IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―


 

第一話 IS学園のイレギュラー

 物心ついてしばらくすると独りになっていた。
 "普通とは髪の毛の色が違う"と石を投げられた。
 "人より運動ができる"と疎まれた。
 "人より勉強ができる"と気味悪がられた。

 彼女が物心ついてしばらくすると多くの人に囲まれていた。
 "綺麗な髪の色"と褒められていた。
 "運動がよくできる"と称賛されていた。
 "勉強がよくできる"と感心されていた。

 彼女はほとんど同じ存在だった。
 同じ時に生まれ、同じ環境で生き、同じ時間を過ごしたはずの存在。
 同じ顔・同じ髪の色を持ち、同じくらい運動ができ、同じくらい勉強ができた。
 でもある事件の後、ただ一点が違うだけで決定的に違う存在となった。
 否、"そう扱われる"ようになった。

 ただし、表面上は変わらなかった。
 同じ習い事、同じ躾、同じ教育。
 しかしその扱いは、今までの平等なものからまるでコピーか代替品を作るかのように変わっていた。

 すぐに自分の中で周りの人間が、何より彼女が……。

 双子の姉の存在が自分の中で価値を失っていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 宇宙行動を目的としたマルチフォーム・スーツである『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』が発表されたのは今から9年前。
 当初は見向きもされなかったものの、後に『白騎士事件』と呼ばれる出来事でその性能を全世界に見せつけた。既存の兵器を軽く凌駕するその力を各国は求め、現在では『アラスカ条約』によってある程度規制されている。

 でも、ISには二つの大きな欠点があった。

 一つは、IS自体に謎が多くその心臓部となる『ISコア』が最初の開発者である篠ノ之束、その人にしか開発ができず完全なブラックボックスと化していること。
 加えて、彼女はコアの開発を467個目を最後に一切行っておらずこれが世界におけるISの絶対数となってしまった。だからこその『アラスカ条約』で、各国の配分調整、軍事転用や取引の禁止など細かいことが制限されている。

 そしてもう一つ、それは女性にしか動かせないということ。
 なぜかは分からないが、ISは女性しか起動できない。
 だが、それが原因で今までの男性優位の世の中から女性優位へ、女尊男卑とも言える世の中になってしまっている。
 
 そしてその象徴ともいえるのが、ここIS学園。
 各国から操縦技術や整備技術を学ぶために多くの学生がやってくるけどその中は完全な治外法権となっていて、どこの国家だろうとどんな企業だろうと干渉できなくなっている。

 そんな独立国家のような学園に、これから通うことになる。

「はぁ……」
 
 思わずため息が出てしまうことくらいは許してほしい。
 そもそも、この学園に通うことになったのも自分の意志ではない。半ば強制的に入れられたようなものだ。 学園に向かう足取りが重くなるのも無理はないと思う。
 そんな憂鬱な初登校の最中、不意に携帯が鳴った。

「はい、もしも……」
『やっほーしーちゃん! みんな大好き束さ』
「……さようなら」

 こちらの気分を無視してやたらハイテンションな女性の声が聞こえてきたので思わず切ってしまった。
 後悔はしていない、どうせすぐにかけ直してくるだろう。ほらきた。

『ひどいよしーちゃん! せっかく束さんが初登校で不安いっぱいなしーちゃんを心配して電話したのに!』
「ごめんね、束さん。ご想像通りちょっとアンニュイなとこにいきなりだったからちょっとうざ……びっくりしちゃって」
『なんか心の声が聞こえかけたけどいいよ、許してあげる! だから今度うちに来たときは一緒にお風呂に』
「切りますね」
『うそうそうそ、切らないでぇ』
「はぁ……」

 正直、彼女のこういうところは面倒くさい。この人がISの開発者、篠ノ之束なのだがこのやり取りだけ聞いてたら誰も信じてくれないだろう。
 束さんとは、彼女がISを発表するちょっと前ぐらいに出会った。身内や一部の人以外には毛ほども興味を示さないことで有名なのだが、それは当時も一緒だったと思う。でも、何かが彼女の琴線に触れたのか気に入られてしまい、IS開発者として世界中から追われ逃亡中の身となった今でもこうして交流が続いている。

「それで、用件は?」
『うん、IS学園でのことはわたしからもちーちゃんにお願いしておいたから。あそこでしーちゃんの秘密(・・)を知っているのはちーちゃんだけだしね。あ! でももしバレたら情報操作は束さんにおまかせだよ! 最悪、物理的にいろいろ消滅させちゃうから安心してね!』
「……ありがとう、でも絶対バレないようにするね」

 いろいろ不穏な言葉が聞こえたけど気のせいだろう。
 ちーちゃんというのは束さんの親友である織斑千冬さんのことだ。
 ISの世界大会であるモンド・グロッソの第一回大会の優勝者という、束さん同様IS界の超有名人で今は学園で教師をしているらしい。
 束さんを通じて面識はあるのだが、今回入学するにあたり特殊な事情がある自分のサポートをお願いしたところ、渋々ながら受け入れてもらえた。こちらの事情に同情してくれたこともあるんだろうけど、束さんのプッシュが大きいだろう。何だかんだ言っても束さんには感謝している。いや、感謝してもしきれない。
 
 自分が自分のままでいられたのはあの日束さんに会えたからだから。

『さて、朝はあまり時間もないだろうからこの辺にしとくね。束さんからの贈り物については後でまた説明するよ!』

 最後まで元気な束さんに振り回された気分だが、電話を切るころには少しだけ気分が晴れていた。
 狙ってやったのかはわからないが効果的だ、でもちょっと負けた気がするのは何故だろう。

 いろいろ考えながら歩いていると、教室の前までやってきた。
 『1-1』、これから通うことになるクラスだ。
 ふと、教室の扉を開けるのに躊躇する。
 ええい、悩んでいても仕方ない! そう決心して扉を開け、中に一歩足を踏み入れる。

 直後、空気が変わった気がする。周りの視線がこちらに集中した。
 ……あれ? なにかまずいことしただろうか、それともどこか変だったかな……?

「し、失礼します」

 そのまま立ったまま衆目に晒されているのも辛いので、自分の席を探し出して座ることにする。
 出席番号順に割り振られたその席はすぐに見つかった。
 視線もそれに合わせて移動してきている気がする。いや、気のせいだ、うん。……気のせいだよね?

「はい、皆さん席についてくださいね。SHRをはじめますよ~」

 謎の空気に晒されて心が折れかけていたところに救いの声が入る。
 入ってきたのはある一点を除けば高校生、下手をすれば中学生に見られかねない容姿のメガネの女性だった。ちなみにその一点とは女性の象徴であり、彼女の童顔に反してかなりのインパクトをもたらしている。

「えっと、私がみなさんのクラスの副担任の山田真耶です。よろしくお願いしますね~」

「…………」

 空気が重い。さっきは現実逃避したけどもやっぱり視線はこちらに集中している気がする。
 ん、さっきとちょっと違う……かな。なんていうかこの席の周りに……?

「あぅ、た、担任の先生は会議で少し遅れますので、皆さん自己紹介をしていきましょうか。で、では出席番号順にお願いします」

 今度は山田先生の心が折れかけているけど大丈夫かな。とはいえこの空気の中心となっている以上自分から動く気にはなれない。せめて自分の番ではスムーズにいくよう頑張りますね。

「では、次に西園寺さん」

 そんなことを考えているうちに順番がきた。
 本来、束さん同様に人付き合いなどとは無縁な生き方をしてきたけどここではそうはいかない。
 自分は完全なイレギュラー、もし秘密がバレれば命はないかもしれない。千冬さんにも迷惑がかかってしまう。

西園寺紫音(さいおんじしのん)です。趣味は読書と料理。私は専用機を持ってはいますが、立場上は企業のテストパイロットなので、このクラスに在籍されてます代表候補生の方々とは少し異なりますね。あと、このような髪の色ですが、日本人です。皆さん、どうかよろしくお願いします」

 そう言いながらできるだけの笑みを浮かべて一礼する。
 一応世界有数のトップ企業のお嬢様という立場なので、それなりに言葉や仕草には気を遣っておくに越したことはない。

「…………」

 あ、あれ? やっぱり何か変だった……?
 いくら一通りの礼儀作法なんかも受けてきたとはいえ、慣れない真似したせいで無理があったかな……?

「キ……」

 キ?

「キャーーーーー!」

 うわ! な、なにごと?

「素敵な声! それに西園寺ってあの西園寺!?」
「本当に綺麗な髪と立ち姿、天使かと思いました!」
「あぁ、教室に入った時に思わずその姿に見惚れてしまいました」
「噂の学年主席の一人がこんなに素敵な方だったなんて!」
「うぅ、お嫁さんにしたい……」

 どういうこと……、特に最後の人!
 でも、認めたくないけどそういうことか……。別に教室に入るときも変に思われたわけじゃなくて……。

 いや、今まで忌避の対象だった髪の毛の色を褒めてもらえたりするのは複雑ではあるけど嬉しいよ。
 でもね、女子の制服を着て女子としてこの場にいるけどね。

 私は……、僕は……









 男なんだよ!



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 西園寺紫苑(しおん)、それが僕の名前。
 本来であればこの場所に来るのは姉の紫音だった。
 でも既に入学が決まっていたその姉が急に倒れ、意識不明となった。原因不明の病気らしい。
 好きとは言えなかった、寧ろ嫌悪すら抱いていた姉だったがその急な報せには驚いた。通っていた中学での授業中に先生に知らされ、病院に向かったがそこに姉はいなかった。すぐさま海外の病院に移されたという。
 
 紫音は双子の姉であり、自分と全く同じ存在だった。
 髪の色から運動や勉強の出来もほとんど変わらない。
 一卵性の双子だったらしいのだが、本来ありえないことに性別が異なる。原因は不明らしい。
 ISが出来てからは同じ存在でも似て非なるもの。男女の違いのみで僕は貶され姉は持て囃される。
 紫音との会話はほとんど記憶にない。お互いが避けていたように思う。 
 誰よりも近くにいて、誰よりも近い人間だったのに、誰よりも遠い存在になっていた。
 
 無意識に主のいなくなった部屋に入る。そこに残されていたのは、ここ数ヶ月姉が身に着けていた指輪。
 何の気なしに触れた瞬間、世界が変わった。僕の周囲に展開する漆黒の装甲。女性にしか起動できないはずのインフィニット・ストラトス、ISを男の僕が起動させてしまった。その指輪は待機状態の彼女の専用機だったのだ。

 僕の父親は通称『STC(Saionji Technologies Corporation)』という、国内でISが開発されるまではトップシェアを争っていた大手軍需産業会社を傘下に持つ西園寺グループのトップだ。
 当然、ISの開発にも躍起になっていたのだが、一歩遅れをとってしまい国内の量産機には『打鉄』という他社の機体が採用されてしまった。
 そこでSTCは専用機の開発に方針転換する。将来的には当然ながら国家代表の専用機の制作だ。もしモンド・グロッソ優勝者が使っていた機体を開発したとなれば、次世代量産機のコンペでも大幅に有利となる。

 その一歩が、トップの娘である紫音によるIS学園の入学だった。
 僕と紫音は昔から様々な教育、訓練を受けており自慢ではないが基礎能力は高いと思う。
 その紫音に専用機を持たせ、IS学園に入学させることで戦闘データを取る機会を作るだけでなく、他国の代表候補生などの専用機のデータを取らせることにした。
 なにせ今年は学生にして既にロシア代表という規格外が入学するという。モンド・グロッソを焦点とするならこれ以上ないタイミングだったんだろう。

 紫音が急に倒れたため、その目論見も破れたかに思われた。
 そんな折、僕のIS騒動である。
 
 紫音が倒れたことは極秘でありSTCの人間にも上層部以外に知らされていなかったこと。
 僕が紫音と同程度の能力を持ち、同じ容姿を持っていたこと。
 既に入学手続きは済んでおり、あとは通うだけだったということ。

 そんな理由から、世界で初めてISを動かした男は、女として学園に通うことになってしまった。
 男であることを公開しないのはそのデータを独占したいからだろう。
 公になれば恐らく国家の保護下に置かれることになる。そうなれば専用機などのデータもすべて要求されてしまい、当初の目的が果たせない。
 そして紫苑の存在など、西園寺グループにとっては傀儡としての父の予備程度の扱いでしかない。
 結局、僕は紫音として学園に通い、体裁として紫苑は海外留学をしているという設定になった。

 本来なら、そんなの頼まれたってお断りだ。
 当然、バレたら大変なことになる。女装して女の園に入り込んだ変態さんの烙印を押されるのは避けられないだろう。それどころか男性操縦者としていろいろ実験されるかもしれない。こんな変態に人権はない。僕は変態じゃないけど。

 でも父に頼まれてしまった、この家で唯一の味方だった人。
 女尊男卑の世の中になり、辛い立場になりながらも僕のことを気にかけてくれた。
 西園寺グループは表面上は父がトップにはいるが、実権は母が握っている。僕の扱いも全て彼女に指示されたものらしい。母の姿など、生まれてから一度も見たことがない。しかしどこからか家の人間に指示を出し、僕を縛り続けた。
 そんな僕を気にかけてくれた父の初めての頼み、断るのも気が引けた。例えそれすらも計算された母の命令だったとしても。

 しかし、何より大きかったのは僕にとって初めての友人の言葉だった。

『束さんはいつだってしーちゃんの味方だよ。あ! もしIS学園に行くならちーちゃんのことよろしくね。きっと寂しい思いをしてると思うんだ……。あとあと、もしかしたら来年にわたしの妹が入るかもしれないからせっかくだから見守ってほしいな! だめかな? いいよね!』

 勝手な物言いではあるが、こうして僕にお願い事をしてくれることは素直に嬉しかった。
 
 こうして僕は嫌々ながらもIS学園に通う意義を見出し、この場にいる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ……それにしても、この状況。
 自己紹介を終えた僕ではあるが、騒ぎが収まらず未だ教壇の前で立ち尽くしている。
 山田先生は横でオロオロしていて頼りになりそうもない。……いや、せめて何か助け舟出しくださいよ。

 クラスメイトが騒ぐ原因はいくつか心当たりがある。
 まずは姉と同じこの容姿だろう。
 客観的に見て、姉は美人の部類だった。それも超がつくほどの。
 肩ほどまで自然に流れる白銀の髪、目鼻のハッキリとした整った顔立ちにどこまでも吸い込まれるような深さを持つ漆黒の瞳。そして日頃の鍛錬により、引き締まったスタイル。身長も170cmほどあり女子の中では高いほうだった。

 当然、それは同じ存在である僕にも当てはまった。でも女性としては褒められるその容姿も男の僕には虐めの材料だった。女の真似するな、男のくせに気持ち悪い、など数えきれないほどの罵りを経験した。時期が女尊男卑に偏り始めた時期だけになおさらだ。
 立場が違うだけでこうまで変わるのか、と今更ながらに実感してしまう。
 今は好意的な目であるとはいえ、この容姿はコンプレックスでもあるため素直に受け取れない。

 あとは誰かが言っていたが学年主席ということ。
 試験を受けたのは姉だが、僕も同じ試験を受ければ同程度はできると思う。でも今回は僕の実績ではないので少しこそばゆい。
 加えてこのクラスにその学年主席が僕のほかにもう一人いるということで、噂がより広がっていたようだ。

 入学直前にISでの実技試験があったけど入学が決まった1月ごろからはほとんど中学にも行かずにISの操縦訓練とデータ取りをSTCで行っていたこともあり問題なく終了した。
 束さんとも連絡を取り合っていたので何回か会ってISについて聞いたりもした。逃亡中だったはずなのに大丈夫なのか?
 ちなみにIS操縦のための肉体的素質の基準、IS適性というものも測定したところ僕は『B』だった。
 IS適性はC~Sにわかれていて、当然Sが最高ランク。もっともそんな人は数えるほどしかいない。
 つまり、僕は可もなく不可もなく、といったところ。それでも試験で教官(山田先生が相手だった)を倒すことができたのは、STCから支給されている専用機との相性がよかったことと日頃の訓練、鍛錬の賜物だろう。

 訓練機だったらどうか、などということは考えても意味はない。
 なぜなら僕はこの専用機以外は動かせないから。
 理屈はわからないけど未だ僕以外に存在しない男性操縦者ということを考えれば何があっても不思議ではない。僕という存在がそうさせるのか、僕の専用機がそういうものなのか。謎解きはSTCがやってくれるだろう。

 さて、そんな考察をしていても状況は好転しない。どうしたものか。

「うるさいぞ、馬鹿ども! 自己紹介すら満足に進めることができんのか、貴様らは! 西園寺、席に戻っていいぞ」
「は、はい。織斑先生」

 突然教室に響き渡る声に、教室はしーんとなった。
 織斑千冬。束さんの親友でありIS界最強の操縦者であり、期間は短いが僕の剣術の指導をしてくれた先生でもある。ISなしでもその身体能力は凄まじい。噂では生身でISを相手にできるとか。そんな馬鹿な。
 スーツに身を包みすらっとしたその出で立ちは、綺麗な顔立ち以上に格好良いという印象を受ける。

「山田先生、遅れてすまない。さて、諸君。私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。1年間で君たちひよっこを使いものにするのが私の仕事だ。私の言うことは一言一句聞き逃さず理解し、実行しろ。逆らってもいいが相応の覚悟をもって逆らえ、いいな」

 某国の亡き総統も真っ青な独裁宣言だ。
 いや、逆らってもいいとは言ってもその末路が悲惨なものしか想像できないですよ……?

「キ……」

 あ、また……。

「キャーーー!本物の千冬様だわ!」
「千冬様に教えて頂けるなんて光栄です!」
「あぁ、もっと罵ってください!」

 だから最後の!?
 ……このクラスはこういう人間が集まっているのかな……?

「まったく、去年に引き続きこの有様か。今年は専用機持ちを全て私のクラスに押し付ける始末。わざとやっているのか?」

 千冬さんが何やらぶつぶつ呟いているが僕と同じ印象らしい。
 うん、さすがにこんな状況見続けたら女性不信になるかもしれない。

「このままでは自己紹介が進まん。次、フォルテ・サファイア。前に出ろ」
 
 そう言いながら千冬さんが僕の後ろの席に視線を向ける。

「えっ! この空気でって何のイジメッスか……!」

 彼女の言い分は最もだと思う。でも千冬さんの有無を言わせない視線が突き刺さっている。
 サファイアさんと呼ばれた女子生徒は、まるでトホホと聞こえてくるような背中を見せながら教壇へと向かっていった。

「え~、フォルテ・サファイアッス。一応、イタリアの代表候補生で専用機持ちッスけどそんなに気張るつもりもないんで適当によろしくッス」

 疎らな拍手が起こる。うん、これは酷い。彼女は何も悪くないのにこの空気では公開処刑だ。
 本意ではないとはいえ原因の一端が自分にあるのでちょっと罪悪感を感じてしまう。
 代表候補生で専用機持ちであれば、もっと盛大な拍手で迎えられてもいいはずだ。
 せめて視線に精いっぱいのお詫びを込めて見守ることにした。
 声かけたり拍手を強める? 戦場に目立つ格好で単身乗り込むような真似できません、ええ。

「そもそも、出席番号が主席二人に挟まれてる時点で詰んでるッスよ……」

 肩を落とし、ボソッと呟きながら席に戻るサファイアさん。
 貴女は立派に戦いました、その名前は僕の中に永遠に刻み込みます。

「次、更識楯無」
「はいは~い」

 この空気の中で物怖じせずにまっすぐに教壇に向かう女子生徒。
 目の覚めるような青い髪に、幼さが残るものの整った顔立ち。それでいて人をまるで手玉に取るようなその表情は大人びた印象も与える。紫音とは違った意味での美人だった。

「ロシア代表の更識楯無よ。近いうちに学園最強の生徒会長になる予定だからサインが欲しい人は今のうちにね。とはいっても皆と同じ一年生だから気軽に接してくれると嬉しいわ。以上!」

 彼女はそういいながら手に持っていた扇子を広げた。そこには『更識楯無』と自身の名前が記されている。
 ロシア代表。候補生ではない。つまりこの年にして既にロシア最強の操縦者ということになる。
 この学園に現役の代表はいないので、つまり彼女の言葉通りすぐにでも学園最強となるだろう。
 彼女がもう一人の主席らしいので、勉強方面でも抜かりないということになる。
 うん、もうこの後の展開は予想できるね。

「キ……」

 よし、耳を塞いでおこう。
 ……それでも聞こえてくる黄色い悲鳴。よくこれだけ続けて大騒ぎできるものだとむしろ感心してしまう。

 はぁ、それにしてもこのクラスどれだけ有名人が集められているんだろう。
 さっき千冬さんが言ってたけど専用機持ちはこの学年では3人だけって話だからこれで全員だ。
 厄介事が起こりそうな生徒を全部千冬さんに押し付けたのか……、どんまいです。他人事じゃないけど。

 更識さんと目が合い、なぜかウィンクされたので微笑みを返しつつ軽くお辞儀しておいた。

 その後は大きな問題もなく自己紹介は進んでいき、SHRは終了する。
 これだけ疲労感たっぷりなのに、まだ一時限目すら始まっていない事実に愕然とする。

 とはいえ、今までいい思いがなかった学生生活だが、このIS学園ではそれまでと違う何かを感じていたのも確かだった。友人らしい友人なんて束さんしかいない。あとは千冬さんも少し違うけど似たようなものかな。
 
 たとえ僕がこのIS学園では許されざるイレギュラーであったとしても、ここでの学園生活に少しくらい期待を抱いても罰は当たらない……かな……。 


 
 

 
後書き
この作品を読み始めていただき、ありがとうございます。

ハーメルンで連載中のものを見直して細かい微修正を行って投稿しております。
こちらで投稿にあたって修正した部分はハーメルンでも修正されているので、内容に違いはありません。 

 

第二話 ルームメイト

「西園寺、ちょっと来い」

 最初のSHRが終わり、次の授業までの少しの時間で千冬さんに呼び出される。
 丁度良かった。彼女にとって不本意だったかもしれないが、僕にとってはこの学園における唯一の味方でありこれから多大な迷惑をかけることになる。一刻も早く直接話がしたかったから。
 
 案内された誰もいない宿直室で千冬さんと向き合う。

「お久しぶりです、千冬さん……失礼、織斑先生」
「ああ、学園ではそう呼べ、西園寺。……しかし、お前の家も束も無茶をする、こっちの身になれ」

 そう言いながら軽く出席簿で僕の頭を叩いた。
 むろん、力は入っていないので全く痛くはない。本気で叩かれたら出席簿が砕け散るか頭蓋骨が陥没するかだろう。
 そんなことを考えていたらちょっと睨まれた。……まさか心が読める?

「……申し訳ありません」

 とりあえず千冬さんの言葉、心の中の言葉、どちらにともとれる形で謝っておく。

「一番の被害者はお前自身だろう。不本意ではあるが何かあったら頼れ、だが極力問題は起こしてくれるなよ。お前なら大丈夫だと思うが……くれぐれも問題を起こすなよ」

 幸い僕の謝意は前者で受け取ってくれたようだ、頭蓋骨陥没は御免だから、うん。あ、だから睨まないで……。
 それにしても二度目の忠告は言外にいろいろ意味が込められている……よね。
 当然か、教師も生徒も全て女性という環境の中に男が一人、しかも女装して。というよりそもそもこの状況が既に問題だ。千冬さんが言いたいのは、この状況をいいことに生徒に手を出すな、ということだろう。僕なら大丈夫というのは信頼されてるのかヘタレだと思われているのか、前者だと信じたいけどたぶん両方だろうな……。

「心得ています、これからご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」
「……ところでその口調はどうにかならんのか?」
「やっぱ変かな? 僕の周りの女性がこんな感じだったからどうしても。それに一応名家のお嬢様だったからね、紫音は。そう思ってこの口調にしたんだけど……この学園だと逆に浮いちゃったかな、失敗したかも」

 自己紹介のときの喧噪を思い出して嘆息する。
 今まで女性に理想を抱いていたわけではないが、習い事や稽古事で僕に指導する人や女中などはやはり御淑やかなお嬢様だったり淑女だったりするわけで。唯一の例外は束さんと千冬さんだが。
 通っていた学校の生徒、教師などは印象にも残っていない。特に何かを話すことも無かったし、こちらも聞くつもりもなかった。
 そんな環境故かどうしても僕の中の女性というのはこういう話し方、という固定概念があったようだ。

「まぁ、今更変えても怪しまれるだろうしボロが出る。やりやすいようにしろ」
「わかりました、ありがとうございます」

 言葉は厳しいが、気にかけてくれているのが伝わる。今まで誰かに心配されるということがほとんどなかった僕にとっては素直に嬉しかった。束さんは……本当に心配してくれてるのか怪しいし。
 お嬢様モードに戻って偽りの口調で述べたその謝意は、僕からの本心だった。

「それから……更識には気をつけろ」

 話が終わり、扉に手をかけた千冬さんは一言そう言い残して出て行った。
 
 『更識家』

 裏で暗躍する暗部組織に対抗する、言うなれば対暗部暗部の一族。その一族の当主は、代々『楯無』の名を襲名している。つまりクラスメートの『更識楯無』は更識家の現当主ということになる。
 正直、男であるという核にも匹敵する爆弾を持っている僕にとっては天敵だ。ロシア代表であることや僕と同年代でIS学園に入学することは知っていたがまさかクラスメートになるとは思っていなかった。

「はぁ……」

 今日何度目かわからないため息をつきながら、僕は教室へと戻っていく。



「--という訳で、現在では通称『アラスカ条約』によってISの軍事利用の禁止、情報の開示と共有、研究のための超国家機関の設立などが決められました」

 山田先生により、授業が進められる。
 といっても、最初の授業ということもあり内容はISに携わるものなら常識ともいえる内容。事前に配布された百科事典のような厚さの本をしっかり読んでおけば問題無かった。僕は特殊な家柄と交友関係(誰とは言わないが)により、ISの知識に関してはそうそう遅れを取らないとは思っている。まぁ、自分が操縦者側にまわるとは思っていなかったけど。

「--開発者である篠ノ之博士がコアの開発を中止しその内容も公開していないことから、現在新たなコアを開発することができず、その絶対数も限られたものとなっています。……えっと、サファイアさん? その数がわかりますか?」
「……」

 指名された本人からは返事が無い。

「サ、サファイアさん……?」

 山田先生が泣きそうな目でこちらを見る。それは一つ後ろの席の生徒に向けられたものだろうけど、何か自分が悪いことをした気になってしまう。
 そんなことを考えている中突如殺気のようなものを感じ、思わず後ろを振り向くと、目の前あるのは死刑執行の場面だった。

「ぅあったぁ……ッス!」

 断首……もとい、出席簿をその頭に振り下ろす千冬さん。……腕が見えなかった。
 凄まじい音がサファイアさんの頭から鳴り響き、乙女らしからぬ叫び声が聞こえてくる。
 それにしても叫び声にまで忘れずつけるなんて、その語尾は彼女のアイデンティティーなのだろうか。

「初日から居眠りとはいい度胸だ」
「い、いや寝てたように見えて実は授業ちゃんと聞いてたッスよ!」
「ほぉ、なら先ほどの問いに答えてみろ。分からないようなら一週間この授業のレポート提出だ」

 世界の終りのような表情を浮かべるサファイアさん。そのまま前を向き直ればよかったけど、図らずも目が合ってしまった。当然、無言の懇願を向けてくる……。

(……4……6……7……)

 無視するのも気が引けたので口パクで伝えてみる。下手な動作はすぐ横に佇む魔王に気取られる。

「よ、467ッス!」
「……ふん、救われたな」

 どうやら僕の口パクを正しく汲み取ってくれたようだ。正しく答え、解放される。

「お前はあまり甘やかすな」

 去り際に一言そう言いながら、軽く小突かれてしまった。……やはり気づかれていた、恐ろしい。

「た、助かったッス~……」

 そう言いながら机に突っ伏すサファイアさん。
 今まで目の前にいた彼女がそうしたことで、その後ろの席の生徒と目が合う。
 『更識楯無』、この学園で最も警戒すべき相手。
 こちらに気づいた更識さんは、先ほどと同じようにウィンクをしてくる。僕も同じように微笑み返して前を向くことにした、というよりそれしか出来なかった。……喰えない人だ。正直、何を考えているのかよく分からない。それでいて、他の生徒より僕に対して若干意識を向けられている気さえする。

 授業が終わった後、「紫音は命の恩人ッス!」とフォルテさんにやたら感謝された。大げさに思えるかもしれないけど直前の一撃や威圧を鑑みればあながちそうとは言い切れない。あ、呼び方が変わったのは彼女にファーストネームで呼んで欲しいと言われたから。
 
 その後の授業は特に問題もなく過ぎ去り、昼休みになった。
 うん、授業は……ね。休み時間のたびに僕や更識さんはクラスメートに囲まれることにはなったけど。
 何はともあれ昼休み。

「紫音は昼は学食ッスか?」
「ええ、今日はお弁当作る時間もなかったので学食に行こうかと」
「それじゃ一緒に行かないッスか?」
「あら、なら私もご一緒させてもらおうかしら」

 突然入り込んだ声の主はやはりというか更識さんだった。できればあまり関わりたくはないのだけど、クラスメートである以上それは無理だろう。なら少しでも友諠を結んで円滑な関係にしておくほうがいい。

「はい、是非ご一緒しましょう」

 こうして一年生の全専用機持ち3名、しかも一人は国家代表という小国程度なら攻め落とせそうなパーティで食堂に向かうことになった。当然目立つが、僕以外の二人は全く気にしている様子はなく楽しげにふんふふんと鼻唄まで歌っている。

(はぁ……)

 自分のためにも、この学園では目立たない程度に無難な交友関係を築こうと思っていたが、初日にしてその目論見はどちらも破られたと言える。片や代表候補生の専用機持ち、片や既に国家代表の暗部当主。無難どころではなくこの学園のトップ2と言ってもいい、二人とも目立ちすぎだよね。
 視線の半分近くは僕の方に向いてる気がするけどきっと気のせいだ、うん。
 
 食堂に付いた僕たちは食券を購入する。僕はオムライス、フォルテさんは日替わりランチ、更識さんはパスタにそれぞれ決めた。
 食券を購入し、待つ間も周りからの視線は止まない。出来上がった食事を手に取り空いている席に移動するとそれに合わせて視線の波がついてくる。……この二人の図太さが正直羨ましい。

「この学食、予想以上においしいッス!」
「そうね、この値段で味は高級レストランレベル、侮れないわね」

 気にせず、手元の料理を味わっていた。うん、確かにおいしい。僕ももう避けられない視線なんか気にせず食事に集中することにしよう。

「そういえば、楯無はなんで日本人なのにロシア代表なんスか?」
「それは自由国籍を持ってるから。ロシア代表になった細かい経緯は……ひ・み・つ」

 何気ないフォルテさんの質問でも心底楽しそうに答える更識さん。
 更識さんの専用機『ミステリアス・レイディ』は、『モスクワの深い霧』の異名を持つロシアが開発したIS『グストーイ・トゥマン・モスクヴェ』を元に彼女が開発したらしい。そのあたりに何かしらの経緯があったのかもしれない。

「そういえば更識さんはSHRで生徒会長になるって言ってましたが何かこの学園でやりたいことがあるんですか?」

 なんとなく、彼女が自己紹介時に言っていた生徒会について振ってみた。
 特に他意はなかったが、国家代表にまでなっている彼女が特殊ではあるとはいえたかだか一学園の代表である生徒会長に何を求めているのかは興味があった。しかし……

「あら、そんな他人行儀じゃなくて楯無でいいわよ。ふふ、なんで生徒会長を目指すかはね……おもしろいからよ! 学園最強=生徒会長なら、私がなるのが必然よね。それに会長になればある程度は権限もあるから、問題にも対処できるし気になる生徒の動向も見やすくなるしね……例えばしおん(・・・)ちゃんのこととか」

 その一言に僕の警戒レベルは一気にMAXになる。思わず敵意剥き出しで睨みつけそうになるが、なんとか堪えた。表情も動作も、違和感がないように抑えることはできたはずだ。

「私の名前は確かにそう読めますけど……あだ名にしてもその呼び名はあまり好きではありませんので申し訳ないですがしのん(・・・)と呼んで頂けませんか?」

 僕のことを既に知っているのか……、それとも何か気づいてカマをかけてきているのか……、はたまた天然か。判断できない今の状況じゃこう答えるのが無難だろう。

「そうだったわね、ごめんなさい。最初にあなたの名前を名簿で見たときには読み方を勘違いしていたから、そのまま出ちゃったわ。改めてよろしくね、紫音(しのん)ちゃん」

 楯無さんも特に表情に変化を見せずそう言い放つ。……やはり喰えない人だ、これでは判断できない。どちらにしろ警戒はしておくべきだろう。

「こちらこそ、よろしくお願いします。楯無さん」

 こちらも悟られないように、笑顔で返す。この『人たらし』とも言われる暗部当主にどこまで効果があるのかはわからないが……。

「な、なんか空気がおかしい気がするッス、何事ッスか!?」

 僕たちのやり取りの間ガツガツ目の前のランチを食べていたフォルテさんが、いきなり急に飛び上がったように騒ぎ出した。……空気が読めるのか読めないのかよくわからない人だなぁ。



 
 昼休みが終わり、午後の授業が始まる。
 お腹もいっぱいになり、眠くなる頃合いだが午前中の顛末を見ているこのクラスに再び死地に向かうような自殺志願者はいないようだ。滞りなく授業は進み、一日の最後となるSHRの時間となった。

「さて、初日がまもなく終わるわけだが、一つ決めなければならないことがある。このクラスの代表者だ。一般的な学校で言うところの学級委員長だと思ってもらって構わないが、このIS学園ではそれに加えてクラス対抗戦などにも出場することになる。自薦他薦は問わないが一年間は変更できないから慎重に選べ」

 千冬さんからクラス代表の選出について説明が入る。
 クラス対抗戦のように実戦の機会が得られるのは嬉しいけど、目立つのは避けたいし僕にはやる事もある。それにきっとフォルテさんや楯無さんあたりがうまくやってくれるだろう。

「はい、西園寺さんを推薦します!」
「わたしも~」

 そんな僕の思考を無視してクラスメートから推薦の声があがる。……勘弁してほしい。

「私はサファイアさんで!」
「当然、更識さん!」

 予想通りの二人も同様に推薦される。助かった、これで僕が代表になる確率は少し減る。
 というより、他に候補ができたなら辞退すればいいか。

「他にはいないか? 推薦された者は起立しろ、ちなみにこの時点での辞退は認めん」

 先回りされてしまった……。

「う~ん、私は生徒会に入る予定だからできれば辞退したいのだけど……ふふん、そうね」

 楯無さんは何かを考える素振りを見せたあと僕に視線を向けながら、これは名案とばかりに切り出す。

「織斑先生、せっかくならこの三名で模擬戦をするのはどうでしょう? お互いの力量も計れますし、代表選出の方法には適切ではないでしょうか」

 とんでもないことを言い出した。というより僕のほうを見て言ったのは気のせいではないと思う。秘密云々は置いておいて、意識されているのは間違いないか。
 とはいえ、同学年の専用機二人と模擬戦を行えるのは魅力的な提案である。目立つことは避けられないが、どうせ目立つならこの際気にしても仕方ないのかもしれない。

「学園としては問題ない。西園寺、サファイア、お前たちはどうだ?」
「……はい、問題ありません」
「あ~、いいッスよ。正直クラス代表なんてガラじゃないッスけど模擬戦やるなら話は別ッス」
「よし、なら試合は一週間後とする。アリーナの手配はこちらでする。全員専用機なら訓練機は必要ないな。よし、ではこれでSHRは終了だ」

 試合は一週間後。正直、楯無さんはともかくとしてサファイアさんにも今の僕では勝てるかわからない。一週間でどこまで調整できるかにかかってるなぁ、今の僕のISには重大な欠陥がある……、いやISというより原因は僕にあるんだろうけど。ま、やるだけのことはやってみよう。



 突然決まった代表決定戦に沸き立つクラス。
 僕たちを囲んだクラスメートとの会話もそこそこに、教室を出ることにした。
 いろいろあって疲れたのもあるが、これからのことについて考えなければいけない。まずは、屋上に移動して人気が無いことを確認して束さんと連絡を取ることにする。 

『もすもすひねもす~、待ってたよし~ちゃん! もう束さん暇で暇で死にそうだったよ~』
「それはごめんなさい、束さん。そんなことより朝話した件ですが」
『そんなことってひどい! それにそんな話し方、束さんは嫌いだな~、どうしよっかな~』

 ああ、そうだった。こういう人だった。

「うん、ごめん。ずっと今日はこのままだったし気が抜けなくて。それで、えっと束さんに貰ったものの説明をしてほしいんだけど」

 そう、僕はIS学園に女子として入学するにあたり束さんからいろいろと貰っていた。というより昨日、一方的に送りつけられていた。中身をみて驚愕したものの、とりあえず使い道は理解できるものはいくつか使用している。一部は説明書みたいのがあったけど、途中で面倒になったのかずいぶん投げやりだった。

『了解! えっと、まずはもう着けてると思うけどし~ちゃん専用シリコンバストだね。本物と見分けつかないくらいの質感で、専用のリムーバーでないと剥せないから直接触ってもわからないんじゃないかな、ちなみにサイズと形は束さん好みにしたよ!』

 束さんの好みは置いておいて、これは確かに助かった。ちょっと大きすぎる気もするけど……、何かあったときの保険にはなる。悔しいことに初めて見た時、あまりにリアルでちょっとドキドキしてしまった。

『自分の胸にドキドキする変態さんに紹介する次のアイテムは、特性ISスーツ! 下半身はサポーターも兼ねていて、極力自然な形で女性に見えるようになってるよ。あとちょこっと材質とか弄ってあるから耐久力もあるし、そのままシャワー浴びれば洗濯も特に必要ないからずっと着ててもいいよ!』

 あなたも心が読めるんですか、束さん。
 それはともかく、このISスーツも助かる。本来であれば授業では水着のようなISスーツを着て操縦することになる。男の僕が着ればそれは悲惨なことになるのは目に見えている。

『しーちゃんのそんな姿を見てみたかった気はするけどね~、さてさてお次は……IS用の調整端末? これはいっか、わかるよね』
「いやいやいや、分かるけど一応飛ばさないで説明してよ」
『う~ん、我儘だなしーちゃんは。えっと、束さん特性のその端末使えば一般的には手の及ばないところまで調整できるよ、それこそコアまで、ね。まぁ、凡人さんには何の意味もないけどしーちゃんなら上手く使えるんじゃないかな。特にしーちゃんのISはちょっと特殊だからね、本当なら束さん自ら調べたいところだけど』

 束さんの言うように、僕のISは特殊だ。そもそも、本来は紫音専用機であるこのISが僕に反応している時点で異常なのだ。その代償なのか、ところどころ問題があり、それの調整にはどうしてもコアすら候補にいれて調整する必要がある。当然、STCにそこまでの技術はない。少なからず、束さんに技術を教わってきた僕がやるしかない。

『とりあえずこんなものかな? 他にもなにかあった気がするけど忘れちゃったからわからないのがあったら連絡してくれればいいと思うよ!』

 連絡する口実を無理やり作られた気がするけど、確かに当面必要なものは十分かな。
 しかし、やっぱり規格外だね、束さんは。貰ったもののどれをとっても技術水準が一つ二つ抜けている。このシリコンバストなんて特許取ったらすごいことになるんじゃないだろうか。

「うん、何から何までありがとう、束さん。何もなくても、定期的に連絡するようにするから、それじゃ」
『し、しーちゃん……! そんなに束さ』

 感謝の気持ちは本当だし連絡はしっかりしてあげたいのも本音だったけど、これ以上は束さんが調子に乗るのが目に見えていたので言葉半ばだがすぐに切った。
 向こうでは通話が切れているのも気づかずにクネクネしてるかもしれないが問題ないだろう。

 さて、日も暮れてきたし部屋に戻るとしよう。
 いつまでも屋上にいたら誰かの目につくかもしれないしね。
 


 部屋へ行くのは実は初めてだ。入寮するにも私物はほとんどないので、あらかじめ送ったいくつかの荷物を千冬さんに部屋に運び入れてもらっていた。あまり千冬さんの手を煩わせたくはなかったが、千冬さんの方から提案してくれ、幸い荷物も少なかったので甘えることにした。
 今頃、部屋の中には事前に送ってある荷物が届いているだろう。束印の数々は、持ち歩けないものに関しては発送したので明日くらいには届くだろう。
 
 ここで一つ気になるのが、誰がルームメイトかということ。
 IS学園の寮は基本的に二人部屋で、人数的な問題でもない限り必ずルームメイトがいる。
 僕が男だとバレる確率が一番高いのは、このルームメイトからだろう。寝ている時、シャワーを浴びている時、他にもいくらでも考えられる。正直寝ている時ですら気が休まらないというのは勘弁してほしいが、一人部屋であるということに期待するのは無駄だろう。

 部屋の前までたどり着き、既に先に到着しているであろうルームメイトを思い浮かべる。
 しかし、いくら考えても仕方ない。僕は意を決して扉を開けた。

 そこにいたのは

「あら、遅かったじゃない」

 考え得るルームメイトとしては最悪の相手、更識楯無だった。

 
  

 

第三話 邂逅

「あら、遅かったじゃない」

 楯無さんはそれまで読んでいた本を閉じながら、扉を開けた僕に言葉をかける。
 今日一日だけでどれだけ彼女に振り回されたかわからないが、その中でもこれが一番の衝撃。
 ……最悪だ、よりにもよって彼女と同室となってしまったようだ。

「なに固まってるのよ、入れば?」

 しまった、さすがに今回は動揺を隠せなかった。

「ごめんなさい、同室が楯無さんだと思わなかったから驚いてしまいました」

 まぁ、嘘ではない。誤魔化せるかは微妙だけど。
 何にせよこうして同室となった以上、なんとかするしかない。

「ふふ、私は知ってたけどね。改めてよろしく、紫音ちゃん」
「はい、よろしくお願いします、楯無さん」

 どこまでも掴めない人だなぁ。気付けば扇子を開いている。そこには『歓迎』の二文字。SHRの時は自分の名前が書いてあったけどいくつ持ってるんだろう?
 正直、僕に後ろめたいことがなければ彼女のことは人間的に嫌いではない、それが僕がこの一日で感じた彼女の印象だ。当然暗部の当主ということもあり、自身の印象操作には長けているだろうから一概には信用してはいないが。

「しっかし、さっきも思ったけど紫音ちゃんって典型的なお嬢様よねぇ」
「そ、そうでしょうか?」

 いきなりの問いかけにちょっと狼狽えてしまった。
 どうしても何気ない会話にも探りを入れられている気がして落ち着かない。でも、そもそも何が探りかなんて彼女相手では恐らく考えても無意味だ。無警戒になろうとは言わないけど、慣れるしかないかもしれない。

「西園寺という古い家で過ごしましたし、環境でしょうか」
「それを言うなら私だって、一応『更識家』っていう名家の当主なのよ?」

 『更識家』は、表向きは代々続く名家と認識されている。
 それを考えれば確かに、彼女は『らしく』ない。いや、名家の生まれが皆そうかと言われれば違うと思うし、僕の周りがたまたまそうだっただけだが。それでもお嬢様というイメージから楯無さんはかけ離れている。

「む、なんか失礼なこと考えたわね。どうせ私はお嬢様らしくないですよ~」

 あれ、また心読まれたよ。おかしいな、千冬さんといい楯無さんといいこの学園では読心術は標準装備なのだろうか……ってそんな馬鹿な。ということは僕が顔に出ている……?いや、昔から無表情だって言われてたしポーカーフェイスには自信がある。となるとやっぱりこの二人が異常なんだよね、うん。

「そんなことないですよ。それが楯無さんの魅力でしょうし、私はそちらのほうが好きですよ」

 これは本音だ。僕みたいな作り物の話し方よりはよっぽど好感がもてる。
 お嬢様口調の楯無さんとか想像できないし。

「そ、そう? 面と向かってそういうこと言われると照れるんだけど……、ていうかあなたってそういうキャラだったのね」

 何やら顔を赤くしてしまった。……もしかして照れてる? だとしたら彼女には搦め手よりもこういった正面突破のほうが有効なのかもしれない。

「……その、私はどういう人間だと思われていたんですか?」

 せっかくなので聞いてみる。楯無さんの僕に対する印象、考え方を知るいい機会だ。うまくいけばどこまで僕のことを把握しているのかわかるかもしれない。

「ん~、典型的なお嬢様。……の皮を被った実は腹黒いお姫様」

 身も蓋もないことを言われてしまった、ちょっとショック……。いや、ある意味では的を射ているけど。

「そ、それはさすがに酷いですよ……」
「あはは、ごめんね。なんて言うのかな、自己紹介の時のあなたを見てて、典型的(・・・)なお嬢様だって思ったの。それこそ、お嬢様というのを想像したらこうなるだろうなっていう、典型的(・・・)な、ね」
「…………」

 やはり……危険だ、この人は。
 わずかな時間の間に僕の本質にどこまでも近づいている。

「それが第一印象。気を悪くしちゃったらごめんなさいね? でも今日一日で大分変わったわ、というより所々でいろんな一面が見れて飽きないもの。簡単に言うと私もあなたのこと気に入っちゃった」
「それは……光栄です」

 ……人のこと言えないな、僕もこう真正面に向かってこられるのに弱いのかもしれない。周りの人間にはほとんどいなかったしね。束さんくらいか……束さんにある意味頭が上がらない理由がちょっとわかった。
 完全には気を許すことはできないけど少しくらいは信じてもいいかもしれない。

「さて! 引き止めて悪かったわね。疲れてるでしょうし、シャワーでも浴びてきたら? 私はもう入ったから遠慮しないでいいわよ」

 シャワー……、確か個室だったはず。なら鍵をかければ問題ないかな。大浴場があるらしいけど、そんなの使うわけにはいかないし。

「そうさせてもらいますね」

 そう言って僕は、部屋に届いていた荷物から寝間着や必要なものを持ってシャワーに向かう。
 鍵は確実に……と。こんなところで油断してバレるのだけは洒落にならない。

「……ふぅ」

 制服を脱いで下に着込んだISスーツだけの姿になる。
 束さん曰く、そのままシャワーを浴びてもいいらしいがさすがに脱げるときは脱ぎたい。
 この……胸も慣れないし、早く外したい。

「……し~の~ん~ちゃん!」
「キャーー!」

 いきなり後ろから胸を鷲掴みにされた!
 慌ててその手の主を見やると……楯無さんがいた。

「な、何してるんですか! というより鍵かけたはずですよね!?」
「せっかくなのでスキンシップをと思って。鍵なんて……ほら、ちょいちょいと」

 この人は何こんなところで犯罪スキルを使っちゃってるの!?

「ほぉ、これはまた……大きさ、形ともに申し分ない……それでいてほっそりとしつつも適度に引き締まった完璧なスタイル……紫音ちゃん恐るべし」
「は、早く出て行ってください!」

 変態か、この人は! あ、変態はどっちかというと僕か……、いや僕は変態じゃない! あー、だからそうじゃなくて……。

「あはは、ごめんごめん。もう出ていくから、可愛い声も聞けたしね」

 そう言って楯無さんは出て行った。
 まったく、あの人は! やっぱり油断できない。それに可愛いとか……。
 ん? あの人さっきなんて言った? 可愛い……声?

 僕の……? 僕どんな声あげてた……?

『キャーー!』

 ははは……男の僕が……キャーーって……。
 しかも、これ素だったよ……、たった一日で……ああ……。

 そのあとは頭が真っ白になって覚えていない。
 
「し、紫音ちゃん? ごめんなさい、そんなに驚くと思ってなくて。だから泣かないで~」

 気づいたら布団の中で不貞腐れている僕に楯無さんが何を勘違いしたのか必死に謝っていた。

「……今度やったら絶交です」
「わ、わかったわ……ほんとにごめんなさい」

 やっぱりこの人は油断できない!



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 僕があの人に出会ったのは9年前。
 このとき、既に周りから浮いていた僕はいつものように独りでいた。
 普段は本を読んだりして家にいることが多かった僕は珍しく公園に向かっていた。それに特別な理由はない。なんとなく外に出てみようと思い、近くにあるのが公園だった、その程度だ。
 いや、敢えて挙げるなら子供が滅多にいないから落ち着く、といったところだろうか。

 しかし、そこには先客がいる。
 高校生ぐらいの女性だ。ブランコに座ったまま手元にある端末をひたすら操作している。
 ここはブランコと滑り台しかない。その日は滑り台という気分ではなかったので、必然的にもう一方の選択肢であるブランコに向かうことになる。幸い、ブランコは二台一組のため、一台分は空いていた。

「……お姉ちゃん、何してるの?」

 しかし、何故かそのとき僕は声をかけていた。普段の僕だったら見知らぬ他人に自分から声をかけるなんて絶対にしなかっただろう。でも、その女性からは周りの人間とは違う雰囲気がした。その彼女がそんなに必死に何をしているのか気になった。

「…………」

 しかし、返事はない。おそらくは聞こえているが敢えて無視しているように感じる。
 僕も気にせず近寄り、彼女が凝視している端末のモニターに目をやる。

「いんふぃにっと……すとらとす……ロボット?」

 そこに記された、名前らしきものとプログラムから浮かび上がるイメージを自身の語彙力の中で一番しっくりくる単語を呟いた。
 すると、さっきまで完全に無反応だった彼女は急に顔を上げ、こちらに向けた。

「……君、これがわかるの?」
「うん、なんとなくだけど。……すごいね、空も飛べるし……宇宙でも動けるんだ」

 応答しながら端末を眺めているとそこに表示されている情報から機能が少しだけわかった。
 既存のプログラムとは違う、特殊なものだったけど何故かわかった。
 僕は昔から、こういうことがよくある。運動も、勉強も、わずかな時間でコツを掴みできてしまう。
 僕の中の小さな世界ではそれは当たり前だと思っていた。でも、他人と関わりを持たざるを得ない年齢になるにつれ、それが誤りだと知った。そして僕は浮いた存在となる。

 一方で、この時僕はその機能に少なからず興奮していた。空……、そして宇宙。
 いつからだろう、空に憧れたのは。独りで公園に足を運んだときは決まって空を見上げていた。
 どんなに周りから浮いて、独りになっても僕は西園寺という籠からは出られない。西園寺の加護がないと生きられない子供だからこそ抱いてしまった、しかしそれは子供らしからぬ諦め。
 ……でも純粋に、空を飛びたい、と出てきた願いは皮肉にも年相応のものだった。

「そっか、わかるんだ……えへへ。ねね、君の名前は?」
「さいおんじ……しおん」

 彼女はなぜか嬉しそうにしている。
 

「そっか、しーちゃんだね! 私は篠ノ之束さんだよ」
「しー……ちゃん?」
「うん、しおんちゃんだからし~ちゃん。変かな?」

 そんなやり取りすらも、彼女は楽しそうにしている。先ほどの無表情な女性と同一人物とは思えないほどに、表情豊かに。

「でも、ぼく男だよ?」
「え~、しーちゃんはしーくんなの? そんなに可愛いからてっきり……、う~んでもやっぱり可愛いからしーちゃんでいいんじゃないかな、いいよね!」

 無茶苦茶だ。でも僕もなんだか楽しくなってきてしまった。

「……うん、いいよ」

 気が付くとそう答えていた。

「えへへ~、よろしくね、しーちゃん!」

 そう言った彼女の顔は、僕が生まれて初めて見た本当の『笑顔』というものだった。
 この後すぐに、ISでは男の僕は飛べないことを知るが、それは関係ない。
 ただ、彼女の『笑顔』がそこにあるなら僕は嬉しかった。



 それから僕と束さんは日時は特に決めていないにも関わらず、度々公園で同じように会っていた。
 そこはほとんど二人だけの空間だったが、たまに『織斑千冬』という束さんの親友も加わった。彼女は二人の話の内容はよく理解していないようだったが、耳を傾けながら時折反応を返してくれた。
 その中で、たまに僕ら自身のことについて話をすることもあったが基本的には束さんが現在創り上げようとしている、『インフィニット・ストラトス』についてが大部分を占めていた。
 とはいっても、僕も出会った日に読み取れたことは僅かしかない上に、彼女に口出しできるわけではないのでただ彼女の話を聞き、それに素直に感想を述べていたに過ぎない。千冬さんより少しは議論ができる程度だ。
 でも、束さんの話は新鮮だったし、目の前のディスプレイに広がる世界はそれを夢物語でなく現実たりえることがなんとなくわかったし、それに純粋に驚き、興奮する僕の反応を彼女は喜んでくれた。

 初めて出会って一ヶ月ほどしたころ、いつものように公園で束さんと会えたのだが少し様子が違った。
 ブランコに座って、手元には端末。その姿は出会った時そのままだったが、しかしあの時と違ってその手は動いておらずただ握りしめているだけだ。

「…………」

 どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していたものの、それ以上に何があったか気になったので僕は気にせず話しかけることにした。

「……どうしたの?」

 僕の言葉に応えるように、こちらに向けた顔はあの時の『笑顔』ではなく悲しそうな『無表情』だった。
 表情からは何も感じない、でもその眼はなぜか悲しそうに感じた。

「しーちゃんと一緒に作ったISがね、『いらない子』って言われちゃった……」
「いらない……子……?」

 なぜかその言葉が強く印象に残る。
 『いらない子』
 周りに避けられ、独りでいる僕は『いらない子』なんじゃないか。よくそう考えていた。

 これはこの後知ったことだが、束さんはこの日ISを全世界に発表したが国の有識者を名乗る老害によってその性能や存在意義を否定されていた。結果、全世界はこれを黙殺し、見向きもされなかった。
 僕にISについて語る束さんは本当に楽しそうだった。それをこの日、全て否定されていたのだ。

「ISは、いらない子じゃないよ!」
「しー……ちゃん?」

 僕は思わず語気が強くなった。そう言うことで、僕はいらない子なんかじゃないと思いたかったのかもしれない。

「だって、ISは世界を変えるんでしょ? ならそれを作った束さんが、僕たちが信じてあげないと!」

 現実を知らないから言える子供の言葉。
 でも、今の僕でもこう言っているかもしれない。
 束さんはその言葉を聞くと何かを考えるようにまた俯いてしまった。

「あ、そうだ。これ僕が作ったんだ、束さんにあげる」

 そう言って、僕は鞄の中から袋を取り出して、束さんに渡す。
 一瞬驚いた様子だったが、束さんはそのまま受け取り中身を取り出しさらに驚いた表情を浮かべた。

「ヘアバンド……それにウサミミ?」

 僕がこの日、工作の時間に出された課題で作ったもの。
 ある目的で、何か動物をモチーフにした物を作るという課題だった。

「うん、『一番大切な人』への贈り物を作りなさいって言われたから。僕の初めての友達のために作ったの」

 そう、僕に初めて『笑顔』を見せてくれた友達である束さんのために。
 ちなみになぜウサギかというと興奮するとぴょんぴょん跳ね回ることがよくあるから。

「大切な……人……、ぅ…うぁ、しーちゃぁぁああん」

 泣きながら僕に抱きついてくる束さん。
 いつもは笑顔を振りまき、僕をときどき振り回してきた束さんが、この日初めて泣いた。
 思い返してみれば、人の『涙』を見たのもこのときが初めてなのかもしれない。

 しばらくそのまま泣き続けた束さんは、ようやく落ち着いたのか僕を解放する。
 
「ふぅ、ありがとう、大事にするね。ところでウサギさんなのは束さんがウサギさんみたいに可愛らしいからかな? 嬉しいな!」
 
 いつもの調子に戻ってきたようだ。本当の理由を言わずに良かったと思う、うん。

「束さんが喜んでくれてよかった。でもなんでISがいらない子なんだろうね。世界中のミサイルが飛んできてもこのISなら一機で全部落とせそうなのに」

 今思えば、この発言が全ての引き金だったのかもしれない。

「全くだよ、失礼しちゃうよね! ん? ……ミサイル……ハッキングして……ちーちゃんが……そっか、そうだよ! しーちゃんありがとう! こうしちゃいられない。あ、しーちゃんも今度手伝ってね!」

 そう言いながら慌てて束さんは帰ってしまう。
 その後、何度か束さんの部屋(というより研究室と化していた)に招かれ、いろいろ教えてもらいながら作業を手伝った。
 それがハッキング技術だと知ったのは随分後の事だ。

 そして一ヶ月後、事件は起こる。
 後に『白騎士事件』と呼ばれる一大事件。日本を射程距離内とするすべての軍事基地のコンピュータが一斉ハッキングにされ、そこから放たれた2000発以上のミサイル群を、たった一機のISが全て撃墜した。
 そのISを脅威と判断した各国より捕縛、もしくは撃破を目的として軍事兵器を送り込まれるが、それらも全て無力化される。『死者0』という圧倒的実力差を残して。


 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ……昔の夢を見るのも久しぶりだ。
 あの白騎士事件を境に女尊男卑が進み、僕の西園寺家での立場もより悪化していったんだ。
 束さんに会えていなかったら、僕はもしかしたら今みたいに笑うことすらできなかったかもしれない。

 でもやっぱり白騎士事件が起きたのって僕のあの一言があったからだよね……。
 いつの間にか子供が世界規模の犯罪者の片棒担ぐってどういうこと!?
 しかも気づけばハッキング技術叩き込まれて、件のハッキングの三割くらい僕だったみたいだし!

 はぁ……今まで考えないようにしてたけどこうもハッキリ見せつけられてしまうと現実を突きつけられる。
 そういえば、束さんが今付けてるウサミミって僕があげたやつなんだよね……。なんか動いているし箒さんを感知するセンサー付けちゃったとか本人は言ってたけど……。機能が増えてても元は僕があのときあげた物だ。約束通り大事にしてくれているのはやはり嬉しい。
 とはいえ、そうなるとあの強烈なキャラ付けも僕のせいだと言われれば否定できない……。なんかウサミミに合わせて服装もそれっぽくなった気がするし言動も過激になった気が……。

 いや、きっと彼女は僕がいなくても白騎士事件を起こしたし、そういう趣味にも目覚めてたはずだ。きっとそうだ、そうだよね!

 ……ん、ん! 思わず束さん化してしまった。過ぎたことは考えても仕方ない。
 
 さて、そろそろ起きないと。
 ルームメイトに何されるかわかったもんじゃない。
 それに……、まだいろいろ慣れてないし。

 女性らしくあるための手入れ等は僕にとっては未知にものだった。
 ここに送り込まれる前に事情を知る世話係の女中に徹底的に仕込まれたものの、やはり面倒だ。それに何とか一人でできるようになったとはいえまだまだ時間がかかる。
 午前5時、眠い目を擦りながら僕はまたみんなを偽るための仕込みを始める。



 二日目は初日に比べれば割と平穏に始まった。
 教室に行くまでの間に何故か同学年だけでなく見知らぬ上級生からも挨拶された気がするけど、一緒に向かった楯無さんも同じように声をかけられていたから、ここではそういうものなのだろうか。

 突然の来訪者は昼休みに訪れる。
 昨日と同じように僕とフォルテさんと楯無さんは学食で食事をしていると、急に声をかけられた。

「はいはーい。新聞部(入部予定)でーす。初日から話題独占、一年生主席コンビ+αの専用機トリオにインタビューに来ました!」

 その元気な声がした方を見ると、髪の毛を後ろで束ねた眼鏡の女生徒が立っていた。その手にはやたら本格的なカメラがある。 

「+αってウチのことッスよね! いくらなんでも酷くないッスか!?」
「あ、私は二組の黛薫子。薫子って呼んでくれると嬉しいわ。整備科志望なんだけど、何の因果かクラス代表になっちゃったから対抗戦ではこの中の誰かと当たることになるかもね」

 αから、じゃなくてフォルテさんから挙がる非難の声が聞こえていないかのように自己紹介する薫子さん。僕らも続いて軽く自己紹介をする。フォルテさんはぶつぶつ『不公平ッス、納得いかないッス』と繰り返していたがそっとしておこう。

「それで、二組のクラス代表さんが私たちにインタビューなんてどういうことかしら?」

 楯無さんが本題に入るよう促す。

「ま、偵察っていうのもあるんだけどね。個人的に興味もあるし、このインタビュー記事を手土産に新聞部に……げふんげふん。じゃなくて、写真をオーク……でもなくて、えーっと……あはは」
「「「…………」」」

 蔑むような視線が重なる。
 聞いてもいない本音を勝手に自分で暴露しているような人にインタビュアーが務まるのだろうか。

「とにかく! 個人的に興味があるってこと! それに専用機は一組にしかいないし他のクラスに少しでもフェアになるように情報を集めて公開しようかな~なんて」
「ま、別に隠している訳じゃないしいいわよ」
「ウチも別にいいッスよ~」
「……はい、私も構いません」

 正直、僕としては勘弁してほしかったがここで断ったらそれこそ空気の読めない人になってしまうので仕方がない。

「さてさて、まずはフォルテ・サファイアさん。専用機は『コールド・ブラッド』。時間もないし、あなたの分は適当にねつ造しておくわね。専用機のデータもある程度公開されているみたいだし」
「なんなんスかそれは!? 横暴ッス! 弁護人を要求するッス!」

 なぜ初対面の人間からもフォルテさんはこんな扱いを受けるのだろう。

「お次は既に現役最年少の国家代表にして一年生主席、更識楯無さん。専用機は『ミステリアス・レイディ』。来たるべきクラス代表決定戦に向けて一言!」
「ふふ、私がクラス代表になっちゃったら対抗戦はお通夜ムードになっちゃうでしょうけど、その時は諦めてちょうだい」
「おーっと、大衆受けしそうな素晴らしいコメントありがとうございます!」

 凄まじい自信だ。とはいえ、現状この学年どころかこの学園に彼女とまともにやり合って勝てる人間なんて教職員合わせてもいないだろう。千冬さんくらいか……。
 まぁ、楯無さんも普段からこういうことを言うわけでもなく今回はあくまでメディア向けのリップサービスなんだろう。
 そのまま二言三言、専用機についてや今後の抱負についてのやり取りがあった。

「さぁ、最後に未だ謎の多い『白銀の姫君』こともう一人の主席、西園寺紫音さん。本人だけでなく専用機の名前、姿、性能が不明という、楯無さんのお株を奪うまさしく『ミステリアス・レイディ』。せっかくなんで根掘り葉掘り聞かせてもらっちゃうよ~」
「は、白銀の姫君……?」

 なんなの、その恥ずかしい二つ名みたいなのは!

「うん、もうこの学年じゃ有名だよ? とても綺麗な白銀の髪を持ち、それでいてお姫様のように清楚な美少女でさらに学年主席の専用機持ち。ついた呼び名が『白銀の姫君』。ちなみに楯無さんはもう既に『学園最強』の二つ名が囁かれてるわ。二人とも一部では上級生にもファンができてるわよ」

 なんか僕と楯無さんで方向性が違う気がするんだけど。
 でも、朝二人がやたらと声をかけられた理由がちょっとだけ分かった。

「さてさて、それはさておき。まずは気になる専用機について聞きたいんだけどいいかな」
「あ、はい」

 僕の専用機。いや、正確には違う。なぜなら、これは紫音の専用機であり

()の専用機の名前は……」

 紫苑のものではないのだから。

 
  

 

第四話 欠陥機

「……『月読(ツクヨミ)』です」

 僕は、自身の専用機の名前を薫子さんに伝えた。

 紫音(・・)専用IS、月読。

 僕自身でも未だ謎の多いISだ。というのも、開発段階から僕もSTCに招聘されてたまに手伝わされていたことはあるのだけど、実質的に開発を行っていたのは紫音ともう一人、主任を任されていた開発スタッフだ。
 しかし紫音は病気になり、主任も同じタイミングでデータを一切を残さずに行方知れずとなる。
 月読はまるでISコアのように、至るところがブラックボックス化しており、開発の中心だったこの二人以外にはまるで手が出せない代物になっていた。

 束さんの許可を得て、なおかつ彼女との関係は秘匿しながら僕の知識でアドバイスをしたことはある。
 僕としてはそんなつもりは無かったけど父に頼まれると弱かった。最も父も僕と束さんの関係を知らないのでそこまでの助力は期待してなかったはずだけど。
 ともかく、それを紫音が独自の理論でくみ上げて開発を行った結果、IS開発者の束さんですら首を傾げる代物が出来上がってしまった。それが月読だ。

『う~ん? なんでこれで動くんだろう。仮に一般レベルの人間が起動に成功したとしても現行の量産機に劣る性能しか発揮できないよ。しーちゃんは……だめみたいだからもともとの操縦者解剖してみたいなぁ』

 などと、僕が送ったデータを見た束さんは言っていた。当然だけど後半部分は聞かなかったことにした。
 何が言いたいかというと、本来これは動くはずのない欠陥機らしい。しかも動いたとしても既存の量産機以下の性能しか発揮できない出来損ない、というより操縦者への負担が大きすぎて本来の性能が出せない、といったところか。

 現在、世界各国は『第三世代』と呼ばれる新型のISの開発に躍起になっている。
 既にイギリスや中国などは開発に成功しているらしい。楯無さんの『ミステリアス・レイディ』もそうだ。……まぁ、束さんは既に『第四世代』の開発すらできるらしいけど。

 このIS学園に配備されている二種の訓練機、『打鉄(うちがね)』は日本の、『ラファール・リヴァイヴ』はフランスの、いずれも第二世代型量産機だ。
 つまり、月読は通常運用した場合この第二世代にも遅れを取るということになる。

 いや、この表現は正確ではないか。既存のISのコンセプトとは全く異なる理論でくみ上げられた、別世代(アナザージェネレーション)型のISだ。
 だから、世代の違いという物差しでは測れないのかもしれない。

「ふ~ん、なんか凄そうだけど実際はそうでもない……のかな? いや、でも試験の結果としては更識さんと合わせてトップなわけだし……んん?」

 もちろん、すべてを説明したわけではない。調整が非常に難しいピーキーな機体で、現行の世代とは違ったコンセプトで作られたプロトタイプ機で、いろいろと欠陥がある。こんなニュアンスの説明だ。自社開発の機体を自分達で解析できないなんて身内の恥をわざわざ暴露するのも気が引けるし。まぁ、STCや西園寺の名に別に思い入れがある訳ではないから気にしないといえばしないんだけどね。

 どちらにしろ、薫子さんは僕の説明ではしっくりきてないみたいだ。……まぁ、仕方ないか。

「簡単に言えば乗り手を選ぶということでしょうか。他の方が操縦しても量産機並みの動きも難しいですけど、私にはそれらよりも動かしやすく感じるのです」

 本当のところ、僕は月読以外は動かせないんだけどそれは秘密なのでこう言っておく。

「なるほどね~、つまり西園寺さんが動かせば専用機を持つ他のお二人ともいい勝負ができると期待してもいいってことね!」
「そうですね、勝つにせよ負けるにせよ専用機を持つ以上は恥ずかしい戦いにならないよう最善を尽くします」

 インタビューといえるものはここで終了し、そのあとは僕ら三人に薫子さんは交えての雑談になった。
 ……むしろここから彼女の本領発揮といったところだったが。
 気づけばこの短時間でお互い名前で呼び合うようになり、楯無さんに至ってはよっぽど気が合ったのか『たっちゃん』と呼ばれていた。この相手の懐に入り込む才能は素直に凄いと思う。

 

 放課後になり、束さんから貰った専用端末を手に僕は整備室へと向かった。当然、自身のISの調整のためだ。
 薫子さんには話さなかったが、月読には大きな欠点がある。それはこのISが紫音専用機として最適化(フィッティング)されていることだ。その月読を本来であれば完全に初期化(フォーマット)せずに僕がまともに動かすことなどできるはずが無い。
 
 でも、どういう訳か起動してしまった。
 これは僕の仮説だけど、僕と紫音は本来ありえない一卵性でありながら性別が異なる双子だ。でも一卵性だからおおよその遺伝子情報などは一致しているため、月読が僕を紫音として誤認識(・・・)してしまったのではないだろうか。ここに、僕が男でありながら月読を起動してしまった理由もある気がする。でも、その男女の差異という致命的な遺伝子の差異が矛盾を生み出している。
 なんでこんなことを考えたかと言うと、初めて月読(IS)を起動してしまったとき束さんに連絡したら

『なんでしーちゃんがIS動かせるのかな? ちょっとお姉さんに解剖されてみない? え、嫌なの? じゃぁじゃぁ、丁度いいから体の隅々まで調べさせて~』

 なんて言われたから必死に仮説を立てて説明して、事なきを得た。あの時は電話越しだったのに本気で身の危険を感じた。そもそも何が丁度いいのかわからない。彼女が納得したかは微妙だけど、咄嗟に考えたにしては当たらずとも遠からずだと思う。

 まぁ、結果として月読は再び初期化と最適化を試みて失敗した。
 つまり、今の月読は完全な一次移行(ファーストシフト)にまで至っていない。
 ISは自己進化が設定されていて、全ての経験を蓄積し『形態移行(フォームシフト)』を行っていき、通常は初期化と最適化が終わればそのまま第一形態(ファーストフォーム)に移行する。
 でも途中でそれが失敗、中断したことでそれ以上の作業を月読は止めてしまった。

 初期化すらも中途半端に行われたせいで、ただでさえブラックボックス化していた月読の内部データはより混沌としたものになっている。考えても見てほしい。知恵の輪を強引に曲げてしまい、正しい解き方がわからなくなってしまった状況を。

 そんな訳で月読はちょっと厄介な状態になってしまっている。
 武装も本来は三つあるようだけど、データが中途半端に更新されてしまい名前もわからずそのうち二つは展開もできない。唯一展開できたのが『■ ■ ■ 剣』のみ。これも正式名称はデータ欠損で読み取れない。名目上、『無銘剣(ネームレス)』と呼んでいるこの武装は文字通りの近接武器。どちらかというと日本刀に近いものだ。でも本来の性能に至っていないのか現状では何の変哲もないただの刀、といったところだ。

 つまり今のままだと僕はこのネームレスだけで戦うことになる。
 それを回避するための調整作業だ。一週間では厳しいかもしれないけどこの剣の性能を取り戻すか、残り二つのうちどちらかを解析し、展開可能にする。ベストは最適化完了だけどそれは難しいかな。
 最も、仮にそうなったとしても月読の機能で唯一無事だった特殊な加速技術があればそれなりには戦えるのだけど、できれば使いたくない……体の負担が大きいから。



 翌日、さらに騒ぎは加速していた……原因は言わずもがな。薫子さんへ話したことが早くも学園中に広がっていたのだ。一部ではトトカルチョまで行われているとか。ちなみに本命は当然楯無さんらしい。

「白銀の姫君の人気も凄いことになってるわよ」
「その呼び方はやめてください……」

 楯無さんには昨日薫子さんに聞いた呼び名で度々からかわれるようになってしまった。
 そりゃ楯無さんはいいよね、学園最強なんてそのままなんだから。僕は姫君どころかそもそも女ですらないから! いや、白銀の王子だったらいいのかって言われてもそれもいやだけどね。

「でもなんかいいッスね、二つ名みたいなの。ウチもなんか二つ名かあだ名みたいなの欲しいッス」

 フォルテさんは完全に他人事だ。というより昨日スルーされたのを根に持っているんじゃないだろうか。

「あら、なら私がつけてあげましょうか。う~ん、アフォルテ?」
「なんなんスかそのアホのフォルテみたいな呼び方は!? 虐めッスか、虐めッスよね!?」

 うん、いくらなんでも酷いと思う。いやでもなんかしっくり来る……笑っちゃだめだ……く。

「ほら、紫音も友人に対するあんまりな仕打ちに怒りで震えて……って何笑ってるんスか! ウチらの友情はそんな程度だったんスね!」
「ご、ごめんなさい……二人のやりとりを見てたら面白くて……」

 フォルテさんが小さい体で両腕を思いっきりあげて主張する姿は見ていて微笑ましい。
 ……それにしてもフォルテさん小さいな、150cmあるんだろうか。

「ああ、もう可愛いわね! もうISの名前と合わせて『冷酷幼女』でいいじゃない!」

 矛先を僕に向けていたフォルテさんを後ろから楯無さんが捕獲する。
 そのまま自分の方を向かせて思いっきり抱きしめてしまった。 

「あぶっ!な、なにを……って、幼……て、く……る……」

 フォルテさんの顔が楯無さんの胸に埋まっている。あれ大丈夫なのだろうか。

「…………」

 あれ?ぐったりしてる、ってフォルテさん!?

「ちょ、ちょっと楯無さん。フォルテさんが!」
「あら」

 今気づいたという素振りで楯無さんはフォルテさんを解放する。

「し、死ぬかと思ったッス……」
「ふふ、大げさね」
「いやいや、三途の川が見えたッスよ! それに冷酷幼女ってなんスか! 冷酷はまだしも幼女って人の身体的特徴を……」

 イタリア人も死ぬ時は三途の川を渡るのだろうか、それとも死ぬ場所が問題なのかな。

「何言ってるのフォルテちゃん、幼児体型はステータスよ!」

 二人を見ながらどうでもいいことを考えていると急に薫子さんが乱入してきた。

「か、薫子さん? どうして一組に……」
「ふふふ、何やらフォルテちゃんの二つ名を募集中というところで来たのだけど……いいじゃない、冷酷幼女
! いただきだわ」

 薫子さんの目が獲物を見つけたスナイパーのようになっている。いや、スナイパーを見たことは無いんだけど。

「フォルテちゃん。あなたにはその可愛らしい容姿(幼児体型)がいかに得難いステータスなのか、じっくり教えてあげる必要がありそうね!」
「ちょ、ちょっと薫子、どこ触ってるッスか! って、あれ、ウチどこに連れて行かれるんスか! 紫音も楯無も見てないでたす……」

 無情にも教室の扉は閉められ、フォルテさんは薫子さんに抱えられどこかへ連行されてしまった。

「……ちょっとからかい過ぎたかしら。それに何かよくないものを引き寄せてしまったみたいね」
「……そうですね、楯無さんはちょっと自重したほうがいいと思います。
「ぜ、善処するわ」

 しばらくしてフォルテさんは頬を少し赤く染めながら涙目になって戻ってきた。
 その姿を見て僕は思わずキュンとしてしまう……って違うよ! 別にそういう趣味じゃなくて、きっと母性的な何かが! いや、男が母性に目覚めたらまずいでしょ、ならこの胸のときめきはなんだったんだ……って別に仮にフォルテさんにときめいても同い年なら問題ないのか……ううむ。

 悶々と謎の葛藤に眠ることができず、翌日危うく遅刻するところだった。
 ちなみにそれ以降同じようなときめきは起こっていない。……ホントだよ!?  
 
  

 そしてあっという間に時間は過ぎ、代表決定戦の日がやってきた。
 最初の数日があまりにも慌ただしく、このままやっていけるのか不安にもなった。でもそれが逆に良かったのか、ちょっとやそっとじゃ動じなくなった。楯無さんの行動にも慣れてきたし、フォルテさんを見てると不思議と癒されるし、薫子さんのあしらい方も分かってきた。……未だに周りからの視線には慣れないけど。
 それでも幸い、僕が男であることがバレるようなこともなく過ごせている。

 初めて校舎内のトイレを使ったときは心が折れそうになったけどね……ふ……ふふ……。最初の数日のうちは校舎内のトイレは使わず、朝早い時間に寮で済ませたり誰もいないタイミングで施設のトイレを使ってたけど……、限界があるよね……。
 こればっかりは慣れない、いや慣れたらいろいろ終わってしまう気がする……男として、人として。出来る限り今まで通り人のいないトイレを使おう、僕の男としてのアイデンティティを守るためにも。

「おはよ。ふふ、今日は手加減しないわよ」

 朝っぱらから自己嫌悪のループに陥っている僕をしり目に、楯無さんはご機嫌だった。
 薄々感じていたが、彼女は僕らとの模擬戦をかなり楽しみにしていたようだ。まぁ、もともと模擬戦で決めたらどうかというのは彼女からの提案だったのだから当然といえば当然だけど。 

「私も……全力でいきます」

 正直、彼女に勝つのはかなり難しいが手がない訳ではない……まぁ、肝心の調整はことごとく失敗したけど。でもただ負けるのは性に合わない。この学園に入って認識したけど僕はことISに関しては負けず嫌いなようだ。束さんの近くにいた影響かもしれない。今まで勝負事に執着したことなんてなかったのに。

 その日の教室はやや浮ついた空気に満ちていた。いや、教室だけではない。学園全体が何かに期待するような雰囲気に包まれていた。言うまでもなく今日行われる模擬戦のせいだろう。一学年の他のクラスが気にするのは分かる。対抗戦に出場する選手の力量が前もって見ることができるのだから。でも上級生までもが同様なのはちょっと異常だった。
 まぁ、勉強熱心な人や代表候補生、企業所属の人間などは専用機同士の模擬戦でデータを取りたいと思う人もいると思うけどこの空気はそればっかりではない。もともとこの学園はお祭り騒ぎが好きなのかもしれない。……認めたくないけど僕や楯無さんは特に目立ってるようだし。

 それはこのアリーナの異様さから窺える。
 単なる一年生同士の模擬戦なのに、観覧席は満員だった。しかも試合の模様は学園中に備え付けられたモニターに流されるらしい。本来はクラスメート以外は観戦禁止にする予定だったのだけど、あまりにも観戦希望者が多かったことから学園側より提案があり、渋々公開を了承した。……楯無さんはもともとそのつもりだったようだけど。

「うわ~超満員、みんなも暇ッスね~」

 そんなアリーナの熱気もどこ吹く風。フォルテさんはのんびりと言い放った。
 かくいう僕もどこか他人事で、別に緊張などはしていなかった。この模擬戦は結局僕らのものであり、周りがどれだけ盛り上がろうと関係ない。月読のデータを採られたとしても他の人間にどうこうできるものではない、というのもあるし。

「ま、みんなこういうイベントに飢えていたのよ。こういう娯楽を提供するのも未来の生徒会長の務めよね」

 楯無さんも僕らと違う理由だろうが落ち着いている。いつの間にか『満員御礼』と書かれた扇子を広げている。彼女の扇子については未だに謎だ。

「よし、更識、西園寺、サファイア、準備はいいか。まずは組み合わせと戦う順番を決める」

 千冬さんに呼ばれて3人は順に順番決めのための番号札を引き

 1. 更識楯無 VS フォルテ・サファイア
 2. フォルテ・サファイア VS 西園寺紫音
 3. 西園寺紫音 VS 更識楯無

 以上のように決定した。
 ちなみに公平を期すため対戦者でない一人は模擬戦は観戦できないので、一戦目は控室で二人の勝負が終わるのを待つことになる。
 
 椅子に座って目をつぶると一瞬、体が震えたことを自覚する。
 緊張……しているわけではない。これが武者震いというものなのだろう、と自分に納得させる。
 ISを動かせるということを知ってから入学までの2ヶ月強の間、濃密な訓練を行ってきた。総稼働時間がそのまま実力に比例する言われるくらい、実際に動かすことは重要だ。代表候補生や、ましてや楯無さんのような代表レベルだとその稼働時間は僕の比ではない。
 
 そして致命的なのは模擬戦を含め、IS同士の実戦経験が僕にはほとんどない。唯一あるといえば試験で山田先生相手のときだろうか。しかし彼女も元代表候補生だったとはいえ、試験用に制限された機体だったためあまり参考にはならない。
 
 そもそも一企業のテストパイロットの立場では機体もパイロットもそうそう用意できない。IS学園入学が決まったあとこの問題に頭を悩ませていたら、束さんがISとリンクさせて使用するシミュレーション用の端末とソフトを作って送ってくれた。ヘッドギアタイプの端末を装着し、自身のISに接続することで事前に入力したデータをもとに戦闘シミュレーションを行うことができる。
 もちろん所詮はシミュレーションだけど結構よくできていて、視界はもちろんハイパーセンサーなどもデータに合わせて敵や攻撃がそこにあると"誤認"させることで実際に戦闘している状態を再現する。攻撃を受けた場合、その部位のシールドエネルギーに無理矢理干渉し、衝撃を引き起こす。もちろん威力に合わせてエネルギーも減少する。

 つまり、データさえあれば一人で世界中の最新鋭機に乗った国家代表とも戦える。
 ……これってよく考えなくてもけっこうキケンな代物なんだよね。
 いや、何がキケンって……プリインストールで現時点で開発済みの機体データが未公開情報も合わせて網羅されちゃってることだよ! 何サラッと全世界の敵に簡単になっちゃうような国家機密データを一学生のところに送り込んでるのさ! これを持ってることがバレたらきっとスパイ容疑やらなんやら掛けられるのは間違いないな……。

 ちなみにシミュレーションの結果は全戦全敗ですけどね! 打鉄にすら負けましたよ? だって、搭乗者データが千冬さんしかインストールされてないんだもん! 
 手動で他の搭乗者データを入れようとしたら

『まずはちーちゃんを倒さないと変更できないよ、頑張って!』

 というありがたくないシステムメッセージに遮られて出来なかった。永遠に無理な気がする。

 ともかく、それを踏まえれば下手な候補生より戦闘経験は多いとも言えるけど生身の人間と相対するのは全く違う、気を引き締めよう。

『西園寺、第一戦が決着した。勝者は更識だ』

 シミュレーションでの地獄を思い出してちょっと鬱になりかけてたところに千冬さんから連絡が入る。どうやら楯無さんが勝ったようだ。どんな試合だったかは後で映像を見せてもらおう。

「わかりました、すぐに向かいます」

 先ほど抽選を行った場所に向かうと既に対戦を終えた二人も戻ってきていた。

「う~ん、悔しいけど全く適わなかったッス……」
「あら、けっこう頑張ったほうだと思うわよ? 私じゃなければもっと善戦できたでしょうし」
「あんたは相変わらずッスね! それにウチはこのまま連戦ッスか……」

 話の内容からいくと楯無さんの圧勝だったようだ。さすが国家代表クラス。
 うん、連戦はきつよね。僕も次は楯無さんだしそこは我慢して。

「一戦目のサファイアの武装の損傷などはほとんどない。このまま15分後に二戦目を行うから準備しておけ」
「了解しました」
「了解ッス」

 千冬さんの声に促され僕とフォルテさんはそのままそれぞれのピットに向かう。

「二人とも頑張ってね」

 楯無さんもそう声をかけ、僕がさっきまでいた控室に向かった。
 


 さて、IS学園のデビュー戦だ。やっぱりまだ目立ちたくないって気持ちはあるけどもうそんなことを言ってられる状況ではないし、彼女たちと付き合う以上無理な話だろう。
 なら自分が好きなようにやるのもいいのかもしれない。

「……はは」

 思わず笑い声が漏れてしまった。たった一週間で随分変わったものだと自分でも思う。
 束さんといる時以外は、僕は生きているとはいえなかった。ただ周りの環境に流されて紫音の手伝いをしたり、父のお願いを聞いたり、母の命令に従ったり。IS学園に入学したのだってそこに自分の意志は全くない。訓練も勉強も必要だからやっただけだ。
 でも、この模擬戦は違う。きっかけは確かに流されたようなものだけど今は違う。全力で戦いたいと思っている。嘘で塗り固められた僕だけど、たぶんこの瞬間だけは本当の自分に近づける気がするから。

『両者、出ろ』

 千冬さんから指示が届く。時間だ、行こう。

「西園寺紫音、『月読』……でます」

 この学園で出来た友人のもとへ……。
 

 

 

第五話 クラス代表決定戦

 
前書き
今話から三人称視点が加わります。
以降は、原作同様に基本的には主人公視点としてたまに三人称が入ります。
いわゆるsideは使いません。

◇が視点切り替えのタイミングです。
他に、三行空けが少しの時間経過、◇◆×5が大幅な場面転換で、視点変更はありません。 

 
「西園寺紫音、月読……でます」

 宣言と共に僕はISを展開する。すぐさま僕の体の周りを光が覆い、漆黒の装甲が広がっていく。
 そして僕は向かう、友人と戦うために。

『それが紫音の専用機ッスか』

 既にISを展開して待っていたフォルテさんが僕を視界に入れオープンチャネルで声をかけてくる。
 
「そうですね、月読です。今日はよろしくお願いしますね」
『紫音としては次の楯無戦の方が気になるところだと思うスけど……、楽はさせないッスよ!』
「ふふ、そんなことはないですよ。フォルテさんとの一戦も楽しみにしていました。こちらこそ、全力でいかせていただきます」

 お互い向かい合い、闘志をぶつけ合う。あぁ、シミュレーションや山田先生との試験では感じなかった生身の人間とのやり取り。やっぱり全然違う、どこか……心地良い。





「あれが西園寺さんの専用機、月読ですか~」

 管制室のモニターを見ながら二人の副担任でもある山田真耶は声を漏らす。
 彼女の視線の先にあるのは紫苑とその専用機である月読だ。
 その漆黒の装甲は、一般的なISと比べて薄めではあるものの、ほぼ全身を覆っている。四肢や一部の要所に重点的に展開される他のISと比べると対照的だ。
 そして最も特徴的なのは、背面に従える一対のフィン・アーマーだろう。鱗のようなものが組み合わさって広がるこのフィン・アーマーと全身を覆う吸い込まれるほどの漆黒の装甲は、伝承などでよく目にする悪魔にも見える。いや、薄い装甲故に(中身が作り物とはいえ)女性特有のスタイルがハッキリと見て取れ、顔の部分は覆われていないためその美しい容姿も隠さない。その姿は妖艶さすらも漂わせており、悪魔は悪魔でも、夢魔や淫魔といったところか。

 一方相対するのはフォルテ・サファイアとその専用機であるコールド・ブラッド。
 やや赤みがかったその装甲は全体的に刺々しく、鋭い。それは月読のように全身を覆うわけではなく、一般的なIS同様に四肢と頭部、そして腰回りが大部分だ。
 こちらも特徴的なのは背面に従える物体、ただしそれは月読のそれとは大きく異なり、ブーメランのようにやや折れ曲がった四本の赤い浮遊物。コールド・ブラッドの代名詞とも言える、特殊武装『血塗れの牙(ブラッディファング)』。小柄ではあるが、その各部位の鋭さや操縦者から漏れ出る闘志からその姿はさながら小型の肉食獣といったところか。

 月読の翼やコールド・ブラッドのブラッディファングは『非固定浮遊部位(アンロックユニット)』と呼ばれ、本体に直接つながっておらず浮いた状態となっている。そのため用途もそれぞれ多岐にわたる。

「武装や特徴は奇しくも共通点が多い。もっとも、現状まともに機能しないらしい月読のフィン・アーマーに対して、コールド・ブラッドのブラッディファングは近~中距離をカバーできる。お互いが近距離主体である以上、この手札の違いは大きく影響する」

 モニターを見ながらスーツ姿の凛とした女性、織斑千冬は隣にいる真耶に解説をする。その言葉を真耶は、モニターから目を離さず聞きながら、感心したような声を漏らしながら大きく息を吐く。

「それにサファイアは射撃系の武装も量子変換(インストール)してある。近距離でしか戦えない西園寺と、遠~中距離もカバーできるサファイア。常識で見れば勝負は見えている」
「西園寺さんの武装は近距離しかないんですか?」
「ああ、奴の拡張領域(バススロット)は全く空きがない。にもかかわらず初期装備(プリセット)で使えるものは近距離用のソード一つだ。……他にもあるらしいが使えなくなっているようだ」
「それでは西園寺さんでも厳しいですよね~、なんとか懐に潜り込んで自分の得意なフィールドに入れたとしても、そここそが相手の本領が発揮できる場所なんて」
「常識で、と言った。懐に入った時点で西園寺の勝ちだ。あいつ()……常識の埒外にいる」




 


「もうすぐ開始ッスけど手ぶらでいいんスか?」
「はい、これが私のスタイルなので」

 ISだけ展開し、武装を一切見せない僕にフォルテさんは訝しげに聞いてくる。僕にはどちらにしろネームレスしか武装の選択肢がない。だから、敢えて僕は『無手』という選択肢を作る。相手が戦車や戦闘機などなら意味がないが、ISを操る人だからこそ活きてくる選択肢。距離を詰めなければならないが、ネームレスを使うにしてもそれは変わらない。

 試合開始のブザーが鳴ると同時に、フォルテさんがあらかじめ展開させていた二丁のハンドガンタイプの武装で牽制を試みる。『ルーチェ』と呼ばれるこの武装は、威力こそ必殺級ではないがその分反動も少なく小回りも効く。
 威力が低いとはいえ、そのまま受ける訳にもいかないので当たらないギリギリの角度を予測(・・)し斜め前方に向かって瞬時加速(イグニッションブースト)を行う。
 フォルテさんの攻撃は予測通りの射線を通り、同時に僕は一気に距離を詰める。
 彼女も一瞬動揺を見せたもののすぐに構え直し、再度射撃を繰り返す。しかし、先ほどよりも牽制の色が濃い射撃は僕の動きを制限するように散らばるが、ほとんど当たることはない。僕は最も被害の少ないルートを見極め、再び加速に入る。……罠があることを承知で。

『かかったッスね!』

 フォルテさんまであと4メートルほどというところまで迫った時、彼女の背面に控えていたブラッディファングが文字通り牙を向いた。四方向からの同時攻撃、このまま真っ直ぐに進めば彼女の懐に入りきる前にその咢に噛み砕かれる。

「それは予測済みですよ」

 でも、これも予測通り。彼女の狙いは、懐にあえて潜り込ませてその直前に牙で捕えること。本来、その牙は別々に動かすことができ、普通に懐に入り込むならやや面倒(・・)だけど来るタイミングが分かっているば話は別。だから敢えて誘いの乗った。
 
 牙の範囲に入る前に別方向(・・・)へとイグニッション・ブーストをかけた。







「な!」

 管制室で観戦を許可され、教師陣と共にモニターを見ていた一組の生徒が声をあげる。ちなみに一戦目は少人数だったが、千冬の解説が好評で今ではクラスの半数以上が集まってしまっている。

 一方、モニターの先では加速により方向を変えた紫苑が牙を避け、その外側を滑るようにスライドする。そのまま体を回転させ、フォルテの後頭部へ一発の裏拳を炸裂させる。加速と遠心力のついたその一撃にフォルテは顔を顰めつつもすぐさま反撃に移る。自身も体を紫苑に向きなおしながらいつの間にか持ち替えていた短剣型の武装、『グランフィア』の二刀流で斬りつける。
 しかし、紫苑はそれすらも手元を払うことで受け流し、再び体に打撃を加えていく。ほぼ密着状態の今の状況では、フォルテのブラッディ・ファングは使いにくい。下手をすれば自身にも攻撃が及ぶからだ。そしてその牙の射程範囲はネームレスの有効距離であり、故に紫苑は敢えて封印して密着での肉弾戦を選んだ。 

『く……なら、これならどうッスか!』

 ゼロ距離での戦いに活路を見い出せず、シールドエネルギーを徐々に削り取られ既に危険域に達したフォルテは一か八かの賭けに出る。片手のみ武装をルーチェに戻しながら残っているもう一方のグランフィアを振り切り僅かの距離を得る。
 そのままルーチェによる射撃をバラまいて、さらに距離を取ろうと構えた時。

 さきほどまでの拳打の射程外に移動したにも関わらず、フォルテは突如として弾き飛ばされ、同時にシールドエネルギーが尽きたことを知らせるブザーが鳴り響く。

「え!」

 紫苑がフォルテに肉薄して以降、沈黙に包まれていた室内に再び驚きの声があがる。
 真耶を含め、何が起こったかわからずにただ千冬に解説を請う視線が集まる。当の千冬はその視線に気づきやれやれといった様子だ……しかし試合前の彼女の雄弁さを鑑みるに満更でもないのだろう。

「まずは試合を決めた一撃だが、西園寺の手元を見ろ」

 その言葉に、モニターに目を戻した一同は再び驚愕する。紫苑の手には3メートルを超えようかという巨大な刀だった。

「あれは……いつの間に!?」
「いま西園寺が手にしているのが月読にインストールされている唯一の武装だ。とはいえ、データが欠損しているらしく正式名称は不明。あいつはネームレスなどと皮肉な呼び名をつけているがな。……そしてあいつは、それを距離を取られそうになった瞬間、攻撃モーション中に呼び出しそのまま一撃に繋げた」
「そんなことが……」

 千冬の言葉通り、片方の武装を持ち替えたことに気づいた紫苑はすぐにフォルテが距離を取ろうとすることを察知し、そのタイミングに合わせて刀剣用のモーションに移行、その途中でネームレスの呼び出しを行い振り切る。その絶好のポジションに距離を取ろうとしたフォルテが誘い込まれた形になった。

「……俄かに信じられんがどうやらあいつはどんな状況、どんなモーションでも武装の呼び出しが可能なようだな。しかもその速度が馬鹿げている、高速切替(ラピッドスイッチ)並かそれ以上だ」
「う~ん、そ、それじゃ西園寺さんがイグニッション・ブーストで接近しながら急に方向転換したのはどういうことですか?」

 千冬の説明を聞きつつも、どこか納得できないといった様子で生徒の一人が訪ねる。

「あれは恐らく、イグニッション・ブースト中に、別方向のイグニッション・ブーストを重ねがけしたのだろう。月読の装甲の各所には多数のブースターが仕込まれている。その気になれば360°どこにでもブーストをかけられる……操縦者への影響を無視すればな」
「そんな! 加速中に別方向へさらにGがかかるような真似をすればどんなことになるか……。いくらISの絶対防御でもそんなところまで守れませんよ!」
「そう……普通(・・)はこんなまともに使えない機能をISに搭載したりはしない。あれがテスト機だからなのかそれとも……」

 千冬の信じられない言葉の数々に、場は再び静寂に包まれる。

「いや~、まいったッス。予想以上にボコボコにやられたッス」

 そんな空気をぶち壊す声が入ってくる。ISを解除してアリーナから戻ってきたフォルテだった。すぐに紫苑も戻ってくる。

「さ、西園寺さん! 体は大丈夫なんですか?」

 紫苑の姿を見るなり、真耶は慌てて彼の元に駆け寄って心配そうに声をかける。

「あ、はい。特にダメージはありませんので……」
「ちょ、試合でボコボコにされたのはウチッスよ! それなのに紫音も何気に酷いッス……」
「あうあうあう、そ、そうですよね。サファイアさんは大丈夫ですか!?」
「ご、ごめんなさい。そういう意味では……」

 管制室でのやり取りを知らないフォルテにとっては真っ先に勝者の心配をしている真耶の行動が理不尽に思え、なおかつ紫苑にダメージは無いとハッキリと言われてそのまま隅で落ち込んでしまった。居合わせたクラスメートに慰められているが、立ち直るのは第三試合が始まるころだった。


「西園寺、あのブーストは体に影響ないのか?」
「はい、あの程度でしたら。もともと装甲にあるブースターは通常のイグニッション・ブーストに比べて格段に出力も抑えられているので無理なことをしなければほとんど影響ありません」
「……そうか」

 その言葉に、ほとんどの者は安堵していた。しかし千冬は、紫苑の言外にある事実に気づいていた。無理をしなければ、ということはつまり無理をしたその先の使い道があるということだ。そしてその時の影響は……。

「くれぐれも無理はするな(・・・・・・)
「……善処します」

 いつもなら千冬の指示には素直に従う紫苑も、今回は断言しなかった。
 なぜなら次の相手は学園最強を自負する、更識楯無。多少の無理もせずに勝てる相手ではないのだから……。







 ある程度はシミュレーション通りの動きだったけど、速度が予測より10%ほど上回ってた……。千冬さんを操縦者とした戦闘シミュレーションをやってなかったら危なかったかもしれない。
 というより、千冬さん相手では遠距離からの射撃を避けきれずに削られていき少しずつ距離を縮めたと思ったら一瞬のうちに牙の範囲内に捕捉されて負けてしまっていた、完全にいいように弄ばれた形だ……。だからという訳じゃないけど、なるべく相手の動きをこちらからコントロールしたうえで試合をすすめることにした。結果的にハマったようでホッとしてる。

 でも、次の相手は楯無さん。今回のように行くわけがない、というよりこちらの予測では現状勝てる可能性はかなり低い。それでも……。

「では、先ほどと同じように15分後に第三試合を行う。今のうちに休んでおけ」
「わかりました」

 思考を遮るように千冬さんから声がかかる。

「勝ったのは……あぁ、紫音ちゃんね」

 控室からどうやら楯無さんが戻ってきたようだ。勝者を確認しないで断言したのはあらかじめ聞いていたのかもしれないが、視線の動きを見るに部屋の隅でいじけているフォルテさんを見て察したのだろう。
 
「はい、なんとか……ですが」
「それにしては無傷みたいじゃない?」

 部屋のどこかで『グサッ』という擬音のようなものが聞こえた気がしたので、それ以上は応えずに苦笑いで誤魔化しておく。

「ま、お互いベストで戦えるなら何よりかしらね」
「……楽には勝たせませんよ?」
「ふふ、望むところよ」

 さて、楯無さんはやる気のようだし厳しい戦いになりそうだ。

「そろそろ時間だ、準備をしろ」

 その言葉を合図に、僕と楯無さんはそれ以上言葉を交わさずにそれぞれのピットへと向かう。そのまま僕は月読を展開してアリーナへと入った。
 目の前には同じようにやってきた楯無さんと、その専用ISであるミステリアス・レイディがいた。
 コールド・ブラッドと同様にその装甲部は全体的に面積は狭く、小さいがそれをカバーするように水のようなものが、さながらドレスのようにフィールドを形成している。
 また、僕らの専用機に共通している項目ではあるが、ミステリアス・レイディにもアンロック・ユニットが存在する。『アクア・クリスタル』と呼ばれるクリスタル状の物体は、そこから水のヴェールをマントのように展開して楯無さんを包み込んでいる。……あれは射撃を無効化するらしいけど、元から選択肢にない僕には関係ない。

 楯無さんは既にその手元に大型のランス状の武装『蒼流旋』を展開している。厄介なことに四連装ガトリンガンが内臓されており、そのまま遠距離からの射撃が可能になっている。今回ばかりは僕も最初からネームレスを展開する。
 
 開始の時間が近づくにつれ、言いようのない圧迫感が場を支配する。僕らがアリーナに出た瞬間は割れんばかりの大歓声だったにもかかわらず、今となっては不自然なほど静まり返っている。

 先ほどのような予測による決め打ち行動は彼女には無意味だ。むしろ逆効果ともいえる。

 なぜなら……

 彼女はこういうことすら平気でやるからね!







 試合開始早々、観戦している者たちは予想外の展開に驚きの声をあげることになる。
 先ほどの試合と同様に、まずはどのようにして紫苑が楯無に近づくか、という流れを予想していたからだ。
 
 しかし、大方の予想に反して楯無が開始早々に蒼流旋をドリルのように回転させ、イグニッション・ブーストで突撃を仕掛けたのだ。
 ある程度予測していなければその一撃で終わっていたかもしれない、意外な、それでいて必殺の鋭さをもつ突撃だった。しかしその選択肢もあり得ると覚悟していた紫苑はすぐに反応する。しかし、それも周りから見れば『あり得ない』一手だった。

 紫苑はすぐさま手元のネームレスを自身の正面に水平に寝かせて構えると接近に合わせて突きを放つ。その切っ先は寸分の狂いなく、凄まじい回転をしながら迫る蒼流旋の先端を捉え、その勢いと回転を殺した。

『あら~、これで決められるとは思わなかったけどこの止められ方は予想外ね』

 楯無の言葉がオープン・チャネルで聞こえてくるが、紫苑は特に反応を返すことなくすぐさま、次の行動に移る。
 紫苑は、そのままネームレスの切っ先を蒼流旋ごと下方向に受け流し、その反動も利用し自身は斜め前方に跳躍(空中のため正確には飛翔だが)する。前傾姿勢そのままに跳んだ紫苑は、勢いそのままに宙返りの形で楯無に踵落としを繰り出した。楯無も左手を蒼流旋から離してすぐさま防御する。
 
 しかし、紫苑はここで止まらない。もう一方の足のブースターを使用し、体を捻じるように回転させ、楯無の胴に再び蹴りを放つ。既に紫苑はネームレスを手放しているが、懐に入った以上は必要がない。
 その後も流れるように各所のブースターを巧みに使い、三次元機動の連撃を加えていく。
 一方の楯無もランスを一度手放し、それに応じる。時折楯無の攻撃も紫苑に届くものの、有効打の数では分が悪く、彼女は距離を取る機会を窺っていた。

「さっきも凄かったですけど……今回もまた……」
「最初の突撃をなんであんな無謀な止め方したんですか?」

 場が拮抗したのを見て感嘆の声とともに、おなじみとなった千冬への解説を求める声があがる。

「……あれはそれを実行する難易度を考慮しなければ、最もリスクの少ない行動だろう。あれだけ高速回転しているんだ、触れるだけでダメージは免れん。ということは剣で受け流すこともできんし、躱してもその方向にランスを動かされるだけで完全には避けきれない可能性がある。……つまり『可能』ならあの行動が無傷でやり過ごす最善手だ」
「…………」

 当たり前のように解説する千冬と当たり前のようにやってのけていた紫苑に対してなんとも言えない空気となった。こう言ってのけるということは千冬も恐らく当たり前のようにできるのだろう、と全員が察した。このクラスにいる限り、こうやって彼女たちの常識は徐々に崩れていくのだろう。

 自分たちの戦いが、クラスメートの常識を破壊していることなどつゆ知らず、繰り返される攻防に集中している。そんな折、転機が訪れる。かなりの時間、防御に回りながらも隙を窺っていた楯無が一気に行動にでる。
 それは隙と言うにはあまりにも小さなものだったが、故に二人の戦いでは大きなものとなった。本来の軌道よりほんのわずかにズレた拳を避け、楯無はそのまま紫苑の腕を掴み勢いを巻き込みながら投げ飛ばす。いわゆる合気の要領だ。そのまま凄まじい勢いで壁まで飛ばされアリーナに衝撃音が響き渡る。
 楯無はすぐさま追撃を行おうかと考えるが、先ほどまでのダメージが抜けきれず距離を取るにとどまる。

 やがて砂埃から現れた紫苑も、それなりのダメージを受けたようで静かに体勢を整え直し再び開始前のように向かい合う形となる。

『……今のは湿度変化ですか?』
『やれやれ、そこまでお見通し? こうして戦うのは初めてなのに全部見透かされている気がするわ』

 あの攻防の最中、楯無は自身の周辺に水を霧散させることで急激な湿度変化を起こしていた。あまりに急激な環境変化により、ほんの僅か、本当に些細な差異で紫苑の攻撃にブレが生じたため、そこに楯無が付け入ったのだ。ちなみにさしもの千冬も紫苑と違ってミステリアス・レイディのスペックを完全に把握している訳ではないためこのやり取りの詳細は解説できなかった。

『私も出し惜しみ出来る状況ではないですね』

 言うや否や、紫苑はそのまま真っ直ぐに楯無に向かってイグニッション・ブーストを仕掛けた。だれの目にも愚策と見えたその行動に、楯無は先ほどの紫苑の行動も鑑みて蒼流旋に内臓されているガトリングを使うことなく……回転を加えたまま投げつけ、接近を許した際により戦いやすい近接武装『蛇腹剣ラスティー・ネイル』を呼び出し別方向からくるであろう紫苑を迎え撃つ……つもりだった。

 しかし、紫苑は方向転換をすることなくそのまま蒼流旋に真っ直ぐ進み……貫かれた。

「『えっ!?』」

 楯無の声と、部屋にいる者全てが同様に驚愕の声を上げる。
 蒼流旋が、紫苑の体を貫いた……否、すり抜けた(・・・・・)からだ。
 紫苑はそのままの勢いで楯無の正面に急接近し、既に呼び出し直していたネームレスで一閃した。






 
 ……手ごたえがない、か。だとするとこれは……

「このタイミングで水の偽物(フェイク)ですか、完全に虚をついたと思ったのですが」
『そうね、さすがの私もちょっと危なかったわよ……』

 さすが……といったところか、正直これで決められなかったのはきつい。無理をした(・・・・・)反動かちょっとフラフラしてきた。
 ! それにこの違和感……湿度が上がっている……まずい!

『でも……これでお終いよ』

 直後に起こった爆発を最後に、僕の意識は途絶えた。


 

 

第六話 学園最強

 まっすぐに楯無に向かってくる紫苑に対して放たれた蒼流旋はしかし、そのまま紫苑の体をすり抜けたように誰の目にも映った。いや、楯無と千冬だけは紫苑が何をしたのか見えていた。
 
 変幻加速(ヴァリアブルブースト)と、後に楯無によって(半ば勝手に)名付けられたこの加速は、瞬時に最高速に達することを目的としたため、直線的な行動しかできないイグニッション・ブーストとは異なり、体中に備え付けられたブースターにより加速中も細かい制御が可能となる。
 
 その一端は先ほど紫苑がフォルテ戦で見せたが、今回はそれを連続使用した。
 当たる直前に最小限のブーストを複数かけてギリギリで回避し、そのまま逆方向から再びブーストをかけて元の軌道に体を立て直した。超高速化で行われた最小限の回避行動が、周りから見たらまるですり抜けたように見えたのだ。
 言葉にすれば簡単だが、複数のブースターそれぞれの加速量を調整し、最適な配分にしなければ体勢を崩すか、下手すればそのままどこかに吹っ飛びかねない繊細なもので、操縦者にかかる負担も尋常ではない。

 しかし、その奥の手すらも楯無は上回る。紫苑の渾身の一撃は、楯無が作り上げた水のフェイクを斬るにとどまり、楯無自身は既にその場に罠を張り離脱していた。

『これでお終いよ』

 楯無の言葉の直後、紫苑の周辺に爆発が巻き起こる。
 ミステリアス・レイディが形成する水のヴェールを霧状に充満させ、それを一斉に熱に転換することで爆破する清き熱情(クリアパッション)。本来であれば密閉空間で使用することで対象をことごとく爆破するのだが、アリーナのような場所では威力が満足に出せない一方で、シールドエネルギーのみを削りきるくらいは可能だ。逆に模擬戦には丁度よかっただろう、元の威力であれば怪我で済まない可能性もある。

 観ているものは全員、楯無でさえもこの瞬間に勝負が終わったとそう確信した。

 しかし……。

 次に見た光景は、楯無の前に僅かばかりのシールドエネルギーを残した状態で現れ、ネームレスを振りかぶる紫苑の姿だった。

『なっ!』

 先ほどのクリア・パッションで水は使い果たしておりフェイクで逃げることなんて出来ない楯無はなんとかダメージを最小限にしようと身構える。
 だが、その後に来るであろうと予測した一撃は訪れることなく、代わりに紫苑の体がそのまま楯無に覆いかぶさるように崩れ落ちてきた。

『え、ちょ、ちょっと紫音ちゃん!?』

 楯無が呼びかけるが返事が無い。どうやら完全に気を失っているようだ。

『そこまでだ! 更識の勝利とする。更識はそのまま西園寺を運んでこい』

 千冬の言葉が届くや否や、楯無はそのまま紫苑を抱えてピットに向かった。
 突然の結末に、アリーナは騒然になるがすぐに千冬から、モニター上怪我などは負っていないことが告げられるとこれまでの戦闘に対する話題で再び盛り上がりを見せた。

「だから無理をするなと言ったのだ……馬鹿者が」

 そう独りごちる千冬に、周りはついていけず茫然としている。

「……狙ったのかわからんが、最も爆発規模の少ないところに向かってフルブーストを行い、その後の爆発すらも推進力にして抜け出している。一瞬で楯無の前に現れたのもそういうことだ。シールドエネルギーが残ったのもたまたまだろう。とはいえ、装甲やモニター上のデータを見る限り怪我はなさそうだ。奴が気を失ったのは……無理をしたツケ(・・・・・・・)だろう」
「無理な加速の反動、ということでしょうか?」
「……そういうことだ」

 一通りの推測を語り、ひとまず大事はないだろうということを周りに伝え安心させた千冬だが彼女自身がその推測に納得していなかった。

(だが加速の反動というなら少なからず身体への異常が検知できるものだがそれが無い。にもかかわらず気を失ったのは慣れない実戦のプレッシャーや加速に精神が耐えられなかったのか、あるいは別の何かが……)

 そこまで考えて千冬は思考を中断する。
 少ないデータで憶測を繰り返すのは無意味であり逆に愚かな固定観念に囚われてしまうかもしれない。ましてやその対象は自分の生徒である。確かに気を失うほどの事象の原因は気になるが、まずは本人に確認してからだ、と千冬は思い至った。

「はぁ……しかし誰がクラス代表になるにしろ、これを観た他クラスの生徒は戦々恐々となるでしょうねぇ」

 なんの気なしに口から洩れた真耶の言葉だが、正鵠を射ているといえる。どういう意図かはわからないが、主席2名と1学年の全てにあたる専用機持ち3名が集中した1組。もとより他のクラスに比べて格段に優遇されているといえる。優秀な生徒を優秀な教師――この場合は言うまでもなく千冬のことだが――によって集中的に育成しようという意図ならわからなくもないが、他のクラスには成績上位の各国代表候補生も散りばめられておりその限りではない。
 やはり、初日に紫苑が考えたようにIS学園にとって扱いが難しい生徒を一カ所にまとめて管理をしようとしている、と考えるのが妥当であろう。
 そんな訳で、学園からしてみれば端から公平性など皆無ではあるのだが対抗戦が行われる前にそれが大々的に露見してしまうのは些か問題があるとも言える。

「他クラスの立ち入りを許可したのは学園側とはいえ一悶着あるかもしれないな」

これから起こりうる問題を思い浮かべたのか、千冬は顔を顰めながら運び込まれた紫苑の容体の確認に向かった。







「……ん」

 先ほどまでアリーナで模擬戦をしていたはずなのに、気付けばどこかの室内にいた。どうやら気を失っていたようだ……。ということは、僕は負けたのか。
 頭がまだフラフラして記憶が曖昧だけど、確か最後に楯無さんのクリア・パッションを受けて……、ん~思い出せない。やっぱりそこで気を失ったのかな。

「あ、よかった。気が付いたみたいね」

 声のする方に意識を向けると、いつも通りの……いや、もしかしたら少し心配してくれるのかな、ちょっと表情が読み取れない楯無さんがそこにはいた。

「楯無さん……?」
「もう、本当に無茶するわね! まぁ、させたのは私だから強くは言えないんだけど……でも大きな怪我がなくてよかったわ」

 どうやら本当に心配してくれていたようだ。あまり他人に心配されたという経験がないため、なんとなくむず痒い。

「ごめんなさい、ご心配おかけしました。まだ少し頭がフラフラしますが大丈夫そうです」

 そう言ってベッドから出ようとした僕は、すぐに楯無さんに肩を掴まれ押し戻されてしまった。予期せぬ急接近に自分の心拍数が跳ね上がるのがわかる。

「だから無理しないの、しばらく寝てなさい。遅くなるようなら私がちゃんと部屋まで運んであげるわよ……ふふ、お姫様抱っこで」
「そ、それは遠慮しておきます……でもわかりました。少しだけ……休ませてもらいます」

 お姫様抱っこなんてされたら僕の男としてのプライドが……。それにこのまま肩を抑えられたまま近くにいられると僕が動揺しているのが伝わってしまうかもしれないし、大人しく従っておこう。

「そう? それは残念ね。ま、時間になったら起こすからゆっくり寝てなさい」
「ありがとうございます」

 楯無さんが離れたのを見て、僕はそのまま目を閉じて再び意識を手放した。



 どれだけ眠っていたのだろう、次に目を覚ましたときにそこにいたのは楯無さんではなく千冬さんだった。

「起きたか」
「ちふ……織斑先生」
「ふ。もう就業時間は終わっている。ちなみにここは盗聴、盗撮などの類は一切ないから安心しろ、紫苑(・・)

 そう、僕の本当の名前を千冬さんは言ってくれた。久しくその名前を聞いていなかった気がする。……束さんはあんなだし。そしてその名前を出したということは教師と生徒ではなくプライベートで話したいということなんだろう。

「うん。……ごめんなさい、千冬さん。ちょっと無理しちゃったみたい」
「まったくだ、馬鹿者が。教師の言葉を数分後に無視する主席がどこにいる。……それで、意識を失ったのはどういう訳なんだ?」
「……よくわからない。少なくとも直前の加速による反動や楯無さんの攻撃によるものだけではないと思う。前後の記憶が混濁してるから確かではないんだけど、爆発の直前にはもう意識はなかった」

 隠しても仕方ないのでありのままを千冬さんに説明すると、途中から彼女が少し驚いた表情になった。

「爆発の直前……? そのあとに抜け出して反撃に至ったのは覚えていないのか?」
「抜け出して? 僕はそのまま爆発に巻き込まれて負けたと思ったんだけど」

 千冬さんの言葉は僕にとっても意外なものだった。どうやら爆発自体は回避して、そのまま反撃をしようとした直前に倒れたらしい。単に記憶に残っていないだけなのか、無意識に動いていたのか……。

「……まぁ、お前に自覚がないのなら尚のことだ。月読はまだ不明な点が多すぎる。もう一度言うが、無理はするな」
「うん、ごめんね」

 一回目の忠告と違い、今回は笑顔だったが心配してくれているのが伝わってきた。
 彼女に余計な心配をかけてしまったことに罪悪感を感じてしまい、できる限り彼女に負担をかけないようにしようと改めて誓った。……いや僕の存在自体が彼女の心労を増やしているのは間違いないんだけどね!

「よく考えてみればお前が入学してからは、こうしてゆっくり話す機会がなかったな。どうだ、もう慣れたか?」
「いや、この環境に慣れたら慣れたでいろいろ終わりな気がするんだけど……」

 うん、女子校に女装男子一人の環境に慣れたら男として終わりだよ……。

「そうか? もうすっかり溶け込んでいるように思ったが。というか私自身も最近お前が男だってことを忘れていたぞ」
「そんな……千冬さん酷い」

 男であることを忘れるってどういうこと!? いや、それだけバレる可能性が少なくなってるっていうことなら歓迎するべきなのか……、いやでも。

「そういう仕草をするからだ。まるで拗ねた乙女だぞ、今のお前の顔は」

 え、今僕はそんな顔してるの!? 全然意識してなかったよ、ちょっと待って。これ僕が卒業した後ちゃんと男に戻れるのかな! 大丈夫だよね!?

「ふふ、冗談だ。まぁ、溶け込めているのは本当だがな。とはいえ油断はするなよ」
「千冬さん!? 本気で自我が崩壊しかけましたよ、今!」
「たまには崩壊させた方がいいだろう。……そうしないと女生徒に囲まれて如何わしい妄想が暴走しかねんしな」
「そんなことしないよ!」

 なんてことを言い出すんだこの人は。というかこういうキャラだった? 最近、教師としての千冬さんばかり見ていたからギャップが……。というかストレス溜まってるのは千冬さんなんじゃないか。

「ん? なんだ、健全な男子が女子に囲まれてなにも感じないとは……まさかお前はそっちの気があるのか?」
「なんでそうなるの! 僕だって耐えるのが大変……いや、そうじゃなくて!」
「くくく、お前の焦った顔というのもなかなか珍しいな。すまん、少しからかい過ぎた……、だがたまには力を抜いたほうがいい」

 そう言って千冬さんは僕の頭に手を置いた。……でも焦った顔は楯無さんにはよく見せてしまっているかもしれない。どうやら千冬さんは僕のことを元気づけてくれた……んだと思う。半分以上面白がってたのと自分のストレス発散だったような気がするけど。

「はぁ、ありがとうございます……?」
「素直でよろしい。まぁ、頼れと言った以上、面倒は見る。だから一人で抱え込むなよ、西園寺(・・・)

 呼び方を戻したことはプライベート終了の合図と取り、そのあとは教師と生徒の会話をそこそこに千冬さんと別れて部屋に戻った。
 部屋には既に楯無さんがいた。

「あ、ちゃんと起きれたみたいね。気分はどう?」
「ええ、おかげ様ですっかりよくなりまし……た」

 どうやら楯無さんは先にシャワーを浴びていたようで、濡れた髪のまま首からタオルをかけてショーツ一枚の姿で……って!?

「た、楯無さん! なんて恰好で……」
「あぁ、ごめんね。起こしに行くまで寝てるもんだと思ったから。まぁ、女同士だし気にするもんでもないでしょ」
 
 楯無さんは隠す素振りすら見せない。いや、確かに彼女の言う通りなんだけど僕は実際は男だし……でもここで動揺したらいらぬ疑いをかけられるかもしれない。

「ん、どうしたの? 顔赤いわよ……、やっぱりまだ体調よくないんじゃ」

 そう言いながら近づいてきた楯無さんは顔を近づけ、額同士をくっつけてきた。こ、この人は……わかっててやってるんじゃないだろうか。

「あ、あの……楯無さん?」
「やっぱり少し熱があるわよ、今日はそのまま寝ちゃいなさい」

 それはあなたのせいですから! とも言えずに僕は大人しく従うことにした。
 ベッドに入ると、先ほどまで寝てたにも関わらずあっさりと眠りに落ちていった。



「ということで、1組のクラス代表は西園寺に決定した」

 クラス中の拍手喝采の中、僕は今の状況が理解できなかった。

 朝目が覚めて、今まで通り楯無さんと朝食を取りに食堂に行ったのだけど今まで以上の視線とざわめきを感じた。昨日の模擬戦が原因なのは間違いないが、正直予想以上だった。知らない人にも挨拶されたり、声をかけられたりもした。今まで以上に上級生も多かったように感じる。
 楯無さんはさすがというか、そういうのに慣れているようで上手に捌いていくのだけど、僕はどうしても適当にあしらうことができずに囲まれてしまった。おかげで遅刻しそうになった。

 ようやく教室にたどり着き、SHRが始まってみれば千冬さんがクラス代表の発表をする段になり今に至る。つまりは僕がクラス代表になってしまったということだ。……なんで?

「えっと……模擬戦の結果から代表は更識さんではないのですか?」
「それは私が辞退したからよ」

 当然の疑問をぶつけてみたら楯無さんからあっさりと答えを聞かされた。

「そういうことだ。……あの模擬戦終了後に更識と現生徒会長の模擬戦が実施された。これは学園としても生徒会長の座をかけた決闘として認めており、結果勝利した更識が次期生徒会長ということになる。数日後には任命式も行われる。つまり、クラス代表との兼任を避けての辞退だ」

 ……相変わらず滅茶苦茶な人だな。僕らと戦ったあとに生徒会長と戦うなんて。
 というか全て仕組まれていたんじゃないだろうか。それにこの制度ってどうなの? 学園最強=生徒会長を徹底するならわからなくもないけど……。わかってたけどこの学園はやっぱりどこかおかしいよね……。

「ふふ、この時期に生徒会長と戦うのは異例だからね。1年生の専用機持ち二人に勝ったら、という条件付きで許可させたのよ。アリーナの使用申請も面倒だから当日に一気にやっちゃおうって算段だったの。……予想以上に紫音ちゃんに苦戦したから危なかったんだけど……」

 悪びれずにそう言い放つ楯無さん。どうやら本当に全てが彼女の掌の上だったようだ。これで名実ともに彼女が学園最強、か。……でもまぁ目指すべき目標が最強というのは面白いかな。やっぱり模擬戦は負けて悔しかったしね。

「ということで、1勝1敗だった西園寺が繰り上がりでクラス代表ということになる。まぁ、あの戦いぶりなら異論は出まい。頼んだぞ」
「はい……ご期待に沿えるよう頑張ります」

 僕の承認の言葉と同時に、拍手の勢いが増した。

「西園寺さんなら大丈夫だよ!」
「格好良かったですよ」
「クラス対抗戦、絶対優勝ですね!」

 クラスメートが口々に言葉をかけてくれた。正直照れ臭いけど自分にできることはやってみよう。



 昼休みになると黛さんがやってきて、フォルテさんと楯無さんも交えて四人で食堂に向かうことになった。

「まずは紫音ちゃん、クラス代表就任おめでとう! にしても三人共とんでもないわね……。正直誰が相手でも勝てる気がしないわ」

 彼女はクラス代表就任を聞きつけて駆けつけてくれたようだ。

「ありがとうございます。でも実際に勝負しないと何があるかわかりませんよ」
「う~、ウチもそう思ってたんスけど紫音と楯無の戦い見てたら自信なくしたッス……」

 何やら今日はフォルテさんが大人しいと思ったらどうやら落ち込んでいたらしい……。昨日は最初に二連戦を行ったフォルテさんは控室に戻らずにそのまま千冬さん達と試合を観戦していたとのことだ。

「事前に私はお二人の癖や機体性能も調べてましたからね。もう一度戦えばわかりませんよ」

 まぁ、言い方は違えどあのシミュレーションを使った以上ほとんど事実だよね。ちょっとズルいと言われれば否定できないし。フォルテさんはその言葉に多少は納得したようでちょっとだけ元気が戻ってた。

「そういえば薫子さんの2組はさておき、他のクラスの代表ってどうなってるんでしょうか?」
「やっぱり、各国代表候補生がクラス代表になってるみたいよ。まぁ、うちのクラスは代表候補生がいなかったから何故か私なんだけどね……。他のクラスで一番手ごわそうなのは4組のクラス代表になったイギリス代表候補生サラ・ウェルキンさんかしら」

 その後、各クラス代表の話題になった。……というより薫子さんは一応敵である僕らのクラスにこんなに情報提供していいのだろうか。疑問に思って聞いてみると。

「あはは、いいのいいの。私は直接戦闘じゃなくて情報戦が本来のスタイルだから。ガチでやっても勝てる見込みは皆無だから、どうせならこの機会にいろいろ情報収集を、ね。あなた達からもいろいろ教えてもらってるし、ギブアンドテイクよ」

 ということらしい。
 その後しばらく別の話題で雑談を交わしたあと、部活の話になる。

「そういえば、みんなは部活どうするの? 私はもう新聞部に入部したんだけど」
「あ~、部活とか面倒ッスね。でも帰宅部とかないんスかね」
「寮生活なのに帰宅部ってどうなのよ……ちなみにどこかしらに入部はほぼ必須みたいよ」
「あ、私と紫音ちゃんとフォルテちゃんは生徒会よ」

 ここにきて爆弾発言である。

「え、どういうことですか??」
「どど、どういうことッスか!?」

 フォルテさんと言葉が重なるけど当然だよね、というか聞いてない。

「ほら、私がもうすぐ会長になるじゃない? そうしたら邪魔な現役員は全員解雇するの。あとは私が決めた人を任命して新生徒会の完成ね」

 全員解雇とかどこの独裁者ですかこの人は。まぁ、会長との決闘で政権交代するような制度ならそういうのもありなのだろうか……。

「それが私たちなんですか?」
「ん~、正確には私とあと二年生が一人は確定。私たち二人じゃ厳しいからあとは紫音ちゃんに入ってほしいのよね。この三人なら今の生徒会より全然優秀になるわ。あ、フォルテちゃんはマスコットね」
「あ~、わかってたッスよ。もうどうにでもしてほしいッス」

 あ、またフォルテさんがやさぐれモードに。せっかく少し元気戻ってたのに……! 

