リリなのinボクらの太陽サーガ
エピソード1・プロローグ
前書き
この小説を書こうと思った理由は、ボクタイのSSがあまり見当たらなかった事に端を発します。そして密かに書いていて意を決して投稿したこの作品が、少しでもボクタイSSが増えるきっかけになれれば、執筆者として嬉しく思います。
古の時代、月光仔が暮らしていたとされる月面に存在する都市、楽園。その地に封印されていた絶対存在、破壊の獣ヴァナルガンド。絶対存在は生きているわけではなく、ただそこに存在するもの。ゆえに死ぬことも無いため、もし封印が解き放たれれば獣に宿る破壊衝動の下、世紀末世界で暗黒物質ダークマターによる吸血変異を生き延びた生命をことごとく葬り去るであろう。
そんな破壊の獣を意のままにコントロールしようと目論んだ人形使いラタトスクは、太陽仔の父と月光仔の母の血を受け継ぐ太陽少年ジャンゴと、太陽意志ソルが地上に降臨した姿であるおてんこさまが召喚したパイルドライバーによって浄化された。そしてジャンゴはかつて月の一族の住処であった楽園の最深部で兄サバタと対面するも、彼は既にヴァナルガンドと同化してしまい、大崩壊を引き起こそうとしていた。世界の命運をかけてジャンゴは兄を吸収したヴァナルガンドと死線を繰り広げる事になる。ヴァナルガンドのガイコツが組み合わさった両腕から繰り出される拳は、人の身では耐えられない破壊力を以てジャンゴを肉塊に変えようとする。対するジャンゴはいくつものフレームを備えた太陽銃とスミスの所で鍛えた多くのソードを用い、死に物狂いでヴァナルガンドに立ち向かっていく。怪奇光線による状態の悪化、噛み付きからの吸血、破壊光線の圧倒的な威力。それらを前にして常人ならとっくに力尽きているはずの中、それでもジャンゴは守るべきもののために戦い続けた。
ヴァナルガンドの弱点であるはずのサバタに一切攻撃せずに。
ジャンゴにとってサバタは物心もついていない幼少の頃、闇の女王クイーンの襲撃によって生き別れてしまった血の繋がった双子の兄弟。数奇な運命の下、死の都イストラカンにて太陽少年となった自分に対するカウンターとして、暗黒少年として育てられた彼と最初は兄弟だと知らず戦う事になる。最終的にはクイーンと共に戦い、兄弟の仲を取り戻す事が出来た。
その後、ジャンゴの故郷サン・ミゲルの近くにある遺跡で、因果とも言える再会を果たす。遺跡の奥で太陽銃を使える謎のヴァンパイアと二人で戦い、父親だと気づいて迂闊に近づいた所をヴァンパイアの血を受け吸血変異が進行するジャンゴ。そんな彼をサバタはダークマターに侵された身でありながらパイルドライバーを使うという暴挙とも言える方法を使って吸血変異を食い止めた。そしてヴァンパイアの血を克服したジャンゴとサン・ミゲルに降りかかる異変を防ぐべく共に影の一族と戦うが、黒きダーインの目的、絶対存在でもある終末の獣ヨルムンガンドの四方封印は解放されてしまっていた。後にジャンゴはサン・ミゲルの住人たちの協力の下、太陽の力を使って再度封印を施す事に成功するが、それは変異域へ向かう最後の封印を解くべく、月下美人へと昇華したサバタの力があってこそでもあった。
そう、これまでジャンゴが行ってきた世界の命運を決する戦いには、必ずサバタの存在があった。自分の半身とも言える兄が共に戦ってくれたから、あの激戦を生き延びる事が出来たのだとジャンゴは思っていた。それに父も母もいなくなった彼にとって唯一血の繋がった家族でもある。だからこそ彼は絶望的な状況でも諦めずに兄を救おうとして、サバタに攻撃しないのだ。
ジャンゴの無謀にも等しい行動を破壊衝動に染まったサバタは嘲笑混じりに蔑んでいたが、ジャンゴの決死の覚悟を目の当たりにしていくと次第に彼本来の精神と破壊衝動の齟齬に苦しみ始めた。その反動でヴァナルガンドに僅かな硬直時間が発生する。その隙にジャンゴは太陽銃ドラグーンを最大チャージまで溜め、ヴァナルガンドの頭を的確に撃ち抜いた。最大威力で放たれた太陽弾の直撃を受け、弾かれた様に上を向いたヴァナルガンドは叫び声をあげると、倒れながら徐々に全身が石化していった。
戦いが終わったのか確かめるべく近づいたおてんこさまは、これが嘆きの魔女カーミラの石化能力によるものだと推測した。それに応えるように現れたカーミラから、このまま同化が進めば、サバタの魂が破壊の獣そのものになってしまう。それを止めるにはヴァナルガンドを墓石とし、共に永遠をねむるしかない。と残酷な真実を伝えられる。どうやっても兄を救えなかったのか、と落ち込むジャンゴとおてんこさま。カーミラは二人に白き森で頼まれていたサバタの最後の願いを教え、これが彼の望みだったのだと諭した。犠牲を払わずして未来をつかむことはできないのか、と自問自答するおてんこさま。
沈黙が場を支配した時、石化したはずのヴァナルガンドが突如動き出し、カーミラを取り込もうとする。このままでは石化が完全に解かれ、破壊の獣が大崩壊を引き起こしてしまうと判断したおてんこさまはカーミラに自らの太陽の力を使うよう伝える。しかしそれはおてんこさまが地上にいられなくなることを意味した。おてんこさまはジャンゴに生きて未来をきずき上げていく事を託し、ヴァナルガンドに飛び込んでいき、おてんこさまが発した太陽の光で辺りが白く染まった。
託された想いを噛みしめながらジャンゴは棺桶バイクで楽園の遥かなる荒野のハイウェイを走る、世界を存続させるため犠牲になった者達の事を思いながら。イストラカンに向かう旅では一人だったが、そこからはおてんこさまが時々敵の手でいなくなる事があったとはいえ、ずっとそばでジャンゴを導いていた。それが天涯孤独だったジャンゴにとってどれほどの支えになっていたか、彼自身も把握できていなかった。
だというのに、後ろからは耳障りな雄叫びをあげて石化を解いたヴァナルガンドが追ってきているではないか。彼らの犠牲が無駄だったと絶望してしまったジャンゴは諦めてこのまま自分も死んでしまおうと思い、バイクのアクセルを緩める。だが直後、カーミラの叱咤が届く。そしてこれはヴァナルガンドの最後のあがきで、月蝕の影の中から誘い出し、太陽の光を直に浴びせる事で完全に石化できると伝えられる。そして諦めなければ想いは生き続けると教えられたジャンゴは、逆転に、未来に繋ぐためにハイウェイを滑走する。
内部でも抵抗されているせいでヴァナルガンドの怪奇光線に先程の威力は無い。それでも馬鹿にならない破壊力ではあるが、それらをこの短期間で培ったバイクテクニックでどうにかかわしていく。体当たりでもこちらをスクラップにしようとする破壊の獣からの決死の逃走劇。地球の縁から太陽の光がこぼれてくるが、しかし目に見えてヴァナルガンドとの距離が徐々に狭まっていく。だがさっき一度諦めかけたジャンゴはもう二度と諦めないと叫んだ、その瞬間!
「アンコーク!」という声と同時にヴァナルガンドの体内から黒い影が脱出してきた。速度を同調させたジャンゴはその影、サバタの復活を嬉しく思った。しかし喜ぶのもつかの間、老朽化か何かでハイウェイが途切れており、横転したジャンゴはハイウェイに身を乗り出す事に成功するがバイクは途切れた道の先に落ちていった。一瞬だけ意識を喪失してしまうが、サバタの声ですぐに取り戻したジャンゴは迫り来るヴァナルガンドを兄弟で見据えた。
ごく短時間の最終決戦、サバタがヴァナルガンドから暗黒物質を吸い出し、ジャンゴがその身に宿ったヴァンパイアの血でトランスし、ダークジャンゴとなってヴァナルガンドを弱らせる。太陽の力と暗黒の力、そして石化能力の猛攻撃はヴァナルガンドの力を上回り、破壊の獣が完全に石化し、それによって顔が崩壊して塵となっていった。
「やったのか、カーミラ……ヌグッ!!」
突如胸を押さえてしゃがむサバタに、ジャンゴは驚く。
「ここまでか……本体が石化したとあれば、この幻影も消えるのが道理だ……」
「サバタ……?」
まさか、と思った時、ジャンゴの顔を見たサバタは穏やかな表情で光となって散っていった。思わず手を伸ばしたジャンゴだが、その手が掴めるものは無かった。
「ヴァナルガンドと成り果てたおれには、もはやおまえと共に未来を歩むことはできない。おれはこの地で……カーミラと共に、破壊の獣として永遠のねむりにつく。だが、もしもいつか目覚めることがあれば……おれは必ず、おれ自身を取りもどす! たとえどんなにつらくとも、もう二度と……未来をあきらめたりはしない!! さらば太陽少年! わが親愛なる弟よ!! 太陽がそうであるように……月もまた、いつまでもおまえを見守っている。そのことをわすれるな……」
そしてサバタの声が消えるのに続いて、薄らとおてんこさまが姿を現した。だがその表情から、おてんこさまも同じなのだと気づいてしまった。
「ジャンゴ……よくやったな。ヴァナルガンドの石化に成功した今、世界は崩壊をまぬがれた。未来は守られたのだ。だがわたしたちには……その未来をおまえと共に歩むことはできない」
母を失い、父を失い、生き別れの兄を失い、迷惑もかけられたが憎めない弟分も失い、そして相棒として過ごしてきた友さえもいなくなる事に、ジャンゴは歯を噛み締めて涙を流すのをこらえる。いくら世界のために戦ってきたとはいえ、太陽少年はあくまで少年なのだ。その精神はまだ未熟な部分も多く、失う事の痛みに心は限界だった。
「ジャンゴ……暗黒の力に近づきすぎたわたしには、もはやこの姿を維持することはできない。父なる太陽の下へ還るべきときが来たのだ。わたしが去ろうとも、おまえの戦いはまだ終わらない。あの星に生きるすべての命をほろぼすこと……それが銀河宇宙の意思であるならば、われわれの戦いに、勝利はない。だがおまえが生きている限り、敗北もまた、ありはしないのだ。未来へ命をつなぐこと……それこそが、命持つものにとっての勝利なのだからな! さらばだ、太陽少年ジャンゴ!! おまえの未来が……太陽と共にあらんことを!」
そしておてんこさまも光となって昇華していき、それが消えるまでジャンゴは見届けた。友の最期をしっかり看取るために。
「さようなら、おてんこさま。さようなら……サバタ、カーミラ。みんなが残してくれた未来を、ボクは決してあきらめない! ありがとう……ボクらの太陽!!」
本来ならこのまま、月に静寂が訪れるはずであった。
しかし突然発生したミリ単位にも満たぬほんのわずかな時空の歪みが、何の因果か目に見える程肥大化してしまった。その歪みが何も無い場所で起きたのなら何の問題も無かったのだろう。だがまるで導かれたように、歪みは破壊の獣の傍で実体化、その場にあった存在を全て飲み込んでいく。運命の悪戯まで働いたのか、破壊の獣と同化していた心も分断され、解き放たれる。そのうちの一つ、おてんこは時空の歪みが閉じる寸前に流れに弾かれ世紀末世界に呼び戻されるが、他の存在はそのまま別の世界に放り出される光景を目撃するのだった。
「まさかこれは……交わるはずの無い異なる世界とこの世界の運命が交差した影響なのか。歪みに飲み込まれたのは、サバタ、カーミラ、そして……ヴァナルガンド。この戦いは……破壊の獣と人類の未来を賭けた戦いは、他の世界を舞台にしても続くということか!」
これは太陽少年のあずかり知らぬ戦い。そしてこの影響で、彼は人としての息を吹き返した。世紀末世界の地球とは違う地球、表面上は平穏でありながら運命が集束している街に、再び目覚めし暗黒少年は降り立った。
暗黒の戦士
「……ここはいったい……どこなんだ?」
目覚めて早々見覚えのない場所にいたことで周辺を見渡すも、全く知らない光景におれは困惑した。そもそもおれはジャンゴに言葉を伝えた後、ヴァナルガンドを墓標にして永遠の眠りにつくはずだった。なのに気づいたら海の側の倉庫街にいたのだから、状況があまりにもわかりにくい。
以前、ヴァナルガンドの夢に取り込まれた事はあったが、あの時はおれの中に流れる月の一族の血がある程度状況を教えてくれた。その後は悪夢が続いたものだが……恐らく今の状況とは関係ないだろう。
軽くため息をこぼして視線を落とすと、腰のホルダーに入っているものに気づいた。怪しく黒光りする銃だが、おれにとって最も使い慣れた武器。
【暗黒銃ガン・デル・ヘル】
「こんな所でも付いてくるとは、おれとおまえは切っても切り離せない関係らしい」
ともあれ丸腰より何倍もマシだ。もし敵と遭遇した場合、武器があるのと無いのとでは全く違う。アンデッド系には当然効きづらいが、シング系などが相手なら問題ない。それに暗黒樹にダーク属性は効果的でもあった。
素手でアンデッドすらねじ伏せる大地の巫女リタだけは別の話になるが……。
……話を戻そう。とりあえず現在は夜でライフとエナジーは満タン、手持ちの武器は暗黒銃。月光魔法ゼロシフトと月光魔法ブラックサン、暗黒転移などは使用可能。アイテム―――と言うよりバッグが無いから回復は不可能。ついでにポケットに入ってた暗黒カード……なぜあるのかはわからんが、こんな時にローンも持ちたくないから出来るだけ使わないようにしよう。ご利用は計画的に、だ。
あと体はヴァナルガンドに与えられた原種の欠片を介して再びダークマターに侵されているが、幸か不幸か原種の欠片が入っている事でパイルドライバーを使わない限り、太陽で焼かれる事はなさそうだ。ただ、ダークマターに再び侵されたという事は――――。
……待て、何か気配を感じる。この感覚は……闇の気配を限りなく薄めたものに近い。闇の一族はともかく、アンデッドの中で最下級のグールにすら届かないレベルとは随分奇妙だが、そもそもここは空気中に漂う暗黒物質の総量が異常に少ない。銀河意思ダークが手加減でもしているのか? それならそれで構わないが、いずれにせよずいぶん奇特な存在だ。念のため正体を把握しておく事に越したことはない。
「暗黒転移!」
気配が示す場所は倉庫の中で、見つからずに様子を見るため倉庫のテラスの上に暗黒転移を行う。この場所に飛んだ理由は、ここならいつでも行動を起こせるのと、相手から見てここは察知しにくい位置だからだ。こちらの存在に気付かれていないのは大きなアドバンテージでもあり、様子を知った後、状況に対する選択肢を大幅に増やす事ができる。
好都合にもカギが掛かっていない扉をわずかに開け、倉庫の中を調べる。中は無地の鉄板張りの床にスミスの孫娘と同じくらいの金髪の少女と紫の髪の少女が縛られ、正面にあまり体格に恵まれていないリーダーらしき男と、その周りに無骨な銃を持つ男が数人控えていた。ここまで近づいてわかったが、あの薄い闇の気配は実際にはおれと似た紫の髪色の少女から発せられていた。感覚だけで見るなら彼女はヴァンパイアという事になるが、それならばなぜ捕まっている?
なにやら話し声が聞こえる……。
「あ、あんた達、私達をさらってどうしようってのよ!!」
この言語は日本語か? 俺も普段は英語を使っているが、ある程度他の言語も出来る。文化圏が違うなら今の内に言語修正しておこう。
「言わなくてもとっくに想像はついているだろう? 人質として高額な身代金をせしめるためさ。おまえ達の家は相当高い家柄だからな」
「やっぱそういう系だったか……」
「わ……私はどうなってもいいですから、アリサちゃんは解放して下さい!!」
「ダメよすずか! 私は大丈夫だからコイツの言いなりになんかならなくていいのよ! あんた、助けが来たら後で覚えておきなさい!」
「助けが来たら、か。クックックック……!」
「何がそんなにおかしいのよ!」
「友達のくせに知らないのか? 俺達は依頼人から聞いたが、果たしてそいつの正体を知った人間が助けに来ると思うか?」
「は? どういうことよ?」
「そ、それは……! お、お願いですから言わないでください!」
あの紫の髪をしたすずかという名前らしい女の顔が蒼白になり、彼女の友人らしい金髪のアリサという女が訝しげな顔をする。ただの秘密にしては過剰反応のように見えるから、恐らくかなり内密にされているものだろう。聞き逃さないように集中力を増やしておく。
「わからないなら教えてやろう。そこにいる月村すずかは人間じゃない。人の血をすすって生きる、吸血鬼というバケモノなんだよ!」
「いやぁあああああ!!!」
証言が出た、やはりヴァンパイアだったか。しかし会話の内容とあの状態から、すずかという女は自分が吸血鬼である事にコンプレックスを抱いているようだ。一応理解出来なくもないが。ただ、吸血変異を起こしたら基本的に大抵の人間はアンデッド化し、記憶や人格を失って生者を求めて徘徊するはずだが、なぜか彼女はアンデッドではない吸血鬼となっている。おれの知るヴァンパイアと何か違う事に違和感を抱いていると、アリサという女がいきなり啖呵を切った。
「はっ、だからどうしたってのよ! 吸血鬼とか、そんなの関係ない! 吸血鬼だと知った今でも、すずかは私の大切な友達よ! そんな事で切れる程、私たちの仲はヤワじゃないわ!!」
「アリサちゃん……! ありが……とう……!」
「っていうかすずかも、私がアンタを吸血鬼だと知った程度で恐れる安っぽい友達だと思ってんじゃないわよっ!!」
「いったぁ!? ず、頭突きしないでよ……」
「ぅ~~~!! だ、だって手も足も縛られてるから、頭突きしか喝入れる方法無かったのよ……!」
「それでアリサちゃんも悶絶してたら色々台無しなんだけど……」
自分から放った頭突きの痛みで目がうるんでいるアリサと、自分のコンプレックスを受け入れた事と頭突きのダメージで涙目のすずかの様子を見ていると、初めて会った頃のひまわりを思い出す。カーミラ同様、魔女と蔑まれていたアイツも今では星詠みの力でサン・ミゲルの人々を守っている。人から異端視された力が人を守る。これも一つの慈愛と狂気か。……“ひまわり”はともかくカーミラの事を考えたからか、この男達に言いも知れない苛立ちを抱いた。
「バケモノ相手になかなか美しい友情だが、どちらにせよお前達のたどる運命は変わらないぞ。俺達がお前達のような金蔓を身代金をもらったぐらいで手放すと思うか?」
「なっ!?」
「そ、そんな……!?」
外は既に夜だが出来るだけ視界を抑えておこう。月光魔法ブラックサン!
「さてさて、これからお前達でどれだけ稼げるか見物――――!?」
かつて暗黒城で使用したように倉庫内を闇で覆い、おれは男たちの中心に向かって跳躍。着地と同時に暗黒の世界に目が慣れていない奴らを、銃を使われる前に叩きのめす。
「な、なんだ!? 何かい―――ぐはっ!!」
「くそっ! どこに潜んでいやが―――うぐっ!」
「や、やめろ! やめてくれ!! ぎゃああああ!!」
元々クイーンの下で暗黒少年として育てられていた頃、暗黒銃が使えるようになる前は様々な戦闘術を身に付けて鍛えていた。ハートの紋章を手にしたジャンゴほど徒手空拳を極めてはいないが、暗闇で動揺する程度の相手に暗黒銃を使うまでも無い。
ブラックサンの暗闇が薄れて倉庫内の様子が見えるようになると、リーダー以外の男たちがいつの間にか地に伏していた事におれ以外の者は驚き、リーダーの男は突然現れて部下を倒したおれの姿を見て咄嗟に懐から小型の銃を取り出した。
「な、何者だ貴様は!?」
「フッ……おまえのような輩には、名乗る気すら起きん」
「チッ、生意気なガキだが銃を前にしてそれだけ言えるとは、ずいぶん度胸があるようだな。ま、ここがバレた以上逃がす訳にもいかんから死んでもらうが」
「銃を使えるだけでもう勝ったつもりか? その程度でおれを御せると思うな」
「貴様こそ、部下どもを倒した事で自信過剰になっていないか? ならこの俺を甘く見過ぎだ! 死ね! 小僧!!」
ドンッ!
男が発砲するのと同じタイミングで月光魔法ゼロシフトを使い、“月光のマフラー”をたなびかせながらヤツの銃弾を文字通りすり抜け、次弾を撃たれる前に手刀で銃を落とし、続けざまに胴に掌底を放つ。呼吸が乱れてひるみながらヤツは起死回生のパンチを振るうも、腰の入っていないこの攻撃は容易く見切れる。
「この程度の実力でリーダーを張れるとは、存外お粗末な組織だ」
「クッ……! なんだこいつは……喧嘩屋で鍛えた俺の拳が捕え切れないだと!?」
風を切る音を鳴らしながら空振りする拳を横目に、男の二の腕を弾いてがら空きになった脇腹に膝蹴りを撃ち込む。喧嘩屋は嘘ではないらしく、かなり堅い筋肉の感触が伝わってくる。
「なかなか痛ぇ一撃だったが、こちとら伊達にこの業界長くやってないんだよ!」
「その言葉、そっくり返させてもらう」
「は? 小僧のくせに何を言っている?」
自分の半分も生きていない少年が言った言葉を一瞬疑問に思ったものの、男は戯言と断定した。そこからはおれを強敵と断定した男と凄まじい速度での体術の応酬が繰り広げられる。態勢を整えてから放つ相手の攻撃は見過ごせない重さが籠っているが、ゼロシフトを交えて戦うおれを捕える事はどうしても出来なかった。一方でおれはこの頑丈な男をどう崩すか、光明を見出していた。一発では届かなくとも連続でなら、どれだけ頑強でもいずれ耐え切れなくなる。合気の要領で位置を入れ替えた瞬間、爆発的な速度で連打する。
ゼロシフト込み、機神菩薩黒掌!
「ぐぅぉぉぉあああああ!!!!」
流れるように放たれた連続攻撃に男は為すすべなく打ち上げられ、トドメで顎に一発強い拳を入れる。脳を揺らされた男は呻き声を上げながら仰向けに倒れて気を失った。戦いが終わった事で息をつくが、それにしても……。
「……おまえ、最後まで人質を盾にはしなかったな」
目的や仕事のために人質を取る事はあっても、戦いに利用しようとは思わなかったらしい。裏社会で生きてきた男のなけなしの矜持なのかもしれないが、おかげで互いに面倒な事にならずに済んだ。
さて、念のため周囲を見渡しておくが、おれが倒した男どもは全員生きて気絶したままだった。とりあえず敵は全て倒したため、さっさと立ち去ろうと「いや待たんかい!!」した所でアリサが怒鳴ってきた。そういやどうしよう、こいつら。
「なんか助けてくれたみたいだけど、あんた誰なのよ!? ってかさっき銃で撃たれたはずなのに何ともないまま殴り合うってどういう事よ!?」
「アリサちゃん、落ち着いて落ち着いて!」
すずかがアリサをなだめて抑えているが、冷静になったおれは面倒な気分だった。だが落ち着いた事で、おれが知りたい情報を直接尋ねられるという事に気付き、とりあえず表情を崩さずに相手をする事にした。
「おれは暗黒少年……サバタ。敵でも味方でもない。今のところはな……」
「はぁ? 敵でも味方でもないって、結局助けているのに?」
「暗黒少年……? じゃあさっき銃弾や拳を避けていたのはその力?」
「おまえ達に訊きたい事がある。闇の一族を知っているか?」
「質問に答えなさいよ! ……って、イモータル?」
「えっと……イモータルって何ですか?」
「……質問を変える。銀河意思ダークの事はわかるか?」
「はぁ……それ以前に、銀河に意思ってあるものなの?」
「すみませんが私には全然わかりません。天文学の専門用語か何かですか?」
見当が着かないのか首を傾げる二人の様子に、嘘はついていないと判断した。しかしこれではっきりした。世紀末世界の夜の一族はヴァンパイア全域を指すが、こっちの夜の一族は吸血鬼なのは同じだがアンデッドではなく、銀河意思ダークの影響下に無いと。となるとこっちの夜の一族はもしかしたら月光仔に近い存在なのかもしれない。魔の一族の手で滅ぼされた月の一族、月光仔。その生き残りが母マーニと偽りの母ヘル以外にもいたとしたら、おれ達兄弟にとってある意味同族という事になるのだろうか。
「知らないならそれでいい。縄は解いてやるから、あとは自由にするんだな」
「自由にってコラ! あんた、私たちに迎えが来るまで待ってなさいよ! 勝手にどっか行ったりするんじゃないわよ!」
「あの……お願いですから一緒にいてくれませんか? 迷惑だと思いますけど、こちらにも事情がありますので」
「……………」
成り行きで助けはしたが、元々そこまで面倒を見るつもりは無い。縄を解かれて自由になった手足を実感している二人には悪いが、おれにはおれの都合がある。放っといて倉庫を出て行こうとしたら、いきなり二人が“月光のマフラー”を掴んできた。おかげで首が絞まって息苦しい。
「……放せ」
「イヤよ、今の私たちが頼れるのはあんただけだもの。一緒にいるって言わない限り離さないわ」
「わ、私にも私の家のしきたりがありましてですね……! それに助けてくれたお礼もしたいですし……!」
今更だがこの二人はかなり強情だと理解した。ゼロシフトや暗黒転移で振り切るのは簡単だが、流石に大人げないか。それにもし見捨てたら“ひまわり”辺りから説教を喰らいそうだ。アイツの小言はうるさいからな、言われるぐらいなら少しぐらいの面倒は受け入れてやるとしよう。それにしても……なぜだか知らないが、こいつらといたら更に面倒なヤツがやってきそうな気がして仕方ない。
「はぁ………おまえ達の知り合いが来るまでだ、それ以上は待たん」
マフラーを緩めながらそう言うと二人は花が咲いたように喜びと安堵の表情を浮かべた。会ったばかりの人間をよくそこまで信用できるものだと思う。恐らく誘拐されて不安だったのと、あの男たちがやろうした事への恐怖からだろう。こういう子守りは本来おれのやる事ではなく、ジャンゴの役割のはずなのだが……。
気絶したままの男たちを先程まで彼女達を縛っていた縄で拘束した後、すずかが自分のGPSと“けーたい”が壊されたからと言って男たちの一人が持っていた“けーたい”を使って連絡を取った。しばらくすればこいつらの家族や知り合いがやって来るそうだ。遠方でも連絡を取れる道具があるとは驚きだが、そもそもおれは何か重大な事を見落としているのではないか?
ヴァナルガンドと共に眠るはずだったおれが生きてここにいる時点で違和感だらけだったが、もしやここは世紀末世界では……ないのか? だとすればカーミラとおてんこがヴァナルガンドに封印を施す過程で何かしたのか? それとも不測の事態でも発生したか? これは眠った時に見ているただの夢なのか? 今は正確な所がわからんが、ひとまずこいつらのお守りはしっかりしておこう。
「そういや私たち、あんたにまだちゃんと名乗ってなかったわね。私の名前はアリサ・バニングスよ」
「私は月村すずか、って言います」
「そうか……」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………ってそれだけ!? もっと会話を続けようとしなさいよ!!」
「サバタさんって、意外とマイペースな人なんですね……」
ウガー! っと吠えるアリサと物静かに構えるすずかを横目に、おれは屋外の方からすずかより若干濃い闇の気配を察知したため身構えた。連絡したのはつい数分前で、二人の知り合いがここに来るにはいくら何でも早すぎる。そう考えた次の瞬間、衝撃と同時に倉庫の扉が吹っ飛んだ。見間違いではない、言葉通りに扉が宙を舞ったのだ。
カギは開けておいたのにな。
「「「「ゲボラァ!!!?」」」」
飛んでいった扉がちょうど捕えてまとめていた誘拐犯たちの頭上に落下、追い討ちをかけるように連中は再び意識を飛ばされていた。扉の質量から考えて、あれはクレイゴーレムの転がり攻撃に匹敵する威力だろう。そんな破壊活動をしでかしたのは、見た目は少し年上の男女2名だった。そして男の方は小太刀と呼ばれる刀を二本手に持っていた。
「なぁ忍、実行した俺が言うのも何だが、わざわざ扉を吹っ飛ばす必要は無かったんじゃないか?」
「家族愛に駆られてやっちゃいました♪」
「そうか、まあ仕方ない」
仕方ないのか……。
別に人の性癖などに口出しするつもりはない。大地の巫女がああ見えて徒手空拳の達人だという事とか、ひまわりが低血圧で寝相がかなり悪いとか、人によって色々あるからな。俺はそういうのは気にしていない。
それより刀と言えばいくつか噂を聞いた事がある。確か日本独特の武器である刀、それを使って超人的な剣技を扱う人間のことを“SAMURAI”と言うらしい。という事は彼は伝説に聞く“SAMURAI”なのか?
いや、刀を使うのならばもう一つある。忍術と呼ばれる自然現象を巧みに操るという東洋の神秘“NINJA”だ。小太刀はむしろこちらの方が使い手が多いらしく、そういう意味では彼は“SAMURAI”では無く“NINJA”……いや、もしかしたら両方なのか? 詳細は不明だが……日本、奥が深いな。
「お姉ちゃん!!」
「すずか! 無事で良かった……怪我は無い!?」
「なのはの兄の恭也さん、でしたよね。すみません、ここまで助けに来てもらって」
「妹の友達の危機だから構わない。ところで、そこにいる少年が電話で言ってた……?」
姉との再会を喜んでいたすずかとアリサが頷いた事で、二人の視線がこちらに向いた。予想外に早かったがひとまず約束は果たしたんだ、さっさと話を終わらさせてもらおう。
「……名はサバタだ。あんたがこいつらの家族か?」
「アリサちゃんはともかく恭也も厳密にはまだ違うけど、すずかは私の妹よ。それとまず先に、妹達を助けてくれてありがとう。おかげで大事にならずに済んだわ」
「俺からも言っておこう、ここにはいないが妹の友人を救ってくれて感謝する」
「元より助けたつもりもない。さて、約束通りに知り合いが来るまで待ったんだ。おれはもう行かせてもらうぞ」
「あ、駄目よサバタさん、悪いけど今あなたを行かせるわけにはいかないの」
「すまないが月村家の秘密を知った可能性がある以上、お前にも来てもらわなければならないんだ」
「恭也、流石にそんなキツイ言い方じゃ誤解されるわよ」
「だが、警戒しておくに越したことはないだろう……!」
話がきな臭くなってきた。すずかは“しきたりがある”などと言っていたが、この流れは恐らくそれのせいだろう。だがおれにはそんな事情、どうでも良いのだ。
「おれの邪魔をするな。もし立ち塞がると言うのなら――――っ!」
瞬間、頭上から濃密な闇の気配を感じたおれは反射的に上に向けて暗黒ショットを放つ。同じように血の臭いを感じた恭也と言う男も飛針を同じ場所に投擲した。飛来してくる暗黒ショットと飛針に気付いた謎の影が余裕を持って避けて飛び降り、おれ達の前に着地した。見た目は黒いスーツ姿で顔を覆う覆面越しにただならぬ気配が漂い、血の通っていない青白い皮膚に、身に纏う濃厚な死の臭い。間違いない。
「なんだコイツは!?」
「気を付けろ。この男は……イモータルの眷属、ヴァンパイアだ」
「イモータル? ヴァンパイアだと!?」
「ヴァンパイア……! って事は、夜の一族以外にも吸血鬼がいたってこと……!?」
「先に言っておくが、こいつはただの吸血鬼とは勝手が違う。おまえ達夜の一族のような吸血鬼と違い、暗黒物質に取り込まれ吸血変異を起こした、人としての理性を失くした存在。反生命種にして正真正銘の不死者、アンデッドだ」
「アンデッド……!? サバタさん……あなたはいったい……!」
「これ以上話している暇は無い、来るぞ!」
次の瞬間、謎のヴァンパイアは両手のクローを用い、凄まじい速さで斬り込んできた。咄嗟に年少組の二人をすずかの姉がリードして離脱、恭也は飛針と鋼糸の牽制も交えながら正面から小太刀の二刀流でクローと立ち合い、おれはゼロシフトで回り込んで暗黒ショットを連射した。ダークマターを操る暗黒銃の性質上あまり効果的ではないが、何も全くダメージが通らないわけではない。それになし崩し的にヴァンパイアの相手をしている恭也もかなりの手練れだ。太陽の力を使えないため、彼では倒せないが少なくとも太刀打ちできないほど劣勢ではないはずだ。
「こいつ、俺の早さについてこれるだと!? ならば!!」
次の瞬間、恭也の速度が爆発的に上がり、おれでも目で追う事が難しくなった。爆風を撒き散らす程速ければヴァンパイアも流石に追い付けないだろうと思ったのだが、暗黒ショットを胴にもらってひるんだ所に恭也が追撃を仕掛けた直後、凄まじい殺気と爆発的な衝撃を発生させてヴァンパイアが恭也と同じ速度、いやそれ以上の速度で反撃し始めた。
「馬鹿な……こいつも『神速』を使えるのか!?」
ヴァンパイアの強さを見誤ったどころか、本気を出し始めた事で恭也のスピードが追い付かなくなっていた。それに体をどこか痛めているのか、彼には戦い慣れている者が見れば気付く程のわずかな遅延がある。その隙を見出したヴァンパイアは暗黒銃の間隙と恭也の攻撃時に生じる硬直が同時に起きるタイミングを的確に狙い、クローで切り裂いた。
ブレイクを狙われた恭也はバランスの悪い姿勢ながら反撃、並外れた速度の太刀筋でヴァンパイアのクローを右手のものだけ切り落とした。しかし、続けざまに放たれた左手のクローを防いだものの威力が予想より高かったせいで、あろうことか得物である小太刀二本を吹き飛ばされてしまった。
「チッ、世話の焼ける!」
クローを封じられたヴァンパイアは宙に飛んだ恭也の小太刀をキャッチすると、体勢がまだ整っていない恭也に振りかぶる。しかしそれは俺がゼロシフトで強引に間に入り込んで放った暗黒独楽で弾き返され、際どい所でヤツと恭也の距離を離すことに成功した。
「何をボサッとしている! 恭也!!」
「サバタか!? すまない、助かった!」
「キョウ、ヤ………? うっ!? うう……!!」
ヴァンパイアが恭也の名を呟くと、急に頭を抱えて苦しみだした。状況が親父の時と似ているため耳を澄ませるが、魔笛らしき音は聞こえなかった。そのままヴァンパイアは苦しみながら超人的な跳躍で倉庫の窓を突き破り、凄まじい速度で逃げ去ろうとした。
「逃がさん! 暗黒転移!!」
「な、消えただと……!? しかし、御神の剣士ともあろう者が武器を奪われてしまうとは……くそっ!」
得物を手放してしまった恭也が落ち込んでいるが、彼は元々すずか達の救出に来た以上、今は深追いしない事を選択していた。そして視界の端で倉庫の外に来ていたらしい誘拐犯の取引相手の連中を捕まえていた使用人服の女性二人がこっちを驚いた様子で見ていたのを無視し、おれは逃げ去ったヴァンパイアを暗黒転移とゼロシフトで追いながら状況を考えておく。
あのヴァンパイアは間違いなく世紀末世界のイモータルの眷属。という事はあのヴァンパイアを生み出したイモータルもどこかにいる事になる。つまりアレを含めて最低でも二体、闇の一族がこの地を闊歩しているわけだ。なのにおてんこがいない以上、何らかの手段を用いて倒した所でヴァンパイアのダークマターを完全に浄化できるパイルドライバーは召喚できないため使えない。ヴァンパイアはダークマターを焼き切らないといずれ復活してしまうから、このままでは手の打ちようがない。誰であれヤツを本格的に倒すのは焼却の準備を整えてからにするべきだろう。
かと言ってヤツを放置していれば近い内に誰かを吸血し、アンデッドにされる危険がある。そうなれば太陽の力を使える人間がいない今、状況は更に悪化してしまう。これ以上現状を悪化させるのも得策ではないから、ヤツは見逃すまいとしている。
それにしても周りの景色が流れる度に思う。地面が舗装された道、朽ちた様子のない家が立ち並ぶ街……ここはまるで文献で見た旧世界のようだ。かつて大規模な吸血変異が起きる前に存在していた人類の最盛期。ここが本当に世紀末世界かはともかく、まさかおれがこんな形で関わる事になるとはな。
「うぅ……! 心が……闇に……し、ずむ……。血……血ハ、ドコダ!!」
「追い付いたぞ……!」
ゼロシフトと同等の速度で動けるヴァンパイアに驚きもあるが、ヤツは倒さなければならない存在だ。今まで狙いを正確にするため撃つ時は一旦動きを止めていたおれだが、この状況ではそんな悠長なまねをしている暇は無い。ゼロシフトで走りながらヤツが移動する方向を未来予測し、その場所に暗黒ショットを発射する。
「ッ!!」
ヴァンパイアは恭也から奪った小太刀で迎撃し、なんと弾丸を掻き消してきた。太陽銃を使うジャンゴにも出来なかった事を平然とやってのけるヴァンパイアに思わず驚いてしまい、その僅かな間に状況が変化していた。
「ジュエルシードの反応はこの先に…………えっ!?」
交戦していたおれ達の進路上に歩いていた、アリサとは違うが同じ年齢の大人しめな性格の金髪の少女が、鬼気迫る表情で目の前に迫って来たヴァンパイアを見るなり恐怖で一瞬硬直してしまう。しかし反射的に後ろに飛んだ彼女は服の中から黄色い三角形の宝石を取り出した。
「バ、バルディッシュ、セットアップ!!」
次の瞬間、少女の周りでフラッシュが発生した。突然の事でおれは迂闊にも止まってしまったが、光が収まると少女は黒色を中心にした奇妙な格好になっており、手に金色に輝く大鎌を携えていた。ヴァンパイアは光の中でも止まらずに少女に接近、恭也から奪った小太刀で斬りかかっていく。大鎌で受け止めた少女は華奢な見た目とは裏腹に俊敏な動きでヴァンパイアの攻撃を弾き続ける。しかしそれは回避と防御が間に合っていると言うだけで、彼女一人だと反撃には一歩及ばない状況だった。そう、一人ならば。
「あんこぉぉぉくッ!!」
ヴァンパイアが少女に狙いを定めている間に、こっちはブラックホールのチャージを完了させた。強力なイモータルさえ一時的に封じ込める吸引力で吸い込み、耐えているヴァンパイアに少女が追撃の手を加える。
「フォトンランサー・フルオートファイア!!」
ヴァンパイアに少女が光弾を無数に放ち、ブラックホールに取り込まれても彼女は攻撃の手を緩めなかった。ブラックホールに吸い込まれた攻撃は耐久力が限界になるまで全て中で炸裂するため、単純に斬るだけでも威力は倍増する。ブラックホールが弾けて消滅した時、まともに喰らったヴァンパイアは膝をついて肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ……な、何なのいったい?」
少女も少女で冷や汗を流しながら遠目でヴァンパイアの様子をうかがっていた。まぁ、いきなり巻き込まれた彼女が逃げるどころか戦うとは最初考えもしなかったが、予想以上に善戦したおかげで何とかヴァンパイアに傷を負わせる事が出来た。彼女の力に興味はあるが、今は一時的とはいえコイツの力を封印しなければ……。……ッ!
「魔力を感じないから人に憑りついた暴走体、では無さそうだけど……」
「下がれ!!」
「っ―――!?」
少女の緊張が解けて迂闊にヴァンパイアに近づいた次の瞬間、赤く光る目を走らせてヴァンパイアがしゃがんだ状態から急接近して彼女を捕えてしまった。
「ひっ!!」
恐怖に歪んだ顔の彼女に、ヴァンパイアは吸血本能のまま噛み付こうとする。彼女に月光仔の血が流れているとは思えない以上、おれは傷を負う覚悟を決めた。
ガシュッ!!
「ぐっ……! 離れろ!!」
ゼロシフトで彼女を突き飛ばし、代わりにおれの左肩を噛み付かれた。血を奪い取られてライフが削られる感覚。痛みを耐えながら暴れて吸血を振りほどき、暗黒銃でヤツの胴に連射する。暗黒ショットでも流石に至近距離で何発も喰らったヴァンパイアは少なくないダメージを受け、元々先程の攻撃でかなり弱体化している事もあり、たたらを踏んで後ろに下がった。
「ッ……俺は……一体何を……!! う……うぁあああああああ!!」
「……?」
頭を押さえて悲鳴に近い雄叫びを上げたヴァンパイアはコウモリに分裂してどこかに飛び去って行った。分裂されると追いかけるのにも手間がかかる。更に俺はこの街に土地勘が無い以上、ヤツがどこに隠れたのか見当が付かない。それに今から追いかけようにもエナジーの残量が心もとない、などと考えていると先程吸血されかけた少女がひどく動揺した様子でおれの左肩から流れる血を見ていた。
「あ……! ああ……!!」
「……おれが言うのも何だが、おまえ大丈夫か?」
「私のせいで……! ご、ごめんなさい!!」
涙混じりに謝られたが、「おれが勝手にしただけだ」とだけ返した。しかしこの短時間に年端もいかない女子3人が誘拐されたり襲われそうになるとは……この街は呪われているのか?
「さっきから人ん家の前でえらい騒いどるようやけど、いったいどうしたんや?」
また一人増えた……。
声のした方を見ると、すぐ近くにあった家から車イスに座った小柄な少女が現れた。彼女は左肩からどくどくと血が流れている俺とそれを見て酷く狼狽している金髪の少女を交互に見ると、慌ててこちらに近寄ってきた。
「うわっ、そっちの兄ちゃん酷い怪我しとるやないか! こっちで治療したるから家に上がって!」
「お、おい……」
「わ、私は……」
「いいからさっさと来るッ!!」
『わ、わかった……!』
ここにもいた強引な少女によって、有無を言わさずにおれと金髪の少女は車イスの少女の家に連れ込まれるのだった。いつの間にやら退路を徐々に失っているような……気のせいか?
なお同時刻、とある場所では。
「我使命を受けし者なり、契約の下、その力を解き放て。風は空に、星は天に、不屈の心はこの胸に。レイジングハート、セーットアーップ!!」
この世界代表の新たな魔法少女が目覚めていた。
後書き
技、魔法説明
ゼロシフト:サバタが最も使う月光魔法。ダッシュ中無敵になるこの魔法は、使用中は御神流神速と同じ速度を出せるほど強化されています。
ブラックサン:太陽の欠片を召喚するライジングサンと対を為す月光魔法。太陽の光を遮断する性質のこの魔法には、暗闇を生み出す性能を加えています。
機神菩薩黒掌:ゼノサーガ3 オメガイドの技。この小説の設定では、サバタはオメガイドの技が使えるようになっています。
車椅子の少女
前書き
タイトルは基本適当です。
「はい、できあがり」
おれの左肩に包帯を巻き終えた車イスの少女はニッコリ笑って胸を張る。少々深い傷だったが治療の甲斐もあって動きに支障は出なくなった。
「……感謝する」
「こ~んな美少女に治してもらっといてそれだけかいな。せめてもうちょい素直に言ってもええんちゃうか?」
「……人付き合いは得意じゃないんだ」
「なんや兄ちゃん、実はシャイなんか? ……まあ思春期やし、私はそういうのも理解がある方やから気にせんといてぇな」
何か変な誤解が生まれているような気がする。とはいえ、おれも特に重要視していないが。
「しっかしあんた、妹守って怪我するなんてありがちな展開やけど、良い兄ちゃんやないか。私、気に入ったわぁ~」
……は? 妹?
「待て、おれは……」
「ええってええって、私も何があったのか深くは訊かんって。とにかく今はあの子に治った姿見せて安心させてあげるんや。さっきからあの子ずっと居間でおろおろしてて全然落ち着いとらんのよ」
それはいきなり知らない家に連れ込まれて、単に困惑しているだけではないのか?
人の話を聞かずに場を進められたが、リビングでそわそわしながら待っていた金髪の少女がおれの姿を見ると少し安心したような顔をした事から、あながち車イスの少女の考えも外れていた訳ではないらしい。
「えっと……その……あ、ありがとう……助けてくれて」
ちょこんと座りながら頬を赤く染めてふるふるした表情で見上げてくる少女に、左手で軽く頭をポンポンと叩く。
「さっきも言ったが勝手にやっただけだ。おまえは気にしなくてもいい」
「…………うん」
「お~微笑ましい光景やなぁ。それに免じて夜中に人の家の前でドタバタしていた件については許したるわ」
「(ヤツの危険性を考えると伝えておくべきかもしれんが、いきなり教えた所で信じてもらえるとは限らん。今後の事も考えると今は黙っておくのが吉か)」
「(私も魔法やジュエルシードの事はできるだけ隠しておくべきだから……追求しないでいてくれるのはありがたいかな)」
考えている内容は異なるが、話したくないという意思は同じな二人だった。
「さてと、とりあえず自己紹介しとこか。私は八神はやて、ここで一人暮らししとる健気な薄幸美少女や」
「サバタだ……」
「……フェイト・テスタロッサ」
「な~んもツッコまんのな。それよりサバタさんにフェイトちゃんね。二人とも名前からして外国の方なんかいな?」
「そっちの見方だとそういう事になるな」
「うん、そうなるね」
「なるほど。それで引っ越しでこっちに来た時にいきなり事件に巻き込まれて……大変やったんやなぁ」
『…………』
何かが間違っているが根本的な所では間違ってもいないし、直すとなると自分たちの都合なども伝える必要が出てくるため、あえて黙る事にした二人だった。
ピンポ~ン♪
「ん? こんな時間に誰やろ?」
「あ、きっと私だと思う。さっき(念話で)私の家族を呼んだから……」
「……そうなんか」
フェイトの家族がインターホンが鳴らした、という事で彼女は玄関に行った。扉を開けると橙色の髪の女性が玄関に暗い表情で立ち尽くしていた。
「フェイトぉ~…………」
「ど、どうしたのアルフ? なんか暗いよ……?」
「……ゴメン、フェイト。あたし……とんでもないミスしちゃったよ……」
「それを言ったら私も今日ジュエルシードを回収できなかったんだからお相子だよ。それよりどうしたの?」
「……借りれなかった」
「へ?」
「あたし達が住むマンションの部屋を借りれなかった」
「…………えぇええええ~~~っ!?」
素っ頓狂な声が居間にまで響いてきた。興味をそそられたのか、はやては二人の会話を詳しく聞き取ろうと忍び寄って行った。
「なんかね、賃貸契約には印鑑ってのが必要だったり、未成年が住むのに保護者が同伴していないとか色々難しい事言われたのもあって、見事に追い返されちゃったんだよ」
「そ、そんな……!? 契約書はちゃんと書いたし偽装用に魔法も使ってたはずだよね!?」
「いやそれが……ぶったまげた事にこの国の人は魔法を使った書類の偽装を見抜いてきたんだ。なんか詐欺対策とかが完璧なまでに充実してて生半可な方法じゃあいつらの目をだませなかったんだよ……! どどどどどうしようフェイト!? このままじゃ捜索の間ずっと野宿だよ!?」
「だ、大丈夫だよ! 何か他に良い方法があるはずだよ! えと……ええっと!?」
「話は聞かせてもらったぁー!!」
「は、はやて!?」
「誰だいこいつは?」
「お姉さん、お初にお目にかかります。私、八神はやて言います。それはそうとフェイトちゃん共々困った事態になっとるようですねぇ?」
「……ああ、そうだよ。だから今必死に考えてるんだよ」
「それでですがこの家は私の両親から受け継いだものなんですけど、やっぱり一人で住むにはちょっと広すぎるんですよ~。それに部屋もいくつか余ってますし~」
「……何が言いたいんだい?」
「まぁたまた~もうわかってるんでしょう? なのに答えを私に言わせるんですか?」
「……はやて、もしかして私たちをここに住まわせてくれるの?」
「That’s right! いや~私も同年代の子と友達になりたいと思っとったし、困ってる人を見過ごしたくないし、力になれるならちょうどええかな~って。………それに一人はもう寂し過ぎるもん………」
最後の方だけボソッと呟いたはやてだったが、フェイトとアルフにとっては渡りに船とも言える話で、はやてに聞こえないように念話で相談していたため、その言葉は聞こえていなかった。後ろにいた暗黒少年を除いて。
「……じゃ、じゃあ……お願いしてもいいかな?」
「あたしは部屋を借りれなかった責任もあるし……フェイトがそう言うんなら何も言わないよ」
「よっしゃあ! サバタ兄ちゃん共々歓迎するで!!」
「え……サバタって?」
アルフが聞き慣れない名前に首をかしげるが、フェイトはもういいや、と正すのをあきらめていた。それにはやてだけでなくフェイトも、何だかんだで『兄』という存在に憧れを持っていた。はやても本来勘が鋭い方であるが、今なら多少強引に話を進めれば家族ができて孤独で無くなると言う子供の必死さが思考を支配しているので、フェイト達の指摘をあえて聞かないようにしていた。その結果、サバタも状況に流されるまま、成り行きでここに住む事になっていた。
拠点が無い以上、両者にとっても好都合ではあるのだが……。
「(サバタ兄ちゃんの怪我は明らかに刃物じゃなくて、何かに噛まれたようなものやった。フェイトちゃん達も電話とかを使ったような形跡は見せへんかったし、なんか私の知らん力での連絡手段があるんやろうな。特殊な事情持ち二組……いや、原因不明の病で足が動かへん私も入れて三組が一つ屋根の下で一緒に暮らす、か。どこかの侵略者が一斉に集まった六畳間じゃあらへんけど、皆いれば楽しくなりそうやし、何が起きても何とかなる気がしてきたで)」
足を動かせない生活をしていた事で人から奇異の目を向けられる事が多かったはやては、人の性格を見る観察眼をその年代の子供にしては大人顔負けのレベルにまで昇華していた。そして家の中に入れる前にその目で観察しておいたサバタとフェイトを、悪意より善意を慮るはやてが信頼できる良い人だと判断した結果、こうして押せ押せ交渉術を使う事にしたのだ。
「じゃあこれからよろしくな、フェイトちゃん!」
「うん、よろしく、はやて」
「(想定外の事態だったけど、結果的に良い方向に働いたのかな? フェイトの嬉しそうな顔を久しぶりに見れたよ。でもさぁ……サバタって誰なんだい……?)」
「そもそもおまえ達はいつまで玄関で話しているつもりだ……? 風が入るだろう」
はやてが「友情を深めるには裸の付き合いやー!!」という事で半ば強引に連れて行った(連れて行ってもらった?)フェイトと風呂に入っている間、おれはフェイトの連れのアルフと色々話していた。内容はフェイトが使っていた【魔法】の事と、ヴァンパイアについての事が中心だったが、フェイトをかばって左肩を怪我したと知ってから最初は警戒していた彼女も緊張を解いてくれた。フェイトのデバイスという魔法発動媒体である【バルディッシュ】とも挨拶は交わしたが、それきり黙ったままだった。
「ほんと、フェイトを助けてくれて、どうもありがとね」
「それについてはもういいのだが、いつの間にやらおれがフェイトの兄という事になっていてな……」
「別にいいじゃないか。そっちもあたしらと似た事情なんだろ? 一緒に暮らしたり兄と呼ばれるぐらい構わないじゃん」
「おまえはいいのか? これから住む家に見ず知らずの男がいるのだぞ?」
「ん~確かにそうだけど、フェイトを助けてくれたあんたの事を敵だと思えないし、フェイトも初対面のはずのあんたを意外に結構信用しているからねぇ。それに見ず知らずという意味でははやても同じだし、一人くらい増えた所で気にやしないよ。ま、どうせいざとなったらあたしがフェイトを守ればいいだけだしね!」
「そうか……頼もしいな」
「おうともさ!」
それから現状について様々な事を話してみると、アルフはなかなか接しやすい人柄だった。どちらも保護者思考ゆえ波長が合っているのかもしれない。しかし話は変わるが、はやてのあの特徴的な口調を聞くたびに“ひまわり”を思い出す。あいつ……今どうしているのだろうな。
「……ところでアルフ。ずっと気になっていたのだが……」
「ああ、あたしの耳かい? うっかり隠し忘れてたけど、あたしは狼の使い魔だからね、これは自前のものなんだよ」
「狼の使い魔……か」
「あれ? あんまり驚かないんだね?」
「狼なら昔、仲間だったものでな。今はもういないが……」
命凍らせる姿無き銀狼、スノー・ウルフ、ガルム。
イストラカンで氷のエネルギーを集めるためにクイーンが用意した古の精霊。ダークマターにより闇のガーディアンとなった奴もまた、闇の犠牲者……。
「そ、そうだったのかい……すまないね」
「謝る事は無い。それよりおれが訊きたかったのはその事じゃない。この家に入った時から感じていた奇妙な力の流れ、おまえならわかるんじゃないかと思ったんだ」
「力の流れ? …………あ、ホントだ。なんか変な魔力の流れがあるね。ちょっとたどってみよっか」
最初はフェイトに頼むつもりだったが、アルフも同じ力……魔力というものを持っているので彼女に頼んでみた。アルフに任せた結果、たどり着いたのははやての部屋だと思われる場所だった。
「アルフ……居候の分際で勝手に家主の部屋に入るのは、いくら何でもマズいと思わないか?」
「奇遇だね、あたしもそう思ってた所なんだ」
何かがあるのは間違いないだろうが、中を調べるにははやての許可が必要だろう。少なくとも源流がここにあるとわかっただけで良しとしよう。
リビングに戻ってしばらく待ち、二人が風呂から出てきた。だが、はやてから借りた寝間着に身を包んだフェイトはなぜか自分の胸を押さえて赤らんだ顔ではやてを睨み、はやては俗に言う賢者モードの雰囲気をホクホク顔で漂わせていた。
「……あえて何も訊かない事にするぞ」
「……………ありがとう」
「フェイトちゃんの胸は期待いっぱい、夢いっぱいやったなぁ~♪」
はやての台詞が答えをそのまま示しているのだが、おれとアルフは聞かなかった事にし、フェイトもまた被害を喰らいたくない以上わざわざ蒸し返そうとはしなかった。
「これから一緒に住むんやから皆はもう家族やね! サバタ兄ちゃん、アルフさん、フェイトちゃん!」
「…………フッ」
「家族かぁ……まあ良いんじゃない?」
「……うん。(でも……ジュエルシードを全部集めて母さんを昔のような優しい母さんに戻したら、私とアルフはこの家から出なきゃいけない。出来ればここは壊したくないのに……どうしよう……)」
「…………」
一瞬、何らかの事情によって沈痛な表情で俯いたフェイトの様子に、少し気が吸い寄せられた。人の家庭にそこまで深入りするつもりは無いが、深刻そうなら力を貸す事もやぶさかではない。彼女の事情に関して今は静かに経過を把握するのに専念しよう。
その後、おれは1階の空き部屋、フェイトとアルフは2階の部屋を貸してもらい、夜を明かした。倉庫街で目覚めてから半日もしていないが、思い返せば激動の時間だった。だが何より俺がこうして今、人間として生きていることに複雑な思いを抱いている。
俺と分離したヴァナルガンドが世界に影響を与えていないか、ジャンゴやサン・ミゲルの連中がどうしてるか、そしてカーミラがどうなっているかが常に頭の中に置かれている。いつか世紀末世界に帰る必要があるかもしれんし、その方法も探しておくべきだろう。
しかし今はヴァンパイアの件を優先しよう。本当なら俺の柄ではないが、かと言って無視するのも虫の居所が悪い。もしこの世界に吸血変異が起こされるような事があれば、フェイトやはやてが無事でいられる保証もない。未来がある彼女達を守れるなら、俺一人の命ぐらい安いものだ。
っと、そういえばこの世界でも暗黒カードは使えるのだろうか? 借りる必要はないが、利用できるかどうかだけ確かめておこう。
暗黒カードに搭載されているスイッチを押すと、空中に液晶画面が投影される。いつもならここに受付嬢が現れて金利の話ができるようになる。さて……どうなる?
『いらっしゃいませ! 出張版太陽バンクをご利用頂き、誠にありがとうございま~す!』
おかしい……なぜ陽子が出て来る? 本来なら暗黒ローンに繋がるはずだが、どうして太陽バンクの受付嬢が? またジャンゴが借金し過ぎておしおきを嫌がった暗黒ローンの受付嬢が拗ねたのか? どちらにせよ繋がった事自体驚きでもあるがな。
『古参の方なら困惑するでしょうから、リニューアルされて便利になった太陽バンクのシステムを今一度ご説明させて頂きま~す!』
それからある程度詳しい説明がされた。それらを箇条書きでまとめると……、
・太陽バンクに暗黒ローンの機能が結合し、ここからエナジーを借りられる。
・暗黒ローンは最近諸事情で経営が危ういため、このような措置をとる事になった。
・世紀末世界のソルはこの世界の日本円、その他数多くの通貨に両替できる。
・バンクの現在のサバタの残金は832109ソル。
・現在は1ソル=95.8円。即ち日本円でサバタは大体8000万円程の資産を持っている。
・相場は株式市場のように変動する。時に1ソルが80円や120円になったりする。
・バンクの最高残高は999999ソル。以前より100倍まで上限が増えた。
・利息や金利はその日の日照時間によって決まる。平均だと利息は8%、金利は500%
・太陽スタンドが存在しないため、太陽の光を浴びると代わりに直接バンクのソルを増やす事ができる。
・相応の金額を払えば特別なサポートを受け取る事ができる。内容は使えるようになった時に説明。
・世紀末世界の人間との通信は不可。ここは通話の中継地点ではない。
・借りる時に双方の合意があれば返済を別の者に委託できる。複数可。
・このカードを使えるのはマスター登録を済ました持ち主のみ。
・返済の際に金額が足りなければ、問答無用で“新”おしおき部屋に転送。猶予で一日待つのは無し。
・ご利用は計画的に。
大体こんな所だ。ずいぶん細かい取り決めが行われているが、その分かなり使いやすくなっている。ただ、途中にあった“特別なサポート”は内容に見当がつかない。
『それでは説明も終えたのでお仕事に戻らせて頂きます。では改めて、いらっしゃいませ! 本日はどのような要件ですか?』
「……とりあえず1000ソル分、日本円で引き落としてくれ」
『引き落としですね、かしこまりました!』
カードから光が発せられた次の瞬間、ドサッと音を立てて金の入った袋が現れる。まさかこんなダイレクトに出すとは……。
『ありがとうございました! またのご利用をお待ちしておりま~す! …………お元気そうで何よりでした、サバタ様』
「?」
映像が消える際に陽子が何か言った気がするが、声が小さすぎたのと映像を切る音と重なってよく聞こえなかった。
まあこれで当面のお金の問題は解決した。気がかりも一応済ませたし、もう寝よう。
後書き
おしおき部屋:アンデッドだろうと貸した金は返してもらうための強制労働場。ルームランナーとも言える。それにしてもいつも隣で走っているグールは一体何をやらかしたのでしょうか?
異変
前書き
サバタ、地理を知る。の巻。
朝、か。
戦い通しな日々を送っていたせいか、かなり深く眠れたようだ。しかし、暗黒の力を持つおれにとって太陽は身体に良くないものだから、実の所、昼夜逆転生活の方が過ごしやすかったりする。
「はぁ、つまりサバタ兄ちゃんは朝に弱いんやなぁ。意外……でもないか」
「はやてにとって俺はどう見えているのだ……?」
「ん~頼れる兄ちゃんだけど基本的に日陰者?」
「日陰者……………フフッ」
「あっはっはっは! 日陰者ってサバタ、あんた出世できないって言われてるよ!」
「うるさい、アルフ。フェイトもそこで笑うんじゃない! …………はやて!」
「まあまあ、さっきのは冗談やから怒らんといてぇな! 心配せんでもサバタ兄ちゃんは…………あ~……やっぱよく考えたら人生で色々割を喰いそうや」
……冷静に思い返してみれば、おれは確かに色々割を喰う人生を送ってきていると思う。しかし日陰者という言葉は存外シャクに感じた。
「……よし、はやて。今度おまえを特別製の棺桶に入れてやろう。心配するな、寝心地は良いぞ?」
「怖いわっ! てか寝心地ってサバタ兄ちゃん、棺桶で寝た事あるんかいな……?」
「寝てはいないが入った事はある。それに焼かれたりもしたな」
『焼かれた!!?』
以前、白き森でジャンゴに浄化を頼んだ時の話だ。尤もラタトスクに逆に利用される羽目になった事から結果的には失敗だったのだが。
おれが棺桶に入った経験がある事にはやて達が動揺している中、おれは黙々と朝食を食べ進めた。ふむ、紅ジャケの塩加減が丁度良く、ご飯が進む。
ちなみに今朝起きて、ここに住まわせてもらう礼から朝食を作ろうとしたものの、驚いた事にはやてが先に作っていたので手伝おうとしたのだが「台所は女の戦場や」と言われて追い返されている。朝から妙に張り切っていたはやての様子や、昨日の夜彼女が呟いた言葉から推測すると、この奇妙な疑似家族関係をできるだけ崩さないようにしているのかもしれない。
世話になってる借りはしっかり返すからわざわざ崩す気もないが。
「さ、サバタ兄ちゃん、冗談キツイわ~。ちょっとばかり物騒やから、もうこの話はやめにしよっか」
『賛成!』
「昨日から気になっていたが、はやてまでおれを兄扱いなのか?」
「ええやん、こ~んな美少女からお兄ちゃんって呼ばれるんやし。サバタ兄ちゃんも少しは私に歩み寄ってみたらどうや?」
「歩み寄る、か。具体的にはどうして欲しいのだ?」
「そやねぇ……皆で一緒にお出かけとか、かな?」
意外に平凡な事を頼んできたはやてだったが、その目からやっぱり否定されるだろうな、という気が感じ取れた。これまで車イスで過ごしてきた彼女のこれまでの経験が、足の動かない自分にわざわざ付き合う人はいない、という気持ちを起こさせているに違いない。そしてそこから、彼女の望みがここまで小さい理由と、過去に彼女の周りにいた人間の性質を把握する事ができる。
異端を排除する思想。つまり自らと異なる者、理解の及ばない者は切り捨てる、という世紀末世界の人間となんら変わらない性質。それに煽られたことによる平凡な出来事への羨望、そして諦観。結果、自らの存在意義をほぼ喪失させてしまっている。
フッ……気に喰わんな。
「いいだろう、親睦を深めるという意味でもちょうどいいしな」
「え……ほんまに来てくれるんか!?」
「ああ。それにおれもこの辺りには疎い、案内してくれるのならどこへでも付き合おう」
まさか肯定の返事をもらえると思っていなかったのか、はやては身を乗り出して確認してきた。それに頷くと彼女は足が使えたら小躍りしそうなぐらいのテンションで喜んだ。傍から見て少しオーバーだと思う。はやてとのやり取りを見ていたアルフが念の為と言った様子で話しかけてきた。
「サバタ、もしかしてあたしとフェイトも付き合うのかい?」
「じゃあ早速お弁当の用意とかしなきゃいけへんなぁ! ここでしくじったら情けない家主やと思われてしまうし、ルートもしっかり決めなあかん! 責任重大や~!」
「……おまえ達はあれを見て断れるか?」
「いや……ちょっと気が引けて無理だねぇ」
「私も本当は探し物を探すのを急がなきゃいけないんだけど……案内付でいろんな所を探せると考えれば逆に好都合かな?」
「フェイトが決めたんならあたしもいっか。まあ、焦って探さなくても発動した時に急いで向かえばいい話だよね」
「ああ、昨日言ってたジュエルシードの事か。おれはそんなものいらないが、フェイトが必要なら手に入れた時に譲ろう」
「いいの、じゃなくて……いいんですか?」
「おれの当面の目的は昨日のヴァンパイアだ。あれの行方を捜すにはこの街の地形を知っておく必要がある。その際にジュエルシードを見つけたとしても、おれには必要のないものだ」
「それに昨日サバタと相談したんだけど、ジュエルシードには願いを歪んで叶える力があるじゃないか。もしヴァンパイアが手にしたら大惨事を引き起こす可能性もあるから、できるだけ早めに回収して欲しいんだってさ」
「そうなんだ……」
「だがまあ、今回は単純にはやての頼みを叶えてやろうと思って決めさせてもらった。すまないな、勝手に付き合わせる事にさせた」
「だ、大丈夫だけ……ですけど。あ……じゃあ一つだけお願いしてもいいですか?」
「なんだ?」
「えっと……私が夜にジュエルシードを探しに行く時、一緒に来てくれませんか? そ、その……」
「昨日のあれのせいで夜出かけるのが怖くなったんだってさ、フェイトは」
「あ、アルフ!?」
闇夜にいきなりヴァンパイアに襲われる、そんな事があったフェイトが夜を怖く思うのは当然の事だろう。事実、彼女は吸血されかけた。下手したらあの時彼女がアンデッド化していた可能性がある。今後も夜中に出歩く必要がある彼女達と、奴らの脅威を知る俺と別行動をするのは確かに危険だ。
「構わないぞ。元々そうするつもりだったのだから、話を省略できてよかった」
「あ……! ありがとうございます!」
「それと、いちいち言い直されると聞き取り辛い。フェイトが使いやすい口調で話してくれ」
「わかりまし………ううん………わ、わかった」
そういう事で、おれのこれからの予定は、日中ははやてとこの海鳴市という名の街を巡り、夜間はフェイトのジュエルシード捜索に同行しながらヴァンパイアを探すことになった。……これ以上予定が増えはしないよな?
そして準備ができて出かけたおれ達は、はやてに案内されながらこの街を見ていった。おれが車イスを押しながら公園やスーパー、電化製品店、病院、図書館にプールといった施設などの様々な場所を教えてもらい、その都度、脳内地図に記憶していく。なお、中に入るのはまたの機会という事で調べていない。あとついでに妙な気配が漂うさざなみ荘という場所があったが、闇の気配は感じられなかったためすぐに興味をなくした。
「それでここが動物病院なんやけど……なんか妙な倒壊事件があったっぽいな~。そんなわけでご覧のとおり警察の調査で封鎖されて、しばらく使えへんから」
「今利用できないなら後々直ってから教えて欲しかったな……」
「ねぇアルフ、ここって昨日の……」
「そうらしいけど、改めて見てみると結構被害がデカいもんだね」
「………私はジュエルシードを集めなければならない、絶対に。でも……」
「あんまり思いつめない方がいいよ、フェイト」
「………うん、わかってる」
後ろでフェイト達がボソボソ言ってるが、聞こえた内容は聞き捨てならないものだった。ジュエルシードの被害、これほどのものだったとは少々甘く見ていたようだ。警戒心を上げておこう。
商店街にも到達した俺達は、はやてと顔見知りの店で色々話もしながら、様々な人と親交を深めていった。吸血変異が起きなければサン・ミゲルの商店街も、きっとこんな風に賑やかだったのだろうな……。
「さってと! とりあえず活用頻度が高そうな場所を先に案内したから、おつかいとか任されても大丈夫やな!」
「意外に計算高いのだな、はやては」
「でも、生活に使う場所を先に案内してくれたのはありがたいよ?」
「だよね。もしはやてに案内してもらっていなかったら、買い物の時にどこかで迷っていたかもね」
「うふふ~もっと褒めるが良い~♪」
自分が面倒を見ている充実感を味わっているはやては小さな胸を張る。特に何かを思った訳では無いが、徐に彼女の頭に手を載せてみた。
「ああ、感謝している」
「ぁ……」
女子の髪に触れた事はあまり無いが、感触的にまるで羽毛を触っているイメージであり、穏やかな気分を抱くものであった。一瞬きょとんとしていたはやてだったが、俺が右、左、右、左……と何度も振り子の動きを模写したような手の動作を繰り返す度に、気持ちの良さそうに顔が緩んでいく。
「お…………おとーさん……」
「誰が父さんだ、この豆狸」
突然変な事を抜かしたはやての額にデコピンを撃ち込む。
バチンッ!
「ぐわっ!? も~何やのサバタ兄ちゃん、せっかくいい気分やったのにぃ~」
「別に……俺が珍しく他人を褒めてやったら突然親父呼ばわりされたものだから、ついイラッとな」
「つい、だけでデコピンすんなや!? も~!」
そういうはやては服の袖で僅かに目元に滲んでいた雫をぬぐい、ふくれっ面を向けてきた。膨れた頬の彼女と俺がジト目で見つめ合っていると、隣から空気が漏れたような可愛らしい声が耳に届いた。
「ふふっ……面白いね、二人とも息があってて」
「あ~あたしも、サバタには悪いけど本当の兄妹がじゃれあってるように見えたね」
「フェイトちゃんもアルフさんも他人事で微笑ましく見とるのは、まあええ。問題はサバタ兄ちゃんのデコピンや! 初めて喰らったけど、想像以上に痛かったんやで!?」
「確かにバチンってかなり良い音してたね」
「うんうん、まるで打楽器を叩いたみたいに響いてたよ」
「私は太鼓やあらへんわッ!!」
からかわれた事ではやてはしかめっ面を浮かべる。しかし直後に3人ともおかしくてつい苦笑していた光景を見るに、彼女達の関係も馴染めてきているように感じられた。
「何言うとるんや。サバタ兄ちゃんもこの中に入っとるっちゅうねん」
「……はやてがそう思いたいのなら思えばいい」
「う~ん、サバタ兄ちゃんは本当に素直じゃあらへんなぁ。私たちにも少しは心の内を明かしてもらいたいわぁ」
「……“ひまわり”も昔、おれに似たような事を言ってきたな」
「ひまわり?」
「花のひまわりの事じゃないよね?」
「ああ。“ひまわり”はおれの知り合いが師匠から受け継いだ通り名みたいなものだ。本名も当然知っているが、通り名の方が使いやすいからそう呼び続けている」
「へぇ~、サバタにそんな知り合いがいたんだねぇ」
「ちょい待ち。その知り合いって…………女なんか?」
「そうだな。寝ている所を起こすと流石に怒るが、紛れもなく女だ」
「寝てる所を起こすやと!?」
「もしかして…………仲、良いの?」
「さあ……どうだか。まあ、確かに普通の奴らより良い方ではある。成り行きで会ってから腐れ縁のような関係だが……それがどうかしたか?」
そう尋ねるとこの話になってからなぜか目を輝かせていた自称妹が、期待外れと言いたげな様子で軽くため息をこぼす。変な空気になったことでアルフが話を変えようと、持ってきた弁当をちらつかせた。
「そろそろ腹が空く時間だろ? 見晴らしのいい所でも行ってみないかい?」
「あ、見晴らしという点なら神社はどうや? 少し移動するけどあそこの休憩所は確か弁当食べるのは大丈夫やったし、高いから街も見渡せるから景色も良かったで」
「はやては見たことがあるの?」
「足が動かんようになる前に一度、祈りに行ったことがあったんや。階段は車イスじゃ行けへんからあれ以来、登った事が無いんやけどな……」
「なら今回は問題ない。おれがはやてを上まで運べばいい」
「じゃああたしは車イスを運ぶよ。これなら皆で行けるね!」
「えっと……私は……? 私も何か手伝うよ?」
「フェイトは弁当を持ってくれればいいさ。そんじゃ行こっか」
「え……ぶっちゃけ冗談やったのに、ええの?」
「……はやて。昨日の今日ではあるが、おまえ曰くおれ達は家族なのだろう? それにおまえの方も本当の心の内をあまり表に出していないことぐらい見抜ける。差し出がましいが、少しは兄らしいことをさせてもらうぞ?」
「サバタ兄ちゃんはズバッと辛口入れるなぁ。……でも、そうやね。じゃあ遠慮なく甘えさせてもらうわ」
はやての笑顔をまぶしく思ったおれは、彼女の頭をもう一度軽く叩いて視界から外れるようにした。実の母をさらい、父を倒したおれから見て、彼女達は純粋過ぎた。暗黒仔として育てられ、血塗られた生き方しか出来なかったおれがいるにはここは暖かすぎる。それに破壊の獣として一度取り込まれたおれがあいつの……カーミラの犠牲の上でこんな風にのうのうと生きていてもいいのか、そう思い悩んでしまう。
神社の階段の前につくと、はやてを車イスから持ち上げておれの背に背負う。先程の言質の通りアルフが車イスを運んでくれるため、おれははやてを背に階段を上って行く。
「しかし背負ってみると、はやては予想していたより軽いな」
「たぶん、足の筋肉が衰えとるからその分重さが無いんやろうなぁ」
「……ならいつか、おまえが自分自身の足でこの階段を登れるようになった時、もう一度背負ってやろうか?」
「マジで確認する気かい!? ……ま、私かてもういっぺん歩きたいし、道は険しいけど治るよう努力するわ」
そうして雑談をはやてとしていた次の瞬間、いきなり神社の境内の方から何か大きな力の胎動を感知した。すると後ろで階段を一緒に歩いていたフェイトとアルフが急に険しい様子になった。
「フェイト、これは!」
「うん! ジュエルシードの反応だ!」
そう言うなりフェイトとアルフはおれに弁当箱と車イスを無理矢理押し付けて駆け足で昇って行ってしまった。恐らく上にいるジュエルシードの暴走体やらと戦っているのだろうが、おれは押し付けられた弁当と車イスを、はやてを背負いながらどうやって持って行こうか悩む羽目になった。
「……サバタ兄ちゃん、弁当は私が持つわ。せやけど車イスは……頑張って、としか言えへん」
「ああ。それにしても……………地味に厄介な状況だ」
とりあえずはやてにしがみつく力を強くしてもらい、左手に力を込めて彼女の体重を支える。一応人一人持ち上げる程度の腕力は維持しているが、それは両手が使える状態の話であり、片手だと重心のバランスを調整するのにも力がいるため、想定以上に負担がかかっていた。また、棺桶のように引きずるわけにもいかない(元々引きずるものでもない)車イスは片方空いた右手で強引に持ち上げる事で、四苦八苦しながら時間をかけて上まで登り切る事は出来た。
そして何とかたどり着いた境内では少し地面が荒れているものの、小型犬と気絶している女性、それと俺に運ぶのを全部押し付けた同居人2名がいた。
「やったね、フェイト! まさかお弁当を食べに来た場所にジュエルシードがあるなんて嬉しい偶然だね!」
「うん。発動地点のすぐ目の前だったから、暴走体が暴れ出す前に封印できて良かったよ」
「フェイトに怪我もなく回収できてこれ以上無い成果だよ。さてと、それじゃあはやてとサバタの所に戻って―――」
「勝手にサバタ兄ちゃんに全部押し付けた分のおしおきを受けるんやね?」
「そりゃあ悪かったと思ってるけ…………ど!?」
「は、はやて!? サバタ!?」
こちらに振り返ったフェイトとアルフの顔が徐々に蒼白になる。それもそのはず、はやての背後から目が昏く光る狸のオーラが溢れているからだ。なぜ狸なのかはツッコまない。
とりあえず彼女達に先走った事への反省を促すべく、当たり障りのないミスを指摘しておく。
「……二人とも、任された仕事を途中で投げ出すのは普通どうかと思わないか? しかも自分からやると言ったものを」
「あぅ……ご、ごめんなさい! でも、ジュエルシードが発動したから!」
「言い訳無用や! 二人ともそこにお座り!! 反省するまでお昼抜きや!!」
『そ、そんなご無体なぁ~!!?』
それからしばらくの間、神社の境内で半泣きのまま正座するフェイトとアルフに説教するはやての姿が見られる事となった。ちなみにその傍らでおれは気絶した女性と小型犬を休憩所に運んでおき、しばらく介抱すると女性と犬は目を覚まし、とりあえず貧血か何かで気を失っていたからここに運んだことを告げると、さっきのは幻覚でも見たのだと納得した彼女は感謝の言葉を言ってきた。
その際、遠くから一匹の猫がじぃ~っと見てきているのが見えた。が、別に構う理由もないので放っておく。はやて達の所に戻る最中、猫もさっさとどこかに行ってしまったから、多分見慣れない人間が来たことで様子見をして警戒していたのだろう。
「はやて、もう二人も十分反省したはずだ。いい加減食事にしよう」
「せやね。じゃあ最後に二人とも、次から突発的な行動は控えるように! わかったか?」
『イエス! マム!!』
説教されていた二人がきちっとした姿勢で妙に目をぐるぐるさせながら敬礼していた。……こっちも何とかしておかないとダメそうだな。
なお、介抱した女性の知り合いらしい巫女がおれを見るなり、どういうわけかしきりにお守りを持つことを勧めてきた。それで必要ないと告げたにも関わらず、彼女は「じゃあ貧血の知り合いを助けてくれたお礼って事でお願い!」と言い、強引に彼女自作のお守りを持たせてきた。
ジュ~………。
「と、特別性のお守りが……焦げちゃってる!?」
なんかおれが手にした直後、お守りの中心から白い煙が発生しながら徐々に白く、というより脱色していき、1分も経たぬ内にお守りは完全に真っ白に焼け焦げ、灰のようにボロボロと崩れていった。それで彼女は「こ、今度リベンジを果たすから待っててね! 絶対!!」とか言っておれから了承も得ないまま境内に走って行った。なんなんだ、彼女は。というか、おれの運気は神力をも凌駕するほど悪いのか……。
一方、とある使い魔猫姉妹。
[おかしい……どうしてアイツには認識阻害が効かなかったの!? もう一方の魔導師と使い魔にはバレなかったはずなのにどうして……! 八神もたった一日でアグレッシブな性格に変化しているけどアレはある意味元々だった気がするから置いといて……。アリア、アイツはあの時の男を追っているようだから、一応“闇の書”が目的ではなさそうよ]
[そう……でも八神の傍に部外者がいるのは頂けないわ。彼の目的は謎の男らしいから、こっちで居場所を見つけて何とか伝えてやれば案外簡単に出ていくかもしれない。魔導師と使い魔は私達で何とでもできるけど、彼のような不確定要素は放置しておくのも危険よね……]
[それにこの街に落ちたロストロギアも、対処に当たっている子達が一歩間違えれば計画以前の問題に発展しちゃうから、ずっと隠れて見過ごす訳にもいかないか……]
[闇の書が動き出すのは恐らくもう少し後だから、今は放置しても問題ないはず。お父様も含めてこっちはしばらく仕事が空く時間が無いから、ロッテ、しばらくそっちは自己判断で任せるわ]
[了解。じゃあもし落ちたロストロギアを見つけたらどちらかに秘密裏に渡るようにしておくから、色々ひと段落したらまた連絡するわね]
後書き
とらハの彼女達はいるだけです。特に目立った干渉はしてきません。
原作ブレイク ジュエルシード回収にて、なのは2個目→フェイト1個目となっています。
邂逅
前書き
原作主人公覚悟回
あれから数日……。
はやてとの散歩のおかげでこの街の地理は大方把握し、夜に行うフェイト達とのジュエルシード捜索で有効に活用できた。と言ったものの、見つけたジュエルシードは神社の以外だと1個しか手に入れておらず、あまりにスローペース過ぎて先が思いやられる。
例のヴァンパイアもあれきり姿を見せずにおり、イモータルの行方が知れない現状に内心もどかしさを感じている。
そんな状況だと言うのに、八神家で厄介な事態が発生した。それは……、
「ごめんな~……私としたことが風邪をひいてしまうなんて……」
家主のはやてが風邪をひいた。いや、実際は彼女だけではない。
「げほっげほっ! ご、ごめんね……はやて。私が転んだせいで……」
「だ~いじょ~ぶや~、気にせんでもええよ~。けど、私もフェイトちゃんもさっさと風邪を治さないとな~……クシュン!」
はやての隣で寝ているフェイトが弱った状態で申し訳なさそうにしていた。そう、彼女も同じ時に風邪をひいてしまったのだ。
昨日、フェイトたちが寝泊まりしている二階の部屋が諸事情で埃っぽかったので大掃除をしていた途中、フェイトが水を入れ替えたバケツを運んでいたら階段でうっかり転んで、偶然前を通りかかったはやても一緒に水を被ったのが原因だろう。なお、フェイトが滑ったのは一階のすぐ近くだから二人に怪我はなかった。
「病人は大人しく寝ていろ、風邪が悪化したらどうする?」
「うん……」
「い~つもすまないねぇ~」
「ネタに走る余裕があるなら心配いらないな。それはそうと……」
「ハックション!! すっごい肌寒いよぉ~……! あたし……ちゃんと治るのかなぁ……」
「なぜ水を被っていないアルフまで風邪をひいてるのだ……?」
もしや使い魔だからフェイトの病気がパスを通じて移ったのかもしれない。真偽がどうであれ、この家の人間はおれ以外全員病床に伏している。つまりおれ一人で彼女達の看病をするしかないのだ。
ちなみに今朝、彼女達が風邪をひいていると気づいてから看病しやすいように居間に布団を運んで全員を寝かせている。不幸中の幸いか、一人じゃないから孤独感は紛れるはず……。そう考えると俺達がこの家に来なかったらはやては一人で闘病する羽目になっていたのか?
年齢が10にも満たない少女が自分以外に誰もいない家で風邪をひき、誰も看病してくれないまま布団の中で孤独に震える……そんな光景を想像した。なんだこの寂し過ぎる光景は。……真面目に看病してやろう。
「ちゃんと風邪薬を飲んだから後はしっかり寝れば治るはずやけど……サバタ兄ちゃん、念のため薬を補充しといてくれる?」
はやて達の額に張った冷えたシートを替えている時、買い物を頼まれた。彼女達が動けない以上、健康なおれが行くしかない。
「さっき使い切ったのと同じ薬で良いのだな? すぐに買ってくるから、大人しく寝ているんだぞ」
「りょ~かいや」
「早く……戻ってきてね」
「世話をかけるねぇ……」
今の八神家に健康な人間がいないのは危ういから、できるだけ急ぐつもりだ。その意思を込めて視線を送ると、彼女達は微かに安心したようだった。
少し遠いが薬局の場所は以前の街案内で教えてもらっている。だからすぐに行けると思っていたのだが…………道中で異常な大きさの木の根が道を塞いでいた。
こんなものは自然発生するものではない。太陽樹も長い年月を生きればこれに匹敵するほど成長するが、そもそも太陽樹はこの世界に存在していない。突然変異にしても街を一部喰い破る成長速度はあり得ない事から、この事態の原因は……。
「ジュエルシードか……こんな時に!」
発生地点は隣町らしく少々遠いようだ。少し時間をロスしてしまうが、放っておいて大惨事を引き起こさせる訳にもいかないし、そもそも薬局への道が通れないのだからどちらにせよ対処しなければならない。
木の根をたどって中心点に向かい、行く方向にそびえ立つ大樹を射程に入れる。さて、暗黒銃で暴走体と戦うのは何気に初めてだが、果たしてどこまで通用するのやら。
――――ッ!
敵意に敏感なのか、人の身をはるかに超える大きさのツタがうなりを上げてこちらに叩き付けられる。あの巨体にしては意外に早いものの、世紀末世界の戦いを経験しているおれならゼロシフトを使用せずとも回避できる。
「そんな……こんなに被害が!」
「遅いかもしれないけど、今から結界を張るよ!」
誰だか知らないが二人分の声が聞こえた次の瞬間、甲高い音と共に全身に妙な感覚が走り、空が灰色に染まった。“封鎖結界”の効果は前にフェイトから聞いたから既に知っているが、初めて味わってみると、なるほどこういうものかと意外な程冷静に納得していた。
しかし……これを張ったのはどこのどいつだ?
「って、あれ!? なのは! 結界の中に人がいるよ!」
「にゃっ!? ゆ、ユーノ君、こういう時ってどうすればいいの!?」
肩に小さな獣を乗せた正統派(?)な白い魔導師の少女が、一人でテンパっていた。よく見ると肩の獣も口をきいているから、厳密には一人では無い。あれもアルフのような使い魔なのかもしれないな。
「おい、そこのおまえ」
「あ、はい! ごめんなさい!」
「なぜ話しかけただけで謝る?」
「そ、それは……」
「なのは! 攻撃が来るよ!!」
ハッと気づいた少女は急ぎ張った桃色のシールドで何とか防いだが、ツタの威力が彼女達の想定より強く、少女の軽い身柄は後ろに勢いよく吹き飛ばされた。都合よく正面にいたおれは態勢が崩れている彼女を受け止め、地面に激突させずに済ませた。
「あ……!」
胸元で少女がなぜか安堵の声を漏らしたが、俺はつい気が緩んでいた彼女に喝を入れる。
「何をボサッとしている! 戦いの最中に敵から意識を逸らすな!」
「は、はいッ!」
慌てて元気よく返事をして離れた少女に、追撃を仕掛けてきたツタにカウンターとしてクイックドロウで暗黒ショットを放つ。慣性の法則で咄嗟にかわせなかったツタにそれが直撃した瞬間、まるでマグマが当たったかのように触れた部分が溶けた。そのダメージで暴走体はこちらの攻撃を警戒するようになり、ツタでの追撃に二の足を踏んでいた。
「暴走体を構成していた魔力が消滅……いや、喰われた? その銃はいったい……?」
「獣、今は余計な詮索をしている場合ではない!」
「た、確かに今の僕の姿はフェレットだけどさぁ……」
“獣”呼ばわりがショックだったのか、顔に縦線が入る“獣”。本来の名前は先程呼ばれていたユーノと言うようだが、変な獣の姿をしているせいか、なぜか名前で呼ぶ気になれない。なお、同じ使い魔で素体が狼のアルフの場合は普段から人型でいるから普通に呼んでいる。つまり名前で呼ばれたければ一度でも人の姿を見せろ、という事だ。
ガルム? あれは元精霊で闇のガーディアンなんだから普通に名前で呼んでいたぞ?
ジュエルシード本体に向かってツタを破壊しながら突き進んでいくと、おれ達の進撃を抑えるべく木の根の障壁が道を遮っていた。後ろでは少女が律儀に魔法で打ち破ろうとしていたが、そうさせずともおれが暗黒独楽で薙ぎ払うだけで障壁が消滅して通れるようになる。反撃と言わんばかりに数多くのツタをしならせて連続的に降り注いでくるのを、時折ゼロシフトを交えながらツタの上に飛び乗ったり側面を蹴って跳躍したりしてかわし、暗黒ショットで迎撃する。
「この人……すごく強いの!」
「そんな事より、おまえ達はあれを封印できるのか?」
そう言って俺は暴走の中心を指差して尋ねる。中心点では巨大な青い結晶の中で二人の男女が意識を失っていた。どうやら今回は人に憑りついた暴走体らしく、他の動物と比べて思念の強さが大きいからここまで暴走したのだと“獣”が説明する。
ターゲットを指し示して尋ねると、少女は頷いた。彼女が機械的な形状の杖を向けて少々演出過多な封印魔法を使用すると、すぐさま周囲に大きな被害を与えていた木の根は跡形もなく消え去り、その場には気絶した男女とジュエルシードが一つ落ちている光景が残った。
「……片付いたか。ところでさっき、なぜおまえはいきなり謝ったのだ?」
「私のせいなの……私があの時ちゃんと確かめていれば、こんな事にはならなかったの。だから……」
「なのは………」
ぽつりぽつりと少女が落ち込みながら話した内容によると、発動前のジュエルシードを見かけたが本物とは断定できずに手をこまねいた結果、この事態を招いてしまったそうだ。なるほど、消沈する理由にも理解できる。
しかし彼女の言い分を聞いている内に、どことなく彼女の精神が形容しがたい形に歪んでいるように感じられた。だが彼女との関わりも別に深くないので、特に追及する気にはならない。とりあえず僅かな躊躇がどれだけ危険か理解した少女から離れ、おれはジュエルシードを拾って投げ渡す。
「うわっ! ととっ!?」
落ち込む気持ちを放り投げて慌ててキャッチした少女はほっと安堵の息を吐く。なぜ渡したかというと、今回のをフェイトに渡すには状況が悪く、何より彼女には風邪をさっさと治してもらいたい。この少女がこのままジュエルシードを集め続けるのなら、いずれにせよフェイトと争う事になるだろう。しかし今は少女と対立しない方が都合が良い。ただ、戦いに対して素人同然の少女には、せめて一つ決めておいてもらいたいことがあった。
「差し出がましいが言わせてもらう。今後もそれを手にするつもりなら、おまえなりの覚悟を決めろ」
「か、覚悟?」
「そうだ。このような普通の人間の手では負えない事態に挑むなら、実力もそうだがせめて心を支える芯となる覚悟を持て。それが無いままではいつか道を違え、自分だけでなく周りをも巻き込む滅びを招くぞ」
「…………」
こんな平和な世界で生きてきた子供には厳しいかもしれないが、ジュエルシードはおれが予想していたより大きな力だ。これを集めるとなると生半可な実力や想いでは途中で殺されかねない。暴走の被害を抑えようとするのは立派だが、それで自分の命を失ってしまっては元も子もない。
なお、子供を戦わせる事に俺は大して忌避感は無い。自分たちの境遇を棚に上げて偉そうな事を言える訳も無いので、その辺りは割り切っている。その分ケジメや責任はしっかりつけるつもりだ。
獣になのはと呼ばれていた少女は今回の暴走によって起きた周りの惨状を目に焼き付け、自らの胸中を語り出した。
「私は……ユーノ君のお手伝いができたらいい、そう思って始めました。だけど……私がちゃんと見てなかったから、人の多い街中でジュエルシードが暴走して被害を出してしまった」
浮かんだ言葉を口にする度に、少女の表情に懺悔の色が浮かび上がる。自らの失態を認めるのは難しく、辛いものだ。
「こんな気持ちのままじゃ、たくさん犠牲になる人が出てしまう。それじゃあ私たちが頑張って集めた意味が無い」
しかし彼女はそれを目の前で行い、そして……失敗を乗り越えようとしている。
「だからもうこんな事が起きないように、大きな被害が出て悲しむ人がいないように、私は戦うの! 困ってたら助けるという義務感じゃない、私や私の大切な人達が生きているこの街を壊されたくないから!」
そう言い切った少女の目は先程の悲痛に満ちた状態と違い、曇りなき空のごとく澄み渡っていた。それは自分が戦う理由を見つけた者が持つ眼。甘いかもしれんが少女はこの時、一つの壁を乗り越えたのだ。
「……それが、おまえなりの覚悟か」
「はい!」
「そうか……己の覚悟を決めたのなら、曲げる事無くそれを信じぬけ。いざという時、それがおまえの力となる」
「ッ! はい!!」
威勢よく返事をした少女におれは用が済んだとばかりに背を向け、当初の目的を果たしに立ち去「ま、待って下さい!」ろうとしたら、少女に呼び止められた。
「あの……あなたの名前を教えてくれませんか?」
「……サバタ」
「サバタさん……助けてくれたり励ましてくれて、ありがとうございます! あ、私は高町なのはって言います!」
「………そうか」
「ぼ、僕はユーノ・スクライアで―――」
「悪いがおれは急いでるんだ。家で風邪薬を待っている奴らがいるのでな」
「あ、それはなんて言いますか、誠に申し訳ありませんでした……」
「その人たちにお身体を大事に、と私からもお願いします」
「………ああ」
その後は呼び止められることも木の根に遮られることもなく、薬局へたどり着けた。風邪用ソフトカプセルの箱を購入した後、急ぎ足ではやての家に戻る。
やれやれ、ジュエルシードの妨害で余計な時間がかかった。おれが見ていない間にあいつらの容体が悪化していなければいいのだが……。
「ただいま」
『支えてるのは左手だ、利き腕じゃないんだぜ』
「へぇ……この男、かなりの力持ちなんだねぇ」
「あわわわわわわ……!」
「二人とも【コマンドー】見るの初めてやったんか。この筋肉を知らんのは多大な損やけどまあ古い映画やし、今の時代じゃ見てない人も逆にいるんやろうな。あ、おかえり~サバタ兄ちゃん!」
先日、録画した再放送の映画を見ていたはやて達の姿に、どっと肩に疲れが圧し掛かってつい嘆息した。考えている事はわざわざ言わなくても伝わっており、彼女達は3人そろって気まずそうな顔をしていた。
「あ~ほら? 私ら朝からずっと寝てたんやし、いくら風邪ひいてても寝過ぎて目が覚めちゃうやろ。せやから堪忍して~な?」
「ごめん。ちょっとのつもりで見たら結構面白かったから、つい……」
「やる事が無ければ無いで、なんか暇だったんだ。それにサバタが帰って来るまで案外時間かかってたし……」
それはジュエルシードのせいだが、どちらにせよ、おれが戻るのが遅くなったという意味に変わりはない。なのであまり強く言わない事にした。
「もういい、おまえ達の言い分は既にわかってる。とりあえず起き上がっても大丈夫という事は、体調はある程度良くなったんだな?」
「う~ん、少し寝たら咳が出なくなったぐらいで、まだ身体は少しだるいかな?」
「そうか。言っておくが、風邪は治りかけが危ない。3人とも気を付けろよ?」
『は~い』
三人とも返事は良いのだが、さっきからテレビ画面に映っている筋肉の男が妙に気になる。……ともあれ、いつも食事ははやてが作ってくれていたのだが、昼同様、病人に食事を作らせる訳にもいかないのでおれが動く事にした。
「はやて。おれが夕食を作るから台所を使わせてもらうぞ」
「え? サバタ兄ちゃん、おかゆ以外に料理できるん?」
「人並みにな。これまで(育ての)親が全く作らなかったから、基本的に自分でどうにかしなければならなかったんだ」
事実、ヘルはヴァンパイアだったから人の食事は必要ない。人の生き血を吸うヴァンパイアが料理をするわけもなく、必要に駆られて自然とそうなった。ヴァンパイアに囲まれて育った身だから自炊にも苦労したものだ。
だが、とある場所(確か【中華料理店 泰山】と言う名前の店跡)で手に入れたレシピにあった、とにかく香辛料をふんだんに使った超激辛麻婆豆腐はヘルもなぜか気に入っていた。なんでも「殺人的な辛味の中に隠れている、あるのか無いのかわからない絶妙な味が病みつきになる」そうだ。
元々嫌がらせで作った代物なのだが……。というかイモータルが人間の食事を気に入ってどうするんだ……。
なお、クイーンが口にしたのは2回目以降のもので、最初に麻婆豆腐を食べたのは実はザジだったりする。愉悦? なんのことやら。とりあえずその時の話は彼女の生い立ちに関わるからまたの機会にな。
「は~、それなら味も大丈夫そうやし、今日はそのまま任せるわ」
「と言っても今回重たいモノは作らんぞ。おまえ達が胃もたれしたいというなら別に構わんが」
「じゃあ風邪治ってから、本格的な物を作ってもらおっかな?」
「次の機会があれば、な」
ひとまず今日は世紀末世界でも食べられていたチキンスープをメインに作る事にした。「おかゆは味が薄過ぎて飽きちゃうよ!」と昼にアルフが嘆いていたものだから、ある程度要望に応えて少し味の濃いコレを出させてもらった。結果は中々の高評価であった。
「………腹の皮が張れば目の皮がたるむ、とどこかで聞いたな」
夕食後、薬を飲んだ彼女たちが布団で横になると、そう時間が経たないうちにフェイトとアルフの寝息が聞こえてきた。買ってきた風邪薬が無駄にならず役に立って良かった。
「なぁ、サバタ兄ちゃん……」
「どうしたはやて、眠れないのか?」
「うん。ごめんやけど私が寝るまで、手ぇ握っててもええ……?」
「………世話のかかる奴だ」
おれ達が来るまでずっと一人でいたはやてが人の温もりを恋しいと思うのは至極当然のことであり、誰か助けを求められる存在が近くにいてほしいと思ったのだろう。病気で心の寂しさが増し、本来の8歳児らしい素顔が垣間見えている今、はやてが放つ言葉は彼女の心そのものでもあった。
「えへへ……サバタ兄ちゃんの手、おっきくてあったかいなぁ~」
「そうか……何も救えない手だけどな」
「ううん、そんなことあらへんよ。だって今こうして、私を安心させてくれとるやないか。だから何も救えないなんて違うわ……」
「…………」
「この手はちゃんと救えとるよ。私も……フェイトちゃんも……アルフ姉ちゃんも…………。せやから………兄ちゃんが………ても私が………………………すぅ……」
話の途中ではやてが寝てしまった。やはり日頃の疲れが溜まってたのだろう。彼女の布団をかけ直した時に見えた表情は実に穏やかだった。それは彼女の両親が生きていた頃に見せていたのと同じくらい安らかな眠りだったことを、おれは知らない。
「救えている、か。……なぁカーミラ、おまえならどう思う……? 暗黒の道を進んできたおれがこんなことをしているのは、やはり滑稽だろうか?」
そっと呟いた言葉を聞いた月は、ただ静かに淡い光を瞬かせるだけだった。
後書き
この作品における暗黒物質の追加設定
鎮静化状態、活性化状態:元々暗黒物質は宇宙に存在する物質のため、地球上にもそれなりの量が存在している。世紀末世界ではその多くがイモータルの手で活性化されたため、吸血変異、アンデッド化が大量発生したのだと解釈しています。暗黒銃はサバタが暗黒チャージで吸収した鎮静化している暗黒物質を活性化させる性能を持っている設定などを追加させています。
魔力素消失:AMFが魔力素の結合を分解して魔法の発動を妨害するのに対し、こちらは魔力素そのものを消し去るため、素の威力が強力な分、使えば使う程周囲の魔法の力が低下します。魔導師の天敵とも言える凶悪な性質ですが、これぐらいやらないと原作主人公と比べて攻撃力にあまりにも差が……。
相談
前書き
説明回
「はぁ……駄目だなぁ、私。いつかこうなる事ぐらい覚悟していたはずなのに……」
夕方にジュエルシードを感知したという事で出かけたフェイトが、帰ってくるなりベランダの外を向いてやけに落ち込んでいた。体育座りでしょぼくれているフェイトを遠目に、おれはアルフからこうなった経緯を尋ねた。
「今日さ、回収に行ったらそこで白い魔導師とジュエルシードを巡って戦う事になったんだ。相手は素人で甘ちゃんだったから気迫の差もあってフェイトが勝つのは自明の理だったんだけど、同い年の子を撃墜した事に罪悪感を抱いちゃったみたい。まったく、目的のためだというのに、フェイトは本当に優しいんだから……」
「白い魔導師……か」
心当たりがあるから少し罪悪感はある。しかしこの争奪戦は口を挟んで止められるような内容でもないから、おれはヴァンパイアなどから横槍を入れられないように一歩下がった所で見守ろうと決めている。
「サバタなら大丈夫だと思うけど、あたし達の事はあまり口外しないでほしいんだ。厄介な組織に嗅ぎ付けられる訳にもいかないからさ」
「そうか。それぐらい構わない……が、そろそろアルフ達がジュエルシードを集める理由を教えて欲しいのだが……」
「……ごめんよ。サバタなら教えても大丈夫かもしれないけど、フェイトが話さないならあたしも話すわけにはいかないんだ。使い魔だしね」
「まあ、そうだろうな。ところで話を戻すが、その厄介な組織の名前はわかるのか?」
「うん、名前は“時空管理局”。次元世界の警察みたいな所だよ」
「次元世界?」
「そ。この世界の他に色んな世界が無数にあるのは前に話したよね? で、その世界の多くを管理しているのがその組織なんだ」
「……途方もない話だな。まぁ、異世界の魔法使いがいるという事実も大概だったが、いくつもの世界という膨大な規模を一組織が本当に管理できるものなのか?」
「さあね。あたしも一般常識を知ってるだけで、別に詳しいわけじゃないからわからないよ」
「………」
時空管理局。次元世界を管理するなど、果たして人間が本当に手を出していい領域なのか? ただ人の性とも言える欲望を加速させるだけではないのか? 自分たちに都合よく物事を改ざんして、いずれ取り返しのつかない事態に追い込まれるのではないか?
