ウルゼロ魔外伝 超古代戦士の転生者と三国の恋姫たち


 

三国同盟、その後の事

私たち人間は、時折頭の中に、非現実的な世界を描くことがある。または存在こそしているが我々の知らない異なる世界が存在している。その世界は、我々人間のいる世界を『正史』と呼ぶのに対し、『外史』と総称される。簡単に言えば、SFでいうパラレルワールドだ。外史の中にはそれぞれが人の願望・欲望の塊が形となったものが存在し、人によってはそれを現実に捉えたいほど受け入れられ、またはその外史を気に入らずとことん心無い言葉で罵倒されることもある。
恐ろしいのは、現実から目を背け自分の都合のいい世界ばかりを見続けた結果、現実と夢が混同したり、ひどい場合は二度と抜け出せない危険性も孕んでいるかもしれない。
だが忘れてならないことがある。外史は、その世界に生きる人にとって現実であるということに変わりがないということ。そしてそれは、我々にとっての現実を潤わせるために、私たちの心を豊かにするために、存在しなければならないものでもあるということを。

私たち正史世界の人間は、『三国志』と呼ばれる物語を知っているだろう。劉備、曹操、孫権…彼らをはじめとした英傑たちと子孫・家臣が、腐敗した漢王朝に変わって天下を取るために争う、実際に1800年も昔の時代の中国で起こった事実を下に描かれた物語だ。
だが、私たちがこれから観る世界は、その本来の三国志とは似ているものの、大きく違った物語が展開された世界である。
なぜなら、正史では先ほど挙げた英雄たちは志半ばで全員死亡し、その子孫たちも結局天下統一を果たせなかったのだ。劉備の蜀、曹操の魏、孫権の呉。この三国に変わって新たに建国された『晋』が天下を統一するはず。だがこの外史では晋は存在せず、そして建国に携わるはずの司馬一族は姿を見せていない。
さらに驚かされるのは、三国の重要人物たちの大半が女性として存在しているということ。というか、もはや同じ名前を持っているだけの別人である。
この世界では、なんと三国が同盟を果たし、互いに協力し合いながら民の安息と平和を保っているのだ。そしてその中心となった人物は、この外史の人間ではない。現代世界の地球、日本からどういう因果かこの世界に落ちてきた、当時わずか17歳ほどの少年だったのである。

そして彼は…蜀の首都『成都』にいた。
「はあ~~…」
その少年はポリエステル製の白い学生服を着ていて、今目の前に積み上がった書類をまとめあげていた。見るからに疲れきったご様子で、机に顔をうずめていた。
少年の名は『北郷一刀』。この世界の住人たちからは『天の御使い』として崇められている。それがきっかけで、蜀ではこの世界での劉備と同じく、蜀の主として君臨している。しかし立派な称号とは裏腹に、特別な力などは特に持っていない、現代社会でならどこにでもいる男子学生だ。
「お疲れ様です、ご主人様」
この世界では珍しいメイド服姿を着込んだ、白銀髪のおっとりとした小柄の少女が彼にお茶の入った湯呑を手渡す。余談だがこの格好、実は一刀の悪ふざけである。一刀はそれを一気に飲み干した。
「ふう~、生き返る。ありがと、月(ゆえ)」
「いえ、お安い御用です」
月と呼ばれた少女は照れたのか、少し頬を染めてにこやかに笑みを浮かべた。
『月』。それは彼女の『真名』という、その人物の人格と生き様を現した、心を許した人間にだけ言うことを許される名前だ。この世界の人間には真名というものがつけられ、彼女には別の名前がある。
そしてその彼女の名前は『董卓』、もし三国志を知っていれば驚くだろう。なにせ董卓といえば、漢の皇帝『霊帝』の死後、自ら皇帝を立てて悪逆の限りを尽くした暴君+酒池肉林生活を送ったヒゲの太ったおっさんとして知られているのだ。だがここにいる董卓…月は虫も殺せないような儚げで優しく可憐な少女。ギャップが大きすぎるものである。この世界での反董卓連合との戦いの後、名前を捨てて一刀に保護されて以来、こうしてメイドとして働いているのだ。
「あの、ご主人様。お仕事の方は後どのくらいで終わります?」
「午前の分はそろそろ終わるかな」
「なら、お食事の準備をいたしますね。お仕事が終わるまでに作り上げておきます」
「うん、頼むよ。でも無理に急がなくていいさ。完成する前に仕事が終わったら、じっくり待つよ」
「でも、あまり待たせるのも申し訳ないです。じゃあ、そろそろ行きますね」
「ああ、楽しみにしてるよ。月の料理」
月はぺこりと一刀に頭を下げ、お茶を載せていたおぼんを持って部屋を後にした。
「さて、と。昼飯まで気張るか」
当初、一刀にとって政務はとてつもない苦痛でもあった。何せ耳に聞こえてくる言葉は不思議なことに日本語と変わらないが、実際に目で見える文字は中国語と同じ。日本でも漢字は使われていても、発音や形が違うものがあるし、平仮名・カタカナをひとつも使ってはいけないのだ。だが、彼を慕う仲間たちから多くのことを学んでいったこともあって、以前と比べるとはるかにマシになった。今日の仕事のこなしっぷりがその証だ。
政務は、思った以上に早く終わった。
背伸びした一刀は椅子から立ち上がり、終わったことを報告しようと執務室を出て、月の料理を食べに向かう。すると、黒くて長いサイドテールの少女と鉢合わせする。
「ご主人様」
「ん、愛紗か」
愛紗…これも彼女の真名で、名前は関羽。正史での長い髭の代わりに、長く美しい黒髪から『美髪公』と称された、蜀の勇将。正史での関羽と同様、愛紗も義を心に刻み込んだ武人である。
「午前のお仕事はもう終えたのですか?」
「そんなとこ。これから月の料理を食べに行くとこなんだ」
「料理…ですか」
だが、本人は否定するものの、同時に嫉妬深い。証拠に一刀を見る目が若干細くなっている。劉備と一刀に対して忠誠を誓っていると同時に、一刀に対して愛情を抱いているのだ。それは愛紗に限った話ではなく、蜀の将たちの多くが一刀のどこかスケベで気が多いものの、贔屓しない平等な信頼と愛に心を開いている。
(私も料理ができたら…)
愛紗は料理が下手だ。魏の曹操に敗れた後蜀に保護された袁紹と共に一刀に料理を振舞ったとき、その絶望的な腕のあまり一刀はしばらく体調を崩したほど。女としては悔しい。
「愛紗も一緒に食べる?」
「よろしいのですか?」
「せっかくだから、一緒に食べたほうが食事も楽しいだろ」
月の手料理、というのがちょっと気に障るが、せっかく敬愛するご主人様からのお誘い。愛紗に断る理由などない。
「はい、ご一緒します」
嬉しそうに頬を染めながら愛紗は一刀について行く。せっかくだから月の料理の知識もこの目で見ながら盗んでおくのもいい。
「桃香の体、異常はないよね?」
「医者の話だと、まだ安静にさせるようにと」
桃香、それはこの世界での劉備の真名である。彼女は体調を崩していて仕事を休み、医者の診察を定期的に受けるようになっていて、自室に篭る時間が長くなっている。すぐに愛紗の目が真剣なものとなる。
「ですからご主人様。桃香様がお休みの間はサボらずにしっかり政務に励んでくださいよ」
「う…思い出させるなよ」
政務のハードさを思い出し、一刀はげんなりする。幾度かサボったこともあってその度に愛紗をはじめとした家臣たちに怒られたことか。
「そういえばご主人様、管輅という名の占い師に覚えはありますか?」
ふと、愛紗が話の話題を変えた。
「あ、ああ。確か、俺が天の御使いとしてこの世界に来ることを予知していた占い師のことだろ?」
管輅、本来はエセ占い師として知られていたのだが、天の御使いとして一刀がこの世界にやってきた上に、一刀が管輅の占い通りに大陸に太平をもたらすきっかけとなったことで、一部の人間たちから優れた占い師としての評価を頂いていた。
「それが、管輅は今回また奇怪な占いの結果を公表して、住民たちに…」
「…?なんて言ったんだ?今回は」
一体何だろう。自分がこの世界に来ることを予知した程の占い師の話だ。一刀が気にならないはずもない。
「『超古代の闇、大徳の怒りし時よみがえる。闇は世界を飲み込み混沌に陥れ、世界を崩壊へと導く。しかし、闇の中にただ一つのみ光あらん。その者は桜色の髪の男児なり』。と…」
よくそんな長い占いを間違えずに覚え切ったものだ、とは思ったが、確かに愛紗の言うとおりどこか奇妙な占いだ。今度は一体何のことを暗示しているのだろうか。
「お、着いた」
気がつくと既に食堂の入口前にいた。入口を開いて一緒に入ると、真っ先に目が入ったものがあった。
「んぐ…おかわりなのだ!」
「なんの、あたしももう一杯行けるぜ!」
山のように積み上がった丼×30。塔のようにそびえる丼の向こう側に、赤い短髪の小柄で元気のいい少女と、ポニーテールを持つ少女が、丼に詰まったチャーシューをすすっている。
「鈴々と翠、相変わらずすごい食べっぷり…」
「…ちゃんと食費のことを考えてるのか、あの二人は?」
驚きはしない、何度も見た光景だ。呆れる一刀と愛紗は見てるだけで腹が膨れてしまいそうだった。
鈴々…名は張飛。愛紗、桃香とは桃園と呼ばれる場所で義姉妹の誓いを交わしあった末の妹。正史の張飛同様、自分の小柄な身体以上の武具『丈八蛇矛(じょうはちだぼう)』を軽々と振り回す猛将。そしてさきほど言ったとおりの大食いである。
翠…名は馬超。成都から遥か北の方面、西涼の出身で、達人級の馬術と槍さばきから『錦馬超』と称されている。少々がさつだがうぶで恥ずかしがり屋であるなど、可愛らしい一面がある。
見たところ、どれだけ多く昼飯を食えるか対決しているようだが…。
しかし、大食いなのは二人だけじゃない。
「…おかわり」
触覚のような赤いアホ毛と、思わず長○と言いたくなるような無口オーラを漂わせる長身の少女。肉まんを食べながらまたしても肉まんを注文する。
彼女は呂布。真名は恋。正史と同様この世界でも、方天戟を振るう一騎当千の無双の戦士だ。正史の呂布は、自分の求めるもののためなら裏切りを平気でやらかすことで知られるが、恋は全く真逆の性格。動物が好きで、仲間も一刀のことも慕っている仲間思いの少女だ。正史の呂布が曹操と劉備に倒され死んだという事実と違ってこの場にいるのもそのためだ。
「ねねにも…」
「れ、恋殿!?ああ、ありがたき幸せなのです~」
彼女の隣に座って、感激しながら肉まんを受け取ったのは陳宮。真名は音々音(ねねね)。恋が蜀の傘下に入る以前から彼女の補佐、そして軍師として勤めてきた小さな少女。必殺のチンキューキックは一刀の天敵である。
「この分だと、今日の昼飯はチャーシュー以外にしたいな」
「ですね…」
これ以上見るのは良くないと判断した二人は、一先ず鈴々たちから離れた場所で食べることにした。
「月~、来たよ!もうできた?」
「え?あ、はい!少々お待ちください!」
愛紗の隣に座った一刀が厨房にいるかもしれない月に声をかけると、厨房から月の慌てる声が聞こえてきた。
「ちょっとあんた!月を慌てさせんじゃないわよ!ただでさえあの三馬鹿相手に手を焼いてるのに、こぼしたら大変じゃない!」
他にもうひとり、月と共に別の少女がいるようだ。あの怒鳴り声からして、一刀の記憶通りだと一人しか思い当たらない。
賈駆。真名は詠。月の大親友で軍師もこなしていた。現在もその腕を買われ、軍議や訓練の指揮に参加するようになっている。インテリ眼鏡を掛けていて、性格はちょっとひねくれてて、一刀の悪ふざけで『ツンツンツン子』というあだ名をつけられた、ボクっ娘ツンデレ少女。
この厨房にも料理人は大勢いる。だが月達を加えても、鈴々たち三人相手だと流石に手を焼いているようだ。いい加減控えて欲しいものである。
待つこと数分、愛紗もいることから、月は詠と共にちゃんと愛紗の分の昼飯もおぼんに乗せて持ってきてくれた。メニューは中華の定食セット。
「お、うまそう!」
「相変わらず見事だな、月」
月の作ってくれた料理を見て、二人はすぐにでも食べてみたい衝動に駆られる。
「えへへ…」
「月が下手なわけないでしょ」
嬉しそうに笑う月と、別段自分の手柄でもないのに自慢げに言う詠。よほど月が誇らしいようだ。
「よし、じゃ…いっただきます!」
手を合わせて箸を持ち、早速一刀は口の中に飯を放り込んだ。
(月、その…)
愛紗は月に小さく手招きした。なんだろうと思った月は、愛紗の声に耳を傾けてみると、愛紗は少し恥ずかしそうに彼女に言った。
(今度…私に料理を教えてくれないだろうか?)
(え?いいですけど…どうしたんです?)
(そ、それは…済まない。聞かないでくれ…)
一瞬だけ、愛紗が頬を染めたまま飯を美味しそうに平らげる一刀を見たのを月は見逃さなかった。ああなるほど、と月は理解した。彼女も主である一刀に料理を振舞ってあげたいのだ。それも以前のような失敗作ではない、れっきとした美味しいものを。くすくすと思わず月は笑った。
「ご主人様!いらっしゃいますか!?」
その時だった。バタン!と大きな音と共に、見るからにグラマラスな体をした女性と、はわわ!と帽子をかぶった小さな少女が慌てながら食堂に入ってきた。
「紫苑、それに朱里?」
愛紗が急な来訪に目を丸くする。
「どうしたんだ?朱里はともかく、紫苑までそんなに慌てて」
「ご主人様!」
ちゃっかりあわてんぼ扱いした一刀に対し、朱里と呼ばれた少女はむくれた。
紫苑…名は黄忠。蜀一番の弓の名手だ。娘に璃々という少女がいる。正史だと老将である影響か、この世界では一刀たちよりも年上の女性となっている。
朱里…名は諸葛亮。正史でもこの世界でも大陸でその名を轟かせた、伏竜と呼ばれし大軍師。しかし、普段はとても緊張しまくりのあわてんぼで、噛んでしまうこともよくあるため、『はわわ軍師』とも呼ばれている。
「ご主人様、こちらは歴史的大発見をお伝えに馳せ参じたというのに、おからかいにならないで」
紫苑がぴしゃりと厳しく主を叱る。
「歴史的大発見?一体何があった?事件か?」
目つきを変えた愛紗が尋ねる。この三国同盟が成り立ち、平和になってからまだ日が浅い。こんな時に事件を起こすような輩など愚かの極みだ。それとも、三国が同盟を組んだあの時攻めてきた、五胡の軍勢なのか?
「いえ、事件ではありません」
紫苑が首を横に振り、愛紗はではいったいなんなんだと尋ねる。
「事件じゃない?じゃあ、一体…」
すると、朱里が代わって返答する。
「遺跡です。それも、かなり昔のものだと」
「遺跡?そんなのあったか?」
一刀は首を傾げた。思えばこの世界に来てから遺跡といえるようなものと触れたことがなかった。
「人が入った形跡が何もありませんでした。おそらく新しく発見した遺跡です。現在桔梗と蒲公英ちゃんに斥候部隊を率いて調査に向かわせてます」
紫苑が説明する。
桔梗…名は厳顔。正史では黄忠と同様老将でありながら若い将にも引けを取らず活躍した勇将。この世界でもジジくさい口調…いや、これは失礼。紫苑と同じ年上女性タイプで酒好きの妖艶な女性。
そして蒲公英は馬岱。いたずら好きな小悪魔系少女で、翠の年下の従姉妹だ。
「遺跡か…ロマンが溢れるな」
一刀は歴史的観点については大いに興味がある。この世界の人間たちがいう天の世界…一刀が自分が生まれ育った現代地球にいたころ、『三国志』をはじめとした歴史書や兵法書を趣味として読んでいたほどだ。
「ろまん?」
愛紗が首を傾げる。ロマン、三国志の時代には存在しない言葉だから仕方がない。が、一刀も簡単に現代地球人らしさを捨て切れるわけでもない。きっとこの先も時代に合わない言葉を並べていくのだろう。
「俺も調査に参加したい。いいかな?」
興味が沸いた一刀は朱里と紫苑に調査への参加を願い出た。
「ご主人様自らですか?だめですよ!危なすぎます!」
朱里がびっくりして声を荒げる。それに同意した愛紗も意見を入れた。
「朱里の言うとおりです。ご主人様と桃香様は大切な盟主。いくら興味があるからと言って、何があるのかわからないじゃないですか」
「歴史とか結構好きだから、その遺跡にも興味があるんだ。頼むよ、な?」
お願い!と合掌して子供みたいに頼み込む一刀。それを聞き、若干ため息交じりで紫苑が口を開いた。
「護衛として、私たち将の中から選んでいただければ、よろしいではないですか?最近、桃香様の分もずっと働き詰めでしたから、一度くらいわがままを聞いてあげたいとは思いますし」
「紫苑!」
何を言い出すんだと愛紗が抗議した。主を危険な目に遭わせるのではないかと、彼女の忠誠心と愛がそれを許し難く思わせていた。それに今、桃香との子がいるのだ。万が一のことが起こり、父の顔も知らないまま育つなんてことはあってほしくない。
「愛紗ちゃん、気持ちはわかるわ。でもご主人様は一度お決めになったことを曲げるようなお方だったかしら?」
「う…」
思い当たる節はある。世間では悪逆の将とされた月と詠を保護したときがまさにそうだ。たとえ誰が何と言おうと、女ったらしと優しさゆえに二人を保護した一刀。しかしだからこそ自分たちもこうして一刀に従ってはいるのだが…。
「…ならば、まず私が護衛役を買って出ましょう」
「愛紗、いいのか?」
目を丸くする一刀に、すぐ鋭い目つきで愛紗が警告を加えた。
「で、ですが!危険だとわかったらすぐに任を降りられること。よろしいですね?」
「悪い!ありがとう!」
満面の笑みで手を握ってお礼を言ってきた一刀に対し、愛紗は手に感じる主の温もりに顔が赤く染まっていく。
「ご主人様…あまり手を握られては恥ずかしいです…」
「うぅ…」
朱里も主である一刀を想い続けている身。手を握られている愛紗を羨ましげに見て唸った。
「うふふ、若いっていいわね」
紫苑もにこやかに母性溢れる笑顔で二人を見つめていた。
「あの…愛紗さん、いらっしゃいますか?」
ここでもうひとり、ちょうど朱里と同じ背丈の青いツインテールに、魔女っ子のような帽子を被っている少女が入ってきた。
彼女の名は龐統。真名は雛里。朱里と同じ、水鏡こと司馬徽という賢人のもとで学問を教わった所謂学友で、他国からは朱里に並ぶ大軍師として『鳳雛』の異名を持つ。朱里と比べると彼女以上に大人しい性格で、彼女もまた緊張して噛んでしまうこともあり、「あわわ軍師」とも呼ばれてしまっている。
「雛里ちゃん!」
朱里が友人の登場に笑顔をほころばせる。
「雛里か、何か用か?」
呼ばれたい愛紗が、一体何を頼んできたのか雛里に問い返す。
「はい、少しお願いしたいことがあるんで」
「お願い?」
「襄陽方面にある、樊城付近にて行方不明者が続出しているので、蜀からも調査の協力を頼むよう、魏の曹操さんからの要請がありました」
「樊城付近で行方不明者?何があったんだ?」
愛紗から手を離した一刀が雛里に詳細の説明を求める。
「曹操さんは、曹仁という方に樊城の統治を任せているということなのですが、その曹仁さんが、部下の龐徳さんに辺りの警邏を任せて以来、龐徳さんの行方がわからなくなったというんです」
「龐徳!?」
さっきまで鈴々と飯を食い散らかしていた翠が驚いて声を上げた。
「翠、どうしたのだ?」
隣にいた鈴々が目を丸くし、急に動揺した翠を見て紫苑が尋ねてみる。
「龐徳さんを知ってるの?」
「同じ西涼の将で、時々世話になってた勇将なんだ。そっか…曹操に西涼が乗っ取られた時にはぐれたんだけど…」
元々翠は、正史と同様現在は魏の領土である西涼の出身で、龐徳と呼ばれているその将とも知り合いだった。現在三国同盟が結ばれる以前、曹操が天下統一のために攻め入った時にはぐれてしまったという。世話になった恩もあるから、魏で龐徳の行方がしれずのものとなったことが気になったようだ。
「樊城辺りに、何か不穏な動きでもあるということか…」
「それで、魏の曹操さんからも信頼されている愛紗さんにこの任を任せたいとのことです」
「…ご主人様、ご命令を」
「うん。愛紗。樊城へ向かって、華琳(曹操の真名)の力になってやってくれ」
愛紗は主に命令を求める。一刀もこの自体を無視できないので愛紗に樊城へ向かうことを命じる。
「御意」
「愛紗、ごめんな。護衛に連れて行けなかったこと」
「いえ、それはまたの機会に譲るということで。私はあなたと桃香様の将。ご命令とあらばどこまでも行きます」
愛紗らしいな。一刀はそう思った。すると、横から鈴々が愛紗に向けてニヤついた顔を見せつけた。
「にゃはは~素直にお兄ちゃんとくっつけなくて残念って言えばいいのだ」
「り、鈴々!!!」
図星だったようだ。恥ずかしいところを疲れた愛紗は赤面して怒り鈴々としばらく追いかけっこをしていたという。



エスメラルダ…略称『エメラダ星』は人間だけでなく、エルフや翼人などの亜人種も住んでおり、魔法文化が発展している。
だが、かつて闇の勢力の手によって6000年の時をかけて腐敗と滅びの運命を辿りかけた星でもある。しかし、二人の特殊な魔法系統を持つ少女たちによって呼び出された光の戦士『ウルトラマンゼロ』と『ウルトラマンノア』と仲間たちの活躍によって侵略者たちは霧散、腐敗しきっていたこの世界の国々もこれまでの自分たちの過ちと罪と向き合い、大規模な改革と文明開化を執り行った。
そして当時、偶然にも地球からの来訪者として『ZAP』が訪れたこともきっかけに、エスメラルダと同じ次元に存在する地球との外交も開始される。
その結果『ハルケギニア大陸』を中心に、戦いの時はまだ中世ヨーロッパのような街並みが広がっていたが、突如出現したある科学者たちの研究もあって、文明レベルは上昇の兆しを見せた。
おかげで街にはところどころ、当時の風格を残しつつも、近代的な場所が広がり始めていた。この星は約20年までに侵略者の危機にさらされ、しかも当時は貴族政治の腐敗が目立っていたので緊急を要した。
現在は女王アンリエッタの夫婦と対怪獣防衛軍『UFZ(ウルティメイトフォース)』を筆頭に計画を進め、かろうじて持ち直したといった所だ。
いつまでのものと分からない平和。しかしこの星の人々は、たとえ一寸先が闇の中でも進むことを拒むことはなかった。

たとえ、今ここにひとり、人生という道に迷っている人がいるとしても。

…ハルケギニア大陸の小国トリステインの首都『トリスタニア』。
不良が着込むようにボタンをつけず、ボロボロで乱れた黒い学生服を着たその少年は、ワックスを使って、男性にしてはとても珍しい桜色の髪を逆立たせている。容姿は中性的で女性にも見間違えられそうなほどの端正さがある。
「うう…」「い、いてえ…」
彼の背後には似たような服を着ている男子学生が、ボロボロの状態で転がっている。どうも喧嘩で暴れた結果、彼がボコボコに叩きのめしてしまったようだ。
「ったく…血が服についてやがる。今日もやらかしちまったか…」
少年は服に就いていた血を見て目を細めた。どうもこの少年、見た目からして明らかに不良らしい。
彼はビルの屋上から街を見下ろす。地上まで20mはある。下では。まだ昔の町並みを残しているがゆえに、未だ狭いままの道路と、その上に設置されていて、道幅の狭さをカバーするためのハイウェイが見える。人間・エルフ・翼人…多くの人たちや乗り物がその道の上を移動している。道路だけじゃない。最近は新たに防衛軍の飛行兵器が空の上を飛ぶことが珍しくなくなり、以前からこの星で重宝されていた竜も、相変わらず移動手段として利用されている。
こうして下を見るだけで恐怖を覚えさせられる。普通落ちてしまえば助からないのだから。が、少年の顔に恐怖はない。そして、何をするかと思えば、なんと彼は思い切り屋上の床を蹴った!飛び降り自殺でも図るのか?が、そうならなかった。
ビシュン!
なんとその少年は、魔法も使わず人間とは思えないほどの跳躍力でビルとビルの間を飛び上がっていた。
そして、見事に着地場所である隣のビルに、ズササ!と音を立てながら彼は着地に成功した。見事な跳躍と、ビルからビルへ飛び移るという神業。誰でも彼できるような芸当ではない。だからいざこなしてみると気持ちがいいものだが、少年は素直に喜ばなかった。
「帰るか…」
飛び降りても死なないとは思うが、急に空から翼も待たない人が魔法も使わず落ちてきたら騒ぎになる。少年はきっちり階段から降りて帰宅することにした。

