸の蛇に巻き付かれたカブトが顔を引き攣らせる。


「私も混ぜてくれない?」

フードつきの衣をそのままに、蛇からなんとか脱したカブトがヤマトの隣に並ぶ。
クナイを手にしたままのカブトをチラリと見やり、「サソリ様がクナイを出さなければ逃げ遅れるところでした」と謝礼を述べた。

自分と同じく、大蛇丸に対して警戒態勢を取るカブトを横目に、ヤマトはサソリの姿のまま、大蛇丸を睨み据える。
その心の内は、焦燥感に駆られていた。


(綱手様の推測が当たったな…)

五代目火影たる綱手に今回の任務に就く際、「思い過ごしなら良いが、大蛇丸と対峙する可能性もあるから覚悟しておいてくれ」と前以て伝えられていたヤマトは彼女の推測通りの展開に、サソリの顔の下で唇を噛みしめた。

(思い過ごし…のままで済みませんでしたよ、綱手様)

心の中で火影に呟きつつ、ヤマトはこれからどうするか算段をつける。


幸いなことに、カブトはヤマトがクナイを取り出したことを、大蛇丸に警戒しての行為だと勘違いしてくれている。
だからと言って、このままカブトと協力して大蛇丸と闘った場合、戦闘スタイルが本来のサソリと違うとすぐにバレてしまう。
しかしながら、ナル・シカマル・鬼童丸・左近達を呼べば、こちらの素性がバレてしまう。

どちらにしても手詰まりだ。



「その『暁』の装束…懐かしいわね」
「カブトを尾行してきたのか?」
「なァに。少し礼を言おうと思ってね…貴方が送り込んできたこの子────すごく重宝したわ」


自分のことを話している大蛇丸を、カブトはじっと見据えた。己の構えた手にチャクラを宿す。

青いチャクラに包まれた手はそのまま、考え事をしていたヤマトへ振り落とされた。


「なに…!?」

笠が飛ぶ。


首を狙った手刀に、ヤマトはたまらずサソリの変化を解いた。
カブトと、そして大蛇丸から距離を取る。


「サソリ…かと思ったら────誰だ、アンタ?」

つい先ほどまで、サソリ様と仰いでいたカブトの変わり様に、変化を解いて素顔に戻ったヤマトは問い質した。


「カブト…お前こそ、サソリの部下だったんじゃないのか?『暁』のスパイとしてサソリに術をかけられて、」

ヤマトの詰問を、カブトは鼻で嗤う。それだけで、既にサソリの術は解けていたことが窺えた。

おそらく大蛇丸に解いてもらったのだろう、と見当をつけたヤマトは「大蛇丸に寝返っていたとはな」とカブトを非難する。主人をすぐに裏切ることを咎められたカブトは、ふ、と口許に笑みを湛えた。


「僕はこれでも一途だよ」
「どの口が言うんだか」

カブトとヤマトの会話を愉快げに眺めていた大蛇丸は「楽しそうにお話しているところ、悪いけど」と口を挟む。



「後ろの子ネズミちゃんを私に紹介してくれるかしら?」


背後で待機しているナル・シカマル・鬼童丸・左近達を示している大蛇丸に、ヤマトは瞠目する。

「全てお見通しってわけか…」

つい、と視線を背後の茂みに向ける大蛇丸を前にして、ヤマトは観念して合図を送った。



瞬間、ヤマトの合図でナル・シカマル・鬼童丸・左近が天地橋の上へ飛び出す。
眠る右近を背にする左近と鬼童丸に眼を留めた大蛇丸の片眉がついと上がった。






「まさか…生きていたとはねぇ…」

聊か驚愕の色が雑じる大蛇丸の声を久しぶりに耳にして、鬼童丸と左近の顔に汗が浮かぶ。



音の五人衆。
君麻呂・右近/左近・鬼童丸・多由也・次郎坊は、サスケが木ノ葉の里を抜ける際、死んだはずだった。
実際はナルトの許へ向かう為のカモフラージュとして死を偽装しようという目論見だったが、上手く成功したのは君麻呂・多由也・次郎坊のみ。

鬼童丸と右近/左近は、ダンゾウ率いる『根』に捕らわれ、いいように使われている始末。
よって、大蛇丸の前に顔を出すなど、自殺に等しいのに、こうして顔を見合わせる羽目に陥っている。


「裏切りか…」
「アンタにゃ言われたくないぜよ、カブトさん…」


顔を歪めるカブトに、せめてもの虚勢を張った鬼童丸を眼にして、大蛇丸は一瞬、不思議そうに眼を細めた。





















今にも戦闘が始まる間際の天地橋。

空気が張り詰め、緊張に満ちたその光景を遠く離れた場所から窺っていた彼は、口に得物をしっかと咥えた。
巨木に伸ばした蜘蛛の糸を張り巡らせ、己の八肢で巨大な弓を振り絞る。

空気に触れた途端に硬質・金属化する粘液【蜘蛛粘金】。
それによって作った強靭な弓矢【蜘蛛戦弓・凄裂】をしなやかに引く。

引き伸ばされた弓につがえられた黄金の矢。
刃先が捻じ曲がり、大木の幹をも抉る破壊力を秘めたソレを、引き締める。


「────命中精度120%…」



狙いはただ一点。
チャクラを通わせた蜘蛛の糸を結わえることで命中精度が高まる矢がギリギリと狙いを定める。



「破壊力、超…最大…!!」



刹那、彼は────鬼童丸は矢を解き放った。





強風が吹き荒れる天地橋。
橋の中心で悠然と佇む────大蛇丸目掛けて。
 
 

 
後書き

鬼童丸がふたり出てきていますが、その理由は次回にて。
更新がいつも遅くて申し訳ありません!展開はそろそろ進むと思いますので、これからもよろしくお願いします!! 

 

二十八 狙い

 
前書き
お待たせしました!!
若干残酷描写があるのでご注意ください!!


 

 
凄まじい破壊力と速度で飛んでゆく矢。
風を切り裂き、障害となる木々をものともせず。
狙い通り、天地橋へと一直線に向かう。


直後、大蛇丸の傍らの蛇がどうッと音を立てて倒れた。


「────あら」

先ほどカブトを締め上げようとして、とぐろを巻いた蛇が絶命している。蛇を射抜いたソレはそのまま勢いよく大蛇丸へと向かった。
カブトもヤマトも、あまりのスピードに、まだ反応できていない。



矢を放った鬼童丸は即座に蜘蛛の糸を噛み切った。
矢にチャクラを通わせる糸を付けることで命中精度を上げていたが、これ以上糸をつけていると逆にこちらの位置を把握される。
蜘蛛の糸を回収しつつも、鬼童丸の眼は矢の向かった先を油断なく見据えていた。


既に矢は標的へと一直線だ。外れることはまずない。
狙い通り、矢は大蛇丸に向かって風を切り裂き。









次の瞬間、大蛇丸の手の内にあった。








「……ッ、うそ、だろ…っ」

完璧な角度・完璧なタイミング・完璧な軌道、全てが完璧だった。
遠く離れた場所からの攻撃。邪魔な障害物である大木をも物ともしない破壊力。
凄まじい速度。蜘蛛の糸でコントロールし、精度も高めた。


にもかかわらず、その矢を無造作に手で掴んだ大蛇丸は、傍らで白煙と化した蛇を見ている。その眼が蛇から森へと、ぎょろり移行した。


蛇がカブトに一度巻き付いた際に、脱げたフード付き衣類。
それが風に煽られ、空へ舞い上がった。


ヤマトとカブトが一斉に、矢が飛んできた方向へ視線を投げる。
彼ら二人の視線がこちらへ向くよりも素早く、鬼童丸はすぐさまその場を離れようとした。


森中に仕掛けた蜘蛛の糸が振動している。
チャクラを通わせた蜘蛛の糸を張り、触れた者の位置を瞬時に感知する【蜘蛛巣域】。
その蜘蛛の巣の領域に何者かが近づいて来ている。

振動する糸が徐々に近くなる事実に、鬼童丸の肌がざわざわと総毛だった。




「みィつけた」









聞き覚えのある声が耳朶を打つ。一気に血の気を失った鬼童丸は、目の前に迫る蛇にハッと我に返った。
大きな口から覗く牙が、鬼童丸の顔目掛けて刺さりかかる。

「チィッ、」

その寸前、鬼童丸は口から蜘蛛糸を発射した。
蜘蛛の糸をまともに受けて蛇が墜落する。鬼童丸は即座に周囲へ視線を走らせた。蜘蛛の糸を噴出させ、木から木へと飛び移りながら警戒する。

音もなく滑るように迫りくる蛇が視界のあちらこちらで映って、鬼童丸は冷汗を掻く代わりに、体中の汗腺から【蜘蛛粘金】を分泌した。
空気に触れると即座に硬質し、金属化する粘液。それで身体中をコーティングし、身を守ろうとする鬼童丸の耳元で、蛇のようなねっとりとした囁き声が聞こえた。


「かくれんぼでもするつもり?残念だけど、私は鬼じゃなくて」

刹那、鬼童丸の目の前に巨大な蛇が大口を開いた。



「蛇よ」

ばくん、






驚愕の表情を貼り付けた鬼童丸を丸ごと呑み込んだ巨大な蛇。
一切の躊躇なく、冷酷に鬼童丸を喰った蛇の上に、大蛇丸は佇んでいた。

狭い森の中、器用に巨体をずるりと這わせた蛇は大蛇丸を乗せたまま、天地橋へ戻ろうとする。



その腹の内から鬼童丸はくくっと嗤った。

「いくら蛇でも、腹壊すぜよ」



刹那、一気に丸みを帯びた蛇から大蛇丸は跳躍した。
飛ぶと同時に、蛇が破裂する。


「こんなに大量の蜘蛛を喰ったらな!」

周囲には散乱する夥しい数の小さな蜘蛛と、巨大な大蜘蛛。
蛇の中で鬼童丸が大蜘蛛を【口寄せ】したのだ。

蛇の体内から脱した鬼童丸を真正面から認めて、大蛇丸はふっと口角を吊り上げた。


「どうやら…貴方が本物の鬼童丸で間違いないようねぇ」

木々の合間から天地橋をチラッと見やる。
橋の上にいる鬼童丸と、大蜘蛛の上に乗る鬼童丸へ、大蛇丸は視線を往復させた。
ヤマトに呼ばれて橋の上へ飛び出してきた鬼童丸にはどうも違和感を覚えたのだ。


「アンタ相手にゃ、攻略するにも色々対策立てねぇといけないくらいわかってるぜよ」
「なるほどねぇ」

蛇のような狡猾な双眸をゆるゆると細めて、大蛇丸は天地橋を横目で眺めた。
左近の隣にいる鬼童丸を視界の端に捉えつつ、目の前の鬼童丸に顔を向ける。


「でも攻略できるかしら────裏切者の貴方達に」

























矢が飛んできたと思ったら、次の瞬間には大蛇丸の姿が掻き消えた。
急な展開に呆けていたナルとシカマルは、横を駆け抜ける存在の怒声にハッと我に返る。


「「ぼさっとしてんな!!」」

左近と鬼童丸がカブト目掛けてクナイを投擲する。すぐさま本来の目的を思い出したヤマトが印を結んだ。

橋から生えた木の柱がカブトを拘束せんと迫る。左近と鬼童丸のクナイに気を取られていたカブトは、ヤマトの木遁忍術に捕まりそうになって慌てて跳躍しようとした。
だが、足が動かない。


「【影真似の術】────成功」

いつの間にかシカマルの足元から伸びた影が自分の影と繋がっている。左近と鬼童丸の声でシカマルが即座に術を発動させたのだ。


大蛇丸の介入で動揺したあまり、忘れていたが、天地橋に来た理由はサソリと落ち合う手筈となっている大蛇丸のスパイを拘束し、情報を入手するのが目的だ。

要するに、カブトを木ノ葉の里へ連れ帰り、大蛇丸及びサスケとサクラの情報を聞き出す事がヤマトとナルの任務内容である。実際のところサスケは大蛇丸の許へスパイしている状況なのだが、大蛇丸や、サスケを追って里抜けしたサクラに関しての情報は是非とも入手したい。

よって、大蛇丸が現在矢を放ってきた森方向へ向かった今がチャンスに他ならない。
大蛇丸がいない今を狙って動いた左近と鬼童丸の判断は正しい。

伊達に音の五人衆と言われただけあるな、とシカマルは術を発動させながら、二人をチラリと見やった。



「どうやら本物のサソリは此処にきそうにもありませんね」

シカマルの【影真似の術】とヤマトの木遁で身動きとれなくなったカブト。
それでも余裕の表情は崩さず、彼はいっそにこやかな笑みを浮かべて、ナル達に話しかける。


「今日、此処に僕が来ることはサソリしか知らないはず────なのに君達が来るとは想定外だよ。特に、」

ナル・シカマル・ヤマト、そして鬼童丸と左近の顔を、カブトは順番に見渡す。温厚な笑みを浮かべているものの、その視線は怪訝なものだった。

「死んだとばかり思っていた音の五人衆まで出てくるなんてね」

カブトの視線が、左近と鬼童丸へ向く。緊迫した状況だというのに寝ているらしい右近をじろりと見やって、カブトは口許を歪めた。
気まずげに眼を逸らした左近と鬼童丸を暫し観察するようにじっと見ていたカブトは、やがてナルへと顔を向けた。


「サソリが拷問等で自白するとは考えにくい────となると、自ら情報を漏らしたか、或いは大蛇丸様の許にいる誰かが今日この橋へ僕が向かう事を木ノ葉に漏らしたか」

カブトの後者の言葉に、シカマルは表向き平常心を保っていたが、内心狼狽えた。
大蛇丸の許でスパイしているサスケのことを勘づかれたかと、一瞬焦る。


「まぁ、それはないか…。『暁』の他メンバーですら知らない情報だ」

ふっ、と苦笑を口許に湛えると、カブトは視線をナルからシカマルへと移動させる。
サスケのことで動揺したことを微塵も顔に出さず、シカマルはカブトを睨み返した。


「おそらくサソリの狙いは、僕から大蛇丸様の情報を引き出し、大蛇丸様を木ノ葉に処理させようという魂胆だろう────あのヒトらしい」

以前、サソリの許にいた過去を回想でもしているのだろうか。
どこか懐かしむように、カブトは眼鏡の奥で眼を細めた。

「サソリは大蛇丸様を恨み、自ら手を下したいと常々話していた。その野望を曲げてまで、君達を送り込んだということは…」

聊か信じ難い面立ちでカブトは淡々と己の憶測を語る。

「囚われの身か…はたまた、既に亡き者となっているか…」


思案顔のカブトを真っ直ぐに見据えたナルは、直接サソリと対決したいのの話を思い出す。
フードを被った得体の知れない誰かが突然介入し、サソリと共に消え去ったという。
天地橋の情報も、正確にはサソリからではなく、その謎の第三者が教えてくれたといういのの話を脳裏に描きながら、ナルはカブトへ答えた。


「残念だけど、どちらも外れだってばよ」

囚われの身でもなく、亡き者でもない。ということは、まだサソリは生きている。
ナルの返答で悟ったカブトは喉を震わせて嗤った。


「それは残念だね」


視線を森の奥へと向けて、心から残念そうにカブトは呟いた。
かつての部下だというのに、亡き者であってほしいと願っているかのような物言いに、ナルは眉を顰める。
大蛇丸がいないというのに、それどころかヤマトの木遁とシカマルの影にカブト自身が囚われの身であるというのに、やけに呑気なのも気にかかる。


だが余裕綽々の表情を浮かべていたカブトの顔が直後、歪んだ。


「お前…!!」

傍らにいる鬼童丸のほうを睨む。
いつの間にか鬼童丸に腕を掴まれていたカブトは、自分の体内に忍び寄るソレに気づくと忽ち顔を強張らせた。


「流石、医療忍者…一筋縄じゃいかねぇな」
「…っ、この術…!そうか、お前……ッ」

じわじわと相手に気づかれぬうちに自身の肉体を分解してカブトの体内に入り込もうとしていた鬼童丸が、ニヤリと嗤う。
医療忍者であるが故に、異物が体内に潜入すれば即座にカブトに排除されることを見込んで、徐々に己の細胞を送り込んでいたが、気づかれたのなら仕方ない。

本来は暗殺専門の術だが、相手の身体を乗っ取れば、木ノ葉へと連れ帰るのも容易くなる。


カブトほどの優秀な医療忍者ならば体内に己の細胞が侵入している時点で速攻追い出されているが、身動きが取れなくなっている現在ならば、乗っ取る事も可能だろう。
やはり予想通り、カブトはすぐさま自らの体内の異変に気づき、侵入者を排除しようとチャクラを練り始めた。

だが、ヤマトの木遁とシカマルの【影真似の術】で身動きできないぶん、自由が利かない。
今がチャンスだ。


そう考え、一気に【寄生鬼壊の術】を発動させようとした鬼童丸は、足場が大きく揺れた事に悪い予感を覚えた。



刹那、周囲の木々がバキバキと大きな音を立てて倒れてゆく。
同時に巨大な大蜘蛛と巨大な蛇が天地橋へと飛んできた。
















「な…!!??」
「大蛇丸さま…!!」

巨大な蛇の頭に乗っている大蛇丸を見遣って、カブトの顔が明るくなる。反面、ナル達の顔が一瞬で曇った。
否、その顔は大蛇丸への恐怖よりも驚愕に彩られている。


大蛇丸と対峙している大蜘蛛の上にいる人物。
それは、現在カブトの腕をつかんでいる鬼童丸その人だった。



「き、鬼童丸がふたり…!!??」

どういうことだってばよ!?と愕然とするナルの横で、シカマルは(そういうことか…)と得心がいった。


大蛇丸が乗った蛇が大きな尻尾を振るう。
その尻尾の先はカブトの腕をつかんでいた鬼童丸へと命中した。

「うぐ…ッ、」

不意を突かれた鬼童丸がカブトの腕を離す。そのまま吹っ飛ばされた鬼童丸の身体が空中でぼふんっと白煙に包まれた。


中から現れたのは────右近。


謎が即座に解けたものの、シカマルは目の前の光景に一瞬で目を奪われた。


「…うぁ!!??」
「ナル!!」

吹っ飛ばされた鬼童丸、否、右近が勢いよくナルにぶち当たる。
まさか自分のところへ飛んでくるとは思ってもいなかったナルは思いっきり欄干に頭をぶつけた。
転倒する。


「ナル…!!??」

強かに頭を打ったらしいナルへ、シカマルは焦った声で呼びかける。気絶したらしいナルを必死で呼びかけていたシカマルは、ハッと足場を見下ろした。


大蜘蛛と大蛇の重さに耐えきれず、天地橋がギシギシ崩壊し始める。
橋の手摺が捻じ曲がり、大きな音を立てて瓦礫と化してゆく橋。
その真下は崖だ。


橋向こうの大木の幹まで吹き飛ばされた右近を、ヤマトは肩越しに確認する。
大蜘蛛の上の鬼童丸を見上げ、「なるほど…あっちが本物ね」と彼は苦笑した。


つまり、左近の背中で眠っているように見せかけていただけで、最初から右近と左近は二人に別れていたのだ。
一方は左近/右近と一つの身体を二人で共有しているように振舞い、もう一方は鬼童丸に変化していたのである。
【双魔の攻】という血継限界を持つ右近と左近だからこそ、出来た芸当だ。

要するに、先ほどカブトの身体を乗っ取ろうとした鬼童丸は右近が変化した姿だったのだ。
おそらく、彼らがよく口にしていた兵糧丸も変化を持続させるためのチャクラ増強のためだったのだろう。
左近と鬼童丸の仕草がよく似ていたり、同時に同じ発言をしていたのも、兄弟故。


ヤマトは現在の戦況を見極めんと周囲を見渡した。

橋向こうまで吹き飛ばされた右近は暫くは身動ぎできないだろう。
ナルは吹っ飛ばされた右近の巻き添えに遭って気絶している。
シカマルはナルが橋から落ちないように【影真似の術】を発動中だ。

となれば、現在、戦力になりそうなのは、大蛇丸の大蛇と渡り合えている大蜘蛛の上に乗る本物の鬼童丸。
そして、左近と自分だけだろう。


だが、巨大な蛇と大蜘蛛の戦いなんぞを橋の上で繰り広げたら、結果は目に見えている。
案の定、足元から崩壊の音が聞こえてきた。

再び蛇が巨大な尻尾で橋を強かに打つ。真ん中が裂け、真っ二つと化した天地橋。
斜めになったその橋の上にいる者達は重力に従い、崖へと落下してゆく。

(マズい…!)

足場が崩れるのは得策ではない。特に今はナルが気を失っている。
ヤマトは慌てて木遁の術で崖から木の柱を生やした。
木の柱で下から天地橋を支える。


「ナル…!起きろ、ナル!!」

しかしながら、シカマルの呼びかけもむなしく、気絶したナルの身体が橋からズルズル落ちかけてゆく。
反射的にシカマルは自分の影をナルへと伸ばした。必然的にカブトの動きを封じていた影もナルの許へ向かう。
シカマルの影の拘束が外れ、カブトがニヤッと冷笑を浮かべた。


「しまった…ッ!!」

左近がクナイを投擲するも、それより速く、カブトはヤマトの木の拘束から脱する。
ヤマトの木遁とシカマルの影があったからこそ、身動ぎできない状況に陥れていたのだ。

その間に身体を乗っ取り、大蛇丸の情報を引き出そうとしていた目論見が外れて、左近は顔を歪めた。


【影真似の術】でナルの影を繋ぎ、墜落を防いでいるシカマルと、木遁の術で橋を支えているヤマト、そして橋向こうの大木にまで吹き飛ばされた右近をそれぞれ見やる。

そうして、左近は大きな蛇の上に佇む圧倒的な存在を見上げた。






「それにしても。裏切者がよくもおめおめと姿を見せたものだね」


ヤマトの木遁から逃れたカブトが大蛇丸の佇む大蛇の上にいつの間にか乗っている。
その冷ややかな視線よりも、左近はカブトの前にいる存在が怖ろしかった。

「殺されても文句は言えないよ?」


一歩後ろで控えるカブトの言葉を耳にして、大蛇丸は双眸を閉ざして、ふふっと微笑んだ。

「まぁ、以前に比べたら随分マシになったんじゃない?」


昔なら瞬殺だったが、僅かにでも自分と渡り合えるのなら称賛に値する。


鬼童丸に見せかけた右近。本物の鬼童丸が死角に潜み、遠距離からの射撃。
森の中で仕込んでいた蜘蛛の巣や、仕掛けてあった数多のクナイ。
なるほど、確かに対抗策だ。



「だけど、まだまだ甘い」


カッ、と大口を開いた大蛇が大蜘蛛に牙を突き立てる。先ほど内部から破裂させられた蛇の仇とばかりにきつく絞めあげられ、大蜘蛛が断末魔をあげた。


「勇気と無謀を履き違えてるんじゃないかしら?」



大蛇の上に佇む大蛇丸を、右近は恐怖の眼で見上げた。
その視線の先では、大蛇丸に足首をつかまれ、逆さまにされている鬼童丸の姿があった。







「だからこうなるのよ」

 
 

 
後書き


大蛇丸とやり合うならこれくらいが妥当じゃないかな~と勝手ながら思ってます(汗)
また、左近/右近よりも鬼童丸のほうが強い気がするのは私だけ?(ネジ戦を見ながら)
次回もどうぞよろしくお願い致します!! 

 

二十九 怒りの引き金

 
前書き
お待たせしました!
今回、色々とご注意ください!!


 

 
しゅるる…と長い舌先を伸ばす大蛇。
大蛇丸に宙吊りにされた鬼童丸を、左近は崩壊する橋の上から見上げた。

大蛇丸、そして彼の背後に控えているカブトを、警戒心を露わに睨み据える。
かつての上司であり、主だった大蛇丸。

彼に逆らうことは、昔は死を意味していた。
だが、今は────。


恐怖に染まっていた左近の眼の色が変わる。瞳が決意の色へ変化したかつての部下を、大蛇丸は興味深そうに見下ろした。
蛇に締め上げられ、鬼童丸の大蜘蛛がぼふんっと白煙と化す。

その煙が舞い上がった瞬間を狙って、左近はクナイを投げつけた。

大蜘蛛の白煙で視界が遮られた大蛇丸は、煙を切って投擲されたクナイを、軽く首を傾げて避ける。
カブトも容易にかわし、クナイは背後の木の幹に突き刺さった。

「かわいい抵抗ね」

ふ、と口角を吊り上げた大蛇丸の髪が、次の瞬間、後ろの爆風で煽られた。

「…っ、大蛇丸様!!」

ただのクナイではなく、起爆札つきだったと気づいたカブトが注意を呼び掛ける。
途端、大蛇丸に足首をつかまれ、気絶していたはずの鬼童丸がぐっと上体を起こした。
手から糸を発射する。

蜘蛛の糸が顔面にかかりそうになり、反射的に大蛇丸は鬼童丸の足首から手を放した。
蜘蛛の糸がカブトの足にくっついたのを視界の端で認めながら、鬼童丸は大蛇から落下する。
墜落してきた鬼童丸を、真下の左近が上手く受け止めた。


「一旦、退くぜよ…!」
「わぁってる!!」

目配せした左近と鬼童丸は、即座に向こうの橋の大木で倒れている右近の許へ駆けだす。
橋の三分の二は完全に崩れている為、向こう側へ跳躍することはできない。真下は崖だ。

状況を素早く判断した鬼童丸は橋の向こうに渡るにあたって、手首から糸を放出した。蜘蛛の糸は右近が背にしている大木の枝にしっかりと張り付く。鬼童丸特有の強靭な糸を使い、左近と鬼童丸は、上手く橋の向こう側へと渡った。

大蛇丸の大蛇の尻尾に吹き飛ばされ、呻いている右近。
向こう側へ渡るや否や、右近の許へ駆け寄った左近はすぐさま身体を融合させる。

ひとつの身体に戻った左近と右近、そして鬼童丸が深く生い茂った森の奥へ入ってゆくのを、大蛇丸は大蛇の上から悠々と眺めていた。

「鬼ごっこでもするつもり?」

口許に冷笑を湛えた大蛇丸の視線が、崩壊する橋へ緩やかに向けられた。
辛うじて三分の一のまま、橋として保てているその場所には、大蛇丸と敵対する木ノ葉の忍びがいる。

大蛇に吹き飛ばされた右近に衝突され、気絶したナル。彼女を介抱しているシカマル。
そして崩壊する橋をなんとか支えようと木遁を使うヤマト。

木ノ葉の忍びを順番に眺める大蛇丸の背中に、カブトが急かすように話しかけた。


「大蛇丸様。鬼童丸達はここで仕留めるべきでしょう」
「……そうね」

カブトに促され、大蛇丸は視線を森へと移行させた。
大蛇丸の指示で大蛇が鎌首をもたげ、森の中にズルズルと移動してゆく。

大蛇の巨体で、崩壊していた橋が更に崩落していった。



















ナル・シカマル・ヤマトの存在は今のところ、捨て置いて良いとでも考えたのか、それともただの気紛れか。

どちらにしても、裏切者は今処罰すべきと考えたのか、大蛇丸とカブトを乗せた大蛇が右近/左近と鬼童丸を追ってゆくのを、ヤマトは固唾を呑んで見送った。

「助かった…のか?」


そうは言っても、おそらく右近/左近と鬼童丸は命の危機に瀕している。
すぐに助けに行かねば殺されるだろうが、果たして本当に彼らは敵対しているのか、ヤマトには判断できなかった。

なんせ、右近/左近と鬼童丸は、元大蛇丸の部下。いくら『根』に所属しているとは言え、彼ら二人がまだ大蛇丸の配下である可能性は十分にある。

今しがたの戦闘も、もしかしたら木ノ葉の忍びである自分達の眼を欺く為の芝居かもしれない。
第一、右近とて鬼童丸に化けていて、本物の鬼童丸ではなかったのだ。

もし大蛇丸の仲間のままならば、助けに行けば、大蛇丸・カブトに加え、右近/左近・鬼童丸の相手もしなければならなくなる。

森で彼らが待ち受けている可能性を考え、ヤマトは印を結んだ。

「【木分身の術】!!」

すると、ヤマトの頭から肩から木の枝や根っこのようなものが生えてゆく。
やがてソレは人型となり、ヤマトと同じ姿に変じた。

「頼むぞ」

まずは分身体に様子を見てもらったほうが良い。慎重にそう判断したヤマトに応え、木分身は頷く。
崩壊した橋をものともせず、鬼童丸達や大蛇丸が立ち去った森中に向かう為、木遁の術を使って、分身体は向こう側へと渡った。

木でできた分身であるソレは、普通の分身と違い、ヤマトの細胞を元に作られている為、十分な攻撃力・防御力を持っているのだ。

分身体が無事に大蛇丸や鬼童丸達の様子を窺いに行ったのを見送ったヤマトは、シカマルとナルの許へ向かった。



「様子はどうだ?」
「どうも、頭を打ったみたいっスね…」

ナルの様子を診ていたシカマルが険しい顔で答える。
医療忍者ではない我が身が歯痒く感じ、シカマルは気絶したナルを心配そうに見つめると、やがて森へ視線を投げた。

「鬼童丸と左近達は大丈夫なんスか?」
「一先ず、様子を見よう」

木分身はオリジナルと常にリンクしているため、相互にリアルタイムで情報のやり取りが出来る。
木分身から鬼童丸や右近/左近が大蛇丸の味方でないことを確認してから、彼らを助けに行こうとヤマトは考えていた。

だがそれは、聊か慎重しすぎる考えだった。



多少なりとも、鬼童丸と右近/左近と若干の仲間意識を覚えていたシカマルは難しい表情で森を観察する。
彼らを心配する気持ちはある。だがシカマルの心は、気絶したナルに向いていた。
気を失っている彼女を置いていくことはできない。

ふと、森の上空に飛ぶ白い鳥に眼を留めたシカマルは、眼を凝らした。
ただの鳥にしては大きすぎる気がする。
その鳥の背中に人影が見えた。


「……何故、此処に…?」

鳥に注視していたシカマルの口から驚きの声が零れる。
怪訝な顔をするシカマルに、「どうした?」と訊ねながら、ヤマトは彼の視線の先を追った。


鳥の背に乗って、大蛇丸達がいる森の上空を飛んでいるのは、ダンゾウの部下であり【根】の一員。


「サイ…」
「知り合いか?」

ヤマトの問いに、シカマルは【忍法・超獣偽画】による巨大な鳥に乗るサイから目を離さぬまま、簡潔に答えた。


「ダンゾウの部下っスよ」
「……どういうことだ」


既に【根】からは右近/左近・鬼童丸が派遣されている。
それなのに、何故、またダンゾウの手の者がこの場にいるのか。

大蛇丸だけでも厄介なのに、この上、またダンゾウが絡んでくるとなると、話は更に複雑だ。
顔を顰めたヤマトは、森へ向かわせた己の木分身を遠目で見据えた。


「嫌な予感がする…」




























大木がバラバラに抉られ、削られ、凄まじい風が吹き荒れる。
暴れる大蛇の猛攻に、鬼童丸と右近/左近は防戦一方だった。

迫りくる蛇の大口から垣間見える牙。

大蛇に今にも呑み込まれそうになっていた鬼童丸はチャクラの使い過ぎで、もうあまり余力はなかった。
ふらつく鬼童丸を咄嗟に押しのけ、左近は親指の腹を歯で噛み切る。

凄まじい速度で迫る蛇の手前、左近は勢いよく地面に手を叩きつけた。


「口寄せ───【羅生門】!!」

瞬間、禍々しい鬼の形相が彫られた門が地中からせり上がる。


ただ頑丈なだけでなく弾性にも優れている門は、大蛇の猛攻を食い止めた。
門にぶつかった衝撃で、カブトが蛇の頭から落ちる。
空中で体勢を整え、軽やかに着地したカブトを視界の端で認めながら、大蛇丸は「ふぅん…?」と聊か感心めいた声音で呟いた。


「右近と左近、二人がかりじゃないと口寄せできなかったのにねぇ…」


以前は右近/左近が二人同時に口寄せしないと発動しなかった【羅生門】。
その門を、左近ひとりで口寄せした事実に、大蛇丸は眼を細めた。


「でもまぁ…」

大蛇の猛攻を無事防ぎ、【羅生門】を前にして一息ついていた左近は、背後からの声に総毛だった。


「背後ががら空きよ」



ドスッ!!


刹那、左近の身体には剣が突き刺さっていた。


























「う…」

微かな呻き声に逸早く気づいたシカマルは、ナルの顔を覗き込んだ。

「ナル…!しっかりしろ!!」
「しか…まる…?」

ぼんやりと瞼を押し上げた彼女の瞳の青が見えて、シカマルは胸を撫で下ろす。
「全く心配かけやがって」と照れくささを誤魔化すようにそっぽを向くシカマルに苦笑して、ヤマトもナルに声をかけた。


「大丈夫かい?」
「お、おう…って、一体何がどうなってるんだってばよ?」

不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡したナルは、右近に衝突されてからの記憶がない。
だが、何故右近が自分に吹っ飛んできたのか、原因を思い出して、ナルはハッとした。

「鬼童丸が、大蛇丸と…!!」


ナルが最後に見た光景は、大蛇の上に乗る大蛇丸と対峙する、大蜘蛛に乗った鬼童丸の姿。
そこでようやく右近/左近と鬼童丸の姿がこの場にない事実に気づいたナルは、シカマルとヤマトに交互に視線を投げた。

「鬼童丸は…!?左近と右近はどこに…!!」

焦るナルから顔を逸らしたシカマルの代わりに、ヤマトが答えた。

「橋の向こう側だよ────大蛇丸と一緒にね」

ヤマトの答えに息を呑んだナルが何をしようとしているのか即座に察して、シカマルが「お前、今、起きたばっかだろうが!!」と彼女の腕をつかもうとした。

シカマルも、ナルが意識を取り戻したら、鬼童丸・左近/右近の加勢に向かうつもりだった。
だが、単独で動こうとするナルの行動は許せなかった。

なにしろ、寸前まで気絶していた身なのだ。
いきなり動こうとするナルを止めようとしたシカマルだが、それより早く。


「【多重影分身の術】!!」

シカマルの制止の声を振り切って、影分身をつくったナルは、もはや原形をとどめていない橋の前に立ちはだかると、更に印を結ぶ。複数の影分身をつくり、橋の向こう側へ自分を思いっきり投げてもらった。
影分身達に勢いよく放り投げられたナルは、なんとか向こう側へと飛び移る。

三分の一になっている橋の上にいる影分身達と、シカマル・ヤマトに手を振って、ナルは森の中へ飛び込んだ。

大蛇丸と闘っている左近/右近、そして鬼童丸に加勢する為に。
































大蛇丸の剣に貫かれた左近。
刹那、その刺された箇所から分離するかのように、身体が真っ二つに裂かれた。


否、ふたつの身体に別れたのだ。


「普通はその避け方はあり得ない…血継限界【双魔の攻】を持ち得るからこそ出来た技ね」

ふたりに別れることで致命傷を避けた左近と右近に、大蛇丸は余裕を崩さぬまま、静かに笑む。
そのまま何事もなかったかのように剣を振り落とした大蛇丸は、左近/右近とは全く別の物を切断した。


それが、左近が振り向き様に投げた煙玉だと気づいたのは、視界が煙に覆われた直後だった。


「大蛇丸様…!!」

煙の彼方からカブトの声がする。
瞬間、鬼童丸が最後の力を振り絞り、指先に結わえていた糸を外した。


すると、煙を切り裂き、大蛇丸目掛けてクナイが一斉に飛来してくる。
前以て森中に張り巡らせたクナイを、鬼童丸が一気に投擲したのだ。


煙玉だけでなく、クナイの怒涛の攻撃により巻き上がる砂煙。








煙に覆われた森。
視界がゼロになったその場を、遠目から確認していたヤマトの木分身は顔を顰めた。

大蛇丸とカブト、そして鬼童丸・左近/右近を監視する為に追い駆けてきたが、こうも視界が悪ければ監視どころではない。


煙が晴れるのを待ち構えていたヤマトは、オリジナルからの報告を受け、周囲を見渡した。
木分身はオリジナルと常にリンクしているため、リアルタイムで相互の情報のやり取りができるのだ。


上空で円を描く白い鳥。
【根】の一員であり、ダンゾウの部下であるサイを確認し、次いで、隣の木々を見る。

其処には、つい先ほどまで右近の衝突を受け、気絶していたナルの姿があった。
肩で大きく息をしている彼女は、煙の中を凝視している。


オリジナルであるヤマト本人から、ナルのことを聞いた木分身が声をかけようとしたその時。


煙が晴れた。




「あ…」

ひゅッ、と息を呑むナルの視線の先を追って、木分身は眼を大きく見開く。


(慎重過ぎるのも、考えものだったか…!)

