夢幻水滸伝
第一話 夢の世界その一
夢幻水滸伝
第一話 夢の世界
この時中里雄一はクラスメイトの芥川宗介に自分達のクラスである三年A組の教室の中でこんなことを言われていた。
「御前もあれやな」
「あれって何やねん」
中里は眉を顰めさせて芥川に返した、細面でしっかりとした眉に奥二重の目である。髪の毛は黒くショートにしている。
背は一七五あり身体は細めで引き締まっている、そのうえで芥川に言ったのだ。
「いきなり言われてもわからんわ」
「そやろな、今から受験のこと言うつもりでや」
「そう言ったんか」
「そや、御前経済学部進むんか」
「推薦はそっち受けるつもりや」
芥川に素っ気ない感じで答えた。
「それで勉強もしてるわ」
「そうか、法学部ちゃうねんな」
「うちの法学部めっちゃレベル高いやろが」
法学部と言われてだ、中里は芥川にすぐに怒った感じの顔で言い返した。
「あそこは」
「八条大学の中でもな」
「この高校付属やけどな」
その八条大学の、というのだ。彼等が通っている八条学園高等部はこの大学の付属なのだ。
「それでも推薦で行くにしても」
「偏差値が必要やな」
「それこそ東大受かる位のな」
「そやろな、そやから僕も冗談で言うたんや」
「下手な冗談や」
中里はこう言った。
「御前らしいな」
「ははは、そう言うか」
芥川は笑って応えた。茶髪を短くしていて頭の左右を短くしていて明るい大きな目を持っている。細い顔はよく日焼けしていて唇は真一文字だ。眉は細い。
背は一七四位であり中里より細身だ。中里は赤い詰襟を着ており芥川は黒のブレザーだ。どちらも八条学園高等部の制服だ。この学園は生徒それぞれが学校の所定する百近い制服から好きなものをそれも複数選べるのだ。見ればクラスの他の面々の制服もそれぞれ違う。
「これでも吉本に就職考えてるやけどな」
「漫才するつもりか」
「落語や」
「御前落研に入ってるしな」
「忍者部とな」
「掛け持ちやったな」
「どっちも楽しいで」
芥川は明るい顔で中里に所属している部活のことも話した。
「ほんまにな」
「それはええことやな」
「そやろ、人生は楽しむもんやしな」
「僕もそれは同じ考えや。けどな」
「けどって何や」
「漫才やないんやな」
「漫才は一人ではできん」
芥川ははっきりと言い切った。
「コンビかトリオか」
「三人漫才は減ったな」
「そやな、そういえば」
「二人やな、今は」
「それで御前は二人ではせんのか」
「そや、落語家でやっていくで」
「そんで大学は文学部かいな」
中里は芥川の進学のことを聞いた、自分も聞かれたので聞き返したのだ。
「あそこに行って落語勉強するんかいな」
「古典落語をな」
「創作落語はせんか」
「それも好きやけどまずはや」
「古典か」
「そっちをやって基礎固めたくてや」
こう考えているからだというのだ。
「僕はまずは古典落語やるで」
「そうか。ほな頑張るんやな」
「そうするわ」
「僕は経済学部行くけどな」
「合格出来るんやろな」
「そうなる様に受験勉強してるわ」
これが中里の返事だった、自分の席に座って前の席に座って話をしてきている芥川に対して答えている。
第一話 夢の世界その二
「部活もしてな」
「剣道部か」
「そっちもな」
「つまり御前の学園生活は充実してるんやな」
「これでもな」
「ええこっちゃ、ほなわしも頑張ろか」
芥川は中里の言葉を聞いて言った。
「しっかりとな」
「落語と受験をか」
「忍術の勉強もや」
こちらもというのだ。
「頑張るで」
「忍術もか」
「そや」
そちらもというのだ。
「頑張るで」
「忍術な」
「言うけど忍術ってのは案外地味なもんや」
「それ知ってるわ、蝦蟇出したりせんのやろ」
「手裏剣同時に何発も投げたり五メートルも六メートルもジャンプせんで」
「それは漫画やな」
横山光輝や白土三平の世界である。
「蝦蟇は絶対ないわ」
「変化したりな」
「それ確か杉浦茂の世界やな」
「猿飛佐助名作やで」
「図書館で読んだけど面白いわ」
「そやろ」
「けれどほんまの忍術はやな」
中里はあらためてだ、芥川に言った。
「ちゃうな」
「それ自分も知ってるやろ」
「まあな。隠れて逃げるものか」
「戦うのは最後の最後や」
「逃げて隠れるか」
「スパイやな」
簡単にだ、芥川は現代の例えで話した。
「要するに」
「そのものやな」
「そや、つまり僕はスパイの勉強もしてるんや」
「そやねんな」
「とはいっても落語家志望や」
「それで飯食えたらええな」
「まあな、それで自分は経済学部からか」
今度は芥川が中里に問うた。
「何になるんや」
「何にってサラリーマンや」
「サラリーマンかいな」
「そや、それになってや」
そうしてというのだ。
「頑張って稼ぐで」
「サラリーマンって稼げるか?」
「普通に生きられるだけな」
「夢ないのう。どかっと夢持ったらどないや」
「僕そんな夢ないで」
「普通に生きてかいな」
「そや、家庭持ってや」
中里はここで芥川にこうも言ったのだった。
「子供九人持つで」
「生活費大変やで」
「いやいや、その為に稼ぐんや」
「九人か」
「それ位欲しいわ」
「そんだけおったら凄いで」
芥川は中里、彼の想像の中では顔は十代のままでスーツを着た彼が顔は出ないエプロンの奥さんと二人で九人の小さな子や赤子に囲まれている姿を想像して言った。
「もう戦争やで」
「九人もおったらかいな」
「そや」
まさにというのだ。
「ほんまにな」
「それでかいな」
「あんまり進められんわ」
「いやいや、それが僕の夢やねん」
「子供は九人か」
「全員健やかに育てるで」
「それはでっかい夢やな」
芥川も話を聞いて言った。
第一話 夢の世界その三
「それは僕も思ったわ」
「凄いやろ」
「ああ、生活費も育児も頑張るんや」
「そうやってくで」
「そんで僕はや」
「落語家かいな」
「落語心中以上の落語家になったるわ」
こうまで言うのだった。
「あのアニメのお師匠さん以上にな」
「落語のアニメもあるんやな」
「そや、やったるで」
「落語で飯食うのは大変らしいけどな」
「そやな、けどやったるで」
「ほな自分も頑張れ」
「そうするわ」
二人でこうした話をしていた、受験生なのでそうした話を冗談交じりにしていた。そしてその二人のところにだ。
髪は黒の首の先の付け根のところで切り揃えたショートヘアで細い眉に大きな黒い目、小さな唇と楚々とした顔立ちをした少女が来た。背は一六〇程でグレーの制服のミニスカートから白い脚が見えている。靴下は白だ。上は濃紺のブレザーで緑のネクタイに白のブラウスだ。すらりとしたスタイルだ。
その彼女がだ、二人のところに来て声をかけてきた。
「受験の話?」
「そや」
芥川が少女に微笑んで答えた。
「どの学部受けて将来どうするか」
「えらい具体的な話しててんね」
「僕は落語家になるってな」
「芥川君それよお言うてるね」
「実際になるつもりやさかいな」
だからだとだ、芥川は笑って答えた。
「それで文学部に行ってや」
「古典落語勉強して」
「プロの落語家になるで」
「そこまで考えてるんやな」
「そや」
「それで紫ちゃんはやっぱり」
中里が少女の名を呼んだ、下の名前は綾乃という。
「巫女さんかいな」
「いや、巫女さんやなくてや」
「神社の奥さんっていうか」
「私神社の娘やから」
それでとだ、綾乃は中里に微笑んで答えた。
「宗教学部に入って」
「それで神道のこと勉強して」
「それでな」
そのうえでとだ、綾乃も進路のことを話した。
「巫女さんはリアルでしてるけど」
「将来はやな」
「神社はお兄ちゃんが継いで」
そしてというのだ。
「私は多分他の神社にな」
「お嫁さんに入るんかいな」
「そうなるんちゃうか」
「それ決まってるんかいな」
「多分」
そうだというのだった。
「お父さんもお母さんも好きにしたらええっていうけど神社好きやし」
「女の人は神主さんになれへんの」
「どうやろな」
綾乃は中里の問いに首を傾げさせて返した。
「一体」
「何かよおわからん返事やな」
「そこは私もまだ知らんから」
「そやねんな」
「そや、けれどな」
「宗教学部で勉強してかいな」
「神社にいたいわ」
就職してもというのだ。
第一話 夢の世界その四
「やっぱりな」
「そやねんな」
「出来たらな」
「ほな綾乃ちゃんも受験頑張ってや」
「まず宗教学部受かって」
「それで神社に行くんやで」
三人で話した、この時は普通に休み時間が終わって授業に入り昼になりだった。中里は食堂に食べに行ったが。
席の向かい側を見てだ、きつねうどんを食べつつ苦笑いで言った。
「また御前とやな」
「そやな」
芥川もうどんを食べている、彼は鴨なんばうどんだ。鴨といっても鶏肉である。
「腐れ縁やな」
「ほんまにな」96
「最近よお一緒になるな」
「黒い糸で結ばれてるんやな、僕等は」
「赤い糸ちゃうんか」
「それは生涯の伴侶やろ」
それがなるというのだ。
「けれど腐れ縁やからな」
「黒い糸か」
「それも真っ黒な」
「ええ色ちゃうな」
中里は御飯も食べた、こちらはカツ丼だ。
「どうも」
「まあそやな」
芥川は彼の御飯ものである天丼を食べつつ応えた。
「真っ黒とかな」
「僕としてはせめて白であって欲しいわ」
「女の子の下着と一緒でかいな」
「それはどんな色でもええわ」
中里はこのことについては笑って言った。
「僕は」
「ええんかいな」
「そや、白でも黒でもピンクでもな」
「女子高生で黒下着はあまりないやろ」
「ないか」
「大抵白やベージュやろ」
そうした色だというのだ。
「わしの妹もそんな色やで」
「妹さんの下着の色知ってるんかいな」
「そんの洗濯でよお乾かしてるの見るやろ」
「そういえばそうか」
「一緒におったらちらちらはっきり見るしな」
「色気無い感じでか」
「ないない、うちの妹にそんなんないわ」
うどんを食べつつ笑って言うのだった。
「欠片もな」
「奈央ちゃん可愛いやろ」
「顔はな。けれど仕草がや」
「色気がないんか」
「ないで。少なくとも家ではや」
「女の子へのイメージ崩れるな」
「そんなん女兄弟おったらなくなるわ」
それこそ最初からという言葉だった。
「ファンタジー小説の世界やってな」
「きっついのう」
「駅前の喫茶店の娘さんかてな」
「ああ、マジックな」
「あのお店娘さん達も働いてるけどな」
「一番上の娘さんうちの大学の生徒やったな」
中里はうどんをすすった後カツ丼のカツと卵、それに葱で御飯を食べつつ言った。
「そういえば」
「下の娘さん二人はそれぞれうちの高等部、中等部や」
「三人共めっちゃ小柄可愛い顔してるやん」
「ところが女三人姉妹になるとな」
「お家の中ではかいな」
「もう凄いと思うで、男の目がないとな」
それこそというのだ。
「女のコってのはえぐいからな」
「そんなにかいな」
「そうや、従姉妹の姉妹も三人で」
「自分三人姉妹と縁あるな」
「そうか?とにかくそうなるとな」
「もう凄いか」
「下着は脱ぎっぱなし、家では裸、もう下品な言葉もどんどんや」
そうした状況だというのだ。
第一話 夢の世界その五
「色気も恥じらいもないわ」
「そんなに凄いんか」
「女の子に幻想を持つとや」
それこそというのだ。
「人間後悔するで」
「現実を知れっちゅうことか」
「女子高もえぐいらしいしな」
「花園ちゃうんか」
「男の目がないからな」
女子高もというのだ、女姉妹と共に。
「匂いかてきつうて」
「匂いもかいな」
「ああ、けど商業科はちゃうらしい」
「そっちはかいな」
「あっちは少ない男の取り合いになるさかいな」
男にとってはいいことであろうか。
「もう目を引こうって必死になるさかいな」
「身だしなみとか仕草にもやな」
「気を使うからな」
「そういえば商業科奇麗な娘多いな」
「そやろ、特に名前忘れたけど二年と一年の姉妹で両方共可愛い姉妹おってな」
「付き合ってるんか?二人と」
「ちゃうわ、そんなええ話あるか」
姉妹二人と同時に付き合いなぞ、というのだ。
「というかわし彼女いない歴イコール年齢やぞ」
「僕もや」
「そんなハーレム出来たらええわ」
「二人でハーレムかい」
「両手に花か、とにかくや」
「ああ、とにかくやな」
「女の子に幻想持ったらあかん」
芥川は断言した。
「かといってもエカチェリーナ嬢は極端やがな」
「ああ、氷の女な」
「そや、あんな威圧感全開の娘もおらんけどな」
「名前のせいか?」
中里は彼女についてはこう述べた。
「それって」
「女帝エカチェリーナな」
「それのせいか?」
「そんなん言うたらロシアのエカチェリーナさん全員あんなんやぞ」
「ないか」
「ないない、それに噂したらや」
ふとだ、芥川が彼から見て右手を見るとだった。そこに銀髪を腰までストレートで伸ばしたアイスブルーの布ながの瞳の少女が歩いていた。
顔は蒼白と言っていいまでに白く顎は鋭角だ。鼻は長く睫毛は長い。髪の毛と同じ色の眉は細く奇麗なカーブだ。前髪は切り揃えている。
背は一六〇位で然程高くない。青いブレザーに白のくるぶしまである長い制服のスカートを穿いている。ブラウスは白でネクタイは緑だ。
表情はなく何処か近寄り難い雰囲気を醸し出している、二人が話している通り確かに威圧感がある。その彼女を見てだ、芥川はまた言った。
「本人おるな」
「相変わらず威圧感あるな」
「奇麗やけどな」
「氷の天使って仇名あったな」
「ああ、けれどあれでな」
「あれで?」
「話したら結構ええ娘らしいで」
芥川は彼女、エカチェリーナ=イヴァノヴァについてこうも話した。
「面倒見がよくて気がついて」
「そうなんかいな」
「温厚な性格らしいわ」
「そうなんかいな」
「部活でも部長さんで面倒見がええらしい」
「合唱部やったか?」
「確かな。ピアノ部の一杉ちゃんが言うてたわ」
彼女から聞いた話だというのだ。
「ええ娘って言うてたわ」
「外見や雰囲気とはちゃうか」
「そや、ロシア人気質らしいで」
「ロシア気質なあ」
「うちにもロシア人多いけどな」
「結構おるな、確かに」
「その中でも目立ってるけれどな」
見ればエカチェリーナはその手にプラスチックの盆を持っている、その上には海老フライ定食がある。二人はその定食も見ている。
第一話 夢の世界その六
「エカチェリーナ嬢は」
「それは確かやな」
「あの娘になると普段の生活想像出来んけどな」
「外国人用の寮におっても」
「どんな感じやろな」
「というか外国人の寮ってどんなんや」
「どやろな」
芥川の返事はここでは曖昧なものになっていた。
「わしもわからんわ」
「特に女の子のはやな」
「女の子のところは当然として」
「男の方もな」
「設備はええらしい」
このことは日本人用の寮も同じだ、尚寮生はどちらの寮に入りたいのか日本人でも外国人でも選択は出来る。明確にどちらかと定められてはいないのだ。
「けどな」
「どんなとこかはやな」
「知らんわ、僕も」
「僕もや」
「ましてやエカチェリーナ嬢はな」
席に座って静かにだ、海老フライ定食を食べる彼女を見て言った。
「どんなんやろな」
「威圧感あるけどええ娘やっちゅうし」
「そんなけったいな生活してないやろ」
芥川は彼女を見たまま中里に話した。
「瞥にな」
「まあそやろな」
「けどロシア人やから紅茶飲んでるやろ」
「それ誰でも思うで」
即座にだ、中里は芥川に言った。
「ほんまに」
「それもそやな」
「そんでエカチェリーナ嬢も八条大学に進学か」
「そやろな、こっちに留学してきてるんやし」
「そやねんな、ほな大学同じ学部かも知れんな」
「経済学部か」
「若しかしたらな」
中里もエカチェリーナを見つつ言った。
「その時は仲良くやれたらええな」
「まあ基本仲良く出来たらええ」
それに越したことはないとだ、芥川は中里に返した。
「国も人もな」
「そっちの方が無駄な力使わんしな」
「それがどうしても無理な相手もおるけどな」
「それでも基本そやな」
「仲良く出来たらそれでええわ」
「第一にはな」
こうした話をしながらだった、二人は昼食を食べそれぞれの午後の学園生活を過ごしてだった。その後で家に帰ってそちらの生活も楽しんだ。中里は寝る時にもうパジャマに着替えている母の陽子に言われた。
「しっかり寝なさいよ」
「夜ふかししないで」
「もう今日は勉強しないでしょ」
母は自分の夫の若い頃にそっくりな息子の顔を見つつ言った。
「だったらね」
「さっさとベッドに入って」
「寝なさい」
こう言うのだった。
「寝るのも受験のうちよ」
「睡眠不足は身体を壊すからだよな」
「そうよ」
その通りという返事だった。
「だからね」
「さっさとベッドに入ってか」
「寝なさい、いいわね」
「そうだよな、じゃあ寝てな」
「受験まで体調崩さない様にね」
「それじゃあそうするよ」
「ええ、お父さんももう寝たから」
陽子は今も同じベッドに寝る夫のことも話した。
「朝までね」
「そうするな」
中里は母のその言葉に頷いた、そしてだった。
実際に時分の寝巻きであるジャージ姿のままベッドに入った、それからはまさに一瞬でだった。
眠りに入った、するとだった。
目が覚めるとそこは森の中だった、緑の木々に囲まれた土の上に仰向けに寝ていた。そして起き上がると。
第一話 夢の世界その七
鳥のせせらぎが聞こえ木の下にある草も見える。
そうした周りを確認してだ、中里は次に時分の今の身なりを確認した。身体を見回してみると。
赤い具足、戦国時代の大名達が身に着けていた様な具足を着ていた。肩も脛もしっかり固定されていて足は草履だ。腰には二振りの大小の刀がある。
白い服は戦袴に着物だ、その服を見て思った。
「日本かいな」
「おお、自分もこっち来たんかいな」
聞き慣れた声がしてきた、そしてだった。
声の方に顔を向けると芥川がいた、ただ今の彼は普段の彼ではなかった。
黒い忍者装束を着ている、とはいっても顔と頭ははっきりと出ていて頭には黒い長い鉢巻をしている。背中には刀を背負っていて忍者装束の下には鎖帷子が見える。
「それもその服装かいな」
「?こっちって何や。しかもその服は」
「話せば長くなる」
芥川は微笑んでだ、中里にこう言った。
「それでも話してええか」
「ああ、何で僕こんな格好してこんなところにおんねん」
「ここは夢の世界の」
「夢の?」
「寝たら行く世界なんや」
中里の方に来て話した。
「ここはな」
「夢のかいな」
「大体戦国時代辺りの日本みたいなとこでな」
「そやからこんな格好かいな」
「僕等はそれぞれ侍やら忍者やら巫女になって暮らしてるんや」
「成程なあ」
「そんで僕は忍者なんや」
芥川は自分を指差して笑ってこうも言った。
「この通りな」
「忍者部やからか」
「そうかもな。そんでな」
「ああ、僕は剣道部やからか」
「そうかもな、そんで僕はここでは神捷星や」
「何やその神何とか星って」
「こっちの世界に来た人間がそれぞれ持ってる星で大きく分けて四つあってな」
芥川は中里にこの世界のそのことも話した。
「それぞれの星を一つずつ持ってるんや」
「四つのうちでか」
「上から神、天、地、人があって一番上が神で十八人おるらしい」
「じゃあ自分一番偉いんやな」
「星ではな。それで十八人は日本以外の国にもよおさんおって他の星もや」
「天、地、人もか」
「ちなみにその三つは七十二人ずつおる」
中里に話しつつだ、芥川は。
彼をある場所に案内していった、二人で山道を進みつつの会話だった。
「やっぱり世界のあちこちにな」
「七十人ずつでか」
「おるらしい、勿論日本でもな」
「成程なあ」
「しかもその星の持ち主がそれぞれ国やら持って互いに争ってるねん」
「そこは僕等の世界でも一緒やな」
中里はその話を聞いても驚かずこう言った。
「残念なこっちゃ」
「そやな、そんでこの世界を統一出来たら何かあるらしい」
「そしてその何かを目指してやな」
「世界のあちこちでドンパチやってるんや」
「何処でも一緒やな」
中里は芥川の話をここまで聞いてだ、両手を頭の上にやった姿勢で呆れつつやや上を見上げて言った。上には青空が広がっている。
「ほんまに」
「何があるかはわからんで、ただな」
「戦争やっててか」
「この日本でもや」
「何や、こっちの日本統一されてへんのか」
「そや、群雄割拠や」
まさにというのだ。
「もう何かとな」
「ある意味わかりやすい状況やな」
「ついでに言うとここ色々な種族おるで」
芥川はこうしたことも話してきた。
第一話 夢の世界その八
「人間だけやなくてな」
「エルフとかドワーフとかおるんやな」
「そや、翼人とかもおるで」
「そんでドラゴンとかもおるんやな」
「おるおる、この地域はそうしたモンスター結構飼い慣らしてあと色々な種族が仲良う暮らしてる」
「そういえば今気付いたけど自分」
中里は芥川の背中を見た、すると黒い翼があった。
「羽根あるやん」
「ああ、これ出したり身体の中に入れられるんや」
「そなんか」
「僕翼人、こっちで言う天狗族や」
「こっちの世界ではそうか」
「そや、そう言う自分も額の髪の毛との間触ってみい」
「あっ」
芥川の言うままに額を触るとだ、一本の角があった。そしてその角からすぐにわかった。
「僕は鬼か」
「そや、鬼族や」
「そっちの種族かいな」
「色々おるで、ホビットにノーム、リザードマンに竜人、犬人、猫人とかな」
「何でもおるな」
「そや、猿人とかもおってな」
芥川はこの世界にいる種族達のことも話した。
「勿論僕等の世界の人間もおる」
「そやねんな」
「翼人には天使もおるしな」
「へえ、天使かいな」
「日本にはおらんけど他の国におるんや」
「そやねんな」
「悪魔もな。とはいっても種族の一つでや」
天使、そして悪魔達もというのだ。
「別に善人でも悪人でもないで」
「種族によって性質が決まってる訳やないか」
「オークとかトロールもおるけどや」
ゲーム等では悪役ばかりの彼等もというのだ。
「人によるで」
「善人か悪人かは」
「そや、人によるからな」
「種族によって決め付けたらあかんか」
「僕等の世界でも肌や髪の毛や目の色がちゃうやろ」
「それはそやな」
「それでもそういうので人間性がわからんやろ」
芥川は中里にこうしたことも話した。
「そういうものやないやろ」
「ああ、何処でもどんな人種や民族でも善人もおれば悪人もおるわ」
「それはこの世界でも同じや、ただな」
「ただ?」
「この世界何か知らんけど時たま巨人が出て来るねん」
「巨人?」
「そや、個体によって大きさはちゃうけど巨人が出るんや」
彼等がというのだ。
「これも種族あって色々おるけどな」
「巨人もかいな」
「この連中はどいつも出て来たらやたら暴れる」
「巨人それぞれで性格違うとかないんか」
「あるかも知れんけどもう出て来たらや」
それこそというのだ。
「暴れ回って人も家も田畑も家畜も狙うからな」
「そんな奴退治せなあかんな」
「そや、この連中はもう出たらな」
「やっつけるしかないか」
「それも僕等の仕事や、後や」
「後?」
「僕等こっちの世界に来た人間はそれぞれ神具を使えるんや」
話が変わった、ここで。
「今自分が身に着けてる赤い具足と二振りの刀もや」
「ああ、これか」
中里は芥川に言われて自分が着けているその具足と腰の二振りの刀を見て言った。
「最初から着けてるけどな」
「まず刀は童子切と千鳥や」
「おいおい、どっちも名刀中の名刀やぞ」
刀達の名を聞いてだ、中里は驚いて言った。
第一話 夢の世界その九
「それこそ伝説クラスの」
「その名刀中の名刀を今自分は持ってるんや」
「凄い話やな」
「どっちもこの世に切れんものはない」
そうした刀だというのだ。
「そして雷や気を放って遠くまで攻撃出来るで」
「そんな凄い刀かいな」
「それで具足は神当世具足や」
「それははじめて聞くで」
「そやけど普通の具足とはちゃう」
こちらもというのだ。
「この世に防げんものはない」
「そこまでええ鎧か」
「神具はそれぞれ普通の武器とはちゃう桁外れの力があるんや」
「神っていうだけあってか」
「僕等こっちの世界に来た人間は来てから持ってるけど後で探し出して手に入れることも出来る」
「そやねんな」
「それで僕も持ってる」
芥川は中里に笑ってだ、自分のことも話した。
「この忍者装束も背中の刀も神具やで」
「どれもかいな」
「装束は忍者装束、名前は普通やけどな」
「防御力がちゃうか」
「それで着ている者の動きを風みたいにさせてくれるんや」
「素早さ上げてくれるんか」
「それで只でさえ素早い僕がさらに速く動けるんや」
その忍者装束の力でというのだ。
「半端やないで」
「それはええな」
「それで背中の刀は大通連刀や」
「そっちも有名やな」
「自分の童子切とかみたいに雷とか出せんけどな」
それでもというのだ。
「やっぱり何でも切れる」
「そうした刀か」
「そやで、それでこれもある」
芥川はにやりと笑ってだ、懐からあるものを出した。それは八方向に刃がある手裏剣だった。
「三光手裏剣や」
「その手裏剣もかいな」
「そや、神具で百発百中や」
「まさに神の手裏剣か」
「しかも何枚にも増えて木の葉隠れみたいにあらゆる動きをさせられる」
「凄い手裏剣やな」
「自分の手元にも絶対に戻るしや」
ただ確実に当たり増えたりするだけでなく、というのだ。
「僕の神具でも一番かもな」
「それだけええものか」
「星背負っておると神具が使えるけどランクがあるんや」
「ランク?」
「人の星は神具を一つしか使うことが出来ん」
今度は星の話にもなった、つまりこちら側の世界に来た人間達のことだ。
「地は二つ、天は三つや」
「それで強さも変わるか」
「そういうこっちゃ、そして神は幾らでも使える」
「三つどころか、かいな」
「そやから神の星の持ち主の強さは桁がちゃう」
「じゃあ僕等ここで最強クラスか」
「その通りや」
芥川も否定しなかった。
「自分自身の力もちゃうしな」
「剣術の腕もか」
「忍術もそやし神通力やら陰陽術、あと魔術やら超能力やら科学もな」
「何でもある世界か」
「ここはそや、科学も魔術も仙術も何でもある」
それこそという返事だった。
「そうした文明や」
「種族も多いし何でもありの世界か」
「僕等の世界以上にな。それで色々な文明があって」
「ここは日本か」
「その文明や。あとアメリカや中国や欧州もあるで」
そうした国々もというのだ。
第一話 夢の世界その十
「世界地図もあるけど形は地球と同じで広さは地球よりずっと広いみたいやな」
「そうなんか」
「僕等の地球の十倍はあるんちゃうか、あと浮遊島もよおさんある」
「浮遊島?」
「空に浮かんでる島や、中にはちょっとした大陸位ある島もある」
この世界には、というのだ。
「そこにも人がおったりするんや」
「科学と魔術が一緒にあって神具があって色々な種族もおって」
「色々な国もあるんや」
「ほんま何でもありの世界やな」
「夢の世界言うてもな。そんでな」
「そんで?何や?」
「今僕等何処に進んでるかわかるか?」
不意にだ、芥川は中里にこんなことも言ってきた。
「そんで」
「そら僕に案内したい場所にやろ」
「そや、実は僕等は今は社におるんや」
「社?」
「ちょっと神事しててな」
「社っていうと神社やな」
「大社って言ってもええな、うちの国家元首さんも一緒や」
芥川は微笑んでだ、中里にこんなことも話した。
「その社におるわ」
「国家元首さんも僕等の世界から来た人やな」
「そや、今から会うで」
「誰や、それえ」
「自分もよお知ってる人や」
笑ってだ、芥川は中里に笑って話した。
「会うの楽しみにしときや」
「誰や、一体」
「まあそれは会ってからのお楽しみや」
こうしたことを話してだ、そしてだった。
芥川は中里にその場所に案内された、そこは森の中にある木製の社が幾つもある神社だった。大社や神宮と言ってもいい広さだ。
巫女服を着た少女や神主の服を着た男達が多くいる、中里はその彼等も見て言った。
「ほんま神社やな」
「そやで、ここで豊作を祈願するお祈りをしてるんや」
「国家元首さんがかいな」
「そうやねん、今な」
「そう言うと皇室みたいやな」
豊作祈願の神事と聞いてだ、中里はこう思った。
「それやったら」
「まあそやな」
「実際にやな」
「ああ、まあこっちの世界は日本の皇室はおられんからな」
「皇室の方々もやな」
「そや、神様で歴代の方々がおられるにしても」
「人としてはおられんか」
中里はこう解釈した、この世界での皇室は人ではなく神だとだ。
「天照大神の子孫やさかい」
「そうやで、天照大神は祀られてるからな」
「この神社それか」
「その通りや、ここには豊穣の神様も祀られててな」
芥川はその神の話もした。
「あの口から何でも出して素戔嗚尊に殺された」
「死んで身体のあちこちから穀物出した女神さんか」
「あの神様への神事をしてるねん」
「成程なあ」
「大気都比売神な」
「あの女神様への神事を国家元首がしてるんやな」
「僕等が知ってる娘がな」
芥川は含み笑いで中里に話した、社の中をさらに進みながら。多くの木製の社、大小のそれが数えきれない位ある。それで一つの町の様にさえなっている。
「やってるで」
「誰やろな」
「もうすぐ大気都比売神の社の前に着くからな」
「会えるか」
「楽しみにしときや、あと僕等裏手から入ったけど表には神前町もあるさかい」
「そこでお店も一杯あるか」
「何でもあるさかいそこで飲み食いするのもええで」
こうした話もだ、芥川は中里に話した。
第一話 夢の世界その十一
「とにかく今からな」
「国家元首さんに会うか」
「そうするで」
あらためてこう話してだ、そしてだった。
中里は芥川にとりわけ大きな社の前に案内された、とはいってもその奥にはまるで御殿の様な社が見える。中里は奥のその奥も見て言った。
「あの奥のめちゃでかい社が」
「わかるか、やっぱり」
「天照大神の社やな」
「そや、この神社つうかほんま大社やな」
「主神みたいなものか」
「そうなる」
「ここは伊勢神宮やねんな」
天照大神の立ち場からだ、中里はこう考えた。
「となると」
「まあそやな」
「やっぱりそうか」
「まあうちの国家元首さんは天皇陛下とちゃうけどな」
「陛下は神様でか」
「筆頭巫女やな」
「巫女?」
「そや、巫女や」
それだというのだ。
「神事の最高司祭で政治の最高責任者で軍事もな」
「最高責任者か」
「そうなる、とはいっても第一は神事や」
こちらになるというのだ。
「巫女さんはな、バチカンで言うローマ教皇や」
「そうした立ち場の人か」
「そやで」
「そう言われるとわかった、ほな社の中にやな」
「その娘がおるで」
「ほな今から会わせてもらうか」
「予言するわ」
芥川はまた笑った、今度の笑みは悪戯っ子が悪戯が実現する前の笑みだった。その笑みでこう言ったのだ。
「自分驚くで」
「その娘に会ってか」
「意外な再会やな」
「こっちの世界でか」
「そや、今からな」
「ほな驚いたるわ」
中里も笑って返した。
「その娘に会ってな」
「その域や、ほな入るで」
社にとだ、芥川は中里に言ってだった。彼を社の中にも案内した。
社の中も木製で神社の中そのものだった、中には巫女や神官達がいてだった。その奥に。
白の古事記や日本書紀で女神、それも相当に位の高いまさに天照大神の様な女神が着る様な全身を覆った服を着て金や銀の装飾も着けた少女がいた。黄金の髪飾りが黒髪に映えている。
その少女を見て実際にだった、中里は驚いて言った。
「まさかな」
「私もそう思ったで」
少女の方もこう言った。
「ほんまに」
「まさかな」
苦笑いでだ、中里はその少女紫綾乃を見て言った。
「自分もおるなんて」
「中里君が来てるなんて」
「ほんま思わんかったわ」
「お互いにな」
「とりあえず今から神事やるけど」
芥川が二人の横から言ってきた。
第一話 夢の世界その十二
「その後でどうするか決めよか」
「どうするって何がや」
「そやから自分どないするねん」
「僕が?」
「身の振り方や」
これのことだというのだ。
「それどないするねん」
「ああ、こっちの世界でか」
「さっき僕が綾乃ちゃんの陣営におるって言うたな」
「そういえばそやったな」
道中での話のことを思い出してだ、中里は応えた。
「この辺りを収めてるんやったな」
「そやろ、それでどないするんや」
「ええとな」
そう言われてだ、中里は少し考えた。そのうえで芥川に答えたのだった。
「若しどっかの勢力に入らんと僕浪人か」
「言うならそやな」
「一人で生きていかなあかんな」
「そうなるで」
実際にとだ、芥川は中里に答えた。
「一人身の浮寝や」
「島崎藤村やな」
「草枕って言ってもええで」
「今度は夏目漱石か。とにかくそんな生活やな」
「お百姓さん、商売人、職人、漁師、賞金稼ぎ、用心棒、仕事は多いで」
「そういうので生きていってもええか」
実は職人に少し反応した、テレビ等でよく観る職人芸に憧れているからだ、
だが腰の二振りの刀と赤い具足を見てからだ、中里は芥川に言った。
「職人とかお百姓さんとかな」
「その格好でなる言うてもあれやろ」
「ああ、ちょっとな」
実際にというのだ。
「すぐにはなれんやろし向いてない気がするわ」
「そうなるな」
「けどこっちの世界に来てる奴にはそうした仕事してるのもおるな」
「おるけどな」
実際にとだ、芥川も答えた。
「それは」
「やっぱりそうか」
「ちなみにうちにはそうした人材もおるわ」
「職人さんとか商売人とかか」
「あとお百姓さんもな」
「ええ内政が出来てそうやな」
中里はここまで聞いて述べた。
「この勢力は」
「そっちは存分やで、ただうちは日本の真ん中にあるさかい」
「左右から攻められるか」
「そんで苦労もしてる」
「つまり戦える人材が必要か」
「強い奴がおるに越したことはない」
芥川はこの現実も話した。
「というか何でも人材は多ければ多い程ええ、しかも自分は最強の星の一つや」
「神何とかの星やな」
「神勇星、神星のうちの一つや」
その星だというのだ。
「神星のうちの六将星の筆頭やで」
「六将星?」
「そや、十八の神星には種類があってな」
「僕はそのうちの六将星か」
「三極星、四智星、五騎星ってあってな」
「僕はそのうちの六将星の一つやねんな」
「そういうこっちゃ、ちなみに三極星は星達を統べる星達や」
それになるというのだ。
「四智星は軍師とか頭を使って六将星は戦いメイン、五騎星は騎士言うならバランスタイプやな」
「それぞれ分かれてるんやな」
「そんで自分は将星で僕は智星でや」
「綾乃ちゃんはやな」
「うちは神魁星やで」
綾乃はにこりとして自分の星のことを話した。
第一話 夢の世界その十三
「何でか知りませんけど」
「確か水滸伝やと」
「宋江が天魁星やったな」
「百八の星で一番やったな」
「その魁やから」
「綾乃ちゃん全ての星で一番っちゅうこっちゃ」
「それめっちゃ凄いやん」
中里はこのことを言われ思わず顔を変えてまでして言葉を出した。
「綾乃ちゃんそんな偉いんか」
「偉いかどうか知らんけど僕等の勢力の君主やで」
「そうなるんか」
「筆頭巫女でな」
その立ち場でというのだ。
「まあ祭司長とか女法皇とかになるかもな」
「法皇は仏教かキリスト教やろ」
「そういうのやないからな」
「筆頭巫女か」
「そうなるわ、流石に帝はないわ」
この呼び名はというのだ。
「恐れ多いからな」
「うち神社さかい」
綾乃も言う。
「それも帝もお祭りしてるし」
「それでかいな」
「そやねん、帝なんて恐れ多いわ」
その称号はというのだ。
「それで止めになったんや」
「神道やからか」
「皇室は神道の総本家みたいなお家でもあるやん」
「そういえばそやな」
「そやからその呼び名だけはあかんさかい」
「それでやな」
「筆頭巫女になってん」
この呼び名にというのだ。
「うちはな」
「そやねんな」
「そやで、それで中里君どないするねん」
綾乃も聞いてきた、彼の身の振り方について。
「これから」
「そやな、職人さんとかお百姓さんには向いてないみたいやし」
それでというのだった。
「用心棒とか賞金稼ぎとか興味ないし」
「そうしたお仕事好きやないんか」
「流れ者になるつもりはないわ」
そちらの道はというのだ。
「しっかりした家に住みたいわ、こっちの世界でも」
「ほな私達と一緒におらん?」
綾乃は微笑んでだ、中里に自ら誘いをかけた。
「それで一緒にやっていかん?」
「この三人でか」
「他にも色々な子が一緒やけど」
「その皆とやな」
「そや、一緒にやっていかへん?」
「そやな」
綾乃の誘いを受けてだ、中里は再び考えた。そのうえで綾乃に答えた。
「お家にも住めるし」
「決まりやな」
「これから頼むわ」
こう綾乃に言った、そうして彼女達と共にこの世界で生きることになった。彼等の本来の世界ではないこの世界で。
第一話 完
2017・1・13
第二話 世界の仕組みその一
第二話 世界の仕組み
神事の後だ、綾乃は二人を食事の場に案内した。社の一つの中に入りそこで食事となった。
食事のメニューは白い御飯に鰯を煮たもの、山菜の味噌汁にほうれん草を浸したもの、漬けものといったものだった。
山海、そして田畑のものを見てだ、中里は言った。
「なあ、この時代で山奥で鰯は」
「ほんまはないやろ」
「そやろ」
こう芥川に言った、三人で敷きものの上に座って膳の上に置かれた料理を見ながらの言葉だ。
「それで鰯か」
「そやから科学もあるねん」
「魔法にやな」
「こっちの世界はな」
「そういうので冷凍してか」
「氷の魔法も冷凍技術もあるで」
その両方がというのだ。
「勿論僕等本来の世界よりも高価な技術やけどな」
「それでもやな」
「あるねん」
しっかりと、というのだ。
「それでここでもや」
「海のものが食えるんやな」
「山の中でもいけるで」
「魚を凍らせてか」
「魔法やら何やらでな」
「成程なあ」
「ここの世界はほんま色々な技術があってな」
芥川は中里にさらに話した。
「色々便利やで」
「僕等の本来の世界みたいにか」
「ある程度そんな感じで暮らせるで」
「それはええこっちゃな」
「何ならステーキも食べられるで」
綾乃は笑ってだ、中里にこの料理の名前を出して話した。
「フォークとナイフで」
「日本らしくないなあ」
「それでも牧場もあるし」
「そこでかいな」
「牛肉も作ってるねん。あと養豚場もあるから」
「巫女さんの格好で言うと違和感あるで」
「それでもあるもんはあるねん」
綾乃は中里に笑ったまま話した。
「そうした世界やっちゅうこっちゃ。というかな」
「というか?」
「食べものは多い方がええやん」
「食材はか」
「その方が人間餓えることないし栄養バランスもええし」
色々といい要素があってというのだ。
「それでや、この国にも牧場や養豚場あるで」
「それで牛や豚も食えるんか」
「あと馬の牧場もあるし」
「ああ、馬もかいな」
「騎馬隊とかもあるねんで」
綾乃は軍隊の話もした、ここで三人で頂きますをしてそうして食事をはじめた。その中でさらに話をしていった。
「あと空はな」
「空は?」
「空飛ぶ船もあるで」
「飛空船かいな」
「まあそう言うてもええわ。我が国も持ってるねん」
「それで浮遊島にも行けるんや」
綾乃はこの話もした。
第二話 世界の仕組みその二
「この国も浮遊島に領土あるんやで」
「何か大陸みたいに大きな島もあるって聞いたけど」
「あるで、ただ我が国が持ってる島はそこまで大きくないねん」
大陸程はというのだ。
「二つあるけど大体奈良県と滋賀県みたいな大きさや」
「ああ、関西の」
「そやねん、けど結構な人もおるから」
「国力にはなってるねんな」
「土地もええし」
肥えているというのだ。
「ええ場所やで」
「こっちの世界の飛空船は科学や錬金術で造ったんや」
そうしたものだとだ、芥川が中里に話した。
「これがまたよおて」
「役に立ってるんかいな」
「軍事にも使えてるし」
このこともあってというのだ。
「ほんまええもんやで」
「何か色々な技術があるってええな」
「そやろ、とにかくこの世界は何でもありや」
芥川は冷凍技術でここまで持って来た鰯で御飯を食べつつ中里に話した。
「そやから大体室町か戦国の頃の日本の感じでもや」
「全く同じやないねんな」
「そや」
実際にというのだ。
「この世界はな」
「他の国もやねんな」
「そや、今アメリカや中国や東南アジアのことの情報も集めてるけど」
「そうした世界か」
「そやねん」
実際にというのだ。
「どの国もな」
「魔法も科学もあって」
「仙術、陰陽道、錬金術、呪術ってな」
「色々なものがあって」
「文明を造ってるんや」
「それで色々な種族もおるんやな」
中里は自分の頭、額と髪の毛の境目にあるその角を摩って言った。ここで収めようと思えばすぐに頭の中に引っ込んだ。
「僕もそうで」
「ちなみにうち光人やで」
「光人?」
「精霊族で光の精霊やねん」
綾乃は笑って話した。
「人間族やないねん」
「綾乃ちゃんは精霊か」
「そやねん、精霊やと精神的な術とか回復系が強いねん」
そうした術がというのだ。
「これがな」
「ほな巫女さんには最適やな」
「そやで、ちなみに神具も持ってるで」
「幾つもやな」
「剣と勾玉と鏡や」
「あの三種か」
「皇室の方々のやないけれどな」
それでもというのだ。
「あと乗ってる生きものもあるんや」
「馬かいな」
「八岐大蛇や」
日本神話に出て来るあまりにも巨大な蛇だ、山も谷も八つまたぎ身体には木まで生えている途方もない怪物だ。
第二話 世界の仕組みその三
「大きさは神話程大きくないけど」
「あれもかいな」
「実は出雲の方も領土でな」
日本で言う近畿だけでなく、というのだ。
「そのせいでと思うけど」
「綾乃ちゃんの乗りものはそれか」
「そやねん」
「ちなみに僕は九尾の狐や」
芥川も自分の乗りものの話をした。
「これも神具のうちやで」
「乗る生きものもかいな」
「心がある神具や」
「それかいな」
「会話も出来るし頼りになるで」
「そう言うと友達みたいやな」
「そや、友達や」
芥川は中里の今の言葉に彼を指差して答えた。
「生きものの神具は友達やねん」
「そうやねんな」
「他にもそうした神具あるけれどな」
「その神具使いの友達か」
「会話出来るからアドバイスとかもしてくれるさかい」
「友達かいな」
「そや」
実際にというのだ。
「僕の九尾の狐も綾乃ちゃんの八岐大蛇もやで」
「友達やねんな」
「すっごい頼りにしてるねん」
綾乃はその八岐大蛇について話した。
「翼ないけど神通力で空飛べるし八つの頭から色々なもの吐けて会話も出来てアドバイスもしてくれて」
「頼りになるねんな」
「そやねん、いつも助けてもらってるわ」
「八岐大蛇って神話やと敵役やけどな」
素戔嗚尊に対するだ、このことはあまりにも有名な話だ。
「綾乃ちゃんの大蛇は頼りになる友達か」
「そやねん、今日も大蛇に乗って来てんで」
この神社までというのだ。
「都から」
「そやねんな」
「僕も狐に乗ってきたしな」
芥川もというのだ。
「多分も自分も乗りものの神具あるで」
「そうなんか」
「僕等と同じ神星やさかいな」
だからだというのだ。
「来いって呼んだら来るで」
「それは便利なこっちゃ」
「また言うけど神星の人間は神具を幾つでも持てて使えるんや」
「そやから強いねんな」
「しかも使う神具がどれもめっちゃ強い」
神星の者達はというのだ。
「自分の二振りの刀にしてもそや」
「何でも斬られて雷とかも出せる」
「一人で龍も倒せる位や」
「それは相当やな」
「そんで乗りものもあるから」
「余計に強いか」
「そういうこっちゃ、まあほんまに詳しい話は都に戻ってからや」
芥川は食べつつ言った。
第二話 世界の仕組みその四
「食べ終わったら都に行くで」
「乗りものの神具に乗ってか」
「そうするで」
「わかったわ、それで都は何処にあるねん」
「今の日本で言う京都市や」
芥川はわかりやすく話した。
「つまり平安京や」
「ああ、あそこか」
「あそこにそのまま平安京みたいな街があってや」
「綾乃ちゃんの家もあるんやな」
「お家っていうか宮殿やな」
「それがあるんやな」
「そや、御所の場所にな」
平安京で言うとそこになるというのだ。
「あるで、街には人もお店も多くてな」
「政治の機能も集まってるねんな」
「色々な奴もおるしな」
「他の星の奴もか」
「そや、おるで」
その彼等もというのだ。
「それで今は関西全域が領土やねん」
「近畿やな」
「昔の国名で言うと山城と摂津、河内、和泉、大和、近江、伊勢、志摩、紀伊に播磨やな。飛び地で出雲も持っとる」
「広いな」
「そやから今んとこ日本最大の精力やねん」
「けれど他にも結構勢力がある」
「そういうこっちゃ、それで僕等が目指すのはな」
それはというと。
「まずはな」
「日本の統一やな」
「そや」
それだというのだ。
「それでそこからな」
「この世界自体をか」
「統一するんや」
そうなっていくというのだ。
「まあよくある話やな」
「それで世界を統一してやな」
「世界を救うらしいけど」
「何でそうしたことがわかったんや」
「うちが神託受けてん」
綾乃があっさりと話してきた。
「それでわかってん」
「そこは巫女さんらしいな」
「世界を統一してこの世界を救えってな」
そうしてというのだ。
「うち前にこの神社に来た時に聞いてん」
「神託でか」
「そやねん、それでやねん」
「まずは世界の統一か」
「それを目指してるねん」
「この世界やばいんか」
「そうみたいやで」
綾乃は今度はやや曖昧な返答で答えてきた。
「巨人が出ることがそれかなって考えてるけど」
「今のところそれ以外は普通や」
芥川はこう中里に話した。
「モンスターが出ても普段は皆中世の暮らしや」
「室町のか」
「そや、そこに色々な技術が入ってるけどな」
「基本室町の頃か」
「それか戦国やな」
大体その頃だというのだ。
「安土桃山も入ってるにしても」
「基本そっちか」
「そうや、料理や服は僕等の世界に準じてるの多いけれどな」
「冷凍技術もあって」
「そこはちゃうで」
実際にというのだ。
第二話 世界の仕組みその五
「色々ちゃうのは確かや」
「それで世界がやばいっていうのは」
「巨人が関係あるか」
それはとだ、芥川は考える顔で言った。
「まあ考える限りな」
「それはやな」
「まだ確かなことを言える状況やない」
「そういうことか」
「おいおい調べていくことになるわ」
この世界の危機、それが事実ならどういったものかはというのだ。
「やがてな、そしてまずはな」
「日本統一か」
「そうなる、都に戻ったらその話も本格的にするで」
「わかったで」
「自分が話がわかる人間でよかったわ」
「話がわからんとか」
「ここで色々と言い出す」
何かと、というのだ。
「そんなのおるからな」
「僕はちゃうで」
「それで助かった、現実は受け入れんとあかん」
「というかここ夢の世界やろ」
「そや、あくまでな」
「起きたら元の世界に戻るんやな」
「それでまた寝たらこっちの世界に来るんや」
芥川はこの説明もした。
「状況はわかったやろ」
「そのこともな、あと死んだらどうなるねん」
「こっちの世界でやな」
「それで現実でも死ぬんか?」
「安心せい、復活の術もあるわ」
「そこゲームみたいな」
「ええ話やろ、こっちの世界は寿命になるまで何度でも生き返ることが出来るねん」
そうした術を使ってというのだ。
「ただし種族としてのアンデットはおるで」
「ゾンビとかスケルトンとかヴァンパイアとか」
「そういうのはおるけれどな」
「墓場からゾンビが出たりせえへんか」
「それはない、ただアンデットを種族やなくてモンスターとして召還は出来る」
「召喚魔法もあるか」
「こっちの世界にはな。とにかく死んでも安心せい」
芥川はこのことは保証した。
「復活の術で何度でも生き返ることが出来るわ」
「わかったわ」
「ただ死んだら痛いらしい」
芥川はこのことは真顔で話した。
「めっちゃな」
「そりゃ死ぬ位のダメージ受けたら痛いやろ」
「そや、もう二度と死にたくないと思うらしいで」
「つまり出来るだけ死ぬなってことか」
「ちなみに人の道を踏み外したレベルの悪人は殺したら復活せん」
「おお、そうなんか」
「そや、善悪のパラメーターの基準みたいやな」
そうしたものだというのだ。
第二話 世界の仕組みその六
「こっちの世界の」
「神様がそうさせてるんかな」
「かもな、神様はこの世界一杯おるけどな」
「八百万か」
「こっちは神道と仏教やしキリスト教もヒンズー教も道教もイスラム教もギリシアや北欧の神様も信仰されてるで」
「ほんま一杯あるな」
「それでそういう神話にちなんだ神具もあるんや」
こちらの話にもなった。
「覚えておいてくれたら嬉しいわ」
「今覚えたわ」
「それは何よりや、それでな」
「ああ、復活の術やな」
「綾乃ちゃんも使えるで」
「かなり高度な術らしいけど」
その綾乃の言葉だ。
「うちは一人だけでなく何人も同時に復活させられるで」
「流石神星のトップやな」
「体力を回復させる術も一杯持ってるし」
「綾乃ちゃんはそうした術の天才でもあるねん」
また芥川が話した。
「瀕死の人間を一度に何人も回復させられるし毒や麻痺や石化も回復させられるしな」
「そうしや術なら何でもかいな」
「バリアーみたいな魔法で軍を守ってくれるし」
「敵の魔法とか科学の攻撃も防いでくれるんやな」
「そや、八百万の神々の力でな」
「凄いな」
「綾乃ちゃんは攻撃の術は苦手やけどそういうのが得意やねん」
こう中里に話した。
「ほんまに一度に復活、全開にさせてくれるから」
「戦争でやったらめっちゃええな」
「そや、これまではあちこちのならず者がのさばってるとこに進出して戦ってたけどや」
そうした戦をしていたというのだ、つまりこの世界は長い間まとまった政権がない無政府状態だったというのだ。
「これまで負け知らずや」
「綾乃ちゃんの力でやな」
「あと僕の忍術と」
ここでだ、芥川は。
自分の頭を左手の親指でこんこんとやって笑って言った。
「ここでな」
「頭かいな」
「四智星の一つやで」
「つまり頭を使ってかいな」
「この勢力の軍師やで」
笑っての言葉だった。
「筆頭のな」
「それでか」
「そや、これでも策略には自信があるねん」
「戦略戦術にもか」
「忍者であり軍師でもあるねん」
「忙しそうやな」
「政治は専門やないけどな、戦争については軍師やってるわ」
自分の役目もだ、芥川は中里に話した。
第二話 世界の仕組みその七
「そうした立ち場や」
「そうか」
「戦争がない時は内政やってるけどな」
「結局戦いに勝っても内政あかんとな」
「国がよおならんからな」
「自分もやってるんやな」
「幸いうちは内政も専門家の星が揃ってるし」
綾乃を見てだ、芥川はあらためて話した。
「綾乃ちゃんは内政も得意やねん」
「ほお、それでやな」
「うちは内政充実してるで」
「それは何よりや」
「治安はええし田畑と町は見事で道も堤防も橋も整ってる」
「それで家畜とかもか」
「牧場で飼ってるし色々な作物を栽培もしてる」
この国の内政のことをさらに話すのだった。
「工房やらもあちこちに一杯あるで」
「豊かってことやな」
「お茶もお塩も砂糖も何でもあるで」
こういったものもというのだ。
「日本の室町時代よりずっと豊かなのは確かや」
「冷凍技術まであって」
「多分日本で一番豊かな精力や」
「そやろな」
「そんでこの近畿には僕等以外にまともな精力なかってな」
また戦の話になった。
「星の連中がトップにいる勢力もなくてな」
「こっちの世界の人間だけか」
「しかも悪いことばっかりしてるならず者が治めてる」
「そんな勢力ばっかりやったんか」
「そんな連中民衆の支持もないし大した戦術も戦略もないしな」
それぞれの場所で威張っているだけだったというのだ、要するに。
「ヤクザと一緒や」
「ヤクザを軍隊で攻めたらな」
「わかるやろ」
「それで勝っていってか」
「あっという間にそういった連中を皆殺しにして」
文字通りにというのだ。
「そんで関西を手中に収めて外交で出雲の勢力を引き込んで」
「今に至るか」
「そや、とりあえず今は山陰に勢力を拡大してや」
そうしてというのだ。
「出雲に着くことを目指してる」
「飛び地やなくするんか」
「飛び地やとどうしても連絡取りにくいし守りにくからな」
「内政も連絡あってやしな」
「だからやねん」
「出雲までか」
「目指してるわ」
そこまで領土を拡大していっているというのだ。
「山陰の方に進出していってな」
「そっちにか」
「ああ、あっちにな」
「山陽はいってないんか」
「そっちは結構確かな勢力があって迂闊には攻められへんねん」
山陰と対になっているその地域はというのだ。
「四国もやけどな」
「山陽と四国にはまだか」
「進出してないで、ただ淡路は押さえてある」
「ああ、あの島な」
「そやからそこを足がかりにして瀬戸内の海にも水軍を出せるけど」
それでもとだ、芥川は中里に話した。
第二話 世界の仕組みその八
「水軍はまだ鍛えてて船も建造中や」
「これからか」
「暫く近畿統一であちこちのならず者成敗して回ったって言うたやろ」
「そっちに力注いでてか」
「水軍は暫く後回しやってな」
「今になってか」
「その淡路とか伊勢、志摩で鍛えてて船も建造中や」
芥川は水軍のことをあらためて話した。
「大規模な水軍にするし星の奴も率いるのがおるけどな」
「これからか」
「そうや、まあとにかく今はその山陰に進出してな」
「あとは東海か」
中里は目を光らせてだ、芥川に応えた。
「山陽と四国も気になるけど」
「そっちの話覚えてたか」
「ああ、実際そっちの勢力結構強いやろ」
「むしろ山陽とか四国の連中よりもな」
芥川は食事に出ていた茶、飲みやすい番茶のそれを飲みつつ中里に応えた。見れば中里と綾乃の膳にもその茶がある。
「強いで、勢力も強い」
「やっぱりそうか」
「尾張から美濃に拠点を置いて三河、遠江、駿河、信濃、甲斐を手中に収めとる」
「それかなりやな」
「戦国大名で言うと織田、徳川、武田やな」
「どの勢力も誰もが知ってるぞ」
有名な戦国大名ばかりだというのだ。
「信長さん、家康さん、信玄さんって」
「それだけの勢力を持ってるんや、しかも率いてる奴も強いしな」
「そっちも星の奴やな」
「そや、ただ星の奴はうちの勢力が一番多い」
芥川はこのことは断った。
「神星は日本には三人おるけどな」
「今ここに揃ってるな」
中里は自分達こそ、と応えた。
「これだけで全然ちゃうねんな」
「それで何人か他の星の奴がおるしな」
「ほな日本で最強か」
「精力的にもな、けどな」
「その東海の奴も強うてか」
「しかも山陽、四国の勢力も油断出来んし」
芥川は彼等のことも話した。
「北陸の方にも確かな勢力がおる」
「つまり四方八方油断出来んか」
「おまけにまだ領内に山賊だの海賊だのおるんや」
「敵だらけやな」
「そや、そやから日本で第一の勢力というてもや」
このことは事実だとしてもというのだ。
「油断出来ん、一歩間違えるとな」
「滅ぶんやな」
「そうしたシビアな状況や」
芥川は貝の吸いものを飲みつつ話した、薄味でそれが飲みやすさを作っている。
「戦略はしっかりせんとな」
「負けるか」
「今は東海に備えつつ山陰進出や」
「まずは出雲か」
「そっちは順調や、ただ東海が何時動くかわからん」
その彼等がとだ、芥川は目の光を強く鋭くさせて述べた。
「出来れば山陰は一気に出雲までいってな」
「山陽の連中に備えつつか」
「東海を何とかせなな」
「二正面作戦はやらんねんな」
「そこまでの力はないわ」
一度に二つの勢力の相手をするまでは、というのだ。
第二話 世界の仕組みその九
「やったら負けるのはうちや」
「そうなるか」
「世界大戦のドイツみたいになるわ」
そんなこと、二正面作戦なぞすればというのだ。
「ドイツはどっちの戦争でも負けたやろ」
「実際東西に敵持ってな」
「そうしたことはせん、そんなんしたらや」
「滅びるのはこっちか」
「相手の軍門に降ることになるわ、そんなん嫌やろ」
「そらな、そう言われると」
自分の勢力を滅ぼされたくない、人間としてごく自然な感情からだった。中里は芥川に対して答えた。
「自分達の勢力で統一したいけど」
「嫌やな」
「そやったらや」
「まずはか」
「順番や、山陰は順調やしな」
「一気に出雲にか」
「行く、そして出雲に確かな戦力を置いて」
そうしてというのだ。
「山陽に睨みを利かしてな」
「返す刀で東海か」
「そっちを一気に叩く」
そうするというのだ。
「連中の国を全部手中に収めるんや」
「駿河も甲斐もやな」
「そうすれば関東とも境を接するけどな」
「それだけ勢力がでかなってか」
「北陸を南からも圧迫出来る」
戦略、芥川はそれを語っていた。彼の目と頭にはこの国の地図が山や川まで実に細かく見えていてそのうえで語っていた。
「こんな確実な抑えはない」
「関東の連中にもか」
「備えるけど東海の勢力を完全に飲み込んで」
「後は、か」
「叩ける方を叩く」
芥川のこの時の言葉は簡潔だった。
「東でも西でも」
「その時に弱い方か」
「そっちを叩く、それもとろとろ出来ん」
「ゆっくり出来ん事情があるんか」
「日本でこうや、ほな他の国はどうや」
芥川はその目をさらに鋭くさせて中里に問うた。
「海の向こうのアメリカとか中国とか東南アジアとかオセアニアはな」
「何処もか」
「そや、群雄割拠でな」
そうした状況でというのだ。
「何処も統一に向かってる」
「一緒ってことか」
「当然何処にも星の奴がおってな」
「そいつ等が中心か」
「そうなってる、そんで一番強い神星はな」
自分達と同じ彼等はというと。
「アメリカと中国に二人ずつ、東南アジア、オセアニア、中南米に一人ずつおるらしい」
「合わせて七人か」
「太平洋に十八人の神星のうち十人がおるんや」
「過半数か」
「世界の人口比率みたいやろ」
「僕等の世界のな」
「それでロシアに一人、インドに一人で」
芥川はさらに話していった、神星の者達のいる場所を。
第二話 世界の仕組みその十
「欧州に五人や」
「アフリカとかにはおらんのか」
「おったけどロシアかインドに移ったらしい」
「そうなんか」
「ああ、そうしたらしいから今はアフリカにはおらん」
その星の持ち主はというのだ。
「ちなみにロシアとインドにおるのは三極星のうちの二人らしい」
「そっちにはか」
「それで東南アジアとオセアニアに四智星が一人ずつや、アフリカにおったのもそっちや」
四智星の者達だというのだ。
「そして太平洋の残りの連中、自分もやけど」
「さっき六武星って言うてたな」
「それになる、ちなみに欧州には五騎星がおる」
「五騎星?」
「騎士や」
「ああ、騎士な」
「六武星とはまた違うタイプの戦いメインの星の連中や」
芥川はこのことも話した。
「欧州はこの連中が仕切ってる」
「あっちも群雄割拠か」
「そや、それで五人で激しくやり合ってるらしい」
「そなんか」
「ちなみにロシアとインドはもっと酷いらしいで」
「どっちも三極星がおるんやな」
「そしてどっちも綾乃ちゃんみたいに優しくないらしい」
芥川の目がここでやや警戒するものになった、軍師として警戒している目だった。
「自分の敵は容赦なくや」
「踏み潰してるんか」
「それで凄まじい勢いでどっちの国も統一していってるらしい」
「つまり覇道やな」
中里は芥川から聞いた二人のやり方をそれだと認識した。
「つまりは」
「そや、簡単に言うとな」
「やっぱりそうか」
「それで敵はほんま徹底的に弾圧して殺戮してや」
「えぐいな」
「僕等の比やなく凄いことしてるみたいや」
ならず者達を倒していくにしてもというのだ。
「人間の盾やら強制労働やら農奴とかな」
「めっちゃロシアやな」
ここでだ、中里はエカチェリーナを思い出した。そして彼女の名前をここで出した。
「エカチェリーナ嬢のお国らしいわ」
「まあそう言うとそやな」
「そんなロシア的行為がナチュラルにやられてるんか」
「この世界でもな」
「流石やな、ロシア」
中里はある意味感心していた、彼が本やネットで聞いているロシアの姿そのままだからだ。
「イワン雷帝やスターリンやな」
「あと今の大統領やな」
「あの元KGBの人もな」
KGBの殺人格闘術をマスターしておりそれにより任務において多くの工作に関わっているとも言われているが証拠はない。
「そんな感じやしな」
「とまあそっちはそんなのや」
「ロシアとかインドは」
「あとアラブとかアフリカにも星の奴おるで」
「世界中におるんやな」
「そや、まあその星の連中をまとめていってな」
「この世界を救う、か」
中里の目が強くなった、そのうえでの言葉だった。
第二話 世界の仕組みその十一
「そうするんやな」
「世界の危機が何かはわからんけどな」
それでもというのだ。
「そうなるんやな」
「まあその前に星同士で争ってるからそれで世界が崩壊したら本末転倒やしな」
「それは言えるな」
「どの星もかなりの力があって神具の力もな」
「強いからか」
「星の奴、特に神具を使うとな」
芥川は自分達のことをさらに話した。
「一軍に匹敵する力を持ってる」
「一軍か」
「力を発揮すれば一軍以上や」
そこまでの力を発揮するというのだ。
「特に僕等神星は一人で十万二十万や」
「戦略兵器やな」
「綾乃ちゃんなんか一気に何万もの軍勢の怪我を癒やせられるんやで」
「何万!?」
「そや、何万や」
「そんなん戦局一気に変わるわ」
芥川の言葉にだ、中里は微笑んでいる綾乃を横目で見て突っ込みを入れた。
「何万もの軍勢の体力が回復したら」
「そやろ、そやからや」
「神星の奴は戦略兵器か」
「そうなる、しかも僕等は人間や」
「人間?」
「人間は絶対に完成せん生きものや」
中里にだ、芥川は笑って言った。
「永遠にな」
「それはつまり」
「そや、完成せんってことはな」
「何処までもやな」
「成長していくんや」
完全がない、それは即ちそれだというのだ。
「そやろ」
「ああ、そう言われるとな」
「それが人間や、神様は完成されてて究極の高みにあるけどな」
「人間は果てしなくか」
「強く賢くなれるからな」
「僕等星の連中はどんどん強くなる」
「勿論元からこの世界におる連中もな」
彼等もというのだ。
「そうなってくんや」
「何処までも強くなるか」
「そういうこっちゃ」
「ほな天、地、人の星の連中も」
「どんどん強くなるで、神具もな」
「神具もか」
「使えば使う程な」
自分の手裏剣、独特の形をしたその神具を出したうえでだ。芥川は中里に話した。
「強くなってくねん」
「神具もさらにか」
「レベルが上がるって思ってええわ」
「人間も神具も」
「どっちもな、つまり星の人間は誰でも戦略兵器になれる」
「神具と一緒に」
「そやからうちの陣営にいる面々も巨人や龍は平気で倒せる」
そうした強力な存在にもというのだ。
「それだけの強さになってるわ」
「巨人とか龍もか」
「龍は倒してもこちらに引き寄せられるけどや」
それでもという言葉だった。
「巨人はちゃうで」
「連中はか」
「絶対に降らんし暴れるだけや」
「そのでかい図体でか」
「とにかくどうにもならん連中やからな」
「倒すしかないか」
「あと復活の術も効かん」
巨人達にはというのだ。
第二話 世界の仕組みその十二
「急に出て来るしな、いつも」
「よおわからん連中か」
「こっちの世界の連中やないかもな」
「僕等みたいにか」
「こっちの世界で一番厄介な連中や」
巨人達こそはというのだ。
「急に出て来て巨体と馬鹿力で暴れ回るからな」
「それ聞いたけれど急にやねんな」
「煙みたいに出て来る」
「それで暴れるんやな」
「所構わずな」
「何人か同時でな」
そうしてというのだ。
「出たりもするしな」
「ゲリラみたいなもんか」
「言うならそやな」
「わかった、ただ巨人がゲリラか」
「この世界ではそや」
「変な世界やな」
「そうした世界ちゅうこっちゃ」
芥川は巨人についての説明は多くはなかった、こんなものだった。
「こっちの世界はこっちの世界でな」
「巨人がゲリラみたいに出て来る」
「そうして暴れるって思ってくれ」
「それで巨人ってやっぱりあれやな」
巨人自体についてだ、中里は芥川に自身の想像から彼に話した。膳は二回目に入り今度は海老や栄螺、山芋や人参を調理したものが出て来た。酒もある。
中里はその酒、清酒を一口飲んでからさらに言った。
「大きさは色々みたいやけどでかい人間やろ」
「種類はあるで」
「ああ、それ言ってたな」
「全身青白くて霜がかかってるみたいでな」
「霜?」
「口から吹雪吐くのもおる」
「そういうの北欧神話でおったな」
この神話の霜の巨人族のことをだ、中里は思い出した。
「そういえば」
「その連中みたいなのとかあと逆に全身赤くてな」
「燃えてるんか」
「火を吹くのもおる」
「それも北欧神話で出たな」
「緑の身体で雷出すのもおるしな」
芥川はこうした巨人の話もした。
「あと全身気色悪い紫色で毒塗れのもおる」
「毒の巨人もか」
「おるで、あと巨人のゾンビも出る」
「うわ、ゾンビかいな」
「これも厄介やで」
「ゾンビ言うたら雑魚やけどな」
「実際この世界でも雑魚や」
そうした映画や漫画等ならともかくだ、剣や魔法が普通にある世界ならというのだ。
「モンスターでやたら出て来るわ」
「雑魚中の雑魚か」
「アンデット系の種族でもおるけどな」
「モンスターでもおるか」
「盗賊とかもやっとるわ」
「そやねんな」
「それの巨人や」
芥川はあらためて話した。
「その連中も強いで」
「巨人のゾンビか」
「そやねん」
「そういうのも出るんか」
「それで出て来たところで暴れ回るんや」
「モンスター以外にも出て来てか」
「その度に僕等はいつも出て行って倒してる」
その巨人達をというのだ。
「何やと鬱陶しいわ、ただこうした巨人よりも普通の連中の方がよお出る」
「僕がさっき言うたみたいなか」
「人間がでかくなっただけのな」
「そうした連中が一番多いか」
「出て来る巨人の九割以上がこの連中や」
よく言われている巨人達だというのだ。
第二話 世界の仕組みその十三
「持ってる武器は棍棒とかだけや」
「簡単な武器だけか」
「その辺りにある岩放り投げたりな」
「あんまり文明的な連中やなさそうやな」
「実際そや、着てる服も粗末でな」
「野蛮か」
「少なくとも文明的やない」
この世界に出て来る巨人達はというのだ。
「あと身体はでかくて馬鹿力やけど魔法とかは全然使わんし小回りも利かんし」
「頭もやな」
「よくない」
「よあある巨人か」
「そう思ってええわ、とにかくな」
「その巨人連中にはか」
「いつも注意せなあかん」
神出鬼没の彼等にはというのだ。
「そもそも何で出て来るかまださっぱりわかってないけどな」
「何かあるのは間違いないやろ」
「それは皆思うてるけどどうしてかはわかってない」
「全然か」
「そや、残念ながらな」
「そこ突き止めたいな」
「僕もそう思ってる、それで巨人やモンスターと戦いつつや」
そうしながらとだ、芥川は中里にさらに話した。
「日本を一つにするで」
「他の勢力と戦ってやな」
「ああ、そして敵は降すんであって」
「滅ぼすんやないんやな」
「星の連中を全員揃えなあかん」
「そうせなこの世界を救うことは出来んからやな」
「そや、それに自分そうした戦争したいか?」
相手を徹底的に滅ぼす様な戦争、それをというのだ。
「とことんやる」
「いや、それはな」
そう言われるとだ、中里にしてもだった。
深く考える顔になりだ、こう答えた。
「ええわ」
「そやろ、そうした戦争をしてもな」
「徹底的に滅ぼすとなるとこっちもそこまでの力使わなあかん」
「犠牲も出るな」
「戦力は消耗するし時間もかかってな」
「戦場になる土地とかボロボロになるな」
中里はこうしたことにも気付いた。
「激しい戦争になって」
「そや、町とかな」
「後の復興も大変やな」
「相手の勢力の力も戦力にならん」
「ええことはないか」
「そやから相手を取り込む方がずっとええ」
「実際にそやな」
中里も頷いて答えた。
「後味もええし」
「土地や町をボロボロにしてそこの人達に犠牲出してもな」
「後の内政大変やし」
「そこの人達の恨みも買ってるわ」
「ええことはないか」
「そやから勝ったらや」
敵にそうなったらというのだ。
「交渉になるわ」
「後はか」
「こっちに引き込むんや、あと内政の話したやろ」
「ああ、今な」
「国を富ますのは何ていうても最優先や」
「治安とかもやな」
「敵の領地も然りや」
もっと言えば敵の領地だった場所もだ。
第二話 世界の仕組みその十四
「領土にしたらな」
「しっかり内政してやな」
「国を富ますんや」
「そこの人達は大事にして」
「当然な」
「街に田畑も整えてか」
「当然道や堤も整える、産業も起こして職人も育てて学校も建ててや」
芥川は教育の話もした。
「学校は寺子屋やが多いわ」
「寺子屋かいな」
「小さな村単位の学校や、それを建てていってる」
「それもお金かかりそうやな」
「かかる、けどな」
「教育もするとか」
「これで国力上がってるしな」
人材育成、それになっているというのだ。
「質のええお百姓さん、職人さんや商売人さん生み出してるや」
「やっぱり教育って大事やねんな」
「流通とかもな、ほんま気を使ってるで」
「何かと大変か」
「内政に大分お金使ってるねん」
綾乃も話した。
「こっちの領土は」
「予算のどれ位や?」
「半分以上かな、それで残りは軍事や」
「えらい多いな」
「返ってくるさかいな、土地がうち等の本来の世界よりずっと広いし」
「その分かいな」
「流通も大変やで、色々な技術があってカバー出来てるけど」
魔術や科学、そうしたものでというのだ。
「そこも考えてやってるわ」
「成程な」
「ちなみにこの世界でも関西は人口多いで」
「ああ、それな」
人口の話になるとだ、中里も目の色を変えた。それこそが国力の最も重要な要素であることは言うまでもないからだ。
「それどれ位やねん」
「約四千万や」
「多いな」
「そやろ、大きな街も幾つかあるし」
「都の他にもか」
「ここからちょっと行った伊勢とか彦根、奈良、それで神戸にな」
「大坂と堺もや」
芥川はこの二つの街の名前を出した。
「特に大坂が大きいわ」
「そこかいな」
「大坂はこの国一の街やろな」
「こっちの世界でも栄えてるんやな」
「ああ、ただこっちの世界では関東はここより栄えてない」
関西程はというのだ。
「人口も文化も産業も関西が一番や」
「それ江戸時代までの日本そのままやな」
「そう思ってええ、まあ文化は江戸時代とちゃうけどな」
そこは室町時代や戦国時代のものだというのだ。
「何はともあれ関西が第一や」
「人口も多くてか」
「そや、四千万の人口を何とかな」
「豊かにしてるんやな」
「大体この世界の日本の四分の一がおる」
関西にというのだ。
第二話 世界の仕組みその十五
「後の四分の三が他の地域におるけど」
「おるけど、か」
「総人口の六割は西日本と東海におるわ」
「何や、大抵かいな」
「北陸、東北は少ない」
そういった地域はというのだ。
「特に東北はな」
「関東はそこそこやな」
「おるで、ただ関東も産業はまだまだや」
「国力もか」
「そやねん、そしてその国力をさらに上げていってる」
「内政に力入れてか」
「そっちメインでやってる、そのせいで国は豊かになってや」
芥川は中里にさらに話した。
「軍隊もよおなってるで」
「強い軍隊は豊かな国が作る、か」
「武装をよくしてな」
「そういうことやねんな」
「馬とか船とかも揃えてるし」
「さっき話に出た空飛ぶ船もやな」
「建造中や、ただ量産まではいかん」
そこまでは至っていないというのだ。
「それはこれからや、あと武器や具足は陰陽道や法術も入れて」
「科学もやろ」
「それでよおしてる、鉄砲もかなりある」
「そうして考えると僕等強いんか」
「ここでは第一勢力や」
日本では、というのだ。
「四千万の人口があってな」
「統一に一番近い勢力なんは事実か」
「実際な、それでや」
「まずは出雲か」
「そこまで目指してる、じゃあ食べ終わったし」
遂に最後の膳まで食べた、茶菓子達を。その中にはチーズに似たものもあり中里はその食べものがえらく気になった。
「都に戻るか」
「神具に乗ってか」
「そうしよな」
「ほな今から」
綾乃も落ち着いた顔で言ってきた。
「戻ろか」
「三人で一緒に」
「そうしよな、他の皆も紹介するで」
「そっちも頼むわ、後な」
「後?どないしたん?」
「いや、今食べたチーズみたいな白くて四角いのは」
中里は綾乃にその気になった茶菓子の中にあった食べもののことを聞いた。
「何やったんや」
「それ蘇やで」
「蘇?」
「昔の日本の乳製品や」
それだとだ、綾乃は中里に話した。
「そういうのもあってん」
「へえ、そうやってんな」
「あと酪とか醍醐もあるで」
「それも乳製品か」
「牛乳から作ってるねん」
「そういえば牧場もあるって言うてたな」
「皆牛乳も飲んでるで」
それ自体もというのだ。
「それも美味しく」
「そこは僕等の日本とちゃうな」
「当時そんなん食べてるの僅かな人達だけやったし」
宮廷等でだけだった、江戸時代では十一代将軍である徳川家斉が好んで食べていたという記述がある。
「そこはちゃうねん」
「そういうところがちゃうねんな」
「そやねん、牛肉も食べるし」
肉もというのだ。
「すき焼きとかステーキも」
「ステーキは何かちゃうな」
日本とはとだ、中里はその料理には微妙な顔になった。
「室町の日本にはないわ」
「そやから何かとちゃうねん」
「そやねんな」
「そこは頭に入れておいてな、ほなな」
「ああ、今からやな」
「都に戻るで」
それぞれの乗る神具、生きているそれ等に乗ってというのだ。三人は食事を終えてそうして外に出たのだった。
第二話 完
2017・1・20
第三話 都へその一
第三話 都へ
三人で神社の正門に出た、すると。
そこにだ、中里は彼が本や漫画、そしてアニメでよく見てきた二種類のモンスターを見た。その彼等はというと。
二百メートルはあろうかという巨大な蛇だった、頭は龍のものでそれが八つある。そして後ろの尻尾は八本だ。
もう一匹は馬の様な大きさで金色の毛の九尾の狐だった。中里は彼等を見てすぐに言った。
「八岐大蛇に九尾の狐か」
「そや」
その通りだとだ、横にいる中里が答えた。
「やっぱりわかるな」
「わかるも何もどっちもな」
「有名やさいな」
「有名過ぎるわ」
それこそというのだ。
「どっちもな」
「そやから知ってるな」
「ああ、しかし自分天狗やろ」
中里は芥川のこの世界での種族について話した。
「この狐空飛ぶって言うてたけど」
「それやったら乗る必要ないっちゅうねんな」
「そう思ったけどな」
「自分で飛ぶと疲れるねん」
あっさりとだ、芥川は中里に答えた。
「それに自分で飛ぶよりな」
「狐にh乗った方が速いねんな」
「ずっとな、馬に乗るのと一緒や」
「そやねん」
実際にというのだ。
「これがな」
「そういえばそやな」
「誰でもそや、それで僕もや」
「空を飛べてもか」
「狐ちゃんに乗ってるねん」
「そやで」
狐の方も言ってきた。
「うちがご主人いつも乗せて動いてるねんで」
「ああ、自分喋ることが出来るんか」
「そこで驚かへんねんな」
「そういう世界やってわかってきたからな」
だからだとだ、中里は狐にもはっきりと述べた。
「そやからな」
「特にかいな」
「狐や狸が喋って驚かへんわ」
「そうか」
「そや、多分そっちの大蛇もやろ」
「その通りや」
大蛇の方も答えてきた、しかも八つの頭で同時だった。
「わしも喋られるで」
「あとこの口からそれぞれ何でも吐ける」
「炎も毒の息も酸も雷も冷気もや」
「相手が石になる息も吐けるで」
「何しろ龍の中でも最強のうちの一匹やしな」
「それだけあって強いで」
こう言う、そしてよく見てば巨大な胴体に小さな四本の足があった。それを見れば大蛇であることがわかる。足がなければ蛇になるからだ。
「ご主人の戦力や」
「うちのご主人自分では戦うの苦手やけどな」
「わしがおるから強いで」
「何しろわしは最強の龍のうちの一匹や」
「それだけあって強いで」
「敵の一万二万何でもないわ」
「そやろな、神話でも酒飲まさな勝てんかったやろしな」
如何に素戔嗚尊といえどだ、だからこそ酒を用意させたのであろう。
第三話 都へその二
「大きさはあそこまでにないにしても」
「大きなろうと思うたらなれるで」
「普通はこの大きさやけどな」
「この大きさが丁度ええから普段はこの大きさやけどな」
「伸縮自在や」
「そこも凄いな、それで僕の乗りものは」
「おお、ご主人来たか」
中里の声に応えてだ、周りを見回す彼に正面から声がかけられてきた。中里がその正面に顔をやると。
そこにやはり馬程の大きさの獣がいた、身体は虎で脚は狸、顔は猿で尾は蛇だ。この獣は何かというと。
「鵺か」
「そやで」
鵺は男の声で彼に応えた。
「ご主人の神具の一つにして乗りもの、仲良くやっていこうな」
「ああ、それで自分も空飛べるんやな」
「あと姿消したりも出来るで」
「そうしたことも出来るんか」
「そやねん、狐はんが幻術やら使えるのに対してな」
「自分がは姿消したりか」
「あと夜でも普通に何でも見える」
そうした能力も持っているというのだ。
「はっきり言って役に立つで」
「自分で言うかい、しかしや」
「ああ、これからやな」
「お互い頼むな」
「そういうことでな」
「宜しくな」
「ほな今から都に戻るで」
芥川は中里と鵺のやり取りが終わったのを見てまた声をかけた。
「ええな」
「ああ、それぞれの乗りものに乗ってやな」
「鞍を着けてや」
それは忘れなかった、見れば狐と鵺の背にはもうあった。鐙もだ。
「手綱はいらんけどな」
「そっちはか」
「鞍と鐙はしっかり乗れるからや、けれど神具から落ちることはないしちゃんとこっちの考えを受けて動いてくれる」
「そやから手綱はか」
「いらんねん」
神具に乗る際にはというのだ。
「そこは馬に乗るのとちゃう」
「そうか、神具から落ちることはないか」
「ああ、ない」92
断言での返事だった。
「そやから安心せえ」
「空を飛んでてやな」
「それはない、存分に戦えるで」
「それもええこっちゃな」
「そやろ、しかも進む速さも距離も半端やない」
「一日千里とかか?」
三国志の赤兎馬をだ、中里は例えに出した。
「そんなのか」
「もっとやろな」
「千里で効かんか」
「空からの偵察にも使えるしな、そんなんやから」
「しかも空飛ぶしか」
「察しええな、空を飛ぶと一気にや」
それこそというのだ。
「それで千里以上ってなるとな」
「一気にやな」
「何処でも行けるで」
それこそというのだ。
「すぐに」
「それで都にもやな」
「着くで」
「何か凄いな」
「凄いのは確かやけどな」
「そうした世界やねんな」
「そや」
そうなるとだ、芥川は中里にまた言った。
第三話 都へその三
「何度も言うてるけれどな」
「それを受け入れなあかんか」
「そや、ほな都に戻るで」
「空飛んでやな」
「神具でな」
「ほなご主人乗れや」
鵺が中里に言ってきた。
「飛ばすから覚悟しいや」
「飛ばしても落ちることはないねんな」
「ただし風圧は受ける」
飛ぶ時のそれはというのだ。
「それに覚悟するんや」
「わかった、そのこともな」
「最初はそれに慣れることや」
「風圧にか」
「それから戦うんや、ええな」
「わかったわ」
中里は鵺のその言葉に頷いた、そしてだった。
実際に鵺の背に乗った、その前に鵺の背に赤い鞍と鐙が付けられた。見れば九尾の狐にも黒いそうしたものが付けられた。だが。
八岐大蛇の背に立って乗った綾乃を見てだ、中里は彼女にこう言った。
「綾乃ちゃんはそのままか」
「龍やさかいな」
「乗るのに鞍とかいらんか」
「いつも立って乗ってるねん」
「それで移動してるんやな」
「そやで」
綾乃は大蛇の背から話した。
「これが結構乗り心地がええで」
「そやねんな」
「しかも大蛇ちゃんめっちゃ強いし」
「大蛇ちゃんって」
「ちゃん付けしたらあかん?」
「こんな凄い外見やしな」
巨大でしかも八つの頭を持つその姿を見てだ、中里は言った。
「ちゃん付けはな」
「これで性格は可愛いねんで」
「そうなんか」
「ユーモアがあって気さくで」
「趣味はお笑い観ることや」
大蛇も言ってきた。
「あとお酒を飲むことや」
「お酒はわかるけどお笑い好きや」
「特に漫才がやな」
「そうやねんな」
「いつも観てる、あと好きな食べものは釜揚げうどんや」
「何百人前食うんやろな」
そのうどんをとだ、中里は大蛇の八つの頭のうちの一つの言葉を聞いて思った。
「というか蛇やのにうどん食うんか」
「何でも食うで」
「肉もやな」
「勿論や、わしは雑食やねん」
「雑食の龍ってのも凄いな」
「そうした龍っちゅうこっちゃ、ほなご主人もわしに乗ったし」
「いざ都にやな」
中里は大蛇にも応えた、そしてだった。
三人はそれぞれの神具に乗ってだ、伊勢から都に戻った。すると芥川が言った通り文字通り一瞬でだった。
一行は都の前に来ていた、都はあまり高くない壁に囲まれた縦長の長方形の城塞都市だった。堀はなく正門が南にあり宮殿は北にあった。
第三話 都へその四
大きさはかなりのもので縦にも横にも相当だった。中里は空からその都を見たうえで正門の前に着地して言った。
「ここが都か」
「ええ街やろ」
「ああ、流石に大きいわ」
「ここに百万以上おるねん」
「百万か」
「この世界の日本で二番目の街や」
「一番は何処や」
中里は芥川に本能的にこう問うた。
「それやったら」
「大坂や」
「そこか」
「あと名古屋に江戸、広島、博多も大きいな」
「そうした街がでかいんやな」
「そや、ただ一億六千万の人口は結構分散してる」
「地方の力が強いんか」
人口面からとだ、中里は話を聞いて思った。
「そうやねんな」
「そや、あちこちに結構大きな街があるで」
「各地域にか」
「関西がそうした街が一番多いのは確かやけどな」
「つまり関西は商業の中心か」
「穀倉地帯も抱えてるしな」
「そんで国力高いんやな」
町も田畑もあるからだとだ、中里は理解した。
「僕等の勢力は」
「実際にそやで」
「成程な」
「そんで都は商業も栄えてて周りに田畑も多くてな」
芥川は中里にさらに話した。
「言うまでもなく政治の中心や」
「拠点やからか」
「そや、結構な場所やで」
「その割に守り弱いな」
「この盆地自体は守りやすいけどな」
芥川は盆地の周りを見回した、中里も彼と共にそうした。そして中里も頷いて言った。
「盆地やしな」
「そや、周りが山でや」
「そのせいでやな」
「場所としては守りやすいんや」
「街には入らさせへんねんな」
「そういう場所やねん」
「そういうことやな、あと川が南にあるな」
都のだ、彼等の後ろになる。
「鴨川か」
「都の水源やで」
「堤防も整えられてるな」
「さもないとな」
「水害に悩まさせられるか」
「橋もよおさんかけてるしな」
見れば実際に橋もあった。
「便利よおしてるで」
「やっぱり治水とか大事か」
「内政第一や、自分にもそっち頑張ってもらうで」
「というか普段は」
「メインそっちやろ」
「軍事よりもな」
「そうなるな」
「そこはええな」
「ああ」
中里も頷いて答えた。
第三話 都へその五
「聞いてたしな」
「そやったらな」
「内政第一でか」
「やってもらう、まあとにかくや」
「今からやな」
「都の中に入るで」
「いよいよな」
中里は芥川に笑顔で応えた、そしてだった。
実際に都に入ろうとするがここで鵺に言われた。
「ほな用があったら何時でも呼んでや」
「何処行くねん」
「わし等の世界に戻って休むねん」
「その世界ってまさか」
「そや、わし等はこことはまた別の世界におるねん」
「基本はか」
「それで呼ばれたらこっちに来て仕事してるねん」
中里に彼等のことを話した。
「精霊の世界におるねん」
「こっちの世界に関わってるの僕等の世界だけやないねんな」
「全部の世界が別々やけどそれぞれ関わってるんやで」
鵺は右の前足を動かしつつ中里に話した。
「そやからな」
「自分等もか」
「神具やけどな」
「生きてるしな」
「そや、精霊の一種でもあってな」
「気品はこっちにおるんかいな」
「こっちの世界に人間として生活してる精霊もおれば」
光の精霊である綾乃を見つつ中里に説明していく。
「基本精霊の世界で暮らしてる精霊もおるねん」
「自分達みたいにか」
「そや、まあわし等は妖獣っていうんかな」
「妖怪みたいな獣か」
「そうなるわ、狐さんとな」
「それで大蛇さんや龍やな」
「そや」
大蛇も中里に答えた。
「僕はそやで」
「それで龍も精霊になるんか」
「そういうこっちゃ」
「ちなみに自分等も精霊の世界を行き来出来るからな」
鵺は中里にさらに話した。
「よかったら来てや」
「そっちの世界にも行けるんか」
「生活基盤はないけどな」
精霊の世界にはというのだ。
「遊びには来てや」
「そういうことも出来るんやな」
「そや、ただ生活基盤がないのはな」
「僕等が暮らす様な街や田畑を作られへんとかか?」
「野生の世界や思うてくれ」
「開拓とかしたら」
「こういうのが群れなして襲いかかって来るで」
鵺は右の前足で大蛇を指し示して話した。
「バハムートはんとかリバイアサンはんとかおるで」
「それどっちも世界クラスででかいやろ」
「あとアトラスさんとかテューポーンさんとかでかい巨人もおる」」
「桁外れにやな」
「サイクロプスさんとかギガンテスさんとかもや」
「そういうのがよおさんおるからか」
「自分等がそうしたことしようともや」
文明、人間が生きるその世界をもうけようとしてもというのだ。
第三話 都へその六
「無理やで」
「完全に自然の世界や」
「そや」
「巨人もおって」
「ただこの世界にいつも急に出て来る巨人はおらん」
この連中はというのだ。
「連中が何処の世界から来てるのかわし等も知らんねん」
「そうなんか」
「わし等の世界にも時々来て暴れるし迷惑してるねん」
「成程な」
「長話したな、ほなな」
「ああ、また何かあったらな」
「呼んでくれ、それで一緒に遊ぼな」
鵺は中里にその猿の顔に気さくな笑みを浮かべて言った。
「精霊の世界に来たらそれはそれで遊ぼな」
「それじゃあな」
今度は精霊の世界の話をしてだ、そしてだった。
神具達は何処かに飛んで行って姿を消した、そして三人は彼等を見送ってから都の正門を潜った。正門は赤く塗られた大きな和風の門だった。
その門を潜ってだ、都に入ると。
大路の左右に店達が並び人が行き交っていた、人はどの者も室町時代や戦国時代の日本の服である。
その店や人を見てだ、中里は言った。
「一休さんか前田慶次になった気分や」
「時代離れてるで」
一休さんと前田慶次ではとだ、芥川は中里に突っ込みを入れた。
「結構以上に」
「そういえばそやな」
「二百年以上な」
一休さんは室町時代の前期から中期、前田慶次は戦国時代から江戸時代初期にかけての人物である。
「離れてるで」
「そやからちゃうか」
「そや、まあ室町時代でもな」
「お店多いし人は多いし」
「こうしたお店が出るのは江戸時代以降や」
しっかりとした構えの店はというのだ。
「呉服屋や両替商もあるしな」
「商業は江戸時代のレベルか」
「そやで、料理もな」
「ステーキもあるしか」
「他の洋食もあるしな」
「ああ、あの店か」
中里は大路のうちの一店を見た、見れば看板に洋食処と書いてある。
「あそこでステーキ食えるか」
「スパゲティもハンバーグもあるで」
「スパゲティか」
「自分好きやろ」
「結構な」
中里の好物の一つだ、実は麺類は何でも好きでうどんやそば、ラーメンといったものは何でも好きである。
「ほな暇あったら入ろか」
「そうしたらええわ、お金必要やけどな」
「ああ、お金もあるな」
「自分はこの勢力の棟梁の一人になるから俸禄貰えるで」
「うちは俸禄高いで」
綾乃は二人の間にいた、そこでにこにことして言うのだった。
「そやからどんな店でも入り放題やで」
「洋食でもかいな」
「河豚でも蟹でも食べ放題や」
「えっ、河豚もかいな」
河豚と聞いてだ、中里は目の色を変えた。実は河豚は麺類以上に好きで大好物と言っていいのだ。
「それはええな」
「あっ、自分河豚好きかいな」
「河豚やったら何でも好きや」
それこそというのだ。
第三話 都へその七
「お刺身も唐揚げも鍋もな」
「何でもやな」
「鍋の最後の雑炊もや」
「ほな俸禄でよおさん食べてや」
「絶対にそうするで」
中里は飛び上がらんばかりに喜んで言う、そしてここでだ。
市井の者達は大路を進む三人を見てだ、笑顔で声をかけてきた。
「あっ、巫女さん戻ってきたわ」
「芥川さんもや」
「よお戻ってきたな」
笑顔で彼等に手を振る、二人も笑って手を振り返す。中里はそんな二人と市井の者達を見て笑顔で言った。
「ええ感じやな」
「そやろ」
「ああ、自分等慕われてるんやな」
「国家元首として、政治家軍人としてな」
「それはええことやな」
「ああ、別に恐れられるとか望んでないし」
そうしたことはというのだ。
「僕等自身もな」
「それよりも愛される方がええか」
「そういう考えやで、これは日本の他の勢力もやで」
ここだけではないというのだ。
「それに他の国でもや」
「アメリカでも中国でも東南アジアでもか」
「そや、けどロシアとかインドはちゃう」
こうした国々はというのだ。
「特にロシアはな」
「あそこはかいな」
「女帝が絶対の統治をしててな」
「恐れられてるんか」
「圧政やないけど君臨してる」
自身の治める国にというのだ。
「それでどんどん領土を拡大してるんや」
「何かイワン雷帝みたいやな」
「そやな、ピョートル大帝か女帝エカテリーナか」
「そんなのか」
「まあそやな、実際氷の女帝って言われてるみたいやし」
大路を三人で歩きつつだ、芥川は中里にその国のことも話した。
「粛清とか弾圧はしてへんみたいやけど」
「君臨しててか」
「恐れられてる、あと欧州では敬愛されてるみたいやな」
「そっちかは」
「随分立派な騎士さん達が毅然として政治にあたってるらしいしな」
「騎士道でかいな」
「それで向こうでは敬愛されてるらしい」
統治している星の者達はというのだ。
「五騎星の連中はそれぞれな」
「フレンドリーに慕われてるんやなくてか」
「敬愛されてるんや」
「成程な」
「まあ正直尊敬されてもな」
芥川は笑ってだ、中里にこんなことも言った。
「疲れるしな」
「それもそやな」
「僕そんな立派な人間やないし」
「うちもや。好かれたいけど」
綾乃も言う、それも明るく。
「尊敬されたら重いわ」
「そやな、それはな」
「尊敬とかいらんわ」
「それで怖がられるのもいらん」
「そういうのも嫌やし」
「そやから好かれるのがか」
「今みたいなのがええわ、とにかくな」
綾乃は中里にあらためて話した。
「この勢力はこんな感じや」
「慕われてるんやな」
「そや、これでも平和にここの人達第一の政治してるつもりやし」
「町も田畑も整えてか」
「教育や技術投資にも力入れてるし」
「産業の育成もやな」
「うち等の世界で言うと雇用対策もしてるで」
人の働き口も確保しているというのだ。
第三話 都へその八
「むしろ人を向けなあかん先が多くてな」
「仕事ない人がいてるとか」
「困るわ、軍隊も徴兵制やないけどそれなりの数必要やし」
「数もかいな」
「武士に足軽な、忍者に僧兵もおるわ」
ここの兵達にはというのだ。
「武器は刀に槍、弓矢に鉄砲でや」
「戦国時代やな」
「今は鉄砲どんどん造ってるんや」
「鉄砲かいな」
「空船、空飛ぶ船と海を進む船もよおさん造ってるし」
「軍隊に備えてかいな」
「十五万程の軍隊があるわ」
綾乃は軍隊の規模も話した。
「日本では第一や、けどな」
「それでも油断は出来んな」
「周りにも敵が多いしな」
「それぞれに兵を振り分けてるんやな」
「今はな」
そうしているというのだ。
「中々しんどい状況やねん」
「東海、北陸、山陽、四国とか」
「兵力を振り分けてるし。あと国内の治安もあるし」
「山陰進出もあるし」
「とにかく軍も足りへんで困ってるねん」
「それで僕もちょっとアイディア考えてるねん」
芥川は軍師として述べた。
「その話もちょっと朝廷に戻って話をするで」
「星の面々も集めてやな」
「そこで自分を皆に紹介するな」
「ああ、頼むな」
「ちなみに自分神星やさかい綾乃ちゃん、僕と同格や」
そうした扱いになるというのだ。
「席次は二番目やな」
「二番目?」
「そや、二番目や」
「自分より上かいな」
「僕の星は自分の星より順位が下やねん」
同じ神星でもというのだ。
「自分は神勇星、僕は神捷星でな」
「神勇星の方が順位が上やからか」
「自分は二位になるわ」
「ここのナンバーツーや」
「そや、大将軍か元帥で軍務大臣やな。ただ星の順位はそれでもな」
「それでも?」
「国の役職では四番目か」
そうなるというのだ。
「元首の綾乃ちゃん、宰相、それで副宰相でしかも治部とか刑部とかやってる僕がおるさかいな」
「僕はそっちやと四番か」
「まあ兵部やな」
「軍事大臣やな」
「そうなるわ、ちなみに宰相は天星の奴や」
「そいつが綾乃ちゃん助けてこの国の政治やってるんか」
「そっちの天才て言うてもええ」
宰相はというのだ。
「そいつにも会ってもらうで」
「ほなな」
「よし、今から朝廷に入る」
目の前に木製の宮殿が見えてきた、天守等はなく平安時代の日本の御所をそのまま再現した様な木造のものだった。
「あそこにな」
「今からやな」
「もう皆集まってるで」
この勢力の星の者達はというのだ。
第三話 都へその九
「そこで顔合わせをしてな」
「それからやな」
「これからの政治戦略の話をするわ」
「それでいよいよやな」
「動くで」
その目から強い光を放ってだ、芥川は言った。
「ええな」
「ああ、ほなな」
「朝廷、御所に入るで」
「今からな」
三人は人々に手を振ってもらいつつ御所に入った、御所の正門には黒い具足と槍で武装した足軽達がいた。その彼等も中里達に挨拶をしてきたので三人で返礼をした、その後で。
御所に入る、御所は檜で造られていて質素な造りだが気品があった。中里は草履を脱いで中に入って見回しつつ言った。
「平安時代の御所やな」
「そのままって感じやろ」
「それか室町の花の御所とかな」
「あんなのやな」
「二条城とかな」
中里は三人で歩きつつ芥川にこの建物の名前も出した。
「そんな感じやな」
「そう言うと思ったわ」
「実際にそうした造りやねんな」
「この御所はな」
「あまり護りは堅そうやないな」
中里はこんなことも言った。
「これは都全体もやけど」
「さっきの話やな」
「地の利全体で守ってるんやな」
「山でな」
城壁ではなく、というのだ。
「それにここにはいつもそれなりの兵がおるしな」
「それで守ってるんやな」
「しかも大坂と姫路、安土、あと鳥取にええ城がそれぞれあるわ」
「天守閣付きのか」
「そういった城が国全体の守りの拠点になってるんや」
「都だけ守ってるんやないねんな」
「うちは基本城と人で守ってる」
そうした戦略だというのだ。
「城もあるけど空からも敵が来るしな」
「城だけで守れんか」
「人も必要や、実際な」
「そういうことやねんな」
「まさに人と城や」
芥川はこの言葉も出した。
「そのどっちもないと国は守れんし」
「攻めることもやな」
「出来ん、そやからな」
「人もか」
「城は守りだけやなくて物資や将兵の集積地の役割もあるしな」
「むしろ攻める時のやな」
「拠点って考えてる」
「ほな西に伸びるにはやな」
そちらへの勢力拡大にはとだ、中里は考える顔になり芥川に返した。
「姫路や大坂の城を使うか」
「山陰もな」
「山陰は鳥取やな」
「やっとそこまで行けて城を築けた」
その鳥取城をというのだ。
第三話 都へその十
「出雲までまだ距離あるけどな」
「鳥取からやな」
「兵を進められる」
この城を拠点として、というのだ。
「そして東海と北陸には安土や」
「その城を使うんか」
「琵琶湖の水運も使って戦う用意が出来てる」
「成程な」
「まあとりあえずは会議や」
「他の星の連中と顔合わせをしてやな」
「それからや、ええな」
芥川は檜の廊下を進みつつ中里に話した、厚い檜は中里にとってははじめて見るものだった。そこまで見事なものは。
「そこでこれからの方針も決めるわ」
「わかったわ、ほなこれから会議室やな」
「会議室やない」
「朝廷か」
「そや、巫女の間で話すで」
その部屋でというのだ。
「綾乃ちゃんが主座に座る場所や」
「そこに皆集まってるか」
「もう皆集まってるやろ、転移の術を使って」
「ああ、そうした術も使えるんか」
「高位やけどそうしたのを使える道具もあるし」
「星の人は皆いつも持ってるねん」
綾乃が話してきた。
「実はうち等もやで」
「それで集まったりいざって時はか」
「行かなあかん場所に行くねん」
そうした術や道具を使ってというのだ。
「魔法使いの系列の魔法やと中位で転移の魔法あるし」
「それを使ってか」
「移動出来るし」
「道具でもそういうのあってか」
「皆来てんで」
「術は大きく分けて四つあるんや」
芥川は術の話もした。
「西洋の基準で言うと魔術師、僧侶、錬金術師、超能力者になる」
「それで四つか」
「あと獣を使ったり召喚したりとかもあるしな」
「そっちもそれぞれの術やな」
「そや」
「ほな六つか」
「大体な」
術の系列はというのだ。
「陰陽道は魔術、仙術は超能力、巫女の術は僧侶、丹術は錬金術って考えてええか」
「そんな感じか」
「東洋で言うとな」
「名前がちゃうんやな」
「そや、大体一緒になるわ」
「それで移動は魔術とか陰陽道か」
そちらの術になることをだ、中里は理解した。
「成程な」
「ちなみにうち巫女術の他に陰陽道も使えるで」
綾乃は笑顔で中里に話した。
「仙術と丹術も」
「何や、めっちゃ凄いな」
「そう言う中里君も侍やから魔術師つまり陰陽道も使えるで」
「そうなんか」
「それでもかなりレベル高いから全部の術使えるで」
陰陽道のそれをというのだ。
「芥川君も忍者で丹術も使えるし」
「忍者は戦って隠密も出来てや」
その芥川の言葉だ。
「術も使えるねん」
「それは強いな」
「ああ、けどやっぱり正面きっての戦いは武士や」
こちらの方が強いというのだ、忍者よりも。
第三話 都へその十一
「そやから自分はこれからうちの武の要になる」
「主力か」
「文字通りな、よろしゅう頼むで」
「ほなな」
「さて、巫女の間までもうすぐや」
案外広くしかも曲がり角が多い廊下を進んでいってだった、途中十二単のみらびやかな宮女や官服の官吏達がいて挨拶をしてきた。こちらも平安の趣だ。庭は奇麗に整い池も木々も見事な美しさがある。