彼の家はトリスタニアから遠く離れた場所にある。それも国の中で大層立派な屋敷だ。白く広範囲に及ぶ塀の中に、大豪邸が広がっている。
メイドに執事・庭師などの召使も大勢いて、彼の家柄がとても優れたものであることが伺える。大きな玄関の扉を開くと、彼よりも1・2歳ほど年上に見受けられるメイドの女性が出迎えてくれた。だが他には誰も迎えに来なかった。
「お帰りなさいませ、おぼっちゃま」
「ああ…ただいま。テラ」
「また喧嘩なさって来たのでしょう?全く…あまり暴れるとまた街の警邏の方々に補導されますよ?お仕事でお忙しいお母様にお爺様方が心配なさっているというのに…」
テラと呼ばれたそのメイドの女性は呆れかえりながら、ナプキンで少年の顔についていた血を拭き取る。
「悪い…でも向こうから喧嘩をふっかけてくんだよ。それにお袋はともかく、じじいが俺を心配?んなわけねえだろ。じじいが俺を疎んでいるのを知ってるんだぜ」
口を尖らせて少年はテラに言い返した。どうもこの少年、祖父とは仲が悪いようだ。
「またじじいだのお袋だの…おぼっちゃま、あなたはこの国の名門貴族のご子息なんですから、もうちょっとそれらしい振る舞いをなさって。ご親戚の女王様や守護騎士の『ジャンボット』さんたちもご心配しております」
不良くさい口調を崩さない少年に、テラは洗濯のために今度は少年の黒い学生服を脱がせる。
「ご子息…ね。俺はなまっちょろい温室育ちのお坊ちゃんになんかなりたくねえぜ。いい加減家庭教師(センコー)の押し付けがましい教育はダルイし」
「もう…困った人ね。余計に放っておけなくなるんだから…」
困り顔ながらも、世話を焼くことが好きなのか、それともあの少年が気に入っているのか、テラはクスリと笑った。



風呂から上がり、少年が自室に戻る途中、彼は老執事と鉢合わせした。
「おぼっちゃま、あのような下々の者と話すのはおやめください。あなた様と比べて身分が低いのですよ。しかも、おぼっちゃま相手に馴れ馴れしい…」
下々の者…おそらくテラのことを言ってるのだろう。この老執事は昔ながらの常識を重んじている人なのだろう。イラっとした少年は老執事を睨みつけた。
「てめえこそ寝言言ってんじゃねえ。もう貴族も平民も平等に扱い、権力差もないものとしろと叔母上たち各国の王が法で定めただろうが。話したって特に問題でもないだろ」
少年には老執事の発言が差別的なものに聞こえたようで不愉快に感じたようだ。
「そ、そうですが…」
それを聞いて老執事は言葉を詰まらせる。
「だったらそれ以上言うんじゃねえ。俺を誰だと思ってやがる」
「も、申し訳ありません…」
「けっ。いい加減気をつけろよ。このご次世、そういう古くせえの嫌うやつだっているんだからよ。俺だって大嫌いだからな」
イラついた様子で少年は自室の扉を開き、乱暴に扉を閉めた。すると、少年がいなくなったのと同時に、老執事は聞こえないようにちっ、と舌打ちした。
「まったく…『ルイズ』お嬢様はなぜロクでもない子を…。
公爵様の苛立ちの理由もわかりますわい…」



真夜中…少年は幼い頃から、寝るたびに夢を見ないことを願っていた。だがそれでも見てしまうのだ。自分の意志とは関係なく、嫌な光景しか浮かばない夢を。
俗に言う、悪夢。

光の巨人の石像。
爆音を立てて燃え盛る石の建物。

街を破壊しようと暴れる何十体もの凶悪な怪獣に、平和のために果敢に立ち向かう…巨人たち。
「ジェア!」「フォア!」
しかし、巨人たちは二つに分かれて対峙し、果てしなき殺し合いを始める。

撃破し続け、荒廃する街・自然…星。
最後に…。
「ギィイエア!」「ウギャアアア!!」

狡猾で卑怯な人間のような掛け声と共に、一人の光の巨人が黒い巨人に胸を刺されて死ぬ姿。やがて、醜悪なる四つの影によって、光の戦士たちが無残に殺される姿。

「う…」
窓から差し込む陽の光を浴びて少年はベッドから起き上がった。
「…またあの夢か。二次の読みすぎか?」
起き上がって、今日も学校へ行くために学ランを羽織った。
ふと、少年は学生服のズボンに違和感を覚える。パンパンとポケットを上から叩く。
「あれ?学生証、ポケットに入れてたんじゃ」
彼はポケットに学生証を入れたままのようだが、どこかで落としてしまったようだ。
昨日の喧嘩の際にドジって落としてしまったのかもしれない。
(めんどくせーが探してみるか。みつからなかったら再発行してもらえばなんとかなりそうだし)
不良臭く乱れてはいるものの、着替え終えた少年は、そのまま部屋をあとにした。

彼の学生証はというと、確かに昨日彼と少年の喧嘩現場となったビルの屋上に落ちていた。しかし、それは風に流されどこかへと飛んでいってしまう。
その学生証にはこう名前が刻まれていた。


『ルーク・ド・ラ・ヴァリエール』

 
 

 
後書き
今作品は『ウルトラマンゼロ~絆と零の使い魔~』の世界と密接な関係にあります。
ここではゼロの使い魔の舞台でもあるハルケギニア大陸の存在する星の名前が『惑星エスメラルダ』としています。

この時点で苦手な方もいると思いますが…


※華陀、削除 

 

少年、荒んだ日常を送るの事

 
前書き
今回の話は恋姫とはほとんど関係ありません。ルークに完全にスポットを当てたエピソードです。
ですが、わずかに今後の展開に関わる複線も伏せてあります。
また、序盤の一部は、誤字修正や展開の追記と修正の後に公開予定の「ウルトラマンアグル 英雄の子と魔導師たち」の一幕と関連させています。 

 
トリステイン王立学院。そこがルークの通う母校だ。ここに通う生徒たちは、かつては校則として寮生活を義務付けられていたが、文明レベルがこの20年で急速に発展したため、自宅通学を用いる生徒も多くなっている。また、この世界における貴族は魔法という特別な力を持っている。その魔法の使い方と貴族としての教養を学ぶための学び舎である…というのは昔の話。現在ここに通う生徒の大半は、下は平民出身の者もいる。そのため、過去のような魔法や貴族としての教訓を学ぶだけの方針ではなく、かつての平民と貴族が共に手を取り合うきっかけを作るため、それが国や世界の発展に繋がるという考えによる方針だった。
しかし元は身分が違う者同士、学院内に限らず国中で、下賎な平民のくせにだの、権力と魔法にすがるだけの豚だの…互いに悪口を言い合って憎みあったり、恨みをきっかけとした事件が起きたりと、当然いさかいが起きた。
だが、この世界の命運をかけた戦いが、ルークが生まれる数年前の時期に起きていた。その脅威は身分や種族という壁を壊さなければ立ち向かえないほどのもので、その戦いをきっかけに平民と貴族、人類やエルフ、翼人をはじめとした亜人たちはわだかまりを超えた絆を結ぶ者が増えていった。だがその身分の壁は6000年という長すぎる時で築かれてしまった負の遺産で、そう簡単にぬぐえるものでなかったのも事実。それでもこの世界の人たちは過去を反省し、世界をよりよいものにするために奮闘し続け、自分たちが6000年という時で溜め込んでしまった様々な問題を解決していった。
その結果として、元は貴族のみが通学を許されたこの学院も、貴族と平民が平等の権限を得たことで共学となった。

とはいえ…やはり問題も発生する。

「うわあ!!」
学院の裏庭、突然校舎の壁に叩きつけられた茶髪の少年がいた。
「痛い…何するんだよぉ…!僕が一体君に何をしたって言うんだ…」
壁に肩をぶつけられ、痛めつけられた体を抑える茶髪の少年は見るから気弱そうな性格だった。
「うるさいな。平民風情が気安く僕に話しかけるな。お前の息は泥臭くて、学院の空気が汚れる」
彼が見上げた相手は、服装はかなり整われた上等な生地で作られた制服を着た長身の青年だった。今の台詞からすると、彼は身分の高い家の出らしい。それも、かなり傲慢なタチの持ち主のようだ。取り巻きの生徒たちも何人か集まっている。
「全く、今のトリステインも落ちたものだ。父上が言っていたとおりだ。こんな平民が、選ばれた貴族だけが通える神聖なこの学院に通っているなんて。馬小屋なみのくさい臭いで充満するじゃないか」
「ホラ豚、僕のすぐ近くで臭い息で学院を汚したことを謝罪しろ。もちろん土下座でね」
「うぅ…」
弱気な少年は相手に逆らう根性を持ち合わせていなかったこともあり、言い返す言葉が見つからなかった。しかしすぐに土下座をしようとすることはなかった。
「なにしてるんだ。早くしろよ」
「が…!」
下衆にも、その貴族生徒は少年の頭を踏みつけ、地面にこすり付けさせたのだ。
「ほらほら」
ぐりぐりと地面に押し付け、靴の裏に付いた土で彼の頭が汚れていく。周りの生徒たちは彼と取り巻きたちが怖いのか近寄ろうとしない。それをいいことにその貴族生徒と
人のことを平民呼ばわりして侮蔑しているが、そこに貴族らしい姿などこれっぽっちもなかったことに、彼らは己の傲慢さゆえに気づきもしなかった。
しかし、それを快く思わないのは誰でも同じだった。それを体現するかのように、一人の少年が貴族生徒たちの前に姿を現した。
「何してやがんだ、あんたら」
自分が呼ばれ、貴族生徒は声の主の方を見る。
「なんだよお前。まさかこの平民を庇いに来たのか?」
「別に…くせぇ臭いがしたから気になってきたってだけだ」
鼻息を飛ばしながら、その貴族生徒に話しかけてきた少年は…ルークだった。短く刈り上げられ先の尖った鳶色の髪をかき上げながら、いじめを働く貴族生徒たちを睨みつけていた。
「くさい臭い?あぁ、この平民のことか?全く愚かな話だよ。この『トリステイン魔法学院』は、本来僕たちのような、始祖ブリミルに選ばれた貴族の血筋のみが通うことが許された神聖なる学び舎…それをこんな貧乏臭くて臭いだけの平民の豚なんかが通うなんて…豚小屋の臭いが充満するじゃないか」
全く詫びれもせずに、自分が踏みつけている平民の少年の生徒を見下しながら、貴族生徒は取り巻きたちと揃ってげらげら笑った。踏みつけられている少年は、体が震えていた。相手に対する恐怖。それ以外にも、その恐怖の対象に対する、怒りをすぐにでも爆発させてやりたい気持ちに駆られていた。
それを見て、ルークは心底軽蔑した眼差しを貴族生徒に向けながら彼に言い返した。
「てめえの目は節穴か?いや、この場合は脳みそがとろけてんのか?って言うべきか」
「…なんだって?」
「頭がパープリンなのか…って聞いてんだよ、この腐れ脳みそ野郎。俺が臭いって言ってんのは、てめえからぷんぷん臭う下衆の臭いのことだ」
明らかに悪辣な悪口を言われ、貴族生徒の下卑た笑みが消える。
「ほ、ほぉ…言うじゃないか。下賎な輩の分際で」
貴族生徒は顔を引きつらせせながら、ルークを見る。見るからにチンピラみたいな態度じゃないか。制服だって前のボタンをしめず、乱れた着方をしている。口調だって不良じみていてみっともない。着込んでいる服はなかなか上等なものを着ていることから、彼も一応貴族の家から出たもののように見える。
「僕はトライアングルクラスのメイジ…マック・ド・フェルナンドなんだぞ?お前みたいな、授業サボっていそうな不良ごときが、僕を侮辱するなんていい度胸だね」
「あ?マク○ナルド?てめえの行き着けか?」
「マック・ド・フェルナンドだ!ふ…どうやら君は僕のことを脳みそがとろけているだのなんだの言ってるけど、君の方こそ耳が腐っちゃってるのかな?」
名前を間違えられて憤るも、すぐに「こんな奴に怒るなんて大人気ない」と考え、落ち着きを無理やり保とうとしたが、すぐにルークの口から油が注がれた。
「平気で悪人でもねえ奴の頭を足蹴にするようなクソッタレ野郎よか二万倍マシ…いや、比べるだけそいつや俺自身に失礼だぜ」
その言葉に、ついに我慢ならなくなったのか、マックと名乗った学生はカチンときた。
「…どうやら君は貴族としての教養を失ったようだね」
「やっちまえマック!あの生意気な奴に、かつてトリステインの頂点にあった貴族の恐ろしさをもう一度思い出させてやれ!」
「あぁ、もちろんだ」
周囲の取り巻きたちもルークの言動が気に障ったらしく、やってしまえとはやしたて、マックもその気に乗せられてしまった。
「ヴェストリの広場にこい!そこでお前に貴族としての教養を」
「…いいぜ」
「へぇ、逃げないんだ」
マックたちは、ルークに対して決闘を申し込みはしたが、その内容はいたって卑劣なものだった。決闘、そして貴族の教養を教えるという名目の…集団リンチだった。自分たちがいっせいにかかってしまえば、この生意気な奴もすぐに黙らせることはできる。
しかし、ルークの返答は彼らにとって意外なものだった。
「なんで逃げる必要があんだよ。てめえ「ら」なんざ俺一人で十分だっての」
なんとルークは、全員まとめて自分の力で倒せることを確信した言葉を返してきた。
「ッ!…着いて来い。後悔するなよ」
マックは露骨な舌打ちを鳴らす。それはてめえだとルークが言い返すと、マックたちは余計にルークに対して睨みを利かせた。
取り巻きたちが、ルークが逃げないように監視しながら、彼をヴェストリの広場と呼ばれた場所へ誘導した。
その広場にルークが連れてこられたときには、マックの取り巻きたちが、ギャラリーたちが決闘の場に入り込まないように、何よりルークが決闘から逃げないように自分たち自身が柵代わりとなって回りを囲っていた。最も、決闘が始まったら、一斉にこの生意気な奴に痛い目を見せるつもりだが。
「おいおい、大丈夫かよあいつ…」
決闘を見に来た野次馬たちは、これから起こることに不安を抱える者もいれば、きっと一網打尽にボコられるルークに同情する者、逆に喧嘩を吹っかけてきたルークが悪いのだと、自業自得とみなす者とさまざまだった。
「や、やめてよ!彼は何も悪くないじゃないか!
君、早く逃げて!そいつはトライアングルクラスで、すごく優秀なメイジを排出してきた家の出なんだよ!」
さっきまでマックたちからいじめを受けていた弱気な少年はマックにやめるようにいうが、取り巻きの一人に肩をぎゅっと掴まれて身動きができなくなった。
「知ってるかい?このヴェストリの広場の言い伝えを」
綺麗に手入れされた芝生の広がる広場を眺めながら、マックはルークに語り始めた。
「知らないなら聞かせてやろう。この広場は、かつて平民の少年と貴族の子息が女子がらみの揉め事で決闘を行ったらしい。その勝負の決着なんだが、どういうわけか平民が逆転勝利を収めたとか言われているけど…ま、平民どもが適当に捏造したに違いないね。もし本当だとしても、平民に負けるようなヘボなんて貴族の名を名乗るに値しない間抜け…」
「さっきからぐだぐだうっせえんだよ。さっさとかかってきやがれ」
いい加減うんざりしきった様子でルークが手招きしてくる。ついにマックはルークのふてぶてしい態度に、堪忍袋の尾を切った。
(その生意気な姿をゲドゲドの恐怖面に変えてやる!)
杖を取り出し、マックは真っ先に魔法を放ってきた。トライアングルクラスのランクまで実力を挙げたメイジが使用できる、火の魔法フレイムボールが襲い掛かってきた。たちまちルークの姿が炎の中に消える。
「今だ!奴は火から必死こいて逃げ出すに違いない!そこを叩いてしまえ!」
マックの悪辣な命令に従い、取り巻きの生徒たちが炎の中にいるであろうルークに、とどい目をさしてやろうと。自分たちの魔法を放ってきた。

それから決着が付くのに、1分も経たなかった。この多勢に無勢という、決闘の名を騙るリンチの結果は…


ルークの圧勝だった。


「が、がふあ…」
「い、痛い…痛いよママぁ…」
ルークの周りには、ぼこぼこに叩きのめされたいじめっ子たちが転がっていた。対して、ルーク自身には傷といえそうな箇所はほとんどない。本の少し顔や服に汚れが付いた程度だった。
「雑魚」
自分の回りで、痛みでうずくまるマックとその取り巻きたちを、たった一言そう吐き捨てた。
「嘘だろ…たった一人を相手にあのマックが…」
「しかもあいつ、魔法を一発も使ってなかったぞ!素手だけで…」
「魔法もぜんぜん効いてなかった…化け物かよ…!」
野次となっていた生徒たちも、圧勝を飾ったルークの力に戦慄する。しかも話によるとルークは、魔法を使ってきたマックたちと違い、己の拳のみで、魔法の威力を一切受け付けていなかったという。
(馬鹿な奴ら…)
ルークは、自分が魔法を使わずに勝利したことについて野次馬たちの一部が驚いていることに呆れた。詠唱の間の隙を突けば問題はないのだ。一流のメイジはその隙さえも相手に許さないのだが、相手はたかが魔法がちょっと使えるだけの素人学生。喧嘩で勝ち星を飾ってきたルークの敵ではなかった。
「ぼ、僕の父上に言いつけるぞ!僕を殴ったことを!そうしたら…」
「ほぉ…どうなるっていうんだ?言ってみろよ?」
「な…!」
顔を上げてきたマックが、芝生にはいつ配ったままルークを睨みつけながら負け惜しみの台詞をぶつけるが、ルークはだからどうした?といった様子で睨み返してきた。
「自分に非があるくせに親に言いつけるとか、情けねぇ野郎だ…すぐにてめえなんぞに意味不明な謝罪をしなかったそこの泣き虫野郎の方が人間できてるぞ」
親の権力にすがって相手を威圧しようとするその貴族生徒の姿が、あまりにも情けなく見えた。
「な、なんだと!僕を誰だと思ってるんだ!僕はトリステインで由緒ある家の出なんだぞ!」
「人の頭を踏みつけて、意味不明な謝罪を要求するような家の息子なんざ、貴族を名乗る資格があるわきゃねぇだろ。この『クソ犬』野郎が」
舌打ちをかますルーク。すると、倒れていたマックの取り巻き立ちの中で数名ほどの学院の生徒が、ルークが視線をはずしている間にそろりと、この場から逃げ出そうとしていた。
「おい、取り巻き連中」
だがそれに気づいていた。呼び止められた生徒たちはビクッと身を震わせる。
「まさかてめえらまで、このクソ犬と同じ寝言ほざくんじゃねぇだろうな?」
「ひ、ひ…!」
「う、うわあああああ!!!」
再びルークから鋭い視線で睨まれ、取り巻きたちはその場ですくみ上がる者、中には逃げ出した者もいた。ルークは追わなかった。連中へのムカつき加減が高く、一秒でも早くやつらの顔を見ずに済ませたかった。
(…そういや、前にもどこかでああいう手の奴、腐るほど見たような…)
ふと、彼は去って行ったマックたちの悪辣な人物像に、奇妙なデジャヴを感じた。弱い立場の人間を蹂躙して、平気な顔でへらへら笑う。そんな下劣な奴を前にも見たことがあるような気がした。
それも…ずっと昔に。…あぁそうだ、確か、夢の中でそんな奴がいたような気がする。なんか、『青かった』ような…。
「ルーク君!!何をしているかね!」
今の騒ぎを聞きつけたのか、一人の教員と思われる壮年の男性が走ってきた。…ちなみに髪の毛は一本もない。
「コルベールの、おっさんか…」
「先生と呼びなさい、先生と!全く君という子は…ちょっとこっちに来なさい」
コルベールと呼ばれた男は、おっさん呼ばわりされて憤慨する。
この男…『ジャン・コルベール』は長年この学院の教員を務めている教師だった。20年ほど前に、この世界を襲った災厄でも、英雄たちの力となって戦い抜いた英傑の一人としても尊敬を集めている。
「…へいへい」
コルベールからの命令で、ルークはそのまま連れて行かれてしまった。
きっとあいつは先生から正統な制裁を受けるのだろう。ルークが先生に連行された姿を見て、マックたちは逆転勝ちした気持ちになって、連れて行かれたルークを冷酷な笑みを浮かべて嘲笑ったが…
その後、ルークの実家が王家と姻戚関係にある名家中の名家『ヴァリエール公爵家』の末裔であることを聞かされ、それ以降の学校生活ではヴァリエール家からの、真の正統なる報復を受けることに怯えるようになり、平民の生徒たちに対する暴力行為等を一切行わなくなったという。


「……」
コルベールに連れてこられるルークの姿を、一人の人物が見かけていた。メガネをかけた、いかにも理系の印象を漂わせる、青みがかった髪の青年だ。
「とりあえず、ターゲットの位置は特定できましたね。あとは、『向こう』の方がうまくやってくれるか…」
すると、そのメガネの男は、頭の中にピン…と、何かが自分に伝わってきたような感覚を感じ取った。
「…そうですか。そちらはうまくいったのですね。では私の方も動くといたしましょう」
はたから見ると、怪しくも見えるその男だが、彼は気にする様子を見せなかった。
そして、再びルークの連れていかれた方角を再確認するように見るのだった。


生徒たちは寮に戻るもの、乗り物に乗って実家へ戻るもの、そのまま徒歩で下校するものと多彩だ。乗り物には種類があり、この世界は元々機械に頼らなかった時代が長かったこともあり、現在でもグリフォンや竜に頼る人もいる。
ルークの場合は、自家用の飛竜を使って実家のヴァリエール家へと帰るのが普通だった。
「いいかねルーク君、君はあのミス・ヴァリエールのご子息なのだぞ!それなのに校内での暴力行為と行うとは、自分の母の顔に泥を塗る気かね?」
あの乱闘の後、ルークはコルベールから長々とした説教を受けた。
ルークにはあまり友人といえる人間はほとんどいない。彼の力は学院の生徒の中でも異質だった。実家が貴族ということもあって魔法はある程度使えるものの、それ以上に本人は己の身体のみで戦うことを理想としている。問題なのはその人間離れしすぎた力である。実はあの乱闘でルークに決闘を吹っかけてきた相手の中には骨折した者が数名出てきたほどで、ルークがその気になれば腕力だけで相手の命さえも奪える危険なものだった。ルークはその力故に、幼い頃から普通の人間らしく生活するのが難しかった。食事のときも、本の少し力を入れただけで食器を割ってしまったりすることが多く、本意でないのに食器を壊すなと上の叔母から叱られた。おかげで叔母に対していい感情をもてずに生きてきた。逆に下の叔母は、いつも優しく気遣ってくれていたが。
コルベールはルークの母の恩師でもあり、その責任感もあって、教え子の子供でもあるルークに対しても教師らしく指導に当たっていたのだが…。
「じゃああんたは、校内で起きた貴族の生徒の、平民に対する暴力行為に目をつぶれってのか?」
ルークもルークで校内の暴力沙汰を見過ごすことは許せず、マックがそうであったように、貴族の子息子女が自分より身分の低い生徒に対するいじめ行為を…また逆に、平民のガキ大将のような生徒が、かつて平民が貴族に虐げられたときの意趣返しといわんばかりに、気弱な貴族の生徒をいじめる場合でも、暴力で事を収めることもたびたびだった。
結果、ルークという抑止力が校内のいじめ問題を日が経つにつれて急激に減らした一方で、彼を恐れる生徒や教師たちからは敬遠されるようになった。
暴力で解決すること、それを振るって孤立する懸念があるため、コルベールは度々注意を入れるのだが、そんな彼を煽るようにまた校内での暴力行為が横行する。ルークからこらしめられても懲りなかったり、中にはルークに対する報復のために蜂起する学生もいる始末だ。そしてまた、ルークが直接出向いていじめを行う生徒を半殺し。良かれと思ってやっていても結局は暴行であることに変わりない…。

「ルーク!あなた自分の立場を分かってるの!?私たちヴァリエール家は古来より由緒あるトリステインの公爵家なのよ。それが校内で野蛮な喧嘩を繰り広げるなんて、何時になったらヴァリエール家の一員だという自覚を持つのかしら!?」
家に帰ったらいつもこうだ。学校からの連絡でまたルークがいじめっ子たちに対する暴力沙汰を起こしたことを知った上の叔母が遣ってきてうるさく叱り飛ばしてくる。
「っるっせえな…」
それに対してルークは怒鳴り散らしてくる叔母の怒声を聞き流そうと、耳をふさぐのに必死だった。
「うるさいですって!?それが問題を起こした者の言う台詞!?」
「あいつらが大人しくしてりゃ俺だってなにもしやしねぇよ。けど、いまだにいちいちいらねぇ騒ぎを起こす馬鹿がいやがる。そいつに気合を入れることの何が悪いってんだ。悪いのはあいつらだろ」
「あなたねぇ…!」
「大体ヴァリエールがどうこう言ってるけどよ。俺だって実家の誇りくらいはあるさ。けど、だからこそ無視できねぇんだ。あのクズ犬共がへらへら笑ってやがるのが」
「だからといってあなたが暴力を振るう理由になると思ってるの!?」
「じゃああんただったらどうするんだよ?大体、お袋に対して暴力じみた教育を施したあんたが、俺に偉そうな口叩いてんじゃねぇよ」
「なんですって!?」
若い頃の汚点をダシにされてルークの叔母は眼鏡の奥の鋭い目をより鋭くさせる。
「んじゃ、そゆことで~」
「こら!待ちなさいルーク!」
軽いノリで去り行くルークを引き止めようとするが、ルークは無視してそのまま二階へ上がっていく。
「まったく…ちびルイズ以上に手間のかかる子ね」
目くじらを立てて、いらいらを募らせていく叔母だが、怒りの表情から打って変わって、ため息混じりに落ち着いた表情に変わる。
「暴力…か」
ルークの言った言葉を気にしたのが影響したようだ。
「エレオノール様、もうお坊ちゃまはお帰りに?」
何か頭を悩ませるルークの叔母の下に、一人のメイドが歩み寄ってきた。
「あら、テラじゃない。ちょうどよかったわ」
やってきたそのメイドは黒く短い髪の、20代半ばの女性だった。
「その様子だと、またお坊ちゃまが問題を起こされてしまわれたようですね」
「…ええ」
この女性メイド、テラはルークが生まれた時にこのヴァリエール家に雇われた。子供の扱いに慣れているというらしいので、多忙さ故に家を空けることばかりだったルークの母に代わって彼の教育係を勤めてくれている。ルークの叔母『エレオノール』は子供の扱いには完全にド素人。しかも自分でもようやく自覚できた難癖のついた性格故に、ルークからの叔母としての威厳も信頼もあまり高くなかった。
「悪いわね、テラ。あの愚甥のおかげであなたにも苦労をかけてるみたいで」
「愚甥だなんてとんでもありません。あの方はとてもお優しい方ですわ。見た目も性格も、母上様にそっくりですから」
「…そうかもしれないわね」
言われてみて、エレオノールは不思議なほどに納得した。
「でも、同時にお父様似でも「テラ」…は、はい?」
微笑ましげに続けようとしたテラだったが、その瞬間エレオノールから強いプレッシャーを孕んだ言葉が、テラの言葉を遮った。
「あの男の話はしないで頂戴」
「…まだ、許してないのですね」
「あたりまえでしょう…。誰が許せるものですか」
エレオノールは憎々しげに呟く。

