『堕天使と人間』


 

『出逢い』



君に出逢ったのは、僕が絶望の淵から堕ちそうになった時。

君の深黒の翼が美しく尊く想えた。

君に惹かれた、一瞬で。

そして、僕は君に尋ねていた。

『君の其の背に生えてる深黒の片翼は、誰の為のもの?
何を犠牲にして君は其れを得たの?』


君が人間じゃないことくらい解る。

其れでも、怖くなんて無かった。

君は、其の翼を大きく翔かせ、淡々と応えた。

『此は、生まれた時から在ったんだ。
犠牲になったのはきっと僕の大切な人達。』


きっと、誰にも解り得ないものを君も抱え、背負い続けてるんだ。

僕は、君の為に何かしたいと想った。
でも、きっと何も役に立てない。

其れでも、君と、今のこんな僕が出逢うなんて、何か意味が在る筈だと...


 

 

『涙』



僕は、君の哀しみごと包みたいと想ったんだ。

此の腕の中で、いっぱい泣いて欲しいと想ったんだ。

でも、うまく言えなくて...

ふと口をついて出たのは何とも稚拙な言葉だった。

『そっか、其れは哀しいね...』


間違った。
そう思い焦った僕は、君から視線を逸らしてしまった。

其れも違う。
僕は慌てて君に視線を戻す。

君は、不思議そうに僕を見ていた。

僕はきっと不安な表情だったんだろう。

君は、優しく微笑んだ。
そして、また淡々と言うんだ。

『それが、全然平気なんだ。
僕は何も辛くないし哀しくもない。
何も感じないんだ。』


勝手に涙が溢れてきた。

だって、何も感じないなんて...


 

 

『叫び』



君はまだ不思議そうに僕を見る。

僕は、涙を拭いながら言った。

『そう、其れは...
一番哀しいかもしれないね』


君は、暫く悩むような素振りをしていた。

少し、眉間にシワが寄り、けれど、悩むのを諦めたかのように、吹っ切るように言った。

『何が?』


君は、本当は、もしかしたら本当のことに気付きかけてるんじゃないのかな...

そう感じた僕は、君にもっと深く考えて欲しくなったんだ。

だから言った。

『だって、何も感じないのは...すごく虚しいことだと思う。』


君に届いて欲しい。
僕の心の叫び。


 

 

『哀しみ』



さっき迄とは少し違う君が居た。

少し、哀しそうな、動揺してるかのような表情のまま言うんだ...

『そうなんだ...
僕は、此の深黒の片翼を剥ぎ取ってしまえば、カナシミを知ることが出来るのかな?』


僕は胸のもっと奥の方を抉られたかのように痛かった。

君のイタミを無くしてあげたかった。

身代わりになろう。
立場を交替しよう。
咄嗟に、そう想ったんだ。

『じゃあ僕が其の深黒の片翼を受け継ぐよ。』


僕はまだこのとき、大事なモノを手放すことに気付きもしなかった。

ただ、目の前にいる君に、大事なことを知って欲しかった...


 

 

『交替』



君は、初めての笑顔を僕に向けてくれた。

無邪気で純粋な瞳に、僕も思わず笑顔になったんだ。

そして、其の愛らしい笑顔で言ったんだ。

『ありがとう。
此で僕は人間になれる。』


そう、此で良い。
大事な感情というものを学べるんだ。

『楽しんで、悲しんで、いっぱい心で感じてね...』


君の背には、深黒の翼が無くなっていた。
消えたのか...

同時に、僕の背には、ジリジリと焼け付くようなイタミが走る。


此は取引だと君は言う。

僕に翼が、君に心が、渡りゆく。


君は笑顔で手を振る。

『ありがとう。
じゃあ、さよなら。』


君は一瞬で見えなくなった。

見えないけれど、僕も静かに言った。

『さよなら...』


 

 

『独り』



僕は絶望の淵に居た。
其処に君が居た。

きっと君は僕を救ってくれる為にいたんだ。


此の背に得た深黒の翼。

失ったのは心だった。

心が疲れてたから調度良かった。

心なんて無くしてしまいたかったから調度良かった。

君を救えるなら僕は何だってしただろう。


もう、此の世に未練なんて無かったから、最期に君の為になったなら良かった。

僕は、此から君の見ていた景色を見る事になる。
其れは君も同じで、君も、もう此迄とは違う景色を見ることになる。


其れがどういうことなのか、知る由もなかった...


 

 

『終焉』



僕は、心を持たない。
人間じゃない別の存在になれたんだ。
楽になった。

心と引き替えに深黒の片翼を得た僕は、此処で何をするべきなんだろう。


僕は堕天使として、君は人間として、生きてく。

君の為なら、どんな自分になっても構わない。


僕と君は、手探りで此の道をそれぞれ歩んでく。
生きてくんだ、此の道を。

茨の道だと知らず...

無いものねだりの末、得たものと失ったものは何だろう。