大蛇丸の部下ではないか、と勘繰ったばかりに、すぐさま救助に向かわなかった己を悔やむヤマト。



彼と、ナルの視線の先には、倒れ伏す鬼童丸と右近/左近の姿があった。



























「色々策を講じてきたようだけど、無駄な足掻きだったようねぇ…」

視界をゼロにしたところで、数多のクナイを集中砲火したところで、大蛇丸の前では無に帰す。
煙の中で、左近/右近・鬼童丸を瞬く間に沈めた大蛇丸に、カブトが進言する。


「大蛇丸様、止めは僕にさせてください。貴重な細胞サンプルになりますので」

右近/左近は血継限界の持ち主、そして鬼童丸は珍しい蜘蛛粘菌を分泌する体質だ。
新鮮な血が必要だから、とメスを取り出しながら熱心に語るカブトのマッドサイエンティストぶりに、大蛇丸は呆れたように手をひらひら揺らした。


「お好きになさい」

大蛇丸の了承を得たカブトが満足げに、倒れ伏す左近/右近、そして鬼童丸の許へ近寄る。




「やめろォ!!!!!」

煙が晴れてゆくにつれ、鬼童丸と左近/右近の現状が理解できたナルが思わず飛び出す。

同時に、鮮血が舞った。



























「……一足、遅かったようねぇ」

腕を組み、優雅に冷笑する大蛇丸と、カブト、そうしてもう動かない彼らを、ナルは呆然とした面持ちで見つめた。
カブトにメスで掻っ切られるその瞬間を目の当たりにしたナルの髪がざわざわと逆立ちはじめる。


かつては敵だったけれど、仲間として今回、同じ班になった元・音の五人衆。
ほんの数日前まで、同じ宿に泊まり、腕相撲までした相手。



顔を伏せ、大蛇丸とカブトの前で立ち竦むナル。
飛び出してしまった彼女の動向を木の影から窺っていたヤマトの木分身は唇を噛み締めた。

(マズい…!!)



空のような澄んだ瞳の青がじわじわと赤くなってゆく。
爪が徐々に長くなり、頬の三本髭のような模様が色濃くなってゆく。


眼に見えるほどの赤いチャクラが迸り、怒りの形相で大蛇丸とカブトを睨むナル。
彼女の傍で横たえる左近/右近、鬼童丸はピクリとも動かない。


それは紛うことなき、遺体だった。














「よくも…!!よくも…左近と右近を…!!鬼童丸を…!!おめーらの昔の仲間を…!!」


激昂するナルのツインテールにしている髪が解けてゆく。
重力を無視した黄金の毛が空中でゆらゆら揺れた。




九尾のチャクラをその身に纏い始めたナルを、大蛇丸は愉快げに見やった。



「やっと…────面白くなってきたわねェ」 
 

 
後書き
シカマル・ヤマトが冷たいとか、ナルトが見殺しにしたなどなど、非難してやらないでください…やっぱり昔の仲間だとどうしても思うところがあると思うんです…(汗)

是非、この章を最後までご覧ください。
次回もどうぞよろしくお願い致します! 

 

三十 蛇VS狐

緩やかな、だが延々と続く水音がした。
それはゆっくりと円を描いて、やがて静かな凪を生む。

薄暗い天井に渡された幾重もの鉄パイプ。
錆ついたその一部から落ちる水滴が、鉄格子の合間に覗く九尾の鼻先を僅かに濡らした。

薄暗い飴色の液体の中で、ナルは身を委ねている。その液体は渦巻き、荒れ狂っていた。

怒りの感情という名の液体に自ら沈む宿主を、巨大な鉄格子の間から覗く爛々と輝く赤い眼が見つめる。
だがその剣呑な紅い双眸は聊か焦燥の色を宿していた。


《おい、ガキ…!聞こえてんだろ!?ワシのチャクラを使うのをやめろ!!》

怒りに任せて、自ら赤いチャクラに呑み込まれてゆくナルを九尾は怒鳴りつける。

九尾自身が望んだわけではない。ナル自らが望んで九尾のチャクラに呑まれゆく。
だがその危険性を、九尾は知っていた。

べつにナルの身を案じているわけではない。
だがこれ以上ナルが己のチャクラで身体をボロボロにしていくと、アイツが来る予感が九尾にはあった。


『木ノ葉崩し』。
一尾との対戦中、身体を動けなくさせたあの存在が。


ナルに手を貸してほしいと前以て伝え、身体を乗っ取れば、その身体はナルのものだと尾獣の力を無効化させる。実に理不尽で傲慢で人間らしく、その反面、行動理由も目的も心意でさえも全く読み取れない謎の人物。

宿主であるナルとよく似た相貌の人間を思い浮かべ、九尾は嫌そうに顔を歪めた。
何故か、あの人間には逆らえないと本能が囁いていた。


このままナルの九尾化が進めば、彼がやってくる可能性は大いにある。
故に、これ以上己の力を使わせまいとするも、ナルはどんどん赤いチャクラの中へ沈んでゆく。

《このガキ…ワシのチャクラを勝手に取り込んでやがる…!!》

無意識に赤いチャクラを引っ張ってゆくナルを苦々しげに睨んだ九尾は鉄格子の合間から、グルルルル…と唸り声をあげる。

反響した唸り声が、ナルが沈む水上に大きな波紋を広げていった。




















(───まるで、化け物同士の戦いだな)

波風ナルを九尾と同一視はしていないものの、目の前の惨状を目の当たりにした今、彼は率直にそう思わざるを得なかった。
鬱蒼と木が生い茂る森だった其処は、もはや地形すら変わっている。

抉られたかのようなクレーターの如き大地。
ナルが佇むその場所だけがへこんでいるその理由を一部始終観察していた木分身のヤマトは知っていた。

あそこにいるのはナルであって、ナルでないモノ。


(漏れたチャクラが安定を求めて九尾の型により近づこうとしているのか…。ナルの身体を媒体にしているとは言え、)

額につう…と冷汗を流し、ゴクリと唾を呑み込む。

ナルと対峙する大蛇丸が放ったおびただしい数の蛇。
【万蛇羅の陣】によって吐き出された蛇がナルを呑み込まんと津波のように押し寄せる。

だがそれを、ナルは片腕を振り落としただけでかき消した。

とんでもない衝撃波が森に広がり、木分身だけでなくオリジナルのヤマトがいる方向へまで伝わってくる。
飛ばされぬよう大木の幹にしがみつき、身を顰めてナルの様子を窺う木分身の背筋に悪寒が奔った。

「あれじゃ、まるで──小さな九尾そのものじゃないか…」


大蛇丸と戦闘を繰り広げるナル。
左近/右近・鬼童丸を殺された怒りが引き金で、一気に尾を四本生やした彼女の姿は赤いチャクラで覆われていて、普段の面影は見る影もない。

大蛇丸とナルの激しい戦闘により、倒れ伏す右近/左近・鬼童丸の遺体に木分身は近づけもできなかった。
彼らの死亡確認すらできず、大木の影で身を潜めていた木分身は眉を顰める。

敏捷な動きの大蛇丸と激しく闘うナル。
九尾のチャクラを普通の人間が纏っていたら、数分ともたないはずなのに、激しく動く彼女の姿に、彼は怪訝な視線を注いだ。

(あれだけのチャクラを身に纏って、何故…)


九尾のチャクラで指一本動くことすらできないほど、肌の皮が爛れ、全身に痛みが迸っているはず。

それなのに、どうして動いていられるのか。


木分身の疑問をよそに、ナルが地面を強かに叩いた。
途端、嫌な予感がした大蛇丸が地面を蹴る。
蹴った先から九尾の赤いチャクラでできた腕が大蛇丸を捕らえようと迫ってきた。

追い駆けてくる九尾の腕。
それの猛攻から回避しながら、大蛇丸はズザザザ…と地面を滑る。身構え、振り向き様に腕を伸ばす。

伸ばした腕の服裾から出現した蛇。
【潜影蛇手】により口寄せした蛇がナルの放つ九尾の腕に絡まったが、半ばもいかぬうちに塵と化した。

一瞬、蛇の哀れな末路を見て、大蛇丸の顔に悲しみの表情が過る。
しかしながら悲しむよりも前に、正確に現状把握をした大蛇丸は自身の次の行動を素早く決めた。

己の身体に九尾のチャクラの飛び火が来る前に、自身の身体を捨てる。
即ち、即座に口から新しい肉体を生み出したのだ。

新しい肉体を持った大蛇丸の背後で、先ほど【潜影蛇手】を用いた肉体が九尾チャクラにより、口寄せした蛇と同じく塵と化してゆく。


「今度はさっきより多いわよ…!」

ナルから距離を十分に取り、大蛇丸は再び腕を伸ばす。
【潜影多蛇手】の大量の蛇が九尾の腕を操るナル本人目掛けて勢いよく迫りくる。

だが、ナルの目の前で振りかざされた四本の尾が、迫る蛇達を悉く焼き尽くした。


「蛇の無駄死にを増やすだけか…」

赤いチャクラを迸らせ、もはや自我などない小さな九尾を前に、大蛇丸は口許に苦笑を湛えた。

「まったく、…この子は」


人柱力を聊か侮っていた大蛇丸は、九尾の人柱力であるナルの力の一端を目の当たりにして、その考えを改める。
そうして、既に己とナルの戦闘を邪魔しないように、少し離れた場所にいるカブトを視界の端で認めた。

右近/左近・鬼童丸の遺体のすぐ傍にいるカブトは大蛇丸と眼が合うと、加勢しようと身構える。
それを視線で制して、大蛇丸はナルと向き合った。

「小さな九尾さん…尾獣であるあなたを称して、私も切り札を出すとするわ」

近くにいると巻き込みかねない故、カブトにもっと離れるように目配せする。
大蛇丸が何をしようとしているのか思い当ったカブトが慌てて地面を蹴った。




(…今だ!)

大蛇丸が何かをしようとしている。
一刻も早く自分もこの場から逃げならないとはわかっていたが、その隙に、木分身体であるヤマトは右近/左近・鬼童丸の遺体へ駆け寄った。
心音・呼吸音の停止、脈を確認した木分身は唇を噛みしめる。

顔を顰めた木分身は、ふと、鬼童丸の指先に眼を留めた。
指先に結わえられている蜘蛛の糸。

怪訝な顔でその糸を外し、その先を視線で追うと、先ほど急いでこの場を離れたカブトの向かった先を示している。


「そうか…鬼童丸、お前…」

鬼童丸の最後の置き土産を察するも、大蛇丸とナルの対峙する場からただ事ではない雰囲気を感じ取って、木分身はハッと我に返った。
遺体を回収する間もない。

慌ててその場から飛びのき、できるだけ遠ざかる。
その背後で、大蛇丸の声が高らかに響いた。


「【八岐の術】!!」

刹那、凄まじい地鳴りと突風が巻き起こった。


木々が折れ、爆風と共に飛んでくる。
たくさんの障害物を見て、木分身は慌てて印を結んだ。

「【木遁・木錠壁】!!」

シェルタートンネルの如き木製の半ドームを形成し、身を守る。
大きな木の枝が何度も木錠壁を叩き、それらが止んだ頃には、木分身はナルの前に佇む巨大な生き物に愕然とした。

「な…なんだ、アレは」
















猛烈な暴風が天地橋にまで飛んでくる。
枝どころか木の幹までもが飛んでくる異常事態に、ヤマトは顔を顰めた。

監視目的で向かわせた木分身。
連絡がまだ途絶えていないことから無事だとはわかる。

だが、ナルの九尾化を許してしまった最悪な緊急事態を、ヤマトもシカマルも理解していた。


崩れた橋を渡る際、ナルは【多重影分身】で自分の身体を、大蛇丸がいる方向へと投げ飛ばしてもらった。
その時の影分身達がいきなり苦しみ始め、「あつい…」と呻いたかと思えば、赤いチャクラを一瞬身に纏う。

直後、すぐさま白煙と化したが、あの赤いチャクラが九尾のチャクラであることは明白だった。



「ナル…!!」

消えた影分身達を目の当たりにして、ナルの身に危険が及んでいることを察したシカマルが印を結ぶ。

崩れた橋の向こう側。
ナルがいる方向へ行こうとしているシカマルを止めようとヤマトは手を伸ばした。

「待て、シカマル!!」

だがそれより早く、シカマルの影がぐんっと、まるで崩れた橋と橋の間を繋ぐ板のように伸びた。

地面から立体化させた影の先端を鋭くして対象を貫く【影縫いの術】。
それを応用し、立体化させた影を板のように伸ばして、崩れた橋が渡れるようにしたのである。


影でできた板を走ってゆくシカマルの背中へ「まったく…!」と悪態を吐きつつも、ヤマトもまた、橋の向こう側へ向かった。





















大きな白煙と共に、八本もの白い大蛇が鎌首をもたげている。

大蛇丸がいた場所に突如出現した巨大な蛇は先ほどまで口寄せされていた蛇とはくらべものにならない。
術の名の通り、八岐大蛇がナルの目の前で巨大な口を開いていた。


巨大な蛇と対峙したナルがぐっと身を屈める。
先ほどの蛇と同じように燃やし尽くそうと、赤いチャクラを帯びた九尾の腕が八岐大蛇に襲い掛かった。

だが八岐大蛇の真っ白な鱗は、予想以上に頑丈で、九尾のチャクラを撥ねつける。
直後、八体もの巨大な蛇がナルへ向かって襲い掛かった。


先ほどの蛇のように九尾のチャクラぐらいでは燃えない八岐大蛇。
力の差はさほど相違ないが、大きさの差は歴然としていた。

八体もの大蛇に翻弄されるナルの頭上に、巨大な影が落ちる。
大蛇の直撃を受け、ナルの身体が大地に叩きつけられる。

一体の蛇の口から上半身のみを出現させた大蛇丸が、小さな九尾を見下して、口許に嘲笑を浮かべた。


八体もの体躯を大地に叩きつけるたびに、大きな砂煙が立ち上る。
砂煙に乗じて、大蛇丸は口から蛇を吐き出した。その蛇の口から更に、何かが吐き出される。


見えない視界の中、赤いチャクラを帯びたナルの身体が何かに突き刺された。
九尾の力の影響で顔を歪めたナルは、自分の腹を突き刺そうとしているソレを見下ろす。

草薙の剣でナルの動きを止め、その隙に八体の蛇に襲わせようとした大蛇丸は、ふと、違和感を覚えた。

周囲の風景が変わっている気がして、辺りを見渡す。
その顔が驚愕の色で彩られた。


「森が…動いている…?」




突如、周辺の木々の枝が絡みつき、巨大な樹木が八体の蛇を締め付けてくる。同時に、なにか粉が降ってくる。

その粉を吸い込んだ途端、大蛇丸の身体が強張った。








急に動かなくなった大蛇丸と八岐大蛇。
同じく、妙な粉のせいで動けなくなったナルの中で、九尾―『九喇嘛』は思わず寒気を覚えた。

嫌な予感が当たって、剣呑な紅い双眸を細め、チッ、と舌打ちする。

《アイツが────来た》

















「───まさか、ここで【八岐の術】を使うとはな」

巨大な樹木の上で八岐大蛇を俯瞰していた彼は、人知れず咲かせた花の上に腰掛けていた。
右近/左近・鬼童丸の遺体がある場所を痛ましげに一瞥する。

そうして、草薙の剣をなんとか押し止めようとしているナルを、彼は沈痛な面持ちで眺めた。


「それ以上はいけないよ、ナル」







巨大な蓮の花の上。
森ではなく、最初から己の術で周囲一帯を秘かに樹界に変えていた彼は、小さな九尾と化したナルを見下ろす。



蓮の花が咲き誇るその光景は、まるで極楽浄土のようだった。
 
 

 
後書き
大変お待たせしました!

大蛇丸の【八岐の術】に関しては、原作でもあまり特筆されてなかったから、能力とかわからない…
でもなんか切り札っぽかったので、強いということでお願いします(汗)

これからもどうぞよろしくお願い致します! 

 

三十一 接触

脳が痺れたかのようだった。
甘い香りで、じいぃぃん…と身体が固まる。

【八岐の術】によって八岐大蛇を出現させた大蛇丸は、動けない我が身をなんとか動かそうと試みた。
この状態で、小さな九尾と化した波風ナルに攻撃されるわけにはいかない。

一体の蛇の口から上半身のみを出現させた大蛇丸。
その口から吐き出された蛇が咥える草薙の剣で、ナルの身体を吹き飛ばす。
大蛇丸と同じく、動けなくなっていたナルは妖狐の衣のおかげで貫かれこそされなかったが、草薙の剣で容易に薙ぎ払われた。

木々にぶつかり、遠く離れた場所へ飛ばされたナル。
木々に衝突し、白煙が立ち上るナルの行方を視線で追いながら、大蛇丸は己の身体を動けなくさせている花粉の正体を探さんと周囲に視線を這わせた。

森が動いている。

周囲一帯の木々が八つの頭を持つ巨大な蛇に無数に絡み合っている。まるで蛇のような樹木に、大蛇丸は顔を顰めた。
不自然な点を捜し求めていた大蛇丸の瞳に、一輪の巨大な蓮の花が映る。

その時点で彼は察した。この不可解な現象を。

(そうか、これは────【木遁・花樹界降臨】…!!)





【木遁・花樹界降臨】。

地面から木の根や茎を成長させ、周辺を巨大な樹木が無数に絡み合う地形に変え、巨大な蓮の花を咲かせる。
その蓮の花粉を吸うと身体が動かなくなる術だ。

まるで極楽浄土のような光景の反面、動けなくなり生き地獄を味わっていた大蛇丸は、この場で木遁を扱える人物を思い描いて、チッ、と舌打ちした。

(いつの間に、これほどの木遁使いになったのかしらねぇ…)

大蛇丸によって初代火影・柱間の遺伝子を組み込まれた実験体の唯一の生き残り。
木ノ葉から派遣されたヤマトが今の現状を作り上げたのだと思い込み、大蛇丸は実験体の成長に内心舌を巻いた。


本当は蓮の花の影にいる存在────うずまきナルトによるものだとは知らずに。












「ナル…!!」

天地橋を渡り、森の中へ入ったシカマルは、大蛇丸が草薙の剣で薙ぎ払われたナルを目撃して、駆けだした。
白煙が立ち上る方向へシカマルと共に同じく向かいながら、ヤマトは顔を顰める。

木分身から、大蛇丸の動きを止めた樹木のことを聞いて、木遁だとは理解している。だがヤマトは何もしていない。
不可解な現象に違和感を覚えるも引き続き大蛇丸を監視するように木分身に告げると、ヤマトは九尾化したナルの許へ急いだ。




怒りで赤く燃え上がる四本の尾。
動けない我が身を、九尾『九喇嘛』は歯噛みし、ナルの内で低く唸る。

動けない原因は【木遁・花樹界降臨】の蓮の花粉だけが原因ではない。ましてや大蛇丸の草薙の剣でもない。
ナルの四肢を捉える鎖だった。

《またこの鎖か…!!》


『木ノ葉崩し』。
一尾との対戦中、身体を動けなくさせたクシナの鎖。
その鎖で力を抑え込まれ、身動きできなくなっているナルの内側から、『九喇嘛』は術者たるナルトの居場所を見つけようと、剣呑な瞳をぎょろりと周辺に這わす。

だが、鎖の持ち主であり、【木遁・花樹界降臨】の術者の気配は、その場から微塵も感じ取れなかった。

《木遁使いがいたからこそ、使いやがったな、あのヤロウ…》



そもそも天地橋の周囲一帯は【木遁・花樹界降臨】の樹木にて形作られた森だった。
前以てナルトによって地形すら変えられ、時が来たら発動されるように施されていたのだろう。
普通ならあり得ない現象だが、あのナルトなら造作もないことだ。

そしてその術発動のタイミングは、木遁を使えるヤマトがその場にいるのが条件。
そうすれば大蛇丸は【木遁・花樹界降臨】の術者がヤマトだという考えに陥る。

ナルの内からずっと外の世界を観察していた九尾『九喇嘛』は、天地橋にサソリのスパイが訪れるという情報を木ノ葉に流したのもナルトではないか、とおおよそ見当がついていた。
それならば、あのナルトが落ち合う場所である天地橋に何も仕掛けていないはずがない。

《やっぱりあのヤロウは読めねぇな…》














九尾化したナルに、シカマルとヤマトが近づいている様子を、ナルトは蓮の花の影から窺っていた。

九尾『九喇嘛』の推測通り、天地橋周囲一帯を前もって【木遁・花樹界降臨】にて森へと変えていたナルトは双眸を細める。

『九喇嘛』の読み通り、木遁使いであるヤマトがいたからこそ、【木遁・花樹界降臨】の術を発動し、ナルトは己の仕業だと気づかれることなく、大蛇丸を抑え込んだ。
もっとも、それは大蛇丸が【八岐の術】という切り札を用いたから術を発動したのであって、【木遁・花樹界降臨】はただの保険である。



ナルトは、九尾化したナルへと影を伸ばし、【影真似の術】で動きを止めようとしているシカマルを俯瞰した。シカマルとヤマトに気づかれぬ前に、ナルの四肢を縛っていた鎖を解く。
同時に、ヤマトが【火影式耳順術・廓庵入鄽垂手】を発動させたのを見届けた。

ヤマトの掌に『座』の文字が浮き上がり、それをナルに押さえつけている。
九尾のチャクラを強制的に抑制する術だ。

九尾化していたナルの身体が徐々に元へ戻ってゆく。だが皮膚の爛れたナルの悲惨な姿に、彼は眉を顰めた。

【木遁・花樹界降臨】の蓮の花粉の効果も薄れてきている。
そろそろ大蛇丸が動き出す頃だ。

シカマルとヤマトが、ナルの身体を気遣っている様子を、高所たる蓮の花の影からじっと見下ろす。
ふと、彼らに近付く人物の姿を認めて、ナルトは口許に微かな微笑を湛えた。


直後、掻き消える。
後には、術者無き一輪の蓮の花だけが静かに咲き誇っていた。














「ナル…!しっかりしろ!!」

皮膚が焼け爛れたナルを、シカマルは必死に呼びかけていた。
ナルの身を案じつつも、ヤマトは周囲を警戒し、注意深く辺りを見渡す。

己がやったのではない木遁の術。
【木遁・花樹界降臨】という高度レベルの術を誰が発動したのか。
更に、あの九尾化したナルの九尾チャクラを容易に抑え込めることが出来た事に関しても謎だ。
抵抗ひとつなく、やけに簡単に【火影式耳順術・廓庵入鄽垂手】で封印できたのも、奇妙な点である。

(誰かが介入している…いったい、誰が…)

謎に、思案顔を浮かべたヤマトは、ナルに近付く気配を感じて、ハッと身構える。
同時に、同じく気づいたシカマルが印を結んだ。


「ナルに近付くな…!」
「早とちりだよ。何もしやしないさ」

途中から姿を見せなくなっていたカブト。
ナルに手を伸ばそうとしている彼の動きを【影真似の術】で動けなくしたシカマルは、カブトの動向を鋭い眼光で睨みつける。
その視線に苦笑を返したカブトは、「それどころか、その逆さ」とナルの焼け爛れた皮膚を見下ろした。


「見たところ、君達は医療忍者じゃないだろう?彼女の怪我を治してやろうと言っているんだ」
「……どういうつもりだ?」

シカマルと同じく、警戒心を露わにしたヤマトがいつでも木遁の術を発動できるように身構えて問いかける。
ヤマトの質問に、カブトはシカマルの影で動けないまま、手にチャクラを纏わせた。

「こういうことさ」

倒れ伏すナルの身体に、カブトの淡いチャクラが伸ばされる。
じわじわと、焼け爛れた皮膚が治ってゆくその様を目の当たりにして、シカマルは眼を瞬かせた。

「君の大事な子を治療するんだから、術を解除してくれないかな?」
「……妙な動きをするなよ」
「わかっているさ」

シカマルの忠告に応じたのを確認し、ヤマトが目配せする。
ヤマトの視線を受け、シカマルは渋々【影真似の術】を解除した。

確かに、医療忍者がいない今、唯一医療忍術が使えるカブトにナルを診てもらうのは願ってもない話だ。
だが治療中、何をするかわかったものじゃない敵の一挙一動を、シカマルは微塵も見逃さぬように眼を凝らして見つめた。

「どうやら亡き者とまではいかなかったけれど、話を聞く限り、あのサソリと良い勝負をしたんだろう?」

眼鏡の奥の瞳を光らせて、カブトは治療をする手を止めることなく、シカマルとヤマトに視線を投げる。
沈黙を肯定と受け取って、カブトは口角を軽く吊り上げた。

「だから、ここで君達を生かしておけば、これから先、今度は暁の誰かひとりくらい、始末してくれるかもしれないと、ふと思ってね」
(まぁ本当は────)


ナルを治療する理由。
本心を隠して、そう答えたカブトは、己の嘘を信じたシカマルとカブトに、にっこり笑顔を向ける。
胡散臭い笑顔に顔を歪めたシカマルは、徐々に治ってゆくナルの身体を眼にして、僅かに気を緩めた。

腹の探り合いをする周囲をよそに、ナルがようやく身動ぎし始めた。
気が付いたらしい彼女の名をシカマルはすぐさま呼びかける。シカマルと入れ替わりに、すっと身を引いたカブトを、ヤマトは胡乱な目つきで見据えた。

「鬼童丸と右近/左近をあっさり殺したお前が今更、何故、ナルを生かす?」
「おいおい。彼らは元・音忍…裏切者を始末するのは当たり前だろう?」

悪びれる様子もなく、至極当然のように、鬼童丸・右近/左近を殺したのは自分だと認めたカブトはそのまま大蛇丸へ視線を向ける。
八つの頭を持つ巨大な蛇がぼふんっと消えてゆく様を見て取って、カブトは地面を蹴った。

「逃がすか…!!」

即座に木遁の術を発動し、腕を巨木へと変化させ、カブトを捕えようとしたヤマトの耳に、同時に木分身からの報告が届く。

次から次へと襲い掛かる問題に顔を顰めたヤマトは、カブトを捕まえたものの、木遁の術の拘束を緩めてしまった。
その隙に、カブトはヤマトの腕たる巨木から逃れる。


大蛇丸の許へ向かってゆくカブトの後ろ姿を苦々しげに見送りながら、ヤマトは木分身からの報告を耳にして、「そうか…引き続き、監視してくれ」と木分身に伝えた。


「なにがあったんスか?」

ナルの脈が正常に動いているのを確認したシカマルの問いに、ヤマトは顔を険しくさせて答える。
その顔には、次から次へと湧き出る問題のせいで、疲労の色が濃くあらわれていた。


「【根】のサイが大蛇丸と接触した」


ダンゾウの部下であり【根】の一員。シカマルが目撃した、【忍法・超獣偽画】による巨大な鳥に乗るサイ。
森の上空に飛ぶ白い鳥に乗り、大蛇丸の動向を窺っていたダンゾウの手の者が、今、この時になってようやく動いた。


「なにをするつもりなんだ…」

新たな問題に頭を抱えつつ、ヤマトは己の木分身がいる方向へ視線を投げた。


















(これほどの木遁使いと、小さな九尾とやり合ったら、こちらが不利…そろそろ潮時かしらねぇ)

草薙の剣で遠くへ追いやったナルに視線を投げながら、大蛇丸は思案する。

蓮の花の花粉は即効性がある代わりに継続性はない。
花粉がなくなると効果も消える。

痺れが消え、身体が動けるようになった時点で、大蛇丸は【八岐の術】の術を解いた。
チャクラも残り少ない。これ以上の戦闘は身体に負担がかかる。

「残念だけど、お遊びはここまでね…────でも、その前に」

九尾化したナルとの戦闘で、もはやクレーターの如く抉れた地面を、大蛇丸は強かに蹴る。
蹴った場所から、ぼこぼこと地面を掘って現れた存在に、大蛇丸は眼を細めた。


「そんな地下で私を観察してないで。目上の人間に話しかける時はちゃんと顔を見せて話すのが礼儀よ」

大蛇丸の忠告を聞いて、地中で彼の動向を窺っていた存在─サイは、「失礼しました」と頭を下げる。


「ボクはダンゾウ様の使い。敵ではありません。貴方にお話があります」

胡散臭い笑顔を浮かべるサイを、大蛇丸は胡乱な目つきで見据えた。


「さっきから視線を感じていると思ったら…君だったのね」

ヤマトの木分身、ましてやナルトのことは流石に気が付かずとも、何かしら視線を向けられていると感じていた大蛇丸は、その視線の主をサイだと認識して、眼を細める。
大蛇丸の言葉に否定も肯定もせず、サイは淡々と己に課せられた任務を遂行した。

「ダンゾウ様はあの『木ノ葉崩し』以来、大蛇丸様との接触の機会をずっと切望されておいででした」

サイの発言を聞きながら、大蛇丸は涼しい顔の裏で思考を巡らす。
ダンゾウとは『木ノ葉崩し』にて会ったきりだった。



大きい街はたった数年の間にも意外と変わるものだ。如何に木ノ葉の里出身だからと言って隅々までが以前のままとは限らない。
故にあの時、『木ノ葉崩し』を仕掛ける前に、木ノ葉の里の詳しい地形が載った地図が大蛇丸には必要だった。

また暗部に扮する為に暗部服一式や本選会場の見取図等も手に入れなければならなかった大蛇丸は、それらを秘かに盗み取れたにも拘らず、ダンゾウ本人に同盟を持ち掛けた。
その理由は一つ。

ダンゾウ率いる『根』を敵に回したくなかったのだ。

木ノ葉の忍びに加えて『根』と敵対すれば手を焼くのは必須。
元一員だったからこそ大蛇丸はダンゾウと手を組むのを選んだ。
望むべきは『木ノ葉崩し』の黙認。
その申し出をダンゾウは呑んだ。火影の椅子を提供するのを条件に。





結局、火影にはなれなかったものの、ダンゾウと『木ノ葉崩し』の際に手を組んでいたのは事実。
だが、おそらく目の前のサイという青年は、自身の主と大蛇丸が『木ノ葉崩し』で取引していたなど知らないだろう。

如何にもダンゾウらしいことだ、と口許を愉悦に歪め、大蛇丸は「それで?」とサイを促した。

「既に【根】からは鬼童丸・右近/左近を派遣していたにもかかわらず、君が来た理由は?」
「あぁ。彼らはただの手土産です。裏切者は自らの手で下したいだろうというダンゾウ様のご厚意ですよ」

鬼童丸・右近/左近をナルに同行させた本当の理由。
それは、生きた手土産を大蛇丸に持参しただけだと、何の悪びれもなく、あっさり答えたサイに、大蛇丸は鼻で嗤った。


「なるほどねぇ…あの耄碌じじいの考えそうなことね…」

ただの捨て駒として扱われ、結局カブトによって殺された鬼童丸・右近/左近を、大蛇丸は若干憐れに思った。
だがそれも一瞬で、サイの話に耳を傾ける。

ダンゾウからの伝言を淡々と述べたサイから封筒を受け取った大蛇丸は、「ふぅん…」と愉快げに双眸を細めた。
サイの背後から近づく気配を知りながら、「なかなか興味深い話を聞かせてもらったわ」と答える。
同時に、サイにクナイを突き付けたカブトを、大蛇丸は止めた。


「およしなさい、カブト。その子も一緒に連れて行くわ」

大蛇丸の視線を受け、カブトは渋々サイからクナイを離した。
サイ・カブト・大蛇丸が立ち去った場所を遠目から確認していたヤマトの木分身は、顔を顰める。


オリジナルであるヤマトに報告すると、指先に結わえた蜘蛛の糸を木分身はじっと見下ろした。
ダンゾウの捨て駒にされ、みすみす大蛇丸へ殺されに行った鬼童丸と右近/左近の顔を思い浮かべる。


「鬼童丸の置き土産か…」


カブトに張り付けた鬼童丸の蜘蛛の糸。
強靭、且つ、目に捉えにくい糸を辿りながら、木分身は大蛇丸・カブト・サイの後を尾行し始めた。 
 

 
後書き
今年最後のナルトの投稿になります!!
ゆっくり更新で大変申し訳ありません…!

今年は大変お世話になりました!来年もどうぞよろしくお願い致します!! 

 

三十二 蜘蛛の糸

 
前書き
あけましておめでとうございます!!←遅すぎ
昨年は大変お世話になりました!今年もどうぞよろしくお願いします!!

