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鳳苗演義
そこには一人の青年・・・いや、少年にも見える一人の釣り人が座っていた。
教鞭のような鉄の棒先に糸を括りつけただけの竿に魚が掛かった気配はない。
それもそのはず、その糸の先端にぶら下がる針は釣り針ではなく縫い針なのだからかかる訳がない。
だが少年はそれでいい。彼は魚釣りを楽しみたいのではないのだから、最初から魚をかける気はないのだ。
「・・・幾らなんでもこれ以上のんびりはしてられんか」
少年はそうぽつりとつぶやき、懐に入れていた桃を一つ齧った。
少年には多くの名前がある。太公望、王天君、王奕、呂望・・・そのどれもが彼であり、同時に正しい彼ではない。
その中で真に彼を現す名前はたったひとつ・・・「伏羲」のみ。
伏羲は「それ」に気付いた時、もう何千年も前に終わったと思っていた自分にまだ果たす役目が残っているのかもしれないと感じた。”始まりの人”の一人として一度は自分も地球と同化しようかとも考えたが、太公望だった頃の自分が「そんなことをしては桃が食えぬではないか!」と拒否してしまいダラダラし続けてきた。
だが、その怠惰生活も不本意ながらいったん打ち切らねばなるまい。
何故ならば自分に残された役割を再び果たさねばならないやも知れぬのだから。
この魂魄の波動、伏羲には間違えようもない存在と同じ気配だった。
「女禍・・・」
―――私の最後のわがままだ、一緒に消えてくれ―――
彼女は魂魄ごと自爆して死んだ。
だが、もしも。あの恐るべき魂魄分裂能力でほんの一かけらでもこの星に彼女の意思が残っていたとしたら。
そして彼女が未だにあの頃と同じ意志を宿していたとすれば。・・・まぁ個人的には無いと信じたいが。それでも放っておくわけにもいかない。立場的にも、個人的にも。
「やれやれ、仙人界の連中に気付かれぬうちに様子だけでも見ておくか・・・」
最悪彼女が手に負えない時は彼らの手を借りねばなるまい。
そう心の中で呟きながら、伏羲は空間を操り虚空へと消えた。
彼の向かった先は嘗て「周」と呼ばれ、今は中華人民共和国の一部となったその大陸から更に東、その国の名を日出づる国・・・日本と言う。
~ 鳳 苗 演 義 ~
「ふぅむ・・・なかなかどうしてよい街ではないか」
嘗て彼の過ごした古代中国の町とは全く以て似ても似つかない土地を歩く伏羲。現代化の波は彼が普段ダラダラしている中国でも押し寄せているためコンクリートジャングルも見慣れている伏羲であったが、この街――海鳴町の街並みを中々気に入ったようだ。ちなみに現在の伏羲の格好は大極図を描いた道士服代わりのシャツと何所にでも売っているようなズボン。どちらも人間界をうろつく時に良くする服装で、シンプル故に周囲に溶け込みやすい。
「海も近い、山もすぐそこ、町そのものも活気に溢れておる。霊穴もあるようだし、暫く日本でうろうろするのもいいやもしれんな・・・っと、いかんいかん!本懐を忘れるところだったわい・・・」
魂魄の気配はもうすぐ近くまで迫っている。こんな街中を動き回っているという事は既に何らかの形で肉体を得たのだろう。それでもなんら騒ぎが起きていないところを見ると、もう地球を壊す気は完全に失せていると考えて良さそうだ。
そしてとうとう伏羲の視界に”それ”は映った。
「♪~♪~♪~」
「ぅなーお」
清潔感のある白いシャツとハーフパンツに身を包んだ小柄な体躯。
透き通る様に白い肌。艶やかな黒髪は胸の辺りまで伸ばしている。
始まりの人特有のリトルグレイ型の骨格はしていない地球人型の身体。
大きなヤマネコを連れて可愛らしい声で歌いながら歩くその子供に、伏羲は一瞬息が止まった。
(こやつ・・・こやつだ。魂魄が共鳴しておる)
確かに、彼女から女禍と同じ魂魄を感じる。しかし伏羲が固まってしまったのはそれが理由ではない。
彼女の姿に、かつての故郷で過ごした女禍の姿がほんの一瞬被ったのだ。
しかしその考えは直ぐに霧散させた。今はこの少女となった女禍の真意を見極めるとき。
(しかし本当にこの娘は女禍なのかのう・・・?確かに仙人骨はあるし魂魄も全く同質だが、何とゆーかこう・・・変わりすぎとちゃうか?)
・・・実はかつての故郷にいたころの女禍は悪戯好きの活発な女の子だった。あの頃の女禍をそのまま地球人の姿にすればアレでも全く違和感はないのだが・・・
(もしや、自分が女禍だったことを忘却しておるのか?わしが近づいても無反応な事を見るにその可能性も視野に入れておくか・・・)
実際にはあの少女の深層意識からこちらを見ている可能性もあるが、どちらにしろ夢渡りでも使わなければ真相は確かめられない。しばし考えた末、伏羲は魂魄を分裂させることにした。久々に伏羲の姿から二人の人間の姿に解れる。長く伏羲でいた影響か、かつてもっと不健康そうな見た目をしていた王天君も少しばかり健常人らしい姿に変わっている。とはいってもあくまで少しだけだが。
『”王天君”よ、わしはこのまま女禍の様子を見る。お主はその間に・・・』
『アイツの情報を集めればいいんだろ?』
『話が早いの。では頼んだぞ』
『アブなくなったらとっとと俺を呼べよ?』
短い会話と共に王天君は虚空に浮いた四角い枠の中に消えた。
「さて、”太公望”として動くのは一体何年ぶりだろうか?」
そう呟きながら太公望は―――
「と、追跡前に腹ごしらえじゃー!!」
――一直線に近くのたいやき屋へ飛んで行ったのであった。
・・・実は太公望こと伏羲はこの地に来てからこの「たい焼き」という存在に度肝を抜かれた。綺麗な魚の形を模しているのになまぐさを一切使用していない甘味。まるでどうしても魚を食べたい仙人や道士のために作ったかのような形状とそれが甘味であることに激しく興味を惹かれた太公望は、たい焼きをどうしても一つ食べておきたいと思ったのだ。
スターシップ蓬莱の連中にもいい土産話になるだろう。何せ昨今人間界を自由にふらつけるのは自分と申公豹、後は教主である楊戩が許可を出したスカウトメンバーだけだ。故に伏羲の地上話を娯楽にしている仙人も少なくない。
金あるのかよ、と思うかもしれないが伏羲は占いなどでちゃっかり人間界で金を稼いでおり、日本に来る前にあらかじめまとまった日本円を用意していたのだ。つまるところこの男、最初から観光する気満々である。
「「たい焼きちょーだい!」」
「あいよ!お2人さん兄妹かい?似てるねぇ~」
「「へ?」」
太公望が横を見ると・・・さっき猫の散歩をしていた女禍の姿がそこにあった。
(し、しまったーーーーー!!もう少し離れて様子を見るはずだったのに何という凡ミス!)
そんな太公望の心を知ってか知らずか、太公望の顔を見上げ数瞬目を瞬かせた少女はニヤリと悪い顔をした後・・・
「そーなんだー!良く言われるの!という訳で代金は全部お兄ちゃんにツケといて!」
「なぬぅ!?」
「あっはっはっは!可愛い妹さんじゃないか!」
――こ、こやつ・・・兄妹と勘違いされてるのを逆手にとってたい焼き代金を儂に押し付けようとしとるだと!?なんというずる賢さ!そしてこの空気で今更他人だと言い張っても兄妹同士でじゃれ合ってるようにしか見えん!ぐぬぬ・・・悔しいが一本取られたわい。
こうして他人を利用することに関して仙人界No,1と謳われた伝説の軍師は10歳にも届かない小娘にたい焼きを奢る羽目になったのだった。
「たい焼きは頭の方が餡子が詰まってておいしいなんて言うけど、しっぽの方が皮が薄くて歯ごたえ良いよね!」
「・・・人の金で食うたい焼きはさぞ美味かろうよ」
「ひょっとして根に持ってるの?お・に・い・ちゃ・ん☆」
「止めい!全くこのわしが何故初対面のおぬしに・・・ブツブツ」
少女に良いように使われてげんなりとする太公望とは対照的に自称妹はくすくす可笑しそうに笑っている。それを横目で見た太公望には、やはり彼女が女禍とは思えなかった。
魂魄は同質。だが、人格が少々昔の彼女に似ているような気がする以外に女禍らしい部分は何一つ見当たらない。記憶喪失は流石にないだろう。魂魄から記憶を奪う方法もないではないが、彼女がわざわざそれを自分にかけたとは考えにくい。そういったことが出来る仙人は限られているから他の誰かがやったとも思えない。しかし・・・それでは彼女は結局何者なのだろうか。
通常魂魄は一人につき一つ。伏羲や女禍のように魂魄を分裂させれば話は別だが、全く同質の魂魄の存在が自然に生まれると言うのは双子でもあり得ない。なにより伏羲が女禍の気配に気付いたのはつい最近の事だ。明らかの彼女は自然に生まれた人間ではないことになる。
「おぬし、名前は何と言う?わしは・・・伏羲という」
「その年で一人称が儂ってどうなのかな・・・まぁいいや!私の名前は鳳苗だよ!」
「ほう、良い名前じゃな」
鳳苗・・・その名前を聞いて太公望は顔には出さず内心で唸った。
史実では伏羲と女禍は鳳という姓の始祖とされている。そして苗は伏羲は女媧を信仰していたとされる苗族を連想させた。偶然と言えば偶然だが、それが二つ重なるだろうか?どうにも分からない。さり気に伏羲という名を出してみたがそれにも全く反応を示さなかった辺り、本当に女禍としての記憶を失っているのだろうか。
それともあるいは本当に天文学的な確率で偶然魂魄が女禍と一致したとでも?確かに仙人骨や魂魄は後天的に強化されることもあるにはあるが・・・
「ありがと!そういうお兄さんは変わった名前だね?」
「わしは中国の生まれだからのう」
「ふーん。ちなみにこっちの・・・名前はぽんずって言うんだけど・・・この子はカナダ出身よ」
「まーお」
子供ほどの大きさがある猫が返事を返すように鳴く。人懐っこいようで太公望が触っても嫌がりはしなかった。しかし・・・ぽんずと言う名前をあえてスルーした太公望は内心首を傾げた。
(妙だのう・・・こやつ妖精化しかけておるぞ?)
妖精化とは人ならざる者が千年以上月の光を浴びた結果魔性を帯び、人のように知恵を持った存在になる事である。しかし、普通の生物が千年も生きる事は出来ない。だから妖精化するのは長い時を生きられる妖怪や特定の形をした道具などが基本である。唯の大山猫であるぽんずが妖精になるのは逆立ちしたってできっこない。
・・・まぁ、金剛島や妲己の生物改造技術ならば不可能ではない。そしてその技術の多くは妲己が女禍から授かった技術が多くを占めている。苗を名乗る少女が女禍ならばそれ位は出来ないでもない。
が、だとしたら彼女は女禍としての力と知識を持っていることになる。彼女が何故ぽんずを妖精化させようとしているのか、何故女禍という存在自体を知らないような言動を取るのかが分からなくなる。或いは思い出としての記憶を無くし技術だけを持っている可能性もあるが・・・
(結局どう考えても「彼女は結局何者か」という疑問に撒き戻ってしまうのう・・・致し方ない、今は王天君に期待するしかなさそうだ・・・)
「それでお兄ちゃんはこの町に住んでるの?」
「いや、海外留学だ。なかなか良い街のようで安心だわい」
覗き込む苗に太公望は嘘半分本音半分で答える。今まで伏羲は世界のあちこちに旅行しては住みよい場所で数年過ごして、と行った事を繰り返してきた。だから女禍の一件が無事落着したら今度は此処に暫く住もうと考えていた。
その返事に苗は一瞬ほっとしたような顔を見せ、直ぐに屈託のない笑みを浮かべた。
「それじゃ町の地理を知っておかないとね!実は私もこの町に来てあんまり経ってないんだよねー。だから一緒に回らない?」
「かまわんぞ。ついでに美味しい桃を売っている店に目星をつけたいしのう!日本の桃はどんな味かのう?楽しみだわい!じゅるり・・・」
こうして苗と太公望、そしてぽんずの町めぐりが始まった。
その二人の姿を見た住民たちは口をそろえてこう言ったという。「仲睦まじげな兄妹だ」と。
「むぐむぐ・・・流石は美食の国と謳われるだけの事はあるのう・・・この杏仁豆腐は気に入ったぞ!」
「中国の杏仁豆腐は違うの?」
「あちらでは杏仁豆腐は薬膳料理・・・つまりデザートではないのだ。わしはこっちの方が甘くて好きだのう」
「お兄ちゃん本当に甘党だねぇ~」
「ぅにゃーお」
楽しい。伏羲と一緒に歩きまわって素直にそう感じた。
この世界に来てから右も左も自分の事さえおぼろげで、ただただ一人が怖くてぽんずを抱きしめた。いつからこの子といたのかは分からない。微かにだがこの子に餌を与えていた記憶はあるのできっと飼い猫だろうと思う。とにかく、苗にあったのは自分の名前とぽんず、そして身体年齢に似合わない知識のみだった。
そして居場所もなく街をウロウロしていた時に偶然八神はやてと言う少女に会い、今は彼女の家に居候している。同類相憐れむではないが、彼女も小学生ほどの歳で独り身だったからシンパシーを感じたのだろう。一度仮面をかぶった変態さんに捕まりそうになったが一発ぶん殴ったら現れなくなった。あれは結局誰だったんだろうか。アリスコンプレックスの変態さんはとっとと捕まって欲しいものである。
閑話休題。戸籍がないから学校にも行けない。知り合いもはやてちゃんしかいない。手元には何故か持っていたいくばくかのお金とぽんずのみ。たとえ寝食を共にする人がいても、苗の孤独は埋められなかった。――今まではもっとたくさんの人といた気がする。その感覚とのギャップが一層心細さを際立たせた。だから今日耐えられなくなって街に飛び出したのだ。寂しさを誤魔化すように歌いながら。
そんな中、偶然食欲につられてやってきたたいやき屋で、伏羲と出会ったのだ。
見た目の年齢は中学生くらい。パッと見には分からないが中国の出身らしい。ホームステイか何かだろうか?
正直驚いた。たい焼き屋のおじさんにも言われたのだが、どことなく自分と彼の顔が似ているのだ髪の色や質もそっくり。まるで本当に兄妹であるような錯覚さえ覚えた。だから、ちょっとイタズラしてしまった。
正直やって後悔した。その時はノリで言ってしまったが、普通年下の子供にそんな悪戯をされていい気のする人はそういない。たかだかちょっと自分に似てるだけの赤の他人に金をたかる。初対面の印象は最悪だろう。痛烈な自己嫌悪に襲われた。しかし同時にこの人なら許してくれるんじゃないかと言う淡い期待も抱いていた。
伏羲はぶつくさ文句を言いながらも許してくれた。もともと心根の優しい人なんだろうな、と思った。彼の隣は不思議と心地よい。まるで魂が惹かれているような錯覚を覚えるほどに。近くにいるとどんどん素の自分が姿を現し、いつの間にか彼に接する態度は完全に砕けたものになっていた。
同時に、少し不安に思うこともある。――伏羲はこちらを見るとき、私に”誰か”を重ねている。家族だろうか?親戚だろうか?友達かご近所か、それとももっと違う誰かか。それが嫌だった。
私を見てほしい。私に重なる誰かではなく私を、訳も分からない状況で怯えているこの私を。でも、その誰かが私と重ならなかったら彼は私から興味を失うのだろうか。そうなれば彼との繋がりは立たれてしまうかもしれない。そう思うと本心をさらけ出す気分にはなれなかった。相反する二つの感情を、私は心の奥深くに無理やり押し込んだ。
少しでも一緒に居たい。この見知らぬ少年と歩き回って、孤独な自分の心から目を背け続けたい。街探索などと苦しい理由をつけてまで歩き回ってあちこちで買い食いをするその時間はまるで彼が本当に兄であるかのような錯覚をもたらした。
ああ、伏羲とずっと一緒に居られたら。居られたら・・・虚栄が本当になるのに。
「のう、苗や」
「・・・ふえっ!?あ、あの・・・何?」
「何をどもっているのだ?まあ良い、少し訊きたいことがある」
「あ、うん。いいよ?」
いけない、考え事をしていたせいで反応が遅れてしまった。こんなことでは伏羲を呆れさせてしまう。しっかり会話しなければ・・・
~
「お主に聞きたいことなのだが・・・まずはお主、その服装は他人からの借り物であろう」
「・・・・・・うん、正解。どうしてそう思ったの?」
「ふむ」
やや間を置いて、苗は少し驚いた顔を見せた。太公望は苗の目の奥で不安や孤独の感情が揺れているのを何となく感じ取っていた。だからこそ、いい加減自分も彼女の事情を探ることにする。無論彼女の機嫌と照らし合わせて慎重にだが。
「その服。身体のサイズより少しばかり小さいであろう?デザインも活発なお主が選ぶにしては少々質素すぎる。ついでに靴は借り物であろう?先ほどから靴擦れを避けるような重心の掛け方をしているにもかかわらずその靴は随分使い込んだ物に見える。普通サイズの合わない靴を好んで使い込む物などおるまいよ。つまりその服も靴も自分のものではない」
「なんか探偵みたいだね?ホームズとか依頼者の身なりでいろいろ予測してたし」
うむむ、と唸る苗。ホームズと言うのは確か有名な探偵小説の主人公だったと記憶しているが生憎伏羲はまだ読んだことが無かった。何にせよ質問を続けることにしよう。
「さて、次の質問だが・・・何故お主が借り物の服で町をうろついているのか?この町に来て間もないと言っておったが、引っ越しなどならば着る服に困ることは考えにくい。また着る服が無いというのも一般家庭では可能性が低い。服など幾らでも売っておるしのう」
そこで言葉を切った太公望はちらりとぽんずの方を見る。
「・・・貧乏で買えないからもらい物で我慢しているのかとも考えたが、ぽんずのような大きな猫を飼っていてお主自身も食い物に困っている気配はない事を考えるとその可能性は狭まる。よってわしはこう考えた。・・・お主、何らかの理由で自分の家に住んでおらんのではないか?しかも両親とも離れておる・・・どうだ?」
「・・・何でそこまで分かるの?」
「年の功という奴だ。ニョホホホ・・・」
「歳って・・・そこまで変わんないでしょ?」
「さぁどうかのう?ひょっとしたらわしはすんごく年を喰ってるかもしれんぞぉ~?」
釈然としないのかぷくっと頬を膨らませる苗に太公望は意地の悪い笑みを浮かべる。
・・・ちなみに彼の太公望としての年齢はおよそ3000歳、伏羲としての年齢は下手をすれば億に届く可能性がある。正確な年齢は不明だが少なくとも苗が彼の正確な年齢を当てることは不可能に近いだろう。何せ本人も自分の年齢など覚えていないのだから。
「更に続けるぞ。家を離れておる理由は家出ではない。今時着の身着のまま家を飛び出すほど無計画な家出少女は余りおらんだろうし、お主の機転がきいてちゃっかりしておる性格から推測してもそれは考えにくい。物理的な災害や火事・・・は、そもそもこの近辺では起こっておらぬ。日曜日とはいえ子供が友達も連れず一人町探索というのも考えてみればおかしな話よな。もしお主、若しくはお主の家族が着るものにも困るほどの状況で知り合いなどの家に泊めてもらったなら、呑気に娘を散歩に見送るとは思えん」
「・・・全体的に推測だらけで物証がないね」
「だがお主に言質を取ることは出来るよ。気付いておるか?お主、さっきから少し息が乱れておるぞ」
そう言いながらも太公望はこの辺で追及を打ち切るべきだと思った。苗は先ほどから動揺を隠すようにワンピースの生地を強く握りしめ、軽く冷や汗を垂らしている。指摘した通り息も少し乱れており、激しく動揺しているのは明白だった。その表情はこれ以上事情を知られるのを恐れての事か。
はっきり言って先ほどの追及はその殆どにあまり意味がない。このやり取りで太公望は「彼女が平均的な家庭にいるか否か」というのを確かめたかったのだ。例えば天涯孤独、若しくは記憶喪失の類ならば女禍との関連性を探るのは難しい。一般家庭で育ったのなら何らかの形で現世に残った女禍の魂魄が少女に乗り移った可能性が高くなる。どちらにしろ得られる情報はある。太公望の見立てでは彼女は恐らく前者であろう。
「とまぁ、探偵ごっこはこの辺で区切っておくか。少々いじわるが過ぎたようじゃ。ぽんずも主人を虐められたと思って怒り心頭のようだ」
「え?」
その言葉にはっと太公望の方を見た。そこには・・・太公望の頭をガジガジとかじるぽんずの姿。しっぽは真っ直ぐぴんと突っ立って毛も逆立っているのを見るに怒っているのは明白だ。あの大人しいぽんずが自分の動揺を感じ取って伏羲に・・・?と苗は驚きを隠せなかった。それと同時に少しだけ涙が出る。
――この世界でたった一匹の私の飼い猫は、こんな情けない主人のために身体を張っているのか。ぽんずから感じられた自分への確かな思いを実感した苗はぽんずに手を伸ばした。
「ぽんず」
「ぅうぅぅー・・・」
「ぽんず。離してあげて?私、もう大丈夫だから」
「・・・なーお」
渋々と言った態度で太公望を離したぽんずは二人の間に割って入る様にズン、と座った。これ以上主人を虐めたら承知しないと言わんばかりの態度に苗も太公望も笑った。
(愛されておるのう)
動物や妖怪は本能的に守るべき生物と避けるべき生物を判断する。少なくとも今目の前にいる彼女は危険な存在ではなさそうだ、と太公望は結論付けた。
自分でも何故あれほど動揺したのか分からない。ただ、伏羲に何もかも見透かされているような気分になって、顔に出すまいとしていた動揺が息から出てしまった。
きっとその瞳が私の隠し事も虚栄も全てを見透かしたら、私には何も残らない。私と言う人間には驚くほどに――何もないから。あるのは名前と、命と、体と、ほんの小さな繋がりと、あとはぽんずだけだ。他には本当に何もないのだ。「お前には何もない」と口に出されれば、この小さく脆い心は本当に何もなくなってしまう。そう考えたからなのかもしれない。
伏羲が怖い。自分を空っぽにされそうで怖い。なのに、彼は何処までも気さくで明るかった。話せば話すほど、彼がずっと自分の隣にいたかのような錯覚を覚えそうになる。
一緒にいるのが怖いのに、離れようとすると体が嫌がる。まるで夏の虫が炎の光に引き寄せられるように私は伏羲と共に歩いた。どうせ伏羲は余所者、時間が来れば嫌でも別れることになる。そう自分に言い聞かせた。
本当は一緒にいてほしいんだろう、と心の声が囁く。
本当は「兄妹みたいだ」って言葉が嬉しかったんだろう。
本当は全てさらけ出して伏羲に甘えたいんだろう。
本当は、本当に、本当の兄妹だったら・・・
そんな過程は無意味だって知ってるくせに。伏羲はいい人だけど、それだけだ。赤の他人が私の都合で家族になることなど―――ない。
楽しい時間も寂しい時間も平等に終わりは訪れる。
苗はその夕陽を見てはたと気付く。そろそろ家に帰らなければはやてを気落ちさせてしまう。
彼女は一人でいることに慣れ過ぎているから、私の帰るのが遅くなったら彼女は「苗の帰りが遅いのは自分といるより外にいる方が楽しいからだ」と考え、やはり自分と関わりたい人間はいないのだと考える。他人を攻めることを知らないから、自分に辛い事は自分へ帰結させてしまうのだ。
「いけない・・・帰らないと!」
「ふむ?確かに子供はそろそろ家へ帰る時間だな。どれ、わしがお主の家まで送っていこう」
「いいの?」
「どうせ今日はホテル泊りだ。それに・・・お主とはそのうちまた会いそうな気がするからのう?」
そう語る伏羲はどこか自信あり気だ。その顔に私は少しドキッとした。
――まさか、読まれてる?
内心で一緒に居たいと思い続けているのが態度に出てしまっただろうか。だとしたら恥ずかしい。ああ恥ずかしい。伏羲と一緒に居たがってるなんて、子どもの浅知恵を見抜かれたような気分だ。その我儘に敢えて彼は乗ってあげているという事になる。そう考えると恥ずかしい反面嬉しく思っている自分もいた。そしてその子供のように喜んでいると言う事実が、伏羲にいいように弄ばれた気分にさせる。
「そ・・・そう?」
「うむ、そうだよ」
しどろもどろになり掛けながら、勤めて不自然ではないように聞き返す。伏羲の顔はさっきと同じ笑顔だった。自分の顔は今赤くなっていないだろうか?もしも赤くなっているのなら、どうか夕日がその紅潮を上手く誤魔化してくれますように。
・・・実際には太公望はそんな苗の心の機微を読んで発言したわけではなく、単に苗の素性を確かめるためにまた会うだろうという考えでそれを言っていたのだが。太公望、彼女いない歴=年齢。伏羲だったころも近しい女性は女禍のみだったため世界でも最高クラスに女心と縁のない男だ。(どこぞの3姉妹長女は除く)
何はともあれ二人は歩いて現在の苗の住居、八神家へと足を向けた・・・そのさなか。太公望の下に、王天君が戻ってきた。2人は音もなく、外見も仙術によって最初に苗に出会った時と変わらぬようにしながら融合を行った。
苗の足が止まる。
「伏羲・・・?」
聡い子だ。融合で起きた魂魄のブレを機敏に感じ取ったのだろう。伏羲の姿となればほんの少しだが放つ雰囲気矢気配も変わる。その辺りも一応仙術で誤魔化しているのだが、苗=女禍と伏羲、始まりの人同士の魂魄とあらば気付かれることもあるだろう。
「苗よ。お主は居候のみであることを前提に話すのだが・・・お主の家の家主は突然の来客を迎え入れてくれる器量はあるかの?」
「え・・・?え、と・・・人との会話に飢えてる子だから、多分喜ぶんじゃないかな?」
「そうか!それは良い事を聞いた!実はのう、ホテルは予約やチェックインをまだしておらんのよ。あわよくばお主の家に泊まれるかもしれん!これはいいことを聞いたぞ?ニョホホホ・・・」
一瞬脳がフリーズした苗は、ゆっくりと伏羲の発言を咀嚼し、ようやく理解したところで・・・苗は結局混乱を抑えきれなかった。
「え・・・泊まるって・・・ええーーーー!?」
住宅街に少女の声が木霊する。後に判明したことだが、その声は住宅街ほぼ全域に達しており、伏羲もその声・・・というより至近距離では音波に近いそれに危うく吹き飛ぶかと思ったという。
久しぶりに自分の弟分とでも言うべき存在・・・武吉を思い出した伏羲であった。
予想外の発言。まさか出会った初日に人の家に・・・しかも女の子の家に泊まろうとするとは。いや、伏羲がロリコンでない事も悪い人じゃない事も何となく分かってはいたが、いきなり気になっていた人が家に泊まるといいだしたら取り乱すものだ。
(伏羲が同じ家で・・・ね、寝床はどうしようか?一緒にお風呂入ろうとか言われたら断る自信が・・・いやそんな事よりこんなこと考えてるのがもし伏羲やはやてにバレたらもう私は恥ずかしくてお嫁に行けなくなっちゃうかもって何を考えてんの私!?駄目だ、何かもう駄目だぁ!!今日初めて会った男の人をここまで意識するとか自意識過剰もいいところだし、ああもう私おかしくなっちゃってる!?)
理想と妄想と現実が頭の中で入り混じった苗はその昂った精神を抑えきれずに一人悶々と悶えてしまうのであった。・・・それでも伏羲が自分の兄になる想像を諦めきれないのは、果たして如何なる感情が導き出したことなのやら。
・・・実際の所。王天君の調べで伏羲は次の事を把握した。
1、苗の出生は完全に不明。家族らしき人間もこの近辺には見つからなかった。
2、彼女には戸籍が存在しない。
3、彼女の存在を知るものはこの町にしかおらず、しかもここ数日に見知っている。
4、彼女は独り身の少女の家に居候している。
そして八神はやての性格も把握した伏羲はすぐさまこう考えた。
――夢渡りで彼女の心を覗くならば、彼女と寝床が近い方が都合がいい。八神はやてならばその性格や生い立ちから判断して説得は大いに可能であろうから、これを機に苗と同じ家に居候しよう。と。
正直な所、伏羲はもし苗が本当に女禍と関係なかったら彼女を仙人界にスカウトしようと考えている。それはかつて女禍に対して何もしてやれなかったことに対する償いのつもりなのかもしれない。もし女禍そのものだったならば――その時は、今度こそ話し合おう。
今ならばきっと、自分の言葉も彼女に届くから。
しかしその前に・・・。
「苗?お主は何をさっきから頭を抱えたり顔を赤くしたり百面相しておるのだ?」
「にゃんでもない!な、何でもないのっ!ほら、さっさと行くわよお兄ちゃん!!」
「う、うむ・・・」
怒ったようにこちらの手をぐいぐい引っ張る苗に戸惑いながらも付いてゆく。現金な事を言って怒らせてしまったか、と伏羲はため息をつく。
そういえば”故郷”にいたころの女禍も時々こんな感じになっておったが、結局あれは何だったんじゃろうか・・・と考えながらも、二人は手を取り合い日の沈みかけた町を歩いていった。
その姿は・・・やはりというか、本物の兄妹にしか見えない。
この後、伏羲・苗・ぽんず・そしてはやては、この出会いを切っ掛けに世にも奇妙な道筋を歩むこととなる。決して忘れることの出来ない、長い長い道を・・・
後書き
くぅぅ・・・苗っちをヒロインっぽく書くのがこんなに大変だったとは・・・!
騙された!苗のくせに難しいじゃないか!!
伏羲と女禍って夫婦若しくは兄妹だったらしい(古代中国神話では)。俺の勝手なイメージだけど女禍ってちょっと憎めない所があるし実は兄妹だったんじゃないかと勝手に思ってこんな事をした。
なお古代中国神話では伏羲と女禍は中華民族の始祖、アダムとイブ的な存在だったとされているので2人が夫婦ではなく兄妹だった場合近親相かゲフンゲフン!!・・・らしい。
・・・続き?何なら君が書いてくれてもええんやで?(チラッチラッ
無いとは思うけどもしも書きたいお方がいたら連絡ください。いいよって二つ返事しますから。
【D×D】記憶のお掃除
前書き
そういえばこんなのも書いたことがあるんだった、ということで投稿しました。
随分前に書いた物ですが、ハイスクールD×Dの二次創作です。
「なぁ、グレモリー」
「何かしら?」
放課後の夕日が差し込む教室に高校生の男女が二人きり、というと甘酸っぱいシチュエーションを想像するのが健全な日本男児と言うものなのかもしれないが、あいにく俺はそういうのと縁遠い存在なのでそういうのはしない。
今俺と同級生・・・リアス・グレモリーが二人きりで教室に残っているのは単純に俺が美化委員というポジションゆえに掃除が行き届いているかの点検をしなければならないこと・・・そしてグレモリーがここにいるのは教室に忘れ物をしたとかそういう理由だろう。事実、彼女は自分の机の中から目的物と思しきプリントを握っていることが俺の推論をより信憑性の高いものとしている。
それはさておき、俺は一度グレモリーに聞いてみたいことがあった。折角2人きりと言う環境なんだからちょっと聞いてみようかと思う。普段のこいつは学園の憧れの的みたいなもんなので話しかけにくいし。俺そもそもこいつそんなに好きじゃないし。
・・・この光景、誰かに見られたらあらぬ誤解を招くんじゃなかろうか?
「お前の姓・・・グレモリーって偽名だろ」
早速核心を端的に問うてみる。グレモリーは小首を傾げて心底不思議そうな顔して聞き返してきた。まぁ普通そうだろう。いきなり自分の名字を全否定されれば誰だって怒るか戸惑うだろう。普通なら、だが。
「・・・?どうしてそう思うのかしら?」
「あんた確かイギリス出身だったよな」
「ええ、そうよ」
「あそこはキリスト教だ。プロテスタントとかそういう細かい区分けは無視してな」
「・・・そうね」
「そも、キリスト教が主なユーロ圏でグレモリーって無理があるだろ。ソロモン72柱が1柱の立派な悪魔の名前だぞ?」
グレモリーはゴモリーともガエネロンとも呼ばれる女悪魔だ。地獄の軍団を率いる公爵と言う説もあるが、過去、現在、未来及び財宝の情報を知っているらしい。というか珍しく(出典にもよるが)性別が女と明記されている名前が姓ってどうなんだろう。
「・・・そうでもないわよ?事実、私がいるし」
「そうでもあるだろ。調べたんだよ・・・イギリス姓を含む各国の姓に悪魔の名前なんて存在しない。仮に存在しててもお前の家ほどでけえ筈がないというか、続くわけがねえんだよ。どう考えてもそんな名前名乗ってんの邪教徒だもん。淘汰されるって」
深く考えなくたって不自然じゃないか。みんな気にしないから黙ってたけど、俺はそれがずっと気になり続けていた。だっておかしいだろ。そんな名前絶対イジメられるわ。
一応日本に帰化した際に新しい姓が作られる事もあるらしいが、あいつの家ってほとんど屋敷なので低く見積もっても結構な金持ちの筈。収入が多いという事は今か過去かは別として社会的な地位が高いだろう。悪魔の名前で地位が高けりゃなぜ今の今までグレモリーの家族の名がいくら調べても見つからないのか分からない。
「でも私には戸籍も国籍もあるわよ?昔帰化したらしいって家族に聞いたけど・・・」
「それもおかしいんだよ。帰化するのだって簡単じゃないのに、偽名のまんま通るなんてありえないんだ」
「ねぇ、貴方今日はどうしたの?普段はそんなに人に食って掛かることしないのに・・・そんなに私の名前がおかしいの?」
ぷくっと頬を膨らませて怒られた。ほんのちょびっと可愛い。ちょっとだけ、あくまでちょっとだけ!
「・・・ああ、すまん。短刀直入に言うべきだったな」
自分で言うのもなんだが、この質問内容は結構アホだと思う。でも、ついつい聞かずにはいられなかったのだ。
「お前実はまともな人間じゃないだろ?いや、ひょっとして人間ですら―――」
その質問を境に、俺の意識は闇に沈んだ。
= = =
・・・何とまぁ困った同級生がいたものだ。まさか学校を含む町の各所に設置していた認識阻害魔術に唯の人間が抵抗を試みていたとは。神器を持っている訳でも特別な血縁者がいる訳でもいないこの同級生―――掃詰箒が、まさか誰に言われるでもなく私と言う存在、人ならざる存在に感づくとは思わなかったため、咄嗟に魔術で彼を眠らせてしまった。
「仕方ないわね・・・取りあえず記憶を操作して疑いを持たないようにしないと・・・朱乃に手伝ってもらおっと」
それにしても完全に油断していた。唯の人間が人ならざる存在に感づくとは思ってもみなかった。
私たち悪魔は、人間と言う生き物を過小評価し過ぎているのかもしれないと考える。
「それにしても気持ち良さげな顔して寝てるわね・・・フフッ、普段の仏頂面がまるで子供みたい」
その日、箒はいつもより少々遅く家に帰り着いた。なぜ自分が遅くなったのか思い出せなかった箒だが、晩御飯を食べているうちにその疑問は溶けてなくなってしまった。
その後夏休みに突入したため顔を合わせる機会は少なかったが、変わった様子はなかったのでこれにて一件落着のようだ。但し朱乃から「次はもっと穏便に済ませるように」と小言をもらってしまった。次は気を付けよう・・・
= = =
「なあ、グレモリー」
「・・・何かしら?」
放課後の夕日が差し込む教室に高校生の男女が二人きり、というと甘酸っぱいシチュエーションを想像するのが健全な日本男児と言うものなのかもしれないが、あいにく俺はそういうのと縁遠い存在なのでそういうのはしない。
今俺と同級生・・・リアス・グレモリーが二人きりで教室に残っているのは単純に俺が美化委員というポジションゆえに掃除が行き届いているかの点検をしなければならないこと・・・そしてグレモリーがここにいるのは殊勝にも俺の仕事ぶりを見学しているのだ。こいつ生徒会長と友達だからサボったらきっとチクる気だろう。俺は真面目だからそんなことやらないが。
それはさておき、俺は一度グレモリーに聞いてみたいことがあった。折角2人きりと言う環境なんだからちょっと聞いてみようかと思う。普段のこいつは学園の憧れの的みたいなもんなので話しかけにくいし。俺そもそもこいつそんなに好きじゃないし。
・・・この光景、誰かに見られたらあらぬ誤解を招くんじゃなかろうか?
「お前は何だ?」
「・・・えっと?言葉の意味が分からないわね」
分からんだろうな。俺も何言ってるか分かんないし。でも俺なりに夏休みを費やして調べた自由研究の結果を発表しておこうと思う。
「えっと、まずお前の近辺にいる人間に片っ端からグレモリー家のこと聞いてみた。途中でイギリスの方に元住んでた屋敷がまだあることも聞いてそっちにも旅行がてら行って、いろいろ調べてみた」
どうした俺。行動がアグレッシブすぎるぞ。傍から見たらストーカー一直線だ。だが知的好奇心に負けた俺はそれを実行した。きっかけは「グレモリーって悪魔の名前だろ。それっておかしくねぇ?」と疑問に思ったことだった。
・・・グレモリーは絶句している。そらそうだ。俺だってそうするわ。
「でな。結論から言うと日本にいるお前の近辺・・・よく一緒にいる朱乃とかは質問の間ずっと言葉を選んでたように思えた。お前自身の話は聞いたが、お前が育った環境とかの広い部分を明らかに隠してた」
「プライバシー保護の為じゃないの?最近何かと怖いから」
「俺はお前の方が怖いぞ・・・イギリスの方での成果が特に」
懐からつたない英語と汚い日本語訳で埋め尽くされた手帳が出て来る。俺の研究成果が詰まった最高のボロボロ手帳だ。
「データによると確かにお前の父親に当たる人物がここに住んでたという証言は得られた。屋敷もいまだにグレモリー家の名義になってた。でもな・・・どういう訳か、そこからどれだけ調べてもみんなみぃんな”思い出や記憶の内容が一緒”なんだよ」
調べたこっちが軽くホラーである。抱いた印象や思い出、あいさつした時のことなどがまるで最初からたどる道であったかのようにつらつら同じことを喋るのだ。人間の記憶がそこまで画一的になるなんてあり得るか?
「ぶっちゃけ記憶を操作したか、何かしらの方法で脅したとしか思えん。ついでにグレモリー家の資金繰りを見てみたら歳入が無いのに財産が増え続けてる。税務署がこんなテキトーな財産管理を放っておくはずが―――」
ここで俺の意識は暗闇に沈んだ。
・・・あれ、なんかデジャヴ。
= = =
本当に困った同級生だ。まさかグレモリー家の周辺調査を単独で行った上に認識阻害魔術の効果範囲外まで足を運んで調べていたとは。別に英雄の子孫でもなんでもない一般人の箒が、私達にも気づかれずにこれほど具体的な調査まで行っていたなんて信じられない気持ちだ。
イギリスの証言も、もし万が一異常を感じたら面倒だからと予め暗示で記憶を刷り込んでいたのに、まさかそんな観点から不自然さに気付くなんて。しかも家の資金繰りなど一体どこで調べたのか本当に見当もつかない。
一度記憶を消していたのに前より強く疑われてしまったため、また魔術を掛け直さなくてはいけない。
「もう・・・今回はちょっと念入りに消しておきましょう。箒君ったら、駄目よこっちの世界を知ってしまっては」
辿り着く前に止めておかねば、下手をすれば彼自身の身が危ない。人間の好奇心というのは恐ろしいものだと実感した。
「また気持ちよさそうな寝顔・・・人の気も知らないで。このこのっ」
八つ当たり気味に頬を乱れ突きされたのちに魔術を掛けられた箒は、いつもより少々遅く家に帰り着いた。なぜ自分が遅くなったのか思い出せなかった箒だが、晩御飯を食べているうちにその疑問は溶けてなくなってしまった。
その後しばらく使い魔を張り付けて監視したが、変に思える兆候は見受けられなかった。後は朱乃に定期的な監視を任せ、休むことにした。記憶の操作は間違えると余計に記憶を忘れてしまうため大変なのだ。次こそ彼が疑いを持たぬように・・・
= = =
「なぁ、グレモリー」
「えっと・・・何かしら?」
放課後の夕日が差し込む教室に高校生の男女が二人きり、というと甘酸っぱいシチュエーションを想像するのが健全な日本男児と言うものなのかもしれないが、あいにく俺はそういうのと縁遠い存在なのでそういうのはしない。
今俺と同級生・・・リアス・グレモリーが二人きりで教室に残っているのは単純に俺が美化委員というポジションゆえに掃除が行き届いているかの点検をしなければならないこと・・・そしてグレモリーがここにいるのは授業中に珍しく居眠りをしたせいで先生に俺の手伝いをするよう仰せつかったからだ。帰ってもいいと伝えたが、それがばれたらまた怒られるからと結局一緒にチェックをしている。
それはさておき、俺は一度グレモリーに聞いてみたいことがあった。折角2人きりと言う環境なんだからちょっと聞いてみようかと思う。普段のこいつは学園の憧れの的みたいなもんなので話しかけにくいし。俺そもそもこいつそんなに好きじゃないし。
・・・この光景、誰かに見られたらあらぬ誤解を招くんじゃなかろうか?
「お前・・・っつうか、お前ら俺に何をしたんだ」
「私達って、私の部活メンバーの事?」
「そうだ」
「そうだって・・・他の子が何か迷惑かけた?私、ちっとも心当たりないんだけど」
グレモリーが混乱の極みに達したような目で俺を見ている。俺も割と混乱の極みに達している。しかし色々鑑みるとどうしても俺の身に起こったあの怪奇現象の説明がつかない。
「最近時々、旧校舎にあるっていう部活動の部屋に行ってみたいと思って旧校舎に行くんだ。でも入り口付近まで来ると何故かいかなくてもいいかという気分になって、最初はそのまま帰ってた」
おいおい諦め速すぎるぞ俺、と今になって思ってしまう。三歩歩いて忘れる鳥頭でもあるまいし、一度興味を持ったくせにどうしてそこで諦めるんだそこで。初志貫徹できない男はモテないぞ。学校を出てからそのことに気付いた俺は、何を思ったか改めて旧校舎に再ログインを敢行しようとしたのだ。
「帰りたいし興味なくなったけど取り敢えず入るんだが、今度は入った途端気味悪くなって帰りたくなった。しかしここで帰ってはと歩きはじめて気が付いたら入口から外に出てたんだよ。ドア一つ空けないで」
グレモリーが頭を抱えている。堂々同級生がアルツハイマーを発症してしまったみてーなその態度は気に入らないが、俺自身は一番自分を疑ったんだからな。今日の所は見逃す。
「という訳で入りたいのに入りたくなくなる、進もうとするのに進んでないと本能に従うと悉く入るのに失敗したから本能の選ぶ方から全力で反対に進んでみたんだ。で、結果としてあの中で遭難した」
グレモリーが天を仰いでいる。俺もあの時は神に拝みたかったものだ。
「途中で木場に発見されてそのまま返されたんで諦めたが、次の日も頑張って突入したらまた遭難した。今度は塔城に抱えられて保健室に連れて行かれた。次も遭難して今度は朱乃に・・・だ。ドア一つ空けられねぇ」
「方向音痴ここに極まれり?」
「ねーよ」
富士の樹海は磁場を狂わせるとかそんなレベルじゃない不快感との戦いに疲れ切ってマジで死ぬかと思ったね。長期戦用に飲食物も用意したけど粘るのは4時間までが限界だったくらいだからあそこ絶対おかしい。っつーか広くもない旧校舎で4時間とかありえん。
「で、疲労がてら気付いたんだけどその3人はみんなお前の部活仲間な上に妙に俺を憐れんだ目で見るんだよ。しかも最近やたらコウモリ見るし。コウモリ追い掛け回しても絶対に撒かれるし」
コウモリを追いかけて右往左往する俺の姿を見せてやりたかった。絶対笑い話の種になる。
「その蝙蝠がどう繋がって私達があなたに何かしたことに繋がるのよ・・・?」
「捕まえようとすると逃げるもんだからここ一か月コウモリの分布図や目撃例を探してみたらこの学校の旧校舎を中心とする一帯だけ異常に多すぎる。お前ん所の部活・・・オカ研だっけ?あそこから放たれてるとしか思えん。旧校舎に入るのはお前たちと時々来る生徒会のメンバーだけだし、そもそも公的な資料によるとこの近所に野生のコウモリなんぞ生息しとらん」
「・・・・・・・・・え、生息してないの?」
「近所の大学の生物研究の教授に聞いた。住める環境が無いらしい」
「Oh・・・」
「もうよく分からんが、何故か旧校舎とお前含むオカ研メンバーと蝙蝠と3つ繋がったんだ。疑いもするだろ?てめー実は黒魔術的な何かで―――」
ここで俺の意識は暗闇に沈んだ。
またこれか。・・・あれ、またって何だよ?
= = =
もう言葉も出ない。箒は何が何でも理由を見つけて私の悪魔の秘密を暴きたいんじゃないかと思えてきた。いわば彼は何度でも疑問を抱き真実暴くマン。存在を隠している我々悪魔を懲らしめるために神の遣わした嫌がらせなのだ。
私たちの目の届かない所に重点を置いて監視した結果学校内での視線とかを確認するのが疎かになるとか笑えないし、そもそも箒が旧校舎で遭難って初めて聞いたんだけど。
「どーゆーことよ朱乃!!」
「だってリアスったら彼の記憶を2回も消したことを内心気にしていたでしょ?だからそれ位なら気付かない方がと思って」
「失敗してんじゃない!しかもあらゆる方向で!」
半ばヤケクソ気味に記憶を消去。これで駄目ならもうチラシ契約を何としてでも押し付けて使わせるしかない。今までにポストに契約の紙を放り込んだことは何度もあるけど、他の広告類と一緒に学校行き途中のコンビニのゴミ箱に毎度放り込まれているから全然効果ない。
相変わらず健やかな寝顔をしているが、貴方は一般人なのよ。悪魔の世界に首を突っ込んでも何にもいいことは無いのよ。もう勘弁して頂戴、箒。
= = =
「なぁ、グレモリー」
「・・・・・・・・・へぇへぇ私が悪うござんしたよ。地球が太陽の周りを回ってるのもアダムとイブが知恵の実食べたのもエルニーニョ現象もペストが流行したのもありんこの2,3割が働かないのも蚊がマラリアを媒介するのも毎年台風時に外出したおじいさんが死んじゃうのも梅毒が大流行したのもオゾンホールが開いたのもどぉーせ私の所為よ!はいはい私が諸悪の根源で~す!!」
「何言ってんだお前・・・」
同級生のグレモリーがおかしくなってしまった。
その後、実は悪魔だったことを暴露したら「・・・え、マジで言ってんの?ぷっ」と笑われて発狂するグレモリーとそれを必死で止めるオカ研メンバーという変な構図が出来上がったとか。
【D×D】掃除男の素朴な疑問
俺の名前は掃詰箒。駒王学園3年生だ。
誰がモッピーだコラぁ!!……あ、いやなんとなく叫んだ方がいいかと思って。
で、そんな俺は今日も素朴な疑問を引っ提げてある場所へと向かっていた。
旧校舎内にひっそりと存在する無駄に悪趣味で豪華な部屋――オカルト研究部部室。
普通の人間には入れない細工が施してあるその場所に普通の人間である俺が入れる理由は……前作を見た人はお察しだと思う。
「失礼しますよ~っと」
「あら箒。また来たのね」
「……どうも、先輩」
「お、今日はお前らだけか。朱乃もいないのは珍しいな」
俺を出迎えたのは諸悪の根源にして同級生のグレモリーと、その後輩の塔城だった。いつもはあと何人かここに屯しているのだが、今は用事でいないのだろう。まぁ今はそんなことはいい。どうせ大した用事はないし、ちょっと知的好奇心に駆られてやって来ただけだ。
「で、今回は何しに来たの?契約?それとも契約?」
「お前は悪徳業者か。ちょっと気になることがあって聞きに来ただけだ」
「先輩。私と契約して魔法しょ……」
「お前も悪乗りするなっつーに」
この部室の連中は、悪魔の事を知ってるくせに何も契約しない俺をなんとかお客様に仕立て上げようとしている。人と悪魔は契約関係で繋がるのが基本だからだ。俺みたいに何の力もないのに悪魔の世界にずけずけと入り込む偏屈人間のほうが珍しいらしい。
頼むことなぞ特にないのだがと思いながら部室のソファに座ると、何故か左右を挟む形でグレモリーと塔城が積めてくる。美少女二人をはべらせているとも見えるが……これアレか、契約するまで閉じ込めて外に出さないっていうタイプの違法契約じゃないのか?
「まぁいいや。それで聞きたいことなんだが……」
「ちょっと箒。女の子二人と肩が触れてるのにそのリアクションって……貴方ひょっとしてソッチ系なの?」
「枯れてるんですか?いい薬あげますよ……ちょっと効きすぎるくらいに」
「お前らいよいよ俺に遠慮なくなってきたよな………」
俺は地味子系が好みなのでキミらは好みじゃありません、とか言った方がいいんだろうか。だが俺は不思議とこいつらには思春期男子的な悶々とした感情を抱かない。やっぱりこいつらを疑ってた期間が長かったせいだろう。
閑話休題。
「聞きたいのはソロモン72柱のことだよ」
塔城が暇を持て余してどこかへ行ってしまったが、漸く本題だ。
ソロモン72柱というのは旧約聖書に記された古代の王ソロモンが使役したと言われる72の強力な悪魔の事であり、グレモリーもその72柱の血を継ぐ悪魔だ。ここまではいい。
「で、先当たって聞きたいんだけど……お前らがこの部屋に彫り込んだ魔方陣とかチラシに書いてある魔方陣や手順。これって『ゴエティア』に則ったものだよな?」
「ええ。魔導書、ゴエティア。人が悪魔と契約する方法が記された本。私たちはこれを基に無駄を省いて極限まで簡略化したものを使っているわ」
「ゴエティアの内容はソロモン王に由来するんだったよな」
「そうよ。聖書に記された古代の王、ソロモンが構築した式が元になっているわね」
ここでクエッション。
「つまり72の悪魔を使役したソロモン王って実在したわけ?」
「………………………した、事になるわね」
「…………お前さてはその辺のこと知らないな!?」
「し、しました!実在しました!!」
完全に今気付いたようなリアクションを見せていたが、こいつさては今まで考えたこともなかったようだ。しかしソロモン王が実在したとなると、凄い話になってくる。
何せ伝承ではソロモン王が悪魔を使役できた理由は、いわゆるキリスト教の唯一神ヤハウェが彼に知恵を授けられたからとなっている。
ソロモンはその知恵を駆使して地獄の軍団を率いる72の悪魔貴族たちを使役し、更には天使までも使役したと言われている。神の使いと悪魔を同時に従えてしまったのだ。間接的ながら、ヤハウェは人間を通して悪魔と天使を同じレベルに落としてしまったことになる。
つまり地獄の悪魔連中はみな人に大人しく従っていたわけで、それと敵対する神の使いも彼に従ってたわけで………?
「ソロモン王バケモノじゃねえか!!神と悪魔の戦争どころじゃねえよ!!」
「お、落ち着くのよ箒!それはあくまで聖書以外で残った伝承であって、本当にソロモン王がそんな人間だったかは……!」
「でもゴエティアはソロモン王に由来するんだろ?」
「それは……うん」
その後も議論は紛糾し、最終的には箒の「この話はなかったことにしよう」の一言で終了した。
ソロモン王の伝承がどこまで本当で、どこからが嘘かは謎のままである。
ちなみに偽典では、大天使ミカエルがヤハウェの命であらゆる知識の詰った指輪をソロモンに渡したらしい。それこそが「ソロモンの指輪」と呼ばれるものであり、天使も悪魔も精霊も使役する上に動植物の声まで聴けると言うとんでもない代物だったようだ。(実際にはラジエルの書とか鍵とか諸説ある)
伝承には「悪しき魔神(悪魔や悪霊)も良き魔神(天使のこと)も呪文で強制的に従えさせる」とある訳だが、いくらソロモンがイスラム教における預言者の一人だったからってそんなもの渡すだろうか?
天使と悪魔の対立構造の前提が揺らぐため、多分この世界のソロモン王はそこまで出鱈目な存在ではなかったのだろう、と俺は自分を納得させた。
翌日になってソロモンの指輪が実在すると言う衝撃の事実が判明して、しかもその指輪が掃詰家の倉庫からポロッと出て来て世界がパニックになるとは、この時の俺達はまだ知る由もなかったのだ。
劇場版ハイスクールD×D 実家倉庫のソロモン!鋭意製作中!(うそです)
= 素朴な疑問mk-2 =
それはゼノヴィアとイリナとかいう二人が唐突に部室にやってきたときの事。
俺はふと疑問に思ったことを口にした。
「……え?天使ってヴァチカンに降臨してんの?」
「当然だろう。ヴァチカンはキリスト教の総本山だぞ?」
「でもキリスト教の聖地ってイェルサレムだろ。降臨するならイェルサレムに来るのが筋じゃねえの?」
「え……そ、それは……」
キリスト教にはいくつかの聖地が存在する。だがその中でも最も重要な場所と言えば、やはりイェルサレムだろう。なにせそこはイエス・キリストの処刑、埋葬、そして復活が為された場所なのだから。
「あ、でもそうなるとややこしくなるな……イェルサレムはユダヤ教とイスラム教の聖地でもある訳だし。降臨するなら三宗教全部が同意する状況じゃないと宗教戦争始まっちゃうな」
ややこしい話だが、実はキリスト教というのは元を辿ればイェルサレム近所に存在した民間信仰なのだ。
その民間信仰を宗教化したのがユダヤ教であり、ユダヤ教に異を唱えたりで派生したのがキリスト教。そしてその二つが西洋化してしまったのが気に入らないと原点回帰を目指したのがイスラム教である。つまりこいつら、原点と信仰する神は同じなくせにバラバラな方向に進んでしまった困ったちゃん達なのだ。
(……ちなみに「ヤハウェも仏も神の一つだろ?」と平気な顔でブッ飛んだ事をのたまうのが日本の神道だったりする。海外からしたら常識外れも甚だしい八百万信仰の安定性である)
で、原点が一緒なだけあってこの3つの宗教は「イェルサレム」という聖地だけは共通している。奇跡は大体ここで起きるので、ここが神に近いと言う訳だ。というか昔はこれを巡って十字軍が戦争しまくってたから譲歩しようということで不可侵になった場所だ。
ちなみにユダヤとキリストは聖典が同じであり、イスラム教も聖書の一部を取り込んでいるため、その経典もだいたい天使が共通である。
「ということは天使はキリスト教に色々口を出しつつユダヤ教とイスラム教の聖地にも顔出してるのか?でないと同じ神を信じる信徒に不平等だしな」
「あれ?なんかややこしい事になって来たわよ?」
「ヴァチカンにだけ顔を出しているとなると、キリスト教は他二つが間違っていると確信することになりますわ」
「つまりどういう事だ?俺、なんか頭がこんがらがってきた……」
「キリスト教は大義名分を得て他の2宗教を滅ぼす口実が出来る」
「そ、そんな……流石にそれは大袈裟では?」
「だから大袈裟にしないように三宗教の間で口裏合わせしてるのかもよ?」
「わ、私達はそんな話は聞いていないぞ!」
早速議論がカオスな様相を呈してきた。
そして結局答えが出ないまま――
「神はとっくに死んでいるのだよ!!」
「あー、なるほど!それで天使側でも揉めてたのかー!」
「道理で同じ神を崇める宗教が分裂する訳だ。神が不在ではしょうがないな」
「謎は全て説けたわね!これで今日は枕を高くして眠れるわ!」
「いやー胸のとっかかりが取れた……」
「すごく、納得」
「あ、あれ?おい貴様ら!というかそこの聖剣使い!少なくともお前は納得したら駄目だろ!!」
自分の与り知らない所で堕天使コカビエルをピエロにした箒であった。
ちなみにライザーが訪れた際には「フェニックスって72柱の中でも一番中途半端なポジだよな。キリスト教と関わりあるし、絶対いつか悪魔側を裏切るな」とか「人間形態のフェニックスってすげえ声が汚くて聞くのもおぞましいんだってさ。クトゥルフ神話みたいだな」とライザーがフェニックスであることを知らずに言いまくった結果、ライザーが泣きながら帰ってしまうという事態を引き起こしていたりする。
真実暴くマンこと箒はその後も舌戦で次々に出会った人々の心を的確にブレイクし、後に「72柱の一角であるカイム(悪魔界No,1の弁論家)の末裔ではないか」とまで言われたとか。
後書き
どんなにパワーインフレしても戦えるぞ。やったね!