「そこに入ろか」
「今からやな」
「そうしよな」
こう話してだ、そしてだった。
三人でその中に入った、するとそこには数人の男女がいた。
彼等は三人を見てだ、すぐに一礼した。そうしてだった。
綾乃がだ、中里に言ってきた。
「ほな自己紹介からしよか」
「それなら僕からな」
新入りということもありだ、中里は自分から名乗った。
「中里雄一、神勇星や」
「うわ、遂に来たわ」
「神星の人もう一人かいな」
「これでこっち神星の人三人」
「これ強いで」
芥川と同じく忍装束の男女が話をした。
「ええ感じかな」
「これでかなりちゃうわ」
「僕等最強になったんちゃう?」
「ああ、日本統一が見えてきたで」
「そこちょっと静かにな」
芥川はその二人に笑って注意をした。
「そうした話をする時やないで」
「あっ、すんません軍師」
「そこは注意します」
「ああ、けど自分等が言い出したし丁度ええやろ」
芥川はその窘めた二人に笑ってこう言った。
「自分等が次自己紹介せえ」
「はい、佐藤忠志人走星です」
「佐藤香菜人巧星です」
二人はそれぞれ名乗った、見れば二人共非常によく似た顔立ちだ。目が大きくはっきりとしていて口元は微笑んでいて鼻の高さは普通だ。髪の毛も同じ黒で先に名乗った方は短くしていて後に名乗った女の方は長い髪をポニーテールにしている。そして男の方は背は一七〇位で女の方は一六〇程度だ。
「あっちの世界やと八条学園の一年です」
「同じ漫才部に所属してます」
「僕が双子の兄です」
「双子の妹です」
「神具は村正です」
「風魔手裏剣使ってます」
「この連中は僕の弟子でもあるねん」
芥川は中里に二人のことを話した。
「落語部と漫才部の付き合いもあるしな」
「それで先輩には何でも教えてもらってます」
「こっちの世界でもそうです」
「こっちの世界に来て最初に先輩に会いまして」
「それで両方の世界でお世話になってます」
「こっちの陣営やど忍者の棟梁やってます」
「先輩の下にいてます」
二人で中里に話した、そしてさらにだった。二人は中里にこうも話した。
第三話 都へその十二
「村正はあっちじゃ妖刀ですけどこっちでは強い神具ですから」
「風魔手裏剣は物凄い役に立ちますさかい」
「もう切れんものいはなくて衝撃波も出せます」
「大きさも投げる時に変えられるんですよ、ブーメランみたいに戻ってもきますし」
「そんで僕等も政治出来ますから」
「そっちも頑張ってます」
「まあそっちはまだまだこれからやな」
政治の方はとだ、芥川は笑って話した。
「けれど戦闘でも諜報でも頼りになる連中や」
「忍者だけあってか」
「そや、いざって時は自分も頼りにしいや」
「ほなな」
「これから宜しくお願いします」
「何かあったら頼みますで」
兄妹は中里に明るく言ってきた。
「神星やさかい」
「どんどん頼らせてもらいます」
「ああ、こっちこそな」
中里と双子のやり取りはスムーズに進んだ、そして次は。
紫と白の平安時代の官服と冠を着ていて右手には杓を持っているが左手には青い扇子を持っている細面で切れ長の目の男がだ、静かに名乗った。
「太宰修治です」
「あれっ、自分」
彼を見てだ、中里はすぐに言った。
「生徒会長の」
「そうです、あっちの世界ではそれやってます」
「成績も学年一位の」
中里は彼のこのことを思い出した。
「知らんものはないっていう」
「いえ、あります」
あっさりとだ、太宰は中里に返した。
「というか僕の知ってることなんて僅かです」
「噂通りの謙虚やな」
「そや、こっちの世界でも会長はこん感じや」
ここでまた芥川が話す。
「それで僕等の陣営の宰相や」
「総理大臣やな」
「そや、そうなるわ」
「星は天機星で神具は三つ持ってます」
太宰は謙虚な声で話した。
「天神冠に政要書、神扇です」
「どれもあらゆる知識と知性、教養を授けてくれるものや」
芥川が太宰の神具について話した。
「特に政治のな」
「そやから政治家か」
「会長さんはな、ちなみにこっちの世界やと宰相って言われてるわ」
「そのままやな」
「そやからこっから宰相って呼んでや」
「じゃあ僕もな」
「それでお願いします、これが菅丞相の天神冠でして」
太宰はここで自分が今まで被っていた官服の冠を脱いで中里に見せた。一見すると普通の紫の冠だ。
「知性を高めてくれます、あと懐に政要書飛耳長目がありますが」
「そっちは知識やな」
「それと教養です、政治特に内政なら何でも書いてます」
「それで神扇は」
「役小角が持ってたものと言われてて一扇ぎすれば自分も他人も冷静にさせて名案を出させて気力を回復させてくれます」
「それも神具やな」
「はい、ちなみに僕は僧侶と魔術師の術が使えます」
この二つの術をというのだ。
第三話 都へその十三
「けど戦場にはあまり立ちません」
「あくまで政治か」
「そっちが主です」
「そやねんな」
「普段はここで留守番してますさかい」
それで政治にあたっているというのだ。
「出陣の時の用意もします」
「補給とか何でも出来るさかい」
中里は太宰のこのことも話した。
「これだけ縁の下の力持ちもないで」
「補給もかいな」
「そうしたことも全部してくれるねん」
「劉邦の宰相か」
「ああ、蕭何な」
「そうした立ち位置やねんな」
「その蕭何の比やないで」
笑ってだ、芥川は太宰に述べた。
「うちが万全の内政でしかも軍隊動かせるのは宰相の力が強いからな」
「いえ、僕は別に」
「事実言うてるねん、とにかく政治は宰相や」
謙虚さを見せた太宰に言ってから中里にも話した。
「政治やったら何でも何度でも穏やかに教えてくれるし」
「政治でわからんとこあったらか」
「聞くとええわ、僕もそうしてる」
「わかった、教えてもらうわ」
「学校の勉強はあっちの世界でな」
笑ってだ、芥川は中里にこうも話した。
「教えてもらうとええわ」
「受験もあるしな」
「そやそや」
中里も受験のことには頷いた。
「それもあるわ」
「そやな」
「ちなみに双子は烏天狗や」
芥川は二人の種族も話した。
「それで宰相は人間や」
「普通のか」
「見ての通りアジア系のな」
「何か神社とか都の人達見てたらや」
ここで中里は彼等のことを思い出して言った。
「色々な種族が実際におったな」
「そやろ」
「鬼も天狗もおるし」
「犬人とか猫人とかおったな」
「龍人とかな」
「あとエルフ、ドワーフ、ホビット、ノームとかもおる」
こうした種族達もというのだ。
「エルフなんか肌の黒いダークエルフもおったな」
「ああ、アフリカ系の人みたいな肌のエルフの兄ちゃん姉ちゃんおったな」
中里は社や都で見た彼等のことも思い出した。
「あと少し背が小さくて髭の生えた人等もな」
「それがドワーフや、あと天使とか悪魔もおるけど」
「ああ、おるんか」
「日本にはあまりおらん、それと悪魔言うても別に悪いことはせん」
名前がそうでもというのだ。
「その人それぞれ、これはどの種族でもや」
「犬人でも猫人でもやな」
「リザードマンとか蛙人、人魚、魚人、オーク、コボルト、ゴブリン、毛人、イエティっておってもな」
「その人によるか」
「そや、あと犬人とコボルトは近い種族やねん」
芥川いは彼等のことも話した。
「コボルトの方がやや小さいんや」
「どっちも犬やしな」
「それと各種族でも細かい違いがあって猫人はライオン、虎、豹、ジャガー、チーターって色々おるんや」
第三話 都へその十四
「それ言うたら犬と狼もやな」
「同じやで、狐や狸もおるしな」
「そして種族によって得手不得手があるけどや」
「努力次第で誰でも何でもなれるさかいな」
こう話すのだった。
「そこは覚えておくんや」
「よおわかったわ」
「結局どの種族も大して変わらん」
「人間も鬼も天狗もやな」
「そや、種族ごとの個性があってもな」
「結局は努力次第でどうにかなるか」
「そこは覚えてるんや、ただ巨人だけは別や」
この種族についてはだ、芥川は眉を顰めさせて語った。
「あの連中は馬鹿でかいし急に出て来て暴れ回る」
「例外かいな」
「もう何が何かわからん、あんな迷惑で腹立つ連中もない」
「災害みたいなもんか」
「リアルでな、この連中だけはちゃうからな」
「他の種族とはか」
「ああ、全然ちゃうのは覚えておいてくれ」
巨人だけはというのだ。
「文明の中にもおらんし訳わからん連中や」
「色々な種族のおる世界でもか」
「その殆どの種族がモザイクになって暮らしててもな」
「成程な」
「それで、でおじゃる」
ここで公家の格好をした狐顔の者が言ってきた。
「麿は犬人の中の狐人でおじゃる」
「こいつも星の者や」
「夏目瞬、地彗星でおじゃる」
狐人の公家は自身の星のことも話した。
「公達で戦も政も得意でおじゃる」
「それで陰陽師でもあるからな」
芥川はその夏目を親指で指し示しつつ中里に笑顔で話した。
「頼りになるで」
「宜しくでおじゃるよ」
「ああ、何かお公家さんっていうか公達みたいやな」
「実際にそうでおじゃる」
「そやねんな」
「神具は名刀菊一文字と安倍晴明さんの表した陰陽道の書、古事略決でおじゃる」
この二つだというのだ。
「戦と陰陽道の両方で役立っているでおじゃるよ」
「成程なあ」
「八条学園では二年でおじゃる」
「自分も八条学園の人間か」
「麿の知る限り星の人は全員八条学園の人でおじゃるよ」
「そやねんな」
「そして麿もでおじゃる」
「二年生か、つまり後輩やな」
学年ではとだ、中里も理解した。
「そうなるか」
「では後輩として宜しくでおじゃる」
「こっちこそな」
「そしてです」
白猫の顔をした巫女が笑って言ってきた。
「私は姫様のお付きの巫女にして内政と外交の責任者樋口弥生です」
「姫様って綾乃ちゃんのことやな」
「そうです、私綾乃さんのことこう呼んでます」
「成程な」
「持ってる神具は記紀、古事記と日本書紀だけやなくて開けばそこに自分が知りたいことが何でも書いてます」
「政治のことでもか」
「はい、そやから太宰さんと一緒に国政を主にやらせてもらってます」
こう中里に話した。
第三話 都へその十五
「戦いはあまりしませんけど回復なら得意です」
「回復役やな」
「そうです、星は人察星です」
自分の星のことも話した。
「八条学園商業科の一年です」
「商業科の娘かいな」
「彼氏ゲットするのが大変ですにゃ」
「関西弁で猫の言葉入れるんかい」
「あきません?」
「結構あざとい感じするわ」
「こうしたらもてるんちゃうかって思いまして」
明るく笑ってだ、弥生は中里に自分から話した。
「あきません?」
「あかんとは言わんけどな」
「ほなこのままいきます」
「ああ、それでな」
「同じ商業科の二年です」
今度は狸の頭でで商人の服を着た男が言ってきた、夏目と弥生もそうだが手は毛深く人間に近い形だが何処かイヌ科のものを思わせる感じになっている。
「中原修造、地金星です」
「商人やな」
「はい、大坂に大店持ってます」
「それで金を稼いでるか」
「ここの財政と貿易、商売とかやってます」
その狸の顔で話す。
「戦いはあまり得意やないけど化けることは出来ます」
「狸やからか」
「これ実は夏目さんもですけど」
「そやろな」
中里は夏目の狐の顔を見て納得して頷いた。
「狐やしな」
「それで、です」
「狸も狐も化けるしな」
「それは得意ですわ」
「人を化かすのもやな」
「得意です」
そちらもというのだ。
「神具はどんな難しい計算もさせてくれる算盤や商売の流れを頭に入れてくれる天秤の二つです」
「商売やな」
「はい、そうです」
「まさにそれやな」
「わては商売基本で戦いは苦手ですが」
「術とか使えんか」
「一応錬金術の系統が。それと武器は短筒持ってます」
戦いについてはそうしたものを使うというのだ。
「大砲も使えます、けれど他は」
「それ位か」
「はい、あまりなんです」
「そうなんやな」
「そやから戦場に立つことはまずありません」
「商売と政治専門やな」
「そうですわ」
こう中里に話した、己のことを。
「申し訳ないですが」
「いや、商売も大事やしな」
中里は申し訳なさそうにした夏目に対してすぐにこう言った。
「別に戦だけが世の中やないやろ」
「そやからですか」
「別にええで」
「そうですか」
「それに大砲使えるんやったらな」
中里はそこに突っ込みを入れた。
「大砲隊作ったらええやろ」
「そこや、実は大砲も造ってるさかいな」
芥川は笑って言った。
第三話 都へその十六
「中原君には大砲隊を率いてもらうつもりや」
「やっぱりそうか」
「陸の方のな、海は海で指揮するのおる」
「ひょっとしてそれは」
「私や」
帝国海軍の軍服を思わせる黒を基調として手首のところに太い金モールを二本巻いた男がいた、肌はやや青くよく見れば耳が鰭に似ている。
「水軍、海軍って言うてもええけど私が率いてる」
「その格好や」
「これでわかるやろ」
「自分が水軍、つまり海軍を率いてるんやな」
「そや、名前は吉川明文。八条学園高等部水産科の三年や」
吉川は自分のことも名乗った。
「この勢力の海軍を任されてる、星は天寿星や」
「そうか、それで神具は」
このことはだ、中里は自分から問うた。
「何や」
「双眼鏡と海図と羅針盤や」
「その三つか」
「そや、双眼鏡は海や水なら何処までも見える」
「千里眼やな」
「陸は海程やないが遠くまで観られる」
そうしたものだというのだ。
「海図は海と陸のある程度なら何処でも地形、海底から山の高さまでわかって災害や敵やモンスターの場所までわかる」
「ええ海図やな」
「開いたらな、それぞれの場所までわかるし空とかのことも立体的に出る」
「それはええな」
「そして羅針盤は自分の位置も方角もわかる」
「その三つでやな」
「海では完璧に戦えるんや」
「そうか、それやったら海では無敵やな」
まさにとだ、中里もそのことを聞いて唸った。
「海は最強か」
「空の船も指揮も出来るしな」
「海図と羅針盤はそっちでも使えるんやな」
「そや、ただ私自身が戦うとや」
その場合はというと。
「普通の剣とか位しか使えん」
「そっちの神具はないか」
「あと泳げるけどな、マーマンやし」
「人魚やな、けど人魚っていうても」
中里はここで吉川の脚を見た、黒い軍服のズボンに覆われている。その脚を見ればごく普通の脚にしか見えない。
「脚は普通か、それに陸におるし」
「この世界の人魚は脚変えられるんや、変えろって自分が思ったらな」
「そうなんか」
「確かに水の中が一番やけど陸でも普通に生活出来る」
「成程な」
「そやから心配無用や、あと下半身が魚になったら海で何時までも泳げる」
それが可能だというのだ。
「泳ぎは河童にも負けんで」
「流石人魚ってことか」
「そや、それで海は任せてもらってる」
見れば鋭利な整った顔だ、面長で目は切れ長である。黒髪は短く刈っていてスマートな長身が軍服によく似合っている。海軍士官らしい外見だ。
「船も今よおさん建造中やしな」
「そうしてるで、実際に」
ここでまた芥川が言う、そしてだった。
最後に赤と黄色の陣羽織、青と紫の具足、橙も赤も青もある派手な柄の服を着た背の高い女が笑って言って来た。眉は太めで赤髪は収まりが悪く後ろでおさげにしている。口は大きく白い歯が見えている。目は明るく右手には馬鹿でかい槍がある。
第三話 都へその十七
その女がだ、豪快な笑い声をあげて言ってきた。
「さて、どんじりはあたしだな」
「そや、最後になったな」
「あたしは天下の傾奇者円地玲子ってんだ」
こう笑って言った。
「地楽星、戦じゃ騎馬隊率いてるぜ」
「傾奇者かいな」
「そうさ、戦場以外じゃ何も役に立たないぜ」
「政治はからっきしや」
実際にとだ、中里も話した。
「これがな」
「そっちは全く駄目でな」
「何でも学校の成績も悪いらしい」
「二年の学年最下位さ」
玲子自身が笑って言った。
「堂々たるな」
「うちの高等部のやな」
「そうさ、まあ落第しないで済んでるからいいけれどな」
「こういうやっちゃ」
「まあ成績はいいさ、あたしは馬鹿なんだよ」
玲子はまた自分で言った。
「スポーツ馬鹿さ、部活はバレー部だよ」
「バレー部かいな」
「そうさ、先輩」
玲子は中里をここで先輩と呼んだ。
「宜しくな」
「こっちこそな、それで神具は何や」
「この朱槍と南蛮具足さ」
玲子は持っている槍と着けている具足を見せて話した。
「何でも貫いてやっぱり衝撃波も出せる槍と抜群の防御力を持ってるんだよ」
「最強の槍と鎧やな」
「先輩の鎧みたいなものさ」
南蛮具足のことを話した、その派手な色合いの具足のことを。
「こんないい具足はないぜ、槍もな」
「どっちもか」
「ああ、もっとも素手でも刀でも暴れてやるぜ」
玲子の豪快な言葉は変わらない。
「とにかく戦の場では任せてくれよ」
「そうさせてもらうで」
「戦の時以外は遊んでるけれどな」
「そうした意味でもこいつは傾奇者や」
中里にだ、芥川は笑って話した。
「こいつは」
「戦以外はできんか」
「それ専門や」
「他の面々は政治も出来てもか」
「実は吉川も結構出来る」
彼もというのだ。
「政治はな」
「何か政治出来る面々多いな」
「さもないと話にならんからな」
「戦争に勝ってもやな」
「その後しっかり内政とか貿易せんと国はよおならん」
芥川はきっぱりと言い切った。
「そやから皆そこも頑張ってるんや」
「あたし以外はな」
玲子はまた笑って言った。
「まあそこは我慢してくれよな」
「向き不向きはどうしようもないわ」
芥川もそこはいいとした。
「自分はそっちは本当に不向きやしな」
「そういうことでな」
「ああ、悪いな先輩」
「ええわ、とにかくこの面々が今の僕等や」
中里は芥川に全員紹介し終えたのを確認してあらためて話した。
「これから他の勢力も飲み込んで星の奴も増やしていきたいけど」
「まずはこの顔触れでやな」
「やってくんやな」
「そういうこっちゃ、それでやけど」
「これからのことをやな」
「話すで」
「軍議はじめよか」
綾乃もにこりとしてだ、場にいる全員に言った。
「今からな」
「よし、ほなやろか」
芥川は自分の席で今度は笑って言った、そして実際に中里達は軍議に入った。
第三話 完
2017・1・28
第四話 夢と現実その一
第四話 夢と現実
綾乃達はそれぞれの敷きものの上に座っていた、女性陣は玲子以外は全員正座であり男性陣は中里と芥川、佐藤、は胡座だが他の面々は正座だ。そしてだった。
芥川がだ、一同に話した。
「まずうちの状況を確認するで」
「ああ、どういった内情で外はどうなってるかやな」
「人口は四千万、兵力は十万ちょっとや」
中里に応えてだ、芥川はまずは内情を話した。
「開墾と新田開発、灌漑と街造りは順調と言ってええ」
「内政は整ってるな」
「それで海軍の船の建造と空船の建造は両方共やっと軌道に乗りだした」
「鉄砲はどや?」
「あちこちの鉄砲鍛冶に造らせてる、それで大砲の大量建造もはじめた」
「結構ええ感じちゃうんか?」
「ああ、けれど周りに敵が多い」
芥川は中里にこのことも話した。
「東海、北陸、山陽、四国とそれぞれの勢力と対峙してる」
「周りは敵ばっかりか」
「そや、どの勢力もうちに比べたら人口も国力も星の奴も少ないけどや」
「それだけの敵に囲まれてるな」
「わかるな、かなり辛い」
「それが今の僕等の状況か」
「そや、結構以上に辛い」
実際にとだ、芥川は中里に自分達の状況をこう話した。
「敵の兵力は合わせて十万近い、星の奴は十二人や」
「星の奴は向こうの方が多いな」
「四つの勢力全部合わせてな」
「そや、それでこの状況に対してどうするかやが」
「各個撃破がええやろ」
中里は腕を組み胡座をかいた姿勢で芥川に話した。
「やっぱり」
「オーソドックスにか」
「戦略のな」
こう言うのだった、中里も。
「一つ一つ潰していって飲み込んでいって勢力拡大していってや」
「次第に強くなってくんやな」
「一度に相手にするより一つ一つや」
こう言うのだった。
「こっちの勢力が大きいだけにな」
「周りの他の勢力と比べて」
「一つ一つはうちよりずっと小さい」
その勢力はというのだ。
「ほんまにな」
「つまり他の勢力を抑えてやな」
「その間にや」
「潰す勢力を決めて」
「各個撃破や」
その言葉は強かった。
「それがええやろ」
「その通りやな、けれど一つの勢力を攻める間他の奴等には具体的にはどうするんや?」
「その連中には守りを固めて防ぐんや」
彼等が攻めた場合はというのだ。
「国境の砦とかに備えの兵と星の奴を置いてな」
「そしてこっちが攻める相手には余力を全部注ぎ込んで潰してく」
「一つずつな、そうすべきやろ」
「その通りや、よおわかってる」
芥川は中里の話をまずはよしとした、そのうえでさらに話した。
「それでうちはまずは山陰を進んでる」
「鳥取城までいってるんやったな」
「そこからまずは出雲まで目指してる」
飛び地ながら自分達の領土になっているそこまでというのだ。
第四話 夢と現実その二
「それで山陽の連中を背中から脅かすことも狙ってるけどな」
「山陰進撃は難しいんやな」
「正直星の奴が足らんかった」
芥川の言葉は過去形だった。
「それぞれの勢力に戦える星と兵を置いて山陰に兵を進める、言葉では楽や」
「けどこれが難しかったんや」
太宰も言ってきた。
「僕等は合わせて十人やったからな」
「四方に一人か二人ずつ備え置いて内政もしてか」
「これで手が一杯で山陰に行ける人が中々おらんで」
「それでやな」
「これまで山陰進出はあまり進んでなかった」
ようやく鳥取まで進めたがというのだ。
「しかも鳥取のすぐ西に結構な勢力のならず者達がおって巨人共がよお出て来ててな」
「巨人もかいな」
「それで中々進めへんかったんや」
「しかし僕が来たからか」
「この状況が変わるかもな」
「はっきり言うと自分に山陰を頼みたいねん」
綾乃は主座から自分のすぐ左の従う座にいる中里に言った、彼の向かい側には芥川がいる。
「出雲まで言ってくれるか」
「出雲はうちがいますで」
弥生が明るく言ってきた。
「そこで待ってます」
「出雲におるんは自分か」
「元々そっちにいまして」
「出雲大社かいな」
「そうですねん、綾乃さん好きやさかいこっちに入りましてん」
綾乃達の陣営にというのだ。
「飛び地ですけど」
「こっちも領土増えるし海路でつながったんや」
そうしたとだ、芥川が弥生の話を補足した。
「それで陸もってなってな」
「海も陸もつながってこそやな」
「そんで領土も増える」
山陰のそこもというのだ。
「そんで自分に山陰を頼みたい」
「まずはやな」
「そや、そしてそこからや」
「他の勢力をどうするかた」
「そうした問題になるか」
「多分山陽、四国の二つの勢力を潰してく」
山陰進出の後はというのだ。
「東の方は僕が佐藤兄妹を率いて備えておく」
「麿と円地殿で山陽と四国に睨みを利かすでおじゃる」
夏目も言ってきた。
「そうさせてもらうでおじゃる」
「海は私が海軍で守る」
吉川も言ってきた。
「瀬戸内、そして伊勢は任せろ」
「守りを固めておいてやな」
「そのうえで自分には山陰を頼む」
中里を見据えてだ、芥川は彼に告げた。
「ええな」
「わかった」
中里も真剣な顔で応えた。
「やらせてもらうわ」
「ああ、兵は一万三千や」
兵の話もした。
第四話 夢と現実その三
「それだけで行ってもらうで」
「多いな」
「けれど将は自分だけや」
「他の奴は来られんからやな」
「僕は近江に佐藤兄妹を連れて行く」
芥川自身はというのだ。
「そんで東海、北陸を抑える。今言った通りな」
「軍師自らそうせなあかんか」
「ああ、とにかく今は四方に敵がおってしかも人手が足りん」
「そんな状況やからか」
「自分だけで行ってもらう」
「そうか、じゃあ出雲までやな」
「そこの大社まで行ってもらうで」
芥川は中里に笑って言った、そして弥生も言ってきた。
「私が待っていますにゃ」
「ああ、待っててくれや」
「こっちはあまり軍勢おらんさかい」
「はよ行かなあかんな」
「山陽から攻められかねません」
「わかった、すぐに行くわ」
中里は弥生に確かな声で約束した。
「待っていてくれや」
「楽しみにしてます、中里さんイケメンやし」
「ははは、そこでそう言うか」
「女の子にもてません?」
「全然や」
真実を笑って告白した。
「欲しいけれど」
「そうですか、ほな頑張って下さい」
「そこで自分はって言わんとこがミソやな」
「今度合コンしますんで」
それでというのだ。
「彼氏はそこで作れたらなって思ってます」
「工業科の連中とするんやな」
「はい、商業科は女余り工業科は男余りで」
「相性ええな」
「そやからそうしてます」
「成程な」
「そやから中里さんは中里さんで頑張って下さい」
こう彼に言うのだった。
「応援してますさかい」
「ほなな、まあとにかく急いで出雲まで行く」
「そこでその一万三千は出雲に置いて守りにしてな」
「山陽の連中の背中に睨みを効かすんやな」
中里はまた芥川に応えた、弥生と話していた時はにこやかだったがその顔も一変して鋭いものになっていた。
「そうするんやな」
「そして山陽との戦の時はな」
「そこからも攻めるんやな」
「そうする、播磨と海からもや」
「同時に攻めるんか」
「そうするわ、これからのこともかかってるし」
「僕の責任は重大やな」
中里はこのことも自覚した。
「それもかなり」
「そや、出雲は失えん」
「今現在の戦略上の要地か」
「僕等にとってな、それに結構豊かな場所で近くに銀山もあるし」
「銀山か」
「それも欲しいしな」
このこともあってというのだ。
「頼むで」
「ああ、頼まれるは」
「それじゃあ今から各自それぞれの持ち場に移動や」
転移の術を使ってというのだ。
第四話 夢と現実その四
「それで動いてもらうで」
「皆頑張ってや」
綾乃がここでまた主座から言ってきた。
「これから何かと忙しいけど」
「忙しいのはいいことでおじゃるよ」
夏目は狐の顔でほっほっほ、と笑って述べた。よく見れば狐の顔であるが黒い公家の眉もある。
「人はやることがあればそれに向かえるでおじゃるから」
「そういうものやさかいか」
「そうでおじゃる、では巫女様と宰相さんに都と全体の政はお任せして」
「各自移動や」
「そうするでおじゃるよ」
この言葉と共にだ、一気にだった。
綾乃と太宰、そして中里以外の面々は即座に姿を消した。そして太宰が残っている中里に対して言った。
「中里君も移動の術を使えますから」
「そやからすぐにか」
「はい、鳥取に行ってもらいます」
「そこに一万三千の兵がおるんやな」
「はい」
その通りという返事だった。
「物資も城によおさんあります」
「補給は万全か」
「丹後、丹波の二国から送りますさかい」
「安心してええか」
「はい、ただ若狭は北陸への備えです」
この国はというのだ。
「物資は二国分で我慢して下さい」
「いや、それだけあれは充分や」
中里は太宰に笑って答えた。
「やってみせるわ」
「頼みます、鳥取城から西の但馬、因幡はもう無法地帯です」
「そんな状況か」
「ならず者やモンスター、怪物ばっかりいまして」
「大変な状況か」
「しかも出雲も社の周りはこちらの勢力圏ですが」
しかしというのだ。
「この国の大半もまだ私等の勢力圏にはなりきってません」
「そうした状況か」
「そうです、ですから」
「それでやな」
「道は険しいです、特に出雲の東には二万位のならず者がいます」
「多いな」
「何でかこの連中が急に出て来まして」
二万もの、というのだ。
「何か厄介なことになってます」
「そうなんやな」
「この連中をどうするのかが山陰の最大の課題です」
「その連中を何とかして出雲の社まで行くんやな」
「お願いします、山陰一つに出来たら鳥取の他にも出雲に城築きます」
そうするとだ、太宰は出雲まで至った場合も話した。
「そして芥川君の言った通り」
「山陽をか」
「山陰からも睨みを効かして攻めることもします」
「そうするか」
「はい、ほなすぐに鳥取にお願いします」
「わかった、ほな行って来るわ」
「中里君にも頼むで」
笑顔でだ、綾乃も彼に話してきた。
第四話 夢と現実その五
「山陰は特に余裕ない状況やけど」
「時間の問題でやな」
「しかも敵も厄介やけど」
「やってみせるな」
「よろしゅうな」
「よし、鳥取城までは」
「地図あるで」
綾乃は巫女服の袖の中から一枚の地図を出した、それは西日本のものだった。中里にその地図を差し出して話した。
「これな」
「鳥取までやな」
「行きたいって思えば術使えるなら行ける」
「そうか」
「星の人は自分が使える系統の術は最初から全部使えるさかい」
「移動の術もやな」
「使えるで、そやから安心してや」
こう中里に話した。
「その術を使いたいって思ったら自然に口に詠唱出来るさかい」
「へえ、余計に便利やな」
「そやろ、ほな早速」
「ああ、鳥取に行くわ」
「何かあったらすぐにこっちに直接来て状況報告とかしていいさかい」
綾乃はにこにことしたまま話した。
「頼むで」
「ああ、ほなすぐに行って来るわ」
こうしてだ、中里はすぐに鳥取城まで行きたいと思った。すると綾乃の言った通りにだった。彼は自然と詠唱をしていてだ。
気付くと大きな城の正門のところに来ていた、天守閣が見える。彼がそこに着くと門を守る足軽達が言ってきた。青い服と具足、陣笠という格好で槍を持っている。
「あっ、ようこそ」
「お待ちしていました」
中里ににこやかに挨拶してきた。
「中里さんですね」
「お話は芥川さんから先程聞きました」
「ではお城にお入りください」
「もうお迎えの用意は出来ています」
「あれっ、あいつ僕が来るより先に来てたんやな」
中里は足軽達の話を聞いてすぐにこのことを察した。
「事前に説明してくれてるとか親切やな」
「そこが軍師さんのええところで」
「何かと先に先に動いてくれるんです」
「そうですさかい中里さんのこともわし等知ってます」
「そやから安心して率いて下さい」
「そうか、ほな行き先はわかってるな」
中里は足軽達に笑顔で言った。
「出雲まで行くで」
「はい、わかってます」
「そうしていくんですな」
「そや、まあまずは軍議や」
「城の中で」
「そうしますか」
「そうするわ、主な部将集めてや」
こう命じてだ、そのうえでだった。
中里は開けられた門を通ってそのうえで城の中に入った。多くの櫓と石垣と堀に守られた城は堅固で迷路の様だった。そして本丸の天守閣の傍にある本陣に入ると。
飯がはじまっていた、誰もが食べだしていた。中里もそれを見て言った。
第四話 夢と現実その六
「飯か」
「はい、今からです」
「飯の時間になりましたので」
「ちょっと頂いてます」
「それ美味しゅう」
「ああ、そういえばや」
ここで中里は空腹を感じて言った。
「僕も飯食うてないわ、伊勢で食うてから時間も経ったしな」
「ほな今からどうですか?」
「一食どうですか?」
「今日は炊き込み御飯ですよ」
「茸とか野菜とか鶏肉入れた」
「それお味噌汁ですわ」
城の者達は中里に明るく言ってきた。
「どれも美味しいですし」
「どうですか?」
「あとお漬けものもあります」
「焼き魚もです」
「結構豪勢やな」
焼き魚もと聞いてだ、中里はこうも言った。
「炊き込み御飯とお味噌汁だけでもいけるのに」
「まあそうですか」
「それプラスです」
「うちは食生活しっかりしてるんです」
「栄養摂らな戦へんってことで」
「姫巫女さんも宰相さんも食べさせてくれるんです」
「ええこっちゃ、そういえば城下町もな」
こちらのこともだ、中里は話した。鳥取のそれも結構なものだった。
「賑やかで飯屋多い感じやったな」
「はい、結構美味しいお店多いですよ」
「梨もよお売ってます」
「そうのも食べられますし」
「ここは結構ええですで」
「それはええこっちゃ」
中里は城の者達の言葉にまた感心して頷いた。
「まずは食えんとな」
「はじまりませんし」
「やっぱり飯は食ってこそですね」
「それも色々なもんを」
「それは実際にですわ」
「そやな、ほな僕も食わせてもらうわ」
空腹を感じて言うのだった。
「今からな」
「はい、今から飯出します」
「御飯もお味噌汁も何杯でもどうぞ」
「食ってそしてです」
「体力つけて下さい」
「そうして下さい」
「そうさせてもらうわ」
中里はこう応えてだ、実際にだった。
城の中で丼に近い大きさの碗に入れられた炊き込み御飯を食った、山菜に野菜、そして鶏肉が入れられたそれは確かに美味かった。
それを一杯食っておかわりをしてからだ、中里は言った。
「確かに美味いな」
「はい、この通りです」
「今日も美味く飯食うてます」
「そうしてます」
「この前はカレー食いましたし」
「ああ、カレーな」
この料理の名前を聞いてだ、中里は応えた。
「あれも食えるんやな」
「はい、そうです」
「わしカツカレー好きです」
「僕ハンバーグカレーが一番です」
「海老フレイカレーもええですね」
「シーフードカレーも」
「そうか、やっぱりこの世界食文化ごっついええな」
中里は城の者達の話でこのことをあらためて認識した。
第四話 夢と現実その七
「それに他の技術もな、こっちの世界の戦国時代とかより」
「まあそっちの世界のことは詳しいないですけど」
「こっちはこうした世界ですわ」
「カレーもありますで」
「あとハヤシライスも」
「ああ、ハヤシライスもあるんか」
ハヤシライスと聞いてだ、中里は思わず目を輝かせた。実はカレーライスも好きだがハヤシライスも同じだけ好きなのだ。
「それはええな」
「また作ることもありますんで」
「そっちも食べて下さい」
「皆で食べましょう、そっちも」
「それも何杯も」
「そやな、とにかく色々食えるとな」
二杯目の炊き込み御飯も食べつつだ、中里は言った。
「それだけでちゃうしな」
「ほんまそうですな」
「色々食べられるとそれだけで幸せになります」
「それは何処でもそうですね」
「実際に」
「その通りや、味噌汁も美味いわ」
そちらにも茸が入っている、椎茸やしめじ、エリンギといったものが多く入っている。味噌は麦味噌である。
「こっちもな」
「漬けものも食べて下さいね」
「あと焼き魚も」
「そっちも」
「こっちは秋刀魚か」
見ればその魚だった、頭も奇麗で傍にはすだちまである。
「結構やな」
「そっちも食べて下さいね」
「美味しいさかい」
「そやな、がっつり食べて」
こうした言葉もだ、中里は出した。
「また働こか」
「はい、頼みますで」
「神星の力見せてもらいますで」
「そうさせてもらうわ」
中里は応えそうして味噌汁も二杯目の炊き込み御飯も焼き魚も食べた、勿論漬けものもだ。秋刀魚にすだちをかけるのも忘れなかった。
御飯は三杯食べ味噌汁は二杯だった、そして。
全て食べてだ、それからだった。
主だった部将達が集まったところでだ、中里は彼等に言った。
「美味い飯も食うたしや」
「はい、今からですな」
「出陣ですな」
「そや」
こう言うのだった。
「もう用意は出来てるやろ」
「準備万端です」
「そこはもう出来てます」
「兵糧も武具もです」
「全部揃ってますし」
「兵も用意出来てます」
「今の飯で最後の用意でした」
腹ごしらえのそれで、というのだ。
「ほなですね」
「今から」
「ああ、そうするで」
中里の返事は明瞭だった。
「もう芥川から話は聞いてるみたいやし」
「はい、早速ですな」
「出雲まで進むんですな」
「そうしますか」
「そうするで、ここには僅かな守りの兵だけ置いて進む」
出雲まで、とだ。中里は言い切った。
第四話 夢と現実その八
「千位置いてな」
「残る一万二千で、ですな」
「出雲まで行きますか」
「そうする、それで出雲までに色々な小さな勢力があるのは聞いたけど」
その彼等のことにもだ、中里は言及した。
「連中には先に使者送ってこちらに誘うで」
「一つ一つ征伐しませんか」
「こちらに引き込みますか」
「ああ、一々倒すより引き込んだ方が早く進めるし」
出雲まで、というのだ。
「それに戦せんで犠牲も少なくて済む」
「賊とかもいますけど」
「盗賊やら海賊が」
「そうした連中もそんなに悪いことせんかったらこれまでのことは赦してな」
そうしてというのだ。
「こっちに引き込んでいけばええわ」
「そうして兵として使う」
「そうしていきますか」
「その方がええわ、ただどうにもならん奴とかこっちに入らん奴は倒す」
彼等はというのだ。
「そうしていくで」
「あまり戦はしませんか」
「戦ばかりしても時間かかるし人も死ぬからな」
質問してきた部将の一人にだ、中里は顔を向けて言った。見ればどの部将も足軽達と同じく青い具足と服だ。陣羽織も青である。青で統一されている。
「その方がずっとええやろ、それに出雲の東に二万位の勢力の連中おるらしいな」
「はい、あちこちから集まったならず者ばかりで」
「出雲の社にも迫る感じです」
「人間だけやなくエルフやオークやリザードマンと一杯おりまして」
「中々強いです」
「日本でもそうした種族普通におって呼び名もあっちの場合があるねんな」
中里はここでこのことも認識した。
「そういう世界やっちゅうことやな」
「はい、まあ」
「ここはそうしたところです」
「星の方々が他所から来たのもわかってますし」
「そこは安心して下さい」
「そやねんな、まあとにかくそうした連中とも戦わなあかんさかい」
中里はあらためて話した。
「出来るだけそうしてこな」
「戦うよりも引き入れる」
「そうしていきますか」
「ほなそのうえで」
「出雲まで行きますか」
「ああ、あと民の人等」に手出しは厳禁や」
このことはだ、中里はこれまで強く言った。
「痴漢とか盗みは容赦せんで」
「その場合は、ですね」
「遠慮なく打ち首ですか」
「そうしますか」
「打ち首もな、殺したりしたら仕方ないやろ」
中里は死刑廃止論者ではない、悪人は死刑にしてもいいと思っている。だからこの問いにもこう答えたのだ。
「その場合はな」
「わかりました、ほなです」
「民達は大事にしてですね」
「そのうえで進んでいきますか」
「そうするで、ただここでは他の星の奴等もそうしてるやろ」
今の中里の様にだ、民に手出しはさせていないというのだ。
第四話 夢と現実その九
「そやろ」
「はい、そうです」
「むしろそうしたことをする連中を容赦していません」
「姫巫女さんもそこは徹底してます」
綾乃もというのだ。
「わし等もそうしたことはしません」
「そこは安心して下さい」
「そやったらええわ、そうした連中は僕も許せん」
毅然としてだ、中里は言った。
「僕自身で切ることもあるで」
「わかりました」
「若しわし等が罪を犯したらですな」
「その時は」
「こうしたことはしっかりせなな」
軍規、これのことはというのだ。
「やっぱり」
「その通りですわ」
「うちはそうしたことはほんましっかりしてます」
「一銭切りとまで言われてます」
「厳しくしてます」
「それがええわ、そうした軍勢程強いし」
軍規が厳しい軍の方がというのだ。
「それでええわ」
「大体他の勢力もですけど」
「軍規はしっかりしてます」
「民いは大事にしてますか」
「日本だけやなくて他の国でもそうみたいです」
「どの星の奴もしっかりしてるんやな」
その話を聞いてだ、中里は確かな顔で頷いた。
「政治は」
「はい、少なくとも太平洋はそうです」
「何かロシアはめっちゃ怖いみたいですけど」
「ならず者とか容赦なくシベリア送りとか人間の盾にするとか」
「鬼みたいなことしてるみたいです」
「スターリンみたいやな」
思わずだ、中里はこの独裁者の名前を出した。
「それかイワン雷帝か」
「そっちの人ですよね」
「とりあえず怖いのはわかります」
「けどそんなんするのはロシア位ですさかい」
「インドも凄い人が君臨してるっていうてますけど」
「ロシアにインドか」
この二国と聞いてだ、中里は今度はこう言った。
「どっちも個性強い国やな」
「神星でも三極星の人がそれぞれおるらしいです」
「そのどっちもめっちゃ怖いそうです」
「それでどっちもそんな統治らしいですわ」
「鬼みたいな」
「そうか、三極星っていうと綾乃ちゃんかてそうやけど」
中里はここで彼女のことを思い出した、その温和な笑顔もだ。
「綾乃ちゃんは優しいで」
「同じ三極星でもですね」
「姫巫女さんはちゃいますね」
「統治も優しいし穏やかで」
「人間の盾とかしませんし」
「というかそんなんするって確かにあるけど」
こうした話が歴史にあることは中里も知っている、モンゴル帝国のそれにナチスやソ連の懲罰大隊等である。
第四話 夢と現実その十
「まあ普通はせんな」
「あと逃げようとしたら背中から斬ったり撃ってくるとか」
「そんなんもしてます」
「ロシアの星の奴ってある意味凄いな」
ここまで聞いてだ、中里はあらためて思った。
「それでしかもよお治まってるんやな」
「平和で国も豊かになっていってるみたいです」
「その統治が成功してて」
「民もええ感じになってるみたいです」
「あそこはそうした国やさかいな」
ロシア、この国はというのだ。
「そうしたえげつない人でこそや」
「ええ感じに治まるんですか」
「そうした国ですか」
「そや、まあロシアはロシアや」
あくまでというのだ。
「けど太平洋は何処もこんなんか」
「普通に何処も善政みたいです」
「ええ星の人ばかりで」
「特に神星の人がしっかりしてて」
「うちみたいだそうです」
「そうか、うちだけやないんやな」
しみじみとしてだ、中里はあらためて言った。
「政がしっかりしてるのは」
「お陰でわし等よろしゅうやってます」
「これまであちこちで争いばっかりでしたけど」
「星の方々が来てから変わりました」
「ええ感じになってます」
「そやねんな、まあ政はええに限る」
それならばというのだ。
「そういうこっちゃな」
「ほんまそうですな」
「わし等も暮らしがよくなりますし」
「おかみがしっかりしててええことしてくれたら助かります」
「暮らしもよくなって」
「そういうことっちゃな、ほなもっと暮らしをよくしてそうした人達を増やす為にも」
西を見据えてだ、そして言った。
「出雲まで行くで」
「今からですな」
「出陣ですな」
「ああ、向かう先におる連中には降る様に進めていくんや」
是非にとだ、このことを言うのも忘れずに。
中里は鳥取城にいる軍勢に出陣を命じた、彼は自ら一万二千の兵を率いて城を出た。彼は本軍を率いそこから軍全体を率いていたが。
そこでだ、乗っている鵺に言われた。
「先陣やないのが不満みたいやな」
「ああ、けどな」
「そや、自分はこの軍の大将や」
「大将は先陣はせんな」
「軍全体を動かすからな」
「先陣におるやな」
「それがしにくい」
場所的にというのだ。
「そやから普通大将は先陣にはならん」
「そういうことやな」
「他の人が軍勢全体を率いるんなら別やが」
「その場合は僕が先陣の場合もあるな」
「ああ、六将星やしな」
極めて武力の強い星達のうちの一人だからだというのだ。
第四話 夢と現実その十一
「むしろその場合が多いやろな」
「綾乃ちゃんとかが率いる場合はか」
「ああ、けど今はや」
「僕が総大将やからやな」
「本陣におってな」
「そこからの采配やな」
「そうなるわ、六将星や五騎星はな」
こういった星の者達はとだ、鵺はその六将星の一人である中里に話した。
「軍全体を率いることもあれば」
「今みたいにやな」
「そうして先陣やったり第二陣とか右軍、左軍も率いる」
「その時によってちゃうんやな」
「そういう星や、戦は主に戦うだけにや」
「その都度ちゃうんやな」
「そのことも覚えておくんや」
「わかったわ」
自分が乗っている鵺が顔を向けてきて話す言葉に頷いた、そのうえで軍勢全体を見て指揮を執るのだった。本陣において。
そして進軍しているとだ。
次々にだ、彼のところに報が入った。
「ほお、またか」
「はい、降りました」
「こっちに入るとのことです」
「あの国人も降りました」
「あそこの山賊もです」
「そうか、何しろ降らんかったら攻めるしな」
中里は使者達にこのことを言うことも命じていた。
「そのうえで降るかそのまま降るかやとな」
「大抵はそのまま降りますな」
「そうしますな」
「そうするからな、ただ降らん奴もおるけどそいつ等には軍勢はそこに行くまで使者を送り続けるで」
中里はそうした者達についても話した。
「それで軍勢が連中のとこに着いたら攻めるで」
「それまでに決めろ、ですな」
「降るか戦うか」
「そうする、攻める時は徹底的にや」
中里のその目が強くなった、そのうえでの言葉だった。
「そのうえで力見せて降らせるんや」
「そうしますか」
「その時は攻めますか」
「そうしますか」
「あとどうにもならん悪いことばかりしてる連中はな」
そうした勢力はというと。
「入れても民の迷惑や、そやからな」
「攻めますか」
「そうしますか」
「そうする、そうした連中には使者も送っとらんしな」
最初からだ、中里も命じていない。
「攻めてくで」
「早速すぐ傍にそうした山賊いますけど」
「攻めますか」
「ああ、僕も行く」
中里自身もというのだ。
「それで連中潰すで」
「潰すんですか」
「完全に」
「ああ、一人も残さん」
こうもだ、中里は言った。
「さもないと民が迷惑するしな」
「ですな、ほな今から」
「その連中も攻めますか」
「そうしますか」
「ああ、その連中どれだけおるんや」
今から征伐する山賊達の規模についてもだ、中里は問うた。
第四話 夢と現実その十二
「一体」
「三十人位です」
部将の一人が言ってきた。
「大体」
「三十人か」
「はい、それ位です」
「そやったらな」
ここでだ、これまで黙っていた鵺が言ってきた。中里を乗せて歩いていたのだ。
「自分だけで充分や」
「三十人位やとか」
「もう余裕や」
それこそというのだ。
「何も心配いらんわ」
「そうか、それやったら軍勢はそのまま進ませて」
「部将の人等に任せてな」
「その間にな」
「賊退治やな」
「わしも戦えるで」
鵺は自分自身もと言ってきた。
「そやから余計にや」
「三十人位やとか」
「まあ自分の神具の一振りか二振りでほぼカタつくけどな」
「神具ってそんなに強いんやな」
「特に自分等神星が持ってるもんはな」
「そうか、ほなその言葉信じさせてもらうで」
「神具は嘘吐かん」
鵺は中里にこうも言った。
「そやから安心せえ」
「そうか、じゃあ今から行こか」
「はい、その間進軍続けてますさかい」
部将の一人が中里と鵺にここで言ってきた。
「早いうちに帰って来て下さい」
「ああ、そうするな」
「あとお昼になったら飯です」
これはしっかりと採るというのだ。
「沢山食えますで」
「兵糧よおさん持って来てるしな」
後ろの輸送隊がだ、米俵に入れた飯の他に漬けものや味噌、干し肉や干し魚等の他には武具も運んでいる。
「食えるんやな」
「そうです、うちはそういうのには苦労してません」
「太宰君のお陰やな」
「はい、宰相さんがそこんとこしっかりしてくれてるので」
だからだというのだ。
「そこでは困ってません」
「それはええこっちゃ、やっぱり腹が減っては戦が出来ん」
「現地で買うことも出来ます」
「兵糧とかもやな」
「武具もです」
「足りんと買わなあかん」
この現実もだ、中里はわかっていた。
「やっぱりな」
「そうです、そやからそこは安心して下さい」
「いざという時のお金もあるからか」
「はい、出雲までそうしたところは楽に行けます」
「後は速いうちに着くだけやな」
出雲までとだ、中里は状況を理解して頷いた。
「そのこともわかった、ほなな」
「これから行って来ますか」
「賊成敗してくるわ」
中里は微笑み明るい口調で率いる者達に告げた。
「その間頼むで」
「はい、わかりました」
「その間は任せて下さい」
「ほなな」
「飛んで行くで」
鵺は自分の背に乗る中里にこれまた明るい声で言ってきた。
「出雲までの賊の居場所は全部わかってるしな」
「もう頭の中に入ってるんか」
「この灰色の頭脳の中にな」
「鵺の頭脳は灰色か」
「そや、これから行く賊の隠れ家もな」
そこもというのだ。
「そこにすぐに行ってやっつけるで」
「そこに全員おるか?」
「あの連中は夜に出て昼寝る、そやからな」
「今は午前中やしな」
「寝てる、そやから全員おる」
「ほな寝込みを襲う形でやな」
「倒すで、今から」
やはり明るく言う鵺だった、そしてだった。
中里は鵺に乗ったまま空に出た、そうしてだった。彼に導かれて風の様に賊のところに向かうのだった。
第四話 完
2017・2・1
第五話 出雲へその一
第五話 出雲へ
中里は空を飛びつつだ、鵺に賊は何処かと聞こうと思った。青空が奇麗だが今はその青空に見入ってはいなかった。
しかしだ、鵺はその彼にこう言ってきた。
「もうすぐやで」
「今何時やって聞こうと思ってたわ」
「そうなんか」
「ああ、けれどやな」
「もうすぐやで」
「あの山か?」
下を見てだ、中里は鵺に問うた。その山は森に覆われている。
「あそこにおるんか」
「そや、あそこにおる」
「深い森やな、あそこの何処におるんや」
「そこもわかってる、というか気を感じるやろ」
「!?」
中里は鵺に言われてだ、すぐにだった。
眼下の森の中のある場所に多くの気を感じた、それは濁りきったものばかりだった。
「えらい汚い気を感じるわ」
「そやろ」
「それが集まってるな」
「どれだけおっても気は隠せん」
そこをだ、鵺も言った。
「寝てても出るしな」
「それでやな」
「そや、星の持ち主は色々感じ取ることも出来てや」
「気もやな」
「人や生きもののそういったものも感じ取れる」
「それがレーダーやソナーみたいになってるんやな」
「そっちの世界の道具か」
「ああ、遠くや目では見えへんものでも何処に何がおってあるか教えてくれる」
レーダーやソナーについてだ、中里は鵺にわかりやすく話した。
「この世界の日本にはない技術みたいやけど科学って技術があってな」
「ああ、アメリカとかにある」
「こっちの世界のアメリカにはあるんか」
「そや、科学っていうたらな」
「成程な、まあとにかく気を感じられるんやな」
「感じようって思ったらな」
その時はというのだ。
「そやから自分は今実際に感じたんや」
「ああ、ほな今からな」
「賊のところに行ってやな」
「成敗するで」
「そうするか」
「碌でもない奴等しかおらんから容赦はいらん」
「遠慮なく斬ってええんやな」
中里の目が鋭くなった、赤い兜の中で。
「連中は」
「近くの村や旅人を襲って殺しての連中や」
「ああ、ほなもう片っ端から斬ってええか」
「というかそうせなあかん、そしてそういう連中を成敗していくとな」
そうしたことをすると、とだ。鵺は森の方に降りつつこうも話した。
第五話 出雲へその二
「治安もよくなるし賊を成敗してくれる有り難い人等ってわかってくれてな」
「支持も得られるな」
「そうや、それで他の賊も成敗されるよりってなって」
「どんどん降ってくるな」
「今以上にな」
「ええこと尽くしっちゅうことやな」
「悪い奴等成敗することはな」
政の面から見てもというのだ。
「そもそも腐り果てた悪党なんかおってもしゃあないやろ」
「生きてるだけで害の連中っておるしな」
「そうした連中はおったらあかん」
「そやな、ほな倒してくか」
「ああ、今からな」
「森にも降りたし」
その中に入った、緑の森の中は鬱蒼としており賊だけでなく獣も出そうだった。
「まずはこっそりと進むか」
「ああ、それでやな」
「ちょっと声で全員一箇所に引き寄せる」
「声で?」
「わしの声には妖力があってな」
鵺は自分の力のことも話した。
「人を引き寄せたり恐れさせたり眠らせたり出来る」
「それか自分の力か」
「声を衝撃波みたいに出して攻撃も出来るで」
こうしたことも可能だというのだ。
「音波攻撃とかな」
「随分多彩やな」
「神具やで」
「それやったらか」
「これ位出来るわ」
こう中里に話すのだった。
「わしはな」
「頼りになるのう」
「そやから三十人位やと」
「実は自分一人位でもやな」
「平気や、けど自分もや」
中里もというのだ。
「三十人位何でもないで」
「それ聞いてるけどな」
「二本の刀と神星の力でな」
「三十人はか」
「一騎当千どころか一騎当万はあるな」
その力はというのだ。
「自分一人で戦局決められる位の力があるんや」
「僕ってこの世界やとそんなに強いんか」
「星の奴、特に神星はな」
「ほな星の奴がどれだけおるか」
「これが重要な戦力や」
それのパラメーターになるというのだ。
「ほんまにな」
「そうか、けれど軍勢もやと」
「勿論多いに越したことはない」
その方がというのだ。
「幾ら星の人間でも一人で戦局決められるとは限らん」
「まあそやな」
「戦は一人では出来ん」
決して、というのだ。
「そやからな」
「軍勢も必要か」
「そや、両方あってや」
「戦は出来るんやな」
「そや」
まさにというのだ。
第五話 出雲へその三
「そこは覚えておくんや」
「よおわかったわ」
「それで三十人位はな」
これ位はというと。
「まさに一瞬で終わるからな」
「安心してええか」
「ああ、ほな呼び寄せてな」
「そしてか」
「一網打尽にしよか」
「その方が後腐れもないし」
「ああ、やったるで」
こんな話をしてだ、鵺は中里を乗せてだった。
森の中を進んでいった、そしてやけに粗末な小さな砦の様な建物の前に来た。鵺はその前に来て自分の背にいる中里に言った。
「ここや」
「そこにおるか」
「それでや、今から呼び寄せるからな」
「ここのならず者全員か」
「ここから出てる奴等もや」
「全員呼び出してか」
「それで頼むで」
呼び寄せた者全員をというのだ。
「自分にやってもらうからな」
「わかった、じゃあ呼んでくれや」
「そうさせてもらうわ」
鵺は口を開いた、そして。
何か得体の知れない鳥のそれを思わせる声を出した、すると。
忽ちだ、砦の中と森の中からだ。人間だけでなくエルフやドワーフ、オーク等の柄の悪そうな者達が出て来てだった。
そのうえでだ、中里と鵺を見て言った。
「何だこいつ等」
「はじめて見る連中だな」
「侍と何だこの魔物」
「見たことがないな」
こう口々に言う、手には刀や槍、弓矢等がある。
「何か知らないが着けている具足いいな」
「それに刀もな」
「これは高く売れるな」
「そうだな」
「じゃあ殺っちまってな」
中里を見て残忍な笑みを浮かべた。
「そしてだな」
「ああ、どっかで売っ払おうぜ」
「そうしてやるか」
「よく一人で来たもんだ」
「迷い込んだみたいだがな」
「まあこんな連中や」
鵺はならず者達の言葉が一段落したところで中里に言った。
「お約束やろ」
「こうした連中はな」
「何処でもおるからな」
「ほんまにお約束やな」
「それで今からや」
「ああ、僕一人でやな」
「一瞬で終わらられるからな」
それこそというのだ。
「安心してればええわ」
「ほなやろか」
「あの建物は壊さん方がええ」
鵺は彼等の砦、非常に粗末なそれを見て言った。
「あそこに何かあるかも知れん」
「この連中が近所の村の人達から奪ったもんか」
「そや、銭とか食いものとかな」
「そういうのがあるかも知れんからか」
「それでや」
だからこそというのだ。
第五話 出雲へその四
「あそこは壊さん様にな」
「僕の力はそこまで強いんか」
「この世界やとな」
またこの話になった。
「覚えておいてや」
「わかったわ、ほなな」
「一振りか二振りで終わるからな」
「そうか、それがほんまかも見せてもらうで」
「僕は嘘は言わん」
「そのことも見せてもらうわ」
お互いにやり取りをしてだ、そしてだった。
中里は自分達に迫ってきたならず者達にだ、自分の口で告げた。
「ほな覚悟はええな」
「一人で何言ってやがるんだ」
「こっちは三十一人だぞ」
「それで勝てるって思ってるのかよ」
「馬鹿かこいつは」
「それが勝てるらしい、まあとにかくや」
落ち着いた声でだ、中里は答えた。
「成敗させてもらうわ」
「ああ、やったれ」
こうだ、鵺も言った。
「すぐに終わらせてや」
「それでやな」
「軍勢に戻るんや」
「総大将が軍勢を離れること自体あかんしな」
「ほんまはな、そやからや」
このこともあってというのだ。
「すぐに戻るんや」
「ここでの仕事終わらせてな」
「ああ、そうするんや」
中里にこう言ってハッパをかけてだった、鵺は彼を背に乗せ続けていた。ならず者達はその中里と鵺を囲み。
一斉に襲い掛かった、だが。
中里が両手にそれぞれ持っていた刀を一閃させた、すると。
ならず者達は全てだった、刃に切られるだけでなく。
そこから放たれた雷や風の刃で両断された。全てのならず者達が首や胴を吹き飛ばさせて倒れた。それを見てだった。
切った中里本人が唸って言った。
「ほんまにな」
「言うた通りやろ」
「凄いな、三十人が一振りずつで終わったわ」
「これが神星の力でや」
「神具の力か」
「そや」
まさにそれだというのだ。
「見た通りな」
「そやねんな」
「これだけの力があるからな」
「星の奴、そして神具は強いんやな」
「圧倒的な位にな」
そこまでというのだ。
「そうやねん」
「成程な」
「さて、後はな」
見ればならず者達は全員倒れている、生き残りは一人もいない。全員両断され中里達の周りに骸を晒している。
第五話 出雲へその五
「ここのことを話してや」
「それでやな」
「後始末を任せるんや」
「そうするか」
「ああ、あとあの建物の中にあるものはな」
「民に戻すんやな」
「そうするんや、そしてや」
そのうえでというのだ。
「終わりや」
「そうするんやな」
「ああ、ほな戻るで」
「わかったわ」
中里は鵺に応えてだ、すぐに軍勢に戻った。そしてだった。
部将達にならず者達を成敗したこと、そして彼等の棲家の場所と状況を話した。すると部将達は彼にすぐに応えた。
「ほなそっちに人行かせますんで」
「空船に乗せて」
「そしてそのうえですぐに処理します」
「奴等が持ってたものは民に返します」
「そっち頼むで、ほなこれからも進軍中にな」
中里は部将達にさらに話した。
「ああした連中はな」
「大将ご自身で、ですか」
「行かれますか」
「行ける場合はな」
この辺りはケースバイケースだというのだ。
「そうするわ」
「そうですか」
「ほなその時はどうぞ」
「おられん間はこっちで軍勢進ませるんで」
「安心して下さい」
「その時はな、あとこうしてならず者次から次に倒すこともしつつ」
中里はさらに言った。
「出雲に向かうか」
「そっちは急いで」
「そうしていきましょ」
「そやな、進軍は急ぐべきや」
まさにというのだった。
「それやったらな」
「はい、行きましょ」
「あの国まで」
「そうしましょ」
「進軍も速いですし」
部将の一人がこうしたことも言ってきた。
「予定以上に」
「そうなんか」
「はい、大将の進軍速いですから」
中里が率いる軍勢のそれがというのだ。
「それで」
「そうやねんな」
「このままやとです」
「予定より速くか」
「はい、行けます」
それが出来るというのだ。
「そやからこのままです」
「行こか、それで軍勢からはぐれた奴とかおらんか?」
「今のところ一人も」
いないとだ、別の部将が答えた。
「いません」
「そうか、それもないようにな」
「速い進軍を続けて」
「出雲まで行くで」
「わかりました」
「しかし僕が率いて軍の進みが速いんやな」
「軍勢率いるのははじめてやろ」
「ああ、それでもえらく落ち着いて率いてるわ」
このことも振り返って言った。
第五話 出雲へその六
「そういえばな」
「そやろ、星の人間は星の力でや」
「軍を率いて戦えてか」
「勿論神具も使えてや」
「政治もやな」
「出来るんや」
「自然とその資質が備わってるんやな」
中里はしみじみとして頷いた。
「そうやねんな」
「それで特に神星はな」
「そうした力が強いんか」
「そや」
まさにというのだ。
「軍勢も率いることが出来るんやで」
「成程な」
「そうやねん、そやから今の進軍も速い」
「そういうことか」
「しかも六将星は軍を率いて戦闘もとりわけ強い」
「神星の中でもか」
「特に自分はそれの筆頭やからな」
六将星の中でもというのだ。
「それだけ采配もよくてな」
「率いてる軍勢も進軍が速い」
「そういうことや、それで軍師さんも自分に任せたんや」
山陰への進軍をというのだ。
「出雲までな」
「そやねんな」
「最初から相当に高い敷能力も備わってるからな」
「天性の才覚ってやつか」
「そや、ただこっから兵法書読んだり経験を積むとや」
それによってというのだ。
「もっとよくなる」
「才能は伸ばせるんやな」
「最初ない才能も伸ばせるで」
「要は努力やねんな」
「この世界でも才能だけではあかん」
そこから努力をしなくでは、というのだ。
「努力せん奴は伸びん」
「言い換えると駄目な奴は何やっても駄目かっちゅうと」
「そういうものやない」
「努力は嘘吐かんな」
「九十九パーセントのプラス一パーセントの閃きや」
その双方がというのだ。
「組み合ってこそやろ」
「天才やな」
「確かに一パーセントの閃きがないとあかん」
「しかし同時にやな」
「九十九パーセントの努力もな」
「ないとあかんな」
「それを否定する奴は問題外や」
鵺も言い切った、努力を無視する者は何にもならないとだ。
「そやから自分等星の奴もな」
「努力せんとあかんのやな」
「相手も強いしな」
「同じ星の奴でか」
「しかも巨人かておるねん」
「その神出鬼没の連中やな」
「こいつ等は星の奴でないと勝てん」
中里はまだ出会っていない彼等はというのだ。
「そして星の奴でもや」
「油断してると負けるか」
「そして勝つにはや」
「努力せんとやな」
「そういうこっちゃ、連中も強くなってきてるみたいやしな」
「そうやねんな」
「戦のことも努力せんとあかん、しかも政のこともある」
こちらもというのだ。
第五話 出雲へその七
「そっちも努力するんや」
「政か」
「そっちの資質もあるさかいな」
「頑張らなあかんや」
「そや、訓練や修行、経験に学問や」
鵺は具体的な努力の方法も話した。
「自分も頑張るんやで」
「そうするわ」
「うちの軍勢見るんや」
鵺は今度は今現在中里が率いて出雲に向かわせている彼等のことを話した、陣笠の足軽達に陣羽織を羽織った部将達だ。見れば中里も紅の見事な人馬尾を具足の上から羽織っているがこれはこの世界に来てから着ているものだ。
「整然と動いてるやろ」
「隊列を乱さずにな」
「足の動きもまとまっててな」
「行進してるみたいや」
「人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、ノームとおってな」
見れば構成している種族も様々だ。
「オークもトロルもおるな」
「犬人、猫人までな」
「けれど整然と動いてるやろ」
「ああ」
「これも訓練してるからや」
その結果だというのだ。
「それで命令も聞くんや」
「僕も動かしやすいか」
「そや、強い軍隊は訓練が作るんや」
「つまり努力でやな」
「そういうこっちゃ、実戦もあるけどや」
「訓練っちゅう努力で強なる」
「どの種族でもや」
鵺はこのことも話した。
「努力で強くなるんや」
「この世界のか」
「確かにそれぞれの種族で得手不得手はある」
「けれどその得手不得手も努力でか」
「よくなる、身体能力も頭もや」
「努力でよくなるんや」
「そや、どんな種族でも何でもや」
学問や訓練、修行でというのだ。
「どんな職業でもなれるし術も使える」
「つまりどの種族も大差ないか」
「人間やとな」
「僕の世界の漫画とかゲームやとオークとかは悪役で弱くてアホでドスケベってことが多いけどな」
「それはあかん偏見ですよ」
オークの部将が言ってきた。
「わし等も人それぞれですさかい」
「そやねんな」
「そうです、ええ奴もおればそういう奴もいます」
「種族やなくてその人それぞれ」
「そういうことですわ」
「考えて見れば僕も鬼や」
中里はこの世界での自分のことをここで考えた。
「鬼も悪役やしな」
「鵺はどや」
「自分退治されるし」
すぐに鵺に答えた。
第五話 出雲へその八
「御所で毎晩鳴いてて」
「災難やな」
「けど自分こっちやと神具やしな」
「そんなんせんで」
「そやな、とにかくその人それぞれか」
「種族で決まらんで」
「ならず者かて色々な種族おったしな」
中里は彼等のことも思い出した。
「やっぱりその人それぞれで」
「努力でよおなるで」
「そのことわかったわ、ほな今の努力は」
「わかってるな」
「出雲の社まで行くで」
右手の刀を前にやってだ、中里はあらためて全軍に命じた。そしてだった。
一万二千の軍勢は迅速に西に西に進んでいた、その途中多くの小勢力が降ってきてならず者達も成敗していった。そしてそれが評判になり。
多くの民達が彼等を笑顔で迎えた、中里はこの状況に満足していた。
それでだ、夜の陣中で飯を食いつつ部将達に言った。
「ええ感じで進んでるな」
「はい、このままいけばですわ」
「思ったよりも速く出雲に行けます」
「そして社にもです」
「行けますわ」
「そやな、けれどやな」
中里は白い御飯を味噌汁と共に食べつつこうも言った。
「出雲の東にやな」
「はい、でかい勢力がありまして」
「頭は星の人やないですが」
「随分柄が悪くて数も多いです」
「その数二万です」
「その連中がおるな」
中里も言った。
「やっぱり」
「その連中を何とかせんとです」
「山陰は治まりません」
「そして社にも辿り着けません」
「数は多いですし」
「この連中をどうするか」
「ちょっと斥候出してこか」
中里はまずはこう言った。
「それでも夜に空から見てな」
「ほな天狗の奴出して」
「それで、ですか」
「夜目の利く奴おるか?」
中里は部将達に考える顔になって問うた。
「うちの軍勢に」
「空飛べて夜目が利く奴」
「そういう奴ですか」
「それが忍者やったら尚ええ」
中里はさらに注文を付けた。
「余計にな」
「はい、います」
「丁度ええのが」
「鳥人で梟の奴がいます」
「それも忍の者です」
「よし、そいつに夜に上から見てもらってや」
その勢力のというのだ。
「どんな状況か詳しく調べてな」
「それからですか」
「どうするかですか」
「その連中は戦好きか?」
中里はこのことも尋ねた。
第五話 出雲へその九
「それで」
「はい、結構」
「何かあればあちこち攻めてます」
「村とか港も襲ってますし」
「社も狙ってる感じです」
「星の人は率いてませんけど」
「腕っ節が強いのが頭やってますし」
部将達は食べつつもだ、中里に彼等のことをさらに話した。
「この頭も随分乱暴な奴で」
「力で手下を従えさせてます」
「ものは奪う、人は殺す、家は壊すで」
「ほんまにやりたい放題の奴ですわ」
「そうか、ほなその頭は殺してや」
聞いていて外道と判断してだ、中里は断を下した。
「後の連中も降らんとな」
「殺しますか」
「そうしますか」
「奇襲かけてな、兵力はこっちの方が少ないし」
このこともだ、中里は冷静に分析していた。
「降れ言うても従わんな」
「これまで何度か言ってますけど」
「全然聞きません」
「それで出雲の東で暴れ回ってます」
「それを続けてます」
「そうか、ほな僕等にも絶対に来るな」
攻撃をして来る、そうだというのだ。
「間違いなくな、それやったらや」
「事前に調べてですか」
「そうしてですか」
「逆に攻めますか」
「そうしたりますか」
「奇襲仕掛ける、今から斥候出して調べてくで」
その彼等をというのだ。
「そしてどうして攻めて潰すか考えよか」
「先に先に読んで動くか」
中里の横で飯を食っていた鵺が言ってきた、食べているものは中里達と同じ御飯や味噌汁、焼き魚といったものだった。漬けものも食べている。
「そうするんやな」
「ああ、何か自然と考えられるわ」
「これが星の力の一つや」
「戦のことが考えられるか」
「そや、ほなな」
「このままやってくか」
中里は鋭い目になって鵺に応えた。
「この世界で」
「ああ、ほなその連中には今は斥候を出して見ていって」
「このまま西に向かうで」
「そうしよか、降る奴は迎え入れていってや」
そしてというのだった。
「降らん奴やどうしようもないゴロツキ共はや」
「成敗していって」
「社まで行くで」
弥生が待っているそこにというのだ。
「そうすればかなり大きいしな」
「うちにとっては」
「もうそれで」
「山陰掌握して出雲から山陽の連中を牽制出来る」
このこともあってというのだ。
「戦略的に大きいわ」
「はい、それです」
「軍師さんもそう言うてました」
「山陽の連中も強いですから」
「播磨からだけでなく出雲からも睨み利かして」
「それでやっていきたいって」
「そやな、山陰の勢力も組み入れていけてるしな」
それも順調にだ。
「ほななな」
「このままですか」
「出雲まで行きますか」
「出雲の東の奴等も倒して」
「そうして」
「そうするわ、あと巨人おるんやろ」
彼等のこともだ、中里は問うた。
第五話 出雲へその十
「あいつ等は」
「はい、時々出て来てです」
「暴れたりして無茶苦茶します」
「でかいだけあって強くて」
「ほんま迷惑な奴等ですわ」
「そいつ等見てないんやけどな、まだ」
この世界に来てからというのだ。
「それでも急にやな」
「はい、出て来ます」
「何時何処に出るかわかりません」
「地震や台風みたいなものです」
中里達の時代の言葉だった。
「それで出て来たらです」
「星の人やないと相手に出来ません」
「そやねんな、ほな出て来たらや」
巨人達がだとだ、中里は目の光を強くさせて言った。
「僕が倒す」
「そうしてくれますか」
「正直わし等やとどうしようもないです」
「昔から変に出て来てです」
「それで暴れて迷惑してます」
「ほんまに時々何処かに出る位ですけど」
「これが迷惑ですさかい」
部将達は中里を頼む顔で見つつ話してきていた。
「是非です」
「その時はお願いします」
「星の人等が頼りやさかい」
「よろしゅう」
「そうさせてもらうわ、連中にも」
ならず者達に対するのと同じ様にというのだ。
「その時はな」
「まあ何処に出るかわからんけど」
鵺も言ってきた。
「出て来た場所に転移してや」
「術でやな」
「すぐに倒してすぐに戻る」
「そうするんやな」
「星の奴は色々やること多いからな」
鵺は中里に話した。
「そやからな」
「巨人にばかり構っていられんか」
「政もして戦もしてな」
「そして巨人退治もやな」
「せなあかん」
そこもというのだ。
「そういうことでな」
「わかったわ、ほな巨人が出た時は」
「星の奴が誰か行くんや」
その巨人が出た場所にというのだ。
「まあ最近は出てないけどな」
「星の奴の誰が行ってもええんか」
「ああ、何人でもな」
巨人が出たその場所にというのだ。
「行ってええ、そして巨人をすぐに倒して元の場所に戻る」
「すぐに行ってすぐに戻る」
「ああ、まあ出た時は行くで」
「デカブツ退治もやったるわ」
中里は鵺との話をしてからその決意も言葉に出した、そうした話をしてだった。この日は部将達にあらためて言った。
「もうすぐ出雲や」
「はい、出雲も入ればですな」
「そのならず者達倒して」
「社に行ってですな」
「山陰統一を果たしますか」
「そうするわ、まあ結構ならず者を倒してるけど」
それでもとだ、中里はこうも言ったのだった。
第五話 出雲へその十一
「ここまで強い敵なくてよかったな」
「そうですな、ここまでは」
「大きな戦はなかったです」
「降る勢力が殆どでしたし」
「民も従ってくれてます」
「よかったわ、ほな社まで行こうな」
出雲に入ってとだ、中里はとにかくまずは弥生のいる社を目指していた。そうしてその出雲に入ったが。
進軍中に先陣から旗本が来てだ、中里に言って来た。
「前に妙な者がいました」
「妙な?」
「はい、赤くてやけに大きな馬に乗ってまして」
旗本はまずは馬から話した。
「中国の鎧と紅のマントと服を身に着けてまして」
「中国のかいな」
「両手にはそれぞれ戟を持ってます」
「何や、戟か」
「はい、戟です」
旗本は中里の怪訝な言葉に答えた。
「中国の武器の」
「ここ日本やけどな」
「それでも中国の具足や服で」
「戟かいな」
「そうですわ」
「けったいな奴やな」
中里はここまで聞いて自分が思ったことを素直に述べた。
「それはまた」
「多分星の奴やな」
鵺がここで言ってきた、ここでもだ。
「それは」
「それか」
「ああ、それでどうする?」
「星の奴やったら味方にしたら大きいな」
考える顔になってだ、中里は犬に答えた。
「それやったら」
「そこに気付いたか」
「気付くっていうかな」
「星の奴としてか」
「ああ、出来る限り頼れる仲間は欲しい」
こう考えてというのだ。
「そやから会おか」
「そうするか」
「ああ、そいつこっちに連れて来てくれるか?」
中里は鵺との話の後で旗本に言った。
「そうしてくれるか?」
「わかりました、ほな」
「はい、今から案内します」
「そうしてくれるか、進軍は続けるで」
その中華風の男が来るまでもというのだ、中里はこの間も社に向かうことを優先させていた。そしてだった。
金の鎧に白と緑の中華風の服、紅のマントを身に着けていた。赤く大きな馬に乗っている。馬の鬣も燃える様な赤だ。そして両手にはだ。
それぞれ一本ずつ戟を持っている、槍の刃の片方に三日月型の刃がある。中里はその戟を見て言った。
「方天戟か」
「そや」
男も言ってきた、面長で黒い髪を短く刈っている。目は丸く小さめで唇は薄いが口はかなり大きい。平たい感じの顔で何処か異装だ。兜は着けておらず長い飾りを着けている。
「知ってるやろ」
「三国志で呂布が使ってた武器やな」
「まさにそれや」
男もこう言ってきた。
第五話 出雲へその十二
「二つで一つの神具や」
「ほお、神具ってことはや」
「僕も星やで」
男は笑って言ってきた、笑うと大きな口が開き白い見事な歯とやけに大きな独特の動きがする舌が出て来た。
「難波克己、八条学園高等部三年や」
「難波?ああ、自転車部の」
「僕のこと知ってるか」
「そこのエースやったな」
「主将やってるで」
「そやったな」
「それでこっちの世界では星の奴や」
それになっているというのだ、見れば大きな馬に合う位の大柄さだ。痩せて引き締まっている身体の肩幅は広い。
「天殺星やで」
「天の星か」
「三年やしな、神具は方天戟と赤兎馬にや」
「その馬か」
「文字通り一日千里走って空も跳んで海の上も駆ける」
そうした馬だというのだ。
「僕の相棒や」
「ええ馬やな」
「特別なな、そしてこのマントはや」
羽織っている紅のそれの話もした。
「紅のマント、あっちの言葉やと紅戦袍とかいうたな」
「中国の言葉やな」
「熱も冷気も敵の攻撃も防いでくれる」
「そうしたマントか」
「有り難いもんや、この三つが僕の神具や」
そうだというのだ。
「この三つで戦の場で大暴れするつもりや」
「呂布みたいにか」
「実は僕三国志好きでな」
にたりと笑ってだ、難波は中里に言ってきた。
「その中でも呂布が一番好きやねん」
「強いからか」
「尊敬するわ、あの強さ」
にたりとした笑みのまま言う。
「それにあやかってな」
「それでか」
「ああ、この世界で暴れるで」
「そうか、それでやけどな」
中里は鵺と目を合わせて頷き合ってからだ、難波にあらためて言った。
「うちの勢力に入らんか?」
「自分の所属する勢力にかいな」
「うちのことは知ってるか?」
「確かあれやな」
難波はその小さな丸く、そしてよく動く目で中里を見つつ言葉を返してきた。
「関西やな」
「そや」
「そやな、まあ僕も生まれは京都やしな」
「山城やな」
「こっちの世界ではな、僕等の世界では今は神戸暮らしや」
八条学園のあるこの街にいるというのだ。
「お父さんとお母さんが海外に仕事で言って親戚の人のお家に居候や」
「それで神戸におるんか」
「そや、寮に入ろうかって思ったら親戚の人に誘われてな」
そしてというのだ。
「お世話になってるわ」
「そうなんか」
「そや、まあ僕の話はええとしてや」
「本題やけど」
「実は僕ロシアに行こ思てるねん」
難波は少し笑ってだ、中里に答えた。
第五話 出雲へその十三
「日本にある勢力のことは全部聞いたけどな」
「自分に合いそうな勢力はか」
「なかったからな、それでロシアの話を聞いたんやけど」
「自分に合いそうか」
「それでロシアに行こう思てるねん」
日本を出て、というのだ。
「これからな」
「そうやったんか」
「敦賀辺りから船で行こうと思ってたけど」
「けど?」
「ここで会ったのも何かの縁、ちょっと一緒におってええか?」
「ちょっとか」
「自分これから戦争するんやろ」
難波は笑みのまま中里に問うた。
「そやろ」
「ああ、出雲まで行くけどな」
「出雲の東の方にやけに柄の悪い連中おるな」
「その連中と戦をすることになりそうや」
「戦なあ」
そう聞いてだ、難波は。
今度はにたりと笑ってだ、こう言った。
「僕こっちの世界では戦好きやしな」
「そやからか」
「ああ、その戦の間だけでも一緒におらせてもらうわ」
これが中里への返事だった。
「それでや」
「戦ってくれるか、一緒に」
「そうさせてもらうわ、ただな」
ここでだ、中里は一旦笑みを消して中里に問うた。
「連中に降る使者とか送ったか?」
「今帰ってきましたけど」
部将の一人、エルフの者が言ってきた。端整な初老のエルフだ。
「殺されかけて何とか」
「帰ってきたんやな」
「敵陣から空飛んで逃げて」
「空飛んでか」
「天狗族やったんで何とか出来ました」
逃げることがというのだ。
「幸い」
「使者殺そうとするとかガチやな」
中里は彼が知っている儀礼からその話を聞いて眉を顰めさせて言った。
「屑やな」
「まさに無法者の集まりです」
「そやな、そんな連中やとな」
「もうですな」
「戦うしかないな、やっぱり」
「民からも奪い壊し殺すですから」
「わかった、戦や」
中里は最後の断を下した。
「連中徹底的に潰すで」
「そうしますか」
「よし、その戦の間は参戦させてもらうわ」
笑顔でだ、難波はまた言ってきた。
「是非な」
「宜しゅう頼むで」
「戦は好きやが無法は好きやない」
難波は彼の考えも述べた。
「思う存分やったろか」
「星の力でやな」
「ああ、この力見せたるで」
こう言ってだ、難波は次の戦の時は中里達と共にいることを約束した。そして実際に彼は先陣を指揮することになった。
中里はこれまで通り本陣にいた、そこで鵺にこう言った。
「残念やな」
「折角星の奴に会えたのにっていうんやな」
「そや、それで一時参加ってな」
「まあそれはな」
鵺は自分の背に乗る中里に答えた。
「僕も同じ考えや」
「やっぱりそうか」
「ああ、折角日本で会えたのにな」
「ロシアに行くっちゅうから」
「残念や、しかもな」
鵺は目を鋭くさせてこうも言った。
第五話 出雲へその十四
「ロシアいうたらな」
「何かあれやろ?女帝が」
「そや、もう圧政敷いて敵を容赦なく潰していく」
「そんなとこやな」
「めっちゃ怖いところや」
「ロシアらしくやな」
「三極星の一人が率いてるらしいけれど」
つまり中里達と同じく、というのだ。
「冷酷非情っちゅうこっちゃ」
「氷か何かみたいに」
「絶対零度とかも言われてるわ」
「そんなとこか」
「自分みたいに降れとか事前に言わんでな」
「容赦なく攻めていっているんか」
「降伏か死って感じでな」
鵺はわかりやすく話した。
「もう何の容赦もなく」
「それでロシアを統一しようとしてるか」
「そうやねん」
「そんな怖いとこによお行こと思うな」
難波はとだ、中里は首を傾げさせて言った。
「あいつ」
「そういうのが好きやなんやろな」
「そういえば戦が好きとか言うてたな」
「暴れ回ってな」
「そやからか」
「そこに行きたいんやろな」
ロシアにというのだ。
「合いそうやから」
「そうか」
「まあ好みとか合う合わへんは人それぞれやからな」
鵺は微妙な顔になっていたが自分の考えは言わずそのうえで中里に話した。
「そこは」
「そうか」
「ああ、それでな」
「あいつはロシアに行くんやな」
「その気持ちは変わらんらしいしな」
「ああ、そやな」
「あそこは怖いけどな」
鵺はこのことも言った。
「しかも寒いし」
「ロシアこの世界でも寒いんやな」
「大体欧州は寒いけどな」
この世界でもとだ、鵺は中里に話した。
「ロシアは特にや」
「雪と氷ばかりで下手したら凍傷で死ぬんやな」
「その通りや、真ん中にシベリアっていうどえらいとこもあってや」
「知っとるわ、森と木と氷だけの場所やろ」
中里は自分の世界での知識から言った。
「そやろ」
「そういうとこや、まあわしはロシア行ったことないけどな」
「それでもやな」
「とにかくロシアは寒くてや」
「女帝がおっそろしい統治してるんやな」
「敵対者は生き埋め、人間の盾、シベリア送りと何でもありや」
鵺はその女帝がしてきていることも話した。
第五話 出雲へその十五
「何でもインドの雷帝と同盟を結ぶつもりらしいし」
「そういえばインドにも三極星おったな」
「そっちもかなりえげつないらしいけれどな」
「三極同士で手を結ぶつもりらしい」
「それかなり強そうやな」
かなり真剣な顔になってだ、中里は述べた。
「女帝と雷帝、三極同士ってなると」
「そやろ、それでそのロシアに行きたいとかな」
「変わってるな」
「怖くて寒いところに行きたいとかな」
鵺も言うのだった。
「わしから見てもわからんわ」
「日本におった方があったかいやろ」
「そら言うまでもないわ」
「飯も美味いし綾乃ちゃん優しいし」
「しかも顔もええ」
「そやな、まあ僕は他のタイプの娘が好きやけど」
「ほお、どんな娘が趣味や」
即座にだ、鵺は中里の好みを聞いた。
「一体」
「和服が似合う黒髪ロングで切れ長の目の大和撫子や」
それが中里の好みのタイプだというのだ。
「そうした娘が好きや」
「そうか」
「ああ、そんな娘おったらな即座に告白するで」
「玉砕しても後悔するなや」
「わかってるわ、まあそれは置いておいてや」
好きなタイプの話はそうしておいてというのだ。
「暫く難波はこっちにいてくれるし」
「一緒にやな」
「出雲の東の連中倒してな」
「社行こな」
「それで弥生ちゃんと合流や」
こう話してだ、そのうえでだった。
中里は自分が率いている軍勢を西に西にと進ませていた、出雲に入ったのは予定よりも数日早いものだった。
そしてだ、出雲に入ってすぐにだった。中里は全軍にこの国の東で暴れ回っているならず者達との戦を全軍に告げたのだった。
第五話 完
2017・2・8
第六話 飛将その一
第六話 飛将
中里は出雲の東を暴れ回り好き勝手をしているならず者達のことをだ、難波と共に部将達から聞いた。その彼等の実態はというと。
「政なんかせんでか」
「はい、もう奪うだけです」
「民から銭も米も何もかも奪うだけで」
「政なんかしてません」
「出せないと言ったら家まで行って奪います」
「おまけに自分達の贅沢に民を使いますし」
即ち賦役に使っているというのだ。
「もう滅茶苦茶です」
「野盗みたいなこともしますし」
「旅人は襲うしです」
「ほんまやりたい放題です」
「西国のならず者をこれでもかと集めた感じです」
「心ある奴は皆去ってです」
「残ってるのは屑ばかりですわ」
その二万の者達はというのだ。
「どうにもなりません」
「使ってる武器や具足も質が悪くて」
「陣形もありません」
「まともな訓練もしてません」
「ただ数だけです」
「ほんまならず者の集まりです」
「つまり烏合の衆やな」
難波は中里の隣でだ、腕を組んだまま言った。
「数だけは多い」
「はい、ただ人を殺したりするのは平気です」
「騙したり何をするのもです」
「悪事をするのが常で」
「しかもあっちに地の利があります」
部将達はこのことも話した。
「そやから油断出来ません」
「その連中を何とかせなあきませんけど」
「数も多いし何をしてくるかわかりませんし」
「地の利もありますし」
「頭使って戦わなあかんってことやな」
ここまで聞いてだ、中里は述べた。
「つまりは」
「要するにそうです」
「連中倒さな社まで行けませんし」
「あそこにおる樋口さんと合流する為にです」
「戦って勝たなあきません」
「やっぱり降りませんでしたし」
「そやな、ほな頭使ってやったるか」
中里は鋭い目になって述べた。
「それで一気に叩くわ」
「具体的な策あるんやな」
難波は今度は中里に問うた。
「その言葉聞くと」
「ああ、連中の方が数が多いな」
中里はまずはこのことを言った。
「そやな」
「数が多い、つまりやな」
「相手はそこから攻めようとする」
「そこを衝くか」
「あと地の利もや」
それもとだ、中里は指摘した。
「向こうにある」
「確実にな」
「そしてこの二つを相手もわかってる」
「そこを利用するんか」
「そや、相手の利と知識を使うんや」
中里は難波に笑みを浮かべて言った。
第六話 飛将その二
「ここはな」
「逆手に取るんやな」
「相手はその二つから絶対に勝てるて思うてる、しかもこっちのことは知らん」
「この勢力のことはか」
「そや、物見とかもな」
まさにというのだ。
「出してないのもわかってる」
「自分達はわかってるつもりでこっちのことは知らん」
「これだけでちゃうか」
「それでや、まずは乗せたるで」
そのならず者達をというのだ。
「連中をな」
「よし、そのやり方見せてもらおうか」
「ああ、それで自分もな」
「わかってるわ」
難波は笑って答えた。
「やったるで」
「そうしてくれるか」
「ああ、ただな」
「ただ?」
「僕の方天戟の威力は凄いからな」
両手に一本ずつ持っているそれはというのだ。
「周りに誰もおらん方がええ」
「味方も巻き込むからか」
「神具はそこを注意せなあかん」
攻撃の際味方も巻き込んでしまうことがあるというのだ。
「それでや」
「味方の将兵は傍におるなか」
「僕も味方を巻き込むつもりはない」
難波はその丸い目のまま言った。
「一時的な味方にしてもな」
「それ言うたら僕もやな」
「言うけど自分神具は他の神具と強さの桁がちゃうで」
「神星やからか」
「そや、僕の攻撃力は自分と同じ位やけどな」
「それでも神星が使う神具はか」
「まさに戦略兵器や」
そこまでの強さだというのだ。
「そやからか」
「僕も戦の際はか」
「味方を巻き込まん様にすることや」
「それが大事か」
「そや、味方巻き込んでまで戦に勝ちたいなら別やけどな」
「そうした考えはないわ」
中里もそこは断りを入れた。
「僕にもな」
「それやったらわかるやろ」
「ああ、味方を巻き込まん様にやな」
「そうして戦う様にするんや」
神具を使うならばというのだ。
「ええな、神具は強いけどや」
「強過ぎるんやな」
「簡単に言うとそうや」
「強過ぎる兵器は使い方に気をつけなあかん」
「そういうこっちゃ、わかったな」
「よくな」
中里は難波の言葉に確かな顔で頷いた。
「そうするわ」
「そういうこっちゃ、それでや」
「ああ、そのうえでやな」
「戦をするんや、僕等は一騎当千いや下手したら一騎当万や」
そこまでの力があるというのだ。
第六話 飛将その三
「その強さは認識して戦うんや」
「それやったらこれからの戦もか」
「そうしたことも頭に入れて戦うんやな」
「そうしていくことや、そうして頭使って戦うんや」
「よし、そのことも頭に入れた」
中里は再びだ、難波に確かな声で答えた。
「少し策を変えるわ」
「それを今から話すんやな」
鵺は中里の左横に座っていたがそこから言ってきた。
「そやな」
「ああ、それはな」
中里は実際に自分の考え、難波の話を聞いてそのことを加えたそれを話した。そのうえで難波と鵺そして部将達に問うた。
「これでどうや」
「ほう、そう来るか」
「面白い策やな」
まず難波と鵺が応えた。
「僕はそれでええと思うわ」
「僕もや」
難波と鵺は賛成だった、そして部将達も口々に言った。
「それでいきましょ」
「わし等もそれでええと思います」
「それやったら殆ど犠牲出さずに戦えます」
「圧勝出来ると思います」
「そうか、自分等もそう言うんやったらな」
それぞれの軍勢を率いる部将達も賛成するのならというのだ。
「これでいこか」
「はい、ほな今からですな」
「相手に仕掛けますか」
「そしてそのうえで」
「連中倒しますか」
「どうにもならんならず者共や」
そうした連中だからだとだ、中里は言った。
「容赦なく倒してええな」
「ああ、別に蘇生の魔法も使う必要はない」
鵺が中里に言ってきた。
「それどころかそうした連中は復活させたらあかん決まりになってる」
「法律で決められてるか」
「うちの勢力のな」
それに基づいてというのだ。
「決められてるんや」
「そうか、ほなな」
「ああ、蘇生の魔法なんか使わず」
「どうするんや?」
「そうした奴の死体は身体も魂も焼き尽くす」
鵺は強い声で言った。
「火とかで徹底的に壊すんや」
「何もかもか」
「魂までもな」
「つまりこの世から完全に消すんやな」
「そうしたこともこの世界では出来るんや」
魂までも焼き尽くすことがというのだ。
「星の奴には出来んけどな」
「その世界の本来の人間にはか」
「そこまで出来るんや」
「そういえばこの世界寿命まで生きられたな」
「魔法で生き返らせられるからな」
この力があってというのだ。
「死んでも」
「僕等の世界とちゃうな」
「かなり高位の魔法やけどな、僧侶系でも錬金術師系でも」
そのどちらでもというのだ。
第六話 飛将その四
「そんな魔法があるからな」
「大分やな」
「そや、死んでも生き返えるんや」
「病気とかでもやな」
「その病気も治るしな」
その蘇生の魔法でというのだ。
「癌や結核や梅毒も治せるしな」
「どんな病気でもか」
「ああ、ちなみに梅毒はそうした店に行かんのが第一や」
鵺は中里にこのことは笑って注意した。
「ええな」
「いや、僕そうした店行ったことないし」
中里は鵺にすぐに答えた。
「そうした経験もや」
「まだかいな」
「ちょっとな」
「僕もや」
難波も言ってきた。
「そうした経験はないわ」
「二人共かいな、おもろないのう」
「悪いか?」
やや不機嫌になってだ、二人は揃って鵺に問い返した。
「そうした経験なくて」
「それが自分に何かあるんか」
「そうしたことは決めた相手としたいやろ」
「そういうものやからな」
「そういうことは結局そうした店でってなるんやけどな」
鵺は現実を話した。
「この世界でも」
「夢ないなあ」
「そやからそれが現実や」
鵺は笑って言った。
「この世界でもな」
「そうしたお店で楽しめっちゅうんやな」
「自分俸禄もかなりやしどや」
「別にええわ、そうしたお店は行ってもや」
「はじめての後か」
「そうしたいわ」
「夢やろう」
鵺は笑ったままやれやれと首を横に振ってみせた。
「甘い夢や」
「そこまで言うか」
「そや、そんな夢はさっさと捨ててや」
「お店に行けっちゅうんか」
「そうしたらええわ」
「そうするか、僕は夢を追い続けるで」
中里は鵺に強い声で言い切った。
「例え何があってもな」
「こっちの世界でもか」
「絶対にな、大和撫子とな」
「そんな女はおらん」
鵺はまた言い切った。
「魔法も科学も様々な種族がある社会でもや」
「夢がないのう」
「夢見てて酷い振られ方してトラウマになっても文句言うなや」
「何や、その悪夢」
「夢はないけど悪夢はある」
鵺はこうも言った。
「この世界でもな」
「悪い方はあるんか」
「夢みたいな恋愛の後でDVとかもな」
「そんなことせんわ、暴力とか」
「奥さんが振るうんや」
こうした話も現実にある。
「子供にもな」
「ああ、児童虐待な」
「夢みたいな恋愛出来たと思ったらその後でや」
「こっちの世界にもそうした話はあるんやな」
「最低な奴は何処の世界にもおるわ」
そうした子供に暴力を振るい虐待する様な人間の屑はというのだ。
第六話 飛将その五
「綾乃ちゃんはそっちにも政を向けてるけどな」
「DV対策か」
「こっちは中々減らへんけどな」
「こっちの世界でもそうした話あるんやな」
「そや、人間は難しい」
鵺の言葉はここで哲学的なものになった。
「善でもあり悪でもありな」
「そうした奴もおるんか」
「正直に言えば夢もあるわ」
先程否定したがこちらも肯定してみせた。
「悪夢もあればな」
「夢も悪夢もこの世にあるか」
「ええことも悪いこともな」
「ほな僕も大和撫子と」
「まあ性格を見るんやな」
鵺の言葉はここでは人生への教訓だった。
「顔よりもな」
「そうしたらええねんな」
「そや、顔はある程度でもな」
「性格第一か」
「性格悪い女はどうにもならん」
それこそというのだ。
「そういうのに惚れたら冗談抜きで酷い振られ方してな」
「自分が嫌な目に遭うか」
「そやから注意するんや」
「女の子も性格か」
「これは嘘やない、人間は内面や」
これが第一だとだ、鵺は強い声で言った。
「顔は普通でも性格ええと絶世の美女になる」
「性格補正がかかるんか」
「性格が人相にも出るしな」
「ああ、それもあってか」
「性格美人はそれだけでちゃうんや」
「性格をよく見てか」
「付き合う相手を選ぶんや、ええな」
鵺はそうした人生論もだった、中里に話した。
「戦でも人を見なあかんしな」
「ああ、そういうことか」
「そや、とにかく人間の内面を見るんや」
「そうするか、ほなな」
ここまで話してだ、そしてだった。
中里は難波と鵺、そして部将達にあらためて戦術を話してだ。そのうえでだった。
軍勢をその戦術に従って動かした、それはわざと目立つものであり出雲の東で暴れ回っている彼等もだった。
それを見てだ、彼等の拠点で言っていた。
「へえ、関西から来た連中がか」
「こっちに来ているんだな」
「たった一万二千で」
「無謀にも来るんだな」
彼等の本陣で話していた。
「俺達は二万だぞ」
「一万二千で二万に勝てるか」
「数はこっちの方が上だぞ」
「しかもここは俺達の土地だ」
「地の利があるんだぞ」
「それで勝てるつもりか」
「馬鹿かあいつ等」
それぞれ言う、そしてだった。
一際大柄な、毛深い鬼族の男が出て来た。同じ鬼族でも中里とは全く違う外見で身なりもかなり悪い。手には棍棒がある。このならず者達の頭目である。
第六話 飛将その六
「おい、いいな」
「はい、ここにちょっとだけ置いてですね」
「そうしてですね」
「連中に奇襲を仕掛けるんですね」
「そして一気に」
「皆殺しにするぞ」
頭目は悪相にさらに下卑た笑みを浮かべて言った。
「いいな」
「へい、一万二千の連中を」
「今からですね」
「出てそうして」
「襲い掛かりますか」
「山からな」
そこからだというのだ。
「攻めてやるぞ」
「ここは俺達の場所ですからね」
「何でも知ってますしね」
「何処に何があるかどんな場所か」
「それなら」
「ああ、何だって出来る」
頭目いは笑って豪語した。
「だからやってやるぞ」
「はい、じゃあ今からですね」
「出ますか」
「そして俺達の強さ教えてやりますか」
「そうしてやりますか」
「そうだ、それで連中のしゃれこうべでだ」
即ち髑髏でというのだ。
「杯作るからな」
「それで酒飲んでやりますか」
「そうしてやりますか」
「そうだ、皆殺しにしてやってな」
そのうえでとだ、頭目は下卑た笑みのまま言ってだった。
「主な奴はそうしてやれ」
「それでここの民共にも見せしめにしてやりますか」
「俺達に下手な気持ちを持ったらそうしてやるって」
「それじゃあですね」
「今から」
「ああ、攻めるぞ」
こう言ってだ、頭目は二万の軍勢のうちの九割以上を以て出陣した、その広いだけで粗末な城を出てだった。
その様子は空や森の陰から見られていた、中里が送った斥候や空船、密偵達に遠くからとはいえだ。
それでだ、彼等はその軍勢を確かめていた。
「数だけは多いな」
「ああ、一万八千ってところやな」
「城に置いている兵隊は殆どいないわ」
「隊列はばらばら、武器も具足も粗末や」
「馬は殆どない」
精々頭目や主な者が乗っている位だった。
「空船もないな」
「空を飛んでいる奴がいても大したことはない」
鳥人や天狗達はいるがだ。
「ただ武器を持っている位の連中や」
「只の烏合の衆やな、やはり」
「数だけや」
「それでいて自信満々や」
「そんな連中やな」
所詮はというのだ、彼等を見て話した。そして中里にも報告した。
するとだ、中里はその話を聞いて笑みを浮かべて言った。
第六話 飛将その七
「よし、ほなや」
「はい、予定通りにですか」
「ことを進めますか」
「そうするわ」
こう言うのだった。
「一旦このまま兵を西に進めるけどや」
「それでもですな」
「それからですな」
「次の動きに移るで」
西に進めたうえでというのだ。
「そうするで」
「はい、わかりました」
「ほなそうしますか」
「そうするで、というか思った以上にアホな連中やな」
中里は報告を聞いていて笑って言った。
「こっちが何も見てないって思うてるんか」
「思ってるんやろな」
鵺が中里に答えた、今は進軍をしていないので彼を乗せておらず横にいる。難波は先陣として軍勢の先頭にいていない。
「実際に」
「そうやねんな」
「見てててもこの大軍に勝てるかってな」
「そう思ってるんやな」
「そうやろな」
「戦は数っていうけどな」
「数は確かに大事やが」
それでもとだ、鵺も言うのだった。
「それだけやない」
「戦術も武具も練度もあるしな」
「連中にはその三つがない」
「地の利はあるけれどな」
「それもわかるな」
「ああ、それを生かせる頭もない」
勝つ為に重要なもう一つの要素をというのだ。
「そっちもな」
「ほなやな」
「ああ、どうということはない相手や」
こう中里に言った。
「やっぱりな」
「そやな」
「そやからや」
「予定通りやな」
「やっていったらええわ」
「ほな難波にも伝えるか」
「ああ、あいつやったらな」
鵺は中里が難波の名前を出すと笑顔で応えた。
「やってくれるで」
「絶対にやな」
「わしから見てもあいつの強さは半端やない」
「僕に匹敵するっちゅうんやな」
「戦闘力だけ見たらな」
それならばというのだ。
「天星の中でもトップクラスやろ」
「そこまで強いからか」
「あいつ一人でやってくれる」
言葉は太鼓判を押すものだった。
「そやからな」
「あいつにそうさせてもらって」
「そうしてや」
「やったるか」
「こっちは向こうにないものを一杯持ってる」
「それを全部使ってやな」
「その時になったら一気にやるんや」
鵺の言葉は強かった。
第六話 飛将その八
「そして完全に叩き潰してや」
「そうしてやな」
「社に行くんやな」
「そうするんや」
中里に言う、そしてだった。
中里は予定通り軍勢を動かした、それは難波も同じでだ。彼は中里からの伝令を聞いて笑って応えた。