 

 
「そうか、わかった」

木分身からの報告を受け取り、ヤマトは散々たる惨状のこの場を見渡した。

木々はなぎ倒され、地面が抉れたように穿たれており、元々くぼんだ地形だったかのようだ。
つい先ほどまで頭上で咲いていた蓮の花は今や無く、ごっそり森が消えたかのように荒れ果てた地だけが広がっていた。
地面から木の根や茎を成長させ、周辺を巨大な樹木が無数に絡み合う地形に変え、巨大な蓮の花を咲かせる【木遁・花樹界降臨】。
その術がいつの間にか解かれている。

誰が術を掛けたのかわからぬが、相当の術者に違いない。
それも木遁を操れる者が自分以外の他にもいたとは、とヤマトは顔を険しくさせた。
しかしながら、思案に暮れるのは後回しだ。思考を一時中断し、ヤマトは静かな二人の様子を窺った。

九尾化して我を忘れて暴れ、つい先ほど意識を取り戻したナル。九尾化したことも暴れたことも忘れてしまった彼女は、当初、抉れた地形をキョトンと不思議そうに眺めていた。
だが直後、横たわる存在を見つけて、ハッとして駆けだす。ナルの視線の先を追ったシカマルが慌てて彼女を止めようとしたが、時既に遅し。

立ち竦むナルの足元には、左近・右近、そして鬼童丸の遺体が転がっていた。



遺体を埋めている間、ナルは終始黙していた。普段、明るく元気いっぱいなので、その差は激しい。
同じくナルと共に穴を掘っているシカマルは無言で、彼女の望み通り墓をつくっていた。
やがて、左近/右近、鬼童丸の遺体を各々埋めた墓前で手を合わせるナルとシカマルを眺めていたヤマトは頃合いを見計らって、声をかける。

「…そろそろ、いいかな?」

彼らの墓をつくって拝んでいたナルとシカマルに話しかけたヤマトの表情は無で、何の感情も窺えない。
綱手から前以てヤマトの情報を知っていたシカマルは(流石、三代目在任時からの暗部一番の使い手だな)と内心、感心していた。

「ナル・シカマル。悲嘆に暮れているところ悪いけど、時間がない」

左近/右近と鬼童丸の死を嘆くよりも優先すべきは、大蛇丸・カブト・サイの追跡だ。
その先に大蛇丸のアジトがあるのは明白。なんとしてもこの機会を逃すわけにはいかない。

「今、僕の木分身が大蛇丸達を尾行している。それもこれも、鬼童丸の置き土産のおかげだ」
「置き土産?」

眉を顰めるシカマルに、ヤマトは「蜘蛛の糸だよ」と鬼童丸の遺体を埋めた地面を見下ろしながら答えた。

「どうやらカブトに秘かに取り付けてくれていたらしい。本当に助かった…僕の【送信木】が使い物にならなくなったところだからね」
「そーしんき、ってなんだってばよ?」

聞き慣れぬ言葉に、ずっと黙していたナルがようやく顔を上げた。悲しみの色は未だにその顔に色濃く残っているが、ヤマトの言葉で少しでも気が紛らわせられたのだろう。
彼女の隣で、シカマルは少し安心したように小さく息を吐くのを視界の端に捉えながら、ヤマトはナルに説明した。

「簡単に言うと追跡用の発信機だよ」


木分身の応用術である【送信木】。
細胞を種子に変化させ、敵の服や靴等に仕込むことで追跡のマーカーとして扱える。一見、ただの種に見えるソレは、ヤマトのチャクラとだけ共鳴する忍具である。

実は、温泉宿で泊まった際、左近/右近と鬼童丸の服に、ヤマトは仕込んでおいたのだ。
温泉で、湯から先に上がったヤマトを思い出し、シカマルは「そういえば…」と眼を細める。
シカマルと話している彼らの眼を盗み、ダンゾウ率いる『根』から派遣された忍びということで、ヤマトは左近/右近、そして鬼童丸の服に、【送信木】の種を仕込んでおいたのである。

しかしながら、念のためにと仕込んでおいたソレが、まさか早々に使い物にならなくなるとはヤマトは予想していなかった。
遺体は動かない。死んだ右近/左近・鬼童丸の服に【送信木】を仕込んでおいても意味はない。


裏切者として殺された彼らの【送信木】を回収する前に、大蛇丸を追おうと促すヤマトに、ナルとシカマルは険しい表情で頷く。
だが直後、木分身からの連絡の内容を告げたヤマトの発言に、二人の表情は一変した。

ナルは驚愕で眼を見開き、シカマルは眉間に深く皺を寄せる。
そんな双方の表情の変化をよそに、ヤマトは何でもないように大蛇丸達の後を追う為、地面を蹴った。


先ほどの木分身からの連絡。それは『サイの遺体を発見した』というものだった。
























「追跡は止まったようね…いつもながら鮮やかな手際ね、カブト」
「お褒めに預かり、光栄です」

キラキラと反射する水面。
水を弾くように駆けながら、大蛇丸が背後のカブトに声をかける。

「尾行を撒くには、用心に越したことはないですから」と眼鏡をかけ直して、カブトはチラリと後方へ視線を投げた。
自分達を尾行していた人物の気配。木ノ葉の忍びらしき誰かの足取りは止まっているようだ、と確認すると、カブトは大蛇丸にお伺いを立てる。

「すみませんが、そこの水辺で得物の血を洗い流させてください。大蛇丸様」
「そういうのは帰ってからになさい」
「いえね…なるべくすぐに落としてしまわないと切れ味があっという間に落ちてしまうんですよ」

己の得物であるメスなどの医療道具。
先ほどの遺体にて汚れたので、手入れしたいとカブトはしれっと申し出る。
アジトに帰ってからすればいいものを、と大蛇丸は肩を竦めた。

水面に映る大蛇丸の横顔。
その表情は、カブトの言い分に対し、明らかに呆れていた。

「カブト…貴方、A型だったかしら」
「いえ、AB型ですけど」
「そう…意外ね」

血液型を聞いて、口許を若干引き攣らせる大蛇丸に対し、素知らぬ顔で答えたカブトは「それと、」と付け足した。

「アジトに戻ったら、無傷の男の死体を早急に頂きたいのですが」
「もうストックは無かったのかしら?」
「ええ。巻物の中は常に年齢順にきちんと保存しておかないと落ち着かなくて」

にこやかに話すカブトの顔は爽やかで、とても死体の話をしているとは思えない。己に従う付き人を流し目で見やりながら、大蛇丸は水面を蹴った。

「好きになさい。でも今のアジトに無傷の死体なんて残っていたかしら…」
「南アジト監獄になら遺体が残っていると管理者から聞き及んでいますが」
「ああ、あの子ね」

つい先ほど対峙していた木ノ葉の忍びたるナルの顔を脳裏に思い描きながら、大蛇丸は口許に弧を描く。そうして彼はカブトの要望をあっさりと許可した。

「なら、連絡を取って、遺体を運んでくるように頼みなさい」
「承知しました」

大蛇丸とカブトの会話を背後で聞いていた彼は、眼を細める。駆ける際に撥ねる水の音のせいで断片的にしか聞こえない。
おそらく遺体とは、今カブトが偽造した故に足らなくなったのだろう。自分が死んだと、追跡者に見せかける為に。


(南アジト監獄…どうやら大蛇丸の根城は至るところにあるようだな)

無表情の裏で、心の内でそう呟いた彼────現在、ヤマトの木分身に遺体として発見されているサイは、大蛇丸とカブトの後ろ姿を油断なく見据えていた。
























「どういうことだってばよ!?サイの遺体って!」


ヤマトとシカマルから、サイが大蛇丸とカブトの後を追ったという話を聞いて、一度困惑しながらもナルは激昂していた。
途中で記憶が定かではないが、サイと言えば、木ノ葉の忍びだ。
『根』の一員でダンゾウの部下ではあるものの、同じ里の忍びが何故、大蛇丸と共に行動するのか。

更に遺体となって発見された、という衝撃に驚きを隠せないナルの詰問を背中で聞きながら、ヤマトは「正確には偽の死体だよ」と涼しい顔で答えた。

「…カブト、っスか?」

すぐさま察したシカマルに、ヤマトは肩越しに振り返って頷く。
木の枝から枝へと飛んで大蛇丸達を追い駆ける彼らは速度を落とさないまま、言葉を交わした。

「鬼童丸の蜘蛛の糸が無ければ騙されていたね」



木分身が発見したサイの遺体は、一目では見逃してしまうほどの完璧な仕上がりだそうだ。偽の死体を本物のサイそっくりに見せかける手腕の持ち主は現状では彼しか考えられない。

九尾化して肌が焼け爛れたナルを治療した医療忍者───カブトだ。

木分身からの連絡で、偽の遺体で追跡の足を止めようとしているカブトの魂胆を把握したヤマトは、周囲を注意深く観察しながら、先を急ぐ。

「大蛇丸が相手だ。慎重すぎるくらいがちょうどいい」

なるべく足音を立てぬように、大蛇丸達を尾行する木分身の指示で移動する。
道中、サイの遺体に起爆札が貼られていたというハプニングがあったものの、それからも鬼童丸の蜘蛛の糸を辿って、大蛇丸達の後をきっちり尾行していた木分身。

その木分身からの指示で目論見通り、大蛇丸達が現時点で根城にしているアジトの場所を見つけたヤマトは、岩陰に身を潜めた。

広い湖を通り過ぎ、荒れ果てた大地へ移動する。
木分身からの話では、この近辺の岩の割れ目から大蛇丸のアジトへ潜入できるはずだ。

荒れ果てた地にぽつぽつと疎らに生えている木の一本に擬態している木分身と再会する。
岩場の下に大蛇丸のアジトがあるという木分身からの話に頷いたヤマトは、「それじゃあ行こうか」とシカマルとナルを促した。


ごくり、と生唾を呑み込むナルはアジトがあるという岩場を鋭く見据える。
もしかしたらあのアジトに、サスケやサクラ、それにアマルがいるかもしれない。

そう考えて、一歩足を踏み出したナルを、ヤマトはおもむろに止めた。

「その前に、ナル。君に聞いてほしい」

シカマルが止めるよりも先に、ヤマトは淡々とナルに忠告する。
それはいっそ残酷な真実だった。


「先ほど大蛇丸と戦って、地形をクレーターのようにしたのは君だよ。ナル」

















蝋燭の火がぼんやり、殺風景な室内を照らす。
蛇の腹の内側の如き回廊を進み、大蛇丸のアジトをカブトの先導で案内されたサイは、顔色を変えないまま、何もない部屋を見渡す。

「此処が君の部屋だよ。何もない殺風景な部屋だけどね」

そう弁解するカブトに、サイは「お構いなく」とにっこり嘘くさい笑顔を浮かべた。
木ノ葉の里にある自室も絵ばかりが壁に掛けられた殺風景なものである。むしろ懐かしい感じがして、サイは大人しく頷いた。

素直な態度に気を良くしたカブトはふっと口許に軽い微笑を浮かべると、サイを部屋に残したまま、部屋を出ようとする。
だがその扉を開けて、閉める間際に「あぁ、そうそう」と今、思い出したかのようにカブトはにっこり笑顔をサイに向けた。
その笑顔はサイの嘘くさい笑みに負けず劣らず胡散臭いものだった。

「悪いけど、外から鍵を掛けさせてもらうよ。理由はほら…わかるだろ?」

いくら大蛇丸の部下になったからと言って、元はダンゾウの部下であり、木ノ葉の忍びだ。
ダンゾウと大蛇丸のパイプ役と言っても信じられるものではない。

カチャリ、と鍵がしっかり施錠された扉を確認したサイは、カブトが部屋から離れてゆくのを暫しじっと待った。
足音と気配が完全に遠のいたと把握してから、サイは室内を隈なく確認する。
自分を見張っている物等が無いとしっかり判断してから、サイは自身の荷物を手繰り寄せた。

その中に入っている巻物を確認している最中、ふと目についたのは絵本。
絵本に描かれた白い髪の少年を見るサイの脳裏に、そのモデルの人物が思い浮かぶ。


太陽の光さえ届かぬ地下。『根』の深く暗い地下の水柱に閉じ込められている兄の姿が過る。
水に満たされた柱でしか生きられない兄の為に、この任務、生きて帰らねばならない。

両開きから真ん中のページに向かって二人の少年の物語が始まる構成の絵本。
兄と弟が左右から武器を変えて敵を倒すという物語のモデルは、片やサイ自身、そしてもう一人は…。


「シン兄さん…」
「なんだい?」


ハッと後ろを振り返ったサイの背後で、カチャリ、と鍵が開く音がした。
反射的に身構えたサイの眼が大きく見開かれる。普段、感情を見せないその相貌には確かに驚愕の色が満ち溢れていた。

「シン…兄さん…?」


サイの視線の先。
其処には、木ノ葉にある『根』の地下の水柱に眠っているはずの兄の姿があった。































蛇の腹の内側の如き回廊。
その奥の奥の部屋で、彼女はカブトに頼まれたものを処理していた。

「火影直轄部隊暗部構成員のリストの写し…カブト先輩はよくこんなものを手に入れたな…」

ダンゾウからの命令でサイが大蛇丸に渡したもの。以前、同じ『根』の先輩に自室で渡された封筒の中身だ。
これでビンゴブックを作るように、という大蛇丸の指示はカブトが受けたものだが、それはそのまま彼女に託された。

カブトは今、新たにやって来たサイという人物の案内をしている。
そのサイの嘘くさい笑顔を遠目で認めていた彼女は、胡乱な目つきで封筒を眺めた。

「アイツ、胡散臭い感じだったけどな…。信用できんのかよ」

カブトの研究室で、顔を顰めていた彼女────アマルの耳に、この場にはいないはずの人物の声が不意に届いた。

「誰が胡散臭いですって?」
「…べつにアンタのことじゃないよ」

聞き覚えのある声の主に、アマルは顔を上げて苦笑する。
三つ編みにした長い髪をなびかせて室内へ入ってきた彼女は、アマルの返事に「なら、いいけど」と肩を竦めてみせた。


「お早い到着で」
「十五・六歳の男の遺体のストックが足りない、ってカブトさんから聞いて、飛んできたのよ。緊急だって言うから」

面倒くさそうに、腰まで伸びた三つ編みの髪を軽く指で弾きながら、大蛇丸の部下である彼女は溜息をつく。
そうして、懐かしそうに双眸を細め、「ところで、彼は?」と周囲をきょろきょろ見渡しながらアマルに訊ねた。

「さぁ…。また大蛇丸様と修行じゃないかな」
「また?もう、十分強いと思うのに」

アカデミー時代、髪の長い女の子が好みだという噂を信じ、未だに長く伸ばしている桃色の髪を指でくるくるといじりながら、南アジト監獄の管理者は口許に苦笑を湛えた。


「久しぶりに会えると思ったのにな」


カブトの用事よりもサスケに会うことを目的にしているかのような物言いで、春野サクラは長い桃色の髪を軽く揺らす。
その表情は明るかったが、瞳の奥は夜の底のように暗く澱んでいた。




「────サスケくん」
 
 

 
後書き
久方ぶりのキャラが続々登場。憶えていらっしゃるだろうか…
憶えていらっしゃらない方は、序の閑話という名の登場人物紹介を一度ご覧になってほしいです~!

今年もどうぞ「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願い致します!! 

 

三十三 誘い

 
前書き
私生活というか私情により、情緒不安定で、休載しようかと考えましたが、毎月一話必ず更新しているのを破りたくなくて、頑張って書き上げました。
短いですが、どうぞご容赦ください。


 

 
木々の間を駆け抜ける。
枝から枝へ飛び移る少年二人は、あちこちに仕掛けた丸太で作った的目掛けて、クナイを投擲し続ける。

どちらのほうがより多くクナイを的に当てられるか。
その数を競い合っていた二人を、ダンゾウは険しい顔で観察していた。
どうやら決着はついたようだ。


薄い藍色の髪の少年が得意げに笑う一方、色白の少年が眉をへにゃりと下げる。
きっと相手のクナイに空中でぶつかって弾き飛ばされたんだ、と言う色白の少年の言い分を、彼は「運も実力のうちさ」と諭してみせた。

「今日の飯当番はお前で決まりな」

朗らかに笑う藍色の髪の少年も、不貞腐れたように舌打ちする色白の少年も、年相応の子どもらしさが窺える。
だが、直後、藍色の髪の少年は子どもには似つかわしくない苦悶の表情を浮かべた。


何かを耐えるように口許を押さえ、自分に背を向けて咳をする彼を、色白の少年──若かりし頃のサイは不安げに「大丈夫?」と駆け寄ろうとする。
だが瞬時に「来るな…!」と拒絶され、サイの足は藍色の髪の少年────彼にとっての兄へ近づくことが叶わなかった。

「なんでもない」

そう力なく微笑む兄は、口許を押さえていた手を木の幹に擦り付けると、サイの傍へ戻る。


少年二人が立ち去った後には、血のついた大木が静かに佇んでいた。













幼い頃から生活を共にし、兄弟のように過ごしてきた。
少年二人。一緒にご飯を食べる彼らに血の繋がりはない。
けれども、本物の兄弟より仲が良いという自負が二人にはあった。

幼きサイは藍色の髪の少年────シンを「兄さん」と慕い、シンもサイを弟のように慈しんできた。

ダンゾウとシンとしか会わない日々。サイはそれでも良いと思っていた。
ずっとシン兄さんと暮らしていたい、と心から思うサイは、その頃はとても豊かで、ころころ変わる彼の表情をシンはまるで眩しいものを見るかのように眺めていた。

いつまでも兄と一緒にいたいというサイの言葉には答えずに、むしろ答えるのを誤魔化すように、シンは「そうだ」と今思い出したように立ち上がる。
そうして、前々からサイが欲しがっていたスケッチブックを贈った。

文庫本ほどの大きさのスケッチブックは絵で埋めればさぞかし立派な絵本になるだろう。
自分と兄のお話を書こう、とサイの眼がキラキラと輝く。

絵を描くのが好きな弟の為に、以前街に降りた時にスケッチブックを買っておいたシンは、サイに優しげな眼差しを注いだ。
絵が好きなサイが動物の絵を描く手本になる為に、動物へ変化するのが日に日に上達している自分自身の弟愛に、シンは苦笑する。

本当の弟ではないのに。


しかしながらサイの絵本が完成したら見せてくれよ、と約束する彼らには確かに兄弟としての絆があった。
鍛錬で薄汚れた粗末な服を着ていても、人気のない山奥の狭い小屋で寝ていても、少年二人は幸せだった。


それが、木ノ葉の『根』の掟であり、感情を殺す鍛錬とシステムだと理解したのは。
最後に殺し合いをするように、ダンゾウに命じられた時だった。














「行け────俺の分まで生きろ」


『根』の最終試験。
それがいつまでもぬくぬくと兄弟として山奥の小屋で過ごせるものではない、とはわかっていた。
だからシンは『根』の最終試験まで病気のことはサイにもダンゾウにも知らせなかった。

最期に、サイを生き残らせる為に。


心を失くせば迷いはない。それが本当の強い忍びだ。

そういうダンゾウの考えによるものから、『根』の最終試験は、今まで仲良く過ごしてきた仲間を三日以内に殺した者だけが生き残るというもの。


だが、弟のように接してきたサイを殺すという考えなどシンには微塵も無かった。
むしろ弟を生かす為に、己の病気を利用し、何がなんでも最終試験まで生きて、刺し違えてもサイを生かそうと前々から決めていた。

それこそ、あのスケッチブックをあげた時から。



だが、もうその体力すら残っていないシンは自分の死期を悟り、うろたえるサイを諭す。

「自分のことくらい自分で始末する」

口から溢れる血を流し、痛みに圧し潰されそうになりながら、それでも猶動かぬ弟の身体を力いっぱい引き離す。
しかしながらそれはサイをほんの数歩退けただけだった。

「心を殺せ。でないといつかお前は任務に圧し潰されるぞ」

優しすぎる弟が『根』で生き残る為に、最期までサイの身を案じたシンは、泣く泣く己から離れてゆくサイを霞んだ視界の端に捉える。
地面に倒れ伏したシンは己の死よりもこれでやっと、根から解き放たれる事を喜んでいた。


(ああ…────でも、)

最期にお前の絵、見たかったなぁ…。


















「あら。まだ死ぬには早いわよ」

死ぬ間際、巨大な蛇がシンの身体をしゅるりと巻き付いてくる。
今にも消えゆく命の灯。最後に力を振り絞ってシンは眼を開けた。


そこには蛇を携えた、かつてのダンゾウの部下が不敵な笑みを浮かべていた。

















「────そこで俺は大蛇丸に拾われ、決して治らないと思っていた病気を治してもらったんだ」


様々な人体実験や不老不死の為に色々な研究を続けていた大蛇丸だからこそ、シンが治らないと悟っていた病気でさえ治すことができたのだ。
生き残った今、シンが案じるのはやはり弟────本当の弟ではないけれど弟のように愛してきたサイのこと。

だが、彼はまだダンゾウの手の内にある。それも己ではない誰かをシンだと言い包め、辛い任務も強要しているという話を聞いて、シンはいてもたってもいられなかった。
だからこそ、ダンゾウがせめて火影に就任しないように、あのうずまきナルトと一時期手さえ組んだのだ。



木ノ葉にある『根』の地下の水柱に眠っているはずの兄が大蛇丸のアジトにいる事実を驚くサイは、シンの話を愕然と聞いていた。



「な、なら、水柱に眠っているのは…」
「…俺に似た、誰か、だろうな」

かつて『根』に忍び刀七人衆の刀を盗みに忍び込み、囚われた水月の兄である満月。
己と似ている容姿を利用し、サイに彼を自分だと思い込ませたダンゾウに、シンは歯噛みした。


「そ、そんな…」

今まで信じてきたダンゾウへの忠誠心が崩れてゆく音を、サイは己の中で確かに聞いた。


呆然と立ち竦む弟の荷物に視線を投げたシンは、昔、幼い自分がサイにあげた物を見つけ、眼を瞬かせる。

両開きから真ん中のページに向かって二人の少年の物語が始まる構成の絵本。
兄と弟が左右から武器を変えて敵を倒すという物語のモデルは、片やサイ自身、そしてもう一人は…。


「あの時の約束、覚えててくれたんだな」

完成は、されてないようだけれど。
それでも自分があげたスケッチブックをサイがまだ持っていてくれた事実をシンは喜んだ。


あの時心を殺せ、とサイに自分が言い聞かせたせいで弟は感情を失ってしまったという。
そうしないと『根』で生き続けられないとは理解しているものの、自分が原因でサイから感情を失わせてしまったことを、シンは悔いていた。


「やっぱり…兄さんなんだね…」

幼き頃、自分と兄のお話を描こうと言って、完成したらシンに見せるとサイは約束した。
当初は水柱に囚われた兄と、目の前の兄。どちらが本物なのか疑っていたサイは、その約束を知っているシンを本当の兄だと理解した。



「ああ。俺はダンゾウに騙されているお前を…『根』から解き放ちたい」

その為に、この失うはずだった命を生き永らえさせたのだ。



シンの決意を込められた視線を受け、サイは思わず顔をそむける。


「無理だよ…だってボクはもう『根』から逃げられない」

そう告げて、『根』の構成員に必ず施される舌の“呪印”を見せる。

その呪印は【舌禍根絶の印】。組織の機密情報、特に長であるダンゾウの情報を喋ろうとすると、身体が痺れて動けなくなるというものだ。


これがある限り、ダンゾウには逆らえないと語るサイに、シンは眉を顰めた。


「ならば、俺が外からお前が内から」


術者であるダンゾウが死亡すると解除される“呪印”。
舌のソレを忌々しく睨みながら、シンはサイにとっては今まで微塵も思うことすらなかった言葉を簡単に口にした。


それは、『根』に席を置く者からしては思いつきもしない話だった。



「────共に、ダンゾウを倒そう」































闇の中。
微かに感じた気配に、サスケは身動ぎした。


大蛇丸のアジト。
そこの一室で、寝床に横になっていたサスケは「────誰だ」と静かに問うた。


大蛇丸ではない。カブトでもない。
アジトにいる他の者の気配でもない。


施錠していたはずの部屋。
鍵を開けた様子もこじ開けた音すら無かった。
まるで空間を出入りしたかのように、突如現れた気配を、サスケは身を横たわらせながら警戒する。

己が木ノ葉のスパイだと勘づかれたのか。

しかしながら大蛇丸の部下には、自分の背後を取れる相手などいなかったはずだ。
ましてやここまで接近するまで気配を微塵も感じさせなかった者など。



「誰だ?────目的はなんだ?」
「目的は…────君を『暁』に引き入れることだ」


ハッと反射的に身構えたサスケは、自分の前にいる仮面の男に顔を顰める。

「誰だ…どうやって此処に入ってきた?」
「俺にとっては、四方を取り囲む壁も頑丈な鍵も、何の障害にもならない」



暗闇の中、相手の身なりをサスケは警戒心を露わに見据える。


黒地に、赤き雲。

それが、かつて復讐対象であったうちはイタチが加入していた組織の外套だと理解したその時には、サスケの眼は【写輪眼】を発動していた。




「おっと。早まるな」

サスケと同じ写輪眼たる双眸を細め、仮面の男は仮面の裏で僅かに苦笑した。


「君を『暁』に勧誘しに来ただけなのだから」


『暁』と敵対する大蛇丸。
表向きは敵の配下であるサスケを堂々と誘いにきた仮面の男は、闇の中、ゆるゆると口角を吊り上げた。




















「『暁』に来い────うちはサスケ」

お前の器は、大蛇丸にくれてやるほど安くはないはずだ。
 

 

三十四 桜吹雪

 
前書き
いつもギリギリ更新、すみません…!

サクラがお好きな方には申し訳ない展開になっていると思います。
ご注意ください!!


 

 
「鼠がうるさいと思ったら…」

蛇の鱗を思わせる回廊。
その奥に佇む、桃色の髪の少女は三つ編みに結った髪をなびかせて、ナル達の前に立ちはだかった。

「勝手に入り込んだ鼠は、猫に噛み殺されても文句は言えないわよね?」

呆然と立ち竦み、言葉が出ないナルの代わりに、シカマルとヤマトが一歩前へ進み出る。
その様子を、彼女は冷ややかな視線で眺めた。

「さ、サクラちゃん…」

ナルの呼びかけに、春野サクラは桃色の長い髪をサラッと揺らして微笑んだ。
だがその微笑は、かつての彼女からは程遠い、冷たいものだった。













「先ほど大蛇丸と戦って、地形をクレーターのようにしたのは君だよ。ナル」

崩壊した橋や抉れた地面も、ナルによるものだと語るヤマトの発言。
それに衝撃を受けるも、ナルは教えてくれたヤマトに感謝していた。

九尾の力に頼った力はナルの本当の実力ではない。それはいずれ、ナル自身を苦しめることになる。
ナルの強さの源は恐るべき九尾の力に耐えうるナル自身のチャクラの力だと、ヤマトは告げた。

九尾化したナルを監視していたヤマトは、ナル自身が九尾の力に頼らなくても十分強いと察していた。
だからこそ、あえて真実を告げたのだ。たとえナル自身を傷つけることになっても。


故に、ナルは九尾の眼ではなく、己自身の眼で彼女を見つけたのだ。


だがそれは、ナルが思い描いていた感動の再会などではなかった。















大蛇丸が根城にしているアジトを突き止め、そこに潜入した波風ナル・奈良シカマル・ヤマト。
そこで、木ノ葉の里を抜けたうちはサスケと春野サクラを捜し求めてきた彼らはようやく、その内のひとりと再会した。

ずっと追い駆け続けていた元同じ七班のひとり。
仲の良かった春野サクラを前にして、ナルは感動で打ち震える。

だが、待ち望んでいた再会に純粋に喜んでいたのは、しかしながらナルだけだった。


「サクラちゃん…やっと会えた!早く木ノ葉へ帰ろうってばよっ」
「なに言ってるの?」

サクラへゆっくり近づこうとしたナルは、彼女の冷ややかな視線に動揺した。
だがめげずに、明るく声をかける。
しかしながらそれは隣で見ているシカマルにとって痛々しい笑顔だった。

「あの…サクラちゃん…髪、伸ばしたんだってばね!サクラちゃんは綺麗な髪だから短いのも長いのも似合うってばよ!」
「そう?ありがとう」

ナルの称賛に、ニコッとサクラが笑う。
かつての彼女の面影が垣間見えてホッとしたナルは、更に一歩、足を進めた。

「サクラちゃん…あのさ。木ノ葉でみんな、待ってるってばよ?だから早く、」
「────ナルっ」

ナルの言葉を断ち切って、シカマルが叫ぶ。
シカマルに抱きつかれ、横へ転がったナルは、直後、先ほどまで自分がいた場所を信じられない思いで凝視した。


視界に入るのは、床に突き刺さっている銀色。
鈍い光を放つ、切っ先の鋭いクナイだった。



「悪いけどね、ナル」

ナル目掛けてクナイを投げつけたサクラは、肩にかかる桃色の三つ編みの髪をバサリと指で弾いた。


「サスケくんの傍が私の居場所なの」



















蛇の腹の内側の如き回廊。
その奥の奥の部屋で、アマルと共に書類を眺めていたザクはチッと舌打ちした。

「ったく。カブトさんも面倒なこと押し付けやがって」
「火影直轄部隊暗部構成員のリストなんて滅多に見られる代物じゃないと思うけど」
「そーゆーことじゃねぇ…俺はこーゆー細々した作業が苦手なんだよ」

うんざりしているザクの手元にあるのは、カブトからアマルが受け取った封筒。
ダンゾウからの命令でサイが大蛇丸に渡した封筒の中身だ。

これでビンゴブックを作るように、という大蛇丸の指示はカブトが受けたものだが、それはそのままアマルに託された。
そうして先ほど新たに仲間となるらしいサイという人物をアジトの部屋に案内し終わったカブトにより、ザクもビンゴブック作りに駆り出されたのだ。


「だいたい、さっきまでアイツがいたんじゃないのかよ?」
「ああ。春野サクラのことか」

ザクの問いに、アマルは肩を竦めてみせた。

「彼女なら、サスケを捜しに行ったよ」
「チッ…どいつもこいつもサスケサスケって」

うちはサスケに敵対心を燃やしているザクに、アマルは苦笑する。



彼らは知らない。
サスケを捜しに行ったサクラが現在、アジトに潜入してきた木ノ葉の忍びと対峙している事など。























「さ、サクラちゃん…」
「ナル…貴女は変わらないわね」

昔と同じく、真っ直ぐなナル。
だが自分よりも遥かに強く、成長してゆく彼女に劣等感を抱いていたサクラは、苦々しげに唇を歪める。


三つ編みにした桃色の長い髪。
深緑の瞳の色は変わらないのに、その眼の奥の冷たさに、ナルは息を呑む。

動揺するナルの隣で、ヤマトは冷静に印を結んだ。
木遁の術を発動させる間際、突き刺さっているクナイから、しゅううう…っと煙が立ち上る。

刹那、白煙が回廊中に一気に満ちた。


「煙玉か…!!」

サクラが投げたのはクナイだけではない。
煙玉と共にクナイを投げつけ、煙玉にクナイを突き刺したのだ。
床に突き刺さっているのみだと思っていたソレは、煙玉に刺さり、そこからじわじわと白煙が溢れ、爆発したらしい。


視界が不明慮になる中、ヤマトとシカマルは身構えた。

「しっかりしろ!!ナル!!」

シカマルの声でハッと我に返ったナルは、やがて白煙の中を漂うソレに眼を凝らした。

「桜…?」

桜の花びらがひらひらと宙を舞っている。
それは次第に数を増し、まるで花嵐の如く渦巻き始めた。

美しい光景に思わず見惚れてしまう。だが直後、花吹雪の中から桜ではない何かが身をくねらせてナルに躍りかかった。

「うわっ」

反射的に避けたナルのすぐ横を、蛇が飛んでゆく。
白煙と桜の花嵐に紛れ込み、数多の蛇があちこちから、ナル・シカマル・ヤマトへ襲い掛かってきた。

視界を奪われた今、状況が把握できない。まずはこの危地を脱しなければ、サクラを連れ戻すどころではない。
蛇を払いのけたシカマルが印を結ぶ。

「【影真似の術】!!」

影を伸ばし、術者であるサクラの動きを止めようとする。

視界は花で埋め尽くされようとも、足元は疎かだ。
よってシカマルの影は確かにサクラらしき人物の影と繋がる。

「とらえた!!」
「よしっ」

影がつながった感触を覚えたシカマルが頷くや否や、ヤマトが印を結ぶ。

「【木遁・黙殺縛りの術】!!」

ヤマトが伸ばした腕。
そこから縄の如く伸びた木が、シカマルがとらえた影の持ち主に巻き付く。

「つかまえた!!」
「……誰をかしら?」

ヤマトが確信すると同時に、ナルの背後からサクラの声が響く。
ハッとしたナルは「ヤマト隊長!離れるってばよ!!」と叫んだ。

「なに…!?」

己の腕を木に変えていたヤマトはナルの注意で、捕縛対象の手応えが無いことに気づく。
直後、自分の腕をつたって、逆に蛇がヤマトのほうへ向かってきた。

「くっ」

慌てて術を解く。
ヤマトの腕に巻き付いていた蛇がぼとりと落ちた。


捕らえたと思った対象が数多の蛇だったことに、シカマルは顔を顰める。

【影真似の術】で影を繋げた時は、確かに人の影だという確信があった。
それなのに何故…。


ハッと眼を瞬かせたシカマルは、一度、深呼吸すると己のチャクラの流れを止めた。
直後、一気にチャクラの流れを乱すと、寸前まで見えてこなかったモノが見えてくる。

(そうか、これは────)

シカマル同様、気づいたヤマトも同じ動作をする。シカマルがナルに囁いて、同じ動きをするように促した。

戸惑いつつも、ナルもチャクラの流れを止め、そこですかさず一気に相手を上回る力でチャクラの流れを乱す。
すると、白煙は晴れてゆき、花嵐もみるみるうちに消えてゆく。

相手の五感に働きかけ、その脳神経に流れるチャクラを己がコントロールする高度な術。

所謂、幻術をかけられていると推測したシカマルの機転により、不可解な現象から脱したナルは、実は先ほどから全く動いていなかったサクラを見据えた。

「あらら、バレちゃったか」

ぺろっと可愛らしくサクラが舌なめずりする。
だがその瞳は、まるで猫のように爛々と輝いていた。












かつて、サクラはナルを女としての魅力を始め、体力面・頭脳面等何もかも自分のほうが勝っていると考えていた。
だが次第に、ナルがどんどん心身共に成長するのを目の当たりにして、サクラの胸中には酷い焦燥感が培ってゆく。

サクラ自身はアカデミーの頃と全く変わらないのに、いつの間にか、ナルはずっと先を見ていたのだ。前へ前へと進んでいる。
その事実に愕然とし、同時に彼女は気づいた。

単なる器用貧乏なだけの自分は、大した取り得のないくノ一に過ぎないのだと。
瞬間、同じ女でありながらナルに嫉妬と羨望、そして劣等感をサクラは抱いた。

追い駆けられていたはずが何時の間にか追い越されている。その事実を認めたくは無い。
だからサクラは、『木ノ葉崩し』の際その時何故か自分を助けてくれた香燐という少女の助言を素直に聞いた。

自分の特技や取り柄を見つけるようにとの指摘を受け、サクラがまず思い浮かべたのは担当上忍たる畑カカシの意見。
幻術の才能があると言われたばかりのサクラは、すぐにその言葉に従った。