「ということで、紫音ちゃんは副会長よろしくね」

 あ~、僕ももうどうにでもしてください。



 昼休みは時間も無かったのでその場で返事はせずにそのまま解散となった。薫子さんが『特ダネだわ!』とか言いながら別れたので生徒会入りはなんかもう既成事実になりそうな気がする。というか楯無さんがああ言い出したってことはもう逃れられない気もするけど、ね。

 そして放課後、改めて三人で話をすることになった。

「まぁ、いきなりで申し訳ないんだけどね。どうしても二人の力を借りたかったの」

 昼休みとは打って変わって真面目な表情だ。その言葉からも真摯さが感じられる。

「一緒に入る二年の子は昔から私の……更識の家に仕えてくれる子で信用はできる。でも今の時点で、本当に信用できる人は後はもうあなた達くらいしかいないのよ」

 正直、意外だったけどもやはり暗部として生きる彼女は常に人と距離を置いているのかもしれない。……僕も似たようなものか。
 とはいえフォルテさんはともかくとして、この短い時間でどうして楯無さんは僕を信用してくれたんだろうか。実際には彼女を騙していることに違いはない。彼女に信用されればされるほど僕の中の罪悪感がどうしようもなく大きくなっていく。

 ……全てさらけ出してしまいたい。何もかも話してしまいたい。僕が男だと知ったら彼女はどんな反応をするだろうか。変態だと罵り、警察に突き出されるのだろうか。もしかしたらその場で殺されるかもしれない……。それでもいいか、と思うと同時にその自己満足のあとに楯無さんが負うであろう心の傷に思い至る。

 馬鹿げている。だったらひっそり消えて勝手に自殺でもすればいい。バレたならともかくわざわざ自分から真実を告げるなんて免罪符にもならない。ならばこのまま偽り続けるしかない。

 そう決意したとき、不意に楯無さんが顔を近づけて僕の耳元でフォルテさんに聞こえない声で囁いた。

 そしてその一言で

「そんなに思い悩まないで。あなたの全てを知った上で信用する、と言ってるのよ、紫苑(・・)君」

 僕の頭は真っ白になった。

 

 

第七話 更識楯無

 ……今、彼女はなんて言った?
 僕の名前を呼ばれた気がする。それに、全てを知った上で……? 確かにさっきまで僕は楯無さんに全て話したいと考えていたけど……。

「さっきはああ言ったけどフォルテちゃんには会計をお願いする予定よ。とはいえ、会計は私ともう一人の子も兼務するからやることは実際ほとんどないわ。ただ、イベントごとや有事の際に信用できる子が欲しいのよ」

 楯無さんがすぐに僕から離れて、フォルテさんに体を向けながらも僕ら二人に対して言葉をかけてくる。でもさっきのことが僕の頭の中をグルグル駆け巡ってまともに内容が理解できない。

「ん~、わかったッス。部活するのも面倒だったんで別に入ってもいいッスよ」
「ふふ、そう言ってくれると思ってたわ、よろしくね。紫音ちゃんも、よかったら生徒会入り考えてほしいな。ただ勘違いしないでね。いろいろ言ったけれども、これは強制じゃないわ。……それじゃ、私は先に部屋に戻ってるわね」

 僕の肩を軽く叩きながらそう言いつつ、楯無さんはその場を立ち去った。フォルテさんも僕に一声かけてすぐにそれに追従する。それにちゃんと返事もできたのかすらわからず、気づけば窓の外はすっかり暗くなっていた。いったいどれだけの時間、立ち尽くしていたのだろう。

「はぁ……」

 思わず声が漏れてしまう。これからどうしよう。部屋に戻れば楯無さんがいる。きっと僕の正体はほぼバレていると思っていいけど、それを学園に公表しないということは何かしらの意図があるはず。……脅す、といった感じではないか。なら交渉の余地はあるのだろうか。
 まったく、さっきまでは全部話したいとか考えていたくせに、いざバレたらこれか。自分が嫌になるな。
 千冬さんには……ひとまず黙っておこう。やっぱりまずは楯無さんとしっかり話すしかないか~、さっきはフォルテさんもいたし僕も頭が真っ白になったしで何も話せなかったからなぁ。
 よし! 考えても仕方ない、部屋に戻ろう。そう決意しつつも足取りは重く、部屋に着くまでいつもより倍以上の時間がかかった。



 ようやく部屋の前までたどり着いたわけだけど、いざとなるとやっぱり決心が鈍ってしまう。とはいえ入らないわけにもいかないから……とりあえずノックしよう。自分の部屋に入るのにノックするのも変だけど。

「どうぞ~」

 中から楯無さんの声が聞こえてくる。たぶん僕だってわかってるんだろうな。
 再び覚悟を決めて部屋に入るとそこで待ってたのは……。

「おかえりなさい、また先にシャワーもらったわよ」

 どうやら楯無さんは先にシャワーを浴びていたようで、濡れた髪のまま首からタオルをかけてショーツ一枚の姿で……ってデジャヴ!? いや、それもだけど今は僕が男って知っててやってるんだよね、どういうことなの!?

「たた、楯無さん! なんでそんな格好してるの!」

 あまりもあまりな状況で思わず素が出てしまったけど今更気にしても仕方ない。僕は叫びながらすぐに後ろを向いた。あれ? 今回はバレてるならすぐに部屋出たほうがよかったかな……? せっかく決心したからかそのまま部屋に入ってしまった……。

「あら別にいいじゃない、減るもんでもないし。……それとも私の格好に欲情しちゃったかしら~?」

 なんてことを言い出すんだこの人は! きっと今、ものすごいニヤニヤしてると思う。顔は見えないけど絶対そうだ。

「そ、そんなことないよ!」

 そうは言ったけど僕の顔も赤くなってそうだなぁ。というか、昨日もそうだったけどあんな格好なのに大事なとこはしっかり隠していたあたり確信的にやってるのは間違いないんだけど……。

「ほら、服着たからこっちいらっしゃい。……聞きたいこともあるんでしょ?」
「……わかりました」

 恐る恐る振り返ると、ちゃんと本当にちゃんと服を着てくれていて、彼女のベッドに腰掛けていた。ホッとした僕はそのまま相対するように自分のベッドに座る。

「さて、それじゃちょっと真面目な話をしましょうか、紫苑(・・)君」

 今まで見たことがないくらい真剣な顔を見せる楯無さん。

「……やっぱり全て知ってるんですね」
「そうね、あなたが男だってことも知ってるわ」

 直接聞くまでは、もしかしたらとも思ったけどやっぱり全部知っているみたいだ。ここまで断言できるってことは今さら下手な言い訳しても無駄だろうね。

「いつ気づいたんですか?」
「ふふ、そんなに畏まらないでいいわよ。さっきのがあなたの素でしょう? 二人で話すときはそっちでいいわ。で、いつかって言われると最初(・・)からよ」

 さっき思わず出てしまった言葉を聞き取っていたらしい……。
 それに最初から知っていた? ってことは今までずっと知ってた上で接してきたってこと? ならなんでこのタイミングで? だめだ、余計混乱してきた。

「私の家が対暗部を主とした暗部だってのは知ってるわよね。その関係上、いろんな情報が入ってくるのよ。……例えば、西園寺家の双子の片割れが正体不明の病で倒れた、とかね」

 どうやら西園寺の家は更識を、というより楯無さんを甘く見ていたようだね。紫音が倒れたときに、僕の家はすぐに情報を隠蔽していて、事情を知っているのは僕に入学用の教育を施した人や一部の人に限られるし、その人たちもかなりの監視を受けているって聞いた。そして矛盾が発生しないように、紫苑()が海外に留学したことになっている。そんな状況で楯無さんは僕らのことを探り当てたのか……。

「そう……。なら何ですぐに僕のことを学園に報告するなり警察に突き出すなりしなかったの?」
「まぁ、正確に言うと確信したのは最近なんだけどね。確認しようとしてお風呂場に潜入してみたら……何よあの胸、本物みたいじゃない。明らかにオーバーテクノロジーよ! スタイルいいし咄嗟の叫び声まで可愛いし、本当に女の子なんじゃないかと……こほん、それはさておき、こちらとしても西園寺家の目的とか動向を知りたいのもあったし、様子を見てたの」

 胸のくだりで何やら興奮してたようだけど、あとは淡々と説明をする楯無さん。いや、確かにこのシリコンバストは僕も技術の無駄遣いだと思うけど……声云々は触れないで欲しい。

「それで、ようやく紫苑君の留学情報の虚偽と紫音ちゃんの入院情報の確認が取れて確信したってわけ」

 こうなると、結局バレたのは必然ではないだろうか。というより僕のせいでバレた訳じゃないね、これは。西園寺もこれなら諦めるしかないでしょう。……問題は僕がどうなるかだけど。

「それで、楯無さんはそれを踏まえて僕をどうするつもりなの?」

 今重要なのはそこだ。楯無さんに下手な誤魔化しをしても意味がないのはわかった。あとは、そのカードを彼女がどう使うか。

「別にどうもしないわよ? もちろん、西園寺家への監視は続けるけどあちらが何かしない限りこちらが動くことはないわ。それに紫苑君、あなたに対しても何もするつもりはないわ。今まで通り、学園に通ってちょうだい」

 ……意味がわからない。

「意味がわからない、って顔してるわね。……生徒会の話のときに言ったけど、ある事情で学園に信用できる子が欲しいの。あなたも家の事情でここに入れられたのはわかってたけど、最初私にはあなた自身がどういうつもりで通っているのがわからなかったわ。……でもここしばらく一緒にいて、あなた自身は信用してもいいって思えたの」

 やっぱり意味がわからない。こんな短い間に僕のなにを見たと言うんだろう。

「まだ納得できないかしら? まぁ、そうよね。でもこれでも私は人を見る目はあるのよ。それこそ腐るほど世の中の裏側で多くの人間を見てきた自負はあるしね」

 男であることを隠して、楯無さんを騙してきた僕を信用する。それが本当なら彼女の器はどれほど大きいんだろう。でも、実際のところ僕も楯無さんのことを信用していた。それは今思えば彼女のこういう部分にどこかで気づいていたのかもしれない。

「その、学園で人を集めている事情っていうのは?」
亡国機業(ファントム・タスク)って知ってるかしら?」
「え!?」

 その名前をここで聞くことになるとは思わなかった。
 亡国機業、50年以上前の第二次世界大戦中に生まれ暗躍を続ける秘密結社。国家、思想、民族、信仰、一切に還らず目的がわからない謎の多い組織。確かなのは、大きくわけて幹部会と実働部隊の二つにわかれていて、近年の優先目標がISであるということくらい。一般的に亡国機業の名前は知られていないので、知っているのは楯無さんのように裏に繋がりのある人間が主になる。
 まぁ、僕の場合は束さんのせいでハッキングに関わってしまい、その中で存在を知ってしまったんだけど。

「その様子だと知っているみたいね。その亡国機業の活動が最近活発になってきてるのよ。それこそIS学園に手が伸びかねないほどね。でも学園は大っぴらに動けないし……もしかしたら既に内部に潜入されてる可能性もある。だから私は自分達で動かせる人間が欲しいの、それが生徒会よ」

 ……なるほど、だからフォルテさんもいざというときの実働要員として生徒会に勧誘したのか。それだけじゃない、亡国機業が狙うとしたら間違いなく最優先は専用機持ち。それを考えたら狙われる可能性のある人間を把握できるように近くに置くのは正しいと思う。

「……そして紫苑君、あなたのことが公になれば最優先ターゲットは間違いなくあなたになるわ」

 これも間違いない。何せ世界で初の男性操縦者ということになる。例え僕が月読以外を動かせないのだとしても、僕と月読をセットで調べれば男性が操縦できるISが作れるようになるかもしれない。
 そこまでいかなくても、何かしらの技術革新が起これば世界の軍事バランスが再び崩れることになるかもしれない。それが秘密結社主導で行われるなんて想像もしたくない。

「だから僕を敢えてそのままにしておくんですか?」
「ん~、そんなに難しく考えないでほしいんだけど。確かに、公表するよりもそのままあなたを通わせたほうが対策しやすいっていうのもあるわ。でもそれ以上にあなたにも期待しているのよ、なんせ私をあそこまで追い詰めたのよ?」

 そう話す楯無さんはなんとも言えない、満面の笑みだった。どちらかと言うと悪戯を企む子供のだけど。

「はぁ、ズルいよ楯無さん。そんなこと言われたら……断れないじゃん」
「ええ、私はズルいのよ。知らなかった?」

 特に悪びれるでもなく、むしろ褒められたかのようにドヤ顔をされてしまった。
 さっきまでの話の内容とその表情のギャップに僕はこみ上げる笑いを抑えられなかった。

「いや、知ってたよ。それに前も言ったけど僕はそんな楯無さんがやっぱり好きかも」

 そのままやられっ放しなのは癪なので、以前顔を赤くした言葉を再び投げかけてみる。しかも形式上は女同士だった前回と違い、今回僕は男だとバレている。……格好は変わらないけど。

「……私は嫌いになったかも。やっぱりあなたは腹黒いわね」

 そっぽ向かれてしまった。でも少し赤くなってるから効果はあったんだろうか。そんな仕草が可笑しくて僕はまた笑ってしまうが、それが余計に彼女にとっては面白くないようだ。

「あはは、ごめんごめん、拗ねないでよ。それと……ありがとう。こんな僕でも受け入れてくれて。正直、気持ち悪いでしょ、女装して女子高に通う男なんて。それに同部屋なんて……」
「何をいまさら。まぁ、あなたが周りの女生徒や私に興奮してるようなただの変態だったらすぐに半殺しにした上で社会的にも抹殺するつもりだったけど。……いろいろ苦労してたでしょ?」

 何をいまさら、の辺りで僕の心は半殺しにされた気がするけど続く言葉は優しかった。

「ま、それにあなたも学園に味方が欲しいでしょ? 見た感じ今このことを知っているのは学園では織斑先生くらいかしら?」
「うん、よくわかったね」

 それすら見抜くあたり、やはり情報力だけではなくて観察力なんかも卓越しているんだろうな。そういえば、ここまでで話題に出してこないってことは僕と束さんの関係とかは知らないのかな? 話してもいいけどとりあえずは束さんにも報告してからにしよう。

「さて、話してたら遅くなっちゃったしシャワーでも浴びてきたら? ご飯もまだでしょうし、入ってる間に何かつくっておくわよ」
「うん、ありがとう。……この前みたいに入ってこないでよ?」

 もうバレてるとはいえ不意を突かれるのは心臓に悪いので目の前の前科者に警告だけしておく。

「さすがにもうやらないわよ! でも、ふふ。お嬢様な紫音ちゃんもいいけど素の紫苑君もなかなか、どちらも気に入ったわ。だからせめて部屋にいる時くらいは素でいてちょうだい」

 そう笑う楯無さんはやはりどこか楽しそうだった。予想と全く違うここまでの対応に驚きはしたけど僕にとっては予想外なほど恵まれた展開で、少し前までの暗鬱とした気分は吹き飛んでいた。

 シャワーから出てきたあと僕を待っていたのは楯無さんの手作り料理の数々。短時間でできるものじゃなかったから僕が来る前から仕込んでたんだろう、相変わらず準備がいいというか抜かりない。味の方も美味しかった。

 ちなみに自己紹介の時に言っていた料理が趣味っていうのは実は本当でそれなりに自信もある。何故料理かというと、家でほとんど放置されていたせいで自分で作るしかなかったからだ。あとはたまに束さんの研究手伝うとき、彼女が携行食とかしか食べないのを見て、度々食事を作ってあげたこともあり自然と身についていった。
 こっちに来てから作る機会もなかったから明日にでもお礼に楯無さんに振る舞うのもいいかもしれない。


 
 翌朝、早めに起きた僕は部屋を抜け出して束さんと連絡を取った。

『んにゃ~、久しぶりに連絡してくれたと思ったらこんなに早い時間に。束さんはおねむだよ~』

 寝ぼけてるのかいつものテンションがない束さんだけどむしろこちらとしては話しやすくて好都合。

「えっと、言いにくいんだけど。同室の子に男だってバレちゃった、てへ」
『なにそれ、どういうこと!? ていうか女の子と同室だったの!? だめだよ、襲われちゃうよ!』

 急にテンションが急浮上する束さん。和ませようと可愛く言ってみたけどスルーされた、悲しい。……というより僕が襲う心配より僕が襲われる心配をするのはどういうことなの。まぁ、確かに楯無さん相手だと風呂場の一件で襲われた気はするんだけど。

「うん、まぁそれは置いておいて。いろいろあってそのまま黙っててもらうことになったんだ。ただその相手っていうのが更識家の当主、さらにもうすぐ生徒会長になる人でね。流れで生徒会に入って手伝うことになったの。更識って時点でわかると思うけど、厄介事に巻き込まれるかもしれないから一応報告を。あとまだ束さんとのことは言ってないしたぶん向こうも掴んではいないと思うけど、どうする?」
『その女狐がしーちゃんを誑かしたのか! うむむむ、確か更識現当主はロシアの国家代表……ミサイルハッキングしてとりあえず先にロシア潰しておくか……あ、束さんのことは黙っててほしいな! やることできたからそれじゃ!』
「まてい! 珍しく質問にはちゃんと答えてくれたけどその前がおかしいよ! 別に誑かされてないし、脅されたりもしてないからそんな気軽にミサイル撃つのは止めて! しかも実際ロシア関係ないよ!」

 そんな簡単に第三次世界大戦を引き起こされたらたまらないよ!

『ぇー、だってしーちゃん可愛いし、男だってわかったら余計ムラムラしちゃうでしょ? 隣に寝てたら普通襲っちゃうでしょ? やっぱり危ないよ!』
「何で襲うのが当たり前でしょ的な感じに言ってるのさ。今まで何もなかったから大丈夫だよ」

 というかそんな風に思ってたのか。昔はけっこう泊りがけだったり一緒のベッドで寝たこともある、本人の知らないところで貞操の危機だったのかもしれない。今後はちょっとお付き合いを考えた方がいいかも。 

『本当に? 何もなかったって神様の束様に誓って言える?」
「束さんが神様かはさておき……(よく考えたらけっこう際どい場面あったような、いや何もなかったし大丈夫だよね)うん、チカエルヨ」

 あ、思わず棒読みになってしまった。

『なに今の間は! それに棒読みだったよ、やっぱり何かあったんだね!?』
「あ~、もう話が進まないよ……。とりあえず、何かあったら今回みたいにちゃんと連絡するから僕を信じて?」
『う~、わかったよ、絶対だよ?』

 ようやく落ち着いてくれた。というかここまで話が全然進んでないじゃないか、いつものことだけど。最初期待した分疲労感が倍になった気がする。朝からこんな疲れてどうするの。

 この後なんとか経緯と今後のことを束さんに伝えて通話を終えた。結局、束さんとのことはこちらから明かすことはしないようにした。まぁ、世界的に指名手配になってるようなもんだし僕が接点持ってるなんて知ってる人は少ないほうがいい。それこそ亡国機業に狙われる理由が増えてしまう。

 その後部屋に戻っても楯無さんはまだ寝ており、時間もあったので昨日のお礼に朝食を作ることにした。まぁ、朝なので簡単なものだけど。
 料理が出来上がるころに楯無さんが目を覚ましたようで、こちらに訝しげな視線を送りながらやってきた。

「なにしてるの?」
「なにって、朝ご飯作ってたんだけど」
「料理できるの……?」
「自己紹介のときに料理が趣味って言わなかったっけ?」
「あれ本気だったのね……」

 どうやら信じてなかったらしい。とりあえずあるもので作った味噌汁、卵焼き、焼き鮭、それと白御飯といったオーソドックスな日本の朝食を並べていく。

「なにこれ、美味しい……」

 一通り箸をつけてそう呟く楯無さんは僕の期待に反してなぜか悔しそうな顔になってた。
 ……なんで?



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さて、数日後にクラス対抗戦が行われる訳だが一つ問題が発生した」

 朝のSHRが始まり、一通りの連絡事項が告げられたあとに重々しい口調で千冬さんが切り出した。なんとなくその問題は想像できるけど。

「先日行われた当クラスの代表決定戦の折に行われた模擬戦を見た他クラスの生徒などから専用機持ちが集中する一組が有利すぎるとの苦情が学園に多数寄せられている。そんなのは例年のことで何を今さらといったところだがな。まぁ、事前に模擬戦を行うこと自体異例ではあったし、その模擬戦が無駄にレベルが高かったせいで余計な手間が増えたわけだ」

 そう言いながらこちらに視線を向ける。うん、それに関しては申し訳ないと思ってるんだよ? 後悔はしてないけど。だって手が抜ける相手じゃないし……やるからには負けたくなかったし。そう思いながら苦笑いしてたら意図を読み取られたのかため息をつかれてしまった。

「まぁ、そういう訳で学園側で協議した結果、今回は試験的に特殊なルールで行うことになった。その内容は全クラスで同時に戦うバトルロイヤル方式だ。つまり、唯一の専用機持ちである一組は全員から狙われる可能性が高いというわけだ」

 そのあんまりといえばあんまりな学園の対応にクラス中から非難の声が挙がる。彼女たちからしてみれば明らかに一組に必要以上に不利な条件を押し付けているように見えるのだろう。

「これは決定事項だ、それにお前ならそれほど不利にはなるまい? 西園寺」
「そうですね、戦い方次第で特に影響はないと思います」

 周りは納得していないようだけど、それは試合で証明できるでしょう。







「……なんの地獄絵図ッスか、これは」

 紫苑の正体発覚から数日、特に楯無からのアクションもなく何事もなかったかのように今まで通りの日常が過ぎ、今はクラス対抗戦当日。眼下で巻き起こる光景に思わずフォルテはそう漏らす。同じようにアリーナ内で観戦する他の者はほとんど言葉も出ないといった状態で、ただ辺りには爆音や破裂音のみが響き渡る。

 前代未聞の全クラス同時戦闘によるバトルロイヤルという形式で行われたクラス対抗戦。
 大方の予想通り、試合開始と同時にほぼ全員が紫苑に向かっていった。各クラス代表は専用機こそないが多くが何処かの国の代表候補生である。当然、紫苑は相当な苦戦が強いられると思われた。

 しかし蓋を開けてみれば、紫苑の圧勝だった。というよりほとんど彼は何もしていない。満足に連携など取れず、ましてや敵同士である他の面々。まともに一人を狙って攻撃などできるはずがなかった。
 持ち前の相手を幻惑するブーストで攪乱しながらただ攻撃を回避するだけで、自然にそれらの攻撃は自分に殺到する他の敵機に当たる。そもそもいくら同時に戦えるといっても、せいぜい四方向+空中戦なら上下の計6人が限界だが、実際にそんな状態で連携も取れずに突っ込めばどうなるか、それは火をみるより明らかだ。

 結果、ほとんどが自滅した。
 ちなみに薫子は真っ先に意気揚揚と突っ込んできたが、その場所が他者の砲撃の軌道上で脱落の一番手となった。最後まで残ったのが、うまく他者の動きを把握しながら的確に紫苑の動きの隙を狙おうとしてきた4組の代表サラ・ウェルキンだった。だが、そのサラも他の者が全員撃ち落とされ一対一になった状態ではどうしようもなく、あっさりと撃墜されてしまう。

 紫苑と楯無(敢えて言えば千冬も)はこのルールが告げられた時点で既に試合展開がこうなることはある程度想定しており、その際に落ち着いていたのはそういう訳で、むしろこんなルールにしてしまった学園側に対して若干呆れていたのが実際のところだった。

 こうしてルール改訂が無意味だったことを学園側も悟り、以後このルールが使われることは二度と無かった。
 

 
 

 
後書き
今年最終分です。

しばらく、予約投稿してありますので毎日20時に更新されます。
来年もよろしくお願い致します。 

 

第八話 新生徒会始動

 急遽変更となったクラス対抗戦のルール。わかってはいたけど、予想通りの展開になった。
 試合開始直後に一斉に僕を狙ってきた他のクラスの代表達。そんな中で薫子さんだけが突撃したけど、そのせいで一斉射撃をモロに被弾して、真っ先に戦闘不能になっていた。
 その後も同じように僕を執拗に狙ってきたから、うまく射線を誘導しながら避けつつ同士討ちを狙っていく。結果、目の前に広がるのはお互いの攻撃に被弾して動けなくなった打鉄とラファール・リヴァイヴ。
 今この場で無傷なのは、僕の月読と少し距離を置いて宙に佇む4組代表のサラ・ウェルキンさんが操るラファール・リヴァイヴ。彼女は僕の意図を上手く読みながら、先読みした牽制と射撃を繰り返してきて何度か危ない場面もあった。薫子さんが要注意と言っていたのもわかる、なかなかの技術だった。

『あらあら、他の方が全滅する前にせめて一撃は与えておきたかったのですけど駄目でしたか。先日拝見した模擬戦でわかってはいましたがさすがですねぇ、西園寺さん』
「いえ、何度か危ない場面もありました。さすがはイギリス代表候補生です、ウェルキンさん」

 戦況が一段落ついたころを見計らってオープン・チャネルで話しかけてくるウェルキンさん。もっとも、手に持った火器の銃口はこちらに向けたままで、油断は欠片も見えない。
 彼女とは今まで面識はなかったものの、どうやら向こうはこちらのことを前回の模擬戦で観ていたようだ。 彼女の話し方はおっとりとした口調で、妙に大人っぽい。
 僕も返事をするけど、お世辞などではなく本心だった。何の連携も取れていない状態の入り乱れた戦況を把握しながら的確に動くのはなかなか難しい。それに彼女は専用機でなく、訓練用のラファール・リヴァイヴを使用しているのだから。

『ふふ、あなたにそう言って頂けるのは光栄です。とはいえ、私も最後まで諦めませんので今しばらくお付き合いください』
「もちろんです、全力でお相手させていただきます」

 その後、数秒の間を置いたあとにウェルキンさんから苛烈な射撃があったもののすぐさま回避しつつイグニッションブーストで接近し、ネームレスを数太刀浴びせて終わらせた。
 状況的にはフォルテさんとの状況に似ているけどやはり専用機と訓練機との差は大きいようで、接近した後はほとんど何もできないようだった。とはいえウェルキンさん本人の実力はフォルテさんと同等かそれ以上はあるのではないだろうか。同じ機体同士で戦ったら僕だって負ける可能性は十分にある。
 
 ともあれ、とりあえずクラス対抗戦は優勝という形で終わることができてホッとした。負けるつもりはなかったけど、いざ戦闘になったら何があるかわからないからね。
 歓声鳴り止まないアリーナーを背に、ピットに戻った僕はそのまま戻ろうとすると、同じピットに入ってきたウェルキンさんと鉢合わせた。

「優勝おめでとうございます、西園寺さん。う~ん、もう少しいい勝負できると思ったのですが反応できませんでした。悔しいですけど仕方ありません。次はこうはいきませんよ」

 肩ほどまであるブロンドの髪を揺らしながらこちらに歩み寄り、微笑みながら賛辞をくれた。後半部はさすがに悔しさを滲ましていたけど、それでも素直に認め相手を称賛するのはなかなかできることではないと思う。

「ありがとうございます。私もここで止まるつもりはありません。負けたままの相手もいますしね」

 ここで下手に謙遜するのは失礼なので、そのまま受け入れる。まぁ、負けたままの相手がいるのも事実だしそのまま負けっぱなしは癪だもんね。

「ふふ、入学直後の目標がいきなり学園最強になってしまうなんてあなたも難儀ですね。では、私はこれで失礼します」

 そう言い残し彼女は立ち去る。なんて言うか、話してて気持ちのいい人だなぁ。後輩とかできたら面倒見よさそうだし慕われるんだろうな。
 そんなことを考えてたら……

「だ~れだ!」

 何者かに後ろから胸を鷲掴みにされた、というかこんなことするのは一人しかいないけど。いや、普通それやるなら目を隠すでしょ?

「や、やめてください楯無さん!」
「あら、バレた? それより見てたわよ~、他クラスの代表さんをことごとく蹂躙して手籠めにするなんて……とんでもない悪女ね、紫音ちゃん」

 とんでもないことを言い出した。いや、蹂躙したのはある意味事実だけど。

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ……」
「それにあの子は最後まで残しておいた子……お気に入りなのね。それにあの自己主張の激しい部位……これか、これがいいのか!」

 そう言いながら僕の胸(偽物)を激しく揉み拉きはじめた。確かにウェルキンさんはその……大きかったけど! いや、ほとんど見てないよ、本当だよ!? え、大きさ? 千冬さん以上山田先生未満……ってだから見てないから!

「ピチピチのISスーツから溢れんばかりの果実を蹂躙することに欲情する変態さん……引くわぁ」
「だから誤解を招く言い方はやめてください!」

 そう言いながら暴れるとようやく楯無さんは離してくれた。
 さすがにちょっと悔しいので僕はあえて拗ねたようにそっぽを向く。
 
「あはは、ごめん。そんなに拗ねないで。優勝おめでとう、紫音ちゃん」

 いつ誰が来るかわからない場所なので、基本的に彼女は僕のことを紫音と呼ぶし僕も口調は崩さない。
 というかだったら、そういう場所であんなことするのはいいのかという話になるのだけど……。

「もう、というか楯無さんのも当たってましたからね、さっき」
「へ? あ、あ~。……やっぱあのくらい大きいほうがいいのかしら?」

 下手に照れたりするより直接的なほうがいいのは最近わかってきたので反撃してみる。からかわれ続けるだけじゃ悔しいし。

「こんな(偽物つけてる)私が言うのもなんですが大きさなんて関係ないじゃないですか、それも含めて楯無さんなんですし、そんなあなたが私は好きなんですよ」

 満面のお嬢様スマイルであくまで女生徒の紫音(・・)として友達(・・)として宣言する。楯無さんも何度か同じネタでからかわれてる筈なのに、いまだに慣れていないのかこちらとしては格好の攻撃手段だ。

「だ、だからあなたは面と向かってそういうことを……!」

 そう言いながらも顔は既に赤みを帯びている。

「まぁ、女性は胸の大きさじゃないですよ」
「そりゃね、私だってそれなりに自分のスタイルには自信があるし……」
「紫音~、優勝おめでとッス!」

 ようやく話がまとまりかけたところに突然の闖入者、というよりフォルテさんがやってきた。

 そしてさきほどまでの話の流れから二人の視線は自然と彼女のある一点にいってしまい……

 僕たちは無言でそっとフォルテさんの肩に手を置いた。

「な、なんスか!? よくわからないけど物凄い侮辱をされた気がするッス!?」

 女性は胸の大きさじゃないよ、うん。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 



 フォルテさんが理不尽な流れ弾に被弾した翌日、もといクラス対抗戦の翌日の放課後、1組では祝勝会が繰り広げられていた。

「いやぁ、まさか開始5秒で背後から撃たれるとは思ってなかったわぁ」
「あら、黛さんは他のクラス代表と違い入学するまでIS操縦経験がなかったのでしょう? 稼働時間を考えればあれだけスムーズに動かせたのは立派ですよ」
「まぁね~、うちのクラスだけ代表候補生がいなかったもんでクジ引きになっちゃって。昔っからクジ運悪いんだけどピンポイントで引いちゃったわ……、それでも頑張って試合までになんとか動かせるようにはなったのよ」

 薫子さんとウェルキンさんが何故か当然のように祝勝会に参加しているけど誰も何も言わない。いいのか、それで。いや、別に僕はいいけど。ちなみに祝勝会の食べ物は、クラス対抗戦の優勝賞品である食堂のデザート半年間フリーパス券により用意されたもので、飲み物や他の食べ物のお金は山田先生が出してくれた。え、千冬さん? 出すわけ……あ、ごめんなさい睨まないでください。

「ん、なに怯えてるんスか? せっかく真耶ちゃんがいろいろ用意してくれたのに食べなきゃ損ッスよ。というよりさすが真耶ちゃん、気が利くッスね! そこらのケチな教師とは違うッス、さすが1組の担任……いや、副担任? じゃたんにげふ!」

 ……わざとやってるんだろうか。対抗戦の薫子さんのように自ら射線に飛び出てきたフォルテさんは言葉半ばに謎の一撃、というか見えない速度で飛来した出席簿で沈んだ。
 千冬さん、さすがにこれは理不尽だと思うよ、うん。直接は言わないけど。そしてフォルテさんはもう少し危機察知能力を養ったほういいんじゃないかな。

「……なんでフォルテちゃんは寝てるの?」
「世の中には知らないほうが幸せなことがあると思います」
「また地雷を踏んだわけね」

 不思議そうに尋ねてくる楯無さんは僕の視線の先にいる人物を見て納得したらしい。ちなみにその当人は教壇の上の椅子に腰かけて素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいる。

「それはさておき、明日には正式に私が生徒会長に就任、新生徒会が発足になるわ。一応、現時点で指名した役員で顔合わせしたいから放課後空けておいてね。とはいっても、私たちとあと一人だけなんだけど」

 負傷者一名をさておいた楯無さんは用件だけ告げた。
 どうやら明日から生徒会が始まるようだ。聞いた話だと今までの生徒会メンバーは全員解任になり、新生徒会長である楯無さんが指名した人のみで組み直されるらしい。この学校の生徒会の仕組みがどうなってるのか知らなかったけど、楯無さんによると学園最強が条件の生徒会長以外の役員は、定員数まで会長の独断で決められるとのこと。
 わかりやすいと言えばわかりやすい、でもよく今まで成り立ってきたなぁ、問題起きなかったのかな。みんながみんな楯無さんみたいに有能なら大丈夫なんだろうけど……いや、楯無さんが会長というのは別の意味で不安になってきた。

「ふふ~、楽しみね……私が会長になったからにはあんなことやこんなことを……」

 ……不安が現実になるのはそう遠くない気がする。あとなんか黒いのが出てるよ、楯無さん。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ということで、新生徒会長の更識楯無よ」
「いや、知ってるッスけど。それにしても随分軽いッスね」

 翌日、授業が終わったあと僕ら三人は生徒会室に向かい、新生徒会メンバーとの顔合わせとなった。とはいえ、僕らにもう一名を加えた四人しかいないのだけれど。ちなみに就任式や集会などによる全校生徒への挨拶などといったものは一切なく、掲示板に辞令が貼りだされるだけの簡素なものだった。

「まぁ、このメンバーで堅苦しくするのもね」
「お嬢様、こういったことは最初が肝心ですので」

 おどけた感じで肩を竦める楯無さんを、隣で控えていた女生徒が諌める。生徒会に加わるという、二年生だ。眼鏡に三つ編み、仕事がデキそうなその佇まいはさながら委員長……というか生徒会役員ならポジション的にはその上位なのだろうか。

「あん、ここではお嬢様じゃなくて、か・い・ちょ・う」
「……失礼しました、会長。ところでご学友の方々が置いてけぼりになっていらっしゃいますので、お互いの紹介をさせていただきたいのですが」

 何やらじゃれ合い始めた(一方的に楯無さんが絡んでいるけど)二人だったが、眼鏡の上級生の言葉に、楯無さんは思い出したかのようにこちらを見る。というか今僕らのこと忘れてたよね、完全に。

「あぁ、そうだったわね。二人とも、彼女は布仏虚(のほとけうつほ)、私の幼馴染であり昔から更識家に仕えてくれている家系なの。彼女の淹れる紅茶は絶品よ、そのために生徒会に入ってもらったといっても過言ではないわ」
「はぁ、その紹介はどうかと思いますが。……失礼しました、布仏虚です。よろしくお願い致します。来年には妹も入学するかもしれませんので、できれば今の内から下の名前でお呼びください」

 虚さんと紹介された上級生は、そう言いながらまるで見本ともいえるくらい綺麗なお辞儀をしてくれた。楯無さんとのやり取りを見るだけで、どれだけお互い信頼しているのかが見て取れた。……虚さんの方はどちらかというと手を焼いてるといった感じだけど……あれ? なんだか親近感、仲良くなれそうな気がする。

「西園寺紫音です。生徒会の仕事などわからないことも多く、ご迷惑おかけするかと思いますがよろしくお願い致します」
「フォルテ・サファイアッス、あんまり役に立つかわからないけどよろしくッス」

 僕も同じように礼を返し、フォルテさんは特に気にした様子もなく……いやちょっと引いてるかも、顔が引き攣ってる。挨拶程度で畏まりすぎたか。まぁ、さすがにこちらの真似はせずに簡単に挨拶をしていた。

「西園寺さんとサファイアッスさんですね、いつもおじょ……会長がお世話になっています」
「ッスはいらないッス! サイファイアッス!」
「えぇ、ですからサファイアッスさん……?」

 「はて?」と言った様子で首を傾げる虚さん。実は予想外に天然キャラなのか……?

「えっと……ではフォルテさん?」
「あ~、もう説明するの面倒なんでそっちの方がいいッス」
「ではせっかくなので私のことも紫音とお呼びください」

 とりあえず、お互い名前で呼ぶことで落ち着いた。横で楯無さんが口を抑えてプルプル震えてるけど、彼女の仕込みか……。どうせこうなることを予測して名前をサファイアッスって教えてたんじゃないかな……、いやでも虚さんだったら気付きそうだけど……まさか分かってて……。

「?」
 
 ちらっと虚さんのほうを見たけどニコッと微笑み返されてしまった……。わ、わからない。意外と楯無さん並みの曲者な気がしてきた。

「さて、漫才やってないで本題に入るわよー、とりあえず座って頂戴」
「あんたが言うんスか!?」

 さっきまで笑いを堪えてプルプルしてたのに急にシリアスモードに入って何食わぬ顔で進行を始めた楯無さんにフォルテさんが猛烈にツッコむ。フォルテさんもアップダウンが激しくて大変だねぇ……。

「という訳で、しばらくはこの四人で生徒会を運営することになるわ。会長が私、副会長に紫音ちゃん、書記が虚ちゃんで会計がフォルテちゃんね。足りない役職については私と虚ちゃんが兼務するから問題ないし、会計に関しても同様ね。だから紫音ちゃんには私たちの補佐、フォルテちゃんには人手が欲しい時と緊急時にお手伝いをしてほしいの。あ、もちろん虚ちゃんの紅茶が飲みたくなったらいつでもいらっしゃい」

 華麗にフォルテさんをスルーしながら、僕らに着席を促しながら説明を始める。いつの間に用意したのか、虚さんが紅茶をだしてくれた。柑橘系の香りが仄かに香る紅茶が目の前に置かれる。楯無さんが再び紅茶の話題をだしたので、それに合わせて一口飲むとその風味が口内に広がる。温度も丁度よく、確かにおいしい。これが飲めるなら生徒会も役得かもしれない。
 それはそれとして、一つ確認しておきたいこともある。

「私が副会長でいいんですか? この場合、虚さんが適任かと思うのですが」

 フォローという立場であるなら僕より楯無さんとの付き合いが長い虚さんがやるべきだと思う。まぁ、僕に書記ができるのかって話になるけどそれくらい仕事を覚えればやってやれないことはないだろうし。

「実際のところ、役職自体にはあまり意味がないんだけど。人数が少ないから結局役職外の仕事もやらなきゃいけないわけだし。ただ、その中で会長と副会長はちょっと特別なの。まず会長は学園で最強でなければならない、これは当然ね。そして副会長もそれに準ずる強さを求められるの。何故なら、有事の際に会長が万が一不在だったりした場合に、指揮を執るのは副会長になるわ。もちろん、その際に求められるのは純粋な強さだけではないけど、その点は紫音ちゃんなら大丈夫でしょ。それに虚ちゃんは二年の主席だけど整備科だし、専用機も持ってないからあなたの方がいろいろ融通が利くのよ」

 楯無さんはいろいろ考えていたようで、僕の疑問にもスラスラ答えてくれた。意外、と言ったら失礼だけど予想以上にしっかり考えていたみたいで正直見直した。

「ときに会長、昨夜こちらの部屋を掃除していたらこんなものを見つけたのですが」

 そう言いながら虚さんが取り出したのは役職の名前が書かれたダーツボードとそれに刺さった僕らの名前が書かれたダーツだった。

「…………」
「…………」

 あからさまに目を逸らされた。さっきまでのはなんだったの!? やっぱり楯無さんは楯無さんだったよ! こういう時フォルテさんがもっとツッコむかと思ったのに彼女は目の前の紅茶とケーキに夢中だった。ケーキを頬張って満面の笑みのフォルテさん見てると本当に小学生にしか見えないな……。

「というわけよ」

 開き直った!?

「まぁ、最初に言ったように役職なんてあって無いようなものよ。いざというときのフォローは本当にお願いすると思うけど、あまり気にしないでいいと思うわ」
「はぁ、わかりました」

 これ以上追及しても意味がないという諦め半分で返事をする。ふと、虚さんと目が合い言葉は発していないもののお互いの意図することが瞬時に伝わった。

((お互い苦労しますね))

 この時の伝達速度はISのプライベート・チャネルの通信速度を超えていたように思う。

「で、紫音ちゃんには話したけど本生徒会は外部干渉から生徒を守る自治組織としての活動を予定しているの。というのも、今年度の入学生から専用機に、というか私たち三人なんだけど、第三世代機が投入されてるわ。それに紫音ちゃんの月読はちょっと特殊みたいだし、今年は外部の諜報なんかが侵入する可能性があるし、下手したら強奪なんて可能性もゼロじゃない。いざという時にそういった連中に対処するのが裏の仕事になるわ」

 先日僕に話してくれた内容とほぼ変わらない。亡国機業の名前を出さないのはフォルテさんがいるからだろう。虚さんは更識に仕えているなら裏の仕事に関わっててもおかしくはないから、知らないってことはないと思う。
 僕の月読は性質上、世代で表せないけど二人は第三世代機だ。ちなみに、上級生には第三世代機の専用機持ちはいない。つまり僕らの代が最初になる。各国が開発に躍起になっている第三世代機のサンプルがあるとなれば、やはり学園への外部からの侵入はあり得る。下手をすれば生徒にすら紛れ込んでいるかもしれない。

「そういうの教師に任せておけばいいんじゃないんスか?」

 もっともな疑問がフォルテさんから出る。

「残念ながらこの学園の教師はそこまで優秀じゃないの。もちろん、織斑先生は別格だけどもそれでも教師という立場上、融通が利かないの。一つ行動を起こすにも上の許可が必要だったり、ね。もちろんそれは私たちも同様なんだけど……知ってる? 生徒会長特権ってけっこうすごいのよ」

 そう言い放つ楯無さんの表情は笑顔なんだけどなんというか悪さが滲み出てた。というか隠す気がないな、この人は。つまり、生徒会長という立場なら時と場合によっては一般教師を上回る特権を行使できるということだ。

「なるほど~、よくわからないけど楯無が腹黒いってのはよくわかったッス」
「やん、そんなに褒めても何も出ないわよ」

 褒め言葉なのかな、それ。

「とりあえずウチは何かあったときに出動したり、みんなが忙しい時に手伝えばいいんスね~。そういうことなら任せるッス。虚先輩の出してくれる紅茶もケーキも美味しいし、その分くらいは働くッスよ!」
「……まぁ、それは何よりね。もうちょっと頑張ってくれるとお姉さん嬉しいんだけど」

 フォルテさんの意気込み(?)に楯無さんが若干の呆れを醸し出しつつ応じる。虚さんの紅茶とケーキってどれくらいの価値なんだろう。確かに美味しいけど。

「ところでメンバーはこの四人で固定ですか?」
「目ぼしい人材が見つかり次第スカウトするつもりだけど、よっぽど実力があって信用できない限りは無いわね。そういう意味では一人気になってる人はいるんだけど……」

 どうやら楯無さんの中ではメンバーの候補が頭の中にあるようだけど、どうも歯切れが悪い。何か問題があるような人なのだろうか? 楯無さんがスカウトするんであれば優秀な人なんだろうけど。あ、別に僕が自分のことを優秀だって言ってるんじゃないよ!?

「だれに言い訳してるの、紫音ちゃん?」
「心を読まないで下さい……で、その人は何か問題があるんですか?」

 全く勝手に人の心を読むなんて油断も隙もない。
 とりあえず話を進めようと、僕から楯無さんに促してみるがしばらく考え込む楯無さん。

「う~ん、強さとか技術の面では問題ないんだけどちょっと問題児でねぇ、計りかねてるの。もし機会があれば接触してみてあわよくばスカウトしたいんだけど。ちなみに今はその子は停学中よ。学年は虚ちゃんと同じで二年生、なおかつ学年唯一の専用機持ち」

 そういえば聞いたことがある。僕らの代は専用機持ちが三人いるけど、二年生は一人しかいないらしい。代表候補生でありながら、その自由奔放ぶりに教師も手を焼いているとか。確か名前は……。

「第二世代後期型IS『ヘルハウンドVer2.5』を専用機とする、アメリカの代表候補生ダリル・ケイシーよ」

 僕はこの時、すぐに彼女と関わることになるとは考えもしなかった。


 
 

 
後書き
新年、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い致します。 

 

第九話 褐色の問題児

 アメリカの代表候補生、ダリル・ケイシー。第三世代の開発で他国に今一つ後れを取っているアメリカにおいて、第二世代の最後期に開発された彼女の専用機『ヘルハウンドVer2.5』は現状アメリカでの最高戦力の一つと言える。まぁ、もうすぐアメリカの国家代表にアメリカ初の第三世代機がロールアウトされるって情報もあるけど……当然国家機密。プロトタイプのデータがシミュレーションの中になんて入ってなかったよ、僕は何も見てないよ!
 ……こほん、それはそれとして、ケイシーさん自身の操縦技術も卓越しており、ISの技量のみで言えば学年で間違いなくトップであり例え三年生の上位陣であっても学園の訓練機では彼女に敵わないだろう。でも素行に少し問題があり、授業もよくサボるため座学の成績はあまりよくない。また学園外での暴力沙汰やISの無断展開などで何度か懲罰歴がある。今現在も、数日前に他校の男子生徒に怪我を負わせたとして停学処分中になっている。

「というのが、学園における彼女の評価ね」

 思わせぶりに前置きを告げ、楯無さんは続けた。

「ただ、実際に彼女が懲罰対象となった事件の真相は必ず相応の理由があったことが確認できてるわ。暴力事件のときは街で不良に絡まれている人を助けたりしてるし、ISの無断展開のときは急病で倒れた人を病院に運ぶためだったみたいね。……他にもいろいろあるみたいだけど。でも彼女自身が何も弁解しないし、よくサボるのは事実だから学園側もそのまま鵜呑みにしてしまってるのが現状よ」

 なんていうか、男らしいというべきか要領が悪いというべきか。ともあれ、それが事実なら悪い人じゃないのかな。実際に会ってみないとなんとも言えないけど。

「と、いうわけでもし彼女と接触することがあったら教えてちょうだい。別に勧誘なんかはしなくていいわよ、逆に怪しまれちゃっても嫌だし。基本的に時期をみてこっちで動くから」
「わかりました」

 ケイシーさんについての話が一段落ついたところでこの日の生徒会はお開きとなった。
 虚さんともうまくやれそうでホッとした。上級生とは今までほとんど会ったことなかったからなぁ。ケイシーさんのこともあるし、これからは接点も増えてくるかもしれない。



 翌日、クラスはいつもと違う雰囲気に満ちていた。期待と不安が入り混じるこの状況の原因は、今日からスタートする実技演習だろう。僕ら専用機持ちにとってはISはもう身近なものになっているし特別なことではないけど、一般の新入生は基本的に適性試験や入学時の実技試験くらいしか触れる経験はなかったはず。
 これまでの授業は理論などの座学がメインで、ISを使った演習どころか体育すらなかった。それが今日から解禁される。つまり、本格的にIS操縦に向けた授業が始まるということ。

「そういえば今日から実技があるんスね~」
「そうですね、いきなり難しいことはやらないでしょうけど少し楽しみですね」

 ISを初めて動かしたときは僕も興奮した。まぁ、最初に起動させてしまったときは驚きのほうが大きかったし、これから起こりうる問題に頭を悩ませもしたけど。それでも空を実際に飛ぶことができた時にはそんなこと忘れるくらい嬉しかった。……まぁ、当時に思い悩んだ問題なんて生ぬるいくらいの状況に今はいる訳だけど。

「これでぇ、ようやく買っておいたISスーツが着られますぅ」

 そう言いながら話に加わってきたのは同じクラスのフィオナ・クラインさん。彼女の希望でみんなフィーさんと呼んでる。フォルテさんの同室ということで、彼女を介して仲良くなった。肩ほどまでのウェーブがかった茶髪と花飾りが印象的で、話し方もちょっと癖がある。……フォルテさんといいIS学園に来る留学生はみんなそうなんだろうか。いや、サラさんは綺麗な日本語だったし彼女たちが特殊なのか。

「フィーも指定のじゃなく特注ッスか?」

 フォルテさんがそうフィーさんに尋ねる。ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知し、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、反映する。ISスーツがなくてもISを動かすことはできるが、反応速度が鈍くなるなどの障害が発生してしまう。逆に言えば操縦者に適合したISスーツは操作性などの向上に繋がるため、基本的にISスーツは購買で学園指定(というより推奨)のものが販売されているものの、代表候補生や専用機持ちなどはカスタム品や特注品を好む傾向がある。

「そうなんですよぉ。指定のものだと胸のサイズが合うものがなくてぇ」

 そう言いながらフィーさんは自分の胸を両手で抱えて持ち上げて見せる。 
 ……彼女が言うように、その、胸が確かに大きい。山田先生クラスだと思う。あれ? この流れサラさんの時にもあったような、いやそんなに見てないからね!?

「あー、そッスかー。そりゃ大変ッスねー」

 そのどうでもいい理由のせいか途端に興味を失ったかのように言葉が棒読みになるフォルテさん。

「あらぁ、そういうフォルテさんもですよねぇ? さすがに子供用は売ってなかったなかったですしぃ」
「そうッスね!? 確かにウチも特注品ッスよ! でもこれは国に支給されてるからで別にサイズがないからじゃないッス、断じて違うッス!?」

 フォルテさん、そこまで否定すると逆に認めてるようようなものでは……。というか何度か一緒に話しててわかったけど、フィーさんはたまに辛辣なこと言うけど本人は悪気ないみたいなんだよねぇ。天然の毒舌なんだろうか、おっとりした話し方とのギャップが凄い。悪い人じゃないんだけど、フォルテさんも同室で苦労してそうだな。

「騒いでないで席に着け、SHRを始めるぞ!」

 いつの間にかそんな時間になっていたらしく、千冬さんが教室に入ってきた。この状況で騒ぎ続ける命知らずはいないためすぐに静かになりSHRが始まった。

「さて、今日からいよいよ諸君はISに触れることになるわけだが事前にいろいろと注意事項などを説明しておく」

 その後、千冬さんはIS実習についての説明を始める。今回は2組との合同であることや訓練機は数に限りがあるため現地で班分けを行うことなど。更衣室の場所なども説明があった。

 ……更衣室? 何か忘れているような。

 あれ? そういえば実習がしばらくないってことで最近は僕ISスーツ着てなかったな、もちろん今日も……。

 ん? ということは……。

 しまった!? え? てことは僕、更衣室でみんなと一緒に着替えないといけないの!? 
 前回使ったあとクリーニングしてロッカーに入れておいたのが仇になった、実習に合わせて部屋から持ち出すようにすれば気づいただろうに……。
 僕のは一般的なレオタードタイプじゃなくて上下タイプ。下は下半身のサポーターを兼ねてるから念のため常時着用してるんだけど上は胸を押し付けるから苦手で最近は着けてなかった。
 う~ん、一時限目からだから部屋に戻って着替えるのは間違いなく遅刻する……といより遅刻したら千冬さんの制裁が怖い。

「ん? 紫音どうしたんスか? 急に小刻みに震えだして」
「……ははぁん、なるほどなるほど」

 後ろから声が聞こえるけどそれでどころじゃない、どうしよう。体操着とかならまだしもISスーツの着替えなんて水着に着替えるようなものじゃないか。いや、体操着の着替えならいいってわけじゃないんだけど。どちらにしろ女生徒に混ざって着替えるなんてもう言い逃れできない!? バレるバレない以前に完全に犯罪者だ!

「ほら、紫音ちゃん。いつまで震えてるの。早く着替えないと遅れるわよ」
「……え?」

 楯無さんに声をかけられて周りを見ると、もうそこには僕ら二人以外だれもいなくなっていた。

「もうみんな更衣室に向かっちゃったわよ。フォルテちゃんはフィーちゃんと一緒みたい。ほら、あなたのISスーツ。私たちも行くわよ」
「あれ? 私のロッカー鍵かかってたはずなのに。いや、ちょっと待ってください。更衣室は……だめですって!」

 いつの間にか僕のISスーツを持ってきていた楯無さん……というか勝手に人のロッカーをこじ開けないで下さいとか言いたいことはあるけど、それ以上に勘弁してください! あ、引きずらないで……ってIS部分展開してないですか!? あぁ、抜け出せない……。

 抵抗虚しく気付けば更衣室前にいる。もちろん女子更衣室だ、そもそも男子用なんてない。
 楯無さんはそのまま僕を掴んで、そのまま扉を……。

「た、楯無さん!? これ以上は……だめですよ!」

 僕の願いが聞き入れられることはなく、楯無さんは躊躇なく扉を開け放ち僕を引きずったまま更衣室に入っていく。僕は咄嗟に、せめて中に居るだろう女生徒達を見ないようにと目を瞑った。

「ほら、いつまでそうしてるの。早く着替えるわよ。……というか目開けていいわよ、誰もいないから」
「え……?」

 恐る恐る目を開けると、そこには確かに誰もいなかった。
 ……どういうこと?

「さすがに私もあなたを女生徒の着替えの現場に放り込まないわよ。これでも生徒会長よ? 率先して風紀乱してどうするのよ。ここはこの時間では使われてない更衣室よ。」
「……はぁぁぁ」

 よ、よかった。一時はどうなることかと。あぁ、楯無さんの背中に後光が見える。どちらかというと率先して風紀乱す方だと思ってたけど誤解でした、さすが生徒会長。ありがとうございます!

「……何か失礼なこと考えてないかしら。それにそんなにため息つくなんて着替えが見られなくて残念ってことかしら? 仕方ないわね、私の着替えで我慢しなさい」

 そう言いながら楯無さんはベルトを外しスカートに手をかけ……

「ちょ、ちょっと楯無さん!?」

 スルスルとそれと脱ぎおろすとすぐに下着……ではなくISスーツが目に入った。

「残念、下に着てきたの」
「……ですよねぇ」

 なんか疲れてしまいそのまま呆けていると、構わず楯無さんは制服を脱ぎ始めた。
 とはいえ、ISスーツ自体水着のようなもので下着と大差ないどころかピッチリしてるせいか体の曲線が強調されてなんだかこれはこれでエロティックな感じが……。

「あ、あのね。自分で言っておいてなんだけど、そうまじまじと見られるのはさすがにお姉さん恥ずかしいわ」
「え? あ! ご、ごめんなさい」

 い、いつの間にか凝視していたみたいだ。楯無さんもちょっと顔が赤い、ていうか照れるくらいなら最初からやらないで欲しい。まぁ、この状況では見てる僕が100%悪いけど。

「というか、早く着替えないと本当に遅れるわよ?」
「あ、はい。そうですね!」

 気づけば楯無さんは既に着替え終えて、というより脱ぎ終えていた。
 僕も慌てて制服を脱ぐ。下は既に穿いているので、上だけだ。そのため制服だけ全部脱いだのだが……。

「へぇ……改めて見ても本物にしか見えないわね」

 今度は楯無さんが僕の胸を凝視していた。もちろん偽物の。

「あ、あの。さすがに私も恥ずかしいんですが」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。……触ってみてもわからないのよねぇ、感触も本物そっくり」

 そう言いながら今度はその偽物の胸を触り始めた、というより揉み始めた。

「ちょ、ちょっと楯無さん。やめて下さい、着替えられないですよ」
「ねぇ、こうやって揉むとあなた自身はどんな感じなの?」
「な、なんか押し付けられたり擦れて変な感じです。……あっ」
「……なんだか色っぽいわね、ちょっと興奮してきちゃった」

 た、楯無さぁぁぁーーーん!?
 
 その後も楯無さんの暴走はとどまることを知らず……。

「この馬鹿者が!」

 授業に遅れて揃って千冬さんの鉄拳制裁、もとい出席簿制裁を受けたのは言うまでもない。

 ……うぅ。頭も痛いけどそれ以上に何か大事なものを失った気がする。いや、別に変な意味じゃないしあれ以上何もなかったけどね!? 僕の男としての尊厳とか、そういうのだよ!?

 この日以降僕は、自分の部屋以外ではISスーツは必ず着用しておくことを心に決めた。
 そうすれば着替え時は、更衣室に誰よりも早く行くかギリギリで行くかすれば誰にも会わないで済むし、何かあった際も誤魔化せるはず……。



「それではこれより実際にISの起動と簡単な操縦を体験してもらうわけだが、その前に臨時の助手を紹介しておく」

 若干遅れたものの(僕らのせいだけど)全員集合したことで、授業が開始となる。まずは千冬さんが説明に入るが、山田先生に加えてもう一人、見慣れない女性が隣に立っていた。見た感じ、教師というよりは僕らと同じくらいに見える。短めで、赤に近い茶色の髪に褐色の肌が健康的な少女だ。その表情はやや険しい。

「彼女はダリル・ケイシー。お前らの一つ上の二年だが実力は三年にも劣らん。学年唯一の専用機持ちでもある。訳あってしばらく一年の実習にヘルプとして参加することになった」

 出てきた名前は最近聞いたことのある、しかしとても意外なものだった。
 それもそのはず、昨日生徒会であがったばかりではあるが、確か彼女は停学中だったはず。

「ヘルプに参加させるかわりに停学期間を短縮させる、とかじゃない? 彼女も代表候補生だからなんらかの圧力が働いたのかも」

 横で同じく意外そうな顔をしていた楯無さんが自身の考察を教えてくれた。なるほど、そういうこともあり得るのか。確かに代表候補生ともなれば国家が絡んでくるしそういうことがあってもおかしくない。それに学園としても優秀な人材を使えるならそれに越したことはないだろうし。

「あー……ダリル・ケイシーだ。てかちっふー、なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだ?」
「……念のため確認しておくがそのちっふーとやら、よもや私のことではあるまいな?」
「あ、いや。お、織斑先生?」
「ふん、お前にも悪い話ではないんだ。大人しくヒヨッコどもに訓練をつけてやれ」

 聞いてた話に違わずなかなかに……男らしいな。というかちっふーって……。一応は学園一の問題児となっているケイシーさんを手なずけるあたりはさすが千冬さん、といったところか……。

「ったく、しゃーねぇか。お前らぁ、面倒かけんなよー」

 やる気が全く感じられない臨時ヘルプに千冬さんは嘆息しつつも、今日の実習内容について説明をする。今日は訓練機の起動を各自で行い、可能なら歩行~飛行までを行うらしい。

「西園寺、サファイア、更識。お前たちは今回の実習ではサポートに入ってくれ。これから班分けを行うからそれぞれ割り振られた生徒の補助をしろ」

 僕ら三人とケイシーさん、それに山田先生を加えた五人で行うことになった。班分けの際に若干揉めた(具体的には何故か僕と楯無さんに集まった)けど、千冬さんの鶴の一声で出席番号順になった。
 僕は2組の生徒の一部を担当することになり、それなりにスムーズに進行できた。ただ、自分のクラスではある程度落ち着いてきていた、僕に向けられる何とも言えない視線が今は強く感じられる。
 他の班も概ね順調に進行しているみたいだ。ケイシーさんの態度が不安だったけど、遠目で見ていた感じだと、いざ実習が始まってしまえば丁寧に教えていたように思える。意外と面倒見がいいのかもしれない。

 午前中の実習が終了し、昼休みになった。僕らはせっかくなので、ということでケイシーさんを誘って昼食に行こうという話になる。

「ケイシー先輩、よろしければご一緒にお昼はいかがでしょうか?」
「あー? お前は確か最近あのいけ好かない会長をぶちのめしたっていう更識楯無か?」

 楯無さんが声をかけると、相変わらずの気怠そうな口調で応えてくる。そういえば前会長のことは何も知らないけど、ケイシーさんの口ぶりだと評判よくなかったのかな……? 今度楯無さんに聞いてみよう。

「はい、更識楯無です。既に新生徒会長として任命されてます。こちらの二人も生徒会のメンバーで」
「西園寺紫音です。よろしくお願いします、ケイシー先輩」
「フォルテ・サファイアッス~」
「お前らが噂の新入生どもか。もう一人の学年主席と……イタリアの代表候補生か。てかダリルでいいぜ、敬語も別に必要ない」

 ケイシーさん……ダリルさんは僕らを見ながら続けた。どうやら、楯無さんだけではなく僕やフォルテさんのことも知っているみたいだ。

「あら、じゃお言葉に甘えるわ。ダリル先輩」
「わかりました、ダリルさん」
「な、なんか初めて何も言われずまともに受け入れてもらった気がするッス……!? ウ、ウチは先輩にならついていけるッスよ!」

 一通りの自己紹介も済んで、ダリルさんも一緒に昼食を食べるのを了承してくれたのでそのまま食堂に向かうことになった。若干一名、ダリルさんへの好感度が急上昇してる気がするけど気のせいだろう。



「それがよぉ、どうせ停学してグダグダしてるなら授業の手伝いしろって、ちっふー……じゃなくて織斑せんせーに言われてな。期間短縮も考慮するからって言われて仕方なくな」

 食事しながら、手伝いに参加するに至った経緯を話してくれた。やはり楯無さんが予想してたように何かしらのやり取りがあったみたいだ。ただ口調は荒いものの、別に恨みがましく話している印象はなく何だかんだで受け入れているように思える。

「そもそもダリル先輩は何で停学に?」

 聞きにくいことをズバリと尋ねる楯無さん。確か他校の男子生徒に怪我を負わせたと楯無さん自身が言っていた気がするけど。

「いやな、街でこの学園の生徒がナンパされてたんだよ。別にそれくらいなら問題……まぁ無いとは言わないけどよくある話だが、腕を掴んだりちょいと強引になってきたから問答無用で後ろからはり倒したんだ」

 結局、そのまま周りにいた男の仲間も含めて乱闘騒ぎになり、そのすべてを病院送りにしたそうだ。女尊男卑の今の社会、女性が男性を傷つけた程度では大した罪にならない。まぁ、嫌な世の中ではあるのだけど、そんな世の中にあってもさすがにやり過ぎたらしい。学園側が一応は処分するということで話がついたとのこと。

「ま、やり過ぎたのは認めるが別に殺しちゃいねぇしいい薬になっただろ」
「全くだわ、むしろもう少しやってもよかったのでは?」
「お? 楯無、話が分かるじゃねぇか。気が合うな」

 何やら黒い部分で意気投合している二人。勧誘を見越して話を合わせてるのか素で言ってるのか……考えたくはないけど後者な気がする。だって楯無さんだもん。

「ていうか先輩IS無くても強いんスね~。それにISはISで学年どころか三年にも勝てるとか?」
「そりゃな。あの馬鹿会長が以前、グダグダと難癖つけてきたから思わずぶちのめしたことがあるんだが……まぁ、楯無があいつをどかしてくれてせいせいしたよ」

 爆弾発言である。というか、一応前会長は楯無さんが入学するまでは学園最強だったはずだからつまりダリルさんはそれ以上だったということだ。というか、ならなんで会長にならなかったんだろうか。

「えぇ!? んじゃなんで会長にならなかったんスか!?」
「えー、だって面倒じゃんか」

 ……ということらしい。まぁ彼女らしいのだろうか。というかそういう理由で会長にならなかったのなら生徒会入りは難しいんじゃないか?

「そういえば、ダリルさんは何か部活入ってるんですか?」
「いや? 面倒だからなんか適当に入部届だけ出して一回も顔出してないな。どこの所属になってるのかも忘れた」
「そ、その手があったッスか!?」

 いや、フォルテさん。見落としていた的な感動してるけどそれは真似したらいろいろまずいと思うよ。

「なるほど、ということはダリル先輩はいろいろ暇してるわけですね?」
「そういう訳だ。……まぁ、お前の言おうとしてることはある程度予想できるが、一応聞いておこうか。それがどうした?」

 楯無さん、ここで切り出すのか。まぁ確かにダリルさん相手だと後回しにしていろいろ回りくどいことをするよりは直接いったのほうがいいかもしれない。

「よかったら、生徒会に入ってくれないかしら? 人手不足なの、今」
「却下だ、そんな面倒なのやってられるか」
「あら、もちろんメリットもあるわよ? とりあえず学園に黙認してもらって部活無所属の件も正式に解決できるし、今の停学の件も口利きできるわ。それに、多少の問題を今後起こしたとしても私が生徒会長権限で握りつぶすわ」
「……ったく、お前もなかなかの悪だな」
「いえいえ、ダリル先輩にはかないません」

 どこぞの時代劇的なやり取りをしながら『くっくっく』と笑い合う二人。本当に気が合うみたいだ……、というか別にダリル先輩はそこまで悪いことしてないと思うんだけどノリがいいな。

「だがそれでも却下だ。面倒事は嫌いなんだよ」
「私にはむしろ、あなたが自分から面倒事に首を突っ込んでいる気がするけど? それに、生徒会といっても面倒な仕事というよりは問題が起きたときのヘルプ要員だと思って頂戴。つまり、今あなたがやっているようなことを、正式に生徒会で受け持つということよ」

 と、そこまで楯無さんが言い切ったところでダリルさんの雰囲気が急に変わる。今までの気怠そうな感じは微塵もなく、表情が引き締められた。

「……てめぇ、なんでそれを」
「ダリルさんもご存知のように、私は"更識"、それが答え」
 
 今までダリルさんが関わった事件にどうも表沙汰にできないものがあって、更識家がそれを掴んでいた、ということかな。そしてそれを生徒会が受け持つということは……一つしかない。亡国機業だ。

「なるほどな……いいだろう。だが条件がある」

 そのまま少しの時間、楯無さんを睨み続けた後に今までに無いくらいの迫力を込めて言葉を続けるダリルさん。僕らはそのまま無言で続きを促した。

「俺は自分より弱いやつの命令に従うつもりはない。だから楯無……俺と勝負しろ」

 また……波乱の予感がする。

 
 

 

第十話 地獄の番犬

 辺りは静寂に包まれている。これから始まる模擬戦を皆が固唾を飲んで見守っている。
 直前に行われた試合といえばクラス対抗戦だけど、どの学年もいまいち盛り上がりに欠けてしまっていた。ルール上それは仕方なかったかもしれない。いや、それ以前に行われた僕たちのクラス代表決定戦が盛り上がり過ぎたというべきか……。
 それだけに、彼女たちからすれば突然決まった好カードに興味津々だ。事実、午後の授業を使って模擬戦をまずは行うと千冬さんが告げた時には騒然となり、しばらく興奮が冷めやらなかったくらいだ。
 何せ、一人は二年生が誇る学年唯一の専用機持ちにしてアメリカ代表候補生。その上実力は生徒会長に迫るとの噂。そのダリルさんに一年生が挑むのだから興味がないはずはない。
 
 ダリルさんは既にISを展開させて、模擬戦が始まるのを待っている。彼女の専用機『ヘル・ハウンドVer2.5』は僕の月読と似た漆黒の装甲だ。ただ、全体的に薄めの装甲である月読とは対照的に彼女のヘル・ハウンドVer2.5はかなり厚めの装甲になっている。覆われている部分も多く、フルスキンタイプに近い。一年生組の専用機と違って、彼女のものは第二世代のため特殊兵器はなくシンプルなものになっているが、その分自分の戦い方に適した武装をインストールしていると思われる。さらに各国や、開発中の自国の第三世代のデータもフィードバックされているようで、基本スペックだけなら特殊兵器に比重を置きがちである一般的な第三世代を上回るほどになっている。



 今、そんな学園でもトップクラスにあたる人の相手をするべく対峙しているのが……。



 そう、僕……ってなんでこうなったの!? 楯無さんが相手じゃなかったっけ!

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「楯無……俺と勝負しろ」

 食堂で生徒会入りの条件として、楯無さんとの勝負を要求するダリルさん。先ほどまでテーブルを挟んで向かい合っていた二人だけど、今はダリルさんが身を乗り出しておりかなり至近距離で睨む形になっている。一方の楯無さんは睨み返すでもなく、表情を変えずにダリルさんを見つめている。
 ちなみに、今日は一日中実技演習がある関係上スーツを着たままでも行動しやすいように食事時間が他のクラスとズラされている。そのため僕らはスーツを着たままだし、周りには僕らのクラスと2組の生徒以外はいない。

「えぇ、いいわよ。確か次の授業の最初に専用機同士の模擬戦をやるって聞いたから、そこでできないか織斑先生に聞いてみましょう」

 楯無さんはあっけなく了承した。もともと模擬戦が予定されてたというのは初耳だけど、丁度いいといえば丁度いいのだろうか。
 その後は、会話もそこそこに各々の食事に集中した。……まぁ、僕らはもう慣れてるけど本来なら模擬戦みたいな激しい操縦が必要になるものを食後にもってくるのはどうなんだろう。一般生徒なら吐いちゃう気がするけど専用機持ちならそれくらい何とかしろということなのだろうか。千冬さんのSっ気をどうでもいいところで垣間見た気がする。

 その後、食べ終わった僕らはその足で一度千冬さんのところに行き事情を説明したところ、こちらもあっさりと許可が下りた。

「あぁ、もともとお前たちの模擬戦を生徒たちに見せるつもりだったから丁度いい。とはいえ、趣旨はあくまでヒヨッコどもにISとはどういうものかを見せることだからな。あまり張り切りすぎるなよ」

 どうやら模擬戦が予定されていたというのは本当のことらしい。でもこの二人がそんな授業に沿った模擬戦なんてやる訳がない……と思うんだけどどうなんだろう。それこそ生徒会入りがかかっているんだったら本気でやりそうだけど。それが参考になるならいいのかな。

 そのまま千冬さんと一緒にアリーナに向かい間もなく、授業が再開される時間となる。

「よし、では午後の演習を始める。午前のうちに全員がISを起動させ、ある程度は動かし大体の感覚は掴めたはずだ。次に、訓練次第でISがどこまで動かせるようになるものなのか、まずは模擬戦という形で見てもらう。既にこの中には1組のクラス代表を決める際の模擬戦を見ている者もいるかと思うが、実際に自分がISの操縦を経験をした以上ただの観客としてではなく、常に自分だったらどうするか、といった視点から見るように」

 確かに以前、僕らの模擬戦を見ている人がほとんどだと思うけど操縦経験のある人はあまりいなかったと思う。テレビで見るスポーツとかもやったことのない人と実際にプレイしたことのある人とでは見方もだいぶ変わってくる。
 僕も楯無さんの戦いを第三者として生で見るのは初めてだし、ダリルさんの戦い方も興味があるからこの模擬戦は生徒会入り云々は置いておいてもちょっと楽しみだ。

 そう思っていたんだけど……。

「よし、ではケイシーと西園寺、すぐに準備をしてアリーナに出ろ! あとのものは観客席側に移動しろ」
「え、私ですか……? 楯無さんではなく?」
「そうだ。更識は国家代表という立場上、模擬戦一つにしろ学園主導でやる以上いろいろ面倒な処理があるんだ。サファイアではまだ少しケイシーの相手は荷が重い。つまりお前しかいないわけだ」
「と、いうわけでよろしくね、紫音ちゃん」

 ……やられた!? あの満面の笑みとウィンクで確信した、楯無さんはこうなることがわかってたな。というか、ダリルさんはそれでいいのだろうか。

「まぁ、ほら。私は学園のラスボス的存在なわけだし? まずは中ボスの紫音ちゃんを倒してからじゃないと」
「……おもしれぇ。まぁ、もともとお前にも興味があったんだ。楽しませてくれるんだろ?」

 あぁ、なんか完全に誘導されてますよ、ダリルさん。そんなバトルジャンキーみたいな視線を僕に向けないで!? いや、確かにフォルテさんや楯無さんとの模擬戦はワクワクしたけど……あれ、もしかして僕もその気があるのか、いやいやいや。

「どうした! 授業中なんだ、早くしろ!」
「は、はい!」

 千冬さんの鋭い声が響く。どちらにしろ千冬さんに授業の中で指名された以上もともと拒否権はないんだけどね、楯無さんのいいように利用された感じがちょっと納得できない。うぅ、今度何かしらやり返してやる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ということで、目の前のダリルさんはやる気十分な訳で……。僕も現実逃避の回想から戻ってきて意識を切り替える。流れは変わったけど、僕が勝てば必然的にダリルさんは生徒会に入ることになるだろう。僕は楯無さんには負けているからね。
 とはいえ、僕が負けても次に楯無さんが日を改めて戦うだけだろうからリスクはない。なら思いきりやるだけだ。どちらにしろやるからには負けたくない。前回の模擬戦で気づいたことだけど僕はどうやら負けず嫌いらしいからね。

 相手は下手すれば僕が勝てなかった楯無さんクラス。少なくとも僕よりは確実に経験は上だろう。それに前回の模擬戦と違って、ヘル・ハウンドV2.5との戦闘シミュレーションはやっていない。ある程度の情報は知っているけど基本スペックくらい。
 一方、僕は前回の模擬戦で手の内はほとんど見せてしまっている。ダリルさんは試合を生では見てないだろうけど僕や楯無さんに興味を持っていたようだから映像データを見ている可能性は高い。となると正攻法では分が悪い。

『さて、授業ということもあるから私が時々生徒たちに状況などを解説する。気が散るとは思うが我慢しろ。それから無茶だけはしてくれるなよ』

 アリーナ全体に聞こえてくる千冬さんらしい有無を言わせぬ物言いに僕は苦笑する。忘れかけていたけど授業中だった。

『よし、では……はじめ!』

 スタートと同時、まずは距離をつめようどブーストを試みるがそれよりも早く目の前に弾幕が張られ遮られる。当てることを目的としたものではなく、明らかに僕が近づこうとすることを読んだ上での牽制だ。いつの間にかダリルさんの両手には長大な機関銃が二挺握られている。あれは確か、五九口径重機関銃デザートフォックス。

『いいか、第三世代型の開発が進んでるとはいえ未だ世界の主流は第二世代だ。そして第二世代を扱う際にまず重要になるのは武装の選択になる。今ケイシーが使用しているのも世界的にポピュラーではあるが、それ故に汎用性が高い』

 僕がダリルさんが作り出す弾幕を躱し続ける間に千冬さんの解説が聞こえる。気になってしまうのは集中できないのか、まだ僕に余裕があるからか。
 とはいえ、状況はあまりよくない。ダリルさんが操るデザートフォックスは一発一発の威力こそ低いものの制圧力が高い。しかも二挺を巧みに使い分け、一方は僕を直接狙いダメージを狙いもう一方で僕の動きを制限しくる。今は、ダリルさんの周囲に円を基本としつつ不規則に動き続けているからなんとか直撃は避けているものの、少しでも動きを止めたり不用意に近づこうとすれば一気に削られるだろう。

『ほら、どうしたー。逃げてるだけじゃ勝てねぇぞー』

 確かにその通り、このままじゃジリ貧だ。でも手はある。

 狙いは……。

「ここ!」

 弾切れの瞬間! ISの武装がいくら通常兵器に比べても優れてるとはいえ弾切れになればリロードが必要なことは変わらない。僕を狙っていたデザート・フォックスの掃射が一瞬止んだ瞬間に僕はブースターを少しだけ起動して一気に方向転換し、接近を図る。

『狙いは悪くない、だが……(あめ)ぇ!』

 彼女の声と同時に僕のすぐ脇を眩いばかりの光が横切る。一部が装甲を掠めたためバランスを崩したもののなんとか体勢を立て直しすぐさま迫ってきた弾幕から慌てて逃げる。
 何が起きたのかわからず彼女のほうを見ると、いつの間にか片手に見慣れない武装を持っておりそれも一瞬でデザート・フォックスに持ち直してしまった。既に両方のリロードは完了しているらしく、再び先ほどの状況に戻ってしまった。

『ちっ、まだ試作品だけあって精度は低いな。だが威力は十分そうだ』
『今のが高速切替だ。状況に応じて武装を自在に操れるだけでなくリロードの隙もほとんどない。これがどんなに有用か分かるだろう。高速切替とまでいかずとも、通常の武装の展開速度もどれほど戦況に影響するか理解しろ』

 高速切替(ラピッドスイッチ)か……。ただでさえ、二挺展開が厄介なのにそれぞれのリロードのタイミングをズラした上に他の武装で隙を補ってくる。切替の時間もコンマ1秒未満。それにあのレーザー兵器のようなものはまともに受けたらひとたまりもない。
 どうやら試作品のようだけど使うタイミングがうまい、今まで使ってこなかったのはもしかしたら単発でしか使えないのか多用できないのか。でも存在とその威力を知った以上、僕は警戒せざるを得ない。

 とはいえ、このままでは状況は悪くなる一方。
 もともと今の僕は近づかなければ戦いにならないんだから、多少のリスクは仕方がない。

 ならば、と僕は月読の唯一の武装である剣、ネームレスを呼び出し、それを……。

 ダリルさんに刃の先端を向けて投げつけた。

『なっ!』

 一瞬、意表をついたことで鈍った弾幕の隙を逃さずにブーストをフル稼働して一気に距離を詰める。先ほどのレーザーでネームレスごと焼き払われたらそれで終わっていたかもしれないが、それをしないところを見るとどうやらもう使えないみたい。すぐさまネームレスはダリルさんのいた位置に到達するが、それをダリルさんはギリギリで躱す。しかし、既にそれに追いついた僕はそのまま避けられ、意味を成さなくなるはずだったネームレスを掴み直し腰を捻りながらそのまま横に薙ぎ払った。ギリギリで避けていたため、これなら必中のタイミングのはず!

「はあぁ!」
『ちっ』

 でもそれも何かに阻まれ勢いを失い、金属同士の激しい衝突音が響き渡る。そのまま切り払おうとも思ったが拮抗してしまい、つばぜり合いのような形になってしまった。その際に何で止められたのかが目に入る。ネームレスの一撃を防いだのはダリルさんの装甲と同じ漆黒の二挺の拳銃だった。銃身が長く、特徴的な形をしている。生半可な武装だったらそれごと切り払うことができたはず、何か特殊な武装なんだろうか。でも、このままブーストをかけて押し切れば一瞬とはいえ出力では上回るはず。

『ヘル・ハウンドの別名知ってっかー? ブラックドッグ、地獄の番犬……そして』

 このまま勝負を決めようとする僕に対して、静かに語りかけてくるダリルさん。それに応じる余裕もないのでそのまま一気に押し込もうとした刹那、血が凍るような感覚が全身を駆け巡る。

『ケルベロスだ』

 次の瞬間、直前までの意志とは逆に背後に向かってブーストをかけ少し距離を取ってしまう。だがその直後に全くの死角だった下方から、何かが目の前を通過した。すぐさまその方向に目を向けるとそれは……脚! 気づいたときにはブーストで距離を詰めながら勢いを増した踵が襲ってくる。
 なんとか体勢を立て直して僕はネームレスでその踵落としを防ぐが、それすらも読んでいたらしいダリルさんはネームレスを踏み台に跳躍しそのまま僕を飛び越え、反転しながら僕の背中へと二挺の拳銃を一気に撃ち放つ。彼女が飛び上がる勢いで体勢を崩された僕にそれを躱す術はなく、そのまま背後から射撃を受けてしまった。

「くぅっ……!」

 一気にシールドエネルギーが削られ、衝撃が襲ってくるが背後を取られた以上立ち止れない。すぐさま体を回転させると同時にネームレスで薙ぎ払うものの、ダリルさんは先ほどと同じように間合いを詰めつつ銃身で防ぎ、再び下方からの蹴りが襲ってくる。僕はこれも同じように後方に躱すと、やはり踵落としへと続くが同じ攻撃を二度喰らうつもりはない。すぐさまダリルさんに向かってブーストをかけ直しつつネームレスをストレージに戻す。急反転によるGが体を襲うが、気にしていられない。
 腕をクロスし、できるだけ足の根本で受けて踵落としを防ぐ。勢いがつく前に根本で止めることでダメージを最小限に抑えつつ先ほどのように背後に回られるのも防ぐ。すぐさま僕は横から彼女の腹部に向けて蹴りを放つ。これはダリルさんの肘で叩き落とされるものの、勢いを完全には殺されなかったのでそのまま片足に刺さり体勢を崩すことができた。畳み掛けるべく腕で受け止めていた脚を掴みあげて地面に叩き付ける。
 追撃をかけようとするが、先ほどのダメージからすぐには動けずダリルさんに体勢を立て直す隙を与えてしまう。一方の彼女も立ち上がりつつも銃口をこちらに向けるにとどまり、2mほどの間隔を地上でおき向かい合う形になった。

『っつぅー、格闘戦には自信あったんだがなー。対応早いじゃねぇか』

 若干の距離を置いたことでダリルさんの今の状況を改めて確認することができた。いつの間にか彼女の脚部の装甲が変わっており、脛や甲の部分は刃のように、つま先と踵部分は切っ先のように鋭い。恐らくあれは二挺拳銃と同じ、一連の武装なのだろう。

「なるほど、二挺拳銃による近距離格闘射撃に加えて足技による一人三位一体攻撃。さながら三つ首を持つケルベロスというわけですか。かなりアレンジが加わってますがガン・カタというものですか?」
『ち、よく知ってるな。俺の国にあった映画が元なんだが、まぁ足技加えたせいであんま原型残ってないけどな。そんでこいつらが俺の相棒のハデス』

 そう言いながらダリルさんは両手に持つ拳銃を少しだけ上げてアピールする。もちろん銃口を逸らすような愚行はしてくれない。

『あー、お前たち。一般的なIS戦においては火器類による戦闘メインになるが先ほどのように剣術はもちろん徒手空拳による近距離戦はいざというときに役立つ。これらはIS関係なく日頃の鍛錬が重要だ。……それからケイシーの真似はしようとは思うなよ、参考にならんぞ』
『……酷い言いぐさだな』

 気のせいか呆れも含んだ千冬さんの解説にダリルさんが肩を竦める。確かにガン・カタって派手でカッコいいんだけどあくまで架空の武術だし実戦的かと言われると首を傾げたくなる。でも彼女のそれはIS独自の空間戦闘と足技を加えることで、新しい武術にまで昇華にしている気がする。

『さて、水を差すようで悪いがそろそろ時間も押している。5分以内で決着をつけろ』
『だ、そうだ』
「こちらは先ほどの攻撃を受けてシールドエネルギーも残り僅かですからね。元よりそのつもりです」

 序盤に削られた分とさっきの直撃が痛で僕のシールドエネルギーはほとんど残っていない。

 だから。

「次で」
『終いだ!』

 ダリルさんが待つハデスから眩いばかりの光が放たれる。
 刹那、僕はネームレスを自分の正面に、剣の腹を相手に向けて呼び出して地面に刺すことで盾にすると同時に自分の姿を隠す。銃撃を防いだ僕はそのまま一気に仕掛けるべくブーストをかける。

『ち、右か左か……』

 目晦ましとなるネームレスの左右どちらかから出てくると警戒しているダリルさんに対して、僕が選んだのは……上! ネームレスを飛び越えながら掴み直しまずは垂直方向にブーストをかけ直して勢いを増した踵落としで頭部を狙う。

『くっ、人の得意技を……真似するな!』

 左右にそれぞれハデスを構えていたダリルさんは上から迫る僕に気づき、そのままハデスを交差させて踵落としを受け止める。そのまま弾き返されそうになるが、各所のブーストを使い分けて上半身を捻りながら側面
に回り込み、ダリルさんの背中を蹴り飛ばす。数メートル先の地面にぶつかり、止まるものの体勢が崩れている。狙うならここしかない!

「これで終わりです!」

 イグニッション・ブーストをフルに使いながらネームレスを構え、最大加速の突きを繰り出しコンマ数秒の内にそれはダリルさんに到達する。そして、これで勝負は決した。

『そこまで!』
『……大したもんだ』
「ありがとうございます」

 千冬さんの試合終了の合図に続くダリルさんの言葉に僕は素直にお礼を返す。

 ネームレスの切っ先は、ダリルさんの胸元の……。

「でも……届きませんでした」

 ハデスの一つに防がれた上でもう一つのハデスの銃口は僕に向けられ、そこから発せられた射撃は僕の残されたシールドエネルギーを削りきっていた。その時点でエネルギー残量は0となり僕の敗北が確定する。

『いや、届いていたぜ』

 ダリルさんがそう言うと、ネームレスを防いでいたハデスが砕け散る。どうやら耐久力の限界を超えていたようだ。

『ったく、防御用の盾も兼ねてるからそうそう壊れるようにはできてないんだがな。ま、ケルベロスの首の一つが堕ちたんだ。だからまぁ……引き分けだな』

 はぁ、こんなとこまで。本当にこの人はカッコ……つけすぎでしょう!? 引き分け? こっちはシールドエネルギー削りきられているんだからどんなに言い繕っても負けだよ!
 あぁ、なんか良いこと言ったみたいなドヤ顔しているけど……ツッコまないよ、だって楯無さんが観客席から我慢しなさいって視線で訴えかけてきてるのがわかるもん。わかるよ、このまま僕と引き分けにすれば僕に勝った楯無さんはダリルさんより上ということなる。つまり生徒会入りまで自然に繋げられる。

「ダリルさんがそう仰るなら……そういうことにします。納得はできませんが」

 だから僕は受け入れつつも、今の心境を素直に言葉にする。ダリルさんが悪い人じゃないのはわかってるからいっそのこと正直に話したほうがいいだろう。

『ははは、お前も相当な負けず嫌いだな、気に入った。いいぜ、生徒会に協力してやるよ』

 その言葉を聞いた楯無さんが満面の笑みで僕にサムズアップしているのが見えた。
 この二人……卒業までに絶対に一度は負かせてみせる……。

 そう決意した僕だけど、この時僕にとって学園に通う意義がまた一つ増えたんだということに気付いたのはそれからずっと先のことだった。



「ダリル先輩、カッコよかったッス……!」

 結果的にダリルさんの生徒会入りが決まったことで、放課後に簡単ながら歓迎会を行うことになった。急なことだったが準備などは虚さんがしてくれてた。
 今はさっきの模擬戦の話題が出ている。ちなみにあの模擬戦は映像が残されていて、他のクラスの実習のときも教材として使いまわしするらしい……はぁ。
 
「あぁ、そういやお前も遠距離じゃ二挺拳銃使ってるんだったな。近距離じゃ持ち替えてたみたいだけど」
「あ、試合映像見てくれたんスか? そうなんスよ。もしあんな戦いかたができればウチの特殊兵器とも相性がよさそうなんで憧れるッス」

 この前からなんだかフォルテさんがダリルさんに懐いてる。頼りになりそうっていうのもあるのかな、気持ちはわかる気がする。

「紫音ちゃん、ご苦労さま。おかげで上手くいったわ」

 そう言いながら楯無さんは労ってくれる。その手で小気味いい音を立てながら扇子を広げそこには『見事』の文字が書かれていた。……何種類持っているんだろう? というか、よく都合よく状況に合う文字の扇子を持っているよね。
 まぁ、こうやって楯無さんが褒めてくれるのは素直に嬉しいけど、とはいえ……。

「全て楯無さんの思い通りの展開のようでなんだか釈然としませんが……」
「あら、なんのことかしら」

 やっぱり今度何かしらやり返そう、うん。

 その後僕らは虚さんの紅茶に舌鼓を打ちつつ談笑を続ける。ちなみに、ダリルさんの役職は会計監査ということになった。これもフォルテさん同様、名目上のものなので実務はほとんどなく緊急時のヘルプ要員という扱いだ。その後、簡単な食事を虚さんが出してくれたのでみんなでそれを今日は夕食替わりということにした。その後ある程度の時間を経て解散となった。僕と楯無さんはそのまま一緒に部屋に帰る。

 少し話をしようかと思ったけど、シャワーを浴びてすぐに急激な眠気が襲ってくる。模擬戦のせいで疲れているんだろうと思い、そのまま眠気に身を任せてベッドで眠りについた。

 明らかに疲れとは違っていた自分の体の違和感に僕は最後まで気付かなかった。


 

 

第十一話 紫苑と紫音

 まるで鏡を見ているようだった。目の前にいる存在は、僕と同じ髪、同じ顔、同じ姿を持っている。
 しばらくして、それは鏡などではないと思い至る。なぜなら、彼女の僕に向けられた瞳に何の感情も宿っていないから。まるで、物を見るような、興味のないものを見るようなそんな目だった。

 それを見て僕はすぐに思い至る、あぁ目の前にいるのは双子の姉の紫音だと。

 双子ということもあって、何をするにも一緒だった。でもそれは仲が良いという意味ではなく家が代々続く名家ということで同じ教育を徹底的に施していただけだ。物心ついたころにはそれは当たり前になっていたし、二人とも同程度にできていたので周りから優劣がつけられることはなかった。

 一つ決定的に違うことは、僕の周りには人がいなかったことだ。
 外で遊ぶようになると、僕が誰かと友達になろうとしたころには紫音が先に友達になっていて気付けば友達になってくる人がいなくなった。この頃から僕は歪んでいたのかもしれない、一緒に遊ぼうと言えばよかったのに、家からなんでも同じものを与えられる僕は紫音と一緒の友達を持つことを無意識に避けていた。
 しばらくは誰かと友達になれるかもしれないと努力もしたが、繰り返すうちに僕は諦めてしまった。気づけば独りでいることが好きになった、好きだと思い込もうとした。

 束さんとあの公園で出会ったのはそんな時だ。
 僕が彼女に話しかけたのは偶然だ。なんとなく独りで必死に何かをする彼女が気になっただけだ。でもその出会いから全てが変わった。

 その後、すぐに小学校に通うようになったけどそこで取り巻く環境は変わらない、いやむしろ悪化したと言える。僕も紫音も一般的な日本人とは決定的に異なる外見だった。既に入学前から友達がいた紫音は受け入れられていたが、独りでいることが多かった僕は避けられていた。
 
 そして入学から間もなく起きた、ある事件からそれはより顕著になっていく。
 そう、『白騎士事件』。それ以降、紫苑()紫音()は今まで以上に決定的に違う存在として分けられた。徐々に女尊男卑にシフトする世の中に合わせて、いやそれ以上の速さで僕に対するあたりは強くなっていった。紫音はそれを止めることはない。いや、興味すらなかったと思う。その場に居合わせてもこちらを気にする素振りすら見せなかった。

 当然のようにSTCは倉持技研と並んでIS開発に日本企業の中でもいち早く着手し、それゆえ早い段階で紫音にIS適性があることも判明した。その時から僕の西園寺家内での価値も急速に失われていく。

 でも僕は気にしていなかった。

『しーちゃん、ごめんね』
『なにが?』

 何故なら、束さんに出会えたから。

『だってだって、私がIS作ったせいで男の子のしーちゃんが辛い思いするかもしれないよ?』
『? 束さんがいるから僕は気にならないよ。ISを使って空を飛んだり宇宙に行けないのは残念だけどね』

 そう言ったあと、また束さんが泣きついてきて大変だったな、と当時のことを思い出して思わず苦笑してしまう。女尊男卑になるきっかけともいえる白騎士事件には僕も無意識とはいえ関わってしまっていたのは皮肉なものだと思う。でもそれで束さんを責める気は全くなかった。
 この時には、もう僕は歪み始めていた自覚はある。辛くなかったと言えばうそになるけど次第に周りの興味のない人達のことは気にならなくなった。今にして思えばこれも束さんの影響を受けていたのかもしれない。

 ふと、昔のことを思い出しながら目の前にいた紫音に意識を戻すと、さっきまでとは違いにっこりと笑っている。おかしい、こんな紫音は見たことないはず。ないはずなんだけど……僕はこの顔を知っている、しかもつい最近も見た気がする。

『……ん。……んくん』

 この声は……楯無さん?

『紫苑君!』

 あぁ、そうか。とその時僕は気づいた。今目の前にいるのは紫音じゃない、僕だ。
 紫音は確かに、あんな冷めた目をしていたけど僕もそうだったんじゃないか。でも、今は違う。束さんに会い、この学園でも楯無さんに……フォルテさんに……いろんな人に出会うことができて、今の僕はこんな風に笑えているんだ。
 なら、紫音はどうなんだろう。倒れる前は笑えていたのだろうか。友達と遊んでいるときも、仮面のような笑顔を見せても彼女の目は変わらなかった気がする。そして、僕は彼女のことをどう思っていたんだろう……。
 そう、考えようとした瞬間、目の前の紫音()はガラス細工のように砕け散った。同時に僕の意識が急激に覚醒していくのが分かる。



「紫苑君、大丈夫?」

 目を開けると、僕のことを心配そうに見下ろす楯無さんの顔が見えた。

「たて……なしさん?」
「あなた酷くうなされてたわよ? それに汗びっしょりじゃない……。昨日からなんだか体調悪そうだったし、ちょうど今日は休みなんだから、汗拭いたら着替えてもう一度寝なさい」

 確かに汗で服が貼り付いて気持ちが悪い。どうやら相当うなされていたようだ。昨日の疲れも溜まっていたんだろうか。……それにしても久々に姉のことを思い出すような夢だった。まだ少し体も怠いし、楯無さんの言うように汗拭いたあとに着替えてもう少し寝てよう。

「うん……ありがとう」
「ど、どういたしまして?」

 楯無さんのほうを向いて、自然と夢で見た紫音(自分)の笑顔を思い浮かべながらお礼を伝えたら何故か疑問形で返された上に顔を逸らされた。よくわからないけどちょっと傷つく。でも僕は心配してくれたことに加えて、名前で、紫苑と呼んでくれたことが嬉しかった。この学園でいる限りは僕は(紫音)の名で呼ばれる。ましてや紫音の夢を見た直後にその名で呼ばれたら少し気分が落ち込んでいたかもしれない。でも、今は楯無さんのおかげか少しすっきりした気分だ。

 しかし、その直後に僕の携帯が鳴る。まだ朝も早いこの時間にかけてくる人は僕の知り合いでは少ない。束さんだろうか、と思い手に取ってディスプレイを見ると、そこに表示されたのは父の名前だった。
 入学から今まで全く連絡がなかったのになんだろう、と思いつつ電話に出ると聞こえてきたのは聞きなれたいつもの父の声ではなく、淡々としたものだった。

『紫苑か?』
「うん、どうしたの?」
『時間がないから要点だけ言うぞ』

 その声には全く感情が込められておらず、どこか事務的だ。自分の記憶にある父の声とは違和感がある。

『紫音が死んだ』
「……え?」

 しかし告げられた内容は僕にとって全く予期せぬものだった。

『だが、やることは変わらん。表向きは紫苑が海外留学中に事故死したということになる。処理は全てこちらで行う、お前はそのままIS学園に通え。いいな』
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」
『また追って連絡する。くれぐれも勝手に動くな』
「待って、父さん、父さん!」

 しかし、父はそのまま電話を切ったのか僕の耳にはただ電子音が響く。
 姉の突然の死。確かに原因不明の病と聞いていたけどすぐに死ぬようなことはないとも聞いていた。それがこんなに急に死ぬ事になるなんて。そして、父がそれを隠すような指示を出したのも僕には衝撃だった。父は僕が紫音の代役として入学することを心苦しく思っている、そう思っていた。何故なら西園寺の家の中で唯一の味方は父だけだと思っていたから。
 でも、今の電話からはそんなものは微塵も感じることができない。

「紫苑君!? どうしたの?」

 電話の内容から何かあったと悟ったのか、再び心配そうに僕の元に楯無さんがやってくる。目の前にいるのは、この学園で事情を知る数少ない人間。混乱している僕は縋るような思いで話してしまった。

「そう……お姉さんが……。そしてあなたはこのまま学園に通うことを強要されるわけね。正直な話、私としてはそれは助かるのだけど、あなた自身はどうなの?」
「僕は……どうしたいんだろうね。父のことも正直考えられないし、何より紫音が……姉が死んだっていうのに何の感情も湧かないんだ。悲しいとも何とも……思わないんだ」
「紫苑君……なに……言ってるの? ならあなたは何で……泣いてるの?」
「え?」

 楯無さんに指摘されて目元を指先で拭うと、確かに湿っていた。そのあとも止めどなく目から何かが流れてくるのがわかる。

「泣い……てる?」
「あなたはお姉さんに対していろんな想いがあったと思うけど、やっぱり心の底では大きな存在だったんじゃないかしら? それにお父さんのことも……。泣けるときに泣いておきなさい、でないと……辛いわよ」
「う……ぁ……あぁぁ」

 自分が泣いていると自覚した瞬間、一気に感情が溢れてきた。僕は悲しかったんだ、でもそれに気付かなかった。決して姉のことは好きではなかったけど、いなくなって悲しいと思える存在だった。それが嬉しい反面、手遅れであることが余計に絶望感を掻きたてる。もっと彼女と話していればよかった、そんな後悔が止めどなく押し寄せてくる。それに耐えきれずに僕は崩れ落ち、声を出して泣き続けた。いつの間にか近くで支えてくれた楯無さんに縋りつきながら。



 どれくらい時間が経ったのだろう。しばらく楯無さんに付き添われて泣き続けた僕は、少しずつ気分が落ち着いてくると、楯無さんの腕に覆われている自身の現状に気づき慌てて離れた。それを見た楯無さんは苦笑しながらその場を静かに離れる。近くの椅子に座って放心していると、楯無さんがコーヒーを入れて戻ってくる。
 
「落ち着いたかしら?」
「あ、あの。……ごめん。あと、ありがとう」

 なんとなくさっきまでの状況を思い出して気恥ずかしくなり、謝ってしまう。そんな僕の様子を見て再び楯無さんは笑みを浮かべる。

「ふふ、なら出世払いね、働いて返してちょうだい。私の胸で泣いた人間なんて数えるほどしかいないんだから、高いわよ?」

 落ち着いた僕に安堵したのか、楯無さんは少し茶化しながらそう言ってくれた。その中に彼女の気遣いのようなものが見えて嬉しくなる。

「それは……大変だね。学園から離れられない理由が増えちゃった」

 学園を辞めて西園寺に逆らっても、今の僕には何もなくなるだけだ。なら、少なからず居場所のあるこの学園生活を続けるのも悪くない。いや、誤魔化すのはやめよう、僕はまだこの学園に居続けたい。自分を偽り、過ごした時間は短いけれどそう思えるようになった。



「ん、紫音どうしたんスか? なんか元気ないッスよ」

 楯無さんと話して少しだけ気持ちの整理がついたあと、とても寝る気分にはなれなかったので楯無さんと食堂に向かった。そこでフォルテさんとフィーさんにも会ったので一緒に朝食をということになったんだけど……。

「そ、そうですか?」

 自分では大分気分は落ち着いたと思ったけど表情にでも出ていたのかな。それともフォルテさんが鋭いのか。弟が死んだ、という対外的な事実になる話をすればいいんだろうけど……気分的に避けたいしこれからの事がハッキリ決まってない以上それを言っていいのかも微妙だ。

「ん~? なんかいつもと様子が違う気がするッス。あ、もしかして紫音も昨日の虚先輩の料理食べ過ぎてお腹壊したんスか!? いや~、ウチも食べ過ぎて昨日は大変だったんスよ。ウチが言うのもなんだけどだめッスよ? 次の日まで影響が出るまで食べ過ぎてトイレ「フォルテちゃ~ん?」……へ?」

 何か勘違いしたのか、同族を見つけて喜んだのか捲し立ててくるフォルテさんに戸惑っていると、いつの間に移動したのか、僕の隣にいた楯無さんが僕とテーブルを挟んで対面にいたフォルテさんの背後に回り頭を鷲掴みにした。いわゆるアイアンクローだ。

「ちょ~っとお話があるの、いいかしら?」
「え、ちょ、なんで今なんスか!? しかも、あ、頭痛いッス。あ、楽しみにとっておいたプリン、せめてプリン食べ、あいたたたた」

 そのままフォルテさんは何やら黒いオーラを発散する楯無さんに引きずられながら食堂の外へと連れ出されていった。気遣ってくれた……のかな? なんかそれにしてはやり過ぎな感じもするけど。

「あ、あはは……何があったんだろう」
「ふにぃ、とりあえずお腹壊してるならこのプリンは食べていいですよねぇ」

 そう言いながらフィーさんはフォルテさんが楽しみにとっておいたらしいプリンを問答無用で食べてしまった。相変わらず容赦ないな、この人。というか、フォルテさんは別に何も悪くないのに……罪悪感が。

「うぅ、何かよく分からないけどひどい目にあったッス」

 フィーさんがプリンを食べ終わる頃には戻ってきたフォルテさん。何があったのか、精神的にぼろぼろになっている気がする。

(楯無さん……何したの?)
(別に何も? ちょっと食事中のマナーについてのお話ついでに今まで溜まってたお説教を、ね)

 な、何があったんだ……。説教の内容が気になるけど、なんとなくフォルテさんだといろいろあっても不思議じゃないと妙に納得しそう。

「ウチの傷ついた心を癒すのはもうプリンしか……ってないじゃないッスか!?」
「あふぅ、残されていたようでしたのでおいしく頂きましたぁ」
「いやいやいや、あんたも成り行き見てたッスよね!? ていうか何回目ッスか、ウチのプリン食べたのは! 冷蔵庫に名前書いて入れておいたのすら食べたッスよね!?」
「記憶にございませんよぉ」

 テーブルの対面では不毛な口論が繰り広げられている。フィーさん、常習犯だったのか……なら僕が罪悪感持つ必要ないか、良かった。いや、ごめん、楯無さんに連れて行かれたのはほぼ僕のせいか。

「うぅ、酷いッス。ウチに味方はいないんスか」
「フォルテさん、私ちょっと体調がよくないのでこのプリンどうぞ食べてください」
「い、いいんスか!? ありがとう、やっぱり紫音だけはやっぱりウチの味方だったッス!」

 あはは……、変に誤解されてしまったけどまぁいいか。隣で楯無さんが苦笑いしている。フィーさんはフォルテさんの剣幕もどこ吹く風、相変わらずのマイペースだ。フォルテさんは僕があげたプリンを幸せそうな顔で必死に食べている。

「ふふ……フォルテさん、ありがとう」

 そんなフォルテさんの様子やみんなとのやり取りを見ていたらいつの間にか朝の暗鬱とした気分がさらに晴れていた。やっぱり紫音のことは簡単に整理なんてつかないけど、やっぱり今の自分の居場所はここしかないのかもしれない。

「ん……何か言ったッスか?」
「いえ、なんでもないですよ」

 だから、僕は決めた。この学園生活を続けることを。そのためには千冬さんにも事情を話さないと。まだ楯無さんにバレたことも知らせていない。あとは束さんだね。西園寺の動向も片手間とはいえ調べていたみたいだから何か知っているかもしれない。

「ん、朝よりよっぽどいい顔になったわね」
「やっぱり、さっきまで顔に出てました?」
「いつも通りとは言えない程度にね、ちょっとは吹っ切れたのかしら」
「そう……だね。みんなのおかげかな」
「そ、なら私もフォルテちゃんをお説教した甲斐があったわ」
「それはどうかと……」

 相変わらずどこまで本気なのかよくわからない楯無さんの言葉に僕は苦笑いするしかなかった。



 朝食が済み、みんなと別れた後に僕は千冬さんのところに向かう。
 
「……なんだと?」

 楯無さんのことも含めて、全て話したところ予想通りというかちょっと怒った……というより呆れた感じで返された。

「はぁ、まったく。前にも言ったが少しは頼れ。今回は……まぁどういう意図か知らんが更識が協力的だからよかったが。何かあったとき私は知らなかったでは居た堪れないぞ。そんなに私は信用ないか?」
「いや、そんなことは……」

 確かに、黙っていたのは良くなかったかもしれない。千冬さんが僕が男であることを認識している以上、悪い言い方をすれば千冬さんは共犯者でもある。もし僕の存在が公になれば、もちろん学園へ紫音として通っている云々の件もあるけどそれ以上に初の男性操縦者を隠匿したということで下手したら世界中から罪を問われる。
 今さらながらにその事実に気づき、僕は自己嫌悪に陥る。よくよく考えたら、いや僕の考えが足りなかっただけなんだけど、今の僕に関わった時点で千冬さんにはこれ以上ない迷惑をかけてしまっている。今更心配をかけたくないなんてどの口が言えるのだろう……。

「ごめんなさい」

 ならもう少し僕は人に……千冬さんに甘えてもいいのかな。

「ふん、分かればいい。子供が大人に変な気を遣うもんじゃない。それで、今後はどうするんだ? たとえお前の家が何と言おうとお前自身にその気がなければどうとでもなる。最悪、男性操縦者ということを明かし、紫音の弟として再入学することも……まぁ、可能だろう。西園寺家が何か言ってくるかもしれんがIS学園にいる以上は手出しはさせん」
「確かにそれは可能かもしれないけど、現実的じゃないよね。あまりに多くの人に迷惑がかかるし……それにまだ僕は父さんの真意がわからない。それも確かめたい」

 それに紫音のことも……。

「そうか、ならこのまま今まで通りだな。だが、注意しろ。正直、西園寺家が何を考えているのかわからん。今後、何かしらの干渉がある可能性もある。お前の実家のことを私がとやかく言う立場ではないが、一応な」
「うん、わかった。ありがとう」

 ふと、思った。千冬さんは何で僕のことをここまで面倒見てくれるのだろう。束さんを通して出会ってから少なからず交流はあったけど、それでも束さんに比べれば僅かだ。束さんから頼まれたというのもあるかもしれないけど、それだけでこんな危ない橋を渡る理由になるのだろうか。
 ……考えてもわからない。どうせ今の僕には彼女の好意に甘えるしかないんだから。でも、いつか恩は返したと心から思う。
  


さて、最後に一番厄介な束さんが残った……んだけど。正直どういう反応されるか予想がつかないからなぁ。とりあえず連絡してみよう。

『はい、こちら束様の研究所。というよりここに連絡できる方は限られているのですがどちら様でしょうか』

 ……ん? 束さんではない? 聞いたことのない声だ。ずっと一人で潜伏しているのだと思っていたのだけど違うのだろうか。

『あの?』
「あ、ごめんなさい。えっと、西園寺といいます。束さ『しーちゃーん!』ん?」

 覚悟していた以上の予想外の出来事に呆けていたら、相手がこちらを訝しむような声をあげる。引き戻された僕は慌てて名前と用件を伝えようとしたら聞きなれた声が割り込んできた。

「束さん? さっきの人は?」
「今のはくーちゃんだよ?」
「くーちゃん?」

 自分の用件より、先ほどの未知の人物に興味を持ってしまった僕は思わず束さんに尋ねるものの、出てきた名前はやはり知らないものだった。これが束さん以外なら僕もそれほど気にしないのだけど、なんたってあの束さんだ。身内と一部の人間……というか僕と千冬さん以外と話しているところを見たことがない。千冬さんによると、千冬さんの弟さんともしっかりと話はするらしい。
 つまり、それ以外の新たに束さんのテリトリーに踏み込んだ存在、ということになる。最初は束さんの妹さんかとも思ったけどそれにしては変だったし、たしか箒さんという名前だったはずだ。くーちゃんとは呼びようがない。

「うん、くーちゃんはくーちゃんだよ!」

 相変わらずよくわからない。でもこのままでは話が進まないのでまずは自分の用件を終わらせよう。その、くーちゃんという人について興味は尽きないけど、また後日でもいいし機会があれば会うのもいいかもしれない、相手がどれほど僕の事情を知っているかによるけど。

「そっか、また詳しい話は後日ということで、よろしく言っておいてね。それで電話した用件なんだけど……」
『ん、西園寺の件かな。えっと、なんだっけ。君のお姉さん? ドイツの病院にいたみたいだけど、二三日前に急に消息が掴めなくなったと思ったら今朝にいきなりしーちゃんが死んだって情報にすり替わってたよ?』

 どうやらこっちの用件もわかっていたらしい。でも妙だな、これだけすぐに束さんが情報を掴んでるということはそれなりに監視していたということだし。というかドイツにいたというのも初耳だけど……それはさておき、その監視を掻い潜ってそんなにすぐに情報操作なんてできるものだろうか。あらかじめ準備されていた? それに消息が掴めなくなったのが二三日前というのも気になる。

「そう……か」

 いろいろな考えが頭を駆け巡り、僕はそう呟くしかできなかった。

『う~ん。でもちょっとおかしいよね。しーちゃんのところには今日死んだって連絡がいったんだよね。ドイツで入院してたのは確かなんだけど……あは、まぁ別にどうでもいいか、しーちゃんが生きてるなら問題ないし』

 束さんも同じような考察していたようだけどどうやら途中で興味を失くしたようだ。

「ん、考えすぎても仕方ない、かな? それでまぁ、結局学園生活を続けることになっちゃったんで一応報告のために連絡したの」
『そっか、ありがとね! ところで西園寺はなんか言ってなかった? もししーちゃんの害になるなら言ってくれれば潰すよ? 物理的にでも社会的にでもお好きな方で!」
「いや、一応僕の生家なんで……とりあえず穏便に。でも、何かあった時は……また甘えさせて」

 気持ちは嬉しいけど物騒なのは勘弁で……。

『し、しーちゃんが甘えさせてなんて……!? 束さんはいつでもオッケーだよ! だからドンといらっしゃい!』

 なんか言外にいろいろ含みがありそうな気がするけどこの際気にしないことにしよう、そうしよう。

「あ、ありがとう」
『あ、今度くーちゃん連れて遊びに行くからよろしくね、それじゃ!』

 そういうと束さんは一方的に通信を切ってしまった。

 ……え? 

 

第十二話 来襲

「さて、いよいよ学年別トーナメントの時期が近づいている訳だが……」

 一日を締めくくるSHRで、千冬さんがもうじき開催されるトーナメントの概要を説明している。でもいつもの凛とした立ち振る舞いとは程遠く、その表情はやや引き攣っている上になにやら心労が垣間見える。
 学年別トーナメントは、前回僕が参加したクラス対抗戦とは違い全員参加だ。そのため、一週間という長期に渡り開催される。一年は入学から僅かな期間の訓練における先天的能力評価、二年は継続的訓練による成長能力評価、そして三年はより具体的な実戦能力を評価する。特に三年の場合、卒業後を見越して各国や企業の重鎮やスカウトが顔を出すこともありかなり大がかりなものになるとか。
 そういった背景もある、IS学園でも最大級の行事だから千冬さんがそんな様子なのも不思議ではないのだけど、僕にはそれ以外の理由がわかっている。というより、現在進行形で僕も頭を悩ましているものだからだ。

「あー、なんと今回のトーナメント期間中にIS開発者である篠ノ之博士が視察にくることが決まった」
『ええぇぇーー!』

 そう、先日の予告通り束さんが来るらしい。しかもどういう訳かこっそりではなく公式ルートを使って。当然、千冬さんの口が出たその意外すぎる名前にクラス中が騒然としている。公式発表されるみたいだから、すぐにでもクラスどころか世界中が騒然とするだろうけど。
 というかですよ、あなた国際的に指名手配されてますよね!? いや、まぁ犯罪者としてではなく名目上は保護目的のような感じにはなってるけど。
 学園に何らかの見返りを渡して、ということだろうか。IS学園は一応はどの国家に帰属していないことになっているから引き渡し要求なども拒否できることはできる。とはいえそれはあくまで建前で、拒否すればそれなりに国際的によろしくない立場になるだろうし、当日の警備の手間などを考えたら……。う~ん、束さんいったい何をしたんだろう……いや、彼女なら弱みを握っていたりして脅しててもおかしくない……か? うん、余計なことは考えないようにしよう。知らない方がいいことってあるよね。

「しかも、日程としては一年の試合期間中の可能性が高い。あまりお前たちを脅かすつもりはないが、必然的に例年以上に注目されることになる。つまりなんだ……頑張れ」

 ち、千冬さんらしくない……というより言葉の端々に諦めや達観のようなものが見えるんですが。いや確かに気持ちはわかるけどね。もし彼女が束さんと親交があることを知られているとしたら、束さん来訪関連の雑務を押し付けられているだろうことは簡単に想像できる。いや、下手をすれば束さんが半分嫌がらせで千冬さんを指名している可能性もある。
 ……時折、殺意すら感じる鋭い視線をこちらに向けてくるのは気のせいではないはず。ということは先日の通信で言ってたように僕が関係しているのだろうか、そしてそれを千冬さんも感づいているか束さんから聞いているのかもしれない。
 というか、自重してください千冬さん。その視線が自分に向けられたと勘違いしたのか後ろのフォルテさんが机をガタガタさせるくらい震えてますよ。チラッと後ろを見たら、彼女は小動物のようにプルプルしていた。そしてそれを見てる楯無さんも口に手をあてて悶えている。ただし、こちらは笑いを堪えているだけだ。うん、ごめんフォルテさん。そして楯無さんも自重してください。



「もう、フォルテちゃん可愛いんだから。後ろから見てて思わず笑いが堪えられなくなるところだったわ」
「いやぁ……何故かわからないけど命の危険を感じたッス……。というかなんで織斑先生はあんなに気が立ってたんスか?」
「さぁねぇ……どうも理由はそこの紫音ちゃんにあるようだけど?」

 SHRも終わり周りでは部活に行ったり部屋に戻ったりする生徒がいる中、僕らはそのまま席で先ほどの一幕について話している。

「えっと……私にも身に覚えがなくて……。でもあの視線は確実に私に向けられてましたね」

 さすがに束さんとの繋がりを大っぴらにはできないので話しようがない。楯無さんにもまだこのことは話していない。束さんの立場もあるし、楯無さんは信用できたとしても更識という暗部組織まで信用できるわけではない。でもまぁ、いずれバレる気はするけど束さんも黙っていてほしいと言っていたからこちらから話すのは避けるつもりだ。

 ……ん? というか束さん、自分ではああ言ってたけど実際に来たらところ構わず、たとえみんなの前であろうと声をかけてくる……どころか飛びかかってくる気がする。うん、その光景が簡単に目に浮かぶ、というかその光景しか想像できない。

「ど、どんしたんスか、紫音? なんか変な汗が出て顔も真っ青ッスよ……」
「な、なんでもないですよ?」

 うぅ……あれから話を聞こうと思っても一度も連絡つかないし、釘を刺しておくこともできない。こうなったらなるようにしかならないか。
 
「それにしても、あの篠ノ之博士が来るなんてどういう風の吹きまわしかしらね」

 そう言いながら僕の方をチラっと見る楯無さん。もしかしたら彼女はある程度、僕と束さんの関係を知っているのかもしれない。もしくは先ほどの千冬さんの様子で感づいたのか。

「今年は例年に比べて専用機持ちが三名と多いですし、現役国家代表までいるんですから元々注目度は高かったのでは?」
「あら、あの博士は身内以外には興味を示さないって話よ? ましてや彼女が他人の作ったISにそれほど興味を持つなんてあるのかしら」

 あぁ、あの表情はやっぱ知ってるな、だってニヤニヤしてこちらを見てきている。相変わらずといえば相変わらずだけど、この人に隠し事はやっぱりできないなぁ。

「そんな人が考えることなんて私たちにはわからないですね」

 フォルテさんもいる上にクラスメートが少なからず残っているこの場では話すこともできないので、それとなく楯無さんには後で部屋で話す旨を伝えてこの場は一度解散する。

「それで、紫苑君はあのトンデモ博士とどんな関係なのかしら?」

 部屋に戻るなり楯無さんはストレートに聞いてくる。こうなってはもう話すしかない。

「……年は離れてるけど幼馴染のようなものだね。彼女がちょうどISを発表する少し前に出会ってそれから交流が続いているんだ。よく開発中に意見を交わしたり、手伝いさせられたこともあるからね。男の僕がこの学園の専門授業にスムーズについていけるのはその時の知識が役に立ってるってわけ。それに家庭の事情とかも知ってるから、僕がここに通うにあたっていろいろと協力してくれたのも彼女なんだ。ほら、この胸とかも束さんが作ってくれたんだよ」

 さすがに白騎士事件のことまでは言わない、いや言えない。

「なるほどねぇ、どうりでオーバーテクノロジーだと思ったのよその胸。というか篠ノ之博士ってなんでもアリなのね。それにしても今や世界中がその居場所を探していて、家族すら彼女がどこにいるか知らないっていうのに、意外な手掛かりがこんなとこにいたなんてね」
「ん~、詳細は言えないけど彼女は居場所が常に変わるから僕もどこにいるかは知らないよ。でも専用回線があるから盗聴とか探知ができない状態での通信はできる。といってもここ数日連絡が取れないんだけどね、おそらく楯無さんの予想通り今回の来訪はいろんな意味で間違いなく僕目当て……というか愉快犯だと思うよ」
「あら、なんだか篠ノ之博士とは仲良くできそうな気がしてきたわ」

 やめてほしい、心底やめてほしい。楯無さんと束さんてどんな凶悪コンビですか。この二人を当日会わせたら強烈な化学反応でいろいろ厄介なことになりそうな気がする。うん、絶対合わせては、じゃなくて会わせてはいけない。



 それから数日後に千冬さんから呼び出しを受けることになった。内容は当然ながら、間もなくやってくる天災についてのものだ。SHRでの衝撃の発表から日に日に千冬さんがやつれていくのがわかる。

「さて、わかっているとは思うが束が来る理由はいろいろある……いやむしろあって無いようなものだろうが一番の目的はお前と、あとは面白半分だろう。こちらに一方的に押し付けたあと連絡が取れなくなってしまった。しかも、厄介なことに学園への申請まで行われており、公に知られることになってしまった……。以来、私は学園側からも本件を押し付けられて調整に奔走している訳だ」

 開口一番、ブツブツと愚痴が始まってしまった。というか危ないくらい目が据わっている気がする。間接的にとはいえ世界最強のブリュンヒルデをここまで追い詰めるとは。世界最凶は束さんということなのだろうか。シミュレータで一度も勝てたことがない千冬さんだけど、今なら倒せるんじゃないかと思うくらい疲れ果てている。

「試してみるか?」
「い、いえ、何のことでしょうか」

 こ、怖い! その目で殺気を上乗せしないでください! 