だが実の所、おれにはそんな事どうでもいい。重要なのは、フェイトたちの敵がその規模が桁違いな組織だという事だけだ。
「……今のうちに、もしその組織が出てきた時の対策を決めておこう。事前に決めていたヴァンパイアの時と同様、捕まったら終わりなフェイトとアルフはとにかく安全地帯に逃げろ」
「そうしたいけどその時ジュエルシードがあったら、どんな状況でもフェイトは手に入れようとするよ?」
「ジュエルシードならおれが暗黒転移で回収しておく。だから逃げる事を最優先にするよう、フェイトに重々言い聞かせておくんだ」
「だけどサバタは一人で大丈夫なのかい?」
「問題ない。暗黒転移は瞬時に発動できる上、連続使用が可能だ。速度を競うなら全力で逃げるおまえ達だろうと一瞬で追い抜くかもしれんぞ?」
「おっと、それならあたし達が先に逃げても安心だね」
「そういう事だ。それにダークマターの性質は魔導師にとって天敵だから、敵の魔導師と戦う事になろうと自力で突破できるだろうしな」
「そりゃあ確かに、魔力を文字通り消滅させられるんじゃ普通の魔法は役に立たないよねぇ……」
アルフが呆れ交じりに嘆息する。以前ジュエルシードの捜索に出た日、暗黒銃が魔法に対してどれほどの威力を持つのか、アルフが張ったシールドに撃つ事で実験した事がある。それで暗黒ショットが直撃した瞬間、それなりに強固なはずのシールドがまるで霧が掻き消されるように霧散したのだ。なお、ショットも着弾と同時に消滅していたので、アルフにダメージはない。
この実験と、以前ヴァンパイアをブラックホールで動きを封じた際、フェイトの魔法はダメージが通っていた経験から次の結論が導かれる。
“活性化した暗黒物質は魔力素を喰うため、アンデッドを魔導師が相手にしてもフェイトのような変換資質が無いと現状の魔法ではまともに戦えない”という事だ。
……地味に時空管理局や多くの魔導師の存在意義を揺るがしているな。ま、ヴァンパイア同様、体内にダークマターを宿しているおれも同罪か。
フェイトが落ち込んでいた理由から、いつの間にか脱線していた。ともあれ、フェイトにはフェイトなりの戦う理由がある。その過程で傷ついた者への感情には、本人が心を強くして耐えるしかない。もっとも、フェイトがその程度で立ち止まるとは思えんが。
「……ねぇサバタ」
「どうした?」
「私って、間違ってるのかな……? 倒した相手の事をいつまでも引きずるなんて……」
「……戦士としては欠点だろうが、人としては美点だろうな。だから一概に正否を問うものではない。結局大事なのは、己の心の持ちようだ」
「私の……心?」
「そうだ。フェイトが知りたいのは、目的のために泥にまみれてもなお、前に進む覚悟。他者を蹴落とし、己の望みのために戦い続ける意思だ。……世の中というのは全員が全員、望みを叶えられるわけではない。だからこそ、自分以外の人間の望みを踏み潰してでも戦い続けるしかないのだ」
「誰かが救われても、別の誰かが救われない。悲しい摂理だね……」
「アルフから聞いた、白い魔導師を落とした事に罪悪感を抱いていると。だがフェイトはジュエルシードを集めることをやめないのだろう?」
「うん。私にはそれがどうしても必要だから」
「なら迷う必要はない。魔法には非殺傷設定があるようだから、いずれ相手は再び立ちふさがってくるはずだ。だからフェイトはそいつを倒し続ける覚悟を持つしかない」
「そう、だね。でも私一人でそんな覚悟持てるかな……?」
「一人では無理でもおまえにはアルフがいる、だろう?」
「そうだよ。フェイトが背負いきれなくても、あたしが支えるからさ。だから気にしなくていいんだよ」
「アルフ……うん、ありがとう……!」
「それに、だ。ジュエルシードの回収作業は命がけだ、フェイトのように実戦慣れしている人間が当たる方が危険は少ない。ゆえに素人が迂闊に戦いの場に赴かないように力づくで止めていると考えれば、少しは心がマシになるんじゃないか?」
「あ、そういう考えが……なるほど……その発想は無かったよ。ありがとう、励ましてくれて嬉しかったよ」
「そうか……」
何にせよ、フェイトが立ち直ったのならそれで良い。だが高町なのはに覚悟を促しておいて、戦線から離させる考えを示すというのも少々複雑な気分だが。
と思っていたら、何故かしばらく何も言わないまま見つめてきたため、もう一度目線を傾けると、両手の指を絡ませて頬を紅潮させたフェイトが上目づかいをしながら、たどたどしい口調で何かを言い始めた。
「そ、それで……その……サバタのこと……お、お……」
「?」
「だ、だめ……言えないよぉ、アルフぅ~~!!」
「いやいや、ここまで言ったんだからもういっそズバッとお願いした方がいいって!」
「えぇ!? でも……やっぱり恥ずかしいよ……今更“お兄ちゃんと呼びたい”ってお願いするなんて……!」
「お~い、フェイト~。もう口に出ちゃってるよ~」
「え……あ、わ、わああっ!? どどどどどどうしよう!? あぅあぅ~~!!」
先程までの超然とした様子から一転、迷子になった子供のように半泣きでおろおろとしているフェイト。多分これがフェイト本来の表情なのだろう。そもそもこれまでの憮然とした様子がこの年代の子供から見て少しおかしかったのだ。おれのような人生を歩んだ訳でもないはずなのに、目的遂行のために私情を捨てているのだから。それにしてもふと思う所がある。
高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて、世紀末世界より明らかに平和な世界で育ったはずのこの3人の少女は明らかに人の愛に飢えている。ついでだがアリサ・バニングスはともかく月村すずかも似たような所で歪みを抱いていると思われる。
なんだ? この街の子供は皆こうなのか? 世紀末世界の孤児や魔女と色んな意味で張り合えるぞ。この世界の方が文明的に発展しているはずなのに、どうして育った環境がこうもアレなのか……本当に疑問だ。
「フェイト、そう怯えずとも呼びたいのなら呼べばいい。何より暫定的だが兄妹扱いなんだから、むしろその方が自然かもしれない」
「あ……ホントだね。じゃ、じゃあ呼ぶよ! お……おにい……!」
「フェイト、がんばれ!」
「お……お……おに、お兄……ちゃん……! ……は、はぅ~!」
「ヤバい! ヤバすぎるよ今のフェイト! 可愛すぎて天下が取れるよ! あ、鼻血が……!!」
「自重しろよ、アルフ……」
うっかり狼の姿に戻ったアルフの顔に真っ赤な花が咲き乱れるのを、憐憫のこもった表情を向けて呆れた。なお、フェイトは恥ずかしかったのか、2階の部屋に駆け込んで布団に顔を突っ込んで身悶えていたらしい。あいつは小動物か?
ガチャ。
「い……今、アルフ姉ちゃんが犬になった……やと!?」
「犬じゃなくて狼だよ! って……し、しまった! はやてに見られちゃったよ!?」
「出かけるたびに変身していたのだから、遠からずバレていたと思うが……」
「変身やと!? ってことは今のはもしかして……ほんまに魔法なんか!? 二人とも、詳しく聞かせてぇな!!」
「……アルフ、フェイトを呼んできてくれ。あいつの方が魔法について詳しいから説明役に適任だ」
「さっきのやり取りの後ですぐ呼び戻すってのもアレだけどしょうがないね。ま、この方がフェイトも気が楽になるかな?」
というわけでアルフに呼ばれて居間にとんぼ返りしてきたフェイトを交え、おれ達ははやてに魔法という代物について実物を見せたりしながら説明した。今更だがこちら側の魔法使いこと魔導師は世紀末世界の魔女とは違い、人々に受け入れられる存在なのだな。同じ異能の力でも、こうも扱いが異なると少々複雑な気分になる。
あと、終始はやては目を輝かせて話を一言一句聞き逃さないよう集中しており、前に薦められて読んだ小説や物語に出てくる、巻き込まれ系主人公みたいな気持ちを味わっているだろう彼女は年相応の少女らしい表情を見せていた。この年頃の少女は非日常に憧れるものだそうだが、果たして命の危機を常に感じる日々に何を期待しているのやら。日常を願いながら非日常に思いを馳せる……どの世界でも人間の思考には矛盾したものがあるな。
「この地球の他にある世界、次元世界じゃ魔法技術っちゅうのは割とポピュラーなものなんやな。しかも魔法という神秘的な名前とは裏腹に科学寄りやし、ポッター的なのをイメージしてたからちょっとばかし複雑な気分や」
「えっと……それで魔法を使うためにはリンカーコアって言う魔導師に必要な器官があるんだけど、はやてにもリンカーコアがあるか調べてみるよ」
「お願いするで。それにしても私にもリンカーコアっちゅうのがあったら、フェイトちゃんみたいに魔法が使えるんかなぁ?」
「個人ごとに適正した魔法があるから、全部同じって事にはならないよ。それよりリンカーコアがあるかどうか調べる方法だけど……[はやて、この声が聞こえる?]」
「おわっ!? なんや、少し前の時みたいに頭ん中にフェイトちゃんの声が聞こえるで!?」
「うん。念話が届くなら、はやてにもリンカーコアはあるみたい」
「念話?」
「そう、こうやって魔力を通して遠くの相手と話せるんだけど、リンカーコアがないと聞こえないんだ。範囲や周波数などの調整はその人の技量次第だけど」
「へぇ~! じゃあ私も魔法使いになれるんやな!」
「そうみたいだね。ところで今言っていた“少し前”って何のことだい?」
「えっとな、確かフェイトちゃん達がここに来る一日前の夜に[誰か助けて……力を僕に貸して……]って感じの声が聞こえたんよ。でも私の足はこんなやから行っても力になれへんと思って心苦しかったけど大人しくしとったんや。けど次の日、また同じような声が聞こえてきて、ずっとこのままやったらどうしたもんかなぁ、と悩んどったらうちの家の近くでドカドカすごい音が響いてきたから、こればっかりは看過できひんと思って行ってみたら皆がおったわけや」
「なるほど、念話の後に騒音被害を受けていたから出てきたわけか。それなのにここに住まわせてもらっているのだから、はやてには正直感謝しているぞ」
「さ、さよか……サバタ兄ちゃんからお褒めの言葉をもらえるなんて嬉しいわぁ。それで皆が来てからあの念話が来なくなったから、あんまり気にしとらんかったけど要するに今、海鳴市に魔法的事件が起きとるんやな?」
「そう。それで私とアルフは原因となっている、このジュエルシードを集めている。この前の動物病院の倒壊も、スタジアム傍にできた謎の陥没も大本の原因はこれ」
「ほえ~こんな綺麗な宝石があんな事件をなぁ~。じゃあフェイトちゃんは陰でこの街を守るヒーローみたいなもんやな!」
「ヒ、ヒーロー……?」
「あ、魔法少女やったらどちらかと言うとヒロインか? せやけど私らが住んどる街を守っとるのに変わりはあらへんから、やっぱりフェイトちゃんは本当に良い人やよ」
「……………」
今のはやての発言でフェイトの中の何かが変わった。いや、気づいたというべきか。ジュエルシードの話をする時に見せていた影が薄くなったように見える。何にせよ、悪い変化ではないように思われる。
「それで、その封印ってのは私にもできるん?」
「ううん、はやてにはリンカーコアはあっても魔法の使い方を知らないし、デバイスもないから実戦に出るのは危険だよ」
「要するに才能があってもレベル1の装備なしで戦ったらあっという間にゲームオーバーっちゅうことやな。なるほどなるほど……あ~あ、まだ魔法使いどころか見習いにもジョブチェンジしてない私じゃフェイトちゃんの力にはなれへんのかぁ」
「そんなことないよ! はやてのおかげで私達は万全の状態で戦えるんだから。だからはやてが卑下しなくてもいいんだよ」
「そうさ。はやてが助けてくれなかったらあたし達、今頃きっと野宿したまま対処してただろうさ。だからホンットありがたく思ってるよ」
「な、なんや、皆してそんな手放しで褒められると、流石に私も照れるわぁ~! よ、よっし! ほんなら皆で温泉旅行せえへん?」
「いきなり話が変わったな」
露骨に話題を変えてきたはやてだったが、境遇的に褒められ慣れていない事で耳まで真っ赤になっている彼女の様子はどことなく微笑ましく、あんまりやり過ぎるのも可哀そうだと思うので大人しく乗ってやる事にした。
「それで温泉旅行とは?」
「こっから少し離れた所に海鳴市の温泉スポットがあるんやけど、慰安旅行も兼ねて行ってみいひんか? 万全を期すには戦いの疲れを癒すのも大事やろ?」
「………そうだな。それにそういう少し離れた場所はまだ調べていない。休暇がてら行ってみる価値はあると思うぞ、フェイト」
「なんか最近のんびりしてる気がするけど、あたしはこういうのが良いと思うよ?」
「……アルフとお兄ちゃんが言うなら……いいかな?」
「おっしゃあ! 言質とったでフェイトちゃん! なら早速準備始めるから、期待しててな~♪」
以前から行きたかったせいか、ワクワクしているはやてをフェイトとアルフは微笑ましく眺めていた。……フェイトが魔法の事を教えたんだ、おれもヴァンパイアの事を話しておくべきか。
「すまないが、おれからも話がある。生きるために知っておくべき大事な話だ」
「生きるためにって……サバタ、もしかしてあの夜フェイトを襲ってきたアイツが関係してるのかい?」
「うぅ……今話すの~……? 夜だから少し怖いなぁ……」
「あれ? 二人ともなんや、急にホラー映画を見た時のような雰囲気出して……え? も、もしかしてリアルにホラー的存在がおるんか!? ウリィィィィィッッ!! っとか叫ぶ奴がほんまにおるんか!?」
ジョジョか……おれも少し読んだが、吸血鬼の設定がアンデッドとかなり似ていた印象がある。説明が面倒になった時、参考文献に丁度いいかもな。
「はやての言っている事はあながち間違いではない。フェイトもアルフもよく聞いておくんだ。今から語るのはおれが戦っている敵、銀河意思ダークの使者イモータル、闇の一族の眷属にして反生命種アンデッド、奴らの脅威の事だ……」
「イモータル……アンデッド?」
「まず前提として言っておくが、フェイトとアルフのように俺はこの世界の人間ではない。世紀末世界、人々が太陽を忘れた世界からやってきた」
「世紀末世界って、なんや危険そうな香りがプンプンするなぁ。そこは次元世界の一つなんか?」
「正確には不明だが、次元世界に同じ地球と呼ばれる世界は無いと以前アルフから聞いたから、おそらく違うだろう。第一こっちの世界に時空管理局なんて名前は一切存在しない」
そして、その世界にはびこる生と死の輪廻から外れた存在、アンデッド。まだこの世界では大規模な吸血変異は起きていないが、どういうわけか世紀末世界と同じようにイモータルが存在している以上、放っておけばいずれおれのいた世紀末世界のように荒廃してしまう可能性を孕んでいる。もしそうなっても彼女たちが生きられるように、奴らに対して気を付けるべきことをしっかり伝えておく必要がある。
たとえ、真実を知ることでおれが嫌われようともな。
「諸々の説明は追々するが、今はイモータルの特徴をあげておく。まず奴らは強力な暗黒物質を体内に宿しており、一時的に倒した所で時間が経てば復活する。ゆえにイモータルを倒し切るには奴らの核となっている暗黒物質を焼却するしかない。そのためには太陽の光を増幅させるパイルドライバーが必要不可欠なのだが……この世界には恐らく無いから、要するにイモータルを現時点で倒すのは不可能だ」
「え~……じゃあもし遭遇したらどないすればええの?」
「なりふり構わず一目散に逃げろ。奴らに吸血されるなどをして暗黒物質を注入されると、生きることも死ぬことも許されないアンデッドにされてしまうからな。アンデッドは理性を失い、血を求めてさまよう屍として動く存在だ。そして暗黒物質を宿す事になるから太陽の光で身が焼かれるようになる。少しは耐性のあるアンデッドやイモータルもいるが、基本的に太陽が弱い性質に変わりない。次に暗黒物質ダークマターについてだが、これが吸血変異(アンデッド化)の原因であり、同時に宇宙を構成する物質でもある。あまり知られていないがイモータルは宇宙を渡ってやって来ている奴もいるから、ヴァンパイアは宇宙でも活動できる」
「まさかの吸血鬼=宇宙人説かいな! UMAもびっくりや!」
すると、おれはある意味UFOにキャトルミューティレーションされた人間か? ……宇宙へ飛べた暗黒城も立ち位置を考えてみればそんなものか。
「ただ、戦うにしても太陽の力が加わっていない攻撃だと大してダメージが通らない。フェイト達が使う魔法も属性変換しなければ相殺されてまともに効果が出ないだろうな。物理攻撃を当てられる近接戦を挑むのも構わないが、吸血される危険性を考えるとあまり得策とも言えない。せめて太陽仔か月光仔の血が流れていれば話は別なんだが……」
「太陽仔に月光仔? それって何だい?」
「簡単に言えば血統だ。一族とも表せるが太陽仔は太陽の力を自在に扱えて、吸血変異にそれなりの耐性がある。そして月光仔は太陽仔以上に耐性があり、余程の事が無い限りアンデッド化しないようになっている。それで太陽仔の父と月光仔の母の間から生まれたのがおれとジャンゴだ」
こう聞くとおれ達兄弟は色んな意味でハイブリッドなのだな。もっとも、兄弟間で戦うよう銀河意思に仕組まれたから、運命の悪戯も皮肉なものだ。
「ジャンゴって?」
「太陽仔の血を濃く受け継いだおれの弟だ……。太陽少年として数多くのイモータルを浄化してきている。しかし……親父に似たのか、それとも単に受付嬢にアプローチしているのか、暗黒ローンの返済に苦労しているようだったが」
「おいっ、太陽の戦士のくせして金の管理が雑なんかい! なんかアカンやろ色々!!」
暗黒カードを今も持っているおれが言うのも何だが、借金地獄に陥ったりしないか心配だ。好意も抱いていて、出費などの計算が必要な商売をやっている大地の巫女辺りにいつか財布を握られるんじゃなかろうか? アンデッドすら素手で倒す怪力女の尻に敷かれる…………強く生きろ、ジャンゴ。
「ま、この世界にいないアイツはこの状況に関係ないから置いておこう。それでジャンゴが太陽仔の血を継いだように、おれは月光仔の血を濃く受け継いでいる。が、諸事情で太陽の力は使う事が出来ない代わりにおれは暗黒の力を使えるようになっている」
「暗黒の力って事は……サバタ兄ちゃん、もしかして……」
「そう、銀河意思ダークに仕える暗黒仔として育てられたおれの身体には、暗黒物質が宿っている。月光仔の血のおかげで吸血変異こそしていないが、暗黒の戦士であるおれの性質はどちらかと言えばイモータル側だ。……さて、これを知ったおまえ達はおれの事をどう思う?」
そう、おれの正体はヴァンパイアとほとんど同じということを今、彼女たちに教えたわけだ。生命種を滅ぼそうとする存在に近いことで、彼女たちはおれを危険視してくるだろうと予想している。しかし当然だ、暗黒の力は彼女たちの近くにあるべきではない。だから離れてほしいと言われたら、おれは躊躇なくここを出るつもりだ。
しかし……その考えは杞憂に終わった。
「どうって言われても……これまで通り、サバタはサバタだとあたしは思うな。だって暗黒の力が使えるってだけの話だろ? というかぶっちゃけ、あたしとフェイトはこの家に来た時に少し教えてもらってたけどピンと来なかったし、これまでのサバタを見てると悪い人には全然見えないからね」
「うん、私もアルフと同じだよ。危ない時は守ってくれて、風邪をひいてもちゃんと看病してくれるほど面倒見が良くて、こうして私たちの事を想って真実を話してくれる。だからサバタは私たちのお兄ちゃんだよ」
「せやせや。今日まで一緒に過ごしといて、身体ん中にダークマターがあるからって嫌いになったりはせえへんよ。わざわざ自分を敵に見せかけているだけ、この問いが真剣なのがわかるし。むしろ内緒のままにしないでしっかり話してくれた分、私らの好感度上がっとるで」
アルフ、フェイト、はやての返事は、正直予想を裏切られた。少なからず気味悪がられたり、恐れられたりする覚悟はしていたのだが、まさか一人もそんな態度をとるどころか普通に受け入れてくるとは……。
「フッハッハッハッハッ! なるほど、おまえ達はジャンゴに匹敵するほどお人好しだな!」
「む~なにもそこまで笑うことないやろ?」
「でも、サバタがこんなに笑ったのは初めて見たよ」
「確かに少し前のフェイト並にいつも鉄面皮だったもんね。珍しいものが見れたと考えれば良いんじゃない?」
そうして彼女達は微笑み、部屋の中が穏やかな空気に包まれる。しかし……おれは受け入れてくれた喜びを感じた反面、彼女達の心の強さに嫉妬に近い憧憬を抱いてしまった。月の血が抱える慈愛と狂気の“狂気”が作用したのかもしれないが、そんな感情を抱いてしまう自分の弱さに苛立ちを感じる。
自分の弱さを認めることのできない心……おれの未熟な部分であるそれを克服しなければ、いつしか再び惨劇を招く可能性がある。だから……奇跡的に与えられた時間の間に、おれも変わらなくてはならない。今のおれは“暗黒少年”、“月下美人”の力に振り回されている粗末な人形に過ぎないのだから。
っと、そういえば吸血鬼といえばこれも注意しておいた方が良いな。
「先に忠告しておくが、この街には噛まれてもアンデッド化しないタイプの吸血鬼がいる。こちらから手を出さない限り恐らく害は無いから敵対する必要はないぞ?」
「……ちゅうかイモータルが来なくても海鳴市に吸血鬼おったんか。さっきまでアンデッドの脅威の話をしとったのに、最後になってほぼ無害な吸血鬼もおるって言われても、私らどうせいっちゅうねん」
「それにそのタイプの吸血鬼がどんな見た目なのか教えてもらわないと、判別に困るよね。私が知ってるのは長身で赤眼で刀二本持ってて血の気が全く通ってない白い体色だったけど、そっちはイモータルらしいし」
「……改めて冷静に考えると、この街って実は人外魔境だったのかい。事前情報じゃあ脅威はほとんどないって聞いてたはずなのに、あの白い魔導師の事も含めて全然そんな事無かったよ」
「事前情報が違ったり、状況が刻々と変動するのはいつもの事だ。それで件の吸血鬼だが、見た目は普通の人間とほとんど変わりない。人間と同じくアンデッドなのかそうじゃないかですぐ判別できる」
「あれ、そうなの? じゃああんな怖い見た目じゃないんだね、良かったぁ……」
「わからんよ~? 後ろからいきなりがぶっと噛まれるかもしれへんで~?」
「こ~んな風にかい? かぷっ」
「ちょ、あ、アルフ……くすぐったいよ……! ふぁん!」
「ふおぉ~!! 棚ボタで眼福やぁ~!! 早く……早くカメラを用意せなッ!!」
「……………駄目だこいつら、早くなんとかしないと」
「そういえば魔法で思い出したんだが、この家に来た時にはやての部屋から何か妙な魔力の流れが感じたが、はやては何か思い当たることはないか?」
「あ、多分やけど……」
はやては自室に一旦入ると、膝に一冊の本を乗せて戻ってきた。いかにも曰くがありそうな鎖に巻かれて仰々しい雰囲気をまとっている十字の印がついている本から、おれは暗黒に染まった波動を感じた。フェイトとアルフも何か禍々しい気配を感じたのか、軽く身震いしていた。
「この本な、私が物心ついた時からそばにあったんやけど、鎖が巻かれてて読めへんし、見た目がこうイカツイから捨てるわけにもいかんくて、本棚にずっと置いといたんや。それで……これってもしかして魔法に関係しとるんか?」
「ビンゴ……魔力の流れは間違いなくソレから匂うよ」
「だけどまだ起動していないのかな? デバイスには見えないから実はロストロギアなのかもしれないけど、解析できる機材がないから調べられないや」
「そっか~。でもま、私にいつか覚醒イベントが来るかもしれへんのやな! 先にイベントがあるって気づくのも珍しい気がするけど、なんや楽しみになってきたで!」
魔法の存在を知ってから希望が出たのかはやては、明るい笑顔でいつか訪れるその時に思いをはせていた。元気になったはやてはフェイトとアルフを連れて一緒に浴室に向かい、おれは彼女の代わりにこの本を本棚に戻した。
「………」
はやての部屋を出る際、ふと振り返って本を再び見る。
威風が漂うその本は重厚な存在感を表しながら、静かに目覚めの時を待っていた。はやての境遇も考えるとあまり縁起の良い品物では無さそうだが、それは本から発せられている絶対存在に匹敵するレベルの大きなプレッシャーが原因かもしれない。フェイトとアルフは気づいていなかったから、恐らく月下美人のおれしか感知していないのだろう。まだ起動していない今は手が出せないが……タイミングがあれば暗黒チャージでこの本の闇を吸い取れるやもしれん。それがどんな結果をまねくかは知らないが、少なくともこの“闇の書”をそのままにしておくよりはマシなはずだ。
「……問題はそのタイミングか。おれが傍にいる時であれば良いが……」
ともかく現状では何も出来ないため、この本に関して今は放置しておくのが吉だな。
一階のベランダに戻って空を見上げると、今日は三日月だった。この家の塀の上から猫が見ている中、わずかに降り注ぐ光を浴びて恐らく世紀末世界の月に残してきたはずのカーミラの事を想うのだった……。
後書き
サバタは一途、そんな印象。
原作ブレイク フェイトが早々に闇の書を見つける。はやてが魔法の存在を知る。
交差
前書き
偶には原作主人公視点
~~Side of なのは~~
私は高町なのは、9歳です。魔法少女やってます。
家族は私の他にお母さんとお兄ちゃん、お姉ちゃんがいます。お父さんは……実は数年前、お仕事で大怪我した後に突然行方不明になったんです。だけど私たちは、どこかでお父さんは生きていると信じています。それで帰ってきたお父さんに、ずっと我慢して待ってた事をほめてもらいたいです。
さて、そんな私は今、学校のクラスメートで大事な友達のアリサちゃんとすずかちゃんと一緒に温泉旅館に向かっています。車はアリサちゃんの家の執事の鮫島さんが運転しているのと、すずかちゃんの家のメイドのノエルさんが運転しているのとで分かれていて、私たちは鮫島さんのに、お兄ちゃんたちはもう一つの方に乗っています。
別にもう一つの方に乗っても構わないんですけど、こっちにはアリサちゃんとすずかちゃんがいるし、何より最近、お兄ちゃんが妙にピリピリしてて怖いんです。そんなお兄ちゃんを毎日お母さんやお姉ちゃんがなだめるのが最近の光景で、皆と違って運動もできない私は昔から抱いていた疎外感を更に増していました。
だからなのかな? 私はユーノ君を手伝うことで出会った魔法の力に、逃げるように一気に傾倒していきました。私が使える特別な力、私にしかできない、私にしか守れない、だから私がやらなきゃ……と。だけどこの前のジュエルシードの発動の際、ある人に出会って指摘されました。
“覚悟を持て”と。
ジュエルシードの危険性を本当に理解したあの日、私は自分が行っている回収作業がどれほど多くの人に影響するのか、その言葉ではっきり思い知らされました。力を手に入れて浮かれていた私にとって“大切な人たちを守るために戦う”という覚悟を自覚させてくれた事は、私の心に大きな意味を持ちました。だから、またあの人と会えたら今度はもっとちゃんとお話ししてみたいです。
そして……この前出会ったもう一人の魔法少女。初めて会ったあの時は流れのままジュエルシードを巡って戦う事になって、それで私が負けてジュエルシードを奪われたんだけど、それを手にした際にあの子がほんの一瞬だけ見せた寂しそうな眼。勝ったはずなのにあの子がどうしてあんな眼をしたのか、私はずっと気になっています。また今度会えたら、その時は少しでも何か話を聞きたいです。
あ……ずっと考え込んでいたら、皆に心配させちゃいます。顔を上げて車の前を見ると、私たちの車と並走して観光バスが走っていました。確かこれから行く温泉街は定期的にツアーが組まれる場所なので、観光バスが隣で走っている事は珍しい事ではありません。
「あ、私たちと同じ所に行くバスなの」
でもどんな人が乗ってるか興味が湧くので、窓越しで何となく見てしまいます。でも高さもあって見えるのは窓際の席に座っている人だけで、通路側より向こうにいる人はわかりませんでした。だけど窓際だけでも色んな人がいるので、それだけで楽しいです。
「へぇ、ここから見てみると意外に観光客が多く乗ってるわね。何人か同じ旅館に泊まるかもよ?」
「もしかしたら旅館で会うかもしれないけど、知り合いしか普通は気付かないよね」
「知り合いかぁ……居たら居たで面白いかもしれないの」
「ま、私たちの知り合いなんて考えてみれば家族とクラスメート以外に、そういないわよ。……あれ? つまりそれって私たちの交友関係が狭いって事!?」
「あはは……確かに私たちはまだ小学生だし、交友関係なんて普通はそんなものだよ。それに無闇に交友関係を拡げなくても、私は皆が傍にいるだけで十分だよ」
「そ、そう……ありがと……すずか」
「にゃ~、嬉しいけどなんかここも空気が甘いの」
この時の私は知らなかった。アリサちゃんやすずかちゃんが何の気なしに放った言葉。そこにはいくつかの思惑や真実が混ざっていた事を。
その頃の観光バス内。
「こくん……こくん……」
「ねぇフェイト、旅館に着いたら起こすから寝てても大丈夫だよ?」
「ん……わかったぁ……じゃ~おやすみぃ…………すぅ……」
「ふむ、乗り物の振動というのは子供に睡眠を促す作用があるのだな。現にはやても陥落寸前だ」
「なにお~……私はまだ起きとるで……むにゃ」
「我慢するぐらいなら大人しく寝ておけ。どうせ着くまで暇な事に変わりないのだからな」
「むー……そんならサバタ兄ちゃんの膝借りるで~……ぱたり」
「まったく……まるで“ひまわり”を相手にしている気分だ」
「ほっほっほっ、兄妹仲がよろしいですね~」
「うむうむ、可愛い孫を見ているようじゃのう~」
「なんかあたしら、爺ちゃん婆ちゃんたちに微笑ましい感じで見られてるよ?」
「今更気にするなアルフ。年配者が多いこのバスでおれ達が浮いているのは乗る前からわかっていたはずだ」
「そうだけどさ……やっぱりちょっとむず痒いよ~」
そんな感じであった。
旅館に着いてチェックインした後、私たちはさっそく温泉に向かいました。それでユーノ君も連れて行こうとしたら、なぜかすごく嫌がっていました。フェレットだから大丈夫なはずなのに、どうしてだろう? でもアリサちゃんとすずかちゃんが出し抜くようにユーノ君を風の如くさらっていったので、結局一緒に浸かる事が出来ました。ただ温泉に入っている間、ずっと念話で念仏のような事をしてたけど……そんなに恥ずかしい事なのかな?
「―――兄ちゃん、身体に傷多いけどめっちゃ肌スッベスベやん! なんか女として負けた気がするで……ぺちぺち」
「傷が多いのは居た場所を考えるとしょうがないけど、傷は男の勲章だって聞いた事があるから見方を変えれば……ほら、一気に頼もしく見えるよ! ぺたぺた」
「…………なぜ2人そろって俺の身体を触ってくる」
「まあ、いいじゃん」
「それにしても―――ちゃんも一緒に入れば良かったのになぁ。一応風呂に入るぐらいの時間はあるはずやろ」
「う~ん、気を遣ってくれてるのに悪いけど、あの子は用事が済むまで落ち着こうとしないんじゃないかな」
「確かこの国の諺に、急いては事をし損じる、というのがあったな。アイツは気の入れ所と抜き所を把握すべきだろう」
ちなみにこの旅館には男湯女湯の間に家族用の混浴風呂があるんだけど、私たちがここに来る途中通りかかった時は使用中でした。誰が使っているのかわからないけど、さっきから衝立越しに楽しそうな声が聞こえてくるので、きっと仲の良い家族だと思います。
そうしてゆっくり疲れを癒す事が出来た温泉から上がって、こういう場所で恒例の卓球をしようと卓球場に向かいました。
「何なのよ、アンタ!?」
すると私より先に向かっていたアリサちゃんの怒声が聞こえて来て、何があったのか急いだら、オレンジ色の髪の女性がすずかちゃんを含む二人に絡んでいる光景に差し当たりました。
「何があったの、アリサちゃん?」
「聞いてよ、なのは! なんかこいつがね……!」
「え、ええと……私たちに何か用なんですか?」
「ちょっ、先に聞いといてスルーかい!」
「いや~悪いね。ちょっと知り合いの子に似ていてさ。うっかりぶつかって悪かったね」
「……いいもん、いいもん。私なんてイジられたりしないと輝かないキャラなんだから、むしろありがたい方だもん。……ぐすん」
「よしよし、アリサちゃんは頑張ってるもんね。いつも全力で向き合ってるもんね」
私がさっきまでアリサちゃん達に絡んでいた女の人と向き合っていて、その後ろで体育座りでいじけてるアリサちゃんをすずかちゃんがなだめている。そんな妙な光景に対して、呆れ交じりの聞き覚えのある呟き声が聞こえました。
「廊下の真ん中で何をやってるんだ、おまえ達は……」
その声に思わず振り向くと、あの時の……春なのにマフラーを巻いて、独特な赤い目をした彼、私に覚悟を促したサバタさんがいました。
背中に私達と同年代らしい茶髪の女の子を背負いながら……。
『ああぁーーーーーっっっ!!!!』
「な、なんやぁ!!?」
へ? なんでアリサちゃんとすずかちゃんも叫んでるの? というか一斉に大声出しちゃったから背中の子もびっくりしちゃってるよ。
「あ、あああああ、アンタ! なんでこんな所にいるのよ!?」
「私たち、あれからずっと探してたんですよ!? サバタさん!」
「にゃっ!? 二人とも、サバタさんを知ってるの!?」
「知ってるというか、まあぶっちゃけて言うなら私たちの命の恩人なのよ」
「詳しい事情は話せないけど、本当に危ない所だったんだ。サバタさんが来てくれなければ今頃どうなってたか……」
「そ、そうだったんだ……」
「ところでなのはの方こそ、どうやってサバタと知り合ったわけ?」
「うにゃ!? え、ええと……た、多分、二人と似たような感じだと思うな~にゃはは……」
言えない……ジュエルシードの発動時に会ってたなんて……。だってその事を話したら必然的に魔法の事も話さないといけないから……。
「お? なんやサバタ兄ちゃん、この子達に何かやらかしとったんか?」
「その言い方は誤解を招きそうだが、単純にこいつらと少し縁があっただけだ。それよりも……おいアルフ。なに子供に絡んでるんだ、大人げない」
「だ、だって~、今の内に釘を刺しておけばもう邪魔してこなくなると思ってさ~!」
「お節介を焼くのも結構だが、問題を起こされると面倒だ。それに……」
こちらを一瞥したサバタさんは軽くため息をついて次の句を告げる。
「このままだと本当に厄介な問題が起きそうだ、さっさと戻るぞ」
「あ、ちょ、ちょっと!? わ、わかったから! ちゃんと歩くから引きずらないで~!? わ、わあああぁぁぁぁ~~~~~………!!!? [こ、今度来たらガブッと行くからね!? しっかり覚えておくんだよ~!!]」
私が二人と話し合っている間に、サバタさんは涙目で言い訳し続けている彼女の後ろ首をつかんで引っ張って行っちゃいました。その様子にサバタさんの背中の子も爆笑していて、私もなんだかドナドナの曲が頭に浮かびました。なんか去り際に念話で脅してきたけど、ずるずると連れて行かれてる間の抜けた姿だったから威圧感が全然ありませんでした……。大丈夫なのかなぁ?
「あぁ、行っちゃった。でもまさかこんな所で見つけるなんてねぇ……」
「どうしよう……これ、お姉ちゃんに伝えるべきなのかな……?」
「う~ん……とりあえず、卓球する?」
サバタさんがいなくなった通路の方を見ながら、私は魔法の事をバラされなくて内心ほっとし、このまま言及される流れにならないように本来の目的だった卓球の話を持ち出しました。
「はぁ……そうね、今はどちらにも都合があるし、アイツの事はまたの機会ということに決めとくわ」
「私としては本当は放置するわけにはいかないんだけど……あの女の人もさり気なく連れて行ってくれたし、例の件は次に会った時にすればいいかな」
私の提案に了承したアリサちゃんは軽く息を吐いて気合が入っているのを示したいのかシャドーボクシングを始め、私の知らない事情があるらしいすずかちゃんは頬をかいて困惑混じりにため息を吐きました。
ちなみにそのあとやった卓球の戦績はトップがすずかちゃんで、私はビリでした。はぁ……運動……やっぱり苦手なの。
月明かりが綺麗な夜、そろそろ寝ようかと思っていた10時ごろ、私は大きな魔力の波動を感じました。
[なのは、ジュエルシードの反応だ!]
ちょ、ちょっと待ってユーノ君! まだ眠くてフラフラなの~!
浴衣だと動き辛いからえっちらおっちら私服に着替えて、皆にバレないように忍び足で部屋を出てから急いで発動地点に駆け出すと、さっき会ったオレンジ髪の女の人……アルフさんと、この前私を落とした金髪の女の子が待ち構えていました。その余裕のある様子から私が来る前にジュエルシードを封印したみたいです。遅刻した点では私のミスですね……。
「忠告したはずだよ? 来たらガブッといくって」
「君達はジュエルシードを手に入れてどうする気なんだ!?」
「答える義理は無いね。それに、調子に乗ってる子はあたしの牙で噛み千切ってやるよ!」
そう言うと彼女は立ち上がって、人間から狼の姿に変わりました。何気にこういう変身は初めて見たので驚きました。
「やっぱりあいつ、あの子の使い魔だ」
「使い魔?」
「そうさ、あたしは主の魔力で生きる代わりに全身全霊を以てあらゆる障害から守る存在さ」
「でも最近怠けてるよね?」
「って、うぉ~い!? そ、そんな事ないよ!?」
ぐりんっと振り向いて後ろのあの子に必死の形相で叫ぶアルフさん。だけどその背中からおびただしい汗が出ているのは気のせいじゃないみたいです。
「じゃあこの前冷蔵庫に置いといた私のプリンを勝手に食べてたのは?」
「ナ、ナンノコトダカワカラナイヨー」
「そう。ま、どうせまた買えばいいだけだよね。………期間限定の特別製プリンだったからもう売ってないけど……………ぐすん」
「うわぁー!? ごめんなさぁ~い!!」
「え、えっと…………どんまいなの」
なんだか内輪もめがあったみたいだけど、無事(?)に済んで良かったです。でも、これだけアットホームなら私とも少しでいいからお話してほしいです。
「………はっ! そ、それよりジュエルシードを渡すんだ! それは君たちが手に入れていいようなものじゃないんだ!」
妙な空気の中、いち早く正気に返ったユーノ君が要求したけど、二人はそれを一蹴していきなり襲い掛かってきました。咄嗟にユーノ君は先鋒の狼さんに飛びかかり、転移魔法で飛んでいったので私はすごい練度を以て攻撃してくる女の子と交戦することになりました。
「良い使い魔を持ってるね」
「ユーノ君は使い魔じゃないよ。私の大切な友達!」
「そう。でも私にはどうでもいいこと」
その時、またしても一瞬寂しそうな眼を浮かべた彼女。それを目にしたことで彼女のことをもっと知りたいと思うようになりました。そしてジュエルシードを賭けて戦いながら私は彼女に質問を投げ続け、答えてくれるのを待ちました。
でも結局かなわず、私の首筋に彼女の魔力刃を突き付けられたことでレイジングハートが敗北を認めて、ジュエルシードを放出しました。
「悪いことは言わない。これ以上関わらないで」
「そんなの……無理だよ!」
「…………」
戻ってきた狼さんと去っていく彼女に、せめて名前だけでも聞けたらと思って尋ねると「……フェイト・テスタロッサ」と返してから転移していきました。
フェイトちゃん……今は無理でも、いつか絶対に友達になって見せるから!!
とりあえず戦闘で消費した体力が回復したので旅館に戻ることにしました。終始空中戦だったから幸いにも服は汚れなかったので、もし見つかっても家族への言い訳に苦労はしなさそうです。
「ごめん、なのは……僕の力が及ばないばっかりに」
「ユーノ君のせいじゃないよ。私の戦いがまだ下手だから……」
「なのはは十分頑張ってるよ。せめてジュエルシードをどうして集めているのかだけでも聞ければ……」
「危険なことは多分しそうにないけど…………あ」
「どうしたの、なのは? ………あ」
ついユーノ君と二人そろって呆然とした声が出ちゃいました。それもそのはず、私たちの視線の先では、今日も偶然出会ったサバタさんが月明かりに照らされて幻想的な光を全身から発している光景が見えたのです。月と共鳴しているような二つの淡い光はため息しか出ない美しさで、しばらくの間、私とユーノ君は言葉も忘れて見とれていました。
「……盗み見とは、魔導師ともあろうものが行儀が悪いな」
「あ……ごめんなさい」
「フッ……子供は寝る時間だ、さっさと部屋に戻るのだな」
「そのまえに訊かせてください! あなたは魔導師なんですか?」
「残念だが“獣”、おれはそんな真っ当な人間じゃない」
「そ、そうですか……それと僕は“獣”じゃなくてユーノ・スクライアです!」
「知ってるが呼ぶ気にならん、出直して来い」
「ガーン!!」
「あの……サバタさんは……」
「悪いが高町なのは、おまえの質問に答えている暇がない。こっちはとんだ拾い物をしてしまったのでな……まったく、こういうのはおれの役割ではないのだが……」
困ったような……でも嫌では無さそうな顔を浮かべて、サバタさんは立ち去っていきました。私の名前は覚えてもらってたけど、それだけって感じでした。あの人とも出来ればもっと話したいのですが……。ところで拾い物って何なんでしょう? もしかして旅館で会った時は無かった右腕の火傷が何か関係あるのでしょうか?
「あ、そういえば! サバタさんってアルフさんと知り合いみたいだから、フェイトちゃんの事も何か知ってたかも! にゃ~、さっき聞けてればよかったのに~!」
「名前で呼んでもらえないのは哀しいけど……結界の中に入って来れたり、暴走体と戦えるほど高い身体能力に卓越した射撃技術、極めつけは魔力を喰らう力を操る黒い銃。彼は……一体何者なんだろう?」
彼に対しての疑問が尽きないユーノ君でしたが、フェイトちゃんと同様に少なくとも悪い人ではないと思うな。だって私だけじゃなくアリサちゃんとすずかちゃんも助けてもらった事があるし、ちゃんと話す機会があればいつか仲良くできると思います。
その後はひとまず部屋に戻って皆にどこを出歩いていたのか訊かれましたけど、何とか誤魔化せました。それから旅行の間、出歩く度にさり気なくサバタさん達を探してみたけどやっぱり見つかりませんでした……。
後書き
近くにいるのに色々すれ違ってます。
憑依
前書き
前話の時、サバタが何をしていたのか、という話。
「ふ~、温泉気持ち良かったなぁ~♪ 疲れが溶けていくようやったで~」
「そうだな、まぁ有意義なひと時だった。……変な拾い物もしたが」
帰りのバス内で、はやて達は今回の温泉旅行を思い返してホクホク顔で満喫しきった表情を浮かべ、昨日の夜に高町なのはと戦って寝るのが遅くなったフェイトとアルフは二人しておれの肩に寄りかかって気持ちよさそうに寝息を立てている。それもそうだろう。
昨日で【3つ】のジュエルシードを手に入れたのだから。
む、フェイトが手にしたのは【2つ】のはずだから【3つ】はおかしい、だと? 確かにフェイトが回収したのは昨日発動した物と高町なのはから奪った物の2つだ。が、実は昨夜発動したのはもう一つあり、はやてとおれがそれを見つけて回収していたのだ。
昨夜まで時を遡る。
「月が綺麗ですね」
「そうだな、確かに満月だからな」
「あちゃ~サバタ兄ちゃんはやっぱこのネタ知らんかぁ」
「ネタだったのか?」
「日本人らしい奥ゆかしい表現なんやけど、流石に世紀末世界出身のサバタ兄ちゃんが知っとるわけなかったか」
おれとはやてはフェイト達がいるであろう温泉街中心部から逆方向の、山の森がある方へ軽く出歩いている。なぜ二人でそこに向かっているかと言うと、この温泉街のパンフレットを見ていたはやてが「ここから山を少し登った所にある秘湯に行きたい!」と言った事で、風呂上がりの時のようにおれは彼女を背負って外を歩く事になったわけだ。まあ、バリアフリーの行き届いた旅館の中と違い外は階段もあって車イスでは通れないから、こういう時ぐらいは大目に見てやろう。
「森林浴なんて久しぶりやぁ~。空気が美味しいなぁ~」
「……世紀末世界では、こんな澄み切った空気は吸血変異の影響でどこにも存在していない。空気だけでここまで違うとはおれも驚きだ」
「なんか話を聞けば聞くほど、サバタ兄ちゃんの世界が相当荒廃しとるのが伝わって来るなぁ。私や地球がこうして元気でいられる事にほんま、感謝せなアカンな」
はやてに何か自然保護の感性が芽生えかけているが、それよりおれは夜とはいえこの辺りが妙に静かなことが気がかりだった。おれ達以外の生物の気配がほとんど無い上、禍々しい気配もどこかから漂っている。はやても流石に変だと思ったらしく、神経を張りつめる。
「何か来る……サバタ兄ちゃん、何だろう?」
「わからん。が、人ではない。……………っ、来る!」
警戒して身構えるおれ達の視界上にある木々の葉が枯れて落ちていく中、湿った音を立ててソレは現れた。どす黒い粘土状の塊のような触手に全身を覆われ、妖しく光る赤い目が不気味さを際立たせている。そいつに触れた木々は生命力を奪われているのか、凄まじい勢いで枯れていった。おぞましいプレッシャーが感じられるそいつに、愕然としたはやては思わず叫んだ。
「た、タ○リ神やぁー!!?」
はやての認識だとそういうものらしいが、おれから見るとこいつから魔力と同時に無数の死者の思念も感じられる。ジュエルシードを媒介にした【怨み神】とでも言うべきか。
怨み神は生者への怒りのままに突撃し、はやてを背負ったままのおれはどうにか横に大きく跳躍することで回避に成功する。しかし怨み神の進軍は止まらず、そのままの勢いで温泉街の方に向かっていった。
「街の方に向かっている。襲う気だ!」
「サバタ兄ちゃん! タ○リ神に手を出したらアカン! 呪いを貰うで!!」
そんな事を言われているが、はやてを背負ったままでは戦えない。ひとまずここに来るまでに通りかかった休憩所に彼女を降ろしてから、おれは怨み神が温泉街に突入する前に追いつくよう暗黒転移で先に飛んで待ち構える。
遠くの方で黄色と桜色の光が飛び交っている光景の中、山の入り口付近で待ち伏せていたおれの前に、目論見通りに怨み神は現れた。
「鎮まれ! 鎮まりたまえ! さぞかし名のある霊の主と見受けたが、なにゆえそのように荒ぶるのか!」
元の世界でおれは何度か幽霊の相手をした事があったが、世界が違うことで対応もこちら風にしており、念のため暗黒銃はいつでも抜けるようにホルダーの留め具は外している。
が、怨み神はなおも突撃を緩めず、その怒りのまま街を破壊しようとした。暗黒銃を使えば幽霊であろうと消滅させる事ができるから、被害を最小限に喰い止める意味ではすぐに撃った方がいいのだろう。しかし、曲がりなりにもあれは死者の心と魂の集合体だ。魔力で吸い寄せられているだけだと言うのに、消して終わりにするのは奴らがあまりに浮かばれん。かと言って放っておいたら重大な被害が発生してしまう。最も救いのある結末を望むならば……これしかない!
怨み神の進軍がとうとう街の中にまで達する直前、正面から立ち向かったおれは右手を怨み神の内部へぶち込む。巨大質量の突進を受け止めた事で地面が僅かに陥没し、触れた瞬間からずぶずぶっと湿り気のある音を発生させ、火傷の痛みを与えながらおれの身体を浸食しようとしてくる。既に宿っているダークマターに加えて死者の思念も残りの生命力を蝕んできているが、だからこそ対処できるのだ。
「うぉぉおおおおッ!!」
徐々に腕が沈み込んでいくにしたがって浸食箇所も拡大、ライフがその度合いに応じて減少していく。なおも足掻く怨み神の勢いも激しく、徐々に街の方へ押し込まれていった。
くっ……どこだ……! 小石程度の大きさの宝石だから見つけにくいが、それに手が届きさえすれば……!
まだ………後少し………ッ………捉えた!!
「今、解放してやる……あんこぉぉぉく!!!」
暗黒チャージ開始! 怨み神はジュエルシードの膨大な魔力が吸収した死者の想念が強引に結合されて一時的に実体化してしまったものだ。ならその元凶さえ絶てばいい。幸か不幸か暗黒物質は魔力素を喰らうため、一時的に暴走を止める働きがある。それを最大限利用させてもらう。
掌に小さなブラックホールを発生させ、ジュエルシードから溢れて暴走している魔力を全て吸い込む。それに応じて具現化していた思念が昇華されていき、火傷の痛みや怨み神がまとっている粘土状の物体も消滅していく。彼らを縛り付けていた魔力を消し去っているのだから、死者があるべき姿に戻って行くのは当然の摂理だった。
シュゥゥゥゥゥゥゥ……!!
煙が立ち上って怨み神から姿が薄らとしたおぼろげな幻影が放出される。先程まで荒れ狂っていた彼らを幻想的に照らす月の光が温かく包み込み、一際強い光が一瞬発せられると、ついに怨み神は浄化された。後に残ったのはおれの手にある元凶の青い宝石と、発動元として最初に暴走させられた一人の幽霊だった。
「…………?」
何かの偶然なのか、この幽霊はフェイトそっくりで彼女を幼くした姿そのものだった。その理由については不明だが、暴走の影響で魂を摩耗してしまった彼女は天に昇る事も出来ず、消えかけのロウソクのようにその存在が蜃気楼みたく揺らいでいた。
『そこのお兄ちゃん……怪我させちゃって、ごめんなさい。それと……ありがとね、街を壊す前に私を止めてくれて……』
「そうか。………何か言い残す事はあるか?」
『それって……遺言みたいな感じ?』
「似たようなものだ。それで、どうなんだ?」
『う~ん……私、何か凄く大切な事を伝えたかったはずなのに、それが何だったのかさっぱり思い出せないんだ。だから何を言い残せばいいのか、全然わからないよ……』
「まあ、魂が損傷しているからな、記憶に欠落が発生してもおかしくない」
『そっか。私、このまま消えちゃうのかなぁ……?』
「確かに、このままでは死者の世界に行く事も叶わず消滅してしまう。そうなった先にあるのは、生きる事も死ぬ事も許されない永遠の無だけだ」
『無…………それはイヤかな…………うん、イヤだ』
「………」
『イヤだ、イヤだ、イヤだ……怖い、怖い! 消えたくない……消えたくないよぉ! ねぇ、お兄ちゃん! お願い……私を……私を助けて!!』
もう身体の半分が消えてしまっている幽霊少女が、幻の涙を流して懇願する。彼女の助けを求める手は幽霊である以上、普通の人間なら絶対に掴めないものだが……暗黒少年にして月下美人のおれなら掴む事ができる。
「フッ………仕方ないが叶えてやろう、その願い」
『……へ!? ほ、本当にできるの!?』
「ああ。おまえの存在が消えかけている原因は魂の欠損だ、ならばそれが修復するまで存在を保てばいい」
『そうだけど、自力じゃそれが無理なんだよね。だからどうすればいいの?』
「おれの中に流れている月光仔の血を使えば魂の力を補填し、存在を安定させる事ができる。つまりおまえが元の力を取り戻すまで、おれの中に入っていればいい訳だ」
『要するに私がお兄ちゃんに憑りつくって事? それで助かるなら私は良いけど、幽霊に憑りつかれてお兄ちゃんは耐えられるの?』
幽霊とは精神体の一種でもあるから憑りついた人の精神に直接触れられる存在でもある、故に精神が崩壊したり発狂したりする可能性を彼女は懸念しているようだ。消えかけのくせに生者を気遣うとは、とんだお人好しの亡霊だ。
「以前にも他の意思を取り込んだ経験があるから問題ない。それよりもおまえだ。憑りつく以上、その間は常に行動を共にする事になるが……いいのか?」
『いいよ。私を助けてくれたお兄ちゃんと一緒に過ごすって、むしろドンと来いなんだけどね』
「……そうか。そういえば名乗って無かったが、おれはサバタだ。しばらく共存するならよろしく頼むぞ」
『私は……ア、アリ……何だっけ?』
「おれに訊かれても知らん。適当に“アリス”でも“アリー・アル・サー○ェス”でもいいから自分で決めてくれ」
『わかったけど最後のは戦争狂になりそうだからダメ! だから名前を思い出すまで私は“アリス”って名乗る事にするよ。お兄ちゃん、これからよろしくね!』
太陽のような笑顔の彼女から、つい何となく目を逸らして「さっさと繋げ」と手を差し出す。その手を彼女が掴むと、吸い寄せられるようにアリスの姿がおれと重なって同化し、月の輝きがおれ達を包み込む。おてんこやカーミラの時のようにアリスの意識が混ざらない様に力を使い、精神世界に彼女の居住領域を構築。儚い輝きが残るアリスの魂がそこに安定し、思考が独立したまま彼女の心とリンクできるようになった。
『へぇ~、これがお兄ちゃんと共存するって感じなんだね~。何だか気持ちいいかも……』
[おまえの魂に月の力を注ぐことで、微量ながらリラクゼーションが働くみたいだな。アリスはおてんこやカーミラのような特別な存在でもないから、その影響が出ているようだ]
『こんな影響ならもっと強くてもいいかもね~』
[やり過ぎて悪影響が出たらこっちが困る。忠告しておくが、あくまで仮住まいさせているだけで、永住させるつもりはないからな?]
『むぅ~、それくらいわかってるよ~だ』
[なら構わん。それとリンク中、おれの傍なら少しの間飛び回ることも可能だ。気分を変えたくなったら偶には動き回るといい]
『オッケー♪』
「[ふぅ、大体こんなところか。さて……と]…………盗み見とは、魔導師ともあろうものが行儀が悪いな」
『へ? だ、誰かいるの?』
アリスと交信している間に覚えのある気配が二つ、こちらを見ていることに気づいていた。相手は先日の“白い魔導師”高町なのはと“獣”ことユーノ・スクライアだった。
「あ……ごめんなさい」
「フッ……子供は寝る時間だ、さっさと部屋に戻るのだな」
「そのまえに訊かせてください! あなたは魔導師なんですか?」
「残念だが“獣”、おれはそんな真っ当な人間じゃない」
『確かに暴走しているジュエルシードに手を突っ込んでるもんね。おかげで解放されたからアレだけど』
[アリス、文句があるならリンクを解除するぞ?]
『ゴメンゴメン! 別に文句があるわけじゃないんだ。ただ……ね、お兄ちゃんって何か理由があるのかわかんないけど、どうしてか自分の命を粗末にしてる気がしてさ』
[………気のせいだ]
『本当にそうだといいけど……』
「そ、そうですか……それと僕は“獣”じゃなくてユーノ・スクライアです!」
「知ってるが呼ぶ気にならん、出直して来い」
「ガーン!!」
「あの……サバタさんは……」
「悪いが高町なのは、おまえの質問に答えている暇がない。こっちはとんだ拾い物をしてしまったのでな……まったく、こういうのはおれの役割ではないのだが……」
『とか言いながらちゃんと助けてくれるあたり、お兄ちゃんの性格がうかがえるよね♪』
[うるさい、あまり余計なことを言うな]
『べ~つに、お兄ちゃん以外に私の声が聞こえる人いないし~? 騒いでたって他の人には誰も聞こえないし~? ……いいじゃん、死んでからようやく話せる人が見つかったんだもの、少しぐらいはしゃぎたいもん……』
[……はぁ、わかったよ。やりすぎない程度なら許してやる]
『はぁ~い♪』
念のため魔導師だから交信が傍受されるかもしれないと想定していたが、アリスがちょくちょく会話に混ざっても反応しないあたり、どうやら聞こえてなさそうだ。別に聞かれたところで問題はないのだが。それよりもジュエルシードの対処やアリスの同化でそれなりに時間を食った、はやての所にさっさと戻ろう。
休憩所で待っていたはやては、おれの姿を見るなり無言でしがみついてきた。緊急時とはいえ真っ暗で誰もいない休憩所に一人でいる事に、時間が経って落ち着くと怖くなったらしい。半泣きの彼女を再び背負おうとした際、右腕の火傷に気づかれて力づくで引き寄せられた。
「…………ほんまに呪いもらったんか? 右腕、火傷しとるけど」
「呪いではないが、拾い物はしたな。それにこの程度の火傷なら耐えられる」
「本当はヤバいダメージだったりとか、そういう嘘はついとらん?」
「ついてない。それより部屋に戻るぞ。これ以上いると、恐怖でおまえが泣きそうだ」
「な、泣いとらんわ! ちゅうか話そらすなぁー!!」
「……まぁ大丈夫だ、はやてが想像するほど酷い火傷でもない」
はやてを軽い動作で背負うことでそのことをアピールすると、強引だがはやても渋々納得してくれた。ちなみに……。
『いいなぁ……お兄ちゃんのおんぶ』
人差し指をくわえたアリスがはやての事を羨ましがっていた。いくらなんでも幽霊にそれは難しいと思うが。
『あ、そうだ……! ふふふ……えーい♪』
「な、なんや!? ゾゾォーっと体が肌寒くなったで!?」
アリスがはやての上に飛びかかったことである意味団子状態になり、疑似的に背負う姿勢にはなった。アリスが見える人間がこれを見たら、明らかに間抜けな恰好だろう。背負う重さ的にははやての分しかないのだが、幽霊が乗っていることを知らないはやてがキョロキョロと困惑して辺りを見回しているため、少しバランスが揺れている。
『それじゃあレッツゴー!』
「なんでこんなに鳥肌が立つん!? え、何か近くにおるんか!?」
「少しだけでいいから、静かにしてくれ……」
その後、温泉に行くのは止めて部屋に戻り、右腕に簡単な応急処置を施している間、高町なのはに勝ったフェイトにこの件で回収したジュエルシードを渡した。まさかもう一つ手に入るとは思わなかったフェイトは朗らかな笑顔で喜びを示すのだった。一方でまるで自分の姿を鏡に映したような容姿の彼女を見たアリスは、軽く後ろ頭をかいて苦笑いをしていた。
『なんか……私にすごくソックリだね、フェイトって』
[だから俺もおまえを初めて見たときは驚いたぞ。フェイトはおまえの子孫なのでは、
とも思ったな。もし……それが事実だとすれば、おまえ実はとんでもない年配だったりするんじゃないのか? 例えば今年で何百歳とか]
『そんなお婆ちゃんどころかご先祖様レベルの年齢だったら、私軽く絶望しちゃうよ……。で、でもホラ? 見た目的には私、あの子より年下じゃない? だから大丈夫……うん、大丈夫……』
[安心したいのもわからんでもないが、真実は得てして残酷なものだと相場が決まっている。幽霊なぞ年齢詐称してて当たり前だ]
『にゃあー!! もう年齢のことは考えさせないでぇ~!!』
そもそも幽霊に年齢なんて概念があるのか疑わしいが、アリスが嫌だと言うなら年齢のことはタブーにしよう。地雷臭しかしないからな。ともあれ、紆余曲折あったがアリスはフェイトを妹のような存在だと認識することにしたようだ。見えないながらも一緒に寝たり撫でたりと結構可愛がっていた。
「う、う~ん……? 寒っ……」
対して幽霊が傍にいるせいかフェイトの方は少し寝付きが悪そうだった。ご愁傷様ってか?
そんな事があった翌日の現在、日帰り旅行だったためおれ達は来た時にも利用した観光バスに乗って帰っていたのだった。なお、放置しておくとはやてが心配するため、右腕には火傷を覆う包帯がしっかり巻いてある。痛みは一応治まっているため、日常生活に支障は無いのだが今後の戦いの最中に影響が出ないとも限らない。しばらくの間慎重に行動しよう。
ちなみに街中で以前神社で会った巫女と偶然再会したのだが、「何か新しいのが憑りついてる!?」とアリスの方を見て驚いていた。彼女は霊力のある巫女だからアリスが見えるらしいが、こいつは自分が拾ったと伝えると、「幽霊って拾うものだっけ……?」と戸惑った目で見てきた。
『お兄ちゃん曰く、今の私は魂が欠けてる状態だから成仏する前に消えちゃうという事で憑りつかせてもらってるんだ』
「そういう訳だからおまえが退魔の術を使えたとしても、こいつは祓わなくていい」
「ま、まあ……お互い納得の上なら別にいいんだけど……すごく珍しいやり方の鎮魂だよね……」
なお、前回焼け焦げたお守りのリベンジだが、あの後彼女が改めて精魂込めて作りあげ、いつでも渡せるように持参していた改良版で勝負してきた。一応運気改善に特化させた事で幽霊のアリスには影響がないようなので、言われるままおれが持った瞬間、なんとお守りがボンッと爆散した。
「そんなぁ、まさかの瞬殺だなんて……自信作のお守りがぁ~……!」
この様子だとまたリベンジしに来るだろうな。ま、彼女の次の自信作に期待するか。
後書き
アリ……救済?
衝突
前書き
少々忙しい回
アリスに憑りつかれて数日経ち、彼女もこの家の奇妙な家族関係の生活に馴染んできていた。なお、あの爆散したお守りの影響なのか、幽霊なのに一時的に感覚があるだの、料理の味が伝わってくるだの、大騒ぎしていたが今では元通りになった。しかしアリスが来てから八神家でラップ音やポルターガイストが時折発生しており、それに怯えたはやてやフェイト、アルフが時々俺の寝室に逃げ込んでくる。元凶も同じ部屋にいるのにな……。
一方でジュエルシードの回収だが、フェイト達は成果があまり無いのに対し、おれは連日で3つ(しかも封印済み)も発見していた。八神家の近くになぜかまとめて置かれていたため、これまでのと合わせて計9つ、こちら側の手に入ったわけだ。しかし……あの露骨な置き方はまるで何者かにおれが出歩かないように、わざと仕向けられたような……考えすぎか?
まあとにかく、ジュエルシードが多く手に入ったのだがフェイトはあまり休まず、他のジュエルシードを探しに出かけている。一つでも暴走するとこの星が滅ぶ危険があると考えれば、多く見つかったからと言って捜索の手を緩めない姿勢は確かに合理的かもしれない。しかし旅行から帰ってきて以来、フェイトは何かに急かされているように街中を飛び回っている。何か大事な期限でも迫っているのだろうか?
『女の子のアノ日じゃない?』
[そんなことおれに訊くな! 大体アレはフェイトの年齢では起きないだろうが!]
『だよね~♪ っと、冗談は置いといて、遠くの方から大きな魔力を感じるよ。 多分発動したジュエルシード』
[そうか、なら念のためおれも向かうとしよう]
霊体とはいえ一度取り込まれていたアリスはジュエルシードの波動を感じ取れるようになっていた。そのおかげでリンカーコアを持たない俺でも彼女の協力でジュエルシードの探知が可能になった。アリスと同化した事で起きたメリットであるから、少しだけ彼女に感謝している。
「はやて、例の反応が感知されたから出かけてくる」
「気を付けてな~」
おそらくフェイトとアルフが先行して対処しているはずだが、万が一ということもあり得る。ダークマターを使えば一時的に暴走を抑える事が出来るのはアリスの件で証明されているため、いわば最終的なストッパーとして待機しておくのだ。
結界に差し当たると普通に移動するだけでは入れないので暗黒転移で中に侵入する。中は暴走体を封印し終えたらしいフェイトと高町なのはが空中で戦闘を行っている光景が見えた。彼女達が互いに放ち、回避して外れた魔力弾などが建物に当たって炸裂している光景は、ここが結界の中でなければ大惨事になっていただろうと思わせるものだった。
『お兄ちゃんはアレ止めないの?』
[譲れない気持ちと意地の張り合いに、第三者が首を突っ込むのは碌なことにならん。出来るのはせいぜいあいつらの尻拭い程度だ]
『でもさぁ、もし取り返しのつかない事態が起きたりしたら……』
[そのためにいるのだろう? 案ずるな、もしもの時は出る]
『出来ればお兄ちゃんにもあんまり無茶してほしくないんだよね……。私も憑依させてもらってるわけだし』
[フッ、ある意味一蓮托生だな]
『いちれんたくしょー? 国語習ってないからわかんない……って、あれ!』
意味を訊こうとしたアリスが驚愕の面持ちで指をさす。封印されていたジュエルシードが二人の魔法戦闘の余波を受け、再び暴走してしまったのだ。その勢いは凄まじく、再度封印を試みたフェイトと高町なのはのデバイスが弾かれ、あまりの威力に砕けてしまう程だった。しかも衝撃が加わった事でジュエルシードの暴走が更に激しさを増してしまった。
『マズッ! あれ次元震が起きちゃってるよ!!』
[おまえの知識曰く、空間に作用する地震みたいなものか。確かその威力は星も崩壊させる程らしいな。やれやれ、後始末役も大変だ]
『え~っと、お兄ちゃんや。もしかしてあの時と同じことをまたしようと思っていませぬか?』
[似たようなものだ。悪いが付き合ってもらうぞ、アリス!]
『にゃ~!? やっぱりぃ~!!』
わめくアリスを無視し、暗黒転移でおれは暴走しているジュエルシードの正面に降り立つ。ジュエルシードの近くではデバイスを解除して素手で挑もうとしているフェイトをアルフが止め、高町なのはとユーノは呆然と無力感の面持ちで見上げていた。そこにいきなり転移してきたおれの姿を見たフェイトとアルフは失敗がバレた時のように気まずそうな表情を浮かべ、高町なのはとユーノは驚いてすぐに「何をするつもりなの!?」と言いたげな目を向ける。
それら諸々を無視して、おれは弾き飛ばされそうな程の突風が吹き荒れるジュエルシードに駆け寄り、暗黒銃から暗黒スプレッドを放つ。銃から放たれた闇が光の奔流を飲み込もうとせめぎ合う。
おれに出来る手段では魔力を消失させる暗黒物質を操るこの銃でしか、この緊急事態に対処できる方法はない。先にバッテリー・カオスの残量が尽きるか、ジュエルシードの暴走が止まるかの駆け引き。もし先にバッテリーが尽きたら暗黒チャージを使うしかないが、はっきり言ってあれは反動が激しい。右腕の火傷がここに来て痛み始めるが、それは耐えればいい。この場は暗黒銃で暴走を抑えられるのが最も望ましい結果なのだから。
「唸れっ!! ガン・デル・ヘルッ!! ヒトを滅ぼす闇の力よっ!! あんこぉぉぉく!!」
暗黒スプレッドに加えて体内のダークマターをも利用して作った極小規模だが空間に穴を開けるブラックホール、次元世界を揺るがすエネルギーの源泉。ベクトルが似ているようで違う力の衝突は、周囲に高圧スパークを走らせ、その余波が身体の表面を傷つけていく。この激突の結末がどうなったかと言うと、時間をかけてジュエルシードの暴走が治まっていく状況が答えを示していた。そして並行していくようにカオスのエネルギーがゼロになり、暴走の気配が消え去ったジュエルシードがその場に残り、地面に転がり落ちる。
「……ケハッ……ハァ……ハァ……何とか止まったか……!」
『もうあまりにきわどい勝負だったよね……正直私も消滅するかもしれないと覚悟したもん』
ぐったりした様子でアリスが辟易とボヤくが、そう言われることもしょうがないので黙って聞いておく。とりあえず再度封印をかけてもらうべく、フェイトの所へ歩み寄りジュエルシードを渡す。
「ほら、また暴走されでもしたら事だ」
「うん、ありがとう。その……暴走させちゃってごめんなさい」
「互いに戦う理由がある以上止めはしないが、せめてもう少し注意してもらいたいものだ」
「わかった、気を付けるよ。―――お兄ちゃん」
『お兄ちゃんっ!!?』
「外野うるさいよ!」
高町なのはとユーノが驚きで声を上げたのをアルフが口を出す。ま、向こうが驚くのも仕方ないかもしれないが、知られたからと言って別に困ることでもない。
「……さぁ帰るぞフェイト、アルフ」
『は~い!』
「あ、待って欲しいの! サバタさん、あなたはどうしてここに?」
高町なのはがどうしても知りたいと言いたげな様子で問いかけてくる。無視して変に固執されても困るため、渋々答える事にした。
「あんな星が壊れそうな暴走を、みすみす放置できるか。それに……一応家族だからな、こいつらは。放っておくと心配だし、兄のおれが力を貸さないでどうする?」
「家族……兄……」
「高町なのは、逆におまえはどうだ? ユーノが協力者ということは家族ではないと見れるが、それならばおまえの家族はこの事を知っているのか?」
「う! そ、それは………」
『私の家族は生きてたらきっと、お兄ちゃんの中に私の魂が存在しているなんて欠片も想像していないだろうね』
自虐的なことを呟いたアリスだが、彼女の家族はそもそも幽霊が本当にいるとすら思っていないのでは? 次元世界では技術が発達した反動でそういった霊的存在は認められていないらしいからな。
「なのはの家族には伝えていません。ジュエルシードの事は僕の責任なので、それに……魔法の事を管理外世界に漏えいするのは管理局法で違法でもありますし」
高町なのはに問うたはずの質問は、口ごもった彼女の代わりにユーノが答えたのだが、その内容におれは思わず噴き出した。
「違法、だと? クッ……フッハッハッハッハッ! “獣”、違法とは随分保身に走った回答をするのだな! はっきり言って幻滅したぞ!」
「え、どうしてですか!?」
「わからないなら自分で考えろ、“獣”。次に会うまでに答えがわかれば、ちゃんと名前で呼んでやろう。要するに宿題だ」
「本当ですか!?」
「ああ。もっとも、理解したらそれどころではなくなるかもしれんが」
動物の姿をしているせいでユーノの年代がわからないが、声の質から恐らく高町なのはとほぼ同年代だと推測できる。そんな彼が事の次第を把握したとき、果たして冷静でいられるのやら。そもそも答えにたどり着けるのかどうか、お手並み拝見と行こうか。
「お~い! お兄ちゃん、帰るよ!」
「わかってる。……ヒントは既に十分与えた、あとは自力でたどり着け。じゃあな」
「…………」
そう言い残し、おれは暗黒転移で、フェイト達は転移魔法でこの場から去った。そうそう、帰路についている途中にこれを言っておく。
「次元震の件ははやてにありのまま伝えるぞ? あの規模だと現実世界にも影響があった可能性がある」
「げっ!? 勘弁しておくれよサバタぁ~!!」
「今度はどれだけ説教されるんだろう………怖いなぁ……」
以前神社でされたはやての説教が身に染みたのか、二人は涙目で顔を青ざめていた。結論から言うと、おれが報告してから3時間、八神家では目を光らせる狸のオーラが立ち上るのだった。ちなみにその傍らでおれは日曜大工をしていた。……意外か? 必要に駆られたのだから仕方がないだろう。
それにしても……以前アルフから聞いた時空管理局だが、流石に今回の次元震は感知したに違いない。もしここに来る途中なら、恐らく到着するなり現地の人間にすぐ接触を図って来るだろう。そうなったら少し動きづらくなるが……なに、気にする事は無い。
「ねぇお兄ちゃん、今日はちょっと付き合ってほしい所があるんだけど……」
翌日の朝食後、フェイトが何やら話を切り出してきた。
「……どこへ?」
「私の母さんの住んでいる所。名前は時の庭園」
「なんだ、そういうことか。これまで疑問に思っていたのだが、ジュエルシードを必要としているのは実はおまえの母で、今日報告に行くから同行して欲しい訳か」
「うん。そうなるんだけど……ダメ、かなぁ?」
アルフが隣で渋面を浮かべる中、フェイトの頼みを聞いてサバタは考えた。ジュエルシードをフェイトに集めさせている彼女の母親には訊きたい事がある。娘に危ない橋を渡らせてまで集める理由や、フェイトが愛に飢えている理由など。それを知るまたとない良い機会と判断した。
「いいだろう」
「ありがとう。それじゃあ今回は私の転移魔法に入ってくれる? 暗黒転移じゃ多分座標がわからないと思うから」
「そうだな。次元空間座標の感覚はわからないから、利用させてもらおう」
一瞬はやても連れて行くべきか考えたが、時の庭園という場所がどんな所かわからない以上、もしもの事態になった時に彼女がいると咄嗟に対処出来ないとアリスの件で重々身に染みたため、少し心苦しいが家に残していく事に決めた。
「それで母さんへのお土産なんだけど、この店のケーキが良いかなぁと思ったんだ」
“美味しい洋菓子”という特集のあるページを開いて、フェイトは分かりやすいよう指を指して見せてきた。喫茶【翠屋】か……この前の期間限定プリンと違う店だが、位置もそれなりに近く、特集に載る程味も良いのなら確かにお土産には妥当である。
「それを今見せるという事は、まだ買ってないのか?」
「うん、当日中に買った方が良いかなぁって思って」
「ならさっさと行くぞ。こういう雑誌に載るという事は、売れ行きも相当なものになっている可能性が高い」
「あ、売り切れるかもしれないもんね。じゃ、行こっ!」
「いやいや流石にこんな早く売り切れたりはしないはずだよ。ま……あの女が大人しく食べるとは思えないけどねぇ(ボソッ)」
……? アルフ、おまえはフェイトの母親の事を嫌っているのか? まさかと思うが……フェイトに対してネグレクトなのか? ……益々会う必要が出て来たな。
そんなわけで一人マイペース、一人意気揚々、一人渋面のまま翠屋に到着すると……。
「いらっしゃいませぇ……(ゴゴゴゴ……)!!!」
『…………』
なぜか殺気を放ってくる店員がいた。今にも斬りかかってきそうな殺気にフェイトとアルフが涙目で怯えておれの後ろに隠れる。それによって益々この店員の視線がおれに集まる。そう、その店員こそ初日に色々あって今日まで何となく放置していた剣士、恭也であった。彼の睨みがとにかく針の筵の如く刺さりまくっているが、その全てを無視する事に決めた。
「きょ、恭ちゃん……」
まぁ、この店の眼鏡をかけた女性店員や周りのテーブル席の客が相当青い顔をしているが気にしない。名札の【高町】という姓に凄まじいまでの既視感を感じるが、とにかく気にしない。気にしないったら気にしない。
いや……彼が怒るのも何となく理由に想像はついている。あれからずっとこの世界の夜の一族関連の話を有耶無耶なままにしているからな。だがまぁ、流石にこんな開店した途端に客にやらかす程、冷静さを失っている訳ではあるまい。つまりここでのベターな対応は……。
「ケーキ、お持ち帰りで」
客としての線引きを最後まで守ればいい。店員が客に攻撃を仕掛けるような事をすれば店に悪影響が及ぶ事ぐらい誰でも理解している。店の評判は一度下がると中々上げるのは難しいらしいしな。ならばその領域さえ侵さなければ、こちらの安全は保障されている。
大地の巫女? アレはジャンゴのみ例外だ。
「かしこまりました……どちらになさいますか……(ゴゴゴゴ……)!!!」
「あわわわわ!? え、え、え、ええっと、こここ、このショートケーキを、ささささ三人前と、も、モンブランを三人前で、お、お願いします!!」
「ありがとうございました。梱包まで少々お待ちください……(ゴゴゴゴ……)!!!」
プレッシャーに圧迫される中、フェイトがオドオドと怯えながら注文をする。そんなフェイトを涙目でアルフが抱きしめているが、フェイトも同じように彼女を抱き返していた。
会計を別の店員と済ませ、ケーキの箱を受け取ったフェイトはそそくさとおれの影に隠れるように近寄ってきた。まるで初めておつかいをした子供みたいだな。
「またお越しくださいませ……(ゴゴゴゴ……)!!!」
それは客としてなのか、それとも別件でなのか、判断に困る。まぁ恐らく両方の意味が込められているのだろうが、彼の内心では後者の方が強調されているな。ま、必要以上に関わるつもりがないおれにはどうでもいいが。
準備も出来たため人目の着かない場所で、おれ達はフェイトの転移魔法で“時の庭園”と呼ばれる彼女達の育った住居に飛んだ。転移した先はそれなりにまともな場所だと思っていたのだが予想と異なり、暗黒城に匹敵するぐらい禍々しい風貌を放っていたが、同時に滅びた太陽都市にも雰囲気は似ている気がした。どちらにせよ、人が住む場所とはどうも言い難いのだが。
『あれ……何でだろう……? ここにいると胸の奥が痛いよ……』
フェイトに案内されている最中、ふよふよと傍で浮いているアリスが時の庭園の様子を見渡して渋面を作って困惑していた。もしやここは幽霊が存在するには厳しい環境なのか? それともアリスだけ特別な何かが作用しているのか?
『ごめんお兄ちゃん、ちょっと避難させて』
辛そうに胸を押さえながらアリスは一旦おれの中に戻って行った。彼女の魂が異常に刺激を強く受け、疲弊しているのがわかる。念のため魂が落ち着くまで大人しくするよう釘を刺す。
「二人はちょっとここで待ってて」
他より大きく意匠が凝らされた扉の前でそう言ったフェイトだが、彼女はまるで背伸びして何かに耐えるような表情をしていた。拒否する理由も思い浮かばないため、とりあえずアルフ共々従い、フェイトは扉の中に入った。しかし……、
「アルフ。おれも普通の家族関係に詳しい訳では無いが、実の母に会いに行くというのは、あのような顔をするものなのか?」
「………………」
いつも活発的で元気なはずのアルフは言葉を返さずに座り込むと、何かから逃避するように膝を抱えて額を押し付ける。訝しく思ったおれは、扉の向こうの様子を耳をそばだてて伺った。
「―――たっ―――10個―――――わね」
「―――なさい―――母さ―――」
「…………?」
扉が分厚いせいか、あまり中の様子が伝わってこない。僅かに漏れてくる声も何を言っているのか解読できない。心臓の鼓動などの雑音を無視し、精神を集中、瞼の裏に薄らと扉の先の空間を投影する。
―――――バシッ!!
空気がしなる音の直後に響いた打撃音。この音を出す物と言えば……鞭?
待て、何故親子の会話に鞭が出て来る? 眉を顰めて更に注意深く聞くと、鞭で叩く音と同時に、聞き覚えのある声が苦痛を訴える声も存在していた。
「……サバタも聞こえたよね? フェイトの母親は、こういう女なんだよ……!」
「そうか……」
「いつも……いつも、あの女はフェイトにこんな事をする。でも……あたしじゃフェイトを助けられない。だから……だからお願いだサバタ! あたしの主人を……フェイトを助けて!! 一生のお願いだから、頼むよ……!!」
「…………」
言葉の代わりにおれは無言のまま重厚な扉を静かに開ける。中では幾度もぶたれておびただしい傷を負ったフェイトになおも鞭を振るう紫色の長髪をした妙齢の女性がいた。激した訳では無いが、おれはそのフェイトを攻撃し続けている女性の手元を、未来予測も含めた狙いを定めて暗黒ショットを撃つ。
「ッ!!?」
迫る暗黒の弾丸に気付いた女性が鞭を持つ手を反射的に防御に動かした事でまんまと射線に入り、ショットが鞭だけに直撃して粉砕させた。
「フェイト!!」
アルフが急いで倒れているフェイトに駆け寄る。フェイトの事は後は彼女が何とかしてくれると判断し、おれはこちらを睨み付けてくる女性と目を合わせる。
「あなたからは妙な力を感じる……一体何者?」
「……暗黒少年サバタ」
「暗黒少年……? 随分変わった力を使うようだけど、それよりしつけの最中に横入りしないでもらいたいわね」
「フッ、鞭で叩く事がしつけか? あまりに品の無い教育だな」
「何ですって? もう一度言ってみなさい」
「いいだろう、野蛮なだけで礼儀も一切無い教育だと言ったんだ。そんな自身の衝動を抑える事にしか役立たない教育法なぞ、するだけ無駄なのだよ」
「何も知らないくせに、言わせておけば……!」
「そちらも知らないだろう? おれの育った暗黒の世界、本当の暗黒を」
互いに微動だにしないにらみ合いが続く。目線で火花が散る様な眼力の衝突は、くぐもった声をフェイトが上げた事でそれる。
「うぅ……お、お兄ちゃん、ダメ……プレシア母さんをこれ以上、困らせないで……」
「何言ってるんだよフェイト! サバタは助けに来てくれたんだよ!」
「でもアルフ……ジュエルシードをちゃんと全部集められなかったのは、私のせいだから……悪いのは私だから……」
懇願するようにフェイトは言うが、おれには誰が悪いとか根本的にどうでもよかった。目線をアルフに向けると、彼女は一瞬驚いた眼をしてすぐに頷き、部屋の外にボロボロになっても母を擁護しようとするフェイトを運んでくれた。その途中、せっかく買ってきたケーキ箱が潰れているのが視界に入り、虚しさを込めてため息をつく。
とにかく幸か不幸か、これで気がかりは無くなった。後は……、
「さて、プレシアと言ったか。偶然と成り行きでフェイトと関わる事になったおれだが、あいつとはそれなりに上手くやれていてな。この世界の数少ない理解者を傷つけるなら、例え相手があいつの母親でも関係ない、止めさせてもらうぞ」
「あら、あなたに出来るとでも? 大魔導師と呼ばれたこの私、プレシア・テスタロッサを倒す事が?」
「自分の力に絶対の自信があるようだが、それが自惚れとなって致命的な隙を作る。かつてのおれのようにな」
「? 何を言っているのかしら?」
「わからないなら見せてやろう、これが闇の力だ! あんこぉぉぉく!!!」
「ッ!!?」
魔力と違う力、ダークマターが目に見えてサバタの手に集まって来る光景に、プレシアは自分の目を疑った。更に暗黒チャージで力を増幅させたサバタの目の深淵から、自らに匹敵する程の狂気が潜んでいる事を本能が察知し、一歩後ずさる。
「(ッ! この私が気圧された!? そんな馬鹿な……条件付きとはいえSSランクの実力を持つ、この私が一瞬でもこんな少年に!?)」
「来たっ! 来た来た来た来た来たぁー!! 行くぞっ! 行くぞ行くぞ行くぞ行くぞ行くぞぉ、プレシア!!」
「(でも彼がどんな力を扱おうが、私は倒れる訳にはいかない! 目的を果たし、あの子をもう一度抱くその時まで!! 絶対にッ!!!)」
「魔導と暗黒、雌雄を決す!! 魔導よ、恐怖しろ!!」
サバタからブラックサンが放たれ、部屋の中が暗闇に閉ざされる。そのまま光の当たらない空間で、暗黒少年と大魔導師が自らの持てる力を衝突させた……。
激突
前書き
暗黒少年サバタLv99 VS 条件付きSSランク魔導師プレシア
突然部屋が暗闇に閉ざされる事でサバタを一瞬見失ったプレシア。しかしこの部屋は元々彼女の領域、すなわち部屋のどこに何があるか位置を把握する事は、全盛期より衰えたとはいえ大魔導師には容易い。
「味な真似を……!」
デバイスを展開したプレシアは、サバタの気配が感じられる方向に向けて8発のフォトンランサーを発射する。彼女の魔力光が周囲を僅かに照らし、射線上にいたサバタの姿をあぶりだす。避けるそぶりを見せなかった彼に対し、非殺傷設定を切断している事で魔力弾はそのまま彼の身体を突き抜け、痛々しい大穴を開ける。
「あの威圧感から少しはやると思ったけど……拍子抜けね」
そう呟いたプレシアはふと気づいた。なぜあれだけの穴を開けられて血が出ない? いや……まさか!
その直後、目の前に降り注いだサバタの身体が蜃気楼のように揺らいで爆発した。寸での所で気づいた事でどうにか回避が間に合ったが、懐に入られて爆破攻撃を仕掛けられた事にプレシアの背に冷たい汗が流れる。
―――攻撃されると自爆する幻影魔法だなんて……厄介な!
慎重に行かないと反撃を受けると気づいたプレシアは、改めて部屋の内部を探知するとさっきの幻影と同じ気配がいくつも感じられた。これではどれが本物なのか判別できない。
「クッ、それなら!!」
プレシアが使える広域殲滅魔法サンダーレイジ、そのバリエーションの一つを発動。部屋全体を攻撃する事で本体ごと幻影を殲滅しようと企む。しかしサバタがそれを放置する訳もなく、プレシアの眼前に一つの小さな物体が放物線上に飛来してくる。
ナイトメア。
ダーク属性のグレネードの内部から凄まじいエネルギーを感知したプレシアは詠唱を中断、障壁を展開する。
爆ッ!!
「な、障壁が……ッ!?」
魔力を消滅させるダーク属性の特性を知らなかったプレシアは、強固なはずの障壁を容易く突破してきた爆風に吹き飛ばされるが、空中で態勢を立て直した彼女はお返しと言わんばかりにフォトンバーストでグレネードが飛来してきた場所を爆破させる。
「ぐっ! ……やるな、プレシア!」
攻撃した事で幻影が解除されていたサバタは、もろにその反撃を受けて負傷してしまうが、ダメージの度合いで言えばプレシアの方が格段に上だった。
「あなたもやるわね……でも、同じ手は二度も通じないわよ!」
「だろうな。おまえはこちらの力を解析しながら、次の対策を考えている。長期戦はこちらの不利を招くだけだ」
「へぇ……やはりただのガキじゃないわね」
そうやって不敵に笑うプレシアは内心、自分の魔法の威力が妙に減衰している事に戸惑いを覚えていた。本当なら先ほどのフォトンバースト一発で仕留めるつもりだった。しかし実際は彼に少し大きめのダメージを与えただけで終わった。その理由と障壁を破ったグレネードから推理したプレシアは、サバタの力は周囲の魔力素を消失させ、魔法の威力などを弱める効果があると見抜いた。
「でもこれならどうかしら!」
手間はかかるがフォトンスフィアを発生させて、魔力弾を大量に発射する物量戦を挑むプレシア。対するサバタ、構えた暗黒銃にエネルギーをチャージして迎え撃つ。
「フォトンランサー・デストロイシフト!!」
12個のスフィアから秒間60発の光弾が30秒、全部で21600個という桁違いな量の魔力弾が一斉にサバタに降り注ぎ、凄まじい轟音と比例して土煙が巻き起こる。その威力は時の庭園全体が振動する程であり、建物の外にいたアルフはぞわっと背筋に冷たいものが走っていた。
「ハァ……ハァ……、いくら魔力が消されるとしても、これだけの量は消せないでしょう……!! ゴホッ、ゴホッ!」
いかにも具合が悪そうに咳き込み、押さえた手にこびりついた血を密かに拭う。とある事情で体力にあまり余裕の無いプレシアは、その体力が残っている内に決着をつけようと先程の大技を使う事を決めたのだ。最初に放たれた闇も消えていき、攻撃した場所から物音がしない事で勝ちを確信したプレシアは不敵に笑う。
土煙が晴れればそこには倒れた彼がいる、そう思っていたプレシアだが……その予想は覆された。
「……ハァ……ハァ…かろうじて耐え切ったか」
相当負傷しながらも、サバタは立っていた。あの弾幕の中、暗黒独楽で魔力を消滅させながら火炎弾の爆風で衝撃を外にそらすという方法を使う事で、被弾のダメージを最小限に抑えたのだ。
「久しぶりに驚いたわ……即席で考え付いたとはいえ、あの魔法を耐えるなんて……」
「正直に言うと、かなりきわどかったがな。尤も、おかげで頭が冷えてお互いに少しは冷静になれたか」
そう言ってサバタは銃口を引き、暗黒銃をホルダーにしまう。それを訝しんだプレシアは眉間にしわを寄せる。
「少々手違いがあったが、まあ勘違いするな。元々おまえを倒しに来たんじゃない。フェイトの事で訊きたい事があるだけで、わざわざ家庭内の事情をかき乱すつもりは無い」
「いや、十分かき乱しているわよ。計画の邪魔をする気が無いなら別にいいけど。それで? フェイトの何を知りたいのかしら?」
「おまえがジュエルシードを集めさせている理由もそれなりに気になるが、大方叶えたい願いがあるのだと推測できる。が、その願望自体には大して興味が湧かん。それよりフェイトが愛に飢えている理由だ。……これは俺の推測なんだがプレシア、おまえはフェイトに愛を注いだ事が無いのか?」
「ッ……なぜそんな事を訊くの?」
「別に……俺なりにあいつを理解しようとしているだけだ。あいつの心が闇に堕ち、暗黒の世界で育った俺と同じになる前に、あるべき場所に戻れるようにな」
「どういう意味かしら? まさかと思うけど、あなたは……」
「質問をしているのはこちらだ。それで? おまえはフェイトをどう思っている?」
「フェイトは………フェイトよ。私の命令をちゃんと聞けない不肖の子だから相応にしつけているけど」
「…………」
妙に認めたくなさそうな言い方をするプレシアの様子だが、それを見逃さなかったサバタは彼女の内側に潜む何かを感じていた。それが何なのか当人達では無く第三者がわかるとは、それも一種の皮肉だろうと思い、サバタはため息を吐いた。
「まあいい、話を戻そう。次に……以前から気になっていたのだが、そもそもジュエルシードとは何だ? なぜあんな物があの街にあるのか、集めさせているおまえなら知っているはずだろう?」
「ふん……それは私から聞くより、白い魔導師の傍にいる小動物に訊いた方が良いわ。なにせ当事者なのだから」
「そうか。……ひとまずおれの目的は達した、ここから帰らせてもらう」
あっさり踵を返してフェイトの所に帰ろうとするサバタに、力が抜けたプレシアは思わず間の抜けた声を出す。
「あ、あら? 私の計画の内容を訊かなくていいの?」
「先程も言ったが、今の所何が何でもと言う程興味が湧かない。最低限フェイトのしつけとやらだけは改めてもらいたいがな。おまえがジュエルシードを使ってどうしようと構わないが、せいぜいあの星は巻き込まないでもらいたいものだ」
「……もし巻き込んだら、その時は?」
「わざわざ言わなくても、聡いおまえならわかるだろう」
そう言って一度振り返り、試すような笑みを浮かべたサバタを前にしてプレシアも久しく動かさなかった頬の筋肉を吊り上げる。
「そうね、私とした事が野暮な質問をしたわ」
「フッ……流石は研究者といった所か。話が早くて助かる」
「帰る前に言っておくけど、管理局にはここの事や私の事は話さないで。あいつらに計画の邪魔をされるわけにもいかないから」
「そっちが邪魔さえしなければ、こちらも不利にするような事はしない。おれとしてはあの星から危険物を取り除き、さっさとイモータルを片付ける準備をしたいのだ」
「イモータルとかはあなたの事情らしいけど、そっちが計画の事を訊かなかったのに私だけが訊くのはフェアじゃないから、あえて訊かない事にするわ」
「そうか。後でどうしても知りたくなったのなら、既に話してあるフェイトに訊くのだな。何度も説明するのは少々面倒だ」
この言葉を最後に暗黒少年はこの部屋を立ち去り、後には先程の戦闘で少し荒れた部屋と、彼に言われたある言葉が耳に残って離れない大魔導師がいるだけだった。
「『愛を注いだことが無い』か…………的確過ぎて耳が痛いわね。……でも、もう退く事は出来ないのよ。私の愛しい娘アリシア、あなたにもう一度会うためなら、例え全てを引き換えにしてでも私は……!」
時の庭園へ転移してきた場所の近くで、フェイトとアルフは自分たちの代わりに部屋に残ったサバタを心配していた。なお、フェイトの手当ては一応済んでいる。
「お兄ちゃん……」
「サバタ……!」
不安に満ちた表情を浮かべるフェイトに対して、自分が頼んだ事で彼に何かあったらと思うと気が気でないアルフは怒りと悔しさが混じり合った拳を握りしめて耐えて待っていた。そんな二人の下に、当の本人であるサバタは悠々と歩いて帰ってきた。すぐさまアルフは彼の下へ駆け寄る。
「サバタ! 身体のあちこち怪我してるけど大丈夫かい!?」
「心配するなアルフ、この程度かすり傷だ。それよりフェイトは大丈夫か?」
それをアルフが答える前に、フェイトは無言のままサバタの服に顔を埋めた。小刻みに震えている様子から彼女が彼を失う事をどれだけ恐れていたかがわかる。
「……お兄ちゃん。母さんは?」
落ち着かせようとしばらく撫でていたら、フェイトが不安そうに小さな声で尋ねてきた。まるで迷子の子供のようだ。
「安心しろ、おまえの母親とはいくつか話をしただけだ。少し荒っぽい事はあったが、怪我はさせていない」
怪我は無くとも重い病気はあったようだが、そこはおれの知るところでは無い。
「そうなの……?」
「ああ。それより今日はもう疲れたから帰るぞ。家ではやてが待っている」
「そうだね。こういう暗い気持ちは、はやてのごはんみたいな美味しいものでも食べて吹っ切っちゃおう!」
少々強引にだがフェイトの意識を切り替えさせようとアルフが意気込む。内容が少し単純というか純粋というべきものだったが、この二人なら十分効果的だな。
帰宅後。
「またか? またなんかサバタ兄ちゃん? この間右腕火傷してからそんな経っとらんのに……心配するこっちの身にもなってもらいたいもんや!」
「いや、これにはそれなりに深い事情があってだな……」
「それぐらいフェイトちゃんの傷も見てるから大体わかっとるわ! そうやなくてサバタ兄ちゃんも怪我しとるのに無茶せんといてって話や!!」
おれの目の前に狸のオーラが降臨した。変化の無い日常が劇的に変わったきっかけとなったこの面子が欠けるのを嫌う彼女が怒るのも納得ができるし、怒りの分だけ心配をかけていたのだろう、
ちなみにフェイトとアルフは余程前回の説教が応えたらしく、矛先が向かないように二階の部屋に避難している。あいつら……逃げたな。
「……なんかなぁ、最近のサバタ兄ちゃんを見ると時々不安になるんよ。知らん間にふらっとどこか遠い所……私の手の届かない所に行ってしまうんやないかって……」
「……………」
「嫌や……。知らない場所で勝手に傷ついて、勝手にいなくなるなんてのは嫌なんや……。人のため、世界のために戦う。立派な大義名分やけど、そんなのよりも私はここに帰って来てくれる方がもっと嬉しいんよ。サバタ兄ちゃんとフェイトちゃんとアルフさんが帰って来て、皆であったかいご飯を一緒に食べたり、一緒に出掛けたり、一緒に遊んだり、一緒に寝たり……それだけで私は十分幸せなんや。だから……無茶とか危険な事とかして帰って来れへんような事になったら、絶対に許さへんから。帰って来なかったら私は這いつくばってでも探しに行くから」
コンプレックスを自ら皮肉にしてまで言うとは……はやてなら有言実行しそうで怖いな。可能性は低いが下手したら世紀末世界にも自力でたどり着くんじゃなかろうか? ……流石に死者の世界にまでは来れないだろうが。
『私が普通に逝ってたら着いた世界だね。ところでお兄ちゃんは何で死後の世界があるのを知っているの?』
[気まぐれで手を貸した奴らが知っていたのを教えてもらっただけだ。それよりアリス、時の庭園で苦しそうにしていたが、何か思い出したのか?]
『思い出したって言うより、こう、胸の奥……魂の方から何かが頭に響いている感じだったんだ。語彙が少ないから、ちょっとわかりにくいと思うけど』
[謝らなくていい、魂の修復が進んでいる証拠だろうから大体の状態は察せられる。念のため、おまえも休んでおけ]
『りょ~か~い』
とりあえず、今日の夕食まで甘んじてはやての説教を受けるとするか……。
それからしばらくの間はジュエルシードが発動しなかったため、戦いも無く平穏だった。おれは出かける度に例のヴァンパイアを探しているのだが、この近くにある山の方に行った時に一度気配を感じたものの、すぐに逃げられてしまった。そもそも今日まであいつを放置しているのにアンデッドが蔓延っていない現状がある意味奇跡的でもある。が、楽観視は出来ない。可能な限り早く探し出さなければ……。
「あ……!」
内心で焦燥感が走っているというのに、このタイミングで出会うか、アリサ・バニングス!
「……はぁ……やっぱ今はいいや」
「……?」
明確にしたがる彼女の事だから引き留めたりすると考えていたのだが、予想に反して彼女はその場に留まり、物憂げにため息をついていた。
『なんか様子が変だね、あの子。どうする?』
[アリス、なぜわざわざおれに訊く?]
『ぶっちゃけ幽霊の私を保護する程、お人好しなお兄ちゃんが目の前で困ってる人を本気で放置するとは思えないからね。ちょっと背中を押してるだけだよ』
[余計な真似を……]
『とか文句言いつつ、手を差し出すお兄ちゃんであったとさ♪』
にんまり顔で微笑むアリスの様子を癪に感じながらも、おれはアリサに「悩みなら聞くが?」と尋ねる。おれから話しかけてきた事が予想外だったのか、アリサは一瞬目を丸くするが、すぐに暗い表情になる。
「第三者のアンタなら話してみるのもいいかもね。……大事な友達が隠し事してたら、私はどうするべき?」
「内容にもよるが……その友達は隠し事が多いのか?」
「ううん、時々凄く頑固になったりするけど、いつもは隠し事が出来ない程素直な性格。だから今回のように頑なに隠すという事はすっごく珍しいの」
「そうか」
「でも最近のあの子は授業に身が入って無いし、パッと見て妙に疲れてるっていうか……ずっと上の空なのよ。私たちが話しかけても時々聞こえてないみたいだし、私たちに黙って何かしているんじゃないかと心配に思ってその子に訊いたんだけど、なんかお互いに熱くなり過ぎて喧嘩になっちゃった……」
「………」
「私はただ、その子の力になりたいって思っただけなのに……どうして……どうしてこうなっちゃったんだろう」
話している途中からその時の感情を思い出して来たのか、胸の高さまで持ち上げた手を見つめて僅かに涙声になったアリサ。詳しい内容はともかく大体の経緯は把握した。
「少し聞かせて欲しい。おまえにとって友達とは隠し事をしない仲の事なのか?」
「ちょっとオーバーだけど前はそんな風に思ってた。でもアンタも一応知ってるでしょ? 月村家のアレ」
「ああ……アレか」
初日からずっと放置し続けているから、向こう側はとっくに堪忍袋の緒が切れているかもしれないな。
「すずかは私たちの関係を壊さないためにその事を隠していた。その一件から私は友達を巻き込まないために隠す事もあるんだと気づいたのよ。だから今回の事もきっとそんな感じなんだろうなぁって予想はつくわ」
「ほう? そこまで考えが及んでいるなら、何を悩む必要があるのだ?」
「何と言うか……その、やっぱり私の性分なのかな。どんな物事もはっきりさせないとどうしても気が済まないのよ。でもあの子は具体的な事は何一つ教えてくれなくて頭にきちゃって、それでつい……」
「なるほど……結論から先に言うと、おまえは単に拗ねているだけだな」
「拗ねているだけ?」
「友達が自分に何も話してくれない事を寂しく思い、力になれない事を悔しく思った。それで自分の思う通りに上手く行かない事に、おまえは子供らしく拗ねたのだ」
「あぁ~……口に出して言われると少し癪だけど、なるほどってくらい納得できるわ。そうね、私は思った事が出来なかった事に拗ねている。ってか実際に子供なんだからしょうがないでしょ!」
「当然だ、子供が子供らしくするのに何ら問題は無い。まぁ、この件に俺から言える事があるとすれば、おまえは待つ事に耐えるのを覚えるべきだな」
「待つ事に耐える?」
「その友達は何も相談しなかった。即ち相談する程の事態になっていないか、もしくは友達の手を借りずに自力で解決したいかだろう。ならばおまえが出来るのはその友達が話すまで待っててやる事ぐらいだ」
「でもやっぱり、友達が困ってたら私は手伝いたいものよ。それでもなの?」
「無論、今のはあくまでおれの意見に過ぎない。だからおまえの言う様にそのまま関わろうとするのも一つの方法ではある。こういう話に正解なぞ無いのだから」
「は? じゃあ結局私はどうすればいいのよ?」
「人に訊くのではなく自分で決めろ。当事者でないおれが出せるのは選択肢だけで、どうするかを決めるのは結局おまえだけだ」
「それは……まぁ、そうなんだけど……」
『あのさぁ……それって見方を変えると、ぶっちゃけ丸投げだよね……』
[それを言ったら世の中の相談全てが丸投げになるだろうが……]
『身もフタも無~い♪』
半ば強引に笑いを取ろうとするアリスへ、月の力越しに軽く小突く。実はこうすれば幽霊で実体のない彼女に対して物理的に触れられる事を最近知ったのだ。彼女は彼女で長い間経験が無かった“刺激”を受ける事に喜んでいるので、俗に言うwin-winな対応である。
そんな風に周りを飛び交う幽霊少女はともかく、しばらく俯いていたアリサはいきなりバシッと自らの頬をはたき、活力のこもった顔を上げる。
「よしっ、考えてみれば過ぎた事をいつまでもウジウジ引きずるのは私らしくないわ! こうなったら私なりにやってみせるわよ!」
「という事はいつものおまえに戻れたか?」
「いつも、と言われる程私たち会ってないけど……まあそうね、一応礼を言っとくわ。ありがと。情けない姿見せちゃったけど、アンタの事だから気にしないのでしょうね」
「気にする必要性が感じられないからな。家に戻る頃には綺麗さっぱり忘れているんじゃないか?」
「いくら何でも早過ぎよ! というか私との話すら印象が薄いって言いたいワケ!?」
「おまえに大して興味が無い以上、結論から言えばそうなる」
「じゃあアンタはどんな人に興味があるの? つかアンタって好きな人とかいたりするわけ?」
興味が無いと言われた事で一瞬ピキッと頬が動いた直後、にやけながら問いかけている辺りアリサはおれにカウンターを仕掛けているつもりだろう。だがそれに答える事はおれにとって恥ずべき事でもないため即答する。
「いる。……正確には“いた”と答えるべきか」
「え……」
瞬間、ピシッと空気が鳴った気がした。……電柱の裏から。
「どどどどどどうしよう!? こ、この場合は掟とかしきたりとかどうすればぁ~!?」
「って、すずかぁ!? なんで……というかいつの間にそこにいたのよ!?」
『お兄ちゃん、あの子ともぶっちゃけ知り合いだったりする?』
[残念ながら、な。もう放っといて帰っていいか]
『なんかこれ放置したらしたで後々ややこしくなりそうだけど?』
[既に十分ややこしくなっている。この前ケーキを買いに行ったときに殺気を放ってきた店員も関係者だ]
『だからあんな怖い眼してたんだ……あの時怖くてお兄ちゃんの中に隠れてたのに寒気を感じたもの……ブルブル』
恭也のプレッシャーを思い出して震えているアリスを眺めていると、ガシッと何者かがおれの肩を掴んだ。
「ようやく……ようやく見つけたわよ!! サバタ!!」
こめかみに血管が浮かんでいる月村忍が、物凄く引き攣った笑顔でこちらを見つめてくる。……別におまえ達と仲違いしたつもりはないのだが?