『木ノ葉崩し』以降、即座に幻術が得意な夕日紅の許へ向かい、教授してもらう。
それは木ノ葉の里を抜け、大蛇丸の許へ下っても、変わらない。


一心不乱にひたすら、サクラは幻術の修行に打ち込んだ。
その結果がこれだ。




「まぁ、サスケくんの【写輪眼】の前では敵わないけどね」

肩を竦めたサクラは、いっそ優雅な仕草で、親指を軽く噛み切った。
なにをしようとしているか理解して、ナルはシカマルとヤマトに注意を呼び掛ける。

サクラの印の結び方。
その動きに見覚えがあった。


「【口寄せの術】!!」


刹那、回廊が瓦解する。




崩壊してゆく最中、ナルは見た。
巨大な猫又の背に乗る、サクラの姿を。












































ポツンと小さく灯る蝋燭。
その灯りがちらちらと照らすのは、薄暗い部屋で何かを思案する物憂げな表情の人物。

仮面の男が去った後、しばらくの間、深く思案に暮れていたサスケは、やがてス…と【写輪眼】を発動させた。
同時に、地を蹴る。


扉の隙間から、わらわらと忍び寄ってきた数多の蛇。
それらがサスケ目掛けて這ってきた。

跳躍し、蛇の猛攻を易々と回避する。
蛇を薙ぎ払いながらも、サスケの視線は扉から外れない。


ややあって、扉の隙間が音もなく、開いた。

「…時期尚早かと思っていたけど…もう我慢できないわ…」


ねっとりとした声音が、室内に這うように響く。

サスケの部屋の扉の隙間。
そこに長く細い指を這わせて、大蛇丸は囁いた。


「さぁ…サスケくん…」

数多の蛇がサスケを取り巻く。
逃げ場を逃すように殺到した蛇の主は、恍惚とした笑みを湛えて、長年の願いを口にした。











「────君の身体を私にちょうだい」
 
 

 
後書き
最後に出て来たのはNARUTO疾風伝アニメの第四百九話に出てきた猫又です。
二尾ではないのであしからず。
サクラは猫が似合うような気がなんとなくします… 

 

三十五 かわき

 
前書き
大変お待たせしました!!短いですが、ご容赦ください…


 

 
いつからだろうか。
最初はただ純粋に、亡くなった両親に会いたい一心だった。

いつから違えてしまったのか。
再生と幸運の象徴の蛇に憧れただけ。ただ、それだけだった。

いつから間違えてしまったのか。
幾度もの死を経験して、度重なる死を目の当たりにして。

だからこそ、強さを求めた。不老不死を望んだ。
全てを手に入れる、その為に。


いつから…────。












「なんだろう、これ」

陽光に透ける透明なソレ。
見たこともないソレを手に乗せ、問う教え子に、若き猿飛ヒルゼンは「おお。よく見つけたな」と感心の吐息を零した。


「それは白蛇の脱皮した皮だ」
「はじめてみた…」

両親の墓の前で拾った蛇の抜け殻を、幼い大蛇丸はマジマジと眺める。
滅多に見ることのできない珍しいモノだと説明するヒルゼンに、大蛇丸は無垢な瞳で「どうして白いの?」と訊ねた。
「さぁな…」と首を傾げたヒルゼンは「ただ…」と顎を撫でさすって言葉を続ける。


「昔から白蛇は幸運と再生の象徴とされておるぞ」



師の話を耳にして、大蛇丸は手の内にある白蛇の抜け殻を指でなぞった。
中身はとうに無いのに、透明で陽光に鱗が透ける蛇の皮は、大蛇丸にとっては、どこか神秘的なモノに見えた。

「此処で見つけたのも何かの因縁じゃな」

大蛇丸の両親の墓に、ヒルゼンはチラリと視線を投げる。
そうして、明るい物言いで「お前の両親もどこかで生まれ変わっているかもしれんのう」と何の気もなく笑った。


「いつかまた…大きくなったお前と会う為に」

俯いて、手の内の蛇の抜け殻に視線を落としていた大蛇丸は、そこで顔を上げる。
師を見上げるその双眸には、微かな期待の色が宿っていた。



「それって…いつだろう」
「さてなァ…」

ヒルゼンの言葉を聞きながら、大蛇丸は再び視線を手の内に落とす。
風でカサカサと音を立てる白蛇の皮。


幸運と再生の象徴である蛇の抜け殻を見つめる大蛇丸の口許は、確かにその時、緩んでいた。
再生の象徴である蛇のように、亡くなった両親もどこかで生まれ変わっているかもしれない。



そう期待に瞳を輝かせる幼き大蛇丸は、その頃は確かに、純粋な想いを抱いていた。


どこかで生まれ変わった両親へ会いたいという、ただ、それだけの無垢な願いだった。





















幼少の頃より忍の才は抜きん出ていた大蛇丸はいつしか、自来也・綱手と共に『伝説の三忍』と呼ばれるほどの強さを手に入れていた。
けれども度重なる戦争の最中、人の死を何度も経験し、人は脆い、と達観する。
だからこそ、死をなにより恐れ、死ねば全てがそこで終わりという考えに至った。

よって、老いや寿命と言った限界を超越すべく『不老不死』の研究に没頭する。
全ての術を知るためには長い時間が必要だと考える大蛇丸の根底には、いずれ、どこかで会うかもしれない生まれ変わった両親への想いもあったのかもしれない。

自分の器はこの身体でも木ノ葉でもないと、必死で止めようとする自来也の行動を一笑に付した大蛇丸の脳裏には、かつて両親の墓前で拾った再生と幸運の象徴が常にあった。


己は小さな器に納まるべきではない。
蛇のように脱皮し、再生するのだ。
器を脱ぎ捨て、全てを手に入れる。



その決意を胸に、木ノ葉を抜けた大蛇丸は、しかしながら、うちはイタチの力を垣間見て、自分は井の中の蛙だと思い知る。三忍と称される己が惨めに思え、イタチの身体を手に入れようとするも、その瞳術の前に完敗した。

だから、焦がれた。うちは一族の血を。
写輪眼を持つ、うちはサスケを。

そして……────決して届かぬ高みに既に座している、うずまきナルトを欲した。



ナルトを初めて見た瞬間の大蛇丸の衝撃と言ったら、言葉では言い尽くせない。

全ての術を知る。
永い時を経なければ辿り着けぬ理想を、うずまきナルトはまさにその身で体現していた。


だから大蛇丸は、うちはイタチ以上にナルトに執着し、そしてその力に溺れた。
ナルトの計り知れない強さを垣間見るたびに、大蛇丸は酷く羨望し、渇望した。


『木ノ葉崩し』にて、師である猿飛ヒルゼンによって封じられた【屍鬼封尽】。
その後遺症で自らの肉体が限界を来たしても、他の人間の肉体を奪って転生しても、その渇きは癒えなかった。

けれど同時に、うちはイタチ以上の力を持つナルトには、どんな手段を使っても敵わないと心の底から理解もしていた。
だから、せめてイタチの弟であるサスケに、大蛇丸は己の未来を見たのだ。












「我慢…我慢よ…」

転生し、新たな肉体になったとしても、以前のように術を上手く扱えない。
その歯痒さから、大蛇丸は日々、鬱屈した思いを抱いていた。

信頼できる部下────薬師カブトに、己の肉体を調整するように命じているものの、大きな術を使えば疲労はかなり大きい。
特に今は、木ノ葉の忍びと対戦し、九尾化した波風ナルと闘ったばかり。


「もう少し…もう少しで…」

更に、発動させた【八岐の術】によって、チャクラを根こそぎ持っていかれた。
大蛇丸は喉が渇いていた。酷く、かわいていた。


「我慢…がまん…」

アジトに戻り、戦闘で興奮した我が身を落ち着かせるも、大蛇丸の蛇の如き双眸は無意識に、サスケの居場所を捜していた。
そして、長年の願いを口にする。


「…時期尚早かと思っていたけど…もう我慢できないわ…」


ねっとりとした声音が、室内に這うように響く。
サスケの部屋の扉の隙間。
そこに長く細い指を這わせて、大蛇丸は囁いた。


「さぁ…サスケくん…」



数多の蛇がサスケを取り巻く。
逃げ場を逃すように殺到した蛇の主は、恍惚とした笑みを湛えた。


「────君の身体を私にちょうだい」


















いつからだろうか。
最初はただ純粋に、亡くなった両親に会いたい一心だった。

ただ、それだけであったはずなのに。





















ガラガラ、とアジトが瓦解する音が響く。
暗く、澱んだ空気にあった其処は、今や外気に曝されていた。

その巨躯で地下にあった大蛇丸のアジトを突き破る。
太陽の光が射し込むかつてのアジトの成れの果ての中、春野サクラが口寄せした巨大な猫が、ぐるる…と喉を震わせた。


「まさか…サクラちゃんが【口寄せの術】を使うなんて…」
「いつまでも昔の私と思わないことね」

驚愕で青い瞳を大きく見開くナルと、サクラは冷ややかに見下ろす。
巨大な猫の背に乗ったサクラを警戒態勢で見上げていたヤマトは、ピクッと反応した。

直後、かぶりを振る。

(そんなバカな……ありえない)


だって、既に彼は────彼らは死んでいる。








木分身の応用術である【送信木】。
細胞を種子に変化させ、敵の服や靴等に仕込むことで追跡のマーカーとして扱える。
一見、ただの種に見えるソレは、ヤマトのチャクラとだけ共鳴する忍具である。

簡単に言うと追跡用の発信機だ。

温泉宿で泊まった際、ダンゾウ率いる『根』から派遣された忍びということで、ヤマトは対象の服に、【送信木】の種を仕込んでおいた。
しかしながら、念のためにと仕込んでおいたソレが、早々に使い物にならなくなったのだ。

理由は至極簡単。対象が死んだからだ。

遺体は動かない。死んだ相手の服に【送信木】を仕込んでおいても意味はない。


裏切者としてカブトに殺された右近/左近・鬼童丸。
死んだ彼らに仕込んだ【送信木】が反応したことを、ヤマトは気のせいだと思い、目の前の戦闘に集中した。





















木々はなぎ倒され、地面が抉れたように穿たれている荒地。
荒涼としたその場は、ほんの少し前までは緑豊かな森だった。


クレーターと化した其処へ、音もなく降り立った彼は、周囲を見渡す。

人の気配どころか、生き物の気配もない。
大方、九尾の力の一端に怯えて、ここら一帯の生き物達は遠くへ逃げ去ったのだろう。

(……ナル……)

その力を宿し、小さな九尾となって暴れた彼女を懸念しながら、彼は────うずまきナルトは軽く、地面を蹴った。


カサカサにかわいた地面。
今や、草一本も生えていない乾き切った土が、不意に、ボコりと蠢いた。


「あ────…疲れた」

ボコボコ…と盛り上がった地中から這いあがった彼は、大きく伸びをする。
凝り固まった身体を解すように柔軟するその腕は、六本。


「やれやれ…【土遁の術】でずっと地中で息を潜めるのも楽じゃないぜよ」
「まったくだ」

鬼童丸に同意を返したのは、地面。否、同じように地中から這いあがった右近が溜息をつく。
右近の溜息を間近で聞きながら、左近は身体中に纏った土をパンパンと叩き落とした。



「待て」

死んだふりをするように命じていたナルトは、生きていた鬼童丸と右近/左近に制止の声をかける。
静かに近寄ったナルトは戸惑う二人に、細く長い指を伸ばした。

服裾から、ヤマトが仕込んだ【送信木】を無造作につかむ。青く澄んだ双眸を細め、ナルトは指先で種をパキッと握り潰した。





「また会えて嬉しいよ。右近・左近…鬼童丸」


握り拳をそっと開く。

粉々となった発信機である種がパラパラ…と、生きている三人の間をすり抜け、やがて、かわいた大地に散っていった。 

 

三十六 主従

かわいた大地。

更地と化しているその場で、寸前まで地中に沈んでいた彼らは全身に積もった砂を手で軽く払った。
首をコキリ、鳴らす。

「しっかし。カブトさんの腕も鈍ったのかねぇ」

カブトにメスで掻っ切られたとばかり思っていた我が身を見下ろして、鬼童丸は皮肉めいた笑みを唇に湛える。


右近/左近は血継限界の持ち主、そして鬼童丸は珍しい蜘蛛粘菌を分泌する体質だ。
新鮮な血が必要だから、とカブトが貴重な細胞サンプルである自分達に、メス片手に近付いたところまでは憶えている。


だが結果として、自分達は生きている。土遁で地中に潜り、死んだふりをした自身のほうが上手だった、と驕る右近/左近、鬼童丸の会話を耳にして、ナルトは口許に苦笑を湛えた。


「…いや、」

大蛇丸と対峙した際、右近/左近、そして鬼童丸はカブトに殺された───と認識している波風ナル・奈良シカマル・ヤマト。
彼らが現在いるであろう場所を遠目で眺めながら、ナルトは小さく呟く。

大蛇丸のアジトを遠く見据える蒼い双眸が、驕る二人を静かに諫めた。


「殺し損ねたんじゃない。生かされたんだよ」






















猫又の上で仁王立ちするサクラの髪が陽光に照らされ、輝く。
長く伸ばされ、三つ編みに結ったそれは敵だというのに、ナルには美しく見えた。

サクラが【口寄せ】した猫又が爪を振るう。
巨躯に合った巨大な爪が地面を抉り、既に瓦解しているアジトを更に崩壊させてゆく。


「くっ」

猫又の爪が地面を抉った衝撃で、あちこちから砂煙が立ち上る。
サクラの許へ向かおうと跳躍したナルは、猫又の爪が間近に迫っているのに気づいて、ハッと顔を強張らせた。身を捻る。
空中で背を反らせたナルの顔のすぐ傍を、巨大な爪が風を切る。

上手く回避し、そのまま着地しようとしたナルが地面に手をついた瞬間、何かに絡め取られた。


「うあ…っ!?」

自分の手首に絡みついた金属の感触。
鎖だと思い当たった時には、ナルの身体は再び宙を舞っていた。

その鎖を巻きつかせた張本人は猫又の頭上で釣り上げた餌がこちらへ来るのを今か今かと手招いている。
シカマルが叫んだ。

「ナル…!!」

鎖を巻きつかせ、グイっとナルを引っ張ったサクラのもう片方の手には、鎌がある。
鎖鎌だ。


「サクラちゃん…!それ…!!」

サクラから受け取った鎖を猫又が口に咥えて振り回す。
手首に絡めとられたソレを外そうとナルは足掻くが、鎖は酷く頑丈で、とてもじゃないが外せなかった。

猫又に振り回されつつも、問いを投げかけるナルに応えて、サクラが鎌に視線を落とす。


「ああ、これ?猫又と会ったのは、空区と呼ばれる場所でね。忍具の販売を密かに営む闇商人の一族が住まう場所なの。そこで購入したモノよ」



空区とは、どの国や里にも属していない廃墟群だ。
そこを支配しているのは忍相手に忍具の販売を密かに営む闇商人の一族。

闇商人の一族を率いるのは忍猫たちの頭目の老婆である猫バアである。
猫バアを始めとした彼らが営む店は忍社会においても屈指の取り扱いの店だと、シカマルもヤマトも知っていた。
そこで買った忍具だと、普通の忍具よりも一際鋭利で頑丈に違いない。

ちょっとやそっとでは破壊できない鎖。
ナルを拘束するソレを壊そうと、シカマルとヤマトは印を結んだ。

だが、それを邪魔するように猫又が爪を振るう。


「くそ…!!」

猫又の爪の猛攻を避けながら、シカマルはナルへ手を伸ばす。
視線の先では、鎖で引き寄せたナル目掛けて、サクラが鎌を振り上げていた。


「やめ、」
「忍具使いはテンテンの専売特許でしょ。人の得意分野、勝手に使うんじゃないわよ、ばかサクラ」



刹那、ナルとサクラの間に、影が割り込む。
薄い金色のポニーテールが陽光の下で踊った。



ブツ、と切れた音がしたかと思うと、サクラは眼を見開く。

普通の忍具よりも頑丈である鎖。
砕かれてバラバラになって散ってゆく鎖を、信じられない思いで眺めていたサクラの頬を、凄まじい衝撃が襲った。


「が…!?」

吹き飛ばされる。
猫又の頭上から転落しかけ、なんとか踏みとどまったサクラは自分を殴ってきた相手をキッと見返した。



「──いの…」
「どうやら、私のことは憶えててくれたみたいね?ばかサクラ」


ナルの手首を縛っていた鎖。それをあっという間に粉砕した山中いのは、ポニーテールを軽く揺らす。
五代目火影・綱手に弟子入りしたいのは、師匠譲りの怪力を宿す拳をプラプラ振った。


「い、の…?」
「サクラ相手だからって気を抜いちゃダメじゃない、ナル」

ナルの手首を縛る鎖を即座に粉砕したいのは、猫又の頭上で降り立つと、真下へ呼びかけた。


「シカマル────!!ナルのこと、よろしくっ!!」
「え…お、おい!!」

猫又の巨躯から放り投げられたナルを、シカマルがわたわたと受け止める。
無事にシカマルに抱き留められたナルを視界の端で認めながら、いのは拳をゴキリと鳴らした。


「アンタをぶん殴ってでも里に連れ戻すって決めてんのよ、こっちは」
「もう殴ってるわよ!!」


腫れあがった頬を手で押さえながら、サクラが立ち上がる。殴られた拍子に口内を切ったらしい。
ぷっと血を吐き出すと、サクラはいのをじろっと睨み据えた。



「久しぶりね、サクラ」
「元気そうでなによりだわ、いの」



バチバチと火花を散らすサクラといの。頭上でいきなり対峙し始めた女ふたりに、猫又が困惑している。
それを真下で見上げながら、シカマルがぼそっと呟いた。


「な~んか、既視感あるな…」
「同意見だってばよ…」

シカマルに抱きとめられたまま、ナルもこくりと頷く。
若干顔を赤くしながら慌ててナルを下ろしたシカマルは、気を取り直すように咳払いすると、猫又の頭上の光景を見上げた。


いのが何故、この場にいるのかわからないが、おおよその予想はつく。
あれだけ今回の任務に行きたがっていたいのだ。

綱手になんとか許しを貰えたのか、それとも勝手に自分達の後を追い駆けてきたのか。
いずれにしても。



「中忍試験を思い出すよな…」
「ほんとだってばね…」

中忍試験予選にて対戦した春野サクラと山中いの。
折しも同じ状況に陥っている光景を、ナルとシカマルは聊か懐かしむように眺めていた。



















「薬じゃ、もうもたないな」


コポコポ…と硝子に閉じ込めた研究材料が水泡を吐き出す。
蛇や蛙の死骸が閉じ込められたガラス瓶。

陰気な室内で、ひとり、薬品を調合していたカブトは「と、なれば。そろそろか…」と踵を返した。


部屋を出て、蛇の鱗を思わせる廊下を歩く。
足音が響く中、サスケの部屋の前でカブトは足を止めた。


異様な雰囲気を察し、部屋の中を窺う。
室内は、数多の白蛇が入り乱れるように乱雑しており、巨大蛇の脱皮が落ちていた。




「カブト、か…」

問いというより、確認に近い言葉。
巨大な蛇の脱皮を何の感情もなく見下ろしていたサスケが視線を扉へ向ける。

大蛇丸との戦闘でもはや扉の原形を留めていない其処は、外からは丸見えとなっており、ただ、穴が空いているだけだった。



その穴からス…と姿を現したカブトへ、サスケは静かに近寄る。
蛇の鱗を思わせる廊下で響き渡る、サスケの足音。

それは、がらんどうの体内を自由に闊歩していた鷹が、蛇を内から食い破ったかのような音を奏でていた。



「今の、君は…──」

固唾を呑んで身体を強張らせるカブトのすぐ横を、サスケは通り過ぎる。
通り過ぎ様に、カブトは恐々と問うた。


「いったい、どっちなんです?」









転生の儀式。
自分の精神を他人の身体に入れ込み、乗っ取る事で生き永らえる転生忍術。

大蛇丸が『この世に存在する全ての術を知るための時間を得る』為に、歳月をかけて編み出した不老不死の術だ。


転生する際、器となる者を体内に取り込み、異空間を作り出して、相手の精神を覚めることのない眠りにつかせる。
要するに乗っ取られた者の強い意志は残留思念となり、乗っ取った者の中に残る故、乗っ取られた対象が消えてしまうわけではない。

つまり、乗っ取った相手の中で、決して目覚めぬ眠りについているのだ。






大蛇丸がサスケの身体を乗っ取ったのか。それとも…────。

カブトの問いに、サスケは静かに聞き返した。


「どっちだと思う?」

その返答で、カブトは悟った。
大蛇丸は、こんな回りくどい返事をしない。


ならば、目の前にいるこの青年は───。



「俺が奴の…大蛇丸の全てを乗っ取ったのさ」


サスケは嗤う。
この眼の前では、【写輪眼】の前では大蛇丸だとしても逆らえない。

大蛇丸に強襲され、【不屍転生】で器にされそうになったものの、写輪眼の瞳力で術を跳ね返したサスケは逆に乗っ取ったのだ。
即ち、大蛇丸はサスケの内で、覚めることのない眠りについている。




しかしながら、サスケは知らない。
大蛇丸を容易に乗っ取れた理由が自分の実力だけではない事実を。


大蛇丸がサスケに負けた敗因は三つ。

木ノ葉の忍びと対戦し、九尾化した波風ナルと闘ったばかりであったこと。
更に、発動させた【八岐の術】によって、大蛇丸のチャクラが枯渇していたこと。

そして、もうひとつ。


「残念だったな、カブト」

サスケの言葉を、カブトは顔を俯かせて黙って聞いていた。その肩が小刻みに震え始める。

恐怖か、もしくは己の主人を乗っ取られた悔しさか。



だが、サスケの予想はどちらにも当てはまらなかった。
想像の範囲外だった。













「くく…ハハハハハハハハ…!!」

カブトは、笑っていた。











蛇の鱗を思わせる長い長い廊下に、カブトの哄笑が轟く。
眉をひそめるサスケの前で、ひとしきり笑ったカブトは、「いやぁ、ごめんごめん」と眼鏡を外した。
笑いすぎて溢れた涙を指で拭き取る。


「そうか。大蛇丸さまはもういないのか…礼を言うよ、サスケくん」
「………なに、を」


予想と違うカブトの反応に、サスケは顔を顰める。
サスケの顔をじっくり眺め、カブトはくつり、と口角を吊り上げた。


「サスケくん…君は確かに強い。だが、天才とは言えないな」


突然の失礼極まりない言葉に、サスケはピクッと眉根を寄せた。


「僕は真の天才を知っている…。天才という言葉に相応しい人間が彼をおいて他にいるだろうか?」


否、いない、とカブトは両腕を広げて、高らかに答えた。
舞台上の役者のように大袈裟な身振りで、カブトは心底嬉しそうに笑う。

それは、いつもの胡散臭い笑みではなく、心の底からの笑顔だった。


「うちはの血を引く君でさえ、才能の上に胡坐を掻いてる、ただのガキだ。天才(彼)には程遠いな」
「……なにが言いたい?」


カブトの急な変わり様を、警戒心を露わに観察していたサスケがようやく口を開く。
それを静かに見返して、カブトは眼鏡をカチャリとかけ直した


「だから、感謝してるのさ。これでようやく…────」








大蛇丸の右腕的存在であったカブト。

彼はアジトの監視や実験体の管理だけでなく、薬物を使用した大蛇丸の肉体の調整や治療を担当している。
その薬物療法をわざと誤り、大蛇丸の焦燥感を募らせ、早急にサスケを器にしようと動くように仕向けた張本人は、顔を覆うように眼鏡を手で押さえる。


右近/左近・鬼童丸を殺したと見せかけ、実はその死体を偽造した為に、巻物に保管しておいた十五・六歳の男の遺体のストックが足りないと南アジト監獄にいる春野サクラを呼び寄せた。
更に、大蛇丸を助けに向かわぬようにと、火影直轄部隊暗部構成員のリストの写しでビンゴブックを作れと命じてアマルとザクを部屋に缶詰めにする。

そうして、木ノ葉の忍びとサクラが対戦しているこの騒ぎに乗じて、サスケに大蛇丸を乗っ取らせることを黙認した。




全て。
そう、全てが、彼の為に。



大蛇丸ではない。
己のアイデンティティを確立させてくれ、自分が何者であるかを教えてくれた彼の為に。

あえて、嫌っているふりをし、彼の手を煩わせてしまう故に借りを作るのを良しとしなかった。
大蛇丸を信頼させ、右腕的存在にまでのし上がったのも、全ては彼の為。

どれだけ主人を変えようと、スパイをしようと、カブトは終始一貫として一途に彼に仕え続けていた。







──────うずまきナルトに。








眼鏡ではなく、堪え切れない笑みを押さえている手を、カブトはようやく顔から離す。

蝋燭の明かりを反射する眼鏡。
廊下を照らす蝋燭の炎が、カブトの眼鏡をより一層赤々と染め上げる。
その赤は、カブトの歓喜の色を確かに示していた。







「僕は、本当の主人の許へ帰れるのだから」
 
 

 
後書き
【上】15話・32話・49話、【下】27話。

この内の彼の台詞が、この話に至るまでの伏線でした。
お気づきになられたでしょうか?


これからもどうぞよろしくお願い致します!! 

 

三十七 『  』

 
前書き
今回、ナルトの過去に若干触れます。
カブトとナルトの出会い編。
ナルトの幼少期の雰囲気が、今と結構違いますが、ご容赦ください。

 

 
名は体を表す。
そのモノの性質・実体を表すものだ。

名とは、自分は何者かというアイデンティティに非常に深くかかわる。
アイデンティティとは、同一性の確率の拠り所となるモノ。

自分は自分であるという自己認識の確立。それは状況や時期によって変わることのない問題だ。
されど。

「自分は何者であるのか」という問いに、薬師カブトはずっと苛まれてきた。

戦災孤児として保護される以前の記憶がないカブトは、親の顔も名も、そうして自分の名前すら思い出すことができなかった。
だから、縋った。

薬師カブトという仮の名に。

けれど、どうあっても現状、名乗っている名でさえ、孤児であった自分に与えてもらったモノ。
ただの、借りものだ。

親を知らず、自分の名すら知らない。
はじめから、自分は何者でも無い。最初から、僕には何も無い。

「自分は何者かわからない」と常に焦燥感を募らせ、彼はひたすらアイデンティティの確立を望んだ。

そんな悲嘆に明け暮れる日々を変えたのは、モノクロだらけの人生に色を取り戻させてくれたのは。



────己の本当の名を。
思い出させてくれた、救世主だった。


















里の名の通り、ゴツゴツとした岩場。
巨大な岩々が聳え立つ静まり返った荒野で、カブトは焦燥感を募らせていた。

その額に巻かれているのは、岩隠れの忍びの証たる額宛て。
だが、現在彼をつけ狙い、襲ってくる連中も、同じ岩隠れの忍び達だ。

それもそのはず。
岩隠れの忍びとは仮の姿。

所属する”根”に従い、九歳頃から五大国を渡り歩くスパイとして活動するカブトは、実際は木ノ葉隠れの里の忍びだ。
己がスパイだとバレてしまったカブトは今や、一時は仲間として過ごしてきた岩隠れの忍び達に追われる立場となっていた。


暗闇に乗じて己を亡き者にしようと狙う岩隠れの忍び達を窺いながら、カブトは時計を眺めた。
時計の針が指し示す時刻は夜の9時をとうに越えている。

「ヘマをしなければ、もうとっくに寝てるはずだったのに…」

21時は、昔、カブトを保護してくれた孤児院の就寝時間。
厳しく定められた孤児院の規則を思い出し、カブトはくつり、笑う。

今や、岩隠れの忍び達に囲まれているという危機的状況だというのに笑みを浮かべるカブトの脳裏には、若くして、今までの己の人生が走馬灯の如く過っていた。







カブトには何も無い。スパイという仮の姿を気取る彼にとって、カブトという名すら仮のモノ。

だが、それでいいと思えた。
なんせこの身は、自分に居場所を与え、眼鏡を与え、名を与えてくれた孤児院の──そしてマザーである薬師ノノウの助けになるのだから。

戦争孤児となり、記憶喪失となった己を助けてくれたノノウは、穏やかで優しい孤児院のマザー。
だが彼女は、その実、かつて『歩きの巫女』という異名で知られる木ノ葉の“根”の諜報部一の暗部であった。

“根”の長であるダンゾウはノノウに岩隠れの里への長期任務を要請し、断れば今後、孤児院に援助金を入れず、更には院に忍び込んで金どころか子どもを盗むと暗に告げられる。
ダンゾウの傍らにいた長い黒髪の男が蛇のような眼差しで、逡巡するノノウを舐めるように眺めているのを、幼きカブトは窓の隙間から覗き見ていた。

あの男を知っていた。
蛇のような男は、以前、ノノウに教わった医療忍術でカブト自身が手当てした張本人だった。

まさか“根”に属しており、こうして再会するとは思ってもみなかったが、とノノウからもらった眼鏡の奥でカブトは眼を細める。
窓の隙間から、会話を盗み聞きしていたカブトは「孤児院の子どもをひとり、“根”に差し出せ」と更に要請してくるダンゾウに思案顔を浮かべた。
外した眼鏡を、じっと見る。


どうせ、この身は何も無い。
与えられたカブトという名とこの眼鏡。


記憶を失った身よりのない自分の居場所になってくれたノノウの、そして孤児院を守る為に、カブトは唇をきつく噛み締める。
その瞳には既に決意の色が濃く宿っていた。



自ら“根”に立候補したカブトの人生はそれから目まぐるしく変わった。
当時、まだ9歳ほどであった彼は“根”のスパイとして五大国を渡り歩き、諜報の才能を発揮してゆく。


五大国の内、水の国に潜伏していたカブトは霧隠れの忍びとして、濃い霧の中、木陰に潜む。

当時、“血霧の里”と呼ばれていた危険な里に潜入捜査していたカブトは、視線の先にいる要注意人物に眉を顰めた。

(あれが…霧隠れの鬼人────桃地再不斬か)

忍者学校卒業試験で同級生の皆殺しという凶行を仕出かし、その時から頭角を現していた鬼人・再不斬。
なるほど遠目から見てもわかる。アレは並みの忍びではない。

口を包帯で覆っていながらも、覆い隠せない再不斬の残忍な表情を濃霧の中で認め、カブトは身震いした。
命が惜しければ彼には近づかないほうが身の為だな、と判断したところで、肩を叩かれる。

反射的に振り返ったカブトは、いつの間にか自分の背後にいた人物に顔を青褪めた。


霧隠れには、尊敬と畏怖を込めてその称号を贈られる実力者がいる。
霧隠れの里に存在する特殊な能力を宿す七本の忍刀を使いこなす忍び。
他国の忍びにも知れ渡っているその名は、“忍刀七人衆”。

その内のひとりである無梨甚八、その人に背後を取られたと知り、カブトは愕然とする。
よもやスパイだとバレたか、と戦々恐々とする中、無梨甚八はカブトを静かな眼差しで見やった。


「も、申し遅れました。あの、この度、医療忍者としてこの部隊に配属されたカブトと申します」

慌てて名乗るカブトを、無梨甚八はどこか値踏みするように見つめると、やにわに口を開いた。

「それは…本当の名、か?」
「……ッ、」

忍びであるが故に偽名を使うことは大いにある。
故の質問だったのだろうが、カブトはその問いに咄嗟に答えられなかった。

何故なら、カブトという名は借り物。
本当の名は、記憶喪失が原因で失ってしまったのだから。


「あ、当たり前じゃないですか」

ハッとして慌てて答えるも、奇妙な間を置いてしまった。怪しまれたのではないかと冷汗をかく。

カブトをじっと見下ろしていた無梨甚八は、眼帯で隠されていない瞳を細めた。
その眼はどこか、青みがかっていた。


結局、無梨甚八は再不斬に呼ばれて、カブトから離れて行ったが、あの瞳の色を、カブトは忘れられなかった。
それから他の国に渡り、岩隠れの里で諜報活動をしていた現在も。





















孤児院を出て五年。
もう一度、マザーに会いたかったな。

スパイだとバレて、岩隠れの忍びに囲まれている絶体絶命の状況で、カブトは切に思う。
荒い息遣いを整えながら、そう願ったカブトはこの時、頭上から迫る人物に気がつかなかった。


「…がッ」

クナイが刺さる。
頭上の岩崖から降ってきた岩隠れの忍び。そいつが放ったクナイを避けられず、カブトは苦悶の表情を浮かべる。
振り返り様にチャクラを帯びた手刀で反撃しようとしたカブトは、直後、動きを止めた。

「…えッ、」

厚い雲間から月が覗く。
月光射し込む中で、カブトは眼を見張った。

「そんな…」

己を殺そうとしている岩隠れの忍び。
その顔は今まさに会いたいと思っていた相手だった。

「ま、マザー…!?」

致命傷を負いながら、カブトは叫ぶ。
己に名を、眼鏡を、居場所を与えてくれた孤児院のマザーである薬師ノノウ。
しかしながら会いたかった人物は、非情にもカブトへクナイを振り上げた。

「マザー!僕だよ、カブトだ!!」

襲い掛かってくるノノウへ、カブトは声を張り上げた。
カブトに与えた眼鏡の代わりに新しい眼鏡をかけているノノウは、カブトという名にピクッと反応する。

動きが止まった彼女にホッとしたのも束の間、カブトはノノウの次の言葉に衝撃を受けた。



「────誰なの?」


カブトの顔が見えているはずなのに、ノノウは眼鏡の奥の瞳を冷ややかに細める。
その視線は明らかにカブトを敵視していた。

「カブトの名を騙るなんて…!」

自分をカブトだと認識してくれていない。
呆然と立ち竦むカブトは、敬愛するマザーが襲撃してくる光景を信じられない面持ちで見やった。顔を見てしまった手前、彼は反撃できない。隙だらけのカブトを訝しげに睨みながら、好機とばかりにノノウは一気に相手の懐に飛び込んだ。


ノノウの敵意が込められたクナイがカブトの身体に吸い込まれるように刺さる。
同時にその刃物は、否、ノノウの言葉はカブトの存在の根幹を突き崩してしまった。


「ど、うし…て…」

自分に名を与えてくれた人。眼鏡を与えてくれた人。居場所を与えてくれた人。
恩人であるノノウ本人に名を問われ、“自分が何者か”というアイデンティティをカブトは完全に見失う。