という感じで思いついた内容をやっちゃいました。
【D×D】来いよ掃除男!理論なんか捨ててかかって来い!
前書き
今回は宗教・伝承的な部分ではなく人格的な勝負です。
掃詰箒という男はいつも何かを考えている。
だがその思考回路は、いつも周囲の想像の斜め上を行く。
例えばこんなことがあった。
ライザーとリアスのレーティングゲームが行われた際に、サーゼクスが気まぐれで箒を観戦席に招いたのだ。
サーゼクス・ルシファー。悪魔界のトップ4である4大魔王の一角にしてリアスの兄。悪魔界の特級VIPにして権力者であった彼がそのような席を設けたのは、単純にリアス伝手に聞いた箒という少年が興味深かったからに他ならない。
箒はそこでゲームを物珍しげに観戦しながら、サーゼクスと雑談をした。
悪魔界のトップに呼び出されているという下手をすれば死をも覚悟しなければいけない事態でありながら、実に呑気である。本来は人間が悪魔に呼び出されること自体が異常な訳だが、そこはそれ、魔王としての公務に退屈した暇人の考える事。箒もたまたまその日は暇だったのでグレイフィアの案内でノコノコ付いてきてしまった訳だ。
内容は堕天使と悪魔の境が伝承で曖昧になっている理由や、実は堕天使と悪魔には本質的に違いがないんじゃないかと言う独自理論など。既存の価値観に縛られない自由な発想をサーゼクスは気に入り、話は弾んだ。そしてその折、ちょっとしたプライベート話になった時の事……。
「へー。じゃあさっきのメイドっぽい人が奥さんなんですか。……ぶっちゃけ趣味ですか?」
「私がやらせたわけじゃないから本人の趣味という事になるかな?」
「悪魔ってのは奇人変人の巣窟ですね」
魔王の妻である「銀髪の殲滅女王」を唐突に奇人変人の仲間に追加する箒。
しかもその物言いだとサーゼクスやリアスもその中に含まれている。見る人が見れば悲鳴を上げて彼の口を塞ぎたくなる光景だ。
が、サーゼクス的には悪魔は元々秩序の反対にいる存在という価値観があるため「悪魔だからね」と良い笑顔で返していた。
ちなみに控えていたグレイフィアは、無表情を貫きながらも内心では変人扱いされたことにショックを受け、必死で訂正したい気分になった。
= =
「ちなみにこの戦い、君はどちらが勝つと思うかね?」
「グレモリーはもう勝機を逃してるんで、よっぽど運が良くないと負けでしょう」
さらりと級友の敗北を予見する箒に、サーゼクスは興味深そうに目を細めた。
彼が気になったのは妹が負けると断言されたことではない。贔屓目に見ても元々彼女の勝機は薄いし、客観的に見て彼の言う事は正しい。サーゼクスが気になったのは、「勝機を逃してる」という部分だ。
レーティングゲームは佳境に入り、既に双方で脱落者が出ている。だがグレモリー眷属は全体的に見ればかなり善戦していたといえるだろう。にも拘らず、彼はそれが不十分だったと言っているのだ。あの戦いの中にあった勝機を妹が見逃している、と。サーゼクスには少なくとも、それほど決定的な瞬間は無かったように思えた。
「ふむ………君がリアスなら勝っていたと?良ければ君の戦略を聞かせてもらえるかな?」
「確実な事は言えませんけど………そうですね、まずは兵藤の『赤龍帝の籠手』にエネルギーを溜めます」
「ふむ。それで?」
「相手のライザーは自尊心高いみたいなのでふんぞり返って高い所に移動することが予測されますから、使い魔でもなんでも使用してライザーの立ってる位置を割り出します」
「ほほう、なるほど」
「その間、他の連中に敵の迎撃をさせ、兵藤と大将に近寄らせないようにします。で、規定時間まで粘ってもらって……」
「もらって?」
「えっと、アレ。なんか兵藤が『山を吹き飛ばした』とか言ってたドラゴン波みたいなのを壁越しにライザー方向に放って、校舎ごと吹き飛ばします。山ごと吹き飛ばす威力ならフェニックスも再生できないと聞いたんで、それでチェックです」
「………………………君は想像以上に恐ろしいことを言うね?」
「多目的破砕榴弾砲の正しい使い方ですよ」
確かにその方法ならば勝てるが、下手をすれば相手を殺しかねない威力である。しかもその方法だとよしんば外れても相手ごと校舎を吹き飛ばせるので、発射前に眷属を逃がしつつ敵の足を止めることは可能。そうして大半の眷属が行動不能になったところで数を活かして攻勢に出るという訳だ。
しかし、何というか……攻め方がテロリストっぽい。赤龍帝の大火力を戦力ではなく移動砲台として考えているというのがまた感情を伴わない冷酷さを感じる。言うならばチェスを取り出して「勝負しよう」と言ったのに、盤そのものに剣を叩きこんで「キングを倒したぞ」と真顔で言われるような、こちらの理解を越えた行動。
「ま、一度しか使えないのが玉に傷ですが……本気で勝ちたいんならまっとうに戦っちゃ駄目でしょうよ」
「厳しい意見だね。だが確かに悪魔ならば、勝ち取りたい未来のためには知恵と力を尽くすべきではある。はははは……はぁ」
人間のリアリズムというのは恐ろしい。実は人こそ一番恐ろしいのかもしれない。
その戦術は使ってはいけないとは言われてないが……何となく受け入れがたいサーゼクスだった。
= =
「はじめまして☆ 私、魔王セラフォルー・レヴィアタンです☆『レヴィアたん』って呼んでね☆」
しゃらーん、と現れた魔法少女……というか魔王少女に戸惑いを隠せない。
髪の色や顔の輪郭が若干ソーナに似てるな。姉妹だろうか?
「………やっぱり悪魔っていうのは変な奴しかいないんだな」
「それは私も含めてですか、掃詰くん!?私も姉さんと同じ扱いですか!?」
「ちょっと箒!私はまともよ、私は!!」
「えーい近寄るなくっつくな自分を正当化するな!主にグレモリー!主にグレモリー!」
お前を常識人とは認めない。人の記憶を弄び、堕天使と戦争をしたレッドアリーマめ。今までどれだけ俺の記憶と方向感覚を弄んだと思っている。だいたいお前が人間に干渉している時点で俺はどうかと思うね。
実際コカビエルとかいう奴には町を滅ぼされかけたと聞いている。おかげであの時期は生きた心地がしなかった。一般人を巻き込むなお前ら。
「っていうか姉なんだ?」
「そうだよー☆ソーたんはレヴィアたんの妹なのだー☆」
「うざっ。頭悪そう」
「どストレートな悪口!?ちょっと心が荒み過ぎだよー!?」
あの魔法少女オーラと圧倒的な存在感を前に、まったく自分のペースを崩さない箒。それどころか悪魔側を煽っているという恐ろしい状態である。ちなみに本人に煽っている気はなく、ただ単にどストレートな感想を漏らしただけだ。
ふとソーナの方を見ると、俺ならばこの状況を打破してくれるのではという密かな期待が込められている。ふむ、ソーナはグレモリーに比べれば『比較的』まともな部類だし、ここは助けておくか。
「レヴィアタンと言えばあれだよな。超ウソツキで有名な悪魔だな」
「へ?ちょ、ちょっとウソじゃないよ!私が魔王だもん!」
「あれ?さっきは魔法少女じゃなかったっけ?」
「うぐぐ……魔王は表向きの姿!本当は魔法少女が真実の姿なの!」
「やっぱり嘘だったんだな。ということは実はソーナの姉どころか家族であることすら偽りか」
「だから嘘じゃないってば!君ってばイジワルー!!」
「分かってる分かってる――嘘をつくのがアイデンティティだもんな」
「ちーーがーーうーー!!」
意外に弄り甲斐があったので暫く「レヴィアタンって偶に神聖視されてるよね」とか「ヘビなの?タコなの?」とか魔王の襲名システムを知らないふりして翻弄したら、力尽きてぐでっと大人しくなった。
我、魔王の鎮圧に成功セリ。
「ナイスです掃詰くん!姉さんを完封した人は初めて見ました!」
「……これでよかったのか?」
「よくないわよっ!!」(←セラフォルーです)
後日、魔王に勝った男として三大勢力会談に参加させられた。
お前の所為だグレモリーと責任転嫁してみたら、自業自得よと返された。
= =
さっきの騒ぎの後、グレモリーに変人呼ばわりしたことを訂正しろと言われた。
そうは言われてもなぁ。考えても見ろ、グレモリー眷属と言えば………
うっかり記憶消去女のグレモリー。
黒翼の異端堕天ハーフ悪魔、朱乃。
猫耳と尻尾が生えていることが判明した塔城。
ゲイの気がありそうな木場。
悪魔の癖に神にお祈り、アーシア。
あと引きこもりと変態と痴女。
「ほら変人しかいねぇ」
「い……言い訳できない!!というか貴方なんで朱乃と小猫の秘密知ってるのよ!?」
「あんまりにも契約しろってしつこいから、言いたくないヒミツをひとつ暴露する旨の契約突きつけてやったらゲロった。……お試し無料契約コースで」
「代価なしになるまで焦らしておいての!?想像以上に外道ッ!!貴方それでも人間なの!?」
契約しないしないを数か月繰り返してどんどん相手の敷居を下げさせたうえであっさり土足で踏み込んでくる。身を削らずに相手から情報を絞り出す、邪魔外道の手口である。
お試しでいいって言うし契約書までチェックしたから試しにやってみただけなんだが。タダより怖いものはない(悪魔視点)だ。
朱乃の黒翼と悪魔の羽で半々な翼が出てきたときは、どうにもリアクションに困った。
『どうです、この羽……醜いでしょう?』
『堕天使か翼の悪魔との混血か?半々って…… 安 直 だな』
『安直!?安直って何ですか!?私はこれの所為で散々に悩んだんですよ!?』
その後何故か正座させられて、こんこんと不幸話を聞かされてしまった。そんな話されても知らんわ、というのが正直な感想だ。
『まぁ不幸だとは思うけどさぁ……所で1つ聞きたいんだけど、いい?』
『な、何ですか?』
『朱乃はさぁ……その父親のバラキエルってのを恨んでるんでしょ?』
『……当然でしょう。あの人の所為で、母は……!』
『もうひとつ聞くけどさ………お前は親父を殺したいほど嫌いなのか?母親の仇だと思って憎しみを募らせてるのか?』
『え……?』
恨んでるだの何だのとさっきから口では言っているが、その割には父親のバラキエルを恨む感情に肉親的な家族感情が見え隠れしている。恨んでるとかなんとか口で言いつつ、その父から受け継いだ力を使わないなど相手にその姿を見せつけたいという子供っぽい願望がちらついた。
『本気で恨んでるんなら『必ずお前を殺してやる』くらいの事をアザゼルに伝えるだろ。それをやんないってことは、お前は本気じゃないよ』
「ってな会話をした」
「箒、アナタ……それで朱乃は何って?」
「何も言わなかったなぁ。おかげで声をかけにくくて『バラキエルって七大天使として普通に伝承伝わってるけど、何で堕天使したのに伝承で天使として残ってんの?』とは言えなかった」
(何で朱乃の時だけそんなにまっとうな事を……というか箒。そういうこと言ってると朱乃の家庭事情に巻き込まれても知らないわよ?)
※後に巻き込まれます。
で、塔城の方なのだが。
『にゃん』
『………ネコマタの仲間?』
『猫ショウといいます』
『案外大したことない秘密だったな』
『………(無言で足を蹴る)』
『痛いっ!え、ちょっ何?痛ぁっ!?』
本人的には割と勇気を持ってアピールしたのに反応が薄かったのが気に入らなかったらしい。
そうは言われてもなぁ……朱乃の話聞いた後だとちょっとお茶を濁す程度の内容でしかないので。それに猫が好きであることと猫耳尻尾が好きであることはイコールではないし。
『お前じゃ猫の魅力には勝てんよ。猫耳のお前とお前の使い魔のシロなら……シロの方が可愛い』
『ニャッ!?』
『ががーーーん!!』
「以来、口をきいてくれん。逆にシロは前以上に懐くようになった」
「謝ってきなさい今すぐに!!女の子に対してなんてこと言ってるの貴方!?道理で最近小猫があなたに話しかけてないと思ったら!?」
「えー。だって猫耳って人間が猫に挑む行為だろ?人間的な可愛さはともかく猫的な可愛さではそりゃ猫に負けるだろ」
「い・い・か・ら・謝りに行きなさい!あれは生まれつきなのっ!そして女の子には言っていいことと悪い事があるのっ!」
リアスは頭を抱える。本当にもう、この男は今更になって真実暴くマンの力の片鱗を見せつけてくるとは。既に朱乃は彼の罠によって真実を暴かれてしまった。このままだと小猫の秘密が暴かれてしまうのも時間の問題ではないだろうか?
前にも言ったが箒は神器なし、魔力なし、紛うことない一般人。悪魔たちの世界に関わるのに損しかない身分だ。事実、危険しか訪れてない。
いっそのこと彼の両親を洗脳してこの町から出てもらうのもアリだろうか。いやしかし既に結構な大物たちに彼の名前は知れ渡っている。ならば下手に手の届かない所に置くよりやっぱりこの町に……いやいやしかし、と同級生の扱いに迷うリアスだった。
なお、その日の夜に妹を泣かせた男に報復しようと姉猫が彼の前に現れたのだが、「うわ、着物全然似合ってねーな。ファッションセンス疑うわー。ファッションチェックなら21点くらい」という一言の感想に女のプライドが叩き割られ、泣きながらラーメンをやけ食いしていた所を同僚に発見されたらしい。
後書き
周囲が遠慮しなくなってきたので段々と自分も遠慮しなくなってきた箒くん。
なお、オーディンに出会った時の彼の様子↓。
「オーディンと言えば、神の癖に自分が死ぬ予言知っちゃったうっかりじいさんだろ?分不相応なもん求めるからつまらん結末迎えるんだよ」
「おぬし人間の癖してわしのものすごく痛いところ突いてきたの!?おぬしの後ろに運命三女神の顔がちらつくんじゃが!!」
箒の称号が追加された!
・真実暴くマン
・カイムの末裔
・邪魔外道
・ノルンの弟 ←New!!
【D×D】いけない!掃除男は君の身体に罠を!
前書き
とうとう待望の奴が掃除男の餌食に。
ヴァーリからコカビエルに関しての顛末を聞いた時、堕天使を率いる「神を見張る者」の総督であるアザゼルは少々気になる事を聞いた。
「……動揺していなかった?」
「ああ。魔王の妹はともかく、聖剣使いまでもが神の死に対した動揺を見せなかったな。いや、どちらかというと予想通りか、若しくは納得か?そんな口ぶりだったな」
「ふーん……」
アザゼルはその話が少し気にかかった。
まず、いくらあの魔王サーゼクスの妹とその眷属といっても、三大勢力の前提が揺らぐような重要な事実をそう簡単に漏らすものだろうか。アザゼルの知る限りではサーゼクスは身内に甘いが浅慮ではない。教えていてもおかしくはないが、考えにくい。
さらに言えばヴァーリは「知っていたようだった」とは言わなかった。そして教会側の人間――しかも聖剣を与えられるほどの精鋭が、その事実に動揺していなかったという。
アザゼルの推測が正しければ、グレモリー眷属か教会の人間、もしくはその協力者の中で神の不在に薄々感付いていた存在がいる。
(果たしてどいつなのかは知らないが……勘が鋭い奴だ)
一体誰だ?まさか最近魔王の妹に近づいているという人間だろうか?魔力も神器もない無宗教的な人間だと報告では聞いているが、実はそれ以外は一切が謎に包まれている男だ。
騒ぎの中心にいるグレモリーとその眷属達に近づく人間。
(まさか……"禍の団"側のスパイか何かじゃないだろうな?背後関係に不審な部分は見当たらなかったが、それはそれでただの人間にしては怪しい。直接会ってみるか……?)
――後にアザゼルはこう語る。
あれはきっと悪魔陣営か、若しくは箒そのものが仕掛けた餌と言う名の罠だったに違いない、と。
= =
よう。俺の名前は掃詰箒だ。某インフィニットなんちゃらとは関係ないぞ?
まぁそれはさて置き、うちの学校ではもうすぐ授業参観がある。それに伴って学校は今とても慌ただしく、それは美化委員である俺も例外ではない。親御さんがここに来るのだから、掃除がきちんと行きわたっているかの入念なチェックを行わなければいけないのだ。でなければこの学び舎が汚い場所と思われ、学校の品位が落ちてしまうという訳だ。
「玄関口、少々ホコリあり。減点2点。掃除用具がきちんと仕舞われていない。5点減点。ガラス拭きが出来てない。5点減点。後は……ん、問題ないかな」
「ええっ!5点減点って、これ1項目5点満点でしょ!?0点ってこと!?」
「だって埃が張ってるのに手つかずで放置してるじゃん。点は上げられないよ?」
「き、厳しい……掃詰先輩以外ならそれくらい大目に見てくれるのにぃ……」
玄関掃除担当ががっくりと肩を落とすが、それよりも聞き捨てならないことが。
「おい、点数を大目に見たっていう美化委員はどいつだ?」
「え、聞いてどうするんですか?」
「美化委員に大目とか手心とかそういうのは要らん。再教育リストに入れておく」
「何ですかその恐ろしいリストは!?この学校の美化委員はどうなってるんです!?」
美化委員会はこの学校でも生徒会や風紀委員に並ぶ練度を誇る。同級生のよしみなどと甘ったれたことを抜かす軟弱者はその性根を叩き直す必要がある訳だ。担当生徒をきっちり締め上げて名前を聞きだした俺はそれをしっかりメモに書き止めた。
――と、不意に俺は「今、校門の方を見ようとしたのを一瞬忘れた」事に気付いて校門の方を向く。
この感覚は――認識阻害だ。自分の存在感を意図的に薄くしているような感覚だろうか。どうやら人外かアッチ系の術が使えるヤツが来たらしい。
「あ、掃詰先輩。お疲れっす」
「お、匙か?丁度いい、ちょっとこっち来て隠れろ」
「へ?」
生徒会員で後輩の匙が来たので、手を引っ張って下駄箱の近くに隠れる。匙は一応新人悪魔らしいので万が一のときに戦力になるだろう。
「な、何事っすか?」
(いいか、声のトーン落とせよ……お、いたいた。あのオッサンだな)
(んん?誰っすかねあのオッサン。なんかちょいワルな雰囲気っすけど)
ちょいワルおっさんは普通に校門に入ってきて、不意に床の一部を見る。そこにあったのは――
(なんすかあのパネル?誰かの落とし物……?)
(いいや、生徒会長殿の許可を得て設置したものだ)
(何か特別なパネルってことっすか?)
(まぁ特別といやぁ特別かな)
と、ちょいワルおっさんはそのパネルを上機嫌そうに踏んづけて行った。
(ん、嬉しそうに踏んづけたってことは高確率で堕天使だな)
「堕天使っすか…………って堕天使ぃぃぃッ!?」
「あ、バカ」
匙が大声出したせいでちょいワルおっさんはこちらに気付いたのか接近してきた。
「いやな、昔にキリシタンに試してた『踏絵』ってあるだろ?あのパネルはそれと同じ絵が描かれてんだよ。悪魔なら避ける。教会の人間なら罰当たりだって怒る。嬉々として踏んづけるのなら堕天使、ってな」
印刷はアーシアにさせたので割と真心籠ったキリスト絵だ。悪魔なら態々近寄りたくないし、教徒ならパネルが放置されていることに怒ったりするだろう。対し、堕天使は本質的に神やその教えを否定する行動を取る。神の教えに反逆するのを楽しむならば高確率で堕天使だろう。
「おおー、流石先輩!それで判断するって発想が既に斜め上っすね!………ってそんな事言ってる場合っすか!!ここは悪魔の管理する駒王学園っすよ!?堕天使が真正面から突っ込んでくるなんて非常事態じゃないっすか!!」
「そんなことより俺をサルの知能テストみたいなもんに付き合わすのってどうなんだよ、なあ?」
ちょいワルおっさんは、慌てる匙の後ろで口元をひくつかせる。予想外の罠にまんまと選別された事を悔しがると共に、サルの知能テストが如く預言者の肖像を使用するスーパー不敬者に戦慄した。
= =
間違いない、こいつがグレモリーの囲ってるという人間だ。
こちらが堕天使だと分かって慌てる神器持ちの転生悪魔とは対照的に、静かな目でこちらを観察していた上に、全く魔力や神器の気配を感じない。見事なまでの一般人である。
「……で、堕天使の総督が何でこの学園に?」
騒ぎを聞きつけた赤龍帝と聖剣持ち、ついでに段ボールに入った女みたいな男も加わって何とも言えない空気。その空気を作ったのがアザゼルなら破ったのもアザゼルだった。
「なに、ちょっと顔見せにな。ところで……お前ら神が死んでる事を知ってたそうじゃねえか?」
「や、知ってたわけじゃないけど……なぁゼノヴィア?」
「うむ、掃詰先輩が可能性の一つとして事前に挙げていたからなぁ……」
「やっぱ死んでたんだなヤハウェって」
(何となくそうかなって思ってたがやっぱりコイツだったチクショー!!)
(えええええ!?か、か、か、神って死んでたのぉぉぉぉぉぉぉ!?)←ギャスパー
他の連中にも話を聞いてみたらこの男、天使の降臨する場所がバチカンであるという=イェルサレムでは問題がある=問題とは恐らく同じ神を信仰する宗教同士の混乱を防ぐ苦肉の策=今の分裂状態は神の本意ではない=神が人間に干渉しているのに統一されていない=神の意思を伝える天使側に問題がある=というか意思を伝える係を天使が独占しているということは神の存在が確認できない=実は神は存在せず、実体のないシステムが人を管理しようとしている?という連想ゲームで真実にたどり着いたらしい。
(ありえねぇ。教会も悪魔も堕天使もほんの一握りを除いて全く気付いてねぇんだぞ?確かに俺は神がいなくても世界は回るとは思ってたが、何で17年しか生きてねぇ無宗教のガキが気付くんだよ!?)
あのバルパー・ガリレイでさえ「双覇の聖魔剣」を見るまで気が付かなかったというのに、何故聖書も碌に読んだことのない奴が現状を見ただけで気付くんだ。
というか人避けの魔法を勘で見破りやがった。堕天使最強の使った魔法を、違和感がない事に違和感を覚えて見破りやがった。聞いてみたら前もこの手の方法でグレモリーのクイーンが仕掛けた認識阻害に感づいたらしい。正直堕天使のトップとして凹む。
どうなってんだこいつ。完全一般人で完全に悪魔と関わるメリットがないのに「暇つぶしと知的好奇心」だけでグレモリー眷属にしれっと混ざってやがる。眷属じゃないけどリアス・グレモリーが友人として認めてる時点で実質似たようなものだ。
が、しかし自衛能力ゼロ。清々しいほどにゼロである。この神やら悪魔やらが散々絡む世界に足を突っ込んでおいて出来る仕事がある訳でもないのに、何故かこちらの干渉には気付く。そして物見遊山でやってきておいて、言う事がいちいち問題の的を射ているから悪魔側も無視できないでいるというのが現状らしい。
例えば匙という新人悪魔の持つ神器の「黒い龍脈」について掃詰は全く知識がなかったし五大龍も知らなかったが、吸収という名前からいち早く「何かを吸収できる」という機能に気付いていたようだ。神器を持っている匙本人も気づいていなかったのに、その能力には相手に力を与えるなどの応用は効かないのかと質問していたそうだ。
また、実はコカビエルが魔術的な罠を町に仕掛けているのを普通に発見していたらしい。というのも、元々町を調べ回るのは好きだったらしく町内で起きた小さな変化をまとめるうちに「あれ?異変のポイントを点で結ぶと魔法陣そっくり?」と思ったとか。
おかげでコカビエルの事件は初動が早く、またコカビエルの地味な精神攻撃を潜り抜けさせるという所業を本人の居ない所でやってのけている。お前は名探偵か何かか。
そしてそんなこんなで事件に口を出しまくっている癖に、実はただの人間。つまり中立存在だったりする。
はっきり言おう。このままだとこいつ死ぬわ。
悪魔と関わってるのに警戒ゼロな時点で既にテロリストや敵対組織に始末される可能性がある。こう言う奴は普通何かの庇護下にいないといけないのだ。でなければ身を引くかこちら側の力で引かせるか、或いは記憶を消すことで相手にこの男を殺すメリットを消すべきだ。
なのに記憶を消すと消されたことに気付いて調べ出す。外に飛ばされても恐らくは知的好奇心に負けてこの界隈を調べ出すだろう。そして死ぬ。死んだらおそらくリアス・グレモリーは殺した相手を許さないだろう。
(友達だから……か)
こいつを見捨てればそれで済む。
だが、あの甘ちゃんお姫様は何が何でもそれをしたくないだろう。
アザゼルも人間は好きだ。現実的な厄介さを除けば掃詰のような奴も見ていて面白い。天使も悪魔も見境なく接し、力の差も寿命の差も気にしない。そんな清々しいほどに純粋な人間は、きっと世界中探してもそうそういるものではない。
「なるほど、こりゃ厄介だわ。視界に入ったら目で追わずにはいられず、口を開いたら耳を傾けずにはいられない……そういうエンターテイナーの才能だ、あれは」
ごく自然に、あいつには死んでほしくないと思わせるだけの距離感にいる。
ある種の人徳というか、魅力。また何かをやらかすのではないかという奇妙な期待。
しかしどう助けたものか……それが問題だ。
「――っつう訳なんだがお前らどう思う?」
三大勢力会談での問題提起について。
ミカエルの返答。
「神の子である人間を見捨てるという選択肢はありませんね。天使に転生させると色々と危機が訪れそうなので匿うのは無理ですが」
教会の教え=全部理屈で説明できると豪語した彼を入れると、信徒の信仰が揺らぎそうという本音がちらっと見えた。
サーゼクスの回答。
「彼は私の話友達でね。流石に悪魔の駒で転生させることは出来ないが、友人として可能な限り便宜を図りたくはあるよ」
割と本音ではあるのだろうが、さりげなく免罪符のように悪魔の駒を持ち出した辺りに全面的な面倒は嫌だという本音が伺えた。
アザゼルの回答。
「んー……俺もあの予想外な発言と行動を捨てるのは勿体無いと思う。ただ、うちの陣営に入れると異様に疲れそうな気が……」
「「「…………」」」
しばしの沈黙の後。
「余所に取られないように三勢力で囲むか」
「ですね。我らの戦力が集まる中心地にいるのが最もリスクが低い」
「ふふふ……三大勢力の代表に足踏みされる人間とは、凄いね」
箒、三大勢力のど真ん中に中立状態で閉じ込められる。
「俺の意見は………いや、やめとくか。大人しく三角形の中心に残るのが俺に益がありそうだ」
「この状況下で堂々と勢力を利用するって言いきってるアナタって本当に何なの?」
「何って言われても、ぶっちゃけ俺なんかに言いくるめられるお前らが悪い」
「言ったわね!?いつか絶対言い負かしてやるんだから!!」
なんやかんやで何度箒に打ち負かされても友達ポジを保つリアスが一番器が大きかったようだ。
後書き
ヴァーリがどうなるのかって話があったんですけど、なんか普通に仲良くなりそうなイメージしかないですね。
「俺のライバルがおっぱい星人ってお前……乳龍帝ってお前……」
「まぁまぁ。エロってのは要するに人間の三大欲求の一つだ。元々生物種の行動原理としては強いものがある。いわばお前らの戦いは理性と本能のバトルって訳だ」
「な、なるほど……確かにそう考えれば」
「まぁ生物が好戦的になるのは普通繁殖期とかでメスに群がるオスを追い払うためだが。戦いも性に結びつくのを考えるとそんなに理性でもないか……」
「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?(精神崩壊寸前)」
『ヴァーリィィィィィィィィィ!!?』
………あれ?
【D×D】掃除男、君はとてもいい匂いだ…
前書き
あの男を、戦いの現場に連れて行ってはいけない。
男に特殊な生まれはなかった。ごく平凡な家庭の平凡な長男として育った。
男は天に授かった力を持っていなかった。神器という人だけに許された力も、彼にはなかった。
男は好奇心が旺盛だった。掃除と旅行、そして調べ事と実験をこよなく愛した。
そしてその男、掃詰箒は――
「――ふぅん。所詮フェンリルも生物の域を越えないって訳か。良い実験になったよ」
世界を喰らう三頭の狼が、躯のように倒れ伏していた。
巨狼フェンリルとその子供であるスコルとハティは、その人知を超えた圧倒的な力を振るうことなく痙攣しながら泡を吹き、立ち上がるそぶりもなければ最早声も出ないらしい。見る影もない痛ましい姿となった神話の獣を見下ろす箒の目は、どこまでも純真で、そしてどこまでも残酷だった。
「ば……か、な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!そんな筈はない、そんな訳はない!フェンリルだぞ!?オーディンさえも殺しうる神殺しの牙を………神話の存在でも、まして英雄ですらない貴様のような凡俗が、倒せるわけがない!!」
「そうか?論理的に考えた結果としてこんな風に突破法は見つかったんだし……実現可能性はずっと存在してたことになるなぁ」
目を剥き、怒りとも憎しみとも知れない爆発的な感情をあらわにする「狡知の神」ロキを前に、箒は実に飄々とした態度でそう返した。その紙を前にした傲慢不遜な態度が、更にロキを激情に狂わせる。大気を震わす殺意の壁が世界を拒絶するように周囲を覆う。
最早、並の人間では意識を保つことが不可能なまでの人知を超えた存在を――しかし、箒は「これはそういうものである」と受け入れることで、平常心を揺らさなかった。
「何なんだ貴様は……何なのだッ!!天使を連れ、悪魔と並び、堕天使と論を交え――そして今度は北欧神話を汚すと言うのか!?」
「まぁ北欧神話の神々って他の神話体系に比べると意外に弱いから何とかなる気はしたけどな。言うならば、それがお前の限界って事じゃないのか?なぁ、人間との知恵比べに負けた悪神さん?」
「こ、このロキを……我が知恵と狡猾さを凌駕したつもりか、人間風情が……ッ!!」
「どうした?さっきから随分力んでるみたいだが、お前の仕事は嘘と悪口で場を乱す事だろう?――さあ、口で勝負しようぜ」
にやりと笑って手招きした箒の堂々たる姿に、ロキは知らぬうちに一歩後ずさった。
力がない筈の唯の人間が、神さえも圧倒する。
その姿は、現代の英雄。
神を下すものにして、神を越えるもの。
その瞬間、その光景を見ていた者たちは各々がその男の背中に――光を見た。
ある者はそこに嘗ての主の威光を見出し。
またある者はそこに大いなる希望を見出し。
そしてまたある者は――
「………ないわー。もうなんか、ないわー……」
「あいつマジか。本気と書いてマジなのか。お前にとってはフェンリルはモルモットでロキはからかい甲斐のある相手で済むのか?あーどうしよう、あいつの存在を人間だと認めたくねえ。いっそ悪魔であってくれ」
「ちょっとやめなさいよアザゼル!言っておきますけど悪魔の駒は使わないからね!?」
――主にリアスとアザゼルは、その光景にドン引きしていた。
このような光景に到った理由は、その数日前に遡る。
その頃、リアスは大いに悩んでいた。
その内容は主に休日を利用した冥界帰郷+イッセー達の訓練の計画である。
計画自体はとっくに出来上がってはいる。だが、リアスには計画自体より、計画に連れて行く人間に関してものすごく悩んでいる人員が一人だけいたのだ。
そいつは極端にマイペースで、部員ですらなく、空気が読めず、その癖していつも誰もが予想外の事をやらかすインクレディブル・ボーイ。三大勢力の何所にも属してないくせに誰もに顔を知られ、しかも勢力均衡のど真ん中に閉じ込められているのに今日も元気に部室掃除をしている。
……え?なんで掃除してんの?とリアスは思わずそちらを二度見した。
「……さて、こんなもんか。グレイフィアさーん、掃除評価はいかほど?」
「………一部手順に誤りがありましたが、チェック要項はほぼ満たしています。敢えて苦言を呈すならばリアスお嬢様の周囲にまで掃除が行き届いていない事ですが、お嬢様を慮っての判断ならば間違いではありません。メイド検定掃除篇、合格点です」
「うっし!俺もちょっとは上達してるな」
「僭越ながら、箒様にとって掃除とはなんでしょうか?」
「何、って言う意識はないっすね。そこが汚れているから掃除をする、それだけです」
お前はモップか何かの転生した存在かと聞きたくなるようなことを言っているその男こそ、悩みの種こと掃詰箒。
「はぁぁぁ~~~………」
真実暴くマン、邪魔外道、カイムの末裔、ノルンの弟、それらは全て彼を形容する言葉。ライザーを下し、コカビエルを手玉に取り、アザゼルを貶め、魔王を封殺してきた伝説の"人間"。今日は自分の掃除の腕を確かめるためにわざわざグレイフィアを呼び出すという訳のわからないことをしてるこの男を冥界の実家に連れて行くべきか……連れて行かざるべきか……彼女は大いに悩んだ。
彼はその自由すぎる行動でかなーり微妙な立場に立たされている。
この前なんか三大勢力会談に乱入してきたカテレア・レヴィアタンに「いや魔王に返り咲きたいなら先陣切っちゃ駄目だろ。他の連中が疲弊するまで待っておけよ。その方がさっそうと現れた感じがあってイメージ戦略的にも良いぞ?」と普通にアドバイスし、深い感銘を受けたカテレアが普通に意見を受け入れてそのまま帰ってしまうというカオスすぎる事態を引き起こしている。
お礼とかでなんか黒いヘビを貰っていたが、尾をはむ蛇の形にして普通に持ち歩いていたりする。おかげでそこから漏れ出す龍の気配で赤龍帝が居心地悪そうである。
一部では彼が人間であることから「奴こそ禍の団討論派の首魁である」などという根も葉もないうわさが流れていたりする程度には立場が安定していない。そんな彼を自分の目の届かない所に置いておくのは非常に不安である。かといってリアスは彼の保護者でもないし、偶にはイッセーとのいちゃこらライフの集中したいときもある。
散々悩んだ挙句――リアスは一つの結論を下す。
「ソーナ!箒の世話をお願い!」
「駄目です。お姉さまがそれだけは止めてほしいと懇願してきたので」
「そんな……神は……死んだの?」
(とっくに死んでるし、悪魔が神に懇願してどうするのリアス……)
果たして今までこれほど悪魔に面倒がられる人間がいただろうか。結局、箒は冥界には興味がなかったのか「俺はスウェーデンに旅行に行くからパスね」とあっさり断り、内心でほっとしたリアスだった。
なお、よく考えたら冥界の空気は人間に毒であるので連れて行かなくて正解だったことを失念していたリアスであった。
が、苦労は後になって30倍で返ってくる。というか、帰ってきた。
「ただいまー。あれ、取り込み中か?」
――掃詰箒、君臨。
恐ろしい事に、箒は何故かその後の色んなゴタゴタで最終的にオーディンの護衛中にロキがフェンリルと共に襲来したタイミングでちょうど旅行から帰還していたのだ。
「ギャース!!新学期になっても顔見ないなーと思ったらなんてタイミングで帰ってきてんのよ!?」
唐突な敗北条件の追加にリアスはヒステリックな悲鳴を上げた。いつかこうなるかとは思っていたが、とうとう箒が完全な戦闘地帯に現れてしまったのだ。しかも位置的にフェンリルの近くに。あまりにナチュラルに帰ってきたためロキもちょっと戸惑っている。
「いやそれが……帰りに美猴って奴と友達になってさぁ。そのままノリで中国回ってたら新学期始まってたから急いで帰ってきたんだよ」
「流石は掃詰先輩、常に人の予想の斜め上を行きますね。でも……この状況で護衛対象が増えるのは、ちょっとマズイかな……?」
「ちょっとどころじゃない気がするが、むしろ先輩がこの状況をどうにかしてくれそうな気がするぜ!」
「先輩なら……先輩なら何とかしてくれると私は信じているぞ!」
変な方向に盛り上がりまくるオカ研メンバーの無邪気な笑みにそれでいいのかと突っ込みたくなるリアスなのだが、もういっそどうにかできるんならどうにかしてほしいなという諦観の念がちょっと勝った。そんな皆とは別に、ロキは箒の事を知っているのか興味深そうに眼を細める。
「……成程。貴様が、な」
「勝手に納得されても俺はお前のこと知らないけど。アザ公、あれ誰だ?」
アザゼルをアザ公と略すこの不遜世界代表みたいな男の問いに、アザゼルは頭を抱えながら取り敢えずかいつまんで状況を説明する。あれはロキで、北欧神話バンジャーイで、余所者と仲良くするのが気に入らないからオーディン殺す。一通り聞いた箒は土産袋片手にフーンと相槌を打った。
「なるほどつまり、コカピー以来の命の危機って感じか」
『誰がコカピーだぁぁぁッ!!人を舐め腐るのも大概にしろよ小僧ぉぉぉぉぉ!!……うう、寒っ!』
「……コキュートスの方から何か聞こえるな。あいつもすっかりギャグキャラになっちまって……ホロリ」
「ま、でも作戦思いついたしどうにかなんだろ。おいアザ公ちょっと耳貸せ」
嘗ての戦友が地獄の底でも地獄耳。意外と余裕ありそうで複雑なアザゼルに、不遜な笑みを浮かべた箒はひそひそと耳打ちした。話を聞いたアザゼルは呆れるやら呆れるやら、というか全面的に呆れまくりつつもすごく嫌そうに顔を顰めた。
その顔は、普通にドン引きしている。お前マジか、本気で言ってんのかと言わんばかりだ。
「………いや、たしかに無理ではないかもしれんがなぁ。お前……もう俺には言葉が見つからねぇよ。お前の脳みそ一体全体どんな構造してんだ馬鹿なんじゃねえの?」
「おいコラ生徒を馬鹿扱いするんじゃねえよ!いいじゃねえか上手く言ったらお慰みだ。それに……」
「それに?」
「折角神殺しなんて御大層な奴が出てきてるんだ。こんな実験二度とできないかもしれねぇだろ?」
「――人間の分際でほざくなよ、羽虫が。三大勢力の傘の下で虎の威を借るか?」
「いいじゃねえか。ケチなこと言うなよ、カミサマ?」
ロキと箒、2人のトリックスターの激突に、周囲の空気が一気に戦場の緊張感から『勝負師』の類に変化した。
そしてこの激突の結果――哀れフェンリルは斃れることになった。
ロキはフェンリルにアザゼルごと箒を食い殺すよう命じ、フェンリルの牙がむき出しになった瞬間、箒は小さな箱のようなものを取り出して、それを開けた。それと同時にアザゼルが何かの魔法を使い――そして、次の瞬間に断末魔の咆哮が世界を揺るがした。
そして斃れたのは、フェンリルだった。
親が倒れたことで怒り狂ったスコルとハティは、その殺意を剥き出しに箒の方に殺到し――次の瞬間、やはりフェンリルと同様に悲鳴を上げて倒れ伏した。誰も、手伝いをしているアザゼルを除いて誰も彼が何をして、何が起こって、何故フェンリルが倒れたのかを理解できなかった。
それとも、奴が持っているあの箱はパンドラの箱だとでも言うのか?そんな恐ろしい想像ばかりが頭を渦巻く。狡知の神が知恵で負けるなどと――ロキの頭は真っ白になった。
そして話は冒頭へと戻る。
「どうした?さっきから随分力んでるみたいだが、お前の仕事は嘘と悪口で場を乱す事だろう?――さあ、口で勝負しようぜ」
ロキは、その挑発に返事を出すことが出来なかった。
そう、ロキは箒に接近されて初めて、フェンリル達が何故戦闘不能になってしまったのかを理解したのだ。そして、理解したからこそ受け入れがたかった。まさか――そんな原始的な方法で?そう気づいた時には、遅かった。
「あ……ぐぇぇっ!?お、おごっ……うげぇぇぇえぇええッ!!」
く……く……――
「く、臭いぃぃぃぃ!?な、なんだこの生ゴミをバケツ一杯に詰めて炎天下に三日間晒したような、お、うげぇっ……!!おぅえええええええええ!!え゛ほっ……な、何だそれは!?臭いの元凶はその箱の中身か!?」
「そうだ、こいつだ……フフ、臭いだろ?臭すぎて臭いをレジストすることさえ叶うまい。だがこれは単なる悪臭であって毒ガスの類ではないからお前達人外にも効くわけだ」
「な……ならば貴様とアザゼルは何故平気な……ま、まさかさっきの魔法は!?」
「おう、俺と箒だけ臭いをレジストさせてもらったぜ。流石にそれを嗅がされるのは御免だからな」
乗り気ではなかったくせにロキが苦しむ姿を見るのは楽しそうなアザゼルとは対照的に、風下にいたグレモリーズにロキを悶絶させた悪臭が漂ってきた。唯でさえ人より感覚が鋭い悪魔。その臭いはダイレクトに鼻腔を蹂躙した。
「うわ臭ぁッ!?」
「あ……あ、ぐ……!」
「こ、小猫ちゃん!しっかりするんだ小猫ちゃん!……ああ!白目を剥いてる!?」
「いけない、小猫は元々はネコの妖怪!嗅覚は私達以上……くっさ!?」
「と、取り敢えず私達も魔法で空気の供給を……けほ、けほっ!」
その様相、阿鼻叫喚である。被害はどんどん戦線を拡大させ、向こうで関係ない戦いしてた連中まで悪臭に悶えはじめた。
「ば、バイオケミカルウェポン……?」
「失礼な事言うな。これは唯のスウェーデン土産だ。――その名を、『シュールストレミング』という」
シュールストレミング。
それは、スウェーデンに伝わるニシンを発酵させた食品である。
この食品の特筆すべき部分は、なんといってもその発酵による強烈なまでの激臭である。日本で代表される発酵食品の納豆や鮒寿司、くさやの臭気をこの食品は完全に凌駕しており、ギネスブックに世界で最も臭い食品として堂々と掲載される、名実ともに「世界一臭い食べ物」。
2014年には25年前のシュールストレミングが発見されたとの知らせを受けて爆発物処理班が缶詰専門家と共同で処理を行ったほどの危険性を孕んだ、恐るべき食品なのだ。
「くくく……一般的に犬の嗅覚は人間の100万倍以上あると言われているが、それはあくまで臭いの粒子を感じる感覚器官が鋭いという意味でしかなく、臭いへの敏感度は10倍程度らしい。……だが、神話の獣ともなると果たして普通の犬と比べてどれくらい敏感になるんだろうなぁ?……なぁ、神話体系の生物ってのは生物種的な体構造を持っているんだろう?そいつの目の前で人間でも悶絶する臭気を嗅がせたら……なぁ、どうなると思う?」
「先輩、顔が!顔が滅茶苦茶悪そうになってます!!」
「フェンリル可哀想なんだけど!?すげえ可哀想なんだけど!?」
「貴方……なんて残酷な事を!鬼!悪魔!邪魔外道!!」
「部長、私達も悪魔だが……」
「ひでえよ……犬にそんなもの嗅がせるなんて、人間のやることじゃねえよぉ!!」
「犬じゃなくて狼だと……おぅええええええ!!」
指を差して非難するリアスや地面に手を叩きつけて号泣するイッセー。何故か助けられた味方陣営から非難囂々であるが、当の本人は「試して何が悪いか!」と言わんばかりにふんぞり返っている。完全に悪人である。
「おい箒、てめぇ前にやたらと臭い食べ物持ってきて試食させたよな?あの時は食ったことない食べ物を持ってきたからって一緒に食べてたから疑問に思わなかったが……」
「ああ、あれは本当だよ。ただ実験も兼ねてたってだけー」
「だから俺を実験動物みてぇに扱うのやめろよッ!!あの踏絵実験のせいでオーディンのジジイに滅茶苦茶笑われたんだぞ!?食いものの件もシェムハザにも臭せぇって渋い顔で言われるし!!これ以上俺の尊厳を貶めんなぁぁぁッ!!」
実は箒、予めアザゼルにこの強烈な匂いという者が通じるかどうかをブルーチーズ等で実験していた。何も知らずに不意打ちを食らったアザゼルは目一杯顔をしかめたが、普通に食べた。そして他の実験では不意打ち防犯スプレーの類は効いていないようだった。この事実から、箒は仮説を立てた。
――防犯スプレーのように相手に何らかの害意を与える意図のものにはかなり耐性が強いが、食品などの害意を与えることを目的としてないアイテムに関してはダイレクトな感覚を持っている。
「そこまで推論を立てれば後は実証だ。出来るだけ混じり気が少なく、直接的に人間より嗅覚に敏感そうな――本当ならケルベロスとかで実験するつもりだったんだけど、まぁ今回はお前が"ていのいい実験動物"連れてきてくれたおかげで理論が実証できたよ。――いやぁ、ご苦労さん」
悪臭の苦しみに悶えるロキを見下ろしてにっこりとほほ笑む箒の顔。
ロキはその男の表情に、未だかつて覚えたことのない寒気を覚えた。
かつて他人の心を弄び、操り、不安や亀裂を与えてきた狡知の神が、たった一人の人間に恐怖していた。
「あ………悪魔より、悪魔染みてるぞ貴様……!この、化物めぇ……!」
「何言ってんだよカミサマ。アンタ達が世界樹だかどこかでふんぞり返ってる間にも人間ってのはコツコツ文化を積み重ねてきてんだよ。このシュールストレミングだってその文化の一部だし、俺はそれがお前たちに通じるか実験しただけだろ?それでも俺を化物だって言うんなら――そりゃ、お前の見下してきた人間こそが"化物"って事さ」
にたり、と箒は笑みを深くした。
(((こ………怖えええええええええええッ!!?)))
「……あ゛~……これでまた事後処理が面倒になるぜ……はぁー……」
その日、箒はとうとう「神殺しを殺した男(実際には死んでません)」としてその名を本格的に世界に轟かせることとなった。フェンリル達とロキは普通に捕縛され、結局襲撃事件も全体的に失敗に終わった。
「あースッキリした。俺、家に帰るわ。あ、シュールストレミングどうしよっか……とりあえずロキの口の中にでも放り込んどくか。ぽいっと」
「うぎゃぁぁぁぁぁあああああああああああああああッ!?!?!」
「もうやめろおおおおッ!!ロキのライフはゼロだから!それ既に死体殴りだからぁぁぁッ!!」
「やべ、魚は無くなったけど汁が余っちまった。じゃ、フェンリルの口の中にでも流し込んでおくか」
「やめてぇぇぇーーー!それ以上フェンリルを虐めるのはやめたげてぇぇぇーーーッ!!堕天使総督として頼むからぁぁぁーーーッ!!」
なお、翌日より「グリゴリ総督が神殺しの兵器を箒に託した」というとんでもないカン違いがデマとして出回り、アザゼルはその間違い過ぎた情報を食い止めようと躍起になったという。
後書き
ちなみにロスヴァイセはこの日から最後の切り札として懐にシュールストレミングの缶を忍ばせるようになったらしいです。そして小猫の箒に対する感情は怒りを通り越して苦手意識に変化しました。
「……ところで箒。あなた珍しく『口で勝負しようぜ』なんて言ってたけど、勝負してないじゃない?」
「だってなぁ。話を聞いた限りでは面倒くさい奴が面倒くさいことしただけだし。有名な偏屈神だからもうちょっと面白い事言ってくれるかと思ったのに全然喋んないし。それで本当にロキなのかと思って軽く煽ったんだけど普通に臭いに負けてるし」
「……言われてみれば確かにそれっぽい事しなかったわね。ロキの癖に没個性だわ。人間に負けるくらいだからきっと最初から大した器じゃなかったのよ」
(二人とも酷い事を言うのぉ……哀れロキよ)
今回毒を吐いたのはリアスでしたというオチ。
【D×D】誤解だ。良い人掃除男と呼ばれる事もある
前書き
箒くんだっていい事をするときもあります。
「おい、箒。ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
「あ?何?」
休日に暇つぶしがてらアザゼルの部屋を掃除しながら神器実験の手伝いをしていた俺は、アザゼルに質問された。
「フェンリルの事なんだが……犬ってのは環境によっては腐った食い物にだって食らいつく雑食種だ。今回はフェンリルが臭いを我慢できなかったから良かったものの、悪臭も平気だったらどうする気だったんだ?」
「それはまぁ、こうかな」
そういいながら俺は懐に入れていたミニ黒板を取り出して、爪で力いっぱい引っ掻いた。
キキキキキィィィィィィィッ!!という甲高い音にアザゼルは悶絶した。
「ぬあぁぁぁぁ!?止めろ馬鹿!!お前さてはたった今俺で実験したな!?どうしてお前はそう小学生の悪戯みてぇな発想をポンポン思いついては人外に試すんだよ!?」
「そこに人外がいるからだよ。……犬の嗅覚は10倍程度の過敏度だと言ったが、犬の耳の過敏度は16倍程度と言われている。中には雷の音がトラウマになってパニックを起こす犬もいるらしい。だからこう……楽器のように空間を遮断する結界を形成してだな……ここで音階を、ここで空気量を、で、ここがこう………とまぁ、こんな感じの音波兵器を作ってもらう気だったわけだ」
かりかりと黒板に簡易説明図を書きこむと、存外にアザゼルは興味津々にそれを覗きこんだ。
流石は堕天使界随一の好奇心を持つ研究者肌。この手の話だと口がよく回るようになる。
「ふぅん、音波兵器か……即席で出来るかと言われれば難しいが、悪くねえ発想だな。共振しやすいようにこの辺にパーツを組み込めばもっとイケるんじゃないか?それとこっちをこうして……プラスで魔法による拡音増幅器や物理的な機材を………で、指向性をだな……」
「ほうほう。ならば音を吹き込む構造に関してもちょっと練った方が……」
「くくく………楽しいなぁ」
「へへへ………楽しいねぇ」
悪人面でニヤニヤしながら構想を練るアザゼルと、ゲス笑いしながらそれを補強していく俺。
いつしかミニ黒板に収まりきらなくなった音波兵器構想はアザゼルが図面を引くに到り、その間俺達の悪人笑いとゲス笑いは試作音波実験を通して部屋の外まで響くこととなった。
「あれって、もしかしなくとも箒先輩の声だよな……」
「もう一人はアザゼル様ですね。お二人ともものすごく悪そうです……」
「周辺の住民が怖がってるし、止めに行った方がいいのかなぁ………いやダメだ!箒先輩だぞ!?悪魔実験に付き合わされて身も心もボロボロになるに決まってる!触らぬヒトに祟りなしだ!!行こうアーシア!」
「あ、は、はい!」
結局その笑い声は昼に来客があるまで続くことになった。
= =
「おいアザゼル!さっきから何を悪人笑いをしている!周辺住民が怖がってい………って、何を作っているんだ?」
「おお、バラキエルか!いやぁちょっとテンション上がっちゃってな!だが見ろこの新兵器を!!俺と箒の共同開発した『バクオンパー試作16号』だ!!理論上はケルベロスの鼓膜を粉砕する威力にまで達したんだぜ!基礎理論はほぼ完成!後はこれをダウンサイズして本格的な術式を組み込ん……って、お前が来たってことはもう昼かよ?」
実は自分でバラキエルを呼び出していたアザゼルだったが、時間を忘れて作業に没頭しすぎていたために時間帯に初めて気づいた。箒も同様で、掃除そっちのけでのめり込む位置に若干ながら魔法知識を身に着けてしまったりしている。……ほぼアザゼル直伝のこの技術が未来に悪用されない事を願うばかりである。
「あんたがバラキーさんっすか。朱乃の親父だって聞いてましたけど……………あいつ母親似なんすね」
(初対面でいきなりバラキーって……コカピーよりはマシか?あれ、なんでコカビーじゃなくてコカピーにしたんだろうかこの青年は)
「おいコラ。何故にバラキエルには敬語を使っておいて俺にはタメ口なんだ?」
「それだけアザゼルの事信頼してるってことだよ言わせんな恥ずかしい」
「素直に喜んでよいかどうか非常に微妙なレベルだ馬鹿野郎!!」
「その馬鹿野郎と同じノリで音響兵器作ってる馬鹿が目の前にいるんだが……」
「こまけぇこたぁいいんだよッ!若ぇ奴がそんなことくよくよ気にすんな!」
(……アザゼルめ、やたら仲が良いようだな)
二人きりだと割といつもこんなテンションの二人だが、研究者肌な部分で妙にウマが合うのか良好な関係と言えなくもない。
で。
自分の上司と非常に仲睦まじげ(悪ガキ的な意味で)な青年を見たバラキエルは目を細める。
それは、昨日の事だった。バラキエルは娘にどうしても一度会っておきたくて、朱乃の元を訪ねた。
朱乃は私を見ても怒鳴ることはなく、かといって許す風でもなく、元は家族で住んでいた神社へと案内した。食卓に座らされ、食事を用意すると表情のない声で言われる。
……逃げ出したかった。
その態度は好意的とはお世辞にも言えない。むしろ、淡々とした態度だからこそそこにかつての自分の過ちを責めるような棘がある気がした。朱乃は妻に似て美しく育っていたが――その妻が死ぬきっかけを作ったのは間違いなく自分。快く思っている筈もない。
食事を用意する朱乃の背中が、亡き妻の朱璃とダブる。
悪魔に転生してしまったとはいえ、それを確認できただけでも収穫な気がした。
台所から流れる炒め玉ねぎの匂い。甘辛い調味料の食欲をそそる匂い。その何もかもが懐かしくて、その懐かしさがどうしようもなくもどかしい。
食事が用意され、いただきます、と合掌する。朱乃も同じように合掌した。
この食事儀礼は、人間界に降りて以来ずっと続けてきた。我ながら未練だ。
箸を使うのも久しぶりだったが、バラキエルは最初に目についた肉じゃがに箸をつけた。香り、舌触り、味。そのどれもが過去を想起させる。
「お味、どう?」
「……美味い。懐かしいな……朱璃の料理の味だ」
「……よかった」
その時、ほんの小さくだが朱乃が微笑んだ。かつて娘として朱乃がバラキエルに見せた笑みだった。
――こんなにも罪深い自分に、この娘は笑いかけると言うのか。耐えられず、問う。
「私のことを……恨んでいるか?朱乃」
「恨んでいます」
淀みない返答が分かってはいた筈の心を抉る。
だが、その言葉は次に続いていた。
「でも、憎んではいません」
「それは……」
「少し前の事です。私は同級生の一人に自分の秘密を打ち明けました……でも、全ての話を聞いた彼はふと真剣なまなざしをして、私にこう問いました」
――お前は親父を殺したいほど嫌いなのか?母親の仇だと思って憎しみを募らせてるのか?