「もしもし恭也? すぐ来て、以上!! ノエル! ファリン! 絶対に逃がしちゃ駄目よ!!」
「了解しました。すみませんがご同行願います」
「あ、あの~、もしかしてこの後予定とか待ち合わせとかあったりはしませんよね?」
おれを離さない様にしようと二人の使用人がそう言うが、どう答えようとこの先の彼女達の行動は変わらない気がした。
「見つけたぞサバタぁぁぁーーー!!!」
しかもいきなり上空からついさっきケータイで呼ばれた恭也がそう叫びながら降ってきた。あそこまで飛ぶ足場になるような場所が無いのにコレ、というあまりに衝撃的な登場の仕方に周りの人間が全員唖然とする。
「恭也……いくら派手だからと言っても上からってのはナイと思うぞ? 好きな女性の前だからカッコつけたいのはわかるが……」
「ちょっと待て!? 俺はカッコつけているわけじゃない! それに何故サバタがツッコミを入れてくる!?」
「おれと恭也以外の全員がフリーズしてしまっているのでな。仕方なしにその役目を負ったのだ」
何はともあれ、偶然にもこの場に初日の面子が勢ぞろいしたのだった。このままの流れだと夜の一族の件について色々話さねばならないのだろうな、イモータルを探す時間が取られるな、などと思っていたのだが幸か不幸か、この日の偶然は更にもう一つ重なってしまった。
――――キンッ!!
「な!?」
「これは……!?」
突然周りが色素の暗い世界になった事で魔法の事を知らない彼女達は動揺する。修羅場をそれなりに潜り抜けているはずの恭也でさえ、見たことも無い現象に焦りを隠せないでいた。
『ジュエルシードが発動した! 結界はフェイトが被害が出る超ギリギリの所で張ってくれたみたいだよ!』
[そうか、フェイトはファインプレーで間に合ったか!]
被害が出るのは俺も可能なら避けて欲しい所だし、何よりはやてが街を壊さないで欲しいと前に言っていた。故に視界の向こうで暴走している以前のとは比べ物にならない巨大な大樹に同情の余地は一切無い。
[さて、おれ達もあそこに急ごう。あいつらが勝手に暴れ出すかもしれんからな]
『それはわかるけど、なんか巻き込まれちゃったこの人達はどうするの?』
[放っておけ。こいつらは暴走体程度なら勝てる実力の剣士が守ってくれるだろう]
『魔法無しで暴走体に勝てるとかどんだけなの、恭也さんって……』
曲がりなりにも魔法文化で育ったらしいアリスが呆れた目で恭也を一瞥するが、すぐにジュエルシードの方角を伝えてくれた。走り出したおれを恭也が慌てて「ま、待て!」と言ってきたため、一旦振り向く。
「サバタ、おまえは何を知っている!? この状況は一体何だ!?」
「……知りたければ自分の目で確かめろ。この街で何が起きているのか、その目で見届けるんだ」
それだけ伝えると、ジュエルシードの発動地点におれは急いだ。後ろでは呆然としていた恭也たちだったが、思い出したようにこちらに急ぎ追いかけてくる気配を感じた。
『む~……? 何だろう、この感じ……』
[少しでも違和感や気がかりがあるなら言ってみろ。それが生き残るきっかけになる可能性もある]
『うん。なんかね……こう、上に何か乗っかってるというか、何かがいるっていうか、見られてるっていうか……』
[フッ…………そういう事か。どうやら遅ればせながら連中が来たらしいな]
事前情報で聞いた内容にしてはここに来るまで随分遅かったが。
さて、連中が最初に何をしてくるか警戒しておきながら、おれはジュエルシード発動地点に到着する。そこでは先に戦っていたフェイトとアルフが大樹の張るバリアを前に苦戦を強いられていた。
「あ、お兄ちゃん! 来てくれたんだ!」
こちらの姿を見つけた二人が一旦下がって合流してくる。何をしてくるのか警戒した大樹は攻撃の手を止めて様子見をしていた。
「やっと来てくれた、サバタ! あいつ生意気にもバリア張りやがるんだ、どうしたらいいんだい!?」
「単にバリアを抜く威力の攻撃を行えばいいだろう? フェイトには確かそういう魔法があったはずだ」
「あるけど、溜めている間に攻撃されるから撃つタイミングが作れないんだ」
「ならおれが―――」
時間を作る、と言おうとした瞬間、海鳴市代表とも言える魔導師組が合流してくる。
「フェイトちゃん! サバタさん!」
「チッ、アンタらまで来たのかい!」
「待ってください……今は争っている場合ではありません。早く封印しなければ……!」
“獣”の声に活力があまり無いように感じられるが、追求するのは後でいい。彼の言う通り、今は大樹を始末する方が先決だ。
それぞれの想いを抱きながら互いを見つめるフェイトと高町なのは、その二人の上から不意打ちで迫る大樹の枝。ハッと気づいた時には回避が間に合わなかった二人だが、暗黒スプレッドによる攻撃で枝の攻撃部分が砕け散って消滅したため事無きを得る。
「何をボサッとしている! 同じ事を何度も言わせるな!」
『す、すみませんでしたぁ!!』
敵対している関係だが息ピッタリに声を揃えて謝罪する魔法少女二名。すぐさま彼女らは砲撃の準備をし、俺はアルフと共に大樹の相手をして時間を稼ぐ。次々と繰り出される攻撃をゼロシフトや暗黒銃で、アルフはシールドか拳で対処していく。攻撃の要である魔法少女二名の守りはユーノが身を挺して行っているため、防御は万全であった。
「行くよ、フェイトちゃん!」
「……うん」
「ディバイン……バスタァーーーー!!」
「サンダー……スマッシャーーーー!!」
高ランク魔導師の同時砲撃、それは威力を倍化させて大樹のバリアを抜き、暗黒銃による攻撃の影響でシロアリに喰われた家の様に脆くなっていた大樹の本体は全く為すすべなく撃ち砕かれる。
「「ジュエルシード封印ッ!!」」
そして災厄の種はその機能を停止させられたのだった。しかし……それを挟んで封印に協力した両者は敵対関係に戻った事で向かい合う。
「ジュエルシードに衝撃を与えちゃいけないから……」
「そうだね、この前みたいな事になったらレイジングハートもフェイトちゃんのバルディッシュも可哀そうだもんね」
「でも……譲れないから」
「私だって……譲るわけにはいかないの」
そう言い、自らのデバイスを構えて臨戦状態に入るフェイトとなのは。それを見たアルフとユーノはまずい、といった表情を浮かべて大慌てで静止の声を上げる。
「二人ともダメ! ここでの戦いはダメだって!!」
「ここで戦ったらまた暴走するかもしれないよ、フェイト! また怒られたいのかい!?」
「ッ!!?」
脳裏に浮かんだ狸のオーラに一瞬ビクッと震えて頭が少し冷えたフェイトには、何とかアルフたちの声が届いた。また次の瞬間に聞こえた大勢の声に今度は高町なのはが驚愕する事になる。
「なのはっ! こんな所で何をやっているんだ!!」
「嘘でしょ……これって現実の出来事なのかしら?」
「もうこの街どうなってんのよ! 暗黒少年が助けに出るわ、ヴァンパイアが襲ってくるわ、変な倒壊事件が多発するわ、親友が裏で魔法少女やってるわ、どんだけ濃いのよぉ!!」
「アハハ……なんかもう海鳴だからって一言で何でも済みそうだね……」
巻き込まれた一般人(?)勢が到着。とりあえず安全になってから来た辺りタイミングが良いと言うべきかはさておき、実は全員と知り合いだった高町なのはは絶叫する。
「にゃぁああああああ!!? お、お兄ちゃん!? アリサちゃん、すずかちゃんまでぇ!? こ、これは、えっと、実はその……あうあう!!?」
「あの、私たちもいるんですけど……?」
「ファリン、ここは余計な事をせず空気を乱さないのが一流のメイドですよ」
向こうは向こうで混沌になっていた。ワタワタと取り乱して慌てた高町なのはは乱れた手の動きをしながら何とか説明しようとしていたが、全く言葉になっていなかった。やはり高町なのはは恭也の妹だったか……苗字が同じだったからそうだろうとは思っていた。
それにアリサ・バニングスと月村すずかは彼女の友人である事も確定した。ついでにアリサが相談した“友人”の正体も高町なのはだと判明した。以前忠告したはずなのだが、高町なのははまだ家族や友人に伝えていなかったようだ。その結果こうして場がこじれている辺り、自分でまいた種とはいえ彼女も苦労しているな。
「なんかあっち、大変そうだね」
フェイトと共に傍目で見ながら世間は意外に狭いものだと実感していた、刹那。
「ストップだ! これ以上の戦闘は危険すぎる! 時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい話を聞かせてもらおうか!」
黒い独特な衣装に身を包んだ黒髪の少年が現れるのだった。
とりあえず一言。管理局来るの遅い。
会談
前書き
説明回その2
「時空管理局……!?」
「執務官だって!?」
苦々しそうにその名を口にしたフェイトとアルフは、すぐさま逃走を開始する。ジュエルシードに向かわず踵を返して一目散に逃げる辺り、ちゃんと覚えていてくれたようだ。ならおれも仕事をしなければな。
「動くなっ!」
黒い格好の少年が彼女ら目掛けて魔力弾を放つ……前におれは彼が最優先で手にしなければならないはずのジュエルシードを手にする所を見せ付ける。
「貴様、何をしている!」
すると職務に忠実な彼は咄嗟にデバイスの矛先をこちらに向ける。おかげでフェイト達が攻撃される事は避けられた。
「フッ……暗黒転移!」
「転移魔法!? ま、待て!!」
少年が魔法を放つがもう遅い。魔力弾が到達した頃には既におれはその場からいなくなっていたのだから。しかし暴走する可能性があるジュエルシードの傍で魔法を使うとは、彼はこれの特性を理解しているのだろうか?
『暗黒転移ってさぁ、すぐに発動できるから便利過ぎるよね』
アリスの言う通り、確かにフェイト達の使う転移魔法は発動まで割と時間がかかる。それに比べて暗黒転移は瞬時に発動できるから、上手く使えば転移回避の鬼にもなれる。尤もそれだけ連続使用するとエナジーの消費も凄まじくなるが。
『ジュエルシードも封印したし、今日はもう休むね』
そう言ってアリスはおれの中に戻って行き、しばらく彼女は眠りについた。幽霊だろうと疲れれば寝る事もあるのだ。
そして追っ手がかからない程度に離れた地点で一度フェイト達と合流し、先程手にしたジュエルシードを譲り渡す。
「恐ろしい程上手くいったね」
「うん、これもお兄ちゃんが事前に色々決めてくれたおかげだよ」
アルフがしたり顔で笑い、フェイトもホッとしたようにジュエルシード越しにおれの手を握る。
……以前フェイト達とヴァンパイア対策に考えておいた逃走案、それを応用したのが今回のやり方だった。管理局がとる行動を先読みし、即時離脱が可能なおれがフェイト達の転移時間を稼ぐ。内容自体はそれだけなのだが、俺の知らない組織である管理局が実際にどういう行動を取るか、どんなタイミングで彼らが現れるか、など様々な状況を推測する必要があり、今回のパターンは大まかに表すと“ジュエルシード封印後”、“ヴァンパイア無し”、“管理局員単独”の要素が揃ったものであった。
「さて、手筈通りにおまえ達は探知されないように多重転移してから帰――――ッ!?」
この気配は……ヤツめ、このタイミングで動くか!!
話している最中に感じた爆発的な闇の気配。これほどの濃厚な闇の気配を出せるのはイモータルのみ。ヤツも結界内部に入れる事には少し驚いたが、それよりもヤツが向かっているのは先程の連中がいた場所。彼らが対処を間違えて噛み付かれでもしたら、そいつがアンデッドにされる。それは色んな意味でマズい。
「フェイト達は先に帰れ。おれは一度戻る必要が出て来た」
「ど、どうして? せっかく逃げられたのに……まさか、例のヴァンパイア?」
「そうだ、この件はおれの果たすべき役目だからな。済まないがはやてに少し遅れると伝えておいてくれ。アルフ、フェイトを頼むぞ!」
「あいよっ! 必ず帰って来るんだよ、サバタ!」
「……気を付けて、お兄ちゃん」
多重転移で帰ったフェイト達と別れたおれは、暗黒転移を使って目標地点から少し離れた場所に身を潜める。ヤツはまだ来ていないが、空中にモニターを表示させている時空管理局と高町なのはの勢力との会話が聞こえる。
『初めまして。私は時空管理局、次元航行艦アースラの艦長、リンディ・ハラオウンです。あなた達に訊きたい事があります。どうかアースラに来てもらえないでしょうか?』
「そう言われても俺達はこの状況がさっぱりわからない。だが、なのはが関係しているとなれば話は別だ。むしろ話を聞かせてもらえるのなら好都合だな」
「そうね。いきなり巻き込まれた以上、私たちにも知る権利ぐらいはあるもの。でも時空管理局? なんて聞いた事も無い組織の戦艦に行くのは流石にごめん被るわ。だってさっき警告も無しにいきなりサバタに攻撃してたし、ホイホイついて行った所で何をされるかわかったものじゃないから」
「あれは彼が勝手に危険物を手にしようとしたからで、僕はそれを止めようとしたまでだ!」
「そうは言うけど、アイツの行動は飛んでいったあの金髪の女の子たちをあんたから守るためにとったようにも見えたわよ?」
「うん。私もちょっと羨ましいかなって思うぐらい妹思いの良いお兄さんだったように見えたね」
「確かに、サバタさんは何だかんだでフェイトちゃん達をしっかり守っていたの。それに少し前に私も危ない所を助けてもらった事もあるの」
「………僕も、彼は悪い人ではないと思います。色々大切な事を考えるきっかけもくれましたし」
「だが彼は無許可でロストロギアを―――」
『よしなさいクロノ執務官。すみませんが私たちも彼らの事を知らないので詳しく教えてもらいたいのです。なので話し合いの場を持つためにもこちらに来てくれませんか?』
「話し合いたいのならむしろそちらから来てもらいたいわね。なぜわざわざそちらの拠点に赴く必要が―――」
―――ある、と言おうとした月村忍の傍を、突如黒い弾丸が通り過ぎた。一瞬の事で動けなかった忍が恐る恐る振り返ると……。
「ウグワァアアアア!!」
初日に遭遇したヴァンパイアが叫びながら小太刀を再度振りかぶっていた。あまりに突然の襲撃に流石の彼女も動けなかったものの、瞬時に踏み込み間に入った恭也が持参した小太刀で追撃を防ぐ。
「こいつは……あの時の! なぜこんな所に!!」
恭也が叫ぶが、一方で忍は不意打ちで放たれたヴァンパイアの剣を一度弾いた先程の暗黒ショットのおかげで自分が命拾いしたことに気付いていた。
「おまえ達は下がっていろ。こいつの相手はおれの務めだ」
『サバタ!?』
そして転移したはずの彼が再び現れた事にこの場の全員が驚愕する。しかし一方でヴァンパイアは懐に所持していた鋼糸を使用して変則的な妨害攻撃を行ってきた。それを対処しながら正面から目の当たりにした恭也は愕然とする。
「この戦術は、間違いなく御神流……! 神速といい虎乱といい徹といい、なぜこいつが使えるんだ!?」
ハイレベルな近接戦闘に魔導師連中や一般人組は茫然とするか、急いで安全な場所へ離れるかしていたが、その様子を見て恭也の戦闘に加勢していたサバタは怒鳴る。
「管理局、さっさとこいつらを安全な場所へ移せ! 見殺しにする気か!!」
『ッ! 皆さん、クロノ執務官の近くに集まってください! アースラへ転移させます!』
「待って! まだお兄ちゃんとサバタさんが!」
「彼らは後だ! 今は君達だけでも転移させる!!」
「でもっ!!」
「君達ではあの速度に追いつけない! 僕も悔しいがここにいると彼らの足かせになる! 今は撤退するんだ!!」
「嫌だよ! 待って、お兄ちゃん!! サバタさん!!」
わめく高町なのはを抑えながらクロノはサバタと恭也以外の全員を上空のアースラへと運ぶ。激闘の最中、それを見届けたことでサバタと恭也は本格的に戦いに集中できるようになり、微かに笑みを浮かべる。
「恭也、そろそろおまえも本気を出さないとやられるぞ?」
「それぐらい知ってるさ、こいつはどういう訳か御神流を俺以上に使いこなしている。手加減する余裕も一切ない。確実に仕留めるぞ、サバタ!!」
「元よりそのつもりだ。これからおれはブラックホールのチャージに入る。その間攻撃をこちらに届かせるな!」
「了解だ!」
以前にも同じ構図で一度共闘した事があったためか、彼らは互いの意思を瞬時に把握し、恭也は持てる力の全てを出し切ってサバタがヴァンパイアの動きを封じ込めるブラックホールを完成させる時間を稼ぐ。サバタは事情を知らないが膝に故障がある恭也にとって、本当の意味での全力は使えないが、それでも自分より格上の相手であろうと引けを取りはしない。
「あと10秒だけ耐えろ! それで完成する!」
「このレベル相手に10秒はキツイが、やり遂げてやるさ!」
「何を言う。おまえならまだ30分以上は持ち堪えられるだろう!」
「いつの間にか過大評価されてる気がするが、悪い気はしないな!」
高速で振るわれる刀の激突。飛び散る火花。夕闇に染まりかけている空を背景に恭也とヴァンパイアの圧倒的速度の剣劇が映し出される。それは鋼糸や飛針の流れ弾で地面を削り、小太刀でかまいたちが巻き上がる程である。
そしてヴァンパイアの放つ搦め手の鋼糸や徹のこもった飛針による流れ弾をゼロシフトで器用に避けながら、それでもサバタは自らの体格並に大きくなったブラックホールを更に大きくしていく。
「残り5秒。貴様は恋人に二度も手をかけようとしたんだ、償ってもらうぞ!!」
神速を使った事で景色がスローになる恭也。対するヴァンパイアも同じ技を使うことで両者の間にありえない剣速の応酬が炸裂する。上空で見ていた管理局はその人の域を超えた速度に目をむくが、もう一方の特異性も目を離せなかった。
「3………2………1………完成だ! 吸い込め!!」
光をも飲み込もうとする吸引力にヴァンパイアは足を止めざるを得ない苦境に追い込まれる。そこを狙わない恭也ではなく、次々と背後から光速の太刀を入れてブラックホールにヴァンパイアを追い込む。そうしてブラックホールにヴァンパイアを封じ込めると、これまで耐えた分のカウンターのごとく恭也が立て続けに斬る斬る斬る斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!!
「ウグゥアアアアア……!!」
耐久力の尽きたブラックホールが爆散すると、ヴァンパイアは胸を押さえて膝をつき、乱れた呼吸を整えていた。恭也の剣によって至る所を切り刻まれたヴァンパイアは着ている服も刀傷だらけとなり、顔を覆っていた覆面もボロボロとなった事で風が一瞬吹いた瞬間千切れて落ちる。
「な!? そんな……馬鹿な!」
それで露わとなったヴァンパイアの顔を見た途端、殺気立っていたはずの恭也の表情は一瞬で驚愕に彩られ茫然自失の言葉を紡ぐ。
「嘘だ……こいつは……こいつは……!」
「恭也? ……もしやと思うが、このヴァンパイアを知っているのか?」
「何故だ……行方不明になるまでに、一体何があったんだ……
“父さん”!!!!」
こいつも……同じだったのか。おれ達の親父と同様に、恭也の父親もまた、イモータルの手でヴァンパイアにされていたようだ。
「ウ……! キョウ……ヤ、強く、なったなぁ……!」
「父さん!? 俺の言葉がわかるのか!?」
「時間が、ない。よく聞け……! “白装束の少年”、そいつが……元凶だ!」
「白装束の少年!? そいつの名は何なんだ!」
「名は…………ラ……タ…………、ぐ……ウアァアアアアア!!!」
裏に潜むイモータルの名を口にしようとした途端、ヴァンパイアは頭を押さえて叫びながら多数のバットに分裂し、いずこかへ飛び去ってしまった。
「父さん! ……父さん……クソォッ!!」
肉親と知らずに戦っていた現実に恭也がやりきれない雄叫びを上げる。だが……おれは彼のおかげで敵の正体に見当が一応つき始めていた。しかし……奴は浄化されたはずだ。なぜ生きて、いや、そもそも何故ここに……? まあもし本当に奴が来ているならば、世紀末世界での借りを返す良い機会となるだろう。
『あの……そろそろお話を伺っても大丈夫でしょうか、サバタさん?』
「管理局か……一応聞いておくが、余計な強硬手段を使ったりはしないだろうな?」
『それはそちらの立場にもよるので保証はできませんが……出来れば手荒なことはお互い避けませんか?』
「……先に転送させたあいつらは無事なんだな?」
『それは保証します。こちらで丁重に扱っていますのでご安心ください』
「そうか。……恭也、おまえはどうする?」
そうして視線をうなだれている恭也に向ける。すると彼は静かに立ち上がり、周りへのプレッシャーがダダ漏れになりながらも言葉を発した。
「無論、行くさ。なのはが隠れて何をやっていたのか、この街に起きている事態とか、そしてサバタ、おまえとヴァンパイアの事もおれには知る権利がある。現に親父がヴァンパイアとなっていた以上、無関係ではいられない!」
「だそうだ。一応おれもついて行ってやるが、余計な真似はするなよ?」
『可能な限り善処します。それではアースラへ転送させていただきます』
そうしておれと恭也は転移装置によって時空管理局の戦艦アースラの内部に入った。内装の雰囲気はメカメカしいとでも言うべきで、よくあるメルヘン要素というものは欠片も見当たらなかった。ニーズホッグ辺りが狂喜しそうだ。
「……彼女たちのいる所へ案内する。ついてきてくれ」
おれ達が最初に降り立った部屋に先程あの場に現れた黒づくめの少年が道案内役として訪れる。なお、彼は一瞬おれに不機嫌な表情を向けてきたが、興味ないので無視しておく。
「クロノ……だったか。なのはには何もしていないんだな?」
「もちろんだ、と言いたいがあの後、彼女があの場に戻ろうとしたからどうにか止めはした。今は落ち着いて大人しくしてくれている。あと聞いておきたいんだが、君たちは魔導師じゃない……んだよな?」
「お前たちの使う魔法を使える者の事を言うのならおれは魔導師ではない。恭也もそうだろう?」
「ああ。そもそも魔法自体存在していると思わなかったから、こうして実際に目の当たりにして奇妙な気分になっている」
「それなのにあれだけ強いのか……どうなってるんだこの世界は……」
そうやって辟易するクロノの案内でついていった先は、艦長室とは名ばかりの似非日本庭園だった。恭也はポカンとしていたが、日本に詳しいわけではないおれもはやてのおかげで正式な方を知っているため軽く頭痛を覚えた。そんな部屋の中心には先に避難させていた彼女たちが集まっていた。
「そういえば君、そろそろ元の姿に戻ってもいいんじゃないか?」
「あ、ずっとこの姿だったことを忘れていました」
“獣”とクロノのやり取りに皆が首をかしげる中、急に“獣”が光り高町なのはと同年代の淡い雰囲気の少年が現れた。
「ふぅ、この姿をなのはに見せるのは二度目だったよね?」
「……………」
恐らく本来の姿であるユーノが高町なのはに話しかけるが、当の彼女は、いや、彼女に関わりのある全員が唖然としていた。
「あ、あれ? なのは? 皆さんもどうし―――」
『ええぇえええええええええええええええええええええ!!!!????』
瞬間、彼女らの絶叫がアースラ全体を揺るがした。耳がじんわりと痛い……。
なおこの後、温泉で妹の裸を見たことなどでユーノが恭也から制裁を受けたりするのだが、それはおれの知るところではない。
おれの事は後で話すということで先に優先事項であるジュエルシードに関する一通りの説明をしてもらった。それによるとあれの発掘者はユーノ・スクライア。それで管理局へ輸送しようと護衛艦を待ってから行こうとしたものの、諸事情で護衛艦が遅れていた事から輸送船だけで出発。しかし事故によってジュエルシードが地球にばら撒かれ、回収のために単独で降りたものの、力及ばず現地の魔導師に救難信号ならぬ救難念話を放つことで偶然魔法の才能を持っていた現地の住人、高町なのはが釣れて協力を要請。彼女に魔法少女稼業を務めさせる事になったらしい。道理で初対面の時、素人の雰囲気しか感じなかったわけだ。
「なるほど……あのロストロギア、ジュエルシードを発掘したのはあなただったんですね」
「はい、それで発掘者としての責任を感じて僕が回収しようとしたのですが……」
「立派だわ」
「だけど同時に無謀でもある」
その時、「ん?」と首を傾げたアリサが挙手する。
「ちょっと待って。なんか引っかかるんだけど、その言い方ってぶっちゃけ“そちら側”の見解であって、“地球側”の意見は反映されていない気がするわ」
「うん。知らない間になのはちゃんが巻き込まれていたのは少し納得いかないけど、それはそれでしょうがないとして、もし誰も対処できる人がいなかった結果、大惨事が起きていたらと思うとゾッとするよね」
「二人の言う通りね、私たちは知らない間に時限爆弾を持たされていたようなものだもの。そう考えると依頼された護衛もしないし事故が起きてもすぐに対処してくれなかった管理局と比べて、失敗はしたけど責任を感じて来てくれたユーノ君の方がはるかにまともだと思うわ」
「結果的に俺の大事な妹を勝手に命にかかわる危険にさらした事には変わりないがな」
「う……」
「ゆ、ユーノ君は悪くないの! 私がやりたいと思った事だから、お兄ちゃんもあんまりいじめないで欲しいの!」
秘密にしていた分家族から責められて針の筵の構図になっている高町なのはとユーノ・スクライア。何だか大変そうだが、ある意味自業自得とも言える。
「ところであなた達の言う“ロストロギア”って当方はまだ理解できていないのですが、要するにそれは何なんですか?」
「確かに説明不足でしたね。ロストロギアとは、過去に何らかの理由で滅んでしまった世界、もしくは古代文明の技術で作られた遺産などの総称です。そのほとんどが既出の技術では真似できない超高度の技術や生半可な技術では制御が難しい、または不可能な物で構成されています。下手に扱えば世界が滅ぶかもしれない危険性も持っていますので、私たち時空管理局はそれを確保して管理しているのです」
「では何故あなた達は今のタイミングで訪れたんですか? 事故が起きたと知らせが届いているのなら、もっと早く来れたのでは?」
「数日前にこの世界で次元震と呼ばれる、次元世界に作用する地震が確認されたので。遅れてしまったのは人材不足も理由の一つですが、事件現場の検証や被害の報告などに時間がかかってしまったからです」
この前のジュエルシードの暴走か……あれは確かに中々危ない所だったな。なお、ネゴシエーターには当事者の高町なのはを差し置いてこの面子の中では最も交渉慣れしている月村忍が表に立っている。あちらはしばらく任せておいて……っと、そうだ。
「ところで“獣”、この前の宿題の答えはわかったか?」
「人の姿を見せたのに“獣”呼ばわりはまだ変わらないんですね、サバタさん。でも……その理由も今ならわかるかな」
「ユーノ君、答えって結局どういう事なの?」
「……僕はこの前こう言ったよね。『なのはの家族には伝えていません。魔法の事を管理外世界に漏えいするのは管理局法で違法でもあります』と」
「うん。でもそれって確か魔法がばれると混乱が起きて大変な事になるからって私がレイジングハートを手にしたあの日に家で言ってたよね?」
「うん。だけどそれを意識し過ぎた結果、僕はなのはの命を必要以上に危険にさらしてしまった。いや、もっと取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。もし……もしもの話だよ? なのはが暴走体に負けて命に関わる大怪我を負ったりした場合、何も知らないなのはの家族は自分たちの知らない間に瀕死になっている家族の姿を見てどう思うか想像できる?」
「それは……何があったのかどうしても知りたいと思うの。でもそれ以上に無事に治るのか凄く心配になるし、何で話してくれなかったのか悔しく思う…………あ!」
「なのはもわかったよね。家族に何も知らせないという事は、この話の通りになっていた可能性があるって事なんだよ。そしてそれは違法になるかもしれないからっていう僕の保身が生み出した悲劇にもなる。これに気付いたからサバタさんはあの時、幻滅したって言ったんだよ。うん、全くその通り、言い返せる言葉は一切見当たらない」
説明し終えると無力感に満ちた様子でうなだれるユーノ。高町なのはもそんな彼を励まそうと言葉を探しているが、元々文系が苦手である彼女には何も思い付きそうになかった。
おれはおれで予想を上回る質の答えに内心感嘆していたが、今の内容を理解したのならまずすべき事があるのを彼に伝える。
「……“ユーノ”。それに気づいたのなら何をしなければならないのか、おまえならわかるな?」
「ッ! 今、僕の名前を……」
「幸いここにはその“なのはの家族”がいる。……今の話は聞いてただろう、恭也?」
「ああ。ジュエルシードを集めなければ地球が滅んでいた危険があるとはいえ、俺達家族に黙ってなのはに手伝わせていたのはどうしても納得がいかない」
「おっしゃる通りです。だから恭也さん、魔法の事を隠したまま、なのはの力を借りている事をずっと黙っていてすみませんでした」
「待ってお兄ちゃん! ジュエルシードの回収は私が自分からやろうと思ったの! だから……!」
「…………」
無言のまま佇む恭也の前でユーノは何も言わず頭を下げ続けている。高町なのはも必死に弁護しようとしているが、耳に入っているかどうか疑わしい程恭也は無反応だった。リンディや月村忍たち他の面子もその重い空気に誰も言葉を発せられなくなる中、感覚では一時間ぐらい経った気がする頃、徐にため息を吐いた恭也はユーノの近くに歩み寄り……、
「……なのはに大した怪我は無いようだからな、特別に許してやろう」
彼の肩に手を置いてそう告げた。瞬間、ユーノは「ありがとうございます!!」と大声で涙混じりに礼を言う。まるで父親に娘との結婚を許可してもらった新郎のような流れだが、ある意味高町家では似たような扱いだろう。
「まあもし……なのはに大怪我させていたら、この世の生き地獄に叩き落としていたがな?」
「誠に申し訳ありませんでしたぁ!!」
「そう必要以上に脅すな、恭也。妹が毎日ジュエルシードを集めに出かけていた事に気付かなかったおまえにも責任はあるのだからな?」
「ずっと俺達が探していたお前が言うか、それを……」
「今日までの間、恋人優先で家族を顧みなかったおまえが何を言う? 少しでも兄らしくして妹の行動に気をつけていればおまえなら見抜けたはずだ」
「ぐ……そ、その通りだ……!」
「あ~コホン、そろそろこちらの話にも合流してもらえませんか、サバタさん?」
論破されて言葉に詰まる恭也の様子を見て、矛先を変えようとしたのかリンディがおれに話を振る。確かに話を切り替えるには丁度良く、おれは管理局との会議に参加した。おれが入るまで主に話していた月村忍やアリサ・バニングス、月村すずかは後ろに一歩下がった所でこちらを伺っている。
「さて、それでは色々訊きたい事があるのですが、まず……」
「さっき君が回収したジュエルシードを僕たちに渡してもらいたい。管理局の事を知った今なら渡す理由ぐらいもうわかるだろう?」
「催促している所残念だがおれは既にジュエルシードを持っていない。転移した後、フェイトにすぐ渡したのでな」
「あの金髪の魔導師ね。それなら彼女達の潜伏先を……」
「教えるとでも? 義理でもおれはあいつらの兄だ。もう二度と家族を裏切るつもりは無い」
「なっ! 僕たちは時空管理局なんだぞ!? 危険なロストロギアを個人の手に委ねる訳にはいかないんだ!」
「ほう? では最初に依頼したはずのユーノの護送船が来なかったのはどうしてだ? その時点で管理局は自分から個人の手に委ねざるを得ない状況にしているじゃないか」
「そ、それは……管理局が慢性的な人材不足で手が足りなかったからだ」
「それは一切弁護にならん。組織というものは設立した以上、最低限の役割は絶対に果たさなければならない。だがおまえ達管理局は“ロストロギアの管理”を設立理念としているのに、今回ユーノが依頼した“ロストロギア・ジュエルシード輸送”の任を放棄した。この時点でおまえ達は管理局の存在意義を自ら捨て去っている事がわからないのか?」
「……確かにサバタさんの言う通りですね。それについては謝罪させて頂きます」
「かあさ……艦長!」
「それと執務官、おまえにも言っておきたいことはある」
「なんだ、何を言うつもりだ!?」
「ジュエルシードは魔法の発動による刺激で暴走が起きる可能性がある。それにもかかわらずおまえは近くで魔法を行使した。運が悪ければ再び暴走して次元震が起きるかもしれなかったのだぞ? ロストロギアの危険性を知っているとは思えない迂闊な行動だったな」
「な! あれは君が勝手にロストロギアを持っていこうとしたから、管理局員として止めようと」
「では訊くが、爆弾の導火線の近くで火を振り回している奴がいたらどうする?」
「それは……急いで爆弾を取り除くか、火を振り回している奴を止めるか、火を消すかだろうけど……」
「当然その通りだ。ならばおれが言いたい事もおのずと理解できるだろう?」
「あ………ああ」
「それと……ここがおまえ達の言う管理外世界である以上、普通は時空管理局の存在を知るわけがない。ゆえにおまえ達が本物の管理局なのか判断もできない。だから信用ならない人間の手に渡すよりも信頼できる人間に渡したのだ」
「でも君は魔法を……ああそうか、君は魔導師じゃないんだったか。ならあの少女から管理局の事を聞いていた所で僕たちが本物か判断がつかないのも当然か。そして君は基本的に被害を抑えようと行動していただけなのに僕は義務感に駆られて攻撃した。……確かに僕が悪かったな、すまない」
これまでの状況を冷静に思い返し、血が上って迂闊な言動や思い込みをしてしまっていたことに気付いたクロノは、大人しく自分の非を認めて謝罪した。このままではサバタに話の流れを持って行かれたままだと判断したリンディは話を変えるべく本題に踏み込んだ。
「…………ところで先程からずっと気になっていたんだけど、魔力が探知できない瞬間転移に、攻撃が当たらなくなる高速移動、ブラックホールを作れるその銃といい、あなたの力は一体何なのですか?」
「……ヒトを滅ぼし、魔を喰らう闇の力だ」
「なんなのその恐ろしい力!? もしかしてレアスキルですか?」
「フッ……この呪われた力はおまえ達の使う魔法のように都合のいい代物ではない。……おれの居た世界を知らないおまえ達では、まだ理解が及ばないだろうがな」
「私たちの知らない世界……?」
仮にも次元世界の守護者を名乗っている管理局にとって自分たちの知らない世界の出身とは聞き捨てならない言葉だった。数多ある次元世界、当然未知の世界が発見される事も多々ある。そして新たな魔法体系や、特殊な異能もその世界に応じて見つかる時もある。それらは大抵“ミッド式”という自分たちが使っている魔法体系で応用できる場合がほとんどであった。
しかし管理外世界が独自で次元を渡る術を発見した場合、もちろん可能な限り友好的関係を構築しようとはするが、下手をすれば管理局とその世界との大抗争に発展してしまう恐れがある。そのため管理局の重鎮であるリンディとクロノは内面でサバタに対する警戒心を一段と強めた。だがサバタが放った次の言葉でそれは一気に覆された。
「改めて自己紹介しよう。世紀末世界……滅びがすぐそばにある並行世界の地球からやってきたのがこのおれ、暗黒少年サバタだ」
「並行世界!? あなたは次元世界の出身じゃないの!?」
「次元世界について知ったのはごく最近だ。フェイト達に教えられ、同じ地球と呼ばれる世界が存在しない事からここが並行世界だと判断したのだ」
「ならどうやってこの世界に来たんだ? 並行世界を渡る術を君は持っているのか?」
「どうやってと言われても答えようが無い、気づいたらこの世界にいたのだから。故に自力で並行世界を渡る術なぞ持ち合わせていない」
「という事は管理局法の扱いとしては次元漂流者になりますね……それでフェイトさん達と暮らしていたと。では魔力反応が探知出来なかった瞬間転移や高速移動は、あなたの世界の魔法ですか?」
「魔法には違いないが、あくまで一部に過ぎん。それと一度見ればわかるが、おまえ達の使う魔法とは内容も性質も異なる。おれのエナジーは暗黒物質ダークマターだから使える月光魔法も特殊だ」
「月光魔法?」
「世紀末世界の魔法の仕組みについて詳しく説明するとなると小一時間は余裕でかかるぞ? 今は他の話をする方が賢明だと思うが?」
「……そうですね、サバタさんの世界に存在する別の魔法体系について色々訊きたい事もあるけど、優先すべき事はそこじゃありませんね。……それで、ヒトを滅ぼす力とあなたは言ってましたけど、それはどういう意味があってそのように?」
リンディはサバタの使う力が見た目からして人体に危険性の高いものだと見ていた。といってもそれはあくまで非殺傷設定の効果が及ばない程の攻撃力や殺傷能力が必要以上に高過ぎる程度だと思っていた。しかし……サバタの言葉は何一つ誇張が含まれていない事を次の言葉で思い知らされる。
「簡単な事だ。この暗黒物質によって……世紀末世界の人間の多くが死に絶えたからだ」
「なっ……!」
沈黙。
この場にいる全ての人間が言葉を失う。それもそのはず、サバタの使う力は文字通り“ヒトを滅ぼす”力であった事を使い手である彼自身の口から聞いてしまったのだ。誰も何も言えない空気の中、サバタは暗黒物質に侵された人間がどうなるかの説明を始める。
「暗黒物質に浸食された人間は吸血変異を引き起こし、反生命種アンデッドとなって生きとし生ける存在を襲う。アンデッドは理性を失い、生命を奪う活動を永久に続ける。ちょうどさっきの奴のようにな」
その言葉を聞いた恭也は父親の現在の状態を理解した事で辛い表情になる。また、この世界の吸血鬼である月村家の人達は、世紀末世界に吸血変異が引き起こされた事で人類が絶滅しかけている真実に複雑な気持ちを抱いていた。
「……なぜ、サバタさんの世界はそんな事に?」
「人類を超越したとある存在が地球に吸血変異を引き起こしたからだ。……銀河意思ダーク、宇宙を作り出した存在だ」
「銀河意思ダーク……」
「あ! だから初対面の時、アンタは知らないかって私たちに訊いたのね!」
「……あの時尋ねてきた理由は今の話を聞いたらもうわかるよね。……あれ? じゃあもう一つ訊いてきたイモータルって何なんですか?」
「……銀河意思が生み出したイモータルとは地球の……銀河の存続のために、いずれ銀河系を侵す存在である人類を無害な反生命種アンデッドに変える事で延命しようとしているヴァンパイアの事だ」
「無害だと!? 大勢の人の命を奪う事を延命するためと言って正当化するとは、なんて奴らだ!」
「人類が銀河系を侵すって決めつけるなんて……サバタさん、その銀河意思ダークをどうにかする事は出来ないの?」
「不可能だ。ダークは銀河宇宙の意思そのもの、たかが人間の身で到底倒せる相手じゃない」
世紀末世界の行く末に対する残酷な現実に、誰もが沈痛な気持ちになる。そんな中、何かに気付いたユーノが挙手する。
「……サバタさん、宇宙を作り出したって言ってましたけど、それは要するに人類も銀河意思によって生み出された事になりませんか?」
「突き詰めればその通りだ、ユーノ。生命を育んできた太陽も含め、全ての存在は銀河意思の手によって創造されたという事実に収束する」
「ならどうして……自分で生み出したはずの人類をわざわざ滅ぼそうとするの? 皆……頑張って生きてるんだよ? なのに……」
「高町なのは、おまえの感情も理解できるが……ダークに慈悲の心はない。宇宙の存続のため、ダークの行動理念はそれに尽きる」
「……そんなの……変だよ……おかしいよ……」
どうしても納得できない高町なのはは頬に涙を流しながら落ち込んだ。アリサとすずかが彼女を抱き留め、慰める。サバタの世界の未来があまりに絶望的すぎて自分たちが今生きているこの世界がどれだけ恵まれているか、地球の人間も管理局の人間も分け隔てなく噛みしめる。
「……あれ? それだと少し疑問があるんだけど……」
ユーノが更に何かに気付いたように尋ねる。
「どうしてそこまで容赦なく攻撃されているのに人類はまだ滅びていないんですか? もしかしてイモータルに対抗できる術があるんですか?」
「察しがいいな。そう、おれの弟のジャンゴ、父の跡を継いだヴァンパイアハンターであるアイツがイモータルを倒す力を持っている」
「ヴァ、ヴァンパイアハンター!?」
やはりというべきか、月村忍を始めとする月村家の事情を知る者全員が過剰な反応を示した。それも当然で、この世界にも性質は異なるが存在するヴァンパイアハンターとは何度も月村家は戦った経験がある。故にヴァンパイアハンターの弟を持つサバタを同じヴァンパイアハンターではないかと警戒したのだ。
「あの……?」
「放っておけ。それより話を進めるぞ」
「は、はい。とりあえずサバタさんの弟が世紀末世界で戦っているおかげで人類が存続している事はわかりました。でも僕が言うのも何ですが、力があると言っても暗黒物質に侵されたらアンデッドになる危険が…………ん? あれ? ちょっと待ってください」
重要な真実を思い出したユーノは不思議そうにサバタを見つめ、問いただす。
「なぜ暗黒物質を操ってるサバタさんはアンデッドにならないんですか?」
その瞬間、この場にいる全員の視線がサバタを警戒心マックスで見る。今までの話を聞き、サバタは実はイモータルではないかと、そう思ってしまったのだ。それを察した、というよりそうなる事を想定していたサバタは軽く息を吐く。
「おれの中に流れる月光仔の血のおかげだ。それでアンデッド化せずに済んでいる」
「月光仔の血……?」
「既に滅亡した月の一族の血だ。おれ達兄弟は太陽仔の父、月光仔の母の間に生まれ、それぞれの血を濃く受け継いでいる。ジャンゴが太陽仔の血を、おれが月光仔の血を、とな」
「要するに凄い血筋の混血児とも言えるわけなんですね。……あれ? じゃあ月光仔は普段から暗黒の力を使うものなんですか?」
「使えない事もないが一応違うと言っておこう。というよりおれの出生だけが特殊とも言える」
「へ? サバタさんは家族と一緒に育ったんじゃないんですか?」
「…………」
軽くため息を吐いたサバタは、ふとアリサとすずかの二人を一瞥する。なぜこちらを見るのかわからない彼女たちが首を傾げるが、忍と恭也、リンディなどの社会の裏を知る大人は一瞬訝しげに思った後、まさか、と言わんばかりの表情になる。フッ、といつもの苦笑をしたサバタは真実を語った。
「物心もつかない幼少の頃に、おれはクイーン・オブ・イモータルの手で親元から誘拐された。銀河意思ダークに仕組まれた計画によって暗黒物質を注がれたおれは、いずれ太陽の戦士として来るだろうジャンゴに対するカウンター、暗黒の戦士として育てられた」
「そ、そんな…………誘拐された挙句、家族の敵として育ったなんて……」
世界の差は関係なく性根が優しくて純粋な少年少女達が絶句する中、サバタの闇の一端を聞いてしまったリンディは知らずに血を分けた兄弟同士で戦うように仕組んだダークに抑えきれない憤りを抱いた。子供を持つ身だからこそ誘拐された後、彼の両親がどれだけ彼を探し回ったのか想像も出来た。そして自分ももし夫を失ったあの時、クロノまでいなくなっていたらと考えが及び、湧きあがった恐怖で全身に怖気が走った。
また、誘拐された経験があるアリサとすずかは自分たちは誘拐されても助けられたが、サバタはそうでなかった事実に深く心を痛めていた。そして月村忍は、サバタがヴァンパイアによって育てられた事とその経緯を知った事で自分たちの事情にどうやって始末をつければいいのか表に出さず苦悩していた。
「だからおれはイモータルと同じ暗黒の力を使えるというわけだ。それと……大事なことを言い忘れていた。不死者であるアンデッドを浄化するには太陽の光が必要だが、比較にならない量の暗黒物質を宿すイモータルは太陽の光を浴びせただけでは浄化できない。太陽の光を増幅させるパイルドライバーという特別な装置が必要だ」
「太陽の光……私たちの魔法で代用できたりするのかしら?」
「魔法を動力に使うならともかく浄化に関しては難しいだろうな。なにせ活性化した暗黒物質は魔力素を喰うから、浄化には効果が薄い。フェイトのように魔法を属性変換できるならある程度期待できるダメージは与えられるが、せいぜい棺桶に入れるまで弱らせるのが限度だな」
遠まわしに“自分たちの魔法では倒せない”と言われた事に複雑な気持ちを抱くリンディとクロノであったが、何も知らずにイモータルと相対していた場合を考えると、今この場で属性変換した魔法ならそれなりに効果があると知る事が出来た分むしろ良かったと思うべきだと強引に納得していた。なにせ噛まれたらそれだけで死にも等しいアンデッドにされるのだから。
「……という事は、もしや君がフェイト達と行動を共にしているのは、彼女たちがアンデッドにされないためなのか……?」
「いくつかある理由の一つではある。で、そのついでにそこの高町なのはもある程度面倒を見る羽目になったのだが……」
急に話の焦点が向いた事で高町なのはは「にゃっ!?」と少々テンパった声を上げる。それはそれとして恭也は自分の力で妹を守れていなかった事に内心複雑な気持ちになっていた。
そんなこんなでサバタが世紀末世界の事とアンデッド、イモータルなどの話をあらかた説明し終えた所でコホンッと咳払いをするリンディ。そうして空気を区切った彼女は管理局員としての言葉を放つ。
「これよりロストロギア、ジュエルシードの回収については時空管理局が全責任を持ちます」
『えっ!?』
突然の宣言に高町なのは及びユーノが呆けた声を出す。
「君たちは今回のことは忘れて、それぞれの世界に帰って元の生活に戻るといい。それとサバタ、君は少々複雑な立場だが次元漂流者となるから君のいた世紀末世界は……あまり行きたくないが責任をもって見つけ出すつもりだ」
「でも、そんな……」
「これは次元干渉に関わる事件だ。民間人が出る話じゃない」
「まぁ急に言われても気持ちの整理がつかないでしょう。今夜一晩ゆっくり考えて、それから改めてもう一度お話ししましょう」
熟練の交渉術を相手に何も反論できず口どもる高町なのは。だが、一方でサバタはそんな対応をしてきた管理局を嘲笑していた。
「フッハッハッハッハッハッ! おまえ達が全責任を持つだと? ならばジュエルシードの被害を受けた者に対する賠償責任もしっかり負うのだろうな?」
「それは……」
ジュエルシードによって受けた被害は原因不明という事なので、国や市から補償金は出て来そうにない。それをテレビで把握していたサバタは、時空管理局が全ての責任を負うと言った時、被害者に対して賠償金を払うように交渉するつもりだった。確かにサバタにとってこの街の人間は赤の他人で、ここに来る前の彼なら場合によっては無視していたかもしれない。しかし共に暮らしているはやての影響で地球の(一部偏ってはいるが)常識を学びつつあった彼は、フェイトと共に“責任”の重要さを少しずつだが理解していた。そしてその“責任”を背負うと言ったのだから、管理局がその言葉を真に理解出来ているか確認したのだ。
「まさか管理外世界だから踏み倒してもいい、なんて思ってはいないな? ま、次元世界の守護者がこれ以上不信を抱かせるような規約違反をするはずもないよな?」
挑発するようにサバタが放った言葉に、リンディはつい難しい顔を浮かべる。実は彼らの年代からそういう方向の保証を追及されるとはあまり考えていなかったため、こうして言われると少し口どもってしまうのだった。管理局の管理外世界に対する偏見の現れとも言える。
「……私たち管理局は地球に対する権限を持ち合わせていません。なので、賠償金を支払う方法がありません」
「それなら私の家や月村家を介せばいいじゃない。どちらもそれなりに大きな権力を持っているから、保障代理人みたいな感じで支払えるわよ?」
「私もアリサちゃんと同じ意見かな。この前ユーノ君を預けた後に壊れた動物病院、あれってジュエルシードの暴走で壊れたんですよね? 私の家には猫がたくさんいて、あの病院も時々利用させてもらっていたので、直さないでいられると困るんです」
「……わかりました。しかし、流石に管理局もすぐに大金を用意できませんので、都合がついたら支払うということでお願いします」
「そうか。では暗黒ローンから自動的にかつ定期的に支払えるようにセッティングしておこう。もし金が用意できても払わない事が無いようにな」
「次元世界の守護者が……ローンですか……」
「ちなみにもし用意できなかったら、管理局の人間全員が“新”おしおき部屋という場所に強制的に連行されるから十分注意しておけ」
というわけで管理局は地球に対してローンを作る事になった。なお、借金を管理局がしっかり支払ったかどうかは、暗黒ローンの受付嬢のみが知る。
後書き
原作でツッコミたい所はツッコみます。
契約
前書き
月村回
「サバタ、帰る前に少し大事な話をさせてくれるかしら?」
ローンも含めて会談が終了したため地上に戻った後、管理局にフェイトたちの居場所が追跡されないよう暗黒転移で地上に戻ろうとした寸前に月村忍が決意のこもった眼差しで静止の言葉をかけてきた。
ちなみに管理局はある意味敵側のおれを帰したくなさそうだったが、暗黒物質を宿す俺がいると魔力で動いているアースラの動力が勝手に低下するんだとか。それでもしも魔導炉に不測の事態が発生した場合、非常用バッテリーに溜めてある魔力まで消失させてしまってアースラが地球に墜落する可能性があると判断したリンディは、「彼は突発的事態に対処していただけで敵対する意思は無い」と通達し、強引だがおれを地上に帰せるようにしたのだった。
さて、話を戻すが、あまり接触が無い月村忍から持ち出してくる話といえば、夜の一族の件以外にはなさそうだが、一応確認しておこう。
「……例の件か?」
「そう。あなたを見つけられなかったから今日までなあなあになってたけど、これは私たち一族に関わる大事な話なの」
有無を言わさない圧力をかけてきている月村忍、彼女の隣で無言ながら小太刀に手をかける事で逃げるなと示している高町恭也、勝手に帰ろうとしたら取り押さえるつもり満々の厳戒態勢をしている使用人二名、何が何だかわかっていない高町なのはとユーノ・スクライア、事情を知っているため不安に震える月村すずかをなだめて様子見をしているアリサ・バニングス、サーチャーを飛ばしているが蚊帳の外の管理局、現状はこんな感じだった。
「あなたとこの話をしないまま解散するのは色々とマズいのよ、私たちには。だから帰るのはもう少しだけ待って頂戴」
「……………」
彼女達が夜の一族の事を秘匿しているのはおおよそ把握している。しかし……、
「月村忍、だったか。さっき話した内容なのだが、実は……」
おれが住まわせてもらっている八神家にいる全員にもさっき話した内容を伝えている事と、彼女らも懸念しているであろう夜の一族との違いも説明している事を彼女らに伝えた。
「かと言って必要以上におまえ達の事は話していない。誤解しないように無害な吸血鬼もいると念を押しただけだ」
「そ、そう……一応ちょっとした気遣いはしてくれていたのね……。でもこうなった以上はその子達にもちゃんと話をする必要が出たわ。とりあえず今からその子達を呼べたりはしないかしら?」
「……今何時だと思ってる?」
現在時刻20時08分、もう辺りもすっかり暗くなった夜だ。明らかに子供が出歩く時間ではない。
「それにフェイト達は日中の間、基本的にずっとジュエルシードを探している。都合が付くとしたら、せいぜい一時的に戻ってくる昼食時ぐらいか……?」
「じゃあ食事に招待するから明日の昼頃に私たちの家に来てくれない? もちろんその子達も連れて」
「それは話してみないとわからんが……今言っておく事がある」
「何かしら? 話が出来るようになるなら少しくらいの手間は惜しまないわよ?」
「簡単な事だ。高町なのは、ユーノ・スクライア、高町恭也、並びに管理局の人間はその場に同席させるな」
その言葉を聞いて納得のいかない顔をする高町なのはと、小太刀を僅かに抜き身にして殺気を走らせた恭也だが、その態度が主な理由である事を告げておく。
「以前翠屋に訪れた際、恭也の殺気にフェイト達が完全に委縮してしまってな。多分姿を見るだけで恐怖して、すぐ逃げ帰ると推測できる」
後にその逃走の俊敏さを目の当たりにしたはやてから「ケーシィのテレポート並や」と言われるほどである。呆れる事実を知った忍はジト目で恭也を見つめる。
「恭也ぁ~……」
「す、すまん忍……」
「あのぉ……サバタさん、なんで私たちもダメなんですか? せっかくフェイトちゃんとお話できると思ったのに……」
「おまえ達がいたら管理局の待ち伏せがあると警戒するだろうが。そうなったら話をするどころではない、故に今回の件だと邪魔だ」
「ごめんね、なのはちゃん……。こればっかりは私たちの家の存続に関わるから、大人しく良い子で待っていてくれないかしら?」
「…………わかりました」
……?
彼女の事だからもう少し食い下がるかと思ったが、意外とあっさり引いたな。彼女のブロックワードにでも引っかかったのだろうか?
「というかなのはこそ、私たちにすら黙っていた事に何にも弁解は無いのかしら?」
「う……ごめんなさいなの、アリサちゃん」
「だ、大丈夫なのかな……サバタさんは信頼できるけど、その子達がもし受け入れてくれなかったら……」
「すずかはすずかで心配しすぎ! 何だかんだでアイツが信用している子なんだからきっと大丈夫に決まってるわよ。それにさ、事情があるなのははともかく、指名されなかった私は同席できるじゃない! いざとなったら私が全部何とかするわ!」
「た、頼もし過ぎるよアリサちゃん……!」
幼年組は幼年組で話がまとまったらしい。あちらはともかく、この条件を受け入れないとフェイト達を連れてくるのは難しい事を理解した月村忍は、譲歩案として恭也をフェイトに会わせないように別室に待機させておくだけでも許してほしいと言い、仕方ないとおれは頷いて交渉は成立した。それで都合がついたら連絡できるようにと、月村家の電話番号と住所が書かれた紙をノエルという使用人から渡された。
そして再び帰ろうとした矢先に恭也が俯きながら話しかけてきた。
「……サバタ、少し尋ねたいんだが……」
「……親父か?」
「ああ。アンデッドになったら、もう……治らないのか?」
「……月光仔の血も引いていないのに、あそこまで浸食が進んでいながら自我が残っている事自体驚きでもあるが、それでも人間に戻れる可能性は万に一つもあり得ない。残念だが、父親を救う事はできない。倒すしかないのだ……!」
「…………」
「父親を乗り越えろ、恭也。それがおまえに与えられた責任だ」
そう告げておれは暗黒転移ですぐにその場を去った。
上空、管理局戦艦アースラ、ブリッジ内。
「転移に魔力反応なし、ロストしました……」
「そう、油断してフェイトさん達の居場所が突き止められれば儲け物と思って飛ばしてはみたけど、やっぱり魔力が一切探知されないサバタさんの暗黒転移を追うのは無理ね」
「しかも魔法陣も展開しないで瞬時に発動しているから連続使用も可能だろうな。地味に厄介だ……」
管理局員である彼らが使う魔法はプログラムを利用して発動させる科学に近い力であり、神秘の力を用いる方向には疎いのである。故に太陽や月光、暗黒の力も彼らにとっては同じ未知の魔法としか映っていなかった。
「それにしても……私生まれて初めて見ましたよ、この“マイナス”と示す魔力値」
エイミィが映し出したのは先のヴァンパイア戦の映像。そこではサバタと恭也が魔導師の常識を打ち破る速度で戦っている光景があった。しかしその映像はサバタがブラックホールを生み出した時点で途切れていた。
「僕たちの使う魔法が正のエネルギーなら、彼の使う力は負のエネルギー、ということか」
「でも艦長、これっていろんな意味でマズいんじゃないんですか?」
「確かに上層部に知られる訳にはいかないわね。……管理局の定義だと、魔法を使っても魔力素の絶対量は減らない。なのに彼の力は魔法の源である魔力素を消してる。究極的に見て暗黒物質の影響で魔力素がなくなっちゃうと、その世界じゃリンカーコアを持っていても魔法が使えなくなる事を意味する。こんな事が知られたら管理局が彼を消そうと暴走する可能性があるわ……でも普段の消費量は微々たるものでしょう?」
「はい。普段は、ですけど」
「ああ、僕も見ていたから気づいている。さっきの戦いで彼がブラックホールを作り出した瞬間、魔力素の消費量が凄まじい事になっていたのをこの目で見た」
「あの時はアースラのサーチャーがまとっていた魔力も一気に消失しちゃって慌てて回収したけど、その寸前まで観測機が示した数値によれば、あのブラックホールが吸収した魔力素の総量はアースラのサポートを受けた艦長の魔力量に匹敵します。そしてこの世界の魔力素の量も考えると……あと3回ブラックホールを作ったら、この世界に限って全ての魔法が1ランクダウンします」
「……魔力素が枯渇するまでだと、何回だ?」
「厳密な計算じゃないけど………多分7回だと思うよ、クロノ君」
「7回……その回数までにイモータルを倒しきらないとこの世界で魔法が使えなくなる。暗黒物質の性質も考えるとかなりギリギリだな」
「イモータルが消費する量も含めると、もっと少ない回数でこの世界の魔力素が枯渇するでしょうね……。となるとサバタさんをあまり戦わせないようにしないと、この世界で管理局が一切活動できなくなる。……あ、いや、ちょっと待って! ま、まさかイモータルの狙いって……!」
リンディの脳内でサバタが言っていた言葉が反芻され、イモータルにとってこの世界で何が気に入らないかを推理して彼女は青ざめる。
『銀河系を侵す存在である人類を無害な反生命種アンデッドに変える事で延命しようとしている』
そして、銀河系を次元世界に置き換えるとピタリと条件が一致している存在。それは自分たちの所属している組織、時空管理局。つまりイモータルの狙いは……。
「どうしたんですか、艦長!?」
「もし、もしもよ? イモータルが次元を渡る術を見つけて次元世界全ての暗黒物質を一斉に活性化させたら……!」
「ッ! 全ての世界で魔法が使えなくなる!? 管理局の根幹でもある魔法技術が完全に無用の長物になったら、管理局の存在意義が消失してしまう!」
「まさかこんな辺境の世界で、次元世界の存亡に関わる事件が起きるなんて……借金の事も含めてただのロストロギア回収任務の枠に収まらない規模になってきましたね」
「そんな奴らが蔓延る世紀末世界で戦い続けていたサバタ達が、どれだけ過酷な戦いを生き延びてきたのか、僕達では想像もつかないな……」
彼らは知らない。本来サバタは破壊の獣を墓標として眠り続けるはずだった事を。彼が今生きているのは奇跡と偶然、そして弟の諦めない意地がかみ合わさった結果だと。
「そうなるとイモータルとの戦いに備えて、高い戦力になるなのはさん達にはどうしても協力してもらいたいわね」
「母さん、彼女達を取り込むつもりですか!? 彼女達は民間人ですよ、これ以上巻き込むのはあまり得策とは思えません! それに戦いの最中にもし暗黒物質に侵されでもしたら……!!」
「そうならないようにクロノが守ってあげればいいじゃない。それに……あなたも言い負かされたままは癪でしょ?」
「それは僕や管理局のプライドを犠牲にすれば済む話です! わざわざ彼女達の命を危険にさらす理由にはなりません!」
「ん~でも艦長の言う事もわからなくもないんだよね。あのなのはちゃんって子の魔力ランクはAAAランク、フェイトちゃんもそれに匹敵するレベルで、しかも二人ともまだ伸びしろがあるんだもの。正直人材不足の管理局から見たら両方とも喉から手が出るほど欲しい人材ではあるんだよね……」
「ええ。恐らく今回の事件の報告を見た上層部は魔力の高い彼女達を何が何でも入局させようと画策してくるでしょうから、できれば何かされる前に私の庇護下に置いておきたいのだけれど……今優先するべき事は事態の早期解決よね」
「結局彼女達がどう選ぶにせよ、僕達管理局はせめて汚名返上しないと駄目だな」
八神家の居間にておれはフェイトとアルフ、はやてに心配をかけたことを謝罪した後、アースラでの会議内容を説明。とりあえず今後フェイト達は慎重にジュエルシードを捜索するそうだ。なお、高町なのはの兄である恭也に出くわす可能性がある事も伝えると彼女達は涙を流すほど本気で震えていた。どんだけ恐れられてるんだよ、恭也……。
「それで明日の昼、この前話した無害な吸血鬼に会いに行く必要が出た。一種の顔合わせのようなものだから危害は加えてこないだろうが……どうする?」
「お昼用意してくれるんやったね、確か。人ん家のご飯も気になるし、お邪魔させてもらおっか!」
「お、お兄ちゃんが一緒にいてくれるなら……私も行くよ。まだ吸血鬼と聞くとあのヴァンパイアの顔が出てくるから怖いけど、無害なら……何とか平気かな……?」
「もし何かあってもサバタが守ってくれるならあたしも大丈夫さ……! あのおっかない店員の相手だけは勘弁してほしいけど」
ということで意見がまとまったので、明日の昼に月村邸に邪魔することを今日もらった紙に記されていた連絡先に伝え、予定の場所で合流する流れになった。
『キングク○ムゾン!』
[……アリス、なんだそれは]
『こういうパターンの時のお約束だよ~♪』
[……お約束だと? なるほど、そういうものなのか……]
そんなわけで翌日の昼、待ち合わせた場所で迎えに来た車に乗車し、おれとフェイトとアルフとはやては月村邸に招待(?)された。はっきり言って敷地のあまりの大きさに一瞬、イストラカンの血錆の館をイメージした。伯爵はいないが、それに値する人物は一応いる事になるのか?
「いらっしゃい、よく来てくれたわね。私が当主の月村忍よ」
「月村すずかです……」
「月村家のメイド長のノエルと申します」
「同じくメイドのファリンです」
「これはどうもご丁寧に。私、八神はやて言います~」
「……フェイト」
「アルフだよ。それにしてもあんたら、ぶっちゃけ見た目は普通だね」
ちなみにおれは自己紹介していない。両方とも知っているので既にする必要もないからだ。
「え~っと、すずかちゃんや。なんか見覚えがある髪やと思ったら君、何度か図書館に来とらんかった?」
「へ? あ、もしかしてはやてちゃんもあの図書館を……?」
「せや。私も暇があれば結構本とか読んどるからな、私ら良い読書仲間になれるんとちゃうか?」
「うん、それは嬉しいかも」
どうやら閉鎖的な環境で出歩けなかったはやてに、おれ達と違い趣味の合う友人が出来そうだ。はやてもフェイトも将来的にはおれの支え無しでやっていかなければならないから、この出会いは貴重だ。
そして一方、フェイトは本当に同席してきたアリサ・バニングスにじろじろと見られて恥ずかしくなったのか僅かに赤面していた。
「へぇ~、この子がなのはとジュエルシードをめぐって敵対してる魔導師ね……何よ、凄く大人しい子じゃない。てっきり『フハハハ! ジュエルシードは我がもらっていくぞ!』みたいにジャイアニズムな性格してるのかと思ってたわ」
「そ、そんな事は……」
弁論しようとした時、ふとフェイトは以前ここに来た時に口にしていた『ジュエルシードはもらっていきます』という台詞を思い出し、言い方が違うだけでやってる事は見事にジャイアニズムであると気づき、軽いショックを受けて落ち込んだ。放っておいても大丈夫だが、少しいじってみるか。
「アリサ・バニングス、フェイトを食べたりするなよ?」
「誰が食べるかぁーー!! ってフェイトもそんなに怯えないの! ただの冗談だから! 別に私は取って食ったりしないから!!」
「ほ、ほんとに……? 近づいた瞬間、パクッてしない?」
「しない、しないから! というか何でさっきの言葉を純粋に信じちゃうのよ!」
「だ、だって……手を差し出したらいきなり飲み込まれる映画をこの前見たから……」
「私はぁ! カオナシじゃあ!! ないわよぉおおおおお!!!」
怒髪天を突くと言うべきか、アリサの怒気で彼女の背後に業火が幻視され、頭のツインテールが上にピンと張っていた。おまけに拳を握った両手も上に振り上げて怒鳴るものだから、余計迫力が際立っていた。
やはりというか、この場に集まった面子ではアリサのリアクションが最も突き抜けている。後に知った事だが、この時はやては密かに彼女とコンビ組んで芸人の道を目指そうかと思案していたらしい。というかちょっと火薬放り込むだけでここまで爆発する辺り、アリサの性格がどれだけ燃えやすいかがうかがえる。
とりあえず場が落ち着いてから居間に案内された後、当初の約束通り食事をしながら月村忍から本来の取引を大まかに教えてもらった。要するに夜の一族の事を知ったら周りに口外しない事を契約するか、彼女の力で夜の一族の事を忘れて元の生活に戻るか、の二択が本来の取引内容である。対して今回は敵に世紀末世界のヴァンパイア、イモータルがいるため吸血鬼の事を忘れてしまったらイモータルの事も副次的に忘れる可能性がある。故に忘れさせる事は出来ないが、ここで先に言った他者に口外しない事と敵対しない事を誓う同盟を結ぶのなら、それで契約成立となる。
「ここであえて拒む選択を選んだらどうなるのだろうな……?」
「それはお願いだからやめて! サバタの場合、ヴァンパイアに育てられているから私の暗示でもその事実を忘れさせる事は出来ないの!」
「冗談だ」
「フフ……最近サバタ兄ちゃん、時々冗談を言うようになったなぁ。……計画通りや!」
「はやてェ…………」
「何だろう、サバタがはやてのせいで変な方向に染まってきた気が……」
む……そうなのか? 確かにこの世界に来てからはやてに勧められるまま色々しているが、いつの間にか知識が変な方向で豊かになっていたようだ。しかし別段困っている訳でもないため、余程気にならない限り無視していても良いか。それはそうと……、
「月村忍、おまえは今“暗示”と言ったが、それは洗脳に類するものなのか?」
「聞こえは悪いけど、まあそんな感じよ。単純に言うと魔眼を通して対象の心理を操作、行動原理に刻み込む仕組みなんだけど、それがどうかしたの?」
「……いや、諸事情で洗脳や暗示といった能力に忌避感や嫌悪感があってな。そんな力をおれに向けて使おうものなら間違いなくキレていたな」
「サバタ兄ちゃんがキレるって余程の事やね。一体何があったんや?」
「ま、知ってもつまらん話だ。……とあるイモータルに一度操られた結果、俺が世界を滅ぼしかけたというだけのな」
「え…………!?」
サバタは淡々と返したが、その内容の壮絶さは周囲の人間全員を絶句させるのに十分だった。たった一度、たった一回の洗脳がきっかけで、サバタが自分たちが想像もつかない程の喪失を味わっていた事を思い知った。
「わ……私、また迂闊な真似をする所だったわ……」
そして実は契約に応じる応じないに関わらず、サバタに『自分たちに危害を加えない』暗示を念の為かけようと内心で画策していた月村忍も、その一回がサバタにとってどういう意味を持っているかを理解した、してしまったのだ。いくら家族を守るためとはいえ、洗脳のせいで唯一の肉親を手にかけてしまい、更に世界の敵にされた経験があるサバタに暗示をかけようとは流石にもう思えなくなっていた。
実際は暗黒物質を介さないものなら月下美人の力で耐性を持っている事で無効化できるため、結局暗示はかけられないのだが。
そしてもう一つ、月村忍は心の底から理解した。敵対している者には割とよく使っていたが、実はたった一つの暗示がすべてを狂わせる可能性がある事を。
「……世界を滅ぼしかけたって、サバタさん、一体何がどうしてそんな事に……?」
誰もが言葉を噤むほどの重い空気の中、意を決して月村すずかは真相を尋ねた。そんな彼女にサバタは軽く苦笑を漏らすと、「余計な事に興味を持たない方が身のためだ」と案じるような言葉を返した。彼の心を無作為に掘り返す事は自分達には出来ない、それと彼の珍しい気遣いもあって、はやてとフェイトとアルフは自分達の兄の罪を何も言わず静かに受け入れた。過去に何をさせられたかは関係ない、今ここにいるぶっきらぼうながらも愛情を注いでくれる彼を大切に思えればそれでいいと。元の世界で家族も居場所も失った彼にこれ以上闇を抱えさせたくない、と。
「(それにしても……あれもこの世界に来てしまっているのだろうか。全てを破滅に追いやる絶対存在……破壊の獣ヴァナルガンド。もしそうなら、始末は自分の手で付けなくてはならない)」
一方で内心、そうサバタは決意した。
契約の話も済んだ事で初日から放置しっぱなしだった月村家との関係も修繕し、おれは近くの部屋から漂う恭也のプレッシャーや上空に浮かんでいる管理局の戦艦アースラのサーチャーの気配を感じた事で、帰りははやてとフェイト達を連れて暗黒転移を使用した。一瞬で八神家の玄関に着いた事に、初めての転移を体験したはやては驚きながらも楽しんでおり、フェイトとアルフも自分達の魔法とは違う転移の感覚に違和感を覚えていた。
とりあえず予定外だった目的は達したのでフェイト達は午後から再びジュエルシード捜索に乗り出すかと思ったら、何やら庭で新しい魔法の練習をしていた。一見では普段用いている速度魔法と同じだが、それだけでは直撃してしまうようにアルフの魔力弾がわざわざ進路上に複数置いてあり、今行っている練習はそれを真っ直ぐ進みながら一瞬でかわす内容だった。
「よっ、はっ……あ!? うわっ!」
「あ、惜しかった! 半分だけかすったね」
「う~ん……もう少しでモノにできそうなんだけど……」
「頑張れ~フェイト~!」
「……何をしているんだ?」
アルフに尋ねると、要するにフェイトはおれの月光魔法を自分達の使う魔法で再現しようとしているらしい。それで今はおれもよく使う月光魔法ゼロシフトを練習しており、フェイトの機動力を重視した戦術とは相性がかなり良いから、もし使えるようになれば手札が増え、何より回避率が上がってイモータルに襲撃されてもアンデッドにされず生き残る確率が高まる。……今更だがゼロシフトはかなり有用な魔法だったのだな。
「お兄ちゃんの月光魔法って、無敵時間のある高速移動のゼロシフトと、周囲を闇に閉ざすブラックサン、瞬間移動の暗黒転移くらい?」
「他にも触れると現れる氷柱を罠として仕掛けたり、火炎弾で広範囲に爆発を引き起こす属性魔法も使える。あと対人なら瞬時に閉じ込められるブラックホールを生み出したり、攻撃されると自爆する幻影魔法もあるぞ」
「攻撃されると自爆って、それ何気に凶悪な性能だよね。使えれば便利なんだけど、私に幻影魔法の素質は無いし……」
「……そもそも性質があまりに違う月光魔法をプログラムで真似する事自体初めての試みなのだから、そう簡単にいかなくて当たり前だ」
「うぅ……母さんのようにはいかないなぁ……」
プレシアか……一度戦っただけでダークマターの性質を見抜き、物量作戦で突破口を見出してくる程だから彼女は観察眼や発想力にずば抜けたものがある。きっと魔法のプログラムの構築も人並み以上にこなせるのだろう。フェイトが今作っている『ミッド式ゼロシフト』を完璧に組み上げるには彼女の協力が必要かもしれない。
しかし……あれほどの能力があるなら研究者として大成していてもおかしくないのだが、なぜ時の庭園のような閉鎖的環境に閉じこもっているのだ? 何か理由があるのかもしれないが、わざわざ聞くほど興味はない。
「ところでゼロシフト以外の月光魔法の完成度はどうなんだ?」
「そっちは手つかずなんだよね……。ゼロシフトの完成を優先してるから、まだ白紙のままだよ」
「そうか。完成したら見せてもらうぞ」
「うん! 楽しみにしてて!」
そう言い切って作業に戻るフェイトの姿を微笑ましく思いながら、もう一方の魔法少女はどんな選択をしたのか、何となく気にしていた。
結局この日はジュエルシードを探しにはいかなかったが、何も起きず至極平和に終わった。おれの柄じゃないが、偶にはこういう日があってもいいかもしれない。
後書き
フェイト強化……途中
肝試し
前書き
オリジナル回
「そこの少年、しばし待て」
ある日、ジュエルシードやヴァンパイアを探して出歩いていると、いきなり仮面をつけたいかにも怪しい風貌の男から呼び止められた。世紀末世界出身だからこの世界の流行とかに詳しい訳では無いのだが、はっきり言わせてもらおう。
「見た目からして胡散臭い奴の言う事なんか信じられるか」
「いや……おまえにとって絶対有益な話だぞ? 少しぐらいは話を聞いても」
「興味ない。失せろ」
「ま、待て! せめてこれだけでも聞いてもらいたい!」
仮面の男が強引に話を聞かせようと俺の肩を掴んだ瞬間、何故か仮面の男の姿がノイズが走ったように揺らぎだした。普通、人間の身体にノイズが走るなぞあり得ないため、こいつはただの人間ではないと判断し、いつでも暗黒銃を抜けるように手を忍ばせて警戒する。
「ば、馬鹿な!? 変身魔法の効果が急に衰えただと!? ど、どうして……」
「魔法? おまえ、魔導師か!」
まさかジュエルシードを狙う第三勢力の魔導師が現れたのか。そう推理した俺は即座に右フックを変身魔法が解除されかけて動揺している男の胴体に撃ち込み、ひるんだ所を逃げられないように後ろに回り込みながら関節を曲げて力が入らないようにしてから手を捻り上げ、地面に押さえつける。この国の警察が採用しているらしい体術だが、こうして使ってみると中々拘束力が高い。そのおかげで男の抵抗は全く役に立たず、しばらく押さえつけていると逃げられないと判断したのか、それとも変身魔法の時間切れで諦めたのか、足掻くのを止めていた。
「猫の使い魔……?」
俺の身体に宿る暗黒物質によって変身が解除された男は、本来の姿である年上で尻尾の生えたショートカットの女性に戻っていた。猫だと判断したのは尻尾が猫みたいな毛並だったからだ。
「クッ……まさか初めての接触だけでいきなり捕まるなんて……!」
「正体不明の魔導師相手に容赦する必要は無いのでな。初対面の相手にも正体を隠す程だ、いずれにせよやましい事でもあるのだろう?」
「そっちの件は脅しても話さないからね……!」
「そうか。なら心優しいあいつらが見ていない今の内に、ここで始末した方が良いかもしれないな。おあつらえ向きに棺桶も用意してある」
「か、棺桶ぇ!? なんでそんなものを……」
「イモータルを弱らせた後、一時的に封印しておくためにあらかじめ作っておいたのだ。慣れない日曜大工だったが、まあ臨床試験という事でおまえを先に埋めてみるのもいいかもな」
「ま、待って! 今はあなた達に危害を加えるつもりは無いわ!」
「そうか、“今は”か。なら後に敵対する前に……」
「あっ……!? ちょちょちょちょっと待って、今のナシ! 私にあなた達と敵対する意思は無いわ!」
「ならなぜ正体を隠していた? 正直に答えなければ……」
「言う言う言う! 言うからその銃しまって!! なんか近くにいるだけで魔力が消えていくから! 撃たれたら私の使い魔人生が終わりかねないからぁー!!」
なんか大人げなく泣き出してしまったので、話が終わるまで大人しくすると誓わせてからゆっくり話の出来る場所へ移動した。場所は……翠屋である。
「ってまた客として来るのかよ!?」
「来ちゃ悪いか恭也。店商売してるくせに客を選り好みするつもりか?」
「ぐ……い、いらっしゃいませ……!」
「こんなに言い難そうな“いらっしゃいませ”は初めて聞いたわ……」
そうぼやいた元仮面の男だった女性は遠い目をして哀愁を漂わせていた。とりあえず同じ高町姓の札が付いた眼鏡の女性の案内で窓際の席に付くと、適当にエスプレッソコーヒーを注文しておく。
「じゃあ私はウーロン茶とカルボナーラ~♪ ……あ」
「………………それぐらい奢ってやるよ」
「へぇ……この歳で年上のお姉さんに借りを作らせようとするなんてね。もっと便乗してあげよっか?」
「ほう? なら俺は自分の分だけ払う事にしよう。その代わり金を持ってきていないおまえは無銭飲食になるが、関係がない俺の責任ではないな」
「ごめんなさいマジ勘弁して下さい今ホントに持ち合わせが無いんで奢って下さいお願いします」
「え、えっと……とりあえず注文はもういいのかな?」
おずおずと伺ってきた女性店員……後で恭也から“美由希”と教えてもらったが、彼女は年下の男に頭を下げて飯代をたかろうとしている目の前の女性と俺を交互に見て困惑していた。こんなのは戯れだと告げると、彼女は微妙な顔をしながらも店の厨房にオーダーを告げに行った。
「さて……まずおまえの名前が何なのか教えてもらおうか」
「え~っと……やっぱり言わなきゃダメ?」
「ダメじゃないぞ」
「え、あれ? そうなの?」
「どこかの白い魔導師のように名前に固執する程興味も無い。害が無ければすぐにでも別れられるのだから、暫定的に呼べさえすればそれでいいのだ」
「そ、そうなんだ……」
「という訳でおまえが名乗らないのなら、呼び名をこっちで勝手に決めさせてもらうが、それで構わないか?」
「私にとっては名乗らなくていいのは渡りに船だから、それでいいわよ。で、今は何て呼ぶの?」
「―――“ねとねと”」
「は!? え? え、ちょっ!? それ私の呼び名!?」
「気に入らないか?」
「気に入らないわよ!」
「では――――“ねばねば”」
「さっきと全然変わってないじゃない!」
「何を言う。“ねとねと”より“ねばねば”の方が健全だろう」
「どこがよ!? どっちも雰囲気的に粘着質じゃない! それ仮にも女性に付ける呼び名じゃないわよ!」
「だがおまえはさっきそれでいいと言って了承したではないか。だから“ねとねと”と呼ばせてもらうぞ」
「え、ま、マジ!? 本当にそれで呼ぶの!?」
「当然だ。では“ねとねと”、さっき俺を呼び止めて何を伝えようとしたのだ? 絶対有益な話と言っていた以上、生半可な内容ではないのだろう、“ねとねと”」
「……………………」
「どうした、“ねとねと”、何を俯いて黙っている“ねとねと”。さっさと話したらどうだ“ねとねと”」
「も……もう“ねとねと”って呼ばないでぇー!!」
彼女の女性としてのプライドにヒビが入った魂の叫びが店内に響き渡った。どこかで読んだ事のある精神攻撃を喰らった彼女は本気で慟哭の涙を流していたが、流石に敵対しているとはいえ煽り過ぎただろうか。
「私には……私にはリーゼロッテって名前があるのよぉーー!! “ねとねと”じゃなぁーい!!」
テーブルに突っ伏して大の大人が号泣していた。いくら怪しいとはいえ二回も泣かせてしまうとは少々大人げなかったな、反省しよう。
なお、注文した料理が来て食べ始めると彼女は泣きながら我武者羅にがっついた。そこまで腹が減ってたのか……この女、もしかして仕事ができず収入が無いホームレスなのか? そう思うと何だか可哀想に見えてきた。
「……何か勘違いしているようだけど、私ちゃんと職あるから。結構偉い立場だから」
「偉い立場の人間ならこんな所で油を売っている訳が無いだろう。しかも初対面の相手に食費をたかっておいて、職があるだと? はっ!」
「何だろう……私、この少年に色んな意味で勝てる気がしなくなってきた……。もう色々どうでもよくなったわ……」
年下に完全に言い負かされた年上の構図が完成。社会人が子供に喧嘩を売って返り討ちにあった気分を彼女は味わっているのだろう。本当に偉い立場の人間ならプライドがズタズタになっているに違いない。
カルボナーラ……トマトケチャップの香りがするスパゲッティを食べ終え、使い捨てナプキンで口を拭いているリーゼロッテに、本題の話を切り出した。
「さて……いい加減話を進めよう。おまえはどういう意図があって俺に接触してきたのだ?」
「単純に言うと情報提供よ。この街に落ちたジュエルシード、その一つがある場所をね」
「そうか。それは確かに有益な情報だが、おまえが次元世界出身の魔導師なら不可解な点がある。……なぜおまえが回収しない? いや、なぜその事を管理局に告げない? 上空には管理局の戦艦が来ているのだから、やましい事をしていないのならそっちに情報提供すれば良いものを」
「そう疑うのも当然よね。まあ、久しぶりにまともな食事をさせてくれた礼もあるから少しぶっちゃけるけど、現在私には内密の任務があってここにいる事を表側に知られるわけにはいかないのよ。だからその過程で見つけて秘密裏に封印しておいたジュエルシードも当事者に渡るようにしたんだけど……」
「なるほど、あの不可解な位置に落ちていた3つのジュエルシードはおまえが封印したものだったのか。さっきの印象や見た目に似合わず相当な手練れなのだな、見直した」
「そうやって君から褒められても皮肉にしか聞こえない気が……。……って話が逸れちゃったけど、とにかくジュエルシードがある場所を教えるわね。この街にある小さな山、そのふもとにある廃病院よ」
「廃病院だと?」
「道路や流通が行き渡って海鳴大学病院の方が新しい設備を用意しやすく、通うのに坂を登ったりと立地が悪い事や真偽はわからないけど違法行為があった事もあって倒産した昔の病院よ」
「そうか。情報提供に感謝するがリーゼロッテ、こちらにも都合がある。回収しに行くのは準備をしてからだ」
「それでいいわ。変に急かして準備不足で戦う羽目になった挙句失敗して地球が壊滅しました、じゃ教えた甲斐が無いもの。例の男が現れないとも限らないし、そっちの騒動が終わらないとおちおち私も任務に集中出来ないしね」
「おまえの任務か……俺達に危害を加えないのなら、せめて成功を祈ってやろう」
「あはは……君から応援されるのは複雑な気持ちだけど、その言葉は胸に刻んでおくわ」
そう言ったリーゼロッテの顔は何故か苦虫を噛みしめたように辛そうだった。表情に出る程葛藤するような内容なのだろうか? 表側に知られるわけにはいかない、と言う程だから後ろ暗い任務なのかもな。さっきの発現は迂闊だったかもしれない。
閑話休題。
こういうシチュエーションで何かのウワサ話をしていると当事者が湧いてくるものなのだそうだが、今回の件もその通りになったらしい。さっきから……具体的にはカルボナーラが届けられてから白い魔導師こと、高町なのはがさっきから厨房近くの壁から上半身を出して覗き込み、聞き耳を立てているのがこの席から丸見えなのだからな。……というか彼女、ちゃんと隠れる気があるのだろうか?
「…………なのは……」
一方で恭也も彼女のバレバレな観察に呆れたような、それでいて微笑ましい視線を向けている。おまえ、妹が何をしていても愛でるタイプだろ。しかし……どうもこの家族の中で彼女だけ空気が違う……というより浮いている気がする。まぁどうでもいいが、話を聞かれていた事で今回のジュエルシードの回収に向かえば必ず彼女達と出くわすだろうな。フェイトがその程度で止まる訳が無い以上、バトルは避けられないか……。しかし廃病院か……ホラーに耐性が無い彼女達がパニックを起こさなければ良いが。
その後、約束通りリーゼロッテの分も会計を済ましてから店の前で彼女と別れる。向こうは少し無理をしているような笑顔で去って行ったが、果たして彼女が報われる日は来るのか、星詠みができるわけでもない俺ではわからなかった。
なお八神家に戻る途中、高町なのはが尾行してきているのが振り向かなくてもわかったのだが、あえて遠回りで走ってみると彼女は途中でへばっていた。体力無いな、もう少し鍛えろ。
昼間、フェイト達はプレシアにジュエルシード回収の進行を伝えて夕方に帰ってきたため、リーゼロッテからもたらされた情報のジュエルシードの回収は日が完全に沈んだ真夜中に決行する事になった。
そんなわけでおどろおどろしい雰囲気でいかにも何か出そうな廃病院を前に、フェイトとアルフはガタガタ震えて俺の腕にしがみついていた。
「ほ、ホントにここにジュエルシードが、あ、あるんだよね……?」
「ああ、そうらしい」
「うぅ……夜の廃病院だなんて……こ、怖いよぉ……」
「だだだだだダイジョウブだよフェイト……おおおお、オバケが出ても何とかなるさ……!」
『は~い、オバケここにいま~す♪』
フェイトは恐怖のあまり目元に涙が溜まって少しの刺激で泣きそうで、アルフは膝がガクガク震えながら意気込み、アリスは洒落になっていない冗談を言っていた。なんだこの保護欲そそるような連中は……。今回の封印、本当に大丈夫なのか?
ふと4階の窓際にぽうっと薄ら光る人影が見えたが、それは放っておいて俺が前に歩きだし彼女達を促す。
「おまえら、ジュエルシードが暴走していない内にさっさと回収しに行くぞ。変に暴走したら場所が場所だ、百鬼夜行が襲ってくるかもしれない」
「そ、そんなのと戦いたくないよ! よ、よし! すぐ見つけて早く帰ろう! うん!」
「そ、そうだよ! それにオバケがいきなり後ろにいたらと思うと……」
ブルッと震えている所悪いが、本当にいるぞ。アルフの後ろにオバケ(アリス)。なんかアルフの首元に手を置いているぞ、ニヤニヤ顔で。言わないけど。
『う~ら~め~し~や~♪ って感じかな? こういう探検ってワクワクするよね! きゃー、面白そー!!』
[幽霊がホラーを楽しむ……微妙な気持ちだ]
ともあれ俺達は各々異なる気持ちのまま廃病院に突入した。ただ……この中は色んな意味で大変な場所だったことを、この時は誰も気づけなかった……。
一方……、
「うぅ……なんでこんな所にあるのぉ……?」
「大丈夫だって、なのは。次元世界でも幽霊なんて非科学的存在はいないとされてるんだから、きっと何も起きないよ」
「地球より技術が進んでいる管理局でも幽霊の存在は認知していないのか。……いたら俺の剣が通じるか確かめてみたかったのだがなぁ……」
「オバケと戦う気だったの、お兄ちゃん!?」
「何と言いますか……そういう頼もしさでは群を抜いていますね、恭也さん……」
別働隊もそれぞれの想いを抱きながら突入していった。
スタ……スタ……。
「ぶるぶるぶるぶる……!」
「な、なんか出そうだよね……こう、怪奇現象的な何かが……」
「随分過剰な反応だが、幽霊程度で怖がるほどか? それに最近八神家でもポルターガイストぐらいよくあるだろう」
『は~い! 心霊現象に心霊写真なんでもござれのラブリィ~でチャーミングな幽霊少女、アリスちゃんでぇ~す♪』
[おまえはテンション高過ぎだ]
月の光も届かず、老朽化して所々が崩れている真っ暗な廊下を俺達はゆっくり歩いていた。暗黒少年の俺は暗闇でも夜目が利くが、フェイト達魔導師はそうでもないようで、時々床の小石や道具に気付かず躓いていた。その度にフォローに回っているのだが、おかげで探索速度が低下している。やれやれ、これは長くなりそうだ。
「このままでは埒が明かない。各自分散してジュエルシードを探しに行くか?」
「い、嫌だ! 一人にしないで……!」
「分かれちゃったらホラー映画じゃ一人一人惨劇が始まっちゃうよ! ここは皆一緒に居た方が良いよ!!」
「む……そうか。ではこのまま一緒に―――」
「フェ~イぃ~トぉ~ちゃぁ~ん…………!」
一瞬、遠くの方からフェイトを探しているような声が聞こえた事でフェイトはピタリと硬直する。
「ワタシト……オハナシシヨウヨォ~……」
この国では死者や幽霊と会話すると魂を奪われるという話があるらしく、それを映画などからはやてに教えられていたフェイトは抑えていた恐怖が決壊したのか本気で泣き出した。
「ひっ!? い、い、い……いぃぃいいやぁああああああ!!!」
「あ、フェイト!? 今分かれちゃったらそれこそホラー映画になっちゃうよ! ま、待ってぇー!!」
恐怖で逃げ出したフェイトを追いかけてアルフまで走って行ってしまった。おいおい、さっき一緒に居た方が良いと言ったのはそっちだろう……。それにさっきフェイトを呼んだ声は明らかに聞き覚えがあるものだった。
『これが全ての惨劇の始まりとなったのだぁ~……』
[おい不吉な事言うな、アリス]
とりあえず……何も起きない内に見つけよう。近くの受話器にかけていた電話の主に「ここは潰れているから最寄りの病院に連絡をしろ」と注意してから、俺は彼女たちを追いかけて病院の闇を突き進んでいった。
「うぅ……真っ暗で怖いよぉ……。フェイトちゃ~ん! 来てるんなら私とお話しようよぉ~!」
「まだあの子と話し合いたいんだね、なのは。まあ、僕もどうして彼女達がジュエルシードを集めているのか知りたいけど」
「サバタもそこは話してくれなかったしな……全く、あの男は一体どういうつもりなんだ」
「でも……サバタさんは意味もなく隠したりするような人じゃないの……。きっと何か理由があると思うの……」
トゥルルルルル!
「(ビクッ!?)え……な、なんでこの病院潰れてるのに電話が鳴ってるの!?」
「まさか本当に幽霊がいるのかな……? これは興味深い……」
「念のため、俺が出よう。……もしもし?」
なのはとユーノにも聞こえるように受話器をとった恭也がついでにスピーカーモードのボタンを押す。するとそれなりの少女の呻き声が聞こえてきた。
『イタイヨゥ』
『クルシイヨゥ』
『イヤダヨゥ』
『コワイヨゥ』
『タスケテ、キァアアアアアアア!!!』
「きゃああああああああ!!!?」
「うわぁっ!? あ、なのは! こんな所で一人で先に行ったら危険だよ!!」
「待て、戻ってくるんだ! なのは!!」
フェイトと同じように恐怖でパニックを起こしたなのはも一人で駆け出してしまい、ユーノと恭也が急いで追いかけようとする。しかし……。
ミシミシ……!
「ッ! まずい、戻れユーノ!」
ガラガラガラガラ!!
なのはを追って走り出そうとした二人の足元で老朽化していた床が崩れ、廊下が分断されてしまったのだ。恭也の一声でギリギリ断崖にしがみついてその階に留まる事が出来たユーノだが、先走ったなのはと合流する事が出来なくなってしまった。
「床が俺達の重みに耐えきれなかったのか……となるとユーノの飛行魔法で向こうに渡るのも危険すぎる。仕方ないが、別の安全な道を進むしかないな……」
「確かにその通りですね。……無事でいてよ、なのは!」
回り道を強いられる事になった二人は、一人の魔法少女の安全を祈りながら急いで来た道を戻っていった。それを見てほくそ笑む存在がいた事に一切気づかず……。
「ヒック……ヒック……ここどこぉ……?」
あれから走りに走った後、我に返ったフェイトは自分がサバタとアルフとはぐれてしまった事に気づき、辺りを見回して自分が一人ぼっちになっている状況に再び恐怖が蘇り、泣きながら歩き出していた。余談だが事故などで遭難した場合、その場から動かない方が発見確率は格段に高いのだが、その理由は現場から変に出歩いたり徘徊したりすると捜査の手が行き詰まってしまうのだ。
「アルフぅ~……! お兄ちゃぁ~ん……! お母さぁ~ん……!」
捜査の手が行き詰まってしまうのだ!
血の跡が残るシーツに床、何かが暴れて壊れた跡、刃がどす黒く錆びたメスとハサミ、そういった物が散乱するいくつもの部屋を通り過ぎてはフェイトの脳裏に惨劇のイメージが浮かび上がる。
「(前にはやてが面白がってホラー映画を見せたせいで、どんな物も怖く見えちゃうよぉ)」
ちなみにその日、ポルターガイストが発生した時と同様にサバタの寝室にフェイトとアルフだけでなくはやても逃げ込み、はやても自分から見せたくせにホラーに耐性がない事が全員にバレていたりする。所謂自業自得というものだった。
チャリン……!
突然廊下の奥から響いてきた金属音にフェイトは委縮する。しかしジュエルシードを回収しに来た自分たち以外に誰もいないはずなのにどうしてメスが落ちたような音がしたのか疑問に思い、恐怖に負けまいと必死に堪えながら恐る恐る音の根源の方向に視線を向ける。
廊下の奥に白髪の老人がいた。よく見ると彼の足元には光るメスがあり、それが先程の音の正体だとフェイトは気づいた。
「あの……大丈夫ですか?」
元来、フェイトは優しい性格だ。故に道具を落として老人が困っているのではないかと思い、そう尋ねると老人は朗らかな笑みを浮かべて返した。
「ひっひっひ……心配せんでも平気じゃよ、お嬢ちゃん」
「そ、そうなんですか。良かったぁ……」
「それよりお嬢ちゃん、こんな夜中にどうしてこの病院に来たんじゃ? もう子供が来る時間ではないぞ」
「えっと……実はここに探し物があるので、それを探しに来たんです」
「そうか、探し物か。……それはもしかしてコレじゃないかい?」
老人が白衣の中から出した青い宝石、ジュエルシードを目の当たりにしたフェイトはパァッと笑顔を見せて「それです!」と告げた。
「そうか、そうか、コレを探しておったのかい。では渡してあげるからこっちに来てくれるかい?」
「はい!」
言われた通り老人の所に駆け寄っていくフェイト。彼女と老人の距離がさっきの半分程になった時、さっきまで朗らかだった笑顔が急に怪しく狡猾そうに変化した。その瞬間、フェイトは自らの不覚を悟った。
そもそもこの病院は既に潰れている。それなのにこの老人はどこからともなく現れた。自分達のように特別な理由がない限り訪れる意味のない病院の中で、どうして彼が現れたのか。真相はともかく、老人の傍に駆け寄ったフェイトは首元にチクッと針が刺さったような痛みの後、全身の力が抜けてその場に崩れ落ちてしまう。針に痺れ薬か眠り薬でも塗られていたのか、徐々に意識が朦朧となる中、フェイトは何かの寝台に乗せられる感覚と、先程とは打って変わって狂気に満ち溢れた表情をする老人の顔を目の当たりにしていた。
「(お、にい、ちゃん……たす、けて……!)」
言葉も出せない状態でフェイトが助けを求めたのは、義理の兄であった。
「だからこの病院はとっくの昔に潰れている。急患ならさっさと最寄りの病院か診療所の方を頼れ、じゃあな」
そう言って俺は別の場所で“同じ内容の電話”がかかってきた受話器をたたきつける。いい加減にしてほしいものだが、この病院がそこまで人気があったのなら、立地が悪かろうが潰れる事は無かったんじゃないか?
「お、オバケや心霊現象相手でもマイペースですね、サバタさん……」
隣で高町なのはが血の気が引いた複雑な表情で言う。さっき後ろからパニックで駆け出してきた彼女を先走ったフェイトの二の舞にならないように何とか止めて落ち着かせた結果、実は一緒に来ていたらしい恭也とユーノの二人と合流するまで面倒を見る事になったのだ。
「世紀末世界で幽霊の相手は何度か経験があるからな。こんなの日常茶飯事だ」
「そんな日常は嫌なの! というか本当のゴーストバスターだったの、サバタさん!?」
『いやいや、それだったら今頃とっくに私もバスターされてるから。むしろ憑りつかせてもらってるから』
アリスのツッコミはともかく、そもそもこの面子に俺は違和感を覚える。一人は世紀末世界出身暗黒少年、一人は海鳴市代表魔法少女、一人……否、一霊は記憶喪失幽霊少女。なんだこのチグハグなパーティは……。
「ところで高町なのは、少し訊きたい事がある」
「……なのは、って呼んで欲しいの。サバタさん、いつも私をフルネームで呼ぶけど、それだと疎外感を感じるの……ちょっと寂しいの……」
「そうか、それなら修正しよう。で、改めて訊くがなのは、今日翠屋でおまえを見た時に思ったのだが、どうもおまえとおまえの家族とで空気が違う……というか、心の温度差がある気がしたのだが、心当たりはあるか?」
「へ? そ、そんなことないの、普通だと思うよ?」
「本当か? それならいいが、俺はこの世界の一般家庭を知らないからこの判断基準が正しいかわからんのでな。にしても……そうか、アレが普通なのか……」
何だかんだで割と長い時間店内の様子を見ていたが、なのはの家族は愛情はあっても必要以上に彼女とコミュニケーションをとっていない気がしたのだが……普通の家庭とはあんなものなのか? 年齢の差もあるし働いていた時間帯だから仕方ないのかもしれないが、どうしても違和感が拭えない……。
「フェイトぉ~! どこにいるんだよぉ~!!」
廊下の奥からアルフの呼び声が聞こえてきた。少し湿った声だったから、十中八九泣きかけているだろう。そう思っていたら当の彼女が暗がりからこちらに走ってきた。やけに必死な表情を浮かべて。
「あ、サバタ! フェイトは見つかったかい!?」
「いや、まだ探している途中だが……」
「そんな……じゃあフェイトは今どこにいるんだよ……!」
「あの……アルフさん? どうしてそんなに焦ってるの?」
「あ、白いのもいたのかい。ってそんな事より、あたしが焦ってる訳はコレを見ればわかるよ!」
アルフが手に持っていた金色に輝く三角形の宝石を見せてくる。これはフェイトのデバイスの……。
「バルディッシュじゃないか。なんでアルフがそれを…………ッ!」
「そうだよ! フェイトがバルディッシュを持っていない、という事は今のあの子はまともに魔法が使えない状態なんだ!」
「えぇ!? じゃ、じゃあフェイトちゃん大丈夫なの? 今一人ぼっちなんだよね!?」
「それよりもアルフ、バルディッシュをどこで拾った?」
「この先にある4階のナースステーションの傍だよ! 案内するからついて来て!」
「わかった。ああ、なのは、暗いから足を踏み外すなよ」
「私だけ名指し!? む~、そんなにどんくさくな―――にゃっ!?」
やはりか……!
俺が言った傍から転んだなのはを咄嗟に抱え込むように支える。彼女はあまり運動が得意ではないと日中知ったため、期待を裏切らない運動音痴ぶりにほとほとため息が出る。
「あ、ありがとう、サバタさん……」
「……怪我は無いか? 無いなら急ぐぞ」
「は、はい!(何だろう……この胸の奥から感じるポカポカあったかい気持ちは……? お兄ちゃんやお母さん、お姉ちゃんから感じるものとはどこか違うような……む~?)」
なのはが何かを感じて不思議な顔をしているが、それは置いておき、アルフに案内されてたどり着いた場所はこれまでの廊下と同じような景色の続く場所だったが、風化を除けばそこだけ少し違う雰囲気を感じていた。これまで“静”の気配しか漂っていなかったのが、ここに来てほんのわずかに“動”の気配が混じっているのだ。何が原因なのか見回してみると、俺は床に落ちている小さなナイフ……医学用語でメスという刃物を見つけた。
「………ここは手術室が遠い、にも関わらずこれが落ちている……。という事は、誰かがわざと落としたとしか……」
「サバタさん! コレ見て欲しいの!」
近くの部屋をしらみつぶしに探していたなのはが何かを見つけ、俺とアルフを呼ぶ。彼女が示したのは、ボロボロのベッドと一体化して遠隔操作できる仕組みの麻酔銃と照準台。即効性の麻酔が使われているから使い方としては不意打ちで撃ち込むタイプだが、大人を狙うにしては照準が高い。故にこの高さで狙うとしたら……、
「なのは、ちょっとそこに立ってみろ」
「え? うん、わかったの……」
部屋の入り口になのはを立たせると、麻酔銃の照準は大体彼女の首元に向いていた。やはりこれは彼女のような少女がターゲットになっている。という事は十中八九フェイトはコレで狙い撃たれたか……。しかし誰に?
『お兄ちゃん! フェイトの居場所がわかったよ!』
[そうか、場所はどこだ?]
『ここの地下にある隠し部屋だよ! 急いで! このままじゃフェイトが!』
アリスのファインプレーのおかげでフェイトの居場所がわかり、理由云々はともかくその事を二人に伝えて俺達は地下に急いだ。所々崩れた階段を一足飛びで駆け抜けていく俺とアルフ、走りじゃ追い付けないため飛行魔法で飛ぶなのは。屋内故に狭いから速度はあまり無いとはいえ、ある意味安全な移動法ではあるな。
[それで、どうしてフェイトの居場所がわかったんだ?]
『私一応幽霊だから壁をすり抜けられて、それでしらみつぶしに突き抜けていったら何故か一階の床を通り抜けられたんだよ。理屈はわからないけど、地下が無ければ幽霊でも地面を通れないから変だと思って潜ってみると、何かやっばい部屋でフェイトが捕まってたんだ』
[そうか。しかし入り口の案内ではこの病院に地下は無かったはずだが……どういう事だ?]
『流石にそこまでは私もわからないよ!』
別にそこまで期待した訳では無い。それより一階に着いたのは良いが、地下に向かう階段が無かった。今更だがこの階段が地下に通じていないなら、地下にはどう行けばいいのだ?
『お兄ちゃん、あの子……』
アリスが指差した方向には、この病院に入る前に見えた薄ら光る人影の正体であろう病人服の少女がいた。暗がりからじぃ~っと俺を見つめる彼女は、徐に手招きをしてから闇の中に走り出した。……何故か追い掛けなければならない気がしたので彼女を追うと、廊下の途中にある何の変哲もない壁の前で少女は立ち止まった。
「ここに何かあるのか………?」
「サバタ~! 急に走り出してどうしたんだい!?」
「はぁ……はぁ……、何かわかったんですか?」
俺を追いかけてきたアルフとなのは。念のため彼女達の方を一度振り返って無事を確認した後、再び少女の方を向くと……、
「……?」
まるで蜃気楼だったかの如く少女がいなくなっていた。どこに行ったのか知らないが、彼女がここに案内してきたのには何か意味があるのだろう。そしてその意味は恐らくすぐ近くにある。
……そういえば周りを見渡して思ったが、ここだけ妙に病室と病室の間隔がやけに広い気がする。設計ミスか? それとも別の理由があるのか?