彼の悲痛の叫びが、聳え立つ岩々の間でむなしく響き渡った。




















「これで…カブトは“根”から解放される…」

致命傷を与え、虫の息であるカブトを見下ろしながら、ノノウはゆらり、立ち上がる。

岩隠れの里への潜入任務。
長期に渡り、“根”からカブトの成長過程を写真で知らされていたノノウは、目の前で倒れ伏す男を見下ろす。

その写真が途中から別人にすげ替えられていることに気づかず、自分とカブトの共倒れを狙う“根”の策略だとも知らず、ノノウは安堵の息を吐く。

これで、カブトは自由だ。孤児院の為を思って“根”に入った優しいあの子は解放される。

カブトを解放する条件として暗殺するようにダンゾウに命令されていた任務。
それを、今、やり遂げたのだ。

今しがたクナイで突き刺したその人物こそがカブト本人だと知らず、岩隠れの忍びとしてナニガシという偽名を長期に渡って使っていたノノウはその場を離れる。


倒れ伏したカブトに音も気配も無く、近寄った存在に気づかずに。


















「…う…」

呻き声をあげながら、カブトは眼を開けた。

ぼんやりとする視界。ぼやける光景に眼を細める。
スッと差し出された己の眼鏡を何の疑いもなく、朦朧とする頭で受け取ったカブトは、やがてハッと飛び起きた。


「────起きたか」

誰かが傍にいる。
警戒態勢を取ったカブトは、やがて己の身体に傷が無いことを理解した。

「…馬鹿な…致命傷だったはず…」

医療忍者だからこそ、わかる。
ノノウから受けたクナイは確実に致命傷だった。

岩陰で見えない人物が、動揺するカブトに素っ気なく答える。

「安心しろ。確かに致命傷だった」

どこも安心できない肯定の返答に、カブトは顔を顰めた。改めて己の身体を見下ろす。
やはり、傷は無い。

「もしかして…貴方が治してくださったんですか?」
「………」

沈黙は肯定。
寡黙な人物に戸惑いつつも、カブトはひとまずお礼を述べた。

「あ、ありがとうございます。ですが、見ず知らずの人がどうして、わざわざ…」

ただでさえ、岩隠れの忍びに追われている身。
今や岩隠れの里のお尋ね者である自分を助けた理由が思い当らず眉を顰めたカブトは、相手の次の言葉に益々困惑した。

「いや…見知っているから助けた。それだけだ」
「…以前、僕と会ったことが?」

カブトの問いに、岩壁に背を預けていた人物がゆっくりと身を起こす。
眼には捉えられない速度で印を結んだその者は、カブトには気づかれずに変化の術をその身に施した。


「そうだな…この姿なら、見覚えがあるだろう」

暗がりから月明りの下に現れた存在。
岩隠れの忍びでもなく、この場にはいないはずの人物に、カブトの瞳の色が驚愕に彩られる。

「霧隠れの里で、一度、会ったな」


霧隠れの七人衆のひとり、無梨甚八。
以前、僅かの時間ではあったが、確かに出会っていた相手の出現に、カブトは言葉を失う。


「何故…貴方が此処に…」
「その質問、そっくりそのまま返す。霧隠れの忍びだったお前が何故、岩隠れの忍びに?」

無梨甚八の問いに、カブトはハッと己の額宛てを咄嗟に隠した。
岩隠れの忍びである証の額宛てを握りしめるカブトを、無梨甚八は暫し見下ろしていたが、やがて「まぁ、俺も同じ穴の狢だがな」と苦笑する。

「どういう…意味ですか?」
「俺もまた、霧隠れの忍びでも無い」

片目を覆い隠す眼帯をそっと外しながら、無梨甚八は────否、得体の知れない誰かは衝撃発言をしれっと答えた。


「無梨甚八ではないからな」









警戒態勢を取りつつも、無梨甚八その人に見える人物を、カブトはまじまじと見やる。

眼帯で覆われていた瞳。
無梨甚八本人なら失っているはずの眼がまっすぐカブトを射抜く。

その青みがかった瞳はどこか、紫色にも赤色にも見えた。


「……無梨甚八でも霧隠れの忍びでもないのなら、貴方は一体誰なんです?」
「そういうお前こそ、誰なんだ?」
「…ッ、僕は───…」

今までカブトという名を支えに生きてきたカブトは、無梨甚八に見えるその誰かからの問いに、ひゅっと息を呑む。
今しがた、自分に名を与えてくれた張本人から、己の存在の根幹を突き崩されてしまったところだ。

もはや、カブトだと名乗ることも出来ない。


「ぼ、ぼくは……」

名前も眼鏡さえも、居場所でさえも、見失ったカブトは、わなわなと唇を震わせる。
血を吐き出すように、彼はボソリと、己自身に問うた。


「ぼくは…いったい…だれ…なんだ…」


自分が何者かわからない。
支えであったノノウからの襲撃は、カブトの最後の砦を崩してしまう。

完全に己を見失っているカブトを、怪訝な視線で見ていた彼が何の気もなく、答えた。


「お前の名は『 』だろう」


は…、とカブトは顔を上げた。
岩壁に再び背を預けている人物は、カブトを静かに見下ろしている。
その表情からは何も窺えないが、確固たる自信が其処には確かにあった。

「なにを…根拠に…」

初めて聞いたはずなのに、得体の知れない誰かが告げた名は、確かにカブトの胸を強かに打った。
懐かしいとさえ感じる。
その名はカブトという名よりも己にしっくりと合っていた。

「ど、どうして…何故!!そんなことを言える!?どこでその名を…!?」
「先ほど、お前の傷を治した際、勝手ながら記憶を覗かせてもらった。お前自身は憶えていなくとも、その脳には確かに思い出として残っているものだ」

どうしても思い出せなかった名をあっさり答えた存在に、カブトは詰め寄った。
だが相手は飄々とした雰囲気で、取り去った眼帯を手持ち無沙汰に手のひらでもてあそぶ。

「お前の記憶は確かに、六歳以前は曖昧だった。記憶喪失は大きなショックが大半の原因。名前がわからないとなれば幼少期、何かの災害か人災に巻き込まれたのだと推測される。家族を失ったか、街を失ったか…もしくは両方か。それを考えれば、自ずと見えてくる。“桔梗峠の戦い”だ」

理路整然としているようで、矛盾している相手の言葉をカブトは呆然と聞いていた。


あの時、戦災孤児はたくさんいた。
その中で自分の名を引き当てるなんて、砂漠から一粒の米を探し当てるようなモノ。
それをあっさり看破してみせた男を、カブトは呆けながら見やった。

(まぁ、名前がわかったのは、本当は別の理由があるがな)

心の中の呟きは口には出さず、無梨甚八の姿をした人物はカブトを見つめる。

「信じる・信じないはお前の判断に任せる────ああ、そうか」

不意に、視線を虚空へ向けた人物を、カブトは胡乱な目つきで見上げた。

「…なんです?」
「念の為に、先ほどお前をクナイで刺した相手を影分身に監視させていたんだが…その報告が今、届いた」
「…マザー、を…?」

ビクリと肩を跳ね上げるカブトを、男は無表情で見返す。

「自害した」
「な、なんだって…!?」

得体の知れない誰かにもかかわらず、カブトは相手の胸倉につかみかかる。
その必死の形相を、何の感情も窺えない青い瞳で見返しながら、男は更に続けた。


「影分身が聞いた話では…お前と、お前が言うマザーというくノ一は、“根”に嵌められたようだ。お前とあの忍びをずっと監視していた“根”の忍び…大蛇丸が最期の土産にと、くノ一に真実を語って聞かせていたらしい」


ノノウとカブトは“根”にとって危険人物と見なされ、最初から共倒れするよう仕組まれていたのだ。
カブトを“根”から解放する条件として、ある男の暗殺をダンゾウから命じられたが、その男こそカブト自身。
写真でカブトの成長過程を知らされていたノノウは途中からその写真が別人にすげ替えられていることに気付かずに、カブト本人を狙い、そして息の根こそ止めなかったものの致命傷を与えたのだ。

暗殺対象を倒し、ようやくカブトを解放できると安堵しながら潜伏している岩隠れの里へ戻ったノノウの許に、“根”の命令でカブトとノノウをずっと監視していた大蛇丸が現れる。

そこで無情にも、大蛇丸は彼女に真実を告げたのだ。
名と眼鏡と居場所を与えた相手に、今しがたお前は致命傷を与えたのだと。


カブトの才能をもったいなく思っていた大蛇丸は、彼女を糾弾し、ノノウ自身は自責の念からその場で自ら命を絶った。



それが、ノノウを監視していた影分身からの報告だ、と得体の知れない誰かはカブトに淡々と語った。

「スパイも、優秀過ぎると考えものだな…」
「………」

ノノウが自分を憶えていなかった理由も、自身を狙った原因も、“根”が自分とノノウを処理しようと企んでいた事実も、カブトは理解できた。
理解はできたが、納得はできなかった。

「里の為に長い間、命がけで情報を集めさせておいて…ッ、その結果がこれか…!」


情報は時として、強力な武器や術よりも強い力を持つ。
スパイとして知り過ぎたノノウとカブトは、“根”の企みにより共倒れするように最初から仕組まれていた。
そうして、万が一生き残ったほうを始末する為に“根”より遣わされた忍びが大蛇丸だったのだ。


「何があっても僕の姿を忘れない親がマザーのはずだったのに…!“根”のアイツらのせいで、何もかも無茶苦茶じゃないか…!!」

激昂するカブトを、男は静かに眺めている。
やがて、無梨甚八に似た誰かは、怒りで肩を震わせるカブトへ、ただ一言、述べた。


「俺はお前を憶えている」
「……っ、」
「霧隠れの里で一度しか会わなかったが、それでも憶えていたからこそ、お前を助けた」


顔を伏せていたカブトはゆっくりと視線を男に向けた。
だが、その時、目の前に佇んでいるのは、無梨甚八でも、それに似た姿の男でも無かった。


「あなたは…いや、君は…」

眼鏡の奥の瞳を大きく見張り、カブトは食い入るように、寸前まで己と話していた誰かを凝視する。
射し込んでくる天からの月の光が、カブトよりずっと背が低い相手の姿をぼんやりと浮き上がらせた。


両頬に髭のような三本の痣があるが、それすら愛嬌に見えるほどの愛らしい顔立ち。
月光に照らされ、さらさらとなびく眩い金の髪。

そして、赤色にも紫色にも角度によって変わる、青の瞳。


「君は、いったい…」

己よりずっと若く、幼く、小さな子どもへ、カブトはおそるおそる問いかけた。


「何者…なんです…?」


カブトの質問に、金の髪の小さな幼子は何の感情も窺えない声音で淡々と答える。
その物言いは、確かに、先ほどまで其処で佇んでいた無梨甚八と同じものだった。





「ただの…───忍びだ」


無梨甚八に変化していたうずまきナルトは、知らず知らずのうちに畏敬の念を抱くカブトの前で、ただ一言、そう口にした。
 
 

 
後書き
タイトルはカブトの本当の名前です。
カブトとナルトの出会い編は次回まで続きます。本当は一話にまとめたかったんですが、いつもの一話の文字数にしては長すぎるので…

無梨甚八の姿に変化している理由は、また後ほど…

突然ですが、やむを得ない諸事情により、改名し、Twitterも削除致しました。
大変ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願い致します。


 

 

三十八 名前

(やっと────見つけた…ッ)

その姿を認めた瞬間、カブトは歓喜に打ち震えた。

黒地に、赤き雲。

漆黒の外套を身に纏う小柄な人物に、カブトは眼鏡をかけ直すふりをして、顔を手で覆う。
手の下に潜む顔には、隠し切れない歓喜の色が溢れていた。




『 』。

その名は、全てを失ったカブトの唯一の救いだった。
天から差し伸べられた蜘蛛の糸だった。
自分は自分であるという自己認識を確立してくれるものだった。
アイデンティティそのものだった。

だから、薬師カブトは彼を捜す。捜し求める。
失われた名を返してくれた、思い出させてくれた、あの救い主を。

己よりずっと若く、幼く、小さな子ども。
金の髪の幼子の行方を追い続ける。

「自分は何者かわからない」と常に焦燥感を募らせ、ひたすらアイデンティティの確立を望んだカブトの願いは今や、違っていた。





カブトに己の本当の名を教えてくれた金髪の子ども。
無梨甚八に変化していた幼子の行方を、カブトは追っていた。
何者なのか、という問いに「ただの忍びだ」と簡潔に答えた小さなその子はそれから忽然と姿を消した。


「もうお前は自由だ。“根”に従う必要もない。好きに生きろ」

その一言だけを残し、子どもは掻き消えた。

夢か幻か、と思えるほど、あっさりした別れにカブトは暫し呆けていたが、やがてハッと我に返る。

結局のところ、あの子どもが何者なのか、自分は知らない。
ましてや名前すらわからない。

好きに生きろ、と言われた手前、カブトは“根”に戻るつもりは毛頭なかった。
ましてや木ノ葉の里へ帰る気も失せていた。どちらにしても木ノ葉に戻れば、“根”のダンゾウに気づかれる。

それよりも、カブトの興味はあの子どもに向いていた。

情報は時として、強力な武器や術よりも強い力を持つ。
スパイとして優秀なカブトは情報を駆使し、あの子どもの行方を捜し続けた。

無梨甚八の遺体が見つかったという情報を手掛かりに、以前潜入していた霧隠れの里へ向かう。
深い森奥に隠されていたという遺体。それは確かに無梨甚八本人のものであり、変化の術が掛けられている様子もなかった。
犯人が誰かわからないという話だったが、スパイとしてそっと遺体を確認したカブトは気づいた。かつて所属していたからわかる。

殺され方が“根”の連中の手口だという事実に。

ならばあの子どもは“根”に殺害された無梨甚八の遺体を咄嗟に隠し、成り代わったというのだろうか。
いったい、何の為に。

────己の正体を隠す為だろうか。

あんな幼い子どもがあれほどの知識・術・力を手に入れている。
それを隠す為に、或いは己の本当の姿を見られないように、大人の忍びになる必要があったのではないか。


様々な推察をしつつも、カブトはひたすら名の知らぬ子どもを追う。
以前は“根”のスパイとして渡り歩いた五大国。あの時は“根”の狗としてただ、情報を集めていたが、今は違う。

目的があった。
そして、カブトはその目的にようやく出会う。

それはもはや、運命と言っても過言では無かった。










『赤砂のサソリ』。
音を消し、匂いを消し、己を消す────まるで俺の傀儡のようだ、とサソリに気に入られ、カブトはある組織に入り込んだ。

『暁』。
各国の抜け忍たちで構成され、構成員のほとんどがS級犯罪者とされる謎の組織。


謎に満ちたあの金髪の子がいるとすれば此処ではないだろうか、と推理したカブトの勘は当たった。

サソリとツーマンセルで組んでいた大蛇丸が、カブトの姿を見て、一瞬、驚く。
直後、愉しげに「生きていたのねぇ…」と呟く大蛇丸の値踏みするかのような視線に、サソリは顔を険しくさせた。

「おい…大蛇丸てめぇ…なんだ、その眼は?」
「あら?ただ、良い駒を拾ったものね、と感心していただけよ。貴方の傀儡よりも役に立ちそうじゃない」
「……それは俺への侮辱か?」

傀儡の天才造形師であるサソリに対しての大蛇丸の物言い。
己が造る傀儡を馬鹿にしているような口調を耳にして、サソリは傀儡人形『ヒルコ』の中で顔を顰める。

「前々から気に入らなかったが…よほど死にてぇらしいな」
「貴方の傀儡になんて願い下げだわ」
「ハッ、安心しろ。カサカサの蛇の抜け殻なんざ、傀儡の材料にもなりゃしねぇよ」

売り言葉に買い言葉。険悪な空気を感じ取って、カブトはその場からそっと後退した。
途端、サソリは傀儡人形『ヒルコ』の口許を覆っていた布を取り払った。


口の開閉部分から、数多の毒針が大蛇丸目掛けて飛び交う。
それを蛇の如き柔軟な動きで回避した大蛇丸は、服裾から蛇を口寄せする。蛇は『ヒルコ』の尾を締め付け、その動きを止めた。
だが、そこで終わるサソリではない。

黒衣の裾から射出した筒。一見、木の棒に見えるそこから、再び毒針が飛び交う。
蛇で『ヒルコ』の尾を取り押さえている大蛇丸は、くっと口許に弧を描いた。笑った口から飛び出した蛇。
数多の蛇が咥える刀が、数多の毒針を弾く。

地面に刺さる毒針と、蛇の刀。針地獄と化したその場には、毒針に串刺しにされた蛇の躯があちこちに横たわる。
攻防一体の傀儡『ヒルコ』の中で、サソリは獰猛な笑みを口許に湛えた。

片や、周囲の砂を赤い血で染めた傀儡師。
片や、獲物に狙いを定める狡猾な蛇。


一時の沈黙の後、双方が動いた。決着をつけんと、同時に仕掛ける。

直後、カブトの眼は目の前の戦闘よりもある一点に釘付けになった。



「────いい加減にしろ」


刹那、大蛇丸の蛇が瞬く間に消し炭と化し、サソリの傀儡人形『ヒルコ』が完膚なきまでに粉砕された。
弾き飛ばされた毒針がカカカッ、と地面に突き刺さる。


一瞬で破壊された傀儡人形の中で、本体であるサソリが驚愕の表情を浮かべた。
同じく、愕然とした大蛇丸がすぐさま地を蹴る。

サソリと大蛇丸。両者と同じ黒衣を身に纏った存在がふわりと音もなく降り立つ。
ただ、その身体は大蛇丸やサソリに比べると随分小さく、小柄だった。

にもかかわらず、あれだけ険悪な空気を醸し出していた二人は、その存在に気圧されるかのように一歩退く。
割って入ってきた存在から距離を取り、大蛇丸は両手をあげて降参のポーズを取ってみせた。

「ごめんなさい。ちょっとしたじゃれ合いよ」
「お前らのじゃれ合いは洒落にならんだろうが」

全身を漆黒の衣で覆う小柄な人物が呆れたように肩を竦める。
フードの影から垣間見える双眸が、大蛇丸とサソリを非難していた。

その眼を、カブトは知っていた。
赤色にも紫色にも角度によって変わる、青の瞳。


ふと、突風が吹いて、目深に被っていたフードが取り払われる。

さらさらとなびく金の髪。
両頬に髭のような三本の痣があるが、それすら愛嬌に見えるほどの愛らしい顔立ちが、カブトを認めて、ほんの一瞬、驚きの表情を浮かべた。
だが、それを悟られず、彼はサソリに向き合う。


「すまないな、お前の傀儡を壊してしまって」
「ム…俺自身を壊されるよりはマシだ」

かつて本体である人傀儡の己自身を完膚なきまでに破壊されたサソリは、砕かれた『ヒルコ』から気まずげに抜け出す。
若々しい十五歳の容姿を惜しげもなく晒し、溜息をつきながらサソリは周囲を見渡した。

「あ~あ…もっと頑丈に造らねぇとな」

傀儡『ヒルコ』の破片を見下ろして肩を竦めたサソリは「おい」とカブトに声をかける。

「『ヒルコ』の破片を集めろ」
「……………」
「おい、聞いてんのか?カブト」
「……は、はい…!すみません…っ」

呆然と立ち尽くしていたカブトはサソリの声で我に返る。
命令通り、『ヒルコ』の散らばった破片を拾いながらも、カブトの全神経と意識は突如現れた子どもに向いていた。



(やっと────見つけた…ッ)

その姿を認めた瞬間、カブトは歓喜に打ち震えた。

黒地に、赤き雲。

漆黒の外套を身に纏う小柄な人物を前にして、カブトは眼鏡をかけ直すふりをして、顔を手で覆う。
手の下に潜む顔には、隠し切れない歓喜の色が溢れていた。




















「……自由に生きろと言ったはずだ」


『暁』の外套を風に靡かせる小さな子ども。
崖の上から眼下の森を俯瞰していた彼の後ろにそっと近寄ったカブトは、求めていた存在の一言に、即座に返した。

「ええ。だから自由にアナタを捜したんです」


『暁』に加入したカブトはずっと機会を窺っていた。
子どもと対面できる機会を。

サソリの眼を盗み、大蛇丸の視線を避け、そしてようやくカブトは子どもと二人きりになれた。

振り返らずの子どもの言葉に、自分を憶えてくれていたのだ、と安堵し、カブトは口許に笑みを浮かべた。
カブトの率直な返答に、子どもは振り返る。金の髪の合間から覗く瞳が訝しげに細められた。

「“根”から解放された身。何処へでも行けたはずだ」

“根”のスパイとして五大国を渡り歩いたカブト。今や、彼はノノウに殺されたと“根”は見做している。
一方のノノウも大蛇丸が糾弾したせいで、自責の念から自ら死んでいる。
“根”の命令でカブトとノノウをずっと監視していた大蛇丸の発言により、助けようとしていたカブトを自身が殺してしまったのだという真実を知り、亡くなったノノウ。

故に、あの状況で身を隠せば、カブトは自由に生きることができた。


しかしながら、よりにもよって、木ノ葉の里から抜けた大蛇丸がいる『暁』に、カブトはやって来たのだ。
何故、自ら虎穴に入ってきたのか。

理解に苦しむといった風情で、眉を顰める小柄な背中に、カブトはずっと聞きたかった問いを投げた。


「君の名を、教えてください」

カブトに本当の名を返してくれた、思い出させてくれた、アイデンティティを確立させてくれた。
その崇高な存在に、名を問う。

自分にだけ名をくれて、彼の名を知らない事実がカブトには許せなかった。

「君の…本当の名前を、知りたいんです」

カブトの切なる問いに、そこでようやっと子どもは振り返った。
緊張し、ごくりと生唾を呑み込むカブトを見据える瞳には、何の感情も窺えない。


どれほどの時間が経っただろうか。
辛抱強く、じっと待ち続けるカブトに折れ、子どもは溜息をつくと吐き捨てるように答えた。


「────うずまきナルトだ」
「……うずまき…ナルト、くん……」

その名を、カブトは大切に噛み締める。
素っ気ない態度を取る子どもの──ナルトの様子など気にも留めず、カブトは心の底から歓喜した。
同じ『暁』の外套が崖から吹き荒れる風に大きく靡く。


カブトの運命の歯車は、その瞬間から回り始めた。




















「大蛇丸が僕を勧誘してきましたが、如何しますか?」

『暁』入りをして数日も経たないうちに、接触してきた大蛇丸に関して、カブトはナルトに伺いを立てる。

“根”から抜け、木ノ葉から抜け、『暁』に入った大蛇丸は、カブトの生存を喜んでいた。
てっきりノノウに殺されてしまったのだと思い込み、彼女を糾弾し、死に追いやったのも、カブトの才能が惜しかったからである。
故に、カブトが生きて、更にサソリの部下として『暁』に入ってきた事は、大蛇丸にとっても都合が良かった。


「サソリのことをスパイしろとの話ですが…」

高い木の上。
幹に背を預け、己の瞳と同じ青い空を見上げていたナルトは、傍らの木陰から投げられた言葉を耳にして、視線をそのままに口を開く。

「そうだな…大蛇丸はいずれ『暁』を抜けるだろう。その時に、何をしでかすかわからないからな」
「承知いたしました」

言外に、大蛇丸のほうへつけというナルトの言葉を即座に悟り、カブトは了承の意を示す。
従順にこうべを垂れるカブトを、ナルトは胡乱な眼つきで見遣った。


「何度も言っているが、俺に従う必要など無いんだぞ?『 』」
「いいえ。僕の主人は貴方だけです。本当の名を呼んでくれる貴方だけが、僕の主だ」

二人きりの時は、カブトという名ではなく本当の名を呼んでくれるナルトに、感謝の念と共に、再び頭を下げる。
自身よりもずっと背の高いカブトを、ナルトは見上げていたが、やがて深く溜息をついた。


「………好きにしろ」

素っ気なく答えると、ナルトはカブトに忠告めいた言葉を投げた。

「だが、俺のことは表向き、嫌悪していろ」
「……わかっています」

ナルトとカブトの繋がりを周囲に悟られるわけにはいかない。
渋々承知するカブトを見上げ、ナルトは面倒くさそうに眼を細めた。

いい加減、周りに会話を聞かれる危険性を考慮せねばならない。
自分と相手にしか声が聞こえない【念華微笑の術】を編み出したナルトは、カブトにその術を教えると、やにわに木からひょいっと下りた。



「ナルトくん。仕事だ」
「ああ」

高所からいきなり降下したにもかかわらず、音もなく地面に降り立ったナルトは、さりげなく、カブトの姿が見えない術を施して、声をかけてきた相棒の許へ向かう。

その効果のほどは、どれほど瞳術に優れている者でもなかなか気づけない。その術を降下中に施した事からもナルトの力量が窺えた。
術で姿が見えないように施されているとは知らず、カブトは木陰に潜みながら、ナルトの傍らにいる人物を睨みつける。


うちはイタチ。
カブトと、そして大蛇丸と同じく木ノ葉から抜け、若くしてその才能を『暁』に見せつけている青年。


ナルトの相棒であるイタチは、『暁』の黒衣を翻して隣に佇む小柄な子どもを見下ろしている。

「長期任務か?」
「いや。君と俺なら一日で終わるだろう」
「そうか」

身長差はあれど、その実力はどちらも折り紙つきだ。
ナルトと気兼ねなく会話するイタチを、カブトは人知れず睨みつける。
カブトの視線を背中に感じたナルトは、彼の存在をイタチに勘付かれないように話題を振った。

「チャクラ量が普段より少なく見えるが?」
「ああ。先ほど、大蛇丸にね…」
「またか」

うちは一族の『写輪眼』を目当てに度々奇襲してくる大蛇丸を蹴散らしたばかりのイタチの溜息雑じりの返答に、ナルトは面倒くさそうに頭を掻いた。

「なら、お前は飯でも食って待っとけ。任務は俺がする」
「そういうわけには…」
「大蛇丸にチョッカイかけられたばかりなんだろ」

一蹴したとは言え、大蛇丸を相手にしたとなると多少のチャクラは使う。万全の状態ではないイタチに、ナルトは小さな布を投げた。
布に包まれたソレを見て、寸前まで遠慮していたイタチの頬が僅かに緩む。

「具は?」
「……昆布だよ」

渡された握り飯をほくほくと懐に入れるイタチに、ナルトは呆れた口調で溜息を零した。

「お前、ほんと…昆布のおむすび、好きだよな」



ナルトと並んで歩くイタチの背中を、木陰から睨んでいたカブトは、やがてその場から立ち去った。
イタチに返り討ちにされたということは現在、大蛇丸は負傷している。その怪我を医療忍術で癒し、大蛇丸の警戒心を緩ませ、その懐に飛び込む良い機会だ。

イタチへの嫉妬はあれど、最優先事項を忘れないカブトは自身を大蛇丸に信用させるべく、動き始めた。















大蛇丸が『暁』から抜け、音隠れの里をつくり、『木ノ葉崩し』を起こす中、カブトは彼の従順な部下として振舞い続ける。
久方ぶりの木ノ葉の里で中忍試験を受けた際に、大蛇丸からもたらされた忠告に、カブトは内心せせら笑った。

「ナルト君にちょっかい出すのは止めておきなさい。お前じゃ彼には敵わないわよ…」


その台詞に、何を今更、とカブトは失笑する。
大蛇丸以上に至高の存在であるナルトに自分が敵うわけがない。

そんな事実、とっくの昔から知っていた。





そして、中忍本試験が開幕される数日前。

『木ノ葉崩し』をするにあたって、砂との密会を木ノ葉の忍びたるハヤテに覗かれたことを大蛇丸に非難され、危うく命の危機に瀕したカブトは、急に現れた敬愛する本当の主の声に戸惑う。

砂との密会を覗かれたことは自分の失態だ。ナルトのお手を煩わせるわけにはいかない。

大蛇丸の手前、嫌悪するふりをしてカブトはナルトを退けようとする。だがナルトは素知らぬ顔で、大蛇丸と真夜中のお茶会と称して自白剤入りのお茶を飲み干した。
即効性の強力な自白剤を物ともせず、しれっとカブトを救うと、ナルトは立ち去る。

ナルトに迷惑をおかけしてしまったと内心恐縮しつつ、それを億尾にも出さずに、カブトは大蛇丸の前で嫌悪感を露わにした。『暁』にいた頃からナルトが苦手だというカブトの演技に騙され、大蛇丸は二人の繋がりに気づかない。

滅多に顔を合わせないものの、時折、自身をさりげなく助けてくれるナルトにカブトが益々傾倒している事実など、大蛇丸は知らなかった。


それこそ、完全に信用させ、実験体の管理・治療だけでなく、薬物を使用した大蛇丸本人の肉体の調整をカブトに任せるまで。
大蛇丸の片腕の座に君臨したカブトの本心を、大蛇丸本人は知らなかった。















「暁のサソリは来ない」


窓から射し込む月光。
実験に熱中していたカブトは、突然降ってきた声にハッと我に返った。

【念華微笑の術】で幾度かやり取りはしたものの、実際に会ったのは久方ぶりだ。
待ち望んでいた声音に、カブトは眼鏡の奥で瞳を輝かせた。

「……頬に血がついてるぞ」

カブトが何か言う前に、窓辺に腰掛けたナルトは指摘する。
先ほどまで遺体を取り扱っていた為、頬に浴びた血をカブトは慌てて拭った。

「十日後の天地橋。其処でサソリと落ち合う手筈になっていただろう」

サソリと大蛇丸。双方をスパイしているカブトに、ナルトは確信めいた言葉を投げる。

以前、ナルトに【念華微笑の術】でカブト自身が報告した事柄だ。
何かあれば逐一報告している故、ナルトが知っているのは当然であった。


「えぇ。それがなにか?予定変更ですか?」
「サソリと木ノ葉隠れの忍びが衝突した結果、情報を漏らした。来るのは木ノ葉だ」
「そうですか…」

事前に天地橋に来るのが木ノ葉の忍びだとナルトから知らされ、カブトは眼鏡を軽くかけ直した。
衝撃の知らせを聞いても、カブトは慣れた様子で試験管を振る。

試験管の中で揺れる液体がどす黒い色から透明な色へ変化してゆく様を眺めながら、カブトは訊ねた。

「それで?それを僕に言うということは、大蛇丸様には前以って知らせて良いという事ですか?」
「木ノ葉は伏せろ。言うのはサソリだけでいい」

磨り潰した粉を丸く捏ねながら、カブトは思案顔を浮かべた。そして得心がいったように、笑う。

「なるほど。サスケくんに、僕と大蛇丸様の会話を聞かせるわけですね」
「察しが良いな」

木ノ葉の忍びが『暁』の罠ではないか、と勘繰って天地橋へ向かうのを躊躇するのを防ぐ。
その為に、あえて大蛇丸の許へ忍び込んだうちはサスケに、会話を聞かせる必要がある。
カブト自身がサソリと落ち合う手筈だったと大蛇丸に語っていることを耳にすれば、当然、スパイであるサスケの口から五代目火影の耳にその情報が入る。

それをも見越してのナルトの発言に感嘆しながら、カブトは手元の薬に視線を落とした。


「出来ました。これが例の兵糧丸です」

天地橋へ赴く際、木の葉の忍びに雑じって、“根”からは鬼童丸・右近/左近が派遣される。
その際、右近/左近の内、一方は大蛇丸を騙す為に、鬼童丸に変化し続けなければならない。だが変化の術をし続けるとなるとチャクラがもたない。

故に、チャクラ増強剤としての丸薬をつくるようにナルトに頼まれていたカブトは、ようやく仕上がった丸薬を指でつまむ。一見、ただの兵糧丸だが、チャクラを増やし蓄える効果を持つ丸薬だ。
それらに不備がないか確認してから、カブトは丸薬をナルトに手渡した。

「貴方自らがわざわざお出でにならずともよかったのに」
「大蛇丸の眼を盗んでアジトから出るのは至難の業だろう?それに、顔を見に来ただけだ」
「そ、れは……大蛇丸様ですか?それとも、僕個人ですか?」
「後者だ」

丸薬を取りに来るという目的があるとは言え、自分の顔をわざわざ見に、大蛇丸のアジトへ人知れず訪ねてきたナルトに、カブトは口許を緩める。

「安心してください。僕ほど忠誠心が篤いものはおりませんよ」

幾度となく、大蛇丸に語った詭弁を、ナルトには本心から告げる。
一途に己に従うカブトへ、ナルトは苦笑を零した。

「眼鏡が曇っているんじゃないか?最初に言っただろう。俺はただの忍びだ」

盲目的だと言外に指摘するナルトに対し、カブトはかぶりを振る。
己は理性的な判断は出来ている。“根”から解放され、自由に生きろとナルトは言った。

だから自由に生きているだけだ、と答えるカブトに、ナルトは眉間を指で押さえる。


「…とにかく。天地橋へ向かえば、木ノ葉の忍びと右近/左近・鬼童丸との戦闘は免れない。お前の役目は鬼童丸達が死んだと見せかけることだ」

ナルトの言葉に耳を傾けながら、カブトは右近/左近・鬼童丸と同い年くらいの遺体を巻き物にストックしておくことを脳裏に焼きつけた。

「…大蛇丸様を更に信用させるのですね?」

裏切者には死を。元・音忍である彼らを殺し、大蛇丸への忠誠心を示す。
故に、右近/左近・鬼童丸には死んでもらう必要がある。そう、彼らそっくりに整形した遺体とすり替えることで。

月の光を浴びて、キラキラと輝く金の髪をカブトは見上げる。
視線の意図を察して、ナルトは口を開いた。


「頼んだぞ────『 』」
「はい。お任せください」


カブトの本当の名前を告げたナルトへ、深々と叩頭する。
顔を上げた時には、ナルトの姿は何処にも無かった。

窓から射し込む月の光が試験管に反射する。丸薬が消えている事だけが、寸前までナルトがいた証拠であった。













あの時、自分の本当の名を知った瞬間、カブトの願いは変わった。
己のアイデンティティの確立を望んでいた彼の望みは、今や違う。
カブトの現在の願い。

それは、うずまきナルトの中で、己の存在が絶対的になる事。
それだけを望んでいた。
 
 

 
後書き
カブト視点。
今までの話の伏線を回収してます。
上の十五話の「交渉」・三十二話の「真夜中のお茶会」、下の二十七話の「的」と比べてみると面白いかもしれないです。
あと、イタチさんの好物は昆布のおむすびと知って、つい…(笑) 

 

三十九 好敵手

 
前書き
前々回と前回のカブトの回想から、ようやく現実の話へ戻ってきました。
サクラといのが対峙する場面と、大蛇丸を逆に乗っ取ったサスケとカブトが対峙している場面からです。
前々々回の続きからになります。短いですが、ご容赦ください。

 

 
崩壊した廃墟に、舞う桜。

それはどこか幻想的な光景だが、時折、刃物と刃物がかち合うかのような金属音が、この場が戦場だという現実を突きつけていた。

桜吹雪の中、金色の髪と桜色の髪が踊る。
巨大な猫を足場に繰り広げられる戦闘は、波風ナル・奈良シカマル・ヤマトの介入を決して許さない。
二人だけの不可侵な戦はおよそ、くノ一同士の争いとは思えないほど激しいものだった。


「こ、のお…!!なによ、その馬鹿力!?」

数多の武器を投擲する。
忍社会においても屈指の忍具取り扱いの店から購入した武器は一般の忍具より遥かに殺傷力が高いはずなのだが、それらを己のライバルは尽く弾いてゆく。

それも、素手でだ。

飛んできたクナイを腕力で弾き、瓦礫を蹴って勢いを削ぎ、更には粉砕してゆく山中いのを、春野サクラは信じられない面持ちで見遣った。


「ア、ンタこそ…!!いつからこれほど高度な幻術、使えるようになったのよ!?」

投擲された武器を弾こうとして拳を繰り出す。瞬間、目の前の武器が桜の花びらへ変わる。
幻術だと理解した瞬間、桜の花弁の間を縫って飛んできた本物の武器を、いのは慌ててかわす。

頬を掠めて背後へ飛び去る武器を眼で追いながら、いのはチッと舌打ちした。頬に流れる一筋の血を拭う。
同時に、サクラが口寄せした猫又がいのを襲う。巨大な猫の猛攻を避けながら、いのは印を結んだ。

「すっこんでなさい!!【心乱身の術】!!」
「させるか!!【魔幻・樹縛殺】!!」

敵の精神を狂わせる術を食らわせようとするいのに対し、サクラが即座に術をし返す。
途端、いのの腕に大樹の蔓が絡みつく。大樹が絡みついて縛られる幻像を視せられているのだ。