父親を殺す覚悟。その時になって朱乃は、自分がそんなことを一度も考えたことがなかったという事実を思い知らされ、愕然とした。
「答えに窮しました。彼はそんな私を見て、『お前の父への恨みは本気じゃない』と断言されました。……たった今、私自身も確信できた。私は、お父様を殺したいほど憎めなかった……でなければ、どうして褒められて微笑みが出たりするものでしょうか」
「朱乃………」
「お母様がお父様の所為で死んでしまったという事実は私の中でも今更覆せません。でも……それでも」
朱乃はつう、と静かな涙を零した。
「お父様は、いつでも私のお父様です。許せない事はあるけど、憎む事なんて出来ない……!」
「………ッ!!」
その後の事は、涙と嗚咽を抑え込むので精一杯だったからあまり覚えていない。
覚えている事と言えば、出された食事を完食したことと、娘を父として抱擁することが出来たことくらいだ。
そして、朱乃に本心を気付かせた青年が目の前にいる。
お世辞にも行儀がいいとは言えない、普通の人間だ。それでも確かに、その知的好奇心と悪戯心に満ち満ちた瞳は不思議な魅力があった。
※ここから微妙にかみ合わない会話をお楽しみください。
「掃詰箒くん、だったね」
「あー……ひょっとして娘さんの事ですか、ねぇ?」
「ああ。聞いた話では随分(娘が)迷惑をかけたそうじゃないか?」
「あー……っと、どんなふうに聞いてるかはちょっと窺い知れないけど、(俺のかけた迷惑は多分)そうたいしたものじゃないすっすよ」
「ほう……」
気まずそうに顔を顰める箒。……この時箒は「朱乃の奴め俺の悪口をしこたま親父に吹聴したんじゃないのか?あいつ根っからのサディストらしいからな……ありえるぞー、これはかなりガチな雷落ちかねないぞー」などと、彼としては珍しく本格的に見当違いな事を考えていた。
が、その姿にバラキエルは全く違う印象を受ける。
自分は大したことをしていない――彼の目にはそのような謙虚な姿勢に映っていたのだ。実際に箒は事情を全て知っていれば「別に俺、言いたいこと言っただけだし」と素っ気なく返すくらいの態度はとるだろうが、「やはり彼は謙虚だな」とバラキエルは笑顔で頷いた。
恩着せがましい男だったり自己顕示欲の強い男、おだてに弱い男だとこれからも娘と付き合わせるにあたって父親としての不安が残る。別に娘の恋人という訳でもないが、少なくともバラキエルにはその態度が好ましく思えた。
逆に箒の方はというと、バラキエルの顔がかなりゴツイ所為で笑顔に妙な圧迫感を覚え、「これ十中八九怒ってるな……慎重にワードセレクトを行わねば」と戦闘態勢の段階を引き上げる。
――ここで幸か不幸か、箒は初めて一般人で存在する人間に近い心を持つ人外との対話を果たしていた。バラキエルの態度のそれは完全に子を持つ父親のそれであり、その印象が箒に「迂闊な事は言わない方がいいな」と思わせていた。
が、それが余計に会話の混迷を極める事態へと発展する。
「ふふ。朱乃が君の話をするときはどこか楽しげな様子だったよ。あの子もよい友達を持ったらしい」
(その楽しげってまさかサディスティックな物だったのでは……あいつ結構根に持つタイプだからな。そしてその父親ももしかしたらサディストの可能性が微粒子レベルで存在している。良い友達という言い回しもまさか嫌味で……)
などと180度逆の方角に頭をフル回転しつつ愛想笑いで誤魔化す箒。
実際に朱乃が箒の話をする時というのは、「箒くんったら○○なんですよ?」とちょっと口を尖らせつつもやっぱり嫌いじゃない風な態度だったので、バラキエルはてっきり近所のいたずらっ子とその幼馴染のような付き合いをしているのだろうとちょっと勘違いしていた。
実際のその態度は友人としての立場と悪魔としての立場の間から見ると悩ましい彼の様子を示した態度だったのだが、朱乃は彼のおかげで父親と和解できた負い目があるからちょっとツンデレっぽい態度になってしまったのだ。
「そういえば聞いた話ではあの『停止世界の邪眼』の神器所有者も(純粋な意味で)随分可愛がっていたと聞くが……」
「あ、あぁー……あれは別にそういう(意地悪した)わけじゃないんですよ?ただ、本人が思っている以上に浅い部分に真実があると思ったものでちょっと手をば……」
以下、バラキエルの聞いた話。
神器を暴走させまくるせいで引きこもりになってしまったギャスパーに、箒はあるプレゼントをした。
それは小さめの丸サングラス。箒曰く、「これがあればかけるだけで暴走しにくくなるし、仮に暴走させてもその後でコントロールを取り戻す補助をしてくれる」とサングラスが特別製であることを告げた。
最初は半信半疑だったギャスパーだが、言われたとおりにサングラスをかけると「ストッパーが出来たから失敗しても大丈夫」という精神的な余裕を取り戻していく。
そして、その後に起きた三大勢力会談襲撃事件において禍の団の魔術師に捕縛された際、取り上げられたサングラスを取り戻すために神器を完全にコントロールして見せたという。
そこで初めて発覚した驚愕の事実。なんとサングラスは唯のサングラスで、神器を抑える機能など皆無だったのだ。そう、箒はただの安物サングラスを通してギャスパーに「言葉」という魔法をかけたのである。ギャスパーは騙されたことに気付いて呆然とするが、言葉ひとつで自分を導いた箒という存在に底知れない恩義と尊敬を抱いたという。
以来、ギャスパーの部屋には何故か箒の隠し撮り写真が貼ってあり、そのサングラスも宝物として持ち歩いている。
で、箒の感覚ではこれは「本人の意志が問題だから、騙せば案外簡単に解決できるのでは?」とプラシーボ的にサングラスを手渡して実験したという風である。ウソがバレて以来ギャスパーは割と箒に懐いているが、周囲の目線は「またこの人は……」と若干あきれた視線。皆本当は内心で感謝しているのだが、詐欺まがいなので素直に賞賛できないのだ。
箒自身、ギャスパーが騙されたにもかかわらずあまりに無邪気に接してくるので若干ながら騙した罪悪感を抱えているが故、バラキエルのその言葉は微妙に嫌味に聞こえないでもなかった。
「謙遜することはない。言葉を操ることに長けているのは、口下手な私としては羨ましいよ」
(それは言葉ひとつで他人を操るような悪女的才覚を身につけたいってことですかぁー!?)
微妙に会話がかみ合っていないような気がしつつも愛想笑いで誤魔化す箒。
もうこの時点でバラキエルの脳内人物評価が箒に対して驚異的な数値を叩きだしている。
これが唯のおべんちゃらを並べる相手だったならば箒も対抗や修正が出来たのだが、今のバラキエルは親馬鹿を発症している所為で発想が斜め上に上昇していたため、箒の論理飛躍度と中途半端に絡み合ってわけわかんない状態になっていた。
「君のような友人がいてくれてよかった。私やアザゼルにも物怖じしない君だからこそ、あの子の心根に言葉を響かせることが出来たのかもしれないな……」
「うーん、俺としてはきっかけがあればいつかはこうなったと思うんですけどね……」
「うん?」
「詳しくは存じ上げないけど、見た所二人は和解したんでしょ?多分あいつは潜在的にはずっとあなたと仲良くしたかったんだと思いますよ。それはどうやらあなたも同じだ。まったく他人の事はいろいろ言うくせに、そういう奴に限って自分の事が見えてないんだから……困ったもんっすよ」
「うむ。やはり君は優しくて実直な人間だな……君になら娘を嫁に出してもいいと思えるくらいだ」
「――はい?」
「驚くことはないだろう。私が誰と恋に落ちたか忘れたかね?それともそちらの方面にはまだ疎いのか………いや冗談だ。ありがとう、君に会えてよかったよ」
「え、いやいや俺と朱乃は別にそう言う関係じゃねえしむしろ単に同級生ってだけなんだが……って、おーい!聞いてるー!?」
バラキエル、上機嫌な所為で全然聞いてなし。
――後に知ったことだが、朱乃との和解のきっかけにとこの町にバラキエルを呼ぶ出したのも、今日ここにこうして訪れる事で箒に合わせるのも、全てはアザゼルが描いた絵図のままだったらしい。
「はっはっはっは!なかなか面白い所を見せてもらったぜ!おかげでお前が苦手な人種ってのが若干ながら見えてきた。良い実験になったよ!」
「ニャロウ……!意趣返しか!散々翻弄されていたことを腹に据えかねての意趣返しか!」
「くくく……そんな事よりいいのか?バラキエルは嫁がどうとか行ってたが、あいつは実直すぎてジョークが苦手なんだ。つまり……本気かもよ?」
「……それは、普通に困るんだが。俺まだ初恋すらしてねぇし」
地味な復讐を果たしたアザゼルだった。
なお、『バクオンパーシリーズ』はその後8度のマイナーチェンジの末にとうとうロールアウトされ、聴覚の良い悪いを越えた極悪兵器として堕天使の敵を苦しめたとか。
ついでにその業績で箒は「アザゼルの弟子」という名誉なのか不名誉なのか分からない称号を得た。
後書き
今まで極限まで女気の無かった箒にとうとうヒロインが!という訳でなく、単にバラキーに好かれたというだけです。朱乃的にはちょっと特別な感情はあるけどまだ「困った悪友」ランク。
【D×D】掃除男さん、アンタ分かってないよ!
前書き
今日は箒の周辺が廻る話。
最近忘れられがちになっているが、掃詰箒という男は案外事件に直接的に関わった回数は少ない。
アーシア死亡事件、結婚式乱入事件、コカピー事件、冥界でのいざこざなど、何の影響も与えていない件も少なからずあった。故にグレモリー眷属にとって重要な局面に出くわしたのも実際には2,3回程度と結構控えめだ。
なのでイッセー達は、休み時間や放課後などによく事件のあらましや出来事を説明したりしている。
「そうか……ソーナは冥界に学校を……」
「そうなんすよ。会長は恥ずかしがってあんまり周囲には言わないっすけど、先輩ならその考えが分かるんじゃないすか?」
暇つぶしに生徒会に行くと仕事が片付いた匙にばったり出くわした箒は、匙から最近の話をざっくりと聞いていた。その話の中で、新世代悪魔パーティでソーナが言っていた将来の夢の話になっていた。
匙は箒の事をけっこう信頼している。なんやかんやで悪魔陣営の手伝いをしたり、争いを避けるよう状況を誘導したり、或いは個人的に匙の勉強に付き合ってくれることもある。頭脳も割と明晰で、チェスは駄目でもリバーシならソーナに勝利したことがあるくらいだ。
嫌味な所が全くなく、困ってるときは手助けもしてくれる。それでいて悪魔の事情も知っている。
ソーナの眷属は女性だらけでちょっと窮屈に感じる事もある。グレモリー眷属の男衆は同い年と年下となので、腹を割っては話せるが弱みまでは見せられない。そう言う意味で、気兼ねなく付き合える男の先輩である箒は匙にとって結構貴重な存在だった。
そしてそんな先輩ならソーナの夢をッ笑うなんてことはしないだろうと思ったからこそ、この話を放棄に聞かせたのだ。
「フムン……悪魔陣営の社会は貴族型伝統的支配体型だから、平民身分が芽を出しにくい……それを憂いてのことだろうな。唯でさえ純潔悪魔に拘りすぎて人口が増加しにくい社会構成になってるんだ。サーゼクスを見る限り富の偏りもかなりのものだし、発言権や政治知識の類は旧72柱の独占状態と見てもいいだろう。さらに言えばマスメディアへの影響はほぼ四大魔王が掌握して外部からはちょっかいが出せない状態。内部では思想的な腐敗や離反も始まっている。典型的なエリート支配の構造じゃ、平等に、とはいかないもんなぁ」
「え、えっと……」
匙、フリーズ。彼にとっては少々難しい言葉が出過ぎたせいで話について行けてない。
それに気付いた箒は言葉を選ぶように説明する。
「えっとな……つまり今の冥界悪魔領地は、一部の力と権力を持った連中が支配している状態なんだよ。悪く言えばそいつらが好き放題に権力を振るって、都合の悪い話を押し潰して、気に入らない奴はどうとでも出来る世紀末空間に近い。ソーナは多分それが嫌なんだろう」
それでも一つのコミュニティとして保たれてるのは、明確な敵がいたことと四大魔王のカリスマ的権威があったのだろう。だが敵対勢力との和解が決まったこれからは、その集団内部で不和が生じる確率が増大してくる。現に禍の団への離反者は相応な数見つかっていると聞く。
「権力と力に塗れた連中ってのは、自分でも気が付かないうちに自分勝手になってるもんだ。そんな連中に育てられた子が似たような正確になって家督を継いで……ということをしてたら、どんどん腐敗が継続していく。そうなると、例えばグレイフィアさんみたいに番外でも実力のある悪魔がいても、余程機会に恵まれない限りは上の立場につけないという事態になる訳だ」
「って、そうは言っても実力を付けて結果を示せば出世出来るシステムっすよ?悪魔って」
「出世は出来るさ。でもそこに罠がある。自己顕示欲の強い悪魔なら自分より強い悪魔なんて気に入らないから捨てる事もあるし、主の権威を利用して好き放題にいう事を聞かせる屑みたいな悪魔も残念ながらいる。仮に番外や転生悪魔で強いのと、72柱でそいつより弱い奴がいたとしても、番外たちの方に悪魔の駒は与えられないんだよ。実力主義と言っておきながら、下にいる連中の出世に壁が大きすぎる訳だ。アメリカ的自由主義の特性も持っているな」
そのアメリカ的自由主義ってなんですかと聞きたい匙だが、箒は聞いていない。ちなみにアメリカ主義的自由とは新自由主義のことで、社会的格差へ肯定的なので批判の意味を含んでいる。
名家側はその不利がある理由として「身分」「血統」「知識」を掲げて正当化する。
実力のある番外で上に認められるのに運要素が絡み、しかも悪魔界の細かい知識に関して不利な番外、転生悪魔は一先ず上を信じるしかない。
「だからソーナは上の連中に番外がいいように利用されないように教養と判断力を持ってほしいんだよ。それがあるかないかで将来に開花する可能性が全然違ってくる。それに、各種インフラやマスメディアを魔王と純血悪魔たちが独占できるのは金があるからで、金があるのは金儲けの知識を持っているからだ。つまり、番外でも金儲けや商売の知識があれば、必ずしも上の庇護をうけずとも力をつける事が出来る。教養が上がって番外と純血の差が埋まって来れば……純血の無能に地位を与えておくメリットがなくなるのさ」
(アレ?部長が望んでるのってそんな話だっけ……?なんか、なんか違う気が……)
「つまりソーナは悪魔の伝統社会を破壊して直接民主主義体制を構築しようとしてるんだよ!!くぅ~~~……あの姉の適当加減を見てると泣けてくるくらいに真面目で切実な夢じゃないか!!」
実際にはソーナが考えているのは箒のそれと合っているようでズレているのだが、生憎とそれを訂正できる人間がこの場にいないのが悲劇……もとい喜劇だった。
「匙!お前、きっちりソーナを出世させろよ!!お前の背中にもソーナの、そして悪魔界の未来がかかってるんだからな!!リアスみたいな将来性のないチャランポランに負けるんじゃないぞ!?」
「は、ハイ!!不肖ながら匙元士郎、部長のために粉骨砕身の想いで頑張りますッ!!」
もう何が何やらわからないままだったが、取り敢えずソーナを応援してることだけは分かった匙は全力で返礼した。……本人が聞いていないとはいえ、チャランポラン扱いとはひどい男である。
「……くちゅん!」
「あれ、風邪ですか部長?」
「そんなはずないんだけど……おかしいわね」
同刻、イッセーといちゃいちゃしていたリアスがくしゃみをしたとか。
= =
時間が経って、所も変わってオカ研部室。
「………異世界から乳神を呼んだ?」
「そうなんすよ!なんでも異世界の神様らしいんですけど、凄くないですか!?」
後輩のイッセーからその話を聞いた箒は、しばし黙考したのちにこう答えた。
「イッセー。乳にご利益がある神なら態々異世界に飛ばなくても八百万の神の中に複数いるんだが……」
「エッ!?マジっすか!?」
おっぱいへの執着ならば世界一の自負があるイッセーが、得意のおっぱい知識で敗北した瞬間であった。
四つん這いになり床を叩いて悔しがるイッセーと、そのイッセーの背中を椅子に優雅に紅茶を啜る箒。仮にも赤龍帝を相手にこんなナメくさった真似が出来るのは箒くらいのものだろう。当のイッセーは未だに自分がおっぱい知識で負けたことしか考えてないようだが。
「俺が……俺は、甘かったのか?おっぱいドラゴンとか乳龍帝とかちやほやされて、大切なことを見失っていたのか……俺は、俺はぁァァアアアッ!!」
『相棒!?俺にはお前が何をどう悔しがっているのかメカニズムが全く理解できんのだが、とにかく落ち着け!?』
(箒先輩が言うと全然スケベな印象がしないのが不思議だよね……)
(性の話は出来るのに性欲と全く繋がらないからある意味稀有だな……)
小声でひそひそそんな話をする祐斗とゼノヴィア。それと同時に、友好関係に割と美人女性が多いのに美人に興味がなさそうな箒の態度に若干の不安を覚える。
……まぁ、箒は堕天使総督アザゼルの弟子(他称)で、魔王サーゼクスの友人で、魔王セラフォルーが唯一恐れる男で、しかも大天使ミカエルにさえ警戒されている男である。最近はオーディンに苦手とされた上にロキをこすい手段で無力化し、禍の団カテレア&ヴァーリチームにもコネがあるという曰くの塊みたいな男でもある。普通に考えれば近づき辛いことこの上ないのである。
考えれば考えるほどその存在が心臓に悪い。しかも戦闘能力皆無なのでガチでいつ死んでもおかしくないという不安定すぎる存在だ。実際ロキとフェンリルとの喧嘩に割り込んできた時は、今になって思えば死ななかったことの方が不思議である。
祐斗は今更ながらそんなことが不安になってきて、思わずリアスに聞いてしまった。
「部長……掃詰先輩は本当にこのまま僕たちと居ていいんでしょうか?もしもいつか巻き込まれたら……」
「そんなことは考えても意味がないことよ」
「えっ!?そ、そんなことは……!」
誰よりも箒の事で頭を悩ませていたリアスのぞんざいな物言いに祐斗は思わず叫んでしまった。だがリアスは普段の慈愛を感じるような暖かい顔でなく、どこか諦観にも似た影を纏って囁く。
「仮に誰かが止めても、箒は箒のやりたいことをするために周囲のしがらみを必ず突破する。それはきっと記憶が消えても、書き換えらてても、命に刃を突きつけられても変わらない。多分、平穏よりスリルの方が好きなのね。無意味に100年生きるより、鮮烈な1日に価値があると……きっとそう考えているのよ、箒は」
「部長………」
だから、とリアスは続けた。
「箒が好き放題に動いても問題ない世界に、私達がしましょう?それですべては解決するわ」
そう言うと、リアスはニッと挑戦的な笑みでウインクした。
本気の顔だ、と祐斗は直感する。この我儘な主は友人のために世界を変える気でいるらしい。それは、友人を守る術を探して懊悩した末にリアスが導き出した、箒の事を投げ出さずに向かい合うたった一つの方法なのだろう。
これだからこの人は器が知れない、と内心で苦笑した祐斗は、そこでふと一つの事に思い至る。
「でも部長、そうなると箒先輩は今まで以上にフリーダムに動き回ることになるのでは?」
ぴきり、とリアスの笑顔が凍りついた。
どうやらリアスが箒と対等な存在になるにはまだまだ時間が必要なようだ。
= =
「………というわけで、第一回掃詰箒がフリーダムすぎる件について対策を立てよう会を開催します……」
粛々と開会のあいさつをした祐斗の前には、部室に集まってもらった数名のメンバーが座っている。
メンバーその1、箒対策の実質的最高責任者であるリアス。
メンバーその2、このメンバー内では比較的箒からの信頼が厚いソーナ。
メンバーその3、この前ようやく箒に借りを一つ返したアザゼル。
メンバーその4、取り敢えず天使も関わっとけというノリで紫藤イリナ。
メンバーその5、禍の団との繋がりがあるのに未だ悪魔陣営のカテレア。
メンバーその6、未だにおっぱい知識での敗北を引きずる兵藤一誠
「先輩の方が、覚悟が上だった。甘かった………パイリンガルやドレスブレイクをマスターして天狗になっていた……俺は、俺は……」
(まだ気にしてるし……あとで慰めてあげようかしら)
「………つうか、なんでカテレアいんの!?というかお前まだ悪魔陣営にいたのか!?」
「イロイロあるのよ、イロイロ。アンタだって堕天使総督の癖にこんな所に出しゃばってきてるじゃない」
ちなみにその真相は、箒とのコネが出来たことで悪魔陣営から手が出しにくくなり、更に禍の団英雄派リーダーが私情で援助してくれているというもの。英雄派リーダーは箒とのコネが確保できなくなったら早々に援助を打ち切るだろうし、箒が死ぬような事態が起きると悪魔陣営はカテレアに手を出さずにいる理由がなくなり、不穏分子を狩る為に動き出すだろう。
よってカテレアとしては、生命線である箒を議題にした案件には関わらない訳にはいかないのだ。
今、彼女は箒の垂らした糸に捕まることで辛うじて足場を保っていると言っても過言ではない。割と死活問題なので、何が何でも守る必要がある。よって今のカテレアは真剣そのものだった。
……つまり、箒は言葉ひとつで禍の団と悪魔の両方に繋がりのあるカテレアの行動をけん制しつつ立場的に依存させ、完全な味方に引き込んだとも言える。この効果を本人が狙ってやったのかというと……この場の全員は与り知らぬことだが、実はちょっとだけ狙っていた事が後に判明する。
閑話休題。
「さて、まずは箒の抑止力となる存在を作るか、手綱を握る存在が必要ね。彼は組織に依存するよりは一人の自由を尊重するタイプだし」
「しかし箒くんをどうこう出来る人材となると……申し訳ないけど私も思いつかないわ」
悪魔陣営は早々に白旗状態だ。付き合いが長い分、思いつくものが何もない。何もないからこそ頭を悩ませている状態だ。
「アザゼルはどうなの?」
「実はな……箒の奴の弱点を俺なりに分析しててな?仮説だが、この議題の判断材料になりそうなものがあるぜ」
「マジで!?」
「早く発表してください!一人の人間の命がかかっているんです!」
「そうよ悪ヒゲ総督!さっさと喋りなさい!」
「おいコラ誰が悪ヒゲ総督だカテレア!!お前箒と会ったせいで悪口の方向性がズレてねぇか!?」
わーわーぎゃーぎゃー。仮議長の祐斗の静止の声で何とか鎮まったものの、早速前途多難である。
「おっほん!いいかお前ら………ズバリ、箒は人の話を聞かずに一方的に善意をぶつけてくる存在に弱い!」
「……一方的な善意。ラブコールとかそういうのかしら?」
「いや……例えばこれと言って理由もなく懐いてくる上に、からかってもその善意が揺らがないような一途な奴。例えば知り合いの知り合いだからと世俗的な話で盛り上がって、一方的にぶつけたい善意だけぶつけて帰っていくような勝手な奴………」
「つまり、根拠もなく箒に懐く人?」
「ということになるな。付け加えるなら箒の心情を意に返さないも入れるべきか。その手合いにあいつは弱いらしい」
「き、貴重な情報だわ……!!」
「で、具体的には誰なの?」
リアスの問いに、アザゼルは小さく唸る。
「これが発覚したのは、バラキエルの奴を呼び寄せるついでに箒にふっかけた結果として発覚したことなんだよなぁ……あのときは娘を嫁にしてもいいとかそんな話だったな。そっちが後者とすると、前者はアレだけ盛大に騙された癖に未だに箒に懐いてるギャスパーだが……」
「バラキエルは重鎮すぎるし、朱乃のネタが尽きると手が打てない。ギャスパーの方は元々の気が弱いからストッパーはちょっと無理かなぁ……?」
「……となれば、目的は一つに絞られるわね」
眼鏡をクイッと上げたカテレアに、周囲の視線が集まる。
「バラキエルみたいな無骨なのは駄目よ。単に人の話を聞いてないだけだから。かといってそのハーフヴァンパイアの方は好意ではあってもそれ以上にはならない。つまり……」
「「「「つまり?」」」」
「そんな男を止める術は一つ。掃詰箒に盲信的なレベルで好意を寄せていて、彼の為なら命も掛けるし身体も張るような一途な女――恋する乙女をひっつけることよッ!!邪には光、悪には正義、男には女!恋をしている女に不可能はないッ!!」
しん、と会議室が静まり返った。
「………なかなかいいアイデアだぜ、レヴィアタン。確かに女の一途さに勝るものはねぇ」
やや遅れて、わるそ~な顔をしたアザゼルが提案を承認した。
「確かに。彼が一人身だから動き回るのなら、一人身ではなくしてしまえばいい。彼と同等の行動力を持っていればそれも可能なはずです」
ソーナも同意するように頷く。
「しかも、箒に彼女が出来たとなればからかうチャンス……ゲフンゲフン!箒も振り回される側の気分を理解して落ち着きを持つかもしれないわ!」
私情を隠し切れていないリアスも同意。
「………あんまり話について行けてなかったんだけど、要するに先輩に恋人を斡旋するってこと?つまり恋のキューピッド!?これは天使の仕事だよねっ!」
立場上参加したけどそれほど議題に興味がなかったせいでずっと黙ってたイリナも賛成に回る。
「そうだ……先輩はおっぱいを触ったことがない筈!つまり行動的部分では俺のおっぱい魂は負けてない!先輩におっぱいを触らせれば……俺が実務上は先輩に負けてない事を示せるはずだ!!」
意味不明な結論に達したイッセーも賛成。なお、ドライグは疲れ切ってふて寝している模様である。
全員の意見を聞き入れた祐斗は、若干不安そうな顔をしながらも頷いた。
「では暫定的ではありますが、カテレア・レヴィアタンの意見を採用します!………大丈夫かなぁ、この作戦?」
そもそも箒に惚れてくれる女の子なんてどうやって見つけて、どうやって付き合わせるのかという具体的プランがブランクのままである。あの箒相手に色仕掛けにも似た方法が通用するのかは更に疑問な部分である。
色んな意味で不安になる祐人だった。
「……へくちっ!」
「あら、大丈夫ですか?ハンカチ使います?」
「いえ、お構いなく……うえ、まだちょっとムズムズする」
同刻、ロスヴァイセから詐欺師染みた巧みな話術で北欧の知識と魔法体型を聞きだして(傍から見れば口説いてるように見えたとは周囲の言)いた箒が盛大なくしゃみをしたとか。
後書き
「……という訳で、そんな話になったわよ曹操」
『そうか……確かに英雄色を好むとは昔から言うし、ちょっと禍の団内部でも彼の彼女候補を探すとするか!』
「想像以上にノリノリだし!?」
『彼に釣りあう存在だからな!人間で、最低でも俺の聖槍を気合で跳ね返すくらいの意志力が必要だな!』
「ハードルたっかぁッ!?アンタ、いくら一度不覚を取った相手だからって過大評価しすぎじゃない!?女と男なんて出会ってから変わることもあるでしょ!?」
……なんか変な人間関係構築してしまった。
20XX年、世界は女尊男卑の炎に包まれた! andおまけ
20XX年、世界はISの登場によって女尊男卑の炎に包まれた!!
世界の軍事バランスは崩壊し、女たちは権威を振るい、男たちは虐げられる存在に成り果てた・・・
・・・かといえばそうでもなかった!!
確かにISは「白騎士事件」でミサイル2341発、戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、ついでに監視衛星8基を一人の死者も出さずに無力化した!・・・が、しかし!
放たれたミサイルの半分くらいは実際には日本の自衛隊と在日米軍が叩き落としており、それ以外についても中国韓国北朝鮮のミサイルは半分くらいが勝手に空中分解したりミサイル同士で仲良く信管を作動させた物が多く、実際に白騎士が叩き落としたのは推定5分の1以下!!
戦闘機207機もその半分以上が空母を沈められた際に一緒に沈んだ物であり、実質的には数十機に留まっていた!!状況の混乱の所為ではっきりしていなかったが調査が進んだ結果そういうことだった!!
ついでに言うと監視衛星は別に白騎士に無力化されたわけではない事も分かり、数のインパクトは大幅に減退した!!
まぁそれでも凄い事は凄い!従来の兵器など御話にならないと言わんばかりの暴れっぷりは世界に驚きを以て迎え入れられた!!
そしてISの力を手に入れようと考えた国々はISを求めた・・・が!何と肝心のIS開発者・篠ノ之博士は467個のISコアを残して蒸発!!最低限情報は公開されていたため仕方なく彼等はISの運用について話し合いを始めた!!
参加国は30か国程度!後にアラスカ条約と呼ばれるこの条約によってIS運用のルールが定められ、各国にISコアが配られた!自分たちの手元に届いたISコアを見て各国は思った!たったの十数個・・・少ない!!
そう、彼らの護るべき国土は広い!アメリカやロシアなんか特に広い!高々十数機のISだけで国土を守り切れるか?
答えはノー!!領海、領空、国境沿い、何所を見渡してもたったそれだけでカバーできるほど小さな国土では断じてない!
各国は気付いた!軍事バランスあんまり変わってねぇ!!戦艦も戦車も戦闘機も全然要らなくなってねぇ!!
そもそも条約でISの軍事目的の使用が禁止されたから結局従来の兵器必要じゃん!!
ISは強い!でも数が少ないから軍の需要はそんなに変わらなかったのだ!!
しかし、しかしだ!!ISは女性しか起動させられない!!それは兵器としての重大な欠陥であると同時に、女性が優位に立ったことの証明でもある・・・と人々は思った!
が、実はそれは全くの勘違いだった!!!
プロボクサーの拳は立派な凶器だ!故にボクサーは試合以外で一般人に拳を振るってはいけない!
それと同じようにISもスポーツの範囲外で力を振るってはいけない!!条約でも定められた内容だ!!
だからぶっちゃけ振るわれないと分かっている力を振りかざされても、その、反応に困る!!
ついでに言えば国家単位で考えればISに乗れるのは十数人!それを選別するのに女性、つまり国民の半分を優遇するのではどう考えても割に合わない!!予算的に無理!憲法や条約的にも著しく不条理!司法だってそんなもん認める訳はないので法案で出したら即違憲判決まっしぐら!!社会を回すにも子孫繁栄にも労働にも、むしろ男が不要になる要素が存在しなかった!!
最初はマスコミの誇大報道や噂に騙されていた人々も時間が経つにつれて現実に気付き、女尊男卑論はあれよあれよというまに瓦解した!!!
20XX年、ISの登場で世界は確かに変わった!!
しかし、男女の関係はIS登場前と大して変わっていなかった!!
めでたしめでたし
Another Root: 20XX年、世界は炎に包まれた。
5:00 「日本への宣戦布告に伴う首都直接攻撃指令」が中国人民解放軍第二砲兵部隊、朝鮮人民軍、アメリカ海軍日本駐留全艦隊、ロシア連邦戦略ロケット軍、韓国軍のそれぞれ最高軍事責任者より格軍に通達される。
補足:後に日本攻撃指令は全て偽装されたものであることが判明。
5:30 各国の海軍に「日本への宣戦布告に伴う首都直接攻撃指令」が下り、本土直接攻撃のため艦隊が発進。
補足:これらの指令も全て偽装されたものであることが判明。
7:50 ロシア連邦の原子力潜水艦、及び中華人民共和国の原子力潜水艦が日本領海付近に接近、SLBMの発射準備に入っていることが確認される。また日本を射程距離に収めた各国の全ての基地が弾道弾の発射準備に入っていることを感知した自衛隊が、迎撃用のペトリオットミサイル使用を決定する。
補足:弾道予測システムが書き換えられていたことが後に判明。
8:10 大規模サイバー攻撃によって日本を含む周辺各国の防衛システムが乗っ取りを受ける。自衛隊のイージス艦の大規模システムトラブルを起こし航行不能となる。情報の混乱が起こり、各地で情報が断絶する。同刻、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、ロシア連邦共和国、アメリカ合衆国の日本間で出撃可能な空軍のスクランブル発信が確認される。これも軍のそれぞれ最高軍事責任者からの最優先命令であった。空対地ミサイルによる一撃離脱戦法を首都、東京に仕掛ける内容であり、航空自衛隊の戦力と一部指令を無視した米軍の連合軍との間で戦闘に入る。
補足:これらの指令も全て偽装されたものであることが判明。
8:40 領海に日本に宣戦布告した各国の艦隊が侵入。
8:55 弾道ミサイルがSLBMも含め全て発射される。
9:00 各国の空軍が日米連合空軍を突破して領空に侵入。ミサイルによる攻撃を開始。同刻、弾道ミサイル群の大気圏再突入を確認。ペトリオットミサイルの使用不能が判明。同刻、東京上空にアンノウン出現。コードネーム「白騎士」とする。白騎士はミサイルへの攻撃を開始し、各国の空軍と空中戦に入る。
補足:撃墜した弾道弾の破片、撃墜又は期待を破損させた戦闘機の残骸が首都東京に降り注ぎ、建造物の倒壊や火災、停電等の災害が連鎖的に発生。また、無力化された核弾頭から漏れ出した放射性物質が東京一帯を汚染した。この時点で戦闘による被害を受けて死者、怪我人、行方不明者が200万人を突破。内閣での混乱も相まり国家非常事態宣言は発令されず。
後の調査で被爆認定者が1000万人を突破する。東京は深刻な大気汚染と放射能汚染を受け、舞い上がった塵が周辺の都道府県に降り注いだ。
9:20 各国海軍が撤退を開始。空軍、日米連合軍を含め全機のロストが確認。白騎士が撤退中の艦隊に追撃を開始。
9:30 白騎士の攻撃によって撤退の遅れた中華人民共和国の原子力空母一隻がメルトダウン。通常の航空母艦二隻、米軍の航空母艦二隻を撃沈。余波で韓国軍巡洋艦二隻が自沈。米国巡洋艦三隻が撃沈、中国軍巡洋艦二隻が撃沈。白騎士はその時点で他国への追撃を中止し、反応がロスト。
補足:原子力空母撃沈の影響で放射能が日本海を大規模汚染。生態系は壊滅的な被害を受けた。
日本の環境、国民、土地、政治、経済、資源はその悉くが深刻な被害を被り、周辺各国では日本への宣戦布告に関する情報確認や被害で指揮系統や国内外の情勢が乱れ、国際連合は安全保障理事会常任理事国5か国のうち3か国が締約を破ったことにより事実上瓦解。これが第3次世界大戦の引き金となる。
20XX年、世界は炎に包まれた。
数年後、日本の難民を受け入れたアメリカ合衆国で4人の日本人が死体になって発見される。全員の体内から致死量の毒物成分が検出された事と遺書の内容からから警察は自殺と判断。
死亡が確認された篠ノ之束と織斑千冬は白騎士事件で出現したアンノウンの開発に関わっていた事をほのめかす文章と共に、白騎士を解体したことと白騎士の設計図とそれにかかわるあらゆる情報を抹消したこと。そして当事者である自分たちの命を抹消することで贖罪をする旨を残していた。
彼女たちが何故あのような歴史に残る最悪の事件を起こしたのかは明言されていなかったが、文章の節々から彼女たちにとっても想定外の事態が多く起きていたことが窺い知れた。
子供2名は、2人が自殺用に用意した毒物入りの食材を誤って食してしまったことが死因であり、事件関係者は「最後の最後で彼女たちは詰めを誤った」とやりきれない顔をしていたそうだ。
後書き
マジレスしすぎるとエンターテインメント性が失われる。
後半はかなりいい加減。
【封神演義】封神リスト完全版(物語中に封神された魂リスト) 検証文?
前書き
参考:封神演義 完全版1~18巻
この文章は「封神計画」において実際に封神された魂魄数を明らかにする目的で作成したものである。作成において、
・封神の描写が無くとも状況的に封神されていると考えられるものは封神にカウントする。
・出来るだけ死亡順に列挙する。
・雑魚は死因別及び状況別に分割する。
・集団での封神は状況的に前コマの魂魄と同一と考えられる時はそのように計算する。
の条件の元カウントを行ったものである。
封神リスト
陳桐 カマキリの妖怪仙人。太公望に乗せられて自滅。
姜妃 殷の元皇后。獄中で自殺。
伯邑考 姫晶の長男。妲己に嵌められハンバーグにされる。
張鳳 関所の責任者。妖怪仙人に殺害される。
高丙 パンダの妖怪仙人。武成王にあっさり破れる。
呂能 妖怪仙人。黄天化にぶった切られてそのまま退場。
黄倉 妖怪仙人。本編で一度も名前を呼ばれないまま黄天化に斬られる。
張桂芳 聞仲の部下の仙人。風林とコンビを組んでいたが黄天化に斬られる。
風林 上に同じ。宝貝で哪吒を閉じ込めるも逆にゼロ距離射撃を受ける。
魔礼青 魔家四将が一人で長男格。4人合体で鸓になるも撃破される。
魔礼紅 二男格。鸓になった後にやられて仲良くみんなで封神された。
魔礼海 三男格。上に同じ。ちなみに止めを刺したのは太公望。
魔礼寿 末っ子。以下同文。
周信 呂岳の部下の兵。頭痛スーツ。哪吒に焼き殺される。
朱天麟 昏迷スーツ。頭痛、散瘟と三人で団子三兄弟みたいに貫かれて殺された。
李奇 発躁スーツ。死因含めて上に同じ。多分中身は烏鴉兵とかいう妖怪。
楊文輝 散瘟スーツ。同じく。
韓栄 汜水関の主将。殷郊を庇って死亡する。
殷洪 殷の第二王子。太公望を庇って兄の殷郊に殺される。
殷郊 殷の第一王子。弟を殺してしまい錯乱したところを太公望に討たれる。
呂岳 趙公明の部下。自らが改造した馬元に叩き潰される。
馬元 呂岳に改造された宝貝人間。哪吒によって苦しみから解放される。
劉環 趙公明の部下。竜吉公主に追い詰められ、土行孫に止めを刺される。
丘引 趙公明の部下で蚯蚓の妖怪仙人。黄天祥にあっさり負ける。
陳奇 趙公明の部下。能書きを垂れているうちに黄天化に瞬殺される。
高継能 趙公明の部下で蜂の妖怪仙人。黄天化に刺殺される。
余化 趙公明の部下で刃物の妖怪仙人。黄天化に砕かれる。
楊任 趙公明の部下。太公望の身代わりになり、打倒妲己を頼み死亡した。
趙公明 金鰲三強の一人。太公望に氷漬けにされて砕ける。
ザコ妖怪(計二五名) 蒼巾力士を操縦していた。哪吒、金吒、木吒、楊戩に撃墜される。
(※内9機は魂魄を確認できなかったが状況的に封神されたものと思われる)
モブ仙道(計一六名) 崑崙山の仙道達。聞仲の通天砲で吹き飛ばされた。
張天君 十天君の一人。楊戩に敗れる。封神の描写無し。
孫天君 十天君の一人。玉鼎真人に切り殺された。
玉鼎真人 崑崙十二仙の一人で楊戩の師匠。王天君の酸から楊戩を庇って死亡。
ザコ妖怪(計五名) 落下するマドンナに押し潰されて死亡した哀れな妖怪たち。
ザコ妖怪(計六名) 黄天化と武成王に切り殺された名もなき妖怪たち。
(※内一体は魂魄が確認できなかったが即死状態だったため封神されたものと思われる)
ザコ妖怪(計六名) 封神の描写無し。董天君の空間宝貝に無謀にも飛び込んで死亡した。
董天君 十天君の一人。黄天化の機転で自滅。
袁天君 上に同じ。普賢真人の起こした核融合で爆死した。
趙天君 上に同じ。哪吒に火力押しであっさり敗北。
金光聖母 十天君の一人にして唯一の女性。哪吒に吹き飛ばされた。
姚天君 十天君の一人。韋護に切り殺された。
王天君 上に同じ。金鰲内部の星に押し潰される。
通天教主 金鰲の教主で楊戩の父。楊戩を庇って力尽きた。
柏天君 十天君の一人で男女の体が繋がった姿。マドンナに食べられた。
秦天君 以下同文。雲霄三姉妹の空間宝貝に負けて柏天君諸共封神した。
黄竜真人 崑崙十二仙の一人。慈航道人と共に聞仲に瞬殺された。
慈航道人 上に同じ。なお、2人の宝貝は名称不明のまま終わった。
清虚道徳真君 上に同じ。一斉攻撃を仕掛けるも聞仲に倒される。
赤精子 以下同文。
懼留孫 以下同文。メンバー内で唯一2つの宝貝を所持していた。
文殊広法天尊 以下同文。
霊宝大法師 以下同文。
広成子 以下同文。撃破の瞬間は描かれていないが魂魄は飛んでいた。
普賢真人 以下同文。皆が作った隙をついて聞仲相手に自爆を敢行した。
ザコ妖怪(計二十五名) 金鰲内部の崩落に巻き込まれた妖怪仙人たち。
(※崑崙十二仙の一人の魂魄と識別が出来なかったため議論の余地あり)
モブ仙道(計九名) 無謀にも聞仲に突貫して果てた血気盛んな仙道。
(※確認された魂魄は4つだが状況的に残りも封神されたと思われる)
モブ仙道(計二名) 聞仲の攻撃に巻き込まれた哀れな仙道。
武成王 本名は黄飛虎。聞仲の正気を戻して王天君の酸で死亡。
王天君(その2) 2人目の王天君。空間宝貝と一体化していたため、聞仲に破られて死亡した。
聞仲 金鰲三強の一人。太公望との殴り合いの果てに負けを認めて自殺する。
ザコ妖怪(計3名) 金鰲島の生き残り。暴言を吐いた結果ビーナスのメンチビームで爆死。
高友乾 聞仲の部下にして四聖が一人。他の四聖と共に紂王に敗れた。
楊森 上に同じ。失われし殷王家の力の前に完敗した。
李興覇 上に同じ。戦闘シーンは全てカットされた。
王魔 上に同じ。
黄天化 紂王との一騎打ちに勝利するも体力の限界を迎え、名もない兵士に刺殺された。
紂王 殷王朝の国王。妲己に散々弄ばれた末に姫発に国を託し、斬首された。
高覚 妲己の僕で植物の妖怪仙人。張奎に吹き飛ばされた。
烏文化 妲己の僕の妖怪仙人。王貴人の琵琶の弦でバラバラにされた。
太公望 封神計画実行者。胡喜媚の羽に触れた結果時間退行を起こし肉体が消滅した。
(※※一度は封神されるも封神台に辿り着く前に王天君に魂魄を回収された)
袁洪 妲己の僕の一人。燃燈道人によって朱子真、常旲諸共瞬殺された。
朱子真 上に同じ。なお、三者には女媧の力の所為か羽が生えている。
常旲 上に同じ。封神計画最後の封神者。
合計161名。
以上のものが本編にて確認できる限りの封神された魂魄の数である。
これを以て「封神計画」の封神リストを完成とする。
(王天君は一人目と二人目を個別に計算。太公望は封神台に辿り着かなかったため除外した)
ミスがあれば教主の下へ報告されたし。
後書き
なお、数のカウントは手作業及びオガーザンボタンを併用した。
オガーザンボタン→ http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Screen/7822/oga-zan002.html
備考:四聖の存在をカウントし忘れていたので追記。138→142
カウントミスを発見。 142→161
記述ミス発見。カウントに影響なし。
王天君2の死因ミス。カウントに影響なし
【IS】昼行灯(ひるあんどん)が照らす道
前書き
取り敢えず思いついた話は書いてみる病。
ずっと疑問に思っていた。
「正義は勝つ」という言葉が存在するのに、何故現実には正しい人間が虐げられる?強い決意や覚悟を抱いた人が、持たぬ者の食い物にされる?それは大人に子供が逆らえない理由と同じ―――力が無いからだ。
力ない者がどれだけ正論を叫ぼうとも、力ある者には負け犬の遠吠えにしか聞こえない。ただ容姿が劣っている、ただ少しばかりテストの点が悪い、ただ少し人より地位が低い。そんな些細な違いだけで人は他人を見下し、その言葉に唾を吐きかける。
人の志は尊い。悪を悪と言い、護るべきものを護ろうとし、苦しむもののために決意する人間を誰が嗤うことなど出来ようか。だが、己の志を貫くには、その尊い意志を踏み倒す強い意志と力が必要だ。
それが、何故正しい事を考え実行しようとする人間の下には力が届かない?
そんな私の疑問は年を重ねても消えることはなく、同時に「世界が正しい人にやさしくないのだ」という漠然とした世界観が不満を口にする気概を根こそぎ削り取った。学友たちはそんな無気力な私を「昼行灯」と呼び、からかった。
昼行灯か。正に当時の私に相応しい呼び名だ。言いたいことも言わずに宙ぶらりん。お天道様の光で霞み、何のために光っているかも良く分からない行灯そのものだ。
世の男たちは”インフィニット・ストラトス”のせいで男の権威が失墜したと叫んでいるが、実際にはそうではない。ただ単に力あるものが力ないものを除け者にしただけだ。
拳銃はそれ単体では何の危険性もない。それを人が手に取り、弾を込め、安全装置を外して狙いを定め、引金を引いた時に初めて明確な危険性を持つ。いつの時代だって本当に力を振るうのは人間だ。力が危険なのではなく、人間が力を持つことが危険なのだ。
ISの登場で世界は変わったと誰かが言った。確かに変わったのだろう。
だが―――人間は何も変わっちゃいない。
相も変わらず隣人同士でいがみ合い、貶しあい、そして虐げる。志もなく力だけを振り回すその姿は何所までも幼稚で滑稽。それでも彼等にはその幼稚な考えを通す力がある。
世界はこんな形であるべきではない。真に力を持つに相応しい人間にこそ、その剣は託されるべきなのだ。
私こそ託されるべき人間だ、などと自惚れたことは言わない。
それでも、その力を振るう才覚があると知った時、私の野心とも呼べない微かな志が揺れた。
許されるのならば自分よりも相応しい人間に、この剣を手渡したい。
だが、この剣は私にしか扱えないのだという。
ならば、私はこれを以て何を為す?
私にしかできないのならば、示さなければなるまい。
私なりに考えた、私の正しいと思う道を。
昼行燈が照らし続けた、『正義』と言う名の獣道を―――
= = =
その男は実に気の抜けた男だった。
『はぁ・・・私の番ですか?あー、カークス・ザン・ヴァルハレヴィアと言います。これでいいんでしょうか?・・・駄目ですか』
織斑一夏と言い、世の男と言うのはまともに挨拶も交わせないような愚図ばかりなのかと溜息しか出てこなかった。
『代表候補生?はぁ、凄いなぁ・・・・・・あ、もう次の授業が始まる頃だね』
だから、少しは自分の立場というものを理解してもらおうと思ったのだ。
『織斑君一人にだけ行かせるのも後味が悪いしなぁ。私も立候補しましょう』
それが・・・こんな結果を招くことになると、誰が予想できようか。
少なくとも私、セシリア・オルコットは予想だにしていなかった。
「ぬぅああああああああああああ!!!」
教室でのぼうっとした顔は演技だったのか、と訊きたくなるほどの雄叫びが大気を揺らす。瞬間、10メートル以上はあろうかという超高熱の巨大な刀身が、スターライトmk3を真っ二つに切り裂いた。
少し遅れてライフル内のエネルギーが爆発し、咄嗟にライフルを手放していたセシリアは辛うじて退避が間に合った。胸中を渦巻く感情は驚愕と恐怖。予想だにしない強烈な一撃は完全にセシリアの出鼻を挫いていた。
「・・・避けたか。伊達に候補生をやっている訳ではないな」
「あ、貴方は・・・っ!?」
試合開始と全く同時に凄まじいまでの速度で踏み込んできた碧いISが振りかざしたプラズマ兵器は、彼の気合の雄叫びに見合った威力でアリーナの地面までも抉ってみせた。大地を直撃した後には、底が見えないほど深い斬痕を残していていたのだ。
観客も唖然としている。その光景をモニタリングしていた一夏も然り、あの千冬でさえその豹変に動揺を隠せなかった。
―――あれがあのカークス?その一言だけが頭に浮かぶ。
だが、本当に驚くのは此処からだった。
「臆したか?君の実力はその程度か?」
「・・・!」
「たかが一撃で折れるような闘志で戦いを挑むとは笑止千万!!」
「・・・言わせておけばっ!笑っていられるのは今の内だけですわよ!」
動揺から言葉の出ていなかったセシリアだったが、カークスの言葉にプライドを刺激されてかすぐさま戦闘態勢に入る。弱みを見せるな、気迫を見せろ。この男は危険だ、と本能が呟いた。故に、使う気は無かったが使わせてもらおう。
「お行きなさい、ブルー・ティアーズ!!」
非固定浮遊部位から分離した独立機動兵装「ブルー・ティアーズ」が操者の指揮に従い臨戦態勢へと入っていく。対するカークスの操るIS「エウリード」もその手に持ったハイパープラズマソードを腰だめに構え直した。
「BTを抜かせましたわね?これを使った以上、貴方に勝目は万に一つも存在しないとお思いなさい!!」
「その意気やよし。だが私とエウリードを止める事は出来ん!!」
セシリアはそのカークスと合わさった目を逸らせなかった。のんびりとしてマイペースな普段の彼とは似ても似つかないほどの気迫と覚悟。男なんてとバカにしたあの時とはまるで別人のように豹変した彼に、気圧されていることを自覚した。
= = =
『ぬぅ・・・小賢しいBT兵器め・・・だが!!』
『くぅっ!?これだけ撃っても止まりもしない!?』
『その程度でこの私を止められるとは思わんことだ!!』
「マジかよ・・・あいつ、ISに乗ると性格変わるのか?」
一夏はそう言うが、あの変わり様は尋常ではないと箒は思った。
カークスと言えばクラスでは布仏に次ぐマイペースで、いつも何所を見ているのやらぼうっとしていることが多い男だった。間違ってもあのように叫んで突撃する人間ではなかった。彼をあのように変えたのは・・・ISなのだろうか。
実は箒は出撃前にカークスからあのISの事を少し聞いていた。
あのIS「エウリード」は、単純性能と出力に特化した第2世代ISらしい。その余りにも行き過ぎたパワーのせいで乗り手が先に悲鳴を上げた曰くつきのISで、彼が乗るのはそれを再調整してリミッターを掛けたものだと言っていた。
碧い装甲にアクセントをつける様にちりばめられた刺々しい金色のパーツ。何所か悪魔の翼を彷彿とさせるウィング。全身装甲一歩手前まで固められた装甲は平均的なISのそれよりも大型で、見る者に威圧感を与えた。
「ISに振り回されないか心配だ」と苦笑いしていた彼が、今ではレーザーを真正面から突破して、イギリスの鼻持ちならない代表候補生を押している。その事実は、箒に少なからず動揺を与えた。
「一応剣術の嗜みはあるが、ISの技量は素人とさして変わらんようだな。違うのはあの気迫だ」
不意に、千冬が口を開いた。
「どういうことだよ千冬ね・・・先生」
「カークスはISの操縦が卓越している訳ではない。かといってISの性能頼みでどうにかなるほどオルコットは間抜けな相手ではない。あいつは今、気迫だけでセシリアを圧倒しているのだ」
そう言葉を締め括った千冬だったが、その顔色は優れない。
もしそうならば、あの気迫は何所から湧いてくる?あの気迫は常人が出せるものを遙かに超えている。そう、千冬自身が第一回モンドグロッソでぶつけられたそれとも遜色ないほどの気迫を裏付けるものは一体なんだ?
危険だな、と声には出さずそう思った。
いつかあの男は、自分の為だけにあの力を振るうかもしれない。
= = =
「はぁーっ、はぁーっ、はぁー・・・!!貴方は・・・どうして」
「ふーっ・・・ふーっ・・・何だ?」
互いに肩で息をする。カークスは慣れないISの操縦とBT攻撃のダメージに、セシリアは止まないエウリードの猛攻と精神的な疲労。シールドエネルギー的にはセシリアが有利だったが、エウリードの馬鹿げた出力の前ではそうも言いきれないだろう。
「貴方は・・・どうしてそこまで強くあれますの?」
「・・・言葉の意味が解らんな」
「私の父は、母の顔色ばかり窺う情けない男でした。私の親戚の男どもは、オルコット家の遺産を突け狙う下衆な者ばかりでした。それも私がIS操縦者になったら誰も何も言わなくなった・・・女尊男卑の風潮にひれ伏しました。意地も体裁もありはしない、まるでそれが当然だとでも言う様に」
「・・・・・・」
カークスはセシリアの言葉に眉一つ動かさず、彼女の目を見つめた。
その目に、セシリアは心が焦がされるような錯覚を覚える。今まであんな目の男は見たことが無い。あんな覚悟と強い意志に満ちた目を、セシリアは人生で一度も見たことが無かった。
「貴方はどうしてそこまで強くあれますの?ISを扱えるから?男の意地?―――何があなたをそこまで駆り立てるのか、分かりませんわ」
「・・・確かに、今の世の中は男が我を通すには辛いな。私も意地を心の底に仕舞い込み、無気力に生きてきた。付いたあだ名は昼行燈・・・」
「・・・しかし、今のあなたから感じる意志の強さは・・・」
「ずっと思っていた。男だとか女だとかそう言う問題ではない。人が自分の信念を貫くには力が必要になる。だが、誰しもそれを得られるわけではない。それはISがあろうがなかろうが変わらない世界のルール・・・それが、どうしようもなく嫌だった」
言葉を切ったカークスの顔がほんの一瞬暗い影を落とす。だが次の瞬間には元の顔に戻っていた。
「だが、私は力を得た。望んですらいなかった力だが、天より承った以上は捨てられぬ。そして、数多の力を持てなかった人間の無念に恥じぬように、この力で我が「正義」を貫き通す!例えちっぽけな野望だと笑われようと、それがこの力を握った私の覚悟だ!!」
それがカークスの戦う理由。退かぬ気迫の源。ただ、自分が自分の信念を通すためだけに、彼はISに乗る。
何とも畏れ多い、この男はただ自分の為だけにISを振るうと言い切った。ただ自分一人の為だけに、身勝手にも戦い続けると。
「御託はここまでだ!!」
「・・・っ!!御出でませ、全ブルー・ティアーズ!」
重厚なその足を踏みしめたエウリードにセシリアは1号から6号までのBTを密集陣形で構えさせた。あのパワーを止めるには一点集中攻撃を於いて他にない。
「最後にこれだけ聞かせてくださいまし!貴方は・・・その『正義を貫き通す』というのがどれほど困難な事か理解していますの!?」
「このエウリードの力と我が信念があれば、何も恐れるものは……ない!!」
エウリードの手に巨大なビーム砲が握られた。肩の突起が激しくスパークし、砲身に莫大なエネルギーが溜めこまれていく。セシリアはBTに一斉射撃を命じたが、僅かに遅かった。
「どんな理不尽にも屈することなく! 正義を貫けるのだ!!」
= = =
「はぁ・・・」
憂鬱の溜息を吐くのはセシリア・オルコット。つい先日IS同士の模擬戦で敗れ、手持ち不沙汰に保健室で退屈を余儀なくされている少女だ。
エウリードが最後に使用した超大型ビーム砲の光に呑まれたセシリアはそこで意識を失い、気が付いたら今日の朝だった。何でもリミッターが上手くかかっていなかったらしく、本来なら試合で発射してはいけないレベルの威力が出ていたらしい。おかげで丸一日気絶したままだったようだ。
知らなかったとはいえそんな攻撃を敢行したカークスは責任を取ってクラス代表を辞任、セシリアが復帰するまでの間だけ一夏が仮の代表になったそうだ。
そして当のカークスが先ほど謝罪も兼ねて会いに来たのだが・・・
「その・・・すまなかった!知らなかったとはいえあんなことに・・・本当に申し訳ない!・・・・・・あ、これ本音から預かった大福だよ。見舞いの品ということで。私も一つ頂いたが和菓子って美味しいね」
「え、あ、ハイ」
・・・試合中の気迫は何所へやら、すっかり元の昼行灯モードに戻ってしまっていた。肩すかしを食らう形になったセシリアは結局言いたいことも言えずに自己嫌悪で溜息を吐いているのである。
試合中のあの目に心が揺さぶられた。言葉の一つ一つに籠る意志の強さに惹かれた。彼女が今まで出会わなかった、しかし間違いなく―――強い男。
「はぁ、憂鬱ですわ・・・あれで普段も同じくらい・・・いえ、せめてあの3分の1でも真面目な顔をしてくれたら素直に「惚れた」と言えますのに・・・」
どうやら彼が貫いたのは信念だけではなかったようだ。男を知らぬ乙女のハートまで貫くとは、案外隅に置けない男である。
後書き
例によって知らない人のために、スパロボ及び魔装機神に登場するカークス将軍です。
乱世に生まれていなかったらこんな感じかもしれないと思って・・・ぶっちゃけ「正義を貫けるのだ!!」を言わせたかっただけ。割と自分勝手な感じを表現したかったんだけど、出来てるかな?