「サバタさん、ここに一体何が……うにゃ!?」
近寄ってきたなのはが疲れていたせいでまた転び、フォローが間に合わず壁に額がぶち当たる。
「うぅ……おでこが痛いの……」
涙目で額をさするなのはだが、俺は今の衝撃で壁が僅かに動いた事に驚いていた。まさかと思い、アルフと共に壁に力を込めて押してみると……バキンっと留め具が弾け飛ぶような金属音がしてから徐々に壁が後ろに動いたのだ。
「隠し扉か……! 厄介な仕掛けをしていたものだ」
「これを見つけられたのは、その子のファインプレーのおかげだね」
「ちょっと転んだだけだから、嬉しいような嬉しくないような……」
錆ついた回転扉を完全に開くと、探していた地下への階段が発見された。が、同時に俺の嗅覚がツンとした薬品の臭いと生き物の腐臭を伝えてきた。
「うっ……なにこの臭い……気持ち悪くて吐き気が……」
「な、なんか……嫌な予感がするの……」
「怖いならおまえ達はここで待っていろ」
「そんな訳にはいかないよ、あたしはフェイトの使い魔なんだから!」
「わ、私だってフェイトちゃんの事が心配だもん。絶対行くよ!」
「そうか……なら十分警戒して進むぞ」
しかし恐怖が強い二人は安全のために後衛にしておき、暗黒銃を抜いた俺が先頭を進む。
コツン……コツン……コツン……。
まるで大きな何かに飲み込まれたと錯覚しそうな暗闇を突き進む俺達は、階段を降り切った先にある薄いオレンジ色の電球に照らされた扉の前にたどり着いた。微弱だがこの中からフェイトの気配を感じる。つまり当たりだ。
今回は躊躇する必要は無い。勢いよく扉を開けた俺は部屋の中の情報を瞬時に把握し、寝台にくくりつけられたフェイトにメスを入れようとしていた老人に向け暗黒ショットを撃った。直撃を受けた老人は弾き飛ばされ、フェイトの側から離す事に成功する。
「お、お兄ちゃん……!」
「ぐおっ!? な、なぜここがわかったのじゃ!?」
「親切な病人服の少女が案内してくれたのだ。それより貴様、今フェイトに何をしようとした?」
「何をだと? ふん、ただこの娘の身体を解剖しようとしただけじゃよ」
「かい……ぼう!?」
「フム、そこの少女も解剖のし甲斐がありそうじゃな」
「ヒッ!?」
「答えろ、貴様は何を考えている?」
「ひっひっひ……医学に携わってきたわしは魔法という物理現象を超越した力を目の当たりにした事で思ったのだ! 魔法使いの身体、それは普通の人間とどう違うのか、わしは知りたいのじゃよ。そのために魔法使いを捕えて解剖しようとした! 魔法使いの力の源がわかれば、人類の進化は更なるステージに進む事ができるのだよ!」
なるほど……これは魔法バレによって引き起こされる騒動の一種とも言える。この老人がいつ魔法を知ったのか不明だが、人間の新たな可能性を求める姿勢も国家プロジェクトなどのように規模が大きくなれば正当化される類のものだ。
「だからってフェイトちゃんを解剖しようとするなんて……酷過ぎるよ!」
「何を言う。貴様達が使う薬や治療法は多くの人体実験や臨床試験があって世に送り出されたものだ。人類は自分たちの進化のために、学ぶために多くの命を犠牲にしてきた! そもそも人間が生きる為には他の生命を糧にしなければならない! 少女よ、貴様はこれまで食べてきた命を全て覚えているのか!? 貴様は食べる時、自分が生きていくために食料となった家畜の事を考えた事があるのか!?」
「そ、それは……」
「フッ……確かに貴様の言う事はその通りかもしれん。人間は他の生命を害さなければ生きられぬ生命だ。しかし、貴様の行為が正当化される理由にはならない。貴様がやっているのはただ知識欲に憑りつかれただけの凶行だ。……妹を返してもらうぞ!」
「愚かな……人類の進化を妨げる反逆者どもが! この宝石の力で貴様達も実験動物にしてやろう!!」
老人が懐から取り出したジュエルシードを、なんと自らの胸に埋め込んだ。病院全体が振動する程、姿が変貌していく老人から凄まじい魔力とプレッシャーが放たれ、脅威的な暴走体となる――――
――――前に大量の暗黒スプレッドを浴びせてやる。
「ぐおおおお!!? わ、わしの存在が、き、消えていく!! ぐぁああああああ!!!」
「わざわざ貴様が完全体になるまで待つ奴がいるか。さっさと地獄に落ちろ」
「ぎゃぁああああああ!!!!」
半分異形となっていた老人からジュエルシードが転がり落ち、狂気に憑りつかれた老人は跡形もなく消滅したのだった。まあ、それも当然か。
しかし実験動物とは……この病院が違法行為で潰れたという事から恐らく生前時の老人が多くの子供達を無断で解剖や薬物投与をしていたのかもしれない。そしてその子供達がこの病院に地縛霊として縛られていた事から起きていたのが、ここの心霊現象の真相なのだろう。無念を代わりに晴らしてやり、呪縛も無くなって成仏していくだろう彼らの魂に祝福があらんことを。
『……あの人も、ジュエルシードの魔力に飲み込まれた亡霊……』
[先に言っておくがアリス、おまえはこいつと違う。必要以上に気にするなよ]
『うん…………』
思ったより精神的に来たらしいアリスは暗い表情で、老人が消えていった場所を見つめていた。その場に残されていた封印前のジュエルシードをなのはがレイジングハートで封印したものの、老人に言われた事が耳に残っているのか哀しそうに俯いていた。
「大丈夫だったかい、フェイト!」
フェイトを寝台の拘束から外し、解剖されかけていた事で彼女の身体に傷が残っていたりしないか必死に調べるアルフ。自分が無事である事をようやく実感したフェイトはゆっくりと彼女にしがみついた。その行動に一瞬驚くアルフだったが、すぐに意図を察して優しい笑顔で彼女を抱き締めた。
「……なのは、見てみろ」
「え?」
俺は落ち込むなのはの首を振り向かせ、二人の微笑ましい光景を見せつける。笑顔を見せる彼女達の姿は無事を喜ぶ家族の愛情が感じられ、なのはの悲しみをほぐしていった。
「おまえの歳では命や世界の仕組みに関して難しい事はわからないかもしれない。しかし、この光景をおまえはどう思う?」
「どうって……」
「どことなく嬉しいだろう?」
「……うん。無事に会えて良かったと思うの」
「そうか。おまえのおかげで見れた光景だ、誇りに思ってもいいぞ」
「え、でも私はただ転んだだけで、実際は何にもしてないの……」
「いや、隠し扉を見つけられたのはおまえのおかげだ。内容や意図は関係なく結果的にそうなったとはいえ、これはおまえの功績だ」
「そんなに褒められると……なんか照れるの」
「褒められる事をしたのだから褒められて当然だろう、素直に受け取っておけ」
少し立ち直ってきたなのはを撫でていると、アルフとの再会を堪能したフェイトが俺の腰に抱き着いてきた。何も言わず、彼女の頭も安心する様に撫でておく。
「……一人ぼっちになった時、捕まって動けなかった時、お兄ちゃんならきっと来てくれると信じてた……。ありがとう、助けてくれて」
「……フェイト、その言葉を言う相手はもう一人いるぞ。ほら、賢いおまえならわかるはずだ」
「ふぇっ!? え、ええっと、そ、その……うん」
俺から離れてなのはに向かい合うと、顔を赤らめながらフェイトはたどたどしくも言葉を紡ぎ出した。
「あ……あり……、……すぅ~はぁ~……んっ。……あ、ありが……とう……」
「ど、どういたしまして……」
モジモジしているフェイトの可愛さに当てられて、なのはもつい赤くなって目を逸らしているが、まあ今回の件は意図せずこいつらの仲の進展にはなったようだ。
『うんうん、良かった良かった♪ ま、幽霊の私がスルーなのはしょうがないけどね。でもフェイトに何もなくてホント良かった』
[そうだな。しかし……何かを忘れている気がするのだが……]
『あ、それ私も。なんかこう……欲しくてもいざ手に入れると全然使わなくなってそのまま忘れちゃった道具みたいな感じなんだけど、さっきの騒動のせいでさっぱり思い出せないや』
[ああ、確かにそんな感じだが、この俺も忘れる程だ。今更気にする必要は無いか]
『だよね~♪ じゃ、帰ろっか。こんな辛気臭い場所からさっさとオサラバしようよ!』
[幽霊が辛気臭いとか、おまえも中々言うようになったな]
アリスの冗談に苦笑しながら俺達は綺麗な月の光が注ぐ地上に戻ってきた。やはり暗黒寄りである俺の性か、太陽の光よりも月の光の方が気持ちよく感じる。
「今日はありがとう。でも……次こそはジュエルシードを手に入れるから」
「うん、また会おうね。フェイトちゃん」
「今回は助けてもらったけど、次からは敵同士だからね、なのは!」
「あ! アルフさん、今私の名前……!」
「今の穏やかな空気の内に言っておこう。……フェイトと対立してきたおまえの行動には何か意味があるのだろうが、人間という生き物はどうしても口にしなければ伝わらない時もある。なのは、おまえが何を求め、何を為したいのか、今すぐとは言わないがそれを言葉にできるようになれ。ジャンゴと同じくいつも心に太陽があるおまえなら大丈夫だ」
「いつも心に太陽……はい、サバタさん!」
そう告げた後、本来の敵同士の関係に戻ったフェイトとなのはは別れた。去る前に少し雰囲気が緩和した病院に振り向くと、俺達をあの壁の前に誘導してくれた病人服の少女が4階から微笑を浮かべて手を振っていた。
『ありがとう』
声は無いが口はそう動いたのが見え、その言葉を受け取った事で俺が頷くと何かに満足した様子の彼女の姿が徐々に消えていき、次第に何も見えなくなった。
『……………』
俺と同じ方向を見ていたアリスは何も言わなかった。ただ……いつも天真爛漫な彼女は今、病院に向かって静かに祈っていた。
後日、隠し扉が発見された事で再び捜査が入ったあの廃病院では、地下で違法に人体解剖をしていた老人の犠牲となった行方不明の児童たちのホルマリン漬けの遺体が発見され、政府と遺族たちの手で丁重に埋葬されたそうだ。その遺体リストの中に病人服の少女と同じ顔の少女もおり、テレビのニュース越しだが彼女の冥福を祈った。
「ただいま~!」
「おかえり、なのは。身体は大丈夫? 怪我は無い?」
「うん、お母さん! 今日はサバタさんのおかげで平気だったよ!」
「あら、そうなの? それは何よりで良かったわ」
母の桃子から暖かい紅茶をもらい、なのはは今日の出来事を思い返して結構大変だったなぁと一息つく。それと同時に、夏場でもないのに肝試しのような事をして冷えた身体が温まり、やっと帰ってきたんだと実感していた。なお、この彼女はアースラに搭乗はしていない。
管理局のリンディから魔法について説明があったとはいえ、桃子は末娘にしか対処出来ない事件に母として娘に危険な事はあまりしてほしくない気持ちと、なのはが自分からやりたいと言っている事から背中を押してあげたい気持ちもあって複雑な感情を抱いていた。しかし……なのはに限らず兄の恭也からも何度か話に出て来ていたサバタ、彼の存在が意外な程自分に安心を与えていることを桃子は自覚していた。
「そういえばサバタさんって今日の昼頃に綺麗な女性と来てたマフラーの男の人よね? なのはもあの時ずっと隠れながら見てたっけ」
「えへへ……まあ事情があってね……」
「なのは、もしかして彼の事が好きなの?」
「ぶふーっ!!? な、ななななんでいきなりとんでもない事言うのお母さん!? わ、私はそんなんじゃ……! だ、大体サバタさんは私の悩みや想いを相談したらアドバイスしてくれて、アリサちゃんやすずかちゃんを助けてくれて、ジュエルシードの封印で危ない所を守ってくれて、ぶっきらぼうだけど本当は面倒見が良くて、子供だからと言って難しい事を誤魔化さないでちゃんと話してくれて、まるで頼れるお兄ちゃんみたいな人だから、好きとかその……!」
「あらあらあら、我が娘ながら可愛すぎて微笑ましいわね~」
「うぅ……お母さんのいじわるぅ」
「ところで……一緒に行ったはずの恭也とユーノ君はどうしたの?」
「ふぇ? ……………あーーーっ!! すっかり忘れてたの!!」
所変わって廃病院。
「ねぇ恭也さん……」
「言うなユーノ、俺もとっくにそんな気はしている」
「はぁ……僕たち、結構大事な場面で省かれた気分だよ……」
「そうだな……色々全部持っていかれた感が拭えない」
『なんでこの人達はまだ帰らないんだろう?』
とりあえず無念が晴れた事で成仏する前に彼らが外に出られるよう導いてあげようと思った病人服の少女であった。
後書き
サバタは麻酔銃の部品を手に入れた。
運命の竜巻
前書き
急ぎ回
『そうか……そうだったんだ……私は……』
[アリス?]
『あ、ううん、何でもないよ? 気にしないで、お兄ちゃん』
アリスの雰囲気が少し変わっているが、恐らく魂の修復がほぼ済んだ事で記憶などが蘇ってきたのだろう。しかしまだ頭を整理する時間が必要らしく、俺の中に入っていった。
アースラが来てから数日、残っていたジュエルシードの多くは協力する事を選んだ高町なのはによって封印、回収されていた。それとこの前のようなイモータルの襲撃に備えて恭也も彼女と共に現場に来ている。以前恭也を見つけたせいで涙目で帰ってきたフェイトとアルフがそう言っていた。ちなみにその日の夜はおれの布団に二人が潜り込んできている。そこまで怖いか……最早トラウマだな。
「……そろそろ全部集まっても良い頃合いだが……あといくつジュエルシードが残っているんだ?」
「向こうが回収した分を考えると……多分6個だよ」
「全部で21個か。それでその残りの分が全てここにあるのか?」
海を指さして尋ねるとフェイトは頷いた。地上に魔力の気配がないということは、残りは全て海に落ちたと考えるのが妥当。なので海の傍にある舗装された道でそんな話をしていたのだが、流石のおれでも海上だと手を出すのは厳しかった。
「心配しなくても大丈夫だよ、サバタ! あたしとフェイトなら絶対に勝てるって!」
「せやせや、兄ちゃんなんやからフェイトちゃんとアルフさんを信じとかんとな!」
「……心配なのはフェイト達じゃなくておまえだよ、はやて」
「というより、なんで来ちゃったの……?」
なぜかこの場にいるはやてに目線が集中すると、彼女は「皆で見つめられると照れるわぁ~」と身をよじらせていた。偶に突発的な思い付きで行動するはやてだが、今回もそれに近い感じで、ジュエルシードを封印する現場を見たいと珍しくねだってきたのだ。まぁ、一人ハブにされている気がしていたのかもしれないし、こうなるのも仕方がないか。
「ひとまず巻き込まれない程度に離れた位置ではやてと待つ。こちらにもし攻撃が飛んできてもおれが防ぐから、気にせずフェイトとアルフはジュエルシードの封印を最優先で行動しろ」
『了解!!』
「りょ~か~い♪」
意気の良い返事をしておれ達はそれぞれ指定したポイントに移動する。いつものように風景が無味無色になる結界をフェイトが張ると、はやてもこれからが本場の戦いである事を本能で感じ取り緊張した面持ちで見守る。
フェイトが魔力の塊を海面に落としてしばらくした後、最初の一つをきっかけに海中のジュエルシードが次々と連鎖的に発動、巨大な竜巻となって現れた。
「うわっ、ちょっ……!? あんなんホンマに倒せるんか!? ゴォーって竜巻がいっぱいやん!!」
「暴走の度合いが予想を超えている……フェイトの奴、一発で全部集めようとしたな」
「へ? 一発って?」
「当初の予定では数回に分けて回収するつもりだったんだ。万が一にも失敗するわけにはいかないから確実に回収できるよう程々の暴走に留めるはずだった。しかし功を焦ったのか、それとも管理局の介入を恐れたのか、投下する魔力の量を多めにして海中のジュエルシードを一気に集めようとしたのだ」
「それで予定より格段に強い暴走体になっとるわけか……。大丈夫やろか、フェイトちゃん達……」
しばらく黙って見守っていると、やはり二人だけでは厳しかったのかフェイトとアルフが竜巻のあまりの風圧に翻弄されて苦戦していた。速度を優先した代わりに防御が薄いフェイトには一発の直撃が致命傷となるため、息をつく暇もない連続攻撃を身をひねったり魔法でそらしたり、アルフの援護でどうにかギリギリ対処し続けている様子にはやてが焦燥感を抱く。
「なんかもう、めっちゃピンチちゃうのん!?」
「ま、焦らずにもうしばらく見守っておけ。どうせあいつらも来るのだから」
「あいつら?」
予想した通り近くの空で一瞬閃光が走る。そこから白い魔導師こと高町なのはとユーノ・スクライアがフェイト達の所に向かっていくのが見える。それとついでに……、
「おまえも来たのか、恭也」
それと何故か月村姉妹も来ていた。忍はまだわかるが、何もすずかまで来る必要はないはずだと思う……。
「当然だ。ま、俺も敵が海の上だと手が出せないから歯がゆいが」
「いくら戦えようが、あんな風に空を飛べなければどうしようもない。今回は大人しくしておけ」
「あんまり納得はしたくないがな。ところでその子は?」
「あ、私八神はやて言います。サバタ兄ちゃん達の家主やっとります~」
「………!」
「あれ? なんで驚いてるんですか?」
「あ、いや、すまない……。ついこの前あの金髪の魔導師達が俺を見た瞬間、急に泣きそうな顔で逃げ出した事があってな……今回もそうなるかもしれないと頭の何処かで思っていたから……」
「ナマハゲ扱いやん! どんだけ怖がられることしたんや!?」
「自分が子供に怖がられやすいんじゃないかと思ってネガティブになっていたようだが、あんなプレッシャーを初対面からぶつけられれば怖がるに決まっているだろう」
「面目ない……なのはと同い年の子にまで殺気をぶつけるなんて、まだまだ未熟な証拠だ」
「そこで剣を置く選択肢が無い辺り、生粋のバトルジャンキーなんやな。なんか会ってまだほんの少しやけどこの人の性格わかってきたわ~」
はやてが和やかな雰囲気を漂わせながら何気に見抜いている。彼女の観察眼が鋭い事は既に把握しているからともかく、それよりも月村すずかが何か話しかけたそうな顔をしている事に気付いたおれは手招きで彼女を呼ぶ。
「あの……?」
「悩みや疑問があるならさっさと言った方が良い、それが自分にとって大事な内容ならな。時間は少しならある……話してみろ」
「……はい。では……サバタさんは私たちをどう思っていますか?」
「近所の子供」
「た、確かに一言でまとめればそうですけど……そうじゃなくてですね?」
「―――吸血鬼の事か?」
「ッ……はい。もう契約が済んだのにまた蒸し返すようですみませんが、サバタさんは私たち夜の一族をどう見ているんですか?」
こちらを見つめるすずかの目は不安に揺らいでいるように見える。彼女達の境遇は世紀末世界の魔女とほぼ同じだから、恐らく“ひまわり”やカーミラと同じような思いを抱いている可能性がある。……彼女の心の歪み、少し見ておくか。
一度おさらいするが、月村家こと夜の一族は人間の血液を摂取する代わりに高い知能や人間以上の高い身体能力に長い寿命、そして魔眼のような異能を持っている。一見すればバケモノと揶揄されてもおかしくない存在ではあるが、イモータルと違い吸血した対象がアンデッド化するような事は無い。そしておれだから何とか気づくぐらい薄い闇の気配から、彼女達は月光仔に近い存在なんじゃないかとも推測した事がある……実際はどうか知らんが、わざわざ調べる気は無い。故に今、おれが彼女達夜の一族をどう見ているかと答えるならば……、
「イモータルと違い倒す価値の無い吸血鬼で、そちらの都合上同盟を結びはしたが、はっきり言って大して興味が無い存在だ」
「きょ、興味が無い、ですか……。今まで夜の一族の事を知ってしまった人は根掘り葉掘り聞こうとするのに、そんな風に言われたのは初めてです。でも吸血鬼の事を憎く思ったりは……」
「……まさかと思うが、クイーンの事を気にしているのか? おれを元々の家族から引き離した吸血鬼の事を憎んでいるんじゃないかと、おまえはそう思っているのか?」
「ええ。……覚えていますか? 初めてサバタさんと会ったあの日、アリサちゃんと誘拐された私は彼女を巻き込んでしまった責任と共に、家族ともう会えないかもしれない苦しみを強く感じました。私がそう思ったように、誰だって家族と引き離されるのは辛いです。でもサバタさんはヴァンパイアによって引き離された。だったら人生を歪めた吸血鬼の事を憎んでてもおかしくない、そう思いました……」
「そうか……だがその考えは杞憂だ。おれはもう、あの偽りの母を憎んではいない。そして彼女が成り果てたヴァンパイア……吸血鬼そのものに恨みや憎しみは無い」
クイーン……ヘルは母マーニの姉で同じ血を継ぐ月光仔だった。しかし彼女には月下美人に至る慈愛の心を持ち合わせていなかった。月の血が持つ二面性、狂気が強く表れてしまった事で自分には無い力を持つマーニに彼女は嫉妬の心を抱いていたのだろう。それなのにマーニは人としての幸せを求めて親父の所へ行った。
自分が手に入れられないものを何もかも手にしたマーニ。対してヘルは彼女に対するコンプレックスもあって、母に対抗しようと暗黒の力に傾倒していった事で益々狂気が表面化していた。そう考えると偽りの母である彼女もまた、運命に翻弄されて闇の犠牲者となったのだと見れる。
もちろん、イストラカンの戦いで世界中に吸血変異を引き起こそうとした事は到底許される事では無い。しかし……彼女も狂気に飲まれるまでの経緯があったのだから、一概に否定するだけでは何も見えなくなる。考える事を止めれば、それは人としての尊厳を否定する事になるのだから。
「端的に言えば俺は正体が吸血鬼だろうがどうでもいい。ただ……彼女を、そして俺自身をも狂気へと走らせた銀河意思ダーク、そしてその意思に従う闇の一族イモータル。ヤツらの思い通りにさせるつもりは無い。ただそれだけだ……」
「…………サバタさん、あなたは……」
「フッ……それにクイーンの下に居なければアイツと出会えなかったかもしれないからな。何も悪い事ばかりだったわけではない」
「アイツ? アイツってもしかしてこの前言ってた……」
すずかが何か思い当たる仕草を見せるが、必要以上にカーミラの事を話すつもりは無かった。のうのうと生きている俺なんかが彼女の想いをこれ以上穢してはならない。もし誰かが彼女の魂と通じるような事があれば話すが、そうならない限りこれからこの世界の未来を生み出していく少女達に、わざわざ人の業の象徴とも言える悲劇を教えなくとも良いだろう。まだ純粋な彼女たちの心に陰りを植え付けるつもりは毛頭ないのだから。
「それに、だ。本当のバケモノというのはおまえ達が想像できる程では到底及ばない脅威を誇る。特殊な血筋の家で生を受けた以上おまえが気にするのも仕方ないかもしれないが、ヒトより多少優れている程度の存在がバケモノなわけがあるまい?」
「あ……!」
「……話は終わりだな。それに、あれもそろそろ閉幕か」
そう、こんな話をしていた一方で、魔導師達の海上の戦いは終局に差し掛かっていた。執務官が加わった事で役割にバランスができ、ユーノと執務官がバインドで足止めし、アルフが防御を担当。その連携で稼いだ時間を使ってフェイトとなのはが同時に巨大な砲撃を放ち、直撃させた竜巻のジュエルシードを6つ全て封印してみせていた。
「お? 終わったみたいやな。あ~凄かった! 一瞬やられちゃうんやないかと思ってハラハラしたわ~!」
「案外図太い性格なんだな、その子は」
「複雑な事情持ちのおれ達を匿っている時点でそれは重々わかっているだろう」
「あれ、なんか私けなされとる?」
「そんなわけないだろう。褒め言葉だ、はやて」
「図太いって褒め言葉なんかなぁ……?」
腑に落ちない気持ちで疑問を膨らますはやて。それはそれとして海上ではなのはが何かをフェイトに伝えている様子だったが、ふとおれは上空から電気が走るような殺気に近い気配を感じた。一方でなのはの相手よりも先にジュエルシードを回収しようとして、執務官に阻まれているフェイト。次の瞬間、上空から降り注いできた紫色に発光する雷を全員が認識する。落下位置は、ジュエルシードと……ッ!
「フェイト! 避けろ!!」
「え……―――ッ!?」
意識よりも先に身体が動き彼女に呼びかけるも、反応が間に合わなかったフェイトはもう一つ降り注いできた紫の落雷の直撃を受けて撃墜されてしまう。ショックで意識を失い海に落ちる所だったフェイトは何とかアルフによって着水する前に救出されたが、今の落雷のダメージは楽観視できるものではない。
「な、しまった!? 今ので残りのジュエルシードも奪われた!」
執務官があらかじめ確保していた3つを引いた残り3つ、それとバルディッシュに保管していたもの全ても転送されてしまったようだ。となると21個の内15個のジュエルシードが落雷を放った魔導師……プレシアに渡った事になる。
邪魔をするな、と釘を刺しておいたのにな。やれやれ、向こうから先に違えるとは余程切羽詰まっているのか……?
フェイトを迅速に治療するため、緊急時という事で俺達はアースラに転送された。状況が状況なので執務官や艦長、オペレーター以外の他の局員もフェイトとアルフを確保しようとはしなかった。というよりそんな事をしている場合でも無いのかもしれない。なにせアースラにも先程の雷―――Sランク越えの次元跳躍攻撃魔法が直撃した事でほとんどの計器が故障している。が、その代わりあの攻撃の魔力をたどってプレシアのいる時の庭園の位置座標の探知に成功したため、制圧のために武装隊が突入していっている。修理を行っている者もいるのでアースラ内に局員の姿はあまり無い。
「う……おにぃ……ちゃん……」
「気が付いたか、フェイト。ここは管理局の戦艦アースラの医務室だ。あの時落雷のダメージを受けたおまえを治療するために連れてきた」
「管理局……そっか。私、捕まっちゃったんだ……」
そういって目元に手を置くフェイトはあまり悲観した様子では無さそうだった。アルフもいるとはいえ基本的に単独犯である以上、いずれこうなると頭の中で予測していたのかもしれない。
ちなみにはやてとアルフ、すずか達は別室にいるなのは達と一緒にいる。はやては管理局や魔法に対しての知識が中途半端である事から事情説明を受けており、アルフは彼女の護衛……ではなく、はやてに励まされながらフェイトの代わりに事情聴取を受けに行っただけだ。なにせ何も出来ず目の前でフェイトが落とされてしまい、後悔の念を抱いたのと同時にプレシアに対する怒りと不満が爆発した事で時の庭園の地形や設備、ついでにずっと我慢していた鬱憤などをリンディ達にぶちまけている。
「ねぇお兄ちゃん……なんで母さんは、私に振り向いてくれないのかな……? ずっと……ずっと母さんのために頑張ってきたのに、母さんは笑ってくれない、褒めてくれない、見てくれない……。やっぱり……管理局に捕まっちゃうような私じゃダメなんだよね……」
「………」
「今頃はもう、私は地球を守るヒーローなんかじゃなくて実は犯罪者だって知ったから、はやてもきっと私に幻滅しちゃってる。そうなったらあの家も追い出されるから、私に居場所は無くなる……。いや、そもそも捕まってるんだからこれから牢屋の中かな」
「………」
「お兄ちゃん、ごめんなさい……! 私のせいで……私のせいで、あの家の雰囲気を壊しちゃった……! もう……皆で過ごしたあったかい生活は、二度と出来なくなってしまった……! 私が全部を狂わせたんだ……!」
自虐が止まらないフェイトは、段々嗚咽を漏らして泣き始めた。後悔が抑えられないまま、彼女は自責の念に押し潰されかけていた。……サン・ミゲルの戦いで無力感を抱いていたザジを彷彿とさせるが、励ますのは元々あまり得意ではないのだがな。
「……後悔なら後にしろ。母親のために頑張ってきた? はやてが幻滅した? 居場所がなくなる? 皆で二度と過ごせない? 笑わせるな!!」
「ッ!?」
「ジュエルシードの封印、それが出来たおまえがいなければこの街や地球の被害は尋常ではないものになっていた。責任放棄した挙句遅刻した管理局には最早言わずもがな、もう一人の魔導師、高町なのはも地上全てをカバー出来ていた訳では無い。これほど被害を抑えられたのは他でもない、おまえの力があったからだ! 大魔導師プレシア・テスタロッサの娘であるおまえの力が!!」
「私の……力?」
「そうだ、おまえのおかげで救われた者が地球には確かにいる。それから目を背けて勝手に一人で悲観しているんじゃない!」
「私の……おかげ? 私が……救った? …………そっか。私、何の役にも立てなかった訳じゃないんだ……。私の力でも為し遂げられた事はあったんだ。うん、そうだ……もう何もかも終わった気になってたけど、まだ何も終わっていなかった。私は、誰からも答えを聞いていない」
「その通りだ。前にも似たような事があったが、勝手に悪い方向に考え込むのはおまえの悪い癖だぞ、フェイト。“ひまわり”の受け売りだが、たとえ雨が降っても、ひまわりはうつむかない。花でもしっかり自分の力で上を向き続けるのだから、おまえもいつまでも下を向いてばかりいる場合か?」
「うん……! うん……! ありがとう、私、まだ頑張れそうだよ。大丈夫……私は、これからも私のせいいっぱいをやればいいんだ……!」
精神的に立ち直ったフェイトは眼に力が戻りつつあり、完全に折れなかった事を褒める意味で彼女の頭を優しめに撫でる。すると彼女は目を細めて気持ち良さそうにされるがままになっていた。フェイトは母の愛を求めてこれまで頑張り続けてきた、そしてこれからも……。その努力を誰でもいいから少しは報いてやらないと、彼女の心にある太陽が再び昇ることが無くなりかねない。俺なんかで補填できるとは思っていないが、一時的な代わりになることはできる。
「あら、もしかしてお邪魔だったかしら?」
入口から現れたリンディの声が不意に聞こえた事で、特に動じる事もなくおれはフェイトの頭から手を放し、彼女と向かい合う。
「あぁ…………」
フェイトが物足りなさそうな声を出して頭に手を当てたが、そんな子犬みたいな寂しそうな眼をしても今はやらないぞ。そういうのは状況が片付いてからだ。
「こっちの話は既に済んだから問題ない。それよりどういう要件で来たんだ?」
「そうつんけんしないでほしいわ。ま、二人とも私が言わなくてもわかっていると思うけど……フェイトさん」
「はい……何でしょうか?」
「管理局はロストロギア所持、および管理局への攻撃の容疑であなたの母親のプレシア・テスタロッサの逮捕のために時の庭園へ武装隊を派遣しました。恐らく彼女の逮捕は時間の問題でしょうけど、念のため私たちはブリッジのモニターで確認します。彼女の娘であるあなたにお聞きしますが、その光景を見ておきますか? それともここで大人しく待ちますか?」
「…………行きます。私が招いた結果を、ちゃんと見ておかなくちゃいけませんから」
「そうか。だがフェイト、おまえの体のダメージはまだ残っている。行くなら連れていくが、無理はするな」
「うん、気を付けるよ」
「わかったわ。ではこちらへ」
フェイトが自力で歩こうとするのを隣で支えながら、リンディの案内でブリッジに行く。俺達に気付いたアルフは心配そうにフェイトの側に寄り、なのは達は何処となく不安そうな目で彼女を見つめる。痛めつけられたとはいえ実の母親が逮捕される光景だ、あまり気分の良い物ではない。
映像は武装局員が時の庭園の深部、玉座の間にたどり着いた場面で、彼らは更に奥へと進んで行った。そしてそこにあったものは、この場にいる全員が目を疑うものだった。
「え……!?」
映し出されたのは液体の詰まったポッドに入った幼いフェイト……否、むしろ俺に憑りつかせているアリスの姿そのものだった。
『あれは……私の本体だよ』
[なんだと?]
『私のアリシアに触らないで!!』
迂闊に近づいた武装局員が紫の雷で全員吹き飛ばされる。リンディ達が急ぎ彼らを強制転移で回収した後、今の雷を放ったプレシアが愛おしそうにゆっくりとポッドの少女……アリシアに近づく。
「艦長、彼女……プレシア・テスタロッサから音声通信の要請が届いています」
「繋いでちょうだい」
『初めまして、管理局の紳士淑女の皆さん、そして……そこにいるのでしょう? 暗黒少年サバタ』
「ほう、俺を名指しか?」
『ええ。管理局にここの位置は話さない、という約束を守ってくれただけでなく、多くのジュエルシードの回収に尽力してくれた事には感謝しておくわ。おかげで計画も早められて修正も最小限で済んだもの』
「別におまえのために集めたわけでもないのだがな……」
『結果的にそうなったのだから良いでしょう? 機会があればお礼でもしてあげたいぐらいだわ』
「そうか」
ただ、プレシアのお礼の内容に全く想像がつかない。というより別に欲しくもない。
「プレシア・テスタロッサさん、あなたの目的は一体何なんですか? ロストロギア、ジュエルシードを使って何をしようと言うのです?」
リンディが管理局の艦長という立場もあって尋ねると、プレシアは眉を顰めて語り始める。
『そこからでも見えているでしょう。このポッドの中身が』
映像はまたポッドを映し出すが一度見たのだから俺はポッドの中身は置いておき、俺はさっきから暗い表情をしているアリスに語りかける。
[アリス……おまえの正体は]
『もうここまで来れば誰でもわかるよね。……そうだよ、私の名はアリシア・テスタロッサ。何十年か前に新型魔導炉ヒュードラの事故で命を落とした、プレシア・テスタロッサの娘……』
『この子はアリシア、私のただ一人の娘よ。かつての過ちで失ってしまった、私の最愛の娘!』
「ただ一人? ではフェイトさんは?」
『フェイトが娘? 笑わせないで、この際だから教えてあげる。いい? フェイト、おまえはアリシアの偽物、私がアリシアを蘇らせるまでのただの慰み物、クローンなのよ!!』
『フェイトは私の大事な妹だよ。それはママが言った通りクローンだと思い出した今でも変わらない』
「わ、私が……クローン……!?」
衝撃の真実に全員の表情が硬くなる。そして自分の生まれにフェイトの目は動揺の色に染まり、自らの手を震えながら見つめる。
『ママ……昔は優しかったのに、どうしてこうなっちゃったんだろう……。やっぱり私のせい……なのかな』
妙な責任を感じているアリスだが、今はそっとしておくべきだろう。変に声をかけると逆に精神を追い込みかねない。少し冷静になるまで待とう。
しかし……これでプレシアのフェイトに対する冷遇の真実がわかった。そして愛情が注がれていない理由も。フェイトがクローンという事実には俺も驚いたが、正直世紀末世界の人類の絶対数が少ない事も考えれば俺はクローン技術にあまり忌避感が無い。むしろかの世界の人類を救う技術になるのではないかとも思った。ま、ここからあの世界に行けない以上どうにもならんが。
『いや、そもそもクローンと表す事すら嫌になるくらいよ。おまえはアリシアの遺伝子を持ちながら容姿以外全てが違った。出来損ないの人形のくせに生意気にも私を母と呼んだ。何度その面の皮を剥ごうと思った事か。無駄に魔法の才能があるから仕事を与えてみれば、そこのイレギュラーの手伝いが無ければまともにこなせない。けど、おまえにイラつかされるのもこれでお終い。ジュエルシードの数は完全ではないけど、アルハザードに行くのには十分よ。そしてそこでアリシアを生き返らせるわ。さようなら、人形。周りの迷惑にならない内にさっさと死んで』
「もうやめてよ!!」
「もうやめんか!!」
なのはとはやての叫びが轟く。そして母の思い出や愛情を全てを否定されたフェイトは心神喪失したかのように身体から力が抜け、俺に寄りかかっていないと立っていられない状態となってしまった。
やれやれ、これは彼女達が激するのも納得だ。それに娘のクローンが娘ではない? なるほど……子供一人分の愛しかおまえは持ち合わせていないのだな。
「プレシア、さっきの礼とやらを今払ってもらう。おまえが捨てると言うならフェイトは俺がもらう。フェイトの魔法はイモータルに通じるから、奴らとの戦いでも十分戦力になる。それに……今更4人が揃っていない八神家は違和感がある」
『ふん! 勝手にするといいわ、サバタ。その人形と共にどこへなりとも行きなさい』
「フッ……その言葉よく覚えておくのだな。今更返せと言われても返さんぞ」
「さ、サバタ兄ちゃん……」
「お、にい、ちゃん……わた、しは……」
「あたしとしてはむしろこれで良いんじゃないかな。あんなクソババアより愛情を注いでくれる兄貴の方がよっぽどマシだよ」
はやては何処か困惑気な顔を、フェイトは微弱な反応を、アルフは称賛と同意の声を俺に向ける。……少々大胆な言葉だったかもしれないが、なに、やる事は普段と何ら変わりない。
こちらはこちらで話が付くとリンディが会話の流れを継いでプレシアに尋ねた。
「ところでアルハザードに行くなどとあなたは仰いましたが、それはおとぎ話のはずでしょう? そんな所が実在すると本気で思っているのですか?」
『アルハザードは実在する。それにもし無かったとしても、それに準じた場所は少なからず存在する。そしてそこでアリシアを生き返らせてみせる!』
「そうですか……家族を失って辛い気持ちはわかりますが、しかしそれで何をしても良いという訳にはいきません。あなたが行おうとしている事は次元世界に大きな被害を招きます。よって、あなたを逮捕します!」
リンディがそう宣言し、プレシアからの通信が切れた事で管理局は時の庭園攻略メンバーを編制し始める。娘を利用するだけ利用して捨てたプレシアを許せない、などという声から、なのは、ユーノ、クロノ、アルフが突入メンバーに名乗りを上げる。魔法無しで魔導師並みに戦える恭也はなのはに着いていくようだが、はやてや月村家は魔導師相手だと戦力にならないので、当然アースラに残る事になった。そして俺とフェイトはというと、居残り組と共にアースラの個室を借りてしばらく時間をもらっていた。なにぶん色々とすっ飛ばして事実を告げられたのだから、精神的に立ち直る時間が必要なのだよ、フェイトとアリスには。
「それにしてもさっき立ち直らせたばかりなのに、また落ち込む羽目になるとは……」
「……ごめん、なさい……」
『ごめんね……フェイト……』
……さっきから霊体だがアリシアもここにいるという事実を知ったら、フェイトやプレシアはどんな気持ちになるのだろうな。
「それにしてもほんとサバタ兄ちゃんって、偶にすっごく大胆な事するんやなぁ。しばらく一緒に住んで慣れとったはずの私も流石に驚いたで」
「うん……さっきの発言は私もびっくりしたよ。『フェイトをもらう』、その言葉単体だけで聞いたらまるで、お嫁さんをもらう風にも聞こえるから」
はやてとすずかが何の気なしに指摘した言葉、それを理解してしまったフェイトは落ち込んでいた様子から途端に取り乱し始め、まるで林檎のように顔が赤くなった。
「お、おおおお、お嫁さん!? あわわわわ……!」
『なんか一発で立ち直っちゃったよ!? けど満更でもなさそうだね、フェイト』
「はぁ……フェイト?」
「お、お兄ちゃん……! ふ、ふつつかものですがよろしくお願いします!!?」
「…………」
フェイトにデコピン一発。アースラ艦内に威勢の良い音が響く。
「はぅっ!?」
『うわぁ、なんか凄く響いたけど今の音って額から鳴っても大丈夫なのかなぁ……』
「とにかく落ち着け。はやてと月村すずかも話を茶化すな」
「はい、わかりました。ってかサバタ兄ちゃんのデコピン洒落にならんくらい痛いもん、もう喰らいとうないわ。……さてと、リンディさんから事情はそれなりに聞かせてもらったで、フェイトちゃん」
「うん……はやて、黙っててごめん……」
「そやな、家主の私に黙ってたってのはやっぱり悪い事や。せやから…………今度私の言う事何でも聞いてもらうで!」
「だよね。追い出されるのは覚悟して……え?」
「いやぁ~フェイトちゃん、素材は良いから一度好きなだけ着飾ってみたかったんや~♪ シンプルなカジュアルなのから清楚系に攻めのセクシーな奴、少し視点を変えてのボーイッシュなのも結構似合うやろうけど、変化球のネコミミ付着ぐるみパジャマも捨てがたい……!」
「ね、ネコミミ付着ぐるみパジャマ、だと……! はやてちゃん、君は天才か……!」
「この趣向が理解できるとはすずかちゃん、君もワルよの~」
「いやいや、はやてちゃん程じゃありませんよ~」
「そんで猫の手も付けたパジャマを着た寝ぼけ眼のフェイトちゃんがごしごしと目をこすって、こっちをじっと上目づかいで見て、『おはよぉ~』って伸びた声で言う光景を想像してみい? 癒し効果抜群で見た瞬間身悶えする事間違いなしや!」
「おぉ……なんか想像しただけでも破壊力凄いよ……!」
妙な結束が生まれたはやてとすずかはガッチリ固い握手をする。そんな二人の様子に予想が外れたフェイトはおずおずと尋ねる。
「あ、あの……はやて? すずか? 二人とも……私を追い出したり、嫌ったりしないの?」
「追い出す? 何を馬鹿な事言うとるんやフェイトちゃんは。私がそんな薄情者だとでも思ったんか? ……クローンやからって関係あらへん。一緒に住んどったんやから、私らはもう家族同然やろ」
「普通と違うという点は私も一緒だからね、フェイトちゃんを嫌ったりしないよ。それに契約したんだから、どちらにせよ今更無関係ではいられないからね?」
母親からの“答え”はともかく、彼女達の“答え”はプラスに働いてくれた。自分の存在価値に疑心暗鬼を抱いていたフェイトは、このある意味荒療治とも言える二人の対応に少なからず救われたようだ。
「さて……フェイト、おまえは今どうしたい?」
「え?」
「おまえは……たった一回の拒絶で諦めるのか? 計画の結果がどうなろうとプレシアは近い内に会えない場所へ行ってしまう。母親に自分の想いを一切伝えないまま別れて……いや、彼女にこのまま暗黒の道へ行かせて、おまえはそれでいいのか?」
今のフェイトなら自分の心に従って行動できる。だがその選択肢を選ぶにはあと一歩のきっかけが必要で、俺に出来るのはその背中を軽く押す程度だ。
「ひまわりはうつむかない……。うん……私、まだ諦めない……諦めたくない!」
「……行くのか?」
「うん。もう一度……母さんに会いに行く! そして計画を止めて見せる。このままお別れは嫌だから!」
「そうか、なら急ぐぞ」
『お兄ちゃんもフェイトも行くんだね。私も早く決断しないといけないかな……』
「……という訳だ、はやて、行ってくる」
「私を受け入れてくれてありがとう。だから……行ってきます、はやて!」
「サバタ兄ちゃん、フェイトちゃん……いってらっしゃい、気を付けてな!」
「必ず帰って来てね、フェイトちゃん、サバタさん……!」
後書き
最終決戦が早くなった理由は、サバタがフェイトに協力したことよって、ジュエルシードの数が原作以上に手に入ったからです。よってなのはとフェイトの二人の勝負はまだ行われておりません。
現出
前書き
伏線回収回
時の庭園内部、そこではプレシアの技術によって生み出された傀儡兵の大群が待ち構えており、管理局勢はその圧倒的多数の敵を相手に消耗戦を強いられていた。
「これじゃキリが無い! なのは、突破するぞ!」
「了解、クロノくん!」
急がなくてはならないのにこの多勢を相手に時間をロストしていく現状に焦りを感じていた彼らは、少々強引な進撃を決断した。前提としてプレシアは条件付きSSランク魔導師、武装局員を薙ぎ払った威力から戦力を推定して、最低限同じ土俵で戦うには万全の状態でなければならない。
『ああ、皆聞こえる?』
「どうしたエイミィ?」
『あの二人がそっちにいったよ。多分すぐに追い付くと思うから』
「そうか、了解だ」
クロノに入った通信の内容が聞こえた彼女達の表情に余裕が生まれる。アルフは心の底から嬉しく、なのはとユーノは安心し、恭也とクロノは冷静だが顔に僅かな笑みが浮かぶ。
ブォォンッ!!!
その瞬間、彼らの間に一陣の風が走った。家系の事もあって動体視力が高いなのはと恭也には金色と淡い白色の影が駆け抜けていくのが見えていた。直後、彼女達の周りにいた傀儡兵がことごとく爆散、結果的に周囲の安全が確保される。
「何だ、まだこんな所でウロウロしていたのか。おまえ達」
「ふぅ、まだ未完成だけど実際に使ってみると便利だね、この魔法」
「サバタ!」
「フェイトちゃん!」
余裕綽々な様子の二人は、先発隊の面子に対して僅かに笑みを向ける。そう、彼女達に現れたのは通信で来ると聞いて待ち望んでいた、サバタとフェイトだった。
「こんな所とはご挨拶だな。あえて敵を残しておいてやったんだ、いずれやって来るおまえ達の見せ場のためにな」
「フッ……減らず口を叩けるならまだまだ余裕だな、恭也。いっそ残りの傀儡兵を全て倒して来たらどうだ? 丁度良い鍛錬の相手になるだろう」
「馬鹿を言え、あの数を全て斬るとなると流石に俺の刀が保たない」
「体力が保たないとか勝てないとか言わない辺り、おまえの能力が呆れる程だというのがよくわかる」
苦笑した恭也はサバタと悪友に接するかの如く左手同士で叩き合い、一方でなのははフェイトに駆け寄って彼女の手を嬉しそうに笑って握る。
「フェイトちゃん、手伝ってくれるんだね」
「うん。私が母さんを止めないといけないから、逆にお願いしたいくらいだよ」
「もちろん、協力するよ!」
さてと……これでこちら側の役者はそろった。後はこのダンジョンを攻略してプレシアの下にたどり着くだけなのだが……以前は感じなかったのに今は俺の中に流れる月光仔の血が警告を発している。この感覚は……前にもどこかで?
「ッ! ひっ!?」
いざ突撃、といった所で急に怯えたフェイトは俺の後ろに隠れて出来るだけ小さくなろうとかがみこんだ。その小動物じみた行動は庇護欲をそそられるものだろうが、それよりこんな状況でも怯えられた事で恭也はそれなりにショックを受けて落ち込み、傍でなのはが一応励ましている。
「こわい……こわいよぉ……!」
「はぁ~……フェイト? 恭也の事が怖いなら、アイツの顔をジャガイモだと思い込んでおけ」
「ジャガイモ……?」
人前に出て緊張する人間がよくやる手段だが、純粋な性格のフェイトなら思い込みで恐怖心もなんとか誤魔化せるに違いない。しばらくブルブル震えていたフェイトがゆっくり顔を上げて、「ジャガイモ……あの人はジャガイモ……」と念じながら恭也の方を見る。
一瞬にも満たない間ビクッと反応したものの、少し時間をかけてどうにか彼女は平常心を取り戻していった。ちなみにアルフはプレシアに対する怒りでそのまま恭也に対する恐怖心を克服していたりする。別の見方では単純だとも言える。
「さて、プレシアの所に向かう前に、僕はまず彼女に魔力を補給している魔導炉を止めるべきだと思う。しかしいつプレシアが計画を進めるかもわからないため、時間に猶予はあまり無い。そこで提案なんだが、ここは二手に分かれて行動してはどうだろう?」
「クロノの提案に異論は無い。ひとまず俺は魔導炉の方に行こう。何か問題が起きても魔力を喰らう俺の暗黒の力があれば何とかできるかもしれない」
「わかった、お兄ちゃんが魔導炉なら私は……」
「フェイトはプレシアの所に行け。今の俺の役目はおまえを母親の所にたどり着かせる事だ」
「じゃあその役割にあたしも便乗させてもらおっかな。こっちの道案内は任せてもらうから、ちゃんと会いに行くんだよ、フェイト!」
「お兄ちゃん、アルフ……ありがとう!」
「フェイトちゃんがプレシアさんの所に行くのなら私も行くの!」
「なのはが行くなら俺もだな」
「当然、僕も行くよ。なのはは巻き込んだ僕が責任を持って守るから!」
「……班分けは決まったな。じゃあ魔導炉はサバタとアルフに任せて、プレシアの方には僕、なのは、フェイト、ユーノ、恭也さんのメンバーで行くぞ!」
という事で合流した直後すぐに俺達は分かれて別行動をとった。これがどんな結果を招いたのか、その時の俺はまだ想像すら出来なかった。
傀儡兵と言えども動力に魔力を利用している以上、魔力を消滅させる暗黒銃ガン・デル・ヘルの前ではただの動く的に過ぎなかった。暗黒ショットを喰らったらすぐに崩れて人型の鉄くずと化す。これならスケルトンを相手にしている方が手強い。そもそも管理局……というより魔導師は戦う手段を魔力に頼り過ぎている気もするが、まあ他所の世界の方針には余程の事が無い限り口出しする気はない。
『私が住んでいた頃とは……すっかり風変わりしちゃってるなぁ』
[ここは元々おまえの家だったな、アリス。いや……もうアリシアと呼ぶべきか?]
『記憶を取り戻したなら、元々の名前の方が良いかもね。それに、この事態を招いた責任は私にもあるから、本当の名前が負うべき罪から逃げちゃいけないんだ……』
[罪、か。……そうだな、世界が違うとはいえ、俺も取り返しのつかない過ちを犯した。いつかどうにかして償わなければならない……]
『私はともかく、お兄ちゃんは……もう許されてもいいと思うの。ずっと心で苦しんできたんだからさ』
[いや……俺は許されてはいけない。世界を破壊しかけた罪は、いつか俺の命を以て償う。そうしなければ……俺は彼女に顔向けできない]
『そう………でもね、お兄ちゃんが自分を許せないなら、その分私が許すよ。たとえ未来永劫自分を責めるとしても、それだけ私は代わりに許し続けるから。それに……きっと、その人も私と同じ事を言うと思うよ』
[…………やれやれ、そこまでして俺を許そうとは、とんだ幽霊を拾ってしまったものだ]
だが……少し心が軽くなった。それぐらいは感謝してもいいかもしれない。
「ところでアルフ、そこらに開いている穴は何だ? 以前は無かった妙な気配を感じるのだが……」
「ん~多分虚数空間だよ。落ちたら魔法が使えなくて、二度と戻って来れなくなるから足を踏み外して落ちたりするんじゃないよ」
要は即死トラップだと見れば良いな。しかし……この穴からどういう訳か暗黒物質が僅かに漏れ出てきている。もしかしたら虚数空間とは暗黒物質の溜まり場なのかもしれない。中でこいつらの魔法が使えないのもそういう理由からだろうか?
それにしても、月光仔の血の警告はもしや虚数空間の事なのか? ただ避ければいいだけならわざわざ警告しなくても自分で注意するが……それだけじゃない予感がある……。
そのまま魔導炉までの道案内で先導するアルフに続くと、少し荘厳な扉の前にたどり着いた。その先に傀儡兵の気配を感じた俺は扉を僅かに開けて、中にグレネード・ナイトメアを放り込む。ダーク属性の爆風が部屋の中を蹂躙していく音が響き、収まってから入ってみると傀儡兵をことごとく一掃できていた。
「あらら~一発で薙ぎ倒しちゃうとは……さっきまでのあたしらの苦戦が嘘のように思えてきたよ」
「悪いがそういうものだからしょうがない。それにグレネードはもう弾切れだ」
「え、マジ?」
「ああ。世紀末世界でも補充しないまま戦い続けてきた結果、この世界に来た時点で残弾は2発だけだったのだ」
暗黒城でジャンゴと戦ってから補充する機会が無かったからな。念のため大事にとっておいたが、使うべき時に使わない愚を犯すつもりはない。ま、使えば無くなるのは自然の摂理だから仕方ないか。それにグレネードの重量が減った事で攻撃力が減りはしたものの、取り回しやすくなった事で機動力が増したから、何もマイナスばかりではない。
「さて……この機械が魔導炉か、案外大きいな」
「まあね。で、これを壊せば時の庭園の傀儡兵や施設に大きな影響が出るはず……」
「そうか。なら破壊するぞ、アルフ」
合図を出し、俺とアルフで魔導炉に総攻撃する。様々な部分が壊れてへし折れた魔導炉からエネルギーの対流が消失すると、周囲に漂うプレッシャーが僅かに抑えられる。
「よし、こちらの目的は完了した。フェイト達と合流するぞ」
「オッケー! フェイト、無事でいてよ……!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その頃、アースラ内部。
「皆……大丈夫やろか……」
「なのはちゃん……フェイトちゃん……サバタさん……」
「はやて、すずか、二人とも皆が心配なのもわかるけど信じるしかないわ。かくいう私だって恭也が気になってしょうがないんだけど、魔法相手じゃどうしようもないしね」
はやてとすずかにとって忍の言葉は確かにその通りだが、そう素直に受け入れがたいのも事実だった。可能なら皆の力になりたい、でも魔法が使えない。その事実は彼女達の心に無力感を味わわせた。
その光景を艦橋から見ていたリンディはアースラのディストーションシールドを利用して次元震を抑えながら、事態の解決には本来関係ないはずの子供達に任せるしかない現状に歯がゆさを感じていた。
「(次元世界の問題を持ち込んで迷惑をかけ、戦力不足だからという理由で子供を前線に送る。私たち大人が負うべき責任を子供に背負わせるなんて、色々とままならないわね……。だからせめて責任を持って次元震を抑えておかないと、管理局の大人として恥ずかしいどころじゃ―――――ッ!?)」
咄嗟の回避。リンディが先程まで居た場所をどこからか放たれたチャクラムが切り裂き、殺意のこもった不意打ちにリンディは背筋に冷たい汗を流した。
「誰ですかッ!?」
チャクラムが戻って行く方に振り返ったリンディが見たものは……、
「おや、避けられましたか……まあいいでしょう」
「“白装束の少年”……あなたは、まさかイモータル!?」
「ウフフフフ……ようやく、我が宿願の時が訪れました。世紀末世界ではあろうことか太陽少年に妨害されて為せなかった我が野望を、今度こそ成就させてみせましょう」
「生憎だけど、黙って見過ごすはいかないの。あなたがイモータルならそれが人類にとって害にしかならない計画であることは間違いない。あなたを捕まえてその計画を止めて見せるわ」
「おやおや、たかが人間ごときがこのわたくしを捕まえられるとでも?」
「あら、人間の力をあまり舐めない方が良いわよ。先程の言葉からあなたも一度人間に敗れているみたいだし、私たちの世界を守るのはこの世界に生きる私たちの務めだもの。世紀末世界の人にできて私たちに出来ない道理はないわ!」
「……いいでしょう、では証明してみなさい。もっとも……それが出来るのならね!」
対峙していたリンディと“白装束の少年”がぶつかる……かと思いきや、少年は不敵に笑うだけで攻撃はしてこなかった。何をしてくるかわからず警戒していたリンディの耳元に、突然少女達の悲鳴が響き渡る。
「な、なにっ!?」
少年に対する警戒を緩めないまま、リンディは艦内に通信を繋げる。その際視界で以前も現れたヴァンパイアが月村すずかを捕えてアースラから脱出してしまっていた。咄嗟にチェーンバインドを放つリンディだったが、魔力の鎖はヴァンパイアにたどり着く前に“白装束の少年”から放たれた鞭で弾かれてしまう。
「あなた達……! 彼女をさらってどうするつもりですか!」
「いずれわかりますよ。それより他の人間の様子を確認してはどうですか? 彼の事だ、放っておけば死に至る傷を負った者もいるかもしれませんよ? ウフフフフ……」
「……くっ!」
艦長として他のクルーや地球の関係者の命も預かっている以上、月村すずか一人に意識を集中させる訳にもいかないリンディは歯噛みしながら艦内の様子を確認する。映し出された映像では突然襲ってきたヴァンパイアと戦った局員が通路や部屋で血を流して倒れていた。
そして先程まですずか達がいたブリッジでは、車イスから転げ落ちて動けない自分に無力を感じ涙を流すはやて、主を守ろうとしたものの力及ばず倒れているノエルとファリン、大事な妹を取り戻そうと傷だらけの身体で這ってでも追い掛けようとする忍の姿があった。
「あのヴァンパイアはわたくしの完全な手駒です。月村すずかはわたくしの手中に落ち、彼女の生殺与奪もわたくしの意のままです」
「卑怯な……!」
「あなたの悔しがる顔も中々見物ですが、ここの用事は済みました。あなた方は自らの力不足を思い知りながら、そこでわたくしの目的が成就される様を見届けるがいい!」
「なっ! 待ちなさい!!」
慌ててリングバインドを放つリンディだったが、そこにいた少年は異次元転移で姿を消してしまった。さらわれたすずかの身を案じるが、自分がここから離れたら次元震が発生してしまうため結局動けず、全ては時の庭園に突入した彼らに託された。
「ごめんなさい、すずかさん。ごめんなさい、サバタさん……彼女を……頼みます」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「母さん、お話しがあります。……最初はアリシアの代わりとして私は生まれたのかもしれません。けど、私は母さんの娘です」
「だから何? 所詮はアリシアの出来損ないの人形のくせに」
玉座の間、そこでフェイト達とプレシアは相対していた。フェイトが自分の心中を語るものの、プレシアはそれを一蹴する。もはや相容れない思想に、フェイトはプレシアを実力行使してでも止めようと戦闘態勢に入る。それに呼応してなのは達もそれぞれの武器を構える。
そして始まる魔法戦。アリシアの遺体が入ったポッドを背後に、ジュエルシードの無尽蔵な魔力に物を言わして強力な雷撃を放つプレシア。対するフェイト達はそれを避けながら、しかし雷撃のあまりの威力にかするだけで蓄積していくダメージで苦戦を強いられていた。未だ収まらないジュエルシードの暴走、それによって更に広がって行く虚数空間の穴。そして……、
ドゴンッ………!!
『ッ!??』
突如戦いとは関係ない、凄まじい振動が時の庭園を襲う。突発的な事態に一瞬硬直するフェイト達をすかさずプレシアは雷撃で薙ぎ払い、弾き飛ばされてしまった彼女達は迂闊に近づけなくなる。
「う……かあさ……!」
「……邪魔者はそこで大人しくしていなさい」
そう言葉を投げ捨てたプレシアはアリシアのポッドに近寄っていき、愛おしそうにポッドの表面を撫でる。
「もうすぐ……もうすぐあなたを生き返らせてあげるわ、アリシア……」
その光景を前にして届かない想いを抱くフェイト達。このままではプレシアを止められず、彼女は虚数空間へと身を投げてしまう。そうなってはここまで来た意味が無い。しかしあの雷撃はまともに直撃すれば撃墜する威力を誇るため、彼女達には打つ手が無かった。それでも手を伸ばすフェイトは、必死に彼が来る事を願った。そして………叶った。
「…………あなたも来たのね、サバタ……」
「お兄ちゃん……」
おぼつかない足取りで母の下に行こうとしたフェイトの手を軽く掴んでおく。後ろから追いかけてきたアルフが悲しげな顔のフェイトを見て、憎々しげにプレシアを睨み付ける。
「……プレシア、虚数空間の穴を閉じろ」
怒りの表情を浮かべるアルフを横目に俺は静かな口調でそう言い、暗黒銃をプレシアに突き付ける。プレシアは狂気に満ちた笑みを浮かべながら返答する。
「そうはいかないのよ。この時を私がどれだけ待ち望んだか、あなたにはわかる?」
「ああ、わからないな。おまえが娘を失ってからどれだけ苦しんできたのか、俺なんかでは想像も出来ないだろう」
「なら邪魔しないでくれる? 約束通りその人形はあなたにくれてやるから、後は好きなようにしなさい」
「そうはいかない。おまえがアルハザードに行こうが、アリシアを生き返らせようが正直な所どうでもいい。しかし……虚数空間に通じる穴だけは今すぐ閉ざせ」
「は? アルハザードは虚数空間の先にあるのよ。それなのに虚数空間の穴を閉ざせなんて、どういうつもりよ?」
「このままではヤツが来る……! 全てを破壊する獣が……俺と共にこちら側に来てしまったヤツが!!」
ドゴンッ………!!!!!
先程よりも激しい振動。時の庭園の一部がその振動で更に崩れていく中、俺はプレシアの背後に開いていた一際巨大な虚数空間の穴から這い出てきたバケモノを視認し、間に合わなかったかと憎々しく舌打ちする。
「な、なに……これ?」
プレシアは自らの目を疑う存在を見て呆然としていた。人の身をはるかに上回る巨大な白い人骨の右手、黒い人骨の左手、それが虚数空間の穴の縁を掴み、本体を現実世界に引きずり出そうとしていた。
「俺と分離してどこに行ったのかと思えば、まさか虚数空間の中にいたとはつい先程まで想像もつかなかった……。だが来てしまった以上、ここで食い止めるしかない! さて、おまえ達全員、今の内に覚悟しておけ!」
「覚悟って、お兄ちゃん……何を……」
「言わなくともわかるだろう、コイツから漂う“死”の気配を。星をも破滅させる圧倒的な破壊衝動が!」
そう言っている間にヤツは虚数空間から一気に乗り出し、現実世界に現出してしまった。恐竜の骨格のような大あご、それに守られる単眼、背中に無数に突き刺さった剣、ガイコツで構成された身体。全身から漂う圧倒的な“死”のプレッシャー。
ギィィィイィィィイィィィッッッ!!!!
ヤツの金切り声が時の庭園全体に轟き、この場にいる全員が凄まじい怖気を感じていた。そして……俺はこのバケモノの名を口にする。
「これも因果か……今度こそ永遠の眠りについてもらうぞ! 破壊の獣、ヴァナルガンド!!」
世紀末世界より続いた破壊の獣との決戦は、ここに再び開かれる事となった。
さて……俺がヴァナルガンドの存在に気付いたのは、少し前に時の庭園を襲った振動によってである。あの地震は虚数空間の奥から這い出ようとしていたヴァナルガンドによって引き起こされたものであり、その際ヤツの身体から大量の暗黒物質が溢れ出て来ていた。アルフと共に玉座の間に急いでいた俺は、その暗黒物質によってヴァナルガンドの気配を察知し、ヤツを解き放てばこの世界の地球だけでなく次元世界全ての生命が滅ぶと判断した。そのためプレシアにすぐ虚数空間の穴を塞ぐよう言ったのだが……結局間に合わなかった訳だ。
再びヴァナルガンドが雄叫びを上げると、胴体から発せられる凄まじい力でこの部屋にいる存在全てを吸収しようとしてきた。
「くっ……! 不足している月下美人の力を求め、再び俺を取り込むつもりか!」
プレシアも含めた全員がその場に踏み止まって堪えるが、吸引に耐え切れず留め具が壊れて、アリシアの遺体が入ったポッドが吸い込まれてしまった。ヴァナルガンドの顎に挟まったポッドが噛み付かれた力に徐々に耐えられなくなり亀裂が走る。
「ア、アリシアッ!!」
逆鱗に触れられたプレシアがサンダーレイジをヴァナルガンドに何度も放ち、アリシアを取り戻そうと躍起になる。しかし……その努力は叶わず、ポッドは砕け散り……。
グシャァ!!――――ゴクンッ……!
『ッ!!』
アリシアが咀嚼され飲み込まれる音が変に大きく耳に響いた。いくら亡骸といえども、人間が飲み込まれる光景を目の当たりにしてしまったフェイトやなのは達は口を抑えて気分が悪そうにうずくまってしまう。特にフェイトはオリジナルであるため自分とそっくりなアリシアが体内に取り込まれた事で、同じように自分が飲み込まれる錯覚をしてしまい、精神的に激しく動揺していた。
「ぁ………ぁ、ぁ、ぁああぁあああぁああっっ!!!!!!!!」
そしてこれまでも十分荒れていたプレシアは更に狂ってしまい、怒りに任せてジュエルシードから強引に引き出した魔力を使ってサンダーレイジを無数にぶつけていた。
『わ、私の本体が……食べられちゃった……』
[落ち着けアリシア、ひとまずこの前の時のように俺の中に戻ってろ。なにせヴァナルガンドが相手だ、幽霊だろうと無事では済まない可能性がある]
『うん、わかってる……けど……悔しいよ。今の私は実体も持たず、何の役にも立たない。目の前でママが、お兄ちゃんが、フェイトや皆が戦っているのに、私だけ何にもしていない……!』
[……今は何も出来ずとも、いずれおまえの存在が必要な時が必ず訪れる。それまで心を強く持て]
『心を強く……か。幽霊の私に出来るかわからないけどやってみるよ、お兄ちゃん!』
そう鼓舞したアリシアの霊体が俺の中に入り込み、こちらの戦闘態勢が整う。
未だに周囲の物質を吸収しながらヴァナルガンドが両手で振るってきた拳をゼロシフトでどうにか回避、視界の端でプレシアも同様に飛びずさってかわしていた。
この吸引と先程のグロテスクな光景から受けた精神的ショックの影響で他の連中はまともに動けない。それに夢の中でとはいえ、一度戦った時に暗黒銃の攻撃はあまり通らないと把握している。そのため……、
「チッ! 現状ではヤツとまともに対抗する術が無い!」
それに何度も胴体に直撃を受けて少なからずダメージを受けていてもおかしくないプレシアの雷撃も、どういう訳かあまり効いていないように見える。その理由を考えて辺りを見渡し、ふと気づいた。
ここには太陽の光がない。
月の遺跡でジャンゴと戦った際はカーミラの石化能力による援護もあって、ヴァナルガンドを一時的に弱らせる事は出来た。しかし最終的には皆既月食の影からヤツを引きずり出し、取り込まれたおてんこに力を注ぐべく太陽の光を直に浴びせた。そう考えると彼女の魔法攻撃が効いていないのは、暗黒物質によって弱められたからだけではなく、そもそもダメージを与えられる状態になっていない事が原因となる。サン・ミゲルのヨルムンガンドも太陽の光があって初めて攻撃が通るようになっていた事から、この推測は間違っていないと思われる。
「何とかしてヤツに太陽の光を浴びせなければ……!」
となると一度退避して地球に……いや、俺達が退けばヴァナルガンドは間違いなく追って来るだろうが、アースラに取り付かれれば一巻の終わりだ。あの戦艦のバリアは魔力で構成されているから、暗黒物質の塊も同然のヴァナルガンド相手ではまともに耐えられない。それに……!
「ああああああ!! 私のアリシアを返せぇえええ! このバケモノッ!!」
次元をも超えるプレシアの強力な雷撃にひるまず、ヴァナルガンドはその顎を彼女の正面に向ける。目を細めてヤツの力が集束を感知した俺は急ぎプレシアを掌底で弾き、射線上から押し出す。
「なっ!?」
一瞬我に返ったプレシアが俺を見て驚くが、その直後、俺の視界全てが光で覆われて飲み込まれる。
「グワアアアアアアッ!!」
ソル属性の破壊光線。
俺も一度味わった事がある圧倒的な集束砲撃。砲撃跡はまるで地面がえぐれたかのように削れ、空虚な空間を生み出していた。殲滅に特化した砲撃をまたしても受けてしまった俺は、全身がマグマに落ちたような大ダメージを受け、ごぽっと口から血の塊が吹き出す。
「お兄ちゃぁああああん!!」
フェイトの叫び声が聞こえてくるが、今は彼女に返事が出来る状態では無かった。砲撃をまともに喰らったせいで身体がイカレ、膝をついてしゃがんではいるが立ち上がる事すら出来なくなってしまった。
「またしても残念でしたね、サバタさん」
その時、動けなくなった俺の前に“白装束の少年”が転移で突如現れた。
「クッ……やはり……貴様も来ていたか……“人形使いラタトスク”!」
ヴァナルガンドの傍に現れた“白装束の少年”。俺を再び闇に陥れたイモータルの登場に一同が騒然とする中、俺はまたしてもヤツの所業に憤った。その原因であるヤツが手に抱えているものになのはは叫ぶ。
「すずかちゃん!!」
「な、なのはちゃん! サバタさん!!」
すずかは必死に助けを求めていたが、ラタトスクは仮にも暗黒仔、生半可な相手ではない。それよりヤツの目的は……!
「お久しぶりですね、サバタさん。またあなたとこうして会えて、胸糞悪い程嬉しいですよ」
「こっちは二度と顔も見たくなかったがな、ラタトスク。……貴様、月村すずかをどうするつもりだ?」
「あなたなら既に想像はつくはずです。人形使いと呼ばれるわたくしにも、絶対存在であるヴァナルガンドを操る事など出来はしない。そのためにわたくしはかつて世紀末世界であなたの月の巫女の力を利用しようとした。それはあなたもよく知っているでしょう?」
「ああ、忘れがたい悪夢だ。だがそれがどうして月村すずかと繋がる? ヴァナルガンドを操ろうとするなら本来、月下美人の力を持つ俺を狙うはずだ」
「確かにその考えは間違いではありません。しかし……前回、あなたは贄に捧げた後もわたくしの支配にずっと抵抗し続けていた。それは結果的にヴァナルガンドを完全に操る事が出来ない可能性に繋がります。それではわたくしの野望は真の意味で実現できません。しかし世紀末世界では月光仔の血を持つ者が暗黒少年のあなたと、太陽の力を操るあなたの弟太陽少年ジャンゴしかいませんでした。ですが……この世界の夜の一族、月村には世紀末世界の月光仔とほぼ同じ血が通っている! そして月下美人に最も近い素質を持ち、かつわたくしの支配に抵抗できない脆弱な意思を持つ者、その条件を満たすのがこの月村すずかなのです」
ラタトスクの語った内容にクロノ達は動揺し、恭也はアースラに残して来た忍たちの身を案じながら憤っていた。そして俺はこれまでヴァンパイアが現れた場面の共通点を思い返し、気づいた。そこには必ず月村すずかがいた事を。という事は最初から……俺が目覚めたあの夜からラタトスクはヴァンパイアを利用して、彼女を狙っていたのか!
「……月村すずかを俺の代わりにヴァナルガンドの贄に捧げ、破壊の王として君臨する計画。それが貴様の目的か!」
「ご明察です。そして……抗う力もとうに失ったあなたではもう止められません。計画は既に最終段階に入っているのですから!」
ヴァナルガンドの方に振り返ったラタトスクがすずかを抱えている腕を振り上げる。ヤツがこれからやる事を察した俺は全身に鞭を打ち、立ち上がる。
「た、助けて!! サバタさぁあああああん!!!」
「くそっ、やらせはせんッ!!!」
ラタトスクはすずかをヴァナルガンドに向けて放り投げ、俺は必死に助けを乞うすずかの手を目掛けて走る。だが走りだけでは届かないと判断した俺はジャンプして飛び込み、彼女に向けて手を伸ばす。そして俺と彼女が出すその手が重なり合った瞬間、
ギィィィイィィィイィィィッッッ!!!!
二人とも、破壊の獣へ取り込まれた……。
”彼女”
前書き
鼓舞回
~~Side of なのは~~
「ぁ……ぁぁ……!」
もはや言葉になっていない声が漏れて茫然自失になっているフェイトちゃん。だけど私も人のことを言えない。彼どころか大切な友達まで吸収されてしまったのだから、私の心には二人を失った怒り、憎しみ、慟哭、そういった負の感情が激しく渦巻いていた。
「おやおや、まさか彼が再びヴァナルガンドの贄となってくれるとは、嬉しい誤算ですね。ウフフフフ……!」
癪に障る顔で嗤うラタトスクの声を聞き、その内容に私の怒りの琴線が思いっきり弾かれていく。それは私だけでなく、お兄ちゃん、フェイトちゃん、アルフさん、ユーノ君、クロノ君、そして同じようにアリシアの遺体も奪われたプレシアさんまでもが憤怒の炎を燃やしていた。
「さて、これからわたくしは破壊の獣に取り込ませた月村すずかを介してヴァナルガンドを操る作業に入ります。邪魔をしなければ今すぐには殺さないであげましょう」
「……さ……い……!」
「それともアンデッドとしてわたくしの配下にして差し上げましょうか? あなた方魔導師なら確実に上位種へ吸血変異するでしょうから歓迎しますよ」
「うるさい……!」
「今のうちにわたくしの寵愛を受けられる人形となっていた方が身のためですよ。たかが人間の分際で破壊の王となったわたくしに勝てるわけがないのですから」
「うるさい!! よくも……よくも二人を!!」
私のリンカーコアからありったけの魔力をレイジングハートの先端に集中させ、ラタトスクを射程に入れる。魔力の集束を前にしてもラタトスクは余裕綽々とした態度を崩さずに、手にしていた鞭を頭上で回転させる。
「二人を……返せぇえええええ!!!」
私の得意な集束砲撃ディバインバスター。いつもより巨大に膨らんだその光がラタトスクに迫り……、
「はぁぁっ!!」
異次元転移で避けられてしまった。避けられた砲撃はそのまま通り過ぎ、ヴァナルガンドの顔に直撃する。あんまりダメージは効いて無さそうだけど、衝撃でフェイトちゃん達にしばらく攻撃出来ないようにひるませる事は出来た。
「どこッ!?」
いくらイモータルでも瞬間転移だとあまり距離を稼げないはず。それにヴァナルガンドがここにいるんだから近くに居る事は間違いない。だから周りを探ろうとした時……、
「チェーンバインド!!」
「ブレイズキャノン!!」
急にユーノ君の鎖とクロノ君の火炎弾が私の背後に放たれる。二人の魔法で発生した風が私の頬を撫で、背後の様子をささやいてきた。
「ちぃっ! 小癪な……」
振り返ると、私の後ろに転移して鞭を振りかぶっていたラタトスクの腕を翠色の鎖が縛っていて、そこに火炎弾の追撃が降り注いでいた。私が不意打ちで攻撃される所で、ギリギリ二人に助けられたみたい。
「お前のようなサディストならこうするだろうと予測していたけど、物の見事に当たるとは……イモータルでも戦術は人並み程度だね!」
「炎が効いてない……となると貴様はフレイム属性のようだが、それならそれで戦いようはある!」
私の目の前に二人が進み出て、まるでこちらを守るようにラタトスクに立ち塞がった。
「二人とも!」
「すまない、今から加勢する。この世界をヤツの好きにさせる訳にはいかない!」
「本当ならサバタさんが戦ってた時点で加勢するべきだったんだけどね……ごめん。だけどここから挽回するから!」
「薄汚い管理局の魔導師風情が……! この私に刃向かった罰です、貴様達を先に始末してやろう!!」
私とラタトスクの戦いにユーノ君とクロノ君も加わり、気持ちだけでも相手を上回った。実力や戦力の差が絶望的でも私は……私たちはまだ諦めていない!!
「もはや出し惜しみなどしません。来なさい、“高町士郎”!! 奴らを斬り捨てなさい!!」
「え……!?」
ラタトスクが呼び出したヴァンパイアが頭上から飛び降りて、凄まじい速度で振るわれた小太刀が二人を斬る――――寸前に、飛び出したお兄ちゃんがその太刀を防いだ。
だけど……このヴァンパイアが……お父さんなの!?
「ぐっ! このタイミングで知られるとは……! すまないなのは、父さんの相手は俺がする! 今の内にそっちはラタトスクを……元凶を倒せ!!」
「お兄ちゃん! そんな……行方不明になっていたお父さんにもこんな事をするなんて……もう…………許せない……! 絶対に許さないから、ラタトスク!!」
多分この時、後にも先にもこれ以上は無いってぐらい私はキレた。人間、怒りが度を超すと逆に冷静になるんだね。でも我を忘れて本能のままに戦うよりはマシだろう。だから……サバタさんとすずかちゃんだけに留まらず、私の家族の運命まで歪めたこのイモータルは、今ここで絶対に倒す!!
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of フェイト~~
「お兄ちゃん…………どうして……」
「サバタ……あんたならフェイトを任せられると思ってたのに……! なんでプレシアより先にくたばってるんだよ……くそっ!」
「………………」
ヴァナルガンドを前にして、私は兄を失った喪失感によって膝立ちで戦う気力どころか生きる気力も湧かなくなり、アルフは拳を地面に打ち付けながらお兄ちゃんの事で悔し涙を流していて、そして母さんは私とアルフを初めて狂気が消えた目で無言のまま見降ろしていた。
「私のせいで……私が母さんを止めるなんて言わなければ……いや、いっそ私なんかが生まれて来なければ……お兄ちゃんが死ぬ事は―――」
『――――生きとるッ!!!』
『ッ!?』
突然、ここ数週間一緒に暮らしていた女の子の声が届いて、向こうの方でラタトスクと戦っていたなのは達も驚いていた。半ば虚ろな表情で私は傍に浮かんだ通信映像、その向こうにいるはやての顔を見る。彼女の後ろに映るアースラ内部は、恭也さんと戦っているヴァンパイアにさっき襲撃された事で相当荒らされたのが見てとれる。
でも……はやては、いや、彼女だけでなく忍さん達や管理局の人達は、まだ諦めた目をしていなかった。
『サバタ兄ちゃんは生きとるッ! サバタ兄ちゃんが助けに向かったすずかちゃんも、きっと生きとるッ!! だから、まだ何も終わってなんかおらん!!!』
「はやて? ……どうして? どうしてそこまで生きていると信じられるの!? 相手は絶対存在、破壊の獣ヴァナルガンド。人知を超越した存在に取り込まれて、無事でいられるはずが無い!」
『そんな事はあらへん! フェイトちゃんは覚えとらんか? 月村家に行った時、サバタ兄ちゃんが言ってた言葉を!』
「月村家……?」
私はあんまり重要視していなかった夜の一族との契約。その時、お兄ちゃんが言った言葉を全て覚えはしてないけど、衝撃が大きかった言葉は記憶に残っている。その中には……、
『とあるイモータルに一度操られた結果、俺が世界を滅ぼしかけた』
確かこんな事を言っていた覚えがある。そしてこの“とあるイモータル”とは十中八九ラタトスクのこと、じゃあ“世界を滅ぼしかけた”というのは……もしかして!
『きっとサバタ兄ちゃんは一度ヴァナルガンドに取り込まれた事がある。せやけどそれで死ぬんやったら私たちは最初からサバタ兄ちゃんと出会っとらん! つまり……!』
「!……まだ希望は潰えていない。そういうことだね、はやて!」
『せや! こっちの私たちは戦う事は出来へんけど、それでも皆が勝つと、勝って皆で帰って来ると信じることなら出来る! だから―――!!』
「はやて!!」
まだ収まっていない次元震の影響で激しいノイズが走り、通信が切れてしまった。まだ話してる途中だったけど、はやてが最後に言おうとした言葉は私たち全員、心からちゃんとわかっていた。
「諦めない……」
右を見ると私の手にあるバルディッシュが瞬き、立ち上がる力が湧いた。
「もう……諦めない!」
左を見るとアルフが私を支えてくれて、戦う力が湧き上がってきた。
「だって、まだ終わってなんかいないのだから! だからまだ……私は戦える!!」
後ろを見ると、アリシアを失った時の自分と今の私を重ねていたらしい母さんが忌々しそうに、でもよく見たら少し憑き物が落ちたような顔をしていた。
「………………………はぁ~~~っ、何だかアイツ一人のせいで気分は最悪よ。こうなったら、私自身の手できっちり落とし前をつけないと気が済まないわね。……ほらフェイト、サバタを取り戻したいのならしっかりしなさい」
「……へ? かあ、さん?」
「勘違いしないで、ヤツに飲み込まれたアリシアを取り戻すために一時共闘するだけだから。それが終わったら彼の所で好きに生きなさい」
そう母さんは突き放すように言うけど、それでも私は感じた。母さんの優しさを、本当の意味で初めて注いでくれた確かな愛情を。それだけで私は今まで以上の力が身体の奥から湧き上がってくるように感じられた。これなら……相手が破壊の獣でも、負ける気がしない!!
「ふぅ……本当にサバタは不思議な男だよ。あたしが今だけはプレシアと一緒に戦ってやろうと思うなんてね」
「アルフ……!」
「ふん、駄犬なんかが戦力になるのかしら」
「50過ぎの老魔導師よりかは戦力になると自惚れてはいるさ」
互いに挑発し合う二人だけど、そうやって気持ちを鼓舞しているのかもしれない。相手は本当の意味のバケモノ、魔法が使えようと人間の力だけで太刀打ちするには厳しすぎる。
でもね、テスタロッサ家が初めて轡を並べて戦うんだから、そう簡単にやられたりはしないよ!
ギィィィイィィィイィィィッッッ!!!!
「さっきは怖かったけど、今は全然怖くない。だから……お兄ちゃんとすずかを、返してもらうよ!!」
啖呵を切った直後、雄叫びを上げたヴァナルガンドが両手の拳で殴りかかってきた。私とアルフは横っ飛びで避け、戻った所で黒いガイコツの手を私が斬り、白いガイコツの手をアルフが叩いた。私たちには太陽の力も暗黒の力も使えないけど、変換資質の影響で普通の魔導師より魔法の効果が届きやすい。何度も攻撃して時間はかかったけど、母さんの援護もあったおかげでヴァナルガンドの両手を破壊できた。
両手を失って前のめりになったヴァナルガンドの頭部を母さんがジュエルシードの魔力も込めたサンダーレイジを叩きこむ。冷静になった事で戦法もある程度見えてきており、母さんの魔法の後に私とアルフが続けて集中攻撃。倒れながらでも反撃として放って来る怪奇光線を避け、攻撃の間隙を突いてとにかく攻撃。
外れて壁に当たった怪奇光線の跡を見ると、毒に石化、マヒに火傷になりそうな炎などが見え、やはり属性攻撃に関してもヴァナルガンドは卓越しているのがわかる。それにお兄ちゃんに瀕死の重傷を与えた破壊光線、あれだけは絶対に当たってはいけない。そうやってミッド式ゼロシフトも加えた回避優先の戦術に音を上げて、ヴァナルガンドを一時的にひるませる事が出来た。
ジュエルシードを巡る戦い、世紀末世界から続いたお兄ちゃんの戦い、それらがねじれ合ったこの事件。その終幕を飾るのは人形使いでも破壊の獣でもない、私たち人間だ!!
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of すずか~~
【吸血鬼】
それは私の運命を縛る鎖だ。私の家は【夜の一族】という吸血鬼の血筋を引いている。他にも夜の一族の血を引く家はあるけど、とりわけ私たちの血は濃い。そのせいで私やお姉ちゃんは他の夜の一族からも疎まれたり、ノエルたち自動人形の技術を欲しがる人達に標的にされたりしてきた。
そんな人生を歩んできた私は次第に吸血鬼の血を忌避し出し“人間らしい普通の生活”を求め始めた。そして小学校で、ちょっと変わった経緯だけど普通の友達は出来た。
アリサちゃん。なのはちゃん。
この二人は私が吸血鬼だという事を知らない、ごく普通の人間だった。彼女達と一緒にいる間は、私も普通の人間でいられた。吸血鬼の事がバレないように気を付けて心からの安息が出来なくても、それでも笑顔になれる日々を送る事が出来た。
でも……それはある日、突然誘拐された事で覆された。あの日……なのはちゃんがフェレットを拾って動物病院に送り届けた後、帰り道で彼女と別れた直後に私とアリサちゃんは、待ち伏せしていた誘拐犯たちにクロロホルムを吸引させられて意識を失った。そのまま連れ去られて町はずれの倉庫に運び込まれ、そこで私が吸血鬼だという事をアリサちゃんにバラされてしまった。
全てが壊れたと思った。バケモノの私なんかが普通の生活を求めたから、罰が当たったんだと絶望した。だけど……それは杞憂だった。
アリサちゃんは吸血鬼の私を認めてくれたのだ。
でもいくら吸血鬼の事を受け入れられる懐の深さがあっても、状況を覆す力を持っている訳では無い。人間より優れた身体能力を持つ夜の一族の私でも、あの状況を潜り抜ける事は不可能だった。そして……事もあろうか、誘拐犯たちは人間なのに私を受け入れてくれたアリサちゃんに酷い事をしようとした。
だから私は必死に願った。私はどうなってもいい、せめてアリサちゃんだけは助けて欲しい。初めて心から友達だと言える相手を助けて欲しいと、そう願った。でも私の心に巣食う闇は言っていた、バケモノの願いなんか届きはしないって。私の近くにいる人間は全員不幸になる、私は疫病神だから一生絶望しながら長い時を生きるしかない、と。
そんな時、彼が現れた。
突然頭上から降ってきた彼は闇を纏って誘拐犯たちを薙ぎ倒し、一際強いリーダーの男の人も実力で倒した。そんな彼はまるで意にも介さないように颯爽と立ち去ろうとしたけど、先に我に返ったアリサちゃんは彼を呼び留めた。思い返せば本人はあまり気が乗らない表情をしていたけど、その後はちゃんと迎えが来るまで私たちを守ってくれていた。
お姉ちゃん達が迎えに来たときに襲撃してきたヴァンパイアとの戦いで彼……サバタさんそのまま行方をくらましちゃったから、夜の一族の契約もあってお姉ちゃん達はサバタさんを探し回った。だけど見つけられないまま、次に会ったのは何故か温泉旅行の時だった。あの時サバタさんははやてちゃんを背負いながらアルフさんを連れて行ったけど、その光景を見た私は、正直羨ましいと思った。普通と違う力を持ちながらでも、ああやって普通の人の温かみを得られるんだって。
三回目に会った……と言うより見つけたと表現すべき時は、魔法少女稼業をしている事を教えられなかったなのはちゃんとアリサちゃんが喧嘩しちゃって、アリサちゃんが偶然出会ったサバタさんに相談していたタイミングだった。盗み聞きするつもりは無かったんだけど、サバタさんには好きな人が『いた』と聞こえた。過去形な事からその人に何があったのか大まかに想像はできるけど……。
その後は魔法や管理局、ヴァンパイアや世紀末世界の話を聞いて理解するだけで色々大変だったけど、それよりも私はサバタさんの、普通の生き方を求める事すら出来なかった人生に衝撃を受けた。性質は違っても同じ吸血鬼の私にとってかなり辛い話で、サバタさんが自分の人生を歪めたヴァンパイアを恨んでいるんじゃないかとも考えた私は、契約を終えた後に珍しくお姉ちゃんに我が儘を言って数日後、アースラを経由して彼に尋ねに行った。すると彼はこう答えた。
『その考えは杞憂だ。おれはもう、あの偽りの母を憎んではいない。そして彼女が成り果てたヴァンパイア……吸血鬼そのものに恨みや憎しみは無い』
そう言った彼の目は今の私なんかでは到底及ばない視野を映していて、私はどうしてそこまで彼が強くあり続けられるのか、純粋に興味を持ち始めた。だけどやっぱり吸血鬼が人から見て怪物である事は変わりない……むしろ世紀末世界の現状を知った事で私は更に自分の身体に流れている異端の血を嫌悪し出した。でもそんな私の考えを見透かしたかのように、サバタさんはこう言ってくれた。
『ヒトより多少優れている程度の存在がバケモノなわけがあるまい?』
それは私の吸血鬼に対する認識を根底から覆す言葉だった。吸血鬼=バケモノというそれまで私が抱き続けた事で凝り固まった結論を、彼は物の見事に壊してくれたのだ。ヴァンパイアに運命を歪められたはずの彼によって。
あの日、アリサちゃんはありのままの私を受け入れてくれた。この日、サバタさんは私がバケモノでは無い事を気付かせてくれた。二人のおかげで、私は自分が見えている世界が一気に広がっていくように感じられた。
周りの世界がまるで朝日に照らされたように輝いて見え始め、これから明るく楽しい未来が待っている。そう思い胸に期待が湧き上がっていた、そのはずだったのに……。
ハカイ……! ハカイ……! ハカイ……!
ヴァナルガンドに取り込まれてから、私の脳裏に語りかけるように、ずっとその言葉が羅列している。私の心にある闇、その破壊衝動を呼び覚まそうと働きかけているのだろう。だけど私の破壊衝動は自分でも驚くほど静かに抑えられている。その理由はきっと、私の手を掴んでくれている彼の存在があるからだ。
「気をしっかり持つんだ、すずか。絶対にヴァナルガンドの意識に飲み込まれるな」
「う……! は、はい……!」
一片の光も見当たらない暗闇の中、破壊衝動を堪えていて動けない私をサバタさんが抱えて歩いている。最初意識がはっきりした時、ここには二人しかいない、と思ってたけどそうでは無く、奇妙な事にサバタさんにはもう一人の連れがいた。
「ねぇお兄ちゃん……ここから出る当てはあるの?」
「さあな。隠す必要も無いから正直に言うが、二度と出られない可能性の方が高いぞ、アリシア」
「うにゃ~! そんな事言わないでよ、なんか気が滅入っちゃうじゃん! もぉ~!」
「アリシアちゃんって……実際に会うとこんな状況でも元気な子だったんだね……」
「こっちもこんな方法でお兄ちゃん以外の人と話せる機会が訪れるとは思わなかったけどね、すずか」
そう言って私たちの前を進む金髪の少女は空元気の笑顔を見せてくる。詳しい経緯はともかく、幽霊のアリシアちゃんは消えそうだった所をサバタさんに助けられて、成り行きでそのままここまで来る事になっちゃったみたい。でも彼女が無理やりにでも笑わせてくれるおかげで、私はまだヴァナルガンドのプレッシャーに抗う事が出来ているから、正直来てくれて助かっている。幽霊と話が出来ている時点で色々おかしいけど、それで希望が残るならむしろ構わない。
ハカイ……! ハカイ……! ハカイ……!
「ッ……まだ……耐えられる……かな……?」
「ああ、弱気にはならない方が良い。弱音は自分を小さくする」
「ってかさっきからハカイハカイうるさいよね! 絶対存在のくせにそれしか言えないのって思うよ!」
「ふふ……そうだね、アリシアちゃん」
だけど……このまま脱出する希望が何もないと、気を強く保ち続けるのも限界がある。もしこの破壊衝動に屈してしまったら、私たちは破壊の獣と化して世界を壊してしまう。そして壊れた世界を前にして、死ねないまま永遠の地獄を生き続けなくてはならなくなる。それだけは絶対にイヤだ。この世界は嫌な事や怖い事も多々あったけど、それ以上に大切な人達と楽しく過ごした思い出がある。それを壊したくなんかない。
ギュッと目をつぶり、皆で生きて帰れる事を願う。すると私たちの前方で真っ暗な世界の中を貫く一筋の優しい光が現れ出した。
「あれ? 何だろう、この光?」
「これは……ッ、この気配はまさか!?」
何か思い当たる拍子があるサバタさんが動揺を隠せないまま、徐々に光に照らされて具現化した一人の少女を見つめる。サバタさんとほぼ同じ年代で赤いワンピースを着た彼女は、物憂げな瞳を私に向けていた。
「月村すずか……あなたの心は今、サバタさまと同じ月下美人に昇華しました」
「月下美人……」
それは確かラタトスクが言っていた力だったような……。でもこんな所で目覚めて良い力なのかな? これは……ラタトスクの計画通りじゃないの?
私から視線をずらした彼女は私を抱えている彼、サバタさんの顔を見て慈愛に満ちた笑顔を見せた。
「サバタさま……よくご無事で……」
「……カーミラ。おまえも来ていたのか……だが、何故おまえだけはヴァナルガンドと分離しなかった? ヴァナルガンドと同化していた俺はかの世界で目覚めたのに、どうしておまえの魂は未だにここに捕らわれているのだ……!」
サバタさんにカーミラと呼ばれた少女は、その言葉を聞いて目を伏せる。
「サバタさま……悲しまないで下さい。あの時、時空の歪みに飲み込まれた衝撃を利用して、私はあなただけでも自由の身にしようとしました。私がいなければ……ヴァナルガンドを石のまま、封印しておく事はできません。ですがあなたは……あなた達はまだ死ぬべきではありません。あなた達にはまだ、あなた達を信じる仲間が……大切な家族がいるのですから。過去に捕らわれるのではなく、未来を生きてください」
「だがおまえはどうなる! 一人このまま……破壊の獣と共に永遠を眠り続けるというのか!? それがおまえの……未来だというのか!!」
「今、私の魂はヴァナルガンドと共にあります。いずれは私も……ヴァナルガンドそのものと成るでしょう」
「バカな!!」
「だいじょうぶ……私は決して負けません! あなたと出会えたこと……あなたが与えてくれたもの、それを想うだけで……私は戦える! たとえその相手が破壊の獣であろうとも、たとえその戦いが未来永劫に続こうとも、この想いだけは……決して壊せない!!」
「カーミラ……」
サバタさんが沈痛そうに苦々しい表情で俯き、そんな彼をカーミラさんは悲痛を秘めながらも決意のある眼差しを送っている。彼に抱えられている私だからわかる。サバタさんとカーミラさんが互いを大切に想い合っていることを。真に愛し合っていることを。そして……この愛が悲しくも実らなかった結末に、私とアリシアちゃんは胸が痛んだ。
「サバタさま……あなたに渡したいものがあります」
そう言ってカーミラさんが手を広げて出したのは、ジグザグの模様が刀身に走った一振りの大剣だった。「もう大丈夫です」と私は彼に伝えて降ろしてもらい、サバタさんはカーミラさんが出した大剣を受け取る。
「私が切り崩したヴァナルガンドの力の一端を秘めた剣です。同じ力を持つこの剣ならヴァナルガンドにダメージを与える事が出来ます」
「カーミラ……すまない。いつも……俺はおまえに助けられてばかりだな」
「サバタさまのお役に立てるのでしたら、私はそれだけで嬉しいです。……そして、アリシアさま」
「ひゃ、ひゃいっ!? な、何でしょうか……?」
唐突に呼ばれて酷く狼狽するアリシアちゃんに、微笑ましい笑顔を見せたカーミラさんは穏やかな声音で告げる。
「去り際におてんこさまからもたらされた力と、これまでサバタさまから注がれた月の力を使って、私はあなたを“太陽の使者の代弁者”として転生させる事が出来ます」
「へっ!? 転生って、私……生き返れるの!?」
「はい。しかし“太陽の使者の代弁者”と成るのは即ち、“人間ではなく精霊として永い時を生き、太陽意志ソルにその身を捧げる”ことになります」
「えっと……それって要するにどうなるの?」
「簡単に申しますと、“太陽意志ソルの使命を代わりに果たし、かのご意向が無い限り永遠に死ねなくなります”。太陽の使者おてんこさまもかつてダークマターを浴びすぎて地上に降臨できなくなりかけた事がございますが、もし地上に存在できなくなっても消滅はしないのです」
「つまり“太陽の使者の代弁者”に成れば、生き返れる代わりに“太陽系が死ぬまで使命を果たさなくてはならない”という事なんだね……」
なんか別の魔法少女の物語を思い出すけど、契約する相手はインキュベーターでは無く、人間や生命の未来を明るく照らして育んでいる太陽の意思だ。確かに人間どころか吸血鬼の寿命よりはるかに永い時間を生きなければならなくなるけど、未来へ続く命の営みを見守って行く役目を負うだけなら、永い時を生きるのも悪くないんじゃないかな? それに私は夜の一族で結構長く生きていけるから、その分話し相手になるのも出来るはずだ。まあ、もし……生きる事が辛くなったら、太陽意志ソルは一応ちゃんと考慮してくれると思う。
もちろん、受けないというのも一つの手だ。サバタさん曰く彼女の魂の修繕はもう完了しているのだから、このまま昇天して死者の世界に行くというのもある。その世界がどうなっているのかは誰も知らないけど、こっちでも転生して新たな人生を歩める可能性だってある。流石に記憶は無くなるだろうけどね。
む~っと唸るアリシアちゃんはしばらく熟考して悩む……かと思いきや、急に彼女は顔を上げて即答した。
「なるよ。私、“太陽の使者の代弁者”に」
「本当によろしいのですか? 一度成ってしまえば、もう後戻りは出来ませんよ」
「それでもいいよ。……私ね、ずっとお兄ちゃんの傍にいて見てきたんだ。皆が必死に戦って、未来を掴もうとしている姿を。懸命に皆が生きようとしている姿を前にしても、私は何も出来なかった。私が死んでからママがだんだん壊れていくのも、幽霊の私は見ているだけしか出来なかった。苦しかったよ……何も出来ない自分が、自分の無力さが。もうそんなのは嫌だ……だから、私は……今度こそ皆の力になりたい! 皆の未来を守りたい! そのためなら、これから永い時を生きるぐらい怖くない!」
「わかりました……あなたの決意、確かに聞き届けました」
カーミラさんが願う様に手を組むと、アリシアちゃんの身体が太陽みたいな色の温かい光に包まれた。その光はぽかぽかして心地よく、浴びていると私たちに注がれていた破壊衝動の声が弱まっていく感じがした。光が収まって現れたアリシアちゃんは、どういう訳か身体がある程度成長していて、私とほぼ同じくらいの身長の可愛い女の子になっていた。
「これが……生まれ変わった私の姿……」
「心に太陽が昇り続ける限り、あなたは皆を照らす光となるでしょう」
「うん! 私、頑張るよ!」
「今のあなたはおてんこさまと同じ力が備わっています。どう使うかはあなたの判断次第です」
そこまで言って言葉を区切ったカーミラさんは、最後に私に視線を注いだ。
「すずかさま……月の力は太陽の力を増幅し、受け流します。それはイモータルに力を与える諸刃の剣……。しかし、月の淡い輝きはどんな存在も優しく受け入れます。それを胸に秘めておいてください」
「はい……」
確かに私は今なら月の力を感じ取れて、その光が母親のような優しさを秘めているのがわかる。だけど……使い道がわからないよ。いや、実際の所使われるような事がないのが最も良いのかな?
カーミラさんはこれが最後と言わんばかりに手を掲げ、紫色の中型バイクを一台出した。ちなみに各パーツは、
フロント“ハンマーヘッド”
ボディ“エインヘルヤル”
タイヤ“チェーン”
スペシャル“バリア”
カラー“サバタバイオレット”
である。機械好きの私としては異世界の技術で作られたバイクなのだから、正直興味が湧き上がる。にしても、なんでバイクなんだろう……? と思っていたら、サバタさんが操縦できるようでそれに跨り、アリシアちゃんは彼の後ろに座ってしがみついた。どうやらこれに乗って脱出するようで、私はサバタさんの前に潜り込んで座る。ハンドルを掴むサバタさんの腕に挟まれていると心が落ち着き、光の筋が示す道を前にしてバイクのエンジンがかかる。
「……これ一人乗りのようだが……前後合わせて3人も乗って大丈夫だろうか?」
「心配ありません。サバタさまならその辺りは自力で何とか出来ちゃいますよ」
「そういう問題か……? 一応スペック的に問題は無いようだがな」
「出口はもうわかりますね、サバタさま」
「無論だ。ジャンゴの時と同じく、仲間の心の声をたどれば良いのだろう」
サバタさんは目を閉じて耳を澄ませ、ヴァナルガンドの破壊衝動の声に混じっている、外の声を聞き逃さないようにする。私とアリシアちゃんも同様に目を閉じ、皆の心を感じ取ろうとする。
…………………。
『くっ……ここまで来て……! でも……でも私は……!』
『私たちは! もう二度と諦めたりはしない!!』
『その通り! あたしらの力はまだこんなものじゃないよ!』
『うん! 私たちは……人間は絶対に諦めないの!』
『そうだよ! それにもし、僕たちが力尽きても終わりなんかじゃない……!』
『ああ! 僕たちの事を記憶している誰かがいる限り、この想いは繋がっていくんだ!』
『だから……俺達の世界は、イモータルの思い通りになんかならない!』
聞こえたよ……皆の声が。
見えたよ……皆の心にある太陽が!
帰り道が示された事で瞑想を止めて目を開けた私は、カーミラさんを見つめるサバタさんの顔が見えた。
「……カーミラ、やはりどうしても来れないのか?」
「はい……ヴァナルガンドは次元の壁をも破壊する力を宿しています。再び澱みの世界に落ちた所で、いずれ現世に自力で這い出るかもしれませんので、私の石化の力で封印しておいた方がよろしいのです。そうすればもし何らかの理由で石化を解かれても、ヴァナルガンドが現世に出るまで時間稼ぎが出来ますから」
「…………すまない」
「サバタさま……では最後に一つだけ。あなたのおかげで救われた心があった事を、時々で良いので思い出してください。それだけが私の、最後のワガママです」
「ああ……ありがとう……カーミラ。その願いは忘れない、必ず」
「はい……!」
「……よし、行くぞ。明日を取り戻しに!」
サバタさんの言葉に鼓舞され、私とアリシアちゃんは威勢よく返事をした。そんな私たちをカーミラさんは聖母のような笑顔で見送ってくれた。
「さようなら、アリシアさま。さようなら、すずかさま。さようなら……私が愛した暗黒少年」
「さらば愛しき魔女……わが青春の幻影よ! 俺はもう、ふり向きはしない。生と死の輪廻、その果てで……いつかまた、めぐり会おう!!」
私たちを乗せたバイクをサバタさんが発進させ、カーミラさんから受け取った大剣を振るってヴァナルガンドの外へ続く見えない壁をぶち抜き、私たちは私たちが生きる世界へ帰る道を突っ切る。
その途中、ヴァナルガンドの影らしき物体が私たちの進路を遮ろうと妨害してきた。“ウーズ”と言う名前らしいそれには実体がなく、倒す事は出来ないようだけど、脱出において相手をする意味は無いらしい。なのでサバタさんは障害物のウーズは巧みなバイクテクニックで避け、追いかけてくる“ブラックスケルトン”という真っ黒なガイコツには、このバイクに備え付けられている“ハンマーヘッド”というミサイルで迎え撃っている。
ヴァナルガンドは何としても私たちを取り逃がしたくないみたい。でも……私たちは私たちを待ってくれている人達の所へ帰らないといけない。だから、もう邪魔しないで!!