かつて木ノ葉でサクラが、幻術のエキスパートである夕日紅から教わった術である。

【心乱身の術】の印を結び終わる前に、動きを止められたいのが唇を噛み締める。
猫又の精神を狂わせて手駒に出来なかった事を悔いるよりも先に、彼女は幻術からの解放を最優先とした。

「舐めるな!!」

己の馬鹿力で、自らの太ももを殴る。折れてはいないが相当の痛みがいのを襲った。
力技だが、効果的な方法で痛覚によりサクラの【魔幻・樹縛殺】から無事抜け出せたいのは、バックステップでサクラから距離を取る。


「力に物を言わせてるわね…いつからそんな暴力女になったのかしら?」
「あ~ら?それはこっちの台詞よ。数に物を言わせて武器を投げるわ、幻術を潜ませるわ…いつからそんなせこい女になったのかしら?」


サクラといのの言葉の応酬に、完全に蚊帳の外だったナル・シカマル・ヤマトは内心震え上がる。


「サクラちゃんといの…こえぇ…!!」
「ナル…おめーは頼むから、あーゆー感じにはなってくれるなよ。めんどくせーから」

貌を引き攣らせるナルに、シカマルは心の底から懇願した。










大蛇丸が根城にしているアジトを突き止め、そこに潜入した波風ナル・奈良シカマル・ヤマト。
そこで、木ノ葉の里を抜けた春野サクラと衝突していた矢先、山中いのが介入してきたのだ。
それからはすっかり置いてきぼりにされた三人は、くノ一同士の戦闘の傍観を余儀なくされていた。

「あの子がサクラの相手をしてくれるなら、僕達はサスケくんを捜すことを優先したほうが良いのではないかい?」

うちはサスケがスパイとして大蛇丸の許へ下ったことを知らないヤマトがそう提案する。
同じく知らないナルは当初の目的を思い出して、ハッとした顔で、アジトの奥を睨んだ。

アジトの一部はサクラが口寄せした猫又によって崩壊しているが、辛うじて崩壊を免れている場所はまだ残っている。
蛇の鱗を思わせる長い廊下。
その奥を透かすように睨むナルの隣で、この場で唯一、サスケが木ノ葉のスパイだと知っているシカマルは内心、困り果てた。


サスケを連れ戻すことを目的とするナルとヤマトに反して、シカマルの役目はサスケが潜入捜査を続行できるようにうまく根回しする事だ。
現時点でサスケがスパイだと知っているのは、五代目火影である綱手と、五代目風影の我愛羅、そしてシカマルのみ。
サスケがスパイだとバレないように、真実を知っているシカマルが上手く誘導せよ、というのが五代目火影からのお達しだ。

サスケがスパイだとバレる可能性をなんとか回避せねばならない自分の責任を思って、シカマルは溜息をついた。


「それに、『根』のサイのことも気にかかる」

偽の死体で惑わされかけたものの、『根』の一員でありダンゾウの部下であるサイが大蛇丸とカブトの後を追い駆けていったというのは事実だ。
結局あれからサイの姿は見ていないが、大蛇丸の動向を窺っていた彼が現在このアジトに同じく潜入している可能性は高い。それに、サクラといのの戦闘が過激になってきているにもかかわらず、大蛇丸が何の音沙汰も無いのが逆に不気味だ。


「ひとまず、この場はあの…いのという子に任せて我々は────」
「サスケくんのところへ行こうっての?」


刹那、ヤマトがナルとシカマルを庇うように、印を素早く結んで腕を掲げた。
ヤマトの腕が大樹に変わると同時に、クナイが飛んでくる。それらは瞬時に変化させたヤマトの樹の腕に突き刺さった。

「馬鹿ね!行かせるわけないじゃない!!」

自分もまだ想い人であるサスケに出会えてないのに、という八つ当たり気味な口調で、サクラが猫又に合図する。
サクラの指示に従い、巨大な猫が身体のわりに俊敏な動きで、アジトの廊下へ続く道の前に立ちはだかった。

「そう簡単には行かせてくれないか…」

腕に刺さったクナイを振り落とし、ヤマトが肩を竦める。
同じく戦闘体勢に入ったナルとシカマルの目の前で、猫又が巨大な爪を振り翳した。


迫り来る爪。
地面まで削る猛威は、その瞬間、金色の髪を翻すくノ一によって、止められる。


サクラが眼を見張る中、猫又の爪を真剣白刃取りの如く、掴み取ったいのは、腕に力を込めた。


「うおらあぁあぁあああぁ!!!!」

地面を踏ん張る足が、猫又の巨躯の重さでへこむ。
だがそれを物ともせず、いのは巨大な猫を宙へ放り投げた。

大きく弧を描いて空高く放り出された猫が落下してくる。


ズウウゥゥゥウウン!!!!!!と大きな地鳴りを轟かせて墜落した猫又が目を回す。
それを一瞥し、いのはふんっと鼻を鳴らした。ポニーテールが揺れる。

「いい加減、おとなしく引っ込んでなさい」

目を回した猫又がぼうんっと大きな白煙と化す。
口寄せの術が解けて消えてゆく様を見送りながら、いのはサクラに改めて向き合った。


「お仕置きの時間よ、サクラ。目を覚まさせてあげる」


拳を握り、宣言するいのを目の当たりにして、サクラは瞠目する。
いのの言葉ではなく、金色の髪を結ぶリボンを、彼女は凝視していた。


それは、忍者学校時代、かつていじめられっ子だったサクラがいのからもらったリボン。
忍者学校卒業後、対等なライバルとして認めてほしい、とサクラがいのに返したソレは、今現在、いのの金色の髪を結んでいる。
サクラの動揺を誘うには十分な、燃えるような赤。


かつてはサクラの物であった赤色のリボンが、いのの髪を結んでいる。
ポニーテールの金に映える赤を前にして、サクラは尻込みした。

脳裏に、いじめられっ子だったサクラを庇ってくれた幼きいのの姿が過ぎる。


「歯を食いしばりなさい…!!!!」


だからサクラは、いのの渾身の拳を避けることが出来なかった。




















ズウウゥゥゥウウン!!!!!!
激しく大きな音。

こちらにまで振動で伝わってくる地鳴りに、サスケは動揺した。


「…どうやら、あちらで何か起こっているようだね…大方、木ノ葉かな?」
「なに…っ」

蛇の鱗を思わせる長い廊下。
かつて大蛇丸の自室であった部屋の前で、対峙していたサスケはカブトの一言で眉を顰めた。


大蛇丸に強襲され、【不屍転生】で器にされそうになったものの、写輪眼の瞳力で術を跳ね返したサスケ。
一番の脅威であった敵を覚めることのない眠りにつかせ、逆に乗っ取ることに成功したサスケだが、彼は浮かない顔でカブトを注視していた。

それもそのはず。
てっきり主人を乗っ取られた仇討ちでもするのかと思ったカブトが、何故かサスケに感謝しているのだから。


「さっきの物言いからして、お前の主人は別にいるということか?」
「さて?君にはもう関係ないことだろう?」

警戒心を露わに睨み据えるサスケを、カブトは飄々とした顔で見返した。
回想に耽り、かつての本当の主であるうずまきナルトとの出会いを思い返していたカブトは、意味ありげに視線を轟音が聞こえてきた方向へ向ける。


「それより…いいのかい?君のかつてのお仲間は」

押し黙り、動こうとしないサスケが腰に手をやる。
腰の刀の柄に指が触れる直前、カブトは言葉を続けた。

「僕の巻物に保管しておいた十五・六歳の男の遺体…それのストックが足りなくなってね。だから南アジト監獄の彼女を呼び寄せたんだよ」

サスケの指がピクリと反応する。
里を抜けた自分について来て、南アジト監獄を任された同じ木ノ葉の彼女を思い出し、サスケは益々顔を険しくさせた。

「元・木ノ葉で抜け忍が、仲間だった木ノ葉の忍びと鉢合わせしたら…」


カブトの言葉の続きを、サスケは待たなかった。
すれ違い様に、チッと舌打ちする。

足早に立ち去り、轟音がした方向へ向かうサスケの後ろ姿を見送り、カブトはやれやれと肩を竦めた。

木ノ葉の忍びとサクラが対戦しているこの騒ぎに乗じて、サスケに大蛇丸を乗っ取らせたことだけでなく、この場から立ち去ってもらえるようにサスケを誘導させた彼は、軽く息を吐く。


不意に、聞こえてきた話し声を耳にして、カブトは壁際に身を寄せ、息を潜めた。
話の内容を興味深げに聞く。

壁際で身を潜ませながら、思案顔を浮かべていたカブトは心の内で静かに謝罪した。


(すみません、君の許へまだ帰るわけにはいかなくなったようだよ────ナルトくん)



一途にナルトに従う故に、彼の為になるであろう事柄は率先して行う。
だからこそ、カブトはあえて姿を現した。

『根』の創始者────ダンゾウを打倒する計画を企てているサイとシンの前に。





「その話…僕にも詳しく教えてくれないかい?」
 

 

四十 孤独の先

「……あ、」

陽射しが眩しい。見上げる太陽の光を背に佇む存在を、ナルは眼を凝らして見上げた。
視線の先にはここ数年、ずっと追い求めてきた人物が涼しい顔でこちらを見下ろしている。


サクラ目掛けて振りかざした拳。
それが空振りになって終わった山中いのが、眼を見開く。


春野サクラを間一髪でいのの怪力から救った相手。
最後に見た姿より随分成長し、更に整った顔を惜しげもなく曝している男の名を、波風ナルは呼んだ。

「────サスケ……」
「ナルか…」


見知った顔が揃っている。
その場の面々の顔を一瞥したサスケは、シカマルに眼を留めて、軽く片眉を吊り上げた。

カブトに促され、轟音がした方へ来てみれば、懐かしい顔触れが揃っている。
山中いのに殴られる寸前だったサクラを咄嗟に引き寄せ、高所へ跳躍したサスケは、周囲の視線を浴びながら内心溜息をついた。

「ナルがいるということは、カカシもいるのか?」

同じ七班として木ノ葉で過ごしたナルの姿を認め、サスケは周囲に視線を這わす。
唯一見慣れぬ人物がサスケの探るような目線を受け、一歩前へ踏み出した。


「カカシさんじゃなくて残念だけど、僕が代理だ。これから君と春野サクラを木ノ葉へ連れ帰る。その為に来たんだ」

ヤマトの発言を耳にして、サスケは視界の端で捉えたシカマルの様子を窺った。
素知らぬ顔を貫くシカマルの意味ありげな視線を受け、カカシの代理を主張する見慣れぬ忍びが、大蛇丸の許でスパイをしているサスケの事実を知らないことを察する。

「────遠路はるばる、ご苦労なことだ」

サスケに助けてもらったサクラが怪訝な顔で自分を見つめている。
それを知りながら、サスケは吐き捨てた。あえて丁寧な物言いで挑発する。

「わざわざご足労をかけたのに、残念だったな」

風が吹き荒れる。サクラと、木ノ葉の忍びとの戦闘で一部瓦解したアジト。
剥き出しとなったアジトの上空は突き抜ける青さだ。

ナルの瞳と同じ、澄んだ青い空。
しかしながら美しい青空の下では、不穏な空気が立ち込めていた。




「これより俺は────『暁』に入る」
「………っ、」



今、なんと言った?

ひゅっ、と息を呑む。
ナルの中にいる九尾。それを狙う組織『暁』に行くというのか、サスケは。


言葉を失うナル・いの・ヤマトの横で、シカマルは眉を顰めた。
訝しげな視線を放つシカマルを、サスケはチラリと見やる。

同じく、傍らで愕然としているサクラの隣で、サスケは涼しい顔で言葉を告げた。
それは今しがたの発言と同様、否、更なる驚愕をもたらす言葉だった。



「もう此処には用が無くなった────大蛇丸は俺が消したからな」
「「「「「な……っ!!??」」」」」


今度こそ、五人は言葉を失った。
この場で唯一、サスケがスパイである事実を知り得るシカマルも、険しい顔で自分を凝視している。


大蛇丸を倒したから、『暁』に入る。強くなる為に木ノ葉の里を抜けて、大蛇丸の許へ向かったサスケ。
大蛇丸より自身が上回ったから、更なる強さを求めて“暁”に入ろうとするサスケの行動原理はわかる。

もっとも、そう思うのは、サスケが潜入捜査をしていたという事実を知らない者だけで、スパイだと知っているシカマルにとってはサスケの本意に勘づいていた。


シカマルはサスケを見上げる。
周囲の視線を一身に浴びながらも、彼は涼しい顔でその場の面々の顔を眺めていた。

隣で愕然としていたサクラが我に返ったかのように、サスケに詰め寄る。
自身の服袖を縋りつくように握り締める彼女に、サスケはチラッと流し目で見やった。


「大蛇丸様を倒した?サスケくんが?」
「そうだが?」

簡潔に肯定を返したサスケに、サクラはうろたえる。
けれど、目まぐるしく成長しているサスケの強さに思うところがあったのか、彼女は納得するも、すぐさま質問を重ねた。

「で、でも…“暁”に行くって…そんな、どうして急に?私…何も聞いてな、」
「……なんでお前に話さなきゃいけないんだ?」

疑問に疑問を返す。
言葉を遮られた上、サスケの冷たい眼差しを前にして、サクラは尻込みした。
それでも胸の前で手を握りしめながら、「どうして…」とわなわなと唇を震わせる。

「どうしていつも何も言ってくれないの?いつだってサスケくんは…私に何ひとつ話してくれない…」


サクラに何ひとつ、何も言わず、木ノ葉の里を抜けたサスケ。
相談せず、周囲にもサクラにも誰にも話さず、大蛇丸の許へ向かったサスケを追い駆け、同じく里を抜けた彼女は、聊か非難めいた眼でサスケを見つめた。

共に抜け忍になった身。
家族も友達も捨て、愛するサスケだけを選んだというのに、大蛇丸の許にいても彼はサクラに相談ひとつしない。何も言ってくれない。

今回だってそうだ。

サスケが大蛇丸を倒した。
その事実は衝撃的だが、なにより“暁”に行く等という話を初めて耳にしたサクラは、サスケがどんどん自分から離れてゆく錯覚に陥って、彼に縋るような視線を向ける。


「サクラ…前から思っていたが、いちいち俺に構うな」
「……私ってサスケくんに嫌われてばっかりだね」

突き放すような物言いに、サクラは苦笑した。
あの時から変わらない関係。

ずっと傍にいたのに、木ノ葉の里を抜けて、皆を裏切る行為までしたのに、サスケの心に寄り添えられない自分がなにより彼女は腹立たしかった。


「憶えてる?下忍になって、初めてスリーマンセルのチームが決まった日。ナルのことを馬鹿にした私に怒ったわよね」

耐え切れず、サクラの翡翠色の瞳から涙がポロリと零れる。その一筋の涙が地面に染みをつくるのを、サスケは無表情で眺めていた。

地面にじわじわと増えゆく染み。
サクラの双眸からポロリポロリと零れゆく涙を眺めるサスケの脳裏に、木ノ葉の里でのかつての出来事が思い出されてゆく。


憶えている。
あれは────確か、波風ナル・春野サクラ、そしてサスケが初めてスリーマンセルを組み、サクラと二人きりになった時に彼女と話した会話だった。



両親がいない波風ナルのことを、当時見下していたサクラは「ナルの奴、ひとりで親にガミガミ言われることもないから我儘なのよ」とサスケに言い放った。

あの頃のサクラはとにかく自分にサスケを良く見てもらいたかった。
サスケの同意を得たかった。
ナルの悪口を言うことで彼女より優位に立ち、サスケに自分を見てもらいたかった。

だが、ナルと同様、孤独なサスケには逆にサクラへの苛立ちが増すばかりだった。


「孤独ってのはな…親に叱られて悲しいってレベルじゃないぞ」

ナルを馬鹿にしたサクラを、サスケは「お前、うざいよ」と一蹴する。家族を失ったサスケだからこそ、言える言葉だった。

怒られ、言葉を失うサクラはその瞬間からナルへの認識を改め始めた。




そのきっかけをつくったサスケは、サクラが語るかつての出来事を憶えていながら素知らぬ顔で答える。

「……記憶に無いな」

素っ気ない返事に、サクラはショックを受けた表情でサスケを見上げた。
涙で濡れる翡翠色の瞳から、サスケは顔を逸らす。

「そ、そうだよね!もう随分前のことだもんね」

無理に明るく振舞って、サクラは笑う。
けれどその痛々しい笑顔に、いのは顔を顰めた。


「でも…私はあの時、サスケくんに怒られたから…そしてサスケくんを追い駆けて里を抜けたからわかったの………孤独の辛さを」

家族や友達、里の皆を全て失い、サスケを追って大蛇丸の許へ向かったからこそ、あの時言われたサスケの言葉が痛いほど、今のサクラにはわかった。


「また此処から…それぞれ新しい道が始まるだけだ。俺とお前達はどうあっても相容れない道にいる…俺には俺の、お前達にはお前達の道がある。それだけだ」

ナル・いの・シカマル・ヤマト…そしてサクラの顔を一瞥してから、サスケは静かに眼を閉ざす。


「だからサクラ…お前はもう俺に構うな」
「サスケくん…!あなたはまた…!自ら、孤独になるの!?」

“暁”へ向かうということは自ら独りになると同義。
今まで以上に過酷な道を進もうとする彼を、しかしながらサクラは追い縋った。

対して、サスケは自分について行こうとするサクラを突き放したかった。決して嫌いだからではない。
サクラが抜け忍になってしまったのは己が原因だと理解していたからだ。

特に今のサクラは危うい。早々にサスケから引き離され、大蛇丸の傍で一時期修行していた彼女は、大蛇丸よりの思考になっている可能性がある。

だからこそ、サスケはこの機会を逃すわけにはいかなかった。



「私にとって、サスケくんがいないことは孤独と同じ!!同じなの!!」

孤独の辛さをあの出来事で教えてくれたサスケを、サクラは涙に濡れた眼で見た。
翡翠色の瞳から、サスケは顔を逸らす。

「だから、私も一緒に…!!」
「やっぱりお前…うざいよ」

そこで初めて、サスケはサクラの顔を見た。
ハッと息を呑んだサクラの代わりに、いのが激昂する。
辛辣な物言いに、彼女は吼えた。


「サスケくん!!アンタねぇ…っ!」

同じ、恋の好敵手だからわかる。
サスケへのサクラの想いをひしひしと感じ取っていたいのは、怒りに任せて地を蹴った。
自分へ殴りかかろうとするいのをチラッと視界の端に捉えて、サスケは口許に弧を描く。


この時を待っていた。
そう────サクラが木ノ葉へ戻る機会を。



「────サクラ、お前は蛇より暁より、木ノ葉が似合う」

刹那、サクラは首元に衝撃を感じた。


「あ…」
「サクラ…ありがとう」


瞬間的にサクラの背後へ回り、その首の根に手刀を落とす。
斬られたわけでも骨を折られたわけでもないが、昏睡するには十分な威力。

身体の自由が利かなくなり、意識を失ったサクラを、サスケは自分を殴ろうと拳を振りあげたいのに向かって放り投げた。

「………っ、」

いきなり降ってきたサクラのぐったりした身体を、いのは慌てて抱きとめた。
拳をおさめた彼女は当惑気味に、サスケとサクラに視線を交互に向ける。

気絶させる寸前、サスケは確かにサクラにお礼を述べた。
その上で彼女の意識を刈り取った。
それが意味する答えをその場の面々の中でしっかりと把握できたのは、サスケの真実を唯一知るシカマルだけだった。


「……アイツ…」

相容れない道にあえて突き進む。
自ら茨の道へ、自ら孤独になるサスケの真意を、シカマルは悟る。

大蛇丸に続いて、今度は“暁”に潜入するつもりなのだ。
それ故に、サクラをこれ以上深入りさせないように、あえて気絶させたのだろう。

木ノ葉へ連れ戻させる為に。


サスケから意味深な視線を受け、シカマルはヤマトやいの、そしてナルに気づかれないよう、人知れず頷いた。
自らの目的を把握してくれた聡明な相手に、くっと唇を弓なりに吊り上げると、サスケは背中を向ける。

「サスケ…!!」

一瞬、呼びかけられた声に、サスケは立ち止まる。
肩越しに振り返った瞳が、波風ナルの姿を捉えた。

昔と変わらない、太陽の如く輝く彼女。
光の中をまっすぐ愚直に進むナルの姿は、サスケには眩しすぎた。

闇に生きるほうが己に相応しいと、スパイとして夜に紛れるほうが自身に合っていると、兄の─イタチと同じ道を進もうとするサスケには、太陽の光は今、必要ではなかった。

それよりも、月を追わねばならなかった。
ナルと似た金の髪を靡かせ、イタチを殺した憎き人物。


まるでその場に存在していないのかと見間違いそうになりながらも、静かに発する研ぎ澄まされた気配。
それは鮮烈な印象をもたらす太陽とは真逆の、月のような存在。


スパイとは別に真の目的────うずまきナルトへの復讐心を抱くサスケは、ナルを暫し見据える。サスケを見つめ続ける瞳の青が、行くな、と雄弁に語っていた。

ほんの一瞬、揺らぎかけた決意が、しかしながら隣に音も無く近寄った男の声で、立ち直る。


「話は終わったかい?」

一見、好青年に見える彼のいっそ穏やかな声音に、サスケは顔を不機嫌そうに歪めた。


「カブト…」
「サスケくん。『暁』に行くなら僕も同行させてもらおう」
「どういう風の吹き回しだ…?」

眉根に皺を寄せるサスケに、カブトは飄々とした顔でうそぶいてみせた。

「大蛇丸様がいない今、君が暁入りをするのなら都合が良い。僕にとっても──君にとってもね」
「どういう意味だ?」

大蛇丸をサスケが取り込んだ際、カブトは何故か感謝していた。
本当に付き従う主が別にいるかのような物言いをしていた彼が暁に同行するという事は即ち、カブトの主人が暁の誰かである可能性は高い。


カブトは、眼下の忍び達の顔触れを眺める。
気絶させられたサクラを抱きかかえるいの、シカマル、ナル、そしてヤマトを見渡した彼は眼鏡を軽く押し上げた。

「サソリ様の部下である僕なら、ある程度は口添えしてあげられるよ」

カブトの言葉は、天地橋での態度とは真逆のものだ。サソリの部下だったんじゃないのか、というヤマトの詰問を鼻で嗤ったにもかかわらず、今度は自らサソリの部下だと明言している。

「カブト、貴様っ!!結局、サソリの部下として大蛇丸の下に潜り込んだのか!?」

ヤマトの怒号に、カブトは口許に弧を描く。軽薄な笑みだった。

「僕がスパイであることは認めよう」


サソリの部下とも、大蛇丸の部下とも言わず、スパイだとだけ告げる。
本当はナルトの部下であるカブトはあえて真実に嘘を練り混ぜた。

嘘に真実を混ぜることで真実味が引き立ち、本当の真実は見抜けない。
更に、カブト自身がスパイだと認識させることで、よもやサスケも木ノ葉のスパイだとは気づくことは困難だろう。


サスケはチッ、と舌打ちする。
カブトの存在により自分が木ノ葉のスパイだとバレる可能性は確かに低くなった。

天地橋では本物のサソリが来ていないということは即ち、カブトは現時点でまだサソリの部下として暁に潜り込める。
サソリから大蛇丸へ、そしてサソリへと主人を変えるカブトのことはもっとも信頼していないが、利用しない手はない。
万が一、不穏な動きを見せればたたっ斬ればいい話だ。


「てめぇがサソリの部下であろうが大蛇丸の部下だろうが関係ない。俺の邪魔をすれば殺す。それだけだ」

サスケの殺気混じりの言葉に、カブトは肩を竦めてみせる。
相変わらず、何を考えているのかわからないカブトへの警戒を決して緩めずに、サスケはシカマルを最後に一瞥した。

サスケの視線を受け取って、シカマルは微かに頷く。



自分が依然、木ノ葉のスパイであると秘密裏に伝えたサスケは、顔色を変えずにその場から掻き消えた。

「サスケぇええぇえ────!!!!!」



消えゆく寸前、ナルの悲痛な叫びを耳にしながら。
























「───以上が事の顛末です」
「そうか…サスケは『暁』へ行ったか…」

大蛇丸のアジトとは打って変わって、平穏そのものの木ノ葉の里。
シカマルの報告に、五代目火影───綱手は溜息をついた。

「…私としては大蛇丸が死んだ今、帰ってきてくれても構わなかったんだがね」


大蛇丸が死んだという件に関しては、正直に言って綱手は半信半疑ではあった。
しかしながら、シカマルもサスケから聞いた話をそのまま伝える他ない。

綱手が此度与えた任務は、暁のサソリが大蛇丸の許に送り込んだスパイを拘束し、木ノ葉に連れ帰ること。
だが大蛇丸が出てくる可能性を考慮し、この度、サスケがスパイだと知っているシカマルを同行させた綱手は眉間を指で押さえた。


【根】から派遣された左近と鬼童丸。
彼らの死亡を既にヤマトから報告を受けている綱手は、顔を不快げに歪める。


かつてサスケの里抜けに助力し、結果的に【根】に捕らえられた『音の五人衆』。
唯一生存していた左近と鬼童丸を、ダンゾウは天地橋へ向かわせた。

結果、もたらされた死に、それみたことか、と綱手は苦虫を嚙み潰したような表情で舌打ちする。


実際は生存しており、ナルトと共にいるのだが、その真実を知らぬ綱手は、シカマルに話の続きを視線で促した。
五代目火影の視線を受けたシカマルは、自らが知る任務内容の全貌を語る。


サソリのスパイであったカブトは大蛇丸に寝返っていたかと思いきや、やはりサソリの部下のままであり。
天地橋で大蛇丸と交戦した際に死亡した左近・鬼童丸がきっかけで、波風ナルは感情を抑えきれなくなり、九尾の力を使って暴走。
さしもの大蛇丸も九尾状態のナルと戦闘し、限界を迎え、何故か【根】のサイを伴ってアジトへ戻ろうとしたのを狙い、ヤマトが木分身を使って追跡。

ついにアジトを突き止めたが、サスケと共に木ノ葉の里を抜けた春野サクラと遭遇し、戦闘。
山中いのの介入で善戦したものの、今度はサスケ本人が現れ、サクラを気絶させたかと思うと、その場から立ち去った。





以上の報告を終え、シカマルは頭をガリガリと掻きむしる。
状況が混乱を極め、真実を見極めるのも困難だ。

とにかく状況整理をする為に、シカマルは綱手に今更ながら問い質した。

「いのを送り出したのは、綱手様の意向ですか?」
「あ~…まだ本調子ではなかったんだがな。体力が戻ったからナル達を追わせてほしいとああも懇願されちゃあね…」


いのの鬼気迫る様子に、さしもの五代目火影もお手上げだったらしい。
前任務で消耗したチャクラと体力がある程度戻っているのを確認したので、任務への同行を許可したのだと答える綱手に、「そうですか…」とシカマルは頷いた。

想い人であるサスケと、恋敵であり親友のサクラを大蛇丸の許から取り戻す為に動いていたいのが必死で火影に何度も交渉していた光景が目に浮かぶようで、シカマルは静かに眼を眇める。

「でもおかげで、いのの目的のひとつは達成できたっスね」


現在、元抜け忍である故に拘束しているとは言え、春野サクラを木ノ葉の里へ連れ戻す事には成功した。
その功績を達成できたのは、他でもないサスケのおかげだとシカマルから聞いていた綱手は再度、確認する。


「……サスケが、サクラを木ノ葉へ連れ帰させようと動いたのは事実か?」
「…………」

無言の肯定を受け、綱手は椅子に腰深く座り直した。


孤独は辛い────その辛さを知っているが故に、自ら孤独になろうとするサスケの身を案じ、五代目火影は沈痛な面持ちで溜息を吐く。

「……俺から言えるのは、暁メンバーであるカブトがいれば、サスケの暁入りもそう難しくはないだろうということしか…」

自ら孤独の道を進んだサスケの意図を目線だけで把握したシカマルは、酷く疲れ切った顔で推測を語った。
実際は、サスケは既に仮面の男から『暁』の勧誘を受けているのだが、そこまではシカマルとて預かり知らぬところだ。


シカマルの立てた見通しに同意を返すや否や、綱手は手を音もなく掲げた。
シズネや、他の忍びを遠ざけた火影室に近付く気配を感じ取る。

五代目火影に手で制され、シカマルは口を噤んだ。
聊か緊張した面持ちで、火影室に近寄る足音に耳を澄ませる。


「……人払いをしていたはずだが?」
「はて?聞いておらんな」

綱手の非難を柳に風と受け流し、志村ダンゾウは涼しい顔で火影室へ足を踏み入れる。
火影の傍に控えるシカマルをチラッと横目で見やり、ダンゾウはふん、と鼻を鳴らした。

「人払いなどというから、てっきり暗部とでも秘密裏に会話しておるのかと思いきや…いやはや、」


中忍であるシカマルを明らかに馬鹿にした物言いで、ダンゾウは嗤う。
この場にいるのがナルやキバといった頭に血が上りやすい忍びならダンゾウの挑発に乗って、火影と何を話していたか、うっかり口を滑りそうだが、あいにく此処にいるのは奈良シカマル。
綱手との話をさりげなく聞き出そうとするダンゾウの口車に乗るはずもない。

直立不動のまま、無言を貫くシカマルに、当てが外れたのか、ダンゾウは面白くなさそうに再度鼻を鳴らすとようやく綱手に向き合った。


「此度の任務で、ワシの部下が二人も死んだ。この落とし前はどうつけてくれるのかね、綱手姫?」
「どの口が…っ!!」

以前、左近と鬼童丸を天地橋へ向かわせると取り決めたダンゾウは綱手の前で、彼らを捨て駒だと自ら吐き捨てた。
にもかかわらず、舌の根の乾かぬうちにそのような調子の良い言葉を述べたダンゾウに、綱手は火影机を強かに叩きつける。
ちなみに、左近は自らの能力をダンゾウに秘密にしていた為、ダンゾウも綱手も、左近と右近が別個体に分離できるとは知る由もなかった。


「自分の部下を見殺しにしたのはアンタだろーが!!」
「さてはて…」

怒りを辛うじて抑えつけている綱手に対し、ダンゾウは愉快げに双眸を細めて笑う。
その笑い方に、傍らで控えるシカマルも非常に不快を感じて、眉を秘かに顰めた。

「ところで…抜け忍である春野サクラの処罰はもう下したのかのう?」
「チッ……耳が早いな」

舌打ちする綱手にも、ダンゾウは機嫌を損ねず、むしろクツクツと肩を震わせる。

「なぁに。木ノ葉の平穏な暮らしを脅かす危険に敏感なだけよ」

どの口が…、と再び口の中で同じ言葉を呟いた綱手は、はたと気づいた。

「おい…その物言いだと、サクラが危険だと?」
「当然であろう?元・木ノ葉の抜け忍がのうのうと以前と同じ暮らしに戻れるはずもあるまい。他の里人が平穏に暮らせると思うか?」
「……っ、」


確かに、一度抜け忍となった人物が里に戻っても、抜け忍というレッテルから周囲の人間はサクラを信用しないだろう。
むしろ遠ざけ、危険視する可能性もある。

ダンゾウの言い分もわかるからこそ、シカマルは唇を噛みしめた。
反論したい思いをぐっと堪える。
ここで反論したところで相手はあの、ダンゾウだ。
五代目火影の不利になるような発言を自分がするわけにはいかない。


黙り込んだ綱手とシカマルを暫し眺めてから、ダンゾウは鷹揚に口を開いた。

「よって、ワシが預かろう」
「………なんだって?」


瞠目する綱手の前で、木ノ葉の暗部養成部門【根】の創設者であり、『忍の闇』の代名詞的存在である志村ダンゾウは、まるで幼子に言い聞かせるかのようにゆっくりと言葉を紡いだ。



「春野サクラを、我が【根】に迎え入れると言っているのだ────このワシ、ダンゾウの部下としてな」
 
 

 
後書き
これにて、大蛇丸アジト潜入編は終わりです。お疲れ様でした!

ちなみに現時点では、カブトは一応、まだサソリの部下として暁に戻れます。大蛇丸に寝返ったふりをして実はサソリの部下だった、と周囲には見えます(実際は違いますが)
あと、サスケは言葉足らずなところが多いと原作でもなんとなく思ってたので(汗)

矛盾する箇所が多数あるでしょうが、ご容赦ください。
これからもどうぞよろしくお願い致します! 