(妹をたぶらかしておきながら…妹を捨てた男など…)


「ふぅ…」
部屋に戻ったルークは、学ランを脱ぎ散らかして自分の部屋のベッドに寝転がった。
彼の部屋はやはりトリステイン王室と遠い血縁関係にある名家なだけあってかなり立派だ。高級テレビモニター、シャンデリアやふかふかの羽根布団と枕…。立派過ぎて、庶民の家の方が魅力に思えるくらいだった。
なんか…つまらないな。
学園ではむかつく奴らと喧嘩して確実に勝ってしまい、眠くて詰まんないだけど授業を受け続け、家に帰ってもうるさいだけの叔母とおせっかい焼きのメイドがいる。そんな日常と向き合うだけの、なんの変哲もない日常…。
講義中は寝てばかりだがテストはほとんど高得点だし、家の財産も尽きる気配がないから恵まれすぎていた。
頭だけではない。幼い頃から、彼は異常な身体能力を有していた。
とあるアメコミのヒーローのように、高いビルとビルの間を生身で飛び回り、たとえ3階建ての建物並みの高所から落下しても傷一つ着かなかったほどだった。
それだけに、面白みがないのだ。ただ分かるのは、今の生活は自分が求めているものとはどこか大きく異なっている気がした。自分が求めているもの…それが分からずに、退屈な日々をもどかしく思うばかりの生活を送っている。
子供の頃、ずっと思っていた。どうしてこんな力を持っているんだろう。この力のおかげで喧嘩では負けなしだが、それだけにつまらないし、それどころか日常生活でも家具を謝って壊してしまうとか、下手をすれば人を大怪我させてしまうほどの危険な力。
(…普通の人間だったら、俺もなんてことない、毎日が楽しい日々を過ごせたのかな…)
ルークは天井を仰ぎながら、天井にかざした自分の右手のひらを眺める。母も、叔母も、隠居した祖父母も、誰もが自分のこの力には驚かされていた。子は親から特徴を遺伝するといわれるが、彼らには自分が持つこの人間離れした身体能力はない。となると…自分がこの力を得た発端は一人しか思い浮かばない。
(親父…)
そうとしか思えなかった。父方の血が、この異様な力を与えたのだろうか?それに…父が原因なのでは?と思えてならない理由がもう一つある。
先日夢に見た、燃え盛るどこかの街の景色と、そこを舞台に戦う謎の巨人たち。そして最終的に現れた、黒い巨人たち。
(時々夢に見るあの光景も…親父と何か関係があるのか…?)
顔も名前も聞かされず、自分にとって謎のままの存在として認知されている自分の父親。
一体、どんな男だったのだろうか…。
(…いや、どんな男だったとしても、あいつは…)
そのときのルークは拳を握り、表情と悔しさと怒りを滲ませた。
なぜあいつはこの家にいない?どうして誰もあいつのことを語ろうとしてくれない?
…そうだ、きっと叔母がそういっていたように、そうとしか思えない。
すると、コツコツと扉をノックする音が聞こえてきた。
「お坊ちゃま?よろしいですか?」
「ん?テラか」
入れ、とルークが起き上がって部屋の扉に向けて言う。ガチャ、と扉が開かれ、テラが部屋に入ってきた。
「そろそろお夕飯の準備なので降りてきてくださいませ」
「…」
「坊ちゃま?」
沈黙する主にテラが首を傾げた。どこかからだの具合でも悪いのかと思ったが、ルークが彼女に質問してきた。
「テラ、お前も飽きないよな。俺みたいな奴の面倒を今でも見てくる」
自分でも、ルークは問題が多い奴だという自覚はある。短気で喧嘩っ早く、問題行動を次々と起こしている。年齢を重ねる内に説教もロクに聴きたがらなくなった。そんな奴を何時までも世話する気になれる奴の気が知れない。
「これが私の仕事ですから。それに私、世話を焼くことも好きですから」
「世話好き…ねぇ。それにしたってずいぶんな気がするな」
それを聞いて、ルークは変わった奴だと思う。それに、とテラは新たに付け加えてきた。
「あなたのお母様方とのお約束ですから」
「ふーん…」
「そういえば、お母様が明日にお帰りになられるみたいですよ?」
「お袋が?急だな」
ルークの母は、20年前の戦いで世界を救った英雄の一人として讃えられている。それゆえに各国からその力を頼られ、多忙で家には滅多に帰ってこない。だがいつもなら、戻る予定日よりも1週間ほど間を開けてから戻る。それが、明日とは珍しいケースだった。
「ご用事が済まわれたみたいなので、ご実家でご家族のご様子を見に来る予定だと」
「……」
「お坊ちゃま、お母様がお帰りになるのですから、ちゃんとお出迎えして差し上げてくださいね」
「…めんどくせ」
ルークは露骨に面倒くさそうに頭を掻いてため息を漏らすと、テラがジロッとルークを睨みつけ、弟をしつけるお姉さんのようにぴしゃりといった。
「面倒くさがってはいけません。お母様がご多忙になって以来、ロクにお話も成されていないじゃないですか」
「だからだっての…」
いかに親しい間柄でも、肉親同士であっても、長期に渡って会わない時間が続くと、再会した時に妙に気まずい気持ちになる。ルークも例外ではなかった。だったら会わないように、適当に街に繰り出して時間つぶしと行くべきか。
(明日の学校の帰り…シエスタ叔母さんのところで暇を潰そうかな)
ルークは密かに、悪ガキ臭い企みを抱くのだった。後でこのおせっかい焼きのメイドから説教されるのが目に見えているのだが、それでも嫌なものは嫌だった。
「お父様がお会いになられないのが、残念ですわね」
「……テラ」
ルークの父親の事に触れた途端、ルークがテラに向けて鋭い視線を向けた。
「親父の話はすんじゃねぇ」
「そ、そうでしたわ。もうしわけありません」
機嫌悪そうにルークはテラに言った。暗い闇を抱えながら鋭い視線を向けはしたものの、テラの落ち込んだ表情を見たルークは、しまった言いすぎたと悔いた。なんとか彼女を元気づけようと言葉を試行錯誤する。しかしルークはこういったことが苦手。
「あ、その…えっと…俺はただ、親父の話さえしなければいいってだけで…その…あまり落ち込むなって…」
慰めようとしていたのに全くうまく言えずにいる。テラは、さっきまで禁句を言ってしまって後悔した表情から一点、ルークの照れくさがっている顔を見て、ぷっ!と笑い出してしまった。素直に言いすぎた、ごめんと言えばいいのにそれを言えずにいる彼がおかしく感じたのだ。
「な、何笑ってんだよ!」
「ごめんなさい…だって…ふふ…ふふふ」
「だああああ!!その生温かい目で俺を見て笑うのやめろっての!!胸に穴が開く!!」
赤面して頭をかきむしるルーク。この、まるで幼子を見守るような視線などは照れ屋なルークにとって苦痛でもあった。
こんな空気はいやだ。ルークは無理やり話の話題を切り替えることにした。
「そ、そういえばさ…」
「あら、なんでしょう?」
だからその生暖かい目を向けるのを止めろ!といいたくなったが、それを実際に言うと余計にいじられる予感がしたルークは喉の奥で押し込めた。
「今朝の事なんだけどよ…また、例の夢を見たんだ」
「例の夢…燃える奇妙な街の夢ですか?」
「あぁ…」
火の海となった街と、そこで戦う怪獣と巨人たちの夢の話は、テラには聞かせていた。テラは少なからずルークにとって貴重な相談相手でもあったからだ。
「夢にしてはおかしいって思うだろ。テラ、なんか知らねぇか?」
「…いえ。流石に聞いたことがないですわ」
少し間をおいてからの返答だったが、テラは首を横に振った。
「そっか…悪いな。へんなこと聞いて。
あ、早く食堂に行こうぜ。でないとエレオノール叔母上がうるせぇからな」
優先すべきことを思い出し、ルークは先に下の階へと降りていった。
だが、それを見送ったテラは、憂い顔で下に下りて行く彼の背中を見つめていた。
(ルーク様の『力』が、やはり目覚めかけているのね…)

まだ先のことだと思うけど、奴らはきっと彼を狙ってくるはず。

警戒しなくては…
 
 

 
後書き
○辞典

ルーク・ド・ラ・ヴァリエール
(ICV.梶裕貴)

本作の主人公。
『ウルトラマンゼロ 絆と零の使い魔』のヒロインの一人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの息子。
性格、容姿、髪の色は母譲り。伸ばすと女性に見られることもあるので、髪型は短く刈り上げられている。
服装は黒の学ラン(地球製)。
通常の人間を超えた異常な身体能力を生まれたときから保持しているため、普通の人間らしい生活を送ることができずにいる。力を疎んでいる一方で、その力で悪党を懲らしめるなど、乱暴ではあるが正義感が強い。いまだに古い習慣故に悪事を働く貴族を、同じ貴族として、同じ人間として憤りを覚えている。同時に、自分が疎んでいる力を利用していることについて、矛盾を感じつつも使っている自分に苛立ちも抱いている。
同時に、母は自分を引き取っておきながら多忙なせいで会えない日が多い(それでも母に愛情がある)。その影響もあって、叔母をはじめとした肉親とはあまり仲がよくない。唯一、専属メイドの『テラ』は彼の数少ない理解者。
父が一体何者なのかは不明で、ヴァリエール家内ではタブーとされている。顔も知らない父のこともよく思っておらず、一方で何者なのか気になっている。

正義感の強さと不器用ながらも優しさを持つ一面、自分なりに実家の誇りを強く持っている姿は確かに母譲りな面もあるが、同時に『ある男』の特徴も兼ね備えている…。

 

 

少年の日常、崩れ去るの事

 
前書き
今回もルークの話です。今回も別作品のキャラクターたちが出ます。 

 
「よいですか。この星『エスメラルダ』は約20年前…」
その日も、学院に通ったルークは授業を受けていた。科目は歴史。今回の授業内容は、自分が生まれる少し前の時期、母たちがこの世界を襲った大乱に立ち向かった当時のことだった。
学院の教室はまるで大学の集会室のような、自然と黒板に生徒たちの視線が向けられるような構造、普通の学校の教室の倍以上の広々としたものだ。
コルベールが教壇に立ちながら、内容の説明を続けていく。しかしこの手の授業は先生の話があまりに長いものだから、中には爆睡し始めている者もいれば、クラスメートと小声でお喋りしている者もいる。
ルークも退屈そうに授業を受けていた。何度も実家で雇われた家庭教師からの講義で学んでいた内容はもうとっくに知っているせいだ。喧嘩っ早いルークは不良のレッテルこそ貼られているが、一応勉強はできる方なのだ。
だが、うまくできていることが多くて、授業がかなりつまらなく感じてきた。勉強する意味を見出せなくなってきていた。
テストで100点とったところで、労いの言葉が返ってきた記憶がないわけではない。ただ、高い点数を取ったところで何の意味があるのか。このようなことを学び続けたところで一体自分の未来にどこまでいい意味で影響するのか。そんなものが見出せないのに、それどころか役に立つ機会なんてないに等しいと思うのが自然なのに、どうしてこんなことを学び続けなければならないのか。それをルークは理解できずにいた。かといってサボったら、叔母がどんなにうるさく言ってくるか。テラからも、叔母と違って癇癪持ちではない分優しいが、お説教を食らうことに変わりない。
(コルベールのおっさんには悪いが、いっそ寝てしまうか…)
寝たら寝たで困ることはあるが。
テラに話していたように、困ることといえば時折ルークは幼い頃から悪夢によく苛まれることが多い。燃え盛る都市で戦う巨人と怪獣の姿を、頭の中に暗記しているほどだ。あまりにしつこくてイラッと来ることがあるが、授業が面白くないおかげで、寧ろその夢が悪夢じゃなく、面白い夢として記憶に刻まれ始めるくらいだ。
「ずいぶんつまらなそうな顔をしていますね。君は」
「あ?」
ふと、彼は隣から小声で声をかけられた。右隣に顔を向けると、眼鏡をかけた長身の、挑発の青年がルークを見ていた。
「今は授業中ですよ。しっかり聞いておかないと、テストに響きますよ?」
「別に…」
問題行動こそ多いが、ルークは成績に関しては特に問題は無かった。寧ろ頭がいい方で試験になると上位に立っていた。だからこんな大事な授業でもだらけることもできるのだが、同時に授業がそこらの生徒以上に退屈に感じてしまう。
「そういうてめえこそ人のこと心配してる場合か?ガリベン臭いナリしてっけど」
「僕も心配はありませんよ。見た目どおり頭もいいですし、運動もそれなりにできますから」
「……」
見た目だけだとそうは見えない。ルークから見れば、背が高いだけのノッポ…まさに独活の大木のようだ。それに、なんかこいつは怪しい。いやな感じがする。
「ま、かまいませんけどね。もうじき、あなたにとっても不満要素だらけな日々は終わりますよ」
すると、彼はふ…と笑みをルークに向けて浮かべる。
「?終わるって…どういう意味だよ」
「さあ、それはご想像にお任せしますよ」
授業終了のチャイムにつられるように、生徒たちが教室を出て行く。それに続いて彼もまた教室を後にするのだった。
(なんなんだあいつ?)
よく分からんが、…君の悪い野郎だった。まるでこっちを見透かしてくるような目だった。
まぁ、どうでもいいだろう。ルークはさっきのやり取りのことなどさっさと忘れて、街へ繰り出すことにした。



「なるほど、では今日、まもなくですね?」
『あぁ、これでまた一つ…俺たちの目的に近づいた。だが、なぜこの世界から潰す気になった?』
「それは、やはりこの『外史』の守護者である存在です。「彼女」のおかげで、彼らに我々の存在は既に悟られている。秘密裏にことを進めなければ、彼らに気取られてしまいます」
『ち…そのために外史に生きる傀儡ごときをけしかけねばならんとはな…』
「いつでもやってきたことじゃないですか。今更でしょう?」
『この手で直接手を下さないと我慢ならん』
「それができるように、今のあなたにはそちらの世界での作業に取り掛かってもらってるんです。あなたの大嫌いな『彼』もまたその外史で生きています。ちょうどいい意趣返しになるからいいじゃありませんか」
『…ふん、まぁ否定はしないがな。あの男をまだ殺せないのは腹立たしいが、奴を苦しめる時間を延ばせるというのなら…望むところだ。とことん苦しませてから殺巣のが楽しみだ。それより…』
「なんでしょう?」
『例の傀儡と、それを見張っているあの裏切り者はどうしている?』
「傀儡の居所は判明しています。そして、彼女が彼を見張っていることもね」
『あいつには常々邪魔をされたからな。おい、あの女は…』
「ええ、わかってます。いずれ確実に…仕留めて見せましょう。ですがまずは…彼を確保しなければ」



ルークは結局、全ての授業が終わってもすぐに家に戻らず、城下町『トリスタニア』にある知り合いの店に寄って行った。
その店の名前は…『魅惑の妖精亭』。20年以上も前から繁盛し続けている大人気の店である。『妖精さん』と呼ばれている女性店員たちが色気と可憐さを備えたコスチュームを着てお客様をおもてなしする…地球で言うメイドカフェに近い。ルークもそこの常連である。
色気ある女の子たちのきわどいコスチュームから見え隠れする胸や足などに、つい目を生かせてしまうこともしばしばだ。
ただ、この店には知り合いの女性がよく顔を出しに来てくれるのだ。
「あら、ルーク。今日も来てくれたの?」
ルークの元に、注文を聞きに一人の女性店員がやってくる。碧の給仕服を着込み、ショートカットに切ってある美しい黒髪をした女性だった。外見でもまだ20代にしか見えないが、彼女はすでに30後半だった。
「なぁ、ジェシカさん。シエスタおばさんは今日来てねぇの?」
ルークはジェシカに尋ねる。
「シエスタ?しばらくタルブ村での仕事で来れないって言ってたわ」
「んだよ…通りでしばらく見ないって思ったら…」
どうやらルークはそのシエスタという女性に、近所の優しいおばさんのような感じで、好感を持っているようだ。でもいないのなら、仕方ない。
「適当にドリンクでも飲んで後は街で時間を潰そうとすっか。ゲーセンもあるし」
ゲームセンターも地球の文化を取り入れ始めてから設置されるようになり、ルークもよく立ち寄るようになった。長時間立ち寄りすぎて帰りが遅くなって、お叱りの台詞が帰ってきた途端に飛んでくるが。
「……」
そんな彼の傍らの座席に、一人の男が現れ、座席に座った。その男の姿に、ふとルークは視線を寄せる。
(な、なんだこの人の迫力……)
短い髪に黒いコートを羽織ったその姿からは、見た目の若さ以上の年季と幾多の修羅場を潜り抜けた戦士としての風格が漂っていた。思わずルークはゴクッと唾を飲み込む。
「いらっしゃいませ!ご注文は何にいたしますか?」
新しいその客に、ジェシカは注文を尋ねる。
「あぁ…ワインをくれ」
「ワインですね?かしこまりました!」
彼女はオーダーを聞いて厨房に向かうと、すぐに注文どおりのワインを持って彼の元に戻ってきた。
「何かお悩みですか~?」
「…そのわざとらしい口調はなんだ。ジェシカ」
男はその色気を漂わせた口調を言い放つジェシカに、全く媚びることもなく冷静さを保ったまま、呆れた様子でその女性に言い返す。そのクールな態度の彼にやりがいがないな、と女性もまた彼に対して呆れた。
「んもう、相変わらず無愛想なこと」
「その人…知り合い?」
何かと威圧感を漂わせる其の男に、妙に親しげに会話するジェシカにルークは尋ねてきた。
「誰だと思う?」
それに対し、ジェシカは少し悪戯っぽい漢字で、質問に質問で返す。
「もしかして…彼氏さん?」
「違う」
それとも旦那?とルークが追加する其の前に、男は真っ向から、それも冷静に否定した。
「そんな風に冷たく返されると、流石に傷つくわよ?」
「冗談でその小僧の質問を肯定したら、浮気者扱いは免れないからな。俺はグラモンと違って一途だからな」
あまりに冷たく感じ取れる返しにジェシカは言うが、ここにいない誰かの事を詫びれなく貶しつつ、自分のハートが強固なものであることを主張する男。
「小僧じゃねぇ!俺はルーク・ド・ラ・ヴァリエールだ!」
子ども扱いしてきた男の言動に、ルークは少しムキになって反発する。
「…さすがはヴァリエールの子だな。変なところで意地を張るところもよく似ている」
しかし、男はルークの強気の態度に全く気落ちせず、まるでふてくされる子供をあやすように言った。
「ヴァリエールの子…?あんた、お袋のこと知ってんのか?」
「当然だ。奴とは20年前からの付き合いだならな」
男の言い回しが、自分の母のことを知っているような口ぶりだったこともあって尋ねると、男はルークの質問に頷いた。ルークはその男が、母の知り合いであることに驚いた。
「じゃあ…ちょっと聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「あんた、お袋の旦那を…親父を知ってるか?」
「ヴァリエールから聞いていないのか?」
「お袋は、俺が子供の頃からずっと家を開けてばかりなんだ。国から特殊な任務を任されているとか言ってたけど、それがなんなのかも…昔の事だって俺にほとんど話してくれちゃいないんだ。叔母上も…親父の話を持ち上げた途端、眉間にしわを寄せてばっかでまともに話さねぇし」
親父の話をするな、とテラに言っていたが、内心では父がどんな男なのか、ルークは気になっていた。
ルークが父の話をしたがらないのには理由があった。その話をすることで叔母がいちいち不機嫌になるからである。ただでさえ平時でも不機嫌オーラを撒き散らす叔母が怖くもあったし、煩わしかったのだ。
「……もし、父のことを知ったとして、お前はどうする気だ?」
「…決まってんだろ」
男からのもしもの問いを聞いて、ルークは静かに立ち上がった途端、気合のポーズをとるようにパン!と音を立てながら、右拳を左手で受け止めた。
「親父を殴る!お袋や俺のことを放り出したことを反省させるまで殴りまくってやる!泣いて謝ったって許さねぇ!」
エレオノールのヘイトスピーチも原因かもしれないが、ルークは子供の頃からずっと、顔も名前も知らない父に対する不満を募らせていたのだ。さらにルークは、自分の異常な身体能力を持つが故の苦労に対する不満や愚痴をありったけに吐きまくった。
男はルークの言い分を聞いて、顔を覆ってため息をつきたくなった。
(…だから言ったんだ、ヴァリエールの奴め。息子の世話ができないなら、無理しないでこっちに任せればよかったものを。二番目の方ならまだしも、自分の一番上の姉がガキの教育に向かないことなど百も承知だっただろうに…)
「で、あんたは…親父を知ってるんだよな?」
「…知らんな。奴とはあの戦いが終わってから、会う回数がめっきり減ったからな。結婚したかどうかさえも聞いていない」
「そうか…」
改めて父の事を尋ねるルークだが、男は何も知らないと主張した。
ちょっと空気が不穏に成りつつあったのを察し、ジェシカはここで男のグラスにワインを注いで、今度は自分が男に質問してきた。
「それにしても、奥さんも連れてこないでここに一人で来るなんて珍しいじゃない『シュウ』。何かあったの?」
「久しぶりに『あいつ』からの連絡が来たからな。ここで集合する予定だ」
「あいつ…?」
「あぁ。あいつだ。お前も知っている、あいつだ」
「…あぁ、あいつのことね!」
その男…『シュウ』の言う『あいつ』のことが誰なのか、ジェシカは察した。
「最近、別の次元との繋がりが濃くなり始めている。普通次元の壁に穴があくことは滅多にないが、それが数件にもわたって発生している。あいつはそれを異常に感じて、俺に直接会って話をしたいといってきている」
「なんだかよく分からないけど、あなたたちほどの人がそれほど懸念しているってことは、また何か大変なことが起きるってこと?」
「あぁ…おそらくな」
ワインを少し口に含みながら、シュウは顔を険しくする。
「…こんなときにあいつらは5年間もどこに姿を消したのか…」
「どうかした?ぶつぶつ言ってますけど」
「いや、なんでもない。ただの独り言だ」
シュウの独り言に耳を傾けてきたジェシカに、彼は首を横に負って何も言わなかったことにした。
(別の…次元…?)
ルークはその会話を聞いて興味を引かれた。なにやら、普通ではない奇妙な出来事が起こることをこの男は察しているような気がした。それを予想した時、先刻のあの眼鏡の同級生が言った言葉が蘇る。
この退屈な日々も終わる…と。
偶然なのか、奇妙な接点がこの男の言葉と、あの眼鏡の学生の間にあるような気がした。
「なぁ、あれなんだ?」
ふと、街の人たちの会話を聞いてルークは顔を上げる。彼らは空に向けて指を差して騒いでいる。ルークもそれに釣られて店の外に出て空を見上げた。
いつものような青空が広がっていて、昼間もその姿を見せている赤い月と青い月が見える。
だが、街の人たちが指摘していた異変は、すぐに何なのかをルークは知ることになった。


空に、虹色と暗雲が混じったような現象が起きていた。
そして、空間に赤黒いヒビがぴしぴしと音を立てながら生じるという、非現実的な現象が相次いで発生する。
「さて、まずは…一手」
その現象は、ルークに意味深な言葉を送っていたあの青年も見ていた。
彼は普通ではありえない場所に立っていた。そこはなんと…街の中央にシンボルとして存在している『トリスタニア城』の最も高い塔の…針の上に立っていたのだ。
「さあ…来るのです。我らの招待を受けし、異界のお客人たち」
彼がどこか楽しげに言うと、彼の額に不思議な刻印が刻み込まれた。
やがて、彼の声に反応したように、ひび割れた空間が割れた。
その奥から見えた赤黒いひずみの中から…巨大な3体の巨大生物が姿を現した。