決着
前書き
タイトル通りに決着回
~~Side of なのは~~
「ちぃっ!!」
「ようやく捉えたぞッ!!」
異次元転移先を先読みしたユーノ君のチェーンバインドとクロノ君のリングバインドがラタトスクを縛り、最大の攻撃を当てる絶好のチャンスが巡って来た。
「今だ、なのは! 君の最大の一撃をヤツに放つんだ!!」
必死の思考の末、二人が作り出したタイミングに応えようと私はレイジングハートをキャノンモードにシフトさせる。だけど今の私にはさっきみたいなディバインバスターを放つ魔力は残っていない。でも……この空間にはこれまでの私たちの戦いで大量に散らばった魔力が漂っている。妙に黒ずんでいる魔力だけど、これを集めて利用出来れば……!
「きさまらぁ……人間ごときがっ!!」
「人間の底力を甘く見過ぎた。それが貴様の敗因だ、ラタトスク!」
「確かに僕たちは太陽の力を使えないさ。でも、それで勝てなくなる訳じゃない!」
「そうだよ! だから見せてあげる! これがディバインバスターの新しいバリエーション!!」
周囲から取り込んだ魔力も、私のリンカーコアから引き出した魔力も、その全てをレイジングハートの先端に集中させていき、極大規模な魔力の塊が発生する。照準をバインドを打ち破ろうともがくラタトスクに向け、私は万感の思いを込めて引き金を引く。
「これが私の全力全開ッ!! スターライト……ブレイカァー!!!!」
私の魔力光である桜色をした巨大な砲撃が圧倒的な威力を誇って放たれ、ラタトスクを砲撃の奔流に飲み込む。それは凄まじい衝撃を伴って時の庭園を揺らし、対象を殲滅するのだった。
「はぁ……はぁ……見たか、なの……!」
砲撃によって巻き上がった煙を前に、私はそう言葉を叩き付ける。いくらイモータルでも今の砲撃を受けて無事では済まないはず。ここまでやったら洗脳も解けて、お兄ちゃんと戦っていたお父さんは今なら正気に戻っているかもしれない。そんな期待を胸に二人の方を振り返る。
「ウァアアアアア!!!」
「くそっ! 洗脳が解けたとしても、アンデッドとして既に理性を奪われてしまったのか!?」
私の視界の向こうで、二人はさっきより激しさを増して剣をぶつけ合っていた。戦いは風のような速さで行われていて、私の目では二人の輪郭しか見えない。そんな……ここまでやったのに、お父さんはもう元に戻らないの?
バシバシィッ!!
「ぐあっ!!」
「うぐっ!!」
鞭を叩きつけたような音が2回響き渡り、その音と同時にユーノ君とクロノ君の呻き声が胸を痛めていた私の耳に届いた。この鞭の音はついさっきまで何度も聞いていたから、まさか……!
「はぁ、はぁ、はぁ………この小娘が……よくもこのわたしにっ……!!」
「な……ラタトスク!? ど、どうして……あの攻撃を受けて立っていられるなんて……!!」
白装束も相当擦り切れてボロボロになっていて、身体の所々が煤けているけど、それでもラタトスクは五体満足で立っていた。
「フ、フフ……わたくしが人間を甘く見過ぎていたのは認めましょう。しかし、あなた達もイモータルを甘く見過ぎてはいませんか? 我らイモータルは不死の軍団! あなた達の魔法に暗黒の力を少々込めた程度で倒せるなどと思ったら大間違いです!」
それでもダメージは少なくなく、先程の余裕綽々とした態度は崩れていて、睨んでくる目は狂気に走ってぎらつき、その殺気で私の身に冷たい汗を流させた。私たちの魔力が暗黒物質に弱いのは知っていたけど、何も全てが通らない訳じゃない。なら諦めずにもう一度チャンスを作って、それでSLBを―――
――――ドクンッ……!
「え………うぐっ!」
突然心臓が激しい鼓動をした次の瞬間、全身に凄まじい悪寒が走って私は胸を抑え、思わず倒れ込んでしまう。な、なんで……!? リンカーコアには異常はない……魔法の感覚はちゃんとある。なのに急に全身がマヒした様にまともに言う事を聞かなくなってしまった。
「フフフ……ハハハハ! これは傑作ですね! まさかダークマターを自ら取り込んでいた事に気付いていなかったとはね!!」
「私が……ダークマターを……? いつの間に……!」
「先程のスターライト・ブレイカーという魔法、あれは周囲の魔力素を集めて放たれる集束砲撃です。ここには確かにジュエルシードから漏れ出した魔力や、あなた達が使い捨てた魔力が漂っています。しかし、同時にこの場所にはヴァナルガンドが放出し続けていた暗黒物質も存在している! それをあなたは魔力を集める際、一緒に吸収していたのです! 普通はこの量の暗黒物質に触れた程度では吸血変異を起こしません。ですがあなたは集束を行った事で、ヴァンパイアに噛まれたのと同じ量の暗黒物質を全身に浴びた! もうすぐあなたの身体は吸血変異を引き起こし、我々の同志へと生まれ変わるでしょう!」
「そ、そんな……あうッ!」
ラタトスクの指摘に思い当たる節があった私は、呼吸が乱れながらも思い返す。大気中に漂っていた妙に黒ずんでいた魔力、きっとあれが暗黒物質の混じった魔力だったんだと思う。知らず知らずのうちに魔法に暗黒の力を込めた事が、ラタトスクの予想外のダメージを与えられた理由なのだろう。でもその代償として私は……!
「ですが! わたくしにここまで刃向かった分、あなたには後悔してもらわなくては気が済みません! 今、その罰を受けなさい!!」
「ッ! ら……ラウンドシールド!」
かろうじて絞り出した魔力を使って私を覆うシールドを展開する。次の瞬間、ラタトスクが鞭を叩きつけ、シールドに衝撃が伝わってくる。ユーノ君達が倒れている今の状態では自力で身動きが取れないのもあり、シールドに魔力を送り続けて受け止め続けるしかなかった。
「人間っ!! ごときがっ!! よくも!! このわたしにっ!!」
言葉を区切る度に振るわれる鞭、その度に衝撃でシールドが震える。だけどシールドの強度にも限界があり、そう何度も耐え切れるものではない。一発一発でシールドにヒビが入っていき、亀裂が大きくなっていく。暗黒物質が身体を蝕んできている影響で集中力も損なわれていて、次第に目の前に何度も迫る鞭に私は恐怖を抱いた。精一杯耐えてきたけど限界が訪れてシールドが砕けた時、私は必死に願った。
「助けて――――――――お父さん!」
「身の程を知れっ!!」
ラタトスクの怒りの鞭が迫り、痛みに備えて身を縮める。だけどしばらく待っても鞭の痛みが襲ってくる事は無かった。ゆっくり目を開けて見てみると……、
「なのはを傷つける奴は……この俺が許さない!」
ラタトスクの鞭が小太刀で両断されていた。それをやったのは黒いスーツを着たヴァンパイア……お父さんだった。
「馬鹿な……! 月光仔の血も引いていないただの人間がわたしの支配を打ち破ったと言うのか! 高町士郎!!」
「お、お父さん……!!」
「すまないなのは、怖い思いをさせてしまった。後は任せてくれ、行くぞ恭也!」
「ああッ!!」
「おのれぇ……! どいつもこいつも……!!」
思い通りに行かなくなっている現状にラタトスクは苛立ちを抱き始めていた。お父さんとお兄ちゃんはその有利を見逃さずに、怒涛の攻勢に出始める。だけど私は体内の暗黒物質の浸食のせいで、頭がグラグラして意識が朦朧としていった。このままじゃ闇に堕ちる……そう思った、その時だった。
「アンコークッ!!」
ギィィィイィィィイィィィ!!!
フェイトちゃん達が戦っていたヴァナルガンドの方から、はやてちゃんが無事だと信じていた“彼”の声が聞こえた。ヴァナルガンドの胴体を突き破って出てきた“彼ら”は前は持っていなかった大剣を、アクセル全開で突っ走るバイクの上から振り下ろし、偶然か必然か正面に居たラタトスクをすれ違いざまにぶった切った。
「グァァアアア!!! ば、馬鹿な……! 貴様達まで、ヴァナルガンドの支配から抜け出しただと……!!」
「フッ……策に溺れたな、ラタトスク。これで借りは返したぞ」
「クッ……ウッハッハッハッ!! いいでしょう、イモータルにとって人間の寿命など、あまりに短いものです。特にあなたのはね! それに此度の機会を逃しても、浄化される心配がない以上、わたしは無限にやり直す事ができる! そう、どうあがいても人間は敗北する定めなのです!」
「さて、それはどうかな?」
不敵に笑うサバタさんの表情にラタトスクは訝しい目を向ける。しかしそれは次の瞬間、驚愕に彩られることとなる。
「フェイト! 詳しい話は後にして、早くトランスするよ!」
「え!? えっと……うん!!」
『太陽ぉー!!!』
バイクに一緒に乗っていたフェイトちゃんに似た女の子が駆け寄ってきたフェイトちゃんと合身して、フェイトちゃんのバリアジャケット姿が、全身が燃えるように輝く姿に変わっていた。あれはまるで、小さな太陽……!
「あ、あり得ない! 彼女は太陽仔の血を引いていないただの人間! それがどうして太陽少年と同じ姿に……!!」
焦ったようにラタトスクはしびれ薬が塗られてるチャクラムをフェイトちゃんに投擲しようとした。しかしそれは……緑色の鎖と水色の輪に縛られて止められた。
「僕たちを忘れてもらっちゃこまるよ!」
「ただの人間の意地を、思いしれ!!」
『はぁぁあああ!! ソルフレアッ!!』
「この……ガキどもがぁあああああああ!!」
フェイトちゃんが放った神速の如きスピードの突進が、ユーノ君とクロノ君のバインドに捕えられたラタトスクに直撃し、当たった部分から奴の体が黒い煙を立てて崩れていく。形勢不利を悟ったラタトスクは悔しそうな顔で異次元転移を使って撤退、この場から消え去った。それを見届けたフェイトちゃんはトランスを解除し、さっきの女の子と分離していた。
「今のは……それに君は……」
「なのはちゃん!」
サバタさんと同じく助かったすずかちゃんが倒れている私の所に駆け寄ってくる。でも私はもう全身が痙攣し始めてまともに声を出せず、返事をすることすらできなくなっていた。サバタさんが私の様子を見て深刻な顔で皆に言う。
「大量の暗黒物質を浴びたせいで吸血変異が進行している……アンデッド化までもう時間がない!」
「そんな……何とかならないんですか!?」
「彼女の命を助ける方法は……ある。月村すずか、おまえが開花させた月下美人の力、それを使えばあるいは……!」
「私の……力?」
「俺も今回初めて知ったが、月下美人の能力には個人差があるらしい。よって、俺の使い方ではなのはを救うことはできない。ゆえにこの世界の月下美人に目覚めたすずかの力に賭けるしか方法はない!」
「…………わかりました!」
意を決した表情ですずかちゃんは「ごめんね」と言ってから、私の首筋に噛みついた。するとすずかちゃんに吸血されていく程、私を蝕んでいた暗黒物質が沈静化していき、いつもと違う彼女の赤い瞳に見つめられた私はおぼろげになりつつも、感じたことのない心地よさを味わっていた。しばらく吸血された後、私の様子が落ち着いたことですずかちゃんは私の首筋から離れて様子を伺っていた。
「……もう……だいじょうぶ?」
心配そうに見つめてくる彼女に、痙攣が止まって返事ができるようになった口で答える。
「うん……ありがと、すずかちゃん」
「~っ! 良かったぁ……良かったよぉ! なのはちゃん……!」
涙が溢れて止まらなくなったすずかちゃんは私に抱き付き、私も自分の意志で動くようになった手で彼女を抱き返した。お兄ちゃんもお父さんも、私が無事だったことにほっと一安心していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ~~
「お……おにい、ちゃん……!」
「よがっだよぉ~! ほんどよがっだよぉ~!!」
「泣き声で濁音になってるぞ、アルフ。フェイトも、よくぞここまで戦い抜いた」
嬉しさで体を震わせるフェイトとアルフの頭を、宥めるように出来るだけ優しく撫でる。彼女たちの、俺の身を案じてくれた気持ちに今返せるのはそれぐらいだった。
一方で隣にいたプレシアは俺の連れに目を奪われていた。恐る恐る手を伸ばす彼女は、あり得ないと思いつつも、その名を口にする。
「ま、さか……アリシア……なの?」
「うん……やっと会えたね、ママ」
その瞬間、感極まったプレシアはアリシアに駆け寄り、対するアリシアも母親に駆け寄る。プレシアにとっては待ちに待った愛娘との再会、そしてアリシアにとっては……、
「アリシア~!!」
「ママ~!! ―――――――――のバカァアアアアア!!!」
「げふぅっ!!?」
溜まりに溜まった文句をぶちまけられる瞬間だった。
プロが見たら感嘆しそうな程見事なコークスクリューをアリシアから放たれて吹っ飛ぶプレシア。しかし吹っ飛んでいく彼女の顔はキラキラと愉悦に満ちていた。なんで娘から殴られて嬉しそうなんだ、おまえは。
「浮雲! 無風! 刃雷! 震雷! 連剣! 波壊! 奥義! 打技黒掌ォォォォオオオオオ!!!!」
おいおい、少しやり過ぎじゃないか? ……気持ちはわからんでもないが。
「ママ! 私、ずっと見てたんだよ! なんで私の妹のフェイトにあんな酷いことを言ったの!!」
「ああ、アリシア……いつの間にやんちゃになって……」
娘からボコボコにされて説教をくらいながら微笑む50代天才研究家大魔導師の構図に、事情を知らない者は皆ポカンとしていた。ま、ややこしい話は後にしよう。この戦いを終えるには、まだ最後の始末が残っているのだから。
ギィィィイィィィイィィィ!!!
「さあ……最後の決着をつけるぞ!!」
俺達が脱出した後、カーミラの内部からの石化で動きが鈍くなっていたヴァナルガンドだが、また封印されてなるものかと最後のあがきをしていた。ヤツの背後には虚数空間への穴が未だに残っている。完全に石化すれば再び虚数空間に落ちて、こちらから穴を開けない限り永遠に出ることはかなわなくなる。そしてそれが……俺とカーミラの願いでもある!
まだ石化の及んでいない顎しか動かせなくなっているヴァナルガンドに、俺はカーミラから授かった大剣をこれまでの借りを世紀末世界のものも含めて叩き付ける。叩き付ける、叩き付ける、叩き付ける!
「うぉぉおおおおおッッ!!!」
ギャィィ……ィィッ……!!
最後の抵抗も破られたヴァナルガンドは、断末魔の声をあげて完全に石化した。そしてヤツの自重に耐え切れなくなった時の庭園の床が崩れていき、破壊の獣は何もない虚数空間の穴へと吸い込まれるように落ちていった。
すまない……そして、ありがとう……カーミラ。俺は信じる、いつかまた、出会える明日が来ることを。その未来を……俺は決して諦めない。
「……終わった……のか?」
薄汚れた格好でクロノがそう尋ね、その問いに俺は無言で頷く。途端に全員が安堵の息を吐き出し、この場に穏やかな空気が戻ってくる。しかし、何か大事なことを忘れているような……。
「あ! ジュエルシードがっ!!」
アリシアの声で俺達はプレシアの制御下を離れて暴走しかけていたジュエルシードを目の当たりにする。まだ完全に暴走していないと判断し、すぐさま暗黒銃で暴走寸前のジュエルシード15個を狙い撃つと、暴走が止まってジュエルシードは床に落ちた。
「これ以上の連戦は御免だ」
俺の言葉に神妙な顔で全員が頷いた。落ちたジュエルシードをユーノが拾うことで、最後の一波乱も完全に幕を閉じた。とにかくこれで世紀末世界から続いた破壊の獣を巡る戦いは終わった。そう感じた俺は肺の奥から息を吐き出し、ずっと背負い続けていた肩の重荷がようやく下りた感触を味わう。まだ人形使いが残っているが、転移したあいつの行方がわかるまで決着はお預けだ。
「さあ、帰ろう。俺達を待ってくれている人達の下に。俺達が守り、これからも生きていく世界に」
そう伝えて帰路に着いた時、俺の手元からピシッと音が鳴る。視線を送ると暗黒銃ガン・デル・ヘルのフレーム“ファントム”にヒビが入り、レンズ“ダーク”が割れ、バッテリー“カオス”が砕けていた。
これまでの激戦で耐久限界を迎え、さっきのジュエルシードの封印で役目を終えたのか。……俺の闇の象徴ともいえる武器だったが、コイツにもずっと世話になっていたな。この世界の未来に、ダークマターを操るこの銃は存在しない方がいい。下手な騒乱を招く前に、丁重に葬ってやろう。
「これまで支えてくれて、感謝する……。おまえも、安らかに眠れ……」
ほとんど消滅しているが、まだ僅かに開いている虚数空間への穴。そこにカーミラへの手向けの意味も込めて壊れた暗黒銃を放り込み、穴が完全に閉じるのを確認した俺は、バイクで時の庭園を後にした。
「ガキどもが……よくもわたしの計画を! 今回の失敗は、イレギュラーどもの覚醒と、そして……暗黒の戦士の復活。輸送船を襲い、ジュエルシードによる次元震を利用してヴァナルガンドを呼び出す予定が、彼らのせいで狂ってしまった……! 蘇った衝動のあまり事を急ぎ過ぎたようだ。しかし……ウフフフフ……今回は譲りますが、策とはいくつも講じておくものです。わたしの“人形使い”の肩書きが伊達では無い事を、ガキどももいずれわかる時が来るでしょう……フハハハハ!」
後書き
技、説明
浮雲、無風、刃雷、震雷、連剣、波壊、奥義:ゼノギアス シタン先生の素手時の技。序盤加入してから彼のあまりに速いスピードや便利な回復に何度もお世話になり、ストーリー上ほとんど離脱する事も無い彼を重宝したのは誰でも経験があるはず。
打技黒掌:ゼノサーガ3 オメガイドの技。アリシアが使えた理由は、サバタの機神菩薩黒掌を真似しようとしたため。
事後処理
前書き
後始末回。
ボクタイセリフ集を見直していたらミスがあったので修正しました。
今回の事件、P・T事件と名付けられたジュエルシード争奪戦は、管理局の想定外の事態を巻き込みながらも終結に向かっていた。そもそもプレシアがなぜこの事件に及んだのかということに関して掻い摘んで説明すると、26年前に彼女が中央技術研究局長として勤務していたアレクトロ社で、開発していた新型魔導炉の成果を急いだ上層部の独断専行によって暴走事故が引き起こされ、彼女の娘アリシアが死亡し、あまつさえ実験を静止したはずのプレシアに責任を全て押し付けたのが原因なのだそうだ。それで全てを失った彼女は娘を取り戻すべくプロジェクトFATEと呼ばれる人間のクローンを生み出す技術に着目し、フェイトを生み出した。その後の生活は閉鎖的な環境で変化が特に無かったのでスルーするが、最終的にフェイトはアリシアと違うと見たプレシアは彼女を拒絶し……今、
「時の庭園に行く前に言ったはずだ。フェイトは俺がもらう、返せと言われても返さんぞ、と」
「確かに言ってたわね……」
「その前にさ、ママはフェイトがクローンだって話してた時、フェイトの事が嫌いだとも、周りの迷惑にならないうちにさっさと死んでとも言ってたよね?」
「うぅ……あ、あのねアリシア……これはあなたを裏切りたくなかったからで……」
「なのにおまえは今、フェイトを返してほしいと言った。フェイトに散々ネグレクトをしておいて今更そんな事を言うとは、虫がいいにも程があるぞ、プレシア」
「ああああああああああごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁぁい!!!」
転生したアリシアからこってり怒られてまともになったプレシアだが、アリシアが「妹のフェイトを追い出すようなママは嫌い」と宣言した事で、今一度フェイトを娘として見るとかほざいたのだ。それで俺は彼女と三者面談(フェイトとアルフもいるので正確には五者面談)をしているわけなのだが、なんか狂気が抜けたプレシアは俗にいう親バカに類する性格になっていた。まぁ、元に戻ったというのが正解なのだろうが、こうして自分のやった事を突き付けると彼女は後悔で狂乱しかけていた。
「そういえば最初にお兄ちゃんがママに会いに来た時、ママはフェイトに暴力をふるっていたよね?」
「ああ。それに知らなかったとはいえ、当時アリシアの魂が同化していた俺に、全方位射撃と容赦のない攻撃をしてきたな。一歩間違えればアリシアの魂ごと葬っていたところだったぞ」
「ああああああああぁぁぁぁ~~~!!!!?」
「あ、あの……お兄ちゃんと、お姉ちゃん? も、あんまり母さんを責めないで……もう見てられないよ……」
「まぁ、あたしとしちゃあ、ザマァッ! な気分なんだけど、ここまで精神攻撃喰らってると流石に気が引けるねぇ……」
これまで傲岸不遜な態度ばかりしていたプレシアのあまりの痴態を見て、彼女に思う所があったフェイトとアルフも様々なしがらみを置き、困惑していた。
ちなみにここはアースラの奥にある護送室だ。プレシアの処遇は言い逃れの出来ないレベルで思いっきり犯罪者であり、アースラに帰還してすぐ拘束される事になった彼女とじっくり話すのはここでしか出来ない。
そしてフェイトはプレシアのように手錠はかけられていないが、自主的にこの部屋に入っていて、アルフはそんな彼女に付き添っている。フェイトはやはり、ジュエルシードを良い意味で集めていなかった自分に罰が欲しかったのだろう。
アリシアも一応フェイトの側にいるが、精霊となった彼女に鉄格子は意味が無いので、その気になったら勝手に出てくるだろう。というより暗黒転移並みに神出鬼没な体質に変化した彼女に、枷やバインドなどの物理的な拘束類は一切効かない。どうしても捕えたいならそれこそ、太陽都市のおてんこの時と同様に石化させるなりするしかない。ま、そこは今関係ないが。
「まだまだこんなものでは済まないぞ? ……選手交代だ、はやて」
「了解や、サバタ兄ちゃん。さぁプレシアさん、これから思う存分叱ってやるから覚悟しいや?」
「え……な、なにその後ろに出てる狸のオーラは!? ちょっと誰か止めてよ!?」
「ごめん、母さん。怒り状態のはやてには私も逆らえないんだ……」
「いくら私のためとはいえ、ママは色んな人に迷惑をかけたんだから反省する良い機会だよ。今は盛大に怒られなさい!」
「な、なんつーか……ドンマイ?」
四面楚歌……は言い過ぎだが、娘二人と使い魔から見捨てられてプレシアは涙目になった。それからしばらくの間、アースラの護送室から扉越しでも聞こえる声量でガミガミ怒鳴る狸オーラの車イス少女と、半ば死んだ目をしながら正座で俯く大魔導師熟女の姿が見られたという。両親を早くに失ったはやてにとって、娘のフェイトに虐待をしていたプレシアには色々言いたい事があるだろうから、その分説教は相当長くなるに違いない。
で、はやてがプレシアに説教をしている間に、俺は別の案件を片付けておこう。
襲撃や反撃でズタボロになった局員達が、何故か活き活きとした顔で身体に鞭を打ってアースラの修理などに努めている中、俺は以前も訪れた艦長室に足を踏み入れる。そこにはリンディ、クロノ、エイミィ、ユーノ、なのは、恭也、忍、すずか、ノエル、ファリン、そして……士郎が揃っていた。
「さて……まずは今回の件に関して俺から謝らせてくれ。……すまない、世紀末世界の問題をこちらに持ち込み、あまつさえ皆を死ぬかもしれない危険に巻き込んでしまった。本当にすまなかった……」
「いえ、私たちもジュエルシード輸送任務を後回しにした結果、ここまで事件を大きくしてしまいました。それにラタトスクの凶行を未然に防ぐことが出来ませんでしたし、そのせいで危険な目に遭った方もいらっしゃいます。危険は無いと太鼓判を押しておきながら、それを違えてしまった事を、管理局の代表として謝らせてください」
珍しく謝罪する俺とリンディを見て、手当の跡が残る彼らは目を丸くする程驚いたものの、ひとまず謝罪を受け入れてくれた。こういうケジメはしっかりつけておかないと、余計な確執を招きかねないので、早めに片付けておいた方が良いものだ。
「……謝罪が済んだ所で、おまえ達の間で話はどこまで進んだのだ?」
「月村家が夜の一族という人間の吸血種で、その秘密を守る契約を交わした所までです」
「そうか。それで……これから諸々の話をまとめる前に、どうしても知っておきたい事がある」
「やっぱり俺か……」
「ああ、高町士郎。太陽仔でも月光仔でも、ましてや暗黒仔でもないおまえがどうして正気を保っていられるのか、最優先で知っておきたい」
ラタトスクに操られていたものの、戦いの最中に正気を取り戻した高町士郎。今は正気だがいずれ再び暴走するかもしれない彼をどうするか、早い内に決めておいた方が良い。ここにいる者はそれをわかっていて口を挟まなかったが、やはり父親の件ゆえ、なのはと恭也の顔には不安の色が見て取れる。
「推測にすぎないけど……サバタ君、君にはアンデッド化を抑制する月光仔の血が流れているんだよね? それで暴走していた俺は、フェイトという子をかばった君の血を吸った事がある。恐らくその血が正気を取り戻すきっかけになったんじゃないかな?」
「あの日の事か……月光仔の血を吸血して正気を取り戻す、そんな事例は一応親父の場合もあったな。ほとんど偶然だが……まあいい、それで?」
「とりあえずそれ以降は、闇に飲み込まれかけた自我を取り戻す抵抗が少し出来るようになったんだ。それまでは家族の下に帰らないと、という意思だけで闇に堕ちないように凌いでいたけど、時々暴走してしまっていたんだ」
「なるほど……恐らくそのタイミングにラタトスクが術をかけていたに違いない。そしてそのタイミングの共通点は……」
「私……ですね」
既にほとんどの事情を理解しているすずかが名乗り出て、「その通りだ」と相槌を打つ。
「ラタトスクの目的はヴァナルガンドを意のままに操ること。そのために必要だったのは月下美人に達する事が出来て、かつ人形として操れる対象。それに月村すずかが選ばれたわけだ」
「ちょっと待って、サバタ。聞きたいんだけど、力に目覚めている意味では私の方が夜の一族の力を使えているわよ? 妹と同じ血が流れてる私じゃなくて、どうしてすずかを狙ったのかしら?」
「……月村忍、恐らくおまえの力は月下美人に昇華出来ないのか、もしくは単に妹のすずかの方が姉よりも月下美人の素質が高かっただけかもな。現にすずかは月下美人の力に目覚めている。後者の線は十分にあり得るぞ」
「はぁ……そんなものなのね……」
「ああ、月下美人になれるのは慈愛の心を強く持つ者だけだ。そう言う意味では確かにすずかは妥当だったかもな」
「ってコラ! あなた、さり気なく私に慈愛の心が無いって言いたいワケ!?」
「安心しろ、忍。どんな心をしてても俺はおまえを見捨てたりしない」
「このタイミングでフォロー入れないでよ、恭也! 私が優しくないって恋人からも暗に認められた感じになってるじゃない!」
「フッ……安心しろ、月村忍。俺が言っているのは上方修正での意味だ。すずかの慈愛は誰よりも強かった、それだけの話で何もおまえに慈愛の心が無いと言いたかったのではない」
「そ、それなら最初からそう言ってよ……ってアレ? じゃあ恭也が今の会話に乗ってきたのは……」
「そこは知らん。恭也の素が出たんじゃないか?」
「ちょっ、なんて事言うんだサバタ!?」
「恭也ぁ~……? ちょぉ~っといいかしらぁ~?」
「……し、忍? ご、誤解だ……さっきのは謝るから、だから……ゆ、許してくれ!」
「だぁ~め♪ 不満があるならきっちり全部吐き出してもらうわよぉ~? うふふふ……ノエル、ファリン、空き部屋に恭也を連行!!」
『了解です、お嬢様!』
「ああぁぁぁ~~……!!」
ふむ……人間関係では、たった一回の失言が致命的になるのだな。
ドナドナな感じで連れて行かれる恭也を見て、俺は感慨深く思った。
「で、高町士郎、今後の事だが……」
「待ってくれ! この流れでその話を続けるつもりかい!? 俺が帰っていない間にさり気なく息子に恋人ができていた事とか、色々聞き捨てならない事があったんだけど!?」
「仮にも親なのだから子供の痴話喧嘩ぐらい放っておけ。それに……俺にも少なからず思う所はある」
「………」
カーミラの事を今回の件に大きく関わって知ったすずかは目を伏せて落ち込む。ヴァナルガンドを封じるにはこうするしかなかったとはいえ、やはり彼女の魂を救えなかった後悔は女々しくも俺の中に残っている。未来に生きて欲しいと最期に言われたのに、俺は依然過去に縛られたままか。……だが今は悔やむよりもやるべき事がある。
「それより、おまえがいつまで正気でいられるか俺にもわからないのだから、さっさと話を進めたい。何をするのか、具体的にはもう言わなくともわかるだろう?」
「……ああ。俺の中の暗黒物質を焼却するんだろう?」
「そうだ。そして吸血変異を起こした者に宿る暗黒物質を焼くという事は即ち、消滅を意味する」
ヴァンパイア高町士郎にトドメを刺す。その言葉を聞いた皆は辛そうな顔をしつつも、彼を焼く理由を理解出来なくは無いので、何も言えないままだった。しかしなのはは、どうしても納得できないといった表情で、言葉を発した。
「えっと……サバタさん。ヴァンパイアでもお父さんがお父さんのままなら、大丈夫なんじゃないのかな? ほら、私みたいに定期的に様子見をするようにすれば……」
なのはの赤い眼が真摯に見つめてくるが、俺は首を振る。今回の戦いでなのはは暗黒物質を浴びてしまい、すずかの力で抑えたものの途中まで吸血変異が進行していた影響で俺やイモータルのように目が赤く染まり、月光仔じゃない事で夜の一族と同様の吸血衝動に見舞われるようになっている。
が、それは噛まれても吸血変異を起こさず、自分の意思で抑えられる程度のものである。安定しているのなら命の危険を冒してまで彼女にパイルドライバーを使う必要は無いが、半ヴァンパイアとなったジャンゴの例もあるため、もしもの事態に備えて彼女には八神家に滞在している俺の所に定期的に来るように指示している。しかし……、
「なのはやすずかの吸血は基本的に無害だから良い。だが高町士郎には噛まれると吸血変異を起こす程の暗黒物質が宿っており、それゆえ吸血衝動も相応に強い。今は収まっていても、次の波に彼の精神が耐えられる保証も無いんだ」
「でも! せっかくまた会えたのに……帰って来てくれたのに……!」
「よすんだ、なのは……。とっくに覚悟はしていたさ。既に俺は人ならざる者として、この世にあってはいけない存在へと成り果てている。奇跡的に犠牲が出ていない内に、俺の身体を焼いた方が良いんだ」
「嫌だよ……嫌だよぅ……お父さん……! なのは、ずっと待ってたんだよ? お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、お母さんも、ずっとずっとずぅ~っと、お父さんが帰って来るのを待ち続けてたんだよ!? 一緒に遊んで、一緒にご飯食べて……もっと、もっと一緒にいたいよぉ……!」
「なのは……すまない。まだ小学生のおまえにこんな現実を突きつける事になって……! 俺だって……あの家に帰りたかった。でも、こんな血に汚れた姿を桃子に見せる訳にはいかないんだ……! ごめんな……! ごめんな……!!」
「おとう……さん……うわぁーん!!」
もはや互いに相容れない存在となった親子の会話に、涙を隠せない面々。彼女達と同じような状況で選択の余地が無かったと言えど、実の父親を葬った俺達兄弟もまた、血に染まった道を進んでいくしかない運命なのだろう。目を背けてはいけない、これもまた、俺が背負うべき咎……。
「焼却は出来るだけ早く済ませた方が良い。太陽の光が最も強い今日の昼間に、パイルドライブを開始する。それまでの間に心残りが無いようにしろ……」
「承知した」
それから高町士郎は家族との僅かな時間を過ごしながら言葉を遺したそうだが、本来部外者の俺にそれを知る権利は無い。だが最終的になのはも納得していた事から、きっと俺達の親父と同じような事を伝えたのだろうな……。
昼になった。ヴァンパイアを浄化する光景は気分の良いものではないから、月村家の面々には怪我の事もあって早々に帰宅してもらった。帰る際、すずかを助けた事でえらく感謝されたが、「それなら、すずかを引っぺがしてくれ」とオナモミの如く引っ付いていた彼女を、忍や使用人たちの力づくで連れ帰らせた。何であの時、すずかは引っ付いていたんだろうな……。
さてと、トドメを刺す役目であるパイルドライブを、死への理解が浅い少女達に押し付ける訳にはいかないため、太陽の光に焼かれることを覚悟の上で俺がパイルドライブを決行する。そう言う意味では“太陽の使者の代弁者”となったアリシアは見届けておいた方が今後のためになるのかもしれないが、人として死んだ時の精神を考えると彼女は5歳の心なので、人の死を受け止めるには色々未熟過ぎる。そのため彼女には地上の広場にパイルドライバーを召喚してもらうだけに留め、別れを惜しむなのは達と共にアースラに戻ってもらった。
という訳なのでこの広場には、俺と高町士郎以外には誰もいない。モニター越しでならリンディ達が見ているのだろうが、子供に見せるべき光景でない事は皆がわかっている。人の身体が灰になって行く光景なぞ、本来はトラウマものなのだから。
「すまないね……君には辛い役回りを押し付けてしまって」
「フッ……損な役目には慣れている。それより本当にもう思い残す事は無いか?」
「そうだねぇ……じゃあ一つだけお願いしてもいいかな、サバタ君。俺が浄化された後、なのはを慰めてやってくれないか? 自分が辛くても皆のためにあの子はきっと無理して強がるだろうから、ちゃんと弱音を吐かせてやって欲しいんだ」
「そうか……あまり俺の柄じゃないが、引き受けよう。このジェネレーターは、父なる太陽と母なる大地の恩恵を受け、太陽エネルギーを増幅してくれる。闇の一族の浄化は、このパイルドライバーをもってのみ可能なのだ。さあ……始めるぞ」
パイルドライバーの中心にセットした、俺が日曜大工で作っておいた“オークコフィン”の中で、高町士郎が覚悟を決めた雰囲気が漂う。大剣にダーク属性を纏わせて4つあるジェネレーターにエネルギーを供給し、パイルドライブの準備が整った音が鳴る。
開始視点に立った俺は手を掲げ、地響きと共にパイルドライブを開始する。増幅した太陽の光が、俺に罰を与えながら―――
――――はぁ!? なんだこれは!!?
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of はやて~~
ほんま、サバタ兄ちゃんは何でもかんでも罪悪感を感じて……見てるこっちが痛々しいわ。せやけどそのおかげで色んな人が救われとるのも事実やから、ヘタに強く文句言えへんし……かくいう私もその一人やもん。皆が時の庭園から帰ってきた時、私は超特急でサバタ兄ちゃんに抱き着いて、そのまま感極まって思わず泣いてもうた。冷静になってから恥ずかしくなったけど、それでもちゃんと帰って来るって約束は守ってくれたんやからええやん。でもあの時、フェイトちゃんとすずかちゃんは羨ましそうに見とったし、なんか知らんが蘇ったっぽいアリシアちゃんは終始ニコニコしとったなぁ。なんや彼女達は思う所があったんとちゃうか? まぁええんやけど。
でもなぁ……サバタ兄ちゃんはもっと自分を労わってもええはずや。それなのにサバタ兄ちゃんはきっと、それを善しとせえへんやろうなぁ。足の動かん今の私に出来る事はどうしても少ないけれど、せやからって何もしないのは気が済まん。ちゃんとできる事をしていけば、それはサバタ兄ちゃんの力になるはずや。
ま、それはそれとして私の逆鱗に触れたプレシアさんには怒涛の説教をかましたんやけど、それでフェイトちゃんとアルフさん、アリシアちゃんは憐憫のこもった視線をどよ~んと顔に縦線が入っとるプレシアさんに向けとった。自業自得、という言葉が頭に浮かんだもんやなぁ。
さて……パイルドライブを終えてサバタ兄ちゃんが戻ってきた。パイルドライバーを使用すると流石のサバタ兄ちゃんも身体が焼けて少なくないダメージを負ってるから、転移装置の側で備えていた私がすぐに治療にかかる。プラスの魔力が無いサバタ兄ちゃんに管理局の回復魔法は効果が無いから、こうして直に手当てするしかあらへんのや。
「…………」
やっぱりサバタ兄ちゃん、なのはちゃんのお父さんの浄化に関して納得はしとったけど辛かったのか苦々しい顔しとる。ほら、士郎さんも困惑したような顔して………………へ!?
「や~なんか生き残っちゃったよ、アハハハハ!」
「し、士郎さん!? なんで浄化されたのに生きとるん!?」
「いや~、正直自分でも驚きなんだ。体内の暗黒物質が完全に浄化されたから、後はこのまま消えるんだろうって思ってたんだけど、なんというか俺、ぶっちゃけると人間に戻れたみたいなんだよね」
「いくら俺でも、こればっかりは信じられない……。太陽仔以上に暗黒物質の浸食に長時間耐え切り、尚且つ人間として復活するとは……高町家は一体どうなっているんだ……?」
よ、要するにサバタ兄ちゃんは普通の(もう高町家を普通と言って良いのかわからへんけど一応)人が吸血変異を起こしたのに人間に戻るという、世紀末世界でもあり得ない事態を目の当たりにして、かなり動揺してるっぽい。う~ん、こういうサバタ兄ちゃんの姿は珍しいなぁ。
この後、何だかんだで士郎さんが無事に人間として家に帰れると知ったなのはちゃんや恭也さんは、嬉しさが天元突破して号泣したりした。うん、なんか結果オーライやけど、私たちも嬉しかったし良かったわ。
「まあ……想定外の事態が起きたとはいえ、結果的に高町家が救われたのならそれで構わない。だが問題はテスタロッサ家だ。こちらは少々長くなるかもしれない……」
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ~~
という訳で艦長室。リンディとクロノの前に俺とはやて、フェイト、アルフ、アリシア、そして一時的に護送室から釈放されているプレシア(魔法を封じる拘束具付き)が揃った。管理局の前に八神家とテスタロッサ家が勢ぞろいって事だ。
「とりあえず現状を知っておきたい。まず管理局から見て俺達の扱いはどうなっているんだ?」
「サバタさんは行動が街を守る事で一貫していたので、管理局法には抵触しません。しかしフェイトさんは不正な手段でジュエルシードを集めていた事による、ロストロギア不法所持法違反。アルフさんも同様ですが、お二人は強制されていたという件から無罪志願をしています。しかしプレシアさんは管理局の戦艦や局員への攻撃による公務執行妨害、クローン作成技術という違法研究、その他様々な余罪がありますが……アレクトロ社の事件など過去の記録を調べれば、無罪は無理でもいくつか罪を軽くできる状態にあります」
「で、アリシアが蘇った事だが、これに関しては公表しない方が良いと僕は考えている。ジュエルシードやアルハザードが関係ないとはいえ、死者蘇生が実現してしまった事実はあまり良くない影響を与えると思うんだ」
「クロノの意見に関しては同感だが、蘇ったのではなく転生した、が正しい。アイツは人間ではなく精霊……“太陽の使者の代弁者”として新たな命を授かったのだからな」
「サバタ、その辺りは私も正確に知っておきたいわ。今のアリシアがどういう状態なのか、母親としてしっかり知っておきたいもの」
「……では単刀直入にまとめよう。今のアリシアは太陽意志ソルの使徒となり、不老不死に近い状態となった。表現は悪いが、太陽意志の傀儡になった訳だ」
「要するに生き返った代償として、太陽の使命を代わりに果たさなくちゃいけないの。でも別に悪い事をさせられる訳じゃないし、それにこれは私がちゃんと考えて決めた事だから後悔は無いよ」
「そう……でも、この現実は私に対する皮肉かしら? アリシアの“死”を否定し続けた結果、今度は永遠に死ねない身体になった。アリシアを蘇らすために何もかもを投げ打ってきた私だけど、不老不死は流石に行き過ぎで私でも複雑な気分だわ」
不老不死に死者蘇生。この二つはある意味人間の夢でもあるが、実際にそうなれば別問題だ。生きる事は戦いだ、不老不死とはそれを永遠に続けること。死は安息の眠りだ、それがどんなきっかけであろうと。つまり精霊となったアリシアの未来は、無限の闘争が待ち受けていると表せる。
「ま、不老不死は人類の夢と表されているように、何も悪い事ばかりじゃない。未来を見守り続け、明日を守ろうとする人間の力になる事も出来る。ただやはり“代弁者”ゆえ、アリシア単独だと戦う力は大して無い。あくまで彼女は“支える側”……実際に人間の未来を切り開くのは、人間しか出来ないのだ」
「人間を守るのは人間で、彼女はその力になれるだけ……そういうことですね」
「流石、最新の戦艦の艦長を任されるだけあって、理解が早くて助かる」
「じゃあ私があの時、お姉ちゃんとトランス(合身)出来たのはそのため?」
「そうだ。あの姿はジャンゴとおてんこのパターンでも見られた、太陽の力を全身にまとった状態だ。これから“ソルフェイト”と呼称するが、ジャンゴでも時間制限があるのに、太陽仔でもないフェイトがあの姿で戦うのは可能な限り控えた方が良い」
「え、どうして?」
「わからないか? 光が強ければ強いほど、その光が生み出す影もまた強くなる。忘れるな、光差すところ、影は落ちる。影なき光など、無いのだという事を……」
クローンという事実から生まれた年齢を考慮すれば、実はまだ8歳以下かもしれないフェイトにこの哲学は難しいかもしれないが、それでも力を使う者としていつか理解してもらわなければならない。コテンと首を傾げるフェイトとアリシアに対して、リンディら大人達は大体理解出来たのか神妙に頷いていた。
「あと、そうだな……リンディ、報告書では今のアリシアは26年前に死んだアリシアでは無い、と最低限書いておいてくれ」
「管理局員としては虚偽の報告はあまりしたくないのですが……事情が事情ですし、止むを得ませんね。それで、報告では今のアリシアさんはフェイトさんと同様にクローン技術で生み出した、という事にしたいのですか?」
「いや……違う。それだと数年経った後、人間として成長していくフェイトと違ってアリシアの容姿が成長していない事などでいざこざが起きる可能性がある。ゆえに、そうだな……俺達のように事情を知る者の間では本名の“アリシア”と名乗っても大丈夫だが、それ以外の場所では“アリス”という名前の魔導生命体に似た精霊である事にしよう」
「どうしてその名前なの?」
「ママ、“アリス”は魂が欠けて本名を思い出せなかった頃の私が使っていた名前だから、他の新しい偽名より使い慣れてるんだよ。また使う羽目になるのは仕方がないのかもだけど」
「そうなの……それにしてもアリスか……ジュエルシードの暴走で魂が欠けて、それでサバタが修復に力を貸してくれなかったらと思うと、想像するだけで鳥肌が立つわね……」
「禍を転じて福と為しただけだ。とにかく別人……というより別霊という事にすれば見た目が人間そのものでも成長しない事に理由がつけられるし、何より“アリシア”の名は時が来るまで出来るだけ表に出さない方が、色々と混乱が起きずに済むはずだ。……この真実を世間に伝えるのは簡単だが、それで悪意を持って手を出して来る輩を追い返すような苦労は面倒だろう? リンディも、プレシアも」
「ええ……確かにそうね。でも……」
「あら、私なんかにも気を遣ってくれてありがとね。……いいわ、公的に使う名前を変えるだけで守れるなら、アリシアに“アリス”という名前を使うのも受け入れるわよ」
「フッ……さすがに利害の計算は早いな」
という訳で、“アリス”という名前には再び役に立ってもらう流れになった。実際これまでそう呼んでいたのだから、今も俺はアリシアを呼ぶ際に偶にアリスと呼びそうになる。ま、それはいいとして、この名前の方が色々と抜け道を作りやすい。彼女が“アリス”という名前を完全に脱ぎ捨てるのは、俺達が死に、全てが遠き過去の出来事となってからだ。
「さて……プレシア、話を戻すが方法や結果はどうであれ、おまえはアリシアと再会する悲願を達成した事になる。その上で問いたい。もしジュエルシードで彼女を蘇らせるのに成功していたとしても、おまえは犯罪者として扱われる。アリシアも死者蘇生の成功例として狙われる可能性もある。そんな状況でどうやって娘と暮らすつもりだったんだ?」
「それは……アリシアさえいればどうなっても構わないと思っていたから、後先考えてなかったわ……。実際、こんな風に終わると一切思いもしなかったもの」
「天才研究者としてあるまじき失態だな。まあ、それは終わった事だから重要ではない。問題はフェイトとアリシアの境遇だ。母親が今回の件で自らテロリストとなった事が、彼女達の今後の未来における枷となる可能性は高い。そもそもおまえの身体は病に蝕まれているのだぞ? そんななりで娘を守れるのか?」
「え……かあ、さん? まさか、身体が悪い事をずっと隠してたの!?」
「最初会った時の戦いで気付かれてたのね……ええ、そうよフェイト。だから先の短いこんな私があなたの母親でいるよりも、日の当たる世界でちゃんとした保護を受けられるようにと、あえてきつく当たっていたのよ」
「でも私が復活したら掌を返す辺り、あんな仕打ちをしておいて今更何を言ってるんだ、ってお兄ちゃんやはやてに怒られるのも当然だよね~」
「ぐふっ!!」
ボディブローが入ったようにプレシアが吐血する幻覚が見えた。実際はうずくまっているだけなのだが、哀れに思えるほど、その背中には悲壮感が漂っていた。
「今の指摘はクリティカルヒットしたな……訂正も擁護もする気は無いが。それで、本当におまえは二人の母親に戻るのか? おまえの独りよがりの望みが、彼女達の妨げになる事をわかっていて、それでも戻りたいのか?」
「…………」
子供の事を考えられる今のプレシアなら、何が最善かぐらいは既にわかっている。自分の幸せか、娘の幸せか。母親なら母親らしい選択をしてもらいたいものだ。
「……確かに……私は病魔に蝕まれていて老い先短いし、その上重犯罪者だから娘たちのためを想えば、いっそここで別れた方が良いのかもしれないわね……」
「……そうか」
「母さん……」
「ママ……」
「でも……それでも……やっぱり諦めきれないわ。だって愛する娘と再び暮らす、そのために私は手を汚したのだから!」
「……なら確認したい。今度こそ、おまえはフェイトを愛せるか? 残された時間の間、もう一人の娘としてフェイトを愛してあげられるか?」
「……ええ! 今まで酷い事ばかりしてたけど、あなたに怒られた今ならわかる。私は……フェイトを、愛してるわ」
「母さん……!」
「そうか。だが最終的に決めるのはフェイトだ。……フェイト、おまえはどうしたい?」
「……私は……母さんの娘で居たい……! やっぱり、母さんが母さんなのが良い! だから……母さん、私はアリシア・テスタロッサじゃありません。だけど、アリシア・テスタロッサの妹で、母さんの娘です。母さんの娘として、お姉ちゃんの妹として、私は家族の笑顔を見たい。それが私の望みです!」
フェイトの覚悟を目の当たりにしたプレシアは、感極まって涙を滝のように流し始めた。自分がこれまで求めていた家族の絆、それがこんなにも近くにあったのに、それに気付かなかった自分を後悔し、そして、フェイトの懐深い愛に感謝していた。そして……アリシアもまた彼女の下に戻るだろう。“太陽の使者の代弁者”であろうと、彼女は紛れもなくテスタロッサ家の長女なのだから。
「フッ……」
「……ごめんなさい、お兄ちゃん。私……私……!」
「いや、俺もこの形が最も望ましい決着だと思っていた。というかプレシアが素直にフェイトを渡して来るようだったら、また説教をしていたところだったぞ」
「そ、そうなの?」
「ああ。だからフェイト、取り戻した家族を、もう手放すなよ?」
「うん……! うん……!!」
「フェイトちゃん、やっぱ行っちゃうんか~、なんや寂しくなるなぁ」
「ごめん、はやて」
「ええよええよ。ほら、お母さんの所に甘えに行き~や。親にわがまま言うのは子供の役目なんやから、思う存分突撃してこな。代わりに私はサバタ兄ちゃんに突撃するけど」
「ふふっ……やっぱり温かいね、はやての所は」
「これからはテスタロッサ家も、うちに負けんくらいぽかぽか一家にするんやで? せやないと今度は私がカチコミに行ったるからな?」
「うん、その時はよろしくね!」
「我ら八神家、離れても心は一つや!」
はやての御許からあるべき場所に帰ったフェイト。二人は軽く抱擁し合って、互いの絆を確かめ合っていた。とりあえず……テスタロッサ家の今後は機会があれば確認しに行くとしよう。次元世界もカーミラが召喚してくれたバイクのおかげで、座標さえわかればミッドチルダに乗り込む事も出来る。流石に無罪は不可能だろうが、プレシアの過去の事件に関しても、もし証拠が足りないなどと言われて不当な判決が下されるような事があれば……俺も本気を出そう。それともう一つ、フェイトとアルフは管理局との敵対行為をしていないと上手く話をまとめてみよう。そうすれば無罪の獲得もしやすくなるだろう。もしいちゃもんをつけてくるような無粋な輩がいれば、この俺が容赦せんが。
なお、管理局の法や体制などに関して、干渉する気は一切ない。政治を変えるのは政治家であって、俺の役目ではないのだから。
「リンディ、今の内に言っておくが、地球に被害を出さなかった功労者であるフェイトとアルフに余計な事をすれば……俺は時空管理局本局に乗り込み、ブラックホールを無限に生み出してやる。それを胸に刻め」
「そんな事をされれば、本局で魔法が使えなくなるどころか、本局がどこかの世界に墜落しちゃうわよ!? わ……わかりました、責任を持って彼女達を預かります」
「はぁ……管理局に脅しをかけられる人間なんて、次元世界全て探しても暗黒の力を使えるサバタぐらいにしか出来ないだろうなぁ……」
「クロノ君って生真面目やから苦労し過ぎやね。招来ハゲるんとちゃうか?」
「あ、何なら育毛剤でもいる? 今度手に入れてあげるけど?」
「はやてもアリシアも、余計なお世話だっ!」
なお、八神家のポルターガイストの原因がアリシアであった事は、元凶がすぐ傍に居た事でフェイトとはやてとアルフは、落ち着くまでの間ヤケクソ気味に笑っていた。他の連中も大概だったがデコピンで強引に治した。
なお今は関係ないが、管理局は上層部が金を惜しんだ悪質な決定のせいで、今回負った借金の金額を用意しなかった。そのことによって暗黒ローンの返済期日に新おしおき部屋に強制的に魔導師、非魔導師問わず管理局本局の局員が階級や次元世界の壁関係なく全員丸三日放り込まれたらしい。カ○ジの地下労働施設に匹敵する過酷な環境で借金を返済してきたクロノ達が、ようやく戻ってこれた時に冷蔵庫の水を飲んで一言。
「キンッキンッに冷えてやがるッ!!」
ちなみにこれ以降、管理局の管理外世界に対する被害や賠償の責任問題に関して、臆病なまでにきっちり監査するようになり、また同時に、上層部の汚い噂や横領の金も減ったとかそうでないとか。何にせよ、少しでも組織がまともになったのなら良いことだろう。
後書き
フェイトは『トランス・ソル』、『ソルプロミネンス』、『ソルフレア』、『エンチャント・ソル』、『ライジングサン』を覚えた!
フェイトは”太陽少女”の称号を得た!
なのはは『トランス・ダーク』、『スリーピング』、『チェンジ・デビル』、『エンチャント・ダーク』、『リミッター解除』を覚えた!
なのはは”暗黒少女”の称号を得た!
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友達
前書き
無印終了
「は? 別れる前にフェイトと決着をつけたい?」
諸々の話を終えてひと段落した後、高町家の様子を見に来た際になのはがそんな事を言い出してきた。
「うん。まだフェイトちゃんと心から友達になれていない気がするから、お父さんとお兄ちゃんに言われた通り、一度全力でぶつかりたいの」
「なるほど……それならリンディに頼めば場を整えてくれるんじゃないか? 俺に頼むのではなくな」
「えっとね……お父さんとお兄ちゃん以外だと、サバタさんに一番先に伝えたかったの。私にとってこの事件はユーノ君の助けを求める念話が始まりだったけど、フェイトちゃんやすずかちゃん、アリシアちゃんを本当の意味で助けたのは間違いなくサバタさんだから、どうしても一番に言っておきたくて……」
「……そうか。……そうだな、フェイトも友人関係の構築には内向的な傾向がある。思い返せば、あいつの心はまだ完全にはこじ開けられていない。なのは、おまえの不屈の心ならフェイトの気持ちを前向きに変えられるかもしれん。思いっ切りやってくるといい」
「はい!」
「おまえ達の戦い、有意義な決着を迎えられる事を祈ろう。戦え、なのは……戦って戦って戦い抜いて……その先に何が待っていようとも……決して諦めるな! 諦めないその心こそが、最大の武器になるのだからな!!」
「はいっ!!」
高町なのは。元々地球の一般人でありながら次元世界随一の多大な魔力を有し、アンデッド化寸前まで暗黒物質を浴びても尚折れないその心、とくと拝見させてもらうぞ。恐らくおまえが……最もジャンゴに近い心の強さを持っているのだからな。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of フェイト~~
考えてみれば、彼女とこうして心置きなく相対したのはこれが初めてだ。リンディさんが彼女の要望で特別に決着の場を設けてくれたけど、なんで事件の間は元々敵だった彼女がここまで私に執着するのか、まだよくわかっていない。それを確かめるために私はこの挑戦を受け入れ、こうして結界を張った街の中で宙に浮かんでいる。
上を見上げると管理局のサーチャーがふよふよと浮かんでいるのが見える。この戦いは映像としてアースラに中継されていて、お兄ちゃんや母さん達もモニター越しで声を届けられる場所にいる。でもここには私と、そして……彼女だけしかいない。
「戦う前にちょっといい?」
「いいよ」
「先にお礼を言いたくて。母さんを止める手伝いをしてくれて……ありがとう」
「うん! それにこっちこそ私の挑戦、受けてくれてありがとうなの、フェイトちゃん」
「それはいいんだけど、ジュエルシードを巡る戦いは終わったのに今更決着だなんて、あなたはそこまで私と戦いたかったの?」
「う~ん、というよりフェイトちゃんとしっかり友達を始めるには、一度ちゃんとぶつかる必要がある、という理由の方が強いかな?」
「はやてとはぶつかってないよ、私?」
「はやてちゃんとのやり取りは、傍から見ると姉妹っぽかったというか、親子っぽかったというか……」
『ま、まさか……私がフェイトの母親となるために最後に乗り越えなきゃいけないのは、あなただというの!?』
『だぁー!! なんでこっちでも保護者バトルせなアカンねん!? お説教から続いて第2ラウンドかいっ!!』
……なんかアースラで母さんがはやてにライバル意識を燃やしてるみたい。仲良いなぁ。
「あはは……まあ、二人がお互いを大事にしてるのはちゃんとわかってるよ。だから私もフェイトちゃんを大事に思える仲になりたかったんだ」
「そう……はやてやお兄ちゃんが受け入れてくれたように、あなたも私を友達だと言ってくれるの?」
「なのは、だよ。高町なのは。名前で呼んだらもう友達だよ、フェイトちゃん」
「……ありがとう、なのは」
「うん!」
互いのしがらみを乗り越え、屈託のない笑顔を見せあった私たちはそのあと、心が何も縛られていない純粋な実力勝負に意識が移動する。一定の距離を挟み、デバイスを構えた私と彼女の赤い目が交叉する。
「私たちの全ては、まだ始まっていない。だからこれからを一緒に作り上げていくために!」
「うん。今一度、決着をつけよう。……行くよ、なのは!」
「来いなの、フェイトちゃん!」
戦闘開始。
踵のフライヤーフィンで飛翔する彼女に、私は先手必勝とばかりにフラッシュムーブで接敵、サイスフォームのバルディッシュを振るう。だけどそれを読んでいたのか、なのはは設置型のバインドをいたるところに仕掛けていた。
発動したバインドに捕らえられる前に何とか攻撃を中止して脱け出したが、高速移動型の私にとって空間を一部制圧されるような攻撃はかなり厄介だ。それならと、私はフォトンランサーでバインドを潰したり、発動を阻止したりして彼女の攻撃の手を一個ずつ抑えていった。
「わかってたけどやっぱり強いの。でも私も負けられないから!」
だけど向こうも、魔法に触れてそんなに経っていないはずなのに、私に匹敵……いや、それ以上の数を正確にコントロールしてシューターを放ってくる。こちらが攻めに転じようとしたら、その直前に周囲や進路上にバインドを配置して迂闊に攻撃できないようにしたり、シューターのコントロールの精度が高すぎて回避や防御に意識を多く集中せざるを得なかった。
彼女の特性は砲撃型だからバインドに捕まるのは、イコール彼女の最も強力な攻撃に飲まれること。私の得意なスピードでは、バリアジャケットの防御も固い彼女に対して決め手を欠く。前はただ固いだけの相手だったのに今はなんというか、堅牢な移動要塞を相手にしている気分だ。
圧倒的な物量で蹂躙してくる彼女だが、やはりスピードにおいては私が上だった。当然だ、これまで私はそれを重点的に鍛えてきたんだから。初めて魔法に触れたこの短期間でここまでの実力をつけた彼女の努力は称賛に値する。でも……私だって相応に努力してきたんだから、ようやく私を見てくれるようになった母さんの目の前で負けたくない!
互いの魔力弾をぶつけて爆発させて煙幕を張ったところで、すぐさま高速移動で接近し、デバイスを振り下ろす。寸でのところで気づいた彼女はシールドを展開、衝撃のせめぎ合いで激しい閃光が発生する。
ここで決める! と意気込んでいた私はバリアブレイクの術式を発動し、障壁を打ち破ろうと更に力を込める。なのはも食い破られまいと魔力を送り、障壁の強度をさらに上げてくる。だけどその時、私は背後から迫るなのはの魔力を本能的に察知し、反射的に振り向いてディフェンサーを展開する。そこにさっきの魔力弾の衝突で隠れていた彼女のシューターが衝突し、かき消された。
しかしこの時、わずか一瞬でもなのはから目を離してしまった。慌てて彼女の位置を探るが、それは上空から勢いよく振り下ろされる彼女のデバイスが答えを示していた。
「せいやっ!!」
「っ……!」
慣性力を利用して重量が乗っている彼女の打撃をバルディッシュで受け止め、鍔迫り合いになる。このままじゃ劣勢に追い込まれると思った私は、フラッシュという目くらましの閃光魔法を使用する。
「にゃっ!? 目がチカチカする……ってバインド!?」
「アルカス、クルタス、エイギアス、疾風なりし天神よ、今導きの下打ち掛かれ。バルムル、ザルメル、ブラウゼル……!!」
詠唱を進めるほど、無数の雷撃が私の周りに展開されていく。モニターの向こうではユーノとアルフが慌ててるけど、この戦いは私の本気を出さなきゃなのはにも失礼だから、止めるわけにはいかない。
「フォトンランサー・ファランクスシフト。打ち砕け、ファイヤ!!」
次の瞬間、無数に浮かんでいた周囲の雷撃がすべてなのはに殺到し、炸裂。それによるエネルギーの過度な集中で凄まじい爆発が起きる。
だけどこれは本当の意味で全力を出し切る訳だから、当然私も相応に疲労がフィードバックしてしまう。これで決まってたらいいが、彼女の成長速度を考えたらもしもという可能性がある。なので念のための魔力弾は用意しているんだけど……あの爆煙の中から寒気がするほど大きなプレッシャーを感じる。
「なるほど。攻撃が終わったら、バインドも解けちゃうんだねぇ」
その声が聞こえた瞬間、思わず鳥肌が立った。煙が晴れると、かなりボロボロになりながらもしっかり立っているなのはの姿があった。ただ……彼女はまるで肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべていて、正直かなり不気味だった。
「今度はこっちの番だよ! ディバインバスター!!」
咄嗟に残しておいた魔力でシールドを展開、うめき声がたまらず漏れ出るも、彼女の砲撃をどうにか耐えきった。が……その一瞬安堵した心の油断を突かれ、私はなのはのバインドに拘束される。
「な、バインド!?」
まずい……今の防御で魔力はほとんど空だ。それに彼女のバインドはかなり綿密に練られているのか、相当頑丈だ。脱け出そうと足掻いても、ビクともしない。
その一方で、私の視界一杯に拡がる巨大な魔法陣を展開しているなのは。な、何故か……彼女の背後からヴァナルガンドに匹敵するプレッシャーが発せられて、私の背に冷たい汗がダラダラと滝のように流れ出す。
ああ……今わかった。あの時お兄ちゃんが喰らった破壊光線とほぼ同じものを、これから私も喰らうんだって。こっちは非殺傷設定が入っているのが唯一の救いかな……? え……ちゃんと組み込まれてるよね!?
「受けて見て。これがディバインバスターのバリエーション……の亜種!!」
え、ちょ……魔力がまだまだ大きくなってるよ!? 最初に使った時より更に威力増えてない!? あの時は未完成だったの……っていやいやいやいやホント待ってお願い!! それ撃たれたら死んじゃうよぉ!!
「ジェノサイドブレイバァァァー!!!!」
「ちょ、なんか色々違ッ!? いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
哀しいかな、私の悲鳴は彼女の放った砲撃の発射音にかき消された。両手足をバインドで拘束されて身動きを完全に封じられている状態の涙目の私を、まるでクジラが小魚の群を襲うかのようにピンクの光がジュッと音を立てて飲み込んだ。
砲撃はそのままの凄まじい猛進で私たちの足元にある海に衝突し、海水を高々に打ち上げる……どころか、なんとモーゼの十戒のように割ってしまった。結界の中じゃなかったら間違いなく大惨事になっていただろう。海が割れて海底だったはずの砂地に残った砲撃痕、軽く半径一キロを超える巨大なクレーターの中心でプスプスと煙を立てながら私の体は横たわっていた。
やっぱり気のせいじゃなかった。暗黒物質が宿ったなのはの攻撃力は、以前より恐怖を覚える勢いで上がっている。もう……こんなの人間業じゃないよ……ぐふっ。
『フェイトォォォォオオオオオ!!!?』
『うわぁ……アレ、下手したらヴァナルガンドの破壊光線と正面から撃ち合えるんじゃない? これから友達になろうって相手にあんなもの撃つかなぁ、普通……』
『フェイトちゃん……ヤムチャしやがって』
『anotherだったら死んでたな』
いや……早く助けに来てよ……。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ~~
……末恐ろしいな、高町なのは。今より鍛えれば彼女は条件さえ対等ならヴァナルガンドともサシでやり合えるだろう。あれをまともに受けて身体的には無傷でいられる辺り、つくづく非殺傷設定のありがたみがわかる。
「ピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖い……」
心の傷は別だが。というか非殺傷設定は、身体ではなくむしろ精神に傷を与えやすくなっているのではないか?
あの決闘の後、トラウマを植え付けられたフェイトは医務室で目を覚ますなり俺が常時身に付けている“月光のマフラー”にしがみついてブルブルと震えていた。ヴァンパイアの吸血といい、恭也のプレッシャーといい、なのはの砲撃といい、つくづくフェイトはこの世界でトラウマを多く植え付けられたものだ。
「一度も勝った事が無い相手に挑戦してしっかり勝つとは、流石は俺の娘だ!」
「そうだな、戦う以上は手加減なぞ無用。勝つために最善を尽くすのは戦士として当然の義務だ。えらいぞ、なのは!」
「えへへ……お父さんもお兄ちゃんも、恥ずかしいよ~!」
おい、高町家! それでいいのか!?
幼少期からイモータルに育てられて一般人より戦闘寄りの感覚をしている俺でも、高町家の阿修羅の如き教育方針に戦々恐々とする。隣ではユーノとクロノ、はやてにアルフも「なんて恐ろしい戦闘民族なんだ、高町家……」と血の気の引いた青い顔をしていて、リンディやプレシアは「あの親にしてあの子供あり、血は争えないわね……」と哀しき人間の宿命を嘆いていた。なおアリシアは「あはは……もうなんも言えね~」と投げやりな笑みを浮かべるだけだった。
「ああ、そうだプレシア、血で思い出したのだが……」
「血って、なんか嫌な思い出し方ね」
「まあそう言うな。八神家にいる間、フェイトは『ミッド式ゼロシフト』という俺の月光魔法ゼロシフトの性質を再現した新しい魔法術式を構築していた。仮にも天才研究者の娘、初めて自分で作った魔法術式でも、彼女は即席ながら時の庭園の戦いで一応使える程度に組み上げた」
「ああ、あの一瞬ですり抜ける高速移動魔法ね。私もリニスも教えた記憶のない魔法だったからどうして使えるのか奇妙には思ってたわ」
「そうだ。だがやはりどうしても知識不足が否めないため、一回の魔力使用量が効果と比較して多めだ。つまりまだ未完成な訳なのだが……知識があるおまえなら、完成に導く事が出来るんじゃないか? それにフェイトと親子の絆を深める良い機会だ。共同開発すれば思い入れも出来るだろうし、何より形として残るものを一つでも作っておいた方が良い」
「なるほど……私がまだ動けるうちに、家族の絆を確かめられるものを作って後悔しない様にしろってことね。……色んな意味で先を見ているわね、サバタ」
「フッ、既に生みの親も育ての親もいない身空だ。自然と別れに対する心構えや準備もわかるようになる」
「あなた……その年齢で結構壮絶な人生を歩んできたのね……」
俺の過去を話した事が無いからプレシアは知らないが、これまでの数少ない言葉である程度は察したようだ。フェイト達は部分的に知っているが、詳しい経緯は話す気になるまでお預けだ。
それから高町家の経営している喫茶店『翠屋』に、長い間行方不明扱いだった高町士郎がようやく帰って来た。大黒柱が戻ってきた光景に桃子と美由希が唖然とした直後、営業時間中だというのに彼に抱き着き号泣してしまったが、その光景にリンディ達管理局員や、流石にプレシアは無理だが特別に出歩く事を許可してもらっているフェイト達も涙を誘われていた。
とにかく高町家がやっと全員揃う感動の再会を今、こうして果たしたわけだ。なお、士郎となのはの目が暗黒物質の影響で赤くなった事は、彼女達も最初不安がっていたものの、今の所は何の影響も無いと伝えるとひとまず安心したようだ。
その後、店仕舞いをしてから翠屋内で“高町士郎帰還祝い”という高町家主催のパーティが開かれ、一旦帰した月村家をまた呼んだり、美由希の料理は実は激マズで恭也が逃げたり、何か代わりに俺が食う羽目になって全身が緑色(腹痛状態)になったり、ずっと蚊帳の外扱いだったアリサが半泣きで突撃してきたり、アースラにいたはずのプレシアがいつの間にか混じっていたりと色々なイベントがあったが、まあ何というか、皆で賑やかな時間を過ごせた。
はやても、フェイトも、アリシアも、なのはも、すずかも、アリサも、この時は全員揃って笑顔だった。恭也、美由希、忍、ノエル、ファリン、クロノ、ユーノ、リンディ、プレシア、彼らもまた、彼女達と同様だ。……後始末を考えると色々大変だが、それでも今は皆幸せそうだ。
だけど……ここにはカーミラがいない。それが俺の心にしこりとなって残り、この空気を楽しめずにいる。彼女の魂はヴァナルガンドと共に永遠の眠りについているのに対し、彼女の犠牲の上で生きている俺がこの幸せを享受しても良いのか、どうしても考え込んでしまう。
『あなたのおかげで救われた心があった事を、時々で良いので思い出してください。それだけが私の、最後のワガママです』
……俺のおかげで救われた心、か。カーミラの想いは常に俺の中にある、それは彼女もわかってたはずだ。ならカーミラは別の誰かの事も思い出してほしい、と言っていたのか? それとも……結果的に救ったこいつらを見守って欲しいと言っていたのか?
フッ……わからないなら、どちらも行えばいいか。“別の誰か”に関しては追々見つけ出すとして、当面の目的はこいつらの面倒を見続けよう。消えたラタトスクの行方は気になるが、ヤツも傷が癒えるまでしばらく大人しくしているはずだ。それまでの間に様々なケリをつけておこう。
パーティの後、久々な気がする八神家に俺達は戻ってきた。しかしフェイト達は重要参考人という扱いなので、管理局から帰宅を禁止されている。そのため八神家には家主はやてと俺しか帰ってきていなかった。
「なんか、この家の人間が半分もいなくなってしもうたなぁ……元幽霊も含めて」
「ポルターガイストもこれで起きなくなるわけだが……寂しいのか?」
「そりゃあ……うん、正直そうやな。サバタ兄ちゃん達が来て、まだ一ヶ月しか経ってへんけど、フェイトちゃんとアルフさんもいる生活に慣れてきた所やから、どうしても物足りない感じがするんや……」
「フッ……何も死に別れた訳じゃない。またすぐに会えるさ」
「ぶっちゃけちゃえばそうなんやけど……一度失った家族の温かみを、皆と過ごして深く思い出したから、胸がぽっかり空いた気持ちなんよ。また何の変哲もない日々を送るだけの独り暮らしに戻ってしまうんやないかって、すっごく不安なんや」
「………」
そういえば両親が早くに死んでから俺達が来るまで、はやてはずっと一人でこの家に暮らしていたんだったな。死ぬようなきっかけもないから生きている、ただ日常的に生かされているだけの籠の中の鳥として。その彼女が心からの仲間を得た事は、砂漠に水が染み込むが如き効果をもたらす。渇き切っていたはやての精神は一時的でも潤いが与えられた事で、二度と人の温かさを失いたくない性質に変化した。
「兄ちゃんは……サバタ兄ちゃんはここに……私の前からいなくなったりせえへんよね……?」
そして……その精神は依存へ変質していく確率が高い。
懇願する様に俺の左手を握って呟くはやてに、俺は空いてる右手で彼女の背中をさするだけに留めた。『ここにいる』と明言はしない。そんな事を言えば一時的な慰めにはなるだろうが、余計依存しやすくなる。それに……別れは必ず訪れる。望もうが望むまいが、それだけはどうしても避けられないさだめだ。
暗黒物質に侵された俺の身体も、そう長くは持たないのだから。
この日、はやては俺の部屋で一緒に寝た。それぐらいの甘えなら許容できる範囲だが、ずっとという訳にもいかない。はやての将来を考えると、一度彼女の生活保護者と会う必要があるな。
誰からも何の支援を受けずに育つなぞ、この世界の仕組みではあり得ない。そのため生活保護者の存在は少し前からいると考えてきた。その人間が親戚や親族ならなぜはやてを一人にしているのか問い詰める必要もある。だがもし、はやてと血の繋がりも無い赤の他人だったら、その時は……。
翌日、アースラが時空管理局本局に帰投するべく、地球から発つ。向こうではフェイト達の裁判が執り行われるそうだが、リンディが俺達に渡してくれた通信機のおかげで連絡が取れるようになった。これなら向こうで緊急事態が発生しても、こちらで不測の事態が起きても、互いの情報を知る事が出来る。遠まわしに俺の力で魔力を消されないか監視するためでもあるのだろうが、目立った害が無い以上向こうが利用してくるならこちらも利用すればいい。
公園の離れた所でフェイトとなのはが別れる前に互いの想いを語り合い、髪を結んでいたリボンを交換した。はやてもフェイトにまた家に来るように伝えていた。それを見ていたアリシアが、ポフッと空中から俺の肩に乗りかかってきた。
「うん、やっぱり肩車はこうじゃないとね♪」
「温泉旅行のリベンジか。実体がないのに強引に乗りかかってきたんだったな、あの時は」
「ま~ね~♪ でもやっぱりこうして人の体温が感じられて触れ合えるのが一番だよ~!幽霊の間は何かに触ろうとしてもすり抜けるし、強く念じたら変な音を出しちゃうし、誰かに気付いてもらおうと色んな所を飛んでみても誰も気付かないし、そんな事をしてばっかりいたら霊感のある人に悪霊に間違われて危うく退魔師に『あくりょうたいさ~ん!!』ってされそうになった経験もあるし、散々な記憶ばっかりなんだよね~。あぁ、思い出したら何かブルーな気持ちになってきちゃった……」
『うっ……うっ……ごめんなさい、アリシア……死んだ後もあなたにそんな辛い思いをさせていたなんて……!!』
「モニター越しで泣くな、プレシア。母親に戻るなら少しはしゃんとしろ」
感傷性が高すぎて傍から見てると色々不安になるテスタロッサ家だが、それが彼女達らしいと言えば彼女達らしいのだろう。同じ子を持つ親であるリンディは微笑ましそうに眺めていて、今後も大人の波に呑まれるに違いないクロノは呆れたような顔を浮かべていた。
「あのなぁ君達、もう裁判に勝った気でいるんじゃないのか? これから滅刑の情報を集めたり揃えたりしなければならないから大変なんふぁふぉっへっアフィスィア!!」
「あはははは! クロノ変な顔ぉ~!」
アリシアよ……話してる途中に頬を横に引っ張るのはやめてやれ。確かに笑える絵だが、クロノの言ってる事は至極真っ当なものなんだぞ。
「はぁ~~~~~……」
「クロノ少年、強く生きろ」
「君も少年じゃないか! ……そういえば今更なんだが、サバタって何歳なんだ? 少年って言うからには流石に成人は迎えてないようだが……」
「ああ、俺の年齢か……」
そういえば……俺は何歳なんだっけか……? クイーンに拉致されて訓練に明け暮れた結果、誕生日も忘れたから数え年で適当に12ぐらいまでカウントしたのは覚えているのだが、それから結構年月が経っている。“ひまわり”は俺と同い年だ、とか言っていたが、それは初めて会った時の話でまだカウントしてた頃の事だから参考にならない。サン・ミゲルで再会した時に尋ねる手もあったが、女性と年齢の話をしてはいけないと先代ひまわりに釘を刺されているので止めている。とりあえず今の俺の身体の成長速度を鑑みて、年齢を逆算してみよう。ほとんど勘だが……大体……。
「15ぐらいじゃないか?」
「僕より一つ年上でその身長だと!? なんてことだ……」
愕然とするクロノだが、逆に俺はクロノが14歳でなのはやフェイトのような8歳女子とほぼ並ぶ身長しかない事に驚いた。なお、俺の身長は19歳の恭也より拳一つ低い程度だから15歳男子平均身長だと思う。
しかし冷静に見れば俺も15歳か……そろそろ“少年”を名乗るのは限界かもしれない。だが……俺が“青年”になれるまで生きていられるか、寿命的に微妙だな……。
「はぁ……そろそろ出発の時間か。二人に伝えてくる」
ダウナーな気分のままクロノは、3人娘に刻限を告げに向かった。別れを惜しみながら彼女達はまた会う約束をして、こちらの転送ポートの近くに戻ってきた。フェイトは何かを言いたそうにこちらを見上げるが、俺の上には未だにアリシアがしがみついている。こんな時でも自由だな、こいつ。ま、彼女も流石に転送時は降りるだろう。
「お兄ちゃん……あの……わっ?」
放っておいたら本題に入る前に時間になるので、彼女の頭をグリグリと少し強く押さえて撫でながら、俺は言いたい事を先に言う。
「フェイト、おまえはもう少し心に正直になれ」
「え……心に正直って?」
「かつてプレシアがおまえを娘と認められなかったのは、物分かりが良すぎて親としてどう接すれば良いのかわからなかったからだろう。親は子に甘えられるのが仕事なのに、子であるフェイトはそれを自制していたから、親のプレシアは自分の愛情を注げる相手を当時死者だったアリシアに注ぐしかなかった。前から親の愛を欲しがっていたおまえだが、そもそも愛情を注がれるきっかけを作ろうとしなかったのも原因の一つなのだからな?」
「う、うん……じゃあこれからやってみるけど、甘え方がわからないよ。一体どうすればいいのかな?」
「ねだれ」
「ふぇ? ねだ……?」
「甘えたいと、褒めて欲しいと、プレシアの前でとにかく駄々をこねてねだってみろ」
「でも……そんな事をしたら母さんに失望されたりしないかなぁ……」
「いや、プレシアは究極の親バカだ。アリシアを蘇生させようと何十年も研究する執着心からわかるだろう? むしろ機会があれば彼女の前でアリシアと二人でお願いしてみろ、今なら嬉々として叶えてくれるぞ」
「そ、そうかな……?」
「そうだよ、自信を持って! 私の妹なんだからやればママをメロメロに出来るよ、絶対!」
頭の上からアリシアのフォローが入るが、メロメロになったプレシアは凄く想像しやすかった。若干“ヤン”が入ってる彼女だから、気持ちも一気に傾倒しやすいのだろう。……ん? という事は彼女の血を引き継いでいるフェイトとアリシアも実は……? いや……よそう、考えるだけ時間の無駄だ。
「いっそのこと甘えまくってメロメロどころかデレンデレンにしちゃって、皆でラブラブすればいいんだよ!」
「メロメロでデレンデレンでラブラブな母さん………うん! 私、頑張ってみる!!」
ぐっと握り拳を作って気合を入れているフェイト。アリシアはそれを微笑ましく見ているが、おまえも当事者だからな? 他人事じゃないからな?
とまあ、いつもの八神家特有の空気がこの辺りに充満した所で、とうとう出発の時間になった。アリシアも肩から降り、フェイトとアルフと共に転送ポートの中に入る。クロノとリンディが彼女達の隣に立ち、転移魔法を開始した。
「それじゃあ本局へしゅっぱ~つ!」
「お兄ちゃん! はやて! なのは! 必ず……必ず帰ってくるからね!!」
「皆、次に会うまで元気でね!!」
三人の別れの声を聞き届けた直後、転移の光に包まれて彼女達は去って行った。静寂が戻る公園で、なのはとはやてはしばらくの間半泣きで手を振っていた。
…………ところで。
「ユーノは帰らないのか?」
「へ? ユーノ……君? ……………………………あーーーっ!!」
頭を抱えたなのはがやっちまった、と言いたげな顔で叫ぶ。完全に忘れられてたな、ユーノ……。道理でこの場に姿が無い訳だ。
「シクシク……ヒドイよなのは、僕を忘れていくなんて……ぅぅ……」
「ご、ごめんなさいなのぉー!!」
高町家に置いてけぼりを喰らっていたユーノが泣きながら徒歩で現れ、なのはが土下座しそうな勢いですぐさま謝った。早速、リンディからもらった通信機を使う時が来たようだ。
なんか感動的な空気が一気に台無しになった気がする。はぁ……。
後書き
次回からA’s編です、既にブレイクしていますが。
A's編 覚醒
前書き
別の意味で初っ端からやらかす回
フェイト達が去ってから数日経ち、現在は6月3日。大体一ヶ月強、彼女達と一緒に暮らしていたから最初ははやてと二人で物足りなさを感じていたが、しばらくすればある程度慣れるものだな。
さてと、話は変わるが俺は世紀末世界出身なのでこの世界に戸籍は無い。なので正規の手段で生活費を稼げないのだが、太陽バンクの利子や太陽光のチャージで稼いだソルで、生活するだけなら十分な量をもらえている。しかし、だからと言って何もしない、というのは俺のプライドが許さない。
ゆえに今、俺は家庭教師の真似事をしているのだ。
「ぐわぁ~英語覚えるの難しいわぁ~!」
「にゃ~、もう限界なの……」
「あ~、文系駄目だからなのはがたれちゃってるわ」
「たれなのはちゃんだね、可愛い~」
今の言葉ははやて、なのは、アリサ、すずかの順だ。もう察してるだろうが、今は八神家で彼女達の勉強会を開いている。彼女達は元々塾に行っているのだが、以前のジュエルシード事件の対処に時間を取られて勉強が遅れ気味のなのはのためと、はやての学習レベルを確かめるため、それともう一つの目的のためにアリサとすずかの主催で開かれたわけだ。
これでも英語圏出身だから、小学生の英会話レベルなら難なく教えられる。数学も中卒レベルなら問題ない。理科はアレな方向(具体的には毒の種類や爆弾に使う化学反応などの暗殺系)の知識だけがあり、社会や国語は世界が違うためこの世界と齟齬がある。そのためこれらを教える訳にはいかないのだが、英語や数学なら並行世界を挟んでも共通しているので俺でも十分何とかなるのだ。
「今更だけど、サバタって日本語凄い上手よね。どこで習ったの?」
「暗黒城」
「は?」
「世紀末世界で俺が住んでいた、クイーンの居城だ。あの城には死者も大勢いてな、そいつらから様々な言語を学んだのだ」
「し、死者から言葉を習ったって……うそぉ~……」
「とりあえず英語と日本語を含んだ五ヵ国語を会話に支障が出ないレベルで扱える。その内で使いやすいのは母国語の英語、次に日本語で、あとはドイツ語、ロシア語、中国語の順に続いている」
「さり気なくハイスペックなのね、サバタって……。あんた実は翻訳の仕事とかできるんじゃない?」
「他人とのコミュニケーションがめんどくさい」
「うわ、ぶっちゃけたわね。でも今はこうして勉強会を開くほどの仲になってるけど初めて会った時、見ず知らずの私たちを助けてくれたじゃない。すずかの正体を知った後に放っといてもおかしくなかったのに。ねぇ、どうして?」
「…………。Did not want to abandon.(見捨てたくなかっただけだ)」
「Not a straightforward.(素直じゃないわね)」
流石アリサ、英語で返したら即座に英語で返して来るとは……伊達に秀才を気取っていないな。
「も……英語、ダメ……がくっ」
「なのはちゃん再起不能ッ!!」
「得意科目の数学はアリサちゃんより強いのに、ほんと文系全般弱いね、なのはちゃん」
「大体英語って文系理系の進路問わず出るんだから、なのはお得意の不屈の心とやらで頑張りなさいよ」
「だってぇ……こういう英語だらけの文章見てると、途中でわかんなくなって頭グルグルするんだもん……」
「ならやる気が出るかもしれない話をしてやろう。クロノ曰くミッド語は英語に文法も字面も酷似しているから、おまえの大好きな魔法はこういう文字で構成されているのだぞ?」
「え…………!?」
「ああ、そういえば管理局に形式上誘われていたんだったな、なのはは。ま、正式に入るかどうかはさておき、今後も魔法と関わり続けたいのなら、少なくとも英文をすらすら読めるレベルまで上げる必要がある。翻訳魔法は口頭の会話なら訳してくれるが、報告書などの文字とかはそのままなのだからな」
「う、うそぉ~~~~!!!!?」
「あぁ~っと! なのはちゃんの魔導師生命に65535のダメージ!!」
「わぁ、即死級だ。確かになのはちゃんにとって、言語の壁は恐ろしく高いよね。でもやる気が出たかは微妙そう……」
「そもそも国どころか世界が違うのに言葉が通じてるだけ、はるかにマシでしょ。ちょうど今外国語の勉強をしてて、他の言語圏の人との意思疎通がどれだけ難しいかわかるし、管理局に将来本当に入りたいのなら、これぐらいの試練乗り越えられるでしょ?」
「ぅぅ……ジュエルシードなんかより断然強敵だよぉ~……」
さり気なく地球滅亡の危機が、英語の勉強に脅威度で負けていた。そこまで英語が苦手か……、……よし。
「それなら次の英語のテストまで特別カリキュラムを組むか? 以前の実力テストが確か42点だったから……」
「ちょっと待って!? なんでサバタさんが私の英語の点数を知ってるの!?」
「以前翠屋に行った時、桃子から聞いた」
「おかあさぁ~ん!!?」
「次のテストは期末試験だから、大体一か月後。それまでの間に点数を少なくとも10点上げられるぐらい実力をつけさせよう。よし、そうと決まれば早速士郎にその旨を相談―――」
「わぁー!? 待って待って! お父さんに言うのはちょっと待ってほしいのぉー!!」
電話を取ろうとした俺の脚にまとわりつくなのは。それを見ている外野は微笑ましい視線を向けてきていた。特にはやては大っぴらにして笑っていた。
「あはは! まるで塾に行かせようとする母親と、それを必死に止める子供みたいな構図やな!」
「笑いごとじゃないの!!」
「まあまあ、ワンマン体制で教えてくれるんなら悪くない話だと思うよ? 普通の塾に行くより親身になって教えてくれそうだし」
「そうね、なのはも英語の弱点を克服する良い機会じゃない? なにせ5ヵ国語も使える人間が目の前にいるんだしね。私ですら英語以外の外国語はまだ習ってないのに……」
「いっそのこと、ミッド語の講義も混ぜてやろうか?」
「今は英語だけで勘弁してぇ~~!!」
その後は本当に時間を増やされてはたまらないと、英語を必死に勉強し、時々オーバーヒートで頭から煙が出ているなのはの姿が見られた。猫みたいな唸り声を上げたかと思えば突っ伏し、少し頭が冷えて再起動したかと思えば同じ問題に向かった瞬間、|カウンターパンチ≪英語の文章問題≫を受けてまた突っ伏す。そういう不憫なサイクルが時折見られたのだが、その時は解き方と考え方をしっかり教えてやると、彼女も理解は結構早いので問題を解き続けられるようになる。誰かが詰まった時は考え方を教える、全体的にそういった感じで勉強会は進み、最終的に日が沈みかける時間帯まで行ったのだった。
さて……どうしてこんな時間まで勉強会をしたかというと、明日の6月4日ははやての誕生日だ。それで今日の間に勉強会で宿題を済ませ、明日何の心置きもなく誕生会を開きたいというのがはやて以外の3人娘と、そして俺の目的だ。なのでこの勉強会の名に隠れた誕生会は彼女達のお泊り会も兼ねていたりする。
なお、翠屋には俺の名でケーキの予約をしている。明日受け取りに行くわけだが、その事をはやてには内緒にしてある。というのも、そもそもはやては俺達に誕生日を教えてないから知らないと思っており、今回、誕生日の前日に勉強会兼お泊り会のイベントが偶然起きた事で、明日実は誕生日だとどこかのタイミングで暴露する程度の事は企んでいるかもしれないが、逆にそんな計画がこちら側で企まれているとは微塵も考えていない。ま、簡単に言うと向こうが隠してるんならこっちも隠してやろう、という単なる意地の張り合いでしかない。
ちなみにどうしてはやての誕生日がわかったのかというと、俺達以外の協力者……はやての主治医、石田先生の|力添え≪密告≫があったからだ。そして彼女から誕生日は祝うものだと聞き、この行動に移ったのだ。
夕食は俺が作った栄養満天で本場風味のボルシチ。子供が多いから少し甘めに作ったそれは中々に好評で、本場のロシアでは更にチーズなどをかけるのだが、その理由は寒い国だからカロリーを多めに摂取する習性があるという雑談もした。あ、女子にカロリーの話は厳禁だったか?
あと、俺の得意料理が何なのか訊かれたりもした。自慢じゃないが結構万遍なく作れるから、結局どれが最も得意なのか判断できなかった。今は強いて言うなら麻婆豆腐か?
「そういえばサバタさん、この前八景を持ったお兄ちゃんと一緒に一日どこか行ってたけど、二人で何かしてたの?」
「? ああ、一昨日の話か。確か……恭也に援護を頼まれて、適当に月村家と敵対していた裏組織を潰してきたんだったな、そういえば」
「裏組織をそんな軽い感覚で“潰してきた”と言えるサバタさんとお兄ちゃんって……」
具体的には、以前、倉庫で俺が倒して捕らえた奴らに依頼していた大元の組織が判明し、御礼参りという意味で二人してカチコミに行ったわけだ。裏組織にしては案外大きく、基本的に苦戦はしなかったが殲滅に時間がかかってしまった。なお、以前廃病院で回収した麻酔銃を士郎にもらった“ベレッタM92F”に改造で組み込んだため、非殺傷武器として活用させてもらった。ゆえに兵器は大剣で斬っても、人斬りはしていない。
ちなみに相手の上層部に分家の夜の一族がいたのだが、人間より多少優れた血に驕る程度で俺達の敵では一切無く、護衛の自動人形と秘密兵器諸共殲滅してやった。秘密兵器は確かメタル何とか……という巨大兵器だったのだが、アレは量産型の一機らしくそこまで強くなかった。
ああ、途中不思議な印象をした白髪の男と出会ったが、彼はやたらとリボルバー銃をクルクル回転させていたな。なお、彼は先程の夜の一族が巨大兵器を手に入れて増長し、自分を裏切った事で敵対関係となって自ら粛清に来ていたそうだ。彼の組織が後に何をしでかすかは知らないが、今後のために彼とはちょっとした密約を結ばせてもらった。この事を恭也も月村家も知らないが、別に危害は及ばない……むしろ将来的に防いでいるのだから、問題ないだろう。
「なんか、私の家の事情に付き合わせてごめんなさい……」
「すずかちゃんが責任を感じんでもええんやない? それにしてもホント、サバタ兄ちゃんと恭也さんの実力って軽く人間越えとるなぁ、あはは!」
「魔法が使える管理局の人達も唖然とする程だったしね。ジュエルシード事件の最中に模擬戦でお兄ちゃんとクロノが戦ったら魔法が発動する前に瞬殺されてたもの」
「あの時、魔導師全員が呆気にとられてた光景は写真に残しておきたいぐらい面白かったわ」
それは俺がリーゼロッテに使ったのと同じ、対魔導師向けの戦法だな。きっとその時、かなりの実力を持っていたクロノも魔法が使えない恭也に一瞬で倒された事で、非魔導師に対する先入観も木端微塵に砕けた事だろう。道理で二度目に会った時、以前より態度が柔らかくなっていた訳だ。
なお、カーミラから貰った暗黒剣は、今は俺の部屋に立てかけてある。あの剣はこの世界で持ち歩くにはあまりに大きくて目立ちすぎる。戦う時なら迷わず使うが、それ以外では持ち出す気はない。それに大剣が無くとも、麻酔銃の他に俺は体術が使えるから人間相手なら全く問題ない。
「気づけばそろそろ日付が変わりそうだ」
「あ、せやな」
その際、はやての目と3人娘の目が一瞬光ったように見えた。種類は違ったが。
各々の企みを胸に秘めながら、俺達は時計の秒針を集中して見つめる。時計の音が大きく聞こえる。
カチッ……カチッ……カチッ……。
『はやて、誕生日おめでとう!!』
「実は私、今日誕生日なんや―――って、アレェ!?」
『闇の書、起動』
ッ!!!
面倒な! このタイミングで発動したか!!
はやての部屋にあったはずの本が浮きながらはやての前に現れ、彼女の体から浮き上がったリンカーコアを吸収していった。
『リンカーコア、認証』
「な、なんや!? 私の体から白い光が出て来たで!?」
「こ、これって! きゃあ!?」
本から発せられる風圧でなのは達も押しやられ、更に障壁も張られてしまい、はやてと本の側から隔絶されてしまった。
「シールド!? じゃあまさか……!」
「これが魔力で構成されているならば……! あんこぉぉぉくっ!!!」
「サバタさん!?」
なのはとすずかが呆然としている隣で、暗黒チャージで強引にシールドの突破を図った。ジリジリと進めはするが、しかしシールドの突破までは行かなかった。ある程度進んだ所で本の力と拮抗し、完全に足止めされてしまった。
「サバタ兄ちゃん!!」
不安に満ちた声ではやてが呼びかけてくる。だが今の俺では彼女の手を掴めない……!!
「サバタ! これを受け取って!!」
弾き飛ばされてから姿が見えなかったアリサが、何かを放り投げてきた。それは彼女の贈り物……暗黒剣!!
「礼を言う、アリサ! これなら……うぉぉぉおおおお!!」
暗黒の力が宿っているこの剣なら、いくら強固なシールドでも斬れる!
雄叫びを上げながら大剣を振り降ろし、俺の進行を阻止し続けるシールドを両断する。途端に全身にかかる圧力が霧散し、はやての所へ向かえるようになった。ゼロシフトを発動し、瞬時にはやての傍に駆け寄ろうとするが、しかしその進行を闇の書がその身で妨害してくる。
今だ!
丁度良いと思った俺はその本に手を置き、暗黒チャージを発動。兼ねてより気がかりだったこの本に宿る闇を吸収する。……が、逆に俺の身体が暗黒剣と共に闇の書に一度吸収されてしまう。
「サバタ兄ちゃん!?」
『守護騎士システム、発動。召喚』
そして一旦、意識が闇の中に消えた。
「む……? ここは……」
割と早く意識がはっきり戻ると、俺は頭の中で状況の整理を瞬時に終える。
ここは闇の書の中か。道理で周りが暗闇なわけだ。
「気が付いたか」
ッ!?
こんな所で俺以外の声がするとは思っておらず、正直に驚きはしたものの、すぐに取り直して声をかけてきた銀髪の女性に目を向ける。
「おまえは何者だ?」
「私か? 私は闇の書の管制人格だ。と言っても、権限は無いにも等しいが……」
そう言うと、全身がどす黒い蛇の形の鎖に巻かれて一見するだけで自由が利かないとわかる彼女はず~んと落ち込んだ。はっきり言って、ネガティブな奴だな。まるで昔の誰かのようだ。
「おまえが吸収された理由は、恐らく暴走した防衛プログラムが主以外近づけないはずの起動時に何故か近づけた外部因子に対する緊急措置として、ここに隔離させたのだろう。この闇の牢獄の中にな……」
「牢獄? ならばさしずめ俺は囚人で、おまえは監視員か」
「間違っていないが、少し足りない。正確には私も囚人であることだ。永遠に抜け出せない呪いの鎖に縛られた、な……」
彼女は床から伸びて自らに巻き付いてある鎖を見下ろし、自嘲気味につぶやく。まあ、いくら強力な魔導師でも、魔力を吸収され続けるこの場所では魔法も使えず、鎖に縛られれば更に自由も効かなくなる。つまり牢獄に相応しいだろうな。
魔導師にとっては、だが。
「ここに投獄されて抜け出せた者はいない。おまえが外で何をしたのかは知らないが、防衛プログラムに捕らえられた以上、運が悪かったと諦めるしかない」
「そうか」
「そしてここでの私の役割は、おまえを永遠の眠りにつかせること。闇の書が魔力を蒐集していない以上、今の私ではこれぐらいしか出来ないのだが、これでもれっきとした管制人格だ、役目はしっかり務めさせてもらう。可能な限り幸せな夢にするから、それで勘弁してもらいたい……」
「フッ……眠りにつかせる? 幸せな夢? 俺がそれを受け入れると本気で思っているのか?」
「おまえこそ、闇の書にかけられた呪いの力を甘く見ているのではないか? それに……この本に見出された者に救いは無い。主にさえ、魔の手を伸ばしてしまうのだから……。もうわかっているだろうが、主の足が麻痺している理由は、闇の書が主の魔力を執拗に吸収し続けた影響なのだ……」
この場合、主は恐らくはやての事。つまり、この闇の書ははやてに危害を及ぼす存在であると判明したわけだ。
「それならば余計、アイツの兄の俺が安穏と寝ていられる訳が無いだろう」
「主の兄様だったのか。謝って済む問題ではないが……すまない、私のせいで主の未来どころか、おまえのような家族すらも奪ってしまった」
「そう決めつけるのは早計じゃないか? まだ何も終わっていないだろう」
「いや……闇の書は既に起動してしまったのだ。もう破滅の運命は定まってしまった、今更足掻いた所で、どうも出来ないよ……」
「……この世界の人間は、どうも諦めが早い奴が多いな。少しはなのはを見習え! アイツぐらいの不屈の心があれば、少しでも事態が好転するかもしれないだろう?」
「だが……」
こうして会話しているとわかるが、彼女は全てに対して諦めている様子だった。そのせいで自虐的な言葉や、悲観的な思考ばかり発しており、それが無性に苛立ちを湧き立たさせている。知らず知らずの内に、剣を握る手に力が入る。
「はぁ~……ウジウジウジウジ……! おまえは人を怒らせるのが趣味なのか!?」
「そ、そんなつもりは……!」
「では何だ!? さっきからネガティブな事ばかり言って諦めて……イライラする! いい加減おまえも何かを望め!!」
「え!?」
「未来が無い? そんなの世紀末世界じゃ当たり前だった! それでも人は必死に明日を掴もうと生きてきた! 滅亡が目前にあるのに、絶望が何度も襲ったのに、それでも人は生きてきた! それに対しおまえは何だ!? さっきから運が悪かっただの、運命が定まっただの、おまえ一人の一存で勝手に決めつけるな!」
「そんなの……当然じゃないか! 闇の書はこれまでに多くの主を喰らい、無数の犠牲者を出してしまった! 最初は何とか止めようと足掻いたし、プログラムも改善しようとした! それなのに闇の書は、その努力を全て悪い方向で発揮してしまった! 何度も、何度も、何度も何度も何度も私は足掻いてきた! でも……出来なかった、失敗したんだ!! とれる選択肢は全てやってきたのに、それでも上手く行かなかった事を……私がずっと味わってきた無力感を、おまえは知らないだろう!!」
「本当にとれる選択肢は全てやってきただと? 笑わせるな! 世界には無限の可能性がある。そもそも俺が今も生きている事すら、その可能性のおかげなのだから、諦めるのはまだ早いだろうが!!」
「だが、おまえ一人で何ができる? 何もわからず足掻いた所でどうにもならない、結局闇の書の力に屈するだけだ! これまで協力的だった人間のように、そしてこれからもきっとそうなる……!!」
そう言い放って彼女は足掻き続けて疲れてしまった者だけがする悲壮感漂う表情を見せる。なるほど、プログラム体とはいえ、彼女も心が摩耗してしまったのか。なのに自我が未だに残っている。長い年月における無用な殺戮で心が壊れててもおかしくないのにな……。そこは称賛に値する。故に……放っておけない。
徐に俺はゆっくりと彼女に近寄っていく。そして悲観に満ち溢れた彼女に言い聞かせるように、言葉を紡いでいく。
「……おまえは……俺に闇の書の呪いを甘く見ている、と言った。なら逆に……俺からも言わせてもらおう」
「……?」
彼女の傍に来ると、暗黒剣を上に構える。俯いている彼女にはそれが見えていないが、別の彼女を斬る訳では無い。斬るのは……鎖だ!
「おまえは人間の心の力を甘く見ている。だから……人間の持つ可能性を、おまえに今一度見せてやる!!」
彼女を縛る鎖に暗黒剣を渾身の力で振り降ろし、重厚そうな見た目に反して軽快な破砕音がパリンと鳴り響く。真っ二つになった鎖は徐々に消えていき、辺りに鎖を構成していた魔力の光が霧散していく。
「なッ!!!」
「人間の可能性……世界の可能性……、その一つがこれだ。理解したか?」
あまりの出来事に彼女はさっきまでの悲壮感に満ちた顔から一転、驚愕に染まった表情になる。この次元世界の常識を覆す行為を、例えばクロノなどの人間が見れば受け入れるまで胃が荒れるかもしれない。
「ま、まさか……今の一太刀で私と防衛プログラムとのパスを切断したのか!? 私にも歴代の主達にも出来なかった所業を、こんなあっさりと……!」
副作用で彼女の持っていた何らかの機能も斬れてしまったが、まあ彼女の手が新たな血を流させるよりはマシだろう。それより、俺が斬らなければならないパスはもう一つある。
「おい」
「だ、だがこれで私も少しは出来る事が増えた……っと、ど、どうしたのだ!?」
「随分動揺しているな、この程度で」
「“この程度”で済ませないでくれ! そ、それよりこの流れだと、まだ他にも斬らねばならない鎖があるから、そこへ案内してくれと言うつもりか?」
「正解だ。暴走した防衛プログラムとはやてを繋ぐ鎖、それを断ちに行く」
「そうか……確かに私を解放した兄様なら出来るかもしれない。だが待て……恐らく防衛プログラムは今の一撃で兄様が自分に危害を為せると判断したはず。という事は将達が戻ってきた可能性が」
「無いな」
「む、どうしてそう言い切れるのだ?」
「それは外にあいつらがいるからだ。こうして中で俺がおまえを解放しても未だに何もしてこない様に、外ではあいつらが守護騎士相手に何かしているに違いない。魔力の少ない今の闇の書では、中と外両方に手が回らないから、彼女達を信じて今の内に早く防衛プログラムを対処してしまうべきだ」
「だが……!」
「これ以上グダグダ言ってる暇があるか? 早く案内してくれ、こうしてる間にも時間が惜しい」
「……わかった。兄様が主を信じているように、私も兄様を信じよう。私が本体の傍まで転移するから、しっかり掴まっててくれ」
そしてフェイトの時と同じように、彼女が展開した魔方陣によって俺達は転移した。闇の書の内部な事には変わりないが、転移した場所のすぐ傍には、見るからにおぞましい触手を生やす異形の存在がいた。そしてその存在の近くに白い光……はやての魔力の塊があり、存在から伸びる鎖がそれに絡みついていた。他にも色付きの鎖が4本、彼女のリンカーコアと存在の両方に繋がって、上空の闇に伸びている。
「あれが防衛プログラムの本体だ。そして色付きの鎖は将達……守護騎士達とのパスを示しているのだろう」
「守護騎士か……すれ違いになったせいでまだ会っていないが、大体おまえみたいな奴らだと思えばいいのか?」
「人格プログラムという意味だけでなく、呪いを背負っているという意味でも私と同じだ……。だから私は……可能なら彼女達もこの悲しき宿命から解放してやりたい……」
「そうか。ならはやてと守護騎士との鎖は斬らずに、防衛プログラムとの鎖だけを斬ろう。それであの元凶らしい防衛プログラムだが、ここで倒してしまえば全て終わるのか?」
「いや、防衛プログラム……ナハトヴァールには無限再生を行うコアがある。コアがある限り、倒しても時間を経て蘇ってしまう。それもより強力なバグとして」
どこぞの野菜人みたいな設定が備わっているわけか。なるほど、長きに渡る呪いなだけはある。こいつは表に出れば相当な量の悲劇を生み出し、多くの血を流したのだろう。本来なら触れるべきではない代物だろうが、今対処しなければ次にこいつの毒牙にかかるのは……はやてだ。
なら……この場で何とかするのが俺の役目だ。彼女の誕生日に死の宣告なぞ送られてたまるか。
「フッ……俺からの贈り物は“未来”というわけか。柄ではないが、せいぜい送り主に届けてやるとするか」
「? 兄様、一体何をするつもりだ?」
「……おまえは知らないだろうが、俺の力は暗黒物質ダークマターだ。これは魔力を喰らい、プログラムごと消失させる性質がある。ナハトのコアがどれだけ強力だろうと、魔力で構成されているのならそれはただの“エサ”だ」
「ッ!?」
さあ、闇の書の闇を奪い取るとしよう。そして……哀しき因果に囚われし者達を、解き放つ!