「ほなな」
「はい、その通りにですね」
「ああ、動くで」
こう答えたのだった。
「僕もな」
「では」
「ほなな」
こうして難波も彼の動きをするのだった。
中里の軍勢は確かに西に進んだ、だが。
ならず者達と遭遇する前にだ、その進路をだ。
東に戻した、それはやけに目立つ動きですぐにならず者達にも伝えられた。すると頭目は笑ってこう言った。
「逃げたな」
「はい、そうですね」
「そうなりましたね」
「よし、じゃあ追うぞ」
頭目は周りに笑ったまま言った。
「このままな」
「道を進んで」
「そうしてですね」
「ああ、連中が出雲が出てもな」
そうしてもというのだ。
「追って徹底的に攻めてだ」
「二度と俺達に歯向かえない様にですね」
「そうしてやりますか」
「そうだ、皆殺しにするんだ」
出陣前に言った通りにというのだ。
「わかったな」
「はい、そうしてやりましょう」
「じゃあ急いでですね」
「追いかけますか」
「そうだ、遅れるなよ」
こう言ってだ、実際にだった。
「いいな」
「わかってますよ」
「追って追ってですね」
「そして追いついたら」
「その時は」
「ああ、皆殺しだ」
頭目は下卑た顔で自分と同じ顔の手下達に告げた、そしてだった。
二万のならず者達は実際にだった、退く中里の軍勢を追った、だが。
その彼等を空から見てだ、中里の軍勢の物見達はこの時も言った。
「大将の言われた通りやな」
「ほんまやな、追ってきたわ」
「しかも何も考えんとな」
「遮二無二な感じで追って来るわ」
「陣も何もなく」
「もう勝った気でおる感じや」
彼等から見て追ってきているその状況は呆れたものだった、それでだった。
彼等からの報告を聞いた中里もだ、確かな顔で言った。
「ここまで読み通りやとな」
「驚きますか」
「ああ、かなりアホな連中やな」
今度は呆れた顔で言った。
「正直なところそう思ったわ」
「ほんまやな」
鵺も横で頷く。
第六話 飛将その九
「まあ所詮は烏合の衆や」
「暴れるだけでか」
「略奪とかは知っててもや」
「戦は知らんか」
「そういうこっちゃ」
まさにという返事だった。
「ならず者はならず者や」
「そういうことやな」
「そやからやこうした見え見えの誘いにも乗る」
そうだというのだ。
「兵法も何も知らんねん」
「そやからここまで乗るか」
「ああ、それでやけどな」
「ここからやな」
「難波の兄ちゃんはもうあっちに行ってるやろな」
「赤兎馬やからな」
三国志からの知識でだ、中里は話した。
「しかも空も飛んで海の上も進めるんやろ」
「そうやからな」
「もう一気に進んでやな」
「あっちに行ってるやろ」
「それやったらな」
「後はな」
「手筈通りやな」
中里は目を鋭くさせて応えた。
「進めるんやな」
「明日の夜やろ」
「ああ、あいつがあっちで一仕事してな」
「それからやな」
「こっちの手筈を整えてや」
「夜にやったるか」
鵺にだ、中里は強い声でまた応えた。
「一気に」
「ああ、ただな」
「ただ?」
「この世界は夜でも油断したらあかん」
鵺は中里に彼自身も強い声で応えた。
「見える種族がおる」
「ああ、種族によって身体の特徴があるんやったな」
中里も言われてこのことを思い出した。
「猫人とかバンパイアとかオークとかはやな」
「夜でも見えるんや」
「昼みたいにやな」
「そや、色もわかるしな」
「猫は本来色はわからんって聞いたけれどな」
人間と猿以外の哺乳類はそうである、このことは哺乳類の特徴の一つだ。
「進化したんやな」
「どの種族も色がわかるで」
この世界の人間、ヒューマノイド達はというのだ。
「バンパイア族でも昼動けるしな」
「というかバンパイア、吸血鬼って昼動けるやろ」
「何や、自分も知ってるんやな」
「小説で普通に動いてたで」
中里が読んだ小説はカーミラだ、吸血鬼ものの古典的名作であり美少女の血を吸う妖艶な吸血鬼が主人公である。
「昼でも、あとバンパイアも色々な種類があって」
「そっちの世界ではやな」
「世界中におってな」
ルーマニア等東欧だけではないのだ、吸血鬼がいるのは。
第六話 飛将その十
「昼動くのも普通におるし」
「こっちの世界でもやな」
「そうでも驚ろかんわ」
実際にというのだ。
「別にな」
「そやねんな」
「ああ、それで日本のバンパイア族もやな」
「夜でも見える」
昼に動けてというのだ。
「それが出来る」
「そやねんな」
「普通の食事も出来てな」
鵺はこの世界のパンパイア達の資質をさらに話した。
「血からも栄養を摂れるんや」
「それでバンパイアやな」
「そや、まあ積極的に血は吸わんからな」
この世界のバンパイア達はというのだ。
「殺すとかまでして」
「こっちの世界と違ってか」
「ああ、人間の血も吸えるけど」
絶対ではなく可能というのだ。
「牛とかすっぽんでもええしな」
「何でもええんか」
「こっちの世界のバンパイア族はな」
「つまり血を栄養に出来る人間やな」
「その通りや、そやから別に偏見もなくな」
「この世界では他の種族と一緒に生活出来てるか」
このことはオークにしろコボルトにしろそうだ、コボルトは小柄な犬人だと考えられていてゴブリンは小柄な鬼とされている。
「成程な」
「そのことも覚えておくとええわ、ただな」
「戦ではやな」
「こうしたそれぞれの種族の属性は覚えておくことや」
鵺が言いたいのはこのことだった。
「ええな」
「わかった、ほなな」
「奇襲を仕掛けるにしてもや」
夜、その時にだ。
「頭に入れておいてや」
「そうしてやな」
「攻めるこっちゃ、隠れるのもな」
その時もというのだ。
「よおな」
「隠れてやな」
「攻めるんや」
「わかったわ、そうするわ」
中里は鵺に対してあらためて答えた。
「それやったらな」
「やるで」
「ああ、あと難波との連絡はこれやな」
中里は今度は貝殻を出した、赤い巻貝のものだ。
「これで離れてても話が出来るな」
「ああ、あっちの兄ちゃんともな」
「そやな、ほなええわ」
中里も話を聞いて納得した。
「この魔法の道具も使うわ」
「使えるものは何でも使わんとな」
「そういうことやな」
「それでや」
鵺は中里にあらためて言った。
第六話 飛将その十一
「もうちょっとしたらあっちの状況を確認するんや」
「仕事中に連絡したらあかんな」
「まあそこはな」
「ちょっと時間置くか、しかしな」
「しかし?」
「いや、こうしたのもあるってな」
貝殻をその目で見ながらだ、中里は自分が乗っている鵺にこんなことも言った。
「この世界も便利なの多いな」
「魔術の産物やで」
「意思を伝える魔法やな」
「それを応用してや、まあ魔術がメインやけどな」
鵺は中里に貝殻の話をさらにしていった。
「そこに錬金術とか超能力も入れてな」
「それでか」
「ああ、作ったものや」
「成程な」
「とにかくこれでな」
「難波とも連絡取れるんやな」
「他の星の奴ともな」
難波だけでなくというのだ。
「連絡出来るで」
「それで何かあればやな」
「それを通じて話が出来る」
連絡が可能だとだ、鵺は中里に話していく。
「大事に使うんやで」
「そうさせてもらうわ」
「是非な、ほなこっちはな」
「ああ、このままやな」
「兵を進めていくんや」
「そうするわ」
納得した顔でだ、中里は鵺に頷いた。そうしてだった。
彼は率いる軍勢を東に東にやっていった、その自分達を後ろから敵の軍勢が迫ってきているのはわかっている。
しかしだ、ここでだった。中里は敵のことを聞きつつこんなことを言った。
「ほんまアホな連中やな」
「そう思いますか」
「大将から見ても」
「あの連中は」
「ああ、こっちがつかず離れずで進んでることに気付いてないな」
実際に敵の進軍速度を聞いてだ、彼は軍の速さを調整しているのだ。要するに彼等にその速さに合わせているのだ。
「それも全然」
「はい、それはわし等も思います」
「あえてそうしてることに」
「連中は歩兵ばっかりでこっちは空船や騎馬もいて」
「それで足も結構速いですけど」
足軽達も訓練されていて整然とかつ一定の歩調で安定して歩けるからだ。
「それでもですな」
「向こうは気付いてないですな」
「誘き出されてることに」
「それも全く」
「そやからアホや、これはや」
中里はあらためて言った。
「ええ場所に誘き出せるな」
「普通ここまであんじょういきませんで」
「相手疑って慎重になりますから」
「それが全くないですから」
「勝ったつもりで追ってきて」
「皆殺しだとか言うてますわ」
「戦知らん奴等やな」
今の相手はとだ、中里は看破して述べた。
第六話 飛将その十二
「結局は」
「そうですな、只のならず者ですな」
「暴れて民をいじめるだけの連中ですか」
「それで戦も知らんで」
「勝手に自分が強いって思ってるだけですな」
「自分より弱い奴というか武器持ってない奴を徒党を組んでいじめて自分は強いと思う」
ならず者達をだ、彼はこうも看破した。
「しょうもない連中やな」
「ほんまにそうですな」
「そんな連中ですから」
「こうしたことにも気付かん」
「誘い出されてることも」
「そういうことやな、ほなやったるわ」
それならばとだ、中里も言った。
「徹底的にな」
「そうですな、それやったら」
「その場所に相手が来たらやってやりますか」
「そして潰したりますか」
「二万を全部」
「ああ、そろそろ難波に連絡するか」
別行動を取らせている彼にというのだ。
「それでや」
「ああ、自分の考え通りにな」
鵺も言ってきた、彼等はも軍勢を進めさせているので中里も鵺の背にいる。
「やるんや」
「敵の動きを見てそれで戦術変えることも考えてたけどな」
「ここまでこっちの考え通り乗ってくれるとやな」
「ああ、それもせんわ」
「それがええな、しかしわしから見てもな」
首を傾げさせてだ、鵺は中里にこうしたことも言った。
「今度の相手はな」
「アホやな」
「戦のこと何も知らん数だけの奴等や」
そうした連中に過ぎないというのだ。
「ものの見事にな」
「そんな連中も珍しいやろ」
「実際にな」
その通りという返事だった。
「ならず者でもここまでアホはな」
「そうおらんな」
「たまたま数が集まって暴れてる」
「そうした連中に過ぎんか」
「これで星の奴がおったらちゃうんやろけどな」
中里達の様な者がというのだ。
「それでもな」
「何も頭がない奴が率いててか」
「他の奴等もアホばっかりやとな」
「どうしようもないわ」
「ああなるんやな」
「そや、ほなどうにもならん屑ばかりやし」
その二万の敵はというのだ。
「一気にやるで」
「ああ、そろそろな」
「それで奴等殲滅したらな」
「社までな」
「行くで、それでやな」
目指す社に着いてからのこともだ、中里は話した。
第六話 飛将その十三
「この一万三千の軍勢は出雲に置くんやな」
「やっぱりわかってたか」
「ああ、出雲から山陽の連中を牽制する」
「その為にな」
「一万三千の軍勢を置くんやな」
「そや、播磨からだけでなくな」
中里達の勢力から見れば表の方になる、山陽に対するには。
「出雲からも牽制してな」
「そうしてやってくんやな」
「そや、それは芥川はんも思ってることや」
軍師である彼もというのだ。
「最初からな、そして自分もわかってると見てや」
「あいつもそこまで言わんかったか」
「そや、そんでや」
「山陰からも山陽を牽制しながらやな」
「やがて山陽を攻めて四国、九州や」
鵺は中里に先のことも話していった。
「西国のことも考えてる」
「東海だけやないか」
「天下統一にはや」
「西国のこともやな」
「当然考えていかなあかんしな」
それ故にというのだ。
「芥川はんもそこまで考えてる」
「先の先までやな」
「もっとも天下統一までは考えててもな」
「そこから先はやな」
「さて、どうなるか」
「あれやろ?アメリカとか中国とかもこんな状況やろ」
「ああ、戦を繰り返しつつな」
そうした国々もというのだ。
「それぞれ統一に向かってる」
「そやねんな」
「そや、そしてや」
「統一したアメリカや中国ともやな」
「あと東南アジア、オセアニアや中南米もある」
そうした国々もというのだ。
「その辺りも神星の奴がおって統一に向かってる」
「それでそうした国々ともやな」
「統一の後で戦わなあかんな」
「そのこともやがて考えていかなあかん」
「やること多いのう」
「ああ、戦だけでもな」
それに限ってもとだ、鵺は中里に話した。
「色々相手せなあかんわ」
「賊もおるしな」
「忙しいで、この世界も」
「よおわかったわ、けれどやることは一つ一つな」
中里は鵺の話を聞いていてそれが一段落したところで自分の考えを述べた。
「確実に終わらせていこか」
「それが一番や」
「まずは二万の賊やな」
「連中や」
まさに今から戦う彼等だとだ、このことを確認した。そして中里は部将達に対してあらためて言ったのだった。
「まだ東に戻るで」
「それで、ですな」
「夜になればですな」
「いよいよ」
「ああ、ちょっとあいつにも確認取るけれどな」
難波にもだ。
第六話 飛将その十四
「あいつと一緒にやらなあかんしな」
「そうですな、ではそっちの確認はお願いします」
「難波さんの方は」
「そうさせてもらうで」
部将達に応えてだ、実際にだった。
中里は軍議の後で難波に貝殻から状況確認を取った。すると難波は貝殻から彼に明るい声で言ってきた。
「今さっき終わったとこや」
「そうか」
「もう何もかもをな」
「完全にやな」
「ぶっ潰したったで」
こう明るい声で言うのだった。
「これで連中は宿なしや」
「そうなったんやな」
「それでやな」
「ああ、次はや」
「連中自体をやな」
「そっち明日の夜でも戻れるか?」
「今夜にもな」
明日どころかというのだ。
「戻れるで」
「そうか、ほなな」
「今夜にやな」
「やるで、こうしたことは出来る状況なら早い方がええ」
弥生のいる社にも行かないといけない、このこともあってというのだ。
「そやからな」
「ここはやな」
「今夜にな」
「攻めるんやな」
「そうする、それでええな」
「わかったわ、そっちでも暴れさせてもらうで」
「頼むで」
「この戦で日本におるのは最後や」
難波はもうこのことは決めていた、彼の中で。
「そやからお別れ会でや」
「思う存分やな」
「暴れさせてもらうで」
「ああ、けれど味方はな」
中里はこのことは注意した。
「巻き込まん様にな」
「ああ、出来る限り気をつけるわ」
「おい、出来る限りか」
「僕はとにかく縦横に暴れるからな」
悪びれない声でだ、難波は中里に話した。
「そっちが僕に近寄らんことや」
「それだけ力も強いんやな」
「方天戟の力甘く見んことや」
そこはくれぐれもというのだ。
「そやからそっちから気をつけてくれたらええ」
「そうか」
「ああ、僕も味方を斬る趣味はないしな」
巻き込むつもりは難波自身もなかった、そこまではだ。
「そうしてくれたら有り難い」
「ほなな」
「今夜やな」
「出雲の東の果ての場所でな」
「一気にやったるか」
「そやからそこまで来てくれ」
「赤兎馬で行くで」
彼の神具であるその馬でというのだ、こう話してだった。
中里は難波との打ち合わせを終えた、そしてその夜に向けてまた鵺や部将達と話した。戦の手筈は順調に進んでいた。
第六話 完
2017・2・15
第七話 夜襲の後でその一
第七話 夜襲の後で
中里は自軍に早い夕食を摂らせた、まだ夕暮れ時であったが全将兵達にそうさせた。
彼自身握り飯を頬張りつつだ、率いる将兵達に言った。
「せいらい食うんや」
「腹が減ってはですし」
「今からですな」
「そや、それでや」
中里は将兵達にさらに言った。
「ええな」
「はい、撒き餌もですな」
「そっちもですな」
「やっとくんや」
こうも言うのだった。
「ええな」
「そうしてですな」
「相手を余計にですな」
「惑わす、そしてや」
「勝つ」
「それも圧勝しますか」
「むしろ圧勝せなや」
それこそという口調でだ、中里は周りの将兵達に答えた。
「これからもっと強い奴等と戦うんやろ」
「はい、今回の敵は数だけです」
「数以外は何もないです」
「けど山陽とか四国の勢力もです」
「北陸もそうですけど特に東海です」
「あそこは強いです」
「かなりしっかりした勢力です」
将兵達も言う。
「そうした連中ですから」
「今やり合ってる連中は正直弱い相手です」
「大将の言う通り圧勝してこそです」
「これからたっていけると思います」
「そやろ、だからや」
それ故にとだ、中里も言った。
「圧勝したるで」
「わかりました、ほな」
「ここから戦いましょう」
「そして圧勝して」
「そして社までですか」
「行くで」
弥生が待っているそこまでとだ、こう話してだった。
そのうえでだ、彼は将兵達に食事をそれもたらふくて食べさせてだ。そのうえでだった。
夜に向けて動かさせた、これまで進んでいた海岸沿いの公道から離れてだ。
彼等から見て左手、向かい側は山陽になっているその山の方に入った。そのうえでだった。
敵を待った、するとだった。彼等は夜もひたすら進んできていた、中里は鵺に乗って夜空の闇からその動きを見つつ言った。
「こっちの策には気付いてないな」
「ああ、全くな」
鵺も応えた。
「気付いてないわ」
「それやったらや」
「予定通りやな」
「やるで」
確かな声でだ、中里は言った。
「今からな」
「それで難波の旦那はどうや」
鵺は彼のことを聞いてきた。
「どんな感じや」
「ああ、ちょっと待ってくれや」
中里は貝殻を出してだ、そうしてだった。
第七話 夜襲の後でその二
難波に連絡をした、するとこう答えてきた。
「もうすぐやで」
「そうか、もうすぐか」
「ああ、そっちに到着するで」
「それやったらはじめるで」
中里は貝殻の向こうの彼に言った。
「こっちは」
「ああ、はじめるからな」
「それやったらこっちに来たらな」
「ああ、もうはじまってるわ」
「そこで僕が来たらな」
その時はというにおだ。
「ええ具合になってるな」
「そうなってるわ、ほなええな」
「わかったわ」
難波は貝殻の向こうから答えてきた、中里は彼のその言葉を聞いてだった。そのうえで。
山の中に戻りだ、将兵達に言った。
「法螺貝鳴らすんや」
「はい、わかりました」
「これからです」
「一気にですな」
「敵が前に来たら」
「ああ、法螺貝を鳴らしてや」
それを合図にしてというのだ。
「一気に攻めるで」
「そうさせてもらいます」
将兵達は整然と応えた、そのうえで。
ならず者達を待っていた、彼等は何も知らずにだ。前にいる筈の彼等を追っていた。彼等は横も後ろも見ていなかった。
その彼等を見てだ、中里は笑って言った。
「全然気付いてないな」
「そうですな」
「わし等が前にいるとだけ思ってます」
「潜んでいるとか思ってません」
「しかも今自分達の真横に」
「露程に思ってませんわ」
「ここで勝負時や」
まさにとだ、彼等も言った。そのうえで。
中里は法螺貝を鳴らさせた、すると中里が真っ先にだった。鵺に乗って敵に飛び込んだ。そこから両手にそれぞれ持っている刀でだ。
敵を次から次に斬っていった、彼が率いる将兵達もだ。
山から鉄砲、弓矢を派手に撃った、部将達は彼等を指揮しつつ言っていた。
「ええか、まずは射撃や」
「弓矢や鉄砲を撃ちまくるんや」
「敵に向けてとにかく撃ちまくれ」
「空からも攻めるんや」
見ればだ、空船もだった。
上から爆弾を落としそうして攻撃をしていた、そうした攻撃を受けてだった。奇襲を受けたならず者達は大混乱に陥っていた。
「敵か!?」
「前にいたんじゃないのか!」
「何でここにいるんだ!」
「急に出て来たぞ!」
「うろたえんじゃねえ!」
頭目は狼狽する手下達に言った。
「まずは落ち着け!」
「で、ですが」
「この状況はです」
「一体何が起こっているのか」
「全くわかりませんが」
「いいから落ち着け、敵の数は少ないんだ」
このことから言うのだった。
第七話 夜襲の後でその三
「だからだ」
「落ち着いてですか」
「まずは周りを見てですか」
「そのうえで」
「そうだ、夜目が見える奴もいるんだ」
彼等の中にはとだ、鵺が指摘した通りのことを話した。
「それならだ」
「ここはですね」
「ヴァンパイアやコボルトの目を活かして」
「あと猫人やオークも」
「頭もですしね」
「よく見ればいいんだよ」
頭目は実際にその夜目を使おうとした、そうして周りを見回そうとしたが。ここでさらにだった。
「ひぃきええええええええええええ!!!」
奇声と共にだ、彼等の後ろから突風が来た。その突風は彼等を次から次に薙ぎ倒していた。頭目がそこで見たものは。
首が、腕が、胴がだった。彼等の最後尾から乱れ飛んでいた。見れば赤い馬に乗った人間が二本の方天戟を振り回していた。
それと共にだ、両手にそれぞれ刀を持った赤い具足と陣羽織を着た武者もだった。
彼等を次から次に倒していた、やはり首も腕も胴も乱れ飛んでいた。彼等は具足も何もものともせず切り刻んでいた。
その状況を見てだ、頭目は思わず言った。
「化けものが二人いるぞ」
「何ですかあいつ等」
「武器振り回してその度に十人かそれ位死んでますよ」
「一人でもえげつないってのに」
「それが二人だなんて」
「どうなってるんですか」
「俺が知るか」
頭目は思わずこう言った。
「そんなことは」
「ですが頭、この状況はです」
「かなり厄介ですぜ」
「とんでもない奴が二人もいますし」
「鉄砲や弓矢がどんどん来ます」
「空からも爆弾が落とされてますし」
「このままですと」
それこそとだ、ならず者達は狼狽したまま言ってくる。
「皆殺しに遭うのは俺達の方ですぜ」
「あの二人だけでもまずいですぜ」
「あの連中尋常じゃないですぜ」
「まさに化けものだ」
見れば二人共それぞれの武器で一度に何人も倒しているだけではない、振り回すとそこから雷や鎌ィ足、衝撃波等を放ってだ。それでもならず者達を薙ぎ倒していた。
中里の強さはまさに鬼神だった、しかし彼の戦い方は理性があった。しかし難波のその戦い方はというと。
「ひきぇえええええええええええええええ!楽しいなあ!!」
暴れ回りつつだ、こう叫んでいた。その二本の方天戟で斬り回すだけでなくだ。
赤兎馬で敵を踏み潰し蹴り飛ばす、蹴り飛ばされたコボルトの顔は完全に潰れ血と脳漿を撒き散らして吹き飛んでいく。
そして次から次にだ、赤兎馬も敵を倒していた。中里もその状況を見て言った。
「赤兎馬も強いな」
「神具だけあってな」
「ああ、馬の常識超えてるな」
こう言うのだった。
第七話 夜襲の後でその四
「あれは」
「そやな」
「ああ、人を進んで蹴り飛ばして踏み潰してるわ」
その巨大な身体を利用してだ。
「普通馬ってああいうことせんで」
「だから神具やからな」
「それでか」
「そや、ああしてや」
「敵を踏み潰して蹴り飛ばしてやな」
「倒してくんや」
まさに一撃でというのだ。
「主と一緒にな」
「ほな自分もやな」
「ああ、声で驚かせてな」
実際に声を放ってならず者達を眠らせ動きを止めている、そして。
他にもだ、鵺は口から超音波や衝撃波を放ちそれでならず者達をまとめて倒していた。直接的にそうもしていた。
その状況を見てだ、中里は彼にも言った。
「自分も強いな」
「そやろ」
「神具の獣は戦うことも出来るんやな」
「主と一緒にな」
「ほな一緒にやらせてもらうで」
中里は鵺にあらためて言った。
「敵は二万、やっぱり多いしな」
「多いだけにやな」
「ああ、一緒にやってもらうぜ」
「わかってるわ」
鵺も快諾で応えた、そして実際にだった。
その声は口から放つ衝撃波等で中里と共に戦っていた、彼は空と山からの援護を受けてつつ難波と共に戦っていた。
その中でだ、中里は敵の数がかなり減り混乱に拍車がかかったのを見て言った。
「今やな」
「ああ、次の段階やな」
「法螺貝鳴らしてもらうか」
「それでええと思うわ」
鵺も賛成だった。
「というか今こそや」
「よし、法螺貝鳴らすんや!」
山の方に向かって叫んだ、するとだった。
すぐにまた法螺貝が鳴らされた、するとだった。
部将達はすぐにだ、それぞれが率いている兵達に言った。
「鉄砲隊、弓矢隊歩きつつ撃ち続けるんや」
「槍隊前に出い」
「そして槍で突き刺して叩くんや」
「そうして攻めるんや」
「ただし抜刀はするな」
「刀で戦うことはするな」
それは止めろというのだ。
「近寄って戦ったらやられかねんからな」
「そやから槍で攻めるんや」
「山から降りてそうせい」
「空船からの攻撃には巻き込まれるな」
「大将と難波さんの攻撃にもな」
それにもというのだ。
「ええな、そうしてや」
「わし等も全面攻撃に移るで」
「そして敵を倒していくんや」
「敵の首挙げてくんや」
こう命じてだ、実際にだった。
第七話 夜襲の後でその五
兵達に鉄砲や弓矢を歩きつつ放たせてだ、槍隊を前に出していった。そうして山を降りて攻撃をはじめた。
鉄砲に弓矢だけでなくだ、横から槍も受けてだ。ならず者達の狼狽は強まった。
「な、何だ!?」
「今度は山から槍の連中が来たぞ!」
「何て長い槍なんだ!」
「しかも数が多いぞ!」
「凄い数だぞ!」
実際に中里が率いる軍勢の中で槍隊の数は多かった、鉄砲隊と弓隊がそれぞれ二割で少し空船があり斥候もいるが半分は槍隊だ。輜重隊の数も多い。
その槍隊でもだ、彼等は攻めたのだ。これによってだ。
ならず者達はさらに数を減らした、そして次第にだった。
海岸の方に追い詰められていっていた、鵺はその状況を見て言った。
「明け方までにはや」
「敵もやな」
「おらんようになってるわ」
こう中里に答えた。
「ええ具合にな」
「そうなるか」
「ああ、多分こっちの損害は僅かや」
「一方的な戦になってるしな」
「ここまでなるとな、もうな」
「もう、何や?」
「戦やないわ」
最早というのだ。
「虐殺や」
「そこまで一方的っちゅうことやな」
「そや、ただな」
「将兵の損害は少ないに限るな」
「勝てるんやったらボロ勝ちの方がええわ」
戦う方としてはというのだ。
「虐殺になってもな」
「そうもんやな」
「そや、そやからな」
「今の状況でか」
「ええわ」
中里に確かな声で語った。
「むしろこれ位でな」
「そういうことやな」
「ああ、ただ自分の策も当たってるけど」
「相手がな」
「アホやからな」
今戦っているならず者達がというのだ、最初からそうだったが陣形も何もなく戸惑い逃げ回っていて中里はその彼等を斬り回している。
「この連中はな」
「こんなアホな連中もか」
「そうおらんわ」
「そんなもんやな」
「数が多くてもならず者や」
所詮はというのだ。
「大したことはないわ」
「そやからここまで勝てる」
「そういうことや」
「そやな、敵が弱いとな」
「戦も楽や」
「けどここまでアホな敵は滅多におらん」
鵺と共に敵を薙ぎ倒し続けていた、ならず者達は彼等の一撃で十人単位で死んでいく状況が続いていて数をどんどんと減らしていた。
その中でだ、中里は鵺にこうも言った。
第七話 夜襲の後でその六
「そのこともやな」
「頭に入れておくんや、まして相手が星の奴やとな」
「余計にやな」
「厄介やで」
「神星でもやな」
「油断出来んで」
実際にというのだ。
「人星でも強いんやからな」
「一番下のランクでもやな」
「佐藤兄妹と弥生ちゃんでもそやろ」
彼等のことをだ、鵺は話に出した。見れば鵺は攻撃には足や尾は使っていない。あくまで声で攻撃している。
「それなりの力感じたやろ」
「それはな」
「気があるな」
「強いわ、三人共」
中里も認めることだった、彼等から感じたものは。
「確かにな」
「油断出来ん相手やろ」
「本当にな」
「そやからや、星の連中はな」
「油断せんとやな」
「戦うことや」
鵺は口から衝撃波を出してならず者達を十人程吹き飛ばしてから言った。
「星の奴相手はな」
「あと巨人やな」
「ああ、幸い連中は出て来てないけどな」
中里がこの世界に出て来てからというのだ。
「こっちの勢力には」
「それでもやな」
「出て来たら強い分こんな強さやないからな」
だからだというのだ。
「巨人も注意せい」
「わかったわ」
「出て来たらな」
「そういうこっちゃ、まあとにかくこの連中は掃討や」
このままの勢いでというのだ。
「ええな」
「朝までに終わらすか」
「ああ、そうするで」
中里達はこのやり取り通りだ、ならず者達を倒していっていた。そしてその数が相当に後は頭目と僅かな者達だけになったが。
その彼等にだ、中里は鵺を突っ込ませてだった。
童子切と千鳥をそれぞれ一閃させた、すると。
それでだ、残った者達は両断されその場に鮮血を撒き散らして首や胴が生き別れになった。その彼等の姿を朝日が照らした。
その中の大柄なオークの首を見てだ、鵺は中里に言った。
「こいつが頭やな」
「そうみたいやな」
「もう生き残ってる奴もおらんしな」
「降った奴以外はな」
「降った奴は殺したらええ」
鵺はそうした者達をどうすべきかも話した。
「この連中は性質の悪い連中ばかりやったしな」
「どいつもこいつもか」
「ああ、強盗の集団みたいやった」
「全員が暴れ回ってたからか」
「もう殺すべきや」
「一人一人調べるべきやろ」
中里は鵺にこう返した。
「やっぱりな」
「何や、そこまでするんか」
「ああ、ちゃんと裁判せんとな」
一人一人調べてというのだ。
「それでどうするか決めんとな」
「あかんっていうんや」
「そや、幾らならず者の中におっても何もしてない奴もおるやろ」
だからだというのだ。
第七話 夜襲の後でその七
「生き残った奴はちゃんとな」
「調べてか」
「それからどうするか決めるべきやろ」
「ほな降った連中は鳥取城にでも送ってか」
「ああ、武器を全部捨てさせて縛ったうえでな」
この辺りは用心だった、暴れられては元も子もないからだ。
「そうしてな」
「あの城で調べるか」
「そうしよな」
「まあ心を読む魔法もあるしな」
鵺は中里にこうした魔法のことも話した。
「超能力者の魔法でな」
「テレパシーやな」
「そっちの世界の言葉やな」
「それであるけどな」
「ほなそうするか」
鵺は中里のその提案に賛成した。
「ならず者で先も急ぐからもう手早くって考えてたけど」
「手早くか」
「捕虜を取るのは基本やけどならず者やとや」
そうした連中が相手ならというのだ。
「もういちいち構ってられんからな」
「殺すんか」
「そういうこともよくあるわ、この世界」
「シビアやな」
「正規の勢力におらんで悪さしてる連中に配慮とかいらんわ」
鵺は実際にシビアな口調でだ、中里に話した。
「そういうことや」
「そうなんやな」
「ああ、まあとにかく戦は終わった」
立っているのは中里の軍勢だけだった、見れば殆ど誰も傷すら負っていない。誰が見ても明らかな一方的な勝利だった。
「勝ち鬨あげよか」
「そやな、勝ったしな」
「それで飯を食ってな」
鵺はこの話もした。
「少し休んでまた進むで」
「そやな、これで邪魔者もおらん様になったし」
「行くで」
「そうしよか」
中里は鵺の言葉に頷いてだった。兵士に勝ち鬨をあげさせた。それからすぐ干し飯や味噌の朝飯を食わせてだった。
少し休ませた、それからまた進軍となったが。
ここでだ、鵺は中里に言った。
「捕虜を鳥取まで送る連中とならず者の魂を消す連中をや」
「社に向かう奴等の他にか」
「向けなあかん」
「そういえばこっちの世界魂まで消さんとやな」
「誰でも寿命まで蘇ることが出来る」
「魔法でやな」
「そやから死罪の時も首を刎ねたりする以外にな」
そうしたありきたりな死罪だけでなく、というのだ。
「魂までもや」
「消すんやな」
「魂は普通に見える、死んで暫く経ったら死んだ場所に浮かぶ」
「あれか」
見ればだ、確かにだった。透き通った身体のならず者達が中里達の少し上に恨めしそうな顔で漂っている。
「あの連中か」
「あれが魂や」
鵺は彼等を右の前足で指し示して中里に話した。
第七話 夜襲の後でその八
「それであれをや」
「消さんとやな」
「ちょっと以上にまずい」
「悪人の場合はやな」
「言うたけどこの世界は基本死んでも魔法で蘇ることが出来る」
鵺はまたこのことを話した。
「身体がなくなってもな」
「そこまでなってもやな」
「魂あればや」
蘇ることが出来るというのだ。
「寿命でもな」
「そうやねんな」
「ああ、病気で死んでも治ってな」
「それで寿命までやな」
「生きることが出来るんや、魂がある限りな」
それこそというのだ。
「死ぬことはない」
「それ自体はええことやけどな」
「悪人までそうなる」
鵺は中里にこの事実を指摘した。
「そやからな」
「根っからの悪人はやな」
「ここでどうにかせなあかん」
「そやから魂もか」
「何とかせなあかんのや」
「それで今から連中の魂を消すんか」
「ああ、けどこれはちょっと普通のやり方やったらあかん」
こうもだ、鵺は中里に話した。
「方法は幾らでもある」
「それでその方法は何や」
「ああ、神具で攻撃するか僧侶とかの力でお経とか唱えてな」
「成仏させるんやな」
「善人やったらそうなるけど悪人は違う」
彼等の場合はというのだ、つまり今しがた倒した者達だ。
「地獄に送るんや」
「成仏させるんやなくてか」
「そや、その魂をな」
「そうするか」
「それやったらええな」
「ああ、今からやな」
「実は前に自分が倒したならず者達もそうしたけどや」
中里が最初に成敗した三十人程の者達もというのだ。
「僧侶のお経とか、まあ魔法使う奴の基本中の基本で誰でも使えるけど」
「魔術の系列でもか」
「自分も使えるで、侍は陰陽道も使えるな」
「ああ、それは陰陽道は西洋の魔術やしな」
「同じ系統やから普通に使える」
「ほな今からそれと神具振るって地獄に送るな」
自分達を睨んでいる魂達を見据えてだ、中里は言った。
「一人残らず」
「そうするんや、こんな連中は地獄に送らなあかん」
そこまでの悪事を犯してきた、それ故にというのだ。
「ほなええな」
「わかった、今からな」
「やるで」
「ああ、やったろか」
中里は鵺のその言葉に頷いた、そして早速だった。
将兵達の中にいる術を使える者達にそうした術を使わせ難波と二人で魂達を斬った、すると魂達は彼等を恨みに満ちた目で見つつだった。
術を受けると煙の様に消え去り神具で斬り裂かれると紙が水の中に溶ける様に消え去っていった。そしてだった。
第七話 夜襲の後でその九
二万近い魂達が消え去ってからだ、鵺はまた言った。
「これでええ」
「消えたな」
「後始末は終わりや」
「完全に殺したんやな」
「そや、この世界での死刑もこうするからな」
「魂まで消す」
「そうする、とにかくこの世界は魂までや」
それまでがというのだ。
「消してこそやからな」
「完全に殺したことになるんやな」
「そういうことや、あと自分等星の奴はな」
「ああ、言うてやな」
「魂は死なんからな」
鵺は中里にこのことも話した。
「そこも覚えておくんや」
「わかったわ」
「まあこれで全部終わったわ」
「じゃあいよいよやな」
「社に行けるわ」
もう進むだけだというのだ、そこに。
「後は出雲の大きな城に率いている将兵入れるんや」
「この国のか」
「月山富田城にな」
「こっちの世界やったらえらい堅固な城やったな」
尼子家の居城だった、毛利元就も攻め落とすのにかなり苦労した。そうした歴史的な経緯もある城である。
「そこにか」
「ああ、率いている将兵達を入れてな」
「そしてやな」
「次の一手に入るで」
「出雲まで行ったやな」
「そや、次や」
「それは芥川と話をするか」
中里は最近会っていない彼のことをここで思い出した。
「そうするか」
「ああ、そうしよな」
「ほな社に入って兵を出雲も置いたら」
「それで僕等はすぐに都に戻るで」
「わかったわ」
中里は鵺に確かな声で答えた。
「そして次の一手やな」
「それに入るわ」
「それじゃあな」
鵺に頷いてだ、そしてだった。
中里は軍勢を再び西に進ませた、そうして数日でだった。彼は遂に出雲の社を見た。それは独特の天に向かう様な木造の空に浮かぶ様に建てられた社まで持つ広く大きな、社が幾つもある大社だった。
その大社を見てだ、中里は言った。
「でかいな」
「この世界でもかなりの大社でや」
「伊勢のそれに匹敵するんやな」
「やっぱり知ってるか」
「ああ、ここも有名やしな」
自分達の世界でもとだ、中里は自分を乗せている鵺に話した。
「そやからな」
「だから自分も知ってるんやな」
「ああ、それでここにやな」
「弥生ちゃんがおる」
その彼女がというのだ。
「ここにな」100
「そや、ほな会いに行くで」
「わかったわ、入るで」
「それやったらな」
こう話してだ、中里は鵺と主な部将達と共にだった。社の中に入りそこの最も大きな宮の中でだった。弥生と会った。弥生は相変わらずだった。
第七話 夜襲の後でその十
「よお来ましたな」
「元気そうやな」
「はい、この通り」
猫の顔でだ、弥生は中里に明るく答えてきた。
「今朝も御飯一杯食べましたわ」
「それは何よりやな」
「それで中里さんはもっと遅うに来るって思ってました」
「自分もかいな」
「そうですわ」
弥生は中里に明るく話した。
「そこんところは」
「そうか、実際急いだところはあったけれどな」
「社が危ないって思って」
「ああ、それでな」
「実際ここには軍勢あまりいませんし」
「そや、そう聞いてたしほんまにやな」
「あまりいません」
出雲、この国にはとだ。出雲を守る弥生自身も認めることだった。
「それで今回の話にもなってますし」
「山陽の連中が何時攻めて来るかやったな」
「東の連中もいましたし」
「そやな」
「それでも城に篭って守られる位の兵はいますから」
弥生は中里にこのことも話した。
「いざって時はです」
「富田城にやな」
「篭るつもりでした」
「そやったか」
「はい、それにこっちにも鉄砲や大砲多いですし」
この出雲にもそうしたものを多く置いているというのだ。
「それである程度は守られる自信がありました」
「僕が来るまではか」
「そうでした、まあとにかくです」
「間に合ったな」
「それも思ったよりも早く」
弥生はまたこう言った。
「有り難いです、ほな中里さんが連れて来た軍勢は殆どをこのまま山陰の守りに置いて」
「自分が率いるな」
「そうなります」
「頼むで」
「それで中里さんは都に戻りますか」
「一旦な、そこからどうするかはそれからやな」
都に戻ってからだというのだ。
「綾乃ちゃんや芥川と話すわ」
「そうしてくれますか」
「ああ、ただほんま山陽の連中が攻めてきんでよかったな」
「今あの人等は四国と組んで播磨と瀬戸内からうち攻めてきてますねん」
「えっ、同盟結んでか」
「はい、そうしてきます」
「ほな僕もそっちに行くことになるか」
中里は弥生から聞いたその話を聞いて眉を決しさせて言った。
「都に戻ったら」
「そうかも知れませんね」
「ああ、ほなまずは都に戻るわ」
「そうしますか」
「それでや」
中里はさらにだった、弥生に話した。
「山陽の連中を攻める時は」
「はい、うちも動くことになってます」
弥生は猫の顔をきっとさせて中里に答えた。
第七話 夜襲の後でその十一
「ここから」
「そやな」
「石見とか攻めると思います」
「そうなるか」
「うちは武器持って戦うのは苦手ですけど」
「それでも兵は率いることが出来るか」
「それは出来ますさかい」
だからだというのだ。
「任せて下さい」
「その時はな」
「ほな」
「さて、これでここでの仕事は終わりやな」
中里と弥生の話が一段落したところでだ、難波が言ってきた。彼も同席していたのだ。
「僕はロシアに行くわ」
「やっぱりそうするんやな」
「ああ、あっちの方が面白いみたいやしな」
だからだというのだ。
「モスクワ、いやペテルブルグか」
「あっちの首都まで行くか」
「海もシベリアも越えてな」
「相当な道のりやな」
「楽しい一人と一匹の旅や」
赤兎馬と共に行くそれだというのだ。
「それを満喫してや」
「あっちに行ってやな」
「あそこの女帝さんと話をしてな」
「そっちに入るか」
「相性がええって確信したらな」
「そうするか」
「どうなるかわからんけど少なくとも日本には戻らん」
このことは確かだとだ、難波は言い切った。
「そやからここでお別れや」
「そうなるか」
「最初に言った通りにな」
「わかったわ、ほなな」
「今度会う時はどうなるかわからんけどな」
「また会ったらな」
「よろしゅうな」
「こっちこそな」
二人はこの時は笑顔で別れた、難波はすぐに出雲を発ち赤兎馬で海の上を進んでだった。ロシアの方に向かった。
中里は彼を弥生と共に見送った、そして彼が見えなくなってからだった。弥生は中里に言った。
「思うことですが」
「何や?」
「いえ、あの人強いんですよね」
「相当にな」
「そんな人が入ってくれなかったのは残念です」
「それはそうやけれどな」
「けれど去る者は終わずですね」
弥生は寂しそうに言った。
「結局のところは」
「そうなるな」
「そうですか」
「ああ、僕も残念やけどな」
「確かにかなり変わった感じの人ですけど」
難波、彼はというのだ。
「悪い人やないですし」
「戦闘狂みたいやけどな」
ここで中里は弥生にこうしたことも話した。
「ならず者共の砦あったやろ」
「はい、東の方の」
「もう完膚なきまでに壊されてたわ」
そうなっていたというのだ。
第七話 夜襲の後でその十二
「あいつに先に行かせて連中の帰るところなくさせたんやけどな」
「その砦がですか」
「ここに来る時に見たら完膚なきまでにや」
「壊されてましたか」
「当然そこにおった連中も皆殺しや」
中里はそこで見たものを思い出しつつ弥生に話した、竜巻と地震によって徹底的に壊された様にしか見えない砦もその内外で転がっている屍達も。
「一人残らず真っ二つとかやった」
「そうですか」
「戦場でも大暴れやったしな」
「戦の時はですか」
「ほんまに強かったわ」
そうだったというのだ。
「鬼みたいにな」
「中里さんと同じ位ですか」
「それ位やったな」
「神星の人と同じ位って」
「戦闘特化みたいや」
「そうした人かいな」
「実際戦が大好きやって言うてたわ」
中里は難波のこのことも話した。
「それで派手に戦いたくてや」
「ロシアの方行くんかいな」
「噂の氷帝のとこにな」
「あの人なあ」
ロシアの氷帝と聞いてだ、弥生は微妙な顔になって言った。
「めっちゃ怖いらしいな」
「そうらしいな」
「インドの雷帝と一緒にな」
「どっちも三極星やろ?」
「うちの綾乃さんと一緒でな」
「神星の中でも一番強くて偉いんやろ?」
中里はこのことも問うた。
「確か」
「そやで」
「けれどそのうちの二つは怖いんか」
「めっちゃな」
ただ怖いだけではないというのだ。
「噂に聞く限りやとな」
「何でも普通に生き埋めとかするらしいな」
「それで出て来た魂を自分の術で消し飛ばすんや」
「一気にそうするんか」
「氷帝はな、女帝とも言われてるけど」
「そうか」
「雷帝も同じ様なことして自分の敵には容赦ないらしいわ」
こちらの人物もというのだ。
「とにかく二人共あまり一緒にいたくないわ」
「怖過ぎてやな」
「政も戦もええらしいけど」
「それでもやな」
「うちには綾乃さんが一番や」
彼女がというのだ。
「優しいし穏やかやしな」
「まあそんな怖いことはせんな」
「何十万も生き埋めにしたり街一つ消し飛ばしたりな」
「大虐殺か」
「ロシアやインドではそれが普通らしいわ」
この世界のそうした国々ではというのだ。
「こっちの世界ではマラッカ海峡から西、インドとかロシアとかアラブの辺りは修羅の世界とも言われてるわ」
「過酷やねんな」
「そこで勢力拡大してるのがその人等やねん」
ロシアの氷帝、インドの雷帝だというのだ。
第七話 夜襲の後でその十三
「それぞれとんでもない勢いらしいで」
「ほなロシアもインドも統一に向かってるんやな」
「他の地域とそこは同じで」
「アメリカや中国と一緒か」
「あと東南アジアとオセアニア、中南米もやで」
こうした地域が他の地域だというのだ。
「それぞれ神星の人等が中心になって統一進めてるや」
「そうか」
「それで日本もな」
「統一急がなあかんな」
「やっぱり一つになると力強くてな」
「他の国にも負けんな」
「それで他の国相手にも勝ってや」
戦でもというのだ。
「もっと大きくなってや」
「巨人とかと戦えるか」
「あと何でもこの世界にえらい災厄が起こるらしいから」
「そういえばそんな話もあったな」
「それにも何とか出来るし」
「今度は世界を統一してやな」
「そや、その時出来たら綾乃ちゃんがトップであった方がええわ」
弥生の切実な願いだった。
「うちはそう思う」
「その方が確かやしな」
「そや、安定した政でな」
「氷帝や雷帝みたいな粛清オッケーやなくて」
「その方がずっとええからな」
だからだというのだ。
「うち等は綾乃ちゃんを中心としての統一を目指してるんや、ただな」
「この日本でも色々な勢力があってな」
「うち等は確かに日本第一の勢力やけどな」
それでもとだ、弥生は考える顔になり中里に話した。
「それで神星の人も中里さん入れて三人おってくれてるけど」
「それだけではやな」
「統一出来るとは限らんで」
「他の勢力に負けてその連中が統一することもやな」
「あるさかい」
「神星でもトップになるとは限らんか」
「そや」
こうしたこともだ、弥生は中里に話した。
「例えばうちが棟梁にもなれるで」
「自分がなあ」
「独立してそれも出来るし」
「成程なあ」
「けどうちそんなつもり一切ないし」
弥生は笑ってだ、その可能性は否定した。
「野心とかないし」
「天下人になるとかか」
「世界の頂点に立つとかな、綾乃さんと一緒にいられたらええねん」
「綾乃ちゃん好きやからか」
「そやで、リアルでは彼氏おるからそっちの趣味はないで」
弥生は笑って言った。
「安心してや」
「別にそうした趣味あってもええけどな」
「あっ、中里さんバイなん」
「バイちゃうわ」
自分がバイセクシャルではないことはだ、中里は言い切った。そうしたジャンルの漫画やゲームも目にすることはない。
第七話 夜襲の後でその十四
「そうした趣味はないわ」
「そうやねんな」
「そや、やらないでとかないからな」
「それはおもろないな」
「おもろいっていう問題か?とにかくや」
あらためてだ、中里は弥生に話した。
「僕等が天下統一出来るか」
「アホなことしてたら出来んで」
「そやねんな」
「ほなこれからも頑張ってこな」
「そうしよな」
二人でこうした話をした、そのうえでだ。
中里は兵達を弥生に預けてだ、自身は転移の術で都に戻った。そのうえで弥生達と話をしようと思ったが。
ここで起きた、そしてだった。
周りを見回して自分の部屋であることを確かめてまずは驚いた、しかしまずは朝食を食べて学校に行った。そこで芥川に聞いた。
「おい、こっちの世界に戻ってるやないか」
「ああ、そやで」
芥川は中里にあっさりとした口調で答えた。
「あっちはあっちで現実の世界や」
「そうなんか」
「それでこっちもまた現実の世界や」
「二つの現実か」
「現実は二つある言ってもええな」
芥川はこうも言った。
「そうした世界が」
「別々の世界でもやな」
「僕等は今現在二つの世界で生きてるんや」
そうなるというのだ。
「こっちの世界とあっちの世界でな」
「二つの現実の世界でか」
「そう考えてくれ、それでな」
「僕達は寝たらやな」
「あっちの世界に行くで」
「わかったわ」
中里は芥川のその言葉に頷いた。
「ほな寝たらな」
「また宜しくな」
「あっちの世界でもな」
「ああ、それで山陰やけど」
中里は芥川にあらためて話した。
「もう出雲まで行ったで」
「知ってるで」
「一旦都まで戻ったけどな」
「そっちにすぐに戻りたいけどな」
芥川は中里に苦い顔で返した。
「ちょっと難しいわ」
「東海から来たか」
「ああ、あと山陽と瀬戸内でもや」
「西の方でもか」
「戦になってるわ」
こちら側でもというのだ。
「それで今迎え撃つ用意してるけどな」
「どうするかやな」
「自分ちょっとどっかに行ってもらうわ」
芥川は中里のその目を見て彼に告げた。
「東海か山陽か瀬戸内か」
「何処かにか」
「一番やばいとこにな」
そちらにというのだ。
「行ってもらう、山陽には夏目が播磨におって砲兵を中原に率いて向かってもらう」
「それで守るか」
「ああ、瀬戸内は吉川に行ってもらった」
水軍を率いる彼にというのだ。
第七話 夜襲の後でその十五
「それで円地も行かせた」
「二人ずつか」
「それで守らせてるけど山陽と四国も同盟結んでこっちに来てるしな」
「手強いか」
「そんでそこで東海から大軍が来た」
西からだけでなくというのだ。
「僕はそっちに佐藤兄妹と一緒に行くけど北陸も気になるしな」
「八方塞がりやな」
「実際な、それで一番やばいのは東海でな」
「僕は東海の連中にか」
「佐藤兄妹のどっちかは北陸に行ってもらう」
その目を鋭くさせてだ、芥川は中里に自分が考えている軍略を話した。
「そして僕と自分でな」
「東海の連中が来るからか」
「一気に、それも徹底的に戦って勢力弱めてもらう」
「そうするか」
「連中は近江に来る」
この国にというのだ。
「伊勢にも来てるけどそっちには佐藤兄妹のもう一方行かせてな」
「守らせてか」
「僕等二人で近江に来た連中叩く、そして出来たら」
「出来たら?」
「美濃と尾張を取りたい」
この二国をというのだ。
「この二国は駿河と並ぶ東海の中心地や」
「特に尾張やな」
「そや、そこまでやったら連中の勢力はかなり落ちる」
この二国を奪えばというのだ。
「そやからな」
「出来たらか」
「やったるわ、綾乃ちゃんにも出陣頼んでるしな」
彼女にもというのだ。
「そやから神星の三人でな」
「東海攻めるか」
「ああ、ほんま美濃と尾張を取りたい。そうして東海の勢力が落ちたら連中はその衰えた勢力で北陸や関東の連中と対さなあかん様になる」
「窮地に陥るのは連中か」
「うちを攻められる状況やなくなる、山陽と瀬戸内はあの四人やったら大丈夫や」
吉川達ならというのだ。
「守りも上手な連中やしな、特にうちの水軍はこの国で最強や」
「日本でか」
「率いてる吉川もな」
彼もというのだ。
「海や河やったら誰にも負けん」
「その吉川に任せてか」
「ああ、僕等は東海の連中叩くで」
「わかったわ」
「ほなあっちの世界でな」
「また頼むわ」
中里は芥川に微笑んで応えた、そして学園での普通の生活に入った。そこにはこの世界の穏やかな日常があった。
第七話 完
2017・2・22
第八話 東へその一
第八話 東へ
寝るとだ、中里はもう一つの現実の世界に戻った。都の入口に戻ったところだったがもうそこに芥川が待っていた。
「よお、来たな」
「ああ、今な」
「ほなまずはな」
「綾乃ちゃんにも出陣お願いするって言うてやな」
「都の守りは太宰に任せてな」
宰相である彼にというのだ。
「そうしてな」
「神星三人でか」
「東海の連中を叩くで、兵の数は二万や」
「相手の数はどれだけや」
「こっちには三万、伊勢には一万や。守りに一万置いてるってことや」
「合わせて五万か」
「そのうちの三万、星の奴は全部こっちに向けてきた」
近江の方にというのだ。
「そうしてきたわ」
「連中も本気やな」
「近江を取ったら都まで目と鼻の先やからな」
それだけにというのだ。
「本気で来たわ」
「伊勢は陽動か」
「それと一緒に豊かな伊勢を取りに来たんや」
その面もあるというのだ。
「中々向こうも考えてるやろ」
「主力はこっちに向けて陽動まで出してか」
「ああ、土地も狙うってな」
「東海の連中もアホやないか」
「むしろ結構賢いで」
頭が悪いどころかというのだ。
「向こうの星の連中もな」
「そやねんな」
「棟梁もな」
東海の星達の一番上の者もというのだ。
「中々賢いで」
「実際にやな」
「ああ、そやからな」
だからだというのだ。
「油断出来んで」
「戦うにしてもやな」
「それだけに神星三人でやるんや、ほなな」
「ああ、綾乃ちゃんのとこ行くか」
「そうするで」
こう話してだ、二人は都に入って御所に赴いて綾乃に話した。綾乃のすぐ傍には太宰が畏まって控えている。
綾乃は芥川の話を聞いてだ、すぐにこう言った。
「わかったわ、ほなな」
「今からやな」
「近江行かせてもらうわ」
芥川に快諾で答えた。
「これからな」
「ああ、綾乃ちゃんと三人でな」
「そうするか、しかし今の第一の敵は東海か」
「そや」
実際にとだ、芥川は中里に答えた。
「勢力もでかいし近江狙ってるしな」
「近江はまさに都の先やな」
「近江取られたらかなりまずい」
芥川達にとってはだ。
「これは北陸もやけどな」
「勢力の大きさから東海やな」
「そうなる、あそこをまずや」
「何とかするか」
「そうするで、あと実は星の連中で傭兵やってる連中がおってな」
芥川はこのことは中里だけでなく綾乃と太宰にも話した。
第八話 東へその二
「それでその連中雇おうとも考えてるわ」
「傭兵を」
太宰は中里のその話を聞いて眉を少し動かした、そのうえで彼に問うた。
「それはどんな人達ですか」
「四人共人星であちこち渡り歩いて生きてるらしい」
「四人で」
「何でもめっちゃ強いらしい」
「そうですか」
「ああ、その連中雇ってな」
そしてとだ、中里は太宰にさらに話した。
「兵を率いてもらおうって考えてるんや」
「星の人は多ければ多い方がいいさかい」
「そや、四人おったら全然ちゃうやろ」
「はい、確かに」
その通りだとだ、太宰も中里に答えた。実に落ち着いた声で。
「その通りですわ」
「そやからその四人雇ってな」
「働いてもらいますか」
「戦、あと出来たら政にや」
「その両方で」
「出来る限り長く雇ってな」
そのうえでというのだ。
「働いてもらおうって考えてる」
「ほなその四人と連絡取って」
「ああ、連絡先教えるな」
「頼みます」
「後は宰相さんでやってくれるかな」
「わかりました」
太宰は芥川の申し出に快諾で応えた。
「ほな私からそうさせてもらいます」
「頼むで」
「じゃあ連絡先を」
「ここや」
紙を出してだ、芥川はその紙に自然と墨が出る筆も出してそれで何か書いて太宰に紙を渡してそうして言った。
「ここに貝殻から連絡入れたらな」
「それで話が出来て」
「雇えるわ、先客優先やと思うけどな」
「ほな今すぐ連絡します」
「頼むで」
「あと綾乃さんも出ますけど」
太宰は芥川に綾乃を見つつ問うた。
「留守は私がですな」
「ああ、いつも通りな」
「わかりました、任せて下さい」
太宰は気品のある微笑みで答えた。
「それでここからものは送りますので」
「もう既に送っててやな」
「はい、そちらも任せて下さい」
「そうしたことも頼むで」
「戦は後ろがしっかりしてこそさかい」
「ああ、宰相さんには頼むわ」
留守、そして後ろをというのだ。こうしたことを話してだった。
芥川は綾乃にだ、微笑んで声をかけたのだった。
「ほなな」
「今からやな」
「近江に行ってな」
「安土城からやな」
「いや、一旦安土に入って佐藤兄妹とも話をするけれど」
「国境にかいな」
「すぐに行くで」
安土城に留まらずにというのだ。
第八話 東へその三
「そうするで」
「すぐやな」
「ああ、すぐに近江と美濃の境まで行ってな」
そしてというのだ。
「敵を迎え撃って破って」
「そしてやな」
「美濃の岐阜城も尾張の名古屋城も攻め落としてや」
「その二国を攻め取るんやな」
「そうするわ」
実際にというのだ。
「計画としてはな」
「それで計画通りにいくようにするんやな」
「そや、ほな一気に行くで」
「神星三人で攻めるんか」
中里は真剣な顔になりだ、ここで言った。
「えらい戦になるな」
「相手は今現在一番強い敵やしな」
「僕等三人で戦ってやな」
「一気に破って相手の勢力弱めてな」
「それでやな」
「山陽と四国も凌いでな」
そちらの攻勢を退けてというのだ。
「そのうえで一番弱まった勢力を飲み込むで」
「東海か山陽か四国か」
「何処かをな」
「今は守って勢力を拡大せえへんか」
「それは次の段階や」
「守って東海の連中を叩いて西を防いで」
「そこからや、わかったな」
芥川は中里に念を押す様にして言った。
「今は迂闊には併呑していかへんで」
「わかったわ」
中里も頷いて答えた。
「そういうことやな」
「こういう時は軽挙妄動は禁物や」
「勝手に戦って領土を拡げたりするな」
「そこから隙が出来てえらいことになるからな」
「後々やな」
「そうなるからな」
「そやな、下手に領土を拡げても敵が増えたり守る場所が増えて兵が分散されてな」
そうしてとだ、中里は起きている世界でのシュミレーションゲームの知識から考えて芥川に対して答えた。
「やられるな」
「そうなるやろ」
「そやから勝手なことは禁物やな」
「その時はええけど後でえらいことになったりするからな」
「攻めるのは慎重に」
「そや、確実に最小限の損害で勝てて攻め取った後も守られる」
芥川はここまで話した。
「そうした状況やないと攻めへんで」
「そういうことやな」
「ああ、ほなな」
「これからやな」
「三人でまず安土城に行くで」
「術使おうか」
「そやな、すぐに行った方がええし」
中里は術での移動に賛成した。
「それ使ってな」
「今から行くで」
「わかったわ」
「うちもそれでええわ」
綾乃も賛成した、こうして三人は太宰を都そして国全体の留守役に任じてだ。すぐに三人で安土城に移動した。地図を見てそこに行こうと念じてだ。
三人は安土の町に囲まれた安土城の前に来た、城はあの織田信長が建てさせたという言い伝えられているものと同じだった。
第八話 東へその四
「山を城に使ってか」
「そや、城壁で何重にも囲んでな」
芥川が中里に笑顔で話す。
「頂上に天主を置いたんや」
「凄い天主やな」
五層七階、青瓦と金箔、朱で飾られた見事な天主である。
「信長さんが建てさせたのそのままな」
「まさにあの城を再現したからな」
「そやねんな」
「これは鳥取城も富田城もやったやろ」
「ああ、確かにな」
「それで大阪城や姫路城もやで」
こうした城達もというのだ。
「とはいっても大阪城は江戸時代の小さな感じや」
「秀吉さんのはでかかったらしいな」
「ああ、天主は秀吉さんの頃のやけどな」
城の中心となっているそれはというのだ。
「大阪の町をでかくしたくてな」
「城は小さくか」
「あんな巨大にはせんかった」
「そうか」
「あそこまででかいとな」
秀吉の大阪城の様なそれはというのだ、尚大阪という地名は江戸時代までは大坂といった。
「ちょっとな」
「町がその分小さくなるか」
「そやからあそこまで大きくせんかった」
「そやねんな」
「西国全体を見る城やけどな、まあとにかくな」
「ああ、今からやな」
「城に入って佐藤兄妹と話をしてな」
そしてというのだ。
「東海の連中に向かうで」
「わかったわ」
中里は芥川の言葉に頷いた、そして綾乃も入れて三人でだった。安土の巨大な城に入りそこからだった。
天主、中は吹き抜けで見事な屏風絵達で飾られたその一室でだ。佐藤兄妹と会った。兄妹はまずは中里に対して言ってきた。
「いや、山陰の話聞きましたけど」
「大活躍でしたね」
「あっという間に出雲まで行って」
「あっという間でしたね」
このことをだ、二人で笑顔で言ってきたのだ。
「それで今度は東海で、ですか」
「戦ですか」
「そや、三人で行くわ」
中里は確かな顔でだ、兄妹に話した。
「僕等でな」
「三人で、ですか」
「それはまた」
兄妹は中里の言葉を聞いて自分達の向かい側にいる三人を見てだ、そして行った。
「派手ですね」
「神星三人で出陣って」
「もう無敵ですやん」
「少なくとも日本で勝てる相手おらんのちゃいます?」
「そこまでせんとな」
二人の師匠である芥川が言ってきた。
第八話 東へその五
「ここはあかんわ」
「東海の連中は強いですし」
「そやからですか」
「そや、一気に叩いて美濃と尾張を取って力を弱めてや」
彼等のそれをというのだ。
「そこから返す刀で山陽と四国の連中を防いでるけどな」
「その山陽と四国を攻める」
「そうしますか」
「そや、それで手に入れた美濃と尾張、そして引き続き近江はや」
合わせてこの三国はというのだ。
「自分等に頼むで」
「わかりました」
「ほな守っておきますわ」
二人は芥川に確かな顔で答えた。
「任せといて下さい」
「引き続き何とかしますわ」
「北陸は幸い越前の金ヶ崎城を手に入れてるしな」
丁度北陸から見て近畿への入口になる城だ、室町でも戦国でもこの城を巡って激しい戦が行われている。
「どっちかにあそこに入ってもらうで」
「それで美濃と尾張は」
「どの城に」
「臨機応変で岐阜か名古屋やな」
こうした城達にというのだ。
「僕が場合によって三つのうちどっかの城に入ってな」
「僕等が二つのうちどっちか」
「そうしますか」
「後の守りはな、とにかく今はや」
「はい、僕等が守り固めて」
「その間に三人で」
「一気に攻めるわ、それでや」
芥川は目をきっとさせてだ、あらためて佐藤兄妹に告げた。
「どっちにどちらに行ってもらうかやけどな」
「どうしますか?」
「私等それぞれどっちに行くんですか?」
「そやな、忠志はや」
兄の方を見て言った。
「金ヶ崎や」
「僕そっちですか」
「ああ、それで香菜はや」
今度は妹の方を見て告げた、性別は違うが服装は同じ黒装束であり顔立ちも髪型も実によく似ている。むしろそっくりだ。
「伊勢長島城に入ってな」
「そうしてですね」
「伊勢に来る連中頼むで」
「はい、ほな」
「そうするんや、これで二人に任せてな」
そしてとだ、芥川は今度は綾乃を見て彼女に話した。
「行くで、すぐに」
「近江と美濃の境までやな」
「多分敵はそこまで来てる」
既にというのだ。
「それで軍勢も集めてたしな」
「そこのお城にやな」
「ああ、安土から移しておいた」
「相変わらず用意ええな、芥川君は」
「軍師やからな」
明るく笑ってだ、芥川は綾乃に答えた。
「先の先を読んで素早くや」
「手を打ってくんやな」
「そや、それでや」
「そのお城に行ってやな」
「兵を率いて出陣や」
術で移動してというのだ。
「すぐにな」
「ほな僕達も」
「それぞれ行きます」
佐藤兄妹も言ってきた。
第八話 東へその六
「金ヶ崎と長島に」
「今から」
「頼むで、攻めへんでええさかい」
綾乃が二人に応えた。
「あんじょう守ってや」
「はい、任せて下さい」
「どっちも絶対に守ります」
「ほな解散やな」
綾乃は二人の言葉を聞いてにこやかにこう言った、そして。
この言葉を合図にしてだ、五人共一瞬でだった。
姿を消した、転移の術や道具で一気に移ったのだ。そうして中里達もだ。
近江との境に来た、そこの城は安土城程大きくはない。だが内外に多くの将兵が集まっていた。その彼等の中に入ってだった。
中里は芥川にだ、こう問うた。
「この軍勢を率いてやな」
「そや、すぐに出陣や」
「そうするねんな」
「先陣は頼むで」
芥川は中里に顔を向けて告げた。
「そっちはな」
「ああ、わかったわ」
「第二陣と右陣、左陣は部将で確かなのに率いさせる」
「それで自分と綾乃ちゃんは本陣やな」
「そや、後詰もあるで」
その軍勢もというのだ。
「そっちも部将が率いる」
「そうなるか」
「あと僕は何かあったらや」
「本陣から動くか」
「遊軍を率いてな」
そうしてというのだ。
「敵を横や後ろから攻める」
「そうするか」
「ああ、もう敵は岐阜城に集結してたけどな」
「出陣してるか」
「そやろ、もう物見出してるけど」
「その動きを掴んでか」
「そこから攻める」
自分達も動いてというのだ。
「そうするで」
「わかったわ」
「ほなもう出撃や」
早速だった、軍勢は城を発った。芥川の言葉通り中里は先陣を率いていたが彼は出陣したその夜にだ。
本陣に呼ばれてだ、芥川に言われた。当然綾乃と主な部将達も揃っている。綾乃はいつもの巫女服で芥川は黒装束だ。
「敵の動きがわかった」
「岐阜城から出陣してるか」
「ああ、それでまっすぐこっちに向かってる」
「やっぱりそうか」
「ああ、ただ近江に入るまでやない」
「そこまでいってないか」
「関ヶ原にも入ってない」
かつて天下分け目の決戦が行われたその場所にもというのだ。
「むしろその関ヶ原で布陣するみたいや」
「あそこでか」
「わかるな」
「ああ、連中はあそこでか」
「僕等を迎え撃ってや」
「それでやな」
「決戦を挑むつもりや」
中里達の陣営にというのだ。
第八話 東へその七
「そのつもりや」
「そうか、それで僕等を破ってやな」
「近江に入るつもりらしい、それで伊勢に行ってる連中もわかったけど」
「一万程行ってるらしいな」
「完全な陽動や、一万おるけど」
それでもというのだ。
「星の奴はおらん」
「そうか、ほな星の奴は全員やな」
「関ヶ原に入る、しかも東海の星の奴がや」
「全員か」
「出陣してるわ」
「留守役も置かんでか」
「連中はそれだけ本気っちゅうことや」
星の者、つまり力のある者を全員出すまでにというのだ。
「そういうこっちゃ」
「そうか、本気か」
「ああ、それで関ヶ原に入ったらな」
「関ヶ原いうたら」
綾乃がここで主の座から言ってきた、見れば中里は彼女から見て右、芥川は左にいる。
「うち等は西軍になるな」
「完全にな」
「それで向こうが東軍やな」
「それで、っちゅうねんな」
「あの戦では西軍が負けたから」
「そやな、けれどな」
当然芥川もこのことは知っていた、あまりにも有名な話だからだ。
「あっちはあっち、こっちはこっちや」
「うち等が負けるか」
「勝つで」
あの西軍とは違い、というのだ。
「絶対に」
「そうなるんやな」
「あの関ヶ原は裏切りで負けた」
西軍はというのだ、小早川秀秋達の裏切りによって。
「けれど僕等がやる関ヶ原はや」
「裏切らんか」
「そや、綾乃ちゃんに不満があればや」
芥川の目が鋭くなった、そしてだった。
部将達を見回してだ、そのうえで言った。
「何時でも何でも言うてええ、それで罪に問われんしな」
「はい、別にです」
「わし等も姫巫女さん裏切るつもりはないです」
「正直姫巫女さんの政に満足してますし」
「禄もよおさん貰ってます」
石ではなく銭でだ、この世界では太宰の考えで領地ではなく銭で禄としているのだ。
「ここが一番禄多いですし」
「扱いもええですし」
「裏切る理由はありません」
「というか裏切ったら後が怖いですし」
「裏切りは許す訳にはいかん」
芥川もそこは強く言った。
「その時は魂まで消させてもらうしかないしな」
「そのこともわかってます」
「絶対にしませんから」
「若し裏切ったらです」
「その時は遠慮なくして下さい」
「そうするで、ほんま。とにかく裏切りは許さんしさせへん」
芥川はまた言った。
第八話 東へその八
「そこが全然ちゃう」
「あの西軍とやな」
「そや、石田三成さんみたいにはいかんで」
その西軍の実質的な総大将だった彼とはというのだ、実際の総大将は毛利輝元だったが彼はこの時大坂にいたので関ヶ原にはいなかったのだ。
「勝つのはこっちや、それにこっちは東海の連中が持ってないもんがある」
「よおさんの鉄砲と大砲、空船やな」
「そういうのがよおさんある、しかも空飛べる奴も多い」
翼を持つ者達もというのだ。
「その分大きいからな」
「そやからやな」
「勝つ、そして美濃と尾張や」
この二国も話に出した。
「奪ってくで」
「関ヶ原の後は」
「それで東海の連中を一気に弱めたる」
「その二国大きいしな」
「美濃と尾張はな」
「東海やと駿河と並ぶ豊かな国や」
この二国はというのだ。
「特に尾張や」
「あそこやな」
「人も多いし土地も肥えてて商売も盛んや」
「ええとこやな」
「あそこを手に入れるとや」
まさにというのだ。
「こっちはさらに豊かになってな」
「向こうの勢力は大きく弱まるから」
「絶対に手に入れる、ただ東海を完全に組み込むかっていうと」
「それはまだやな」
「そうしたらその分こっちは大きくなるけどな」
彼等にとって今現在一番の強敵である彼等をというのだ。
「けどこっちの勢力が大きく東に張り出してもうてな」
「関東、北陸と接してな」
「北陸はずっとやけどな」
「それでもやな」
「関東の連中は東海以上に強い」
その勢力がというのだ。
「その連中と対峙するのは厳しいからな」
「そやからな」
「まだ東海は組み込まんか」
「勝ってもな」
「そうするんやな」
「東にいってもええけどまずは西の方がええわ」
それは何故かもだ、芥川は綾乃に話した。当然中里や部将達にも話している。
「先にええ港や漁業の揃ってる瀬戸内や土地のええ東海や九州の北に中国や東南アジアと貿易の盛んな長崎や琉球を手に入れてな」
「力を蓄えるんやな」
「いきなり天下第二の勢力の関東と戦うよりな」
東海を倒してからというのだ。
「先にそういうとこ手に入れてより内政に力入れてな」
「豊かになってやな」
「万全の状況で東に進みたい」
西国の豊かなものを全て手に入れてからというのだ。
「だからや」
「まずは尾張までやな」
「そこまでや」
「わかったわ、ほな関ヶ原で勝ってか」
「美濃と尾張を手に入れるで」
芥川は笑顔で言ってだ、そうして。
第八話 東へその九
綾乃はここまで聞いて頷いてだ、その場にいる他の面々に言った。
「ほな御飯にしよか」
「はい、今から持って来ます」
「今から食べましょ」
部将達が応えた、そしてすぐに白米と漬けものに焼き魚に味噌汁といった料理が運ばれてきた。そうした料理を食べつつだ。綾乃はこうも言った。
「後はお酒もあるし」
「今夜は飲むんか」
「楽しみやわ」
綾乃は中里ににこりと笑って言葉を返した。
「今から」
「綾乃ちゃんお酒好きか」
「日本酒派やで」
綾乃はこうも答えた、やはり笑顔だった。
「ワインとか焼酎も好きやけど」
「意外やな」
「あれっ、そうなん?」
「甘いもののの方がって感じするから」
「甘いものも好きやで」
そちらもというのだ。
「それでお酒もや」
「そっちもかいな」
「どっちも好きやねん」
「そうやねんな」
「そやからしっかり身体も動かしてるわ」
「さもないと糖尿病になるからか」
「こっちの世界でもそうしてるで。武芸は出来んけど」
そうしたことはしないというのだ。
「薙刀とか合気道とか苦手や」
「ほな普通のスポーツやな」
「こっちの世界では鍛錬な、水泳してるねん」
「そっちかいな」
「御所におる時は毎日な」
それこそというのだ。
「そうしてるで」
「そうか」
「それでスタイルも維持してるねん」
綾乃は焼き魚、鮎で御飯を食べながら中里に話した。
「太りたくもないし」
「女の子やな」
「実際にそやし」
「それで水泳もしてか」
「健康も維持してるねん」
「成程な」
「それでお酒後で飲もな」
酒の話は明るい笑顔で言う、先程と同じく。
「おつまみは枝豆や」
「あっさりしててええな」
「そやろ、枝豆めっちぇええわ」
つまみのことも笑顔で話すのだった。
「楽しみやわ」
「綾乃ちゃんめっちゃ飲むからな」
芥川は少し小声になって中里にこのことを話した。
「注意せえよ」
「そんなに飲むんか」
「酒豪って言うてもええ」
そこまでというのだ。
「一升は軽く空けるわ」
「一升かいな」
「それも軽くな」
「それは凄いな」
「あれっ、それ位普通やろ」
当人の返事はあっさりとしていた。
第八話 東へその十
「日本一升は」
「普通やないで」
「僕もそう思うわ」
芥川も中里もこう返した。
「幾ら何でもな」
「普通やないわ」
「それはな」
「幾ら何でもな」
「そやろか。まあ楽しく飲もな」
酒をとだ、こう話してだった。
彼等は実際に食後酒も飲んだ、綾乃は実際に相当な量を飲んだ。杯は小さくそれを両手に持って可愛らしい仕草で飲むが。
杯が止まらない、中里はその綾乃を見て言った。
「ほんま飲むな」
「そやろ」
芥川も飲みつつ言ってきた。
「いつもこうやねん」
「そういえば伊勢でも飲んでたか」
「綾乃ちゃんは夜飲むから」
「あれはセーブしてたんか」
「そや、実はな」
そうだったというのだ。
「あれでな」
「そうやってんな」
「とにかく綾乃ちゃんはこや、まあうちは結構飲むな」
「星の連中はか」
「基本な、甘いものも食べて」
そちらも楽しんでというのだ。
「お酒も飲むんや」
「何でも飲んで食べるか」
「そうやで」
「そういえばステーキもあるしな」
中里はこの料理のことも思い出した。
「ほんまはこの時代の日本にはないけど」
「そうやったな」
「ああ、お肉食べんかったわ」
室町期の日本はというのだ、少なくとも牛肉はおおっぴらに食べられるものではなかったことは事実である。
「室町とか戦国の日本の文化でもやな」
「色々ちゃうのわかってきたやろ」
「ああ、よくな」
「カステラとかケーキもあるで」
「ワインもやな」
「領内の葡萄で作ってるで」
「ほんまに何かとちゃうな」
中里も日本酒を飲みながら納得した、そうして酒を飲むが。
何杯か飲んだ後でだ、ぐいぐいと何杯も飲んでいく綾乃にあらためて言った。
「ほんまよお飲むな」
「好きやさかい」
「いや、もう一升飲んでへんか?」
「そうかも知れんな」
「酒豪やな」
このことを強く認識したのだった。
「綾乃ちゃんって」
「ザルって言われたこともあるわ」
「ああ、幾らでも抜けるな」
「入れてもな」
「便利な体質やな」
「二日酔いにもなったことないわ」
酒が残ってなるそれにもというのだ。
「これまでな」
「余計に凄いな」
「けれど酔いはするで」
飲んだ結果というのだ。
第八話 東へその十一
「ちゃんとな」
「ほな明日朝早く起きてやな」
「すぐに動けるさかい安心してや」
「明日も日の出と一緒に飯食うて進むで」
芥川が言ってきた。
「ええな」
「ほなそういうことで」
「綾乃ちゃんも頼むで」
芥川はその酒を飲み続ける綾乃に応えた、見れば彼もまた枝豆を肴に酒を楽しんでいる。この夜彼等は酒を飲み続けていた。
そして翌朝だ、中里は先陣に戻って寝ていたが日の出と共に夜番の者に起こされて寝呆け眼でその足軽に言った。
「おはよう、ほな今からやな」
「はい、飯にしましょう」
「朝飯は食わんとな」
朝のエネルギー、それを補給しなければというのだ。
「動けんしな」
「今夜はパンですわ」
「パンもあるねんな」
「どうぞ」
早速だ、白いパンが差し出された。細長い形のコッペパンだ。
「焼きたてやないですけど」
「そういえば少し固い感じやな」
「お茶と一緒にどうぞ」
今度は紅茶だった。
「今日はこれが朝食です」
「日本やけどパンもあるねんな」
中里はそのパンを受け取ってからしみじみとして呟いた。
「こっちの世界は」
「何かとちゃうさかいな」
鵺も言ってきた。
「食生活についても」
「そのこと実感したわ」
パンを見て受け取ってとだ、中里は鵺に答えた。
「これでそれ何度目かわからんけど」
「自分等の本来の世界とはな」
「そやな、ほなパン食うてやな」
「朝からしっかり進むで」
「そうしよな」
こう応えてだ、中里はそのパンを口にすることにした。確かに焼きたてではなく固いが味自体は決して悪くない。
それでだ、紅茶も飲んで言った。
「やっぱりパンには紅茶やな」
「コーヒーもあるで」
「そっちもあるんか」
「ああ、こっちの世界はな」
「増々こっちの日本とちゃうな」
室町や戦国のというのだ。
「ほんまに、けど美味いもんが一杯食べられるのはええ」
「そのこと自体はやな」
「ああ、それでこのパンと紅茶の後は」
「また出発するで」
「関ヶ原までやな」
「そうするさかいな」
こう話してだ、そしてだった。
一行は美濃に入りそこからさらにだった、関ヶ原を目指した。その途中で物見から次々に報告が届いた。
第八話 東へその十二
「敵は先にやな」
「はい、関ヶ原に着きます」
「こっちより」
「それでそこでわし等迎え撃つつもりです」
「その動きは間違いないです」
「数は四万やな」
中里は報告する物見達に敵の規模を尋ねた。
「出陣前に芥川から聞いてたけど」
「はい、そのものずばりです」
「四万います」
「こっちの二倍います」
「それ位です」
「そうか、それで星の奴もやな」
今度はその率いる彼等のことも聞いた。
「東海の奴全員か」
「そうです、全員いてました」
「東海の星の人等も」
「その四万の兵をそれぞれ率いてです」
「関ヶ原に向かってます」
「そのこともわかった、鉄砲とか空船とか大砲はどないや」
装備のことも聞いたのだった。
「そっちは」
「はい、それはあまり多ないです」
「鉄砲はそれなりにありますけど空船や大砲は殆どありません」
「鉄砲の数はこちらの半分です」
「騎馬隊が多いです」
「ああ、甲斐とか信濃持ってるさかいやな」
何故騎馬隊が多いのかをだ、中里は彼等の領地から察した。
「あの辺りはええ馬も多いしな」
「馬はあっちの方がええです」
「馬いうたらあそこと奥州ですわ」
「そうしたところが馬がええです」
「そやな、四万の軍勢の主力は騎馬隊か」
中里はこのことも察した。
「そうなるか」
「はい、実際前に出てました」
「騎馬隊の数は二割位です」
その四万の軍勢のというのだ。
「前に出てます」
「ええ馬ばかりですわ」
「相当強そうです」
「そうか、その騎馬隊を何とかせなあかんな」
中里は物見達の言葉から考える顔になり呟いた。
「絶対にな」
「まずは本陣に行こか」
鵺が言ってきた。
「これから」
「軍議やな」
「物見の連中連れてな」
「そうして綾乃ちゃん達にも状況知ってもらってや」
「そうしてやな」
「どうするか考えていこな」
こう話してだ、そのうえで。
中里は実際に物見から帰って来た斥候達を連れてそうしてだった、綾乃と芥川に本陣で彼等の話を聞かせた。すると。
芥川は考える顔になってだ、こう言った。
第八話 東へその十三
「わかった、ほな関ヶ原に入ったらな」
「布陣でか」
「騎馬隊対策の布陣敷くわ」
「具体的にはどうするねん、あれか?」
中里はここでこの戦の名前を出した。
「長篠のな」
「信長さんのあれやな」
「ああ、柵作ってそれで騎馬隊防いで戦った」
「鉄砲で撃ったな」
有名な三段撃ちは実際にやったかどうかは不明である、最近では当時の黒色火薬では視界がすぐに遮られるので無理ではという説も有力だ。
「それいくんか?」
「有名過ぎて向こうも対策立ててくるわ」
そうしてくるとだ、芥川は中里にすぐに言った。
「それに向こう魔法も持ってるんやで」
「向こうもやな」
「そや、それでや」
「魔法で柵でも攻撃されたら」
「火の魔法で燃やしたり風で切り裂いたりしてな」
「柵壊してか」
「鉄砲撃つ合間に来られたら終わりや」
それでというのだ。
「そうなるな」
「そういえば向こうも空船あるしな」
「こっちよりずっと少ないけどな」
「空からも攻めてくるしか」
「そっちは何でもなるけどな」
空船についてはだ、芥川は普通に言った。
「別に」
「こっちの方が空船は多いしな」
「そうか」
「やっぱり問題は地上の敵、特に何といってもな」
「騎馬隊やな」
「連中になるわ」
「それでその騎馬隊はどうするねん」
「まあ見ておくんや、世の中無敵の存在はない」
笑ってだ、芥川は怪訝な顔になっている中里に言い切ってみせた。
「騎馬隊もな」
「関ヶ原で用意してか」
「ああ、勝つで」
「鉄砲隊はこっちの方が多いけどな」
中里はこのことから言った。
「それを使うのはわかるけどな」
「半分正解やな」
「半分かいな」
「ああ、けれどもう一つあるわ」
「もう一つ?」
「そや、それはや」
それは何かというと。
「関ヶ原でわかるわ」
「余計にわからんわ」
「まあ見ておくんや、まあ空船もあるし」
こちらの方が数が多いそれもいうのだ。
「敵もそこへの対策は講じてるにしても」
「空船も使うか」
「飛べる連中もな」
「そっちは向こうの数が多い分不利やろな」
「それもわかってる、まあ空でもや」
そこでもというのだ。
「勝つで」
「策あるんやな」
「ああ、とにかく倍の戦力でもな」
「やり方はあるんやな」
「そういうこっちゃ、あと神星の力は存分に使う」
このこともだ、芥川は話に出した。
第八話 東へその十四
「そして勝つで」
「それは規定事項やな」
「最初からのな」
「そやから僕等三人揃って出陣したんやな」
神星の者達がだ、綾乃も入れて。
「それを切り札にして」
「最初からわかってたやろ」
「ああ、やったるで」
中里はこのことについては笑顔で応えた。
「そして勝って」
「美濃に尾張や」
「その二国取るんやな」
「そうするわ、とにかくあの二国を取ったら連中の勢力かなり弱まってや」
そしてというのだ。
「こっちは強くなる」
「尾張が特にやな」
「そや、尾張はええ国や」
「あそこを取ってか」
「さらに豊かになってな」
「国力つけてか」
「天下統一のさらなる励みにするんや」
芥川は中里に対してだけでなく綾乃にも語った。
「美濃と尾張の力も加えて」
「それだけこの戦大きいんやな」
「負けても何とかなるけどな」
「ああ、近江を守ったらええか」
「そうやけどな」
「後はあるんやな」
「けれど勝ったら東海の連中をかなり弱められてや」
芥川はあらためて話した。
「それでや」
「そこからもやな」
「さっき話した通りな」
「そういうことやな」
「そやから絶対に勝つ」
積極的、芥川の今の言葉はまさにそれであった。
「その為にやってくんや」
「関ヶ原で勝つか」
「まあ見てるんや、僕のその策と神星三人の力があったらや」
「圧勝出来るか」
「絶対にな、ほな歩調合わせていくで」
「三人でやな」
「一人一人勝手なことせんかったら勝てる」
確信している言葉は変わらない。
「絶対にな」
「諸将、それに僕達がやな」
「アホが勝手な動きをして負けた戦は多い」
それこそ枚挙に暇がない、軽挙妄動はそれ自体が戦局を大きく変えてしまう。
「それがなかったらや」
「勝てるんやな」
「そういうこっちゃ、この戦でもな」
「ほな関ヶ原で見せてもらうで」
綾乃は明るくだ、芥川に話した。
「これからな」
「そうさせてもらうで」
「敵の状況はわかったし」
「関ヶ原でやな」
「芥川君の言う通りにしよな」
綾乃の声は天真爛漫なまでに明るかった、そして。
二万の軍勢は遂に関ヶ原に到着した、そこでだった。
芥川は自分の考え通りに布陣をさせた、山を中心に布陣している敵軍に対峙する形で二万の兵をだった。
芥川の言う通りに布陣した、そうしてそこでの決戦に赴くのだった。
第八話 完
2017・3・1
第九話 関ヶ原の戦いその一
第九話 関ヶ原の戦い
西から来た軍勢を見てだ、東海の者達は口々に言った。
「兵の数は少ないだぎゃ」
「全くだがや」
「あれじゃあ勝てるぎゃ」
「何ともないぎゃ」
兵達はこう言う、しかし。
本陣にいる四人は眉を顰めさせてだ、こう言い合った。
「二万でもだぎゃ」
「油断出来ない相手じゃ」
「そうですね」
「これは尋常でない戦いになります」
赤ら顔に高めの鼻を持ち背中に翼のある具足と陣羽織姿の男にだ、小柄な大鎧を着た男と漆黒の肌に切れ長の緑の目と長い見事な銀髪、尖った耳を持ち白い神主の服を着た女が言った。
「神星が三人います」
「揃って出てきてます」
「そうだぎゃ」
赤ら顔の男は白い総髪である、名を坂口雄大という。東海の棟梁であり彼を含めて四人の星達の盟主でもある。天狗族であり左手には天狗の団扇がある。星は天進星だ。
その坂口がだ、小柄で頭に烏帽子を被っている小柄な男、ホビット族の地飛星である滝沢研二に言った。
「研ちゃん、あんたが先陣じゃが」
「はい」
「相手は神星じゃ」
だからだというのだ。
「騎馬隊率いて突撃するが」
「それでもですね」
「用心するんだぎゃ」
「用心しても」
「神星は強いぎゃ」
こう言うのだった。
「だから迂闊には攻めんことだぎゃ」
「そうですね、やはり」
「騎馬隊はあんたじゃが」
彼に任せてある、しかしというのだ。
「鉄砲も大砲も数が多いしのう」
「向こうの方がずっと」
「そうそう迂闊に攻めんことだぎゃ」
「それがいいですね」
「関ヶ原に誘き出したのはよかったぎゃ」
坂口は今度は神主の服を着たダークエルフの女、地幽星の司馬雅にも声をかけた。
「けれどぎゃ」
「はい、これが神星一人だったらよかったですが」
「三人だぎゃ」
「それが問題です」
「雅ちゃんは三人で来るって言うてたなあ」
「はい」
その通りだとだ、雅は坂口に答えた。
「出陣前に棟梁にお話した通り」
「そやのう」
「そうでした、ですが」
雅はさらに言った、少し手が動くがそれと共に見事な胸も動く。見れば白い神主の服の上からもよく目立つ胸だ。
「ここで策がないと」
「負けるのう」
「こちらが」
「だからこっちも四万の軍勢とぎゃ」
「あれを連れて来ました」
「そうだぎゃ、しかしだぎゃ」
「はい、迂闊に攻めますと」
「負けるのはこっちだぎゃ」
「そうなりますので」
「考えていくぎゃ」
「そうしましょう」
「それで棟梁」
二メートルを超える大柄な僧兵が言って来た、人金星政宗大二郎だ。全身が灰色の毛に覆われている。毛人またの名をムークという種族だ。手には巨大な薙刀がある。
第九話 関ヶ原の戦いその二
「どうしますか」
「ここは空と陸からじゃ」
「一気にですか」
「攻めるぎゃ」
「それも奇襲で」
「そうだぎゃ、けれどまずはこちらからはぎゃ」
「攻めませんか」
「こっちは山に布陣してる」
見れば主力はそうしている、それに対して関西の軍勢はその麓、山々を後ろにしてそのうえで布陣している。
「向こうが攻めてきたらぎゃ」
「その時にですか」
「思いきり木やら岩やら落としてな」
「それで攻めるのを挫いて」
「そこからこっちが攻めるぎゃ」
「そうしますか」
「では棟梁」
また雅が坂口に言ってきた。
「相手を誘い出すか」
「若しくはぎゃ」
「混乱させて攻めさせるか」
「出来るか、雅ちゃん」
「はい」
一言でだ、雅は坂口に答えた。
「必ず」
「そうか、ほな敵の軍勢のな」
「僅かでもですね」
「混乱させてじゃ」
「わざとこちらを攻めさせる、しかも」
その緑の目を光らせてだ、雅は坂口に言った。
「夜に」
「そうだぎゃ」
坂口は雅に鋭い目で答えた。
「夜はよく見えん種族が多い」
「はい、わかっています」
雅の方もというのだ。
「それで、です」
「雅ちゃんも言うたな」
「そうです」
「それはわかるぎゃ、ではだぎゃ」
「私が夜に相手に術をかけます」
「少しでもええぎゃ」
坂口は多くはいいとした。
「後は他の奴等も続くぎゃ」
「そして騒がせて攻めさせて」
「そこをぎゃ」
「本陣から丸太や岩を落としましょう」
坂口の言う通りにというのだ。
「それで相手の出鼻を挫き」
「そこから反撃じゃ」
「棟梁は本陣から攻めて下さい」
雅は坂口にこう勧めた。
「そして敵が山から落として」
「そこで」
滝沢が雅に言ってきた。
「僕は」
「そう、滝沢君は騎馬隊を率いて」
「一気に攻める」
「そうして下さい、そして棟梁も攻めますが」
「拙僧もですな」
正宗が雅に聞いてきた。
「棟梁と共に」
「僧兵達を率いて一気に山を降りて攻めて下さい」
「そうしてですな」
「はい、一気に潰します」
敵の軍勢をというのだ。
第九話 関ヶ原の戦いその三
「数はこちらの方が上ですから」
「兵の数を使いますか」
「ここで星の力に頼りますと」
「負ける」
「確実にそうなります」
雅は正宗に強い声で答えた。
「ですから」
「神星三人だからですね」
「神星の力は一人だけでも圧倒的です」
そこまでのものがあるというのだ。
「ロシアの氷の女帝のお話は聞いていますね」
「四十万の軍勢を一瞬にして葬ったという」
「それも魂も消し去りました」
そうして完全に葬り去ったというのだ。
「女帝の力は極端ですが」
「それでも神星の力を示すものですね」
「そうです、あれを見ましても」
「力を使わせない、ですね」
「この戦いでは」
何があってもという言葉だった。
「そうしなければ勝てません」
「だからですね」
「夜に私が術を仕掛けてです」
そうしてというのだ。
「敵の軍勢と動かし」
「こっちを攻めさせてだぎゃな」
「そして手筈通り攻めてです」
「一気に退けるぎゃ」
「そうします、こうすれば鉄砲も大砲も使えません」
関西の軍勢が多く持っているそうしたものもというのだ。
「こういったものは進みつつ使うことは容易でないので」
「そうだな、そうしたものは確かに」
滝沢は雅の鉄砲等への指摘に確かな顔で頷いた。
「攻撃、特に山を登って攻める場合はな」
「使いにくいですね」
「それもあってか」
「はい、そして空からの攻撃も」
空船や飛べる者達を使ってのだ」
「備えておきましょう」
「こっちが逆にだな」
「鉄砲や弓矢、大砲を用意しておいて」
「迎え撃つか」
「そうします、そちらは私が指揮します」
そうするとだ、雅は自ら話した。
「空からの攻撃への備えは」
「よし、わかったぎゃ」
雅の話をここまで聞いてだ、坂口は確かな顔で答えた。
「では後はぎゃ」
「夜にです」
「仕掛ける、その用意をするぎゃ」
「わかりました」
滝沢、雅、正宗の三人が頷いてだ。東海四万の軍勢は夜に仕掛ける備えに入った。彼等は勝つ為に動いていた。
しかし芥川はその彼等を見てだ、綾乃と中里に話した。
「夜に来るな」
「夜にかいな」
「そや、夜に仕掛けて来るで」
こう綾乃に答えた。
「相手は」
「何でそれがわかったん?」
「数は向こうの方が多いやろ」
芥川はまずは軍勢の規模から話した。
「それも倍や」
「倍あったらか」
「普通は向こうから昼に攻めて来るやろ」
「数を頼りにな」
「そうしてこん、けれど数は確かに向こうの方が多い」
「数が多いなら攻めて来るか」
「そうしてくる筈なのにな」
それがというのだ。
第九話 関ヶ原の戦いその四
「攻めてこんのは何故か」
「昼に攻めてこんならか」
「そや、夜に攻めて来る」
「そうなるんやな」
「戦は昼だけやない」
芥川はさらに言った。
「夜もあるやろ」
「世界は昼と夜の二つから成る」
「その夜に攻めて来るんや」
そうなるというのだ。
「間違いなくな、それと何故夜に攻めるか」
「数が多いのに」
「それは僕等を見てや」
芥川はこうも話した。
「僕等神星三人をな」
「神星の力をよくわかってるからか」
「そや、昼に下手に攻めても神星の力で返り討ちに遭う」
「それを恐れてやな」
「夜に攻めるつもりや、しかも僕達を攻めるんちゃうで」
「軍勢をやな」
中里は鋭い目になって芥川に問うた。
「そやな」
「そや、僕達を攻めても勝てん」
「それでやな」
「軍勢を攻めるんや」
「そうして勝つつもりか」
「そや」
まさにというのだ。
「敵はそのつもりや」
「軍勢倒したら一緒やしな」
「そや、幾ら強い星が何人おってもな」
「軍勢さえ倒したら同じやから」
「軍勢に仕掛けて来るわ」
「夜襲か?」
敵がどういったことをしてくるか、中里は鋭い目になり言った。
「そう来るか」
「いや、それはないやろ」
「夜に攻めるにしてもか」
「実は相手は結構な軍師がおるんや」
敵が陣を敷いている山を見つつだ、芥川は中里に話した。
「司馬雅ちゃんっちゅうダークエルフがな」
「ダークエルフの娘か」
「その娘が軍師や、神具は孫子と左伝や」
「左伝っていうと春秋左子伝やな」
「その二つや、どっちも持ってる人間に強い魔力と兵法の力を授けてくれる」
そうした神具だというのだ。
「元々ダークエルフで頭がええけどな」
「それが余計にやな」
「強くなっててな」
それでというのだ。
「結構ええ軍師や」
「そやから夜にもただ攻めるだけやないか」
「手の込んだことしてくるわ、向こうの軍勢は大将と将が二人や」
その軍師以外はというのだ。
「天が一人でこれが大将でな」
「そいつは何で奴や」
「三年の坂口や、知ってるんか?」
「一年の時同じクラスで名古屋から来た奴おったけれど」
「そいつや、そいつが向こうの大将や」
「あいつがかいな」
「そうや、あいつと二年の滝沢君と一年の正宗君な」
この二人もというのだ。
「この二人が将や」
「そうした組み合わせか」
「合わせて四人、まあ四人共強いけどや」
それでもというのだ。
第九話 関ヶ原の戦いその五
「神星と比べたらな」
「弱いか」
「やっぱり神星は別格や」
その強さがというのだ。
「そやからな」
「今回の戦もか」
「相手の策に乗らんかったら勝つ」
絶対にという言葉だった。
「兵の数は半分でもな」
「それでもか」
「そや、勝つ」
勝てるではなく、というのだ。
「そうなるで」
「そうか、それでやな」
「ここで連中を散々に打ち破ってな」
「美濃と尾張やな」
「この二国取るで」
「それで東海の勢力弱めてか」
「山陽と四国や」
この二つの地域だというのだ。
「向こうは吉川達が上手に防いでくれるわ」
「退けてくれるか」
「撃退してな、そして東海をへこまして返す刀でな」
「山陽、四国やな」
「この二つの地域を一気に併呑する」
そうするというのだ。
「そうするで」
「そうか、山陽と四国か」
「ああ、そこからな」
芥川はさらに話した。
「九州か東海か」
「どっちかか」
「ああ、そこはわからんけどな」
「まだか」
「どっちかの状況次第や」
相手の勢力んというのだ。
「東海か九州どっちかと戦に入るか弱い方をや」
「飲み込むか」
「そうした戦略や、まあとにかくな」
「東海から美濃と尾張を取るか」
「ただ東海の勢力を完全に併呑すると後が大変や」
そうなるというのだ。
「山陽と四国、北陸に関東とな」
「四つの勢力が敵か」
「うちに次いで強い関東の連中とも対峙してな」
「それ前にも言うてたな」
「そやろ、そやからな」
「今はか」
「東海は飲み込まん、後や」
この関ヶ原で勝ち美濃と尾張を取ってもというのだ。
「西国の後や」
「そうか」
「ああ、それでやけどな」
芥川はさらに話した。
「相手は昼には仕掛けてこんな」
「今はやな」
「そや、攻めるんやったらや」
昼にとだ、芥川は今度は綾乃に話した。
「もう来てる、数を頼みにな」
「それさっきも話したけど」
「夜に来る、しかもな」
「しかも?」
「策を使って来るわ」
「そうしてくるんやな」
「ああ、絶対にな」
そうだというのだ。
第九話 関ヶ原の戦いその六
「こっちの軍勢を乱してきてからな」
「それからか」
「返り討ちにしようって考えや」
「相手はそういう考えやねんな」
「後な」
芥川はさらに話した。
「雅ちゃんは相手の精神を乱す術が得意や」
「あの娘が仕掛けて来るか」
「僕等はともかく兵隊の連中を乱す位はお手のものや」
雅のこともだ、芥川はよく知っていた。実は星の者達のことは敵味方関係なく頭の中に入れている。そうしてどう対するかどう働いてもらうのかをよく考えているのだ。
「兵の一部を相手の陣に攻めさせる」
「そうしてくるんかいな」
「そこでさらに煽ってこっちの軍勢全体を動かしてな」
「あの山にいる敵の軍勢を攻めさせるか」
「そうした考えやろ、今頃あの山では迎え討つ用意に入ってるわ」
「そういえば」
綾乃はここで敵がいる山を見た、一見するとただの山だが。
「人がよお動いてるな」
「そやろ」
「ということはや」
「もう夜に備えてるんや」
「今からか」
「ああ、一人や二人やなくて万単位の人間が動くとな」
「山の中でもな」
木々に隠れるがだ、人が少ないと。
「わかるやろ」
「ああ、そやな」
「木も切り倒してるし大きな岩を動かしてる」
「ああしたものも使うんやな」
「おそらく僕等が攻めるとな」
「ああしたものを落としてくるか」
「絶対にそうしてくるわ」
間違いなく、というのだ。
「夜にな」
「そうしてくるんやな」
「そんで後は向こうの数の多い騎馬隊使ってな」
「返り討ちにしてからか」
「騎馬隊で攻めてさらに打撃与えて」
「後は総攻撃やな」
「そういう考えやろ」
雅はというのだ。
「兵の数やなくて僕等を軽快してな」
「兵を攻めてくるんやな」
「それも策でな」
「雅ちゃんもよお考えてるな」
「頭ええさかいな」
東海の軍師である彼女はというのだ。
「そやからな」
「そうした策も使って来るねんな」
「幾ら神星でも兵がおらんとな」
戦の時はというのだ。
「どうにもならんわ」
「それはな、戦は一人では出来んし」
綾乃もこう言う。
「兵隊さん達がやられたらな」
「お話にならんわ」
「そやな、ほなどうするか」
「まずは綾乃ちゃんの出番や」
芥川は自分達の主君に述べた。
「ここはな」
「うちやな」
「そや、まずは綾乃ちゃんの術をこっちの軍勢にかけるんや」
「ええと、この場合は」
どうした術をかけるべきか、綾乃は少し考えてから芥川に答えた。
第九話 関ヶ原の戦いその七
「心を乱されたりせん術やな」
「そや、その術をかける。ただな」
「ただ?」
「兵隊連中には芝居させるか」
「芝居かいな」
「かかったふりをさせる」
雅のその術にというのだ。
「それでわざと兵に動いてもらってな」
「敵に仕掛けさせるんやな」
「まああれやな山の本陣攻めさせてな」
術をかけた軍勢をさらに煽ってだ、芥川はここまで読んでいた。
「それでそこで上から岩や石を落として攻撃してや」
「こっちの動きを止めてやな」
「さらに攻める、上から一気に落として後は騎馬隊も使ってな」
東海が多く持つ彼等のそれをというのだ。
「足軽や僧兵でも突撃してな」
「一気に潰すつもりやな」
「そうした考えやろ、しかしな」
それでもというのだ。
「こうしてわかってるとや」
「相手の策をやな」
「対策がある、それでや」
「その対策をやな」
「話すわ」
こうしてだ、芥川は綾乃と中里に自分の考えを話した。中里はその話を聞いて真剣な顔で彼に言葉を返した。
「それやったらな」
「いける思うやろ」
「ああ、相手の策を跳ね返せるな」
「そやろ、そやからな」
「それでいくんやな」
「そや」
その通りとだ、芥川も答えた。
「そうしてくで」
「わかった、ほなそうしてこか」
「そういうことでな」
「夜か」
「夜に決める、後はや」
「夜の戦に備えてか」
「用意はじめるで」
彼等の方もというのだ。
「ええな」
「わかった、飯食うてやな」
「それから僕等も配置に着くで」
それぞれの場所にというのだ。
「夜に備えてな」
「それで関ヶ原で勝った後は」
「岐阜城攻めるで、そして岐阜城からな」
「それからもやな」
「攻めるわ」
「尾張か」
「まあまずは岐阜城や」
関ヶ原の次はというのだ。
「あの城を攻めるで」
「わかったわ、関ヶ原の次はやな」
「そこや」
こう言ってだ、そのうえでだった。
芥川は綾乃にだ、こう言った。
「それでええな」
「ええで、ほな夕方になったら」
「相手に気付かれん様にな」
夜のことに備えてとだ、相手のことを考えてだ。
第九話 関ヶ原の戦いその八
「食おうな」
「そうしよな」