「えっと、いろいろごめんなさい」

 とりあえず、遠からず僕が原因なのは間違いないし申し訳ない気持ちもあったので謝罪の意だけは伝えておく。すると、千冬さんの表情もいくらか和らいでくれた。

「いや、お前もどちらかというと被害者だろう。当日はなるべく穏便に済ませたいものだがお前にも苦労をかけるかもしれん」
「うん、ありがとう。本来は束さんとの関係はあんまり大っぴらにできないんだけど、向こうがどういう行動に出るのか……」
「簡単に想像できるが今はしたくはないな」
「うん」

 その後は起こりうる問題について軽く話し合った。束さん来襲という共通の災難を持ったからか、少し千冬さんとの信頼関係が強くなった気がする。何だかんだ言っても彼女のことが嫌いじゃないという共通認識もあるんだろう。千冬さんは絶対認めないと思うけど。



 さらに数日が経ち、今はもう学年別トーナメント開始を翌日に控えている。しかし未だに束さんと連絡がつかず、どうやら学園側も対応を決めかねている状況だった。
 
「結局、連絡もつかないの?」
「そうなんだ、学園にも結局その後連絡がないみたいでバタバタしてるようだね。織斑先生が担当だから大変そうなのは分かったと思うけど」
「確かに、ここ数日心配になるほど疲弊している気がするわね」

 部屋に戻ってきていた僕と楯無さんは、自然と明日の学年別トーナメントのことと今や学園最大の関心事となっている束さんの来訪について話していた。

「一応、学園内では箝口令が敷かれて学外に漏らさないようにされているけど、もう主だった企業や国は掴んでるわね。更識が持っているいくつかの情報網にも引っかかってるわ」
「だろうねぇ、当日は変な気を起こす連中がいないことを祈りたいけど」

 千冬さんの話だと既に複数から身柄引き渡しの要求などがきているらしい。現状は全て突っぱねているとのことだけどその処理などまで押し付けられた千冬さんは堪ったものじゃないと思う。

「それに関しては学園のセキュリティを信じるしかないわね。まぁ、いざとなったら私たちも動くし」

 と、その時部屋をノックする音が聞こえてくる。

「どなたでしょうか?」

 時間も時間なので不審に思い尋ねてみるが返事がない。仕方ないので扉まで向かい、恐る恐る開けてみると……。

「やっほー、しーちゃん! 約束通り会いに来」

 何やら幻覚が見え、幻聴まで聞こえたので僕はそっと扉を閉めた。

「……紫苑君? 何か見てはいけないものが見えたような、聞こえてはいけないものが聞こえたような」
「何も言わないでください」

 現実逃避をする間もなく、扉が激しく叩かれる。同時に、扉の向こうから声が漏れ聞こえてくる。

「ひどいよしーちゃん! せっかく会いに来たのに追い出すなんて! ま、まさか同室の女とイチャイチャするから私を捨てるつもりなんだ、そうなんだ! 私とのことは遊びだったんだね、わーん!」
「誤解を招くことを叫び散らさないでください! とにかく入って!」

 束さんが部屋の中まで聞こえる声でとんでもないことを言い出したためすぐに部屋に扉を開けて部屋に引っ張り込む。……悪夢だ。これ、周りの人に聞かれてたら変な誤解されたんじゃないだろうか。今は部屋の外がどうなってるのかなんて知りたくない。

「むぅ、せっかく会いに来たのに冷たいんじゃないかな?」

 部屋に入った後もまるで悪びれる様子もなく、束さんはただ頬を膨らませていじけている。

「場所とタイミングを考えてよ! 一応は国際手配中なんだよ!? それに何で今まで連絡取れなかったのさ、一方的に用件だけ伝えて切っちゃうし!」
「えへへ~、驚かそうと思って」
「十分に驚いたし、心臓に悪いよ! それに千冬さんにも面倒押し付けて。死にそうになってるよ!」
「し、紫苑君。落ち着いて頂戴……」

 思わず束さんの肩を掴んでがくがく揺らしていた僕を後ろから楯無さんが宥めてくる。気が付けば束さんが頭をフラフラさせながら意識が飛んでいた。



 しばらくして、ようやく落ち着いた僕と復活した束さんは楯無さんが入れてくれたコーヒーを飲みながら話せるようになった。

「えっと、とりあえずこちらが同室になった更識楯無さん。前にも話した通り僕の事情を知った上で協力してくれているんだ。それで、こちらが篠ノ之束さん。まぁ、見ての通り個性のある人だね」

 楯無さんと束さんは初対面になるので、最初に僕からそれぞれを紹介する。楯無さんは先ほどの顛末を見ていたので若干苦笑い……というか引いてる感じがする。これくらいで引いていたらこの人とは付き合えないと思うよ。そして束さんは何故かエラそうにドヤ顔している。僕の皮肉を込めた紹介が褒められているとでも思ったのだろうか。

「初めまして、篠ノ之博士。更識楯無といいます。お会いできて光栄です」
「ふ~ん、君がしーちゃんを誑かしてるんだ~。でも渡さないよ! もし手なんか出したら……」

 何やら不穏な空気が。思わず冷や汗が出てしまう。でも何やら黒いオーラが出始めている束さんに対して楯無さんも一歩も引かずに相対している。

「あら、お言葉ですが篠ノ之博士は何か勘違いをされているようですね。確かに私は彼のことは気に入ってますが、それは今のような困った顔を見てるのが楽しいからというのもあります。私としては篠ノ之博士と彼がいっしょにいれば狼狽ぶりが堪能できそうで楽しみなのですが」

 ちょっと待って、なにその理由。聞き捨てならないんだけど。いや、別に僕を巡って対立とか期待していたわけでは決してない、決してないんだけどそんな理由で気に入ってると言われてどういう反応をすればいいのか。あれ、ちょっと涙が……。

「へぇ、わかってるね、君! しーちゃんのオロオロしてる姿ってかわいいよね! だからたまに悪戯したくなっちゃうんだよね~」
「そうですね、最近では男としてのアイデンティティが崩壊しかかっているのでそのあたりを突くと反応が面白いですよ」
「ふむふむ、なるほど。生の情報はやっぱり参考になるかな。ありがとう! えっと、たっちゃんでいいかな」

 や、やっぱりこの二人は会わせるべきではなかった……。というか束さん、天然だと思っていたのはもしかして実は全部わざとだったの? 楯無さん、そこは今僕が一番デリケートな部分なんでできればそっとしておいてください。このままじゃ人間不信になりそうです。
 なんだろう、あの束さんが僕ら以外を認識したのって初めての快挙だというのに素直に喜べない。

「しーちゃん、しーちゃん。しばらく見ない間に綺麗になったよね? これならいいお嫁さんになれるんじゃないかな~」
「……今はそっとしておいて欲しいな。立ち直れなくなりそう」

 さっそく得た情報を実戦しないでよ。ほんとに泣くよ? わかってて聞いてもダメージがあるのに、自然な流れで言われたら本当に立ち直れないかもしれない。

「あはは、本当だ。なるほどなるほど。暗部の更識の当主だからちょっと警戒してたけど君となら上手くやれそうな気がするよ?」
「ありがとうございます。私も篠ノ之博士に名前を覚えていただけたのなら光栄です。もちろん、私の目的の障害にならない限り、私から更識を通して情報を漏えいさせることなどもするつもりはありませんのでご安心ください。そしてその間は彼のことも守るつもりですし、場合によっては彼に協力してもらうことになると思います。今はそんなビジネスライクな関係ですね」
「ふ~ん、まぁそこら辺はどうでもいいかな。私やしーちゃんの邪魔しなければ。たっちゃんは確かに面白いけどしーちゃんとは比べられないからね、もし邪魔するようなら全力で潰すからね」
「ふふ、肝に銘じておきます」

 二人はなんだか仲良さそう(?)に談笑している。その様子は一見、微笑ましいのだけど話の内容はかなり物騒だ。なんだか束さんだけでなく楯無さんからも黒いオーラみたいのが漏れ出てる気がする。どこまで本気なのかもうわからなくなってきた。彼女からしてみたら今回の対面で束さんに認識されるに至ったのだから、実際に使えるかどうかは別として非常に大きな手札を得たことになるんだろう。どちらにしろ僕にとっては泣きたくなる状況なのは変わらないのだけれど。

「あれ、そういえば僕が連絡したときにいた女の人は?」

 以前、連絡したときに出ていた女性の声を思い出す。たしかくーちゃん? 通信を切る間際にその人と一緒に来るようなことを言っていたけど束さんは一人で来ている。

「ん、くーちゃんのこと? 今はお留守番なんだ。明日には来るよ?」
「その人は僕のことは知ってるの?」
「うん、いろいろお手伝いしてもらってるからね。しーちゃんが使ってる端末なんかもくーちゃんがお手伝いしてくれたんだよ!」

 どうやら知らないところでお世話になっていたらしい。なら明日来たときにお礼も兼ねて挨拶をしておこう。とはいっても、どんな人かも名前もわからないし束さんに聞いても満足な答えが返ってくるとは思えないから一緒にいるタイミングじゃないと難しいけど。

「そっか、なら明日会ったときにお礼がしたいから紹介してね」
「うん、わかった! それじゃ今日は一度帰るね~、ばはは~い」

 そう言うや否や急に煙のようなものが束さんの服から湧き出して一瞬であたりが見えなくなってしまう。気付いた時には束さんの気配が部屋から消えている。相変わらずデタラメな人だ。

「ごほっごほっ、言いたいこと言って帰っちゃったね、ごめん」
「こほっ、ふふ。面白い人ね、友人として付き合えるかはちょっと考えちゃうけど」
「あはは、そうだね。近すぎると大変さが勝るからあまりオススメはできないよ」

束さんは最初から最後まで僕らをかき乱したけれど、何故か後に残ったのは温かいものだった。彼女の在り方は決して万人受けするものではないけど、やはり僕は彼女のことが人間として好きなんだと思う。
 でも、彼女が出した煙が原因で火災報知機が鳴り、寮が大惨事になったことを許せるかどうかは別の話だと思う。
 
 

 翌日、学園は一年間でも最大級のイベントということで大賑わいとなった。例年では、各国・各企業の人間がやってくるのは最終日付近、三年の試合からなのだけど、今年ばかりは束さんの来訪が知れ渡り、あわよくば接触しようという人間で初日から大盛況だ。そのせいで会場の雰囲気は試合内容というよりも、束さんを探すことに重点が置かれてしまい、試合をする人間からしてみたらなんともやりにくい。

「私たちは午後からだから、しばらくゆっくり観戦できるわね。篠ノ之博士に会うなら今日がチャンスじゃない?」

 喧噪から外れた場所で、僕と楯無さんは今日のことを話していた。開会式は終わり、もうじき一年の試合が始まるが、僕ら専用機持ちはシード扱いで午後からとなった。そのため、しばらくは自由時間……なんだけど千冬さんから束さんの監視という名のお守役を仰せつかってしまった。

「なんだけどねぇ。困ったことにまだ姿が見えないんだよね。相変わらず連絡は取れないし」

 そう、もうすぐ試合が始まるにも関わらずまだ束さんが来ていない。彼女のことだから僕ら専用機持ちの試合が始まるギリギリまで来ない可能性は高い。

「そう、でも注意した方がいいわ。篠ノ之博士の名前に釣られて招かれざる客もきているみたいよ。……ちょっときな臭いわ。亡国機業が動いているかもしれない。その場合、篠ノ之博士だけでなく私たちも標的になりえるから」
「うん、わかってる。楯無さんも気をつけて。ところで、こういう場に来そうなメンバーの情報とかってないの?」
「う~ん、ほとんど尻尾を掴ませないのがやっかいなのよね。ただ、メンバーの一人が『巻紙礼子』と名乗っていたという情報があるわ。まぁ、同じ偽名を使いまわすようなおマヌケさんがいたらすぐに見つかるんだけどね」

 どうやら更識の力でも亡国機業の情報を得るのは難しいようだ。実際、亡国機業の仕業とされている事件は公にされていないことがほとんどで、それを知ろうと思ったら裏の世界で調べるしかない。
 今日の雰囲気は一般的な国や企業の研究者やスカウトというより、もっと異質な何かが紛れ込んでいる気がする。それはもしかしたら暗部組織かもしれない、他国の諜報かもしれない、そして亡国機業の可能性もある。思い過ごしならいいけど、束さんも来る以上警戒し過ぎるということはない。

 僕と楯無さんが話しながら緊張感を高めているとき、ふと近寄ってくる人の気配を感じて話を中断する。そちらに意識を向けるとスーツ姿の女性が笑顔でこちらに近づいてきた。
 その女性は僕らの前まで来ると名刺を差し出しながら声をかけてくる。

「いきなりで申し訳ありませんが少しお話をさせていただけないでしょうか。私はIS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当、巻紙礼子といいます」
「……」
「……」
「……あの?」

 どうやら悪い予感は当たったようだけど、なぜ亡国機業が今まで見つからなかったのかという疑問が増えてしまった。


 
 

 

第十三話 亡国機業

「……あの? どうかなさいましたか?」

 さて、今僕たちの前には亡国機業が使うという偽名そのままで接触してきた人間がいる。ふんわりとしたロングヘアーを持ち、笑顔を浮かべている綺麗な女性だ。
 亡国機業が実在する人物の名前を騙っていた可能性もあるけど、その場合は既に楯無さんが洗い出しているはずだからその線は薄い。つまり、十中八九彼女は亡国機業の人間だ。

『私たち二人に直接、たった一人で接触してきたってことは、よっぽど実力に自信があるのかただのバカか……まぁ、既にバレている偽名で接触してくるあたり後者の可能性も否めないのだけど。残る可能性は』
『仲間が近くに潜伏している、だね。もしそうなら、ハイパーセンサーからも存在を隠している、かなり厄介な相手ってことになるけど』
『そうね、私も感じないわ。一般人の可能性もごく僅かとはいえ残っているし、ここは話を合わせながら様子を見ましょう。ただし、襲撃に備えてISだけはすぐに展開できるようにしておいて』
『了解』

 彼女が声をかけてきた直後に、僕らは気づかれないようにISを準待機モードにして、いつでも戦闘態勢に入れるようにした。目の前の巻紙礼子を名乗る女性は反応の無いこちらの様子を見て訝しげに訪ねてきたが、その間僕らはプライベート・チャネルを使いすぐさま段取りを決める。本来は校則に触れる行為だけどこの場合はやむを得ないだろう。
 状況から伏兵がいる可能性は割と高い。しかもここまで僕と楯無さんから存在を隠すことができるとしたら相当優秀な人間だ。相手の人数もわからないまま下手に動くのは得策ではない。少なくとも奇襲を仕掛けてこなかった以上、周囲に警戒しながら相手の目的などに探りを入れるのがいいだろうという判断だ。

「いえ、なんでもないですよ。それでどういったご用件でしょうか?」
「はい、実はそちらの西園寺紫音さんにお話しがございます。西園寺さんがお持ちの専用機は未だに後付装備が追加できず、近接用のブレードのみとお伺いしました。そこで弊社の技術で開発した装備を提供すると共にその原因を解析、対処させていただけないかとご提案する次第です。もちろん、STCに全権があるのは承知しておりますが、もし西園寺さんがよろしければ口利きしていただければと思いまして」

 目の前の女性は笑顔を絶やさず、もっともらしい理由を述べている。その笑顔と口調には違和感はなく、もし事前に偽名のことを聞かなかったら疑わなかったかもしれない。それに、束さんの件で警備が厳しくなった学園に潜入できている。いや、逆に束さんに注意がいった隙を突かれたか。どちらにしろ、この人も実は優秀なのだろうか。

「そういうことでしたか。ですが申し訳ありません、私としては後付装備は考えていません。それにSTC以外と関わるつもりもありませんので」
「いえいえ、そう言わずにカタログだけでも見てください!」

 僕がきっぱり断ったにも関わらず、笑顔は崩さず、よりアグレッシブになり迫ってくる。ちなみに僕が彼女の相手をしている隙に楯無さんは周囲に気を配り、潜んでいるであろう人間を探っている。

『見つけたわ、ほぼ確定ね。潜んでいる人数は一人。あとはカマかけてみて反応したらすぐに確保しましょう。紫苑君はその人をお願い、私は残りを押さえるわ』
『わかった』

 どうやらビンゴだったようだ。なら、僕はこの人を逃がさないように取り押さえなければ。もし本当は違ってたら……ごめんなさいで大丈夫かな?
 そんなどこか場違いな考えも浮かんでくる。本来であれば世界的な秘密結社の人間に狙われているという時点でかなり危険な状況のはずだけど何故か不安はない。今隣にいるのが誰よりも頼りになる人だからだろうか。

「それよりもお伺いしたいことがあるのですが」
「あ、はい、なんでしょうか?」

 依然としてカタログを持ってこちらのすぐ近くで笑顔を浮かべている女性。この距離ならすぐに組み伏せることができる。

「亡国機業は何が狙いですか?」
「なっ!?」

 その反応だけで十分だった。カタログを持っていた彼女の手を捻りあげ背後に回り、そのまま地面に押し込む。完全に極めている上に部分的にISも展開しているため、通常なら振りほどくことは不可能な状態だ。

「て、てめぇ!」

 先ほどまでの口調や笑顔はどこへやら、その言葉は荒くなり必死にこちらに向けた顔からは笑顔も消えており、ただ睨むだけだ。しかし、この状況に至っても彼女の仲間は出てこない。そのせいで楯無さんも下手に動けずにいる。
 仕方ないので、今のうちに彼女からできるだけ情報を引き出そう。名前や目的など聞きたいことはいくらでもある。

「こ、このオータム様をなめるなよ! 大人しくてめぇのISを渡しやがれ!」

 ……聞かないでも喋っちゃったよこの人。上手く誘導すればいろんな情報が引き出せるんじゃないだろうか。

「完全に極まってるから無駄ですよ。仮にIS展開させてもこの状態から抜け出すのは難しいはずです」
「ちっ、黙れ!」
「あなたのパートナーはまだ隠れて出てこないですね」
「リラの奴はパートナーなんかじゃねぇ、私のパートナーは一人だけだ!」

 また一つ新しい名前が出てきた、恐らくもう一人の名前だろう。彼女の言う本当のパートナーとやらは気になるけど……。
 
 簡単に情報を喋るオータムに、僕は油断していなかったと言えば嘘になる。この素の姿と先ほどの姿とのギャップやここまで潜入したことからその方面では優秀であることに一度は思い至ったのにも関わらず、あっけなく話が進むことに気が緩んでいた。
 しかし、そのことに気づいたのは彼女の背後から伸びる手のようなものが僕の脇腹を掠めて抉った瞬間だった。

「あぅっ!」
「はっはは! さんざん私をコケにしたてめぇにはお仕置きしないとな!」

 急に襲ってきた痛みに体を硬直させた瞬間にオータムは僕の拘束から抜け出し、ISを完全に展開させる。その彼女の背後からは黄と黒の禍々しい蜘蛛の脚のようなものが、8本伸びている。その先端は刃物のように鋭い。
 一方、不意の一撃を受けた僕の脇腹からは少なくない出血がある。準待機モードだったが、絶対防御が発動しなかったのは致命傷足りえないレベルの攻撃だったからだろう。それでも出血を抑えるためにISの保護機能が働いている。

「紫音ちゃん!」

 楯無さんがこちらの様子に気づいたのか声をかけてくる。しかし潜伏者から気を逸らした一瞬に相手が動きだす。イグニッション・ブーストを使用したのか、気付いた瞬間にはオータムを連れて僕らから離れた位置に立っていた。あまりの速度に僕も楯無さんもほとんど反応できずにいた。

「く、しまった」
「リラ! 何しやがる!?」

 突破を許した楯無さんは自分の失態に顔を歪め、オータムは自分を連れて離れたリラと呼ぶ相手に声を荒げる。
 そこにいるのは真っ黒な装甲に覆われた見たことも無いフルスキンタイプのISだ。その姿は悪魔を象った鎧を纏う騎士のようであり、オータムのそれとは違う禍々しい雰囲気を醸し出す。その背後には翼のようなものがあり、月読に似ているようにも思えるが、受ける印象は全く違う。

「これ以上は危険。ブリュンヒルデに気付かれた」
「なっ……ち! 仕方ねぇ」
「待ちなさい!」

 リラが機械で作られたような声で告げる。恐らくISを通して声質を変化させているのだろう。オータムはその言に渋々ながら従う。もちろん、楯無さんがそれを黙って見過ごすはずもなくランスに仕込まれたガトリングで妨害しようとするが、リラが繰り出したブレードの一閃で全て防がれ、そのまま離脱を許してしまった。

「くっ……紫音ちゃん!」
「ごめんなさい……楯無さん。失敗しちゃいました」
「いいわよ、それより傷は大丈夫なの?」

 あっさり逃げられたことに楯無さんは苦虫を噛み潰したような表情になるも、すぐにこちらに向き直り、駆け寄ってくる。その言葉と表情から本気で心配してくれてるのが分かるが、それよりも自分の失態で亡国機業を逃してしまったことへの悔しさが先に立つ。

「なんとか……。出血は月読が抑えてくれてます」
「とりあえず、医務室に行きましょう。それに」
「お前たち、何があった!」
「織斑先生に事情も説明しないとね」

 リラがオータムに告げたように、すぐに千冬さんがやってきた。彼女らがあと少しこの場に留まっていたら確かに千冬さんと挟撃も可能だった。とはいえ、千冬さんはISを持っていない。それは亡国機業も分かっているはずなのに、それでも迷わず撤退を選ぶあたり亡国機業の千冬さんへの評価や危険度認定の高さが窺える。まぁ、僕も千冬さんならもしかしたら生身でISに勝てるんじゃないかとか思ってしまう時があるんだけどね。

「事情はあとで説明します、負傷していますのでまずは医務室へ」
「なに……わかった、私が運ぼう。話は向こうで聞こう」

 楯無さんが言うや否や、僕は千冬さんに抱きかかえられる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
 いやいやいやいや、女の子の憧れかもしれないけどそれはダメ! しかも女性にされるなんて男としてどうなのさ!? 

「ちょ、ちょっと千冬さん!? さすがにそれは恥ずかしいというかなんというか」
「恥ずかしがっている場合か。しかし、傷の割に意外と余裕があるな?」
「あら、ナイトとお姫様みたいで絵になってるわよ、他の生徒が見たら卒倒ものね」

 思わず拒否しようとしたら、案外余裕があると思われたのか落ち着いた様子の楯無さんにまで弄られる。
 もうやめてください、脇腹の傷より心の傷の方が致命傷になりそうなんですけど……。
 抵抗虚しく僕はそのまま抱きかかえられ医務室に連れて行かれた。実際に、その光景を見た生徒が何人か卒倒したり目を輝かせていた気がするけど僕は見なかったことにした。



「さて、話を聞く前に西園寺。お前はトーナメントには出るな、棄権しろ。その傷では一般生徒はともかく勝ち進んだあとのサファイアや更識との戦いで悪化しかねん」
「そんな! 自分の試合までには出血も止まりますよ」
「お前に選択権はない。だいたいお前は前回の更識との模擬戦では体調万全でも気を失ったんだぞ。それでも出たいというなら、そうだな。私がお前を寝かしつけてやろう」

 有無を言わせぬ迫力で宣告する千冬さんに対してそれ以上僕は何も言えなかった。もしここで駄々を捏ねれば物理的に寝かしつけられることになっただろう。
 正直、楯無さんやフォルテさんとの再戦は割と楽しみだっただけに、自分の失態が招いたこととはいえトーナメントに出れなくなるのは割とショックだった。
 
「さて、それでは説明してもらうぞ」

 大人しく従う様子の僕を見て、千冬さんは僕たちに先ほど起こったことの説明を求める。
 それに対して主に楯無さんが事の顛末を説明した。当然、校則に触れる部分に関しては隠して……。楯無さんの説明は矛盾もなく勘ぐる余地は無いとはいえ千冬さん相手にどこまで隠し通せるかは微妙なところだ。
 もっとも、状況が状況だけに別にバレても問題は無いとは思うけど、避けられる面倒事は避けておきたいのが本音。ちなみに亡国機業が恐らく関わっているであろうこと、狙いが僕の専用機だったということは説明した。

「……そうか」

 亡国機業の名前を出したとき、一瞬千冬さんの表情が曇った気がしたがすぐに元の表情に戻る。そのことに違和感を感じつつも聞ける雰囲気ではないので、そのまま千冬さんの言葉を待った。

「篠ノ之博士が来るということで学園の警備もそちらに集中してしまった弊害か。だが警備が厚くなったタイミング、ましてや生徒を狙ってくるとはな。お前たち、特に怪我をした西園寺には済まないことをした」
「いえ、この怪我は自分の油断が原因ですし、警備に関しても状況を考えれば仕方ないかと思います。なので気にしてませんよ」
「そうですね、私も警備の穴を埋める心づもりだったのですが結局取り逃がしてしまいましたし、責めるつもりもありません」
「そう言って貰えると助かるよ。とはいえ、何か埋め合わせはしてやりたいな。どうだ、今度剣の稽古でもつけてやろうか?」
「「……前向きに検討します」」

 まさかの提案に言葉が詰まる。確かに千冬さんに直接教えてもらえるのはISにしろ生身にしろ有益なのは間違いないけど、何故か危険を感じるのは気のせいだろうか。楯無さんも同様だったのか答えが重なった。そんな僕らの様子に千冬さんは苦笑している。

「さて、現場を山田先生に任せてきたからな、そろそろ戻らねば。更識も午後は試合があるだろうしそちらの準備に入れ。あぁ、ちなみにこの辺りの警戒も強めるから西園寺は安心して大人しく寝ていろ、無理して動き回るなよ」
「……わかりました」

 千冬さんはそう言いながら部屋を後にする。警戒を強めるということは逆を言えば見張らせてるから部屋から出るなよと言っているようだった。こうなると大人しく寝ていないと後で何されるか分かったもんじゃない。

「それじゃ、優勝してくるわね」
「ちょっと近所に買い物行ってくるみたいノリで優勝とか言わないでよ」
「だってあなたがいないトーナメントなんて物足りないもの。フォルテちゃんもなかなかだけど、まだ荒いしね」
「はぁ、まぁ頑張って」
「はいはい、あなたはちゃんと寝てなさいな」

 楯無さんも軽口を叩きながら部屋を出て行った。そのおかげか、先ほどまでの陰鬱とした気分はいくらか晴れている。それを狙ったのかはわからないけど、とりあえず楯無さんに感謝をしつつ僕は大人しく寝ることにした。自分で思った以上に神経を張りつめていたのか、目を閉じるとすぐに意識が遠のいていった。



 どれくらい時間が経ったのだろう。ふと、体に違和感を感じて恐る恐る目を開けてみるとそこには……。

「ウサミミ?」

 兎……ではなく束さんが僕の体を跨ぐようにして乗っていた。

「あ、起きた? 大変だったみたいだね!」
「た、束さん、なんでここに!?」

 ここの警備は厳重にするって千冬さんが言ってた気がするけどどうやって入ったんだろうか。本当にこの学園の警備などを信用していいのか不安になってきた。

「ん? そんなの、しーちゃんに会いに来たに決まってるじゃないか。でもでも君が怪我してトーナメントに出られないって聞いてこうしてお見舞いに来たんだよ」

 どこまでも自由な人だ。今頃、学園の人らは居なくなったこの人を探すのに大慌てなんじゃないだろうか。いや、それとも姿見せないで直接こっちにきたのかな? どちらにせよお気の毒に……。他人事じゃないけどね!?

 そんなことを考えていると、ふとベッドの横の人影に気が付き、衝撃を受けた。そこにいたのは綺麗な長い銀髪の女性、纏っている雰囲気はよく知っている人物と似ている、しかしここにいるはずのない人物だった。

「そ、そんな……紫音……?」

 僕の声を聞いた彼女は、顔をこちらの方を向ける。するとその表情が分かるようになり、しかしその容姿は紫音とは異なるものだった。よく見ると身長も低く小柄で、普通に考えれば紫音ではないことはすぐに分かるのだが、なぜか先ほどは、いや今でもなんとなく纏う雰囲気が似ているように感じた。珍しい銀色の髪という共通点と僕が無意識に紫音のことを考えていたせいだろうか。

「あ……いや、ごめんなさい、なんでもありません」
「ご安心ください、紫苑様。私も束様より伺い、事情は全て把握しております。初めまして、クロエ・クロニクルと申します。くーちゃん、もしくはクロエとお呼びください」

 その目つきは鋭いものの、僕に向けてくる視線自体は不思議と柔らかい。加えて、事情も全て知っているということで、僕は少し安堵する。

「そうなんだ。クロエさん、でいいのかな?」
「呼び捨てかくーちゃん、を希望します」
「……クロエ?」
「はい、なんでしょう」

 普段から呼び捨てとかあだ名とかで呼ぶことに慣れてないからちょっと呼びにくい。でも束さんと同じような呼び方をするのはさすがに恥ずかしかったので不本意ながら呼び捨てにすることにした。

「えっと、束さんとはどういう関係なのかな?」

 正直、この聞き方はどうかとも思ったけどそれ以上にあの束さんと一緒にいるクロエのことが気になった。束さんが認識してこうして連れてきている以上、彼女と近しい関係なのは間違いないのだけどそれ故に興味もある。

「私は身寄りもなく、ただ死ぬだけだったところを束様に拾っていただきました。以来、身の回りのお世話をさせていただいております」
「そうそう、道に落ちてたんだよね、くーちゃん。懐かしいねー。そうだ、くーちゃんは料理が得意だから今度食べてみなよ! 消し炭みたいな卵焼きとかゲル状の味噌汁とか独創的だよね」
「そ、そうなんだ」

 そんな猫の子を拾ったみたいに……。でも追及しても同じ答えしか返ってこない気がする。ついでにそれを僕は料理とは認めない! それを平気で食べているらしい束さんが本気で心配になってきた。以前は確かにサプリメントとか携行食のような物ばかりだったけど。
 しかしクロエも、口調や物腰から感じた、常識人という第一印象とは裏腹にどこかズレている。やはり束さんと付き合える人間はまともじゃ無理なのかな……。千冬さんもなんだかんだで天然なところあるし。
 あれ? その理論だと僕もまともじゃなくなる……いや、そんなことない。ない……よね? でもよく考えたら小学生のころからハッキングさせられたりIS開発手伝わされたり一般人とは程遠いかな。そもそも現状、唯一の男性操縦者だったりその上で女性として学園に入学とか……あはは、一般人の要素が微塵もないや。

「ん~? なにやら凹んでるみたいだけど気にしない方がいいよ! それより君にケガさせた連中のことなんだけどね、途中までは探知できたんだけどそこから見失っちゃった。ごめんね。とりあえず中継地点に使われたらしい建物の企業は社会的にも物理的にも消滅したから安心してね」

 いやいやいや、全く安心できないんだけど。というか何やったんだろう、システムにハッキングして不利な情報を公開したり、ミサイル撃ちこんだりとか普通にやってそうだなぁ。怖いから聞かないけど。

「束さんが追跡し切れないってなかなか厄介な相手だね」
「規模が大きいから絞りきるのが難しいんだよね~。世界に喧嘩売るつもりでやれば何とかなると思うよ。やってみる?」
「いえ、全力で拒否します」

 例え世界中を敵に回しても束さんならなんとかしてしまいそうで怖い。

「さて、しーちゃんが出ないトーナメントには興味ないし私たちはそろそろ帰るね~」
「それでは、紫苑様」
「あ、うん。わざわざありがとう。クロエ、僕が言うのもなんだけど束さんのことよろしくね」
「はい、かしこまりました」

 相変わらず気まぐれで帰ると言い出した束さんを見送りながら、クロエに束さんのことをお願いする。今まで身近に理解者も味方も少なかった束さんを支えることができる人が増えたのは喜ばしい。
 僕にはクロエのことはわからないし、二人の出会いや関係も結局教えてくれなかったけど、彼女たちのやり取りを見ていたらそんなことは関係なく信頼しあっていると感じられた。何より、束さんが信用しているのだから僕も何も言わずにクロエを受け入れ、信用することにした。

 二人が部屋を出てしばらく、すっかり静まり返った部屋に今度は虚さんがやってきた。彼女とは、生徒会発足の折に紹介されて以来、楯無さんを通さなくても時々話をしている。共通話題は主に楯無さんについてだったけど、彼女に対しての苦労話をすることですぐに打ち解けてしまった。

「紫音さん、具合はどうかしら?」
「すいません、ご心配おかけして。なんとか大丈夫そうです」
「そう、安心したわ。全治一週間ということだけど回復力が高いのかしら。まだ昼食も摂ってないのでしょう? 食べやすいもの作ってきたからよかったら食べてちょうだい」

 ベッドの傍らのテーブルにトレーに置かれた食事を並べてくれる。シンプルでありながらとてもおいしそうだ。紅茶もあり、少し嬉しい気分になる。

「ありがとうございます、でもいいんですか? 楯無さんの試合とか見たかったのでは」
「生徒会長が負ける姿が想像できて?」
「……できませんね」

 確かに楯無さんなら三年生の試合に混ざっても問題なく優勝してしまうだろう。でも試合内容は見たいから後で映像記録を見せてもらおう。フォルテさんは今度はどんな試合になるのかな。
 そのまま、僕は虚さんが用意してくれた食事を食べながら、しばらく彼女と談笑した。

 彼女が立ち去ってから、すぐにまた眠くなった僕はそのまま眠りにつく。次に目が覚めた時にはもう日も暮れており、トーナメント初日の試合は全て終わっている時間だった。その後はクラスメイトや、今まで話したことない人達まで何故かお見舞いに押しかけてきてちょっと大変なことになった。一応、亡国機業については伏せられているので、僕の怪我については事故にあったことになっている。お見舞いに来てくれたことは嬉しい反面、騙していることに罪悪感も抱いてしまった。
 その際にトーナメントの状況を聞いたけど楯無さんやフォルテさんは順調に勝ち上がったようだ。



 診断ではしばらく安静にするようにとのことだったけど、僕は何故か翌日には動けるようになっていたので、保険医の許しも得て観戦もできるようになった。以降、束さんや亡国機業が来ることもなくトーナメントは順調に進む。
 大番狂わせもなく、各優勝は一年生は楯無さん、二年生はダリルさん、三年生は元生徒会長という無難な結果に終わった。特に楯無さんは全ての試合を一分以内に終わらせており、その圧倒的な強さを各国関係者に見せつけた。決勝で戦ったフォルテさんもその例に漏れず、しばらくはやさぐれる彼女を宥めるのに苦労することになるのだった……。


 
 

 
後書き
亡国機業にもオリキャラが出てきました。

基本的に原作で名前だけでも出てきたキャラを補完して登場させていきますが、オリキャラも皆無ではありません。ただ、少な目にはするつもりです。 

 

第十四話 殺意

 学年別個人トーナメントはどの学年も無難な結果になった。一年はやはり楯無さんの優勝だ。せっかくリベンジのチャンスだったのに、怪我で欠場というのはなんとも情けない。お見舞いに来てくれた生徒の中には僕の試合を楽しみにしていたという人もいた。自分達も試合に出るはずなのにそれでいいのか、とも思ったけど期待されていた事実に、そしてそれを裏切ってしまったことに少なからず罪悪感も感じてしまう。事情が事情とはいえ、嘘の理由を説明しなければいけないことがそれに拍車をかけた。
 一方で、そんな感傷に浸っている自分にも驚いた。今までだったらそんな大して親しくもない人間の期待など煩わしいものでしかなかっただろうし、そもそも興味もなかった。こうして振り返ると僕も束さんと似ているんだなと思い知らされるのだけど、なら何故今の僕は他人の期待に応えることができなかったぐらいで落ち込んでいるのだろう。
 
 また一つ見つけた、人間らしい感情。楯無さんやフォルテさんと出会ってから、少しずつ見つかる僕の変化。そのたびに少し嬉しくなる。こうして変化を積み重ねれば、いつか紫音とも笑って話せる日が来るかもしれないと思っていたけど……その紫音はもういない。

「……なに百面相してるんスか?」

 突然の声にハッとすると目の前にフォルテさんがいた。思考の連鎖から抜け出せずにいたけど、よく考えたら昼食中だった。となりには楯無さん、向かいにはフィーさんとフォルテさんがいる。最近はこのメンバーで昼食をとることが多い。そして、僕は先ほど考えていたことが表情に出ていたようだ。

「見事に喜怒哀楽を表現されてましたねぇ。もしかして演劇部にでも入部するおつもりですかぁ?」
「へぇ、紫音ならお姫様の役とか似合いそうッスね。だったら楯無が王子役やったらどうッスか?」
「何言ってるのよ。ん、でもそれもアリね……。ふふ、なるほど」

 それぞれが好き勝手なことを言ってくる。もともと一緒にいるのに別の事を考えていた僕が悪いんだけど所々、彼女らの言葉が心に突き刺さる。特に楯無さん、何を考えているのか分からないだけに不気味すぎる。

「い、いえ。そういう訳では。ちょっと考え事をしてしまいまして、昼食中にごめんなさい」

 このメンバーの中ではトーナメント初日に起った出来事をフィーさんだけが知らない。生徒会メンバーには僕が医務室にいる間に楯無さんから事情説明がされていたからフォルテさんは既に知っている。
 フォルテさんも、僕がその時のことを考えていたのは察しているだろうけど敢えて触れずに普段通りに接してくれる、その優しさも嬉しい。……本当に気付いてないだけかもしれないけど。
 フィーさんは、僕が怪我をしたのを知っているけど特にそのことについて聞いてくることもない。詳しい事情を話せないだけにその気遣いは助かる。……ただ単に興味がないだけかもしれないけど。
 楯無さんは……、医務室に運ばれたときのお姫様抱っこの件でずっと僕を弄ってくれた。

 あれ? 僕の味方ってどこにいるんだろう。おかしいな、いつもより味噌汁がしょっぱい気がする……。

 その後も僕の表情はころころ変わっていたようで、三人に呆れられてしまった。



 放課後、僕は千冬さんに呼び出されることになる。理由を聞かされていなかったので、あれこれ考えながら向かった先で、僕は思いもよらない話を聞くことになる。

「あぁ、来たか。実はな、先日行われた学年別個人トーナメント優勝者のレベルに関係者が興味を示してな、各学年の優勝者、準優勝者による言わば統一個人トーナメントを提案された。今までなら一年や二年が上級生に勝つなど考えられないことだったが、今年は少し訳が違う。よって学園での協議の結果、一週間後の開催が急きょ決定したのだが……」

 そう言いながら僕の方を見る千冬さん。ここまでの話だと僕が呼ばれる理由が全く見当たらない。優勝どころか試合にすら出れなかったのだが。でも、続く言葉はやはり予想もしない言葉だった。

「どうにもはた迷惑でありながら発言の影響力だけはやたらに高い奴がいてな、どうしてもそのトーナメントにお前を組み込んでほしいと打診があった。もっとも、そいつだけではなく複数からその提案はあったし、生徒からも怪我で欠場したお前と楯無の試合を望む声も多かった。よって、特別枠でお前のトーナメント出場が決まった」
「それって……」

 あぁ、束さんだよね。僕がそれを口に出す前に、それ以上言わないでくれとでも言いたげな千冬さんの視線を感じてそれから先の言葉を引っ込めた。

「ま、そういう訳だ。もっとも、お前の意思を尊重するし出たくなければ出なくてもいい。そして、お前ばかり特別扱いというのも角が立つから、名目上は教職員特別推薦枠とした。お前以外にもあと一名選出され、合計8名でのトーナメントだ。候補の中ではお前はクラス対抗戦での優勝実績もあるからな、推薦にあたってはさして問題はない。唯一の懸念は怪我だったが……完治したと医者のお墨付きも出たようだしな。まったく、全治一週間を二日で治すとはどんな体をしている」

 どうやら、いろいろ考えてくれていたようだ。確かにこれなら僕だけ特別扱いというような形にはならない。一応、公式での優勝の実績も優位に働いたようだ。なら僕はこれを感謝こそすれ断る理由はない。
 でも、最後の一言はあなたにだけは言われたくない。千冬さんならその日のうちに治るどころか、あの程度では傷すら負わないんじゃないだろうか。そんなことを考えていたら例によって無言で睨まれた。
 

「そういうことでしたら、喜んで出場させていただきます」
「そうか、わかった。後はこちらで手配しておく。詳細は追って知らせる。また怪我して欠場などということにはなるなよ」

 最後は冗談めかしてそう言うと、千冬さんは話を切り上げる。先ほどまでの鋭い気配は消え去り、教師と生徒から友人同士のそれへと変わった。そこからは主に束さんに関する苦労話でひとしきり盛り上がった後、僕は部屋へと戻った。

 自室に戻ると、楯無さんの姿は無かったものの特に気にすることもなくベッドに横になった。そうして自然とここ数日のことを思い返す。

 もう何度も考えた、亡国機業との遭遇。ISは既存の兵器とは違うのだから、いくら起動していなかったとはいえあらゆる攻撃を想定しておくべきだった。あのとき、僕はISは人型という先入観により、腕や足、そして手に持った武器といった人間の可動域での行動を無意識に想定していた。でも、あのオータムという女性が纏ったISはまさに異形そのものだった。あれは、恐らくまだ第二世代機だと思われるけども、今後第三世代機が量産されるようになればああいった特殊性の高い武装も増えてくるはずだ。なら、それを知るいい機会になったと切り替えるべきだ。

 次に思い出すのは直後に現れた黒い影、何故かその姿が頭から離れない。直接戦ったわけでもないのに圧倒的な存在感を感じた。それに一瞬だけ見せたあのブースト、僕も楯無さんもまったく反応できなかった。二人がかりでも危なかったかもしれない。ああして姿を現した以上、襲撃がこれで終わりとは僕にはどうしても思えなかった。彼女……いや、僕の例もあるし容姿も声も確認できなかったから女性と断定するのは早計か。あのリラと呼ばれた人とはまたいつか会う、そんな予感がする。

 そして、統一トーナメントへの出場。正直、楯無さんとの試合は当分無理だと思っていたからリベンジの機会が与えられたのは素直に嬉しい。トーナメントじゃなくてもただの模擬戦ならできたのだろうけど、こういう公式の試合はやはり別物だ。それに、組み合わせ次第ではフォルテさんやダリルさんとも戦えるし、他の上級生も気になる。亡国機業にいいようにやられた鬱憤もあったし、いい機会かもしれない。……負けてさらに鬱憤が溜まる可能性も多分にあるのだけどそこは敢えて考えない。

 リラやオータム、それ以外の亡国機業の襲撃が今後もあるだろうしトーナメントもある。でもどちらにしろ今の僕では力不足が否めない。う~ん、月読の武装解放や形態移行についても結局詳しくわからないまま行き詰っちゃったし、やっぱり現状は無手とネームレスでの戦い方を伸ばすしかないか。
 しばらくIS装着時の動き方ばかり練習していたから、明日は一度基本に戻って生身での動きを見直してみよう。
 そんなことを考えながらトーナメントまでの訓練方針を決め終わったころに楯無さんが戻ってくる。夕食はまだ食べてないとのことで、せっかくなのでそのまま一緒に食堂に向かった。



 翌朝、怪我のせいでしばらく自粛していた早朝のランニングをしていると同じくランニングの最中だった千冬さんと会った。彼女とは度々遭遇し、その度にご一緒するのだけど体力と速度が尋常ではなく始めのうちはほとんどついていくことが出来なかった。最近ではようやく最後まで置いていかれない程度にはなったけどほとんど息切れしていない千冬さんに対して、僕は地面に突っ伏して息も絶え絶えだ。

「しっかり続けているようだな。怪我の影響はなさそうだと確認できて安心したよ」

 千冬さんはこう言うが、ここで満足する訳にはいかない。少なくとも、ランニング程度なら千冬さんのようにこなせるようにはなりたい。
 そこまで考えてふと先日の千冬さんの言葉を思い出す。

『どうだ、今度剣の稽古でもつけてやろうか?』

 あの時は言葉を濁したけど、冷静に考えれば彼女ほど剣の稽古に適した人はいない。

「ねぇ千冬さん、以前言ってくれた稽古の件、まだ有効?」
「突然どうした。あぁ、トーナメントか。ふむ、構わないが加減はできんぞ?」
「うん、それは覚悟してる。今まで、無手がメインだったから剣術は基礎こそ知っていてもそこまで応用ができないんだ。こんな言い方したら失礼だけど、もう一歩先に進むためのきっかけが欲しい。ISでの戦闘を見越してだから、生身での剣術に専念することはできないけど、疎かにもしたくないんだ」

 その後、稽古とは名ばかりで試合形式での打ち合いをするも、僕は一本も取れずにボロボロになる。まるでISを装着しているのではないかと思うほどの高速移動に打ち込み、そして反応速度。でもそれらも千冬さんの技を支えるためのものに過ぎない。全てが合わさった一撃は、たとえ僕が月読を展開してても負けたのではないかと思うほどに強烈な一撃だった。

「これくらいにしておこう。さて、もう分かっていると思うが剣術においてその威力を決めるのは何も腕の振りだけではない。むしろ、足。地面の踏み込みから全身の力が問われる。だが、ISを使用した空中戦では当然ながら地面がない。本来であれば威力は激減するのだが……」
「僕には足にも装着されているブースターがある」
「そうだ。他にも至る所にあるブースターの出力を制御することで疑似的に踏み込みを作り出し、力を伝えることができるだろう。どうやら以前から使ってはいるようだが私に言わせればまだまだ無駄が多い。だが、極めればそれこそ一撃でエネルギーの大半を奪うこともできるはずだ」

 一撃必殺。その言葉はまさに今目の前にいる千冬さんにこそ相応しい。彼女は、僕のネームレスと似た刀剣型の近接武器『雪片』と共に、単一仕様能力(ワンオフアビリティ)『零落白夜』によってブリュンヒルデの名を勝ち取った。シールドバリアーを切り裂き、エネルギーに直接ダメージを与える彼女の一太刀は、まさに必殺の一撃だった。

「うん、おかげで何か掴んだ気がする。使いこなすまではまだ遠いけど、必ずものにしてみせる」
「ああ、お前の場合は私と違って他の武装も使える可能性もあるが、仮にそうなったとしても無駄にはなるまい。それに……今度お前も戦うかもしれない三年の個人優勝者、奴は剣に限れば達人の域だ。同じ領域で戦えばお前は確実に負けるぞ」

 三年の優勝者、楯無さんに敗れたとはいえ前年度まで生徒会長だった人だ。弱いわけがない。でもよくよく考えたら接点がなく、彼女のことは良く知らない。剣を使う人だったのか。確か名前は……

橘焔(たちばな ほむら)さん、ですか」
「ああ、専用機は無いがその実力は当然ながら学園でトップクラスだ。更識ばかりを見ていると足元を掬われるぞ」
「わかった、ありがとう千冬さん」

 後で更識さんに話を聞いてみよう。僕らのクラス代表戦の直後にやったということだから、もしかしたら映像も残っているかもしれない。
 
 その後は試合形式ではなく、型をいくつか見せて修正してもらったところで食堂が開く時間になり終了した。



「あぁ、橘前会長ね。たぶん、彼女強いわよ」

 部屋に戻ってシャワーで汗を流したあと、楯無さんも食堂に行くということで一緒に向かう。せっかくなので橘さんとの試合内容を聞いてみたのだけど、返ってきた答えはなんとも微妙なものだった。

「たぶん?」
「えぇ、彼女もあなたと一緒で近接武器しか使わないのよ。打鉄だから全く使えない訳じゃないのだけど彼女は使わなかったわ。でも、何ていうか訓練機のはずなのに纏っている雰囲気が異様でね、近づいたら危険な気がして遠距離から封殺することにしたの」

 楯無さんが接近することを躊躇うなんて相当なんだろう。

「で、紫音ちゃんの時と同じようにガトリングで牽制しながら追い込もうとしたのだけどほとんど回避されたわ。正直、訓練機であそこまで動けるなんてね。とはいえ、向こうもこちらに近づけずお互い決定打に欠けてたからかなりの長期戦になったわ。結果的に、彼女の打鉄が限界を超えた稼働に耐えきれず、一瞬稼働不良を起こした隙を狙って勝負が決まったの。……正直、彼女が専用機を持ったらと思うと恐ろしいわね」

 模擬戦のことを思い出したのか、やや苦い顔になる楯無さん。勝負を決めたのが相手のISの稼働不良だったというのが納得できていないのかもしれない。
 でも、疑問なのはなぜそれほどの実力があるのに代表候補生ですらないのだろう。そうでなくとも、どこかしらの企業から打診があってもおかしくないはずなのに。

「あぁ、彼女が専用機をもてないのは……まぁ、会えば分かるわ」

 何やら気になる物言いだけど、理由があるらしい。どちらにしろトーナメントになれば試合で戦うことになるかはともかく、会うことはあるだろう。見せてもらった試合の映像も、楯無さんの言葉通りの展開で分かったことは少ない。映像からでは楯無さんの言う異様な雰囲気というものは感じ取れなかった。
 そして、もし彼女と戦う場合は千冬さんも認め、楯無さんが恐れた彼女との近接戦を行わなければいけない。時間はないけど、千冬さんにせっかく教えてもらったことを少しでも自分のものにしよう。
 そう決意した僕は、朝と放課後の時間を使って訓練に明け暮れた。何度か千冬さんにも稽古をつけてもらったものの、結局試合形式では一本も取ることができなかった。あの人は半分人間やめているのではないだろうか。



 トーナメント当日、学園は前回の学年別の時をさらに超える熱気に包まれている。各学年の上位者のみが出るのだから当然ではあるのだけど、前回この場に立てなかった僕としてはやはり緊張する。出来る限りのことはやってきたつもりなので、あとは実力を出し切るだけだ。

 そして、トーナメントの組み合わせが発表される。

第一回戦

更識楯無(一年優勝者 ロシア代表 専用機『ミステリアス・レイディ』)
VS
ニキータ・ガルシア・オルテガ(三年準優勝者 スペイン代表候補生)

第二回戦

フォルテ・サファイア(一年準優勝者 イタリア代表候補生 専用機『コールド・ブラッド』)
VS
ダリル・ケイシー(二年優勝者 アメリカ代表候補生 専用機『ヘル・ハウンドVer2.5』)

第三回戦

西園寺紫音(一年 推薦枠 専用機『月読』)
VS
ミリア・フォルティア(二年準優勝者 カナダ代表候補生)

第四回戦

橘焔(三年優勝者)
VS
カレン・クリステル(三年 推薦枠 オランダ代表候補生)

 僕と前会長の橘さん以外は代表候補生というメンバー。楯無さんに至っては言うまでもなく国家代表。幸い専用機持ちは別ブロックになったわけだけど、逆を言えば楯無さん達と戦うには決勝までいくしかない。そして、そのためには……上級生であるフォルティアさん、そして未だ実力が計れない橘さんに勝たなければいけない。

 開会式の最中に、ふと橘さんのいる方に目を向ける。やはり、直接見るのは初めてだったが長い黒髪が似合うまさに大和撫子といった風情だ。やや目つきがするどいものの、とても綺麗な女性だった。
 試合前に選手同士が会話するのは褒められたものではないので、僕らは特に会話もなくそれぞえの控室に戻る。やはり今回も、参加選手は他の選手の試合を見ることはできないようだ。

 一人の室内で、僕は目の前の試合について考える。フォルティアさんの機体はラファール・リヴァイヴ。ダリルさんとの決勝での試合を見たけどやはり機体の差が大きかった印象だ。とはいえ、実力的にもダリルさんが圧倒しており、たとえ同じ機体で戦ったとしてもダリルさんの勝ちは揺るがなかったと思う。
 それを僕に置き換えてみると、やはり接近できるかが肝になる。接近さえしてしまえば負ける気はしないけど、逆を言えば近づけなければ苦戦はあり得る。訓練の成果を試すいい機会ではあるのしどちらにしろ僕には近づくしか手段はないので、まずは実力を出し切ることを考えることにした。



 小一時間ほど経つと、どうやら一、二回戦が終わったようだ。試合の開始や終了等のアナウンスは控室まで聞こえてくるため状況はこちらでもある程度掴める。下馬評通り勝ったのは楯無さんとダリルさん。楯無さんは圧勝だったとのこと。そして、意外……と言ったらフォルテさんに失礼かもしれないけど、実力的にはダリルさんが優勢だと思われたこの試合は割と接戦だったようだ。どうやらフォルテさんは最近ダリルさんの戦い方を研究していたようで、自分の戦法にもそれを取り入れつつ動きも把握できていたことが実力差を埋めて均衡したんだと思われる。

『続いて第三回戦、西園寺紫音VSミリア・フォルティアが始まります。両名は準備をお願いします』

 教師によるアナウンスが控室にも聞こえてくる。
 僕は終わった試合について考えるのをやめ、目の前に集中する。相手は訓練機とはいえ上級生だ。慢心してかかっていい相手ではない。



 しかし、そんな僕の決意をよそに結果としては無傷での勝利となった。
 開始直後からの全開のブーストに相手が対応できず、背後に回り込みつつネームレスでの一閃。一撃とはいかなかったものの、訓練の成果が現れた一太刀は威力が上がっており、返しの二の太刀で決着する。
 完璧には遠いものの、確かな手ごたえを感じた僕はそれを噛みしめつつ、直に訪れるであろう未知の相手との試合に思いを馳せた。

 その後も順当に試合は進み、第四回戦は橘さんが勝ち、準決勝第一回戦は楯無さんが勝った。そして今は僕の試合、目の前には橘さんがいる。
 使用ISは打鉄、日本が誇る量産型のISで防御には定評がある。汎用性の高さもラファール・リヴァイヴには劣るものの高い水準だ。しかし、それを全て捨てて橘さんは刀剣型の近距離武器のみを使用しているという。
 今、彼女はその一本の刀を腰に携えアリーナの地面に立っている。ISでの戦闘のセオリーから何もかも外れている。通常は動きやすいように試合開始前には既に空中で待機していることが多い。また、当然武装も展開した状態だったりするのだけど、彼女はその刀剣を鞘に納めた状態だ。そもそも、量子変換で自由に出し入れできるのだから鞘は必要ないはず。 
 試合開始直前にも関わらずあれこれ考えていたら突然プライベート・チャネルで橘さんが話しかけてくる。試合時は基本的にオープン・チャネルのみしか使ってはならず、本来であればあまりよろしくない行為だ。

『お初にお目にかかりまんなぁ。あんさんとはいっぺん(たたこ)うてみたかったんや』
『初めまして、橘さん。でもいいんですか? 試合前にプライベート・チャネルなんてしてしまって』
『かましまへんて。規則なんて破るためにおます。そんなんより……ふふふふ、あんさんを斬れる思うと気ぃが昂ぶってもうてなぁ、もうしんぼできへんのよ』

 瞬間、異様な雰囲気を纏う橘さん。それは圧倒的な威圧感、これに似たものを最近感じたことがある。そう、亡国機業の襲撃時。それが殺気だったということに気づく。学園での模擬戦では感じたことのない感覚……いや、千冬さんからたまに受けてたけど……彼女から感じるものは明らかにそれとは違う何かどす黒いものに思わず身が竦む。
 なるほど、楯無さんの言っていた会えばわかるというのはこういうことか。実力があっても彼女に専用機を与えたりすれば問題を起こしかねない、とのことだと思う。そんな彼女が生徒会長だったんだから本当に強さのみが求められているんだろう。ダリルさんも彼女のことはよく思ってなかったみたいだし。

『楯無の嬢ちゃんにも借りがおますけど、まずはあんさんや。せえだい気張りぃや。絶対防御がおますし死にひんやろ。ふふふ、仮に死んだかて事故や、問題あらへん』

 言葉と共に高まる殺気に、思わず身構えるが震えが止まらない。試合開始の合図はまだだけど、これだけの敵意を向けられるといつ斬りかかられてもおかしくない気分になる。

 開始直後の奇襲にも反応できるように意識を集中させるといつの間にか震えが止まっていた。直後、開始のブザーが鳴る。それは明確な殺意を向けてくる相手との初めての試合が始まったことを意味した。


 
 

 
後書き
京都弁、おかしなところがあったらご指摘ください。

 

 

第十五話 学園最凶

 橘焔という少女は紫苑とは違った意味で歪んでいた。
 橘家は表上は古くから続く剣の流派『橘流』を伝える名家である。形式的に、現在ではスポーツの一つとして扱われる剣道とは違い、限りなく実戦に近い剣術流派は、剣だけでなく打撃や投げ、関節技なども扱っている。その特異性から一般では広がっておらず、警察の実働部隊の一部などに伝えられることがある程度だ。
 しかし裏の顔はいわゆる暗部組織であり、要人護衛などを請け負うことを生業としている。警察への技術指導を行っていることもあり、それらを通して政府などからも度々依頼があるほどだ。
 だが、それすらも橘家の真実ではない。彼らの実態は暗殺を主とした殺し屋の家系なのだ。かつて、歴史の転換点には必ずと言っていいほど橘家の暗躍があった。更識家とは浅からぬ因縁もある。もちろん、お互いにそれらを表に出すことは決してないのだが。
 
 実戦向きとはいえ、表で知られる橘流はあくまで相手を倒すことを目的とする。その過程で死に至らしめる可能性はあるかもしれないが、それはあくまでも結果だ。
 しかし直系にしか伝えられない技は、殺すことを目的とした殺し技だ。故に、橘家の真の仕事である殺しは直系親族によってのみ行われてきた。それは橘家の長女である焔も例外ではなかった。

 焔は橘家の長女として生を受けた。当然ではあるが、その当時は男性優位の社会であり橘家も代々の当主の多くは男性だった。当然、第一子には男が望まれたが生まれたのは女。しかし、必ずしも男性でなくてはいけないということは無かったため、早々に後継者の第一候補としての教育を受けることになる。
 紫苑と同様、物心つくころには既に英才教育は始まっていた。もっとも、その内容は比べるべくもないが。人権を度外視した過酷な訓練に一族を率いるために必要な帝王学、そういったものを徹底的に叩き込まれることになる。
 しかし、そんな彼女に一度目の転機が訪れる。第二子である長男の誕生だ。これにより橘家は長男へと後継者第一位を変更。当然、焔の教育内容も変化が訪れる。徹底的に人体の壊し方を教え込まれるようになった。つまり、彼女は当主候補から実働要員へと変更されたのだ。本来なら小学校に入るような歳になっても、表の繋がりを使い家庭就学の資格を合法的に取得し、外との繋がりを一切絶たれた状態で教育は続く。8歳になるころには既に人も殺していた。
 そして彼女が9歳になろうかというところ、二度目の転機が訪れる。白騎士事件である。全世界に衝撃を与えたこの事件により、国内外は大いに荒れる。世間的に見ればそれほどではなかったかもしれないが、裏では責任のなすりつけ合いや、今後の権力や利権の取り合いにより相当数の人間が表に出せないような死を遂げている。当然、橘家もそれに多かれ少なかれ関わっている。
 だが彼女らにとって重要なのはそこではない、ISの台頭と女尊男卑の風潮だ。まず、橘家は今後のISの将来性に目をつけ、焔にIS関連の訓練を追加する。しかしながら開発者である篠ノ之束が一定数のコアのみしか開発を行わなかったことから、実際の操縦訓練の機会を設けるのは橘家の力をもってしても苦労することになる。次善の策として、普段の訓練はIS戦を想定した技術の修得になるのだが、その一環が橘流のISへの適用だった。
 
 ここで一つ問題が起こる。世の中が女尊男卑へとシフトする中で長男の立場が徐々に悪化する。もっとも、橘家としてはもはや彼を当主にする以外の選択肢はない。なぜなら、世間から隔絶され続けた焔は表に出るのは難しい状況だからだ。それを把握できなかった長男は被害妄想に囚われ、姉である焔の暗殺を企てる。それは実行に移されたのだが、もはや戦闘に関しては桁外れの力を身に着けていた焔によって迎撃され、長男自身も命を落とすことになった。
 この時点ですでに焔は、度々家の都合に振り回されたこと、世間と隔絶された暮らしをしてきたこと、当たり前のように人を殺してきたことで歪んでいた。そしてそれは、実の弟をただ無感情にその手にかけることで決定的となった。
 これに困ったのが彼女の父親でもある橘家現当主だ。今の状況は後継者がいなくなったことと同義である。どうしようもなくなった彼は、焔へ当主としての再教育を決定する。しかし、ある意味壊れている彼女をすぐに世間に出すのは躊躇われた。そこで、しばらく橘家内で教育を行い、その後IS学園へ入学させることにした。学園の特殊性とIS技術の修得、そして表の世界へ慣れることが出来るという、いろいろと都合がいい状態なのだ。

 焔は、同学年に専用機持ちがいなかったこともあり好成績で入学を果たす。稼働時間の少なさから、当初こそ各国代表候補生に後れを取っていたがやがてその才を如何なく発揮し学年首位となる。
 一方でその学園生活はお世辞にもまっとうとは言えない。本人にその気がなかったことはあるが、友人も少なくその言動からよく問題が起きた。二年の折、当時の生徒会長にその素行を注意された際に模擬戦に流れ込み、当時専用機を持っていた会長になんと訓練機で勝利する。その圧倒的な技量と、橘家の当主候補として生まれた故か、彼女の持つある種のカリスマ性に惹かれた者が集まり、生徒会が発足する。
 壊れてはいても、かつては帝王学を学んだ身。会長として実行した仕事内容は問題なかった。問題なのは、やり方だ。気に入らない者、反発する者は徹底的に排除する恐怖政治。もともと女子校でもあるIS学園には、あまり過激な生徒はいないが皆無という訳ではない。そういったものに対して彼女は苛烈だったのだ。ちなみに、その反発をもった者の中にダリルも含まれている。もっとも、直接戦う機会はなかったのだが彼女に関しては別の因縁があった。



 試合は既に始まっているが、しばらく両者は動かない。いや、紫苑に限って言えば動けなかった。初めて感じる、自身に向けられた明確な殺意。それに竦んでしまっていた。彼も楯無から焔のことはある程度聞いていたので知ってはいるのだが、焔は既に人を殺したことがある。しかしそんな人間と相対することなどそうそうあるはずがない。
 
 一方の焔は敢えて動かず、身を少し屈めて鞘に納まる刀剣型の武装に手をかけている。それはまさに居合いの構え。
 彼女は専用機は持っていない。しかし、これは珍しいことではなるのだが専用の武装を所持している。それが彼女の刀剣型武装『村正』だ。立場上、専用機を用意することができなかったため、コアが必要ない武装に目をつけたのだ。妖刀としても名高い名刀村正、その一振りが橘家にもあった。彼らはそれをベースにIS用の武装を作らせた。それが彼女の専用武装だ。IS用の武装とはいえ、一般的なものと比べると全長1mほどと小さくベースとなった村正とあまり変わらない。普段は許可のもと、IS学園に保管してもらい必要な際に自身の操縦する訓練機にインストールする形をとっている。
 妖刀がベースになっているからか、扱う人間が彼女だからか、はたまた両方かはわからないが、構えを取る彼女からは禍々しい瘴気すら感じる。容量をほぼ使い切ってしまい、それ以外の武装が使えないがその分威力は凄まじい。焔の技術も相まって、その一太刀は今の紫苑の全力をも上回る。

 彼女が動かないのは、紫苑も近接武器しかないことを知っており、なおかつ攻撃の速度や威力、技量では自身が上回ると確信があるからだ。そして紫苑もそれを察したことから動けない。故に試合はこのまま膠着状態になると思われた。

(千冬さんや楯無さんの話、そして目の前に実際に見てみると……隙が無い、確かに強い。動かずにその場にとどまっているのは、僕が近接しかないことと、月読の機動力を警戒してか。なら向こうから動くことは……えっ!?)

 紫苑だけではなく、見ている誰もがそう思っていた。しかし、先に動いたのは予想に反して焔だった。

『いややわぁ。そないに警戒せんといて。ちょい遊ぼぉなぁ』

 ゆらり、と静かに動き出す。醸し出す雰囲気はそのままに、だが構えは緩めて紫苑に向かって歩き出す。紫苑もすぐに動こうとするが、まるで金縛りにあったように体が動かない。その間も焔はゆっくりと近寄ってくる。

「あ……くっ」
『ほな、行きますえ』

 その距離がある程度縮まったとき、焔の動きが変わる。ゆったりとした歩きから、地面を蹴り出し一気に加速する。当然、訓練機の性能の域を出ないそれは紫苑にとっては十分に反応できる速度だった。故に、次の一手への反応が遅れる。

『そっちゃあらへん』

 紫苑にその声が聞こえたときには既に焔は彼の側面に回り込んでいた。その意味を理解するより先に、今までで最大の悪寒を感じ取った彼はただ無意識に上半身のみブーストを使い、思いきり仰け反る形をとる。瞬間、紫苑の目の前を何かが横切る。同時に、月読の装甲の一部がはぎ取られた。

「は、速い!?」

 橘流、独自の歩法から居合による一閃。紫苑をもってしてもその一撃を見切ることはできず、避けられたのは運が良かっただけと言える。しかし、当然ながら焔の攻撃はそこで終わらない。すぐさま構えを戻した焔は続け様に剣撃を繰り出す。
 この体勢からでは避けられないと感じた紫苑は、無理やり体を捻りあげて焔の手元を蹴り上げる。そうしてかろうじて逸らされた剣撃は再び紫苑の体を掠めるも、直撃は避けられる。そのままの勢いで紫苑はバック転のような格好で離れ、距離を取ることに成功する。

『あらぁ、今のは斬った思たんやけど』

 彼女の一撃目は明らかに首を狙っていた。だからこそ、紫苑は避けられた。胴を狙われていたら仮に当たったとしても耐えられたかもしれないが、避けるのは困難だった。それが、彼女の矜持なのか気まぐれなのかはわからないが、なんにせよ紫苑は命拾いした形だ。
 一方の二撃目は、焔も確実に斬るつもりで逸らした体の支点を狙う。対して紫苑は、避けられないことを悟り手元を狙った。刹那の判断とそれをやってのける紫苑の技量に、焔は改めて感嘆の声を漏らす。

『うふふぅ、やっぱ紫音はんはええどすなぁ』

 いや、感嘆……とは違うかもしれないが素直に紫苑の動きには感心したようだ。

(だめだ、理解できないことが多すぎる……けど確実に強い!? そして、一つわかるのは彼女が今のところ地上戦しか行っていないこと。さっきの動きにしてもブースターのようなものは使わずにほとんど身体能力の延長だった。それが彼女の本来の戦い方なのか、敢えてそう見せているのかはわからないけど……付け入る隙はそこしかない)

 そう決意する紫苑だが、それは容易いことではない。なにせ、相手は自分より明らかに技量が上であり未知の部分が多い。手持ちの武器の間合いこそ、紫苑の方が長いため分があるのだがそれでも近づく必要がある。しかし、それを容易に許さないのは先ほどの邂逅で十分に彼も理解していた。
 加えて、彼がここしばらく練習していた三次元攻撃はまさに有効だと思われるがそれだけに慎重にいかざるを得なかった。一度見せれば対応される、故に必勝の一手にしなければいけない。

(でも、どうせ近づかないといけないなら……こちらから!)

 半ば開き直りの境地だったが、ネームレスと村正のリーチの差は有利にも不利にも働く。ネームレスの適性距離では、村正は届かない。逆に村正の届く範囲まで入り込まれるとネームレスをまともに振ることができない。ならば、と自分の距離を保つために今度は紫苑から仕掛ける。

 あらかじめ構えたネームレスを横から薙ぎながら、イグニッション・ブーストで接近する。このままいけば、ほぼ先端が焔に到達するといったところ……だがそれは激しい金属音と同時に虚しく空をきる。焔が紫苑の剣撃にあわせて村正を抜き放ち、軌道を逸らしたのだ。

 同時に再び懐まで肉薄する焔。繰り返される剣撃。紫苑はそれら全てをギリギリで避け続ける。しかし、避けたといっても致命傷を避けているだけに過ぎず、装甲は斬られ、徐々に剥げていく。それに伴いエネルギーも減少する。間合いの不利からネームレスでの反撃は諦めつつも、わずかな隙を見つけては拳撃を繰り出す。だがその程度では差は埋まらず、徐々に月読のエネルギーは減っていく。

(まだ……あと少し)

 紫苑もそれを理解して、耐えていた。千冬に教えられて威力が上がったとはいえ、まだ紫苑の剣は一撃必殺には至っていない。しかし手の内をさらけ出すからには一撃で決めなければならない。ならば、一撃で倒せるまで削らなければいけない。故に分が悪い、耐えながらの消耗戦へと持ち込んだ。
 焔の一太刀一太刀はどれも必殺の気配を纏っており、エネルギーが減っている今ならばまともに喰らえば間違いなく敗北する。紫苑は月読のエネルギー以上に自身の精神力を削られる戦いを強いられた。

『あははぁ』

 徐々にその声に悦が入ったように、気を昂らせる焔。それに呼応するかのように、一方の紫苑は集中力を高めていった。そして、彼がひたすらに耐え、待ち望んだタイミングが訪れる。

(今!)

 直前まで空中への機動をほぼ捨て、地上戦に付き合っていた紫苑の動きがここにきて一変する。再び呼び出したネームレスで焔の剣を逸らしながら、滑るように肉薄すると同時に彼女の体を蹴りつつ宙に舞う。その勢いで空中で後転しつつ体勢を整え、斜め上空から体勢を崩した焔に向かい背面ブースターをフルに使った加速で斬りかかった。
 これに対して焔も不利な体勢ながらも避けようとはせずに反撃を試みる。

 直後、二人は交差する。

 加速した勢いそのままに、焔のすぐ背面に斬りぬけた紫苑。

 一方、その場に立ったまま迎え撃ち村正を斬り上げた状態で固まる焔。

 まるで映画のワンシーンのように、わずかの間その衝撃にお互いが動かけずに固まる。しかし、試合終了の合図はない。つまりお互いのシールドエネルギーはまだ残っている。実際には紫苑の一撃は届いており大幅にそのエネルギーを減らしたものの、焔の反撃によりわずかに軌道が逸れたせいで勝利に至らなかった。一方の焔の一撃も紫苑に届きはしたものの、わずかにエネルギーを残す状態となった。
 次に動き出したのはほぼ同時、お互いが振り向き様にトドメを刺そうと剣を振りぬいたところで異変が起こる。

「なっ!」

 紫苑のネームレスが砕け散ったのだ。
 ネームレスは使用者のシールドエネルギーを使用して強度を保つ。故に、通常時は決して砕けない盾であり剣なのだが、エネルギーが尽きれば当然その恩恵はなくなる。例えエネルギーを使用しなくてもトップクラスの強度を持つのだが、同等の性能に加え使用者の力量で上回る相手の一撃に耐えられなかったのだ。

『うふふぅ、もぅあかんえ。終わりやぁ』

 トドメを刺せることに浮かび上がる笑みを隠さない焔。村正も無傷ではないにしろ、ネームレスとは違い原型を残している。このままでは焔の勝利は明白だった。
 ここで紫苑は残ったわずかばかりのエネルギーを使い、ブーストを行い焔に密着する。当然、この状態では本来は有効打がない。

『なんやぁ、悪あがきかぁ?』
「いいえ、これで……終わりです』
 そっと右拳を焔の腹にあてる。そのまま、残ったエネルギーを全てブースターに注ぎ込み右拳一点に力を伝える。
 
『がっ……はぁ』

 寸勁。

 さまざまなエネルギーを一点に集中させることで、至近距離からでも爆発的な威力を作り出す中国武術に見られる攻撃方法。達人であればその拳は一撃必殺となり得る。
 紫苑はもちろん、その極みには至っていないが、ISにおいては身体能力の向上とブーストというエネルギーを新たに加えることができる。故に、紫苑の一撃は必殺となり得た。焔の打鉄のエネルギーが残り僅かだったのもあるが、その衝撃は残りのエネルギーを奪い取り焔に届く。

『あん……いけず……やわぁ。ここにきてお預けなん……て』

 そのまま力なく崩れ落ちる焔。意識はかろうじて残っているようだったが、自身の体を最早支えることはできないようだ。反射的に、紫苑は焔の体を支えるために抱きかかえた。と同時に試合終了のアナウンスが流れる。

『そこまで! 勝者、西園寺紫音!』

 その声にようやく安堵した紫苑は、いまだ胸元で動けずにいる焔に目を向ける。まだ息は荒く心なしか顔が赤い。

「あ、あの。大丈夫でしょうか?」

 思わず心配して声を掛けてしまう。紫苑は必死だったので忘れているが、最初に焔が放っていた殺気はいまは霧散している。

『う……うふふぅ。そないに優しくされたら……惚れてまうやん』
「……え?」

 直後、試合開始時とは違う悪寒が紫苑の背中を駆け巡る。
 何か得体の知れないものに狙われる……、まるで蛇に睨まれた蛙のような立場に紫苑は立たされた。……勝利したのは紫苑のはずなのに。

 やがて担架を持った人が入ってきて焔を運び出す。ボロボロだった紫苑だが、なんとか歩いて戻ることができた。焔に関しては考えるのを止めた。……あまり深く考えたくなかっただけのようだが。
 ちなみにしばらく後、ダリルから会長の性癖……自身も焔に言い寄られて困っているという話を聞き頭を悩ませることになるのは別の話。






 か、勝てた……。もう二度と橘さんとはやりたくない。本当に殺されるかと思った……。

「西園寺、話がある」

 橘さんとの試合が終わり、戻った僕は千冬さんに呼び止められる。
 本来であれば、しばらくの休憩の後に楯無さんとの決勝があるはず。でも僕は千冬さんがこれから話すだろうことをなんとなく察していた。

「お前の月読だが、損傷が激しくこれ以上の試合参加は認められない。……残念だが諦めろ」
「そう……ですか」

 わかってはいた。試合終了時の月読の状態は、修復に何日もかかるような状態だった。その上ネームレスも完全に破損した状態。このまま次の試合に臨んだとしても勝ち目はないに等しい。……それでも、戦えるなら楯無さんと戦いたかった。

「これが最後という訳ではあるまい。お前たちはまだ一年だ。機会はいくらでもある。ここで無理をしたら命に関わるぞ」
「はい……」

 とはいえ、学園側に止められては強行できない。なにより、自分自身で限界がきているのを理解していた。

 こうして、僕はまたしても楯無さんと戦う機会を逃し、トーナメントは楯無さんの優勝となる。

 そして僕は……その夜、いつの間にか意識を失っていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……ん、ここ……は」

 目が覚めるとそこは見慣れた天井、自分の部屋だった。まだ頭がグラグラする中なにがあったのか思い出そうとするけど、トーナメントの夜までしか記憶がない。

「あ、目が覚めたわね……」

 急に声を掛けられたことに驚きつつも振り返ると、そこには楯無さんがいる。しかし、その表情はどこか浮かない。

「あ……おはようございます?」
「ずいぶん遅いお目覚めね。もう丸一日経ってるわよ」

 その後、楯無さんはトーナメント後のことを話してくれた。
 僕と楯無さん達がトーナメント終了後に話をしていたら、どこか顔色が悪く、それを指摘された僕は少し休もうと部屋に戻ろうとした途中で倒れたらしい。そのまま保険医に診てもらったものの、特に体の異常は見られなかったことから千冬さんの許可をとって楯無さんが部屋に連れてきてくれて看病してくれたようだ。

「あのまま保健室に置いておいたら正体バレるかもしれなかったからね」

 また楯無さんのお世話になってしまったようだ。そのことにお礼を言いつつ心配かけてしまったことを謝罪するが、まだ楯無さんの表情は暗い。

「紫苑君、あなた気づいてる? 今までも何度か倒れたり具合が悪くなったりしてるけど……どれもISを動かした後なのよ?」

 彼女の言葉はあまりにも衝撃的だった。今まで考えたこともないが、確かに僕は何度か倒れたりしているし、体調が悪くなったりしてきた。楯無さんと戦ったあと、ダリルさんと戦ったあと、そして今回は明らかに異常だ。実はそれ以外にも何度か具合が悪くなったことがあるのけど、クラス対抗戦や授業で実習があったときだったような気がする。僕自身は意識していなかったけど、楯無さんは気づいていたのだろうか。

「原因はわからないみたいだけど、あなたのお姉さんも同じように原因不明で倒れたのでしょう? あまり考えたくないけど無関係だとは思えないの。遺伝的なものか……もしくは月読、彼女も使っていたというあなたの専用機が関係あるんじゃないかしら」

 考えたこともなかった……けど確かに不自然な点が多すぎる。でも、詳しくは話を聞いたことがなかったけど紫音が倒れた原因も不明だったはずだ。医学的にわからないなら……月読に何かしら原因がある可能性も捨てきれない。このままいけば僕も……死……。

「紫苑君!」
「……え?」
「ごめんなさい、病み上がりのあなたに言うことじゃなかったわね。ただ、お姉さんの場合、ドイツで入院していたのよね? ドイツは遺伝子治療だとかなり進んでいるけど、それで原因がわからないとなると、やっぱり月読に何かしらあると思っていいんじゃないかしら。どちらにしろしばらく修理に出すのでしょう? その際に一度開発元にに顔を出してそこんとこ追及してみなさい。それにISを使用しなければ今まで別に何もなかったんだし、今のところそこまで心配することは無いんじゃないかしら」

 そうだ、普段は別になにか異常があるわけじゃない。なら楯無さんの言う通り一度STCに行き、いろいろ調べてみるべきかもしれない。

「……いろいろありがとう。今までお世話になりっぱなしで……でも僕はまだ何もお返しできてないよね」
「べ、別にいいのよ、私が好きでやってるんだから」
「それでも……」

 本来、お互いが支え合うギブアンドテイクの関係だったはずなのに、僕は楯無さんに対して何も与えられていない。今後も力になれることがあるのだろうか。先ほどの話のこともあり、僕は暗鬱としたネガティブ思考に囚われてしまう。

「あ~、もう。そんに辛気臭い顔しないの。そんなに言うなら……そうね。今度、買い物に付き合って頂戴」
「え、そんなこと……別にいつでもいいのに」
「あら? そんなこと言っていいのかしら? 付き合ってもらうのは……水着よ?」
「……は?」
「だ、か、ら。もうすぐ臨海学校があるでしょ? せっかくだから、新しい水着を紫苑君が選んで、ね」
「……えええぇ!?」

 狙ってやったのかはわからないが、先ほどまでの鬱屈とした感情は消し飛んだ。

 ……引換として別の悩みがやってきたのは言うまでもない。


 
 

 
後書き
私は京都弁のキャラってなんか好きです。 

 

第十六話 落日

 約二週間後に予定されている臨海学校。当然ながらただの旅行というわけではなく、学園内では行うことが出来ない様々な訓練を現地で行うことになる。砂浜でのランニングなどの基礎力向上に始まり、ISを実際に用いての海上訓練、果てはキャンプを展開してのサバイバル訓練など。
 その中でも入学して間もない一年生の連携向上というのが、目的としては一番大きい。そして生徒達もそれを理解しているはずだ。

 つまり、何が言いたいかというと……。

「ねぇねぇ、もう水着買った~?」
「ぇー、見せる男がいない海でそんな気合入れてどうするの?」
「もしかしたら、たまたま居合わせたカッコいい人に見られるかもしれないよ!」
「あ~ん、そんなことになったら運命感じちゃう」
「そしてそのまま一夏(ひとなつ)のアバンチュール……」
『キャーーー!』

 みんな浮かれすぎ!

 男がいないと思って、中には際どい会話も聞こえてくるし。それを聞かされる身にもなってほしい。いや、この中に男がいるなんて知らないから責めるのもお門違いだし、そもそも悪いのは僕なんだけど……。

 そして、他人事とは言えないことに……。

「ふっふ~ん、紫音ちゃんに水着選んでもらうの、なんか楽しみになってきちゃった~」

 二つ後ろの席から不穏な声が聞こえてくる。
 当然、彼女の席と僕の席の間にはフォルテさんがいる訳で。 

「ん、紫音たち水着買いに行くんスか? ウチも次の休みに買いに行こうと思ってたんで、一緒に行ってもいいッスか?」
「もちろんよ、フォルテちゃんも紫音ちゃんに選んでもらったら?」
「楯無さん!?」

 水着を持っていなければ、当然のように一緒に参加することになる。そして楯無さんはさも当然のように僕が選ぶことにフォルテさんを巻き込んでいく。最初の呟きからここまで、間違いなく狙ってやっている……。

「あ、いいッスね。日本でどんな水着が流行ってるかわからないから、そうしてもらえると助かるッス」
「私も協力するわよ。それに、そういうことなら紫音ちゃんがどういう水着を私たちに着せたいのか、っていうのはかなり参考になるんじゃないかしら、ふふふ」

 そう言いながら僕のほうに意味ありげな視線を向けてくる楯無さん。下手なことを言ったら墓穴を掘るだけなので、僕は頭を抱えるしかできなかった。

「ふふ、週末が楽しみね~」
「そうッスね!」

 悪意100%の楯無さんに対して、純真100%のフォルテさん。対照的な二人の笑みは、そのどちらもが僕の精神力をガリガリと削っていくのだった。
 結局、この日の授業は千冬さんの出席簿制裁を受けるまでまともに身が入らなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 週末になり、僕らは予定通り買い物に出かけることになったのだけど、これだけは言わせて欲しい。

「う~ん、紫音ちゃん。こんなのはどうかしら?」
「これだけあると迷うッスね~」
「ふにぃ、フォルテさんに似合う水着なら限られると思いますぅ」
「私もサイズが限られてしまいますね……」
「あ、たっちゃん、たっちゃん。これどう? これどう?」
「うっは、ずっちん、それ最高! 際どいラインで男どもを悩殺しちゃえ!」



どうしてこうなった……!



 半ば強引ではあるけど、僕は楯無さんとフォルテさんに連れられてこの辺りで最大級のショッピングモールにきていた。ここに来れば何でも揃うと言われるほどで、平日から人も多く週末ともなれば家族連れなどでごった返す。
 当然、学園の生徒たちもよく利用しているようで……。

「あふぅ、こんなに人がいたら大変ですねぇ。フォルテさん、迷子にならないように気を付けてくださいねぇ、小さいんですからぁ。逸れたら見つけるの大変ですしぃ、面倒ですからぁ」
「小さい云々はこの際いいとして、最後に本音が見えてるッスよね!」

 まず、フォルテさんが出かけるということでフィーさんがついてきた。

「あら? 西園寺さん。あなた達も買い物? そう、私もちょうど水着を買いに来たのよ。せっかくだから、ご一緒してもいいかしら?」

 たまたま来ていたウェルキンさんが合流することに。クラス対抗戦が終わったあと、クラスが違うせいであまり接点はなかったけど、何度か会って割と仲良くなることができた。

「お、なんなのこの人ごみは……って、たっちゃんご一行!? なになに、このパーティは。魔王討伐でも行くの?」
「魔王はともかく小国くらいなら軽く侵略できそうなメンツだな」

 いろんな意味で目立っていた僕たちのもとに、これまたたまたま来ていた薫子さんとその友人の佐伯さんがやってきて彼女たちも合流することに。いつの間にかすごい人数になってしまい、さらに目立つことに……。
 佐伯さんというのは、フルネームが佐伯京子さん。短めの黒髪に中性的な顔立ちでボーイッシュな人で、その見た目に違わず言動もサバサバしている。
 佐伯さんは薫子さんの親友で、彼女のことを『ずっちん』と呼ぶ。薫子さん経由で今まで何度か話したりすることはあったけど、中でも整備科志望という共通点があり薫子さんと佐伯さんとは特にフィーさんが仲良くなっている。

 そんなこんなでさっきの状況に至るのだけど……。

「ねぇ、紫音ちゃん。こっちはどう?」

 楯無さんは水着を試着する度に僕に見せて意見を聞いてくる。正直、目のやり場に困ってまともに水着を見ることができないのだけど、そんな僕を見て楯無さんは満足気にまた別の水着に着替える。結局、僕は意見らしい意見が言えなかったけど、一番似合っていると思った水着を買ったようだ。彼女曰く、一番反応が可愛かったから、らしい。……べ、別に見惚れてなんかなかったから!

「こ、これが噂の日本で最も有名な水着ッスね! これで浜辺を歩けば注目間違いなしって聞いたッス」
「あはぁ、似合いますよぉ、フォルテさん。サイズもさすがのジャストフィットでぇ、違和感もないですねぇ」

 フィーさんは絶賛しているが、フォルテさんが今試着しているのは紺一色のシンプルなワンピース型の水着。……というかスクール水着だった。ご丁寧に胸元に『さふぁいあ』と書かれた名札が貼り付けてあった。というか、それ何の知識なの、フォルテさん……。
 そしてフィーさんは相変わらずフォルテさんで遊ぶのを自重しない。

「おぉ、さすがは学園の幼女オブ幼女! 写真撮ればそっち方面に高く売れそうね!」

 薫子さんは何やら興奮してフォルテさんの写真を撮っている。しかも、次々とフォルテさんにいろいろなスク水を渡している。ひとえにスク水といっても旧旧・旧・新・競泳・スパッツ型の5タイプに大別できるらしく、いろいろなタイプを着させては写真を撮っていた。犯人はあなたか……あ、誤解しないように言っておくとこれは薫子さんが熱弁してたんだよ……? 僕は誰に弁解しているのだろう。
 というか、フォルテさんの選択肢はそれしかないのか……。このまま騒いでいたら通報されそうな勢いだ。

「こ、これはちょっと胸が……きついですね」
「ウェルキン! 喧嘩売ってるんだな、そうだな! よし、表へ出ろ!」

 一方、こちらではウェルキンさんが試着していたのだけど……どうもその……胸のサイズが合わずにけっこう際どいことになっていた。とても直視なんてできない状態だ。そしてそれを見た佐伯さんが激昂している。ちなみに佐伯さんは……うん、順番的にはフォルテさんの次くらい、何がとは言わないけど。

 そんなこんなで、売り場はもはや混沌としている。
 楯無さんの水着が決まったあと、なんとかフォルテさんの間違った認識を正しつつフィーさんと薫子さんに軽くお説教。ウェルキンさんが佐伯さんともみ合ってさらに大変なことになっていたので仲裁してサイズが合うものを探すのを手伝ってあげる。その途中で佐伯さんは僕の(作り物の)胸をいきなり揉みだし、再び激昂。何故か僕まで敵認定されてしまった。

(つ、疲れた……)

 こうして、それぞれが水着を購入したあとに喫茶店で一休みをし、その後は解散となった。
 ちなみに僕は当然購入していない、というかできる訳がない。売り物の水着を試着しようものなら、大変なことになる。なので、僕はあらかじめ束さんに頼んで作ってもらった。いま使っているISスーツのサポーター技術を使い、さらに念のためパレオタイプのものにしてもらった。これなら……仮に着ることになってもたぶん大丈夫なはず。でも出来れば体調が悪いとか理由をつけて当日は極力水着を着るのは回避するつもりだ。
 もう水着は用意してある旨を伝えて、みんなには納得してもらった。……薫子さんが無理やり着せようとして、危うく脱がされかけたけど。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

『う~ん、データ見てみたけど月読の破損はちょっとひどいみたいだねぇ。STCで直せるのかな?』

 買い物から戻った僕は、束さんと連絡をとっていた。橘さんとの試合で大破した月読は、既に開発元でもあるSTCに預けて修理をしてもらっている。同時に、データは束さんに送っていた。

「うん、とりあえず明日一度顔をだして進捗を確認してくる。……もしかしたら束さんに協力お願いするかもしれないけどいいかな?」
『うんうん、問題ないよ。ついでにいろいろ改造しちゃっていいかな? 具体的には第四世代相当くらいまで』
「そ、それは魅力的だけどいろいろと拙いから、とりあえずは直すだけにしてほしいかな……?」
『ん~、残念。まぁ、ちょっと気になることがあるから直接見れるだけでもいいかな』

 束さんの好きに改造させてしまっては禄でもないことになる気がする。というか第四世代相当って、各国が第三世代の開発に鎬を削っているところにそんなもの出したら大騒ぎになる、勘弁してほしい。
 学園で目立つことが避けられないのは、もう半ば諦めたからいいけど……いや、本当はよくないけど。それでも世間的に注目されてしまうのは話が違う。束さんのこともあるし、極力それは避けていきたい。
 正直、もうちょっと駄々を捏ねるか無理やり改造されるかもしれないと思ったけど、返ってきた答えは意外にもあっさりとしたものだった。束さんの気になること、というのがなんなのかは疑問だけど、彼女がそういう言い方をしたのなら聞いても教えてくれないと思う。
 
 この日は話をそこそこに、明日僕が月読の状態を確認したうえで改めて連絡をすることにして部屋に戻った。そこでは楯無さんが昼間の買い物のことでいろいろ絡んできたので無視を決め込もうとしたら、何故か僕の水着を披露させられる羽目に。『見せてくれないと口が軽くなっちゃうかもな~』なんて言われて仕方なく……、いやそうは言っても彼女がバラしたりすることはないってわかってるけど……わかってるけどね!
 半ば強引に水着を着させられた僕はまた一つ大事なものを失った気がして枕を涙で濡らした。隣で楯無さんが『なんであんなにスタイルよくて肌も綺麗なの……やっぱ本当は女の子なんじゃ』とか言ってた気がしたけどきっと夢だね、うん。
 


 翌日、僕はSTCへと向かう。当然、月読の状況を確認するためだ。いままで、データのやり取りなどは行ってきたけど、直接訪れるのは入学以来初めてだ。今までの修復作業程度なら、僕が学園の整備室で行うことができたし、必要な部品があれば連絡をすれば送ってくれていた。とはいえ、今回はそうもいかなかった。
 正直、僕はできればここには来たくなかった。この場所はあまりにも居心地が悪い。

 月読のメンテナンスに関わる人間はそう多くはない。なぜなら、必然的に僕の秘密にも触れてしまうから西園寺家で厳選した人間しかいない。逆を言えば、彼らはみな僕のことを知っている。そして、それは今まで僕を腫物のように扱ってきた人たちな訳で、それは今も変わっていない。
 それどころか、男性操縦者ということでまるで実験動物でも見るかのようだ。実際、入学前には幾度もそういった目にあってきた。当然、紫音として入学することが決まっていた以上は痕や後遺症が残るようなものは無かったのだけど。
 世界で唯一のサンプルが、自分達のみが手の届くところにいる。それは彼らの優越感と知的好奇心を満たすに十分だったようだ。

 そして、例によって今回もいろいろと体を調べられることになった。名目上は月読の操縦に伴う体の負担のデータを取る、と言っていたけどどこまで本当か。
 先日の楯無さんの言葉が思い出される。僕の体調が悪化することがあるのはIS使用によるものなのか、月読が原因なのか。どちらにしろ月読以外が動かせない僕にはどちらが原因かを判断することはできないし、どちらも見当違いなのかもしれない。

 しかし、伝えられた結果は特に異常なし。信じていいのかは甚だ疑問ではあるけど、ひとまずは安心することにした。もちろん、ここは病院ではないので何かしらの病気の可能性は残るのだけど、月読との関連性はなしとSTCが判断したということだ。

 一方で、月読の修復状態は芳しくないものだった。本体の修復を優先したため、ネームレスは未だ破損したまま。肝心の本体も、修復率は40%ほどで止まっている。話を聞く限りだとここからの修復がいろいろと困難らしい。やっぱり束さんの協力を仰ぐ必要があるかもしれない。もちろん、ここの人たちが大人しく協力してくれるとは思えないから何かしら理由をつけて持ち出す必要があるけど……。

 予想通り、一度月読を持ち出したい旨を伝えたら難色を示された。でも、とりあえず装着ができる程度には直っていること。僕が月読以外を装着できないことで一部の授業に参加できず、今は理由を作って誤魔化しているがこれ以上は怪しまれる可能性があることを伝えて、とりあえず数日だけ持ち出しの許可を貰った。
 ホッとしつつも表情に出さないように努め、月読を預かる。待機形態である月読がもとの位置に収まると、より大きな安堵感に包まれる。わずか数ヶ月で随分ISに依存するようになってしまった、と内心苦笑しつつ今の僕があるのはISを通して関わった人たちがいるからだと考えるとそれも当然か、という結論に至る。

 目的を果たして帰ろうとしたところ、突如として研究所内に爆発音が鳴り響く。それは一度では終わらず、二度、三度と続く。同時に響く、けたたましい警報。それが、さきほどの爆発は実験などではなく明らかな異常なのだということを伝える。

 いったい、何があったというのか。この研究所は一般のラボとは離れていて、主に月読に関してのみ使われている。月読が他の武装を使えないこともあり、余計な武装や先ほどのような爆発が起こるようなものは置かれていないし、そういう事故が起こるはずもない。ということは……。

「襲撃!?」

 真っ先に思い浮かんだのは、亡国機業。なぜなら、以前学園を襲撃した亡国機業が狙ったのは月読だった。なら、警備が厳重で戦力もある学園より外に出たところを狙うのが効率的だ。でも月読は破損していてこのまま奪ってもまともに運用はできない。開発元でも修復に四苦八苦している状態で奪って、果たして役に立つのだろうか。それとも、そういう情報を掴まないままただ奪うことを考えたのか、または別の目的か。

 刹那のうちに様々な思考が頭を過ぎったけど、今の状況でそれを考えても仕方ない。まずは残っている人の避難誘導と消火を行おうと僕は月読を展開する。

 と、同時に体中を原因不明の痛みが駆け巡る。

「が……はっ」

 体がバラバラになるような感覚。何かがポロポロと剥がれ落ちていく。それは黒い破片……月読の装甲だった。周りには誰もおらず攻撃を受けたわけではない、かといって爆発に巻き込まれたわけではない。ただ、崩れていく。それがまるで自分の体であるかのように痛覚に作用する。

「ぐ……げほっ」

 突如、体の中から何かがこみ上げてきて思わず吐き出してしまう。辺りを覆い始めた煙と、やや霞む視界に移ったのは、眼下に零れ落ちた赤い液体。

「こほっ……血? こんな……ときに……」

 フラフラする頭で、それが僕の口から吐き出されたものだと理解し、それが意味することを悟る。そしてそれ以上考えるのも億劫になり、足から力が抜けてしまう。

「た……ばね……さん」

 そんな中、真っ先に束さんの顔が脳内に浮かんだ。
 彼女がいなければ僕は壊れていた。束さんも、僕がいてくれたから救われた、と一度だけ珍しく真面目な顔で話していたのを思い出す。お互い様のようだ、なら僕がいなくなったら彼女はどうなるのだろう。僕は束さんがいなくなるなんて考えられないし、そうなったらまた壊れてしまうかもしれない……。もし彼女も同じなら、僕はここで倒れる訳にはいかない、そう思うけれど力が入らない。

 月読も崩壊が止まらず、このまま爆発に巻き込まれれば絶対防御も発動しないかもしれない。

「楯無……さん」

 続いて、楯無さんの顔が頭を過る。
 こんな状況で彼女のことを思い浮かべるなんて、自分自身、少し意外ではあったけれど、確かに僕にとって彼女の存在は大きくなっている。いろいろと振り回されたけれど、彼女がいなければ今の僕はいない。でも、まだなにも恩を返すことができていない。やっぱりこのまま倒れるわけにはいかないんだ。

 でも……。

 そんな想いとは裏腹に、僕の意識は遠のいていく。

第零形態(ゼロスフォーム)移行(シフト)します』

 僕が意識を完全に手放す直前に、聞き覚えのない声が脳内でそう告げた……。







『さぁ、今日はIS学園の生徒もよく訪れるという、巨大ショッピングセンターにやってまいりましたぁ』

 何の気なしにつけたテレビから、元気な声が流れてくる。

(ふふ、人数が増えたのはちょっと想定外だったけど昨日は面白かったわね)

 楯無は昨日まさに自身が立ち寄ったその場所をテレビで見て、ふと昨日の出来事を思い出しながら今は不在のルームメイトのことを考えて笑みを浮かべる。

 学園に入学した直後、彼女にとって紫音という存在は、はじめはそれほど重要ではなかった。それどころか、得体の知れない相手というのが第一印象だ。IS業界でも名だたるSTCの母体でもある西園寺家の令嬢、それだけで警戒するには十分だったが、決して興味を持つような存在ではなかった。しかし、更識家によって調べられた情報にはどこか違和感を感じていた。

 その違和感は紫音の弟である紫苑が最近原因不明の病で倒れたという情報だ。特に不自然な点は無かったにも関わらず、彼女にはなぜかそれが引っかかった。
 そしてその感覚は、楯無が紫音と出会うことでより一層強くなる。情報にあった人物像とのズレ。そして、時折見せる何か悲壮感すら漂わせる瞳。それらが楯無の琴線に触れ、紫音へと興味を持たせる。

 その違和感の正体を突き詰めてやろう。楯無はただそう考えていた。しかし、それはすぐにどうでもよくなった。否、それが重要ではなくなった。
 なぜなら、楯無自身が紫音という存在を気に入ってしまったのだ。

 まさしくお嬢様というその外見や仕草、話し方。その姿は一般男性から見ればまさに女性の理想だったともいえる。いや、むしろ完璧すぎた。その仮面のようなものから見え隠れする本音。からかったときの反応はまさにそれで、それは楯無にとっては好ましいものだった。
 普段は自分を偽り続けているのに、素直に素の反応を示す違和感。それはより彼女の興味を誘った。

 自分と並び立つ成績に、同じ専用機持ち。今まで、その優秀さから周りを寄せ付けなかった楯無にとって初めて対峙する同等の存在。そして、その実力はクラス代表を決める試合で明らかになった。
 最初はただ実力を確認してみたいという軽い気持ちで、負ける気など微塵もなかった。しかしその認識は覆される。結果的には勝ち、余裕を見せるようには振る舞っていたものの心中はとても平静ではいられなかった。しかしそれは決して負の感情ではない。初めて、同年代で対等に付き合うことが出来る相手が現れたことに対する歓びだった。

 楯無は、その優秀さ故に友人といえる存在は少なかった。もちろん彼女は人付き合いがよく、多くの人に慕われている。一種のカリスマ性から、同性異性に関わらずに人を惹きつける。しかし、それは相手から一方的に受けるものであって、彼女が真に友人と呼べる対象は多くはなかった。自身が暗部に所属しているということに引け目を感じたことはないが、相手を巻き込むことになる可能性から踏み込むつもりがないのも事実だ。
 しかし、紫音と関わってからそれが変わった。周りには自然と人が集まる。それは今までと変わらないようで、何かが違う。紫音自身は楯無の周りに人が集まっているのだと思っていたが、実際には紫音の周りに、いや二人の周りに人が集まっていたのだ。その違和感に最初は戸惑いつつも、楯無は今までより自然に周りと接することが出来る時間が増えていった。

 やがて、楯無は紫音の、紫苑の正体を知ることになる。しかしそれは既に彼女にとって些細なことだった。もともと何かを隠していたことは承知の上。その存在を認めていた以上、それが紫音という名前であれ紫苑という名前であれ、女であれ男であれ気にならなかった。
 しかし正体を知るに至る過程で、楯無は紫苑の中にある闇を知ることになる。その根本的なものまではわからなかったが、幼いころから更識という裏の世界で生きてきた自分にも似たような経験はある。しかし、彼が抱えるものはそれよりも遥かに深い闇に思えた。

 力になりたい、自然にそう思えた。らしくない、と思いつつも楯無はその思いを素直に受け入れる。

 紫苑に対するその感情は、親友たりえると感じていた紫音という少女へのそれの延長線上である、と彼女は理解している。決して恋愛感情ではない、今はまだ……。

 テレビの内容などほとんど頭に入ってこないほどに物思いに耽っていた楯無に突如連絡が入る。それは更識専用の通信。つまり、本家からだった。

「なんですって!?」

 驚愕の声をあげつつも一言二言やり取りの後、すぐに楯無は部屋を飛び出した。その表情は先ほどとは打って変わり、血の気を失ったように青ざめている。 

『つい先日、IS学園の生徒さんがこのお店で水着を買っていたということで話題になっています!』

 つけっ放しのテレビからは変わらず元気な声が流れてくる。
 楯無も、先ほどまではこんな日常が変わらないと思っていた。

『ここで予定を変更して臨時ニュースをお伝えします。先ほど、国内有数の軍需企業でもあるSTCが何者かに襲撃されました。しかし、直後に大規模な爆発が起こり、周囲1kmの建造物が完全に消滅。多くの行方不明者が出ています。組織名などの詳細な犯行声明が出ていませんが、反IS組織の過激派によるテロではないかとの見方がでています。なお、行方不明者の中には母体でもある西園寺グループ会長のご息女も含まれておりその安否が気遣われます。また、同時に西園寺本家にも襲撃があり……』

 しかし、平和な日常など簡単に壊れるのだ、それこそ組み上げたトランプが崩れるように容易く……。



 
 

 
後書き
括りとしては、これで第一章完となります。
全部で四章構成の予定です。 

 

第十七話 真実の一端

 遮るものなく、眼前に広がる青い空。
 
 浮遊感のようなものを感じる。

 ふと、下を見ればそこには広大な大地が広がっている。

 ここは……空? 僕はさっきまでSTCにいたはず、そこで血を吐いて……なら僕は死んだのかな? 死んでもこんなことが考えられるの? 死後の世界? 馬鹿馬鹿しい、そんなことあるはずがない。なら、僕は生きていて、これは夢か何かなのだろう。

 夢だとしても、冷静にそんなことを考えられることには違和感を感じる。でも、こんな不可思議な現象をこれ以上考えても答えなんて出るわけがない。ならしばらくこのまま流されてみよう、そう考えた。

 ふと気付けば目の前の風景が変わっている。青から闇へ、そして点々と光り輝くなにかが見える。
 
 どこが上でどこが下か、さきほどまであった感覚もなくなりあたりを見渡すと目の前に映ったのは写真やテレビで見たこともある、地球の姿。そして僕はここが宇宙空間なのだと悟る。

 そして、改めて今の自分の姿に気付く。
 先ほどまで感じていた状態は月読を展開している時と変わらなかった。でも、今の僕は黒い装甲などではなく、真っ白な装甲だった。客観的に見れるわけではなかったので、その全貌はわからなかったけど明らかに月読のそれとは違う。

 ここに至り改めて、この意味のわからない現状に考えを巡らせる。夢であるならば、今までの経験や記憶などから構成されるはずだろう。なら、この現状は? 宇宙なんてものは直接見たこともないのに、今眼下に広がる光景はあまりにもリアルだ。そして、僕が纏うこの謎のIS。そもそも月読以外のISは操縦できないのに、他のISの記憶なんてあるはずがない。
 なら、これは僕以外の記憶? ならいったい誰の? どうして僕の中に?

 考えが纏まらずに思考の闇に沈み込む刹那、あたりが眩い光に覆われて僕は再び意識が途切れた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ここ……は?」

 先ほどまで見ていた光景が頭に焼き付いている中、目覚めた場所もまた僕の未知の空間だった。いや、もしかしたらこれもさきほどの続きなのかもしれない。
 あたりを確認してみるとそれほど広くない部屋、本や機械類で煩雑とした室内のベッドの上に僕は寝かされていた。
 
「おや、お目覚めになりましたか、紫苑様」

 突然聞こえてきた声とともに、扉から入ってきたのは……クロエだった。

「クロエ……? ってことはここは束さんの?」
「はい、束様のラボの一室です」

 僕の問いかけに、淡々と答えるクロエ。
 最後にいたのはSTC、そこで……僕は倒れた。記憶はそこまでしかない。ということはどういう経緯かわからないけど束さんに助けてもらったってことか。

「ご想像の通り、紫苑様は束様に保護されました。STCの跡地より1km離れた場所で倒れているのを追跡、発見しラボまで連れ帰りました」
「1kmも……? って、それより跡地……? そうだ、あの爆発は!? STCの人はどうなったの?」

 そうだ。そもそもあの時いきなり爆発があって、その場で意識がなくなったんだ。それが何でそんなに離れた場所に?

「やぁやぁしーちゃん、目が覚めたんだね。おっはー。詳細はあとで説明するけど、STCは消滅。当時現場にいた研究員はいまだ行方不明だよ」

 束さんが突然やってくるのはいつものこと、でも告げられた内容はその口調とは激しく落差のあるものだった。消滅、行方不明、あまりにも予想を超えた状況に理解が追いつかない。……少なからず憎しみすら抱いた相手とはいえ、行方不明か。死んでいる可能性も高いことを考えるといい気分ではない。

「ちなみに、爆発の原因はIS憎しとか馬鹿なこと叫んでる連中みたいだね」
「捕捉させていただくと、女尊男卑を憂う反ISを主張するテロ組織『リベリアス・ファング』による襲撃です。STC以外にも数カ所が襲撃を受けています」

 反IS組織。ISが世に出てから女尊男卑の世の中になるにつれて、それに意を唱える人たちが集まった組織。主に男性権力者が出資者となって、その構成員もほとんどが男性。
 確かに、今の世の中は異常といっていい。ISは……本来の目的がどうあれ今は事実上の兵器として各国に配備されていて、その操縦者たる女性が重用されるのはわかる。とはいえ、たかだか500名に満たないISの操縦者。訓練生や、予備操縦者などを含めても世界中で1万人に満たない。
 にも関わらず、なぜ全ての女性が男性より上として扱われるのか。

 信じられないことに、街では当たり前のように見知らぬ女性が、赤の他人であるはずの男性に向かって平気で何かと命令していることがある。そういった場合、男性側は当然無視するか断るかするべきなのだろうけど、最悪の場合は警察などを呼ばれてあらぬ罪で連行される可能性もある。
 一昔前によくあった……かどうかは分からないけど、電車での痴漢の冤罪のようなもので女性側の意見が一方的に通ることがほとんどだ。もっとも、今の世の中で痴漢なんてしようものなら懲役で十年以上は確実だ。

 僕も、ISが操縦できるとはいえそれは対外的には知られていないし、それだけに今まで嫌な思いも多々あった。だからといって、今女性の真似事をしている中で同じように尊大に振る舞おうとは欠片も思わない。
 
 そして、何より許せないのがそういった連中がISを理由にしていることだ。そもそもの発端は女性の権利を
主張する人たちがISを契機に男女平等を謳ったこと。それは構わないけど、今の現状は行き過ぎだ。なにより、ISは操縦が女性だけしかできないだけで、開発や運用には未だ男性だって深く関わっているんだから。
 そして、この反IS団体もだ。向ける矛先が違う。ISはこの世の中になったきっかけであって根本の原因じゃないんだから……。

「馬鹿げてる」
「そうだね~、自分で考えることが出来ず、周りに流されることでしか生きられない連中の主張になんて価値はないと思うよ」

 僕の呟きに束さんが答える。その声は辛辣で、珍しく飾り気のない真面目な言葉だった。僕ですらこんな風に考えるのだから、そもそもの開発者である束さんにも思うところがあるんだろう。

 と、急にくぐもった音が鳴り響く。

 ……というか僕のお腹の音だった。

 その音を聞いて気付いたけど、なんだか酷く空腹感がある。それに全体的に怠さがのこっている。そもそも吐血してたんだからそれも当然か……というか僕の体は大丈夫なのか。

「あはは~、いい音鳴ったね! じゃぁ詳しい話はごはん食べながらにしよっか」
「うぅ、ごめん」
「お気になさらず。半年近くも眠っていたのですから当然かと」
「……は?」

 お腹が鳴ったのを聞かれたのが恥ずかしいとか、そういった感情が一気に吹き飛ばされる。
 クロエは今何て言った?

「む~? だから、ごはん食べながら話そうって」
「いや、束さんじゃなくてクロエ……」
「ですから、半年近く眠っていた、と」
「そ、それ! いま何月何日!?」
「紫苑様を保護してから半年が経っております。もう年が明けて本日は1月15日です」

 そ、そんな……。僕はそんなに長い間眠っていたのか。
 
「な~にをそんな鳩がレールガン食らったような顔してるのかな?」
「ご心配には及びません。紫苑様のお身体のことでしたら、お着替えから下の世話まで私が完璧にこなしておりますので」

 どんな顔!? そもそも消し飛ぶよ! そんなに変な顔してるかな、そうだろうね。気絶して起きたら半年経過してたって言われたらそりゃ呆けた顔くらいするさ!
 そして……ああ、それだけは聞きたくなかったよ!? そりゃ、僕の事情じゃ入院なんかできなかっただろうし、感謝してもしきれないけど、それでも……あぁ、もうお嫁に……じゃないよ!? お婿に行けない……。って、なに言ってるんだ僕は、落ち着け紫苑。

「……どうしたの?」
「いい感じに錯乱しているようですね、しばらくそっとしておいた方がいいかと思われます」
「うぅ……」

 しばらくして、我に返った僕を待っていたのは半固形化した味噌汁らしきものと炭化した何かだった。話なんてまともにできるはずもなく、なんとか食べきった後に再び意識を失ったのは言うまでもない。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 料理とは言えないなにかに意識を奪われたあと、僕はそのまま寝ていたらしく目が覚めたのは翌朝だった。そこで僕は、まず食事環境の改善に図る。クロエが何やら作ろうとしていたけど、相変わらず卵焼きは消し炭になっていたので隅に追いやり作り直す。少し教えたらちゃんとできてたので、束さんが何でもかんでも食べてしまい失敗と認識してなかったのが問題らしい。それでいいのか……。

「さて、まずは当時の事故のことだけど、STCは文字通り消滅したよ。正直、あの規模の爆発に巻き込まれてたらいくらISの絶対防御でも守りきれないかな~、しーちゃんよく無事だったよ、ほんと」

 当時のことはよく覚えていない。最初の爆発程度ではそこまで大規模にはならないはず。つまり僕が気絶したあとなにかあったんだ。

「とりあえず、実行部隊は捕まえて半殺しにして引き渡しといたよ! しーちゃんに何かあったら半殺しじゃ済まなかったけどね~」
「束様、半殺しというにはやり過ぎでした。八割殺しだったかと」
「そうかな? ま、どうでもいいよね。組織のほうも嫌がらせしたけどうまく逃げられて壊滅まではいかなかったかな~、残念」
「……そ、そう」

 相変わらず恐ろしい人だ。その組織はこの人に目をつけられるようなことをした不幸を呪えばいいと思う。

「紫苑様、実は同日に西園寺本家にも襲撃があり、お父上が行方不明となっております」
「そんな……!」

 行方不明? そんな、まだ……あの拒絶された日から話ができていないのに……。あの言葉の真意が知りたかったのに! 
 
 今までの事、あの日の事、父に関するあらゆることが頭の中を駆け巡り、それでも答えが出ずに堂々巡りを繰り返す。

「しーちゃん大丈夫?」
「ん……ごめん。ちょっとビックリしたけど、大丈夫」

 束さんの声にハッとする。彼女がこうして真っ直ぐに僕を心配することなんてほとんどない。彼女はいつも何かしら茶化しながらする。つまり、こういう時は僕が本当落ち込んでいるとき。そして……真面目になるときはいつだって重要なことを話すときだ。

 父さんのことは確かにショックだけど、落ち込んでばかりもいられない。あまりに多くのことが一気に起こり過ぎている、まずは情報を把握しないと。

「それで、その様子だと僕が倒れた理由とかもわかったんだよね? そうでなかったらここで医療施設でもないのにまともな治療なんてできるはずないし」

 そう、半年も寝ていたにも関わらずそのままここに寝かされていたということは何かしらの原因がわかり、それを除去していたんだろう。

「そのためにはまず、しーちゃんが何でISを動かせるかというところまで遡るんだ。……しーちゃん、この話はしーちゃんにとって聞きたくない話かもしれない。知らなくても、体は治したしISも今まで通り専用機なら動かせるよ」
「……自分のことなんだよね。それに、もしかして紫音が倒れて……死んだっていう原因にも繋がってるんじゃない? なら、僕は知りたい。知る義務がある」

 そう、僕は最近……といっても実際には半年以上前になるんだけど、体調不良の原因は紫音と一緒じゃないかと考えていた。だからこそ、死ぬ恐怖も頭を過った。そして……月読の存在。やっぱり、僕は知らなきゃいけないと、そう思う。

「なら……止めないよ。えっとね、しーちゃんが倒れた理由はね……簡単に言えば遺伝子異常なんだ」
「遺伝子異常?」
「うん。そもそもしーちゃん達って、一卵性の双子だよね? なんで性別が違うのかって考えたことある?」
「ん~、確かに考えたこともあったけど原因はわからなかった」

 確かに、本来なら一卵性の双子において性別が違うなんてあり得ないこと。でも僕らは確実に一卵性らしい。でも、そうなった原因は不明だった。

「しーちゃん……君達はね、受精卵の段階で遺伝子操作を受けて生まれたんだ」
「遺伝子……操作?」
「本来は、しーちゃんの姉……紫音しか生まれるはずがなかった。それが途中で、無理な遺伝子操作のせいで欠けたんだ。一卵性の双子も本来は自然分裂するものだけど、しーちゃんの場合は文字通り欠けた。そのまま操作を続けたことで、どちらもが無事に成長したようだけど、欠けた遺伝子だけは戻らず、そのときの無理な操作が原因で性別にまで影響が出たみたいだね」

 つまり、僕と紫音は……。

「しーちゃん達は、二人で一人だったんだよ。そしてその欠けた、足りない因子が異常として体を蝕んでいたんだ。でね、月読の中のデータに本当の持ち主、つまり君のおねーさんだね、その遺伝子データが残っていて、それをもとにしーちゃんの遺伝子の復元治療をしたってわけ」
「……今さらだけど束さんってなんでもアリだね」

 あまりに衝撃的な言葉に、僕はそう返すのが精いっぱいだった。
 僕らが遺伝子操作を受けていたこと、そしてそもそも僕は紫音から分離しただけに過ぎないこと。
 それはつまり、今まで僕が人より物覚えがよかったり、運動が出来たりしたことも操作によるものだったこと。

 まるで……僕の存在そのものが否定されたようだ。

「それは違うよ。しーちゃんはしーちゃんだからね、生まれた事情がどうであれ、そんなこと関係ないと束さんは思うよ~。それに例え操作があったとしても、別にそれに感けてる訳じゃないでしょ? だったら別に関係ないじゃん、生まれなんて。世界が平等だったことなんて一度もないんだよ」
「なんでいつもそんなに簡単に心を読めるかな~……」
「紫苑様は顔に出やすいかと思いますが気づいてらっしゃいませんでしたか?」
「え、クロエにもわかったの?」
「はい、ハッキリと」

 はは……そんなんで僕は今まで女生徒としてよく学園に通えたな……。

「それは、しーちゃんが女の子として違和感がないからじゃない?」
「それ以上僕の傷を広げないで!」

 そんなに違和感ないか……、確かに最近男として行動してなかったから男に戻れる自信もなくなってきたよ……。

「そんなことより、しーちゃんがISを動かせる理由もわかったよ」
「そんなことって言われるのも酷いけど、その理由は気になる……かな」
「まぁ、さっきの話が答えなんだけどね。えっと、ISは操縦者の遺伝子情報を読み取って適性を判断、稼働するんだけどそれはいいかな? でね、量産機は稼働の度にそれを読み取って、停止するたびに情報を書き換えているの。それに対して専用機は初期化する際に操縦者の情報をインプットして、それ以降はそれと整合することで判断するんだよね。初回は量産機同様に適性云々、つまり男女の判断も行っているんだけど、二度目以降は遺伝子情報の整合しか確認していない」
「つまり、あらかじめ登録された遺伝子情報と同じであれば、たとえ男であろうと操縦できる」

 それが、僕が月読を操縦できても量産機が操縦できない理由……。
 
「さっすがしーちゃん、理解が早くて助かるね。でねでね、月読がしっかり初期化されなかったのはしーちゃんと本来の操縦者との遺伝子に僅かな食い違いがあったからなんだよね。もとは一人だったからか、操縦者として認識されたみたいだけど」
「まぁ、本来は一卵性の双子かクローンでもなければそこまで遺伝子情報が一致することがないんだろうね、でも一卵性の場合は本来は性別が違うことなんてあり得ないから、男性操縦者なんてそうそう出て来ない訳か」
「それが、そうでもないんだよね~」

 本来ならば、あり得ないという僕の言葉を束さんは満面の笑みを浮かべながら否定する。その表情はいつもの……悪戯をする子供のような笑顔だった。

「……今度はなにしたの?」
「ぶー、何があったの? って聞くもんじゃない、普通は? まぁ、正解だけどね。いっくんって知ってるよね、ちーちゃんの弟の」
「うん、会ったことはないけどね」

 織斑一夏、僕より一つ年下で、千冬さんの弟。何度か話は出てきたけど直接会ったことはなかった。ちなみに、一時期束さんの妹の箒ちゃんと仲が良かったらしい。所謂幼馴染というやつかも。

「……まさか?」
「むふふぅ、ちーちゃんが昔使った白騎士のコアが残っててね、その登録データといっくんのデータがかなりの割合で一致しててね……ちょちょいと細工したらいっくん、IS動かしちゃった」
「えぇ!?」
「紫苑様、いま世間では世界初の男性操縦者の出現に大騒ぎになっております」

 そう言いながら、クロエが僕に新聞を渡してくれた。そこには織斑一夏君の写真が一面に掲載されており、様々な憶測が記事に記載されている。果てには、まだ見ぬ男性操縦者を探すために男性向けの全国一斉適性検査を行うといった頭の痛くなるような記載もあった。……税金の無駄遣いになりそうだなぁ。

「……はぁ。で、どうやったの?」
「いっくんが受験する予定だった高校の受験案内をIS学園のものにして、受験会場で変装したクロエが誘導して打鉄が置いてある場所に誘導したの。で、いっくんが触って動かしたら騒ぎにしたってわけ。ちなみに、その打鉄は白騎士のコア情報を登録した特製品だけどね。だからまだいっくんはそれしか動かせないよ。まぁ、ちーちゃんがいるし、それとなくその打鉄以外は使わないように誘導したから大丈夫でしょ、詳細は話してないけど」

 相変わらず無茶をする。でも織斑君は昔、千冬さんが第二回モンデグロッソに出場する際に誘拐されたらしい。そのせいで、千冬さんは出場辞退して織斑君を助けに行った。以降も織斑君を狙った工作や干渉があったらしいけど、千冬さんが全て跳ね除けてきたとのこと。でも、亡国機業の動きが活発化してきたことや僕が遭遇した反IS組織のテロのこともあり、なら合法的にIS学園で保護しようと、今の形にしたらしい。
 親友である千冬さんのことを想っての束さんの行動……だよね? 面白そうだからとかじゃないよね?