【IS】もしも一夏が疑り深かったら
前書き
呟きの中からこんなの見つけました。
ちょっとおまけも書き足してみる。
「作為的なものを感じる……」
俺は藍越学園への入学を目指して確かに会場に入ったのだ。だのに辿り着いた場所がIS学園入試試験会場だったとはいったいどういう事か。そもそも、IS学園入試に貴重なISが持ち出されてむき出しの状態で置かれている時点で非常にきな臭い。
現在、日本には22個のISコアが存在するらしい。つまり、その10個は競技用や研究用にフルに使用されているのが筋であって、IS適性を調べるだけなら態々コアを内蔵したISなど用意する必要性がない。しかも、だ。よく考えてみれば入試試験以前に受験生はIS適性を予め調べているし、そもそもあの施設はISを動かす認可を得ていない。
後で調べたら受験生の意欲向上だかとよく分からない説明を受けたが、眉唾物である。やはりこれは何者かによって意図的に誘導されたと見て良いだろう。あの施設に入ってから方向感覚が少しおかしかった気がする。指向性の特殊音波によって移動方向を誘導された可能性がある。
男性である自分にISが反応したのならISに仕掛けがあった可能性も高い。ISに細工できるような人間は一夏が知る限り彼女の姉しか――
ちらり、と自分の所属する1組の教室内を見渡すと、見覚えのある顔がいた。幼馴染の篠ノ之箒だ。
「作為的なものを感じる……」
(い、一夏がこちらを見ている……私の事を覚えていてくれたのか!)
箒はIS開発の母である篠ノ之束の妹であり、政府直々の庇護を受けている重要人物である。学園にいること自体はおかしくない。だが、同じ1組にいるというのは少々おかしくないだろうか。学園は一学年に付き計8クラス存在する。つまり単純確率で同じクラスになる可能性は八分の一だ。だから箒と俺が同じクラスになる可能性は八分の一になるかというと、実はそうでもない。
何だかんだで箒は要護衛のVIPだ。そして俺もその立場に負けずとも劣らない重要人物である。つまり、表面上ランダムに見えても裏では俺と箒について様々な話し合いがあった筈だ。護衛対象をどのクラスに入れ、同じクラスに誰を入れ、護衛や面倒を見る役は誰がするかまで恐らく考えているだろう。
つまり――話し合いの結果、箒と俺が同じクラスになったのには何らかの合理的理由があるはずだ。些細な事ではあるが、作為を感じずにはいられない。
同時に俺は他のクラスの面々も見た。非常に日本人が多い。というか、9割以上の生徒が日本人だ。
「作為的なものを感じる・・・」
学園は全8クラス、一クラス約30人で構成されている。つまり1年生は240人存在することになる。そして国際的機関であるIS学園には当然ながらアラスカ条約に批准したIS産業の将来を担うエリートたちが送り込まれてくる。この地球上で現在公的なIS操縦者育成機関はここしかなく、さらに言えばIS技術者育成機関としての側面も合わせている。アラスカ条約には世界中の主要先進国や国力を持った国が批准したため、この学園には世界中の富を持った人間が集まっていることになる。
その中で1組は構成する人間の国籍のほぼすべてが日本人。
これは流石におかしいのではないだろうか。他のクラスの名簿もちらりと見てみたが、日本人の合計人数は40人近くに上る。いくら日本がIS発祥の地とはいえ、民間にISの情報はさほど出回っていないことから、これが単純な学力差によるものではないことが分かる。計算の上では1年生全体の約17%が日本人――これは異常な数字だ。
いくらなんでも日本人の占める割合が極端すぎる。しかも調べてみれば他の人種や国籍はバラバラなのに関わらず、1組だけ日本人が集中しているのだ。2,3年生はそうでもないのに何故今年だけこれほど日本人が多いのか?もしや自分が過ごしやすい環境にするための策略なのかとさえ勘ぐってしまう。
もしこれが単純な日本びいきの結果だとしたら、各国のIS事情が一変してアラスカ条約にメスが入りかねない。にも拘らずこれで通っているというのはつまり、IS委員会黙認でこのような結果になったということだ。
そして――
「1組の担任になった織斑千冬だ」
(作為的なものを感じる……!)
自分の姉がクラス担任。
偶然はいくつも重なると必然へ変わる。間違いなく平等な人事で行われたものではないと確信した。おまけに箒と俺が同じ部屋と来たものだ。推測するに、同じ部屋に要人を集めた方が護衛しやすいか、もしくは一夏への配慮か。他にもハニートラップ対策など思いつく事情がいくらかあるが、さも自然に決まったかのような物言いをしておいて実際には何もかも作為的だ。
その後、セシリアに決闘を申し込まれても一夏の疑いは止まる事を知らない。
「大体日本人など……~~!……~~!……!!」
(千冬姉、俺がクラス代表に選任されるとなった時、特に何も口を挟まなかった。これも作為的なものを感じる……)
「ちょっと!?わたくしの話を聞いているのですか!?」
クラス代表にへっぽこを選任すれば困るのは千冬である。何せ自分のクラスの評判を決める重要な役割なのだから。そして当然ながら評判が落ちれば1組全体も肩身の狭い思いをすることが出てくるだろう。そしていくらブリュンヒルデの弟だとしても俺自身はISに関して素人もいいところだ。操縦技術も知識も何もかもが足りていない。まさか無理にでも追い詰めて俺を奮い立たせる環境をつくり、男性IS操縦者の存在をアピールしつつ俺を叩き上げる腹積もりだろうか。
セシリア・オルコットが謎の日本人差別発言を開始した時にも、本来ならすぐに注意すべきだった千冬はしばし瞑目して発言が終わるのを待っていた。今になって思えば、あれは俺が我慢できずに喧嘩に乗るのを待っていたのではないだろうか。だとしたら、やられたものだ。
(舐めるなよ、世界。俺は疑り深いんだ……うっかり気付かないなんてことはそうそう起こさないぞ!)
「ちょっ……パーフェクトスルーですの!?さっきから何かブツブツ言ってますけど!人の話を聞きなさい、ちょっと!!」
(そもそも束さんが一番怪しいんだよな。音信不通のままずっと過ごしてるけど、箒が俺のクラスに入ったことを知らないなんてあの人に限ってあり得ない。絶対何か関わっている。作為的なものを感じる……!!)
「人の話を聞きなさい!!ねえ!?お願いですから聞いてくださいませ!!」
今日も明日も、一夏は作為的なものを感じながら毎日を過ごす。
……ちょっと考えすぎじゃないか?
こっからオマケ三連撃。
①アラスカ条約を察しすぎたら
「山田先生、質問があるんですけど……」
「はい!何ですか一夏くん?」
一夏は、とりあえずアラスカ条約を見て気になる項目を指さした。
「ここ、ISは軍事転用禁止って書いてありますよね?」
「はい、そうですね!」
「でもISの管理と開発ってもっぱら軍がやってるイメージなんですけど……なんか俺の知らない間に日本の自衛隊も軍になっちゃってるし。軍がIS開発してたらそれって軍事転用とほぼ同じじゃないですか?」
山田先生の笑顔がカチンと固まった。
「しかも条約にある『ISの情報開示と共有、研究のための超国家機関を設立』ってあるのに、なんでEU圏ではIS開発競争で内ゲバ起こしてるんですか?IS開発の技術共有してないんじゃ……」
「それは、その………」
「というか、そもそもこの条約にある超国家機関って何ですか?学園は研究機関じゃないし、国際IS委員会の事でもないですよね?」
「そ、そうですけど……しょうがないんです!おもちゃを手に入れたら使いたくなるのが人間なんです!そしてこの条約はそんな人間が集まって作ったもので、条約違反かどうかを決める第三者機関がないんです!!」
「条約ガバガバじゃねえかっ!!」
世界も正解も、少年が思っている以上にいい加減だった。
②世界平和について考える
「山田先生、質問があるんですけど……」
「はい!何ですか一夏くん?」
一夏は、少し気になることがあって山田先生に質問した。
「あの、IS登場で軍縮が進んだから世界は平和になったんですよね?」
「そうですよ!」
「ってことは、世界的にIS関連以外の軍需産業が規模縮小を余儀なくされて、確実に無視できない単位の人や会社が行き場を失ってますよね?」
「………何割かは、IS関連に。何割かは他者と合併して存続。残りは……IS景気の時代の波に隠れて消えていきました。噂によると首吊りしたり闇金に手を出さざるを得なくなったりする人が沢山出て………」
「ソースはどこですか?」
「ないです。ISの負の面を強調するような情報は嘘も誠もIS委員会の威光で叩き潰されました。もう、噂しか残っていないんです……」
「この世界はいつからディストピアに!?」
世界征服は既に終わっている――そんな言葉が頭をよぎる一夏だった。
③貧富の差を悟る
「山田先生、質問があるんですけど……」
「はい!何ですか一夏くん?」
一夏は、どこか真理を察したような鋼のように重苦しい声で質問した。
「アラスカ条約に加盟した国家の数、いくつでしたっけ」
「21か国ですね!」
「国際連合加盟国の数、いくつでしたっけ」
「……193か国ですね!」
「もう一つ聞いていいかな」
唸るように低い声で、一夏は山田先生を睨み付けた。
「加盟国21か国と残り172か国の貧富の差、どうなった?」
「――君のようなカンのいいガキは嫌いだよ」
その日の山田先生が見せた感情の籠らない能面のような顔を、一夏は一生忘れはしないだろう。
無理やり一話で完結させた結果余ったIS
前書き
御茶ノ水 与夢という変人について。
一夏の証言:
最初に会ったのは中学の時かな。なんか道端で蹲っててさ。なにしてんのかなー・・・って覗きこんだら、野良猫と戯れてたんだよ。ねこじゃらし持ってすげー和んだ顔で。猫がみぃみぃ鳴いたらアトムもみぃみぃ猫の鳴きまねしてて、後ろから俺が話しかけてるのも気付いていなかったみたいでさ。
ほら、動物好きな奴に悪い奴はいないっていうじゃん?だから、いい奴だなって。
(※実際には、猫に夢中になってたのは本当だが一夏の存在には気付いてたりする。つまり、意図的に無視していただけである)
で、いい奴はいい奴なんだけど・・・結構酷いんだよなぁあいつ。人の選り好みみたいなのが激しくてさぁ。お前ははなんとなく嫌いだから近寄るなって言ってきたんだぜ?でも・・・
「はぁ?弁当忘れてきたぁ?知るか!ほら、お菓子やるからあっちいけしっしっ!」
「宿題やってない?知らん知らん・・・ああもう腕に纏わりつくんじゃない!ほら、見せてやるから離れろ気持ち悪い!!」
「姉貴が帰って来なくて寂しい?・・・・・・これから公園で野良猫の会合があるからそこで猫と戯れてろ。ほれ、ねこじゃらしとマタタビエキス」
・・・一回ごねるとその優しさが垣間見える訳だ。こんな風に。
でさー。俺にはよく分からないんだけど、そのギャップっていうのが女の子は好きらしいんだよね。そうなると当然女の子達からも人気が出るんだよ。でもさぁ、あいつそういう子たちにも容赦ないんだよな。
「わ、わたしと付き合って下さい!」
「なんだ、買い物の荷物持ちにでも付き合わせんのか?正直嫌なこった」
「あの、これ・・・(ラブレターらしきもの)」
「ああ、宗教勧誘お断りだからそういうの要らないよ」
「あの・・・私、御茶ノ水くんのことがす・・・」
「ぶえーっくしょん!んー鼻の調子が良くないなぁ。で、何?」
あれは流石に酷いよな、って弾に言ってみたら、「いやお前も似たり寄ったりだぞ?」と真顔で言われてショックだった。あ、なんか気分沈んできたなぁ・・・・・・はぁ。
出番ゼロだった五反田弾の証言:
爆ぜろ。一夏と一緒に爆ぜろ。
お話にならなかったので代理で妹の蘭:
なんか、不思議な雰囲気の人でした。皆で騒いでるのを一歩二歩離れた所から静かに見下ろしてると言うか・・・まぁ単に面倒事になった時に一目散に逃げる事が目的だったのかもしれないけど。実際面倒事になったらすぐに逃げちゃって・・・・・・あ、でも良いところもあるんですよ!
猫に好かれてるから、他の人が近付いたら逃げちゃう猫ちゃんを留まらせる方法をいろいろ知ってるんです。猫・・・猫可愛いですよ猫。ねこねこめうめう・・・めうめう、にゃんにゃん・・・・・・ハッ!?す、すいません!御茶ノ水先輩に洗脳された後遺症が・・・
完全に猫と化した鈴音の証言:
みゃーお?・・・まーお、みゃうん。みゃう・・・みゃあー。ごろごろごろ・・・・・・うみゅ?
「あ、すいません御茶ノ水さん。凰さんを人間に戻してくれません?」
「えっなにそれこわい。俺が猫にしたみたいに言わないでよね」
人間の誇りを取り戻した鈴音の証言:
んん、こほん!えっと、アトムの事ね!
アトムは・・・周りの事をよく見てるくせに、自分には近寄らせない。そんなカンジだった。誘ったんだから素直についてけばいいのに、来たり来なかったり・・・自分の立ち位置を測ってるみたいで、アタシはずっと「そんな面倒なことしなくていっしょにいればいいのに」ってもやっとした感情を抱いてたわ。
・・・なんだかんだでいい奴だったし、もどかしかった。千冬さんもアトムのことをそれなりに気に入ってたし、嫌いじゃないのに何考えてるんだかわかんない所がなんかイヤだったの。イヤって嫌いって事じゃないのよ?頼ってもらえない自分がっていうか、そんな感じ。
でね。好きとかそう言うのだったかは分かんないんだけどそんな感じで気になってさ。そのまま色々とあって、一夏と一緒にモンドグロッソへ千冬さんの試合見にいった時に・・・ええとつまり、そう好きになったのよ!
(・・・・・・前世で猫だった事思い出したとか言えないでしょ。それでアトムと一緒に死んだとか・・・うん、ない。これはアトム本人以外には言えないわよ)
(アタシ、捨て猫だったから。もうあの時も体に力が入らなくて死にかけてたし。今になって思えばお腹の中に寄生虫とか住んでたんだろうなぁ。それで寒くて、一匹で死ぬのかなって思って、そしたらもっと寂しくなって・・・)
(結局アトム諸共死んじゃったんだけど。最後にあったかく抱っこしてくれる人がいると思ったら、寂しくなかったの)
(それを・・・あの時思い出したから。あのあったかさに包まれたことを)
本人に聞く:
え?ああ、あったよあった。今になって思えばあれが鈴の様子がおかしくなった前兆だったんだろうなぁ。え?何したのって・・・
あれだよ。お鈴が「一夏攫われた」って聞いてあんまりにも激しく泣くんだよ。で、しまいに泣き叫んでどんどん情緒不安定になってるもんだから、流石にこれは不味いなーと思って抱っこしてあげたの。そしたら暴れる暴れる。昔去勢手術のために捕獲を手伝ったしたオスネコより激しかったね。
なんか俺の経験則だけどさ、子供って親の心臓の鼓動とか聞くとなんか落ち着くんだよね。やっぱお腹の中にいた頃から聞いてたからなのかな?だからちょっち頭を抱え込んで、効果あるか分かんないけど俺の心音聞かせてみたの。で、「一夏はこんなことでへこたれる奴じゃない。そのうち間抜け面して帰って来るさ。その時にお前が泣いてたら一夏だって嫌だろ?座して待とうぜ」って・・・・・・多分そんな感じのことを言ったかな?
借りてきた猫みたいに大人しくなったよ。
(思えばあの時に前世のことを思い出したんじゃねえかな?)
おまけ:感想で書いたアレ
鈴は、何故アトムが自分を振ったのかを中国に戻ってから考えた。そして、思い至った。
「おっぱいか!?おっぱいがいけないのね!?」
ぺったんこな胸を押さえながら「男なんてー!!」と号泣し胸ばかりで人を量るオトコに絶望する鈴。だが、彼女はとても諦めが悪く、そしてアクティブな子だった!どうにか意中の彼の心を掴みたい・・・それに自分は成長期の筈だし、ここは4千年の歴史を誇る神秘の国「中国」!まだ一般に認知されていない豊胸術が存在するかもしれない!
「見てなさい、今にダイナマイト鈴音になってオトコ心を掴んでみせるわ!!」
鈴は学校に行くことすらやめて気功、漢方、仙術などありとあらゆる古代中国伝来の神秘を研究し、フィールドワークを続けて豊胸術を模索した。途中、中国史の新発見をいくつか発見して学校に提出して単位を得たがそれもどうでもよかった。恋する乙女は盲目なのだ!鈴は胸を求めるあまりほぼおっぱい星人と化していた。そしてついに・・・・・・彼女は中国奥地の伝説の修行場を見つけたのだ!
「こ、ここが伝説の呪泉郷・・・!」
そこには数多の温泉が存在し、その全てに何かしらの生き物がおぼれた悲劇的伝説がある。そして、その温泉で溺れた人間はなんと、過去の伝説で溺れた者の姿になってしまうのだ!そして鈴の調べが正しければ・・・
「あった、胸溺泉!大きな胸が邪魔で上手く泳げずに娘が溺れ死んだという・・・!ここで溺れればいいのね!」
鈴、実行!溺れるとは書いてあるが、実際には落ちただけでも効用ありとこの土地の管理人に聞いていた。そして・・・!
「や、やった!念願のダイナマイトボディ・・・!!」
その小さな体躯故に幼児体型と散々馬鹿にされた鈴の双房には・・・推定90センチのバストが!大きいながらも美しい形状のそれは鈴の着ていたシャツからはみ出さんばかりにその存在感を主張し、ロリ巨乳とでも言うべき夢のおっぱいを獲得したのだ!これで男たちもこの胸から目が離せなくあるはずであり、アトムも考え直してくれるはず!
「・・・って、重いわねコレ」
温泉から上がって歩く際も、ブラが駄目になったせいで揺れる揺れる。その確実なサイズを保証する脂肪の重量は、そのまま体重の一部として鈴の肩の負担を増やす。
「しかも・・・なんかバランス悪ぅ・・・」
温泉に映る自分の体を見て、鈴は素直にそう思った。体は子供なのに胸だけが不自然に発達した自分の体は、なんだかCGで加工したようで非常に不自然というか、とってつけたようである。それは男は喜ぶかもしれないが、鈴の美的感覚からすると違和感が激しかった。
こうなったらブラもすべて買い替えなければいけないし、持っている服も大半が胸のせいでサイズが合わなくなるだろう。しかも、よく考えてみたら「胸が大きくなったから意中の人が寄ってくる」というのは、自分を見ているのではなくて自分の胸を見ているだけなのでは?
――それってアタシが好きになったって言えるの?
ふと横を見ると、「貧溺泉」という呪泉があった。体脂肪率(主に胸)が低すぎて体が浮かずに溺れた女性の伝説を持ち、ここで溺れれば貧乳になる。そして・・・相反する胸溺泉の呪いを打ち消す効果も、それにはあった。
「・・・・・・・・・」
鈴は無言でその呪泉につかり、もとのスレンダー鈴ちゃんに戻った。
【SAO】赫奕たる異端者
前書き
昔に一発ネタとして書いたやつ。
GGO《ガンゲイル・オンライン》の世界に、ゲーム開始当初からただの一度も殺されたことのない、「死なないプレイヤー」がいるという噂がある。
曰く、そのプレイヤーに弾丸を当てる事は出来るらしい。
だが、即死級の対物ライフルや爆発物などの類で攻撃すると「必ず仕留め損なう」。
気配を察知されたり、辛うじて躱されたり、若しくは予期せぬ乱入で必ず失敗するのだと。更に、当てるまでは上手くいこうとも、絶対に致命傷にならないのも有名だった。通常、弾丸が一発命中すれば防具で固めていない限り大きくバランスを崩す。アサルトライフルの類を使えば、一発当てた時点で勝ちのようなものだ。
なのに「絶対に致命には至らない」。
瀕死まで追い詰めたという人間もいる。
だが、瀕死止まりでもPK自体には失敗するというのはさらに有名な話だった。
そして絶対的優位に立ったと思った瞬間に、そのプレイヤーは反撃を受けて死亡する。
「死なないプレイヤー」を仕留めようと集団が狩りに出ると、同じ目的を持った全く別の集団が違う場所から狩りに来る。さすれば必然的に集団同士で戦闘になり、目標であるはずの存在を見失う。酷い時には「死なないプレイヤー」を含めて四つ巴の泥沼に陥ることさえあるという。
「死なないプレイヤー」は決まった武装を使用しない。
その時に持っている武器、その日に奪った武器を使用して戦い、生き残る。
狙撃も突撃もオールマイティにこなせるがゆえに、それが一層対策を困難にさせた。
それでも「死なないプレイヤー」を狙う人間が絶えないのは、彼の称号が欺瞞であると疑うものや、有名プレイヤーを倒して名を上げようと考える人間が次々に現れるからだ。中には「死なないプレイヤー」が持つ非常に貴重な武器、「バハウザーM571」という化物マグナムを求めている人間もいるが、成功したものは未だ一人としていなかった。
――システム的な不死ではなく、本物の不死である。
――彼は見えざる手によって生かされている。
――彼は神の域へと到達している。
誰もが最初に聞いた時は鼻で笑う。
そして、真実を暴いてやろうと「死なないプレイヤー」を追いたてる。
だが、どれだけの時間とカネを費やしても、どれだけの薬莢と硝煙をばらまいても、「死なないプレイヤー」の命にその鉛玉を届かせた人間は誰一人としていなかった。
その意味を、銃士Xと呼ばれるプレイヤーは身をもって知ることになった。
「あ……ありえ、ない」
ただ一人を狩る為だけの戦いだったはずのそれは――いつしかそのプレイヤーを討伐しに来た人間、銃士Xを討伐しに来た人間、関係のない乱入者、果ては今までこの周囲では一度も確認されていないモンスターの群れまでもが乱入して本物の戦場のように荒れ狂った。予想外と想定外でごった返したその戦いはあっという間に燃え広がり、見えない化物のようにプレイヤーを食いつくした。
そしてその中で最後まで立っているプレイヤー ――それこそが。
「何故だ……!?死なない筈があるか!!死なない筈が……ッ!!」
銃を握る筈の腕を欠損し芋虫の様にもがきながら叫ぶ銃士Xに応えたのは、「死なないプレイヤー」の握るバハウザーM571の銃口だった。拳銃の分類でありながら20mm徹甲弾を発射することを前提に設計されたその化物は、装甲車の鉄板さえ容易に貫くことから「アーマーマグナム」の異名を持つ。
そしてそれを突きつけるプレイヤーは、どこまでも淡々と、無表情に、無感動に、そしてどこか疲れたような表情で一言漏らした。
「所詮、遊びだ」
プレイヤー名、「Chirico(キリコ)」。
その別名を「触れ得ざる者」と呼ぶ。
= =
元ネタは言うまでもなく装甲騎兵ボトムズの主人公にして異能生存体のあの人。
つぶやきで書いた時に「女の子ですよね?」と言われたので女の子ということにして、下記のような設定を作ってみた。
名前:宮尾桐子 女性 16歳
小学校の頃に両親と死別し、兄と二人暮らしをしていた少女。
短めの髪の毛と他人を射抜くような深い瞳がミステリアス、とは彼女の同級生の言。
一見して不愛想に見えるが、それは両親との死別以来不運に見舞われ続けたせいで表情筋が麻痺している所為。そのため気の置ける相手には微笑みをみせたりするし、ムッとすると嫌味くらいは言う。兄の事は唯一の家族として愛しているが、周囲は「そのうち結婚するとか言い出すんじゃないか」と思ってしまうほど一途。
数年前に兄が肺を患って入院。治療費を確保するために中卒でてっとり早くお金を稼げる方法を探した結果、兄の持っていたアミュスフィアでGGOを開始した。
初めの頃は四苦八苦しながらもなんとかゲーム内でお金を稼いでいたが、次第に「一度もゲームオーバーになったことがない」という噂を聞きつけたプレイヤーに執拗なPKを仕掛けられるようになり、精神を摩耗させていく。それでも常にゲームオーバーにならず生き残ってお金を稼ぎ続けるのは、兄に少しでも楽になって欲しいという思い故である。
アバターは少しでも強そうに見えるようにと男性。ステータスはややstr寄りのバランス型で、何でもオールマイティにこなす。
ちなみに兄の名前は「燈」。入力を間違えて女性アバター「フィアナ」を使っていた。
桐子が実力5割、人徳2割、運3割で生き延びているのに対し、燈は実力10割でも生き延びられる超実力派プレイヤーだった。GGOを始めた理由は桐子の小遣いを確保するためであり、何度かゲームオーバーになったことはあるもののその純粋な実力は桐子を上回る。ただ、桐子の分の小遣い以上を稼ぐ気はなかったためプレイ頻度は多くなく、知名度は低い。
もしチー外伝 苗っち、最悪の修行に挑むの巻
時系列:なのは15歳の時代
場所:第97管理外世界 スターシップ蓬莱島
その日も苗とぽんずは仙界での修行に明け暮れていた。
魂魄分裂によって複数個所での同時活動が可能な苗は、これといって生活や家族関係に不都合なく活動することができるため、本体の苗とぽんずが仙界(蓬莱島)にいても周囲は気にしないのだ。
そしてそんな修行の折、2人は師匠である伏羲に、あるものを紹介されていた。
お兄ちゃん――みんなからは太公望とか呂望とか王奕とか伏羲とか師叔とか……色んな名前で呼ばれているが、私は基本的にお兄ちゃんか呂望の名前で呼んでいる。なんか知らないけどものすごいおエライさんらしい。
「で、お兄ちゃん。結局この『仙界最強七天陣』って何なの?」
床に現れた八角の中華風図形を指さして、私は最大の疑問を単刀直入に聞いてみた。
問われたお兄ちゃん(伏羲)は小さく頷き、説明を始める。
「うむ。これはその昔、数人の仙道たちが修行用に作った特殊な空間宝貝での……この中には様々な宝貝の技術を使用して再現された仙人や道士の幻がいるのだ」
「幻が?つまり……竜吉公主さんみたいな美人さんと仮想デートするために土行孫さん辺りが発案した恋愛シミュレーションゲームだね!!」
「ちゃうわボケ。確かにそんな類の質問がされたことはあるがの……要するにこの中だと現実には簡単に戦えないような相手とも戦い、修行を積めるのだ。この世界は夢渡りの世界に近いため、中で死んでも実際に死亡することはない。腕試しにもってこいの宝貝なのだよ」
お兄ちゃんは陣を教鞭みたいな棒でこんこんと床を叩きながらそう締めくくった。
宝貝というのは簡単に言えば仙人界特有の武器で、その中でも空間宝貝は一種の閉鎖空間を自分の好みの法則に書き換えて使用するというものすごく高度なものだ。つまりスゴイ。
しかし、「その昔」ということは今は使われていないのだろうか?
そう思って質問してみると、良い所に気が付いたと褒めてもらった。ついでに頭もナデナデされた。恥ずかしいが悪い気がしないのが何ともアレだ。私って実は甘えっ子願望があったんだろうか?
「いや実はな?昔に楊戩の奴が目一杯強い仙道のデータを入力して練習したところ、入力システムがバグって出現する仙人が特定の7名に固定されてしまったのだ。以来、この陣に入って勝利を得た者は殆どいない。数少ない勝利者も2,3回勝ってからは飽きてしまい使わなくなり、またそいつらに匹敵する道士や仙人がそれ以降現れなかったために長らく封印されていたのだ」
ピポパポと音を立てて表示されたこの陣をクリアした人間は……
1.楊戩 2.哪吒 3.竜吉公主 4.燃燈道人
5.聞仲 6.張奎・・・・・・・・・
「あの、お兄ちゃん。なんか化物クラスの仙道ばっかりなんだけど」
「当然であろう?なにせ中に待っているのが化物なのだから」
クリアした人はその誰もが仙道の中でも上の上に位置する最強集団であり、私がぽんずと二人掛かりでも勝てないような怪物が揃っている。
……猛烈に嫌な予感がするのは気のせいでありましょうか?そっとぽんずを見てみると、ぽんずも嫌な予感を悟ってか尻尾が伸びている。
「あの、お兄ちゃん。もしかしてこの陣に私が入るとか言わないよ……ね?」
その問いに、お兄ちゃんはニコリと笑う。
「何を言い出すかと思えば……そんな事をこのわしが言う訳なかろう?」
「だ、だよね~!ほっ……」
「おぬしだけでは100%クリア不可能だからぽんずも一緒に連れて行け」
「あっれぇぇぇーーー!?」
現実は常に非情である。
「無理無理絶対に無理じゃ~!!許してたも~~!!」
「まーお!」
「ワハハハ……実は今日のわしはブラック呂望なのだ!この呂望容赦せぬ!!」
「そんなご無体な!?」
「では、逝って来い!!」
けりっ、とお兄ちゃんの蹴りによって身体を浮かされた私は、そのまま陣の中へと落ちて行ったのでした。
「う、う~ん……はっ!!ここは!?」
がばりと起き上がると、私は八角形の形をしたステージのような場所に立っていた。
そしてその前には――話が正しければ恐らくこの宝貝の作り出した幻であろう7人の仙道の姿が――
「フォフォフォ……新たな挑戦者が来たか」
三大仙人にして元崑崙山教主――元始天尊。
「フッ。何度来ようとも打ち払うまでだ」
元金鰲島総司令官にして金鰲三強が一人――聞仲。
「トレビアーンな戦いを期待するよ、君!」
金鰲島で一大勢力を築いた金鰲三強にして破壊の貴公子――趙公明。
「めんどくさい……でも、君を追い払えないと眠れないみたいだ……ふぁあ……」
滅多に目を覚ます事のない三大仙人最強の仙道――太上老君。
「あはん♡本当なら妾一人で十分なんだけどぉ……お色気出し過ぎちゃうと作者に止められちゃうのよねぇ~?」
金鰲三強であり、歴史の道標と通じていた最悪の妖狐――妲己。
「ふぅむ……なかなかに見どころのありそうな仙道ではないか。どれ、一手ご指南……」
三大仙人が一人にして元金鰲島教主――通天教主。
「私はこのような茶番に興味はありませんが……フフ、他の6人に勝てたなら相手をして差し上げますよ?」
太上老君が一番弟子にして自他共に認める最強の道士――申公豹。
「はは、は……」
「……なーお」
そこにいた7名は、旧スーパー宝貝所持者(申公豹を除く)全員だった。
いや、どうやってこれに勝てと?
「イヤァァァーーーー!!た、助けっ助けてお兄ちゃん!!お願い!!無理!これ無理な奴!!」
「ま……まーーーお!!」
『ライオンは我が子を千尋の谷に突き落とす……自力で乗り越えてみせよ!お主の能力とぽんずの能力なら理論上やってやれぬことはない!!』
「鬼!悪魔!邪魔外道の眷属ぅ~~~!!」
その後の戦いは凄惨を極めた。
開幕と同時に聞仲の禁鞭によって吹き飛ばされ2人とも仲良く即死。
立ち上がったところに趙公明の金蛟剪が繰り出した七色の龍によって即死。
なんとかそれを逃げようとした先には通天教主の六魂幡に拘束されて即死。
更に元始天尊の盤古旛、重力千倍によってブラックホールに閉じ込められて即死。
なんとかそれを躱して立ち向かったところ妲己の傾世元禳に阻まれ衝撃波で即死。
その隙にダラダラしてた太上老君を倒そうとしたら怒られて太極図戦闘形態で即死。
ついでに暇になった申公豹の雷公鞭が飛んできて不意を突かれて即死。
そしてまる3日終わりのないデスルーラに挑み続けた二人だったが、結局は元始天尊と通天教主をどうにかこうにか倒す以上の進展がなく、流石にこれ以上はヤバイと思った伏羲が救出するまで続いたという。
この後一週間の間、苗はトラウマから伏羲の身体に抱き着いて離れない状態が続き、逆にぽんずはこんな修行をやらせた伏羲に暫く敵意をおさめてくれなかったという。
「ところで師叔は何でこんなことやらせたんさ?」
「他の仙道に弟子を甘やかし過ぎだって言われてのう……一応は四宝剣とぽんずの助力を使えば突破できると踏んだのだが、その辺も含めて再修業だな」
「苗ちゃんが可哀想ッス……というか本当に申公豹さんにも勝ち目あったんスか?」
「あやつは幻であってもあの世界が茶番だと気付いておる。適当に相手をしてやれば勝手に帰るよ」
え?これ、最早リリなのじゃなくて封神演義?細かい事は気にするな!
二次創作を書こう会
前書き
※基本的に余り真面目なことは書いていません。
16 2/1 なんとなく更新。
そのうち気が向いたらもっと書くけど……
とても読めた内容ではないような……
出演:オリ主A 二次創作を書こうとしている。
説明者B 二次創作読者の男。
A「二次創作、やろうとおもうんだ」
B「へーどうでもいいけど話は来てやるよ。どんなのやるんだ?」
レッスン1:主人公の名前を決めよう!
A「ではまずあらすじから……主人公の名前は如月煉夜!神様に無限の剣製をもらってリリなの世界に転生するんだ!!」
B「はいダメー」
A「な……なぜ!?まだ物語が始まってすらないというのに!?」
B「よし、まず一つ目の質問をしたいんだが……その名前はどんなふうにつけたんだ?」
A「そりゃあれだよ。如月ってなんか名前の響きがいいだろ?それに加えて錬夜に夜という漢字を入れている。こう、月夜に照らされて燃え上がれー、みたいな!!」
B「うーん、まずはその辺の発想がなぁ……」
1-2:漢字チョイス。
B「まずさ……ハッキリ言っておくと、如月とかそんな苗字はめちゃくちゃ使い古されててインパクト薄いのよね」
A「は?使い古されてるって……人の名前なんてみんなそういうものだろ!先祖代々受け継がれてるものなんだから」
B「あー、そういう意味じゃないの。主人公に付ける名前として人気って話」
A「……人気ならいいんじゃないのか?格好いいし、皆気に入ってくれるって事だろ?」
B「馬鹿野郎、いい訳ないだろ。いや、してもいいけど俺は読みたくもないぞ」
1-3:ありきたりじゃダメなんです。
B「人気ってことはみんな同じようなことを考えて似たような名前付けてるってことなんだよ!つまり二次創作界隈で苗字に月とか夜とか入ってる格好つけ主人公は氾濫してるの!佐藤とか加藤とかと同列!!」
A「ええーーー!?」
B「ついでに言えば『〇夜』みたいに「や」で終わる名前とか、あとはユウって読む名前とか!そういうのも大量に氾濫してる!お前が内心で会心の出来だと思ってたその名前、ぶっちゃけ珍しくもなんともないわ!!」
A「かかかかか会心の出来とか思ってねーし!後で修正する気だったし!!」
B(嘘つけ。目がマグロ並みに泳ぎ狂ってる癖に……)
1-4:じゃあどうしろと?
B「……その漢字を入れるのが悪いわけじゃない。だけど特に深い理由もなく、なんとなく響きが格好いいだけの名前をつけると……同じコンセプトで名前を付けてる連中とモロ被りしたり、なんとなーく似たような雰囲気の名前になっちゃうんだよ」
A「それって何か悪いのか?」
B「二次創作を書く上では問題だな。だって周囲とインパクトが変わらない訳だから、イコール他人からの注目度も周囲の同じ次元にいる奴らと似たり寄ったりになる。ぶっちゃけ底辺に行く可能性が高い」
A「げっ……それは嫌だな。でもそうしたら俺はどんな名前付ければよかったんだ?」
B「知るかそんなもの!この界隈では他人と同じことだけしてたらダメなんだから、自分で考えろ!!」
A「じゃあせめてNGな奴だけ!NGな奴だけでも!!」
B「言っておくがこの界隈に『この要素があったら絶対評価されない』なんて物はない。お前がさっき挙げたような名前だって運とアイデアがあればウケることもある。それを分かったうえで、それでも聞きたいのか?」
A「聞きたい!!」
B「……そうだな。まず漢字や読みが複雑だったりパッとみて分からないようなのはウケが悪い。読み物なのに読めないし読みにくいからだ。自分じゃなくて他人にも分かってもらえる名前じゃなきゃな」
A「ふんふん、それで?」
B「あと、ギャグ作品でもない限りあんまりふざけたネーミングや、故意に別作品のキャラと同じ名前を名乗るのは止めた方がいい。ふざけてると作品の緊張感をぶち壊すし、名前を借りたらオリジナリティ消滅だ。あとは……」
その後Bは下記のようなことをペラペラ解説してAを困らせた………
↓↓
http://www.akatsuki-novels.com/manage/mutters/view/4621
レッスン2:能力チョイス
A「そっかー……他人と被りすぎるものはダメなのか。じゃあ神様にもらう予定だった無限の剣製も考え直したほうがいいのかな?」
B「そうだな。今やFateシリーズで有名になった無限の剣製はおびただしい数の先人たちが使ってきたベッタベタにベタな能力だ。ベタ過ぎて『踏み台転生者』の能力の代名詞みたいに扱われるくらいだし」
A「参考までに、Bはどんな能力は止めた方がいいと思う?」
B「お前また答え難いことを……あえて言うなら使い方次第だけどな」
2-2:○○と××は使いよう。
A「と言うと?」
B「だからさ。ギャグ作品ならギャグに活かせる能力や、ギャグにミスマッチな能力を持っていることをネタにしたりできる。チート無双ものはなんだかんだでライトな二次読者に安定した需要があるからやり方次第では行ける。ガチ戦闘ものでは……技量は求められるけど、行けないでもない。結論から言うとどんな能力でも後のストーリー次第かな」
A「おお、腕の見せ所ってわけだな!」
B(お前にそれを出来る腕があるのかが俺には一番の疑問なんだが……?)
2-3:身の程、弁える?
B「ただし二次創作界隈で技量ある奴なんて全体の1割程度だから大抵の作品は爆死する。そのチート能力をチョイスすることのメリットとデメリットを正しく理解しないままに書き始めれば……ま、閲覧数二、三桁のまま終了とかもあり得るな。おまえ、そうならないだけの腕あるか?」
A「自信ないっす、ハイ」
B「素直でよろしい。まぁあまり強すぎる能力だと戦いがマンネリ化するかインフレしすぎてついていけなくなるから気をつけるんだぞ?」
A「はーい……つうか、それって『技量ない奴がそんなもん書くな』って遠回しに言ってない?」
B「うん。正直、書いてから鍛えるとかいう甘えたことを考えず、書けると確信してから書いた方がいいと個人的には思う」
レッスン3:作品チョイス
A「そうなってくると、いよいよ『リリなので始める』っていうのも良くなくなってきたんじゃないか?二次創作界隈ではすげぇメジャーだろ?」
B「………果たしてそうかな?」
A「え?だって今までそういう話だったんじゃ……」
B「全部がそういう話とは限らないぞ」
3-2:王道になる理由。
「まぁ聞けよ……二次創作っていうのは元の作品を知っていてこそだ。つまりジャンル的に有名な所は、それだけ多くの人間が見ている。逆にそれほどメジャーでない作品だとみる人間の数が限られるから伸び代が望めない……」
A「あ、そっか。人は人気のジャンルに集まるもんなぁ。仮に評価してくれる人がいたとしても新しい人が入ってきにくいのか」
B「そゆコト。リリなのは流行最先端ではないけど、常に安定して注目の集まるジャンルと化している。その分だけ先人とネタが被る可能性が高いが……評価がほしいんならチョイスとしては悪くない。あとは中身だな」
3-3:愛ゆえに……
「言うまでもないが、原作のことをちゃんと理解しないままに書き始めるととんでもないミスをやらかして顰蹙を買う。原作好きの人に激怒されるような訳の分からない改変はしないで置いた方がいいぞ」
A「原作への理解か……うう、そういえば俺、リリなのはアニメで一回見た程度しか知らねぇ。自信なくなってくたなぁ」
B「ま、根底にあるイメージや大原則が守られていればそうそう怒られることはないと思うから、確認も兼ねて一度見直してきたらどうだ?理解が深まればネタが増えるかもしれないぞ」
レッスン4:物語の始点
B「俺としては、当たり前のようにお前から『神様転生』のジャンルが出てきたことのほうが気になるな」
A「だってー……他作品の能力をもしも自分が使えたら!って、誰でも考えるだろ?」
B「分からんでもないが……二次創作って言っても色々あるだろ?」
4-2:なにも転生しなくとも……
B「神の絡まない転生とか、フツーにその世界で生まれたキャラとか、クロスオーバーものとかさ。性格改変ストーリー改変、あとは憑依やTSなんてものもある。そういうのは考えなかったのか?」
A「正直、そういうのは難しくて何やったらいいかイメージできない、かな」
B「ふーん……まぁいいさ。テンプレートなものではあるが、逆を言えばそれだけ汎用性の高いジャンルだ。主人公に戦闘能力を付与するのにお手軽だし、お前初めて小説書くんだろう?ならいいんじゃないか?」
A「あれ?意外とこれも文句言われなかった……」
B「方法はいろいろとある。主人公の幼馴染とか、もしも重要メンバーがもう一人いたらとかな。転生ってジャンルに囚われて視野搾取になってないならいいんだ」
4-3:美味い話はないもので。
B「ただし、神様転生は今も昔も当たりはずれの差が激しいジャンルだ。集まるのはライトなファンが圧倒的に多い。逆を言えば、昔からそのサイトにいるような読者には評価どころか神様転生というだけで見向きもされないこともあると考慮に入れておけよ」
A「お、おう。ほかに何かアドバイスあるか?」
B「そうだな。神様をどういうポジションにつかせてどんな会話するのかにもちょっとは気を使ったほうがいいかもなぁ。そっちは実際に出来上がったのを見てからになるけど……」
4-4:無駄無駄無駄ァ!
B「正直、個人的な好みを言うのならば……」
A「言うのなら?」
B「小説に神様なんていらないので書かなくていい。物語の調合性壊してるし場違い感が凄いんだよ。しかも大抵の場合がウザイし。笑って許せるウザさと純粋にいらつくウザさで言えば後者の方ね」
A「やっぱり神様転生スゲェ嫌いなんじゃねえか!!」
B「つまりさ、神様なんてキャラはいなくてもいいの。いなくとも困らないの。個人的には存在そのものがスベってる率が高いから、リスク回避のために神について多くを語らないことをお勧めするよ」
レッスン5:ヒーロー。
B「時に、その主人公は物語の中で何をするわけ?」
A「何って……主人公するんじゃね?」
B「そこを聞きたいんだよ。そいつはどんな主人公を演じて何をするの?」
A「えっと………やっぱりアレかな。ヒロインのなのは・フェイトあたりの危機を救ったり代わりに戦ったり、他の女の子といちゃこらしたり?」
B「めちゃくちゃ曖昧かつものすごくありきたりだな……もうちょっと具体的に詰めた方がいいぞ」
5-2:ヒーローのありかた。
B「キャラクターが物語に関わるまでの道のりってのは無限大の選択肢があるんだ。ド直球のヒーローもいればダークなヒーローだっているし、生い立ちとか思想とか、考える余地は沢山あるよな」
A「ちなみに俺は正統派ヒーローにするつもりだぜ」
B「そうか……なら、ちゃんと正義の味方させろよ?ただ単に目の前の敵を『ムカつくから』とかいう理由でぶっとばしてスカッとする、なーんてキャラは客観的に見て唯のクズにも映るからな。自分の信念がコロコロ変わるのも正義のヒーローと呼ぶには情けない」
A「つまり、芯の通ったキャラにしやがれと」
B「というか……ちゃんと主人公の性格に見合った行動を取らせろってこと。キャラ付けがしっかりしてないとどんどん行動が矛盾するぞ」
5-3:ヒーローの生い立ち。
B「………そういえば神様転生なら生い立ちは無視してもいいな」
A「そうだな……神様に転生させられたんなら生い立ちもクソもないよなぁ」
B「まぁそれでもいいけど……勿体無い」
A「え?何が?」
B「例えば転生前の記憶と現実との葛藤とか……悩みとか……前世で越えられなかった壁とか……そういうのはキャラクターに深みを持たせる。転生したことによって改めて得るものもあるかもしれない。そういう深みって、捨てる事も出来れば拾う事も出来るんだよ」
A「なるほど……俺のイメージではそこまでは考えてなかったな。何で思いつかなかったんだろう?」
B「主人公ってのは気付かぬうちに作者の分身になりがちだ。代弁者と言ってもいい。それは悪いことではないが、行き過ぎると問題も出てくる」
5-4:嘘をついている味だぜ……
B「作者の分身になってしまうと、作者の想定を超える事は出来ない。自分に特殊な生い立ちや葛藤が無いから、それを作品に投射出来ない。仮に投射しても、所詮は知らない奴が張り付けた物だから説得力がなくなる」
A「う、そう考えると痛々しい光景に見えなくもない……」
B「自分が嘘ついてるのと同じことだからな。嘘がバレないように主人公は自分でなく別のキャラクターだって自覚してればそうもならんだろお前の考えた……えっと……キサラギなんたらもそう言う所に気を配ったら?」
A(名前忘れられとる……)
まとめ
A「正直、まさか最初のあの一言にここまでツッコミ入れられるとは思わなかったぜ……」
B「大変なのは書き始めてからじゃないのか?まだタイトルすら決めてないんだぞ?」
A「まぁそうなんだけど……書いたら書いたでまたBに何か言われそうで怖いな」
B「世の中そういうものだろ?そんなんじゃ読者からも感想でツッコまれた時に持たないぞ……所でお前、『半年ROMってろ』って言葉知ってるか?」
A「???いや、分からん」
B「『半年ROMってろ』ってのは昔ネット掲示板で使われてた言葉だ。掲示板の空気を壊すような場の読めない奴に、半年間何も書きこまずに様子を見てここの空気を理解しろ、って意味を込めて使われてた」
A「……ははぁん読めたぞ。それはこの二次創作界隈でも一緒だって言いたいんだな!」
B「全く同じでもない。だけど二次創作で盛大に滑る奴っていうのは大抵この界隈の下調べが出来てないもんだ。書こうというやる気だけでなく雰囲気とかニーズとか、なにが面白くて何がつまらないのかじっくり調べてから事を起こした方がいい。自分のやりたいことをやるのはそれが出来てからが好ましいな……でないと目も当てられない怪文書が出来上がるぞ」
A「お前……まさか経験者か?」
B「言うな。誰にだってあることだ……黒歴史ってのはな」
二人の長く険しい二次創作道は続かない。
後書き
という訳で、個人的二次創作講座でした。
おお、びっくりするほど講座になってないですな。最近は全然二次創作書いてない気がします。
【IS】百万回負けても、諦めない。
前書き
ゲーム脳を戦闘に流用したらこうなる。
「……今日も負けた」
「負けたわねぇ」
エネルギー切れで這いつくばる我が打鉄ちゃんの真横に、水色の女子が舞い降りてあっけらかんと言う。もう40回は負けたと思う。
ヘロぅエブリワン。マイネームイズ浅田大成。
男性IS操縦者がどうとか言う理由でIS学園などという謎の場所に叩きこまれた俺は、政府の命令でISの実戦訓練をひたすらやらされていた。
なんでも俺の専用機を作るらしい。そんなもん要らん。この訓練用打鉄ちゃんと添い遂げる。
と言っても聞いてくれないのが俺の周囲である。ISに乗って戦うのは結構好きなのだが、大人たちは常識という眼鏡をかけ続けたせいで愛着というものを忘れてしまった古い地球人らしい。俺がどれだけ打鉄ちゃんを可愛がっているかを伝えてもちっともわかってくれない。
そして最終的に出してきた条件がこうだ。
「IS学園の2年生に国家代表の子がいるから、その子に勝ったら打鉄のまんまでええよ」
「ホンマか?」
「ホンマホンマ。まぁ出来りゃの話やけどね(笑)」
という訳で連日連夜その人――楯無という人に勝負を挑んでいるのだが、ちっとも勝てねぇ。
最初は単純に練習不足だったのもあるんだろうが、それを差し引いてもずたぼろ。それから色々と訓練して挑み直すもやっぱりずたぼろ。同級生の一夏と一緒に練習しようかと思ったが、あいつは何故か毎日剣道に明け暮れているので意味なかった。
あいつもうすぐ模擬戦だって言ってたけどISの訓練しなくて大丈夫なんだろうか。でも姉貴が天才だからあいつも天才なのかもしれない。ならどっちにしろあいつはあてに出来ん。
じゃあどうする。真っ当に練習してもとてもじゃないが追い付かないし、何より俺の専用機は既に開発段階に入っているそうなのでこれ以上負けるとタイムオーバーだ。というか、既に開発が始まっている時点で約束が反故にされてる気がするが、それでも約束は約束。
ともすれば、俺の選択肢に残った方法はたった一つしかない。
ひたすら楯無って人と戦って攻略の糸口を見つける。
というか、見つかるまで戦い続ける。
永遠と思えるほどに続くトライ&エラーの修羅の道である。
某鬼畜アクションゲームでは「百万回やられても、負けない」だったが俺の場合は負ける度に敗北数がカウントされるのでそのまま使う事は出来ない。だが、どっちも諦めたらそれで終了という点では共通している。
もうそろそろ練習時間が終わるので、帰ってデータを整理しつつまた打鉄ちゃんをカスタマイズしなければ。
エネルギー切れした打鉄ちゃんからぬるりと脱出して量子化でハンディサイズに戻した所で、楯無って人に話しかけられた。
「ねぇ、貴方って専用機を受け取らないために戦ってるのよね?」
「イエス、ザッツライト!しかし歩む道はザ・辛いという面白くもない状況なのです」
「……普通さ、勝てないからもっと強いISを使おうって考えないかな?」
「で、出た……研究所とか政府の人が散々言ってきた台詞!!」
もー耳にタコが生えてきて俺の顔に吸盤張付けそうなほどに聞き慣れた意見である。言うまでもなく却下だ。
「俺は愛着が強い人間なんですぅー。勝ちたいから打鉄を手放すんじゃなくて、打鉄で勝ちたいんですぅー」
「でも現実として打鉄使ってるのに負けてるわよね?やっぱり性能差って大きいから素直に変えるべきだとオネーサンは思うなぁ」
何、あんた政府の回し者なの?そんなに俺から打鉄ちゃんを引き剥がしたいのか!!
俺は決めたんだ。この打鉄ちゃんで一生戦うんだ。昔パトレイバーって漫画で主人公の泉ちゃんが自分のレイバーを「パトちゃん」と呼んで可愛がっていた気持ちが俺にはよく分かる。俺もこいつが可愛い。戦いで傷付けてしまうことはある程度割り切っているが、俺は遊び半分で新型を拒否してる訳じゃないのだ。
「お言葉返すようですが、打鉄に乗ってても強い人は強いです。先生方を見ればそれは間違いない。だから打鉄で勝つのは不可能じゃない。そうは考えられませんかね?」
「まぁそうなんだけど……正直それを目指すには君はまだ早すぎると思うよ。だってキミってば未熟で弱いド素人だもん」
「新型に乗ったから玄人になる訳でもないでしょ?だいたいこの学校の生徒は卒業するまで打鉄かラファール!なら条件はみんなと同じです。以上、お話終わり!!」
急いでデータを纏めないと睡眠時間を削ってしまう。俺はとっとと練習アリーナから撤収した。
= =
さて困ったものだ、と楯無はため息をついた。
政府からはどうにか彼を負かして専用機受け取りを承諾させてほしいという要求をされている。楯無としても訓練機よりは専用機に乗ってもらった方が有事の際に生存率が上がって助かる。だが彼ときたら、なんど打ち負かしてもまったくへこたれない。タフにもほどがある。
IS素人というのは大体、勝ったり負けたりで一喜一憂して浮き沈みするのが普通なのだ。くよくよ悩むし色々後悔する。そういう過程を経て、段々と戦いを理解していく。
だが彼はどうも敗北前提で戦っているように見えた。今日もショットガンやサブマシンガンなど使い慣れて見ない武器を持ち込んで色々とやっていたが、それだけだったのでさっさと撃ち落とした。
で、その癖口と態度はまだ全然勝つ気でいるのだから分からない。
さっきもはっきりと「弱いくせに意地張るな」と伝えたのに、返ってきた返事は「意地を張っても張らなくても結果は一緒」でばっさりだ。取り付く島もない。どんだけ打鉄を愛しているんだろうか。
弱い時に高性能なISを求めるのは決して悪いことではない。いずれ彼が成長すれば打鉄の性能では物足りなくなる日も来るだろうし、そもそも貰って損することなどありはしない。自分専用のISで思う存分鍛錬できるのだ。いいことではないか。
本人には伝えていないが、彼の機動は挑戦初日と比べれば驚くほど上達してはいる。武器の扱いもかなり上達した。楯無的な理想は、この辺で専用機をポンと渡してその辺の代表候補生と戦わせる。そして「ほら君はこんなに強くなってるんだよ」と伝えて自信を持たせ、さらに成長を促す……といった所か。
対戦アクションゲームはやればやるほど上達する。相手とのギリギリの戦いの中で勝利を拾い、それを糧にしていく。ISもそれと同じではないか?勝ち目のない戦いにひたすら打ち込む彼は順序を間違えている気がした。
「もっと効率いいパワーアップの方法があるんだけどなー……」
そうすれば本当に自分に勝てるかもしれないのに、と楯無は勿体無いものを見るような目線で彼の背中を見送った。
= =
ヒャッハー!IS整備室だぁ!!
食堂で貰ったお茶やおにぎりを持ち込んで食事をしながら今日のデータを洗い直す。
うーん、やっぱりあのミステリアスレイディというISは機動性重視で装甲はスッカスカみたいだ。だからといって迂闊に近づけばあのミストルティンというリーチの長い槍でブッ刺される。それでもだめならアクアナノマシンを使ってボッカン。長距離でも後れを取らないように槍には機関砲までついている。
一見して防御が低そうに見えるが、それにつられて不用意に近づくとあっさり餌食になる。当たらなければ勝てると言うより、当たらずに勝つ方法を模索したISと言えるだろう。
今日ショットガンやサブマシンガンを使ったのは、命中時にバリアエネルギーをどれほど消費しているかを確定させるためだ。……うん、データは揃った。これでどれほどのダメージを与えれば試合に勝てるかを数値化できる。
よしよし……データが揃ってきたぞ。
機動で翻弄されるのはまぁしょうがないが、逆にモンドグロッソや彼女の動きのデータを解析すれば逆算的に敵に照準を絞らせにくい動きも一種のリズムとして見えてくる。今日も何度かこっそり試してみたが、意外に猿真似でも効果があることは分かった。後はその機動を保持するためにいくらか打鉄ちゃんの装甲を軽量化する必要がある。
アクアナノマシン対策、オッケー。
ナノマシンを使用する傾向と湿度センサーの積み込み、オッケー。
取るべき機動と狙うべきタイミング、必要な攻撃量と火力。
条件を確実にするための追加装備。
流石に何十回も戦えば色々と見えてくるものがある。危惧する事態としては、次から彼女が大きく戦法やISの仕様を変更してくることだが、それは多分ないだろう。
で、そんな俺の作業風景を横からのぞいている少女がいた。
水色の髪……まさか楯無さんが送り込んだスパイじゃないだろうな!?俺は素早くデータを保存してモニタ電源を落とした。
「なんか用事?」
「………………」
眼鏡っ子である。特に理由はないが気が弱そうだ。どことなく楯無って人の面影があるので姉妹とかかもしれない。彼女はこちらに何やら複雑な感情の籠った視線を見せ、やがて口を開く。
「勝てるの?」
「勝つけど?」
ほぼ条件反射だったが、俺は自信満々に答えた。
もしもこの対策で駄目ならこの対策の何がいけなかったのかを洗い直す。
そして位置からデータを集め直してまた挑む。
「でも、今まで毎回負けてた……」
「戦わないと勝つためのデータが取れないじゃん。事前情報なしに勝つなんて無理無理」
「負けるのが怖くないの?」
何を言ってるんだこの子は。負けるのは当たり前じゃないか。
戦いってのは情報が命だ。そして、こっちは晒せる情報がないが、あちらから情報を得ることは出来る。イコール追い詰めているのはこちらだ。
「あのさ、RPGとかのゲームって時々どうやったら勝てるのか全く分からないボスとか出てくるじゃない」
「う、うん………裏ボスとか?」
「そうそう。で、勝ち方がわかんねぇ!ってなってネットで調べたりすると、実は論理立てて考えればちゃんと勝てる道があるんだよな」
「そうじゃないと、ゲームとして成立しない………」
「そういうことじゃないだろ」
ゲームだから勝てる勝てないってのはちょっと違うと思う。勝ち方が分からないから負けるんだ、というのが俺の考え方だ。
「そりゃ確かにデータ的に絶対勝てない相手ならしょうがないとは俺も思うけどさ。あの楯無って人はやって勝てない相手とは思わないね。事実、戦えば戦うほど進展があった。明日は勝つよ、あの人に」
……ちょっと見栄張ってしまった。反省である。
しかしその見栄に女の子はちょっとムキになって反論してきた。
「相手は、あなたより何年も長くIS訓練をして、ロシアの代表になった、天才。こんな短期間で、勝てる訳……ない!」
「まぁ確かにそうかもしれない。だけど少なくとも俺は専用機の開発が完成するより前には必ず勝つね。絶対に勝つね」
「負ける!貴方なんかが……お姉ちゃんに勝てる訳、ない!」
というかやっぱり姉妹だったのか。お姉ちゃん大好きシスコンなのか。
だが俺は勝つね。
「いーやそれでも勝つ」
「負ける」
「勝つ」
「負けるっ!!」
「お、言ったなぁ?じゃあ俺が明日勝てなかったら君に秘蔵のブラックサレナ・グリフォン・ブラックオックスの黒い三連星フィギュアくれてやるよ!全部が限定盤だ!!おまけにスサノオとビッグ・オーにジ・エンドもくれてやらぁ!」
「な、なら私は……ラセンガンとアヌビスとアストラナガンと……お、ORヴェルトール!……全部、ハンドメイド……!!」
「……その言葉、嘘偽りはないな?」
「そ……そっちこそ!」
勝敗の有無にかかわらず、この子は戦友認定である。
勝っても負けても黒ロボについて語り合おう。
= =
そして、当日。
「打鉄、カチコミ特攻仕様……!」
かなりの数の装甲板をひっぺがすことで機動力と馬力に余裕が出来たこの打鉄ちゃんで、今日こそ勝つ!