一方その頃…
ルークたちのいる世界と同じ次元に存在する宇宙、そこには青と赤色の肌を持ち、頭に二本の短剣を携えた戦士が、宇宙空間を飛行していた。ふと、彼はその金色の目にあるものを眺める。
「あの星、何年ぶりかな…」
その巨人は、懐かしむように視界に映る、青く美しい星を見つめる。
その名は惑星『エスメラルダ』。赤と青の二つの月を持つ、地球のように美しい緑と海の広がる星。この巨人にとってとても感慨深い星なのだ。
だが、懐かしむ彼を、すぐに戦士としての姿に引き戻す事態が起きた。
「な、なんだ!?」
同じ頃の地上と同じように、エスメラルダのすぐ傍の空間に歪みが生じ、ひび割れたのだ。
「空間が割れた!?まさか、ヤプールか!?」
戦士…『ウルトラマンゼロ』は絶句する。
そんな彼の驚きを他所に、ひび割れた空間から新たに巨大な影が出現する。
その怪獣の名は『彗星怪獣ドラコ』。目の前にゼロという獲物を見つけた途端、彼に襲い掛かってきた。そのスピードはゼロの予想を上回っていた。
「グワ!!」
予想以上の早さでゼロに向かい、すれ違いざまの一撃をゼロは食らってしまう。
(こいつ、普通のドラコよりもかなり強化されている!?)
ゼロは同族たちの仲でもまだ年若い方だが、これまで何体もの怪獣を相手にした戦士である。同種族の相手も何度も行ってきた。故に、このドラコの強さが本来の固体よりも異常であることに驚かされた。
ゼロはドラコの攻撃に耐えながら、奴の姿を見る。よく見ると、奴の体の一部に奇妙な水晶体がへばりついていた。
(あの水晶体はまさか!)
彼はその水晶体を見て驚きを見せる。その水晶体からは強烈なエネルギーが感じ取られた。
(奴は、あの水晶体の影響でパワーアップしたのか!)
考えている間も、ドラコはゼロを狙って突進を繰り返す。
「この、調子に乗るな!!」
ゼロは頭に装着されていた短剣型ブーメラン〈ゼロスラッガー〉を二本共手に取る。すると、彼の左手の項に刻まれた、文字のような印が青い輝きを解き放つ。それと同時にゼロは二本のゼロスラッガーを投げつける。
スラッガーは円を描きながら周り、ゼロに向かってきたドラコと正面からぶつかり合う。
双方がすれ違ったところで、ゼロの頭にスラッガーが戻ってくる。しかしドラコはゼロに向かって一直線に飛び続ける。だが、ゼロにドラコの突進が届くことはなかった。
届きそうなところで、ドラコの体が頭から真っ二つに切り裂かれ、そのままゼロとすれ違って宇宙の藻屑となったのだ。
少し厄介な敵だったが、長く戦い続けてきたゼロの敵ではなかった。
とはいえ、今この惑星に起きた異常事態を解決したわけではない。
「地上が心配だ。すぐに行かないと!」
ゼロは一筋の青い光となってその星へと向かったのだった。



「か、怪獣…!」
突如街に現れた巨大な怪獣に、ルークだけじゃない。街の人たち全員が恐怖した。
20年前の大乱を機に、この星にも出現するようになった巨大生物…人は彼らを『怪獣』と呼び恐れた。何度も教科書で見たことがある。

地球の名画「ムンクの叫び」のような不気味な顔が掘り込まれた『フィンディッシュタイプビースト・クトゥーラ』。
その強靭な肉体で敵を翻弄する、一度認めた主に忠実な『用心棒怪獣ブラックキング』。
二つ何ふさわしく、何度倒しても蘇ることが可能な『再生怪獣サラマンドラ』。
いずれも、この星をはじめとした、あらゆる宇宙文明の危機を救ってきた英雄ウルトラマンたちを苦しめた強敵たちだった。

ふと、ルークの脳裏に…ある言葉が浮かぶ。
この退屈な日々は終わる、と。
「まさか…」
あの眼鏡野郎が何かしでかしたとでも言うのだろうか?
けど、この世界には当時の戦いから設立され、この星を守ってきた防衛チームが存在している。
その名は『ウルティメイトフォースゼロ(UFZ)』。かつて彼らと共にこの星を守ったウルトラマンの名前に謝って名づけられた組織だ。
彼らの乗る飛行兵器が、怪獣たちに向かって攻撃を開始、ウィングに仕込まれた砲口より発射した。さらに地上からは、魔法、銃器を発砲して怪獣たちを攻撃する別働隊も援護に回っている。
「ああああああああああ!!」
「落ち着いて!こちらへ避難してください!」
彼らは地上でパニックを起こしている人たちの避難誘導も担当していた。彼らの計らいで街の人たちは恐れおののきながらも、UFZの的確な動きと指示のおかげで、避難先へ急ぐことができた。
だが、怪獣たちはそんな彼らの動きさえも嘲笑うように暴れまわった。クトゥーラの振り回す触手が上空を舞う飛行兵器を撃墜し、そんなクトゥーラを守るようにブラックキングが自らの肉体を盾にしてやり過ごす。其の間にサラマンドラも地上にいる人々を蹂躙しようと、周囲の建物を破壊しつくそうとする。
もちろん街の人たちは大騒ぎになった。少しでも早く逃げ延びようと、中には魔法など、あらゆる手段を弄して避難しようとしていた者も居た。
さっきの男や、あの眼鏡男が言っていたことって…こういうことなのか?
「その通りですよ」
「!」
ルークは突然背後から聞こえた声にぎょっとした。振り返ると、やはり思ったとおり、あの眼鏡の男がルークの前に姿を見せていた。
「お前、こうなることを最初から知っていたのか?」
「知っていた?そんなこと、これからのあなたには関係のないことです」
その男の眼鏡の奥から見える視線には、氷のような冷たさをルークは感じた。
「どういう意味だよ?さっきから訳のわかんねぇこと言ってんじゃねぇぜ」
ルークの言葉を聞いて、眼鏡男は、はぁ…とため息を漏らしながら眼鏡をかけなおした。
「やれやれ…知らない間にずいぶんと聞き分けのない子になったようですね」
「はぁ?」
「まぁ、いいでしょう。次元の壁に穴が開かれ、彼らが暴れている今…あなたを取り戻す絶好の機会ですからね」
眼鏡男が改めてルークは見て、指を頭上でぱちんと鳴らす。すると、周囲の建物の中、隙間からぞろぞろと、白い装束に実をまとった怪しげな集団がルークを取り囲んだ。
「な、なんだ…お前ら!?」
「あの男を捕まえろ」
「はっ…」
心というか、魂のこもらない返事をした、白装束の一人。そして、白装束たちは一斉にルークに襲い掛かった。
「んの野郎が!」
真っ先に襲い掛かってきた白装束の一人を、ルークは殴り倒した。だが相手は人間、ちゃんと手加減を忘れずに殴っておいた。殴られた白装束は地面の上でそのまま伸びた。
「んだよ、大したことねぇ…な!?」
小さな勝利に浸るのも、束の間だった。今までルークと喧嘩して倒された連中は、彼の軽い感覚で放ったパンチで簡単に気絶してきた。本気を出せば、人間の体だって粉砕できる。
しかし、今殴り倒したはずのこいつは、ルークから殴られたというのに、ちっともダメージを受けたようなそぶりを見せない。
「馬鹿な!間違いなく落としたはず…」
「あなたがいくらがんばっても、彼らは不死身です。何度倒しても蘇りますよ。あなたを捕まえるまでは…」
「お前が操ってるのか!?」
眼鏡の男は、決してそこらへんにいるような、ただの人間ではない。この男を見てルークは確信した。それにしても、人間を操って戦わせて置きながら自分は高みの見物。この眼鏡野郎の手腕の汚さにルークは怒りを覚えた。
「こいつらだって人間だろ!?何てことしやがる!」
「彼らは使い捨ての駒…いくら死のうが関係ありませんよ。傀儡は使われるために存在しているのです。そしてそれは…あなたにも言えることです」
「…!?」
俺にも言えること?意味が分からない。怒りの代わりに、今度は困惑の念が湧き上がるルーク。この男は一体何をどうしたいのだ。俺を襲って、一体何をする気なんだ。
「これ以上語ることはありません。大人しく、我々の元に戻りなさい」
「!」
眼鏡男が言うと、再び白装束たちがルークをひっとらえようと飛び掛ってきた。ルークは直ちに応戦した。こいつらは、操られているとはいえ自分と同じ人間だ。加減なしで戦うには、どうも気が引けた。だがそれでも、力加減をしながら戦うことになるからあまりにもしんどい。しかも、いくらルークが殴り倒しても蹴ったり投げ飛ばしたりしても、白装束たちは立ち上がって再びルークに戦いを挑んでくる。
(くそ、分が悪い!逃げるしかねぇ!)
あんな眼鏡男を相手に逃げるのは屈辱ではあるが、逃げるのは得意だ。ルークは一度体制を整えるためにも一時離脱を図った。


ルークの実家であるヴァリエール邸でも、怪獣出現に伴う異変によって騒ぎが起きていた。
テラが洗濯物を干していると、トリスタニアの方角の空がひび割れている光景が目に映った。
(何かしら…?)
目を凝らすと、3体もの怪獣たちが出現し、彼女の表情が一変する。
だが、彼女が驚いたのは『怪獣が現れた』ことではなかった。
「次元の壁に穴が!?まさか…『奴ら』が…!?」
その言葉には、ただ聞くだけでは読み取れない深い意味が含まれていた。
「坊ちゃまが危ない…!」
彼女は仕事中にもかかわらず、洗濯物を放り出して駆け出していった。


ルークが店を出た頃、店の外の騒ぎが大きくなったのを聞きつけたシュウは、空を見上げた。肌で感じとれる。またこの星に脅威が訪れたのだと。
「また怪獣が…!」
それを、彼の後を追って店の外に出たジェシカも見上げる。彼女も20年前の戦いの時代を生きていたため怪獣を知っていた。何度もあのような怪獣が現れたおかげで、この街は何度も甚大な被害に見舞われた。できればもう二度と見たくなかったが股こうして現れるとは。
「ジェシカ、お前は避難しろ」
「わかったわ」
シュウは、懐から白い探検を取り出しそれを鞘から引き抜く。同時に彼の体は、刀身から放たれるまばゆい赤い光に包まれ始める。その光に包まれた果てに彼は…。

巨大な銀色の巨人となって、怪獣たちの前に立ちふさがった。

その戦士の名は『ウルトラマンネクサス』。この星を救った英雄の一人が変身する、銀色の巨人である。

だが、戦うのは彼だけではない。他にも彼と共に戦う頼もしい仲間が危機を察して現れる。空の彼方から、二つの飛行機械が飛来する。その二つの飛行兵器は、まるでロボットアニメの変形シーンのように、武人の姿へと変形し、ネクサスの隣に降り立った。
「ジャンボット!」「ジャンナイン!」
「「我ら鋼鉄のジャン兄弟!ジャンファイト!」」
この星の人類の祖先たちが、別の星からこの世界に降り立つまでに頼った、守護騎士『ジャン兄弟』。彼らもまた、20年前の戦いでこの星の平和を勝ち取るために戦い抜いた英雄の一人である。
「…油断するなよ。お前たち」
「了解した。ナイン、気を抜くな」
「二人とも、それは僕に言っているのか?言われるまでもない」
ネクサス、ジャンボット、ジャンナイン。
三人は、時空のゆがみより現れた、新たなる脅威に果敢に立ち向かっていった。



エレオノールの説教から逃げたある日、浮遊効果のある魔法〈フライ〉を駆け忘れて二階の窓から飛び降りたことがあった。そのとき、たまたま自分が魔法をかけ忘れたことに気がついて後悔する前に、自分は怪我一つ負うことなく、なんてことなく地面に着地した。それ以来、屋根によじ登って逃げることも得意になったし、いつしかビルとビルを飛び越えるほどにまでルークは自分の身体能力の扱いに慣れていった。
だが、そんな白装束たちは…
(マジかよ…!)
全力で逃げているというのに、彼をしっかり追いかけるほどの速度でルークを追っていたのだ。
(何者なんだこいつら!?まさか、エイリアンか!?)
これまでこの星は、怪獣のほかにも、侵略目的で襲ってくる宇宙人たちも大勢いた。そいつらは人間をはるかに凌駕した力を持ち、ハルケギニアの各地に甚大な被害を及ぼした。こいつらもその仲間なのか?
だが、例え相手にわざわざ尋ねようにも、質問に答えてくれる雰囲気などでは決してない。ルークはあまり振り返りすぎることがないように逃げ続けた。


「ハアアアア!!」
ネクサス・ジャンボット・ジャンナインの三人の猛攻は、怪獣たちを上回っていた。
かつてこの世界を覆った大災厄からあらゆる種族に属する人々を救った戦士たちが、今更自分たちが相対する怪獣一体に負けることなど、実力的にありえなかったかもしれない。
「ジャンナックル!」
ジャンボットのロケットパンチが飛び、ブラックキングを押しのける。殴り飛ばされたブラックキングに追撃の一撃をお見舞いすべく、自身の背中にセットされていた斧を手に取り、ブラックキングの真上に飛び上がって落下と同時に振りかざした。
「ジャンバスター!!」
続いてジャンナインの、腹部に搭載されたコアから発せられる超威力のレーザービームが飛び、サラマンドラを貫く。レーザーが貫いたのは、サラマンドラが再生怪獣と呼ばれる由来となった、喉の中にある再生機関。目に搭載された透視機能を用いて、ジャンナインはその箇所を的確に狙い、喉を潰したのだ。
そしてネクサスのほうは、彼に向けてクトゥーラの触手が伸びて彼の動きを封じた…かに見えた。ネクサスは縛られたにもかかわらず、全く動きに滞りを見せなかった。自分を縛る触手を握ると同時に、発光した彼の体の模様に変化が現れた。発光が終わったと同時に、彼の体は黒と銀の模様から、新たに力強い赤と澄んだ青い模様をその身に刻み込んだ。
彼が若き日から培ってきた仲間たちとの絆の証にして、ネクサスのもう一つの姿『ジュネッストリニティ』である。
豪快にもハンマー投げのごとくクトゥーラ振り回し始め、そのまま宙に向けて投げ飛ばした。落下していくクトゥーラに、ネクサスは一切の容赦を見せなかった。両腕にほとばしるエネルギーをスパークさせ、十字型に両腕を組み、必殺の光線を放った。
〈オーバークロスレイ・シュトローム!〉
「デア!!」
十字型の破壊光線によって貫かれたクトゥーラは白く発光した後、蒼白い結晶のような粒子となって弾け飛び、消滅したのだった。


ネクサスたちが戦っている間、ルークは必死に逃げ続けた。自分の出せる全力の速度で白装束をやり過ごそうとした。だが、どれほど逃げ回ろうとしても、奴らは追い続ける。
(くそ、しつけーんだっての!!)
いい加減にバテてそのままはいつくばってほしいものだ。だがそんな願いを裏腹に、白装束たちはルークを追い回し続けた。
そのとき、クトゥーラの攻撃による触手が、走り続けるルークのすぐ目の前で跳ね上がった。当然ルークは立ち止まってしまう。
「今だ!」
白装束の一人が仲間たちに命令すると、白装束たちは直ちにルークの両腕と両足を一人ずつ捕らえた。ルークは当然振りほどこうとしたが、白装束たちの力はルークの予想を上回っていた。
「ぐ、この!離せ!離しやがれ!」
「まったく、手間をかけさせる…」
もがくルークを見て、さきほどの眼鏡男も遂に駆けつける。
「あまり手間をかけさせるものじゃありませんよ。私一人だけでもこの世界へもぐりこむのには苦労いたしたんですからね」
「てめえ…やぱりこの世界の人間じゃねぇのか!目的はなんだ!俺みたいな奴を捕まえて一体何をする気だ!?」
「だから言ったでしょう?これからのあなたにそんなことを知る必要はないのですよ」
二度も同じことを言わせるなといわんばかりに、眼鏡男は呆れ気味に言う。
「…あぁそうだな。てめえみたいな不届きな野郎に理由を聞いた俺が馬鹿だったぜ」
一人の人間にここまで追い詰めるような真似をしたのだ。どうせろくでもない理由に違いない。ルークはそれ以上何も聞かず、抵抗を続けた。
「無駄です。彼らの力は、たとえ…

『ウルトラマン』の血と力を受け継いで生まれたあなたでも解けませんよ」

「!」
こいつ…なんて…?
ルークは一瞬頭の中を射抜かれたような感覚を覚えた。
「てめえ、何を知って…」
こいつとは今日初めて知り合ったばかりじゃないか。しかしこの男はルークさえも知らないはずのことを、知っている?ウルトラマンの血を引いている?だとしたら、やはり俺の親父は…!
「では、連れて行きますよ。あまり待たせると、ただでさえせっかちで短気な彼が怒りますからね」
眼鏡男が、自分の配下である白装束たちに捕まっているルークに近づくと、両手に、見たこともない文字を刻んだ奇妙な札を持って、何かをぶつぶつと呟き始める。
(魔法の詠唱!?いや…)
よく聞き取れないが、ルークはこの眼鏡男が呟いている言葉が、魔法の詠唱とは異なるものだと察した。ハルケギニアの4大系統魔法でもなければ、エルフたちの使う精霊魔法でもない。根本的に違う何かを使おうとしている。
眼鏡の男は、ルークの周囲に向けて札を、円を描くように数枚ばら撒いた。すると、札が怪しい光を放ち始め、ルークを捕まえている白装束たちもろとも彼を筒込み始めた。
そのときだった。
「お坊ちゃまから離れなさい!」
テラが現れたのは。ルークたちの下に、どこからか飛び降りてきて
「て、テラ!?なんで…!?」
「……」
眼鏡の男は後ろを少し振り返って、迫ってくるテラを見る。
「また邪魔をするのですね…」
彼にとってテラの存在は邪魔でしかない。その意思を察してか、白装束たちが壁となってテラと対峙する。
「この!」
自分に迫ってきた白装束を張り倒し、殴り飛ばしながらテラはルークを助け出そうとする。だがあまりに大人数であるせいか、なかなか近づけずにいる。
一方で眼鏡の男は、テラが白装束と戦っている間、呪術の詠唱を続行した。ルークたちの周囲を囲む札の光が強まっていく。このままでは、最悪殺されるかもしれない。だったら…いっそ…
「うおおお!!」
ルークは覚悟を決めると、足に力を込めて乱暴に、自分の足を掴んでいる白装束の腕を振り払った。そして同時に、眼鏡の男の顔面を蹴飛ばしてしまう。
「ぬぅ…!!?」
顔を蹴られ、鼻を押さえる眼鏡男。ちょうど鼻の頭を蹴り押されたようだ。捕まえていたルークの足が彼によって払われ、白装束たちは彼の腕を捕まえる力をも緩めてしまう。それを突いて、ルークは両腕で思い切り、自分をさっきまで捕まえていた白装束全員を札の外側へと投げ飛ばした。吹っ飛ばされた白装束たちは周囲の建物に激突してしまう。
だが、そのときだった。
「!?」
ルークはまだ、眼鏡男の手によって発光し、輝きが収まらない札の中心に立っていたままだった。その光がやがて、彼の姿を覆い隠してしまう。
「テラ…!」
ルークが寺の名前を呼んだその瞬間…まばゆい白い光が放たれた。
「う…!」
テラはそのまぶしさに目を覆う。そしてその直後、輝きが収まったその場所には、ルークの姿は陰も形も残らなかった。
「坊ちゃま!!」
それを見てテラは悲鳴を上げてしまう。一方で、眼鏡男はなんの詫びれもなく、ルークの消えた場所を見下ろした。
「おやおや、『彼』の元へ転移させる予定だったのですがね…まあいいでしょう。場所は違えど『同じ世界』に転移させたことに変わりないですから」
この男にとっては、一つ予定外な事があったらしいが、結果的には特に問題は無かったようだ。
「あなたはそこで遊んでいなさい。私たちはこちらでやらねばならないことがありますので…では、ごきげんよう」
既に時間は十分だ。眼鏡の男は、指をぱちんと鳴らす。すると、ルークに殴り飛ばされた白装束たちが再び立ち上がり、テラに向かって襲ってくる。
「待ちなさい!」
テラは自分に再度迫ってくる白装束たちを退けながら、眼鏡男に近づこうとしたが、白装束たちは思った以上にしつこかった。バリケードを作るように立ちふさがってテラを一歩も通そうとしない。
その間に眼鏡男は奇怪な呪術の詠唱を完了させ、彼もまた光に包まれ、一瞬にしてその姿を消してしまった。
「しまった…!!」
テラは苦虫を噛み潰す。助けに来たというのに、まんまとルークの誘拐を許してしまった。



ルークの波乱に満ちた戦いの…

新たな異世界の戦士たちの…


かつてこの世界を救った英雄たちの、最後の戦いの物語が始まる。


 

 

少年、外史に降り立つの事

エスメラルダで暴れまわる三体の怪獣と、それを打ち倒した三人の戦士たち。その光景が、とある暗闇の中の遺跡のような場所で、機械など一切ないにもかかわらず映像として流れていた。その映像を見て、まだ17歳前後にも見える短髪の若い男が呟き、自分の背後に振り返る。
「おい、どういうことだ。なぜ目的の奴を取り逃がした」
若い青年はいらだった様子を露にする。
「最後の最後で抵抗されてしまいましてね。申し訳ないです」
謝っている割に、責めて来た青年に対して返事をしたその男は…
ルークを浚おうとした眼鏡の男の態度はそんなに悔やんでいるようには見えなかった。
「その割には詫びれた様子が見えないのだが…」
「はは、ばれちゃいましたか。あなたのその今にも殴りかかってきそうな気迫にぞくぞくしているだけですよ」
やはり思ったとおりだ、と青年は思った。この男のこういうところは常々思ってきたこととはいえ、やはり気持ちが悪い。
「ですが、転移先の座標はこの世界に設定しておきました。この世界のどこかに、彼もまた存在しているのなら、今のところ大きな問題は無いでしょう。奴らの目もかいくぐることができましたので、時間はあります」
「…ふん、いいだろう。今回の件はそれで不問にしてやる」
「その些細な優しさもゾクッと来ますね」
「ちっ。相変わらずキモイ奴だ」
青年は眼鏡男の、昔から持つ性癖に対して心底軽蔑の舌打ちを露骨に放つ。
「だが早い内に確保することに越したことはないな。…おい、お前たち」
青年の呼びかけに、まるで影のように、三人の怪しげな格好をした三人組が現れ跪いた。
「今の話は聞いたな?」
「…問題ありませぬ。彼を見つけ次第身柄を確保…ですね?」
中央で跪いているリーダー格の仮面の男が面を上げながら青年に尋ねる。
「そうだ。そのためなら現地の傀儡共がどれほど死んでしまおうが構わん。必ず奴を捕まえて俺たちの元に連れて来い」
「もし確保が難しい場合はどうするのですか?」
「そのときは殺せ。俺たちに逆らう奴などに許されるのは、死だけだ」
「承知しました。いくぞ…『オロッチ』『ダイダラ』」
リーダー格の男は、後ろに控えている配下二人を見る。細身の男はさっきの蹴りのダメージのせいですぐに立ち上がれずに居たが、もう一人の屈強な肉体を持つ相方の肩を借りることで立ち上がった。
「…はっ」
「『ドグラマグマ』様のお望みのままに!!」
三人が闇の中に溶け込むようにその場を去った。



一つの美しく輝く惑星があった。
宇宙でも類を見ない、とても美しく青く輝く星だった。
その星を遠くの窓から見つめる誰かが声をかけてくる。
「綺麗な星ね。あれが、今回の私たちの調査対象の星かしら?」
その女性は美しい黒髪を持っていた。妖しさも持ち合わせたその美貌の裏には、年相応の少女らしさも持ち合わせていた。
「あぁ、我々が宇宙に旅に出てからしばらく経つが、あれほど美しい星は初めてだ。
恐らく環境も我らの故郷と告示しているだろう。
艦長もあの星に降りることを決断なされた」
その少女に対し、彼女を見る『自分』がそう答える。彼の声も、まるで宝探しで探している目的の宝を見つける寸前の冒険家のように興奮していることが伺える。
「どんな星なのか楽しみね。きっと美しく緑豊かな自然に囲まれているはずよ」
「間違いないさ。星の外から見ても、あれほど綺麗に輝いているんだからな」
彼もまた、彼女と同じように窓から見えるその青い星を見つめる。宇宙空間を漂う宝石のように美しく、手ですくわないと零れてしまう雫のようだ。故に、あの星をもっと知りたい。支えなければならないという欲求が生まれてきてしまう。
「あ…ところで、君とは始めて話をしたな」
彼はここで、話しかけてきた彼女とは初対面であることに気づくと、彼女もまたそれに気づいた。
「そういえばそうね。せっかくの機会だし、お互いの名前を教え合わない?」
「わかった。俺は…○○○。君は?」
「私は●●●●よ。よろしくね、○○○」
二人は互いに微笑み合う。この出会いが、もしかしたら後にお互いにとって最高の幸せの未来を描いてくれるのではと思えてならないほど輝かしい光景だった。