「面白そうだからだよ?」
「あぁ……そうだよね、そういう人だったよね」
「でもでも、結果的にいっくんは学園側でちーちゃんと一緒にいられるし、いざとなればしーちゃんも守ってあげられるでしょ?」
「え? 僕も?」

 その言葉は僕にとっては不意打ちだった。父さんも研究員も行方不明になり、僕のことを知る人間はほとんどいなくなってしまった。つまり、西園寺の命令で女性として学園に通い続ける必要はなくなったと言える。
 ……でも僕個人としてはどうだろう。学園には、そこで知り合ったみんながいる。わずか数ヶ月だったけど、それは僕の数年にも匹敵するものだった。出来れば、このまま通い続けたい。

 でも、今までは仕方ないと言えた。親に強制されて選択肢がなかった。なら、これからは?
 このままみんなを騙し続けるとしたら、それは僕の意志で逃げ道はない。それに僕は耐えられるの?
 男性操縦者が現れた以上、僕も同じように入学することも可能かもしれない。二人目ならそれほど混乱も起きない。でも、その場合は僕は紫苑として入学することになるし、それはそもそも死んだことになっている人間だ。

「だ、か、ら。束さんがしーちゃんに学園に通う理由を作ってあげるんだよ。こんど箒ちゃんも入学するから一緒に守ってあげてほしいんだよね~」
「なんでもお見通し、ってわけね」
「ふっふっふ、しーちゃんのことなら何でもわかるよ。サポートは今まで通りお任せあれ!」

 ……やっぱり束さんには敵わない。

「あれ? そういえば今、僕は世間的にどうなってるの?」
「行方不明、となっておりましたが昨日のうちに千冬様へ連絡しております。ちなみに紫苑様の親族が全ていなくなったことで、束さんが後見人となる旨も伝えています。西園寺グループは会長の安否がわからなくなり、崩壊の危機でしたがIS関連を束さんが乗っ取り、残りは他企業に吸収されました」
「そ、そうなんだ……」
「つまり、しーちゃんは束さんと親子みたいなものだね。どうせなら養子になる? ママって呼んでいいよ?」
「さすがにそれは遠慮します……でも、ありがとう」

 親子……か。ふふ、それもいいかもしれない。母親の記憶なんてないけど、間違いなく束さんみたいな母親は普通じゃないだろうな。

「む~、残念」

 そう言いながら本気で残念そうな顔をする束さんに僕は思わず苦笑する。

「千冬さんや学園のみんなにも心配掛けちゃったかな、早く連絡しないと」
「ん、それならあっちの部屋の通信使ってね、逆探知できないから」
「わかった、ありがとう」

 束さんと話をすることで、大分落ち着いてきた。いつも、彼女には元気を貰っているな。



『半年も無断欠席しおって、この馬鹿者が!』

 通信が繋がるなり、開口一番怒鳴り声が響いてきた。

「ご、ごめんなさい!」

 それでも本気で心配してくれていたことが声から伝わってくる。その勢いに思わず謝ってしまったけど、そのことが嬉しくて胸が熱くなる。

『それで、いつ戻ってくるんだ?』
「えっと、しばらくこのまま束さんのところで経過を見て、問題ないようなら二月には戻るつもり」

 昨日今日では大丈夫そうだったけど、月読を稼働後の経過も見ないといけないのでしばらく様子見が必要だ。月読のメンテナンスは終わってるんだろうけど、せっかくだから束さんと調整してみたいし。あれ? そういえば気を失う直前に何か声が聞こえた気がするけど……。気のせいかな、あとで束さんと話してみよう。

『そうか、更識達も心配していたからな、あとで連絡しておけよ。寮の部屋は残っているから安心しろ。あぁ、とはいえ更識はすぐに引っ越しになるだろうがな』
「え?」
『もうじき新学期だろう? 更識は二年生用の寮へ移動だ』
「そっかぁ、もうそんな時期……ってあれ、僕は?」
『……半年も休んでいた者が進級できると思っているのか?』

 ……え? ってことはもしかして……。

『お前はもう一度、一年をやり直しだ』
「えぇ!?」

 僕は学園生活に再び戻れるようだ……ただし、もう一度一年生として。


 

 

第十八話 迷路

 ありふれた日常……というには、今の彼女のそれは一般的なそれとはかけ離れていたかもしれないが、少なくとも彼女にとっては今まで得難いものであった。
 日々暗部の長になるべく教育を受け、いざその座に就けば今度は組織を纏めなければならない。

 しかし、そういうものだと彼女は受け入れていた……否、諦めていた。故に、求めなかった。社会の闇を日頃垣間見ている彼女が信頼できるのは、何よりも愛する妹と幼馴染だけ。そんな彼女が平穏な日常など手に入れられるだろうか。

 しかし、更識楯無は出会った。信頼できる友に。

 境遇は異なれど、立場は似ている。望まぬとも生まれてしまった生家に翻弄されつつも、それに報いようとする二人。

 性格は異なれど、歯車がかみ合うようにお互いがお互いを理解し影響し合い、高まっていく。

 性別は異なれど、二人にとっては些細な問題……もっともこれは楯無がそう感じるだけであって紫苑としてはたまったものではないのだが。

 楯無と紫苑、二人は出会ったことで化学反応を起こし、入学前とはまるで別の世界を切り開いたと言える。二人の影響は周りに波及し、一人では決して手に入らなかっただろう日常を手に入れた。そして、日常と感じてしまったが故にそれが当たり前のように続くと、二人ともがそう思ってしまった。

 いつも通りの光景、いつも通りのメンバーに数人加わった買い物を思い出しながらその得難かった日常を自室で振り返る楯無に冷水を浴びせたのは更識諜報部からの連絡だった。
 それにより齎されたものは、西園寺グループ、特にSTCへの襲撃と西園寺紫音、この場合は紫苑が行方不明になったという事実。当たり前だと思ってしまったものは、容易く覆された。あれだけ得難かったものが、一度手に入れたからといって、何故いつまでも続くとおもってしまったのか、油断はしたつもりはないが気が抜けていた……その事実に自分への怒りが巻き起こるのを抑えつつ、すぐさまに部屋を飛び出しながら彼女は指示を出す。

「すぐに情報を集めてちょうだい。最優先は西園寺紫音の保護、何よりも優先して」

(お願い……無事でいて!)

しかし、その願い虚しく届くのは被害状況ばかり。紫苑に関しては全くといっていいほど情報が見つからなかった。更識の情報網を駆使してもその影さえ掴めない状況に不自然さを感じつつも、楯無は捜索の手は緩めなかった。



 最初の一ヶ月、クラスどころか学園全体がどこか暗い雰囲気に包まれていた。臨海学校は予定通り実施されたが、そこに参加するべきだった生徒は一人足りない。海にやってきた一年生は少し明るくはなったものの、やはり素直に楽しめる者は少ない。

 楯無は到底参加する気分ではなかったが、生徒会長という立場上ズル休みをするわけにもいかない。また、彼女は紫苑が復帰するまでのクラス代表の代行も買って出た。フォルテを、という当初の千冬の提案に対して楯無は頑なに自身がやることに拘った。そのため、なおさら欠席することなど出来なかったのだ。
 しかし、彼女が身に着けている水着は皆と買い物に行ったときのものとは違っている。それは、彼女の何かしらの想いを表現しているかのようで、一緒にいったメンバーもそのことについては何も聞かなかった。

 夏休みに入ると、楯無は自身も捜索に本腰を入れる。そこで彼女はあることに気付く。
 事件と同時期に、篠ノ之束の消息が全く途絶えたのだ。今までもその所在は明らかではなかったが、何かと学園や紫苑への干渉などで、存在自体は確認できていたのだが、それが完全に消えた。それは紫苑と同じく不自然であった。まるで情報操作がされているかのように。
 そこで楯無は、この件に束が関わっている可能性を考慮に入れ、捜索範囲を広げる。それは徹底的に、束が事件の黒幕である可能性すら捨てずに行われたが、それでもたどり着くことは出来なかった。

(紫苑君……あなたは今どこにいるの……)

 最初は、自分の感情に理由をつける暇もなくただ必死に探していた。友人なのだから、探すのは当然だと。しかし、新学期に入ると学園もいつもの空気が戻ってくる。もちろん、紫苑の存在が忘れられたわけではなく、彼女たちなりに気持ちの整理ができた、ということだろう。さすがにクラスメート達は未だに引きずっている者も多いが、楯無ほどではない。フォルテ達ですら、事件当時こそ哀しみを隠しきれずにいたが今では大分落ち着いている。

 そこで、彼女は自身に違和感を抱いた。

(周りはずいぶんと簡単に気持ちに整理がつけられるのね……、紫苑君……紫音ちゃんという存在はみんなにとってその程度だったのかしら……? いや、違うわね。程度の差はあれ、みんな忘れた訳じゃない。ただ、私が拘りすぎているだけ……。でも、皆との差はなんなの……)

 今まで、人たらしと言えるほど他人の感情、心理については敏いつもりだった。いや、実際に詳しかったからこそそう言われるほどになったのだ。しかし、そんな彼女が自分のことすら理解できていない。

(みんなと私で違うところ……? 紫苑君が裏の私のことを知っている。境遇に近いところがある。ううん、そんなことじゃないわね、あとは……紫苑君の正体を知っている?)

 時間が経ち、否応なく突きつけられる現実に目を背けるわけにもいかず、漸く冷静に自分を見つめ直すことができた楯無は、こうして一つの可能性にたどり着く。

(それは紫苑君が男の子ってこと……、みんなは知らないわけで、私だけ知っている? って、え!? てことは……そ、そういうこと? えぇ!?)

 この時、初めて楯無は紫苑のことを男として認識……もとい、意識した。紫苑が聞けば嘆くのだろうか、はたまた喜ぶのだろうか。
 
(ちょ、ちょっと待って。冷静になりましょう。そりゃ、今は二人目の男性操縦者が現れたとはいえそれまでは唯一の、それに国家代表クラスの強さ持ってるし? ISなしでもかなり強いみたいだけど、普段はどこか抜けているっていうか、弄りたくなるのよね。それに、女もうらやむほどの美人さんだし……でも戦ってるときはキリっとしてるのよね、男の格好したら結構格好いいんじゃ? ん、成績も優秀だし今までの感じだといろんな分野に精通しているから話してると楽しいし……あれ? もしかしてかなりの優良物件なんじゃ。でもやっぱり今さら男の子として見れるのかしらね)

 それは恋……なのかは微妙ではあるが、どちらにしろ楯無は多少は自身に起こる感情の原因を理解できたようだった。



 それからというもの、紫苑がいないという事実は変わらなかったが楯無の考え方には若干の変化が訪れた。

(ん~、来年は紫苑君がいたら絶対お姫様役やってもらいたいわね、それならトップ間違いなしよ)

 それは、学園祭の一幕。部活対抗の催し物に対して生徒会は演劇部と合同で劇を行った。王子様とお姫様のありふれた物語、その中で楯無は王子役を演じることで熱狂的な空気を作り上げた。……一部失神者も出たようで、紫苑が行方不明になったことで学園の人気が一極集中しているのかもしれない。
 しかしそれほどの集客でも、今回は投票によるランキングでは僅差で優勝を逃した。そこで楯無はふと紫苑のことを思い出したのだ。

(はぁ、キャノンボール・ファストも特に波乱もなく終わっちゃったわね。紫苑君がいればもうちょっと楽しめたのかしら)

 学園祭の後に行われた行事、キャノンボール・ファストでも同様に紫苑のことを考える。ISを用いた高速のバトルレース、キャノンボール・ファスト。ここでは、専用機と訓練機では部門が別なので、楯無はフォルテ、ダリルを含めた三名でのレースとなった。ちなみに訓練機は学年別だが、専用機は人数の関係で全学年合同だ。
 フォルテとダリルが楯無に狙いを定め、想像以上の連携で蹴落としにかかったがそれすら跳ね除け、楯無が優勝する。二人の連携は予想外ではあったが、やはり楯無にはどこか物足りなかった。

(やっぱり、もう一度彼と戦ってみたいわね)

 年末に行われた年度最後の学年別トーナメントでも当然のように楯無は優勝する。その頃にはもう学園内で紫苑の話題が出ることも少なくなった。だれもが皆、生存が絶望的であると感じたことで努めてそうしているのだと誰もが理解している。生徒会ですら、今はほとんど話題にあがらない……悲しそうな顔をする人がいるから。



 年が明けすぐにIS学園の試験の日がやってきて、そこで世界を震撼させる事件が起きる。言うまでもなく、男性操縦者である織斑一夏の出現だ。当然ながら学園でもやがて入学することになるであろう彼の話題で持ちきりとなり、久しぶりに明るい雰囲気に包まれた。ただ、一人を除いて。

(ふふ、世界で最初は紫苑君なのにね……)

 楯無は、一夏に対して特に興味を抱けなかった。なぜなら学園生徒の中で唯一、楯無にとっては彼が世界初でも唯一でもないことを知っている。織斑千冬の弟という一点は気になる部分ではあったものの、それだけだ。

 楯無自身、紫苑の無事を信じきっているかと言えばそんなことはない。元々彼女は現実主義者でもあり更識の諜報能力には絶対の自信を持っている。束の動向がいまだに掴めないものの、それでも紫苑に関しての情報がここまで一切入ってこない以上、やはり難しい状況だと感じていた。
 それでも死という確実な情報がないこともまた事実であり、その可能性をまだ捨てないでいた。

 そんな折、織斑千冬によって齎された情報はまさに青天の霹靂、しかしそれは彼女にとって待ち望んでいたものだった……。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『紫苑君、無事だったのね!?』

 千冬から無情の留年宣告を受けた紫苑は、そのまますぐに楯無へと連絡をとる。そして通信が繋がるなり飛び込んできたのは耳を劈くほどの楯無の声だった。

「わ、び、びっくりした。うん、なんとかね」
『びっくりしたのはこっちよ! 半年もどこほっつき歩いていたの。ずっと探しても見つからないし……生きてるか死んでるかもわからなくて……本当に……』

 その言葉と様子から楯無がどれだけ紫苑のことを心配していたのか、姿は見えなくても十分に伝わった。

「ごめん……心配かけちゃった」
『別に……! ただあなたがいなかったお蔭でクラス代表を兼任することになるし、学園はお通夜みたいだし、大会は手ごたえなくてつまらないし……愚痴が言える相手もいなくなっちゃうし……』
「うん……ごめん」

 素直に心配していたと言えない楯無を、今回ばかりは紫苑も茶化したりはできなかった。どんな時でも冷静な一方、紫苑の何気ない言動に動揺することもあった彼女だが、ここまで感情を露わにしているのは紫苑にとって初めてだった。紫苑は言葉を挟むことができず、楯無が落ち着くまでただ話を聞きながら謝る。

『ごめんなさい、少し取り乱しちゃった。でもおかげで落ち着いたわ』
「ううん、僕の方こそ連絡もできなくて本当にごめん」
『謝らないでよ……、あなたは被害者なんでしょ。それより、何があったか教えてちょうだい』

 しばらくして落ち着きを取り戻した楯無に、紫苑は事件当時に起きたこと、そこで意識を失い昨日まで眠っていたこと、今まで保護してくれていたのが束であることを分かる限り伝えた。ただ、今の楯無にすべてを語るべきではないと判断して、自身の出生や病の原因についてはボカしており、ISが操縦できる理由までは語っていない。


『そう……篠ノ之博士が。それに体調不良の原因がわかってそれも治った、ってことでいいのかしら?』
「みたいだね、詳しいことはまだ知らないんだけど。このあとしばらく束さんのラボでリハビリと経過観察してからの判断になるね」
『どちらにしろよかったわ。病気が治ったのも怪我の功名ってところかしら。なんにせよ安心ね、学園にはいつごろ戻る予定なの?』
「えっと、来月の予定だね。それで……言いにくいんだけど留年することになっちゃった」
『……え?』

 紫苑は、ここでこれまで言い出せなかった自身の処遇について伝える。その楯無の反応から、彼女も予想していなかったことがわかる。事実、楯無は紫苑の安否ばかりが気がかりで復帰後のことまで意識がまわっていなかった。

『そう……よね。半年も休学していたんじゃ仕方ない、か』
「うん。でも、通えるようになったら新学期まで待たずに復帰するから。その間は同級生だし、クラスメートでルームメイトだね」
『あ! ってことは部屋も別々になるのよね。あぁ、いたいけな下級生が紫苑君の毒牙にかかってしまうのね』

 ヨヨヨ、と聞こえそうな大仰な口調で捲し立てる。大分調子が戻ってきたようだ。

「毒牙ってなにさ! そんな覚えないよ!?」
『……本当に?』
「うっ……」

 現状学園において、その存在自体がやましい紫苑にとって真面目に問われるとさすがに言い返せない。

『ふふ、冗談よ。でも、本当に手を出したりしたらだめよ……?』
「出さないよ……」
『……紫苑君、学年は変わるけど私があなたの味方なのは変わらないわ。だから、あなたも私の味方でいてちょうだい』

 さきほどまでの雰囲気から一変して、突如真面目な様子で楯無は話し出す。紫苑も、彼女が何か伝えたいことがあることを悟り意識を切り替えた。

「うん、もちろん」
『織斑先生の弟のことはもう知っているかしら? 二人目……世間的には世界初の男性操縦者ね。その彼が入学してくる、つまりあなたと同級生になるわ。厄介なことに、それが発表されてから後期試験への申し込みが世界中から殺到しているの』

 IS学園はその特性上、定員制ではなく一定以上の能力を有していれば入学が許可される。しかし、今年は男性操縦者の出現により状況が変わった。世界中から入学希望者が集まりつつあるのだ。
 もともと日本領内に立地しているため、必然的に日本人が多いのだが今回ばかりはその比率に変動が起きた。それが意味するところは諜報である。織斑一夏は日本人、IS学園も建前上は世界共同運営であるとはいえ日本政府の影響力が大きい。となれば、織斑一夏の身柄はほとんど日本政府に匿われたも同然だ。
 世界のバランスを一変させる可能性を秘めた貴重なサンプルでもある男性操縦者、そのデータは世界中が求めている。それこそ、ハニートラップすら駆使して遺伝子情報を持ち替えろうとすることもあり得る。
 
 世界中から希望者が増えたのは、つまりそういうことだ。

「はぁ、随分あからさまだね。となると学園でのもめ事も増えそうだし、亡国機業が動かないはずがない。それに……STCを襲ったリベリアス・ファングにも狙われるかもしれない」
『そうね、特にリベリアス・ファングにとっては女尊男卑をひっくり返す旗印になるかもしれないんだから、のどから手が出るほど欲しいでしょうね』

 リベリアス・ファングは今でこそ反ISメインだが、根本は反女尊社会である。仮に織斑一夏のデータから男性が操縦できる可能性を見いだせれば、女尊社会の根底を覆しそれだけで目的を達成することも十分に可能である。……反IS組織がISによって目的を達成するというのも皮肉な話ではあるが。

「生徒会の仕事が増えるね」
『そういうこと。引き続きあなたには副会長でいてもらいたいの、よろしくね』
「喜んで。こちらこそ……よろしく」

 紫苑にとっても、楯無にとってもこのひと時はかけがえのない時間だった。紫苑にとっては半年という時間を失い不安になっていた状況を多少なりとも払拭できた。楯無にとっては、半年もの間求めてようやく取り戻した日常の一部。

 その後はこの半年に起こったことや学園の状況などを話しているうちに時間は過ぎていった。

『もうこんな時間。病み上がりなのに無理させちゃったわね』
「ううん、気にしないで」

 夜も遅くなり、さすがに切り上げようとしたときだった。楯無が何やら言いづらそうに言いよどむのを紫苑は感じた。

「……どうしたの?」
『あのね、紫苑君。あなたにこんなことを聞きたくないのだけど……』

 紫苑が促すも、どうにも歯切れが悪い。いつもはっきりとした物言いの楯無としては珍しい。

『篠ノ之博士は本当に信用できるの?』

 しかし告げられたのは紫苑にとって、それは予想外の言葉。 

「……どういうこと?」

 そしてそれは当然、紫苑には許容できない言葉。自然とその声にも不機嫌さが窺える。

『話をしながらいろいろ考えたんだけど、どうも不自然な点が多すぎるのよ。あなたが保護されたのもタイミングがよすぎるし、その後の情報隠ぺいも手際が良すぎる。無関係だとは思えないのよ』
「いくら楯無さんでもそれ以上は……」
『わかってるわ! あなたがどれだけ篠ノ之博士のことを信頼しているかくらい! 私だって話してみた感じ、嫌いではないの。でも、だからといってあの天才が何を考えているか、理解できないことが多すぎるの』

 天才ゆえに、他者には理解できない。それを理解してもらおうとするのであれば、それ相応の対応が必要になるのだが、束はごく一部の者を除き全く意に介さない。それは理解してもらうつもりも必要もないと考えているからで、故に彼女が他者に理解されることはない。理解できるのはそのごく一部のものか……もしくは彼女と同じ天才か。

「……彼女の行動原理は単純で……純粋だよ。家族を守ること、そしてISの発展。彼女の言う家族は別に血の繋がりだけじゃない。逆に言えば血の繋がりがあっても、彼女が認めなければ他の有象無象と変わらないんだろうけどね」
『彼女のその信念が私の信念の領域を侵すなら……私は例え敵にまわってでもそれを止めるわ』
「楯無さん……」

 それは揺るがない決意。譲れない想い。

『紫苑君、あなたはどうなの?』
「僕?」

 紫苑にはそれがあるのか?

「僕は……」

 否。

『私はあなたと敵対はしたくないし信用しているけど、状況がそれを許さない時がある。あなたはそんな時どうするの?』

 ここまで状況に流されてきた彼に束や楯無のような確固たる信念などない。

「……」

 紫苑は学園で生きる意味を見つけた。しかしそれすら自身を偽り、与えられた虚像の中で見つけたもの。

『ごめんなさい、やめましょう。今する話じゃなかったわね』

 一本芯が通った信念がなければ簡単に揺らぐ、ブレる。万が一、束と楯無が対立したときに紫苑はどうするのか。今後、起こり得るさまざまな可能性の一端。受け入れがたい、考えたくないそれに気付かされる。気付いた以上、目を背けることはできない。

『でもこれだけは覚えておいて。例えあなたが敵になることがあっても、私はあなたを友人だと思い続けるし、信じているわ』 

 自分の行動に自信を持ち、責任をとることができる者の言葉の重み。未だ持たざる紫苑にとってそれはあまりに重く……故に響く。

『それじゃ、おやすみなさい。早く会えるのを楽しみにしてるわ』

 楯無は紫苑の反応を待つこともなく通信を切った。その後も紫苑はさきほどの言葉を何度も反芻して自分の中で答えを出そうとする。
 
 束を守る? なら何で傍にいない。
 束の指示に従う? それでは西園寺にいるのと変わらない。
 学園のみんなを守る? これが近い気がするけど、何かが違う。

 それでも一つの答えにたどり着けない紫苑は、容易に辿りつけられるようなものに意味がないことを理解しつつも、それでも求めずにはいられなかった。

 楯無も、本来はこんなことを言うつもりはなかった。しかしこれから波乱が起こり得るであろう学園で、今のままの紫苑ならいつか壊れてしまうかもしれない、壊されてしまうかもしれない。そう感じた彼女はこぼれ出す言葉を止められなかった。それが彼女の矜持を守るのに繋がるのだから……。

「しーちゃん、寝れないの?」

 気づけば夜も更けている紫苑のところへ束がやってくる。

「ん、ちょっと考え事をしてて」

 先ほどまで束が敵対する可能性なども少なからず考えていたこともあり、少し気まずい気分になるもそれは表に出さないように努める。

「そうだ、一つ聞いてもいいかな?」
「な~に?」
「もし……もしだよ? もし僕が束さんと敵対することになったらどうする?」

 そして、束に同じ質問をぶつけてみたい衝動に駆られ、聞いてみることにした。そこに、自分の答えに繋がるものがあると期待して。

「別にどうも? しーちゃんが敵対するのは悲しいけど、しーちゃんだもん。理由があってそうするんでしょ? 出来るだけそんなことは避けたいけど束さんだって譲れないものがあるから、それはお互い様だよね」

 言葉は違えど、それは楯無と同じ。自分のことを信じてくれているからこその言葉。少なくとも紫苑にはそう感じられた。

「え、なになに!? もしかして本当にしーちゃん束さんの敵さんになっちゃうの? 嫌いになっちゃった? そんなの嫌だよぉ、ちゃんと理由を教えて! 全部ぶっ壊すから!」

 しかし、直後に前言を覆しかねない暴走をする束に紫苑は本当にそうなのか疑問を持ったのは仕方がない。

「違うよ束さん、僕だっていつまでも束さんの味方でいたいんだから」

 それは素直な気持ち。例え、これから先何があったとしても変わらない気持ち。

「ふふふ~、よかったぁ。じゃぁ久しぶりに一緒に寝よっか!」
「寝ません!」
「ぶぅぶぅ、しーちゃんのいけず~」

 あんまりな束の態度の変化も、どこか紫苑には懐かしく好ましいものに感じられた。

「もぅ……でも、ごめんね。一緒には寝れないけど……ちょっと眠くなってきちゃった……」
「うん、束さんはもう行くよ。ゆっくり休んでね」
「ん……ありがとう、おやす……み……」

 目が覚めて二日目。怪我や病気は治っているとしても体力だけはどうしようもない。考えさせられることも多かった千冬と楯無との会話と束と話すことができた安心感からか、すぐに紫苑は微睡の中へと落ちていった。

「おやすみ、しーちゃん……ごめんね」

 故に、束の言葉も最後まで聞くことはできなかった。
 それは果たして何に対しての言葉なのか、今はまだ誰も知らない。


 

 

第十九話 乙女達の聖戦

 あれから約一カ月、検査や稼働テストを経て体にも月読にも今のところ問題は見られない。そのため予定通りあとは学園で経過を見ることになった。

「しーちゃーん!」

 部屋に戻って一休みしようと歩いていると、背後から声が聞こえ何かが飛びかかってくる。……というよりもうこの一カ月で毎日やっているやり取りなので驚くこともないんだけど。

「た、束さん。だからいきなり飛びかかってくるのはやめてって何度も……」

 それでも飽きないのか、毎日さまざまな方法を使って飛びかかってくる。途中の部屋に隠れていたり、天井から落ちてきたり、一番驚いたのはステルススーツ紛いのものを作り出して正面から抱きつかれたとき。この人は遊びでなんて物を作り出しているんだろう、とても実用できるレベルじゃないらしいけど。まぁ、それらに比べれば今日のはまだマシといえる。

「まぁまぁ、明日は学園にまた行くことになるんだしいいじゃん。それでね、ちょっとお話があるんだ~」

 束さんがこのように前置きをする時は、決まって重要なことだ。普段は勝手に話し出すしその場合は大抵どうでもいい話だったりする。
 自然と、僕の意識も切り替わる。

「うん、なら部屋で話そうか」

 僕が寝起きしている部屋に入ると、束さんは迷う様子は微塵もなくベッドにダイブする。

「えへへ~、しーちゃんの匂いがする~」

 そのまま布団に埋まりながらそんなことを言い出す束さん。

「もう、そういうこと言わないでよ。真面目な話があるんでしょ?」
「ちぇ~、相変わらずツレないね。ま、しーちゃんらしいけど」

 束さんはいじけた口調になりつつも、表情はそんなことはなく笑顔のままだった。それが、急に真面目な表情に切り替わる。

「しーちゃん、私がISを世界に公開した理由は知ってるよね?」

 束さんがISを、わざわざ白騎士事件なんていうマッチポンプを行ってまで世界に浸透させた理由。もちろん、世間では白騎士事件の発端について知っている人は限られているけど、それを抜きにしても公開された理由を知る人はより少ない、僕ら二人だけだ。

最終形態(アルティメットフォーム)への到達、だよね」

 そう、ISコアは自己進化の機能を持っていて形態移行(フォームシフト)を繰り返して進化をする。現状では第二形態(セカンドフォーム)へ移行している人は数えるほどしかいない。束さん曰く、あと一段階、第三形態(サードフォーム)を経てアルティメット・フォームへ移行する可能性が高いということ。
 
 なら何故それがISの公開に繋がるのかというと、フォームシフトには前提として一定以上の稼働時間が必要になるからだ。また、それを満たしたとしても操縦者との適正や他のISとの戦闘経験など様々な条件をクリアしない限り行われない。その自己進化の過程は既に開発者の手を離れており、詳しい条件は僕も開発者である束さん本人にもわかっていない。
 故に、稼働可能なISを可能な限り使用することで多くの経験値を蓄積させ、そのうちの一機でもアルティメット・フォームへ到達できればいいと束さんは考えた。

「あったり~、よく覚えてたね!」
「そりゃ、僕も不本意とはいえ一端に関わってるわけだしね」

 うん、気づいたら白騎士事件の関係者だったもんね。けが人もほとんど出なかったし、バレてないとはいえやっぱりそう割り切れるものでもない。

「……嫌だったの?」

 う……、言葉を間違えたかもしれない。急に顔を覗き込むようにして目をウルウルさせてくる束さんに僕は言葉を詰まらせてしまう。

「別に……そういう訳じゃないんだけど。でも、僕はそれを目指す理由を知らなかったし、今も知らないんだ。もし知っていて、それを受け入れられるなら喜んで手伝ったし、今からでもそうあろうと思うよ」

 僕がそう言うと一瞬束さんは表情を曇らせ俯いたが、すぐにこちらに向き直る。その表情には先ほどわずかに見えた暗い影はなく、かといって笑顔でもない。でも真っ直ぐに僕の目を見る束さんに、今から出てくる言葉に嘘はないと確信させるに十分だった。

「……箒ちゃんと……あとはしーちゃんを守るため、かな」

 言いづらそうに、力なく口から零れ出た言葉はそれでも覚悟を持つ力強いものだった。

「はぁ……、なら僕に異存はないよ」

 そんな束さんの様子を見て、言葉を決めて、僕はここしばらく迷っていたことに決着をつける。

「詳しく聞かないの?」
「聞いて話してくれるようなら、もう話しているでしょ? だから聞かない。話せる時に話してくれればいいよ。それに、さっきの言葉だけは嘘じゃないって分かったからそれで十分」
「そっか……」

 楯無さんに問われてからずっと悩んでいたこと。僕に欠けていたこと。でも、もう迷わない。

「僕は束さんを、束さんの夢を守るよ。その、妹さんのことはよく知らないから彼女のことを守るなんて言えないけど、だから僕は束さんを信じる。束さんの目的を達するために、全力を尽くすよ」

 別に彼女以外を、楯無さんたちをただ切り捨てるわけじゃない。仮に楯無さん達と敵対することになってもギリギリまでは和解の道を探るだろう、でも取捨選択が避けられなくなった時には……もう迷わない。なら、そうなる前にできることをするだけだ。

 僕の決意を聞いて、僕を見つめる束さんは嬉しさと……それとは別の何かを内包したような表情になる。それが何なのかは僕にはこの時わからなかった。
 
「ありがと、しーちゃん。でも、これから話すことはしーちゃんの気持ちを裏切ることになるかもしれない」
「どういうこと?」
「しーちゃんは……アルティメット・フォームに移行するのは難しいかもしれない……ううん、それ以前に死ぬことだってある」

 その言葉は、俄かには受け入れ難いもの。一緒に目指すと決めたゴールに僕では辿りつけない? それに、僕の体は治ったはずだから。いや、もしかしたら治っていなかったのを束さんが黙っていたのかも? そんな思考が一瞬のうちに浮かんでは打ち消しを繰り返す。

「なん……で?」

 それでも自分では答えが出ずに、無意識に出た言葉でそう問いかけるしかできない。

「それを話すには、まずはそもそもISがなんで女性しか動かせないかから話す必要があるんだけど……」

 その後の説明は、俄かには信じられないもののある程度納得がいくものだった。

 まず、男性である僕や織斑一夏が動かせる要因は以前に話を聞いた通りであくまで女性として誤認識しているだけであって、正常なものでないということ。

 そもそも女性しか動かせないのは、女性に備わる能力、つまりその身に生命を宿すことができるというのが要因らしい。つまりは子供を産む、ということ。そもそも体内に別の命を生み、育てることができることから、異物に対する耐性も高いそうだ。
 
 いわば、進化の過程において見ればISと操縦者は胎児と母体のような関係だ。つまり胎児、ISの成長は操縦者にかかっていることがわかる。そもそも、ISは起動時の認証などからわかるように遺伝子レベルで操縦者とリンクする。そのことから人によっては拒絶反応を起こし、女性であっても操縦はできない。つまり、男性であればそもそも対象にならない。

 仮に僕らのような例外であったとしても、決して耐性があるわけではないため場合によってはISコアに浸食されてしまうとのこと。その一端が……。

第零形態(ゼロスフォーム)、いわゆる暴走状態だよ。ISと操縦者との親和を高めて進化するフォーム・シフトに対し完全にISに呑まれた状態だね。しーちゃんが爆発に巻き込まれたときに離れた場所で見つかったのは、一時的にこの状態になったからだよ」
「え、それじゃあの規模の爆発に巻き込まれて助かったのは、そのおかげ?」

 確かに、束さんはあのとき無事だったのが不思議なくらいだと言っていた。

「ううん、逆。本当はあの爆発はね、ゼロス・フォーム状態の月読が引き起こしたんだよ」
「なっ!」

 でも、真実は逆。爆発の原因は僕だった。

「あ、でも安心して~。爆発に巻き込まれた人はいないみたいだよ? 連中は逃げ出した後だったみたいだしね~、だから束さんがちょちょいと捕まえたんだけど」

 そうは言われても安心できるものではなかった。話によると、爆発によって広範囲の建物が消滅していたらしい。それを僕が、しかも無意識のうちの行っていたなんて簡単に受け入れられない。

「あれは、しーちゃんの命に危険が迫っていたから、ISコアが守ろうとしてシフトしたんだと思うな~。状況と、病気の発症が重なって暴走したんだね。今のところは安定しているし、病気は治したから大丈夫なんだけどね~」
「でも、このままフォーム・シフトを繰り返して親和性を高めていったらまた呑みこまれる可能性がある、ってことかな?」
「……そういうこと。あっち(・・・)のいっくんも同じなんだけど、基本的にコアにはプロテクトかけてあるから多分大丈夫。ちょっと成長遅いかもしれないけど後はいっくん次第かな。でも、しーちゃんのは今回の件で壊れちゃったみたい、原因はフォーマット時の不具合。ずっと終わってなかったでしょ?」

 月読は、ずっと紫音(・・)の専用機であって僕のものではなかった。月読自体はフォーマットすら終わらず、僕にフィッティングされていない。そんな、宙ぶらりんな状態だったために暴走したらしい。それに、月読は束さんの想定外、一般の各世代機とは別の構成をしていたことは以前に聞いた。それも影響しているとのこと。

「本当はコアまで手を出してほしくなかったんだけどね~、まだ束さんでも完全に解析できてないんだよ、これ?」
「え、作ったの束さんじゃないの?」
「ん~、それは内緒! 今はまだ、ね」

 衝撃の事実をいつものようにサラッと口に出す束さん。でも確かに、ISはオーバーテクノロジーだ。いくら束さんが天才だからって無からいきなり生みだすなんてことがそう簡単にできるだろうか。考えられるとしたら発掘や何か……それなら個数に制限があるのにも納得が……。

「あ~! 乙女の秘密を探ろうなんてダメだよ! いつかちゃんと教えてあげるから待っててね」

 何かにたどり着きそうだった僕の思考は乙女(?)のチョップで遮断された。腑に落ちないところはあるけど、本人がそう言うなら今は考えないようにしよう。

「話を戻すけど、プロテクトを戻すことはできないの?」
「そのためにはISコアを完全に初期化しないといけないよ。普通の初期化なら遺伝子情報とかは残る可能性があるのはいっくんの件でわかってるけど、プロテクトまで戻すとなるとそれすら、完全に消す必要があるの」

 それが意味することはつまり……。

「僕はISを動かせなくなる」
「そういうこと……」

 それでは意味がない。
 僕の守りたいものを守るためには、ISはなくてはならない。ならどうするか、決まっている。

「なら、このままでいいよ」
「うん、そう言うと思ったよ。でも気をつけて、フォーム・シフトを行うってことはそれだけ親和性が高まっている、つまりしーちゃんの場合は浸食が進んでいるとも置き換えられるからね」
「……わかった」

 もし再び暴走した場合、周りの人を巻き込むかもしれない。それだけは絶対に避けなければいけない。……状況が悪化することがあれば楯無さんには伝えておこう。もしもの場合は……僕を墜としてほしい、って。

「でもでも、悪い話ばかりじゃないよね。ようやく月読は……ううん、しーちゃんの専用機は第一次形態(ファーストフォーム)にシフトしたんだから! これで本当の意味でしーちゃん専用になったよ」
「そうだね、せいぜい呑まれないようにしないとね、このじゃじゃ馬に……」

 僕を、周りの人を危険にさらすかもしれない存在。でも僕は不思議とそれを恐ろしいと思ったりすることはなかった。
 存在を受け入れ決意を新たに僕は手元の指輪をそっと撫でると、それに応えるかのように光った気がした。





 

 僕は久しぶりにIS学園に戻ることができた。体感的には一カ月程度のはずなのに、酷く懐かしく感じる。まぁ、実際には半年以上の間が空いているんだから当然なのかもしれない。

 もう授業は終わるころなので、一度部屋に戻ってから心配をかけた人たちに挨拶してこよう。授業は明日から出ればいい。直接連絡が取れる人たちには連絡したけど、話を聞く限りでは本当に多くの人たちが心配してくれていたらしい。それを聞いたときは申し訳なさと嬉しさがこみ上げた。

 いろいろ考えていると、部屋の扉をカチャカチャする音が聞こえた……と思った瞬間急に激しく開け放たれて人が飛び込んでくる。

「……ただいま」

 そのまま僕の前に走り込んできた人影は楯無さんだった。

「おかえりなさい」

 先ほどまでの行動とは裏腹に、僕の言葉に落ち着いて答える彼女。そっけなく聞こえるそれも、今の僕にはとても好ましいものに感じた。

「いろいろ心配かけてごめんね」
「もうそれは聞いたわよ……その分、体で返してくれるんでしょ?」
「……え?」

 一瞬、あらぬ想像をして呆けてしまった僕は悪くないと思う、うん。

「……なんて顔してるのよ。もちろん、労働よ? 生徒会での半年分、きっちり働いてもらうからね?」
「そ、そんなぁ」
「あら、それとも別のイイコトするほうがよかった?」
「そそそ、そんなことないよ! 喜んで労働させていただきます」
「……そんなに拒絶されるのもちょっと悲しいんだけど」

 久しぶりに受ける楯無さんの洗礼に僕はしどろもどろになってしまう。あまりの狼狽に、最後に楯無さんが呟いた言葉は耳に入ってこなかった。

「はぁ、それにしてもとんでもないタイミングで帰ってきたわね」
「ん? どういうこと?」

 ある程度、以前連絡したときに話してたとはいえ直接会えばまた話も弾むわけで、しばらく近況報告や雑談に興じていた折に楯無さんがふとそう漏らす。

「何って、今日は何日だか覚えてる?」
「えっと、二月十三日だよね」
「明日は何日?」
「二月十四日?」
「……はぁ」

 楯無さんが僕の答えを聞いて嘆息するも、いまだピンとこないでいた。ん、待てよ。よく考えたらその日って……。

「あ、ヴァレンタイン? そっか、お世話になった人にチョコとかって渡したほうがいいよね、友チョコっていうんだっけ? 女の子同士でもやり取りすることあるんでしょ?」
「やめなさい! あなたは明日絶対誰にもチョコなんてあげちゃだめよ……そんなことになったら下手したら戦争が起きるわ」
「……は?」

 何を言っているんだろうこの人は。平和……とはいえないけど、ただの学園でなぜ戦争が起きるというのか。でもまぁ、男の僕が作ったりしてチョコを用意するのは抵抗があったから作らないほうがいいって言うなら気が楽だけど。

「いい? あなたが明日から戻ってくることはもう学園中に知られているわ。今まであなたがいなくなっていた分の蓄積されたものが……明日、一気に爆発することになる。どれほどのものになるか想像できないし、したくもないわ」

 う~ん、楯無さんが何かを恐れるように説明してくれるけどそれも要領を得ない。僕がいなかったことで、みんなを心配させてしまったのはわかるから、なおさらお詫びの意味も込めてチョコが丁度いいとも思ったんだけど。

「あなたは自分の置かれている状況を理解していないの! あなたがいなくなってそのしわ寄せが私にきたのよ!? まったく、毎日下駄箱にあふれるラブレターにプレゼント。常に誰かの視線を感じるし上級生にまで楯無様やらお姉さまやら言われる身にもなってほしいわ」

 話を聞く限り、最初のうちは涼しげに対応していた楯無さんもあまりの対応の増加ぶりに身動きが取れないほどだったらしい。今までは生徒会長の座を狙ってからまれることはあっても、ここまで露骨にアプローチを受けることはなかったとのこと。

「はぁ。二人いたときは近寄りがたいとか、遠巻きに見ているだけで満足してたけど紫苑君がいなくなったことで行き場に困った感情の矛先が私にきたみたいよ」

 それは彼女に迫った一人に聞いた談とのこと。

「そ、それは重ね重ね申し訳なく……って僕に本当にそんな人気があったのかなぁ。気のせいだと思うけど」
「もういいわよ、明日になればわかるから。いい? 告白まがいのことされたら絶対に曖昧な返答はだめよ? 肯定と取られるような発言は特に。かといって、傷つけるようなこともだめ。信仰に近いものが翻ったときはかなり性質が悪いものになるから」

 それはかなり難しい気が……。傷つけないようにハッキリ断れ? どうすればいいのさ。

「いつものあなたの詐欺師まがいの話術ならなんとかなるでしょ。とりあえず、明日は一日油断しないこと。あ、紙袋はある? 最低でも五袋くらいは持っていったほうがいいわよ?」

 詐欺師って……いやそれに、袋持っていくってどうなの? しかもその数。それでもしそんなことなく一個も貰えなかったら自意識過剰すぎてかなり恥ずかしいんだけど。でも楯無さんも同じ状況になるってことだよね? それってやっぱり現実味があるってことなの?
 
「ううん、心配しすぎだと思うけど……わかったよ、楯無さんの言う通りにする」

 渋々従った僕だけど、この時の自分を後に僕は後悔した。



 僕は学園のみんなを甘く見ていた、と。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ヴァレンタインデー、それは思春期の少女たちにとって一年を通して育まれた関係の成果を具現化するための聖戦である。新学期から学校のイベントを通して気になる相手に出会う。早ければクリスマスにはカップルで過ごす者もいるだろう、しかしそれに乗り遅れた者たちにとってそれを羨ましそうに眺めていた屈辱をひっくり返す最大のチャンスとなる。

 というほど大げさなものでは本来ないはずの、お菓子メーカーの販促のなれの果てだが、ここIS学園ではそれすら生ぬるい。……女子校に限りなく近いにも関わらず、だ。

 戦いは、紫苑と楯無が部屋から出る前から始まっていた。
 いや、正確には出れなかった。扉の前に積まれたチョコによって。この時点で紫苑は昨日の甘い考えの自分に一言文句を言ってやりたい気分になった。

 楯無の忠告に従って、二時間ほど早く部屋を出たのだがまずはそのチョコを部屋にしまうことから始まる……かと思いきや部屋の前に長蛇の列ができており次々と渡されるチョコ、チョコ、チョコ。いつの間にか最後尾には三十分待ちのプラカードを持った生徒まで現れた。
 普段よりかなり早めに出ているにも関わらずその場にいる彼女たちは、いったいいつから部屋の前にいたのだろうか。

 なんとか部屋の前での混乱を収めて出発したのがそれから一時間後。
 しかしこれは始まりにすぎなかった。教室にたどり着くまでにも次々にやってくるチョコ、もとい女生徒。幸いにも告白のようなものはなかったため、なるべく自然な笑顔でお礼を言いながら受け取っていくが、それが事態を悪化させていることに紫苑は気付かない……横で楯無がため息をついてそれを見ていることも。もっとも、楯無も同じような状況なのだから何に対するため息なのかは不明だが。

 応対にもなんとか慣れつつ、紫苑と楯無は教室にたどり着いたのはHR開始五分前。もちろん下駄箱にもチョコは入っていた、というか溢れ出していて大変なことになっていた。紫苑は下駄箱に食べ物を入れるのはどうなんだろう、と疑問に思いはしたがあえて口には出さない。
 だが、ようやく状況に順応し始めた二人をして絶句する光景が教室には待っていた。

「なっ……」
「こ、これはさすがに……」

 自分達の机を見て、引き攣った表情を隠せない紫苑と楯無。

 そこにあるのは……巨大なチョコのアーチ……とその下でプルプルと震えてるフォルテ。

 正確には紫苑と楯無の机の上に積まれたチョコの山が斜めになり、それぞれ頂上が繋がってアーチ状になっているのだがどういう物理法則でその形を保っているのか理解できない。紫苑の机と楯無の机の間にフォルテの机があるので、その大きさは言わずもがな。
 ちなみにフォルテがなんでそんな危険地帯に未だ座っているのかというと、紫苑に会えるのが楽しみで早めに教室にきたところ、早起きの反動で眠気に負けてしまい机に突っ伏して寝ていた。気づいたらアーチが完成していて動けば崩れそうで動けなかったのだ。
 さらに余談だが、チョコアーチはチョコの数が増えるに従いそれらを積み始めたものの、途中で面白くなってきて止まらなくなった有志諸君の悪ノリの賜物である。周りではその下手人たちがいい汗掻いたとばかりに満足げな表情を浮かべている。

「あ、し、しの……」

 入口に二人の姿を見つけたフォルテは一瞬、安心した表情になり声を出すもすぐにかき消された。彼女の頭上から崩れ落ちてくる圧倒的物量によって。

「フォルテさーん(ちゃーん)!」

 代わりに教室に響くのは、二人の悲痛な叫びだった。

 ちなみに、二人の手に渡ったチョコの数は学園の全校生徒の数より遥かに多いのだが誰もそのことには触れなかった。



「チョコこわいッス、チョコ怖いッス、チョコ恐いッス」

 その後も囲まれたり質問攻めにあったりと大変な紫苑だったが、なんとか授業を終えて今は久方ぶりの生徒会に顔を出している。チョコで窒息しそうになったフォルテは未だこの有様だ。今も生徒会室の片隅で蹲って震えている。結局彼女とはまともに話せず、本当の意味で再開を果たすのは翌日だった。

「よう、元気そうで安心したぜ。ったく、久しぶりの登校だってのに災難だったな?」
「ご心配おかけしました。ダリルさんも……大変みたいですね」

 そう言いながら紫苑が向けた視線の先には……彼らほどではないにしろ紙袋に入っている大量のチョコ。ダリルも実はファンが多く、特に去年は二人がいないこともありかなり人気があった。しかし近寄りがたい雰囲気から直接渡されることは少ないのだが。

「虚さんも、ご迷惑おかけしました」
「いえ、ご無事でなによりです」

 そっと、会話の途切れたタイミングでお茶を差し出してくれた虚にも改めてお詫びをする。彼女は楯無について、紫苑の捜索にも深く関わっていた。楯無の指示で、というのもあったかもと考慮してこのような言い回しになったが、虚の返答は素直に紫苑の身を案じていたと思われるもので彼も素直に嬉しく思った。

「さて、紫音ちゃんが無事戻ってきたことで生徒会はこのメンバーで変わらずよ。来年度はいろいろ問題も増えるでしょうけど、虚の妹もくるし楽しくなりそうね!」

 楯無の言葉に、紫苑は改めて学園に戻れたことを実感し喜びを噛みしめた。

 ……この日以降、紫苑は貰ったチョコの仕分けと消費に苦しめられるのだが、いつの間にか混ざっていた束と楯無からのチョコに少しだけ幸せな気分になった。すぐに楯無からは、それだけ食べてなぜ太らないのかと理不尽な怒りをぶつけられたのだが。加えて一ヶ月後の同日、再び学園は戦場と化したのは言うまでもない。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 出会いがあれば、別れもある。
 結局、三年との交流はほとんどなかった紫苑ではあるが、それでもやはり卒業式というのは感慨深いものがあった。もっとも今までの人生でそんなことを感じたことはなかったのでやはりIS学園が彼にとって特別なものになっているのだろう。

「はぁ、紫音はんがようやっと帰ってきてくれたんに卒業やなんて悲しいわぁ」

 彼の目の前にいるのは唯一、直接交流のあった橘焔。交流……といってもトーナメントで激戦を繰り広げた相手でその際に会話した程度ではあるのだが。
 正直、紫苑は彼女のことが苦手であった。出会い頭に殺意を向けられたのだから当然といえば当然だが。しかし、戦闘中はその技量の高さに感銘を受け、試合後は雰囲気が一変したこともあり若干は苦手意識は薄らいだ……のだがすれ違って挨拶した際に向けられる悩ましい視線には未だ慣れずにいた。

 とはいえ、今の彼女はしばらく紫苑に会えなかったことやその上で学園を卒業してしまうことを心底残念そうであった。それを見て紫苑は復学してから何度目かわからない申し訳なさを感じた。

「私も……残念です。できればもっとお話したかったのですが」
「あはぁ、せやけどたまにアソビに来るわぁ。したら、またヤろうなぁ?」
「あ、あはは、そうですね」

 最後の漢字が自然と不穏なものに脳内変換された紫苑だが、ここでツッコむのも無粋なのでただ頷くしかできなかった。



 孤独だった少年は一年で多くのものを得た。友人であり、経験であり……ISであり。
 それが彼の今後にとって、果たして幸福となるのか……。

 しかし、今の紫苑は前向きだった。一年前、入学前の暗鬱とした様子からは想像もできない。不安が皆無ではないが、今はただこれから訪れる明日に思いを馳せていた。

 だが彼は知らない。公になった男性操縦者の存在により、再び世界が激動を始めることを……。


 

 

第二十話 拒絶

 月日が過ぎるのは早いもので、IS学園に入学してから間もなく一年が経つ。……といっても半年ほどは寝たままだったからそんな気はしないんだけど。それでも周りの時間は流れており、終業式も終わり今日から在学生の寮の移動が始まる。

 IS学園では寮の各エリアごとに学年が決められている。そのため、新学期になり学年が上がるたびに引っ越さなければいけない。ルームメイトは原則変わらないけど、問題があったりなにかしら理由があった場合は調整されることもあるらしい。
 一年ごとの引っ越しは面倒だと思うかもしれないけど、実は大浴場や食堂といった施設などは学年が上がるほど便利な位置にあり、一年生は寮の隅のため不便なことが多い。部屋の施設も若干グレードアップするらしく、快適な一年を過ごすために文句を言う生徒は少ないとのこと。

 既に卒業生は退寮しているので、まずは新三年生が部屋を移り、その後に空いた部屋に新二年生が移る。そうして晴れて新入生が入寮できる。期間が短いのでバタバタするけど大きな荷物は特にないから一日ずつで両学年ともに移動は終わったりする。

 と、いうわけで僕は学園側の配慮もあり今の部屋をそのまま使わせてもらえることになった。でも楯無さんとは別々になり、この部屋には新しい同居人を迎えることになる。寂しくはあるのだけど、これでよかったのかもしれない、と思う部分もある。
 楯無さんとの同室生活に不満があったわけではないけど……でもやっぱり男と女なわけでいろいろと気を遣う部分も多かった。彼女が僕の正体を知っていたおかげで無自覚に危険な状況になるようなことはなかったのは救いだ。もっとも、彼女は自覚を持って僕に悪戯してくるんだけどね!

 ……それはさておき、この状況なら千冬さんなら上手く手を回して織斑君を同部屋にしてくれるんじゃないかな。弟を女子と同室にするの嫌がりそうだし。そうなれば少なくとも僕は気遣わずに済むから大助かりだ。まぁ、織斑君は僕のことを女性だと思ってるから気遣うことになるんだろうけど、それは別の子でも一緒だから許してほしい。
 それに、もし彼が他の女子と同部屋になって間違いが起きないとも限らない、その点僕なら万が一もない……よね? あれ? もしかして僕が襲われたりなんてしないよね!? いやいや、自意識過剰だよね、うん。でも念のため気を付けよう。織斑君がどういう人かよく知らないし、あとで千冬さんに聞いておこう。

「二人の最後の夜だっていうのに何上の空になってるのよ」
「その言い方は何か誤解を招きそうだけど……ちょっと新しいルームメイトについて考えていて」

 部屋の引っ越しを明日に控えて最後の確認をしていた楯無さんが恨めしそうにこちらに話しかけてくる。確かに悪かったかも、いろいろ作業をしながらもこちらに会話を振ってくれていたのに途中からボーっとして考え込んじゃっていた。ちょっと表現が引っかかったけど素直に考え事の内容を白状する。

「? あぁ、そういうこと……ふふ。ま、いっか。そうね、確かに織斑君と一緒の部屋になったら紫音ちゃんは襲われちゃうんじゃないかしら。こんな可愛い子と寝起きを共にして理性が保てる男なんて枯れてるか、そっちの気があるんじゃないかしら。あら? でもそっちの気があるならむしろあなたで問題ないんじゃ……」
「ストップ!? それ以上は止めて! 考えたくない!」

 何が気になったのかちょっと考える素振りを見せると、すぐに納得したのかとんでもないことを言ってくる楯無さん。せっかく自分で納得して大丈夫だと思い込もうとしたのに、楯無さんにまで言われると本当にそうなんじゃないかって不安になってくる。

「どっちもいけるなんて紫苑君……恐ろしい子。一粒で二度おいしいとはこのことね」
「いけるのは僕じゃないし!? じゃなくて、勝手にそういう状況にもっていかないで!」

 も、もし織斑君がそっちの人だったら……やっぱりあとで千冬さんに確認しておこう。
 ちなみに後日、本当に聞いてみたら殴られたことは言うまでもない。酷い……。

「ふふふ、実は紫苑君から連絡があって学園復帰するまでの間にこの部屋は完全防音、その他セキュリティ面とかちょいちょい改造してあったのよね。心置きなくよろしくやっちゃいなさい!」
「いつの間に……もういいよ、その話しは。大体なんのためにそんな……あ」

 いろいろツッコみたいことを飲みこみつつそこまで言って気づいた。この部屋のセキュリティを向上させる理由なんて限られてくる。

「僕のため……?」
「ま、全部が全部ってわけじゃないけどね。でも一番は……そうね」

 僕の正体露見の可能性を下げるため、ということ以外にも亡国に狙われたりSTCの襲撃に巻き込まれたりと物騒だった。束さんへの接触を目論む連中からも狙われる可能性すらある。そういった意味で、準備してくれたのだとわかった。
 それに、全部じゃないというのは仮に織斑君が入った場合のことだろうか。彼も男性操縦者ということで恐らく世界中から注目されているから危険度は僕以上かもしれない。

「……ありがとう」
「どういたしまして。ただ、代わりにというのはズルいかもしれないけどあなたに一つお願いがあるの」

 楯無さんのお願いというと思わず身構えてしそうだけど、冗談を言うような雰囲気ではない。
 
「僕にできることなら」

 なら、僕にはそれに出来る限り応えるだけだ。

「あなたに……妹の事をお願いしたいの」
「え?」

 でも、続く言葉に僕は思わず聞き返してしまった。彼女には来年入学する妹がいるのは知っているけど、なぜその子を僕にお願いすることになるのだろうか。確かに同学年になるのだけど、別に楯無さんが学園からいなくなるわけではないので、いつだって会えるはずだ。

「どうして僕に?」
「あの子……簪ちゃんっていうんだけどね、専用機持ちで代表候補生なの。でも、とある事情で肝心の専用機がまだ完成してなくて。まぁ、その原因は織斑君なんだけどね」

 その言葉で、なんとなく理解できた。恐らく政府が織斑君の専用機の開発をどこかしらの機関に依頼したんだろう。そこでは当初楯無さんの妹、簪さんの専用機を開発していたものの優先度の高い案件が入ってきたことから後回しにされた、こんなところだと思う。その上、織斑君のISはそもそも束さんじゃないとまともに作れないはず。だからまともな結果もできずに簪さんの専用機もズルズル開発が遅れている。
 きっと、最終的に束さんが介入して織斑君の専用機は完成させるんじゃないかな。ここら辺は本人に確認したくても、しばらく姿隠すって言ってたからこちらから連絡が取れないんだよねぇ。

「それに、彼女はどうも私に引け目を感じているというか……自分のことを下に見ているみたいな節があるの。今回のことに加えて、ミステリアス・レイディが私が一人で作ったと思っていることから、開発の止まった専用機を自力で完成させようとしているみたいだし」
「え、楯無さんが開発したとは聞いてたけど一人で作ったの?」
「私の場合はロシアが設計して7割方完成していたグストーイ・トゥマン・モスクヴェっていう機体をベースに自分用にカスタマイズしたに過ぎないわ。あ、ちなみに入学後もあなたや二年から整備科に行く薫子ちゃん、現役整備科主席の虚ちゃんの意見も参考にして開発は続けてるわよ」

 つまり、肝の部分は自分で作りつつも決して一人の力ではない、ということかな。それは当然で、一人の力には限りがある。……束さんあたりなら一人でなんでもやっちゃう気がするけど、あの人は例外だと思う。
 ちなみに整備科というのは二年生から選択できる、IS開発や研究、整備を専攻する学科のこと。楯無さんによると薫子さんやフィーさん、佐伯さんはかねてからの希望通り整備科に入るらしい。そして虚さんは整備科で常にトップとのこと。

「でも簪ちゃんは、ベースこそ打鉄にラファール・リヴァイヴの汎用性というコンセプトがあるけれどどちらも第二世代。それを第三世代機にまで引き上げようとしている。それはもうほとんど新しく機体を設計するようなものね。しかも、それを本当に一人で作ろうとしてる……」

 確かに、それは大きな違いだ。あらかじめ組みあがっているF1カーを状況に応じてチューンナップするのと乗用車をF1に出れるように組み替えるくらい違うんじゃないだろうか。
 無茶……だけど、それを楯無さんが言ったところで余計反発するだけだろう。だって、楯無さんへの対抗心が彼女を動かしているんだから。

「う~ん、それで僕にそれとなく開発を手伝ってほしい、と?」
「いいえ。それはまぁ、状況が許せばそうして欲しいけど……それはお願いとは別。あなたと簪ちゃんの意思に任せる部分よ。お願いっていうのはね……ただ、友達になってあげてほしいの」
「友達?」

 言いにくそうにしながらも告げられた内容はある意味意外なものだった。わざわざ姉がそういうことをお願いするということは、簪さんには友達が少ない、もしくは距離を置こうとするタイプなのだろうか……かつての僕のように。

「それは別に構わないけど……」
「……ありがとう、最近のあの子はどうも追い詰められているようで。でも、私だとまともに取り合ってくれないのよね。さっきも言ったけど、私に対して劣等感を感じてるみたいなの。でもね、確かに操縦技術はまだまだだけど……演算処理や情報分析、空間認識、整備なんかはもしかしたら私を超えるかもしれない」

 なるほど、ね。まぁ確かにこの偉大すぎる姉と比べられるのは辛いよね。僕の場合はちょっと状況が違うけど比べられてたのは事実だし、少なからず気持ちはわかる。でも、楯無さんは彼女のことをちゃんと見ているんだね、そして認めている。ならそれを素直に伝えるだけでいいはずなのに……うまくいかないもんだね。

「わかった、でもやっぱりさっきのお願いは聞けないかな」
「え?」

 僕の言葉に楯無さんは驚いた表情を見せる。彼女がこんな顔になるのは珍しいけど、それも仕方ないか。直前に受け入れられたことをいきなり否定されたんだから。そして、それだけ真剣だったんだろう。
 
「僕は、楯無さんに頼まれたからじゃなく、自分の意思で簪さんを見極めて友達になりたい。もちろん、友達なら力になるのは当たり前だよね?」
「……紫苑君」

 僕の言わんとすることを理解したようで、微笑みを取り戻す楯無さん。

「はぁ、格好つけすぎよ。そうやって見境なく女の子を口説くのね……。あなたに簪ちゃんのことお願いしたの間違いだったかしら」
「ちょっと、それは酷いんじゃない!?」

 あんまりない言い様だ。確かに……言ってて恥ずかしい台詞だったのは認めるけど! そこは流すところじゃないの!?

「はぁ……ほんとに失敗したかも」

 自分のセリフと楯無さんのツッコミに悶絶していた僕には楯無さんの最後の呟きが意味するところを正確に理解できていなかった。その本当の意味を知ったのは数日後のことだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 同居人の引っ越しが完了し、数日は一人で過ごすことになった。もちろん引っ越しといっても同じ寮内なので、フォルテさん達も交えて一緒に食事したり生徒会の活動的なものをしたりするのは変わらない。とはいえ、進級の準備などもあって割と忙しいようなので一緒にいる時間は減ったと言える。
 一方の僕は、幸か不幸かそんな忙しさとは無縁のため時間が余っていた。なので、復学以降続けていたリハビリと授業内容の復習、楯無さんから借りたノートなどでの休学中の授業内容の確認などにそのまま充てることにした。もっとも、授業関連に関してはもう一度やり直すことになるのだから無理にすることはないのだけど、せっかくだから無駄にしたくはない。予め内容を把握しておけば、その時には別に必要なことに時間を割けるだろうし。

 そんな訳で、割と充実した日々はあっという間に過ぎて行った。
 三月も間もなく終わりというころ、ちらほらと新入生の入寮も始まったようで周りも少しずつ賑やかになってきた。当然ながら、僕一人が一年生寮に残っていた形なので最初の何日かは周りに誰もいない、かなり寂しい状況だったから一年生寮で人を見かけたときは少しホッとした。
 
 そして、僕の部屋にも同居人が遂にやってきたようだ。部屋で本を読んでいたところ、ノックが聞こえてくる。織斑君……ようやく、というより久しぶりに男の人と会話できる気がする。
 最近はそのことが当たり前となってきたとはいえ、いざ同じような境遇……とは言えないけど唯一無二だった男性操縦者の二人目が現れた今、そこに仲間意識を求めてしまうのは仕方がない。

「少々お待ちください、今開けますね」

 心なしか自分の口から発せられる声もどこか上機嫌に聞こえる。
 軽い足取りで扉に向かい、その前にいるであろうたった二人の未来の戦友を迎えようとその扉を開ける。

「お待たせしま……あ」

 しかし、そこにいたのは織斑君……ではなく、眼鏡をかけた少女だった。セミロングでやや癖のあるその髪の色は僕がよく知っている人と似ていた。そのことから、瞬時に彼女が誰かを悟る。予期せぬ来訪者に僕は思わず言葉を詰まらせてしまった。

「……あなたも、やっぱり私のことをそういう目で見るんですね」

 そして、彼女の表情の変化が僕の失態を物語っている。

「今日からこの部屋でご一緒する更識簪です。……ですが、あまり私に構わないでください」

 その瞳からは失望と諦念が見て取れた。……僕はなんて馬鹿なんだ。

 確かに、千冬さんからしてみたら同じ男の僕を織斑君の同室にしたいと思うのは当然なんだけど、それが叶うかといったら微妙なところだ。何故なら織斑君は世界が注目する男性操縦者、当然ながら各国政府からの圧力もあるだろうし、学園も慎重になる。誰が同室でも角が立つし、本来なら一人部屋なんだろうけど今年は例年以上に入学希望者が殺到して、定員を増やしたせいで部屋に空きがない。
 ならだれが同室になるか、だけど……恐らく束さんの妹の箒さんになる可能性が高い。同じように保護されている立場な訳だし、二人は幼馴染って話だ。

 少し考えれば分かることなのに、確認もせずに浮かれていた。気付かなかったけど、それだけ僕にとってもう一人の男性操縦者というのは嬉しかったんだろう。でも、その結果がこれだ。

 恐らく、簪さんは僕の表情から若干の負の念を感じ取ったんだろう。そんなつもりはなかったけど、予想していたのと違う事態に、少しがっかりしてしまったのは否定できない。
 簪さんは、今まで楯無さんと比べられ続けたことでそういった負の感情に敏感になっている。もしかしたら、僕の先ほどの感情が自身に対して向けられたと誤解しても不思議じゃない。

「ご、ごめんなさい。予想外だったからビックリしちゃって。私は……」
「知ってます、西園寺さんですよね……先ほどの言葉の意図が伝わっていないようなのでハッキリいいます。私は……あなたのことが嫌いなんです……ごめんなさい」

 思わず言い訳がましく弁解しつつ自己紹介をしようとするも、それを見透かしたように遮って告げられた簪さんの言葉は痛烈なものだった。呆気にとられる僕を横目に簪さんは部屋に入り、持ち込んだバッグなどの荷ほどきを始めた。それ以降、全くこちらを意に介さないその行動は明らかな拒絶を僕に突きつけている。

 自分の浅はかさに激しく後悔する一方、僕は違うことも考えていた。確かに、彼女の僕に対する印象は最悪だったかもしれない。でも、果たしてそれだけであそこまで拒絶するだろうか。以前に楯無さんから聞いた話ではちょっと大人しすぎるけど優しい子だって話だ。そんな子が第一印象だけであそこまで辛辣な言葉をぶつけてくるだろうか。
 なら、それ以前に僕に対するなんらかの悪感情を持っていてそれがさっきの対面で決定的になった、と考えるのが妥当な気がする。

 ……とはいっても、全く心当たりがないのだけど。う~ん、本人から聞こうにも今日のところは話しかけられる雰囲気じゃないし、とりあえず楯無さんに話を聞いてみようかな。

 ん、なんか忘れてるような……あ! そうか、そういうことか。



「僕の部屋割り仕組んだの楯無さんでしょ!」
 
 数日前の会話内容をよくよく思い出してみると、明らかに彼女は僕と簪さんが同室になるのを知っていた。公示されるわけではなく、個人ごとに部屋を指示される形なので彼女が知っているということはなんらかの働きかけを行った可能性が高い。それに、あの部屋を改造したのは簪さんが来ることを見越してたのだろう。
 僕はそのことの追及も含めて、楯無さんの部屋に話を聞きに訪れた。一年寮は部屋が足りないというのに、楯無さんの部屋は僕が抜けたことで一人部屋になっている。……二年生の部屋が空いているならこちらを使えばいいのに何でいつもこの学園は融通が利かないんだろう。

「ご、ごめんなさい? その様子だと……やらかしちゃった?」
「う~、悪いのは僕なんだってわかってるんだけど……」

 さすがに黙っていたことは悪いと思ったのかちょっと狼狽えている。それを見て僕も冷静になる……というかそのことで責めるのは筋違いだしただの八つ当たりだ。
 ひとまず落ち着いた僕は楯無さんに何か心当たりがないか聞いてみる。

「そう、簪ちゃんがそんなことを……。いくら敏感になっているとはいえ確かに変ね。あなたとは今まで直接の接点はなかったわけでしょ?」
「そうだね、楯無さんの話でしか彼女のことは知らなかったし。簪さんはどうなのかな?」
「う~ん、以前少し話した時にあなたの話題を出したことはあると思うわ。でも最近はあまり簪ちゃんと話せなかったから何とも言えないわね。それに最近は紫苑君が行方不明になって、それ関連にかかりきりだったから」
「う、ごめん」

 別に僕を責める意図が皆無なのはわかりつつも、思わず謝ってしまう。

「だから謝らないで。でもそうなるとますますわからないわね」

 確かに……僕が嫌われる理由はこれといって見当たらないように思える。
 あとはなんだろう、生理的に受け付けないとか? うわ、何気にそれ凹む……。もし本当にそうだったらどうしよう、立ち直れないかも。

「……なんとなく何を考えているのかわかるんだけど、いくらなんでも簪ちゃんはよっぽどのことが無い限り他人にそこまで言わないわよ?」

 僕の考えを悟ったらしい楯無さんが若干の怒りを滲ませながら釘を刺す。

「ご、ごめん。いきなりでちょっと衝撃が大きかったから変な風に考えがいっちゃってるかも」

 はぁ、というか何で僕はこんなにショックを受けているんだろう? 人に嫌われたりするのには慣れていたはずなのに……。あ、でも明確に僕個人を嫌いと言われたのは初めてかも……。今までは僕のこと、というよりも紫音の弟という存在を嫌われていた感じだし。
 そう考えると、僕のことを見てくれている分マシなのかなぁ。でも心当たりがなぁ……。

「もしかして、僕の正体がバレてるって可能性は?」
「あり得ないわね。学園の子たちですら気づいていないのに、会ったこともないあの子が知る由もないわ。可能性があるとしたら私からだけど、そんなヘマ私がすると思う?」
「だよねぇ……」

 となるとお手上げだ。もうあとは本人に聞くしかない。でも、今のままじゃ取りつく島もないから少しずつ話せるようにしていくしかない、かな。幸い同室なんだから機会はいくらでもあるんだし。

「……いくら簪ちゃんが可愛いからって襲っちゃだめよ?」
「今の会話の流れでどうしてそうなるの!? それに同室にしたの楯無さんだよね!?」

 相変わらず人の思考をかき乱すのがうまい……というか人の心や考えを読んで最適な言葉を叩き込む。人を弄ることに無駄に才能を発揮するな、この人は。 

「あはは……全く知らない人と同室になっちゃうより、ある程度こちらで把握できる簪ちゃんのほうがいいかなって。私のお願いのためにもちょうどいいし。……まぁ、あなたが男の子ってことをまたちょっと失念してたなんてことは決してないからね」
「いやいやいや、それ忘れてたでしょ!? あのときの失敗しちゃった発言はそういう意味だったの!? はぁ、もういいや、それも別にいつものことだし」

 そうは思ってもなんだかドッと疲れた気がする。

「まぁ、それはさておき。私も気づいたことがあれば連絡するから……簪ちゃんのこと、よろしくね」
「このまま一方的に嫌われたままっていうのも嫌だしね、せめて理由を聞いてなんとかなるようならなんとかするよ」
「……ありがと」

 状況的には楯無さん以上に、今の簪さんと仲良くするのは大変な気がするけど。それでも乗りかかった船だし、頑張ってみよう!



 と、意気込んだもののそれから一週間の僕の部屋の空気は酷いものだった。楯無さんの部屋から戻ったあと、話をしようとしたもののシャワーの順番などの部屋のルールを簡単に決めるやり取りをしただけで口を閉ざしてしまった。
 翌朝も挨拶程度はしてくれるけど、それ以外はほとんど会話にならない。ある程度自分の荷物も整理できたようで、あとはひたすら端末を操作して何かをしている。……何してるか教えてはくれなかったけど恐らく専用機に関することだと思う。

 そんな状況が続いて、何の進展もないまま入学式の日がやってくる。立場上、僕は新入生ではないけれど参加することになった。その中で遠目ながらも話題の人物、織斑君を見ることができた。式の最中も周りの視線を一身に受けて縮こまっていたけど……あれはキツい。僕も何故か似たような感じだったけど、あの時は楯無さんがいた。今年は彼に集中しているから僕にほとんどそういう視線は感じない。
 、話しかけられるわけでもなく遠巻きに見られているだけというのはやはり辛い。式が終わると彼は逃げるようにしてその場を後にしていた。ちなみに、この年の新入生代表挨拶はセシリア・オルコットという生徒。彼女が今年の主席なのだろう、イギリスの代表候補生で専用機持ちということだ。

 そして翌日の授業初日の朝、貼りだされたクラス割を見る。僕は四組、予想通りではあるけど同室の簪さんと同じクラスだ。
 他の気になる生徒でいうと、織斑君や束さんの妹の箒さん、それに代表挨拶をしたオルコットさんが一組だ。……去年に引き続きこのクラス編成の偏りは何の意図があるのだろうか。
 ともあれ、気になる生徒が一組に集中してくれたのは助かる、かな。特に箒さんは束さんのこともあるし、機会を見て話してみよう。もちろん、織斑君とも話してみたい。

 今年の専用機持ちは僕を含めて四人、僕と織斑君と簪さんとオルコットさんだ。といっても織斑君と簪さんはまだ未完成なんだけど。



 IS学園での新たな一年が始まる。しかし、僕は簪さんのことで出だしから躓いた形だ。

 でもそれとは別に自身の中で高まる、言い知れぬ不安を僕は払拭できずにいた。そしてその不安がやがて学園全体、果ては世界中を巻き込む激動の渦となることを、僕はこの時知る由もなかった。


 

 

第二十一話 不安と希望

 これから一年間通うことになる4組の教室の前まで来ると、僕は自然と一年のことを思い出す。あの時は正体を隠して通うことにビクビクして、教室に入るだけで勇気を絞り出したものだ。
 もっとも、それに慣れてしまった現状は嘆かわしいのだけれどこればっかりは慣れないと僕の精神が持たなかったと思うので許してほしい。

 去年と違い、今年は織斑君がいるしそれほど注目を浴びることもないだろうと考えて気楽に教室に立ち入るものの、すぐにそれは誤りだったと知る。
 一歩足を踏み入れた途端に変わる空気。それは去年も経験した、しかし何かが違う。

「失礼します」

 去年と同様の言葉、違うのは落ち着いて言えたことくらいか。

 少しの間僕に注目が浴びたあとは皆それぞれ近くの生徒との会話に戻るものの、時折こちらに向けられる視線は絶えない。去年とは違った居心地の悪さを感じつつ、僕は自分の席へと座る。

 簪さんもまだ来ていないようで、当然知り合いもいない。話しかけられる雰囲気でもなかったので、ひとまず持ち込んだ本を読んで時間を潰していたところ、再びクラス中の視線が入口へと向けられた。


「…………」

 簪さんだ。その視線にやや顔を顰めながらも気にしない素振りでこちらに向かってくる。今朝も、気づいたらいなかったので先に出たと思ったのだけど、何故か時間ギリギリだ。
 僕のときと同様にチラチラと視線を向けては何事か近くの生徒とコソコソ話している。時折、『生徒会長』や『妹』という単語が聞こえてきて、その会話の内容を察する。
 もしかしたら簪さんはこうなることを予期してギリギリに入ってきたのかもしれない。

 僕の時にも何かしらそういう会話があったんだろう。留年したことは事実だし、事件に巻き込まれたことなどから噂が広がっているのは楯無さんから聞いている。ただ、二年生以上の生徒は特に気にしていないことはヴァレンタインのときに分かっている。……あの時は大変だったけど今にして思うとありがたいことだったんだね。

 でも新入生は、もともと留年した生徒というだけでも扱いにくいんだろう。こればっかりはこれから付き合っていく上でなんとかするしかない。彼女たちにどんな噂が流れているのかはわからないけど、これも実際に接しながらしがらみを解いていく必要がある。

 ここまでとは思わなかったけど、同学年と壁が出来てしまうことはある程度は覚悟していた。だから僕に対して陰でコソコソ言われても別に我慢することはできる。
 でも、簪さんに関しては違う。本人は意に介さずに席に向かうが、周りの態度を見かねた僕はさすがに諌めようと立ち上がる……寸前に近くにきていた簪さんに目で制される。

「……余計なことはしないでください」

 ただ、一言そう告げるとそのまま僕の後ろの席に座る。楯無さんも席は近かったけど彼女はどうやら僕のすぐ後ろの席のようだ。

 簪さんにそう言われてしまえば、僕には何もできない。確かに僕が注意すればその場は収まっても後々状況が悪化することもあり得る。できれば彼女と話をしてどうするかを相談できればいいのだけど、今の関係ではそれすらできない。そんな現状に歯噛みするも、クラスの微妙な空気は変わらない。

 それを打破したのは、新たな入室者だった。

「さぁ、席につきなさい。HRを始めるわよ」

 入ってきたのは二人のスーツ姿の女性。どちらも金髪の綺麗な女性だった。二人ともまだ若く、二十代半ばから後半といったところだと思う。

「さて、まずは自己紹介させてもらうわね。私がこのクラスの担任になったシンディ・ミュラーよ。そしてこちらが」
「副担任のエドワース・フランシィよ」
「私はドイツ出身、彼女はカナダ出身だけど日本語は問題ないから安心なさい」

 ミュラー先生は、スタイルが良くモデルのような体型だ。その長い金髪と抜群の美貌も相まってハリウッド女優を彷彿とさせる。
 一方のフランシィ先生も、ミュラー先生とは違ったタイプの美人でセミロングの金髪だ。特徴としては山田先生のようだと言えばわかるかな……うん、大きい。今年も目のやり場に困るのか……。

 そんな二人をぼんやりと見ていたら……いや、胸は見てないよ? と、ともかく二人を眺めていたらミュラー先生と目が合う。その瞬間、何かが僕の中で警鐘を鳴らすのを感じた。こちらの心の内を知ってかしらずか、なぜか彼女はウィンクをしてくる。 

「ふふ、今年も可愛い子がたくさん入ってきてくれて嬉しいわ。絶賛彼氏募集中のフランシィ先生としては1組じゃなくて残念だったわね。盆栽なんて趣味にしてるから出会いがないのよ」
「あー!? それは言わなくても!? それにミュラー先生がどっちもいけるからってそんな他人事みたいに……」

 突如漫才のようなやり取りを始める二人。……さっきの悪寒はそういうことなの? それって教師としてどうなの!? 彼女らが担任と副担任で大丈夫なのだろうか。なんだかまた不安が大きくなった気がする。

「さて、ありきたりだけど自己紹介していってもらいましょうか」

 一人、不安に身を捩らせていたらいつの間にかやり取りが終わっており自己紹介が始められた。
 今年も例によって出席番号順に進められる。皆、緊張しているのが見て取れるがなんとか無難にこなしていき、すぐに僕の順番がやってくる。

「西園寺紫音です。趣味は読書と料理です。一応専用機を所持していますが、現在は代表候補生でも企業所属でもありません。また、ご存知の方もいるかと思いますが諸事情により出席日数が足りずに留年したため、皆さんより一つ年上となりますが、そのことはお気になさらず仲良くしていただけると嬉しいです」

 自分で言いつつ、気にしないなんて無理なんだろうなと思ってしまう。それはこの場の空気が証明している。今までの生徒の自己紹介と違い、僕の言葉が終わってもパラパラと拍手があるのみ。
 簪さんのように、僕のことを嫌っているような空気でないのは救いだけど、それでも戸惑いのようなものが充満している。……やっぱり一朝一夕では馴染めそうもない、か。

 時間が進むにつれて重くなる気持ちに耐えつつ、僕は席に座る。

「更識……簪。……専用機は……まだ未完成」

 続く簪さんはただそう言うと席に座ってしまった。あまりに素っ気ない自己紹介にさらに場の空気は微妙なものとなる。

「え~っと、彼女は日本の代表候補生でもあるのよ。それに、現生徒会長の更識楯無さんは彼女のお姉さんね」

 フランシィ先生が見かねてフォローを入れるが、それは失言だと思う。後ろから感じる気配が揺れたのがわかる。今頃、彼女は先生を睨んでいるんじゃないだろうか……彼女は楯無さんと比べられるのを極端に嫌う。それどころか、話題に出るのも嫌なようだ。

 そんな簪さんを見てか、クラスメートは固まってしまい静寂に包まれる。僕は慌てて拍手をすると、それにつられてパラパラと周りも手を叩く。

「さ、さぁどんどんいきましょう」

 さすがに何かを察したのか、フランシィ先生が慌てて次を促す。その間、ミュラー先生はこちらに視線を向けている……何か嬉しそうな笑みを浮かべているのは気のせいだと思う。
 
 その後も空気は変わらず微妙なままだったが、自己紹介はなんとか進行して無事に終わる。

 このクラスは僕だけでなく、いろいろな爆弾を抱えているようだ……。簪さんのこと、クラスメイトとのこと……もちろんそのあとは他クラスの生徒も、そして……ミュラー先生はよくわからないけどちょっと警戒しておこう。初日でいきなり増えた問題に僕は思わずため息が漏れた。



 授業自体は問題なかった。というよりもやはり一年前に既習な上、初日で難しいことなんかやるはずもないので割と退屈なものとなってしまった。とはいえ、真面目に授業は受けざるを得ないのだけど中々に辛いものがある。

 昼休みになると、周りのクラスメートは近くの生徒と声を掛けあって食堂に向かったり弁当を広げたりしている。当然というか、こちらに向かってくる生徒はいない……やっぱりちょっと悲しい。
 断られること覚悟で簪さんを誘ってみようかと思い後ろを振り返るも既に姿は無い。仕方なく僕は一人で食堂に向かうことにした。すると道中で楯無さんとフォルテさんに出会う。どうやらこの状況を見越して誘いに来てくれたようだった。

「やっほぉ、紫音ちゃん。よかったらお昼一緒にどう?」
「はい、丁度一人だったんでぜひ」
「あら……やっぱりあまり良くない状況みたいね」

 学年は違ってもこうして気にかけてくれているのは本当に嬉しいし助かる。このまま甘えてしまいそうになるけど、そうすることでより一層同学年の生徒たちと溝が出来てしまう気がする。それだけは避けないといけないので難しいところだ。現に、こうして話をしている間も周りからの視線に晒されているわけで……。

「なんか大変みたいッスね~。どちらにしろここじゃ目立ってるから早く行くッスよ」

 フォルテさんは相変わらずマイペースなようだけど、なんとなく気を遣ってくれてるのがわかる。本当に僕は友人に恵まれている。

 食堂に着くと、そこは騒然としている。というより織斑君のいる1組の話題が飛び交っていた。話によると、クラス代表の座を巡って織斑君とオルコットさんが対立し、一週間後に模擬戦を行い代表を決めるというものだった。

「は? 織斑一夏ってまだ数分しか稼働させたことないんじゃないんスか? 馬鹿ッスか? それとも天才かなんかッスか?」
「う~ん、織斑先生の弟さんだから天才の可能性も否定できないけどどうかしらね」
「それでもさすがに稼働時間が短すぎるんじゃないでしょうか。まだ専用機も届いていないためまともに訓練もできないそうですよ。それに弟だから、って言うのは……」
「……わかってるわよ」

 僕の言外の意図を察したのか、楯無さんが少し気まずそうな顔をする。

 この後の僕たちの会話も自然と彼らのことになった。
 織斑君は入学試験のときに適性が見つかって、バタバタした中で強引に入学させられたので試験の時くらいしか動かしたことはないはず。それで代表候補生に挑むのだから大したものだと思う。
 僕の場合は入学が決まってからそれこそ訓練ばかりだったから入学したころにはかなり動かせるようになっていた。……それでも楯無さんにはやはり勝てなかったのだけれど。

 考え事をしながら注文していたランチセットを受け取り席に座ろうとすると、再び食堂がざわついた。どうやら話題の当人である織斑君がやってきたようだ。どうやら隣には箒さんもいるようで、予想通りこの二人が同部屋だった。ちなみに、昨日の夜箒さんが木刀を持って織斑君を追い回していたらしいけど何をしたんだろうか……やっぱり僕が同じ部屋にならなくてよかったのかもしれない。

 しばらくは遠目で見ているだけだった周りの生徒も、一人が同意を得て近くの席に座ると次々と周りに群がっていき質問攻めになっていた。隣の箒さんは何故か不機嫌そうだ。

「はぁ、大した人気ッスね」
「そうね、まぁ無理もないわ。なんせ初めての男の子だし。二年生はそれほどでもないけど一年生のほとんどと三年生の一部は興味津々みたいよ。紫音ちゃんはどうなの?」

 そう言いながらニヤリと僕のほうに視線を向けてくる楯無さん。

「いえ、特には。男性だからといって特別扱いすることもないのではないでしょうか」

 下手なことは言えないので模範的な回答にとどめておく。こういう答えにくいことを聞いてくるのはやめてほしい。いや、分かっててやってるんだろうけど。

 でも、実際に僕が下手に織斑君と接触したら状況がさらに悪化するのは間違いない気がしてきた。一度話をしてみたいのは変わらないけど、慎重にしないと……あとは箒さんもか。今のところ近くには織斑君がいるから彼女と話すタイミングも気をつけないと。 

 過熱気味の織斑君人気……というより現状は動物園のパンダみたいな感じだけどその一端を垣間見た僕らはその後は特に関与せずに食事を終わらせる。

「それじゃ紫音ちゃん。大変だと思うけど頑張ってね。あ、そうそう。今日の放課後に生徒会室に集まってね。虚ちゃんの妹が入学して生徒会に入ったから一度顔合わせするわ」
「あ、そういえばそうでしたね。わかりました」

 以前、妹さんが入学するかもしれないと言っていたのを思い出す。虚さんのようにしっかりした子なのだろうか。同学年の生徒とはまだまともに会話できていないので、仲良くできればいいな。ちょっと会うのが楽しみになってきた。



 なんとか授業が一通り終わり、あとはSHRを残すのみとなる。そこでようやくクラス代表を決めることになる。1組は昼休みに話題になっていたことから午前中に話し合われたようだ。

「と、いうわけで、自薦他薦は問わないわ。やりたい子、やってもらいたい子はいるかしら?」

 ミュラー先生はクラス代表の仕事や役割を簡単に説明した後そう切り出すが、当然誰も名乗り出ない。去年は当たり前のように僕ら専用機持ちが推薦されたものだけど、今年は……。
 さすがに推薦するのが躊躇われるのか、それでもやはりこちらをチラチラと窺う視線を感じる。

「あら? 誰もいないのかしら?」
「オーケー、それなら私が適当に推薦しちゃうわよ?」

 様子を見ていたミュラー先生も、誰も手を挙げないためもう一度確認のために周囲を一瞥するとフランシィ先生が割り込む。……適当にって教師がそれでいいのか。

「あ、あのぉ。西園寺さんがいいんではないでしょうか?」
「わ、私もそう思います」
「私は……更識さん……がいいかな」

 さすがに自分が被害を被る可能性が出てきてまずいと思ったのか、恐る恐るといった感じで数人の生徒から僕らの名前が出る。

「う~ん、他には……いないようね。さて、西園寺さんに更識さん。あなた達が推薦されたけどどうかしら?」

 ミュラー先生がこちらに尋ねてくる。でも、これに関しては僕は前もって決めていた言葉を口にする。

「申し訳ありませんが、辞退させていただけないでしょうか? 私は去年、同様にクラス代表に推薦していただきその任につきましたが全うすることができませんでした。私には再びクラス代表になる資格はありません」
「そうねぇ、別にそこまで気にすることではないと思うけど、他の子に機会を与えたいって気持ちはわかるわ。なら、更識さん。あなたはどう?」
「……別に構いません」
「そう、なら更識さんで決まりね、よろしく頼むわ」

 もしかしたら簪さんが拒否するかもしれないと思ったけど、意外にもスムーズに決まりホッとした。
 できればこういった機会は奪いたくはないのもあるし、やっぱり去年途中で投げ出す形にになったことへの申し訳なさもある。まぁ、留年していることを気にしないでほしいと言っておいてこういうことするのは矛盾かもしれないけれど、こればかりは仕方ない。

「さて、それじゃ今日はこれまでよ」

 僕の発言に少しざわついていたものの、簪さんが受け入れたことで少し収まる。そして、ミュラー先生が〆たころにはすっかり落ち着いたようで、礼をした後一斉に帰り始めた。
 簪さんもクラス代表になったからといって特に変わらないようで、昼休み同様すぐに出て行ってしまった。

 生徒会へ呼ばれていることもあり、僕も出ようと立ち上がったところこちらに近づくクラスメートに気付く。彼女は僕の視線にビクッとしつつも、そのまま僕の前にきて話しかけてきた。

「あ、あの……さっきは申し訳ありませんでした。その……推薦してしまって」
「ご、ごめんなさい」

 よく見ると、先ほど僕を推薦した二人だった。たしか、高島さんと小鳥遊さんだったかな。席が前後の二人で仲良さそうに話しているのを見た気がする。
 どうやら、先ほどの僕の発言を誤解したようで、僕が気を悪くしたんじゃないかと思ったようだ。そんな気は全くなかったので、僕からも謝っておく。

「いえ、こちらこそせっかく推薦していただいたのにごめんなさい。それに、気にしないでください。私も自分の名前を挙げていただけて嬉しかったですから」

 そう言いながら、怖がらせないようにできるだけ優しく微笑んでみる。

「あ……う……は、はい! あの、私、西園寺さんの模擬戦の映像を見たことがあって、憧れてました。こっちの高島さんは更識生徒会長に……。その、クラスのみんなはまだ戸惑っているみたいですけど、きっとすぐに打ち解けると思います!」
「……ありがとう。二人とも、よかったらお友達になってくれるかしら?」
「は、はい! 喜んで!」
「わ、私もお願いします!」

 ちょっと顔を赤くしている彼女らを見て失敗したかもと思ったものの、彼女らは以前から僕のことを知っていたようだ。憧れと言われてもむず痒い気分だけれど、こうして話しかけてくれることは本当に嬉しく思う。友達になってほしいと言うと、彼女たちも本当に嬉しそうにしてくれた。その笑顔を見るだけで先ほどまでの不安な気持ちが和らいでいった。
 ……途中から『お姉さま』と呼ばれ始めた時には顔が引き攣ったけど。楯無さんあたりに聞かれたら間違いなく弄られる……なんとか修正させないと!

 先約があるので、彼女らの話もそこそこに生徒会室へと向かう。

「なんだ、ニヤニヤして。朝は死にそうな顔をしていたくせに。クラスでうまくいったのか?」
「ち、千冬さん!?」
「織斑先生だ」

 急に声をかけられ、慌てて振り向くとそこには千冬さんがいた。思わず名前で読んでしまい、出席簿で軽く叩かれる。考えてみれば、こういうやり取りも随分久しぶりでなんだか顔がニヤけてしまう……っていうかさっきまでの僕はそんなにニヤけていたんだろうか。

「……織斑先生」
「あぁ、ちょっと話がある。用事があるようだから5分で済ます。付き合え」

 こちらの事情を理解したうえでのごり押し、独裁者は今年も健在のようだ。彼女は今年も山田先生と一緒に1年1組を担当している。つまり、織斑君のクラスだ。弟のクラスの担任になるのは普通の学校ではどうかと思うけれど、重要人物を守る位置に最強戦力を置くのは間違ってはいない。
 相も変わらず強引な千冬さんに連れられ、僕は宿直室で彼女と二人きりになった。

「悪いな、紫苑。話というのは……一夏のことだ」

 扉を閉め、部屋にだれもいないことを確認すると千冬さんが切り出す。僕の名前を出したということはプライベートということだ。この部屋は防音防諜がしっかりしており、千冬さんと秘密の話をするようなときはたまに使っていた。

「織斑君のこと?」
「あぁ、私が言うのもなんだがアイツは馬鹿だ。今日も事前学習が必須と言っておいた参考書を電話帳と間違えて捨てたとぬかした。それに、運動神経などはそこそこあるがISは素人だ。……それでも周りは待ってはくれん。一秒でも早く強く、自分の身を守れるようになってもらわねばならん」

 彼が狙われる理由なんていくらでもある。男性操縦者であることはもとより、千冬さんの弟であること、専用機の存在もある。どこまで情報が漏れているかわからないけど、この彼の専用機は当然ながら束さんの手が入ることになる。そうしないと動かせないのだから。となると当然……スペックもおかしなことになりそうだ。
 それにしても電話帳と間違えて参考書を捨てるってどういうこと。そしてそんなこと千冬さんの前で言ったら地面にめり込む勢いで出席簿を叩きつけられるんじゃないか。彼は果たして生きているのだろうか。

「そこで、だ。お前も機会があったらあいつに稽古をつけてやってほしい。もちろんクラスが違うし、お前も自分のことで大変だとわかっているんだが……頼む。どうにも今年はアイツを狙った入学生もいるようで、いまいち他の生徒は信用ならん」

 彼の入学が決まってから希望者が一気に増えたということはそういうことなんだろう。ハニートラップを仕掛けて遺伝子を持ち帰り、研究するなんてことも国家レベルの組織なら考えてもおかしくない。

「わかったよ。束さんにも頼まれてたしね……まぁ、メインは妹さんだったけど。僕にできる範囲でいいなら」
「そうか、束が……。すまないな、助かる。出来る範囲で構わん、奴には経験も知識も覚悟も足りん。どんな機会でも奴の力になる……だから、頼んだぞ」
「あ、そうだ。代わりと言ってはなんだけど、また朝稽古に何回か付き合ってもらえない? 自分で続けてはいるんだけど半年のブランクが大きくて……」
「そのくらいお安い御用だ」

 みんな弟、妹想いだね……。よく考えたらこの学年には知り合いの弟と妹が多いんだよね。今のところ面識があるのは簪さんだけなんだけど……なんだか他の人と会うのが不安になってきた。これから虚さんの妹さんに会うんだけど大丈夫かな。

「それじゃ、生徒会があるみたいだから僕はいくね」
「あぁ、時間をとらせて悪かったな」
「ううん、また一緒に学園に通えるようになって嬉しいよ」
「……そういう言葉をそういう表情でほいほい他の生徒に言うんじゃないぞ」

 本音で嬉しかったので自然と笑顔になってそう言ったのに思いっきり睨まれて諌められる。つい先ほど同じような笑顔で似たようなことを言ったなんて言えない……。

 ちょっと予定外に時間をとられたので、僕は急いで生徒会室に向かう。もうみんな集まっているだろう。教師陣に注意されない程度に小走りで向かい、ようやく扉の前にたどり着いたら……。

「あー、しののん先輩だー」

 袖がダボダボの改造制服に身を包む見知らぬ女生徒がそこにはいた。



 

 

第二十二話 すれ違い

「し、しののん?」

 突如、聞きなれない呼び名で声を掛けられた僕は思わずたじろいでしまった。別の人に話しかけているのではと周囲を見渡すも、この場には二人だけなのでやはり僕に向けられた言葉なのだろう。

「ん~? しののん先輩でしょ?」

 あぁ、『しのん』だから『しののん』なのか。なんでわざわざ文字を追加して長くしているんだろうか。この子が僕の『しおん』を呼ぶとしたらどうなるの? 『しおおん』? いや、それはおかしいよね。というかこの子、どことなく雰囲気が束さんと似てる気もするな……。

 って、誰なんだろう、この子は……。僕のこと知っているようだけど。

「えっと、『しののん』というのが西園寺紫音のことなら確かに私ですね。失礼ですけどあなたは?」
「え~? 本音は本音だよ?」

 僕の問いかけの意図を察していない様子で、それでもニコニコしながら答えてくる。
 駄目だ、いまいち会話にならない。その仕草はなんとなく癒されるけど……。

「こら、本音」

 どう対応しようか悩んでいると、部屋の扉が開き虚さんが出てきた。

「あ、お姉ちゃん」

 ……そっか、生徒会室の前で会った時点でその可能性に思い至るべきだった。あまりに突然だったから思考が追いついていなかった。 
 
「あなたは紫音さんとは初対面でしょ? 自己紹介くらいちゃんとなさい」

 さすがはお姉さんといった風で、目の前で妹さんを諭す虚さん。う~ん、見た目は似ているような気がするけど、雰囲気というか性格といった面では今のところまるで似つかない。

「布仏本音だよ~、よろしくね? しののん先輩」
「えぇ。よろしくお願いします、布仏さん。私のことはご存知のようですが、改めて。西園寺紫音です」

 姉に注意されても、のんびりとした雰囲気は変わらず自己紹介をしてくれた。隣では虚さんが頭を抱えている。まぁ、虚さんはキッチリした人だからこの緩い雰囲気は許容できないのかもしれない。
 そんな微笑ましい姉妹を見つつも、彼女は僕のことは知っているようだけど一応僕も返す。

「本音~」
「え?」

 すると、彼女は自分の名前を再び口にする。意図が掴めず、僕は思わず間の抜けた反応をしてしまった。

「だから、本音って呼んで~? お姉ちゃんと区別できないでしょ?」
「え、えぇ。わかったわ、本音さん」
「えへへぇ」

 ……この人懐っこさはどこからくるのだろう。戸惑いつつも、彼女の言うように名前で呼ぶと、今まで以上の笑顔を返してくれた。なんだか、この子の出す空気には本当に癒される気がする。
 あ、もしかしたら小動物とかペットのような……アニマルセラピー的な何か?

「はぁ、まったく。申し訳ありません、紫音さん」

 そんな失礼なことを考えていたら、虚さんが先ほどの本音さんの対応を謝罪してきた。僕は全然気にしてないんだけどね、ほんとに真面目な人だと思う。

「いえ、構わないですよ。どうも今の一年生には避けられてるので、こうして気軽に話しかけていただけるの
は正直嬉しいんです。これから仲良くしてね、本音さん?」
「うん!」
「ありがとうございます、紫音さん。私からも、本音をよろしくお願いします」

 僕の言葉に、二人は満面の笑みになった。こうしてみると性格は違えどやはり姉妹なんだなと思える。何はともあれ、高島さんや小鳥遊さんに続いて一年の中にこうして話しかけてくれる人が増えたことに僕は安堵した。

「ところで、避けられてるってかんちゃんのこと?」
「かんちゃん?」

 ひっそりと新たな出会いに感動していたらまた見知らぬ単語が出てきて僕は首を傾げる。

「私はね~、一応かんちゃん付の専属メイドだからいろいろ話聞いたことあるの。しののん先輩のこと、会ったことないけど今はどうしても好きになれそうもないって言ってたよ? 最近はあんまり話せてないからわからないんだけど~」

 ……なるほど、簪さんのことか。それにしても、こう直接的な表現されるとさすがに凹むよ? 

「本音! ……あの、紫音さん。もうご存知かと思いますが簪様はいろいろと思い悩んでおいでで。私やお嬢様では取りつく島もなく、本音も……。ですが、本来はとても優しいお方なのです。同室である紫音さんにも今は厳しくあたっていますが、きっかけさえあればきっと……」

 簪さんの話が出た途端、先ほどまでの笑顔は一転深刻そうな表情になる。それだけ、入学前から周りにも心を閉ざしていたということだろうか。

「えぇ、まるで何かに追われるようでした。幸い、一緒にいる時間はたくさんありますので少しずつわだかまりを解いていきたいと思います。楯無さんにもお願いされてしまいましたしね」
「はい、私からもよろしくお願いします」

 そう言って、虚さんは深々と頭を下げてくる。その様子に恐縮してしまう。

「あ、頭をあげてください。先ほどはああ言いましたが、別にお願いされたからという訳ではなく私がそうしたいからなんです」
「はい……ありがとうございます」
「私もお仕事がんばろ~、最近かんちゃん一人でいること多くてお仕事できなかったし」

 簪さんのことを考えているのは一緒なんだろうけど、対極的な二人。きっと楯無さんに対してもそうなんだろうな。布仏家と更識家の関係は以前に聞いていたけど、いざ当人達を見ていると家に縛られているという訳でもなく、自分の意志で生きている。その関係がちょっと羨ましくなった。

 僕も、もう西園寺は関係ない。なら、この学園でも自分の意志で行動しようと改めて決意する。

「さぁ、皆さんお待ちでしょうし中へ入りましょうか」

 よく考えたらここは生徒会室の前だ。結構な時間が経っており、他のみんながここに来たのを見ていないということは、既に中にいるということだ。
 僕は二人を促し、僕の大事な仲間の待つ生徒会室へと入っていった。







「……虚とは全然性格が違うんだな」
「ん、でもなんか癒しオーラというか、ウチと似た匂いを感じるッス。ダリル先輩こういうの好きッスよね?」
「あ? それは暗にお前が癒し系だって言ってるのか? いくらなんでも図々しくないか?」
「そんなこと言って、知ってるッスよ! 学園に迷い込んでいた野良ネコに『フォルテ』って名前つけて餌あげてたの」
「てめぇ、なんで知ってんだ! だいたいそれは何匹もいたから生徒会のメンバーの名前適当につけてっただけじゃねぇか! だいたいお前の名前なんて一番小汚い奴につけたはずだぞ」
「なんですとー! それが可愛い後輩に対する仕打ちッスか!?」

 本音を見るなり、ワイワイと漫才のようなやり取りを始めたのはフォルテとダリル。最初から、比較的ダリルに懐いていたフォルテだが、今ではすっかり姉妹のようだ。訓練も共にしていることが多いらしく、今では二人専用のタッグ技まで開発したほどだ。

 ある意味、個性的ともいえる本音もこのメンバーの中ではそれほど違和感もないらしく簡単に受け入れられた。もとより周囲の目など気にした様子もない本音は、二人のやり取りも気にせずに自身のケーキに夢中で、今は剥したテープについたクリームを満面の笑みで舐めとっている。

「またそんなことして……。お止めなさい、本音」
「うふふ、別にいいじゃない。別に畏まった会じゃないんだし」
「そうですね、ここでは誰も気にしませんし」

 虚は、行儀の悪い妹に対して叱りつけるも周りから援護の声がかかる。
 楯無も紫苑も、子供のように嬉しそうにクリームを舐めている本音を止めるような真似はしたくなかった。そして、普段から行儀の悪い者も数名いるため特に気にしないというのも本当だった。紫苑はチラっとその二人に目をやるも特に名前を出すようなことはしない。

「はぁ……わかりました。ですが、この子のためにもなりませんので、あまり甘やかさないでくださいね」
「ふふ、わかってるわよ」
「えぇ、わかりました」

 とはいえ、紫苑と楯無も妹の普段の行いを心配する姉の気持ちを理解はしているので、度が過ぎれば注意はするつもりであった。
 だが、少なくとも今は目の前の幸せそうな少女を見ている中でそんな気は起きないようだ。

 その後、自然と話題は本音のクラスメートでもある織斑一夏とセシリア・オルコットの先日の一件についてとなる。
 要領を得ない本音の話ではあったが、幸いにもここには虚と楯無という付き合いの長い二人がいる。うまく本音の言葉を拾い上げ言い直すことでその場の全員が、何があったかを知ることができた。

 それによって紫苑らが知った事の顛末は以下のようなものだった。

 まず休憩時間にセシリアが一夏に声をかけ、自身が代表候補生であることを理由に彼の指導を申し出るも、断るどころか代表候補生の意味すら知らずにクラス中を呆れさせる。セシリア自身はそれを馬鹿にされたと感じたらしく、言い合いに発展しそうになるも担任である千冬がやってきたためその場は事なきを得る。

 しかし、その後クラス代表を決める段になり再び争いの火種はあがる。
 立候補する者がいない中、他薦でも構わないとの千冬の言葉にクラス中がなんと一夏を推薦したのだ。それに対してセシリアは異議を唱える。
 クラスで唯一の代表候補生であり、学年主席であったセシリアは当然自分が選ばれると思っていた。……それならば何故立候補しなかったのか、と疑問はあるが恐らく彼女のプライドが許さなかったのだろう。
 だが、その後に続いた言葉がよくなかった。一夏個人に対する言葉ではなく彼女は『島国』や『文化後進国』など日本を侮蔑する発言をしてしまった。
 そして、売り言葉に買い言葉、一夏もイギリスを罵倒する。『世界一不味い料理の国』と。
 
 生徒会の人間はその一連の流れを本音から聞いて呆れるばかりだった。
 そもそもセシリアの発言は矛盾している。ISの開発者の篠ノ之束は日本人であり、謂わば日本はIS発祥の地だ。そのISの代表候補生という立場にいる人間が日本を卑下する発言をするのはお門違いだ。
 そして、いくら侮蔑されたとはいえ自身が同じ立場で言葉を返すのであれば、一夏も同罪である。

 結局、クラス代表はその場で決まらず後日に模擬戦で決めることになったという訳だ。本来であれば稼働時間が数分しかない一夏が代表候補生で主席であるセシリアに勝つ可能性など微塵もないのだが、無知とは怖いものである。一夏はセシリアにハンデをつけるとまで言ってのけた。これにはさすがにクラスメイトも呆れ返り一夏を諌めると、彼も気まずそうに言葉を撤回していたのだが。

「はぁ……」

 その猪突猛進ぶりに紫苑は思わずため息を漏らす。
 相手の実力を正確に測れるかというのは実戦では生死を分ける。実戦経験がほとんどない紫苑ですら、そのことは身をもって知っていた。そう、亡国機業との邂逅によって。
 あのとき紫苑は、直前のやり取りと容易に組み伏せることが出来たことで相手を完全に見誤っていた。結果、彼はその身に風穴を開けることになる。

 ましてや、一夏は紫苑と違い世界的にその存在を知られてしまっている。亡国機業が目をつけないはずがない。いや、それどころか世界中が何らかの手段を用いて彼に接触する可能性がある。
 相手の力量どころか、自分の立場を認識していない一夏に対して、紫苑は少なからず危機感を覚えるのだった。そして、そう感じたのは紫苑だけではなかった。

「う~ん、想像以上に元気な子のようね。直接会ったわけじゃないから分からないけど、もし外部組織から狙われたら力不足のまま特攻しそうね」

 そう切り出したのは楯無。

「生徒会としては、1年1組の織斑一夏と篠ノ之箒両名を最重要の護衛対象とするわ。次点として各専用機所持者……これはもちろん生徒会メンバーも含まれるけど。まぁ、あなた達はできるだけ自分の身は自分で守ってね」
「あぁ、わかってる」
「了解ッス~」

 彼女の言葉に、ダリルやフォルテも続く。紫苑と虚は静かに頷いた。
 そして本音は……横に座っているフォルテのケーキを食べていた。

「あぁ!? ウ、ウチのケーキが……」
「残ってから食べちゃったよ~?」
「あんたもウチから奪うんスね!? さっきの言葉は撤回するッス! それに悪気が感じられないない分フィーより性質が悪いッスよ!?」

 フォルテの叫びが室内に響いたが、いつものことなので気にする者はいなかった。

 場の空気はフォルテのむせび泣きを境に雑談へと切り替わる。
 そんな中、紫苑は再び思考を織斑一夏へと向けていた。

(う~ん、できれば早めに接触したいけどきっかけが欲しいな。別のクラスの、ましてや悪い意味で目立ってる僕が理由もなしに会いに行ったらそれこそ目立ってしまう。僕はともかく、織斑君からしてみたら好ましいことではないし、警戒させてしまうかもしれない)

 だが、意外にもその機会はすぐに訪れることになる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はっ!」

 新学期が始まり早数日。紫苑は半ば日課となっている放課後の道場での素振りを行っていた。
 このところは先の約束通り、千冬も彼に付き合っていたのだが彼女も教師である以上いつでも一生徒にばかり付き合うというわけにはいかず、この日は一人となっていた。だが、わずかの時間とはいえ千冬の指導を再び受けることができたのは大きく、すっかり動きは休学前のものを取り戻している。

 そんな折、彼にとっては予想外の者が道場を訪れる。

「……! あなた……は」
「! 篠ノ之さん?」

 その予期せぬ来訪者は、篠ノ之束の妹、篠ノ之箒だった。
 予想外……というのはあくまで紫苑にとってである。もともと剣道の中学生チャンピオンであった箒がこの場にいることは何の違和感もない。むしろ周りからすればお嬢様然とした紫苑がここで剣を振るっていることのほうが不自然に感じることだろう。

「失礼しました、道場は一応、織斑先生の許可を得て使用していますので。申し遅れましたが1年4組の西園寺紫音です」
「知っている……います。篠ノ之箒だ、です……」

 自分の姿を見て固まっている紫苑は、勝手に道場を使っていることを咎めているのだ思い釈明しつつ自己紹介をする。しかし、一方の箒は素っ気なく返す。ぶっきら棒な物言いを修正して敬語に言い直そうとさえした。それはつまり、紫苑が年長であることを知っているのだろう。もっとも、これも既に一年生の間では周知となっているので不思議ではないのだが、箒の反応はそれだけでないように紫苑は感じていた。

 箒はただ一言だけ告げると紫苑のことを視界から外し、道場の隅で黙々と鍛錬の準備をする。彼女は既に剣道部に所属しているのだが、部長の許可を得て普段はこうして主に自主練をしており、残ったほとんどの時間はクラス代表を決める模擬戦を控えた一夏の鍛錬と指導に当てていた。今まで紫苑が彼女らと会わなかったのは千冬があえて時間をずらしていたからだろう。

 箒も一夏同様に近いうちに接触したい相手だった。むしろ、護衛対象としては束に頼まれている分紫苑にとっては一夏より上だ。場の空気は何故か良いものではないが、なんとか会話の糸口になればと彼女の姉である束のことを話題にしようとする。紫苑の後見人に束がなったことは幸か不幸か既に公になっているので、問題はないはずだった。

「あなたとは一度お話したかったんです。あなたのお姉さんにはお世話になっ……」
「知っていると言っている! それに……私にはあの人のことは関係ない!」

 しかし、その言葉は彼女にはタブーだったのだ。紫苑の言葉を遮って箒は声を荒げる。優秀すぎる姉に悩まされる妹。紫苑は既にそのケースに触れていたはずなのに、気持ちが先走ってしまっていた。いや、何よりあれだけ束が想い、常にその身を案じていたのを身近にいた紫苑は知っている。にも拘わらず、話題を出しただけでここまで嫌悪感を露わにするとは夢にも思わなかったのだ。それに加えて、明らかに自分に対してもその感情が向けられているのを感じた。

「……なぜそんなことを? 彼女はあなたのことを常に心配して……」
「余計なお世話なんですよ……そもそもあの人のせいで私たち一家は滅茶苦茶に……」

 束がISを発表したことが契機となり、篠ノ之家は一家離散の状態が続いている。箒自身も、束の妹ということで小学生のころから政府の重要人物保護プログラムにより各地を転々としてきた。束が失踪後は執拗な事情聴取と監視により、その精神をすり減らした。学園に入学したのも、強制されたからだ。その原因が束にあるとなれば、彼女のことを恨むようになっても仕方ないのかもしれないが……。

「……違いますね。あなたが束さんのことを避けているのはそんな理由じゃない……そうでしょ?」
「!? なにを言って……」
「あなたは束さんが……」
「黙れ!」

 紫苑は、箒が話す理由を理解はしても納得はしなかった。それはどこか、嘘に塗り固められた上辺だけのものに感じた。
 そんな中、一つの可能性に思い至りカマをかけたのだが、再び紫苑の言葉を遮り箒が叫ぶ。もはや、最初は努めようとしていた敬語など影もない。ましてや彼女は今紫苑に、手にしていた竹刀の先を向けて威嚇すらしている。

「……これ以上くだらないことに耳を貸すつもりはない。それ以上口を開くなら……」

 その先は口にはしなかったが、眼と手にした竹刀が物語る。力づくでも黙らせる、と。
 仮にも武の道を修め、同世代の極みに達した彼女が安易にその力を振るうことに、紫苑は若干の怒りと失望を覚えた。

 彼はこの一年間で、ISを通して力の使い方というものを考えさせられてきた。ISは近年ではスポーツとして見られることがあるが、紛れもない兵器である。それは身をもって経験している。
 その気になれば、容易に人も殺せるし専用機持ちが数人いれば国すら落とせる。だからこそ、力の使い道は何より注意しなければいけないし、それが出来ない人間にISを操縦する資格はない。

 剣に対して、幼いころから努力を続けて頂に立った箒に対して紫苑は尊敬の念を覚える。しかし、鍛えられた刀も鞘を失い、抜身のままでは周囲の人間を、そして自身すらも否応なく傷つける。それが紫苑には許せなかった。

「……私に失言があったのなら謝ります。ですが、その竹刀でどうするつもりですか?」
「く……う、うるさい」

 箒も、冷静になれば自身の行いが褒められたものでないことくらいは理解できる。しかし一度抜き放った刀は容易に納めることはできない。

「力を持つ者は、その使い方を考えなければいけません。ましてやあなたは……」
「黙れと言っている!」

 そして、行き場を失った感情は暴走する。手にした竹刀を振り上げ、そのまま何も考えずに振り下ろしてしまう。一般生徒が相手なら危険な一太刀、それほどまでに鋭く疾い一撃だった。
 しかし、紫苑は一般生徒ではない。いくら鋭くても、ただ振り下ろされただけの一撃を避けることなど造作もないことだった。紫苑は、鍛錬中も使用し今も手に持っている竹刀で箒の一撃を軽々といなして見せる。

「なっ……!?」
「感情の行き場がないのなら……いいでしょう。私がお受けします」

 あっけなく自分の一撃が避けられたことに驚愕する箒に対し、紫苑も竹刀を構える。
 すぐに箒もその意味を悟り、構え直す。

「はあぁぁ!?」

 動いたのは、やはり箒。
 先の一撃とは違う、自身の普段通りの力を込めたはずの一撃。だが、届かない。力は込めても想いのないその一撃は、紫苑にとってあまりに軽い。
 これも同様にいなしてその竹刀の切っ先を首元につきつける。お互い防具をつけていないため、紫苑はもとより寸止めで終わらせるつもりだった。本来なら、これで終了となるはずである。

 しかし、箒は止まらなかった。そのまま踏み込み再び竹刀を振るう。

(う、まずい)

 その無茶な攻撃に突きつけていた竹刀を当てないよう何とか逸らしたものの、自身は体勢が崩れる。そこから当てずに止めることが難しいと悟った紫苑は全力で竹刀を振りぬいた……箒の竹刀をめがけて。

 交差した竹刀は互いにへし折れ、力の強さの関係で箒が突き飛ばされる形になり、倒れる。
 だが、これでなんとか無傷で終わらせることができた……はずだった。

「ぐっ」
「し、篠ノ之さん……!」

 しかし、折れた竹刀の破片が顔を掠めたのか、倒れた箒の頬からは血が流れていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 織斑一夏はこの日も道場を訪れていた。
 セシリアとの模擬戦が決定して以降、箒に対してISの指導をお願いしたのだが何故か教えてくれるのは剣道や筋トレなど。未だにISを動かしていない。
 この日も千冬に頼まれていたクラスの雑用を終え、先に道場に向かっている箒の元へ向かい鍛錬を行うはずだった。

 しかし、目の前には箒と……もう一人、学園の生徒らしき人物いた。銀色の髪に見惚れるほどの容姿とスタイルを兼ね備えた美しい女性。この女性だらけに男一人という環境で、少なからず耐性が出来ていた一夏でさえその姿に目を奪われた。

 だが、その場の空気がすぐに一夏を現実に引き戻し、そして驚愕する。

(あの構えは……千冬姉の!?)

 その女性が、もう何度も見た彼が尊敬する人物、織斑千冬の構えと酷似していたのだ。そして、その竹刀は幼馴染である箒へと向けられていた。

 やがて、二人は交差する。

 勝負は一瞬。互いに竹刀は折れたものの、箒が打ち倒された。そして、その頬から血が流れている。
 それを見て一夏は頭が真っ白になる。

 見知らぬ人間が姉の構えで、姉の剣技を振るい、あまつさえそれが幼馴染を傷つけたのだ。

「箒!」

 一夏は倒れる幼馴染の名を叫び、道場へと駆け入った。それを為した女生徒を睨みながら。



 こうして紫苑は、図らずも一夏と接触する機会を得る。
 しかし、それは彼が望まぬ最悪の形によって。

 様々な思いと誤解が交錯する中、世界を揺るがす二人は出会う。


 

 

第二十三話 Boy meets boy(?)

「箒!」

 目の前の出来事にも動揺していた僕に、さらに追い打ちをかけるように男性の声が道場に響き渡る。誰、と考えるまでもない。

 ……最悪だ、いつから見ていたのだろう。入り口からこちらに駆け言ってきた織斑君はそのまま箒さんのもとに走り寄る。その際に一瞬、目があったけど心なしか睨んでいるような印象だった。無理もない、か。目の前で幼馴染が怪我をして、間接的とはいえ少なからず僕にも責任はある。
 できればもう少しまともな形で会いたかったのだけどこうなっては仕方がない。

「篠ノ之さん、手当をしましょう」

 しかし、織斑君のこともだけどそれよりも今はまずは彼女の怪我をなんとかしなければ。
 既に織斑君は箒さんの横にいて、彼女が起き上がるのを手伝っている。まだいまいち状況が掴めていないのか、困惑気味だ。僕はとりあえず彼の事は後回しにして、道場に備え付けられている応急箱を取ってきて彼女に近づく。

「……放っておいてください」
「そうはいきません、それにあなたは負けたんですから一つくらい言うことを聞いてください」
「な!?」

 予想通りというか僕の手当ては拒もうとしたので嫌らしい言い方だけど勝者の言ということで半ば強引に顔をこちらに向けさせる。

「あ、おい!」

 隣で織斑君が驚いたように何かを言うけど、今はそれどころではない。傷は浅いようだけど傷ついたのは顔で、下手に痕が残ろうものなら大変だ。
 僕の言葉に箒さんが少し大人しくなった隙に、手早く処置を済ませる。

「はい、これで大丈夫です。ですが、傷が残ったら大変なので念のため保健室には行ってくださいね」
「……。あ、……う……ます」

 ほとんど聞き取れないような大きさで何事か呟く箒さん。処置が終わったらすぐに顔をそらしてしまっているので、口元を見ることもできなかった。
 でも、ここで聞き返すのも野暮だろう……だいたい想像できたしね。

「なぁ箒、なんで防具もなしに試合なんかしてたんだ? それに……」

 織斑君がこちらをチラリと見やる。先ほどのような睨んだ視線ではないものの、どう接すればいいのか迷っているような表情だ。

「一夏には関係ない……」

 僕が口を開こうとする前に、箒さんが突き放すように応える。

「だけど……」
「関係ない!」
「……はぁ、わかったよ」

 頑なな箒さんの態度に、織斑君も渋々という形で引き下がる。でもその表情はやはり納得していない。
 当然、その矛先はこちらにくるわけで……。

「えっと、あなたは……」
「1年4組の西園寺紫音です。ただ、試合の経緯については彼女が話さないなら私からも話すことはありません、ごめんなさい」
「あぁ、同じ一年だったのか。でも、う~ん……」

 彼はアテが外れたのか、何か納得いかないことがあったのか困ったように頭を掻きながら唸る。

「なぁ、なんで千冬姉の構えを……」
「一夏、もう行くぞ」
「あ、おいちょっと待てよ」

 これ以上、話すことは何もないと言わんばかりに箒さんが織斑君の腕を引き出入り口へと向かう。彼は半ば引きずられるような格好になっている。
 まぁ、実際にこれ以上は無理に話しても碌な結果にならない、時間を置いたほうがいいだろう。

「えっと、西園寺さん。俺は織斑一夏! 何があったのかわからないけど、聞きたいこともあるし今度ゆっくり話をさせてくれ!」
「いいから、行くぞ!」

 下手に返事をしても箒さんに睨まれそうなので、笑顔を返すに留めた。箒さんは引きずる力を強めたのかそのままズンズンと門をくぐり、織斑君と一緒に出て行ってしまった。



「……はぁ」
「それは何というか……災難だったわね」

 道場での一幕のあった日、放課後になったら僕は楯無さんの部屋にきていた。僕がいなくなったことで、彼女は部屋に一人なので、気軽に来ることができる。……いや、女子の部屋に気軽に立ち入るって問題ある気がするけど今まで同部屋だったんだから気にするだけ無駄だよね?