ウェポンセレクトはIS用シールド1枚とIS用ヒートナイフ2本。IS用拳銃一丁。ついでに細工が一つ。仕上げを御覧じろってなもんだ。これでミステリアス・レイディを攻略する!
今の俺では量子化展開は隙が大きいため、ナイフは映画「リベリオン」を参考に手首周辺の装甲板からせり出す仕組みにした。後はシールド抱えて戦うだけだ。
楯無さんは俺の打鉄の仕様に絶句している。装甲の半分近くが脱落して一部は内部機構がむき出しになっている訳だから、そりゃ正気を疑うだろう。だが心理的影響を考慮しての姿ではないので問題ない。
「あの……なんで今日に限ってそんなにハッチャケてるの?」
「今日はハッチャケる日なんですよ。じゃ、試合始めますよ!!」
見せてやる。俺のミステリアスレイディ……面倒だから略してミレディ対策を!!
まず機動!
ミレディにつかず離れずの位置で行動する。離れすぎると瞬時加速で詰められるが、ある程度距離を詰めると瞬時加速は逆に使いづらい。しかもミレディは接近戦にそれほど向いたISではないので、瞬時加速は不意打ちと回避以外にはほぼ使わないと言うデータが取れている。
なのでミストルティン内蔵のマシンガンに最適な位置に陣取って戦う。割とギリギリではあるが、プログラムを組んで瞬時加速の波形パターンを分析して自動で回避タイミングを知らせてくれるシステムも組み込んだため不意打ち対策も取ってある。
「またよく分からない事を……」
ミレディはそんな俺の行動を不信に思いつつ、いつもの事だと定石のマシンガンを使用する。
そこで盾発動。
IS世界じゃ盾はイマイチ使いどころのない装備として扱われている。それは盾で防ぐよりもバリアで受けつつ攻撃を仕掛けた方が圧倒的に効率がいいからだ。だが、その点を除けばシールドという奴は意外とISの大口径弾を防ぐことが出来てしまう。
そしてミスト砲(勝手に名前付けた)は発射口が4つあるものの口径が小さい、数で補う銃だ。なのでシールドで防げる。
シールドで防がれたことに意外な顔をしつつも複雑な機動で移動して縦横から射撃を仕掛けるミレディ。だがしかし、今までの訓練の成果かある程度目で追えるし、これまた逃げる用のナビゲートシステムをプログラムで組んでおいた。相手に対してどのように距離を取りつつアリーナ内で動き回るかのルートを自動生成するプログラムだ。ISの処理能力パネぇ。
これ、相手や僚機も含めて3機以上だと人がついて行けない複雑怪奇なルートを生成するのだが、一対一なら割と有効。このシステムの存在を相手に知られていなければ尚有効だ。おー便利便利。プログラム工学齧っててよかった。
「今日はやけに動きがいいわね……!まさか、今まで手を抜いてたの?イケナイ子だわ!これはもう貴方の自室で夜の個人レッスンね!」
「うわぁ、引くわぁ。その発言はないわぁ……」
「あら、意外と冷めた反応……」
「16歳とかババァですわ」
「まさかの今更ロリコン宣言!?……ってコラ!今の言ってみただけでしょ!」
「あ、やっぱバレます?」
別にロリコンじゃないので。ただのロボットジャンキーなので。
それはそれとして、いい加減回避機動が読まれてきた。さっきからこちらを追い詰めるような円形軌道で機体を一カ所の空間に縛り付けるように動いている。無理をすれば逃れる事も出来るが、リスクが高いし今回の作戦の趣旨から外れるので敢えて乗る。
段々と蒸してきた。湿度計をチラリと見ると、結構危ない。
クリアパッション……略してクリパの発動のために楯無さんが俺の周囲にアクアナノマシンを散布しているのだ。あれは自分の周囲にも散布できるが、こうして空間的な散布も可能。あの人ならこの状況、無理に責めずにあぶり出そうとそれを使って来ると思った。装甲が薄い分、今日はいつも以上に効く。というか恐らく喰らえば一撃死。
だがこれも計算通り。言うならば操縦者が使う定石というのは本人なりの必勝パターンな訳で、コンピュータのアルゴリスムと似通ってる部分は否めない。だからといって全部同じにはならないが、限定環境下ならホレこの通り。これも長く戦い続けて得られたデータだ。
防ぎながら、クリパの発動モーションを待つ。待つ。ただ待つ。
待っていることがばれると択をかけられて状況が振出しに戻る可能性がある。なので不信がられないように反撃が必要だ。右手の盾で防ぎながら、左手にIS用拳銃を握り、隙を見て発砲。盾を掲げながらなので照準が酷いが、とにかく抵抗しているというアピールをする。
「う~ん……悪い手とは言わないけど、それってガードしてるだけの状態に毛が生えた程度の反撃よね?せめてもうちょっと射撃訓練積もうよ」
「この試合が終わったら精進します」
実際、やらないとまずい。というのも、今回の戦法は楯無さんのミレディが紙装甲であるから成り立つものであり、他のISでは全く以て必勝戦法になりえない。射撃訓練で動ける的に当てられなければ勝つための手札が欠落しているということだ。今回は訓練が間に合わないから敢えて札を捨てたが、今後はいろいろと考える。
色んな武器で色んな戦術を試し、敗北しまくった。その経験から導き出される今の無様だ。この敗北塗れの無様な姿こそが、俺にとっての勝利の道。俺はこの手であの人に勝つ。この方法なら打鉄で勝てると確信してる。
湿度がそろそろ臨界だ。――クリパが来る。
「――所で、妙に熱いと思わない?なんか蒸すわよね~」
「ISのバリアで守られてるんで特には。――ま、この先の展開は読めますが」
今まで分かっていても喰らってしまったクリパ。だが実はそこに解決策が転がっていた。極論を言えば――クリパを撃たせることでこっちが得をするようなシチュエーションに持ち込む。
楯無さんはまだ気付いてすらいないだろう。実は――俺がとっくの昔にクリパ対策を完成させているということに。何せ一度も使ったことはないが理論上は非常に単純な方法で攻略可能なのだ。
「じゃ、いつものように一発爆発しとく?」
発火、爆発する気だ。タイミングは今しかない。
俺は量子化のインターフェイスに予めカウントセットしておいた「あるもの」を、爆発の直前に自動で出現するようプログラムしておいた。手動ではミスする可能性が高かったので、クリパの湿度と爆発までの時間を計算尽くで導きだし、それに重なるものになるよう何度もシミュレーションしたのだ。
『カウントゼロ。格納ボックス2番、解放します』
格納ボックス2番というのは簡単に言えば拡張領域という名の箱の二番目ということだ。その中からたった今、ひとつの物が解放された。
瞬間、打鉄ちゃんを中心に凄まじい勢いの風が吹き荒れた。
「な、これは一体……!?」
「……計算通り!!」
発動していない、その事に驚く楯無さん。今は細かい事はどうでもいい。重要なのは――今の風で待機中のアクアクリスタルが霧散したということ。つまり、爆発を完全に無効化したのだ。クリパの瞬間、ミレディは爆発の衝撃に巻き込まれず相手にも悟られにくいギリギリの位置で待機する。その座標に、俺はすぐさま瞬時加速で突っ込んだ。
今しかない。クリパの使用をした瞬間、一瞬だけ情報処理でミレディの動きが停止する。クロスカウンター覚悟で散々ちょっかいを出して撃墜された時に見つけ出した、普通なら欠点にすらならない法則だ。何せ停止している間、相手は爆発で一時的に行動不能になるのを前提としてるのだから。
それでも楯無さんの対応は早かった。突っ込む途中になんとかミスト槍を俺の方に向けてカウンターを狙ったのだ。
が。
実はその方が都合がいい。
俺は、瞬時加速の時点でそれを予想して、シールドを真正面に掲げていた。
するとどうなるか。
加速潰しの弾丸はシールドに防がれるが、ミスト槍の切先はシールドに突き刺さる。ついでに貫通して俺にもダメージが入るが、これこそがこの特攻のキモ。
シールドが突き刺さることによって、ミスト槍の取り回しが事実上不可能になった。
IS一機をギリギリで覆える大きなシールドががっちり刺さるのだ。しかもシールドが邪魔でミスト砲も使えない。これによって、武器を奪われたミレディは無防備になる。
そしてこれこそ最後の作戦。手首のギミックで両手にヒートナイフを握った俺は――
「必殺ルパンダイブ!!」
「えぇぇぇぇーーーッ!?」
そのまま楯無さんの細いウエストのくびれを抱きしめた。おぉう、女の子のお腹を抱きしめるとか初体験過ぎてちょっと恥ずかしい。
ダイナミックセクハラ?いやいや違う。見た目は間抜けだが――ヒートナイフでバリアエネルギーを削るにはこれが一番効率がいい!!
俺は彼女の身体をがっちり手で掴んだまま、PICコントロールで両腕の慣性をその場でがっちり固定。彼女の両脇腹にヒートナイフを押し付けた。当然ながらそんなことをすれば絶対防御が発動してバリアエネルギーが爆発的に消費される。
「くあぁぁぁぁああああ!?こ、この……ッ!?」
高熱に悶える楯無さん。ヤダ、今の俺って傍から見たらかなり犯罪者。でも勝てばいいのだ。
ヒートナイフとは、どこぞのガンダム好きな皆さんが超振動ナイフを「熱摩擦で斬るんだからヒートナイフだ!」と言い張った結果ついたあだ名である。
ヒートナイフ……ぶっちゃけIS世界ではほぼ産業廃棄物だ。当たれば威力は高いが、リーチが拳とほとんど変わらない上に空中戦では使いにく過ぎて使用メリット殆どゼロ。当然すぐにその武器は生産停止となった。
そして、その在庫がまだ学園にあると知らなかったら、俺のこの戦略は成立しなかっただろう。
「は、離れなさい!!」
「お断りだね!このタイミングを逃すと勝てないんだし!!」
ミレディの手が殴る。足が蹴る。だが残念なことにミレディはパワータイプではないのでダメージは少ない。それでも軽量化したせいで構造的にダメージが入りやすい部分がどうしてもあり、彼女はそこを重点的に狙って効率的にダメージを与えてくる。かなり、バリアの減りが早い。
だが、それでもヒートナイフが先にバリアを削りきる。その計算を信じて、衝撃に揺られながら死に物狂いでヒートナイフを押し当て続ける。長剣には出来ず、銃にも出来ず、だがヒートナイフにだけ出来る――ゼロ距離継続ダメージだ。ナイフの熱と振動によるダメージは、剣でひたすら切りつけられているのと同じことだ。そのダメージは凄まじい。
ミレディの失態は一つ。第三世代武装と複合武器に殆どの容量を取られ、完成されたコンセプトと代償に汎用性を失ったことだ。つまり、今この瞬間のような事態を予想していなかったのである。
湿度が爆発的に上昇し始めた。もう一度自爆覚悟でクリパを使用する気だ。だが、それは間に合わない。
「ひ、ヒートナイフの熱で水分が拡散されてる……!?散布が間に合わない!!」
「そゆコト!これならギリギリで間に合うって寸法さ!!」
相手のバリアはあと少し。こっちもバリアはあと少し。計算でもそうだったが、ナイフを押し付けている間に受けるダメージを極限まで減らし、かつ確実に瞬時加速で取りつけるための装甲配分だったために相当ギリギリだ。
「ギリギリ……押し勝てぇぇぇーーーーーーッ!!」
『ミステリアス・レイディ、残存ENゼロ。勝者、浅田大成!!』
なお、その瞬間を見ていた山田先生と千冬。
「うっそぉ……勝っちゃいましたよ。あんなので」
「あの馬鹿、あんなセオリー無視も良い所の戦闘で……国家代表に勝つか普通?」
素直に負けていれば普通に専用機を受け取るだけで終わったのに……と事情を知る千冬は呆れ果てた。
打鉄ニストの末路、という言葉が頭を過ったのは気のせいである。
さらに、その光景を見ていた簪とのほほん。
「か、会長が負けちゃった……あさりんすごぉーい!!」
「………本当に勝っちゃった」
「ねえねえかんちゃん。クリアパッションの瞬間に起きたあの風ってなんだったんだろう?」
「……!まさか、圧縮空気を量子化して、格納してた……!?滞留するアクアクリスタルを、物理的に押しのけるために………!?」
今まで誰も気づかなかった思わぬ弱点に戦慄する。これなら自分でも姉に勝てたではないか!とかなり悔しがると同時に、敗北から学ぶことの大切さを教わった簪だった。
完全勝利、という文字が頭を横切ったのは気のせいである。
ちなみに別の場所で見ていた一夏、箒。
「勝ったな」
「あ、ああ」
「でも、何ていうか……最後のアレってやった大成も問題だけど、あんな方法で負けちゃう生徒会長もアレだよな」
「浅田大成………ただの意地っ張りかと思ったらとんでもない執念だった」
高レベルな読み合いともマヌケな結末とも呼べる結果に、なーんか部妙な気分になる二人だった。
ちなみにセシリアはというと……言葉に出来ない状態で暫くその光景を呆然と眺めていたという。
そして……その後、大成は約束通り簪にフィギュアを受け取るついでに黒ロボの格好よさについて一晩語り合い、結局代償として自分の秘蔵フィギュアも結局彼女に渡すという盛大な交換会になった。
楯無は実力で勝っていた筈の自分があんな方法で敗れたことが悔しかったのか、その後ミステリアス・レイディに設計レベルの改良を加えたそうだ。ついでに「私に勝った貴方が弱いんじゃ困るのよ!!」と大成を度々連れ出してはマンツーマン訓練を課したという。
なお、大成は敗北の腹いせに楯無に脇腹をさんざん擽られ、仕返しに擽りかえすという小学生みたいな応酬をしているうちに変な空気になって、以来ちょっと互いを意識し合っているようだ。
そして――
「打鉄でこれだけやれるんなら専用機でもっとやれるよね?という訳で乗り換え決定!」
「裏切り者ぉぉぉぉぉ!!うおぉぉーー俺の打鉄ちゃんがぁぁぁぁ!!!」
「コアはその打鉄のを移植してあげるから贅沢言いなさんなよ」
「こうなるとは薄々思ったんだけどさぁ………大人って汚いッ!!!」
専用機決定。打鉄ニスト敗北である。
後書き
メディウス・ロクスも格好いいな。ストライクノワールの格好よさも異常。ズワァースもいいよね。M9ファルケやアウセンザイターは見た目より動きが格好いい。ブラックゲッターも非常にイイ。ラインバレルの黒化もロマンだね。ああでもゲシュペンストのフォルムもいい。ガウェインと蜃気楼も嫌いじゃないし、強さで言えばマスターガンダムは外せない。最近ではバンシーやガリルナガンなんかもいいね。あぁ………黒ロボたまらん。打鉄を赤と黒のカラーリングで塗り上げたい。あとレーゲンの名前をトロンベにしよう。
【IS】千万回負けても、諦めない。
前書き
※この話における「打鉄ちゃん」とは、大成が初めて出会い乗ったISフレームとそのコアを指す固有名詞です。流石の彼も打鉄全てを愛しているという訳ではありません。本気で愛するのは自分の子だけです。
奇跡的な大逆転勝利の後、方法はどうあれ国家代表に勝ったという事で皆から苦笑しつつも褒められた。まぁあの手は二度と使えないだろう。俺としては今回の一勝さえもぎとれればそれでよかったし、次は勝てないから期待すんなと一応周囲にも言っておいた。
「確かにあれじゃ次は無理だろうけど……それでも、国家代表に一回でも勝つって凄い事だよ大成君!!」
ありがとうモブ子Aちゃん。君は入学当初から全面的に俺の味方してくれるよね。
「へん。まぐれ勝利で精々浮かれてなさい。もう二度と勝利の栄光なんて来ないんだからね!」
相変わらずツンツンだねモブ子Bちゃん。君は入学当初から一貫して俺を貶してくるよね。
「……この性悪女の事は気にしなくていいよ!!」
「黙りなさいいい子ぶりっこ女!!」
「なにさ!!」
「なによう!!」
このモブ子Aとモブ子Bはいつもこの調子だ。仲がいいのか悪いのか。
A子はいつもこちらをベタ褒めしてきて、B子は大抵こちらを貶してくる。なんなんだろうか、仲良しだろうか。聞いた話では二人は幼馴染で、いつだって好みが対立しているらしい。B子は織斑派らしいので、つまり俺と織斑ってそんなにかけ離れてんの?
さて、その後は言うまでもなくIS整備室へGOだ。
自己修復プログラムを走らせる打鉄ついでに装甲を装着し直しながら、俺は打鉄ちゃんを優しく撫た。別段返事が返ってくる訳でも修復が効率化する訳でもないが、労ってやりたかったのだ。
一緒に戦ってくれてありがとうと。こうして触れ合ってると、自然と顔がゆるんでくる。
打鉄っちゃんって肌スベスベだね、とか言おうとしたところで背後から声がかかった。
「本当に打鉄好きなのね、貴方」
「あ、ミレディ先輩」
「変な仇名つけられてる!?楯無よ楯無!生徒会長もしくはたっちゃん先輩と御呼びなさい!!」
「じゃ、かっちゃんでいいですか?」
「違う!そういうノリじゃなくて楯無のたっちゃんなの!双子の野球兄弟じゃないしアッコさんの子分でもないの!」
「南先輩、なんか用?」
「誰が朝倉南よ!更識楯無と何一つ被ってないわよ!どうしてかなーその名前で呼ばれるとイライラするッ!!」
またつまらぬやり取りをしてしまった。というか最近の子に通じるのかコレ。アニソン特集とかアニメ名場面特集で見た事くらいはあるかもしれないけど。俺ああいうのメジャーどころしか取り上げてなくて嫌い。ってそんなことは良くてですね。
「結局何の用なの、たっちゃん?」
「今後の事でちょっとね。ホラ貴方、一応私に勝ったでしょう?」
「勝ちましたね。計算通りに」
「……まぁいいんだけど。私を倒したことで貴方に対する周囲の期待が爆上げなのよ。もう天にも昇る勢いよ」
「ほうほう、実力の伴ってない身としては非常にありがたくないですね」
「そーよ。私にとってもよくないのよ」
「……といいますと?」
楯無さんことたっちゃんは盛大な溜息を洩らし、キッとこちらを睨んだ。ヤダちょっと怖い。
「つまり!私に勝った貴方が実はチンチクリンでしたなんてことが外部に知れ渡ったらロシア代表としての私の名誉が崖の下にまっさかさまなの!しかも上がった評価の反動で貴方も落ちるわ!そりゃもう重力加速度のせいで余分に落ちるわ!もうそうなれば貴方の発言権は消滅すると言ってもいいの!!」
「え、そりゃマズい!打鉄ちゃん取り上げられちゃうじゃん!?」
あ、やっぱりそんな認識なのねという呆れた目で見られた。結局のところ言いたいのは、これからも私と訓練に付き合ってもらうと言う事らしい。こうなれば国家代表が完全付きっきりでISのいろはを教え込んで、来月までに代表候補生レベルまで押し上げるんだそうだ。
………それってつまり今まで並の頑張りを継続させられるのでは?
「休憩あります?」
「私が貴方の部屋に住みこんで健康管理してアゲル!」
「( ゚ω゚ )お断りします。自分の部屋に他人がいると気が散るので」
「拒否権ないわよ!!」
「えー汚い。生徒会長汚い。俺に負けた癖に俺に命令ですかぁー?」
とりあえずゴネてみる。世の中の半分くらいの悩み事はゴネれば突破口が見えてくる。
だが後になって思えばこのゴネはちょっとマズかった。
「じゃあ代わりに部屋の中でだけ『貴方のたっちゃん』になってアゲル。私に勝ったご褒美として遠慮なく受け取って、ね?」
「なん……だと……?」
いや、あんまり興味ないけどノリでノッてしまったのだ。ノリって怖いよね。
結局これ以上ごねても無理そうなので諦めた。
その後、大成は約束通り簪にフィギュアを受け取りに行くついでに黒ロボの格好よさについて一晩語り合い、結局は代価として自分の秘蔵フィギュアも彼女に渡すという盛大な交換会になった。
しかし試合の結果は大いに不満だったようで、「こ、今回はたまたま上手くいったけど……お、お姉ちゃんの実力は、あんなものじゃないんだから……!」と言い残して帰っていった
「やっぱりあの子シスコンなんだな」
オタク戦士とIS戦士の自分がきっかり分裂しているらしい。友達としては認めるけどという奴か。
= =
それは更識会長もといたっちゃんを見事に打ち破った翌々日くらいの事。
結局専用機の開発が決定して落胆が隠せない俺の下に唐突なる知らせが飛び込んできた。
「浅田君、入院です」
「え?」
教室に行くなり、俺は山田先生率いる教師集団によってされるがままにIS学園附属病院に連行されました。
や、やめろ!離せ、死にたくない!俺は感染なんてしてないんだ!殺処分は嫌だぁぁぁーーー!!などと取り敢えず思いついたセリフを吐きながら病院に担ぎ込まれた俺は、愛しの打鉄ちゃんを取り上げられて頭を中心に精密検査をさせられた。
何所が悪いの?頭?頭が悪いといいたいのか?なかなかにユーモアのあるジョークだが笑えない。
「まぁある意味頭の悪い事をしてたよ、君はね」
「マジっすか。この打鉄ちゃん大好き大成くんが何したんすか?」
「打鉄馬鹿だからねぇ君。馬鹿の行動力は常識では測れないよねぇ……」
主治医の先生の話をかいつまんで話すとこうだ。
俺は会長に勝つためにISの根幹処理プログラムを解き、その中に前の試合で使用したような自作プログラムを上手いこと噛みあわせた。処理をコアに依存させることでよそのプログラムを邪魔しないように上手くできた訳だ。
ところがどっこい、この根幹処理プログラムとは要するにマンマシーン・インターフェイス――脳と直結したイメージ同期な訳で、そこにプログラムを組み込んで一定の行動をとらせるというのは「操縦者の脳にISの情報を一方的にDLさせる」のと同じことらしい。つまりあの戦闘中、俺は脳に直接プログラムの結果を一方的に送り付けられるという海馬の活動範囲を超えたことが起こっていたそうだ。
「機会が拾うはずのデータを人間の脳味噌に直接送ってたわけだから、下手すりゃ君ってば廃人になってたところだよ?」
「はぁ。でもなってないんでしょ?」
「ある意味別の意味で既に廃人だけどね……打鉄廃人という名の」
データ上では俺の脳には影響なし、打鉄ちゃんにも影響なしだそうだ。
というか、さり気にブラックボックスであるISコアを中心としたプログラムにメスを入れるという前代未聞の真似だったらしい。打鉄ちゃんのプログラムを見た研究者が「下手したらコアそのものが駄目になっていたかもしれないんですよ!?」と超怒られた。
「君さ、これもう打鉄のインターフェイスの面影残してないくらいに改変されてるんだけど。IS統合管制システムにプログラム上書きするなんて聞いたことないわよ……下手したらバグで機能不全になるでしょ!一体いくつ記述を追加したの!?」
「えー大丈夫ですよ。計算を全部コアの処理システムに回しておいたから余計なちょっかいは起きない筈です」
「そう、わかったわ。貴方実はパイロットじゃなくて工学畑の人間だったのね……オーケーオーケー……オーケーな訳あるかぁぁぁぁいッ!!」
ぶっちゃけ、そんなことにはならないと思うのだが。プログラムをいろいろ調べてみたが、ISの根幹システムはどこかがエラーを起こしても別のプログラムがその補機の役割を果たし、エラーを起こしたプログラムも別の部分に組み込まれて穴を補うという複雑怪奇な相互保存機能を持っていた。
あれを作った奴は本物の天才だ。そう断言してやると、研究者は泡を吹いて倒れてしまった。
まぁ調べた結果「BABEL」とかいう赤文字ウィルスでも出てきたらどうしようかと躊躇いはしたが。
「ほう、ISコアのブラックボックス内はそのようなプログラム構造だったのか」
「あ、織斑先生」
後ろから先生登場。ババァーン!とか言ったら特に意味もなくぶん殴られそうだ。
「今までISを解体分析しようとする輩は数多いたが、誰もそれを実現できなかった。何故ならそのプログラムはマッチ棒で組み立てた模型のように緻密で、かつ触れればすべてが崩れ去るようなデリケートな構造になっていたからだ」
「まぁ確かに一見すると詰んだジェンガでしたけど……それだとプログラムとして脆すぎます。篠ノ之博士がそんなお粗末な物を完成品として人に見せますかね?俺なら誰も用途が分からないような機能や、一見して意味がないようなプログラムで補強します」
「ふ……奴のお仲間か。まぁいい」
俺は正直、プログラムを読んだというよりそれを組んだ篠ノ之束という人物像を読み取って、大丈夫だろうと踏んだのだったりする。というかそれ位みんなもやっている物と思っていたが……
「ほら、お前の打鉄だ。専用機までの付き合いになるが、コアは引き継がれる。服が変わるようなものだと思っておけ」
「………俺の打鉄ちゃんは現状で戦えますぅー。新型を態々作って寄越されても、こっちにゃこっちの積み上げたノウハウって物があるんだから困りますぅー」
「何がノウハウだ操縦期間一か月以下の癖に。パイロットは現場においては臨機応変。ISも然りだ」
「だから臨機応変に打鉄ちゃんの調整してるんじゃないですか!今ある力を最大限に活かして状況に向かう事はむしろ基本でしょう!」
「……といいながら打鉄の待機形態を我が子のように抱くのはやめろ。見ていて笑えるから」
そんなこんなで俺は学園に復帰した。
なお、帰ってきた頃には中国転入生やらトーナメント襲撃やらで騒ぎが一通り起きた後だった。実は検査入院に10日以上をかけてしまってたのだ。その間も俺の所に来て勉強やら訓練やらに付き合ってくれたたっちゃんの助力なしには復帰は難しかっただろう。
専用機持ち増えてるじゃん。セシリア対策は検査入院中にいくらか考えたけど、中国のアレはイマイチ付け入る隙が分からないな。よし、模擬戦してデータ収集するか。
ちなみにどこぞの自称十全の天才さんはというと、人生で初めて見つけた彼女の「理解者」に、興味深げな笑みを浮かべていたとか。
= =
トライアンドエラー。人生の基本にして俺の基本だ。
試しては敗北し、敗北しては試す。その反復練習こそが勝利に必要な物であり、生きていくうえで大事なことだと俺は思っている。だからこそ、特に何の対策もなく挑んで勝ってしまうと拍子抜けする。
「織斑………お前もうちょっと本気出して戦えよ!対策立てないまま普通に勝っちまったじゃねえか!」
「ぜはー、ぜはー……お、お、お前その言いぐさはないんじゃないか!?俺がブレードオンリーなのを知ってて嫌らしく距離取りながらマシンガンで袋叩きにしたのはお前だろ!」
「だって普通もうちょっと色々戦い方を考えてると思うだろ!!」
「俺と白式にはこの戦い方しか出来ないんだよぉぉぉーーーッ!!」
この織斑、結構本気で戦ってたらしい。この常敗無勝とも言える戦いをする俺より弱いとは、予想外だ。ど、どんまい!明日はきっといいことあるさ!
見物客たちはざわ・・・ざわ・・・してるけど、俺は元々たっちゃんに一度とはいえ勝ったので「本当に強いんだ……」とか「美男美女に厳しい」とか「ひっこめ打鉄馬鹿ぁー!」とか言いたい放題聞こえてくる。何とでも言うがいい。勝った奴が勝者だ!
「セシリア。お前はこの戦いをどう見る?」
「どうと言われてましても……一夏さんの警戒すべきところを抑えて極めて堅実に戦った結果、リーチの差で完封できた。……としか」
「よねぇ。アクビが出るくらい模範的で、呆れるほど有効な戦術よ。特にあの左右に不規則にぶれる機動が完全に一夏を翻弄してたわ」
かしまし三人娘(一夏の指導官でもある)がはぁ~、とため息をつく。
たっちゃんの指導でその辺の1年くらいには勝てる段階まで腕を上げたつもりだったが、こんな消化不良では腕の自信もクソもない。勝てる相手に勝っただけだ。そもそも力量に大差がなく、しかも剣しか持ってないと分かっているISにどうやって負けろというのだろうかと言うのが俺の感想である。
「えっと、織斑……お前のISって本当に武器それだけなのか?」
「ああ。一撃必殺にしてEN食い虫の『零落白夜』を搭載したこの雪片一刀しかない」
「つまり対策はパイロットの腕次第、勝てるかもパイロットの腕次第か。言っちゃ悪いが素人に渡すものとしては糞ISだな」
「言うな!内心でそう思ったけどお前が口に出すな!!」
薄々感付いていたらしい織斑が血涙を流している。
スペックは打鉄ちゃんを凌駕しているようだが、装備品が一個で固定というのが痛すぎる。つまり何が来ても装備に頼らず自分の腕だけで勝負しなければいけないのだ。試合開始と同時にひたすら敵に突っ込んで何が何でも一発叩き込む以外に戦い方がないとは、これを作った倉持技研は恐るべき変態である。
「とりゃーずお前がやるべきは敵の攻撃を掻い潜る訓練だな。あと、ISの脚による踏み出しを活かしてもっと地上での移動を学んだ方がいいと思うぞ。攻撃より機動と回避を最優先だ」
「おお!ものすごく真っ当なアドバイス!」
「あとその一撃剣の使い時。加速を活かすなら斬るより突くほうが有効かもしれないし、敢えて発動させないまま素の剣を叩きこんでバランスを崩し、続く二太刀目で一撃とか?」
「か、神が舞い降りた……!セシリアは言うことが難しくてわかんないし、鈴は説明しないし、箒は根性論というの地獄に降り立った一筋の光明だ!素晴しきかな男友達!男友達バンザァァーーイ!!」
「え、なにこいつキモッ……」
なお、その後一夏はかしまし三人娘に袋叩きにされていた。
一応ながらレーザーや衝撃砲だけでなく実弾にも慣れさせるべしと伝えておく。
= =
あれから40年!というのは嘘で、暫くして俺は未だにたっちゃんに操縦を教わりつつ色んなISの対策をたて続ける日々を送っていた。だが、この日とうとう専用機が送られてきた。
送られてきてしまったのだ。矢張りと言うか約束は反故にされてて俺の心はブレインショック中だ。
『コア摘出。新型に移植を開始します』
「あああ~……俺の打鉄ちゃんがどこの馬の骨とも知れないISフレームに変わっていくぅ~……」
「はいはい開発した張本人たちの目の前でそういうこと言わないのっ」
泣いて止めたいところだが、たっちゃんが暴れないように俺に絡みついて動きを封じているので出来るのは泣くだけである。嗚呼、毒蛇に絡め取られるー。
「……年上のオネーサンと体が触れあってる事に関してはノーコメントな訳?」
「そんなことより打鉄ちゃんがぁぁ~~!」
「そ、そんなことって……!?このたっちゃんが鉄の塊に色気負けだとぉぉぉ~~~!?」
普段はこんな風にくっつかれると恥ずかしがる大成だが、彼の相棒打鉄ちゃんに対する愛着はケルマデック海溝より深いらしい。女として敗北した……と楯無はがっくり項垂れた。
そしていざ試乗。
「性能いかが?」
「いかがって……使いにくい。体が妙に軽いせいでステップ踏みにくいし、スラスタが過敏すぎて機体がぶれすぎる。着地時にオートで衝撃を吸収するバネの具合が気持ち悪いし、何より前の打鉄ちゃんに比べて装甲デザインがなんか刺々しくて嫌い」
仮にも日本の最新鋭第三世代ISにここまでボロクソ言う男は彼くらいの物だろう。打鉄と操作の勝手が違うから慣れていないだけともいえるが、今まで彼が極めてきたのは図らずとも『打鉄の極意』なのだ。ぶっちゃけ合うはずもなかった。そして初期化と最適処理化を済ませたその新型ISが眩い光に包まれる。
「アクセルシンクロォォォーーーッ!!」
「メガシンカァァァァーーーーッ!!」
「ワープぅ!進化ぁぁぁーーーーッ!!」
ワープ進化をチョイスした研究者が他二名に「は?何それ?」みたいな目で見られている。どうやらチーム内でのジェネレーションギャップが顕在化しているらしい。それはそれとして、最適処理化が終わって光が収まっていく。
「んん?」
「あれ?」
「これは……!?」
改めて晒したその姿は――なんか見覚えのある形。
鎧武者を思わせる非固定浮遊部位に動物の耳を連想させるECCMセンサ。
和のテイストを保ちつつも、地に足の着いた安定性と可動域の広さで接近戦で真価を発揮する名器。
その名も――!
「打鉄?」
「打鉄、だな」
「打鉄……ですね」
どこからどうみても第二世代IS「打鉄」そのものである。
細部に変化はあれど、一目でわかるほどに打鉄だった。一同呆然である。
しばしの無言の末、研究者の一人がぼそりと呟く。
「つまり、彼にとって最適なISの形状は打鉄で間違いないと」
「結局打鉄になるのかよぉぉぉぉ!?俺達……俺達政府の依頼で新型作れるって聞いてものすごーく期待したんだけど!俺らのデザインしたISが空飛ぶ姿とか想像してウキウキしたりしてたんだけど!!聞いてよ、ねえ聞いてよ!!ブレードウィングの配色とか角度とかめちゃめちゃ拘ったんだって、なあ!
!!」
「俺達の……俺達の努力と徹夜に捧げた時間は何だったんだ……」
「我々がわざわざ新型機を開発した意味は!?三日にわたり話し合って決定した名前の意味は!?」
「あーあ、名前発表のタイミングを今か今かと図ってた主任が……」
研究チームの皆さんの絶望と脱力具合が凄い。春の木漏れ日も「うわっ、陰気くさっ」とか言われそうなほどの落ち込みに頭の端っこでカビやキノコが生えちゃっている。リセッシュしなきゃ(使命感)。
「これでは回帰移行だな。一応組み込んだ第三世代兵装は生きているようだが……」
結局打鉄ちゃんのコアは形状変化で前のISの姿に戻ったため、色々と諦めた研究チームだった。
「たっちゃん!打鉄ちゃんが帰って来たよ!帰ってきたんだよぉ!!」
「うわぁ。これはひどい」
泣いて喜ぶ大成を見ながら、たっちゃんこと楯無は深い深いため息をついた。
後書き
百の失敗を重ね、千の苦節を味わい、万の挫折を甘んじる。されど、まだ終われない。敗北の先にあるたった一度の勝利を味わうまでは。
必要なのはデータと努力と、あとは対策。戦術と計算といくらかのハッタリを織り交ぜて、打鉄ニストの彼は無謀な戦いを続ける。人は彼を「不屈の男」と呼ぶ――まぁ、別名「ズレた男」でもあるが。
【IS】一億回負けても、諦めない。
これは、大成がたっちゃん相手に奇跡を起こす前の話……。
浅田大成という生徒は困った奴だな、と千冬は常々思っている。
彼は男性IS操縦者として一夏に続いて発見された男だ。
本人曰く、打鉄を愛しているそうだ。IS適性検査を通過して、預けられた練習用打鉄を専用機代わりにしている。その生活はある種異常だった、と政府関係者は語る。
打鉄に話しかける。
打鉄を意味もなくワックスで磨く。
打鉄に抱き着いたまま居眠りする。
打鉄のプログラムを勝手に書き換えまくる。
打鉄のことを「打鉄ちゃん」と呼んでいる。
訓練は真面目にこなす。勉強も真面目にこなす。でも打鉄を取り上げようとすると駄々をこねる。そんなこんなで彼は今日も打鉄をブレスレット型の待機形態にして持ち歩いている。
そして今現在、男性IS操縦者用に編成された新型開発チームを蛇蝎の如く嫌っている。理由は言わずもがな、「俺から打鉄ちゃんを取り上げる気か!?」である。
その瞳を千冬は見たことがある。頼れる大人がいなかった時に必死で一夏を育てようとした自分とうり二つだった。既にISを家族並みに大事にしている……だと……?IS一機にどれだけ入れ込むつもりなんだろうか。壊れたら葬式を開いて遺影を抱えて号泣しそうな勢いである。
「そんなに打鉄を手放したくないものか……?わからん。あいつはわからん」
「あそこまでいくと執念のようなものを感じますよね……あ、でも男の子ってそう言う所に変な拘りを持ってるって聞きますよ?」
「その次元に収まってるとは思えんのだが」
超貴重品にして選ばれしものの証である専用機を蹴ってまで自分の打鉄を愛するその姿、常人ならざるものである。
なお、そんなに打鉄が好きなら専用機を貰ったうえで訓練用打鉄を借りればいいんじゃないかと聞いたことがあるが、「俺は打鉄が好きなんじゃなくて”この”打鉄ちゃんが好きなの!」とアッサリ拒否られてしまった。
= =
エブリデイ敗北男こと大成の評判は総合的には決して良いとは言えないのは、前の話で話した通りである。が、彼の所属するクラス内では結構意見が分かれている。
まず一夏。
「え?大成?うーん……とんでもなく頑張り屋だよな。一回あいつの部屋に行ったことがあるんだけど……あ、ちなみに大成は一人部屋な?で、あいつの部屋にいったら……いないんだよ。何所にいるんだろうと思って聞きまわったらIS整備室に籠っててさ。毎日毎日自分が負けた時のデータを見直してアレが悪いコレがいいって呟いてるんだ。それと並行してISの仕様変更までしてて、ちょっと真似できないなぁって………そう言う意味では尊敬してるかな」
次、モッピー。
「誰がモッピーだコラァ!!……ん、ゴホン!そうだな……初志を貫くという意味では少し好感が持てるが、あそこまで負けがかさんでもまだ戦うというのはとんでもない意地っ張りだと思う。前に食堂で上級生が「戦い方をレッスンしようか」とあいつを誘っているのを見たのだが、にべもなく断っていたよ。理由は「そんな悠長なことをしてる暇はないです。そんなことより情報を得ないと始まらない」だそうだ。誰にも頼らず自力で強くなりたいというのは日本男児らしいが、流石にちょっと限度があると思う」
次、その辺のモブ子を適当に。
「あさりんのこと?頑張り屋だよね~!すごい頑張ってるから、ついつい試合ではあさりんの方を応援しちゃうの!」
「ああ、浅田君?まぁ正直国家代表に勝とうなんて唯のバカの無謀よね。無理無理」
「あそこまで露骨に差があるのに立ち向かえるのはちょっと……尊敬しちゃうな」
「あそこまで実力差が離れてるのにまだ勝てると思ってるところが何って言うか、愚かしいよね」
「………性悪女(ぼそっ)」
「………なんか言ったかしら?ぶりっこ女!」
「まぁまぁ二人とも!……でも負けても全然へこたれないから励ましてもリアクション薄いのよね。ちょっと可愛げないかなー」
ついでに金髪ロール。
「セ・シ・リ・ア・オルコットですわっ!………ふんっ。浅田大成についてでしたわね。彼は私から見れば前時代的な………(中略)………クラス代表の時も私を無視して、見る目がない………(中略)………実力もないくせに強がって………(全略)………ってちょっと!わたくしの話を聞いていますの!?」
どうも本人的にはいろいろ貶した後に「でもまぁ認めたやらなくもない」とちょっとだけ理解を示して終わらせる構成を考えていたらしい。アホである。時間は待ってくれないよ。
とまぁ概ね上記に並んだような意見が出ている。
総合するとこの男、明らかに偏屈人間の類である。
= =
時は流れ、新西歴2100年!勿論嘘である。実際にはたっちゃんとの決闘から1週間くらい経った。
メタいことを言うと真・打鉄ちゃんを手に入れる直前で丁度進撃の中華編(鈴~ゴーレム戦)終了後である。
既に迸る俺の打鉄愛は留まることを知らず、俺は世界一の打鉄大好き男だと学園内で専らの噂になるほどの存在として認識されている。そんな俺は今、同級生と一緒に機動訓練を行っていた。
「クイック!停止!螺旋起動加速!バレルロール!どざえもん!!」
華麗な機動から一転して背中からふわっと浮き上がるキャトルミューティレーションスタイル。うむ、今日も機動の調子は完璧だ。
「えっと……クイック!停止!螺旋起動加速!バレルローるぅぅおおおおおおッ!?」
「一夏ぁぁぁ~~~!?」
悲痛な箒の叫びも虚しく、真似しようとした一夏がバレルロールで方向感覚を失って俺の左にものすごいスピードで落下した。別名イチカメテオである。MP消費30のお得技だが命中率が低いのが玉に傷。IS戦ではほぼ何の役にも立たないゴミ技なのでテストには出ない。
このマヌケめちょっとは成長したかと思ったらそうでもなかったようだな。
「うーん、ロールの時にちゃんと三次元的に自分の位置を考えてないだろ?計器の表示ちゃんと見てターン時に自分がどっち向いてんのか意識してたら普通に出来た筈だぞ?」
「は!?お前ひょっとしてIS機動中に高度計とか座標数値表示したまま戦ってんのか!?」
「そうだけど?」
何言ってるんだコイツ。データ取りのために常時表示したままにしてるに決まってるだろう。
「普通チェックするとしてもバリアエネルギー残量だけだろ!他も見ながら戦ったら頭の中こんがらがって逆に何すればいいか分かんねえよ!!」
「フーン。まぁ練習の時くらい数値気にしながらやってみろよ、感覚掴めるから」
「大成さんはマルチタスクがお上手ですわね……ひょっとしたらBT適正があるかもしれませんわ」
「いやいや、そんな立派なもんでもないって」
実際、最近やったセシリアとの模擬戦は10戦7敗くらいだ。一昨日漸くBT対策戦略を組み立てて勝つことが出来た。最終的な戦法として取ったのがミサイル戦法だった。
というのもブルー・ティアーズの武器は殆どレーザーなので連射性が低く、しかも数で補うBTを操る間はセシリア自身の動きが鈍る。なので単純に対応しなければならないターゲットの数を増やす――要するにありったけのホーミングミサイルを用いた空間爆撃戦法に思い至った。
BTを展開した場合ミサイルを撃ち落とそうとすれば本体が鈍り、逆に回避に専念しようとした場合は連射性の低さがネックになって思うように対応できない。BTを展開した場合、ミサイルの爆発範囲の広さで逆にBT撃破が容易になる。
よって俺は打鉄ちゃんの非固定浮遊部位、装甲、拡張領域にありったけのホーミングミサイルを詰め込んでバカスカ撃ちまくるスタイルに変更した。ついでに腕部にハンドガドリングを装備させて出撃したらB子ちゃんに「どこのヘビーアームズよ!!」とツッコまれた。
ちなみにA子ちゃんは「ぐるぐるヤー!ぐるぐるニャー!」とどっかで聞いた破壊のプリンスの歌を歌って応援してくれた。やだ、なんか可愛い。ルームメイトさん、うちのたっちゃんと交換しない?