こうしてだ、関西の軍勢は夕方に早い夕食を摂った、そのうえでそれぞれの場所に入り夜に備えた。そ頃東海の者達は。
夜のことに必死にかかっていた、それは星達も同じでだ。滝沢は自身の騎馬隊に言っていた。
「いいか、今はだ」
「はい、よく休んでですね」
「夜に備えておくんですね」
「そうするんですね」
「そうだ、よく休め」
今のうちにというのだ。
「食って寝ておけ」
「馬達も餌を食わせてですね」
「休ませますか」
「そうだ、そうしろ」
こう言うのだった。
「夜は激しい戦になる」
「だからですね」
「今のうちに休んで」
「そのうえで」
「あと武具の手入れもだ」
滝沢はこのことも話した。
「忘れるな」
「わかっています」
「武具があってこそですからね」
「手入れは忘れません」
「戦の前には」
「絶対にだ、私達は山から蹴落とされた敵を攻める」
そこからさらにというのだ。
「そうして勝敗を決める」
「だからこそですね」
「我々は一気にですね」
「勝敗を決める役目であり」
「功も大きいですね」
「そうだ、思う存分手柄を立てろ」
まさにとだ、滝沢は騎馬隊の兵達の鼓舞もした。
「いいな、その為にもだ」
「今は休みます」
「飯を食って寝ます」
「馬もそうさせますし」
「武具の手入れもします」
「そうしろ、そして見張りも忘れるな」
休んでいるその間もというのだ。
「敵はそうした時にこそ来るからな」
「はい、それではです」
「そのことも忘れずに」
「今は備えておきます」
「その様にな」
滝沢は自身が率いる騎馬隊の面々に夜に備えさせるのに必死だった、それは坂口達も同じで彼は雅と正宗と共にだ。
本陣で兵達に夜の戦の用意をさせていた、そして周りへの警戒も忘れていなかった。
「敵はどうだぎゃ」
「はい、動きはありません」
雅が彼に答えた。
「敵陣で布陣を固めていてです」
「動いてないぎゃな」
「そうです」
雅は坂口に落ち着いた声で答えた。
「今は」
「そうだぎゃ」
「我々はもう食事を摂りましたが」
「相手はどうだぎゃ」
「そうした動きもです」
それもというのだ。
第九話 関ヶ原の戦いその九
「見られません」
「そうだぎゃ」
「上からの物見は出せませんでしたが」
「近寄れないだぎゃな」
「警戒が厳しく」
関西の軍勢のそれがというのだ。
「ですからそれは出来ませんでした」
「残念だぎゃな」
「はい、それで陸から見ていますか」
「そうした動きはないぎゃ」
「その様です、今のところは。ただ」
「食おうと思えば食えるぎゃ」
「はい、干し飯でも口に入れれば」
隠れてだ。
「それで出来ます」
「そうだぎゃな」
「相手には軍師もいます」
芥川であることは言うまでもない、彼等も敵のことは知っているのだ。
「あの人の頭も要注意です」
「芥川なあ」
坂口は彼のことも考えた。
「あいつはほんまに頭がええぎゃ」
「あの人を出し抜く為にもです」
「ここはぎゃな」
「はい、慎重に慎重を期して」
そのうえでというのだ。
「ことを進めていきましょう」
「その通りだぎゃ」
「ですから攻めないのです」
自分達からはというのだ。
「あえて」
「相手に仕掛けさせてか」
「そうしてですね」
「ええ、そうよ」
雅は滝沢と正宗にも応えた、二人は高校では同級生と下級生なので敬語ではないのだ。
「二人もそこはお願いね」
「わかっているよ」
「ご安心下さい」
二人はその雅に彼等それぞれが雅に対する口調で答えた。
「軽挙妄動は慎みます」
「我等にしても」
「そうしてね、こちらが下手に動けば」
その時はというのだ。
「逆にやられるわ」
「そうした相手ですね」
正宗は腕を組み真剣な顔で応えた。
「間違いなく」
「神星が三人よ」
最強とされる星達がというのだ。
「揃っているのよ、だからね」
「迂闊に仕掛けますと倍の兵力でも」
「負けるわ」
そうなってしまうというのだ。
「私達の方がね」
「その通りですね」
「だからね」
「ここは、ですね」
「夜に策で相手を動かしてそこから煽って」
「そのうえで返り討ちにしてから」
「反撃する形で軍勢を倒すのよ」
三人を攻めずにというのだ。
第九話 関ヶ原の戦いその十
「いいわね」
「手筈通りですね」
「そうしてね」
そのうえでというのだ。
「戦いに勝つわよ」
「わかりました」
「そしてここで勝った勢いで近江に攻め入る」
今度は滝沢が言ってきた。
「そうするか」
「ええ、まさにね」
「近江が我等の手に入れば大きい」
どう大きいのかもだ、滝沢は言った。
「都は目と鼻の先だ」
「その通りよ、都まで至ることが出来れば」
「我等の勢力も権威も大きくなる」
「そして関西との戦もね」
「かなり有利に立てるな」
「だからこそよ」
「この関ヶ原で勝つ」
滝沢は強い声で言った。
「この山と窪みが入り混じった場所で」
「ここは私達の世界では天下分け目の戦があったわね」
あまりにも有名なあの合戦だ、徳川家康が天下を握り徳川幕府の長い安定した時代が築かれる最初の一歩となった。
「それはこの世界でも同じよ」
「我々が天下を握る」
「そうした戦いになるわ」
「その通りだぎゃ、ここで勝ってだぎゃ」
坂口も言う。
「一気にだぎゃ」
「近江に攻め入り」
「都を奪い取ってぎゃ」
「関西の勢力を併呑して」
「そこから四方を攻めて統一だぎゃ」
これが坂口の考えだった。
「神星の三人もわしの下に置いてぎゃ」
「あの方々のお力は確かに凄まじいですが」
「それだけにだぎゃな」
「はい、配下にしますと」
「それだけでとてつもなく大きいぎゃ」
「ですから」
雅は坂口に強い声で告げた。
「この合戦勝ちましょう」
「わかったぎゃ」
坂口の返事も強いものだった、そしてだった。
彼等は夜に備えていた、彼等も飯は早いうちに隠れて摂っていた。だがその彼等の状況をだった。
芥川は見ていてだ、笑って言った。
「煙が立ってるけれどな」
「飯炊く煙がな」
「あれ全部ちゃうで」
こう中里に言うのだった。
「わかるやろ」
「ああ、うちもやしな」
中里はここで自軍を見回した、彼等の陣地からも飯を炊く煙があちこちで上がっている。だがその煙達はというと。
「偽物やしな」
「カモフラージュのな」
「相手もっちゅうことやな」
「よお考えてあるけどや」
「あの兵の数で昼は守り固めてるだけやとか」
「かえって怪しまれるわ」
そう読まれるというのだ。
第九話 関ヶ原の戦いその十一
「雅ちゃんも出来る娘やけどな」
「自分はそれ以上やっちゅうねんな」
「頭にも自信はある」
芥川は腕を組んでにやりと笑って言った。
「僕に頭で対抗出来るのは二人だけやろな」
「誰と誰や」
「シンガポールのリー=シュンスイとオーストラリアのシェリル=グレアムだけや」
「その二人まさか」
「そや、四智星の連中や」
芥川と同じく、というのだ。
「リーは軍略と仙術、政治に優れていてシェリルは召喚術の天才や」
「その二人は自分より知力上か」
「この連中は」
「そうなんやな」
「この連中には負けるけどや」
「それでもやな」
「雅ちゃんには勝てるで」
芥川はにやりと笑って言い切った。
「この戦でもか」
「それで飯のこともやな」
「見抜いたんや」
そうだったというのだ。
「しっかりとな」
「そういうことやな」
「昼に一切仕掛けてきいひんでこれ以上はないまでに守りを固めたんが失敗やった」
雅、彼女のというのだ。
「それなら察するわ」
「夜に仕掛けて来るってやな」
「そや、しかも兵の数で劣るけど神星が揃ってる僕等に確実に勝つには」
「兵を攻める、やな」
「そや、この世界の戦はや」
どういったものかとだ、芥川は中里にこのことについてあらためて話した。
「星と兵でやるものや」
「その二つでやな」
「そや、だからや」
「東海はここは兵を攻めて来るか」
「僕等が健在でも兵がおらんとどうしようもないやろ」
「三人で戦に勝てとか無理やしな」
「向こうにも星がおったらな」
その場合はというのだ。
「結局同じや」
「三人だけで兵をやっつけても」
「敵もそれがわかっててや」
「兵を攻めて来るか」
「兵隊がおらん様になったら僕等も戦に負けや」
「その後岐阜城攻めたり出来んな」
「ああ、城攻めも戦が必要や」
それ故にというのだ。
「そやから向こうは今は兵を攻めるつもりや」
「それで勝つつもりやな」
「そういうこっちゃ、わかったな」
「よくな」
「ほなええな」
強い声でだ、芥川は中里に言った。
「ここは裏をかく」
「相手のそれを」
「ああ、騙されたふりをして乗ってやってや」
「反撃を加えるんやな」
「そういうことで頼むで」
「夜にやな」
「反撃で勝負決めるわ」
向こうが決めるつもりだがそれを逆にというのだ。
第九話 関ヶ原の戦いその十二
「それで敵の軍勢を逆に徹底的に叩いてな」
「それからやな」
「岐阜城に向かうで」
「そうするか」
「それで岐阜城を陥として美濃の北と東にも兵を進めるけどや」
それと共にというのだ。
「尾張にも入る」
「もう一つの欲しい国にもか」
「尾張は豊かな国や」
芥川はこのことにも言及した。
「そやからな」
「欲しいな」
「むしろあの国が一番欲しい」
尾張がというのだ。
「おそらく僕等が勝ったら東海の連中は伊勢に向けてきて今は国境におる連中を引き返えさせるわ」
「そうして国を守るか」
「そうしてくるわ、そやからな」
「その兵を叩いてやな」
「尾張を手に入れるで」
美濃を手に入れた後はというのだ。
「そうするわ」
「そうか、そうしてやな」
「ああ、美濃と尾張を手に入れてな」
「その後でやな」
「また次の動きや、とにかくな」
「まずは今夜やな」
「勝つで」
芥川は不敵に笑ってこの夜の策について中里と綾乃に細かいところまで詳しく話した、そしてその後でだ。
彼等はそれぞれの配置について夜を待った、その夜にだ。
芥川は帳が降りたばかりの空を見上げた、そしてそこにある星達を見て言った。
「ええ感じや」
「星で何か出てるか?」
「いや、今はないわ」
共にいる九尾の狐に答えた。
「勝ち負けは出てない」
「それやったら意味ないやろ」
「夜空が教えてくれるのはそれだけやないで」
戦の勝敗だけではないというのだ。
「他のことも教えてくれる」
「その教えてくれるのは何や」
「星の勢いもや」
「自分等のことやな」
「ああ、けどこれもや」
そのこともというのだ。
「今は空に出てないわ」
「ほなやっぱり意味ないで」
「と、思うやろ」
「それもまたちゃうねんな」
「そや、これはええ感じや」
「そういえばえらい星が多いな」
九尾の狐も夜空を見上げた、そしてこう言った。
「今夜は」
「そやろ」
「雲一つないわ」
「それがええねん」
その雲一つない晴れ渡った夜空がというのだ。
「この空がな」
「曇ってることもなくてか」
「ああ、充分にな」
「今夜の戦にやな」
「よお見えるわ」
芥川はまた言った。
第九話 関ヶ原の戦いその十三
「夜でも」
「そやな、奇麗な具合にな」
「この奇麗な空もまた僕等に勝ちをもたらしてくれるで」
「そうした空か」
「ああ、それでやけどな」
ここでだ、芥川は狐にこうも言った。今度の話はというと。
「最近巨人は日本には出てないな」
「それどころか太平洋全体でな」
「出てないか」
「何かロシアやインドにばかり出てるらしいわ」
そうした地域にとだ、狐は芥川に話した。
「そうしたところにな」
「どっちも三極星がおる国やな」
「それで凄い勢いで覇権手に入れようとしてるな」
ロシア、そしてインドの三極星の者達はというのだ。
「強い星も集まってきてて」
「それで敵にも容赦ないな」
「生き埋めにまでしてな」
「魔物とかな」
「そうした地域にや」
「巨人が集中的に出てるか」
「それでその覇権の邪魔をするみたいにな」
そうした感じでというのだ。
「暴れてるみたいや」
「成程な」
「ちょっと前まで日本にも出て来てたけどな」
「関西にもな」
「時々でもな、けどな」
それがというのだ。
「変わったわ」
「ロシアやインドばかりか」
「それで氷帝も雷帝も巨人と戦ってるらしい」
「連中自らか」
「巨人相手も容赦せず殺し尽くしてるらしい」
「あの二人はマジでやばいみたいやな」
巨人からだ、芥川は彼等に考えを移して述べた。その顔が深刻なものになっている。
「敵と見たら一切容赦せんな」
「捕虜もいらん思ったら平気で皆殺しやしな」
「生き埋めとかな」
「街一つ消すとかするしな」
「人間の盾やら強制労働とかもさせて」
「ほんま容赦せん連中や」
敵、それが捕虜となってもだ。
「そうした連中やさかい」
「戦う時は用心せなな」
「というか何やかな」
狐が言うには。
「鬼っちゅうか本に出て来る虐殺者やな」
「冷酷な将軍とか為政者とかな」
「そんなのやな」
「そのまんまやろ、けどな」
「それでもか」
「戦には絶対に勝って政治自体は善政でな」
それでとだ、芥川は狐に話した。
「どっちも民衆からの支持は高い」
「領民には優しいんか」
「敵や賊には容赦せんのは間違いないけどな」
「味方には寛容か」
「そうみたいや」
「その辺りメリハリつけてるんか」
「そうみたいやな」
ロシアの氷帝、インドの雷帝はというのだ。
「どっちもな、まあ確かにそのうちどっちともぶつかるかも知れんけど」
「まずはうちは日本統一やな」
「この天下をな、それで天下を統一したらや」
それから先のこともだ、芥川は狐に話した。
第九話 関ヶ原の戦いその十四
「まだあるで」
「そやな、アメリカに中国に東南アジアに中南米に」
「それぞれ神星の奴等がおって統一に向かってる」
「この四つの勢力と戦うことになるか」
「お互いに潰し合うかも知れんけどうちに来る可能性もある」
この四つの外の勢力がというのだ。
「その場合はや」
「何か勝ってやな」
「それで今度は太平洋統一やな」
「何か太平洋の連中は何処も太平洋の覇者になろうとしてるみたいやな」
「みたいやな、太平洋か」
この世界のこの海についてだ、芥川はこれまで以上に深く考える顔になってだ。そのうえで狐に対して語った。
「どでかい海や、けれどこの海を一つにしたらな」
「凄いことになるか」
「よおさんの人間やものがある」
この太平洋を囲む諸国にはというのだ。
「そやから一つになったらその人とものが行き交ってな」
「物凄い勢力になるか」
「ああ、そうなるわ」
「それを作るか」
「ああ、ただな」
「ただ?」
「問題は何処がその太平洋の盟主になるかや」
これが問題だというのだ。
「うちか他の連中か」
「それが問題か」
「うちとしてはやっぱりな」
「わし等がやな」
「日本を統一したうえでな」
そのうえでというのだ。
「他の連中を倒してな」
「日本が覇者になるか」
「そうなりたいやろ」
「やっぱりな」
「折角この世界で統一目指してるんやしな」
「そういうことやな、それで太平洋統一してやな」
「ああ、僕等この世界を統一して救う星やっちゅうけどや」
実はこの世界の言い伝えではそう言われているのだ、彼等星達はこの広大な世界を統一しそのうえで救う者達だとだ。
「問題はどうやって救うかや」
「この世界で何が起こるか、か」
「どっかから攻めて来るか災害か」
「何があるんやろな」
「あの巨人達も気になるわ」
今はロシアやインドに集中的に出没しているという彼等もというのだ。
「連中もわかってないこと多いしな」
「いつも急に出て来るしな」
「何十メートルもある奴等が数体まとめてな」
「しかも種類あるな」
「ああ、普通の奴の他に燃えてるのとか冷気出すのとか全身毒で爛れてるのとかな」
そうした特殊な巨人達もいるというのだ。
「雷出すのとか翼生えてるのとかな」
「そこは色々やな」
「何やろな、連中は」
首を傾げさせつつだ、芥川は巨人達について言った。
「ほんまに」
「あの連中も謎やな」
「この世界の災いやけどな」
「台風とか地震みたいなな」
「ほんまそれに近いな」
「あの連中はこの世界の危機に関係あるか」
芥川は深く考えつつ言った。
第九話 関ヶ原の戦いその十五
「その可能性はな」
「わし高いと思うで」
九尾の狐は右の前足を出して招く様に動かしてだ、芥川に話した。
「やっぱりな」
「僕もそう思うわ」
「そやろ、自分も」
「連中は何か関係ある」
「この世界の危機に」
「何でいつも急に煙みたいに出て来るかも謎やしな」
「考えていくとな」
そうした不可思議な要素も含めてだ。
「あの連中はこの世界の危機と関わりがある」
「そうなるな」
「ほんまはこの世界におらんかも知れんしな」
「この世界にか」
「北欧神話やと神々の世界、人間の世界、妖精の世界、巨人の世界て分かれてるんや」
世界樹、ユグドラシルを中心とした世界の中でだ。
「それでそれぞれの世界は分かれててな」
「巨人の世界もあってか」
「それぞれの世界を行き来する方法もない訳やなくて」
「巨人が人間の世界に行くこともか」
「あったりするんや」
「そやねんな」
「もっと言えば実は神々も巨人やで」
芥川は狐にこのことも話した。
「これギリシア神話とかケルト神話もやけどな」
「あれっ、そうなんか」
「そや、よく読んでいけばわかるわ」
そうした神話達をというのだ。
「神々と巨人は争ってるけど正面から武器で打ち合ったりしてるわ」
「それが出来るってことは」
「大きさが同じ位やからか」
「そうや、勝ったのが神様になってな」
「負けたら巨人か」
「そうなる、ただな」
ここで芥川は狐にこうも話した。
「この世界の巨人はでかくて力も強いけどな」
「あまり知能はないな」
「それは感じへん」
力は確かに強大だが、というのだ。
「馬鹿力と能力で暴れ回るだけや」
「喋らんし魔法も使わへんしな」
「使ってる武器や防具もでかいけどな」
それでもというのだ。
「質自体はよくない」
「そっちもでかいだけでな」
「そういうの見てるとな」
「魔法も一切使わんし戦術もない」
まさにただ馬鹿力で暴れているだけだというのだ。
「文明も大したことない」
「神々とはちゃうな」
「ああ、言うたら悪いが蛮人や」
そういった者達だというのだ。
「力は強いけど野蛮でな」
「図体がでかいだけの連中やな」
「その図体がでかいのが厄介やけどな」
それだけで大きな力になる、体格はそこまで重要なのだ。
「火や氷も使って」
「別に何でもないな」
「そやな」
お互いに話をした、そして。
狐は芥川にだ、神妙な顔になり問うた。
第九話 関ヶ原の戦いその十六
「それで相棒、巨人は他の世界から来てるって思ってるな」
「実際にな」
「問題はどういった世界から来てるかやな」
「ああ、あとどうしてこの世界に来てるか」
「それも問題やな」
「世界を行き来出来る力があるんか?」
「若しくは行き来させてる奴がおるか」
狐は考える顔になって言った。
「そうかも知れんな」
「だとしたら誰か、やな」
「巨人をこっちの世界に送ってる奴は」
「正直あの連中は知能も文明もない」
「そやな」
「魔法も使えん」
少なくともこれまで使った者がいたという報告はない、初歩の魔法でさえも。
「科学もない」
「何もな」
「ほんま野蛮って言ってもええ」
「わし等の文明よりずっと低いな」
「比べものにならん」
魔術も科学もありそういったものが相互に影響し合い発展していっているこの世界とは、というのだ。これは程度の差こそあれ日本以外の国も同じだ。
「全くな」
「そういった連中の国家やとな」
「高度な統治システムとかもないやろし」
「そうした世界を行き来出来る様なな」
「組織や技術もないやろ」
「ほな誰が送ってるか」
「そこが気になるな」
芥川は腕を組み考える顔で言った。
「ほんまに」
「その通りやな」
「どういった連中やろな」
「それでどういった世界でどういった奴が関わってるか」
「連中のことも気になるいわ」
「その通りやな」
「ああ、それでな」
芥川の話は続く。
「ロシアの氷帝やインドの雷帝は連中に容赦なくやな」
「もう何の躊躇もなくな」
「巨人も薙ぎ倒してるか」
「その力でな」
「巨人はともかく歯向かう連中は生き埋めでも何でもしてか」
「強制労働、人間の盾何でもありや」
そうした非道とだ、芥川達の世界では確実にこう言われこの世界でも流石に行えば冷酷を極めると言われることもというのだ。
第九話 関ヶ原の戦いその十七
「敵にはして街も一気に氷漬けか消し飛ばす」
「太平洋ではそこまでする奴おらんな」
「欧州でもおらんやろ」
「あそこはまた騎士道にこだわり過ぎや」
欧州の者達はというのだ。
「もうそれが過ぎてスポーツマンシップに等しい」
「それ自体は悪くないやろ」
「戦争はそうはいかん、スポーツともな」
また違うというのだ。
「戦争はな」
全く、というのだ。
「またちゃう」
「勝つ為には手段を選ばん場合もある」
「それも必要やな」
「ああ、けどな」
「奥州は騎士道にこだわり過ぎてか」
「あかん、ちょっとな」
こう言ってだ、芥川は欧州の者達を否定した。
「どうにもな」
「そうか」
「ああ、けどほんまロシアやインドは怖いな」
「敵にしたらか」
「巨人も気になるけど連中と戦う時はな」
「十二分に用意が必要やな」
「その時は星の奴も軍勢も大勢で圧倒的な数で攻めるか」
これが芥川の彼等への考えだった。
「軍勢も装備よおしてな」
「数と術と装備でやな」
「連中でも圧倒する力で踏み潰すか」
ロシアやインドに対してはというのだ。
「そしてその前にや」
「ああ、今からやな」
「乗るで」
相手の策にあえてとだ、こう言ってだった。
芥川は敵の動きを待った、既に備えはしていてどうするかも決めていた。そうした意味で東海との夜の決戦ははじまっていた。
第九話 完
2017・3・8
第十話 関ヶ原の夜戦その一
第十話 関ヶ原の夜戦
雅は本陣においてだ、坂口に言った。
「では今より」
「はじめるだがや」
「そうしましょう」
畏まった声でだ、坂口と向かい合ったうえで言うのだった。
「これより」
「それでだぎゃな」
「はい、行ってきます」
「敵の軍勢に術を仕掛けるぎゃ」
「星の者には効きませんが」
自分の術はというのだ。
「しかしです」
「兵卒なら充分だぎゃな」
「そうです、百人位に一度に術を仕掛け」
そうしてというのだ。
「こちらの本陣に攻めさせ」
「そこでさらにだぎゃな」
「敵の他の者達も煽ります」
関西の軍勢のというのだ。
「攻めることになったと」
「そこで術を仕掛けた百人に続くだぎゃ」
「兵を攻めさせれば」
「そこからだぎゃな」
「そうです、反撃を浴びせ」
本陣に誘き出した彼等にというのだ。
「そこからは手筈通りです」
「滝沢の騎馬隊も使って」
「そして正宗君の僧兵隊、何よりも」
「わしの主力もだがや」
「その時は私も一緒です」
語る雅自身もというのだ。
「攻めに加わります」
「そして一気にだがや」
「決しましょう」
戦、それをというのだ。
「そうしましょう」
「わかっただがや」
「では」
こうしてだ、雅は自ら山を降りてだった。自軍の魔術を使える者達特に超能力を使える者達を連れて行った。
そのうえでだ、闇夜に紛れつつ彼等に言った。
「ではいいですね」
「はい、これよりですね」
「術を使ってですね」
「敵を攪乱する」
「そうしますか」
「そうします、私も術を使いますが」
それと共にというのだ、見ればどの者も黒い服を着ていて闇夜に紛れている。
「貴方達もお願いします」
「承知しています」
「それでは敵軍に錯乱の術をかけましょう」
「そして混乱させてです」
「こちらに誘導しましょう」
「そこでさらにです」
雅の言葉は続いた。
「敵軍を煽ります」
「敵軍全体をですね」
「山にある本陣に攻めさせますか」
「手筈通り」
「そうしますか」
「そうです」
彼等にも言うのだった。
第十話 関ヶ原の夜戦その二
「宜しいですね」
「はい、ご命令通りです」
「そうさせて頂きます」
「そして術を仕掛ければ」
「我々はすぐにですね」
「本陣に戻ります」
そうすれば即座にというのだ。
「私も術を使いますので」
「わかりました」
「それではそうしましょう」
「では、ですね」
「これより」
「お願いします」
雅はその官服の上に黒い服を外套の様に着込み夜の闇の中に紛れている。それは他の者達も一緒だった。
そしてだ、術を使うと敵軍が乱れだしたのを見てだった。会心の笑みを浮かべ他の者達を連れて姿を消した。
関西の軍勢は乱れだした、それは最初一部だけだったが。
法螺貝が鳴った、その法螺貝の音は。
「攻めるのか!」
「敵を攻めよというか!」
「既に動いている者達がおるぞ!」
見ればそうだった、既に前に出ている者達がいるがそれが錯乱してでのことであるのは彼等は気付いていない様に見えた。
「遅れるな!」
「わし等も攻めるぞ!」
「敵の本陣は山にある!」
「そこに行くぞ!」
こうしてだ、彼等は一斉に東海の軍勢の本陣に向かった。ここでだった。
坂口は夜目に彼等の動きを空から見てだ、強い声で言った。天狗であるのでそれで空を飛ぶことも出来るのだ。
「はじまったぎゃ」
「はい、敵が来ました」
「こちらに攻めてきましたね」
「陣形も何もありません」
「ただ攻めてきているだけです」
周りの翼人達も言う。
「ではです」
「このままですね」
「手筈通りですね」
「敵を迎え撃つ」
「そうしますか」
「そうするだぎゃ、本陣に戻るだぎゃ」
確かな声でだ、坂口はまた言った。
「そしてわしも攻めに加わるぎゃ」
「わかりました」
「それでは」
周りの者達も頷き彼等は本陣に戻った、そのうえで敵を待ったが。
関西の軍勢の先頭には中里がいた、彼は自らが乗る鵺に対して問うた。山の中を上に上にと向かって駆けながら。
「これからやな」
「ああ、わし等が出鼻挫いてな」
「そこからやな」
「先頭になって突っ込むで」
「わかってる、僕も刀から衝撃波と雷出すけどな」
「わしも吐くわ」
その特別なそれをというのだ。
「そうするわ」
「わかったわ」
「息を合わせてやるで」
鵺は自分の背で既に両手に一本ずつ刀を持ち攻める用意に入っている中里に言った。
第十話 関ヶ原の夜戦その三
「ええな」
「ああ、思いきりな」
「相手は木や岩を落としてくる」
「最初にそれをやな」
「全力で潰す」
敵が落としてくるそうしたものをというのだ。
「それでええな」
「わかってる、相手の策にやられてるふりをして」
「逆に攻める」
「これが軍師の策やしな」
「その通りにやればやな」
「この戦は勝てるわ」
鵺は断言した、その断言には揺るぎない信頼があった。
「伊達に四智星とちゃうで」
「それが出来る頭があるんやな」
「そや、そもそも軍師を信じへんでな」
「戦は出来へんな」
「それは軍師も同じで大将や将兵を信じられんとや」
軍師の方もというのだ。
「戦は出来ん」
「お互いを信じることか」
「しっかりとわかってな」
そのうえでというのだ。
「やってこそや」
「そういうことやな」
「そやからええな」
あらためてだ、鵺は中里に告げた。
「これからな」
「芥川の言う通りにやな」
「やったるで」
「そうしよか」
中里は既に身構えている、そしてだった。
敵の間合いに向かっていた、彼は鵺と共に敵の出鼻を挫くつもりだた。
だが東海の軍勢は彼等のそのことに気付いていない、坂口の横に戻ってきていた雅は彼に確かな声で告げた。96
「では」
「いよいよだぎゃ」
「用意してある岩や木を落とし」
「そしてだぎゃ」
「敵を追い落としましょう」
「わかったぎゃ」
坂口も強い声で答えた。
「それではこれよりぎゃ」
「岩や木を落とし」
「そして我等もだぎゃ」
「攻めます」
彼等自身もというのだ。
「山から一気に追い落としましょう」
「そして山から落とし」
「そこで、です」
「騎馬隊もだがや」
滝沢が率いる彼等をというのだ。
「動いてもらうだがや」
「わかりました、それでは」
「その時になれば」
「一気に勝負を決めるぎゃ」
雅の手筈通りにというのだ。
「それで近江にも攻め入るだがや」
「今関西の勢力は四方に敵を抱えています」
雅は坂口にこのことも話した。
第十話 関ヶ原の夜戦その四
「山陽、四国、そして北陸と」
「うちが勝ったら同盟を結んでいる北陸もだがや」
「はい、彼等もです」
「近江に攻め込むだがや」
「近江の北は北陸に割譲しまして」
「うちは南だがや」
「そうした約束になっています」
既に外交で話をつけている、雅がそうしたのだ。実は雅は東海の内政と外交の軸にもなっていてかなりのものを見せているのだ、神具である春秋左氏伝は政治力をかなり上げる効果があるのだ。もう一つの神具孫子、孫武ではなく子孫の方のそれは軍略だけでなく魔力も上げる。
「ですから我々はです」
「近江の南からだがや」
「はい、上洛です」
都にというのだ。
「そうします」
「だからだがや」
「この関ヶ原です」
「勝つだがや」
坂口は強い声でだ、雅も応えた。そしてだった。
彼等は時を待っていた、攻めるその時を。しかしだった。
中里は兵達を率いて山を駆け上りつつ敵陣を目指していた、その中で鵺はまた彼に言った。
「ええな」
「ああ、そろそろやな」
「岩とか大木が来るで」
「それをやな」
「わしが一気に粉々にする」
「その口から出す超音波でやな」
鵺が出す息の一つだ。
「木も岩もそうして」
「ああ、それで自分はや」
「刀から出す突風でやな」
「ああ、童子切から出すそれでや」
この刀は衝撃波や気だけでなくそうしたものも出せるんどあ。
「わしが粉々にした木や岩をや」
「敵陣に返す」
「そうせい、そうすればや」
「向こうが攻めるつもりがな」
「逆にやられる、それにや」
さらにとだ、鵺は話していった。
「相手は攻められる備えはしてない」
「攻める備えはしていてもな」
「これはかえって効く」
「備えをしてへんからな」
「しかも意表を衝いた攻めや」
「そやから余計にやな」
「効くで、駆け上がっての攻めは難儀やが」
上に登っていくそれはというのだ、下りる時とは勢いが全く違うからだ。
「そうして攻めるで」
「芥川の手筈通りやな」
「そうする、そしてや」
「騎馬隊にはやな」
「あそこはな」
滝沢が率いている彼等のことも頭に入れているのだ。
「芥川の受け持ちやが」
「あいつのやな」
「あいつも強いで」
鵺は彼のことも話した。
「それも相当にな」
「軍師でもやな」
「自分で戦う軍師って言うてやろ」
「ああ、持ってる神具は戦の為のもんばかりやしな」
「六将星の連中に匹敵する位強い」
芥川、彼はというのだ。
第十話 関ヶ原の夜戦その五
「そやからな」
「あっちも任せてええか」
「ああ、充分や」
「そこまで強いねんな」
「それが神星や、しかもこっちは大将もおる」
「綾乃ちゃんやな」
「うちの大将自身は戦うことは出来んけど」
それでもというのだ。
「相当な力がある」
「そやからやな」
「この戦勝てる、しかもボロ勝ちや」
そうした結果になるというのだ。
「勝ち貰ってくで」
「戦するんならな」
「徹底的にな」
こう中里に言う、そしてだった。
上から夥しい数の岩や大木が来た、どれも凄まじい速さと音で中里が率いる軍勢に襲い掛かってきた。だが。
その岩と大木達にだ、鵺は。
思いきり息を吐いた、その超音波がその落下物達を粉々に破壊した。落とされた全てのものがそうなった。
その瞬間にだ、今度は中里がだった。
右手に持っている童子切を左から右に一閃させた、するとだった。
その粉々になった岩や大木の欠片達が逆に東海の軍勢に向かった、破片であるがそれが音の速さで無数に向かって来たのだ。
「なっ!?」
「何だこれは!」
「岩も木も壊されたぞ!」
「そして欠片が向かって来る!」
「何だこれは!」
「どうなったんだ!」
欠片達がぶつかる痛みとだ、さらにだった。
予想外の事態に衝撃を受けた、それは坂口も雅もだった。
「何だぎゃ!?」
「これは一体」
二人で状況を見て驚きの声をあげた。
「何が起こったのか」
「敵の状況を見るぎゃ!」
「そうしましょう!」
驚きは一瞬で対応に向かった、だが。
その一瞬を見逃さずだ、中里は叫んだ。
「攻めるで!」
「はい!」
「ここで!」
「全員切り込みや!」
率いている将兵達に告げた。
「敵陣にな!敵を山から蹴落とせ!」
「わかりました!」
将兵達も頷く、そして槍や刀を手にして切り込む。中里自身もだった。
童子切と千鳥を手に自ら先頭に立ち敵陣に切り込んだ、そうしてだった。
敵陣の柵も幕も切り裂き倒し兵達を切り倒していく、彼の行くところ忽ちのうちに血煙が上がった。そしてだった。
兵達も切り込む、東海の兵達は思わぬ攻めに大混乱に陥った。
「攻めて来たぞ!」
「まさか!」
「先頭にいるのは星だ!」
「星の将だぞ!」
「星!?」
星と聞いてだ、坂口は即座に言った。
「中里か芥川か」
「はい、どちらかですね」
雅も応える。
第十話 関ヶ原の夜戦その六
「そうだとしますと」
「これは」
「どっちかが前に出て来たぎゃ」
「どなたでもです」
中里でも芥川でもとだ、雅は言った。
「これは危ういです」
「どっちも神星だぎゃ」
「あの方々が前面に出て来られますと」
「兵の千や二千はあっという間だぎゃ」
瞬く間に倒されてしまうというのだ。
「そうなるだぎゃ」
「このままでは一方的にやられてしまいます」
一気に攻めるどころか、というのだ。
「ですから」
「わしが行くぎゃ」
「いえ、ここは棟梁だけでは危ないです」
雅は立とうとした坂口に強い声で言って止めた。
「相手は神星の方ですから」
「天星でも無理だぎゃ」
「万全を期しましょう」
あえてだ、坂口が敗れる等そうしたことを言わずにこう言ったのだった。
「ここは」
「それでは雅ちゃんと正宗もというだがや」
「はい、そうです」
その通りだとだ、雅は坂口に言った。
「三人で行きましょう」
「わかっただがや」
「最低でも二人です」
「二人で相手をするだがや」
「そうしましょう、ただここで」
「騎馬隊だがや」
「はい、こちらが攻められているとなるとです」
山の本陣が岩も木も破られ今や一方的に攻められている状況ならばというのだ。
「騎馬隊も危ういです」
「そうだぎゃな」
「はい、滝沢君にも神星の方が対しているかも知れません」
「こっちにどっちかが行って、だぎゃな」
「もう片方の方が。それにもう一人おられます」
関西の軍勢にはとだ、雅はさらに話した。
「神星でも最も位の高い三極星の方が」
「綾乃ちゃんだがや」
「はい、あの方がおられますので」
「本陣はあの娘がいるとなるとだがや」
「備えとして万全です」
雅は苦い顔で坂口に答えた。
「これは」
「兵を攻めるつもりが、だがや」
「星と星の戦に持ち込まれそうですね」
「やられたぎゃ」
「申し訳ありません」
「謝る必要はないぎゃ」
坂口は項垂れて言った雅を声で起こした。
「相手も馬鹿ではないということぎゃ」
「そう言って頂けますか」
「兵の数を重きに置き過ぎて考えた僕の責ぎゃ」
棟梁である自分自身のというのだ。
「だからぎゃ、ここはぎゃ」
「これからどうするかですね」
「相手が星で攻めるならこっちも星だがや」
「では」
「本陣はわしと正宗で守るぎゃ」
そのうえで星の者にあたるというのだ。
第十話 関ヶ原の夜戦その七
「そしてぎゃ」
「滝沢君の方にはですね」
「雅ちゃんが行くぎゃ、馬にも乗るだぎゃ」
雅に乗馬する様にも言ったのだった。
「そうして滝沢と一緒に戦うだがや」
「わかりました、すぐに滝沢君のところに向かいます」
「そうするだがや」
こうしてだ、彼等はすぐにそれぞれの動くべき場所に向かった。そうして何とか今の状況を打開せんとした。
中里は東海の軍勢を薙ぎ倒し続けている、そのうえで軍勢を率いていた。
「ええか、敵は動けなくするんや!」
「倒すよりもですね」
「その方がええですね」
「そや、下手に倒すより動けなくしてや」
止めを刺してそれに手間暇をかけるよりもというのだ。
「敵をどんどん攻めるんや、下手に突出せんでな」
「陣形も守り」
「そのうえで」
「その通りや、下手に前に出るな」
言いつつだ、中里は自ら両手の神具達をそれぞれ振るい凄まじい大きさと威力の雷や鎌ィ足で敵を倒している、敵兵達は何十人単位で倒されている。
「陣形を守ったまま責め崩していくんや」
「わかりました」
「ほなそうしていきます」
「敵は多いですが」
「そうしていきますわ」
「そうせい」
まさにというのだ。
「ここはな」
「そうします」
「ほなこのまま攻めます」
「敵を動けなくしていきます」
「下手に倒すより」
「そうするんや、それで敵を山の頂上まで追いやったらや」
そこからもだ、中里は言った。
「追い落とすで」
「山からですね」
「そうしますね」
「そうする、ええな」
指示を出して兵達を動かしていた、自ら戦っているが軍勢は細かいところまで見て統率を乱すことはなかった。
戦は完全に関西の流れだった、だが。
その中里の前に二人の男が現れた、彼等はそれぞれ馬に乗っていた。
「二本の刀に鵺、中里だぎゃ」
「そう言うあんたは誰や」
「この東海の棟梁坂口雄大だぎゃ」
「その臣正宗大二郎です」
ムークの僧兵も名乗った。
「以後お見知りおきを」
「わかったわ、それで何の用や」
「それはもう言うまでもないやろ」
坂口は蜻蛉切を右手に持ちつつ中里に返した。
「そやろ」
「僕と戦うっちゅうんやな」
「そや、これ以上好きにはさせん」
坂口は中里を見据えて告げた。
「ええな」
「わかった、ほなな」
「拙僧もです」
正宗も馬を前に出した。
第十話 関ヶ原の夜戦その八
「貴方と手合わせを願います」
「二対一か、わかった」
中里は二人を前にしても不敵な笑みで言うだけだった。
「ほな今からやろか」
「中里さん、ほなここは」
関西の武将の一人が後ろから中里に声をかけてきた。
「攻めますか」
「ああ、後は任せた」
中里も部将に返した。
「采配はな」
「これまで通りですか」
「そうしてくれや」
「ほな棟梁の采配で」
綾乃というのだ。
「させてもらいます」
「そや、やってもらうで」
「わかりましたわ」
部将達は中里の言葉に頷いた、そうしてだった。
彼等は実際に綾乃の采配の下で攻め続けた、綾乃は軍勢全体の采配を執っていたがそれは空から見たうえでのことだった。
空に浮かぶ八岐大蛇の背から山もその麓も見てだ、彼女は采配を出していたが彼女だけが考えているのではなかった。
その彼女を乗せている八岐大蛇がだ、彼女に話していた。
「山の方はこのままでええで」
「どんどん攻めていくべきか」
「刀とか槍でな」
「もう山から突き落とす感じでやるんや」
「そやな」
綾乃も大蛇の八つの頭に頷いて言った。
「そっちはそのままやな」
「それで麓の方やけどな」
「そっちは芥川の大将がおるけどや」
「星が二人行ったわ」
「そやから芥川の大将はそっちに行くさかいな」
「そっちの采配も執ることになるで」
「山の方は木が多いうえに登って攻めてるから鉄砲や弓矢は使えへんけど」
綾乃は右手を自分の口元に当てつつ述べた。
「麓はちゃうな」
「そっちは鉄砲も弓矢も使えるで」
「大砲も持ってくか?」
「大砲はまだ後ろにあるけど」
「使うか?」
「今のうちに動かすわ」
大砲についてもだ、綾乃は答えた。
「そんで射程に入ったら敵の後ろの方に撃つで」
「そうして敵の後ろを叩くか」
「そうするか」
「それでそのうえでか」
「音でもやな」
「そや、音でも驚かしてくで」
敵の方をというのだ。
「そしてうちもやな」
「術使ってこか」
「折角の状況やし」
「使える状況やったらな」
「ここから放ってこか」
「そうするわ、うちは全体の采配執ってるけど」
それでもとだ、綾乃はまた大蛇に応えた。
第十話 関ヶ原の夜戦その九
「戦場におるんやさかいな」
「そやったらどんどんや」
「使える暇があったら使っていくんや」
「そして勝つで」
「敵に出来るだけダメージ与えてくで」
「そうしていかなな」
綾乃は大蛇の八つの頭での助言を受けつつそうしてだった、的確な采配を執りそうして攻めていた。それは東海の軍勢と確実に追い詰めていた。
雅は夜空に浮かぶ大蛇を見上げてだ、忌々しげにこう言った。
「あの人もいますからね」
「ああ、簡単な戦じゃないな」
「わかっていたので仕掛けましたが」
隣にいる滝沢に答えた、二人共既に馬に乗っている。
「逆手に取られた感じですね」
「相手の軍師にか」
「はい、芥川さんに」
その彼にというのだ。
「やられましたね」
「四智星の一人だけではないか」
「無念です」
「無念って言葉はまだ早い」
滝沢は苦い顔で手綱を強く握り締めて呻く様に言った雅に正面を向いたまま言った。
「その言葉は勝ってか言う言葉だ」
「勝った反省で」
「そうだ、今はこれからどうするかだな」
「はい、確かに」
「では攻めるか」
「わかりました、それでは」
「山で敵の勢いを止めるにはだな」
「敵の後方を叩くべきです」
雅はこの状況でも戦局を冷静に見ていた、それでこう言ったのだ。
「麓の」
「行くか」
「そうしましょう」
「僕はこのまま切り込む」
「では私は采配を、いえ」
「わかるな」
「はい、神星はもう一人おられます」
雅はこのことも頭に入れていた、伊達に一つの勢力の軍師を務めている訳ではなくこうしたことも的確にわかっていた。
「その芥川さんが」
「出て来るな」
「私達を止めに」
「あの人は戦っても強いな」
「六将星の方程ではないにしても」
それでもというのだ。
「少しだけ劣る程度の強さです」
「二人でいかないと止められないな」
「おそらく」
「ではな」
「はい、二人で行きましょう」
おそらく前に現れるであろう芥川にはとだ、雅は滝沢と話して顔を見合わせ頷き合ってそのうえでだった。
騎馬隊を進ませた、そうして麓にいる敵の後方を攻めようとしたが。
ここでだ、その彼等にだった。まずは鉄砲が来たが雅は素早く自分達の軍勢の前に障壁の術を出して防いだ。それで敵の最初の一撃を防ぎ。
滝沢と共に突っ込む、だがその前にやはりあの男がいた。
芥川は狐に乗ってだ、二人に悠然とした笑みを浮かべて言った。
第十話 関ヶ原の夜戦その十
「待ってたで」
「やはりですか」
「おられましたか」
滝沢と雅はその芥川の前に来て言った。
「私達が来るのを待っていた」
「そうなのですね」
「そや、ここで戦局を挽回に来る」
そう来ると読んでいた、それでというのだ。
「そやからや」
「待っておられましたか」
「既に」
「そういうこっちゃ、ほなやろか」
今からというのだ。
「勝負な」
「そうしますか」
「これから」
滝沢は馬上で双刀を構え雅も手の平を前に出した、そうしたうえでまずは雅が手の平から衝撃波を出した。滝沢も風の刃を出す。
その彼等にだ、芥川は右手に手裏剣を出した。八方に刃がある手裏剣、彼の持つ神具の一つ三光手裏剣だ。
その手裏剣を投げた、すると。
一つの手裏剣が瞬く間にだ、無数に増えて二人を襲った。それで衝撃波も風の刃も打ち消してさらにだった。
二人に襲い掛かって来た、雅は再び障壁を出して自身と滝沢の身を守った。だが。
手裏剣の数があまりにも多い、それで滝沢に言った。
「このままでは」
「くっ、守っていては駄目だ」
「はい、それでは」
「爆炎!!」
滝沢は強く叫び右手の今剣を一旦収めその右手を前に突き出して術を放った。すると芥川がいた場所に。
凄まじい、千人は楽に吹き飛ばしそうな爆発が起こった。魔術師系の中でも最高位の術の一つだった。
それを芥川に放った、だが。
芥川はかわしていた、それでこう言ったのだった。
「危なかったわ」
「やはりな」
「そや、兵隊ならともかくな」
芥川は笑って滝沢に話した。
「星の奴には通じんやろ」
「見切るか」
「見切るか防ぐかや」
「術もまた」
「それは自分もやろ」
「はい、あの程度の使い方はです」
滝沢も否定せずに答えた。
「牽制こそになれ」
「牽制としては確かによかったわ」
「星の者には通じません」
「そういうこっちゃ、つまりは」
「衝撃!」
雅が滝沢と連携してだ、そしてだった。
両手から術を放った、それで芥川を攻めるが。
芥川は今回もかわした、狐に乗ったまま素早い動きでだ。そうしてから今度は雅に対して悠然として言った。
「こう来る」
「くっ、お見事」
「読んでればかわせる、しかしや」
芥川はここでこうも言った、彼が放った無数の手裏剣達は二人を襲い続けている。二人はそれを刀や術で撃ち落とし馬を操り防ぎかわしているが。
第十話 関ヶ原の夜戦その十一
その動きを見てだ、芥川は言った。
「参ったわ」
「攻撃は無駄ではありませんでしたね」
雅は自分に来る手裏剣を手の平から術を放って撃ち落としつつ応えた。
「私達のそれは」
「この手裏剣を操るには集中力が必要や」
己の考えるまま無数の手裏剣を自在に操ることが出来るのだ、それこそ芥川が出したい限りの手裏剣達をだ。
「それが乱れたわ」
「私達の攻撃で」
「そや、今もな」
滝沢は再び攻撃を出して来た、今度は火球の術だ。
芥川はそれを己の刀で払い切ってからまた言った。
「これだけのことやけどな」
「集中力が乱れますね」
「手裏剣を使うな」
「そういうことですね」
「二人共考えるもんや」
「神星の力は圧倒的です」
雅もまた衝撃波を放ちつつ言った。
「ですがそれでもです」
「対策はあるっちゅうこっちゃな」
「そうです、一人では無理でも二人なら」
それならばというのだ、今の自分達の様に。
「こうして足止め位は出来ます」
「出来れば倒したいですが」
滝沢は本音を出した。
「それが出来ないとなりますと」
「足止めだけでも」
雅もまた手裏剣をかわしつつ何とか反撃を繰り出しながら言った。
「してみせます」
「見事や、こっちも本気でやってるしな」
「手は抜いていない」
「そうだというのですね」
「相手を見くびって戦ったら負ける」
はっきりとだ、芥川は言い切った。
「それに相手を愚弄する様な下衆でもないつもりや」
「だからですね」
「今もですね」
「そや、本気で攻めてる」
実際にというのだ。
「この戦もな」
「では、ですね」
「私達も本気ですから」
「本気と本気の勝負」
「していきましょう」
「ああ、ほな手裏剣に加えてや」
芥川の全身に何かが宿った、それは赤い気だった。
「術も使うで」
「来ます」
雅は芥川の気が瞬く間に炎になったのを見て滝沢に言った。
第十話 関ヶ原の夜戦その十二
「あの人の忍術です」
「火遁だな」
「はい、忍術を極めた方の術です」
「並大抵のものではない」
「それが来ます」
「ならその術に」
「これから対しましょう」
こう言ってだ、そのうえでだった。
二人で今度は芥川の火遁の術、紅蓮に燃える炎が手裏剣に加わって迫るのを見た。二人は炎にも向かい合った。
中里は正宗の 薙刀を千鳥で受けた。その瞬間に銀と銀の火花が起こり刀を通じて衝撃が腕に来た。
その衝撃からだ、中里はあるものを知った。
「強いのう」
「伊達に星ではないつもりです」
正宗は刀と薙刀の鍔競り合いをしつつ応えた。
「私としても」
「そやな、薙刀だけやない」
神具のそれだけではというのだ。
「腕も確かや」
「それを片手で受けられるとは」
「感じるで」
笑みを浮かべてだ、中里はさらに言った。
「その片手で自分の強さをな」
「そうですか」
「ああ、そやから全力でやってる」
正宗にこうも言ったのだった。
「今もな、そしてや」
「わしもおるだがや」
もう一人の相手坂口は蜻蛉切を繰り出す、凄まじい突きを幾度も繰り出す。だが中里は右手の鬼切で防いでいた。
「こうしてな」
「こっちも強いな」
「伊達に棟梁やないで」
坂口は攻防の中で中里に言った。
「わしも」
「そやな、天の星やしな」
「確かに天の星と神の星の力量差は歴然や」
相当な差があるというのだ。
「けどな、星の強弱も」
「補うことが出来る」
「一人では無理でも二人ではどうだがや」
こう中里に問うた、攻めつつ。
「そこだがや」
「その通りや、僕も自分等には一対一やったら勝てる」
それが出来るというのだ。
「そやけどな」
「二人ではですね」
「どうだがや」
「強い、一対一で勝てる言うても全力でやってや」
そのうえでというのだ。
「出来る、けどな」
「二人だがや、今は」
「そやからこんな感じや」
互角の勝負だというのだ。
「どうもな」
「そうだぎゃな」
「ああ、あくまで互角や」
そうした状況での攻防だというのだ。
「今はな」
「今はと言うだがや」
「そうや、自分等と僕の勝負はな」
それはというのだ。
第十話 関ヶ原の夜戦その十三
「完全に互角や」
「そういうことだがやな」
「わかったみたいやな」
「これでも頭の回転は悪いないついもりだがや」
坂口は槍を繰り出しつつ言った、槍はただ突くだけでなく払いもする。時には突くその軌道が蛇の様に動きそうして巧みに攻めもして中里を攻めている。だが中里はその攻撃を刀で完璧に防ぎ隙を見ての反撃も浴びせてそれを防がせてもいた。
「軍勢だがや」
「そや、こっちは神星がもう一人おるさかいな」
「綾乃ちゃんだがや」
「紫さんですか」
坂口だけでなく正宗も言った。
「あの方ですね」
「よりによってあの娘がおっただがや」
「そや、綾乃ちゃんが軍勢を率いてや」
ここでだ、中里達の周りでだった。これまでは両軍が今はせめぎ合っていた。関西の軍勢の攻勢は山を登る立ち場と数の違いそして中里が坂口達との勝負に入ったことで拮抗していたがここにだった。
火球や雷、それに冷気等が来た。正宗はそれを横目で見て言った。
「大蛇ですね」
「大蛇の息だがや」
坂口もわかった、何故急にそういったものが来たのかを。
「それだがや」
「そうですね、八岐大蛇もまた龍」
その中に分類される存在だというのだ。
「龍は炎や冷気の息を吐くもの」
「それは龍だけとは限らないことにしてもだがや」
「龍は必ずそうした息を吐く」
「だからだがや」
「それで攻めてきましたか」
「しかも敵の陣形は乱れていません」
これは部将達が前線で的確な采配を執っているからだ、しかし軍勢全体の采配は綾乃が執っているのだ。
「これでは」
「軍勢同士の戦もだがや」
「危ういですね」
「龍の息は強いだがや」
「はい、これでは」
「星が負けても軍勢が負けてもあかん」
中里は戦う二人に不敵な笑みで言った。
「それがこの世界での戦やな」
「その通りだがや、それでってことだぎゃな」
「そうや、この戦もらったな」
不敵な笑みはそのままだった、東海の軍勢は大蛇の攻撃を受け乱れたところを攻められ崩れだした。関ヶ原の戦いはここに趨勢が決した。
第十話 完
2017・3・15
第十一話 岐阜城にてその一
第十一話 岐阜城にて
関ヶ原の戦での趨勢は決した、東海の軍勢は崩れだした。それは山の本陣だけでなく。
滝沢と雅が率いている騎馬隊もだった、二人は芥川と激しい死闘を繰り広げていたがその彼等の周りの騎馬隊にもだった。
大蛇は息による攻撃を浴びせた、するとだった。
騎馬隊も崩れた、元々関西の軍勢の鉄砲や槍に防がれて攻めは停滞していたがここで彼等も崩れたのだ。
その状況を見てだ、雅は眉を顰めさせて呻く様に言った。
「これでは」
「もう、か」
「はい、終わりかも知れません」
ここでの戦はというのだ。
「本陣のある山もです」
「攻撃を受けているな」
「大蛇の、こうなりかねないことはわかっていましたが」
それでもとだ、雅は歯噛みしたまま滝沢に話した。
「だからこそ軍勢に仕掛けたのですが」
「完全に裏をかかれたな」
「はい、そして星の力を使わせてしまいました」
「相手が使わせたくない力を使う」
芥川はニヤリと笑ってだ、歯噛みする二人に言った。
「そういうことや」
「やられました」
雅は芥川にも苦い顔で述べた。
「まことに」
「負けを認めるってことやな」
「はい、残念です」
これが雅の返事だった。
「実に」
「ほなこれからどうするんや」
「雅、ここは任せろ」
滝沢はここで雅にこう言った。
「自分はすぐに棟梁のところに行け」
「そうしてですね」
「棟梁は今頃正宗と一緒に本軍を退かせてる」
中里達との戦いを中断してというのだ。
「そして騎馬隊もな」
「滝沢君がですか」
「まとめる、だからな」
「はい、では」
「ここは任せろ」
「わかりました」
雅は滝沢の言葉に頷いた、そしてだった。
二人で術、煙幕のそれを芥川に向かって放った。芥川はそれを自分の術で無効化させたがその無効化させる一瞬を利用してだった。
雅は坂口のところに行き滝沢は騎馬隊の采配に戻った、そのうえで将兵達に言った。
「退け!」
「ここはですか」
「そうしますか」
「そうだ、動ける者は全員護ってだ」
そうしてというのだ。
「すぐにこの場を退くぞ」
「わかりました」
「それでは」
「後詰は私がする」
率い戦うというのだ。
「そうする、いいな」
「そしてですか」
「生きている者は全員ですか」
「退かせる、いいな」
「はい!」
将兵達が応えてだ、そしてだった。
騎馬隊は急いで洗浄を離脱した、滝沢は自分で言った通り自ら後詰となり戦い将兵達を退かせる。その彼等にだ。
第十一話 岐阜城にてその二
芥川は術で攻撃を浴びせ鉄砲も撃たせる、だが。
滝沢は果敢に戦い彼等を寄せ付けない、そのうえで芥川に言った。
「ここは退きますが」
「それでもやな」
「まだ終わっていません」
こう言うのだった。
「あくまでこの戦いだけです」
「そういうことやな」
「またお会いしましょう」
芥川にこうも言ったのだった。
「次の戦場で」
「ああ、そしてやな」
「この雪辱晴らします」
絶対にと言うのだった。
「必ず」
「そうか、ほなな」
「またお会いしましょう」
術で障壁を張り自身の軍勢を守りつつだった、滝沢は芥川に告げた。そうして生きている者が全員戦場を離脱したのを見て彼も馬首を返した。106
その彼等を見て部将の一人が芥川に己の意見を言った。
「追いましょう」
「いや、止めておくんや」
芥川は彼のその案を退けた。
「充分やっつけた、それにや」
「それに?」
「相手は騎馬隊や、追いつくのは難しいしや」
それにとだ、芥川は部将に答えた。
「下手に追ったら伏兵とかおってな」
「逆に討たれるからですか」
「そやからな」
「ここは、ですか」
「充分以上に叩いたさかいな」
敵の軍勢をというのだ。
「今はええ、夜やし余計に伏兵を仕掛けやすい」
「迂闊には追うなということですか」
「そや、ここは兵をまとめてや」
そうしてというのだ。
「綾乃ちゃんや中里と合流してな」
「そうしてですね」
「勝鬨をあげるんや、戦には勝った」
「勝鬨ですか」
「それで休んでから次の戦の用意や」
それに入るべきだというのだ。
「ええな」
「岐阜城ですか」
「あの城を攻めますか」
「関ヶ原でも勝ちましたし」
「だからですね」
「そや、戦はこれで終わりやない」
芥川は関ヶ原だけを見ていなかった、次の戦のことそしてそのまた次の戦のことも考えていた。そしてだった。
そのうえでだ、こう言ったのだった。
「休憩と戦の後始末の後で岐阜城に向かうで」
「わかりました」
「ほなそうしましょか」
「ああ、岐阜城の後は美濃全体を手に入れて尾張や」
そう移っていくというのだ、こう話してだった。
芥川は自分が率いていた兵達をまとめそうして綾乃、中里及び彼等が率いていた兵達とも合流して勝鬨を挙げた、関ヶ原の戦は関西の勝利に終わった。
勝った彼等は一旦休息に入った、だが。
敗れた東海の者達は違っていた、彼等はというと。
第十一話 岐阜城にてその三
まずは関ヶ原から逃れた、そして朝まで東に退きつつ陣形をまとめて残った兵達の状況を見ていた。
「数は三万程です」
「一万やられたか」
「はい」
雅は苦い顔で坂口に述べていた、朝日が眩しいが今はその美しさも見えず苦い顔で戦の話をするばかりだった。
「戦死か戦傷かはぐれたか」
「どっちにしろ一万だぎゃな」
「それだけ失いました」
「随分やられたぎゃ」
坂口は苦々しい顔で述べた、周りには滝沢と正宗もいる。
「実に」
「そうですね」
「ああ、負けだがや」
坂口は彼等にとって受け入れられ難い現実を自ら言った。
「完全に」
「申し訳ありません」
「謝る必要はない、勝敗は戦の常だがや」
坂口は項垂れた雅を言葉で立たせた。
「それはええだがや」
「そう言って頂けますか」
「問題は次だがや」
これからだというのだ。
「それだがや」
「そうですか」
「そうだがや、岐阜城に入るだがや」
「ではそこで」
「あの城で踏ん張ってだがや」
そのうえでというのだ。
「この負けの分を取り返すだがや」
「わかりました、それでは」
「はい、それではです」
「我等もですね」
滝沢と正宗も言ってきた。
「岐阜城で戦いますか」
「そうしますか」
「そうするだがや、三万おるだがや」
敗れはしたがというのだ。
「この三万を岐阜城と周りの砦に置いてだがや」
「我等もですね」
「そのうえで」
「戦うだがや」
そうするというのだ。
「わかっただぎゃな」
「はい、それでは」
「次は岐阜城で」
「岐阜城は堅城だがや」
険しい山全体を使って築いた城だ、それだけにその堅固さはかなりのもので坂口にしても絶対の自信がある。
「空からの攻撃もあるにしてもだがや」
「はい、まずは城を守って」
「そのうえで」
「巻き返すだがや、一回の負けで諦めるのは馬鹿だがや」
だからというのだ。
「まだ戦うだがや」
「わかりました、それでは」
「まずは岐阜城に入りましょう」
「そしてあの城で、ですね」
「籠城戦ですね」
「今度はあの三人もだがや」
関西の軍勢だけでなく中里達もというのだ。
「意識して戦うだがや」
「はい、あの方々は必ず戦場に出て来る」
雅は姿勢を正して言った、気はもう取り直していた。
「最初からそう考えてです」
「戦に引きずり出さない様にするのでなくてだぎゃな」
「向こうから絶対に出て来ると考えてです」
そのうえでというのだ。
第十一話 岐阜城にてその四
「戦いましょう」
「策は任せるだがや」
「お願いします、ただ」
「ただ?」
「先程三万と言われましたが」
雅はここで兵の話をした。
「一つ問題があります」
「関東だがや?」
「はい、元々近江には素早く攻め込み北陸と連携して近江を手に入れてです」
南北で割譲してというのだ、近江を。
「すぐに兵を関東への備えに戻すつもりでしたが」
「今はだがや」
「はい、関東は常に甲斐や駿河を狙っています」
関東が隣接しているこの国々をというのだ。
「ですから」
「そちらの備えだぎゃな」
「三万の兵がいますが」
しかしというのだ。
「彼等のうちの幾らかを関東との境に戻しましょう」
「さもないとだぎゃな」
「はい、攻め込まれます」
その関東にというのだ。
「ですかわ」
「わかったぎゃ」
坂口は雅のその策に確かな声で答えた。
「ではだがや」
「はい、兵を幾らか東に戻し」
「残った兵で岐阜城を守るだがや」
「そうしましょう」
「尾張から伊勢に攻めさせるつもりだった兵も戻すだぎゃ」
彼等もというのだ。
「そうするだがや」
「それでは」
「それで、ですが」
今度は滝沢が言ってきた。
「近頃関東と東北が関係を深めていますので」
「それで、だぎゃな」
「はい、連合してです」
そしてというのだ。
「我々に向かって来るかも知れません」
「関東だけでも厄介だぎゃな」
「jはい、そこに東北も加わりますと」
「北陸が助けてくれますが」
正宗も言ってきた。
「しかしです」
「わかってるだがや、東に送る兵だぎゃな」
その彼等の話もするのだった。
「多い方がええだがや」
「それではです」
すぐにだ、雅は坂口に言った。
「二万を送りましょう」
「二万だがや」
「はい、すぐにです」
三万の兵のうちのというのだ。
「そうしましょう」
「そうするだぎゃな」
「関東と東北の敵は我々だけです」
地理的にだ、彼等と境を接しているのは東海そして北陸の連合だけだというのだ。つまり坂口達のことである。
「ですから全戦力を向けてきます」
「それで、だぎゃな」
「兵は多い方がいいです」
「二万だがや」
「そうしましょう」
「わかっただがや、ここに一万の兵を置いてだがや」
坂口は即決した、そして正宗に対して言った。
第十一話 岐阜城にてその五
「おみゃあが率いるだがや」
「私がですね」
「そうだがや、二万だがや」
その彼等をというのだ。
「それで境を守るだがや」
「わかりました、それでは」
「頼んだぎゃ」
「そう致します」
こうしてだ、正宗はすぐに二万の兵を率いて東に向かうことになった。甲斐の甲府城に入りそこからその甲斐と駿河、信濃の境を守ることになった。
そしてだ、坂口は今度は自分が考えて言った。
「伊勢に向けていた一万は五千を尾張への守りに置いてだがや」
「残る五千をですね」
「美濃に入れるだがや」
この国にというのだ。
「そうするだがや」
「一万五千の兵で、ですね」
「守るだがや」
こう雅に答えた、腕を組んだうえで。
「そうするだがや」
「わかりました、それでは」
「伊勢は佐藤兄妹のどっちかが守っていただぎゃな」
「はい」
その通りだとだ、雅は坂口に答えた。
「そうです」
「では、だがや」
「こちらもですか」
「尾張の守りは星の奴に任せるだがや」
「では私が」
雅が申し出た。
「尾張を」
「そうするだがや」
「はい、そしてです」
雅はここで滝沢を見て彼に言った。
「滝沢君は騎馬隊を率いてです」
「そしてか」
「はい、棟梁が岐阜城をお護りしまして」
「城の外にいて何処かの砦を拠点として騎馬隊を率いてか」
「隙を見て敵軍を襲って下さい」
「わかった」
滝沢は雅に確かな声で答えた。
「そうする」
「それでお願いします」
「岐阜城は堅城だがや」
坂口は腕を組んだまま再びこのことを言った。
「空から来る敵への守りも固めればぎゃ」
「はい、そうそう容易には陥ちません」
「そうだぎゃな」
「山城なので砲撃にも強いです」
高い場所にあるので砲弾が届きにくいからだ、雅もこのことはわかっていた。
「ですから」
「それで、ぎゃな」
「はい、守りを固めて」
そしてというのだ。
「隙を見て反撃に移りましょう」
「そうするだがや」
こう話してだ、そしてだった。
東海の者達は今は守りに徹することにした、関ヶ原では敗れたがそれでも彼等は気持ちを沈めてはいなかった。
そのうえで彼等はそれぞれ動いた、雅は尾張に入り正宗は兵と共に東に向かった。そうして坂口と滝沢で岐阜とその近くの砦に入った。
戦に勝った関西の軍勢はまずは戦の後始末をした、捕虜にしたり倒した東海の将兵達を集めて傷付いた兵の手当をし死んだ兵達を復活させてだった。
そのうえでだ、芥川は中里に言った。
第十一話 岐阜城にてその六
「この連中をどうするかていうとや」
「まさかと思うが殺しはせんな」
「そんなことはせん」
中里の言葉をすぐに打ち消した。
「何でそんなことするねん」
「そやな」
「この場合殺すって魂までも消すことや」
「流石にそれはないな」
「捕虜にした兵は相手に返すかな」
若しくは、というのだ。
「こっちの兵隊にする」
「軍勢に加えるんやな」
「ああ、けどな」
「それでもか」
「おそらくこの一万の兵は返すことになるわ」
東海の方にというのだ。
「そうなるわ」
「そうなるんかいな」
「ああ、多分やけどな」
「今すぐこっちの兵にはせんか」
「ああ、それはまだや」
捕虜のままだというのだ。
「そのままや」
「そうなんやな」
「捕虜にして今は武器も具足も取り上げて囲んでる」
つまり無力化しているというのだ。
「そやから安全やし捕虜は抵抗したらあかんっていう決まりがある」
「その決まりがあるからか」
「まあ暴れるアホもそうそうおらん」
捕虜達の中でそうした者達は非常に少ないというのだ。
「そやから安心してええ」
「捕虜のことはか」
「鎮静させる術もかけるしな」
「そうか」
「ああ、というか兵を返さんとな」
芥川はそれが何故かという理由も話した。
「東海の連中の戦力が減る」
「それは今の戦の話やないな」
「連中にはまだ残ってもらわんとあかん」
東海の勢力にはというのだ。
「さっきも言うtがけど一気に併呑したらな」
「後が厄介か」
「関東、北陸、東北ってあるんや」
芥川はこの三つの勢力の名前を出した。
「この連中を一度に相手にするにはまだ力が足りん」
「そやからか」
「今はうちは山陽と四国も敵に回してるんや」
その彼等もというのだ。
「合わせて五つの敵は多いやろ」
「確かにな」
「東海の勢力を加えてもな」
併呑した彼等のというのだ。
「そやからまだや」
「東海は倒さんか」
「ここから北陸、山陽、四国倒したら別やけどな」
それでもというのだ。
「今はあかん」
「そういうことか」
「そやからまだな」
「東海は倒さんでか」
「美濃と尾張を取って終わりにする」
あくまでそれだけだというのだ。
第十一話 岐阜城にてその七
「それからや」
「そうするか」
「ああ、今現在山陽、四国の連中と戦してるけどな」
西の方はそうなっている、彼等は今現在四方に敵を抱えていてそのそれぞれの相手と武力衝突に入っているのだ。
「連中は退けられてる」
「それでか」
「ああ、そっちは安心してええわ」
「そうなるか」
「それで連中の勢力も弱められてる」
山陽、四国の彼等をというのだ。
「三つの勢力の力を弱めてな」
「それがどう転ぶかやな」
綾乃もいる、それでこう芥川に言って来たのだ。
「そやな」
「ああ、僕の読みやったらな」
芥川はその目を光らせて綾乃に答えた。
「山陽と四国は勢力を弱めてや」
「それからか」
「九州の連中に攻められる」
芥川は彼等のことも頭にあった、彼の頭の中には既に日本全土ひいては世界があった。
「それでや」
「そこからやな」
「うちがどう動くかや」
「そうなるか」
「ああ、まずはここでの戦に勝ってな」
美濃、尾張を手に入れてというのだ。
「西国での戦を凌いでな」
「それからやな」
「全部勝ってや」
そしてというのだ。
「そこからあらためて動くんや」
「まずは凌ぐんやな」
「要するにな、今は仕込みやな」
そうした段階だというのだ。
「戦には勝ってもな」
「そこから大きく動くもんやないか」
「二国手に入れるのは充分大きいけれどな」
芥川が見据えているこれからのことに比べれば小さいというのだ。
「これからかや」
「そういうことやな」
「ああ、ほな岐阜城攻め落としてな」
そしてというのだ。
「美濃手に入れて尾張もな」
「手に入れてこか」
中里は芥川の話に意気込みを見せて言った。
「そうしようか」
「ああ、是非な」
「それで捕虜はどうするねん」
ここでだ、中里は芥川にあらためて彼等のことを問うた。
「一体」
「あの連中やな」
「殺さへんねんな」
「そや」
特にという返事だった。
「基本そうしたらあかんって決まりもあるしな」
「捕虜も暴れたらあかんでか」
「そや、捕虜にする方もや」
「お互いにやな」
「そういうことはせんってな」
「文としてか」
「世界中でな、まあ捕虜にする前に皆殺しにしてるパターンもあるけどな」
そうした例外の話もした。
第十一話 岐阜城にてその八
「ロシアとかインドとかな」
「氷帝とか雷帝とかか」
「あそこは必要やって思ったらな」
その氷帝や雷帝がだ。
「平気でそうしてな」
「魂も消してか」
「そうして勢力拡大させてるらしいわ」
「鬼みたいな連中やな」
「他にそんな連中はおらん」
氷帝や雷帝だけだというのだ。
「アメリカや中国も連中も強いけどな」
「その連中はそこまでせんか」
「どっちも六将星の奴が二人ずつおる」
米中にはというのだ。
「ちなみに東南アジアとオセアニアは四智星が一人ずつ、中南米には六将星が一人」
「それでこっちは僕と自分と綾乃ちゃんやな」
「そうなってるんや」
神星のいる場所はというのだ。
「そんでどの連中もそこまでせん」
「捕虜にする前に皆殺しとかか」
「そこまではせん、賊は殲滅しててもな」
「その辺りの勢力をそうせんか」
「連中街を消し飛ばすことすらしてるしな」
氷帝、雷帝共にというのだ。
「それぞれの力を使ってな」
「イワン雷帝みたいやな」
「まあまんまやな」
芥川は中里が出した彼等の世界においてあまりにも有名なロシアの皇帝のことを否定せずにこう返した。
「それは」
「やっぱりそうか」
「ああ、敵とみなしたら容赦せん」
「圧倒的な力でやな」
「皆殺し、粛清や」
「そうしたやり方か」
「攻め方もえげつない、しかし統治はええ」
氷帝や雷帝のそれはというのだ。
「恐怖を見せてそのうえでしっかりした内政をやってる」
「飴と鞭かいな」
「そうや、そうした統治をしてな」
「まとまってるんやな」
「そうなってるわ」
「つまり統治の為の皆殺しか」
「そういうこっちゃ」
彼等も好きでそうしたことをしている訳ではないというのだ。
「政治の為や」
「粛清をしてそのうえで反対者を黙らせるか」
「一人を消して百人を静かにさせる」
「まあ正しい政治の一つやな」
「そやろ、ただな」
「それが出来る奴はやな」
「そうそうおらん」
芥川は中里にこう話した。
「それが氷帝と雷帝や」
「成程な」
「こっちとは全然ちゃう」
「日本とはか」
「いや、太平洋とはや」
日本だけでなくというのだ。
第十一話 岐阜城にてその九
「その辺りちゃうわ」
「人の違うか」
「そういうこっちゃ、こっちでそうしたことする奴はおらん」
「アメリカでも中国でも東南アジアでもかいな」
「わかってても出来んからな」
一人を殺して百人を静かにさせる、そうしたうえでの統治はというのだ。
「ほんま特別や」
「それで綾乃ちゃんはそういうことせんか」
「うちはそこまではな」
その綾乃が首を傾げさせて言ってきた。
「せんというか出来んわ」
「そやねんな」
「やっぱり穏健にや」
綾乃は中里に自分の考えを述べた。
「していきたいわ」
「そうやろな、綾乃ちゃん的には」
「それで済んだらええで」
「まあどうにもならん屑は何処にもおってや」
芥川はまた中里に話した。
「そういう奴は殺すしかない」
「死刑やな」
「そうするしかないけどな」
「そういう性根の腐りきった奴以外はやな」
「太平洋ではそこまでする奴はおらん」
「そやな、ただ氷帝や雷帝も星やろ?」
このことからだ、中里は行った。
「そやろ」
「ああ、その通りや」
「世界を救う奴か」
「そのうちの一人や、どっちもな」
「それでそんなことするんか」
「そやから一人殺してや」
そのうえでというのだ。
「百人の安泰を測る」
「落ち着いた内政をするってことか」
「そや、敢えてそうしてな」
「それでそれも正義か」
「少なくとも連中も暴政は敷いてへんし不必要な虐殺もしてへん」
そうしたことは一切していないというのだ。
「むしろ政治自体は善政で従う者には寛容や」
「信長さんみたいなもんか」
「やってることは遥かに苛烈やけどな」
実は織田信長は然程人を殺していないという、最低限の血で戦国の世を終わらせたというのだ。
「そういう感じやな」
「そうか」
「ああ、まあそういう連中ってことでな」
「わかっておくことか」
「そうした正義もあるねん」
「納得出来んな」
「納得出来んでもそういう連中ってことや」
芥川は中里に微妙な顔で話した。
「僕もどうかって思うけどな」
「それでもか」
「実際どっちも破竹の勢いでロシアやインドを統一していってるしな」
「そうか」
「そうした連中や、そしてや」
「うちもやな」
「岐阜城行くで」
次の目的地に行くというのだ。
第十一話 岐阜城にてその十
「そうするで」
「そして攻め落とすんやな」
「ああ、堅城やけどな」
「策はあるか」
「攻め落せへん城はない」
中里は笑みを浮かべて言った。
「決してな」
「どんな城でもやな」
「そや、攻め落とせる」
絶対にという言葉だった。
「あの城もな」
「私等三人で行くで」
綾乃はにこりと笑ってだ、中里の肩をぽんと叩いて言ってきた。
「そうしてくで」
「僕等三人でか」
「それで岐阜城攻め落とそうな」
「そうしよな」
こうした話もしてだった、関西の軍勢は岐阜城に向かった。途中芥川は伊勢と尾張の境にいる軍勢に隙あらば尾張に攻め込む様に言っていた。
そしてだ、そのうえでだった。
関西の軍勢は岐阜城の前に来た、するとだった。
山自体が城になっているその城を見てだ、中里は眉を顰めさせて言った。
「この城を二万で攻め落とすか」
「そや」
隣にいる芥川が応えた。
「これからな」
「そうするんやな」
「難しいと思うやろ」
「普通に攻めたらな」
中里はこう芥川に答えた。
「まず無理や」
「普通に攻めたらな」
「ああ、何か敵は東と尾張に兵を行かせたらしいな」
「それも急いでな」
「東は関東やな」
「そもそもうちに一気に勝つ為に戦力の殆どを向けてきたんや」
速攻を考えてというのだ。
「元々都を抑えたら東に兵を戻すつもりやったやろ」
「負けても一緒か」
「そうや、どっちにしろ連中にとって関東も敵や」
自分達と同じくというのだ。
「何とかせなあかん相手や」
「そやからか」
「兵のかなりを東に向けた、正宗が率いてな」
「あのムークの僧兵か」
「それで尾張にも兵を送って雅ちゃんもや」
「尾張にいったんか」
「美濃には棟梁の坂口と滝沢、それに一万位の兵がおる」
そうした状況だというのだ。
「岐阜城とその周りにな」
「一万か」
「ああ、それでうちは二万や」
「兵では優勢やな」
「けど岐阜城は堅城や」
芥川も岐阜城を見ていた、山の頂上には三層の天守閣がある。その天守閣を見上げつつ中里に話しているのだ。
第十一話 岐阜城にてその十一
「あそこにそれなりの兵がおったらな」
「そうそう攻め落とせん」
「普通にやったらな」
「自分もそう言うたな」
「同じ考えやっちゅうことやな」
「そやな」
「まさにやな」
二人で笑みを浮かべて言い合った。
そしてだ、芥川は中里にあらためて言った。
「坂口は天狗や」
「自分と同じやな」
「天狗やから空を飛べる」
「それで団扇も持ってるな」
「神具でな」
「空でも戦えるな」
「けれど空の戦力はうちの方が多い」
芥川はこのことを指摘した。
「空船、神具はな」
「天狗とか翼人の数も今はこっちの方が多いか?」
「ああ、こっちは元々翼人が多い」
関西の軍勢はというのだ、このことは芥川が天狗であり彼の下に多くの翼人の忍者がいることも大きい。
「このこともあるし神具もや」
「ああ、自分の九尾の狐に僕の鵺に」
「特に綾乃ちゃんの八岐大蛇や」
「あの大蛇やな」
「あれは強いな」
「ああ、空を飛べて八つの頭でそれぞれ攻撃出来る」
中里もこのことを言う。
「めっちゃ強いな」
「あの大蛇もおるからな」
「空の戦力はうちの方が上か」
「それを使ってせめる」
「それがええな」
「勿論向こうも空の戦力があって対空兵器もある」
それもというのだ。
「油断は出来ん、けどな」
「それでもやな」
「空の戦力は確かに上やからな」
「それを使って攻めるか」
「そうする、ええな」
「わかった、ほなな」
「空から攻めるで」
芥川の顔は笑っていた、そのうえでの言葉だった。
「山城はそれが一番や」
「堅固なんは高い場所にあるからやしな」
「水を絶ったり兵糧攻めにする方法もあるけどな」
「時間がかかるな」
「そやから今は出来ん」
「周りに敵が多いしな」
「時間をかけてたら周りの状況が変わるかも知れん」
天下のそれがというのだ。
「僕等神星の人間が三人連れ立って一つの場所に固まってはいられん」
「そやからな」
「一気に攻め落とすで」
岐阜城、この城をというのだ。
第十一話 岐阜城にてその十二
「ええな」
「ああ、わかったわ」
「坂口が城におって滝沢が外に騎馬隊を率いておる」
「またその攻め方か」
「東海の連中は戦の時の役割分担がよお出来てる」
彼等のこの利点もだ、芥川はよくわかっていた。それで中里にも話すのだった。
「そやからそう来るわ」
「騎馬隊か」
「うちも玲子ちゃんが率いてるな」
女傾奇者である彼女がというのだ。
「あの娘は騎馬隊だけやなくて海でも足軽率いても戦えるけどな」
「戦は何でも出来るんやったな」
「出来んのは政だけや」
そちらはからっきり駄目だというのだ、玲子の場合は。
「極端な戦争特化タイプや」
「うちでは珍しいんやったな」
「他の面々は政治も出来る」
そちらもというのだ。
「そやから関西の内政は結構充実してるんや」
「やっぱり内政か」
「強くなりたかったらな」
「特に太宰か」
「あいつが宰相でおるのはほんま有り難い」
政治を極めて得意としている彼がというのだ。
「今も都におって全部取り仕切ってくれてるからや」
「僕等もこうして戦が出来るんやな」
「そういうこっちゃ、けど長期戦は出来んで」
芥川は中里に真剣な顔で告げた。
「一気に、一日か二日で攻め落とすで」
「そうするか」
「ああ、そしてな」
「美濃、尾張やな」
「手に入れていくで」
「わかったわ」
中里も確かな声で頷く、そしてだった。
関西の軍勢は彼等の利点を活かしての攻めの準備に取り掛かった。岐阜城の攻防は既に幕の裏側ではじまっていた。
坂口もだ、城の将兵達に言っていた。
「ええか、敵は空から来るぎゃ」
「ですね、絶対に」
「そうしてきますね」
「翼人や空船も多いですし」
「神具もあります」
「そうだぎゃ」
彼等もこのことはよくわかっていた、特に坂口は。だからこそ言うのだった。
「弓矢と砲の用意は出来ているだぎゃな」
「はい、何時でも」
「投石器もあります」
「何時でも迎え撃つことが出来ます」
「空から来れば」
「僕も出るだぎゃ」
空にとだ、坂口はこうも言った。
「そしてぎゃ」
「はい、そのうえでですね」
「空から来る攻めを凌ぎますね」
「そうしますね」
「そうだぎゃ、神星が三人いてもだぎゃ」
彼等が空から来ることがわかっていてもというのだ。
「凌いでみせるぎゃ」
「相手には八岐大蛇もいますが」
「そして鵺と九尾の狐も」
「その生きる神具がですね」
「それでもですね」
「これを使うぎゃ」
団扇、左手に持っているそれを見てだ。坂口はあらためて言った。
第十一話 岐阜城にてその十三
「これを使って何としてもぎゃ」
「はい、防ぎますか」
「そしてそのうえで、ですね」
「守りきりますね」
「そうするぎゃ、だからおみゃあ達もぎゃ」
城を守る将兵達もというのだ。
「頼むぎゃ」
「承知しております」
「陸から来る敵も空から来る敵もです」
「両方凌ぎます」
「何としても」
「そこを頼むぎゃ」
こう言うのだった。
「そして凌いでぎゃ」
「頃合を見て、ですね」
「反撃に転じて」
「そしてまた攻める」
「そうされますね」
「そうだぎゃ」
この考えは変わっていなかった。
「わかったぎゃな」
「はい」
「無論です」
将兵達は口々に答えた。
「それではですね」
「まずは凌ぎますか」
「そうするだぎゃ、この岐阜城をわしが守ればぎゃ」
そうすればというのだ。
「誰にも攻め落とせんぎゃ」
「そうですね、棟梁が守られているとです」
「誰にも攻め落とせません
「だからぎゃ、やってやるぎゃ」
坂口も退くつもりはなかった、しかも関西の動きも読んでいた。そのうえで戦うつもりだった。
戦いの時は迫っていた、そして実際にだった。
関西の軍勢は城攻めにかかった、陸と空から一気に攻める。
麓の門や櫓にも砲撃や銃撃を浴びせる、だが中里は今は陸にいて彼等の采配を執りつつそのうえで将兵達に言った。
「砲撃はするけどや」
「それでもですね」
「この砲撃自体は」
「そや、山城を攻めてるんや」
だからだというのだ。
「高い場所には届きにくいさかいな」
「そうした大砲もないですし」
「持って来てませんし」
「そや、しかもこの山は高い」
岐阜城がある稲葉山はというのだ。
「上の方には届かん、城を占領する度に徐々に上に持ってくけどや」
「大砲自体を」
「そうするにしましてもですね」
「そこまで時間はかけん」
城の攻略自体にというのだ。
「そやから今回はあんまりあてにせん」
「わかりました」
「ほなそういうことで」
「そや、それでや」
中里はさらに言った。
「ここの采配はこれからは綾乃ちゃんが執る」
「棟梁がですね」
「そうされますか」
「僕は空に上がる」
彼自身はそうするというのだ。
第十一話 岐阜城にてその十四
「そうして攻めるわ」
「わかりました、ほなここはです」
「棟梁の言われる通りにします」
将兵達もこう中里に言う、そしてだった。
中里は鵺に乗って空に上がった、そうして空から稲葉山全体を見つつ鵺に言った。
「ほなやろか」
「ああ、空から思いきり攻めるんや」
鵺も中里に答えた。
「わし等でな」
「芥川もおるしな」
「よお、来たな」
ここでその芥川の声がした、見れば彼も狐に乗って空にいる。
「ほな今から攻めるか」
「そうするか」
「ああ、僕等は空から攻めるさかいな」
それでとだ、芥川は中里にこうも言った。
「自由に攻められる」
「それが利点やな」
「それやったらわかるやろ」
「敵の本丸を一気に攻めるか」
「そうするで」
稲葉山の頂上にあるその三層の天守を見ての言葉だ、安土城や大坂城のそれ程ではないが見事な天守である。
「そして上と下からさらに攻めてや」
「城全体をやな」
「占領する、ええな」
「わかったわ」
「ああ、ほなやろな」
こう二人で話してだ、空にいる軍勢を率いて本丸の上空に向かった。だがその本丸の上空には彼がいた。
坂口だ、空に上がり蜻蛉切と団扇を持って二人を待っていた。
「よお来たぎゃ」
「やっぱりおったか」
「おらんと思ったぎゃ?」
芥川に不敵な笑みで問い返しもしてきた。
「おみゃあさん達がそう思うとは思わんだがや」
「その通りや、絶対に来る思うてたわ」
芥川も不敵な笑みで答えた。
「最初からな」
「そうだぎゃな」
「ほな今から僕等を足止めするか」
「そうだぎゃ、天狗は空でこそ最も力を発揮するぎゃ」
坂口はこうも言った。
「それを見せてやるぎゃ」
「僕も天狗やで」
芥川は坂口にまた返した。
「それも承知やろ」
「ああ、勿論だがや」
「ほな天狗と天狗の勝負やな」
「そしてこっちにはこれがあるだがや」
右手に蜻蛉切、そして左手に団扇がある。坂口はここでは天狗の団扇を見せつけてそのうえで言うのだ。
「天狗の団扇の力見せるぎゃ」
「あれは気をつけるんや」
芥川は坂口の言葉を受けて中里に言った。
「関ヶ原では使ってなかったやろ」
「ああ、蜻蛉切だけやった」
「あの槍は貫けんもんはないし気を放つことも出来る」
「そうした神具やけど、ちゅうねんな」
「あれはあれでかなり強い」
「風を自由に起こして操れるか」
「そや」
そうした神具だというのだ。
第十一話 岐阜城にてその十五
「そやから注意するんや」
「わかったわ」
「しかもあいつは自分で言うてるけど空での戦に強い」
「そやからか」
「ああ、陸で戦うよりもな」
「僕等二人とも互角か?」
「そこまでいかんけど戦い方によってはな」
それ次第でというのだ。
「凌ぐことは出来る」
「そういうことか」
「僕等は攻め落とす、勝つことが目的や」
勝利条件、芥川はこれも言った。
「それも短い間にな」
「そやからやな」
「凌がれるとあかん」
「坂口もそれがわかってるからか」
「凌ぐつもりや」
それをはっきりとわかっているというのだ。
「そやからな」
「難しいか」
「ああ、団扇に蜻蛉切があるんや」
坂口、彼にはというのだ。
「そやから用心していくで」
「二対一でもか」
「神星でな、しかもな」
「しかも?」
「何か来たわ」
北の方を見てだ、芥川は中里に言った。
「感じるやろ」
「ああ、結構な数やな」
「これは北陸の軍勢やな」
東海と同盟を結んでいる彼等の、というのだ。
「援軍に来たみたいやな」
「そう来たか」
「ああ、そっち行くわ」
「ほな坂口はこっちで戦うわ」
「頼むな」
「ああ、そっちはな」
芥川も中里も急に出て来た援軍にも動じなかった、同盟国なら助けに来るのが当然であるし突然の事態にこそ冷静であるべきとわかっていたからだ。
だから芥川も冷静に向かい中里も同じだった、それでだ。
二人の対応は冷静であり中里も一人になっても坂口と向かい合っていた、そうして言うのだった。
「ほな再開やな」
「二人でもよかったぎゃ」
「強気やのう」
「わしもそれだけの実力があるぎゃ」
それ故にというのだ。
「この蜻蛉切と団扇を甘く見るなぎゃ」
「蜻蛉切は知ってるけどな」
関ヶ原での戦いにおいてだ、中里は坂口の蜻蛉切と激しく干戈を交えた、それでこの槍のことはよく知っているのだ。
「そっちの団扇はちゃうからな」
「天狗と言えばこれだぎゃ」
坂口は不敵な笑みで言った。
「その力今から見せたるぎゃ」
「面白い、ほな見せてもらおうか」
「行くぎゃ」
坂口は今まさにその団扇を使おうとした、だが。
ここで芥川が一人の翼人の陣羽織を着た者を連れて来て彼等のところに来てそのうえで彼等に対して言ってきた。
「待ってくれるか?」
「どないしたんや?」
「何だぎゃ?」
「戦は一時中断や」
そうすべきだというのだ。
第十一話 岐阜城にてその十六
「北陸から話があるそうや」
「北陸からか」
「ああ、この度の戦の仲裁をしたいそうだぎゃ」
「そんなん頼んでないぎゃ」
坂口はこうは言っても中里との一騎打ちを中断していた、これは話を聞く為だ。
「けれどわしは人の話は聞くぎゃ」
「そうか、それは何よりや」
「それで話って何や」
中里も一騎打ちに入ろうとしたところで止めて中里に問うた。
「一体」
「一旦綾乃ちゃんのところに行こか」
「そうしてやな」
「話をしよか」
北陸の申し出を受けてというのだ。
「これから」
「そうしてもらうと何よりです」
陣羽織を着た翼人も言って来た。
「我等の棟梁もそうして頂けると喜びます」
「一体何の話や」
そのことについてだ、中里は考えを巡らせた。
「まあそこは話を聞いてからやな」
「そや、とにかく戦を中断してな」
「本陣で綾乃ちゃんも交えてやな」
「話を聞こな」
こうしてだ、一先ず戦は中断となった。そして北陸の者達は関西と東海双方に使者を送って話をした、それで関西の三人の星達もだ。
彼等の本陣で話を聞いた、翼人はここで彼等に言った。
「ここは兵を退いて頂きたいのです」
「岐阜城攻めを止めろっちゅうんやな」
「はい」
その通りだとだ、翼人は棟梁の座にいる綾乃に答えた。
「ここは」
「まあ戦はせんに限る」
今度は芥川が言ってきた。
「出来る限りな、けどな」
「はい、戦をするには理由があります」
「そや、その理由はわかってるな」
「貴方達にしてもですね」
「ここまで来たら得るもんを得んとな」
その得たいものについてはだ、芥川はあえて言わなかった。
「引き下がれんで」
「左様ですね」
「こっちもさもないと兵を退かせる訳にはいかん」
腕を組んでだ、芥川ははっきりと言った。
「岐阜城を攻め取ってそれからも攻める」
「そこを何とかとです」
「そっちの棟梁さんが言うてるんやな」
「左様です」
その通りという返事だった。
「その詳しい話を棟梁はされたいのです」
「講和してか」
「左様です」
「確かに戦をするよりも話で収められたらええわ」
綾乃はあえて芥川と同じことを言った。
「それでな」
「それでは」
「うん、けどな」
穏やかな表情だが口調はしっかりとしていた。
「うちも引き下がる訳にはいかんと思ってるから」
「そのこともお話されたいとのことです」
「そっちの棟梁さんはやな」
「左様です、お願い出来ますか」
「綾乃ちゃんどないするんや?」
中里はこれまで翼人の話を聞いているだけだったがここで棟梁である彼女に聞いた。
第十一話 岐阜城にてその十七
「それで」
「話、詳しく聞こか」
綾乃はその中里にこう答えた。
「話を聞かんで戦を続けるのもよおないし」
「それでやな」
「そや、ここはまずはな」
「話を聞いてやな」
「それからや」
「それでは」
翼人は綾乃の返事に笑みになり応えた。
「すぐ我等の棟梁にお伝えします」
「それでやな」
「三方が顔を見合わせてです」
そのうえでというのだ。
「お話をしましょう」
「ほなな」
関西の方は承諾した、そして東海の方もだった。
戦を中断してだ、坂口は即座に雅と正宗に人をやって岐阜城に戻してそのうえで北陸の使者の話を聞いた。場所は天守閣だった。
その天守の三階でだ、坂口は北陸からの使者に問うた。
「戦を止めて話をしてこっちに利があるぎゃ?」
「はい」
使者は坂口の問いに即答で答えた。
「間違いなく」
「そしてそのことをだぎゃな」
「棟梁はお話されたいそうです」
「あいつはいつもこうだがや」
坂口は使者の言葉を聞いて苦笑いになった。
「何かっていうと世話を焼くだがや」
「そうした方なのは事実ですね」
雅も少し苦笑いになって述べた。
「世話焼きな方です」
「身内にも僕等にもだがや」
「そうですね、しかし」
「この話はだぎゃな」
「聞かれるべきです」
雅は軍師として坂口に言った。
「ここは」
「私もそう思います」
「拙僧もです」
滝沢と正宗もこう言った。
「まずはお話を聞きましょう」
「それからどうするか決めてもいかと」
「話を聞くのは人の基本だがや」
芥川もこのことはわかっていて言った。
「ではだぎゃ」
「戦は中断ですね」
「一時にしても」
「そうするぎゃ」
こうしてだ、双方一旦兵を退いた。そのうえでだった。
北陸を仲介役として会談に入った、その場jは岐阜城の正門の前だった。そこで中里達と坂口達は対したのだった。
するとだ、芥川が苦笑いでこう言った。
「戦の場で会わんと気楽やな」
「ああ、お互いな」
坂口が芥川に応えた。
「そうだぎゃ」
「自分等のことは嫌いやない」
芥川はこう坂口に言った。
「そやから配下にしたいんや」
「気が合うぎゃ、こっちもぎゃ」
坂口も言う。
「そう思ってるぎゃ」
「そうか、神星をか」
そうだぎゃ、名古屋人の意地にかけてぎゃ」
「ほな名古屋城で城下の盟誓わせたるわ」
「都でそうしたるぎゃ」
言い合う二人だった、だが。
第十一話 岐阜城にてその十八
その彼等にだ、黒い陣羽織と具足、それに服を着たエルフが言ってきた。髪は黒髪を長く伸ばし切れ長の黒い目を持つ長身のエルフだ。
その彼がだ、二人に不機嫌な顔で言ったのだ。
「静かに」
「ああ、これから話をするしな」
「ここはぎゃな」
「そうだ、折角戦を収めるのだ」
だからだというのだ。
「ここで言い合いなぞするな」
「そやな、ほな止めるか」
芥川は男のその言葉に頷いた。
「ここは大人しゅうしよか」
「そうしろ、全く貴殿等は」
「それで如何なるご用件で」
雅は黒髪のエルフに顔を向けて問うた。
「この度は来られたのでしょうか」
「決まっている、戦を止めさせる為だ」
エルフは雅に顔を向けて即答した。
「それは君もわかっていると思うが」
「はい」
雅は男に確かな声で答えた。
「それは」
「双方ここは戦を止めて講和することだ」
エルフは今度は双方に目をやり言った。
「そして兵を退け」
「それではいそうですかって退けると思うか?」
芥川は軽い笑みを浮かべて男に問うた。
「城攻めの真っ最中やったんやで」
「それは承知している」
「それでもかいな」
「貴殿達にもいい条件を出す」
エルフは鋭い目になり芥川に告げた。
「その条件で帰ってもらう」
「何や?その条件は」
「ああ、それはわしが言うぎゃ」
坂口がここで言ってきた。
「こっちの領土の割譲ぎゃな」
「そうだ、貴殿には辛いと思うがな」
「岐阜城はそのまま、しかしそこから西はぎゃな」
「関西に割譲するということでどうだ」
「そしてこっちは捕虜になっている兵を返してもらう」
「それでどうぎゃ」
「岐阜城を攻め落とされるというぎゃ」
「落とされずともかなりの犠牲を払うことは事実だ」
このまま戦ってはというのだ。
「そうすればどうなるか貴殿もわかっているだろう」
「こっちが傷付いて得をするのは関東ぎゃ」
「連中に飲み込まれたいか」
「冗談じゃないぎゃ」
これが坂口の返事だった。
「天下を取るのはわしだぎゃ」
「そう思っているのならだ」
盟友である北陸の者としての言葉だった。
「ここは退け、岐阜城は残るしな」
「そしてぎゃな」
「東に向かえ」
関東との境にというのだ。
「いいな」
「東はそんなに危ないぎゃ」
「私は関ケ原での負けを聞いてすぐに来た」
「みゃあさんが知っているってことはぎゃな」
「当然関東も知っている」
敵対している彼等もというのだ。
「先に政宗に二万の兵を預けて行かせた様だが」
「それで備えにしているぎゃ」
「それで足りると思っていないだろう」
「向こうが全力で来た場合は」
「どうもその全力で来る様だ」
エルフはその目をさらに鋭くさせて坂口に話した。
第十一話 岐阜城にてその十九
「だからここはだ」
「領地を割譲してぎゃ」
「兵を返してもらいだ」
関西が捕虜にしている一万の兵をというのだ。
「そして関東に向かえ」
「そうした方がええだぎゃな」
「それとも領地を一時的に失うのがそこまで嫌か」
エルフは坂口に問うた。
「貴殿はそこまで小さいか」
「おい、わしがそんな男だと思うだがや」
坂口はエルフの言葉に目を鋭くさせて問い返した。
「おみゃあさんは」
「思っていないからここに来た」
「土地は何時でも取り返せるぎゃ」
「しかし飲み込まれるとだ」
「それで終わりぎゃ」
「駿河、甲斐が狙われてる」
東海の領地であるこの二国がというのだ。
「だからすぐにだ」
「あの二国から一気に飲み込まれんうちにぎゃな」
「ここは主力で東に向かえ、私も既に越後の東に兵を送った」
「そういえばあいつがおらんぎゃ」
「そういうことだ」
エルフは即答で返した。
「わかったな」
「ああ、よくわかったぎゃ」
「そういうことだ」
エルフは今度は中里達に言った。
「ここは講和してだ」
「退いてか」
「そうだ」
そうしてというのだ。
「領土を渡す代わりにだ」
「兵を返せっちゅうんやな」
「そうしてもらう」
こう芥川に話した。
「いいな」
「美濃の西か」
割譲される領土についてだ、芥川は言った。
「もう少し欲しいがな」
「そう言うか」
「ああ、こっちとしてはな」
「攻め取った分はそこまでだが」
「だからっちゅうんか」
「それで我慢してもらう」
有無を言わせない言葉だった。
「いいな」
「そういう訳にもいかんで」
「こっちもぎゃ」
芥川も坂口も言った。
「こっちもまだやれるぎゃ」
「美濃全土と尾張や」
「城はこのまま守れるぎゃ」
「攻め取るまでや」
「そう言うと思っていた」
エルフも既にわかっているという返事だった。
「だがお互いそう言っていられる状況か」
「知ってとるんか」
芥川はエルフのその言葉に目を鋭くさせて言った。
「こっちの事情を」
「東にかまけて西はおろそかに出来るか」
「何かあったっちゅうんか」
「これから大いにあるだろう」
エルフは芥川を彼のその目に負けないだけ鋭い目で返した。
第十一話 岐阜城にてその二十
「そちらはな」
「そこでそう言うか」
「若し戦を続けるならこちらは東海の味方をする」
こう芥川に言った、勿論中里も綾乃も聞いている。
「そうなれば長期戦になり西の動きに対応出来るか」
「そう言うか」
「そうだ、どうする」
芥川に一歩も負けない感じだった、そして返す刀で坂口にも言った。
「関東、東北は大規模に動いている」
「そこまでぎゃ」
「すぐに東に行くべきだ」
彼にはこう言うのだった。
「さもないと甲斐と駿河を奪われてだ」
「さらにぎゃな」
「領土を侵食されるぞ」
関東、そして東北の者達にというのだ。
「無論こちらもその危険がある」
「だからぎゃな」
「そうだ、ここは講和しろ」
一時にしろというのだ。
「美濃の半分をやってな」
「棟梁、それで済むならいいかと」
雅が軍師として坂口に囁いた。
「ここは」
「うちもやな」
関西の方では綾乃が言った。
「まあここはな」
「綾乃ちゃんはええっていうんか」
「長い間戦してもな」
こう芥川に言うのだった。
「それでもな」
「西の方が不安やっちゅうねんな」
「今のところ話は聞いてないけど」
事態が動けばすぐに伝令を転移の術で送る様に言っている、しかしまだその伝令は来ていない状況だ。
「それでもな」
「何時動きがあるかわからん」
「芥川君はどう見てる?」
「吉川達を送ったんや」
西にとだ、芥川は綾乃にこのことから話した。
「そやから滅多なことではや」
「負けへんな」
「むしろ領国に一歩も入れんまま押し返す」
「それが出来てるな」
「ああ、間違いなくや」
そうだというのだ。
「兵の数も装備も確かやしな」
「ほなそろそろ」
「西でも動きがあるやろ、考えてみればや」
芥川は強く考える顔になりこうも言った。
「美濃と尾張全部を即座に手に取るにはな」
「それはやな」
「欲張り過ぎやったかもな」
自分の考えを振り返ってだ、独り言の様に言うのだった。
「それは」
「ほなここは」
「ああ、欲は張るもんやない」
こうも言うのだった。
「それやtったらな」
「これ位やで」
「わかった、棟梁の言葉で決まる」
芥川はここでこう言った。
「それで決まりや」
「そういうことでな」
「まあそれやったらな」
棟梁と軍師の話がまとまったところでだ、この話では聞いているだけだった中里も言った。
第十一話 岐阜城にてその二十一
「僕もそれでな」
「ああ、もう決まったけどな」
「ええと思うで」
「自分の意見はそれやな」
「美濃と尾張全部取ろうと思ったらな」
芥川の最初の考えをここで反芻して言うのだった。
「やっぱりな」
「かなり苦労するやろ」
「ああ、そうなるわ」
実際にというのだ。
「長い時間かかって西の動きに反応しにくいやろ」
「そっちで大きく動いたらな」
「そもそも今東海をどうこうするつもりがないならや」
芥川が今は東海を飲み込むべきでないと言ったことからの言葉だ。
「別にや」
「美濃の半分位でか」
「抑えてもええやろ」
こう言うのだった。
「まだな」
「よし、ほなな」
「ここは講和でええやろ」
「よし、そういうことでな」
三人の意見が一致した、それならというのだ。
関西の考えは決まった、そして東海もだ。
坂口は雅の意見を聞いたうえでだ、滝沢に問うた。
「おみゃあさんもそれでいいぎゃ?」
「はい」
滝沢は確かな声で答えた。
「確かに美濃の西は惜しいですが」
「それでもだぎゃな」
「ここで関東を抑えないと」
そうしなければというのだ。
「我等は関東に飲み込まれてしまいます」
「だからぎゃな」
「飲み込まれては本末転倒です」
それ故にというのだ。
「ここはです」
「講和ぎゃな」
「左様です」
滝沢もこう言うのだった。
「止むを得ないかと」
「わかったぎゃ」
坂口も頷いた、こうしてだった。
彼等の考えも決まった、そして綾乃と坂口がエルフに言った。
「講和するで」
「そういうことでな」
「わかった、では室生由紀夫の名においてだ」
エルフはここで己の名を言った。
「双方の講和が成ったことを確認する」
「ああ、自分室生か」