「簪さんといい箒さんといい、知り合いの妹たちにことごとく嫌われてるんだけど……何で? っていうか二人とも姉と仲悪いよね、僕はとばっちり? ねぇ、楯無さんと束さんのせいじゃないの?」
「う……言い返したいけど否定できないわね……」

 僕の言葉に珍しく申し訳なさそうな顔をする楯無さん。
 言い過ぎな気もするけど、実際その可能性は否定できない。だって二人とも面識ないのに、何故か初対面であれだけ拒否反応をされたのだから。……僕が知らず知らずのうちに何かをやった可能性もあるけど、その場合何をしたらあれだけ嫌われてしまうのだろうか。

「あぁ、本音さんは本音さんでよかった。彼女にまで嫌われたら僕の心は折れてたかもしれない。あの二人はちゃんと姉妹やってるよね~。それに引き替え……、千冬さんのところも複雑みたいだし楯無さんも束さんも……」
「ち、ちょっと紫苑君? お願いだから戻ってきて!」

 いろいろと限界だった僕は一人でブツブツと無意識に呟いていたらしい。楯無さんに声を掛けられながら体を揺らされてしばらく、漸く我に返る。

「……はぁ、でも実際どうしたものかな。とりあえず織斑君には致命的な誤解は受けずに済みそうだったけど、箒さんの手前あまり気軽に接触できなくなりそうだし……」
「まぁ、護衛ってだけなら私たちもいる訳だし急いで無理に接触する必要はないんじゃないかしら?」

 それもそうか。千冬さんや束さんのこともあって、自分でどうにかしないといけないっていう固定観念にとらわれ過ぎだったかもしれない。同学年っていう立場はあるけど、余計な軋轢を生んでもいい結果にはなりそうもないし、しばらくは生徒会メンバーに任せたほうがいいかもしれない。……信頼できるしね。

「そうだね。なら……僕は簪さんとの関係をなんとかしないとね。お姉さんも気が気じゃないみたいだし」
「妹の心配して何が悪いのよ! 昔は簪ちゃんも、『お姉ちゃん』っていっつも横についてて本当に可愛かったんだから!」

 その後、触れてはいけないものに触れてしまったのか楯無さんの妹自慢が止まらない。数時間に及ぶ妹トークの末、ようやく解放された僕は若干ウンザリしつつ自分の部屋に戻る。

「……」

 その諸悪の根源……という言い方は違う気もするけど元凶ともいえるその妹はいつも通りそっけない。
 チラッとこちらを一瞥しただけで、すぐに目の前のディスプレイに視線を戻して端末操作を続けている。
 
「……学校はお姉ちゃんと一緒じゃなきゃいや」
 
 なんだかその様子に悪戯心を刺激された僕は楯無さんから聞かされた『簪ちゃん語録』の一つを呟く。
 すると簪さんはあからさまにビクッとした様子を見せる。本人は動揺を見せないようにしているつもりなのか視線はそのままでも、手の動きは止まってしまっている。
 ちなみに、これは中学校入学時の言葉らしい。有数の進学校に既に通っている楯無さんに対して簪さんも頑張ってそこに通うと言い張ったそうだ。結果的に偏差値を10近く上げて入学を果たしたらしいから大したものだと思う。

「私もお姉ちゃんに負けない操縦者になるね」
 
 この言葉に再び彼女はビクッとすると、油の切れた動作不良の機械人形のようにゆっくりとこちらに首を回す。
 これは仲が悪くなる少し前、楯無さんが代表になる前の言葉。このころはまだ簪さんは純粋に憧れていたのが言葉から窺える。二人の関係がギクシャクし始めたのはこの少しあと、楯無さんが自由国籍を取得したあたりだという。

 ようやく首が回りきってこちらを向いた簪さんと目があった。動揺が隠しきれなくなったのか若干顔を赤らめながら口をパクパクしている。今まで無表情でいることが多かっただけに、その感情を如実に表している表情はなかなかに新鮮だ。

「もう少し素直になったらどうなのかしら?」

 簪さんは、楯無さんという高すぎる壁に絶望してしまっている。今までは純粋に憧れとして見ていたそれも、自身が比べられる対象となったことで一変した。
 偉大過ぎる姉に対する劣等感。楯無さんに、彼女の演算処理能力や整備能力などは自身を超えるとまで言わしめているのに、簪さんはそれに気付かない。いや、知ろうとしていない。
 それも仕方がない、今の世間はISに関しては操縦能力の一点のみが評価され過ぎている。女尊男卑の流れがその証拠だ。裏方には優秀な男性のサポートスタッフも多くいるはずなのに。

 もっとも、楯無さんによると簪さんの場合は操縦者としても優秀らしいんだけどね。ただ、比べる相手がアレなだけで……っていうか楯無さんには僕だって勝ったことないんだし。それに僕も負けっぱなしでいるつもりはないけれど。

 しばらくそのまま視線を交し合ったあと、無言で彼女は顔の向きを戻してしまった。
 それでも、いまだにその頬は赤い。

「……意外と嫌な性格しているんですね」
「あら、私が聖人君子か何かだと思っていましたか?」

 僕だって理由もわからずに避けられたら凹みもするし、ちょっと悪戯したくもなるんだよ。それがきっかけに仲良くなれるかもしれないしね。少なくとも、今回は反応を得られただけでも前進だと思う。
 まぁ、あんまりやり過ぎたら姉が怖いからこれ以上はやらないけど。

「やっぱり……私はあなたのことが嫌いです」
「ふふ、私は更識さんのこと好きになれそうです」

 その言葉にさらに顔の赤みは増し、完全にそっぽを向かれてしまった。その後の会話はいつも通りなかったが、寝る直前に初めて『おやすみなさい』と言ってくれた。素っ気なく気まずそうで、気のせいかと思うくらい小さい声ではあったものの、僕にとってはその後の展望を明るくさせるには十分な一言だった。







 紫苑にとって、一夏とのファーストコンタクトは望まぬ形となった。
 では、一夏にとってはどうなのだろう。
 
 彼はその時、目の前で起きている状況は理解できなかったが目の前で幼馴染が傷ついているということだけは分かった。だから、ただその場に駆けつける。その際に原因の一端を担っていたと思われる対戦相手らしき女性を睨んでしまったのは不可抗力だろう。事前に見てしまった彼女の構えもそれを助長した。

「箒、立てるか?」

 一夏の問いかけに箒は答えることなく、ただ差し出された手には素直に従い立ち上がる。
 すると、先ほどまで対峙していた女性が駆け寄ってくる。

「篠ノ之さん、手当をしましょう」
 
 その言葉に、一夏は戸惑う。
 先ほどの自身の行動を鑑みてだ。そもそも、試合に至った経緯はともあれお互いが構えた状態で行われた試合で、怪我も試合が決した後の箒の無茶な行動からであった。にもかかわらず、彼女はそのことを責めるでもなく箒の怪我の心配を第一にした。
 混乱していたとはいえ、一夏は先ほどの自分を恥じる。 

 目の前では何故か嫌がる箒に無理やり彼女が手当を施す。
 その際の強引な物言いも、箒の心配をしているのだと一夏には伝わった。逆に、なぜ箒が頑なに彼女を拒むような行動をとるのかという疑問もわきあがったのだが……。

「……。あ、ありがとう……ございます」

 絞り出すように、か細い声で箒はそう言った。それは相手に聞こえたかすら怪しい、それでも普段から素直ではない彼女にとっての精いっぱいだったのだろう。だが、一夏の耳には確かに届いていた。

 その後、一夏は箒に事の経緯を訪ねようとするも拒まれる。彼女から聞きだすのは難しい、なら、と。

「えっと、あなたは……」
「1年4組の西園寺紫音です。ただ、試合の経緯については彼女が話さないなら私からも話すことはありません、ごめんなさい」
「あぁ、同じ一年だったのか。でも、う~ん……」

 しかし、残る可能性も絶たれてしまう。
 それどころか、さらなる疑問もわき起こる。目の前の紫音という少女は自分と同じ学年だという。にもかかわらず、姉である千冬の構えを使いこなし全国優勝経験者である箒を倒した。
 今はほとんど剣に触れていない一夏であるが、だからこそそれがどれだけ異常なことかが理解できた。一朝一夕でできる構えではないし、無名の人間が簡単に勝てるような相手では決してない。

「なぁ、なんで千冬姉の構えを……」
「一夏、もう行くぞ」
「あ、おいちょっと待てよ」

 しかし、その疑問をぶつけようにも再び箒に遮られる。
 このまま連れ出される訳にもいかないのでせめて、と自分の名前だけでも伝える。もっとも、自己紹介などするまでもなく男子生徒など一人しかありえないのだが。……もちろん、一般的に見て、であるが。

「えっと、西園寺さん。俺は織斑一夏! 何があったのかわからないけど、聞きたいこともあるし今度ゆっくり話をさせてくれ!」

 紫音から返事はなかったが、その言葉に笑顔が返ってきたのでホッと安堵する。同時に、初めて正面から紫音のことを見た一夏は再びその姿に固まる。先ほどまでは得体の知れない相手、ということで緊張感のほうが勝っていてそれどころではなかった。それが切れた今、初めて目の前の女生徒……紫音の容姿を認識することできたのだ。

 女子校ともいえるこの学園に入学して数日、既に多くの女生徒に言い寄られている一夏であるが自身は気づいているのかいないのか、飄々としている。だが、それは彼が決して女性に興味がないわけではなくある意味感覚がマヒしているのだ。いや、マヒさせなければこの学園では初日で心が折れただろう。一種の自己防衛手段だ。
 そう、紫苑が既にそうであるように……。まぁ、本人は否定するだろうがまともな感覚では精神がもたないのだ。決して、一夏が朴念仁というわけではない……はずだ。いや、もとより鈍かったのがさらに鈍くならざるをえなかった、が適切だろうか。

 女尊男卑の世の中で、強い女性達。当然、この学園でもそういった女性も多い。それはつい先日に対立したセシリアや彼の隣にいる箒、彼の姉である千冬の例を見れば嫌というほど分かるだろう。
 そんな中で現れた紫音という女性の存在は、彼にとってマヒされた感覚を揺り動かすには十分だった。
 それも当然だろう。何故ならこの学園の『紫音』という女性は『紫苑』という男性が作り上げた理想の女性像によって演じられている存在なのだから。

「……はぁ、なんていうか綺麗な人だったなぁ」

 とはいえ、やはり彼はただの朴念仁だったようだ。それが目の前の不機嫌な幼馴染をさらに不機嫌にするとも知らず、ただ思ったままを口にする。

「お前という奴は……!」
「な、なんで怒るんだよ。ただ気になっただけだよ、クラスや周りにああいう人がいないからさ。なんていうか大人っぽいっていうか同い年に思えないし」

 そう、彼は知らなかった。紫音が留年をしているため、自身より年上であるという事実を。代表候補生の意味すらしらない彼が、そこまで情報に通じている訳がないのは当然だ。

「はぁ……全く。あの人は留年しているからお前の感じた通り年上だぞ。覚えていないか? 去年、西園寺グループの研究所がテロリストに襲撃されただろう、あのときの被害者である西園寺の令嬢だ」
「へぇ……って、えぇ!?」

 いくら情報に疎い一夏でも、去年の事件のことは知っていた。ISにより一気に軍事化が進んだとはいえ、まだまだ平和な日本で起きたテロ事件は衝撃的だった。
 それだけ有名な出来事だったら、この学園に入学するものなら知っていてしかるべきだろう、実際一夏以外の生徒は全員知っている。だからこそ、紫音は自分から何も言わなかった。……そもそも自身の紹介に留年していることなどあまり言いたくはないだろう。

 にも関わらず、一夏は同学年と知るや馴れ馴れしく話してしまった。ただでさえ自身の最初の言動を後悔していたのにさらに上塗りである。話を聞かせてくれと言ったものの、どの面さげて会えばいいのか。
 千冬のこと、箒のこと、聞きたいことは山ほどあるのにもう一度会うのが躊躇われるほどの失態に気づき、一夏は頭を抱える。

 ある程度の情報を持ち、お互いの心の準備を経たうえで落ち着いて出会うことができればあるいはお互いにとって有益な関係になり得たかもしれない。
 しかし、今の一夏にとって紫音という存在は、断片的に得てしまった中途半端な情報と自身の失態が気軽に会うことを困難にしていた。

 やはり、この出会いは一夏にとっても不幸な形だったのだ。





 ……知らず知らずのうちに僕もストレスが溜まっていたようだ。思わず簪さんをからかうような行動にでちゃったけど、いい方に転んでよかった。怪我の功名というべきか。もし、これが原因でより一層嫌われてたら目も当てられなかった。というより、嫌われる可能性のほうがふつう高いんじゃないかな?
 でも、今朝も一応は挨拶を交わすことはできたし少しずつでも改善の余地はありそうだ。本当によかった……。

 当然のように僕はご機嫌で、自然と笑みがこぼれる。外聞もあるから、なるべくいつも笑顔は絶やさないようには心がけてるんだけど、最近はけっこう精神的に辛いものがあったから……。

 まぁ、相変わらず教室では話しかけられることもないし、こちらから話しかけても事務的な返事しかこないのだけれど、今までとは違う心構えでいられる分精神的には楽になった。

 そんな今日、教室は……というより学園は俄かにざわついている。
 1組のクラス代表決定戦が今日行われるからだ。本来であれば、1組の生徒しか観戦できない予定だったのだけれど誰かが去年の僕らの例をあげて無理やり観戦許可を出させたらしい。……いや、誰なのかはもう想像できるけどね、ていうか一人しかいない。
 そういえば、去年の今頃も僕たちの模擬戦を前にこんな雰囲気だったなと懐かしい気持ちになる。

 そういう訳で、どこか浮ついた空気のまま時間は流れて模擬戦が行われる放課後となった。クラスメート達は席を確保するために我先にとアリーナへと向かう。

 僕も簪さんのことで浮かれていたが……どうあっても僕は何かに巻き込まれるらしい。と、いうのも授業が終わったあとに千冬さんに呼び出しを受けてしまった。
 なんでも、織斑君の専用機がまだ届いていないらしく時間ギリギリになってしまうとのこと。当然、調整する時間もないので手伝ってもらいたいのだとか。彼女は僕が束さんと開発に携わったことを知っているから、僕の整備能力なども把握しているんだけど……千冬さんにしては珍しく公私混同しているな。
 当然、一教師が無関係の生徒に他人の専用機の調整を行わせるなんて問題になるから非公式になる。織斑君の許可があれば別にいいかもしれないけど……できれば今はそこまで踏み込みたくないな。昨日の一件もあるし慎重にいきたい。

 とはいえ、状況もわからないし頼まれた手前顔を出さないと……とアリーナに向かう僕に向かって背後から声がかかる。

「ちょっとよろしいでしょうか」
「はい?」

 そのまま背後を振り返り声の主を見やると、それは縦ロールの金髪に碧眼の女性……というか模擬戦の当事者セシリア・オルコットさんだった。
 なぜ僕にこのタイミングで……何が何でも僕を厄介事に巻き込みたいのだろうか。いや、誰がって言われても困るんだけど。

「セシリア・オルコットさんですね、私に何か御用でしょうか?」
「……ご存知でしたか、光栄ですわ。西園寺さん」

 本当になんの用件なんだろうか、正直見当がつかない。それに話に聞いていた印象とは違って、どことなく穏やかに見えるけど……。 
 
「オルコットさんこそ、私のことをご存知なんですね」
「あなたのことを知らない人なんていませんわ。それに、サラ・ウェルキンさんはご存知でしょうか? わたくしは本国で彼女に操縦技術を教えてもらっていた時期がありまして……その際にあなたのことはよく伺ってましたの」

 なるほど、そういえば彼女もイギリスの代表候補生だった。そのときに交流があったんだろう。彼女が僕のどんな話を聞いたのかは気になるけど。

「わざわざ日本なんかに来たのも、彼女が嬉しそうに話すあなたの操縦技術や人柄をこの目で見るためでもありました」

 その言葉は、内容こそ僕を褒めるようであってどこか棘がある。そしてそれは次の言で決定的となった。

「ですが……正直、失望しましたわ」

 大きくため息を吐くように、オルコットさんは言い放った。

「……自分が憧れを抱かれるような高尚な人間だとは思っていませんが、参考までにどうしてそう感じたのかお聞かせいただけませんか?」

 実際、身に覚えがない。勝手に僕の人物像が独り歩きして失望される。……ここ数日で幾度か経験していることだ。失望というより嫌われているんだけど、現在進行形で。
 いまこのタイミングなら自然に理由を聞き出せる、そうすれば簪さんや箒さんへのアプローチの手がかりになるかもしれない。

「……逆にこちらがお聞かせいただきたいですわ。なぜあなたは代表候補生にならないのですか?」

 僕が代表候補生……ね。考えたことがないわけではないけど、実際のところ国家の直属になる訳で。そうなった場合、束さんに関する事項や僕自身のことなんかで話せないことが多すぎる僕なんかが認められるわけがないし、僕もごめんだ。
 でも、そんなことをオルコットさんに話すわけがいかないので、どうしようかと思案しているとこちらの返事を聞く気もないのか、そのまま捲し立ててくる。

「日本の同年代の代表候補生に至っては専用機すらまだない、その上姉に比べて不出来と言われている妹。一方、期待していた男性操縦者も織斑先生の弟であることが疑わしいくらいの野蛮な猿ではありませんか。その上そんな素人とわたくしが戦わなければならないなんて……勝敗なんて戦う前から決まってますわ!」

 ……半分愚痴のようになっているが、今のは聞き捨てならない。
 織斑君のことはよく知らないから何とも言えないけど、簪さんは違う。操縦技術なんかはまだ直に見ていないけど楯無さんもある程度認めている。それ以上に目を瞠るのは演算処理だ。以前、彼女が開発している自身の専用機の作成中のディスプレイがチラッと目に入ったことがあったけど、あれだけの処理を一人でやってのけるのはそうそうできることではない。
 姉補正がたぶんに含まれるとはいえ、楯無さんの評価はあながち的外れではない。

「……油断をしていると足元を掬われますよ? 今の慢心しきったあなたなら、更識さんはもとより織斑君にも負けるとはいかないまでもいい勝負になるかもしれませんね」
「なっ!?」

 僕の言葉に、オルコットさんは言葉を詰まらせる。次第にその顔が怒りからか赤く染まる。漫画かなにかなら頭から煙が出ていそうな勢いだ。

「わたくしが、あんな素人といい勝負になると!? ありえませんわ!」
「そうですね、見誤りました。……やはり負ける、かもしれませんね」
「くっ!? いいですわ、そこまで仰るのでしたらわたくしと模擬戦してくださいまし! 幸い、今日はアリーナの使用許可が下りていますし、どうせあの男との模擬戦などすぐに終わるのですから!」

 その言葉に、僕はふとある考えに思い至る。
 これを利用してオルコットさんとの模擬戦を織斑君と彼女の前に入れ込めば時間が稼げるんじゃないだろうか。そうすれば届いたあとの調整や、試運転をしてのフォーマットやフィッティングの時間も作れるだろう。それに、うまくいけば僕と彼女の試合を見て織斑君も戦い方を考えられるし、オルコットさんの慢心を消すこともできるかもしれない。
 

「……いいでしょう、ただし出来れば先がいいですね。どうやら織斑君の専用機がまだ届いていないようなので、その方が許可もおりやすいでしょう。それとも、戦っているところを彼に見られるのはお嫌ですか?」
「そんなことありませんわ! わかりました、先にアリーナでお待ちしております!」

 そう言うや、彼女は走って行ってしまった。
 やれやれ、嫌われ役は慣れないな……でも、このまま彼女が織斑君と戦ってもお互いのためにならないし、自分の慢心を自覚してもらわないと。まぁ僕が油断して負けたら笑い話にもならないけど、彼女の専用機の情報も彼女自身の情報もある程度あるし、ここで負けるつもりはない。

 先ほどまでの上機嫌だった自分はどこへやら、それでもなんとか笑顔は保ちつつ千冬さんもいるアリーナの管制室に向かった。

「で、どういうことなんだ西園寺」

 当然のように説明を求められる。オルコットさんは千冬さんに事情を一方的に話してアリーナに出てしまったらしい。……千冬さんにそんな態度とれるってけっこう凄いことだと思うけど。頭に血がのぼっているとはいえ、ね。

「成り行き……ですね。申し訳ありませんが、許可を頂けないでしょうか。どうやら織斑君の専用機は届いたようですが、まだ調整中ですよね? 私が模擬戦を挟むことでその間に試運転もできますし。オルコットさんは連戦になりますが、そもそも彼女と織斑君では経験などのハンデが大き過ぎますし彼女も了承の上です。それに……二人の今後のためにもこの模擬戦は必要だと私は判断しました」

 簪さんを不必要に侮辱されたことに対する私情もゼロではないけど、間接的に織斑君のプラスになるしオルコットさんにとってもいい機会になるだろう。勝ち負けはともかく、彼女に何かしらを伝えられる試合にしないといけない。
 まぁ、あとは今織斑君に直接かかわるのは避けたい、というのもあるんだけど。

「……ふん、いいだろう。お前の企みにのるのは癪だが、許可しよう」

 あぁ、この人僕の考えてることお見通しなんだよね、忘れてた。

「ありがとうございます」

 若干の冷や汗をかきつつも、許可を得られた僕は準備をする。

「いや、まぁ学園としてもお前の模擬戦はプラスになるだろう。ファーストシフトしたお前の専用機のスペックを実際に見ることができるしな。再提出されたデータを見たが、お前がどのように操るのか楽しみにしているよ」
  
 そういえば、こうして模擬戦をするのは本当に久しぶりになる。復学以降は授業も行事もISを使ったものはなく、年度末ということもあり訓練場が上級生に優先的に割り当てられたこともあり、僕自身もシミュレータを使った訓練にとどめていた。束さんのところでのリハビリ中はもちろん、実機を使った訓練もしたのだけれど。

「よし、では行って来い。奴の専用機のことは……まぁこちらで何とかする」

 一瞬だけ、姉の表情になった千冬さんが僕を送り出す。

「西園寺紫音……」

 奇しくもこの時間は今から丁度一年前、僕が初めて学園生徒の前に『月詠』で出た時と同じ。

 そして、紫音(・・)からの借り物だった『月読』は、ようやく完了したフォーマットとフィッティングにより本当の意味で僕、紫苑(・・)の専用機になった。……もっとも、フォーマット後も消えていない紫音の遺伝子情報を借りて(・・・)動かせることには変わらないけど。
 それでもこれから先、共に歩むことになる僕の専用機になったことは間違いない。その名は……。

「『天照(あまてらす)』、いきます」

 かつての吸い込まれるような漆黒の装甲は、まるで降り積もる雪のような輝かんばかりの白銀にその身を変えていた。
 
 
 

 

第二十四話 天照

 クラス代表決定戦当日、セシリア・オルコットはその当事者のはずだが、彼女にとってはこの模擬戦などさほど関心の無いものだった。彼女は代表候補生、対戦相手はずぶの素人。一般的に考えてこれで勝負になると思う方がどうかしている。もっとも、男性操縦者というイレギュラーを一般の物差しで測っていいかは疑問ではあるのだが。

 彼女、セシリアがはるばるイギリスから離れたこの日本のIS学園までやってきたのは理由がある。元々、本国より男性操縦者である織斑一夏の情報を得るように要請はあったが、それ以上に彼女には確かめたいことがあった。

 西園寺紫音という操縦者の存在。自身が指導を受け、その技量に尊敬の念すら覚えているサラ・ウェルキンをして認める相手。

 サラは専用機こそ持たないものの、その力量はイギリス国内において同世代の代表候補生の中でも頭一つ抜けておりそれをセシリアは認めている。専用機の有無などは国家や企業の思惑が多分に絡むものであり、本人の力量を直接示すとは言い難い。それに彼女は誰もが認める人格者であり、そのキツい性格から周囲になかなか溶け込めなかったセシリアに対しても分け隔てなく接し、その心を開かせた。

 そんな彼女が、その技量や人格、果ては容姿までを褒めちぎるのだ。セシリアもその人物のことが気にならないはずがなかった。最初のうちは軽い嫉妬のようなものを覚えたが、いつしかそのまだ見ぬ存在はサラを超える尊敬に値する人物として、セシリアの中に膨れ上がっていった。



 セシリアが紫音のことを聞いたのは去年の夏の長期休暇時、イギリスに帰国して後輩への指導に訓練所に訪れたサラに会ったときだった。その時のサラは落ち込んでおり覇気が無かった。理由を聞いてみると、在学しているIS学園での知人が事件に巻き込まれて行方不明になったという。
 日本で起こったテロ事件は、遠くイギリスでも伝えられセシリアも知っていた。その際に有力企業の関係者が行方不明になったとは聞いていたが、それがまさかIS学園でサラと友諠を結んでいたとは夢にも思っていなかった。

 その姿に居た堪れなくなったセシリアは、何かサラの力になることができればとただ彼女の話を聞いていたのだが、その際に紫音の存在を知るところとなる。
 次第に自分が負けた話や他の生徒との模擬戦の話、他にも一緒に遊びに行った話などを嬉しそうに語るサラ。しかしその相手が今はいなくなってしまったことに思い至り、やはり表情を曇らせてしまう。

 サラと一緒にいられた期間こそ短かったが、その中で何度か話をしているうちにサラは元気を取り戻していった。その過程でセシリアも、サラから得た情報と自身が調べた断片的な情報から紫音という存在に憧れを抱いてしまった。ましてや既に亡くなってしまったかもしれないその存在は、彼女にとって半ば神格化したといっていい。

 そんな彼女に転機が訪れたのは年も明けてしばらくした頃。 

 世間は男性操縦者の出現に騒然としていた。イギリスも、同年代の代表候補生となるセシリアに学園への入学要請があり、それを彼女は受諾。既に学園への入学は決まっていた。
 しかし、セシリア自身はそれほど織斑一夏という存在へは興味を持てずにいた。ISの操縦ができる云々以前に、婿養子という立場ゆえ卑屈になる情けない父の姿を見続けた彼女にとって男であるという事実だけで、どうでもいい存在といえる。もっとも、国の要請がある以上は従う心づもりではある。

 そんな彼女がそもそも日本への進学を了承したのはただ一点、紫音の存在だった。いまだ行方不明の彼女ではるが、彼女が生まれ育った地に行ってみたかったのだ。約半年という時を経ても、セシリアの紫音に対する憧れは失せるどころか増すばかりだった。ISに触れれば触れるほど、サラから聞いた紫音という存在がどれだけ凄いかが理解できたからだ。

 そんな折、セシリアは紫音の生存と復学を知ることになる。衝撃が走るとともに、彼女は歓喜した。紫音に会うことができる。しかし、今まで行方不明であり、会うことも現状の情報も得ることも出来なかった故に、それはいつしかセシリアの想像上の、憧れの対象である紫音へと姿を変えていた。それが何を齎すのか……。

 まず、セシリアが唖然としたことは学園の紫音に対する処置……留年についてである。
 操縦者としては学園全体で見てもトップクラスであり、学業としても休学前には一年の範囲は既習であるほど優秀だったと聞く。それだけの人物をたかが出席日数という点でそんな処置をすることがセシリアには信じられなかった。一般的な学校としては普通の処置でも、IS学園はその範疇にはないはずだ。

 なら、西園寺という企業の枷がなくなった彼女は代表候補生になるのだろうと思っていたら、その場所に居座るのは専用機作成を後回しにされた少女。彼女の姉はあの紫音にも互角以上である優秀な人物らしいが、その妹である彼女の周囲の評価は今のところ微妙の一言。後に、セシリアはクラス代表すらも彼女に決まったことを知り、より憤慨することになる。

 この時点で、セシリアの心中では学園に、果ては日本という国家に対して不信感を抱いてしまっていた。そのことが後々、織斑一夏とクラス代表に関して言い争いをした際に日本を貶める発言に繋がってしまったこと等に無関係ではないだろう。

 そして彼女は出会う、この半年憧れ続けた人物に。
 さぞかし、紫音はこの自身の評価されない現状にさぞかし不満であろう、そう思っていた。しかし、彼女が見たのは楽しそうに微笑んでいる紫音の姿。

 なぜ? 理不尽に留年などという処置をされたのに何事もなかったかのようにニコニコしていられるのですか?

 なんで? あなたがいるべき場所にあなたより劣っているはずの人間がいるのですか?

 どうして? あなたは……『あなた』でなくなってしまったのですか?

 セシリアは現状に満足してしまっているように見える紫音に対して、自身の思い描いていた紫音という存在とかけ離れつつある目の前の紫音に対して……、

「正直、失望しましたわ」

 裏切られた、そう感じてしまった。そして、言葉にしたことでそれが明確になる……目の前にいるのは自分の尊敬する紫音ではない。想いの強さは、それが好意である間はいいが反転すればそれだけ憎しみの強さにもなる。彼女の心は、ただ裏切られたという黒い感情に染まりつつあった。
 
「……油断をしていると足元を掬われますよ? 今の慢心しきったあなたなら、更識さんはもとより織斑君にも負けるとはいかないまでもいい勝負になるかもしれませんね」

 そして、紫音に言われた一言。もとより紫音以外に興味はなく、ましてや素人である一夏との模擬戦など眼中になかった。裏切られたと思っているとはいえ、一時は憧れた人物からの挑発ともとれる言葉にセシリアも黙っていられなかった。

「くっ!? いいですわ、そこまで仰るのでしたらわたくしと模擬戦してくださいまし!」
 
 例え、相手がかつて尊敬の対象だった紫音であれ、半年のブランクがある上に現状で満足している相手に負けるわけにはいかない。
 今のセシリアには紫音に言われたことは理解できず、ただ目の前の相手への敵愾心を高めるだけだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『なんですの、その機体は……』

 会場に現れた機体を見て誰もが目を疑う。

 本来であれば織斑一夏VSセシリア・オルコットの試合であったはずだが、直前に西園寺紫音との一戦が挟まれることになり、それはすぐに会場に伝えられた。
 事情を知らぬ大多数の者からすれば意味がわからないが、一年生にとっては学園でよく名前が挙がる少し近づきにくい相手がどれだけやるのか見てやろうという挑戦的な目を。そして二年生と三年生にとってはかつてそうそうたるメンバーと激戦を繰り広げた紫音が、半年ぶり以上にどれほどの戦いを見せてくれるのかという期待の目を向ける。

 しかし現れた機体は白く輝いており、全くの別物だった。故に、そのISの操縦者が紫音であると認識するまでに時間を要した。

 だが、よく見てみるとその姿はどこか月読の面影を残している。
 薄く要所のみを保護した装甲に、背後に従える一対のフィン・アーマー。今までと違うのが、透き通るほど薄い羽のようなもの、それがまるでスカートのように腰回りに展開している。
 
 かつては夢魔のような雰囲気を漂わしていたが、今は神聖なものすら感じる。巫女か……はたまた天使か。会場中はその圧倒的な存在感に呑まれてしまっていた。

『先日、ようやくファーストシフトしました。名前も変わりましたので改めて紹介しましょう……専用機『天照』です』

 その言葉に、さらに驚愕する。
 ファーストシフトした……それの意味するところは、いままで初期状態で戦っていたということ。以前に紫音は、薫子によるインタビューで月読はプロトタイプ……いわゆる試験機であると伝えた。欠陥があることは知られていたし、紫音が近接武器でのみ戦っていたのがその弊害なのだろう、と誰もが思った。
 しかし、実際はそれを含めファーストシフトがまだだったとは誰も……楯無でさえも思わなかった。

 気付けば、セシリアは背中に冷たい汗を掻いていた。
 対戦相手からのプレッシャーだけでなく、目の前に突如として突きつけられた事実によって。
 サラが褒め称えた彼女の実力は、ファーストシフトすらしていない機体によって齎されたものだったという事実。いま、その枷が外れた目の前の相手がどれほどのものとなるか、彼女には想像すらできなかった。

 だが……。

『なるほど、さすがに驚きましたわ。ですが……なおさら! なぜあなたは……!』

 それ以上は、しかしセシリアは口に出さない。もはや、この期に及んで話すことはない。それに、彼女とて負けるつもりはない、いかに機体が進化しようとも半年のブランクは大きい。サラや紫音を目標に日々研鑚を重ねた自分が負けるはずがない、そう思った。

 セシリアはプライドが高いだけの少女では決してなく、それを支えるだけの努力はしてきたのだ。しかしそのプライドこそが今の彼女の成長を妨げているのだが……皮肉なものである。

『……セシリア・オルコット、ブルー・ティアーズ。お相手させていただきます!』
 
 セシリアは鮮やかな青色の装甲を身に纏い、その背には四枚のフィン・アーマーを従えている。
 それぞれがISを展開した状態で浮遊し、対峙する……しかし、お互いその手には何も持っていない。

『ところで、よろしいのですか? そのままの状態で……』
『何を……はっ!?』

 何かに気付いたセシリアはすかさず左手を肩の高さまで上げ、すぐさま真横にかざす。と、同時に試合開始の合図が鳴り響く。

 瞬間、セシリアの左手が爆発的に光り、その手には彼女の専用機『ブルー・ティアーズ』の代表的な武装である長大なレーザーライフル『スターライトmkIII』が具現化する。
 ……その刹那、彼女に凄まじい衝撃が走りそのまま後方へと吹き飛ばされる。

『あうっ!?』

 そのままアリーナの障壁へと追突したセシリア。観客も一瞬の出来事に何が起きたのかわからずにいる。
 ようやくセシリアのいたはずの場所に意識を戻すと、そこで見たのは白銀の機体が前傾に腕を大きく前に出し、同じく白く輝く1mほどの刀を突きつけている姿だった。

 そして、セシリアも観客も理解する。試合開始と同時、自身が武装を展開しようとする一秒にも満たない間に、その距離を詰められてその剣先で突かれたのだと、ただの突きの衝撃で吹き飛ばされたのだと。
 そして、その直前に放たれた言葉の意味を……。

 もともとセシリアのブルー・ティアーズは中長距離レンジが得意であり、相手を近づけてはならない。また、模擬戦では試合開始前の武装の展開も認められている。本来であれば、最初から主武装を展開した状態で相手を近づけない戦いをしなければならないはずだ。
 にも関わらず、セシリアは相手が無手であることを見たためか自身の武装展開を怠ったのだ。紫苑の武装展開速度はセシリアの数倍、さらにはどのようなモーション中からでも可能であり、セシリアの腕を横にかざすという隙の大きい呼び出し動作も災いした。こうなったのもある意味当然の結果と言える

『なん……ですの、その速度。それにその剣は……』
『今まで名前も分からず、機能もありませんでしたが。ようやく知ることができました……ネームレス改め『天叢雲剣(アメノムラクモ)』です』

 今までただ大きいだけの刀だったそれは、一般的な日本刀ほどの長さに縮小したものの光り輝く刀身はさらに威圧感を増している。セシリアのシールドエネルギーの減り方から、劇的に威力が上がった訳ではない、しかしまだ何かがある、周りの人間にそう感じさせるだけの圧力がそこにはあった。

『そうですの……、確かにわたくしが知っている『あなた』ではないのですね。ですが!』

 すぐさま手に持ったライフルを構え、放つ。光速のレーザーはすぐさま紫苑のいた位置へと到達するが、発射タイミングを察していた紫苑は既にその場から動いており、掠めるようにすぐ横を通り過ぎていく。
 しかし、避けられることは承知していたセシリアは切り札を切る。ブルー・ティアーズの代名詞、機体と同じ名を冠した6機のビット兵器『ブルー・ティアーズ』。それらが紫苑の周囲を取り囲む。

『もう、油断などしません。わたくしの全力で……あなたを倒します!』

 直後、4機のビットからはレーザーが、残りの2機からは誘導型のミサイルが放たれた。絶え間なく放たれる猛攻をしかし、紫苑は全て躱していく。無駄な動きがまるでなく、まるで周囲には当たっているのではないかと思えるほどの紙一重。しかし確実にそれらを紫苑は避けていき、ミサイルは手元の剣で着弾前に信管を切り落としていく。まるで円舞曲(ワルツ)でも踊っているかのように軽やかに……。



「す、すげぇ」

 織斑一夏は、ようやく届いた彼の専用機『白式(びゃくしき)』を身に纏い試合の模様を見ていた。現在、白式の内部ではフォーマットとフィッティングのために膨大な演算処理が行われている。

「いいか、織斑。素人のお前が見て学べるものなど無いかもしれないが……それでもしっかり見て目に焼き付けておけ。西園寺と……お前がこれから戦うべきオルコットのことをな」

 千冬は、紫苑がセシリアと戦うのは白式が届き調整が終了するまでの時間稼ぎであると同時に、その試合を一夏に見せることで少しでもまともに戦えるように彼のレベルアップを図っていることを理解していた。
 実際に紫苑の動きは、最初の動きこそ規格外ではあったが、それ以降はまるで教材の映像のように無駄がなく、それでいて専用機の性能に頼るものではなく訓練機でも可能なレベルだった。

 ビットの攻撃の合間に放たれる、セシリアの手にあるスターライトのレーザー。全方向からの射撃に加えて強力な主砲の一撃によるコンビネーションは脅威だが、しかし当たらない。
 なぜなら、紫苑は彼女のコンビネーションの穴を既に見抜いていた。

 いかに全方向から放たれるとはいえ、ISに搭載された360度をサポートするハイパーセンサーが使いこなせればそれは死角にはなり得ない。加えて、セシリアはビット兵器の操作時には意識を集中せざるを得ず、操作中は他の動きが阻害される……つまり、スターライトとの同時攻撃が出来なかった。
 また、無意識のうちにビットの操作を簡略化するために常に最善手……その時点でもっとも効果的に思われる場所へ展開・攻撃する癖があり、故に紫苑にとってもどこに攻撃が来るかを読むのは容易だった。

 紫苑はかれこれ15分、ひたすら躱し続けた。
 時間を稼ぐため、一夏へ少しでも自身の戦いを見せるため……そして、セシリアに彼女自身の弱点を気付かせるため。

「そうか……あいつは常に効率のいい場所にしか攻撃していない、そしてあのビットみたいなのを操作している間は動けないのか……!」

(……ふん、自分で気づいたか。さすがは私の弟、といったところか? それとも……そう差し向けたお前を褒めるべきか、なぁ紫苑?)

 確かにこの瞬間に成長している弟を見て、千冬の表情も自然と柔らかくなる。しかしそれも一瞬で、すぐさまそれは鬼教官のものへと戻った。
 
「織斑、素人のお前に同じ動きができると思なよ? 自分ならどうするかを常に考えろ!」

 本来、教師がセシリアの次の対戦相手である一夏に助言するのはルール違反ではあるのだが、そこはやはり姉なのだろう。もともとこの試合自体がイレギュラーであるため自身でも甘いと思いと自覚しつつも、これくらいは許容範囲だろうし、弟が成長する姿はやはり嬉しいようだ。

 一方、この一週間彼と特訓を行っていた箒も一夏の横で試合を見ている。しかし、その表情は一夏と対照的に苦いものになっている。
 彼女は、目の前の試合の不自然さを感じ取ってしまった。まるで誰かに見せるように繰り広げられる攻防。
 誰に? 決まっている、一夏に対してだ。何故、西園寺紫音が織斑一夏に対してそうするのかはわからなかったが、横で試合を見て成長する一夏の姿を見て、自身の一週間を悔やんでしまう。直接のIS訓練は一切せず、体力作りや剣道のみを行ってきた。
 決してそれらは無駄ではないのだが、目の前の映像で繰り広げられている高度な攻防、そしてそれを見て吸収している一夏を見た箒には、先日の紫苑との一件もあり後ろ向きの思考に囚われてしまう。

 となりの一夏は、幼馴染がそんなことを考えているとはつゆ知らず、ただ目の前の試合に釘付けとなっていた。




「あれが月読がファーストシフトした姿……ね」
「はぁ、それにしてもよく避けるッスねぇ」

 紫苑とセシリアが戦っている中、生徒会メンバーも当然観客としてその模様を観戦していた。

「今やり合ったら俺もヤバいかもしれねぇな」

 かつて紫苑と戦い、結果はどうあれ事実上彼に打ち勝っているといえるダリルも目の前の攻防を見てそう呟く。

「えぇっ!? 先輩がそんな弱気なんて珍しいッスね、なんか悪いものでも食べたッスか!?」
「あぁ? そんなこと言ってるとてめぇを喰うぞ?」
「ちょ、こんなところでケルベロスを部分展開しないで欲しいッス! 後輩のお茶目な冗談じゃないッスか!」

 相変わらずの二人は、やがて試合そっちのけでどつきあいを始めてしまう。
 二人のやり取りに慣れていない一般生徒たちはその様子に面食らっているのだが……。

「わぁ~、しののん先輩天使みたいだね~」
「えぇ、とても綺麗ね」

 こちらの二人の姉妹は我関せずといった様子で観戦している。

「ふふ、やっぱり楽しませてくれるわね。それに、まだ何か隠してるのかしら?」

 久しぶりに見る、ISを駆る紫苑の姿を見て楯無は微かな高揚を感じていた。
 それはかつて、二人が戦ったとき。そのときの昂りが湧きあがっている。

 それぞれの心中に様々な影響を与えながら、紫苑はなおも舞い続ける。 
 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(そろそろ、かな)

 20分が経過したころ、セシリアの動きに変化が訪れる。
 ビットとスターライトとの攻撃の間隔が身近くなってきたのだ。それはつまり、彼女自身が同時に動けない欠点を、今この場において克服しようと成長している過程である。
 とはいえ、一朝一夕で修得できるものではなくまだまだ同時行動は難しいようだが、それでもビットとの時間差が限りなくゼロに近づいてきている。

『くっ、このまま逃げ切るおつもりですか!?』

 いくら一方的に攻撃しているとはいえ、相手には掠りもしていない事実。それは攻め手を心理的に追い詰めていく。しかし、攻撃を止めればすかさず接近されて近接戦に持ち込まれる。そうなればセシリアには勝ち目はない。
 ならば、挑発紛いのことをしてでも相手の動きに変化を起こさせるしかない。無理に攻めてこようとすれば、それだけ被弾の確率も上がるはず、と彼女は考えた。

 しかし……。

『いいえ、そんなつもりは毛頭ありませんよ』

 紫苑はタイミングを見計らい、真っ直ぐセシリアに向かってイグニッション・ブーストで接近を試みる。
 セシリアにとってもこの無茶な突進は望むところ、すぐさま進行ルートを飲みこむようにスターライトの射線を定め、撃ち放つ。その光は、紫苑の体を文字通り貫いた……しかし、止まらない。

 ヴァリアブル・ブーストによる回避は、確かにスターライトの砲撃をすり抜けた……だが。

『予測済みですわよ!』

 いつのまにかミサイルタイプのビットを手元に呼び戻していたセシリアは、手動でスターライトと同時に撃ち放っていたのだ。速度差による時間差攻撃は、回避直後の紫苑を捉える。通常なら回避は不可能と思われるタイミングだが、紫苑に微塵も焦りはない。当たり前のように回避行動に入る。

 しかし、セシリアはここまでが予測済みだった。
 彼女はいつの間にか展開していたショートブレード『インターセプター』をミサイルに向かって投擲、爆破させた。
 いかに変幻自在に回避が行えるとはいえ、近距離での爆発を完全に回避するのは難しい。セシリアはそう考え、ここまで引き込んだ。そして、この機に決めるべく爆発地点をビットで囲み一斉射撃を試みる。既に狙いは事前に設定していたこともあり、この条件下ならスターライトとの同時攻撃も可能になった。
 爆風の中から紫苑の姿が出てこない、それはつまり突進を止めれたということ。セシリアと爆心地まではまだ距離がある、故に次の総攻撃を防ぐ手はない……はずだった。

 しかし、セシリアの攻撃より先に爆風の中から一筋の光が現れ彼女を薙ぎ払う。レーザーなどの光線の類ではなく、質量のあるそれはセシリアを弾き飛ばし、試合開始直後と同様に障壁に衝突させた。
 その衝撃で、スターライトによる射撃は明後日の方角へ飛び、ビットもコントロールを失い攻撃は失敗に終わる。

 セシリアと爆心地までとは15m近くの距離があった。しかし、その距離をもって彼女を薙ぎ払ったのは間違いなく天照の武装、天叢雲剣だった。
 これがファーストシフトとともに齎された新たな力、天叢雲剣による変幻切替(ヴァリアブルスイッチ)だ。

 そもそも月読の頃からではあるがプリセットの武装が、使えなかった武装を含めても三つしか内蔵されておらず、それでいてバススロットにも全く空きがなく、武装が追加できないという事実。それはこれらの武装の容量が大きすぎるということだ。
 その大部分を占めるのがこの天叢雲剣だった。この武装は、名称こそ一つだが、実は無数のデータによって構成されているものを総じて呼ぶ。そのデータとは、その形状や長さなどだ。それを、高速で切り替えることであたかも伸縮変化をしているように扱うことができるのだ。

 今回、紫苑は1mという状態をあらかじめ見せておき、爆風により姿が見えなくなった状態で薙ぎ払いのモーションを行いながら瞬時に最長形状に切り替えた。通常はこれだけの長さの得物を扱うのは困難だが、事前に予備動作をとっておき、相手に到達する前後だけにとどめておけば不可能ではない。

 勝ちを確信した瞬間に受けた一撃。それはセシリアの心を折るには十分だった。
 紫苑はすぐさまブーストにより距離を詰め、剣を突きつける。シールドエネルギーはまだ残っているが、出せる手札を全て出し、自身の限界以上を出し切ってなお届かなかった相手に、今のセシリアには抗う術はなかった。唯一の近接武器を手放した上で接近された今、彼女にもはや勝ち目はない。

『わたくしの……負けですわ』
『そこまで! 勝者、西園寺!』

 アリーナ中の歓声は勝者に、その予想外に高度だった戦闘に…そして、それを担ったセシリアに対して惜しみなく送られた。


 

 

第二十五話 共鳴

『わたくしの……負けですわ』

 剣を突き付けた先で、オルコットさんが俯きながら絞り出すような声で敗北を宣言した。
 エリートとして、挫折とは無縁だったように思えるからいろいろと辛いと思う。でも試合中に自分の弱さを認め、成長しようとしていた彼女なら乗り越えられるだろう。

「ありがとうございました」

 だから、僕は今は必要以上に話しかけることはしない。
 彼女とは一度しっかりと話したいと思うけれど、今はそっとしておこう。

 そのまま項垂れているオルコットさんを残し、僕はアリーナを後にした。

「さてぇ、どういう訳か説明してもらいたいのだけど、西園寺さん?」

 織斑君の状況確認と、報告を兼ねて千冬さんのところに戻った僕を待っていたのはミュラー先生だった。こちらを見る目は怒っているような、喜んでいるような……え、なんで?
 いや、千冬さんに許可を貰ったとはいえ担任であるミュラー先生に報告することなく勝手に他クラスの生徒と模擬戦をしてしまったんだから、怒られるなら分かる。
 でもなんでそんな嬉しそうにも見えるんだろう……。

 いくつか疑問はあるけれど、近くにいる千冬さんはやれやれといった様子で助け船を出してくれる様子もないので直接経緯を説明する。

「ふふふ、まぁ西園寺さんにはあとでお仕置きするとして……ちゃんと勝ったわね。もし負けてたら……ねぇ?」

 え、お仕置きってなんでしょう!? それに負けてたらどうなってたんでしょうか!?
 あれ? もしかしてお仕置きできるのが嬉しいとかそういう訳じゃ……え?

「やはり、優秀な教師の元には優秀な生徒が集まるのかしら、ねぇ? 織斑先生?」
「一週間やそこらで教師や生徒の優劣が出てくるとは思いませんが……」

 あまり考えたくない想像に現実逃避していたけど、ハッとして意識を戻すと何やら教師二人が険悪な雰囲気になっていた。
 この二人は仲が悪いのかな? あ、だからミュラー先生のクラスの僕が千冬さんのクラスのオルコットさんに勝ったから機嫌がよかったのか……そうだよね。

「ふふ、まぁいいわ。私は先に失礼するわね。……それから西園寺さん。またあとで、ね」

 ……よくわからなくなってきた。

「織斑先生……」
「彼女に目をつけられたか……まぁ、彼女も教師だ。無茶はするまい」

 無茶って何さ!?

「はぁ……ところで、ミュラー先生とは仲が悪いんですか?」

 なんとなく、先ほどの二人のやり取りが気になったので聞いてみる。教師同士の会話にしてはミュラー先生が挑発的というか、棘があったような気がする。

「いや、確かに私は彼女が苦手ではあるが……特に仲が悪いといったことはない。たまに意味ありげな視線を送ってきたり先ほどのように突っかかってくることはあるがな」

 あぁ、そういうことか。結局、千冬さんも目をつけられてるんじゃないのかな……。

「そういえば、織斑先生のほうが敬語で話していましたが、織斑先生のほうが先輩ではないのですか?」
「……彼女はああ見えて、私より10歳近く年上だぞ?」
「え……えぇ!?」

 素朴な疑問を素直に口にしたら、若干殺気を込めて千冬さんがとんでもないことを言ってきた。
 
 あの二十代にしか見えない人が千冬さんより年上!? いや、別に千冬さんが老けて見えるとか言ってるわけじゃ……あぁ、殺気を抑えてください、千冬さん。

 それにしても、どれだけ若作りなんだあの人は……。もう40近いんじゃ……いや、これ以上考えるのはやめよう、何故か遠くで殺気の発生源が増えた気がするし触れたらいけない気がする。

「ふん、まぁ彼女のことはいいとして、だ。ご苦労だったな、おかげで間に合った」

 急に話題を変えるかのように、千冬さんが切り出した。
 下手に何か言うのも怖いので、僕も普通に応対する。

「そうですか、織斑君はもう?」
「あぁ、既に準備はできている。オルコットとブルー・ティアーズに問題なければ若干の休憩の後に試合を始める。まぁ、問題など無いとは思うがな?」

 どうやら、千冬さんにはバレていたようだ。
 僕は、なるべく次の試合に影響がないように機体へ損傷が出るような攻撃は避けていた。
 ビットなんかは破壊したほうが戦いは楽になるけれど、そうすると次の試合までに使えるようにするのは困難だ。そうなると僕がこの試合をする意味が薄れてしまう。

 そういえば、織斑君はどこにいるのかと思ったら、ちょっと離れたところで箒さんと話していた。僕が来たから離れたんだろうか……箒さんにはまだ避けられてるからなぁ。
 彼らの方を見ていたら織斑君と目が合い、彼が苦笑しながら軽く会釈してきたのでこちらも微笑み返しておいた。ん、ちょっと顔が赤い気がするけど大丈夫かな?
 あ、箒さんに耳を掴まれてどこかへ連れて行かれた……よくわからないけど彼も大変だな。

「ふむ。では10分後に試合を開始すると伝えておいてくれ」

 織斑君に気を取られている間に、どうやらオルコットさんとブルー・ティアーズの検査が終わったらしい。この様子だとどちらも問題ないようだ。千冬さんが山田先生にこのあとの進行の指示を出している。

「さて、西園寺。少し話したいこともある……ついてこい」
「わかりました」

 いろいろと迷惑もかけてしまったので素直に従うことにする。さっきはあまりゆっくり話すこともできなかったし、しっかり謝っておかないといけないしね。
 連れて行かれた先は、管制室には及ばないものの様々な機材がある個室だった。ここからでも観戦はできるようだけど、部屋には他に誰もいない。

「ここなら防諜は完璧だ……まぁ、アイツにかかれば分からんがな」
「ふふ、なら僕は素でいいってことかな、千冬さん」
「あぁ、そういうことだ、紫苑」

 あえてそう言ったってことは、あくまでプライベートで話したいということだろう。教師と生徒としては話せないこと……恐らくは織斑君と白式のこと。もしくは天照のことかな?
 なら、丁度いい。僕も織斑君について聞きたいこともあったんだから……。







 セシリアは、先ほどの試合のショックを半ば引きずったままアリーナへと再び入る。
 苦戦するのは承知だった、しかしあそこまであからさまに手を抜かれ、完敗するとは思わなかった。正確には、紫苑は決して手など抜いてはいないのだがあの状況でセシリアがそう捉えてしまったのは無理からぬことだった。とはいえ、セシリアが彼の真意に本当に気付いていれば問題なかったのだが……。

(彼女には負けましたが……でも! わたくしがあんな男に負ける訳がありません!)

 彼女はそこまで気付かない……いや、認めようとはしなかった。
 紫苑にとって誤算だったのは、彼女が自身を見つめ直したと思ったことだ。しかし、容易に考えを変えられるほど彼女の自尊心は脆くはなかった。先ほどはただ紫苑に勝ちたい一心、弱さを認めた訳ではなくただ勝つためにどうすべきか、その場限りに近いものだった。

『待たせたな』

 そして、対戦相手が現れる。先ほどの相手を思い起こしてしまうような白い装甲……しかし、華麗にも見えた天照に対して、白式は飾り気がなくやや無骨なイメージを醸し出す。

『よく逃げずに来ましたわね』

 セシリアの言葉は、いつもの彼女らしいそれ。しかし、それは彼女なりに絞り出したもの。一夏に負けるなどとは考えていないが、先ほどの敗戦を無視するほど愚鈍ではない。事実、彼女の手には既にスターライトが展開されている。

『あぁ、あんたの戦い方はじっくり見せてもらったからな』

 対する一夏も、武装を展開する。それは奇しくも紫苑と同様に日本刀のような形状……こちらは太刀に近いが、鎬の溝からは光が漏れ出ている。その姿はより一層セシリアを苛立たせた。

『西園寺さんならともかく……あなたのような素人がわたくしに近接武器で挑むなど……』

 やがて、その怒りがピークに達したのを見計らったかのように試合開始の合図が鳴り響く。

『身の程を弁えなさい!』

 同時に、スターライトから放たれる光の一撃。
 一夏は先の紫苑のように開始直後に接近しようと試みたものの、初めての実戦でスムーズにブーストが掛けられるはずもなく、またセシリアも既にそれを警戒してしまっていたため不発に終わる。
 自然とセシリアはスターライトとビットにより一夏を中距離以上の射程にくぎづけにした。

『くっ、失敗か……でも誤解するなよ。別に舐めてる訳じゃなくて……武器がこれしかないんだよ』

 ため息のようなものと共に伝えられる一夏の言葉。本来であれば、自身の武装が一つしかないという致命的な欠点を戦闘中に暴露するなどありえないが、彼にしてみれば誤解を受けたままでいることのほうが許せなかったのだろう。
 もっとも、その言葉をセシリアが信じるかどうか別問題ではあるが少なからず彼女の溜飲は下がったようだ。

『そう、ならこのままそこで踊り続けるといいですわ!』

 そして激しさを増すコンビネーション。しかし、ここで彼女にも誤算が生じる。
 本来であれば既にいくらか被弾させて動きが鈍っているはずで、彼女もそのつもりで撃ってきた。しかし、目の前で起きているのはまたもや先の試合の再現。ひたすらに避ける、舞い続ける対戦相手の姿。

 なぜ、素人がそんな動きが出来るのか……確かに動きにはぎこちなさがある、いくつか被弾して確かにシールドエネルギーは削っている。しかし、その動きは鈍るどころか徐々にキレを増していった。
 もはや、セシリアには何が起きているのか理解できなかった。



「どうやら、僕の試合はちゃんと見ていてくれたみたいだね」
「あぁ、自分で気づいたようだ。オルコットも克服しようとしているようだったな、まだ甘いがこの短期間で大した成長だ。全てお前の計算通りか?」

 モニター越しで繰り広げられる戦いを見ながら話す紫苑と千冬。
 この部屋に入ってから、特に込み入った話をする間もなく試合が始まりそれに集中した。
 
「買い被り過ぎだよ。時間稼ぎのついでにそうなればいいとは思ったけどね。事実……オルコットさんにはどうやら僕の言いたいことはまだ伝わっていなかったみたいだし」

 紫苑は、セシリアと一夏のやり取りと攻防を見て先ほどまでの自分の考えが楽観的だったと思い直す。と同時に、この試合できっと彼女は気づくだろうという確信めいたものを改めて感じていた。

「ふん、まぁそういうことにしておこう」

 そこにいるのは、教師と生徒ではなく長年の友人同士だった。
 同時に、深くISに関わってしまった者同士。しかし、二人の立場は決して同じではない。

「あれは……『雪片弐型(ゆきひらにがた)』だね。かつて、千冬さんが暮桜と共にモンドグロッソを勝ち抜いた時に使った……そして、あの時にも」
「……紫苑、お前はどこまで知っている。あれは確かに、私が使ったものと同じだ。だが、暮桜のものではない、あるはずがない。ならば……」

 千冬はかつて、束とともにISに深く関わってきた。しかしそれはあくまでも親友として、操縦者としてであり紫苑ほど深くは関わってはいなかった。そして、守るべきものも違う二人は決して同じ立場ではない。故に、お互いの認識には齟齬が生じている。

 一夏が手にした刀、それは千冬がかつて愛用してきた、彼女の専用機の武装である。
 自身や一夏がなぜISを動かせるか知った紫苑からすれば、別段不思議なことではなく、その後に起こり得ることも予測ができた。しかし、千冬はその理由までは知らない。

「もしかして、もう使えるんじゃない?」
「! やはり……」

 紫苑は、一夏が雪片を手にして現れたときに半ば確信に近いものを感じていた。
 彼が、既に単一仕様能力(ワンオフアビリティ)を、それも千冬と同じものを使えるのではないかと。

「お前の想像通りだ、見たところ嘗ての私と同じ『零落白夜』が使えるようだ。既に使用方法と注意点は伝えてある」

 零落白夜とは、エネルギー性質のもの全てを無効化、消滅させるかつて千冬のみが使用できた攻撃能力である。それを用いた雪片による一撃は、シールドエネルギーを無効化して直接相手にダメージを与える。結果的に、絶対防御が発動するのだが、これにより通常より遥かに相手のシールドエネルギーを削ることが出来る。
 一方で、自身のシールドエネルギーも大きく消耗する諸刃の剣だ。

「そういえば、お前も先ほどの試合で被弾していないのに僅かにエネルギーが減っていたな。あれもワンオフアビリティなのか?」
「ううん、違うよ。確かに天叢雲剣の形状変化はシールドエネルギーを消費するけど、あの武装自体の能力みたい。僕はまだワンオフアビリティは使えないよ」
「そうか……」

 そもそも、ワンオフアビリティは第二形態から使用可能とされており、発動例自体が少ないものの今まで例外はなく理論的にも正しいとされている。
 では、なぜ彼は使えるのか……それを知るのは束のみ。いや、紫苑も既にその正確な理由にほぼ到達していた。

「千冬さんも薄々気づいているんじゃない? アレのコアは、完全に初期化されていないよ。かつて千冬さんがたどり着いた第三形態(・・・・)の頃の記憶を、ワンオフアビリティを引き継いでいる……、だからこそ織斑君は白式を動かせる」
「……」

 紫苑の言うように、千冬はその可能性を考えていた。
 しかし、それは同時に一つの事実を晒すことになる。

「僕は、コアに残っているもとの持ち主だった紫音の遺伝子情報を借りて動かしている。特異な例ではあるけど、一応は一卵性だからほとんど同じみたいだしね」

 千冬の表情は、紫苑の言葉が進むにつれて苦いものになっていく。

「なら……織斑君は誰の遺伝子情報を借りて動かしているんだろうね?」
「……紫苑」
「ごめん、千冬さん。これ以上は聞かないよ。でも、そのことが僕の……束さんの障害になるならその時は……」

 果たして、それはどれだけの時間だったのだろう。二人はその先は何も言わずにただ視線を交わす。だがこの間もモニター内の戦況はさほど変わっていない以上は大した時間ではなかったのだろう。
 やがて、糸が切れたように場の空気が弛緩する。

「もっとも、今の僕じゃ瞬殺されちゃうだろうけどね。生身の千冬さんにすら勝てる気がしないよ」
「お前は私をなんだと思っているんだ……。だが、そうだな。お前や束が暴走するようなら私が全力で止めてやるさ」

 先ほどの緊迫した状況が嘘のように、二人は笑い合う。
 お互いが、もともとは束という共通の友人を通じて縁故を結んだ二人ではあるが、そこで得た絆は容易く切れるものではない。二人は既に共犯者なのだから……。



(事前に見てなかったらすぐにやられてた……でも、何とかやれる!)

 一室で紫苑と千冬が、モニターから意識を逸らして会話に興じている間も当然ながら戦いは続く。
 その中でも一夏は驚異的な成長を遂げていた。始めはただ、事前に知ったセシリアの癖を頼りに不格好に避けるだけだったが、徐々に鋭さを増し続ける。やがて、それは紫苑の姿と重なるように紙一重の領域にまで近づいてきた。

(織斑……一夏。あなたもですか)

 一方のセシリアもまた、目の前でまさに成長する男の姿を見て冷静になる。それは、今までの彼女の概念を覆すものだった。この一日で、彼女の常識やプライドは尽く打ちのめされてきた。そして、その状況に至ってようやく彼女は理解できた、この瞬間ようやく彼女は自身を見つめ直し、弱さを認めたのだ。それはつまり、本当の意味での彼女の成長を意味する。

『はぁっ!』

 先ほどまで躱すことのみに集中していた一夏も、無駄な動きを排したことで幾ばくかの余裕ができた。故に、ここで初めて攻勢に転ずる。

『甘いですわよ!』

 しかしセシリアに、もはや当初の油断などは微塵もない。
 ミサイルタイプのビットを予め手元に寄せておき、彼の突進ルート上に撃ち放つ。

『っく!』

 彼にとっては予想外だったのか、放たれたミサイルを避けることが出来ないと判断したのか、手に持つ雪片で斬り落とそうと試みる。しかし、素人がそうそう正確に対処できるはずもなくそのままミサイルは爆風を巻き起こす。
 直撃は避けられたものの、その勢いに一夏の突進は阻まれ逆に再び距離を離されることになる。
 しかし、その粉塵により無駄撃ちを嫌ったセシリアも一度攻撃の手を休めることになる。無論、紫苑との一戦で敗れるタイミングとなったこの場での油断はあり得ない。

『あぶねぇ……でも、次はいける!』

 煙が晴れた場所から少し離れたところ、若干構えを緩めた一夏の姿が現れた。その表情からは、ここまでの攻防で得た自信が窺える。

(だいぶ操作にも、あいつの攻撃にも慣れてきた。今なら……)

 一夏も、先ほどの特攻が通じるとは思ってはいなかった。ただ、白式がどれだけ馴染んだかとセシリアの迎撃パターンの確認をしたに過ぎない。
 あの場面、ビットの攻撃を掻い潜りながら隙をついて直線ラインで接近を試みた一夏に対して、セシリアは同じくビットで迎撃を試みた。本来であれば、この場面スターライトで攻撃すればそれだけで大ダメージを与えていたはず。しかし、しなかった……いや、できなかった。いくら成長しているとはいえ、ビットと本体の同時行動は一朝一夕で修得できるものではない。 

『……先日のHRでの。いえ、これまでの暴言は全て撤回しますわ』

 そんな中、セシリアから放たれた謝罪ともとれる言葉。一夏は……いや、彼だけでなくセシリアのことを知るほとんどの人間がその言葉に驚いた。

『……どうしたんだ、急に?』

 一夏もセシリアの急変の意図がわからず訝しむ。彼も以前、セシリアの暴言に言い返す形でそれに近い言葉を発していた。それを考えると彼女の態度の変化は、今この場においては彼にとっても若干居心地が悪い。

『今までの自身の言動の愚かさ、せっかく西園寺さんに教えていただいたのに気付くことができず……ですがあなたのおかげで目が覚めました。わたくしは一操縦者として、あなたを認めます。改めて、セシリア・オルコットの全力と戦ってくださいまし!』

 しかし、その言葉に一夏は再び発奮する。
 諍いから始まったこの模擬戦は、今ここに初めてお互いを認めた者同士による戦いへと昇華したのだ。

『あぁ、俺も撤回する。……俺が無知だったせいで不快な思いをさせたことも謝る。そして……ありがとう、お前のおかげで俺は、俺がこれから強くなれることを知った』

 そして、表情を引き締める。そこには先ほどまでのように、目の前の戦いにただ我武者羅だったときとは違い、その先を見据えた決意のようなものを宿していた。

『俺はこの力で家族を……千冬姉を守る!』

 

「ある意味、世界最強になるって宣言かな?」
「まったくあの馬鹿者は……、浮かれているな」

 モニター上の一夏の善戦と宣言に対して、千冬は苦々しげな顔になる。

「ふふ、照れなくていいのに」
「ち、違う、よく見てみろ。左手を閉じたり開いたりしているだろう? 昔からその癖を出した後は碌なことにならん」

 なるほど、と紫苑はモニターに目をやると確かに一夏の左手はその動作を繰り返していた。

「へぇ、さすが姉弟。よく見てるんだね」
「ま、まぁな。その際の後始末も大概私がやっていたんだ、気を付けもするさ」

 紫苑の言葉に少し狼狽しながら答える千冬。

「あ、やっぱり照れて……ないね。うん、なんでもない」

 その様子は明らかに照れているのだが、それを指摘しようとした紫苑にここ最近培われた危機回避能力が働き、言葉を飲みこんだ。彼には何故か、その言葉を言い切ればミシミシと骨が軋むほどのヘッドロックをかけられる未来が見えた。

「……私はからかわれるのは嫌いだぞ?」
「わ、わかってるよ」

 千冬の言葉に、自身が命拾いしたこと改めて実感する紫苑だった。



(西園寺さんにはわかっていたのですね。彼女と戦う前の心構えでいたら、きっと初撃で不利な状態になっていましたわ。そして、織斑さんの動き。彼女は、わたくしだけでなく彼にまで成長を促してきた。まるで全てを見透かしたように……なんて方ですの)

 セシリアの心中はもはや数時間前とは別人といっていいほどの変化を遂げていた。
 それは、彼女にとって一つの壁を乗り越えたということでもある。

 そして、認める。目の前の存在は、いずれ自身を超える可能性のある者だと。
 しかし、代表候補生である自分がここで負ける訳にはいかない。それは以前までのチャチなプライドなどではなく、自身を見つめ直した結果生じた誇りであり矜持。同時に、一夏を認めたが故の意地だった。

 セシリアは瞬時にビットを展開して再び攻勢に出る。
 一夏もそれらを躱しながら隙を窺う、先ほどまでとほとんど同じ光景。

 一夏は、先ほど自分が迎撃されたのはビットの位置を把握しきれていなかったからだと判断し、すべてのビットの状況把握に努める。そして、それらがセシリアの位置から離れた一瞬を見逃さずにブーストを仕掛ける。既にビットは動作しており、しかしそれらは全て躱しきれる必殺のタイミング……のはずだった。

『チェックメイトですわ』

 その瞬間、あり得ないことがおこる。ビットによる攻撃の最中、セシリアのスターライトの照準が一夏に向けられ……放たれた。

『がはっ……!』

 それは一夏に直撃し、二発目三発目が続けざまに襲い掛かる。その間もビットによる射撃は止まっておらず、全弾ではないもののある程度正確に一夏を捉えている。
 それらの射撃はそのまま彼のシールドエネルギーを削りきり、勝敗は決した。
 
『そこまで! 勝者、オルコット!』



「まさか、並列制御までたどり着くなんて……」

 紫苑にとって、試合の結果に関しては予想通りだった。しかしその過程は彼をして驚嘆するものだった。

「あぁ……だが、違和感があるな。本当に並列制御が可能であればわざわざあの場面まで引っ張る理由がない」

 それは千冬も同じだったようだが、彼女は紫苑よりは多少冷静に見ていたようである。そして、紫苑もその言葉に先ほどまでの場面を脳裏で再生し、一つの可能性に思い至る。

「……自分の癖、弱点を逆手にとった? 効率のいいビット操作を最優先して動かしていたが故に相手に読まれてしまっていた。逆を言えば、彼女自身も相手の動きを読む……誘導できる」
「そして、その中にあの馬鹿者が飛び込んだというわけだな」
「先行入力……か」

 あらかじめ、一夏の動きを制限・予測したうえでビットの動作を数秒先まで確定しておく。その後、ビットは自動的に事前の命令に従って行動するため、セシリアは自身の行動に移ることができる。
 その結果が、疑似的なビットと本体の同時攻撃だった。

 もちろん、実戦でそうそう都合よく相手が動くはずがない。相手が経験の浅い……いや、皆無な一夏であり、今までの布石があったからこその結果である。しかし、それを引き寄せたのは間違いなくセシリアであり、以前までの彼女には不可能だったことだ。

「お前ものんびりして居られないな? あいつらはすぐに追いついてくるぞ」
「そうだね、なんせ一人は千冬さんの弟さんだもんね」

 満足そうにモニターを見つめる二人。若干のからかいを含めたような紫苑の言葉だが、特に他意はない純粋な褒め言葉だと千冬は素直に受け取った。

「それに彼女も、ね」
「あぁ、最初はどうなるかと思ったが今の状況ならうまいこと磨き合うだろう」

 きっかけは紫苑だったが、試合中に二人が急激に成長できたのは互いを認め合うことが出来たからだ。
 紫苑と楯無のように、まるで共鳴するかのようにお互いを高め合うその存在はやがてかけがえのないものとなるだろう。

 だがこの時、紫苑も千冬も知る由もなかった。

 この模擬戦が齎したものが、決してプラスの効果ばかりではないことを。

 負の感情を抱き、劣等感を強め、薄暗い闇の中へと迷い込みそうな二人(・・)の少女がいたことを……。 


 

 

第二十六話 転校生

 織斑一夏があそこまで善戦できたのは何故か。

 才能、と言うほかあるまい。

 当然、努力や経験などのバックボーンがある人間に対して安易に使っていい言葉ではないが、彼にはそれらが何もない。あるのは、世界で二番目(はじめて)の男性操縦者という事実(かたがき)と織斑千冬の弟という立場だ。そしてこれらが導くものは、やはり才能なのだろう。

 では、紫苑はどうだろうか。
 
 やはり彼も同様だろう。遺伝子操作という過去はあれど、知らぬ他人から見ればそれはやはり才能なのだ。そして、彼はそれに驕らず努力も続けた。他の代表候補生などに比べればスタートは遅く、稼働時間にも差はあれどその技術は勝るとも劣らない。それに加えて彼はISのもっとも身近にいた人間の一人なのだ。

 そんな二人の戦う姿は、人を惹きつけた。あまりにも眩しかった。

 眩しすぎるが故に……目を背ける人間もいる。



 篠ノ之箒は、この一週間は少なからず幸せだった。紫苑との一件が少なからずシコリとなって残ってはいるものの、一夏との特訓は自身のアイデンティティを保たせてくれた。かつて、自分が認めるほどの剣の腕だった一夏に、自分が教えることができる。ISの操縦に関してもこれから教えてやろう、そう考えていた。

 だが、箒は見てしまった。自分のことなど、一足飛びで乗り越えてしまう一夏の姿を。そして思い出す、かつての剣においても自分はあっさり追い抜かれていたことを……。

 彼女の剣は、一夏に自分を認めさせるために続けてきたようなものだった。転校することになり一夏と別れたあとも、続けていれば、大きな大会で優勝すればどこかで彼が目にするかもしれない。いつか会ったときに勝って認めさせてやりたい。そう思っていた。
 事実、一夏は箒が中学の全国大会の優勝を知っていて、彼女は歓喜した。素直にそれを表には出せなかったが……しかし、すぐにそれは落胆に変わる。彼は剣道をやめていたのだから。
 だが、まだ間に合う。ISでも剣の扱いが上手ければプラスになる。ましてや、一夏にはやめたとはいえ昔の杵柄もある。だから自分が……と考えていた。

 しかし、彼に成長を促したのは自分ではなかった。
 目の前で自分をあっさり超えていく少年にきっかけを与えたのは、自分がいま最も認めたくない二人(・・)のうちの一人だった。

 その戦う姿は、それだけで一夏へ影響を与えた。自分が何年もかけて磨き、ようやく一夏に対して教えてやろうという考えを一瞬で砕かれた気分だ。
 それは、箒にとって才能の差を突きつけられるよりも残酷だった……。



 更識簪もこの試合を見ていた。箒と違って、彼女の場合は一夏と紫苑の双方に因縁がある。
 一夏は、彼の出現によって自身の専用機の開発が事実上凍結されてしまったこと。
 紫苑は、いまだ簪が秘めたる何かによって……。

 半ば逆恨みに近い形で敵意を持った相手である一夏は、その才能の片りんを見せた。彼女にも日本の代表候補生であるというプライドは少なからずある。にも関わらず、専用機を後回しにされたのは国の事情、珍しい男性操縦者という一点のみ、そう考えてきた。
 そんな中で彼が見せた才能。自分が専用機を持てないでいる間に、彼は自分をあっさりと超えていくかもしれない。その考えは彼女の小さな自尊心を揺さぶるのに十分な出来事だった。

 そして、何より超えたいと思っていた自分の姉。それに比肩するも、敗れた者の戦いを目の当たりにする。それは追っている姉の姿がさらに遠のくような錯覚を覚えさせた。
 専用機の事も、姉の事も、紫苑の事も、誰かに相談できれば或いは簡単に解決できることだったかもしれない。しかし、できないからこそ彼女は袋小路へと進んでしまう……。



 そして、この戦いはセシリア自身にも当然ながら大きな変化を与えていた。







「数々のご無礼、申し訳ありませんでした」

 僕の目の前で、オルコットさんが深々と頭を下げている。
 千冬さんと別れて部屋に戻ろうとした僕をオルコットさんが追いかけてきたと思ったら、いきなり謝ってきた。彼女にも一日くらい考える時間が必要だと思っていたから、すぐに彼女のほうから話しかけてくるのは意外だった。 

「頭を上げてください。私の方こそ厳しいことを言ってしまいました……ですが、いい試合でしたよ」

 僕の言葉に、オルコットさんが顔をあげる。その表情は僕に対する申し訳なさと試合を褒められた嬉しさが入り混じったような何とも言えないものになっている。

「わたくし……ようやく気付けましたの。今まで自分がどれだけ狭い世界にいたのかを。織斑さんが……そして、あなたが教えてくださいました」

 そう言いながら、今度は真っ直ぐ僕の目を見るオルコットさん。その瞳は半日前の彼女のものとは明らかに違う。

「私はきっかけを与えただけですよ。あなたが変わったのは何よりあなた自身……あとは織斑君でしょう?」

 僕との試合だけでは彼女は気付けなかった。でも、織斑君と対することで彼女が考え、そして今の彼女に至れたんだ。

「……そうですね、彼はとても不思議な男性です。今までわたくしの周りにはあんな方はいませんでした。今まで、卑屈な父がどうしても好きになれずそれが男性不信のようなものに繋がったのかもしれません。ですが彼は……」

 そう言い、彼女は俯く。心なしか少し顔が赤い気がするけど……もしかして?
 それも仕方ないか……彼女にとってそれだけ織斑君との出会いが衝撃的だってことだよね。でも、織斑君かぁ、ライバル多そうだし彼女も苦労しそうだなぁ。

 そんなことを考えていたら、その赤らめた顔を上げる。その瞳はウルウルしており、何故か僕を真っ直ぐ見ている……え?

「彼を見て、わたくしも男性と向き合ってもいいとも思えました。彼が、この先どこまでいくのかを見たいとも思えました」

 あれ、なんか嫌な予感がする……なんだろう、この感覚は。彼女は別に変なこと言ってないんだけど。

「それと同じくらい、いえそれ以上にわたくしに衝撃を与えてくれたのはあなたの存在です。ですから、その……これからもご指導くださいね、お姉さま!」
「……え、ち、ちょっと!?」

 いや、なんでさ!? さっきまでの流れだったら織斑君のことが……ってとこじゃないの!? 高島さんや小鳥遊さんも未だに僕のことを『お姉さま』って呼んでくるしオルコットさんまで呼び出したら……あぁ……想像したくない。

 僕が止める間もなく、彼女はそのまま走り去ってしまう。半ば僕はその後起こり得る出来事に頭を抱えながら茫然としてしまった。
  
「み~た~わ~よ~」
「きゃぁ!?」

 突然耳元で誰かが囁き、思わず悲鳴をあげてしまう。

「ふふふ、可愛い悲鳴出しちゃって。それにしても青春してるわねぇ、紫音ちゃん」
「た、楯無さん……」

 思わず飛び退いて、声のした方を見るとそこにはニヤニヤした楯無さんがいた。
 あぁ……僕はまたなんて声を出してるんだ……。

「そ、そんな落ち込まないでよ。それにしても、青春してるわねぇ。彼女恋する乙女って感じだったわよ」
「あぅ……」

 いろんな意味でショックな僕はそのまま項垂れる。

「ま、慕ってくれる子が増えるのはいいことじゃない。それに、別に彼女はあなたに惚れちゃったというかそういう訳じゃないわよ、きっと」
「そ、そうでしょうか……」
「……なに今さらそんなに動揺してるのよ。去年は散々周りの女の子誑かしてきたくせに」

 やめて! バレンタインの出来事は思い出したくない! フォルテさんなんか暫くチョコレートを見るだけでプルプル震え出したくらいだし。
 あぁ……でもそういうことか。

「そ、他の子たちと同じよ、一種の憧れね。……まぁ、多少違う子もいるようだけど、あの子の場合は大丈夫よ……たぶん。どっちかというと織斑君に興味がありそうだけど、あなたのインパクトが強すぎて自分の気持ちがわかってないって感じかしらね」

 はぁ、なんか所々不安になるような言い回しだけどそういうことなら大丈夫かなぁ。

「ま、頑張りなさいな、お姉さま」
「た、楯無さん!?」

 最後に一言、的確に僕の傷口に塩を塗り込んで楯無さんは立ち去る。
 完全に面白がってるな彼女は……。



 その後本音さんに聞いた話だと、1組でオルコットさんがクラスメイト全員に頭を下げたらしい。まだ高飛車なところは変わらないみたいだけど、試合の結果もあって代表としてクラスに認められたようだ。
 織斑君ともあれから仲良くしているようで、そのせいで箒さんと険悪な雰囲気になったとか。

 う~ん、箒さんとはこれをきっかけに仲良くなって欲しいんだけどな。織斑君に依存しているように見える彼女にはほかに頼れる友人を作って欲しいと思うんだけど……難しいかな。彼女からしたらオルコットさんはライバルに見えるかもしれないし。
 でも、是非織斑君にはオルコットさんをノーマルに留まらせて頂きたい。ミュラー先生みたいな道に進ませないで欲しい。

 え、ミュラー先生のお仕置き? あはは……思い出したくない。あれはいろいろ危なかった……。

 それから一週間くらいは僕はミュラー先生と目を合わせることができなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はぁ……」

 この日、僕は何度目かのため息を吐く。
 
 オルコットさんとの試合以来、簪さんの様子がおかしい。ちょっとは改善されたと思った関係も以前のようにほとんど会話の無い状態に戻ってしまった。それに加えて、何かに憑りつかれたように専用機の開発に没頭している。
 原因は……やっぱり試合かなぁ。僕だけじゃなくて織斑君の試合も見て思うところがあったのかもしれない。ちゃんと話をしようにも取り合ってくれないからどうにもならない。また以前みたいにきっかけが必要かな。

 加えて……箒さんも悪化した気がする。簪さんと違って、会ったりすれ違ったりしたときは挨拶や目礼くらいはしてくれるんだけど、織斑君にほとんど付きっきりになっている。僕が近くにいるとすぐに距離を取ろうとするからあれからまともに二人とは会話できていない。
 最近はオルコットさんもその二人に加わって、三人でいるところを見かける。まぁ、彼女の場合は他のクラスメイトとも今はうまくやっているみたいだし、僕のところにもたまに話に来てくれる。
 ……僕の呼び方は変わってないけどね!  一度クラスに来て『お姉さまはいらっしゃいますか?』って言いだして、クラス中から視線を浴びたよ……。しかもそれを聞いた高島さんと小鳥遊さんがなんだか嬉しそうにしていたのが気になる。

「……はぁ」

 まぁ、そんなことを考えても気は晴れない訳で。
 暗鬱な気持ちで集中できないため、日常となっている道場での素振りを少し早めに切り上げて校舎へ向かう。まだ時間が早いため、歩いている生徒はほとんどいない。

「ねぇ、ちょっと。そこのあなた!」

 入口に差し掛かったところで急に声を掛けられる。周りに人がいないため、僕に対してだとわかった。
 振り返ると、そこには見覚えのない艶やかな黒髪をツインテールにした小柄な女の子がいた。手には、小柄な体とは不釣り合いともいえる大きなボストンバックを持っている。

「はい? 私でしょうか?」

 もし僕じゃなかったら恥ずかしいので、一応そう聞き返してみる。
 そうすると、彼女はそのまま僕に近寄ってくる。

「あ……」

 ん? 急に黙ってしまった……もしかして人違いだったかな?

「あの?」
「あ、あぁ、ごめんなさい。私、今日からこの学園に転入するんだけど、えっとなんだっけ……そう、総合事務受付? の場所がわからなくて。よかったら案内してくれないかしら?」
「はい、構いませんよ」

 見たことない子だと思ったら転校生だったのか。私服だからよくわからないけど、一年生でこの時期っていうのは考えにくいから上級生かな?

「ありがと! あたしは凰鈴音(ファンリンイン)、1年2組よ。ん~……」
 
 予想は外れたようだ。入学が遅れた訳じゃなく、転入扱いなのは何か事情があるのだろうか。
 それはそれとして、凰さんと名乗った少女は僕の顔を見ながら何故か再び黙り込んでしまう。

「? どうしました?」
「いや……あなたの肌、すごい綺麗ね。それに凄い美人だし。正直、ここまでだと凹むどころかむしろ尊敬しちゃうわ……」

 あぁ、そういうことか……なんだろう褒められてるのに素直に喜べない。

「そ、そう……ですか。あり……がとうございます。はぁ」

 自分でも顔が引き攣ってるのがわかる。
 一応、お礼は言えたけど不意打ちだったせいかため息まで漏れてしまった。

「……ぷっ。なんで美人って言われて落ち込むのよ、変な人ね」

 確かに、客観的に見たらおかしいだろうことは自分でもわかる。
 気を取り直して、とりあえず職員室に向かって歩き出すも、凰さんはツボに入ったのか僕の落ち込み具合が面白かったのかそのまましばらく笑っていた。

「もう、いつまで笑ってるんですか。つきましたよ、凰さん」
「あはは、ごめんごめん、ありがとね。えっと……」

 言葉に詰まる凰さんを見て、自分が名乗ってないことを思い出した。
 いや、凰さんが名乗った時点で僕も言おうと思ったんだけど、美人って言われたショックで忘れたんだよ……。そう言われることには不本意ながら慣れてはきたんだけど、面と向かって初対面の人に言われるのはやっぱりダメージが……。

「申し遅れました。1年4組の西園寺紫音です」
「う~ん、型っ苦しいわねぇ。そうだ、私のことは鈴って呼んでちょうだい」
「ふふ、わかりました、鈴さん。ただ話し方は普段からなので許してください。これから学園ではよろしくお願いしますね」
「まぁ、それなら仕方ないわね。えっと紫音……でいいかしら? こちらこそよろしくね」

 そう言うと彼女は部屋へと入っていった。
 サバサバとした子だったなぁ、なんか最後は強引に押し切られた感があるけど悪い気はしない。さっきまでの暗い気分もいくらか吹っ飛んだ。
 転校生ということで、僕に対する先入観がないからか気軽に接してくれたのは嬉しい。でも、彼女が僕の事情を知ったらどうなるだろう……それを考えたらまたちょっと憂鬱になった。







「はぁ、やっとついたわね」

 IS学園の正面ゲートで佇む一人の少女……凰鈴音はため息とともに独りごちる。
 それも仕方ない。はるばる遠く中国からこの学園までやってきたのだ、ため息の一つくらいは出るだろう。 
 
 凰鈴音は中国の代表候補生であり、この日学園へと転入することになっている。だがなぜ、入学ではなく転入なのか。それは彼女が学園へ通うのがイレギュラーだったからだ。
 いや、その言い方は適切ではない。もともと、中国軍部は彼女に学園への入学を要請していたが彼女は拒否し続けていた。他に適切な候補者がいなかったため保留となっていたのだが、彼女が急遽入学を希望。そのころには入学候補が決まっていたにも関わらず軍部を半ば脅す形で許可を得る。
 学園へ来るのが遅れたのは、そういったゴタゴタがあったためだ。

「それにしても……」

 上着のポケットからクシャクシャになった紙を取り出す。大事な書類であろうはずのそれの姿が、彼女の大雑把な性格を如実に語っている。

「なんなのよ、この本校舎一階総合事務受付って! こういうのって普通職員室じゃないの? だいたい、名前が長ったらしい上にどこにあるのかよくわからないのよ!」

 その書類にはしっかりと地図が書いてあるのだが、クシャクシャにつぶれたせいで文字が見えにくくなったりとわかりにくくなってしまっている。自業自得なのだが彼女にとってはそれも無かったことになっているようだ。名前や職員室云々に関してはもっともな意見ではある。

 再びポケットに紙くず……もとい、書類を無造作に詰め込む。

「ん~、だれかに案内してもらおうにも……」

 一人で叫び続ける少女の周りには人がいない。いや、別に彼女を避けているわけではなく単純に朝早いがためにまだ生徒が少ないだけなのだが。

「はぁ」
「はぁ」
「ん?」

 とりあえず、校舎の入口あたりまでたどり着いたあたりで再びため息を漏らす。すると、なにか自分以外のため息が重なったような気がしてあたりを見回すと、そこには銀髪の生徒がいた。チラッと見えたリボンの色は青、一年生だとわかった。ちなみに、この学園ではリボンで学年がわかるのだが一年は青、二年は黄、三年は赤となっている。とはいえ、規則が緩いのか必須ではなくつけていない生徒もいる。余談だが当然、一夏はリボンはしていない。

 ようやく見かけた人影に、これ幸いと声をかける。

「ねぇ、ちょっと。そこのあなた!」
「はい? 私でしょうか?」
「あ……」

 声をかけた少女が振り返り、その姿をしっかりと確認できるようになると思わずその容姿に息をのんだ。モデルのようなスタイルに整った顔、美しい銀髪、同じ女である自分ですら見惚れてしまうような少女だった。
 黙り込んでしまった鈴に対してその少女が訝しんで声をかけてくる。我に返った彼女は慌てて謝り、自分が転入生であることと目的の場所への案内をお願いする。

 その後名乗ったあとに思わず、先ほど彼女を見たときの感想を漏らしたのだが……。

「そ、そう……ですか。あり……がとうございます。はぁ」

 なぜか、目に見えて落ち込んでいる。先ほどまで綺麗な笑みを浮かべていた表情は曇り、心なしか引き攣っている。最後にはため息まで出ている。
 先ほどまでの凛とした姿と、容姿を褒めたら急に落ち込んでしまっている目の前の少女のギャップになんだか鈴はおかしくなり、噴き出してしまう。そのまま事務受付室に着くまで笑っていたのだが、若干彼女は少し頬を膨らませていた。本気で怒っているわけではないのはわかったが、その可愛らしい仕草にまた笑ってしまう。

「あはは、ごめんごめん、ありがとね。えっと……」

 そこまで言って、名前を聞いてないことに気付く。自分の言葉に急に落ち込んでいたからそのまま聞けず仕舞いだったのだ。言葉に詰まった理由を察したのか、鈴が聞く前に目の前の少女が口を開く。

「申し遅れました。1年4組の西園寺紫音です」

 鈴は、この短い時間で紫音という少女のことを気に入ってしまっていた。鈴が言うのも変な話だが初対面の彼女にも普通に接してくれ、その中で様々な表情を見せてくれた紫音。
 かつて日本で生活した時期がある鈴だが、一つを除いてあまりいい思い出はない。当然知り合いも少ない中で、紫音という同学年に最初に出会えたのは僥倖に思えた。別に彼女は独りが寂しいといったこともなく積極的に友人を作るタイプではないが、自分が気に入った相手がいればその限りではない。

 多少強引ではあったものの、紫音とは持ち前のアグレッシブさでお互いに名前で呼ぶようになり、別れた。

 面倒な手続きを終えた鈴はクラスに合流する。思ったより時間がかかってしまい、SHRの始まるギリギリの時間になってしまった。そして、そのSHRで一つの騒動が起きた。
 せっかく専用機持ちがきたのだから、とクラス代表を押し付けられたのだ。いや、彼女にしてみたらクラスメイトに煽てられて快諾しているのだが。

 そして、昼休み。ようやく自由に動けるようになった彼女は自分が日本に来た目的の一つである……織斑一夏の元へと向かった。



「で、どういうことだ一夏」
「わたくしも興味がありますわ」
「ただの幼なじみだよ」
「……」

 そう、幼なじみ。かつて日本にいたころのたった一つのいい思い出。この学園へ急遽入学を希望したのも彼がいるとわかったから。なのだが……何故か久しぶりの幼なじみは横に女生徒二人を侍らせていた。
 箒はともかく、セシリアは流れで一緒にいる部分が大きいのだが鈴にわかるはずもない。

「何睨んでるんだよ?」
「睨んでないわよ!」

 鈴の心中を理解できない一夏はやはり一夏だった。
 幼なじみという単語に怪訝な顔をしたのは箒だ。彼女もまた一夏の幼なじみなのだが見覚えがなかった。それもそのはずで、箒が一夏のもとを離れたタイミングでやってきたのが鈴である。その後、中国に帰国して今に至るわけだ。

「初めまして、凰さん。セシリア・オルコット、イギリス代表候補生ですわ」
「へぇ、そう。あなたもクラス代表なんだっけ? ま、戦ったら勝つのはあたしだけどね、そのときはよろしく」
「なっ!?」

 悪びれず、手をひらひらさせながらそう答える鈴にセシリアは激昂しかけるも寸前で落ち着いた。なんとなく、以前の自分と重なってしまったからだ。

「お、おい鈴。いきなり挑発みたいな真似するなよ……。セ、セシリア?」

 まるくなったとはいえ、元来のセシリアの性格を知っている一夏は恐る恐る彼女のほうを見る。すると顔が赤くはなっているものの、いくらか落ち着いてはいるようだった。

「だ、大丈夫ですわ、一夏さん。お姉さまに言われましたから、わたくしは常に冷静ですわ」
「そ、そうか」

 とはいえ、そうそう性格が矯正される訳でもなく彼女の額には青筋が浮かんでいる。もっともそれだけで耐えている彼女の成長を褒めるべきか。
 ちなみに二人は和解した際にお互い名前で呼び合うようになっていた。一夏がオルコットは呼びにくいというなんとも味気ない理由で……。

「お姉さま?」

 その言葉に疑問を持ったのが鈴だ。見るからにプライドが高そうで、現に簡単な挑発で怒りに震えている彼女がそう呼ぶ相手のことが気になった。

「ん? あぁ、4組の西園寺さんのことだよ。ちょっと前にセシリアと模擬戦やって勝った人」
「西園寺さん……って紫音のこと? 銀髪のすっごい美人」

 つい数時間前にであった少女の名前が出てきて鈴は驚く。まさか、彼女が代表候補生に勝てるような人だったとは思っていなかった。彼女は基本的に国外に興味がないため、西園寺の名前も代表候補生であるセシリアの名前も実は知らなかった。西園寺の機関だったSTCの名前くらいは知っているのだが。

「そう……って知り合いなのか?」
「えぇ、朝ちょっと世話になったの」
「そっか、俺も間接的にお世話になったんだよ。いやぁ、あの人本当に美人だよなぁ。スタイルもいいし、ちょっと近寄りがたい感じはするけど」

 自分の気も知らず他の女性のことを褒めだす一夏に、鈴は若干の苛立ちを覚える。それは残りの二人も同じようで……。

「一夏!」
「一夏さん!? お姉さまに色目を使うのはやめてください!」
「え、いや違うって!? た、ただもっとゆっくり話したりしたいなぁって思っただけで」

 その明らかに狼狽した姿に鈴は新たな強敵の出現を感じて頭を悩ませた。
 ようやく再会できた幼なじみ……いや、想い人が女生徒二人を侍らせているだけでなく、あの非の打ちどころのない美人と話をしたがっている状況。

 勘違いも甚だしいのだが、それを知るものはこの場にはいない。

 鈴という新たな乱入者を交えて、紫苑の周りはさらに混沌と化していく……。


 

 

第二十七話 危機

「でさぁ、紫音って結局どういう子なの?」

 鈴はこの場にいない、しかし強力なライバルとなり得る存在について尋ねる。未だ、彼女のことは名前と容姿しか知らないのだ。まず敵を知らねば戦えない。

「とても素晴らしい方ですわ!」
「お節介で気に入らない」

 鈴としては、一夏に対して聞いたつもりだったが何故か率先して答えるのはセシリアと箒だった。片や目を輝かせ、片やムスッとした表情で、真逆の反応だ。二人はお互いの言葉に思わず見合わせるが、すぐに視線を逸らしてしまう。

「いや、アンタらに聞いてないから……っていうかアンタ誰よ」

 ここでようやく、鈴はポニーテールの少女……箒のことを名前すら聞いてないことに思い至った。
 あまりな言いぐさに、さすがに箒もムッとしたようだが自分が名乗っていないことを思い出し渋々答える。

「……篠ノ之箒だ」
「あぁ、アンタが……確か剣術道場の娘だっけ? どうでもいいけど」

 しかし、やはり鈴の態度は雑なものだった。もっとも箒の態度が好ましいかというとそんなことないのだが。

「貴様! だいたい、幼なじみとはどういうことだ、聞いてないぞ!」
「アンタ転校したんでしょ? そのすぐ後にきたのがあたしって訳」

 鈴の言葉に、箒は再び一夏を睨む。
 目の前の少女たちがなぜこんなに険悪なのかを全く理解していない一夏は気圧されつつも答える。

「あ、あぁ。そうだよ」
「なるほど、つまりセカンド幼馴染という訳ですわね」

 そして、空気を読まないセシリアの発言が火に油を注ぐ。
 彼女はこのとき、決して悪気があった訳ではないのだが人の神経を逆なですることは無意識レベルなのだろうか。

「だれがセカンドよ!」
「……ふっ」

 その言葉に多少溜飲が下がったのか、箒が鼻で笑う。
 もはや、誰か一人が発言するたびにそれが火種となり収拾がつかない状態となっている。

「アンタ……笑ったわね、専用機もないくせに!」
「な、なんだと!」
「確かに、この中では箒さんだけ仲間外れですわね」

 加えて言うが、セシリアには悪気はない……はずである。

「あの女にボロ負けしたお前に言われる筋合いはない!」
「なっ!? お姉さまを侮辱するのですか!」

 一夏は既に言葉を挟む余裕もなく、茫然としている。だがさすがにここで、箒も剣で負けてたとは言わないくらいには場の空気は読めているらしい。しかし、頭の中では一刻も早くこの場から逃げたい思いでいっぱいだ。

「あぁ、代表候補生でもない紫音に負けたんでしょ? やっぱりあたしに勝てる訳ないじゃん」
「あなたとお姉さまを一緒にしないでください! いいですわ、そこまで仰るならクラス対抗戦で決着をつけてさしあげます!」

 セシリアも丸くなったとはいえ、スイッチが変わっただけで生来の気質は変わっていないようだ。既に顔は真っ赤になっており、再三にわたる鈴の挑発についにのってしまう。

「ふふん、構わないわよ。あたしと専用機『甲龍(シェンロン)』の力、見せてあげるわ」
「こちらこそ、わたくしと『ブルー・ティアーズ』がお姉さまの強さを証明してみせます!」

 セシリアの熱意がどこかずれている気がするが、それでも代表候補生、それも専用機持ち同士である。それは言い換えれば国の威信すらもかけたものである。その意識がお互いにあるかどうかはわからないが……いや、今のセシリアを見ればあまり無いのかもしれない。とはいえ、この組み合わせはクラス対抗戦の目玉になるだろう……本来なら。

「いや、クラス対抗戦は専用機禁止になったじゃん」
「は?」
「え?」

 しかし、それは一夏の一言で覆る。

「鈴はともかく……この前SHRで千冬姉が言ってただろ? なんでセシリアも箒も今聞いたみたいな顔してるんだよ……」

 実は、それが告げられたのはクラス代表を決める模擬戦の翌日である。二人ともその模擬戦で思うところがあり、考え事や妄想に花を咲かせてしまい聞いていなかったのだ。当然ながらその日は何度か出席簿の洗礼を受けることになったのだが。

「な、なんでよ!?」

 だが納得いかないのは鈴である。いきなりルールが変わるなどと言われて納得できるはずもない。

「あ~……これは後で千冬姉に聞いた話なんだけどさ。ほら、丁度話に出た西園寺さんいるだろ? あの人が去年にクラス対抗戦でやりすぎたみたいで……」

 言うまでもなく、サラをはじめとした当時のクラス代表を全て同時に相手取り瞬殺した事件である。当時ルール変更を余儀なくさせたこともだが、わずか一年で再び変更せざるを得ない状況に追い込むあたり紫苑も大概である。

「は? なんで紫音が去年の対抗戦にいるのよ」
「ん? あの人事情があって留年してるらしいよ」
「あぁ……そうなの」

 このとき、鈴は『しまったなぁ』と内心で感じていた。鈴が会ったときはリボンの色で判断したため、同い年だと勝手に思って馴れ馴れしくしてしまったのだ。まぁ、留年などというレアケースを意識しろというほうが無理な話ではあるのだが。
 もっとも鈴はあまりそういったことは気にしないのだが、さすがに初対面の年上にタメ口で呼び捨ては気が引けた。同じ悩みで一夏がしばらく悶々としているのは鈴は知る由もない。
 ともあれ、もう一度話してみようと決めて鈴はこのことについては考えることはやめた。

「で、やりすぎたって何したのよ?」
「なんか、他のクラス代表全員と同時に戦ってあっという間に倒したらしい」
「……は? え、な、なんでそもそもそういう状況に?」
「去年も俺らと同じようにクラス代表を決めるために西園寺さんと今の会長が戦ったらしいんだ。その戦いが凄すぎて他のクラスからクレームがあったらしいよ。実際は西園寺さんは会長には負けたらしいけど互角の戦いだったって」
「そ、そう……」

 次から次へと出てくる情報に、鈴の中での紫音という少女のイメージがよくわからないものになっていた。現会長がロシア代表だというのは、他国に興味がない鈴でもさすがに知っていた。それと互角に戦うというのだから相当なものだ。
 自分は勝てるのか……という不安と先ほどセシリアを挑発するダシに使ってしまったことに若干の罪悪感を覚える。別に鈴は紫音に対して悪いイメージは持っていないのだ。

「ようやく理解したようですわね」
「……だからってアンタが強いかとは別問題でしょ?」
「ぐっ」

 もはや誰と誰が争っているのかよくわからない状況ではあるが、この場ではセシリアと鈴が代表戦で決闘紛いのことをするということが決まるにとどまった。
 しかし箒は度々囚われる無力感をこの場にでも感じるに至り、自身の力量に対する劣等感や専用機への羨望を強めてしまう。  
 一方の一夏は、ようやくこの状況が解放されることに安堵して彼女らの心の機微までは察することができず、そのことが後々さらに混沌とした状況に彼を追いやることになる。



 昼休みの出来事が頭から離れず、モヤモヤとした時間を過ごし授業に身が入らなかった鈴だが、さすがに出席簿による制裁をするような教師がそうそういる訳ではなく無事一日を終了した。
 本当ならば、彼女も一夏ともっと話したいのだがクラスが違うこととセシリアと決闘するということがすぐに話題になってしまい彼のクラスに近寄りにくくなってしまっていた。
 また、一夏の幼馴染ということも一部の女子生徒からみれば面白くないようで視線が厳しい。しかし、少数ではあるが一夏と彼らの周りにいる女生徒との修羅場を期待するような目で見るものもいたりするから手に負えない。紫苑とは違う意味で彼女も浮いた存在となってしまった。

 放課後、この日は初日ということもあり学園内をブラブラして過ごし夕飯に行こうというところで見知った後姿を見つける。その目立つ髪色は背後からでも間違えようがない。

「あ、紫音……さん」

 もう一度話をしようと思っていた矢先の偶然、逃す理由はないと思わず声をかけるも昼間聞いたことを思い出し敬称を言い加える。

「はい?」

 朝と同様に、こちらに振り返る。いちいちこういった仕草が魅力的に見えるのが鈴からすれば不思議だ。

「あぁ、鈴さん。こんにちは」

 鈴の姿を確認して表情が柔らかくなったものの、しかしすぐに曇ってしまった。

「その様子だと……私のことはもう誰かに聞いたみたいですね」
「あ……その」

 鈴もその様子を見て、自分の態度が失敗だったと悟る。恐らく留年したことが原因で周囲から浮いてしまっているだろうことは想像に難くない。朝何も言わなかったのは、鈴が忌憚なく話しかけてくれたことが紫音は嬉しかったのだ、と。

「えっと、うん。一夏達から。さすがに呼び捨てにするのは気が引けるから直させてもらうけど口調はこのままにするわ。だからさ、その……紫音さんもその丁寧すぎる口調はどうにかしたほうがいいわよ。今の二年生以上に対してならともかく、一年には。厳しいこと言うようだけど、いくら紫音さんが気にしないようにって言っても年上な事実は変わらない訳だし、だったらそれらしい付き合い方ってあるでしょ? それと、私にさん付けは禁止!」

 一気に捲し立てる鈴に紫苑は茫然としてしまった。まさか、会って間もない彼女にそこまで言われるとは思っていなかったのだ。しかし、彼女のように先入観がなかったからこそ気付けたことだろう。
 紫苑は今まで、年上であることを気にしないで同級生として一年生達に接してもらいたいと思っていた。しかしそれは一部の例外を除いて土台無理な話なのだ。鈴の言うように年上という事実は変わらない、ならばそれに合わせた付き合い方をしなければならない。
 言わば、今まで紫苑は年上でも気にしないでください、と器の大きいようなことを言いつつその実はコミュニケーションの取っ掛かりを相手に丸投げしていたに過ぎない。本来であれば、紫苑が彼女らに合わせて歩み寄るべきなのだろう。

「えっと、鈴ちゃん……でいいかしら?」

 遅る遅る、といった様子で話しかける紫苑。口調もある程度砕けた形になっている。とはいえ、紫苑の場合は紫音というある種架空の人物を演じているわけで、そこからさらに口調を使い分けるというのは難しい。今まで素の状態以外ではほとんど話し方も変わらなかったのにはそういった理由もあった。
 それを無理に変えようとすればボロがでるかもしれない、それでもやってみようと思えるくらいの心境の変化を鈴は齎したようだ。

「う~ん、ちょっとこそばゆいけど、まぁいっか。改めて、よろしく紫音さん」
「えぇ、よろしく、鈴ちゃん」

 それは本来であれば当たり前の光景、しかし紫苑……いや、紫音にとっては新たな一歩といえた。






 
 はぁ、つくづく自分自身が嫌になるな……。まさか鈴さんにあそこまで言われるまで気付かないなんて。確かに、僕はいろいろ言い訳して受け身になっていたのかもしれない。
 それはもしかしたら、箒さんや簪さんに対しても……すぐには難しいかもしれないけど頑張ってみよう。

「あ、せっかくだから食堂で少し話さない? 聞きたいことがあるんだけど」
「えぇ、いいわよ」

 まだ全然慣れない、砕けた感じの嬢様口調で僕は答える。
 最初はただ元気な子だな、という印象しかなかったけれど良く見ているものだと思う。それにこの本音さんと似ているようでタイプの違う人懐っこさみたいなものも彼女の魅力なのだろう。

 僕らはそのまま食堂に向かい、まだ夕食には早い時間ということもあってそれぞれ飲み物だけを買ってテーブルにつく。時間が時間だけに周りに人は少ない。

「そういえば、よく部屋が空いてたわね? 寮の空き部屋が無いって聞いていたのだけれど」

 僕は疑問に思っていたことを聞いてみる。そもそも、織斑君と箒さんが同部屋になったのはいろいろな思惑があるにしろ空き部屋がないというのが大義名分だったはず。なのに、あとから転入してきた鈴さんが普通に入寮できるとはどういうことだろうか。

「あぁ、あたしの場合は本来入学予定だった人の枠を無理やり奪ったから。そもそも、最初はあたしに入学要請が来てたんだけど断ってたの。で、他の子に決まったんだけど気が変わったから強引に、ね。遅れたのは手続きやらに時間がかかったから」

 なんとも無茶をする子だ……。国家を個人の我儘で振り回すあたり、彼女はよほどキーパーソンなんだろう。彼女に会った段階では気付かなかったけど、彼女は中国の代表候補生で専用機持ちらしいし。

「なるほど、でも何故急に入学する気に?」
「……えっと、言わなきゃだめ?」

 先ほどまで話していた暴虐ぶりとは裏腹に急にしおらしくなった。
 何故かちょっとからかいたくなってしまう。

「なるほど、織斑君に会いにきたのね」
「なんで知ってるのよ!?」
「……冗談のつもりだったのだけれど」
「あ~……うぅ」

 いや、さすがにそこまでは本当に知らなかったし恨めし気な目で見られても……。
 でも、織斑君が目当て? 確かに各国各企業が織斑君のデータ目当てに生徒を送り込んでる節もあるけど、まさか彼女も?
 そこまで考えて僕はその考えを打ち消す。確かに、中国としてはそういう意図はあったかもしれないけど、彼女がそんなことで来ているとは思えなかったし思いたくなかった。
 だって、目の前で明らかにバツが悪そうに真っ赤になってるし。

「はぁ……幼馴染なのよ」

 ようやく観念したのか、ポツリポツリと事情を話しだす鈴さん。
 中学時代の織斑君の話をしている時などは本当に嬉しそうにしており、その感情がただの幼馴染で収まらないことが伝わってくる。

「……この際だから聞いちゃうけど紫音さんは一夏のことどう思ってるの?」

 恐る恐るといった様子で聞いてくる鈴さん。何をそんなに警戒しているのかいまいちわからず、僕はそのまま思っていたことを答えてしまった。

「いろいろ気になってるわね。できれば一度ゆっくりお話しして仲良くなりたいんだけれど」
「そ、そう」

 あれ? なんか気落ちしてるけどどうしたんだろう……あ!

「あ、あの鈴ちゃん」
「いいわ! 例え紫音さんが一夏に惚れたとして関係ないわよ。どんな結果になってもあたし達は友達だからね!」

 あぁ……やっぱり勘違いしてるよ!? っていうか僕も迂闊だった、そうだよね、僕は紫音なんだから男子と仲良くなりたいなんて言ったらそうとられてもおかしくないよね……。

「あの、違う……」
「おやおやおや~? なにやら面白そうな話をしてるじゃないの」

 せめて誤解は解こうとしたところで、この場に絶対居合わせてほしくない人がそこにはいた。

「か、薫子さん!?」

 そう、薫子さんだ。楯無さんもそうだけど、彼女らのような人種は確実に場をかき乱すんだよ……。
 というより、何故彼女がここにいるんだろう。

「そう不思議そうな顔しなさんなって。転校生、それも代表候補生の専用機持ちなんて子がいたらそりゃ取材するでしょ。それに、なにやら1組のオルコットさんと決闘騒ぎになってるみたいだしね」

 それもそうか、確か僕達も同じような感じで突撃取材されたなぁ。ちょっと前の学内新聞では織斑君やオルコットさんが取材されていた。その時にクラスのみんなと一緒に撮ったらしい写真を見て彼女がクラスである程度うまくやっているようなのがわかった。
 ……なのに何で決闘なんてことになってるのさ。

「決闘……ですか?」
「あぁ、そういえば紫音さんはお姉さまなんて呼ばれてるのよね。悪いけど、クラス対抗戦ではあの子には勝たせてもらうわよ」
「えぇ、別にそれは構わないけど……鈴ちゃんまでお姉さまなんて呼ばないでね?」
「あたしが勝つのは構わないんだ……って別にあたしはそんな風に呼ばないわよ」

 って、なんだか話が逸れた気がする……何か大事なことを忘れてるような。

「で、記事の見出しは『転校生とお姉さま、熾烈な三角関係!?』でいこうと思ってるんだけど」

 そうだった!? なんだかんだで弁解すらさせてもらえていない状況だった……。

「だから薫子さん? 私はそんなつもりじゃなかったんですよ?」
「え~、だって織斑先生公認なんじゃないの? 随分買われてたみたいだし」
「え!? あの千冬さんに?」

 あぁ……やっぱりこの人は。なんでいらないことを言って誤解を強めるようなことをするんだ……。
 鈴さんがちょっと驚いたあとなんだかジト目になって僕を見ている。

「やっぱり紫音さんとは一度腹を割って話さないとダメそうね。そうだ、この後お風呂一緒にいきましょう、大浴場の場所がわからないからまた案内してほしいのよ」

 ……え?

「お、それはいいわね。私も付き合おうかな。あ、遅くなったけど私は2年の黛薫子、新聞部よ。あとでちょっとインタビュー付き合ってね」
「あ、はい。凰鈴音……です」

 なにやら二人は自己紹介をしているけどそれどころじゃない。さっきのが聞き間違いでなければちょっとピンチなんじゃ……。

「さて、積もる話はお風呂でしよっか」
「そうですね。んじゃ紫音さん、行こうか……ってどこ行くのよ!」
「あっ」

 こっそり二人が話している最中に抜け出そうとしたら見つかってしまった。
 いや、だってね! 一緒にお風呂なんて入れるわけないじゃないか! そんなことになった暁にはもう完全に弁解のしようもなく100%変質者だよ! いや、今さらとか言わない、そこ! って誰に言ってるんだ僕は……。

「ちょ、ちょっと鈴ちゃん? 何でいきなりISの部分展開までして私を捕まえるのかしら?」
「いや、なんか逃げようとしてるの見るとつい。っていうかなんで逃げるのよ、しかも部分展開して捕まえたはずなのに何で生身で抜け出してるのよ」

 あれなのか、猫が鼠を追いかけるような習性に近いのか。それなら僕は鼠か……はは、確かに追い詰められた鼠の気分だ。鈴さんがなにやら目を輝かせてにじり寄ってくるよ……。

「あ、あの。私はお風呂は……」
「あれ? そういえば紫音が大浴場使ってるの見たことないわね」

 ちょっと! 何でまた余計なことを……。

「ふ~ん……なになに、何か隠してるの? あたしのことは洗いざらい聞いといて」
「いえ、別に隠し事なんて……」

 言えるわけないじゃないか……本当は男でしたなんて。

「おや、もしや特ダネの予感? なになに? そういえば更衣室で着替えてるとこを見たことがないって以前あなたのクラスだった子に聞いたことがあったわね。それに水着も季節が来る前に休学しちゃったし……そうなると紫音さんの肌を見た人っていないのよね……せいぜいISスーツぐらいか」

 あぁ、もう逃がすつもりはないみたいだ。ここで下手なことを言えば怪しいし変な疑いをかけられそうだし……どうすれば。

『1年4組の西園寺さん、1年4組の西園寺さん、至急生徒会室まで来てください。繰り返します……』

 この声は楯無さん? 助かった! さっきは場をかき乱す人種なんて酷いこと言ってごめんなさい!

「あ、呼び出しがかかったようなので行かないと……鈴ちゃん、ごめんなさい。また今度、ね。薫子さんも申し訳ありませんが今日のところは失礼しますね。それから織斑君のことは誤解ですからね!」
「あ、ちょっと紫音さん!」

 僕はそのままその場を抜け出す。さすがに呼び出しの効果があってか無理に止めるようなことはしなかったが、鈴さんの呼ぶ声は聞こえてきた。ごめん、鈴さん。また今度ゆっくり話そう、誤解も解かないといけないし。

 命拾いした僕は未だ収まらない心臓の鼓動を落ちかせつつ生徒会室へと向かう……途中で楯無さんに捕獲されて部屋に連れ込まれた。生徒会室にいるんじゃなかったの!?

「た、楯無さん。生徒会室で何かあるんじゃ?」
「いや、別に何もないわよ? なんだか食堂でヤバそうな雰囲気だったから呼び出しかけただけよ」
「……はぁ~、助かった。本当にありがとう……」

 タイミングが良すぎると思ったけどそういうことだったのか……。あれ? でもなんでわかったんだろ? あの場にはいなかったと思うんだけど……さすがにいたら目立つ人だから見逃すはずはないし。

「なんでって顔してるわね。生徒会長権限で学校のあらゆる監視カメラは生徒会室から音声付で見れるのよ。どこにスパイや亡国機業が紛れ込んでるかわからないしね。まぁ、いつも見てるわけじゃなくて今日は転校生なんてのがいたからたまたま、ね。ちなみに呼び出しも生徒会室からできるわよ」
「そうだったんだ……」

 楯無さんのやってることにいちいち突っ込んでたらキリがないけど、今回ばかりは本当に助かった。あのままだったら逃げ出せたとしてもかなり不自然な形になっていた。
 だからといって解決したかというとそんなことはなく、ただの先送りに過ぎないのだけれど。

「それにしても、まずいわね」
「やっぱりそう思う?」

 そう、これが鈴さんだけとのやり取りだったら別に問題はなかった。なんとでもやりようはあったのだけれど、よりにもよって……。

「薫子ちゃんに変な興味を持たれたのはまずかったわね、さすがに無茶なことはしないだろうけどどんな記事書かれるかわからないわよ」
「そう……だよねぇ」

 今までがうまくいき過ぎていた。遅かれ早かれ、こういう事態にはなっていたのかもしれない。
 逆に、ここを上手く乗り切ればやりやすくなる。一度疑われたものを払拭できれば二度目はそうは疑われないはずだから……でも納得させるにはどうすればいいだろうか。

 楯無さんとも対策を練りながら、僕は一晩中頭を悩ませることになった。
 薫子さんのことだ、早ければ明日にでも動き始めるだろうから。



 そして翌日、その悪い予感は的中することになった。


 

 

第二十八話 ジャーナリズム

 薫子さんに目をつけられる、という厄介なことになってしまった翌日。
 いくつか対応策はあるものの実際にどれを実行するかについては決めかねていた。

 一番無難なのは傷があって見せたくない、といった言い訳だろうか。女子なら説得力のある理由になると思う。
 ただ問題もあって、一つはどうやって信じさせるか。まさか本当に傷をつける訳にもいかないから、言葉だけで信じてくれればいいけど、駄目なら特殊メイクか何かをする必要がある。
 加えて、この嘘を吐くのはちょっと後ろめたい気がする。間違いなく気まずいことになるからだ。もちろん、人の秘密を探ろうとする薫子さんに対して思うところがない訳ではないけど、僕の場合は本当に知られたらまずい秘密を抱えているだけにどうしても罪悪感を感じてしまう。

 しかし、僕は薫子さんを甘く見ていたのかもしれない。そんな罪悪感など吹き飛ぶほどに、彼女は精力的に動いていた……。

「で、これが発行前に差し押さえた記事よ」

 僕は楯無さんに呼ばれて彼女の部屋にいた。
 どうやら既に記事を書き上げていたようで、それを察知した楯無さんが生徒会命令で差し押さえたらしい。薫子さんは断固拒否したようだけど、部長に予算減額をチラつかせたら部員全員が敵に回ったとのこと。相変わらず手際がいいというか……。

「はぁ……昨日の今日で仕事が早いね……でも助かったよ、ありがとう楯無さん」
「ま、私も共犯だしね。それに今回のことはちょっと目に余るし……まぁ、見てごらんなさい」

 そう言って、楯無さんは僕に記事の原稿を渡してくれた。

「えっと……」

 そこには『学園で一二を争う有名人、西園寺紫音の謎に迫る!』という題名で僕が人前で着替えをしなかったり、大浴場を使用しないことについて大げさに書きたてており、その後にいくつかの予想が書かれていた。

 ①実はあの胸はパッドである

 惜しい! ほぼ正解。オーバーテクノロジーな気がするシリコンパッドだけど。

 ②実は男である

 正解だよ! ってなんでさ!? いや、確かにそうなんだけどどういう発想でそこに行きつくんだ……いや、織斑君という男性操縦者が現れた以上あり得ないことじゃなくなったんだろうけど。

 ③実は生えてない

 何が!?

 その後も読んでいて頭が痛くなるような内容が続いていた。

 そもそも、この学園の新聞部は基本的に事実に基づいた記事を書いており生徒や先生の信頼も得ていた。その中で去年から新コーナーとして定着しているのが薫子さんが担当しているゴシップ記事で、僕のこともここで書かれている。 
 このコーナーだけは暗黙の了解というのか、脚色や捏造を前提として書かれていることが周知されている。その上で面白おかしく記事を書くのが薫子さんだ。
 つまり、薫子さんも本気でやってる訳でなく読んでいる人も信じる人はまずいないといった代物だ。だからといって許容できることではなく、困ったことに真実も紛れ込んでしまっていた。

「はぁ……なんでこんなことに」
「まぁ、ここに実は男でしたなんて書かれたってことは、それだけあり得ないことだって認識されてるってのがせめてもの救いね」
「喜ぶべきか悲しむべきか……」

 さすがに素直に喜ぶ気分にはなれないよね。

「ともかく、薫子ちゃんにはお仕置きが必要ね……」
「うん……さすがに今回は度が過ぎてるね。ちょっと引け目があって迷ってたけど、やっぱり傷があるって方向にするよ」
「そうね、気まずいことになるだろうけどいい薬になるでしょ」
「場所は脚の付け根あたりってことにしようと思ってるんだけど」

 一番悩んだのは場所だ。お腹あたりにしようと思ったけれど、何かの拍子に見られる可能性もあるし今後の選択肢も限られてしまう。そこで考えたのが太もものあたりだ。
 そもそもこの辺りは、見られた場合男であることが見破られる可能性があるから常に隠している部分だ。僕が普段着ているISスーツも、当然ながら一般的なレオタードのようなものではなく、セパレート型となっていて下はスパッツのような形だ。おかげで太ももあたりは隠れていたから今回の言い訳の信憑性も増す。
 
「ん、それなら今まで着てるISスーツとの整合性ともとれるわね。それでいきましょうか。で、どこまでやるかだけど……私としてはとことんやってお仕置きした方がいいと思うんだけど?」

 なにやら楯無さんがいい笑顔になっている……こうなったときの彼女は止められない。

「はぁ、やり過ぎない程度にお願いします」
「ふふ、了解よ。あとはまかせなさいな」

 あぁ、本当にいい笑顔だ。なんだか目的がすり替わってる気がする。
 こうして、違う不安が湧き上がるものの彼女に任せることになったんだけど……

「ちょ、ちょっと楯無さん!?」

 僕は今、以前着ることのなかった束さんから貰った水着を着ている。当然女性物だ。
 パレオを巻かなくてもパッと見ではわからないけど、さすがによく見るとちょっと不自然になってしまう。 
 最悪水着を着ることになった場合はパレオは外さずに行動するつもりだった。

 それはさておき、いま楯無さんは僕の前で屈んでいる。そして僕の腰や太ももをペタペタ撫でまわしている。

「ほんとに細いわねぇ。さすがにサポーターのせいでちょっと不自然さはあるけど、そう思って見なければなんとかなりそうね」
「さすがに恥ずかしいんだけど……」

 見た目はビキニだけど、その下は胸で使われているものと同じ素材のサポーターで覆われている。要はISスーツと同じようにスパッツ型に近いんだけど、肌のように見える形になっている。
 それでもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。そもそも、女性物の水着を当たり前のように着ているあたりもう僕はだめかもしれない。

 そもそも何で着ているのかというと……。

「さて、もともと下地があるからこの肌部分を加工して傷に見えるようにしましょうか。水着部分は別々になってるみたいだし、代わりに下着を着れば普段着でも大丈夫でしょ?」

 と、いうことらしい。あれ? でもこれって……。

「ねぇ、だったら別に着なくてもよかったんじゃ?」
「……実際に着た状態で調整するのも大事なのよ」
「ちょっと、僕の目を見て話してよ!?」

 どうやら面白半分らしい、はぁ。

「ところで、普段はISスーツ着てるからいいとして着てなかったときはどうしていたの? 女性物の下着そのままつけてたの?」
「いや、トランクス穿いてたけど……」
「……さすがにそれはどうかと思うのだけど」

 確かに迂闊だったかもしれないけど僕が女性物の下着そのままつけてたらそれこそ変質者じゃないか! 譲れない一線があるよ、僕でも。もう何歩か踏み切っている気がしなくもないけど気のせいさ!

「まぁ、今後何があるかわからないからスーツかサポーターは必ずつけておきなさい。今話題のお姉さまがトランク穿いているなんて知れたらそれこそ大騒ぎよ……一部喜ぶ子はいるかもしれないけれど」
「そ、そうだね。気をつけます」

 うん、ISスーツを必ず常時着用しよう。

「さて、終わったわよ」

 そう言われて見てみると、僕の太ももには火傷の痕のようなものが広がっていた。やけにリアルで不快感すら感じてしまう。

「なんでこんなにリアルなの?」
「あら、暗部ともなればこれくらいのメイクは日常茶飯事よ。当主とはいえ、一通りはできるようになってるわ」

 何故楯無さんがこんな技術を持っているのか不思議になって聞いてみたらそんな答えが返ってきた。なるほど、理に適っている。てっきり面白半分や悪戯目的で覚えたのかとおもってた、ごめんなさい。

「あ、なんか失礼なこと考えてるわね? 確かに変装したりして抜け出したり悪戯したりしてるけど」
「はぁ、してるんだ」

 やっぱり楯無さんは楯無さんだった。心の中とはいえ謝って損したかも。



「ちょ、ちょっとなになに? 記事を差し押さえただけじゃなくてこの仕打ち、どういうことなの?」

 その後楯無さんは生徒会室へと薫子さんを呼び出し、楯無さんの部屋へと今度は三人で向かった。薫子さんは特に悪びれる様子もなく少し不機嫌そうに抗議をする。

「薫子ちゃん、さすがに今回の記事は看過できないわ。これは生徒会というより個人的にね。あなたの今までの記事は誰も傷つけることはなかったから問題なしとしてたけど、今回ばかりはそうはいかないわ」
「……それは紫音ちゃんにやっぱり何かしら秘密があるってこと?」

 楯無さんが珍しく……といったら失礼かもだけど、真面目な様子で薫子さんに話しかける。そこから何かしら察したのか、薫子さんもそれに応じながらチラリとこちらを窺う。

「そうですね、私としても出来れば話したくない類のものなので……。とはいえ、このままだと薫子さんも納得できないでしょうからこうして来て頂きました。ここなら他の方に聞かれたり見られたりする心配もありませんので」

 僕が一通り話すと、薫子さんは複雑そうな顔になっている。僕の抱える秘密に対して興味があるし、それを教えてもらえることに対して嬉しい反面、僕らの口ぶりからそれが厄介なものであることを察したようだ。

「……わかったわ。ここで見聞きしたことは口外しない。もちろん、犯罪の類の場合には約束できないわよ」

 その薫子さんの言に僕は思わず苦笑してしまう。今から話すことは偽りの理由だけど、本当の僕の秘密は犯罪と言われても仕方ない部分がある。

「えぇ、それはご安心ください。私がみなさんと着替えられなかったり、お風呂に入れないのは……傷があるからなんです」
「なっ!?」

 そう言いながら、僕はスカートを捲し上げる。こんなことを考えている場合じゃないんだけど、なんだかこの行為がイヤらしい感じがする。僕の方を見て絶句している薫子さんの後ろでは楯無さんがニヤニヤしている。静かに取り出した扇子には『扇情的』と書かれている。大きなお世話だよ!