「ぐ…」
ルークは、起き上がった。
頭がボーっとする。また俺、夢を見てたのか。だが、今までとは少し違っていた。これまでルークが見てきた夢のないようは、いずれも巨人が戦う光景で占められていた。でも今回はどうしてだろうか。誰かの、妙に穏やかな思い出の1ページを垣間見た。
だんだんと意識がはっきりしてくるルーク。そして、自分の周囲の光景を見て絶句することになる。
(なんだ…ここ…)
さっきまで自分は一国の首都…つまり大都市の中心にいたはずだ。だが、今の彼が見渡す景色は…
見渡す限りの荒野だった。
これは一体どういうことなのだろう。まさか怪獣たちによってトリスタニアの街は跡形もなく消し飛ばされてしまったのだろうか。
いや、それ以外にも一つ忘れていることがある。ここがどこかどうかなんてことなんかじゃない。
「そうだ、テラ!テラーー!!!」
自分お墨付きともいえるメイド、テラ。一緒にあの光に巻き込まれたはずだ。近くにいるはず。だが、彼女の姿はどこにもない。
「…テラ、どこに消えちまったんだ?」
いや、正確には自分の方が消えたというべきか。
彼女は自分にとって数少ない理解者だ。そんな彼女の姿がない。しかもここはどこだか全く分からない上に孤独であるのは心細い。
…どうすればいい?くそ…!!舌打ちした。とにかくイライラした。
イラついて空を見上げると、さらにルークは驚くべき光景を目の当たりにした。彼らエスメラルダの…ハルケギニアの人間にとって月とは青い月と赤い月の二つが存在している。だが今ルークが空を見上げた際に見た月は…白い月が一つだけというものだった。
彼からすれば明らかにおかしい変化だ。月が片方吹っ飛ばされたことで、残った月が白くなりました?だなんて無理のある話だ。となるとここは…
「ここって、もしかして地球…なのか?」
自分の星は、ある事情が重なり合って20年前に地球との交流を結ぶこととなった。地球では月が一つだけということも聞いている。だが…何かおかしいと思った。地球はエスメラルダよりも近未来以上の文明を築いていたはずだ。だがここから見える景色は…どこまでも続きそうな荒野。
本当にここは地球なのか?それさえもルークにとって懐疑的なものだった。
とにかくルークは情報を整理した。
元の世界…エスメラルダでの学校帰りにて突如怪獣が空間の歪みから出現し、それを…かの有名な英雄戦士たちが現れ対峙。その間自分は、眼鏡の男がけしかけてきた白装束の奴らに追い回され、そこへテラが助けに来た。だが彼女の救援もむなしく…。
(意味わかんねえ…何でこんなことになったんだよ…)
心の中で今の現実を呪いたくなるが、ここで立ったままでいても、致し方ない。ルークはひとまずこの場から歩き出すことにした。


ルークが謎の眼鏡の男と白装束の手によって誘拐されたという情報は、テラの証言の元、この世界の防衛軍『UFZ』にも伝わった。謎の光の発生が、ちょうど彼らの基地の怪電波受信装置にキャッチされたためである。
この国…トリステインにとって最も王族に近い関係にある有名貴族の屋敷に発生した謎の事件。UFZの隊員らが派遣され、ルークが消失した地点を中心に調査が開始された。だが、詳しい原因は何もわからないという結果しか残らなかった。
「済まないな、ヴァリエール。俺たちは街で戦っていたというのに、お前のガキがみすみす浚われるのを見過ごすことになった」
ルークが消失した地点にて、シュウは桜色の髪をなびかせる美しい女性と話をしていた。その顔はルークによく似ていた。
この女性こそ、ルークの母親『ルイズ』である。
「仕方ないわ。あんたたちには別の役目があった以上、そっちを無視することができなかったんでしょ?寧ろ、私は母という立場でありながら、国の任務を優先してあの子を家に預けたままにしたのも一因だわ」
彼女は若き日の戦いでの功績から英雄の一人として讃えられている。故に各国で発生している超常的な問題の解決のために世界のあちこちに自ら赴くことが多かった。
「そうだな。俺にも愚痴をこぼしていたくらいだしな」
「あんた、ルークに会ってたの?」
「変身して戦う前に妖精亭でな。自分の父親のことを俺に尋ねてきた」
「なんですって…?」
それを言われると、ルイズは一瞬顔を驚愕の色に染め、そして落胆したように顔を沈ませた。そんな彼女を見て、シュウは少し考え込むように彼女を見るが、頭によぎった考えを振り払うように少し首を横に振り、ルイズに言った。
「…ヴァリエール。自分で管理できないなら、やはり俺たちのところで預かっていた方がよかったと思うのだが…」
「…耳が痛いわね。でも…」
「やはりな。お前ならそうだろうと思った。お前は良くも悪くも独占欲が強いからな」
「お二方がご自分を責めることはありません。寧ろ、ルイズ様からあの方を頼まれていたというのに、みすみす奴らの手に渡してしまうとは…一生の不覚です」
自らの手でわが子を守れなかったことを悔やむルークの母、ルイズ。だがテラは自分こそが悪い、自分こそが責められるべきと言った。
「皆、悔やむのは後にしよう」
そんな彼女たちを見かね、一人の別の男が彼らの元に歩いてきた。
「『ゼロ』様…」
「あんた…!」
「…ようやく来たか」
ゼロと呼ばれたその男の姿は、髪が黒く、まだ若さを残した容姿をしているにもかかわらず、何年もの間戦ってきた風格を、己のみにまとうマントに隠れた表情から漂わせていた。
「済まない皆。俺の方も空間の歪みから現れた怪獣に手を焼かされた」
「お前の方でも敵が出たのか」
さらにゼロは、その際に戦ったドラコが本来の固体よりも強化されていたことなど、シュウたちにドラコと戦ったときの詳細な説明をした。
「強化された怪獣…またやっかいなのが出てきたわね。しつこいったらないわ」
ルイズは面倒くさげに呟く。ただでさえ一体仕留めるだけでも苦労する相手が、パワーアップするなんて、できれば避けてほしいものだ。
「それにあの歪み、ただのワームホールじゃなかったな。壁の向こう側から無理やりこじ開けたような感じだった」
「ということは…何者かが、向こうの世界からこっちの世界に侵入しようとしていたのか?」
「ルークを狙ってきた白装束と眼鏡の男と、何か関係があるのかしら?」
あらゆる予測を立て始める一堂。すると、テラが表情を強張らせながら口を開いた。
「…奴らです。やつら以外に考えられません」
「前にも君が言っていた…『奴ら』のことか?」
もしやと思ってゼロも声をかけると、彼女は頷いた。
「白装束に眼鏡の男…間違いありません。奴らがついに動き出したんです」
「厄介な奴らが動き出したな。全く迷惑な奴らだ」
テラの知る『奴ら』については、シュウたちも認知しているようだ。以下にも奴らを厄介物としてみているような言い方までしている。
「とにかく、ルークの奪還と、ワームホールの先の世界とのコンタクトが必要だな」
「少し長い旅になりそうね…」
「ならば、俺はグラモンたちUFZの連中と連合政府との会談をすませたら、あの空間の歪みの先の世界に向かう。お前とヴァリエールは白装束共を追え」
「あぁ、わかった」
「言われなくてもそのつもりよ」
シュウの提案と方針に、自分たちもそのつもりだったゼロとルイズの二人は頷いた。ルイズの場合だと、やはり我が子の誘拐と聞いて黙って入られないと思ったのだ。
すると、テラがルイズを見て、一つ問いただしてくる。
「ルイズ様、よろしいのですか?ご実家の方々に何も言わずに…」
「言ったところで反対されるだけよ。説明するだけ無駄だわ。そんな暇があるなら、1秒でも早くあの子を助けに行くのが懸命よ」
「…わかりました」
「なら、決まりだな」
ゼロは今後の自分たちのみの振り方が決まったところで、一度目を閉ざすと、三人の方を見て、改めて決意を固めた。
「皆…なんとしても奴らの企みを阻止しよう」
彼のその言葉に頷いたときの、三人の目には迷いはなかった。



ルークは今、最大のピンチに遭遇した。
ここは故郷であるハルケギニアですらなかった。異世界であることが事実ならば、当然通貨はないも同然。つまり…
「腹減った…」
腹を空かせた彼は、ようやくたどり着いた小さな街の付近で腹の虫を抑えながら肩を落としていた。とにかく何か飯にありつかなければ餓死してしまう。
ちょうどルークは、壁とそれに囲まれる門を見つけた。見張りの兵と思われる大人の男の兵がいる。何も分からない以上、情報を集めるしかない。彼は門に立っている兵に近づいて声をかけた。
「何だ貴様。見慣れない格好のようだが」
見張り兵たちはルークの身なりを見て目を細めた。彼らから見て、ルークの服装は決して見かけることのできないものだったこともあり、不信に思った。ルークは自分が怪しまれていることを痛感する…が、それでも聞かなければならない。
「あのさ、ここってどこなんだ?」
「ここは『江陵(コウリョウ)』だ。この門に書いてあるのが見えんのか?」
兵の一人が、頭上に向けて指差す。門の扉とやぐらの間の壁の位置に、地名を刻んだ石版が張り付いている。そこに漢字で『江陵』と書かれていたが…。
「…読めねぇ」
地球人ではないルークは漢字とは無縁だったため全く読めなかった。なんだ、あの無駄に複雑に絡み合った文字は。
ちなみに光陵とは、現在ルークが飛ばされた古代地球の中国大陸、そのほぼ中央部の地域に位置しており、呉の領土のひとつである。
「おいおい。なかなかいい身なりしている割に字が読めないのか?」
ルークの反応を聞いて、もう一人の兵が呆れた様子を露にする。馬鹿にされたような口に効き方に、ルークは少しカチンと来た。
「確かに…君のその服装は見慣れないな。どこかの貴族なのか?」
「え、あ~…まぁ一応は…うん」
最初の一人の兵士から服装を観察され、ルークは思わず言葉を濁した。自分でも素行はよくないほうだとは思うが、確かに貴族だ。でも…ここは異世界だ。トリステインでもハルケギニアでも、ましてや惑星エスメラルダでもない。そこの貴族です、と答えて彼らが納得するとは思えない。
「まさかお前、度々噂を聞く黄巾党の残党ではあるまいな?」
「へ?こうきん…なんだそれ?」
怪しむ兵の口から飛び出た単語にルークは首をかしげた。
「相棒、こいつやっぱ怪しくないか?」
「そうだな…おい、ちょっと我々に着いてきてもらおうか」
「やば…!」
完全に容疑者と職務質問する警官のような関係が成立しつつあった。これ以上はまずいと感じたルークは、兵たちから背中を向け、逃げた。
「あ、こら!待て!」
兵たちはルークに対する確信めいた疑惑を抱きながら、彼を追い始めた。



一方…その頃の外史世界の蜀の首都『成都城』、一刀は彼女の寝室に来ていた。
「桃香、調子は?」
「うん、ちょっと吐き気はしたりするけど、大丈夫。もう歩けるよ」
ベッドに腰掛けているこの女性。彼女が劉備…真名を桃香。蜀の王となった女性で人徳あふれる人物。同時に天然で人を信じやすいほどの純粋すぎることをよく指摘される。
「ところで、ご主人様はこれからお出掛け?」
珍しく察しがいいなと一刀は思った。桃香は結構天然ボケでそこまで頭がいい印象がないので、失礼とわかっていてもついつい彼女がお馬鹿キャラだと思ってしまう。
「今、すっごい失礼なこと考えてなかった?」
頬を膨らませ、ジト目で桃香が睨みつけてくる。う…本当に鋭いな…と一刀はたじろいだ。
「こ…これから遺跡調査に向かうところなんだ。その前に様子を見に来てさ」
なんとか乾いた笑みを浮かべてひとつ前の質問に答えることで誤魔化した。
「遺跡…?この辺りにあったのかな?どんなものなの?その遺跡」
蜀の統治者でもある桃香さえも例の遺跡のことは知り得なかったことらしい。
「それが、ただの遺跡とは大きく違うようなんだ。どうも、巨人の姿をした石像だと…」
「巨人?もしかして、おっきな人の?」
そういった時の桃香の頭の中には、2mほどの身長を持つ体の大きな人間が自分たちを見下ろしている光景が浮かぶ。
「い、いや…単に背が高い人のってわけじゃないんだ。」
「じゃあ…は!もしかして人食い人種!?」
そのとき、今度は隊長3mから15mほどの体長を誇る巨人たちが人々を喰らう姿を想像してしまった。そしてそいつらはどんなに剣で切り裂きにかかっても死なず、唯一項(うなじ)を切り裂かないと死なない特殊体質を持つという…。
「イェエエエ○アアアア!!!!……って違う!違うから!!!」
「違うの?」
青ざめた顔から一転してポカンとした表情に変わる桃香は首を傾げる。
「そう言ってるじゃんか…はあ…」
ここまで桃香が妄想爆発したことがあったか?
妄想といえば、魏の荀彧…桂花が男嫌いな性格のあまり一刀がしゃべるたびに「この全身○○男!」と酷いことをいうわ、「犯される~!」と喚いたりなど被害妄想が激しいのだが、まさか彼女の悪い部分が感染りつつあるのか?以前、魏が絡んだ会談で彼女は一刀の顔を見るや否や、いきなり女尊男卑的な暴言を飛ばし、当然華琳たちから注意を受けたが…。
いや、やめよう。それこそ自分が桂花の悪い部分が感染ったことになる。
「私も行ったらダメ…だよね?せっかく平和になったんだもの。自分の目で、平和になったこの国を見てみたいの」
桃香が自分も行きたいと頼んできたが、一刀はそれを聞いて一瞬笑みを見せかけたが、すぐにうーん、と微妙な顔を浮かべた。
「それはさすがにまずいだろ。成都の中ならまだしも、二人そろって成都の外に出るのは、愛紗たちだってきっと許さないよ。どんな危険があるかわからないんだから…」
「そうだよね…ごめんね」
一刀の言い分が最もであることがわからないほど、桃香は馬鹿でも愚かでもない。自分たちは蜀の主だ。しかも一刀は天の御使いとしてこの世界に留まっている。うかつに出歩ける立場ではない。だが、目の前にいる愛しい男と二人きりで出かけたいと思うのは当然のことだ。
「いや、いいんだ。思えば、俺たち二人で出かけることって少なくなってるもんな」
皆が幸せであり続けられる日常こそ大切なものと認識している桃香の気持ちを、一刀は理解している。
「そろそろいくよ。俺が直々に行きたいって頼んだのに、あまり待たせるとみんなに悪いし」
「うん…」
桃香は寂しそうに声を漏らしながらも、一刀に向けて笑顔を再び浮かべた。
「気を付けてね、ご主人様」
「ああ、行ってきます」
一刀もまた桃香に笑顔を見せ、彼女の部屋を後にした。



その一時の別れが、平和になったはずの二人の日常に…世界に…

暗黒の闇が降りかかるとは、誰も予想しなかった…



「ふう…」
ルークはなんとか追っ手から逃げ切ることができた。いくら相手が訓練された兵だとしても、ルークの常人を超えた身体能力には敵わなかったらしく、街を囲む城壁の曲がり角を曲がったところでルークを見失った。彼を見失った兵たちが「いたか!?」「どこに消えた!」と騒ぎ立てている。
最初からこうすればよかったな…と、ルークは思った。今の彼は、ちょうど城壁の曲がり角から5m以上もの城壁の上へジャンプし、下で自分を探し続けている兵士たちを眺めていた。何も正面から町に入ることはなかったのだ。…といっても、ルークは不良ではあるものの、立場上は王家と姻戚関係にある貴族のはしくれであることは自覚しており、そんな賊のような真似は個人的にも避けたかった。
何がともあれ、まずは飯を探さなければならない。
(腹減ってだいぶ時間が過ぎたしな)
とりあえず城壁の内側に広がる町の、人気の少ないところに飛び降り、街の中に入った。
ルークから見て、街の様式は変わっていた。あんな街はハルケギニアでは全く見かけない。ルークは地球を知らないから、それをどういった形で説明するべきかも分からないが、知っている者から見れば中華風の様式以外に捉えようがなかった。
噂に聞く地球という世界にしても、妙だ。どこか…いやな言い方になるが旧世代的な傾向に見受けられる。だが、トリスタニアにはない雰囲気がとても心地いい。ルークにも好奇心が強く出る部分があるため、初めて見る街の景色には目を奪われた。
「こんな街があるなんてな…っと、そうだ。飯飯…」
とりあえずまずは飯屋を探しに…
「って…そうだ!金!持ってないじゃねぇか!」
と、ここでルークはあることを思い出す。そう、この世界が自分の故郷とは異なる世界。当然通貨が共通であるはずがない。自分の財布の中に詰まっているのは無駄遣いを避けるようにとケチなメイドのせいで限られた分の金だけ。だがそんな金で買えるものもこの世界にはなかったのだ。
「ぐぅ…ちくしょう~どうすんだよ、俺…」
ぐぅぅ~、と鳴り続ける腹の虫を押さえながらルークはその場で立ちすくむ。ダメだ、食い飽きてきた屋敷の料理が恋しくなってきた。誰か飯を恵んで…ってそれこそだめだ!そんな物乞いみたいな真似をしたらお袋や伯母上からどんな大目玉をくらうことか…。
ふと、制服の上着のポケットにごそっ…と何かが入っているのに気づく。もしかして、食い置きしていた菓子を入れたままにしていたのだろうか。もちろんこの程度で腹を満たせるとは思っていないが、ルークはそれを取り出してみる。
が、それは菓子などではなく、………地球産のタバコだった。
「んだよ…」
期待して損した気分だ。
ちなみにルークはまだ未成年。当然タバコなど吸ってはいけない年齢だ。だが叔母たちの耳障りな説教を聞いてイライラした時とかは、隙を見て吸うようになっていた。…よい子は真似しないように。とりあえずタバコに火をつけて吸ってみて、腹減りを…が、味だけを楽しむタバコに腹を満たすような効果があるわけもない。やはり腹が張っているのを感じたままだ。
「やっぱタバコなんかじゃ気はまぎれないか…」

♪~

ふと、ルークの耳に歌声が聞こえてきた。誰かがストリートライブでもしているのだろうか。といっても、バックミュージックもなく、歌の歌詞のみが聞こえてくる。いったいだれが歌っているのだろうか。視線を泳がせてみると…。
そこには、長いピンクのストレートヘアを黄色いリボンで結った少女がいた。スタイルもよく、顔立ちもまさに美少女といっても過言ではない容姿だった。その口から発せられる歌声は、歌い手もそうだがとても綺麗だった。
彼女の美貌と美しい歌に惹かれ、既に何人もの人たちが集まっていた。
「…かわいい…はっ!?」
ルークは思わず見ほれていた自分に気づいてぶんぶんと首を横に振った。
何考えているんだ俺は!いくら…その、美人な女の子を見かけたからって声に出すとははしたない!必死に照れていた自分を誤魔化そうとする。
しかしどんなに脳内で言いつくろおうとしても、ルークも思春期の少年。かわいらしい女の子や、スタイル抜群の美女にはどうしても目移りするなど、年相応でもある。
が、熱くなった顔を一気に覚ます…いや、違う方向で熱くさせるような展開が起きた。
「ご清聴、ありがとうございました!よろしければ、お心づけを…」
どうやらその少女は歌で生活費を稼いでいるらしく、お金を恵んでほしいと、歌を聞いてくれた人たちに申し出る。
「おぉおぉ、お嬢ちゃん。なかなかいい歌じゃねぇの」
だがそんな彼女の元に、三人の黄色いバンダナをつけた男たちが、聞いていた大衆たちを押しのけ、少女の前に並んだ。
一人は脂肪の塊のような大男、もう一人はかなり小柄なくせに粋がっているのが見え見えのチビ、最後の一人は普通の体系を保っている髭の生えた中年の男だった。
「あ、あの…」
少女に厚かましく迫る男たちに、少女は怯え始める。
「けどお嬢ちゃんよ、ここで一人で商売するのはいけないなぁ。俺たちみたいな野郎に狙われるからよぉ?」
チビは怯える少女の顔を見て、そのリアクションさえも楽しんでいるのか下卑た笑みを浮かべている。
「あの、お金は…」
「あぁん?」
少女から金の話を持ちかけられると、リーダーと思われる髭の男は少女に向けて迫力を込めたガン飛ばしてくる。その迫力に少女はさらに怖気づいて縮こまった。
「金だあ?歌を歌ったくらいで俺たちが金をよこすとでも思ってんのかぁ?
確かにいい声で歌ってたがよぉ、金を要求するなら、あの『張角』様のような歌唱力になってからにしろよ。あの方と比べりゃ、いくらかわいくたって月とすっぽん並みの差でしかねぇのさ。それで金をとろうだなんてお笑いだぜぇ!」
「ッ…!」
チビから嘲笑われ、屈辱を覚えた少女は反射的にチビを睨み付けた。怒りを孕んだその顔から、今すぐにでも言い返してやりたいという気持ちが露わになっている。だが、髭男たちは全く怯まず、寧ろ少女が自分たちに逆らう気があることを察する。
「なんだぁ、その目はよ?お嬢ちゃん、まさか俺たちに文句でもあんのか?」
「………」
「そうだな…俺たちの要求を聞くってなら、金をくれてやってもいいぜ?」
「な、なんですか…?」
「俺たちの女になれってことだよ」
それを聞いた瞬間、恐怖が蘇った少女は男たちから逃げ出そうとした。だが、チビと髭とはまたもう一人の、デブの大男が瞬時に彼女の左手首を握って捕まえる。
「は、離して!」
「おどなじぐずるんだな~」
デブの大男が少女のもう片方の腕も握って。額には脂が乗っていて、さらに見た目の醜さを引き立てている。
「アニキ、このまま連れて帰りましょうや。たっぷりと楽しんだから、こいつも連れてこの町からおさらばしちゃいましょうぜ」
「おで、だのじみなんだな~」
「へへ、ここしばらく三国の連中が鼻っ柱を立ててばかりでなかなか表に出られなかったが…ようやく見つけた上玉だ。あまり手荒く扱うんじゃねぇぞチビ、デク」
チビとデクは、互いにアニキと呼ぶひげ男を見て、吐き気を催しそうないやらしい笑みを浮かべながら言った。それにつられてアニキも笑い返す。
「おい、早く兵を呼んだ方がいいんじゃ…」
「ここに来るまで時間かかっちまうだろ!その間にあの子が浚われちまうぞ」
「じゃあ、お前の腕ならあのデブ男に勝てるのかよ!」
「そ、それは…」
周囲の人たちは我が身かわいさだったり、相手にはかなわないという恐怖から、彼女を助けようとしない。
それを見て、少女はさっきまで自分の歌を聞いてくれていた人たちに対して絶望を抱いた。自分がたゆまぬ努力と、誰かの心を癒したいという願いから始めた歌なのに、いざ自分たちが危険にさらされると、こうも簡単に手のひらを返すのか。
「や、誰か…助けて…」
それでも少女は必死に助けを請い続けた。
(………)
ルークは、それを見て自分の腹減りのことなどすっかり忘れた。手に持っていたタバコの吸い殻を、デクの顔に向けてダーツの矢のように投げつけた。
「あ゛、熱ぃ!!熱いどぉ!?」
「あ…ッ!」
「デク!?って、おい!逃げるな!」
不意に顔を攻撃され、デクはタバコが当たった個所を押さえながら悶絶し、少女を離してしまう。その隙に、少女は握られた手の痛みを感じつつも三人からすぐに離れた。
「くそが!だ、誰だゴラぁ!!」
チビが声を荒げながら周囲を見渡す。いったいどこのどいつだとみていると、ルークが彼らの前に出てきた。
「おいそこのおっさん共、その女に何をしようと…」
三人組に爪与党としたルークの顔を見た途端、チビが中年の男に向けて興奮気味に叫んだ。
「おぉ、兄貴!こいつなかなかいい女ですぜ!」