中里は彼の名乗りを受けて目を瞬かせて言った。
「そうやったんか」
「気付いていなかったのか」
「ああ、エルフやしな」
「エルフでも顔立ちはそのままだと思うが」
「そういえばそやな」
中里は室生の顔をまじまじと見つつ頷いた。
「髪と目の色も」
「そうだな」
「エルフって確か金髪と緑の目やったけど」
「この世界ではそうは限らない」
「黒い髪と目のエルフもおるか」
「私の様にな」
そうだというのだ。
第十一話 岐阜城にてその二十二
「このことは覚えておくといい」
「ああ、自分のこともな」
「そうしてもらう、ではだ」
「それではやな」
「講和は成った」
それは果たされたというのだ。
「では帰ることだ」
「そうさせてもらうわ」
中里は室生にすぐに応えた、
「ほなまたな」
「うむ、おそらく今度会う時はこうして穏やかではない」
「戦の場でやな」
「会うことになるだろう」
こう言うのだった。
「その時は容赦しない」
「それはこっちもや」
「その時は覚悟しておくことだ」
「お互いにやな」
「そうなるな、ではだ」
「またな」
二人は最後に別れの挨拶を交えてそうしてだった、関西の軍勢は美濃の西を手に入れてそれで兵を西に返した、彼等は戦に勝ったが得たいものを全て得られなかった。このことに思うところがあったが今は戦を終えたのだった。
第十一話 完
2017・3・25
第十二話 西の動きその一
第十二話 西の動き
関西の軍勢は美濃の西を手に入れたがこのことについて芥川は軍勢が近江に入ったところで言った。
「残念やったけどや」
「美濃と尾張を全部手に入れられへんでやな」
「ああ、けど東海の連中は叩けたしや」
こう中里に言うのだった。
「まあ土地もな」
「手に入れることは出来たしか」
「まあええか」
妥協している言葉だった。
「正直室生が来たんは早かったわ」
「あいつが来ると思うてたんか」
「ああ、そやから来る前に終わらせたかったんやけどな」
目的である美濃と尾張を手に入れたかったというのだ。
「あかんかったわ」
「そこは残念か」
「ああ、ただあいつの言う通りや」
「西はやな」
「そこや」
まさにというのだった。
「そこがどうなってるかや」
「まだ伝令は来てへんな」
綾乃も言ってきた。
「どうなってるやろ」
「まあそろそろ来るや」
芥川は綾乃にも答えた。
「西の方の話もな」
「それでそれ次第でやな」
「次にどう動くかや、まあ今はや」
芥川は近江に入ってからも都つまり西に向かって進んでいる自分達の軍勢を観つつ綾乃に話した。
「都に戻ろうな」
「そやな、まずは」
「あと東の守りやけどな」
「佐藤兄妹やな」
「あの二人に任せたいけど」
それが、というのだった。
「今は別のことを考えてるんや」
「ああ、何か傭兵を雇うとか言うてたな」
中里は芥川の先の言葉を思い出してこう言った。
「確か」
「それや」
「傭兵に東の守りを任せるんか」
「そう考えてるけどな」
「そうか、星の奴でも傭兵やってるのおんねんな」
「自分達が言うには四天王や」
「また随分お約束な自称やな」
四天王という言葉を聞いてだ、中里はこんなことを言った。
「四人やとよおそう言うな」
「他にもスーパーカルテットとか四大美女とか自称してる」
「美女かいな」
「ああ、四人共一年の女子や」
彼等が通っている八条学園高等部のというのだ。
「何か星の奴は八条学園の奴ばっかりやけどな」
「それもけったいな話やけどな」
「そこも気になるけどな」
「その四人もか」
「うちの学園の生徒や」
一年生の、というのだ。
第十二話 西の動きその二
「それで自称や」
「四天王だの何だのやな」
「そう言うてる、連中の拠点は奈良にあってな」
「そこに使者送ってか」
「ちょっと話をしといたわ」
慈善にというのだ。
「後は連中の連絡待ちや」
「そうか、それで四人が来たらか」
「連中に金ヶ崎、美濃と伊勢と尾張の国境を任せる」
傭兵である彼女達にというのだ。
「契約は守る連中やしな」
「裏切ったりせんか」
「傭兵ってそんなイメージもあるやろ」
「ああ、金次第でってな」
「それがちゃうからな」
彼女達はというのだ。
「適当でいい加減な連中やけどな」
「契約は守るか」
「ああ、そうする連中や」
このことは確かだというのだ。
「そやから任せられる」
「東の守りもか」
「東海と北陸はこれから関東と東北の連中との戦に入る」
坂口や室生達はというのだ。
「こっちには目を向けてる余裕やないやろ」
「けれどやな」
「ああ、用心は必要やろ」
「そやからやな」
「東の守りも必要や」
それでというのだ。
「連中を置いて佐藤兄妹は僕の下に置いてな」
「そうしてやな」
「次どうするかや」
「それはこれから次第か」
「ああ、出来たら西をな」
そちらをというのだ。
「何とかしたいわ」
「そうか」
「ああ、西を全部併合してな」
それからのこともだ、芥川は話した。
「あらためてや」
「東やな」
「そうする予定か」
「戦略的にはな、それは東でもええけど」
関西はこの世界でも地理的に日本の中心にある、だからそうなるのだ。
「けどな」
「それでもやな」
「そや、この世界では西の方が豊かや」
「人口とかも多いか」
「江戸もあるけどな」
関東の方にというのだ。
「江戸時代になるまで東国はあまり開けてなかったやろ」
「鎌倉はあってもな」
「この世界でもそやからな」
だからだというのだ。
「まずはな」
「豊かな西を併合してか」
「東を攻めたいんや」
「力をつけてか」
「勿論西の連中も強いけどな」
「山陽に四国か」
「あと九州もな」
そういった西国の諸勢力は何処もがというのだ。
「確かに強い、けどや」
「それでもか」
「連中を併呑してな」
そうしてというのだ。
第十二話 西の動きその三
「返す刀でもう一回東海と戦をしてや」
「北陸も攻めてか」
「関東、東北とも戦をする」
「それも勝ってか」
「統一や」
そう持っていくというのだ。
「日本をな」
「そうした考えか」
「うちの戦略はな、そうするで」
「天下統一への戦略は決まってるか」
「ああ、そうしてからな」
「さらにやな」
「他の国とも戦ってくことになるわ」
天下、即ち日本を一つにしてからもというのだ。
「そっちもな」
「そうか、アメリカや中国とも戦するか」
「東南アジアとか中南米とかともな」
「ロシアの氷帝ともやな」
「そや、何処が世界を一つにしてな」
そしてというのだ。
「この世界を収めるか、後な」
「後?」
「この世界何かあるみたいやな」
芥川は探る顔になり中里にこうも言ったのだった。
「どうもな」
「?巨人か?」
何かと聞いてだ、中里は彼自身はまだ会っていないこの存在のことを出した。
「急に出て来て暴れるっていう」
「あの連中最近ロシアやインドにばっかり出るらしいけどな」
「前はちゃうかってんな」
「日本にも出て来てたわ」
実際にというのだ。
「それで僕も何度か倒してる」
「そやねんな」
「ドラゴン並に強い連中でな」
「一体一体がやな」
「星の奴やないと相手に出来ん」
この世界では群を抜いて強くしかも神具を使える自分達でないとというのだ。
「連中はな」
「そこまで強いか」
「その連中のこともあるしな」
「何かあるんやな」
「ああ、世界を統一するのは何か自然な流れでな」
「皆考えてるんやな」
「けどな」
それでもというのだった。
「この世界変な感じや」
「世界の滅亡が迫ってるとかか」
「そういうのもあるかもな」
「物騒やな」
「ああ、そもそも僕等はどうしてこの世界に来たか」
芥川はこのことについても考えて言うのだった。
「それも気になるやろ」
「ああ、確かにな」
「そこも考えてな」
そしてというのだ。
「まずは天下統一進めていくで」
「そうしようか」
「ああ、ほな都に戻るで」
芥川は中里にここまで話して笑顔でこうも言った、そうしてだった。
一行は都に戻って行った、そのうえでこれからのことも考えるのだった。
第十二話 西の動きその四
話は前後する、夏目は姫路城に入りそこを拠点として山陽の勢力を迎え撃たんとしていた。彼は五層七階の天守閣を見つつ共に守りにあたる中原に言った。
「これからでおじゃるな」
「戦ですな」
「この播磨にも一歩も入れないでおじゃる」
敵をとだ、夏目は自分の隣にいる中原にこうも言った。
「そうするでおじゃるよ」
「それでは」
「この姫路城を出てでおじゃる」
そうしてというのだ。
「戦でおじゃる」
「では」
「中原氏は砲兵を頼むでおじゃる」
その彼等をというのだ。
「麿は足軽と騎馬隊を率いるでおじゃる」
「わかりましたわ」
「さて、山陽でおじゃるが」
敵のこともだ。中原は言った。
「かなり強いでおじゃるな」
「これまで何度か戦ってますけど」
「今度は徹底的にですな」
「それが棟梁、軍師さんのお考えでおじゃる」
夏目はこのことを理解していた、それは中原も同じだ。
「ではでおじゃる」
「山陽の兵を徹底的に倒しますか」
「だから麿達は力を合わせ」
「そしてでおじゃるな」
「戦いそしてですね」
「敵を徹底的に叩くでおじゃるよ」
「山陽の勢力が弱まれば」
今度は中原から言った。
「山陽は九州から攻められますな」
「そこが軍師殿の狙いでおじゃる」
「相手の勢力を弱めればそれで終わりではない」
「そこからまた動くでおじゃる」
「勢力は一つでない」
それ故にだ、芥川は目先の勝ちだけでなく先の先まで読んでそのうえで戦を進めているのだ。
「だからですな」
「四国は吉川さんと玲子さんが迎え打たれるでおじゃる」
「そちらは水軍の戦で」
「楽しみでおじゃるな」
「ほんまですな、けど」
「麿達はでおじゃる」
「はい、山陽に勝ちましょう」
それも徹底的にというのだ。
「ほな今から」
「出陣でおじゃるよ」
夏目は狐のその顔を綻ばさせて中原の狸の顔に告げた、そして実際に二万の兵を率いて播磨と備前の境に向かった。
その報を聞いてだ、山陽の方も動いた。
山陽の本陣でだ、一人の大柄なオークが言った。
「来たのう」
「ああ、向こうからな」
そのオークに鋭い目をしたドラゴンの頭の男が応えた、見れば肌は濃緑の鱗である。
「国境までな」
「それでどうするかじゃ」
オークはその竜人に言った。
第十二話 西の動きその五
「わし等が」
「それはわれが一番わかってることじゃろ」
竜人はこうオークに返した。
「ここの棟梁じゃけえのう」
「まあな」
その通りだとだ、オークは竜人に答えた。
「最初から攻めるつもりだったんじゃ」
「それやったらじゃな」
「戦じゃ」
それだというのだ。
「関西の奴等ぶちさらっちゃるけえ」
「その意気じゃ、ほな行くか」
竜人は鋭い目で言った、見ればオークは薄い青の着流しだが竜人は戦国時代の具足と服に陣羽織である。
「これからのう」
「おう、それで敵将は誰じゃ」
「狐と狸じゃ」
竜人は夏目と中原をこう言った。
「あの連中じゃ」
「公家と商人か」
「そうじゃ」
その通りだというのだ。
「おもろい顔触れじゃのう」
「そうじゃな、ほな狐と狸やったるか」
「まずはな」
「それで播磨取ったるわ」
「おう、その為に行くか」
「海からは四国の奴等が攻める」
その彼等がというのだ。
「そろそろあっちも淡路の辺りで一戦じゃ」
「それでわし等もじゃな」
「丘の上で戦じゃ」
「そして両方が買ってのう」
「都までじゃ」
行くとだ、二人で言ってだった。彼等は今度は周りの兵達に言った。
「おどれ等ええのう」
「はい、今からですね」
「戦ですね」
「そうじゃ」
オークが彼等に応えた。
「播磨と備前の境まで行ってじゃ」
「そしてそのうえで」
「一戦交えて」
「それから」
「姫路まで行ってじゃ」
そのうえでというのだ。
「城攻め取って播磨一国攻め取るぞ」
「わかりましたわ」
「ほなやったりましょ」
「そうするけえのう」
見ればオークの顔は豚のものはない、身体自体もだ。より毛深くダークブラウンの毛並みの猪のものだ。
「わかったな」
「はい、それやったらです」
「夜襲仕掛けたりますか」
「わし等の得意の」
「いや、それは向こうも呼んでるわ」
オークは兵達にこう返した。
「夏目も中原もあれで頭がええわ」
「棟梁と同じだけ」
「そうだからですか」
「そうじゃ、敢えてじゃ」
オークは腕を組み立っている、隣に竜人がいてやはり立っている。
第十二話 西の動きその六
「ここはそうせんのじゃ」
「ほな何時攻めるんですか」
「夜い仕掛けんかったら」
「朝じゃ」
その時だというのだ。
「朝に仕掛けるんじゃ」
「朝ですか」
「その時にですか」
「早朝じゃ」
まさにその時にというのだ。
「朝に一気にやったるんじゃ」
「それがええのう」
竜人はオークのその提案に乗って言ってきた。
「関西の連中は中々頭が切れるけえのう」
「だから夜襲位は読んでるわ」
「そやからじゃのう」
「夜は敢えて攻めんわ」
迎え撃たれることが容易にわかるからだ。
「だからじゃ」
「夜は何もせんと」
「用意はする」
戦のそれはというのだ。
「しかしじゃ」
「それでもじゃな」
「用意をしてじゃ」
「そしてじゃな」
「朝じゃ」
まさにその時にというのだ。
「日の出と共に攻めるんじゃ」
「そうか、わかったわ」
「そういうことじゃ、ええのう」
「ああ、朝に一気にやったろか」
「人間朝が一番辛いんじゃ」
日の出のその時がというのだ。
「まだ寝てるか起き抜けじゃからのう」
「夜よりもな」
「お日さんにもまだ目が慣れてないしな」
このこともあってというのだ。
「やったるで」
「そして狐と狸やったるか」
「わし等でのう」
「猪と竜でな」
「向こうは化かす、こっちは干支じゃ」
オークは笑ってこうも言った。
「格がちゃうんじゃ」
「わし等は連中と同じ地の星じゃけどな」
星の格は同じだというのだ。
「しかしのう、われの言う通り違うわ」
「そうじゃ、干支の力見せたるんじゃ」
こう言ってだ、山陽の勢力を率いるオークである井伏秀幸と竜人である山本剛が共に出陣した、その報はすぐにだった。
夏目達にも届いた、夏目はそれを聞いてすぐに陣中で言った。
「井伏氏も山本氏も出たでおじゃるか」
「予想通りやな」
「その通りでおじゃる、しかしでおじゃる」
「しかし?」
「山本氏はどちらの世界でも変わったでおじゃるな」
こちらの世界でも彼等の世界でもというのだ。
「実に」
「そうやな、一年の時はな」
「荒れて仕方なかったでおじゃる」
「それで仕方なかったわ」
「向こうで色々あったと聞いているでおじゃる」
「広島では」
彼の出身地で中学までいたそこではだ。
第十二話 西の動きその七
「酷かったとか」
「友達と思っていた者に裏切られたそうでおじゃるが」
「それでかなりやさぐれていたとか」
「実際入学時は酷かったでおじゃる」
彼等が通っている八条学園高等部の話だ、現実世界での。
「あの時は本当にどうしようもなかったでおじゃるよ」
「そもそも見かねた両親が広島から神戸の学校に行かせた程で」
「寮に入れてそうしてでおじゃるな」
「場所を別にしてそこで更生してもらおうと」
「それで、でおじゃったが」
「成功やったな」
「全くでおじゃる」
「井伏君と会えて」
山陽の棟梁である彼と、というのだ。
「ほんまよかった」
「全くでおじゃるよ」
「一年の時同じクラスで激しくぶつかって」
「何度もだったでおじゃるな」
「同じ広島出身でもいた地域が違う彼とそうなって」
「そして次第に打ち解けてでおじゃる」
「今では腹を割った親友同士」
「そうなってよかったでおじゃる」
敵である彼のことをだ、夏目はこう中原に語った。
「麿もそう思うでおじゃる」
「山本君は決して悪人ではない」
「むしろいい方でおじゃるな」
「だからこそ更生出来たんやな」
「真の友を得て」
「まさに、しかし」
ここでだ、中原は眉をしかとさせた。そのうえで夏目に対して強い声で言ったのだった。
「それではいそうですかとはいかんな」
「麿達は敵同士でおじゃるからな」
「ではどうするか」
「もう答えは出ているでおじゃるよ」
夏目も中原に確かな顔で返した。
「戦でおじゃる」
「そして勝つ」
「そうするでおじゃる」
「そろそろ夜やけど」
中原は周りを見た、もう日暮れ時である。
「敵は来るやろか」
「麿なら攻めるでおじゃる」
夏目は中原にその狐の顔で答えた。
「確実に」
「そうするか、あんたはんなら」
「するでおじゃる、ただ」
「ただ?」
「夜襲で来るでおじゃるか」
こう中原に問うたのだった。
「果たして」
「夜来るもんやろ、こうした時は」
「いやいや、軍師さんならどうするかでおじゃる」
「軍師はんなら」
「うちのでおじゃる」
芥川、彼ならというのだ。
「どうするでおじゃるな」
「軍師はんなら」
どうするか、中原は彼の頭の中で考えて夏目に答えた。
「夜襲みたいなことは」
「せんでおじゃるな」
「こうした時は」
「あえてでおじゃる」
「敵の裏をかいて」
「むしろ夜にあえて気をつけさせて、でおじゃるな」
「朝に」
中原はここではっとした顔になった、その狸の顔が。
第十二話 西の動きその八
「それも日の出の時に」
「そうしてくるでおじゃるな」
「軍師はんなら」
「確かに夜襲の可能性は高いでおじゃる」
夏目はこの可能性自体は否定しなかった。
だがそれと共にだ、こうも言うのだった。
「しかしむしろでおじゃる」
「ここで攻めるなら」
「裏の裏をかいてくるでおじゃる」
山陽の勢力はというのだ。
「実際に敵の棟梁井伏氏はどうでおじゃるか」
「そうしたことは得意やな」
「相撲部でも頭脳派でおじゃるな」
「学校でも成績優秀」
二年ではかなりいい方だ、その巨体に似合わず細かいところまで気がつく性格でも有名である。
「それでは」
「そうしてくるでおじゃるな」
「そして山本はんは井伏はんの話を聞く」
「悪いと思ったことは言うでおじゃるがな」
絶対服従ではない、まさに肝胆相照らす間柄だというのだ。
「しかしでおじゃる」
「そうしたお人やからこそ」
「朝でおじゃるよ」
「それでは」
「今のうちに休んでおくでおじゃる」
これが夏目の最初の判断だった。
「そしてでおじゃる」
「朝の日の出前に起きて」
「早いうちに飯にするでおじゃる」
そうしたこともするというのだ。
「腹が減っては戦が出来んでおじゃる」
「その通りやしな」
「何故日の出に攻めるとええか」
「急襲やしな」
「朝は日の出の後で飯を食うでおじゃるな」
「その飯の前に攻めると」
「相手が一番弱い時でおじゃるからな」
まさにその飯を食う寸前だからだ、力が最も抜けている瞬間であることは紛れもない事実だ。
「攻めるには一番いいでおじゃる」
「では」
「ここは敵のさらに裏をかくでじゃる」
これが夏目の考えだった。
「日の出前にもう飯を食ってでおじゃる」
「戦の用意をして」
「そしてでおじゃる」
そのうえでというのだ。
「迎え撃つでおじゃる」
「そうしてでんな」
「勝つでおじゃる、ただ」
「敵も強い」
「あの二人は共に傑物でおじゃる」
井伏、そして山本はどちらもというのだ。
「酔い伊那相手ではないでおじゃる」
「有利な戦になっても」
敵のその裏をかいてだ。
第十二話 西の動きその九
「だからこそ」
「注意すべきでおじゃる」
「全く以てやな」
「あの二人は共に足軽で攻めて来るでおじゃる」
「では」
「麿が鉄砲と槍で防ぐでおじゃる」
関西の軍勢が多く持っているこの二つの武器でというのだ。
「弓矢も使うでおじゃるが」
「大砲も」
「それでおじゃる」
まさにとだ、夏目はここで中原にこれまでよりも強い声で告げた。まさにそこにあるという声だった。
「頼めるでおじゃるな」
「ほな」
「敵は空船も鉄砲も砲も少ないでおじゃる」
「それはどの勢力もでおじゃる」
このこともだ、夏目は言った。
「日本では」
「装備は命やしな」
「その点関西は有利でおじゃる」
実は関西の兵は弱いと言われている、しかし具足やそうした武器の良さに数の多さで有利に立っているのだ。
「それを活かすのは当然でおじゃる」
「そやな、ほな」
「大砲は任せたでおじゃる」
「そういうことでな」
こう話してだ、そしてだった。
夏目と中原は敵の動きを読んでそのうえでだった。
朝に備えて飯の用意もして早めに寝ておいた、だがそれは陣中に収めあえて隠していた。それは山陽の斥候達が見てもだった。
夜は休んでいる様に見えた、それで彼等も言った。
「よお寝とるのう」
「ああ、このままやったらな」
「朝連中が起きた時に攻める」
「棟梁の策は効くわ」
「確かに朝起きて飯を食う時は力がでん」
「その直前はな」
「むしろ寝てる時を攻められるより怖い」
起きてすぐ、そして食事の直前はというのだ。
「まさに狙い目じゃ」
「ほな棟梁にこのこと報告するか」
「そうすべきじゃな」
こう話してだ、そしてだった。
彼等は彼等の陣に戻った、しかし夏目はその彼等を見て言った。
「これでいいでおじゃる」
「そやな」
中原も言う、彼等を見て。
「敵はかかったわ」
「麿達が寝ていると思っているでおじゃる」
「夜襲に気をつけていても」
見張りは置いている、彼等は普段からこの用心は忘れていない。
「それでもな」
「朝はどうかでおじゃる」
敵の狙いはだ。
「夜襲がなくてほっとして」
「そして飯を食う」
「日も出るでおじゃる」
明るくなってきて周りが見えてきてこのことでもほっとする。
第十二話 西の動きその十
「まさに狙い目でおじゃる」
「夜よりもな」
「だから井伏氏もそう来るでおじゃる」
「しかしそこを」
「返り討ちでおじゃる」
「そうする為にも」
「今はお芝居でおじゃるよ」
「普段通りにしていて」
これもあえてだ、普通の夜を過ごしてだ。彼等は朝のことを考えていた。
井伏は斥候達の報を聞いてあらためて言った。
「よし、丑三つ時まではじっくり寝てじゃ」
「そしてじゃな」
「そうじゃ、丑三つ時に起きてじゃ」
こう山本にも言う。
「後はな」
「飯を食うてじゃな」
「そこから攻めじゃ」
それにかかるというのだ。
「日の出にな」
「一気にせめてじゃな」
「勝つ、兵の数はほぼ互角じゃ」
「相手は二万、こっちも大体二万」
「それじゃったら機先を制した奴が勝つ」
井伏は断言した。
「だからこそ朝攻めるんじゃ」
「そういうことじゃな」
「やったるわ」
「おう、その通りじゃな」
「そして姫路まで攻め取ってな」
「都じゃな」
「そこも目指すか」
四国の者達と協同してだ、彼等はそう考えていた。だからこそ今は丑三つ時まで寝ることにした。
そしてだった、日の出と共にだった。山陽の軍勢は雄叫びを挙げ槍を掲げて関西の軍勢に向かって突進した。しかし。
その彼等を見てだ、夏目は冷静に兵達に言った。
「鉄砲隊、攻撃用意でおじゃる」
「はい、三段ですね」
「三段撃ちですね」
「それを仕掛けるでおじゃる」
鉄砲のそれをというのだ。
「いいでおじゃるな」
「わかりました」
「ほな手筈通り」
「あと長槍もでおじゃる」
これもというのだ。
「手筈通りでおじゃるよ」
「前に突き出し」
「敵を寄せ付けないんですな」
「鉄砲とそれで防ぐでおじゃる」
この二つの武器でというのだ。
「冷静にしていれば問題なしでおじゃる」
「そしてやな」
中原も言ってきた。
「大砲もやな」
「鉄砲を撃った直後にでおじゃる」
まさにというのだ。
「敵に向けて一斉砲撃でおじゃるよ」
「これも手筈通りやな」
「そうでおじゃる」
その通りだというのだ。
第十二話 西の動きその十一
「これで敵の機先はかなり封じられるでおじゃる」
「そうやな」
「そして後はでおじゃる」
「問題は井伏はんと山本はんやな」
二人の星の者達だというのだ。
「あの二人も出て来るやろ」
「二人にどうして戦うか」
「兵を攻めるか」
「策に従えばでおじゃる、ただ」
「策通りにいくか」
「そこは臨機応変でおじゃる」
その都度変えていくというのだ、こうした話をしてだった。
彼等は鉄砲と大砲の射程を待った、それまではようやく朝起きてきたというふりをしていた。
具足をようやく着けて武器も近くにあるだけだ、しかし。
夏目はしかと見ていた、山陽の者達の動きを。そしてだった。
間合いに入る直前と見るとだ、即座に言った。
「今でおじゃる」
「では法螺貝を」
「鳴らすでおじゃる」
傍の兵に言った、するとだった。
関西の兵達は即座に傍にあえて置いていた鉄砲を一斉に持った、そしてそれを即座にだった。
撃った、しかもそれは一段ではなく。
二段、三段とだ。夏目の采配通りに撃った。しかもそこにだ。
砲撃も来た、その攻めにだ。山陽の兵達は動きを止めた。
「鉄砲に大砲!?」
「いきなり来たぞ」
「まさかと思うが」
「連中は」
「そうじゃな」
井伏はすぐに事情を察して山本に言った。
「わかっとったわ」
「相手はこっちの朝の攻撃がな」
「それでじゃな」
「ちゃんと迎え撃ってきたら」
「そう来るとじゃ」
攻めを読まれても冷静だった、井伏はそれを想定の範囲内としてそのうえで山本にこうも言った。
「こっちもやり方があるわ」
「それはどうするんじゃ」
「わし等が攻めるわ」
そうすればいいというのだ。
「我とわしでな」
「そうするか」
「そうじゃ、ええのう」
「ああ、何時でもな」
山本はその目を鋭くさせて井伏に答えた。
「いけるわ」
「よし、そやったらな」
「今から行くか」
「そうするわ」
ここでだ、井伏は立ち上がってだった。
服を脱いだ、すると毛で全身を覆われた力士そのものの逞しい身体が現れた。身に着けているものは褌一枚だった。
その褌を見てだ、山本は言った。
「褌も神具じゃからのう」
「世の中面白いわ」
井伏は下から牙が出ているその口に笑みを浮かべて言った。
「この世界ものう」
「そうじゃな」
「褌は褌でも宿祢さんの褌じゃ」
「相撲をはじめたな」
「その人の褌だからじゃ」
「着ける奴の身体を極限まで強おさせてな」
「力は山を抜き気は世を覆い」
さながら覇王の如き力を出すというのだ。
第十二話 西の動きその十二
「そして硬さは鋼じゃ」
「そこまで強うなるのう」
「この力で攻める」
兵での攻めは足止めされたがというのだ。
「わしはな」
「そしてわしもじゃ」
山本は槍を出して言った。
「やったるわ」
「わし一人では行かせんっちゅうことか」
「当たり前じゃ、わしはおどれと何時でも一緒じゃ」
だからだというのだ。
「相手が誰でも何処でもな」
「そう言うてくれるか」
「わしを救ってくれたんじゃ」
だからこそというのだ。
「そのおどれの為やったらや」
「やってくれるか」
「そうじゃ、おどれが行くんやったらわしもじゃ」
こう言ってだ、山本は槍を構えた。こうしてだった。
二人は激しい銃撃と砲撃で完全に足を止められ逆に押されはじめた軍勢の前に出た。そうして。
井伏は大きく四股を踏んだ、するとそれだけで大きく台地が震えた。関西の軍勢二万も大きく揺れて。
驚きの声を挙げてだ、彼等は口々に言った。
「何やあの四股は」
「あれ山陽の棟梁井伏さんやで」
「噂に聞く天下一の力士か」
「横綱とも言われてるな」
「ははは、わしはまだ横綱までいかん」
井伏は関西の足軽達の言葉に笑って返した。
「幕内にもなっとらんわ」
「実力は横綱以上じゃ」
その井伏の横に槍を持った山本が出て来た。
「こっちの世界でもな」
「わし等本来の世界でもか」
「そうじゃ、もうその強さは横綱級じゃ」
そこまで強いというのだ。
「その言葉素直に受け取っておくんじゃ」
「そやったらその言葉に恥じん強さになるんじゃ」
「精進してじゃな」
「そうじゃ、それではじゃあな」
「行くか」
「ああ、そうするか」
二人で話してだ、そしてだった。
彼等は攻めに出た、その二人を見てだった。夏目は中原に言った。
「来たでおじゃるな」
「大丈夫かいな」
中原は夏目に対してやや心配する顔で問うた。
「相手は武闘派二人や」
「麿達二人と同じ地の星でおじゃってな」
「しかもここで戦えるのはあんただけやで」
星の者ではというのだ。
「二対一でしかも相手は武闘派」
「分が悪いでおじゃるな」
「それをどうするねん」
「安心するでおじゃる、今は一人でおじゃるが」
「というと」
「三人になるでおじゃる」
そうなるというのだ。
第十二話 西の動きその十三
「一時ではおじゃっても」
「あの二人呼ぶんか」
「あちらの事情次第でおじゃるが」
「三対一にするか」
「そうでおじゃる、では」
早速だ、夏目は貝殻を出してすぐに向こうの相手に声をかけた。
「麿でおじゃるが」
「あっ、夏目さんですか」
出たのは佐藤兄の声だった。
「用事ですか」
「こっちに来られるでおじゃるか?」
「はい、今は」
「では宜しく頼めるでおじゃるか」
「場所は何処ですか?」
「播磨と備前の境でおじゃる」
夏目は場所のことも話した。
「それで香菜ちゃんもでおじゃる」
「わかりました、親分にも連絡しときます」
彼等の直接の主である芥川にもというのだ。
「それですぐにそっちに行きます」
「転移の術でおじゃるな」
「道具使って行きますわ」
「では二人で」
「はい、妹は状況次第ですけど」
妹が受け持っている場所のだ。
「二人行けましたら」
「頼むでおじゃるよ」
「すぐに行きます」
佐藤兄はこう答えてだ、そしてだった。
すぐにだ、彼は妹と共に夏目達の前に来た。そうして二人で自分達の目の前を見てから夏目に言った。
「僕等あれですか」
「井伏さんか山本さんのどっちかをですか」
「山本氏を頼むでおじゃる」
彼をというのだ。
「麿は井伏氏に向かうある」
「そして中原さんが軍の采配を執る」
「そうなりますか」
「まあ采配の方は出来るからな」
その中原の言葉だ。
「任せてくれるか」
「頼むでおじゃる」
「とはいって砲撃と銃撃メインでな」
中原は自分の采配のことも話した。
「それでや」
「攻めはでおじゃるな」
「わし出来んけど」
「充分でおじゃるよ」
それでとだ、夏目は中原に笑って答えた。
「どんどん撃って欲しいでおじゃる」
「それでええんか」
「敵の星を封じてでおじゃる」
そしてというのだ。
「兵も減らす」
「それがやな」
「この世界の戦い方の一つでおじゃるからな」
だからだというのだ。
「充分でおじゃる」
「そやねんな」
「そうでおじゃるよ」
中原に温和な顔で話した。
「それで頼むでおじゃる」
「わかったわ、ほなな」
「砲撃、そして銃撃を続けるでおじゃる」
このままというのだ。
第十二話 西の動きその十四
「間合いを考えてそうしてくれたらいいでおじゃる」
「ほなやらせてもらうわ」
「では麿達はでおじゃる」
夏目はその手に持っている菊一文字を抜いた、そしてだった。
自軍に砲弾の様な速さで向かって来ている井伏に向かった、佐藤兄妹もだった。互いに顔を見合わせて言い合った。
「ほな僕等は山本さんに向かおうな」
「そうしよな」
二人で話した。
「二対一でな」
「やったろな」
「ほな中原さん行ってきます」
「今からそうしてきます」
「相手は強いから気をつけや」
中原は自分に言う二人を送り出した、そのうえで自身は軍勢の采配に専念することにした。
砲撃と銃撃が続く中でだ、夏目は井伏の前に来た。すると井伏は動きを止めて夏目に言った。
「来たか」
「久方ぶりでおじゃるな」
夏目は急停止した井伏の前に出て悠然とした笑みを浮かべて応えた。
「井伏氏も元気そうで何よりでおじゃる」
「お互いにのう。それで頼みがあるんじゃ」
「負けろ、でおじゃるかな」
「関西全軍わしの仲間になって欲しいんじゃ」
「ほっほっほ、では井伏氏がこちらに入るでおじゃるな」
「ちゃう、逆じゃ」
井伏もまた笑って夏目に返した。
「わしが棟梁、夏目達がわしの配下になるんじゃ」
「それはまた珍妙でおじゃるな」
「珍妙?」
「この天下は姫巫女様のものになると決まっているでおじゃる」
夏目の悠然とした態度は変わらない。
「井伏氏もそのお一人でおじゃるよ」
「わしを配下にするんか」
「麿と轡を並べるでおじゃる」
そうなるというのだ。
「いいことでおじゃるな」
「山本もっちゅうんか」
「当然でおじゃる」
井伏の親友である彼も然りというのだ。
「むしろ麿達の方から井伏氏達に言いたいでおじゃる」
「配下になれか」
「一緒に楽しくやるでおじゃる」
「面白い、そう言うんならじゃ」
夏目のその言葉を受けてだ、井伏は。
猪の顔でにやりと笑てだ、こう夏目に返した、
「わし等に勝つことじゃ」
「勝てばでおじゃるな」
「江田島の男に二言はないわ」
その笑みでの言葉だ。
「そのことは言っておくけんのう」
「帝国海軍からの伝統でおじゃるな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「絶対にじゃ」
「わかったでおじゃる、ではでおじゃる」
「やるか」
「麿にも二言はないでおじゃるよ」
菊一文字を構えてだ、夏目は井伏に答えた。
「戦場においては」
「そう言うか」
「そうでおじゃる」
こう答えたのだった。
第十二話 西の動きその十五
「井伏氏を姫巫女様に合わせるでおじゃる」
「絶対にか」
「そうするでおじゃる」
「そうか、ほなじゃ」
「勝負でおじゃる」
「ああ、やるか」
井伏も相撲のはっけよいの構えになった、そしてだった。
二人は互いに勝負に入った、柔と剛が今激しくぶつかり合った。
佐藤兄妹は山本と対峙していた、まずは兄が彼に言った。
「二対一やけどええですか?」
「構わない」
これが山本の返事だった。
「これまで喧嘩は何人も相手にするのがざらじゃった」
「それで、ですか」
「喧嘩もそうじゃし戦の場やともっとじゃろ」
それこそというのだ。
「何人も一度に来るものじゃ」
「そやから」
「おどれ等が二人で来てもじゃ」
それでもというのだ。
「わしは構わん」
「そうですか」
「しかし言っとく」
山本はその竜の目を鋭くさせて佐藤兄に言った、見れば竜といっても顔立ちは東洋の龍のそれだ。
「わしは強い」
「はい、知ってます」
「そやからうち等も二人で来ました」
兄だけでなく妹も言ってきた。
「二対一でやっと」
「そうした人ですな」
「何人でも倒したる」
剛槍、日本号を持っての言葉だ。100
「覚悟せえ」
「そうですか、ほな」
佐藤妹が応えた、そのうえで自分の兄に言った。
「兄ちゃん、あれやったらどや」
「そやな」
兄の方も妹に応えた。
「何人でもって言ってくれたし」
「そうしよか」
「それで自分もやろ」
「あの術使ってな」
「二人でやろか」
「今からな」
こう二人で話した、そして。
兄はきっとした目で笑みを浮かべてだ、こう言った。
「分身の術、いきますわ」
「分身の術か」
「そうですわ、こうして」
黒い忍者装束の佐藤兄がだ。
すっともう一人増えた、一人が二人に。そして二人が三人にと瞬く間に増えていき遂には七人になった。しかも。
装束の色が違った。赤に青、黄、紫、緑、橙とだ。それぞれの色を着ていた。その七人の佐藤兄が言うのだ。
「こうしてですわ」
「僕分身の術得意ですさかい」
「こうして使えます」
「七人まで増やせますで」
それぞれの口で山本に話す。
第十二話 西の動きその十六
「勿論本体はどれかわかりません」
「しかもそれぞれ動けます」
「そして攻撃も出来ます」
「そやから強いですで」
「わしとその術で戦うか」
山本は七人の佐藤兄を前に強い目で言った。
「そういうことか」
「さもないと勝てませんさかい」
「山本さん強いですさかい」
「さやからこの術使いました」
「強い相手には強い術」
「それがお約束ですさかい」
「わしを認めてくれたんは嬉しい」
それはとだ、山本は佐藤兄ににこりともせず返した。
「しかしじゃ」
「しかし?」
「しかしといいますと」
「それだけでわしに勝てると思わんことじゃ」
そのにこりともしない顔での言葉だ。
「わしと喧嘩するならな」
「それはわかってます」
「僕かてアホやないですさかい」
「さやからもう一人います」
「そこは忘れてもらったら困りますわ」
「もう一人か」
「はい、うちですわ」
ここでだ、そのもう一人である佐藤妹が山本に言ってきた。
「うちもいますさかい」
「我も術使うか」
「そうしますわ」
その通りだとだ、佐藤妹は山本に答えた。その手に神具を持ちつつ。
「これから」
「ほなその術も見せてもらおか」
「ほな」
佐藤妹もにやりと笑ってだ、そしてだった。
両手で印を結んでだ、こう言った。
「忍法幻影の術」
「!?」
急にだ、場を濃い霧が包んだ。それは己の身体も見えなくなるまでに濃い霧だった。その霧でだ。
山本は槍を構えてだ、こう言った。
「見えんか」
「僕等棟梁よりずっと弱いです」
佐藤兄の言葉がその霧の中から来た。
「そのことは事実です」
「そのことはわかってます」
妹も言ってきた。
「その実力の違いはどうしようもありません」
「けれどそれでも戦い方がありまして」
「強い人相手には術を使う」
「そうしてます」
こう山本に言うのだった。
「ほないきますで」
「容赦しませんさかい」
「思いきりいきます」
「今から」
「来い」
山本も冷静な声で返してきた。
「これでわしを倒せる思うんならな」
「ほな」
「やりましょか」
お互いに霧の中で言い合う、そしてだった。
三人もまた戦いに入った、星達の戦いはここでも幕を開けたのだった。
第十二話 完
2017・4・1
第十三話 星と兵とその一
第十三話 星と兵と
夏目は井伏との戦闘に入った、井伏は即座にだった。
己の前に自身の足で立つ夏目に向かって突進してだ、体当たりを仕掛けてきた。しかしその体当たりをだ。
夏目は身体を右に翻してかわした、そこでかわす瞬間にだ。
闘牛士の様に菊一文字で刺そうとする、だがその一撃をだ。
井伏は突進のあまりもの速さでかわしてだ、突進を終え動きを止めて振り返ってから夏目に言った。
「よかったわ、かわせて」
「流石でおじゃるな」
攻撃をかわされた夏目は井伏と再び正対しつつ応えた。
「突進も葉やけばでおじゃる」
「当たらんわ」
「そうでおじゃるな」
「闘牛士になったつもりで仕掛けたのう」
「その通りでおじゃる」
夏目はその通りだと答えた。
「それが上手くいくと思ったでおじゃるが」
「わしもぶつかったと思ったが」
「紙一重で見切ったでおじゃる」
そうだったというのだ。
「いや、よかったでおじゃる」
「その紙一重が大きい」
実にとだ、井伏は夏目に返した。
「当たると当たらんではのう」
「それはこちらも同じでおじゃる」
「そう言うか」
「そうでおじゃる、しかし」
「お互いこれで終わりではないのう」
「無論でおじゃる」
「さっきのは挨拶」
闘いのはじめのというのだ。
「ほんのな」
「そうでおじゃるな」
「ではのう」
「さらにでおじゃるな」
「死合うか」
まさにという言葉だった。
「今からな」
「そうするでおじゃる」
「ではもう一度行く」
「受けて立つでおじゃる」
ここでだ、二人は互いにだった。相手に氷の魔法を放ったがそれは両者の間で炸裂して相殺された。この魔法の応酬から。
井伏は再び突進した、それから。
両手でだ、凄まじい張り手を繰り出してきた。
「千手観音!」
「おお、それで来たでおじゃるか」
「これでどうじゃ!」
「見事でおじゃる」
夏目はその張り手を魔法の障壁で防ぎつつ応えた。
「前よりも強くなったでおじゃるな」
「修行せんとのう」
「強くならない」
「だからじゃ」
それでというのだ。
「わしも鍛えてるんじゃ」
「いいことでおじゃるよ」
「それは我もじゃな」
井伏は夏目を見据えて彼に言った。
「そうじゃな」
「ほっほっほ、関西は政に忙しいでおじゃるが」
関西は日本の諸勢力の中でも特に内政に力を入れている、そのこともあり国はかなり豊かである。
第十三話 星と兵とその二
「修行は怠っていないでおじゃる」
「それでじゃな」
「強いというでおおじゃるな」
「そうなっとるわ、前以上に」
そうだというのだ。
「ええことじゃ」
「お互いでおじゃるな」
「そうじゃ、強くなることはええことじゃ」
何といってもというのだ。
「人は精進せなあかんからのう」
「全くでおじゃる、そうでこそでおじゃる」
笑みを浮かべてだ、夏目は井伏の怒涛の張り手攻撃を次から次に障壁を出しつつ防ぎながら言った。
「麿の好敵手でおじゃる」
「わしもそう言っておくけんのう」
「そうでおじゃるか」
「じゃあ好敵手同士でじゃ」
「勝負をするでおじゃる」
「と、言いたいがじゃ」
ここでだ、井伏は攻撃を続けつつこうも言った。
「我の魂胆はわかっとるわ」
「おや、何でおじゃるか?」
「こうしてわし等が戦ってる間にじゃな」
猪の顔に不敵な笑みを浮かべて夏目に言った。
「軍勢を潰すつもりじゃな」
「さて、何のことでおじゃろうか」
夏目は恍けたが内心流石だと思った。
「それは」
「そこで知らんふりをするのも見事じゃ」
「ほっほっほ、そうでおじゃるか」
「流石じゃ、しかしじゃ」
「手を打っているでおじゃるか」
「わしと山本がおらんでも戦は出来る」
軍勢が戦えるというのだ。
「その采配はしとるわ」
「そうでおじゃるか」
「こちらも鉄砲はあるんじゃ」
関西が多く持つそれがというのだ。
「そして砲がのう」
「その二つで戦うつもりでおじゃるか」
「そうじゃ、こうした場合の動きは部将達に伝えておいたわ」
山陽の彼等にというのだ。
「そう簡単にはいかんぞ」
「ふむ、先の先を読んでいるでおじゃるか」
「アホは横綱にはなれんけえのう」
井伏は自身の夢も語った。
「だからそれ位は考える様にしとるわ」
「だとすれば見事でおじゃる、しかしでおじゃる」
「中原か」
「彼が何とかしてくれるでおじゃる」
星の者である彼がというのだ。
「あの御仁は商売だけでないでおじゃるよ」
「こちらは二人、そちらは四人か」
「さて、どっちが上でおじゃるか」
「ふん、それは覆したるわ」
井伏は夏目と激しい攻防を繰り返しつつ言った、両手の千手観音を思わせる攻めは続いていたが。
第十三話 星と兵とその三
夏目も反撃に出た、まずは霧の術を出してだった。
一瞬、まさにほんの一瞬だったが井伏の目をくらませた。井伏はすぐに普通の状態に戻ったが。
その一瞬の間に攻めの態勢に入った、菊一文字を一閃させたのだ。
刀と張り手が激突し銀の刃が飛び散る、二撃三撃と打ち合いつつそのうえで井伏に対して言った。
「麿も守ってばかりではないでおじゃる」
「攻めることもか」
「するでおじゃるよ」
今の様にというのだ。
「こうしてでおじゃる」
「名刀菊一文字か」
「金剛石でも何でも斬れる名刀でおじゃる」
夏目は笑みを浮かべ井伏に言った。
「そして麿の力を飛ばすことも出来るでおじゃる」
「そうじゃな」
「こうしてでおじゃる」
刀に爆裂の術を込めて斬った、すると凄まじい爆発が攻撃を受け止めた井伏を襲った。だが。
井伏はそれでも立っていた、無傷で平然として言う。
「軍勢なら千人は吹き飛ばされとったわ」
「軍勢なら、でおじゃるな」
「しかしわしが違う」
井伏、彼はというのだ。
「星のモンをそう簡単に倒せると思わんことじゃ」
「承知しているでおじゃるよ」
「それじゃったらのう」
「まだまだこれからでおじゃるな」
「そうじゃ、このまま戦うわ」
二人で話しながらだ、激しい死闘を展開していた。そして。
山本と佐藤兄妹も闘っていた、佐藤妹は霧を出してだ。
手裏剣を遠間から投げる、しかもそれは一つや二つではなく。
五十、六十さらに増やして投げる。山本はその手裏剣達を日本号を水車の様に己の前で振って弾き返しつつ言った。
「風魔手裏剣か」
「うちの神具ですわ」
佐藤妹は霧の中で山本に応えた。
「投げる時は幾らでも増える」
「それこそ千二千とじゃな」
「増やせて投げて」
そしてというのだ。
「敵を倒しますわ」
「威力も違うのう」
山本は逆にだ、水車の様に回す槍に炎を込めて火車にさせてそれを佐藤妹に放ってから言った。
「これは」
「普通の手裏剣とちゃいますさかい」
「魔法の防具でも何でも貫く」
「そうですわ」
そこまでの強さだというのだ。
「頭に当たれば吹き飛びますで」
「強いのう」
「その手裏剣、どうですか」
「確かに強いわ」
山本は佐藤妹が己の火車がかわされたのを感じ取りつつ応えた、霧の中で気配でそれがわかった。
「我の神具はな、しかしじゃ」
「うちだけでは」
「わしは倒せん」
それは出来ぬというのだ。
第十三話 星と兵とその四
「まだな」
「そやから僕がいます」
ここで別の手裏剣が来た、黒い忍装束の佐藤兄が投げたものだ。
「もう一人が」
「そうじゃな」
「この七見分身は並の術やないですさかい」
今度は赤の佐藤兄が火炎球を投げてきた。
「覚悟してもらいます」
「そうじゃのう」
山本は佐藤兄の攻撃も槍で防ぎつつ応えた、その攻撃は七身それぞれで違う独特なものだった。
青は氷の刃、黄は煙珠、緑は木の葉の刃、紫は雷、橙は目つぶしの粉が入った粉を放って来る。そしてだ。
七身それぞれが接近しては忍者刀で攻撃してくる、その七身の攻撃にも山本は言うのだった。
「並の者ならじゃ」
「相手になっていなかったと」
「そうじゃ、しかも兄妹じゃ」
双子でそれぞれ攻めてくるからだとも言う。
「余計に強い、しかしな」
「それでもですか」
「それは並の者やったらじゃ」
相手にならないのはというのだ。
「星の者やと違うわ、しかもじゃ」
「山本さんやから」
「そやからですか」
「そうはいかん」
こう言ってだ、山本は。
その槍を防ぐのから攻めに使ってきた、七身の佐藤兄のそれぞれに激しい突きを浴びせてきた。
その攻撃はあまりにも速くだ、佐藤兄はそれぞれの身体でかわしつつ言った。
「これはまた」
「どうじゃ」
「流石ですな、防ぐのも上手でしたし」
「日本号を甘く見るなや」
その槍での突きを続けつつ言う。
「天下無双の槍じゃ、しかもな」
「山本さんの腕があるからですか」
「そうじゃ、わしはこの世界では槍が使えるんじゃ」
こう言うのだった。
「その腕には絶対の自信がある」
「それでこの強さですか」
「もう一人もじゃ」
言いつつだ、彼は佐藤妹の手裏剣を突きで一つ一つ叩き落としていた。
「その手裏剣だけで何とかなると思ってるか」
「いえ」
佐藤妹はすぐに答えた、その手裏剣達を放ちつつ。
「まさかですか」
「そうじゃな」
「確かにこの神具も強いですけど」
それでもというのだ、自分でも。
「それだけで山本さんは倒せません」
「そうじゃのう」
「しかもうち一人では」
「そやから僕もいます」
山本は槍の攻撃をかわし続けている、そのうえでの言葉だ。
「二人ですわ」
「二人でわしの相手をすればか」
「やれます」
そう思ってというのだ。
「そやからこっちに来ました」
「二人やったらわしを倒せるか」
「自信はあります」
「ほなやりますわ」
妹も前に出て忍者刀を抜いた、そうしてだった。
第十三話 星と兵とその五
二人同時に接近戦も挑み闘う、遠間と近間双方での攻撃で山本と闘う。山本も受けて立ち五分と五分の攻防となっていた。
その横では夏目と井伏が闘い続けている、星達の攻防は激しさを増していた。その彼等を見つつだ。
山陽の部将達は顔を見合わせてだ、こう言い合った。
「それじゃあのう」
「ああ、攻めるか」
「こうした時は棟梁に任されてるしな」
「やったるか」
「鉄砲も大砲も無敵やないわ」
だからだと言ってだ、そしてだった。
彼等はここでだ、正面からだけでなく。
軍勢を左右に動かしてだ、その彼等をだった。
関西の軍勢の横にやり攻めようとする、それを見て中原は言った。
「囲みに来たな」
「鶴翼ですか」
「その陣ですな」
「鉄砲も大砲も基本守りじゃ」
周りの兵達に言った。
「攻めて来る相手に対して撃つもんじゃ」
「そやからその左右を攻める」
「そういう考えですか」
「そうや、それで騎馬隊もある」
山陽の軍勢にもというのだ、見れば東海の者達程多くはないが彼等も確かに隊を為している。
「連中が隙を衝いて来るか後ろから来るか」
「どっちかで、ですな」
「勝ちにきますか」
「そうしてくるわ」
その動きを読んでいた。
「ここはな」
「それでどうしますか」
「囲んで騎馬隊も使ってくるなら」
「それやったらこっちも円陣を組んでや」
そしてというのだ。
「何処から来てもええようにする、しかしな」
「しかし?」
「しかしといいますと」
「ここはもっとええ方法があるわ」
中原は落ち着いた顔で兵達に述べた。
「それでいこか」
「と、いいますと」
「それは」
「敵の動きは読める」
実際にその動きを見ての言葉だ、見れば騎馬隊を先頭にして鶴翼で囲みにかかっている。それは明らかだった。
「それやったら動きの先もわかる」
「ほな、ですか」
「その動く先にですか」
「鉄砲を集中させてじゃ」
そうしてというのだ。
「相手の動きを封じる、そしてな」
「まだですか」
「さらに仕掛けますか」
「鉄砲と同じ場所に大砲も撃つ」
それも行うというのだ。
「しかも普段は斜めに撃つな」
「はい、大砲は」
「そうします」
「それを正面に撃つ」
斜め上に撃ってその落ちる砲弾で攻めるのではなく、だ。
「敵の陣の上からやなく正面にや」
「そうしますか」
「そうして攻めますか」
「そうや、それで敵の動きを吹き飛ばす」
そうするというのだ。
第十三話 星と兵とその六
「そうするで」
「騎馬隊自体を吹き飛ばすんですか」
「そうや」
しかも正面の動く先にというのだ。
「これで完全に止めるで」
「囲まれる前に封じる」
「そうしたやり方がありますか」
「それをやるわ」
まさにというのだ。
「守り方にも色々あるけどな」
「積極的に撃って守る」
「敵の動きを封じて」
「そうや」
「そして、ですか?」
翼人の足軽がここで言ってきた。
「わし等も」
「そや、相手もおるけれどな」
見れば空の兵達も動いている、陸の者達と連動してだ。
「空からも攻めるんや」
「鉄砲とかで」
「あと炮烙も使う」
投げるそれもというのだ。
「勿論空船もな」
「全部使いますか」
「使えるもんは全部使って勝つ、やろ」
「それが戦ですな」
「そういうものや、ほなやるで」
「わかりました」
翼人の足軽は中原の話に頷いた、そしてだった。空の兵種この世界でも空軍と呼ばれる彼等もだった。
動きはじめた、その動きは中原の采配のままで。
敵のまさに動く先頭に攻撃が集中された、鉄砲に大砲そして空からの攻撃がだ。
山陽の軍勢を襲った、騎馬隊も空軍も足軽達もだ。
その集中攻撃、弾幕の様なそれに動きを止めた。彼等は眉を顰めさせて言った。
「くそっ、こっちの動き読んどるわ」
「中々やるのう」
「これはどうする?」
「囲むのは無理みたいやぞ」
山陽の部将達は忌々し気に口々に言った。
「どないしたもんじゃ」
「攻め方変えるか」
「敵の対応が素早いからのう」
「どうすればええ、今度は」
「こっちは鉄砲も大砲も少ないぞ」
「空軍もじゃ」
そうしたものは関西の方が倍以上多かった、中原もそのことを認識していてそれで使っているのだ。
「これはどうするんじゃ」
「このままじゃ何もならんぞ」
「囲むことは出来んのう」
「ほなどうするかじゃがのう」
「囲めなんかったら突撃じゃ」
部将の一人がここで言った。
「あらためてな」
「そうするか」
「あらためてな」
「よし、それじゃったらな」
「やったるか」
「あらためて攻めたるわ」
兵を率いる部将達は口々に言ってだ、そしてだった。
彼等はあらためてだ、軍勢の動きを鶴翼から矢印の形にしていった。そうしてあらためて攻めようとするが。
その動きを見てだ、中原は冷静に言った。
第十三話 星と兵とその七
「これが井伏はんか山本はんやったら」
「星の人達ならですか」
「山陽の」
「ずっと動きが早い」
陣を動かすそれもというのだ。
「そいやからさっきもすぐに対応出来た、それでや」
「今回もですか」
「充分にですか」
「出来る、隙も多いわ」
星達の采配に比べてというのだ。
「それにどう来るかもばればれや」
「確かに慣れてない感じします」
「何かどうにも」
「そやろ、確かな将がおったらええんや」
軍の采配、それもというのだ。
「星の人間はその力もある」
「ですな、わし等よりも」
「軍勢の状況すぐに把握してくれますし」
「それですぐにどうするか言ってくれます」
「中原さんにしてもそうです」
「もっとも星によるけれどな」
采配が出来るかどうかはということはだ。
「それが出来る星の人間が軍勢におったらちゃう」
「そしてそれがですか」
「今生きてる」
「そうですか」
「そうや、けれど僕もな」
中原はここでその狸そのものの顔を微妙なものにさせてこうも言った。
「軍の采配は鉄砲や大砲以外は本文やないさかい」
「攻めきれない」
「そう言いますか」
「井伏はんもそれがわかっててな」
山陽の棟梁であり頭も切れる彼がというのだ。
「それでやってきてるわ」
「あっちの部将に任せてる」
「そういうことですか」
「そや、攻められん」
中原はというのだ。
「決めることは出来ん」
「ほなこのままですか」
「防いでいるだけですか」
「そうや、けれど負けるつもりはない」
攻めて勝敗を決することは無理でもというのだ。
「このままやってくで」
「わかりました」
「ほな防ぎますか」
「そうするで」
中原は足軽達に言ってだ、そしてだった。
突撃は鉄砲の三段撃ちと長槍で防ぐ、確かに防いでいるが決め手には欠けていた。星同士の戦も五分と五分だった。
この戦局は都においても把握されていた、太宰は遠見の鏡に映るその戦局を綾乃、中里と共に見ていた。
太宰は戦局を見つつだ、二人に言った。
「これを手に入れてよかったです」
「ほんまやなあ」
綾乃は太宰のその言葉に頷いた。
「遠くからその場所で何が起こってるかよおわかるわ」
「領内なら何処でもです」
「こうして見られるんやな」
「はい、見事な品です」
「これ神具やないんやったな」
「はい」
その通りだとだ、太宰は綾乃に答えた。
第十三話 星と兵とその八
「それとはまた別のものです」
「そやねんな」
「しかしこれがあれば」
「こうしてやな」
「領内、その境までです」
「見られてな」
「こうして戦も見られます」
そうだというのだ。
「瀬戸内の戦も後で観ましょうか」
「それがええな」
「はい、それでなのですが」
「ううん、戦局は互角やな」
綾乃は鏡に映るその状況を観つつ言った。
「まさに」
「そうですな」
「ここで決定的なことが加わったら」
綾乃はこうしたことも言った。
「って芥川君やったら言うやろな」
「おそらく」
「ほなそれや」
綾乃は明るく笑って言った。
「それ追加や」
「佐藤兄妹に加えて」
「山陰の弥生ちゃんに動いてくれる様に言うて」
そしてだった。
綾乃は中里をにこりと笑って見た、そのうえで彼に言った。
「後はや」
「僕か」
「ちょっと行ってくれる?」
「それでやな」
「山陽の方決めて欲しいんやけど」
戦場に行き戦ってそうしてもらいたいというのだ。
「ええやろか」
「僕が行ったらやな」
「今は戦局は有利でも今一つ攻めあぐねてる感じやから」
「そこで僕が入ったら」
「一気に決まるから」
その戦局がというのだ。
「それで出来たらな」
「山陽をやな」
「ここで併合したいねん」
自分達の傘下に収めたいというのだ。
「そやからな」
「僕が行くんやな」
「そうしてくれる?」
「わかったわ」
一言でだ、中里は綾乃に答えた。
「ほな今から行って来るわ」
「頼むで」
「そうさせてもらうな」
「それと」
太宰も言う、彼は中里だけでなく綾乃も見て言うのだった。
「四国も」
「そっちもかいな」
「そっちも戦局次第では」
「僕が行くんやな」
「いや、中里さんは山陽に行かれるので」
それでというのだ。
「四国はまた別の人が」
「うちやな」
綾乃は太宰の言葉を聞いてすぐに応えた。
「そやな」
「はい、お願い出来ますか」
「わかったわ」
笑顔でだ、綾乃は太宰に答えた。
「ほなな」
「状況次第では」
「四国との戦場に行って戦いを決める」
「そして四国も」
「こっちの勢力に収めましょう」
「それでは」
こうしたことを話してだ、そのうえでだった。
第十三話 星と兵とその九
中里はすぐに転移の術を使ったうえで山陽に向かうことになった、それで彼は御所からだった。
すぐに戦場に向かうことにしたがここでだった。
見送る綾乃と太宰が彼に対して穏やかな声で言った。
「ほなよろしゅう」
「ご武運を祈ります」
「決めてくるな」
中里は既に出陣用意に入っている、鵺に乗り今から自身の転移の術を使って戦場に行くつもりだ。
「一気にだ」
「ここで敵を徹底的に破ったらな」
綾乃はその御所の正門の前で彼に語った。
「徹底的に戦力を奪って」
「相手も降るしかない」
「井伏君と山本君も出来るし」
「山陽の星の連中やな」
「ええ戦力になってくれるから」
だからだというのだ。
「頼むで」
「わかったわ」
「山陰に使者も送りました」
彼等もとだ、太宰は話した。
「ですからすぐにあちらもです」
「動くか」
「はい、そうなります」
弥生の方もというのだ。
「播磨と備前の戦で徹底的に破り」
「そして山陰からも攻めて」
「山陽を降します」
「そうしてやな」
「こちらの勢力に収めます」
「これでうち等の勢力は一気に大きくなるな」
山陽を降せばとだ、綾乃はこのことは確かな声で話した。
「是非やな」
「はい、山陽の全てとです」
「井伏君と山本君も」
「迎え入れましょう」
「そうしてやな」
「そして出来ればです」
「四国も」
もう一つ敵対している彼等もというのだ。
「そうしていきましょう」
「ほなな」
「これまで今一つ攻めきれていませんしたが」
「山陰も全部手に入れたし東海に勝ってそっちを弱めて」
「中里さんもいますので」
そうした条件が揃ったからだというのだ。
「状況次第で勢力拡大も出来る様になりました」
「これは有り難いな」
「まことに。ではまずは」
「山陽やな」
「そうなります」
まずはこの勢力をというのだ、太宰は綾乃に話した後で中里に顔を戻して彼に対しても言った。
「では」
「今からな」
「お願いします、戦いはお任せします」
「僕の好きにしてええんやな」
「思う存分戦われて下さい」
まさにそうしてくれというのだった。
第十三話 星と兵とその十
「是非」
「わかったわ、ほなな」
「はい、では今から」
「行って来るわ」
中里は微笑んで二人に言ってだ、そしてだった。
御所から自身の転移の術で播磨と備前の境の戦場に来た。彼は鵺に乗ったうえで関西の軍勢の本陣に出た。
その彼を見てだ、中原は目を瞠って言った。
「まさか」
「僕が来るとかはやな」
「思いませんでしたわ」
こう彼に言うのだった。
「いや、ほんまに」
「綾乃ちゃんと太宰の決定でな」
それでというのだ。
「僕が来ることになったんや」
「そうですか」
「領内なら何時でも何処でも観られる鏡が手に入って」
「その鏡で戦局を観て」
「それでや」
そのうえでというのだ。
「ここに来たんや、つまりな」
「この戦いでな」
「一気に決めるんですか」
「山陰の方にも話がいったで」
中里は中原にこのことも話した。
「そこからも攻めるとのことや」
「ほなこの戦も勝って」
「山陽完全に降すで」
「わかりました」
「騎馬隊と空船借りるわ」
兵の中でというのだ。
「それでええか」
「いえ、軍全体の指揮自体が」
「兵の一部だけやなくてか」
「はい、神星の方ですから」
だからだというのだ。
「宜しければ」
「そうか、神星やからか」
「神星の方は棟梁にもなられる方です」
「綾乃ちゃんとか」
「はい、芥川さんと中里さんもです」
その棟梁である綾乃だけでなく、というのだ。
「一軍全体の指揮も執れます」
「他の星よりも上か」
「はい、そして治もです」
そちらについてもというのだ。
「一国の全権を受け持てます」
「そうか、ほなこの軍全体もか」
「星の者達も含めて」
そうだというのだ。
「そうなります」
「わかった、ほなやるか」
「軍全体の采配を執られますか」
「ああ、ただ鉄砲隊と砲隊の指揮は頼むわ」
中原の得意なそれはというのだ。
「それで僕は今言うたけどな」
「騎馬隊と空船で」
「あと翼人もや」
彼等もというのだ。
「率いて攻める」
「そうされますか」
「ああ、自分はこのままや」
「鉄砲と大砲で敵を撃ち」
「守りに徹してくれ、それで僕がや」
中原がそうして戦っている間にというのだ。
第十三話 星と兵とその十一
「攻めるわ」
「そうして勝たれますか」
「相手の軍勢を徹底的に叩く」
今戦っている彼等をというのだ。
「そうして勝ちを決めるわ」
「それでは」
「ここで徹底的に叩いてな」
「山陽自体を」
「降すわ」
それを目的として、というのだ。こう話してだった。
中里は早速騎馬隊と空船それに翼人達を集めた、そのうえで自分が乗る鵺に対して言った。
「よし、ほなな」
「攻めるか」
「ああ、中原が鉄砲や大砲で相手を止めて打撃を与えてる」
「そこでやな」
「僕が派手に一撃を浴びせたらな」
「勝負は決まるな」
「徹底的にやるで」
中里は既にその両手に神具を持っている、二振りの白銀の刃が鋭く輝いている。
「やるんやったら」
「まだ敵は予備戦力あるけどな」
「自国にやな」
「けどここにおる連中が主力や」
このことは事実だというのだ。
「そやからな」
「叩いたらな」
「山陽の連中も戦う力を失う」
間違いなくそうなるというのだ。
「そこで備前でも手に入れるとや」
「もう決まりか」
「そや、そやからまずは」
「この戦やな」
「迎え撃つどころか逆に攻める」
そうするというのだ。
「わかったな、そうするで」
「ああ、ほなな」
中里は鵺のその言葉に頷いた、そしてだった。
彼等が先頭に立ち右翼からだった、中原の采配による銃撃や砲撃を受ける山陽の軍勢の左横をだった。
一気に攻めた、中里は自ら刀を抜きそこに向かった。
攻撃の間合いに入るとだ、すぐにだった。
敵陣に爆炎の術滝沢が関西との軍勢に対して使ったそれを放った、その派手な爆発を見て彼は言った。
「術もええな」
「そやろ」
「ああ、神具の攻撃もええけど」
「こっちもかなりの威力があるんや」
実際にというのだ。
「何百位の軍勢は吹き飛ばせる」
「使い方によってはやな」
「そや、そこまでの威力があるねん」
まさにというのだ。
「そやからえねん」
「こっちもやな」
「これからどんどん使っていくとええ」
「武士は魔術師の術も使えるか」
「それで公達は僧侶の術も使える」
即ち夏目はというのだ。
「ただ星のもんはどの術も覚えられて使えるで」
「備えようと思ったら全部備えられるか」
「そや」
まさにその通りだというのだ。
「そうやからな」
「もっとやな」
「使っていってええ」
神具の力だけでなくというのだ。
「そうしていったらええわ」
「わかった、そうするな」
「ほなな」
中里は鵺のその言葉に頷いた、そして今度は炎の術を放った。そうして派手な術の攻撃から。
第十三話 星と兵とその十二
千鳥を横に一閃させ雷を放ちそこからその千鳥と童子切で軍勢を薙ぎ払う、そうすると共に率いる兵達に言った。
「騎馬隊このまま突っ込め!」
「はい!」
「わかりました!」
「空船は上から炮烙やら落とすんや」
彼等はそうしろというのだ。
「それで翼人は上から鉄砲や弓矢を放って騎馬隊を援護や」
「わし等はですか」
「そうして攻めるんですか」
「そや、騎馬隊が攻めるその前をや」
まさにというのだ。
「ええな」
「それで大将もですね」
「今から」
「このまま先頭で戦う」
彼自身もというのだ。
「僕が道を開けるからな」
「そしてわし等はその後から攻める」
「そうしますか」
「そうしてくで、ここで決める」
確実に、という言葉だった。
「敵をとことんまで戦うで」
「はい、そうしていきますか」
「ここは」
「気合入れていくで」
まさにとだ、こう言ってだった。
神具も術も使い敵兵達を薙ぎ倒していく、鵺もその息で戦う。そうしてだった。
山陽の軍勢は瞬く間に総崩れになった、それを見てだった。山本は彼と離れた場所にいる井伏に問うた。
「どうするんじゃ?」
「まさかまた星が来るとはのう」
井伏も言う、二人共戦闘中だが自軍の状況はしっかりと見ていて把握しているのだ。
「予想外だったわ」
「しかも神星じゃ」
「あれが神星の強さか」
「そういえばもう一人来たんじゃったな」
「ああ、六将星がな」
そのうちの一人がというのだ。
「来たとは聞いとった」
「そしてここにじゃな」
「来た」
そうしてきたというのだ。
「それで戦に加わってきたか」
「あの強さほんまもんじゃ」
「このままじゃ軍勢完全にやられるぞ」
まさに鬼だった、中里のその戦ぶりは。軍勢が彼一人によって殲滅させられんばかりだった。
「確実にな」
「そうじゃな」
「わしが殿軍になる」
山本は自分から言った。
「われは軍勢をまとめてじゃ」
「退けか」
「そうせい」
こう言うのだった。
「これはもう決まったわ」
「こっちの負けじゃ」
「そうじゃ、残念じゃがな」
その状況を認めるしかないというのだ。
「どうにもならんわ」
「そうじゃな、ほなじゃ」
「退くな」
「そうするしかないわ」
井伏もこう言うのだった。
第十三話 星と兵とその十三
「ほな退くか」
「それで何処に逃げる」
「岡山城じゃ」
備前の中心と言っていいこの城だというのだ。
「あそこに逃げてじゃ」
「まとまってか」
「そうじゃ」
そうしてというのだ。
「戦うで」
「よし、ほなな」
山本は死闘を繰り広げ続けている佐藤兄妹にも言った。
「ここは引き分けでええか」
「そうするつもりですか?」
「そうかいきませんで」
佐藤兄妹は逃がすつもりはなかった、見れば索も出している。それで山本を捕らえるつもりなのだ。
「捕虜になってもらいます」
「それでええ返事貰います」
「わしを捕まえるか、やれるんやったらな」
ことさら鋭い目になってだ、山本は兄妹に言い返した。
「やってみるんじゃ」
「ほないきますで」
「捕虜になってもらいますわ」
二人はその索を山本に向かって投げた、それも一つではなく二つ三つと次々に投げた。そうして山本を絡め取るつもりだったが。
山本は槍に炎の術をかけそのうえで槍を縦横に振り索を焼いた、そうしたうえで転移の術を使ってだった。
彼の軍勢のところに逃れた、佐藤兄妹は彼の術まで駆使した素早い動きに思わず感嘆して言った。
「そう来るか」
「あっという間に退いたな」
「術も上手に使って」
「軍勢と合流したがな」
「ううん、頭ええな」
佐藤兄はこうも言った。
「山本さんも」
「そやな、アホやとな」
妹も言う。
「とてもあんなの出来んわ」
「あの人も頭ええんやな」
「そやからこれまで一人で何人も相手にして勝ってきたんやな」
彼の中学時代の喧嘩のことだ、荒んでいた彼は幾度もそうした喧嘩を潜り抜けてきているのだ。
「そういうことやな」
「そうじゃな、しかしな」
「ああ、逃げられた」
「ほな次やな」
「どうするかや」
「とりあえず本陣に戻ろか」
「そうしよか」
二人で話してだ、そしてだった。
実際に彼等は本陣に戻った、その時には井伏もだった。
一旦夏目にこれまで以上に激しい怒涛の張り手連打と術を浴びせた、それは全て彼の障壁の術に阻まれたが。
その防ぐ隙にだ、大きく後ろに跳んで間合いを離して言った。
「今回はこれで終わりじゃ」
「撤退するでおじゃるな」
「そうするしかないわ」
自軍の方を見て言う、中里に褒められているそちらを。
第十三話 星と兵とその十四
「こうなってはな」
「中里氏の参戦は麿も考えていなかったでおじゃる」
夏目はその鬼神そのものの戦いを見せる彼を見て言った。
「しかもその戦ぶりはじめて見たでおじゃるが」
「凄いのう」
井伏も自軍が倒されているとはいえ思わず感嘆した。
「あそこまでとはのう」
「六将星も相当でおじゃるな」
「ここは負けじゃ」
井伏もこのことを認めた。
「大人しく退くわ」
「そうするでおじゃるか」
「そうするわ」
こう夏目に答えた。
「ここはな」
「わかったでおじゃる」90
夏目はその井伏に応えた。
「帰すつもりはなかったでおじゃるが」
「間合いが離れたからのう」
「ここで攻めることも出来るでおじゃるが」
神具や術でだ、夏目はそれはわかっていた。しかしもう一つのこともわかっていて言うのだった。
「しかしそれでは貴殿を捕まえられないでおじゃる」
「だから間合いを空けたんじゃ」
「見事な判断でおじゃる」
「ほなな」
「また会うでおじゃる」
狐の顔で井伏に言った。
「その時を楽しみにしておくでおじゃる」
「お互いにのう」
こう言葉を交えさせてだった、井伏も転移の術で彼の軍勢に戻った。夏目はその彼を見送ってから自軍に戻った。
自軍に戻った井伏はすぐに山本に言った。
「軍はわしがまとめる」
「そうしてじゃな」
「後詰頼むわ」
「言ったままじゃ」
自分が言ったそのままにとだ、山本は答えた。
「やったるわ」
「よし、頼むわ」
「岡山城までじゃ」
「ああ、退いてな」
「ここで軍勢を立て直すんじゃな」
「そうじゃ、ただのう」
井伏は山本に応えつつ難しい顔で軍勢を見て言った。
「思ったより遥かにやられとるわ」
「確かにのう」
山本もそのことを否定しない、もっと言えば出来なかった。
「派手にやられたわ」
「やられ過ぎって位にのう」
「このまま戦えるか」
かなり具体的にだ、山本は言った。
「それが問題じゃな」
「軍勢を立て直してもな」
「それはどうじゃ」
「正直難しいわ」
井伏は己の考えを率直に述べた。
「備中、備後、美作、安芸、周防、長門の軍勢を合わせてもな」
「今回で主力出したしのう」
「その主力がここまでやられれた」
だからだというのだ。
「それでまた軍勢集めてまた戦うにしても」
「集まるか」
「それに戦えるか」
「何か辛いのう」
「ああ、神星がもう一人か」
中里のことを言うのだった。
第十三話 星と兵とその十五
「それがいきなり来るとかな」
「予想出来んわ」
「迂闊じゃった、しかしな」
「それでもじゃな」
「まずは岡山じゃ」
この城だというのだ。
「そこまで逃げるんじゃ」
「それしかないのう」
「まずはな」
何につけてもとだ、彼等はこう話してだった。山本を後詰として撤退に入った、その彼等を見てだった。
中里は全軍にだ、こう言った。
「追うけどな」
「それでもでおじゃるか?」
「敵は必死じゃ」
後詰のまさに最後尾にいる山本を見ての言葉だ。
「ここで全力で攻めてもな」
「損害が多いでおじゃるか」
「そうなりかねんからな」
だからだというのだ。
「ここはあえてな」
「逃すでおじゃるか」
「追うのはある程度でええ」
追いはしてもというのだ。
「それでじゃ」
「次でおじゃるな」
「敵は退けた、後は備前に入る」
「そして備前で、でおじゃるな」
「次の戦や」
そうするというのだ。
「次の戦ではもう考えがある」
「そのお考えは」
「もう頭の中にあるわ」
こう夏目に返した、笑みを浮かべたうえで。
「そやから任せてくれるか」
「わかりましたでおじゃる」
夏目は中里のその笑みを浮かべた顔を見て彼もまた笑みを浮かべて返した。
「ではある程度攻めさせてもらうでおじゃる」
「ほなな」
こうしてだ、中里は軍勢に攻めさせはしたがある程度に留めて山陽の軍勢を退かせた。井伏はそのまま軍勢を岡山城に向かわせ山本も戦場を離脱した。
その彼等を見てだ、中里は勝ち鬨の後で本陣でその勝利を祝う酒を飲みながら共にいる星の者達に言った。
「このまま備前に入ってな」
「城攻めですか」
「そうする、ただ佐藤兄妹は持ち場に帰ってもらうで」
中里は中原に応えつつ兄妹に話した。
「戦は終わったしな」
「ほな後はですか」
「お三方での戦ですか」
「そうなるわ」
実際にとだ、中里は兄妹の問いに答えた。
「実際一時の助っ人やったやろ」
「そうでおじゃる」
二人を呼んだ夏目が中里に答えた。
「流石に何日もは難しいでおじゃる」
「東海と北陸の連中考えたらな」
「それで、おじゃる」
「二人にはもう帰ってもらってな」
「守りに戻ってもらうでおじゃる」
「連中は関東に主力を向けたにしても」
それでもとだ、中里は東国の状況を脳裏に描きつつ言葉を続けていった。
第十三話 星と兵とその十六
「それでも備えは必要じゃ」
「その通りでおじゃる」
「そやからな」
「二人は東に戻ってもらうでおじゃるか」
「それで僕等三人でいく」
中里自身と夏目、中原でというのだ。
「いくで」
「それで岡山城を攻めますか」
中原が中里に問うた。
「そうしますか」
「いや、山陽を攻める」
笑ってだ。こう中原に返した。
「そうするわ」
「山陽を」
「そや、そうするで」
「そういうことですか」
「ああ、それでええな」
「城を攻めるんやなくて」
「城も攻めてな」
そうしてというのだ。
「国もや、そしてひいては」
「人を」
「そや」
そちらもというのだ。
「そうするで」
「人を攻めるは」
「よく言うな」
「上計と」
「そうしてくわ、そやからな」
「ここはですか」
「城を攻めて」
「山陽降すで」
「わかりました」
「山陽を降せばかなり大きい」
天下統一の戦略として、というのだ。
「そやからな」
「そうしますか」
「ああ、明日から西に進む」
即ち備前に入るというのだ。
「そうするで」
「わかったでおじゃる」
「ほなそうしましょか」
同行する夏目と中原が応えた、佐藤兄妹は酒を飲み終えるとすぐに東に戻った。そしてだった。
翌朝関西の軍勢は備前に入った、目指すは岡山城だった。だが中里は軍勢を率いつつ言うのだった。
「岡山に行ってからまた言うな」
「どうするかをでおじゃるな」
「それを」
「そうするわ、まずは城を囲んでじゃ」
岡山城をというのだ。
「そこからや、城を攻めるのもええけど」
「国、そして人をでおじゃるな」
「攻めていきますか」
「そうするで」
夏目と中原にも言う、そしてだった。
中里は関西の軍勢を率いてそのうえで備前に入り岡山城に向かっていた。戦の仕方をわかっているが故にやるべきこともわかっていた。戦はどうやってするものかを。
第十三話 完
2017・4・8
第十四話 攻めるものその一
第十四話 攻めるもの
山陽の軍勢は残った兵を岡山城に入れた、そのうえでだった。
井伏は山本にだ、天守から城内にいる兵達を観つつ言った。兵達は傷を負っている兵も多かった。
「どう思う」
「今のうちの状況と相手の動きじゃな」
「そうじゃ、負ける場合も考えとった」
慎重な井伏はそうした場合も考えていたのだ、そのうえで攻めたのである。
「しかしのう」
「ここまで負けるとはじゃな」
「思ってなかったわ」
そうだったというのだ。
「とてもな」
「そうじゃな、わしもな」
「あそこで神星が来てじゃな」
「徹底的にやられるとは思ってなかったわ」
「三割やられた」
軍勢の損害はそこまでだったというのだ。
「派手にやられたわ」
「そうじゃのう」
「うちの主力じゃがな」
「それを三割か」
「正直辛い、若しこの城を攻め落とされてじゃ」
そしてというのだ。
「主力がさらにやられたらな」
「戦が出来ん様になるな」
「負けじゃ」
井伏はあえてこの言葉を出した。
「そうなるわ」
「そうじゃな」
「そうじゃ、だからじゃ」
それでというのだ。
「ここが正念場じゃ、ただな」
「ただじゃな」
「関西はこのままでおるか」
ただ岡山城を攻めて来るだけかというのだ。
「どう思う」
「相手にはええ軍師がおるのう」
山本は井伏にこのことから答えた。
「芥川さんがな」
「やっぱり神星のな」
「あの人もおるし宰相の太宰さんもしっかりしとるわ」
「それやったらじゃな」
「岡山城だけで済ませるか」
攻めるのはというのだ。
「どう思うか」
「それはないのう」
「我もそう思うな」
「実はわかってて聞いた」
井伏は腕を組んだその姿勢で山本に言った、着流し姿が実によく似合っているがその表情は険しい。
「わしもな」
「そうか」
「試す様で済まん」
「それはええわ、別に気にせん」
そうだとだ、山本は井伏に返した。
「それはな、しかしな」
「これからのことじゃな」
「そうじゃ、関西の連中がどう出るかじゃ」
問題はそこだというのだ。
「一体な」
「山陰から来るじゃろな」
井伏は山本に言った。
「あそこからのう」
「富田城からか」
「あそこから一万程出してじゃ」
弥生が率いる彼等がというのだ。
第十四話 攻めるものその二
「それでじゃ」
「石見辺りじゃな」
「あそこには銀山もあるしな」
「獲られれば痛いのう」
「出来たらあそこにわし等のどちかが行ってじゃ」
そしてというのだ。
「富田城も攻め落としたかったが」
「それはのう」
「ああ、あの城は堅城じゃしな」
かなり大きな山城だ、それ故に堅固さは折り紙付きだ。だからこそ関西の方も山陰の要にしているのだ。
「そうそう攻め落とせん、それよりも関西が東海とやり合ってる間にな」
「播磨狙ったがのう」
「あっという間に東海での戦を一段落させてな」
「返す刀の形でこっちに来た」
中里、彼がだ。
「それで全く変わった」
「こっちの惨敗じゃ」
「予想外だったな」
「全くじゃ」
まさにというのだ。
「これはのう」
「この城もどう守るか」
「傷付いた兵が多いがのう」
見れば見る程だ、城の兵達はそうした者が多い。その者達を見ての言葉だ。
「どうじゃ」
「難しいのう」
正直に言ってという言葉だった。
「これは」
「そうじゃな」
「山陰から攻められてここでも負けたら」
「うちは終わりじゃな」
「降参するか」
「それも考えなあかんのう」
彼等は自分達が追い詰められていることをはっきりと感じ取っていた、だがそれでもだった。
守りを固めていた、そのうえで関西の軍勢を迎え撃たんとしていた。そして井伏達の読み通りだ。
播磨での勝ちを聞いた弥生はすぐにだ、周りの者達に言った。
「私達も出陣にゃ」
「はい、ではとぢらに」
「どちらにご出陣ですか?」
「安芸か石見かどっちかですが」
「どっちにしますか」
「石見を攻めて欲しいとにゃ」
弥生は部将達に話した、この部将達は普段は政を行う官吏でもある。
「貝殻から姫巫女さんに言われてるにゃ」
「ほな石見ですか」
「石見に出陣ですか」
「そうするにゃ、そして石見の銀山を手に入れてにゃ」
井伏の読み通りだった、この攻めは。
「そしてにゃ」
「石見を完全に掌握して」
「それからですか」
「周防、長門もにゃ」
この二国もというのだ。
「狙って欲しいとのことにゃ」
「そうですか、あの二国も」
「あちらもですか」
「そう言われたにゃ、けれどにゃ」
弥生は部将達に今度はこうも言った。
「うちは戦向きではないにゃ」
「そやから派手にはですか」
「攻められませんか」
「そうにゃ、術も僧侶の術しか使えないにゃ」
今の時点ではというのだ。
第十四話 攻めるものその三
「それでにゃ」
「あまり無理せずに」
「そうしてですか」
「攻めるにゃ」
こう部将達に言った。
「それでいくにゃ」
「ほな今から」
「石見に出陣しましょ」
「目指すは銀山ですな」
「そうするにゃ」
こうしてだった、弥生は出雲を守れるだけの兵を置いたうえで石見に出陣した。播磨での戦の結果を聞いたうえで。
そして岡山城ではだ、関西の軍勢は城を囲んだ。だが。
本陣から岡山城の天守閣を見てだ、中里は夏目と中原に言った。
「さて、囲んだけどや」
「攻めるのはでおじゃるか」
「せん」
こう言うのだった。
「城を攻めるよりええやり方があるわ」
「そういうことおじゃるか」
「人を攻めるって言うてはりましたし」
夏目だけでなく中原も言ってきた。
「ほなここはですか」
「そうしていきますか」
「ここは任せたで」
二人にというのだ。
「僕はある程度の兵を率いてや」
「そうしてでおじゃるな」
「そのうえで」
「動く、このころは派手に宣伝するんや」
自身の動きをというのだ。
「頼んだで」
「わかりましたでおじゃる」
「そういう風に」
二人も中里に応える、そしてだった。
彼はあえて、城の兵達からも見えて聞こえる様に派手に動いた。城の兵達はその動きを見て言った。
「おい、敵の一部が西に行くぞ」
「安芸に行くんか?」
「まさか安芸を攻めるんか」
「それとも備前の他の場所か?」
「そういった場所攻めるか?」
「しかも先頭におるのはじゃ」
派手に動く彼等のそこも見ていた、もっと言えば見せられていた。
「敵の棟梁の一人じゃ」
「あの神星の鬼族じゃ」
「戦で散々暴れ回った鬼が行くぞ」
「他の場所攻め落としに行くんか」
彼等は眉を顰めさせて言い合った、そしてだった。
あらためてだ、彼等は剣呑な顔になり言い合った。
「すぐに棟梁にお知らせするか」
「そやな」
「その方がええのう」
「元々何でもすぐに知らせって言われてるしのう」
「ほなこのことは棟梁にお知らせするか」
「ああ、すぐにな」
「そうすべきじゃ」
彼等はすぐに敵の動きを井伏達に伝えることにした、だが。
井伏も天守閣から敵の動きを見ていた、それでだった。
共に観ている山本に顔を向けてだ、強張った顔で問うた。
第十四話 攻めるものその四
「どう思う」
「城を囲んでこっちの動きは封じてる」
山本は井伏にすぐに答えた。
「そうしてじゃ」
「安芸か備前の他の地域か」
「攻め取って行くんじゃな」
「こっちは動けん」
主力が岡山城にいてその城が囲まれているからだ。
「完全に囲まれたわ」
「そうじゃ、城に逃げ込むのは常道じゃが」
「その常道を逆手に取られたわ」
「やってくれたわ」
「そうじゃな、しかしな」
それでもとだ、井伏は言うのだった。
「ここでどうしようかって言ってばかりでもじゃ」
「何もならんわ」
「そうじゃ、だからどうするかじゃ」
「山陰の方から伝令が来たのう」
空から翼人のそれが来たのだ。
「聞いたな、その話は」
「ああ、石見に向かって動いたな」
「そっちに対するにもじゃ」
「こっちは兵はない」
「それやったらのう」
「どうにもならんな」
井伏は鋭い目になって言った。
「最早な、このまま領地を攻め取られる」
「そうなるな」
「もうこれはどうにもならん」
「ほな降るか」
「ああ、そうするしかないわ」
「天下取りたかったがのう」
「それは諦めるしかないわ、降ったらじゃ」
そうすればとだ、井伏は山本にその場合も話した。
「関西の中で生きるしかないわ」
「そうじゃのう、裏切りとかは論外じゃ」
「行くか、今から」
「ああ、関西の本陣にのう」
二人で天守閣の中で話してだった、早速だった。
関西の方に使者を送り降ることを伝えた、するとだった。
夏目はにこりと笑ってだ、こう中原に言った。
「すぐに中里氏にお伝えするでおじゃる」
「そうせなな」
「山陽、そして二人の星が加わったでおじゃる」
「大きなことじゃのう」
「全くでおじゃる」
実際にすぐにだった、安芸に向かって出陣していた中里にこのことが伝えられた。その話を聞いてだった。
中里は笑ってだ、こう言った。
「人を攻めるとええな」
「よおわかっとるな」
笑って言う中里に鵺が突っ込みを入れた。
「流石六将星の一人や」
「褒めても何も出んで」
「褒めてない、実際にや」
「そう思ったんか」
「そや、城を攻めてもや」
「勝ててもな」
「どうしても損害が出る、けれどこうしてや」
今現在中里がした様にというのだ。
「人の心を攻めるとや」
「楽に勝てるわ」
「そうや、それがわかってるとな」
「ええな」
「百戦百勝は最高やない」
こうもだ、鵺は言った。
第十四話 攻めるものその五
「むしろ下策や」
「その通りじゃな」
「そして自分は今回敵が一番困るやり方を見抜いてや」
そのうえでというのだ。
「そうした、このことはな」
「よかったな」
「まさに心を攻めるでな」
そしてというのだ。
「上策やった」
「一戦で山陽を手に入れた」
「上等や、ほなな」
「ああ、後はやな」
「城の方に戻ってや」
そのうえでというのだ。
「詳しい話をしよな」
「そやな」
こうしてだ、中里は兵はそのまま進ませたが自身は戻った。兵を進ませたのは井伏達に自分達の行動が本気であることを見せる為だ。そして。
岡山城を囲んでいる自軍の本陣で井伏達と会いだ、二人の言葉を聞いた。二人は中里達に言った。
「完敗じゃ、どうにもないわ」
「見事に負けたわ」
「そやから降る」
「後は好きにしてくれ」
こう言うのだった。
「煮るなり焼くなりのう」
「わし等はそうしてくれ」
「ただ兵と民には手だしするな」
「大事に扱ってくれや」
「わかった、兵も民も悪い様にはせん」
中里は二人に笑みを浮かべて約束した。
「そうする、それであんた等もや」
「わし等もか」
「今からうちの陣営のモンや」
そうなるというのだ。
「星の連中としてな」
「そう扱ってくれるか」
「そうしてくれるんじゃな」
「そうや」
笑みを浮かべたまま答えた。
「綾乃ちゃんが正式に決めるけどな」
「わし等もか」
「関西の陣営に入るんか」
「それで戦や政をする」
「そういうことじゃな」
「どっちも頑張ってもらうで」
中里は二人にこうも言った。
「忙しいから覚悟してもらうで」
「関西はかなり内政に気を使ってると聞いとる」
井伏は強い目で中里に問うた。
「それはほんまらしいのう」
「ああ、綾乃ちゃんの方針でな」
「それと宰相に太宰君もおってな」
「普通科の生徒会長じゃな」
「彼もおってな」
そしてというのだ。
「内政は充実てるで」
「そうか」
「そうじゃ、それで二人もな」
「政に励んでか」
「民も国も豊かにしてもらうで」
こう言うのだった。
「ええな」
「わかったわ」
「わしもじゃ」
井伏だけでなく山本も中里に答えた。そして山本は中里に対してこんなことも言ったのだった。
第十四話 攻めるものその六
「政は今一つ不得手じゃがやらせてもらうわ」
「全然あかんって訳やないやろ」
「まあそこまではな」
「こいつもそこそこ政治出来る」
井伏が山本の政治能力について話した。
「安心してええわ」
「そうなんやな」
「ああ、それとわし等これからどうするんじゃ」
「どうするか?」
「そうじゃ、降ったけどな」
「そのことやな、すぐにな」
中里は返事もすぐだった、そのうえで二人に言った。
「都に来てもらうで」
「関西の本拠地か」
「そこに来てもらってな」
「姫巫女さんと会ってか」
「正式にこっちに加わってもらうで」
「わかったわ、それならじゃ」
「転移の術で都に行くで、それでな」
ここでだ、中里は夏目と中原に顔を向けて二人にも言った。
「これからのことやけど」
「ここのことでおじゃるな」
「弥生ちゃんと連絡を取り合ってな」
「山陽を速やかにでおじゃるな」
「うちの領土に完全に組み込んでや」
治める星の者達が降ると言っただけだ、まだ正式には関西の陣営に加わってはいないのだ。だからだ。
「それで後はな」
「政でおじゃるな」
「そっちも頼むで」
「わかったでおじゃる、樋口氏とでおじゃる」
弥生と共にというのだ。
「山陽の政もしていくでおじゃる」
「暫く頼むで」
「田畑も町も整えてでおじゃる」
「港や堤や道もやな」
「あと工場もでおじゃる」
そちらもというのだ。
「建てていくでおじゃるよ」
「頼むで、そっちも」
「関西並に豊かにしていくでおじゃるよ」
「山陰の方の政もこれで力を入れられる」
背中合わせになっている山陽も領地になったからだ。
「そやから頼むで」
「わかったでおじゃるよ」
「そしてわしもですな」
「ああ、商売のことを軸にな」
中里は中原にも話した。
「治をしてもらうわ」
「わかりました、ほなそうさせてもらいます」
「すぐにこの二人も戻って来る」
今度は井伏、山本を見ての言葉だ。
「関西も山陰、山陽もな」
「しっかりと治めていきますか」
「そうしていこな」
こう話してだ、中里は井伏と山本を都に転移の術で連れて行った。そして二人を綾乃の前に連れて行って戦の次第と顛末を話した。すると。
綾乃はにこりと笑ってだ、こう中里に話した。
第十四話 攻めるものその七
「ほな二人もうち等の友達ってことで」
「一緒にやな」
「この世界でのことやっていきましょ」
これが綾乃の返事だった。
「仲良く」
「じゃあこれからはか」
「わし等もか」
「そやで、一緒やで」
先程までは敵同士だったがというのだ。
「宜しく頼むで」
「そうか、それやったらのう」
「これから頼むわ」
「色々至らんけどな」
「よろしゅうな」
「そういうことで」
「それでなのですが」
今度は綾乃のすぐ左の下の座にいる太宰が二人に言った。
「二人共まずは政に加わってもらいます」
「山陽のやな」
「はい、そして関西や山陰もです」
そちらの政にもというのだ。
「領地全体の政にです」
「加わってか」
「そうしてもらいます」
太宰はこう井伏に答えた。
「我々は天下統一を目指していますので」
「天下統一を目指すならか」
「天下の政を行うべきです、ひいては」
太宰は井伏にさらに言った。
「世界全体を見据えた」
「世界か」
「はい、この世界を」
それ全体を見据えたそれをというのだ。
「そうあるべきなので」
「大きいのう」
「当然かと」
これが太宰の返事だった。
「これは」
「星のモンのやることを考えたらか」
「星の者の目的は何か」
「この世界の地球を統一して世界を脅かす奴から守る」
「それではです」
「世界全体を見て政をする、か」
「そうでなければなりません」
太宰は井伏に答え続ける、関西弁のニュアンスの敬語で話す。穏やかだが確かな喋り方でありそれ自体に説得力があった。
「そう思いますが」
「そうか、凄いのう」
「わし等はそこまで考えておらんかったわ」
山本も言う。
「精々この国までじゃ」
「日本だけじゃったわ」
「そこから先は考とらんかった」
「器がちゃうのう」
「どうやら最初から負けとったな」
「そうじゃったな」
二人の間で話をした。
「ほなな、ここはじゃ」
「最初から降るべきじゃったのう」
「全くじゃ」
二人で話をして笑みを浮かべ合ってだ、そしてだった。
同時に綾乃に頭を下げてだ、彼女に言った。
第十四話 攻めるものその八
「宜しく頼みます」
「これから」
「はい、こちらこそ」
綾乃も笑顔で応える、こうして山陽全土に井伏と山本という二人の星の者が加わった。関西の勢力にとって実に大きなことだった。二人はすぐに山陽に戻り政に入った。
だが鏡を観てだ、太宰は共に観る綾乃と中里に言った。
「四国の方もです」
「状況が動いてるなあ」
綾乃はその戦局を観て太宰に応えた。
「こっちも」
「そうです、それも大きく」
「ぼなここでもかいな」
「決める必要があります」
戦、それをというのだ。
「山陽、そして四国を手に入れれば」
「西国は後は九州だけやな」
「はい、ここはです」
「四国もやな」
「決着をつけるべきかと」
太宰は綾乃にはっきりとした声で答えた。
「あちらとも」
「最初は退ける位で終わらせるつもりやったけどな」
「今は」
「それやったけど」
「状況が変わりました」
「中里君が来てくれてからな」
「やはり神星の素材は大きいです」
何といってもというのだ。
「二人でも確かに日本の他の勢力に比べて大きかったですが」
「うちは四方敵に囲まれてるからな」
「ですから中々攻められませんでした」
「それが変わったな」
「はい」
まさにとだ、太宰は綾乃に答えた。
「山陰を掌握して東海にも圧勝しました」
「そして山陽との戦でも決定打を収められた」
「神星の方が二人から三人になったお陰です」
「一気に動いたな」
「はい、ではです」
太宰は綾乃に確かな顔で言った。
「ここは」
「四国もやな」
「あくまで可能ならですが」
「勝ってやな」
「併合しましょう」
綾乃に提案したがその提案の声は強かった。
「そしてです」
「九州やな」
「そうしましょう、どうも天下統一は当初我々が考えていたより迅速に行うべきかと」
「まさかと思うけどや」
太宰の今の言葉にだ、中里は目を光らせて言葉を返した。
「海外がか」
「そうです、大きく動いています」
「アメリカとか中国がか」
「東南アジアとオセアニア、中南米もです」
つまり太平洋全域がというのだ。
第十四話 攻めるものその九
「統一に向かっています」
「そうなんやな」
「我々よりもです」
「速く統一に向かってるか」
「アメリカと中国には神星の方が二人ずつおられます」
太宰は中里にこのことも話した。
「東南アジア、オセアニア、中南米にはお一人ずつ」
「合わせて七人か」
「はい、そして東南アジアとオセアニアは連合になっています」
「何や、一緒か」
「そして米中はそれぞれ東西、南北が結び」
「やっぱり統一に向かってるか」
「そうです」
そうした状況だというのだ。
「そしてどの勢力もまずは太平洋の統一を掲げています」
「つまりうちの敵やな」
「そうなります」
「その敵達に向かわなあかんからか」
「こちらもです」
まさにというのだ。
「速いうちにです」
「天下の統一やな」
「それを行う必要があります」
「そういうことか」
「少なくとも天下が一つになっていませんと」
統一、それを果たしていなければというのだ。
「我々はどの勢力にも勝てません」
「難儀な話やな」
「しかもどの勢力も国力は日本全土の何倍ものものです」
「何倍か」
「日本は国力では太平洋第三位です」
その規模だというのだ。
「一国では」
「どうせ一番二番はアメリカか中国のどっちかやろ」
中里は彼等の世界の情勢から言った。
「そやろ」
「ご名答です」
「やっぱりな」
「人口は中国で技術はアメリカです」
「それで国力はどっちが上や」
「産業が栄えていてアメリカがです」
この国の方がというのだ。
「第一の国力です」
「そうなんやな」
「アメリカの産業と技術はこの世界で第一です」
「僕等の世界と一緒やな」
「確かに。ただ太平洋各国の技術は高く産業も発達しています」
「全体的にか」
「はい、欧州も同じ程度です」
こちらもというのだ。
「ロシアやインドはそういった地域よりも技術や産業では落ちます」
「そうした状況か」
「そうです、太平洋全域でこの世界の人口の六割、総生産もそれ位です」
これ位だというのだ。
「大きいです、そして我が国もです」
「日本の国力はどれ位や」
「太平洋、そして世界で第三位です」
「そこも僕等の世界と同じか」
「そうなりますね」
実際にとだ、太宰も答えた。
第十四話 攻めるものその十
「米中に続いてです」
「第三位か」
「そうです、そしてです」
「その連中が寄ってたかってうちに来るか」
「そう考えられます、少なくとも米中は狙っています」
この二国は間違いないというのだ。
「自分達が世界を統一する為に」
「よりによって一番強い二国がか」
「そして太平洋世界の覇権も握って」
「そしてやな」
「はい、世界もです」
太平洋の次はというのだ。
「そう考えています」
「考えていることは同じやな」
「そうですね、我々と」
「で、その連中と戦う為にやな」
「まずは統一です」
それが先決になるというのだ。
「出来るだけ速い方がいいです」
「よし、ほな次はやな」
「四国かと」
「じゃあまた行って来るわ」
「いえ、中里さんはここにいて下さい」
太宰は立ち上がろうとした中里をすぐに止めた。
「今回出られたので」
「ほな次は」
「うちが行くねん」
綾乃が微笑んで言ってきた。
「順番でな」
「綾乃ちゃんがか」
「芥川君は東の抑えに行ってるやろ」
「そのこともあってか」
「次はうちや」
「棟梁自ら出陣か」
「今度もな」
そうなったというのだ。
「出るで、それもな」
「それも?」
「助っ人も来るし」
「ああ、そういえば」
助っ人と聞いてだ、中里はあることを思い出した。その思い出したことは一体何かというと。
「傭兵やってる連中雇うとか」
「私が芥川君に代わってお話をしておきました」
太宰がここでまた言ってきた。
「そうしてです」
「話をまとめたんやな」
「はい、ですから」
「その傭兵連中と一緒にか」
「棟梁に出陣してもらいます」
「綾乃ちゃんの神具めっちゃ強いからな」
八岐大蛇だ、この神具の強さは中里も東海との戦においてその目で見てよく知っている。もっと言えば忘れられない。
「それで暴れるか」
「三種の神具もあるし」
こちらのことは綾乃自ら言った。
「それでな」
「戦ってくるんやな」
「四国も併合する為にな」
「ほな僕は暫く留守番か」
「はい、私と共にです」
太宰が中里に微笑んで言ってきた。
第十四話 攻めるものその十一
「宜しくお願いします」
「それで政をするんやな」
「内政も多忙ですよ」
「やること多いか」
「強い国は内政の充実からです」
まずはここからだというのだ。
「ですから」
「内政もか」
「はい、力を入れています」
そうしているというのだ。
「ですから私が常に都にいます」
「内政をする為にか」
「そして外交もです」
「そっちもかいな」
「いざという時に備えて」
外交をする時も考えてというのだ。
「都にいるのです」
「そやねんな」
「うち内政しっかりしてるやろ」
綾乃は関西の田畑や街並み、道や堤のことを話した。
「港や工場もどんどん出来ていってるし」
「確かにな、これまで行って見てきた限りな」
中里は伊勢や近江で彼が見てきたものを振り返って答えた。
「都も栄えてるし」
「太宰君がいつもしっかり内政してるさかい」
「それでか」
「官僚組織整えてくれてるうえでな」
統治の為に必要なそれをというのだ。
「いつもしっかり内政してくれてるねん」
「そやから国も豊かか」
「うち等結構外に出てるけどな」
都を離れてというのだ。
「内政充実してるねん」
「星の方々にはそれぞれ赴いてくれた場所でも内政をしてもらっています」
また太宰が話した。
「ですから」
「うちは内政充実してるんやな」
「気を抜いているつもりはありません」
一切という返事だった。
「我々は」
「特に自分がか」
「そのつもりですので」
「内政充実してるか」
「そうです、そしてその内政をです」
「綾乃ちゃんがおらん間か」
「おそらく少しの間ですが」
それでもというのだ。
「宜しくお願いします」
「ほなな」
「内政も重要な仕事です」
戦と並んでというのだ。
「ですから」
「それでやな」
「頑張って頂きます」
「内政ははじめてやな」
「重要な仕事ですが難しく考えることはありません」
太宰はいささか心配そうな顔を見せた中里に答えた。
「特に」
「そうなんか」
「はい、官僚組織も整えていますし」
「ああ、統治の為のか」
「そうです、人が治めるのが政治ですが」
それだけでなく、という言葉だった。
「官僚組織、つまりしステムも充実させれば」
「それで、ですか」
「さらに的確な統治が出来ます」
「だからですか」
「はい、充実させた政治を行えます」
「それを整えたんか」
「はい、この世界に来て最初に」
「そのせいでやねん」
棟梁の綾乃も話す。
第十四話 攻めるものその十二
「うち等の内政はかなり上手くいってるねん」
「そやねんな」
「組織が充実してるとな」