後書き
原作ブレイク 本来の空白期→A's編前倒し
死闘
前書き
表側の回
~~Side of なのは~~
「誕生日おめでとう!」と言おうとしたら突然、はやてちゃんの傍に魔力を感じる本が表れて私達を弾き飛ばして、それで起き上がった私の目には、はやてちゃんのリンカーコアが吸い込まれていくのが見えた。
サバタさんはあの本を止めようとはやてちゃんの所に行こうとしたけど、暗黒の力を使う彼でも途中までしか進めなかった。でもそこでアリサちゃんが咄嗟の機転を利かせてサバタさんの部屋から持ってきた暗黒剣を渡したのはいいんだけど、何とか近づけた本に暗黒チャージを使ったサバタさんが吸収されてしまった。
私達は茫然とし、はやてちゃんは彼の名を叫んだ。でも事態は私達の気持ちを無視して進み、本が光った直後、はやてちゃんの目の前に膝をつくような姿勢で4人の人影が現れた。
「闇の書の起動を確認しました」
「我ら、闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士にございます」
「夜天の主の下に集いし者、ヴォルケンリッター」
「主、ご命令を―――」
「んなもんどうでもええわっ! 早くサバタ兄ちゃんを返さんかぁっ!!」
「な!? お、お待ち下さい主!? 一体どうしたというのです!?」
ピンク髪の女性が半泣きでキレているはやてちゃんを前にして、どうしたらいいのかわからずあわあわしている。他の3人も突然目の前で主が怒っている事に戸惑っているみたいだけど、その理由は私達にはよくわかる。
「なんやの!? フェイトちゃんに覚醒イベントがあるって教えてもらってからずっと期待してたのに、いざそうなったらサバタ兄ちゃんを奪ってくって、そんなイベントいらんわっ!! 返して! サバタ兄ちゃんを返してぇ!!」
「お願いですから落ち着いてください、主!? 目覚めたばかりで我々には何故主がお怒りなのかわからないのです!」
ピンク髪の女性の言う事にも一理あるけど、サバタさんが本の中に消えたのと同じタイミングで現れた彼女達が無関係とは流石に思えない。それにサバタさんの存在は私達の中でも大きいけど、フェイトちゃん達が管理局に連れていかれて唯一家族として同じ家にいる彼にはやてちゃんは依存に近い形で懐いていたから、特に執着が強い。なのに急に奪われたら、そりゃあこうなるよ。
でもおかしいなぁ……サバタさんの事は間違いなく大切に思ってるけど、どうも今の私は驚くほど冷静だ。多分、自分より強い感情を発露している人が近くにいると、対称的に落ち着いてくるみたいな感じだろう。怒鳴ってるはやてちゃんには悪いけど、彼女のおかげで今の状況をどう動けばいいのか、客観的な視点で考えられる。
「(サバタさんの安否も気になるけど、今はまずこの人たちの正体を話してもらうのが先だよね)」
「あ~ちょっとそこの3人。悪いようにはしないからこっち来て」
「私達ははやてちゃんの友達なので、危害は加えませんから」
とろとろしてると私より判断力が高いアリサちゃんとすずかちゃんが先に言ったけど、おっとりした金髪の女性と、ツリ目で赤毛の少女と、犬耳が頭に生えてて筋肉の凄い男性は、安心してため息を吐いたり、不審そうな顔をしたり、無表情のままだったりと別々の反応をしながらも大人しく付いてきてくれた。
ピンク髪の女性は置いてきたけど、別にはやてちゃんを落ち着かせるのが面倒で放っておいたんじゃないよ? ほら、彼女達が魔導師で、しかも敵だとしたら皆を守るために私一人で何とかしないといけないでしょ? これは戦略的作戦なんだよ? うん。
で、リビングのテーブルを囲んで全員着席してから、彼女達にひとまず自己紹介してもらった。
「湖の騎士、シャマルです」
「……鉄槌の騎士、ヴィータ」
「盾の守護獣、ザフィーラ」
「私は高町なのは。はやてちゃんの友達です」
「アリサ・バニングスよ」
「月村すずかです」
「なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんね。部屋に置いてきたのは烈火の将シグナムで、本来は私達の意見をまとめる役なんだけど今は取り込み中みたいだから、代わりに私が話をするわね」
「はい、わかりました。シャマルさん」
という事で、ちゃんとお話する場が出来た……んだけど、
「その前にあたしから訊かせろ。……てめぇ……管理局の魔導師か?」
ヴィータちゃんは私を睨みながらそう言ってきた。確かにこの面子じゃあ私だけ魔導師だけど、そこまで警戒する必要があるのかな。彼女とは仲良くなりたいし、嘘はつきたくないから正直に話そう。
「私は魔導師だけど、管理局に所属はしてないよ? ヴィータちゃん」
「本当か? 裏でこっそり連絡してたりしねぇよな?」
「してないよ。何ならいっそデバイスも預けようか?」
「ッ! ………わかったよ、少しは信用してやる。だけど少しでもおかしな真似したら、あたしがアイゼンで叩き潰すからな!」
「大丈夫、私達を信じて」
この時私は知らなかったが、さり気なく彼女達の世界の小噺の落ちに値する発言をしていたらしい。でもおかげで警戒心も抑えられたみたいだし、結果オーライかな?
ま、もし力づくで来てたら遠慮なくOHANASHIしてたけどね、ウフフフ……。
「お~い、ダークなのはが出てるわよ~?」
「はっ! いけないいけない……」
アリサちゃんに指摘されて、座ったままシャキッと気を付けする。時の庭園で暗黒物質が宿ってから偶にこういった衝動が現れる時があるんだけど、絶対に飲み込まれるな、とサバタさんにきつく念を押されている。
サバタさんの弟のジャンゴさんもヴァンパイアの血が宿ってるようだけど、こういう衝動は闇の力を表に出している時以外は出てこないらしい。ジャンゴさんは月光仔の血も流れてるからそういう衝動に耐性があるけど、私は太陽仔でも月光仔でもない身で暗黒物質を宿してるから、飲み込まれるのはいろんな意味で危険なのだそうだ。でも戦いになったらうっかり発現しやすくなるから、その時は結構意思を固くする必要がある。
「さてと……そっちの話もまとまったようだし、単刀直入に訊くわ。その闇の書? それって一体何なの?」
そこからの話をまとめると、闇の書は魔力と魔法を集めるロストロギアで、666ページ分の魔力を集めると主……この場合ははやてちゃんに大いなる力が与えられて、願いが叶うとかなんとか。でもその性質上、初期起動の今は魔力がほとんどなくて、管理局とは幾度も敵対してるから近くに主以外の他の魔導師がいたことで、つい管理局の待ち伏せなんじゃないかと思ったらしい。ひとまず居合わせたのは偶然だということを、しっかり話してわかってもらった。
「闇の書のことは、まあ表向きはわかったわ」
「表向きって……どういう意味かしら?」
「魔力を集めれば願いを叶えるロストロギア。なんか以前も似たような物があったんだけど、それは正しく願いを叶えられる代物じゃなかったわ。それにさっき、はやてを守ろうとしたサバタを吸収したんだもの、願いを叶えるなんて肩書きは正直眉唾ものなのよね」
まあ、ジュエルシードが叶えられる願いなんて、子猫の大きくなりたい想いが限界だしね。しかも|あれ≪巨大化≫もまともに叶えたとは言い難いし、この短期間で“願いを叶える”という言葉に夢を見れなくなった高町なのは、9歳の夜でした。
「吸収……先程から主が仰っていたが、もしやそのサバタという者は、起動時の結界に入り込んできたのか?」
「あれが結界なのかどうかはさておき、闇の書をどうにかしようと近づきはしたわね」
「という事は恐らく、闇の書の自己防衛機能が働いたのだと考えられるわ。普通は起動時に主以外近づける人間なんていないのだけれど、それを突破されて緊急対策でサバタさんを取り込んだのだと思うわ。起動時の闇の書は、干渉を図る意味では最も無防備なタイミングとも言えるもの」
「なるほど……それなら少なくともサバタは生きてるってことね。なら大丈夫よ、きっと」
「うん、それどころか普通に自力で出てくるんじゃないかな? ……私の時のように」
「あはは……考えてみればサバタさんも色々大変だよね……」
「おめぇら、こんな状況でよく笑えるなぁ。主なんか未だに取り乱してるってのに。シグナムのやつ、将のくせに必死に助けを求めてきてるぜ」
ヴィータちゃんの言う通り、耳をすましてみると号泣しているはやてちゃんの声と、戸惑っている様子のシグナムさんが慌てる様子が聞こえてくる。彼女の気持ちを思うと私たちも落ち込んでしまい、場に話しにくい空気が流れる。
「……気を取り直して、話を進めるわ。さっき蒐集とか言ってたけど、蒐集されたらどうなるわけ?」
「リンカーコアが小さくなって、最悪魔法が使えなくなるどころか、身体機能に異常をきたす可能性もあるわ。もちろん、それはやり過ぎた場合の話で、抑えた吸収量なら問題なく回復するから」
「へぇ~、でも痛みを与えたり迷惑をかけるという点を考えると、はやてなら蒐集禁止とか言いそうね。あの子はそういう優しさを持ってるんだし」
「そうだね。守護騎士の皆さんも、はやてちゃんが落ち着いたらちゃんと話してみるとわかるよ。きっと大切に扱ってくれるから」
「…………」
これまで戦いばかりの日々だったのと、蒐集を命令されて当たり前だと思ってたからか、守護騎士の3人は大切に扱ってくれる、という内容に戸惑っていた。
「……我々を人として扱う、そんな主なのか?」
「蒐集しなくて済むって、本当に信じられるか? やっぱり願いを叶えたくて、あたしらにまた手を汚させたりするんじゃないのか?」
「私たちはこれまでずっと、主のために誰かを傷つけながら、魔力を集め続けてきた。それを本当にやめられるなら……これ以上の幸福は無いわ」
「でもよぉ……サバタって奴、主の兄ちゃんなんだろ? 返してって泣きながら言ってたし、取り戻すためにどうにかしろって言ってくるかも……」
「闇の書の内部に関しては我々ではどうしようもない。彼女達が言うように、その兄上が自力で出てくる事を期待するしかあるまい」
「だけど……ただの魔導師なら闇の書から出れる可能性はどうしても低いわよね。強力なレアスキルか何かでもない限り、流石に……」
あ、そっか。守護騎士の人達は暗黒物質の性質を知らないんだ。サバタさんの暗黒の力は、魔力を消し去る力。闇の書の中身は要するに魔力の塊、リンカーコアに近い性質とも言える。少なくとも魔力を基にしてるようじゃ、サバタさんを捕らえる事は不可能。私のバインドでも一時的になら捕らえられるけど、彼の体に宿る暗黒物質が魔力を分解してすぐに破壊してしまうから、極端な話、管理局がロストロギアに使う封印魔法すら太刀打ちできないんじゃないかな?
「なのはさん、そのサバタさんが持ってる力とか、何か知ってるなら教えてく――――ッ!? これは……マズい!!」
突然シャマルさんの顔色が悪くなって、咄嗟に周囲に結界を張った。魔力を持たない人間を弾き出す結界の効果によって、隣にいたアリサちゃんとすずかちゃんの姿が消える。緊急事態が発生したのだと判断した私はレイジングハートを構えておく。
「尋常じゃない様子だけど、大丈夫なの……?」
苦しそうにシャマルさんは頭を抱えて蹲り、ザフィーラさんも眉間にしわを寄せて歯を噛み締めながら胸を抑え、ヴィータちゃんは意識の方で何かに抵抗している様子でデバイスのハンマーを構えた。
「あ、頭の中に……! 何かが……!!」
「恐らく……闇の書の中で何かが起きた事で……書が我らに異分子を排除せよ、と命令してきているのだ……!! その対象は恐らく……この場にいる主以外の人間全てだ!!」
「クソ……か、身体が、言う事を聞かねぇ! おい、高町にゃのは……悪ぃ、あたしを倒してくれ!!」
「え、ヴィータちゃん!?」
倒せって、今のヴィータちゃんはやけに苦しそうだし、そんな病人に鞭打つみたいな事はしたくない。あと、“にゃのは”じゃなくて“なのは”なんだけど……。
「いいから早く戦闘準備をしろ! チクショウ……もう、抑え……られねぇ……!! ガッ、アガァアアアア!!」
「ッ!!」
とにかく言われるままセットアップした瞬間、辛そうな雄叫びを上げたヴィータちゃんの目が虚ろになり、私に向けてハンマーを振り回してきた。レイジングハートが発動してくれたプロテクションのおかげでダメージは無かったものの、私の体躯は窓を突き破って外に投げ出される。
フライヤーフィンを展開して上空に退避すると、私を追いかけてヴィータちゃんが飛び出し、いくつか鉄球を打ち出してくる。フェイトちゃんとの戦闘経験のおかげで弾道予測が出来る私は、その鉄球を身のこなしでかわしながら、シューターで相殺して対処する。結界をシャマルさんがギリギリのところで張ってくれたおかげで、人目を気にせず戦えそうだ。
他の守護騎士の皆は何とか自我を保って堪えているようだけど、ヴィータちゃんだけ闇の書の強制命令が強く効いてしまったのか、こうして突然の戦闘になってしまったようだ。彼女はまだバリアジャケットが設定されていないのか、現れた時の格好である黒タイツのままだから防御力は低いと思う。けど、彼女のハンマーの攻撃力は高く、なめてかかると痛い目に遭うから、あまり直撃を受ける訳にはいかない。
「いいよ、相手になってあげる」
そう言ってニヤリと笑みを向けると、無表情で襲い掛かって来るヴィータちゃん。こんな状況になったのは十中八九、サバタさんが何かしているに違いないと私は確信している。だから私の役目は、彼の戦いが終わるまで撃墜されないよう凌ぐことだ。
「フフ……少し頭冷やそうか、ヴィータちゃん」
彼女が振り回すハンマーを避けながら、遅延型のバインドを多く設置していく。やり方はフェイトちゃんの時と同じ、まず相手の動きを拘束して止めることだ。
設置、設置、設置、設置、設置、とにかく設置。シューターによる牽制攻撃も交えながら、とにかく過剰と言える程バインドを設置していく。一方で本人の意識ではないとはいえ、しびれを切らしたヴィータちゃんはデバイスに搭載されている謎の機構を使って弾丸の薬莢を射出、魔力が爆発的に上昇する。
「ラケーテンハンマー……!!」
ジェット噴射でハンマーに凄まじい回転速度を乗せ、全身を使ってこちらに全力攻撃を仕掛けてくるヴィータちゃん。そのプレッシャーは一瞬冷たい汗をかかせる程だけど、私に迫ってくるヴィータちゃんに、周囲から無数の鎖が伸びて絡みつく。そう、さっきまで私が設置し続けたチェーンバインドを一斉発動させたのだ。
実は内心で結構必死だったから、正直自分でもどれだけ設置したのかわからない。でもおかげでヴィータちゃんの速度が目に見える勢いで衰えていき、最終的に完全に動きを止める事に成功した。両手、両足、胴体、肘、膝、ハンマー、目に見える場所全てチェーンバインドで縛られたヴィータちゃんはビクとも動けなくなり、状況はこちらの絶対的優位になった。
「そうそう、倒せってさっき言われたんだよねぇ……」
レイジングハートをカノンモードにシフト、先端に魔力を集中させる。目標は……当然ヴィータちゃん。バインドもずっと発動していられるとは限らないし、いっそ撃墜してしまえば問題ないからね。
「行くよ? ディバイン……バスター!!」
「―――――ッ!!!」
解き放った砲撃がヴィータちゃんに伸び、着弾、爆発が起こる。防御魔法を張る暇も無く、そもそも微動だに出来ない状態だから魔法を発動させるのが不可能なヴィータちゃんは、今の攻撃で撃墜まではいかなくても、少なくないダメージを被ったはずだ。
「そう思ってたんだけど……予測が甘かったかなぁ」
煙が晴れた時、ヴィータちゃんは無事だった。彼女が無事だったのは、別の誰かが今の砲撃を受け止めたからだ。そして受け止めたのは……犬耳の男性だった。
「ザフィーラさん……あなたも意識が……」
盾の守護獣たるザフィーラさんが参戦してしまえば、状況は2対1、実力もそうだが普通に数の上でも不利だ。だけど……バインドがまだ残っているから、ヴィータちゃんは解放されていない。つまり今の内なら1対1の状況で戦え―――、
「飛竜……一閃……!」
突然、横から蛇腹状に伸びてきた剣がヴィータちゃんを拘束していたバインドの鎖を切断、せっかく行動不能にしたヴィータちゃんが解放されてしまった。攻撃してきた方を見ると、虚ろな目をしているシグナムさんが、西洋剣を構えてこちらを見据えていた。
「シグナムさんまで……」
これで3対1、だけど今日は私の運が最悪なのか、状況は更に悪い方向に走ってしまう。バインドを設置している間にシューターで与えたヴィータちゃんの損傷が、彼女を包んだ緑色の光によって回復してしまう。ザフィーラさんの背後を見ると、最後のヴォルケンリッター、湖の騎士の姿が……。
「シャマルさんも……。歴戦の騎士相手に4対1って、これ勝ち目あるの……?」
戦力差を見て絶望的なこの状況。ヴィータちゃん一人でも苦戦してたのだから、今の私一人でヴォルケンリッター全員を相手に勝利を収める事は、あまり言いたくないけどまず不可能だろう。
こうなったら……、
「限界ギリギリまで逃げのびるしかない……!」
直後、これまでのお返しと言わんばかりに始まる、ヴォルケンリッター全員の総攻撃。ヴィータちゃんの鉄球に追い回され、ザフィーラさんの拳が防御魔法越しに強い衝撃を伝え、シグナムさんの剣がバリアジャケットを切り裂いていく。対するこちらもシューターやバインド、バスターで相手の陣形を乱そうとするも、豊富な実戦経験のある彼女達にそのような小細工は最小限の対処で済まされてしまう。
瞬時の回避、刹那の攻防、これまで生きてきた人生の中でもとりわけ思考と行動をフル活動させて凌ぎ続ける。時々喰らう攻撃でバリアジャケットがどんどん破損していくけど、そうなっても向こうの連携の勢いは微塵も衰えない。
「ハァ……ハァ……」
それから実際はもっと短いかもしれないが、30分ぐらい猛攻撃を耐え凌ぎ、バリアジャケットはもう原型がほとんど残っていないぐらい損傷して、あまり多くない体力も底をついて息も上がっていた。熟練の戦士4人を相手に、よくここまで持ち堪えたと自分で褒めてやりたいぐらいだ。
でも、ここまでされても彼女達の攻撃は止まらない。一方的に蹂躙された私は……魔力どころか体力も限界に達して、視界がぐらついている。疲労がピークに達した私の大きな隙を彼女達が見逃すはずが無く、ヴィータちゃんが弾丸を射出して先程の大威力回転攻撃をしてくる。距離的に回避出来そうにないから残った魔力を使ってプロテクションを張り、彼女のハンマーと衝突。しかし耐え切れず砕け散ってしまい、もろに攻撃を受けた私の体は吹っ飛び、更に飛ばされた先で待ち受けていたザフィーラさんのアッパーで追撃をもらう。ピンポールのようにぶっ飛ばされた私に、トドメと言わんばかりに上空から弾丸を射出したシグナムさんが、炎の纏った一閃を放つ。
「みぎゃぁッ!」
防御魔法が展開出来ず私はダイレクトに斬られ、撃墜されてしまう。彼女達の攻撃の勢いに負けて墜落した場所は結界の範囲内にあったビルの何階か。崩れずに残った壁に寄りかかって意識が朦朧としている私の前にヴォルケンリッター4人が降り立つ。
「これより、異分子の排除を行う……」
「う………サ、バタさ……」
これで……終わりなの? 私、ここまで頑張ったのに、このまま終わるの……? そんな…………イヤだ。こんな所で、負けられない……! まだ、ここで倒れる訳にはいかない!!
……ごめんなさい、サバタさん。散々止められてたアレを使うしかないみたいです。
「トランス・ダーク!!」
『ッ!!』
瞬間、体内の暗黒物質が私の体を糧に周囲に放出され、枯渇した魔力の代わりに暗黒の力が補充される。雰囲気が一変した私に危機感が働いたシグナムさんが、すぐさま剣で突き刺して来た。単純ながら洗練された突きで、満身創痍の私が避ける事も防ぐ事も、本来ならあり得ない。
しかし……殺気のこもった彼女の剣を、私は両手で掴み、辛うじて胸に刺さる寸前で食い止めた。力づくで止めたせいで手に深い裂傷が入り、掴んだ手から剣を伝って血が流れていき、魔力で構成されている白いバリアジャケットを赤く汚していく。
「ッ!?」
本人の意識が無くても、剣を素手で止めた事にシグナムさんは驚いていた。剣を引き抜こうと上下左右に動かすシグナムさんだけど、想像以上に強い力で私が掴んでいるせいで取り戻せずにいた。
「このトランス・ダークはね……暗黒物質が宿った事で、私の中で目覚めた闘争本能を暴走させるようなものなの……」
「……?」
「普通の人に例えると……アドレナリンを脳内に過剰分泌した状態に近くなるんだ。つまりね……!」
ビュンッ! ドゴォッ!!!
剣を離した一瞬で、先程とは比べ物にならない速度でシグナムさんの胴に掌底を放ち、まるで大型トラックに衝突したかのように彼女の体が吹っ飛んでいき、壁に叩き付けられる。
その光景を呆然とした面持ちでヴィータちゃん達が見た後、すぐに私を警戒するように身構える。
「こうやって、通常時より何倍も強くなるんだよ!!」
さあ、好き放題やられた分、お返しをしないとね!
と言っても、暗黒の力は私の体や精神に負担が大きいから、ちゃんと人間に戻れる最低限の制限時間を設けている。今の私がトランス・ダークを使ってても大丈夫な時間は、せいぜい10秒。
たった10秒だけど、されど10秒。トランス・ダークを使用している間は、お兄ちゃんやお父さんに匹敵する身体能力を得ている。神速のような人間を越えた技を武器とする御神の剣士にとって、10秒というのは相手を制するのに十分過ぎる時間だ。
「まず一人……!」
ヴォルケンリッターのリーダー的存在のシグナムさんが一撃でやられた事で、たった一発でも脅威と判断したザフィーラさんがヴィータちゃんとシャマルさんの前に出てこちらに先行してくる。突貫して放たれた彼の拳は、私に届く寸前に張られた桃色のシールドによってほんの一瞬阻まれる。
「二人目ッ!」
残り少ない魔力で作ったプロテクションはすぐに壊れるけど、それで稼いだ数瞬の間にレイジングハートで抜き胴を放つ。デバイス越しに鍛え上げられた彼の筋肉の固い感触が伝わってくるが、同時に確かな手ごたえも私の手に届く。
崩れ落ちるザフィーラさんの後ろでは、私の速度に対応しきれずにいるヴィータちゃんが鉄球を呼び出そうとしていた所だったが、それは即ち、現在は反撃出来ない、という事である。身を翻してヴィータちゃんに接敵、魔力を込めてコーティングしたレイジングハートで彼女の胴を穿つ。えぐり込むように入った突きは、ヴィータちゃんの戦闘継続を不可能にさせる威力を誇り、そのまま蹲る。
「三人目ッ!」
そして後方支援なのに勝利を確信して前に出て来たシャマルさんは反応が追い付けずに、未だに硬直している。そんな彼女に私はヴィータちゃんを突いた姿勢のまま、レイジングハートの矛先を向ける。
だけどここでトランス・ダークを使用して10秒経ってしまったから、安全のために解除する。先程の圧迫した雰囲気が収まって、怒涛の反撃が終わったのかと一瞬思うシャマルさんだけど、それは間違いである。なぜなら、この場には先程までの長期戦で使われた魔力が散乱している。それを集めて解き放つ魔法を、今一度披露させてもらう!
「アバババババッッ!!!???」
あ、ごめんヴィータちゃん。魔力チャージの巻き添え喰っちゃってるけど、外してる暇が無かったんだ。悪いけど、大人しく受け止めてね。
「スターライ―――うぐッ!?」
突然私の胸から手が出て来て、リンカーコアを摘出されてしまう。視界の向こうでシャマルさんが光の膜に手を入れている事から、恐らくこれは彼女の魔法だろう。
しまった……完全に詰めを誤った、これは私のミスだ……。魔力もエナジーも枯渇して、痛みと疲労でもう指を動かす事すら難しい。悔しいが、敗北を認めるしかない……。
「ッ!! な、のは……ちゃん……!」
本人の意識が消えていたはずのシャマルさんが私の名前を呼ぶ。きわどいタイミングだったけど、自我を取り戻してくれたみたい。それを確認してほっと安心した私は、すぐに力が抜けて意識を手放した。彼が全て解決してくれたのだと、本能で理解したから……。
そして私達の戦いに決着がついた同時刻、謎の点滅を繰り返していた闇の書は、ページが勝手に開いて誰も発動していないのに魔法陣が展開される。
そこから……人間の手が出てきた。本の端を掴むと、そのまま力を込めて、ゆっくりと本体が出てくる。これだけ見るとホラー映画を彷彿とさせる画だけど、はやては全然怖く思わなかった。むしろ嬉しく思っていた。なにせ……、
「フッ、やれば案外何とかなるものだな、俺の暗黒の力も捨てたものではない」
「この短時間で、兄様一人にこれまでの認識を木端微塵に打ち砕かれたぞ、私は」
「さ、サバタ兄ちゃん……!!」
「どうした、そんな泣き顔で。……ああ、そうだったな。はやて、誕生日おめでとう」
「サバタ兄ちゃぁ~~んっ!!!」
銀髪の綺麗な女性を引き連れて、彼が帰ってきてくれた。二度目はやっぱりきつかったはやてちゃんは、ほろりと涙を流しながら彼に抱き付いていた。ちなみに一度目はヴァナルガンド、二度目は闇の書の事で、今更だけどサバタさんって実は結構不幸体質なんじゃないかな? この短期間で2回……世紀末世界も含めたら3回も何かに取り込まれてるんだもの。
後書き
なのは版トランス・ダークは、見た目がジャンゴのように半ヴァンパイア化はしません。代わりに目が妖しく光ります。
祝福
前書き
A's編終了のお知らせ
~~Side of すずか~~
いきなりなのはちゃん達が消えて、結界を張ったのだと判断した私とアリサちゃんは、急いではやてちゃんの様子を見に行った。だけどはやてちゃんとシグナムさん、闇の書の姿も消えていたから、これは間違いなくあちら側で戦いになってると考えた。
だから私達は皆の無事を祈りながら、はやてちゃん家に常備してあった救急箱を用意して、誰か怪我をしても治療できるように準備しておいた。
カチッ……カチッ……カチッ……カチッ……カチッ……カチッ……カチッ……カチッ……。
「だぁー! 遅いっ!! 皆どんだけ長くなってんのよ!?」
時計の秒針の音が鳴る部屋で、アリサちゃんが雄叫びを上げる。ほんと、アリサちゃんって自分が干渉できない出来事に憤りを抱きやすいよね。
「もう10分ぐらい経ってるよね。大丈夫かなぁ、なのはちゃんもサバタさんも……」
「心配だけど魔法が使えない私達に出来るのは、皆を信じることしかないのよね……。心苦しいけど信じて待つ、それで帰ってきた皆を受け入れるのが今の私達の役目なのはわかってるんだけど、どうしてもヤキモキするわね……何も出来ないってのは」
「そうかもしれない。でも……干渉するってのもあんまりお勧めできないよ。怖い思いをしてまで戦いたくないもの」
「あ……ごめん!」
「いいよ、あの時は運が悪かっただけだし、ちゃんと助けてもらった。こうして無事に済んだんだから、もう気にしてないよ」
「そう……でも自分は悪くないのに事件に巻き込まれた経験があるのは私も同じだし、気付かなかったのは私のミスだから、やっぱりケジメとして謝るわ」
そう言って頭を下げてくるアリサちゃんは、昔と比べて性格が柔らかくなったと改めて実感した。生まれた環境の影響で、私達はこの年齢で死ぬかもしれない目に何度も遭ってきた。必要とあれば戦いを受け入れられる人達と違って、私はもうあんな出来事には巻き込まれたくない。あまり他人の都合で戦おうとしないサバタさんが、前に月村家を狙う裏組織を潰してくれたのはきっと、私がそう思っている事をとっくに把握しているからだろう。彼は素直じゃないけど、いつも私達の事を想って行動してくれている。
そして……自分の弱さも受け入れられる彼の強い心に、私は惹かれた。傍にいると温かく包まれるような安心感を抱ける、そんな彼に……。だからはやてちゃんも、彼が傍に居て欲しいと思っている。そんな矢先に今回の出来事だ、迷子になったような不安感を彼女は今も抱いていると思う。彼女も魔力があって結界の向こうに行ってしまったから心配だ。
ガタタッ!!
「な、なに今の音!?」
「もしかして……!」
結界が消えたのかもしれないと思った私達は、恐らく位置が動いていないはやてちゃんの様子を確かめに行く。急いで彼女の部屋に行くと……、本に吸収されたはずのサバタさんがはやてちゃんに泣きながら抱き着かれていて、その傍で見たことのない美人で銀髪の女性が呆然と立っていた。
「おかえりなさい」
迎えの言葉を言うと、サバタさんがひと段落した事で息を吐いた。
って、あれ? はやてちゃん、自力でサバタさんの所に行ったの? 車イス無しで……という事は!
「はやて……あんた、その足……!」
「へ? なんやアリサちゃん、私の足がどうし…………え、立っとる? う、嘘やろ……私、立っとる!? ……あ」
認識したからか、足の力が抜けてはやてちゃんが崩れ落ちたけど、サバタさんがすぐに彼女を姫様抱っこで抱えてくれた。
「はやてちゃん、足が動くようになったの?」
「す、すずかちゃん……自分でも信じられへんのやけど、ついさっきまで感覚が無かった足が、今ではジンジンしとんねん。痛いのは急に使ったからやろうけど、それより私の足、動くようになったみたいなんや!」
「まるで奇跡だ。よかったね」
「ありがとう! でもどうして急に動くようになったんやろ……石田先生も原因不明言うとったし、それならなんで今このタイミングで…………まさか」
はやてちゃんはサバタさんと闇の書を交互に見つめる。自分の足が動かなかった原因が実は闇の書である事と、それをいつの間にかサバタさんが何とかしてしまった事に思い当たったようだ。
「あのな……私、誕生日教えてへんかったやろ? だから……サバタ兄ちゃんからプレゼントもらえるなんて……思ってなかったんやけど……でも、こんなプレゼント、反則やわ……! ありがとう……ありがとう、サバタ兄ちゃん……ありがとう……!」
「主……ぐすっ」
涙交じりに感謝の言葉を告げるはやてちゃんに、銀髪の女性がもらい泣きしていた。闇の中から奇跡を運んできてくれた配達人は、慈愛に満ちた眼差しで受取人から感謝の心を受け取ったのだ。
ただ……一方で私達の親友と、騎士達の姿が周囲に無い事に、私は不安を覚えた。
その時、庭から複数人が地面を踏む音がした。私とアリサちゃんが見に行ってみると、そこでは……暗黒物質の力も使った熾烈な戦いによる影響で気を失っているなのはちゃんと、自我を取り戻して青ざめた表情の騎士達の姿があった。
「なのはさんの健闘のおかげで周りに被害を出す事無く意識を取り戻したのだけど、彼女だけ妙な変異が進んでる。治癒魔法も効果が無いし、一体これは何なの!?」
「落ち着いて下さい、シャマルさん。私の力ならこれを止められます」
「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」
申し訳なく謝るシャマルさんはその後、無言で俯く騎士達を回復魔法で治療する。その間に私は、治療のおかげで見た目は傷が無いなのはちゃんに月下美人の力を、首筋の吸血を経由して送り込む。それまで気絶して呼吸が荒かったなのはちゃんが、月光仔のエナジーを取り込んでいく程、動悸が落ち着いていった。
「ふぅ……何とか無事に済みました」
「ありがとう……でも、喜ぶ資格は私達に無いわね。私達が闇の書の指令に抗えず、彼女に大変な思いをさせてしまったわ……」
「今更だけど、なのはって意地を張るとかなり無茶するわね。まさかトランス・ダークまで使うなんて……」
アリサちゃんが心配してスヤスヤと眠るなのはちゃんの顔を覗き込む。可愛い顔して眠っている彼女の頭を優しく撫でると、すまなそうな顔でヴィータちゃんが傍で膝をつく。
「コイツ……操られて全力を出せなかったとはいえ、あたしらヴォルケンリッターを一時的に圧倒した。頼んだあたしが言う事じゃねぇけど、本当にやり遂げるなんてスゲェな……」
「なのはちゃんは必要になれば、自分の負担を気にしなくなる。友達だからその危うさも気づいていたんだけど……今後もそんな風に無茶しちゃいそうで怖いんだ……」
「そっか……すまねぇ。あたしらが不甲斐ないせいで、そんな無茶をさせてしまった。疲れた身体じゃ、ここは寒いと思うから中に運ばせてくれ」
そう言った後、ヴィータちゃんは小さい身体に反して大きい腕力で、私の代わりになのはちゃんを抱えて、屋内に運んで行ってくれた。多分、明日になるまでなのはちゃんはぐっすり眠っていると思う。起こさないように敷いてある布団の中に彼女を寝かせて、私達は2回のサバタさんの部屋に行く。一応、詳しい話をしておく必要があるのだが、リビングは最初、お泊り会で雑魚寝する予定だったから布団が敷いてある。なのはちゃんも寝ていて話をするにはちょっと場が悪いので、そちらに移動したのだ。
サバタさんの部屋の中は物があまりなく、生活感が薄いのだが、おかげで部屋のスペースに余裕があり、この人数が集まっても問題は無かった。私達がそう考えると判断したため、サバタさんとはやてちゃん、そして銀髪の女性もこの部屋にやってきた。だけど彼女が入ってきた途端、騎士達が騒然とする。
「管制人格!? なぜおまえが外に出ているのだ!?」
「久しいな、将達よ。積もる話もあるが、順番に語るからしばし待ってもらいたい」
という事で管制人格という銀髪の女性曰く、闇の書ではなく本当は“夜天の魔導書”という名前の本について、あらかた説明をしてもらった終わった後、はやてちゃんはビシッとどこかの大佐のように宣言した。
「他人様に迷惑をかける蒐集なんて絶対禁止や! 大体もう私の願いなんて叶ってるどころかとっくにオーバーキルしとるよ。それより皆、住む宛て無いんやろ? だから主として面倒見なければあかんね。家族になるんやからこれ以上望まない戦いをせんでもええんやで。あと、なのはちゃんには後でちゃんと謝る事! これは迷惑をかけたケジメやから、しっかり誠心誠意を込めて言うんやで!」
と、守護騎士達に平穏な生活を約束する発言に、私たちは「ね、言ったとおりでしょ?」という視線を彼女達に向ける。ちなみにさっき騎士達が暴走してしまったのは、サバタさんが闇の書の内部で暴れまくった影響なのだそうだ。その結果、何だかんだではやてちゃん達はその“呪い”とやらから解放されたらしい。
「それでそこの銀髪デカメロン姉ちゃんには名前が無いんやろ? せやったら今ちゃんとした名前を付けてあげるで!」
「デカメロン……? それより主、私の名前を贈ってくださると……本当に?」
「せや! ずっと名無しだったなんて可哀想やし、私も嫌やもん。せやから主の責任として名前を……っと、そういえば」
「どうかなさいましたか?」
「いやな? 助けたのは私やのうてサバタ兄ちゃんやさかい、主だからって私だけが付けるのは不公平や。……よし、せっかくやからサバタ兄ちゃんもこの子に付ける名前を考えてくれへん?」
「………拒否権は?」
「あはは~そんなの無いに決まっとるやろ」
「わかったよ……今日はおまえの誕生日だ。可能な範囲で要望は叶えてやる。それにしても名前か………考えておくから、先にはやてが言ってくれ」
「オッケー! と、言いたいんやけど、実はまだ私も思いついとらんのよ。でも絶対ちゃんとした名前つけるから、それまで待っててくれへんか?」
「はい……! 首を長くしてお待ちしております!」
やっぱりサバタさんも、突然人に名付けろって難題は無理だったみたい。でも二人が考えてるんだから、間違いなく良い名前になると思う。私も期待して待っておこう。
「……ところで管制人格、ぶしつけだが今のうちに聞いておきたい。闇の書……ああ違う、夜天の魔導書にある程度魔力が集まらないと起動しないはずのおまえが、なぜ今目覚めていて、なおかつ外に出ていられるのだ?」
「烈火の将、その疑問は尤もだ。確かに私が目覚めるのは本来、魔力が大体400ページ相当埋まるぐらいのタイミングなのだが、実は夜天の魔導書が転生して新たな主の下で起動するまで私の意識は続いている。そして起動時に残りの魔力を使用して、私は眠りにつくわけだ。そして眠った私の代わりにそなた達守護騎士が目覚め、主の命に従う、というサイクルになっているから、そなた達から見れば魔力をある程度集めてようやく目覚めるという認識になるのも当然だ」
「前半の質問の答えは理解した。だが後半は?」
「……兄様が私を縛る鎖を断ち切ったことで、私の意思で自由に顕現可能となったのだ。ただ……今の夜天の魔導書は、夜天の魔導書であって夜天の魔導書ではなくなっている」
「闇の書となってしまっていた経緯から考えれば、元からその通りだろうな……」
「いや、鉄槌が想像しているのとは違う。具体的に言うと……今回の件で夜天の魔導書を構成していたプログラムの大半が消失しているから、私とそなた達守護騎士がいること以外はまっさらなストレージデバイスに近い状態となっている。実際、転生機能も失われている」
「簡潔に言えば、我々が存在するための必要最小限の機能以外がほぼ全て消去されたような状態なのか……」
「一応言っておくが守護騎士システムは基本的に無事なため、そなた達の戦いの技量は一切影響を受けていない。だが私は書の記録を失ったので、ほとんどの魔法が使用できなくなっている。無論、再度蒐集すれば主諸共その魔法が使えるようにはなるだろうが、平穏に暮らせるというのにわざわざ戦いを招かなくても良いだろう」
「……確かにその通りね。はやてちゃんを無暗に危険にさらしたくないのは、私も同じよ」
確かに、闇の書なんてものはこの前やってきていた管理局から見てみれば危険の高いロストロギアだろうから、変な干渉をされたくないのなら極力大人しくしておくべきだろう。彼女達も平穏な生活を望んでいるみたいだしね。
パタリ。
「あ、主ッ!?」
難しい話をしていると、急にはやてちゃんが倒れた。シャマルさんが慌てて容体を調べると、リンカーコアの魔力をいきなり大量使用した事で、身体に疲労が溜まってるのだそうだ。それで疲れて限界に達した今、ぐっすり眠っている訳である。
「ひとまず……もう寝よう。既に深夜2時を過ぎている、この通りはやても眠っているし、アリサもすずかも船を漕いでいる。これ以上は明日に回してくれ。布団は用意しておく」
私達の様子を見てサバタさんの気遣いに大人しく頷く騎士達。寝る場所は彼が用意したらしいけど、私達はもう眠かった。救急箱は結局役に立たなかったけど、そんな事はどうでもよく、欲求のまま眠りの世界に私達はダイブした。
あれ、はやてちゃんはサバタさんの所で寝てるのかな? ……ま、いいや。おやすみなさい~。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ~~
一大イベントが昨夜起きた翌日の朝。騎士達にはスペース的に余裕があった俺の部屋で寝てもらった。気絶したのにはやてが俺の服を掴んで傍から離れようとしなかったので一緒の布団に入り、主が近くに居る事で騎士達も素直に寝てくれた。ただ……布団を用意しておいたにもかかわらず、管制人格の彼女が俺の布団にいつの間にか入り込んでいた。おいおい、子供か、こいつは……。
……いや、彼女は常に主を食い殺す呪いを前に、ずっと無力を感じ続けてきた。それが覆された今、改めてヒトの温もりを味わいたいのかもしれない。それに唯一闇の書の内部での出来事を……真実を知っている。それも恐らく関係していると思う。あれぐらい……とっくの昔に覚悟しているのにな。
まあいい……もう起きよう。
はやてと彼女をひとまとめにしてから布団から出て、朝食を作りに降りる。人数が倍になったから材料が足りるか不安だったが、味噌汁を多めにすれば十分な量になった。
目玉焼きやソーセージを焼いている音と匂いで、リビングで寝ていたなのはが寝ぼけ眼ながらも目を覚ます。
「おはよぉ……」
「おはよう、なのは。すぐできるから、さっさと洗面所で顔を洗って来い」
「わかったぁ……」
「それと……昨日はよく頑張った、感謝する」
「む~? ……うん、だいじょ~ぶ……」
低血圧なのか意識がはっきりしておらず、返事がおぼつかないが、褒められる事はさっさと褒めてやった。トランス・ダークを使った事に関しては釘を刺しておく必要があるが、極限状態で生き残るためだったのだから仕方ないと思っている。
彼女が起きた後、時間を経て他の奴らも起きてきた。テーブルに並ぶ朝食を見て、騎士達は「プログラムの自分たちに食事は必要ない」と言ったのだが、それをはやて達が一喝。皆で食卓を囲むと一層美味しいから、といった説教を行った。ある意味主の命令でもあるので大人しくテーブルを囲む彼女達だが、なのは達が美味しそうに食事を始めると、興味津々だったヴィータを皮切りに彼女達も食事をしてくれた。
「うめー! このご飯、ギガウマだ!!」
「本当に美味しいわ。これ私でも作れるようになるかしら?」
「ふむ、我らがこのような温かい食事を得られるとはな……」
「ああ、こう胸の辺りが温かくなる、そんな食事だ……」
「……兄様は、本当に何でもできるのだな……」
「俺のはともかく、はやての料理も美味いぞ」
「マジか!? じゃあ、すっげー楽しみにしておくぜ!」
「オッケー! 盛大に腕を振るって美味いご飯作ったるから楽しみにしとき、ヴィータ!」
世紀末世界を知る俺だから、彼女達の境遇も他の誰よりも理解が及んでいる。劣悪な環境や、性悪な主に遭遇した事のある騎士達だからこそ、こういう何でもない光景が新鮮に思えるのだろう。緊張の無い穏やかな微笑みを浮かべる彼女達を見て、はやても充足したように嬉しそうだった。この笑顔が守れるなら、俺がここにいる意味もあったと言えるものだ。
食事を終えた所で、互いを見合わせて頷き、横に並んだ騎士達はなのはに向かって頭を下げた。
「すまなかった」
「悪かった……」
「ごめんなさい」
「すまねぇ……」
「申し訳ない……」
それが昨日の謝罪であると理解したなのはは、責めるような事はせず、にこりと太陽のような笑顔で彼女達を見つめる。
「大丈夫だよ。皆無事だったんだから……これ以上哀しい出来事が起きなくなったと考えれば、むしろ昨日頑張って良かったと思うの」
フッ……なのはは、強いな。だからこそあの時、“外”を任せられたのだ。子供だからと戦いから遠ざけるのは別に悪い事では無い。しかし自分で決めた事を、他人の理屈で強引に捻じ曲げるのは違う。ジュエルシードの一件から彼女は一端の戦士となった。彼女はもう、誰かに守られるだけの弱い存在じゃない。
「さて、昨日のケジメも付けた所で、そろそろこれからの事を決めるとしよう」
「せやね。でもその前に昨日の約束を果たすで」
はやては管制人格に向き合い、告げる。
「約束した通り、あなたに名前を付けてあげる。……闇の中に吹く祝福の風、リインフォース」
「はやてが言ったなら俺も告げよう。その身に憑りついた暗黒を克服した者、ネロ」
リインフォース・ネロ。それが生まれ変わった彼女の新たな名前、そして……光の未来を掴んだ証。それを受け取った彼女は、これまで空虚だった心に染み渡るように喜びの顔を見せてくれた。
「感謝します、我が主……兄様……!」
「なんでネロまで俺を“兄”扱いなのか、もう訊くのも面倒だ。それより約束を果たした事で、むしろここから本題だ。闇の書は管理局から見て、どういう扱いなのだ? 口にするのは辛いだろうが、話してくれ」
「はい……既にご存知かと思われますが、闇の書は次元世界に多くの悲劇と破壊をまき散らしました。故に見つけ次第封印を図る程で、これまで将達が幾度となく戦ってきた間柄です」
「なるほど……となると既に闇の書ではなくなったとはいえ、おまえ達の存在が管理局に明るみになれば面白くない事態が起きるな……」
「というと?」
「具体的には管理局だけでなく次元世界の戦士総出で襲撃を受ける可能性がある。また、以前の主の下で行った騎士達の襲撃などの件で過去の被害者からのバッシングもあり得る。要するに“呪い”を始末した所で、全て解決という事にはならないのだ」
改めて事実を告げると騎士達が暗い表情を浮かべるが、現実を見なければ平穏など掴み取る事は出来ない。ま、既に代償は払った、後はどう終着させるかだ。
「……ヴォルケンリッター、おまえ達に訊きたい」
「私が答えます、兄上殿。それで質問は何でしょうか?」
シグナムが騎士代表として返事をする。そして……おまえもか。別に今更どうでもいいが。
「率直に言う。“夜天の魔導書”という名前と“闇の書”という名前に拘りはあるか?」
「? どういう事ですか?」
「質問に質問で返すのは関心しないな。で、どうなんだ?」
「……主さえ守れるのなら、条件次第で何とか……」
「そうか」
「サバタ兄ちゃん、それ訊くって事は、何か案でも考えたん?」
「一応な。要領は基本的にアリスの時と同じだ」
「偽名を使うってわけ?」
「そうだ……安直な案なのは百も承知だが、表向きに書の名前を変える事で、おまえ達が“闇の書”と“夜天の魔導書”に関係が無い存在に偽装したいわけだ」
「……なるほど、そういう事ですか。管理局に私達の存在が嗅ぎつけられたとしても、これが“闇の書”では無いと信じ込ませる事が出来れば、あるいは……。いや、しかし……闇の書の柄やデータはきっと記録されています。映像などで照合されれば、間違いなく断定されます。それに関しても何か考えがあるのでしょうか?」
「ああ。俺だって本物を偽物と言い続けるのは、どうしても無理がある事ぐらい考えが及んでいる。だから完全に無関係にするのではなく、ある程度の関わりを持たせる事で信憑性を抱かせる」
「あ! そゆこと! つまりこの本を上手い事“闇の書”のパチモンって設定にするわけやね。じゃあそこは私に任せてくれへん? イイ感じに砕けた名前なら思い付きやすいし!」
はやてが妙に自信たっぷりにそう言うので騎士達に、彼女に任せて構わないかと訊くと全員承知してくれた。俺も自分にネーミングセンスがあると思っていないため、彼女に偽名は託すと決めた。
託された事でどうやって面白い名前をつけようかと考えるはやて。とりあえず俺は緑茶の葉に淹れるお湯が沸いたため、台所に行ってヤカンに点けていた火を止めに行く。
「夜天……ヤテン……ヤカン……夜間? お! ええ名前思い付いた! これからこの本は“ヤカンの書”や!!」
『主ェ……』
「ヤカンで名前を思い付くのはアリなのか……?」
こうして“夜天の書”改めヤカン……“夜間の書”といういかにもパチモン臭い名前が、意外とアッサリ決まったのだった。カタカナにした途端、一気に間抜けになるのがいかにも偽物らしい名前で、当初の狙い通りではあるのだが……もうちょっと何とかならなかったのだろうか。
はやての誕生会も俺が予約したケーキの件で色々騒がれたり、シグナムとザフィーラが困惑しっ放しだったり、ヴィータとシャマルがすぐに順応して楽しんだりして一応無事に終わり、勉強会から手伝ってくれたなのは達も自分の家に帰った。そして紆余曲折ありながらも皆が幸福のまま寝静まった深夜の頃合いに、俺は一人、外の月明かりの下で佇んでいた。
いや、一人ではないか。
「…………いるんだろう? “ねとねと”」
「だから“ねとねと”と呼ばないでって前に言ったでしょ……!」
そう言って俺の傍に現れたのは、リーゼロッテ。彼女は呆れたような、それでいて揺らがない意思のこもった目で見つめてくる。
「なぜ、私が見張ってるって気づいた?」
「一度感じた事のある魔力が八神家の傍で漂っていたからな。臭ってしょうがなかったさ」
「え、私臭ってるの!? うそぉ!?」
クンクンと自分の服の袖に鼻を近づけて臭いを嗅ぐリーゼロッテ。コイツ本当に立場が高い人間なのか?
「あ、ホントに臭ってる……ここ最近お風呂入って無かったからなぁ……正面から指摘されるなんて、女としてショックだよ……」
自覚あるのかよ。そもそも体臭じゃなくて魔力の事を言ったのに、なぜこの流れになる……。
「ならさっさと前に言ってた任務でも済ませてゆっくりすれば良い」
「その任務が問題なの、つぅか気づいてるんでしょ? 私の任務が“闇の書”に関係していること」
「ああ、薄々」
「今日、一部始終を見てたわ。“闇の書”が起動して、守護騎士が現れた。これで彼女達は近い内に蒐集を始めるはずだった……でもそれはあなたの持つ暗黒の力の介入で崩された。闇の書の“原典”を無力化したあなたは、これからどうするわけ?」
「フッ……おまえこそ、わかってて訊いているだろう」
「はっきりはしてないけどね……まあでも、ぶっちゃけ今も自分の目を疑ってる。なにせ元凶とも言うべき“闇の書の闇を取り込んだ”のに五体満足で生きていられる人間が目の前にいるんだもの。今までまともな対応策が無かった管理局から見れば、あり得ない出来事だしね」
「それはそうだろうな、管理局は頭が固い連中が多過ぎる。暗黒ローンの借金を返そうとしなかった辺りからもその有様がうかがえる」
「あ~あの取り立て強制労働ね……もううんざりよ、あんな地獄みたいな環境で働くの。またいきなり放り込まれるくらいならちゃんと借金を返済した方がはるかにマシよ……。でも、頭が固い連中が多いってのは本当だから余計タチが悪いわ」
顔に縦線が入って俯くリーゼロッテ。管理局の環境や常識は知らないが、果たしてその自己中心的な体制で長期運用できるかと言われれば、正直難しいと言えるだろう。ま、必要以上に関わるつもりが無い俺にはどうでもいいが。
「そ、それよりあんた、“闇の書の闇”を宿して本当に何とも無いワケ? あれは猛毒すら生温い劇薬のようなもの、いくら魔力を消し去る力を宿している君でも影響が必ずあるはずよ」
「………………なら当ててみろ、おまえなら答え合わせをしても良い」
「果たしてそれは喜べるものなのかねぇ……ま、当ててみるけど。……え~っと? 度重なる改悪の結果、闇の書は主を食い殺す仕様になっていた。今回はヤガミの足を麻痺させる形で表れていて、蒐集を行わなければそれが心臓にまで達する仕組みだった。その仕組み自体を取り込んだという事は………はっ!? と……という事は、まさかあんた……心臓が……!」
「……優秀過ぎるのも考えものだな。……リーゼロッテ、恐らくおまえが想像した内容は正しい。俺はもう年を越せない………この世界の行事であるクリスマス、せいぜいその辺りまでが寿命だろう」
世紀末世界で俺の身体は暗黒物質に侵されて、この世界に来てから薄らと自分の死期を察していた。それが今回の件で明確になっただけだ。
「な、何故!? 君は元々ヤガミどころか、この世界とも、そして今現在も裁判中のあのテスタロッサとも関係が無かった人間だ! それなのに……なのにどうしてそこまで他人のために自分の命を犠牲に出来る!? 君にも為したい事があったはずなのに、どうして!?」
「為したい事、か……実の所、俺自身もそれはよくわかっていない」
「なっ!?」
元々……俺は世紀末世界でジャンゴにパイルドライバーを使わせる時、既に死を覚悟していた。それが何の因果か全く異なる世界に放り込まれて、先日の戦いの果てに“彼女”を犠牲にして、こうして今も生き続けている。ラタトスクの行方が知れないのが気になるが、正直な所、色々限界だった。
「……もう未来が無い俺よりも、明日を繋げられるあいつらに生きててほしい。そのためなら残り少ないこの命、投げ捨てても構わない」
別に自棄では無い、そう決めたのだ……と告げると、リーゼロッテは握った手を震わせながら俯く。複雑な思いを吐露するように、彼女は小さい声で呟いた。
「…………何が“暗黒の戦士”だ……復讐に憑りつかれてた私達なんかより、ずっと真っ直ぐで強い生き方を貫いてるじゃないか……!」
真っ直ぐで強いか、別にそんな事を俺は考えていない。ただ、心のまま生きているだけだ。それが結果的にそう見えているだけだろう。……そうか、いつの間にか俺も、自分の弱さを受け入れていたのか……ジャンゴと同じように。
「今更敵討ちなんかしたって、何の慰めにもならない。それは最初からわかってたさ。それにお父様が大切な部下のクライドを失ったように、騎士達は大切な主の家族を一人失う。闇の書もその機能を失って、復讐は既に為し遂げられているんだ……ならもう、これ以上の犠牲を生む意味なんてない……」
「ああ…………おまえ達の任務はたった今終わりを告げた、これ以上心を闇に染める必要は無い」
「そっか……まあ、さすがに騎士達や管制人格への恨みは残ってる。だけどこんな覚悟を見せられたら、何も言えなくなるよ……」
「………」
「……一度、アリアとお父様の所に帰るわ。それで皆で今後の話をする。また来るね」
そう言ってリーゼロッテは転移魔法を使って姿を消した。しかし去り際に見えた彼女の表情は、複雑な気持ちを抱きつつも、前向きで力強い光を放っていた。後悔の内容を理解していた彼女は、もう負い目を感じるような真似はしないだろう。
さて、小さな復讐者達は闇に堕ちる事無く、光の世界に戻れた。今日やるべき事はもう終わった、さっさと明日に備えて寝よう。
後書き
原作ブレイク 時系列的にA'S編開始と同時に終了
そしてリーゼ姉妹はこの作品では味方。
星屑編 導入
前書き
過去独自解釈……要するにオリジナル回
闇の書覚醒……はやての誕生日も最初はともかく最後は綺麗に終わってから、もう一ヶ月以上経った7月中旬。騎士達も戦いの無い穏やかな生活に最初は戸惑っていたものの、しばらく過ごしていく内に徐々に慣れていった。
ヴィータは老人たちとゲートボールをやり、シグナムは近くの剣道場や高町家の道場で剣の腕を磨いたり、ザフィーラは恭也に勧められた盆栽という趣味にはまり、シャマルは…………隙を見つけて台所に入っては、暗黒料理の腕前が上がっていた。高町美由希の緑色腹痛料理の件もあるし、あれには一度ちゃんとした料理の作り方を教える必要がある。毎度毎度死線をさまよっているこちらの身になってもらいたい。
リインフォース・ネロは趣味ややりたい事がまだ見つからないらしく、適当に出歩く俺やリハビリ中のはやての傍によくいる。突然足が回復して動くようになった事は当然、石田先生も疑問に思っていたものの、原因不明だった病が治ったのだから喜んでくれていた。
そして今まで足が治る希望が無く、本当は内心で途方に暮れていたはやても今なら頑張れば治せる状況になった事で張り切ってリハビリをしている。そんな訳で今まで八神家の台所ははやてが務めていたが、今は治療に専念しているため代わりに俺が務める流れになった。
そうそう、先日行われた期末試験が今日返された。それで教えた側の役目として八神家で皆の成績を見せてもらうと、なのはの英語のテストは……58点。前回の42点より16点も上がっていた。
「なんとか前回より10点上回ったな」
「うん、英語でここまでの点数とったの初めてだよ! 先生も褒めてくれたもん!」
「そうか。なら次は満点を目指してみるか?」
「アリサちゃんレベルは流石に無理!」
断言する程か……。ちなみにアリサは今回英語のテストでは満点を叩き出している。すずかも98点と満点一歩手前で、どうやらなのはに教えていた隣で彼女達もさり気なく上達していたようだ。
それはそれとして期末試験が終わった事で学校が長期休暇、夏休みに入ったらしい。それで大量の宿題、通称“夏休みの友”が渡されて彼女達が嫌そうな顔をしている光景を見て、はやてが「宿題をやらんで良いのは学校に行ってない事の数少ないメリットかもしれへんなぁ~」などとぼやいていた。
「でもああやって夏休みの友で四苦八苦するのも、後になればきっと良い思い出になるんやろうね」
「はやては大量の宿題を出されて苦労したいのか?」
「ちゃうちゃう! そんなんやなくてね。大袈裟な言い方やけど、友達とあんな風に一緒に努力して困難を乗り切るっちゅうのが羨ましいんや」
そういえば時の庭園でヴァナルガンドとの戦闘の時、彼女はアースラで帰りを祈る事しか出来なかった。目の前ですずかをさらわれても何も出来なかった自分に、相当な無力感を募らせたのだろう。だからはやては、今度こそ誰かの力になれるよう必死にリハビリに励んでいる。ある意味生き急いでいる、と言うのが適切か?
なら逆に俺は死に急いでいる……いや“急いだ”か。……皮肉だな。
「ま~たサバタ兄ちゃん、遠くを見とるなぁ」
「そうか? なら気を付けよう」
「いや、そこは別に良いんやけど……。……そういやサバタ兄ちゃん」
「なんだ?」
「サバタ兄ちゃんって、友達とか……仲の良い人おるん?」
「………恭也とかか?」
「確かにあの人とは仲良さそうやけど、アレはむしろ喧嘩友達とか悪友みたいな感じやね」
はやての言う通り、恭也とは何かと話す時が多い。しかし俺が銃の代わりに大剣を主力武器にした事で、なぜか会うたびに剣の手合わせを要求されるようになった。こちらにも都合や事情があるため、負担が残らない軽い勝負しかしてきていないが、武器の違いはあれど、お互いに実力は拮抗している。ゼロシフトを使えば神速を使う恭也とほぼ同じ速度で動けるとはいえ、もし本気で勝負する事になったら正直勝てるかどうかわからない。というかヴァンパイアから人間に戻れたり、暗黒物質を宿しても月の力を経由して順応できたりと、高町家は家族全員色々とおかしい。
あの時の家族の再会の光景を見て、ふと思った事がある。士郎のように親父も……もし人間に戻れていたら、俺達兄弟はどうなっていたんだろうな……と。今更あり得なかった事態を考えるなんて、少しセンチメンタルになっているのかもしれん。両親の事は地雷だらけだ、もう考えないようにしよう。
「そういや初めてお出かけした時に“ひまわり”って人の事をちょびっと話してくれたけど、その人は一体どんな人なん?」
「ザジの事か……そうだな。仕組みは違えど魔法を使う者、魔導師として、俺の世界における魔女の境遇に関するこの話は聞いておくべきかもしれない」
この前のジュエルシード事件の際、幽霊とはいえ魔法バレによってフェイトは危険な目に遭っていた。普通の人間が持っていない力を操る者は、時に疎まれ、時に狙われ、時に異端視される事を、力を振るう者として心に刻み付けておくべきだろう。
「みんな~! サバタ兄ちゃんの昔話が始まるで~!」
『は~い!』
いや……勧めて聞かせるような内容じゃないんだが……。騎士達もノリが良いな、おい。
「魔女って聞くと、中世ヨーロッパの魔女狩りの時代を彷彿とさせるわね」
「魔女狩り……時代がそういう風潮だったとはいえ、特別な血筋を持つ身から見ると最悪の出来事だよね……」
アリサもすずかも、興味があるのか体育座りで参加していた。最近、彼女達がいると何故か妙に安心できる気がする。
世界の違いに対して気楽に興味津々な者が多い中、俺は彼女と初めて出会った時の話を始める。長い話になるが、ちゃんと休憩は挟むさ。
「あれは俺が確か10歳の頃、まだクイーンの御許で人類の敵たる暗黒少年として匿われていた時の話だ……」
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of ザジ(幼少期)~~
(注:この頃はまだ先代ひまわり娘と出会っていないため、標準語である)
大地の都、アースガルズ。都市の中心に太陽樹さまが植えられているこの街の、ごく普通の家庭でうちは生まれた。太陽樹さまが張られる結界のおかげでこの街は吸血変異とかアンデッドとか、そういう外の世界の脅威から守られていた。だけど……ここは普通のヒトには恐怖の無い生活が約束される代わりに、異端の存在にはとことん冷酷な場所でもあった……。
「魔女の力か……気味が悪いぜ」
「何でも見通せる能力だなんて、近くにいたら何をバラされるかわかったもんじゃないわ」
「何であんな化け物がのほほんと生きてるのよ!」
「この街からさっさと消えて欲しいものだ!」
「出て行け! 魔女は出て行け!!」
自宅の外から響く何の謂れも無い罵詈雑言から耳を塞ぎ、うちは自分の部屋のベッドの中にこもった。何にも悪い事はしていないのに、どうしてこんなに嫌われなければならないのかわからなくて涙があふれ出す。でも……仕事で疲れてる両親にこんな顔は見せられないから、まだ帰ってない今の内に精神を落ち着かせようと努力する。
うちの異能、“星読み”。それは星々の動きから神羅万象、過去現在未来を読み解く技。最初は無くし物を探したりできるから役に立つ力だと思っていた。事実、探し物をしていた人に探し物の場所を教えたら感謝された。誰かの役に立てる力ならもっと色んな人に使っても大丈夫だと、もっと褒めて欲しいと思った。
だから異能の存在を甘く見ていた当時のうちは調子に乗って、様々な探し物や無くし物の居場所を見つけてはその人に教えていった。だけど……どうして教えてないのにわかるのか、秘密を知らない内に誰かに教えていないか等、普通の人には無い力を持っている事に恐怖を抱かれてしまった。
そこからは急降下する一方だった。以前は注がれていた感謝や尊敬などの眼差しが一変し、恐怖と畏敬に染まってしまった。うちの能力の事は両親の耳にも入っているけど、二人が今のうちをどう思っているのか……もし、街の人と同じように怖がられてしまったらと、そう反応されるかもしれないのが怖くて訊き出せなかった。
いつしかうちは出来るだけ迷惑が掛からないように自分から距離を置き、食事中も最低限の会話しかしなくなった。今の所何も言われていないが、うちは……生きてるだけで両親の荷物になってる。傍にいるとそういう感情を抱いてしまうから……。
ある日、うちは心が疲れた時に行く、街の外れにある小さな丘に向かっていた。そこには腰かけるのに丁度良い大きさの岩があり、寄りかかって夜に空に浮かぶ星を見上げると、心が落ち着くのだ。そこは太陽樹さまの結界の中ではあるが、自然豊かな町中と比べて外の荒涼とした光景が見えるので街の人も気味悪がって寄り付かない。そのおかげで一人になりたい時にうちはここに訪れている。
初めて避難しに来た時は、誰にも見られないことで心のまま感情を発露して大泣きした。魔女の力は忌み嫌われるものと理解して、両親にうちが魔女なだけで迷惑をかけているのだから、これ以上感情を吐露して負担をかけられない。だから甘えちゃダメ、自分で乗り切らないといけないと思っていた。
でも……世界の魔女に対する風当たりは厳し過ぎて、まだ10代の少女の精神では耐え切れるはずがなかった。
道行く人から罵倒されるごとに心が摩耗し、世界が灰色に染まる毎日。こんな辛い出来事しか無いのなら、生きてても疲れるだけだ……。そうやって人生に絶望しかけていた、その頃だった。
「おまえが“星読み”か?」
うちの見つけた秘密の場所に、彼がふらりと現れたのは……。
「……あんた、誰?」
生意気そうに目つきが鋭くて赤く、前に垂れる紫の髪。サイズが大き過ぎる藍色のマフラーを巻いて、一人前に黒くてごつい銃が入ったホルダーが腰にぶら下がった、身長から見て私と同年代らしい黒衣の少年が佇んでいた。
って、今の返事ダメじゃん。
街では見た事無いから恐らく外から来た彼にうっかり荒んだ態度で名前を尋ねてしまい、魔女の癖に自分から第一印象最悪にしてどうするんだ、と内心で後悔した。
「……サバタだ」
しかし彼はこちらのそんな気持ちなど無視し、無愛想に簡潔に答えてくれた。魔女と知りながらも対等に話してくれる人間、この人はそんな数少ない良い人だ。うっかり出だしは失敗したけど、何とかなるかな。
「それで、おまえが“星読み”なのか?」
「……うん、うちは“星読みのザジ”。…………魔女だよ」
「そうか。ならおまえの力を見込んで探してほしいものがある」
「異能目当てか……悪いけど、他を当たってくれる? もうこれ以上魔女の力を使って嫌われたくないから……」
「…………」
「せっかく尋ねて来てくれたのにごめん。でもわかって……」
「フッ……別に無理強いさせるつもりは無い。元々自分で探すつもりだったからな」
「ごめんなさい……あ、でもアースガルズの事ならたくさん話せるよ。ここに来たばかりなら聞いておいた方が良いと思うよ」
「そうか……なら聞かせてくれないか?」
そこからうちはこの街の歴史や良い所、どこに何があるか等を昔の思い出も含めて話していった。魔女の力が発覚する前の思い出がほとんどだけど、それらの記憶で一緒だった人達も今では魔女のうちを嫌っている。でも……昔は皆と色んな事をして失敗したり、怒られたりして笑いあった記憶がある。当時の感情を思い出し、渇き切った心に水分が少し戻ってきて久しぶりにうちは笑顔になれた。
「そういや“女の子がピンチになればヒーローが必ず駆け付けてくれる”って事を当時あの子はまだ本気で信じてたんだよ? まあ、同じ女子としてそのシチュエーションに憧れはあるけど、ピンチになる前に何とかするのが当たり前だよね?」
「そりゃそうだろう。他人の力に頼ってばかりだと、いざって時に自分で何も出来なくなるからな」
「だよね!? そこんところを夢見がちなあの子はちゃんとわかってるのかな~と思ったんだ。でも同じ女の子として、そういう乙女らしい夢を持ち続けていたい気持ちはわかるんだよね~」
ぶっきらぼうなくせにサバタも意外に聞き上手で、普段はあんまりおしゃべりする方じゃないのに、いつの間にかうちから一方的に話し続けていた。そうしてうちは久々の同年代の少年とのおしゃべりを日が暮れるまで堪能していた。
「いつの間にか日が沈んでいたな……」
「あ、ホントだ」
「色々話してくれて感謝する。ひとまず俺はもう行く、世話になったな」
そう言ってどこかに立ち去るサバタの背に、うちは無意識に手を伸ばしていた。すぐに気づいて手を引っ込めるが、どうしてそんな行動を取ったのかわからず、首を振って気にしないようにした。大方もうちょっと話していたかったとか、そんな所だろうと見切りをつけて。
「………“星読み”か」
今は夜で、空では星が輝き出している。そもそも……魔女の力を使う条件は最初からそろっている。
「い、いやいや……もう使わないって決めたじゃん、うち。たった一回のおしゃべりで、心絆されてなんか……」
でも……彼とまた話したかった。せっかく会えた魔女を嫌わない存在を、久しぶりに他人との触れ合いで感じた温かさを、もっと感じたかった。もっと一緒にいたかった。そのきっかけが欲しくて、うちは嫌って自分で封印した“星読み”を一回だけ……ほんのちょっと使うだけ……と発動させた、させてしまった。
「……読めたっ!」
サバタの探してる物は…………街の近くにある『神秘の森』、その最深部にある。迷うような地形じゃないけど太陽樹さまの結界の外だから街の人間なら誰も行こうと思わない場所。
そんな所に探し物があるなんて……外から来た彼はきっと吸血変異やアンデッドに対して何か対策があるに違いない。ただ、彼が何を探しているのかまでは読まなかった。
確かに“星読み”をもっと使えばある程度はわかるんだけど、そこまでやったら前回のようにまた嫌われるんじゃないかと思って力をセーブさせたのだ。必要以上に使って、取り返しのつかない事態になるのは避けたいから。
「また会ったら、どうやってこの事を言おうかな~?」
な~んて、彼とまた会うことを自分でも驚くほど楽しみにしながら、良い気持ちでうちは帰路に着く。街中じゃあ魔女と一緒にいるという事で向こうにも迷惑がかかるだろうから、今日出会ったあの場所にいればまた会えるかもしれない。そうやって自分の部屋のベッドの中で明日の予定を考えてはゴロゴロしていた。
だけど……両親が少し遅く帰ってきた頃に、それは起きた。
「あれ……? おとーさん、おかーさんも、そんな顔でどうしたの?」
いつもと比べて目の据わった怖い表情でうちを見つめる両親。いくら疲れててもここまで冷たい顔はしなかった二人に一体何があったのかわからなくて、うちは困惑した。
妙な胸騒ぎがしている中、ゆっくりと父の口が開く。
「ザジ………死んでくれないか?」
「―――――え」
一瞬、全身に冷たい水をかけられたように、身体が動かなくなる。耳が遠くなったのかと、何かの間違いだと思った。街の人にうちが魔女だと罵倒され続ける中、両親だけは味方でいてくれた。家族が心の支えになっていたから今日まで何とか耐えられたのだ、なのに……。
「母さんもね、魔女を生んだ汚らわしい女って言われて、何度も嫌な目に遭ってるのよ。もううんざりなのよ、あなたのせいで酷い事されるのは!」
「おまえのせいで俺は仕事をクビになった。おまえがいたせいで俺達の人生お終いなんだよ! どうしてくれる!!」
「もう消えてよ。お願いだからさっさと死んで!」
これは……何だ? 現実? 嘘だ……嘘だ……! だって、だっておとーさんとおかーさんが、あんな憎悪のこもった目でうちにこんな事を言うはずが……!
夢だ……これは夢なんだ……! 早く……早く覚めないと……こんな悪夢! うちが好きな両親はこんな顔もこんな酷い事も言ったりしない!
お、おかーさんが……ほ、包丁を持ってきた。おとーさんもナイフを取り出して……!
「おまえなんか娘じゃない! この魔女がッ!!」
「ひっ!?」
刃物から条件反射で避けて、うちの身体が床に転げまわる。だけど右ひじに鋭い痛みが走り、まさかと思って恐る恐る見てみると……避けきれなかったナイフが掠めた裂傷で血が流れていた。ポタポタと流れるそれは床を赤く汚し、うちにこれが現実だと訴えていた。そのせいで、理性では理解したくないのに本能が理解してしまった。
両親はうちを本気で殺そうとしている、と。
「避けやがったか、魔女の癖に……!」
「大人しく殺されておけば良いのに……!」
保護者から襲撃者へと変貌した両親から、本能的にうちは必死に逃げた。二人を見ない様に走って玄関の扉を開け、夜闇に包まれる街の中をとにかく駆けた。着の身着のままで逃げるうちをわざわざ追おうとは思わなかったようで、後ろに両親の姿は無かった。
でも……絶対的な味方だと思っていた両親からのまさかの裏切りで、うちの心は悲鳴を上げていた。涙が溢れて止まらなかった。拭っても拭っても、留まるところを知らなかった。足元がふらついて何度も転びながら、身体も心も深く傷つきながら、それでも走り続けた。
「うう……! ぐすっ……うあぁぁ……!! あああぁぁああああ……!!! うあぁぁぁわぁぁぁあああっ……!!!」
親に命を狙われて追い出されたうちは出来るだけあの家から離れようとして、いつの間にか街の外に出てしまっていた。太陽樹さまの結界の外、吸血変異とアンデッドが闊歩する世紀末世界に、何の装備も持たずに飛び出してしまった。
い、いけない……戻らないと……! いや……ダメだ、もうあの街に戻る事は出来ない。殺意に取り込まれたあの両親に見つかったら、次は逃げ切れるかもわからない。じゃあうちはどこに行けば……?
「……はは、そうだよ。魔女なんだから、世界中のどこに逃げたって居場所は無いんだ……」
そう気付いた瞬間、心が絶望一色に染まっていった。魔女には夢も希望も無い、持つ事すら許されないんだ……。
だけど状況はうちを更なる絶望に追い立ててくる。
ガシッ!
「むぐっ!?」
突然口元に布が当てられて、急に足に力が入らなくなって倒れてしまう。暗くなっていく意識の中で、大人数人の物と思われる大きな足音がいくつも聞こえてきた。
「こんなヘンピな所で女の子を手に入れられるとは嬉しい誤算だぜ!」
「クロロホルムも安くないんだ、商品にするんならもちっと丁寧にしようや」
「うっせぇ! 下手な追い込みよりさっさと捕まえとく方がマシだろうが! それにこいつの腕の傷は元からだっ!」
「いいからさっさと縛って荷台に放り込んでおけ。グダグダして他の連中に見つかりたくないだろう?」
「そうだな。一般人だけじゃなくヴァンパイアにも見つかれば終わりなんだし、人狩りも楽な仕事じゃねぇしな」
人狩り……それはこの世紀末世界において、吸血変異から辛うじて逃れた富裕層がアンデッドに対して、人間を文字通りの“盾”として使い始めた事から始まる。人狩りはヴァンパイアの襲撃によって家族を失った者や孤児をさらい、売る事で莫大な報酬を得ている。富裕層は人狩りから、アンデッドに対する使い捨ての“盾”を手にする事で、生き延びる確率を上げる。中には慰み物にしたりする者もいるが、基本的に立場の弱い人間や弱者は強者の生け贄になるのが、荒んだ人間社会の現状である。
そして……そんな人狩りの一集団に捕まったのだと理解するのと同時に、為すすべなくうちは気を失ってしまった……。
カラカラカラカラ……。
人狩りの引っ張る荷台の車輪の音が、舗装されていない地面を進む振動で響く。横たわっていて揺らされた事で意識を取り戻したうちは、パーカーにスカートという服装は変わっていないが、代わりに牢獄のような荷台と繋がる鎖の着いた手錠と足枷が嵌められて逃げ出す事が出来ない自分の状態を把握し、深く嘆息する。
「両親に捨てられて、挙句の果てに最底辺まで落ちぶれた、ってこと……。はっ、魔女にはお似合いの末路だね……」
いっそここで舌を噛み切って自殺でもしようかと考えたけど、いざしようと思っても両親に与えられた死の恐怖のせいで踏ん切りが付けられず、結局未遂に終わった。魔女の力があってもうちは何も出来ない弱い人間、周りを包む暗闇がそう告げている気がした。
薄暗い荷台の中にはうちと同じく、人狩りに捕まって運命が決められた人間が複数いて、彼らもまた、人生に絶望している表情だった。まあ別にヴァンパイアが襲って来さえしなければ、所有者の下である程度まともな生活が出来るのだから、そこは運次第だろう。
だけどうちには異能、魔女の力がある……。この世紀末世界において、食べ物はそこまで豊富じゃない。魔女に食わすぐらいならさっさと殺してしまえ、という風潮が強く、場合によっては支持者を増やすために見せしめとして処刑される可能性だって十分ある。
要するにお先真っ暗。もう人生ヤケクソに思えて、このままどこまで落ちていくのか逆に楽しみになってきたよ。ま、強いて後悔があるとすれば……。
「……サバタに“星読み”の結果、伝え損ねちゃった……」
もううちに自由は無い、だから彼に伝える手段は無い。最初頼まれた時に素直にやっておけば良かったと、今更ながらに思う。でも……彼との時間はここ数年の間で最も有意義で楽しく、充足していた。また……会いたかった……話したかったなぁ……。でもそれはもう叶わない願い。後に待つのは……『死』だけ。
「……やっぱり、諦められない……もう一度……会いたいよ…………サバタ………………助けて……!」
そうやって未練が残るうちは、人狩りに捕まった魔女の分際で、叶うはずの無い事をつい天に願った……。
カラカラカラカラ……ガタンッ!
「な、なん――――んごっ!?」
「操舵手がやられた!? 一体どこから――――へぶっ!」
「チクショウ、ヴァンパイアの襲撃か!?」
「いや……アンデッドがいない! ならこれは人間の―――どふぅっ!!」
メキッバキッドカッグシャガリッボギンッ!!
外から肉を叩くような打撃音と、何かを砕くような音が断続的に響く。かなり激しい足音が多く聞こえる中、一つだけ他より軽い足音があった。その足音がする度に先程の打撃音が聞こえ、人の身体が地面に崩れ落ちる音がして他の足音の数が減る。謎の襲撃者と人狩りとの実力差は圧倒的で、そんなに時間が経っていない内に軽い足音以外の足音が全て聞こえなくなった。
「な、なんなの……?」
周りの人間も外の様子が気になるようで、少しざわついていた。軽い足音が近くの何処かに歩いては何かをこじ開ける金属音を響かせ、また歩いてはこじ開ける音がした。どうやら人狩りの荷台を開けているらしいけど、荷台全てを開けているという事は私達を全員逃がすつもりなのか、それとも誰かを探しているのか……。
そして足音は私の乗ってる荷台に近づき、後ろの扉の鍵を開ける音。ギィ~……っと開けられたその扉に立っていたのは……暗闇でもわかる赤い眼に藍色のマフラーを巻いた少年。
「フッ……憧れのシチュエーション、叶えてやったぞ」
「……サバタ!!」
再会を願った彼が助けてくれた。夢みたいだ……たった一度しか会っていなくて、しかも唯一魔女を否定しなかった彼が、まるでヒーローのように現れたのだから。
“女の子がピンチになればヒーローが必ず駆け付けてくれる”
それはずっとご都合主義だと言って信じなかったけど、まさか自分がそれを体験できるとは夢にも思わなかった……。
人狩りから奪ったカギでうちの枷を外し、サバタはカギの束をうちの他に捕まってた人達の足元に放り投げた。世紀末世界だとここから自力で生きていくのは大変なので、このまま裕福層に売られて束の間の安息を得るか、それとも厳しい環境でも諦めずに自分の力で生き延びるのか、自分自身で選ばせるのだそうだ。
「闇雲に解放するだけが救いではない、ってこと?」
「さあ?」
「さあって……」
「そもそも俺は突然街の外に出て行ったおまえを探しに来たんだ。そんな矢先に人狩りなんぞに捕まったあいつら全員の面倒まで見切れるか」
まあ確かに、少年一人が抱え込むにはあの人数は多過ぎる。と言うより自分だけでも生き残るのに大変なのに、余計な負担を抱えようとはしないだろう。
「じゃあさ……なんで私を助けてくれたの?」
「さっきも言っただろう、街の外に出て行ったおまえを探しに」
「それだけなら人狩りと一戦構える必要なんて無かったじゃん。失敗すれば自分も捕まる危険を冒してまで……どうして……どうして魔女のうちを助けたの?」
「…………」
「教えて……お願い!」
「………………………………泣いてたからだ」
「え? 泣いて……?」
「アースガルズを出た時のおまえは、まるでこの世の終わりが訪れたような酷い有様だった。それで気になって付いて行ったらこのザマだよ、バカが」
「と、年頃の乙女に面と向かってバカって言うなや!?」
「バカにバカと言って何がおかしい? 何の装備も戦う力も持たずに感情のまま飛び出すおまえをバカ以外にどう表せと?」
「ムキーッ! バカバカって何度も連呼すんなぁー!」
ポカポカパンチを弱くぶつけてくるうちを見て、サバタはため息を吐く。なんか面倒なヤツと関わってしまった、と暗に思われてる気がした。
「……で、助かったのは良いとして、おまえはこれからどうする?」
「あ…………」
今後の事を指摘されて、うちの顔に影が落ちる。そもそもうちがあの街を出たのは両親に殺されそうになったからで、元々魔女という事であそこの住人全員に忌み嫌われていた。今更あそこに……家に帰る事はもう出来ない……。
「……かえ、れないよ……うち……おとーさんにも、おかーさんにも……殺されかけて……みんな……出て行けって……だからもう……ダメなんだよ……!」
「なるほど……あの涙はそういう事か。やれやれ、魔女の境遇はどこも似たり寄ったりか……」
思い出すだけで胸が張り裂けそうに痛み、涙があふれ出てしまう。サバタに説明する間、時々嗚咽が入って言葉にならなかったけど、それでも彼は最後まで聞いて、理解してくれた。
彼は「これまでよく一人で頑張った」と抱き締めてくれて、泣き続けるうちの頭を撫でてくれた。魔女の力を使ってから両親に抱きしめられた事が無いうちは、その人の温もりを感じた途端、涙腺が崩壊してしまった。
「なんで……魔女ってだけでなんで……! うち……なんにも悪いことしてないのに、どうして……ぅぅ、わぁあああああんっ!!」
同年代の男の子の前だと言うのに情けないけど、もうどうにも止まらなかった。この時だけで、うちは一生分泣きじゃくったと思う。それだけ盛大に泣いたうちを、サバタは受け止めてくれた。
そして……もう涙の雫一滴も出ない程の時間泣いてくしゃくしゃになった顔を、冷静になったうちはつい「恥ずかしいから見ないで……」と服の袖で隠してしまう。……恥ずかしいだけじゃない頬の熱さもあるが、とにかく今の顔を見られたくなかった。
「……! おい、右手を出せ」
「無理! 今酷い顔してるから見せたくない!」
「おまえの泣き顔ならとっくに見ている、良いからさっさと右手を出せ」
「お、女の子に手を出せって、何するつもりなの?」
「応急処置だ」
「はい? 応急……ああ……」
彼の意図を把握したうちは、仕方ないけど大人しく右手を差し出した。うちの手を掴んで服の袖をまくった彼は、右腕に刻まれた傷跡を見て呟く。
「おまえの腕の傷……ちょっと深いな。これは治っても痕が残りそうだ」
「そう……なんだ……」
両親に付けられた傷が消えないのは、一種の執念とも呪いとも思った。うちは両親に恨まれていると、捨てられたという目に見える証として、身体に刻み付けられたのだと。だからこれはうちに与えられた罰、一生背負っていかなければならない現実であると、傷を見る度に思い出させるだろう。
そんな感傷的になるうちをよそに、サバタは薬で消毒して包帯を巻いていった。乙女の肌が黴菌や水膨れなどで荒れない様に、丁寧に治療してくれる彼の姿を見てると、どことなく心臓の音が大きく聞こえるようになる。それに比例して身体もなぜかあったかくなるんだけど、一体これは何だろう……?
「よし、終わったぞ」
「そ、そう! ありがとう!」
「……やけに顔が赤いな、熱でもあるのか?」
「ち、違うっ! そんなんじゃないんだから!」
「そうか。あと、袖の切られた部分を直すのは血を洗い流してからの方が良い。今直したら落としにくくなる」
「わかった……って、え? サバタって裁縫もできるの!?」
「できるが?」
女子力高ぇ……男だけど。
一人旅をしてるって事は自炊も出来るだろうサバタを見て、料理も裁縫も、治療も満足に出来ない自分が乙女として恥ずかしく思えてきた。旅する者の嗜みなのかもしれないけど、戦いも含めて何でもできる彼の姿にうちは憧れを抱いた。
何かお礼が出来たらいいんだけど、一体何が……あ、一つあった。彼に会いたかった理由の一つとして、これを伝えたかったんだ、うちは。
「あのね……あの後、“星読み”でサバタの探してる物を見てみたんだ。…………アースガルズの近くにある『神秘の森』、その最深部に目的の物があるよ」
「神秘の森……ここから南か」
「えっと……今から行くつもり?」
「まさか。深くなくても夜の森は危険だ、俺はこの辺りの土地勘が無いのだから当然、日が出てから行くに決まっているだろう」
なんか暗に「俺はせっかちな人間じゃない」と怒ってるような言い方だった。そりゃ当たり前の事をしないような人間に見られたら誰だってムッとする。これはうちが迂闊だったかな……。
くぅ~~……。
「な……なな……!!?」
うちのお腹が空腹を訴える音を盛大に出して、あまりの恥ずかしさで赤面してしまう。た、確かに夕飯食べてないからそうなるのも自然の摂理だけど! 何も助けに来てくれた男の子の前で鳴らなくても……! ぅぅ~……。
「干し肉ならあるが……食べるか?」
「…………いただきます」
サバタは旅の携帯食として持って来ていた干し肉を一切れ、うちにくれる。乾燥してて固いけど、噛み千切って咀嚼する毎に滲み出る肉の荒々しい味。口の中に広がるそれは、生きてるんだって心に実感できて、普段より美味しく感じられた。量は少ないから一回一回をしっかり味わって、飲み込んでいく。
「……“星読み”、おまえは行くアテが無いんだろう? ならしばらくの間、俺と旅を共にするか?」
「……え? う、うち……魔女なのに……ついていってもいいの?」
「魔女でもいい、少なくとも俺は魔女かどうかは気にせん。で、どうなんだ? 来るのか?来ないのか?」
「い、行きたい。うち、サバタと一緒に行きたい!」
「そうか」
うちの決意を淡々とした様子で受け止めるサバタ。まあ、彼の頭の中ではうちの力を使えば探し物を早く見つけられるといった打算もあるのだろうけど、うち自身はそれでも構わなかった。彼の役に立てるのなら、ずっと嫌ってた“星読み”の力も使いこなしてみせる。何も出来ないうちじゃ、それしか彼に報いる方法が無いから。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ(一時休憩)~~
「これが“ひまわり”……アイツとの腐れ縁が始まった瞬間だ」
ザジと初めて出会った頃の話を終えると、はやてもなのはもアリサもすずかも、ヴィータもシグナムもシャマルもネロも凄まじく号泣していた。ザフィーラは渋く唸るだけだったが、目の端に水滴が浮かんでいた。
「おいおい、まだ序章だぞ。こんな調子で最後まで持つのか、おまえ達?」
「初っ端からこんな哀しい話されて泣かんヤツがおるかぁーーー!!! うわーん! ヴィータァァァ!!」
「うわぁぁぁん! はやてぇぇぇーーー!! 色々辛すぎるよコンチクショー!!」
「ぐすっ、ヒック……! 酷いよ……親に殺されそうになるなんて……! そんなの悲しすぎるよぉーー!!」
「さ、サバタ……あんたどんだけイイ奴なのよ……! そういえば私達が誘拐された時とザジさんが人狩りに捕まった時って、結構シチュエーション似てるわね!」
「ザジさん……魔女の力を生まれ持っていたせいでこんな目に……! でも……月村の血をコンプレックスに思ってた私と彼女の境遇にはすっごくシンパシーを感じます!」
「サバタ! おまえは立派な騎士だ! ベルカの騎士としてこの私が認めるッ!!」
「世紀末世界でも変わらない悲しい人間の性質、今の話でよく伝わってきました……。そしてサバタさんの愛情がどれほど深いものなのか、それもわかって……ぐすんっ……きました!」
「うむ……兄上殿は漢の中の漢だ。誰が何と言おうと、俺はそう宣言しよう」
「昔から兄様は……我々が尊敬する兄様だったのですね……! あなたのような方に出会えて、私も主も幸せです……!」
ここには心優しい連中が多いせいか、妙に絶賛されてしまっている。何度も言うが、当時の俺はクイーンの下で、暗黒仔としての修業に励んでいたんだぞ? つまり人類の敵として活動していたわけだが……しかし最終的に見たら少し違うかもしれない。
「さて、これからは当時の俺が集めていたもの、その話を始めよう……」
後書き
ロリザジ
ショタサバタ
どうですか?
神秘
前書き
当時は生き残っていたディスカバリーポイント回
~~Side of サバタ(幼少期)~~
俺達が初めて会話したあの丘で夜を過ごし、そして朝日が昇る。太陽の光は暗黒少年たる俺の性質上、あまり浴びたくないものなので出来れば早く日陰や屋内に入りたい。しかし……朝起きたら起きたで、少々面倒な事態が発生した。
「おい起きろ、出発するぞ」
「むにゃ、もうちょい寝かせて……」
「……はぁ、いい加減にしてくれ……」
どうも低血圧なのか、“星読み”は寝ぼけて起きようとしなかった。別にそれだけなら一人で朝食を用意出来たり、食材を買い足しに行ったりするのだが、問題は彼女が俺の両腕ごとがっちりしがみついてホールドされているため、全然身動きが取れない事だ。
昨日の内に彼女の事情をそれとなく聞いたから彼女が人の温もりを求めた結果、無意識にくっ付いてきたのは何となく想像できる。しかしここまで力強くしなくても良いだろうに……まったくこのバカが来てから色々と面倒になったものだ。
「にゃっ!?」
「やっと起きたか……さっさと腕を放せ」
「んにゃぁーーーー!!!?」
自称年頃の乙女は朝っぱらから騒々しく、早まったかと俺は早々に後悔し始めていた。
「にゃにゃにゃ、にゃんでサバタにうち、抱きつ……!?」
「面倒だから簡単に言うと、寝たおまえが無意識にくっ付いていただけだ。おかげで朝食の用意も食材の買い足しも出来ていない」
「あ……う……!?」
熱湯でも沸かしたかのように一瞬真っ赤になっていた“星読み”だが、ゆっくり辺りを見回し、昨日の出来事を思い出して冷静になった彼女は「やっぱり夢じゃなかったんだ……」と呟いていた。
「明日になれば全てが元通りになっているという淡い希望でも抱いていたか?」
「まあ……信じられない出来事ばかり続くと、ついどうしてもね」
「残念だが……現実はいつも残酷なものだ。ヒトはいつか一人で立ち上がらなければならない、おまえの場合はそれが他の奴らより早まっただけだ」
「魔女だから仕方ないっか」
“星読み”は苦労のこもったため息を出し、これから自分の人生がどうなるか懸念していた。魔女だろうがそうでなかろうが結局自分の生き方を決めるのは自分だけだから、この先彼女がどう生きるかは彼女が見つけるしかない。
俺が持参していた保存が効き持ち運びのしやすい缶詰を火であぶったものを朝食として済まし、ひとまず彼女をここに待たせて俺はアースガルズに食料の買い足しに向かった。昨日の今日で魔女と知れ回っている彼女をこの街に帰すのは危険だから、よそ者の俺が一人で向かった方が都合良いのだ。
実際買いに行くと、魔女以外にはこの街の人間は普通に接してきたため、どれだけ魔女がこの街で忌み嫌われているのかがよくわかった。イモータルのような反生命種ヴァンパイアでもない、同じ人間なのに魔女というだけで蔑まれる……異端を嫌う人間の歪な性質を実感できるな。
「太陽樹の恩恵を受ける街だからか、太陽の果実が多いな、やはり……」
だが“星読み”の事も考えると干し肉や回復薬ばかり用意する訳にもいかないし、果物もいくつか買っておくべきだろう。腹痛になるから俺は喰わんが。
「ん? あれは……」
食料も旅に問題ない量を買って丘に戻る途中、ふと俺は視界に映った古めかしい作りの店に置かれている、人の身長ほど大きく先端が緑色で、赤い宝珠が埋め込まれた杖が気になった。普通の人間にはわからないだろうが、あの杖から強力な魔法の力を感じたのだ。何の魔法がかかっているのか不明だが、エナジーの力を増幅、制御するための装備として優れた代物のようだ。
「……アイツの今後のために手に入れておくか」
自分でも気にかけ過ぎていると思うが……まあいい。アンティーク専門店らしいその店に入り、普通の人間には全く用途が無い事で売れ残っていたその杖を購入した。大きさ的に場所をとるからむしろ買ってくれてありがたい、とまで言われて予想より安く手に入れられた。
ようやく夜を明かした場所に帰って来ると……“星読み”は座るのに丁度良い岩に石灰石で何かを書いている所だった。
「何を書いているんだ?」
「ナイショ、乙女の秘密だよ」
「そうか。こんな所におまえは乙女の秘密を晒すのか」
「な、なんかそう言われると急に恥ずかしくなるよ!」
「冗談だ。疎まれていたとはいえ、ここはおまえが生まれ育った街だ。離れる前に何か残しておきたい言葉があるのだろう?」
「うん」
「ならそんな上じゃなくて、もっと下の日陰の所に書いておけ。風化が進まないから残りやすいぞ」
「う~ん……じゃあ下にはちょっとした文だけ書いとくわ」
そうして少し時間をかけて書き残したい言葉を刻み、彼女は立ち上がると土埃を払う。
「じゃ、行こっか。方角は南、目的地は神秘の森!」
笑顔を見せてそう言った彼女は意気揚々と歩きだし、同行者が増えた事で俺もすぐに目的地に向かうのだった。
『神秘の森』。このご時世に未だに緑が多く残っている森で、木はそこまで多くは無いものの、退廃した世界でも自然が力強く生き残っている印象を感じさせた。迂闊に足を踏み入れた所で迷う程大きく深い森では無いが、吸血変異によって狂暴化したモンスターが稀に入り込んでいる時があるらしい。モンスターなら暗黒銃でも素手でも問題なく倒せる。アンデッドがいた場合は少々厄介だが……状況によって決めよう。
「そういや聞いてなかったけど、サバタは何を集めてるの?」
「『火竜の牙』、『水竜の尾』、『風竜の翼』、『地竜の爪』という四つの触媒だ。この辺りはアース属性のエナジーが強いから、恐らく『地竜の爪』がここにあるのだと思う」
「触媒? 名前を聞くからに属性を付与しそうなアイテムだけど、そんなものがどうして必要なの?」
「ある目的のためだ」
「その目的って話してくれないの?」
「まあな」
「ふ~ん。ま、いいけど」
「俺自身からは話さないが、どうしても知りたければ魔女の力を使えば良いだろう」
「……そんな事はしないよ。力を使うのは本当に必要な時だけ、それ以外で多用したらもう誰にも信用されなくなっちゃう……」
「……すまない、俺の言い方が悪かった」
「いいよ、これが魔女の宿命なんだし」
何事も無かったように彼女は答えるが、これは俺の配慮が足りなかったミスだ。クイーンに教えられた事はほとんどが気に入らないものばかりだが、それでもごく一部は納得できるものがあった。例えば『女の涙を止めるのが男の務め』みたいな感じで……なんかクイーンの願望も入ってる気がするが、俺もこの言葉には共感したのだから偶には良いだろう。
光源氏計画? 知らないな、そんなこと。
「……そういえば“星読み”、おまえ―――」
「“星読み”じゃなくてザジって立派な名前があるからそっちで呼んで欲しいんだけど……」
「名前は呼ぶ気になるまでこのままだ」
「ちぇ~」
「……それで、おまえは現状だと戦う手段が無い。モンスターと遭遇していない今の内に、せめて自衛できる程度に武器を持つか、何か魔法を覚えた方が良い」
「あ~確かに外の世界を旅するんなら、サバタの言う通りにうちも少しは戦えた方が良いかもね」
「かも、じゃなくてそうなんだよ。とりあえず……これをやる」
アースガルズのアンティーク専門店で手に入れた例の杖を彼女に渡す。サイズ的に大き過ぎるが、案外軽い杖を手にした彼女は………なんか滅茶苦茶嬉しそうな顔をしていた。
「(は、初めて男の子からのプレゼントだぁ~! うわぁ、すっごく嬉しいなぁ~!)」
「これから戦い方を教えるというのに、ニヤけてる場合か……」
別に悪い気はしないんだが……時と場合を考えて欲しい。安全な場所からあまり出た事が無い人間には難しいかもしれんが。
「さて……魔女の力を持っているという事は、つまり自分のエナジーを最初から使える事を意味するから、まずは最も簡単な『スタン』という相手をマヒさせる魔法を身に付けておけば、最低限の自衛は出来るだろう」
「わかった」
「『スタン』ともう一つ、攻撃魔法『インパクト』を覚えれば並みのモンスターなら倒せるようになる。今からこの二つを覚えてもらう」
なので“星読み”に初心者がまず覚える魔法『スタン』と『インパクト』の手解きをする。本人の意思はともかく彼女には相当な魔法の才能があるようで、初心者向けとはいえコツを掴むまで半日はかかるものをたった数分で覚えてしまった。だが物覚えが良くても、問題はいざという時に使えるかどうかだ。
「よし、座学は一旦終了。次は実践だ」
「実践?」
首を傾げる彼女に俺がある方向を指差して促す。そこには最弱モンスターの代表とも言える存在、スライム――――では無くスパイダーがいた。スライムは別の世界の話だ、世紀末世界では通用しない。
「うわっ、クモぉ~!? き、気持ち悪い!」
「あれはスパイダー、ビースト(動物)タイプのモンスターだ」
「あれが……モンスター……」
「スパイダーはクモの巣をしかけ、相手を捕まえようとする。もし捕まった場合は出来るだけ素早くもがいてさっさと脱出するんだ。そしてクモの巣は太陽の光に照らされていれば視覚的に見えるし、捕まる前に攻撃すれば破壊できる」
「やっぱり攻撃したら、ぐおーって襲って来たりするのかな……」
「それは当たり前だが、スパイダー単体ではそこまでの脅威じゃない。積極的に攻撃してこないから練習相手には最適だな」
「そうなの?」
「ああ。それに『スタン』は相手をマヒ、行動不能にさせる魔法だからしっかり命中させれば動けなくなって襲われる心配は無い。とにかく実践で試してみろ、もし危なくなっても俺がフォローする」
「わ、わかった……やってみるよ」
貰ったばかりの杖を握りしめ、彼女は杖の先端を標的のスパイダーに向けて身構える。スパイダーはまだこちらに気付かないまま、クモの巣を張る作業をしていた。深呼吸をして意を決した“星読み”がスタンを発動、白いエナジー弾が発射される。エナジー弾はスパイダーの背に見事に命中、マヒ効果でスパイダーがその場にうずくまった。
「や、やった! 当たった!」
「上出来だ。あと『スタン』は弾道を操ったり付加効果を追加したりと色々応用が効く。これから機会があれば練習しておいた方が良い」
「はい!」
「次は『インパクト』を使って、マヒしているスパイダーを攻撃するんだ。モンスター相手に情けや容赦は無用、一撃で決めろ」
「わ、わかった……!」
返事をして彼女はスパイダーの背後から恐る恐る近づいていき、再び杖を向けて魔法を発動する。軽い爆発音のようなものを発生させ、マヒで動けないスパイダーは1メートル弱吹っ飛んで沈黙、動かなくなった。
『インパクト』はその名の通り衝撃を与える魔法。しかしその威力は熟練者が使うと2tトラックの全力衝突にも匹敵するようになる。無論、今のは極端な例だが『スタン』と同様に最初に覚えるべき魔法だからこそ、術者の技術や実力が上がれば上がる程、効果が顕著に表れるのだ。武術的に言うなら基礎にして奥義、と言った感じか……。
「……一撃で倒したよ」
「ああ、見事なものだ」
「でも……倒さなければならなかったのかなぁ」
「いくら弱くてもスパイダーはモンスターだ、放置すればヒトや街を襲う。自分の身を守るためにも必要な行為だ」
「綺麗事ばっかり言ってられない、ってことか……」
「そういうわけだ。実践も終わった事だし、そろそろ先に進もうか」
「あ、じゃあしばらくうちに先行させてくれる? 自分はまだまだ弱いから、今の内に練習しておきたい」
「……そうか、確かに早めに“慣れ”ておいた方が良いしな、好きにしてくれ」
彼女が自立するために強くなる必要もあることだし、この提案に異議はなかった。それから『神秘の森』の探索を進める間、彼女が戦闘を行いながら先行していった。もちろん俺も何もしていない訳では無く、時折敵を見逃して危うくなった所を代わりに迎撃したりしている。
そうやってモンスターを倒していきながら俺達は森の最深部……その手前の広場にまでたどり着いた。
「ふぅ……ここが最深部みたい」
「そのようだが……少々厄介な敵が待ち受けていたようだ」
「え?」
広場の中央には鬼が持っていそうなトゲ付の金棒を得物とし、ギザギザの歯をむき出しにして下あごの牙が頭上にまで伸びた、赤茶色の皮膚の怪物が静かに唸り声を響かせて佇んでいた。
「な、なんなのあのバケモノ!? もしかしてあれがアンデッド!?」
「いや……どうやらモンスターの変異体のようだ。体内に入った暗黒物質とどんな生物でも備わっている免疫体との相互作用によって、通常のモンスターとは桁違いの強さを得ている。そしてこの辺りのモンスターの親玉へと成りあがったのがヤツだろう」
「ど、どうしよう……旅が始まった直後でこんなヤバいのを相手にしなきゃいけないの……? うち、生き残れる気がしないんだけど……」
「ま、今のおまえの実力じゃ難しいな。下がってろ、ヤツは俺が滅する」
「ひ、一人で大丈夫なの……?」
「案ずるな。敵が見えていれば俺の辞書に敗北の二文字は無い」
そう告げても未だに心配そうに見つめてくる彼女に、さっさと物陰などに隠れるよう指摘。慌てて彼女は来た道を戻り、木陰に隠れて小動物のように小さくなって見守っていた。
向こうも金棒を振り上げて準備が整った所で……戦闘開始だ。
ヤツは俺の立っている場所に向けて金棒を振り下ろし、俺は横に転がって避ける。その際、空振った金棒が地面を叩き、地面が軽く揺れる。
あの金棒……まともに当たったら危険だな。
安全策としては暗黒ショットで遠距離から地道に攻撃していくべきなのだろうが、俺はその方法を頭ですぐに却下した。なぜなら変異体とはいわゆる暗黒物質に馴染みにくいモンスターが、完全に馴染む途中で留まっているみたいなものだからだ。下手に撃ち込んで完全に順応するような事があれば、こちらの攻撃は全て逆効果となる。
即ち変異体相手では短期決戦が定石……そしてもう一つ、身体の急激な変化で変異体は常に体力を消耗している。その状態は完全体となるまで続き、そのために変異体は他のモンスターよりも多くエネルギーを補給……ヒトや生物どころかモンスターやアンデッドまで食べ、食料になるものをとにかく襲うのだ。ただ……エネルギーが枯渇しているにも関わらず、身体がより変異しようものなら今度は自らの生命まで削ってしまう事になる。そこに俺の勝機がある。
空腹と飢えで冷静な判断が出来ず、見境無く金棒を振り回してくる変異体の攻撃は読みやすく、バックステップやサイドステップで避け続ける。こいつはかなり血が昇りやすいようで、避ける度に威力は上がっても鋭さが鈍くなっていった。この森にはもうほとんどスパイダーしかいなかったから、コイツはここ最近まともに食べておらず、その分エネルギーも枯渇していることだろう。つまり見た目は威風堂々としてるが、実際は餓死寸前と言える訳だ。
やれやれ、来るのがもう少し遅ければ勝手にくたばっていたかもしれない……タイミングが悪かったか? いや、近くには太陽樹に守られているとはいえアースガルズの街がある。変異体も見境なく結界を突き破るだろうし、恐らくもう少し遅ければコイツはあの街を襲っていた可能性が高い。となるとある意味タイミングは良かったのか?