 

四十一 侵攻

 
前書き
そして信仰。




 

 
「────クソ面白くもねぇ不愛想な奴が相手じゃ、旅も台無しってもんよ」


突き抜けるような青い空の下。
はぁあ~と明らかに当てつけの大きな溜息をつく。
無言でさっさと歩く大柄な男の背中に、彼はひたすら文句を並べ立てた。

「せっかくのふたり旅、俺は邪神様が良かったぜ」


相方の台詞に、先を急いでいた男は額に青筋を立てた。思わず言い返す。

「その言葉、そっくりそのまま返す…いや、アイツのほうがお前など願い下げだろうがな」
「ああ?」


ピクリと片眉を吊り上げた青年は大柄な男の胸倉に掴みかかった。

「あまり不快なこと言うと俺ぁ、キレるぜ」
「……いや、お前に邪神様と呼ばれるアイツのほうが不快だろうよ」


男の呆れ声に、青年は自信満々に胸を張る。胸元のペンダントがチャリ…と鳴った。


「不快なわけねぇだろ、照れてんだよ!」
「「その呼び名、本気で止めろ」と毎回言われてるだろーが」
「照れ屋だかんな、邪神様は」
「……………」


ああ言えばこう言う。諦めの境地で男は空を仰いだ。



現在ツーマンセルを組んでいる青年――飛段はなぜかナルトを『邪神様』と呼んでいる。
殺戮を指針とした新興宗教ジャシン教を信仰する熱狂的な信奉者なのだが、ナルトに何を見出したのか、何時の頃からか彼を『邪神様』と慕うようになっていたのだ。

だからと言って戦闘前や戦闘後に行う儀式における『ジャシン様』ではないらしい。しかしながら同一視しているのかと勘違いするほどナルトに対する飛段の熱狂ぶりは凄まじいものがある。

全く聞く耳持たない相方の不可解な言動に、男───角都はナルトに同情する。



深々と溜息をつくと、角都は先を急ぎ、山奥を進む。
角都の後ろを追いかけていた飛段は目の前に続く階段にげっそりとした。


「おいおい、勘弁してくれよ。また上りかぁ?」
「餓鬼みたいにギャーギャー喚くな────殺すぞ」

ギョロッとした目を肩越しに向ける。
角都の殺気を浴びた飛段は面倒そうに「その台詞を俺に言うかよ」と呆れ顔で肩を竦めた。


突き抜けるような空を見上げる。
空の青は、常日頃から信仰しているも同然であるナルトの瞳を飛段に改めて思い出させた。

「あ~あ…邪神様がいたらなぁ」
「…………」


再三の嘆きに、もはや角都は何も言わなかった。眩い陽射しの中、黙々と歩く。
やがて、天狗のような鬼のような二体の像が聳え立つ巨大な門が見えてくる。

侵入を防ぐ為の強固な結界が張られているソレを、角都は見上げた。
目的地である重厚な門を前に、口許を覆うマスクの下で微かに口角を吊り上げる。


そうして、【封印鉄壁】の結界が張られた門目掛けて、軽く腕を振り上げた。
























「────すまない」

唐突な謝罪を受け、ナルトは瞳を瞬かせた。
空の青を思わせる双眸に見据えられ、次郎坊は一瞬たじろぐも、再度謝罪を口にする。

「見殺しにする気か、と俺はお前に失礼なことを言った」


鬼童丸と、右近・左近。無事に生還してきた彼らの姿をチラッと見やって、次郎坊は頭を下げる。



以前、サスケの里抜けに助力した『音の五人衆』、結果的に『根』に捕らえられた『音の五人衆』────君麻呂・多由也・次郎坊、それに鬼童丸と右近・左近。

前者は思惑通りに死を偽造し、こうしてナルトの許にいるが、後者は『根』に捕らえられ、天地橋へ木ノ葉の忍びと共に向かった。そこで大蛇丸と鉢合わせたにもかかわらず、無事に生きて戻ってきた彼らの姿を、次郎坊は聊か信じられない面持ちで眺める。



死んだはずの部下が実は生きていて、しれっと天地橋へ向かうとどうなるか。
てっきり死んだも同然だと考えていた故に、見殺しにする気かとナルトを非難していた次郎坊はすっかり恐縮しきった表情を浮かべる。

反してナルトを信じ切っていた多由也はそらみたことか、とばかりに胸を張った。

「だから言っただろーが!ナルトに口出しすんじゃねぇって」
「なんでアンタが偉そうにしてんのよ。ダーリンが凄いのであって、アンタの功績じゃないでしょーが」


ふふん、と笑う多由也に対し、香燐が呆れ顔を浮かべる。
相変わらずナルトを挟んでギャンギャン騒ぐ女性陣を横目にしながら、君麻呂は気遣わしげな視線を主に向けた。

「どうかなさいましたか、ナルト様」


鬼童丸と、右近・左近を伴って帰ってきたナルトに最も喜んだひとりは、主人の顔色を窺う。
浮かない顔でなにやら思案しているナルトは君麻呂の視線に、「ああ…」と曖昧に笑った。


「いや…少々、面倒なことになりそうだな、と思ってね」

【念華微笑の術】で事後報告をカブトから受けたナルトは、溜息をつく。



鬼童丸と、右近・左近に渡していたチャクラ増強剤としての丸薬。
それを作った本人に改めてお礼を述べようと考えていたナルトは、カブトからの新たな報告に眉を顰める。


大蛇丸がサスケに敗退し、逆に乗っ取られた事。うちはサスケが『暁』加入する事。
春野サクラが木ノ葉の忍び達によって連れ帰られた事。
そしてなにより、“根”のサイと、かつては大蛇丸の部下としてナルトと対峙したシンが、志村ダンゾウ打倒を目論んでいる事。

それらの衝撃的な報告を続け様にカブトから聞かされ、ナルトは表情を険しくさせる。

ひとまず、サイは“根”に戻り、シンはサスケと同行するらしい。
よってシンの行動を見張る為に、カブトもサスケと共に『暁』へ戻ろうと決意した。
まだ表向きはサソリの部下としての席がある故に、カブトが『暁』へ戻ることは何等おかしくはない。


サスケについて行くメンバーはカブト・シン・ザク、そしてアマルだという。
ザクはサスケに乗っ取られた大蛇丸の復活を願い、サスケへの復讐心がある故にあえてサスケの近くに居座るつもりなのだろうというカブトの推測を耳にし、ナルトは眉を顰めた。

それよりも聞きなれない名前が気にかかった。

「…アマル…?」




ナルトは知らない。

かつて神農という男によってチャクラを吸い取られ、更に胸に巣食う大きな腫瘍の痛みと、高熱に抗っていた彼女を救ったのが他でもない自分だということを。


あの時、君麻呂の病気を治す前に、少女の病を治療したナルトは、その少女がアマルという名前だと知らなかった。
その名を耳にする前に、あのジャングルの奥にある要塞『アンコールバンティアン』から既に離れていたのだから。


十日間のうちに決着をつけ、木ノ葉の里へ戻っていたナルトは、アマルのそれから先の行末を知らない。


彼女が自分を追って、綱手の弟子になった事も。
波風ナルと親友になった事も。
ナルトに会いたい一心で、シンの誘いを受け、大蛇丸の部下となった事も。
そしてカブトの弟子として医療忍術を学び、今度は『暁』にナルトがいるのではと希望を抱いて、サスケと行動を共にし始めた事実を。



知らないナルトは、聞き覚えのないアマルという名をカブトから聞いても、怪訝な表情を浮かべるだけだった。



「…本当に面倒なことになりそうだ」

更に、そろそろ動き出す気配を察して、ナルトは腰を上げる。
最近、かつて守護忍十二士として選ばれた忍び達が悉く消息を絶っている。
それらの遺体が換金所で換金されているという噂を耳にしていたナルトは、その犯人に心当たりがあった。


守護忍十二士、残っているのはもはや二人。
いずれにしても、波風ナルがいる火ノ国に脅威が迫っているのは確かだ。



「再不斬」
「あいよ」

呼び声に応えて、再不斬は首切り包丁を肩に担いだ。
カブトに【念華微笑の術】で逐一報告するよう頼むと、ナルトは「さて、」と青い双眸をゆるゆると細めた。

その視線の先は、木ノ葉隠れの里がある火ノ国。



「久方ぶりの帰郷といこうか」























火ノ国に火ノ寺ありと謳われた忍寺。

火ノ国の大名を守る守護忍十二士であった元エリート忍者であった僧侶がいる其処は、常に【封印鉄壁】という強固な結界が張られていた。

それをあっさり破り、侵入した男達の姿を生きてその眼に映す者は今やいない。


誰もこれも生気を失った虚ろな目をする死者が転がる中、「あ~…いて」とさほど痛みを感じていない様子で飛段はぼやいた。


「まったく。手当たり次第に殺すな、と言ったろう。火の国の紋が入った腰布を捜せ。そいつが守護忍十二士の証だ」


寺の中でもっとも徳が高く、力も強かった僧侶の遺体を転がし、角都は淡々と腰布を身に着ける目的を捜す。
やがて、火ノ寺を訪れた目的の男────地陸の亡骸を見つけ出した角都は遺体の襟首を持ち上げた。

「こいつは金になる。換金所に持っていく」
「はぁ?」

血で描いた円陣の中で横たわっていた飛段の訝しげな視線を受け、角都は遺体の腰布を見ながら、しれっと説明した。

「こいつの首には闇の相場で三千万両の賞金がかけられているんでな」
「……金儲けの為に坊主を()ると地獄に堕ちるぜ」

飛段の呆れ顔もどこ吹く風といった風情で、角都は抑揚なく、だが確固とした口調で告げた。



「地獄の沙汰も金次第だ────望むところ」



キッパリと答えると、元は寺であった荒れ地を後にしようとする角都に、飛段は寝転がりながら怒鳴った。


「ちょっと待てよ、角都!祈りがまだ終わってないっつーの!」
「…いつもより長くないか」
「うるせぇよ、儀式の邪魔すんな!今は生きてる邪神様への祈りをしてるんだって!!」


生きてる邪神様…────つまりはナルトのことだと察した角都は、眉間に深い皺を寄せた。



「……また不快がられるぞ」
「んなわけねぇって言ってるだろ!んだよ、さっきから!」


胸に突き刺さった棒を引き抜いて、飛段は血の円陣から起き上がった。


「神への冒涜だぞ」


ジロッと鋭く睨みながら、飛段は三刃の大鎌へ手を伸ばす。
ひゅんっと飛んできた鎌の刃を軽く避けて、角都は非難した。


「おい。遺体に傷がついたらどうする。大事な金だぞ」


角都の咎めるような視線に、飛段は「チッ、」と舌打ちした。
殺気を抑え、興が醒めたとばかりに肩を竦めてみせる。


「はいはい。組織の金づくりを任されてる『暁』の財布役は言うことが違うねぇ~」

飛段の馬鹿にするような物言いに、ピクリと角都は米神に青筋を立てる。
ボロボロの荒れ地と化した寺の廃墟で、カラ…と瓦が崩れる音が響いた。








その崩れた柱の影に身を潜め、二人の様子を窺っていた僧侶はゴクリと生唾を飲み込む。

ちょうど巡警に出ていて寺を不在にしていたのが幸いした。
帰って来た時には見るも無惨な有様だった火ノ寺と、そしてそこかしこに倒れる同じ僧侶として生きてきた者達の遺体を痛ましげに見た若き僧侶は、気を取り直す。


(木ノ葉に知らせなければ…)

崩れた柱の影からそっと、この惨状をつくりあげた二人に気付かれずに抜け出すと、僧侶は急ぎ、木ノ葉隠れの里へ向かった。
















「……火ノ国は広い。じっくり行くぞ」

怒りを抑えて、角都は地陸の遺体を後ろ手で担ぎ直した。
火の国の紋が入った腰布がブランと力なく揺れる。

瓦礫を踏み越えてその場を後にしようとする角都に、飛段は吠えた。


「待てや、こらぁ!!とにかく邪神様のことを冒涜したのは許さねぇぞ、角都ぅ!!」
「冒涜などしていない。同情しているだけだ」


ナルトを生きた邪神様として崇めている飛段を面倒くさそうに一瞥して、角都は益々ナルトへの同情の念を深めた。


「アイツも苦労するな…」


瓦礫が散乱し、黒煙が立ち上る荒れ地。
強固な結界が張られていた巨大な門の破片を踏み越える。











物言わぬ天狗と鬼の銅像だけが、二人が身に着ける黒地に赤き雲模様を描いた外套がたなびく様を、静かに見つめていた。 
 

 
後書き
ナルトはアマルの名前を知りません。
彼女の顔は覚えてますが、熱に浮かされていた病気のアマルから名前は聞けませんでした。
だから名前を聞いても、わかりません。アマル、頑張れ…!

いつもありがとうございます!
捏造ばかりの話ですが、どうぞこれからもよろしくお願いします!! 

 

四十二 火影の子

カコーン…と鹿おどしが鳴る。
麗らかな陽射しの下で、鳥の囀りが聞こえる中、パチパチ、と定期的な音が幾度か続いていた。

「王手」

長閑な空気が流れる縁側で、パチン、という音が高らかに鳴った。
将棋盤をじっと睨んでいた猿飛アスマはすぐに顔を手で覆うと、長い溜息をつく。

「次の仕事の打ち上げ代は先生持ちってことでヨロシク」

また負けた、と項垂れるアスマに、シカマルは聊か得意げに笑う。咥え煙草から煙を棚引かせながら、アスマは「はいよ」と肩を竦めた。


「お────い!!ってばよ~!!」


了承するや否や、明るく元気な呼び声が師弟の間に割り込む。
金色の髪を靡かせて、駆け寄ってきた人物に、シカマルの顔が明るくなった。

「なんだ。ナルじゃねぇか」

目に見えて嬉しそうなシカマルの様子を横目で眺め、アスマはにやにやと顎を撫で擦る。

ところが、ナルはシカマルではなく自分のほうへ向かってきた。
若干、不機嫌そうな視線を受けつつも、アスマは「なんだ?」と駆け寄ってきたナルに訊ねる。


「実はちょっと聞きたいことがあるんだってばよ、アスマ先生っ」

怪訝な顔をするアスマに、ナルは今始めている修行について語る。



サスケとの邂逅を経て、大蛇丸のアジトから木ノ葉の里へ戻るや否や、ナルはカカシにねだって修行をつけてもらうことにした。そこで現在、チャクラの性質変化の修行をしているらしい。
螺旋丸を超える術を編み出すんだってばよ、とふんすっと意気込む彼女を見て、シカマルは感心する。
サスケを奪還できずに終わった任務だった故、落ち込んでいるかと思いきや、こうやってすぐ修行に打ち込むナルの切り替えの早さは美点だ。

サスケが実は木ノ葉のスパイで、今度は暁へ潜入しているという事実を知っているが故に、真実を知らないナルへの罪悪感があったシカマルは、熱心に修行に打ち込む彼女を見て(心配いらねぇみたいだな)とホッと息をつく。



「なぁ、アスマ先生、“風”のチャクラ性質なんだろ!?なにかコツとか教えてほしいってばよ!!」

勢いよく頼み込むナルを見て、アスマは愉快げに眼を細めた。

「ナルが“風”の性質とはなぁ~…こりゃ驚いた」
「アスマ、もったいぶらずに教えてやれよ」

面白がる師に、シカマルが口を挟む。
ナルの真剣な眼差しを受けたアスマは、シカマルに意味深な視線を投げると、煙草を口から外して指に挟んだ。

「そうだなぁ~…」

なにか嫌な予感がして、シカマルは顔を険しくさせる。煙草を軽く揺らしながら、アスマはにやっと口角を吊り上げた。


「今度のアスマ班の任務打ち上げの焼肉代金を立て替えてくれるなら…」
「アスマ」


先ほどの将棋の勝負で賭けた内容をナルにそっくりそのまま押し付けようとする師を、シカマルはジロッと睨む。
鋭い視線を受けたアスマは降参とばかりに両手を挙げた。

「…っと言いたいところだが、お前の旦那がこえーからやめとくよ」
「だ、誰が!!??」


途端に顔を真っ赤にさせるシカマルをにやにやと眺める。
からかうアスマと焦るシカマルを交互に見やって、ナルは首を傾げた。

「よくわからないけど、教えてくれるんだってば?」


きょとん、とするナルを見て、アスマは眼をパチクリさせる。
そうして、気まずそうな表情を浮かべてそっぽを向くシカマルの肩に腕を回すと、聊か同情するかのように小声で囁いた。

「頑張れよ、相手はにぶちんだぞ」
「わーってるっつーの」


幼い頃からの想い人であるナルの鈍感さを身を以って知っているシカマルは、揶揄してくるアスマの腕を引っぺがすと溜息をついた。


























「やー悪かったね」

暖簾を潜るや否や、片手を眼前に掲げて謝罪のポーズをとる。
テウチにラーメンを注文すると、カカシはアスマの隣に腰かけた。

「非番のところをナルの面倒見てもらっちゃって」
「まったくだ。お前より俺のほうがナルの先生に向いてるんじゃねぇか?」
「冗談」


同じ“風”のチャクラ性質故に、自分にコツを聞きにきたナルにアドバイスしたアスマは、軽口を叩いた。
あれからナルはアスマの教え通り、早速修行にかかっている。
ナルの様子をヤマトに任せ、アスマに礼を言いに来たカカシはついでに昼飯を食っていこうとカウンター席に座った。

「いやぁ“風”以外のチャクラ性質なら俺とヤマトで教えられるけどね。“風”はアスマ以外に思いつかなかったからさ」

ははは、と笑うカカシの言葉に違和感を覚えて、アスマは「…ちょっと待て」と身を乗り出した。


「その言い分だと、ナルは五つの性質変化を持ってるってように聞こえるぞ」
「いやぁ~…それがさぁ。びっくりなんだけどね」
「……驚いたな」

アスマの驚愕を孕んだ視線を受け、カカシも苦笑いを浮かべる。未だにカカシとて信じられないのだ。

チャクラに反応しやすい紙にチャクラを流し込んで、自分のチャクラの性質をまず知るように、とナルに手渡した紙の変化はある意味、凄いことになった。
まず、紙に皺が入ったかと思えば、真っ二つに切れ、燃えた途端に濡れ、そして最後に崩れていったのだ。

カカシの主な性質変化は“雷”“水”“土”である。
写輪眼で他の性質の術もコピーしている為、使用可能だが、やはり実際の性質を持つ相手に教わったほうが良いと判断し、アスマを紹介したのだ。
“風”のチャクラ性質は木ノ葉では珍しい。その珍しい性質を持っている相手としてはアスマが適任だった。


「ナルは自来也様と妙木山で仙術の修行をしていたからね。自然エネルギーを取り込む仙術チャクラは身体能力に加え、全ての術が強化されるから、その影響もあるのかもしれない」
「ふぅむ…なるほどな」

腕を組んで思案顔を浮かべるアスマの向こうで、ピクリと誰かがカカシの話に反応する。
それに気づいてアスマの向こうをなんとなしに見たカカシはそこに座る意外な人物を見て、眼を瞬かせた。

「あれ、ハヤテじゃない」
「ああ。俺が誘ったんだ」

ぺこ、と会釈する月光ハヤテを見て、カカシはへぇ、と露わになっている片目を丸くした。

「珍しい組み合わせだね」
「えぇ…まぁ」

曖昧に笑うハヤテを横目に、アスマが「聞けよ」とカカシを肘で小突く。

「こいつ、夕顔と別れたんだとよ」
「えっ」

カカシが驚くのももっともだ。
カカシの後輩である卯月夕顔はハヤテの恋人である。


仲の良いふたりに見えたのに、何事かと胡乱な目つきでハヤテを見ると、彼は困ったように眉を下げた。
無言の肯定を受け、カカシは益々怪訝な顔でハヤテをまじまじと眺める。

「なんで?仲良さそうだったじゃない」
「……私にはもったいない女性ですから」

苦笑を口許に湛えて、食べ終えたラーメン鉢を「ごちそうさまでした」とテウチに手渡す。
ラーメンの代金を支払うと、ハヤテはアスマに「もういいですか?」と伺いを立てた。

「お、おう。悪かったな、忙しいところ」
「いえ」

アスマとカカシに会釈したハヤテは一楽の暖簾を潜って、外へ出てゆく。
ハヤテの後ろ姿を遠目に見ながら、カカシは「で?」と視線をそのままにアスマに問うた。

「紅が気にしててな。別れた理由をさりげなく聞き出したかったんだが…」
「こればっかりは当人達の問題でしょ。部外者の俺達が口を出すもんじゃないよ」
「そうだなぁ…」


頭をガシガシと掻きながら、アスマは煙草に火をつける。店主のテウチが咎めるような視線を向けたが、何も言わなかった。

「まぁ俺らって危険な任務によく就くからね。いつ死んでもおかしくないし」
「そーゆーのを気にするタイプだとは思わないけどな…」

煙草の煙を吐きながら、アスマはすっかり遠くなったハヤテの背中を眺めた。
長年付き合ってる夕顔とハヤテでも、あっさり終わりは来る。
なんとなく他人事のように思えなくて、アスマは溜息を吐いた。

「それにしても…」

頬杖をついて、先ほどまでハヤテが座っていた席を眺める。
青白い顔は以前と同じだが、違和感を覚えたその理由に思い当って、カカシは首を傾げた。

「喘息、いつ治ったんだろーね」

常に咳き込んでいたイメージがあったハヤテだが、徐々に咳をしなくなった事実に今更ながら気付く。
肩越しに振り返って、遠ざかるハヤテの後ろ姿を見ながらアスマは咥え煙草をゆらゆら揺らした。

「そういえば、そうだなぁ…」
























カカシとアスマの視線を背中に感じる。
夕顔と何故別れたのか、というアスマの問いに言葉を濁したハヤテは振り返らずに顔を伏せた。

(別れた理由…?そんなもの、ひとつしかないじゃないか)

含み笑う。人混みに紛れたその表情は誰にも見られることはなかった。

(ボロを出すわけにはいかないのだから)























「ナルの成長は目まぐるしいな」

ハヤテから話題を変えたアスマは、感嘆の吐息を零す。それを横目に、カカシも感慨深く、「そうだねぇ…」と同意した。

「こうやって、次の世代の若者がどんどん成長してきて、俺らをあっという間に追い抜いていくんだね…」
「おいおい。俺はまだまだ負けねぇぞ」


行儀悪く箸の先で、ついとカカシを指したアスマの反論に、カカシは肩をくつくつと震わせる。
同僚の笑い声に口許を緩ませたアスマは、ふと真面目な表情を浮かべた。

後ろを振り向き、暖簾の向こう側にある岩を透かし見るかのように眺める。
見えないものの、火影岩の三つ目の馴染みある顔がすぐさま脳裏に浮かんで、アスマは瞼を閉ざして笑った。


「しかしまぁ…若い世代の成長は、木ノ葉にとっては喜ばしいことだな」

ふ、と笑ったアスマに、カカシは頬杖をつきながら「──で?」と視線で促した。


「お前、やけに紅と親しいじゃない?」
「え、な、なんで」
「いやさ。紅に頼まれたからって夕顔のことをさりげなくハヤテに聞いたりさ」

カカシの揶揄に眼を泳がせたアスマは、やがて大きく深呼吸すると、煙草の火を揉み消した。

「あ──…あのな、カカシ」
「なんだ、改まって」
「実はだな…俺、紅と付き合ってるんだ」

は、と頬杖をついていた手がガクンと顎から落ちる。からかっていたカカシは一瞬、呆けた。
「あ~…いや、言おう言おうと思ってたんだけどな…」と頬をポリポリと掻くアスマをまじまじと眺める。

「いや、今更?それ、木ノ葉の里の人間なら誰でも知ってるでしょ…」

アスマと夕日紅が恋愛関係にある事は里の中でも周知の事実だ。
それをわざわざ報告してきた同僚に呆れた声を返すと、アスマは「なに!?」と驚愕の表情を浮かべた。

「子どもができたこともか!?」
「いや、それは知らない…ってええ!!??そうなの!?」


今度こそ驚くカカシの横で、テウチの娘であるアヤメが「あら!」と目を輝かせた。

「おめでとうございます!」
「え、あ~…なんか照れるな…ありがとよ」

頭をポリポリ掻いて照れ臭そうに笑ったアスマは、愕然とするカカシに苦笑する。
そうして身体の向きを反転させると、先ほどの表情とは一転して真剣な顔つきでカカシに向き合った。


「そういうわけでだな…カカシ。俺になにかあったら紅と…子どもを頼む」

頭を下げてくるアスマを見下ろす。
紅の腹の中にいる子どもを頼んでくる同僚の旋毛を見ながら、カカシは顔を顰めた。



「…縁起でもないこと、言わないでよ」

カカシの返事に、ふ、と笑ったアスマは顔を上げる。
いつものにこやかな笑みを浮かべて、「そうだな」と彼は新しい煙草に火をつけた。


「お前のほうが先におっ死んじまうかもしんねーしな」
「煙草スパスパ吸ってるアスマには言われたくないよ」

店内に籠るラーメンの湯気が煙草の紫煙と雑じり合う。
店主の視線が流石にそろそろ痛かったので、アスマは煙草を消すと立ち上がった。

「じゃあな、カカシ。“風”の性質変化のコツならいつでも教えてやるよ、とナルに言っておいてくれ」
「あいよ」


ラーメンのお代を払って、暖簾を潜る。
手をひらひら揺らしながら歩くアスマの向かう先を察して、カカシは眼を細めた。

























白一色で占められた空間。装飾の少ない、どこか殺風景な病室で、アスマは深く息を吸う。
煙草を吸いたいのをぐっと耐え、窓から視線をベッドに戻した。

薄く開かれた窓に掛かる白いカーテン。
陽射しを遮るそれは、寄せては返す波のようにふわりと大きく揺れている。


ベッドに横たわる人物の深く刻まれた皺こそが、木ノ葉の里に尽力を尽くしてきた彼の経験の積み重ねだと誰よりも理解しているアスマは、瞼を閉ざして微笑んだ。

「────今なら、少しはわかる気がするよ……親父」





かつて大名の護衛の任務を任された際、アスマは三代目火影…父である猿飛ヒルゼンに対して、反抗心を抱いていた。
大名を守ったことが玉を守ると同義。大名こそ守れたものの、死傷者を生んでしまった任務を憂い、ヒルゼンが強く諭してきた言葉が今でもアスマの耳に響く。

『玉を守る為の戦いがどれほど難しく大切なのかという事を、今のお前には到底判るまい』

忍びの任務に犠牲はつきものだ、という思考故、父が自分を認めたくないだけなのだろうと、ヒルゼンへ反発していたあの頃の自分を思い出して、アスマは苦笑いをする。

自分が父親になって初めて理解できたヒルゼンの考えに敬意を示して、ベッドの上の父を見下ろす。




木ノ葉病院。その奥の奥の病室。
秘密裡に収容された、アスマの父――三代目火影・猿飛ヒルゼン。

“木ノ葉崩し”以降、昏々と眠り続けるヒルゼンは世間では殉職したように見せかけている。
寝たきりの火影を毎日のように見舞っているアスマは、一向に目覚めぬ父親の顔を眺めた。


「今は…猿飛一族に生まれたことも悪くねぇって思えるぜ」

点滴の音が響く病室内では、アスマの小さな呟きを拾う者は誰もいない。


「だからさっさと起きろよ、親父。木ノ葉丸も…今から生まれてくるもう一人の孫も、アンタを待ってるぜ」


孫である木ノ葉丸を大層大事にしてくれたヒルゼンだ。
これから紅のお腹から産まれてくる我が子も、きっと可愛がってくれるだろう。

最後に父親の顔を一瞥すると、アスマは病室を後にした。






























静寂が訪れた病室のカーテンの波がゆっくりと引いてゆく。
寸前まで誰もいなかった窓辺。
薄い白を透かす陰影は先ほどまで外界の木々だけを確かに映していたはずだ。
しかしながら、今は小さな影がヒルゼンの病室の窓を背にして、佇んでいた。

室内で聞く者はいなかったが、室外でアスマの呟きをきっちりと拾っていた彼は、空を仰ぐ。


「父親、か…」


秘密裡に収容されている病室であるにもかかわらず、その窓辺にてアスマの話を秘かに耳にしていた彼はその蒼い双眸を細めた。

視線の先には、背後で寝入る三代目火影の顔が彫られた岩。
並ぶ火影岩の四つ目の顔を睨む。

その眼は厳しいものだった。


「────再不斬」
「おう」

隣に佇んでいた再不斬が二つ返事で印を結ぶ。
やがて立ち込めてきた霧を認めると、ナルトは口許に弧を描いた。


「細工は流々」


肩越しに振り返る。
背後の病室に寝入る三代目火影をカーテンを透かして眺めると、ナルトは囁くようにして微笑んだ。



「仕上げを御覧じろ、ってね」


刹那、霧がぶわり、と木ノ葉の里を始めとした火の国全体に広がり始める。






霧の向こうへ掻き消える大きな影と小さな影を、気に留める者は誰もいなかった。 
 

 
後書き

アスマメイン回…に見せかけて??

ナルを勝手にこの時点で性質変化五つ使えるようにしてしまいましたが、上限が仙術ぐらいの強さで考えてるのとペイン侵攻あたりまでの知識で書いてますので、原作のようにものすごく強くなることはないと思います。

また、原作でこの時、カカシにアスマが何事か言いたそうにしていたので、たぶん子どものことじゃないかな~と思って、報告してもらいました。
すみませんが、諸々ご容赦ください!
 

 

四十三 再来

火影邸の屋上。
霧が立ち込める中、五代目火影の号令が響く。
その目前には新編成した二十小隊が招集を受け、勢ぞろいしていた。


「────以上だ。なにか質問はあるか?」


火ノ国に『暁』が潜入した旨を語る彼女の隣には、若き僧侶が所在なさげに佇んでいる。
その僧侶に気を取られつつ、アスマは手を挙げて火影に問いかけた。


「火ノ寺が襲撃されたとの話ですが…あそこには元守護忍十二士の地陸がいるはず」


綱手は、猿飛アスマの問いかけに、無言で視線を隣に向ける。
襲撃された忍寺。
這う這うの体で木ノ葉隠れの里へ向かい、事の次第を綱手に伝えた僧侶は、綱手の視線を受けて顔を伏せた。


「地陸様は『暁』の手に掛かり……」
「……ッ、」


火ノ国に火ノ寺ありと謳われた忍寺。
其処にいる火ノ国の大名を守る守護忍十二士であった元エリート忍者であった地陸はアスマの戦友だ。
同じ守護忍十二士として共に戦ってきたかつての戦友。


そう易々とやられる相手ではない。それがわかっていたからこそ訊ねたアスマは、手を握りしめる。
火の国の紋が入った腰布の傍で固く握られたその拳は、動揺で小刻みに震えていた。

俯いたアスマを見やって、綱手は改めて忍び達の顔触れを見渡す。


「木ノ葉の威信にかけても、なにより火ノ国の安全の為にも!奴らをこれ以上、野放しにするわけにはいかない。必ず見つけ出せ。拘束が不可能な場合、抹殺しろ!!」


火ノ寺の若き僧侶の話から、相当の手練れの忍びだと知った今、油断は禁物だと五代目火影は鋭く言い渡した。



「────火ノ国から絶対に逃がすな!!!!行け!!」


綱手の号令で一斉に地を蹴る。散開した忍び達はそれぞれ別方向へ『暁』と思わしき人物を捜しに向かってゆく。

その内の一小隊である猿飛アスマは、「火ノ寺からあたるぞ」と同じ小隊である奈良シカマル・神月イズモ・はがねコテツの顔を見渡す。
頷いた彼らに頷き返すと、アスマは眼を細めた。


視線の先にある一室。
窓の向こうにいる夕日紅を透かし見るようにして、アスマは一瞬微笑むと、火ノ寺へ向けて地を蹴った。





















「こんなクセーとこにいてられっか」

便所にある隠れ扉。
その中にある死体換金所から、飛段は顔を顰めて外へすぐさま出た。

便所だけではなく死体の臭気も雑ざっている中は非常に耐えがたい。
うんざりした顔で扉から出ていく飛段の後ろ姿を見送りながら、換金所の主人の男は角都と向き合った。

「あの連れの方は金に縁遠い顔をしてますね…」
「まぁな」

肩を竦めてみせた角都は「それより、」と男を促す。
角都の視線を受け、男は遺体を確認する。

パラパラ…とリストを眺めた。
桃地再不斬・猿飛アスマとめくられてゆく頁の中にある地陸の顔写真と、遺体の顔を見比べる。


「確かに地陸だ。今回は大物だったな、角都さんよ」
「ああ」

忍びの死体は情報の宝庫。死体そのものが換金され、保管される換金所の主人の言葉に角都は頷く。
渡された金の数を確認しながら、角都は問うた。

「コイツより高値の忍びとは、例えばどんな奴だ?」
「そうですな…」


ふむ、と顎を撫で擦りながら、換金所の主人はリストをパラパラめくる。


「例えば…元・霧隠れの忍び刀七人衆など高く売れるでしょうね」
「ふむ、なるほど」

金がギッシリ入った鞄をバタンと閉ざす。
口許を覆う布の下で角都はニヤッと笑った。


「そいつはいい金になりそうだ」

































(見つけた)

火ノ寺近くの換金所。
その手前で堂々と座り込んでいる男の姿を遠くから見て取って、アスマは顔を顰める。

火ノ国全体に突然立ち込めた濃霧のせいでハッキリ見えないが、黒地に赤い雲。

間違いない。
『暁』だ。


木ノ葉の里から真っ先に向かった火ノ寺。
其処の僧侶から地陸の亡骸だけが見当たらないと聞き、遺体を持ち運んで換金所へ向かった可能性が高いと睨んだアスマは、他の小隊にその事を報告すると、すぐさま近くの換金所へ足を向けたのだ。

地陸は闇の相場で三千万両の賞金首となっている。五か所の内のいずれかの換金所。
それらを虱潰しに探すのが一番手っ取り早い。
そう判断して各小隊はそれぞれ、近くの換金所へ駆け出す。

同じく、火ノ寺からもっとも近い換金所へ向かったアスマの小隊は、現在、予想が的中したことに、緊張を高めた。



















国境及び火ノ寺から半径百五十㎞を中心に二十小隊による包囲網を敷く。
蟻の這い出る隙もない。だと言うのにまだ誰も暁を見つけていないことに、五代目火影は焦れていた。


「ええいっ!まだ見つからんのか!!」

思わず声を荒げて机を叩く。火影室を叩くノックに、彼女は「なんだ!?」と苛立たしげに答えた。


「なにやら里が騒がしいですが…何かあったんですか?」
「カカシか…」

はたけカカシの顔を見て、綱手は一瞬、苛立ちを喉奥にしまい込んだ。
募る焦燥感を抑え、呼んでもいない相手をジロリと睨む。

「お前にはナルの身辺警護を任せているはずだ」


ナルの修行を見るのは表向き。
実際『暁』の目撃情報があった今、九尾の狐の人柱力であるナルの護衛がカカシへの命令だった。

それなのに此処にいる理由を問い質せば、カカシは悪びれた様子もなく「それはヤマトに任せています」としれっと答える。


「俺も関わらせてくれないですかね?」
「…なにか嫌な予感でもするのか?」
「勘ですよ」


カカシの曖昧な返事に、ふんと鼻を鳴らす。しかしこの状況。人手は多いほうがいいのは確かだ。
「いいだろう」と手を組んで、綱手はカカシに命じた。


「これよりカカシ。お前はアスマの小隊を追え」
「はっ」






























「こいつ…不死身か…!?」


シカマルの術で動きを止めて、早々に『暁』の片割れを仕留めた。
かと思いきや、急所を狙ったのに平然としている飛段に、アスマは身構える。

「ほう…?珍しく金に縁があったな、飛段」

直後、頭上から落ちてきた声と影に、シカマルはすぐさま地を蹴った。
拍子に【影縛り】の術が解ける。


火の国の紋が入った腰布。
守護忍十二士の証であるソレを身に着けたアスマを認め、角都は機嫌良さそうに眼を細めた。

地陸に続いてすぐに高値の遺体が手に入る。運が良い。


既にアスマを死んだも同然と考える角都に向かって、シカマルの術から自由になった飛段が叫ぶ。


「手を出すなよ、角都!!こいつは俺が売られた喧嘩だ」

三刃の大鎌の切っ先を、アスマを始めとした木ノ葉の忍びに向ける。
「金はてめぇにやる」という飛段の言葉に、角都は頷いた。


「それならいいだろう。だが、調子に乗るなよ────死ぬぞ」
「だーかーら!それを俺に言うかよ」


ジャシン教の人体実験を繰り返した結果、手に入れた『不死身の肉体』。
それを持つ飛段にとって角都の言葉は皮肉でしかない。
肩を竦めて、イズモとコテツに刺された際に流れた己の血で地面に円を描く。


「殺せるもんなら殺してほしいぜ」

血の円陣の上で、飛段は警戒する木ノ葉の忍びを見て、ハッと鼻で嗤った。


「まっ、無理か。俺を殺せるとしたら邪神様くらいだろ」












飛段とアスマの戦いを、シカマル・コテツ・イズモはただ、見ているだけしか出来なかった。
否、シカマルはこの状況を打破する方法を目まぐるしく考えているが、相手は不死身。

時折、隙を見て飛段に【影縫い】の術を仕掛けるも、拘束までに至らない。
決定打が圧倒的に足らないに加え、退くにしても相手が見逃してくれるはずもない。

せめてもの救いは飛段の片割れである角都が手を出してこないことだ。
とはいうものの、本当に手出ししてこないか確証はないので、イズモとコテツはアスマの命令でシカマルの護衛をしつつ、角都の様子を窺っている。


敵陣突破の棒銀は犠牲駒。
その犠牲駒にアスマ自らがなるつもりだと察したシカマルはギリ…と唇を噛み締めた。


「だからって…!アンタが犠牲になるこたぁないだろ、アスマ…!!」

悔しげにアスマと飛段の戦闘を見る。
暁に圧力をかけられるほどの駒にもなれない自身が憎らしい。
気を逸らすほどの餌の駒ですらなれない。

『暁』の二人組は間違いなく大駒。
大駒を捕らえるには大駒の代償もやむなしと思えるほどの餌が必要だ。
その最善の手とも思える餌になり得るほどの駒はこの場にはいない。
今の持ち駒で使える戦力はアスマくらいだ。



「なにか打開策はあるか、シカマル?」

角都と飛段から視線を離さずに訊ねられたイズモの問いに、シカマルもまた術を発動させながら答えた。


「奴らは明らかに大駒。だがこちらには奴らの気を逸らすほどの駒すらないんスよ」
「…俺らじゃ、餌にもなりはしないってか」


チッと舌打ちするコテツの横で、シカマルはアスマの背中から目線を逸らさず、冷や汗を流す。

アスマの頬が飛段の放つ鎌で斬りつけられる。
圧倒的不利な現状に、シカマルは思わず師を呼んだ。

「アスマ…!!」

三刃の大鎌の切っ先に付着した血を見て、にんまり嗤う。
そのままその血を舐めようとした飛段は、刹那、霧の彼方から飛んできた何かに注意が向いた。
鎌で受け止める。







「────はん。餌、ねぇ」



衝撃。凄まじい打撃音。角都が軽く目を見開いた。


「なら、その餌とやらになってやろうじゃねぇか。大駒くらい動かせっだろ」


霧が深い。その中で、ぼうっと人影が浮かび上がる。
見覚えのある姿に、アスマがハッと眼を見張った。














三刃の大鎌にも劣らない、否、それより大きな得物を軽く肩に回しながら、男は嗤う。
戦闘中にもかかわらず、その場にあっさり割り込んできたその人物を見て、角都は眼を輝かせた。


「鴨が葱を背負って来たな…ちょうど換金所だ。貴様の死体は高値で売れる」
「あん?」


角都の言葉を耳にした男は、得心がいったように「ああ」と肩を竦めた。


「俺を売ろうってか。お目が高いな」

死体換金所をチラッと見る。
それで察した男は「だが残念」と肩に担ぎあげた首切り包丁をくるっと回した。



「この身は売約済でな。他をあたりな」

賭けをしている身。そう易々と放り出せない。
十年ほど前から約束しているこの身も首切り包丁も、その賭け事が終わるまでは絶対に。



「第一、俺の首は早々狩れるもんじゃねぇぜ」





火ノ国に立ち込める濃霧。
それを生み出した張本人────桃地再不斬は首切り包丁を構えて、愉快げに眼を細めた。



「なんせ俺は、首を狩る側なんでな」
 
 

 
後書き

今年最後の更新になります。
今年は色々ありましたが、こうして長い話を読んでいただけていること、大変光栄に思います。
大変お世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願い致します!! 