ピキッ

「…あ?」
女…だと?
ルークには、実はある一つのコンプレックスがあった。それは…美しく整った容姿を持つ母親似の、男子にしては妙に女の子に近い顔である。髪の色も長くしてしまえば完全に女の子だとばれないくらいにだ。不細工じゃないだけ遥かにマシとも言えるが、身も心も男として生きてきたルークにとって…『屈辱』以外のなんでもなかった。
しかし、そんなルークの不快感を読み取りもせずにアニキは下卑た笑みを浮かべた。
「おぉ、確かに。なかなか綺麗な顔してんじゃねぇか。その妙な格好のせいで男くささを感じはするがよ」
「おでの好みだ~」
デクがルークを見て、顔を赤らめながらふんふんと鼻息を荒くする。
「なんだぁデク。お前男っぽい感じの女がよかったのか?てっきりちっこい女が好みだと思ってたんだがよ」
「好みは確かにちっこい女だ~。でもおではこの男のような感じの女も嫌いじゃねぇど~」
「へへっ、不細工な顔して贅沢な奴だぜ」
チビはそんなデクの興奮に嫌悪感は示さず寧ろ同調していた。
「なぁ、嬢ちゃん。っちに来て俺たちと『いいこと』しねぇか?悪いようにはしねぇからよ」
俯くルークに顔を寄せて、アニキは息をもわっと吹きかけながら、ルークが実は男だとも気づかずに彼に詰め寄る。
「…せえ」
「あん?」
よく聞き取れねぇな、とアニキが尋ねなおす。すると、ルークは顔を上げて、それはもう不愉快ですと顔だけでいえるくらいのマジギレ顔を晒し、三人組に向けて怒鳴り散らした。
「くせえ息を吹きかけてんじゃねぇって言ってんだよ!!この糞犬野郎!!」
それは少年らしい高めの声では合ったが、女の声とは十分に縁遠かった。ようやく三人組たちはルークが男であることに気がついた。
「な、声が…まさかこいつ!」
「男!!?」
「お、おでの夢があああああ!!」
三人は衝撃を受け、特にデクは奇声を上げている。
ルークはそれを見てめちゃくちゃ気持ち悪いと思った。女だろうが男だろうが、こんなキモいだけのケダモノに言い寄られるなんて、記憶の片隅にも留めて置きたくない。
「ちぃ、紛らわしい顔しやがって!」
「うるせぇ!俺だって好きでこんな顔で生まれたわけじゃねぇ!」
ルークは三人組に中指を付きたてながら乱暴に言い返した。
「じゃあてめえはいらねぇ!代わりに、てめえの着ている服を置いていきやがれ!」
「はぁ!?」
アニキはルークの学ランを指さしながら叫ぶ。
「その服、なかなかいいもんじゃねぇか。売り飛ばせばなかなかの値打ちになりそうだな」
やはり、女一人をかこっていた時点でそうだとは思っていたが、こいつらは賊だったか。ルークは目の前の三人組に対して嫌悪感を募らせる。しかし、こんな奴らに膝を折る理由などない。
「なんであんたらみたいな下種犬どもに俺の服をくれてやる理由があるんだ?」
「あぁん!?てめえ俺たちをなめてるのか!?この糞餓鬼!」
ルークの言い分にチビが逆上する。自分たちはこいつよりも幾分年を食っていて、それでいて何度も悪事を成功してのけた自信がある。こんな女みたいな顔をしたひょろひょろのガキなんかに負けるわけがない。
「だったら力ずくで俺たちを怒らせたことを後悔させてやる。チビ、デク、やってしまえ!」
「へへ、バカな野郎だぜ!俺たちを怒らせるなんてよぉ!こいつでてめえの喉をぶっ刺してやるぜ!」
「げっ、げっ、げっ」
チビがナイフを取り出し、既に勝ち誇ったように嫌な笑みを見せつけてくる。デクもぎこちないものの、ルークを笑っている。
「死にやがれ!!」
真っ先に飛び出してきたのは、ナイフを持ったチビの方だった。ナイフを持ってその小柄な体格を生かしたすばしっこい動きでルークに接近した。だが、ルークにはそんなチビの動きは遅く見えた。それなら避けることもできたのだが…彼は避けるそぶりも見せなかった。
(こいつ、よけもしねぇのか!喧嘩のド素人だぜ!)
チビは完全にルークを下に見ていた。そのまま自慢のナイフで刺し殺そうとルークに石鹸を続けた。もうすでに、一歩手前にまで近づいていた。
だが、突然チビの動きが止まった。
「な…!」
「どうした?俺の喉をぶっ刺すんじゃなかったのかよ?」
チビは自分の手元を見る。そこには、信じられない光景があった。
「げぇ!!?こいつ馬鹿かぁ!!?小刀を、素手で受け止めてやがる!?」
なんと、ルークは自分の体にチビのナイフが突き刺さる前に、その刀身を、素手で文字通り握りしめる形でつかんでいたのだ。
「さて、ここで問題を出しましょうか。おチビのおじさん?」
ルークは見下すような視線でチビを見下ろしながら、急に奇妙なことを言い出した。
「て、てめえ…小刀から手を放しやがれ!!さもねぇと指をそのままそぎ落とすぞごら!」
チビはすでにそういいながらも、ルークの手からナイフを引っこ抜こうとしていた。だが、どうしたことか。まるでコンクリートにそのまま埋め込まれてしかっているかのように、ナイフは1mm足りとも動かない。
「おいおい、まだ問題の途中だぜ?最後まで聞けよ」
「ふ、ふざけんじゃねぇ!」
「ったく…仕方ないな。
じゃあ問題を言うぞ。今から始まる喧嘩で無様に負けるのはどちらでしょう?
1、トリステイン貴族の名門出身で、喧嘩で負けなしの俺…ルーク・ド・ラ・ヴァリエール。
2、女の子を恐喝し、あまつさえ俺に喧嘩を売る身の程知らずな屑犬三人組のおっさん…
さあ……」
バキン!!瞬間、チビのナイフが砕けて飛び散ってしまう。
「へ…?…うげ!?」
チビは自分のナイフが、地面にたたきつけられたガラスのように砕け散ってしまったのを、夢でも見ているかのように、ただ茫然と見ていただけだった。その直後…脳天にルークのチョップが振り下ろされ、チビはそのまま気絶した。
「どっちでしょう?」
倒れたチビなど完全に無視し、手に残ったナイフの刀身の破片を手で払うと、問題の末端を告げながらルークは残った二人を睨み付けた。その顔は、中性的な美しい顔などではなく…完全にヤクザのような歪みようだった。
両手をボキボキと鳴らしながら、睨み付けるルークに、アニキは恐怖した。
「お、おいデク!なにしてやがる!早くあの餓鬼を殺して身ぐるみ剥いじまいな!」
「おう…」
アニキに命令され、デクはルークの前に出る。ルークよりも一回り大きな体格は、一種の岩のようだ。
「へへ、そいつは俺でさえもうならせる腕っぷしの持ち主だ。その気になりゃ大木だって折っちまうぜ?」
ルークへの恐怖は残っていたせいもあって少々ひきつってはいるが、アニキはデクの力ならこの生意気な小僧に勝てると思っていた。
「こ、降参した方がいいんだな」
デクは、どういうわけかルークに降参を促してくる。悪党のくせに相手を気遣うというのか。その剛腕に剣を握って、ルークに向けて振り下ろした。
だが、チビの時以上の衝撃がアニキとデクの二人の目に飛び込む。
「う、嘘だろ…」
アニキは思わず声を漏らす。
デクの腕は、脂肪と筋肉が付きすぎている事もあってルークの3倍以上も太くなっている。だが、ルークはそんな相手の腕よりも幾分も細い腕で、あっさりと受け止めていたのだ。
握られた手首を離そうとするデクだが、ルークの手は全く振りほどくことができない。
「デク、てめえまで何してる!その餓鬼をさっさと始末しろ!」
「で、でもアニキ…こいつの手…全然振りほどけない…」
と、デクが言いかけた時だった。
ボキッ!!と何かがへし折れた音が鳴り響き、デクはその場で右腕を押さえながら膝を着いた。
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
「で、デク!?デク、おい!しっかりしろ!」
思わずアニキがデクのもとに駆けつける。アニキはデクの右腕を見て、青ざめた。自慢の剛腕を持つはずのデクの腕が、見事にへし折れてプラプラとぶら下がっていた。
まさか、このガキの方がデクよりも力があるっていうのか!?
「ひ、ひどいやつだど…腕折るなんて…」
デクは顔を上げてルークを睨み付けようとした…が、直後にアニキと彼の間の地面にヒュンッ!と剣が降ってきて突き刺さった。ルークが、デクの持っていた剣を投げつけたのだ。
「「ひぃ!!?」」
突き刺さった剣を見て、さっきまでの威勢は完全に吹き飛んでしまったアニキとデクは互いに抱き合いながら腰を抜かしてしまう。
「いいや、慈悲深い方だぜ?腕を切断しなかっただけな」
冷たい視線で腰を抜かした二人を見下ろすルーク。やばい、こいつ本気でやる気だ!二人の本能がそう悟った。
「ち、畜生!覚えてやがれ!」
アニキはチビを無理やり蹴り起こし、デブに担がせてせっせと逃げ去って行った。
周囲の街の人たちは、すげえ…と、一目見たところでは明らかに優位に立っていたはずの三人組をあっさりと退けたルークに感動し、中には拍手を送る者もいた。
ふぅ、とルークは去っていく三人組を見ながらため息を漏らした。あんな奴らの相手をしないといけないだなんて、面倒なことこの上ないが、かといってああいう手合いに好き放題されかける女の子を見逃すことは、ヴァリエールの家の者である以前に、人として見逃すべきことではなかったのも事実だ。後悔などしてたまるものか。
しかし、たかがチンピラを追い払っただけで拍手を浴びせられるとは思わなかった。
(き、気まずい…)
あまりほめられるのには慣れていないルークからすれば、今街の人たちから向けられる視線は少々苦手というか、照れくさいというか…とにかく気まずかった。
「何事だ!」
と、思っている間に、この町の警備を勤めている兵が数人ほど押し寄せてきた。
(や、やばい!やり過ぎたか…?)
ルークははっきり思った。警備の連中が来たのだ。以前ルークは街で好き放題悪さをしていた連中を叩きのめしたことで騒ぎとなり、叔母や遠くから戻ってきた母から大目玉をくらってしまったことがある。しかもここは異世界、誰の助けも借りることができない。ここは逃げた方がよさそうだ。
「こっち!」
「うお!?なんだ!?」
しかし、突如ルークは背中から誰かに引っ張られる感覚を覚えた。誰が引っ張っているのかもわからないまま、彼は路地裏の狭い道の方へと引っ張られ、そのまま姿を消したのだった。


 

 

ルーク、天和と出会うの事

同時期。
江東の方面に広がる大地、呉。
亡き孫堅の代から三代に渡り、怒涛の戦いが続いた地域。蜀や魏と比べると元水賊が勇将として活躍している等、水軍が鍛えられている。王である『孫策(真名は雪蓮)』が、母である孫堅の死後分裂してしまった呉を統一し『江東の小覇王』と呼ばれることで有名だ。
しかし、この国の首都である建業の城内にその王である雪蓮の姿がない。一方で政務をこなしていた呉王の妹…『孫権(真名は蓮華)』が呉の軍師にして大都督『周瑜(冥琳)』と対談していた。
「遺跡ですって?それも見たこともない様式の?」
机の反対側に座る冥琳に、蓮華は尋ねてみると、冥琳は頷く。
「ええ。それも長江の底にも届くほどの地下まで続いていると、調査に向かった明命及び亞莎の二部隊からの報告です。彼女たちには引き続きその二箇所の調査を続行させています」
「長江は海のように深い。そんな場所にまで届くほどの遺跡があるなんて…」
信じられない。蓮華でなくても驚く話だ。謎の遺跡、見つかったのは蜀だけではなかったのだ。
「しかも明命の方では、気になるものをいくつか発見されたと」
「気になるもの?」
「街の残骸と、巨人の石像群です。それも、かなり痛んでいましたが、たった二つだけ傷一つなく現存しているものがあったと」
「巨人の石像…」
蓮華は何か怪しいと思った。
長江の底にまで通じるほどの地下に広がる遺跡。そしてそこに存在する巨人の石像なんてそんなもの、これまでの先人たちが知らないはずがない。そもそも巨人といわれるような巨大な石像が、群といわれるほど作れるような余裕などあるとは思い難い。秦の始皇帝でさえ国中のありとあらゆる人間を使って万里の長城やら兵馬俑やらを作り上げたことにどれだけの費用と人材を必要としたのか。当時の人たちはそれだけでも気が遠くなるような苦労だったはず。それを巨人といわれるような代物を、かなりの数を作るなど…。
「冥琳…その遺跡に関する文献は?」
「現在、文官たちを集めて、例の遺跡に関連する資料・文献がないか調べています」
「…穏には、任せていないわよね」
なぜかここで蓮華がいい辛そうにいうと、冥琳は苦笑した。
「ご心配なく。あれに任せておいたらかえって難航することは重々承知済みですから」
「ほっ…」
どうも今の穏と呼ばれた人物、何かしら厄介なものを抱えているようだ。
「ところで蓮華様、雪蓮はいずこに消えたかわかりますか?」
雪蓮と冥琳は正史での孫策と周瑜と同じく、昔ながらの親友同士だった。だから仕える主と部下の関係ではあるが、こうして呼び捨てにできるほどの仲だ。
目くじらを立てながら冥琳は蓮華に問うと、逆に蓮華も尋ね返してきた。
「姉様を?見てないの?」
「…そのご様子だと見ておられないようですね…まったく、あやつのだらしのなさは三国同盟以来磨きがかってしまったようで…」
どうも雪蓮は王でありながら時々仕事をさぼる癖があるようだ。
「はあ…妹として詫びさせて、冥琳」
「いえ、蓮華様が謝罪なさることはありません。以前からよくありましたから、もう慣れました。でもあやつは呉王であるうえに孫家の人間。しっかりしなくては蜀と魏の連中にも示しがつきませぬ。全くどうしたものか…」
「話なら聞かせてもらったわ」
思わず蓮華は「ひゃ!?」と悲鳴を上げて飛び上がりそうになった。何せ、彼女と同じ髪の色と肌を持つ女性が、急に窓の外から姿を見せたのだ。
この女性こそ孫策…真名は雪蓮だ。性格は蓮華と比べると天真爛漫、悪く言えば我儘な女性だ。
「…どこに行ってたんだ、雪蓮」
冥琳がメガネの奥からギラリと鋭い視線を向ける。見るからに怒っていらっしゃる。
「そ、そんなに怒らなくたっていいじゃな~い。ちょっと街の知り合いのおじいさんと喋ってただけよ」
「では、その酒瓶は一体なんなのでしょうねぇ…?」
視線がとげとげしいまま、冥琳は雪蓮の担いでいる小瓶を指さす。酒瓶のことを指摘され、しまった!と雪蓮は焦りを見せた。背中に隠そうとしていたがもう遅い。
「こ、これはね…その…祭が吞みきれないからって私に」
「あの祭殿が酒を?そんな奇異なことがあるものね…」
祭…名は黄蓋。蓮華と雪蓮の母である孫堅の代から呉に仕えてきた宿将。かなりの酒好きで、酒がかかわる話になると年甲斐もなく子供のように言い逃れをすることも。そんな人がそもそも『呑みきれない』なんてことを言うはずがないと冥琳は瞬時に見切った。
「ぶー!いいじゃない!最近政務ばっかりで張り合いないもの!あ~あ、外で体動かしたい~」
子供みたいにふくれっ面になる雪蓮。とても噂の小覇王とは想像もつかない姿である。元々彼女は戦場で戦うことの方を好む好戦的な女性だ。かといって戦うことだけを全てとするような戦闘狂でもない。
「姉様は呉の王なのですよ。三国同盟が成った今こそ政務に励まないといけないのに…」
我が姉ながら、なんという体たらく…蓮華は家族として、武人としての姉を尊敬こそしているが、こういう時は正直呆れてしまう。
「蓮華まで堅いこと言うんだから~」
「当たり前です。そうよね、冥琳」
「ええ、全く持って蓮華様のおっしゃる通りです」
「二人とも、そんなに堅いんじゃ将来、父様みたいないい旦那さんが見つからないわよ?」
「「余計なお世話です/だ!!!」」
さすがに逆鱗に来たのか怒鳴りだした。特に蓮華は顔が真っ赤だった。
…余計なお世話と蓮華は言うが、魏と呉には最近問題視されていることがあった。今の雪蓮の話から読み取ると、世継ぎ問題だとわかるだろう。蜀にはすでに天の御使いである一刀の存在がそれを解消できるため除外できるが、二国には一刀のような、国の重要人物たる男がいない。魏は…あまり大きな口では言えない私情が大きな障壁となって男性を重要人材として取り入れる機会がない。呉もそのような障壁こそないものの、簡単に言えば『出会いがない』のである。
「余計なお世話とかいっても、これは我が孫呉にとって重要な問題なのよ?桃香たちとは違って、私たちには天の御使いに匹敵するほどでなくても、孫家にふさわしい男がなかなか現れないというこの現状は由々しき事態。冥琳もこれには一理あるとは考えているでしょ?」
「それは、まあ…」
雪蓮に言われた通り、まだ王政に依存しているこの世界で確かに世継ぎ問題は大事だ。跡継ぎに関しては、一人だけ候補はあるにはある。それは雪蓮と蓮華の妹、孫尚香(真名は小蓮)だ。だが彼女が王位に就くのは、雪蓮も蓮華も亡くなったときだけだ。因みに唯一小蓮は珍しく正史に当たる人物と性別に変更がない。
「いっそ、北郷一刀だっけ?あの子を種馬として呉に迎え入れてみようかしら?そして呉の将たちと見合わせて…」
「ね、ねねね姉様!?」
何やら危ない発言を繰り出す姉に、目を丸くして蓮華は悲鳴を上げた。
「ねを連呼しすぎよ蓮華」
「誰のせいです!別に私は…その…」
ここで口を濁した蓮華。こうはいうものの、年ごろの女らしさを簡単には捨てきれないようで、本音ではいい相手を巡り会えた桃香たち蜀の将たちがうらやましかった。
一刀の生きていた現代世界は、神聖なる天の世界としてあがめられている。神話が真実同然に扱われているこの時代では崇拝されていると同時に、逆らった時の恐怖心もある。天の血を手に入れた風評を得れば、天の加護を得ようとそれに従いついていく人間もいるのだ。それだけ天の御使い=一刀の存在は蜀以外でも大きいのだ。
「だが、それを蜀の者たちが許せるのか?」
「そうよ、それが問題なのよ」
冥琳の言い分に、頭を抱える雪蓮。蜀の人間は独占欲が強い。雪蓮も以前一刀と仲良く会話している桃香たちを見てそれを察していた。呉に来いなどと言えば大騒ぎ間違いなし。魏だってもし、蜀から呉へ天の御使いが来ることになったら同盟の存在が危ういものとなると指摘するはずだ。
「はあ…せめてもう一人天の御使いが…それも一刀と仲良くできそうな子が下りてきたらいいのに…」
雪蓮は空を見上げながら、さらに注いだ酒を飲みだしながらぼやいた。
「まるで空から金でも降って来いとでも言っているようだな…」
はたから見たらだらしのないニートだ。冥琳ははあ…とため息をついた。
すると、もう一人窓のそばに、それも上空から一人の女性が下りてきた。
「あ、本当に下りてきた…って思ったら思春じゃない」
親方!空から女の子が!なってファンタジックなことも言えるような雰囲気でもない。この女性の鉄のような雰囲気からして。
「…?何を仰っていたのか理解しかねますが、その辺りでおやめになってください。雪蓮様」
雪蓮の持つ酒皿を指さして、思春と呼ばれた女性は注意する。
思春…名は甘寧。元水賊の頭で、水上での戦ぶりと工作兵としての力と武を買われ、普段は蓮華のお目付け役として活躍する呉の将。大概の相手を突き放すなど、冷たく見られがちな、元水賊にしては生真面目な性格をしている。
「蓮華様の命令であなた様を探していたのですが、探す手間が省けました」
「思春を使ってまで私を探すなんて、逃げ出した飼い犬じゃないんだから~…」
「…ご自身の日ごろの行いを振り返ってください」
「冷たいわね…」
思春から酒を取り上げられ、妹から痛いところを突かれて雪蓮はブーたれる。この後、雪蓮は結局サボっていた仕事をさせられるために思春に連行された。監視役に思春と、蓮華との対談を終えた冥琳がついたことで、サボっていた分自由時間が大きく削られ幾度も涙したくなったという。



「あの、さっきはありがとうございました!」
突如路地裏に引っ張られたルークだが、その引っ張られた張本人から礼を言われていた。その人物はというと、さっきあの三人組に脅されていた黄色いリボンで長い桃色の髪を結った少女だった。
「あ~…いやいや、気にすんなって。あの糞犬親父共がムカついただけだから!」
いきなり引っ張られて驚いたが、てっきり逃げ出したと思っていた少女からお礼を言われ、さらには衛兵の目から逃れるために無理にでも引っ張ってきてくれた彼女に対してルークは気恥ずかしげに頬を指先でポリポリと掻いた。
「け、けど…女一人で出歩くのは危ねぇだろ。誰か一人くらい付き人がいた方がいいんじゃねぇか?」
気恥ずかしさから少しでも逃げようと、ルークは話を変える。すると、少女はどこか気まずさと寂しさを混ぜたような暗い表情を浮かべた。
「黄巾の乱から…ずっと一人なの。ちーちゃんと、人和(レンホウ)ちゃんがいなくなったから…」
いるにはいたのか、とルークは理解した。そして、その二人がこの少女にとって大切な人であったことを察した。
「あ…悪いな。なんか、やなこと聞いちまったみたいだ」
「あ、いえいえ!いいんです。事実だから」
逆に少女も相手の気持ちを落としてしまったかと思ってルークに気にしないでほしいと言った。
「ところで、あなたってあまりこの辺りでは見慣れない格好をしていますけど、どこかの貴族の方なんですか?」
「え!?…えっと…実は…ちょっとした事情で帰り道が分からなくなってな。今その手がかりを探してたところだ」
あながち間違いじゃなかったが、それ以前に異世界の出身だから意味がない。
(そうだ。俺考えてみれば立派な迷子じゃねぇか…!!くっそ~、故郷とは全く異なる世界だからとはいえ、16にもなって迷子とか…)
正直自分から迷子なんですって認めることと同然のセリフを言うのはしたくなかったが、背に腹は代えられなかった。何せこの世界での自分は、文字通り孤独だ。なんの繋がりも後ろ盾もない。
「そうなんですか?」
「あ、ああ…」
「ああ、ちょうどよかった!」
ちょうどいい?少女の発言にルークは首をかしげた。首をひねるルークに、少女はすかさず尋ね続けてきた。
「あの、そういえばお名前はなんていうんですか?」
「名前?俺は…ルークだ。ルーク・ド・ラ・ヴァリエール」
「るう…く?へ?」
ルークのフルネームを聞いて、少女は首を傾げた。
「えっと…ごめんね。姓と名と、字は?」
「は?」
改めて尋ね直した少女だが、問い返しに入っていた『字(あざな)』という単語に、今度はルークがなんのこっちゃと困惑した。
「あざなってなんだ?姓は…ヴァリエール。名はルークって答えられるけどよ」
「字がないんですか?」
「まぁ、そういうことになるな。呼びにくいならルークでいい」
「変わった、名前ですね」
「そうか?」
でも考えてみたらそうかもしれない、と自分で納得した。連中からすれば自分の名前が一風変わっているように聞こえて当然だろう。
「じゃあルーク…さん、せっかくだし、私の旅に同行して!」
「は?」
少女のいきなりの提案に、ルークは目が点になった。
「さっきのあなたの怖い人たちを追い払ったとき、すごく強いんだなって思ったの。私、見ての通り闘うことができないから護衛になってくれる人がほしかったの。でも、傭兵さんを雇うのってお金がかかっちゃうから…」
歌を歌い、聞いた人たちから心づけを必ずもらえるわけじゃない。それでも彼女はたった一つの稼ぎ手段である歌のみでなんとかこれまで生活し続けてきた。でも、ストリートライブだとお金を確実にもらえるわけでもないし、もらえる分のお金なんて大した額にならないから護衛を雇うこともできなかった。
相手と拳をぶつけ合わせるほどの力さえもない少女は、それでもたった一人で危険な旅を続けてきたのだ。今回運よくルークという救いの手が下りてきたのはよかったのだが…。
(またあのような三人組のような奴らが自分を襲ってこないとは限らない…か)
「けどよ、逆に俺みたいなどこの誰とも知れない野郎を護衛にして大丈夫か?」
ルークはそこが心配だった。自分と彼女はつい先ほど始めて会ったばかりだ。そんな相手から男女二人っきりの旅を持ちかけるなど、正気の沙汰じゃないとまでは言わないが、普通はしないもののはずだ。
「さっきの怖い人たちよりずっとマシだもん」
しかし少女もまた反論する。確かにルークの理屈も正しいが、だからといって女の子一人旅をこのまま続けさせることの方が、危険が伴う。
「お金は今払うことはできないけど、いつか払うから!ね、お願い!」
両手を合わせて必死に頼み込んでくる少女。ここで拒否を選択することもできただろう。この少女のことをルークはまだよく知らないのだから、まだ信頼するには早計なのだから。
「…わーったよ。俺もあいにく迷子同然の身だし、どっかに帰り道を探る術があるかもしれないからな」
だが、ルークは彼女の護衛役として旅に同行することにした。理由としては、やはり故郷であるエスメラルダ…ハルケギニアへ帰還する道筋を探るためである。一人で当てもなくさ迷っても意味がない。なら手がかりの可能性のある方を選ぶのが建設的だ。
「もしかして、ルークさんって、外国の人?」
さっき紹介された名前の響きがあまりに聞きなれないものであることからか、少女は尋ねる。
「多分…そうなるんだろうな。
それと、さん付けしなくていい。ルークって気軽に呼べよ。あんたは別に、俺の部下でも家臣でもねぇんだから。
それより、あんたの名前をまだ聞いちゃいなかったな」
「私の、名前?え、えっと…」
自分が名前と問われた途端、なぜか少女は答えにくそうに目を泳がせた。
「なんだよ。聞かれたら困るのか?」
たかが自己紹介だろう?自分とは違って名乗れないとでも言うのか?ルークは貴族気質からか、この少女のその対応が少々無礼に思えてきてしまう。だが、少しの間をおいてから、彼女は名乗った。
「私…『天和(テンホウ)』っていうの」
「てんほう…?」
やはり異世界なのだ、と思った。トリステインは愚か、ハルケギニアでもエルフたちの国でも聞きなれないタイプの名前に、改めてここが自分の故郷とは異なる世界なのだと実感した。
が、そう思った途端に、ぎゅるるるるる…とルークの腹の虫が鳴り出した。
「ぐ…」
そうだ、俺腹減ってたんだった…。すっかり自分が空腹だったことを忘れたルークは、腹の虫をモロに聞かれて赤面した。
「ルークって、かわいい♪」
「や、やかましい!」
くすくすといたずらっぽく笑う天和に、ルークはムキになって怒鳴った。だが全く迫力がないから天和は気圧されもしない。
しかし、思えば天和はとてもかわいらしく、そして胸は大きく腰も締まっていて、スタイルも抜群だった。まるでアイドルグループの出身のような理想的な体系である。他の女子たちから見れば羨ましく見られてもおかしくない。
(待てよ…これってある意味チャンスじゃ…ってなに考えてんだ俺って奴は!!テラはともかく、また叔母上たちからふしだらだって説教かまされちまうだろうが!)
年頃の少年らしく、期待を寄せてしまったルークはすぐに自分がスケベな妄想を抱きかけたことを呪った。
そんなこんなで、ルークは天和の旅に護衛として同行することになった。
また飯の件だが、残り少なくなっていた天和の荷物にしまいこまれたままのあまりものを食べることでしのいだ。…舌の肥えたルークにとって、あまりよい味とはいえなかったらしい、というのは余談である。