ちなみにこれも初見殺しでしかないので、残り2勝はミサイルを主軸に真面目に動きを分析したものだ。結果、セシリアに「二度と模擬戦したくない」と言われてしまった。そんな連れないこと言わないでくれよ。
「だって、戦えば戦うほどブルー・ティアーズが苦手な動き『しか』しなくなっていくんですわよ!?第二世代のウェポンセレクトの汎用性が高いのは認めますが、こうもやられると気が滅入りますわ!!」
「ティアーズって拡張領域ないの?」
「アンタは知らないかもしれないけど、第三世代ISって基本的に兵装の関係で拡張領域結構カツカツなのよ。だから専用機持ちは自分の装備を如何に極めるかが重要になるんだけど……」
と、一夏たち専用機持ちの視線のニードルスピアーが突き刺さる。
「「「弱点ばっかり突いてくるとか、いやらしい………」」」
「人をスケベみたいに言うなよ!打鉄ちゃんで勝つにはこれが一番なんだよ!!」
勝てる方法で勝つ。負ける方法はしない。それを忠実に実践してるだけなのに……こんな経験は昔通ってたゲーセンの格ゲーで強キャラハメ技使いまくって蛇蝎の如く嫌われたとき以来だ。
後書き
書いてたのに投稿するの忘れてました。
いやー懐かしい。3年半ほど前に書いたっきりでした。
昔妄想したものの書けず仕舞いに終わった幻のIS小説のプロット。
前書き
企画倒れになったIS二次小説のプロットを挙げてみます。
途中まで書いたんですけど、執筆時のテンションが当時の精神状況と相まって非常に独特だったため、今になって書き終えることが出来なくなってしまったという非常に奇妙な作品です。
タイトルは……『無位無官でありたかった』。これも決定じゃなくて仮の名前だったんですけどね。
主人公の名前は風原真人。15歳男性。
幼い頃に母親から酷い虐待を受けた挙句に育児放棄され、女尊男卑社会の歪みをモロに受けた地区で育ったために性格が猛烈に鬱屈。人間不信と爆発的な反抗心から以降孤児院から中学まで絶え間ない虐めと報復の暴力に明け暮れる日々を送るも、里親と親友に少しずつ心を開き、高校からは里親に孝行しようと考え始める。
しかし、IS適性検査に引っかかったことで自分の進路を完全に捻じ曲げられ、あまつさえ家族と友達から引き剥がされることになる。彼にとって親友の存在は半ば依存さえしていたほどに心を許していたため、自分の意見を封殺された真人は精神的不安定なこともあって自殺未遂を起こす。
以降、親友を得る前の反抗心剥き出しの状態で政府の施設に強制的に入れられ、教育を受ける。その際に「あること」が起き、人間不信に女性不信の症状が追加された状態でIS学園に入学することとなる。
首元にはチョーカーが装備されており、これは政府が要した真人の「首輪」である。真人が暴れた際、このチョーカーから直接真人の体内に鎮静薬や睡眠薬が注入される仕組みになっており、操作する人間が誰なのかは真人さえ知らない。これのせいで真人は逃げ出すことが出来ない。
第一章
真人は学園に対する強烈な反抗心のせいか入学しても周囲には碌に口も利かず、常に一人で行動。特に担任の千冬に関しては潜在的な「大人は敵」というイメージから内心で敵視し、軽蔑しているそぶりさえ見せる。当然そんな態度を取っていれば周囲の女子からも陰口や悪口を言われるようになるが、むしろそれが真人にとっての「日常」であるために意に返さない。
成り行きで一夏と順番でセシリアに勝負することになるが、この時点で既にセシリア=傲慢=いつも相手にしていた敵という認識で特別な感情を何も抱かない状態になる。また、この戦いが日本政府によるデータ取りの為の茶番であることに強烈な不快感を感じつつも、両親が政府の管理下にあるために直接的な犯行はせずに表面上恭順する。
生徒会からの監視も兼ねてのほほんと同室になるが、ほぼ完全無視。あるときに「よく見る悪夢」から目を覚ました際にのほほんが心配して水を差しだすが。その姿に過去の様々な光景がダブった真人は拒否。半ば被害妄想のような感情から「俺を見下すのは止めろ」と告げ、のほほんを泣かせてしまう。
のほほんには、真人が何を考えて、どうして自分を拒否するのが分からなかった。彼の経歴は知っているし、ある程度は理解しているつもりだったが、実際にはうわべだけの事。当の本人が一切心を開く気がないために、自分が彼の触ってはいけない部分に触れてしまったのだと感じて深く思い悩む。
なお、この頃から真人の評判が癒子などを中心に本格的に悪化し始める。
セシリアとの決闘では計算上打鉄でセシリアには勝てないことは理解していたが、一瞬の隙をついて猛攻を仕掛ける。これは委員会や政府に対する完全なパフォーマンスなのだが、馬乗りになって顔面に拳銃を発砲し続けるという余りにも暴力的な攻撃はセシリアを恐怖させる。
同時に、それほどまでに過激な攻撃を仕掛けたにもかかわらずセシリアの抵抗で敗北した真人は、この勝負そのものに全く興味がないように立ち去ろうとする。そこでセシリアは、真人が常人と根本的な部分で違う存在であると感じ、何のために戦うのか問いかける。
真人が戦ったのは実質的に親の為だ。血の繋がらない里親だし散々迷惑をかけて泣かせたが、それでもやっと理解しあえた両親に余計な心労を賭ける結果にならないために敢えて狗のふりをした。だから真人の回答は「家族のため」の一言だった。
その後、セシリアは一夏と戦う前の休憩時間にもう一度真人と出会い、少しばかり家族の事を話し、「家族の為に戦える貴方が羨ましい」ということと、セシリアがそのような人間であることを伝える。それまでセシリアの名前を覚えてさえいなかった真人はセシリアが何故そんな話をしたのが理解できずに怪訝な顔をするが、セシリアの中に無意識ながら中学時代の親友にあった「芯」のようなものを感じ、少しだけ話をした。
「オルコットの名は、お前の母親と父親が名乗った姓だ。それを名乗るお前は今、両親と肩を並べている」。最悪の家族だった肉親の姓を捨てた真人なりの解釈だったが、セシリアはどこか得心がいったような表情を浮かべた。
(なお、この際に軽いジョーク交じりの会話まで交わし、真人はセシリアが思ったよりキュートな人物であると感じた)
彼を巡る環境は最悪だが、セシリアとは少しだけ通じ合えたのであった。
なお、千冬たち教師も教える側として若輩ながらも真人を見守ろうと考えていたため、セシリアと親しくなったことを喜ばしく思う。しかし、彼女たちは真人を巡る様々な困難の入り口にすら立っていない事を、まだ知らなかった。
第二章
一夏は、IS学園という環境が内包する歪な認識に気付き始める。セシリアにまぐれ勝ちした一夏はやたら褒められているのに、自力でセシリアに肉薄した真人の評価が異常に低いどころか一方的に貶されていた。更に箒に「そもそも一夏の住む地域の外では更なる女尊男卑が広がっている」という事実を知らされる。
あんな存在が、自分たちと同級生――真人には避けられているが、彼が努力をしたであろうことは一夏にも想像がついた。故に、そんな事実も確かめようとせずに一方的に是非を決める周囲が許せない。でも自分と話している時はどこまでも普通で『善悪の境』が見えない。少しずつ、一夏は自分が正しいのかと悩み始めていた。
一方、真人は上級生からも目を付けられ、一瞬の隙を突かれて階段の下に突き落とされる。新聞部の薫子は偶然にも両者に気付かれない場所から決定的な瞬間の撮影に成功したが、なんと虐めをしたのは薫子も親しい友達だった。これを公開すれば大ニュースだが、同時に友達に対する裏切りに等しい行為を行うことになる――薫子はどうすればいいのか分からず、問題を先延ばしにする。
真人はこの際に腕の骨にヒビを入れるが、傷を負っているという「弱い姿」を周囲に悟られれば付け入る隙を作ると考えて敢えて何食わぬ顔で授業を受ける。一応ながら千冬の小耳に入れるが、骨のダメージは隠していた。しかしスポーツ経験者の箒に僅かな仕草からダメージを見抜かれる。
結局大事になり生徒会手主導で犯人探しが行われ、薫子はとうとう沈黙していることに耐えきれず楯無に密告。真人を階段から突き落とした上級生は「諸事情で退学」になった。これが真人=権力を傘にするというイメージが上級生に定着する切っ掛けを作り、真人の迎えたくなかった結果を迎える。
その後、IS委員会から回された専用の第二世代IS『雑多』を受け取った真人は、思う。ISに本当に自我があるのなら、その自我は地獄を彷徨っている。「お前は産まれてから死ぬまでずうっとこのISという棺桶に縛り付けられて、他人に動かされてるだけだろうが。まるで俺だな」。
その日、真人は奇妙な夢を見る。そこは嘗て自分が虐待されたアパートの一室。最悪の思い出の塊。見るのも嫌だった真人は玄関先に置いてあったバットで室内を滅茶苦茶に壊すが、それを白いワンピースの少女が止める。「どうして壊すの?ここは貴方の心の中よ?」。少女はここが真人の目の前に現れたのは、ここが真人にとって大切な場所だからだと言う。そして、何度も壊してはいけないと止めに入る。「貴方って変よ。自分の大切な場所を自分で壊して、そのくせどこにも行きたがらない」……やがて、夢は覚めた。
流石に精神的な疲労が蓄積してきた真人は、未だにしつこく近づいてくるのほほんと少しだけ話し合うことにする。彼女が生徒会の回し者であることは気付いていたが、逆にある程度の意思疎通が必要だと感じたからだ。唯一の趣味である「魚を釣らない釣り」に彼女を誘い、率直な意見を告げる。
口を開くと直ぐに弱音を吐きそうになる。身の上を語れば必ずと言っていいほど同情される。そんな風に周囲に思われるのが嫌だから、口をききたくない。お前も余り積極的に関わろうとするな――そんな不器用で意地っ張りな自分という存在を伝え、「俺は付き合いが最悪な嫌われ者でいい」と告げる。
が、のほほんは「でもせっしーと仲良くしてるじゃん」とご立腹。自分もセシリアのように自然体で接したいんだと言いたい事だけ伝えてどこかに行ってしまった。
直後、束が正体を隠して真人の元に現れる。彼女は元々イレギュラーな彼を嫌っている節があったが、直接会話したことで決定的になる。二人は会話をするのに、互いに一切分かり合う気が無かった。真人は唯の塵の一つ――その塵の一つと、束の思考パターンが似ていた。その事実が、束のプライドを僅かに傷付けた。「あいつは死んでもいい。守らなくてもいい」。束はこれから訪れる一つの事件をまるで無視することにした。
同刻、鈴が学園に来るも原作通り一夏と喧嘩。ただし、一夏は学園に渦巻く見えない悪意のせいかそれまでほど短絡的な思考はしていなかったため、リーグ開始前に和解することとなった。その頃、のほほんと二人きりで真人が出かけたことを聞いたセシリアはモヤモヤした感情を覚える。その感情の正体が「恋」じゃないかと同級生に面白半分で指摘されたセシリアは、何故かその言葉を否定することが出来なかった。
第三章
のほほんとセシリアのせいか少しずつ毒気が抜かれて自然体になっていく真人。しかし、上級生との嫌がらせ合戦が発生して「自分か敵地にいる」という潜在的な敵対意識を喚起され、再び人間不信よりへと偏っていく。
そんな中、真人は「日本政府主導の健康診断」に向かわされることになる。真人の国籍は日本政府の預かり故に、怪しくても面倒でも行かない訳にはいかない。学園は監視役兼護衛として真耶を同行させ、政府の車に二人は乗り込む。
真耶は日本政府に対して警戒心を抱いており、普段のおどおどした態度からは想像もつかないほど冷静な態度をとるが、精神が不信感よりで大人を信用しない真人は一貫して内心で彼女と距離を取る。真人は真耶さえ実は日本政府と通じているのではないかと疑っていた。
実は日本政府の教育機関に強制的に叩き込まれた際に真人は手痛い「裏切り」に遭っており、どの組織も信用しきれないでいたのだ。更に日本の『IS庁』長官が殺害されたというニュースが届き、真人はこの車が本当に政府の命令で出された車なのかさえ疑い始めていた。
そんな折、高高度からレーザー攻撃を受けた車が大破。真耶やボディガードを見失った真人は、そこでレーザーの熱が社内に充満したことで全身を焼かれたガードマンの死体を発見し、パニック状態に陥る。生まれて初めて目撃する、余りにも生々しい現実にその場で嘔吐した真人はもうだれも信用できなくなった。政府の護送さえバレたのだ、犯人は絶対に自分を狙っている。
そんな折、タイミングよく真耶が姿を現して真人の安否を気遣う。だが不信感とパニックが重なった真人は完全に冷静さを欠き、真耶をテロリストと勘違いしてIS拳銃で発砲。頭部を撃ち貫く。
殺人の事実に冷静さを取り戻し、自分が取り返しのつかないことをしたと激しい後悔と不安にさいなまれる真人だったが、殺した筈の真耶が立ち上がる。「あ~あ……真ちゃんったらツレないんだから。そんな所も愛しいんだけどね?」。彼女は全身にスライムのような兵器を纏って真耶に擬態したテロリストだったのだ。銃弾はその得体の知れない装備に衝撃を吸収され無力化されていた。
テロリストの女は真人を安全な場所へ連れて行くと告げる。「真ちゃんの為なら私はなんだってしてあげる。組織を敵に回してもいい、それでも絶対に幸せにする。だからねぇ……来て?」。全く信用が出来ない筈の言葉なのに、真人は何故かそのテロリストの言葉に「本気の気遣い」を感じて戸惑う。その瞬間、本物の真耶が現れてテロリストと真人の間に割って入り、交戦を開始する。「私の生徒から離れなさい!この不純異性交遊者ッ!!」。
その頃、裏から真人を護衛していた更識の裏部隊はすぐさま彼と真耶の保護に動こうとするが、レーザー砲撃と共に突如現れた謎の武装集団が都心を行き交う人々に無差別銃撃を開始。住民を護るために援護に行き損ね、足止めを受ける。
テロリストは真耶の予想外の抵抗のせいで「時間切れ」に陥り撤退。しかし、戦闘開始前の砲撃で腹部や足に大きな火傷と裂傷を負っていた真耶は出血で意識不明になり、真人は真耶を治療するために救援に来た自衛隊を頼る。祈るように待つ真人の元に、彼女に緊急手術を施した医師の女性が現れる。一先ず真耶は助かったらしい。だが、疑っていた真耶に人生でほとんど見たことがない「大人が責任を持って子供を守る」という光景を見せつけられた真人は、自分の愚かしさに苛まれる。しかも彼女が重傷を負ったのは自分が狙われた巻き添えであることが更に圧し掛かった。
「自分の所為なんて思わない事ね。こういうのは治せなかった医者が悪いって思いなさい」。「……それで割り切れるほど、真っ直ぐ育っちゃいません」。「自惚れてんじゃないわよガキンチョ。人は死ぬときは死ぬの。そう出来てるんだから、命が残ってて健常者と変わらず生活できるならそれを喜びなさい」。「……はい」。医者の言う事は納得できなかったが、真人はそこにプロフェッショナルの精神を感じた。
遅れて更識部隊の一人が真人に状況を報告する。テロリストや砲撃によるビルの倒壊で十数名の死者と100名単位の負傷者を出したという事実を、真人は沈痛な面持ちで受け入れた。更にテロリストは何者かによって薬と催眠で操り人形にされた存在であり、今回の為の捨て駒にされた一般人だったという。事件終了と前後して全員が捕縛されたが、半数は心不全や精神崩壊で死亡し、残りも廃人同然。更識からしても真人からしても、政府からしても……あまりにも犠牲が多すぎた
そんな折、母親が重傷を負ったという子供が真人に石を投げつける。ISのスキンバリアで弾かれる無意味な行動だったが、それに呼応するように生存者が一斉に真人と、更には治療中の真耶にまで責任を押し付けて騒ぎ立てる。責任を全うした真耶まで責められたことに苛立った真人は周囲に「IS操縦者にはそもそも人を守る義務など無い。そんな社会に文句も言わずに恭順していたのはお前達だ」と罵倒する。大人たちは黙りこくったが、石を投げた子供だけは何一つ納得できていなかった。真人はその少年の瞳に、幼い頃の荒れていた自分を重ね、「彼だけが真実を見つめている」という錯覚を覚えた。
意識を取り戻した真耶は真人を気遣うが、すっかり卑屈になり責任を感じていた真人はそれでもなお本心を隠そうとする。真耶は真人が無理している事をすぐに見抜き、全力で本音をぶつけて真人に溜めこんでいる感情を少しでも出してほしいと要求する。すると、真人は上ずった声でこう告げた。
「先生のお腹の傷は跡形もなくスッキリ消せるそうですけど、右足の火傷はどう治療しても痕が残るそうです……俺に付き合って巻き込まれたばかりに、一生ものの傷を負わせてしまいました」。自分はこんな立派な人間に関わるべきではない――彼はそう思っていた。しかし、そうやって辛い事を自分のせいにして取り込んでしまうことこそ、真耶が最も彼にして欲しくないことだった。二人は言いたいことも言えないまま距離だけが縮まり、すれ違う。
一方学園ではゴーレム襲撃事件が発生して一夏がこれを原作通り解決する。しかし、鈴が「一歩間違えば全員死んでいた」と泣きながら訴えたことで、一夏の心にまた一つ「何が正しいことなのか?」という漠然とした疑問が積み重なる。二律背反的なその問いに正答など見つからない。
さらに、自分がそうして事件を解決している裏で真人があまりにも過酷な事件にぶつかっていたことを知った一夏は、自分の力が余りにもちっぽけであることを再度自覚させられた。「俺は、風原のやつを助ける事は出来ないのか――?」。そんな事は、ない筈だ。
第四章
風原達の知らない場所で三つの動きがあった。一つは男性IS操縦者と専用ISについて情報を抜きだそうとするデュノア社。一つは千冬の個人的な真人護衛依頼を受け取ったラウラ。そしてもう一つ――真人の父親である風原真二の行方を掴んだ日本政府だ。
間宮真二は女性をとっかえひっかえしながら借金取りから逃れる生活を送っており、真人はそんな中で生まれた子だった。真二は子供が出来て暫くは真人の母親の「ユウミ(現在行方不明、身元不特定)」と暮らしていたが面倒になり逃走。その後も数人の女性と関係を持った後、二人目の子供を授かっていた。その後の真二の行方はぷっつり途切れている。
この父親の遺伝情報に男性IS操縦者の謎が隠されている可能性を考えた政府はその女性の娘を半ば強制的に保護し、母親も連動して身柄を保護する。現在の生活を壊されたくなかった娘だったが、母親は「連れて行きたいなら連れて行けば?私には関係ないし」と保護されることより自分だけの環境を優先。彼女はもとより「母親らしい母親」ではなかった。それでも母親だと信じていた娘は身勝手な理論に怒りが爆発し、人間関係上の絶縁状態になる。
真人の異母兄弟に当たる少女――中学3年生の「九宮梓沙」は母親を恨んだ。身勝手ない政府も恨んだ。しかし最も恨んだのは、父親と顔も知らない兄だった。「絶対にぶん殴ってやる……ッ!!」IS学園強制編入の準備中も、その意志は揺るがなかった。
一方、人が死ぬ現場を見た真人はその日、夢を見る。いるのは再び忌まわしいあのアパートの一室。そこで真人はテレビを見ていた。テレビの画面越しに、あの日に自分を責めた人々が口々に「お前のせいで喪った」と真人を糾弾した。そこに、前の夢にも出た少女が現れてテレビを遮る。
自ら苦しむような映像を見る必要はない筈だ、と少女はテレビの電源を切ろうとするが、真人はテレビを見続けた。あの人が不幸になったのは、ろくでなしとろくでなしの間に生まれた屑の自分がこの世に存在したから。それが動かしようのない事実だと、真人は受け入れてしまっていた。
そのうちに少女は泣き崩れる。「どうして自分から苦しみを受けようとするの?貴方が苦しいと、私も苦しいのに」。真人は、何故この少女がここにいるのかを微かながら疑問に思った。
現実世界でも真人には重い現実が圧し掛かる。死体を見た心的外傷から肉を見るだけで吐き気を催すようになった真人の身体はさらに弱り、もうのほほんの手助けを突っぱねる余裕もなくなっていた。事実上のほほんに体調管理されながら、真人は部屋の外ではしゃぐ生徒達を見つめる。
ほんの数日前、日本の都心で死者が出たのだ。正体不明のテロリストに執拗に弾丸を撃ち込まれて即死した人も、建物の下敷きになるぺちゃんこにされた人も、何が起きたのか分からないまま消し炭になった人もいるのだ。人間らしい死に方ではない理不尽な死に方をしたのだ。ISと自分のせいで。しかし、人々は何事もなかったように時を過ごしている。
「あれだけ死んで、副担任まで死にかけても所詮は他人事かよ……狂ってる」。のほほんによるとあの事件は倒壊事故ということにされたそうだ。あの恐ろしい事件はそんな陳腐な言葉に変えられてしまった。のほほんは、普通に生きている人間を怖がらせないように情報操作するのは仕方ないと言った。そして、本当ならば自分たちのような裏の人間が全部泥を被ればそれでいいのだという。しかし、それは目を逸らしているだけだ。「全部嘘っぱちじゃないか。こんなの……騙されてるだけじゃないか」。
同刻、時系列的に一足先に学園に到着することになったラウラが入学する。ところが真人の護衛を任されたラウラは一般生徒としては極端に不器用で、行動の多くが空回ってしまう。余りにも飛び抜けた世間知らずっぷりを不審に思った真人は本人にその事を詰問し、そこで初めてラウラが幼いころから兵士として育てられていた事を知る。
幼いころから世間を知らずに半ば強制的に兵士としての性能を求められながら生きてきたラウラは外の事を何も知らない。ただ、兵士として落ちこぼれていた頃に千冬に教官として助けられ、深い恩があるとラウラは説明したが、この時真人は千冬に激しい怒りを覚えた。
真人は、子供の環境は親によってすべてが決まると強く信じている。だからラウラのようにどうしようもない場所に残された子供がそこから肉体的、精神的に脱出するには、大人が助けるしかない。なのに、千冬はそれをやっていない。やろうと思えば出来ただろうにやらなかった千冬。その癖過去の恩を利用してラウラをこちらに嗾ける千冬。それは真人が最も嫌う「汚い大人」に限りなく近い印象を与えた。
真人は千冬にそのことを詰問するが、それに対して千冬は冷ややかだった。千冬は物事がそう簡単ではないことを知っているし、ドイツ軍に干渉することが孕む問題も極めて冷静に見極めている。それに――千冬はラウラ達くらいの年頃の時、一夏を護りながら運命を自力で切り開いてきた。「子供だからと言って自力で出来ないことなどない」。これが真人と千冬の価値観を真っ二つに分けた。『現実を知らない甘えた子供』と『人の心が分からない薄情な大人』は喧嘩別れした。
以降、真人は千冬に対するあてつけのようにラウラに一般常識を教え込んでいく。時にはセシリアやのほほんの力も借りて、ラウラを千冬無しでも生きていける存在にしようと意固地になっていた。それは結果的に普段感情を表に出さない真人の本来の姿を出す事になり、気付かないうちに真人とクラスメートの心の距離は縮まっていった。ラウラも真人を護衛対象という目線から「第二の教官」として感じ始め、真人の独特の常識教育によってきちんとしたコミュニケーションが取れるようになっていく。
だが、そんな中で担任の千冬は苦悩していた。真人の考えていることが分からない。生徒ほど距離が近いわけではない千冬は真人の考えが理解できず、どう対応すればいいのかが分からずにいた。前に喧嘩した時には微かに彼の本音を感じたが、当の本音が千冬と相容れなかった。「だったらどうしろというんだ、お前は……!」。生徒を特別扱いしないことを心がける千冬だが、言葉に出来ないもどかしさが苛立ちを覚えさせていく。
更に、千冬にはもう一つ真人と相容れない部分があった。異母兄妹の「九宮梓沙」が近々入学することについて、真人に伝えた時の事だ。彼女の面倒を見てやるように伝えた千冬に対して、真人は拒否した。「向こうはそんなことは望んでいない。むしろ殴りたいくらいに思ってるだろうよ」。そんな勝手な予想を根拠に、自分の妹の存在堂々と拒否する――それは弟を第一に考えて生きてきた千冬からは到底受け入れがたい価値観だった。
だが、ラウラの時に風原はこうも言っていた。『あんた、ラウラを助けるのが面倒になったんじゃあないのか?』。風原の発した言葉が千冬の頭から離れない。あいつと自分が同じである筈がない。なのに――生徒として特別扱いはしないと決めているにも拘らず、千冬はどうしようもなく真人のことが「嫌い」になっていた。
第五章
シャルロットは父親が嫌いだった。一流の人間の一流の考え方。実に無駄のない合理的な思考。そして、「シャルにはそう接した方が利益がある」という思考の元の発言。その何もかもがシャルにとっては気に入らないのに、シャルが父に逆らえない立場にある事を父はよく理解している。シャルが反撥心を持っている事も、内心で悪態をついていることも、すべて知っている。だから、彼はシャルを道具として最大限生かせるように「大切にする」。
男のふりをして学園に入学した時にシャルが感じたのは、全てが薄っぺらい世界。薄っぺらい嘘と、それを見抜こうともしない薄っぺらい人々。シャルルとしてクラスに歓迎されたときにシャルが真っ先に感じたのは、一方的な好意に対する嫌悪だった。自分は女なのだ。なのに、誰も気付かない。誰もが「男の生徒で転校生」であることが大事なのであって、シャルロット・デュノアのことなどどうでもいいと考えている。シャルはクラスという単位を「衆愚の塊」だと思った。
同時にシャルは思う。こうして他人を下卑している癖に、自分は唯の社長の駒でしかない。騙している妾の子の分際で、周囲を見下す事しか出来ない非力な存在。そして何より、本心を一言も漏らさずに全部自分の中に仕舞い込んでいる嘘つきな自分。シャルはそんな自分が一番嫌いで醜いと思っていた。
そんな中、シャルは一人の男に目を引かれた。不快に感じたことを不快だと言い放ち、周囲に何一つ遠慮せずに空気を乱し、他の誰よりも『自分らしい』ということを貫く。周囲がへらへらとシャルを迎合する中で、シャルにひとかけらも心を許す気がないその男の名は真人。
彼と同室になった(のほほんはほぼ通い妻状態なので実質3人?)シャルはどうにかこびへつらって彼と仲良くなろうとするが、彼はどこまでもシャルを突き離す。そのうちに本心を隠すのが馬鹿らしくなってきたシャルは、真人の前で少しずつ自分のお利口でない部分を吐露するようになる。
父親に押し付けられた地位に甘んじているシャルの不満や本音。それは日本政府の監視下に置かれているも同然の真人の考えと符合する点が多く、真人は次第にシャルを「仲間」として認めていく。シャルもま真人と喋っている間は押し付けられた任務の事を忘れられる。シャルも真人も段々と砕けていき、周囲もそれを見て態度を軟化させる。全てが上手く行っているように見えた。
しかし、ある日突然それは訪れた。
些細な事故と勘違いから、シャルが女性であることが発覚したのだ。真人は当然最初こそシャルのことを本当に男性なのか疑ったが、学園が何も言わずに通したことを鑑みてシャルが女っぽいだけの男だと考えるようにしていた。だが、実際には女性だったと判明した時、真人の心にトラウマが蘇る。
今までに幾度か受けたことのある、女性から男性への性的暴行の経験、それに対する憎しみと不快感。そして何より政府の施設に押し込まれた頃に教育係をしていた――真の母親とはこんな人ではないかとさえ思った――女性が実際には「真人を操り人形にするための調教係」だった事を知った時の不信感。それが一斉に蘇った真人は、叫ぶ。「俺を裏切ったな……俺を裏切ったなぁぁぁーーーッ!!」。シャルからすればそれは突然の豹変だった。
シャルはそのまま部屋から荷物ごと一方的に追い出される。最初は戸惑い、やがて「確かに嘘をついていたのは悪かったなぁ」とぼんやり考えたのだが、たっぷり2時間ほど考えたシャルは自分が全然真人の対応に納得していない事に気付く。それまで割と仲良くしていたし、割と共感する部分も多かったし、今更「実は女でした」だけであそこまで怒られる謂れはないのではないか。要するに、シャルはちょっと怒っていた。
シャルは改めて真人の部屋に行く。一度素直に騙していた事だけ謝ってもう一度話し合えば分かり合えるだろうと思ったのだ。しかし、真人の部屋の前には何故かのほほんが通せんぼをしていた。のほほん曰く、泣いてるらしい。やけ食いしているらしい。誰にも会いたくないと意地を張ってるらしい。
想像以上に甘ったれで乙女みたいなことになっている真人にシャルは呆然とする。何というか、イメージと違い過ぎる。しかしのほほん曰く真人は元々意地っ張りで脆い人間らしい。その口調はどこかキツく、まるでシャルが悪者のような物言いだった。
翌日、別にハニートラップなどをする気はなかったと謝りにいくシャルだが、真人はそれを無視。しつこく追跡するも無視。全力無視。真人が何を考えているのか分からないシャルは戸惑い周囲に意見を求める。すると一夏から「意固地になってるんじゃないのか?」という意見と、セシリアから「あの人と分かり合うには真正面から喧嘩を売るのが一番ですわ」という意見を受け取る。
シャルは、シャルからしてみればものすごく些細なことでここまで意固地になる真人に完全にキレた。「おどれは面倒くさい乙女かぁぁぁ~~~~っ!!」こうなったら意地っ張りの『仲間』と真正面から戦争だ!シャルは教室内でツーマンセルトーナメントで絶対に真人を倒すと盛大に宣戦布告した。
真人勢力(のほほん、セシリア、ラウラ)とシャル勢力(一夏、箒、鈴)は真正面から……半ば無理やり引っ張られる形で激突。最終的に真人&ラウラと一夏&シャルの正式試合での激突に発展。売り言葉に買い言葉で、ラウラも潜在的に一夏に持っていた嫌悪感を一方的にぶつけ初めて試合は泥沼と化した。
乱闘の末にラウラ、一夏はダウン。最終的に残ったのは武装が全て壊れたミソラスとリヴァイブのみ。二人は互いの不満や本音をこれでもかというぐらいぶちまけながら殴り合いを開始。僅かな僅差で真人のミソラスがパワーダウンするも、二人は完全にお構いなしでISを脱ぎ捨てて更に殴り合う。
「何が社長の妾の子だ!悲劇のヒロインぶりやがって!!」「そっくりそのままお返しするよ悲劇のヒーロー気取りのイタイ人の癖に!!」「分かった風に言うな、男モドキがぁッ!!」「僕だってあんなクソ親父さえいなきゃ女の子としてスカート履いてたよっ!そっちなんか腰抜け犬のくせに!負け犬馬鹿犬政府の犬!」「うるせぇッ!!俺だって首のチョーカーと家族の事さえなけりゃ好き好んであんな屑連中の言いなりになんかなるかぁッ!!ISなんぞクソくらえだッ!!」「悔しいけどそれだけはちょっと同意だねッ!!だから今脱ぎ捨ててせいせいしてるよ、このフランス製疫病神の鉄屑にねッ!!」「俺もこの国連が寄越したポンコツを捨てて胸がすく思いしてらぁッ!!」
全国放送で垂れ流しになる余りにも低俗で問題発言だらけの二人の口論。本格的な護身術を利用して確実にダメージを与えるシャルだが、真人も異常なタフネスで容赦なくシャルを殴っていく。やがて互いに顔面がボロボロになるまで殴り合った二人だったが、元々体が弱り気味だった真人が先にダウンしてしまう。
まだまだ言い足りないしぶん殴ってやりたい気持ちのシャルだったが、腫れあがった彼の真人はシャルにもたれかかりながら「ごめん」と一言呟いた。その瞬間、シャルの瞳から涙が零れた。「僕も、ゴメン」。先ほどまで怒っていた筈なのに、不思議とその時の二人は冷静に自分にも非があったことを素直に認め切れていた。ぽつぽつと自分が本当に言いたかったことを伝え合った二人は、互いにもたれ合うように肩をよせてアリーナを去っていった。呆然とする観客たちを置き去りにして、『仲間』として。
(レーゲン暴走は起こらないまま終了)
全国放送で色々と暴露してしまったシャルは、社長の事を気にしないで女として真人の友達になる事を選んだ。当の社長は「娘の意志を尊重するために一計を案じた父親」としての役割を演じ切り、馬鹿な民衆を騙し切ったようだ。それももうシャルには興味のないことだった。
※プロットで説明しきれていない話。
セシリアは真人の第一人者的な存在で、真人とは軽口やジョークを言いあうくらいには仲がいいです。元々友達少ない勢のせいか、よく真人と共に歩いている所を目撃されます。内心で「わたくし、ひょっとして真人さんのことが好き……?」とか思ってます。
のほほんは、真人のメンタル保護を更識に依頼され、当人の人の好さもあって真人という人物を理解するために最前線で試行錯誤する存在です。最初はかなり邪険に扱われますが、涙は出ても決してあきらめません。今では体調管理係になり、真人の心の脆い部分にそっと手を添えています。
ラウラはクラリッサに間違った知識を与えられては真人含む周囲に即座に是正されることで、段々と真人間になっています。天然ボケのラウラの間違いを真人がどこか間違った視点から修正する様は日常茶飯事で、見ていて妙に和むと評判です。
シャルは完全に「新たな友達」であり、男女間の友情を成立させています。距離感はセシリアに近いですが、一緒の部屋に住んでいる彼女はそこからさらに一歩踏み込んで真人をからかったり、逆にからかわれたりします。信密度だけなら一番真人と近いです。
鈴はのほほんと友達になり、その過程で真人のことをいけ好かない奴と思っています。が、日本時代や中国での代表候補争いのせいで、虐めや人間関係に対する価値観は真人と似ています。理解は示しているけど慣れあう気はない、ある意味真人が一番接しやすいタイプです。
簪は、割と序盤でのほほんが泣かされたことに腹を立てて生徒会メンバーに復帰。なんやかんやで楯無とそれなりに打ち解けている。共通の敵を前に人類は一つになるようだ。
山田先生はあれ以来真人と出くわすたびに昔の男と再会ような微妙に意識し合う空気を醸し出しています。距離そのものは縮まっており、教師に素直に従わない真人がちゃんと従う先生一号として周囲の同僚から「スゲー」って言われたり「年下キラー」って言われたりしています。
唐突に存在が語られたと思ったら殺されたIS庁長官は、IS登場から間もなくしてこういう庁を作るべきだと主張して実際に作り、長官になった女性です。能力主義者で、女だろうが男だろうが仕事が出来ないなら無能とバッサリ切り捨てる容赦のない人でした。この事件を切っ掛けに、彼女の部下だった男性の一人が「仇討ち」のような感情で裏での調査を開始します。
ちなみにこの日から数日、IS庁で働いていた女性の一人が車内に拘束された状態で何かの薬物を点滴で入れられ心停止しているのが確認されます。犯人はどうやら彼女になりすましてIS庁に侵入したようです……。
後書き
予想以上に長くなったので分割します。
幻のIS小説のプロットの更なる続き。
前書き
真人くんは割と極端な設定を施したが為に愛着のあるキャラクターでして、このキャラクターを没にするのは嫌だなぁと当時ものすごく思っていたのを覚えています。
そのため、後に書いたオリジナル短編の「新説イジメラレっ子論」にはセルフ改変した真人くんを出しました。「はて迷」のオーネストも真人くんのセルフアレンジキャラだったりします。このプロット内に登場する真人くんは、その原型になったキャラなのです。
※プロットでは日常会話などが大幅に省かれていますが、真人とセシリアは異性として意識し合っています。
第六章
真人と同級生の抗争にシャルが参戦する。しがらみから解放された彼女は周囲の想像以上に思い切りが良く、周囲から「風原二号」と揶揄されるほどにいじめ関連の絶妙な駆け引きが上手だった。どうやら会社や母親に対して溜まっていたものがあったようだ。また、ラウラも軍隊式煽りで上級生と火花を散らし、今まで水面下で行われていた対立構造がむき出しになる。そんな中、セシリアは自分があまりこの手の戦い向いていないことで小さな疎外感を感じていた。
同刻、一夏は鈍っていた剣の腕をメキメキ上達させていた。しかしそれは強さへのあくなき欲求ではなく、学校内に渦巻く独特の悪意を忘れたいがために没頭しているだけだった。クラスメートとは上手く行っているし、最近は真人にもそれほど邪険にされない。クラスの雰囲気は最初に比べれば軟化していた。それでも、悩みが無くなる訳ではない。
真人たちと上級生の争いに終わりが見えない。同級生も未だに皆が真人を認めているとは言い難く、少し前までシャルに黄色い声を上げていた女子が今ではシャルを毛嫌いしているという手のひらを返したような光景も日常茶飯事だ。別のクラスではもっとひどい噂も出回っているらしい。
一夏からすれば、真人と上級生が互いに謝罪して手打ちにするのが最も平和的ない方法に思える。しかし、真人という男は自分が悪くないと判断した場合は何をされても絶対的に頭を下げないし、あちらもそんな真人が気に入らないので和解する気がない。先生はそれに見向きもせず、どうにかしようとしている大人は少数派だった。
とめどない悪意が生み出す濁り。かつて箒や鈴を助けた時の単純ないじめの構造とかけ離れた現状。仲裁するべき立場である大人が口を出さないという怠慢とも取れる態度。真人はあちらが手を出さない限り決して自分から攻撃することはない。しかし、上級生は真人という存在そのものを根拠に、実体のない巨悪のイメージを作り出している。
両者の戦いは、全く無意味で実体のない戦いなのだ。何故それに気付かないのか。何故応酬は止まらないのか。今までに何度もこの戦いを止めようとした一夏だが、真人たちは「攻撃されたから反撃する」のスタンスを崩さないし、上級生に到っては一夏を神輿にして真人を攻撃する態勢を正当化しようとした。
「言葉じゃ足りないのか?誰かが誰かより下じゃないと、みんな納得してくれないのか?」どちらかを護ればどちらか意味のない戦いをすることになる。どちらも護ろうとしても結局はどちらかがどちらかを弾圧しようとうする。一夏の悩みは袋小路に陥っていた。
鈴はこの戦いを割り切っている。「人間なんていつだってこんなもんよ。アタシだって中国人だからっていうつまんない理由で虐められたし。アタシたち、どうしようもない生き物なのよ」。箒もまたニュアンスは違えどそのような現実を見てきたため、意見は同じだった。足りない物を探すように、一夏の太刀は鋭さを増していく。
迷いは太刀筋を鈍らせる――そう思っていた。千冬の剣は正にそれだった。だが、一夏は迷い、悩み、その中でも前へ進もうとする。その強い意志が、剣に力を与えていた。
箒はそれを間近で受け続けたが、生身はともかくISの方は既に一夏に付いて行けなくなりつつあった。そんな折、彼女の携帯に束から電話がかかってくる。「専用IS、欲しくなぁい?」。あちらからの連絡に箒は微かな不信感を覚えるが、一夏を支えるのにレンタルの打鉄では無理だ。箒は頷く他なかった。
そして臨海学校の日が訪れる。真人を除き、おおむね全員が初日を楽しそうに過ごした。その真人も周囲から離れて趣味の「釣らない釣り」を楽しむことにするが、そこに箒が現れる。「嫌な予感がするんだ」。何の根拠もないが、箒は何年も音信不通だった姉が突然向こうから接触を図ってきたという「感情の機微」が気になっていた。
あまり興味なさそうに箒の話を聞いていた真人だったが、不意に彼女の語る人物を聞いていて思い出す人間がいた。前に釣りをした時に現れた、面倒で不審な女――あの女と会った直ぐ後、真人はテロリストの襲撃を受けた。そのことを話すと、箒はそれは束本人である可能性が高いと感じた。箒は千冬にも嫌な予感を伝えたが、「防ぎようがない」と言われてしまったという。だったら――束に嫌われたかもしれない真人がどうなろうと「防ぎようがない」のではないか。言い知れない不安を感じながら二人はその場を後にした。
その日の夜、真人はのほほんと共に夜食を抜け出していた。別に逢瀬という訳ではない。実は真人は肉の件とは別に、幼い頃食中毒で死にかけたトラウマから生魚が極端に苦手だったのだ。肉と生魚のない食事をあらかじめ用意していたのほほんは何所か楽しそうに真人と共に食事をする。それなりに真人が心を許してくれている気がして嬉しいようだった。そんな所にセシリアが現れ、シャルが現れ、他数名の専用機持ちたちが現れ、全員で夜の月を見上げた。
中学時代の親友たちとアウトドアに出かけた日の夜を思い出した真人は、無性にあの頃の親友に再会したくなった。外出許可はいつまでも出ないが、夏休みには出るだろうか――そう淡い期待を抱きながら。
翌日の朝、束は箒へのプレゼントと共に、真人に最悪の知らせを告げる。それは、中学時代に「友達」だった人物の一人――守達姫が所属不明のISに拘束されている写真だった。その写真を見た瞬間、真人は既にISを展開してその場を立ち去っていた。
周囲は追いかけようとするが、束のことを読み違えていた千冬は真人を捨て置くように指示し、原作の道へと向かう。釈然としない周囲だが、千冬は「更識の護衛」が真人を守っている事を暗に匂わせて納得する。事実、真人には影の護衛が存在した。
それは学園2年生のロシア代表候補生「アレーシャ・イリンスキー」。表向きは楯無と犬猿の仲と称されているが、実際には楯無の異母姉妹でありれっきとした更識の人間だ。しかし彼女は使命感に溢れるが故に、以前のテロ発生時は民間人を護るのに精いっぱいで真人への援護が間に合わなかった。その事を悔いていた彼女は学園では風邪で欠席したことにして数名の部下と共に極秘裏に真人を護衛していた。
真人は殆ど冷静さを失っていた。彼にとって友達とは里親と同じ位に大事な存在。下手をすればその感情は自分の命以上の価値を感じているほどだ。それを誘拐されたと聞いた時、彼は自分が中学時代に住んでいた街へ一直線に向かっていた。
しかしそれをISを展開して追い付いたアレーシャが静止する。真人はまるで効く耳を持たなかったが、そんな彼の耳が急に冷静さを取り戻される。「仮にそれが敵の仕業だとして、正面から無策に突っ込めばそれだけ無辜の民が血を流す!我々に同じことを繰り返させないでくれッ!!」。真人は迸る感情を抑え込み、友達の為にアレーシャに協力することにした。
更識の調査能力を活用した結果、達姫が攫われたのはそれこそ今日の朝であることや、攫った相手が近くの街の大型ホテルにいる事を知る。どうやら拉致の瞬間を束に見られていたのは相手にとっても予想外だったのか、警戒は薄かった。アレーシャは相手が人質作戦を取ってくることも考慮して、最初の一撃で人質と誘拐犯を完全に分断する計画を取る。
作戦は成功、更識の万全のサポートで敵IS操縦者と達姫を分断し、真人は達姫を救いだす。だが彼女に無事かどうかを確かめた真人は、彼女が既に手ひどく痛めつけいる事と声を一切発することが出来ないでいる事に気付く。ISを所有するテロ組織に拉致され、短期間ながら拷問のこうな行為を受けた彼女は精神的ショックから声を失っていたのだ。
達姫は、いわゆる女子の間でのいじめられっこだった。彼女は家族からも近所からも同級生からも虐げられ、それでも痛い苦しいと叫ぶことが出来ない環境に押し込められて他人に媚びる事しか出来ないでいた。それが真人の友達と出会い、様々な問題にぶつかり、やっと打ち明けることが出来た存在だった。
彼女は真人が助けてくれたことに感謝しているのだろう。ありがとうと、彼女はそれまでずっと言えなかった言葉を言えるようになっていたのだ。なのに声は出なくて、どれほど頑張っても出なくて、言葉を奪われた達姫は真人の胸の内で泣きじゃくった。
真人は彼女を更識の別動隊に任せ、そして静かに怒りに支配された。理不尽な現実への怒り――真人が人生で常に燃やし続けていた怒りに任せ、真人はアレーシャが交戦していた元凶のオータム駆るアラクネに猛攻を仕掛ける。「お前が……お前らはぁぁぁーーーッ!!」「『あいつ』のやり方はヌルいんだよ!!本当に手に入れたいんなら人質なりなんなり使ってとっとと言いなりにしちまえばよかったんだ!!なのにあいつも攫ったクソガキも『思うようにはいかない』ってよぉ!!」。
オータムは、以前に真人を攫いに来たあの偽真耶の手ぬるいやり方に反発して今回の拉致事件を起こしていた。彼女の計画では友達全員を攫うつもりだったが、攫われた達姫の真人への信頼が彼女には酷く癪に触ったらしい。余りにも身勝手な行動に堪忍袋が破裂した真人の中で「何か」が起こり、真人はISの限界を越えた超人的な機動でオータムを追い詰める。それはまるで人間の怒りと機械の非情さが入り混じったようで、暴力的で、人間として歪な戦い方だった。
しかし、その戦い方はISのエネルギーを激しく消費させ、戦闘中にIS展開が解除された真人はオータムに捕まる。ISが無ければ唯の青臭いガキ、そう思ったオータムは泣いて赦しを乞えと嗜虐的な笑みで叫んだ。それに対する真人の回答は――突入前に更識に受け取った拳銃によるオータムの顔面へのフルオート射撃だった。「お前がくたばったらしてやってもいいぞ、クソ女」。それは真人という人間が元来持っている、現実への絶対的な反発の意志。彼の友達が真人に見た魅力であり、オータムの怒りを最も誘うものだった。
そして次の瞬間、オータムはあの偽真耶に吹き飛ばされていた。「真ちゃんに手ぇ出したら君から先に処分するって……ねぇ、言わなかったっけ?」。それは真人の先ほどの怒りさえも上回る凄まじい威圧感を持って場を支配する。偽真耶は越権行為を行ったオータムを一瞬で黙らせ、更識たちの目の前でオータムの腹を殴りつけて吐血させ、気絶したオータムをゴミ袋でも引きずるように掴む。「御免ね、真ちゃん。同じような事はこれからさせないから……私が絶対にさせないから。それだけは、信じて」。「信じてもいいけど、聞かせてくれ。アンタは一体俺の……何なんだ」。「味方………かな。これからも、ずっと」。偽真耶が撤退していくのをアレーシャは追撃しようとするが、真人はそれを制した。真人はどうしてか自分でもわからないまま、彼女の事を信じていた。
第七章
達姫は更識の手で病院に通って精神的な傷を少しずつ治療することにした。達姫は、真人と関わったばかりにこんな目に遭ったにも拘らず、筆談で「自分の所為で真人を苦しませた」と逆に謝っていた。真人には彼女が何故そんな風に思うのか理解できない。何故なら、悪いのは自分だからだ。
真人がIS学園に行った後に彼女と友達になった子たちは、真人を疫病神のように蔑んだ。ホテルの戦闘では死者は辛うじて出なかったが、自分がISになど選ばれなければこんな事件が起こる事さえなかったろう。「俺が産まれて来なければ、みんな幸せだったのかな」。昔から潜在的に感じていたことを、真人は吐露する。
自分が自分であろうとすればするほどに誰かが敵になり、傷ついていく。虐めてくる相手に全力で反抗して大怪我を負わせたことは何度もあるが、その度に自己嫌悪を感じていた。自分がこんな人間でなければ――いや、最初からいなければ………。しかし、その台詞を吐いた瞬間、達姫が真人の頬を細い手で叩いた。「そんなこと言わないで、風原。クリューだってタイイツだって、コーリューだってカレンだって、皆あなたにいてほしい。勿論、私もずっとフゲンにいてほしい」。フゲン――それは昔、友達が風原の姓と昔の小説の登場人物をもじってつけた仇名。
懐かしい響きに、自然と真人の頬から涙が伝う。遅れて達姫――彼女の渾名はダッキだった――以外のメンバーが病室になだれ込んだ。堂々と真人をスルーして達姫を可愛がりに行く奴もいれば、真人がいることに驚きまくってる奴もいる。一人は真人が泣いていることを盛大にからかってきた。学園にいってからも、友達はまるで変っていなかった。「成長しねぇ奴等」「それ、君が言う事と違うからね」「私は最初から完成してるわ」「じ、自意識過剰……」「俺達ってそういう集まりだからな!」。
胸のとっかかりが一つ外れた真人は、友達に達姫の事を任せて臨海学校に戻る。時刻は既に深夜を回っていた。しかし、彼を待っていたのは項垂れる箒と、生命維持装置に繋がれた一夏だった。ゴスペルとの戦闘で一時は敵を圧倒した一夏だったが、原作通り「極めて不自然な」密猟者を庇って倒れたのだ。
何故こんな状況になっているのか、事のいきさつを聞いた真人は千冬を睨みつけた。一夏と箒を行かせたのは千冬だ。唆したのが束であっても、千冬が行かせたのだ。仮にそれがIS委員会直々の要請であったとしても、この女は自分が護るなどとほざいていた生徒を死地に向かわせ、そして現在に至る。自分の実の弟が倒れ伏しても未だに指令室に居座っている千冬に、真人は再び激怒した。
「そうか、そうかよ。自分の立場を護る為なら生徒が死のうが自分の弟が死のうが、それでいいってわけか……クズだな、あんた!」「貴様のような責任知らずの餓鬼に何が分かる。お前は暴れるだけで満足だろうが、私はそうではない。私の立場の重さが貴様に分かるのか?」「話を逸らすな!!テメェは世界最強のブリュンヒルデ様なんだろ!?だったら剣を握って助ければよかったんだよ!護る為のISを用意してればよかったんだ!委員会に『糞喰らえ』って吐き捨てて、自分で犠牲の出ない作戦立てて、テメェがケリを着けて来れば全部解決だったんじゃねえか!!」。千冬も言い返すが、真人の爆発的な怒りは止まらない。
「テメェ、自分の地位と生徒の安全を天秤にかけたんだよ!あの胡散臭い兎女の甘言に乗って、自分が傷つかねぇ方を選んで、弟はあの様だ!生徒の命がどうでもいいんなら最初から薄っぺらい責任なんて説くな!!どうでもよくねぇってんならもう一度現実を見て見ろ!!テメェが一体誰の何を護ったのか、織斑の前で言ってみろよッ!!」。その言葉は、ジレンマを抱えた千冬にとって最も残酷な言葉だった。
苦しい判断を迫られた中で、親友を信じてしまった。だから一夏は死にかけている。それが端的な答えだった。千冬はこれまでも生徒のことを一番に考えていたつもりだ。真人がちゃんと他の生徒とコミュニケーションを取れているかどうか、こっそり覗き見をしていたこともある。そんな千冬の「最善」の結果が今だった。
千冬は気付いてしまった。世界最強の肩書と、学園教師の教鞭。その二つを手に持ってしまうと、もう他の物――護る為の剣と、一夏を握る事は出来ないのだ。もっと早く気付いて手放していれば何の問題もなかったのに、自分はなくしてはいけない方を手放してしまった――これ以上喋るのは無駄だとその場を後にする真人を背に、千冬は大いに悩むことになる。
生徒。今まで社会に送り出してきた生徒。これから送り出していく生徒。叱った思い出、褒めた思い出、涙を隠して見送った思い出――思えば千冬は学園教師になってから、どう生徒と接するのかに悩み続ける日々だった。悩みに悩んだ末に、千冬は一つの結論を出す。
悩み続けながら、出来る事をしていく。最も基本的なのに、千冬はそれが出来ていなかったのだ。
その後、結局真人は候補生たちと共にゴスペル迎撃に向かうが、ここで連戦のダメージを修復しきれなかった真人のミソラスが限界を迎え、護衛のアレーシャの援護も虚しく戦闘不能になる。その後、一夏が決着をつけるまでの間、真人は気を失った状態で水面を彷徨い、予備ISで救助に来た千冬に助けられる。
千冬はガタの来ていたミソラスで戦った真人を一方的に咎めたのち、「二度目は起こさせない」と呟く。それは、いつの間にか日和見になっていた千冬が、次からは立場を越えて戦いに参加することの一方的な意思表示。真の意味で「生徒を護る教師」となる事の宣言だった。一夏によってゴスペルが止めを刺される光景を見ながら、真人は偉そうに「出来るならやってみろ」と呟いた。千冬は「やってやるさ」と、青臭い若者のように頷いた。
一方、束はまた真人が自分の予想を辛うじて潜り抜けたことに若干の不満を抱きつつも、自分の思うように事が進んだことに満足する。彼女は自由で、奔放で、自分の為にしか動かない。覚悟を決めた千冬を前に会話を交わしても、彼女はいつもどおりだった。千冬は、その笑顔が今まで自分が想像していたよりずっと残酷で無責任な笑顔であることを少しだけ感じ取り、生徒の為ならば友達でも容赦はしないと警告した。
その日の夜、真人はまた不思議な夢を見る。あの忌まわしい思い出しかないアパートの中、真人はまた見覚えのない少女と共にいた。少女は何故か傷ついたまま横たわっていた。その傷を見た真人は、傷の場所とミソラスの損傷個所が同じであることに気付く。「ミソラス………」。最初は忌々しいだけだったIS、そして眉唾物だったISの自我。真人はその非現実的な繋がりにこれまでにないリアリティを感じた。
自分が戦えば戦うほど、ミソラスが傷つく――真人にとって最も嫌なことは、自分の起こした行動で自分と関係のない人が傷つくことだった。だが、目を覚ました少女は「これが役目だら。生まれてずっとまもりつづけた役目だから」という。「間違ってる。俺のせいでテメェがボロボロになるのが役目だと?そんな役目があってたまるかよ!!」真人はミソラスにその意識の外を見て欲しくなった。そして今のミソラスの在り方を否定する答えを見つけてほしいと思い、彼女を背負ってアパートの外に出ようとする。
そんな二人を、「ミソラスによく似た誰か」が見ていた。
真人の夢は覚めた。
夢の内容は、あまり覚えていなかった。
第八章
学園が夏休みに迫ってきた頃……真人の異母兄妹である九宮梓沙が学園見学に訪れた。見学とはいっても、実質的には二学期から学園に入学することになるため、この日から彼女は学園の人間としてここに住むことになる。
そして、日本政府はイメージアップ戦略として真人と梓沙の二人に「仲のいい兄妹」を演じる――願わくばその通りになる事を望んでいた。しかし、少なくとも梓沙にはその気は全くない。今頃こちらが苦労させられて家族仲まで引き裂かれたことも知らず、女に囲われていい気になっている(であろうと推測される)真人を殴ってやると強く心に決めていた。
一度も真人に会ったこともない梓沙の勝手なイメージでは、真人は優男でへらへら笑っていて、マニュアル通りの台詞を吐いて真人間ぶるいい子ちゃん。施設でそうあることを強要された梓沙は、真人もそんな人間になっているに違いないと信じていた。
実際には外では真人とシャルのガチンコ殴り合い対決の所為で「男性操縦者の怒りっぽい方」という評価を受けていたのだが、政府はこの情報を含む彼の悪行が梓沙の「兄」へのイメージを悪化させるとして勝手に伏せていた。結果、梓沙は様々な方向で勘違いしたまま真人との対面に向かう。
その頃、真人は教室にいた。親友との再会や、夏休みでの多少の自由。それに臨海学校で他の専用機持ちと轡を並べたことで、多少なりとも雑談をする程度の関係を築けていた。未だに真人を敵視する人物は(特に癒子は今でものほほんへの仕打ちを根に持っている)いるが、やっと彼の周辺環境は改善らしい改善を見せていた。
そんな教室に、どこか真人に似た顔立ちの少女が入ってくる。梓沙だ。梓沙は突入するなり一夏を真人と間違えてぶん殴る。余りテレビを見ない梓沙は間違いを指摘されても反省しない。そもそもこの男が見つからなければ真人も見つからなかったという意味では、一夏も諸悪の根源だ。そして改めて無表情な真人に向かい合った梓沙は、今度こそ真人の顔をぶん殴った。「アンタの所為で、全部滅茶苦茶になったのよ!!」。
梓沙は彼が謝ったり、怒ったり、言い訳したり、とにかく何かアクションを起こすと思っていた。それに対する返しまで考えていた。しかし、真人は彼女の凶行に割って入ろうとする専用機持ち達を手で制し、「お前には俺を殴る権利がある。だから、この一発は甘んじて受けた」と告げた。誰に媚びることもない強い瞳に、梓沙は一瞬気圧される。「だが、これはケジメの一発だ。これ以上俺を殴るんなら『保険付き』じゃなくて『自己責任』でやれ」。高圧的とも取れる態度に、梓沙はムキになってありったけの挑発を叩きつけた。こうして二人の最悪のファーストコンタクトは終了した。
以降、夏休みに突入。そして日本の要望で真人とシャルの相部屋(あの後も続いていた。よからぬ噂も流れたが)は解消され、梓沙がそこに入る。僅か数日の、梓沙の一学期目が始まった。彼女の世話は真人に任されたが、真人は頼まれたこと以外で彼女と口を利く気が無かった。何故なら、梓沙は決定的に真人を嫌っており、あちらも話しかけてこないからだ。千冬はどうにか二人を仲良くさせられないかと悩んでいたが、梓沙の意固地さはある意味で真人より厄介だった。
無視すればいい――真人はそれが一番楽なので、迷わずそれを選ぶ。しかし、梓沙は逆に接する機会がない事で彼への潜在的な不満や荒探しが出来ずに苛立ちが募る。そして真人と仲のいい専用機持ちは全員敵扱い。生活環境は違った筈なのに、彼女は妙なところで真人に似ていた。
だが、梓沙はそんな生活の中で、真人は嫌いだが彼が決して物語の登場人物のような典型的悪人出ない事を節々から感じ取っていた。最初は反真人派とよく喋っていたが、彼女たちの言葉の中には「風原真人はそんな人間ではない」と感じることが多くなり、次第に関係はぎくしゃくしていった。
結局距離が埋まらないまま夏休みが訪れたある日、真人が黙ってどこかに出かけるのを梓沙は目にした。何か彼をギャフンと言わせるような弱みが欲しい――そう思った梓沙は、反真人派で一番気が合う癒子と共に彼を追跡する。真人は外出許可を貰い、電車に乗り、段々と学園から離れていく。二人は下手くそな尾行をしながら追跡し、ある家に辿り着いた。真人はそのまま家に入る。どうしても真人の行動を観察したかった二人は双眼鏡などを使って遠くから観察しようとするが、突然彼女たちは黒服の男達に拘束れる。
突然の事態に身の危険を感じた二人だったが、ややあって誰かの指示を受けた黒服は二人を解放し、真人の入った家へ案内を始める。そこで二人はやっと真実を知る。この家は、真人の両親が現在住んでいる場所で、黒服はシークレットサービスだったのだ。
真人はアホ二人に呆れ顔だったが、シークレットサービスとの会話を聞いた両親が「二人に会いたい」と言い出したために仕方なく迎え入れてやったという。短いながら家族の会話を終えていると告げた真人は数か月ぶりに自室(引っ越しをしたために自殺未遂した部屋ではない)に荷物の整理に生き、両親と二人が残される。
真人の両親は、真人とは似ても似つかないほど善良な夫婦だった。歳は50ほどだろうか、どうしても子宝に恵まれなかった二人は当時孤児だった真人を里親制度で引き取った経緯がある。その事を知った二人は、真人が孤児であることを初めて知って衝撃を受ける。
更に、真人は父には捨てられ、母親から酷い虐待を受けて育児放棄されたこと……孤児院から中学時代までずっと誰かに差別され、いじめられ続けていたこと……さらに自殺未遂の事を知る。里親ときちんとした信頼関係を築けたのもつい数年前で、それまでは口も碌にきかなかったという。「優しい子なんだ、本当は。ただ、その優しさを表現することを怖がっているだけでね……」「学園では随分皆さんを困らせているでしょう?本当に不器用で不器用で……でも、あの子が私を『かあさん』って呼んでくれた日は嬉しかったわ」。
夫婦は二人を真人の友達だと思い込んでいる。真人の思わぬ真実を知ってしまった二人は、まさか真人が嫌いでしょうがないから追いかけていたなどと言い出せない。この二人には言えない――そう思わせるだけの柔和さが二人にはあった。結局癒子を中心になんとか乗り切った二人は疲れ果てる。
真人は生まれつきあんな人間だった訳ではない。社会のゆがみや不運、そんなよくない要素が偶然一カ所に集まって、真人が誕生した。両親の会話から、癒子は真人が決して自分から望んであんな態度を取っている訳ではないことをそれとなく察する。だから真人を許したわけではないが、彼女の心は確実に揺れていた。
梓沙も揺れていた。彼女は確かに不幸かもしれないが、真人の不幸はそんな自分のそれが霞むほどに大きかった。梓沙は、彼に意地を張っている自分がとても矮小な存在に思えた。そして自分の母親よりもよほど親らしい里親を持つ真人に嫉妬している自分が嫌になっていた。
晩御飯までごちそうになってしまった帰り道、二人は一言もしゃべらずに真人に着いていく。ばつの悪い二人は両親の前では友達のような態度を取ったが、いざ真人と二人きりになると何も言えない。しかし、そんな二人に反して真人は意外なことを言った。「お前ら二人が来て気が楽だった」。
もしセシリアやのほほんみたいなのが来ていたら余計な事を言いまくって「何とか言ってください!」と具体的な部分を指摘して直訴しかねない。かといって誰もつれて来なかったら二人は不安になるし、シャルや一夏は悪ふざけで愉快犯になりかねない。その点で癒子と梓沙は良くも悪くも小物……初対面の人間に下手なことを言えるほどの勇気はない。
言うまでもなく、真面目な顔で馬鹿にされた二人はこの説明に怒り狂い、真人嫌いは加速した。
ただ、今までの漠然とした存在否定的な嫌いではなく、人物的な嫌いに変わっていたことは、当人たちも気付かなかった。
その後、梓沙は少しずつだが癒子と共に他の生徒ともコミュニケーションが取れるようになっていく。時折厄介な絡まれかたもしたが、気が付くと真人が彼女を庇うように現れた。何か大きな失敗をしてしまった時も、真人は静かにフォローする。何のつもりだと怒鳴っても、真人は口を開かない。家族として接する事はしない癖にこちらを気にかけたような行動を取る真人の真意を知りたくなった梓沙は、苦手なタイプなので接したくなかったのほほんに話を聞く。
のほほんの推測によると、真人は日常を壊された自身と梓沙を重ねており、巻き添えのような形でIS学園に連れて来させられた彼女に内心で同情しているのではないかという事だった。「あずにゃんもそーだけど、まなまなも大概素直じゃないよねー?」。
もしかしたら――真人は真人なりに、「兄」としての役目を果たそうとしているのかもしれない。そう感じた梓沙だったが、彼女が真人を、真人が彼女を素直に兄妹だと思える日は遠いだろう。二人は不器用な所が良く似ているだから……。
第九章
夏休みも終わり学園も再開。とうとう暗部対策も兼ねて楯無が動き出すのだが、真人は楯無を全く信用しておらず、徹底して楯無のペースに乗らない。我慢比べになったら真人は無類に強かった。また、一夏は一夏でいじめ問題などに思い悩んだ結果段々と求道者の道に目覚め始め、からかっても楯無の望むリアクションからずれていることが多かった。
どうにも煮え切らないまま事態は進行し、タイミングは学園祭へと移る。
楯無勢も政府も最大限の警戒網を敷いた緊張感の中、テロリストが取った行動は……「大々的な学園への直接攻撃」だった。IS3機による一斉強襲+あの事件の洗脳兵にパワードスーツを着せた人間。これまで水面下で動いていたテロリストの余りにも直接的な、しかも民間人が学園に訪れているタイミングでの襲撃で学園と政府は再び後手に回ることになる。
専用機持ち達は襲撃IS迎撃へ。一夏、真人は他の生徒と共に避難を強いられるが、そこで二人はのほほんだけがどこにもいない事に気付く。周囲に聞いてみると「一人だけ真耶と別の所に行った」という。しかし、真耶は現在テロリスト迎撃のために政府と連携を取っている筈。真人は直感的に、のほほんを連れ去ったのが偽真耶だと言う事に気付く。