「ご、ごめんなさい! 私、まさかそんな理由があったんて知らなくて……」

 楯無さんに気を取られていたけど気づけば薫子さんは青ざめたような顔になっている。すぐにハッとしたように僕に謝ってきた。

「いえ、こちらこそ黙っていてごめんなさい。傷があるなんて言い出すのも気が引けますし、逆に皆さんに見せても気を遣わせてしまうので……」
「ううん、そんなこと当然よ。まさか紫音ちゃんがそんなこと抱えていたなんて思いもよらなくて……だっていつも明るくて笑顔で、微塵もそんなことを感じさせなくて……。でも、紫音ちゃんだって事故に巻き込まれたり、大変だったんだよね。そんなことにも気付かないで……うぅ、私は……」

 よっぽど傷痕が衝撃的だったのか、そのまま彼女は泣き出してしまった。ここまでショックを受けるとは思っていなかったから、僕も少し後ろめたい気になってしまう。とはいえ、このままでは彼女も遅かれ早かれ誰かを傷つけることになってたかもしれないから、いい機会かもしれない。

「その様子だと心配ないだろうけど、もしこれを口外するようなら私としては黙っていられないんだけど?」「い、言えるわけないじゃん! う、私はそれを面白半分で記事にしようとしちゃったのよね……ってかたっちゃんは知ってたんだ?」
「同室だったしね。ま、薫子ちゃんも最近は暴走気味だったから丁度よかったんじゃない? あなたの記事はウケもいいんだから、人に迷惑のかかる捏造や興味本位の取材はほどほどにしておきなさい」

 その後ひとしきり泣いて落ち着いた薫子さんは、もう一度僕に謝ると部屋を出て行った。その際に僕が気にしていない旨を伝えるといつもの笑顔に戻っていた。

「ふぅ、ありがとう、楯無さん」
「いいえ、実は薫子ちゃんのインタビューに対する苦情が生徒会にいくつか来ちゃってたからね。いい口実にさせてもらったわ。ま、彼女なら実力はあるんだしいい新聞記者になるでしょ」
「え~、ダシにされたのか僕は」

 本当に心配してくれて手を回してくれたのはわかるけど、そう言われたままなのも癪なのでいじけた素振りをしてみる。

「ふふ、そんなにいじけないの。そのくらいのつもりでいたほうが罪悪感も湧かないでしょ」
「ん、そうだね。ありがとう」

 本当にこの人はよく見ているな、と思う。おどけて見せていても、彼女の言動の一つ一つに意味があって考えてのことなんだってわかる。
 ……もっとも、本当にただ純粋に遊んでるだけのこともあるんだけどね。

 僕はもう一度お礼を言って、今日のところは部屋に戻ることにした。
 その途中、予期せず鈴さんと鉢合わせをした。気のせいか、どこか気まずそうに見える。まさか薫子さんが話すとは思えないから、その件ではないと思うんだけど……。

「あ~、紫音さん。さっき昨日の……えっと確か黛先輩? にすれ違ったんだけど、様子がおかしかったのよ。もしかして昨日の件?」
「えぇ、彼女には話したの」

 なるほど、話した訳ではないけど薫子さんの様子を見て察したようだ。部屋を出る前は笑顔を見せてくれていたけど、やっぱりそうそう切り替えられるものではなかったらしい。とはいえ、昨日の件を知っているのは彼女と鈴さんだけだから問題になることはなさそうだ。

「そっかぁ、あの先輩の様子だとあまり人に話せることじゃないのね。もちろん私には……」
「えぇ、ごめんなさい。彼女にも話すつもりはなかったのだけれど、事が大きくなりそうだったから。鈴ちゃんにも……今はごめんなさい」
「ん、いいわ。気にしないで、でもいつか話していいと思ったら話してね」

 もう少し探ってくるかと思ったけど、予想に反して彼女の反応はあっさりしたものだった。

「あ、そのかわりといってはなんだけど部屋に行ってもいいかしら?」
「え? えっと……」

 彼女からの突然の提案に言葉が詰まる。特に予定はないから、彼女と話す分には問題ないのだけれど……部屋には恐らく簪さんがいる。整備室にいる可能性もあるけど、いつものパターンだとこの時間は部屋で作業をしていることが多い。

「あ、もしかしてルームメイトがいる? あたしは別にいても構わないんだけれど……」

 さて、どうしたものか。あまり僕が彼女と不仲だと思われるのも困るけど、そもそも簪さんがどういう反応をするか。今のところクラスでも友達らしい友達ができていないし、孤立している状況だ。やっぱり人見知りが激しいのがネックだし、そもそも自分の作業に没頭するあまり周りを避けている傾向にあるのが原因だろう。
 なら、鈴さんの持ち前のアグレッシブさは彼女にもいい方向に働くかもしれない。それは、僕としても簪さんとの関係を改善するきっかけになる。

 そんな打算的なことを考えながら、僕は彼女を部屋に招待することを決める。

「えぇ、恐らくルームメイトがいると思うけれど、鈴ちゃんが構わないならいらっしゃい。ただ、ちょっと人見知りが激しい子だから……。私もまだ打ち解けられていないのよ」
「ふ~ん、どんな子なのかしら。まぁ、行けばわかるわね。じゃ、行きましょ!」

 行けば僕らの微妙な空気はすぐにバレるだろうから先に話しておくことにした。あとは流れと鈴さんに期待しよう……もちろん僕も改善の努力はするけど。
 ところで鈴さんも何か話したいことがあるのかな、また織斑君絡みだろうけど面倒なことじゃなければいいな。

 若干失礼なことを考えつつもすぐに僕の部屋の前にたどり着く。

「少し待っていてちょうだい、一応ルームメイトにも許可をとるから」
「ん、わかった」

 部屋の前で鈴さんを待たせて、先に部屋に入って簪さんに確認をとることにする。さすがに本気で嫌がった場合は無理やりという訳にはいかない。

「ただいま戻りました。あの……更識さん、いきなりで申し訳ないのですが部屋にお客さんをお入れしてもいいでしょうか?」

 予想通り、簪さんは部屋でディスプレイと睨めっこしていたので恐る恐る声をかける。
 ちなみに口調に関しては基本的に今まで通りだ。鈴さんと二人きりの場合は慣れる意味も含めて砕けて話すのは続けようと思う。でも、普段から使い分けるのも大変だしあの口調を使う場面は限られるだろうな、自分でも違和感あるし。
 ……あぁ、僕のことをお姉さまって呼ぶ子たちにはあの口調が喜ばれるんだろうか。うん、やっぱりなるべく普段の口調にしよう。まぁ、もしお願いされたら断りきる自信がないんだけど……。

 でも、鈴さんに諭された心構えについては忘れないつもりだ。口調云々は結局きっかけや外面的なものにすぎないのだから。

 さて、そんな決意と共に久しぶりにまともに彼女に話しかけたのだけれどその反応は酷いものだった。こちらを向いた顔はあからさまに嫌そうな表情をしている。しばらく間があるのはどうしたものか考えているのだろう。

「……はぁ、好きにしてください」

 そんな表情にめげずにニコニコと笑顔でいたら、彼女も抵抗は無駄だと思ったのかため息とともに許可をくれた。まったく歓迎はされていないのは間違いないけれど。

「もう、そんな顔しなくてもいいじゃないですか。ふふ、いい子だから安心してください……鈴ちゃん!」

 さっそく、部屋の外で待たせてしまっている鈴さんに声をかける。

「お邪魔しまーす。ん、あなたが紫音さんのルームメイトね。初めまして、2組の凰鈴音よ。中国の代表候補生で専用機持ちね」
「……更識簪」

 代表候補生と専用機という部分に反応していたのが見て取れた。自分もそうであるというのを告げなかったのは、いまだ完成しない専用機に引け目があるのかはたまた面倒だっただけか。

「ん、よろしくね、簪。あたしのことは鈴でいいわ」
「……」

 あまりに強引な鈴さんに簪さんも少し引き気味だ。何か言いたそうにこちらを見ているけど敢えてここはスルーする。鈴さんも彼女が人見知りするのを知って、わざと強引に自分からいっているのかもしれない。

「ところで更識ってもしかして?」

 その鈴さんの言葉に再び簪さんの表情が不機嫌なものになり、黙り込む。僕はすぐに鈴さんに目配せしたら、どうやら彼女も何やら察したらしい。大雑把に見えて、意外と彼女はこのあたりの機微には敏い。

「まぁ、どうでもいいわね。あなたが代表の妹だろうが会長の妹だろうが関係ないわけだし」
「えぇ、そうですね」

 僕らがそう言うと、今度は驚いたような表情になる。最近気づいたのだけれど彼女は普段は無表情に見えて、実はけっこう表情豊かだったりする。いや、すぐ顔に出るというのが正しいか。楯無さんなんかよろこんでかまいたがるだろうなぁ……ってもしかしてそれも不仲になった原因じゃないのかな? あの人たまに見境がないし。

「鈴ちゃんは先に席に座っていてくださいね。お茶の用意をしてきます」
「あ、お構いなくー」
「ふふ、そうはいきません。この部屋の初めてのお客様ですから」

 鈴さんには先に座ってもらい、自分は紅茶を淹れることにする。虚さんに淹れ方を教えてもらってから格段においしくなったと思う。とはいえ、彼女にはまだまだ及ばないのだけれど。今までは自分と、たまに簪さんに淹れるくらいだった。その時ばかりは彼女も反応してお礼も言ってくれるので数少ない二人のコミュニケーション手段だったと言える。

「お待たせしました」

 一応、簪さんの分も考慮して多めに用意して戻ると……既に簪さんが座っていた。何故か本人も呆けている。鈴さんが強引に連れ出して座らせたのだろうか、相変わらずこちらにむけて口をパクパクさせて非難めいた視線を送ってくる。

「ふふ、今日はせっかくのお客さんなんで付き合ってください。はい、どうぞ」
「ありがと」
「……」

 それでも僕の淹れた紅茶だけは気に入ってくれるのか、目の前にカップを置くと少しだけ表情が和らいだ気がする。

「ところで、口調は戻したの?」
「えぇ、鈴ちゃんと二人きりのときはあのままでもいいと思いますが。ただ、口調は変えなくても要は私の気構え次第だとわかりましたので。それに……私のあの話し方が騒動の種になりそうな気がしましたので」
「あ~、もしかしてあのイギリスの代表候補生みたいに紫音さんのことお姉さまって言ってる連中?」

 一応は言葉を濁したものの心当たりがあったのかまさに図星をついてきたので、僕は思わず苦笑する。それを肯定ととったようで彼女もそのシチュエーションを想像したらしく顔を顰めた。

「昨日もすごい剣幕だったわよ。『お姉さまを侮辱するのですか!』って」

 オルコットさーん!? 僕の知らないところで、僕のことで喧嘩するのは止めてほしいんですけど!

「まぁ、でもわからないでもないけどねぇ。なんていうか紫音さんって頼りになるお姉さんみたいな雰囲気が確かにあるし」

 本当はお兄さんだけどね。それを楯無さんに言ったら、僕の性別を知ったうえで見てもやっぱりお姉さんだって言われたけど……うぅ。

「簪もよかったわね、実家でも部屋でも頼れる姉がいるようなもんじゃない。羨ましいわよ」
「……羨ましい?」

 僕らの話についていけなかったのか、ただ紅茶を飲んでいた簪さんが急に話を振られて戸惑っている。カップの中身が空になっていたのでこの隙におかわりを用意する。

「……どうも」
「そ、こんな気が利くし美味しい紅茶淹れてくれるお姉ちゃんだったらあたしも欲しいわよ」

 少し気が緩んだのか僕にも素直にお礼を言ってくれる。そんな些細なやり取りでも嬉しい。

「それに、実の姉はロシア代表で生徒会長でしょ? 勉強もわからなければ教えてもらえるし、操縦だってそう。恵まれてるわよ?」
「そんなこと……ない。いつも比較されて……だから自分の力で追いつかないと」

 簪さんの表情は暗い。やはり楯無さんに対してコンプレックスを抱いているようだ。いや、確かに楯無さんはシスコンだけどそっちの意味ではなく純粋に劣等感という意味で。

「何も一人の力だけで追いつく必要はないのではないですか?」
「才能のある人にはわからない」

 言葉を挟むべきか迷ったけれど、彼女には伝えたいことはいっぱいあったし受け身になるだけは止めたばかりなので、思っていたことを話すことにする。
 彼女も棘はあるもののしっかりと言葉を返してくれる。このやり取りすら今まではなかったのだから、それだけでも前進だと思えた。

「私に才能があるかはさておき、更識さんにそう言って頂けるということは少なからず認めていただけているということですよね? そんな私も一人の力ではなく、楯無さんをはじめとする友人達やそれ以前にここに来る前に出会った人たちがいなければ今の私はありませんよ」

 そもそも束さんに出会わなかったら、間違いなく僕は歪んで育ったという確信がある。今も楯無さんや千冬さんに支えられてこの信じられない生活をなんとか過ごしているし、本音さんには癒されたし鈴さんには大事なことを教えてもらった。フォルテさんには……笑いを、じゃなくて笑顔を貰った。
 
「更識さんが自分の専用機の開発に専念しているのは知っていますが、それも一人でやる必要はないのでは? もちろん、今この学園で整備関連を頼める人は限られています。でも、楯無さんに頼むのは無理でも……例えば虚さんは整備科の主席ですよ。私だって諸事情でISの整備開発には詳しかったりしますので、お力になれる部分もあります。更識さんさえ手を伸ばせば……差し出される手はあるはずです。だから、どうか一人で抱え込まないください」

 これまでどうしても伝えたかったことを言い切った。何度、無理やりにでも手伝おうと思ったことか。でも、それではなんの解決にもならない。だからこそ、彼女のほうから頼ってほしかった。でも、今までの状況では彼女が頼ってくるわけがない、なら考え方を変えてもらうしかない。

 それに対して、簪さんは俯いて黙り込んでしまった。鈴さんもここでは言葉を挟んではこない。

「……考えさせてください」

 やがて、一言そう言い残して立ち上がった。すぐに背を向けてそのまま立ち去ろうとする。
 僕らも彼女が考えると言った以上、それ以上は何も言えないので黙って見守ることにした。
 
「お茶、ご馳走様でした」

 しかし、一瞬立ち止り、振り返りそう言った彼女の表情は、僅かに、ほんの僅かに微笑んでいるように見えた。僕の気のせいかもしれないが、彼女の心境になんらかの変化があったのは確かだろう。

 思わず鈴さんと見合わせて、自然と僕らも笑顔になった。
 

 

 

第二十九話 疑念

「無表情な子だと思ったら、あんな顔もできるんじゃない」

 一瞬だけ見せた簪さんの表情、笑顔に見えたのは僕だけかと思ったらどうやら鈴さんにもそう映ったらしい。ただ、それがそのまま簪さんの考え方を変えたとは思えない。
 僕が思っていた以上に、彼女の抱えているものは大きいのかもしれない。でも少しは近づけたのは確かだろう。

「あれで意外と感情豊かなの……笑っているところは初めて見た気がするけれど」
「へぇ」

 鈴さんとは出会って間もないのに本当に世話になりっぱなしだ。もしかしたら本人はそんなつもりないのかもしれないけど、自然と僕に影響を与えてくる。
 そういえば、楯無さんともそうだったな。

 そんなことを思いながら鈴さんを見ていると、なぜか急に赤くなって目を逸らされてしまった。

「な、なんでこっち見たまま黙ってるのよ! あなた女の私から見ても綺麗なんだからそんなに見つめられると恥ずかしいじゃない」
「ふふふ、ごめんなさい。ただ、鈴ちゃんには感謝しないと、と思って」

 綺麗だって言われるのには未だに一言物申したいけど、そこはもうスルーする。
 それよりも、僕は素直に鈴さんにお礼が言いたかった。

「べ、別にお礼言われることなんてしてないわよ? あたしだって転校初日に会えたのが紫音さんでよかったと思ってるんだし」
「なら、お互い様かしらね」

 そう言いながら、僕らは笑い合う。
 僕の去年の出来事などを話せる範囲で話したり、鈴さんのことについてなどを聞いたりして過ごした。
 特に織斑君と同じ学校に通っていたころの話になると以前話した時と同様に活き活きとしていた。途中で再び僕が織斑君のことどう思っているのか、というような話になり肝を冷やす場面もあったけれど必死に誤解を解いて事なきを得た。まだどこか疑っている風ではあるけれど……。

「はぁ、でもこっち来てから会いに行く度に篠ノ之博士の妹がいっしょにいるのよねぇ。たまにイギリスの代表候補生もいるし。いくらクラスメイトで幼馴染だからって一緒にいすぎじゃない? なんで朝食や夕飯まで一緒にいたりしてるのよ」

 どうやらなかなか二人で会えないらしい。先ほどまでとは打って変わって不満げな表情で話し始める鈴さん。
 確かにあの二人はよく一緒にいるね。どちらかというと箒さんのほうが織斑君に依存しているように見えるけど、織斑君もこんな環境では幼馴染の存在は少なからず助かっているのも事実だろう。でも、そういう意味なら鈴さんも同じ立場になれる可能性はある訳だ。とはいえ……。

「オルコットさんはさておき、篠ノ之さんの場合は入学当時から一緒にいることが多かったわね。でも仕方ないんじゃないかしら。女の子ばかりの環境で、唯一の幼馴染だったのだし。それに同室……あ」

 僕は自分の失言に気付くも既に時遅し、さきほどまでの空気が一変して張りつめたものになっていた。

「いま……なんて?」

 低く、重くなった鈴さんの声が聞こえてくる。いつの間にか僕の肩が両手でつかまれていた。
 に、逃げられない。

「え、えっと……」

 もしかしたらと思ったけどやっぱり鈴さんは、織斑君が箒さんと同室ということは知らなったらしい。いや、そもそも女生徒と同室だということすら想像していなかったのではないだろうか。
 どちらにしろすぐに知られることになっただろうけど、彼女が自然と知ることと僕の口からその事実が知らされるのでは大きく違う。簡単に言えばドタバタに巻き込まれたくない!
 いや、鈴さんの力にはなってあげたいと思うけどそれとこれとは違うよね? ね?

「紫音さん……?」

 鈴さーん!? 瞳孔が開き始めてるよ! って、ちょっと肩を掴む力を強めないで!
 このままでは巻き込まれる前になんだか鈴さんが危険な気がする、織斑君ごめんね!

「え、えぇ。どうもいつもより入学生が多かったとかで寮の部屋が足りなくなったみたいなの。部屋の都合がつくまでは家から通うという案もあったみたいだけれど、安全確保上入寮は急務だったみたいで半ば強引に。箒さんが選ばれたのは幼馴染だから幾分マシだろうという判断みたいよ」

 保護対象をひとまとめにしたいという思惑もあっただろうけれど、あくまで僕の予想に過ぎないので敢えて口にはしない。

「そう、幼馴染ならいいのね」

 どうやら正気に戻ったような気はするのだけれど、何やら聞き捨てならないことを言っている。
 何がいいというのか。

「鈴ちゃん?」
「紫音さん、お茶ご馳走様! ちょっと引っ越ししてくる!」
「り、鈴ちゃん!?」

 その行動は予想外! というかアグレッシブ過ぎでしょう。いくら鈴さんも幼馴染だからってそんな勝手に部屋の移動が許可されるとは思えないんだけど……なんといっても寮監は千冬さんなんだし。
 
 止める間もなく鈴さんは鬼気迫る勢いで部屋を飛び出して行ってしまう。
 僕は茫然としつつもできることは何もない、と織斑君の無事をただ祈るばかりだった。

 しばらく後、予想通り修羅場と化した織斑君の部屋には人だかりができていた。
 箒さんが鈴さんに竹刀で殴りかかったのを部分展開で防いだりといった危険な一幕があったようだけれど、結果としてすぐに鎮静化されたらしい。

 え、なんで知ってるかって? 千冬さんに折檻された鈴さんから僕の部屋で延々と愚痴られたからね……。そのせいで寮の消灯時間をオーバーしてしまい、何故か部屋にやってきた千冬さんに再び捕まったのだけれど……僕まで巻き添えでね!
 簪さんなんか僕らが話してるときは聞き耳たてていたのにいざ千冬さんに見つかったら寝たふりして逃れるし……。
 でもまぁ、誰かと一緒に先生に怒られるなんて普通に考えたら遠慮願いたいけど、不思議と嬉しくなっている僕がいた。しばらく忘れていた当たり前の学生生活を再び鈴さんに教えてもらえた気がする、そんな夜だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 鈴さんと会ってからめまぐるしく周囲の環境が変わったと思うのだけれど、実際に変わったのは僕の心持なのだろう。実際、周りの人達の接し方はそう変わっていない。簪さんの反応が少し柔らかくなったかもしれないけれどそれぐらいだ。相変わらず僕はクラスでは浮いている方だし、友人が増えた訳でもない。
 それでも、僕にとってはいくらかクラスの居心地がよくなったように思える。僕が気にしないで話しかければ、返事をしてくれない訳ではない。コミュニケーションをとろうと思えばいつでもとれたんだ。
 少しずつでも前進すれば、いつかは垣根もなくなるだろう、そう思えた。

 そんなこんなで、鈴さんに関わって数日の激動ぶりとは打って変わり千冬さんの説教を受けた日から数日、平和な日々は続いた。
 鈴さんは相変わらず織斑君を巡って箒さんと小競り合いを繰り広げているらしいけど……。オルコットさんとは決闘云々になってるみたいだし、というか後から経緯を聞いたら発端が僕らしいんだけどどういうこと!?

 はぁ、僕としてはどちらも応援したいけれど関わると碌なことにならない気がするから敢えて中立を維持させてもらうことにしよう。
 だから、という訳ではないけれど簪さんを陰ながら応援したい。クラスメイトだから応援するのは当然だし個人的にもやはり気になる。例え、本人に歓迎されなかったとしても、ね。

 彼女の専用機である打鉄弐式は未だに未完成でクラス対抗戦には間に合わなかった。幸い、今回は専用機による参加は認められていないのでそのことは関係なく、いい勝負になると思う。
 直接彼女が操縦しているところを見る機会はほとんどなかったけれど、楯無さんが太鼓判を押すくらいだからオルコットさん達ともまともに戦えるんじゃないだろうか。

「ほら、もうすぐ簪ちゃんの試合が始まるわよ!」

 クラス対抗戦当日となり、今僕はアリーナの観客席にいる。隣には何故か楯無さんも。もうすぐ僕らのクラスと3組の試合……要は簪さんの試合が始まるとあって既に興奮気味だ。

「楯無さん……何故ここにいるのでしょう? 生徒会メンバーは周辺警備や来賓の案内などで外回りのはずでは?」

 今は一年生の試合のため、クラスメイトの試合がある僕や本音さんはともかくとして他の上級生の生徒会メンバーは仕事があるはず。
 にもかかわらず楯無さんは隣にいた。

「簪ちゃんの応援に決まってるじゃない」

 何を当たり前のことを言ってるの? といった顔で聞いてくる楯無さん。いや、そんなことは聞かなくてもわかっているんだけれど。

「そうではなくて、お仕事はいいんですか?」
「簪ちゃんの応援以上に大事な仕事なんてないわ」

 開き直った楯無さんにこれ以上言っても無駄なのはわかっているので、僕ももうなにも言わないことにした。まぁ、実際フォルテさん、ダリルさん、虚さんがいればなんとかなりそうな気はする。僕と本音さんがいないから人手の面では三人に負担が大きいのは間違いないけれど……。

 やがて会場に姿を現した簪さんと、3組のクラス代表。
 簪さんは当然というべきか、自身の開発中の専用機のベースとなっている打鉄を選択している。一方の3組のクラス代表、名前は……柊さんか。柊さんはラファール・リヴァイヴを選んだようだ。

 ここから見る限り、簪さんは落ち着いている……というか、僕としては今は隣の姉のほうに落ち着いてほしい。

「何言ってるの、簪ちゃんのデビュー戦なのよ!」

 これだもんね……。相変わらずナチュラルに僕の心の声を聴いているし。
 ともあれ、僕も少しドキドキしてきた。

 そして、試合開始の合図が鳴る。

 まず動き出したのは柊さん、アサルトライフルで射撃をして牽制をする。一方の簪さんも横に躱しながら汎用型機関銃を掃射して相手の動きをコントロールする。

 しばらくの間、射撃武器を使った追いかけっこのような形が繰り広げられたが時間が経つにつれてどちらが優位かがハッキリと分かれた。
 ほとんど被弾がなく無傷な簪さんに対して、直撃こそ少ないものの完全に躱しきれずに徐々に削られている柊さん。

 このままでは埒があかないと思ったのか、柊さんは突然地面に向けて掃射する。瞬間、凄まじい土煙があがり試合会場を包み込んだ。

 おそらく、それに乗じて一気に接近しようと思ったのだろうけれどこれは下策だ。
 ISに搭載されたハイパーセンサーは操縦者の力量に左右されるとはいえこの程度では誤魔化せない。そのため、むしろ熟練度の差がハッキリと出てしまうと言える。

「あの子……3組の子ね。名前を憶えておくわ。ふふふ……せっかくの試合を隠すなんて許せない」

 ちょっと楯無さん? いつかの鈴さんみたいに瞳孔が開いてる気がするんですけど!?

「お、落ち着いてください楯無さん! ほら、どうやら簪さんが勝ったみたいですよ!」

 しばらく銃の射撃音と金属同士がぶつかり合うような音が響いたあと、試合終了と簪さんの勝利が告げられた。やがて煙が晴れると相変わらず無傷で簪さんが浮いていた。対戦相手の柊さんは地面に蹲っている。

 いくらハイパーセンサーがあるとはいえ、あの状態でも攻撃を躱しきるというのは容易ではない。
 相手が入学したてでISを上手く扱いきれていなかったことを鑑みても、簪さんの力量はやはり楯無さんの見込み通りだったということだろう。さすがは楯無さんというべきか、妹のこととはいえよく見ているんだなと感心した。ただ、今の楯無さんを見ていると素直に褒める気になれないのは何故だろう。

「こんなところにいらっしゃいましたか、お嬢様」

 突如、落ち着いてはいるものの若干の怒気を含んだ声が聞こえてくる。
 その低く威圧感のある声に二人してビクッとなり、恐る恐る振り返るとそこには鬼……もとい、虚さんがいた。

「う、虚ちゃん?」
「お嬢様、試合が進むにつれて来場者も増えることが予想されます。簪様の試合が気になるのはわかりますが職務にお戻りください」

 よっぽど大変だったのだろうか、虚さんは有無を言わせぬ勢いだ。
 僕もこうしてここにいるだけに、少し悪い気がしてしまう。

「虚さん、でしたら私も……」
「紫音さんはこのまま簪様の応援をお願い致します。本音にもクラスの応援を許可しておりますので」

 気を回したのはバレバレみたいで、逆に気を遣われてしまった。
 虚さんは常々、普段の楯無さんでは考えられない簪さんに対する行動に頭を悩ませていたようで妹離れを望んでいた。自身も妹を持つ身で、何か思うことがあるのだろうか。

「だ、だったら私も……」
「お嬢様は仕事です」
「いや、しの……」
「仕事です」
「……」
「仕事です」

 これ以上は無駄だと思ったのか、楯無さんがこちらに向けて懇願の眼差しを送ってきたので僕は思わず目を逸らしてしまった。

「う、裏切ったわね紫音ちゃん!」

 楯無さんの叫びが徐々に遠ざかりながら聞こえてきて、再び隣を見たら既に姿はなかった。
 虚さんが連行したのだろうか。簪さんの応援は僕にまかせて成仏……じゃなくて仕事してください。
 あと、僕は裏切った訳ではないので人聞きの悪いこと言わないでください、どちらかというと虚さんに賛成です。

 一連の騒動のせいで途中の試合が全く観れなかったものの、観たかった試合はこれから始まるようだ。

 1組vs2組、オルコットさんと鈴さんの試合。どちらか一方を応援はできないけれど、二人とも頑張ってほしい、そう思いながら僕はこれから始まる試合にようやく集中することができる。

『お姉さまの素晴らしさ、今こそ証明してさしあげますわ!』

 ふと、頭の痛くなるような内容の声がアリーナ中に響き渡る。
 なぜか一部、周りの視線が僕の方に向いた気がする。こっちを見ないで……。

 気づけばアリーナ内ではオルコットさんが鈴さんに対して腕を伸ばし、まっすぐ人差し指を向けている。ビシッという効果音が聞こえてきそうだ。

『あ~ごめん、そのことなら謝る。紫音さんのISの実力わからないけれど、少なくとも挑発のダシに使ったのは悪かったわ。アンタの言う通り悪い人じゃないみたいだし』
『そ、そうですの? でしたら許してさしあげますわ。わたくしのこともセシリアとお呼びください、お姉さまの良さがわかる人に悪い人はいませんもの』
『そ、そう。ならあたしも鈴でいいわよ。もっとも、この試合に負けるつもりはないけどね』
「それはこちらもですわ!』

 何やら二人は盛り上がっているけれど、出来ればそういうのはプライベート・チャネルで話してくれないかな? 全部オープン・チャネルで駄々漏れなんだけれど。
 僕の個人名が出たせいでさっきまでは疎らだった僕への視線が激増している。

 あまりに居心地が悪くなってしまい、もうすぐ試合が始まるにも関わらず僕は席を立ちこの場を後にした。
 さすがにあの状況では僕も周りのみんなも試合に集中できないので、残念ではあるけどモニターで観戦ができる場所を探すことにする。

 もう試合は始まっているだろうから急いでモニターが設置されている場所を小走りで目指すものの、すぐにそれは中断させられた……会場全体を揺るがすような衝撃とけたたましいアラーム音によって。

 明らかに異常な状態。気づけば通路の各部に非常用の障壁が下りており、完全に閉じ込められてしまった。

『楯無さん、何があったの!?』
『侵入者よ、正体不明のISらしきものが数機学園に入り込んだわ! 生徒会でも対処にあたっているけど一機アリーナ内に入り込んでるの。こちらも対処次第向かうけど、それまでお願いできるかしら?』
『わかった、ありがとう。僕はアリーナ側の対処にまわるよ』

 プライベート・チャネルで楯無さんと連絡をとると、知らされたのは侵入者の存在。自然と去年の亡国機業による襲撃を思い出す。
 とはいえ、正体がわからない以上相手を断定するのはよくないと思い直し、周囲の状況を確認する。対処するにしてもまずはここから出なくてはならない。

 ふと、ちょうどこの通路はピットへの入り口前だったことに気付いた。ここからならアリーナ内に戻れるかもしれないと思い、さっそく扉の前まで移動する。しかしやはりというべきか、完全にロックがかかっており開く気配はない。

 仕方がない、と僕は端末を取り出して扉にある認証装置へと繋ぐ。

 そのままシステムに干渉することでロックの解除を試みるも、違和感を覚えた。
 現在のアリーナの警戒レベルが最高になっているのだけれど、ところどころ外からの干渉を受けているのか正規の対応になっていない。通路がロックされているのもその一つだ。この状態では客席の人も身動きがとれないのでは……。

 一刻を争う状況を悟った僕はそのままシステムの一部の乗っ取り、扉を解除して部屋に飛び込む。

 すると、何故か織斑君と箒さんが正座させられて千冬さんに説教されていた。その横では山田先生がオロオロしている。

「織斑先生! えっと……これは?」
「西園寺か、いや気にするな。状況を弁えず飛びだそうとした馬鹿どもに説教しているだけだ」
「ち、千冬姉! 俺は」
「黙れ、侵入者は奴だけではないのかもしれんのだぞ? 加えて素人に毛が生えた程度のお前が向かって何になる。そもそも隔離されたこの状況でどうするつもりだった?」

 どうやら考えなしに出ていこうとして怒られているらしい。
 緊急事態のはずなのになんだろう、この状況は。

「だいたい……ん、待て西園寺。どうやってここに入ってきた」
「あ、はい。たまたまピット前にいたので扉をその……弄って開けて入ってきました」

 仮にも教師に向かって学園のシステムにハッキングしましたとは言いづらく、言葉を濁してしまう。
 僕の言葉に織斑君と箒さんは信じられないものを見るような目でこちらを見ているが、何故か千冬さんは口元を釣り上げた。

「ふふ、そうか、そうだったな。西園寺、状況は理解しているな?」
「はい、侵入者がいると。生徒会も対処しているそうですが一部がアリーナ内に入ったと聞いています」
「うむ。オルコットと凰の試合中に乱入したアンノウンはアリーナのシステムに干渉、障壁シールドもレベル4となり扉も全てロックされた。現在両名はアンノウンと好戦しているが、状況は芳しくない。三年がシールド解除のためにシステムクラックを実行中だが……頼めるか?」

 見れば、モニターでは手が長い、巨大な全身装甲型のISらしきものと二人が戦っているのが映っている。戦っているとはいえ、二人がかりでも防戦一方だ。これが専用機ならなんとかなったのかもしれないけれど、見た限り慣れない訓練機でどうにかなるとは思えない。

 今も二人で戦っているということは、障壁が邪魔をして外から手が出せないのだろう。と、いうことは千冬さんが言いたいことは僕にその障壁を取り除いてほしいということだ。

「わかりました、やってみます」
「ここからならこのアリーナ全体にアクセスできるはずだ、頼んだぞ」

 すぐさま僕は近くの端末に移動して、ハッキングを開始する。
 次々に流れてくる膨大な情報を処理しながら僕は驚愕する。こちらが対処した部分がリアルタイムで次々と書き換えられていた。

 僕は悲しいことに、ハッキング技術には自信があった。自分が望んで身につけた技術ではないし、誇れるものではないけれど。
 それが、押されている。この状況ではこちらが完全に掌握するのは不可能だった。
 しばらくイタチごっこを続けている中で妙な感覚を覚えた。僕は、もしかしたらこの相手を知っているかもしれない。とてつもなく優秀でいて、少し癖のあるやり方。この癖に僕は覚えがある……それも身近に。

「あぁ、鈴!」

 織斑君の叫びにモニターに目を向けるとアンノウンの攻撃を鈴さんが回避しきれずに崩れ落ちていく姿が見えた。オルコットさんが支えながらなんとか退避しているけれど、まだ攻撃は続いている。
 もう一刻の猶予もない。未だに纏わりつく妙な感覚を振り払い、僕は作業に専念する。ふと、一カ所だけ甘い部分を見つけた……このピットからアリーナに出る扉だ!

「織斑先生、ここからアリーナへの通路を解除します。ただ、維持するために私はここを離れられません」
「……止むを得ん、織斑! 一時的に奴を食い止められるか?」
「あ、あぁ!」
「よし、私と織斑が突入する。織斑は足止め、私が救出に当たる。西園寺はオルコット、凰の両名を救出するまでこのまま継続しろ。山田先生はこの場で待機、指揮をとってくれ。織斑……くれぐれも無茶はするなよ」

 通路の障壁が取り除かれるとすぐさま二人はアリーナへ向かって走り出す。
 箒さんも動き出そうとしていたけれど、さすがに生身であの場に行くのは危険すぎると思いとどまったようだ。いや、千冬さんも生身なんだけど何故かあの人は大丈夫な気がする……。

 しばらくするとモニター上に二人の姿が見えた。千冬さんはオルコットさんと鈴さんを出口に誘導し、その間は織斑君がアンノウンの気を引いている。
 その攻撃は苛烈ではるが、織斑君もうまく躱している。とはいえ、攻撃まではできないようだ。

 ふと、気づくと箒さんの姿が消えていた。

「山田先生! 篠ノ之さんはどちらへ!?」
「え、あ、あれ? どこに行ったんでしょう?」

 狼狽える山田先生、しかしすぐにその居場所がわかることになる。

『一夏ぁ! その程度の敵、勝ってみせろ!』

 ハウリングするほどの声がスピーカーから聞こえてくる。彼女はどうやったのか放送席にいた。どうもピットから放送席までの隔壁はおりていなかったようだ。

 彼女がどういうつもりでこの行動に出たのかはわからない、でも明らかにこの状況ではよろしくない。
 予想通り、アンノウンの視線が箒さんの方へと向き攻撃体勢にはいる。

 まずい! あの機体は障壁を突き破って入ってきたことになる。となると放送席くらい消し飛ぶかも……!
 ここから出来る限りの対処を考えていると、織斑君がすかさず飛び出していた。限界を超えた速度で加速し……その射線上にたどり着く。同時に放たれたビームの直撃を受け、織斑君は堕ちて行った。

「織斑君!」

 僕は思わず叫んでしまう。いや、僕だけじゃない。この場にいる誰もがその状況に絶望した。しかし、その終止符はあっけなくうたれた。

『まったく、無茶はするなと言っただろう……だが、よくやった』

 まさに一閃。

 いつの間にか打鉄を纏った千冬さんが手にした刀剣型武装でアンノウンを切り裂き、そのままの勢いで堕ちていく織斑君の元にたどり着き、抱きかかえていた。

 その光景に誰もが言葉を失ったが、やがて大歓声があがる。千冬さんの様子から織斑君も無事なのだろう。

 安堵した僕はアンノウンについて考えていた。パッと見た感じ、あの機体からは人間らしさが感じられなかった。まるでロボットが操っているかのような……無人機、その単語が頭を過る。
 最近連絡が取れないけれど、束さんに相談してみたい、そう考えた時に僕は気づいてしまった。

 あのハッキングの癖は束さんのものだったんじゃないのか、と。


 

 

第三十話 融和

 今年のモンド・グロッソの優勝候補は、と聞かれると人によって様々な意見が出てくる。ある人はイギリス代表と言い、またある人はロシア代表だと言う。

 では、歴代の操縦者の中で最強は、と聞かれた場合その答えは一つしか出ない。

 ブリュンヒルデ……織斑千冬であると。



 この日学園に入り込んだ侵入者……アンノウンは合計で三機だった。その内の二機はアリーナの外で生徒会の面々によって対処された。
 一機はダリルとフォルテのコンビネーションによって、一機は楯無の圧倒的制圧力によってあっさりと無力化される。とはいえ、既存のISを凌駕する耐久力と明らかに時間稼ぎとも取れる行動により見た目以上に手こずり、時間を使ってしまった。

 ようやくアンノウンの反応がなくなったことを確認、その場をダリルとフォルテの両名に任せた楯無はすぐにアリーナに向かうが、既にその場のアンノウンは崩れ落ちていた。

 織斑千冬の手によって。

 彼女がその身に纏っている打鉄も手にしている刀剣武器も、セシリアが先ほどまで使用していたものだ。一夏がアンノウンを足止めしている間にセシリアと鈴を運び出した千冬は、セシリアの打鉄を纏い戻った。
 が、遥か前方で撃ち落とされる一夏の姿が見えた。一瞬我を忘れそうになるものの、無事であることは確認できたため、改めて怒りをアンノウンへと向ける。直後、千冬とアンノウンの距離はゼロとなり……そのまま文字通りに通り抜けて、その手で堕ち行く一夏を抱きかかえた。

 明らかに打鉄の性能を超えた挙動。一夏を抱きかかえつつもまだ手に持っていた刀はボロボロになり、身に纏った打鉄もやがて崩れ落ちていく。限界を超えた動きに耐えきれなかったのだろうか。
 地面から未だ数メートルの高さでISを失ったにもかかわらず、千冬は一夏を抱えたまま何事もなかったかのように着地した。

 そうして一夏を見つめる彼女の表情は無茶をした弟に対する呆れや、身を挺して幼馴染を守った弟を誇りに思う気持ちが入り混じっていた。



「それで、何かわかったのか?」

 襲撃時の出来事を思い出しながら千冬は目の前で作業をする人影に声をかける。

「……オリジナルに比べると細かい部分で違いがあるし劣化版のような代物だけど、間違いなくこれはISコアだよ。もちろん、未登録の」

 その人影……紫苑は千冬の問いかけに答える。
 その声色からは自分の言葉を認めなくない、そんな葛藤が窺えるように微かに震えている。

「……そうか」

 千冬もそれを感じたのか、今はそう呟くにとどまった。ある程度予測してはいたのだろうが、彼女としてもその事実を改めて突きつけられるのは少なからずショックであり、尚且つ現時点でこれ以上追及しても仕方がないと思ったのだろう。

 ここは襲撃者であるアンノウン機が秘密裏に回収され、保管されている部屋。学園の地下に存在する施設であり、この場所を知るものは数える程しかいない。現在もこの場にいるのは千冬と、解析に最適の人間だろうという彼女の独断で連れてこられた紫苑のみだ。

 その件のアンノウン機。実はこれは無人機であり、世間的にこのようなものは現状は確認されておらずその事実だけでも驚愕的なもののはずだったのだが、束に近い位置でISに関わっていた紫苑と千冬にとってはそれはさして問題ではなかった。開発の過程で既にその可能性を垣間見ていたのだから。

 各国は急に現れたISという兵器を前にして束より与えられた情報をまずは自分達のものにすることが急務だった。それもそのはずで、余計なことに感けていればその分他国に後れを取ることになるのだ。よって、最初の数年は少しでも早く、多くのISを配備するだけにとどまり応用的な研究はほとんど行われていなかった。

 ここにきて各国のバランスがある程度固定され、第三世代の開発も進む中他の使い道も研究され始めている。そんな中に無人機が出てきてもそれほど不思議ではない。

 問題はそこではなく、劣化版とはいえ新たなISコアが確認されたことである。

 束は数年前のあるときを境に、ISコアの供給を完全にストップした。そのすべてのコアはナンバリングで管理されており、それ以外のコアを用いられたISなどが現れればすぐにわかるようになっている。
 もちろん、今までの過程で破壊されたり行方が知れなくなったコアも存在するのだがコアに刻印された情報は消えはしない。つまり、今まで束が作ったコア以外は確認されていない……束以外にコアを作ることは出来なかったのだ。

(やっぱり束さんが……でも……)

 襲撃時のハッキングが束によるものだったという疑念を既に持っていた紫苑。そこにきて束にしか作ることができないはずの新たなISコアの存在。この時点でほぼ彼女の犯行であったと考えられてしまう。
 
 しかし、彼はある一点が気になっていた。

 それはアンノウン機のコアがいわゆる劣化版、模造品(コピー)だったことだ。

 開発者の束であれば、そもそもそんな出来の悪いコピーを作る必要がなく新たなオリジナルを作ればいいだけだ。ちょっとした整備のついでに性能を数パーセントあげようとするくらい完璧主義者の彼女ならなおさらである。
 新たに作れない理由があるのか、そもそも彼女の仕業ではなかったのか、紫苑にはわからなかった。

「……」

 そんな紫苑の葛藤を察しているのかいないのか、千冬もまた彼の知らないところで別の考えを巡らせており部屋にはただ静寂が広がっていた。



「あ~あ、結局クラス対抗戦は中止なんて。それにあのよくわからないヤツ……甲龍だったら叩きのめしてたっての!」

 襲撃事件から数日、もはや当たり前のように紫苑と簪の部屋にやってきて一緒にお茶を飲んでいた鈴。セシリアとの試合中に襲撃され、あまつさえ撃墜されたことがよほど腹立たしかったのか、その時の記憶が蘇り地団駄を踏んでいる。
 ちなみに簪もごく自然に席に座り紫苑が用意したお茶を飲んでお菓子を頬張っている。三人でいても簪が会話に入ってくることはほとんどないのだが、話を聞いていない訳ではないようであるし美味しそうにお菓子を食べている姿に鈴や紫苑は癒されていたりするので文句は言わない。紫苑は餌付けしているような気分に苛まれているようだが、あながち間違ってもいないだけに鈴もフォローのしようがない。
 
 また、紫苑はどことなくその癒される姿がこの場にいない彼女の御付の少女に重なり主従は似るものなのだろうかと考えたが、あまり似ていない自由な主と真面目な従者という主従関係を思い出して考えを打ち消した。その時、どこかの生徒会長が盛大にくしゃみをして周りに風邪を心配されていたとかいないとか。

「まぁ、あんな事があれば仕方ないですよ」

 紫苑は今にも暴れ出しそうな鈴とわれ関せずを通す簪という構図に苦笑しつつ、まずは鈴を宥めようとする。
 
 結局クラス対抗戦は無人機……紫苑が行ったコアの解析により機体名称がゴーレムと判明したその襲撃者により有耶無耶になってしまった。後日、日を改めての実施も提案されたのだがアリーナの修復と警備システムの再構築に時間がかかることと、すぐに学年別個人トーナメントが行われることから中止となってしまった。
 学園としてはあくまでイベント的意味合いが強いクラス対抗戦よりも、より重要度が高い個人トーナメントを優先させる形をとったのだ。

「はぁ、でもよくわからないけど、あの時に紫音さんも救助作業手伝っていたんでしょ? その……ありがとね」
「ふふ……どういたしまして」

 先ほどまで激昂していたように見えた癖に、いざそこに思い至ると素直に落ち着いて冷静になってお礼を言う鈴のことを紫苑は好ましく思い、思わず笑みが零れてしまったのだが鈴はそれを見て照れ隠しなのか顔を背けてしまった。

「ところで、次の個人トーナメントで優勝したら織斑君と付き合えるという噂を聞いたのですが」
「アタシも聞いたわよ! なんだっての……はっ、もしかして紫音さんも本気で狙ってるんじゃ……」
「狙ってません!」

 紫苑が少し前に聞いたこの情報。実はいろいろと曲解されているのだが事実だったりする。
 とはいってもとある少女が放った優勝したら付き合ってもらうという告白紛いの宣言に対して、買い物か何かのことだと勘違いした朴念仁が安請け合いした上にそれが外部に漏れ、対象が優勝者に拡大解釈されて噂が拡がった結果なのだが。しかし、それを知るものはいない、当事者ですらお互いの誤解と曲解された噂を知らなかった。

「そ、そう。どちらにしても一夏は一度問い詰めないと……そ、そうね。仕方ないから部屋に行って話をしないとね。一人になって寂しがってるかもしれないしね」

 いろいろと欲望駄々漏れである。
 ちなみに、この時期になってようやく部屋の調整が済んだとかで一夏の部屋から箒が移動となり、彼は晴れて男女同居という歪な寮生活から解放されたのだった。一夏はホッとしたようだが同居人の心境は幾ばくか。
 もっとも、部屋の調整といってもこの手の専門系の学校では割と起こり得る、入学後に突きつけられた自身の適性の低さを理解することで出る退学者を当てにしたものだ。そして今年は専用機勢が例年より多いことや、外部からの襲撃者により命の危険というものを少なからず感じてしまったことで数名が早くも自主的に学園を去ったのだ。

 話が逸れたが、先日までいた厄介な同居人がいなくなったことにより以前より一夏の部屋は訪れやすくなっているとはいえる。もっとも、同じことを考える金髪少女がいたり部屋が違えど元々同居していた剣術少女も入り浸っていたりで彼女の欲望が成就することはないのだが。

 結局この日はそのままいそいそと部屋を出て行った鈴を見送ることで小さなお茶会はお開きとなった。
 鈴のその後がどうだったか、紫苑は翌日の不機嫌な彼女の姿を見て全て察した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「先輩がもっと真面目にやってれば被害も少なかったかもしれないんスよ」
「うるせぇ、テメェも宙で寝っころがって全然やる気なかったじゃねぇか」

 相変わらず仲良く言い合いをしている二人を見ながら楯無は先日の出来事を振り返る。
 
 前代未聞の事件となった無人機による学園の襲撃。もっとも、無人機ということは生徒職員含め箝口令が敷かれており、知るものは少ない。
 が、この場にいる生徒会メンバーへの情報開示は防衛にあたった当事者ということもあり千冬の判断により紫苑に一任された。彼もコアの件などは伏せつつ、無人機であることなどは伝えている。
 今は生徒会室にてその際の整理……いわゆる反省会といったところだろうか。

「ねぇ、紫音ちゃん。映像を見る限りアリーナ内に侵入したゴーレムは障壁を突き破ってるんだけど、このレベルの攻撃を受けて耐えられる?」

 考えがまとまったのか、フォルテとダリルの言い合いはスルーしつつ紫苑へと疑問を口にする。

「いえ、それに少なくとも織斑君を撃墜した攻撃では障壁は破壊できないと思います」

 紫苑もある程度疑問に思っていたことなのか、楯無の言葉に自身の考えを淀みなく答える。
 
 二人の疑問、それはゴーレムの行動だった。

 アリーナの障壁というものは客席に被害が及ばないように今現在公開されているISの出力では一撃で突破など出来ない強度を誇っているはずだった。
 つまり、翻って既存のどのISの出力をも超えた一撃だったという事になる。
 それほどの出力の攻撃に晒されて鈴はIS半壊、一夏も撃墜されはしたがほぼ無傷という程度の状況。紫苑の言うように、彼らに放たれた攻撃は障壁を破壊したそれではなかった。

「ウチらが戦ったゴーレムはほとんど攻撃してこなかったんスよね。牽制はしてくるんスけど、あくまで時間稼いでるような」

 思い出したように話すのはフォルテ。どうやらダリルとのやり取りに飽きたのか紫苑と楯無の会話に入ってきた。彼女に合わせるようにダリルもその意識を二人の会話に向ける。

「こっちもそうだったわ。と、いうことはアリーナに侵入したゴーレムが本命って訳ね」
「そうですね。そしてそのゴーレムにしても、恐らく人間に対して非殺傷プログラムが組まれていたと思われます。そうでなければアリーナ内はともかく外で戦闘があったにも関わらず負傷者ゼロというのは奇跡としか言えません」

 そう、直接戦闘になった一夏達はともかくとして、一般生徒には被害が全くなかったのだ。

「となると、目的は……アリーナ内で戦うこと、か」

 楯無が彼女の中で導き出された答えを告げる。それは酷く曖昧で、答えというにはあまりに稚拙。
 そこから考えられる可能性はいくつもあるからだ。

 あのタイミングで入ってきたことから、それぞれがイギリスと中国の代表候補生であるセシリアと鈴の戦力把握が有力候補ともいえる。

 とはいえ、紫苑は一つの可能性が頭から離れなかった。

 あの時、導かれるようにピットと会場との扉を開けることが出来た。いや、開けさせられた。 
 つまりあの扉を開けて起こり得る出来事こそが首謀者の目的。

 それは……織斑姉弟。

 そして、決定づけるのがあの時のゴーレムの行動。

 ゴーレムは、箒が放送室から一夏に対して叱咤した際に突如、障壁を破ることが出来ないレベルの砲撃を放ったのだ。織斑姉弟が目的だったとすればこの行動はおかしいが、その直後の出来事を見れば説明がつくのだ。

 間に合うはずのない位置にいた一夏が盾となり、箒に放たれた砲撃をその身に受けたのだから。

 紫苑にはあの時の記録映像とデータを確認して得た一つの事実がある。あの時、一夏は絶対防御のエネルギーすらブーストの推進力に転換していた。本来ISにはロックがかかっておりそんなことは出来ないはずなのだが、彼はそれをやってみせた。そして、そのあり得ない行動によりエネルギーが不足した状態で直撃を受け、中途半端な絶対防御しか発動せずにその衝撃により脳震盪を起こした。

 逆を言えば、中途半端な絶対防御でも無傷で耐えきれる程度の攻撃だったということだ。

 なぜ、そんな攻撃を障壁の向こうにいる箒に放ったのか……一夏にその常識外の行動をとらせるためと考えれば辻褄は合う。もしくは、その際の一夏の行動パターンを把握したかったのか。

 どちらにしろ、首謀者の目的は織斑一夏だったというのが紫苑の答えだ。

 後者の理由だった場合、亡国機業など候補があり過ぎるのだが、前者の理由だったとした場合には紫苑には心当たりがあった。むしろ一人しかいないとばかりに。
 だがしかし、ISコアの模造品の事が断定することを許さなかった。

 このことを確認しようにも、いまだに紫苑は束との連絡が取れずにいた。何度も試みているのだが、全く繋がらない。仮にこれが紫苑の心当たりの人物……束が起こしていた場合と、それ以外の場合では状況は大きくことなる。
 紫苑は束の目的は聞いているため今回の件も納得できるのだ。白騎士事件を経験した身としては非殺傷設定で送り込まれたゴーレム程度なら、連絡がなかったことにいら立ちこそすれ文句を言うつもりもなかった。
 だが、それ以外の場合は話が変わってくる。今後も非殺傷設定でくるかはわからないし、さらなる襲撃により死傷者が出る可能性も否定できないのだ。

 一刻も早く束とコンタクトを取りたい紫苑だったが、それも叶わず結局モヤモヤとした状態が続いている。

 どちらにしろ今ある情報だけではこれ以上の進展はなく、生徒会での話し合いもこの日はこれで終わりそのまま解散となる。



 翌日、件の襲撃事件を受けて開催方式について学園内で議論が持ち上がっていた個人別トーナメントの開催方式について詳細が発表された。

 クラス対抗戦時に侵入を許した際、最も痛手だったのはセシリアと鈴が専用機を使用できなかったことだ。もちろん、生徒を戦力として当てにするつもりはないがそれでも緊急時に対応できた可能性を潰し代表候補生を危険に晒したことは事実である。
 
 それを鑑み、専用機持ちの訓練機使用による参戦は取りやめとなる。しかしそれでもやはり一般生徒との戦力差は如何ともしがたいという理由から一般部門と専用機部門を別に開催することとなった。
 この際、一般部門は学年別だが専用機部門は全学年合同である。もともと人数が少ないからこれは仕方ないといえる。

 加えて、万が一の襲撃に備えて有事の際の対応力強化を目的としてタッグ戦にて行われることが決まった。タッグパートナーは開催一週間前にくじ引きにより決定される。もっとも、襲撃される時点で問題であるため今大会中は警備が強化されることになっている。

 しかし、ここで一つ問題が起きた。未だ、簪の専用機開発の目途が立っていないのである。現在学園に在籍する専用機持ちは紫苑、楯無、ダリル、フォルテ、一夏、セシリア、鈴、そして簪の8名である。もし簪の専用機が間に合わなければ奇数になってしまいペアが作れなくなり、タッグマッチが成立しなくなってしまう。
 そのため学園側は整備課の派遣も考慮に入れて簪への協力を申し出ているのだが、簪の反応が芳しくない。最近は少しずつ態度も軟化しており、また襲撃事件の折にそれぞれが助け合い事件を収束したところを目の当たりにしている。あとは切っ掛けさえあれば、といったところだが未だ自分を変えられずにいた。

 しかし、その機会は意外なところから齎された。

「信じらんない! アイツは女の子との約束をなんだと思ってるのよ!?」

 既に見慣れた光景となりつつあるが、この日も鈴が紫苑と簪の部屋に来て騒いでいる。

 しかし、今までとは比べ物にならないくらい憤慨している鈴を見て何事かと紫苑は彼女を宥めてその話を聞く。相変わらず簪は無関心を装いつつも話は聞いている。少しは手伝ってほしいと思う紫苑だがどこ吹く風だ。

「……中学の頃にね、約束したのよ。料理が上手になったら毎日酢豚を食べさせてあげるって」

 酢豚? 味噌汁じゃなくて? という疑問が当然紫苑は浮かんだが、中国人である彼女ならそれでも問題ないのだろうと納得した。そしてその後にそれってプロポーズなんじゃないの? と気づく。

「だ、大胆ですね」
「あ~う~、あの時は勢いで言っちゃったのよ。でも……でもよ! あの馬鹿、なんて言ったと思う!?」

 どうやら一夏の朴念仁ぶりは相当なようである。100人が聞いて99人はそれがプロポーズに近い言葉であると理解できるはずだ。しかし、その残りの1人にあたる朴念仁、それが一夏だった。

 彼は『酢豚を奢ってもらえる』と勘違いしたらしい。鈴の家が中華料理の店だったのが要因であろうが、それでもあんまりといえばあんまりだ。鈴の心中など知る由もない一夏はタダ飯が食べられると喜んでいた。
 もちろん、激昂した鈴と、彼女が何故怒っているのか理解できない一夏は口論となり、言ってはならないことを言ってしまう。

『うるさい、貧乳』

 その瞬間、ガラスに亀裂が走ったような音が確かに部屋に響いた……何故かその話の最中の紫苑の部屋にも。

「……潰す」

 地獄の底から響いてきたかの様なおどろおどろしい声が予想外のところから聞こえてくる。

「あ、あの……更識さん?」
「ど、どうしたの?」

 紫苑も当事者であったはずの鈴までも何事かとその声の方を向くと、そこにはやや俯いてプルプルと震えている簪の姿があった。

「西園寺さん」
「は、はい!? なんでしょう?」

 いきなり指名されてビクッとする紫苑。その弾みで揺れた胸元を忌々しげに見つめた簪の顔を見て紫苑と鈴は自然とそのまま視線を下方に向け、彼女の急変の理由を察するのだがその瞬間殺気のようなものが増す。

「……何か失礼なこと考えました?」
「い、いえそんな。と、ところでなんでしょうか?」

 これ以上余計なことを考えるのは得策ではない、と冷や汗をかきつつ紫苑は彼女に先を促す。ちなみに、簪の名誉のために言っておくが特別彼女が貧乳という訳ではなく、本音や楯無、さらには紫音(紫苑)といった豊かな女性が多いせいで彼女がそう感じているだけである……たぶん。

「……開発、手伝ってくれませんか? その、以前お姉……生徒会長から聞きました。あなたは整備や開発にも精通しているって。何を今さらと思われるかもしれませんが……お願いします」

 そう言いながら頭を下げる簪。やはり少し震えているが、先ほどのように怒りで震えているというよりは今までの自分を曲げる行動をとることがまだ整理ができていない故だと思われる。
 彼女とていつまでもこのままではいけないことは理解してても、納得できなかったのだ。切っ掛けが一夏の発言というのは締まらないが、もともと逆恨みに近い形とはいえ開発遅延の原因である一夏に対して怒りをぶつけるのは丁度よかったのだろう。

「はい……はい! もちろんです! 必ずトーナメントに間に合わせましょう」

 一夏には悪いと思いつつも紫苑は簪から求められたことが嬉しく、とりあえず彼のことは思考の端に追いやった。それに、簪とて申し出る切っ掛けに使っただけのはずで、口ではこう言ってもそうそう無茶はしないはずだ。

「女の敵……許さない」

 ……たぶん、きっと。

 最初こそ、自分が一夏を倒すと息巻いていた鈴だが簪の態度に気を抜かれてしまい、落ち着いたようだ。
 そんな姿を見て、また結果オーライとはいえ彼女に助けられたことに感謝をしつつこの数日で格段に向上した自分の部屋の空気に浸った……いまだに某所から殺気が漏れてはいるのだが。



 翌朝、晴れやかな気持ちで起床した紫苑はいつも通りにトレーニングをこなす。昨日のこともありその足取りは軽く、早めに戻って簪の分と一緒に朝食でも作ろうかと考えていると千冬の後姿を発見する。

 その隣には見慣れない女生徒がいた。
 
 何故、後姿で見慣れないと思ったか……それは彼女が小柄でこの学園では珍しい、自分と同じ銀髪だったからだ。一瞬、束の研究所の居候であるクロエの姿が紫苑の脳裏に浮かぶ。しかし彼女がここにいるはずがないと思いつつも束に繋がる可能性があるなら、と千冬に声をかけることにした。

「織斑先生」

 声をかけた直後に千冬と一緒に振り返る銀髪の少女……彼女は眼帯をしておりクロエとは僅かに似た雰囲気を感じるものの別人とわかった。だが……

「……Die Silberne Hexe(ディージルバーネヘクセ)……!?」

 彼女は紫苑の顔を見て驚愕の表情を浮かべ、何事かを呟く。

「なぜ……なぜ貴様がここにいる!?」

 突如、彼女はISを展開して紫苑へとその矛先を向けた。


 

 

第三十一話 白銀の魔女

「……Die Silberne Hexe……!?」

 千冬さんへ声をかけると、隣にいた銀髪の少女はこちらを振り返り僕の顔を見て一言呟いた。
 片目に眼帯をつけている少女は、つけていない方の赤色の目を見開き明らかな驚愕の感情を露わにしていたが、それはやがて仇を見るかのような憎しみの色を帯びていく。

「なぜ……なぜ貴様がここにいる!?」

 直後、彼女はISを展開させる。明らかにこちらに敵意を向けておりこのまま攻撃されてもおかしくはない。
 僕はあまりに急な展開についていけず完全に不意をつかれ初動が遅れてしまう。しかし目の前の少女はそんな僕にお構いなくこちらに攻撃の矛先を向ける。

 まずい……間に合わない!?

 彼女はそのままこちらに飛び掛かって……くる直前に地面に倒れ伏した……あれ?

「ぐっ!?」
「学園内で無許可で……それも生徒に向けてISを展開するとはどういう了見だ? お前の立場なら場合によっては退学処分だけでなく本国で軍法会議ものだぞ?」

 めまぐるしく変わる状況に半ば僕はついていけずにいた。
 どうやら彼女を抑えたのは隣にいた千冬さんらしい。あの一瞬でISを展開した相手を生身で組み伏せるとは……本当に人間なのだろうか。
  
「き、教官!? しかし!」

 取り押さえられた少女は千冬さんの言葉に納得がいかない様子だったが抵抗するつもりはないらしい。
 でも教官って……千冬さんのことだろうか?

「黙れ。それに私はもうお前の教官ではない、ここでは織斑先生と呼べ」

 睨みをきかせながら少女に言い放つ千冬さん。
 この二人がどんな関係なのかは知らないけれど、明らかな上下関係があるようだ。まぁ、千冬さんに逆らえる存在というものを僕は知らないんだけど。

「く……了解しました」
「まぁ本来なら処分するところだが今回は特に被害はない。それに……お前は正確にはまだこの学園の生徒ではないしな。とはいえ話は聞かせてもらうぞ」

 渋々、といった形で千冬さんの言葉に頷く少女。
 その間も僕への敵意たっぷりの視線が消えることはなかった。

「という訳で西園寺、何か用があったようだが後にしてくれ。そうだな、放課後にいつもの部屋に来い」

 いつもの部屋、というのは僕と千冬さんが外部に漏らせないような会話をするときによく使っている部屋だ。この学園でも特別セキュリティが高い部屋で僕も確認しているからまず会話が漏れることはない。学園で素に戻れる数少ない場所でもある。

「わかりました」

 僕に突然襲い掛かってきた少女のことについて何も説明がないけれど、それは後でしてくれるということだろう。
 正直完全に置いてけぼりにされた形だけれど、ここで駄々を捏ねても仕方がないので僕は了承してその場を後にする。

 その後もずっと、彼女が僕を見て呟いた言葉が脳裏に焼き付いていた。



「来たか、入れ」
「はい、失礼します」

 授業が終わり、約束通り僕は千冬さんのいる部屋へとやってきた。正直、今日一日はあの少女のことが気になってしまい授業どころではなかった。
 部屋に入るなり、そんな僕の様子に気付いたのだろう千冬さんが苦笑しながら切り出した。

「さて、お前も気になっているようだが朝私の隣にいたのはこの学園に転入予定の生徒で名前はラウラ・ボーデヴィッヒ、ドイツの代表候補生だ。今日は入寮手続きにきていた」

 また転入生……それも代表候補生であの状況から間違いなく専用機持ち。去年とは明らかに違う各国の動きに織斑君への関心の高さや政治的な意図が見え隠れしている。

「なるほど……それはわかったけど何故そのボーデヴィッヒさんは僕を見て攻撃してきたの?」

 既に室内で人目を気にする必要はなくなった僕は口調を崩して素で問いかける。
 僕の問いに対し、千冬さんは何故か少し困ったような顔をした。

「うむ、それなんだが……紫苑、お前は行方知れずになっていた半年間の記憶はあるか?」

 そんな千冬さんが逆に僕に問いかけてくる。
 行方知れずの半年、それは僕が研究室で襲撃にあって意識がなくなってから目覚めるまでのことだろう。
 その間、僕は束さんに保護されていた。でもそれはあくまで束さんに聞いた話であって実際にどうだったかは分からない。束さんのことを完全に信じていることもあって、千冬さんに聞かれるまで僕はそのことを何も疑問に思っていなかった。

「いや、ただ束さんのところにいたとしか聞かされてないかな」
「そうか。ボーデヴィッヒが言うにはお前が行方不明になった事件のすぐ後にドイツでもある事件があったそうだ。あぁ、これから話すことは一応機密だから他言はするなよ」

 機密をそうあっさりと話すのはどうなのか、という疑問はあるけれど今さらだし話を腰を折るのも気が引けるので僕は無言で頷く。

「ボーデヴィッヒはああ見えて軍人だ、今の階級は少佐。あぁ、ちなみに私が教官などと呼ばれていたのは依然私がドイツで一時的にISの教官として赴任したことがあってその時にな。で、だ。その事件の当事者というのが奴の所属しているIS配備特殊部隊『シュバルツェ・ハーゼ』……ある一人の襲撃者によって半壊させられたらしい」

 そこまで言われて、あのときの彼女、ボーデヴィッヒさんの反応の理由に思い至った。

「まさか……!?」
「……その戦闘時にボーデヴィッヒの同僚も手ひどくやられたらしくてな、ISが操縦できなくなった者も出たとか。もっともあいつ自身は、怒りの感情は同僚に対してより自分の所属部隊がやられた事実に対してのものだと思ってるようだが……まぁ、それはさておき。以降もその襲撃者は度々現れてはドイツ軍へと打撃を与え……やがて漆黒のISと透き通るような銀色の髪からこう呼ばれるようになったそうだ、『白銀の魔女』とな」

 ここまで聞いて察した。僕を見たときの彼女の呟きや表情の意味を。

「そして唯一ボーデヴィッヒだけが戦闘時に相手の素顔を見ていた……それがお前と瓜二つだったそうだ」
「そう……か」

 この時、ぼくは二つの可能性が脳裏に浮かんでいた。どちらにしても、考えたくない代物の……でもどちらの可能性も高い、いやむしろそのどちらかしかないとすら思えた。
 
 束さんは僕が爆発のあった研究所からかなり離れたところにいたと言っていた。
 そして、その要因となったのが……ゼロス・フォーム。月読の暴走状態だ。
 正直、あの期間に僕の体に何があったとしても不思議ではない。無意識に爆発から身を守って遠くまで移動することができるのなら戦闘行為すらできるのかもしれない。
 もっとも、この場合束さんが僕に嘘をついていたことになるしそれを確認するにはやはり束さんに確認を取らなければ何もわからない。

 そしてもう一つの可能性……ドイツで死んだと言われている紫音だ。
 今までずっと不思議だった。生まれてこのかた会った記憶のない母、急変した父、そして病に倒れ死んだと聞いた紫音。でも僕は実際、倒れたと聞いてから紫音に会っていない。束さんによると僕も彼女も遺伝子関連の病気だったのだけど、僕がこうして助かった以上彼女が生きていても不思議ではない。
 西園寺の家に絶望して目を背けていた僕は、今に至り何も自分のことを知らなかったことを思い知る。

 どちらにしろ、ドイツでの襲撃事件に僕が無関係とは思えなかった。

「もっとも、お前の事情を話すわけにもいかないからな。ボーデヴィッヒには適当に言い含めておいたが……あれは納得していまい。今後も何かしらの干渉があるかもしれんが……自分で何とかしろ」
「うわ、丸投げ……まぁ僕のことだしね。了解、ただ巻き込まれた場合には多少は協力してほしいなぁと思ったりなんかして」
「ふふ、あぁわかってるさ」

 その後はお互いの近況やクラスの状況、束さんについてなど雑談を続けた。
 時間も過ぎ、とりあえず話すことは話したし今日のところは戻ろうかな、そう思ったとき千冬さんはおもむろに口を開く。

「あぁ、そうだ。言い忘れていたが後日男子に大浴場が解禁される予定だ。お前も今まで使えずにもどかしい思いをしていただろうが、男子の使用後に特別使用を許可する。しばらく様子を見ていたが時間外に立ち入る不届きものは今までいなかったからその時間帯なら問題ないだろう」

 この寮の大浴場はどこのリゾートだと思うほど設備がいいらしい。らしい、というのは僕が入ったことがないからだ。女子用しかないのだから当然だ。それが男子にも開放されて、僕もそのあと入ってもいいというのはちょっと嬉しい。なにせ今まで部屋のシャワーで済ませていたから。
 いくら千冬さんに許可されても大浴場を使うのは気が引けるけど、男子が使った後というのなら気にしなくてもいいのかもしれない。

 そこまで考えて、僕は千冬さんの言葉に違和感を感じた。

「それは嬉しいけど、男子?」

 そう、男子と言った。言わずもがな、この学園には男子と言ったら僕を除けば織斑君一人しかいない。

 僕の問いかけに千冬さんは少し表情を変えた。もしかしたら聞いちゃいけなかったかな?

「……まぁ、お前に無関係ではないからな。これも当日まで他言無用だがボーデヴィッヒと同時期にもう一人転入してくる者がいる」
「もしかして……?」

 そこまで聞けば答えを言われなくてもわかる。
 そこで転入してくるのは……。

「あぁ、『二人目の男性操縦者』と言われている者だ。学園への編入と同時に公表されるそうだ」

 そこは予想通り、でもここで再び千冬さんの言葉に違和感を覚える。

「言われている?」

 二人目、というのは僕のことが知られていないから当然だ。でも、その言い方だと千冬さん自体はその事実……男性操縦者であることを認めていないように聞こえる。

「名前はシャルル・デュノア。名前でわかるようにラファール・リヴァイヴを作り出したフランスのデュノア社の縁者だ。だが、デュノア社の社長に息子がいるとは聞いていない……考えられるのは隠し子という可能性だが、お前が考えるにそんな存在が都合よく動かせるのか?」

 動かせるのか、というのはISのことだろう。
 千冬さんとは僕が、というより織斑君を含めて男性操縦者がISを動かせる原理について話したことは無い。でも以前に織斑君のことでカマかけたときの反応を見るにある程度は知っている可能性がある。
 とはいえ、このことについて僕から詳しく話すつもりはない。千冬さんもあまり触れてほしくはないようだし、束さんが彼女に話していないのならそれなりの理由があるのだろうと思う。

 で、千冬さんの質問への答えだけどもちろん……。

「可能性は低い、かな。理由は……まぁ言わなくても千冬さんは察してるかもしれないけど男性操縦者が生まれるために必要と思われる条件に適合するのは難しいと思う」

 ISが認識する部分で同じ遺伝子情報を持つ操縦者がいること……つまり僕のように一卵性の双子の片割れが操縦者であり、専用機持ちであることが条件になる。その上で、その専用機しか操縦できない。もともとの操縦者がいるのならわざわざ男性側が操縦を試みる機会なんてない。そもそも、一卵性で性別の異なる双子が生まれる可能性なんてほとんど皆無だ。

 残る一つの可能性は……クローンだ。
 実は僕は、千冬さんが話したがらない原因はここにあると思っている。
 当然ながら織斑君と千冬さんは姉弟ではあるけど双子ではない。ではなぜ白式を、かつて千冬さんが使っていた雪片弐型を扱えるのか……その答えはそこにある気がしていた。
 もちろん、織斑君が千冬さんのクローンである可能性は低いと思う。でも、そこにあと一人挟んだら……そう、もし織斑君が僕と同じように双子だったとしたら……。

「ふむ、やはりそうか。となると、なんらかの目的を持って偽っているということになる」

 千冬さんの言葉に僕は脱線していた自分の意識を戻す。いま考えるのは織斑君と千冬さんのことではない。
 
「考えるまでもなく、織斑君だろうね。恐らく彼や白式のデータを盗むとかそのあたりじゃないかな。男性操縦者という立場なら近づきやすくなるだろうし。あ、デュノア社の現状を考えると注目を浴びての外部へのアピールや、イグニッションプランへの返り咲きを狙っている可能性も否めないか」

 デュノア社は後発ながらラファール・リヴァイヴという優秀な第二世代機を開発して世界第三位のシェアを誇っている。一方で第三世代機の開発には遅れを取っていて、欧州圏の統合防衛計画『イグニッション・プラン』のトライアルから漏れてしまった。これは、デュノア社の機体が次期主力機とはなり得ないという烙印を押されたようなものだ。そのせいで今や経営危機に陥っているらしい。

「なるほど、な。学園としてもフランス大使館を通して要請がきており一夏と同じように扱わざるを得ない。部屋も不本意ながら同室になる予定だ。だがもし偽りだった場合、相手の思う通りにしてやるのも癪だ。そこで、だ」

 あ、嫌な予感。
 千冬さんの雰囲気が明らかに変わった、こういう時は大体碌でもないことを言われる。

「お前に見極めてもらいたい」
「僕に?」
「あぁ、もし演技だとしたらお前に一日の長があるだろ? なにせこれだけの女生徒に囲まれて未だバレてないんだからな。唯一バレた更識もうまく誑し込んでいるようだしな」
「誑し込んだって……」

 千冬さんのあんまりといえばあんまりな物言いに僕は落ち込んだ。
 以前は西園寺の命令、という免罪符があったけど今この学園に残っているのは僕の意志だ。引くに引けなくなったという言い方もできるけど。だからといって面と向かって言われると軽く傷つく。

「おや、違うのか? ふふ、まぁいい。私が直接調べてもいいんだが、なんせ雇われの身なのでな。下手に動くとフランスと学園両方から睨まれてしまう。もちろん、一夏に害が及ぶ可能性があるのならそんなこと関係なしに動くつもりだがな……」
「はぁ、代わりに僕に調べてほしいってことね。でも僕だって知られたらまずいことを抱えているんだから積極的には関わりたくないのだけど?」
「あぁ、問題ないさ。どちらにしてもこちらとしては男子生徒として受け入れざるを得ないからな。お前ならそれを見て、男女両方の視点から違和感を探ることもできるだろう」
「男女両方って……」

 手段を選ばなければいくらでもやりようはあるんだろうけど、フランスの代表候補生というのがネックになってくる。下手をすれば、デュノア社だけでなくフランスが国ぐるみで関わっている可能性もある。そうなった場合にこちらの行動が問題になってしまう。

「わかった、期待に沿えるかはわからないけど、気にはしておくよ。にしても、ボーデヴィッヒさんの件といいなんで一気に問題ごとが……」
「私だって大変なんだ、教え子に女装男子がいたりな」
「あぁ! 今さらそういうこと言うの!? わかった、わかりました! 何かあったら手伝うって言ったのは僕だし、快くお手伝いさせていただきますよ」

 最後はなんだかグダグダになってしまった気がするけれど、こうして僕のもとに新たな悩みの種が舞い込んできたのだった。







 紫苑と千冬との密談から数日。
 遂にラウラ・ボーデヴィッヒとシャルル・デュノアの二人が転入してきた。学園の意図かどちらも1組への編入となっている。
 その際にラウラが一夏を敵視して頬を引っ叩いたりシャルルと一夏が女子に追い回されたりと、いろいろあったようだが、なんとか大きな問題は起こっていないようだ。

 一方、ところ変わってここは生徒も使用可能な整備室が並んでいる一角。そんな場所を訪れているのは更識楯無。何しにきたかというと……言わずもがな妹のストーキング、もとい様子を見にきたのだ。

(ん~、最近簪ちゃんの表情が柔らかくなったというか、憑き物が落ちたような感じなのよね。もしかしたら紫苑君がうまくやってくれたのかしら)

 未だに姉妹関係の修復には至っていないようだが、楯無は簪の心境の変化を感じ取っていた。それを嬉しく思うと同時に、紫苑が何かしら関わっているのかもしれないと考えるとなんとも言えないもどかしさを感じていた。もっとも、本人にその自覚はないようだが。

(もうすぐ個人別トーナメント。簪ちゃんの専用機が間に合わないといろいろ困るし、そうこれは生徒会長として様子を見るだけよ!)

 誰に向けてかわからない言い訳を心中で叫びながら楯無は簪と紫苑が使用している整備室の扉の前へと立った。そーっと中の様子を窺おうとして、その手を止める。

「はぁ……ん、ちょっときつい……です」
「大丈夫ですか?」
「痛くは……ないです」
「では、少し我慢してくださいね。すぐに馴染むと思うので」
「ん、わかりました」

 中から聞こえてくるのは少し息の荒い簪と、それに優しく語りかける紫苑の声。

(ちょっと待って!? きついって何が? 馴染むって何が!? なんで簪ちゃんの声こんなに艶っぽいの!?)
 
「少し動かしますので痛かったら言ってくださいね」
「ん……あ」
(痛いって……だめ、だめよ! いくら簪ちゃんをお願いしたといってもそれ以上は、それ以上は……)
「だめ!!」

 扉を思いきり開け放ち叫びながら部屋に押し入る楯無。
 しかしそこにいたのは、白いISを纏った簪と少し離れた位置で端末を操作している紫苑の姿だった。
 楯無が何を想像していたかなど知る由もないが、もちろんそんな行為は微塵も行われていない。

「あの……楯無さん?」
「お姉ちゃん……?」 

 突然、意味不明な叫びと共に乱入してきて、何も言わずに俯いてプルプル震えている楯無に二人も訝しげに話しかける。

「そ……」
「そ?」
「そんなことだろうと思ったわよーーー!?」

 そのまま楯無は部屋を飛び出していってしまった。
 簪には見えなかったようだが、紫苑からはその表情が真っ赤だったのが見えてしまっていた。その原因まではわからなかったようだが……。

「なんだったのでしょう……」
「さぁ……私も時々あの人の事がわからなくなる」

 その場には状況が全く把握できない二人が取り残される。
 しばらくそのまま茫然としていたが、こうしていても無駄だと思い至り先ほどまでの作業を再開するのだった。



「ぷっ……あははは。それじゃ僕と簪さんが何かいかがわしいことをしてるって勘違いしたの?」
「もう、笑いすぎよ! あんな会話してたら誰だって勘違いするわよ、妙に簪ちゃん息が荒かったし……」

 作業が終わった紫苑は楯無の部屋を訪れていた。別の用件もあったのだが、先ほどの彼女の様子が気になったからでもある。
 そこで、紫苑も改めて経緯を聞いてみたら部屋の外で会話を盗み聞きしていた楯無がよからぬ勘違いをした、ということだった。

「ようやく組みあがった打鉄弐式の試運転と、そのあとのフィッティングをマニュアルで調整していたからね」
 
 紫苑が簪の専用機開発へ協力し始めてから飛躍的に作業が進んでいた。あれからラウラと問題が起こることはなかったのも幸いだった。まだ武装などの問題は多いのだが、基本ベースがようやく完成したのでひとまずその試運転を行っていたという訳だ。
 フォーマットやフィッティングは自動で行われるものだが、紫苑や束といったある程度の技術がある人間がいる場合はマニュアル調整することでより操縦者への適合率が高くなる。

「はぁ、どうせ勘違いした私が悪いわよ」
「もう拗ねないでよ。でも、あんなに取り乱した楯無さんは初めて見たかな。真っ赤になって走っていく姿は可愛かったよ、ふふ」
「もう! それより、頼まれてた件は調べがついたわよ!」

 いつもからかわれてばかりの紫苑はここぞとばかりにこの話題に食らいつく。既に楯無の表情は真っ赤になっており、この話はここまでとばかりに話を切り替えようとする。この頼まれていた件、というのが紫苑の本来の用件だ。

「ふふ、ごめんごめん。それで、どうだった?」
「えぇ、あなたの言うとおりシャルル・デュノアはデュノア社の社長と愛人との間の子供のようね。加えてデュノアの縁者には彼以外にIS操縦者はいないわ。ただ、どうしても本人が表に出てくるまでに関する情報が手に入らなかったの」

 紫苑が楯無に依頼したのは新たな男性操縦者、シャルルの身辺調査だった。もし性別を偽っている場合、学園で問題が起こる可能性があるとして協力してもらっている。ただ、遺伝子云々に関しては話していない。
 本当の性別が判明すればその時点で終了なのだが、どうやらそのあたりのデータや情報は抑えられているようで、さすがの更識の力をもってしてもたどり着けなかったようだ。もしくは、本当に男性だったのか……。加えて、双子だったり縁者にIS操縦者がいないかも調べてもらったがそれはないらしい。

 つまり、齎された情報からは相変わらず断定できないのだが……。

「でもまぁ……」
「えぇ、本人見たら……」
「女の子だよねぇ」
「女の子よねぇ」

 明らかに女の子だった。線が細くスリムな体型で、やや長めで綺麗な金髪は後ろで縛られている。そして何よりその顔が中性的……というより女の子だった。
 制服は男子の、というより一夏用に作られたデザインのものを使用しているが女子の制服を着たらそのまま美少女で通用しそうである。
 物腰も男子というには柔らかく、一夏と一緒に並んでいるとそれが顕著だ。あれが男子なら同じ男子である一夏は何か別の生き物ではないか、と思えるほどだった。

 しかし……だ。

「まぁ、普通なら女子だって断定するんだけど」

 そう言いながら楯無は紫苑をまじまじと見つめる。

「はぁ、もっとすごい実例がここにいるのよねぇ」
「どういうことさ!?」
「あなたが男の子なんて、織斑君が女の子って言われても信じちゃうくらい衝撃的なことなのよ」

 そしてため息を吐きながら紫苑を残念そうな顔で見つめた。
 
 そう、女子っぽい男子……というより女子として扱われている男子がここにいる以上外見的な特徴だけで断定するのは早計に思われた。
 もっともすぎる指摘を受けた紫苑は一瞬反論しようと試みるも事実なので何も言い返せなかった。その後拗ねてしまい何故か部屋の隅でのの字を書いている。

「ま、まぁ今のところは黒に近い灰色ってところかしら? まだ目的がわからないけれど警戒するに越したことはないわね」

 結局この場では結論を出せず、その後楯無は紫苑が立ち直るまで慰め続ける羽目になった。



(はぁ……僕としては自分はあんなに女顔じゃないと思ってたんだけどなぁ)

 100人が聞いたら100人が反論するであろうことを考えながら紫苑は大浴場へと向かっていた。
 二人目の男子生徒、ということでシャルルが転入したと同時に男子への大浴場の使用が許可された。それに伴い先の千冬の話にあったように、紫苑もその後の時間に使用を許可された。もちろん、極秘裏にではあるが。

 いくら人がいないとはいっても多少は危険だと思っていたため避けていたのだが、ずっと噂の大浴場が気になっていたことと立て続けに起こった出来事に心労が溜まり我慢がならなくなっていた。
 周囲に誰もいないことを確認した紫苑は立ち入り禁止の札を入り口に貼り、中へと入っていく。

(あ、リムーバー忘れた……。仕方ないから胸パッドは着けたままにしよう)

 紫苑の使用している本物そっくりの胸パッドは特殊接着剤を使用しているため専用リムーバーを使わない限り簡単には外せない。
 取りに戻るのも億劫だった紫苑は着けたまま身体を洗い、湯船へと踏み入った。

「あぁ……生き返るぅ」

 そしていつ以来かわからない入浴に力が抜け、思わずその容姿に反したオッサンのような言葉を漏らす紫苑。彼のファンが聞いたらどういう反応を示すのだろうか。

 だが、その安寧の時間もあっさりと打ち破られた。

 何者かの扉を開く音によって……。


 

 

第三十二話 共犯者

「う……」

 ゴーレムからの襲撃騒動が収まって数時間後、一夏は全身の痛みに追い立てられて目を覚ました。意識がぼんやりと覚醒するなかで周囲を見渡すと、どうやら自分はベッドの上にいるのだと気付いた。
 ベッドの周りはカーテンで仕切られていて、その隙間から僅かに見える棚には薬品なども並んでおり、それを見てここは保健室であると理解する。

 何故自分が保健室にいるのかと考えた時に、ようやく自分が未知の相手と先ほどまで戦闘していたことに思い至り、ベッドから飛び出そうとするも再び襲い来る痛みによってそれは阻まれた。

「全く、だから無茶をするなと言った」

 確認もなく無造作にカーテンが開け放たれる。
 その乱暴な言動にも関わらず、その声を聞いた一夏はそれが誰かを確認するまでもなく僅かに安堵する。そしてすぐに思い出す、先ほどまでの戦いを。

「あいつは……どうなったんだ? 千冬姉……箒は!?」

 普段は学内でそう呼ばれることを良しとしない千冬だが、この時ばかりは特に注意するでもなく状況の説明を始めた。

「襲撃者は全て撃墜した。篠ノ之は無事だ……とは言い難いな」
「なんだって!?」

 箒について言葉を濁す千冬に、一夏は最悪の事態を想定してしまう。思わず声を荒げるが、やはり痛みが全身を駆け巡り蹲る。

「ずっと説教していたからな、ぐったりしているよ。あの軽率な行動に対して学園としては処分なしの通達が出ているが、考えなしな行動がどんな結果を招くか理解させねばなるまい? 今は反省文を書かせているよ、そのあとまた説教だ」

 先走った想像をしていた一夏は今の千冬の言葉を理解するまでに僅かに時間を要したが、やがてその意味するところに気付くと、先ほどまでの真っ青で悲痛な表情は赤みを帯びて拗ねたような表情へと変化する。

「ち、千冬姉! そんな……いてて。ひどいや、体中痛いってのに」
「ふふ、無茶をするからだぞ。そもそも、その痛みの原因のほとんどは限界を超えた挙動に対する副作用のようなものだ。加えて……絶対防御までカットしたな? 砲撃を受けたときに完全に動作していなかったようだ。よく……無事だったな」
「千冬姉……」

 一夏は自分があの時に何をしたのか、絶対防御のカットとは何か、など解らないことだらけだったが、最後の言葉で千冬が自分のことを心配してくれていたであろうことだけは伝わった。

「心配かけてごめん」

 その言葉に、一瞬驚いたような様子の千冬だがすぐにいつもの表情に戻る。僅かな笑みを残しながら。

「そう思うのなら無茶はするな。私の弟だから、そう簡単に死なないのは知っているがな」

 そう言った千冬の表情は、確かに姉のものだった。

「失礼します……」

 と、そのとき保健室の扉が開く音と共に力の無い声が聞こえてくる。これも一夏のよく知っている声だった。

「箒か?」
「一夏……」

 声をかけるまでは明らかに沈んでいたが、顔を合わせると多少はその表情に力が戻っていた。
 
「反省分は書き終わったのか?」
「はい」
「よし、なら10分後にまた生徒指導室に戻れ」
「……わかりました」

 そのまま千冬は保健室を後にする。
 箒は現在千冬による指導中のため、一夏の見舞いにきたというより千冬へ報告に来たのだろう。だが、千冬が10分という時間を与えたことで見舞いの許可を得たことになる。

「一夏、済まなかったな。私があんなところで声をかけなければお前が……そんな状態になることもなかったかもしれん」
「……どうしたんだ、なんか悪いものでも食ったか?」
「な、なんだと!?」

 珍しくしおらしい様子の箒を見て、一夏は訝しげに声をかける。
 
「いや、ほら。お前がそんなこと言うなんて……。『軟弱者!』くらい言われると思ったんだけど」
「お、お前の中の私はどんなイメージなのだ……」

 概ね間違ってはいないと思われる一夏の指摘に、自覚がなかったのか箒は僅かに項垂れる。

「あ~、いや。でもビックリしたぜ、いきなりあんな大声が聞こえてくるんだから」
「う、うるさい! だいたい、お前がさっさと倒していれば私があんなことする必要もなかったんだ……おかげで私は説教漬けなんだぞ、どうしてくれる!」

 いつもの調子が戻ってきた箒の様子に一夏はホッとする。やっぱり箒はこうでないと、と思うのだが半月もしないうちにあのしおらしい箒のほうがよかったかも、と思い直すのは別の話である。



 事件から数日、一夏の体調も回復し日常が戻ってくる。もっとも、その日常が平穏かというと決してそうではないのだが。

「セシリア、アンタちょっと一夏に引っ付きすぎなのよ!」
「まぁ、鈴さんこそわたくしに隠れてコソコソ何かやっているのではなくて!」

 もともとこの二人は争っていて、だからこそ決闘騒ぎまで起こったはずなのだが今では何故か名前で呼び合っている。お互いが認め合ったのだろうか……仲が良くなったかと言われると疑問ではあるが。

「い、一夏。大丈夫か? 無理はよくないぞ?」
「お、おう。大丈夫だ」

 箒は箒で思うところがあるのかほんの少しだけ一夏に対して素直になったようだ。既に部屋を出ており同居人ではなくなっているが、その直前に行った告白のような宣言の影響もあるのだろう。もっとも一夏はその意をまるで理解していないが。

「箒! それに一夏……なに鼻の下伸ばしてるのよ!」
「箒さん!? 一夏さんももっとシャンとしてください!」
「俺のせいなのか!?」

 そして箒のその僅かな優しさが、一夏のさらなる気苦労を生んでいるようだ。
 
「ホームルームを始める、席につけ! 凰、お前も早くクラスに戻れ!」

 救いの声……といえるかはわからないが、教室の扉が開き千冬の声が響き渡る。
 騒がしかったクラスの生徒もすぐに席へと戻り、鈴も慌てて自分のクラスへと戻っていった。そして静まり返る教室内を見渡して千冬が再び口を開く。

「よし、まずは転校生を紹介する。ボーデヴィッヒ、デュノア、入ってこい」

 その言葉にざわつきが起こる。それも当然だろう、つい先日にも別クラスだが一人転校してきたばかりだ。それがこの短期間に、しかも二人とくれば何かあると思うのが自然だろう。
 そしてざわつきは、その転校生が入ってくることでさらに大きくなる。

 一人は小柄な銀髪の女生徒。眼帯をしているのが特徴的で、表情は険しい。その容姿はどこか普通ではないものの、この学園においてはもはや騒ぐほどではない、と言えた。誰のせいとは言わないが。

 問題は、もう一人である。
 線の細い顔立ちに、綺麗な金髪を後ろに束ねた姿は美少女と言って差し支えない。しかし……。

「え、男……?」

 クラス内のどこからか漏れた呟き、しかしそれこそがこのざわつきの原因だ。
 その転校生は一夏と同じ制服……男子用の制服を着ていたのだ。



「シャルル・デュノアです。ご覧のとおり男ですので、こういった環境では不慣れなことも多いと思いますがよろしくお願いします」

 ご覧のとおりと言われても見た目は女の子みたいだ、と心の中でツッコミをいれた者は少なくないだろう。だからといって男であることを疑っているかというと、そうではないらしい。
 千冬はその自己紹介を聞きながら、脇で少しだけうんざりした表情をしている。それは決して、シャルルの自己紹介に対してではなく、これから起こるであろうことに対してだ。
 案の定、教室内に響き渡る黄色い声。騒ぎ立てる生徒たちを鬱陶しそうに見つめる千冬。彼女にとっては毎年付き纏うこの声だが、未だに慣れないようだ。

「あぅ、まだ自己紹介が終わっていないので静かにしてください~」

 真耶がオロオロしながらその場を鎮めようとするが、相変わらず威厳が感じられないその声に従う生徒は少ない。

「黙れ、騒ぐなと言っている」

 だが、続くこの声に逆らう愚か者はこのクラスには残っていなかった。入学して間もないとはいえ、すっかり彼女の厳しさは浸透している。主にその弟に振り下ろされてきた出席簿によって。

「……挨拶をしろ」
「了解しました、教……織斑先生」

 千冬は周りが静かになったことを確認して、もう一人の転校生に挨拶を促す。
 それに了承の意を伝えようとした矢先、途中で彼女が睨んでいることに気付き、あわてて呼び名を正して答えた。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 直立不動のその佇まいは多くの人が想像するであろう軍人のそれだった。
 あまりに簡潔すぎる自己紹介に、周りの反応は鈍い。というよりもどう反応していいのかわからない。

「あの……終わりですか?」
「あぁ、以上だ」

 恐る恐る問いかける真耶への返答は無情だった。別に彼女が悪いわけではないのに、涙目になってしまっている。

 そんな教師を無視して、ラウラは何かに気付いたように歩き出す。やがて立ち止まった先は一夏の前だった。

「貴様が……!」

 そう言いながら、思いきり彼の頬を引っぱたく。
 あまりの衝撃に、一夏は椅子から転げ落ちてしまった。

「ぐはっ」

 やや情けない声を出しながらひっくり返る一夏。
 ラウラとしても、千冬に言い含められていたこともありそこまで強く叩くつもりはなかったのだが、数日前の出来事でイライラが募っていたこともあり、半ば八つ当たり気味になってしまった。
 そんなことを知る由もない一夏は訳がわからず混乱している。そこに、追い打ちをかけるようにラウラの一言が襲い掛かる。

「貴様のせいで……貴様に汚されたこと、許しはせん!」

 その瞬間、空気が凍る。誰の、何を、といろいろと足りない彼女の言葉は誤解を招くに十分だった。

「……一夏さん?」
「……一夏?」
「いや、ちょっと待て!?」
「あなたという人は!」
「問答無用だ!」

 新たに出現した鬼二名が一夏に追撃を仕掛ける。そもそもの発端であるラウラもさすがにこの展開にはついていけず、さきほどまでの怒りの表情は薄れて呆気にとられていた。殴ったことで溜飲が下がったことも一つの理由なのかもしれない。
 一方、千冬はというと先日の忠告にも関わらず問題を起こすラウラを見て頭を抱えたが、意外と元気そうな弟の姿と、その様子を見て呆けているラウラを確認してどうしたものかと思考を切り替える。とりあえず、ラウラ他数名の説教は確定した。

「静かにしろ! ボーデヴィッヒ、オルコット、篠ノ之、織斑、貴様らは放課後に指導室へ来い!」
「な、なんで俺まで……」

 朝一で放課後の説教が決まり、項垂れる一夏。
 その後新たなルームメイトであり、同じ男子ということで仲良くなったシャルルと一緒に迫りくる女子から逃げ回り、放課後は千冬による説教に巻き込まれ、彼が本当に安堵したのは放課後にセシリアと箒の誤解が解けたときだった。
  
 




  
「髪の毛、だいぶ伸びてきたなぁ」

 僕は初めての大浴場で、入学時と比べてかなり長くなった髪の毛を丁寧に洗いながら一人ごちる。
 もともとは肩ほどまでだったものが、人より伸びやすい体質もあって今では腰に届くほどまで伸びている。僕としては手入れも面倒だし、昏睡から目覚めたときに切ろうとしたのだけど、束さんが泣きそうな目で見るせいで切るに切れなかった。学園に戻ったら戻ったで楯無さんが嬉しそうに僕の髪を弄る。どうやら、彼女も短くするのは反対のようで、なし崩し的にそのままだ。手入れは楯無さんも手伝ってくれるから助かってはいるんだけど……。

「ふぅ……転校生、か」

 身体を洗い終えた僕は、久方ぶりに浸かったお湯に惚けながら二人の転校生について考える。

 衝撃的な出会いになった、ラウラ・ボーデヴィッヒ。どうやら彼女は転入初日で織斑君を引っぱたいたらしい。それも強烈な一撃で。もしかしたら僕とのことでイライラしてたのかもしれない、織斑君ごめんね。
 千冬さんに聞いた話では、千冬さんのモンド・グロッソ二連覇がかかった試合の折に、織斑君が誘拐されてしまい、それを助けるために彼女は試合を捨てたらしい。千冬さんを崇拝するボーデヴィッヒさんは織斑君が原因と逆恨みしているようだ。完璧だった千冬さんに汚点を作ったことが許せないんだろう。
 僕のときといい、少し思い込みが激しいみたいだね……。

 そしてもう一人……シャルル・デュノア。経歴や状況から見てかなり怪しいんだけれど、証拠がない。とはいえ、僕が下手に動くと藪蛇になる可能性があるから様子を見るしかない。何かきっかけがあればいいんだけど……。

 しばらくそのまま考え込んでいると、かなり時間が経過していたのか頭がボーっとしてくる。のぼせてしまったか、と僕は慌ててお湯から出て、フラフラと出口へと向かう。

 そして……思いがけず浴場の扉が開き何者かが入ってきた。瞬間的に僕は手にしていたタオルで体の一部を隠す。

 入ってきたのは金髪の少女だった。相手も、まさか人が入っていると思わなかったのか僕を見て驚いている。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 慌てて出ようとする彼女を、いまだ定まらない思考でボーっと見ながらその顔に見覚えがあることに気付く。まともな思考だったら、このまま彼女を行かせて何事も問題なく済んだかもしれない。しかし考えることが億劫になっていた僕は、脳裏に浮かんだことをそのまま口に出してしまった。

「……デュノアさん?」
「!? ……あっ!」

 僕の呟きに明らかに狼狽したその少女は、足を滑らせそのまま倒れてしまう。

「あ、危ないっ!」

 何も考えず、ただ反射的に倒れかけた少女を支えようと滑り込み……そのまま巻き込まれて僕も一緒に転んでしまった。

「……だ、大丈夫ですか?」
「は、はい……え?」

 無理な体勢になってしまったこともあり、激しく倒れたがどうやら怪我はないようだ。僕も特に痛むところもなく安堵していると、彼女が驚愕の表情で僕のほうを見ている。その視線の先は……胸?

「どうし……!?」

 どうしたのか、と聞こうとしたが自分の胸を見て言葉が詰まる。
 つけっぱなしだったパッドだが、転んだ衝撃なのか何かにひっかけたのか、激しく裂けてしまっていた。

「なんで……!?」

 明らかに大怪我ともいえる傷から一滴の血も流れていない異常な光景に少女は目を逸らす。その先は……。

「え、男……?」

 僕の下半身だった……。

「あ、うあ!?」
「え、あ、え……ご、ごめんなさい、え! あうっ!?」

 思わず飛び退いてタオルで隠すも遅かった。彼女も飛び跳ねて、慌てて離れようとするも無理な体勢が祟り、再び転んでしまう。

「きゅぅ……」

 さすがにこの状況で再び助けることができるほど冷静ではなく、彼女はそのまま地面に倒れ込み気を失ってしまった。

「あぅ……どうしよう……」

 浴場で全裸で気絶する少女の前にいる同じく全裸の男もどき。完全に犯罪者だ、どうしてこうなった……。

 僕はなるべく裸を見ないように、混乱する思考をまとめつつ目の前の少女が怪我をしていないことを確認する。そして再びこの後のことを考えて頭を抱えることになる。



「で、攫うことにしたと」
「人聞きの悪いこと言わないで!?」

 僕一人ではどうしようもなかったので、すぐさま楯無さんを呼んだ。
 裸の女の子を僕がそのまま介抱するわけにもいかないし、放置するなんてもってのほかだ。仕方ないので、楯無さんに服を着させてもらいなんとか見つからないように楯無さんの部屋に連れてきた。
 本当は保健室に連れて行くのがいいんだろうけど、僕と彼女双方の事情を鑑みて部屋にした。幸い怪我はなかったので、気を失ったのは倒れた衝撃と……うん、考えたくないけど僕を見た衝撃だよね。客観的に見て裂けた偽乳つけた全裸の男ってトラウマになるレベルかも……あぅ。

「一人で悶々してるところ悪いけど、これからどうするつもり?」

 楯無さんの声に我に返る。どちらにしろ、男であることがバレた可能性は高い。例え僕の顔までは覚えてなかったり、気絶したことで例え夢だと勘違いしたとしても僅かでも疑念が残れば後々命とりになってしまう。
 だったら、すべてを話して味方に引き入れるほうがリスクが少ないと思う。
 もちろん、この子の反応次第ではそれも難しいかもしれない、その場合は楯無さんに協力してもらってでも対策しないといけない。僕の正体がバレるだけで済めばいいけど、下手をすれば楯無さんや千冬さんにも被害が及ぶ。それだけは避けたい。

 脱衣所に残された制服などからこの子がシャルル・デュノアを名乗って転校してきた本人だというのは確認できた。なら、最悪の場合でもそれを盾に黙らせることも出来る。

 でも、できれば僕としてはそれは最後の手段だ。僕は、家の事情に振り回されてやってきた彼女のことを他人事に感じることができなかった。
 もちろん彼女が織斑君を害したり、僕らへ敵対する可能性があるというのなら容赦するつもりはない。でも、話してみて為人が問題なかったら……友達になれるかもしれない。僕と楯無さんがそうであったように。

「敵対するなら強行手段も止む無し、けどまずは話を聞いてみたいかな」
「そ、私も同意見よ。ふふ、この子の状況、以前のあなたそのものだものね」

 やっぱり楯無さんは御見通しだった。

「ん……」

 そうこうしているうちに眠っていた少女から声が漏れる。どうやら目が覚めたようだ。

「気が付いたかしら、シャルル・デュノア君?」
「ここは……あ!?」

 まだ頭がボーっとしているのか、自分の周囲をゆっくりと見渡す。やがて僕の存在に気付いて、先ほどまでの出来事を思い出したのか声をあげる。

「目が覚めましたか? お風呂場で気を失ってしまったので勝手ながら部屋に運ばせていただきました。あ、安心してください、服を着せたのはそちらの生徒会長ですので」
「更識楯無よ」

 僕がそう言うと、手をひらひらさせながら自分の名前を名乗る楯無さん。
 この時点で彼女はどうやら、全てが露見したことを悟ったようだ。その様子を見るに僕が男だということも覚えているだろう。ならば、男の僕がこの学園にいることを罵るくらいしてもおかしくない、にも関わらずそれをしなかったのは自身のことに思い至り自制したのかもしれない。だとしたら、冷静かつ客観的に物事を判断できる彼女のことはむしろ好ましいと思える。

「さて、まずは名前を教えてもらえるかしら? もちろん、本当の、ね」
「……シャルロット・デュノアです」

 その後、彼女からこれまでの経緯を教えてもらった。
 それは僕と楯無さんが想像した通り、経営危機を迎えたデュノア社による一世一代の賭けだった。愛人の子ということで隠されてきた彼女の存在を利用した茶番。そこに彼女の意思は微塵もない。本当の母親も死んだ今、彼女に味方はいなかった。

「……最後に一つ聞きたいのですが、あなたはこれからもデュノア社に従い続けるのですか? このまま露見すれば間違いなく国際問題、デュノア社も終わりですよ?」
「僕……私は、本当はこんなことしたくないんです。義母……本妻の命令なんて聞きたくなかった。でも、父にまで頼まれたら断れなかったんです、申し訳なさそうな顔で、泣きそうな顔で頼まれてしまっては……」

 俯きながら、涙を堪えるように震えつつ、ぽつぽつと言葉を紡ぐデュノアさん。
 その言葉は彼女の心からの言葉なのだろう、そう思えた。いや、信じたかった。

「なら、次は僕の話も聞いてもらえるかな? 君も気になっているだろうし、ね。遅くなったけれど、僕は西園寺紫苑。それが本当の名前」

 急に口調が変わった僕に驚いた表情を見せる。

「一夏達から西園寺……紫音さんのことは聞いてました。でもまさか……」
「男だと思わなかった?」
「……はい」

 言葉を遮るように割って入った楯無さんの言葉に頷く。

「あの、あなたも知っていたんですか?」
「えぇ、知っているのは私と、あとは織斑先生だけね」
「織斑先生まで……」

 よほどショックだったのだろう、そのままあれこれと考え込んでしまっている。

「許されることじゃないのはわかってるんだけど僕の話を聞いてから決めてほしい。僕のことを公表して学園から追い出すか、それとも……」

 その先は敢えて何も言わず、僕はこれまでの経緯を話す。生まれのこと、紫音のこと、父のこと。もちろん全部ではないけれど、嘘はつかずに隠す部分は隠す。自分で話していてなんて波乱万丈な人生だと心の中で苦笑しつつ、一通り話し終えるとデュノアさんはいつの間にか涙を流していた。
 それを見て、僕は彼女が僕のことを進んでバラすことはない、と確信した。あとは彼女の問題だ。

「僕は、君が望むならこのまま学園にいてもいいと思っている。もちろん、デュノア社やフランスに対する対抗策も考える、そこら辺は楯無さんや千冬さんに協力してもらうことになるけどね。でも、少なくともこのまま学園含めて隠し通すつもりでやれば三年の猶予があるから不可能じゃない」
「そうね、紫苑君なんて隠し通すどころかお姉さまなんて呼ばれて信奉者作ってるしね」
「ち、ちょっと楯無さん!?」

 真面目な話をしていたはずなのに急に茶化されて僕は慌てる。 
 でも、おかげで少し緊張しすぎていたのが解れた気がする。それはデュノアさんも同じかもしれない。それを狙ってやったのか……いや面白半分だろうなぁ。

「僕はね、最初はただ命令だからこの学園にいた。でも、今は楯無さんがいる、フォルテさんやダリルさん、他にもお世話になった人が大勢いる。その人たちを騙している事実は変わらないけど、でも僕はいまこの学園に通い続けたいと思っている。デュノアさんはどうなのかな?」
「私は……わかりません。でも、今までまともに学生生活なんてしたことなかったから、この数日は楽しかったかな。戻ってもまた道具として扱われるくらいなら……私はここにいたいです」

 その言葉を聞いて、僕は楯無さんの方を見ると彼女は満足そうな顔をしていた。僕もきっと同じような顔をしているのだろう。

「なら、僕たちは今から共犯者だね。そして……お互い理解し合えた本当の意味での友達、かな」
「……はい!」

 力強い返事のあと、再び彼女は泣き出した。
 よほど辛かったのだろう、気持ちはよくわかる。いやむしろ、普通に考えて女子の中に男子が紛れるほうが辛いよね? そう思って泣きやんだあとによくよく話を聞くと、織斑君が『一緒に着替えよう』とにじり寄ってきたり『裸の付き合いって大事だぜ』と言って大浴場に連れて行こうとしたりして大変だったらしい。
 織斑君……千冬さんは否定してたけどもしかして本当にそっちの気が……いやいや。
 デュノアさん曰く、サッパリした性格の彼のことは好ましくは思っているもののちょっと怖かったそうだ。ちなみに泣いてしまったのはそれが原因ではなく、誰にも話せないせいで追い詰められていて、こうして話したことで緊張の糸が切れてしまったとのこと。

 そもそもあの時間に浴場に入ってきたのは部屋のシャワーを使うのも少し気が引けたからだったらしい。立ち入り禁止の札があれば誰も入っていないと思ったら僕がいた、という訳だ。

 デュノアさんが落ち着いたのを見計らって、これからのことを煮詰める。

 まず、デュノアさんは生徒会へ所属する。事情を知っている以上、巻き込んだほうがむしろ安全かもしれない。亡国機業のこと、危険を伴うことも話したうえで了承を貰った。友達のために協力するのは当然、と恥ずかしがりながら話す姿に僕も思わず泣きそうになった。楯無さんがニヤニヤして見てたから泣けなかったけど。

 僕ら二人のことについては当然ながらこのまま隠し通す。
 デュノアさんに関しては、僕らや千冬さんは最初から疑ってかかっていたけれど、それ以外にはどうやら自然と受け入れられているようだ……信じがたいことに。こうして見ると、やっぱり完全に女の子だとわかるんだけどねぇ。
 で、一番不安な今後の部分に関しては……。

「そのままだと男子には見えないし、いずれバレちゃうわ。ここにアカデミー賞ものの先生が丁度いるんだし、いろいろ教えてもらいなさいな」

 ということらしい。その言葉は非常に不本意ながら、確かに男の僕が気を付けるべきことを教えてあげればそれだけリスクは減ると思う。今回は……まぁこういうイレギュラーが起こったんだけど、ね。

 結局、生徒会へ入った折に僕が職務指導する立場になることで一緒に演技指導をすることになった。

 どうなることかと思ったけれど、ひとつ大きな問題が解決に向かう。もちろんデュノアさんの問題が継続する訳だけど、得たものは二人にとって大きい。
 僕にとっては楯無さんに続いて二人目の、そして彼女にとっては初めての、この学園での共犯者(友達)だ。

 あ、千冬さんにも事情を説明しないと……はぁ。


 

 

第三十三話 蠢く思惑

 
前書き
消えていた……もしくは更新失敗していた分の再投稿です。

混乱させてしまい申し訳ありません。 

 
「あの……西園寺さんはなんで僕のことを? 確かに僕は西園寺さんのことを知ってしまったけど、それはお互い様だから脅すこともできたのでは?」

 デュノアさんと話してからしばらく、彼女も落ち着いたようで再びお互いのことを話し合った。
 彼女の一人称が僕に戻っているが、どうやら入学前に男として振る舞うように徹底的に刷り込まれたらしく、今ではそちらの方が違和感がないらしい。
 僕もそのことを自分に重ねてしまい、よっぽど苦い顔をしていたのだろう、デュノアさんが僕を見て苦笑いしていた。

「さっきも言ったけど、他人事だと思えなかったから、かな。僕と君は似ている、家に振り回されISに翻弄され、自分の意思なんて関係ない。でもここでなら、少なくとも僕や楯無さんなら今の君を受け入れるよ。たぶん、千冬さん……織斑先生もね」

 デュノアさんの問いに、僕は素直に答える。結局は自己満足なのかもしれないけれど、力になりたいと思った。もちろん、自分の正体がバレないようにしたいという打算的な部分があったことは否定しない。でもそれ以上に、彼女の話を聞いて助けたいと思った気持ちは嘘じゃない。
 彼女も僕の話を聞いて同じように感じているのか、複雑そうな顔をしつつも一応は納得したようだ。

「ところで、シャルちゃん。この件にフランスはどこまで関わっているのかしら?」

 突然の横やりに、先ほどまでのしんみりとした空気が一変する。
 その声の主……楯無さんに直前まで浮かべていた笑みはなく、その表情は真剣そのものだ。口調は相変わらず軽いが、そこに込められた圧力は僕らの意識を強制的に切替えさせた。

「わかりません……最初はデュノア社の独断だと思ったけど、よくよく考えたら僕が代表候補生になった以上は無関係であるはずないですよね」
「となると、いつでも切り捨てられるように伏せていた可能性が高いわね。まぁ、いいわ。とりあえず、紫苑君に日常生活における注意事項を聞いたら今日は部屋に戻りなさい。あまり部屋に戻るのが遅いと不審に思われるでしょ? 生徒会とかに関する細かいことは、また後日話しましょう」

 その言葉に僕は頷いて、デュノアさんに思いつく限り気を付けるべき事柄を説明する。男の立場から違和感を持ってしまいそうなことなどを中心に、織斑君との同部屋でありえそうなこと……特にシャワーの使い方や着替えに関する注意をした。必ず鍵をかける、鍵をかけられない場所では着替えないこと。こういうのを忘れたときに限って織斑君入ってきそうだよね……うん。

「織斑君ってラッキースケベ体質を絶対持ってるわよね」

 というのは楯無さんの談。僕も何故か妙に納得してしまった。
 あと、授業で着替える際に大変なら最初から着込んでおけばいいと伝えると、何故か驚いた表情で固っている。どうやら気が付かなかったらしい。
 ……今さらだけど、フランスはよくこんな素直な子を潜入させる気になったね。

「あ、そうそう。トイレ使い終わったら基本的に便座あげておきなさいよ」

 再び空気が一変する……先ほどとは全く違った方向へ。
 デュノアさんは最初なんのことかわからなかったようだけど、僕の方を見て……急にその顔が真っ赤に染まった。視線がやや下のほうに向いている気がするけど、きっと気のせいだ。



「らしくなかったんじゃない?」

 デュノアさんが自分の部屋を出ていったあと、僕は楯無さんに先ほど急に話に割って入ったときのことを聞いてみた。彼女は確かに突拍子もない行動をとることはあるけど、あんな風に強引に話を自分に引き込むようなことはしない。もっと自然に、相手を自分の思い通りに誘導していくことが多い。

「そう……ね。ちょっと焦っているのかもしれないわ」
「なにかあったの?」
「……きな臭いのよ。紫苑君も感じているんじゃない? ISの軍事転用禁止。今や形骸化しているこの条項だけど、きっかけはどの国だったか、きっとあなたなら知ってるわよね?」

 そう、最初からISが兵器として使われていた訳ではない……まぁ、束さんは恐らく軍事利用されることを見越していたんだろうけど。
 日本人である束さんが開発したことで、IS技術は日本が独占していた。それを、ある意味奪うために全世界が共謀して作り上げたのがアラスカ条約だ。
 このアラスカ条約には軍事転用やコアの取引の禁止が記されている。でも、これは逆を言えばこのまま日本が条約に調印せずに技術を独占するということは、軍事転用により世界平和を脅かす存在となり得るというのを自ら認めることになる。ある意味、国際世論を人質にとった強引なものだった。

 そして、技術さえ確保してしまえばもうこの条約にほとんど意味はない。もちろん、軍事転用した国は非難されるだろう、でもその国がわからなければ……? つまりは……。

「全ての国、だね」

 同時だった。まるで示し合わせたかのように、他国に対する抑止力という名目で世界中で軍事配備が始まった。タイミングがいいことに、この少し前から各国でISの強奪事件が起こっていて、その強奪されたISによる事件もいくつか発生していた。

「えぇ、そうよ。そして、今また世界各国が同時に動き始めた。欧州のイグニッション・プランを始め、アメリカでも某国と共謀して新型機を開発しているという情報もあるわ。中国と……私が言うのもなんだけどロシアも怪しい動きを見せている。そして、何より亡国機業と先日の正体不明機。その全てに何かの……誰かの思惑がある気がするのよ」

 その言葉に、僕は束さんの姿を思い浮かべてしまった。
 たしかに彼女の思惑がどこにあるのか、未だによくわからない。もしかしたら、ISの開発から今に至るまで彼女には想定済みで世界は彼女の掌の上で踊らされているんじゃないのかと思うことすらある。

 そこまで考えて僕はそれを振り払う。馬鹿馬鹿しい、意図的に世界の軍事的な緊張を高めて何をするというのか。そもそも、それでは妹の箒さんを守りたいという彼女の根本的な想いからかけ離れている。

 彼女の目的は、箒さんを守ること。そのための手段としてアルティメット・フォームが必要だと言った。でも、なんのために……? 
 駄目だ、情報が少なすぎる。

「篠ノ之博士が絡んでいるかもしれないのね?」

 僕の考えていることがわかっているかのように、楯無さんが問いかけてくる。
 問いかける、といってもその言葉は半ば確信をもっているように思えた。

「たぶん、ね。どの部分に関わっているかはわからないけど無関係ではないと思うよ。でも相変わらず連絡が取れないんだ」

 僕の言葉にも特に表情を変えることなく、やはりといった様子でうなずく。

「ま、想像に想像を重ねて推論を積み上げても碌なことにはならないわね。まずは目の前の状況に対応していきましょう」

 その日の話はこれで終わる。
 でも、一連のことを考えるたびにチラつく束さんの姿を僕は最後まで振り切ることができなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「全く……楯無のことといい今回のデュノアのことといい、お前は運が良いのか悪いのか」

 翌日、千冬さんに事の顛末を報告すると彼女は頭を抱えながら、呆れたような声をかけてきた。

「あ~、うん。そうだね……反省してます」

 僕の正体が二人にバレて、それを公表されるどころか味方になってくれるなんて普通に考えればあり得ないことで。これがもし他の人だったらこうはいかなかったかもしれない。
 結果的に、僕は味方が増えたけれど都合のいいことがそう続くとは思えない。これから先は、もう二度とこんなことがあってはいけないと思う。

「まぁ、いい。デュノアの件も了解した、あとで私も直接事情は聞くがこのままで問題ない。学園でのサポートは私もしよう……裏に関してはお前と更識が動くのだろう?」

 特に僕から持ちかけることもなく千冬さんはこちらの思惑を理解してくれた。千冬さんの立場からしたら、当然ながら学園側に報告するべき事案にも関わらず、それをしない。
 基本的に、彼女は国にも学園にも縛られない。ただ自分が正しいと思うことをする、それはどれだけ大変なことなのだろう。

「僕……というよりほとんど楯無さんだけどね。下手な小細工を学園に持ち込まれたことにけっこう怒ってたから……こうなってはデュノア社には正直同情するよ」

 学園側のサポートは、クラスの担任である千冬さんができる。デュノア社とフランスへの監視と抑えは楯無さんが更識を動かしてくれる。正直、僕は双方のサポートくらいしかできない。

 楯無さんは、この学園に特別な感情を抱いている。クラスメイトや生徒会の面々、そして何より妹の簪さんがいるこの場所……自惚れでなければそこに僕も入っている。
 彼女はそんな学園を、友人達の平穏を脅かすことを何より嫌っている。だからこそ、それを齎す存在に対しては容赦はしない、それが例え個人であっても企業であっても国であっても……ISの開発者であっても。
 今回、楯無さんがデュノアさんを抱え込む形をとったのは、もちろん彼女に対する多少の同情のようなものがあったかもしれないけれど、それ以上に黒幕に対する切り札になると思ったからだろう。

「ふっ、違いない。更識からは私の非常識な友人に近しいものを感じるからな、相手にとって碌なことにならんだろう」

 皮肉を込めたようなその言葉の影には、未だ連絡の取れないその友人に対する若干の非難が含まれていたのは気のせいではないと思う。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「完成……しましたね」

 僕の目の前で、雪のように白いISを身に纏う簪さんに向かって静かに声をかける。
 千冬さんへの報告を済ませた僕は、最近の日課ともいえる整備室での簪さんの手伝いをしていた。

「はい。出力も最初の予測に比べて15%も上がっています。これも……西園寺さんのおかげです、ありがとうございます」

 ISを待機状態であるクリスタルの指輪に戻しながら簪さんが僕の近くに歩み寄る。

 あの日以来、簪さんとは彼女の専用機『打鉄弐式』の開発を一緒に進める中で徐々に打ち解けてきた。最初こそ余所余所しさや遠慮のようなものがあったけれど、今では以前のような棘のようなものは微塵も感じられない。

「あなたが……簪さんが変わったからですよ。私はそれに応えて、少し手助けしただけに過ぎません。私だって、楯無さんだって一人でできることは限られています。それを認めて、必要な助けを求めた上での結果なら、それはやっぱりその人の力なんですよ」

 開発の過程で、僕は彼女に名前で呼んで欲しいと言われて応じている。『更識』では姉も一緒だから嫌だと言っていたけど、その顔は少し赤らんでいたのでその言葉は本心ではないのだろう。
 一方の僕はそのまま何も言わず名字で呼んでもらっている。ボーデヴィッヒさんの一件のせいか、紫音と呼ばれることに少し抵抗を覚えてしまった自分を否定できないでいる。今まで意識の外にいた、自分以外の紫音という存在……姉である本当の紫音の存在が今では常にチラついている。
 その名前で呼ばれるたびに、偽りの自分を目の前につきつけられているようで酷く不安を感じるようになってしまっていた。
 
「はい」

 僕の言葉に苦笑しながら、それでも以前は見せなかった自然な笑みがそこにはある。
 そんな表情を今は簡単に見せてくれるけれど、少し前には考えられなかったことだ。こうなってくると、僕が何故ああも敵視されていたのか気になってくる。

「ふふ、あの時の簪さんは私の話なんて聞いてくれませんでしたものね」

 なので、話のきっかけになればとちょっと意地悪く言ってみる。
 すぐに簪さんは真っ赤になりながら少し俯いてしまう。

「ぁぅ……ご、ごめんなさい」

 普段と違った僕の物言いに怒っていると思ったのか、恐縮したように静かに呟く。

「あら、別に怒ってはいませんよ。簪さんがあのようなこと言うには相応の理由があったということでしょうから。でも、私には身に覚えがなかったので謝ろうにも謝れなかったんですよ?」

 我ながら卑怯な言い方だとは思うけれどあの時は……今でもだけど本当に理由が分からなかったし取りつく島もなかった。それを聞くついでにちょっとくらい仕返しするくらい罰は当たらないと思う。

「あ、あの……怒らないでくれますか?」

 いまだ縮こまった状態のまま、少し上目遣いで僕に問いかける。
 その姿が、母親の前にいる悪戯がバレた子供のようで内心で苦笑しつつそれは表に出さないようにして頷く。って、それだと僕が母親じゃないか、違うよ!?

「……笑わないでもくれます?」

 さらに頬を朱色に染めて問いかけてくる。僕は再び頷くも、その仕草になんというか保護欲のようなものが刺激される。これが母性本能……って違うよ、そんなものに目覚めて僕はどこに向かうのさ!?