「無事にやな」
「内政が出来るんや」
そうだというのだ。
「農業も商業も建築もな」
「内政全般がか」
「ああ、産業も育ってるし」
「お陰で国も豊かになってるか」
「そやねん」
「ほな山陽や山陰もやな」
「官僚組織も使って内政してくで」
「それぞれの内政を治める役所を置いてです」
具体的な組織の在り方もだ、太宰は話した。
「そこにピラミッド型の官僚システムを造るのです」
「官僚型やな」
「そうです、我々の世界と同じです」
官僚組織の在り方はというのだ。
「各地の学校もそうして設けていっています」
「ああ、学校な」
「本来室町時代は公立の学校が置かれていませんでした」
「ああした公立学校とかは明治時代からやな」
「ああした風にしていますが」
「学校もあっちの世界を参考にしてか」
「整えています」
実際にというのだ。
「教育に関しても」
「そこまでしたんか」
「はい、寺社を治める部署も設けていますので」
宗教分野もというのだ。
「僧兵等の統制も出来る様になっています」
「そうやと一向一揆とか比叡山みたいなこともないな」
「織田信長さんがかなり苦労しましたが」
それもというのだ。
「こちらの世界では私が来て最初に整えました」
「凄いことしたな」
「万全の統治があればこそです」
まずはというのだ。
「国も勢力を拡大出来ますので」
「それでか」
「はい、中里君も内政に頑張ってもらいますが」
「官僚組織はしっかりしてるからか」
「後は使い方を把握して下さい」
その官僚組織をというのだ。
「何かと学ぶべきこともありますが」
「組織についてか」
「そしてそれぞれの内政の分野もです」
そうしたこともというのだ。
「学んでです」
「そしてやな」
「やっていって下さい」
「わかったわ、ほなな」
「一緒にやっていきましょう」
その内政をとだ、太宰は中里に微笑んで述べた。そしてだった。
そうした話をしてだ、そしてだった。太宰は今度は綾乃に言った。
「それで傭兵の娘達ですが」
「娘達?」
「はい、そうです」
「皆女の子達かいな」
「はい、ただ」
「ただ?」
「四人いますが」
その傭兵である星達はというのだ。
「四人共それなりに腕が立ち内政も出来る様ですが」
「それって結構ええやん」
「はい、しかも悪人でもないですが」
「それで何かあるん?」
そこまで備わっていればとだ、綾乃は思って言葉にも出したが太宰はその彼女にさらに言った。
「はい、どうにもです」
「どうにもって」
「まあご本人達にお会いされて下さい」
「そやな、その目で会わへんとな」
それこそとだ、綾乃は笑顔で応えた。
「わからへんしな」
「それでは」
太宰は難しい顔になってそのうえでだ、両手をポンポンと叩くとだった。彼等が今いる朝議の間の入口にいきなりだった。彼女達が現れたのだった。
「お待たせしました!」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャーーーーン!」
賑やかな声と共に出て来た、そのうえで挨拶をしてきたのだった。
第十四話 完
2017・4・15
第十五話 傭兵の四人その一
第十五話 傭兵の四人
四人の少女達が間の入り口に出てだ、それぞれポーズを付けたうえでこんなことを言った。
「最強四天王登場!」
「英語読みだとスーパーカルテット!」
「中華圏では四強って名乗ってるで!」
「スペイン語やドイツ語の名前もあるで!」
「何やこいつ等」
中里はその四人を見て極めて冷静な口調で言った。
「また変なん出て来たな」
「あっ、何ですかその言い方」
「先輩言っていいことと悪いことありまっせ」
「そうですわ、うち等めっちゃ傷付きましたわ」
「謝罪と賠償要求しますわ」
「どっかの変な国みたいなこと言うなや」
中里の視線を冷めていた、口調だけでなくそちらもだった。
「というか何やいきなり出て来て」
「そやから雇われまして」
「今回は関西で働かせてもらうことになりました」
「生徒会長さんやなかった宰相さんにお金貰いました」
「芥川さんからお話受けて」
「ああ、あいつが話をしてたしか」
中里は今は東海の守りにいる彼のことを思い出して頷いた。
「それでか」
「はい、お話は芥川さんから受けまして」
「それで太宰さんから正式に契約の話を受けました」
「天下統一までってことで」
「よろしゅう頼みます」
「そうか、ほな天下統一まで裏切らへんねんな」
中里は四人の話をこう解釈した。
「わかっ、ほな頼むな」
「はい、こちらこそ」
「よろしゅう頼みます」
「うち等強いですさかい」
「安心しといて下さい」
明るく笑って自信満々に言う四人だった、だが。
その四人を見てだ、中里はかなり微妙な顔になってそのうえで太宰に言った。
「この連中数合わせやろ」
「それは言い過ぎでは」
温厚な太宰はこう返した。
「幾ら何でも」
「そう言うけどな」
「この娘達はですか」
「見るからにお調子者でいい加減でな」
中里は既に四人のそうした気質を見抜いていた、この辺りは見事と言っていいであろうか。
「しかも反省するタイプやないな」
「あっ先輩そう言います?」
「それ言い過ぎですよ」
「うち等お金貰ったらちゃんと仕事します」
「曲がったことも絶対にしませんで」
四人は自分達にあからさまに胡散臭いものを感じている中里に即座に言い返した。
「人は裏切りません」
「いじめとか武器持たん相手に攻撃とか絶対にしませんで」
「曲がったことは大嫌い」
「筋はちゃんと通しますで」
「それもわかるけどや」
中里は四人の長所も察しているのでこう返した、
「けどいい加減やろ」
「やる時はやりますさかい」
「そういうことですよ」
「まあ普通のことは普通にしますさかい」
「天下統一まで戦に政に頑張りますで」
「そうか、まあ綾乃ちゃんも宰相も決めたさかいな」
中里自身四人には何だかんだで悪いものは感じていないのでよしとした。神星の一人として。
第十五話 傭兵の四人その二
「ええか」
「はい、暫くの間頼みます」
「うち等いたらほんま百人力でっせ」
「一緒に頑張りましょう」
「がんがんやりましょうで」
「ああ、それで名前何ていうねん」
ここでだ、中里は四人の名を問うた。
「一体」
「はい、田辺瑠璃子です」
まずは兎の顔の尼の格好の女が名乗った。
「人角星、神具は如意宝珠で四人の真のリーダーです」
「林由香です」
次は羊頭の女が名乗った、着ている服は新選組の服だ。
「人囚星、神具は虎徹で四人の影のリーダーです」
「野上紗枝です」
三番目はノーム、小柄で白い髪だが髭はない十二単の女だった。
「人蔵星、神具は空海さんの筆で四人の陰のリーダーです」
「岡本雅です」
最後は穏やかな顔の青い蛙の顔の女だった。漁師の服に軽そうな具足という山賊の様な恰好だ。
「人平星、神具は三叉戟で四人の裏のリーダーです」
「何かな」
四人の名乗りを聞いてだ、中里は微妙な顔になって言った。
「尼さんが宝珠で姫が空海さんの筆か」
「あきません?」
「合ってません?」
「ちょっとちゃうやろ」
瑠璃子と紗枝に実際に言った。
「そこはな」
「いやいや、宝珠は術の力を増加させますんで」
まずは瑠璃子が答えた。
「うち僧侶の術得意ですけど」
「尼さんだけにやな」
「はい、それで僧侶の術もです」
「宝珠で強くなってるんやな」
「そうです」
「それでええんか」
「はい、うち的には」
「あとうちは歌人ですさかい」
今度は紗枝が言った。
「この姫様の格好は十二単で」
「それはわかるけどな」
「小野小町さんみたいな美人ってことで」
「それはちゃうな」
中里は紗枝の笑っての今の言葉はあっさりと否定した。
「精々そこ等の可愛い娘や」
「小野小町さんやなくて」
「その可愛いってのも補正付や」
「先輩口悪いですね」
「変なこと言うからや、とにかくやな」
「はい、私は歌人でして」
「家人は歌詠んで書くな」
「その書いた歌が力になって」
空海の筆で書けばというのだ。
「敵の精神を攻撃したり文字自体が敵に武器になって飛びます」
「空海さんの力でか」
「はい、そうですさかい」
だからだというのだ。
「私もこれでええんです」
「成程なあ」
「そういうことで」
「あと私の武器ですけど」
今度は由香が言ってきた、腰にはその虎徹らしき刀がある。
第十五話 傭兵の四人その三
「虎徹です」
「国定忠治さんや近藤勇さんが持ってたか」
「近藤さんの方です」
そちらの虎徹だというのだ。
「私の虎徹は」
「そうなんやな」
「はい、そして」
由香は中里にさらに話した。
「これを持ってると自分の気も放てますし抜群に切れて」
「ええ刀か」
「まさに銘刀です」
そうだというのだ。
「虎徹だけあって」
「そうなんか」
「はい、ただうちは斎藤一さんのファンです」
「渋いな」
「渋好なんです」
笑って言う由香さった、そして最後は雅だがこう言うのだった。
「うちは漁師です」
「蛙だけにか」
「はい、御覧の通り川や海での戦が得意で治水もめっちゃ得意です」
「そやねんな」
「そうです、それでこれですけど」
その三叉戟を右手に出して言うのだった。
「これは陸でも水の上でも中でも縦横に戦えます」
「それで水も操れるか」
「はい、水術なら何でもです」
それこそというのだ。
「陸でも津波出せますさかい」
「強いのう」
「軍荼利さんの戟ですけど蛇やなくてです」
軍荼利明王は蛇を身体の一部にまとっている、一面八臂で憤怒の形相をしている明王である。
「水なんです」
「蛇と水か」
「多分その関係で」
雅自身も言う。
「水を使うんです」
「そうなんか」
「あとちゃんと陸でも戦えるんで」
「水陸両性か」
「他の人間より少しお水が欲しいだけです」
それが蛙人だというのだ。
「そうしたものです」
「そうか、それやったら人魚と一緒か」
「まあ蛙人も人魚もあと魚人も」
「水におる種族は陸地でも普通に暮らせるか」
「お水が普通の人間族より多く必要なだけで」
「それはええな」
「それも進化ですわ、しかも水の中では強くなって」
そしてというのだ。
「勿論泳ぎも達者ですで」
「長所はそのままか」
「そうですわ」
「中々ええのう」
「どの種族も長所はそのままです」
進化の発端となる生物のそれがというのだ。
「そのうえでえの強さです」
「そういえば鬼もやな」
中里は自分の種族である鬼のことにも言及した。
第十五話 傭兵の四人その四
「鬼の神通力とかそのままやな」
「そうでっしゃろ」
「強いわ、ただな」
ここでだ、中里はこうも言った。
「人間族が一番バランス取れてて何でも出来るな」
「はい、それぞれの種族に長所と短所がありますが」
その人間族の太宰が応えた。
「人間族は一番バランスが取れていてです」
「汎用性もやな」
「あります」
そうした種族だというのだ。
「体格、腕力、耐久力、知力、信仰、運勢等全てにおいて」
「人間が一番バランスがええか」
「はい」
そうだというのだ。
「一番です」
「そやねんか」
「はい、どうした職業にもなりやすく」
汎用性が高い故にというのだ。
「術も覚えやすいのです」
「どうした術もか」
「取り立てて長所はないですが」
他の種族にある様なそれがだ。
「しかし短所もなく」
「癖もなくてか」
「どうした職業にもなれ術も覚えやすく武器もです」
「どうした武器もやな」
「覚えやすいのです」
「そうか、ただ汎用性が高いってことは」
このことからだ、中里はこうも言った。
「長所もない」
「はい、そうです」
「汎用性が高いのは長所やろうけどな」
「そうした見方も出来ます」
長所がないとも、というのだ。
「その様に」
「やっぱりそうか」
「はい、人間族はこの世界ではそうした種族です」
「色々な種族がおる中でか」
「そうなっています、ただ」
太宰はこうも言った。
「どの種族も努力次第でどうにもなります」
「そうなんか」
「はい、術を使えば空を飛ぶことも水中での自由な移動もです」
そうしたことまでというのだ。
「出来ますし種族ごとの差は個人の努力で何とでもなります」
「種族は違ってもか」
「その程度の違いでしかありません」
「成程な」
「だからどの種族も混在して暮らしているのです」
「日本でも他の国でも」
「それがこの世界です」
彼等が本来いる世界と違ってというのだ。
「そうなっています」
「種族のこと、あらためてわかったわ」
「それは何よりです」
「どの国もこんな感じか」
様々な種族が暮らしているかとだ、中里は太宰に問うた。
第十五話 傭兵の四人その五
「他の国も」
「いえ、太平洋やアフリカそれにインドやロシアはそうですが」
「ちゃう地域もあるか」
「欧州は人間族が殆どですね」
「また何でや」
「どうも他の種族のルーツが欧州には殆どなく」
この世界の欧州にはというのだ。
「人間族、しかもコーカロイドのルーツがあり」
「それでかいな」
「欧州だけは人間族が殆どになっています」
「成程な」
「他の地域はこうした状況です」
様々な種族が混在しているというのだ。
「人間族も他の樹族もいます」
「人間族の数も少ないしな」
「はい、そうですね」
「何十とある種族の一つで」
「人口の増加率も変わりませんし」
「そやな」
「そうした世界であり種族の状況です」
太宰は中里にあらためて話した。
「そう理解して下さい」
「実際そうやしな」
「はい、事実ですので」
この世界のだ。
「ご理解下さい」
「よおわかったわ」
「まあそういうことで」
また雅が言ってきた。
「暫くの間よろしゅう」
「こっちこそな」
「契約の間はしっかり働きますさかい」
雅はこのことは強く約束した。
「うち等頑張りますで」
「もううち等がいたら一安心」
「四天王あるところ難儀なし」
「バース様以上の助っ人ですで」
「バース様は言い過ぎやな」
中里はそれはと突っ込みを入れた。
「アリアス位に働いてくれたらええか」
「あっ、それはちょっと」
「アリアスさんも悪くなかったですけど」
「やっぱりバース様がええです」
「最高の助っ人でしたから」
「そやからバース様とは言わん」
そこまではというのだ、尚この場にいる誰もバースはその目で見ていないしアリアスの時は赤子だった。
「そこまではな」
「そこでそう言ってもらいたいですわ」
「バースみたいにって」
「最高の助っ人やさかい」
「是非」
「そうか、まあとにかく頼むで」
あらTめて言う中里だった。
「これから」
「よろしゅう」
四人は中里に笑顔で応えた、そしてだった。
四人は傭兵として関西の軍勢に加わった、太宰はここで綾乃に対して厳かな声でこう言った。
「ではです」
「これからやな」
「はい、戦局が動けな」
その時にというのだ。
第十五話 傭兵の四人その六
「姫巫女は四国に行かれて下さい」
「転移の術を使ってやな」
「そうです」
「勝ったらそのまま四国に攻め込んでか」
「一気に制圧です」
四国全土をというのだ。
「そして敗れれば」
「その場合もあるしな」
「勝敗は絶対ではありません」
必ず勝つという訳ではないのだ、如何に有利な条件が揃っていてしかも敵が弱くとも敗れる場合もあるのだ。
「ですから」
「それでやな」
「敗れた場合も考えておきましょう」
こう言うのだった。
「我々は」
「そやからやな」
「はい、敗れた場合もです」
「転移の術で現場に向かってか」
「敵の進撃を止めます」
綾乃の力でというのだ。
「そして若しです」
「うちだけであかんかったらか」
「その場合はです」
太宰は中里を見て綾乃に話した。
「中里君にも出陣してもらいます」
「神星二人でか」
「はい、戦局を覆します」
劣勢になっていたらとすればその戦局をというのだ。
「そう考えています」
「神星二人おったら劣勢もひっくり返せるか」
「そうなりましても」
「そんだけ神星は強いか」
「はい、一人でも絶大なのでまずないですが」
中里まで四国に出陣することはというのだ。
「ですがいざという時はです」
「そこまでやな」
「考えています」
「成程な」
「最悪の事態を考えて手を打っていく」
太宰は知的な美貌を見せている顔を真剣なものにさせたまま言った。
「そうあるべきなので」
「最悪の事態をか」
「そこから逆算しまして」
「そこ芥川と一緒か」
「そうですね、ただ」
「ただ?」
「芥川君は軍師ですが私は宰相です」
この違いがあるというのだ。
「政のことから考えています」
「軍師は戦が第一やしな」
「戦は政のことを解決する方法の一つですが」
「戦を軸に置いて考えるのと政全体を軸に置いて考えるのではちゃう」
「はい、そうです」
まさにというのだ。
「ですから」
「そこはやな」
「芥川君と違います」
その見方及び考え方がというのだ。
「僕は」
「そうか、同じく最悪の事態から考えてもやな」
「しかも芥川君は楽観的な傾向がありますが」
これは芥川の明るい性格からきている。
第十五話 傭兵の四人その七
「僕はやや悲観的でしょう」
「そうか?」
「常に上手くいかなかった場合も考えています」
「芥川は何段もって考えてるけどな」
その策をだ。
「自分は上手くいかんかったらと思ってか」
「手を考えていっています」
そうだというのだ。
「政のそれを」
「そして戦もか」
「そうです、しかも予算や国力は余分には注ぎ込まない様にしています」
「無駄も省くんやな」
「その辺りの計算は中原君にしてもらうことが多いです」
算盤勘定の上手な彼にというのだ。
「そうしてもらっています」
「ああ、あいつな」
「頼りになります」
中原のその算盤勘定はというのだ。
「彼は商いも上手ですし」
「何かとやってくれてるか」
「砲や鉄砲の指揮も出来ますが」
「メインはあくまで政か」
「はい、そちらです」
中原の真骨頂はというのだ。
「あくまで」
「そうか」
「はい、それでは」
「後は戦局がどうなるかやな」
「それを見ていきましょう」
太宰は鏡を観た、領内なら何処でも観られるその鏡を。
「これより」
「そろそろ戦がはじまるんやな」
綾乃もその鏡を観つつ言う。
「そうやな」
「そうかと」
太宰は綾乃にすぐに答えた。
「瀬戸内の海でぶつかります」
「吉川君と玲子ちゃんやな」
「はい」
その二人だとだ、太宰は綾乃に答えた。
「その彼等がです」
「やってくれるんやな」
「そうかと」
こう綾乃に確かな声で答えるのだった。
「まず大丈夫です」
「勝てるんやな」
「先程敗れる場合も申し上げましたが」
「それでもやな」
「吉川君の水軍の采配は見事です」
こう言う他ないものだというのだ。
「それに我々はあの船が間に合いました」
「あれやな」
「はい、あの船達があればです」
船をあえて複数形に変えてだ、太宰は話した。
「この国での海や川での戦はです」
「大丈夫か」
「はい」
だからだというのだ。
「まず大丈夫です、数も多少ですがこちらが優勢ですし」
「そのこともあってか」
「あの船達だけでなく鉄砲も炮烙も充実しています」
そうした武器もというのだ。
第十五話 傭兵の四人その八
「ですから」
「安心してやな」
「戦えますし」
それにというのだ。
「まず敗北の可能性はないです」
「実際はそうか」
「そもそも我が国は四方を海に囲まれています」
この世界でも日本はこのことは変わらない、とかく日本という国は海そして山と縁がある国ということか。
「将来は海軍が必要になります」
「それで先の先を見てか」
「芥川君ともお話をしてです」
軍師である彼と、というのだ。
「そのうえで、です」
「水軍は強化してたか」
「伊勢や尾張、播磨の海で船を建造していました」
「そこの港でか」
「そうしていましたので」
「ほなそうした船で戦ってか」
「勝ちます、あの船達ならです」
太宰は自信を以て中里に話した。
「他の勢力の水軍に負けません」
「そやからやな」
「しかも訓練もしており吉川君もいます」
指揮官まで揃っているというのだ。
「まず勝てます」
「しかも玲子ちゃんもおるしな」
「彼女は本来騎馬隊を率いて丘で戦うのが得意ですが」
太宰は玲子のことも話した、吉川と共に四国との戦を受け持っている女傾奇者の彼女のことを。
「海でも戦えますので」
「あの槍持って切り込んでやな」
「はい、槍も刀も使えますので」
だからだというのだ。
「海も大丈夫です」
「それでその戦に勝ったらやな」
綾乃も言ってきた。
「うちがやな」
「はい、四国に彼女達と共にです」
例の四人を見つつだ、太宰は綾乃にも話した。
「四国を攻めてもらいます」
「状況次第でやな」
「攻め取れるならです」
四国をというのだ。
「その時はです」
「わかったわ、ほなな」
「その時までお待ち下さい」
「戦の趨勢が決まるまでか」
「それからです」
「よし、それまではやな」
四人は太宰と綾乃の話を聞いて笑顔でこんなことを言い出した、
「うち等は出番までのんびりしてよか」
「トランプしよで、トランプ」
「双六がええで」
「いやいや、飲むべきやで」
「待たんかい」
中里は部屋の中でそうしたゲームやお菓子、それにジュース等を出してきた四人に無表情で突っ込みを入れた。
第十五話 傭兵の四人その九
「自分等傭兵やろ」
「はい、そうです」
「天下統一までの限定期間ですけど」
「雇われてます」
「結構なお金もらって」
「それでいきなり何や」
かなり真剣な顔で四人に言うのだった。
「双六だのトランプだのジュースだの出してや」
「この世界の日本は室町時代でもジュースありますさかい」
「林檎とかもあるんで林檎ジュースもありますで」
「お菓子もポテトリチップスもあります」
「布の袋に入ってますで」
「何か妙に現代も入ってる世界やな」
つまり彼等本来の世界がというのだ。
「つくづく」
「そこがええとこですわ」
「ちなみにトランプは舶来のもんです」
「ちゃんと絵柄も入ってますで」
「あと花札やドンジャラや麻雀もあります」
「トランプとドンジャラ以外はせんわ」
中里は四人が双六の盤を開いて賽子や駒まで用意しだしているのを見つつさらに突っ込みを入れた。
「ルールも知らんし」
「麻雀面白いですよ」
「当然お金は賭けてませんけど」
「ルール複雑ですけどやってみたらどうですか?」
「結構ええですで」
「別にええわ、そういうのやなくてや」
四人にあらためて言った。
「仕事せんかい」
「そやからうち等戦と政が仕事ですやろ」
「姫巫女さんが出陣するまで仕事ないですやん」
「そやから今は暇潰しも兼ねてです」
「遊んで待機してます」
「ええ加減な奴等やな」
中里は今度は苦い顔で言った。
「双六やってお菓子食ってジュース飲んでって」
「女子高生のパジャマパーティーみたいに」
「うち等四人やといつもこうです」
「中々楽しいですよ」
「夜とかこうして過ごしてると」
「パジャマパーティーってそんなもんか?」
その自堕落と言ってもいい有様の四人にさらに突っ込みを入れた。
「女の子のキャッキャッとした話題してるんちゃうんか」
「それはちゃいますで」
「確かに色々なお喋りもしますけど」
「こうしてゲームもしますで」
「お菓子食べてジュースも飲みながら」
そうしたことをしてというのだ。
「お酒も飲みますけど」
「今はお昼でさかいそれはないです」
「こうして楽に遊んでます」
「それが女の子ですわ」
「イメージ狂うとは言わんわ」
中里も女の子というものは知っている、奇麗なだけ可愛いだけが女の子ではない。こうした遊びに興じる時もあるのだ。
「しかし自分等女子力低いな」
「これでもお料理出来ますで」
「あとお掃除も忘れません」
「洗濯は欠かしませんし」
「身だしなみにも気をつけてますで」
四人は中里が言うのも構わず御所の会議の間で双六をはじめお菓子やジュースを飲みはじめつつ彼に言い返した。
第十五話 傭兵の四人その十
「お洒落ですさかいうち等」
「お風呂も毎日ちゃんと入ってますし」
「女子力ばっちりですよ」
「馬鹿にしてたら痛い目見ますよ」
「ほなこんなとこで人生ゲームなんかするなや」
見れば双六はそうした種類のものだった。
「というかちゃんと働かんかい」
「彼女達は何時出陣してもらうかわかりませんが」
太宰も四人を眉を顰めさせて見ている、そのうえでの言葉だ。
「しかしこの有様は」
「あかんやろ」
「何処の干物妹ですか」
こうまで言う始末だった。
「あの妹さんと同じく悪気はないですが」
「それでもやな」
「この態度は」
幾ら何でもというのだ。
「酷いですね」
「自分もそう思うやろ」
「はい、どうしましょか」
「ここはです」
太宰は四人を冷徹な感じの目で見つつ中里に言った。
「退室してもらいましょう」
「やっぱりそうなるか」
「別に待機状態なので出陣か政で動いてもらうまではこうしてもらってもいいですが」
遊んでいてもというのだ。
「幾ら何でもです」
「あかんな」
「はい、では」
太宰は今度は四人に直接声をかけた。
「退室を願います」
「やっぱりそうなるん?」
「ほな移動しよか」
「しゃあないわ」
「お部屋出よか」
こう話してだ、そしてだった。
双六にお菓子やジュースを持ってそのうえで退室した、それが終わってそのうえでだった。
太宰は中里にだ、あらためて話した。
「これでいいですね」
「そやな、けど食べカスとかはな」
中里は四人が先程までいたその場所を見つつ述べた。
「全部奇麗にしていったな」
「掃除はしていきましたね」
「そこはしっかりしてるんやな」
「そうですね」
「言うだけはあるわ」
自分達で女子力があると、だ。
「ええことや」
「はい、では彼女達は実際にです」
「暫くの間はあのままか」
「待機してもらいます、遊んでいてもらって結構です」
あの様にしてというのだ。
「別に」
「それで僕はか」
「出雲から樋口さんを呼び戻しますし」
弥生、彼女をというのだ。
「三人で政を進めていきましょう」
「そっちははじめてやけどやるか」
「その様に、政も経験です」
やっていくといいというのだ。
「経験を積めば積むだけです」
「出来る様になるか」
「コツがわかってきますので」
「そうか、ほな頼むわ」
「それでは」
「それでうちも待機しとくわ」
綾乃は棟梁の座から微笑んで太宰に言った。
第十五話 傭兵の四人その十一
「よろしゅうな」
「はい、それでは」
「それまで待とうか」
「戦いが終わり次第です」
「その状況によってやな」
「出陣して頂きますので」
「ほなな」
明るく笑ってだ、そしてだった。
綾乃も今は落ち着いて状況を見守りつつ待機した、そしてだった。
その話が終わってからだ、中里は太宰そして都に戻ってきた弥生と共に領内のお政にかかることになった。その政はというと。
「農地も町もです」
「整えるんやな」
「はい、新田開発ですが」
太宰は中里に御所の一室で話した、弥生もその部屋にいる。三人で顔を合わせてそのうえで話をしている。
「それを最初にです」
「してくか」
「多くの川に堤を築き水も通す様にしています」
「その水を使ってやな」
「はい、後はです」
「川沿いに新田を整えていくか」
「特に大和です」
この国だというのだ。
「大和北部の盆地に新田をです」
「作ってくか」
「そうです、そして田のあぜ道にはです」
「ああ、そこにはやな」
「はい、大豆を植えます」
「あぜ豆やな」
中里は大豆をこう読んで話した。
「それもやな」
「植えますし田に水をひいて」
そしてというのだ。
「そこにタニシや泥鰌もです」
「そうしたもんもか」
「育てられますので」
「それも食うか」
「そうしますので」
だからだというのだ。
「新田はどんどん開発していきます」
「大和の北のか」
「そうしますので」
「わかったわ、まずは大和やな」
「あの場所は開けていますし」
大和の盆地はというのだ。
「一気に新田を築いていきましょう」
「これまでは近江や伊勢、あと摂津とかに新田を作ってました」
弥生がここで中里に話した。
「そしてです」
「今度はやな」
「大和です」
「そうなるんやな」
「はい、ただ大和は北だけです」
新田を開発出来るのはというのだ。
「南は出来ません」
「ああ、奈良県の南はな」
中里は彼等の世界のことから話した、地理的には広さは違うが地形は同じであるからそこはわかったのだ。
第十五話 傭兵の四人その十二
「山ばかりでな」
「吉野とか十津川の辺りは」
「それで田んぼもやな」
「あまり出来ません」
だからだというのだ。
「ですから大和は北だけです」
「田んぼを築けるか」
「はい、そしてです」
弥生はさらに話を続けた。
「町や工場もなんです」
「大和ではやな」
「北だけです」
「山ばかりでそういうのがもうけられんか」
「そうなんです」
それが大和だというのだ。
「山ばかりで林業やら山を使った産業は出来てますけど」
「他の産業は出来んのやな」
「そうですわ、人も少ないです」
「今の奈良県もやな、北に人口が集中してるか」
「産業も」
「南の林業等も後々さらに整えますが」
また太宰が言ってきた。
「しかし今は」
「後やな」
「今回は農業です」
新田開発だというのだ。
「そして新田開発からです」
「さらにか」
「様々な野菜や果物もです」
そうしたものまでというのだ。
「増やしていきます」
「各地の特産品としてか」
「はい、大和でしたら」
その新田開発を行う国はどうかというと。
「色々作ることが出来ますので」
「そうなんか」
「はい、かなり豊かな国なので」
だからだというのだ。
「蜜柑や梨、お茶に紙とです」
「紙、ああ和紙か」
「この和紙は世界的にも評判がいいので」
「売れるんやな」
「はい、ですからこちらもです」
「作るんか」
「そして墨も」
こちらもというのだ。
「作っていきます」
「凝ってるな」
「この和紙からお札も造っていますので」
貨幣の話もだ、太宰は話した。
「そちらにも使います」
「和紙はええんやな」
「そうです、和紙も生産も増やしていきます」
「それでお札にも使ったり海外にも売って」
「収入にもしていきます」
国家のそれにというのだ。
「そうしたことも考えています」
「先の先を考えてるな」
「それが政です」
太宰は中里に簡潔な声で答えた。
「先の先を読み予算も投じ」
「やっていくものか」
「その投じた予算が後で何倍にも返ってきます」
「それで内政をするんか」
「はい、幸いこの度の政の予算は充分にあります」
「その予算使ってやっていきますにゃ」
弥生も言ってきた。
第十五話 傭兵の四人その十三
「宜しくですにゃ」
「自分喋り方猫調に戻ったな」
「こうなったり人間調になったりしますにゃ」
「その場その場でやな」
「それがうちの喋り方ですにゃ」
「統一せんな、けど内政もせなな」
「そうです、もっと言えば投じた予算は何倍どころかです」
そのレベルに収まらずというのだ。
「時として何十倍、何百倍とです」
「返ってくるねんな」
「そうです」
「それはええな」
「ですから的確に行っていくべきです」
「予算の投じ方もか」
「左様です、この度の大和についても」
「もう大和の治水は済んでますにゃ」
弥生はこのことも話した。
「ですから後は新田開発ですにゃ」
「治水で水のことは出来てるか」
「基礎がですにゃ」
新田開発のそれがというのだ。
「だからですにゃ」
「最初から田んぼ作っていけるか」
「そうですにゃ」
「人手もありますので」
太宰はそちらの話もした、予算とこちらも確保してこそ政も出来るということなのだ。もっと言えばこの二つがないと出来るものではない。
「安心してです」
「政にやな」
「かかれます」
そうだというのだ。
「最初から」
「何か用意周到やな」
「何しろ太宰さんが何でも手回し、根回ししてくれるんで」
何故用意が行き届いているかは弥生が話した。
「官僚機構も整ってて」
「ああ、お役所な」
「そのお話は聞いてると思いますにゃ」
「そういうことやな」
「はい、そうです」
太宰に中里にそうだと答える。
「そうしたことはです」
「官僚機構をちゃんとしといたらか」
「的確に用意も出来ます、そして」
「人も動かせるか」
「予算も」
「何か僕等の世界のコンピューターみたいやな」
整った官僚機構についてだ、中里は太宰の話を聞いてこう思い実際に言葉にも出した。
「それは」
「はい、その通りです」
「官僚機構はコンピューターか」
「入力、つまり指示出してです」
「そう動いてもらうか」
「我々は指示を出してです」
そのうえでというのだ。
「しっかりとその通りにいっているのかをです」
「観るんやな」
「監督もします」
「それが僕等のすることか」
「そうです、では宜しいですね」
「ああ、大和の新田開発やな」
「北部、奈良に天理、郡山、それに高田と橿原それに桜井や宇陀もですね」
太宰は大和の諸地域の名前を次々に出した。
第十五話 傭兵の四人その十四
「そうした地域の田を二倍にします」
「倍か」
「平地において、それと開拓した場所にも」
そこにもというのだ。
「新田をもうけます」
「どんどんいくな」
「農民には新しい農具及び牛や馬を供与し」
「貸すんやなくてか」
「そのまま使ってもらいます」
「ずっとやな」
「田は一年や二年のものではありません」
そうした期間だけのものではないというのだ。
「長きに渡って米を植えて収穫を得るものです」
「そやからか」
「はい、そうしたものは供与します」
貸すのではなく、というのだ。
「そうします」
「渡した時に税金とかも取らんか」
「あえて」
それはしないとだ、太宰は中里に明瞭な声で答えた。
「そうします」
「それで民の負担とかも減らすか」
「そして支持も手に入れます」
「人気取りでもあるか」
「そう言うと下世話ですがやはり」
「人気は必要か」
「この世界についても」
政をするならというのだ。
「選挙等はなくとも人気があるに越したことはありません」
「政治家ならか」
「結局政治家は人気あってこそです」
この真実もだ、太宰は指摘した。
「人気がない政治家程惨めなものはありません」
「人気のないタレントと一緒か」
「はい」
まさにその通りという返事だった。
「その通りです」
「政治家も大変やな」
「そうです、ですから」
「僕等もやな」
「人気が必要です」
「シビアな話やな」
「人気、実力なくしてはです」
その双方がというのだ。
「星の者達といえどもこの世界でも何でもありません」
「治められんか」
「はい、ひいては戦もです」
こちらもというのだ。
「勝つことも出来ません」
「ああ、兵隊がついてこんか」
「人気、つまり人望がありませんと」
そうなるというのだ。
「それはこの世界でも同じです」
「そういうとこはどの世界でも同じか」
「そうです、少なくとも我々は神具やそれぞれの才能があり努力することも可能です」
そうした要素が重なっていてというのだ。
「ですから資質は最初からある程度備わっていて」
「その資質を伸ばすことも出来るか」
「そうです」
まさにというのだ。
第十五話 傭兵の四人その十五
「それが出来ます、後はです」
「人気、人望を備える」
「そうしたことをする必要があります」
「それで政もやな」
「国、領内とそこにいる民の為が第一です」
「それを考えてか」
「政は善政であるべきです」
太宰は中里にはっきりと答えた。
「自分自身の為にも」
「成程な」
「そうです、わかりましたね」
「民と国、そして自分自身の為にも」
「人気があるに越したことはありません」
「シビアな話やな」
中里はここまで聞いて真剣な顔で頷いた。
「そこは」
「これが現実です」
太宰は言葉もまたシビアだった。
「この世界においても」
「そういうことか」
「はい、では宜しいですね」
「内政やな」
「大和を豊かにしましょう、それと税制ですが」
「そっちはどうなってるねん」
「低くしています」
そうだというのだ。
「関西は」
「そやねんな」
「日本は全体的にそうです」
税は低いというのだ。
「そうなっています」
「そやねんな」
「はい、税は低くしてです」
そのうえでというのだ。
「農業や商業、工業を伸張させています」
「各種産業をか」
「はい、そしてです」
「歳入を増やしてるか」
「税が低くともです」
「産業がよかったらか」
「歳入がいいのです」
そうだというのだ。
「これはおおよそ太平洋全域の傾向です」
「どの国もそうして頑張ってるか」
「はい、ただ」
「ただ?」
「ロシアやインドは敵国における一時的な統治では容赦なくです」
「重い税を課すんやな」
「そうしています」
こうした国々はというのだ。
「むしろこう言えば現実と祖語がある程です」
「実際やどうやねん」
「敵対者には容赦しない国々というかそれが氷帝、雷帝なので」
神星である彼等だというのだ。
「敵の占領地で必要とあらば」
「徹底的な重税か」
「収奪です」
重税どころかというのだ。
「持って行けるものは全て持って行きます」
「鬼やな」
「彼等は敵に対してはそうします」
「味方には普通の政してもか」
「領内では善政です」
その彼等もというのだ。
第十五話 傭兵の四人その十六
「犯罪者は容赦なく残虐に処刑していますが」
「そこはお約束やな」
「生きたまま焼く、獣の餌等」
そうした処刑を行っているというのだ。
「よくてシベリアや熱帯での強制労働です」
「それも死ぬやろ」
「そうしたことを普通にしています」
「連中は怖いな」
「冗談抜きで」
「そうか、まあ悪人は容赦したらあかんな」
「ですから法も整えています」
太宰はそちらも整備しているというのだ。
「法なくして政は成り立ちません」
「その通りやな」
「官僚機構と共にです」
「そっちも整えたんか」
「はい、そうしました」
「見事やな」
「そしてです」
さらに言う太宰だった。
「この法にも基づいてです」
「政をしてるんやな」
「そうしたこともしています」
「ほな大和の農業は」
「法も使い」
そしてというのだ。
「進めていきます」
「そういうことやな」
「ではすぐに三人で取り掛かりましょう」
太宰は中里だけでなく弥生にも言った。
「大和はこの世界では五百万石、栄えさせると大きいです」
「ほんまですな」
弥生は白猫の顔で太宰に応えた。
「むしろ遂に大和の時が来たですにゃ」
「これまで本当に何かと忙しく」
内政だけでなく軍事等にもというのだ。
「他の領土の内政をしていて」
「大和まではだったですにゃ」
「そうした状況でしたが」
「大和もですにゃ」
「取り掛かれます」
その内政にというのだ。
「喜ばしいことです」
「ではですにゃ」
「はい、もう開発計画は整えています」
「それ従ってか」
「やっていきましょう、それと計画はです」
内政のそれはというと。
「既にあらゆる領地のものを整えています」
「そうなんか」
「私だけでなく官僚の者達に計画を出させて私がその中で選んで決定してです」
そうしてというのだ。
「決めています」
「ああ、案出して出させてか」
「それで私が選んで」
「凄いことやってるな」
「神具の力もありますし」
太宰が持っているそれのというのだ。
第十五話 傭兵の四人その十七
「そうしたことも出来ます」
「そのことでも便利な神具やな」
「私もそう思います、とかくです」
「内政についてはか」
「お任せ下さい」
「宰相としてやり遂げてるってことか」
「内政には自信があります」
それも万全のものがというのだ。
「ですから」
「そうか、ほなな」
「はい、それでは早速です」
「大和の新田開発やな」
「それにかかりましょう」
「ああ、ただ僕等はここで計画を見て決定するだけやろ」
「そして監督です」
計画のそれのというのだ。
「それを行います」
「どんな状況か見るんやな」
「現場に行くこともありますし」
それにというのだ。
「予算の状況もです」
「間違ってないかってか」
「観るのです、それが私達の内政でのすることです」
「実際に中に入ってやるんちゃうねんな」
「それはまた違います」
「そうか、決定して監督するんか」
「言うなら指揮官です」
軍隊に当てはめるとその立場になるというのだ。
「こうお話するとわかりやすいでしょうか」
「ああ、そう言うたらな」
「その決定者、監督もです」
「多いに越したことはないか」
「特に監督はです」
現場のそれはというのだ。
「だからです」
「僕も来てか」
「よかったのです」
「戦に内政もか」
「その両方においてです」
「僕のやることは多いか」
「何かと」
まさにというのだ。
「ですから頑張ってもらいます」
「わかったわ、ほな大和に行ってな」
監督のこともだ、中里は話した。
「そうしてやな」
「監督もお願いします、その見方ですが」
「表に出て激励するだけやなくてやな」
「こっそりと観ることも必要です」
「観てないところで、ってあるからな」
「はい、どうしても」
そうしたことはというのだ。
「この世界でもありますので」
「だからやな」
「この世界でも人間は同じです」
少し苦笑いになってだ、太宰は中里にこうしたことも話した。
「少し観ていないと」
「さぼったり悪いことしたりか」
「そうしたことをす者もいます」
「あるな、それは」
「ですから表でも裏でもです」
その両方でというのだ。
第十五話 傭兵の四人その十八
「チェックが必要なのです」
「そういうことやな」
「はい」
まさにという返事だった。
「そうした監督をお願いします」
「そうか、それで玲子ちゃん内政出来んってのは」
「円地さんですね」
「あれは監督せんのか」
「決定もわからないと言ってです」
そうしてというのだ。
「加わりませんので」
「そやからか」
「彼女は内政が出来ないのです」
「そうなんか」
「そうしたことには一切興味がなくしかも本当にこうした内政のお話です」
「わからへんのか」
「そうなのです」
玲子はというのだ。
「そうした方です」
「つまりわかる位でか」
「計画が」
「それで内政は出来るんやな」
「何もわからないと決定も出来ません」
「そやないとええとかわからんからか」
「そうです」
そういうことだというのだ。
「つまりは」
「そういうことか」
「それと途中何かありましたら」
「賊が出たり戦になったらか」
「巨人が出てもです」
その場合もというのだ。
「中里君には出陣してもらいますが」
「自分はか」
「私と樋口君はです」
弥生はというのだ。
「内政に専念します」
「そうするんやな」
「はい」
そうだというのだ。
「その時はお願いします」
「わかったわ、ほな宜しくな」
「そうさせてもらうな」
「不測の事態は起こることなので」
「東海とかな」
「あと九州とも海を挟んで国境を接しましたが」
太宰はこのことも話した。
「彼等は日本で最も好戦的で武闘派と言われています」
「ほな何時攻めてきてもか」
「おかしくありません」
彼等はというのだ。
「ですから」
「いざって時はか」
「宜しくお願いします、ただ本来はです」
「本来は?」
「内政が整ってです」
それからというのだ。
「戦としたいですが」
「九州とはか」
「四国も収めて」
そこまで進めてというのだ。
第十五話 傭兵の四人その十九
「海からと考えていますが」
「それはあくまで向こうさんの考えやしな」
「あちらの考えもあります」
九州の勢力にも彼等の考えがあるというのだ。
「ですから」
「何かあったらか」
「はい、お願いします」
「その時は僕が出陣か」
「井伏君と山本君がいます」
新たに加わった彼等がというのだ。
「二人は武闘派の傾向がありますので」
「だからやな」
「いざという時はです」
「二人を連れてか」
「お願いします」
出陣をというのだ。
「そうして頂きます」
「わかったわ、それで僕等が出陣している間もやな」
「政は行われます」
太宰はこのことをだ、中里にはっきりと話した。
「これが止まることはありません」
「いつも進めてるんやな」
「はい」
その通りという返事だった。
「左様です」
「そやねんな」
「それが私が進めていますので」
「関西の政はそうして進めてきたんか」
「はい、これまでは私と樋口さんが主でしたが」
「人手が増えてやな」
「より一層進められる様になりました」
太宰は微笑んでこのことを話した。
「有り難いことです」
「そやねんな」
「実に」
「それは何よりやな、まあ何かあったら行くけど」
「はい、それまでは」
「政も頑張るで」
こう言ってだ、中里は政にも励んだ。彼は戦だけでなくそちらのことについても熱心に励むことになった。
第十五話 完
2017・4・24
第十六話 内政その一
第十六話 内政
中里は太宰が言う大和の新田開発についての議を弥生と共に行った、既に部屋からは綾乃は去っていた。
そのうえでだ、太宰はまずは大和の地図を開いて中里に話した。
「これが大和ですが」
「ほんま北と南でちゃうな」
その地図を見てだ、中里はまずはこう言った。
「北は比較的開けて盆地になっててな」
「南は完全に山岳地帯ですね」
「吉野も深いけど」
その山がだ。
「紀伊との境まで相当あってもな」
「そのほぼ全てがです」
「山ばっかりやな」
「ですから林業は出来ますが」
その豊かな森林資源を使ってだ。
「しかしです」
「今は新田開発やしな」
「そちらの政は伐採とその後の植林を進めています」
「もうそっちもしてるんか」
「森林資源は国家に欠かせませんので」
それ故にというのだ。
「家も紙も食器もですね」
「ああ、全部木やな」
「ですからそれは忘れていません」
「そやねんな」
「はい、そして伐採した後はです」
「植林もしてるか」
「さもないとやがて尽きます」
その森林資源がというのだ。
「ですから並行してそちらも進めています」
「先の先まで考えてるんやな」
「左様です」
「成程な」
「ただ杉は避けています」
「花粉症やな」
「実は棟梁も私もあちらの世界では花粉症でして」
「私もですにゃ」
弥生もそうだと言ってきた。
「しかも杉ではどうも山の生きものの糧にならへんので」
「あの木は割けています」
「そうしたことも考えてるか」
「こちらの世界でも花粉症になっては困ります」
太宰はこのことは私も入れていた。
「全く以て」
「そうか、けど政に私入れるのはな」
「承知していますがそもそも杉は」
「山の生きものの糧にはならん」
「それが大きいので」
第一の理由はこちらだというのは事実だった。
「ですから」
「植林の時は避けてるか」
「左様です」
「成程な」
「それでなのですが」
太宰は大和の南の林業のことを話してそこからその話を戻した。
「大和の北は御覧になられましたね」
「ああ、盆地でな」
「開けていますね」
「川も池も多いな」
「既に治水は整えています」
そうした川や池へのそれがというのだ。
第十六話 内政その二
「既に」
「それでやな」
「これより新田開発ですが」
「そやな、奈良とか郡山とかな」
そうした場所をだ、中里は見た。地図にそうした場所が書かれている。
「かなりええ田んぼ作られるな」
「そう思われますね」
「あと天理とか高田、郡山も」
中里はそうした場所も見ていった。
「桜井とか宇陀は山が多うなってるけど」
「それでもですね」
「こうした場所も多くの田んぼを作られるわ」
「そうですね」
「御所もな、けどな」
大和の中央部まで見て言う。
「明日香までやな」
「新田開発が出来るのは」
「ここまでや、後はな」
「出来ないですね」
「ほんまに山多いな」
中里は大和の南もっと言えばその六割を占める山地を見て言った。
「この多さ凄いわ」
「この全てが山です」
「ここに盗賊とか化けものとかおるやろ」
「はい」
その通りという返事だった。
「どちらもかなり退治しましたが」
「まだおるか」
「それで時折村や樵が襲われます」
「そうした連中の征伐も必要やな」
「それも進めています」
実際にという返事だった。
「時折ですが」
「そうか」
「はい、その時もです」
「僕が行くんやな」
「基本は、あと佐藤兄妹もです」
芥川の弟子の彼等もというのだ。
「動いてもらっています」
「あの連中もか」
「芥川君は今は東の押さえですし」
「軍師の仕事と並行してか」
「本来は軍師なのでこの御所にいて欲しいですが」
そして策を出して欲しいというのだ。
「何しろ人手不足なので」
「そやからか」
「東海、北陸に対するとなると」
それこそというのだ。
「備えが必要なので」
「それなりのやな」
「佐藤兄妹ではです」
彼等ではというのだ。
「東海、北陸を一度に抑えることは難しいです」
「そやからやな」
「彼に行ってもらっています」
その芥川にというのだ。
「そうしてもらっています」
「そういうことやな」
「はい」
太宰は中里に苦い顔で答えた。
第十六話 内政その三
「そうなのです、そして姫巫女様も」
綾乃もというのだ。
「出陣してもらいますので」
「四国にやな」
「星の者と軍勢は共に必要です」
その両方がというのだ。
「官僚機構だけでなく」
「特に星のモンやな」
「こうした内政でも必要で」
「戦でもな」
「多ければ多いだけです」
必要だというのだ。
「ですから山陽のお二人の加入は大きいです」
「山陽の土地と軍勢だけやないか」
「はい、九州まで押さえ西国を統一したならば」
「もう東に戦力を集中させてやな」
「一気に飲み込んで、です」
東国の諸勢力をというのだ。
「天下統一といきたいです」
「その場合は芥川もやな」
「この御所に戻ってもらい」
そしてというのだ。
「軍師の責務に専念してもらいます」
「そうなるな」
「はい」
まさにという返事だった。
「そうして頂きます」
「そうしたら山陽、四国、九州の星の連中も動員してやな」
「東国を攻めます」
「今は押さえてるだけやけどか」
「そうします」
まさにというのだ。
「その時は」
「ほな次は四国か」
「幸い攻めてきたので」
「返り討ちにしてか」
「逆に攻め込みます」
この考えをまた言うのだった。
「そして四国もとしまして」
「九州か」
「そうなります、九州はあちらから攻め込んでこずとも」
「用意が出来たらか」
「こちらから攻め込みます」
「そうした考えか」
「そして言うまでもなく山陽、四国と共にその内政もです」
そちらもというのだ。
「充実させます」
「そうするか」
「はい」
太宰はまた中里に答えた。
「その様に、それではです」
「ああ、話を戻してやな」
「大和の新田開発計画ですが」
「この案でええかやな」
「はい、何処をどの規模でどうやっていくのか」
そうした細かいところまでというのだ、そしてここで。
太宰は細かい計画を書いた書を出してきた、そこにはどの場所にどれだけの人員を配置して予算はどうするか、そうしたところまで書いていた。
それを見てだ、中里は唸って言った。
「細かいな」
「官吏達にこうしたことまで考えてもらいました」
「そうか」
「こうしたことを各地でしてもらっています」
大和だけでなくだ。
第十六話 内政その四
「領内の」
「新田開発にあたってか」
「そして町や工場、港についても」
「全部か」
「そうしています」
「内政全般でか」
「はい、そしてです」
そのうえでというのだ。
「私が決定しています」
「そして僕等もやな」
「その詳細を見て是非を判断し」
「決定することがやな」
「私達の仕事ですが」
「その判断と決定もやな」
「人手が必要なのです」
「判子押すのも仕事やな」
「そうです、是非を判断するにはです」
それにはというのだ。
「まず書を読まないといけません」
「そしてそれでええかを考えてやな」
「政を行う場所にとって、そして天下にとっていいのか」
「そこまで判断してやな」
「そのうえで判断しないといけないので」
「それで判子押すにも人手が必要か」
「ですから今回は貴方にお願いしているのです」
中里にというのだ。
「それでなのです」
「そういうことか」
「これで全ておわかりになりましたね」
「僕もな、ぼな判断しよか」
「内政は的確に進めば進むだけいいです」
まさにという返事だった。
「ですから新田開発が順調なら」
「それならやな」
「さらに進めていきます」
「他の計画もか」
「そうします、近頃内政は遅れ気味でしたし」
太宰自身が考えている計画よりもだ。
「ですから」
「どんどん進めてくか」
「そうします」
「忙しいですにゃ」
弥生も笑って言う。
「これは」
「そうやねんな」
「うちも最近山陰の守りに行ってましたし」
「全体の内政にはやな」
「関わってませんでしたにゃ」
そうだというのだ。
「そやからバリバリいきますにゃ」
「そうか」
「ほな書類どんどん来ますし」
「この地図を持ったうえで、です」
太宰がまた言ってきた。
「判子を押していきましょう」
「わかったわ」
中里は太宰の言葉に頷いた、そしてだった。
三人で大きな座卓がある部屋に移ってその卓の上に地図を開いてその地図を観つつ話をしてだった。
送られてくる書類に判子を押していった、その書類の一つ一つをよく読んで地図と併せて三人で分担してだった。
第十六話 内政その五
よしと判断した事柄が書かれた書類に判子を押す、そうして一枚一枚裁決をしながらだった。
中里は太宰と弥生にだ、こんなことを言った。
「一枚一枚かいな」
「はい、そうです」
太宰は中里の十倍、弥生は二倍の速さで判子を押しつつ応えた。
「裁可してです」
「内政を進めてくんやな」
「左様です」
「成程な、ただな」
「ただ?」
「自分も弥生ちゃんも判子押すの速いな」
裁決した書類に判子を押すのを観て言うのだった。
「どんどんやな」
「それは慣れです」
「慣れかいな」
「はい、書類を読み内政対象地域の状況を把握しますと」
それでというのだ。
「この様にです」
「裁決もやな」
「速くなります」
「そうなんか」
「中里君も一枚一枚ごとにです」
太宰は中里のそれを見て言った。
「速くなっていますよ」
「そうやけどええけど」
「はい、飲み込みは速いです」
「そやとええけどな」
「ですから内政は回数をしていくことです」
「そして慣れればか」
「裁決も速くなります」
「そやねんな」
「ただ会長さんいえ宰相さんの裁決はめっちゃ速いですにゃ」
弥生も速い裁決をしつつ言う。
「流石関西全土の内政の一人でやっていただけはありますにゃ」
「そやねんな」
「もっとも私一人ではです」
その太宰の言葉だ。
「限度がありまして」
「幾ら仕事が速くてか」
「はい、積極的に進めることは出来ず」
「現状維持かいな」
「それが限界でした」
そうだったというのだ。
「私一人では」
「そやねんな」
「はい、ですから」
それでというのだ。
「お二人が来てくれて有り難いです」
「そやねんな」
「これで山陽、四国の星の方々が来れば」
彼等がというのだ。
「より人手が増えますので」
「内政もか」
「進められます」
「やっぱり人手か」
「はい、それでお二人が裁可してくれていますので」
だからだというのだ。
第十六話 内政その六
「裁可は順調です」
「そやとええな」
「はい、樋口さんもさることながら」
しかもというのだ。
「中里君もいて裁可してくれているので」
「大和の新田開発はやな」
「順調以上に進んでいます、ですから」
「そやからか」
「はい、新田開発は予定より速く進められて」
そしてというのだ。
「次の内政に進められます」
「そやねんな」
「はい、大和の工業等の政策も進めていきましょう」
前倒しにしてというのだ。
「そうしていきましょう」
「そうしますにゃ、内政は先に先にしていってですにゃ」
そしてとだ、弥生も言う。
「国をどんどん豊かにしますにゃ」
「そうしたら国も強くなるしな」
「豊かな国が強い兵を作ります」
富国強兵、太宰はこの言葉も出した。
「まさに」
「武具とか揃えられて栄養のあるもん食えてな」
「その通りです、そして多くの兵達を常に維持出来る様になり傭兵も雇えます」
「傭兵もか」
「我々は基本募兵ですか」
領内の民達から兵を募っているというのだ。
「あぶれ者等を雇うことも出来ますので」
「それで兵も増やすか」
「そうしたことも出来ます」
内政により国力に余裕が出来予算が増えればその予算でというのだ。
「ですから内政は次から次にです」
「進めてやな」
「国を豊かにしていきます」
「そうするか」
「はい、暫く頑張りましょう」
「そうしよか、内政も大事やな」
中里はこのことをあらためて思うのだった。
「よおわかったわ」
「はい、では」
「内政も頑張るわ」
「そうしよな」
こうしたことを話してだ、そしてだった。
三人で書類の裁可をしていった、そのうえで書類での内政を進めてだった。
次の日は現場、大和に行ってそうして内政の状況を見るとだった。太宰は少し厳しい顔になって中里と弥生に言った。
「人手が足りていません」
「そやからか」
「人手を増やします」
そうするというのだ。
「田を作る面々の」
「すぐにか」
「はい、現場の官吏達に言います」
その彼等にというのだ。
「そしてです」
「人手を増やしてか」
「その分予算もです」
そちらもというのだ。
第十六話 内政その七
「増やします」
「細かいな」
「そうしてこそです」
「万全に出来るか」
「はい、完璧となりますか」
太宰はここでこの言葉を出した。
「そうなりますとまず無理ですが」
「完璧はかいな」
「はい、完璧即ち完全はないのです」
「どっか必ず抜けがあったりするか」
「そうです、完璧を目指すべきですが」
それでもというのだ。
「完璧は有り得ません」
「哲学やな」
「現実です、完璧主義であるべきですが」
太宰はまた言った。
「しかしそれでもです」
「完璧にはならんか」
「それが世の中であり政もです」
「完璧はないか」
「万全位はありますが」
「完璧と万全はちゃうか」
「私としては。万全はあらゆることが真っ当出来ているということでしょう」
その言葉通りならというのだ。
「まあ九十五点以上ですか」
「百点満点でやな」
「テストの答案なら百点はあります、しかしこれも」
その百点もというのだ。
「妙な先生ですと文章の書き方が悪い、正確に書いていないとです」
「変にシビアなこと言うてな」
「減点する先生もいます」
「おるな、そういう奴」
学校の教師だけでなく他の分野のそうした立場でもいるだろうか、こうした採点をする人物は。
「それでそういう奴に限ってな」
「自分には甘いですね」
「結構以上に嫌な奴やったりするわ」
そうした人物もいるというのだ。
「まあそういう採点も出来るな」
「テストでも」
「まそれでもテストはか」
「はい、教科書をそのまま書けばです」
それでというのだ。
「完璧になります、ですが」
「他のことはやな」
「完璧はないです」
「政もやな」
「必ず抜けがあります、ですが」
「それでもやな」
「その抜けを極めて小さくすべきなのです」
例え完璧というものが有り得ないものだとしてもだ。
「ですからこうしてです」
「人手もっ予算もか」
「現場を見まして」
それで現状を把握してというのだ。
「あらためるべきところはあらためていくべきです」
「そういうことか」
「はい、それではです」
「人手と予算をか」
「増やします、一割五分ですね」
増やす割合はというのだ。
第十六話 内政その八
「人手は。予算は二割ですね」
「多めにか」
「それだけ必要です」
そう判断したからだというのだ。
「投入します」
「そうか、それやったらな」
「はい、その様にします」
「あとですわ」
今度は弥生が言った、やはり現場を見つつ。
「裏からもです」
「観るべきか」
「はい、あえてこうして姿見せて見回るのも監督になりますが」
「それやとショーウィンドゥやな」
「見せたいところだけ見せたりしますし」
それでというのだ。
「その見せたくないところもです」
「見るってことか」
「はい」
その通りだというのだ。
「そうしましょ」
「それは欠かしたらあかんか」
「世の中表と裏があります」
「何でもやな」
「これはお金だけやないです」
この世界にもある、日本や多くの国では貨幣だけでなく紙幣もある。。
「ありとあらゆることについてです」
「表と裏があって」
「それで裏もやな」
「見ましょう」
「わかったわ、ほな後でな」
「姿を消してです」
術を使ってというのだ。
「そうしましょう」
「わかった、そしてやな」
「やるべきことをやりましょ」
「若し不正があれば」
太宰は再び中里に言った。
「正します」
「不正は裏にこそあるしな」
「堂々と不正を行う者なぞそうはいません」
太宰は言い切った。
「疚しいものを感じますし見られるとまずいので」
「だからやな」
「そうしたことは裏で行うことが常です」
そうだというのだ。
「ですから」
「裏も見てそしてやな」
「不正を調べましょう」
「わかったわ、それがない様にせなな」
中里も確かな声で頷いた、そしてだった。
三人は姿も隠してそうしてだった、そちらも見た。幸いこの国ではこれといった不正はなかったが。
それでもだ、太宰は中里に言った。
「なくて当然とすべきであり」
「あったらやな」
「それ自体を問題とすべきです」
こう言うのだった。
「監督が足りなかったということであり仕組み自体にもです」
「不正の温床がないか」
「そうしたことも考えられるので」
「不正が見付かればか」
「その都度正していきます」
「そうしていかなあかんか」
「はい」
その通りという返事だった。
「これもまた政です」
「腐敗は許すなか」
「そうです」
これまたその通りという返事だった。
第十六話 内政その九
「くれぐれも、ただ」
「ただ?」
「不正は駄目ですがある程度の融通はです」
そうしたものはというと。
「いいと考えています」
「何か学校みたいやな」
「学校は社会の縮図です」
太宰は彼等本来の世界の話も入れた、それもその生活の主な場の一つである学園のことについて。
「ですから」
「学校みたいなこともか」
「申し上げた次第です」
「そういうことか」
「はい、ですから不正はいけません」
「けどある程度の融通はか」
「必要です、もっとも規律厳守な場合もあります」
こうも言うのだった。
「軍等の組織にいれば」
「学校では風紀部もそやな」
「こうした組織では規律厳守でも」
「関西の軍も軍律厳しいしな」
「そこは厳格にしました」
あえてというのだ。
「姫巫女様、そして芥川君とお話しまして」
「悪いことせん様にやな」
「そうしています」
「武器持ってるしがたいええのも多いしな」
「力を持っていますので」
軍隊ひいては兵隊達がというのだ。
「ですから」
「軍規軍律は厳しくか」
「そうしています、日本軍の様に」
その域まで軍規軍律を厳格化しているというのだ。
「これからもそうしていきます」
「厳しくか」
「はい、何があろうとも」
「そうか。まあうちの学園の風紀部はそんなにな」
中里は八条学園風紀部のこともここで言及した。
「厳しくないしな」
「はい、確かに」
「そうそう漫画みたいな厳しい風紀部員おらんか」
「いますで」
弥生が中里に言ってきた。
「うちの学園にも」
「そうなんか?」
「はい、そうした人もいます」
「そうなんやな」
「とはいっても普段は優しい人ですけど」
「人格者ってことか」
「ええ人ですよ」
風紀部員としては厳しいがというのだ。
「まあそういう人もいます」
「そやねんな」
「はい、それでなんですが」
弥生は中里にさらに話した。
「不正を調べるのもです」
「やってくんやな」
「それと法も常に見直してます」
そうしたことも行ってるというのだ。
「これに問題あったらあきませんから」
「悪法やな」
「はい、悪法がない様にです」
若しくは悪法になっていないかというのだ、どの様な法も時と場合によって悪法に変化したりもするのだ。
第十六話 内政その十
「いつも見なおしてます」
「それも自分とか太宰がやってるか」
「そうしてます」
弥生は中里に実際にと答えた。
「ほんまこうした法は大事ですさかい」
「さもないと世の中動かへんしな」
「その通りです、法を無視しましたら」
そうした個人や社会はというと。
「モヒカンヒャッハーとかヤウザ屋さんとかならず者国家になります」
「どれもめっちゃ迷惑やしな」
「どれもこの世界にもあります」
この世界『にも』というのだった。
「先の二つは関西はどんどん取り締まってます」
「放っておけんしな」
「はい、更生させてますが」
「させられん奴は処刑やな」
「そうしてます」
「そういえば関西は牢獄少ないな」
「あえてそうしています」
太宰がまた中里に答えた。
「牢獄も予算が必要ですから」
「余分な予算は回せんか」
「はい、ですから更生の余地のない輩はです」
そうした者はというのだ。
「処刑して魂魄も消し去っています」
「無駄飯になるってことか」
「そうです、更生の余地がない輩なぞです」
「置いておいてもやな」
「何の価値もありません」
太宰のこの件についての言葉は辛辣でさえあった、そうした響きが言葉の中にはっきりと存在していた。
「樋口さんがお話した様な者達で殺人等を行った輩はです」
「それが確信犯とかやったらやな」
「打ち首獄門ではなく」
「ああ、うちは普通に鋸引きとか引き裂きとかやるな」
「そうしてです」
そうした苛烈な刑罰でというのだ。
「惨たらしく時間をかけてです」
「処刑やな」
「そうしています」
「悪党に慈悲は無用か」
「私の考えでいかせてもらいました」
そうした輩への処刑はというのだ。
「北斗の拳でもそうですね」
「ああ、あの漫画そうやな」
「悪党に容赦なぞです」
「無用か」
「そうなので」
「殺してくか」
「そうしています」
現在進行形でという言葉だった。
「そうして一人の処刑がです」
「世の中にそれを晒してやな」
「悪人達への見せしめともなりますので」
「やってるんやな」
「そうです、まあ賄賂位ならです」
内政面で起こる不正はというと。
「死刑とまではなりません」
「殺人とかでもないとか」
「死刑にはしません」
あくまで凶悪犯限定だというのだ。
「私も」
「私もっていうと」
「そうした重罪人の刑罰の判断もしています」
太宰自身がというのだ。
第十六話 内政その十一
「宰相として」
「死刑とかのもかいな」
「死罪は宰相の処断となっています」
関西では、というのだ。
「徳川幕府が死罪は老中の裁可のものだった通り」
「あれお奉行がやってたんちゃうからな」
中里もこのことは知っていた、時代劇では奉行が死罪等を決めているが実際は評定所がどうすべきかを話し老中が評定所の断を決めていたのだ。
「あれにならったか」
「そして相当悪いものでもない限り罪一等か二等減じています」
このことも江戸時代に行われていたことだ。
「あの様にしています」
「井伊直弼さんみたいにかえって重くしていませんか」
「私はその御仁は大嫌いなので」
「嫌いも嫌いか」
「大嫌いです」
太宰は無表情できっぱりと言い切った。
「反面教師にしています」
「何かあの人好きな人おらんな」
「完全な悪役ですにゃ」
弥生も言う。
「幕末において」
「そやな、頑迷な位保守で独裁的でな」
「死罪とか蟄居連発してますにゃ」
「殺されてざま見ろって感じやしな」
桜田門外の変だ、何とこのことは殺されたその頃からの評価であるから生前からの評判の悪さもわかる。
「日本の歴史上源頼朝さんと並ぶ不人気人物やな」
「全くですにゃ」
「蘇我入鹿さんとか藤原時平さんは人間やなくなってるし」
「そうですにゃ?」
「歌舞伎で公家悪やけどな」
そうした役回りだというのだ。
「蘇我入鹿さんは不死身で藤原時平さんは牛舎に乗ったまま空飛ぶ演出あるんや」
「どっちも化けものですか」
「あの隈取血流やけど青いし」
公家悪の隈取は青いのだ。
「つまり公家悪って血が青いからな」
「生物学的でも人間でないですにゃ」
「そやねん」
「こっちの世界では青い血の種族っていないですにゃ」
「皆赤か」
「うちも赤ですにゃ」
猫人の弥生もというのだ。
「そうですにゃ」
「そうなんやな」
「うちの知ってる限りではですにゃ」
「知られていない種族ですと」
太宰もそこは言う。
「青い血の種族もいたりするかも知れません」
「そのことも覚えておこか」
「そうしましょう」
「そうですね、それでお話を戻しますが」
「罪一等か二等はやな」
「相当な重罪人以外は減じています」
そうしているというのだ。
「私は」
「井伊直弼さんと違ってやな」
「はい、幕府は元々そうしていました」
井伊直弼以外の者はと言っていい、寛政の改革の松平定信も天保の改革の水野忠邦もこのことは守った。
「しかし井伊直弼はそこを拡大解釈してです」
「重くしてたんか」
「幕府の慣例を破り」
「保守主義者でもやな」
「そうしていました」
「矛盾してるな」
中里も今の言葉は辛辣だった。
第十六話 内政その十二
「保守主義者で慣例破るって」
「そうまでして幕府を守りたかったのですが」
「やったらいかんことやったか」
「そしてあの末路です」
桜田門外で首を執られた、江戸時代の幕府の要職にあった者では最も無残な末路だったであろう。
「自業自得でもあり」
「因果応報やな」
「まさに反面教師にすべきです」
「ああなったらあかんか」
「はい、そう思っていますので」
「大嫌いでか」
「常に意識しています」
反面教師として、というのだ。
「私の目標は伊藤博文さんです」
「初代首相は」
「あの方の様に柔らかいところは柔らかくはないですが」
しかしというのだ。
「目指しています」
「成程な」
「あの方の様になれば」
それでというのだ。
「いいのですが」
「そうなんやな」
「はい、ではあの方の様に」
「出来る首相を目指してか」
「天下万民の為にです」
「政、頑張るか」
「そうしましょう」
こうしたことを話してだ、太宰はチェックもした。裏のそうしたこともしていってだった。
中里は政に励んだ、そうして大和の新田開発から工場の施設まで話が進んだところでだった。四国から吉報が届いた。
「四国がか」
「はい、軍門に降りました」
そうなったとだ、伝令が中里達に御所で告げた。
「全土が」
「そうか、綾乃ちゃんやったか」
「淡路沖での戦に勝ち」
そしてというのだ。
「一気に四国に上陸し」
「それでやな」
「勝敗を決しました」
「そうか、山陽と同じやな」
「間もなく姫巫女様が御所に戻られます」
その綾乃がというのだ。
「それでは」
「ああ、綾乃ちゃんから話聞こうか」
「では四国の統治は」
太宰は宰相の座から使者に問うた。
「傭兵の四人に現場を任せて」
「四国もですにゃ」
「治めていきます」
内政を進めていくというのだ。
「そうしていきましょう、ただ山陽もそうですが」
「四国も政は進んでいますにゃ」
「どちらの勢力もわかっていました」
そこにいる星の者達がというのだ。
「政のことが、それでです」
「田畑も町も産業もですにゃ」
「整っている様ですから」
だからだというのだ。
第十六話 内政その十三
「あまり心配はいらない様ですね」
「そうですにゃ」
「はい、ではです」
「四国もですにゃ」
「政を進めていきましょう、では姫巫女様が戻られましたら」
太宰も綾乃のことについて言及した。
「お話を聞きましょう」
「そやな、しかし綾乃ちゃんも」
中里が言う彼女はというと。100
「戦めっちゃ強いな」
「あの方ご自身は武器を持たれていませんが」
「草薙の剣もそうした神具やないしな」
「あらゆる術が使え」
「大蛇やな」
「あの神具がとかく強いです」
八つの頭と尾を持つこの大蛇がというのだ。
「ですから」
「戦でもやな」
「強いのです」
「大蛇も戦ってか」
「大蛇の強さは絶大ですので」
「戦場に出たら僕等並に強いな」
「ですから関西の領土を拡大する時は芥川君と共に切り札になっていました」
「最初からこの領土やなくてか」
「最初は播磨や紀伊は力の空白地帯でした」
そうした状況だったというのだ。
「それを国人や勝手に好き放題しているならず者達をです」
「倒していってか」
「はい、主には降らせていっていました」
こちら側に組み込んでいったというのだ。
「そうしていました」
「そうやな、それでどうしても従わんとか」
「あとどうにもならない者達は」
「成敗してたか」
「そうしたことをしていましたが」
「そうした時にか」
「姫巫女様も頼りになりました」
綾乃もというのだ。
「そして今もです」
「神星やからやな」
「お一人で戦いの勝敗を決められるまでにです」
「強いんやな」
「そうです」
まさにというのだ。
「非常に頼りになる方のお一人です」
「刀や槍で戦うことはないけどか」
「術、そして神具のお力で」
「あの娘も強いか」
「そうです、ですから四国もです」
「組み込めたんやな」
「四国の星の者達も強いのですが」
それでもというのだ。
「姫巫女様もおられたので」
「強いんやな」
「はい、そして海戦ですが」
「こっちは最新型の船を戦場に投入したんやな」
「それが効果を奏しました」
中里がこちらの世界に来た時に急いで建造していたその艦達である。
第十六話 内政その十四
「あの艦達を投入したので」
「勝てたんか」
「そうです」
まさにというのだ。
「海戦、水軍での戦もです」
「武器次第でやな」
「勝敗が大きく変わりますので」
「それでか」
「はい、最新型の艦を戦場に送り」
そうしてというのだ。
「最初の海戦で大勝利を収められました」
「そうか、それでどんな船やってん」
「砲を多く備え鉄で出来た石炭で動く船です」
「おいおい、凄い船やな」
「工業も育成していると言っていましたね」
「それでか」
「はい、アメリカの技術を何とか手に入れました」
太宰は微笑みそうして中里に話した。
「何とかですが」
「何か、か」
「そうです、表立っては申し上げられませんが」
「忍か」
「所謂産業スパイです、そうした星の方もいまして」
「そいつに頼んでか」
「手に入れてもらいました」
その技術をというのだ。
「あちらでは機密といっても古い部類とのことですが」
「ロートルか」
「石炭を使った科学の技術ですが」
それでもというのだ。
「アメリカではもう遅れたです」
「そうした技術か」
「その技術を使ってです」
「造った船か」
「そうでした、しかしアメリカではそうした技術でも」
「こっちではとんでもない技術か」
「それで勝てました」
そうだったというのだ。
「それもお聞きになりましたね」
「圧勝やな」
「そうでした、しかし」
「しかし?」
「まだまだ技術も工業力もです」
そのどちらもというのだ。
「発展させていきます、技術と国力はアメリカが圧倒しています」
「それ聞いたわ、こっちの世界でもアメリカと中国が強いな」
「中国は人口、アメリカは技術で」
「どっちも資源は多くてやな」
「はい、そして国力はです」
「圧倒的やな」
「この両国に勝ってこそ太平洋の覇者になりますが」
しかしというのだ。
「かなり厳しい戦いになることは間違いありません」
「そうやろな」
「はい、しかしです」
「勝たなあかんな」
「そうです、戦ってです」
そのうえでというのだ。
「勝たねばなりません」
「どれだけ強い相手でもやな」
「そうです、他の国の一員になるかです」
「覇者になるか」
「どちらかです」
そうなるというのだ。
第十六話 内政その十五
「敗れれば軍門に降り」
「勝ったらこっちがそうする」
「そして世界を一つにしてです」
「そうして世界を救うか」
「私達の使命の一つですが」
しかしというのだ。
「実は世界を救うにしましても」
「ああ、世界の危機がな」
「何であるかはまだわかっていません」
「何やろな」
「侵略か災害か」
「そういうのかいな」
「さて」
太宰は言葉で首を捻った。
「何でしょうか」
「それは誰にもわかっていないですにゃ」
弥生も話す。
「果たして」
「他の勢力や国の連中もか」
「わかっていません」
太宰は再び話した。
「それは」
「そやねんな」
「しかしまずはです」
「この国をやな」
「統一することです」
まずはというのだ。
「ですから九州もです」
「併呑してか」
「東国に向かいましょう」
「わかったわ、順番やな」
「そういうことです」
「山陽、四国も手に入ると」
中里はまた言った。
「かなり大きいな」
「そうです、天下統一に向かって大きく前進しました」
「そしてそうした場所の内政もか」
「進めていきます」
そうするというのだ。
「これからは」
「そうやねんな」
「はい、内政をしてです」
そしてというのだ。
「豊かにします、特に瀬戸内海ですが」
「海やな」
「豊かな漁場もありますし」
「そして産業もやな」
「栄えさせられますし商業もです」
「海やから船で行き来出来てな」
「かなり出来ますので」
それでというのだ。
「瀬戸内の海運を活かしていきます」
「やることも多いな」
「はい、では九州との戦の用意も進めつつ」
そのうえでというのだ。
「そうした政も進めていきましょう」
「わかった、ほなな」
「姫巫女様が戻られたらお話を聞き」
「政もやってくか」
「はい」
太宰は中里に対して頷いて答えた、そして実際に政を進めていき国を豊かにしていくのだった。
第十六話 完
2017・5・1
第十七話 淡路合戦その一
第十七話 淡路合戦
話は前後する、関西と四国の戦の時は刻一刻と迫っていた。吉川もそれを受けてだった。
伊勢においてだ、彼は水軍の将兵達に言っていた。今は港に多くの鉄の船が錨を下ろしている。
その船達を見つつだ、彼は言うのだった。
「出港する」
「そしてですか」
「いよいよですか」
「瀬戸内に向かう」
腕を組み毅然とした声での言葉だった。
「そのうえで勝つ」
「遂に全て完成した鉄甲船達で」
「そうしますね」
「四国の連中もそろそろ動く」
敵である彼等もというのだ。
「だからだ」
「今からですね」
「瀬戸内に行き敵を待ち受け」
「そして迎え撃ち」
「倒しますか」
「そうする、まずは堺に入る」
そこの港にというのだ、関西の勢力の瀬戸内側での最大の港で他国との貿易も盛んに行っている豊かな場所だ。
「そしてだ」
「そこで、ですね」
「円地さんとも合流して」
「そしてそのうえで」
「海戦ですか」
「まずは海で退け」
そうしてというのだ。
「そこからだ」
「四国に上がり」
「そして、ですね」
「四国を併呑する」
「そうしますか」
「山陽での戦もはじまる」
吉川はそちらの話もした。
「どちらも勝ちそのうえでだ」
「山陽、四国を併呑し」
「勢力を大きく伸ばしますね」
「敵を返り討ちにしたうえで」
「それが狙いだ、では総員乗員だ」
その鉄甲船達にというのだ。
「堺に向かうぞ」
「わかりました」
「では今から」
将兵達も頷く、彼等は即座に船に乗り込み吉川の号令一下船は次々に出港してだった。その伊勢からだ。
堺に向かう、吉川は旗艦である三笠から海を観つつ将兵達に言った。海は青く澄んでいてそれでいて波が荒い。
「速いな」
「これがディーゼルの力ですね」
「風を見る必要もありませんし」
「漕ぐ必要もありません」
「石炭を入れればそれで動くとは」
「実に凄いですね」
「全くだ、労力もかなり減ってだ」
これまでの船とはとだ、吉川は船の甲板から前を観つつ匂い立ちして腕を組んでいた、軍帽から鋭い目の光が見える。
第十七話 淡路合戦その二
「波も抜けられる」
「これまでの船より遥かに大きく重く」
「波にも負けません」
「そして大きな大砲も多く備えられています」
「しかも木は燃えやすいですが鉄です」
「守りも固いです」
「これが科学を使って造った船か」
吉川は呟く様に言った。
「錬金術もかなり入っているがな」
「これもまた素晴らしい力ですね」
「科学もまた」
「これだけの船を造られるとは」
「実に素晴らしいです」
「全くだ、しかしこの船でもだ」
吉川は後ろにいる将兵達にこうも言った。
「科学では初歩の初歩だ」
「ほんの、ですね」
「その程度なのですね」
「これだけのものでも」
「アメリカの今の科学から見れば」
「あの国の科学は最先端だ」
この世界でのというのだ。
「他の術もそうだがな」
「特に科学がですね」
「あの国は発展しているのですね」
「そして最先端の科学ではですね」
「これよりも遥かに強い船が出来ているのですか」
「その様だ、こうした船達でもだ」
最早というのだ。
「アメリカでは旧式だ」
「これだけの船でも」
「アメリカではそうなのですか」
「恐ろしい国ですね」
「人口も資源も多いですし」
「強大な敵ですね」
「そうだ、強い」
アメリカのことをだ、吉川ははっきりと言い切った。
「あの国と戦う時が来ればだ」
「その科学のことを考え」
「そしてですね」
「戦うべきですね」
「さもないと勝てませんね」
「科学をはじめとした技術、人口、国力とだ」
そうした諸要素においてというのだ。
「アメリカは日本を圧倒している」
「これだけの船達が旧式ですから」
「それはわかります」
「それも嫌になる程」
「アメリカは最大の敵ですね、日本の」
「中国もそうですが」
「あの二国に勝たずして我々の覇権はないが」
しかしと言う吉川だった。
「容易に勝てる相手ではない」
「その通りですね」
「一体どれだけの技術があるのか」
「そのアメリカと戦うとなると」
「苦戦は免れません」
「だが勝つ」
吉川は腕を組み毅然として言った。
「そうしてみせる、必ずな」
「技術や国力、人口で劣っていても」
「それでもですね」
「アメリカにも中国にも勝つ」
「そうなのですね」
「そうだ、そして東南アジアとオセアニアも手を結び大きな勢力となったが」
しかしというのだ。
第十七話 淡路合戦その三
「彼等にもだ」
「勝ちますか」
「そして太平洋と統一するのは我々ですね」
「ひいては世界も統一し」
「世界を救うのですね」
「そうだ、劣勢を覆すのはより大きな力だ」
それだけのものだというのだ。
「その力、思う存分見せてやろう」
「我々の力ですね」
「劣勢を覆すだけの力」
「そしてそれは」
「我々自身だ」
他ならぬというのだ。
「個々の力、そして頭だ」
「その二つで、ですね」
「他の勢力との間の劣勢を覆し」
「そして勝ちますか」
「そうなる、我々は統一しても太平洋では最弱だ」
日本だけではというのだ。
「しかしその最弱の勢力が統一する、面白いな」
「そうですね、それこそがです」
「奇跡ですね」
「奇跡を出しそして」
「そのうえで勝ちましょう」
「奇跡は人が起こす、そしてそのはじまりにだ」
まさにそれとしてというのだ。
「これからの戦いにも勝つぞ」
「はい、そうしましょう」
「是非共」
「四国との海での戦いにです」
「是非勝ちましょう」
将兵達も吉川に応える、そしてだった。
瀬戸内にその石炭で動く鉄の船達を進めさせていく、吉川はその船達を一糸乱れぬ動きで統率していたが。
その船達を見つつだ、玲子は吉川の隣に来て彼に問うた。
「やっぱり海図は観てるよな」
「常にな」
実際に今も海図を開いていた。
「ここに常に嵐や波、そして敵の状況が出ている」
「そうしたものがわかっていればね」
「危機も避けられてだ」
そしてというのだ。
「相手に先んずることが出来るのだ」
「敵にもだね」
「四国の水軍の状況も出ている」
「ああ、ここにいるね」
見れば阿波の港にいる、そこに四国の船の殆どが出港を待っている。吉川の海図は彼が見たい場所を、陸上も含めて見たいサイズで見せてくれるのだ。
「連中は」
「まだ出港していないな」
「多分こっちが瀬戸内に来たらだね」
「来る」
出港してくるというのだ。
「間違いなくな」
「そうしてくるね」
「そうだ、だからだ」
「淡路での戦になるかね」
「その辺りだな、敵は我々に勝ってだ」
そしてというのだ。
「淡路を抑えてだ」
「それから近畿に来るね」
「そのつもりだ、淡路を制する者は瀬戸内を制する」
その東をだ。
第十七話 淡路合戦その四
「だから今は我々が手中に収めているが」
「四国の連中はそこをひっくり返したいね」
「だから来る、しかしだ」
「それをだね」
「我々は跳ね返してだ」
「そこから逆に攻める」
「四国上陸だ、上陸の時は任せた」
玲子に顔を向けて言った。
「私は陸での戦は苦手だ」
「水軍だからね、先輩は」
「そうだ、だから陸での戦は君に任せる」
正面を見据えてつつだ、吉川は玲子に告げた。
「思う存分戦ってくれ」
「海でもそうさせてもらうよ、戦ならね」
主槍を右手に立たせて持ちにやりと笑ってだ、玲子は言った。
「思う存分やってやるさ」
「いくさ人としてか」
「ああ、とことんやってやるよ。そしてな」
玲子はさらに言った。
「傾いてやるさ」
「それも忘れないか」
「とことん傾くさ」
こうも言うのだった。
「それがあたしの生き様だからな」
「傾奇者か」
「そういうことさ、戦と遊びしかしない不便者だがね」
それも大不便者だ、玲子は常に自身をこう言っている。
「傾くことは傾くさ」
「そうするか。では頼りにしている」
「まずは砲撃を加えてだね」
「それから敵に近寄りだ」
そうしてというのだ。
「体当たりの後でな」
「乗り込んで戦うね」
「出来れば砲撃だけで終わらせたいが」
吉川としてはだ。
「こちらもダメージが少ない」
「それはそうだね」
「それは状況次第だ、しかしだ」
「砲撃だけで勝ってもあたしの出番はあるね」
「上陸の時にな」
まさにその時にというのだ。
「君には戦ってもらう」
「ああ、派手に殴り込んでな」
四国本土にというのだ。
「足がかりは作るよ」
「頼むぞ、言うならば海兵隊だ」
玲子のこの度の役割はというのだ。
「火事場に飛び込むからな」
「そうだね、けれどね」
「火事場は好きだな」
「ああ、大好きさ」
実際に楽し気な笑みで言った。
「火事と喧嘩はな」
「華か」
「江戸じゃないけれどね」
自分達がいる場所はというのだ。
「そういうのは好きさ」
「火事、か」
「そうさ」
「ではそちらの政もするといい」
「消防かい?」
「私達の世界の言葉で言うとな」
まさにそれだというのだ。
第十七話 淡路合戦その五
「それになるな」
「そうか、そうした政もあったね」
「警察もあるしな」
消防以外にというのだ。
「そういうことも考えてみればどうだ」
「町やら田畑だけが政じゃないかい」
「そうだ」
その通りだおtいうのだ。
「政は色々ある」
「成程ねえ」
「確かに君は政向けではないがな」
性格も能力もだ、玲子は確かにそちらには全く向いていない。このことは自他共に認めることだ。
「しかしだ」
「出来ることはあるってことか」
「そうだ、だからだ」
「そうしたこともだね」
「やってみることだ」
「わかったよ、じゃあね」
玲子も吉川の言葉に頷いて言う。
「この戦の後で姫巫女さんに言ってみるよ」
「そうするといい」
「戦がない時はいつも酒飲んだり観劇見たりばかりだったからね」
「あとは武芸だな」
「遊んでばかりだったからね」
自分でもそうした認識があったのだ。
「まあそれでも楽しいけれどね」
「出来ることがあればだな」
「言ってみるさ」
棟梁である綾乃にというのだ。
「そうしたら宰相さんも仕事くれるだろうしね」
「太宰なら必ず用意してくれる」
その仕事をというのだ。
「だからやってみることだ」
「そうだね、それじゃあ今はね」
「戦だな」
「切り込む時は任せな」
不敵な笑みでの言葉だった。
「少なくとも並大抵の奴には負けないさ」
「頼りにさせてもらう、私はそうした神具は持っていない」
武器や防具の系統はだ、吉川はそうした戦は実際に不得意である。運動能力は高いが故人の武芸で戦う者ではないのだ。
「だからそちらは頼む」
「そうさせてもらうよ、じゃあ何かあったらね」
「教えろ、だな」
「すぐに出るさ、それまではね」
戦になるまではというと。
「船の中で遊んでるよ」
「酒か」
「いや、戦の前には飲まないさ」
それはしないというのだ。
「戦に差し障りが出るからね」
「だからか」
「飲めば飲む程って柄じゃないんだ」
「如何にもそう見えるがな」
「あたしは違うんだよ」
そうしたことは出来ないというのだ。
「どうしてもね」
「だからか」
「ああ、戦の前は飲まないんだよ」
そうしているというのだ。
「あたしはな」
「わかった、ではな」
「花札でもして遊んでるさ」
「そちらか」
「それでもいいよな」
「別に構わない、しかし花札か」
「面白いぜ、こっちも」
花札についてもだ、玲子は笑って話した。
第十七話 淡路合戦その六
「負けたこともないしな」
「博打もするか」
「ああ、そうだよ」
「傾いているな」
「そうさ、それがあたしさ」
まさに天下一の傾奇者だというのだ、屈託のない笑顔で言った。
「あたしはな」
「それでか」
「博打もしてな」
「楽しんでいるか」
「そうさ、じゃあな」
「何かあれば呼ぶ」
「その時に宜しくな」
こう話してだ、そのうえでだった。
玲子は船の中に入り吉川は軍勢を淡路の方に向かわせていた。そして動いているのは彼等だけではなかった。
四国の軍勢もだった、阿波の港に彼等の水軍が集結しているが彼等は出港準備に追われていた。
船を動かす者達は船に積み荷を入れ出港用意にかかっていた、そして乗り込む兵達も武具の用意をしていた。
その彼等を見てだ、二人の者達が話をしていた。
「ええ感じじゃのう」
「そうですね」
着物の者と僧侶の服の者であった。
「このままいけばです」
「こちらの考え通りに出られるわ」
「そしてじゃ」
そのうえでというのだ。
「瀬戸内で大戦じゃ」
「そうなりますね」
「さて、戦じゃが」
その戦のことも話された。
「戦は好きじゃないが」
「それでもですね」
「やるからにはじゃ」
「勝つ」
「そうじゃ、勝ったるわ」
戦をするのならとだ、着物の者が言う。見れば質素な上着と袴それに靴といった格好である。
「絶対にな」
「そうしなければなりませんね」
「そういうものじゃきにのう」
それ故にというのだ。
「やるからにはじゃ」
「はい、勝ちましょう」
「必ずのう」102
「それでですが」
僧侶の者が話した。
「一つ思うことは」
「相手のことじゃな」
「関西は兵は弱いです」
このことは天下に知られていることだ、とかく関西の軍勢は弱い。だからここでも話されているのだ。
「しかし兵は多く武具もです」
「ええのう」
「だからです」
それ故にというのだ。
「そうしたもので戦っています」
「鉄砲も大砲も多いきにのう」
「しかもです」
「ああ、星の人達もじゃな」
「拙僧達も星ですが」
「あっちは星の数が多いわ」
「神星の方々は三人です」
星の者達でも頂点に立つ彼等がそれだけいるというのだ。
第十七話 淡路合戦その七
「この度の戦でも出られるでしょう」
「そうじゃな、しかしじゃ」
着物に靴の男は僧侶に言った。
「わし等もちょっと意地があるんじゃ」
「それ故にですね」
「一戦交えんと何かと舐められるわ」
「だからですね」
「勝ってそうしてじゃ」
「都まで至り」
「わし等が天下を取ったるんじゃ」
こう言うのだった。
「やったるか、のう」
「はい、それでは」
「そっから太平洋の大海原に乗り出すんじゃ」
着物の男はこうも言った。
「このわし、地会星正岡駿馬とな」
「人満星織田月心が」
馬人、褐色の毛並みで人の手足の者とダック、ホビット位の背丈の家鴨と人を合わせた外見の者達だった。二人で港で話をしていた。
「そうしましょう」
「そうじゃな、わしは貿易をやってじゃ」
「拙僧は御仏のことを伝えていきます」
「そうせなな、ほな都に漕ぎ出すんじゃ」
「そうしましょう」
「それで神具じゃが」
「はい」
ここでだ、織田は巻物を出した。そのうえで正岡に言った。
「般若心経はここに」
「わしもじゃ」
正岡は一冊の書と短筒を出した。
「万国海法とピストルは持っとるきにのう」
「そうですね、しかし般若心経は法力をかなり上げてくれて気力も回復させてくれますが」
「わしは戦う神具はピストルだけじゃ」
「坂本龍馬さんの」
「これがええんじゃが海法はのう」
これも龍馬が持っていたものだ。
「法律と商売のことは何でも書いてあって頭もよおしてくれるが」
「戦にはですね」
「兵法は教えてくれるがのう」
「直接には使えない」
「頭で戦うか」
「そうなりますね」
「それじゃあそれでやったるわ」
これが正岡の考えだった。
「わしもやったるわ」
「それでは」
「出港じゃ、関西と一戦じゃ」
笑ってだ、正岡はこうも言った。
「わし等も乗り込むきにのう」
「そしてそのうえで」
「戦じゃ」
笑ってだ、正岡と織田も海に出た。そうしてだった。
四国の軍勢も瀬戸内の海に出た、目指すは淡路だが。
その淡路の南には既にだった、関西の水軍が展開していた。既に全艦四国の方を向いている。
吉川は旗艦である三笠の甲板で己の神具である海図を観ていた、そのうえで海の方をやはり神具である双眼鏡で観た。
そうしてだ、傍らにいる玲子に言った。
第十七話 淡路合戦その八
「敵の場所はわかった」
「全部だね」
「海図でおおよそ把握してだ」
「そしてだね」
「目でも確認した」
双眼鏡でというのだ。
「そちらもな」
「それじゃあだね」
「こちらの場所もわかった」
今度は羅針盤を見た。
「敵も己も、そして天候や海の状況もだ」
「そのうえで考えてるね」
「決めた、敵は星が二人共来ている」
このこともわかっているというのだ。
「双眼鏡で二人の姿を船に見た」
「便利な神具だね」
「私は直接戦う神具は持っていない」
玲子の朱槍の様なものはというのだ。
「しかしだ」
「その三つの神具はだね」
「使い方によってはこの通りだ」
「あたしみたいに直接戦うよりもだね」
「力を出してくれる」
「そういうことだね」
「だからだ」
それでというのだ。
「今回もこうして戦う、むしろだ」
「これまでの海賊退治よりもだね」
「やりがいがある」
吉川は不敵な笑みを浮かべて言った。
「かなりな」
「それじゃあだね」
「思う存分戦う、海の戦で私に負けはない」
「相手も強いよ」
「正岡の旦那と織田の高僧だね」
「そこで小坊主とは言わないか」
「実際に小坊主なんて言える相手じゃないだろ」
織田の実力から見ての言葉だ。
「だからだよ」
「そう言ったか」
「そうさ、年齢は下だけれどわかるさ」
織田のことはというのだ。
「法力と学識はあるさ」
「その二つがだな」
「実家じゃ寺の息子さんだったね」
「跡継ぎらしいな」
織田はというのだ。
「聞いたところでは」
「それだけはあるね」
「法力も学識もだな」
「そうさ、そしてな」
「正岡だ」
特に彼だというのだ。
「あの男は武器の神具の短筒も持っているが」
「万国海法の法が問題だね」
「あの神具は兵法も教えてくれる」
「読めばね」
「基本法や商のことに使うが」
「そちらもだからね」
「兵法は兵器の質も凌駕する時がある」
「じゃあだね」
「それを覆す」
正岡の兵法、それをというのだ。
第十七話 淡路合戦その九
「私がこれからな」
「あんたの兵法でだね」
「何度も言うが私は水の上と中では負けない」
決してという言葉だった。
「誰が相手でもな」
「それじゃあだね」
「勝つ」
「その自信いいね」
「そうだな」
「ああ、吉川の旦那ならね」
「やるか」
「そう思ってるよ」
玲子はここでも楽し気に微笑んでいた。
「そしてあたしもね」
「やってくれるか」
「ああ、船に乗り込んだり上陸の時は任せな」
「その時のことも考えている」
「ここに来るまでに話した通りだね」
「そうだ、では動く」
吉川は玲子だけでなく周りの兵達に告げた。
「敵の場所はわかっている、だからだ」
「その敵に向かってだね」
「動く、まず三笠は正面に行く」
敵のそこにというのだ。
「紀伊、播磨、大和。摂津、丹波、丹後と共にな」
「三隻かい」
「伊勢、志摩は右、近江と山城は左でだ」
吉川は次々に言っていく。
「河内と和泉は後ろだ」
「完全に囲むんだね」
「敵と味方の場所は全てわかる」
海図、そして羅針盤によってだ。
「後は貝殻で連絡を取り合いだ」
「密接に連絡し合ってだね」
「船長同士でな、そうしてだ」
「囲んでだね」
「一斉砲撃だ」
それを行うというのだ。
「それで倒す、しかしだ」
「そうそう上手くいくかい?」
「敵も馬鹿ではない」
このことも頭に入れてだ、吉川は考えていた。まさに敵を知りということである。
「だからこちらの動きも読んでいる筈だ」
「駿馬ちゃん達も頭がいいしね」
「そのことは知ってるな」
「駿馬ちゃんとは同級生だからね」
八条学園においてというのだ、彼等の起きている世界でのことだ。
「だからね」
「知っているか」
「だからね、わかるよ」
「頭の回転がいいな」
「織田ちゃんもね、賢いよ」
「だからだ、読んでくる」
吉川の考えをというのだ。
「あちらもな」
「そうだね」
「軍勢はこちらの方が上だ、人の数も船の数もな」
吉川は軍勢の状況も話した。
「鉄甲船があり鉄砲も多い、だが」
「こっちは兵が弱いからね」
「そうだ」
そこが弱みだというのだ。
第十七話 淡路合戦その十
「船を動かすことについてもあちらは瀬戸内の海賊達だ」
「瀬戸内は色々ややこしい海だね」
「この世界でも迷宮だ」
瀬戸内の海、そこはというにだ。
「潮流が多く季節によって変わり小島も多く嵐もあれば小舟も多い、しかもこの世界では怪物まで出る」
「鮫もいてね」
「まさに迷宮だ、伊勢や紀伊、堺の海なぞだ」
それこそというのだ。
「平和なものだ」
「あっちと比べればね」
「あの海は世界屈指の難所だ」
「そこでいつも船に乗ってるからには」
「船の扱いも海での戦もだ」
「無茶苦茶慣れてるね」
「船も小さい、小さい分小回りも利く」
吉川は四国の軍勢のこのことも話した。
「そうした利点がある」
「利点があったらそれを使って勝つね」
「そうしてくる、だからだ」
「囲むってなってもね」
「そうそう囲ませてくれはしない」
「それじゃあだね」
「囲むことを目指す、しかし敵の動き次第ではだ」
吉川の目が光った、人魚の目は真珠とまで言われるまでに美しいが今の彼の目は海の猟犬のものだった。
「変えていく」
「臨機応変にだね」
「そうだ」
その通りという返事だった。
「戦術を変えていく、そしてだ」
「そして?」
「我々は海だけで戦う訳ではない」
「翼人だね」
「この者達も使う、翼人はだ」
彼等の場合はというと。
「こちらの方が多い」
「そうだね、兵の数が多い分ね」
「この利点も活かす」
「こっちも利点を生かしてだね」
「戦う、だから既に物見を多く出していた」
船だけでなく彼等もというのだ。
「そして敵の状況も見ていたがな」
「相手は翼人少ないね」
「人の数だけな、しかも四国の軍勢は水軍については海賊だけあってだ」
「人魚や魚人が多いね」
「織田は家鴨人だしな」
「水鳥だね」
「獺や海豹人も多い」
海豹と書いてアザラシと読む、漢字の妙と言うべきか。
「海での戦は出来るが空はどうか」
「だからその空からだね」
「攻める」