のほほんを助けるために初めて緊急時に共に行動する一夏と真人。二人が移動した先には、気絶したのほほんと、完全に戦闘不能にされた楯無。偽真耶はなんと楯無を一方的に下したのだ。圧倒的なまでの実力の差――偽真耶曰く、真人を護衛するときの真耶はブリュンヒルデクラスの戦闘機動をしており、それに比べてロシア代表でもある楯無はあまりにもお粗末だったという。
偽真耶は、今回の作戦も自分としては不本意だったと語り、真人がこちらに下るのならば同僚を黙らせてこの場から撤退させると提案した。テロの流れ弾は校舎の一部を壊すほどに激化しており、いつ民間人に死者が出てもおかしくはない状況だった。
楯無は自分の実力が届かない現実を悔いた。一夏は「全員助けると言う選択肢を確実に潰してくる」敵という存在に、自分の認識の甘さを噛み締めた。そして真人は、「この人は嘘をついていない」とまた根拠もないのに直感する。投降を考えて手ぶらで前に出る真人――しかし、外で戦闘していたMの駆るゼフィルスが建物内に突入。一夏を発見してそのまま交戦に入る。
簪が訓練機で駆けつけて楯無とのほほんを保護し、やむを得ず4機は戦闘を開始する。一夏はMを迎撃し、真人はそれを援護し、Mは一夏を集中攻撃し、偽真耶はラファールのようなISを展開してMを援護する。偽真耶は何故か真人を撃つことは絶対にしない為、それを利用した巧みな真人の援護によって戦闘はこう着状態に陥る。
だが、やはり学生二人の即席コンビでは限界があったのかエネルギーの限界が近付く。そんな折、真人は見たくないものを見てしまった。事件の混乱で集団からはぐれた3年生が戦闘現場に紛れ込んだのだ。最悪な事にMもまたその存在に気付いており、「一夏の心を折る為に」BTで容赦なく生徒に発砲。真人は咄嗟にISの盾であり武器でもある複合装備を展開し、身体を張って護る。偽真耶はそこで真人が生徒を守っている事に気付くが、Mはそれもまた一夏への精神攻撃になると一斉砲撃。エネルギーが限界に近づいていた真人のミソラスは、バリアエネルギーの残量が一気にゼロになった。
真人は死を覚悟したが、その時、真人の意識が遠のいた。
いるのは忌まわしいアパートの一室。どうしてか、いつもと違って玄関が開いている。そこで真人は玄関の外の何もない空間にミソラスがいる事に気付く。全身が痛々しい生傷で覆われている姿を見た真人は、その傷が致死に到っていることを確信した。
ミソラスは「貴方を守りきれなかった」と謝り、「自分の全てはその子に託した」と言って真人の後ろにいたミソラスそっくりの少女を指さす。真人はありったけの言葉を叫びながらミソラスに手を伸ばした。「馬鹿野郎……何でだよ!!何でお前は俺なんかを守って死んでいくんだよ!!どいつもこいつも……俺が傷ついて欲しくないと思った人は皆いつもこうだ!!」。「何でいつも、傷付けてるのは俺なんだよッ!!」。真人はこのアパートで母親の暴力に耐えきれなくなり、家にある鈍器で母親を殴りつけた。殺さないと自分が死ぬと思ったからだ。事実、この行為で真人の母親はとうとう本気で真人を殺しにかかり、重傷を負ったことで虐待の事実が発覚した。真人は母親に愛して欲しかったのに、母親からは暴力しか返ってこなかった。そしてそのまま、母親は行方をくらまし、真人は肉親の愛を受けることが永遠に出来なくなってしまった。その後も、直接、間接に関わらず、気が付けば真人に関わった人ばかりが傷付き、怪我し、時には死んで行っていた。
そう、このアパートは紛れもない真人の心象風景。真人はあの時の後悔を乗り切れないまま15歳になってしまった。ミソラスはそんな真人の心の中に入り、ずっと健気に真人の身体とを護ろうとしていたのだ。ミソラスがここから外に行けないまま目が覚めたのは、自分の心がこの場所に縛られているから。ミソラスが消滅しようとしているのは、全て真人の所為だった。
真人は、消えゆくミソラスを助けるために涙を流しながら手を伸ばす。部屋を飛び出してミソラスに手が触れる瞬間、彼女は粒子になって消えた。消える瞬間の彼女は、少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。粒子になったミソラスが真人の後ろの少女に吸い込まれるように寄っていき――
気が付いた時、真人はミソラスに似たISを展開し「限界を超えた機動」でMと偽真耶に戦いを挑んでいた。獣のような咆哮を上げて二人に猛攻を繰り広げ、Mには大きなダメージを与える。しかし偽真耶を倒すには至らず、テロリストたちは撤退していく。
呆然とする一夏、助けられた3年生をよそに、真人はミソラスが消えてしまったことを悲しんで泣いた。
説明しきれていない情報
オリキャラのアレーシャはとても生真面目な人ですが、実は次期楯無襲名候補第二位だったために楯無との間に温度差があります。というか、楯無が一方的に「実は疎ましがられてるのでは?」と内心でビビりつつもアレーシャにもう少し近づきたいなーと考えているのに対し、アレーシャはイマイチ楯無との距離感が分からないで近付かれても戸惑うという関係になっています。
後書き
正直、プロット長いよ!もうここまで来たら普通に書きものだよ!と内心で思っています。
幻のIS小説のプロットが長すぎたが完結した。
第十章
真人の首に付けられていたチョーカー……実はそれは、ISだった。ミソラスが消える直前に全てを託したあのミソラスそっくりの少女がそれだった。真人はそれを学園の身体調査によって知った。ISの出どころはIS委員会。偶然にも「ISの形態になれない欠陥コア」があったのを真人のチョーカーに転用したものだった。確実に作動し、決して外れないチョーカーという条件をそれは満たしていたのだ。
同時に「限界を超えた機動」の正体が「ISコアの二重起動」であったことが束によって明かされる。死の直前にミソラスはそれに気づき、チョーカーに自分の「人格」以外の全データを転送したため、今のチョーカーは実質的にミソラスを共食いした強化個体となっていた。この際にコア部分もチョーカーが6割ほど吸収し、真人はあの驚異的な戦闘能力を得ていた。
そして、真人は不快な笑みを浮かべる束に衝撃の事実を聞かされる。
本来ISに適応しない筈の真人がISに適応しているのは、ISが真人のボロボロの心を「保護」しようと考えたため。だからISは真人の心や体を「傷付かないように少しずつ作り変えている」という。真人はそんな訳はないと主張したが、千冬はその主張に心当たりがあった。真人は人間の死体を見るなどの衝撃的な光景を目撃して肉がトラウマになったりもしたが、既に彼はそれを克服し始めている。この事を知った時、千冬は「克服が早すぎる」と感じていた。真人自身、ミソラスを展開し始めた頃から周囲にどんどん甘くなっていく自分の事を思い出すと、完全に否定することが出来ない。
変わっている証拠だと束は真人の腕をナイフで切りつけるが、ナイフが体を抉ったのに痛みをあまり感じない。それ所か傷が塞がっていく。傷付きにくいように、痛みが少しでも減るように。
この日を境に真人は少しずつ自分の異常に苛まれる。
前ならば不快とさえ思っていたことが、それほど不快に感じない。自分の関わってきた衝撃的な事件や思い出の事を咄嗟に思い出せない。すれ違いざまに針金をひっかけられるなどの嫌がらせ(割と前半からあった)も、痛みをそれほど感じなくなっていた。
周囲は賑わしい。この学園の友達と呼べる連中とは距離が縮まり、反真人派だった癒子や腹違いの妹との接点や会話も増えていく。また、学園祭の事件で真人に庇われた上級生が掌返しで真人を褒め称えはじめたため、上級生との対立構造も風向きが変わり始めていた。客観的に見れば、人間関係は今までになかったほど円滑だった。
だからこそ、真人は焦る。
学園に来た頃に感じた、中学時代の友達からどんどん遠ざかっていくような感覚。政府と学園に完全管理されている状況への反撥心。怒り、苛立ち、極めて冷めた感情。「自分らしさ」。それが、パズルが崩れるようになくなっていく。自分が自分でなくなっていく。全てが順調な環境の中で、真人は次第に精神的に追い詰められていく。
このままでは、ミソラスを送り出したあの時の涙さえ、消えてなくなってしまう。自分の所為で真耶が足に一生残る火傷を負ってしまったことも、達姫のトラウマも、全て……何に対しても恐れを知らずに突き進んできた真人は、最も確固たる意識だった「自分」が「自分」でなくなっていく事実に、とうとう恐怖した。そして、その恐怖を必死に隠そうとする。この恐怖心さえもいつか消えてしまうかもしれないと思うと、震えて眠れない日さえあった。
そんな彼が何かを隠していると最初に気付いたのは、皮肉にもセシリアやシャルではなく彼を客観的に見つめている鈴だった。彼女は真人が嘘っぱちの感情を時々浮かべている事に気付き、それとなく彼に詰問する。当然真人は誤魔化すが、その時の彼の誤魔化し方は鈴から見て「下手」だった。
こっそりそれを千冬に報告した鈴。千冬はその原因が束に言われていたあの事ではないかと直感した。最初は真人が傷付かないのならば結構な事だと思っていたが、千冬は真人の恐怖を知らない。だから、千冬は真人を自分の部屋に呼び出した。……盛大に散らかった自分の部屋に。
千冬からしたら弟以外には決して見られたくはない光景だが、真人と向き合うには教師としての仮面を脱ぎ捨てなければならない。だから敢えて晒して……当然の如く猛烈な恥をかいた。余りの汚さに真人もこの空間で過ごすのが嫌だったのか勝手に片付け始め、話が始まる前に千冬は羞恥で逃げ出したくなるのであった。
しかし改めて話を始めると、やはり真人のガードが固くて解けない。ここで焦ってはいけないと思った千冬は話を将来の事や世間話に切り替える。自分に無関係でもなかったため、真人との会話はきっちり続いた。
その日の夜、真人は夢を見る。恩を感じていた筈の義理の両親が、いつかテロに巻き込まれて泣いていた子供を息子と呼んで可愛がっている夢だ。夢の中の真人は独りぼっちになっていた。夢の中の中学時代の親友は、「先に忘れたのはお前だ」と冷酷な言葉を告げ、自分の元を去っていく。
去っていく友人の名前が何だったか、真人はその時思い出せなかった。
目が覚めた時は深夜。気が付けば梓沙が心配そうに顔を覗き込んでいた。相当魘されていたらしい。のほほんと同室だったころはよく魘されていたが、シャルと和解した頃には魘される事は殆ど無くなっていた。だから、「時々そう言う事はある」と言って梓沙を納得させようとした。しかし、真人の指の爪は深く掌に食い込んで出血し、唇を自分で噛み切っていたのか、その時の真人のベッドは血で汚れていたため、梓沙は納得しなかった。
自傷行為。それは、真人が出来る最後の抵抗。もしこれさえできなくなった時、自分はいなくなる。そんな恐怖に駆られた真人は、耐えきれずに泣いて梓沙に縋りついた。そして自分がどんどん自分でなくなっていくという(束と千冬しかこの辺りの話は知らない)ことが心底恐ろしいのだという本音を喚き散らすように吐露した。「俺が、俺の中からいなくなっていく……!!怖いんだ!!このまま何もかも忘れて、俺が風原真人でさえなくなっていくのが嫌なんだ!!いなくなりたくない………誰か、助けて……ッ!!」。
梓沙にとって、真人は強い人だった。最初は一方的に嫌っていたけど、今では兄だと呼んでもいいと思える存在だと感じていた。そんな真人が吐きだした誰よりも情けない本音を聞いた梓沙は、真人が本当は誰よりも脆くて傷付きやすい人間であることを悟る。「私、守られるんじゃなくて守らなきゃいけなかったんだ……」。梓沙は真人をきつく抱きしめる。梓沙はずっと縋るものを欲していた。母親に母親であることを縋り、真人が「悪」であることに勝手に縋り、そうでないと分かった時は真人が「兄」だと思って心のどこかで縋っていた。でも、真人だって誰かに縋りたかったんだ。
一緒に生きて行こう。一緒にどうにかできる答えを探そう。縋るのではなくて助け合って生きよう。梓沙は自然とそう考えるようになり、兄の誰にもぶつけられなかった弱い部分を受け止めた。
翌日、真人は梓沙と共に千冬の元に行き、自分の様子がおかしかった理由を素直に告げた。すると千冬はそれを防ぐ最も簡単な方法を提案した。「真人の内面の書き換えは、ISを展開し、辛い思いをするからISがそれに対策を立てようとすることで起きる。お前の内面と行動の自己矛盾がそれを引き起こしているんだ。ならば方法は簡単……お前が本当の意味で自分に素直に生き、そしてISに出来るだけ乗らず、テロリストの動乱にも巻き込まれないようにすればいい」。近々真人を襲撃してきたテロリストの拠点を殲滅する作戦も展開されることを告げた千冬は、真人に「もう少しの辛抱だ」と告げて抱きしめた。
テロリストさえどうにかすれば、後は真人が一人の人間として感じる受難だけ。それに真人が素直に向き合っていれば、真人は真人のままでいられる。彼がまた真耶の時のように感情を自分だけにぶつけるような真似をしたら話は別だが、それはきっと梓沙が防いでくれる。
この日から梓沙と真人は隣り合って歩くようになっていった。
第11章
その日――テロリスト「亡国機業」への総攻撃がIS委員会で決定された頃。
それまでのように日常を送っていた真人は暇を弄ぶように「釣らない釣り」をしていた。本来ならばイベントの予定だった日付が度重なる事件のせいで中止になって休日となり、数日間の連休に変わっていた。のほほん含む生徒会組は機業との決戦準備に動き回っているようで誰もおらず、一夏と箒は政府の依頼で雑誌取材の為に出張中。シャルはリヴァイブの改修のために本国へ、鈴とラウラは本国の要請で千冬と共にテロリストとの戦いに召集されて委員会へ出頭。梓沙は政府から専用ISを貰いに行くということで真耶とともに学園を出ていた。
一緒にいると騒がしいのに、いざいなくなると物足りない気がする……もやもやした感情を抱えた真人は釣りを中断してセシリアの所へ向かう。彼女だけは特に用事もなく学園に残っていたので、暇を持て余しているだろうと思った。しかし宛は外れ、セシリアは癒子たち他の生徒と談笑していた。本格的に暇を持て余した真人はふらふらと歩き――そこで見慣れない男と出くわした。
男は重傷を負って倒れ伏しており、明らかに不審だった。しかし彼の形相は鬼気迫るものがあり、必死に何かを伝えようとしている風だった。真人はISの技術を応用した応急措置を施し、学園の人間に彼を病院へと運んでもらう。男はIS庁の人間で、何か重要な情報を持ってきているようだった。
一抹の不安を覚える真人だが、「お前はもう動かなくてもいい。私がケリをつけて見せる」と大見得を切った千冬を信用することにして、頭の隅へ不安を追いやった。
その日の夜、真人はセシリアから突然「明日、真人の故郷を案内してくれないか」と頼まれる。真人は変な事を言うな、と思いつつも翌日もまた暇なので了承する。了承を受けて喜ぶセシリアの姿に、真人は少しだけ男として心を揺さぶられた(途中プロットでは省いているが、真人はここまでの日常生活でもセシリアの仕草や笑顔に時々ドキッとさせられている)。
真人は知らないことだが、セシリアは真人への愛の告白を計画していた。様々な事件や踏ん切りがつかなかったこともあって先延ばしにしていたが、一部専用機持ちには既にこの事を告げてあり、シャルや梓沙からは背中を押されてすらいた。(これまたプロットでは省いているが、セシリアが真人を恋愛対象として意識する描写は日常で散見されている)。
のほほんのようなサポートもシャルのように近しく接することも、梓沙のように家族として傍にいる事も出来ない立場だったセシリアは、この告白に強い想いをこめていた。昼間の談笑も途中からこの告白の話になり、彼女の想いを知っていた皆からは茶化されまくっていたくらいだ。
当日、二人はは自分が暮らしていた街をデートのようにぶらつく。途中で友達に見つかってものすごく茶化されたり、思い出したくないような思い出をポロリと漏らしたり、達姫の見舞いに行ったり……傍から見れば特別楽しい事はないように思えるが、真人もセシリアも気分的にはとても安心感があった。
そして、ふと気が付けばセシリアと真人は二人きり。セシリアは覚悟を決め、告白しようとする――。
しかし、告白は途中で遮られた。
二人のISを通して、全く同時に緊急連絡が入ったのだ。その知らせは……「風原の両親宅付近で戦闘発生」。その瞬間、真人は使用を制限されていたミソラスⅡを展開して飛び立っていた。セシリアも遅れつつ、無断でISを展開してそれを追う。千冬の宣言は、無情にも破られた。
現場では既に常駐していた自衛隊IS空挺部隊と無人機らしき機体群の戦いが勃発していた。二人は自衛隊と敵を挟撃する形で戦闘に突入しつつ、なんとか両親の元へと辿り着く。幸いなことに両親は無事だったため、二人は安堵する。だが、この瞬間に状況が一変した。周囲の無人ISが「バリア貫通兵器」を突如使用してきたのだ。国際的に違法とされるバリア貫通武装に自衛隊は次々に重傷を負って戦闘不能、若しくは死亡していく。遅れてアレーシャや簪の率いる更識部隊も到着するが、無人機の攻撃は真人たちの所に集中しているために二人は両親を安全な場所にも運べず攻撃を防ぐことで精いっぱいになる。
このままでは守りきれないと考える真人だが、装備的に防御向きのミソラスⅡが攻勢に出るとティアーズでは両親をカバーできない。かといってセシリアが前に出たら、最悪彼女は死亡する。懊悩する真人に、セシリアが「自分が前に出る」と告げる。「ここで真人さんのご両親を守りきれなかったら、わたくしの心に一生の禍根を残します……だから、出ます」。真人は止めようとするが、セシリアは頑として聞かない。
「無事に事を終えることが出来たら、伝えたいことがあります。ですから、わたくしの事には構わずお二人を守り通してくださいな?」。セシリアが空へ飛びだす。
セシリアの動きはそれまでの彼女の限界を超えたものだった。マスターしていない筈のフレキシブルをフルに活用し、BT運用時の動きの鈍りを克服し、一人で真人たちを攻撃するISを次々に撃破していく。セシリアの魂の戦い――しかし、突然それは訪れた。
無人機がやっと目減りしてきたその時に、セシリアの頭部に凶弾が突き刺さった。
自衛隊内の裏切り者による発砲だった。
更識部隊が一気に攻勢を仕掛けて速やかに無人機を無力化するなか、真人は咄嗟に両親の元を離れて落ちてくるセシリアに手を伸ばした。弾丸はセシリアの右目を貫いていた。ダメージで痙攣しながらも、セシリアは真人の両親の安否を確認する。両親は、更識に保護されて無事だった。それを知ったセシリアは、弾丸に抉れた顔から血を流しながら「よかった」と呟いて意識を失った。
戦場となった住宅街に、真人の悲鳴が木霊した。
彼女が伝えたいことは、聞けず仕舞いだった。
自衛隊内の裏切り者は捕えられた。家族を人質に取られて犯行に及んだ、家族の為にはやるしかなかったと彼女は泣いていた。――後日、彼女の両親や兄弟は既に全員が何者かによって殺害されていることが確認された。裏切り者はその事実を知った途端に狂ったように嗤いだし、その場で舌を噛み切って死亡した。
最終章
セシリアは重体だが、死んではいなかった。ISがバリア貫通弾の対策プログラムを不完全ながら構築していたため、ダメージは脳まで達してはいなかった。ただ、潰れた右目だけはもう二度と戻らないだろうと医者は言った。セシリアの身体は、白式がそうだったようにブルー・ティアーズが全力で護っている。
それを唯見ている事しか出来ない真人の元に、一夏と箒、シャル、そして梓沙と真耶が訪れる。他のメンバーも遠距離映像通信で一堂に会した。
風原とセシリアが戦っていた頃、IS委員会を含む先進各国の重要機関に無人ISの一斉攻撃が起き、世界は一夜にして混沌とした状況に突入していたそうだ。テロリスト襲撃の計画が漏れていたとしか思えないタイミングでの攻撃……そして、条約違反のバリア貫通兵器の容赦ない使用。各国は腕利きのIS操縦者が次々に死亡、重傷を負っており、テロリスト決戦用の戦力が半分以下にまで減らされていた。
敵の本部は、IS委員会発足によって実質的な存在意義を失ったジュネーヴの「国際連合本部」。更に、先日真人が助けたIS庁の人間はスパイとして敵地に入り込んでいたことが判明し、指揮官クラスや無人機の構造的欠点や行動パターンなどの貴重な情報を手に入っている。
最早是非もない。IS委員会の上層部が壊滅した今、各国は専用機持ちも戦場に投下し、全指揮権を千冬に回す事を決定していた。もう不要な犠牲をなくすには全てをかけてテロリストを壊滅させるしかない。千冬は生徒には日本で防衛に回るように指示し、自分は「暮桜」で出撃して敵を全滅させると宣言する。
生徒を護ると言いながら、真人は戦いに巻き込まれてセシリアはこの様。千冬は口先だけの自分にもう我慢がならなかった。鈴、ラウラは本国の要望で作戦参加を免れないが、それでも千冬は守ると決めていた。例え自分が死するとも――だ。
また、千冬はもう手段は選んでいられないと束に連絡を取り、「万が一の時の為に学園の防衛を任せる」という禁断の方法まで使う。文字通り千冬の全力だった。
一夏、箒、真人、梓沙、シャル……そして更識からアレーシャと簪……真耶を含む教師数名も学園に残り、千冬は高速輸送機に乗ってジュネーヴへと飛び立つ。だが、これだけの用意をしてもなお、運命は千冬を嘲笑った。梓沙の元に、彼女の母親を亡国機業が預かったことを伝える犯行声明が届いたのだ。
しかも、その母親を日本近海の孤島に作られた基地に運び込んだことまで報告しての、明らかな挑発・陽動行為。しかし、梓沙はそれを知った瞬間に周囲の静止を振り切ってISで出撃する。顔所にとっては、縁が切れたも同然であろうとやはり母親なのだ。学園余情組がそんな彼女を助けるために出撃するまで、時間はかからなかった。
遅れて束の無人機部隊が出現してテロリストの無人機と戦闘に入る。あくまで「学園の防衛」のために――クロエの『黒鍵』も出撃するが、彼女に任されたのは「一夏と箒さえ無事なら後はいい」というものだった。
その頃、ジュネーブでは既に戦闘が始まり、千冬は鬼神の如き実力でテロリストを圧倒してゆく。鈴とラウラも戦闘に参加しながら戦いの勝利を確信していた。日本で何が起きているかは、伝わっていなかった。
敵はまるで梓沙だけ受け入れるように彼女を素通りさせ、残りの全員を妨害する。一夏は若かりし日の千冬を彷彿とさせる実力で次々に敵を斬り落とし、真耶も全力装備で砲撃。シャルと真人も新調したラファールとリミッター解除のミソラスⅡで大暴れして突き進むが、そこに最強の敵が立ち塞がる。
それは、幾度となく立ちはだかったあの偽真耶だ。
偽真耶は瞬く間に『黒鍵』を撃墜。その気迫は今までの比ではない。アレーシャと簪が攻撃を仕掛けるも、捨て身の接近攻撃で瞬く間に2機を撃墜する。ミサイルが顔面に直撃しても瞬き一つしない胆力と圧倒的な攻撃力。このまままともに戦ったら勝てない――そう感じた真人は賭けに出る。それは、どうしてかずっとこちらの身を案じていた偽真耶にだけ通じる方法。
「俺と一騎打ちしろ。俺が勝ったら通してもらうが、俺が負けたらアンタの好きにしろ」。偽真耶は、迷わずそれに乗ってきた。彼女は今日、何があってもここで真人を捕まえる気なのだと周辺は確信した。真人と偽真耶は戦いの場を島の近くへ移していく。
一方、他のメンツは真人を助けに行こうとするが、無人機の凄まじい攻撃に下手な動きが取れなくなって追跡できない。そんな中、シャルは一か八か、ガーデン・カーテンによる強制突破で先に梓沙を助けに向かう作戦を敢行する。束の無人機が一夏と箒だけを守護するように戦うなか、友達を助けに飛ぶことも出来ない歯がゆさに一夏は「畜生」と何度も怒声を上げ、自分の無力さを悔いた。
真人と偽真耶の戦いは、まさに人類の限界を超えた決戦だった。限界を超えたIS能力で戦う真人に対し、偽真耶は限界を超えた精神力と身体能力だけで押し込む。戦いの余波で周辺が抉れても、偽真耶は倒れないどころか真人に更に大きなダメージを――致命傷だけは与えないように――ぶつけ続けた。
だが、真人も倒れない。ミソラスの死を目の当たりにしたあの時、真人は「前に進む」と誓ったのだ。そのために、もう一人の相棒が力を受けついだ。
土壇場の土壇場で、ミソラスⅡはセカンドシフトを起こし、押されていた状況がひっくり返る。
だが、もう死んでもおかしくないほどの攻撃を叩きこんだにもかかわらず偽真耶はまだ倒れない。
二人の戦いはさらに激化し、とうとう企業の基地の上層をぶち抜いて内部に突入した。
最後の最後の最後――激化した戦いのなかで真人は卑怯な手を使った。次の一撃を喰らえば確実に戦闘不能にされる。そんな状況で、真人は「自分の展開しているバリアを解除した」。偽真耶の攻撃が当たれば真人は死ぬ。通常なら考えられないことだ。しかし、偽真耶はそれに気付いた瞬間、無理やり攻撃の軌道を変化させて真人に当たらぬよう体勢を崩した。その決定的な隙に、真人は自らの持つありったけの攻撃を叩きこむ。
今度こそ、偽真耶は倒れた。
擬態が少しずつ溶けていく中で、真人は偽真耶に質問する。
「アンタは、結局……俺の何だったんだよ」。その質問に、偽真耶は口を開きく。
「むかーしむかし……あるテロリストの女が心臓を患い、戦えなくなりました」。「テロリストの仲間は、その女を助けるために代わりの心臓を探し……理論上拒絶反応が起きない心臓をやっとの思いで発見します」。「心臓移植は成功……代わりに心臓を抜き取られた女は死にました」。「しかし、その頃から女テロリストの夢に同じ子供が何度も現れるようになります」。「僕を嫌いにならないで……僕を愛して……子供を産む事の出来ない体だったテロリストは、いつの間にかその少年が自分の息子であるような錯覚を覚え始めました」。「そしてある日、女はその夢に出る人物が、前の心臓の持ち主の子供であることを知りました……」。「その頃から、テロリストは血で汚れきった手で、それでもその子に『親として』何かできないかと………」
そこで言葉を切った偽真耶は、とても優しい声で囁く。
「一目見た時、『この子は私の愛する子だ』って……そんな訳ないのは知ってるよ。知ってるけど……それでも愛してた。大好きだよ、真ちゃん――」
臓器移植によって、前の臓器の持ち主の嗜好や記憶が受け継がれるという話を、真人は思い出した。だとしたらこの女に心臓を奉げる事になった人物は、自分の――。
「アンタは人殺しのテロリストで、気味が悪くて、厄介で最悪な女だったよ。――だから、そんな女を今でも信頼してる俺は、どうしようもない大馬鹿なんだろうな……」。偽真耶の顔を確かめることなく、真人はその場を後にする。記憶の片隅に微かに残る嘗ての母親の愛と偽真耶を重ね、大粒の涙を流しながら。
もしも母親であることの条件が「子を愛すること」ならば、彼女は肉親よりも母親に相応しかった。
その頃、梓沙は母親を助けるために基地の中を誘導されるように飛翔し続け、ある場所に辿り着く。そこには二つのガラス越しの部屋と、ひとつのレバー。部屋の一つには自分が助けようと頑張った母親の姿。そしてもう一つの部屋の中には……親友の癒子たち数名の友達。何故ここに、と思わず問いかけると、学園襲撃前に無人ISによって強制的にIS内に取り込まれ、ここまで運ばれたと言う。母親の方はとにかく暴れながら助けを求めており、梓沙は一先ずガラスを斬ろうとする。
しかし、ガラスだと思っていたそれはISの絶対防御のバリアで、梓沙では突破できない。一夏の零落白夜なら突破できると思いついた梓沙だったが、そこで帰り道が突然閉鎖され、何者かの陽気な声が部屋に響く。ピエロ気取りの不快な声は、レバーを右に倒せば右(癒子達の部屋)は助かり、左に倒せば左(母親の部屋)が助かると言う。しかもこの部屋は何度も使われたらしく、『以前の映像』をご丁寧にモニタに、しかも敢えて梓沙ではなく中の人間に見せつける。母親は真っ青な顔色を更に蒼くして梓沙に助けを求め、親友たちは余りに残酷な光景にその場で嘔吐しながら死にたくない泣き叫ぶ。
別の道から真人も駆けつけるが、バリアはどうアプローチしても盤石。更に基地は守りを捨てて外のISと戦っており一夏はとてもではないが部屋までたどり着けない。そしてもう一つの零落白夜は千冬の手にある。陽気で不快な声は、選ばなければどちらの部屋も潰すと告げて梓沙にレバーを引くことを強要する。
親友を見殺しにするか、母親を見殺しにするか。そんな選択肢、誰だって選べるはずがない。選べないと分かっていてこの選択を強要しているのだ。そしてこの声の主こそが恐らくは亡国機業の首魁。つまり、殺す事にためらいを感じないサイコパス。
こうなると真人にもどうにもできない。最悪、二部屋とも最初から殺す気かも知れない。母親の懇願と親友の叫びが交互に飛び交う中、梓沙は悲鳴を上げながらレバーを掴み……どちらにも倒せなかった。
『ホホウ!それが君の答えという訳だ!オーケイガール、じゃあ君はどっちの部屋も見殺しってことで――!!』
「なーに迷ってんだか。ほいっと」
どこからともなく現れた束が、梓沙の手に自分の手を重ねてレバーを左に倒した。
親友たちの部屋のバリアが解除され、中に素早く侵入した真人が全員を外に連れ出す。同時にごりごりと音を立てて梓沙の母親がいる部屋の天井が下に降りてきた。そのまま押し潰す気である。束に倒されたレバーを呆然と見つめた梓沙は、やっと何が起きたのかを理解して必死に母親に手を伸ばそうとするが、何をどうしてもバリアが突破できない。真人もどうにかしようとするが、憎たらしいほどに全ては無駄だった。
梓沙の母親はとうとう懇願をやめて「あんな男とヤったから!!」「アンタみたいなのが生まれたから!!」「アンタの所為で何もかもメチャクチャよ!!ゴミクズのアンタなんて!!」と耳を塞ぎたくなるありとあらゆる罵詈雑言を漏らしながら壁にゆっくりと潰されて人間の物とは思えない悲鳴を上げた。そして、ごちゃり、と完全にプレスされて死亡した。真人は咄嗟に梓沙を抱いての視界を覆うが、それは梓沙の心を壊すには十分な現実だった。
束は正直自分の気に入った人間しか護る気はなかったが、まともに千冬に頼られたのが嬉しいのと生徒が何人か避難所から消えている事に気付いてここまでやってきたという。そして、レバーを押して生徒を『助けた』。部屋のシステムが原始的すぎて彼女にも乗っ取れなかったので、片方を見捨てるのは必然だった。と、本人はへらへら笑いながら説明する。
「それにしてもその子も馬鹿だよね。老い先短い上に生産性の低いゴミ女を一人より、将来の展望がないわけでもない凡人を何人か生かした方が『効率がいい』のに。それとも増えすぎた人類を減らす方にするのか迷ったのかな?束さんには訳ワカメだよ」
もう失神寸前まで追い詰められて言葉が届かない癒子たちと、呆然自失で何も聞こえていない梓沙を抱きながら、真人は束という人間が心底嫌いになった。
束は、この部屋以外の基地システムを全部掌握していたが、首魁だけはまだ見つけられていない事を語り、戦闘不能な梓沙たちをおつきのゴーレムに運ばせてその場を去った。真人はその背中にIS拳銃の照準を突きつけるほどに束が憎らしかったが、『非効率』なのでやめた。
一方、突入したシャルはその首魁である『ピエロ気取り』と対面していた。そいつは30歳程度の女だった。シャルはその顔に見覚えがあった。あれは確か、父親に無理やり付き合わされたパーティで顔を見ただった国連の幹部格。束が動いたことで全てを覆されたのか、やけになって喚くような口調で彼女は勝手に喋る。
それまで国連のしょうもない役職に就く人間だったこと。IS委員会の所為で人員が激減した国連の中で高い地位に付き、コネクションを得たこと。貧しい国に分配されたISを「研究補助」の名目で手に入れ、IS委員会が国家間競争を激化させる中で警戒の薄かった国連側からのアプローチで『亡国機業』を作ったこと。
女尊男卑社会は愉快だったそうだ。そして自分が出世して他人を追い越し、自分の指先で極秘裏に世界を動かせることが快楽になったそうだ。後は快楽を欲するままに後進国や途上国を支配してビッグマネーをかき集め、今度は国連と委員会の立場を逆転させようとしていたらしい。
彼女は支配する気はない。遊んで快楽を得たいだけだ。そんな中でも特に学園を壊したくて仕方なかった。自分たちは中立で安全だと思っている世間知らずの連中を殺してみたい。一夏のような理想ばかり語る男を絶望に染めてやりたい。血縁だけで学園に入った梓沙の心を壊してやりたい。そうして、自分が優位に立ちたい。
唯一、偽真耶だけは組織を壊す可能性があったために彼女の要望だけは取り入れながら、荒くれ者やはみ出し者、廃棄品に死にぞこないを首輪つきのIS操縦者として使役し、ゆくゆくは束を屈服させるつもりまであった。
しかし、分不相応な欲望は身を滅ぼす。シャルは今もどこかで敗北を認めていないこの女が「偶然高い地位についた愚か者」であると告げ、彼女を激昂させる。女は結局、『歴史に名を残す事件』とやらに名を刻んで脚光を浴びたいだけのような、薄っぺらい女だったのだ。そんな女が武器を手に入れてはしゃいでいただけなのだ。
シャルは女の愚かさを指摘しながらも、ISを展開した女と戦う。だが、基地内の遮蔽物の多い環境が災いしてシャルは右手にバリア貫通弾を受けて出血してしまう。彼女はパイロットとして決して強くはなかったが、今この状況で確実に敵に勝つための戦術だけは完成していた。
このままでは勝つ前に死ぬと考えたシャルは、ある作戦を取る。それは、捨て身のトラップ。
シャルのグレネードで視界を奪われた女はシャルの姿を探し、ISの姿を捕えて発砲する。だが、弾丸が命中したのは『操縦者がおらずに待機しているIS』で、シャルがいない。そのシャルは――外の無人機が使用していたバリア貫通弾の搭載された武器を生身で持って照準を合わせていた。
女がそれに気付いて発砲すると同時に、シャルも発砲。シャルの弾丸は女の太ももを大きく抉り飛ばし、女の弾丸はシャルの負傷した右手を粉々にした。シャルのダメージは致命傷だったが、女は戦士ではないために自分の足の出血にパニックになり撤退。シャルは弾丸を受けながらも一応機能しているデュノア社特製ISに這って行き、ISの機能で応急処置をした。
間もなくして、真人が女の逃げた方角から来る。「シャル、お前……っ!!」。「大丈夫、戦闘は無理だけど……っ、しばらくは持つよ……」「………一緒に来い。脱出するぞ」。「………ねぇ、真人。ここに来る途中で……誰か、見なかった?」。「………知らないな」。
真人のISには鮮血に濡れたIS拳銃が握られていたが、シャルはそれを見て納得した。
「世界に名を残す大犯罪者の正体は、分からず仕舞いってことだね」
「ああ。この先に女の死体があったとしても、それが主犯かどうかなど分かるまい……」
そのまま誰にも見向きされず、忘却の彼方に融けてなくなる。相応しいと言えば相応しい末路だろう。ISによって罪悪感などを抑制されている真人の記憶からも、彼女はやがて不要な存在として忘却させられるだろう。シャルも自分の腕をもぎ取った相手の事を、永く覚える気はなかった。
二人は基地を脱出し、IS学園でもジュネーヴ決戦も犠牲者を最小限に抑えて、世界最悪の同時多発テロは幕を閉じた。その当事者に消えない傷を残しながら。
なお、亡国機業は幹部格一人行方不明、死者一名、残りは全員が逮捕された。ジュネーヴを捨てて学園に攻撃を仕掛けたものの、最終的には束の介入で奇跡的大勝利と世間に報道されたが、同時にISを使用したテロについて様々な問題が世界各国から噴出し、IS至上社会を根本から見直すことが求められる結果となった。
死亡した一人に関しては何も情報が無かったため末端の何者かと判断され、調査を主導した更識の報告で「流れ弾で死亡」と判断された。首謀者の行方はその後30年に渡って続くも、最終的には迷宮入りしたという。
3年後――。
一夏は学園を卒業し、箒と共に国家の枠組みを越えたIS犯罪取り締まり機関を発足するために国内で精力的な活動をしていた。3年前に全てを守りきれなかった彼は、最強ではなく「皆で救う」という答えに辿り着いたようだった。箒はそんな彼の最初の賛同者として――また公私両方のパートナーとして常に共に行動している。
鈴は恋に破れてすっぱり一夏を諦め、母国へ戻っていた。そしてびっくりするほど早く新しい恋の相手を見つけて猛アタックしているらしい。ただ、一夏の新機関発足に関しては志を共にしており、今はその組織を立ち上げるための勉強中のようだ。
ラウラはドイツ軍に本格復帰後、後輩の育成に心血を注いで軍内部の味方を増やし、更なる出世を続けている。『人間らしさ』を大切にする彼女は人権意識の強いドイツでも高く評価されることになる。尚、彼女もまた一夏の理想の賛同者である。
更識では、当主の使命を全うしきれなかったことを悔いた楯無が楯無の名をアレーシャに譲ろうとしたりと色々起きたが、現在は二人の二重体勢によって組織を強化している最中である。後にこれが楯無黄金時代の始まりを告げることになるのは、もっと後になってからの事。
梓沙は――母親が目の前で死んだショックから1年立ち直れずに留年したものの、友達や真人の精力的な手助けによってなんとか生活できるレベルに回復し、現在はなんと飛び級して1年分の遅れを取り戻し、卒業した。今も時折トラウマに苦しめられているが、支えてくれる人がいる限り彼女は前に進むだろう。今は風原家の新たな養子となっている。
真耶は後に「後世でも同じテロが起きても戦えるように」と鬼教官に変貌し、名コーチとしてエース級のIS操縦者を数多輩出することになる。逆に千冬は大きな発言権を殆ど投げ出して教師としての職務に集中し、生徒と向き合う事を誰より大事にする優しい教師になった。なお、二人とも前より余計にモテるようになったらしい……。
シャルは、腕を失った後にデュノア社で開発された最新型バイオ義手のテスターとなり、父親と共に全国放送に出演。その場で「ありがとう、父さん!おかげで貴方の鉄面皮を心置きなくぶん殴れるよ!!」と言いながら義手の鉄拳をお見舞し、奥歯を4本ほど折るという史上まれにみる放送事故を起こした。その後も彼女は破天荒な生活を送り、国民に注目され続けたという。
そしてセシリアは――今はセシリア・K(Kazahara)・オルコットを名乗って、生活の半分以上を日本で過ごしているという。
今、真人は男性IS操縦者のしがらみから解放されて、一人の女を愛する普通の男として過ごしている。IS関連の職務には着いているが、昔のように彼の首にチョーカーはついていない。
無位無官――彼は多くの人々の協力を得て、やっと元いるべき地位に戻っていた。
過去を乗り越え、前に進み、時には人を傷付けながら過ごした末に辿り着いた、平和。
その平和を二度と喪うまいと、真人は誓った。
後書き
完結。
ちなみにこれをトゥルーエンドとするならば、他にもいろいろエンディングがありました。
後は余ったエンドと雑談を適当にやっつけて終わりです。
幻のマルチエンディング集
①もしも束に気に入られたら……
束に過保護にされるEDになります。バッドエンドです。
つまり、山なし谷なし真実なし。変われないまま半端に終わる上にこれからも束のオモチャ。
唯一いいことがあるとすれば、死人がほぼ出ないからミソラスまで助かることくらいかな。
②もし偽真耶に騙されたら……
偽真耶を本物の真耶だと思い込んで助けを求めます。メリーバッドエンドです。
実はこのエンディングでのみ、実は真耶が真人のチョーカーの外部操作デバイスを持っていることが明かされます。偽真耶は本物真耶からこれを奪って真人の意識を奪い、そのまま洗脳を施します。
洗脳された真人は偽真耶(目が覚めた時点で偽真耶は整形して本物の真耶そっくりになっている)の優しさにずぶずぶと沈んでいき、そのまま偽真耶と結婚。企業側で用意した「あらゆる危険が排除された南の島」で二人幸せに暮らします。ちなみに島の周辺には真人の友達や家族も洗脳されて移り住んでいる「真人だけの楽園」。外でどんなテロが起きて誰が死のうと、真人と偽真耶だけは死ぬまで幸せです。
③シャルが女だと普通に受け入れたら……
真人とシャルの間に恋愛感情が目覚めます。ノーマルエンドです。
トゥルーエンドと違い、梓沙との和解やセシリアとの共闘などの一部イベントが消滅。両親死亡+梓沙精神崩壊という酷いことになりますが、シャルと二人で業を背負って生きていく、何となくこれからの二人を応援したくなるエンドです。
④達姫ちゃんキャワワだったら……
達姫が声を失ったことに責任を感じ過ぎた真人が「一生護る」と宣言します。ノーマルエンドです。
事あるごとに達姫の所に行ってはリハビリを手伝い、そんな中で自分と向かい合っていきます。セシリアとの共闘の時に彼女を庇って重傷を負い、最終決戦には参加できません。しかし偽真耶も参戦しなくなるので後は一夏たちが全部解決。何気に梓沙の母親が生存する貴重なエンドでもあります。セシリアとシャルの共闘で真犯人が生きたまま捕縛されて事件は終了。梓沙も無事に帰ってきますが、いくつか謎がとかれないまま二人は手を取り合って終わります。
⑤癒子と一緒にゆっこゆこだったら……
学園祭で真人が庇うのが癒子に変化し、真人は奇跡を起こせないまま重傷。ノーマルエンドです。
ISから拒絶反応が出るようになり、IS補助は出来ても展開は出来なくなります。やがて学園に通う意義がなくなった真人は学園を去るのですが、この時に癒子が一緒についてきます。ちなみにこのルートだと最終的に護衛も兼ねてミソラスが癒子の手に渡り、ミソラスも幸せになれるエンドです。後の事件は達姫エンドと大体同じ。
⑥千冬との二者面談で全部言っちゃったら……
精神構造が変わっていく恐怖を千冬にぶちまけて泣いてしまいます。ユニークエンドです。
涙ながらに助けを求めてくる真人に千冬の胸が庇護欲でキュンキュンになって変な方向に覚醒します。その結果束を足蹴に全部の問題を次々に解決し、偽真耶まで味方に取り込むというとんでもない事になります。ある意味一番ハッピーだけど、真人のキャラが崩壊するので……。
⑦総合的な好感度がのほほんに偏ったら……
途中でのほほんに依存するようになり、甘ったれダメ野郎になります。バッドエンドです。
のほほんから離れられなくなり、学園籠りきり。のほほんものほほんで満更ではないのか互いにダラダラのグダグダ。何も起きずに時間だけが過ぎていくけど、束エンドと同じく不幸になる人はほとんどいません。
⑧梓沙にそんなに優しくしたら……
母親の死を前にした梓沙が事件解決後にパラノイアのような状態になります。ノーマルエンドです。
セシリア告白計画が消滅し、両親が攫われ、梓沙の選択肢が「母親or真人の里親」に変化し、単純な数の効率で梓沙の母親がやっぱり死にます(セシリアが無事だと最終決戦では自動的にシャルと共闘)。
事件後、病院で目を覚ました梓沙は「真人のことを昔から一緒に暮らしていたと思い込み、お兄ちゃんと呼ぶ」、「両親は海外にに出張に行ったまま帰ってこないと思い込んでいる」、「ISの所為で人生が狂い始める前辺りから目覚めるまでの思い出をすべて忘れている」という状態で目を覚まします。無理に事実を教えようとすると発狂し、発狂が収まったらすべて忘れている……強すぎるショックから心を守る為に、彼女は現実の一部を妄想とすり替えてしまいます。
彼女を知る人間からすれば余りにも痛々しい姿に、真人は「優しい兄」を一生演じる覚悟を決め、ずっと二人で生きていく事を決めます。
⑨まやちーエンドがないと思ってたら……
真耶の好感度が高くなると、千冬ルートみたいなネタエンドになります。
真人を守りたくて我慢ならなくなった真耶が偽真耶を味方に取り込んで襲いくる危機を次々に撃破。卒業直後に真耶と結婚という電撃的なルートです。しかも時々偽真耶とすり替わるので偽真耶エンドでもあります。やっぱり真人は若干キャラ崩壊。
覚えてるエンディングは多分これぐらいで終わりだったと思います。
アレーシャエンド?ありません。彼女は物語の暗部の方向での主役。つまり準主人公だったので。ちなみに構想では千冬にも相当注目して、千冬なりに人生経験の少なさゆえの悩みが満載になる予定だった模様です。更識姉妹の出番がなさ過ぎて酷い?……あいつら使い道あんまり無………ゲフンゲフン。あの二人は番外編でギャグやる係だったんで。
以降全部雑談。
プロットでは親友の性格やポジションなどを全然喋ってないけど、いろいろ考えてました。しかし結局小説化は出来ず……無念ですね。あれは海戦型の負の部分を全開にした作品だったので、きっと完結出来たら爽快だったでしょうね。結局負のオーラが薄まってしまって書けなかったんです。
真人くんは割と極端な設定を施したが為に愛着のあるキャラクターでして、このキャラクターを没にするのは嫌だなぁと当時ものすごく思っていたのを覚えています。
そのため、後に書いたオリジナル短編の「新説イジメラレっ子論」にはセルフ改変した真人くんを出しました。「はて迷」のオーネストも真人くんのセルフアレンジキャラだったりします。このプロット内に登場する真人くんは、その原型になったキャラなのです。
なお、達姫以外の真人の友達リスト(発掘品)。
孫九龍 日本語読みではソン・クリュウと読むためあだ名はクリュー。
男性、風原の友達の一人。在日朝鮮人の5世で、女尊男卑社会が訪れる前から嫌がらせの類をうんざりするほど受けてきた虐められっことしての先輩。身長が低めで眼鏡をかけているため外見がオタクっぽいという理不尽な理由で虐められたことも多々ある。中身も事実オタクで、流行のサブカルチャーには一通り手を出している。小さな見た目に反してかなりタフネスかつ世話好きで、風原を助けるために乱闘に参加して虐めの主犯格を病院送りにしたこともある。
稜尋森太 あだ名は名前の最後の太と最初の稜を繋げてタイイツ。
男性、風原の友達の一人。美形で成績優秀、親も大企業に勤めているという恵まれた境遇にあったが、学校では女子に虐められないよう彼女たちが望むがままに振る舞い、家では親の望むように振る舞う自分の生き方にうんざりしていた。女子に好かれていることが災いして男子から除け者にされていたので友達に飢えており、中学に入ってからの男友達一号である風原と事あるごとに一緒に行動したがる。かなり凝り性な性格で何事も手作りに拘る傾向がり、物作りの腕前は職人級である。
森神隆辰 あだ名は降に辰=龍でコーリュー。
男性、風原の友達の一人。メンバー唯一の留年者。留年しているという事実とその究極的な空気の読めなさから周囲には疎まれているが、勘は鋭い。190㎝を越えた体格による威圧感を感じさせないフランクな態度から、気の弱い生徒の尊敬を受けていることもあった。風原たちの余りの偏屈ぶりに世話を焼かずにはいられなくなり、そのまま風原たちに絡むようになる。風原の猛勉強に無理やり付き合わされたことによって今年無事に卒業したが、大学にはいかずに地元に就職している。
清堀香恋 あだ名はそのままカレン。
女性、風原の友達の一人。女王様気質と面倒見の良い所を兼ね備え、成績優秀で顔もいい。所謂学校内の派閥を作る側の人間で、親がIS操縦者のため学校側も彼女を特別待遇している。親しい相手に対して急激に口が悪くなるため友達と言える対等な立場の人間がおらず、また周囲の男も下心か派閥の傘下に入る意図しか見えない人ばかりでうんざりしていた時に風原を発見する。彼の事をいろいろ面白がっており、派閥のネットワークから情報通でもある。
他にも設定を掘り返してみるとエムの正体とか書いてありました。本編で全く使われてないけど。えーとなになに……。
千冬と妹の秋百は中のいい姉妹だった。しかし第3子の一夏が生まれた時から親はそちらに傾倒し始め、秋百は一夏の存在を疎んで首を絞める。このせいで一夏は幼いまま意識不明になり、そのままずっと意識が戻らない。元々とあるカルト教団の信者だった両親は怒り狂い、秋百を教団の本部へ(何をしようとしたかは定かではない)つれて行き―――翌日、教団にて起きた大規模火災により死体になって発見される。
秋百はこの際顔面を焼かれ、碌に喋れもしない状態に。教団には多数の子供がいたため身元が全く特定できず、また千冬が一夏の面倒を見るために母方の実家を頼ったために秋百は孤立。弟と姉に愛憎を抱く。それから偶然組織に拾われ、ブリュンヒルデになった千冬を基に顔を造り直されてて今に至る。マドカの名前は拾った上司が付けた。
……なるほど。この設定を考えた時の私は、原作で一夏の昔の記憶があいまいな理由はこれの所為という事にしたみたいですね。何というか、雑。
偽真耶の素顔や本名は一切不明です。ただ、心臓移植の前まではまるで感情のない機械的な人物だったそうです。一つだけ分かっていることは、もし彼女が真人の母親だったらこの物語は多分ここまで暗い話ではなかったと思います。
暗い話。くらいはなし。位は無し。つまり、無位無官です。
お わ り
ボツ小説整理してたらこんなの出てきたIS二次創作
前書き
かつての総力戦とその敗北、米軍の占領政策、ついこの間まで続いていた核抑止による冷戦とその代理戦争。そして今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争。
そういった無数の戦争によって合成され支えられてきた、血塗れの経済的繁栄。
それが俺達の平和の中身だ。
― 劇場版 機動警察パトレイバー2より抜粋 ―
今日もニュースには碌な話がない。ばあさんと一緒に居間で晩飯を食べながらも、茶の間の古ぼけたブラウン管テレビを眺めてそう思った。俺はブラウン管テレビこれといって不満はない。デジタルテレビは最新のゲーム機と相性の悪いものも少なくないし、多少の画質の違いくらいいちいち気にする性質でもないからだ。だがテレビから発信される情報には大いに不満がある。それは退屈でもあり、漠然とした苛立ちでもある。
男性IS操縦者のIS学園入学が正式に決定したとか、第3回モンドグロッソの開催国がどうだとか、イギリスとパキスタンの共同開発ISの特集だとか、IS登場に伴う経済成長が止まらないとか、寝ても覚めてもテレビのどこかにISの文字が躍る。世間じゃあのパワードスーツはスポーツ用だと抜かしているが、もしそうならばここまで頻繁にISの正当性を訴えるような放送を続けるだろうか?友達と話したことがあるが、きっとどこかで情報統制が行われているに違いない。
その証拠にISの登場による負の影響は特番でさえ殆ど取り上げられない。
IS登場による核軍縮は加速度的に進んだが、その分核の重要性の低下に伴い非合法的な核兵器製造はむしろ昔より容易になっている。先進国で進む軍縮の影響で兵器関連の技術者の流出も止まらない。従来兵器の管理には莫大な資金と人件費がかかったのに対してISはある程度自己修復機能があるし、コアの数が限られているためそれの管理、維持、開発に関われる人間の数が多くない。
その過程で戦車、戦闘機、戦闘ヘリ、戦艦や空母等が減らされれば少なからず開発者連中は職を失う。故に現在、世界では従来兵器をうんと高性能・コスト高にして予算を態と裂き、どうにかその人材流出を収めようと躍起になっている。
もっと酷いのは末端兵士だ。ISと少数精鋭の高性能兵器に押しやられた兵士の中でも戦闘機や戦車の操縦者は次々に専門職を失い、世論のIS抑止に押されて通常の歩兵までもが少しずつ削られている。エリート街道を歩んでいようがいまいが、自分の技術を生かせなくなった兵士は組織内でのポジションを失う。
軍縮の影響で職を失った軍人は次々に傭兵やPMCに身をやつし、それ以外は社会に適合できずにならず者になることも多い。そして手に銃を握った退役軍人たちは体力を持て余し、後進国や紛争地帯で仕事を求めて彷徨い歩く。
中東やアフリカなどの未だに戦争をしている地域には、先進国で用済みになった軍需企業が次々に雪崩れ込んで需要の低下した在庫兵器を安値でばら撒き、紛争地域では一気に戦場が現代化していった。今まで生身の人間のぶつかり合いであるが故に消極的だった戦局までもが鉄の雨に塗り替えられ、環境汚染と爆発的に増加していた兵士の血で大地は荒れ果てている。今ではかつての植民地戦争さながらにあちこちの国と先進国が手を結んで戦いを増長させ、他国と利権を争う代理戦争が平気で起こっている。
先進国は急激な軍需の低下に歯止めをかけるために野蛮な戦いを続ける後進国に物資を提供し、安値で兵器を手に入れて安値で兵士を雇える後進国は嬉々としてそれを買い漁る。一社が正規軍に武器を出せば、他の一社が内紛で正規軍と戦うもう一方に武器を売りつける。
彼等にとってはISなど、それこそ関係のないことだった。ISを管理維持する技術も余裕も無ければ、戦場に出られない兵器など必要とも思わない。何より後進国では女尊男卑論などという思想は犬も食わなかった。
戦争を抑止するための国連は、アラスカ条約締結に伴い設立されたIS委員会の誕生によってその社会的立場が一気に薄まった。根拠もないIS抑止という机上の空論を掲げた主要先進国はその力と金の入れ所をIS委員会に移し、最早後進国や内紛を起こす国には見向きもしない。ISの方が金になるからだ。国連は形骸化して、今ではIS委員会で決める必要のない問題を押し付けられるだけの存在と成り果てた。
ISの登場で海の向こうでは戦争が激化した。内紛や民族同士の対立もだ。平和になったのは先進国だけで、国は表でISを、裏では代理戦争で利権を争う。日本国憲法の第9条も「ISがあれば不要」とあっさり改正され、今では自衛隊は自衛軍へと変わっている。民意というのは俺が思っていた以上に脆く、愚かで、そして無知だった。
大きな問題でもこれなのだから、細かい問題は推して図るべし。ISは世界を一変させたが、ISを扱う人間の愚かしいメンタリティはちっとも変わっちゃいない。こんな事ばかりが、今も昔も変わらない。
現に今は女性優位だとかでセクシュアルな差別がまかり通っている現状がある。嘗ての法律が男の味方寄りだったように、今の法律は女の味方寄り。テレビに映し出される映像には女尊主義の議員が声高らかに女性が過剰に優位になる法案の説明をしている。
非難する人間はいなかった。何故なら、非難しても「男のくせに何を言っている」と鼻で笑われる土壌がここ数年で出来上がっていたからだ。飯を平らげて茶碗の上に端をぱちりと置きながら、こんな世界で生きていくのかと憂鬱な気分にさせられる。
「嫌な世の中になったねぇ」
不意にばあさんがぽつりと呟く。
「昔は男衆と違って勉強も満足に教えてもらえなくて、私だって男と同じくらいに勉強できるってよく言ってたよ。それでも男衆は徴兵があって御国のためにと戦わなくちゃならなかった。だからあたし達女が帰る場所になって……どっちも居なくなっちゃあいけなかったんだ」
「また戦時中の話かい?」
「戦後だって、さ。朝から晩まで戦争づくめで、死に物狂いで帰ってきたのに平和になっちまった日本に馴染めないあの人が職に就くまで、あたしゃ毎日励ましてやったよ。あの人の家族は空襲で逃げ遅れていなくなっちまったからね。他に助けられるのは、出兵前から友達だったあたししかいなかった」
ばあさんは既に90歳に届こうかという高齢だ。それだけ長く生きているから、時折太平洋戦争時代の話をこうして時々漏らす。自分が忘れる前に、自らの戦争経験を誰かに聞かせたかったのかもしれない。その時代を生きた人からは、さぞ今の世の中は歪に思えるだろうと茶を啜りながら思った。
「他はみんな……B-29の落っことした爆弾で防空壕ごと生き埋めになったり、どこぞの島国で斃れたりだよ。だぁれもいなくなっちまった。だから一緒に居ようって、2人で手を取り合って生きて来たんだ」
あの人とは、ばあさんの夫――つまりじいさんの事だ。十数年前に病気で他界してしまったらしく、面識はないが遺影くらいは見たことがある。年の割に、と言っては失礼だが、しっかりした印象を受ける人だった。
夫婦二人で今までの時代の流れを乗り越えて来た。
そこには男だから、女だからという考えを超越した絆があった筈だ。
「女が戦えるようになったから、何だって言うんだい。アイエスってのに乗ってメリケン兵とまた戦争でもするってのかい?本当に大変なことが起きてたら、男だ女だって言ってられなくなるんだよ」
「えばりたいのさ。ISが出てきてみんなそっちに注目したらそれが女しか動かせないってんだから、便乗してるだけだろう。本当に戦いが起きるなんて考えてないからああやって好き放題男をけなすのさ」
「えばってばかりの男は、あたしゃ好かん。やけど、えばってばかりの女はもっと好かん。テレビに出とる女子は………世の中の事、何にも分かっとらん。原爆を斬っても放射能は降るし、大空襲みたいに仰山来たら、あんなナヨナヨした子らで御国を守りきれるもんかい」
「……皆、考えてもいないんだろうな。ISがあれば何でもできるって勘違いしてるんだ」
「あたしゃ今の世の中が怖いよ。何だろうね、あの子たちを見てると真珠湾攻撃の結果をラジオの前で聞いてた皆を思い出すんだよ。皆本気でメリケンに勝てるって信じ込んでて………日を追うごとに間違ってることに気付いていっても、結局誰も言い出せなかったあの空気を……」
そう呟くばあさんの目はどこまでも寂しそうで、本当に震えているようで、微かに憤っているようでもあった。俺みたいな若い奴には決して口出しできないような言葉の重みを感じながら、俺はこの話を続けるのを止めた。
「冷蔵庫に桃が入ってたよな。ちょっと取って来るよ。ばあさんも食べるだろ?」
「え?……ええ、そうだね。あたしも食べるよ。丁度いい熟れ具合だから早く食べないと腐っちまうしね」
ばあさんが小さく何かを呟いた気がした。ありがとうか、ごめんねか。俺はそれを聞こえないふりして、自分とばあさんの分の桃を食べやすいように切って皿に盛った。
熟れ過ぎた果実は腐っていく。それはどこか、平和が過ぎてなぜ平和なのかという理由を見失った今の日本に似ている。出来の悪い果実は――いずれ刈り取られ塵箱に放り込まれ、業火に焼かれて種子ごと灰にされる。
ばあさんは古い考えの人間だ。近所の若い人からは敬遠されている。
でも、ばあさんの言っていることは真実だとも、俺は思うのだ。
本当に戦いになった時――みんなきっと、戦えない。
後書き
過去の私はこのノリでどうやって物語を盛り上げる気だったんだろうか。
ちなみにこのボツ小説には続きがあって、近所にIS研究所があるせいで町が戦禍に巻き込まれてました。
【SEED】ボンサイ操縦者のボヤキとアガキ
前書き
単発ネタ小説。中身はあんまり詰まってないし、完結もしない。
ありのまま起こったことを話そう。
晩に寝て目が覚めたら、俺はコズミック・イラ(C.E.)と呼ばれる時代にいた。な、何を言っているのかわかんねーと思うが(ry
下らない話は後にしよう。とにかく今、俺はかなりやばい状況にいる。
「おいおい、どうしたんだよカリグラ。まさか怖気づいたってんじゃないだろうな?」
「うっせー話しかけんなチャラ金髪!!俺はなぁ、アガリ症なんだよ!!本番に弱いんだよ!!精神統一……精神統一の邪魔すんな!!」
「とかいいつついざ本番になると何食わぬ顔で結果出してるくせにな」
「お前も黙ってろオレンジ頭!!お願いだから命令が下るまで放っておいてくれ!!」
「ふふふ……君たちは仲がいいな。初陣で散らせたくはないものだ」
「アンタも俺の不安を煽るなぁぁぁーーーーッ!!」
今どんな状況か説明しよう。俺は今、何の因果かプラントを防衛する組織「ザフト」の一員としてMSに乗っている。何故ならそう、馬鹿の連合軍どもがとち狂ってプラントに宣戦布告したからだ。
まぁ、歴史を振り返ってみると戦争がいつ始まってもおかしくなかったってのはある。ジョージ・グレンの告白でコーディネーターという新種族が生まれて以来、地球連合とコーディネーター群は常にギスギスしまくっていた。特に「コペルニクスの悲劇」――明らかにプラント過激派の仕業としか思えないテロの後の空気は最悪だったが、とうとう溜まった膿が破裂した具合だ。
ちなみに、ザフトとは言っても俺は別にコーディネーターではなく、単に俺を生んだ後に両親が次の子供をコーディネーターにしようとしたからプラントに移り住んだだけだ。プラントって言ったらどこを見てもコーディネータだと思われがちだが、そもそもコーディネーター同士での出生率はアホみたいに低いし、第一世代コーディネーターの親とかは普通にプラントで暮らしているので不思議な事ではない。
不思議な事は、そんな俺がモビルスーツに乗せられていることである。主に俺の両サイドの馬鹿の所為だが。
「ったく何で俺がモビルスーツパイロットだよ!モビルスーツを操るには馬鹿みたいな反射神経と頭脳が必要なんじゃなかったっけ!?」
「しゃあねえだろ。お前頭の方はナチュラル並みだけど反射神経はバケモノクラスだかんな。現にお前MS任されてんだろ?このミゲル・アイマン様の直感は正しかったってことだぜ」
「嫌だ嫌だと拒否する俺を同級生のよしみという名の強制力でザフトに無理やりねじ込んだテメェを俺は一生許さねぇ」
てめぇジュニアハイスクールで同級生だったからってやっていいことと悪いことがあるぞ。俺の全く与り知らない所で先生や父さんたちを勝手に説得して俺がザフトに行かざるを得ない空気を作りやがって。ハゲろ西川ボイス野郎。アーマーシュナイダーで毛根だけ刈り取られて「ミゲルゥゥゥゥゥ!!」になれ。
「なんやかんやでMSも生身も結構優秀だから、周りはお前がナチュラルって知ってマジでビビってたな。ま、それもお前のフォローをしてやったこのハイネ様のおかげだがな!」
「こっそり俺のMSにナチュラルでも使えそうな感じのOSをぶっ込んできたハイネも絶対許さねぇ」
乗り切れそうにない課題を押し付けられたときに頼んでもないのに先輩風吹かせて勝手にフォローしまくって俺をFAITHの最終選考にねじ込んだテメェはいろいろと死ね。ナチュラルだからって理由で落とされた俺の横で真面目な面して「それはおかしいぜ」と選考官説き伏せようとしやがって。お前のオデコにハイメガキャノンの落書きしたろかワレ。
「そう愚痴を言うものではない。君はこの世界で初めてMSを使った実戦を経験するのだ。いわばこれは歴史の生き証人になるという事を意味する。生き延びれば君の名前がプラントに刻まれることだろう……」
「大勢のパイロット候補生の中から態々俺を引っ張り出してMSに乗せた変態仮面隊長は末代まで呪います」
人の履歴書見るなり仮面越しに珍獣を見るような瞳で圧迫面接しかけた上に本作戦に参加させたこのフラガ仮面はマジで死ねばいい。冷静に考えたら生きてる方が面倒だしマジで死ねばいい。何こいつ白服がそんなに偉いの?