その頃…。
現在のこの大陸…後に中国と呼ばれるこの国のほぼ中心部に位置する場所には、ある遺跡が眠っていた。だが三国同盟が成り立ってしばらく経ったある日、行軍中の呉によって発見された。その遺跡は現在確認されている遺跡とはまるで雰囲気も様式も異なり、発見した呉軍の兵たちを驚かせた。
その遺跡の調査を任されていたのは、建業で雪蓮たちへの報告に合ったように、呉の将の一人である呂蒙、真名を亞莎が監督していた。
遺跡は石垣のピラミッド上に積みあがったものが、長年の年月で土の下に埋まり、外観はもはや山にしか見えない。
その山の間に、一人の少女が陣を構えていた。見た目はどこか…中国の妖怪であるキョンシーのような格好をしている。彼女が呂蒙、真名を亞莎(アーシェ)という。
「呂蒙様、こちらが出土品になります」
亞莎が構えている陣の天幕に、一人の男性の武将が、部下に出土品を運ばせながら来訪した。
「お疲れ様です馬忠さん。早速ですが見せてもらえますか?」
「は。おい、例のものを」
馬忠と呼ばれた武将は、部下の兵士に出土品を机の上に置くように命じる。
「変わった出土品ですな。呂蒙殿、なにか覚えはございますか?」
馬忠は机の上に並べられた出土品を見て、発掘させたと気に見たときも抱いた感想を口にした。
「いえ、私もこの大陸の歴史には心得がありますが…」
亞莎は、特徴的な片眼鏡の奥に隠れた瞳から出土品を見る。
発見された出土品は、いずれも変わったものばかりだった。かの古代王朝『秦』の始皇帝が遺したという『兵馬俑』とも、後に『万里の長城』と呼ばれる長距離の城壁とも雰囲気が異なる。
出土品のひとつは、円錐の形をした銀色の塊だ。といっても、塊というにはずいぶんと形が整えられている。彫刻として作られたものだろうか。
さらにもう一つ見つかったものは、I字型の、翼のような意匠に掘り込まれたものだ。剣のように持ち手の部分があるが、武器とかそう言った類には見えない。ひび割れていて土ぼこりが酷く、相当古びた青銅製の道具である。
(何かの祭具のようにも見えますが…かなり古い。一体いつごろの遺品なのか…)
「馬忠さん、他に見つかったものはありますか?」
「今のところは…文字らしき印を多数刻んだ壁でしょうか。ですが、我々の使う文字とはまるで異なっていて誰も読むことができませぬ」
「そうですか…」
遺跡には文字らしきものが壁に刻まれているらしいが、それらも自分たちが知っているものとはまるで異なるらしい。
「私も直接見てみましょう。案内してください」
「御意」
亞莎は馬忠に遺跡への案内を求め、馬忠はそれを受け入れて亞莎を遺跡へ案内した。


入り口は山岳の脇に口を開けていた。そこから地価に続く長い階段を下りて行き、地下に開かれた広場に着く。そこには馬忠の言っていた通り、壁や床に埋め込まれた石版に、文字がいくつか刻まれていた。また、壁にもその遺跡が作られた当時の文化の名残なのか奇妙な彫刻がいくつも掘られている。
「だめですね…これは私も読めません」
松明で壁に刻まれた文字を見てみる亞莎だが、これは彼女でも解読することができなかった。彼女…呂蒙は学問に秀でており、この大陸において深く名を刻んだ偉人たちの文献や旧王朝の歴史資料をいくつも読んだ。だがいずれの書物においても、この文字に該当するものはなにもない。
だが、亞莎はこの事実について何かおかしいと思った。
「しかし、奇妙ですね…これほどの遺跡を、これまで名を残し続けてきた方々の目に留まることもなかったなんてありえません」
この大陸にはいくつもの王朝が栄えていた。夏、殷、周、秦…そして現在、『高祖』との呼び名でも呼ばれている『劉邦』が興し、後にその子孫である『光武帝』が再興した漢。これらの栄えていたいずれの時代でも、数々の偉人たちが名を挙げ、そして乱世に散っていった。だが彼らが偉業を成し続けている時間も、この場所もまた戦場になることもあれば、道中に訪れることもあったに違いない。それ故に、この遺跡が『今の時代、それもほんの1年以内にも満たない時期の間に』発見されたという事実が奇妙だった。まるで、開放されるべきときを、この遺跡自身がずっと待っていたかのようだ。
それに…亞沙は自分の肌に、この遺跡から発せられる空気を感じ取っていた。
(…いやな感じがする。なんなの…?)
どうしてか、この遺跡はこうして立っているだけで、喉を締め上げられているようないやな気分になる。
「どうかされましたか?」
「いえ、少し夜更かししすぎて体調が悪くなったかもしれません」
気を使ってくる馬忠に、亞莎は首を横に振った。
「それは大変ですな。一度天幕に戻られてお休みになられてはいかがですか?」
「すみません、そうします」
亞莎は一刻も早く出たくなっていた。馬忠の言葉に甘え、彼女は一度地上に出て、自分の天幕に戻り、馬忠らが回収した出土品の方を監察することにした。


「じゃあ、この国じゃ黄色いリボンをつけたチンピラたちが国の各地で暴れた乱が起こって、あんたの妹たちはそのときにはぐれた…ってことか」
その頃、江陵を出たルークは天和の護衛として、彼女と共に北に向けて旅に出た。
江陵を出るとき、自分を怪しんだ警備兵と鉢合わせするのではと思ったが、天和はそれを聞いて気を使ってくれたのか、その警備兵が休憩などで居ない時期を見計らってくれたおかげで、何事もなく江陵を出ることができた。
現在二人は、山道を通っていた。下には川が流れている。そこは偶然にも、山の麓に陣とっている亞莎たち呉軍のすぐ傍だった。
「うん、私はなんとか逃げ出せたんだけど、ちーちゃんと人和ちゃんが、騒ぎに巻き込まれちゃって…」
そのちーちゃんと人和ちゃんとは、天和の妹たちの名前らしい。
「でも、きっとどこかで生きてるって信じてる。だから大陸を渡って、二人のことを聞いて回ってるの」
戦争ではぐれてしまった肉親を探しても、死ぬまで会えないままなんてことはありえないことではない。それでも天和の意思は強かった。なんとしても妹たちと再会するというその意識の強さに、ルークは関心を覚えた。
「ルークにも家族は居るんだよね?ちゃんと会えたらいいね?」
「…ああ」
天和のその一言に、こうも考える。彼女は妹たちとはなんとしても会うという強い目的意思を持っている。だが一方でルークの心には、ある不安がよぎっていた。
そう、故郷に帰れるかどうか…ということだった。
結局自分の故郷について、天和は聞いてこなかった。珍しい身なりの迷い人兼恩人、もとい護衛として捉えていたが…一人異世界に突如放り込まれてしまった不安は拭えない。
(…俺は、トリステインに戻れるのか?この世界はどう見ても、異世界の存在自体知らないままの世界に違いないし…)
つまり、元の世界に戻る術など、この世界で見た街の文明レベルから見れば、絶望的だった。一体、メカの一つもないこんな旧文明ぶり満載なこの世界に、どうやって別の世界に旅立つ手段があるというのだ。
(くそ、何で俺がこんな目に…あの糞犬眼鏡…次にあったら絶対にボコしてやる…!)
自分は、確かに問題行動は多かったかもしれないが、決して悪意があったつもりでやったわけではない。寧ろ、いまだに差別意識を抱く奴や、悪意を持って人に害をなす悪党を懲らしめていただけじゃないか。自分でさえ、疎ましく思うことのあるこの力を、あえて有効活用していた…ただそれだけだ。
その怒りの矛先を、自分を襲ってきたあの白装束たちと、それを率いていた眼鏡の男に向けた。
ふと、眼鏡の男のことを思い出して、気になることを思い出す。自分を拘束した際に奴が発した言葉だ。

『たとえウルトラマンの血と力を受け継いで生まれたあなたでも』

俺が……ウルトラマンの…なんであいつがそんなことを知っているんだ。会った事もないあの男が…なぜ?
そもそも真実なのか…と疑ったが、証拠として当てはまりそうな要素があることに気がついた。それは、自分がどういうわけか生まれもって手にしていた、この異常な身体能力。
その理由が、ウルトラマンというキーワードと密接な関係にあるとしたら…。
(お袋はこのことを知っていたのか?俺の体に備わっているこの力の秘密を…
仕事を言い訳にあちこち回って…俺に一体何を隠してやがる…!?)
くそ、変な奴に襲われるわ、そいつのせいで怪獣たちが故郷で暴れるわ、おかげで異世界に飛ばされてしまうわ…元から抱えていた悩みも含めて、色々と訳が分からない。
(お袋にこの力はなかった…だとすると、やっぱり俺の親父は……!)
「ルーク、どうしたの?」
「え…!?」
「顔が変だよ」
顔に出ていたのか、気になった天和がルークの顔を覗き込んできた。
「顔が変って…ぶ、無礼な奴だな…なんでもねぇよ!気にすんな」
(いや、不安に思っても仕方ねぇ。ここで手をこまねいてたって、それこそ家に帰ることができるはずもないんだ)
弱気になっている自分に、自分なりに喝を入れることで不安を押さえ込んだ。女の子の前で憂い顔なんて浮かべるものじゃない。きっと母たちならそんな自分に『それでもヴァリエールの男か』と叱り飛ばしてくるはずだから。
今の自分は、半場その場の成り行きではあるが、天和の護衛だ。ちゃんと守ってやらないといけない。
「…なぁ、天和。今は次の目的地までどれくらいかわかるか?」
ルークは、次に自分たちが訪れる予定の場所のことをたずねることにした。
「うーん、ごめんね。私そこまで地理には詳しくないの。そういうことはほとんど人和ちゃんに任せてきたから」
「おい!?」
その返答はいかにも投げやりというか適当なものだった。
なんとなくこいつが緩い感じのキャラなのは読み取れていたが、できればルークは自分の今の状況からして、そのようなずぼらなところはないことにしてほしかった。しかし事実、天和はのほほんとしたキャラであることは明白で、そのキャラの通りなのか結構やってること覚えていることが適当だった。
「でも、一人旅をしてから、ここから北の方角にまっすぐ行けば街が見えてくるってことは覚えてるよ?大丈夫、大丈夫♪」
なんとも楽観的なことを言う天和に、ルークはげんなりした。
(本当に大丈夫かよ…)
ただでさえ不安ばかりの異世界道中、それが余計に不安をかきたてられてしまうこととなる。
ルークは鼻歌交じりに歩く天和を横目で見る。久しぶりに二人以上の旅なのか、どこか楽しそうだ。初めて会ったばかりだというのに、ルークを疑ったりもせず、ただ一度暴漢共から助けただけで彼を護衛として命を預けた。それだけ信頼してくれているのか?
今の自分は故郷に帰る手立てを見つけることが目的だが、だからといって天和を放っておくこともできない。また暴漢に襲われる可能性が大きいだろう、なにせ楽観的な思考の美少女など、彼女を襲った下卑た男たちのような輩が無視するはずがない。
故郷へ帰る術を探しつつ、ルークは改めてしっかりと天和を見ておいて置こうと思った。
「あ、そうそう。気をつけてね?ここって、山賊が時々出てくるの」
遠くに見えてきた山岳地帯を見ながら、天和は補足を付け加えてきた。
山賊…ルークにとってはあまり馴染めない種類の人間だ。もう山賊が出てくるほど故郷の治安は…いや、完全とはいえなかったな。
若き日の母ルイズが参加した、自分が生まれる前に勃発した、宇宙からの脅威との戦争。その戦いを通して祖国トリステインは国と民を、世界を守るために時勢を大きく変えなければならなかった。それに着いて来れなかった貴族など何人いたことだろう。そう言った類の貴族は、位を負われた果てに続として人気の少ないところをはいかいするわ、辛うじて食らいついても今の時勢への苛立ちからか、ルークが見てきたようないじめ問題を起こすこともあった。
でもルークは、今更そんな奴らに負けるようなやわな育ちも体つきもしては居ないという自負があった。油断さえしなければどうとでもなる。
ふと、ルークは視線の先に何かを見つけた。
「赤い鎧…どこかの軍か?」
自分たちが通っている河川の傍の道の近くに、高いつくりの柵で囲われた陣を見つけた。そしてその陣からは旗が上っている。漢字で『呉』と文字が刻み込まれていた。
それを見た途端、天和が足を止めた。
「どうした?」
妙に気まずげな様子の天和、一体どうしたというのだ。
「あれ、呉の人たち…」
「『ゴ』?…あぁ、確か…今のこの大陸を収めている三つの国の内、南東一体を支配しているって言う…」
この大陸のことは、黄巾の乱のことをはじめとして、天和が知っている程度のことだがルークは聞いた。だが、なぜ天和は連中を避けているような姿勢をとっているのか。
「…ねぇ、ちょっとここは避けていこう?ほ、ほら!軍の人たちって、結構乱暴だったり頭に血が上って人の話を聞かなかったりすることが多いし…ね?」
「さすがにそこまではないんじゃないか?」
「ルーク、そんな悠長なことじゃないの。兵隊さんって、少しでも怪しいって思ったら問答無用で尋問してくることだってあるんだから」
言われてみればそうかも知れない。人の話を聞かないと言えば、思ってみれば江陵にいたあの門番の兵たちのこともある。…が、悠長さに関してはこいつに言われたくない、とも思った。
「…今、ちょっと失礼なこと考えてなかった?」
突如天和がむーッと頬を膨らませてルークを睨んできた。どうやら彼が何を考えていたのか、少なくとも自分が貶されているようなことを考えているのを察したらしい。
「べ、別にぃ!?ま…まぁ、とにかく避けときゃいいんだな?」
自分の考えていることを当ててきた天和に、思わずきょどってしまったルーク。明らかに動揺しており、無理やり誤魔化しているのが見て取れた。
しかし、そのときだった。
「お前たち!そこで何をしている!」
突然怒鳴り声を浴びせられ、二人は思わずビクッと身を震わせた。振り向くと、数人ほどの呉の兵士たちがルークたちを取り囲んでいた。しまった。言った矢先に呉の兵たちに目をつけられてしまった。
「え、えっと私たちは…その…旅の者でして」
「旅人だと?だったらなぜ我が陣営に近づいてきた?」
「た、たまたまだ!」
天和の苦し紛れな言い訳に対し、二人を取り囲んでいる呉の兵たちウのリーダーらしき男は、ルークを見て目を細める。
「では、貴様の妙な格好は何だ?この大陸では見かけない服装だが?」
「こ、これは…!」
ルークの身なりのことを指摘され、天和は焦る。ルークも何か適当に誤魔化すネタがないか、必死に頭をひねった。
「この大陸の者ではないな?もしや、異民族の刺客か!それとも出土品を盗もうとする盗掘者か!怪しい奴らめ…ひっ捕らえろ!」
だがリーダーの男が、ルークたちが何かを思いつく前に、彼らをひっ捕らえるように命じた。
「うわ!何しやがる!」
「きゃあ!」
たちまち襲ってきた呉の兵士たちに、二人は取り押さえられてしまう。
「ここで何をしようとしていたのか、洗いざらい吐いてもらうぞ!」
「わーん!!こんなことなら早くここから離れときゃよかった…」
天和は若干涙目になりながら後悔の念を口にした。この時代の人間は怪奇現象さえも信じ込む傾向がある。適当で根拠のない疑念を抱き、それを排除するためならどんなに非難されるようなことさえも実行するのもありえないことではなかった。
「くそが、離せ!このスッタコ犬!!」
「うわ!?」
「そら!!」
「うぐお!!」
だがルークは、束縛されることをよしとせず、自分を捕まえていた呉の兵を振り払い、突き飛ばした。さらに天和を捕まえていた兵たちも蹴飛ばし、彼女を手元に奪還する。
「大丈夫か?」
「あ、うん…ありがと」
「貴様あああ!!」
やはり黒だったか!と呉の兵たちはルークたちに襲い掛かる。だが、ルークは振りかざされた剣を指先で受け止め、それを指のみでバキッ!とへし折ってしまう。
「剣を……馬鹿な!?ぐぎゃ!!」
剣を折られたその兵を、鎧で身を包んだその体に拳を一発叩き込んで突き飛ばした。
「す、素手のみで…!?この小僧…どこかの武家の出か?」
自分たちは激しい訓練で鍛えられ、とても一般の民ごときが立ち向かえるような柔な鍛え方はされていない。なのに、目の前のこの10代半ばにしか見えない少年に、いともたやすく…。リーダーの男はルークの大人数人がかりでも圧倒した力に戦慄した。
「く、囲め!この小僧は危険だ!なんとしても捕まえろ!」
彼はルークに対する疑念を強め、兵たちに取り囲むように命じる。彼の命令に従い、呉の兵たちはルークたちを決して逃がすまいと取り囲んだ。
「ち…天和、俺の近くに寄れ!」
「う、うん!」
ルークは天和をすぐ傍までに寄せて安全を図る。
まったく、人の話を利かない連中だ。うちの故郷の軍人たちはUFZの隊員をはじめとして、少しは一般人の言葉にも耳を傾けるというのに。呉の兵たちに対して、ルークは呆れと怒りを混じらせた。
とにかくここからなんとか抜け出して北に向かわなければ。天和のことも見つつ、ルークは身構えた。


それを見ている、悪しき意思を持つ者がいた。
謎の青年と眼鏡の男の配下の一人、『ダイダラ』という仮面の男だった。
(くく、見つけたぞ…)
豆粒ほどにも満たないほどの遠い場所から、双眼鏡を越しているわけでもないのにはっきりとルークと天和、そして彼らを囲む呉の兵たちの姿を見据えながら、ダイダラは笑った。
これで奴を捕まえれば、あの方々も喜ぶに違いないだろう。
(今、奴はこの世界の者どもに阻まれているか…少々邪魔だな。なら少々手を貸してやるとしようか。感謝するがいい)
ルークたちの観察を続けるダイダラ。ふと、彼は付近から感じる猛烈な『何か』を感じた。それを辿って視線を研ぎ澄ませていく。そしてその目に映ったのは、遺跡を囲む呉の陣営と、彼らが出入りしている遺跡の入口。
そこから発せられる波動を、彼は感じ取った。亞莎にとってそれはひどく重苦しく、不快感でしかなかったそれは…その男にとっては快感で満たされるほど心地よかった。そして、その波動の根源がいかなるものなのかも理解し、ほくそ笑んだ。
(ちょうどいい、あそこを利用させてもらうか)
ダイダラはある企みを秘めて、一瞬にして陽炎のように姿を消した。
 

 

目覚める『闇』と『光』の事

一方、その頃の蜀。
遺跡調査に向かう一刀は、護衛に鈴々と翠・さらに恋を連れて目的の遺跡に向かっていた。
「遺跡か~、どんなのかな。あたしめったに見たことないから」
翠はこれまで馬術や武術にばかり磨きを掻き続けてきたためか、遺跡といったようなものにも、女の子らしいことに触れることもあまりなかった。
「遺跡か…学校で何度か見学したな」
「お兄ちゃんは、見たことあるのか?」
一刀の故郷としての現代地球は、この世界だと『天の世界』と言われている。実際には天ではなく、おそらく異次元かなにかの世界だろうが、この世界の人たちにはこの言い方じゃないと納得されないのだ。当時の思い出に少し耽る一刀に、鈴々が尋ねた。
「まあね。たとえば…貝塚とか」
「かいづか?なんだそれ?」
「…かいづか?」
翠と恋も気になりだして話に加わってきた。
一刀は、天の世界にいたころの学校生活時に社会科見学で立ち寄った遺跡のことを思い出しながら鈴々と翠に説明した。
「そうだな~…この世界の時代だと200年位前になるのかな?まだ米みたいな農作業が確立してなかったとき、当時の日本…じゃなかった『倭』の人たちは海から魚や貝、陸だと木の実やウサギみたいな動物を狩って飯にしていたんだ。
で、食べ終えて貝殻だけになった貝を捨てた場所が遺跡になった…」
「それだとただのゴミ捨て場なのだ」
む、確かに…と鈴々の言葉に一刀はどもる。貝塚は当時の人々の暮らしや食生活を知るための大事な場所。だが、実際確かに当時の人たちが遺したゴミ捨て場だ。…ごめんなさい、先人の皆様、と一刀は届かない謝罪を心の中で呟いた。
「鈴々なら、たくさんの貝を用意さえすれば一瞬で貝塚ができるな」
「はは、それ言えてるな」
翠の一言につい一刀は吹きだしてしまう。
「むー、なんだかバカにされてる気がするのだ。っというか翠にだけは言われたくないのだ!」
「なんだとぅ!?」
「はいはいケンカしないしない!」
危うく護衛役同志のケンカが起こりそうになったので、一刀は子供をあやすように仲介するが、二人はガミガミ言い合う。やれやれ…と、彼は二人を見てあることに気が付く。
「…あれ?恋」
恋がいない。今回は護衛の一人としてついてきてくれたはずだ。確かに、無口であるがゆえに、深く会話に入らないのは知っていたが、いきなり忽然と姿が消えていたら驚いてしまう。
が、すぐに恋がどこにいるのか目に入った。
「…くぅ~ん」
「…」
いつの間にか連れてきていた犬と、身をかがめて戯れていた。恋は家に子犬・子猫・小鳥などの小動物を約50匹近くも飼っていて、給料も彼らのエサ台に使っている。それだと悪臭などで苦情がこないのか?と思われるが大丈夫。エサを与えるときだけはしっかり集まり、それ以外はほぼ放し飼いにしているためか、におい関係の問題はあまりないらしい。たぶん…。
「セキトを連れてきたのか?」
セキトは恋が特にかわいがっている犬だ。彼女が兵士となる以前からずっと付き添っている。恋には物心ついたころから親がいなかった。ただ当てもなくさまよい続けていた恋にとって最初にできた家族である。
正史でもセキトは、赤兎馬という赤い毛を持つ馬で、呂布、彼の死後に主となった関羽の名馬として名を馳せた名馬として有名だ。一日で千里(約3.9km×1000)もの距離を走ったという。なぜかこの世界ではコーギー犬であるが…。
後ろから一刀は恋に話しかけると、恋はセキトを腕の中に抱きしめて立ち上がりコクッとうなずいた。
「最近、散歩に連れて行く機会が少なかったから。どうしても」
ここ最近、仕事をよくサボる恋でも、三国同盟締結による仕事の急増、主に一刀の他国への訪問の護衛で、セキトに構う時間が少なくなってきたのだ。
「連れて行きたいってこと?」
コクッと恋は頷いた。
「わかった。でもちゃんと面倒見ろよ」
「…大丈夫」
「ほら二人とも、いつまでも言い合ってないで。今日は俺の護衛役を引き受けてくれたならしっかりしてくれよ」
いまだ言い合う二人に二度目の仲介。
少々ごたついた…とはいえいつも一刀のまわりはごたつくことが多いのである程度の体制はできたのだが、そんなこんなで彼らは例の、新しく発見されたという遺跡にたどり着いた。
朱里が言っていた通り、遺跡の入口前の陣にて、先に桔梗と蒲公英が陣を構えて待っていてくれた。
「あ、おーい、ご主人様~!お姉様~!」
陣の入口から、容姿が翠とそっくりな少女が手を振り、もう一人『酔』の文字が刻まれた肩当てを装備した女性がいる。蒲公英と桔梗だ。一刀たちも駈け出して二人のもとに着く。
「二人とも、ご苦労さん」
「おお、お館様も来られたのか。しかし、皆より長く生きてきたのだがあのような遺跡、わしは初めてでしたぞ」
年長者でキャリアもその分培っている桔梗にこういわせるとは、この遺跡はただの遺跡のように思うことができなくなる。
「どういうことだよ?」
翠が不思議に思って首をかしげた。
「そうじゃな…なんというか、強大な気配を感じるのだ」
桔梗の言っている意味が分からない。恋だけじゃなく、一刀たちは全員彼女のいうことを理解できなかった。
「なんか漠然としているね…」
「申し訳ない。皆にどう説明すれば良いのかわし自身見当もつかぬ」
珍しいと一刀は思った。桔梗は自分を挑発をする際は、真意を隠しつつ何を仕掛けてくるのかをわかりやすく伝えてくる。だが今度ばかりは違う。桔梗自身も一刀たちにどう伝えればいいのかわからないのだ。
「どんなのかわからないなら、奥へ進むしかないのだ」
あっけらかんに鈴々が言う。いつもなら簡単に言うなあ…とは思うが、実際鈴々の言うとおりにするか、危険性がある以上ここは大人しく引き返すかのどちらかしかない。
「…そうだな。入ってみよう」
「危険かもしれませんぞ、お館様」
桔梗が一刀に警告を入れるが、彼女自身一刀が言い出したら聞かない男であることは重々わかりきっていた。
「わかってるさ。だから、みんなを護衛に頼んだんだ。世話をかけることになっちゃうけど、頼むよ」
「あたしたちが断れないってわかってるだろ」
へっ、と翠が笑う。
「でも、蒲公英たちに無理に負担をかけたくないから敢えて『頼むよ』なんて言ったんだよね。ご主人様はやっぱ優しい~」
蒲公英も快く護衛を引き受けてくれるようだ。
「そういえば、この遺跡ってなんていうの?」
ふと、一刀は桔梗に一つ質問してきた。
「確か、地元の者たちの話によると…『婆羅堕(バラダ)遺跡』と言っておりましたぞ」
「『婆羅堕遺跡』…」
やはり聞いたことがない、と一刀は思った。そんな名前の遺跡は三国志は愚か、中国の歴史上でも存在が確認されていないはずだ。少なくとも自分の記憶の中では、こんな遺跡の存在は全く触れられていない。歴史からも忘れ去られたのか、それとも…
(この世界だからこそ存在しているのか…)
この世界が自分の知っている三国志とはかなり異なっている要素が多いことは知っているが、だからこそ自分の知らないことについてもっと知っていく必要があると彼は考えていた。
一刀たちの会話の傍ら、恋はセキトの頭をなでていた。
と、その時だった。ピクッとセキトが恋の手を退けて顔を上げ、どこかへ走り出したではないか。まるで何かの匂いに感づいたように。
セキトは、遺跡の入口の鍾乳洞の中へ突っ込み、闇の中へ姿を消した。
「!待って!」
セキトを追って恋は駈け出した。
「お、おい恋!待てよ!」
翠が引き留めるように言ったものの、彼女は天下無双と称された将なだけあって脚力も優れていた。だからたちまち一刀たちのもとから遺跡の闇の中へ消えてしまう。
「俺たちも急ごう。副官さんに留守番を頼んで兵たちにはここにいるように言うんだ」
「合点なのだ」
一刀たちも、桔梗と蒲公英に同行していた副官に留守を任せ、恋とセキトを追って遺跡内部へと侵入した。