「そういうことだね」
「ではだ」
「ああ、動くんだね」
「そうする」
こう言って実際にだ、吉川は軍勢を動かした。船の動き自体はそつなく聯絡も取れていた。
その船の動きを見守りつつだ、彼はまた玲子に話した。
第十七話 淡路合戦その十一
「船を動かせない、泳げないではだ」
「水軍は出来ないね」
「話にもならない」
それこそというのだ。
「それではな」
「だから船の動きはだね」
「泳ぎもな」
「やらせてきたんだね」
「歩くのとは違う」
吉川は強い声で言った。
「だからその分訓練も必要だ」
「それはやってきたんだね」
「そうだ、しかしやはりな」
「瀬戸内でいつも動いてた連中と比べたら」
「比較にならない」
その練度はというのだ。
「そこはわかっている」
「そうなんだね」
「だからだ」
それ故にというのだ。
「そのことも頭に入れてだ」
「戦いを考えているんだね」
「敵を知ってこそ戦になるな」
「その言葉本当に好きだね」
「好きだ、己を知れもな」
孫子のこの言葉をだ、吉川は実際にまた言った。
「好きな、私の座右の銘だ」
「それでそのことからだね」
「今も戦う、敵がどう動いてもだ」
「対するんだね」
「その通りだ、鉄砲隊も多く用意してある」
彼等もというのだ。
「敵が近寄って来るならだ」
「そのときはだね」
「大砲で攻撃出来なくなったらな」
「鉄砲で撃つんだね」
「そうするつもりだ」
「揺れて狙いも定まらないだろ」
玲子は船、海の上で時には激しく揺れる場所で鉄砲を撃つとどうなるかを吉川に対して言った。
「そう言ったら大砲もだけれどね」
「そうだな、しかしだ」
「それでもかい」
「それも考えてある、大砲もそうだが」
「狙いは定めずにだね」
「相当な腕がないと狙いは定められない」
船の上で鉄砲を使ってもというのだ。
「だからだ、数を撃つ」
「そういうことだね」
「弾幕を張る、陸での三段撃ちの時と同じだ」
「どんどん撃ってだね」
「そうして攻める」
敵が近寄った時はというのだ。
「そうする」
「そういうことだね」
「そして船に上がって来たり炮烙なりを投げようとするならな」
「炮烙の時も鉄砲で撃てるね」
「弾幕を張る様にな、船に上がろうとするなら」
「あたしの出番だね」
「その時は頼む」
玲子に顔を向けて言った。
第十七話 淡路合戦その十二
「とかく戦い方はある、この船で体当たりをしてもいいしな」
「敵の船にだね」
「日本の海戦ではあまりないが」
船首を敵の船にぶつけて沈める方法はというのだ。
「それをする」
「この船もあれ付けてるのかい?」
「ラムだな」
「そうそう、それね」
「付けていないが鉄で出来ているのだ」
鉄甲船だけあってというのだ。
「それで木の船に激突する」
「だったら強いね」
「そうだ、それをあえてしてだ」
「沈めるんだね」
「色々なやり方を考えている」
戦術をというのだ。
「もっとも中には私が想定もしていない方法で攻めても来るだろう」
「相手も必死だしね」
「その時もどうするかだな」
「中々大変だね」
「これが四国との最初の決戦になる」
今からはじまる海でのそれがというのだ。
「だからだ」
「ここはだね」
「こちらも何としても勝つ、戦うからにはだ」
「絶対に勝つだね」
「その目的を達成する」
吉川の言葉はこうしたものだった。
「戦のな」
「勝つのが戦の目的だろ」
「そこは違う、勝たなくていい場合もある」
「そうなのかい?」
「時としては勝たなくていい場合もある」
「何かわからないね」
「時として一旦負ける場合もある」
戦争の目的がというのだ。
「そして最終的な目的を達成するのだ」
「負けてもだね」
「そうした場合もある」
「わからなくなってきたよ、あたし」
実際にだ、玲子は首を傾げさせてこう吉川に言った。
「戦は勝つのが目的だろ」
「勝利を目的達成と考えることだ」
「そうすればいいのかい?」
「そうだ、そう解釈すればどうだ」
「いや、もうな」
「考えられないか」
「頭一杯だよ」
玲子にとってはというのだ。
「考えられなくなってきたよ」
「ではもうだ」
「考えなくていいね」
「そうだ、では敵が大砲の射程に入ればだ」
その時はというのだ。
「一斉射撃だ、君が動く時はだ」
「言ってくれるね」
「自分から動くと思うが」
「そうだね、あたしはいつもそうだね」
玲子は吉川の今の言葉には笑って返した。
第十七話 淡路合戦その十三
「攻めるその時にね」
「身体が自然に動くな」
「兵を率いてね、もう根っからのいくさ人ってことだね」
「ではそのいくさ人の感性をだ」
「頼ってくれるかい?」
「そうさせてもらう、ではだ」
「本格的な戦だね」
「これからな」
こう言ってだ、吉川は船を動かしていった。艦隊は確実に四国の水軍を囲んできていた。だがその彼等の動きをだ。
四国の軍勢もわかっていた、正岡は彼が織田と共に乗っている船でに戻って来た物見の話を聞いて言った。
「囲んで来るきに、敵さんは」
「そうですね」
織田も彼の横で言う。
「そして四方から一斉砲撃ですね」
「そうして来るわ、そんな砲撃受けたらじゃ」
それこそというのだ。
「こんな木の船直撃受けんでも海が揺れまくってのう」
「沈みますね」
「そうなるわ、それでじゃ」
「こちらとしてはそれはですね」
「ないわ」
全く、という言葉だった。
「絶対に勝ったるわ」
「では」
「全軍前じゃ」
「前進ですね」
「敵さんの旗艦はそっちにおるな」
「はい」
その通りだとだ、物見が言ってきた。
「そちらに」
「ではじゃ」
「まずはですか」
「そこじゃ」
正岡の言葉はつい良かった。
「敵はまず頭を潰すのが勝つ秘訣きにのう」
「特に敵の数が多いならば」
「そうじゃ」
まさにとだ、正岡はまた織田に言った。
「おはんもわかっとるのう」
「戦についても学んできましたので」
謙虚な笑みでだ、織田は応えた。
「あくまでこの世界限定ですが」
「けれどそれで充分じゃ、それがわかっとるならじゃ」
それならというのだ。
「やるか」
「はい、前に突き進み」
「敵の頭を叩いて勝つんじゃ」
正岡は自分の考えを完全に決めた、そのうえでの言葉だった。
「そして目指すは上洛じゃ」
「はい、二人からですね」
「関西の連中も入れて皆で天下統一じゃ」
「先輩の方々も多いですが」
「ははは、尊敬出来る人達がのう」
正岡は豪快に笑った、着物の袖の中で腕を組んで馬の見事な歯を見せつつそのうえでの言葉だった。
「その人達とも肩を並べてじゃ」
「天下統一、そしてですね」
「太平洋の大海原に乗り出すんじゃ」
「そして貿易もしてですね」
「でっかい国作るか」
「そうしましょう、拙僧は正岡さんとお会いして感銘しました」
織田は今度は穏やかな笑顔で応えた。
第十七話 淡路合戦その十四
「ですから」
「わしと一緒におるか」
「そうです、共に船を漕ぎ出しましょう」
「天下、そして太平洋にのう」
「そうしましょう、では」
「その最初の大戦じゃ」
「進路は前に、全速前進ですね」
織田はまた正岡に問うた。
「そうしますね」
「そうじゃ、数や武器では劣ってもじゃ」
このことはよく認識している、天下の中心で文化も産業も栄えている関西と四国では国力が全く違っている。
だがそれでもだとだ、正岡は言うのだった。
「勝つ方法はあるきに」
「頭を使ってですね」
「そうじゃ、そうしたので勝てんならじゃ」
数や装備で劣っていればというのだ。
「頭使って勝つんじゃ」
「その通りですね、では」
「全速前進、帆を思いきり掲げるんじゃ」
正岡は満面の笑みで全軍に命じた、そしてだった。
四国の軍勢は関西の軍勢の正面、三笠があるそちらに向かって来た。その動きは相当に速く。
物見と神具で敵味方の状況を一瞬一瞬ごと把握しつつだ、吉川は三笠の甲板において玲子に強い声で言った。
「こちらに来ているな」
「真正面に来たんだね」
「囲まれるよりはだ」
「うって出てってことかい」
「そうだ、この三笠を攻めてだ」
「頭潰して一気にだね」
「指揮系統を混乱させてから小回りを利かせて各個撃破だな」
吉川は敵の動きからこのことまで読み取っていた。
「そうした考えだ」
「敵も考えるね、けれどね」
「こうしたことをしてくることも想定していた」
「じゃあ手は打てるね」
「充分にだ、例えばだ」
「例えば?」
「敵がレモラを使ってきてもだ」
この世界の海に生息している五十センチ程の大きさの魚だ、岩の様な顔をしており頭はコバンザメの吸盤の様になっている。大きさからは想像出来ないまでに重く船の底に着いてその動きを重さで邪魔をする。
「対策は考えてある」
「底から攻めてきてもだね」
「そうだ、水での戦は水の上だけでするとは限らない」
「水の中でもやるからね」
「私は人魚だ、水のことでわからないことはない」
吉川はこの世界での自分の種族の話もした。
「水の中でも動けるしな」
「それでだね」
「そうしたこともわかる、水の中から来てもな」
「手は打てるね」
「そうだ、海図もだ」
今開いているその神具もというのだ。
「教えてくれるしな」
「海の中のことも教えてくれるのは有り難いね」
「全くだ、何かもが手に取る様に現在進行形でわかる」
「凄い神具だね」
「望遠鏡も海の中まで見える」
海の上だけでなくというのだ。
「何もかもがな」
「それでその神具も使って勝つ」
「そうだ、ではだ」
「敵が正面から来てるし」
「全軍でな、ならこちらも全軍で対する」
吉川は即断した、そしてだった。
第十七話 淡路合戦その十五
後ろにいた旗本の一人にだ、こう言った。
「全ての船に伝えろ、すぐに戻れとな」
「三笠のところにですね」
「全速力だ、そしてだ」
「そして?」
「ただ戻るのではない、囲む様にしてだ」
そうしてというのだ。
「戻るのだ」
「敵をですね」
「囲むことは続けろとな」
「わかりました」
旗本はすぐに連絡をした、それが終わってからだ。
吉川は今度は別の旗本にだ、こう言った。
「船の上では砲撃そして銃撃の用意だ」
「全船がですね」
「船上戦とだ」
玲子にも顔を向けて言った。
「海中でもだ」
「敵が魚人や人魚で来たらだね」
「こちらも出す」
軍勢の中の魚人や人魚をというのだ。
「そうする、あの銃を持たせてな」
「銛を撃つあれをだね」
「あれは使い方さえ覚えれば強い」
「撃つからね」
「しかも銛等より強い、若し海中での戦となればだ」
「それで勝てるね」
「そうだ、それで戦うぞ」
「わかったよ、そして敵が来たら」
この時はとだ、玲子も応えた。
「あたしもそうして戦うよ」
「頼むぞ、その時は」
「それじゃあね」
「干戈を交えた戦はすぐだ」
戦闘、それはというのだ。
「ここで勝ってこそだ」
「意味があるね」
「そして勝つのは我々だ」
「勝つことが必要な場面なんだね」
玲子は先程の話を吉川にした。
「今は」
「そうだ、今後の為にもな」
「そういうことだね」
「ではいいな」
「ああ、やってやろうかい」
玲子は今度は槍を見た、自身の神具の朱槍をだ。刀身まで異様に大きいその槍は見事な威圧感を出している。
「その時は」
「頼むぞ、ではだ」
「ああ、戦いだね」
「今からな」
こう話してだ、そのうえでだった。
吉川は自身が率いる全ての船に命じた、それは当初の考えとは違っていたが彼は平然として言った。
「これでいい」
「いいのかい?」
「そうだ、戦場は思惑通りに進むか」
「お天気みたいなものだろ」
これが玲子の返事だった。
「というかお天気も大きく関わるしな」
「雨なら傘を出す」
「状況に応じて動く、だね」
「そういうことだ、だからだ」
「今はだね」
「敵が正面、こちらに突き進んで来るならだ」
「普通に囲むんじゃなくてだね」
「今の様にする、敵の動きを見てこちらも動く」
それもまた、というのだ。
第十七話 淡路合戦その十六
「戦、海もそれは同じだ」
「そういうことだね」
「では敵が見えたらだ」
その時は近い、そしておの時になればというのだ。
「砲撃だ、全船いいか」
「はい」
後ろにいる部将の一人が応えた。
「ではこれより」
「砲撃用意だ」
それをしろというのだった。
「いいな」
「わかりました」
部将は吉川の命に一礼して応えた。
「それでは今より」
「全ての船だ、ただしだ」
「味方の船には」
「撃つな」
当然のことだが強く言って釘を刺したのだ。
「そうなりそうならだ」
「砲撃はですね」
「するな、その時は鉄砲だ」
それを使えというのだ。
「船上から鉄砲を甲板に横一列に並んで撃て」
「砲撃の様にですね」
「三段で撃て」
撃ち方まで命じた。
「そしてそのうえでだ」
「弾幕にもして」
「そうしてだ、敵を撃ちだ」
「かつ、ですね」
「寄せ付けるな。炮烙も投げろ」
それもというのだ。
「敵も投げて来るだろうが数はこちらの方が多い」
「だからですね」
「数で押せ」
炮烙の方もというのだ。
「とにかく数でだ」
「押すのですね」
「若し燃えたならすぐに水で消せ」
その時のこともだ、吉川は既に頭に入れていた。
「鉄の船は木より燃えにくいがだ」
「火薬を多く積んでいるので」
「火は厄介なままだ」
だからだというのだ。
「その時は急げ」
「わかりました」
部将はまた答えた。
「それでは」
「すぐに伝えろ、空からも攻めることを忘れるな」
天狗や鳥人達によってというのだ。
「いいな」
「はい、わかりました」
「それではだ」
こう言ってだ、そのうえでだった。
吉川はあらゆる戦の用意をさせた、そうしたうえでだった。
腕を組んでだ、正面を見据えて言った。
「ここからもだ」
「何かあればだね」
「手を打っていく」
ここでも玲子に言った。
第十七話 淡路合戦その十七
「一つ一つな」
「それでその中にはあたしもいるんだね」
「その通りだ、いいな」
「よし、思う存分暴れてやるか」
その時のことも考えてだ、玲子はここでも槍を見た。朱槍は銀色の強い光を放って玲子の手の中にある。
「待ち遠しいね」
「本当に楽しそうだな」
「戦、喧嘩はね」
そうしたものはとだ、玲子も即座に答えた。
「三度の飯と同じだけ好きさ」
「同じだけか」
「以上じゃないさ」
あくまで飯は越えないというのだ。
「腹が減っては戦が出来ないしな」
「だから飯以上にはか」
「好きじゃないさ」
そこまでは至らないとだ、玲子はまた話した。
「あくまでな」
「飯と同じだけか」
「あと酒もな」
これもとだ、玲子は笑って言った。
「大好きだぜ」
「こちらの世界では毎晩飲んでるな」
「昼でも暇だとな」
その時はというのだ。
「飲んでるさ」
「昼から酒か」
「だからあたしは不便者なんだよ」
悪びれずに言う。
「政なんてからっきしでな、茶飲んで和歌もして面白い本を読んでな
「稽古もだな」
「そんなのは馬に乗って喧嘩して槍振ることだろ」
まるで日常生活の様に言うのだった。
「いつもだからな」
「だからか」
「そうだよ、稽古はしてないさ」
「そういうことか」
「飯と酒と喧嘩と戦だよ」
「君が好きなものか」
「それでその戦をな」
それはというのだ。
「今からやろうかい」
「そろそろ見える」
敵軍がとだ、吉川は今は己の目で海とそこに現れるものを見ていた。真珠の色だが強く鋭い光を放つその目で。
第十七話 完
2017・5・9
第十八話 瀬戸内の海戦その一
第十八話 瀬戸内の海戦
吉川はその目に四国の水軍達を見た、玲子もその目に彼等を見て吉川に対してこう言った。
「木の船ばかりだね」
「そうだな」
吉川は玲子のその言葉に敵軍を見据えたまま答えた、視線は彼等から離れることはなかった。
「帆と漕で動く」
「昔ながらの船だね」
「しかも大砲も持っていない」
「こっちと違ってね」
「かなり旧式だ、いや」
「こっちの船が新しいんだね」
「そうだ、日本で石炭で動く鉄甲船なぞ我々だけだ」
基本木製であるがだ。
「アメリカでは旧式とはいってもな」
「うちだけだね」
「石炭で動き大砲を放つ」
「あくまであたし達だけか」
「この船は強い」
吉川は断言した。
「少なくとも四国の船よりは遥かにな」
「強いね」
「しかしだ、どの船も大きい」
関西の鉄甲船達はというのだ。
「だから小回りは利かない」
「向こうは違うね」
「船が小さい、確かに風や人力次第だが」
それでもというのだ。
「小回りは利くし相手は兵も強い」
「泳ぎもこっちより達者だしね」
「そのこともある、敵もその利点がわかっていてた」
「こっちに来たね」
「機動力と小ささを使ってだ」
「攻めて来るね」
「間違いなくな、ではだ」
「まずはだね」
「近寄られる前に出来るだけ数を減らす」
敵のそれをというのだ。
「砲撃でな」
「そうなるね」
「全船砲撃用意だ」
吉川は全軍に指示を出した。
「左舷からだ、いいな」
「了解です」
「それでは」
「爆裂弾を使え」
使用する砲弾のことも話した。
「あるだけだ、いいな」
「わかりました」
部将も兵達も頷いてだ、すぐにだった。
鉄甲船達は面舵から四国の軍勢に左舷を向けた、それから即座にだった。
砲撃をはじめた、左舷のそれぞれ何十とある大砲から砲弾が次から次に放たれる、激しく火を吹き黒い煙をあげる。
砲弾は四国の水軍の小さな船には滅多に直撃しない、しかし。
無数の砲弾が波を揺らし至近弾そして爆裂弾で攻める、船達は爆発と揺れで次々と沈んでいく。
だが正岡は旗艦にいてだ、平然と腕を組んでそのうえで言った。そうしつつ爆裂の魔術師の術を出して敵の砲弾を前で出来るだけ相殺している。敵の砲弾にその術をぶつけてそうしているのだ。
「沈む船からはすぐに逃げてじゃ」
「そしてですね」
「別の船に乗り移る、ですね」
「そうじゃ、そして進みながらでもじゃ」
それでもというのだ。
「船から出された奴、死んだ奴は見捨てたらいかん」
「決して」
「何があっても」
「おまん等も見捨てられたくないじゃろ」
兵達にだ、正岡は着物の中で腕を組み正面の敵軍を見据えつつそのうえで問うた。
「そうじゃろ」
「はい、それは」
「何といいましても」
「それならじゃ」
「こちらも見捨てるな」
「そういうことですね」
「そうじゃ」
その通りというのだ。
「わかったのう、ただ放り出されたモンもじゃ」
即ち助けられる方もというのだ。
第十八話 瀬戸内の海戦その二
「ええのう」
「はい、自分からですね」
「助かる為に動く」
「頼りなということですね」
「それが筋じゃ、人は助かりたいなら自分で動くんじゃ」
そうすべきだというのだ。
「そしてじゃ」
「助ける方もですね」
「見捨てるなですね」
「そういうことじゃ、そうしながらじゃ」
救助活動で軍の速さは遅くなる、正岡はこのことは承知していた。
だが、だ。彼はそれでもと言うのだ。
「前に進むんじゃ」
「そうしてですね」
「敵に近寄れば」
「そしてその時こそ仕掛ける」
「そうしますね」
「そうじゃ、やったるきにのう」
正岡はまた言った。
「四国モンの戦と強さ、見せたるわ」
「そうですね、ですが」
僧侶の術で防壁を出してだ、織田は砲弾を防いでいた。そうしながら隣にいる正岡に言ったのだ。
「この状況では」
「わし等が出来るだけ砲撃防いでるがのう」
「半分程です」
「こっちの水軍は術使えるモンが少ないわ」
「特に砲撃に対することが出来る術は」
砲弾に当てて相殺したり防いだりする術がだ。
「そこまでの術を使える方が」
「そうじゃのう」
「泳ぎ達者は多いですが」
「それが仇になっとるな」
「そしてです」
織田はさらに言った。
「沈んだ船から逃げた兵や死んだ兵の亡骸を回収しつつでは」
「わかっとるわ」
正岡ははっきりとした声で答えた。
「そのこともな、しかしのう」
「見捨てることはですね」
「そんな薄情は嫌いじゃ」
忌々し気な口調でだ、正岡は織田に言った。
「わしが一番嫌いなことじゃ」
「だからですね」
「人は見捨てんわ」
誰一人としてというのだ。
「何があってもじゃ」
「だからですね」
「一人も置いたらいかん」
今度は兵達に言った。
「仲間見捨てたら後で後悔するのわかっとるな」
「今はよくとも」
「それでも」
「そうじゃ、だからじゃ」
正岡は強い顔で語る。
「見捨てた奴はわしが許さんわ」
「はい、わかりました」
「絶対にそうします」
「そのうえで、ですね」
「前に進みますか」
「術を使うんじゃ」
捜索対象を突き止める術、そして相手を召還する術だ。前者は僧侶の後者は超能力者の術だ。
「その二つの術も使ってじゃ」
「はい、探します」
「そうしていきますか」
「ええな、一人も見逃したらあかん」
海に出てしまった者は誰でもというのだ。
「自分がそうなったらどうじゃ」
「そうですね、では」
「探していきましょう」
兵達も正岡の言葉に頷いた、そしてだった。
四国の軍勢は海に出てしまった仲間達を見捨てることなく助け出しつつ進んでいた、その状況を見てだ。
正岡は冷静な声でだ、こう言った。
「戦としてはよくない」
「ああ、ああしていくとな」
実際にとだ、玲子も言う。
「どうしても船足が遅くなってな」
「前に進めずだ」
「そこを狙うことも出来るからね」
「実際に狙っている」
吉川は敵の状況を見て冷徹に砲撃を続けさせている、そうして次から次に船を沈めていっている。
第十八話 瀬戸内の海戦その三
「ここでかなり減らす」
「あんたもやるね」
「戦だからな、敵の弱い部分を攻める」
「そうして勝つものだからだね」
「容赦なく攻める、しかしだ」
「戦としてはどうにもだね」
「あの心意気は見事だ」
兵を見捨てることなく助け出しているそれはというのだ、流石に全軍ではないがかなりの船を割いて海に落ちた者達を助け出してそうしつつ残った船を前に前にと進めさせていっているのだ。
「誰も見捨てないか」
「見事だね、あたしも好きだよ」
そうした姿勢はとだ、玲子は笑って言った。
「あれはね」
「私もだ、戦ではどうかだが」
「人としてはだね」
「見事だ、正岡君と織田君もだ」
学園では年下なので君付けでだ、吉川は二人を呼んだ。
「我が陣営に加わって欲しいな」
「そうだね、仲間になったらいい酒を一緒に飲めるね」
「そこで酒か」
「あたしは政はしないからね」
ここでもこう言うのだった。
「だからだよ」
「そこは変わらないな」
「まあね、正岡の旦那とはあっちの世界でも付き合いがあってね」
「いい者だな」
「あんな気のいい器の大きい奴はそうはいないよ」
「しかも切れ者だというな」
「そっちもいいんだよ」
頭の冴えもとだ、玲子は吉川に正岡のことを話した。
「まあ兵法はあの通りね」
「弱い部分があるか」
「見捨てないからね」
誰一人としてだ。
「わかっててもそうせずにいられないんだよ」
「それでだな」
「けれどそれがよくてね」
その誰も見捨てない心根と細かいところにもこだわらない器の大きさの為にというのである。
「二年の間じゃ人気があるよ」
「当然のことだね」
「そうだな、是非陣営に加わってもらう」
「織田の坊やもだね」
「自ら積極的に術を使って助けている」
兵達をというのだ、吉川は望遠鏡で彼のその姿も確認している。
「見事だ」
「そういう子だね、あの坊やは」
「いい僧侶になる」
まさにというのだ。
「彼もな」
「だから二人共だね」
「欲しい、しかしだ」
「それにはだね」
「降すことだ」
その彼等をというのだ。
「相手に敵わないと思わせてな」
「そうしてだね」
「来てもらう、攻めてきた相手はそれしかない」
その心を降すことだというのだ。
「破りな」
「荒療治だね」
「それもまたやり方だ、見るのだ」
吉川はここで玲子に戦場をより広く観る様に告げた。
「囲む様に展開させていた船達が戻ってきた」
「速いね」
「これが石炭で動く船だ」
その速度だというのだ。
「これを使えばだ」
「この通りだね」
「戦の場にも速く来てだ」
「攻められるんだね」
「四方から囲み撃つのだ」
流れは違っていたが当初の考え通りにというのだ。
「そして敵を倒せ」
「わかりました」
部将達が頷いてだ、各船に指示を出してだった。関西の水軍は四国の軍勢を囲みそうしてだった。
砲撃を行おうとしていた、だが。
その状況を見てだ、正岡は言った。
第十八話 瀬戸内の海戦その四
「こうなったらのう」
「あれをしますか」
「そうするきに」
織田にも答えた。
「このままだと囲まれて蛸殴りじゃ」
「そして敗れてしまいますね」
「そうなるつもりはないわ」
だからだというのだ。
「魚人、人魚のモンでじゃ」
「やりますね」
「ああ、自分もやな」
「家鴨ですからね」
種族の話にもだ、織田は応えた。
「水の中もある程度なら」
「ほな頼むわ」
「はい、では」
すぐにだ、織田は僧衣を脱いで褌一枚になった。そうしてだった。
自軍の魚人や人魚の者達にだ。こう言った。
「皆さんではいいですね」
「はい、わかっています」
「ここはですね」
「中から攻めます」
こう彼等に言うのだった。
「そうしてです」
「敵の船の動きを止めて」
「そして沈めるのですね」
「そうします」
まさにというのだ。
「ここは」
「レモラあるのう」
正岡はこの魚のことをだ、織田に問うた。
「ちゃんと」
「はい、持って来ています」
「ほなそれを相手の船底に貼ってじゃな」
「それで動けなくしてです」
「そのうえでじゃな」
「底に穴を開けて」
そしてというのだ。
「沈めていきましょう」
「鉄じゃけどな」
関西の船はとだ、正岡はこのことも言った。
「それでもじゃな」
「はい、穴は空けられます」
「術を込めて強くさせた大型の錐じゃな」
船の底に穴を空ける為のそれである。
「あれを使うか」
「そうです、あれを使ってです」
そうしてというのだ。
「空けていきましょう」
「それでは」
「はい、空けましょう」
こう話してだ、そしてだった。
織田は実際に人魚や魚人達にレモラや錐を持たせてそうしてだった、敵の船の動きを止めて沈めにかかった。
だがそれは吉川も見ていた、それですぐに全船に命じた。
「水中に強い種族の者はだ」
「はい、水中銃を持ってですね」
「そうしてですね」
「そうだ、退ける」
同じく海の中に入ってというのだ。
「船の底を守る、穴を空けられてもだ。
この最悪の自体もだ、吉川は想定していた。
「即座に外と中からだ」
「栓をして」
「そのうえで」
「防げ、何としてもだ」
その場合もというのだ。
「慌てることはない」
「落ち着き、ですね」
「そうして対処していけばいいですね」
「そうだ」
沈着そのものの声は変わらない。
第十八話 瀬戸内の海戦その五
「そうしていく、いいな」
「わかりました、では」
「そうしてですね」
「敵を退け」
「そのうえで」
「間合いが近付いてきた」
敵とのそれがというのだ。
「砲撃は止めてだ」
「はい、鉄砲ですね」
「それへの攻撃に変えますね」
「そうする」
こう言ってだ、吉川は攻めを次の段階に進めさせた。彼等も人魚や魚人達を海中に送って敵を迎え撃たせてだった。
船の上では鉄砲の射撃にかかった、吉川は三笠の船上で鉄砲を構えた足軽達に対して強い声で言った。
「船を狙うのだ」
「人ではなくですね」
「船ですね」
「敵の船を狙う」
「そうすればいいのですね」
「そうだ、人を狙うことはない」
こう言うのだった。
「船さえどうにかすればそれで敵の戦力は落ちる、そしてだ」
「はい、炮烙もですね」
炮烙を投げる用意をしている足軽が聞いてきた。
「そちらもですね」
「そうだ、投げてだ」
そしてというのだ。
「敵の船を焼け、いいな」
「はい」
その足軽も頷いた、そしてだった。
敵の船に向けて鉄砲の射撃が行われ炮烙が投げられてだった。
敵がそうしてくるよるも遥かに多くのそれで攻めた、四国の船は鉄砲で次々に傷付けられ炮烙の火で焼かれてだった。
次々に動けなくなっていた、しかもだった。
水中でも数と水中銃が効いてだ、四国の軍勢は押されていた。その状況を見て正岡はまた言った。
「打つ手打つ手がのう」
「退けられていますね」
「ああ、完全にじゃ」
まさにというのだった。
「やられとるわ」
「その通りですね」
「これはまずいわ」
正岡は自分の頭、馬の鬣のところを掻きつつ言った
「押されっぱなしじゃ」
「そうですね、こちらの数も」
「かなり減ったのう」
「やはり鉄甲船にです」
「数もちゃうわ」
「そのせいで」
まさにというのだ。
「押されています」
「手も足も出んわ」
「全くです、しかし」
「しかしじゃな」
「まだ手はありますね」
「ああ、術使うか」
こう言うのだった。
「ここはな」
「霧の術か暗闇の術ですね」
「それを使ってじゃ」
そうしてというのだ。
「目晦ましをしてそのうえでじゃ」
「戦いますか」
「そうするか、ただしのう」
「相手も考えています」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「照明の術もあるわ」
「それを使ってきますね」
「相手もな、だからじゃ」
それでというのだ。
第十八話 瀬戸内の海戦その六
「一瞬かも知れん」
「しかしですね」
「それを使ってじゃ」
そうしてというのだ。
「一瞬でも相手の目を晦ましてじゃ」
「その一瞬の間に」
「反撃、そしてな」
「その反撃からですね」
「形勢逆転じゃ」
そうしようというのだ。
「是非な」
「そしてですね」
「淡路から堺に入ってな」
そしてとだ、正岡は勝利を見ている目で語った。
「そこから上洛してじゃ」
「天下も」
「取ったるわ」
「では」
部将達が応えてだ、そしてだった。
正岡は今度は霧を出した、戦場を忽ちのうちに濃霧が多い鉄砲の射撃を妨げる。しかしそれもだった。
正岡の予想通りにだ、即座にだった。
陽光の術で霧が妨げられる、だがその一瞬の間にだ。
四国の軍勢は今度は敵の船に乗り込み切り込もうとする、玲子はそれを観て吉川に対して言った。
「来たね」
「ではだな」
「ああ、ちょっとやって来るね」
吉川に楽し気な口調で言った。
「今からね」
「頼むな」
「ああ、そしてな」
「敵を退けてくれるな」
「そうしてくるね」
早速朱槍を手にしてだ、自分が率いる兵達に言った。
「行くよ、そしてね」
「はい、船に乗り込んだ敵兵達をですね」
「今から退けますか」
「そうしてやるんですね」
「そうだよ、楽しい戦のはじまりだよ」
まさに今こそというのだ。
「これまでは見ているだけだったけれどね」
「正直退屈してましたよ」
「どうにも
「それがですね」
「今からあっし等も出番ですね」
「そうさ、行こうぜ」
こう話してだ、そしてだった。
玲子は切り込み隊を率いてだ、そのうえで。
船に乗り込んだ敵兵達にあたった、特に玲子はその朱槍を振るい四国の軍勢を薙ぎ倒していく。
一突きでまとめて数人吹き飛ばし一振りで何人も薙ぎ倒す、そして自ら敵の船に乗り込んでだった。
敵兵達を槍だけでなく拳や蹴り、投げまで使って倒していく。そうしつつ楽しい顔で戦う彼女を見てだった。
吉川は自身が率いる兵達にだ、鋭い目で言った。
「こうした時はな」
「はい、やはりですね」
「円地殿あってですね」
「海の戦でも」
「流石は武辺者だ」
玲子自身が言う不便者だというのだ。
「見事な強さだ」
「まさに鬼神ですね」
「船の上でも普通に戦ってくれます」
「丘の上の時と同じく」
「そうしてくれますので」
「頼りになる」
こう言うのだった。
「非常にな、そしてこれでだ」
「ここでの戦は決まりですか」
「海の中での戦も敵を退けている様ですし」
「どの船も動けています」
「底が開けられたという話もありません」
「敵の手は全て防げた」
正岡と織田が次から次に出してきたそれをというのだ。
第十八話 瀬戸内の海戦その七
「ではだ」
「はい、次はですね」
「このまま攻めて」
「そうして」
「勝つ」
まさにと言うのだった。
「いいな」
「わかりました」
「徹底的に攻めましょう」
兵達も応えてそしてだった。
玲子に続く形でさらに攻めようとしていた、この時玲子は敵の旗船に乗り込み正岡と対峙していた。
玲子は槍を構えつつだ、正岡に笑みを浮かべて言った。双方の兵達が後ろにいて控えている。
「こっちの世界じゃはじめてだね」
「お互いにのう」
正岡も笑って玲子に返す、彼は着物の袖をひらひらとさせる形でその着物の中で腕を組んで立っている。
「会えて嬉しいわ」
「こっちもだよ、それでだけれど」
「ああ、降るかじゃな」
「そうしな、姫巫女さんの下で楽しもうぜ」
「紫先輩か、ええ人じゃな」
「あんたが好きな貿易も出来るよ」
「願ったりじゃ、しかしわしも四国の棟梁じゃ」
それ故にとだ、正岡は玲子に返した。
「はいそうですかと頭下げられんきに」
「だからだね」
「そうじゃ、納得するまでじゃ」
例え敗れてもというのだ。
「戦うわ」
「そこは意地ってやつだね」
「おはんもそうじゃろ」
「ははは、あたしはそういう意地はないしね」
「棟梁にもじゃな」
「興味はないからね」
そうした地位もというのだ。
「自分が楽しめたらいいからね」
「だからじゃな」
「姫巫女さんも好きだしね」
「関西にいるっちゅうことじゃのう」
「そうさ、それであんたもだな」
「ははは、つまらん意地じゃ」
自分でこう言う正岡だった、それも笑って。
「ついてきてくれるモンもおって有り難いしのう」
「ついてくるつもりのない奴はだね」
「ああ、言わんわ」
無理強いはしないというのだ。
「そこはのう」
「あんたらしいね」
「まあのう、それでこれからじゃな」
「ちょっとやるかい?」
「何時でもええぜよ」
正岡が笑って応えるとだ、すぐにだった。
彼は懐から短筒を出して玲子に銃撃を放った、だが。
玲子はその銃撃を首を左に捻ってかわす、銃弾は彼女がその瞬間までいたその額の場所を通過した。
だが正岡はさらに撃つ、銃弾を装填せずにだ。
次から次に撃つ、玲子はその銃撃を見つつ言った。
「相変わらずいい腕だね」
「普通の奴には百発百中じゃ」
「刀は使わないんだね」
「刀よりこっちぜよ」
短筒だというのだ。
「ピストルぜよ」
「龍馬さんのだね」
「同じ故郷の人で大好きじゃ」
笑って言うのだった。
「それでじゃ」
「あんたの神具もだね」
「これじゃ」
短筒、龍馬が持っていたそのピストルだというのだ。
「わしは戦の場で派手に暴れるタイプでもないしのう」
「その割に腕は確かだね」
玲子は今度は朱槍の刃の部分で銃弾を弾き返してから言った、見れば銃弾は一直線だけでなく様々な動きをしている。
一度かわした銃弾もUターンして玲子に来る。玲子はその銃弾も叩き落とすが。
そのうえでだ、正岡に不敵な笑みで返した。
「いいねえ、このやり取り」
「面白いんじゃな」
「普通の勝負なんてね」
それこそというのだ。
「面白いことは面白いけれどね」
「最高じゃないきに、じゃな」
「そうだよ」
その通りという返事だった。
「だから今はいいって言ったのさ」
「最高に面白いんじゃな」
「そさ」
その通りだというのだ。
第十八話 瀬戸内の海戦その八
「本当にね」
「それは何よりじゃ、わしは戦は専門じゃないがのう」
「あんたは貿易だね」
「それが好きじゃ」
何といってもというのだ。
「そして政がのう」
「この強さでもだね」
「術が使えるがのう」
銃撃を続けつつだ、玲子に話す。銃弾は全て弾かれ無効化されているが玲子に攻める余裕は与えていない。
「魔術師の術とかな」
「あと超能力とかもだね」
「今使える術はこの二つじゃ」
そうだというのだ。
「しかしじゃ」
「それでもだね」
「戦は専門じゃないきに」
「神具もだしね」
「これは一人を相手にするものじゃ」
今使っているピストルはというのだ。
「わしの万国海法は貿易と政のもんぜよ」
「そうだね」
「ああ、だからおまんともな」
「勝負を決める気はないっていうのかい?」
「負けはせん」
この自信はあった。
だが、だ。その自信と共に言うのだった。
「しかし勝つことも出来ん」
「だからだね」
「今日の戦は負けじゃ」
正岡は自分からこのことを認めた。
「退かせてもらうぜよ」
「そう簡単に逃がす訳にはいかないんだがね」
「そう思うじゃろ、しかしのう」
「そうしてみせるんだね」
「周り観るぜよ」
「おっと、もうだね」
観れば四国の軍勢は今一騎打ちが行われている四国の軍勢の旗船以外の船は全速力で退きだしている、そしてだった。
織田がだ、退く船達の最後尾のその船から正岡に言った。
「全船、そして死傷者もです」
「全部じゃな」
「船に入れました」
「そうか、ほなじゃ」
「四国にですね」
「逃げるぜよ」
正岡もこう織田に返した、玲子と戦いながら。
「このままのう」
「では」
「はよ敵の大砲の範囲まで逃げるんじゃ」
「それが出来るかい?」
「おまん等がここにおる」
正岡は今度は闘っている相手である玲子に言った。今も銃と槍の激しい闘いが続く。玲子が朱槍を振るって放つ衝撃波は紙一重の見切りの動きでかわすか銃弾で相殺し後ろにいる自軍の兵達に及ぶのを防いでいる。
「味方を大砲で撃てるか」
「吉川の旦那がだね」
「それ出来るお人やないのう」
「あの旦那は優しいんだよ、もっともあたしもね」
「味方ごとは出来んのう」
「それは無理だね」
玲子にしてもというのだ。
「やっぱりね」
「そうじゃのう」
「ちょっとね」
どうにもと言う玲子だった。
「それは無理があるね」
「そうじゃな」
「ああ、それが出来る人間は関西にいないよ」
「ロシアの女帝さんやインドの雷帝さんは別みたいじゃがのう」
「あっちはまた別だからね」
「太平洋でそこまで出来るお人はおらんわ」
正岡の知る限りではだ。
「どっかあったかい世界じゃからのう」
「そして吉川の旦那もだね」
「おまん等もここにおるからじゃ」
大砲の射程の中にというのだ。見れば旗船も退いている。玲子達を乗せたまま。
「撃てんわ、だからじゃ」
「逃げるんだね、四国に」
「そうじゃ。まあ敵も追ってきてるがのう」
吉川は追撃は仕掛けていた、だが。
第十八話 瀬戸内の海戦その九
風を顔で感じてだ、正岡は笑って言った。
「ええ追い風じゃ」
「あんたから見てだね」
「この風がわし等を全速で逃がしてくれるわ」
「そしてあたし達もだね」
「このままこの船に乗ってたらな」
その時はというのだ。
「わし等と一緒に四国ぜよ」
「捕虜として」
「なるか?歓迎するぜよ」
「生憎あたしは四国の酒は勝って飲むつもりなんだよ」
これが彼の考えだった。
「だからな」
「そのつもりはないか」
「また会おうね」
にやりと笑ってだ、玲子は正岡に告げた。
「四国でね」
「ほな一時のお別れじゃな」
「ああ、皆いいね」
玲子は自分の後ろにいる兵達に言った。
「ここはもうね」
「はい、下がりますか」
「これ以上の戦は無理ですね」
「次だよ」
その時にというのだ。
「正岡の旦那達に勝つんだよ」
「仕方ないですね、じゃあ」
「ここは下がりましょう」
「それじゃあです」
「わし等の船に下がりましょう」
「そうしようね、じゃあ旦那またね」
玲子は攻防を続ける正岡にも言った。
「会おうね」
「ああ、またぜよ」
正岡も笑って返してだ、そしてだった。
玲子は正岡の最後の一撃を弾き兵達がここまで来た小舟に乗り込んだのを見てだった。自分のその小舟に乗り込んでだった。今は正岡と別れた。
四国の軍勢は一目散といった勢いで戦場から消えていく、吉川はその彼等を見てこうしたことを言った。
「勝ったがな」
「はい、それでもですね」
「見事な退きだな」
正岡が指揮する四国の水軍の動きを見ての言葉だ。
「実に」
「そうですね、一人も見捨てず退き」
「しかも軍勢は乱れていません」
「あそこまで見事な退きをするとは」
「素晴らしいです」
「全くだ、戦よりも商いや政の者だが」
このことは織田も同じだ、彼もどちらかというと政や教えの人間だ。
「しかしだ」
「戦も出来てですね」
「退きもしてみせる」
「あれだけ見事なまでに」
「戦は退きが最も難しい」
俗に言われていることだが実際にその通りだ、こうした時こそ敵に攻められるからである。敵に背を向けることもあり。
「それをあそこまで果たすとはな」
「実に見事」
「星の方だけはある」
「そう言われるのですね」
「そうだ、若し我々の下に加われば」
関西の軍勢にというのだ。
「大きい、そしてその為にだ」
「はい、次はですね」
「四国自体にですね」
「入りますね」
「そうする、今からな」
こう三笠にいる部将達に言った。
「陣形を整えてだ」
「そして円地様にですね」
「四国に上がって頂きますか」
「そうする、そして御所にもお伝えする」
このこともだ、吉川は言った。
「海での戦、まずは勝ったことをな」
「わかりました、では」
「すぐに」
「私から伝える」
吉川は早速貝殻を取り出した、そうしてだった。
実際に瀬戸内での戦に勝ったことを伝えた、太宰はその話を聞いて即座に綾乃に対して言ったのだった。
第十八話 完
2017・5・15
第十九話 四国上陸その一
第十九話 四国上陸
太宰は瀬戸内での戦に勝ったことを吉川自身から聞いてだ、彼との話を終えてからすぐに綾乃にこのことを伝えた。
するとだ、綾乃は太宰に微笑んで言った。
「それではやな」
「はい、ご出陣をお願いします」
綾乃に畏まった態度で述べた。
「これから」
「ほな行って来るわ」
「傭兵の四人もいます」
太宰は彼女達のことも話した。
「彼女達にもです」
「お話するんやな」
「はい、すぐに呼びます」
自称最強の四人達のことにも言うのだった。
「これから」
「あの娘等やってくれそうやな」
「そうは思いませんが」
太宰は彼女達については微妙な顔になり述べた。
「私は」
「そうなん?」
「どうにも、しかしまがりなりにも星の者なので」
だからだというのだ。
「強いことは強いですから」
「それでやな」
「彼女達にもです」
「出陣してもらうんやな」
「そうして戦ってもらいます」
「ほな呼ぼか」
「これより」
こうしてだった、綾乃に出陣を願うだけでなくだった。太宰は四人を呼んでそうしてだった。
四人にもだ、こう言った。
「瀬戸内での戦に勝ちましたので」
「ほなやな」
「うち等の出番やな」
「姫巫女さんと一緒に四国で戦う」
「そうするんやな」
「はい、お願いしますが」
ここでだ、こうも言った太宰だった。
「軽率かついい加減な行動は慎まれて下さい」
「あっ、そう言います?」
「うち等しっかりしてますのに」
「そこでそう言います?」
「ちょっとへこみますわ」
「ご自身のことを振り返られて下さい」
太宰は抗議する顔で言い返す四人に一切表情を変えず冷静そのものの口調で返した。
「これまで、そして普段の」
「やれやれですわ」
「うち等最高の傭兵なのに」
「貰った分は働きますで、しっかりと」
「そうしますで」
「ではそのお言葉通りにです」
太宰は表情を一切変えないまま四人に言っていく。
「働いてもらいます」
「何か凄い傷付きました」
「うち等がいい加減な怠け者みたいに言われて」
「慰謝料欲しい位ですわ」
「支払い追加してくれます?」
「そこは後のお働き以降、では」
それではと言うのだった。
「宜しくお願いします」
「よし、出陣しよか」
「それで戦おうか」
「そしてそのうえで」
「お金の分働こうな」
四人は何だかんだで出陣してだ、そしてだった。
綾乃と共に四国に向かうことになったがここでだった、綾乃は四人に微笑んでそのうえでこう誘いをかけた。
「転移の術で行くかそれとも」
「それとも?」
「それともっていいますと」
「大蛇に乗って行こか?」
御所から四国までというのだ。
「そうしよか」
「あの八岐大蛇に乗って」
「そうして」
「勇ましいし実は乗り心地もええし」
それでというのだ。
第十九話 四国上陸その二
「どやろか」
「はい、お願いします」
「あの噂の八岐大蛇に乗れるなら」
「そんな機会滅多にないですし」
「そやったら」
四人は綾乃に凄い勢いで応えた。
「是非です」
「それでお願いします」
「わかったわ、ほななな」
綾乃は四人の言葉に笑顔で応えた、こうしてだった。
綾乃は四人を八岐大蛇に乗せそのうえで四国に向かうことになった、即座に御所から出てだった。
八岐大蛇の背に乗ってまずは淡路に向かう、その中でだ。
空や下の大地を観ながらだ、四人は楽しそうに持って来た弁当や茶、それに菓子等を楽しみつつ雑談をしていた。
「いや、お空の旅ええな」
「景色も奇麗やしな」
「こんな旅ずっとしてみたいな」
「浮島とかも行って」
空に浮かぶその島達も見る、どの島も関西の領土で人が暮らしている。
「お弁当も美味いし」
「お握り最高や」
「卵焼きごっつええで」
「お茶も美味いし」
「ちょっと待て」
笑って話をしている四人に大蛇の首の一つが言ってきた。
「わしの背中で上機嫌やな」
「ピクニックみたいやからな」
「お菓子も美味しいし最高や」
「舞空の術とはまたちゃうし」
「こうしたことってはじめてやから楽しんでるで」
「背中に食いカス落すなや」
大蛇の頭の一つは四人の近くにぬっと来て言った。
「わかってると思うが」
「ちゃんとそこは気をつけてるで」
「やっぱり人様の場所は汚したらあかんわ」
「後でお掃除もするし」
「安心してや、大蛇さんも」
「そやとええが、しかしな」
それでもとだ、大蛇は四人にさらに言った。
「自分等凄い気楽やな」
「明るく楽しくがうち等のモットーやからな」
瑠璃子が大蛇に悪びれずに返した。
「そやからこうやねん」
「お弁当食べてお菓子食べて」
由香はおかずのプチトマトを食べている、弁当の中には卵焼きやソーセージ以外にそうした野菜も多く入っている。四人が協力して作ったものだ。
「楽しんでるんやで」
「快適やわ」
紗枝はにこにことしてお茶を飲んでいる、麦茶だ。
「姫巫女さんいつもこうして移動してるんやな」
「うち等もこうした神具欲しいわ」
雅はおやつの蜜柑を見ている、他にはカステラ等の菓子もある。
「快適にお空の旅したいな」
「普通こうして移動はせんからな」
大蛇はまた四人に言った、その頭の大きさは四人の身体以上だ。
「飲み食いしながらとか」
「あれっ、そうなん?」
「こうした時こそ楽しむもんやろ」
「鉄道とか船とかでもそやけど」
「お空でもそやろ」
「これから戦に行くんやぞ」
大蛇は四人にこのことも言った。
「それでもか」
「いつも緊張していてどないするねん」
「普段は楽しててええねん」
「肝心な時にビシッとしたらええ」
「うち等はやる時はやるさかい」
「報酬分働かんとや」
大蛇はあくまで気楽な二人にこうも言った。
第十九話 四国上陸その三
「ここから落として歩くか泳いで淡路まで行ってもらうからな」
「うわっ、きついなそれ」
「そらうち等やと落ちても死なんけど」
「歩いて泳いで行けとかないわ」
「そうされたら移動の術使って行くしかないやん」
「そうせえ、というか今回は移動の術使わへんねんな」
「使ってもええんやけどな」
前を見て立って大蛇の背にいた綾乃が大蛇に答えた。
「そんなに急がんし危急の事態の時は術使うけど」
「今は特にええからですか」
「それでわしで移動してるんですか」
「そうなんですか」
「そやねん、こうして大蛇さんで移動するのも好きやし」
綾乃は大蛇の八つの頭に答えた。
「それでな」
「今回は、ですか」
「こうしてわしで移動してますか」
「そうしてるんですか」
「そやねん、それに大蛇さんに乗ったら都から淡路まですぐやし」
大蛇の飛ぶ速度もかなりだからだ。
「一刻位で行けるしな」
「あれっ、そういえばかなり進むの速いわ」
「もうこんなとこかいな」
「肌では感じんかったけど速いな」
「淡路まであと少しやで」
四人は前方の下に大阪城を見た、五層七階の黒い壁と黄金の屋根の見事な天守が大阪の賑やかな町の中心にある。
「大阪から淡路は目と鼻の先や」
「あそこからすぐやな」
「丁度お弁当もお菓子も食べたし」
「後片付けしよか」
実際に四人で後片付けをする、大蛇はその四人を見てまた言った。
「ほんまに跡片付けするんやな」
「そらするで」
「うち等奇麗好きやねんで」
「こうしたことはしっかりせな」
「使ったものや場所は元通りにやで」
「いい加減やけど筋は通ってるんやな」
大蛇はそんな四人を見て彼女達の長所を見た。
「只のアホ共ちゃうねんや」
「アホって何や、アホって」
「うち等の何処がアホやねん」
「八条大学に進学出来る位の学力あるわ」
「赤点もないで」
「そっちの世界の話は知らん」
大蛇は自分達の世界のことを出して抗議する四人にあっさりと返した。
「それに学問のことやなくてこっちの世界の話をしてるんや」
「こっちの世界でも術使えるで」
「兵法も知ってるわ」
「あと政も出来るし」
「一通りのことは出来るや」
「そうしたことやないって言うてるやろ」
大蛇は言い返す二人にまた返した。
「人間としてアホやっちゅうてんねん」
「それどういう意味や」
「人間としてアホって何や」
「それ意味わからんわ」
「そや、訳のわからんこと言われても困るわ」
「言ったままや、学問や政が出来てもそれは知識の話や」
大蛇はそうしたものについても述べた。
「知恵、いや生き方の話や」
「生き方って何やねん」
「それがいい加減やとあかんのか」
「そう言われてもな」
「やっぱりわからんわ」
「それがわからんからアホや、そんないい加減で能天気なのがや」
まさにというのだ。
「アホやっちゅうねん」
「ほな自称番長の元プロ野球選手もアホか?」
「ボクサーの一家ともな」
「あの連中もアホか?」
「実際頭めっちゃ悪そうやけどな」
四人は目のところに犯罪者の写真に入れる黒いラインが入ったそうした面々を想像しながら彼女達の話をした。
第十九話 四国上陸その四
「そうなんか?」
「ああいう連中がアホか」
「私等から見ても連中めっちゃアホやしな」
「学校の成績云々以前に」
四人もそうしたことはわかっていた、学校の成績が悪い人間が決して愚かではないということに。
しかしだ、それでもだった。
「人間としてドアホやしな、あいつ等」
「言うてることもやってることもな」
「下衆で柄悪くてな」
「ダニ以下の連中やな」
「そのダニ以下の連中よりは多分ましやがな」
それでもとだ、大蛇はまた四人に言った。
「自分等はアホや」
「そやから何処がアホやねん、うち等の」
「ゲームのステータスやと知力と政治力そこそこ高いで」
「流石に軍師とか専門の文官みたいにはいかんけど」
「そこそこやれるで」
「そやから人間としてアホや」
大蛇はこうした意味では四人と同じ意見だった。
「屑やないけどアホや」
「ほんまアホアホ言うなあ」
「人間アホの方がいいとも言うけどな」
「アホ言う方がアホやで」
「つまり大蛇さんの方がアホや」
「ほんま口の減らん奴等や」
四人を見てあらためて思うことだった。
「その口の分働いてもらうけどな」
「ああ、お金の分は働くで」
「そこは安心してや」
「やる時はガーーーッとやるで」
「仕事人やからな、うち等」
「いざという時は剣にも盾にもなってもらう」
関西の、とだ。大蛇は二人にこうも言った。
「ええな」
「ああ、命賭けでやるわ」
「そのうえで生き残るさかいな」
「当然将兵も無駄にせんで」
「民衆の皆さんには絶対に危害加えんし」
「そこはしっかりしてるな」
確かにいい加減なところはある、しかし人間として間違ってはいない。大蛇は四人のこの気質をここで完全に理解した。
それでだ、あらためてこうしたことも言ったのだった。
「宰相さん達が雇ったのは正解やな」
「ええ娘達やで」
綾乃もにこりとしてこう言ってきた。
「このままずっとうちにいてもらいたい位や」
「まあそれは天下統一までで」
「次の契約先はまだ未定ですけど」
「次は敵同士かも知れません」
「うち等傭兵ですさかい」
四人は明るい調子だが綾乃にこのシビアな現実も話した。
「そこはあれですわ」
「やっぱりこの稼業敵味方がころころ変わります」
「実際関西の敵対勢力に雇われてたことありますし」
「戦の場で玲子さんとやり合ったこともありますで」
そして玲子の暴れっぷりに四人で何とか向かったのだ、玲子にとってはその時も楽しい遊びだった。
「そやから先は保障出来ません」
「うち等も姫巫女さん好きですけど」
「仕事ですさかい、こうしたことは」
「まあ天下統一まではいますんで」
そこは安心していいというがだった。
四人は現実を話した、そして綾乃はその四人の言葉を聞いて言うのだった。
「ほな契約の話も進めなあかんわ、自分等と」
「次の契約ですか」
「統一してからのことも」
「まあそっちはこれからの仕事ぶり見て考えて下さい」
「うち等の仕事を」
「そうさせてもらうわ、やっぱりな」
また言った綾乃だった。
第十九話 四国上陸その五
「人材は必要やしな」
「それはその通りですけど」
「どうにもええ加減な奴等ですね」
「人として筋は間違ってないにしても」
「どうにもそのええ加減さが気になります」
大蛇は自分の主に八つの頭で述べた、その四人を蛇の目でちらちらと観ながらそうしたのだった。
「さっきまでわしの背中で飲み食いしてましたし」
「しかも旅行に行くみたいに」
「こんな連中ですさかい」
「どうにも不安なところがあります」
「この余裕がええと思うで」
綾乃はにこりとして大蛇に答えた。
「うちはな」
「ううむ、そうですか」
「主殿がそう言われるならいいですが」
「わしにしても」
「それなら」
「この娘達とはほんまこれからも一緒にいたいわ」
綾乃は自分の願いをそのまま述べた。
「それでこの世界の危機にも向かいたいわ」
「そのことも見据えてですか」
「彼女達にはいて欲しい」
「そうなのですね」
「是非共」
「そう思うわ、ほなな」
また言った綾乃だった。今度は前を見て言った。大阪城から西には青い海が広がっている。そして島もあった。
「まずはな」
「淡路に降り立ち」
「そうしてですね」
「水軍とも合流し」
「そのうえで」
「四国攻めやな、玲子ちゃんとな」
綾乃は四人も見て言った。
「自分等に頑張ってもらうで」
「はい、任せといて下さい」
「うち等言うた通りやる時はやりますで」
「しっかり戦います」
「それで四国に上がりましょう」
四人は綾乃に明るく応えた、だがここでこうも言った。
「そんで讃岐でうどん食います」
「伊予の蜜柑もええですね」
「土佐では鰹の叩き」
「阿波の酢橘もありますし」
「食いものばっかりやな」
大蛇は四人の言葉に冷めた目で返した。
「旅行目的か」
「いやいや、その場所に行ったらそこで楽しまんと」
「そやないと行った意味ないし」
「うどん食べて酢橘かけた鰹の叩き食べて蜜柑食べて」
「あとお酒も飲まなな」
「やっぱり食うてばっかりやな」
「ほんまやな」
あらためて思った大蛇だった、八つの頭同士でも話す。
「わしも食うもん好きやけど」
「酒は特にな」
「そやから共感はするけどな」
「そこまであからさまやと何やって思うわ」
「人間としてどや」
「もっと真面目にあれって思うわ」
「どうにもならん連中やな」
「そこで食いものと酒を言うか」
戦を前にしてというのだ、そうした話をしつつだった。一行は名にはともあれ海を越えてそうしてだった。
淡路に来た、そこの四国側の港で吉川達と合流して戦況を聞いたが綾乃は微笑んですぐにこう言った。
「ほな今から」
「出陣ですか」
「そうしよな」
こう吉川に答えた。
「皆で」
「では全船を以て」
「そうしよな、ただな」
「ただとは」
「四国の方は今どうなってるん?」
綾乃は彼等のことも尋ねた。
第十九話 四国上陸その六
「海の戦では勝ったけど」
「はい、現在は讃岐や阿波の岸辺で我々を待ち受けています」
「迎え撃つつもりやな」
「左様です」
吉川は綾乃に確かな声で答えた。
「斥候達を常に出して見張っていますが」
「その報ではやな」
「そう言っています、空からも見ていますが」
「海で伏兵とかはないか」
「左様です」
「ほな四国にどう上がるかやな」
「そうなるかと」
吉川は綾乃にはっきりと答えた。
「これからは」
「ほな一気に上陸してやな」
「まずは讃岐、阿波からですね」
「攻めてこか」
「それでは」
「全軍そうしてこな、あとな」
ここでこうも言った綾乃だった。
「吉川君何でこっちの世界ではうちに敬語なん?」
「我々の主なので」
吉川は綾乃の問いに淀みなく答えた。
「こちらの世界では」
「それでなん」
「はい、そうです」
その通りという返事だった。
「左様です」
「別にそんなんええのに」
「秩序ですから」
上下関係、それをはっきりとさせているというのだ。
「この世界では私達の棟梁ですから」
「敬語で現実の世界では普通の口調か」
「左様です」
「何か原さんみたいやな」
原辰徳である、巨人の監督を長きに渡って務めた往年の名選手だ。憎むべき全世界の敵巨人の中にありながら幾ら心無い衆愚とも言うべき昔の栄光を忘れられないそうしたファン共に罵られつつも己の責を言う果たしていった野球人だ。
「それは」
「あの人のご父君とのことですか」
「部活では監督、家ではお父さんやったっていうから」
高校時代の野球部で父親が監督だったのだ。
「それで思ったんやけど」
「私はロッテファンなので」
「海やからやな」
「はい、セリーグは阪神ですが」
「えらい組み合わせやな」
「日本シリーズのこともありますが」
二〇〇五年の伝説のシリーズだ、阪神はロッテに四試合ストレート敗北しかも総得点において三十三対四という球史に残る惨敗いや惜敗を喫した。惜敗と書かないと何かと不都合が生じるので無理にでもこうしておこう。
「それでもです」
「ロッテやねんな、パリーグは」
「はい」
そうだというのだ。
「ですから巨人のことは知りませんが」
「まあうちも阪神やしな」
「それで何故巨人のお話を出されますか」
「他に例える話知らんかったさかい」
だからだというのだ。
「それでや」
「そうですか」
「大した意味ないわ」
「そのこともわかりました」
「まあとにかくな」
綾乃はあらためて言った。
「そうしたケジメはつけてか」
「こちらの世界では姫巫女様として敬語です」
「それを使ってるか」
「左様です」
「わかったわ、ほなな」
「はい、これからですね」
「四国に向けて出陣や」
綾乃はあらためて全軍に命じた。
第十九話 四国上陸その七
「それで四国から上陸してな」
「そうしてですね」
「讃岐、阿波を抑えてな」
まずはこの二国をというのだ。
「土佐、そして伊予やけど」
「問題は土佐ですね」
吉川は綾乃にすぐにこの国の話をした。
「あの国です」
「あそこは山に囲まれててな」
「はい、攻めにくいです」
「四国の他の国からな」
「守りやすく攻めにくい国です」
国の北の方を完全に山で守られていてだ。
「ですから山を越えるか」
「海やな」
「はい、回り込んでです」
瀬戸内の海を迂回してというのだ。
「土佐の南に広がる海岸から上陸しますか」
「それがええ攻め方か」
「無論相手もそう読んでいるでしょうが」
「それでもやな」
「山から攻めますと」
「攻めにくいです、若しくは」
「空、やな」
綾乃は笑ってここから攻めることに応えた。
「そこからやな」
「はい、それも一つの手です」
吉川も笑みで綾乃に応えた。
「攻めるには色々な手があります」
「その手は全部使ってな」
「攻めるのが戦ですから」
「それでやな」
「はい、これもまた敵は読んでいるでしょうが」
「攻め方によるな」
「そうかと」
こう綾乃に答えた。
「この度も」
「土佐のことわかったわ、まあとにかくや」
「全軍出陣ですね」
「そうしよな、四国全部抑えて」
「正岡と織田もですね」
「うち等のお友達になってもらおうな」
綾乃は配下でえはなくこう呼んだ、そこに彼女が他の星の者達についてどう思っているのかが出ていた。
そうしてだ、全軍でだった。
船に乗り込みそのうえで四国に向かった、既に海は制圧していたので讃岐の海岸に至るまで敵はなかった。
それでだ、一気にだった。
讃岐の岸まで迫った、既にそこには四国の軍勢がいて正岡と織田もその場にいて采配を執っていた。
そこでだ、織田は海の方を見つつ自分の隣にいる正岡に言った。
「おそらく今頃です」
「動いたんじゃな」
「出港したでしょう」
淡路の港からというのだ。
「あれ位の大木さの船ですと淡路の港にも入られますし」
「港も大事ぜよ」
「はい、船が大きくなれば」
「それなりの港が必要ぜよ」
「その通りですね」
「日本では堺とか神戸とか長崎ぜよ」
正岡はそうした場所の港を挙げていった。
「そうした場所がいいぜよ」
「江戸や大阪の港もいいですね」
「それと軍港ぜよ」
「それですと呉、舞鶴ですね」
「後は佐世保ぜよ」
「勿論東国もですし」
織田は既にそちらのことも頭に入れていた。
「横須賀や大湊と」
「そうぜよ、東国の普通の港だと横浜に函館かのう」
「そうですね、この世界でも」
「まっこと港も大事ぜよ」
天下の経営にはというのだ。
第十九話 四国上陸その八
「その辺りもやっていくぜよ」
「はい、是非」
「関西のモン達もよくわかってるぜよ」
「全くですね、吉川さんもおられて」
「姫巫女さん達もぜよ」
「関西は太宰さんが抜群の政治力をお持ちなので」
彼のことは日本中で非常によく知られている、関西の政を取り仕切る見事な宰相としてである。
「そちらも治まっていますね」
「凄いお人ぜよ」
「ですから関西は港も整っています」
「いいことじゃ」
「はい、そして我々は」
「その太宰さんもじゃな」
「仲間にしますね」
織田は家鴨の顔を笑わせて正岡に問うた、見れば鳥の顔にも表情がある。特に目にそれが出ている。
「やはり」
「当たり前じゃ、関西の星のモンは全員じゃ」
「我々の仲間ですね」
「わしが棟梁になってじゃ、ただのう」
「正岡さんのお考えではですね」
「天下が豊かになればええ」
こうした考えだというのだ。
「わしが棟梁になるとかはな」
「実はですね」
「二の次でじゃ」
「天下が豊かになること」
「貿易で力をつけてな」
「そしてですね」
「日本が太平洋、ひいては世界の一番の国になることぜよ」
これが正岡の第一の願いなのだ。
「それがわしが一番目指してることじゃ」
「そうですね」
「わしが棟梁になってもじゃ」
「それでも日本が豊かにならないのなら」
「何もならんぜよ」
着物の袖の中で腕を組みつつ言った。
「それじゃあ」
「そうですね」
「だからぜよ、わしが棟梁になるとかはええんじゃ」
「まさに二の次ですね」
「おまんには棟梁に推挙してもらったが」
「当然です、私は只の僧です」
織田は自分のことをこう述べた。
「この世界では学識と法力には自信がありますが」
「それでもじゃな」
「一つの勢力の棟梁にはです」
「向かんっていうんじゃな」
「そうした器ではありません」
「ええ坊さんになると思うがのう」
「僧は僧、棟梁は棟梁です」
また違うものだというのだ。
「ですから」
「おまんは棟梁にはならんかったか」
「はい、そもそも私は人の星で正岡さんは地の星」
織田は星の格のことも話した。
「使う神具の数も違うだけに」
「わしの方が強いっちゅうんじゃな」
「はい、そうです」
「そうでもないと思うがのう」
「そうですか」
「そうじゃ、それ言うたら日本じゃ関西じゃ」
星のことでもこの勢力が第一だというのだ。
「神星が三人もおるんじゃ」
「特に紫さんはですね」
「神星の中でも頂点の三極星の一つじゃ」
そうだというのだ。
「そうじゃからあの人が一番になるわ」
「言われてみますと」
「そうじゃな、あそこが天下を統一することになるわ」
「確かに関西はかなり有利な立場ですが」
「勢力が大きい、星のモンが多いとかその力が強いだけで決まるか」
「そうとも言い切れないですね」
「そういうことだけで世の中は決まらんぜよ」
正岡ははっきりと言い切った。
第十九話 四国上陸その九
「頭とかそういうのも必要じゃ」
「あらゆる物事からですね」
「決まるんじゃ、数や力は大事じゃがな」
「それだけではないですね」
「その中で一番大事なのはじゃ」
それはというと。
正岡は袖から手を出して右手の親指で自分の胸を指し示して言った。
「ここぜよ」
「心ですね」
「そうじゃ、ハートじゃ」
それだというのだ。
「ハートが一番大事ぜよ」
「心ですか」
「幾ら強くてもハートがないといかんぜよ」
「天下人、ひいては太平洋や世界を治める心があれば」
「天下を治められるんじゃ」
「そうなりますね」
「織田信長さんもそうじゃったしひいては足利尊氏さんもじゃ」
彼等の本来の世界の英雄の話もした。
「これは古今東西同じぜよ」
「ユリウス=カエサルや宋の太祖もですね」
「そうぜよ、カエサルさんもでっかい人じゃった」
何かと逸話が多いが器もまた大きな人物だった、寛容さを忘れず兵士達が自分の髪の毛のことを言っても咎めなかった。かなり気にしていたが。そして正岡もそのことを笑って言うのだった。
「禿げ頭を言われても咎めんかったしのう」
「それはまた器が大きいですね」
「わしだったら怒るぜよ」
正岡は口を大きく開けて笑って言った。
「それは許せんからのう」
「髪の毛のことはどうしても」
「気になるからのう」
「実は私の宗派は髪の毛を剃らないので」
「だからじゃな」
「髪の毛のことは気になります」
日本の仏教ではそうした宗派もあるのだ。
「やはり」
「ははは、わしもじゃ。小さい小さい」
自分のことも笑って言ったのだった。
「そんなもんを気にして怒るからのう」
「気にはなってもですね」
「それで怒らん、やっぱりカエサルさんもでっかい人だったんじゃ」
「かなりお嫌だったそうですが」
「それでも怒らんのは立派じゃ」
勝利の凱旋の時に兵士達が冗談で禿げの女ったらしが帰ってきたので皆女房を隠せと言ったが処罰も咎めもしなかったのだ。
「わしも将来どうなるかじゃ」
「髪の毛がですか」
「禿げる時は禿げるぜよ」
この未来を言うのだった。
「わしの父方の祖父さんが見事ぜよ」
「そうですか」
「だから下手したらわしもじゃ」
「そしてその時にですか」
「わしがどう出来るか」
こう言うのだった。
「かなり不安じゃ」
「そこは器をですね」
「大きく持ちたいものじゃ」
「そして器が大きいと」
「そうじゃ」
「天下、そして太平洋をですね」
「治められるわ、わしにその器があるか」
正岡は自分のことも話した。
「それが問題じゃな」
「どう思われますか」
「それを今から見極めるか」
「では」
「また戦じゃ」
こう言ってだ、早速だった。
第十九話 四国上陸その十
正岡は全軍に海岸で敵を迎え撃ち上陸してきたその瞬間に総攻撃を仕掛ける様に命じた、それは翼人や空船にもだった。
そうして敵を待ち受けるとだった。
空からだ、烏天狗の兵が言ってきた。
「棟梁、大変です!」
「どうしたんじゃ」
「空から八岐大蛇が来ます!」
「八岐大蛇か」
「はい、あの蛇は」
「間違いないんじゃな」
正岡は烏天狗の兵に問い返した。
「八岐大蛇じゃな」
「巨大な姿に頭と尾が八つずつです」
兵はその外見の特徴を話した。
「間違いありません」
「そうか、まさかここで来るとはのう」
正岡は兵の報に鋭い顔になって述べた。
「思わんかったわ」
「そうですね」
織田も正岡に応えて言う。
「まさか姫巫女殿が出られるとは」
「予想外じゃった」
「普段は都におられるので」
「何か最近都から出るみたいじゃな」
「前も東海との戦に出ていましたし」
「関西の方の状況が変わったか」
「あの方が都を離れても大丈夫になった」
織田はこう考えた。
「そういうことでしょうか」
「そうかものう」
「神星が三人になり」
「あと山陰も手中に収めてるしのう」
「それで、でしょうか」
「そうかもな、それで出て来たか」
四国での戦にというのだ。
「正直玲子ちゃんのことは考えてたけどじゃ」
「それがですね」
「姫巫女さんもとなるとな」
正岡はまた言った。
「手強いのう」
「全くですね」
「しかしじゃ」
「はい、来られたからには」
「相手せないかん」
敵だからこそというのだ。
「やったるか」
「そうしましょう、我等にも意地があります」
「そういうことじゃ、おまん等もええか」
正岡は兵達にも問うた。
「逃げたい奴は逃げてええけどな」
「いえいえ、ここまで来ればです」
「もう逃げません」
「ですから安心して下さい」
「お二方と何処までも一緒ぜよ」
兵達は正岡に笑って返した。
「だから戦いましょう」
「火の中でも水の中でも」
「四国モンの意地見せたりましょ」
「そう言ってくれるか、ほなじゃ」
正岡は兵達の言葉も受けて笑って返した。
「やってやるわ」
「はい、それじゃあ」
「今からです」
「思う存分戦いましょう」
兵達は正岡達への信頼を見せた、そうして迫り来る関西の軍勢を待った。するとすぐにだった。
あの鉄の船の船団が来た、その旗艦三笠からだ。
吉川は海岸の敵軍を確認して全軍に言った。
「よし、ではだ」
「今からですね」
「上陸ですね」
「敵を攻めて」
「そうして四国に入りますか」
「そうする、姫巫女様はもう上におられる」
見れば空船や翼人達の先頭に八岐大蛇がいる、その雄姿を見せている。
第十九話 四国上陸その十一
「空と海から攻め」
「そしてですね」
「そのうえで」
「上陸だが」
「腕が鳴るねえ」
吉川の横で玲子が笑って言ってきた。
「今か今かってね」
「楽しみか」
「ああ、松風にはまだ乗れないけれどさ」
愛馬である巨大な黒い馬だ、神具ではない。
「それでもね」
「火事場に飛び込む戦だからだな」
「戦の中でもそうした戦が一番好きだからね」
それ故にというのだ。
「本当に楽しみだよ」
「そうか、では今からな」
「切り込み隊を率いてだね」
「四国に上陸する用意をしてくれ」
「それで命があったらだね」
「即座に切り込んでもらう」
「わかったよ」
玲子も応えた、そしてだった。
戦の用意に入った、綾乃は空から敵軍を見つつ言った。
「ほなそろそろ」
「はい、一気にですね」
「空からですね」
「まずはですね」
「攻めるか、頼むで」
大蛇達に言った。
「今から」
「はい、それでは」
「これからです」
「我等が仕掛けます」
「この八つの頭で」
その八つの頭での返事だった。
「空からです」
「思う存分仕掛けてやります」
「頼むで。けれどうちがこうして出陣出来る様になるなんて」
綾乃はここで状況の変化について思った、関西のそれに。
「変わったな」
「はい、中里氏が来られてですわ」
「状況が変わりました」
「これまでは芥川殿と二人だったので」
「四方に敵を持っていて迂闊には攻められませんでした」
神星が二人いて他にも多くの星達がいてもだ、関西は地理的に四方に敵を抱えていて積極的に攻められなかったのだ。
「勢力は確かに日本で第一ですが」
「東海、北陸、山陽、そいして四国とです」
「敵が多いですから」
「そやさかい積極的に攻められませんで」
「やっと山陰をどうにか出来た位でした」
「うちはいつも都におってな」
主として政に携わっていたのだ。
「太宰君と内政してて」
「その内政も整い」
「そこに中里氏も来てです」
「ようやくです」
「主殿も動ける様になりました」
「ほんまになあ、内政整って人も増えて」
特に中里の加入が大きいのは言うまでもない。
「それでやな」
「攻められる様になりました」
「今みたいに」
「そえで実際にです」
「主殿も出陣出来てます」
「そやな、ほな今からな」
ここで綾乃は眼下を見る、海岸の敵は一万数千はいる。こちらの数は二万だが地の利を考えると彼等の方が有利だ。
だがその有利な敵を見つつだ、こう言った。
「攻めてな」
「承知」
「わしの力四国でも見せたります」
「この八岐大蛇の力」
「今から」
「うちも術使うし」
早速だ、綾乃は右手を己の顔の高さに掲げた、掌の上に青白い気の球が出来ている。氷の力だ。
第十九話 四国上陸その十二
「上陸する玲子ちゃん達助けるで」
「我等が空から攻め」
「そうし」
「やったるで」
まずは綾乃が四国の軍勢に術を放った、それは絶対零度の氷の術だった。
多くの兵士達が氷漬けになる、そこに大蛇が八つの頭からそれぞれ炎や冷気、雷や強酸に毒霧といった様々なものを吐く。
そうして多くの兵達を薙ぎ倒し吹き飛ばしていく、讃岐の海岸は忽ちのうちに地獄と化した。
その状況を見つつだ、小舟から海岸に迫る玲子は笑みを浮かべて言った。
「凄いね、姫巫女さんは」
「はい、全くです」
「八岐大蛇だけで戦勝てますで」
「噂に聞いてたけど凄いですわ」
「あれが姫巫女さんのお力の一つですか」
「三種の神器だけでも凄いだがね」
玲子は綾乃の他の神具の話もした。
「剣と鏡と玉もね」
「その三つは術や知力のものでした」
「主の力を極限まで高め護る」
「しかし攻める為のものはですね」
「あの大蛇ですね」
「そうだよ、姫巫女さんは武器は持ってないさ」
玲子の朱槍の様なものはというのだ。
「けれどね」
「あの大蛇はですね」
「まさに最強の武器ですね」
「八つの頭と巨体で全てを薙ぎ倒す」
「とんでもない武器ですわ」
「あの武器は神具持ってる星の奴じゃないと渡り合えないさ」
そこまでのものだとだ、玲子は言った。
「到底ね、それか何万かで攻めるかだよ」
「空と陸から」
「そうでもないとですね」
「大蛇は退けられない」
「そうした神具ですね」
「そうさ、敵でなくてよかったよ」
大蛇、そしてその大蛇の主である綾乃がだ。
「お陰であたし達も楽に上陸出来るよ」
「そうですね」
「あそこまで敵を薙ぎ倒してくれると」
「上陸も楽です」
「実に」
「じゃあその楽に乗っかってね」
にかっ、とした笑みだった。玲子はその笑みと共にまた言った。
「一気に上陸して足がかり手に入れるよ」
「ええ、殴り込みましょ」
「これから」
「よっしゃ、やったろか!」
ここで玲子の乗る船の隣にいる傭兵の四人組も言ってきた。
「お金の分働くで!」
「そうしな次雇ってもらえんからな」
「傭兵は信用第一」
「やる時はやるのが筋やし」
「あんた達も頼むぜ」
玲子は意気込む四人にも笑みで声をかけた。
「今は味方同士だしね」
「わかってますで」
「ほなガンガンいきましょか」
「姫巫女さんの援護も受けてますし」
「他にも空から攻めてますし」
「だから相当に楽だからね」
それ故にというのだ。
「余計に気合入れて殴り込むよ」
「はい、そうしましょ」
「これより」
「敵倒して海岸制圧して」
「次は讃岐全体ですわ」
「一番槍の奴は後であたしに言いな!」
率いる全軍にだ、玲子は大声で告げた。
「とびきりの大吟醸をあたしが飲ませてやるよ!」
「楽しみにしてますで!」
「上等の酒!」
兵達も明るく応えた、そしてだった。
玲子達は海岸で舟を乗り付けてそうしてだった、歓声と共に岸に上がってそこからだった。
空からの一方的な攻撃、大蛇からだけでなく空船や翼人達からの攻撃を受けて大混乱に陥っている四国の軍勢に踊り込んだ。そのうえで陸からも突き崩していく。
玲子は自ら先頭に立ち朱槍を風車の如く振り回し周りの敵を倒していく。首も腕も胴も脚も吹き飛び血煙が起こる。そして例の四人もだった。
それぞれの力で戦う、海岸は瞬く間に占領され敵をその後ろに追いやっていく。その状況を見てだった。
正岡は唸ってだ、隣にいる織田に言った。
第十九話 四国上陸その十三
「まっこと凄いぜよ」
「ですね、大蛇に朱槍に」
「空と陸から来てるしぜよ」
「海からの砲撃もあります」
吉川が正確に繰り出してくるそれもかなりのものだった。
「ここまで一方的に攻められては」
「辛いぜよ」
「予想よりも遥かにですね」
「苦戦は予想してたぜよ」
正岡にしてもだ。
「それでもぜよ」
「ここまでは」
「姫巫女さんの出陣ぜよ」
それが正岡の計算違いだった。
「これは予想外だったぜよ」
「だからですね」
「そうぜよ、苦戦なんてものじゃないぜよ」
「海岸は完全に占領されました」
つまり敵に橋頭保を築かれたのだ。
「そしてさらに攻めてきます」
「空と海からの攻撃は相変わらずぜよ」
言いつつだ、正岡は拳銃を斜め上に放った、そのうえで舩からの砲弾お信管を撃って空中で爆発させて自軍を守っている。織田も障壁である程度にしろ自軍を守っている。
「損害は三割位かのう」
「はい、おおよそ」
「はじまってすぐにこれか」
「特に八岐大蛇が強いです」
空から攻めて来るこの大蛇がというのだ。
「圧倒的です」
「そうじゃのう」
「それでどうされますか」
「こうなったらじゃ」
「退きますか」
「またになるがのう」
淡路の戦に続いてというのだ。
「これ以上兵をやられてたら後の戦も出来ん様になる」
「だからですね」
「ここは諦めてじゃ」
そしてというのだ。
「十河城辺りまで退くか」
「それでは」
「ああ、それとな」
正岡はさらに言った。
「死んだモン、傷付いたモンはな」
「一人残らずですね」
「連れて行くんじゃ」
このことも淡路での戦の時と同じだった。
「ええな、それは」
「はい、見捨てずにですね」
「仲間は見捨てんもんじゃ」
そこは徹底的にというのだ。
「ええのう」
「わかりました、それでは」
「退きじゃ、殿はわしがするわ」
こう言ってだった、正岡は自軍を退かさせた。彼は言った通りに傷付いた兵や死んだ兵の躯を一人も見捨てることなくだった。
連れて行き退く、関西の軍勢の攻撃は激しくまだ大蛇の攻撃や海からの砲撃で軍勢が吹き飛ばされていたが。
その中でだ、何とかだった。
四国の軍勢は十河城の方まで退いた、関西の軍勢は完全に四国に上陸を果たしてそれからだった。
その海岸でだ、綾乃は玲子達に言った。
「ほな次はな」
「ああ、四国攻めだね」
「全部攻め取るで」
「そうするんだね」
「うちは阿波から土佐に向かうわ」
「では水軍は海からです」
吉川も来ている、そのうえで彼女に応えて言った。
「四国の東を回り込み」
「そうしてやな」
「土佐を攻撃します」
「頼むで」
「そして棟梁はですね」
「空から山越えてな」
土佐の北、東、そして西を完全に囲んでいるその山々をというのだ。
第十九話 四国上陸その十四
「土佐攻めるわ」
「わかりました」
「それで玲子ちゃん達はや」
玲子と傭兵の四人にも言った。
「伊予に行ってもらうわ」
「讃岐を完全に制圧してだね」
「そや、まずはな」
玲子に対してさらに話した。
「皆で十河城を攻めて」
「陥落させてだね」
「うち等は伊予から土佐に向かうし」
「あたし達は讃岐を完全に攻め取ってだね」
「伊予を頼むわ」
「わかったさ、あとね」
「あと?」
「やっぱり所々タチの悪い魔物や賊もいるね」
玲子はそうした連中の話もした。
「そうした連中についてはどうするんだい?」
「放っておいたら民の人達が迷惑やさかい」
それでとだ、綾乃は玲子に答えた。
「倒していってや」
「そうするんだね」
「うん、それも戦やし」
「わかったよ、じゃあ軍勢を進ませながらやっつけていくよ」
「頼むで」
「任せておきなって」
玲子は明るく応える、そして傭兵の四人もだった。それぞれのポーズを付けたうえでこんなことを言った。
「うち等もいますさかい」
「どんどんやっつけていきますわ」
「魔物や賊退治の依頼もよおやってきました」
「そっちも得意ですさかい任せて下さい」
「頼むで」
微笑んでだ、綾乃は四人にも優しい声で応えた。こうしてだった。
関西の軍勢は十河城に向かった、その際も綾乃は言うのだった。
「町や村を通ってもな」
「そうしてもですね」
「絶対にですね」
「そや、悪いことをしたらあかんで」
そこは絶対にというのだ。
「略奪暴行は死罪やからな」
「はい、わかっています」
「そのことは」
「民を傷付けるな」
「それは絶対ですね」
「そや、自分等もやられたら嫌やろ」
それでというのだ。
「そうしたことはしたらあかん」
「その通りですね」
「では、ですね」
「民衆とは一緒に遊び」
「親しくしていくのですね」
「そうせなあかんで、仲良くな」
そこは絶対にというのだ、そうしたことも強く注意していたので関西の軍勢は四国の民衆に危害を加えることなく十河城に進んでいた。
その話を十河城で聞いてだ、正岡は織田に言った。
「ええのう」
「関西の軍勢の行いはですね」
「話は聞いとったがのう」
「民衆には一切手出しをしない」
「天下の他の勢力もそうじゃがな」
他国の勢力もだ、正岡が聞いて知っている限りの。
「関西は特に徹底しとるのう」
「そうですね、それですが」
織田は正岡に話した。
「民衆もです」
「その姫巫女さん達にじゃな」
「深く感謝している様で」
「慕いだしとるな」
「それに関西は善政で有名です」
太平洋の諸勢力の中でも特にだ。
「その噂を聞いてです」
「民衆派そっちを慕いだしとるんじゃな」
「占領されている場所は、ただ」
「わし等もか」
「決して離れられてはいません」
そこまでは至っていないというのだ。
「ですからご安心を」
「だといいがのう、ただな」
「それでもですね」
「勝敗は決したかのう」
正岡は袖の中で腕を組み難しい顔になって言った。
「これは」
「我等の戦は」
「そうじゃ、これまでの二つの戦で負けてじゃ」
そしてというのだ。
第十九話 四国上陸その十五
「民も慕いだしとる」
「このことを考えますと」
「負けかのう、わし等の」
こう言うのだった。
「もうな」
「では」
「下手に戦しても銭を失ってじゃ」
「国力も消耗し」
「田畑とか町とか巻き込む場合もあるしな」
「そうですね、この十河城も囲まれますと」
「どうしても城下町が焼かれたりする」
後で復興させるにしてもだ、この世界でも日本の城の周りには城下町があり城攻めの時には民達は安全な場所に逃れ後は戦見物に入るが城下町は城攻めに邪魔なので焼かれて戦の後で復興されるのが常だ。
だがその町を焼かれることもというのだ。
「それだけでやっぱりのう」
「戦禍になりますね」
「そうじゃ、最近は町には工場もあるし」
「戦禍も大きくなっています」
「そうじゃな、戦はないに限る、それにじゃ」
正岡はさらに言った。
「わしの第一の願いはじゃ」
「天下人になるのではなく」
「貿易で日本を豊かにすることぜよ」
「ひいては太平洋を」
「だからじゃ」
それでというのだ。
「戦にはあまり興味もないぜよ」
「それでは」
「姫巫女さんの器もわかったしのう」
「あの方ならばですね」
「無事にじゃ」
まさに万全にというのだ。
「天下を治められるわ」
「そうですね」
「民を大事に出来れば出来る程じゃ」
「天下人に相応しい」
「そうじゃ、わしはあそこまでいかんぜよ」
到底とだ、正岡は自身の器と綾乃の器を自分の中で見極めてそのうえで織田に対して話した。
「だからぜよ」
「これで、ですね」
「戦は終わりじゃ」
「我等が降り」
「それで終わりじゃ」
こう言ってだ、実際にだった。
正岡は十河城に向かっている関西の軍勢のところに自ら、織田も連れて来た。そうしてだった。
綾乃との面会を求めた、綾乃はその話を本陣で聞いてすぐに行った。
「降ってそしてやな」
「戦を終わらせてですね」
「そしてそのうえで田畑や町を守る」
「その考えですね」
「あの二人ならそう考えます」
空で巨体で飛んでいる八岐大蛇が言ってきた。
「そして自ら参上してです」
「そのことを言いに来たのでしょう」
「おそらく正岡氏の案ですね」
「そやろな、あの子器大きいさかい」
それでとだ、綾乃も応えて言った。
「それで来たんやろな」
「ではどうされますか」
「お会いになられますか」
「そうされますか」
「そうするわ」
即座にだ、綾乃は断を下した。
「二人と会ってね」
「そうして話をして」
「そのうえで」
「決めるわ、まあ大体決まったな」
綾乃は笑って大蛇に応えた。
「うちの読みやと」
「わしもそう思います」
「これで四国の戦は終わりですわ」
「四国全土の戦覚悟してましたけど」
「これで終わりですか」
「ええこっちゃ、やっぱり戦はすぐに終わるに限るわ」
その分国土や民に禍が降りかからないからだ、綾乃は勢力の棟梁としてこのことがいつも念頭にあるのだ。
第十九話 四国上陸その十六
それでだ、ここでもこう言った。
「二人を迎え入れてな」
「そして、ですね」
「お話ですね」
「そうするわ、先陣の玲子ちゃん達も本陣に呼んでな」
そうしてというのだ。
「お話しよな、お茶でも飲みながら」
「わかりました」
「ではこれより」
大蛇も頷きそしてだった。
綾乃は玲子達と共に本陣において正岡、織田と会うことにした。両者は向かい合って話をしたが。
すぐにだ、正岡は綾乃に言った。
「わし等は降ります、それで」
「民とか田畑とか町にはやな」
「うれぐれも」
「わかったわ」
綾乃は笑って快諾で返した。
「一切手をつけへん、四国の何処にもな」
「そうしてくれるとまっこと有り難いぜよ」
「それであんた達は今からうち等の一員や」
このことは綾乃から言った。
「よろしゅう頼むで」
「そうしてくれるんですか」
「我々を」
「そや、一緒に天下を統一してな」
そしてというのだ。
「太平洋に出てええ国造ってな」
「わかったぜよ、わしは大海原に出るぜよ」
正岡は綾乃のその言葉に目を輝かせて応えて言った。
「海を渡る馬になるぜよ」
「あっ、そういえば正岡さん馬ですわ」
「馬人で駿馬ですし」
「服装も坂本龍馬さんで」
「同じ高知生まれで」
「そうぜよ、親が実際龍馬さんみたいになれってことで名付けてくれたぜよ」
正岡は四人に自分のことを話した。
「それでわしも龍馬さん尊敬しているぜよ」
「そうなんですね、やっぱり」
「だからそのお姿で、ですね」
「神具も龍馬さんのもので」
「貿易を考えておられるんですね」
「そうぜよ、ただわしはわしぜよ」
こうもだ、正岡は言った。
「やっぱり龍馬さんとは違うぜよ」
「そりゃね、丸写しの筈がないからね」
玲子は正岡のその言葉を聞いて頷いて言った。
「完全に龍馬さんになる筈がないさ」
「そういうことぜよ」
「それでだね、あんたも」
「龍馬さんみたいになりたいがわしもわし自身を見付けるぜよ」
意気込みの言葉だった。
「そして大きな人間になるぜよ」
「そういうことだね」
「ああ、でっかい宇宙みたいな人間になるぜよ」
そこまでの器の持ち主にというのだ。
「勿論この日本もそこまででっかい国にするぜよ」
「宇宙みたいにだね」
「そこに羽ばたく国にするぜよ」
「成程ね、頼もしいね」
「ああ、武芸は頼りにならんがのう」
「おや、免許皆伝ちゃうかった?」
綾乃は正岡の今の言葉に笑って返した。
「剣道の」
「むっ、それ言うか姫巫女さん」
「北辰一刀流やったな」
「それも龍馬さんの影響じゃ」
坂本龍馬は北辰一刀流の免許皆伝だった、使っている武器は拳銃であったが剣術も優れていたのだ。
「向こうの世界でもやってるがのう」
「こっちの世界ではやな」
「免許皆伝にまでなったぜよ」
「けどその剣技はか」
「わしが持ってる神具はピストルぜよ」
刀ではなくだ。
第十九話 四国上陸その十七
「だからこっちは趣味ぜよ」
「それだけかいな」
「ピストルで戦うぜよ、けど戦よりものう」
「貿易やな」
「そっちと政でやっていきたいわ」
「ほなそっち頼むで」
「そして拙僧も」
今度は織田が出て来た。
「宜しくお願いします」
「あんたはあれだね」
玲子が織田に尋ねた。
「仏さんの教えとだね」
「はい、政になります」
「そっちが主だね」
「学識にはそれなりに自信がありますので」
僧侶だけあってというのだ、どの国でもそうだが髪に仕える者は学者でもあるのだ。そこに書が集まるから必然的にそうなる。
「お任せ下さい」
「織田君一年の中じゃ優等生やしな」
「学業優秀で品行方正の」
「性格もええしな」
「うち等とは違ってな」
ここでまた四人が言った。
「穏やかな人気者で」
「皆から慕われて頼りにされて」
「ごっつうええ子やし」
「こんなええ人おらんしな」
「自分等と全然ちゃうな」
ここで大蛇が頭の一つをぬっと出して言ってきた。
「そこは」
「うち等成績そこそこやしな」
「結構さぼるとこさぼるしな」
「いしめとか意地悪は嫌いやけど」
「風紀委員長にはよお注意されるし」
「そやろ、見てたらわかるわ」
大蛇は四人には容赦しなかった、それも全く。
「生き方からしてあかん」
「人間としてどないや」
「ああ、もう一つ頭来て言ってきたわ」
「うち等ほんま何処でも言われるな」
「現実の世界じゃ風紀委員長に言われて」
「大蛇にも言われて」
こう言っても全く反省している感じも悪びれている感じもない、至って平気な顔をして言っている。
そしてだ、さらに言うのだった。
「難儀な話や」
「これでも頑張ってるつもりやで」
「テストで赤点取らんし」
「しかも人として間違ったことせんし」
「赤点取らないなんて凄いね」
玲子は四人のこのことに感心して言った。
「あたしなんてこの前全教科それで追試が大変だったよ」
「あの、それかえって凄いですよ」
「普通全教科とかないですよ」
「そんなん現実にあるんですか」
「先輩そんな勉強苦手ですか」
「何か机に座ったら寝ちまうんだよ」
玲子は自分の場合を話した。
「これがな」
「それで、ですか」
「勉強の方あかんのですか」
「運動神経抜群でも」
「そっちは」
「ああ、こっちの世界でも政の話はね」
朱槍を担いで笑って言うのだった。
「出ると寝ちまうよ、書は読むんだがね」
「ううん、ある意味才能ですね」
「ほんまそういうのあかんのですか」
「どうにも」
「そうですか」
「ああ、まあ勉強や政が出来なくても生きていけるさ」
そうしたことは一切気にしないでだ、玲子はその口を大きく開けて笑って言った。白く実に奇麗な歯だ。
「どの世界でもな」
「まあそれはそうですけど」
「他のことが出来てたら」
「結局勉強なんてそんなもんですね」
「出来ることに越したことはないですけれど」
四人もそれはわかっていた、それで言うのだった。
「確かに織田君みたいに出来たら嬉しいです」
「大学進学も楽で」
「それだけ将来も開けます」
「頭がええのはそれだけで有り難いです」
それはそれでだ、勉強が出来なくても生きてはいけるがよければそれはそれでいいというのだ。
第十九話 四国上陸その十八
「いや、そこは」
「まあ出来たらですわ」
「それだけでええですけれど」
「出来なくてもやっていけますな」
「それよりも人間としてどうかや」
また大蛇が四人に言ってきた。
「自分達の場合はな」
「人間としてアホ」
「そう言うんやな」
「勉強とかやなく」
「そっちやな」
「その通りや、それはわかるんやな」
つまりその程度の頭はあると言ったのだ。
「そこは認めたるわ、しかしな」
「アホであることは変わらん」
「そう言うんやな」
「結局結論はそれか」
「うち等はアホっちゅうんか」
「そういうこっちゃ、それでやが」
ここでまた言った大蛇だった。
「四国での戦は終わったわ」
「そやな、伊予や土佐まで攻め込むこと考えてたけど」
綾乃が応えた。
「ここで終わってよかったわ」
「これから宜しく頼むぜよ」
正岡も笑って言ってきた。
「楽しく政をして貿易もしてぜよ」
「天下を豊かにするんやな」
「そうぜよ、天下を統一して大海原に漕ぎ出すぜよ」
笑顔のままの言葉だった。
「太平洋も統一して太平洋の隅から隅まで船を出して太平洋も世界も豊かにするぜよ」
「でっかい夢はな」
「夢はでっかくぜよ」
正岡は笑顔で言っていた、とかくだった。
関西の勢力に入った彼は今は彼が本来見るべきものを見ていた、大海原にある途方もない夢を。
四国の戦も終わり正岡と織田の二人の星が加わり四国全土も関西の領土に組み込まれた、こうして山陽と合わせて綾乃達関西の勢力は九州と沖縄以外の全ての地域を手に入れたのだった。
このことを御所において戻って来た綾乃から聞いてだ、中里は言った。見ればそこには芥川もいた。彼も呼ばれて御所に来たのだ。
「いや、あっという間に終わったな」
「そやな、四国での戦もな」
芥川もその話を聞いて言った。
「あっさり終わったな」
「山陽と一緒でな」
「僕もここまで早く終わるとは思ってなかったわ」
「山陽も四国もやな」
「それぞれ全土で戦になると思ってた」
「そやってんな」
「それで戦力も整えてきたんやけどな」
それがというのだ。
「いや、どっちもすぐに見切りつけてやな」
「こっちに降ってくれたな」
「ええことか、それでな」
「ああ、これで四人の星とな」
「山陽と四国が手に入ったな」
「これは大きいで、あの四人はそれぞれ政戦両略でや」
それだけの能力があり、というのだ。
「しか人格も誠実やしな」
「ああ、僕もそれは感じたわ」
山本、井伏と実際に戦い話をしてみてだ。中里はそのことがわかっていたのではっきり答えられた。
「あの連中は信じられる」
「そやろ」
「四国の子達もやで」
綾乃も棟梁の座から言ってきた。
第十九話 四国上陸その十九
「ええ子達やで」
「そやねんな」
「そやからな」
「あの二人も信頼出来るか」
「そやで、けどどっちの勢力もあっさりこっちに降ったなあ」
「力関係すぐにわかったしこっちの考えもわかったからやろな」
芥川は何故二つの勢力がすぐに降ったのか綾乃に答えた。
「それで元々天下統一するつもりもな」
「なかったんやな」
「僕等程な」
「そやから意外とあっさりこっちに入ってくれたんやな」
「そや、これはお互いにとってもよかった」
関西にしても彼等にしてもというのだ。
「国土も戦で荒らすことなかったしな」
「戦やったらそうなりかねんしな」
「幾ら田畑や町を襲うことなくてもな」
「城攻めの時に城下町焼いたりもするし」
「そこにある田畑を青田刈りすることもある」
敵に兵糧を渡さない為にだ。
「そうしたこともあるからな」
「兵が進んで踏んでまうこともあるし」
「それがなかったからな」
山陽でも四国でもというのだ。
「よかったわ、けどや」
「それはやな」
「これからもそうとは限らんで」
芥川は真剣な顔になった、それは綾乃も中里も同じだった。
「九州や東海、そして関東はな」
「その連中は天下統一を目指してるか」
「うちと同じだけかそれ以上にな」
芥川はその中里に答えた。
「それこそな」
「そやからやな」
「そうしたところでの戦はな」
「とことんまでやるか」
「そうなると覚悟しとくことや」
「わかったわ、ほな次の戦に備えて」
「支度もしとこか」
こう二人に言ってだ、芥川は太宰も入れて四人でこれからどうするのかを話した、天下統一の為に。
第十九話 完
2017・5・25
第二十話 現実の世界でその一
第二十話 現実の世界で
夢から覚めてだ、中里は朝食の後で歯を磨き顔を洗って登校してだ、部活の朝練の後でだ。
綾乃、そして芥川と話をしてだ、そのうえでだった。
あらためてだ、神妙な顔になって話した。
「一気に進んだな」
「天下統一に向けてやな」
「ああ、山陽と四国か」
「それぞれ大きな勢力手に入れたって思ってるな」
「そう思ってるわ、けどやな」
「僕等はまずは天下統一してや」
「それからやな」
「太平洋や」
所謂環太平洋地域をというのだ。
「統一してそして世界や」
「あっちの世界をやな」
「その世界と比べたらな」
「山陽と四国を手に入れたのはやな」
「ほんの些細なもんや」
それだけのものだというのだ。
「それでや」
「これで喜んでたらやな」
「小さいで、それとな」
「それと?」
「こっちの世界での星のモンにはあまり会ってないな」
芥川はここで笑みを浮かべて中里にこう言ってきた。
「僕や綾乃ちゃん以外には」
「知ってる顔もあるけどな」
「それでも全員やないやろ」
「そやからか」
「今日はちょっと会ってみるか?」
笑ってだ、中里に言ってきた。
「皆とな」
「そうしてか」
「そや、そうしてこっちの世界でも顔合わせしてみるか」
「そやな」
中里は芥川のその提案に納得する顔になった、そしてそのうえでこう言ったのだった。
「そうしてみよか」
「ほな今日はな」
「こっちの勢力の面々とやな」
「会って話をしよか」
「そういえば自分等とは学校でも話をしてるけどな」
あちらの世界に入るまでからの付き合いだ、もっと言えば。
「それでも他の面々とはな」
「会ってないやろ」
「こっちの世界でもおるしな」
「そや、もっと言えば全員八条学園高等部の生徒や」
「星のモンはやな」
「全員そうや」
芥川は中里にこのことも話した。
「このこと覚えておいたらええわ」
「わかったわ、しかしな」
「それでもやな」
「ああ、このこともわかったしな」
それでというのだ。
「早速他の面々と会いに行こうか」
「誘うつもりやったで、ほな三人でな」
「行こうか」
「まずは生徒会長や」
つまりあちらの世界の宰相である太宰だというのだ。
「あいつのクラスに行くで」
「うちも一緒に行くわ」
綾乃も同行すると申し出て二人も反対しなかった、こうして三人でまずは太宰のクラスであるF組、三人のクラスであるA組から行くと。
そこにだ、太宰がいたが一緒にだった、
坂口、東海の棟梁である彼もいた。白い詰襟の制服の左腕の部分に生徒会の腕章を付けている太宰はあちらの世界と大体同じ顔だが坂口は天狗の時と違って鼻が低い。二人共背丈はあちらの世界と同じだ。
中里は太宰よりもだ、坂口を見て言った。黒いところどころに金があるブレザーと濃紺のズボンにネクタイという制服の彼を見て。
第二十話 現実の世界でその二
「こいつもおったんやな」
「こいつとは何だがや」
その中里にだ、坂口は自分から問うた。
「太宰と同じクラスだって思ってなかったがや」
「ああ、全然な」
中里はその坂口にまた返した。
「考えもせんかった」
「それ位知っておけぎゃ、わしは知っとったわ」
「それは悪かったな」
「覚えておいたらええぎゃ」
坂口はそれでよしとした。
「以後気をつけるぎゃ」
「ほなな」
「それで何で二人で話してたん?」
綾乃は勢力の違う二人が話していることいついてだ、二人に尋ねた。
「何かあったん?」
「燭台のことで聞いていたぎゃ」
それでとだ、坂口は綾乃に答えた。
「だからぎゃ」
「それでなん」
「そうだがや、あっちの世界はあっちの世界でぎゃ」
「こっちの世界はこっちの世界」
「そうだがや」
その論理だというのだ。
「こっちの世界ではあんた等と争うつもりもないだがや」
「そこはメリハリ付けてるんやな」
「仲良くするだがや、しかしだがや」
「あっちの世界ではやな」
「次は負けないだがや」
不敵な笑みを綾乃に向けてだ、坂口は言った。
「美濃の西取り返して都まで行くだがや」
「その時は容赦せんで」
今現在坂口が率いる東海の勢力と隣接している東を護る芥川が不敵な笑みで応えた。
「こっちも」
「望むところだがや」
「次の戦の時はこっちの本陣で会おうな」
「わしが降るっていうぎゃ」
「その通りや」
「それはこっちの台詞だがや」
「そのお話は置いておきまして」