 そんな僕の心の内の葛藤なんて彼女は知る由もなく、話す決心がついたのか僕に真っ直ぐと向き直る。

「……羨ましかったんです」

 紡がれた言葉は、予想外のものだった。

「羨ましい?」

 思わず聞き返してしまう。羨ましい、というのがどうしてあの時の彼女の態度に繋がるのか、そもそも何に対してのものなのか理解できなかった。

「最初はお姉ちゃんと互角に戦った人がいるって聞いて、凄いなと思いました。たまに話すときでも、お姉ちゃんはあなたのことばかり楽しそうに話してました。そのとき、あぁこの人はお姉ちゃんに認められているんだな、って思って少し悔しくなって……」

 そこまで聞いて理解した。やっぱりこの子は楯無さんのことを嫌ってなんかいなかった、と。
 僕はなぜか自分が避けられていた理由よりもそちらの方が気になってしまっていた。

「ふふ、私は別にあなたから楯無さんをとったりしませんよ。それに、最近ではあなたの方が楯無さんを避けているように見えますが?」

 僕がそう尋ねると、少し顔を顰めながら俯いてしまう。
 彼女自身が楯無さんのことが、姉のことが好きであるということを自覚していても、なお避け続けるという態度をとったことは彼女なりに思うところがあるのだろう。

「……西園寺さんが行方不明になったときに、お姉ちゃんが今までに見たことないくらい取り乱していたんです。いつも冷静で、どんなことがあっても飄々と対応してきたお姉ちゃんが、です。それを見て、あぁやっぱり西園寺さんは特別で、私はそこにいないのかな、と思ったら……。だから、自分の力で認めさせるって決めて」
「でも、今まで通りでは楯無さんが手助けしてしまうと?」
「はい、それでは意味がないと思ったんです」

 一人でなければ意味がない、そう思っていた簪さんにとっては苦渋の対応だったんだろう。いや、もしかしたら一時は本当に楯無さんのことを憎んだのかもしれない。妹ではなく、僕を選んだように見えた楯無さんに。
 どちらにしろ、良かったはずの姉妹の仲がこじれてしまった原因の一端は僕にあった。僕にその自覚はなかったにしろ、その事実を突きつけられるのは辛い。

「あ、あの。でもそれは私の勝手な思い込みでした。お姉ちゃんとも……すぐにはちょっと気まずいですけど、ちゃんと話します。だから……まだお姉ちゃんには内緒にしててください」

 僕の内心を察したのか、簪さんが慌てて言葉を付け足す。
 まだ顔は赤いけど、真っ直ぐとこちらを見る瞳は確かな決意を持っていた。これならもう、彼女が思考の袋小路に迷い込んで、また塞ぎ込むようなことにはならないだろう。

「はぁ、では私は姉妹喧嘩に巻き込まれたんですね」

 そう、またちょっと意地悪く言うと簪さんは再び顔を真っ赤にしながら申し訳なさそうな顔になってしまった。なんていうか、話を聞けば本当にただの仲の良い姉妹の初めての喧嘩に意図せず巻き込まれただけなんだから……今まで気を揉んでいた分ちょっとくらいはいいよね。

「あ~、かんちゃんだ~! あれ? しののん先輩も一緒だね~」
「ほ、本音……?」

 そのとき、間延びしたような声が室内に響き渡る。
 確認するまでもなく、この声は本音さんだ。たしか、彼女は簪さんの専属メイドと聞いていたけど、簪さんの反応に違和感を感じる。

「ど、どうしてここに?」
「えっとね、かんちゃんがここで作業してるって聞いて手伝いにきたの~」
「そ、そう。でももう終わったから……」
「あら、まだ武装の最終起動チェックが残っているのでは?」

 まるで何かを避けるように急ぐ簪さんに対して、僕は思わず残っている作業のことを口にしてしまった。
 それを聞いた彼女は苦々しげに僕へと視線を送る。
 直後、僕は先ほど口に出した言葉を心底後悔することになる。

「あ~、それじゃ私も手伝うね~」

 そう言いながら、彼女はトンカチとドリルを手に持って、具現化して置いてあった武装のもとへ向かう。

 って……なんで!? 最終チェックって言ったよね? なんでそんなの手に持ってるの!?

「ちょ、ちょっと本音さん!?」
「まかせて~」
「……はぁ」

 簪さんのため息をよそに、やる気十分の本音さんは僕らの仕事量を50%増やして去って行った。

 僕はこのとき、今まで簪さんが頑なに本音さんを作業に関わらせなかった意味がようやくわかったのだった。
 






 簪の専用機完成から二日。ついに個人別トーナメントのペアが発表された。ただし、トーナメントにおける対戦相手は当日決まる。
 ペアの組み合わせは専用機持ちの過半数を占める一年生の稼働時間を配慮して、一年生グループと上級生グループに分けられてそれぞれがペアになるようになっていた。また、人数の関係上留年している紫苑と、一年生の中でもっとも稼働時間が長いと判断されたラウラは上級生グループに入ることになった。

 つまり、紫苑が楯無やフォルテたちとペアになることはない、ということだ。

 そして行われた抽選の結果、組み合わせは以下のように決まる。

 凰鈴音&ダリル・ケイシー

 セシリア・オルコット&フォルテ・サファイア

 シャルル・デュノア&更識楯無

 更識簪&西園寺紫音

 織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ

 以上である。
 特に誰とであれ私情を挟むまいと決めていた紫苑でも、最後まで開発に付き合った簪とペアを組めたことに僅かばかりの喜びを感じていた。

 しかし、それ以上に……織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒのペアには不安を掻き立てられる。

 何かが起こる、そう感じてしまったのは無理からぬことだった。


   

 

第三十四話 黒い雨

「えっ、織斑君が襲われた?」

 それはトーナメントのペアが決まって三日後、生徒会に合流したシャルによって知らされることとなる。
 最初は緊張していたようだが、クラスメイトでもある本音がいることで次第に打ち解けられたようだ。事情を知らないほかのメンバーも、男性操縦者ということで興味はあったようだがさすがに一般生徒のように騒ぎ立てるようなことはなかった。

「はい……襲われたというよりは訓練という名目でボーデヴィッヒさんにボロボロにされたというのが……」
「あぁ……」

 事情を知るものにとっては容易に想像できる光景だった。
 初日にラウラが一夏を張り倒したことは、本音を通して生徒会面々も聞き及んでいる。彼女が軍人であることや、協調性に欠けることも彼女自身が隠していないのですでに皆が知るところだ。そんなラウラが一夏とペアを組んでまともに試合になるのかという懸念はあったが、そもそも試合前に問題が起こったようだ。

「それで、織斑君はどうなったの?」

 半ば呆れたように楯無が訪ねる。こうしてシャルから話を聞くまで生徒会が知らなかったということは、そこまで大事になっていないということだが、確認の意味を込めて聞いている。

「おりむーなら織斑先生に説教されてるよ~」
「は?」

 本音から予想外の答えが返ってきて思わず惚ける。
 なぜ被害者の一夏が説教を受けなければならないのか。

「あ、怪我はなかったみたいです。精神的に参っていましたが織斑先生が言うには『その程度で軟弱な』、らしいです」

 シャルの補足で再び納得する。確かに千冬ならやりかねない、と。

 もともとラウラは一夏や紫苑に対して何らかの行動を起こすつもりでいた。しかしながら、事前に問題を起こしてしまったが故に千冬に見咎められてしまい下手に動くことができなかった。
 そんなタイミングで、トーナメントの大義名分を得たのである。特に一夏に対しては特訓の名の下に好き放題できる。一応は訓練であるため怪我を負わせるには至らなかったようだが、それでも彼女の溜飲はいくらか下がり迂闊な行動は抑えられたようだ。

 一方、他人事ではない紫苑は一夏の無事を知った時点で別のことを考えていた。
 
(う~ん、もしトーナメントで僕らのペアと当たったらまともに試合にならないんじゃ……できれば試合当日までに関係改善されていてほしいんだけど)

 しかし、そんな願い空しく一夏とラウラは険悪な雰囲気のまま時間だけが過ぎていく。といっても、一夏は殴られたりボロボロにされたりしつつもラウラにそこまで負の感情はもっておらず、ラウラからの一方的なものではあったが。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そして、ついに個人別トーナメントの開催日となる。今回特別開催される専用機タッグトーナメントは三年生の試合以上に注目を浴びていることから最終日での実施となり、まずは専用機を持たない生徒によるトーナメントが行われた。
 こちらも、総稼働時間の上位と下位でグループが分けられてからの抽選で決められており、組み合わせによって大きな不利ができないように配慮されている。とはいえ、やはり順当に専用機を持たない各国の代表候補生が上位に連なる結果となるのは予想できた。また、ペア決定後の一週間は授業が半日となり午後の時間を試合に向けての調整やペア同士のコミュニケーションに使用することが許された。

 やはり大方の予想通り、どの学年も上位は代表候補生を擁するペアで埋まったが、特筆するべきはなんと箒が準優勝したことだろうか。彼女は運良く3組の代表候補生とペアになり、決勝までは順調に勝ち進むことができた。決勝でも善戦したが、同じく代表候補生を擁するペアが相手であり、もう一方の一般生徒と箒との地力の差が最後まで響き、敗れた。

 なお、本人の知らぬところで勝手に優勝特典になり騒動を巻き起こした『織斑一夏と付き合える権利』は、優勝ペアのうち一人がシャルル派、もう一人が紫音派だったために有耶無耶になっていた。そういう派閥ができていることは本人達のあずかり知らぬことではあるのだが……。

 この結果は、箒のこれまでの総稼働時間を考えれば上等の結果である。一対一の戦いではこうはいかなかっただろうが、接近戦に限って言えば彼女の動きは素人レベルではなかった。うまくパートナーが彼女の接近の機会を作ることでISでの戦いから自分の土俵に持ち込むことができたのだ。
 ただ、決勝だけは代表候補生同士の実力が拮抗していたこともありサポートに回れず、結果今までの箒の戦い方を見てきた対戦相手に遠距離からの攻撃で封殺されてしまい、敗北へと至った。

 とはいえ、この準優勝という本来満足するに値する結果も、当人にとっては優勝特典を逃しただけなので納得できていないようだ。現に一夏が彼女を賞賛するまで浮かない顔だった。もっとも、優勝したからといってその特典が有効かというとそんな訳がないので、彼女にとってはこの準優勝という結果が最良だったのかもしれない。

 そして、専用機タッグトーナメントの当日となる。
 ここに至るまであるペアを除いて順調にコミュニケーションが取れており、ほとんどのペアが複雑なものでなければある程度の連携も取れるようになっていた。あるペアとは言うまでもなく一夏・ラウラペアである。
 
 当日になり抽選が行われ、試合の組み合わせも以下のように決まる。

 第一試合 織斑一夏&ラウラ・ボーデヴィッヒ vs 更識簪&西園寺紫音

 第二試合 凰鈴音&ダリル・ケイシー vs セシリア・オルコット&フォルテ・サファイア

 第三試合 第一試合の勝者 vs シャルル・デュノア&更識楯無

 決勝戦 第二試合の勝者 vs 第三試合の勝者

 ペア数の関係上、第一試合の分だけは逆シードのような扱いで一試合多くなっている。
 紫苑が懸念していたことがいきなり実現する。一夏・ラウラペアとの試合である。この組み合わせを見た紫苑は半ばうんざりしたような気分に陥りかけたものの、面倒事を最初に終えることができると前向きに考えることにした。

「簪さん、初戦に勝てば楯無さんと戦えますよ」
「はい、それに……織斑君も初戦です、ふふ……潰す」
「か、簪さん……?」

 もう一つの因縁を思い出した紫苑は、この組み合わせはやっぱりやめてほしかった、と心底思うのだった。



「準備はいいですか、簪さん」

 試合の準備が整い、入場を指示される。
 専用機を使用しての初の公式戦ということで、紫苑は緊張しているであろう簪に声をかけた。

「はい、大丈夫です」

 だが、紫苑の予想に反して簪は落ち着いていた。
 というのも、専用機の開発から携わってきた紫苑はペアが決まってからも問題なく簪との調整に専念することができた。そういう意味ではこの組み合わせは二人にとって幸運だったのだろう。
 ほかのペアがお互いの武装や戦い方の確認をしているなかで、紫苑に関しては簪の武装や戦法、専用機の細かいスペックまで把握しているのだ。さすがに簪側はそうではないが、紫苑がカバーできるというだけでそれは大きなアドバンテージとなる。それが大きな安心感となり、今までの簪の中に燻っていた劣等感のようなものは薄まり、初の公式戦でも落ち着いていられた。

「では、いきましょう。あなたの専用機の初お披露目です」
「はい!」

 心強い返事と共に、簪がその身にISを身に纏う。
 更識簪専用機『打鉄弐式』。
 もとは倉持技研が開発を行っていたものだが、急遽一夏の専用機である『白式』の開発・メンテナンスを優先することになり開発が滞っていた。それを簪が引き取り、紫苑が途中で加わり開発にこぎ着けた。
 その名が示す通り、学園の訓練機に採用されている量産機『打鉄』の発展型であり、同じく量産機『ラファール・リヴァイヴ』の汎用性を取り入れることで全距離対応に組み上がっている。
 また、ベースである打鉄は防御型なのだが打鉄弐式は機動重視型となっており、その機体速度はセシリアの専用機である『ブルー・ティアーズ』に匹敵する。
 その機動性故か、無骨な打鉄とは似て非なるスマートな機体となった。

 同じく純白のISを紫苑も身に纏い、二人は戦いの場へと飛び出した。

 二人が会場に出ると既にそこには一夏とラウラが展開している。
 四人が出そろった中で唯一の黒い機体、それがラウラの専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』だ。『黒い雨』の名を冠するこの機体だが、右肩に大型のレールカノンが装着されている他はワイヤーブレードやプラズマ手刀といった武装を有しており、遠近どちらでも戦える。だが、この機体の真価はある特殊兵器にあった。

(やっかいな機体だ……)

 紫苑は試合会場に出て、ラウラの機体を見ながら独りごちる。
 以前は束に渡されたシミュレータでいくらでも仮想戦闘ができたのだが、今はまったく連絡が取れないために旧バージョンのままだ。そのため、最新の機体が反映されておらず自身で知り得たデータのみでのシミュレーションしか行えていない。
 もちろん、公開されているデータなどは一部でしかない。以前はその公開されていないデータも何故か反映されていたのだが……そこに関しては推して知るべし。もっとも、紫苑もその気になればそれを引き出すことができるのだが、さすがにそこまでは彼もしていない。

『ふん、ようやく来たか』

 ラウラはオープン・チャネルで挑発するかのように声をかけてくる。それを聞いていた一夏は気まずそうな顔になるものの、この一週間でラウラが言っても聞かないのは身に染みているため特に何も言わずにいた。

『えぇ、お待たせしましたか』

 紫苑としては舌戦をするつもりはないので、軽く流す。
 申し訳なさそうな顔でこちらを見ている一夏に笑顔を返すことは忘れない。当然、一夏は顔を赤くして目を逸らす。もしこれが狙ってやっていることであるなら試合前の先制攻撃としては成功しているといえる。もっとも、言うまでもなく紫苑は無自覚であるが。

『あぁ、待ちわびた。貴様らに報いを与えるのをな! 貴様と当たるまで窮屈な思いをするかとうんざりしていたが、まさか初戦で当たるとはな』
『……えぇ、俺も!? っていうかなんでそんなに殺気立っているのさ!』

 その言葉が、自身にも向けられていることに遅ればせながら気づいた一夏。まさかパートナーである自分まで攻撃対象になるとは夢にも……いや、もしかしたら少し思っていたのかもしれない。
 一夏はラウラの転校初日、千冬に説教を受けた後にラウラの事情を聞いていた。
 それは、彼にとっても思い出すことが躊躇われる過去。かつて自身が誘拐された際に姉が助けにきてくれたという事実は幼いころは英雄譚として認識していた。しかしそれが理由でモンド・グロッソ連覇を逃したということを知ったときは罪悪感に苛まれた。もちろん、誘拐犯が悪いのは間違いないがそれでも割り切れるものではなかった。
 千冬を心酔するラウラが自分を恨むのは仕方ない、とある程度認めてしまっていたのだ。
 
 だが、彼にとって解せないのはそれと同等かそれ以上の憎悪を対戦相手……西園寺紫音が向けられていることだった。一夏が知る紫音という存在は、慕われこそすれ恨まれるような人間ではない。であるなら、自分と同じように不本意ながら恨みを買ってしまったのかもしれない、とこの場では納得することにした。
 いきなり辛辣な言葉をぶつけられて、紫音に申し訳ないと視線を送るもその度に眩しい笑顔が返されるので目をまともに合わせられない彼は、自然とその隣の少女へと目を移した。
 そして、何故かその少女がラウラも真っ青なレベルで射殺さんばかりの視線を送ってくるのに気づいた。

『……許さない』
『あ、あの……お嬢さん?』
『潰す』
『え、えぇ!?』

 簪の件こそ、完全なとばっちりではあるのだが一夏は知る由もない。

(う~ん、因縁が絡まりすぎてよくわからない状況に……こうなると下手に連携をとるよりも……)

「簪さん、あの様子だとボーデヴィッヒさんは織斑君ごと攻撃しそうですし、そうなるとまともな試合になりそうもありません。楽に勝てるかもしれませんがそれはあなたとしても本意ではないでしょう? なので、私がボーデヴィッヒさんを抑えますので簪さんは織斑君の相手をお願いします」

 紫苑はプライベート・チャネルで簪だけに聞こえるように話しかける。これがトーナメントである以上、相手の連携の不備を突くのが当然ではあるものの、これは簪の専用機の初戦である上にこれに勝ち上がれば楯無との試合が控えているのだ。まともな実戦のデータは少しでも欲しい。
 加えて簪は一夏と、紫苑はラウラと因縁ができてしまっている。下手な決着で後々に痼りを残すぐらいなら、納得がいく形で終わらせたほうがいいと紫苑は考えた。

「わかりました」
「とはいえ、あくまで分断は相手の同士討ちを防ぐためなので……」
「こちらの連携を控える必要はない、ということですね?」

 そのやり取りに、簪がちゃんと落ち着いていることを確認して紫苑は安堵する。
 分断はあくまでも試合を成立させるための手段であって、一騎打ちをしたい訳ではないのだ。

『内緒話は済んだか?』

 こちらの様子を冷めた目で見ていたラウラが声をかけてくる。
 試合開始まで一分を切っているためすでに臨戦態勢だ。

『えぇ、おかげさまで準備は万端です』

 紫苑と簪も構える。
 カウントは進み十秒を切る。

『そうか、ならば……』

 ラウラが言葉を言い切る前に、試合開始の合図が鳴る。

『墜ちろ!』
『ぉぉぉおおお!』

 同時に、ラウラはレールカノンを放ち一夏はブーストを使い一気に距離を詰める。
 しかし紫苑らにとっては想定内の行動であり、落ち着いて対処をする。レールカノンによる砲撃を躱しながら、紫苑は一夏を迎え撃つ。その間に、簪は専用武装である8連ミサイルポッド『山嵐』によるロックオンを完了させる。

『おわっ! ラウラ、俺まで巻き添えに……するつもりだったな、うん』

 紫苑が一夏と打ち合っている間も、ラウラの砲撃はお構いなしに襲ってくる。紫苑は余裕があるものの、一夏は背後からくる砲撃をおっかなびっくり躱している状況だ。

『……照準ok、いって!』

 ラウラの攻撃は紫苑と一夏に集中していたため、簪はロックオンに集中することができた。
 すぐに、彼女は山嵐を発動させる。一夏に8発、ラウラに4発のミサイルがそれぞれ独自の軌道で襲いかかった。6基のポッドから発射される8連ミサイル、最大48発がこの武装の最大威力だが、この場では敢えてその四分の一のみ放つ。
 そしてそれに呼応するように、紫苑は一夏に正面から渾身の一撃を浴びせる。当然、一夏はそれを防ぐもののその威力にはじき飛ばされて距離を取らされ、そこにミサイルの斉射が追い打ちをかける。

 一方のラウラだが、避ける様子もなくただ手を正面に向ける。

『ふん、小賢しい』

 すると、彼女に向かっていたミサイルがすべてその場で停止する。
 これが彼女の専用機シュヴァルツェア・レーゲンが有する特殊兵器、アクティブ・イナーシャル・キャンセラー(AIC)だ。通称、慣性停止能力と言われるこの能力はもともとISに搭載されている、浮いたり加減速したりといった慣性を制御するパッシブ・イナーシャル・キャンセラー(PIC)を発展させたものだ。AICは任意に対象の動きを制御することを目的としたものだが、その構成の困難さから理論上の兵器とされていた。それを近年ドイツが実用化に成功し、初めてシュヴァルツェア・レーゲンへと実装されたのだ。

『さすがに厄介な能力ですね、ですがこれも想定内です』
『なっ!?』

 一夏と対峙していたはずの紫苑が、突如としてラウラの背後に現れる。そのまま天叢雲剣を斬りつけるも、ラウラもかろうじて反応してプラズマ手刀でそれを防ぐ。しかしその瞬間に停止させていたミサイルが再稼働して再びラウラに襲いかかる。

 そのころ一夏は、というと簪の放ったミサイルの対処に追われていた。
 加えて、簪は照準を完全に一夏に定めて背中に搭載されている2門の速射荷電粒子砲『春雷』で追撃している。以前にセシリアとの戦いでミサイルの対処を覚えた一夏だったが、その時とは数が違う。なんとか躱しながら一つ一つミサイルを落としていくも、少しずつ被弾していく。

 試合開始からここまでの流れは、完全に紫苑と簪が思い描いた通りになっている。最初の一夏の突撃を紫苑がいなし、その間にミサイルを斉射。紫苑は一夏と距離をとりミサイルの相手をさせ、そのままおそらくPICでミサイルを止めるであろうラウラの背後に回り込んだ。

『小癪な!』

 もし、ラウラが反応できなければそのまま紫苑の一撃を浴びた上でミサイルの斉射を受けて致命傷になっていただろう。それを防いだのはさすがと言える。
 が、彼女にとって状況は好転していない。ある意味初手で詰んだとも言える状況だ。
 
 AICは強力な兵器であり一対一では反則に近い威力があるが、その運用には多量の集中力が必要である。また、それ故に自身が注力した対象にしか効果が及ばないため多数相手には不向きである。
 つまり、簪が山嵐を全段発射しなかったのは初手でラウラのAICを誘うためのものであり、紫苑が接近した今それを出し惜しみする必要もなくなった。

『追加、いって!』

 再び放たれるミサイルの斉射。先ほどの3倍の量が襲いかかる。今回はラウラに加減する必要はないため、それぞれ半数の18発ずつだ。どちらにしろ先ほどの比ではない。

 一夏はさらに圧力を増すミサイルに接近の糸口を見いだせず、ラウラはミサイルと紫苑による同時攻撃にAICを完全に封じられていた。苦し紛れに紫苑に向けて発動されるAICも、彼はラウラの視線や手の動きから察知して躱し続けた。

 紫苑自身もミサイルの雨に晒されながら接近戦が行えるのは、簪の打鉄弐式に追加した機能によるものだった。楯無が賞賛する彼女の演算能力を活かすために解析能力の強化と、その解析結果を特定の相手にコア・ネットワークを通してほぼノータイムで共有する機能を付与した。
 その効果により、簪の放ったミサイルの軌道は紫苑のハイパーセンサーに予測ルート付きで認識されている。故に、被弾することなく思い切りミサイルの群れに突っ込むことができるのだ。

(くっ、いくら奴があの魔女だったとして、ミサイルの援護があるとはいえこうも一方的に追い込まれるとは……)

 ラウラは少なからず自分の力に自信があった。たとえ、相手がかつて自分の部隊を半壊させた相手だったとしても、あれから自分が続けた訓練と与えられた最新鋭機の力を合わせれば何も問題ないと思っていた。
 国内にはほとんど敵はいなかったし、このシュヴァルツェア・レーゲンがあれば国家代表にすら勝てると信じていた。

(これではあの頃と同じではないか……違う! 私は生まれ変わったのだ。私は、私はもう……)

『出来損ないなどではない!』

 今までのラウラからは想像もつかない、助けを求めるような悲痛な叫びが木霊する。
 彼女はワイヤーブレードを展開させ、複数のミサイルを同時に落としつつ紫苑を牽制するが逆にいくつかのワイヤーブレードを切り落される。そしてそのまま自身が天叢雲剣に斬られ、その勢いで地面に叩きつけられた。

『ぐっ、あああぁぁ!』

 その一撃で大幅にシールドエネルギーを削られる……が、これで終わりではない。今までかろうじて躱し続けていたミサイルがこの隙に一気に襲いかかる。強烈な一撃を受けて体制を崩しているラウラにこれは不可避だった……が。

『ぉぉぉぉおおおお!』

 簪の猛攻に晒されて、既に満身創痍になっていた一夏がそのミサイルを後ろから追い抜く形でラウラの前に躍り出たのだ。その過程で、ラウラを狙っていたものと一夏を狙っていたものがいくつか交差し、誘爆する。だが残った少なくない数のミサイルがそのまま二人へと着弾した。

(まさか、織斑君が彼女を庇うなんて……ね)

 さすがに、あれだけ憎悪を向けてくる相手を助けるような行動を一夏が取るとは紫苑も想像していなかった。だが実際に目の当たりにして、鈴から聞いた彼に関する話などを思い出し、なるほどよく考えれば彼らしい、と思い直す。

(馬鹿な……負けるだけならいざ知らず、庇われただと……こんな男に……!)

 着弾したミサイルが巻き起こした砂煙の中で、ラウラは一夏に庇われるというかつてない屈辱に、ただでさえ失いかけていたプライドが完全に崩れ落ちていった。 

『馬鹿な、なぜ助けた!』

 たまらず、一夏に向けて怒鳴りつけるラウラ。

『馬鹿はお前だ! 俺たちはペアなんだから助けるのは当然だろう!』

 しかし、返ってきたのはラウラにとっては全く予想外の言葉だった。
 訓練……という名の虐待のときも試合開始前もオドオドしていて全く話にならなかった男が、このときばかりは力強く宣言する。先ほどまでは歯牙にもかけなかった男の背中を急に大きく感じた。

『ふざけるな……私は貴様を……教官に汚点を残した貴様を許すつもりはないのだぞ!』
『そんなの今は関係ない、パートナーが危険だったら守るだけだ!』

 --私の弟を見ていると、強さとは何か、その先に何があるのか見えるときがある。

(そんなもの……認めない! 落ちこぼれだった私を救ってくれたのは教官だ!)

 --そうだな、いつか日本に行くことがあれば会ってみるといい。

(教官、なんでそんな表情で奴のことを語るのですか……! そんなの、あの凜々しい教官ではない)

 --気をつけろ、あいつに会うときは油断するな。そうしないと……。
 
(私は奴を、教官を変えてしまう奴を否定しなければいけない……! でも奴は私を守って……何故だ? 私が弱いから? ふざけるな! 私に力があれば……力……が)

『ぁぁぁああああっ!』

 認めたくない現状に混乱する中、その思考を遮るように突如としてシュヴァルツェア・レーゲンから電撃が放たれ、ラウラの意識は闇へと沈む。
 彼女が意識を手放す前に聞いたのは、聞き覚えのないシステム音声だった。



 Valkyrie Trace System …… Boot.


 
 Form …… Zeroth Form.


 

 

第三十五話 居場所

『な、なんだ……ぐっ!』

 突然背後から聞こえてきたラウラの異常な叫びに一夏は思わず振り返る。が、すぐさま襲いかかった電撃と衝撃波で吹き飛ばされた。
 そして、それと同時にラウラの声も聞こえなくなった。

(この感じ、どこかで……)

 徐々に晴れてくる砂煙の向こうに映るラウラの影を見ながら、紫苑は自分の感覚に戸惑っていた。先ほどまでとは明らかに違うラウラの様子、そしてそこから発せられる異様なプレッシャー。
 彼はその身に受ける圧力にどこか覚えがあった。

「簪さん、少々相手の様子がおかしいです。警戒を続けてサポートに回ってください」
「わかりました」

 紫苑は簪に指示を出し、意識をラウラに向ける。吹き飛ばされた一夏のことも心配だったが、横目で確認したところ無事だったのでラウラに集中することにした。そうせざるを得ないほどに、彼女から発せられる圧力は異常だった。
 やがて現れたその姿はしかし、先ほどまでの彼女のものとは明らかに違う異形だった。

『なっ……』

 紫苑も簪も吹き飛ばされた先でかろうじて見つめる一夏も、そして観客席から見る誰もがその目を疑った。
 そこにあるのは、もはや原形をとどめていないISだったと思われるもの。それはドロドロに溶けて、わずかに見えていたラウラの身体をすべて包み込んでいく。意識がないのか、彼女は抵抗することもない。

『なんなんだ、あれは!』

 一夏がその様子を見て叫ぶ。その場の誰もが同じように思ったことだろう。
 やがて一度溶けたそれは泥人形のような、かろうじて人型とわかる形を保ちながら脈動を繰り返し、ゆっくりと地面へと垂れ落ちる。そして地面に到達した瞬間、先ほどまでのゆったりとした動きが嘘のように高速で動き出し、その姿が洗練されていく。
 フルスキンタイプのISに近い、漆黒の装甲。頭部もフルフェイスで覆われており、目の部分にはアイライン・センサーが赤い光を帯びている。それがラウラであることを確認できるのは、唯一変わっていない彼女の体型そのままであることだけだ。

(あれは……!)

 だが、それ以上に一夏を、紫苑を驚愕させたのはラウラが手にしていた武装、そしてその構えだった。

『……雪片!』

 そう、かつてブリュンヒルデが振るった力。そして今はその弟を支えている武装、雪片。それを、ラウラはブリュンヒルデ……織斑千冬と同じ構えで持っていた。
 それは似ているというレベルではなくそのまま模倣した形、コピーとすらいえる。

(そうか、ヴァルキリー・トレース(VT)システム!)

 VTシステムとは過去のモンド・グロッソの戦闘記録をデータ化し、それをそのまま再現・実行するシステム。かつて某国が開発途中に、システムの暴走が原因で研究所が消滅するという事態になり、以降は国際条約で一切の開発が禁止されていた。
 一般にはほとんど知られていない技術ではあるが、ISに関する案件は束との付き合いもあり幅広く網羅している紫苑は、下手な国の機関より知識がある。このVTシステムも技術の根幹までは把握していなくても既知のものだった。

『西園寺、どうやらイレギュラーが発生したようだ。このままではトーナメントを中止せざるをえない』

 そんな折、千冬から紫苑へ通信が入る。目の前で起きている現象が明らかに異常であることは、その根源にたどり着いた紫苑には理解できている。
 しかし紫苑としては、このまま前回のクラス対抗戦のように中止にすることは避けたかった。学園行事の度重なる中止は、亡国機業のようなよからぬ災禍を招く隙にも繋がる。それは千冬も同じように考えているのだろう、だからこそ彼女はこうして紫苑にのみ通信をしてきたのだ。

『状況は理解できました。このまま彼女を止めた場合、情報の拡散は防げますか?』
『こちらで異変を察知した時点で映像機器は止めた。観客席からはまだ砂煙で状況はうまく把握できていないだろう。あとの状況は機体に搭載された実験的な機能が暴走したとでも説明できる。だが、そのためには迅速な対処が必要だ、できるか?』
『やります』

 もう一つ、紫苑にはどうしてもトーナメントを続けたい理由があった。
 それはこのトーナメントこそが、この場にいる者達の絡みついた関係を解きほぐす絶好の機会だと認識していたからだ。ラウラに関してはこうなった以上、どうなるかはわからないがこの場を収拾して勝ち上がればその先には楯無がいる。
 簪は、例えその結果がどうなろうとも一度彼女と対峙しなければ前へ進むことはできない。そしてこれを逃せばこんな機会はいつになるか分からない。 

 故に彼は決意する。必ずラウラを止めてみせる、と。

 直後、紫苑の思考を遮るようにラウラが襲い来る。居合いに近い中腰からの一閃、初見で躱すのは困難な必殺の一撃は紛れもなく千冬のものだ。

『……軽いですね』

 だが、だからこそ紫苑にはそれが防げた。所詮はコピー、劣化版である。どんなに姿形を似せようとも、彼女の強さの根幹はそんなものではない。それは今まで幾度となく千冬の太刀筋をその身で受けてきた紫苑は理解していた。ただ型だけをなぞったそれはただの空虚な物真似、一笑に付す程度のものだ。

(でも……この感覚はあのときの……まさか、ゼロスシフト!?)

 遠目からでも感じていた感覚は、直接斬り結ぶことでより明確になった。それは、かつて自身が陥ったコアの暴走とも言える状態。しかし、各国に配分されたコアは事前に束によってプロテクトがかけられていたはずだ。

(もしかしてVTシステムは……故意にコアを暴走させて、それをシステムで無理矢理制御することでデータを再現させているのか……なんてことを!)

 自身が経験したことだから分かる。紫苑のときは彼の病魔という別の条件も組み合わさったとはいえ、半年もの間目を覚まさなかったのだ。それほどまでにコアの暴走は操縦者に負担をかける。
 だからこそ、彼は一刻も早くラウラを救い出す、そう再び決意して簪に追加のサポート指示を出すが……。

『ふざ……けるなぁ! ラウラを放せ!』

 予想外の叫び声が聞こえてくる。
 その声に一瞬気を取られた隙に、急に出力を上げたラウラのパワーに押しやられて距離を離される。
 直後に近くまで迫りラウラを取り押さえようとした一夏も、彼女に触れることすらできずに紫苑と同じ方角へとはじき飛ばされる。
 
『ぐっ、それがどうした!』
『待ってください!』

 明らかに我を忘れている一夏を紫苑が止める。

「簪さん、申し訳ありませんが30秒もたせてください! あとできるだけ砂煙などをあげて、観客席からの目を遮断してください」
「了解です」

 一夏をこのままにしては足手まといになると判断して、簪に状況維持を頼みその間に一夏を落ち着かせるべく彼に対峙する。

『邪魔をしないでください! アレは、千冬姉を穢したんだ! それにラウラが!』
『あなたはあんな紛い物が織斑先生の剣だとでも言う気ですか? 形は似ていてもそれだけです、あなたのその態度こそが彼女に対する侮辱です』
『っ!』

 一夏の知っている紫音という少女の普段の物腰からは想像ができないほどの厳しい言葉と、自身に向けられる強烈なプレッシャーに彼は言葉を失う。そして少し遅れて言葉の意味を理解し始める。

『あなたはただ自分の怒りのままに戦うのですか? それとも、彼女を救うために戦うのですか? 今のあなたは正直、足手まといです。彼女は私と簪さんが助けますので、どうぞこの場から立ち去ってください』 

 紫苑とて、本来であればこのようなことを言うつもりはなかった。
 一夏にとっての千冬という存在が重要なものであることは理解していたつもりだが、ここまで取り乱すとは思っていなかった。できれば少しずつ落ち着かせるのがベストではあるが、一刻を争う現状ではそうもいかずにキツい言い方になってしまっている。

『……すいません、落ち着きました。でも、俺もやります。俺に散々文句言ってきた癖にあんなものに振り回されているラウラもぶん殴らないといけませんから』
『あら、女の子に手を上げるのは感心しませんね』
『えっ、ちょっ、それは言葉の綾で……!?』

 落ち着いたと言いつつも鼻息の荒い一夏に対して、紫苑は心の中でため息を吐きつつ茶化す。
 それに対する一夏の反応はほとんど素であり、それを見た紫苑はようやく安心する。

『さて、緊張が解れたところでいきましょうか』
『えっと……あ、はい。でも、どうするんです?』

 そこで漸くからかわれたことに気づいたのか、少し気まずそうな顔をしつつこの後どうするのかを訪ねる。それを確認してきたということは、本当の意味で落ち着いたのだろう。

『私と簪さんで彼女を引きつけますので、隙を見て零落白夜でシールドを切り裂いてください。シールドが無効化されたタイミングで……直結してハッキングを仕掛けます』
『え? ハッキングって……』
『時間がありません、いきますよ』
『あっ、もう……なるようになれ!』

 紫苑の言葉を理解する間もなく二人はラウラへと向かう。
 そこでは簪が砲撃を繰り返して一定の距離を保とうと試みていたが、徐々にその距離を詰められていた。

「簪さん、お待たせしました。戦闘データを織斑君へも送ってあげてください」
「ん……了解です」

 さすがに一人で相手をするには荷が重かったのか簪は息が荒くなっているが、紫苑の言葉になんとか応える。

『一夏さん、弾道予測データが送られてきますので当たらないようにしてくださいね』
『えっ、もしかしてミサイル……俺のこと狙わないよね?』
『……善処する』
『ちょっ!?』

 紫苑の言葉に、一夏はこの後に起こることを理解する。
 だが先ほどまで自分を狙って襲ってきたミサイルの群れの中に飛び込んでいくのはさすがに躊躇われるようで、恐る恐る彼は簪に確認をするのだが返ってきた答えは不安なものだった。
 無情にも、そのままミサイルは放たれて悲鳴のようなものが響き渡った。

 しかし幸いにも……というのが適切かはわからないが、一夏をロックオンしたミサイルはなかったようで全てがラウラへと向かう。
 最初のうちはビクビクしながら簪のほうを気にかけていたようだが、やがて信用したのか目の前の相手に集中する。
 
 紛い物、といってもデータ自体は歴代最強と名高いブリュンヒルデのものだ。
 三対一という状況にあってもなかなか隙を見せることがない。とはいえ、限界はある。一夏がラウラへと集中したのを契機として、紫苑がミサイルの弾道に沿って強襲する。ミサイルの対処にラウラが動いた瞬間にそのまま斬りかかる……が、ギリギリのところで回避される。

『織斑君、今です!』
『はあああぁぁぁっ!』

 直後、一夏が自身のエネルギーを注いだ一撃でラウラの変形した装甲を削り取る。

『ぎ……が……』

 うめき声のようなものが聞こえ、その動きが止まる。
 一夏の零落白夜によりシールドエネルギーが削り取られてシステムが一時的にダウンしたようだ。
 その隙を逃さずに紫苑がラウラに接触、メンテナンス用のコネクタを接続して暴走したシュヴァルツェア・レーゲンへとハッキングを仕掛ける。

(これは……ひどい。幸いバックアップが残っているようだからこれをもとに復元して……え、なに!?)

 浸食されたシュヴァルツェア・レーゲンの内部データの状況に驚きつつも修復の糸口を見つけた紫苑だが、その直後に彼は自分の意識に何かが滑り込んでくるような感覚に襲われた。

「dafkjadao aeiofjad woidfjmv」

 言語どころか、声としても認識できないような機械的な音。だが、それが自分に向けられているのは何故か理解できた。そしてそこから感じる殺意のようなものはひどく生々しい。
 それと同時に、紫苑の中に言いようのない感覚が湧き上がってくる。

(ぐ……これ……は)

 それは破壊衝動。
 いま、助けようとしている目の前の少女ごとシュヴァルツェア・レーゲンを破壊してしまいたいとすら考えてしまう。その衝動を紫苑はなんとか抑え、混乱する頭を落ち着かせながら今の状況を整理する。

(もしかして……シュヴァルツェア・レーゲンの暴走に天照のコアが共鳴した……? このまま時間をかけすぎると僕まで浸食されるかもしれない。でも、今の殺気のようなものはいったい……まさかコアの意志?)

 まるでコアが自我を持っているかのごとく、紫苑に対して向けられた殺意。それに共鳴するかのように天照から湧き上がった衝動。わからないことばかりだが、今は考えるべき時ではないと紫苑は思考を切り替えてこの状況を打破する方法を考える。

 が、次の瞬間先ほどとはまた違った感覚が紫苑を襲う。

「……お前はなぜそんなに強い?」

 直接頭の中に響いてくるような声、紫苑はすぐにそれが誰のものか察する。

(これは……ボーデヴィッヒさん? まさか相互意識干渉(クロッシング・アクセス)!?)

 クロッシング・アクセスとはIS同士のコア・ネットワークにより、操縦者同士の波長が合うことで無意識的に起こる現象だ。意識的に行われるプライベート・チャネルとは異なり、両者間の潜在意識下で会話や意思の疎通を図ることができる。
 とはいえ、波長が合うということ自体が稀でありIS同士を直結したこの状況だからこそ起こりえた奇跡かもしれない。
 紫苑はこの状況を利用し、いまだ現実には意識が飲み込まれているラウラを覚醒させることでシュヴァルツェア・レーゲンの制御を取り戻させる手段をとることにした。

「ボーデヴィッヒさん、私より強い人なんてたくさんいますよ。でも……あなたが私のことを強いと思うのなら、それは私を支えてくれる人たちの強さです」
「くだらない……強さとは自分自身の力のはずだ」
「そうではないことは、先ほどの試合であなたも感じていたのでは?」
「……」

 紫苑の言葉をそのまま受け取ることが出来なかったラウラだが、続けて放たれた言葉にそのまま沈黙する。それはまさしく彼の言葉を肯定している。

「ふん……魔女はお前ではなかったのだな。いや、お前であってお前でない……か。不安ではないのか?」
「自分が自分でない感覚……ですか? 確かに不安になるときもあります。正直、あなたが言う魔女というのが本当に私ではないのかも分かりません」

 紫苑はまだドイツ軍部隊の襲撃事件について不安が拭いきれずにいた。紫音が生きていて彼女がやったのか、それとも自分が無意識に行ってしまったのか。
 ラウラが言うように自分の存在が希薄に感じてしまうことすらあった。

「でも、先ほども言ったように私には支えてくれる人たちがいます。彼女達がいるから……私は自分の居場所が、存在が確認できるのです」

 子供の頃から自分の存在する意味を問い、学園に入学する頃にはそれすらも紫音という偽りの存在に塗りつぶされた。自分が何処にいるのか、何処に向かうのか、一人では潰れてしまいそうなときでも束や楯無がいたから今の自分がいることを彼は痛感している。

「なら……居場所のない私はやはり存在できないのだな」
「なにを言っているのですか? いるじゃないですか、あなたにどんなにキツく当たられても最後まで守ろうとしたお人好しが。彼はきっと、あなたに居場所を作ってくれますよ」

 ラウラの沈んだ声に、紫苑は真っ先に一夏のことを思い浮かべる。
 あの愚直なまでの性格なら、ラウラがクラスに溶け込むきっかけになるかもしれないと思えた。

「……ふん、だが教官の弟としてはまだまだだ。だから……私が扱いてやらねばならんか」

 少なからず先ほどの試合で彼のことは認めたのか、不承不承といった様子でそれを受け入れる。それだけで、以前の彼女からは考えられなかったほどの進歩だ。

「お前のことは……まだ完全に信用したわけではない。やはりあの魔女はお前と同じ存在だったのは今回のことで確信できた。お前の意志がそこに無かったのは理解したが……お前を監視していればいずれ真実に辿り着ける気がする……せいぜい寝首を掻かれんように気をつけるんだな」

 最初は胡乱な様子だったラウラも、紫苑と話をしている間に徐々に言葉がハッキリとしたものに変わる。
 そしてラウラが最後に紫苑へと言葉を投げかけたあと、彼の意識が覚醒する。何分もの時間に感じられたラウラとのクロッシング・アクセスでの会話は実際には数秒だったらしく、状況は先ほどのままだった。
 だが、直後にそれは一変する。ラウラの意識はまだ戻っていないものの、シュヴァルツェア・レーゲンの浸食が止まり本来の機能が戻り始めた。それを後押しする形で紫苑もデータの復元を行う。

 やがて全ての作業が終わると、シュヴァルツェア・レーゲンは待機状態であるレッグバンドへと戻りそのままラウラは力なく倒れる……が、それをすぐ近くにいた簪が支える。

『ラウラ!』
『……大丈夫、気を失っているだけです、先ほどの状態になった根源は絶ちまし……た』

 短時間で起こった多くの出来事に、精神的な負荷が大きかったのか紫苑もその場でフラつく。
 それを同じく近くで立っていた一夏が支える。

『危ないっ』
『あ、ありがとうございます』
『あ~、試合って続いてるんですよね……ラウラがこんな状態なんで俺たちが棄権します』

 簪が絶えず会場内を砂煙で覆っていた甲斐があって、観客席にいる人間で何が起こったかを正確に把握している者は少ない。もともとVTシステム自体が知るものが少ない技術であるのが幸いした。

『わかりました……これから彼女のこと、しっかり支えてあげてくださいね』
『はい! ……って、ん、支える?』

 流れで思わず返事をしたものの、紫苑の言葉の意味がよく理解できずに考え込む一夏。それと同時にその言葉によって何かを忘れている感覚に囚われる。
 だが、それもやがて強制的に中断させられることになる。

「い、一夏……貴様というやつは!」
「一夏~!? 煙にかくれて何してんのかと思ったら……よりによって紫音と!?」
「一夏さん!? お姉様に何をしているんですの!」

 やがて煙が晴れ、その姿が確認できるようになった観客席から姦しい声が響き渡る。まさしく女三人寄れば……という状態であるがその声を一身に浴びる本人はたまったものではない。

『は? いや、これは違うって!?』

 今の状況が観客席からどう見えるのかを正しく理解した一夏はおおいに慌てるが、反射的に紫苑から離れたりしなかったのはいろんな意味でさすがである。さすがに未だに足取りの覚束ない状態で急に離れられては、紫苑といえども倒れていたかもしれない。
 だが、だからこそ彼女らの心象をさらに悪化させてしまうのもやはり彼らしいと言える。

『ふふ、ごめんなさいね。もう……大丈夫ですので』
『あ、いや、こちらこそ……ごめんなさい?』

 彼の疑問符のついた謝罪は先ほど紫苑に叱咤されたことに対してか、はたまた無意識とはいえ密着してしまったことに対してか……少なくとも今の彼の顔が真っ赤だったことだけは確かである。

『勝者、西園寺・更識ペア!』

 一夏が棄権の意を示したことで、試合の終了が告げられる。

 フランスによる性別詐称、ドイツによる条約違反。世界の捻れは徐々に広がりを見せていた。
 

 

 

第三十六話 好敵手

「ご苦労だったな、多少の騒ぎにはなったが大事にはならずに済んだ。この分ならトーナメントも継続できるだろう」

 試合が終わったあと、状況を確認するべく紫苑は千冬のもとへと訪れた。
 
 ラウラはあらかじめ問題が排除されたことを確認したあとに保健室へ運ばれ、怪我自体はなかったものの試合での負荷が大きかった一夏も念のため一緒に向かった。
 簪は今回が初めての稼働だった打鉄弐式のチェックとデータのフィードバックを次の試合に間に合わせるために奮闘中だ。
 つまり、この場には紫苑と千冬の二人だけである。

「いや、二人も頑張ってくれたから。僕だけじゃバレないようになんて無理だったよ」
「あぁ……とはいえ、まったくあの馬鹿は。いくら相手が私と同じ構えをしたからといって、その程度で我を忘れるとは」

 ラウラに対して激昂し突撃をしようとした一夏に対して千冬は辛辣な評価を下し、それを見た紫苑は思わず苦笑する。

「ふふ、そんなこと言って本当は嬉しいんでしょ?」
「そ、そんなことはないぞ。試合に関しても防戦一方で、結局最後にお前がお膳立てした一撃ぐらいしかいいところがない。鍛え直しが必要だな」
「素直になればいいのに」

 明らかに動揺している千冬だが、そこで止めておけばいいのに紫苑は余計な一言を呟いてしまう。

「……私はからかわれるのは嫌いだ」

 急に笑顔になり、紫苑の肩を掴む千冬。だがその表情とは裏腹にその手に込められた力は凄まじく、ミシミシと音が聞こえてくる気さえする。

「あ、あはは……」

 それ以上は何も言うこともできず、ただただ頷く紫苑。
 しばらく無言で見つめ合ったあと、ようやく千冬は彼を解放した。

「さて冗談はこれくらいにして、ラウラの件に関しては一夏と更識簪にも説明が必要だろう。公に出来ることではないから口止めはするがな。一夏には私からしておくから、更識は任せてもいいか?」
「うん、構わないよ。あとちょっと気になることもあったからこっちでも勝手に動くけどいい?」

 絶対にさっきのは本気だった……とは決して口には出さず、別に考えていたことを伝える紫苑。その内容に千冬は眉を顰める。

「……この件、束が関わっているのか?」
「いや、あの人はあんな不完全なものは作らないって千冬さんも知っているでしょ? むしろ、どこからか事件を察知して今頃開発元の研究所が消えていてもおかしくないよ」
「……本当にありそうで笑えんな。まぁ、いい。本来なら許可できんが、なにせ公になっていない事件だ。どう動こうがこちらは関知できん。ただ、いつも言うが無茶はするなよ」

 冗談ともとれる紫苑の束に対する評価に、千冬は納得してしまう。
 このあたり、二人が束のことをどう思っているかよく分かる。

「うん、ありがとう。大丈夫、無茶はしないよ」
「お前のその言葉は信用できないから言っているんだ」

 そう言って、千冬は笑いながら紫苑の頭を軽く小突く。出席簿はさすがに持っていなかったようで、チョップのような形だ。
 この一年で何度も行われたやり取りに紫苑は苦笑しながらその場を後にした。

 その後に向かった先は簪が作業をしている部屋。
 
「打鉄弐式はどうですか?」

 部屋に入った先でディスプレイに向かって作業をしている簪に声をかける。
 その声に、大きな反応を示すこともなく紫苑を一瞥したあとに再び作業に戻りながら簪は口を開く。

「はい、問題ないです。動作の理論値に対するブレも今回の試合で確認できましたので修正済みです」

 素っ気ないように見えるその態度も紫苑は特に気にしない。こうして会話になることが自体が喜ばしいからだ。
 かつての彼女と比べれば、その態度自体には大きな変化はないかもしれないが、所々で紫苑に対する信頼が少なからず見えるようになっていた。
 今まででは声をかけても一言二言の返答だったことを鑑みれば、その変化は明らかだ。

「そうですか、後付した情報共有機能も問題なかったですよ」

 今回のトーナメントがタッグ戦だと判明した際に急遽追加したこの機能ではあるが、それを提案したのは驚くべきことに簪だった。
 現在のISは、もちろん集団戦が皆無という訳では無い。とはいえ、第一回モンド・グロッソにおけるブリュンヒルデの印象が強すぎたためか一対一、個々の戦いに重きをおく風潮が強い。それは各国の開発している専用機からも見て取れる。

 その点、簪の開発した打鉄弐式はマルチロックシステムを採用したミサイルといった集団戦を想定した武装があり異色とも言える。が、簪はそもそも一人の力で姉である楯無を超えようとしていた。その彼女がパートナーありきの機能を提案したことは、彼女自身の変化を如実に表しているといえる。もちろん紫苑はそのことを歓迎し、全面的に協力して完成へとこぎ着けた。

「よかったです」

 そう答えた簪は、微笑んでいるように紫苑には見えた。

 その後、紫苑は簪にラウラ戦のことについて一部伏せつつ話す。
 VTシステムの名前は彼女を危険に晒す可能性もある。故に、危険な技術が使われていることと秘匿が必要であるという形で説明した。彼女自身、そういった技術や国家同士のいざこざには興味がないのか、ラウラの無事だけ確認できるとあっさり納得する。一夏も保健室に行ったことは知っているはずだが、そちらの心配は皆無なあたりまだ恨んでいるのだろうか……。

「次はいよいよ、楯無さん達との試合ですね。頑張りましょう」

 紫苑の言葉に簪は強く頷く。
 かつてのようにひたすら楯無を超える強さを求めることはなくなったが、それでもやはり姉との戦いは彼女にとって特別なのだろう。
 
 そんな二人に次の試合の開始時間についての連絡が届く。
 二人が話している間にも第二試合は進んでいたのだが、つい先ほどその決着がついた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 


「や、やったッス。ついに先輩を超えたッスよ!」

 試合会場の出入り口へと繋がる中央広場へと紫苑と簪が向かうと、そこからはしゃぎ声が聞こえてくる。
 その特徴的な語尾から紫苑はすぐに声の主が誰かを察し、その意外な試合結果に驚いた。フォルテの実力は確かに高いものがあったが、ダリルに勝つのは難しいと彼は考えていたからだ。

「ちっ、まぁ勝負は時の運だからな。今回は負けだよ」

 渋々といった様子で、負けを認めるダリル。
 だがこめかみには血管が浮かんでおり、どこか納得できていないのは明白である。
 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、フォルテは浮かれ続けている。

「ふっふ~ん。そんなこと言って、もっとウチのこと敬っていいんスよ。あ、これからはウチのこと師匠って呼ぶッスか?」
「……ほぉ? 俺にボコボコにされてたところをオルコットのサポートで助けられて、その隙にかろうじて勝ったお前を師匠と呼べと? なら師匠、今度は二人っきりで納得いくまで殺り合うか?」

 フォルテの相変わらず空気の読めない発言に、ダリルの堪忍袋の緒が切れる。
 背の低いフォルテの頭に手を置いてにっこり微笑んでいる姿は微笑ましく見えるのだが、実際はダリルの目は笑っていないし頭に置いた手は既にアイアンクロウと化している。

「ぎゃー、じょ、冗談ッスよ! 可愛い後輩のささやかなジョークじゃないッスか!? それになんか字が物騒な気がするのは気のせいッスよね!?」

 そんな言い訳が通じるはずもなく、そのままフォルテはダリルに説教を受けることになってしまった。

「はぁ……ま、今回は負けたわ。まさかアンタがパートナーのサポートに回るなんてね」

 ダリルとペアを組んでいた鈴は、自分と同じように二人のやり取りに呆然としていたセシリアに声をかける。

「これもお姉様の指導の賜物ですわ! まぁ、以前のわたくしでしたら、きっとムキになってあなたにばかり集中してしまっていたでしょうけど……」

 今回の試合、セシリアは鈴と相対しながらも勝負を急ぐことなく常にパートナーであるフォルテの位置と状況を気にしながら戦っていた。
 ダリルとフォルテの戦いがフォルテに不利であると察するや、セシリアはビットの位置や射線などを常にサポートに入れる配置に置き、鈴からの攻撃に対しては防御に徹していた。結果、ダリルがフォルテにトドメを刺す直前の一瞬の隙を突き、そこから形勢を逆転することができた。
 この短い期間ではまともな連携をとるのは難しい。現に、ダリルと鈴はそれぞれが一対一で戦っていたしフォルテもそのつもりだった。だがセシリアだけは違った。意識の外からの彼女の攻撃が、試合を決定づけたのだ。

「お姉様ねぇ、そこのとこどうなの? 紫音さん」

 突然話を振られた紫苑はドキリとするも、なんとか笑顔を保つことができた。
 フォルテが騒ぎ出すころから声が聞こえる位置にはいたのだが、場がヒートアップしすぎて声をかけるにかけられなかったのだ。だが、どうやら鈴は彼が来ていることに気づいていたようだ。

「お、お姉様!? あ、あの……わたくし勝てましたわ」

 突然現れた紫苑に、セシリアは慌てふためくもなんとか自分の勝利を報告する。
 紫苑はその姿を見て、先ほどの引きつった笑みではなく心からの笑顔で応えた。

「はい、先ほど聞きました。頑張ったみたいですね。強くなっているようですし、以前あなたと戦ったことのある私も誇らしいです」

 紫苑の言葉にセシリアは満面の笑みになる。
 そのまま違う世界へ旅立ってしまいそうなほどの喜びようだ。

「あ、ありがとうございます! あの、お姉様と決勝で戦えるのを楽しみにしています!」
「ウ、ウチのことも忘れないでほしいッス……」
「はい、私も次の試合頑張りますね。フォルテさん……いたんですか?」
「ひどいッスよ!? 学年変わったらウチのことなんてどうでもいいってことッスか!?」
「ふふ、冗談ですよ。フォルテさんと戦えるのも楽しみにしていますよ。ただ……次の試合はそう甘くないですからね」

 ダリルにこってり絞られたのか先ほどまでの元気が嘘のように沈み込んだフォルテが幽霊のように現れる。
 紫苑はそんなフォルテとの久しぶりのやり取りに気が緩みそうになるも、楯無のことを考えて気を引き締め直す。それは隣に無言でついてきている簪も同様だ。

「あぁ、楯無のやつかなり気合いが入ってたぜ? もう会場に出てるはずだが……ありゃ本気だな」

 それは、紫苑と簪もそれは変わらない。
 二人とも楯無との試合には並々ならぬ想いがある。

「はい、望むところです」

 そう答えたのは紫苑ではなく簪だった。
 大人しそうな彼女が、力強く答えたことに周りは驚く。が、ダリルはそれを見て満足したように笑った。

「お前が楯無の妹か。まぁ、そんなの関係ないな。せっかくだから楯無をぶちのめしてこい」

 そんなダリルに、今度は簪が驚いたようだったが再び力強く彼女は頷いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(一時、もう二度と叶わないかとすら思ったあなたとの再戦……ようやくその機会がきたのね)

 紫苑が行方知れずとなってすぐ、様々な葛藤を楯無が襲った。
 急に失われた存在、それはクラスメイトとしてルームメイトとしてライバルとして……そして友として。だからこそ妹である簪が嫉妬をするくらいに、紫苑のことを全力で探した。
 結局、彼女の力で見つけることはできなかったがそれでも紫苑は再びこうして彼女のもとに戻った。そして、今こうして再び戦うことができる。それが彼女にとってどれだけ幸福なことか。
 この年にしてロシア代表となってしまった彼女。学園に在籍している関係でモンド・グロッソには出場していないが、それ故に彼女にライバルといえる存在は紫苑をおいて他にはいない。
 実力的にはまだ自身が勝っていると確信しているが、彼はまだ発展途上であり、その成長速度は楯無を上回るほどで限界も未だに見えない。いま戦えば試合中に実力差を覆される可能性すらある。だからこそ、楯無は紫苑を求めていた。彼の存在は、自分をより高めてくれる……そう信じて。

「気合いが入っていますね」

 既にISを展開して会場で相手を待っているさなか、楯無のパートナーであるシャルがプライベート・チャネルで彼女に声をかける。

「そりゃね……なんたって紫音ちゃんと、それに簪ちゃんとの試合だからね。いろいろ思うところがあるのよ」
「なら、僕が足を引っ張る訳にはいきませんね。頑張ります」
「ふふ、あなたなら大丈夫よ。予想よりもずっと強かった、機体の世代差なんて関係ないくらい」

 シャルは思いがけない楯無からの賛辞に照れくさそうに頬を掻く。

「でも、油断はできないわね。相手は……強いわよ」

 紫苑の力量を直接見ていないシャルだったが、ペア決定後に行っている楯無との訓練で彼女の強さは痛いほど理解している。そんな彼女がそこまで言い切るのだからと間接的に紫苑の力量を推し量り、冷や汗のようなものが流れる。

 ある意味、シャル自身にとっても転機となった存在。二人目……いや、世界で初めての男性操縦者。本来であれば国やデュノア社からの要請である調査の対象としては格好の、どころか世界中を震撼させかねない存在である。だが、シャルは彼のことを公表するつもりもなければ調査報告するつもりもない。それは一夏に対しても同様だ。
 彼女を受け入れてくれた紫苑や楯無を裏切るつもりはなかったし、この学園こそが彼女の居場所だと少しずつ思えるようになった。男のフリをするのはまだ大変なようではあるが……。
 ともかく、彼女にとってもこの試合にかける思いは強かった。

  





『お待たせしました』

 僕らはこれから待ち構える戦いに少し緊張しながら会場へと足を踏み入れる。
 既に二人はISを身に纏い、準備は万端といった様子。
 僕らもすぐにISを展開して配置についた。

『ふふ、こうして戦うのも久しぶりね。タッグ戦になるとは予想外だったけれど』
『そうですね、でも負けるつもりはありませんよ。こちらには簪さんもついていますしね』
『そうね……簪ちゃん。いろいろ話したいことはあるけど……まずは全力で戦いましょ』

 簪さんは言葉を発することなく、ただ頷く。やはりその表情はまだ固いけれど無理もない。今まで目標としていた相手が今目の前にいるのだから。

『なんだか蚊帳の外みたいですけど、僕だって西園寺さん達と戦うのは楽しみだったんですよ』
『ふふ、それは光栄です。お互い悔いの残らない試合にしましょうね』

 ちょっといじけた様子のデュノアさん。でもそれは冗談だとわかっているので僕も笑顔で返す。

 そんなやり取りをしているうちに、試合開始の時間となる。
 カウントが進み、0になった瞬間に全員が動き出す。

『はぁっ』

 僕は先ほどの試合では使用しなかった天叢雲剣の形態変化を使い伸ばし、開始直後の離れた位置からデュノアさんと楯無さんを同時に横薙ぎに斬りつける。突きのようにただ伸ばして攻撃するより、質量が増えた剣を振るわなければいけないのでその分体に負担がかかるけど、彼女たち二人の距離が近いこの時点ならば奇襲に最適だ。
 僕の攻撃に呼応して、簪さんがロックオンを始める。

 当然、楯無さんは僕の剣を軽々と躱すがデュノアさんはその攻撃が予想外だったのか、体制を崩しつつギリギリで避ける。
 それを見て僕はすぐに剣を戻し、次の行動に移そうとしている楯無さんへ向かってブーストをかける。彼女は蛇腹剣ラスティー・ネイルを呼び出して迎え撃つ構えだ。加えて、体制を立て直したデュノアさんもアサルトカノンを展開してこちらに射撃を行う。

 でも、それは悪手だ。僕は体の各所に装着されているブースターを細かく使いながら最低限の動作で躱していく。

『なっ!』

 相手には弾丸が通り抜けたように感じただろう。この隙に僕は楯無さんのもとへとたどり着き、簪さんのロックオンも完了、発射される。
 僕の武装や戦い方についてはいくらか楯無さんから伝わっているはずだけど、実際に対峙するとやはり勝手が違うのだろうか、動揺が見て取れる。

 当然その射線は情報共有によって僕にも見えていて、ほとんどがデュノアさんに向かっているものの一部は楯無さんへと向かう。それが彼女へとたどり着く前に僕は肉薄し、動きを制限する。

『あなたの新しい武器と、簪ちゃんのマルチロックオン。確かにこれは厄介ね!』

 厄介といいつつ、僕の剣を受け止める楯無さん。接近戦は彼女の本領ではないはずなんだけど、それでも一歩も引かないあたり、彼女の底が知れない。
 僕が楯無さんを抑えている間に、簪さんはミサイルの射出を繰り返しデュノアさんを遠距離に押しとどめつつ攻撃を繰り返し、時折こちらへのサポートも行っている。
 一方のデュノアさんもミサイルの距離に応じて武器を切り替えて凌いでいた。近距離では爆発しないようにブレードで切り落とし、中距離では重機関銃やショットガン、遠距離ならアサルトカノンと瞬く間に武器を切り替えている。
 ラピッドスイッチと言われる技術だけれど、あれだけ自在に扱えるのは凄い。

 彼女の機体、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムII』はその名の通りラファール・リヴァイヴのカスタム機だけれど第二世代だ。打鉄弐式のようなマルチロックシステムやブルーティアーズのビット兵器のような第三世代兵器はない。その分、汎用性が高く操縦者の力量が問われる。そういった意味で、彼女はよく使いこなしているのだろう。

 でも……。

『ふっ』

 楯無さんに再び中距離から横薙ぎの一撃を浴びせるも、当然のようにガードされる……でもこれでいい。
 ガードされたままの状態で天叢雲剣をさらに伸ばし、それはそのまま延長戦上にいるデュノアさんへと襲いかかる。

『あうっ』

 ミサイル群をギリギリで避け続けていた彼女にとって、それは完全に不意打ちとなりそれは突き刺さる。そのまま彼女をアリーナのシールド壁へと叩きつけた。

『よそ見していていいのかしら!』

 僕の剣が伸びきった隙を、楯無さんが見逃すはずもなくそのまま剣を滑らせながら接近してくる。

『いえ、見えていますよ』

 瞬間、僕は体を仰け反らすと背後から強烈な荷電粒子砲が先ほどまで僕の頭があった位置を通り過ぎ、楯無さんへと直撃する。

『……!? 簪ちゃん!』

 当然、それはデュノアさんの攻撃ではなく、簪さんの誤射でもなく……狙ってのものだ。
 ほぼノータイムで簪さんからの攻撃意志を認識できるため、相手に動作を悟られることなく連携がとれる。当然ながら、避けきれなければ自分が被弾するのだけれど前回の試合で僕のことを信頼してくれたのか容赦のないタイミングで撃ってきてくれた……このあたり、やっぱり楯無さんの妹だなって感じるね、うん。

『はぁぁぁっ!』

 不意の攻撃にひるんだ楯無さんに、全力の一撃を振るう。
 楯無さんは自身の剣で防ぐものの、体勢を崩した状態では勢いを殺しきれずに剣閃をその身に受ける。以前のように、水の分身ではなくしっかりとした手応えがあった。

『くっ……やるわね。やっぱりあなたと戦うのは楽しいわ……でもね、この学園の会長はどんな状況でも負けちゃだめなのよ?』

 僕の一撃でシールドエネルギーをかなり減らした上に、既に追い打ちでミサイルが迫っている。さらにパートナーであるデュノアさんはまだ戦線復帰していない。こんな状況でこの余裕……まさか!?

『あなたに無傷で勝てるとは思っていないわ……だから、我慢比べよ!』

 瞬間、危険を感じてその場を離れようとするも遅かった。
 僕らを中心に、突如爆発が起きる……忘れる訳もない、以前も一度この身に受けたことがあるナノマシンによる水蒸気爆発、クリア・パッションだ。警戒していなかった訳ではないけれど、まさか自身も巻き込まれるような位置で使うとは思わなかった。その爆発で周囲のミサイルも全て誘爆し、僕自身も爆風でシールド壁へと吹き飛ばされた。

 ……かなりダメージを負ったけれど、それは楯無さんも同じはず。むしろ僕の一撃がある分、こちらが有利だ。簪さんは無傷だし、デュノアさんは……っ!? この位置は!

『ごめんなさい』
『しまっ』

 背後から聞こえる声に動く間もなく、凄まじい衝撃が襲い掛かる。
 そのまま再び僕は吹き飛ばされることになる。

 彼女から受けた一撃は、パイル・バンカーによるものだった。超至近距離からでなければその効果は十全に発揮できないものの、楯無さんの一撃に完全にデュノアさんの存在を見失っていた僕は接近を許してしまった……。もしかしたらこうなることを見越して爆発の位置なんかを調整していたのかもしれない。

 でも、まだ大丈夫。僕と楯無さんのダメージならこれで五分、それに簪さんがいる……まだ負けられない。

 そう思った瞬間、僕の中に湧き上がる負の感覚。
 つい先ほども感じた……破壊衝動。

『ぐ……』
『西園寺さん!』

 僕の呻きに異変を感じた簪さんが声をあげる。
 でも、返事をすることができない。

 これは……もしかしたらボーデヴィッヒさんのコアに触れたときに感じた共鳴のようなものが影響しているのか。負けたくないって強く思ったことが原因なのか……。
 束さんが言っていた、天照のコアのプロテクトは壊れているって。何かのきっかけでいつ暴走してもおかしくない、と。

 それが……今なのか。まずい、ここでもし暴走なんてしてしまったら誤魔化しようがないしどんな被害が出るか……制御できない以上、楯無さん達を襲ってしまう可能性もある!

 お願いだから……収まって!

 必死に衝動を抑えながら願うと、その想いが通じたかのように徐々にだがそれは弱まってきた。
 
 そして、それが完全に消えることを確認する前に僕の意識は途切れてしまった。


 

 

第三十七話 真名

 ずっと待ち望んでいた戦い。
 一対一では叶わなかったが、そのことを補ってあまりあるほどにこの戦いは充実していた。
 
 僅か数分の攻防、それで十分だった。
 その間に楯無は紫苑の、そして妹である簪の実力をその身に感じることができた。
 それどころか、二人の連携はタッグを組んで一週間程度とは思えないほどのものであり、その事実は楯無に若干の動揺を与える。
 簪と紫苑の関係が改善されつつあることは、紫苑から聞かされて知ってはいた。とはいえ以前の険悪な関係も知っているので、それが僅かな時間でここまで息の合った連携を取るに至っていることに、彼女は嫉妬のようなものすら感じてしまった。
 それは、未だ自身がうまく向かい合うことが出来ない妹とあっさり仲良くなった紫苑に対してなのか、それとも……。

 しかし今の楯無には、そんな自身の未知の感情の考察をしている余裕はない。
 以前にも増して動きの鋭くなった紫苑の猛攻に加え、嫌らしいタイミングで簪の援護が入る。楯無のパートナーであるシャルも簪による射撃で身動きが取れずにいる。

 ひたすら猛攻に耐え続け、ようやく楯無と紫苑との距離が離れたと思った一瞬。
 再び刀身を伸ばした剣による一閃、それ自体はなんとかガードするもそれすら布石。楯無は振り返ることなく、そのままシャルが紫苑の一撃をその身に受けたことを察する。
 しかし、この一瞬こそがチャンスだと見極め一気に紫苑へと肉薄する……も、それは彼女に想定外の一撃をもたらした。紫苑を壁とした死角からの射撃、一切の予備動作なく行われたそれは一歩間違えば彼自身に当たっていた。だからこそ、事も無げにそれをやってのけた二人に対して楯無の感情は強まる。

 そして、覚悟を決めた。もとより無傷で勝てるなどとは彼女も思っていないが、そのリスクをさらに高める。自身を巻き込んでのクリア・パッション……そして、まもなく動き出せるであろうシャルへの連携。楯無のダメージも小さくはないが、それは確かに成功してシャルのパイルバンカーが直撃、紫苑に対して致命的なダメージを与えることができた……はずだった。

『ぐ……』
『西園寺さん!』

 しかし、直後に聞こえる紫苑の呻き声と簪の叫び声。
 同時に感じる原因不明の震え。

(この感覚、さっきの試合でも一瞬感じた……なんなのこれは!? まさか……ミステリアス・レイディが、震えてる……?)

 ラウラが暴走した瞬間、異変を感じた者は対峙している人間だけではなかった。
 紫苑がラウラを感じた共鳴を、専用機を持つ者たちは多かれ少なかれ感じていた。
 だが、いま彼女らが感じているそれは先ほどの比ではない。もっとおぞましい何かだった。共鳴、などという生易しいものではなく、文字通りそのコアは震えていた。まるでそれらに意志があり、何かに恐怖するかのように……。

 考えたくはなかったが、紫苑とラウラの試合の際にも何事か起こっていたことは楯無も理解している。それ故に、これから起こるであろう戦いも壮絶なものになるかもしれない、と意識を集中する。例えこの戦いが彼女の望まぬ形になってしまったとしても……。

 だが、その覚悟もあっさりと意味を成さなくなった。
 先ほどまであたりを覆っていた圧迫感、そしてコアから感じていた震えが急になくなったのだ。

 そして今までの攻防で会場内に充満していた砂煙が晴れていく中、先ほどの圧力の震源地とも言える場所にいたのは、ただ力なく倒れている紫苑の姿だった。

『紫音ちゃん!』
『……!? 私たちは棄権します』

 その姿を見るや、楯無らは紫苑の元へと駆け寄る。同時に、簪はこれ以上試合を続けられる状況では無いと悟り自分らの敗北を宣言、試合はこの時点で終了した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ん……ここは?」

 紫苑は、いまだハッキリしない意識のまま周囲をぼんやりと見渡した。
 そこが不本意ながらも、もはや見慣れた感のある保健室だということに気づき自身が先ほどまで試合をしていたことを思い出す。

「そうだ、試合は!?」

 そして寝かされていたベッドから飛びだそうとして、ふとその動きを阻害するように体に重みのようなものを感じることに気づく。

「ん……って、えぇ! 楯無さん!?」

 彼が見たのは、横に置かれた椅子に座ったままベッドに体を預けて眠っている楯無の姿だった。

「やれやれ、その女の次はお前か……静かに寝かせて欲しいのだが」

 突然聞こえてきた声に、再び紫苑は驚く。それもそのはずだ、先ほど楯無を見たときに彼があげた声はほとんど素のものだったから。

「ボ、ボーデヴィッヒさん? 何故ここに?」

 そして、声の主が隣のベッドで寝ていたラウラだったから。
 内容はともかくとして、彼女がこうして声をかけてくること自体が今まではあり得ないことだった。

「先にここに運ばれたのは私なんだがな……お前が運び込まれてから騒がしくなって静かに眠ることすらできん。その女はお前を看病していたようだぞ、ギャーギャー取り乱して五月蠅いことこの上なかったがな」
「え……?」

 ラウラはムスっとしながらも、紫苑に状況を説明した。
 その行為を意外そうに思いながらも彼は静かにラウラの話を聞く。

「その女と、似たような顔の……お前とペアを組んでいる更識簪とかいったか? そいつが次の試合がどうのと言い争って渋々その女は出て行ったが……ものの五分もしないうちに戻ってきて今度は強制的に更識簪のほうを追い出し、その後はずっと看病していたようだな」

 その言葉に紫苑はいろいろ驚いた。
 楯無が看病していたということもそうだが、何故か簪と言い争っていたことや試合に出て行ったはずなのに五分程度で戻ってきたことだ。つまりその短時間で試合を決した、ということだ。移動時間を考慮すれば文字通り瞬殺だったに違いない。

「ふん、ずいぶん人気があるんだな……お前が魔女などあり得ん、か」
「あ……その、本来なら私ではないと断言したいところなのですが、半年ほど記憶のない時期があるんです。だから……あなたが言っていたように、あなたの目で見極めてください」

 ラウラの呟きの意味を悟った紫苑は、彼女に対して顔を向ける。

「……お前には迷惑をかけた。だが、次は負けん。あんな巫山戯た力に頼らずとも、な!」

 ばつの悪そうな顔をしながら、ラウラはベッドから起き上がる。
 そのまま照れ隠しのように語尾を荒げながら部屋から出て行ってしまった。

「はぁ……一方的に敵視されていた頃に比べれば改善した、かな」

 とはいえ、箒の時といいセシリアの時といい簪の時といい何故最近の自分はこうも敵意をもって見られてしまうのか、ふと考えてしまってため息が漏れる。

「ん……?」

 そんな折、漏れ出た声とその声の主……楯無がモゾモゾと動き出す。
 紫苑がそちらに目をやると、やがて楯無が顔をあげ自然と二人は見つめ合う形となった。
 だが、寝ぼけているのか動く素振りもなくそのまましばらく固まってしまう。

「……!? し、しお……紫音ちゃん!」
「は、はい!?」

 突如、動き出す楯無。
 彼女にしては珍しく、いくら二人きりとはいえそれが確認できないうちに紫苑の名前を出しそうになる。それだけ彼女が動揺していたということか。その鬼気迫る彼女に気後れしたのか、思わず紫苑はそのまま畏まった返事をしてしまう。
 そんな紫苑の状況を知ってか知らずか、楯無はそのまま自分の顔を近づけながらペタペタと彼の顔を手で触り回す。

「大丈夫なの? 熱はない? ちゃんと試合のこと覚えてる?」
「は、はい。大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないでしょ! 私……達がどれだけ心配したと思っているの!?」

 あまりの剣幕にたじろぐ紫苑。
 もともとどんな時でも冷静沈着であり飄々としている彼女が、なぜ今こんなに取り乱しているのか紫苑には分からなかった。試合中に気絶するというのは以前もあったことであるし、いちいちその程度で毎回動揺していては体がもたない、と紫苑は自然と考えてしまった。

「そんな、大げさな……」

 だからこそ、思ったことをそのまま呟いてしまう。

「……大げさ? あなた以前もそうやって倒れたわよね。それを繰り返してどうなったのかしら?」
「そ、それは……でも病気は完治したから大丈夫……ですよ?」
「大丈夫大丈夫って言って、あなたは半年もいなくなったんでしょ! 前科があるのになんで大丈夫って信じられるのよ……」

 前科って、自分は犯罪者かなにかか……と思わず言いそうになったが彼女の真剣な目を見てそんな言葉は飲み込んだ。その目が、うっすらと涙ぐんでいたから。

「ごめんなさい……」
「あなた、ラウラちゃんの時にも無茶していたんでしょ。今回倒れたのはそれが原因?」

 楯無は、公にはなっていないがラウラ戦の際に何事かがあったことは察している。それは既に終息し、大会中ということもあり詳細は終わってからと考えていたが、まさかそれが原因で自分の試合まで邪魔をされるとは思いもしなかった。

「それは……」
「あ、ちょっと待ってね……」

 口を開いた紫苑を制止し、楯無は立ち上がり戸締まりを確認する。同時にミステリアス・レイディを部分展開してナノマシンを散布した。

「……これでよし。とりあえずこの部屋は安全よ」

 彼女が散布したナノマシンは、周囲の機械類に干渉しカメラ類や録音器具などの類の妨害をする。
 そんなことまで出来るのか、と感心半分呆れ半分で紫苑はここまでの経緯を話し始めた。

 そもそも以前の自分がなぜ倒れるに至ったか、いかにしてあの爆発事故で生き残ったのか。
 そこには話すことが躊躇われるものも含まれる。ゼロス・シフトによる暴走のこと、月読のこと、天照のこと、何故自分がISを動かすことができるのか、そして……遺伝子操作について。

 最初は話すかどうか迷ったが、楯無の姿を見て紫苑は決心を固めた。
 もちろん、束のことについて話せない部分もあるのだが自分が話せることは全て伝えることにしたのだ。

 その話は楯無にとって驚くべきものであり、彼女のISに対する認識が大きく揺らぐものだった。
 コアの暴走、いくら自分のものにはプロテクトがかけられているとはいえ、たった今話に聞いたラウラや紫苑のような暴走が起こりうるということ。そしてまるで意志があるかのような共鳴……。
 
 楯無にとって紫苑の遺伝子操作については、確かに衝撃的な内容ではあるがそれだけだ。特に気にすることではないと彼女は思っている。何故なら、紫苑が男であるという事実のほうが周囲の人間にとってはよっぽど衝撃的な内容だろう。それに比べたらきっと遺伝子操作程度、たいしたことではないのだ。

「……いままで黙っていてごめん」

 どうしても自分の出生や束の目的に関わってくる部分もあるため、話すのが憚られた。しかし、これ以上彼女に隠し事を続けるのは気が引ける。
 なにしろ、彼女がライバルとして見てくれている自分は遺伝子操作によるもの、つまりは人為的なものであって言ってみれば反則のようなものだ、と彼は認識している。

「コアの暴走に関しては驚いたけれど、あなたの出生云々に関しては気にすることじゃないわ」
「……でも楯無さん!」
「もともとこの世界は公平なんかじゃないのよ。生まれに才能、周りの環境、不公平ばっかりよ。でも、あなたはここにくるまでずっと辛い思いをしてきた……だったら少しくらいの反則技、見返りとして貰っておきなさい」

 だからこそ、彼女がこうもあっさりと受け入れてくれたことが意外で……嬉しかった。
 思えば、彼女は自分が男だとわかっても忌避することなく接してくれた。本来であれば女と偽って学園に通う男など、そこに通う生徒にとってみれば忌み嫌うべきものである。にも関わらず、彼女は紫苑という存在を真っ直ぐ見て、その存在を受け入れた。

「楯無……さん」
「刀奈よ」
「え?」
「……私の本当の名前。楯無は代々襲名する当主の名前なの。だから、更識刀奈が私の本当の名前……もう使うことがないんだけれどね、でもあなたに知っておいて欲しかった」

 その名を紫苑に伝える、それがどういう意味なのか彼は必死に思考をフル回転させる。

「ふふ、どうしてって顔してるわね。いい? これは鎖よ。この名前はもう使うことは許されない。でも、あなたはそれを知ってしまった……だから、簡単にいなくなったり……死んだりすることは許さないわよ?」

 更識楯無、という当主の仮面を被っている彼女にとって、その真名を託すということは仮面の内側をさらけ出す行為である。
 ただ本名を告げるだけ、などという簡単なことではなく、更識家当主にとって楯無の名は、私を捨て一族全てを背負う覚悟の象徴。彼女の行為はその覚悟に背く行為であり……楯無ではなく刀奈としてどうしても伝えたいことであった。

 その重大さは紫苑も楯無も理解している。

 だから、楯無は鎖と言ったのだ。
 鎖は呪いと言い換えてもいい。重大さを理解しているからこそ、紫苑の中で占める楯無の割合が大きく変化するだろう。もちろん、今回のことがなくても彼は楯無に対して真摯に接するつもりでいる。しかし楯無の行為はそれを誓わせること。それはまるで……。

「……なんだか告白みたいだね」

 そう、プロポーズそのものである。
 本人にその気があったのか……いや、彼の言葉で真っ赤になっている彼女の顔を見るに指摘されて初めて気づいたのだろう。

「え、ち、違うわよ! 違わないかもしれないけど違うの! そりゃ確かに本来なら夫婦になる人間にしか話さないような風習もあるみたいだけど……ってそうじゃなくて!? 私が言いたいのは、私の本当の名前を知った人間なんだからもっと頼りなさいってこと、あと勝手にいなくなったりしないこと、いい!?」

 明らかに狼狽しているが、そんな彼女の姿を見て紫苑はそんな呪いも悪くない、と静かに笑った。

「もう……あと、ごめんなさい。名前は教えたけれど呼ぶときは普段通りでお願い、二人きりのときでもね。そうしないと……仮面がはがれてしまいそう」

 真っ赤だった顔も落ち着きを取り戻し、それどころか少し寂しそうになりながら呟く。最後の部分はほとんど紫苑には聞き取れなかったが、彼はただ頷いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そこは奇妙な部屋……いや、部屋というよりは物置と言ってもいいほどに様々なものが乱雑に置かれている。よく見ると、それらのほとんどが機械やケーブル類といったものだ。
 そこを機械仕掛けのリスが走り回り、気まぐれに落ちている部品を囓りだしてガリガリと音を立てている。

 その異様な光景、耳障りな音を気にすることも無く一人ディスプレイに向かって端末操作をする女性が一人……言うまでもなく篠ノ之束である。

 そう、ここは束のラボである。

「ん~、ひまヒマ暇だぁ」

 先ほどまで行っていた作業は、単なる暇つぶしだったのかある程度で中断して自分が座っているこれまた奇妙な形の椅子をグルグルと回転させて独りごちる。

 と、そんなときに彼女の携帯電話が鳴る。

「お、もしやもしや?」

 すぐさまその音の発信源に向かってダイブして電話に出る。

「やぁやぁ、久しぶりだね。ずっと待っていたんだよ~」

 この電話が使われたことは今までに一度もない。
 何故なら、この電話はたった一人との連絡用に作られたもの。千冬や紫苑ですらこの番号を知らない……もっとも彼らにも専用の電話回線があったりするのだが、現在とある理由で連絡を絶っているため使われることはない。

 そして、そのたった一人とは……。

『……ね、姉さん』

 篠ノ之箒だった。

「言わずとも用件はわかってるよ、欲しいんだよね? 箒ちゃんだけの力が……専用機が!」
『……あぁ、私は自分だけの力が欲しい。もう見ているだけは嫌なんだ。だから……姉さん!』
「むふふ、私が箒ちゃんのこと理解していない訳ないじゃないか。もう用意してあるよ……その名も、『紅椿』!」
『あか……つばき』

 束が高らかと宣言した、新たな専用機の名をなぞるように箒が呟く。

 今回のトーナメント、専用機持ちだけが別枠となった。
 それは学園としては当然の措置であっても、箒にとってはあまりにも残酷な出来事だった。もし一般部門で優勝できていれば気が紛れたかもしれないが、結果は敗退。
 一夏の周りには自然と専用機持ちが集まり、転校生までもが専用機を所持している。

 圧倒的な疎外感、無力感。入学してから感じていたそれらが、どうしようもなく強まっていた。
 だからこそ、彼女は頼った。唯一、自分の悩みを……それもあっさりと解決してくれる存在に。

「もう少ししたら直接持って行くから、期待して待っててね!」
『あ、あの……ありがとう』
「……箒ちゃん!? まさか……あの箒ちゃんがお礼を言うなんて、やっぱり箒ちゃんは束さんのこと大大大好きなんだね!」

 久しく聞いていなかった、箒のお礼の言葉に感極まっている束だが、彼女が言葉の半分も言い終わらないうちに既に電話は切られていた。
 それに気づいているのかいないのか、しばらく束は違う世界から戻ってくることはなかった。

 そんな束を現実に引き戻したのは、先ほどとは違う着信音……違う携帯電話だった。

「まったく、人がいい気分に浸っているというのに」

 明らかに不機嫌になった束。
 もともと彼女に連絡を取る手段は限られている、故に誰からの連絡かなどは自ずとわかってしまう。

「何の用だい?」
『おや、いきなりご挨拶ですね』

 聞こえてくるのは男性……それも壮年といっていいほどの、しかし貫禄のある声だった。

「人がせっかくいい気分だったのに邪魔されたんだから、電話に出てあげただけでも感謝するべきだと束さんは思うんだけどな?」
『それはそれは、感謝しなければいけませんね、失礼しました』

 先ほどまでの箒との会話とは比べるまでもなく不機嫌そうに話す……いや、彼女にとって有象無象との会話は須くこのような感じではあるのだが。しかし、電話の相手はそんな彼女の相手に慣れているのか特に気分を害した様子もなく受け流す。

「それで?」
『えぇ、実はですね、VTシステムについてお尋ねしたいのですよ』
「ふ~ん……それはシステムの内容について? それとも……開発元の研究所が消えたことについて?」

 軽いやり取りには似つかわしくない単語が出るも、どちらも気にせず会話を続ける。

『えぇ、その消えたことについてだったのですが、やはりあなたでしたか』
「そりゃ、あんな不完全なものをこの完全無欠の束さんが許すわけないじゃないか」
『はっはっはっ、それもそうでしたな』

 端から見れば友人同士のようなやり取り、だがその会話の内容はやはり物騒なものだ。

「君たちも、余計な真似をしたら消えてもらうよ?」
『おや、それは怖いですな。肝に銘じておきましょう』
「用件はそれだけ?」
『えぇ、そうですね。あぁ、最後に……あなたのお気に入りですが、再びゼロに足を踏み入れそうになるも見事に耐えきりましたよ』
「……そう」
『言うまでもなくご存じでしたかな、それとも計算通りといったところですか? おっとこれ以上の詮索は消されてしまいそうなので、名残惜しいですがこれで失礼しますよ』

 そう言うと、男はそのまま電話を切ってしまう。
 最後まで自分のペースで話し続けた男のせいで、箒との会話で昂揚していた気分が台無しである。

「まったく、面倒くさい奴だよね。ん~、名前なんて言ったかな……ま、いっか」

 連絡用、と渡された携帯電話。

 そこに一件だけ記された連絡先にはこう記されていた。

 轡木 十蔵、と。


 
 

 
後書き
これにて、第二章完です。
次話から第三章なのですが、ストック切れにつき以降は不定期更新になります。

以前は週一ペースだったのですが多忙につき、よくて月二前後になりそうです。
エタることはないように頑張りますので、是非今後ともお付き合いください。 

 

第三十八話 歪んだ世界

 『それ』が彼女と出会ったのは偶然だった……いや、その後のことを鑑みればまさに奇跡と言ってもいい。意識や思考はあれども伝える術を持たなかった『それ』と、読み取り具現化することが出来た彼女との邂逅は文字通り世界を変えた。

 彼女にとっても、この出会いは転機となった。
 もともと周囲から浮いており、友人と呼べる人間なんて一人しかいなかったし彼女自身はそれでも構わなかった。むしろ、自分に近寄ってくる邪魔者が減ったおかげで無駄な時間を使わずに済むと清々していたぐらいである。
 そんな折に出会ったのが『それ』であり、以降の彼女の生き方は決まってしまった。そして、『それ』は彼女の唯一の友人も巻き込んだ。だが、彼女らは後悔などしていない。何故ならこの出会いがなければ、彼女らは守れなかったかもしれないからだ……何より彼女らにとって大事なものを。

 まさしく運命的な出会い……とはいえ、実際には血生臭い事実があるのだが、そんな出会いを経て彼女らは『それ』と一心同体となった。

 日本では史上稀に見る大量の流星が観測されたことで世間を賑わした、ある夜のことだった。







 結局、トーナメントは楯無さんとデュノアさんのペアが優勝した。
 話を聞く限り、鬼気迫る楯無さんによってフォルテさん達は為す術もなく敗北したらしい。デュノアさんも決勝ではやることがなかったとぼやいていた。

 ボーデヴィッヒさんの話を聞く限り、僕の看病するために急いでくれたのかな……なんて思うのはさすがに自惚れが過ぎるかな。

 でもせっかくの楯無さんとの試合の機会、またしても不完全燃焼になってしまった。まぁ、だいたい僕に原因があるんだけど……そうはいっても、ここまで彼女との試合にばかり何かが起きるとそういう運命なのかと考えてしまう。
 それに、今回は僕だけでなく簪さんのこともあるし……彼女は気にしていないと言ってくれたけれど。
 そういえば彼女は楯無さんと仲直りできたらしい。仲直り、と言ってもまだお互いどうやって接したらいいのかわからず微妙な距離らしいけれど、以前のように一方的に敵視するようなことはなくなったようだ。
 何がきっかけで仲直りできたのか聞いてみたけれど、そこははぐらかされてしまった。

 一方、ボーデヴィッヒさんに関しては特にお咎めなしだ。もともとVTシステムの発現に関しては完全に秘匿できたみたいだし、彼女自身に非がある訳でもない。その後の千冬さんからの聞き取りにも素直に応じていたみたいだし、僕や織斑君に対する態度もいくらか軟化した。
 ただし秘匿したことによって、諸悪の根源であるドイツに対して表だった抗議はできていない。これに関しては仕方ないけれど、こちらで証拠データや映像は保存しているのでいざというときのカードとしては使えると思う。

 いろいろと問題が起こったトーナメントだけれど、結果だけを見れば簪さんやボーデヴィッヒさんとの和解もあったり、楯無さんともより仲良くなれたりと良いことも多かった。
 これでしばらくは安心できると思ったのだけれど……。

「ねぇ、紫音さんと簪も一緒に水着買いに行かない?」

 今、僕は鈴さんに買い物に誘われている……しかも水着の。
 というのも、僕ら一年生はもうじき臨海学校がある。そこでは特に水着を指定されていないため、それぞれが好きな水着を持って行く。良い機会だからと新しい水着を買いに行く人も多いみたいで、僕のクラスでも同様の話題が多かった。

「えっと、それはもしかして織斑君も一緒に?」
「あ~、いや。さすがに男子と一緒に水着選ぶのはまずいでしょ? ま、まぁ私としては一夏に選んでもらうのも構わないっていうかむしろ嬉しいんだけど、紫音さんとかセシリアとかの水着姿を見せるのは……」

 なにやらブツブツと言っている鈴さんだが、どうやら今回、織斑君は一緒ではないらしい。あ、ということはデュノアさんもか。そういえば、彼女水着はどうするんだろう……いや、僕も束さんが以前に用意してくれた水着が無かったら危なかったんだけれど。

「私、実はもう水着は用意してありまして……ただ、旅行に必要なものは買いに行こうと思っていました」
「あ、うん。水着だけじゃ無くてそういったものも買いに行く予定だから」
「そうですか、でしたらご一緒させてください。簪さんも一緒に行きましょう?」
「……はい、行きます」

 本当は行くのは躊躇われた。だけど、僕が行かなかったらなんとなく簪さんも行かない気がした。
 事実、僕が誘っても少し迷ったような素振りをしていた。せっかく鈴さんが彼女も誘ってくれたのだし、彼女の交友関係が広げる良い機会だ。クラスでは今までの素っ気なかった態度もあってか、急に仲良くなろうとするのが躊躇われるみたいだし、その点では鈴さんと一緒なら幾分かは気が楽だろう。

「それじゃ決まりね! ん~、なんだか臨海学校って楽しみね。あれ? そういえば、紫音さんって去年も参加したんだっけ?」
「いえ、ちょうどその直前にテロに巻き込まれまして……」
「あ……そっか。ごめん」

 本当に楽しみ、といった風だった鈴さんだったが、自身の失言でその表情が曇った。でも、僕自身はそれほど気にしている訳では無い。

「いえ、だから私も楽しみなんですよ。それに、留年も悪いことばかりでは無いです。鈴さんや簪さんともこうして出会えたんですから」
「あ~、う~。その笑顔でそんな台詞は卑怯じゃない。男だったら一発で落ちるわよ……簪もそう思うわよね」
「……ん」

 せっかくイベントを楽しみにしている鈴さんに水を差すのが嫌だったから、フォローのつもりで出来るだけの笑顔にしたんだけど……きっと僕の今の顔は引きつっているんだろうな。



 それから数日が経ち、買い物当日になった。
 奇しくも、その場所は一年前に楯無さん達とも水着を買いに来たショッピングモール『レゾナンス』だった。ここは交通網の中心にあるおかげで地下鉄やバスの便も充実しているし、和洋中を網羅したレストラン街や、老若男女のあらゆるジャンルを全てカバーする幅広い品ぞろえを誇る専門店街がある。そのあまりの充実ぶりたるや『ここで無ければ市内のどこにも無い』と言わしめるほどで、自然と学園の生徒の利用率が高くなるから被るのも当然かもしれない。

 そんなことを考えながら簪さんと一緒に部屋を出て待ち合わせ場所に向かうと、既にそこには鈴さんとオルコットさんがいた……のだが、何故か織斑君にデュノアさん、さらには箒さんやボーデヴィッヒさんまでいる。巷で織斑ファミリーなんて言われているメンバーが勢揃いだった。

「おはようございます、お待たせしました」
「……おはよう」

 予想外のメンバーに少し面食らったものの、そういえば去年もいつの間にかみんなが合流していて大所帯になっていたなぁ、と僕はすこし懐かしい気分になりつつ挨拶をする。
 一方の簪さんはいきなり人数が増えてしまったことで少し気後れしたのか声に力が無い。
 
 みんなそれぞれに挨拶を返してくれる中、箒さんは浮かない表情だ。
 僕と一緒なのが嫌なのかな、なんて考えていると鈴さんがこちらに寄ってきて何やら耳打ちしてくる。

「ごめんね、紫音さん。本当はセシリアだけ誘ったはずだったんだけど……話しているのを一夏に聞かれちゃって。しかも、一夏は一夏で箒と行く予定だったみたいで断る訳にいかないでしょ? そしたらシャルルやラウラまで声かけてこんな状態よ……」
「ふふ、せっかくの外出ですしたまにはいいんじゃないでしょうか。ね、簪さん」
「……そう、ですね」

 織斑君の性格を考えると、なんとなくこの状況にも納得してしまった。
 鈴さんも、織斑君と箒さんが二人で買い物に行くのを見過ごすのが嫌だったんだろう。箒さんが不機嫌なのは、もしかしたらデートを邪魔されたような気分になっているのかもしれない。
 でも箒さん、きっと僕らが合流しなかったとしても、彼ならきっとデュノアさんを連れていったと思うよ……うん。だから申し訳ない気はするけど、そんなに睨まないでほしいな。

「シャルルは水着買わないんだっけ? 二人しかいない男子なんだし、せっかくだから一緒に選ぼうと思ったんだけどなぁ」
「え!? あ、そ、その。そうだね、僕はもう用意してあるから、大丈夫だよ!」

 ……若干、織斑君がデュノアさんに近すぎる気がする。男同士で水着買いになんてそうそう行かないよね? 本人は二人きりの男子だと思っているからどうしても依存しそうになるのもわかるけれど、これじゃデュノアさんも可哀そうだな……他人事じゃないし、できるだけフォローしてあげよう。

ボーデヴィッヒさんは、どういう心境の変化だろうか。トーナメント以降のやり取りで僕や織斑君とのわだかまりは減っているとは思うけれど、まさか買い物に彼と一緒に来るとは思わなかった。でも、あれだけ敵意剥き出しで軍人然としていた彼女がこうして日常を楽しむ機会を受け入れてくれるのなら嬉しいかな。

 

 なんて、少し穏やかな気分になっていたんだけど、そんな時間は長くは続かなかった。

「お、お姉様、一夏さん。こんな水着はどうでしょう?」
「あんた……臨海学校にそんな際どい水着で参加してどうするつもりなのよ。一夏やシャルルだっているのよ! って、一夏! なに鼻の下伸ばしてんのよ!」
「い、いや。違うって!」
「一夏! お、お前というやつは!」
「ふむ、布の面積が若干少ない気がするが戦闘時には動きやすそうだな」
「そ、それは何か違うと思うよ……?」
「……騒がしい」

 まるで去年の再現みたいだ……。シーズンが近いということもあって水着売り場はそれなりに人がいるにも関わらず、大騒ぎになってしまっている。
 おかしいな、僕のイメージだと女性というのはもう少しお淑やかな存在だったはずなんだけど、この学園に入ってからどんどん崩れていっているよ?

「どうしたのだ、そんな引き攣った顔をして」

 目の前のあんまりな光景に絶望していると、意外なことにボーデヴィッヒさんが話しかけてきた。誤解はなくなったといっても、それ以降で直接会話したことはほとんどなかった。

「そ、そんな顔してましたか?」
「見た目は笑顔だったが、表情筋の一部がピクピクしていたぞ。まぁ、一般人にはわからんだろうがな」

 軍人だからな、と何故か得意げに話すボーデヴィッヒさんを見て、微笑ましいものを感じてしまった。

「ふっ、今のは自然だったぞ」
「そう……ですか。ふふ、ボーデヴィッヒさんも以前に比べたら自然に笑えていますね。キリッとした軍人然とした姿もカッコいいとは思いますが、今のほうが私は好きですよ」
「む、そ、そうか……?」

 あれだけ刺々しかった彼女が、こうして普通に話しかけてくれて笑いかけてもくれるのだから嬉しくもなる。そう、素直に伝えたんだけれど照れたのか顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。

 なんだろう、素直に可愛いと思ってしまうのは楯無さんの影響なのだろうか。女の子として、というよりこう、守ってあげたいような。これが、母性……って違うよ! なんか前にもおんなじこと言ってた気がするよ!?

「百面相しているところ悪いが、聞きたいことがある」
「は、はい?」

 いつの間にか立ち直っているボーデヴィッヒさんが、急に真面目な表情になって問いかけてくる。改まって聞きたいことって何だろう、そして僕はどんな表情だったんでしょうか……。

「お前は……」

 聞きづらそうに、それでも真っ直ぐ僕を見る彼女に僕は思わずゴクリと唾を飲み込み続きの言葉を待つ。しかし……。

「セシリア・オルコットの姉だったのか?」
「……は?」

 出てきた言葉は全く想定外で、思わず素で聞き返してしまった。
 え、なんでそう思ったの?

「む、違うのか? オルコットがお前のことを『お姉様』と呼んでいるからてっきり姉妹なのだと思ったが」
「あ、ち、違いますよ。私と彼女は……」
「姉妹よりも深い絆で結ばれているのですわ!」

 突然、会話に割り込んでとんでもないことを言ってくるオルコットさん。
 って、せめて着替えてからこっちにきてよ! なんでまだ水着姿なのさ!

「ふむ、絆とは?」
「えぇ、いいでしょう。あなたには以前からお姉様の素晴らしさをぜひとも調教……もとい刷り込まねばと思っていました。こちらでゆっくりじっくり語ってさしあげますわ!」
「お、おい、ちょっと待て。お前のその眼は嫌な予感が……き、聞け!」

 目の前の状況についていけずに惚けていると、オルコットさんがボーデヴィッヒさんを強引にどこかに連れて行ってしまった。というかオルコットさん、ちゃんと着替えてくださいね?

 ふと我に返って周囲を見渡すと、鈴さんと簪さんは二人で何やら真剣に水着を探し始めており、箒さんは姿が見えない。織斑君とデュノアさんは……あ、いた。売り場の隅のベンチで座って項垂れている……疲れたんだね。

 あれ? いつの間にか僕が一人余っている状況に……。

 僕が一抹の寂しさを感じていると、織斑君達のところに二人組の女性が向かっているのが見えた。二人の反応を見るに、知り合いではない……それに、あれは何か嫌な感じがする。
 少し気になった僕はそのまま彼らの近くに行くことにした。

「あなたたち」

 女性のうちの一人が声をかける。
 織斑君たちはやはり知り合いではないらしく、キョトンとしている。

「はぁ、あんたら以外に誰がいんのよ。ちょっとあたしらの荷物、車まで運んでよ」

 もう一人の女性が、そういって大量の荷物を指さす。
 
 やっぱりそういう類だったか。
 女尊男卑の世の中で大量発生することになった……残念な人たち。勘違いも甚だしい。

「は? 人に頼むならもう少し言い方ってのがあるだろ? なんで見ず知らずの人に命令されなきゃなんないんだよ」
「い、一夏」

 そう、彼が正しい。でも、それが通らないのが今の世の中。おそらく、このままだと彼は……。

「あんた、自分の立場が分かっていないようね。ちょっと、警備員呼んできて」
「ん、了解。まったく、男は黙って女の言うこと聞いていればいいのに」

 そう言い、一人が立ち去ってしまう。
 はぁ……仕方ない。

「私の友人が何かしましたか?」

 そう言い、割って入ると女性と目が合った。人を見下したような……腐った目だ。

「なに? あんたの男? 二人も侍らせていいご身分ね、躾ぐらいしっかりしなさいよ。ま、もう遅いけどね」
「ですから、私の友人があなたに何をしたかと聞いているのです」

 いい加減、身勝手な女の言い分に僕の頭の中がザワついているのが分かる。自然と語気も荒くなってしまう。

「さ、西園寺さん?」

 後ろで織斑君が僕のいつもと違う態度に戸惑っているみたいだけれど、もう止まらない。

「な、なによ。そいつらが私らの言うこと聞かないから……」
「何故、彼らがあなたの言うことを聞かなければいけないのですか?」
「そんなの、男だからに決まってるじゃない! 男なんて女の」
「お黙りなさい!」
「ひっ!」

 もう、聞くに堪えない。
 今までは自分がその対象だったから耐えられたけれど、それが織斑君やデュノアさんにまで及ぶのを見て、平然といられるわけがなかった。

「なぜ、男だからというだけで女の言うことを聞かなければいけないのですか?」
「あ、ISが動かせるからに決まっているでしょう!」
「なるほど、ではあなたはさぞ上手にISを動かせるのでしょうね。是非ご教授いただきたいのですが」
「え、そ、それは……」

 言葉を詰まらせる女性のもとに、先ほど離れたもう一人が戻ってくる。

「美紀、警備員呼んできたわよ……って誰よこの子」
「あ、遅いじゃない! こ、こいつらに暴力を受けたの、連れて行って警察に引き渡してちょうだい!」

 信じられないけれど、これでも男側が一方的に有罪になることがあるのが今の世の中。
 あまり気分がいいものではないけれど、それも一つの世の中の流れだ……でも、それが僕の周囲に牙を剥くのなら……許さない。

「……君たち、ちょっといいかな」

 警備員たちが問答無用で僕らを連行しようとする。
 彼らも本当はどちらが悪いかなどわかっているのだろうけれど、下手をすれば自分たちがクビになる可能性がある。だから僕に彼らを責めることはできない。
 
「ご苦労さまです。私たちはIS学園の生徒です、こちらが学生証ですね。あ、ちなみにあちらの二人もですよ、ご存知ですよね。現在世界でたった二人の男性操縦者です。えぇ、そちらの女性たちに一方的に絡まれまして、困っておりました。特に彼はフランスの代表候補生ですし、下手をしたら国際問題になってしまいますね」

 状況を理解したのだろう、警備員の顔が真っ青になる。すぐさま、残りの警備員にも声をかけて逆に彼女らを取り押さえた。
 僕らが話しているのが聞こえていなかったのか、勝ち誇ったような顔をしていた女性たちの表情が変わる。

「ちょ、何してるのよ!」

 大声で捲し立てるが、警備員が僕たちのことを説明するとその顔から血の気が失っていくのがわかった。

「あなた方のような存在が、この世の中をおかしくしているのです。男性だって、ISの開発や整備に携わっているのですよ? ただ、女性というだけであなたが偉いはずありません。それに、ISも動かせることなんて大したことではないんです。大事なのは……それで何を成すかです」

 僕の言葉に、彼女らは項垂れてそのまま連れられていった。
 去り際に、警備員の方々が軽く敬礼のようなポーズをしていたのが照れくさかった。

 ガラじゃない、自分でもそう思う。
 IS学園の生徒という立場を利用して説教じみたことを言い、彼女らを必要以上に辛い立場に追いやってしまったかもしれない。 
 それでも……束さんが作ったISがあんな連中のせいで穢されているようで、いい気分ではなかったんだよなぁ。ましてや、デュノアさんや織斑君がその対象になっちゃうと……ね。

「あ、あの。西園寺さん! ありがとう、あと巻き込んでごめんなさい!」
「僕からも……ありがとうございます」
「いえ……お恥ずかしいところをお見せしました。ですが、織斑君。あなたが先ほど彼女に対して言っていたことはまったく正しいのですが、残念ながら今はそれが認められるとは限りません。下手をすればデュノアさんを巻き込んでいました」

 彼は知らなかったとはいえ、下手をしたら彼女の素性がバレていたかもしれない。まぁ、それを抜きにしても彼の対応はお世辞にもよかったとは言えない。
 ……我を通す意志は好ましく思えるし、羨ましくもあるのだけれど。

「そ、それは……」
「間違っているとは言いません……ですが、あなたが自分の意志を貫きたいのなら、力をつけてください。世界中があなたを知り、男女の優劣なんて存在しないことを証明してください。ね」
「は、はい!」

 このままだと、彼がいつか潰れてしまう気がしたから、これは僕のお節介。
 ちょっと顔が赤い気がするけれど、大丈夫? ちゃんと理解してくれただろうか。

「うわぁ、鞭とアメって調教とか洗脳の手口じゃ……。それにあんなにカッコイイところ見せられて、僕だって今一瞬、男としてドキっとしちゃったよ」

 デュノアさんが何かブツブツと呟いているけど、全部聞こえているよ、失礼な! それに男としてってどういうこと!? あなた女性でしょう、せめて女の子としてドキッとしてほしいんですけど!
 
 

 いろいろあったけれど、その後は何事もなくみんなと合流して水着選びを再開した。
 オルコットさんに何を吹き込まれたのかボーデヴィッヒさんの様子がおかしかった気がする。特に水着を褒めたときは不自然なくらいの反応だった。
 ……オルコットさん、本当になにしたの? 
 

 
後書き
遅くなりました。

まだ不定期ですが、少しずつ投稿再開しますのでよろしくお願いします。

追記

大変申し訳ありません! なぜか三十三話が消えていたので再投稿しています。
ページNoは話数とあっているのに……。混乱させてしまい申し訳ありません。 

 

第三十九話 それぞれの日常

 ショッピングモール『レゾナンス』での目的である水着の購入は午前中で終わり、皆で昼食を食べながら雑談を交した後、そのままこの日は解散となった。
 一部は引き続き買い物をするようだが、ショッピングに対する女子のパワーには付き合いきれなかったようで、一夏は約束があると言い残してその場を脱出することにした。
 本来なら二人きりでくるつもりだった箒は彼のこの行動でさらに不機嫌になるかと思われたが、実は午前中に試着した水着をちゃっかり一夏に見せつけお褒めの言葉をいただきご満悦だったために意外にもあっさりと見逃していた。

 こうして、ISの訓練とは違った意味で疲れ果てた一夏は中学からの友人でもある五反田弾の元へと向かうことにした。二人は親友と呼んで差し支えない間柄でもあり、一夏がIS学園に入学した後もこうして週末に遊ぶことが度々ある。
 もちろん彼は一般人なので、ISが動かせるわけでもなく普通の高校に通っており……。

「で、今度はどんなラブコメイベントを展開してくれちゃったんだ? あ?」

 このような感じで、自分の置かれているある意味『男の夢』ともいうべき環境をまったく理解していない朴念仁に対してやさぐれている。
 もっとも、一夏の現状を正確に理解してなおそれを望むことができるかは微妙ではあるが。

「いや、無いからそんなの。あ、そういや鈴以外にも転入生が二人きたな」

 中学からの友人であるが故に、弾も鈴のことはよく知っている。彼女が一夏のことをどう思っているかも。影ながら応援していたりはするのだが、彼には表だって応援できない理由がある。

「ほぉ? 衝撃的な出会いでフラグでも作ったか?」
「あ~、確かに衝撃的だったな。脳が揺さぶられて意識が飛びかけた」
「いや、自分で言っといてなんだが、何があったんだよ」

 言うまでもなく、ラウラのことである。

「あと一人は男だぞ?」
「あぁ、二人目が見つかったって話題になってたなぁ。くぅ、なんで俺にはIS適正がないんだ! このリア充どもが! 俺に少しその幸せを分けやがれ!」
「うぉ、急に飛びかかってくるな! 痛、痛いから! どんだけ必死なんだよお前!」

 目尻に涙すら浮かべながら弾が一夏に詰め寄る。
 そのあまりの必死さに一夏は若干引きつつ、なんとか振り解こうとするうちにもつれ合ってしまう二人。

「お兄、うるさい! 騒ぐなら外……で。いいい一夏さん!?」

 そこに突然の来訪者。
 タンクトップにショートパンツという開放的な姿の女の子、弾の妹である蘭だ。

「よ、よぅ! お邪魔してるよ」
「は、はい! どどどうぞごゆっくり!」

 焦った様子で挨拶もそこそこに、蘭は部屋を飛び出してしまった。

「あ、ちょっと! おい、弾まずいぞ! ごゆっくりって、この状態勘違いされたんじゃ!」
「ちげぇよ! 冗談でもそういう気持ち悪いこと言うなよ! ってかなんでそんな時だけ変に気がまわるんだよ!?」

 彼らがいるのは、弾の部屋。そこで男二人が組んず解れつ……想像力豊かな学園の一部生徒が喜びそうな光景ではあるが、決して蘭がその仲間というわけではない。

 数分後、デートにいくかのようにおめかしした蘭が戻ってきて雑談に加わる。
 実は、このやり取りに近いことは一夏が五反田家に来るたびに繰り返されているのだが、いつまでたっても彼はその行動の意図を理解できていない。一方で気が利かないという理由で、哀れな兄は妹に理不尽な制裁受けている。

 弾が鈴のことを表立って応援できないのは、この妹の存在である。あからさまに一夏に対して好意を示しているのだが、やはり彼は気付いていない。
 それでも蘭は諦めず、健気にも翌年一夏のいるIS学園への入学を目指している。なにげに彼女はIS適正がAという期待の星なのだ。

 弾としては、どんなに暴力的な妹であれ蘭のことは可愛く思っており、例え一夏であろうとそう簡単に渡したくはないと考えている。
 だから一夏に対して学園でとっとと彼女でも作ってしまえと内心思っているのだが、一方でこの朴念仁に彼女が出来る姿が想像できず、もどかしい思いをしていた。

「なぁ、お前そんだけ女の子がいる場所にいて気になる子とかいないわけ?」

 弾は隣から人を射殺せそうなほどの視線を感じるも、なんとか気付かないフリをして一夏に対して質問を投げかけた。
 これは会う度に聞くものの、いつも芳しい反応はない。どうせ今回もそうだろうな、と弾は期待していなかったのだが……。

「え、あ~……今気になっている人はいるな」
「なに!?」
「え……嘘!?」

 驚愕の声と悲鳴。
 そんな馬鹿な、というのがこの兄妹の反応だった。彼の幼馴染たちや蘭がどれだけアピールしても気付かないこの男にまさかそんな相手がいたのか、と。

「だ、だ、だ、誰なんですか!?」
「うお! ど、どうしたんだ、蘭!?」
「いいから答えてください!」

 あまりの剣幕に気圧されながらも、今日起きた出来事や今までのことを説明した。

 西園寺紫音のことを。

「で、すっげぇ綺麗な人なんだけど滅茶苦茶強くてさ。それを鼻にかけることもないんだよ。今日も格好良かったなぁ……まさかあの人があんなこと言うなんて思わなかったし。まぁ、そのあと軽く説教されたんだけど正直ガツンときたよ。あの厳しさとか、まるで千冬姉みたいだったなぁ」

 姉基準かよ! というツッコミが二人の心の中で行われたが、声に出されることはなかった。ハッキリ言って、微妙である。
 話だけ聞けば一夏が千冬に対して抱いているある種の憧憬と同一のものではあるのだが、これが色恋沙汰に発展する可能性も彼らは否定できなかった。
 そもそもこの男が気になると公言した存在自体が稀有なのだから。

 このとき、すでに蘭はまだ見ぬ宿敵に闘志の炎を燃やしていた。

 一方、知らぬ間に謂れのないライバル認定をされてしまった某男子は盛大なクシャミをしていたという。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……は?」

 ドイツ国内軍施設にて訓練中だったIS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』にこの日、激震が走る。それは突如として舞い込んだ一つの通信が原因だった。

「い、今なんとおっしゃいましたか……?」

 それを受けたのは、この隊の副隊長であるクラリッサ・ハルフォーフ大尉であった。隊内最年長であり、専用機『シュヴァルツェア・ツヴァイク』を所持する隊の『頼れるお姉様』である。
 そんな彼女がこの通信には動揺を隠せずにいた。

「だ、だから気になる女がいる」

 通信の相手は、『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長でありながらその性格が災いしてしまい、隊内での人間関係が上手くいっていない、ハッキリ言えば浮いた存在であるラウラ・ボーデヴィッヒだった。
 もちろん、クラリッサ達は隊での活動に私情など一切持ち込みはしないがそれでも扱いにくい相手ではあった。そんな微妙な相手からのプライベート通信だ。クラリッサは困惑しつつも応じたのだが、ラウラからの衝撃発言で今までの彼女に対する感情などすべて吹き飛んだ。

「……念のため確認しますがそれは織斑千冬教官のことでしょうか?」
「あ、いや、違う。確かに教官のことも気になるが……今回はべ、別の相手だ」

 その言葉に、クラリッサはたまらず訓練中の全隊員に対してサインを送った。

【緊急事態発生、至急救援求む】

 通信を受ける彼女の様子に、ただ事ではないと感じた隊員達はすぐさま周囲に集まり続く指示を固唾を呑んで待つ。
 
【隊長に恋の兆しあり】

 続き、筆談で情報を隊員へと流す。隊員達はクラリッサに渡されたメモを廻し読みをし、全員がその内容に色めき立った。
 あのラウラ・ボーデヴィッヒが、である。やはり彼女らもラウラのことは決して好ましくは思っていなかったが、こうなってしまえばただの女子である。その恋の応援をすることも吝かではないというのが隊全体の空気となった。

 しかし、続いて渡されたメモを読んでそれ以上の衝撃を受けることになる。

【ただし、相手は女性の模様】

 だが衝撃は一瞬、すぐにクラリッサを含むこの場にいる全隊員はアイコンタクトを取り合い隊の意思を統一する。その連携の早さたるや隊発足以来、最速だったとか。

『全力で隊長の恋を応援する』

 それが彼女らの出した答えだ。
 もはや泣く子も黙るIS配備特殊部隊の面影などそこにはなく、この空間は既に学生の修学旅行の夜のようなノリと化していた。

 そもそも相手が女性でいいのかという問題だが、女尊男卑の世の中でありISの操縦者などをしていると自然と接するのは女性が多くなり、そういう関係になることも少なくない。
 実際、この隊内でもカップルが存在するとかしないとか。

 こうしたやり取りをしている間にも、クラリッサはラウラからその意中の相手のことを聞き出している。
 出会いからISでの試合、自分を止めてくれたことから買い物に行ったこと。拙い言葉で照れくさそうに語るその姿は端から見れば間違いなく恋する乙女である。

「それでセシリアという女が教えてくれたんだが、真に認めた女には『お姉様』と言わなければいけないというのは本当か?」
「……なるほど、その者の言うことはもっともです。日本の女学院では上級生を『お姉様』と呼び、さらに年に一回『お姉様の中のお姉様』であるエルダーシスターを決める文化があると聞きます。きっとその方も『お姉様』と呼ぶにふさわしい方なのでしょう」

 クラリッサ・ハルフォーフ、彼女こそはアニメやゲームといった間違った知識のみ豊富で、そのせいで日本を勘違いしている残念な人の典型である。
 しかし悲しいかな、彼女の周囲は『さすが隊の頼れるお姉様、素晴らしい知識です』などと宣っており、その間違いを指摘する者は存在しなかった。

「そ、そうか。確かに私が真に認めた女など織斑教官以外には一人だけだ……わかった、情報感謝する」
「いえ! 隊長のご武運をお祈り致します!」

 通信が切れると同時に、黄色い声があがりお祭り騒ぎと化した。
 
 理由はともあれ、問題も多かった『シュヴァルツェ・ハーゼ』がこの瞬間、確かに一つになった。



 さて、海の向こうの自分の隊の状況など知る由もないラウラはというと……。

「なるほど、セシリアの言うことは本当だったか……。な、なら私も西園寺のことを、お、お姉様と呼ばねばなるまい。うむ、なにせ私が認めた相手だからな。いや、待て。それなら織斑教官もか!? ち、千冬お姉様か……悪くはないな。なら西園寺は紫音お姉様だな。ん? 織斑教官がお姉様ならその弟は私の弟にもなるのか……! ふん、まぁいい。意外と骨はありそうだったが私の弟になるからには徹底的に鍛えてやろう!」

 絶賛、勘違い中だった。
 一夏とラウラは同級生のはずだが、なぜか彼女の中では一夏が弟になることが確定しているようだ。

 こうして本人たちのあずかり知らぬところで新たな騒動の種がひっそりと蒔かれたのだった。 
 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 紫苑はシャルは、レゾナンスで皆と別れたあとも行動を共にしていた。
 というのも、一夏と二人で女に絡まれるという騒動に巻き込まれてから少し様子がおかしかったからだ。

「あれが今の社会の縮図なんですよ」

 いま、二人はモール内のベンチに座っている。
 少しうつむき加減のシャルに対して、紫苑は諭すように声をかける。

「……今まで、全然知りませんでした。いえ、知ろうともしませんでした。でも性別や立場が違うだけでこんなに世界が変わってしまうんですね」

 もともとシャルは男性として扱われてきたわけではない。愛人の子として秘匿されていたのをいいことに、織斑一夏の出現に合わせて息子として発表し利用されたに過ぎない。
 だから彼女は、今の世の中で男性がいかに不利な立場に追いやられているかをこのとき初めて目の当たりにしたのだ。 

「彼女達はどうなるんですか?」
「あなたが証言すれば懲役にもできるかもしれませんね」

 他国の代表候補生に不当に絡んだとはいえ、相当に重い罰。しかし、それがまかり通るほどにIS操縦者というのは特殊な存在なのだ。

「……いえ、それをしたら僕も彼女達と同じになってしまいますし望みません。そして、あなたが一夏に言ったように僕も力をつけます。せっかく今、男としてISを操縦できるんです……せめてあなたに代わって」

 シャルは、あのときの紫苑の言葉から激しい憤りを感じ取っていた。彼が男であるがためにどれだけ酷い扱いを受けてきたのか、ましてや紫音という存在がそれをさらに複雑にしている。それを少なからずシャルは垣間見たのだ。

「ふふ、あなたらならそう言うと思っていました。大丈夫ですよ、おそらく学園にも連絡がいくでしょうが、千冬さんに予め便宜を図るように伝えておきましたから。それと……ありがとうございます」

 紫苑はシャルの言葉に少し驚いた様子を見せるが、すぐに嬉しそうな表情に変わった。シャルがあの女性達に厳罰を望みはしないだろうとは彼も思っていた。だがまさか彼女が、一夏と話していたようなことまで決意するとは思いも寄らなかったからだ。
 それと同時に紫苑は、その決意の裏にある優しさを感じることができて嬉しくなった。彼のこの立場を多少なりとも自分のことのように感じることができるのは、目の前の少女をおいて他にはいないのだから。



 ところで、今彼らは二人きりなのに口調が戻っていないのはただ単に外だからという理由だけではない。二人をこっそりつけている三つの気配に気付いていたからである。

「お、お姉様……まさかシャルルさんと……! 確かに彼はいい方だと思いますし、それに万が一、一夏さんをお姉様と取り合うことを考えれば……いいえ、それでもやっぱり!」
「ちょっとセシリア、静かにしなさいよ、気付かれちゃうでしょ!」
「……はぁ、二人ともうるさい」

 言わずもがな、セシリアと鈴と簪である。
 もともと彼女らは買い物を続行するつもりだったのだが、二人きりで離れていく紫苑とシャルを見つけてしまい示し合わせたわけでもなく、自然とあとをつけていた。

 セシリアは若干の紫苑に対する嫉妬を含めながら、鈴は純粋に野次馬根性で、そして簪は若干の興味はありつつもただ単に鈴の付き添いで、しかし三人の視線は一様に二人に釘付けだった。

「なんかいい雰囲気ね」
「そ、そうですわね」
「……いい笑顔」

 しかし紫苑が急に見せた笑みを目の当たりにして、三人は毒気が抜かれてしまった。確かにいい雰囲気ではあるのだが、なぜか茶化してはいけないような気がしたのだ。
 故に彼女らはそのまま立ち去ることにし、視線をゆっくりと二人から外した……。

「何をしているのですか?」

 瞬間、目の前につい先ほどまで別の場所で見ていたはずの紫苑の姿があった。

「おおおお姉様!?」
「し、紫音! これはその、ね!?」
「は、はやい」

 紫苑はISを部分展開しハイパーセンサーによる聴覚補正を使用して、気配察知だけでなく彼女らの会話まで聞いていた。自分とシャルが一緒にいることを邪推しているのは途中でわかった。シャルの心境も考えるとその行動は好ましいものではなかったので、少しお仕置きをしようと視線を外した瞬間にISを部分展開して瞬時に回り込んだのだ。

 本来であればそこまではしないだろうし、ましてや部分展開などあり得なかっただろうが、どうやら先の一件でまだ少しだけ気が昂ぶっているようだ。もっとも、一番の理由は性別詐称という脛に傷を持った二人にとって下手に詮索されるのはよろしくないため、釘をさしておきたいというものなのだが……。

「ふふ、無粋な野次馬さんたちとは少しお話しなければいけませんね」

 そう言う紫苑の笑顔は、先ほどシャルに見せたものに負けず劣らずいい笑顔だった。


 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆  

 

 本来であれば、楽しいデートになるはずだった。もっとも彼女自身はデートなどとは恥ずかしすぎて口が裂けても言えないが。
 だが、あろうことかその相手は他の人間まで誘ってしまった。気付けば、デートの雰囲気など微塵も感じられない、ただの買い物となってしまった。

「はぁ……なぜこんなことに」

 箒は皆と解散したあとに一人嘆息していた。

 最初彼女は、買い物に集まったメンバーを見て憤りしか感じていなかった。
 明らかに一夏を狙っていると思われるセシリアや鈴だけでなく、彼女がもっとも苦手としている存在までいたのだから。

 しかしながら嫌なことばかりではなかった。ノリのいい鈴たちが主導して水着のファッションショーのようなものが始まってしまい、箒も半強制的に水着を試着させられたのだが、その中で一夏が彼女の水着を褒めたのだ。当然彼女はその水着を購入して、今も大事そうに抱えている。

 だがしかし一夏が自主的にそんな気の利いたことができるはずもなく、反応が芳しくなかった彼に対して紫苑が少し呆れながらも諫言したというのが真相だ。実際、褒められたのは箒だけでなく全員が何らかの言葉を一夏から貰っているのだが、彼女の意識からは除外されているようだ。

 そして表には出せないながらも箒が幸せな気分に浸っているうちにいつの間にか場は解散となり、一夏も既にその場を立ち去ってしまっていた。
 買い物を続けるというセシリア達に誘われもしたのだが、先ほどまでの幸福な気分も冷めてしまったためそれは断り、彼女は一人帰ることにした。

 それゆえの溜息である。本来であれば二人きりのはずだった買い物。少し褒められただけで浮かれてしまって、そのあと一夏とまともに話すことすらできなかった。
 それどころか、思い起こせば途中から一夏が自分が苦手な相手のことをチラチラ見ていた気さえする。

 自分にも専用機があれば。

 それが彼女がこの数ヶ月で思い続けてきたことだ。

 今回集まったメンバーの中で、彼女だけが専用機を持たない。
 一夏達はそんなこと全く気にせずに接しているし、箒もそれを理解して嬉しくもあるのだが、やはりそれだけではどうしようもないコンプレックスを持ってしまうのは仕方の無いことだった。

「あと、あと少しで」

 そんな彼女に訪れた、ISの開発者で姉でもある束からの、箒の専用機があるという一報。
 彼女はそれに食い付き、今はただひたすらその日を待ち望む。

 家族を崩壊させる原因となり嫌い、憎んですらいたはずの人間に今では希望を見いだしているという矛盾に気付かずに……。

 自覚なしに持った強い力は、時としてその持ち主を傷つける。それを彼女は未だ知らない。
 

 
 

 
後書き
前話のあとがきにも追加しましたが、第三十三話が抜けてしまっていたため追加投稿しています。

混乱させてしまい、申し訳ありません。 

 

第四十話 騒がしき日々

「西園寺、ちょっと来い」

 レゾナンスで買い物をした翌日。
 あと数日で臨海学校ということもあり、浮ついた雰囲気ではあったけれど授業も無事終わった。そして放課後になり、生徒会へと顔を出そうと支度をしていると何故か教室に千冬さんがきており、そのまま僕は彼女に呼び出された。

「はい、なんでしょう」

 正直呼び出される理由は……あぁ、たくさんある気はするけど今更だし、予想できない。でも、なんとなく不機嫌そうなオーラを出しているから行きたくないなぁ。
 とはいえ拒否する権利など最初からないので、素直に千冬さんのもとに行く。

 いつも通りどこかの部屋で話すのかと思ったら、千冬さんは教室を出てすぐのところで僕に向き合った。ということは、紫苑ではなく紫音に対して用があるということだろう。ますますもって、僕には理由がわからなくなった。

「あの?」
「お前は……お前はラウラに何を吹き込んだ?」
「……はい?」

 全く意味がわからなかった。
 しかしその声はやや震えており、恐る恐る顔を見上げてみると引き攣った笑顔がそこにあった。でも、明らかにその目は笑っていない……って怖っ!