「ま、どっちだろうと構わんが……恨むなよ」
渾身の力で叩き潰そうと大きく振り降ろして来る金棒をゼロシフトで避け、そのまま連続的な動作でヤツの口元に暗黒銃の銃口を向ける。
「たっぷり味わっとけ!」
ヤツの体内に入り込むように暗黒スプレッドを発射、急激な暗黒物質の摂取によって追い付かなくなる変異の代償。それによって身体を維持するエネルギーも完全に尽き、変異体は白目をむいて口から黒い霧を吐き出しながら仰向けに倒れる。一陣の風が吹くと、変異体はボロボロと身体が崩れていき、砂状になって地面に消えていった。
「勝っちゃった!? 勝っちゃったよ、サバタ!!」
「その言い方だと俺が負ける事を望んでた風に聞こえるぞ、“星読み”」
「あ!? ご、ごめん、そんなつもりじゃないから!?」
「フッ……それぐらいわかってるさ」
木陰から飛び出してさっきは喜んでいた彼女は、いじられたと気づくとむくれて軽くポカポカと殴ってきた。軽く流せばいいのに毎度毎度、彼女は律儀に反応してて面白く思える。
さて……ここに訪れた目的である『地竜の爪』を手に入れるために広場の奥、森の最深部へと足を踏み入れた俺達は……。
「うわぁ~…………すごぉ~い!」
「これはまた……興味深い光景だな」
恐らく吸血変異によって枯れて空洞となった大樹の中で、未だに水を送る機能が残っていて湧き水として作られた清らかな泉、その周りから新たな木々の苗がしっかり根を張っていた。既に大樹の上の方は折れて空洞に太陽の光が直接入り込むようになっており、新世代の木々はその眩い光に向かって一直線に力強く伸びる、躍動感のある光景……。
「こんな神秘的な場所がすぐ近くにあったなんて……! 『神秘の森』の由来はここからなのかもしれないね!」
「そうだな……何より驚くべきなのはこの湧き水だ。吸血変異の源であるダークマターが降り注ぐ外世界に野ざらしなのに、一切暗黒物質に汚染されていないんだ」
「内陸に降る雨は汚染されてて飲めないのに、ここは自然の力で浄化してるんだ……!」
「……世界にアンデッドが現れようと、種の滅びが目前に迫ろうと、生きようとする力はかくあるものなのか……」
「うちも……この子達みたいに、闇に負けず生きなきゃいけないと教えられたよ……」
彼女が感動で心を包んでいる間に、俺は泉の傍の地面に刺さっていた一本の爪を見つける。アース属性が内包されているこれが、探していた『地竜の爪』のようだ。
「…………」
拾ったそれを荷物にしまいながら、俺は思う。
クイーンの命令でこういう物を集める……人類の敵たるヴァンパイアの計画を進めるための旅に、果たして人間の彼女をこのまま連れて行っても良いものなのか? ……まあ、内密に俺自身の策も進めているから正確には違うのかもしれないが……それでも先程のような変異体と戦う可能性が高く、危険である事には変わりない。少なくとも暗黒城に戻るまでには別れないといけないが……魔女である彼女が平穏にいられる場所を見つけたら、その時は……。
「それが『地竜の爪』? じゃあまず一つ目だね!」
「あ? ああ……そうだな」
「サバタってなんか暗いなぁ~、もっと明るくいこうよ! 上向いて行かないとね!」
「俺はともかく、おまえはそれでいいさ……」
逆境に立ち向かう支えを得られたのなら、それはそれで構わない。それに彼女の旅も彼女が安息の場所を見つけるまで、一人では対処できない危険から俺が守っていればいいだけか。ま、同行者がいるというのも案外悪くない。
「ここの用事は果たした、次の探し物を見つけに行くぞ」
「は~い! 次の目的地はうち、“星読みのザジ”さんにお任せあれ~! ……読めたっ! ここより遥か西、海に面した街の北にある遺跡……そこに探し物があるよ!」
「西の海沿いの街……確か近くまでなら使われなくなった線路が通っていたはずだ。となるとまずは線路沿いに進むのが吉か……」
「線路って、旧世界だと“デンシャ”って乗り物がすっごい速さで走ってたんだっけ?」
「文献によるとそうらしい。昔はなんとか大陸横断鉄道って名前があったらしいが……とにかく行ってみるぞ」
今更だが“星読み”は探し物を見つけるこの旅にうってつけ過ぎる人材な気がしてきた。正直、早めに会えて良かったかもしれない……。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ(一時休憩)~~
「これが最初のダンジョン攻略までの話だが……なぜ皆ジト目なのだ?」
「いや……最初のザジさんの出会いの話は辛すぎやったけど、それを乗り越えて二人で旅するのは普通にええなって思うわ。ただ、ちょいと仲良すぎへんか?」
「そうか? 偽りの母とはいえ、しっかり教わった“男の務め”を果たしているだけなのだが……」
「[ヤバい、サバタ兄ちゃんって実はクイーンって奴に光源氏計画されてたんちゃう? やないとこんな女泣かせな人間にならんやろ]」
「[た、確かにヴァンパイアに育てられているにも関わらず、この器量の良さに配慮、精神……何らかの思惑があってもおかしくありません]」
「[なぁなぁ、ヒカル……ゲジゲジ? って何なんだ? あたし本とか読まねぇからわかんねぇよ]」
「[光源氏っていうのは……まあ簡単に言うと、年下の少年を理想的な男性に育て上げて美味しく頂いちゃおうとする話だよ、ヴィータちゃん]」
「[え……マジかよ、なのは!? た、確か誘拐されて育ったんだったな、サバタって。じゃ、じゃあもしかして!?]」
「[幼少期にヴァンパイアにさらわれて、そこで英才教育を受けて理想的な男性に育て上げる光源氏計画……シャマルビィームが吹き出すネタが湧いてくるわッ!!]」
「あんたら念話で相談するんじゃないッ! 魔力が無い私達じゃついていけんでしょうがッ!!」
「ツッコミを入れられる時点でついていけてると思うよ、アリサちゃん……」
三者三様の有様を見せる彼女達の反応を前にして、俺はただ疑問を浮かべるだけだった。唯一無言だったネロは考える仕草を見せながら、質問してきた。
「……兄様は確かその当時、ヴァンパイアの居城に匿われていたのだろう? なのに何故普通に外の世界を出歩いているのだ? その集めている物が関係しているのか?」
「ああ。俺が集めていた4つの道具は、各属性のエナジーを暗黒城に送り込む触媒としてクイーンから集めてくるよう命令された物なのだ。いずれやって来るであろう太陽少年と死の大地イストラカンのイモータルとの戦いで発生するエネルギーを最大限利用するためにな」
「だがその旅の最中に家族や知り合いに出会えば、連れ戻される可能性は十分にあるはずだ。その危険を冒してまでクイーンは兄様を旅に送ったのか?」
「いや……連れ戻される心配が無かった、と言う方が正確か。知っての通り、俺の身体はダークマターに侵されている。たとえ身体を蝕もうと俺が生きるために必要なダークマターを、親父たちの力では焼却は出来ても取り除く事は出来ない。それに暗黒仔に片足が入っていた俺は、もう人間の世界に戻れないと自分で納得していたからな。親父に会えたとしても、自分から帰る事を否定していただろう」
「そう、なのか……。しかし、ザジ殿と旅をしている間は人間の世界に順応しているのではないか? 少し言い方は悪いが、魔女のような扱いを受けていないから何とかなったのではないか?」
「確かにネロの言う通り、戻ろうと思えば俺は戻れたのかもしれん。しかし戻れたとしても、やはり俺は戻らない道を選んだに違いない」
「どうしてそう言い切れるのだ?」
ネロの質問に他の女性陣も興味津々に身体を乗り出して聞こうとしている。嘆息した俺は、郷愁の意を込めて告げる。
「彼女の…………カーミラのいる所が、俺の望む居場所だったからな……」
この世界の未来も守り、俺が愛した彼女の存在を聞き、皆は一気に申し訳なさそうな顔をする。別に気を悪くさせるために言ったのではないんだが……そう受け取られても仕方ないか。
「なんちゅうか、告白してないのにフラれた感じになってしもうたな、ザジさん……」
「一途に想われるってのは女冥利に尽きると思うけど、選ばれなかったらその分哀しいわね」
「昼ドラみたいにドロドロしてないけど……ザジさんにとってこれだけサバタさんは心の支えになってるのに好きな人が他にいるって知ったら、きっと辛いだろうね」
「ずっと傍に寄り添ってくれる少女を一途に想う主人公、しかし彼に生きがいを与えてくれた彼女は諦めきれず、横恋慕を企む昼ドラ展開……妄想が膨らみ過ぎてもうたまらないわッ!!」
「ヴィータ、そろそろシャマルを黙らせるぞ」
「あいよ、シグナム。勝手に一人で盛り上がってんじゃねぇよ、シャマル」
「げふぅっ! し、シャマル死すとも、妄想は死せず……ガクッ」
「……シャマルはいつからこうなってしまったのだ?」
「さ、さあ……? ところでこの旅って最後はどうなるのかな?」
「そうそう! 腐れ縁って前に言っとったし、旅が終わった後も感動の再会とかがあったりするんやろ? なあなあ、どうなん?」
「おまえ達、結論を急ぎ過ぎだぞ。ま、少しだけバラすなら、はやてが言うような感動の再会にはならなかったぐらいだな」
「え、そうなん? 一緒に旅をしたんやし、また会えたら絶対嬉しく思うはずやろ、普通? ましてやそれが自分の命を救ったり、戦い方を教えてくれたりした相手なら尚更そうなってもおかしくないやん」
「はぁ……そういう話は全て話し終えてからにしてくれ。ちゃんと最後に理由も判明するから」
そして会話を切った俺は、続きの話を始めるのだった。
後書き
神秘の森を旅したはずのサバタが『世紀末世界では、こんな澄み切った空気は吸血変異の影響でどこにも存在していない』と言った理由は、文字通り今は無くなっているため。
真空波の魔女
前書き
オリキャラ登場回
~~Side of ザジ(幼少期)~~
旅って聞いたら何を思い浮かべる? うちは冒険小説みたいなアドベンチャーをワクワクドキドキしながら想像したりするんだけど、実際にやってみると地味な部分が意外と大変だったりする。
例えば着替え。うちは事情があって着の身着のまま旅に出たから、当然同じ服を着っぱなしだ。魔女の癖に贅沢言うなって思うけど、年頃の乙女としてはやっぱりどうしても汗でベタベタしたりニオイが気になってくる。そこら辺は流石に男子のサバタには分からないだろうなぁ。
次に水分補給。川とかの水は暗黒物質に汚染されている場合があるから、そこから補給する訳にはいかない。この前訪れた神秘の森の泉から水筒に水分を補給しているからもうしばらくは持つけど、ずっとという訳では無い。水や食料は出来るだけ尽きる前に、ちゃんと補給しなければならないのだ。
そして……人間の身体の仕組み上、摂取したら当然、“出す”ワケで……って、もう! 乙女になんちゅう事説明させようとするの!? と、とにかくそういうコト!!
とまぁ、こんな感じで愚痴ってしまうのは、歩いても歩いても線路の果てが全然見えないことでストレスが溜まってるからなんだよね……。普段はありがたいはずの太陽の光も、じわじわと降り注がれるとどうしても鬱陶しく感じるのは贅沢な文句だろうか。
「あぁ~……そろそろ水浴びしたいわぁ~……」
「なら水筒の水でも頭にぶちまけるか? 代わりに飲み水が無くなるが、一時的に気分爽快になるぞ」
「そこまで自棄にはなってない! でも女の子としては身だしなみも気にしたいの!」
「それぐらいはわかってるさ。それに……線路上は影が全然なくて俺も痛い……」
「? あ、そっか。足とか豆出来てヤバいの?」
「そうじゃないんだが……まあいいか。しかしこの現状は少々考えものだな……」
「うん、一応サバタが結構しっかりしてるとはいえ、10歳の子供が二人だけで旅に出るのはかなり危険だと今更理解したよ」
「一応とは何だ、一応とは。……だが、実際おまえの言う通りだ……」
確かに、このままだとうちらの空気にも亀裂が入りそう。何か良い打開策でも無いかなぁ……“星読み”も欲しい情報を的確にくれるって訳じゃないから、別に得策とは言えないし……。しかも……、
「えぇ~……この先坂道になってるよぉ」
前方の上下に高低差が激しい道のりを見て、つい辟易と嘆いてしまう。でも旅慣れてないのに何時間も歩き続けて、その上アップダウンの激しい坂道を進まなければならなかったら、誰だってうちと同じようにぼやきたくなると思う。
今は平坦だけど、上り坂になったらうちの足やアキレス腱が持つか不安だ。せめて肉離れとかはしないで欲しい。
これからの苦労を想像して嘆息していると、先行して何かを見つけたサバタが少し嬉しそうに言う。
「“星読み”、どうやら俺達にツキが巡ってきたかもしれない」
「ツキって、何か見つけたの?」
「ああ、あれを見ろ」
前方を指し示すサバタの指先に従って、目を凝らして見てみると……これまで何度か通り過ぎてきた無人の駅のホームに、黒塗りの巨大な物体が線路上に止まっているのが見えた。
「何なの、あれって?」
「恐らく、使われなくなった廃列車……だろうな」
「列車……電車!? じゃあアレに乗れれば歩かんで済むってコト!? やったぁ!!」
「おい、まだ動くと決まった訳じゃ……! というかさっきまで疲れ切ってたくせに突然走るんじゃない!」
休めるとわかった途端、まるで重りが着いてたみたいな足が一気に軽くなって、つい走り出してしまった。自分でも思ってた以上に早く休みたかったのだろう。おかげで同じくらい疲れてるサバタも凄く大変そうに追いかけてきた。
「はぁ……はぁ……なるほど、客席のついた列車か。そろそろ日も暮れてるし、少し早いが今日はここで休もう」
「水浴びは出来ないけど、久々に屋根のある場所で寝れる~!」
野宿ってのも最初はワイルドな感じがして面白かったけど、何夜も続くと身体に疲れが残るのが実感できる。なにせ日が昇るとまぶしくて目覚めちゃうし、夜もアンデッドに襲われないかと思って怖いんだもの。サバタは気配でわかるそうだし、うちが寝付くまで見張っててくれるから安心して眠っていられる。そしていつもうちより先に起きてるから、ホント旅慣れてる人間には敵わないなぁと思う。
とりあえず安全のために内部を調べると、列車の中は当然の如く無人で、アンデッドの姿も見当たらなかった。スケルトンなどもおらず、比較的安全な場所である事がわかった。
クッション付きの客席の一つに腰かけると、一気にどっと疲れが圧し掛かってきて、もうここから動きたくない気持ちになった。
「ん~~~~っ! ぷはぁ~~」
つい横になって身体を伸ばすと、歩き続けて張っていた足の筋肉が伸びて緊張がほぐれる感じがした。先に休ませてもらったうちの代わりに一通り調べてきたサバタも正面の座席に座り、疲れを吐き出すようにため息をつく。
「素人なりに調べてみたが、車輪や動力機関自体は意外と保存状態が良かった」
「じゃあ動かせるの?」
「使われていない期間を考えると少々不安は残るものの、何とかなるかもしれない。が……」
「が?」
「俺にも休息をくれ……いくら何でも体力が持たん」
「あ……なんか、ごめん」
うちと同じぐらい彼も疲れてる事に、うっかりど忘れして気付けなかったわ……。反省しないと。
ゆっくり正面の座席に横たわったサバタは、目を閉じるとうちも驚くほどあっという間に眠りに入った。もしかして……毎回見張り番をしてくれてたから睡眠不足だったのかも。……今度からうちも寝ずの番を少しは代わりにやろう、じゃないと彼がいつか疲労で倒れちゃうかもしれない。
「……そういえば、サバタって何者なんだろう……?」
考えてみれば、うちはサバタの事を何にも知らない。いつも助けてもらって、守られてばっかりで、何にも恩を返せてる気がしない。そんな彼について、うちは何もわからない。でも……、
「悪い人じゃないのは確かなんだよね……」
いつか……サバタが話してくれるようになるまで、うちは待ち続けよう。それに、正直な所、彼が何者でも構わない。ただ、彼の隣に……うちが立てるようになりたいから……。
翌日。運転席でサバタが試しに列車を走らせてみたら、最初は金属が擦れる音があまりにも凄まじく響いて耳が痛くなった。しかし錆びた部分が剥がれて快調に動くようになると、列車は周期的な心地よい振動音を発生させながら進みだしてくれた。
ガタンゴトン……ガタンゴトン……。
「うわぁー……景色が早く流れていくね! さっきの場所があっという間に通り過ぎちゃってもう見えないよ!」
「非常電源が残っていたおかげで列車が動いてくれたのは僥倖だな。この道をもしずっと徒歩で進んでいたらと思うと、相当大変だったに違いない」
そんな会話をしながら、徐に客席の車窓を開けると涼しい風がうちの頬を撫でる。しばらく外を眺めてみたら、殺風景な景色ばかりでちょっと悲しくなってきた。アースガルズを離れてよくわかったのだが、太陽樹さまの側から離れれば離れる程、大地の自然が減っていくのだ。それだけダークマターの影響が大きいのだと心から理解した。
だけど……神秘の森のように闇に負けじと生命力あふれる場所も存在していた。そして自然の中でもとりわけ偉大なもの、“海”をうちは初めて見た事で感嘆の声を上げた。
「あれが海……湖なんかより断然大きい……すっごいなぁ~! 圧倒されたよ!」
「巨大なのは見てわかったが、ここにいると光と潮風がとにかく目に染みて辛い」
サバタってやっぱりどこか冷めてるなぁ。もっとこう、男の子らしくはっちゃけたりできないのかな? ……想像できへんけど。
キラキラと日の光を反射して輝く海岸線を並行して列車は進行していく。目的地らしき街が見えてくると、サバタは列車の速度をゆっくりと落としていって、丁度良い駅のある場所で停車させた。
「ふう……どうやらキリ良く、非常電源の動力が無くなったようだ」
「この列車はもう使えないってこと? あ~あ、せっかく長距離移動の良い脚になるかと思ったんだけどな~」
「それは次の目的地次第だな」
ともあれ、今は北にある遺跡に行く準備を整えるためにあの街に向かう事にしよう。
「なんだろう、これ」
『あつがなついぜ! 虹の降る都ビフレスト! いろはおえ~!』
街の入り口にはこんな個性的な看板が立っていた。理由は無いがなんとな~く、裏側を見てみる。
『みぃ~たぁ~なぁ~……?』
「なんでホラー風味なの!? というかこういう場合は『なんと! うらがわだった!』 的なメッセージがあるものでしょ、普通!?」
「おまえは何を言ってるんだ? 置いてくぞ」
「あ、ちょ、置いてかないで! 待ってよぉ~!」
うちがつい調べた事に呆れた視線を向けてくるサバタ。ところで故郷で過ごした経験から、うちが魔女である事は絶対に口外しないように心掛けておく。サバタもそれは分かっているようで「街中では魔女の力を使うな」と念を押してくれた。
さて、ビフレストは面白い事に水路が街中に張り巡らされていて、まるで海の上に浮かんでる石の土地みたいに見えた。水の流れる音には精神を鎮静化させる作用があるようで、歩き回っているだけで気分が良くなっていくみたいだ。
「でもなんだか……街全体が暗い雰囲気だよね。あんまり活気づいてないし、まるで何かに怯えてるみたい……」
「恐らく……原因はあれだろうな」
サバタが指し示した方向を見てみると、人間業ではあり得ない巨大な力で薙ぎ倒されて倒壊した建物が複数散乱していた。まるで何かに襲われたみたいな光景……。
「んぅ? なんか最近似たような何かがあったような……?」
「あ~間違いない、これは変異体の仕業だ。この街に張られた結界はどうやら俺達が来る少し前、そいつに破られたらしい」
「そうだそうだ、変異体だ! もしかして神秘の森の時と同じように、探し物を手に入れるには変異体を倒していかなきゃいけなかったりするのかなぁ?」
「俺達は勇者様御一行じゃない。やり過ごせるなら可能な限りそうするつもりだ」
「でも……皆困ってるし、犠牲が出て悲しんでいる人もいるよ?」
「この街の人間が変異体を討伐したいなら勝手にさせておくさ。少なくとも部外者の俺達がやらなければならない理由は無い」
「サバタならこの前のように変異体が相手でも倒せるでしょ? せっかく力があるのに助けてあげないの?」
「……なら逆に訊くが、力を持っていれば使わなければいけないのか? 赤の他人のためにその身を削らなければならないのか? それにもし助けたとしてもだ、その後はどうなる? 感謝? 尊敬? 称賛? ああ、確かに少しだけもらえるかもな。だが反対に今の脅威以上に恐怖されることだってある。そうなれば今後動きが取り辛くなるに決まってる。だいたい人間の二面性を、おまえは故郷で既に十分味わってきただろうが」
サバタの指摘に、うちは口どもって何も言い返せなかった。そう、うちは魔女の力で最初は人助けをした。でもそれがきっかけでうちは恐れられ、終いには……。
「…………これ以上自分の立場を悪くしたくないのなら、時には切り捨てることも覚えろ。見えるもの全てを救おうだなんて、そんな事が出来るのは神だけだ。そして人間は神には絶対なれない。……わかったか?」
「……………うん。ごめん……うちが甘かったわ」
「どうしても全てを救いたいのなら、自分の命を差し出す覚悟を示してからにするんだ。半端な覚悟だとかえって救えなくなるどころか、余計な犬死が増える可能性が出る。異端の者ならなおさら意識しなければならない」
サバタは行く先々でうちが魔女だ、化け物だ、とヒトから後ろ指を指されて傷つかないように、あえて厳しく言っているのだとわかっている。世間知らずはうちの方だから、彼の言う事は至極尤もなのだろう。
「……でも、見てるだけで何も出来ないのは……やっぱり辛いや」
「そうか。なら面倒だが変異体を倒すとしよう」
「………………? あれ? さ、サバタさんや……あなたさっきまで否定的だったはずだよね? なんで……」
「はぁ……確かに“可能な限りやり過ごす”とは言った。しかし“無視する”とは言ってないだろうが」
「じゃあ!」
「もちろん向こうが出て来ないなら放置するが、襲って来たら返り討ちにしてやる。だが俺にも都合があるのでな、張り込んでまで倒す気は無いぞ」
「それでもいいよ! よし、そうと決まったら早速北の遺跡に向かおっか!」
「補給もしないで行くつもりか、バカ」
「またバカって言ったぁ~!! もうっ」
ホント、この男は素直じゃないなぁ。だけど一緒にいて彼の性格が段々わかってきた。口は悪いし、性格もひねくれてるけど……根は本当に良い奴だ。実際、うちの恩人でもあるし。
「しかし変異体の仕業にしては…………妙な部分があるな」
「どうしたの、そんなに考え込んで……何か気になる事でもあった?」
「……変異体の性質はいわゆる餓鬼と表せる。そんな奴が侵攻した街を完全に壊滅させずに済ました時点で何かおかしい」
「食べ過ぎて満腹になったとかじゃないの?」
「違う。本来、変異体には満足や満腹といった満たされる感情や状態はあり得ない。どれだけ大きな都市だろうと、襲われれば決まって全滅しているものだ。なのにここは北半分の場所だけが壊滅している。南半分がほぼ無傷で残るほど被害が軽微なんだ」
「街半分が壊滅してるのに軽微だなんて……変異体の脅威ってそこまで酷いんだ……」
神秘の森にいた変異体はサバタがアッサリ倒してたけど、実はうちが想像してたよりはるかに危険な存在だったみたい。
とにかく敵がそれだけ強力なら、こっちも万全に準備しないといけない。街の店から食料とかを色々買い込んで、いざって時に空腹で力が出せない、なんてことが無いようにしておく。
買い物の間にうちが魔女だってバレないか不安だったけど、その辺はサバタが上手くフォローし、ついでに情報集めもしてくれた。
「…………とりあえず支度は済んだ。行くぞ」
「りょ~か~い」
用事を済ませるとビフレストを出て、うちらは北の遺跡へ向けて歩き出した。変異体が出て来たとしても今のうちが戦力になるかと言われると微妙だが、今回の言いだしっぺは自分だし、やるだけやろう。
『アルフォズル遺跡』。ビフレストの人間によるとそこは旧世界の施設で、“遺跡”という名前から石とかで出来てそうなイメージが湧くが、実際は風に当たって錆びた壁やコンクリートで舗装された地面、金属で出来ている道具が散乱していたりする。旧世界の高い文明ぶりがよくわかるが、今の時代だとほとんど無用の長物だ。
「む……ごく最近ヒトが入った痕跡がある」
「うちらの他に誰か来てるの?」
「さあな。とっくに帰った後かもしれないし、変異体の腹の中に収まってるかもしれない」
「は、腹の中……うぅ、ちょっと想像しちゃった……」
「とにかくここに探し物……フロスト属性が強いから、『水竜の尾』を見つけるのが目的だ。変異体を倒すのは、あくまでついでだという事を忘れるな」
サバタはそう言うが、どちらかと言うとうちは変異体の方に意識が傾いていた。彼の探し物は見てもわからないから、“星読み”を使わないうちは捜索じゃ役に立たない。代わりに目に見えて異質なモンスターである変異体を早期発見できるように努めた方が、役割分担もできて効率が良いと考えている。
「閉所だからか闇の気配が強い。アンデッドに見つからないよう細心の注意を払え」
「太陽の力が使えないとアンデッドは倒せないんだよね、気を付けないと……」
倉庫にも工場にも見える内部を、ゆっくりした歩行速度で徘徊しているグールに見つからない様に慎重に進み、うちらは遺跡の半ばにある部屋にたどり着いた。そこの床に地下へ降りる巨大なエレベーターがあったが、無人のはずなのにどういう訳か電力が来ていて降りる事が出来そうだった。
「この遺跡に漂うフロスト属性はこの下から発生している。前回の経験から『水竜の尾』はエナジーの濃い場所にあるようだから、地下に行ってみるぞ」
「それは良いんだけど、なんで動力が……?」
「さっきの痕跡の主が動かしたのかもしれないな。ま、行けばわかる」
スイッチをサバタが動かすとガコンっと鈍い音を響かせて、うちらを乗せたエレベーターが下降していく。しばらくすると周りが金属質から段々と石質になっていき、潮の香りが漂ってきた。
「海底洞窟に繋がっていたのか……崩れたら大変だな」
「もう! せっかく気付いても黙ってたのに! これから行こうって時に怖いこと言わないで!」
「う……すまない」
珍しくサバタを言い負かせて謝らせる事が出来たけど、さっき言った事が本当になったらどうしようかと不安でしょうがない。
エレベーターが終点に着いた先にあった、ぽっかり空いた洞窟がうちらの目に映る。そして覚束ない足取りで入っていこうとする一人の少女の姿があった。
「君、ちょっと待って!」
うちの呼びかけに反応して、うちらと同年代らしい彼女は静かにふり向いた。身軽に動けそうなワンピース、ポニーテールにしたコバルトブルーの髪に深い悲しみに満ちたターコイズブルーの瞳、幼さが残っていて笑うときっと可愛いはずの顔は悲壮感に染まっている。その絶望感は、まるであの時のうちと同じ……。
「なるほど……おまえが“真空波のエレン”か」
「私を知ってる……という事は、ビフレストで聞いた?」
「ああ……結果だけな」
サバタは何か知ってるみたいで、彼女……エレンと少ない言葉で意思疎通を行っていた。街で得た情報を聞いてなかったから、置いていかれた気がしてサバタに尋ねる。
「あのさ、この子は何者なの? “真空波のエレン”って?」
「彼女は……“星読み”、おまえと同じ“魔女”だ」
「うちと同じ……魔女?」
「そうだ。“真空波のエレン”……真空を自在に操る、攻撃性の高い力を持っている人間だ」
「そして……私こそが街を半分破壊してしまった原因……」
「え……街を、破壊? どういうこと? あれは変異体の仕業じゃなかったの?」
おかしい。うちらは街を半分壊した変異体を倒しに……『水竜の尾』を探しに来たはず。実際、街の北側の被害は相当酷かった。だから変異体を探していたのに、それがどうして彼女が破壊したという事に繋がるの?
「俺もビフレストの生き残りから結果だけ聞いただけだ。詳しい経緯を教えてもらえないか、“真空波”?」
「……いいわ、これは私の負うべき責だもの。でもその前に少年が今言った事を確認したい。……あなたも“魔女”?」
「うん、うちは“星読みのザジ”。自分以外の魔女と会うのは初めてだよ」
「それは私も同じ……それならそっちの少年は?」
「俺はサバタ、ある物を探して旅をしている身分だ。“魔女”に対しては特に偏見も畏怖もしていない」
「そう……“魔女”と一緒に旅をしているし、本当のようね。こんなご時世に珍しい関係……羨ましいわ」
一瞬、顔に影を見せるエレン。彼女も魔女である以上、いわれなき暴言を受けた事があるのかもしれない。その辛さは身を以って理解している。
「私も少年みたいに魔女を受け入れてくれる人はいたわ。今はもういないけど……」
「どういうこと? そもそもあの街でいったい何があったの?」
「……二人は前のビフレストを知ってる? 吸血変異やヴァンパイア、アンデッドによって世界が大変だって時でも、あの街はのどかで、いい港町だった。吸血変異の影響が少ない海の恩恵のおかげで、ビフレストは食料に困窮するような事は無かった。街の皆も、私が持っていた魔女の力を何人かは受け入れてくれていた。そんなビフレストがあの夜……結界を打ち破ってきた巨大なモンスターに突然襲われた。モンスターの攻撃はぶつかった家が倒壊するほどで、そのあまりに凶悪な威力を前に街の自警団も全然歯が立たなかった。私も……幼馴染みで親友のミズキも、襲われた北区から一緒に逃げていた。でも私をかばってミズキがモンスターに捕まって、私はこの魔女の力……“真空波”を使って彼女を助けようとした。全然戦い方も知らないのにね……でも、親友を見捨てる事は出来なかった。魔女の力を使えばなんとかなると思った……いや……そうしろって誰かがささやいた気がした。そうしろって……。けど、結局なんともならなかった。ミズキは……」
「モンスターに殺されたのか?」
「……エレン?」
「……………そう。ミズキは私の目の前でモンスターに絞め殺されて、モンスターの中に引きずり込まれた。その瞬間、私は目の前が真っ白になって…………それから後のことはよく覚えていない。力が暴走したって、誰かが教えてくれた。気が付いた時には、街も両親も友達も……」
なるほど……街の半分を吹っ飛ばしたのは、親友を失って感情が制御できなくなったのが原因だったらしい。うちには親友と言える存在がいないから、少しわかりにくいけど……両親を失う辛さに近いものは共感できる。
「……そうだ、そうだよ。モンスターさえ……ヤツさえ来なければ、街を襲わなければ、私は戦う事も無かった。街の皆を巻き込むことも、家族を失うことも、ミズキを死なせることだってなかった。そう、全てヤツのせいよ! 私は悪くない! 悪いのはヤツよ、ヤツさえやって来なければ、こんな事には……! ヤツさえ! ヤツさえ!! ヤツさえ!!!」
話してる途中で蹲り、悔しさと悲しさ、怒りで床を叩くエレン。確かに話を聞くからに、彼女に落ち度はない様に思える。ただ……同じ魔女としてどこか納得のいかない気持ちもある。
「いい加減にしろッ!」
「サバタ!?」
「さっきから聞いてれば、モンスターに責任を擦り付けて、自分には何の責任も無いって言い方じゃないか! 最初自責していたおまえは何処に行った!?」
「私に責任なんて……!」
「ある! 確かにミズキの事は気の毒だ、しかしその時おまえは一人で解決しようとしたんじゃないのか!? 自分には魔女の力がある、自分は特別だから助けられると驕ったんだろう! 違うかッ!!」
「そ、そんなつもりは……!!」
「ならどうして協力を求めなかった!? 力が無くとも周りには自警団、救出に協力してくれる人間がいたんだろう!? 魔女でありながら何の努力もせずにヒトが協力してくれる恵まれた境遇にいて、何故その発想を抱かなかった!!」
「わ、私は……私は……!」
「だいたい戦い方も知らないくせに、変異体に立ち向かおうだなんて無謀なんだよ! 魔女だろうと出来ない事はあるのだから、出来るように力を借りれば良かったんだ! そうすればミズキだって助かっていた可能性だってある! なのに英雄願望に憑りつかれて自分だけで解決しようとして結局出来なかったら、その責任はモンスターに全部押し付けるのか? 自分の過信が過ちを生んだ事を自覚しないで、被害者面するな!! それは卑怯者の考えだッ!!」
「ああ、そうかもね。そう、私は卑怯者よ。それぐらい最初からわかってるわ。自分の力量も知らないで、原因を外に押し付けて、泣き言を漏らすだけの情けない女だよ……。だけど……あの時、何故か無性に血が騒いだんだ。騒いで抑えられなかったんだ! 自分ではどうしようも無かった……」
「さ、サバタ? ちょっと言い過ぎじゃ……。それにエレンだって、自分のミスはちゃんと……」
「ザジ、あなたにはわかる? 気が付けば周りは瓦礫と死体の山。何が起こったのか、自分は何をしたのか、全く覚えていない! なのにこの手には……体にははっきりと残っている! 叫びが、悲鳴が、慟哭が、血の臭いが、骨が砕ける音が、私を呪う声が、時間も空間も超越して伝わって来る!!」
「ッ……!」
「見てよ! この手! あなた達にこの感触がわかる!? 声が聞こえる!? 自分の手で故郷を破壊した私の気持ちが……遺された人達を前にして何にもしてやれなかった私の心が! 私は自分の手で帰るところを失わせたんだ……もう誰も私の事なんか……! 必死だったんだ……あの時は仕方なかったんだよ……! う……うぅ……うわぁぁぁぁんっ!!」
街を出てからずっと溜め込んでいた感情を吐露して、エレンは子供のように泣き出した。うちらも含めて実際子供だけど、それでもエレンの味わった辛酸は我が身のように伝わって来る。
魔女の力……普通のヒトには無い特別な力。それをどう思い、使っていくのかはどこまでいっても自己責任だ。才能とも言える魔女の力の大きさに胡坐をかいた結果、過ちを犯してしまったらその被害は相当なものになってしまう。エレンは力を持つ者の責任を軽視し過ぎていた……それはかつて力を迂闊に見せびらかしたうちと同じ過ちだった。
「…………この先に変異体がいるのか?」
「ぐすっ、ヒック…………そう、だよ……」
「そうか……行くぞ、“星読み”」
「え?」
「どうした、変異体と戦うつもりだったんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど……彼女は?」
再び歩き出そうとするサバタに、エレンをこのままにするつもりか尋ねると、視線で彼は「わかっている」と示してきた。
「……“真空波”、おまえはせめてもの罪滅ぼしとして、変異体と戦いに来た。無謀な戦いに負けて死ぬのは自己責任、それが一人でここに来た理由だろう」
「その通り……そして私だけじゃ変異体にはきっと勝てないわ。でもミズキを殺したアイツにはせめて一矢報いたい。そのためなら私の命、どうなっても構わない」
まるで自殺志願者のような精神をしているエレン。このままだと彼女は変異体と戦い、力及ばず殺されるだろう。せっかく出会えたうち以外の魔女、みすみす見捨てたくない。
「どうなっても……か。わざわざ自分から犬死しようとする人間が、変異体に一矢報いることなど到底かなわないと思うがな」
「なら……それならどうすればいい? 私にはこの方法しかないのに……」
「さっき言われたよね……一人でやろうとするなって。サバタはもう一度、エレンが同じミスをしない様に注意してるんだよ、きっと」
「ザジ……」
「いつまでそこで落ち込むつもりだ、仇を討つんだろう?」
「サバタ……」
叱咤されてエレンは涙をぬぐい、力強く立ち上がった。今の彼女の目には、先程のように死を望んでいた意思は感じられず、償いきるまで生きて戦う決意が秘められていた。
「お願い……力を貸して。ミズキの仇を討たせて……!」
「…………フッ」
「良かった……エレンも一緒に来てくれるんだね」
エレンがうちらの仲間になった。彼女とは同じ魔女という事で長く付き合えそうな友達になれそうだ。無論、お互いにちゃんと生き残ったらだけど。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ(一時休憩)~~
「なのはやはやて達が持っている魔法の才能。それを特別と思うのは自由だが、それに甘んじてはいけない。“真空波”のように才能が強いからこそ起きる悲劇もあり得るのだからな」
一旦話を区切って各自の様子を見ると、ザジの時のように号泣はしなかったものの、空気が重たい。
「親友を救おうとして失敗し、より大きな被害を出してしまったのがエレンさんって訳なんやね。本人には悪いけど、良い教訓になるわ」
「……………」
「どうしたんだ、なのは? 一人ボーッとしてさ、なんか考えてんのか?」
「もしやサバタがこの話をした理由って……なのはが魔法の力に依存しかかっているから警鐘の意味で伝えている、と考えているんじゃないかしら?」
「それだけじゃない。なのはだけでなく主が魔法に関わっていく道を選んだとしても、道を誤らない様に気を遣ってくれているのだ」
「魔法が安全と言われているのは非殺傷設定の存在があってこそだもんね。それが無くなれば魔法は一瞬で凶器となる事を、管理局や次元世界の人間はあまり理解していない。それをサバタさんは警戒しているんだろうね……」
「うむ、魔法はあくまで武器、決してその力に飲み込まれてはいけない。戦う者として自分の力の性質を把握するのは当然の責務だ……」
「行動をして起こる結果の予測を、力を振るう者として怠ってはいけない。兄様も……それを十分過ぎる程わかっている」
「それにしてもエレンさんの……親友を助けようとしたのに何も出来なかった悔しさは私もよくわかるわ。私も治癒魔法の使い手、命の重みは誰よりわかっていると自負しているつもりよ」
上からはやて、なのは、ヴィータ、アリサ、シグナム、すずか、ザフィーラ、ネロ、シャマルの順で違った反応をしているが、概ね意図は理解してくれたようだ。魔法の力はあまりに強大で有用だ、だがその力に甘んじて大切な事を見失ってはいけない。それがこの話の教訓だ。
「しかし……エレンさんのように一度で全てを失うのと、ザジさんのように時間をかけて追い詰められていくのとでは、どっちの方が精神的なダメージになるのかしら……」
「シャマル……彼女達本人じゃない私らが言えるのは、どっちも滅茶苦茶辛いって事だけや。気の毒やけどな……」
「……魔法が使える才能、今日まで私はそれを良い意味でしかとらえた事が無かった。実際、次元世界から見れば強力なリンカーコアの才能は得難いものだから。ジュエルシードを求めてフェイトちゃんと戦った時も、この力があったからこそ彼女と意思をぶつけ合えた。でも……世界が違えば、この才能は私の心に牙をむいていた可能性があったんだね……魔女として、人々から忌み嫌われるようになって……」
「なのはちゃん……」
次元世界と世紀末世界、魔導師と魔女、正義と異端、受け入れられた者と受け入れられなかった者……同じ人間同士なのに、こうまで違いが多いのも人間の本質なのだろうか。
「力の暴走か……つい最近まで我が身も同じだったから胸が痛むよ……」
防衛プログラムの事をネロが思い出し、悲しそうに呟く。そっちは俺が何とかしたから既に解決している。もう彼女が思い悩む必要は無い。
さて……一息入れた所で、続きを話そう。
後書き
エレン:名前はDS版より引用。とあるキーキャラクター。
誓約
前書き
パーティプレイ回
~~Side of サバタ(幼少期)~~
海底洞窟にはアンデッドはいないものの、水棲のモンスターが多数生息しており、それをやり過ごしたり、倒したりして先に進んでいく。こんな所でも……いや、こんな海の底だからこそ突然現れるオクトパスの足には“星読み”も“真空波”も何度か捕まったが、その度に無事な人間が解放するという連携は自分でも意外な程噛み合っていた。
“真空波”の戦い方は、ゼロ気圧の衝撃波を任意の場所に発生させるもので、その威力は彼女に近ければ近いほど指数関数的に上昇する。つまり近接戦なら彼女は最大限のパフォーマンスが可能となるわけだが……戦闘の素人である彼女が敵に近づくのは逆に危険だ。なので“星読み”と同様に支援攻撃に徹してもらっている。
同じ魔女同士、“星読み”と“真空波”は両者とも仲良くしたそうだが、いまいち踏み込めずにそわそわしていて、傍から見てるともどかしかった。ま、それはいずれ時間が解決するだろう。
今から……その時間を手に入れる戦いをする。過去の過ちからエレンが今一度やり直すために、ビフレストの街を守りたいザジの慈愛を守るために、目的のために俺が『水竜の尾』を手に入れるために。
「見つけた……! ミズキの……皆の仇!」
「これが……!? 神秘の森で見た奴なんかより全然デカい…!」
「なに、オクトパスがいる時点で予想はついていた。相手に不足は無い」
海に通じた穴がある広場、鍾乳洞のような場所の中央で、元々高い自然治癒能力を促進させることによって傷を治しているクラーケンが丸まっていた。その大きさはイモータルにも匹敵する程で、単独で結界がある街を襲える力を蓄えるには十分過ぎるほどだった。
「しかし……このクラーケン、深い手傷を負っているな。俺でもこれほどのダメージを与えるのは一苦労だぞ?」
「でも……全然覚えてないわ。……そうだ、今の内に言っておく。もし私がまた暴走しそうになったら、背後からでもいい……私を撃ちなさい」
「え、エレン……それは覚悟の上で?」
「これ以上、私のせいで犠牲を出したくない。二人はいつでも私を切り捨てるつもりでいて。一緒に戦うなら、それを守って欲しい……お願いよ」
戦いで自分の命が換算に入っていない思考。そこまで追い詰められているエレンの決意は、会ったばかりの俺達の言葉なんかでは決して変えられない。ヒトらしい思考の持ち主なら、自殺願望とも言える今の言葉を認められないだろう。だが、生憎俺は暗黒に染まった人間だ、普通じゃない。
「わかった。もし暴走する兆候が見られたら、その時は俺が撃つ。いいな?」
「うん……ありがとう」
「二人とも……うちにはどうしてもわからないよ。どうしても……」
「ザジ……あなたまで気に病まなくていいわ。それに……この“誓約”こそ、私が“ヒト”である最後の砦……これを破ったその時、私は真の意味で“バケモノ”となる。これが無ければ、私は私である事を認められない。もう、認められないの……」
「そんな……」
「ショックを受けるのは構わないが……来るぞ!」
流石に長く話し過ぎたのか、クラーケン変異体がこちらに気付いてしまった。だが以前のエレンの暴走が余程激しかったのか、ヤツは彼女に対して大きな警戒を抱いているようだ。それならそれでこちらに都合が良い。未だに手を出してこないクラーケンの足を挨拶代わりに一本、暗黒独楽で切断する。
普通のイカには10本の足があり、クラーケンも同じ。しかし問題は、切り落としても本体を始末しない限り何度でも再生してしまうことだ。実際、足の切断面が躍動し、普通の生物ではあり得ない速度で再生し始めた。この分なら1時間程で元の形に戻るだろう。
「軟体生物はこういう所が面倒だ……」
「サバタ!」
“星読み”の『インパクト』がクラーケンの胴体に放たれ、表面がへこむ。単に衝撃を与えても、軟体生物にまともなダメージは通らない。だがそれでも、攻撃を逸らしたり、気を散らせたりする事は出来る。彼女に他の足を差し向けるクラーケンだが、それは“真空波”によって阻まれる。
「ミズキの仇……今こそ果たして見せる!」
彼女の力はゼロ気圧の爆発をクラーケンの足のすぐ傍で発生させ、ねじり切るように次々と切断していく。エレンに迫る攻撃はザジが抑え、効果的に反撃していくコンビ。後ろを任せるには十分だ。
出来るだけクラーケンを引き付けてから一気に迫った俺は、暗黒ショットを同じ場所に連射してヤツにじわじわと圧力をかける。耐え切れず大きくひるんだ所で、“真空波”がクラーケンの顔面にゼロ気圧ボムで追撃し、見上げる程巨大なイカの体躯がひっくり返る。それによって足に囲まれたヤツの口が……大量の血肉が葬られた大穴が俺達の目に映る。
「今だ! 全員一斉に攻撃しろ!」
暗黒スプレッド、インパクト、ゼロ気圧ボム、の雨あられ。秘部をこじ開けられ、更に猛攻撃を受けたクラーケンは耳障りな声を上げて苦痛を訴えてくる。凄まじい威圧感を発しながら足をばたつかせ、それに“星読み”と“真空波”が巻き添えを喰らって洞窟の壁に叩き付けられる。
「きゃあッ!」
「痛ッ!」
二人の悲鳴が耳に響くが、今駆け付ける訳にはいかない。元々クラーケン相手では正面からの勝利は厳しいものだった。ここで二人の所に行けば勝機は容易く失い、復活したクラーケンによってビフレスト北区のように俺達も殲滅される。しかし様々な要因が重なってクラーケンが動けない今だからこそ、まだ勝機が残っているのだ。
エネルギーを摂取したてで変異の促進による自壊までかなり時間がかかったものの、変異による体形の変化が上手いことクラーケンの復帰の邪魔をしてくれたおかげで、何とか反撃されることなく自壊させ始める事が出来た。おかげで暗黒銃のエナジーも切れたが、放っておいても自滅するまで変異を進められたのだから問題ない。
まだもがいているクラーケンから視線を逸らし、さっき薙ぎ払われた二人の所へ駆け寄る。
「大丈夫か?」
「何とか……」
壁にぶつかった時の態勢が良かったようで、クラーケンの攻撃の威力に対してエレンは比較的軽傷だった。しかしもう一人、ザジは……。
「いたい……腕が……痛いよ……!」
彼女は右腕の関節が変な方向に外れていた。エレンと違って当たり所が悪く、骨折してしまったのか。俺はすぐさま止血剤で出血を止め、消毒液を塗る。その痛みで彼女は顔を歪めてその壮絶な痛みを伝えてくるが、体内に暗黒物質が入らないように治療は迅速に行わなければならない。
「あと、固定材となるものを何か……ッ!」
洞窟の周囲に視線を彷徨わせると、洞窟の最深部に青くフロスト属性が秘められた頑丈そうな尾を見つける。多分これが俺の探していた『水竜の尾』だろうが、今は固定材として使わせてもらおう。
すぐに確保したそれを固定材としてザジの患部に付け、包帯を巻いていく。痛みで呼吸が激しい彼女は、涙混じりにこちらを見つめるが、その目に非難や後悔といった念は感じられなかった。ただあるのは……“無力感”だった。
「はぁ……はぁ……サバタ、ごめんなぁ……うち、迷惑かけてばっかで……」
「バカな事を言うな。誰か一人でも欠けていれば、クラーケンは倒せなかった。おまえは迷惑なんかじゃないし、無力でもないぞ。このバカ」
「ほら……またバカって言った。魔女でもうちは繊細な女の子なんだから……っ~! もっと優しくしてよ……」
「これでも精一杯優しくしているつもりだが? 応急処置の痛みなら我慢するしかない」
「あ~あ……痛みも無く、怪我が治ればいいのになぁ」
「そんな都合のいい魔法があるものか……」
後にそんな魔法が異世界で実際に存在すると知るのだが、あったらあったで色々思う所があったのは別の話。
「ミズキの仇……結局あなたが討ってしまったわね、サバタ」
今なお断末魔の声を上げ続けながら暴れているクラーケンを、エレンが憂いのこもった表情で言う。
「……全員生きて勝ち、おまえも親友の仇も討てたのだから、最良の結果じゃないか」
「そう……ね。ミズキも……犠牲になった人達も少しは浮かばれる……といいわ。私なんかが死んでいった皆の気持ちを考える資格なんて無いんだろうけど」
「少なくともビフレストの街はまた襲われる心配が無くなった、それで満足しておけ」
「……ううん、私の心はきっと皆に償いきるまで満足しないし、させちゃいけない。だから……」
自傷癖が激しくなってきたエレンが気の毒に思えて、気を向けた……その時。
ドゴォォォンッ!
「あ……しまった! クラーケンが洞窟の壁を!」
目を見開いたエレンが言った通り、最後の悪あがきのせいで洞窟の壁にクラーケン自慢の足が衝突して穴が開いてしまう。凄まじい振動と共にそこから海水が流れ出し、洞窟に水が溜まって行った。こんな置き土産を残してクラーケンは力尽き、砂状に散っていくのだが、ヤツのせいでかなり危険な状況になった。
「エレベーターは無事なのか!?」
「私が見てくる!」
エレンが来た道を戻って様子を見ている内に、自力で動けないザジを出来るだけ痛みが出ない様にゆっくりと立ち上がらせて支える。すると予想より断然早くエレンが戻ってきた。
「いくら何でも早過ぎないか? どうした?」
「大変……さっきの衝撃で来た道の天井が崩れてる。そこからも海水が入ってきていて外に出られないわ!」
「な……!? じゃあうちらはここで溺れ死ぬってこと……!?」
ザジが愕然と言い、エレンは責任を感じて落ち込んでいる。確かにこれは絶体絶命だ、このままここにいれば子供の溺死体3人分が完成するわけだ。
「ごめんなさい……私の復讐に付き合わせた事で、二人まで……」
「いや……うちの治療なんかに時間をかけてたから、そのせいで……だから悪いのはうち。サバタ、エレン、ごめんなぁ……」
「……懺悔大会をするのは構わないが、それは今じゃなくて死後の世界でやれ。生き残る方法なら、まだある!」
『え!?』
驚愕の面持ちで見てくる二人に、俺は洞窟の奥にあった海へ通じる穴を目で示す。クラーケンが外に出るのに使っていた道だ、人間が通り抜けられる可能性だって十分存在する。しかし問題は地上に出るまでの距離だ。あまりに長ければ息が続かず、結局溺死する。だが来た道が塞がれた以上、外に通じているのはここだけだ。
「尤も、かなり賭けに近い。脱出できるかは天運任せだな……それでも俺は行くが、どうする?」
「……私は行く。犠牲になった皆が用済みになった私に死んでもらいたいのか、それともまだ生きて償ってもらいたいのか、確かめたいから」
「う……うちも行きたいけど……泳げないんだよ。右腕の骨折もあるし、どうしよう……」
「なら、おまえは俺が運ぶ。目と口を閉じて、しっかり掴まっているんだ」
「でも……」
「俺を信じろ、ザジ。おまえは生きるべき人間だ、絶対に何とかする」
「…………わかった、信じるよ。この命、あなたに預ける」
「もう時間が無い、行くよ!」
腰まで上がってきた水位からここが完全に水没するまで間もない。ザジがしっかり掴まったのを確認し、俺とエレンはクラーケンが通ってきた穴に向かって飛び込んだ。首元に彼女の存在を感じながら、いざ潜ってみると……先には暗い闇しか見えなかった。
真っ暗な道のり、一秒も先が見えない未来、本当に正しい道を通っているか不明で精神を揺さぶられ、来た道までもとっくにわからない。この暗闇は俺達の今後を表しているのか……それとも何をしても無駄だという暗示なのか……。
だがそれがどうした? やれるだけやる、それで駄目なら結果を甘んじて受け入れよう。しかし、今はくたばるわけにはいかない理由がある。俺の背には“彼女”と同じ存在がいる。こんな所でみすみす死なせてたまるか!
だが……俺の決意など気にも留めず自然の濁流は更に激しさを増し、水中でまともに動けない俺達は翻弄されるのみ。背後から圧倒的な水流の力で押し出され、体力を一気に持っていかれてしまった俺は、抗うことも出来ずに意識が落ちかける。何とか背負っていた彼女を離さない様に抱き締めた所で、水の闇に俺達の姿は消えていった……。
「ゲホッ! ガハッ! ……外?」
俺は……まだ生きているのか? あんな所から生還するとは、いよいよ俺の肉体も人間離れしてきたものだ。しかし、よりにもよってこんな海のど真ん中を漂流している所で目覚めるとは、果たして運が良かったのやら悪かったのやら……。
周りには恐らくビフレスト北区が破壊された際に流された流木や家の破片が浮いており、その一部にエレンの身体は打ち上げられていた。小さく呻き声が聞こえてきたから、少なくとも死んではいないようだ。そして気絶間際に抱き留めたザジは……、
「う……あ……?」
俺の腕の中で意識が朦朧としながらも、彼女は確かに生きてくれていた。この時、俺は柄にも無くほっとした。自分でも意外な程、彼女の存在が俺の中で大きくなりつつあるのかもしれない。しかし……“彼女”以上になる事はあり得ない。俺の心は既に“彼女”に注がれているからな……。
「起きろ」
「……サ……バタ?」
「ああ」
「うち……生きて……って!? あぁ~!!?」
「?」
「ううううう、うち! 男の子に抱かれ……あ痛っ!!? 腕が、腕がぁあああ!!?」
「はぁ……こんな時でも騒がしい奴だ」
赤くなったり泣いたり、表情の変化が激しいザジだが……そういう素直な反応が面白い。
「そっか……私……」
「そっちはどうだ、“真空波”?」
「……死んだはずのミズキと会ってきた。あれは……ただの夢だったのかしら? 私の生んだ妄想が形をとっただけなのかしら?」
「何の話だ?」
「ミズキがね……私に『生きて』って。せっかく助かった命を無駄にするなって……。あれが本当にあった事なのかわからない。だけど……それでもミズキがこうまでして伝えてきたんだから……私、生きる。生きてやる……たとえ地獄に墜ちようとも、この世が滅ぶまで、私は……生きて見せる」
どうやら臨死体験をしたらしいエレンだが、以前と違った彼女の瞳から狂的なまでの意思を感じる。仇を討って彼女の心がどう変化したのか、俺には考え付かないだろう。
「この世が滅ぶまで、か。ある意味、そう遠くは無いかもしれんな……」
「かもね。だけど……それでもなお、この世に滅びが訪れないのであれば……私は……」
「“真空破”、今その問答は無意味だ。その先はこの状況から脱してからにしろ」
陸地が遠く、かすんで見えるぐらい沖に流された俺達が果たして無事に戻れるのか、若輩の意見だが正直に言うと厳しいと思う。水の中は思った以上に体力を消耗する。泳いだところで恐らく陸地にたどり着く前に力尽きるし、波の力で進んだ以上に押し戻されるに違いない。
「ね、ねえ……二人とも……あれは何だろう?」
震える手でザジが指し示したものは……かなり古びた大きな船だった。武装している所から察するに、この船は恐らく……。
「船? にしてはボロボロねぇ……」
「何でもいい、とにかく水から上がろう」
幸いにもロープが甲板から垂れ下がっている。エレンを先に登らせて、俺はザジを背負って後から登る。ぐったり力が抜けている彼女は服が水分を吸って普段より重く感じたが、逆にこれこそが命の重みだと実感する。だから……、
「相手が幽霊だろうと、こいつだけは守る」
甲板にはゴーストが一体、色違いの海賊帽を被ったスケルトンが三体、待ち構えていた。こいつらはアンデッドのようだが、自我が芽生えたタイプのようだ。やはりこれは海賊船だったか。
「ヒュ~! 勇ましいねぇ! だけどオレさま達はおまえ達に危害は加えねぇ。むしろアニキたちと一緒に礼をしに来たのさ」
下っ端らしいゴーストが向上を述べてくる。
「礼……とはどういう意味だ?」
「オマエたち、この下の巣にいたクラーケンのイカ野郎を倒してくれたんだろう? そうじゃねぇとこんな海のど真ん中からいきなり湧いて出た説明がつかねぇ、ってアニキたちが言ってんだ。オレさまたちもアイツにはこの船も何度か襲われた事があって、ほとほとまいってたんだ。感謝するぜ!」
「成り行きの結果だ。礼ならそこの“真空波”とザジにも言ってやれ」
「あいよっ。将来有望な嬢ちゃんたち、この船を守ってくれてありがとな!」
「私はただ仇を討っただけよ、感謝される筋合いはないわ」
「まさかアンデッドからお礼を言われるなんて……うちも数奇な運命に巻き込まれたものだね」
「そんなワケで! 海を渡るならアニキたちが送ってくれるってさ! アニキたちがこう言ってくれるのはスンバラシィ名誉なんだぜ!? 光栄に思えよ!」
……RPG風に簡単に言えば、船が手に入ったようなものか。まだ続く旅路の事を考えると実にありがたいな。アンデッドを街に入れる訳にはいかないから、陸地には俺達だけで上がる事になる。ま、それでも十分だ。
「……ザジ、力は使えるか?」
「右腕が使えないけど、やってみるよ。それと……もう降ろしても良いよ」
「すまん、つい背負ったままなのを忘れてた」
「もう……。……でも……またおんぶしてくれたら嬉しいかな」
耳元でそんな事を小さく呟いてくる彼女を、ひとまず甲板上に降ろす。彼女は左手で杖を握り、天に掲げる事で、“星読み”を行った。
「……読めたっ! ここから南の島、山の中腹にある火口付近への近道の途中、そこに次の探し物があるよ!」
「今回の“星読み”は随分位置が細かいな。どうやら星読みの腕も上がったようだな」
「素直にそう褒められると、流石のうちも照れるわぁ~! 年頃の乙女をナチュラルに口説かないでよ~♪」
「……ふぅ」
「ため息つかないでよ……空元気でも明るくしないと、うちはサバタのように強くないから、不安で心が押し潰されそうになっちゃうんだよ……」
「…………そうか」
魔女の力がある以外は普通の少女として育ったザジは、きっと誰よりも他人を気遣い、誰よりも優しい人間だ。俺のように戦いに特化した精神をしていないから、当然心の弱さも吐露する。しかしそれは真に“弱い”訳では無い。自分の弱さを口に出来る、それは“強さ”なのだ。
俺は……どうなんだろうな。“弱さ”に負けない“強さ”を求め続けているが、果たしてそれで“強い人間”になれるのだろうか? 今はわからないが、この道が間違っていると自分でそう思ったなら、その時は彼女こそが俺を導いてくれるのかもしれない。
「南の島か……不謹慎かもしれないけど、バカンス出来そうね」
「海で遊ぶの? うち片腕折れてるけど、大丈夫かな?」
「その件だが……安全ならしばらくそこで休養を取ろう。流石に骨折したまま旅を続けるわけにはいかないしな」
「あ……ありがとう……」
「私もあなた達と親睦を深められる良い機会になるわ。一緒に旅をするのなら、互いに仲良くなっておきたいもの」
「え? エレンも一緒に来てくれるの?」
「あら、私が旅についてくるのがそんなに意外?」
「そ、そんなつもりじゃないって……」
「仇を討ったのだからビフレストに戻ると、俺はてっきり思っていたが?」
「まあ……そうね。でも今、あの街に戻るわけにはいかない。私がいたら余計な火種になってしまう……でも、ほとぼりが冷めたら街の再建を手伝うつもりよ。罪の意識がある以上、それぐらいはしておきたいもの」
「そうか……確かに今は離れていた方が良いな。彼らも落ち着く時間が必要だろうし」
「じゃあ改めてこれからよろしくね、エレン!」
「こちらこそ、足手まといにならないように尽力させてもらうわ」
正式にエレンが仲間になった事で、ザジが凄く喜んでいた。女友達が出来て嬉しいのだろう。
さて、目的地は南の島の火山、内部だ。しかも今回は途中までで良いらしい。それなら俺一人で探しに行っても危険は無いかもしれん……二人に休息を与えられる良い機会だな。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ(一時休憩)~~
「ま、クラーケンとの戦いはこんな結末を迎えた」
「話の流れから察するに、次は水着回なん? 海賊船でバカンスに行くって不思議な感じやねんけど」
「確かに二人は浜辺で休息したが、その時俺は探し物……『火竜の牙』を手に入れるために火山へ一人で行ってたからな。二人が何を話し、何をしていたのかは知らない。だからどうしても知りたいなら本人に訊くしかない。……記憶があるか不明だが」
「不明って……じゃあ覚えてないってこと? どうして……今私達に話してくれてるから、サバタ兄ちゃんはちゃんと覚えとる。なのに一緒に旅したザジさんやエレンさんは覚えとらんの?」
「その文には少し訂正がある。エレンは覚えている、恐らく。ただな……ザジはある事件が原因で、その件を忘れてしまっているのだ」
「事件って……ザジさん、もしかしてなんかヤバいことしたん?」
「それも含めてこれから話す。が、長く話して喉が渇いた。しばらく休憩させてくれ」
そう言って台所に水を飲みに向かう。これから話す内容はエレンの時と同類だ。ここにいる彼女達にとって衝撃が強いだろうから、少し落ち着く時間が必要だと考えたのだ。
ちなみに当時、南の島にはザジの骨折が治るまで滞在したのだが、激辛麻婆豆腐を食べさせて涙目になったり、その件がきっかけで辛党になったザジに料理を教えたりするという何でもない日々を過ごしている。言い換えれば俺達三人が最も平穏に過ごせた時間でもあった。だが……その思い出は表に出さず胸に秘めておきたい。
「今更やけどこのパーティ、なんか全員危うい精神しとるなぁ」
「特にエレンの言動が気になる。『この世に滅びが訪れないのであれば……私は……』、彼女はこの先に何を言おうとしたのだ……?」
はやてとネロだけでなく、居間に集まっている彼女達はエレンの今後に一抹の不安を抱いているようだ。しかし……今のエレンがどうなっているのか、それを確かめる術は無い。彼女が“こちら側”に来ているのなら話は別だが……。
「ふぅ……一息入れた所で、少し話の時を飛ばすぞ。黒ひげ三兄弟の海賊船の助力で、俺達は『火竜の牙』を得て、ザジの治療にも十分な時間が経った。それで俺達は最後の触媒『風竜の翼』を求めて旅を再開した……」
後書き
島イベントはなのは達に伝えたい事が無く、サバタが話さなかったので、こういう形になりました。
ラジエル
前書き
この話には続編の伏線が込められています。
~~Side of ザジ(幼少期)~~
「見えたっ! 天高く浮かぶ虚構の都市、既に訪れる者もいない廃墟の中央広場で、新たな未来に関わる運命が交差せし時、代償を以ってそれは手に入る……」
「運命が交差? 代償を以って? どうも今回は抽象的な言い方が入っているな」
「うん……なんだか今回の星読みはちょっと変なんだ。何かが……誰かがいるみたいなんだ。うちらの運命に深く関わる誰かが……」
「ザジの星読みにこうまではっきりと出るという事は、相当強い結びつきがある人物……親とかかしら?」
「いや……それはあり得ないよ。おとーさんも、おかーさんも……うちの事なんて連れ戻そうとは思わない。魔女の娘に帰ってきてほしいなんて思ってくれないよ……きっと」
「……そう、ザジも……大変だったのね。ごめん、迂闊だったわ」
しばらく一緒に島生活を過ごした事でエレンもうちにある程度心を許しているけど、魔女の境遇はトラウマになる出来事が多く、気を遣ってあまり事情は詮索してこなかったのだ。故に今回のようなニアミスが起きる可能性は潜在的に残っている。ま、それはお互い様だけど。
「それより天高く浮かぶ都市……空中都市って、そんなもの本当にあるの?」
「あ~うちはそういう情報知らないから……サバタは何か知ってる?」
「ああ、恐らく太陽都市……かつて太陽仔が築いた古代都市の事だろう。既に住む者のいない滅びの都……天空を放浪するその都市に行くには“迷いの森”にある“ひめぐり”の生体情報を得る必要がある。しかし……俺達は“ひめぐり”の生体情報を得る力を持っていない。つまり行く事が出来ないのだ」
「あらら……行けないんじゃ、ある意味旅が終えられないわね」
“旅が終えられない”……エレンが放った言葉を、内心でうちは嬉しく思ってしまった。顔には出さなかったから気付かれていないと思うけど……自分ではもうわかっている。
“うちはこの旅を終わらせたくない”
始まりにはいつか終わりが訪れる。それが自然の摂理なのはうちも理解してる。でも終わりたくない、という気持ちがどうしても湧くんだ。太陽都市に行く方法が他に見つからなければいい、そうすれば旅を続けていられる……と些細だが拗ねた願望を抱いてしまった。サバタが必要だから探しているのに、見つからなければ良いなんて……うちも浅ましい女だ……。
「太陽都市に行きたいのか? それならオレたちが見つけた“魔砲”を使えばひとっ跳びだぜ!」
「魔砲? それは何だ?」
「使えば世界各地のあらゆる場所に一瞬でパッと行ける大層なシロモノだぜ! ちょいとデケェから持ち運びは出来ねぇが、転移できる距離はとにかく半端ねぇ! やったことはねぇが、やれば月まで行けんじゃねぇか?」
「月までか……それほどの性能があるのなら、太陽都市に行くぐらい容易そうね」
「あ……うん、そうだね……」
「どうした、ザジ? 顔が暗いぞ」
「いや……気にしないで」
「……まあいい。じゃあ、そこへ案内してくれ」
口やかましいゴーストが船長のスケルトンにサバタの言葉を伝えて、船は最後の目的地に行ける手段がある海賊島へと航行を開始した。
このままじゃあ……旅が終わっちゃう。そうなったらサバタは目的を果たしてどこかに帰るけど、故郷を追い出されたうちには行くところが無い……。
「いっそ家まで付いていっちゃう……なんて、きっと迷惑になるし、そんな簡単に決められないよね……」
あと、サバタの旅が終わってもエレンはしばらく故郷に戻らないで旅を続けるらしく、彼女には彼女の考えがあるみたい。才能頼りとはいえ、エレンには相応の実力があるから一人でも大丈夫だと思うけど……うちはまだ一人で旅ができる程強くない。だから……路頭に迷う未来しか見えない。うち……このまま皆と別れて一人になったら、生きていけるのかなぁ……。
そして最後の航海を終えて到着した海賊島から陸地に戻ったうちらは、黒ひげ三兄弟から最後の手土産として転移術式が込められた魔砲の位置と使い方を教えてもらった。彼らにとって最も大事なお宝の一つらしい。余程クラーケンに辛酸をなめさせられていたんだろうね、これを教えてくれたということは。
「これが……“魔砲”。凄く大きいわ……」
「どんな製法で作られたのだろうな。俺達の旅に関係ないから調べる気はないが、少なくとも興味は湧く」
「いっそ誰も知らない所へ行ってしまいたい……」
うちの呟きにエレンが疑問を抱く。ぽんっと手を叩いて彼女はうっとりした表情を浮かべた。……何か誤解して変な妄想でもしてるのかな?
「よし、転移魔砲を使って太陽都市へ向かう。行くぞ!」
そして……うちらが撃ち出された光の玉が天空にアーチを描いて飛んでいった。
太陽都市……石造りの建築様式でも長い間誰の手も入らなかった影響で、所々に太陽都市特産の太陽の根が無造作に張り巡らされていた。空中に浮かぶこの都市内部の移動に用いられていた移動床も、整備されていない事で既に機能しなくなっている。
「外もかなりの強風だ、うかつに足を踏み外せば地上まで真っ逆さまだな」
「落ちれば潰れたトマトの完成ね、それとも真っ赤な花が咲くと言った方が良いかしら?」
「ちょ……サバタもエレンも怖いこと言わないでよ……。あぁ~うっかり想像しちゃった……うぅ……」
「私達は体重が軽い分、風にあおられやすい。出来るだけ屋内を通って行くべきよ」
エレンの妥当な意見にうちとサバタも納得した。それで抜け穴とも言える排水溝……通風孔を通るために、ここでよく採れる太陽の果実“赤いキノコ”を使って体を小さくすることにした。
ただ……これまでの旅でサバタは太陽の果実を一切口にしてないから、薄々わかっていたけど、彼は今回もこの変わった太陽の果実を食べようとしなかった。以前、面白がったエレンと二人で嫌がる彼にぐいぐい押し付けてみたら、「人の嫌がる事をするな!」って怒られてしまった事がある。
「もうわかっているだろう……俺の体は太陽の果実を受け付けない体質なんだ。俺の場合、太陽の果実を食べても効果が出ないどころか腹痛になる。すまないがおまえ達二人で先に進む道を開いてくれ」
「サバタが頼るなんて珍しい。期待に応えないとね、ザジ」
「うん、うちらに任せといて」
そんなわけで通風孔を通れないサバタは待機で一時別行動。エレンと一緒にうちは“赤いキノコ”を使って抜け道を通っていく。その途中、ふとエレンが凄い事を尋ねてきた。
「ザジってさ、サバタの事がかなり好きよね?」
「っ!? い、いきなり何てことを言うの……!? って、何で顔が熱くなってるの!? ち、違うから!? うち、そんなんじゃないから!?」
「じゃあ嫌い?」
「そんな事は無い!」
「やっぱり好きなのね。断言してるし、普段の雰囲気からバレバレなのよ、あなた」
「だ、だからそんなんじゃなくてぇ! もう、何でいきなりこんな話をするの?」
「……旅が……もうすぐ終わる」
「あ……!」
「わかってるんでしょ。あなた達が一緒にいられる時間は、もう残り僅かだってこと。旅が終わって別れる前に、ちゃんと気持ちを伝えた方が良いわ。好きだって……一緒にいたいって……ずっと隠したままだと、伝えられなかった事を後悔するわよ、きっと」
「エレン……」
彼女は……とっくに気づいていたんだろう。そしてサバタも……薄々感づいている。世間的にうちは魔女だし、まだ10歳だからこの感情を抱くのは早すぎるかもしれない……でも、好きだという心に嘘はつきたくない。
この気持ちが恋なのか愛なのかなんて関係ない、ただ素直な気持ちを伝えるだけ。自分たちが子供だろうが、芽生えた感情は純粋で本物なんだから。
「……ありがとう。うち……言うね、この気持ち。きっと一人じゃダメだった……でもエレンのおかげで踏ん切りがついたよ」
「そう……気持ちを伝えられるって、それだけで幸せな事よ。突然の別れなんて、この世の中ではよくある事だもの」
「確かに不測の事態もあり得るからね……丁度いい機会として『風竜の翼』を手に入れた時に言うよ」
そういう事でエレンに発破をかけられたうちだけど、今度はこの気持ちを伝えた答えが気になってしょうがなくなった。“星読み”を使えば未来を読む事が出来る……い、いやいや、そんな使い方はしちゃいけない。でも……凄く不安なんだ。両親のように拒否されるんじゃないかと思うと、怖くてたまらないんだ……。
だが後にある事件が発生して、そのタイミングが遅すぎる羽目になるとは、うちもエレンも全く想像していなかった……。
太陽都市にはまだアンデッドがいなかったため、戦いはわずかに住み着いていたモンスターとしか起きなかった。むしろボーボーに生えまくって進行を妨げていた草を刈る方が多かった。芝刈り機の代わりに使うものじゃないんだけどなぁ、魔法も。
太陽都市をうちとエレンは別ルートを進むサバタと交互にスイッチや仕掛けを動作させて、道を開拓していく。最終的に中央広場への道が通じて、両方の道が合流した所で落ち合った。
「無事か?」
「問題ないわ、私もザジも」
「う、うん!」
「……何を緊張してるんだ?」
「き、緊張なんてしてないよ!?」
「………」
さっきの事があったからか、それとも自覚したからか、彼の顔をまともに見る事が出来ず、返事もしどろもどろになってしまった。そんなうちをエレンはニヤニヤして見てくるし、サバタは呆れてため息をついていた。そういう反応が余計恥ずかしい……。
そういう何でもない……しかし心が充足するようなひと時を味わいながら、うちらは中央広場にたどり着いた。目的地であるそこには……人間の眼のような装飾が施された、うちらの知らない凄い力が感じられる、金色に輝く石版と銀色に輝く金属板が少し高い所に浮かんでいた。そしてその下に生物的な翼……『風竜の翼』が落ちていた。
「何かしら……あれって私達の知ってるエナジーとも違う。ま、これはいいわ……それより目的の触媒、『風竜の翼』がこれで……」
「ッ! 離れろ、エレン!」
エレンが手を伸ばして『風竜の翼』を拾おうとした瞬間、銀色の金属板の眼から突然光が伸び、彼女の胸に突き刺さる。途端に辺り一面をすさまじい光量が包み込み、中心から衝撃波が発生する。それによってエレンの傍にいたうちが吹き飛ばされ、咄嗟にサバタが抱えて受け止めてくれた。
「な……何……!? 頭の中に声が!?」
「クッ……近づけない! 早くそこから離れろ、エレン!」
「何を……言ってるの!? わからない、わからないよ! え、私にどうしろって………! 認証? 接続って……いけない! ザジ!!」
「待っててエレン……今助け―――ッ!?」
突然金色の金属板の眼から一筋の光が伸び出し、避ける間もなくうちの胸に突き刺さった。その瞬間、頭の中に焼け焦げるような痛みが走った。まるで……心に何かが無理やり書き込まれていくようだった。
―――アニマ……仮面の認定……確認。
「ザジ! エレン! くそっ、どうなってる!?」
サバタが倒れ掛かるうちを支えながら、うちと繋がっている金属板を破壊しようと黒い銃で撃つ。しかし全く通じる気配が無く、それどころか今度はエレンを繋ぎとめている銀色の金属板と共に眼から淡緑色の光が伸び、うちと同じようにサバタに突き刺さる。
「ッ! 何だこれは……う、動けん……!!」
―――アニムス……認定……確認。
「ちか……らが……! 星読みが………勝手に……! ああ……や、やめてっ! うぁあああああああ!!!!」
抑えているのに……使おうとしていないのに、うちの“星読み”は意思に関係なく無理やり発動させられる。“星読み”は星々の動きから神羅万象、過去現在未来を読み解く技。それは究極的には常時の“未来予知”、“全知”にまで発展する。しかしそこまでいくと、永遠に無限にも及ぶ情報量の波にさらされ、自我、精神の崩壊を招くものだった。
うちが“うち”であるためには力を引き出し過ぎてはいけない能力。この旅を始めた頃からうちは“星読み”の底知れ無さを感じ始めていた。故に自分の心が破滅しないために、力を制御できるよう密かに頑張っていた。だから予知の精度が上がってきていたんだけど……うちとしてはこれぐらいの精度で十分、これ以上視えるようにしなくていいと判断していた。
なのに今……! “星読み”はうちの手に及ばない領域まで力を発揮してしまった。止める事が出来なかった……それはかつてのエレンと同じ、暴走だった!
『ヤツさえ! ヤツさえ!! ヤツさえ!!!』
『伯爵を倒したようだな、■■■■!! さすがは太陽少年……』
『憧れのシチュエーション、叶えてやったぞ』
「ま、待ちなさい! 二人を解放して……うわぁあああ!!!!」
『あの時、何故か無性に血が騒いだんだ。騒いで抑えられなかったんだ!』
『もはや猶予はない。決着のときだ……。おまえのおかげで俺の力は極限にまで高まった!! 全力で来い、■ャ■■!!』
「エレン!? くそが……! こんな訳も分からずに……!」
『さようなら……魔法少女たち……願わくば安らかな眠りを……』
『光と影、いつまでも終わらない闘争、犠牲になる命。こんな哀しいことが永遠に繰り返される世界……あっても虚しいだけでしょ?』
「ごめんなさい、ザジ、サバタ……私が迂闊だったせいで……!」
『本当の力とは……いったい何なのか? おまえにはわかるか、ジャ■ゴ?』
『この星に生きるすべての生命を切り捨てようとする銀河宇宙の意思。それに逆らおうと言うおまえ達だ……勝ち目の無い戦いにはなれている、か?』
『母を失い、父をたおし……それでも、俺達は前に進まなければならない。抗い続けること……それだけが、銀河意思に対抗するための唯一絶対の手段!! そうだろう、ジャンゴ?』
「そんな事はいい! それより、どうにかならないか!!」
『この方法しかなかった……どれだけ多くの人が力を合わせようと、全てを救う事は出来ない。せいぜい限りある“生の権利”をわずかに増やすのが限界なのよ、人間は』
『たとえどんなにつらくとも、もう二度と……未来をあきらめたりはしない!!』
『これで……いい、俺は……俺の生きた証を残せた。後は……おまえ達の時代だ!』
過去現在未来の時を問わず、二人の話した声が強く頭に響いてくる。それ以外の無数の声も聞こえるけど、それはあまりの情報量の波に飲まれてしまった。というより、うちの精神がもう耐えられなかった……。
記憶が……心が……砕けるッ! 過去も、旅も……たくさん! 嫌だ……忘れたくない……! 忘れたくないよ……! わす、れたくな…………。
「力が集束している!? マズい、爆発が起こる!!」
サバタが叫んだ次の瞬間、金属板同士の間から大爆発が発生した。その威力はうちらを中央広場の床から全員吹き飛ばすのに十分過ぎ、爆風に煽られたうちは遥か下にある大地に向かって真っ逆さまに落ちていった。
記憶の混濁と爆発の衝撃の影響が重なって意識が飛ぶ寸前に見えたのは、輝きながら飛んできた金色の金属板が反物質化してうちの中に入り込むのと、黒衣の少年がうちを抱き留めてくれた光景だった。
「な、なんやねんアレ!? 空から人が降って来るって、天空の城ちゃうんやから! チッ……他の連中もいない中、うち一人でやれるか? いや、“ひまわり娘”を襲名したうちがやらんでどないすんねん! いくでぇ!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ(幼少期)~~
「あん時は一瞬どうなるかと思ったけど、まあギリ何とかなって良かったで。な~んも無いけど、とりあえずゆっくり休んでってぇな?」
「世話になる……」
ちょっとした高台に建てられた屋敷に招き入れてくれた彼女に、爆発の影響でボロボロの俺達を招き入れてくれた事に礼を伝えておく。綺麗に手入れされた銀髪を一本に結った彼女は、老いても魅力的な笑顔を一瞬見せた後、すぐに横で寝ているザジとエレンの方を思案気に見つめた。
あの時……爆発のせいで太陽都市から落下した俺達は、落下地点に偶然いた老練の魔女が下から発生させた風圧によって落下の勢いを弱めてくれたおかげで何とか生き残れた。あの高さから落下して全員生きている辺り、悪運が強いと言うか、幸運が強いと言うか……。助けた魔女が伝説の“ひまわり娘”でなければ、今頃本当に死んでいたかもな。
それよりエレンとザジの様子だ。彼女達は未だに目が覚めておらず、ベッドで未だにうなされている。やはりあの金属板……あの構造から天然物ではあり得ない人工物が原因だろう。
しかしあれは一体何だ? 古の太陽仔が遺したもの……いや、あれには太陽の力は感じられなかった。なら月光仔……でもない。暗黒仔に最も近い人間の俺でも全く見当が付かないのだから、クイーンですらも理解出来ないだろう。触媒を求めるだけの旅が、なぜか魔女を集め、最後に謎を呼んでしまったな……。
「っ……ここは……?」
「お、気が付いたんか?」
一足先にエレンが目を覚まし、辺りを見回して俺達の姿を見つけると、安心した様にほっと息をついていた。
「はぁ……良かった。ザジもサバタも生きてくれて……私は死んでもいいけど、あなた達まで巻き込みたくないもの……」
「エレン……」
「自分は死んでもいい、か……あんたも大層歪んどるなぁ。何があったんか、後で詳しく教えてもらうで」
「あなたは?」
「噂ぐらいは聞いた事が無いか? 彼女は“ひまわり娘”と呼ばれる伝説の魔女だ」
「もう“娘”って呼ばれる歳でもあらへんけどな。ま、うちは運良く生き延びれただけの魔女や」
「あなたが……。お初にお目にかかります、私は“真空破”の魔女、エレンです。危ない所を助けていただきありがとうございます」
そう言って頭を下げるエレン。自虐的な部分は多いが、基本的に礼儀正しい彼女はそういう面はきっちり行う。
「ところでエレン、おまえは最後まで『風竜の翼』を離さなかったが……あの時は緊急事態だったんだから自分の身を優先しても良かったんだぞ?」
「探し物より私の命を優先してくれるのは嬉しい。でもあの時は“離さなかった”んじゃなくて、“離せなかった”が正しいわ。身体が全く言う事を聞かなかったのよ……まるで暴走した時のように……」
あの時の状態を思い出したエレンは、一瞬体を震わせて腕を抱いた。しかしすぐに気を取り直して、俺達の方に向き合った。
「サバタ……あれって何だったの?」
「わからん、俺もあんな物は初めて見た。しかし……『風竜の翼』が狙いすましたように丁度あの場所にあった事だが、まるで何かの意思によって誘い込まれたような気がする」
「何かの意思? 誰かしら、そんな回りくどい事をするなんて。それに……」
“あの金属板を取り込んでから妙な力が宿っている”
そうエレンは言った。ザジと同様に銀の金属板はエレンが取り込んだ事で、彼女に魔女の力とも違う力が宿ったようだ。力を望んでいない人間には力を与えて……望む人間には与えない、か。
「そんな物が宿って、大事ないか?」
「私は問題ない……けど、相当大きい力だからコントロールしようと思ったらかなり時間がかかると思う。魔女の力もまだ完全じゃないから、また暴走するんじゃないかと思って、正直結構不安ね」
「そうか……」
「それよりザジが気になるわ。“星読み”が暴走したという事は、凄まじい情報量が彼女の精神を襲ったということ……記憶や人格に影響が出てもおかしくない」
エレンが懸念している事は俺も同じ思いだ。暴走していたとはいえ、ザジの“星読み”の力は予想より断然強く、膨大な知識量に襲われて10歳の少女の精神が耐えられるはずが無い。
そして……それは現実のものとなってしまった。
「あ……あれ……?」
「お、この子も起きたようやね。大丈夫?」
「ザジ……自分がわかるか?」
「え? あの…………あなたは? あ、あれ? わから……ない? うち……あなたが誰なのか、どうしてここにいるのか、全然わからない……!?」
意識を取り戻しても、ザジは自分の記憶が砕けている事に耐えがたい不安を抱いて震えだしてしまった。取り乱しそうな彼女を俺は少し強引に引き寄せ、無言で彼女の背中をさする。
「わからない……全然思い出せないよ……! 怖い……怖い……!」
「大丈夫だ、ここにはおまえを傷つける者はいない。怖いものは何も無い。大丈夫、大丈夫だ……」
とにかく安心させてやらないと、辛うじて残った彼女の心が跡形も無く砕け散ってしまう。ガタガタ震わせている彼女の肩を抱きながら、精神が落ち着くようにひたすら撫で続ける。エレンもザジの手を握って安心させようとしてくれ、ひまわり娘は内側の方から暖かくしようとハーブティーを淹れに行った。
俺達の抱擁の中でハーブティーの香りも漂ってきた事で、もうしばらく続けるとザジの乱れていた呼吸が落ち着いて通常に戻ってきた。どうやら峠は越えたらしい。
「あ、ありがとう……もう、落ち着いたので大丈夫です」
「そうか……」
「……あなたに触れていると、あったかくて心が穏やかになります。名前も思い出せないのに、不思議ですね……」
「…………」
暴走の影響で記憶障害となったザジの言葉を聞くと、俺もエレンも複雑な気持ちになった。特にエレンはある事情を知っていたせいで、泣きそうな顔になっていた。
「ザジ……ごめんなさい」
「なんであなたが謝るんですか?」
ポカンと何もわかっていない様子のザジを見て、益々エレンは落ち込んでしまった。
「(あんまりよ……気持ちを伝えようと決意した直後に記憶喪失になるなんて……。こんなの辛すぎるわ……神がこんな罰を与えたのなら、人でなしの私に与えなさいよ……!)」
「え? え??」
終いには涙を流してしがみついたエレンに、流石のザジも困惑していた。自分の事を想って泣いてくれているとわかっているから、ザジも強引に振りほどかなかった。
ハーブティーを持ってきたひまわり娘に呼ばれて、俺達は一旦席に付いた。それでザジに記憶喪失の影響を話してもらったのだが、聞いてる内にエレンが精神的にまいって、また号泣してしまった。
「……とりあえずまとめると、ここ最近の記憶は全く思い出せず、過去も結構穴だらけ。だが部分的に覚えている事はあり、最も強く残っている記憶は両親に家を追い出される時。自分が魔女である事と、“星読み”の使い方、何か旅をしていた感覚などは残っている、と」
要するに俺やエレンと出会ったこの旅の出来事をほとんど忘れてしまったわけだ。あと、過去に受けた誹謗中傷や故郷の思い出なども忘れている。ある意味無垢な状態となった訳だが……この旅で心に刻んだ記憶はほんの僅かに残っているらしい。
ハーブティーを飲んで一息つき、俺は行く宛ての無い彼女をこれからどうしようかと考えた。記憶があっても無くても俺が帰る場所に、彼女を連れて行くわけにはいかないのが少々複雑だ。
「そうですか……魔女の力が暴走して記憶が……。帰るところも無いし、うち……これからどうすれば……」
「あんた、ザジやったか。行く当てが無いんやったらここに住まわせたる。せっかく助けたのに野垂れ死になんかされとうないわ」
「あ、ありがとうございます! お世話になります、師匠!」
「師匠? あ~師匠なぁ、悪くない響きや」
「……確かに伝説の魔女と言われるひまわり娘の下なら、魔女の力も制御できるように鍛えられるし、庇護を受ける対象としても文句が無い。少々歳が離れすぎてはいるが……」
瞬間、俺の背後から凄まじい殺気が襲い、背筋にゾッとする冷気が走った。『ゴゴゴゴ……』と擬音が聞こえてきそうなオーラを発生させて、彼女……ひまわり娘はにっこりと昏い笑みを浮かべながら俺の肩を掴んできた。
「おいアンタ……女に年齢の話すんな。シメるで?」
「さっき自分で娘って呼ばれる歳でもないって言ってたじゃないか!?」
「社交辞令やってことぐらい察さんか、クソガキ。……しばくで?」
あまりの殺気ゆえに硬直していると肩を掴む力が徐々に強くなっていき、骨がミシミシ言い始めた。正直、転がりたくなるぐらい凄まじく痛い。しかし金縛りにあったかのように身体は動かない。
「ッ!? わ、悪かった……俺が悪かった! 肝に命じる!」
「本当にわかっとんのか? 男から女に年齢の話をするのはタブーやってことを……?」
「わかってる! もう二度と言わない!」
「ふん。わかればいいんや、わかれば」
辛うじて動いた口で謝罪すると、肩にかかっていた万力じみた圧迫感が和らぎ、圧倒的殺気から解放された。ごく短時間の出来事なのに、解放された俺の身体にはおびただしい汗が流れていた。
「もう女性は怒らせないようにしよう……」
「賢明な判断ね」
殺気の巻き添えを受けて血の気が引いたエレンが同意して頷いた。一人きょとんとしているザジだが、ここに住むという事はいつかひまわり娘の地雷を踏む可能性が高い。また怯えなければいいが……。
「ザジの預かり先が決まったのは良いとして、エレンはこれからどうするのだ?」
「私は……私もしばらくここにいるわ。やっぱりザジが心配だもの……魔女同士、貴重な友達だしね。心配がなくなるまで付き添うわ」
「……そうか」
「その後は、前に言った様にまた旅に出るつもり。私とザジの中に入った謎の金属板……これが一体何なのか、それを調べておきたいのよ」
確かに得体のしれない代物が体内にあったら、誰だろうと不安に思うだろう。尤も、俺の身体にも俺自身を蝕むダークマターが宿っているからある意味お相子だが。
「(ぐぅ~……)あ、ちょ……み、見ないで……恥ずかしい……」
「あははは! 盛大に鳴ったなぁ! よっしゃ! 今日は色々あってお腹空いたやろ、すぐ夕ご飯にしようや!」
ザジのお腹が鳴って爆笑したひまわり娘の計らいを締めに、この会談は終結した。
「……………頃合い、か」
外は一筋先すらも見えない闇に包まれた深夜……今夜は泊めてもらう俺達にひまわり娘が用意した部屋で、俺は静かに立ち上がる。隣で寝ているザジとエレンを起こさない様に、忍び足で入り口まで進み、扉を開ける。
「……すまない。触媒を全て集めた以上、おまえ達の側にはもういられないのだ……」
銀河意思ダークに俺がこいつらに情が湧いたと判断されれば、『クイーン・オブ・イモータル』ヘルが自ら手を出して来る可能性が高い。そうなればいかな“ひまわり娘”といえど、二人を守り切る事は不可能だ。二人が生きる未来のためには、俺が早く二人と別れて闇の住人へ戻らねばならない。
「もう会うことも無いだろうが……おまえ達との旅、楽しかったぞ」
寝てるから聞こえていないだろうが……それぐらいの礼だけは言っておきたかった。もし……俺が暗黒に囚われていなかったら、普通の人間として出会えていたら、こいつらと共に歩む未来もあり得たかもしれないな……。
「……ずるいわね、サバタ」
「む……起きてたのか、エレン」
「雰囲気がいつもと違ってたから、こうなる予感はしてたの。でも……こんなにすぐに行かなきゃいけないの?」
「おまえはもう気付いているんだろう? 俺がイモータル側の人間……太陽を陰らせる暗黒の戦士だと。俺がここにいたら、イモータルの襲撃を招きかねない。そうなればおまえ達は死ぬ、絶対に……」
「だからって、何も言わないでいなくなるなんて……ちょっとずるいよ。記憶を失ってもザジは、あなたを恩人として特別視……いや、心を寄せている。あなたが本当はイモータルの味方だろうと、女の子に一度根付いた恋心はそう簡単に消えない。……戻ってきてほしい。イモータルとは手を切って、ザジを守ってあげて欲しいよ……」
「ダメだ」
「どうして?」
「………アイツが……俺の帰りを待ってくれているからな。だから帰らないといけない、どうしても」
「……そう。サバタにとってはそこが帰る場所なのね。そこにいればヒトの敵となる事もわかってて、それでもその人に想いを寄せているから……」
「…………」
「……ある意味、記憶を失ったのはザジにとって良かったのかもしれない。サバタに想い人がいると知らないまま、想いを封印して別れられるんだから」
「…………」
「心配しなくてもいい、彼女は私に任せて。……大丈夫、サバタは帰るべき場所に帰ったとだけ、ザジに伝えるから。それと…………私達を救ってくれてありがとう」
「…………そうか。さらばだ、エレン。“真空波の魔女”よ……」
そして……さらばだ、ザジ。“星読みの魔女”よ……。
この言葉は心だけで念じ、俺は部屋を出て二人の魔女……束の間に出来た仲間と別れた。
「……ばか」
去り際に聞こえたエレンの呟きが、この問答の中で最もズシリと心に重く圧し掛かった。
ひまわり娘に見つかると面倒なので、物音を立てずに素早く屋敷を出る。彼女は伝説の魔女、今の俺が戦った所で強行突破は出来るかもしれないが、勝ち目はないだろう。慎重に慎重を費やしたおかげで、屋内では見つかる事は無かった。
が、実は屋敷内に彼女はいなかった。年長者であるひまわり娘を出し抜くことが、そもそも難しいのだ。彼女は……屋敷の外で待ち構えていた。
「俺が来ると気づいていたのか?」
「これでもうちはアンタの親父、リンゴと旅をしたことがあるんや。この程度のこと、見破れん訳あらへんやろ。暗黒少年サバタ」
「俺の正体をそこまで見抜いていたとは、流石は伝説の魔女、ひまわり娘だ」
「なぁ……サバタ、あんたはこれからどうする気なんや?」
「……集めた触媒を利用して、暗黒城にエナジーを送り込む。充填された力は城を浮上させ、大気圏を越えて月へと飛翔するだろう」
「そしてクイーンの命令のままに、全世界に吸血変異を発生させるってか? そんな事、うちがこのまま見逃すとでも思っとるんか?」
「もちろん思わないさ。……俺の目的は別にある、クイーンにいつまでもかしずく気は無い。この旅で手に入れたこの四つの触媒を集めるように命令を出したのは確かにクイーンだ。しかし俺はクイーンの命令だから集めたのではない、俺自身の目的のために集めた。そこを間違えないでもらおう」
「要するにあんたはクイーンを利用してるだけ、そう言いたいんか? そしてうちに、それを信じろと言うんか?」
「信じようと信じまいと、俺には関係ない。そもそもおまえは信じるしかない。俺が帰らなければ、ここにはクイーンや彼女の手の者がやってくる。ザジ……二人の同族の安全を内心で第一に考えているおまえが、それを許容するとは思えないからな」
「…………」
「フッ……魔女同士、やはり仲間を大切に思う気持ちは強いか。だからこそ、俺はおまえにあいつを任せられる。………もう傍にいられない俺の代わりに、彼女の心に太陽を取り戻してくれないか。ザジは意地っ張りだが、実は寂しがり屋で結構な泣き虫だ。誰かが傍にいないと心配なんだよ、最初に旅に誘った身としては」
「…………やっぱり、あいつの息子やな。……しゃあない、あいつのよしみで引き受けたる。だけどこれだけ誓ってもらうで! “何があっても、どれだけ時が経とうとも、絶対にあの二人の味方でいること”……裏切ったら承知せえへんからな!」
「有無を言わせないつもりだな、その様子だと。……だが、了承した」
そうして俺の意思を確かめたひまわり娘は、無言で道を開ける。魔女が安息を得られる場所……その地を後にして、俺はあるべき場所へと帰って行った。
世紀末世界の混沌を体現した大地、イストラカン。その中心部である暗黒城へ……。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ(現代)~~
こうして昔の話が終わった時、視聴していた彼女達はそれぞれの反応をしていた。なのは、すずか、アリサ、はやてといった年少組はザジの記憶喪失について女子らしい意見を交わしていたり、ネロやヴォルケンリッターといった次元世界関係者は例の金属板の正体が何なのか考察していた。
「この後もかなり色々な事があったが、ザジとはサン・ミゲルでヴァンパイアに噛まれて暗黒物質に侵されたジャンゴにパイルドライバーを使う際に再会を果たした。彼女は先代の口調が移っていたものの“ひまわり娘”の肩書きを継承するほど成長を果たしていた。が、本質はあまり変わっていなかったように見えたな」
「でも旅の記憶が無いから、久しぶりの再会が感動的なものにはならなかった……」
「その通りだ、ネロ。そして思い出そうとしないという事は、それだけ今が充実していると考えた。なら無理に思い出させる必要も無い、そう思った俺は彼女の記憶を復活させようとはせず、最初からもう一度接した。……が」
「が?」
「やはり俺自身、記憶が影響して彼女だけ特別気がかりにしてしまった。そのせいか“ひまわり”は俺に恩を感じてしまったようだが…………そうか、そういうことか」
「兄様?」
別れ際にカーミラが言っていた。
『あなたのおかげで救われた心があった事を、時々で良いので思い出してください。それだけが私の、最後のワガママです』
この言葉の意味をようやく理解した。ザジとエレンの事を言っていたのだろう、恐らく。本当に俺が救ったのかと言われると疑問が残るが、俺の命を捧げると誓ったカーミラに捧げられなかった以上、彼女の遺言の通りに今度はあの二人に俺の命を捧げよう。
違う世界にいるのにどうやって捧げるのかは、流石にわからないが……。ま、あいつらがもし“こちら側”に来たのなら、全力を以って守る。何があっても、俺が絶対に……。
「サバタ兄ちゃん……」
「……ああ、そうだ。はやても、ネロも、フェイトも、アリスも、だったな……」
「……?」
この世界にも、俺が守ると決めた存在がいる。彼女達なら未来でザジとエレンに会えるかもしれない。世界にはそういう無限の可能性があることを身を以って体験している。
さて、僅かな希望に賭けてみるとするか。
「どうした? 今朝はやけに嬉しそうだな」
「……懐かしい夢を見ました。私の根幹となった旅の、唯一無二の親友達と過ごした温かい思い出を」
「ふむ、そうか。大事にしろよ、そういう大切なものはいつまで経っても色あせないものだからな」
「そうですね。今の私があるのは、その時の仲間達のおかげですから」
「……プライベートの時間は終わりだ。任務完了により本艦は本国へ帰還する、作業に入れ」
「はい、閣下」
時空管理局帝政特設外務省、通称アヴァランチ、第13紛争世界突入二課大尉にして全時空万能航行艦『ラジエル』司令官サルタナの副官。それが彼女……エレンの今の立場であった。そしてコバルトブルーの髪をたなびかせる彼女は新たな立場を得て、知人の手の及んでいない領域の戦いへと赴いていた。
「(それにしても今、この夢を見たという事は……もしかして二人のうちのどちらかが“こちら側”に来ているのかしら? そうだとしたら、会えるのが楽しみね……ふふふ……)」
後書き
書き溜めていた分はここで終了です。これから先は執筆時間が必要で、更に就活があるので遅くなります。
SEED編 旅立ち
前書き
久しぶりです、就活中に何とか一話出来たので投稿。
サバタ、ミッドチルダに立つ回
「それでは、なのはVSヴィータ、模擬戦開始!」
はやてが号令をかけ、上空で凄まじい勢いで衝突する両者。シャマルが張った結界の中で、彼女達はたゆまぬ研鑽に明け暮れていた。
そもそもこの模擬戦を行った理由はある日、「もっと強くなりたい」となのはが言った事から始まる。闇の書が覚醒して、俺が内部でナハトと戦っていた影響でヴォルケンリッターが暴走し、なのはが彼女達の相手をしていたのだが、際どい所で相討ちに終わった結果から、なのはは更なる強さを身に付けようと実戦経験を積みたいと頼んできたのだ。
それで彼女の相手には本人が志願した事もあって、ヴィータが務める事になった。ヴィータもヴィータで、暴走した自分たちをなのはが抑えてくれたおかげで、被害がほぼ全く出ずに済んだから、少なからず恩を感じていたらしい。
「それにしてもあの二人、今は対峙しとるけど中々息が合っとるよね。組ませれば良いコンビになるんとちゃう?」
「前衛と後衛と言う意味ではヴィータの立ち位置はフェイトも適しているが、そこは別の問題だ。時と場合が違えば状況も味方も千差万別、故に臨機応変に対応する必要があるからな」
「しかしミッド式の魔導師と、ベルカ式の騎士の組み合わせは基本的に盤石ではあります。攻撃にも防御にも十分な力を発揮できますから」
「ああ、前を騎士が守り、後ろから魔導師が高火力で撃ち抜く。リインフォースの言う通り、確かに安定した戦術が行える。ただ……私も戦いたい!」
「シグナムよ……楽しそうに戦う二人を見て戦意が高揚する気持ちもわからなくはないが、高町なのはの相手は今はヴィータに譲ってやれ」
「そうね。なのはちゃんも連戦は厳しいだろうし、ちゃんと休憩を挟んでからね」
周りからたしなめられた事で、渋々納得するシグナム。これ見よがしに落ち込むが、そんなに戦いたいのなら、俺が相手をしようか? ……魔法は無しの方向で頼むが。
しかし、上空の戦いを見てて思う。なのはは偶に無意識で“エンチャント・ダーク”を使っている時があり、特に魔力と相反するダークマターを砲撃にねじ込んだ、スターライトブレイカー・ダークというヴァナルガンドの破壊光線に匹敵する攻撃にまで発展させた砲撃が切り札となっている。
はっきり言ってこの魔法は、まともに受ければイモータルだろうと耐え切れないと思う。単純な攻撃力ではSLBが上だが、SLB・Dは対魔導師において貫通力や浸透力が桁違いに上昇し、更にエナジーが込められているため、魔力を消滅させる体質のイモータルが相手でも効果的なダメージが通るようになっている。恐らく次元世界と世紀末世界を合わせても最強の攻撃魔法だろう。
「末恐ろしいな……高町家」
「あれ、何気に私も一括りにされてる?」
そういえばいたな、美由希。恭也の代わりという事で来ていた彼女だが、何だかんだで彼女も並の人間ではてんで相手にならない実力を持つ剣士だ。P・T事件でほとんど出番が無かったから、あまり強い印象が無いのだが……。ま、シグナムの相手には十分過ぎる……というか魔導師を瞬殺した恭也みたく、騎士が相手でも凌駕するんじゃないか? 御神の剣士、底が知れないな。
この後も休憩を挟んで、なのははヴォルケンリッターの騎士それぞれと個人戦を行っていき、合間合間に俺や美由希がシグナムやザフィーラと組手や試合を行ったりした。そして今日の実戦訓練はかなり濃密な内容でこなされ、最も試合をしたなのはは結界を解除する頃にはぐったり疲れきっていた。彼女が努力家なのは認めるが、あまりやり過ぎないようにしないとな。
「………」
っと、どうやら俺に客人のようだ。はやて達に一言告げてから、俺は八神家から少し離れた場所に移動すると、例の夜に会った“二人”が現れた。
「今度は仮面をつけて変装しないのか?」
「あなたのおかげで必要なくなったからね、本来の姿で来たよ」
「まさかあなたが闇の書の中身を取り込むなんてね……ほんと、イレギュラーにも程があるわ」
リーゼロッテにリーゼアリア、彼女達がここに来たという事は、十中八九次元世界社会における闇の書の後始末だ。はやてには悪いが、しばらくの間遠出をする必要があるな。
「お父様がね、あなたと会って話がしたいって」
「そうか、そろそろ来るだろうと予想はしていた」
「出来れば早めに行きたいんだけど……大丈夫?」
「はやて達に一言伝えてからなら問題ない。あと、転移も必要ないぞ? 俺のバイクでミッドチルダへ飛べるからな」
「何気に凄いね、こっちの技術もそこまで高性能なバイクは作れないわよ」
「どうやって手に入れたのか知りたいけど……あれ大事なものなんだよね? 誰かの贈り物だったりするの?」
「……ああ」
ただ、八神家に置き場が無いから今は月村家……というか月村すずかに預けている。月村忍には解体しない様に釘を刺しているし、すずかにも姉の監視を頼んでいるから大丈夫だろうとは思うが……。
「じゃあミッドに来た時はこれで連絡して。案内するから」
「そうさせてもらおう」
通信機を渡して要件を伝え終えたリーゼ姉妹は、来た時と同じように転移で一瞬の内に姿を消した。本当にそれだけをしに来たって感じだが、ともかく俺はしばらくの間、地球を離れる事になりそうだ。
まあ、ミッドに行けば、フェイトとアリスの様子も見られるだろう。それはそれで楽しみか。
そうして八神家に戻ろうとした時、前にお守りを爆散させた神社の巫女と会った。そこまで時間が経っていないはずなのに、凄く久しぶりな気がした。なお、前回会った時はアリスが憑りついていたが今はいないため、アリスが成仏したのだと彼女は勝手に思っていた。
実際は転生して“太陽の使者の代弁者”に生まれ変わったのだが……わざわざ教えずとも問題ないか。
「それよりも最高傑作が出来たんだよ! お守りとしては過剰過ぎる力を込めたけど、これさえあればもしテロリストに襲われたり、大爆発に巻き込まれたりしても、なんやかんやでちゃんと助かるぐらいの幸運が発動するよ!」
「それもう幸運グッズどころじゃない代物だな。そこらの防具をはるかに上回る性能のアクセサリーだ」
「一個作るのに3か月もかかったけどね……でも、これなら絶対に君の悪運も防いでくれるよ。……多分」
「自信がないのか?」
「そりゃあ前回、悪運だけでお守りを爆散されたからね……。私の巫女としての神力を全身全霊で、かつ純度高めで込めて、やっと対等になるぐらいだと思うんだ。これ以上のお守りは私も作れないから……いざ、勝負!」
そう言って彼女がまるでラブレターを渡すように純白のお守りを差し出してきた。妙な対決だが俺もそれなりに覚悟を決めた面持ちで、お守りに手を伸ばす。ゆっくりと俺の指がお守りに触れ、掴み、持ち上げる。俺に触れた一瞬だけお守りは閃光を発したものの、爆散はしなかった。そして最初の時のように焼け焦げるような雰囲気も無かった。
つまり……お守りの勝利、巫女の執念と意地と努力の勝利だ。
「や……やったぁー!!」
「本当によく頑張ったものだ、素直に称賛する」
「ありがとう! ひたすらこのお守りを作るためだけに修業してきた甲斐があったよ!」
これのためだけ……か。どこまでも純粋に挑んだのだな、彼女は。
「ところでこのお守り、いくら払えば良いのだ?」
「え? あ~……そっちは考えてなかった。とりあえず普通のお守りと同じくらいでいいよ。私も良い修業になったし」
「いや……流石にそこまで努力して作り上げた物を、大量生産品と一緒に扱うのは俺の気が済まない。少なくとも20倍は払わせてくれ」
「え!? い、いやいやいや!? 私は別にお金のためにやったんじゃないから、そんな……」
「謙遜は時に美徳だが、やり過ぎると逆に相手に失礼だ。大人しく受け取っておけ。これは感謝の気持ちなのだから、拒否するのはその気持ちを無視する事になるのだぞ」
「わ……わかった、そこまで言ってくれるんならありがたく受け取っておくよ。それと……あなたの未来に幸があらんことを」
初めて会った頃と比べて桁違いにレベルが上がった巫女の祝福の言葉は、それなりの重さがあるように感じられた。
……さて、行く前に彼と連絡をしておかないとな。通信機は……と。
「俺だ……用事でこの世界を離れる。例の件、忘れるなよ? ……いざという時は“彼女達”を任せるぞ……“リボルバー・オセロット”」
「はやて、しばらくの間家を空ける」
「へ? サバタ兄ちゃん、どこか行くん?」
「ああ、ミッドチルダに行く用事が出来た」
その事を告げると、ヴォルケンリッターやネロが一瞬ビクッとしてざわついた。確かに闇の書がらみの件だが、別に危険にさらしに行くわけじゃない。
「俺が行く理由は簡単だ。はやての手元に闇の書がある事が、既に管理局に知られている」
『なっ!?』
「と言っても、所在を知っている人間はごく僅かだ。そして俺はそいつらとP・T事件の最中に接触していた」
「そんな前から会っとったん!? なんで教えてくれへんかったん!?」
「まあ、色々あってな。そいつらの事情もついさっき知った所だ。それでこれから闇の書をどう扱うか話す……と言っても、具体的にはこの前決めたように公にはパチモンとして扱われるように、どう動くのか話し合うだけだ。おまえ達に危険は及ばないだろうから、安心して待っていると良い」
「サバタ兄ちゃん……それ、私も行った方が良いんちゃう? ほら、闇の書の主が直々に出向いた方が、色々印象も良くなったりせえへん?」
「主の言う通りだ、それに兄様にだけ危険な橋を渡らせたくない。それに私は本来、闇の書の罪を負うべき存在だ。大人しく待つだけで居たくない……!」
「そうだぜ! 闇の書のバグを何とかしてくれたのは兄ちゃんじゃねぇか! これからは一人でやらずに、あたしらにも協力させてくれよ!」
「兄上殿、私達は騎士です。騎士は主を守るもの、なのにこれでは守られてばかりで全く役目を果たせていない! 今度からは私達にも守らせてくれ!」
「うむ、我らは夜天の守護騎士。名乗るだけのお飾りな戦力では無いのです……!」
「皆と比べてひ弱ですけど、これでも私は騎士です。主のためなら、この命を差し出す覚悟は持っています!」
はやて、ネロ、ヴィータ、シグナム、ザフィーラ、シャマルが意気込みを示して、同行を促して来る。彼女達の言い分は尤もだと思うが、しかし……役目が違う気がする。
「別に戦いをけしかける訳じゃないから、騎士達が来ても意味がない。それにはやてもまだリハビリは途中じゃないか。大袈裟に考えずとも、単に人と会って話して来るだけだぞ? こんなおつかい同然の用事、一人で十分事足りる」
「ですが……!」
「どうしてもと言うなら俺がいない間、騎士達ははやてを守り切れ。そしてはやても、無理せずにリハビリに専念するんだ。それだけで俺としては十分助かる」
『…………』
「……わかった。別にこれで会うのが最後って訳や無いし、帰って来るんなら大丈夫やね。フェイトちゃん達の事も見てくるみたいやし、単純な一人旅ってことなら大人しく見送るわ」
「そうか……ありがとな」
はやてが了承した事で、騎士達も渋々だが納得してくれた。暗黒剣に麻酔銃、暗黒カードを持って準備を終えた俺は、八神家を後にした。
預けているバイクを返してもらいに月村家に向かうと、庭ですずかが俺のバイクの機関部をメンテナンスしていた。まだ小学生の彼女がメンテナンス出来る理由だが、どうも月村家は機械工学系に関してのスペシャリストらしく、彼女もその例に漏れず、機械に関してなら凄まじい知的好奇心を秘めている。
「うふふ……“ムーンライト”の事は私が一番わかってるんだよ? ほら……ここがイイんでしょ……?」
どうやら彼女に預けている間、彼女にバイクの中身を隅から隅まで調べ尽くされていたらしい。すずかの目が異常にぎらついている。そしてニックネームも勝手につけられていた。……センスは悪くないから変えて欲しいとは思わないけど。
ま、確かに単独で次元世界を移動できる機能のあるバイクは他に無いから、次元世界中最先端の技術が使われていると見て間違っていないだろう。そしてそんな技術の塊であるバイクが、機械大好きな人間の前に無防備で置かれていたら……こんな風にもなるか。
「すずか、さっき連絡した通りにバイクを取りに来たんだが?」
「アハハハハ…………あ!」
声をかけて正気に戻ったすずかは、先程の痴態で一瞬真っ赤になったものの、咳払いしてすぐ元通りに取り繕っていた。変わり身早いな、この子。
「もう来てたんですね、サバタさん。メンテも終わったので、バイクの調子は万全ですよ」
「そうか。手間をかけさせたな」
「いえ、私もこういう機械に触れる機会がもらえて楽しかったですよ。…………ありがとうございます、サバタさん」
「? どうしたんだ、急に礼を言うとは」
「だって……私がこうして楽しく生きていられるのは、サバタさんが守ってくれたからなんですよ。ヴァナルガンドに取り込まれた時、サバタさんが身を挺して駆け付けてくれなかったら、今頃私は……」
「……あの戦いは終わった、夜の一族の事も思い悩まなくてもいいんだ。これ以上、幻想の恐怖を味わう必要は無い」
「はい……!」
「さて、すずかのおかげで移動中、“ムーンライト”に不調が起きる事はなさそうだ。礼を言うぞ」
すずかは自分が勝手に付けたバイクの名前が受け入れられた事に嬉しさで微笑み、「いってらっしゃい」と言ってくれた。本当に……ここにいる人間は性根が良いヤツばかりだ。
「目的地は第1管理世界ミッドチルダ……行くぞ!」
次元転移システムを起動させて空間が歪曲したハイウェイが伸び、その道をアクセルペダルを踏み込んで突っ走る。そして俺は、世紀末世界と異なる地球を後にしたのだった。
次元世界を渡る道には星の光も無く、光の道以外には光点が一切ないどんよりとした空間が続いていた。宇宙空間と同じように人間が生身でいるにはあまりに過酷な環境の中でも、バイクが周りに張っているバリアのおかげで俺の身体は何ともなかった。
「む? あれは……」
ミッドに行く途中、次元空間の中を謎の巨大な施設が漂っているのを目の当たりにした。どうやら廃棄されて久しいようで、外装は崩壊や風化がかなり進んでいる。しかし施設に使われている技術は地球上では見たことが無く、次元世界の技術がどれほど進んでいるのか、こうして末端を見るだけで驚くべきものだった。
「十中八九無人……だろうな。こんな所に住むような人間がいるとは思えない」
断言した俺はバイクの速度を上げ、廃棄施設を背に走り去った。
その頃、施設最深部。崩壊した外装とは裏腹に最新鋭の設備がある部屋の中央にて、紫色の髪の男は一人、先程通り過ぎていった彼の事を呟いていた。
「ふむ……あのバイクに使われている技術、見たことが無い。もしや彼が第97管理外世界、地球で発見された異世界の暗黒の戦士かな? ほうほう、こうして見ると中々不思議な雰囲気の少年だ。“無限の欲望”である私が久しく興味を抱く存在に出会えるとは! まだまだこの世界も捨てた物では無いね! よし、そうと決まれば娘達に頼んで少し探ってもらうとしよう!」
男はすぐさま自分が作り上げた娘達に連絡を取り、動き出した。
彼の名はジェイル・スカリエッティ。後に次元世界全体を震撼させる科学者である。
着いたか……ここがミッドチルダ……。地球の都会よりはるかに進んだ技術で作られた機械や建物が至る所にあり、街を行き交う人間は最先端のファッションを着こなし、あらゆる場面で魔法の光が見られる。そんな場所を想定していたのだが……、
「まさか緑一色とはな、初っ端から予想を裏切られたよ」
どうやらバイクの出口が森林地帯に通じたらしく、都会とは真逆の場所にたどり着いたようだ。とりあえずミッドに着いたなら連絡してくれとリーゼ姉妹に言われているため、彼女達に通信機で連絡を送る。
ザザッ、ザザ~ッ……。
「? ……通じないな、どういう事だ?」
この通信機は次元世界間でも通じる程の性能じゃないが、同じ世界にならどこでも通じるはずだ。ここがミッドチルダなら、例え森林地帯でも問題ないのだが……。
「びゃあっ! ぎゃあっ! ひぇんっ!」
む、これは泣き声? しかも赤子の……どうしてこんな人気が無い場所に? ともあれ、ジャングルで大声を出すのは明らかにマズい。いくら人間の赤子でも肉食動物なら容赦なく糧としてしまう。
俺はバイクを走らせ、声の下へと急ぐ。森の獣は大きな音に敏感だ、当然こちらの存在に驚いてほとんどの動物たちが我先にと逃げ出す。俺もこういう生態系を無闇に乱すような真似は避けたかったのだが、急いでいるから内心で謝罪しておく。
グルルルルル……!