 

四十四 視界不良戦線

 
前書き
あけましておめでとうございます!!(遅いよ)

昨年はお世話になりました。今年もどうぞ「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願いいたします!!

 

 
霧が深い。

換金所の前は殺伐とした空気と緊張と、そして濃霧が漂っていた。
息をするのもできないほどの圧迫感が満ちている。
ゴクリと生唾を呑み込んだのは誰だったか。



「桃地…再不斬…」

霧隠れの鬼人と謳われた『元・霧の忍刀七人衆』のひとり。
その手にある首切り包丁がなによりの証拠だ。



以前、木ノ葉崩しの直後に木ノ葉の里に侵入してきた『暁』のことを思い出して、アスマは肩で息をしながら再不斬の背中を見た。

うちはイタチと干柿鬼鮫。
そのうちの怪人と謳われる鬼鮫と一戦を繰り広げた再不斬が、今また木ノ葉に再来している。


敵か、味方か。
それを判じかねているアスマ達をよそに、乱入者である再不斬を角都は歓迎していた。




「これでしばらくは懐があたたかくなるな」


既に殺して換金したつもりになっている角都に、再不斬は呆れ顔で首切り包丁を肩に担いだ。


「だから金にはなんねぇぞ。俺はもう売約済だって言っただろーが」
「そうか。ならば貴様を買っている奴ごと換金するとするか。貴様ほどの奴を買うのなら、そいつも金になるだろう」


角都の返答に、一瞬、再不斬は眼を瞬かせ、やがて「ハッ」と鼻で嗤った。


「そりゃ無理な話だ」


自分と賭けをしているナルトごと換金すると言っているも同然の角都に、再不斬は失笑した。
それを挑発と見て取ったのか、角都が戦闘態勢を取る。

先ほどまでの傍観の態度を変えた角都を見て、飛段は「あ────っ」と非難の声を上げた。



「ずっるいぞ、角都!!手ぇ出すな、って言ったろ!?」
「お前はその守護忍十二士のほうをやれ。コイツは俺の獲物だ」


再不斬目掛けて地を蹴った相方に、飛段は唇を尖らせる。


「俺だってそっちのほうが殺し甲斐がありそーなのによぉ」とブツブツ文句を言う飛段の隙を狙って、シカマルは印を結んだ。【影真似の術】で動きを封じる。
チッ、と舌打ちした飛段が動かなくなったのを視界の端で捉えて、再不斬は「おい」とシカマルを肩越しに呼んだ。


「影使いの小僧。そのまま、ソイツを離すんじゃねぇぞ!」
「……っ、言われなくとも!!」

漂う濃霧の中の怒鳴り声に、シカマルもまた、顔を顰めながらも怒鳴り返す。
その返答が気に入ったのか、へっと口角を吊り上げて笑った再不斬はすかざす印を結んだ。





「【水遁・大瀑布の術】!!」

再不斬の周囲に描かれた水円。その円から多量の水が打ち上げられ、一気に落とされる。
水災害に遭ったかのような膨大な水が降り注ぎ、大津波が押し寄せてきたかのように周囲がたちまち一面の水に覆われた。


「い、いきなり大技かよ…!!」

波に圧し潰されかけたイズモとコテツが慌てて、アスマの許へ向かおうとするものの、水に阻まれて動けない。
シカマルも自身も流されそうになるも、必死で印を結び続ける。
シカマルの術で動けない飛段が、足元の血で描かれた陣が水で消えたのを見て、焦った声を上げた。


「おいおい!勘弁してくれよ!!角都!!」
「うるさい。黙っていろ」

飛段の非難染みた大声を無視して、角都は冷静に身構える。
初っ端から大技を仕掛けた再不斬から目を離さず、もはや湖と化したその場で戦闘態勢を取る。


(水もないところでよくもまぁこれほどの水を…)

水上に佇んでいる再不斬を見据える。かと思えば、その姿がブレた。嫌な予感がして、すぐさま振り返る。一瞬で背後に回った再不斬が首切り包丁を振るった。


「チィ…ッ、」

振り向き様に腕を振るう。首切り包丁が角都の腕を斬り落とした。
が、血が出ない。
直後、切り離された腕がまるで意志を持つかのように再不斬へ襲い掛かった。


「おっと」

分離した腕から逃れ、水上を滑るようにして距離を取った再不斬は「ほう?」と口許を覆う包帯の下で物珍しげに呟く。


「随分とまぁ、愉快な術を使うじゃねぇか」


切り離した腕から伸びる黒い繊維状の触手。
確かに斬られたはずなのに動く腕を目の当たりにして驚く木ノ葉の忍び達に反し、再不斬は愉しげに口角を吊り上げた。


滝隠れの秘術──【秘術・地怨虞】。
黒い繊維状の触手を操ることで身体の一部を切り離したり、或いは切り離された身体を繋げたりなどといった変形・分割・再結合できるという非常に凡用性が高い術だ。

黒い繊維状の触手。
それを操り、切り離した腕を飛ばしてくる角都。腕を振り払った再不斬だが、腕から伸びた触手が手足に纏まりついてくる。
縛り上げようとしてくるソレらを「まったく。鬱陶しいな」と再不斬は首切り包丁で一掃した。
戻ってきた自分の腕を元通りに縫い付けると、角都はコキ、と首を鳴らす。


「やはり鬼人と呼ばれるだけはある…木ノ葉のように上手くいかせてはもらえないな」
「俺らを甘く見るんじゃねぇよ!!イズモ!!」
「わかってる!!」


蚊帳の外だったイズモが印を結び、同時にコテツが巻物を取り出す。
直後、現れた鎖のついた大きな槌を構えると、水上を駆けだした。
コテツが投げてきた鳥のような形をした槌を迎撃せんと触手を伸ばした角都は、空中で変形して翼を生やしたソレに眼を瞬かせる。
繊維状の触手をかわし、角都目掛けて飛び掛かった鳥型の槌が角都もろとも地面を割った。


「やったか…っ」
「馬鹿野郎!!気を緩めるんじゃねぇ!!」

濛々と立ち込める煙にガッツポーズを取ったコテツとイズモに、再不斬の叱責が飛ぶ。
油断なく身構える再不斬の視線の先で、煙が晴れてゆく。
地面に大きな穴。その傍らに無事な姿で佇む角都に、コテツは舌打ちした。


「その通り。やはり木ノ葉は甘いな」

再不斬に同意を返した角都は、地面に空いた大きな穴を見下ろして嘲笑する。
コテツの大きな槌は自分に掠りもせず、ただ地面に穴を掘っただけ。
無駄な足掻きだ、と嘲笑う角都の背後の地面が、直後、盛り上がった。


「今だ…!」

くいっ、と指を動かす。コテツの指に合わせて、地面を掘り進んだ先ほどの鳥型の槌が角都を背後から襲った。
それをかわそうとした角都は、ふと足が動かないことに気付く。

「なに…っ」
「かかったな!!」


既に湖と化しているこの場。
そこに先ほど印を結んだイズモが【水遁・水飴拿原】を混ぜておいたのだ。
チャクラを混ぜて粘度を高くした水。角都の足元にだけ集中してイズモが仕掛けておいた罠である。

急に足を取られて動けなくなった角都が「チッ、」と舌打ちする。
見た目はただの水と変わりはしないので、再不斬の【水遁・大瀑布の術】によってできた一面の水の上に立っていた角都は、イズモの仕掛けた術に気付けなかったのだ。

絡め取られた足。
その一瞬の隙を見逃すわけにはいかない。
避けられた槌を握りしめ、コテツが「もらった!」と角都に飛び掛かった。




「だから────甘いと言っている」

しかしながら、直後、角都の腕が切り離される。
切り離した腕がコテツの首を締めあげた。

加勢しようとしたイズモの首にも、触手を操り、腕で縛り上げる。

ぐ…と苦しげに喘ぐ木ノ葉の忍びを見て、冷笑を浮かべた角都の背後で「甘いのはどっちだよ」と声がした。





「が…っ」
「両腕使っちまっていいのか?ガラ空きだぜ!!」


胴体への蹴り。身体をくの字に曲げた角都の頭上目掛け、再不斬が首切り包丁を振り落とす。
迫りくる刃物。
寸前、足元の水を角都は蹴り上げた。波が砕け散る。


「グ…!!」
「チ…ッ、浅いか…」


【水遁・水飴拿原】の粘度の高い水。
それを逆に利用して再不斬の攻撃の勢いを殺した角都は、その場からすぐに脱出する。

首切り包丁をまともに受けたはずなのに、傷ひとつ負わない角都に、再不斬は眼を細めた。


「かってぇな…硬化でもしたか?」

土遁の術を使うのか、と暗に問われ、角都はふっと口角を吊り上げた。


「流石は鬼人。木ノ葉とは比べ物にならんな」




皮膚を硬化し、圧倒的な防御力を付与する術────【土遁・土矛】。
更には、その硬さで繰り出される拳はすべてを粉砕する、まさに矛と盾両方の能力を併せ持つ術を見事に言い当てた再不斬に、角都は益々警戒心を抱いた。


ゲホゲホ、と首が解放されて咳き込むイズモとコテツを背景に、再不斬は呆れ顔を浮かべる。


「よく言うぜ。相性最悪じゃねぇか」

水遁は土遁に弱い。優劣関係は土に軍配が上がる。
水遁を主に扱う再不斬にとっては苦手なタイプだ。


「ならば降参するかね?」
「冗談」

角都の軽口に軽口で返して、再不斬は素早く印を結んだ。



「【水遁・水龍弾の術】!!」

寸前、相性が悪いと言ったばかりなのに水遁の術を使った再不斬に、角都は嘆息する。
龍を象った水が敵を喰い殺さんと口を開いた。

噴きあがった水龍が押し寄せてくる。
炸裂した術の威力は凄まじく、イズモとコテツが流されかけた。

「く…そ…!!」

【影真似の術】で飛段の動きを抑えていたシカマルは苦悶の表情を浮かべた。
激しい戦闘の余波がこちらにも矛先を向けてくる。
水飛沫が顔にかかり、身体が水に流されるのを辛うじて踏ん張っていたシカマルは、肩を力強い手で叩かれた。


「もういい、シカマル。術を解け。お前の身がもたん」
「アスマ…」


自分のほうこそ大怪我を負っているのに気遣う師に、シカマルは唇を噛み締める。
チャクラ切れだ。もう限界だと見て取って、アスマはシカマルに促すと、チャクラ刀に風のチャクラを込める。
通常の刃よりも刃渡りの長さが伸びているソレを手に、アスマは飛段目掛けて駆け出した。







「随分粘ってくれたなぁ…仕切り直しだ」

シカマルの術が解けるや否や、飛段は後方へ跳躍する。
再不斬の水が届いていない場所まで移動すると、再び足元に円陣を描き始めた。



















「馬鹿の一つ覚えか」

【水遁・水龍弾の術】を【土遁・土矛】で粉砕する。口を開けて迫りくる水龍を、角都は思いっきり殴りつけた。

滝の如き豪雨が降り注ぐ。
破られた龍の雨をその身に受ける角都目掛けて、白刃が煌めいた。


「つまらん。鬼人と言えどその程度か」
「言ってくれるじゃねェか…!」

横薙ぎで襲い来るクナイを止める。腕の合間から伸ばされた黒の繊維状の触手が、刃を押しとどめていた。

【水遁・水龍弾の術】に注意を向けさせた上での不意打ちにも上手く対処した角都に、再不斬は獰猛な笑みを浮かべる。ギラギラとした獣の如き瞳が殺意を以って、角都を真っすぐに射抜いていた。


刹那、長年の経験が角都を動かす。
無意識に傾いた身体のすぐ横を、太刀が凄まじい勢いで振り落とされた。




「チィ…これをかわすか」

角都の背後で苦々しげに舌打ちする。
直後、触手で止めていたほうの再不斬が、バシャッと水に化した。

「水分身か」

感嘆めいた声を零し、角都は水を蹴る。
【水遁・水龍弾の術】に注意を向けさせた上での不意打ちを仕掛けたかと思ったが、それもフェイク。
水分身に襲わせ、本体は首切り包丁で音もなく背後から迫りくる。

三段構えの攻撃に、再不斬から距離を取りながら、角都はなるほど、と頷いた。


「そういえばお前は” 無音殺人術(サイレントキリング)”の使い手だったな」


火の国一帯では既に霧が立ち込めている。
視界が悪く、更に足元には一面の水。

足場が水だとどうしても足音だけでなく水音もするのに、それすら微塵も立てずに忍び寄った再不斬に舌を巻く。

初っ端の大技も、自分に有利なフィールドに置き換えるのが目的だったか、と推察した角都は興味深そうな瞳で、再不斬を見据えた。


「流石、高額の賞金首だけはある。その首、なんとしても金にしてやるぞ」
「できるもんならやってみろ!!」


角都の触手が一斉に再不斬目掛けて襲い掛かる。水を蹴り、空中で体勢を整えながら、再不斬は首切り包丁を構えた。次から次へと迫りくる触手を断ち切る。
不意に、触手が足首に巻き付いた。その機を逃さず、角都は再不斬を水面へ叩きつける。


「ぐ…ッ」

水飛沫が上がる。
強かに水面へ墜落した再不斬へ、角都はすぐさま駆け寄ると、足を思いっきり振り落とす。

その寸前、再不斬は顔を横へ傾けた。
角都の蹴りから逃れた再不斬が仰向けのまま、印を結ぶ。

術が来る、と距離を取った角都は、不意に自分の動きが鈍いことに気が付いた。
だがそれよりも次に来るべき攻撃を防がねば、と身構えた角都の足元から、水が人の形となって駆け寄ってくる。


「水分身か…!」

両隣から襲い掛かる再不斬の水分身。
それを切り離した腕で止める。
触手を伸ばし、切り離した腕が二体の水分身を取り押さえたその瞬間、目の前に三人目の再不斬が急接近していた。




「【水牢の術】!!」
「な…!?」

逆巻く水の球体が、角都を包み込む。
両腕を水分身を止めるのに使っている今、角都はなすすべなく、水の牢に閉じ込められた。

動きを封じられ、身じろぎできなくなった角都は内部から抉じ開けようとチャクラを拳に込める。
【土遁・土矛】。皮膚を硬化した拳で粉砕しようとした角都は、歯ごたえのなさに眉を顰める。

水でできた球体の中に敵を閉じ込める【水牢の術】。
一度閉じ込められれば、内側から破るのは困難だが、今の手ごたえは逆に妙だ。
弾力があるかのような感触に、角都は顔を顰める。


「これは…まさか、」
「気づいたか」

水の牢の外で、水球に手を翳しながら、再不斬はにやっと口許に弧を描く。

イズモの【水遁・水飴拿原】の粘度の高い水。それを巻き込んだ上での水球だ。

更に、【水遁・水龍弾の術】の水龍が角都によって粉砕されるのも計算の内。
よって、水龍にも紛れ込ませていた【水遁・水飴拿原】の粘度の高い水を浴びていたので、角都は動きが鈍くなっていたのだ。

二重三重もの罠が仕掛けられていたのか、と歯噛みしたところで、もう遅い。
水の球体に囚われた角都は「……少し、舐めすぎていたか…」と反省した。


その背中がボコリ、と盛り上がる。
お面のようなモノがひとつ、垣間見えた。

































「角都の奴、つかまってやんの。だっせェ~」


血で円陣を新たに描き終わった飛段は、水牢に囚われの身となった角都を認めて、からかい雑じりの笑みを浮かべた。
直後、周囲を取り巻く煙に顔を顰める。

ただでさえ、霧で視界が不明慮なのに、纏わりつく煙草のような煙に、飛段は自身の得物である鎌を構えた。

ひゅっと口から煙を吐き出したアスマが印を結ぶ。


「【火遁・灰積焼】!!」


チャクラを変化させた火薬を含んだ煙が周囲一帯に吹き荒れる。
火薬の舞うエリアの中、あらかじめ仕込んでおいた奥歯の火打石を、アスマはガチっと鳴らした。

着火。


ぼうんっと爆発が巻き起こる。煙が立ち込める中、アスマは更に足を踏み入れた。
この機を逃すわけにはいかない。

爆発に巻き込まれた飛段のトドメを刺そうと一気に迫る。
風のチャクラを込めたチャクラ刀。鋭く尖った刃が、飛段の首を斬り落とそうと迫る。
同時に、三刃の大鎌を飛段は振り翳した。







「なにを遊んでいる」
「ガハ…!?」






刹那、アスマの身体が吹っ飛ぶ。
爆発の煙を通り越し、霧の彼方まで吹き飛んだ師を見て、シカマルが眼を見張った。

「アスマ…!!」



だが、それよりも眼を大きく見開いた飛段は、自分の鎌をいつの間にか手にしている存在を凝視している。


三刃の大鎌をひゅんっと軽く手のひらでもてあそぶ。
目深に被ったフードからは微塵も顔が窺えなかったが、久方ぶりの再会に飛段は喜色満面の笑みを浮かべた。





「邪神様ぁ!!」







アスマと飛段の間に割って入ってきた人物。
三刃の大鎌を軽々と回して、ナルトはフードの影から蒼い双眸を鋭く覗かせた。 

 

四十五 因縁の相手

ズン…と空気が重く張り詰める。

霧隠れの鬼人来訪の際も凄まじい緊張感が漂ったが、それよりも遥かに重苦しい重圧が、この場にいる人間に圧し掛かる。
息をするのも忘れ、シカマルは新たなる乱入者を凝視した。

(だれだ…?)

顔は、見えない。
目深に被ったフードがはためくも、相手の容貌は微塵も窺えなかった。
しかしながら華奢な身体でありながら、アスマを容易に吹き飛ばした事からも一筋縄ではいかぬことが窺える。
なにより、黒地に赤き雲の衣が『暁』である事実を物語っていた。


「次から次へと…!」
「奴らの仲間、か…?」

イズモとコテツが、新たに現れた人物に警戒心を抱く。
霧の彼方まで吹き飛ばされたアスマの安否が気になるが、現状、下手に動けば命取りだ。


どうする…?と頭を目まぐるしい回転させるシカマルに反して、この場の重い空気とは裏腹に明るい表情を浮かべた飛段が眼を輝かせた。


「邪神様、来るなら来ると言っといてくれよォ~」

先ほどまでとは打って変わって、上機嫌な飛段に対して、フードの人物は視線のひとつも寄越さない。
これが角都ならばすぐさま口喧嘩に勃発するところだが、飛段は気にせずにむしろ喜々として言葉を続けた。

「それより邪神様、俺の鎌、すげー似合ってるなァ!!」


普通、自分の得物を他の人間に取られたら、躍起になって取り返そうとする。
更に飛段の性格から考えて、鎌を奪われたら即座に怒り狂うだろうに、逆に楽しげな様子を見て取って、シカマルは顔を顰めた。

邪神様と呼ばれた当の本人は飛段とは違って不機嫌そうに鼻を鳴らすと、鎌をくるりと回す。
三刃の大鎌をひゅんっと手のひらでもてあそぶその姿は、どことなく確かに邪神と呼ばれてもおかしくはない雰囲気を放っていた。

























ボコリ…と一面の水面の中心で水球が浮かぶ。

水でできた球体は、一度閉じ込められれば内側から破るのは困難。
更に、息ができなくなる故に、いずれ溺死する。

その水牢の中に囚われていた角都は遠目で、飛段の隣に佇む乱入者の姿を見た。
僅かに眼を見開く。
その口が名を呼ぼうとする直前、水牢の術者がそれより先に口を開いた。


「おいおい、なに余所見してんだ」

【水牢の術】で角都を閉じ込めた再不斬は、手を置いた水球の中を「俺は眼中にないってか?」と覗き込んだ。
術者が触れていなければ維持できない水牢。その囚人を挑発する。


「てめぇが袋の中の鼠っていう現状を理解していねぇみてーだな」

再不斬の嘲笑を水の内側から受けた角都は、顔色ひとつ変えずに瞳を眇めた。


「鼠、か…」

微塵も焦燥感が窺えない相手に再不斬が違和感を覚えると同時に、角都の背中がボコリと蠢く。
ソレは、薄気味悪いお面。
お面は、角都の肩越しにパカリと口を開いた。

「窮鼠猫を嚙む、とも言うだろう」


袋の中の鼠と称した再不斬目掛けて、水球の内から高密度の水遁の術が放たれる。

水球に触れていなければ維持できぬ水牢。
その術者の顔が驚きに歪んだ。















直後、ぱァん…と再不斬の顔が弾け飛ぶ。
首無しの術者が崩れ落ちたその瞬間、水牢も弾け飛んで水飛沫を撒き散らした。





















「「「な…!?」」」

突然の出来事に、シカマルも、そしてコテツ・イズモも反応できない。
術者の頭を吹き飛ばした囚人は、牢から出るや否や、やっちまった…という表情を浮かべた。

「顔がなければ金が貰えんではないか…」

殺して換金するつもりだったのに、顔がわからなければ本当に賞金首かどうか判断できないので、換金してもらえないだろう。首無しの遺体を換金所へ持っていったところで、首を横に振られるのがオチだ。

しまった…と至極残念そうに溜息をつく角都は、金のことしか頭にないようで、今し方殺した相手を一瞥すらしない。

「嘘だろ…あの桃地再不斬が…」
「鬼人がこうもあっさりやられるとは…」

愕然とするイズモとコテツの傍ら、シカマルは冷静に分析していた。

(あの【水牢の術】は確か波の国でカカシ先生も脱出するのに手を焼いたと聞く…それを内側から破るとは…)



以前、波の国での任務に赴いたナルから事の顛末を聞いていたシカマルは、思案顔で角都を観察する。
波の国では、カカシが再不斬によって【水牢の術】に閉じ込められ自力での脱出が不可能という危機的状況に陥ったという。

ナルとサスケの機転で水牢から脱出し、その危機的状況からも脱したという話であったが、要するに閉じ込められてしまったら、外部からの助け無しでは、あのカカシでさえも脱出不可能だという厄介な術のはずだ。


それがこうもあっさり破られるとは、とシカマルは角都の様子を注意深く観察する。


【水牢の術】は術者が触れていなければ維持できない。
故に、水球に手を触れていた再不斬は至近距離から攻撃を受けてしまった。

つまりそれは、本来、内側から抉じ開けられない脱出不可能の術であるという自信のあらわれだ。


それをあっさり破ったとなると、水球の内側の水を用いて、水遁の術を使ったのだろうか。
そうなるとかなり高度で高密度な術だと言える。



肩からボコリと生えたお面が再び背中に戻ってゆくのを目の当たりにして、シカマルは眉を顰めた。




先ほど、首切り包丁の猛攻を受ける際、角都は硬化の術を使った。
相性不利だと再不斬も言っていたので、間違いないだろう。

皮膚を硬化し、圧倒的な防御力を付与する術は土遁の使い手でないと、首切り包丁の鋭利な攻撃を受けきれない。


(つまり、相手は土遁と水遁…二つのチャクラ性質を持っているということか…?)

そう分析するシカマルだが、あの背中から生えていたお面が妙に気にかかる。



違和感を覚えるシカマルの視線の先で、角都は飛段のほうへ足を向けようとし────反射的に地面を蹴った。
それが功を奏した。













「ぐ…!?」
「チィ…ッ」


角都の背中。その服を鋭利な刃物が裂く。
その合間から、先ほどのお面同様、四つの面が垣間見えた。























「完全に不意打ちだと思ったのによ」

首切り包丁で角都の背中の服を裂いた再不斬がチッ、と再び舌打ちする。
背後から斬りつけようとしたのに、切り裂いたのは服のみ。

「どんな勘してやがるんだ」
「…貴様よりはずっと長生きなんでな」


肩に首切り包丁を担いで嘆息する鬼人の無事な姿を見て、角都は軽く片眉をあげた。
長年の経験の差を暗に告げながら、角都は先ほど殺したはずの再不斬の首無し遺体を見る。

沈みゆく遺体。
かと思えば、それはバシャ…と音を立てて水と化した。

【水牢の術】を維持していた再不斬もまた、水分身だったと把握して、角都は剥き出しになった背中を隠すように、破れた服を羽織る。
だがシカマルは、四つの面があるその異様な背中を見逃さなかった。


「水分身か…鬼人ともあろうものが随分臆病なことだな」
「ハッ!慎重と言え。てめぇら『暁』の噂は色々聞いてるんでね。慎重すぎるくらいがちょうどいいってな」

頭を吹き飛ばした相手も水分身であり、本体は隙を窺っていたのだ。
死んだと思わせ、油断したところをすぐさま首切り包丁で背後を狙う。
しかし、それさえ上手くいかなかったことに、再不斬は苦虫を嚙み潰したような表情で、再三舌打ちした。
























「さっさと終わらせろ」

霧の向こうをじっと透かし見るかのように、フードの存在は佇んでいる。
やがて、蹴り飛ばした相手がよろよろと此方へ向かってくるのを見て取って、彼は三刃の大鎌を飛段へ投げ渡した。

アスマの姿を見て、にんまりと口許に弧を描いた飛段は、フードを被った存在に仰々しい仕草でお辞儀してみせる。


「邪神様の仰せのままに」

呆れたように肩を竦める相手に対し、機嫌を損ねず、むしろ上機嫌で飛段は鎌をくるくるっと回した。



「邪神様ぁ!見ててくれよォ!俺、本気出すから!マジ本気でやっからよォ!!」
「はいはい」

おざなりに返事するフードの人物の隣で、飛段は鎌についた血を舐める。
その血は確か、アスマが先ほど飛段の鎌で斬りつけられた時に付着した血だ、とシカマルが察したその時、コテツとイズモが驚愕の声を漏らした。

「なんだ、アイツ…」
「身体が…」

白と黒の縞模様のような、或いは骸骨が浮き上がっているかのような。
妙な風体と化した飛段が高らかに笑う。

大鎌をアスマに突き付け、「既にてめぇは俺に呪われた!!」と勝ち誇ったように飛段は嗤った。
円陣の上にいる飛段目掛け、アスマがクナイを放つ。

そのクナイを、飛段は避けようともしない。
違和感を覚えるよりも前に、アスマがガクンっと崩れ落ちた。


飛段の左足にはクナイが突き刺さっている。
そこと同じ箇所を手で押さえているアスマに、シカマルは顔を顰めた。

「なんだ、いったい…」
「まさか、」

シカマルがハッとするのも束の間、飛段が「いってぇじゃねぇか!!」と、自分の足に突き刺さったクナイを抜き取る。
それをそのまま、今度は自分の脇腹目掛けて、突き刺した。

「ぐあ!?」

アスマが再び、苦悶の声をあげる。
脇腹を押さえて蹲る師へ、シカマルは険しい表情で「アスマ!!」と叫んだ。


「どういうことだ、シカマル!?」
「何故、アスマ隊長は奴と同じ場所を怪我してるんだ!?」

動揺するコテツとイズモの隣で、己の推測をシカマルが冷静に語る。
だがその額には冷や汗が流れ、焦燥感が明らかに募っていた。


「アスマと奴の身体は何等かの仕掛けで繋がっている。身体に受けたダメージも同じようにリンクする…ただし、アイツは────不死身の身体だ」






【呪術・死司憑血】────自らの血で地面に陣を描き、対象者の血を体内に取り込む事で、術者の体と対象者の体がリンクする。
以後、その陣の上で術者が受けた傷は対象者の体にも同様に現れる為、どこへ逃げようと術者が自分の身体を傷つければ、対象も同じように傷つく仕組みだ。


当然、術者である自身の身体も傷つき、痛みも感じるが、不死の体を持つ飛段には、そのようなもの、些細な事だ。
つまり、実質、不死身である飛段にしか使えない術である。

要するに、不死の飛段は死なないが、呪われた対象であるアスマの死は回避不可能という事だ。





「俺と邪神様の会話を邪魔するから、裁きが下ったんだぜ」

蹲るアスマを見下ろしながら、クナイを投げ捨てた飛段が吐き捨てる。
冷笑を口許に湛えたまま、鋭利な杭を取り出した飛段の隣で、フードの人物は腕を組んだまま、沈黙を貫いていた。
その腕組みの中で、秘かに印を結んでいる事には、誰も気づかない。



「どうでもいい。さっさと終わらせろ」
「つれないねぇ…」

そこもいいんだけどな、と邪神様主義の飛段は、フードの相手の催促に素直に応じて、杭を己の胸に突き立てようと、その腕を振り上げた。




「邪神様の裁きだ…!!ありがたく、下りやがれ!!」
「やめろおぉおぉ────!!!!!」







シカマルが叫ぶ。
地面を蹴り、影縫いの術の印を結ぶのも忘れて、ただただ叫ぶ。


助けようとしたその手は、しかし、届くことはなかった。


























杭が突き刺さる。
同時に、アスマの動きが止まった。

そのまま、ぐったりと倒れ伏した師を、シカマルは、コテツは、イズモは、ただただ、呆然と見下ろした。


「終わったのなら、とっとと行くぞ」

冷然とした佇まいで、フードの人物が飛段を促す。
いつもなら殺した余韻に浸るところ、その声に従った飛段は心臓を突き刺した杭を素直に抜き取った。
不死の身体故、アスマと違って、ピンピンしている飛段は「おい、角都!!」と再不斬と対峙している相方を呼ぶ。


「邪神様がお呼びだ!こんな連中、ほっといて撤退すんぞ!!」
「いや、呼んでいるのはペインのほうなんだが…」

フードの人物の呟きをよそに、飛段は角都に向かって声を張り上げる。

「角都!!邪神様の言う事が聞けねぇのか!?」
「煩い。そんな大声で喚かなくとも聞こえている」

鬱陶しげに返事を返した角都は、しかしながら、フードの人物の声にはピクリと反応した。

「角都」
「……ああ」

フードの相手には素直に返事をした角都に、飛段は我が物顔でうんうんと頷いた。


「角都も邪神様の偉大さにようやく気づいたようだな!!」
「黙れ。お前と一緒にするな」

不死コンビのやり取りに、フードの人物が眉間を指で押さえるかのような仕草をする。
緊張感の欠片もない空気なのに、けれどその間に割り込めば命はない事を、イズモもコテツも、そしてシカマルも理解していた。


「そういうことだ。次、俺に会うまで殺されるなよ、桃地再不斬。お前は賞金としても上等だが、」

念を押すような物言いで告げた後、値踏みするかのような眼で、角都は再不斬を見やった。


「水遁の使い手としても上等だ」
「何が言いたい?」
「なに。貴様の心臓は俺が貰い受ける。それだけの話だ」


片眉を上げ、怪訝な表情を浮かべた再不斬は、飛段がいるほうへ身体を反転させた角都に益々眉を吊り上げた。




「逃がすかよ…ッ」

角都との戦闘に水を差され、苛立ちも込めて再不斬が振りかぶる。
その手にあるのは、己の得物。

凄まじい勢いで、投擲された首切り包丁。
鋭利で巨大な刃物が、飛段と角都、そしてフードの人物へ襲い掛かる。




「危ないな」

しかし次の瞬間、首切り包丁は弧を描いて、遥か遠くへ突き刺さった。
フードの人物が、飛来してきた首切り包丁をものともせず、弾き飛ばしたのだ。




あれほどの鋭利な刃物を容易に退けた当の本人は、フードの影の下で、チラリと再不斬を見る。
目配せを秘かに交わすと、フードの存在は角都と飛段を伴って、濃霧が立ち込める中、消え去ってゆく。

後には、遠方で突き刺さる首切り包丁と、そしてアスマの遺体だけが残された。

























「逃がしたか…」

立ち込める霧の中、再不斬の声がやけに大きく響き渡る。
アスマへ駆け寄って何もできないまま、『暁』を見送ることしか出来ぬ自分自身に歯噛みするシカマル・コテツ・イズモは、やがて見知った姿にハッと顔を上げた。




「よぉ」

突然、首筋に突き付けられたクナイを見て、再不斬は唇に弧を描く。
呑気に「元気だったか?」と問われ、クナイの持ち主もまた「おかげさまで」と軽く返事を返した。


中忍本試験前に自来也と対峙した際も、木ノ葉崩し以降に鬼鮫との戦闘を繰り広げた際も、結局どちらも会わなかった相手。
しかしながら、波の国以来でようやっと再会した双方は、お互いに不敵な笑みを湛えた。











「久しぶりだな────カカシ」
「やはり生きていたんだな、桃地再不斬」 
 

 
後書き
お待たせしました!!
色々謎がある回ですが、後々わかりますので、暫しお待ちください。
ちなみにタイトルは、最後のほうの両者のことです。

どうぞこれからも「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願いいたします!!