ここでようやく太宰が口を開いた、芥川と坂口の言い合いがどうにも泥仕合になりそうになってきたのでだ。
それでだ、彼等の話の間に入って中断させてからだった。あらためて三人に尋ねた。
「三人共どうしてここに」
「こっちのクラスに来たかやな」
「どうしてでしょうか」
「僕がこっちの世界での星の面々のことについて思ったらな」
中里が太宰に答えた。
「芥川達がそれぞれ顔合わせしてみよかってなってな」
「それで、ですか」
「そや、今こうして回ってるねん」
「そうした事情でしたか」
「別に深い意味はないで」
「いえ、こちらの世界での我々を知ることもです」
太宰は銀縁眼鏡に手を当てつつ答えた、その仕草が実に知的だ。
「大事ですから」
「ええことか」
「よく思い立たれました」
「いやいや、よくって訳でもないで」
「当然というのですね」
「あっちの世界での付き合いは長いしな」
「そうですね、ですがこちらの世界では」
どうかというと。
「二日位しか経っていないですね」
「あっちの世界ではもうどれ位や」
「数ヶ月は経っていますね」
普通にというのだ。
「それぞれの世界で時間の経ち方が違います」
「そうみたいやな」
「まさにあちらの世界は一睡夢」
太宰はこうも言った、上杉謙信の漢詩の言葉を思わせる言葉だった。
「一酔かも知れませんが」
「そこでそう言うか?」
「実際に時間の経ち方が違いますので」
あえてこう言ったというのだ。
第二十話 現実の世界でその三
「そうさせて頂きました」
「そうなんか」
「はい、そして私と坂口君はこの様にです」
「同じクラスでやな」
「よくしてもらっています」
その坂口を見て微笑んで話した。
「いつも」
「それはこっちもや、頼りになるわ」
坂口も太宰を見て言った。
「いつもな」
「そうでしょうか、私は頼りないと思いますが」
「スマートで目先が利いて几帳面でな」
帝国海軍士官の様な評価だった。
「頼りになるで」
「そうだといいのですが」
「クラスの皆が頼りにしてるわ」
「やっぱり生徒会長やしな」
綾乃が微笑んで言ってきた。
「こっちの世界でも頼りになるわ」
「そうみたいやな」
中里もその太宰を見て言う。
「宰相はこっちの世界でも宰相か」
「そうやな」
「本当にそうだがや、後な」
坂口がここで三人にこう言った。
「よかったら今日のお昼はな」
「一緒にか?」
「食おうか」
食事に誘ってきた。
「そうしよか」
「昼飯か」
「きし麺食うだがや」
食堂のそれをというのだ。
「今日はな」
「そのまんま名古屋人やな」
坂口のその話を聞いてだ、中里は納得した感じで言った。
「きし麺か」
「ああ、大好物だがや」
「やっぱりそうか」
「あと味噌カツに海老にスパゲティも好きだぎゃ」
「スパゲティはあれやな」
「勿論だぎゃ」
あの鉄板の上で焼かれたそれだというのだ。
「あれが一番だがや」
「そうか、やっぱりな」
「それとういろうだがや」
「ういろうは僕も好きやで」
「本場はまた違う、それでぎゃ」
「今日のお昼はか」
「きし麺だがや、あと味噌鋳込みうどんもええだがや」
実に名古屋人らしい言葉だった。
「味噌は勿論八丁味噌だがや」
「その味噌食べて生きてるか」
「名古屋というか東海はそうだがや」
「そっちはそうか」
「あと鶏も好きだがや」
「というかどんどん名古屋出してくるな」
鶏まで聞いてだ、中里はこうも思った。
「ドラゴンズも調子よかったらなあ」
「野球の話は今は聞きたくないがや」
「昨日ドラゴンズ負けたからか」
「そうだがや」
まさにその通りだった。
「全く、ここ数年あかんわ」
「落合監督解任が悪手でしたね」
太宰は苦い顔になった坂口に苦い顔で突っ込みを入れた。
「やはり」
「ほんまそっからやったがや」
「そしてどうもGMとしては」
「まあそこは言わんで欲しいぎゃ」
「再建を希望します、そして再建されて」
そしてというのだ。
「巨人を最下位に落として欲しいです」
「それは天下億民の願いやな」
綾乃は太宰のその言葉に大きく頷いて言った。
「巨人が強いと世の中おかしくなるしな」
「というか巨人が勝つこと自体が悪いことやな」
芥川はまさにこの世の真理を指摘した、巨人の勝利はまさにそれ自体が世の中にとって悪なのだ。
第二十話 現実の世界でその四
そして何故悪かもだ、彼は話した。
「勝つの見て皆落ち込むからな」
「嫌な気持ちになってな」
「そや、やっぱり巨人は負けてこそや」
「世界にとってええねんな」
「あっちの世界でも巨人は悪い奴等やし」
中里も言う。
「やっぱり巨人は負けなあかんな」
「その通りです、巨人は存在自体が悪です」
太宰は中里にも話した。
「ですからこちらの世界では他の球団に徹底的に倒されてです」
「年間百二十敗はして欲しいな」
「千年位最下位になればいいのです」
「そうすればその負けを見て世の人々が奮い立ってやな」
「人類は未曽有の繁栄を手に入れるでしょう」
「千年王国か」
「そうです、巨人はある意味千年王国をもたらす存在です」
負けることによってそれをもたらすのだ、邪悪は打ち破られるべきというその定理に従えばだ。
「テレビに出ている巨人贔屓のタレントもどき達の悲嘆の顔も見られます」
「それも楽しみやしな」
「あちらの世界でも打倒されるべき存在で」
「こっちの世界でもやな」
「成敗されるべきなのです」
「その通りやな、やっぱり巨人は倒さなあかん」
どの世界でもというのだ。
「進撃させたらあかん」
「それは間違いないです」
「その通りやな」
「最近ロシアやインドにばっかり出てるがや」
坂口はあちらの世界の巨人の話をした。
「日本や他の国にはさっぱり出んがや」
「僕まだ会ったことないで」
中里はあちらの世界でのことを振り返った、すると実際にそうだった。
「あっちの世界ではな」
「何時出て来るかわからんからな」
芥川はその中里にこう話した。
「注意しとくんや」
「ほんまに何時出て来るかわからんか」
「災害みたいなもんや」
例えるならというのだ。
「ほんまにな」
「何時出て来るかわからんで」
「出て来たら暴れ回って何でも壊す」
「家も町も何でもやな」
「田畑も荒らすし人も家畜も踏み潰す」
「最悪な連中やな」
「そやから出て来たらな」
まさにその時はというのだ。
「即刻や」
「巨人のところに出向いてやな」
「倒さなあかん」
是非にというのだ。
「さもないとえらいことになる」
「そうやねんな」
「何かロシアでは何十万も一気に出て来たらしいな」
その巨人達がというのだ。
「それで全員まず氷漬けにされてな」
「あの氷帝にか?」
「そや、それで後で洗脳されて溶かされてそっから自分達で穴掘らされてな」
「まさかと思うけどな」
「聞いたやろ、生き埋めの話」
「その話か」
「その何十万の巨人を生き埋めにしたんや」
まさにだ、そうしたというのだ。
「全員な」
「凄い話やな」
「一人一人殺す手もあるけどな」
「何十万も一気に殺さなあかんからか」
「手っ取り早くそうしたんやろな」
「何十万も生き埋めか」
「ロシアの氷帝はそうしたこともするんや」
その彼女はというのだ。
「とにかく強くて敵には冷酷な」
「そうした女か」
「ああ、インドの雷帝もそんな感じでな」
「巨人を徹底的に倒してるか」
「出て来たら即座に殺してる」
まさにというのだ。
第二十話 現実の世界でその五
「そうしてるわ」
「それでロシアもインドも治まってるか」
「そうや、敵は即座に徹底的に殺していってな」
巨人達だけでなくだ。
「これはこれでええ統治の仕方ではある」
「そういうもんか」
「何度か話してるやろ」
「あっちの世界のロシアやインドのこともな」
「こっちの世界でもそうやしな」
あちらの世界だけでなく、というのだ。
「統治の仕方は一つやない」
「綾乃ちゃんみたいな穏やかな方法だけやないか」
「その国のその場所、その状況で違ってきます」
太宰が中里に話した。
「ですから我々も必要ならば」
「あっちの世界のロシアやインドみたいな政策を執るんやな」
「そうせねばならない場合もあります」
こう話すのだった。
「私も好きではないですが」
「それでもやな」
「その場合は考えています」
「成程なあ、そうなんか」
「どうもロシアやインドは巨人もよく出ていて賊も多く」
それでというのだ。
「断固たる対応を執らねばならない様です、ただ」
「氷帝や雷帝の個性はか」
「出ているでしょう」
このことは事実だろうというのだ。
「やはり」
「そうなんか」
「少なくとも太平洋ではです」
「そうした政策を執ることはないか」
「はい、確かに様々な種族や勢力が存在していますが」
「種族なあ、色々な種族あるな」
中里もこのことはよく実感していた、何しろ彼自身も鬼族であるの尚更のことである。
「人間だけやなくてな」
「何十、百もないと思うだがや」
「それだけおるんやな」
「細かくしたら相当だがや」
「例えば僕とこいつは天狗やけどな」
芥川は中里に話した坂口を左手の親指で指し示しつつ中里に話した。
「ちゃうやえろ」
「自分は烏天狗、坂口は大天狗やな」
「そやろ、綾乃ちゃんは精霊族でな」
「光の精霊やろ、精霊は他にもあってな」
綾乃も中里に話した。
「火の精とか水の精霊とかな」
「色々おるねんな」
「そや、ただ何でか知らんけど」
「何でか?」
「オークとかゴブリンとか虎人とかの動物と人が合わさった種族は欧州にはおらへんねん」
「そうなんか」
「あっちの子等に聞いたけれど」
彼等に実際にというのだ。
「人間族の他に精霊とかバンパイアとかはおるけどな」
「動物と合わさった感じの種族はか」
「おらんねん」
「種族によって分布があるんか」
「ちなみに太平洋とかアフリカの中部から南部はほぼ全部の種族がおるねん」
「日本もやな」
「そやで」
その通りだというのだ。
「実際日本色々な種族おるやろ」
「どの種族も一緒に暮らしてるな」
「そうした世界やねん、どの種族もな」
「一緒に暮らしてるんやな」
「人間だけ、エルフだけとかないで」
あらゆる種族が共に暮らしている世界だというのだ。
「どの種族にも善人と悪人おるしな」
「賊も色々な種族おったな」
「そやろ、うち等かて種族は色々やし」
星の者達にしてもというのだ。
「あっちの世界はそうした世界やねん」
「このことは頭に入れておくべきか」
「あっちの世界ではな」
「成程なあ」
「そして群雄割拠だがや」
坂口は中里に今度はこのことを話した。
第二十話 現実の世界でその六
「だからわしはおみゃあさん達と戦ってるだがや」
「そういうことやねんな」
「このこともわかったがや」
「よくな、そんで自分今は関東とか」
「対峙しているだがや」
「北陸と一緒にやな」
「そうだがや、あいつ等とは同盟を結んでるだがや、ただ」
坂口は眉を顰めさせてだった、中里にこうも言った。
「それは相手もがや」
「関東の方もか」
「東北と同盟を結んでるだがや」
そのうえで自分達と向かい合っているというのだ。
「東北は北海道も入っていて厄介だがや」
「成程な」
「中々厄介だがや」
「そっちも大変やねんな」
「しかし最後に勝つのはうちだがや」
再び不敵な笑みを浮かべてだ、坂口は言い切ってみせた。
「だから覚悟するぎゃ」
「言うな、ほんまに」
「自信があるから言うぎゃ」
「ほなその自信見せてもらうわ」
「そうさせてもらうぎゃ」
「ほな次の奴に会いに行こうか」
芥川はこのクラスでの話が一段落したと見て中里に言った。
「そうしよか」
「次か」
「そや、行こか」
「ほなな」
「それではですね」
太宰は自分達のクラスを去ろうとする中里達に微笑んで声をかけた。
「あちらの世界で」
「今日まだ学校で会うかも知れんけどな」
「それでも今は」
「そやな、一時でもな」
「お別れですね」
「また会おうな」
「そもそも昼に会うだぎゃ」
坂口は先程の話をしてきた。
「きし麺食うぎゃ」
「そやな、ほな昼はな」
「皆できし麺だがや」
「自分ほんまきし麺好きやな」
「なかったら味噌煮込みうどんだがや」
そちらの場合もあるというのだ。
「皆で食って親睦を深めるぎゃ」
「敵同士でもか」
「今は敵同士でも全員わしの家臣になるだがや」
ここでも自信を見せる坂口だった。
「だから今から親睦を深めるぎゃ」
「そうか、ほなその言葉が逆になるにしても」
中里はその坂口に言葉のカウンターを返した。
「やがてそうなるし」
「そこで逆って言うだぎゃ」
「とにかく今のうちに親睦を深めてもやな」
「ええだがや、だからぎゃ」
「お昼はやな」
「この面子で食うぎゃ」
そのきし麺をというのだ、こう話してだった。
今は別れた、そして中里達は次のクラスに向かった。芥川は廊下に出たところで中里に次のクラスを言った。
「C組か水産科か」
「どっちかか」
「そや、近いしな」
「B組か」
「そこに行こか」
「もう着いたわ」
まさにすぐだった、B組に着いたのは。
そして中に入るとだ、まずは室生に気付いた。
「こいつはこっちのクラスか」
「何かあったのか?」
その室生が中里に応える、今の彼の外見は背が高く耳は尖っていない、黒髪と黒い瞳はアジア系でエルフの雰囲気がそのまま人間になった感じだ。
「あちらの世界のことはあちらでというのが決まりだが」
「いや、ちょっとな」
「ちょっと、何だ」
「こっちの世界での星の連中見て回ってるねん」
「何だ、そんなことか」
中里の返事を聞いてだ、室生はいささか安心しそれと共にがっかりした様な顔になって彼に応えた。
「何かと思えば」
「喧嘩を売りに来たと思ったか?」
「そうしたことは考えていなかったが」
「それでもか」
「あちらの世界でのことを聞いてくるかとでも思った」
「それはあっちの世界にいる時に聞くわ」
そうするというのだ。
第二十話 現実の世界でその七
「そやからな」
「ここではか」
「ただ会いに来ただけやからな」
「友好的にか」
「友好的っていうかナチュラルやな」
敵対的でもないがというのだ。
「今の僕は」
「そうか、わかった」
「ああ、しかしこっちの世界でもな」
「雰囲気は似ているというのだな」
「ああ、何かな」
「そうだろう、あちらの世界での私はエルフだが」
「あんま変わらんが」
外見も雰囲気もというのだ。
「実際のところな」
「自分でエルフに似ていると思っていたが」
「そうしたらか」
「あちらの世界ではエルフになっていた」
「成程な、あと今気付いたけれどな」
「何に気付いた?」
「自分の喋り方方言強いな」
出す言葉自体は堅苦しい感じだが、というのだ。
「金沢辺りの言葉か?」
「実際金沢生まれだ」
「やっぱりそうか」
「今は寮にいる」
「ほな坂口とかと一緒か」
「あいつとは寮でも仲良くしてもらっている」
そうだとだ、室生は中里にこのことも話した。
「名古屋と金沢だがな」
「どっちもお城あるしな」
「そうだな、しかしだ」
「天主閣ないっちゅうんやな」
「金沢はな」
そうだというのだ、室生はこのことを苦い顔で言った。
「残念な話だ」
「昔はあったんやろ?」
「あったが建ててすぐに火災でなくなった」
その歴史的経緯を話す時も苦い顔だった。
「そして今もない」
「皇居と同じ理由と経緯やな」
「そうだ、全く以てな」
「ほなその話はせんな」
「そうしてくれたら有り難い、どうも再建の話も出ているが」
その天守閣のだ、金沢城の天守閣は江戸時代がはじまるかはじまらないかの頃に焼け落ちてそしてそれ以来ないのだ。
「私としては是非な」
「建てて欲しいか」
「あちらの世界ではあるしな」
金沢城の天守閣がというのだ。
「こちらの世界でもだ」
「何か天守閣にこだわりあるな」
「あるとないとでは全然違う」
室生は金沢の訛りの言葉で言った。
「ない者にとっては切実な話だ」
「兵庫いうたら姫路城やけどな」
「姫路城の天守閣は実に立派だな」
「ほんまにな」
「だからだ」
「この話はか」
「あちらの世界ではどんどんしよう、北陸はいい城も多い」
「本拠地の金沢城にやな」
芥川が言ってきた。
「福井城、七尾城、それと春日山城やな」
「そうだ、四つもある」
「どの城もええ城や」
「そうそう陥落しないと言っておく」
「そうやな、まああっちの世界の話やしな」
「あちらでしよう」
「自分がそうしたいんやしな」
笑ってだ、芥川は室生に返した。
「そうしよな」
「そういうことでな」
「ああ、しかしな」
「しかし、何だ」
「このクラス星の奴自分だけやないやろ」
「難波のことか」
「あいつは何処や?」
もう一人の星の主のことも聞いたのだった。
第二十話 現実の世界でその八
「今はこのクラスおるか?」
「いると思うが」
「あいつかなりでかいしな」
中里は彼と共に戦った時のことを思い出しつつ話した。
「目立つやろ」
「いや、あちらの世界ではかなり暴れるらしいが」
「ちゃうんか?」
「そうだ、違う」
こう言ったのだった。
「学校では大人しい」
「そうなのか」
「そうだ、だからクラスにいてもな」
それでもというのだ。
「あまり目立たない」
「そうなんやな」
「人付き合いは悪くないし部活の自転車部でもだ」
室生は彼の部活の話もした。
「エースらしいがな」
「それでもやな」
「もの静からしい」
「それで目立つことはないか」
「そうだ」
それがこちらの世界の難波だというのだ。
「だからいてもだ」
「あまり気付かへんか」
「おるで、彼」
綾乃はクラスの端に座っている彼を見付けて言った。
「クラスに」
「あっ、ほんまや。というかな」
中里は綾乃の言葉で難波を見たところでふと気付いたことがあって綾乃に問い返した。
「綾乃ちゃんあいつ知ってるんか」
「一回都に来たことあってん」
「そうだったんやな」
「それでやねん」
「あいつの顔知ってたんや」
「そやねん」
綾乃は中里にあっさりとした口調で話した。
「まあ会って少し話しただけやけどな」
「知ってることは知ってるんやな」
「そやで」
「僕のこと話してるんか?」
その難波が来て彼等に聞いてきた。
「あっちの世界のことはあっちで話そうな」
「あれっ、何かこっちの世界では感じちゃうな」
その難波の言葉を聞いてだ、中里は首を傾げさせて言った。
「穏やかな感じやな」
「今言ったな」
室生がその中里に話した。
「クラスや部活ではこうだ」
「そうやねんな」
「あちらの世界では違うがな」
「あっちはあっちや、暴れるのはあっちでだけや」
難波は穏やかな口調のまま中里に話す。
「というか戦の場だけや、僕が暴れるのは」
「そうなんか」
「普段暴れてどないするねん」
こうも言うのだった。
「迷惑かけるだけやろ」
「それはそうやけどな」
「クラスで暴れたらアホや、部活は自転車に専念してるわ」
その自転車部でもというのだ。
「部長も同級生も後輩もしっかりしてるし何も言うことあらへん」
「それで部活でもか」
「この通りや」
やはり穏やかな口調だった。
「変わらんで」
「そうか、わかったわ」
「ああ、後僕今はロシアにおるさかい」
そちらの陣営に加わったというのだ。
「今度会ったら出来同士ってことでや」
「そうなったか」
「ああ、けどこっちの世界では仲良くしような」
「別に喧嘩する理由ないしな」
「暴力は何も解決せんで」
難波はあちらの世界での彼とは正反対の言葉も出した。
「あんな意味のないものもあらへん」
「戦は別やしな」
「そや、戦はまたちゃうけどや」
「暴力は、やな」
「人を殴って蹴って何が面白いねん」
その顔の中の割合では比較的小さな目は動かない、そして白く大きな歯並びのいい歯で語っていく。
第二十話 現実の世界でその九
「そんなん野蛮でしかないわ」
「こうした奴だ、尚成績もいい」
室生は中里に難波の学業のことも話した。
「大学でも自転車をしたいらしい」
「好きやからな、自転車」
室生に顔を向けてにこりともせずに言った。
「向こうでは赤兎馬に乗ってるけどな」
「あの馬も神具やったな」
「僕のパートナーや」
あちらの世界におけるそれだというのだ。
「こっちの世界の自転車も真っ赤にカラーリングしてな」
「赤兎馬みたいにか」
「赤兎馬って名付けてるわ」
「赤兎馬好きやな」
「呂布好きやから」
三国志に登場する猛将だ、その強さは演義等では圧倒的で文字通り鬼神の如き活躍を見せる。
「それでや」
「ほなあっちの世界で呂布の恰好になってるのは」
「ええ感じや」
そう思っているというのだ。
「ほんまにな」
「そうなんやな」
「ああ、それでな」
難波は中里にさらに話した。
「自分等今日は僕等にこっちの世界での状況見に来ただけか」
「そうや」
「別に大した理由ないねんな」
「はっきり言えばな」
「そうか、まあ会いに来るのやったらええわ」
「喧嘩売りに来た思うたか?」
「そういう連中やないとは思ってた」
中里達はというのだ。
「そやから何やと思ってた」
「そうなんか」
「大した理由なくてよかったわ」
「まあな、まあ何か用あったらまた来るわ」
「何時でもな、けど暴力関係はなしやで」
難波はこのことは強く言った。
「そういうのは興味ないからな」
「こっちもそういう趣味ないから安心せえ」
「ほなええわ、あとたこ焼きとお好み焼きは大歓迎や」
所謂大阪名物の粉ものの話にもなった。
「何時でも持って来るんや」
「何でも大好物らしい」
室生が中里達に難波のこのことを話した。
「だからよく食べている」
「広島の方もか?」
芥川はふと思ってこちらのお好み焼き、大阪人が言うには広島焼きはどうかと難波に聞いた。
「好きか?」
「好きやけど大阪が一番や」
「関西人やからか」
「大阪からこっちまで通ってるしな」
「それでか」
「そや、お好み焼きはやっぱりな」
「大阪やな」
芥川も納得した。
「そういうことか」
「そや、あとうどんも好きや」
これまた粉ものであった。
「そういうの話とか実物は何時でもウェルカムやからな」
「わかった、ほなそっちの話もしよか」
「待ってるで」
「私は和菓子だ」
室生は金沢人のせいかこちらだった。
「その話なら何時でもだ」
「和菓子ええな、うちも好きやで」
和菓子の話には綾乃が反応した。
「お饅頭でも何でもな」
「それは何より。ではだ」
「和菓子の話もな」
「しよう、ではだな」
「また何かあったらな」
お互いに穏やかな雰囲気で別れた、こうして中里達は室生そして難波とのこちらの世界での面会を終えた。そして次はだった。
第二十話 現実の世界でその十
「水産の方や」
「そっちか」
「ああ、吉川のとこ行こか」
「こっちの勢力やな」
「水産科のA組や」
彼のクラスはというのだ。
「そこに行こうな」
「ほなな」
中里は芥川に応えて綾乃と共に水産科の方に行った、そのA組に入ると黒く腕に二本の金モールの模様があるボタンのない詰襟の制服を着た者が出て来た、見れば人間の姿の吉川だった。
その彼の制服を見てだ、中里は言った。
「帝国海軍の軍服やな」
「八条学園の制服の一つだ」
吉川の返事はこうだった。
「そしてあちらの世界でも着ている」
「そういうことか」
「やはりこの服が一番いい」
制服は、というのだ。
「旧帝国海軍のものがな」
「今の海自さんはどうやねん」
中里は海上自衛隊の軍服について尋ねた。
「あかんか?」
「恰好いいとは思うが」
「帝国海軍の方がええか」
「私としてはな」
「それでその制服か」
「夏は白だ」
そちらを着るというのだ。
「薄い生地にしたな」
「あの白い軍服か」
中里は山本五十六等がその軍服を着ている写真を思い出した、それと共に海自のことも思い出して言った。
「今も海自さん着てるな」
「そうだな」
「夏はあれか」
「あまりにも暑いと略装を着るがな」
「そっちは海自さんやな」
「夏に長袖はどうしても辛い」
幾ら好きな服でもというのだ。
「だから略装を着る」
「成程な」
「ただ前から思ってたけど」
ここで綾乃が吉川に尋ねた。
「白い制服って汚れ目立つから」
「そのことだな」
吉川は今はこちらの世界なので綾乃への口調は普通のものになっている。
「それは私も気をつけている」
「やっぱりそうなん」
「特にカレーを食う時はな」
まさにその時はというのだ。
「かなりな」
「カレーはなあ」
芥川が言うには。
「白い服着てる時は地雷みたいなもんや」
「大好物だが」
「やっぱり注意してやな」
「食べている」
そうだというのだ。
「そうしている」
「やっぱりそうか」
「そうだ、ちなみにカツカレーとシーフードカレーが好きだ」
そのカレーの中でもというのだ。
「今日は食堂でシーフードカレーを食べたい」
「あのカレーか」
「そうだ、なければカツカレーだ」
そちらを食べるというのだ。
「そう考えている」
「そうか、そういえばカレーも」
ここでだ、中里はあることに気付いた。その気付いたことは一体何かといと。
「海軍からやったな」
「そうだ」
その通りだとだ、吉川も答えた。
「あちらの世界でもよく食べている」
「シーフードカレーをか」
「そうしている」
そうだというのだ。
「美味いうえに栄養もある」
「そやからか」
「カレーはいい」
「あちらの世界でもか」
「かなりな、それでここに三人で着た理由を聞きたいが」
「ただ会いに来ただけや」
中里は吉川に明るい笑顔で答えた。
第二十話 現実の世界でその十一
「それだけやからな」
「特にか」
「気にせんでくれたら有り難いわ」
「そうだと思っていた、あちらの世界のことはだ」
「あっちの世界で話すしな」
「学科が違う」
同じ高校でも学科が違うと別の学校だというのだ、だから彼等も本来は学園では交流はない。
だからだ、ここに来た理由がわからなかったのだ。
「それで来たのだからな」
「そやからそう思ったんやな」
「そうだ、それとだ」
「それと?」
「私のことで聞きたいことは」
「まあな、これといってな」
直接、というのだ。
「なかったんや」
「本当に会いに来ただけか」
「そうや、まあ聞きたいことがあるっていうとな」
強いて言うならというと。
「自分将来はやっぱり」
「就職という考えもあるが」
しかしというのだ。
「出来れば大学に行きたい」
「八条大学のか」
「海洋学部にな、そしてだ」
「船乗りになるか」
「そう考えている」
まさにというのだ。
「将来はな」
「そうか、あと趣味は何や」
「釣りとぬいぐるみ集めだ」
「ぬいぐるみ好きか」
「妹が好きでな」
「自分もか」
「好きだ、家の部屋に何十とある」
これまで集めたぬいぐるみ達はというのだ。
「大小な」
「意外な趣味やな」
「可愛いものは好きだ、あと愛読書だが」
そちらはというと。
「司馬遼太郎とルイス=キャロルだ」
「アリス好きなんやな」
「かなりな」
「別にロリでもないやろ」
「女性は年上の先生やOLさんだ」
そちらの嗜好だというのだ。
「人妻さんには手を出さないが」
「それアウトやし」
綾乃がそれを言ってきた。
「人妻さんは」
「私もわかっている」
「そやったらええけど」
「まあキャロルさんはロリ趣味あったみたいやけどな」
芥川はここでこの話をした。
「幼女の裸の写真撮ってたし」
「それガチで犯罪やろ」
「当時ではそうやなかったし親御さんの承諾を得てた」
そのうえで撮影していたし直接手を出すこともしなかった、キャロルは本職の学者に相応しい紳士だった。この辺り性犯罪者が異常な割合で多い日本の教師達の多くと違う。
「確かに今やったらめっちゃやばいけどな」
「当時はか」
「そうや、直接手を出さん限り罪に問われんかった」
「そうやねんな」
「確かにロリ趣味やったと思うけどな」
それでもというのだ。
「紳士やったのうは事実や」
「撮影だけか」
「そこで止まってたみたいや」
「まあ今やったら撮影だけでやばいけどな」
普通に犯罪と認識されるというのだ。
「当時はか」
「普通やったらしいわ」
「当時そんだけロリが多かったんか?」
「そこまでは知らんけどな」
「それでもか」
「結構おったっていう話も聞いた、しかもな」
芥川はこのことも言った。
第二十話 現実の世界でその十二
「親御さんにはちゃんと了承得てた」
「裸の写真撮らせてもらうってか」
「そや、そやからな」
「人間としてはか」
「趣味は今から見たらともかくとしてな」
幼女の裸の写真を撮影するそれはというのだ。
「折り目正しい紳士やった」
「それは間違いないか」
「しかも知的な、な」
この要素もキャロルにはあったというのだ。
「オックスフォードで学者さんやったしな」
「オックスフォードやったか」
「そこで成績優秀でな」
「学者さんになったんか」
「理系のな」
「へえ、語学ちゃうんか」
このことには中里も少し驚いた。
「あんだけ言葉遊び多いのに」
「原語やともっと凄いみたいやな」
日本語訳のものよりもというのだ。
「相当遊んでるらしい」
「それで語学かって思ったけどな」
「理系の人やった、生活はめっちゃ質素やったらしい」
「そうやったんか」
「一生を穏やかに過ごしてや」
そのうえでだったというのだ。
「そうした作品も残したんや」
「むしろアリスで有名な人やな」
本業よりもとだ、中里は実際にこうも思った。
「学者としては知らんけど」
「まあそうなるな」
「それで吉川は、か」
「アリスはどちらも読んだ」
吉川ははっきりと答えた。
「不思議も鏡もな」
「そうなんやな」
「君も一度読むといい」
中里を見て勧めた。
「悪いことにはならない」
「そうか、時間あったらな」
「読んでみるな」
「そうすればいい、そしてまだ話すことはるか」
「もうないわ、それにな」
芥川が吉川のその問いに答えた。
「もう僕等のクラスに帰らんとな」
「授業だからだな」
「二時間目終わってすぐに来たけどな」
普通科の三年生の校舎から水産科の方までだ。
「そのこともあるし」
「今戻った方がいいな」
「そうや、そやからな」
「また、だな」
「何かあったらこっちに来てええか?」
「構わない、ではだ」
「あちらの世界でまた会おう」
確かな顔でだ、吉川は三人にこう挨拶した。
「そうしよう」
「ああ、今夜もな」
「ではな」
最後にあちらの世界での再会を約した挨拶をしてだった、四人は別れた。そして中里達は自分のクラスに戻るが。
その帰路だ、芥川はこんなことを言った。
「次の休み時間は二年や一年のとこ行ってな」
「そこにいる星の連中とやな」
「会いに行こうな」
「わかった、ほなな」
「後や」
芥川はさらに言った。
「わかってると思うけど僕等星のモンは色々な勢力に分かれてるからな」
「敵もおるな」
「そや、この学園は世界中から人間が集まってるやろ」
「生徒も先生も職員さんもな」
「そやから世界中から星の奴が集まってる」
「つまり星の奴は全員この学校の人間か」
「生徒ばっかりや」
彼等はというのだ。
「そうなってるわ」
「何でそうなってるかはわからんか」
「ああ、考えてみたら不思議なことやけどな」
「そやな、それでもそうなってるんやな」
「ああ、あと自分これまであっちの世界では浮島に行ってないやろ」
芥川は中里にあちらの世界のことも話した。
「そやろ」
「まだな」
その通りだとだ、中里も答えた。
「ないわ」
「そやな、そやからな」
「今夜は浮島に行くか」
「陸地からは見えてるけれどな」
それでもというのだ。
第二十話 現実の世界でその十三
「まだ行ったこともないやろ」
「そやからか」
「浮島案内するわ」
「そうしてくれるか」
「ああ、あとな」
「あと?」
「その浮島の話をじっくりするからな」
あちらの世界の特徴の一つであるその島々の話をというのだ。
「楽しみにしといてくれや」
「わかったわ」
「浮島も結構大きい島あってな」
綾乃も中里に話した。
「人もよお住んでるで」
「そやねんな」
「お水に草木、資源もあってな」
「産業もあるか」
「そやで、それでうち等は関西で一番よおさん浮島持ってるねん」
「成程な」
「それでな」
綾乃は中里にさらに話した。
「浮島の取り合いもあったりするんや」
「勢力同士でか」
「賊もいたりするし」
「浮島も一緒か」
「そうや、戦があったりするで」
「あっちの世界にある限り戦からは逃れられんか」
「賊からもな」
その彼等からもというのだ。
「おったりするから」
「戦とか征伐もか」
「あるで」
実際にというのだ。
「浮島でもな」
「人がおるなら同じか」
「そうや、それでや」
「このこともやな」
「あっちの世界でやってくからな」
「今は領内の浮島は全部安定してるねん」
綾乃もここで中里に話した。
「賊がおったりした島もあったけど」
「そうやったんか」
「賊は全部成敗したし」
「治安がよおなったか」
「そやねん、あと浮島日本やとうち等が一番よおさん持ってるから」
「浮島もか」
「その分政が必要やで」
「そのことも覚えておかなあかんな」
中里はあらためて思った、これまで浮島のことは考えていなかったがそれが変わったのである。
「これからは」
「そういうことでな、それとな」
「それと?」
「浮島動かせるから」
「えっ、ほんまかいな」
「神星は出来るねん」
つまりここにいる三人はというのだ。
「これも神星の力でな」
「浮島をかいな」
「そや、動かせるねん」
「速度も結構速く出来るで」
芥川も中里にこのことを話した。
「そやから巨大な陣として動かすことも出来る」
「それは凄いな」
「ただ、当然ながら大がかりやしでかい島を動かす分だけ力も使う」
「気力を使ってか」
「疲れるっちゅうこともわかっておいてくれや」
「わかったわ、しかし気力使うつってもな」
そのことを聞いてもだ、中里は驚きを隠せない顔で芥川と綾乃に言った。
「島動かすって半端やないな」
「神星の切り札や」
「そうなんか」
「ああ、そやからいざって時はな」
「それを使ってか」
「戦うこともあるかも知れんからな」
芥川はこう中里に話した。
「今までそうした話は日本とかではないけどな」
「うちではか」
「ああ、僕も綾乃ちゃんも動かしたことはないわ」
「けどそれ日本での話やろ」
シビアな顔になってだった、中里は芥川に返した。
「他の国ではあるやろ」
「ああ、ロシアとかインドではな」
「またその二国か」
「動かしてそうしてな」
「敵を攻めたことがあるんか」
「どっちもな、けど他の勢力の神星の奴はしたことない」
ロシアやインドの神星の者達だけだというのだ、これまで浮島を動かしたことがある者達は。
「まあ実験ではやってるけどな」
「実際に出来るかどうかか」
「このことも覚えておいてくれるか」
「浮島のそうしたことやな」
「これからの為にな」
「覚えること多いな」
「ああ、ほな次は地の星や人の星の連中のとこ行くで」
芥川は中里に次の休み時間で行く場所と会う者達のことも話した、そのうえで今は彼等の教室に戻った。こちらの世界での彼等はあくまで日常の中にいる。
第二十話 完
2017・6・2
第二十一話 地の星達その一
第二十一話 地の星達
中里達は二年生の校舎に来た、中里はその二年生の校舎の中に入って共にいる綾乃と芥川に言った。
「懐かしいな」
「去年までここにおったしな、うち等」
綾乃が中里の今の言葉に応えた。
「そう思うとな」
「ああ、懐かしい場所や」
「そやな、大昔におった気分や」
「この前までやった筈やのに」
いささかしみじみとしてだ、中里はこうも言った。
「ほんま大昔におった気分や」
「不思議やわ」
「ああ、遠い昔に思えるわ」
「そんなもんかも知れんな」
芥川もこの前までいた校舎の中を見回しつつ感慨を見せていた、三人で校舎の中を歩いて星の者達がいるクラスに向かっている。
「人間今いる場所に慣れるとな」
「前いた場所は懐かしく感じる様になるんか」
「記憶になってな」
「記憶か」
「ああ、頭の中のな」
それになるというのだ。
「そうなってな」
「それでか」
「ああ、変わるんや」
「成程な」
「一年の校舎にも行くけどな」
「その時は余計にか」
「懐かしく思う筈や」
こう中里に話した、綾乃を入れて三人でその懐かしい校舎を歩きつつ。
「僕も今懐かしく思ってるしな」
「自分も実際にか」
「ああ、一年前はここにおったな」
実際に郷愁がその言葉の中にあった。
「それでこうして歩いたわ」
「そういえば去年ここでな」
中里はこんなことも言った。
「丁度この場所で人とぶつかった」
「それは誰でもあるやろ」
「坂口とな、けどその時はお互いに悪いって言ってな」
「それで終わりやったか」
「そうやったわ」
「まさかお互いに星のモンになるとは思わんかったやろ」
「全然や」
それこそとだ、中里は芥川に返した。
「思わんかったわ」
「そやろな」
「うちもここで人とぶつかってこけて」
綾乃も言った。
「それで尻餅ついてショーツ丸見えになってもうたわ」
「それはかなり恥ずかしいな」
「朝の遅刻遅刻って駆けての展開やな」
二人は綾乃のその話を聞いてこう話した。
「曲がり角でぶつかってな」
「それめっちゃ古典な展開やな」
「実際にこの展開で書く人少ないみたいやな」
「古典過ぎてもう誰も描かんやろ」
「幸い女の子やったさかい」
そのぶつかった相手はというのだ。
「見られても困らんかったけど」
「それは不幸中の幸いか」
「そやな」
「そやったわ、ちなみに女の子あっちの世界でも下着変わらへんで」
綾乃は二人にここでこのことも話した。
「男の子はわからんけど」
「いや、それ僕等もやし」
「皆トランクスかボクサーや」
そうした下着だというのだ、男の方は。
「そやからな」
「特に変わらんで」
「下着はそやねんな」
綾乃は二人の話を聞いて頷いて言った。
「そこも面白いな」
「というかや」
中里はやや首を傾げさせつつ綾乃に返した。
第二十一話 地の星達その二
「それぞれの種族で下着の形も微妙にちゃうな」
「尻尾がある種族も多いしな」
「うちでもそうやしな」
「そうした種族の下着は後ろに穴があるやろ」
「尻尾を出す穴がな」
「あとそうした下着を作る技術があるんやな」
「そやで」
まさにというのだ。
「あっちの世界やとな」
「色々な技術が混ざってる世界やな」
「そやな」
「ゴムもあるしな」
錬金術や科学から生み出されたものだ、それであちらの世界にはゴムを使ったものも多くあるのだ。
「そこはこっちの世界とちゃうな」
「昔のな」
「そやな、ほんまに」
「しかし、女の子の下着もそのままか」
この世界のブラジャーやショーツだとだ、中里はそこに感じるものがあってそれで言うのだった。
「さっき面白いって言うたけどな」
「実際に面白いな」
「ほんまにな」
「ちなみに水着もあるから」
「そっちもか」
「うちもあっちの世界やと色々水着持ってるわ」
綾乃は水着の話をにこにことして話した。
「ワンピースにビキニにな」
「綾乃ちゃん泳ぐの好きやったんか」
「いや、泳ぐのあまり得意やないで」
「それでもかいな」
「水着は持ってるねん、ファッションや」
それで持っているというのだ。
「うちはな」
「そやねんな」
「こっちの世界では学校の競泳水着以外は二つ持ってるだけやけど」
「二つあったら充分ちゃうか?」
「青いワンピースと白のスカートになってるビキニとな」
その二つだというのだ。
「それだけ持ってるわ」
「そんであっちの世界やとか」
「十四持ってるで、下着も二十セットあるわ」
「下着めっちゃ多いな」
「実は下着集めるの好きで。こっちの世界でもよおさん持ってるわ」
言わなくていいことをだ、綾乃はにこにことしながら自分から話した。
「ほんまにな」
「そやねんな」
「そうやで」
「何かあっちの世界のことまだまだ知らんな」
中里は下着の話も聞いてだ、このことを自覚した。
「勉強が足らんな」
「勉強してもわからんこともあるわ」
芥川は考える顔になった中里に話した。
「さらに聞いたり実際に見てな」
「よりよくわかっていくんか」
「そういうもんや、浮島の話もあっちの世界での下着や水着のこともな」
「聞いてか」
「わかるもんや、それでこれでわかったな」
「ああ」
実際にとだ、中里は芥川に答えた。
「ほんまにな」
「そういうことでな、ほな二年の連中に会いに行くで」
「わかったわ、そういえば今のうちの勢力は二年や一年の奴多いな」
星の者でとだ、中里はこのことを言った。
「そやな」
「そうやろ、天のモンよりもな」
「そうなってるな」
「それで結構会う奴多いからな」
「そうやな」
「まずはA組に行こうか」
二年のこのクラスにというのだ。
「そうしよか」
「さて、誰に会うかやな」
中里はやや期待して言った、そしてだった。
そのA組に入った、するとそこには中原と正岡がいた。中原は濃紺のブレザーとグレーのズボンの制服で背は一七〇程の少し太った外見で髪の毛は黒く短い。やや丸い顔をしている。正岡は黒髪を後ろで束ねている面長の顔だ。制服はグレーの七つボタンの制服である。その二人を見てだった。
第二十一話 地の星達その三
芥川は首を傾げさせてだ、こう言った。
「自分等確か」
「はい、商業科です」
「そこぜよ」
「ここ普通科やろ」
「はい、実はです」
中原が答えた。
「二人共夏目に話すことがありまして」
「それで来たぜよ」
「そうなんか、ちなみにこの二人同じクラスや」
芥川はここで中里に話した。
「商業科のA組や」
「二年のやな」
「そや」
「そうか、そのこと覚えたわ」
「そういうことでな」
「それで夏目君に何の用があるの?」
綾乃が二人に問うた。
「それで」
「はい、借りている漫画を持ってきました」
「二人共ぜよ」
「それでかいな」
「そうです」
「それで商業科から来ているぜよ」
二人で綾乃に話す、そしてだった。
夏目が来た、見ればやや吊り目で細面の痩せた茶髪の男だ。背は一七七程で制服は濃い青のブレザーとズボンだ。二次大戦中のドイツ空軍将校のものだがズボンは乗馬ズボンではない。
その彼がだ、三人に挨拶からこう言ってきた。
「どういったご用件でしょうか」
「ちょっとこっちの世界ではどうかってな」
「顔に見に来てくれたのですか」
「そうや、しかしな」
「喋り方ですね」
「こっちでは公家言葉やないねんな」
「はい、公達ではないので」
だからだとだ、夏目は中里に答えた。
「だからです」
「それでやな」
「はい、あちらはあちらで」
「こっちはこっちやな」
「そうです」
こう言うのだった。
「ですからそういうことで」
「口調はやな」
「承知して下さい」
「わかったわ」
中里は微笑んで夏目の言葉に頷いた。
「そういうことでな」
「はい、それでは」
「それで何の漫画借りてたん?」
綾乃は中原と正岡にこのことを尋ねた。
「一体」
「はい、こち亀です」
「その漫画ぜよ」
二人は綾乃のその問いにすぐに答えた。
「残念ながら終わったけれどぜよ」
「今も読んでいまして」
「わし等最近夏目と一緒に読んでるぜよ」
「持っていない巻を交換し合っています」
「何しろ二百巻ありますので」
夏目も綾乃に話す、見ればその顔の釣り目は確かに狐のもので顔の白さも白狐を思わせる。
「三人共それぞれ持っている巻とそうでない巻がありまして」
「お互いにやな」
「はい、貸し借りをして読んでいます」
「二百って凄いな」
綾乃はその巻数に正直に驚いていた。
「想像を絶するわ、王家の谷以上やん」
「その漫画も長いですね」
夏目は綾乃が出したその作品についても反応した。
「相当な歳月がかかっていますね」
「もうどれだけなるかな」
「ガラスの仮面も長いですが」
「パタリロもな」
「ガラスの仮面はまだ続いちょるんか」
正岡はこのこと自体に驚いて言った。
第二十一話 地の星達その四
「わしのおかんが子供の頃読んでいたって言ってたぜよ」
「お母さんお幾つや」
中原はその正岡に彼女の年齢のことを聞いた。
「一体」
「四十三じゃ、高知のスーパーでパートしてるわ」
「お若いな」
「十九歳で結婚して兄さんと三人の姉ちゃん産んでるぜよ」
「五人兄妹なんやな」
「わしはその兄妹の末っ子ぜよ」
そうした立場だというのだ。
「おとんは網元で結構なお金を持ってるぜよ」
「それは知らんかったわ」
「おまんには今はじめて話したぜよ、それでぜよ」
「そのお母さんがやな」
「小学生、西武ライオンズが鬼の様に強かった時代ぜよ」
まさにその頃にというのだ。
「読んでいたぜよ」
「それでまだなんやな」
「続いているのが驚きぜよ」
「あの漫画まだやってるから」
ここでまた言った綾乃だった。
「完結編に入ったの何時やろ」
「ある意味凄い漫画ですね」
夏目もこの漫画がまだ終わっていないことに驚きの言葉を表情にも出しながら話した。
「よくパロディの画像を観ますが」
「あの目が真っ白になった顔やな」
「はい、それを」
「まだ終わってないから」
「凄いですね」
「あの漫画とパタリロと王家の谷の最終回まで観るで」
綾乃は笑って二年生の面々に話した。
「これからも」
「そうですか」
「うちの夢や、そんで今日来たのは中里君が星の人等のこっちの世界ではどんなのか観たいってことでやけど」
「自分等も見させてもらったわ」
その中里の言葉だ。
「仲ええんやな」
「はい、前まで敵同士でしたが」
「クラスでは友達同士ぜよ」
中原と正岡の二人が明るい笑顔で中里に話した。
「この通りぜよ」
「仲良くしています」
「僕も含めて。ではあちらの世界でまた」
「宜しくな」
こう二人で話してだ、三人は彼等に別れを告げてだった。
次のクラスに向かうことにした、ここでまた芥川が中里に言った。
「次はC組に行こうな」
「そこにまた星の奴がおるんやな」
「ああ、とはいっても今度はな」
「味方やいないな」
「今のところはな」
そうした者達だというのだ。
「そうや」
「っていうとや」
「ああ、東海の連中や」
その勢力の面々だというのだ。
「その連中やけどええな」
「別にこっちの世界では何もないやろ」
中里は平然とした顔で芥川に返した。
「そやろ」
「ああ、別にな」
「ほな会ってもな」
「あっちはあっちでか」
「こっちはそうしたことでええやろ」
少なくとも自分達はというのだ。
「そう思うけどな」
「そういうことになるな、そやったらな」
「今から行くか」
「そうしよな」
こう話してC組に行く、するとだった。
そこに日焼けした肌に切れ長の目を持つ見事な茶色のロングヘアの少女がいた。背は高く胸が白を基調としたブレザーとミニスカートの制服によく似合っている。ミニスカートから出ている脚もかなり奇麗だ。顔立ちはアジア系のものであるが鼻は高い。
第二十一話 地の星達その五
その少女がだ、中里達を見て最初は意外という顔で言った。
「またどうして」
「こっちのクラスに来たかやな」
「こちらの世界では何もない筈ですが」
「というかはじめて会ったな」
中里はその少女、雅に対して笑って言った。
「司馬雅ちゃんやろ」
「はい」
雅もこう答えた。
「そうです」
「そやな、こっちの世界でも外見変わらんな」
「テニス部で日焼けしていまして」
雅はまずは肌の色のことを話した。
「髪の毛は地毛です、オランダ人の母の影響です」
「ハーフかいな」
「そうです、染めてはいないです」
その見事な茶色の髪の毛はというのだ。
「特に」
「そやねんな、えらい目立つ外見やな」
「よく言われます、肌の色はあちらでも同じですね」
「ダークエルフでな」
「そうですね、しかし特に何もですか」
「ないで」
「只の顔見世ということになりますか」
雅はこう解釈した。
「そうなりますか」
「まあそやな」
「わかりました、正直安心しました」
「喧嘩売りに来たって思ったか?」
「戦はともかく暴力は好きではないので」
雅としてはというのだ。
「ですから」
「そうなんやな」
「はい、暴力では何も解決しません」
それ故に暴力は嫌いだというのだ。
「戦においても戦いますが」
「捕虜や民衆にはやな」
「一切手出しをしてはいけませんとです」
強い口調でだ、雅は中里に話した。
「考えています」
「そこはしっかりとしてるんやな」
「いけませんか」
「それが正しいわ、武器持たんもんいじめてどうなる」
中里もそうしたことは嫌いなのでこう言った。
「ほんまにな」
「そうです、ですから」
「そこは徹底してるか」
「我が勢力も、それはあちらの世界の話で」
「こっちの世界でもか」
「曲がったことはです」
つまりいじめ等人の道に外れた所業はというのだ。
「しません」
「そうか、あと自分の言葉やけど」
ここで中里は雅のそれについて言った。
「敬語やけど方言入ってるな」
「静岡のですね」
「そや、それがな」
「はい、生まれは静岡です」
雅は実際にだとだ、中里に微笑んで答えた。
「素晴らしい場所です」
「そうらしいな」
「豊かな場所ですし」
「今川義元さんの時代からやな」
「そうです、実家に帰れば」
その時はとだ、雅は中里に微笑んで話しあt。
「よく遊んでいます」
「そうなんやな」
「はい、そうです」
「それで自分は岐阜やったな」
芥川は滝沢に声をかけた。
「そやったな」
「そうです、少し田舎ですがライトノベルの舞台にもなった街の生まれです」
「農業高校のあるか」
「そうです」
まさにそこのというのだ。
第二十一話 地の星達その六
「いい場所です、そして僕もですね」
「方言出てるな」
「それはどうしてもですね」
「岐阜の言葉やな」
「そうです、名古屋の言葉とはまた違いますね」
「ああ、確かにな」
近いから似ているのは当然だ、それで芥川も言うのだった。
「またな」
「食べものもまた違いますし」
それもというのだ。
「そこは覚えておいて下さい」
「わかったわ、ほな今度岐阜の名物も頂こうか」
「是非共」
「しかしあれやな」
今度は綾乃が言った。
「東海は戦国の有名人よおさんおる地域ばっかりやな」
「そういえばそやな」
中里は綾乃のその言葉にも頷いた。
「愛知、静岡、長野、山梨、岐阜ってな」
「全部な」
「静岡は今川義元さん、岐阜は斎藤道三さんで」
「山梨は武田家、長野は真田家」
「愛知は言うまでもないわ」
「いえ、それ以前と以後は」
困った顔になってだ、滝沢は二人のその顔に対して言った。
「あまり、ですから」
「いや、そう言ってもな」
「東海戦国めっちゃ凄いからな」
「信長の野望でどれだけ出て来たか」
「そう思うとな」
「何かがちゃうで」
「今はこれといってです」
雅もこう言う、それも恥ずかしそうに。
「いないので」
「そやからか」
「自慢せえへんか」
「はい、棟梁はいつも信長さんを言われますが」
だがそれでもというのだ。
「私達はどうもです」
「そやねんな」
「はい、私達は違います」
「棟梁は織田信長さんを尊敬しています」
滝沢は坂口のそのことも話した。
「だからです」
「いつも信長さんの話をするか」
「あときし麺にういろうに味噌料理と海老、モーニングに」
「名古屋名物ばっかりやな」
「そしてドラゴンズもです」
このチームというのだ。
「よくお話していますが」
「根っからの名古屋人か」
「声優さんでは櫻井孝宏さんがお好きだとか」
「ああ、あのいけてる声優さんか」
「あの人もお好きです」
「愛知の人やからか」
「仮面ライダーの人では天野浩成さんです」
この人も好きだというのだ。
「とかく名古屋愛の強い人です」
「それで話もか」
「名古屋のお話が多いです」
「そやねんな」
「落合さんも尊敬されていまして」
元監督の俺流の人もというのだ。
「そうした話題が非常に多いです」
「今日会いに行ったで」
綾乃は二人にこのことを話した。
「きし麺食いに行こうって言ってたわ」
「棟梁らしいですね」
「私達にもいつもそう言われます」
「他には味噌カツ、味噌煮込みうどんもありますが」
「鶏もお好きで」
「自分等にもそうか、しかし坂口君は結構以上に名古屋人やけど」
綾乃はこうも言った。
「自分等はまたちゃうな」
「あの方の名古屋愛は別格ですから」
「どうにも」
二人は彼については苦笑いで話した。
第二十一話 地の星達その七
「立派な方なのですが」
「名古屋第一過ぎます」
「郷土愛やな」
「はい、ですから昨今のドラゴンズについては」
「かなりです」
不満を持っているというのだ。
「ですからお話はされない方がいいです」
「今のドラゴンズのことは」
「昨日巨人に勝ったけどな」
綾乃は坂口がいないので話した。
「二十対零でな」
「ですが五位です」
「巨人の最下位は別格としまして」
それも五位中日とは二十ゲーム離れた圧倒的最下位だ、チーム打率一割防御率六点ホームラン盗塁共に十二球団最低エラーは十一球団を合わせただけという最高の巨人に相応しい最下位だ。
「五位、Bクラスであるのが」
「嫌やねんな」
「ファンとして」
「東海は大体ドラゴンズですが」
滝沢はまた言った。
「ですが棟梁はです」
「熱狂的か」
「そうやねんな」
「はい」
その通りだというのだ。
「ですから」
「野球のことも熱中するからな」
「それはわかるわ」
「ほんまにな」
三人共だ、このことは理解出来た。
「僕等も阪神ファンやし」
「阪神の調子が悪いと嫌やし」
「阪神すぐに信じられん負けするし」
阪神の悪しき伝統と言うべきか。
「その気持ちわかるわ」
「昔の巨人みたいに勝って当たり前ってないし」
「そう思うのって傲慢やしな」
「その傲慢祟って今は万年最下位やけど」
「親会社衰退してお金もなくなって」
「悪事が全部ばれて有望な選手がドラフトも辞退していって」
まさに全世界の良識ある者達の願いが適ったのだ、弱い巨人何という甘美な響きの言葉であろうか。
「人気もガタ落ち」
「観客動員数年間五十万位になったし」
「ええ感じになってるな」
「ですが優勝して欲しいとのことで」
そう思ってとだ、雅は三人に話した。
「最近不機嫌です」
「ややこしい話やな」
そう聞いてだ、綾乃は実際に難しい顔で応えた。
「それはまた」
「私もそう思います」
「ほんまにな」
「棟梁のそうしたことはお気をつけ下さい」
「わかったわ、あとな」
「あと?何でしょうか」
「雅ちゃんスタイルええな」
綾乃は彼女のそのことにも言及した、言いながら自分より高い長身と制服の上からでもわかる見事な胸とくびれたウエスト、そしてすらりとした生脚を見て言うのだった。
「モデルさんみたいや」
「そうでしょうか」
「顔も奇麗やし、お尻からな」
「きゃっ!?」
雅は思わず声をあげた、綾乃が自分の腰に手を回してきて制服の上から尻を触って来たからだ。
それでだ、驚いて綾乃に言い返した。
「何をするんですか、一体」
「いや、あんまりスタイルええから」
「だから触ったんですか」
「私もそんなスタイルになりたいわ」
「そんなことを言われても」
「男の子にもてへん?」
「いえ、特に」
「そやねんな、けどそのスタイルやとモデルさんになれるで」
そこまで見事だというのだ。
第二十一話 地の星達その八
「ほんまにな」
「そうでしょうか」
「うちが保証するわ、芸能プロにでも入ってな」
そうしてというのだ。
「なってみたら?」
「それは」
「考えるのも悪くないで」
触られてまだ恥ずかしそうにしている綾乃に笑って言う、そしてここで芥川が次のところに行こうと言ってだった。
実際に今度は工業科、井伏と山本のところに行こうとした。だがここで芥川が言ってきた。
「今あの二人玲子ちゃんと一緒に体育科と工業科の校舎の屋上におるらしわ」
「そこにか」
「ああ、そこで三人でカード遊びしてるらしい」
こう中里に話した。
「そやから屋上行こうか」
「そうか、っていうか玲子ちゃんあの二人と付き合いあるんか」
「みたいやな、ほな屋上行こか」
「そうしよか」
二人で話す、そしてだった。
綾乃も入れて三人で体育科と工業科の屋上に向かった、するとそこにだった。角がなくなった玲子と大柄で力士の様な外見の男とやはり背が高く引き締まった身体と顔の男が車座で座っていた。
玲子はくるぶしまでのスカートにセーラー服だった、昔ながらの所謂スケ番の恰好だった。そして後の二人もだ。
大柄の男は角刈りで背は一九〇はある、顔は岩の如くでがっしりとした体格だが目は穏やかだ。制服は黒の詰襟の長ランだ。
引き締まった身体の男は背は一八〇位でハイカラーの黒い長ランで前のボタンを第二まで開けている、頭はざんぎりで目は鋭い。その三人が中里達に名乗った。
「円地玲子だよ」
「井伏秀幸です」
「山本剛です」
三人共名乗る、中里はその三人にこう言った。
「三人共懐かしい恰好してるな」
「ははは、先輩から見てもだよな」
「昭和の不良か」
「あたしはどうもそうした格好が好きなんだよ」
玲子が笑って言う、見れば片膝を立てて座っている姿勢だ。
「それで」
「そうした制服を着てるんか」
「校則違反じゃないからね」
こうした制服もあるのだ。
「だからね」
「その制服かいな」
「そうさ」
中里に笑って話した。
「似合ってるかい?」
「まあな、その髪型にもな」
黒いロングヘアだ、右手にはカードがあるがそれを花札に変えれば見事な昭和のスケ番である。
「完璧にな」
「それは嬉しいな」
「二人もな」
中里は井伏と山本にも言った。
「昭和の不良やな」
「こうした服装が好きで」
「着ています」
井伏と山本は広島弁で中里に応えた。
「校則違反の制服ではないです」
「そのことは断っておきますわ」
「そうか、けどほんま見てたらな」
今の三人をというのだ。
「レトロやな」
「これでも三人共真面目やで」
ここで芥川が彼等のことを話した。
「授業はさぼらんし煙草もシンナーもせんしな」
「格好はともかくとしてか」
「そや、いじめもカツアゲも万引きもせん」
「そうした曲がったことは嫌いだよ、あたし達」
玲子もそれはと言う。
「もっともあたしは授業全部寝てるけれどね」
「だから成績悪いんか」
「全教科追試ってこともあったよ」
中里に笑って言う。
「何とか進級出来たけれどね」
「ほんまに勉強はあかんねんな」
「ああ、教科書とかノートを開いたこともさ」
それすらというのだ。
第二十一話 地の星達その九
「小学校の時からないしな」
「あさりちゃんか」
中里はここまで聞いて思わず漫画のキャラクターの名前を出した。
「それも高校時代の」
「ああ、スポーツだけで進学したんだよな」
「お姉さんと同じ学校にな」
優等生である彼女とだ。
「ある意味凄い娘や」
「そういえばそっくりだね、あたしは」
「外見ちゃうけどな」
「あたしも姉貴いるしね」
笑って自分の家庭のことも話した。
「これが抜群に頭よくてさ」
「そのことまでそっくりなんか」
「そうなんだよ、ただ滅茶苦茶優しいんだよ」
「そこは違うか」
「その漫画じゃ喧嘩する程だけれどな」
確かに言い合って喧嘩ばかりの姉妹だがよく見るといつも一緒にいる。
「あたし姉ちゃんにいつも甘やかしてもらってるな」
「そうなんだな」
「ただ、怪我には注意しろって言われてるな」
「正直スポーツの人間が怪我したら終わりやろ」
「そうそう、それでさ」
「怪我にはやな」
「注意しろっていつも言われてるさ」
その様にというのだ。
「本当にな」
「ええお姉さんやね」
綾乃もここまで聞いて言った。
「そこはほんまあさりちゃんとちゃうな」
「あと煙草は吸うな、飯はバランスよくたっぷり食え、水分補給は欠かすな何かする前は絶対に準備体操をしろ」
「いつも言われてるんやな」
「そうなんだよ、これがさ」
大きな口をこれまた大きく開けて笑って言った。
「あたしもそれ受けていつもな」
「準備体操とかもやな」
「してるんだよ、飯にも気をつけてるさ」
「そうしてるんやな」
「姉ちゃん、それ父ちゃんと母ちゃんがいてさ」
つまり両親もいてというのだ。
「今のあたしがいるんだよ」
「つまり家族が大事なんやな」
「それとダチな」
この言葉と共に井伏と山本を見た。
「この二人にしてもな」
「学科は違うがのう」
「付き合いは深いしな」
「あっちの世界でも仲間になったしな」
「お互い大事にせんとな」
「部員だってな、仲良くしねえとな」
笑って言うのだった。
「ダチとも」
「そやな、それはな」
芥川も玲子のその言葉に同意して頷いた。
「自分のええとこや」
「ああ、あたしは確かに馬鹿さ」
自分で笑って言うのだった。
「けれど忘れたらいけないものはしっかりとな」
「覚えてやな」
「守らないとな」
「それでやな」
「家族とダチ、絆はしっかりとだよ」
それこそというのだ。
「守って生きないとな」
「そういうことやな」
「姉ちゃんに子供の時に言われてさ」
「守ってるんやな」
「ああ、ちなみに姉ちゃんすげえ美人だぜ」
姉のことをさらに話した。
「彼氏いるかどうか知らないけれどな」
「おらんかったらか」
「どうだい?」
芥川だけでなく中里にも言った。
「よかったらな」
「別にええわ」
「僕もや」
だが、だった。二人は玲子のその申し出にやや微妙な顔になってそのうえで彼女に返した。
第二十一話 地の星達その十
「急にそう言われてもな」
「心定めが出来てないしな」
「ちょっと考えさせてくれへんか?」
「話はそれからってことでな」
「わかったわ」
玲子も二人の返事に納得して返した。
「そやったら決めたらな」
「ああ、こっちから言うわ」
「その時にな」
「わし等には言わんのか」
「どうも腑に落ちんのう」
井伏と山本は三人のやり取りが一段落したのを見て玲子をわざとじろりと見てそのうえで彼女に言った。
「わし等も彼女おらんが」
「紹介はないんか」
「あんた達はアイドルの追っかけやってるだろ」
だからだとだ、玲子は二人にはこう言った。
「だからだよ」
「それでか」
「紹介せんっちゅうんか」
「そうさ、あと声優さんも好きだよな」
「アイリスが好きじゃ」
「わしはウェイクアップガールズじゃ」
二人共それぞれ好きな西友グループのことも言った。
「ちなみにアイドルは彩姉じゃ」
「まゆゆ最高じゃ」
「そっちに夢中だからな」
「紹介せんのか」
「リアル彼女は」
「幸せそうだしな、まああたしは菅原文太さんみたいな人が好きだな」
今度は自分の好みを話した。
「三国連太郎さんとかな」
「渋いな、それはまた」
玲子のその好みにだ、芥川は思わずこう返した。
「お二人共故人なんが残念や」
「今だとどうかね、やっぱり硬派だね」
「古いな」
「男は黙ってやることをやるってな」
そうしたタイプが好きだというのだ。
「野球選手だったら兄貴さんだよ」
「金本兄貴か」
「そうさ、ああしたタイプには痺れるね」
「兄貴か、ええのう」
「阪神に行ったけどな」
広島人の井伏と山本はこう言った。
「それでもわしは好きじゃ」
「今もな」
「そうだよな、漢っていいな」
「おう、しかし野球は負けん」
「広島が優勝じゃ」
「果たしてそう上手にいくかね」
玲子は広島東洋カープを出す二人にも余裕の顔で返した。
「阪神も負けないよ」
「そう言うて毎年勝ち越しとるわ」
「阪神には強いけえ」
「今年も勝たせてもらうけえのう」
「覚悟しとくんじゃ」
「今年は勝ち越すさ、まあ勝っても負けてもな」
どちらでもというのだ。
「正々堂々としないとね」
「ああ、漢ならな」
「絶対にじゃ」
「そうしないと駄目だね」
「好みわかりやすいな、ほんま」
三人全体を見てだ、久志は言った。
「この連中は」
「竹を割った、やな」
綾乃は三人をこう表現した。
「まさに」
「ほんまやな」
「裏表もなくてええ感じや」
「わし等はそういうの嫌いですけえ」
井伏が綾乃の今の言葉に応えた。
「裏表があったり陰日向があるのは」
「そのまんまやな」
「はい、誰に対しても」
「そういうのはいかんですけえ」
山本もこう言う。
「人としてどうか」
「それはそやな、裏表が強い人ってな」
どうしてもとだ、綾乃も言った。
第二十一話 地の星達その十一
「よおないわ」
「陰口とか叩いたりね」
玲子も言う。
「そういうのはよくないさ」
「ほんまやな」
「特に相手に聞こえる様に言うとね」
その陰口をだ。
「相手は一生覚えているだろうね」
「世の中そんなものやな」
「その時は軽い気持ちで言ってもね」
その聞こえる様な陰口をだ。
「相手は一生覚えてるだろうね」
「恨みは買うもんちゃうわ」
「誰に対してもね」
「その時軽く見てた人も十年後はわからんし」
そうしたこともあってというのだ。
「少なくとも恨み買ってええことはないわ」
「全くだよ、そうした裏表がある奴はね」
「恨みも買うやろな」
「そう思うよ、あたしも」
「そこは玲子ちゃんやな」
「そうした奴も見て実際有り得ないまでに嫌われてたよ」
「そういうことって女の方がきついしな」
芥川はこの言葉は真剣な顔で言った。
「何かとな」
「陰にこもっていてね」
「まあ男でも腐ったのおるけどな」
女の方が、と言ってもというのだ。
「そうした奴とは付き合うもんやないわ」
「全くだね、あたしはいじめはしないけれど売られた喧嘩は買うさ」
「そういう奴は売ってこんやろ」
その喧嘩をというのだ。
「大抵は」
「まあね、ダチがそういうことされて殴ってやったことはあるけれどな」
「こっちの世界でもか」
「ああ、何度かね」
「そこは自分らしいな」
「腐った奴にはなりたくないし嫌いでね」
実に玲子らしい言葉だった。
「そういう時は容赦しないさ」
「わしもじゃ、どうもな」
山本は苦り切った顔になって言った。
「そういうのは抵抗がある」
「自分もか」
「色々ありまして」
それでとだ、中里に応えた。
「それでなんですわ」
「そうなんか」
「はい、ほんまに」
こう中里に言い中里も突っ込みを入れなかった、そしてだった。
芥川がだ、中里と綾乃に言った。
「ほなんあ」
「ああ、次やな」
「次の子等のとこに行こうか」
「二年生はもう回ったしな」
今面識のある星の者達はというのだ。
「そやからな」
「一年生やな」
「そこ行こうな」
彼等のところにとだ、芥川は綾乃に答えた。
「そうしよな」
「そやな、それやったらな」
「これで一旦お別れだね」
玲子が笑って応えた。
「じゃあ先輩達またな」
「何時でもです」
「来て下さい」
井伏と山本も言ってきた。
「それで何かありましたら」
「何でも言って下さい」
「ほなな、また機会があったら来るわ」
また綾乃が応えた。
「よろしゅうな」
「はい、それでは」
「また」
こう話して、そのうえでだった。
綾乃達は三人と別れ二年生の工業科そして体育科の校舎を後にした。そうしてそのうえでだった。
第二十一話 地の星達その十二
三人と別れてだ、今度は一年の校舎に向かうがその途中で中里が芥川に尋ねた。
「ちょっとええか?」
「何や?」
「ああ、今星の連中と会ってるやろ」
「知ってる連中、付き合いのある連中とな」
「星の奴はもっと多いな」
「神星が十八でな」
今ここにいる彼等三人を含めてだ。
「それで天、地、人でな」
「七十二ずつやな」
「おるわ、あとな」
「あと?」
「何か他にもおるらしいな」
「その神と天、地、人以外にか」
「ああ、まだな」
こう言うのだった。
「そう聞いてるわ」
「そうなんか」
「ああ、その連中のことはよおわかってないけどな」
「まだおるんやな」
「そうらしいわ」
「その連中のこともおいおいわかるか」
「そうなると思うわ、まあ今はわかってる連中とだけな」
その星達のというのだ。
「会っていこうな」
「一年の連中もやな」
「そや」
まさにというのだ。
「その連中とだけ会いに行くで」
「わかったわ、ほなな」
「ああ、しかしほんまな」
ここでこうも言った芥川だった。
「広くて生徒の多い高校やな」
「大学もっと多いしな」
八条大学はとだ、中里はそちらの話もした。
「しかも広いし」
「この高等部よりもずっとな」
「ああ、けどこの高等部も世界屈指やったな」
その敷地面積の広さと生徒数はだ。
「そやったな」
「そや、それで今言うたんや」
「そういうことか」
「学科も多いし」
八条学園高等部は普通科だけではない。進学コースもあれば商業科、工業科、農業科、水産科、それに看護科とある。クラスも普通科も十以上ありそれぞれの学科も数クラスずつある。
「マンモス高校やな」
「文字通りのな」
「ちなみにあっちの世界マンモスもおるで」
綾乃がこの話をした。
「ナウマンゾウもな」
「ナウマンゾウもか」
「そや」
実際にというのだ。
「恐竜もおるし」
「そういえばトキとかコウノトリとか普通に見るな」
中里はここでこうした鳥達のことを思い出した。
「あと変わったキツツキも」
「あっ、気付いた?」
「何かちゃうなってな」
「それキタタキやで」
「キタタキ?」
「昔奏した鳥もおったらしいねん」
「へえ、そうなんか」
「あっちの世界絶滅した生きものも一緒におるねん」
そうだというのだ。
「川にもカワウソおるし海にはアシカがおるやろ」
「山には狼もやな」
「今のこっちの世界の日本は全部おらん様になったけど」
ただニホンカワウソやニホンオオカミはまだ目撃例もある、公式には絶滅したと言われているが。
「それでもな」
「あっちの世界ではおるか」
「そやねん」
そうだというのだ。
「それでナウマンゾウもおるねん」
「僕はまだ見たことないけどな」
「関西では少ないけど関東ではな」
そこではというのだ。
「結構おるで」
「そうやねんか」
「そうや、浮島にもおるし」
そうした生きもの達がというのだ。
「妖怪もおるし賑やかやで」
「そうした意味でも楽しい世界か」
「そやで」
「成程な、ほなそっちもな」
「見てやな」
「楽しもうな」
こうした話もしてだった、三人は今度は一年の校舎にも行くことにした。だがそれは次の休み時間の時のことだった。
第二十一話 完
2017・6・9
第二十二話 人の星その一
第二十二話 人の星
一年の校舎に行く時にだ、中里は芥川にこんなことを言った。
「今日忙しいな」
「休み時間はこうしてやからな」
「いつも出てるからな」
だからだというのだ。
「随分とな」
「そやな、けどな」
「こうした機会にか」
「顔を見に行くのもええもんや」
そうだというのだ。
「そやからな」
「こうしてやな」
「顔を見に行ってるねん」
「そういうことやな」
「そや、それとな」
「それと?」
「こっちの世界の顔とあっちの世界の顔を覚えるのもな」
それもというのだ。
「面白いやろ」
「確かにな、こっちの世界では人間でな」
「あっちの世界ではちゃう種族でな」
「立場も違って」
「その違いが面白いやろ」
「そやな、僕かてあっちの世界では鬼や」
自分の話もだ、中里はした。
「それで武将やしな」
「武士でな」
「そういうことを考えるとな」
「違いも面白いやろ」
「ほんまにな、しかもな」
さらに言う中里だった。
「それは僕だけやなくてな」
「他の連中もや」
「それを知ることもええな」
「そうやろ、二つの世界の違いはかなり面白いんや」
「その楽しみを見ることもか」
「ええことや、それで一年も行こうな」
「そやな」
中里は芥川の言葉に頷きそうしてだった。
一年の普通科の校舎に入った、ここでまたその中を観て言うのだった。
「ここも懐かしいわ」
「二年の時と一緒のこと言うな」
「ああ、ほんまにな」
実際にというのだ。
「入学してな」
「最初はここやったな」
「最初の数日はあれやったわ」
「あれ?」
「ああ、地に足がついてない感じやったわ」
そうだったというのだ。
「どうもな」
「浮かんでる感じか」
「それか夢の中におるかな」
そうしたものだったというのだ。
「何かな」
「それ僕もやったわ」
「私もやったで」
芥川だけでなく綾乃もそうだとだ、中里に話した。
「何かな」
「現実でない感じやったわ」
「この高校に入って」
「ちょっと夢みたいやったで」
「そやな、夢みたいやったな」
中里は二人の言葉を聞いてあらためて言った。
「最初は。けど」
「現実になって来たんやな」
「そやったわ」
中里は今度は綾乃に答えた。
「あの時は」
「それで友達も出来て」
「高校生活がはじまったわ」
「それ皆もやで」
綾乃は笑って中里に話した。
「うちもほんまに入学したてはふわふわしてる感じで」
「高校生になったっていう実感なくて」
「それで夢みたいやったわ」
そうだったというのだ。
第二十二話 人の星その二
「何かな」
「そういうもんやねんな、皆」
「そうやと思うで」
「それでそれがやな」
「着地するんや」
つまり地に足がついてくるというのだ。
「それで高校生活をしていくんやな」
「三年間やな」
「そうやと思うで」
「そういえばそれって他のところでもやな」
中里は綾乃と話していて高校生活以外もだと言った。
「中学校でも小学校でもやったわ」
「何処でも最初はそやろ」
「まだはじまったのが信じられへんで」
「そや」
それでというのだ。
「地に足が付いてへんえん」
「最初はか」
「そういうものやで、ほな今からな」
「ああ、一年の連中に会いに行こうな」
「今からな」
こうした話をしてだ、三人は芥川の案内でまずはC組に入った。するとそこには佐藤兄妹がいた。外見は烏天狗の翼がなくなった位の違いだ。兄の方は黒の詰襟で妹は昔懐かしのセーラー服だった。
その二人を見てだ、中里は言った。
「あまり変わってないな」
「そやろ」
芥川がその中里に応えた。
「この二人はな」
「そやねんな」
「烏天狗っていうけどな」
「人間の要素高いからな」
「それでか」
「この二人は違和感ないねん」
そうだというのだ。
「これがな」
「そやねんな」
「この感じでな」
「ちなみに中身は全く同じでっせ」
「はい、いつも明るくにこにこです」
その兄妹の方も言ってきた。
「漫才部でも二人でやってますし」
「佐藤兄妹って名前でやってます」
「あまり捻りない名前やな」
そのユニット名を聞いてだ、中里は素直に思って言った。
「せめて佐藤忠志アンド香菜とかな」
「いや、お客さんに覚えてもらいやすいですし」
「それでなんです」
二人はその中里に漫才のやり取りの如きリズムで話した。
「こうした名前にしました」
「敢えて」
「そういうことか、あとな」
ここで中里は二人のクラス章を見た、見れば二人のそれの色は一年生の赤だ。二年生は緑で三年生は青となっている。
そのクラス章がだ、兄はCで妹はDとなっているのだ。中里は二人のそれを見て言ったのだ。
「自分等クラスはちゃうな」
「はい、双子ですから」
「どうも分けられるみたいです」
「けどよく一緒にいます」
「今みたいに」
「それで今は何で一緒におるんや?」
芥川がこのことを尋ねた。
「僕はまず兄貴の方に話すつもりやったけど」
「部活の漫才のことで打ち合わせしてました」
「そうやったんです」
二人で芥川、自分の師でもある彼に話した。
「それでなんです」
「一緒にいたんです」
「そういうことか、漫才に燃えてるんやな」
「はい、招来の夢は漫才師ですさかい」
「八条芸能に入って」
そうしてとだ、二人で燃える目で話した。
「お笑いで天下取ります」
「絶対に」
「そこは精進やな、僕もな」
芥川も二人の言葉を受けて言った。
第二十二話 人の星その三
「落語頑張らんとな」
「師匠も精進ですな」
「そうしないとあきませんな」
「そや、大学に入ってもな」
それからもとだ、彼は二人に応えて言った。
「落語頑張らんとな」
「そうして下さい」
「それで日本一の落語家になって下さい」
「目指せ上方落語の第一人者」
「それになって下さい」
「そうなるわ」
芥川も二人に誓う、そしてあらためて言った。
「それで自分等に会いに来たんはこっちの世界ではどうかってな」
「会いに来た」
「そうですか」
「そや」
その通りだというのだ。
「特に深い意味はあらへん」
「まあ三年の先輩が一年の校舎に来られるとか」
「滅多にないですし」
「そうした理由なら安心出来ます」
「部活の先輩やと何か悪いことしたかなって怖いですけど」
「それは確かに怖いな」
中里も剣道部での一年生の頃を思い出して二人に応えた。
「急に来られたらな」
「それはどうしてもですよね」
「ほんまに」
「その通りやな」
「けど顔を見に来られた位なら」
「別にですわ」
二人も明るく答えた。
「私等も構いません」
「安心出来ます」
「まあ二人のこっちの世界での様子はわかったわ」
よく、とだ。芥川も頷いた。
「外見もな、ただな」
「ただ?」
「ただっていいますと」
「双子でも身長はちゃうな」
このことも言うのだった。
「何か」
「まあそれは」
「性別ちゃいますし」
二人もそれでと答えた、見れば兄は一七二位だが妹の方は一五二位で二十センチは違っている。
「どうしてもです」
「それはちゃいますわ」
「そやな、性別がちゃうとな」
中里も納得して頷いた。
「そうなるな」
「この通りです」
「顔は似ていてもちゃいます」
ついでに言うと髪型も違う。
「性別の違いがありまして」
「背もちゃうんです」
「それで漫才のネタにもしてます」
「デカとチビやな」
芥川は佐藤妹が自分の小柄さをかえってネタにしているのを知っているのであえてこう言った。
「つまりは」
「ない、そうですわ」
「そっちもネタにしてます」
「そういか、ほなな」
それならとだ、あらためて言う中里だった。
「また何かあったらな」
「はい、何時でも来て下さい」
「またお話しましょ」
二人も中里に明るく返した、二人との話は明るく終わった。そのうえでだった。
三人は今度はF組に向かうことにした、それで一年生の校舎の廊下を歩いていると一四八程の背で少し波がかった唇に茶髪のショートヘアで丸い顔の少女が声をかけてきうた。目は丸く大きく目立っていてえんじ色のチェック柄のミニスカートと黒のブレザー、赤いリボンンの制服に黒のソックスが似合っている。
その少女を見てだ、綾乃が言った。
「弥生ちゃんやん」
「あっ、先輩」
その少女は綾乃にすぐに応えた、三人に顔を向けて。
「何でまた一年の校舎に」
「それはな」
綾乃は弥生に事情を話した、すると弥生は納得して頷いた。
第二十二話 人の星その四
「そうですか、それでF組にですか」
「行ってこっちの世界ではどうかな」
「中里さんに紹介しくってことで」
「してたけどな」
それがというのだ。
「まさか弥生ちゃんと会うなんてな」
「まあたまたま」
弥生は綾乃に笑って話した。
「廊下歩いてただけで」
「用事やないん」
「はい、特に」
違うというのだった。
「ありません」
「そうなんやな」
「授業の気分転換で歩いてただけで」
それだけだったというのだ。
「特にです」
「それやったらな」
その話を聞いてだ、芥川が言った。
「自分も一緒に来るか?」
「F組にですか」
「そうせんか?」
「F組言うたら月ちゃんですね」
「月ちゃんって織田の仇名か」
「はい」
実際にというのだ。
「一年の間ではそう言われてます」
「そうなんか」
「よくG組の大ちゃんと一緒にいます」
「大ちゃんって正宗か」
その仇名を聞いてだ、芥川はすぐに察した。
「そうなるか」
「はい、そうです」
その通りという返事だった。
「正宗大二郎君です」
「その名前やから大ちゃんやな」
「元プロ野球選手とちゃいますで」
「そう言っても二人おるやろ」
中里は弥生の今の冗談にすぐにこう返した。
「大ちゃんって仇名の野球選手って」
「山下大輔さんと大石大二郎さんですね」
「知ってるんやな」
「はい、パワプロやってますから」
そこからの知識からだというのだ。
「知ってます」
「そのシリーズOB選手も出るからな」
「お二人共能力高いですよ」
「守備がな」
「そうですよね」
「お二人共阪神の選手ちゃうかったけどな」
中里としてはそれがいささか残念ではあった、大石は近鉄のセカンドであったし山下は太洋今の横浜のショートだった。
「名選手やったな」
「うちお二人共好きです」
「それでその仇名で言うとか」
「はい、何か親しみを覚えます」
そうだというのだ。
「どうにも」
「それだけ好きか」
「はい、ほな今から大ちゃんにも連絡しますわ」
携帯を取り出してだ、中里に応えた。
「それで三人で」
「あの子は今は東海やけどな」
そちらの勢力だとだ、綾乃が言った。
「まあええか」
「こっちの世界やちゃいますし」
「ほなな」
「はい、お話しましょ」
こう話してだ、そしてだった。
三人は弥生が正宗に連絡してから彼女と共に織田のクラスである一年F組に向かった。するとだ。
そのクラスに青い長ランを着たスポーツ刈りの大柄な少年とだ、ジャーマングレーのプロイセン軍の軍服を思わせる詰襟の制服を着た小柄で黒髪の少年もいた、小柄な少年の口はいささか前に出ている。
第二十二話 人の星その五
その二人がだ、早速三人に挨拶をしてきた。
「どうも、正宗大二郎です」
「織田月心です」
こうそれぞれ名乗ってきた、特に正宗が三人に言ってきた。
「まだあちらの世界では敵同士ですが」
「これからはやな」
「必ず打ち破らせて頂きます」
笑みを浮かべて言うのだった。
「拙僧が」
「いつもこう言います」
織田はその正宗の隣で少し苦笑いになっている、見れば二人の身長差は三十センチはあり織田と弥生のそれ十二センチはある。
「僕達に」
「こっちでは一人称僕やねんな」
「まだ僧侶ではないので」
だからだというのだ。
「この一人称です」
「成程な」
「はい」
その通りだという返事だった。
「そうです」
「拙僧はこのままです」
正宗はこうだった。
「こちらの世界でもか」
「態度は変えない主義なので」
それ故にというのだ。
「こうしてです」
「普段通りの態度で」
「誰にも対しています」
「そうなんやな」
「はい、それでこちらに来られた理由は樋口さんから聞きました」
弥生を見つつ言った。
「そうした理由ですか」
「そうや」
その通りだとだ、中里は樋口に笑って答えた。
「大した理由やないわ」
「それは」
「その通りやろ」
「はい、ただ当然だと思います」
「どっちの世界でも顔を見て知っておきたいと思うことはか」
「はい」
樋口は中里にすぐに答えた。
「拙僧もそうしましたし」
「僕もでしたね」
織田もそうだとだ、ここで言った。
「こちらの世界での正宗さんにお会いしに行きました」
「あいつにか」
「そしてこちらの世界でも立派な方で何よりでした」
「それはええことやな」
「特にです」
「特に?」
「あの恰好良さが健在だったので」
こちらの世界でもというのだ。
「感服した次第です」
「そうか、確かにあいつ独特の恰好良さがあるな」
中里は面会した正宗のその明るく常に前を見ているその顔を思い出してから織田に応えた。
「それを見てか」
「こちらの世界でもやっていけると確信しました」
「そうなんか」
「うちは特に」
弥生も言ってきた。
「会いに行ってません」
「何でや、それは」
「どっちにしても会えると思いまして」
「こっちの世界でもか」
「それで何もしませんでした」
自分から会いに行くことはしなかったというのだ。
「こういうのは自然と会っていくものですから」
「導きやな」
綾乃が言ってきた。
「それでやな」
「はい、そうです」
「そういうことやな」
「それに姫巫女さんとはもう知り合ってましたし」
「学園の神社でよお会うしな」
「そうですから」
だからだというのだ。
第二十二話 人の星その六
「まあ別にって思って」
「会いに行かへんで」
「風に任せてました」
「風か」
「はい、風です」
つまり状況の流れに委ねることにしたというのだ、綾乃は中里にも話した。
「それで皆と会いました」
「そうなんやな」
「そうでした」
「人それぞれですね」
ここまでの話でだ、樋口がまとめる様にして言った。
「会いに行く、行かないは」
「そうやな」
「そして先輩はですね」
「こいつの勧めも受けてな」
中里は芥川を右手で指し示しつつ樋口に答えた。
「そうしてきたんや」
「そうですか」
「それで三人共話したけどな」
「拙僧達のことがですか」
「少しわかったわ」
「少しですか」
「ああ、少しや」
中里は笑みを浮かべてそのうえで樋口に答えた。
「ほんのな」
「全部ではないですか」
「人間は世の中で一番わかりにくいものやろ」
「そう言われますと」
「そやろ、自分も僧兵つまり坊さんやしわかるやろ」
樋口のその目を見て彼に問うた。
「人間は全然わからん」
「一度会った位では」
「それでわかったら苦労せえへん」
笑みを浮かべての言葉だった。
「一目見てわかるとかまずないやろ」
「そう言っている人もおられますが」
「どやろな、人は幾つもの顔がある」
「その幾つもの顔を見られない」
「一度会った位ではな」
「だからですか」
「ああ、少しだけな」
その会った人間に対してわかることはというのだ。
「ほんのな」
「そういうものか」
「そや、そやからこう言ったんや」
「成程、わかりました」
確かな顔になってだ、樋口も頷いた。
「そういうことですね」
「そうや、これからじっくり会って話してお互いにな」
「理解していく」
「そうしていこな、ただしそうしていくのはな」
会って話すのはというのだ。
「こっちの陣営に入ってからや」
「そう言われますか」
「そうや」
中里は不敵な笑みで樋口に告げた。
「自分だけやなくて東海の連中全員とな」
「その言葉返させて頂きます」
樋口は微笑んで中里に返した。
「拙僧から」
「そう言うんやな」
「はい」
その通りだとだ、樋口も退かない。
「必ず」
「そうか、ほなそれはな」
「あちらの世界で、ですね」
「確かにしようか」
「そうしましょう」
「ほなこれでな」
ここまで話してだ、中里は樋口だけでなく織田と弥生にも微笑んで言った。
「三年の校舎に帰るわ」
「そうされますか」
「これでな」
弥生にも笑って答えた。
第二十二話 人の星その七
「またあっちの世界でな」
「それでは」
「ああ、しかし自分人間の顔やけど」
こちらの世界ではとだ、その弥生に言うのだった。
「何か猫にも見えるな」
「そうした風に見えます?」
「何かな」
「そうですか」
「僕の気のせいか」
こうも考えるのだった。
「それは」
「まあ中身は一緒ですから」
「それでか」
「そう思われたちゃいます?」
「そういうことか」
「はい、ほなあっちの世界でも」
「よろしゅうな」
中里は最後も笑顔だった、そうしてだった。
三人と別れてから一年の校舎を後にしよういとしたがここでだ。
不意にだ、弥生が彼にこう言ってきた。
「まだ知ってる娘等一年におるで」
「ああ、あいつ等か」
中里は綾乃が言うのが誰かすぐに察して頷いた。
「おったな」
「会わへんの?」
「何かな」
彼女達についてはだ、こう言うのだった。
「別にええやろ」
「何でなん?」
「いや、こっちから会いに行くよりもな」
それよりもというのだ。
「向こうから来る様な連中やろ」
「そう思うからか」
「そやからな」
「会いに行かへんか」
「こんな話をしてたらそれこそ」
「壁に耳あり」
「障子に目あり」
「台所に鼻あり」
「あと陰に口あり」
あの声がした、そしてだった。
その四人が出て来た、見れば四人共小柄で中々可愛い。それぞれポーズを付けて名乗りを挙げた。
「最強四天王登場!」
「呼びました?先輩」
「いや、話したら出て来るって思ったんや」
それでとだ、中里が四人に話した。
「それで言うたんや」
「そうですか、まあ人を呼ぶにはそしれ」
「呼ぶよりもって言いますし」
「それで、ですか」
「呼んでくれましたか」
「そうや、しかし何かすぐに来たな」
話をしたらとだ、中里は四人を見つつしみじみとして言った。
「それも四人揃って」
「何しろうち等神出鬼没ですさかい」
「こっちでもそうですし」
「呼ばれたらすぐに来ますで」
「それこそ東映のヒーローみたいに」
敵が暴れていると常に何処からか急行して来る彼等の様にというのだ。
「それで登場です」
「それで先輩何の用ですか?」
「彼氏紹介してくれるんですか?」
「悪いけどうち等全員リア充ですよ」
「えっ、自分等彼氏おるんか」
中里は四人のその告白に思わず声をあげた。
「それも全員」
「はい、そうです」
「何を隠そううち等リア充なんです」
「成績はそこそこ彼氏はいてお友達もいてしかも部活も頑張ってる」
「青春を満喫してるんです」
「てっきりいつもぐうたらに過ごしてると思ってたわ」
中里は四人のあちらの世界での適当ぶりから言った。
第二十二話 人の星その八
「某ごらく部みたいにな」
「いや、ごらく部もリア充ですよ」
「学園生活満喫してますで」
「うち等みたいに」
「生徒会とも仲がええですし」
「それはそやな」
その通りだとだ、中里も納得した。
「言われてみれば」
「ごらく部も生徒会も生活楽しんでて」
「全員彼女持ちですよ」
「九人目の生徒会長含めて」
「皆リア充ですよ」
「そやな、しかし自分等はリアル充とか」
それこそというのだ。
「正直びっくりや」
「ちなみにうち一年先輩の人とお付き合いしてます」
まずは瑠璃子が言った。
「そしてピアノ部の若きホープです」
「うちは吹奏楽部でトロンボーンです」
次に由香が言った。
「それで同級生の金本君とラブラブですよ」
「雅楽で琴やってます」
紗枝はそうだった。
「中学生の私に色々教えてます」
「そして打ちは弦楽、オーケストラ部で雅楽です」
それをしているとだ、最後に雅が言った。
「同じクラスの子と交際してます」
「それが信じられへんわ」
全くだとだ、中里は四人の話を聞いて言った。特に瑠璃子がピアノ部と聞いてこう言ったのだった。
「一杉早百合ちゃんの部活か」
「ああ、あの天才ピアニストのな」
芥川も言う。
「あの娘が部長やってるな」
「素晴らしい人ですよ」
その瑠璃子が応えた。
「部活に真剣で優しくて公平で」
「人格者やねんな」
「はい」
その通りだというのだ。
「ほんまに」
「それでその人格者の下で好き放題やってるねんな」
それこそとだ、今度は芥川が言った。
「成程な」
「そやからピアノ部のホープです」
自分で言う瑠璃子だった。
「人格も磨いてますよ」
「言うけどうち等曲がったことはしませんで」
「いじめや意地悪は絶対しません」
「見たら止めてます」
四人で言うのだった。
「人の道に曲がったことはしません」
「何があっても」
「人の道は外れませんで」
「それは言います」
「そうそう、この娘達それはないから」
綾乃も言う。
「中里君はいい加減やって言うけど」
「実際にいい加減やえろ」
それは否定出来ないとだ、中里は綾乃に返した。
「どう考えても」
「それは愛嬌でな」
「愛嬌なあ」
「中身はええ娘達やで」
そうだというのだ。
「そやから安心してええわ」
「そやねんな」
「それは四人の影のリーダーのうちが保証します」
由香が言ってきた。
「曲がったことはないて」
「真のリーダーのうちも言います」
今度は紗枝が力説してきた。
「子供とご老人は大切に、後輩には優しく」
「いじめや意地悪はするな、裏のリーダーのうちは皆にいつも言ってます」
雅の顔は真剣だ、瑠璃子は小さな唇で黒の癖のあるショートヘア、由香は赤いロングヘアの垂れ目である。紗枝は茶色の髪をポニーテールにしている眼鏡に大きな目でその雅は金色に染めていてツインテールにしている。顔立ちはそれぞれのあちらの世界の名残が結構残っている感じだ。
「人の道は外れたらあきません」
「陰のリーダーのうちがそう決めました」
瑠璃子お言ってきた。
「スーパーカルテットの規則として」
「一つ言いたいのは誰がリーダーやねんちゅうこっちゃ」
中里は四人のその主張に突っ込みを入れた。
第二十二話 人の星その九
「さっきから聞いてたら裏だの真だの言うけどな」
「あれっ、うちがリーダーですよ」
「うちですよ」
「うちに決まってますやん」
「うちしかいませんで、リーダー」
「全員がリーダーって何や」
そこに突っ込みを入れるのだった。
「有り得んやろ」
「いやいや、ですからうちがですよ」
「うちがリーダーですよ」
「うちやって言うてますやん」
「うちしかいませんし」
「そやからわかるか」
四人共リーダーだと言っては、というのだ。
「ほんまに何やっちゅうねん」
「何やって言われましても」
「うち等こうしたグループですさかい」
「リーダーについても」
「全員で言ってますよ」
「つまりリーダーはおらんのやな」
中里はこう解釈した、とうよりかはこう解釈して彼が聞く限り不毛な論争から抜け出たかったのだ。
「そういうことやな」
「あっ、そう言います?」
「それはちょっとちゃいますで」
「グループがいればリーダーいますで」
「それは絶対ですやん」
「絶対でも何でもそういうことにしておくわ」
中里としてはというのだ。
「正直どうでもええことやしな」
「そう言いますか?」
「うち等のリーダーについては」
「かなり大事ですけど」
「それで終わらせるんですか」
「自分等にとっては大事な話でも僕にはどうでもええ」
少し怒った顔になって四人に返した。
「そやからこの話はこれで終わりや」
「何か冷たいですね」
「うち等の在り方話してますけど」
「こっちの世界でもあっちの世界でも」
「人の道の話ですのに」
「そやからリーダーはどうでもええ」
人の道についてはというのだ。
「というか何でそんな不毛な話になるねん」
「僕から見てリーダーの話は蛇足や」
芥川も言う。
「正直どうでもええわ」
「軍師さんまでそう言います?」
「どうでもええって」
「ほんまにどうでもええ、とにかくな」
あらためて言う芥川だった。
「自分等は人の道は外れんか」
「はい、そうしてます」
「とにかくいじめや意地悪はしませんで」
「そういうのあったら身体張って止めてます」
「相手が誰であっても」
四人共まっすぐな淀みのない目で答えた。
「それは守ってますさかい」
「安心して下さい」
「そういえば四国攻めの時も」
綾乃もここで言った。
「略奪とかするなって真っ先に言ってたな」
「そして実際にさせませんよ」
「何時でもです」
「お金は貰った分働いて」
「そして腐ったことはしませんさかい」
「そのことめっちゃええわ」
綾乃は中里や芥川とは違い四人ににこにことして話した。
「人の道は外れたら終わりやさかいな」
「傭兵で色々なところに雇われてますけど」
「どの勢力に行ってもそれは守ってますで」
「仁義、信義は人の心」
「真の傭兵こそ人の道を守るもんです」
四人も強く言う。
第二十二話 人の星その十
「いや、流石は棟梁さんです」
「うち等の本質わかてくれてますやん」
「流石は関西の棟梁」
「姫巫女さんですわ」
「いや、褒めてもらうこともないし」
優しい笑みでだ、綾乃は四人に返した。
「うちが見たことを話しただけやし」
「けど中里さんや芥川さんはボロクソですよ」
「今みたいに」
「あっちの世界でも言いますし」
「あと八岐大蛇も」
「言われる様な態度やからやろが」
芥川は四人にこのことを指摘して返した。
「それは」
「またそう言いますし」
「いや、ほんま困りますわ」
「こんな美少女四人捕まえてそう言うなんて」
「先輩バチ当たりますで」
「自分で美少女言うのもあれやな」
「ほんまやな」
芥川だけでなく中里も言う。
「とことん調子のええ連中やな」
「困った連中や」
「まあ確かに人間としては腐ってないし」
「悪人ではないからな」
だからいいと話した、二人にしても。
「そやからええか」
「まだな」
「悪い娘達やないで」
このことは綾乃が保証した。
「ほんまに」
「いや、紫先輩わかってますね」
「流石姫巫女さんですわ」
「うち等の本質わかってますやん」
「お見事ですわ」
四人は綾乃の言葉にここぞとばかり乗る、綾乃はその四人に公平に応える。そうした関係だった。
しかし中里と芥川はだ、四人を見てあくまでこう言うのだった。
「正直このいい加減さな」
「どうにもな」
「正直何とかならんか」
「そう思うわ」
四人のこの特質についてまだ言う。
「今度の戦ではそれをどうにかしてくか」
「真っ先に敵陣に突っ込ませるか?」
「後ろに鉄砲や弓矢出してる足軽置いて応援させたうえでな」
「そうしよ」
「いや、それ懲罰大隊ですやん」
「それはないですよ」
四人もそれはと返す。
「言われた仕事はしますし」
「安心して下さい」
「そういうことはしたらあかんで」
綾乃も二人のそうした考えは彼等が本気でないとわかっていても止めた。
「意地悪とか酷いことは」
「それはそやけどな」
「何かこの連中観てるとな」
「どうしてもや」
「そうさせたろって思うんや」
懲罰大隊送りの様なことをというのだ。
「あまりにもいい加減やしな」
「適当人間過ぎて」
「これ位普通ちゃう?うちの妹達なんか」
それこそというのだ。
「こんなんやで、女の子は」
「そうなんか?」
「八岐大蛇の背中でお菓子食うてたらしいしな」
「会議中でもお菓子食うてジュース飲んで」
「そんなんか」
「そうやで、どうでもええ時はこうやで」
四人組の様だというのだ。
「お家やとお菓子食べたりジュース飲んだり」
「そうなんか」
「こんな感じか」
「そう言われると男と変わらんな」
「ほんまにな」
「人間結局大差ないねん」
これが綾乃の言うことだった。
第二十二話 人の星その十一
「くつろげる時はこうでな、家では下着姿やったりするで」
「下着って」
「女の子は服着るやろ」
「ところがや」
「ちゃうんか」
「下着のままやったりするんか」
「うち等はちゃんと服着てますで」
家の中でもとだ、四人は中里達に話した。
「ジャージとかティーシャツでも」
「最低限そういうの着てますで」
「けれど女子寮はどうか」
「実際下着姿で歩き回ったりしてます」
「お部屋の中でも可愛い服着てたんちゃうんか」
中里はその現実に衝撃を受けて言った。
「それできちんと座ってお菓子食べたりとか」
「それないですよ」
「そんなんありませんから」
「普通に下着姿で寝そべってです」
「それでお菓子食べたりジュース飲んだりです」
「そうなんか。この四人が標準か」
中里はこうも言った。
「いい加減なんが」
「いい加減な時はいい加減やで」
綾乃がまた中里に話した。
「そやからうちのお姉ちゃんも妹達も」
「あれっ、お姉ちゃんって」
「うち四人姉妹の二人目やで」
「お兄さんおるんやろ?」
「お兄ちゃんおってお姉ちゃんおって」
そしてというのだ。
「うちと妹二人」
「五人兄妹か」
「そうやねん」
そうだというのだ。
「神社はお兄ちゃんが継ぐで」
「そうなんか」
「それでお家やったらな」
「妹達はか」
「お家の中では普通にこうやで」
四人の様だというのだ。
「実際にな」
「何かもうな」
中里は衝撃を隠せない顔で言った。
「女の子への幻想が消えたわ」
「現実はちゃいますから」
「うち等は包み隠さずこうです」
「やる時はやる」
「やらん時はやらんです」
その四人が言ってきた。
「そうしてます」
「いつもです」
「そうして生きてますさかい」
「自分を飾らずです」
「ひょっとして僕等えらいこと知ったんか?」
「そうかもな」
芥川も衝撃を隠せない顔だった、その顔で中里に応えた。
「これは」
「衝撃の事実やな」
「全く以て」
「ほんまにな」
「悪いことやないで」