「ひゃあ! びゃあ! ひえっ!」
何とか見つけたものの、ダンボールの中で羽毛にくるまった赤子の傍には、腹を空かせて涎を垂らすクマのような外見の猛獣がいた。今にも襲い掛かりそうな猛獣に、一刻の猶予も無いと判断した俺はアクセルペダルを更に踏む。
グォォオオオオオ!!
未だに泣き止まない赤子を喰らおうと、一気に飛び掛かる猛獣。その強靭な爪が生まれて間もない命を食物連鎖の中に引きずり込もうとした瞬間、バイクを走らせながら俺の手はダンボールの中から羽毛を掴んで赤子を引っ張り、抱え込む。刹那の差でダンボールが超重量によって押し潰され、猛獣は獲物にありつけなかった悔しさのこもった雄叫びを上げる。
「キャッキャッ!」
「こちらの焦りも知らないで……赤子はのんきだな」
猛獣が追い掛けて来ない事を確認しながら、無邪気にはしゃぐ赤子の様子にため息を漏らす。
それにしても……つい思わず助けてしまったが、これからこの子をどうしよう? 連れて行く? いや……寿命が残り僅かな俺が連れて行くのは色々と不都合だ。となるとどこかの街や村、集落でこの子を育ててくれるように頼むしかないか……。
子連れ狼? じゃあこの子の名前は大五郎か? 言っておくが、この赤子は女の子だぞ。
全く……いくら何でも森の真っ只中に子供を捨てなくともいいだろうに。余程思い詰めていたのか……いや、それとも何らかの事故に巻き込まれたのか? この世に生を受けて早々、この子も大変だな……。
しかし、このバイクがオフロードも走行可能で良かった。道なき道を走り続けて30分、ここまでエンストやパンクが起きる気配が一切なく、すずかのメンテナンスが行き届いている事にかなり感謝した。
そのおかげでバイクはとある小さな集落に無事たどり着き、突然現れた俺達に集落の人間は驚いていたものの、赤子がいる事で話を聞いてくれる姿勢を示してくれた。そこでこちらの事情……ミッドに行く途中だったが、どういう訳かここに降り立ち、赤子の泣き声が聞こえた事で急いで助けた事を伝えた。赤子に関しては詳細を一切知らないが、助けたから引き取ってくれる所を探しているとも話した。
それらの話を聞いた集落の長老は、ゆっくりと一つ一つ語りかける様に説明を始めてくれた。
「なるほどのぉ……まず若いのに伝えておかなければならないのは、ここはミッドチルダではないですぞ。第6管理世界アルザス、わしらはその地方少数民族“ル・ルシエ”という者達ですじゃ」
「何だと!? という事は俺は降り立つ世界を間違えたのか……!」
道理で通信機が通じない訳だ。単純すぎる理由に、俺はたまらずため息を吐き出す。
「そうなりますなぁ。それであの赤子でございますが、もしよろしければわしらが引き取りましょうか? あの子には強力な竜の加護があるように感じますので、将来有望なのですじゃ」
「竜の加護?」
「はい、わしらの種族は竜と共存していく生き方を貫いております。あの子の生まれがわからなくとも、竜の加護があればわしらの同族も同然。なので家族として接する事にためらいはありませんのですじゃ」
「そうか……では、任せてもいいか?」
「もちろんですじゃ、お若いの。今日はあなたのような者と、新たな家族に出会えた喜びに感謝を捧げましょうぞ」
そういう訳で赤子……“キャロ・ル・ルシエ”はこの集落に向かい入れられる運びとなった。彼女がこの先どう生きるかはあずかり知らないが、せっかく助けたのだからせめて俺や魔女のような目に遭わず幸せに生きて欲しいものだ。
「さて……どうして俺はアルザスに来てしまったのかな、と……」
世界を渡った“足”であるバイクの次元転移システムを調べると、原因はすぐにわかった。なぜなら……、
「しまった。目的地の座標、設定し忘れていた……」
俺にあるまじき凡ミスだ……。居心地の良い環境に居過ぎて、感覚が鈍ったか? 猛省せねば……。
気を取り直して目的地にミッドチルダの座標を設定し、ルシエの里に別れを告げて改めて出発する。今度は5分程度で世界移動が完了し、ミッドチルダに到着した。今度はさっき考えていたような都会らしい街並みではあったが、意外にも地球の都会と建築様式ではそこまで大差が無かった。そして……、
「またか!」
目の前でボンネットが炎上している自動車を発見。勢い余って近くの建物に突っ込んだ大型車との衝突事故のようで、周りには野次馬が大勢いるが、誰もがこの炎を前にして物怖じしていた。やれやれと思いながら即座にバイクを停止させ、ガソリンに炎が燃え移る前に搭乗者の安否を確認しに向かう。
衝突でひしゃげて開かなくなったドアを強引に引き剥がして自動車の内部を見るものの……運転手は何故か実弾を脳天に撃たれて即死していた。助手席にいた女性も身体の左半分が衝突時の衝撃で潰されて動けずにおり、まだ息はしているが助かる見込みが無かった。
「む……すめを……! ティ……ア……ぁ……を!」
「………!」
後部座席にはオレンジ色の髪の少女が奇跡的に目立った怪我も無いまま気絶している。ただ、少女の母親は既に明確な意識や思考が出来ない出血量だ。自分の死を目前にしてもなお、無意識下で娘の事を第一に告げてくるとは……母親の強い意思に尊敬の念を抱く。
彼女の執念を無駄にしないためにも、すぐさま少女を抱えて自動車から退避。その瞬間、ガソリンに引火した自動車は大爆発を起こし、爆風に一瞬足がすくわれそうになるものの、どうにか逃げ切る事は出来た。まるでこの少女が助かるまで炎を抑えていたかのような……、……流石にどうだろうな。都合のいい美談はフィクションの中だけで十分だ。
「そこの少年! 大丈夫ですか!!」
とりあえず……駆け付けてきた青い髪の女性管理局員に、こちらの保護を頼むとしよう……。アルザスの一件も含め、この一時間だけで酷く疲れてしまった……。
管理局ミッドチルダ地上本部。俺がリーゼ姉妹と向かうはずだった場所に、どういう訳か彼女達の案内も無く、関係ない理由が連続で重なった事で到着してしまった。そして俺の目の前には、家族の死を悲しみながらも、しつこいぐらい礼を繰り返して来たオレンジ色の髪の青年がいる。
彼の名は“ティーダ・ランスター”。先程の少女、“ティアナ・ランスター”の兄らしい。
「妹を助けてくれて、本当にありがとう……君が駆け付けてくれなかったら、俺は何も知らないまま全て失っていた所だった」
「銀行強盗が脱出に使った暴走トラックとの衝突事故……しかも銃撃戦に運悪く巻き込まれて父親が即死したのが原因か。相変わらず対応が遅いな、管理局は」
「全くだ……失ってからじゃ何もかも遅いのに、うちの上層部と来たら! 面子やプライドばっかり気にして、被害に遭った人の事なんか全然考えちゃいない! 俺が別の場所でこの事件の犯人を捕まえる包囲網に加わっていた時に、上は家族が事故にあった連絡を寄越そうとしなかった! 犯人逮捕にばかり目を向けて、救助部隊の到着を遅らせたんだ! ランスターの弾丸は守るために存在するってのに! チクショウ……チクショウ!!」
「………………ならば今度こそ、自分の手で守れ。おまえの弾丸が守るべき者のために存在するのなら、誰かの思想や思惑じゃない、自分の信念に従って行動するんだ」
「ああ……! 俺は……絶対に守り切って見せる! 妹だけじゃない……俺達のような目に遭った人たちが、これ以上悲しまなくていい様に俺は戦う! 戦い抜いて見せる!!」
両親を失った事で、これから彼の手で妹を養っていく事になるが、この覚悟を見ていた俺は彼なら問題なくやっていける気がした。もっとも、突撃し過ぎて返り討ちにされる可能性も無きにしも非ずだが、その時に残された妹がまともでいられるか正直心配だ。
待合室を出ると、俺をここまで連れてきた青髪の女性が様子を見に来ていた。ちなみに“ムーンライト”で同行したため、バイクはここの駐車場に停めている。
「初めまして、改めて自己紹介しておきます。私はクイント、クイント・ナカジマ。所属は首都防衛隊で、階級は陸曹……まあいいや。それより君……え~っと……」
「サバタ」
「サバタさんですね。一管理局員として、救助が遅れた事を謝罪します。申し訳ありませんでした」
「それは中にいるティーダに言ってやれ。俺はただ通りすがっただけだ」
「そうですか……しかしあなたの勇敢な行動のおかげで、一人の尊い命が救われました。本当に……ありがとうございます!」
「…………はぁ」
なんだか妙に絶賛されている気がする。単にやれることをしただけなのだが……俺が淡白過ぎるだけか?
「それでサバタさん、あなたはこれから何か用事があったりするの? 差し支えなければ教えて欲しいんだけど」
「……ある者達と待ち合わせている。リーゼロッテとリーゼアリア、この二人とだ」
「え、グレアム提督の使い魔さん達!? あの有名な二人と本当に待ち合わせを……? 失礼だけど、確認してもいいかな?」
「する必要は無い。もう向こうから来ている」
「え?」と後ろを振り向いたクイントは、いつの間にか来ていたリーゼ姉妹の姿を見て、年甲斐も無くかなり驚いていた。俺は知らなかったが、この二人は管理局内でかなりの有名人らしく、実力も随一でエースクラスなのだそうだ。
……何故か強いイメージが湧きにくいが、原因はリーゼロッテに負け犬根性が身についてしまったからだと思われる。猫だけど。
「あのさぁ……こんな風に合流するんじゃなくて、普通に案内するつもりだったんだけどなぁ、私達としては」
「俺も当初はそのつもりだったさ。しかしトラブルが続いて、仕方なかったのだ」
「それがどうして人名救助して事情聴取されて身動きが取れなくなる羽目になるのよ……。呼び出されるこっちの身にもなりなさいよ……」
「元々呼ぶつもりだったのだから別に構わないだろう」
「道案内で呼ばれるのと、身元保証人として呼ばれるのとでは全然意味が違うよ!」
「はぁ~、やっぱあなたには色んな意味で勝てる気がしないわ……」
ともあれ彼女達と和やかに会話している事で、クイントも俺がリーゼ姉妹と待ち合わせていた事を信じてくれた。二人に任せておけば大丈夫だと判断した彼女は、「もし何かあったら遠慮なく頼ってね!」と言い残して仕事に戻って行った。
それから俺は二人の主であるグレアムに会うため、地上本部でも偉い人間が使う待合室の前まで案内された。道中、リーゼ姉妹に案内されている俺を「誰だ……?」という視線で見てくる局員が何人かいたが、別に気にもならない。
「お父様はこの中よ」
「開けるね」
そして待合室の扉を開けてもらい、俺はリーゼ姉妹の主にして、八神はやての生活保護者、ギル・グレアム提督と邂逅した。
「よく来たね、君がサバタ君か」
「こちらこそ、ようやく会えて嬉しいぞ。ギル・グレアム……」
「はっはっは! なるほど、確かに君はフェイトさん達が話してた印象通りだな! 年上相手でも物怖じせず、常に自分のペースを保っている。そして……守ると決めた者は必ず守る」
「“必ず”なんかじゃない。俺は全てを守れる程強くない……だから“出来るだけ”が正しい」
「そうなのかい? だけど……君は闇の書の中身を、自らの未来を代償にして取り込んだ。あの子……はやての未来を守るために」
「……ま、成り行きでだ。死の宣告を受けるのは、俺一人で十分だからな」
「君は死ぬのが怖くないのかい? どうしてそこまで自分を犠牲に出来るんだ?」
「簡単な事だ。どうせ生き残るなら、より大きな未来がある人間を生かした方が良い。俺には最初から、未来が無いのだから」
暗黒物質に侵されたこの身体は、ナハトを取り込む前から既に寿命が尽きるのが目前だった。ナハトを取り込む時、それを更に短くする事には気づいていたが、躊躇は無かった。
「それに犠牲とは心外だ。俺は俺の心のままに戦い、抗い、生きているだけだ。あいつらの輝かしい未来、まぶしい笑顔、それを守るために俺の命が必要だっていうのなら、迷いはしないッ!」
『―――ッ!!!』
一瞬だけ発した俺の気迫、死んでも大切なものは守りきる覚悟を正面から受け止めた彼ら3人は、自分たちの息が一瞬止まっていた事に驚き、咳き込みながら呼吸を整えた。
「はっ……はぁ……! その歳でこの気迫……やはり君は我々と違って過酷な世界で生きてきたんだね。これでもかなりの修羅場は潜り抜けてきたつもりだけど、君もそれに負けない戦いを潜ってきたようだ」
「別に…………運が良かっただけだ」
「いや、戦場では運が働く要素なんてごく僅か。生き残れたのは紛れも無く自分の実力だよ、サバタ君」
「そうか」
「……闇の書の悲劇は、君が自分の命を以って終わらせた。君の命を最後に、私達の復讐は幕を閉じた。これでクライドも少しは浮かばれると良い……」
「クライド……?」
度々出て来るその人物の事を尋ねると、グレアム達から詳細を話してもらった。それによると彼の名はクライド・ハラオウン。クロノの父親で、リンディの夫。11年前に闇の書を封印しに任務を行っていた所、闇の書が暴走して戦艦ごと飲み込まれそうになり、彼が自らの命と引き換えに暴走を喰い止めている間に、彼の上司だったグレアムは被害が広まらない内に、アルカンシェルという核兵器みたいな砲撃で始末をつけた。
そして……今回の計画は、かつての部下だったクライドみたいな人間をこれ以上増やさないために立案したらしい。尤も、それは俺の介入によって土台から崩された訳だが……。
「しかし……君を見ていると、あの時のクライドの声が耳に聞こえて来るようだ。彼は通信が切れる最後に、こう言ったんだ。『間接的だろうと家族の命を守る事に繋がるなら、俺の命ぐらい惜しくないさ』ってね……。本当に……彼のように立派な心の人間は他にいない。いや……いなかった。そう、彼の他にもう一人、こうして出会えたのだから……」
「…………」
「この先、何があってもはやて君の将来は約束しよう。それが、君に対する最大の報いとなるだろうからね」
「……ああ」
そこから闇の書の所在が公にバレた時、……“夜天の魔道書”を“夜間の書”というパチモンとして扱われるように根回しする話をして、この場は解散した。立ち去る際、グレアムもリーゼ姉妹もどこか吹っ切れた清々しい表情をしていたのが、やけに印象的だった。
後書き
リボルバー・オセロット:メタルギアソリッドの宿敵。A’s編覚醒で出て来た”白髪の男”とは彼の事。時系列はMGS4の数年前。
宿泊
前書き
MGS要素増加回。ある意味アンチでしょうか?
ひとまず要件が済んだのは良いが、折角ミッドチルダへ来たんだ。テスタロッサ家の現状でも拝みに行くとするか。……と思っていたのだが、途中で先程の青い髪の女性局員、クイント・ナカジマと鉢合わせた。別に彼女に対して悪印象は無いから、フェイト達を探している合間の話し相手には丁度いいかと思い、現在まで適当に会話をしていた。
「へぇ~、サバタ君って今裁判中であの大魔導師と名高いプレシア・テスタロッサさんと対等に戦える実力を持ってたんだ? しかも巷でファンクラブも存在するリーゼ姉妹や、彼女達の弟子で最年少執務官と言われるクロノ君、彼の母親で子持ちとは思えない見た目のリンディ提督、そして歴戦の勇士という通り名を持っていて、かつ顧問官のグレアム提督とまで知り合いとか……何気に凄い面子と繋がりがあるわね」
「言われてみればそうだが、それよりこんな所で油を売っていてもいいのか? いい加減、仕事に戻った方が良いのではないか?」
「いやぁ~なんかうちの隊長が君に興味持っちゃってね、暇ならちょっと顔出してくれないかなぁ~、なんてさっきからずっと思ってたりするんだけど、どうかな?」
「悪いが、こっちはテスタロッサ家の様子を見に来たんだ。あまり寄り道したくない」
「そうは言うけど……調べてみたらプレシアさん達、今日は高等裁判みたいなのよ。今回の裁判が終わって本局から戻って来るのは、始まった時間を考えると明日までかかると思うわ。今日は流石に忙しいだろうから、行っても会えないだろうし……」
「裁判とはそこまで時間がかかるものなのか?」
「まあね。色々事件の内容や証拠を検証したりしていく訳だし、そこからの判決を導き出すのにもかなり時間がかかるものだしね。私は裁判官じゃないから詳しい事はわからないけど、結構ややこしいものなのよ、一つの裁判を終わらせるってのは」
ふむ……要するに今日は都合が悪いのだな。明日出直すか……しかしフェイト達に会わずに帰ったら、はやてが『行った目的半分果たしとらんやろっ!』ってツッコミを入れてきそうだ。それにクロノも『次元世界移動を許可も取らずにポンポンやらないでくれ』と疲れ目で言ってきそうだ。
「仕方ない……今日はここで一日を越そう」
「越そうって……まさか野営とか野宿する気? こんな大都会のど真ん中で!?」
「そうだが?」
「やめてよ!? これでも私は家庭持ちでれっきとした管理局員なんだから、そういうのは見過ごせないわ! 今日はウチに泊まっていきなさい、というか泊まって!」
「いや……一応野営はかなり場数を踏んでいるんだが……」
「大丈夫、一人や十人増えた所でウチは問題ないわ」
「いくら例えでも、十人は流石に多過ぎだろう……」
「と・に・か・く! サバタ君は外で勝手に野宿しないで、ちゃんとウチに来る事! いいわね!!?」
「あ、ああ……承知した。感謝する」
「よろしい」
津波のような勢いで告げてくるクイントに押し負けた俺は、渋々彼女の家に厄介になる事を決めた。言質を取ってドヤ顔で胸を張る彼女だが、何と言うか……俺ってこういう押しの強い女性に弱いんじゃないか、という気がしてきた。思い返せばはやての時もそんな感じだった……何故か少し落ち込むな。
「……で、“隊長”はどこにいるんだ?」
「お! 会ってくれるのね? でも気が変わったのはどうして?」
「一宿一飯の恩……とでも言えばいいか?」
「なるほどねぇ~……何となく君の性格がわかってきたかな」
「…………」
勝手に理解されてもな……それが真実かどうかなんて、本人にしかわからないというのに。
ともあれ、クイントの案内で首都防衛隊……地上本部のエリートが集う精鋭部隊の部署に顔を出した。道中、クイントから聞いた内容によると、本局がよく優秀な部隊員を横暴に引き抜きするせいで、人事の変動が激しいのだそうだ。それによって地上と本局の関係はかなり悪く、レジアスという男がよくブチ切れているとか何とか……。
ま、俺から言える事があるとすれば……。
「他所の組織のゴタゴタなぞ知った事か」
「うわ、ぶっちゃけた! この子、凄いことぶっちゃけたわね、クイント!?」
「こう言ってるけど、別に性根は全然悪くないのよ、メガーヌ。むしろひたすら純粋な精神の持ち主なのよね」
「確か先程の人命救助、通りすがっただけのこの少年が成し遂げたのだったな……ふむ……」
クイントの同僚である召喚士メガーヌ・アルピーノが面白そうな人を見つけたような目で俺を見つめ、“隊長”の騎士ゼスト・グランガイツが興味深い様子で頷いていた。
「ところで俺を呼び出しといて、何の用があったんだ? 頷いていないで、いい加減話してくれ」
「ああ、すまなかった。改めて自己紹介しよう。俺は首都防衛隊、隊長ゼストだ」
「メガーヌよ、よろしくね。それであそこにいるのが私の召喚虫ガリュー」
「……(ぺこり)」
人型の甲殻類のような身体をしているガリューは、無言で丁寧なお辞儀をしてきた。なのでこちらも軽く会釈しておく。しかし……この部隊は召喚獣にコーヒーを沸かせているのか。いいのか、こんな扱い……。
とりあえずゼストとクイントとメガーヌ、この3人が実質、地上のエース達なのだそうだ。実力があると当然本局の引き抜き交渉も来るわけだが、彼らにはそれぞれ意地があるらしく、地上に残る事を選んでいる。
「……それにしても管理局は、自分たちの足元をしっかり固めずに他の世界に進出しているのか。治安組織と名乗っておきながら実質、帝国主義みたいな仕組みには正直呆れるものだ」
「局員としては耳が痛いな、それは。だから地上の平和のために、俺達はひたすら尽力している」
「ナショナリズムやパトリオティズム、おまえ達はちゃんとそれを抱いているようだ。イデオロギー性の強い管理局に所属しておいて、そういう思想を持つ人間は貴重だ」
「そう言ってくれるとありがたい。……さて、改めて君を呼び出したのは、単に君と言う人間を見てみたかったのだ。P・T事件において……いや、次元世界全体において最も特異な存在、暗黒の戦士である君を」
「ほう、俺の詳細は既に耳に入っていたか。やはりイモータルと同じ力を使う俺は信用ならなかったか?」
「力そのものに善悪は無い、重要なのは使う側だ。確かに人に仇なす力を振るっていると、僅かなきっかけで敵だと思われるかもしれない。しかしこうして面と向かって話してわかった。君は決してぶれない一本の線を通した志の持ち主だ。無法ながら法を持つ者……法を持ちながら無法である者……不思議な男だ」
「…………」
「君の行動や思考に法律の縛りは一切効果が無い。それは一見、秩序を乱しかねない危険思想かもしれないが、君の場合はある意味……法の管理を越えた秩序を秘めていると言い表せる」
「御託は良い、結局何が言いたいんだ」
「サバタ、君の精神は法を形作る文字なぞでは言い表せない、もっと純粋で高潔なものだと感じた。信頼出来る人物だと、俺自身の心が判断した」
「フッ……そうか」
やけに持ち上げられている気もするが、結果的に信頼してもらえたのなら問題ないか。
その後、なんか握手を求められたので、武人として鍛え尽くされた彼の手を礼儀的に握り返した。片や元銃士にして現剣士、片や管理局員にして騎士……奇妙な縁だ。
「隊長……嬉しそうな顔してるわね。久しぶりに見たよ、あんな無邪気な笑顔」
「そうね、いつもレジアス共々、眉間にしわばっかり寄せてるもの……サバタ君が会ってくれて良かった良かった!」
という事で首都防衛隊の面々とちょっとした顔合わせを終え、地上本部を出た俺はクイントの家……ナカジマ家に招かれた。そういえば地球を出た時点で昼過ぎだったな……グレアム達との話し合いや、今回の対面にかかった時間で既に夕方になっていた。
「いらっしゃい、サバタ君。まあこんな所だが、よろしく」
とりあえずそこで俺は、一家の大黒柱であるゲンヤ・ナカジマと挨拶をする運びになった。
「こちらこそ泊めてくれてありがたい。おかげで路上生活は免れた」
「妻のクイントには誘ってくれた礼を言ったかい?」
「……ああ」
「その様子だと中途半端な返ししかしてないようだね。少しは正直になった方が良いと思うよ」
「よく言われる」
「ははっ、まあ君ぐらいの年頃の男の子ってのは、そういう意地を持っちゃうものだからね。俺も昔はブイブイ言わせてたものさ!」
「…………」
そこから急に昔話が始まる……かと思いきや、横からクイントの手が伸び、ゲンヤの耳を強く引っ張った。ただ……クイントはアタッカー、つまり相当力が強い。敵を己の鍛えた力で薙ぎ倒す彼女がそんな事をすれば、その分凄まじい激痛がゲンヤの耳を襲うのも必然だった。
「いたたたたたッ!!? く、クイント!? 客人の目の前でこれは勘弁してくれ!?」
「なんかほっといたら延々と話しそうだったから、早めに中断しておいた方が良いかと」
「だからって耳を引っ張られると家人としての威厳が……!」
「あると思ってたの?」
「…………」
おい、そこで黙るのか大黒柱。この流れで目を逸らすな。言いくるめられたら余計家人の立場が悪くなるだろうが……。
とにかく俺は、この一件だけでこの家がかかあ天下なのを一瞬で理解した。後で労おう。
「じぃ~……」
「じ、じぃ~?」
「………クイント、さっきから見つけてくださいと言わんばかりに身を乗り出して、俺を見ているあの子達は?」
「あらら……ギンガ、スバル、こっちにいらっしゃい」
クイントに手招きされてやってきた二人の少女、ギンガとスバルが本来この家では異物の俺を警戒しながら、クイントの傍に寄ってきた。しかし疑問なんだが……世紀末世界で戦ってきた経験から、二人の体内から微妙に機械の音が聞こえていた。義手や義足といった代物とは違うみたいだが……何だ?
「紹介するわ、私の娘のギンガとスバルよ」
母親がそう言うと、ギンガとスバルは姉妹別々の反応で挨拶してきた。ギンガは明確に警戒してます、と言いたげな目で見てくるのに対し、スバルはどうも人見知りなのか、自分の名前を言うとすぐにクイントの背後に隠れ、こちらを伺っていた。
「露骨に嫌われてるな」
「いやぁ~別に嫌ってはいないと思うわよ?」
「ま、一日だけ厄介になる身だ。害が無いのなら放っておいても良いか」
「ごめんね、二人も悪気はないのよ。ただ、家族以外の人間とあんまり会わせた事ないから緊張しちゃってるのよ、きっと」
「そうか。しかし……こっちの世界では子供を外に出さないものなのか?」
「いくら何でもそこまで過保護じゃないけど……ちょっと事情があるのよ」
「事情? それは二人から機械の音がしている事に関係があるのか?」
「ッ……!」
聞き耳を立てていたギンガとスバルが“機械”というワードにビクッと過剰に反応した。ゲンヤとクイントは見た目は落ち着いてこちらを見据えているが、瞳孔が少し泳いでいたから内心は驚いているのがわかる。
「はぁ……観測魔法とか集音マイクを使わないと私達でもわからない音なのに、サバタ君には素で聞こえていたのね……」
「外部には漏らさないさ、そんな事をしても俺には何の得にもならんからな。それにわざわざ話さなくても大体想像はつく」
フェイトがプロジェクトFATEで生み出されたクローンだったように、この二人も何らかの実験か研究で生み出されたのだろう。どうも次元世界には生体実験に関するものが多いな。
「大体身体の中に何かあるという意味では、むしろ俺の方が混沌としているぞ」
太陽仔と月光仔の血に暗黒物質が混ざり、そこに原種の欠片、更に闇の書の闇であるナハトヴァールを宿している。他にも何かあった気がしたが、自分で言ってて結構混ざってると改めて実感した。
「そっか、サバタ君も色々複雑なのね。これは互いに不可侵、という事で話を付けてもいい?」
「それが最も穏便に済むだろうな。それで構わない」
下手な腹の探り合いは互いに何の利益にもならないため、俺達はそこでこの話を終わらせた。掘り起こす必要の無いものは、暴かずにそのままでいいのだ。
「ふぅ~……。あぁ~ここで終わって良かった! 私、こういう交渉事とか全然ダメなのよねぇ」
「クイントはこういうごちゃごちゃした会話は苦手分野だものな。ま、そういう事を考えるのは夫の役目さ」
「やだぁ、もう! あなたったら!」
途端に惚気る二人の様子を見て、娘のギンガもスバルも妙に疲れた目で呆れていた。ま、まぁ……夫婦円満な家庭は何より良いことだ。度が過ぎるとアレだが、愛を享受できるのは幸せな事に違いないのだから。
ひとまず二人は放置し、俺は初めての次元世界移動をした“ムーンライト”に不備や故障が起きていないか、メンテナンスをしておいた。すずかほど知識は無いが、どこかおかしい所ぐらいなら俺でも見つけられる。
と言っても、この“ムーンライト”は相当頑丈に出来ているようで、エンジンやマフラーに擦り切れた所や壊れた所は一切見当たらず、フレームもそこまで傷がついていなかった。せいぜいタイヤにアルザスの土がこびりついていたぐらいだった。当然か、何かにぶつけたり、事故を起こしたわけでもないのだから。
くいくい……。
「……俺のマフラーは引っ張る物じゃないんだがな……スバル」
メンテナンス中に、さっきから物陰に隠れながらチラチラと見ていたスバルが今、俺の“月光のマフラー”を掴んでいた。そういえば母の形見であるこのマフラーも、長い間ずっと使っていたから端の部分が擦り切れて来ていた。そろそろ補修しておかないとな……。
「それで、何か用があるのか?」
「ん。ギン姉がね、ちょっと来て欲しいんだって」
「ギンガが? ……わかった、どこへ行けばいい?」
「こっち……」
そういう訳でメンテナンスもひと段落して余裕が出来たため、あえて断る事も無く俺はスバルの案内で近くの広場に立ち入った。そこにあった遊具のてっぺんで、俺を呼び出した少女は腕を組んで待ち構えていた。
「ようやく来たね!」
「どうでもいいが、落ちるなよ」
「落ちるもんかぁー!! いい? 私はまだあなたがウチに泊まる事を認めてないんだから! ちゃんと私から泊まって良いって許可をもらいなさい!!」
「…………じゃあどうすればいい?」
「簡単よ、私と決闘して! あなたの実力を認めたら、泊まる許可を出してあげるから!」
……どうやら姉として家族を守る気持ちが暴走した結果のようだ。幼いながらも立派な心掛けだが……俺はラタトスクのようなサディストじゃない。
「言っとくけど私は母さんからシューティングアーツをたしなんでるんだから! 子供だからって甘く見ないでよね!」
「そうか」
「全然わかってな~い! こうなったら力づくでわからせて―――」
そこまで言った瞬間、ギンガは足を滑らせて遊具から落下してしまった。咄嗟にゼロシフトで彼女の落下地点に先回りし、しっかり受け止める。
「言わんこっちゃない……」
「あ、ありがとう……って! ちがっ!? 違うんだから! 早く降ろして!」
ジタバタ暴れ出したギンガをさっさと降ろすと、彼女は頭に血が昇ったせいか、赤くなった顔でこちらをキッと睨んできた。ちなみにスバルはギンガが落下した時に泣きそうになっていたが、今はポカンとしている。とりあえず彼女には近くのベンチに座ってもらった。
改めて距離を取ったギンガは、コホンと小さな咳払いをすると、両手を上げてシューティングアーツの流派らしき構えをとった。対する俺は構える事はせず、自然体で向き合った。
「構えて」
「必要ない」
「くっ……ならその余裕が失敗だってわからせてあげる!」
直後、彼女の年齢にしては勢いのある踏み込みの正拳突きが放たれる。俺は最低限の動きで軽く身を逸らし、彼女の攻撃を空振りさせる。そこから続けざまに振るわれるギンガのシューティングアーツの体術を、全て体を動かすだけでかわし、同時にシューティングアーツのクセを脳内で解析していく。足払い、パンチ、回し蹴り、かかと落とし、裏拳、とギンガの振るう体術は彼女の年齢にしては中々鋭く、組み合わせもバランスが良いものだった。
しかし俺に拳が届く程、彼女の技量は卓越していなかった。
「はぁ……はぁ……! なんで……当たらない、のよ……!」
「簡単なトリックだ。今のおまえは一撃一撃に重みを置いている分、一つの動作に対して隙が大きい。故に回避は容易い」
「年上だからって偉そうに……! 喰らえーっ!」
「フッ……ぬるい、ぬるい。そんな撃ち方ではかすりもせん。ま、筋は悪くないが俺に届かせるには十年早い」
尤も俺自身の寿命が先に尽きるが、わざわざ教えずとも良いだろう。
「はあっ! やぁっ! うぉりゃあっ!」
「忠告だ。そこは大振りの回し蹴りじゃなく、右のジャブを放った方が良い。決め手を入れるのはこのタイミングじゃない」
「ッ! ならばっ!!」
「急に違う動きを取り入れるのは間違いじゃないが、自分が使い慣れていない動きは逆に大きな隙を生む。要練習だ」
ギンガの放つ攻撃を片っ端からいなし、スバル曰く「途中から指導になっていた」この決闘は最終的にギンガの体力が底をついて膝を突き、実質スタミナ切れで俺が勝利した形になった。ちょっと大人げなかったか?
「ぜぇ……ぜぇ……! て、手も足も出なかった……!」
「いや、十分出てたじゃないか」
「動きだけはね……! でも実力は雲泥の差だよ……全く歯が立たなかった……!」
「それなりに修羅場は潜ってきたからな、経験の差だ」
「経験かぁ……」
「そう悲観せずとも、これから経験を積めば俺ぐらい越えられるさ。さっき言った十年はあながち冗談でもないからな」
「そうなの? だったら十年後に、もう一度あなたに挑戦するから! あなたを越えるのを目標に、これから頑張って見せるから!」
「そうか。で、結果はどうなんだ?」
「へ? 結果って……」
「宿泊の許可だ」
「あ……そういえばそうだった。うん、もういいよ。あなたが強いって事がわかったんだし、認める。それに……母さん以外の人で越えたい目標にもなったからね」
「生憎だが、目標はもっと身近な人間にしておけ。俺なんかを目標にしても、何にもならないぞ」
「う~ん、でもなぁ……。私見だけど、あなたからは学べることが多いと思う。多分、どんな学校に行っても学べない本当に大切な事……それを教えてくれるかもしれない」
「…………買いかぶり過ぎだ。俺は……」
「ギン姉~!」
決闘と言う名の組手が終わった事で、半泣きのスバルがギンガに駆け寄る。ギンガも妹の手を振り払うような性格はしていないため、苦笑いしながらスバルの背中を撫でていた。なんか変な終わり方だが、これはこれで良いか。
「もう日も暮れた、戻らないとクイントとゲンヤが心配するぞ」
「はい!」
「やけに元気そうに言うな?」
「それは内緒です!」
「…………」
そうして俺達はナカジマ家に3人そろって戻って行った。なんかフェイトとアリスをフラッシュバックで思い出しそうな光景だ。
それからいつの間にギンガ達と仲良くなったのかとクイントが微笑ましく見てきたり、ゲンヤがうちの娘は渡さん的な発言に冷静にツッコミを入れる俺とクイントの姿があったりしたが、この日はそういう感じで夜を過ごした。この仲睦まじい家族は、何事も無く幸せであって欲しいものだ……。
「ところでサバタさんって格闘技、どれだけ使えるんですか?」
あと、急に名前呼びになったギンガにそんな事を尋ねられた。格闘術で仕事をしているクイントはともかく、珍しい事にスバルも興味があるようで、こちらを覗き見ていた。
「どれだけと言われてもな……柔術ははやての所に来てから少し使えるようにしたが、基本的には攻撃力の高い武術を基にしている」
流石にこの年代の少女に暗殺用近接格闘術だなんて話す訳にはいかないだろう。アリスは一部真似出来ていたが、多用はあまりお勧めしない。
「その武術を身に付ける前……というより最初に覚えたのがCQCだな。俺はあまり使っていないが、これは実戦向けの近接格闘術で人間相手ならかなり効果的だ」
「へぇ~! CQCって私でも覚えられますか!?」
「本気で覚えるつもりなのか? 確かに相手を制圧するという意味でなら、シューティングアーツより使いやすいかもしれないが……そもそも俺がここにいるのは今日だけだぞ?」
「あ……そういえばそうでした。でも時間が出来たら本当に教えてください!」
向上心があるのは評価できるが、相手の骨や関節を的確に制圧するCQCをこんな少女に学ばせてもいいのか? ………短時間で座学中心だが少し手解きぐらいはしてもいいか。どうやらこの世界も治安が良いとは言えないから、自衛の手段を増やす程度に抑えておこう。
「わかった、今は寝る時間になるまでの間だけ教える。明日は俺の都合次第だな」
「ありがとうございます!」
「よしギンガ、まずはCQCの基本からいくぞ」
……念の為言っておくが、バーチャス・ミッションはしないからな?
・・・・・・・・・・・・・・・・
時空管理局本局、第66次元航行艦用ドック。
「着床完了」
「船体各部異常無し。駆動機関、正常停止します」
「係留作業、開始します」
「警戒体制解除。ただちに補修作業、及び補給作業にかかれ」
「閣下、ハウスマン少将とアレクトロ社のイエガー社長が出迎えに見えてますわ」
「ふん、最悪の歓迎だな」
「本局ですもの、仕方ありませんわ」
「エレン、降りるぞ」
「はい、閣下」
全時空万能航行艦『ラジエル』から降りるエレンとサルタナ。エレンの姿は白を基調としたトリコロールの特注制服、サルタナは灰色と黒を基調とした艦長服であり、二人から漂う風貌だけで彼らの実力が相当なものだという事が自然と知れ渡る。
「流石はサルタナ司令。第13紛争世界での活躍、実に見事なお手並みです。我が方が手こずっていた案件をものの数日で……恐れ入ります」
「ふん、貴様のような底の知れた輩では確かに手に余るだろうな、少将。魔法さえあれば力技でどうにかなるという生半可な気持ちで手を出すから余計な損害が増える。よくそんな体たらくでその階級まで上り詰めたものだな」
「……重々承知しています」
「全く……貴様が余計な真似をしてくれたおかげで、あの世界のこちら側に対する信用は一気に失墜した。元の水準に立て直すまで、時間も費用も人員もどれだけかかるのか、その筋肉の詰まった脳ミソはわかっているのか?」
「恐れながら閣下もご存知でしょうが、彼の世界の奴らは魔法も使えないくせして中々しぶとく……特に最近正式採用されて導入してきたシャゴホッド型戦車の機動力、防御力は侮り難く、ちょこまかと動いては巨体を生かした突撃をかましてきます。おかげでこちらの陣形が乱れ、我がクラッシュバスターがかすりもせず……いや、狙いさえ定まりますれば、あのような鋼鉄の塊なぞ……」
「愚か者! 確かにあの世界には魔法技術は無いが、それを補って余りある兵器開発力があるのだぞ! 下手をすれば魔法を使わずに管理局の上を行く技術を奴らが持っている事が何故わからん!」
「閣下!」
「もういい、下がれ! 貴様と話していると虫唾が走る」
そう吐き捨てる様に告げたサルタナはさっさと立ち去り、エレンもイエガー社長との会話を切り、彼に合流した。
「エレン……アレクトロ社に何を吹き込まれた?」
「恒例の件です。裁判の賄賂で、今回はプロジェクトFATEの開発者が関わっているので勝ちたいとか。当然後ろ暗い根回しであるのは見え見えでしたのでお断りしましたわ」
「プレシア・テスタロッサか……資料では確か元アレクトロ社所属の研究開発主任で、新型魔導炉ヒュードラの事故で娘を失い、島流しに遭ったのだったな」
「私達がそろって執務官と弁護士の資格を持っているから、彼らも私達が被告人側に着く事を警戒したのでしょう。それでどうします? 被告人の後ろ盾にハラオウンさんが絡んでいますけど、彼女達では“裏”に対応出来ませんわ」
「ふん、奴らは“表”では相当な発言力があるが、対して“裏”では何も出来ん。恐らく今行われている高等裁判でも、“裏”の根回しで敗訴するに違いない。このまま最高裁にもつれ込んだ所で、結果は変わらんだろう。が、わざわざ俺達が手を貸す意義が無い」
「その事なのですが私が探ってみた所、今回の裁判の裏には例の件が関わっている可能性があります」
「例の件……『SEED』か?」
「はい。『SEED』の開発元はアレクトロ社だと私は睨んでいます。今回の裁判を上手く利用すれば、アレクトロ社の内部を探れるかもしれませんわ」
「なるほど……しかし先程の件で俺達の動向はアレクトロ社に警戒された。少なくとも俺やエレン、部隊の人間を潜入させるのは難しい。それに管理局の性質上、潜入任務の経験がある人間はほとんどいない」
「私達が認める実力を持っていて、かつ潜入任務の経験がある。更にアレクトロ社にマークされていない人間を、最高裁が終わるまでに見つけられるのでしょうか?」
「そこはわからんが……見つけられなければ、この裁判に関わるのは却下する。俺達自身もそれなりに危ない橋を渡っている状態なのだからな、余計な火の粉を降らせる真似は避けたい」
「承知していますわ、閣下。しかし即時行動できるように、顔合わせぐらいはしておいてもよろしいのではありませんか? それに私、興味をそそられる存在がありましたの」
「ほう……? エレンが興味を抱くとは、随分珍しい存在だな」
「ええ。“太陽の使者の代弁者アリス”、ぜひ拝見してみたいものですわ」
「……良かろう。こちらには弁護士の資格もある、被告人の様子を知りに来たという名目ぐらいなら立つ。行くぞ、エレン」
「はい、閣下」
そして二人は向かった、サバタに導かれた者達の所へ。
再会の刻は近い。
後書き
追加要素。
ギンガとスバルはCQCを少し覚えた。
シャゴホッド:MGS3でソコロフが設計した核兵器搭載戦車で、グラーニンが考案したメタルギアと対を為す兵器とも言える。この作品ではシャゴホッドの設計データが闇取引を通じて、第13紛争世界に流出しています。
作戦会議
前書き
ブリーフィング回。
~~Side of フェイト~~
「ごめんなさい……まさか高等裁判でも判決を全然覆せないなんて」
「あなたが謝る事じゃないわ、リンディ。私自身もとっくに覚悟はしていたもの。もしもの時はフェイトとアリシア……二人の事は頼むわね」
「まだ諦めないで下さい! 最高裁で今度こそちゃんとした判決を勝ち取って見せます!ですから悲観しないで下さい、プレシアさん。あなたがここで諦めたら、あなたを信じてフェイトとアリシアを託したサバタに示しがつかないでしょう!?」
「でも最年少執務官のクロノもわかってるんでしょう? さっきの裁判で、こちらの弁護や証拠を彼らは受け入れなかった。彼らの要求は私が破棄したプロジェクトFATEのデータと、成功体のフェイト……。彼らは“裏”に関わる連中よ、私も長年潜ってきた経験があるから一目でわかるわ。正攻法じゃこのまま続けても勝ち目がない。だからせめて娘達だけでも守らないと、今度こそ母親の資格を全て失ってしまうわ」
「母さん……」
「ママ……」
「ああもう、ややこしくて頭こんがらがりそうだよ~! なんでこうなっちゃったのさ!?」
申し訳なさそうに謝るリンディさんとクロノ、儚げな笑みで私達を撫でてくれる母さん。哀しい現実を直視している母さん達の姿を見て、私と姉さんは何も出来ない自分に対する無力感を募らせて、アルフは訳が分からなくて頭を抱えていた。
さっきの裁判のように最初の裁判でも、何故か私達の意見は封殺されてしまっていた。言及しても、無視されるか余計立場や印象が悪くなる一方だった。難しい事はまだわからないけど、見えない所から来る策略で私達は追い詰められているのだろう。せっかく太陽の力があっても、この状況では何の役にも立たないよ……。
「清廉潔白なのが私達の売りだけど、こういう時に“裏”に対して圧力をかけられないのが弱みよね……」
「くそっ! 管理局は法を守る組織だから、どんな人間も公正に扱わなければならないというのに、それを自分たちの利益や権力のために改変して……! いつから管理局はここまで汚れてしまったんだ!」
リンディさんは最高裁で待ち構える策謀にどう立ち向かおうか思案していて、クロノは裁判所の対応に目に見えて憤っていた。八つ当たりとか怒鳴り散らすような真似はしていないけど、いつも冷静なはずの二人でも相当腹を立てているのがわかる。
でも“裏”への対応策を思い付かないから余計焦り、私達を助けたいのに裁判がちゃんと行われていないから怒り、それで対応策がまとまらなくて焦る……という悪循環に陥ってしまっている。
そんな膠着状態の空気が漂っていた時、待合室の扉が開いて管理局員らしき男女が入ってきた。一人はリンディさんの艦長服と似た、それでいて実戦向きのカスタマイズがされた服を着た男の人。もう一人はショートカットでコバルトブルーの髪色に、まるで海の光のようなターコイズブルーの瞳で、白い服装の女の人だった。
「ふん、やはり打つ手なしといった所か? ハラオウン」
「あなたは……サルタナ提督!? ッ……なぜここに?」
「“提督”という呼び方は好きじゃないんだが、まあいい。ここに来たのは先程帰還した時に、エレンが興味を抱いたからだ」
「エレンさんが?」
「久しぶりねクロノ君。最後に会ったのは、あなたが受かった執務官試験の時だったかしら?」
「確かにそのくらいの期間だと思うけど、試験前にお互い言葉を一つか二つ交わしたぐらいで、特に仲が良かったとかそういう関係では無かったような……」
「あら、薄情なのね。私は同じ試験で受かった執務官の同期だと思ってたのに」
「すまない……当時の僕は、周りが見えていなかったんだ。そういう性格だから執務官には向いていない、とよく師匠に当たる人達に言われたものだよ」
なんか昔……と言う程昔でもない同期と出会って、クロノは軽く困惑していた。一方でエレンさんは何と言うか……落ち着いた大人の女性って感じがした。すごく綺麗な人だし、同じ女性としてちょっと憧れるかも……。
クロノをちょっといじったエレンさんは淑女らしい微笑みで私達の方を見た。思わず気を付けしちゃったけど、「そんなに気を張らなくてもいいわよ?」とこちらを気遣う言葉を投げかけてくれたので、姉さんと二人して肩の力を抜いた。
「初めまして、私はエレン・クリストール。あなた達のお名前を聞かせてくれるかしら?」
「フェイト・テスタロッサです」
「アリシ……じゃない、アリスだよ! よろしく、エレンさん!」
「ええ、よろしくね。それであなたが“太陽の使者の代弁者アリス”なの?」
「うん! まあ、そうなるまで色々あったんだけどね。きっかけはお兄ちゃんとの出会いだけど」
「あら、あなた達にはお兄さんがいらっしゃるの?」
「そうだよ。ジュエルシードに私が暴走させられた時に、身を張って私を止めてくれた、すんごく頼れるお兄ちゃんだよ!」
「今はここにいないけど、私も母さんも、友達や現地の人達もお兄ちゃんに助けてもらったんです」
「へぇ~立派な人なのね? ねぇ、お兄さんの事好きだったりするの?」
「うん、大好きだよ!」
「姉さん!? え、あ、ああぅ……わ、私も!」
「あらあら、ふふ……可愛い子達ね」
急に聞かれた内容でおろおろした私を見て、エレンさんがおかしそうに笑っていた。うぅ……恥ずかしいよぉ。さっきまで悶えていたアルフが一転して微笑ましそうに見てくるけど、そういうのはやっぱり早いと思うんだ。
「だって凄いんだよ、お兄ちゃん? 私の時なんて……こう腕を突き出して、ジュエルシードの魔力を暗黒の力でドバァーっと消し去っていったんだから!」
「暗黒の力? それって……」
姉さんが初めてお兄ちゃんと会った時の状況を話したら、エレンさんはどうしてか急に考え込んだ。もしかして、魔力を消す作用に警戒してしまったのかな……? 管理局的に暗黒物質の性質は受け入れがたいものだから迂闊にお兄ちゃんの力の事を話しちゃダメって、姉さんに後で釘を刺しておこう。
シューっと扉が開く音がした。
「様子を見に来たぞ。フェイト、アリス、アルフ、プレシア」
「え、お兄ちゃん!?」
「わーい! お兄ちゃんが来てくれたぁー!」
「やっぱあんたがいてくれないと、あたし不安だったよ!」
「あら、あなたも来てくれたのね」
まさかのサバタ兄ちゃんの登場に、さっきまで鬱屈としていた空気は消し飛び、姉さんは嬉しくてたまらず駆け寄って行った。アルフも突撃しちゃったので、いっそ私も二人に続こうと思っていたのだけど、エレンさんが目を丸くして、驚愕の面持ちでお兄ちゃんの方を見ていた。対するお兄ちゃんもアリスロケットとアルフミサイルを受け止めてこちらを、具体的にはエレンさんを見た瞬間、いつもの冷静な表情が崩れて唖然としていた。
「はぁっ……!? ま、まさか……おまえは……!?」
「あ、あら……本当に来ていたなんて、こんな所で会うとは驚いたわ」
「それは俺の台詞だ! どうしてこちら側にいるんだ、エレン!」
「ポニーテールからショートカットに髪型を変えたのに、ちゃんと気づいてくれるのね、サバタは」
「女性のそういう変化には機敏であれ、と教えられたからな……ってそうじゃない!」
「わかってる、後でちゃんと話すわよ。これまでの事も、これからの事も」
少しわからないけど、とにかくわかった所はある。エレンさんはサバタ兄ちゃんの浅くない知り合いだったみたい。つまり彼女も世紀末世界出身……色々知りたい事が増えたね。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ~~
程々の時間でナカジマ家を出た俺は、バイクは地上本部に預けてリーゼ姉妹の手配で本局へ航行する定期船に乗ってテスタロッサ家の所へ向かった。なぜリーゼ姉妹かと言うと、クロノの伝手でグレアムがフェイト達の身元保証人という立場になっていたからだ。
突然俺が来たらフェイト達はきっと驚くだろう、とリーゼ姉妹は話していたが、彼女達が裁判の間一時的にあてがわれている部屋の中へと入った際、まさかのエレンと予想だにしない再会を果たして、逆に俺が驚かされる羽目になるとは思わなかった……。
「まったく……しばらく会ってないと思えば、いつの間にかそこまで出世していたとはな。そもそもエレン、おまえはどうやってこちら側に来たんだ?」
「それが……あなたには隠す必要が無いから正直に言いますけど、私もわからないのよ。一人で放浪の旅をしていたら突然目の前が暗くなって、気が付いたらこちら側にいたの」
「で、行き倒れていたエレンを俺が見つけた、という訳だ」
「おまえは?」
「時空管理局帝政特設外務省、第13紛争世界突入二課、全時空万能航行艦『ラジエル』艦長サルタナ。ついでに言っておくが“提督”という呼び名は嫌いだ」
「はぁ……なぜ嫌いなんだ?」
「別に…………単なる嗜好の問題だ」
「そうか」
「そうだ」
「……………」
「……………」
「実際に顔を合わせると、驚くほど性格が似てますわね。会話を続けようとしない所とか、攻撃的な口調を使う所とか。もしかしたら二人って並行世界の同一人物なのかもしれませんね」
エレンが変な解説を入れているが、俺は俺でサルタナは中々出来る男だと見抜いていた。が、同じようにサルタナもこちらを見抜いているだろうな。俺より多少年上で艦長であるサルタナは色んな意味で侮れないが、対等な人間として見ればかなり気が合いそうだった。
「……そうそう閣下、彼なら先程口にした条件を全て満たしていますわ。どうでしょう、彼に任せてみては?」
「俺達が認める実力を持ち、潜入任務の経験があり、アレクトロ社にマークされていない人間……確かにその通りだな。彼なら起死回生の一手を打てるかもしれん」
「……何の話をしている?」
「そうね……来たばかりのサバタは知らないでしょうから、裁判の現状を説明するわ」
プレシアから説明された内容によると、彼女達の裁判がどうも腹黒い連中の手が回っているせいで、このままだとプレシアは処刑、フェイトとアリスは実験体にされるかもしれない運命が待っているそうだ。それでさっきまで彼女達で話し合っていた内容は、もし最高裁でも極刑が下されたら、フェイトとアリスはリンディ達の手で逃がすというものだった。
それでは折角家族の絆を取り戻した意味が無いじゃないか。何をやっているんだ、管理局……。
「……リンディ?」
「ごめんなさい……連中がプロジェクトFATEのデータを手に入れるために、まさかここまでしてくるとは想定していなかった。甘く見ていた私のミスよ……」
「僕からも謝る。君やなのは達の期待に応えられないまま、ここまで経ってしまった。すまない……」
二人が謝罪してくるが、今それはどうでも良い。それよりサルタナが言っていた“起死回生の一手”を知るのが先だ。こいつらを再び闇に落とそうというのなら、俺が何とかしなければな……。
「ところでサルタナ提督、エレン大尉、もしかして裁判で私達の味方をしてくれるの?」
「理解が遅いぞ、ハラオウン。その調子では見た目はともかく、頭は老けたか?」
「ふ、老けてなんかないわよ!?」
「ですがこの二人が味方してくれるのは心強いです。事件や裁判の“裏”の対処において、彼らの右に出る者はいません。ここはぐっと抑えてください、母さん!」
「うぐぐ……! でもクロノの言う通り、相手に“裏”が関わっているこの裁判で彼らがこちら側に着いてくれるのは確かにありがたい話なのよね……。だけどどうして助けてくれるの?」
「相互利益のためだ、ビジネスライクとも言える。下らん話を続けていないで、さっさと本題に入るぞ」
「では、ここからは私が説明しますわ。まず今回の裁判の目的は、プレシア・テスタロッサさん達の罪の減刑、及びフェイト・テスタロッサさんとアリスさんの人権保証。ここで厄介なのが、フェイトさんがプロジェクトFATEの成功例である事と、アリスさんが魔導生命体に近い精霊という管理局の概念にない存在である事、そしてプレシアさんが元ヒュードラ開発主任である事です」
そこからエレンが説明してくれた内容を簡潔にまとめると……今回の裁判の黒幕はアレクトロ社、かつての事故の真実を暴かれる前にプレシアを口封じしてしまおうとしている。更にプロジェクトFATEの実験データを手に入れれば、強力な魔導師を量産できて、自分たちに圧倒的な利益が得られるという腹積もりらしい。
要するにアレクトロ社は過去の不祥事を二度も闇に葬り、被害者に全ての積を押し付け、成果をまたしても横取りしようという訳だ。悪徳企業も真っ青な腹黒さだな、アレクトロ社。
「企業絡みの根回しは、いくら俺達でも全ては防げない。裁判はある程度まともなものにまで戻せるが、検察側に有利に働きやすいのは変わらん」
「そんな……じゃあどうすればいいの?」
「奴らの言い分が全て消し飛ぶ、それこそ相手の破滅を招くほどの“起死回生の一手”を打てばいい。ハラオウン、俺達の目的はむしろその起死回生の元となるシロモノだ」
「私達はかねてより闇組織の流通を調べてきたのですが、半年前に巨大な取引の痕跡を発見しました。それを極秘裏に調べていくと、アレクトロ社に不穏な動きが多い事が判明したの」
「不穏な動き?」
「まだ全ては掴んでいませんが、彼らが作り出そうとしている物の情報は一部判明しています。名前は『SEED』……プロジェクトFATEと同様に遺伝子が必要らしいのですが、どのように使っているのかまでは判明していません。そこで私達は調査と証拠確保のため、アレクトロ社に潜入できる人間を探していたのですが……」
「諸事情で俺やエレン、部下達はアレクトロ社に警戒されていてな。迂闊に侵入出来んのだ。魔導師は魔法が目立つから潜入には不向きで、何より潜入任務の経験がまず無い。故に手をこまねいていたのだが……サバタ、おまえが現れた」
俺? ……なるほど、大体話の流れはつかめた。
「要するに、俺がアレクトロ社に潜入して調べて来い、という事だろう」
「その通り。裁判中のテスタロッサさん達は当然動けず、ハラウオン親子も知名度があって目立ち、私達は警戒されている今、最も自由に動けるのはサバタ……あなただけですの」
「この裁判がこちらの勝利で終わるか、奴らの思い通りにされてテスタロッサ家が再び翻弄されるか、その全てがおまえの行動にかかっている。無論、俺達もサポートはするが、相手は“裏”に通じた巨大企業だ。一人で立ち向かうには相手が大きすぎる事は重々承知している。しかしそれでも、おまえにはこの任務をやってもらいたい」
「管理局がこんな状況にしておいて、よくもそんな事が言えるな。それに……俺が断るとほんの少しでも考えている事が失礼だ」
「じゃあ……任せてもいいのですね?」
「ああ。こいつらは新しい太陽だ、いきなり黄昏に沈める訳にはいかないだろう。それに……久しぶりに会えた旧友の頼みでもあるしな」
「あら、お上手。そういう所は相変わらずでほっとしましたわ、サバタ。時間があればゆっくり思い出話でもしたいところですけど、やはり“あの子”も含めた三人が揃っているのが望ましいわね」
ザジの事か……エレンがこちら側に来ていたため、かつての旅仲間で世紀末世界に残っているのは唯一彼女のみとなってしまった。一応ジャンゴ達サン・ミゲルの連中がいるから大丈夫だとは思うが……少々心配だ。
「結局……最後まであなたに頼る事になってしまったわ、サバタ」
「過去は切り離せないものだからな、プレシア。今はまだ最悪の事態にはなっていないが、この状況の想定はしていたさ」
「お兄ちゃん……ごめんなさ―――わふっ!?」
「フェイト、そうやってすぐ謝る癖は直しておいたほうがいい。謝罪の気持ちより、感謝の気持ちを表に出しておけ」
ポンポンとフェイトの頭を強くなでると、彼女は大人しく頷いてくれた。それと……順番待ちでもしているのか、期待に満ちた目でアリスとアルフがフェイトの後ろに並んで見てきていた。
「…………仕方ない、順番にだぞ」
『わーい!』
喜びを全面に出す二人を見て、少し嘆息する。そんな微笑ましい俺達のやり取りを見ていたエレンは、ふと俺に呟いてきた。
「サバタ……あなた性格丸くなった?」
「む、そう見えるか?」
「ええ、昔と比べて結構変わった気がするわ。もちろん良い方向によ」
「そうか……それはきっと、こちら側に来て会った連中の影響だろうな」
「地球の方々ね? 今度私も会ってみたいわ」
「そうだな……おまえなら俺も安心して任せられるな」
「なんだか最期に言い残すような表し方ね。何かありました?」
「……色々な。それよりエレンの方こそ、昔と比べて随分おしとやかになったじゃないか。あの時はそれなりに感情を発露していたのに、今では落ち着き払っているというか、余裕粛々というか、つかみどころが見当たらなくなった」
「あら、つかむ所ならちゃんと育っていますわ。ふふ……むしろ鷲掴みでもしてみる? 自分で言うのもなんですが、結構やわらかいわよ?」
「そういうネタを俺に振るな! 結構おしとやかになったと思っていたが違った……色々図太く、強かになっていたと言う方が正しかった!」
「私も閣下に助けられてからこの界隈、それなりに潜り抜けてきたから強かにもなりますわ。……もう昔のように大切なものを全て失いたくないから、三度目は嫌だから、私は上り詰める必要があったの」
一度目はビフレストでの魔女の力の暴走でミズキや居場所を失い、二度目は金属板の影響でザジの記憶喪失を誘発し、後味が悪いまま旅が終わったことだろう。俺はあの時、ザジとエレンのためを思って別れたのだが、俺にその後の苦悩があったように、二人もそれぞれ葛藤があったに違いない。
要するに俺の物語があったように、彼女達にも彼女達の物語があった。それだけの話だ……。
「……変わってない部分もあったな、お互いに」
「そうね……人間の本質や根幹は、そう簡単には変わらないのでしょう」
「ああ。しかし他人と関わる事で変わった部分も確かに存在している」
「私が強かになったように、サバタもいつの間にか天然ジゴロになっていますしね」
「真面目な話をしている時に天然ジゴロとか言うな! そもそも俺は自らに誓った事を守っているだけだ!」
「だから天然ジゴロなのですわ……。まあその話は置いておいて、今のサバタを見ていると、どことなく昔の私を思い出すわ」
「そりゃあ昔の旅仲間だったのだから、思い出しもするだろう」
「そういう意味ではないのですが……久しぶりの再会で心が躍っているせいか、上手く私自身もとらえ切れていないの」
「おまえにしては、あやふやだな」
「そもそも確実や絶対なんて言葉自体、事実かどうか曖昧ですからね。いずれわかった時にでもまたお話しします」
こうしてエレンと久々の会話を交えると、後になって彼女に会話の主導権を気付かない内に自然と握られていた気がした。会話が巧くなったというか、頭が回るようになったというか……。そもそもエレンには魔導師の素質もあったのか……大尉まで登っているのだから恐らくリンカーコアはかなり強力だと思われる。
魔女の力“真空波”と魔導の力“リンカーコア”、エレンはその二つを自在に振るえる訳だ。戦闘経験もかなり積んでいるようだし、敵にしたら厄介だが、味方だとかなり頼もしいな……。
「ところでサバタ、あなたの力は魔力を消滅させるのでしたね」
「ああ、ダークマターはそういう性質を持っている。それがどうかしたか?」
「それだったらデバイスを使って撮影はまず出来ませんので、カメラと無線機を用意する必要があるわ。あなたの武器はかつて使用していた暗黒銃ではなく暗黒剣と麻酔銃のようですが、今回は戦いに赴くのではなく、『SEED』の存在をカメラに収め、アレクトロ社の立場を危うくさせる事で裁判を逆転させるのが目的です。なので潜入任務全般に言える事ですが、戦闘は避け、見つからない事を最優先して下さい。もし敵に見つかったり、あなたの事だからあり得ませんが敵に捕まったりしたら、裁判や立場の悪化を避けるため私達は関与を否定します。全て自己責任で対処してください」
「何だかやたらハイリスクな役割が押し付けられている気がするな。失敗したら俺だけ次元世界のお尋ね者か?」
「もちろん、あなたが失敗すればテスタロッサ家の命運は尽き、敗訴した私達の立場もかなり悪くなる事でしょう。私達は過去、“裏”と幾度も渡り合い、その全てに勝利してきた事で短期間にこの立場まで登り詰め、尚且つ“裏”に染まらずにやって来れたのです。少々遠まわしではありますが、私達の命運もあなたの任務の成否にかかっています」
「おまえの事だからわかるだろうが、ここにいる面子だけじゃなく、ハラオウンや俺達の部下の命もかかっている。それだけじゃない、将来的に『SEED』の犠牲にされる命も含まれている。おまえの任務の失敗は、そいつら全ての命が失われるのと同義だと言える」
サルタナ、そういう重荷になるような事は言わない方が良いと思うぞ。まあ、言いたい事はよく分かった。テスタロッサ家、リンディやクロノ、エイミィ達アースラクルー、エレンやサルタナ達ラジエルクルー、実験の被害者達、それら全ての命が俺の肩にのしかかっている訳だ。
やれやれ……フェイト達の様子を見に来ただけのつもりが、どういう風の吹き回しか、とんでもないミッションが与えられてしまった。しかし……俺にしかやれないのなら、必ずやり遂げて見せるさ。それが全てを守る事に繋がるならな……!
「アレクトロ本社はミッドチルダ中央部にありますが、流通ルートをたどると『SEED』の建設地はミッドチルダ北部にある極寒の孤島、彼らの所有地に存在する研究施設でしょう。あそこは外部の人間は一切立ち入らせず、出入りできるのはアレクトロ社の重役か、内密に癒着が疑われている管理局のごく少数の佐官クラス以上の者のみです」
「だが警戒も本社と同じか、それ以上に厳重で、正面からの侵入はまず不可能だ。しかし施設の構造……というより、次元世界に調査員やスパイの概念が薄いせいか、上辺は取り繕えても下はからっきし。つまり水中からの潜入は至極簡単だ」
「水中……いくら夏とはいえ、北の極寒の海の中を潜れと? 氷点下の水の中に入ったら、一時間もせずに凍り付くぞ」
というか下の警戒が薄いのは、いくら魔導師でも氷河を潜って来る訳が無いと思っているからに違いない。実質、極地の海は自然の要害だ。それに管理局の性質上、疑わしければ正面からの突破を図るだろう。変な根回しは得意なくせに、戦略となると途端に貧弱になる……大丈夫なんだろうか、この組織。
「そこは私達に任せて。極寒の海に一週間潜ってても温度が伝わらないバリアジャケットの機能を、マリエル・アテンザっていう私の友人レティ・ロウランの部下の子が昔作ったの。そこで彼女とエイミィに頼めば、すぐに特注の装備が作れるはずよ。問題は最高裁までの時間だけど……」
「高等裁判を終えたばかりの今、上告の申請をさっき僕が提出したから、まだ猶予はあるはず。その間にサバタは潜入の準備を整えておいてくれ」
ここまでエレンとサルタナと共に話を進めた所で、ようやくリンディとクロノが役に立ちそうだった。流石に空気はマズいだろうな、色んな意味で。
とりあえず作戦がある程度まとまって、その準備のためにリンディ達やエレン達が行動を始める。そこで俺は、空気が重くなっていたテスタロッサ家のフォローをしておくことにした。
「そういえばプレシア、『ミッド式ゼロシフト』は完成したのか?」
「ええ、バッチリよ! おかげでフェイトの速度と回避が洒落にならないレベルまで上がったわ! ここまで来ると私が全力を出しても直撃させるのは難しいわね」
「い、言い過ぎだよ、母さん……! 私、まだまだ母さんみたいに強くないよ……!」
「何を言ってるんだい、フェイト! 攻撃を喰らうかと思えばすり抜けて、圧倒的な優位に立てるその魔法を使えたら、どんな相手にも対応できるじゃないか!」
「うんうん、あまりに凶悪性能過ぎて、ちょ~っと頼り過ぎちゃいそうだもんね。とゆ~かお兄ちゃんの魔法だし、私も使えるようになりたいよ~」
「アリシアが使える戦闘術は、太陽魔法の他には俺の体術を真似たものぐらいだしな。月光魔法までは範囲に無かったが……ああそうだアリシア、見よう見まねで俺の体術をあそこまで再現できたのは称賛に値するが、ちゃんと技術が身についていなければ、すぐに身体を壊すぞ」
「えぇ!? で、でも私、精霊に生まれ変わったんだよ? 人間とは身体の作りが違うから大丈夫だと思うけど……?」
「フッ、甘いな。おまえは確かに精霊に生まれ変わったが、身体のつくりは人間の性質を色濃く残している。恐らくカーミラの慈悲がそうさせたのだろう。他人と違う事を必要以上に感じさせない様に……排除すべき異端の存在として見られない様にな……」
「そうだったんだ……。じゃあもしカーミラさんの慈悲が無かったら、私はどうなっていたのかな?」
「……身体がおてんこのように植物のひまわりか、タツノオトシゴそっくりになっていたんじゃないか? 太陽の使者なんだから、太陽の恩恵を受けやすい体質や外見に変化してもおかしくない」
「それ絶対イヤァーー! ありがとうカーミラさん! 私を人間の姿のままにしてくれて、ホンットありがとうございます!!! このご恩は一生忘れませぇ~んっ!!!」
その時の自分の姿を想像してしまって、あまりの変化に耐え切れず叫んだ直後、どこかの空に向けて土下座するアリシア。やはりおてんこの姿になる事は、女の子のアリシアとしては受け入れられないようだ。この台詞をおてんこが聞いたら、どう反応するだろうな……想像したら少し面白かった。
「話が脱線したが……とにかく技術さえ身に付ければ問題ない。作戦が始まるまでの間に、少しだけ訓練を指導しよう」
「う……うん、わかった。これは私のためでもあるんだもんね、頑張るよ!」
「あ、そ、その……お兄ちゃん? 私も……教えて欲しいなぁ、なんて……ダメかなぁ?」
「ダメでは無いぞ、フェイト。教えるなら一人も二人も変わらん」
「ありがとう……! 頑張って覚えるね!」
「ただ二人に言っておくが、魔法と同じようにこの鍛錬は続けないと意味が無い。今は訓練メニューを教えるから、後は自分たちで努力するんだ」
『はいっ!』
なので作戦が始まるまでの間、俺は二人にCQCとは違う体術の訓練を施した。暗殺用近接格闘術でもない、純粋な格闘術……人を活かす技だ。生命の息吹を見守るアリシアが覚えるべき格闘術は、命の狩り取りに特化した暗殺用なんて物騒なものじゃない、もっと正当かつ人を救える物にするべきだからな。
そして作戦の用意が出来たらしく、クロノとエレンがそれぞれの道具を手に戻ってきた。リンディとサルタナはそれぞれ提督としてやっておくべき仕事があるため、そう何度も時間を取れないそうだ。
「サバタ。これが管理局随一の技術者が突貫で作り上げた、魔力を使わずに氷河を潜れるスーツだ」
クロノが持ってきたのは、全身を覆う黒いスニーキング・スーツだった。今は着けないが、潜水装備であるマスクと空気ボンベも用意されていた。
「ふむ……試しに着てみたが、ドライ効果は高いようだ。しかしサイズが緩いな……これならいつもの服の上に着て、ようやく丁度良いサイズかもしれん」
「元々大人用だったからね。それに……いや、何でもない」
「おいクロノ、今何を言おうとしたんだ?」
「何でもないよ。別に害は無いし、作戦の障害にもならない。どうしても知りたいんなら、今じゃなくて後で話すよ」
どうも申し訳なさそうな顔をするクロノだが、一体このスーツに何があるのだ? 知りたいような、知りたくないような……。
スニーキング・スーツの着心地を確かめていると、次にエレンが俺に軍用ベルトのようなものを手渡してくれた。持ってみると見た目に反して、色んなものが入っているせいかズシリと重い。
「防水加工がされているから、しまっておけば水中に入っても中の物が濡れる心配はありません。流石に大剣は入れられませんので、持っていくなら背負ってもらうしかありませんが……あなたが持ってきた麻酔銃に改造されたベレッタM92Fと暗黒カード、それと私が用意した一眼レフカメラは中に入れてあります。カメラはミッドチルダで売られている物で最も高性能なものを選びました、再会を祝う私からの贈り物よ」
「そうか……感謝する、エレン」
「いえ、作戦の成功のために最善を尽くしただけですよ。それとこちらの無線機を耳に付けてください、サバタ」
そう言ってエレンが差し出したのはかなりコンパクトに作られた特別製の無線機で、装着しても耳に違和感は全くなかった。エレンの説明によると、人差し指を当てるだけで通信が可能で、耳小骨を直接振動させる代物だから敵に聞かれる心配はないそうだ。
「閣下はハラオウンさんと共に裁判の手札を準備しているので、こちらの作戦指揮は私に一任されました。私との通信の周波数は140.85ですわ。何か不測の事態が発生した場合は私に連絡をください」
「そうか、覚えておく」
「それとクロノ君はあなたが集めた情報の整理を担当します。彼に連絡を取る時は、周波数を140.96に合わせてください。撮った写真はカメラを無線機と接続してコールする事で彼のデバイス、S2Uに送信されるように設定してあります。ふふ……まあ同じ場所にいるので、結局私も見る事になるのですけどね♪」
そう言って微笑むエレンは、昔より色んな意味で女性として実に魅力的に成長していて、こうやってからかってこられると対応に困る。言っておくが、記録係を女性がやるのは別の物語の主人公達だ。こちらの役割分担では単にこうなっただけで、他意は無い。
「あと周波数の147.79にテスタロッサの方々と通じる様に回線を開いておきました。カウンセラーの知識は彼女達にはありませんが、直接言葉を交わせた方があなたも彼女達も安心出来るでしょう?」
「まぁ、そうだな。声が聞けるのと聞けないのとでは、気分が全く違う。ありがたい気遣いで、胸に染みるよ」
視線を向けると、フェイト達は俺に手を振ってきた。彼女達もこの配慮は嬉しいものだったようだ。全く、エレンの他人に対する気遣いは昔から変わらず、上手く出来ているな。
「では、現地の周囲二キロまでは『ラジエル』の艦載機で運びます。そこからはソナーに引っかからない無音魚雷で内部へ直接あなたを送り込みます」
「魚雷……俺は神風でも特攻隊員でもないのだが……」
「これしか方法が無いので文句言わないで下さいまし。あ、それと潜入する前に一つ、耳に入れておいた方が良い情報がありますわ」
「なんだ?」
「2ヵ月前と最近の出来事なのですが、アレクトロ社の人間が地球のとある場所に無許可で潜入した形跡が発見されました。恐らくですが、彼らは優秀な人間の遺伝子を確保しに行ったのでしょう」
「なるほど……『SEED』に必要な遺伝子を求めていたのか。それでその場所は?」
「アラスカ、フォックス諸島沖の孤島、“シャドーモセス島”です。その地では数年前、とあるテロ事件が発生しています。事件はある一人の人間が潜入してテロリスト打倒を為し遂げた事で幕を終えたようですが、そのテロリスト達は元特殊部隊だったので、それぞれが超人的な能力の持ち主であったそうです」
「超人的な能力?」
「ごめんなさい……記録が抹消されているのか、調べられたのはこの事件があった所までなのです。事件を解決した人間についても情報が消されていて、断片的な部分しか得られていません。詳細については判明次第報告しますが、とにかくアレクトロ社はその特殊部隊の遺伝子を確保したのだと思われます。彼らがその遺伝子をどう使っているのかは不明ですが、十分気を付けてください」
「わかった、忠告感謝する」
では、そろそろ作戦を開始するとしよう。
後書き
シャドーモセス島:メタルギアソリッド1の舞台、ここが全ての始まりとも言える土地です。アレクトロ社が確保した遺伝子はゲノム兵のではない、とだけ今は伝えておきます。
140.85:MGSにおける大佐への無線周波数。今すぐに電源を切るんだ!
140.96:MGSにおけるメイ・リンへの無線周波数。記録担当。ことわざをクロノは言いません。
147.79:MGS4におけるローズマリーへの無線周波数。気力ゲージに関わる話が出来ます。
鴉
前書き
色々ソリッド・スネークな回
ミッドチルダ北部沖、アレクトロ社所有地の孤島。氷に包まれた海の底を俺は、ラジエル艦載機から発射され、目的地周辺で停止した魚雷から脱け出して泳いでいた。流石は極寒の海、水の冷気が伝わらなくても感触や空気で体温が奪われていく錯覚を抱く。
それはともかく、そろそろ施設最下層……物資搬入口に到着する。揺らぐ水面の向こうに、電灯の白い光が見えてきた。俺は波音を立てないようにこの空間の隅の方で上陸、周りに誰もいない事を確認してから周波数140.85へ無線を送る。
「こちらサバタ……エレン、聞こえるか?」
『良好ですよ、サバタ。予定通りに到着したみたいですね、状況はどうかしら?』
「やはり、地上へのルートは中央の昇降機しかないらしい」
『そう……予定通り、昇降機を使って地上へ出るしかないみたいですわね。ところでそこで働いている人達には、どんな方がいらっしゃいますか?』
「そうだな……デバイスで武装した社員が3~4人と少数なのに対し、さっきから重そうな物資を運んでいる非武装の労働者が多数いる。従属しているにしては、重労働をしている奴らの表情や様子が妙だ。まるで強制的に働かされているような……何か思い当たる事は無いか?」
『恐らくは……サバタ、管理外世界の人間が魔法を知らないのはご存知、というより当然ですよね? しかし時折管理外世界で時空間の歪みやワームホール……いわゆる神隠しみたいな現象が発生して、他の次元世界に流れ着く事が多々あります。例えば地球生まれのグレアム提督もかつてこのような現象に巻き込まれてミッドチルダに流れ着き、魔法の才能があった彼は管理局に従属するようになりました』
「なるほど……では魔法の才能が無い管理外世界の人間が、もしこちら側に流れ着いていたらどうなる?」
『元々住んでいた世界に帰すのが本来の手続きなのですが……ここ最近、流れ着いた管理外世界の人間を元の世界に帰した経歴が、ある時期を境にぷっつりと無くなっているのです』
「ある時期?」
『ええ。推測ですが、“SEED”を開発し始めた時期だと思われます』
「つまりアレクトロ社は流れ着いた管理外世界の魔力を持たない人間を、この劣悪な環境で内密に強制労働させている……そういう事か。とんだスキャンダルだな、これだけでも」
『そうですわね……ですが管理外世界の人間が極秘裏に全てここに搬送されているという事は、やはり管理局も噛んでいると見て間違いないでしょう。しかしこれを発表しても決め手には欠けます。裁判の手札には使えますので、これも記録しておいてくださいクロノ君』
『わ、わかった……。だ、だが……管理局がこんな悪事に手を貸していたなんて……』
『クロノ君。この光景を信じられないと思う気持ちはわかりますが、これが現実です。あなた達“表”の人間がこれを知らないのは、“裏”がそれだけ強大かつ根強く蔓延っているからなのですわ』
「エレンやサルタナは、そういう連中と長年事を構えていたのか。おまえも大変だったのだな」
『“裏”との戦いは終わらない腹の探り合いみたいなものですからね。おかげでサバタに昔の私と同じ口調で会話しようとしても、腹を探られないように気を張る仕事時の癖で、どうしても丁寧語を常としてしまいましたわ。プライベートの時は元に戻るのですが……やはり聞き辛かったでしょう?』
「いや……おまえの処世術なのだから、それぐらい気にしなくても良いぞ」
『……ありがとうございます。それでは……潜入を再開して下さい』
『彼らの事は僕も気になるが……アレクトロ社の実状を暴けば、彼らも解放する事が出来る。サバタ、絶対に任務を成功させてくれ……!』
クロノの力のこもった声を最後に無線を切り、俺は安全地帯から移動を開始……重労働している連中は俺の姿が見えたら助けを懇願してくるだろうから、バレないためには彼らにも見つかってはいけない。証拠写真はカメラで撮っておくが、悪いが今は助けられないのだ。
中央まで来て巡回警備に当たる武装社員の隙をついてスイッチを押し、昇降機を呼ぶ。そしてサイレンと共に昇降機が降りてくると、迅速に乗り込んで上昇させる。
周波数140.85からCALLが入った。
『こうしてモニター越しにあなたの動きを久々に見ると、やっぱり任せて良かったと思いましたわ。並の人間や魔導師なら、昇降機に乗る前に見つかっていますもの』
「そうか。お眼鏡に適って光栄だな」
『サバタ……僕の気が済まないから、やっぱり伝えておこうと思う。そのスニーキング・スーツの事なんだが……』
「なんだ、クロノ?」
『実はな……』
「ああ」
『それ……………………………女性用なんだ』
「…………………何だと!?」
道理で胸の辺りがスカスカすると思った……というかそう言う問題ではない!!
「貴様、俺になんてものを着せるんだ! ふざけるな!!」
『しょ、しょうがなかったんだ! マリエル・アテンザは女性だから、作った物も女性用だったのは自然の流れだし、そもそも時間が無かったから最初にあった作り置きを要望通りに仕立てるだけで精一杯だったんだ!』
「だからっておまえ……! くそっ、あまりに屈辱的な気分だ……!」
『まあまあ、サバタ。大人が着ていれば確かにアレでしょうけど、まだあなたは少年でしょう? サイズの余裕は全身にありましたし、ピッチリしている訳じゃないのですから男性用でも女性用でも結局同じですわ』
「え、エレン……」
確かに全身的に余裕があってダボッとしているから、どっちでも構わないのはわかるが……女性のエレンに冷静に分析されてそう言われると、男の意地というか、プライドのようなものが酷く傷ついた。無線越しだが、クロノが同情しているのがひしひしと伝わってくる。
『だいたい昔から思っていましたけど、あなたは炊事、洗濯、料理、裁縫、ついでに掃除も完璧と、女子力があまりに高すぎるのですわ。当時の私としては結構衝撃的で、あの子と同様に落ち込みもしました。内心、あなたは生まれてきた性別を間違えたのではないかと思ったりもしましたわ』
「そこまで言うのか……というか、旅に必要な知識や技術は大体そこに集約されているものなんだよ。身に着けてから旅をするのは間違っていないはずだ」
『ええ、それはわかっています。私がこうおっしゃっているのは単純に、女のプライドが関係しているだけです。ま、サバタは貴重な主夫になれる逸材であったと思っておきますわ』
「そうか……だがやはり女性用を着ているのは、男として色々気まずいんだよ。今はダボッとしているが、もしこれがピッチリしていたら……想像もしたくない」
『そもそもフェイトさんのバリアジャケット程、ピッチリした格好も無いと思われますけどね』
「確かに」
『即答する程なの!? お兄ちゃん!』
『プレシアの年齢を考えてない際どい格好も大概だけどね』
『ぐさぁっ! あ、アルフ……あなたも似たようなものでしょうに……』
『ママもフェイトも指摘されてダメージ受けるなら、あんな露出度高い格好しなければいいのに……』
『自分でこの話題を持ち出しといて言うのも何だが……もうお終いにしておかないか? これ以上続けても被害や心の傷が増えるだけだと思う』
『そうですね。真っ黒で肩にトゲ付という痛バリアジャケットのクロノ君がこう言い出したのですから、その意見には同意ですわ』
『え……僕のバリアジャケットって、痛いのか……?』
「………」
あまりに不毛過ぎるため、無言で無線を切った。きっと向こうは今も変なダメージを増やし続けているのだろう。幸か不幸か、次元世界には変な格好で戦う奴が多いと理解したため、ひとまずこの格好に対する嫌悪感は薄れた……と言うより、これぐらいマシな方だと思えるようになった。
そういえばエレンのバリアジャケットってどんなデザインなんだ? 機会があればいつか見れるだろうか?
……気を取り直して、任務を再開しよう。昇降機が地上のヘリポートへ到着したため、即座に物陰に隠れる。そこから研究施設の方を伺うと、重厚な金属に覆われた建物が見上げる様に建っており、一企業が担うにはあまりに大き過ぎる気がした。
やれやれ……この巨大な施設の中にある正体不明の機械『SEED』を一人で見つけなければならないとは、つくづく気が遠くなる。ま、黄昏ていても仕方ない。潜入口は1階と2階にそれぞれ一ヵ所、内部に入るならどちらでも構わないだろう。だが隠密性を要求するなら、2階から入った方が良い。となると2階に上がる階段を警備している見張りが邪魔だな……。
俺はベルトからベレッタM92F、麻酔銃を取り出して照準を見張りの首筋に合わせる。少し距離があるから正確、かつ慎重に狙う。この銃はスライドロックがされているから、面倒だが一発ごとに補填が必要だ。レーザーポインターも付いているから照準は合わせやすいし、麻酔もある意味あの病院の殺人鬼幽霊のお墨付きで、アフリカゾウもぶっ倒れる代物だ。打たれたら任務中はまず起きる事無く、眠りについてもらえるだろう。
ピシュンッ!
「うっ……」
上手く命中したようで、見張りは瞬く間に倒れ、力なく眠りについた。周りが気付く前に俺はそそくさと移動、壁に張り付いて監視カメラの死角をつき、階段を上って眠っている見張りを越え、2階の通気ダクトへ潜り込んだ。
外は厳重でも中はザルだな……やはり次元世界にスパイや諜報員の概念は薄いのだろう。地球の特殊部隊が本気で攻めてきたら、管理局すらも情報戦で負けるんじゃないか? まあ、エレン達ラジエルクルーがいるから大丈夫だとは思うが、他の連中は足の引っ張り合いで自滅したりしないよな?
それは置いといて、ホフクで進んでいくと途中にある金網で施設内部が見渡せた。ここじゃ降りる事は出来ないが、様子を見る事は可能だろう。
「―――どうした? 随分下が騒がしいが」
「ああ、侵入者らしい。8人もやられた」
「8人!? 一体誰がやらかしたんだ?」
「わからない……だけど俺の知り合いの情報によると、仮面をつけた2人組だそうだ。相当の手練れらしい。非殺傷設定は情けでかけられていたけど、しばらくは動けないそうだ」
「なるほど、とにかく警戒を強めるぞ。アレがある地下2階に侵入される訳にはいかないからな」
「ああ、確か“試作品”があるんだったな。いくら何でもあんな風にされるのは、俺も絶対嫌だな」
「全くだ、あんな光景を見ちまうと流石に同情したくなる。ところでここだけの話だが、26年前のヒュードラの事故、あれって実は社長が仕組んでたって話だぜ?」
「え、マジかよ!? うちの社長には敵わないぜ。一大プロジェクトをわざわざ踏み台にするとは、ただの平の俺じゃあ社長の考えなんて、想像もつかないんだろうなぁ」
「そうだな。さて、そろそろ警備に戻ろう。社長にばれたらクビになるどころじゃ済まないぞ」
武装社員は会話を終えて警備を再開したが………なんか、凄い情報を聞いてしまった気がする。
周波数147.79からCALLが入った。
『26年前のヒュードラ事故、私からアリシアを……全てを奪ったあの事故。あれが仕組まれてたというの……!? あの事故のせいで、私は……私は……!!』
『か、母さん、落ち着いて……』
『これが落ち着いていられる!? あの事故は外部に犠牲者は出なかった、私の愛する娘のアリシアを除いて! あの男、イエガーは私に全ての罪を押し付けて、さも被害者のふりをしていたのよ!? 私達家族の方が被害者だというのに、こんな事が許せるわけないでしょう!』
「おまえの怒りはよくわかったから、とにかく落ち着いてくれ。状況の整理をしたい」
『ハァー、ハァーッ! そ、そうね……あの男に一泡吹かせるのは裁判でやることだものね。今重要なのは、切り札の証拠を手に入れる事よね……!』
「ああ。だがその前に気になる事がある。二人組の仮面の男についてだ」
『これは私達も見当が付かないわ。……というよりあなた、実は想像がついているんじゃない?』
「……まあ、な。決めつけないように答えは避けておくが、あいつらが何の目的でここに来ているのか、それも知る必要があるだろう。次に“試作品”と呼ばれていたものについてだ。これはもしや、実験初期段階の『SEED』なんじゃないか?」
『可能性はあるわね、何度も試作や実験を繰り返す事でプロジェクトは進めるものだもの。初期段階の装置があってもおかしくはないわ。それに調べておけばSEEDの詳細を知る事も出来るかもしれない』
「わかった……エレン、これから調査のために地下2階に向かう。いいな?」
『了解しました。敵に注意して進んで下さい』
無線を終えて、再びダクトの中を進んでいく。下に降りる穴を見つけて飛び降り、しゃがんで周囲の索敵を行う。ここからエレベーターの所に行くまではぐるりと外周通路を通って回り込む必要がある……が、それは普通の人間の話だ。こちらに視線が向いていない隙を狙って、俺は手すりを掴み、1階へ直接飛び降りる。着地するとすぐに地面を転がり、身を潜める。
「ん、何の音だ……? …………気のせいか」
調べに来た武装社員は何も変化が無いと判断し、すぐに戻って行った。エレベーターまで誰も見ていない……今だ。
スイッチを押してエレベーターを呼び、到着と同時にすぐ乗る。行き先を指定して地下2階を選択、エレベーターが動き出す。そして地下2階に到達し、通路を身を潜めながら移動し、通気口に再び潜って進んでいく。下から光が差す金網があり、そこから部屋を覗き込んだ瞬間、俺は一瞬言葉を失った。
「なんだ……これは……!?」
部屋の中には無数のシリンダーがあり、その中には異形の姿をしていた人間の赤子らしき物体が浮かんでいた。機能は停止されているのか、中央の巨大な装置やシリンダーの生命維持装置は動いておらず、彼らに生命反応は一切感じられなかった。
周波数140.85からCALL。
『これは……そういう事ですか。SEEDの使い方、薄らと見えてきましたわ』
「エレン、説明してくれ」
『プレシアさんによると、そこはプロジェクトFATEの実験施設のようです。ただし、アレクトロ社が進めていた方の、と付きますが』
「?」
『ここからは私の推測なのですが……アレクトロ社はプロジェクトFATEを最初は自分達で開発しようとして上手くいかず、生半可な方法ではいつまで経っても実績が立たない事からプレシアさんに開発させるように仕向けたのかもしれません。わざとあの事故を引き起こし、優秀な研究者であるプレシアさんに独自で開発させることで、経費や人員などを自分