「あ、あのちふ……織斑先生? な、何のことだか私にはさっぱりわからないんですが」
「では誰が……!」
「千冬お姉様に……紫音お姉様!」

 ……は? どういうこと? というか誰?

 そう思い、声のする方を見るとそこには何故かボーデヴィッヒさんがいた。

「えぇい、ラウラ! 私はお前の姉ではないと何度言えば!」

 このとき、僕は全てを悟った。
 彼女が元凶だ、と。

 どういう経緯かは分からないけど、千冬さん……と何故か僕のことをお姉様と呼んでいる。まぁ、悲しいかな僕は呼ばれ慣れてきてしまったからショックはそれほどでもないけど、千冬さんは相当慌てているな。普段学内ではボーデヴィッヒって呼ぶのにラウラになってるし。
 とはいえ、千冬さんのことをお姉様呼ばわりしている人は実は結構な数がいたと思うよ? ただ面と向かって言う勇気のある人がいなかっただけで。その捌け口が僕にきてるんだけどね! あれ、そう考えると目の前の状況はちょっとおもしろ……ごめんなさい、そんな睨まないでください、今助け船を出しますから!

「ボ、ボーデヴィッヒさん? どうしてここに? それにその呼び方は……」
「そんな、他人行儀ではないか。私のことはラウラと呼んでくれ!」
「えっと、あの、ボーデヴィッヒさん?」
「ラウラだ」

 だ、だめだ。なんか少しだけデジャヴを感じる。あ、本音さんのときか。きっとこの子も名前で呼ぶまで反応してくれない気がする、もう仕方ないか。

「……ラウラさん?」
「なんだ? 紫音お姉様」

 ボーデヴィッヒさん……もといラウラさんは、口調は普段通りぶっきらぼうではあるものの、僕に名前を呼ばれた途端に目を輝かせた。それはもう、尻尾があったらブンブン振り回しているくらいの勢いだ。

 な、なんかちょっと可愛い……じゃなくて! いや、ホント何があったの!? 
 確かに誤解がなくなって多少は仲良くなれた気はしたけどこの豹変ぶりはちょっとおかしい。それにこの様子だと千冬さんへの態度も変化しているみたいだし。

「あの、なぜ私や織斑先生をお姉様と呼ぶのですか?」
「む? セシリアが言っていたぞ。自分が認めた女に対しては敬意を払ってお姉様と呼ぶのだと。それに日本に詳しい部下にも確認したから間違いないはずだが」

 オルコットさぁん! そしてその自称日本に詳しい部下さん、何吹き込んだの!?

 そういえば昨日、彼女に連行された後に少し様子が変だった。それでも一緒にいる間は特に何もなかったから気にしないことにしたのに。ってことはトドメさしたのはその部下さんだよね、はぁ。

「で、できればお姉様と言うのはやめていただきたいのですが?」
「なぜだ? セシリアも呼んでいるではないか」

 ぐ、それを言われると厳しい。正直、勢いで押し切られて許してしまったのを後悔している。クラスの子たちならともかく、オルコットさんはいたるところで僕のことをそう呼ぶから学園全体に認知されつつあるし。
 だからもう今更な気もするし、だんだん悲しげな顔になるラウラさんを見ていると別にいいかな、と思ってきてしまうんだけど……すぐ近くから感じる殺気が許してくれないんだよね。

 僕が折れてしまえば、必然的に千冬さんもそう呼ばれるようになるだろう。つまり、この僕に向けられた殺気は絶対にそれを阻止しろという圧力、というかもう脅迫だよね、これ。

「ちょっと誤解がありますよ、ラウラさん。確かに敬意を払うために姉と呼ぶこともあるのかもしれませんが、それでは一方的ではないですか。私も、あの模擬戦で自分を乗り越えたラウラさんのことを認めているんですよ。ですから、お互い名前を呼び合うことにしましょう?」

 なんかちょっと無理矢理な気がするけど、納得するかな?

「わ、私のことを認めてくれるのか……?」

 ん、思いのほか好感触だ。
 もしかして、あまり人に評価されることが無かったのかな……以前の僕みたいに。なんだかそれを利用するのは気が引けるけど、彼女のことを少なからず認めているのは本当のことだ。

「えぇ、もちろん。それは織斑先生も同じはずですよ?」
「ほ、本当ですか!?」

 僕の言葉に、凄まじい勢いで千冬さんの方を向くラウラさん。あまりの剣幕に少し千冬さんも引いている。

「あ、あぁ。そ、そうだな、まだまだ未熟ではあるが、な」

 僕の意図を読み取ってくれたのか、千冬さんも僕に賛同する。若干棒読みなのは気になるけど。というかこれだけ余裕がない千冬さんも珍しいな。

「ち、千冬お姉様……」

 千冬さんの言葉に感動している様子のラウラさんだけど、今の一言でまた千冬さんの機嫌が急降下したよ!?

「織斑先生だ」
「で、では千冬さ」
「織斑先生……だ」
「ヤ、ヤヴォール(jawhol)!」

 おぉ、まるで見本のようなキレイな敬礼だ。
 あの状態のラウラさんを軍人に戻すとはさすが千冬さん。

「では、私も……そうですね。紫音とお呼びください」

 僕も便乗して今まで通り、『西園寺』と呼んでもらおうとしたら先読みしたのか物凄く悲しい顔をされたので仕方なく『紫音』で妥協する。
 やっぱり『紫音』と呼ばれるのは今でもあまりいい気はしないんだけどね……まぁ、それこそ今更か。

「むぅ、わかった……紫音」

 完全に納得しているわけではないようだけれど、なんとかお姉様呼ばわりされるのは避けられたようだ。

「……ずるい」
「え?」

 一仕事終えてホッとしていると、急に背後から声がした。
 ラウラさんのことで周囲に全く気をまわしていなかった僕は、急に現れた誰かに驚き慌てて振り返ると、そこには頬を膨らませた簪さんがいた。
 どうやら教室を出てすぐの廊下で話をしていたため、帰るために同じく出てきた簪さんが通りがかったようだ。でも、ちょっと不機嫌な理由と何がずるいのかよくわからない。

「か、簪さん?」
「私だって、西園寺さんのことを名前で呼びたいのに」

 確かにそうだった。僕のわがままもあって、彼女には名前で呼んでもらうのは遠慮してもらっていたけれど、こうなると彼女だけ拒否するのはおかしい、どころか傷つけてしまうんじゃないだろうか。

 それに、最近わかってきたことがある。
 確かに僕は『紫音』じゃないし、その名前を呼ばれるのは抵抗があるけれどみんなが見てくれているのは僕自身なんだ。
 演技をしていて完全な『紫苑』ではないのかもしれないけど、それを通して僕を見てくれている人がここにはいる。

 デュノアさんや楯無さんを見て、僕はそう思えるようになってきた。
 だから、もう変に拘るのはやめよう。

「ごめんなさい」
「……あ」

 僕の都合を押し付けてしまっていた簪さんに対して、自然と謝罪の言葉が漏れた。
 それを、彼女は拒絶と勘違いしたのか悲しそうな顔になる。

「あ、そうではなくて……これからは簪さんも私のことは紫音と呼んでくれますか?」
「はい……はい、紫音さん!」

 そう言いながら嬉しそうに微笑む簪さんは、とても眩しく見えた。
 まだ少し罪悪感は残るけど、彼女の笑顔を見て少しだけ許された気がする。

 何はともあれ、一時はどうなるかと思ったけれどようやく一段落……そう思った矢先。

「お姉様!」

 今度はなに……! そう思って声の方を見ると、何故か少し俯いてプルプル震えているオルコットさんがいた。

「オ、オルコットさん?」
「なぜ……なぜわたくしはファーストネームで呼んで下さらないのですか!? わたくしは……わたくしはまだお姉様に認めていただけてはいないということですか!?」

 あぁもう、なんかいろいろと面倒になってきたよ! っていうか、何でここにいるんだろう。しかもこの様子じゃラウラさんとの会話を確実に聞いていたよね、この子!? もしかして、いつも僕の後ろをこっそりついてきていたりしないよね?

「い、いえ。そんなことはないのですが呼び方を変える機会がなく……」
「でしたら、今がその機会です! さぁ、セシリアとお呼び下さい!」

 よくわからないけど興奮しすぎだよ……ちょっと心配になる。大丈夫なのだろうか、この子は。

「で、でしたら私のことも名前で呼んでいただきたいのですが」
「そんな、お姉様のお名前を直接お呼びするなんて恐れ多いですわ!」

 えー。彼女の中で僕ってどんな存在になっているんだろう。聞きたいけどちょっと怖くて聞けない。

「はぁ……わかりました。セシリアさん。私の呼び方はそのまま構いませんよ……」

 正直、どうでもよくなってきた。というか、今まで悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたというか。僕は余計なことに気を使って自分で壁を作っていたのかな。

「まて、それならやはり私も紫音お姉様と……」
「……紫音お姉ちゃん?」

 いやちょっと!? ラウラさんはさっき渋々とはいえ一応は納得したんじゃなかったの!? それになんで簪さんまで便乗して……しかもちょっと嬉しそうなの? その笑顔で楯無さんにお姉ちゃんって言ってあげればすぐ仲直りできるよ!
 
 あぁもう、千冬さん助けて……っていないし!? 僕に押し付けて逃げたな!



 その後、なんとかラウラさんと簪さんをなんとか説得して名前で呼んでもらうに留まった。セシリアさんはまぁ、無理だったけど。

 そういえば、織斑君は授業の中で行われた模擬戦でラウラさんにボロボロにされたらしい。なんでも私の弟になるからには、とかどうとか……僕のせいじゃないよね?



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「う・み・だー!」

 トンネルを抜け、車窓に綺麗な海が見えるようになると周りのクラスメイトのテンションが一気に振り切れた。気持ちは分かる……僕もガラにもなくちょっと気持ちが弾んできた。もっとも、水着のことを考えるとすぐにそれも萎えるんだけど。

 ふと隣の席を見ると、簪さんもチラチラ窓の外に目をやっている。心なしかソワソワしているようにも見えるので、なんだかんだで彼女も楽しみにしているのかもしれない。

 結局先日のラウラさんの騒動は、落ち着いてみれば簪さん達との距離も縮まったようで得るものは多かった。もっともそれ以上に精神的に疲れたんだけど。
 簪さんはあれから表情が明るくなった気がする……裏を返せば今までが僕のせいでもあったということだけど。ともかく、今までより積極的に話をするようになったし、そのおかげでクラスメイトとの仲も改善されてきている。何故か、楯無さんとはまだ上手く話せないみたいだけど……二人ともいい加減素直になればいいのにね。

 クラスメイトの喧噪は冷めぬまま、ようやくバスが旅館へとたどり着いた。
 大人の雰囲気あふれる女将へと全員で挨拶したあと、一旦それぞれの部屋へと荷物を置きに行く。このとき初めて、部屋割を知らされる。今まで何も言われていなかったからてっきり寮での組み合わせと一緒なのかと思っていたけれど違うようだ。

 ……あれ? 僕の部屋がないんだけど。

 配られた部屋割を見て、クラスメイトは荷物を持って旅館へと入っていく。でも、その部屋割に僕の名前は見つからなかった。

「あぁ、西園寺。お前はこっちだ」
「織斑先生?」

 困っている僕に声をかけてきたのは、自分のクラスの担任ではなくなぜか1組の担任である千冬さんだった。困惑しつつも彼女について行くと、クラスメイト達の部屋とは少し離れた場所にある一室にたどり着く。

「教員室?」

 そこには、『教員室』と書かれた紙がドアに貼り付けられている。よく見ると、周辺の数部屋にも同じように紙が貼られている。

「あぁ、お前は私と同室だ」
「……えぇ!?」

 いや、確かに女子と同室なのは問題だとおもうけど寮のこともあるし今更じゃ……でもまぁ、せっかくの海だし避けられるなら避けた方がゆっくりできると思うけど。だったら個室にしてほしかったなぁ、千冬さんと一緒じゃ別の意味で気が休まらないような。

「……いろいろ言いたいことはあるがとにかく入れ」

 考えていることが読まれたのかちょっと怒気を含ませながら千冬さんが僕に部屋へ入るように促す。

「は、はい」

 どちらにしろ、拒否権はないので大人しく入る。とりあえず荷物を置き、室内を見渡してみると二人部屋としては広々としており、外の海も一望できるかなりいい部屋だった。

「さて、予想はついているとは思うがお前を女子と同室にするのは問題があるからな」

 千冬さんも僕に続いて入ってきて、すぐにそう切り出した。
 彼女がこういう話を出すということは、僕も素で話しても大丈夫ということ。

「できれば個室がよかったんだけど?」
「あぁ、そうする予定だったんだがな。デュノアの件があって部屋が足りなくなった」
「デュノアさん?」
「……さすがに一夏と同室にする訳にはいかんだろう。寮ならともかくこういう場では気が大きくなって間違いが起きないとも限らん。だからお前用の部屋をデュノアへとまわした。一夏とデュノアは教員用のエリアにそれぞれ個室を割り当てている。一般生徒の部屋の近くだとどうなるか目に見えているからな」

 なるほど。ならそれも仕方ない……のかな? いや、それなら織斑君と千冬さんが同室になればいいんじゃ。

「わざわざ一夏を私と同室にして、お前を個室にする理由が弱くてな。一応今回お前は臨海学校の間は教員の手伝いをするという名目になっている。そのためには教員と同室のほうがいいだろう、とそういうことにした。まぁ、それなら本来4組の担任であるミュラー先生と同室になるのが筋だろうが、それだとお前の貞操が危ないと言ったら全員納得した」

 なるほど……って、ミュラー先生どういうことですか。たまに変な目で見られている気はしていたけど実は僕の貞操の危機だったの!?

「はぁ……とりあえずありがとう? でいいのかな。でも僕と同室でよかったの? 一応僕も……ねぇ」
「くく、お前が私をどうこうできるとでも? まぁ、本当に私を組み伏せられたら好きにして構わんぞ?」
「な……! もう、からかわないでよ!」
「ふ、どちらにしろこの部屋にいるときは多少気楽にいろ。いくら慣れたとはいえ寮では気も休まらんだろう」

 千冬さんなりに気を遣ってくれたのかな。
 なんか男扱いされていないのが気になるけど。いや、最近僕自身ですら自分のことを男扱いできなくなってきているんだけどね……。

 それが嬉しくも、先ほどの発言もあり気恥ずかしくなった僕は千冬さんから視線を外した……ところで部屋に違和感があることに気付いた。

「……どうした?」

 僕の様子に訝しげに声をかけてくる千冬さん。それには答えず、僕は必死にその違和感の正体を探る。
 それでも、明確な回答は得られない。僕はただ自分の勘に従って虚空へと手を伸ばし……たところで何か柔らかいものが手に当たった。

「あんっ」
「!?」
「誰だ!」

 いきなり、女性の声のようなものが室内に響き渡る。
 すぐに僕と千冬さんが警戒する。僕らにとって致命的な単語は避けつつ会話していたとはいえ、聞かれてはまずいことに違いはない。思わず、手に力が入る……いまだ触れている柔らかいものを掴みながら。

「あぅ、しーちゃん久しぶりに会ったと思ったら積極的だね……」 

 この声は……というか僕をこう呼ぶってことは。

「束さん!?」
「はろはろ~、お久しぶりだね。ちーちゃんも!」
「た、束か?」

 姿は見えない。けれど、その声は確実に僕の正面から聞こえてくる。

「あ、ごめんごめん。ステルス切り忘れてたよ。え~と、ほいっ」

 気の抜けた声とともに、突如として僕の目の前に束さんが現れた。いや、その言い方は正確じゃないかもしれない。彼女の言うことを信じるなら、ずっとそこにいた上で姿が見えなかったんだろう。

「てへ、新開発のステルススーツの実験がてら、驚かそうと思って。どう? どう? 驚いた?」

 なんて非常識な……というか僕と千冬さんに気配すら悟らせないとかどれだけ高性能なんだ……。

「ところで、しーちゃん。束さんとしては吝かじゃないんだけど、まだお昼だよ?」
「……へ?」

 ちょっと顔を赤らめた束さんが、視線を落としながらそう切り出した。何のことかとその視線を追うと、そこには束さんの豊満な胸を鷲づかみにしている僕の手があった。

「わぁ! ごごご、ごめんなさい!」

 あ、あの柔らかい感触は束さんの胸だったのか……!?

「別にいいよ~、でも続きは夜にね」

 いや、夜ならいいって訳でもないと思うけど!?

「あれ? ちーちゃん? せっかくの感動の再会だと思ったんだけどずっと黙ってどうしたの……って、なんでちーちゃんは無言で束さんの頭を掴んでいるのかな? あれ? ちーちゃん? いたたたっ!?」
「お前という奴は、そうやっていつもいつも人を振り回しおって! お前の行動に関しては何を言っても聞かんのは理解しているが、せめて来るなら来るで事前に連絡の一つぐらいできんのか! そもそも教師の前で不純異性交遊か? お前から昼がだめだとか比較的常識的な言葉が出たことは驚きだが、そもそもがおかしいだろう!」
「いたっ、ちーちゃん、何怒ってるの!? 私としーちゃんが仲いいから? もう、ちーちゃんもいい加減彼氏の一人くらいあいたたた! 出る、なんか飛び出ちゃう!?」

 なんだろう、この状況……。



 結局、二人が落ち着いて話ができる状態になったのはそれから10分ほど経ってからだった。


 

 

第四十一話 同志と苦悩

「それで、今度は何を企んでいる、束」

 じゃれ合い……というには殺気立っていたけど、ようやくそれが落ち着いた千冬さんは束さんを離し、尋ねる。
 
「ぶー、酷いなぁ。せっかくちーちゃんとしーちゃんに会いに来たっていうのに」
「ふん、どうせお前のことだ。それだけではあるまい?」

 僕らに会いに来たというのは、おそらく本当のことだと思う。千冬さんもそれを感じ取ったのか、心なしか嬉しそうな気がする。もちろん、それは僕も。
 でも千冬さんが言うように、このタイミングで会いに来たというのは何かしらの裏があると思うのも事実だ。

「うん、箒ちゃんにちょっとお届け物に。あ! さっきいっくんには会ったよ? うんうん、だんだん男の子らしくなってきたね、お姉さん嬉しいよ」
「まて、一夏の姉は私だぞ」
「え、知ってるよ?」
「……」
 
 問いただす千冬さんに対して、悪びれる様子もなく答える束さん。
 すると、束さんの『お姉さん』発言が千冬さんの何かに触れてしまったのか急に大きな声で抗議をする。しかし冷静に返されてしまい、自分の言葉に気付いたのか千冬さんは気まずそうな様子を見せる。
 というか、千冬さんはラウラさんとの一件で姉という単語に過敏になっているんじゃないだろうか。束さんもなんでこんな時だけ冷静なの……いつもみたいに悪ノリしてあげれば千冬さんのダメージは少なかっただろうに。いや、彼女のことだからそのこともわかってやってる可能性もあるけど。

「そ、それで束さん。贈り物っていうのは?」

 微妙な空気に耐え切れなくなった僕は、なんとなく束さんに問いかける。まぁ、だいたい予想はついているんだけど。

「むっふっふ、よくぞ聞いてくれました……だけど今は秘密だよ!」
「そ、そう」
「はぁ……いや、いい。どうせ聞いても無駄なのだろう」

 本人はとても話したそうではあるけれど、どうやら秘密らしい。
 千冬さんはもう追及する気もなくなったのか、半ばウンザリした様子だ。

「おっと、それじゃ私はやることがあるから。名残惜しいけれどこれで失礼するね!」

 こちらのペースを乱しまくった挙句、彼女はそのまま文字通り姿を消した。どうやらこの場に現れたときのようにステルススーツを起動させたようだ。背後でドアの開閉の音が聞こえる……姿は見えないからシュールだ。

「……しかし、お前はよく気が付いたな」
「いや、なんか見つめられているような感じがして。背筋がむず痒くなったんだよね」

 束さんが作ったステルススーツ、彼女が欠陥品なんか使うはずがないから普通は見抜けないんだろう。千冬さんだって気付かなかったんだし。でも、あのときはなんか邪まな気配を感じたんだよね……束さん僕になにしようとしてたの? ちょっと身の危険を感じる。

「まぁ、いい。それよりもこれからだ。海に行くんだろうから、事前にここで着替えておけ。水着は大丈夫なんだろう?」
「あ、うん。できれば遠慮したいんだけどね」
「お前が参加しなければそれを訝しむ者も出てくるだろう。我慢するんだな」

 もっともなので、何も言えない。それに前々から覚悟していたことだし。
 とはいえ、それでも……! 女物の水着を着るのは抵抗があるんだよ!

「ふふ、これを乗り切ればお前に疑いを持つ者など今後現れんさ。今でも十分騙しおおせてるんだからな。逆に真実を突き付けても誰も信じんぞ」
「人聞きの悪いことを……まぁ、事実かもだけど」

 うん、最近自分が男の姿でいることを想像できなくなってきている。ちょっとまずいよね。
 今度の休みにでも遠出して男の恰好して一日過ごそうかな……そうでもしないと本当にまずい気がする。

「さて、私は先に出る」
「うん、了解」

 そう言い残し、千冬さんは部屋を後にする。
 彼女の言葉に、次の休日の過ごし方を思案していた僕はなんとか現実に戻ってきた。

「……はぁ」

 そうして一人になると、やはり水着になるという非情な現実に直面しなくてはいけなくなる。
 鞄から取り出した、去年に用意してもらった水着を手にとると、自分でも顔が引き攣っているのがわかる。

 幸い、サイズは一年前と変わっていない。事前に、本当に嫌だったけれど念のために試着をしたときは大丈夫だった。幸い、昏睡から目覚めたあとに落ちていた体重は適正までに戻っている。筋力は完全ではないけれど、とりあえずは問題ない。まぁ、胸のサイズは変わらない訳だし……。

 悩んでいても仕方ないので、とにかく着替える。
 認めたくないけれど、こういうものにもう慣れてきてしまっているのでさほど時間もかからずに着替え終わる。

 おかしいところはないか、鏡でチェックする。

 楯無さんをして、本物と見分けがつかないと言わしめた胸。見た目だけでなく感触まで本物そっくりだ。僕も最初のころはドキドキしてしまった……もう慣れたけど。いや、それはそれで何かを失った気がするんだけど!
 そして、それと同じ質感で下半身を覆うサポーターつきの水着。一応、これだけでも誤魔化せなくはないのだけれど、よく見ると少しふっくらとしてしまい違和感が残る。だからパレオもセットになっている。

 水着の色は白基調で、薄い青と白のグラデーションのパレオが巻かれている。
 ……白は着こなすのが難しいって、前に買い物に行ったときに聞いたけど大丈夫かな?

 トップは派手な装飾はないけれど、若干のフリルのようなものがついている。それでいて、いやらしくない程度に胸元が見えるようになっている。
 ボトムはビキニタイプではなく、フレアショートパンツに近い。もっともその上からパレオを巻いているからほとんど見えないけれど。

 うん……大丈夫かな。どっからどう見ても女の子……だよ……ね。はぁ、なんか再確認しただけなのに鬱になりそうだ。

 このまま落ち込んでいるとあっという間に時間が過ぎていきそうなので気持ちを切り替えて、パレオを外したあとに水着の上から服を着込んだ。

「……よし」

 そうして気合を入れなおした僕は、集合場所である海岸へと向かうために部屋の外に出る。すると、ちょうどななめ前の部屋の扉が開いた。
 そこから出てきたのは何故か少し元気のないデュノアさんだった。

「どうされたんですか?」
「あ、西園寺さん……えっと、あはは」

 力なく笑うデュノアさん。なんとなく、それで僕は理解した。
 これからのことを考えて気落ちしていたのだろうと。

「もしかして、デュノアさんも?」
「えっと、西園寺さんも?」

 同じ境遇の二人にもはや言葉はいらない。
 僕らは無言で固い握手を結び、ともに海岸へと向かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 既に海岸では生徒達が思い思いに遊んでいた。
 気恥ずかしくはあるけれど覚悟を決めた僕は、人に見られない場所で着替えを済ませて見知った顔を探すことにする。

 すると、すぐに織斑君とデュノアさんを見つけた。二人とも更衣室から出てきたところのようだ。ただ、何故かデュノアさんの顔が凄く赤い。
 ……というか彼女の水着は、普段の授業で使っているISスーツとほとんど変わらない上下タイプのもので、さらにその上からTシャツを着ていた。
 考えてみれば、これなら別に彼女はそこまで悩む必要なかったのでは……なんか理不尽だ!

「あ、さ、西園寺さ……ん」

 織斑君がこちらに気付いて声をかけてくる。
 密かに、出来たばかりの同志に裏切られ憤慨していた僕はすぐに我に返る。あれ、いつの間にか織斑君も赤くなってる気がするけど。

「お二人とも様子がおかしいようですけど……どうしたのですか?」
「へ? あ、いや……俺は別に。シャルルはなんか一緒に着替えてたあたりから……」

 ……一緒に着替えた?
 聞き捨てならない言葉を聞き、僕はデュノアさんへと視線を向けると彼女はさらに顔を赤くして俯いてしまった。
 一応、正体がバレたとかそういうことではないのだろうけど……彼が何かしらやらかしたことは明白だった。

「織斑君、ちょっと失礼しますね……デュノアさん、どうしたのですか?」

 織斑君に断りを入れ、デュノアさんに小声で話しかける。すると彼女も同じように織斑君に聞こえない程度の声で答えてくれた。

「あう……一夏が、一夏が全部脱いだあとに僕に着替えないのかって。ぷらぷらして、近づいてきてはぅ」

 デュノアさんから聞く織斑君の話、そこだけ聞いていると本当に彼の性癖を疑ってしまうような内容が多い。まぁ、とりあえず。

「織斑君? 男同士でもセクハラは成立するんですよ? 国が違えば文化も違うんですから言動には気をつけたほうがいいですよ」
「へ? セ、セクハラ?」
「その……いきなり裸でにじり寄られたりしからびっくりんだよ?」

 僕の言葉に驚く織斑君と、ようやく落ち着いたのか理由を告げるデュノアさん。

「そ、そんな大げさな」
「もしかすると今までも着替えや部屋で似たようなことがあったのではないですか? 男同士だから、という理由であっても文化的に慣れない子もいるのですから。嫌がる子に無理矢理というのはいただけませんね。それとももしや……本当は男の方がいいんですか?」

 前々から彼女も悩んでいたようだし、この機会に釘を刺しておくことにする。まぁ、あんまり強く言っても二人の仲に影響が出そうだし、少し茶化すけど。
 いや、本当に冗談だよね? なんか本当にそっちの気があるかもと考えてしまったら少し引いてしまった。

「……へ? あ、いやいやいやいや! そんなことないですって! 俺はちゃんと女の子に興味があります! 西園寺さんの水着姿だってすごい綺麗でさっきだってちょっと見とれて……あ」
「そ、そうですか……ありがとうございます?」

 いきなりのカミングアウトに別の意味で僕は少し引いてしまった。
 そうか、さっき彼が顔を赤くしていたのは僕の水着を見てだったのか……どちらにしろアウトだよ。いやまぁ、僕も客観的に今の姿を見たら同じ反応をしたかもしれないから何とも言えないけど。
 ふとデュノアさんを見ると微妙な顔をしていた。まぁ、彼女も僕のことを知っているから複雑な心境なんだろう。ふと目が合うと、アイコンタクトでお互いを慰め合った。うん、彼女は裏切りものではなく、やはり同志だ。

「あ、いたいた。一夏~……ってなにしてるの?」

 傍らで何やら地に伏して落ち込んでいる織斑君と、再び絆を確かめ合っている僕とデュノアさんを見て、声の主である鈴さんは訝しげな視線を送ってくる。

「い、いえ。なんでもないですよ?」
「う、うん。なんでもないよ?」
「あ、あぁ。なんでもないぜ?」

 僕の返答に続いて二人も答える……けどこれじゃ何かあったって言ってるようなものじゃないか。

「はぁ、いいけどさ。みんなあっちにいるから早く来なさいよ」

 言及は避けてくれた鈴さんに感謝しつつ、僕らは皆が待つという場所へと向かった。



 ……そこから先は大変だった。
 無理矢理織斑君にサンオイルを塗ることを強請るセシリアさんに、なぜか肩車をしてもらって巡回させる鈴さん、用意したお弁当を自分の箸でなんとか食べさせようとする箒さん、そしてそれを見ていた周りの生徒達が順番待ちの列を作る。

 僕と簪さん、ラウラさんにデュノアさんは騒動に巻き込まれないように少し離れた場所で見ていた……んだけど、すぐにデュノアさんにも織斑君と同じように順番待ちの列ができてしまった。

「あぅ。さ、西園寺さん助けてぇ……」

 僕に助けを求めるデュノアさんだけど、すぐに女生徒の波に呑まれて見えなくなってしまう。うわぁ、あれには巻き込まれたくない。
 ……く、同志を救えないなんて僕はなんて無力なんだ!

「ふむ、他人事のような顔をしているがお前もだぞ?」
「……頑張って」
「はい?」

 二人の言葉に振り返ると、そこには何故か同じような女生徒の集団。

 なぜ?

「さ、西園寺さん……よかったらサンオイルを塗り合いませんか?」
「お姉様! あ、あの、ご一緒にビーチバレーなどどうでしょうか?」
「ご一緒に食事しましょう、西園寺さん!」

 あれ? 僕って一年の子らには避けられていたような気がしたんだけど……?

 いや、そうじゃなくて! というかサンオイル塗り合うってなにさ! 織斑君達に対する要求より、女子同士ということになっているせいか酷いことになってるよ!
 助けを求めて周囲を見渡すも、ラウラさんと簪さんは既に離れた場所にいってしまった。
 いつの間にあの二人も仲良くなったんだ……抜群の連携だ。

 気付けば僕も女生徒達に囲まれ、彼女らの相手をする羽目になった。
 もちろん、サンオイルは断ったけどね! 他はまぁ、常識的なものだったからよかったかな。

 それより、いつの間にか同学年の皆が僕を受け入れてくれた事実が何より嬉しかった。この日、彼女らと話している中で聞いたところ、普段の振る舞いやトーナメントの活躍を見てファンになってくれたということだ。ちょっと気恥ずかしいけど、避けられるよりはずっといい。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 皆に少なからず受け入れられたのは嬉しいとはいえ、さすがに大人数を相手にすることに慣れていないこともあり、僕はすっかり疲れ果ててしまった。騒ぎは夕食まで続き、結局解放されたのは夜の自由時間だ。
 温泉に入るわけにもいかないので、僕は大人しく部屋に戻ろうとしたところ何やら部屋の前に人だかりがいた……というか見慣れたメンツだった。

「……何をしているのですか?」
「しっ! 今いいところなの!」

 鈴さんにセシリアさん、箒さん。さらにはデュノアさんやラウラさん、簪さんまで部屋の前に集まって、しかもなにやら聞き耳を立てている。
 不思議に思いつつ、部屋の前まで歩み寄るとその謎はすぐに解けた。

『……んっ』
『千冬姉、大分ほぐれてきたかな?』
『あ、あぁ。お前も……ん、うま、くなった、な』
『少しでも気持ちよくなってもらいたいからね』
『ば、馬鹿者……あぁっ』

 ……千冬さんの艶めかしい声と織斑君のちょっと息が荒くなった声が聞こえてくる。

「こ、これはまさか……」
「一夏ったら、私たちにまったく気がないと思ったらまさか千冬さんと……!」
「む、むぅ。しかしこれは強敵が……」

 織斑君にあからさまにアプローチをしている三人は顔が赤くなったら青くなったり割と大変なことになっている。
 他は単純に中で行われている出来事に興味津々といった様子だ。なんだか、最近簪さんに対する僕のイメージが崩れていってるんだけど……。

 まぁ、確かにこの声だけ聞いていたら勘違いしても仕方ないけどこれは恐らく……。

「はぁ、まったくあなた達は……。織斑先生、失礼しますね」
「あ、ちょ、ちょっと紫音!」

 鈴さんが制止してくるけれど僕は構わず、部屋の扉を開け中に入る。
 
「ん……あぁ、西園寺か」

 背後からキャーキャー声が聞こえるが気にせずに部屋の中に進むと、そこには織斑君にマッサージを受けている千冬さんの姿があった。まぁ、こんなことだろうと思った。

「はい、戻りました」
「あぁ。それと、そこで盗み聞きしている連中も入ってこい!」

 やっぱり気付いていたか。
 恐る恐るといった様子で皆が入ってきて、二人の姿を見てなんともいえない表情になっている。

「こ、こんばんは織斑先生」
「まったくお前らは。あぁ、お前は風呂にでも行って部屋に戻れ。汗もかいただろう?」
「へ? あ、あぁ。そうするよ。それより千冬姉、かなり凝ってたかぞ? 無理すんなよ~」
「ふん、お前に心配されずとも。まぁ、だが楽にはなったよ」

 普段はあまり見られないやり取りに、見慣れていない面々は少し意外そうな表情で見ている。鈴さんや箒さんはそうでもないけれど。

「あ、じゃぁあたしらもこれで失礼して……」

 我に返った鈴さんが織斑君に便乗して退室しようとしたら、いつの間にか千冬さんによって肩を掴まれている。

「まぁ、せっかく来たんだ。話くらいしていけ……西園寺」

 そう言い、僕に目で何やら要求してくる。
 ……あれは酒を寄越せってことだね。

「はぁ、わかりました。皆さんも適当に座っていてください」

 訳が分からず、といった様子の皆は言われるがままに空いたスペースに座っていく。
 その間に僕は備え付けの冷蔵庫を開けて、中から千冬さん用のビールと、あとはソフトドリンクを適当に出して、腕に抱える。ひんやりとした感触が気持ちいい。

 千冬さんから順番にそれぞれドリンクを配り終えるころには、みんな我に返っていたけれど、逆に今の状況に緊張しているようだ。まぁ、普段から厳しい千冬さんと相対しているわけだから仕方ないか。

 そんな折、再び千冬さんから視線。
 あぁ、何か酒の肴を用意しろと。僕は苦笑いしながら、再び冷蔵庫に向かい扉を開ける。この部屋には小さいながらもキッチンがある。これは教職員に割り当てられている部屋だけらしいけれど。そして冷蔵庫の中には恐らく千冬さんが持ち込んだであろう食材もあったので、最初から僕に作らせる気だったのだろう。

「さて、せっかくこうして集まったんだ。お前らの本心を聞かせろ。この中で一夏に惚れているのは?」
『!?』

 僕が簡単なツマミを作っている間何らかの話をしていたようだけど、その後にいきなり投げかけられた千冬さんの直球な質問に、数人が反応する。
 やはりというか、あからさまな態度を見せたのは、セシリアさんと鈴さんと箒さんの三人だ。あとの三人は質問の内容に驚いた、といった様子だ。

「ふん、やっぱりか。まったく、あいつのどこがいいのか」

 そう言いながら、ビールを一気に仰ぐ。
 僕もちょうど準備が終わったので、千冬さん用とそれ以外につくった簡単なものを持って行き、ビールの追加も渡す。
 みんなは、普段の毅然とした様子からは想像もできない千冬さんの様子にかなり驚いているようだ。まぁ、今の姿は完全に酔っ払いが絡んでいるようにしか見えないからね。

「ふふ、お前はやっぱり気が利くな。料理もうまいし、言うことなしだ」
「ありがとうございます」

 周囲の困惑を余所に、早速料理に手をつけながら再びビールを飲み出した千冬さんは、僕に向かってそんなことを言い出す。せっかくのお褒めの言葉なので僕は苦笑しながらお礼を言った。

「あ、あの……織斑先生はお姉様とはどういったご関係ですの?」

 恐る恐る、といった様子で僕らの関係を聞くセシリアさん。
 普段学内ではあまりこういう関係を見せないから、今のツーカーな状態は確かに不思議に思うかもね。
 そんなことを考えながら、僕も適当な場所に座って自分用に持ってきたドリンクを口につける。

「ふむ……こいつは一夏の許嫁だ」
「ぶふぅ!」

 んぐ……ごほっ、あ、危ない、吹き出すところだった! 耐えきった僕を褒めて欲しいよ! っていうか、他の皆は我慢できずに大変なことになってるよ!

「ち、千冬さん。何を言っているんですか!」
「冗談だ」
「ちょ!」

 目の前の惨状を見てニヤニヤしている千冬さん。絶対、面白がっているなこの酔っ払い……。
 あっさりと前言を撤回した千冬さんに鈴さんも思わず突っ込みを入れている。

「まぁ、付き合いが長いだけだ。だからこそわかるが……いい女だぞ? 一夏が欲しいならこいつを超えてみろ。操縦者としても、女としても、な」
「千冬さん!」

 僕は断固抗議するが、彼女はそんなの知らんぷりだ……。

「お、お姉様と戦わなければいけないなんて、わたくしはどうすれば……」
「むぅ、確かにこんなサッと作った料理がおいしいし……やっぱり強敵ね」
「く……」

 あぁ、僕のことなんて気にしなくていいのに三人が悩んでいる。というか箒さん、そんな親の仇のように睨まなくても。

 残りの面々は興味深そうに僕とセシリアさん達を見ている。

「ま、あいつのことに関わらずお前らはまだ若いんだ。自分を磨けよ、ガキども」

 最後はそう締めて、皆を帰す千冬さん。
 良いこと言ったみたいな顔していたけど、巻き込まれた上にそのあと酔いつぶれるまで続いた酒盛りの後始末をした僕からしたらいい迷惑だからね!



 翌日、しつこく彼女らに問い詰められたことは言うまでもない。


 

 

第四十二話 紅と白

 合宿は二日目に入り、僕らは再び海岸に集合している。この日は午前中から丸一日ISの装備試験運用とデータ取りに追われることになる。当然、専用機持ちはフル稼働のため一般生徒以上に忙しい。

「よし、では班ごとに割り振られたISの装備試験を行え。事前に説明があったように専用機持ちは別行動だ」

 千冬さんの指示のもと、一般生徒と専用機組がわけられる。
 一学年全てがそろっているので、かなりの人数が動く。その中に、なんとも言えない表情でこちらを見る箒さんの姿があった。気持ちはわかるのだけれど、こればかりはどうしようもない。

「あいや、あいや待たれ~い!」

 とそんな折、気の抜けるような誰かのかけ声が響いてきた。いや、誰かと考えるまでもなく束さんだ、うん。チラッと千冬さんを見たら怒気と呆れが混ざったような凄い表情をしていた。
 いったいどこから、と周囲を見渡すけれど姿は見えない。しかし何やら甲高い音が聞こえてくる……空から。
 空? とふと見上げると巨大な人参が地上に向かって降ってくるところだった。え、どういうこと?

 どうやら他の生徒も気付いたようで軽いパニックが起きている。とはいえ、おかげで落下予測地点の周りには誰もいなくなった。

 謎の飛来物は落下する勢いのまま、砂浜へと突き刺さる。
 ビーチにそびえる巨大人参というシュールな光景に頭が痛くなる。やがて、そのオブジェは真っ二つに割れ、その場の全員が注視する。ゴクリ、と誰かの息を飲む音が聞こえた気がする。
 
「ちーちゃーげぶっ」

 しかし、声が聞こえてきたのは謎の物体からは離れている千冬さんがいる方角だった。慌ててそちらを見ると、千冬さんが束さんの顔面を鷲づかみにしているところだった。どうやら人参を囮にして生徒達に紛れて近づき、千冬さんに不意打ちで飛びついたところを迎撃されたようだ。
 奇襲に対応した千冬さんを褒めればいいのか、直前に声を出した束さんに呆れればいいのか。

「うぅ、愛が痛い」

 そんなことを僕が考えているうちに解放されたのか、束さんが頬をさすりながらトボトボとこちらに歩いてくる。

「しーちゃん、慰めて~」

 情けない声を出しながら、僕を見上げる。
 同時に周囲の視線が僕に集まる。当然だろう、去年いた人なら僕と束さんが親しいことを知っている人は少なからずいるけれど、今の一年生ではそれを知る人はほとんどいないはずだ。
 とはいえ、ここで無碍な対応をして後で拗ねられるほうが面倒なので、苦笑しつつも僕は彼女の頭を撫でながら慰める。ただ、ちゃんと笑顔かは自信がない。いや、確実に引き攣っていると思う。

「はふぅ、やっぱり癒やされるね、ありがと。おっと、そうだ。えぇっと……あ、いたいた。やぁ、箒ちゃん! それにいっくんは昨日ぶりだね」

 蕩けるような、だらしない表情を浮かべていた束さんは思い出したかのように辺りを見回し……というか頭上のウサミミが指し示す方角を見て、目的の人物を見つけると駆け出す。もちろん、その相手とは箒さんだろう……織斑君はどうかな、昨日も会っているようだしついでかな?
 ところで、一応彼女は学園から見たら部外者ということになるんだけど大丈夫なのだろうか、と千冬さんをチラりと一瞥すると何やら山田先生に指示を出しながら生徒を纏めていた。どうやら昨日の訪問でこうなることは予測していたようだ。

「……どうも」
「あ、はい、どうも」

 織斑君はともかく、箒さんは直接会うのは数年ぶりになるはずだ。だからかは分からないけど、ずいぶんと他人行儀に感じる。

「あの、お姉様……あの方が篠ノ之博士ですの?」
「あ、はい。そうですよ、俄には信じられないかもしれませんが」

 ふと、セシリアさんが耳打ちするように問いかけてくる。まぁ、確かにあの人がIS開発した凄い人ですって言ってすぐ信じるのは無理だよね。

「そうですか! 是非一度お会いしてわたくしのISを見て頂きたいと思っていたのです」
「そ、それは止めたほうがいいかと思います。その、彼女はとても偏屈といいますか。ご家族の方や特定の人間以外には酷く辛辣になるのです。おそらく、話しかけたとしても嫌な思いをするだけかと」

 間違いなく、そうなるだろう。彼女が正しく顔と名前を認識している人間なんて両の手で足りるくらいしかいないと思う。それ以外は路傍の石と同じような扱いだ。

「そう、なんですの。ですが、お姉様はずいぶんと親しいようにお見受けしましたが?」
「幼いころに縁がありまして。千冬さん……織斑先生ともその頃からよくしていただきました」
「ま、まさか本当に一夏さんの許嫁……」
「いえ、ですからそれは違います!」

 何やら話が思わぬ方向に飛んでしまった。
 僕が紹介してあげるという手もあるのだけれど、以前に楯無さんと鉢合わせた時のことを考えるとあまりやりたくない。どういう訳か彼女とは波長が合ったようだけど、他の人も同じとは限らないし何故か僕の心労が増える気しかしないので今回は提案しなかった。

「さぁ、今こそお披露目するよ! この天才束さんが開発した、箒ちゃんの箒ちゃんによる箒ちゃんのための専用IS『紅椿(あかつばき)』、現行ISのすべてを凌駕するスペックを持っている珠玉の逸品だよ!」

 気付けば、箒さんの専用ISが発表されていた。やはり束さんの贈り物とは専用ISだったようだ。というか、その謳い文句とかいろいろ間違っている気がする。ツッコむ人間は誰もいないけれど。
 束さんのかけ声とともに、先ほどから突き刺さったままの人参モドキから何かが射出され、それは再び轟音をたてて落下してくる。あの人参はただの登場用のネタのためだけではなかったのか。
 僕が変なところに感心している間に砂浜に落ちてきたそれは、銀色の箱のようなものですぐにバラバラになる。そして中から現れたのは、太陽の光を目映く反射する深紅の装甲に身を包んだISだった。

 周りの生徒はもはや目の前で起こっている出来事が理解できていないような状況だけど、見たことのないISが現れ、それが箒さんに与えられるということが知らされると少なくない人間が不満そうな顔をした。
 気持ちはわかる。この学年の専用機持ちと親交があるとはいえ、本人の成績は決して一般生徒と比べて抜きん出ているという訳ではない。それが束さんの妹というだけで専用機を与えられるのだから。

「おや、今まで世界が平等だったことが一度でもあったかな?」

 これは束さんの口癖のようなものだ。世界は平等ではない。現に、今不満を感じた彼女らも女性、しかもIS適正があるというだけで少なくない恩恵を受けているはずなのだから。もっとも、それが正しいかどうかはわからないけれどね。僕だって理解はしても納得はできない。

「よし、終わり! それじゃ装備の説明に入るよ~」

 僕が考え事をする間にフォーマットとフィッティングが終わったようだ。相変わらず早い。僕もマニュアル操作での速度には自信があるけれど、さすがに束さんには叶わない。
 いや、彼女のことだからある程度箒さんの現状を予測していたのかもしれない。束さん曰く、彼女の頭上にある『箒ちゃんセンサー』は日ごとのスリーサイズの成長も正確に捉えることができるとか。
 なにそれ、怖い。あれって僕が昔あげたカチューシャ……だよね? どんな改造してくれちゃったの?

 それはともかく、目の前では紅椿の試験運用が繰り広げられている。
 その飛行速度だけでも量産機とは比べものにならない、それどころか専用機でも追随は難しいレベルだ。

 そして束さんの口から説明される二つの武装。それは左右に一本づつ持つ展開された刀だった。
 右手に持つのが『雨月(あまづき)』。打突に合わせてエネルギー刃を放出する、散弾銃のような特徴を持った攻撃手段を持つ刀。その射程はアサルトライフルほどと狭いが、超高速で接敵が可能なこの機体なら有効だろう。
 左手に持つのは『空裂(からわれ)』。斬撃に合わせて帯状のエネルギー波が広がり、刀を振った範囲に自動的に展開する。その威力と範囲は、束さんが放った十六連ミサイルを箒さんが一太刀で撃ち落としたことで実証される。

 箒さんはISの基本的な動作はどこか覚束ない部分があり、機体性能に振り回されている印象を受けるものの、刀の扱いはやはりスムーズだ。もともと彼女の流派でもある篠ノ之剣術流には二刀を扱う型があるようで、ISでも様になっていた。

 今まで呆気にとられてその様子を見ていた周囲の生徒を余所に、僕はそれらの視線とはズレたところを見ていた。まるで敵を見るかのように、束さんをことを厳しい顔で見つめる千冬さんのことをただじっと……。この時の僕はいったいどんな表情だったのだろうか。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「たた、たったた大変でっす。お、お、おり、織斑先生!」

 突然周囲に響いた山田先生の言葉で、僕は我に返る。
 いつもアワアワした様子の彼女であるが、今回のそれは尋常ではない。何かが余程のことがあった証拠だろう。
 そのまま僕は束さんを一瞥するが特におかしな様子はない。だけど何故だろう、この一件に彼女が絡んでいる、確信めいたものが僕の中にはあった。

「専用機持ちは?」
「ぜ、全員出席しています」

 山田先生を落ち着かせた千冬さんが事情を聞いている。途中から特殊な暗号手話でやり取りを始めたことから、それなりに機密事項があるのだろう。とはいえ、日本のIS関連部署で使われているものだから何人かは理解できてしまうのではないだろうか。少なくとも僕はある程度わかるし、日本の代表候補生である簪さんも知っているはずだ。
 
 そう考えると、それほど隠すつもりはないのか……。いや、なるほど。そもそも僕らにはバレても構わないということか。
 二人の手話から断片的な情報を得た僕は、そう結論付ける。

「全員、注目しろ! 現時刻をもってIS学園全職員、及び指定した生徒は特殊任務行動に入る。よって、本日の行動予定は全て白紙に戻す。これから呼ばれる者以外は旅館に戻り、各部屋にて指示があるまで待機しろ。なお本件は最重要機密に相当する、よって一切の詮索は禁止だ。指示に従わないものは拘束対象となる、以上だ。わかったらとっとと戻れ!」
『は、はい!』

 千冬さんが一気に捲し立てると、勢いに飲まれたのか生徒達は一斉に返事をする。
 意味がわからないといった様子だけれど、指示に従わないとまずい雰囲気であることは誰もが察したようだ。

「今から呼ぶ者はこちらに集まれ。といっても専用機持ち全員だがな。織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、西園寺、更識……それから篠ノ之もだ!」

 その瞬間、嬉しそうな表情を浮かべた箒さんを見て僕は言いようのない不安に駆られる。
 これは実戦だ、それも国家レベルの。当然、下手をすれば死ぬことだって考えられる。彼女はそれを理解しているのだろうか。

 そして、それ以上にそのレベルの案件に生徒である僕らを集める学園側の意図がわからない。学園がいくら各国からの治外法権となっているとはいえ、この場所は厳密には違う。あくまでここは日本であり、学園側が臨海学校のために借り受けているに過ぎない。
 そこで、外国の代表候補生が軍事行動を起こすことによる影響は大きい。

 でもこれは千冬さんの判断ではないだろう。あの苦虫を噛み潰したような表情。恐らく、上層部だろう……それが学園か政府かはわからないけれど。

 一抹の不安と不信を持ちながらも、僕は他の呼ばれた皆と一緒に指示された場所へ向かう。ちなみに束さんはいつの間にかいなくなっていた。



「では、現状を説明する」

 教師陣と僕ら専用機組が集められたのは旅館の奥にある大座敷。
 そこで大型の投影ディスプレイを用いて千冬さんによる説明が行われた。

 それは先ほどの暗号手話で僕が読み取ったことと大差ない。

 二時間ほど前にハワイ沖で試験稼働を行っていたアメリカ・イスラエル共同開発の最新鋭の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が暴走し、こちらに向かっているということ。そして、あと一時間もしないうちに近隣空域に差し掛かるということ。

「学園上層部の通達により、現場で対処することになった。職員及び訓練機は海上の封鎖。そして専用機には対象の捕縛、最悪の場合は撃墜をしてもらう」

 やっぱり……!

「意見・質問があるものは挙手しろ」
「対象の詳細なスペックデータを要求します!」

 セシリアさんが具申すると、機密事項であることを念押しされてデータが公開された。
 そこには現行の第三世代の中でもかなり高い部類に入る機体スペックや、広域殲滅を目的としたオールレンジ射撃が可能な特殊武装について細かく書かれている。

 そもそも、ここからおかしい。何故こうもたやすく、データが出てくるのか。事前から知っていた? 

 僕の疑問を余所に、皆は目の前のデータを見ながら意見を交している。

「織斑先生」
「なんだ?」

 でも、それより前に僕は確かめたいことがあった。

「私たちが対応しなかった……できなかった場合の被害予測はどうなっているのでしょう?」
「……っ!」
「なっ」

 千冬さんは明らかに顔を顰めた。声を出したのは織斑君だろうか。

「……作戦時刻を過ぎて数分で対象は日本の領土上空へと差し掛かる。対象が暴走状態であるが故にその後の行動の予測はできないが……最悪の場合、第二次大戦を遙かに上回る被害が出る」

 その事実に、皆は言葉を失ったようだ。

「日本側の防衛はどうなっているのですか?」
「今回の件に関して、対応が間に合わないとのことだ」

 ということは、日本はアメリカ・イスラエルの共同軍事演習に対して知らなかった、もしくは黙殺していたということだ。そうでなければ、有事の際に対応できるように部隊を待機させるはずだ。
 学園に日本政府から要請があったのかは分からないけれど、これは学園が他国に軍事介入するのと同義だ。

「学園は戦争でも起こす気ですか?」
「そんな訳がないだろう! だが……だが今は時間がないんだ!」
「……わかっています。ただ、皆さんにも現状を正しく理解していただきたかったんです」

 よく現状を理解していなかったように見える織斑君を除いて、みんな少し浮かれているような気がした。もちろん、代表候補生であるセシリアさん達は真剣に話し合っていたのはわかるけれど、それが僕は怖かった。
 学園の指示があったからと何の疑問も持たずに実戦へと臨もうとする彼女たち。

 一歩間違えば、この中の誰かが死ぬかもしれない。
 運良く犠牲なく乗り切ったとして、この不可解な事件。国家レベルのいざこざに巻き込まれるかもしれない。

 ようやく出来た大事なもの、それを失うかもしれないことが何より怖かった。

「……こちらも全ての情報を明かせる訳ではないのは理解してほしい。だが、もはやこの案件、対応できるのは我々しかいない。プレッシャーをかけるつもりはないが、失敗は許されないと思ってくれ」
『は、はい』

 僕もこれ以上邪魔をするつもりはない。
 
 正直な話、僕に日本を守ろうなんていう崇高な思いはない。できれば守りたいとは思うけれど、目の前にいる友人や学園にいる楯無さん達と比べるべくもない。
 でも、そんな彼女達に危険が及ぶなら……僕はこの身を賭けてでも守り抜いて見せる。



 その後の作戦会議は紛糾した。
 対象は超音速で飛行を続けていることから、一回のアプローチで堕とさなければならない。それはつまり一撃必殺の攻撃力が必要であり、必然的にその役に当たるのは『零落白夜』を持つ織斑君になった。まぁ、本人は納得していないようだけれど。

 しかし彼の白式だけでは速度が足りずに接敵が出来ない。つまり彼を対象のもとまで連れて行く役が必要になるのだけれど、それを決めるにあたり束さんが突然乱入して箒さんを押した。

 本来であれば超音速下での訓練経験があるセシリアさんや鈴さんがやるべきなのだけれど、束さんは紅椿のスペックを武器にごり押しした。
 この場の誰の専用機をも凌駕する……第四世代のスペックで。

 時間も無いことから、すぐに織斑君と箒さんが向かうことが決まり束さんにより両機体の調整が行われた。

 今は二人に他の専用機組が、超音速下での戦闘のレクチャーを行っている。

 僕は……というと、束さんに呼び出されていた。

「ねぇねぇ、しーちゃんも行ってくれるよね?」
「……天照では速度がとても足りませんよ? 瞬間加速度のスペックは高いですが、最高速に関しては第二世代と比べてさえそれほど優れたものではありませんし」

 もともと、この機体は並外れた加速により瞬時に最高速に達することができるかわりに最高速そのものはそれほど速くはない。アリーナという範囲が限られた戦場や、接近した状況ならともかく今回のような作戦ではかなり厳しい。

「それはほら、束さんがしーちゃんのために開発した専用パッケージを使えばちょちょいのちょいで」
「いつの間に……」

 どうやら、外付けのパッケージを開発していたようだ。
 この機体は既存のものとはコンセプトそのものが違うからそう簡単に適応するものは作れないはずなんだけれど。
 でもまぁ、僕も作戦に参加できるのなら望むところだ。みんなを守ると覚悟を決めた今、織斑君と箒さんだけを危険に晒したくはない。

 こうしてなし崩し的に僕も作戦へと同行することになる。とはいえ、要となるのは二人であることに変わりは無い。僕は何かイレギュラーがあったときの保険のようなものだ。

 目の前でパッケージの説明と調整をする束さんを見ながら、僕はふと訪ねる。

「ねぇ、この件も束さんなの?」

 いつもの口調で……もちろん近くに誰もいないことは確認した。

「うん? なんのことかな? でもこれが箒ちゃんのデビュー戦だよね。ここで活躍すれば誰も文句言わなくなるんじゃないかな」

 それも一つの答え。
 立場上、束さんの妹ということで微妙な位置にいる箒さんは常に危険に晒されている。そもそも学園に入学したのも保護プログラムによってだ。
 それが専用機を持ち、世界に実力を証明したとなれば生命的な危険は減るかもしれない。

 でも、だとすれば疑問が残る。
 確かに力を示すことはできるけれど、それ以上に厄介事に巻き込まれる可能性も高まってしまう。そんな真似を束さんがするだろうか。

「ねぇ、本当のところはどうなの?」
「……しーちゃん。敵はね、見える場所にばかりいる訳ではないんだよ。そう、実はこの束さんが全ての黒幕で、とある野望のためにしーちゃん達を利用している可能性だってあるのさ!」

 冗談……なんだろうけれど何故かその言葉が耳に残る。

「さて、これで終わり! まぁ、しーちゃんなら大丈夫だよ。これからもっともっと強くなれるんだから。その過程で、できれば箒ちゃんやいっくんは守ってくれると嬉しいな。ちーちゃんは……まぁ、心配するまでもないかな。他はどうでもいいよ」
「束さん?」

 何か、彼女らしくない。
 
「これからいろんなことが起こるだろうけど、しーちゃんがやりたいようにやればいいと思うよ」
「……うん」
「だから頑張って、バイバイ! ……ごめんね」

 言いたいことだけ言って、やりたいことだけやって彼女はどこかに行ってしまった。

「うん……バイバイ」

 最後の言葉、聞き取れなかったけれど口の動きは『ごめん』と言っているように見えた。
 それに去り際に振り返ってこちらを見ながら手を振る束さんの表情が目に焼き付いて離れない。



 何故か……もう彼女に会えない気がした。


 

 

第四十三話 相互意識干渉

 束さんが立ち去ってから数分、僕らは全ての準備を終えて出撃の指示を待っていた。状況把握から作戦立案、そして束さんの乱入と機体の調整。それら全てをこの短時間でできたことが驚くべきことだけれど、それでも時間は残されていない。おそらくあと数分で銀の福音は予定ポイントへ到達するだろう。

 天照を身に纏い束さんが用意したパッケージを装着していると、少し離れたところで織斑君と箒さんもそれぞれ同じように白式と紅椿を展開している。どうやら何か話をしているようだけれど、箒さんの機嫌がいい。いや、良すぎるほどだ。
 待ち焦がれた専用機、そして織斑君との共同作戦。彼女にとっては降って湧いたような幸運なのだろう。それが浮ついた状態の今の彼女を作り出している。
 織斑君もそれに気付いたのか、微妙な表情を浮かべている。

「最後に作戦内容をもう一度確認しますね。まずは篠ノ之さんの紅椿の背に織斑君の白式が乗り、私は専用パッケージにて目標へ接近。それでもスペック差から私は遅れることになりますが、奇襲目的とあくまで私はサポートであることからお互い速度調整等は一切なしで全速力で向かうことになります」

 割り込む形になったからか、作戦に私が参加することを思い出したからか箒さんがあからさまに表情を歪ませる。気持ちはわかるけれど時間もないのだし許してほしい。それに今はそれどころではないことも理解してほしい。

『そして今回の作戦の要は一撃必殺だ。あくまで西園寺は保険。理想は織斑と篠ノ之、二人によるファーストアプローチでの撃墜だ。西園寺が戦場に到着する前にケリをつけろ』

 僕の言葉を引き継ぐように千冬さんからオープン・チャネルで通信が入る。

『西園寺、どうも篠ノ之は浮かれている。それに織斑も……一夏もこういった作戦行動は初めてだ。何が起こるかわからない、できるだけサポートを頼む』

 直後、同じように聞こえてきたのは僕にだけ聞こえるプライベート・チャネルによるものだった。
 
『わかりました』
『頼むぞ』

 僕も実戦は初めてのようなものなんだけどな、と思ったが言っても仕方ないので普通に答えた。でも実際僕は命のやり取りといったことをした経験は少ない。せいぜいが亡国企業の襲撃時とラウラさんの一件くらいだし、それ自体も本格的なものではなかった。
 でも、なぜか冷え切ったほど落ち着いている自分がわかる。緊張や不安といったものが一切感じられない。過信しているわけでも慢心しているわけでもなく、ただ冷静に自分を見ることができる。

 むしろ、怖いのはこの事件の与える影響だろう。
 この戦いで自分が命の危険に晒されること、そして自分が誰かの命を奪うかもしれないこと、どちらも覚悟している。
 まずは大切なものを守る、そして自分も生き残る。その上で出来ることをすればいい、優先順位さえ決めてしまえば、あとはそれを邪魔するものは全力で排除するだけだ。

『よし、では作戦を開始せよ』

 千冬さんの声が聞こえると同時に、僕らは一気に加速を開始する。
 瞬間的な加速ではほぼ横並びで、最初の数秒は僕も紅椿に追随できたもののすぐに距離を開けられた。束さん特製のパッケージでも、天照の装甲などを考えるとこれが限界なのだろう。
 それ以上に、単独でここまでの性能を誇る紅椿が恐ろしい。

『このままいけば、二分ほどで織斑と篠ノ之は接触する。陸地とは相当離れた位置になるから周辺被害は心配いらん。西園寺はその後に一分遅れで到着予定だ』

 どうやら予定より遠い沖の方で戦闘に入れそうだ。
 銀の福音の武装やスペックを考えると広範囲に被害が及びそうだったので、周囲に何もないのはありがたい。

『織……し……! 西……気……ろ!』

 そろそろ二人が銀の福音と接触したと思われるころ、途切れ途切れの千冬さんの声が聞こえてきた。まるで通信妨害が入ったかのようだ。
 妨害……? ISコアを用いた通信に妨害なんてできるのだろうか? 何かがおかしい。

 でも、理由を考える余裕はない。
 ハイパーセンサーの視覚情報にはすでに目標が映し出されている。全身の銀色が目映いばかりの輝きを放ち、頭部から一対の巨大な翼を生やした機体……銀の福音だ。

 織斑君たちは既に交戦している……ということは初撃は外したのか。
 
 ……それにしても速い。織斑君の攻撃は全て躱され、銀色の翼の一部から放たれる、光の弾丸が彼らを追い詰めている。凄まじい連射を誇るその弾丸のいくつかは、織斑君に触れると同時に激しい爆発を起こしている。

(く、急げ……急げ!)

 既に織斑君は零落白夜を発動している、その上で攻撃を受けていてはもうエネルギーはほとんど残っていないかもしれない。
 あと数秒で着くはずなのに、それが限りなく遠く感じる。

 と、その時の戦闘エリアの海上にあり得ないものを認識した。

 それは一隻の船。海上は封鎖され、監視されている以上その場にいるはずのないもの。紛れ込んだにしろ、一般の船だったら学園側が把握できていないはずがない。密漁船……それも違う、それが見つけられないほど学園も無能ではないはず。

 ……まずい!

 その存在自体に、僕の中の何かが激しい警鐘をうち鳴らす。
 にもかかわらず、あろうことか織斑君は銀の福音の攻撃からその船を守り、せっかくの攻撃チャンスを棒に振ってしまった。

 急げ……急げ!

『なぜ犯罪者など庇う!』
『箒っ! そんな寂しいこと言うなよ……力を手にしたら弱いやつのことが見えなくなるのか? そんなの……らしくないぜ』

 接近したからだろうか、先ほどまでまったく聞こえなくなっていた二人の声が聞こえてくる。既に零落白夜の刃が消えて、エネルギーが尽きかけているを露呈している。

 この状況でまだ彼は……そんなことを言えるのか。

 既に銀の福音は攻撃態勢に入り、その射線上には……箒さん!
 しかもタイミングを計ったかのように彼女の刀はその輝きを失い霧散する。具現維持限界、つまりエネルギー切れ。最悪の事態だ。

 間に合え……間に合えっ!

『箒ぃ!』

 織斑君が箒さんを庇うように間に飛び込む。
 二人ともエネルギーが切れている以上、攻撃をまともに受ければ下手をすれば死んでしまう。彼らを守るためには、僕が全て受けきるしかない。

『はぁぁぁっ!』

 そのまま何とか間に合った僕は天照の背後のフィンで彼らを包み込むように守り、背中で銀の福音の一斉射撃を受け止めた。

『ぐ、うぅ』

 なんとか持ちこたえたものの、その威力は凄まじくエネルギーの八割をもっていかれた。ここにたどり着くまで使っていたパッケージもこの攻撃で大破し、海へと落ちていく。
 銀の福音にとっても、それはトドメの一撃に値するレベルのものだったらしく第二射には時間がかかるようで動きがない。しかもどういう訳か、胎児のように蹲ってしまっている。とはいえ、状況は最悪だ。
 それに、まだ頭の中の警鐘は鳴り止まない。

 その原因である一隻の船を一瞥すると、僕は天叢雲剣を伸ばしそれを貫いた。

『西園寺さん……っ! なんで!?』
『あな……たは、何をしたいんですか。はぁはぁ……だ、誰を守りたいんですか。以前にも聞きましたね、何のために戦っているのかと。あ、あなたの軽率な行動が篠ノ之さんとあなた自身を殺しかけた。いいえ、このまま彼女が日本へ到達すれば大事な人がさらに死ぬことになるかもしれない!』

 突然船を沈めた僕に対して、織斑君が抗議の声をあげるが関係ない。
 見ると、箒さんは攻撃の衝撃で意識を失っていた。外傷はないので、軽い脳震盪のようなものだろう。今は織斑君が彼女を支えている。

 僕は少し怒っていた。彼の甘さに対してだけではない。彼の性格はある程度理解できていたのだから、こうなる可能性もあったのだから。でもそれに対して何も出来なかった僕自身に、何より腹立っていた。だから、これは八つ当たりのようなものかもしれない。

『っ! で、でも……』
『まったく、その女の言う通りだな、反吐が出る』

 僕の言葉に対して、何かを言おうとした織斑君の声を遮るようにして誰かの言葉が聞こえてくる。それは身近な誰かの声によく似ている……でもその言葉はその誰かが口にするとは決して思えないものだった。

 そして、その声と同時に眼下の船のあった位置から複数の何かが飛び出し、こちらに向けて一斉に光が降り注ぐ。

 警戒はしていた、何かが出てくるであろうことも予測していた。
 それでも現れた物体が放った光は全て僕を狙う……その射線上にいる二人ごと。常時であれば避けられるものだったけど、そうなると確実に織斑君と箒さんに当たる。

『あぁっ!』

 回避という選択肢を失った僕は、全ての攻撃をこの身で受けるしかなかった。

『ぐ、逃げ……て』

 銀の福音からの攻撃で限界が近かったエネルギーで耐えきれるものではなく、凄まじい衝撃と共に絶対防御が発動したのが感じられた。

『ふん、だがどうやら貴様も同類だったらしいな』

 そんな、どこか見下したような声が聞こえたのを最後に、僕の意識は闇へと沈んでいった。







『西園寺さぁん!』

 糸が切れた人形のように、ただ海へと落ちていく紫苑に対して一夏が叫ぶ。
 既に意識を失っている箒を抱えているがために急激な動作はできないが、それでも彼は紫苑を助けるべく動こうとする。
 が、謎の乱入者はそれすらも許さなかった。先ほど紫苑を襲った光が一夏の進路を遮るように放たれた。気が付けばすでに彼の周りは光の発信源である蒼い小型の物体が取り囲んでいる。

『く、これ……は。まさかブルーティアーズ!? なんで、だれがこんなことを!』

 彼らを窮地に陥れたその物体は、彼がかつて戦ったセシリア・オルコットが操るブルー・ティアーズ……この場合は同名の機体に搭載されているビット兵器のことであるが、それに酷似していた。
 
『ふん、こちらの予定が狂わされるのは不愉快だが目標が自分から飛び込んできたのだから我慢するか。銀の福音が動かなくなったのが気になるが……まぁいい。その女の機体は新型だな? ちょうどいい、貴様の白式とあわせていただいていくぞ』

 その声の主は一夏の叫びなどまったく意に介さず、ただ自分で確認するかのように一人呟き宣言する。その内容は傲岸にして不遜。だが一夏はどこかその声に聞き覚えがあった。しかしこの状況でそれが誰かを考える余裕はなく、いかにして紫苑を助け出しさらにこの場をどう凌ぐか、必死に思考を巡らせていた。

『お前が……銀の福音を暴走させたのか?』

 このまま戦えばエネルギーが尽き、かろうじて浮力を捻出している状態では勝ち目がないことを理解した一夏は、会話で少しでも時間を稼ぐことにした。そうすれば、もしかしたら異常を察知した姉が援軍を送ってくれるかもしれない。
 陸にいるであろう仲間や姉を危険に晒しかねないことは、彼にとって耐えがたいことではあったがそれ以上に目の前で箒や紫苑が死ぬのを見過ごすことはできない。ましてや、それが自分の判断ミスが招いたものであったならなおさらだ。

『……まぁいい。銀の福音は私の管轄ではない。これは奴の失態だ』

 見え見えの時間稼ぎを承知して、襲撃者は敢えて会話にのってきた。しかしその内容は断片的で一夏がその意味を理解することはできない。

『我々の目的の一つは白式を奪うこと。その新型はついでだな。そして、私の目的は……貴様を殺すことだ』

 しかしそのまま会話を引き延ばそうとする間もなく、突如として襲撃者の雰囲気が一変する。もとより、敵意が剥き出しではあったが明らかな殺意がわき上がったのだ。

『私は……エム。我が身の呪縛、貴様ら姉弟の血で振り払ってくれよう。この、サイレント・ゼフィルスで!』

 エムと名乗った女の言うことは、相変わらず一夏にはよくわからなかったが彼女の殺意の対象に彼の姉、千冬が含まれていることだけは感じ取れた。
 このまま自分が倒れることになれば、箒たちも危険に晒される。そればかりか、千冬まで……。

 一夏は目の前の機体、サイレント・ゼフィルスを見ながらかつて戦った、似た特徴をもつ相手を思い出していた。言うまでもなくセシリア・オルコットとブルー・ティアーズである。そして同時にその時の自分の言葉を思い出していた。

(俺は、あのときなんて言った? 千冬姉を守る……? 今手の中にいる箒も守れず、俺達を守ってくれた西園寺さんまで……くそっ。何をやってるんだ、俺は! 力が……みんなを守れる力が欲しい!)

 その瞬間、彼の中で何かが脈動する。彼の願いに応えるように、力が少しずつ湧き上がってくるような気さえした。
 だが、それを待つほど敵は優しくはない。

『……何をする気か知らんが、死ね!』

 周囲の物体……ビットから放たれる光。
 何かを掴みかけたとはいえ、すぐに戦える状態ではない。であれば、彼に出来ることは腕の中にいる箒を守ることだけだった。

『がぁっ!』

 エネルギーが残っていない状態での攻撃は彼に致命傷を与え、意識を刈り取った。
 箒の意識が戻ったのは、そんな折だった。目の前で、自分を庇い苦痛に歪めて意識を失っていく一夏の顔を見た箒。

『一夏ぁぁぁっ!』

 その時、彼女の中にも一夏のそれに近い脈動が走る。しかしその突然の感覚を使いこなすには至らず、一夏はただ海へと落ちていく。助けようとも、エムの妨害によりそれも叶わない。
 エムの顔はヘッドセットのようなもので覆われているため表情の全貌はわからないが、エムの口元は嗜虐的な笑みを浮かべながら、箒への直撃を避けつつ嬲るように攻撃を加える。

 自分の無力さを噛みしめながら、少し前の浮かれていた自分を呪いながら、ただ落ちていく一夏を見ることしかできない。

『一夏、一夏ぁ!』

 彼女の叫びは今は何の効力も持たず、一夏は海へと沈む。その瞬間、箒の中で何かが弾けた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(あなたも、力を欲するの?)

 意識を失い、ただ海へと沈んでいくはずだった紫苑。しかしそんな彼にどこからともなく声が聞こえる。

(……誰?)

 そこで紫苑は自分の状態に疑問を感じる。海へ落ちたはずなのに、そんな感覚がない。いや、それどころか意識を失っていると認識できる自分に激しい違和感を感じていた。
 そしてそれ以上に、そんな自分に話しかける声が聞こえてきたことを不思議に思う。

(私のことはいい。今は、あなたがどうしたいか)

 しかし、声の主は紫苑の疑問に答えるつもりはないらしく淡々と言葉を発する。

(力……欲しいよ。彼には……織斑君には偉そうなことを言っても、僕にだって力が足りない。少なからずこの手の届くところにいる人くらいは……守れるようになりたい)

 これは紫音として、ではなく紫苑としての偽りない本音であった。

(そう、なら力を貸す。でも覚えておいて。全てを守ることなんて、決してできない。あなたも……いつか選択するときが来る)

 紫苑もそれは理解しているつもりで、だからこそ一夏のような甘い理想を語るつもりもなかった。しかし、それでも声の主は紫苑に冷たく警告をする。

(そのときに迷わないように、後悔しないように……今から覚悟しておいて)

 紫苑はその言葉をありもしない仮定の話だとは思わなかった。かつて一度、束と楯無が敵対したときのことを考えたこともある。
 故に、彼は誰とも知れぬ声の主からの言葉を噛みしめるように受け入れた。

(もっと強くなって。そしていつか……彼女を……)

 続けて何かを呟きながら、しかし次第に遠くなるその声はやがて聞こえなくなり、気配も完全に消え去った。

「西園寺さん!?」

 理解できない現象に、しばらく呆けていた紫苑に再び声がかけられる。
 しかし先ほどもそうであったがそれは声というより、直接意識に働きかけるようなものだった。そして、それが誰のものであるかすぐに認識できた。

「織斑君?」

 そうして声のした方へ振り向こうとして、ふと自分の今の状態を認識してしまった。

 彼は何故か裸だったのだ。

(うえっ、ちょっとこれどういうこと!? 夢……にしてはリアルだけど、現実にしては違和感がありすぎる。いやそれより、もしも夢じゃなかったときに僕の裸を織斑君に見られるのはいろいろとまずい!)

 いかに女性にしか見えない彼とはいえ、完全に裸の状態であれば言い訳できない。紫苑はとりあえず現状の分析は置いておいて、まずはこの場を切り抜けるべく、振り向かずに背後にいるであろう一夏と会話をすることにした。

「よかった……無事だったんですね。でもここは……? あ、それと女の子見かけませんでした? 白いワンピースの」
「いえ……見ていませんね」

 もしかしたらさきほどの声の主だろうか、とも考えた紫苑だが何故かそれは違うと彼の中で断言できた。それもまた彼にとっては不思議な感覚であった。

「そう、ですか。ところで、どうして西園寺さんは背中を向けて話しているんです?」
「えっ、えっとその……何故か、は、裸になってしまって……その、恥ずかしいんです。それとももしかして……私の裸が見たいってことですか?」
「はぁ!? は、裸? いや、俺はそんな……って、なんじゃこりゃぁ!? 俺も裸……ってことはさっきの女の子と俺は裸で話していたのか! ぐあああぁぁ……」

 突然悶え始めたらしい一夏を背中に感じながら、紫苑は逆に落ち着くことが出来た。

「お、落ち着いてください。それより、銀の福音は?」
「そ、そうだ。箒が!」

 焦るような一夏の声に、どうやら自分が意識を失った間に状況は好転しなかったことを悟る。

「そう……ですか。では急いで戻らないといけませんね」
「はい! あの女の子に会って……うまく言えないんですけど自分の中で何かが変わった気がするんです」
「そうですか、実は私もなんですよ……今度こそ、大事なものを守り抜きましょう」

 次第に意識が覚醒していくのを感じながら、紫苑はこの状況の大凡の予測をたてていた。

(これは……相互意識干渉(クロッシング・アクセス)だったのかな)

 IS操縦者の間で稀に起こるとされる、潜在意識下での邂逅。ISコアネットワークを起こるこの現象は対象の本質が偽りなく掘り起こされる。それは遺伝子の……魂の邂逅と言っていい。だからこそ、紫苑は男の姿であった。

 そしてもし彼が振り向き一目でも一夏のことを見ていれば、すぐにその異常に気づけただろう。

 なぜならそこに立ち、一夏だと思って紫苑が会話していた相手は、かつて彼が初めて出会ったころの織斑千冬と瓜二つの顔だったのだから。


 

 

第四十四話 二次移行

『ちっ、面倒な』

 先ほどまで相対していた相手……箒の機体が突如として光を放ち始めたことにエムは舌打ちする。
 この状況でISに起こる変化といえば、考えられるものは数えるほどしかない。なんらかの機能が解放されたのか、あるいは二次移行(セカンドシフト)を果たしたのか。可能性は限りなく低いが単一仕様能力(ワンオフアビリティ)に目覚めたということもあり得る。本来は二次形態から発現する可能性のあるものだが、織斑一夏という前例と機体を作ったのが篠ノ之束である以上はそれも不思議ではない。
 だが、いずれにしても目の前の敵の戦力が跳ね上がるのは間違いないことはエムも確信している。その上でただ面倒なだけだと言い切ったのだ。

 傲慢ともとれるがそれは自身の能力に対する絶対の自信であり、先ほどまで福音との戦いを見ていた中で箒の実力自体は現時点で驚異に値しないと判断したからだ。ましてや、相手はすでにエネルギーが枯渇している。
 もっとも、エムが篠ノ之束という存在についてもう少し理解が及んでいれば多少なりとも警戒したのかもしれないが……。

 そしてその余裕は思いもしないところから崩されることとなる。

 新たな光が柱となって海中から現れたのだ。

『一夏? 一夏ぁ!』

 海中から上がった光は二本。確信はなかったがそのどちらかに一夏がいると信じ、そのもとに向かおうとする箒。しかしそれを黙って見過ごすエムではなく、手元の射撃武器『星を砕く者(スターブレイカー)』による妨害を行う。もちろん下手に直撃させて、束の妹ということで利用価値のある箒を殺すつもりはなかったので、明らかに手加減したものである。それでもエネルギーの尽きた箒を行動不能にするには十分な一撃であった。

 そう、本来であれば。

 しかし確かに仕留められるはずのその一撃を受けてなお、箒は止まらずにそのまま光へと辿り着き海へと潜る。
 あり得ない出来事にエムは一瞬の動揺を見せるもすぐに持ち直し、追撃に向かう。

 しかし、さらにあり得ないことは続く。



(あれは……西園寺さん?)

 箒が潜った先にいたのは、彼女との思いとは裏腹に紫苑であった。不思議なことに海底へと沈み切らずに停滞し、光の柱を発している。
 一夏ばかりを気にかけていた箒にとっては当てが外れたという思いはあったものの、箒はその姿を見た瞬間に今までの自分の考えや思いがすべて吹き飛んだのを感じた。

 身を挺して守ってくれた。自分は決して、そのように守ってもらえるような態度をとった覚えはないにも関わらず。今回だけではない、思い起こせば『西園寺紫音』という存在は遠まわしに自分のことを気にかけてくれていた。その場では気付かなかった……いや、そう思いたくなかったその事実を今、ようやく箒は理解した。

(もしかしたら姉さんも……)

 紅椿という唯一無二の贈り物を譲り受けてなお、箒は束の思いを信じ切ることができなかった。だが今、彼女の中で何かが変わった。一夏がすべてだった彼女の世界が今、広がっていく。

 そして箒の手が紫苑に届いた瞬間、光は収束する。同時に巻き起こるエネルギーの奔流。

 それは『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』、一夏に対する箒の強い思いにより目覚めた唯一無二の力……単一仕様能力。しかし世界の広がった箒にとって、この力はもはや一夏のためだけに使われるものではない。

 白式の『零落白夜』のエネルギー消滅能力と対をなす、エネルギー増幅能力。先ほどエムの攻撃に耐えることができたのも、微かに残っていたエネルギーをこの能力により一気に増幅させたからだ。そして今、そのエネルギーは紫苑の天照へと渡る。本来であればコアのシンクロなどが必要で困難が伴うエネルギー譲渡、それをただ触れるだけで一瞬で。

ちょうどそのころ、相互意識干渉から目覚めつつあった紫苑は箒の姿と自分の現状を認識して一瞬驚愕するも、すぐに落ち着きを取り戻す。そして未だ混乱した様子の箒を安心させるために優しく微笑みかけた。

『ありがとうございます、()()()

 このとき、改めて箒は思い知った。この人を遠ざけていたのは自分だったのだと。

『あの……その』

 そのまま何かを言おうとする箒だが、紫苑はそれ以上は不要とばかりに人差し指を彼女の口元に運び、言葉を遮る。それは、今までのことは気にしていないし謝る必要も無い、という彼からのサイン。

『今は、織斑君を。私は……彼女達を止めます』
 
 また、同時に彼は一夏が自分と同様に海に墜とされたことも認識しており一刻も早い救出が必要だと感じていた。

『! わ、わかりました……()()()()!』

 ただ名前を呼び合うだけの行為。それだけで箒は吹っ切れた思いだった。先ほどまでの暗鬱とした表情は既になく、ただ鋭い目線でもう一つの光柱へと向かう。その口元に微かな笑みを浮かべながら。

 そしてそれは紫苑も同じだった。

 束の妹、頼まれたから、切っ掛けはそんな程度ではあるがそれでも数ヶ月の間に目が離せない存在になっていた。もっともそれは単純な好意では決してなく、危なっかしいからというような、曖昧なものだったが。それでも悪感情をもっていたかといえばそうではない。
 彼もできれば、箒とは蟠りなく接したかったのだ。そしてそれは今叶った。

 束の存在がある程度抑えていたとはいえ、以前は負の感情が溢れていた紫苑。しかしその負の感情が彼の原動力となっていたのも事実だ。
 しかし学園に入りやがてゼロを経て、それは正へと反転した。黒が白になるように……。

 今は彼の正の感情が力となる。そしてそれは彼の機体である天照へも進化を促した。

 二次移行(セカンドシフト)……新たな力の発現である。

 一夏のもとに向かう箒を一瞥し、すぐさま自身は海上へと浮上する。

『貴様、なぜ……それにその姿は……』
 
 すぐにエムの声が聞こえてくる。
 彼女が指摘したように、紫苑の姿は先ほどまでとはやや変化している。

 その身を纏っていた装甲は、今まででも通常よりは薄い程度だったにもかかわらずさらに薄くなった。肩部は露出し、腕部も肘まわりに薄い布のようなものがある程度。スカートタイプの装甲は相変わらずであり、もはやそれは鎧というよりもドレスのようである。それでいて淫靡な妖艶さは感じられず、むしろ神々しい雰囲気を纏っている。
 また一方で、背後のフィンがやや大きくなり薄い光を発していた。

 自身の姿を客観的に見ていないため今は平気だが、後に紫苑が悶絶するのは間違いないくらいにその姿は美しかった。

『まぁいい。もう一度墜とすまでだ!』

 海に沈んだはずの紫苑が再び現れたことに一瞬動きを止めたエムだったが、すぐさまそう言い放ち攻撃に移る。
 スターブレイカーとビットによる同時攻撃。以前のセシリアのように同時行動ができないということはなく、完全にビットを制御しながらの本体との波状攻撃だ。

 しかし、今度こそエムは驚愕することになる。

 紫苑が背後のフィンで自身を包み込み、その後にエムから放たれた光線を振り払うように動かす。すると、彼に殺到した全ての光線が……弾かれたようにあらぬ方向へと拡散していったのだ。

『なっ!?』

 自分のすぐ横を掠めるように通り過ぎる、自身が放ったはずの光線。

 『八咫鏡(やたのかがみ)』、二次形態(セカンドフォーム)で新たに使用可能となった武装である。その性質はまさしく、鏡。光学系攻撃やエネルギー波など実体を持たない攻撃の反射だ。

『馬鹿な、リフレクトシールドだと!?』

 ある意味で、エムが狼狽するのは当然なのだ。防御用の武装というのは確かに存在するし、エム自身も使用可能である。だがそれはシールドタイプであり、あくまで威力を減衰したりあるいは無効化するものである。リフレクトシールド自体は、第三世代機用の装備として理論上は可能ということで構想はあったものの、実用化には至っていないはずだったのだ。

 それが今、存在する……ブルー・ティアーズやサイレント・ゼフィルスのように光学系が主武装となる機体にとってまさしく天敵といってもいい武装だった。

 そんな八咫鏡だが、当然万能ではない。反射位置を思い通りにするには、膨大な演算能力が必要であり戦いながらそれを行うのはまず不可能だ。先ほどエムの方にはじき返したのは偶然でしかない。つまり、一人で戦うならまだしも複数人の場合は味方に当たる可能性もあった。

 また、天叢雲剣の機能を使用するときと同様に少量ながらもシールドエネルギーを消費する。直撃するよりはマシであるものの、それでも持久戦となった場合は間違いなく先にエネルギーが尽きることになるだろう。

『ちぃっ、ならば!』

 そしてその特性上、物理的攻撃には無力だ。
 それを瞬時に見破ったエムは、スターブレイカーに備わったもう一つの機能である実弾攻撃に切り替える。

 それはある意味で正解なのだが……この場では無意味だった。

 紫苑のもとに迫った弾丸は全て彼に届く直前で一瞬、停止した。そして慣性を失ったそれは力なくただ海へと落ちていく。

『何だ……何なんだお前は!』

 『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』、二次形態で発現した最後の武装。それは使用者の半径5メートルに効果を及ぼす刹那の慣性停止。

 第三世代兵器にアクティブ・イナーシャル・キャンセラー(AIC)というものがある。これはラウラのシュバルツェア・レーゲンに搭載されている慣性停止結界であり、自身が指定した対象を文字通り停止させる。

 しかし八尺瓊勾玉はそれとは似て非なるものだ。

 AICは、限界はあるものの対象を任意の時間停止させ続けられるのに対し、八尺瓊勾玉は一瞬だ。しかし複数停止が困難なAICとは違い、範囲内に入ったもの全てを対象として慣性を自動、もしくは故意に奪うことができる。

 その正体はナノマシン。
 それ故に例えミサイルであっても、単純なものであれば推進力を奪い無力化することも可能である。

 だが、やはり万能ではなく他の武装同様にシールドエネルギーを消費する。さらには効果が一瞬であるために目標の長時間の停止は困難である。
 そして、やはり光学系の攻撃には無力であるし近接攻撃にも効果が無い。

 だが、彼の武装は一つではない。

 つまり……。

『はぁっ!』
『ふっ!』

 エムのナイフによる攻撃を躱し、紫苑は天叢雲剣で斬りつける。それをエムも身をよじってなんとか回避するがもはや余裕は欠片もない。

 もとより、中~遠距離で戦うことを想定した機体でありエム自身もそうした戦い方がメインである。剣一本しか武装がなく、また生身においても常日頃から武術を嗜んでいた紫苑に及ぶべくもない。

 そう、天照に新たに発現した力の本質は……近接戦闘を半ば強制するものだった。

 天照の防御を抜けるには、慣性停止の及ばない自身での近接攻撃か圧倒的質量による遠距離攻撃によるエネルギー切れを誘うしかない。
 いや、天叢雲剣のような遠距離からの近接攻撃……剣撃や、直撃させなくても爆風でダメージを加えることが可能な威力の攻撃……例えば更識楯無の愛機ミステリアス・レイディによるクリア・パッションなどならあるいは可能かもしれないが。

 しかし、それでも相手の選択肢を大幅に狭めることができるのは間違いなかった。

 ところが今、二人の戦闘は拮抗しており紫苑はエムに決定打を浴びせることができずにいた。なぜか……それは単純に敵がエムだけではなかったからだ。

『La、lala』

 天照のあふれ出るエネルギーに感化されたのか、先ほどまで蹲って動かなかったはずの銀の福音が途中から動き出し、遠距離から攻撃を加え始めたのだ。
 それでなお、拮抗したのである。

 理由は単純だ、天照の新たな力が銀の福音の攻撃を全て無効化したからだ。とはいえその力の行使により紫苑の行動も制限されてしまう。それがこの拮抗した状態を作り出していた。

(とはいえ、これじゃジリ貧だし、先にエネルギーが切れるのは僕の方か。なら……!)

 このままでは再びエネルギー切れで負けると判断した紫苑は、先に銀の福音を墜とすことを決断する。
 
『はぁっ!』

 紫苑はエムの不意をつき、威力ではなく衝撃によるノックバックを重視した掌底を当てた。

『くっ』

 そしてエムが硬直した一瞬の隙をつきその場を離脱、そのまま銀の福音へと肉薄した。
 接近を許した銀の福音も持ち前のスピードを駆使して距離を離そうとするが、二次移行を果たした今、瞬間的な加速では紫苑が上回っていた。一閃、二閃……近距離用の武装をほとんど持たないためにまともな抵抗ができない相手を、一気に畳みかける。

 ただ効率のみを追求した機械的な動き、しかしそれ故に紫苑にとっては読みやすく、結果的に銀の福音はあっさりと窮地に陥った。

 紫苑が、そのまま勝負を決める……そう思ったときだった。

 突如として銀の福音が眩いばかりの光を発したのだ。それは忘れるはずもない、紫苑自身に起こったものと同じ……二次移行だった。

(厄介な……、できればこのまま無力化したかったのに!)

『き、さまぁ!』

 ダメージのほとんどなかったエムも復帰し、さらなる激情を紫苑へと向ける。一度銀の福音から距離をとり、先ほどより激しい攻防になる、と紫苑が覚悟を決めたところで再び事態は動く。

『西園寺さぁん!』

 紫苑と同じく、海へと沈んでいた一夏が箒によって救出されたのだ。
 しかも先ほど負ったはずの傷まで癒えて。

 紫苑がエムによって墜とされた際、彼は一夏ほど怪我は負っていなかった。ただ絶対防御が発動してしまい、その衝撃による意識障害が起こったのだ。そのため復帰時にはそれほど支障なく動けているのだが、その際のわずかな傷は当然そのまま残っている。
 だが、一夏は違った。重傷とも言える怪我を負っており、紅椿によるエネルギーの補給があったとしてもまともに動けるものではなかった。しかし、今はその面影はない。

 ISによる生体再生……それはかつて『白騎士』のみに与えられていた能力。

 仮に紫苑が一夏の怪我のことを知っていれば、その事実に気付くことができたかもしれないが、それが叶わぬ以上この場にその異常を指摘できる者は存在しない。

『よかった、無事だったんですね』

 一夏の姿を見て安堵の声を漏らす紫苑。もちろん、その間も敵に対する警戒は解いていないが、最大の懸念だった一夏の無事を確認できた以上その喜びも一入だ。
 そして、その姿で彼も直感した……一夏も二次形態に至ったと。

 一夏の左手には、彼の新たな力である『雪羅(せつら)』があった。操縦者の意思に合わせて変化することができるそれは、今はエネルギー状の爪を顕現させている。

『はい……こいつは俺が抑えるので、西園寺さんはあいつを止めてください!』
『わかりました。箒さんは織斑君のサポートについてください』
『……はい!』

 覚悟を決めた表情をしながら言い放った一夏は、今までの様子からは想像できない紫苑と箒のやりとりを不思議に思ったが、すぐに気を引き締め直して眼前の相手と対峙した。

『どいつもこいつも……死に損ない共がぁ!』
『La……』

 そして戦いは終局へと向かう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『……ルス、……まえ』

 先ほどまで暗闇の中に一人囚われていた彼女の耳へ、何者かの声が聞こえてくる。

『ナターシャ・ファイルス、聞こえていたら応答したまえ』

 徐々にはっきりとしてきた意識で、それが自分に向けられたものだとようやく気付く。そして、それがどうやら自分の上司からであることに思い至る。

『……は、はい! こちらナターシャ・ファイルスです!』
『ふむ、ようやく通じたか。状況は理解しているかね?』

 ナターシャは上司に問われ、初めて自分の置かれている状況に気が付いた。
 彼女は先ほどまでハワイ沖で試験稼働をしていたはずなのだ。それなのに機体が彼女に示す情報ではここは日本近海、しかも目の前では見知らぬISがこちらに対して身構えている。その上すぐ近くでは別の、同じく彼女の知らない機体同士が戦闘を繰り広げている。まるで状況が理解できないナターシャだが、眼前の操縦者がいつ自分に攻撃を仕掛けてきても不思議ではないだろうことは、彼女にも察することができた。

『これは一体……』
『ふむ、混乱しているところ済まないが、君がこれからすべきことは単純だ。すぐにその機体をコアごと自壊させたまえ』
『なっ、どういうことですか!』

 状況を理解できていないナターシャは、上司のいきなりの命令に思わず感情を露わにする。

『その機体は二次形態に達した……そしてそのデータも採集できた。機体は惜しいがこのまま墜とされればIS学園……つまりは日本が機体を接収するだろう。これ以上IS分野において日本が利するようなことを看過することはできん』

 一方彼女の上司はただ淡々と、冷徹に言葉を続ける。

『それに所詮は試験機、データさえあればいくらでも代替は可能だ』

 それはナターシャにとって理解はできても、到底納得できない命令だった。
 彼女はテストパイロットに任命されてからこの機体をまるで自分の子供のように可愛がってきた。単なるISと操縦者という関係ではない……故にその命令は親に子を殺せと言っているのと同義であった。

『なら……私がこの場を脱することが出来ればこの子は死なずに済むんですね』
『その可能性は限りなく低い、目の前の相手は異常だ!』
『それでも!』
『やめ……』

 ナターシャは上司の言葉を待たずに通信をOFFにする。
 仮に逃げることができても、国に戻れば自分は処罰されるかもしれない。それでも、この機体が無事である可能性があるなら、と彼女は覚悟を決めたのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 一夏と箒がエムと戦闘を開始した一方で、紫苑は目の前の状況に戸惑っていた。

(動かない……?)

 二次移行により銀の福音から感じる圧力は増している。にも関わらず、再び動きを止めてしまい一切攻撃をしてこなかったのだ。

 紫苑としてはその隙をつくことも考えたのだが、二次形態でどのような力を得たのか想像もつかないため、一定の距離で様子見をすることにしたのだ。

 だがそのわずかな時間が銀の福音……ナターシャの覚醒と覚悟をもたらした。

 やがて、事態は動き出す。先に動き出したのはナターシャだ。二次形態より発現したエネルギーの翼が容赦の無い攻撃を繰り出す。
 それは先ほどまでの機械然としたものから、明らかに感情がある人間のものへと変化していた。

 そして、それがさらに紫苑を動揺させる。

『もしかして……意識が戻っているのですか?』
『この子を死なせる訳にはいかないのよ!』

 迫るエネルギーの弾雨を八咫鏡で逸らしながら呼びかけた紫苑だが、返ってきた答えは彼に理解できるものではなかった。
 ナターシャは半ば混乱しながらも、必死に離脱を試みる。しかし紫苑もこんな状態の相手を逃がした場合、どんな被害が起こるか想像できないため、天叢雲剣の伸縮を利用してとにかく退路を遮るように動いていた。

『邪魔をしないでぇっ!』
『はぁっ!』

 そしてその決着はすぐに訪れる。

 紫苑を排除しなければ離脱は困難だと判断したナターシャが、抗戦を選んだ……その時点で勝敗は決した。暴走時の記憶があれば違う道があったかもしれない。しかし、彼女が使用した攻撃は既に紫苑にとって既知のものであり、彼はそれを無効化する手段を有していた。

 結果、彼の剣はナターシャへと届きそのエネルギーを全て刈り取った。

『おね……がい。この子を、たす……けて』

 力を失い、崩れ落ちるナターシャを思わず受け止めた紫苑。しかし懇願するように紡がれたナターシャの言葉に、彼の疑問はさらに深まるのだった。
 
 

 
後書き
更新が遅くなって本当に申し訳ありません。

次話もある程度は書き上がっているのですが、
定期的な更新は難しい状況です。

まずは早期の次回更新を目指します。 

 

第四十五話 様々な想い

 時は少しだけ遡る。
 銀の福音の暴走の報せが届く少し前、IS学園にも不穏な影が忍び寄っていた。

 一般生徒どころか教師ですら、極一部を覗いて存在を知らされておらず、立ち入る者のいない空間。にも関わらず、今この場所に足音が響いている。
 コツン、コツン、と一定の間隔で聞こえるそれは、光の届かぬ暗闇の中でも迷うことなく歩んでいる証でもあった。当然、学園内にある秘匿空間である以上はセキュリティも厳しい。音の主はこの場所を熟知しているのか、甲高い音を鳴らしながらただひたすらに突き進む。

 コツン、コツ……ン。突然、常に一定だったリズムが崩れ、続いて静寂が訪れる。だが、それも長くは続かない。

「隠れていないで、出ていらっしゃい?」

 聞こえてきたのは女性の声。正規の手段でこの場にいる訳ではないにも関わらず、その声には微塵も躊躇いはなく落ち着いている。その声音は決して若い娘ではなく相応の年月を重ねた、しかしハリがありどことなく妖艶さを感じさせる妙齢の女性のものだった。

「あら、バレちゃいました?」

 一方、彼女の問いに答えたのも同じく女性、しかしこちらは若く、その声はどこか戯けて聞こえる。同時に明かりが一斉に点き、周囲の状況が露わになった。巨大な扉のある開けた広場、そこからは一本の長い通路が伸びている。周囲は金属に覆われており機械的だ。そしてその場に二人の女性が対峙している。

「何故あなたがここにいるのかしら、更識さん?」

 一人は更識楯無、言わずと知れたこの学園の生徒会長だ。

「その言葉、そっくりそのままお返しします。あなたは今、臨海学校への引率でこの学園にはいないはず」

 そして、もう一人。ふんわりとした長いブロンドの髪の、スーツ姿の女性……。

「……そうですよね、ミュラー先生?」

 IS学園の教師であり紫苑達の担任でもある、シンディー・ミュラーだった。

「いえ、むしろこう呼んだほうがいいかしら? 亡国機業幹部……スコール・ミューゼル」

 楯無は淡々と言葉を紡いでいく。当初あった、教師に対する丁寧な口調はもはや消えている。

「ふ、ふふふ。あっはははははは。そう、気付いていたのね。ねぇ教えてちょうだい、いつからかしら?」

 自身が亡国機業の人間であると決めつけられたにも関わらず、あっさりとそれを認めるような発言をするシンディ……いや、スコール。しかし彼女は悪びれることもなく、自分の正体が目の前の少女によって看破されたことが、ただただ面白いといった様子だ。

「確信したのはたった今、ね。スコール・ミューゼルだと思ったのは、近年のあなたに関する数少ない情報が、シンディ・ミュラーの特徴と合致していたから、一つの可能性として考えていたの。そして、織斑先生がいないタイミングでこの場所に現れる人間なんて、亡国機業と疑ってかかって当然でしょ?」
「ふふ、そう。まぁ、別にもうここを去るつもりだったからどうでもいいのだけれど」

 楯無の言葉に動揺することもなく、心底なんでもないようにただ頭を振るスコール。

「でも、私からも聞きたいわ。あなた……何歳なの? スコール・ミューゼルの名前は、30年以上前から記録に残っている。でも、今のあなたの姿はとてもそんな歳には見えない」

 楯無が得た情報によると、かつてスコールは米軍に所属していた時期もあり、しかしそのとき登録されている容姿とはかけ離れている。そもそも逆算すると、年齢からして既に50歳近いはずなのだが、目の前にいるスコールの容姿は30歳前後と言われてもおかしくない。別人の可能性も無くはないのだが……。

「ふふ、レディに年齢に関して聞くなんてマナーがないわね。まぁ、いいわ。それにしても、だったらなおさら私を疑う理由なんてないと思うのだけれど?」
「そうね、あなたを疑うに至ったきっかけ……それは紫音ちゃんを見るあなたの目が厭らしかったからよ! まるで興味深い研究対象を見るような目だったわ、もっとも最初はそっちの気があるかとも思ったけれど……」

 はぐらかすように、逆に質問で返したスコールに対して楯無はやや感情的に答える。
 それを聞いたスコールは、表情をわずかに崩す。まるで、何を言っているのかよくわからないといった様子でポカンとしている。しかしそれも一瞬で、理解が及んだのか額に手をあて、憚ることなく笑い出す。

「あはっ、あははは! そんなこと。だって仕方ないじゃない? なにせ()は……」

 スコールが全てを言い終わる前に、楯無はISをフル展開してミステリアス・レイディの武装、蒼流旋で彼女に襲いかかる。

「あなた、どこまで……!」

 しかし、そのスコールには届かない。蒼流旋の先端が彼女の胴へと到達する直前、何かにぶつかるようにして止められる。一般的なバリアや絶対防御とは違う感覚に楯無はチラリと視線をやると、そこには黄金の膜のようなものが槍先を防いでいるのが見てとれた。

「あっははは、ようやくあなたの驚いた表情が見れたわね。そうよ。世界で初めての、ISを動かした男の子。ずっと観察していたんだもの、それこそあなたよりも彼のことは知っているわ」

 癇に障る、甲高い笑い声に一層表情を歪める楯無。それが相手の思う壺だとわかっていても、情報戦において、しかも致命的な部分で自分が後れを取った事実。それがどうしても我慢ならなかった。

「なおさら、あなたをこのまま帰す訳にはいかなくなったわ」

 そう言うや、楯無は一旦距離を取り、構え直す。

「ふふ、私だって目的を果たしていないもの。あなたを倒して、その先に封印されている暮桜を確保したら、のんびり帰らせてもらうわ」

 そう、二人がいるこの場所……ここはIS学園の地下にある特別区画。ここにはかつてブリュンヒルデと呼ばれた織斑千冬の愛機、『暮桜』がとある理由により凍結封印されている。
 もちろん旧世代の機体ではあるのだが、かのブリュンヒルデの機体ということでその行方を捜す国は多い。にも関わらず全く情報は公にされていなかった。

「ずいぶんと自信がおありみたいね。私がそう簡単に通すとでも?」
「あなたのことも、入学以来見ていたわよ。だからこそ、よ。その程度なら問題ないもの」

 繰り広げられる言葉による応酬。お互いが自分の力に絶対の自信を持ち、譲らない。

「なら……試してあげる!」

 侮るようなスコールの発言も意に介さず、楯無はとある武装を展開する。

「これは……!?」

 その瞬間、何かを察したスコールがその場から飛び退こうとするが、何かに腕を掴まれてしまい体勢が崩れる。しかし腕に周りには何もない。楯無も、赤い翼のようなものを広げているだけで元の場所から動いていない。ただ自分の腕だけが切り離されたかのように動かすことができず、その場に固定されてしまっている。
 
「あら、やっぱり難しいわね。座標が少し狂っちゃったわ。でも、まぁ拘束には成功したし問題ないわね」

 その楯無の言葉から、彼女が何かしらしたのだろうことはスコールにも理解できた。しかし、それが何かまでは思考が追いつかない。

「……何をしたのかしら?」

 未だ落ち着いた様子で、そう訪ねるスコール。

「素直に教えると思っているのかしら。ま、私もいつまでも今のままではいられないってことよね……まだまだ、負けあげられないもの」

 その時に楯無の脳裏に浮かんだのは、誰なのか……。

 今、スコールを拘束しているのは言うまでもなく楯無によるものだ。その名を、沈む床(セックヴァベック)と言う。彼女がつい最近発現させたばかりの単一仕様能力(ワンオフアビリティ)だ。
 紫苑との戦いを通して、彼女もまた現状の自分に満足できずにいた。自然と、さらなる力を望む、いずれ自分に追いつくだろう紫苑を失望させないために……。
 しかしながら、未だに二次移行の兆しはなくその糸口も見つかっていない。基礎力などの向上は、こう見えて今までも相当の努力を行っているので、劇的な変化は起こせない。そこで力となったのは、タッグトーナメント以来少しずつ関係の改善されていた、妹の簪だった。ISの整備開発に関しては、姉の楯無をも上回る簪。その才能は紫苑との邂逅でさらに加速した。

 そんな簪に、楯無は相談する。今以上にISの性能を引き出す方法はないか、と。

 そして導き出された答え、それが彼女の背中に展開される赤き翼、『麗しきクリースナヤ』。専用機専用パッケージ『オートクチュール』である。簪が楯無のために作り上げたそれは、ミステリアス・レイディの出力を大幅に上げ、擬似的に二次形態に匹敵するレベルまで押し上げた。結果的に発現した楯無の単一仕様能力。

 それは、超広範囲指定方空間拘束結界。なにせ、対象を空間に飲み込むのだ、その拘束力はラウラのAICを遙かに上回る。もっとも楯無自身がまだ完全には使いこなせていないため、今回はスコールの片腕の拘束にとどまったが。

「確かに。それにしてもこれは想定外ね。でも……」

 この後に及んでもなお余裕を残すスコール。しかし、それは意外な形で崩れることになる。

『スコール、イレギュラーが発生。目標がルートを急に変えた。このままではエムと鉢合わせになる。私も追うが、間に合わないかもしれない』

 突然の通信に、ついにスコールの表情が歪む。楯無にはもちろんこの通信が聞こえていないが、スコールの様子から何かがあったことは悟っているようだ。

「はぁ、ここまでね。残念だけど、今回は暮桜を諦めるわ」
「このまま帰す訳ないでしょう!」

 その言動に不穏なものを感じた楯無は、すぐさま蒼流旋を構えて接近を試みるが、スコールはここで思いがけない行動に出る。

 拘束されている自らの腕を……ねじ切ったのだ。
 
「なっ!」

 その行為に、さしもの楯無も驚愕を隠せないがそこで止まるような真似はしない。だが、続くスコールの動きに、止まらざるを得なくなる。

「また会いましょう、生徒会長さん」

 言うや否や、スコールは自身のISで火球を生み出し、未だ宙に浮いているように拘束されている腕に向けて放つ。それが着弾すると同時に激しい爆発が起き、すぐ近くにいた楯無は大きく吹き飛ばされる。

 防御は間に合ったもののその一瞬の隙は致命的で、体勢を立て直したときには既にスコールの姿はない。

「なんてこと……。紫苑君……っ」

 学園長には既に連絡をしているのだが、この場に未だ応援がきていないということは情報の秘匿を選んだということだろう。それほどまでに、この空間の存在は一般には知られていない。つまり、スコールはこのまま逃げおおせる可能性が高いということだ。

 そしてそれは同時に、西園寺紫音が男であるということが公になる可能性が高いことを意味した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 戦闘には決着がついたものの、紫苑は困惑していた。
 ナターシャが意識を失う間際に彼に告げた『この子を助けて』という言葉。なぜ先ほどまで戦っていたはずの相手に助けを求めるのか。『この子』というのが、彼女の纏うIS……『銀の福音』であることは直前に交わされた僅かばかりの会話からも感じ取ることができた。しかし、一体何から守れというのか……それが紫苑には理解できなかった。

 しかし、その答えはすぐに齎された……彼の腕の中で活動を停止していた銀の福音そのものによって。

(これは!?)

 今まで荘厳な輝きを放っていたその機体が、突如変色したのだ。しかも、何やらドロドロとした液体のようなものが漏れ出てきている。その様子に紫苑は思わず顔を顰める。
 彼にとっても忌まわしき記憶の一つ、かつてラウラ・ボーデヴィッヒを襲ったプログラム『ヴァルキリー・トレース・システム』の発動時と酷似していたからだ。

 意識を一瞬だけ、戦闘中であろう一夏へと向ける。すると、満身創痍ながらも上空に停滞している彼と箒、そして海へと落ちていくエムの姿を捉えた。それを確認してホッとしたのも束の間、彼はすぐに行動に出る。未だ残る疑問などは頭の中から消え、ただ目の前の存在を救うことに集中し始めた。

 何故、紫苑は敵であったはずのナターシャを助ける選択肢を躊躇いなく選んだのか。彼はもともとお人好しなのかもしれないが、決して聖人君子ではない。密漁船を庇った一夏との会話からも垣間見えるが、基本的に身内には甘くそれ以外……特にその身内を害するものには容赦がない。もっとも自分に関しては無頓着なところもあるが……ともかく、これは幼少のころからの経験や、篠ノ之束との邂逅が影響していることは言うまでもない。そもそも、彼にとっての身内とは今まで束のみだった。父親や、千冬ですらその範疇にいなかったのだ、IS学園へ入学するまでは……。
 楯無やフォルテ達との出会い、そして皮肉にも紫音という偽りの姿によって生み出された平穏によって、彼の意識は少しずつ変化していった。何度も、束のためならば、例え千冬や楯無が相手だろうと、それが不可避ならば敵対もやむなしと覚悟したつもりだった。それは今でも躊躇いなく実行できるのか、もはや彼自身にもわからない……いや、紫苑はあえてその問いを思考の片隅に追いやっていたのかもしれない。

 そういった意識の変化とは別に、彼はもともと悪意というものに敏感だった。
 彼が純粋に紫苑として姉と共に生活していたころ、自分に向けられる視線や感情は決して好ましいものではなかった。たとえ相手が表面上は取り繕っていたとしても、その裏にある侮蔑や嫌悪、敵意といったものを感じ取ってしまう。
 だからこそ、純粋に自分だけを見てくれる束に懐き、事情を知らぬとはいえ自分を慕ってくれる学園の生徒たちにまで、戸惑いつつも愛着を持ち始めてしまっているのだ。

 ではナターシャはどうかというと、実は紫苑は戦闘中そういった感情は一切感じていなかったのだ。
 エムからは明確な敵意と殺意を感じたが、銀の福音……ナターシャからはそういったものが全く読み取れなかった。暴走している、とは聞いていたので意思に反しているのだろうかと思ってはいたが、意識が戻りながらも攻撃してきた際、やはり明確な敵意までは感じられずにいた。
 そして、最後の言葉により混乱しているところに起きた異変である。もとより敵なのか判断ができずにいる相手からの『お願い』であるが、それを無視することはできなかったようだ。

 もはや迷いが無い以上、行動も早い。紫苑はかつてヴァルキリー・トレース・システムにより暴走したラウラにそうしたように、すぐに自身のISからコード引っ張りだして直結、ハッキングを試みた。

(おかしい……確かにあの時と似ているけど、エネルギーがコアに集まっている。無理やり高めたエネルギーを全てコアに送り込んだら……まさかそれが狙い!?)

 過剰なエネルギーが限界を超えて一カ所に集中すればどうなるか。ロクなことにならないだろうことは、容易に想像できる。ましてや、ISというものは操縦者とも密接にリンクしているのだ、このままいけばナターシャ自身にも何かしらの影響が及ぶことは間違いない。

(やっぱり、VTシステムとは違う。なら、このプログラムの本来の目的は……ん?)

 コアへのエネルギーを分散させる操作を行いつつ、根本の原因を探ろうとする紫苑だったが、ようやくその糸口をつかむ。

(この部分はVTシステムとは共通しているけどベクトルが逆だ……。この数値が影響するもので、可能性があるものは……フォームシフト!)

 いくつもの可能性を考察しながら、彼はようやくその答えを導き出す。

(そうか、元々は人為的にフォームシフトを促すためのプログラムだったのか! それが原因で暴走、その上で僕らとの戦闘が引き金でセカンドシフトまで起こった……? でも僕以外からもハッキングを受けた形跡が微かにに残っている……暴走直後? 巧妙に隠されているけどこのやり口は……いや、今はそれよりこの異変の原因を止めないと!)

 次第に明らかになってくる原因や、いつぞやも感じた既視感。混乱しそうになる頭を振り払い、紫苑は必死に異変を食い止めようとする。少しずつプログラムの影響を取り除き、やがてその本体を突き止めて消し去ることに成功。
 黒ずんでいた機体も徐々にその輝きを取り戻し、異変も終息した……かと思われた。しかし、直後。

(しまった、コアネットワークを使った強制アクセス!)

 突如として別のプログラムが起動した。それは先ほどまでのような未知のものではなく、目的もはっきりしているもの……自爆プログラムだった。しかも、それはハッキングのような類ではなかった。であれば、それが可能なのはこの機体の直接の管理者のみであろう。
 その上で、紫苑のハッキングが向こうにも把握されているのか明らかにそれに対する抵抗があった。結果的に後手に回らざるを得ない紫苑は徐々に押される形となる。
 
 間に合わない可能性が脳裏に浮かぶ中、意外な形に状況は変化する。

(えっ? そんな、ISコアが……自壊していく!?)

 突然、ISコアが崩壊を始める。そして、直後に相手からの抵抗が消える。コアネットワークがISコアの崩壊により切断されたのだ。

(まさか、コアが自分で……? 君も、この人を守りたいの?)

 そのままプログラムを止めることができなければ、操縦者まで危険だったのは間違いない。しかし、コアネットワークを介した抵抗さえなくなれば、すぐに紫苑が止めることができるだろう。
 それはただの偶然なのか……しかし、紫苑はそれはコアの意思だと感じた。

 しかし……。

(でも、それじゃ駄目なんだ……!)

 このままでは銀の福音のコアは跡形もなくなってしまう。再生は可能だろうが、それはもはや別のものであり、操縦者……ナターシャが守りたかったソレではなくなる。
 だからこそ、紫苑はこのまま終わることを良しとしなかった。

 銀の福音が稼いだ僅かな時間。その隙に、すぐさまプログラムを停止させ、排除することに成功。すぐさま自壊が進むコアの修復に取り掛かる。
 もちろん、設備も道具もない海上でできることはたかが知れている。それでも完全に消え去ることを食い止めることができれば、あとは学園でも対処は可能だった。
 そして、それができるだけの技術を紫苑は束から受け継いでいた。

 とはいえ、それでも簡単なことではない。コアの修復に集中するあまり、次第に彼の意識は天照のコアを通して銀の福音のコアへと溶けこんでいく。それはさながら、『相互意識干渉』のようであった。
 本来では操縦者同士で起こる現象、それに近いものがコアとの間で起こったのだ。まるでISコアに意思があるかのように。

(……!? 僕の中に……何かが流れこんでくる。これはコアの……記憶?)

 自壊時の影響か、それは断片的なものだったが、この事件の裏を知るに十分なものだった。
 操縦者であるナターシャのこと、彼女の上司との通信記録、そして……束によるハッキングの形跡。

 彼でなければ見過ごしていたであろう、ほんの僅かな痕跡。それが示したものは、束によって銀の福音がこの場に誘導させられたという事実だった。

「束さん……、僕にはわからないよ。別れ際に言った、『やりたいようにやればいい』というのはこのことだったの?」

 思わず漏れ出した彼の思い、しかしそれに答えてくれる者は今はいない……。

 そして……、考える時間すらも彼には与えられなかった。

「なっ!?」

 突如として、光の雨が降り注いだ。それは自分のところだけではないようで、ナターシャを抱えたまま回避行動をとりながらも周囲に視線を向けると、一夏や箒もこの謎の攻撃に晒されていた。

「織斑君、箒さん!」

 紫苑と違って、大きく疲弊していた二人は完全に避けきれていない。このままでは致命的なことになるのは目に見えていた……だが、幸いにもこの光の雨はすぐに止んだ。

 二人が無事なのを確認した紫苑は、すぐに周囲を探る。すると、一つ反応が増えていることに気付く。そこに視線をやると、見えたのはエムを抱える黒いISの姿だった。

「あなたは……!」

 それは、かつてオータムとともに学園に現れた……リラと呼ばれていた者。

『まったく、私の仕事はお守りではない』

 それはきっと、同じように以前オータムを連れ出すことになった時のことも含むのだろう。

「リラ……ですか?」

 このタイミングで新たな敵。紫苑はただ、そう問いただすのがやっとだった。

『その問いに答える必要性を感じない。ここは見逃してあげるから、そこの二人を連れて帰るといい』

 そう言いながら、一夏と箒を指さす。満身創痍とはいえ、気絶しているエムとは違い動くことができる。リラは、謂わば三対一の状況であるにも関わらず、見逃す、とそう言い放ったのだ。

『理解できない? あなたも荷物を抱えているし、交戦すれば、自分も無傷とは言わないまでも、瀕死の二人にトドメを刺しつつ逃げるくらいはできる。でも、それは面倒だし、私の仕事ではない。だから、見逃すと言っている』

 ただ、単に事実を述べているだけ、といった様子で無機質に語るリラ。一夏が何か叫ぼうとしているが、箒に止められている。彼女は、状況がわかっているのだろう。一方の紫苑も悔しさに顔を歪めながらも、言葉を発することができない。

『理解できたなら重畳、それじゃ』

 そう言い残し、あっさりと背を向けてその場を去って行く。

 その際、リラのフルフェイスタイプのヘルムから髪が靡いた。全身黒ずくめの中で、膝裏近くまで伸びる美しい銀髪が、紫苑の脳裏に焼き付く。

 紫苑達は、様々な感情を抑えながらも、彼女らが立ち去るのをただ見送ることしかできなかった……。


 
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 エムを救い出し戦闘空域を離脱したリラは某所において、同じく楯無との戦闘を逃れてきたスコールと合流する。

「手ひどくやられたみたいね」

 スコールはエムの様子を見ながら肩を竦める。

「きさ……まに、言わ……れたくは、ない!」

 いつの間にか意識を取り戻していたらしいエムも、片腕を失っているスコールを見て言い返すが、やはり傷が深いのか声に力はない。

「五十歩百歩」

 一方のリラは、感情が込められている様子もない声で一言漏らす。

 と、そのとき……。

「やぁやぁ、こんにちは」
『!?』

 この場にいるはずのない四人目の声が響き渡る。ここは、亡国機業の拠点の一つである。そこに予期せぬ来訪者、三人は一気に警戒を高める。

 そして、三人が目にしたのは……。

「今日は君たちにいいお話を持ってきたよ」

 篠ノ之束の姿だった。