遺跡に入り込んだ途端気分が悪くなった亞莎は、自分の天幕に戻って馬忠が回収した遺跡の出土品を改めて眺めていた。
しかしただ眺めているだけでは何もわからない。これらの出土品に、何らかの意図があるのは確かだ。とはいえ出土品というものはどれほど脆いのか想像もつかない。注意しながら、彼女は出土品の一つに手を付けてみる。彼女が手に取ったのは、翼のような彫刻を刻んだ青銅の神具。
耳を澄ませると、どう見ても楽器じゃないのにこの神具から何か笛のような音色が聞こえてくるような気がした。遠い昔を連想するような音色が、きっと聞こえてくる…。
「…!」
そのとき、亞莎は目を見開いた。
亞沙に握られていた神具が、揺れ始めている。亞莎の意思と関係なく、内蔵されたバイブレーションが稼動したかのようにぶるぶると震えだしていた。まるで、何か警告のようなものを必死に訴えているように。
「これは、一体…?」

「ぎゃあああああああああ!!!」

しかし、亞莎の思考は今の悲鳴によって現実に引き戻された。
今の悲鳴は…!?すさまじい叫び声だったからただ事ではない。しかも悲鳴は一人だけでなく、何人分ものそれが聞こえる。何事かと思って天幕の外に出る。
「え…!?」
亞莎が見たその光景は…まさに嗚呼叫喚の地獄絵図の始まりだった。


その発端を起こしたのは…ダイダラだった。
亞莎が天幕に戻ったちょうど同じ頃、ダイダラは亞莎の部隊が調査中の遺跡に入り込んでいた。…というよりも、瞬間的に遺跡の奥へと転移した、というべきだろう。誰一人彼の侵入に気付いていなかったのだから。
「ふふふふ…私にはわかるぞ。この遺跡の中に眠っていた邪悪なる気配をな…」
遺跡の最深部、そこに彼は降り立った。
二階建ての家ほどの高さの天井にも行き届くほどの壁には、何か奇妙な…いや、恐ろしささえも感じる壁画が刻まれていた。
そして、何かを置いていたような台座が部屋の中央に安置されていた。おそらくここから出土品の一部を呉軍は回収したのだ。
(何かしらの封印が施されていたようだな。おそらく呉の者どもが回収しているのだろうが…馬鹿な奴らよ。そのまま放置していれば、この遺跡に仕掛けられた封印が解けることもなかっただろうに…)
ダイダラは台座を見て、亞莎たち呉の調査隊たちを嘲笑った。彼は感じていた。かつてこの地に封じられることとなった…強大な『闇の波動』の根源を。
彼は台座の前に立つと、両手を合掌し奇怪な呪文を唱え始めた。すると、ダイダラの体が妖しい紫色の輝きを放ち始めた。それに呼応して、遺跡全体に地震のごとき猛烈な振動が走り出した。
「さぁ目覚めろ…邪悪なる化身ども…長き眠りから目覚め、我の意思に従い、この者どもを蹂躙しろ!」
彼が両手をかざし、叫んだ瞬間の事だった。
ガシャン!!と音を立てながら、彼の周囲の壁が突き破られ、直径3mほどの穴がいくつか開かれる。その中から、いくつもの人間一人分ほどの大きさの影が何十…いや、何百何千と飛び出してきたのだ。
飛び出してきたその影たちは、血のように赤い瞳を持つおぞましい体つきの怪鳥の群れだった。ダイダラの意思に従い、地上への入り口に向かいだした。

当然、その道中である遺跡内部にて調査中だった呉軍を襲った。
突如遺跡の奥から現れた怪鳥の群れ。奴らは目に付いた兵士に、久方ぶりのご馳走に飛びつくように襲い掛かった。
「う、うわああああああ!!!」
呉の兵たちは怪鳥たちに捕まっていき、捕まった者たちは食われていく。仲間たちの頭は腕がもぎ取られ、その骸さえも骨をしゃぶられるまで貪り尽くされた。
そのおぞましさは呉の兵たちを恐怖させ、その場で腰を抜かしてしまう。そうして恐れた者たちにも遠慮なく怪鳥たちは食らいつき、次々と犠牲者は増え続けた。
応戦する勇敢なものも居た。しばらく前までにこの大陸を包んだ戦乱の世を生き残ってきたのだ。仲間や敵の死を何度も見続けてきた。いちいち死に様を見て動揺せずにはいられない。点と気合を入れたのも、つかの間の効果しかなかった。
いざ剣を振りかざして、この醜い化け物を切り捨てようと計った呉の兵の一人。しかし相手は空中を飛び回る怪物。地上から剣を振り回したところで当たるはずもない。ならば弓で射殺してしまえばいいと考えた弓兵が弓を飛ばす。
「な…!?」
だが、怪物たちの体は弓で貫くことはできなかった。怪物の体に当たった途端、矢ははじかれてしまう。単純に、奴らの体表が矢の貫通力を上回っていたのだ。
「だ、だめだ!逃げろ逃げろおおおお!!」
自分たちの今の装備と力では敵わないと悟らざるを得なかった。呉の兵たちは遺跡から、いや、怪物たちから一秒でも早く逃げ延びようとした。
そのときには既に、血の臭いが遺跡内にあっという間に充満した。故にその臭いは外に居る亞莎の元にも漂ってきた。戦場で何度もかいできた、死臭。彼女は呉の中でも優秀な軍師でもある。しかし見た目どおりの大人しい性格のため謙遜してしまいがちなところもあり、同時に臆病なところもある。ある程度体性はできても、やはり何度見ても慣れたいと思えるものではなかった。
「り、呂蒙様!か、怪物が!怪物が遺跡の中から急に!」
負傷しながらも辛うじて亞莎の元にたどり着いた兵の一人が彼女の元にやってきて報告する。だが、自分の負傷以上に、突然の怪物出現と仲間たちが次々と無残に殺され食われていく光景を見たショックで錯乱しているように見えた。
この怪物たちは未知の存在だ。こいつらを倒す術がはっきりしない以上、ここは逃げた方がいい。でも撤退戦で必ずやらねばならないことがある。それは誰かが殿を勤め、味方の撤退が完了するまで、敵の攻撃を食い止めなければならないということだ。
(…私が、やらなくちゃ!)
大人しそうな外見どおりの性格だが、亞莎は戦えないわけではない。ちゃんと戦闘訓練をこなし、一般兵など相手にならないほどの武を持っているのだ。
「全兵士に告げます!落ち着いて存命の方をまとめた後、襄陽方面へ脱出してください!」
彼女は袖の下に隠していた手甲『人解(れんげ)』を露にし、部下たちを襲う怪物たちに向けて身構えた。
だが、亞莎一人にそんな危険な真似をさせるわけにいくまいと、彼女のもとに数人ほど武人たちが集まってきた。その中には馬忠も入っていた。
「呂蒙様、お一人では危険です。我々も共に戦います!」
「むしろ呂蒙様、あなたの方こそここから離脱し生き延びねばなりませぬ。あなたほどの才覚を持った方がこのような遺跡調査などでお命を落としたとなれば、孫呉の大損失です!お帰りを待たれている孫策様たちもお嘆きになります!」
「呂蒙様…どうか俺たちにも武人として意地を見せる機会をください!生意気を言うようで申し訳ありませんが、お一人では無謀であることが、あなたの方がわかるはずです!」
「馬忠さん、みんな…!」
彼らの上官として、自分が殿を勤めなければならないとばかり思っていたが、元来の引っ込み思案な性格から、自分を卑下しすぎていた。こんな自分の命を大小にすることで彼らが助かるなら…と。
でも、自分をここまで慕ってくれる部下たちの忠義の言葉に、亞莎は胸が熱くなった。
同時に、なんとしても彼らを守り、共に脱出しなければと決意を固めた。
だが万が一の事もある。
「…馬忠さん!」
「はっ!」
亞莎は馬忠の名を叫び、馬忠は彼女の傍で跪いた。
「申し訳ありませんが、あなただけは一足先に建業へ早馬でお戻りください」
「な、なぜです!?私にはここで尊敬すべき上官を見捨てた生き恥をかけと!?」
「違います!この事態を孫策様たちにお伝えする方が必要だからです!ここで全滅などしたら、いったい誰がこの遺跡で起きたことを伝えるのですか!?」
「ぐ…」
正論を言われ、馬忠は押し黙った。彼女の言うとおり、ここで起きた出来事を他の五の仲間たちに伝えなければ、この醜い化け物どもと相対する準備さえもままならなくなる。そうなったら、きっとここで起きたことと全く同じことが呉にも…いや、呉以外にも職や魏にも被害が及んでしまう。
「…了解しました。呂蒙殿、皆…どうか御武運を」
馬忠はここで亞莎と共に戦うことを望んでいたが、上官命令だ。従うしかない。それに彼女の判断こそが正しいことくらいよくわかる。感情を押し殺しながらも、亞莎たちの武運を祈りながら、馬忠は早馬に乗ってこの場を離脱した。
当然、他の兵よりも早く離脱を図る彼を、怪物どもが見逃さないはずがない。馬忠に向かって怪物たちが数匹、馬忠に向かって襲いかかってきた。
「場注さんに近づけさせないでください!弓兵、矢を!」
亞莎が直ちに、残存の弓兵たちに向けて命令を下す。生き残った兵たちは負傷している者も当然いたが、自身の怪我など意にかえさず、怪物たちに弓の雨を降らせた。いくら矢が突き刺さらないとはいえ、こうも大量に降ってくると飛行に支障をきたす。結果、怪鳥たちは馬忠を追うことは敵わず、取り逃がしてしまう。
獲物を取り逃がされた怒りをぶつけようと、怪鳥たちは怒りの矛先を、自らこの場に残った亞莎たちに向けた。

怪鳥たちと、亞莎率いる呉軍の戦いの火ぶたが落とされた。


彼女の部隊と、自分が操る怪物たちの交戦するさまを、ダイダラは遠くから見ていた。
「あの方々やドグラマグマ様の話によると、人間として生きてきた『奴』は正義感を無駄に培ったとか…だとすれば、ここの連中が襲われたときいて黙ってはおるまい」
ニタニタと下衆な笑みを浮かべながら、ダイダラは笑った。
彼は、彼の言う『奴』を引き寄せるために、この事態を引き起こしたのだ。自分の欲と望みを満たす、ただそれだけのために。
奴がここに来たところを、捕まえてあの方々に差し出して、褒美をいただいて見せよう。
そうすれば、私はより高みに上る。ドグラマグマ様よりも、さらに上へ…あのお二方と同じ存在へ…。
「さあ、古の血に飢えた獣共…あの小娘共を殺せ!」
ダイダラは遠視で見通した景色に映る、亞莎たちを見で命じた。
『奴』を、おびき寄せるために。


亞莎たちがダイダラの意思で遺跡より出現した怪鳥たちとの戦闘が始まってから、遺跡に起きた異変はルークたちの元にもすぐに伝わった。
「な、なにあれ…!?」
そのおぞましい光景は、二人にとっても衝撃的なものでしかなかった。
突如山の方から聞こえてくる悲鳴の嵐。崩れ落ちた、すぐ傍の呉の陣。そしてその下で起こっている、怪物たちの目覚めの朝食として食われていく呉の兵たち。血が飛び交い、肉片が飛び散るおぞましい光景。
「う……」
ルークは思わず吐きそうになった。天和もそれを見て顔がかなり青ざめていた。
「なんだ…なんだこの化け物共は!?」
「は、潘璋様!このままでは呂蒙様が!」
「くぅ…」
リーダーの男の名前は、潘璋というようだ。彼は後ろ目でルークたちと一瞥したが、すぐに呂蒙たちのいる呉の陣に向けて視線を直した。
「その者どもは後だ!呂蒙殿をお救いするぞ!」
潘璋の命令に従い、彼と共に呉の兵たちはルークたちを残して駆け出していった。
ルークは、兵たちを襲う怪鳥たちの姿を見る。本来の生物としての臣下の道を誤っているようにしか見えない、おぞましい姿。そして奴らは、げっげっげ…と喜びを感じる不気味な鳴き声を発し続けている。
「間違いない…こいつら、怪獣の一種か…!」
そうとしか思えない。なんとなく、自分の故郷の首都であるトリスタニアを襲ったこの不気味な化け物たちが、怪獣たちとどことなく似ている気がした。
どうもヤバイ状況になってきた。まさか、この世界でも怪獣を見ることになるなんて。
「る、ルーク!早くここから逃げよう!怪物たちがこっちに来てるよ!」
「そうだな、俺たちも…」
と、ここでルークは言葉を途切らせた。
ここで…逃げる?ここにいる連中を?それはつまり…見殺しにするってことじゃないのか?自分には、普通の人間を超えた力があるというのに、このまま逃げる?
そんなこと…許されることなのか?自分は許せるのか?……いや!
「………天和」
「ルーク?」
「先に逃げろ!とにかく隠れるんだ。俺は…こいつらを助けてくる!」
「な、なんでそんなこというの!?危ないよ!」
無謀すぎる、と天和は反論した。あの化け物たちは呉の兵一人ひとりが相手するにはあまりに強敵すぎる上に、数が圧倒的に多いのだ。それに、自分たちには先に果たさないといけないことがあるはず。それを無視しているとしか思えない。
だが、そんな彼らさえも逃がすまいと、ついに怪鳥たちが取り囲んできた。
「ちぃ!天和、走るぞ!」
「ひゃ!?」
ルークはすぐに天和を腕の中に抱きとめると、全力で駆け出した。とにかく怪物たちが自分たちを捕まえるどころか、追いつけないくらいに早く駆けた。天和はいきなり会って間もない男にお姫様抱っこされた上に、その男が眼に捕らえきれないほどの速さで走っている姓で頭が混乱していた。
すると、向こうから巻き上がった砂煙が現れ、それが二人の下に近づいてきた。天和を下ろし、ルークは咄嗟に身構えた。まさか、あそこに居る怪物の一体がこちらに迫っているのか?そう思っていたが、違った。
「り、呂蒙様…もう持ちこたえられません…!あなただけでもお逃げを…」
それは殿としてこの場に残ったままの、傷だらけとなった呉の将たちだった。その中には、潘璋や亞莎の姿もあった。武器もボロボロの状態となった上に、敵の猛攻が激しすぎて限界に達していることが明らかだった。
「けど、ここにいるみんなを置いていくなんて…」
「まだそのようなことを言われるか!あなたはご決断なさったはずだ!この状況下、周喩様や陸孫様だったらどうするかをお考えになってくだされ!」
大切な部下たちを逃げることをためらう亞莎に、潘璋は必死に説得を試みた。
「…」
だが、なおも亞莎はためらったままだ。ここで自分だけ逃げるのは、どうしても許せなくて…
と、そのときだった。
「危ない!!」
遠くからルークの叫び声が轟いた。その声が亞莎に届いたときには既に遅く、怪鳥の一体が亞莎に向かって食らいつこうとしていた。もはや眼前、逃げることも避けることもできなかった。反射的に目を閉ざすことしかできない亞莎。
だが、彼女に怪物の突進が届くことはなかった。
「ぐあぁ!!」
「ッ!」
その怪物が亞莎に食らい疲れる直前だった。彼女の顔に血が飛び散る。だが、それは彼女の血ではなく…
「…り、呂蒙……様…どうか…お逃げ…を…」
彼女のすぐ傍に控えていた、潘璋のものだった。彼は後ろから首元を怪物にばっくり食われてしまった。
「あ、ああ……」
亞莎は絶望に染まった目で、首と胴体を引きちぎられながら倒れる潘璋を呆然と見ることしかできなくなった。その場でへたり込み、震えて動けなくなってしまう。そんな彼女に、再び怪物は襲い掛かってくる。
「止めろおおおお!!」
ルークは見ていられず、飛び出した。助走をつけて地を蹴って飛び、亞莎を食らおうとした怪物に向けて拳を突き出した。今までずっと封じてきた…『手加減なしの本気』で。
瞬間、バァン!!!と破裂音が鳴り響き、同時に血が飛び散った。
岩さえも砕くルークの拳が、怪物を素手で殴りつけ、粉々にしたのだ。
「す、すごい…」
見ていた天和は開いた口が塞がらない。
仲間がパンチ一発だけでバラバラにされたのを見て怪物たちはルークを警戒して、すぐに襲い掛かろうとはせず、周囲を飛び回りだした。


「なんと…!」
ダイダラもまた、ルークが怪物を倒した光景を見て動揺せずに入られなかった。
「こんな力を持っているなど聞いていないぞ!くそ、ならば…」
あれほどの力を持つ相手では、正面から相対するのは賢い判断とはいえなくなる。ならもっと手のつけられないほどの力をぶつけ、奴の精神を挫く。奴の闘争心をへし折ったところで奴の前に立ち、一気に捕まえてやる。
ダイダラは再び手を機械に動かし、呪文を唱え始める。

彼の意思はこの大地の地中へと伝わり、地響きという形で答えが返ってくる。
「よし…」
今度こそ、奴を捕まえるためにも…
ダイダラは地面に向けて思念を放ち始めた。その下に眠る何かを目覚めさせるために。



「おい、しっかりしろ!おい!」
ルークは怪物たちに警戒しつつ、地面にへこたれた亞莎に向かって叫んだ。
「あ…あなた…は…あッ!」
魂が抜けたような声を漏らしながら、亞莎は意識を回復させる。急に見覚えのない男が現れたことに頭が追いつかなかったが、今の自分たちの状況を再び理解した。
「あぁ…私のせいで…潘璋さんが…」
潘璋だけじゃない。自分が守ろうとしたはずの呉の兵たちが、自分を除いて全員が…殺されてしまっていたことに絶望した。
「後悔なら後でしろ!天和、行くぞ!」
「う、うん…」
ルークは亞莎を背中に背負い、天和にもこの場からの離脱を促した。そんな彼らに、何度も逃がさないといいなおすように怪物たちが襲い掛かる。
と、そのときだった。さらなる脅威がルークたちを襲うことになった。
突如地面が地響きを起こしながら割れると、その中から一本の長い首が伸び、怪物たちに数匹食らい着いて、一気に飲み込んでしまった。
それを見ると、怪鳥たちは自分たちより後に現れたその脅威に恐れをなしたのか、散り散りになって離れていく。
今度現れたのは、黒い体表を持つ竜の首だった。バリバリと怪物たちを飲み込むと、その竜は、今度はルークたちのほうを見下ろした。
「ッ…!!」
何度も立て続けに襲う脅威に、ルークたちは絶句するばかりだった。
「ッ!走れ!」
ルークはすぐに天和に怒鳴った。そして彼女の手を引っ張りながら一気にこの場を離れようとした。
だが、竜はルークを追って、今度は首だけじゃなく全身を地上に押し上げ、その姿を完全に露にした。その竜は、20m近くもの巨体を誇っていた。

竜の名前は『古代怪竜クラヤミノオロチ』。

奴が全身を地上に押し上げたときの衝撃で、ルークたちはまるで爆風に煽られるように吹っ飛ばされてしまう。
「うああああ!!」「きゃああ!!」
空中に投げ出される三人。だが偶然にも、まだ残っていた亞莎の天幕の上に、三人は落ちた。天幕がクッション代わりとなって三人の地面落下の際の衝撃をやわらげてくれたが、天幕は三人を支えきれず崩れ落ちてしまう。
「い、痛…」
それに衝撃が和らいだといっても、地面に向かって落下したことに変わりない。
「あ、足が…」
「天和!?」
なんてことだ。ただでさえルークに追いつくことさえやっとだというのに、彼女は右足首を怪我してしまっていたのだ。しばらくは立つこともできない。今の状況ですぐに逃げ出すこともできなくなるのは流石に不味すぎた。
そうしている間に、竜はルークたちに狙いを定め、よだれをたらしている。明らかに捕食する気満々だった。その視線を恐れ、天和は思わずルークの足にしがみつく。亞莎は、相手が人間など手に及ばないほどの強大な力を前に何もできずに居た自分が無性に情けなくなった。まるで蛇に睨まれた蛙のような気持ちだ。
「ちくしょう…!!」
二人を見て、そして今の自分の状況を思ってルークは悔しさを滲ませた。
故郷に帰ることもできず、母の隠しているであろう真実にたどり着くこともできず、こんなところで自分は終わってしまうのか?自分の傍に居る、この二人の少女さえも救うこともできず…。
ルークは、たとえ人間を超えるほどの身体能力を持っていても、こんな相手に逃げることさえも許されなくなった自分に腹を立てたくなった。
「どうする…どうすりゃ…」
ふと、ルークは自分が踏んづけていた天幕の布の上から、意志のように固い何かをの感触を覚えた。
なんだ?ルークは自分が踏んでいる天幕のちょうど足元の部分を見ると、確かに何かを踏んづけていたらしく、その箇所だけ天幕越しに盛り上がっていた。その箇所を破ったルークは、その下に隠れていたものを取り出した。
「こ、これは…!?」
「それは、私の部隊が見つけた…!」
ルークが見つけたもの、それは亞莎の部隊が回収した出土品のひとつである、翼のような意匠を持つI字型の神具だった。
すると、ルークに握られたその神具は、彼に握られたまま振動を起こし始めた。
なんだ…これは…?
ルークは自分の額に猛烈な熱を感じた。それが一種の頭痛にもなって、何かが頭の中に流れ込んでいく。

一人の男が、その神具に似たものを掲げ、光に身を包む姿が…脳裏に流れた。

「はあ!?はあ…」
わずか一瞬だったが、ルークはそれを見終わると同時に息を荒くした。今のビジョンは一体…?突如のことが重なってばかりで、ルークは頭が混乱しかけていた。だがそんなことをしている場合もない。すでに竜が…クラヤミノオロチが迫ってきている。
「ルーク!」
天和の叫び声が聞こえる早く逃げろとでも言っているのか…。だが、ルークの耳に
天和の声は届かなかった。
彼女の変わりに、彼の耳の中には聞こえていた。
笛の音色のような、自分を導くような音を。
揺れ続ける神具から、ルークはそれを感じていた。

まるでその神具が、彼をずっと長い間待ち続けていたように。

神具の翼が、キン!と音を立てながら開かれ、内部に隠れていた宝珠が露になる。その玉から発せられる光がルークの瞳の奥に飛び込む。
(なんだ…体が熱!?……い……)
すると、奇妙なヴィジョンが彼の頭の中に、走馬灯のように流れ込んだ。

『兄さん、どうして!!』

銀色に青い目の戦士が必死に問うように呼びかける姿。

『…本気で行くぞ、MY FRIEND』

赤い鎧の巨人が自分に向けて、怒りを顕にしたように。

『へ…てめえの命…俺がもらってやるよぉ!!』

青い狡猾な顔の戦士がこちらに牙を向けた姿。

『ティガ…!』

最後に、傷ついた女型の巨人が自分に手を伸ばす姿。

(これは…夢の光景と…同…じ…!?)
宝珠を見た途端、ルークは自分の胸元を中心に、猛烈な力が爆発的に溢れ出すのを感じた。
気が付けば、ルークは自分が何をしているのかさえも記憶にとどめなくなっていた。その証に、彼の鳶色の瞳はいつしか虚無に満ちたものとなる。
彼はそのまま天和たちの前から数歩前に出て、竜と対峙した。
竜は、まずはお前からか。ならば真っ先に食ってやろう!とでも言うように、長い首を伸ばしてルークに食らいかかった。

その刹那だった。

虚ろな目のままルークは操られるように神具を掲げると、神具に内蔵された宝珠から黒い光が稲妻をほとばしらせながら解き放たれた。
虹さえも発生させるほどのその眩しさに、天和と亞莎の二人は思わず目を閉ざす。
少し間をおいてから目を開けると、そこにルークの姿はなかった。その代わりに…巨大な影が自分たちの目の前に。
その影の正体は今、ルークを食らおうとした竜ではなかった。自分たちを覆う影の正体を見た天和と亞莎は、今までにないほどの呆気にとられた。

ルークの立っている場所に立つその影の正体は…。


「ディア!!」


黒銀色の肌の上に真っ黒な模様を刻んだ…黒い巨人だった。