つーかさ、何この幸薄い小隊は。
死ぬ奴と死ぬ奴と死ぬ奴しかいねーじゃねえか。確かに腕前だけ見れば凄いのが集まってるのは否定しないぞ?原作でキラ追い詰めるマンとしてしつこすぎるくらい戦ったクルーゼ、これでも『黄昏の魔弾』とかいう二つ名を持っていたミゲル、そして曲がりなりにもFAITH(今はまだ違うけど)で赤服のハイネと来れば大抵の敵は倒せるだろう。
でもテメーら完全に死神に憑かれてんじゃねえか。特に両サイドの西川・ザ・盆栽マスターズ。俺をそっちの道に巻き込むな、死ぬから。一時期は親友イライジャと一緒にザフト脱退まで考えた俺の辞表を握り潰したオレンジの悪魔共め。
「それともアレか?………やっぱり同じナチュラルと戦うのは厭か」
軽口を叩いていたハイネの声色が変わる。
現在、連合の宇宙艦隊がプラントへの直接攻撃を狙って進行中だ。あと数分とせず、ここはジンとメビウスの入り乱れる戦場になるだろう。俺だって博愛主義者じゃないし、相手が殺しに来るんなら殺し返そうと割り切ることは出来る。
「別にナチュラルだから嫌なんじゃねーよ。出来れば命の取り合いに飛び込みたくはなかったってだけだ。お前らの所為でズブズブのグダグダになっちまったけど、流石に両親と弟のいるプラントを穴ぼこにされるのを許すほど腐抜けてない」
結局、作戦を辞退するかどうかを考えた時に心に残ったのがそれだった。
俺の家族は幸いにもこれから滅ぶであろう「ユニウスセブン」にはいない。というか、ユニウスセブンが攻撃対象にされることはザフトではあまり想定されてない。俺も原作知識根拠ではないが、一般兵なりに食糧生産プラントが攻撃される可能性を問うた。だが最終的には俺達MS部隊が全部敵を叩き落とせば問題ないし、メビウス一機で破壊出来る程プラントはヤワではないということで一致した。
この調子だとブルーコスモスの持ちだした核ミサイルは原作通りユニウスセブンを焼くだろう。だから俺は、それ以外でやるべきことをやるだけだ。そんな俺に、ハイネは笑った。なにわろとんねん。
「だよな……それでこそカリグラだ。お前はそれでいいと思うぜ」
「ンだよ曖昧な言い方しやがって………おいミゲル、テメェも何笑ってやがる!」
「くっくっ……だってさ、さっきまでアガリ症がどうとか言ってたくせに戦う気満々なんだから、そりゃ笑いたくもなるさ」
「敵を前にその肝の据わり様は流石だな、カリグラ。ハイネが推しただけのことはある」
「………ハイネ、貴様の仕業かぁぁぁーーーッ!」
「言いだしっぺはミゲルだぜ?『俺の背中はアイツ以外には任せない』ってよ」
「そゆコト!いやぁ、先輩はやっぱり分かってますねー!」
「二人纏めて宇宙の星になれボケナス共」
「「縁起でもない事言うな!!」」
とりあえず、この戦いを意地でも生き延びてから二人を殴ったろうと心に決めた。
「お喋りはそこまでだ諸君。もうじき敵の艦隊がレンジ内に入る。敵も味方も命がけ……となれば、勝敗の行方を決めるのは覚悟の差、ということになるかな?」
「俺達コーディネーターの覚悟が連中に劣ってるなんてありえないっしょ、隊長!」
「戦争しか頭にないナチュラル共をとっとと追い払って祝杯をあげるとしますか!!」
3機のジンがマシンガンを構えて臨戦態勢に入る。俺も腰にマウントされた重斬刀とマシンガンに問題がないか改めてチェックしながらコクピットのレバーをギリリ、と握る。恐らくこの場では俺とクルーゼ以外の全員が、内心ではこの戦いを勝ち戦と勘違いして笑ってるだろう。敵主力のメビウスはMS初期量産機ジンに比べると5分の1程度の戦闘力しかないと言われている。
そんな雑魚が数だけ集まっても勝てるわけがない。確かにそうだ。だが、あちらとこちらでは作戦成功の前提条件がまるで違うのだ。それをこいつらはこれから思い知るだろう。そして――いや、今はいいか。
「………意地でも生き延びてやらぁ」
この落としどころがない泥沼のような戦争を、俺だけは最後まで生き延びてみせる。そんな傲慢な事を考えながら、俺――カリグラ・タキトゥスは後に『血のバレンタイン』と呼ばれる戦いを待ちわびた。
= =
ジンの機動力は、当然と言えば当然だがヤキン・ドゥーエ戦役開戦当初では現行の汎用兵器としては最高水準を誇っていた。なにせジンはプラントが苦心と試行錯誤の末にやっと完成させた世界初の量産型モビルスーツなのだ。後に多くのヴァリエーション機を生み出し、ゲイツシリーズやニューミレニアムシリーズ第一弾のザクの雛形ともなったジンは、意外に高いポテンシャルを秘めている。
戦争中期から後期にかけては後継機のシグーなどに押されていたものの現場では最後まで頼られ続けたという事実が、この機体の安全性の高さを物語っている。その高い信頼性からか、傭兵や宇宙海賊の間でも無茶なカスタマイズをしてもきちんとポテンシャルを発揮していた。
ブレイク・ザ・ワールドではザラ派残党のジン・ハイマニューバ2型が最新鋭機と互角以上に渡り合ったし、あの傭兵サーペントテールのブルーフレームさえアサルトシュラウド装備のジンに一度不覚を取っている。
長くなったが、つまりジンというMSは非常に長く使われたいい機体なのだ。
「こなくそぉ!!」
正面から迫るメビウスのリニアガンの車線から逸れつつ、ジンのマニュピレータに握られた重突撃機銃が器用に敵を捉え、火を噴く。鋼鉄の弾丸を浴びたメビウスはバッテリーパックに被弾したのか激しいスパークと共に爆散する。パイロットは恐らく即死だろう。
すぐさまの傍で周囲を索敵すると、別のメビウスがミゲルの重斬刀で斬られているのを見る。コクピットに直撃し、機体は爆発せずにコントロールを失ってあらぬ方角へと飛び去っていった。ハイネやクルーゼ隊長も見事にジンを操って敵を撃破していく。レーダーを見れば敵の第一陣は既に壊滅状態だった。
「意外とやればどうにかなるもんだ……」
「ほら見ろ、アガリ症なんぞ嘘じゃないか。しっかり敵を叩き落としやがって!」
「茶化すな!司令部からの通信は!?」
言いながら機銃の弾倉を入れ替える。戦闘開始からそれなりの敵を倒したので残弾に不安があるし、次からにはミゲルのように重斬刀も使おうと内心で決めた。少し離れた場所のハイネとクルーゼも二人の周囲に戻って来た。
「第二陣の接敵までにはまだ時間がある。大人しく待ち構えていようではないか」
「流石にお前らは落ち着いてるな……向こうじゃはしゃぎ過ぎた連中を諌めるのが大変だったぜ。カリグラみたいななんちゃってアガりじゃなくて本物のアガりだからな」
どうやら二人のいた宙域の近くでパイロットがパニックを起こしていたらしい。機体を加速させ過ぎたせいでGに押されてパニックになったり、アドレナリンの出し過ぎで敵もいないのにトリガーを引き続けて危うくフレンドリーファイアしそうになったりしていたようだ。見れば敵を倒したにもかかわらず隊列は若干乱れている。
圧倒的優位での戦闘とはいえ、やはり初心者の実戦には想像を絶する緊張があったのだろう。結果だけ見ればザフト優位だが、パイロットの精神面では課題の多い状態だろう。さて、次は――と、気を引き締めた、その刹那。
『全軍に伝達!!左舷よりメビウス接近!数は一!予想以上に早い!ブースターか何かを後付して推力を底上げしていると思われる!至急撃墜せよ!!繰り返す、至急撃墜せよ!!』
その瞬間に俺が感じたのは、言葉で言い表すのが難しい『悪意』のような曖昧な感覚。
何となく――本当に何となく、危険だと確信した。
「ハァ?たった一機かよ!確かに左舷は戦力が手薄とはいえ、トチ狂い過ぎだろ――」
「管制!!そのメビウスの装備は!?」
「お、おいカリグラ?」
怒鳴り散らすような俺の声にミゲルが怪訝な顔をするが、脳の裏がチリチリするような予感が消えてくれないのだ。メビウスの出現した場所から一番近いプラントはユニウスセブン。俺の予想が正しければ、あれの正体は――!!
『……ミサイルだ!リニアガンの代わりに大型のミサイルを……こ、これは!?』
レーダーに映るメビウスの速度が、ぐんと恐ろしい速度に上昇する。中のパイロットが失神しかねないほどの速度に左舷に展開していたMS部隊の対応が一瞬遅れ、メビウスが戦域を飛び抜ける。
「駄目だ……そいつは撃たせたら駄目だ!!」
「おい、落ち着けカリグラ!!どっちにしろ俺達の位置からじゃ間に合わないし、たかがMA一機だぞ!?何をそこまで怯えて――」
『か、核………核ミサイルだ!!あの腹に抱えているのは、核ミサイルだ!!撃墜しろ、一刻も早く!!』
「なっ………!?」
司令部から管制へ、管制から現場へ、余りにも遅すぎる情報の提示。しかして、望遠カメラはその姿をはっきりと捉えていた――メビウスが腹に抱える『核』のマーキングを。ヒステリックな叫び声をあげたその時には、既に連合のメビウスは防衛線を単騎で突破していた。
「馬鹿な!!連合は正気か!?あそこには軍事施設なんて一つもないんだぞ!?」
『やめろ……やめてくれ、ナチュラル!!そこには父さんと母さんが――!?』
『落とせ!!何でもいい、体当たりでもいいから落とせぇぇぇぇーーーーッ!!』
第一陣の犠牲も、第二陣の兆候も、全てはこの一筋の矢で砂時計を貫くために。
『青き、清浄なる……世界の、ために』
こちらの対応が追い付かないほどの鮮やかな奇襲。
放たれる核ミサイル。その飛来先に鎮座する、ユニウスセブン。
回線を飛び交う悲鳴、怒号、驚愕、絶叫。その全てがミサイルを止めることを叶えないまま。
見る物をぞっとさせる巨大な桜色の閃光が、ユニウスセブンを紙屑のように引き裂いた。
「あ………」
「嘘、だろ……」
人口24万3721名、うち全員が民間人。兵器などないし争いとも無縁で、ただコーディネーターが連合の奴隷でないことを示すために製造したささやかな食糧生産プラント。それが、たった今、目の前で粉砕された。
C.E.70年2月14日――世界の流れを変えた史上最低の一回戦。
それは、同時に俺がこの血で血を洗う地獄の戦争に片足どころか全身を浸す羽目になる運命を決定づけたものだったと言えるだろう。同僚はナチュラル排斥の声を強め、ナチュラルはコーディネーターを宇宙の化け物だと弾劾する。愚かしき対立の二重螺旋を織り込んで、世界は悪夢のシナリオへ突き進もうとしてる。
「………カリグラ、そろそろヘリオポリス周辺に到達するぜ?」
「わぁってるよ。赤服のおぼっちゃん達をエスコートしろってんだろ?」
俺は知っている。この先に何が起こり、誰を失うのかを。
だが俺はそれに絶望も希望もしちゃいない。要は、なるように世界はなるのだ。
だったら俺はこの世界で俺であることを演じきってしまえばいい。
「………ところでミゲル、俺のプレゼントした盆栽ちゃんと育ててるか?」
「ああ、アレ。いやー無重力環境のせいで枝があらぬ方向に延びまくっちゃってさー!剪定してるうちにだんだん芸術的な形になってきたからあれはあれでいいとして、次の盆栽でもっと芸術的な盆栽育てたくなってきたわ!!」
(冗談であげたんだけどこいつ本当に盆栽マスターに近づいてきたな……盆栽、案外流行るかもしれん)
転生者であるこの俺、カリグラ・タキトゥスの波乱の人生が幕を開ける。
後書き
しかし続きは書きません。なぜなら書いてる暇がないからです(笑)
ちなみに盆栽マスターは言わずもがな中の人ネタです。
【SEED】ボンサイ操縦者のボヤキとアガキ2
C.E.70年、2月14日。後に「血のバレンタイン」と呼ばれる人類史上最悪のジェノサイドが行われたこの日を境に、コーディネーターという種は全面的な戦争へと舵を切った。数も物量も圧倒的に劣るプラントの一見無謀ともいえる行動を地球連合政府は嘲笑した。
戦いは数。戦の定石だ。しかしコーディネーターの復讐心はそんな当たり前の常識を覆す凄まじい戦火を生み出す。
元々反射神経や情報処理能力が常人を凌駕している彼らは、その能力に見合った汎用人型機動兵器「モビルスーツ」の力であっという間に地球連合の支配権を蚕食し、更には同年4月1日に敢行された作戦「エイプリール・フール・クライシス」によって地球全土に効果を及ぼす核分裂抑制装置「ニュートロンジャマー」を大量散布。地球は主要なエネルギー源であった原子力を一斉に封じられ、世界的なエネルギー不足で大量の死者を出す。
核技術の光と闇を一斉にぶつけ合ったこの戦争は、やがて圧倒的な質によって数を保ったまま勝利し続けるプラント――正確にはプラントの軍事組織ZAFT(ザフト)の優勢という形で地球連合を着実に追い詰め始める。
……俺の知る限り、流れが大きく変わるのはこれからだ。
連合のG計画とその奪取作戦。プラントに所属する身としては余り見逃したくない話だが、ここでザフトの作戦が完全に成功したところで遅かれ早かれあのフラガ仮面が面倒な事をやらかすのは目に見えている。あの野郎マジ迷惑。そしてそれを作ったアル・ダ・フラガの迷惑加減が半端ない。何なんだアンタ。ぶっちゃけアズラエルより100倍迷惑だよ。
方針としてはもう流れに身を任せつつタイミングを見計らってラクス軍団に参加するぐらいしか思いつかないので、今は目の前の事態に対応しながら生き残るのみである。という訳で、俺は今日も今日とてナチュラルとして肩身の狭い生活を送っている。
「盆栽だけが俺の心を癒してくれる……」
ぱちり、ぱちりと剪定ばさみで無駄な枝を切りながら、俺は盆栽の緑に癒されていた。無重力のせいか非常にフリーダムな造形の成長を遂げているので同僚に「呪の樹木でも作ってるのか?」と心底理解できない顔をされたが、実際この宇宙において土や緑といったものを見られるのはかなり心の安定に繋がる。ミゲルはそれとは違って造形美に凝り始め、この前は風車みたいな形の盆栽を作ってたが。
さて、俺はザフトのナチュラルという非常に微妙な立ち位置にいる。
お上としては俺がナチュラルであることを理由に首を飛ばしたり、或いはナチュラルであることを隠匿したかったか、もしくは戦争で死んでとっととお星さまになって欲しかったのだろう。しかしナチュラルであることを隠すには既に俺の素性が知れ渡りすぎているので無理。じゃあザフトから永遠退場ルートしか残っていない。
俺としてはこれ幸いとザフトを辞めてジャンク屋にでも転業した方が圧倒的に楽しそうだったのだが、ここで俺と上層部の誤算が三つ。
まず一つ。恐らくだが、クルーゼが口利きをして俺の処分の話を揉み消した。それが証拠に何かとあいつは俺に意味ありげな視線や言葉を送ってくる。部下思いの理想の上司だったら感動ものだが、フラガ仮面の思惑は分かっている。ナチュラルの俺をザフトに残しておくことで、後で何らかの罪を面白おかしく被せるスケープゴートにする腹積もりに違いない。もしくは戦争終盤で俺を唆して大事件やらかしてもらうとか。ともかく俺の地位の特異性を利用する気であることは想像できる。
そして次、盆栽マスターズ。ハイネとは途中で所属を違えたが、ミゲルとは未だにコンビを組んで戦っている。そのミゲルだが、こいつは何だかんだでエースクラスなのだ。そのエースクラスの機動には付き合いの長い俺以外は着いてこれない。ミゲルはこの事実を利用して常に俺とタッグの配属を希望している。
普通の軍隊ならそういうのは許されないが、ザフトは良くも悪くもアットホームな所がある。それにパイロットの絶対数の少なさから特にエース級のパイロットの待遇はかなりいい。そんなエースの生存確率をより上げられる専属パートナーというのは、利用しない訳にはいかないのだ。
最後に一つ。実は俺とミゲルの戦いは、ミゲルが突っ込んで陣形をかき乱し、落とし損ねた相手を後続の俺が叩き落すという二段構えの戦い方をしている。その関係で俺の撃墜数がミゲルと殆ど同列――すなわちエース級になっちまっているのである。
まぁ、俺も実力がない訳じゃないのでその辺の平均的パイロットと模擬戦すれば大体勝てる程度には動けるが、エースにすんなし。普通に迷惑だわ。
という訳でザフトから逃げられない俺であるが、先述の通り肩身が狭い。差別思想丸出しの同僚はナチュラルを平然と罵るし、その後に俺がいるのに気づいて申し訳程度にフォローするのがやるせない。逆に俺を公然と「下等生物が!」と罵ってくる場合もあるのが面倒な所だが、最近は対応が面倒臭くなって「模擬戦するぞ」とシミュレータに乗せてボッコボコにしてから「お前とは覚悟が違うんだ」とそれっぽいことを言って実力を分かってもらうことにしている。みんな俺がナチュラルだからって油断しているのが見え見えなので倒すのは難しくなかったし。
そしてミゲルはそれに口を出したり出さなかったり、決して庇い過ぎない距離を保っている。俺としてはそれぐらいの距離がありがたいものだ。
「………さぁて、そろそろ格納庫にでも行くかね?赤服のお坊ちゃま方が出撃する頃だし」
これから彼らは死地に向かう。そしてラスティは死ぬ。多分だが。
俺はそれに対して「油断するなよ」くらいしかかける言葉を持っていない。未来知ってるけどお前死ぬわ、なんて言える訳もないし、俺が乗り込んでいってもOSの書き換え出来ないもの。出来るのはただ、祈ることのみだ。
出来ればこの戦いでミゲルとサヨナラバイバイは遠慮したいという思いはあるけれど――まぁ、その辺は俺の頑張りとスーパーコーディネーター殿次第だろう。つくづく他人任せな行動計画に辟易しながら、俺は今日を生き延びるための行動を続けている。
終わらない明日とやらを、この目で拝むために――。
= =
ヘリオポリス侵入計画を控えたアスランたちは、スーツの最終点検をしながら気晴らしに会話していた。こういう時、一番喋るのはディアッカだ。
「しかし昨日の模擬戦じゃ災難だったな、イザーク?」
「煩い、言うな!」
短気なイザークの怒鳴り声に「おお、怖い怖い」とおどけるディアッカ。しかしイザークの反応も無理らしからぬことだ。その模擬戦でイザークは完全敗北を喫し、エリートの証である赤服の矜持をひどく傷つけられたのだから。その光景を目撃した人間の一人、ニコルもその光景を思い出して微妙な表情を浮かべる。
「『黄昏の魔弾』ミゲル先輩と常に行動を共にするもう一人のエース、『逢魔の狩人』カリグラ……僕は正直、誇張された話だと思っていました。ナチュラルなのにあれほど動けるなんて……」
「ああ……まさかイザークがああも一方的にやられるとはな。あの調子では俺たちの誰が挑んでも同じ結果だろう」
「黙れアスラン!貴様の下手な慰めなど嬉しくもない!!」
「おいおい、それは流石に被害妄想だって。落ち着けよイザーク」
ラスティにどうどうと諫められるイザークの腸は、昨日の模擬戦の事で煮えくり返っていた。
彼らはアカデミーの先輩にあたるミゲルとは知った仲だったが、そのミゲルと友人であるカリグラ・タキトゥスという男の事は会話や噂でしか知らなかった。ミゲルの話では面白い友達という範囲の言葉しか出なかったが、別の噂曰く「ナチュラルが成績を誤魔化してコーディネーター気分になっている」とか「ミゲルとハイネの腰巾着」とかろくでもない噂が多数だった。彼ら自身、どうせナチュラルなんだと無意識に見下していた部分もあっただろう。
その考えを、イザークは馬鹿正直に本人にぶつけた。ミゲルのおこぼれで食っている半端者のナチュラルはザフトには不要だ、と。馬鹿にしているというよりは、そうでないことを示してみろ、という挑発の面が大きかった。
これは正直、アスラン達から聞いてもちょっと酷い物言いだった。仮にも相手は同じ隊の人間で先輩だ。しかも真偽の程はどの程度かしれないが公式に実績がある。しかし、気性が荒く少し思い込みの激しい所のあるイザークからすればカリグラという男の印象はかなり悪かったため、こんな言葉が出てしまったのだろう。
それに対して、カリグラという男は激昂するでもなく極めて平静な顔でイザークを手招きし、「模擬戦しよう」と言い出した。即時に行動に出たことにイザークは少しばかりカリグラという男の評価を改めたが、やはり彼の中ではカリグラはナチュラルで緑服の男。自分の方が各上だという意識が潜在的にあった。
そして、シミュレータによる模擬戦で、イザークはその自信を見事に吹き飛ばされた。
『遅いぞ坊や!対モビルアーマー戦にかまけてジンの性能を引き出せていないな!』
『くそ、何故当たらん!?ぐああああああああッ!!』
『これで五戦五敗だ。そろそろ俺の動きの癖の一つでも掴んできたんじゃないか?さあ、次だ』
カリグラの操縦技術は見事と言う他なかった。ジンが人型を基礎に宇宙用に開発されたモノであることを熟知し尽した三次元機動と、攻撃して欲しくない嫌なタイミングを的確に突いた攻撃。実戦経験の差がモロに出たこの戦いは、結局イザークの完全敗北に終わった。
そして終了すると同時にシミュレータ内で項垂れるイザークに近づいたカリグラは一言、「今のお前と俺とでは覚悟が違う。勝敗の差はそれだ」と言い残し、何事もなかったように自室に戻っていった。その一言はイザークに更なるショックを与えた。
イザークが怒っているのは自分がナチュラルに大負けしたからではない。イザークが怒っているのは、相手がナチュラルだからと心の底でずっと慢心していた自分の傲慢に対してだ。
ナチュラルとコーディネーターの差は、特殊な状況でない限りは歴然としている。それは確かだ。しかし、だからといって有利な側が油断して、慢心していいという理由など何一つない。そうした油断こそが、次にまた血のバレンタインのような惨劇を引き起こすことを許してしまうかもしれない。或いはその慢心は自分自身や仲間にだって降りかかるかもしれない。これは戦争なのだ。絶対はない。
『逢魔の狩人』は、ナチュラルというハンデがあるからこそ、それをよく知っていたのだ。だからあんなにも冷静でいられたのだ。
「今回の作戦は成功させる……次も、その次も、ずっとだ!俺はプラントを守る。その覚悟を二度と鈍らせてなるものかッ!!」
「力み過ぎだっつーの。ホント加減の出来ない男だな……」
「だが、そういう意識の差がエースとそうでない人を分けるのかもしれないな……」
「エースである必要は必ずしもないですけど、カリグラ先輩のおかげで慢心は取り払われましたね」
自分達も、いずれその背中に追い付けるのだろうか。
実戦の空気を感じたことで、後に数奇な運命を辿る若い兵士たちの運命が、少しだけ変動した。
後書き
更新速度とか期待しない方がいいと言いつつも続きです。
はて迷外伝 最強の剣と最強の盾
前書き
俺達「は」何を求め「て」「迷」宮へ赴くのか……なんちって。
本編の方の書上げにちょっと時間かかりそうなんで片手間に書いたこっちを先に投稿します。
ある、王国があった。
この世界では珍しくもない、武の神を主神に祀った王国だった。象徴存在として国の在るべきを語る主神と、その主神の意を継ぐ王統貴族によって統治される国家型ファミリアだ。
他国と小競り合い、領地を削り合い、利権を貪り合う。そんな騒乱が耐えぬ国々の中で、この王国は別格だった。多くを望まぬが故に領地が特別大きくはないが、王家に連なる血筋が悉く武才に秀でた者達であったために所持する騎士団は周辺で最強を誇った。昔から王家の長は武芸と学業を修めた男子がなるものと伝統的に決まっており、力強い国王の存在が後ろ盾となってかその士気も高い。故にどの国も彼の王国には手を出さず、国内は平和が保たれていた。
だが、ラキア王国が周辺国家の統一に乗り出してからはその平和も長く続かず、王国も侵略を受けることとなる。周辺国家と同盟を結び連合軍を結成したことで一方的な展開は避けられたが、終わりの見えぬ戦いに国内は次第に疲弊していった。後に「百年戦争」と呼ばれる長い長い戦いの始まりである。
一時はラキア王国との和平も考えていた連合だが、ラキアの戦神アレスは非常に好戦的で利益よりプライドを優先する存在だ。幾度か和平を匂わせる書を送っては見たが、あちらの反応は芳しくない。何よりここで連合軍が敗れれば、その後方に広がる少数民族や国とも呼べぬ集落までもが為すすべなくラキアの支配を受ける。それだけは避けねばならなかった。
戦争末期、勢いを増すばかりのラキア王国に押され始めた連合軍に小さな吉報が告げられる。連合の中心戦力だった彼の王国にて婚礼を終えたばかりの王妃のご懐妊が告げられたのだ。この頃になると王国は少しでも兵士を増やすために男性優遇社会を形成していた。
主神の加護を受ければ男女問わず強くなる事は出来たが、戦争という場所に於いてこのシステムは不確定性が強かった。折角偉業を達成し強く成長しても、正規兵、他国兵、傭兵の入り混じった戦場の中でも数多いる自国の兵士の能力を更新する余裕が神にある筈もない。また、国家間の戦争に於いては国王や将兵より主神を先に捕えた国が勝利するため、戦場に主神が赴くなど以ての外。結局、戦場は体力と筋力で勝る男を全面に押し出さざるを得なかった。
国王は、産まれいずる我が子が男であることを切に願った。
唯でさえ士気が下がる一方の国内で唯一の戦意高揚に繋がる吉報だ。子を授かるのは勿論喜ばしい事だが、連合の瓦解目前という今だけは違う。この国は力強い国王の存在によって士気を保ってきた国。誕生するのは次期国王の座に座る未来の武王――すなわち嫡男であることが望ましい。数十年前に当時の国王の第一子が男だと判明した時、連合は一時的にラキアに対して優勢に立つほどの指揮の高まりを見せた。国内だけでなく、同盟を結んだ他国にとってもこの王室の事情は大きな支えとなっているのだ。
平時であれば嫡子誕生というだけで士気は高まったろう。だが、この時だけはそれでは足りなかった。他国の侵略によって広大な土地を得たラキアの物量に押され、連合は心身ともに疲弊しきっていた。時代は戦の象徴にして花形となった男を求めていたのだ。
――間もなくして、王妃の帝王切開が行われた。
嫡子は、男――そう、世間には発表された。
これで士気を取り戻した連合はラキアの猛攻を凌いだ。更に、オラリオ内の勢力変化を知ったラキアがオラリオに今まで以上の大戦力を送るも失敗。これにより他国を侵略するだけの余裕を失ったラキアは連合を警戒してか領土内に撤退し、停戦の申し込みを連合へと送ってきた。
アレスは今度こそ本気でオラリオを攻め落とす算段だったらしく、この敗戦は完全に予想外だったらしい。加えてさしものラキアも百年続く戦争は堪えていたらしく、国の財政が傾き始めていた頃だった。そこに来ての士気高揚による一大反抗が止めを刺したのだ。
こうして百年戦争は両陣営の思惑の一致によって終戦。長きにわたる戦乱に終止符を打つ切っ掛けとなった嫡男は『連合に救いをもたらした偉大なる子』として持て囃され、アウグストの名を授かることとなった。
この歴史の巨大なうねりの影で。
王妃と同時期に懐妊した一人の使用人が女子を出産し、静かに職を離れて赤子と共に故郷へ帰ったことを知る者は少ない。その使用人が連れ出した子の眼の色が、王室特有の翡翠色をしていた事を知る者もまた――少ない。
そして、終戦から15の年月が流れたある日のこと――ダンジョン10階層。
「つ、疲れたぁ~~~~っ!!帰る!もう帰ろう!!」
栗色の髪をカチューシャでまとめた剣士の少女は、言葉通り心底疲れ果てた声で剣を鞘に納めた。彼女の周囲には一人の男と、無数の魔物の死骸と魔石、ドロップアイテムが散乱している。その半分以上が一撃で急所を切り裂かれており、少女の剣術の腕が非凡ならざるものだということが理解できる。
安物のマントを棚引かせてはいるが、疲労困憊のその姿では格好もつかない。ただ、その翡翠色の瞳だけは彼女の強い意志をたたえるように輝いている。
そんな彼女に男は呆れたようなまなざしを送った。
「だから言っただろう。臭い袋を使って魔物をおびき寄せて一気に倒しステイタスアップなど無謀なのだと……日進月歩の成長など、やろうと思ってやれるものではない」
男はどうやら少女の仲間らしく、体躯に似合わぬ巨大な盾と、それに並ぶ巨大な片刃の大剣を背中に収めて少女へ歩み寄る。黒髪に浅黒い肌の色が、いかにも屈強そうな肉体を更に際立たせている。
「ンなこと言ってもぉ!!アイズのヤツはもうレベル5だって話じゃない!なのにこちとら未だにしがないレベル1!オラリオ最弱のミジンコなのよ!?綿棒で潰れる極小微生物の地位に甘んじてるとか腹立つじゃない!私は今すぐにでもこのモーレツな冒険者カーストを脱出したいのよっ!!」
「この街の全てのレベル1を敵に回す大胆発言だな……」
両手をブンブン振り回す少女に「まだ元気じゃないか」と内心で突っ込みつつ、少年は冷や汗を流した。
確かにレベル1冒険者はこの街では掃いて捨てるほどいる雑兵の類だが、みんな頑張って生きているのだ。確かにレベルが上がらず日の目を見られない落伍者が多いことも確かだが、今の高レベル冒険者だって昔は1からのスタートだった事を鑑みると割と暴論である。
「俺もお前もまだ冒険者になって間もないだろう。対してあっちは俺達より遙かに前からダンジョンで戦っている。付け焼刃の努力で追い越せるほどこの差は小さくないことぐらい分かっているだろう?」
「………分かってるよ。でも悔しいの!この悔しさをどっかにぶつけたかったの!そしてどーせぶつけるんなら魔物にぶつけて経験値になって貰ったほうがお得じゃないの!!」
彼女はお得という言葉に目がない。が、そのお得の裏側にある事情――すなわち、死のリスクや疲労などの計算は含まれていない場合が多い。だからこそ少年は彼女から極力目を離さないようにしている。
彼女は、放っておくと何をやらかすか分からないのだ。それを少年は経験則で知っていた。
「とにかく、アイテムと魔石を拾って一度ホームに戻るぞ。トール様が心配する」
「心配し過ぎなのよトール様は。あんだけガタイがいいのにどうして気は小さいのかしら?」
「そう言ってやるな。ファミリアを亡くしたくないが故だ」
二人で黙々とアイテム類を拾い上げる。これもファミリア存続と小遣い確保の為の貴重な資金源だ。一つとて甘く見る事は出来ない。これでも二人はレベル不相応とまで言われる程度には良い武器を使っているのだから、それを維持する金は多いに越したことはない。
「あーあ………なーんか、私の想像してた冒険者と違うなぁ。こう、ガツーンと名を上げて強くなる方法って本当にない訳?」
「あるにはあるが、高確率でガツーンと強い魔物に殺されるぞ」
「それはない。絶対ない。何故ならば、そう……」
周辺のアイテムを拾い終えた少女がすくっと立ち上がり、剣を掲げた。
「私はこのオラリオの歴史にその名を刻む未来の剣王、アーサー!我が剣に一片の曇りなく、我を退ける敵はこの世に無し!……世迷言と笑いたくば笑うがいいさ!笑ってられるのは今の内だけなのだから!」
意気揚々と夢を叫ぶそのちっぽけな冒険者。
しかし、少年はそんな彼女の姿を人生でただの一度も笑ったことはない。
何故ならば彼は、その少女の背中に遠い未来に英雄の姿を見たから。
何者よりも気高く、棚引くマントは勇ましく、掲げた剣は美しく。大陸八方その勇名轟かし、並び立つは戦友のみ。赴いた戦では勝利をもたらし、あらゆる困難はその手で打ち砕く。そんな絵本に出てくるような最強で最高の君主になる資格を、彼女――アーサー・キャバリエルは持っている。
少年は黙って自らの片刃の大剣を掲げ、アーサーの剣と重ねる。
「ならばこの俺――ユーリ・ツェーザルが剣王さえも守る最強の盾になろう。大砲をも弾き飛ばし、城塞よりも堅牢な最強の守護者になろう。喜べアーサー、お前は俺がいる限り一生戦場で盾を抱える必要はない。むしろ……出番を喰ってしまうかもな」
「それもない!最強の盾だけでは攻めが疎かになるでしょう?だから……最強の剣と最強の盾、二人揃って最強だ!!」
今はまだ、二人は本当にちっぽけな光でしかない。
大きな時代に流されるだけの、どこにでもいる存在でしかない。
そう、今はまだ――。
「………でもそれだけだと不安ね。やっぱ最強の王は最強の兵士を一通り揃えといたほうがいいのかな?最強の魔法使いとか最強の射手とか!あ、そう言えば知ってるかしらユーリ?極東には『シノビ』っていう伝説の戦士がいるらしいわよ!そーいうのも仲間に欲しくない!?」
「そういうのを取らぬ狸の皮算用と言うんだ。仲間集めは自分が他者から認められるくらいに強くなったら自然と集まってくるだろう。今は耐える時代なんだよ」
「嫌!そういうの性に合わない!最低でも一か月以内にはレベル2になるってもう決めたの!」
少女の野心は分不相応に大きい。確かに王の素質は認めているが、時折ユーリは彼女をタダの身の程知らずなんじゃないかと思う時があるのだった。
後書き
なお、構想はあるけど基本的に構成がONE PIECEな気がする。
アーサーはとにかく王に憧れる少女で、具体性はないけど本気で王様になろうと思っています。そう考える理由はいろいろとあるけど、まぁ一番の理由は何となく想像がつく感じで。一応言っておくと本人は自分の出生については殆ど知りません。まぁ、ルフィですね。
そしてユーリはユーリで理想の生き方というのがあるのです。そしてその生き方をするためにはどうしても欠かせないものがあって、それをアーサーが埋めてくれるという。ポジションだけ言えばゾロですね。
ちなみに時系列はだいたい原作開始数か月前……まぁ、はて迷本編と同時期くらいです。
気が向いたら続きを書くかもしれませんが、あくまで本編優先です。
はて迷外伝 最強の剣と最強の盾2nd
トールという男は、岩石をくり抜いて人の顔にしたかのように厳つい神だった。
しかし同時にどこか不器用で心優しい姿は人を惹きつけ、やがて大きなファミリアを形成していった。
かつて、【トール・ファミリア】と言えば【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】にも匹敵する超大型ファミリアだった。まだゼウス・ヘラのオラリオ二強時代が訪れるよりも更に前の時代の話だ。ゼウスをトールは友人同士でもあり、二人のファミリアは互いに切磋琢磨し合うライバル関係に近かった。
とはいえ敵対している訳ではなく、高レベル冒険者が次々に誕生した冒険者黎明期には轡を並べてダンジョンの困難を突破することも珍しくなかった。
その頃こそまさに冒険者の黄金時代だった。
ダンジョン・ドリームなどと揶揄された爆発的な経済効果は諸外国にまで響き渡った。この頃は【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】も数ある大型ファミリアの一つだった。あらゆる魔物を打ち倒し、ダンジョンの構造が次々に明かされた。そんな湧き上がる伝説の日々は、いつまでも続くと思われた。
だが、ある日それは突然訪れる。
遠征へ向かった【トール・ファミリア】の『消滅』。
ダンジョン未開拓エリアに入った【トール・ファミリア】の勇猛なる戦士たちが、一人たりとも帰ってこなかった。予定日数を越えても戻ってこない眷属の身を案じたトールはゼウスに彼等の捜索を依頼したが、どんなにエリアの開拓を進めても人っ子一人、人間のいた気配一つ見つからない。更に下に潜ったのかと探すが、それでも見つからない。何の手がかりも見つからないまま、捜索は打ち切られた。
一体彼等の身に何が起きたのか――誰も知らない。生き残りのたった一人でも、鎧や剣の一かけらでも見つかって欲しいとトールがどれほど強く願っても、痕跡一つ――情報一つ見つからなかった。
ダンジョンにはまだ謎が多く、当時は世界の二大怪物と呼ばれたリヴァイアイサンやベヒーモスに並ぶ魔物が潜む可能性は示唆されていた。しかし、彼らはまるで全員丸ごと化物に丸呑みされたかのようにいなくなったため、本当に魔物に殺されたのかも不明のままだった。
トールの手元には愛すべき子供たちが残した莫大な財産と残されたわずかな新人眷属たち、そして百枚にも及ぶギルドからの死亡認定書だけが残った。
トールは泣いた。三日三晩に渡って碌に食事も睡眠もとらず、延々とむせび泣いた。もうどれほど待っても、自分の愛した息子・娘たちは永遠に戻ってこないのだと悟ってしまったからだ。
三つめの晩の夜、とうとう疲れ果てて眠りに着いたトールは不思議な夢を見た。
その不思議と暖かな空間には、もう二度と会えないと思っていた眷属たちが勢ぞろいでトールの事を待っていた。彼等は口々にトールへこれまでの感謝を告げた。そして同時に、志半ばで逝ってしまうことに対して謝罪をした。
それは、天界の何者かがトールを憐れんで設けた告別の場だったのかもしれない。真相は分からないが、少なくともトールは彼らが幻ではないと確信した。トールは静かに、眷属たち一人一人に告別の言葉を継げ、感謝とともに抱擁した。
一人一人ゆっくりと、嘗てを回顧しながら在りし日の暖かな日々を想う時間。永遠に続いて欲しい――そう願うほどに心地よい時間は、永遠には程遠い間に終わった。
トールは、別れが惜しくなった。地上に降りた神も、二度と地上へ降りぬという誓いを受け入れれば再び天界へと舞い戻ることが出来る。トールは今から天界へ昇り、子供たちと永遠に過ごそうかとさえ考えた。しかしそれを口にすると、子供たちは首を横に振った。そして、こう告げた。
『トール様、貴方はここで終わるお方ではありませぬ。それに、トール様が地上を去ったのなら、志半ばでダンジョンの制覇を諦めることになった我々の無念はどこへゆくのです?刹那と那由多が永遠に交錯する世界へ散ってしまうのですか?』
『貴方と永遠に共にいる……確かに甘美な、あまりにも甘美な誘惑であります。しかしそれは駄目であります。我々の夢が……貴方と共に見た輝かしい夢が、それでは嘘になってしまいます。我等が貴方と共に同じ夢への永遠の裏切りになってしまいます』
『夢を継ぐ者を見つけてください。我等の生きた証――我らの『想願』を背負うに相応しいと貴方が思った者が、いずれ現れます。どんなに時間がかかってもいい、何度世代をまたいでもいい……我等と貴方が築いた時代を、終わらせないでください』
『そうすれば……我々の魂は離れるとも、我等の『想願』は永遠にトール様と一緒にいられるのです』
『泣いてもいい』
『叫んでもいい』
『それでも我等を想うのならば』
『その時が来るまで耐えて、耐えて、耐えて………我らの後輩を、導いて下さいませ』
夢から覚めたトールは、残されたわずかなファミリアを集めて、その顔を見渡した。
いずれ大成するであろう期待を抱かせる者ばかりだったが、その中に『想願』を背負うに相応しい者はいなかった。トールは、ファミリアを解散することを正式に告げた。
その後、トールは彼らの才覚を見極め、全員にトールの考えうる最適の神への『改宗』の手伝いを施した。そして、残されたあらゆる財のうち本当に残したいものだけを信頼のおける友神に預け、ホームを含むそれ以外の全てを換金して銀行に放り込み、そのままオラリオの表舞台から姿を消した。
= =
それから数十年の刻を経て――親友のファミリアが壊滅し――世代が変わり――誰もが【トール・ファミリア】の名前など忘れ果てた頃、彼は街の小さな酒場を切り盛りするオーナーになっていた。
いずれ自分の店に『想願』を継ぐに相応しい者が現れた時に、自分がロートルになっていては世話ない。オラリオの生の情報が集まる酒場は世俗から離れすぎないため都合が良かった。厳ついトールが酒場を切り盛りする姿を「落ちぶれた」笑う者もいれば、そんなことは気にせず常連になる者もいた。
そして、もう『想願』を継ぐに相応しい者など自分の前には現れないかもしれないと思い始めたその頃――少女は現れた。
「……テメェ、クソガキ。今、何て言った?」
「あんたみたいな落ちぶれ者が幅を利かせるような腰抜けファミリアに、どうして私が入らなければならないのか。そう言ったのだけれど?」
栗色の髪の少女が、ガラの悪そうな男達に毅然とそう言い放つ光景が、目に映った。
「あのね、私はいずれ剣王になる女なのよ?安くないの。王に仕えるだけの志もないアンタみたいなしょーもない男をはべらせてるような誇りもないファミリアに用はないのっ!」
「………はぁ?剣王?お前みたいな田舎者丸出しの小娘がぁ?………ぷっ、くくくくっ!!ぶわ~~~っはっはっはっはっはッ!!」
どっ、と男の周囲が爆笑――あるいは嘲笑の渦に包まれた。
「バッッッカ丸出しだなお嬢ちゃん!!お前みたいな細っこい小娘が王様だぁ!?おままごとのしすぎで頭がハッピーになっちまったのかァ!?」
「イヒヒヒヒヒっ!!いるんだよなぁ、君みたいな夢見がちな乙女ってのがさぁ!?そういうのこの街でなんて言うか知ってるかぁ!?………み・の・ほ・ど・し・ら・ず!!アーッハハハハハハ!!」
「俺達は今までに何人もお嬢ちゃんみたいな脳みそお花畑の新人を何人も見てきたがよぉっ!!くくく……みぃんな辿る結末は二つに一つだぁ!!」
「身の程を知らな過ぎてくたばるか、身の程を思い知って惨めに冒険者を続けるかだっ!!ぶふふッ……だぁ~っはっはっはっはっはっは!!」
「くくくっ、お前らそんなに笑ってやるなよぉ、可哀想だろぉ!?」
「おう嬢ちゃん!お前さんは冒険者よりその妄想を垂れ流す吟遊詩人か作家にでもなった方がいいんじゃないか!?ぎゃはははははははっ!!」
口々に夢をあざ笑う男達を少女は鋭い目つきでゆっくり見回しながら、無言で立ち尽くしていた。彼女と同じテーブルには、同じ年頃の少年が無言で食事を取り続けていた。助け船を寄越す気配は一切なく、我関せずと言った様子だ。
冒険者にはよくあることだ。冒険者になれば英雄になれるなどと誰が吹聴しているのか、結局この街でも特別な強さを持つのは特別な才能のある者だけ。その現実を知らずに井の中の蛙となり、水に溺れる哀れな若者たちをトールは知っている。
こういったとき、新人はいつもその現実を認めようとしない。やってみなければわからない――そんな魔法の言葉に縛られては戦いに挑み、そこで初めて魔物と戦う本物の恐怖を知るのだ。実力の伴わない虚勢に耳を貸すほどこの街の住民は甘くはない。
お前のような冒険者は腐るほど見た。だが、その中から英雄になる者など見たことがない。そんな夢を見る時代はもう終わったのだ。それが、黄金期を過ぎたこの街に蔓延する空気だった。
しかし少女は、次の瞬間にそんな彼らを鼻で笑った。
「言ったわね、底辺冒険者軍団?なら一つ賭けでもしようじゃない。――私が『二つ名』で王の名を冠したら、あんたたち私の子分になりなさい。たかが新人のたわごと、どうせ敵わないならその身を賭けても損はないでしょ?」
「たはははっ!!ああ、いいぜぇ?それでお嬢ちゃんの方は何を賭けてくれるんだぁ?処女でもかけてみるかぁ?がはははははははははっ!!」
「あんたたち全員を総べる権利と全然釣り合わないから却下」
「………あまり調子に乗んなよ、ガキ」
げらげらと笑っていた男達の声色が、威嚇するような低さに変貌する。
「俺達はレベル1だが、まだファミリアにも入ってねぇ小娘じゃあ到底かなわねぇ位には強いんだぜぇ?その気になればこのままホームに無理やり連れ込んでヨロシクやれるぐらいにはなぁッ!!」
男の一人が少女の胸ぐらに素早く手を伸ばした。
「――ああ、失敬。俺の君主に汚い手で触らないで貰えるか」
直後、少女の隣にいた少年が食事を続けながら男の手首を掴みとった。
「んだ、てめぇ。嬢ちゃんが王様気分ならツレは騎士気取りかよ?とっとと離しな、そのほそっこい腕を折っちまうぞ?冒険者になりたてで剣を握れない手にはなりたくねぇだろ………!?」
軽く振り払おうとする動作を見せる男。しかし、動きに反して少年の腕は微動だにしない。それどころか、少年の細い指は段々と男の腕にミシミシとめり込んでいく。底に到って男はやっと気づく。少年の筋力が、自分の力を遙かに上回っていることを。
「そういえば興味深い話をしていたな。確かアーサーの処女を賭けるとか、攫ってヨロシクだとか………笑わせるなよ半端者。つまらない冗談はその辺にしておかねば、明日剣を握って戦えなくなるぞ」
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?こ、こいつ!冒険者でもねぇのになんて馬鹿力してやが……クソがぁッ!!」
生意気な態度に激昂すると同時に力関係を誇示したいという無駄なプライドが頭を支配し、男は腰の短剣を引き抜いて少年に鋭く振り下ろした。
「――ユーリ、そいつから手ぇ離して。今から殴り飛ばすから、ねッ!!」
「な――ガハァッ!?」
剣が届くより早く、非力だと思っていた少女が腰だめに放ったボディブローが男に突き刺さった。凄まじい衝撃に男はそのまま数Mほど宙を舞い、反対側にいた男達のテーブルに背中からぶつかって料理と木片がぶちまけられる。
「このガキども………!!新人だと思って大目にみてりゃぁつけあがりやがってッ!!もういい、テメェらこのガキどもをやっちまえ!!野郎は骨を折ってゴミ捨て場!女は一晩中俺達の輪姦し者にしてやれぇッ!!」
「あら、物理的に不可能なことをのたまうなんて『おままごとのしすぎで頭がハッピー』になったんじゃないのッ!?……ユーリ!こいつらに未来の最強の力をブチ込んでやるわよッ!!」
トールの目線などまるでなかったかのように二人は曲がりなりにも現役の冒険者に真正面から突っ込み――1時間後、滅茶苦茶になった店と、これでもかというほどボコボコに叩きのめされた冒険者たち。そして肩で息をする二人の若者がそこに残されていた。
「ぜはっ!ぜー、ぜー………た、タフすぎるでしょ、恩恵持ち冒険者……!!」
「やはり、恩恵の有無は大きかったな……何発か、いいのを貰ってしまった………」
二人は息を切らしながらも胸を張る。アーサーと呼ばれた少女は息も絶え絶えな男たちの方へと一歩踏み出して勝利を誇示するように片手を天に突き上げた。
「この喧嘩、私達の勝ちよ!!未来の剣王とこの街で初めて戦ったことを光栄に思って……次はもう少し誇りある戦士になって出直してきなさいッ!!」
あれほど自分を馬鹿にした醜悪な連中に嫌な顔一つせず、敬意を払いつつも自らが王であることを誇示し続ける。それは底抜けの馬鹿なのか、優しいナルシストなのか、一見しただけでは判別がつかない。
しかしこの時、トールが彼女に対して抱いていたのは呆れでも、店を潰された怒りでもなかった。
誇らしげに笑う彼女の背中に、『想願』を背負ってもなお余りある巨大な意志を垣間見たこと、そしてそんな少女に出会えたことへの――純粋な喜びだった。
「なぁ、お嬢さん。俺の店をぶち壊した詫びってわけじゃないが、儂の話を少し聞いて行ってくれんか?」
この事件の翌日から、トールの酒場が【トール・ファミリア】のホームとして正式にギルドに登録されたという。
後書き
え、本編の続きですか?今まで通りのペースで書いてるんで全く問題ありません。
ただ、ちょっと細かい部分が重要になる場面が多いので。完成したら7話分くらいになるかもしれません。
はて迷外伝 最強の剣と最強の盾3rd
ステイタスというものに、少しばかり言及しよう。
人が神の恩恵を受けると、全てのステイタスが0から開始される。
これはその人物が何の戦闘能力も持っていないという訳ではなく、恩恵を受ける際の自身の能力値を0として計算するためにこのような数値になるだけである。つまり、その冒険者の本当の能力は戦いで経験を積むことで如実化していく。
目には見えないが、恩恵を受けた時点で既に冒険者は常人以上の力を得る。しかしそれはあくまで魔物に対抗する最低限レベルのもの。それより上に到る力は自力で得る他ない。
ここに冒険者と一般人の決定的な違いがある。一般人が経験を積んでも能力は結局一般人の範囲内でしか大きくならないが、恩恵を受け取った冒険者はその伸び代が底なしに大きくなり、経験の概念が『経験値』に代わる。通常は経験しても強さに直接繋がらないものまでが完全に体内で数値化され、その伸び代に注がれていくのだ。
つまり、この【トール・ファミリア】団長に就任したのアーサー様はダンジョンでの苦労に比例するステイタスの伸びを得ている筈なのだ。なのに……なのに……。
「なのに、何でこんなに数値が伸びないのよぉぉぉ~~~~~~~っ!!!」
「俺もそれなりに頑張った筈なのだが、この結果は少しばかり堪えるな………」
隣のユーリも自身のステイタスの伸びの小ささに動揺を隠せないらしい。それもそうだろう。あれだけ大量の魔物を倒したというのにステイタスの伸びは数値にしてトータル20ぽっちなのだから。これでは骨折り損のくたびれもうけだ。
ステイタスは基本的に『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の五つの項目があり、馬鹿力が自慢なら『力』、足の速さが自慢なら『敏捷』といった具合に本人の得意とする部分がよく伸びる仕組みになっている。当然、未来の王であるこのアーサー様はどの項目も漏らさず完全な成長を遂げている。
だが、問題は上げ幅であってバランスではない。
「トール様!!どーいうことよコレ!!」
「新人冒険者とはここまでステイタスが伸びないものなのでしょうか?」
私もユーリもステイタスに関する知識は全てトールから受け取っている。トールは確かに二人に対して強く成長する資質があるとはっきり述べていた。だから二人はその言葉を疑わずにダンジョンを突き進み――ギルドの受付嬢である耳の尖った眼鏡の人に「行くなよ!絶対行くなよ!」と言われた2層を通り過ぎて10層で魔物狩りをしたのだ。……そのあと滅茶苦茶怒られたけど。
私たちの問いに対し、3人分の晩御飯を作っているトール様はふむ、と唸った。
「恐らく伸びが悪い理由は二つ、だな」
「それは何よ?努力不足とか言ったらその無駄に蓄えこんだ髭全部剃るわよ!!」
「そう焦るなよアーサー。お主たちが弱いなどという話ではない」
トールは無骨で太い指を器用に使って丁寧に野菜を切りながら、一つ一つ説明してくれた。
「まず第一に、お主たちは普通の人間ではありえないほどの伸び代を持っていたことが原因だな」
「………俺とアーサーの伸び代、ですか?」
「うむ」
切り揃えた野菜をフライパンに流し込んで強火で炒めながら、トールは野菜に調味料をかけた。ジュワァ、と食欲をそそるいい匂いが空の食卓に届き、お腹の虫が反乱を起こしたようにぐぅぅ、と鳴った。
「お主ら、オラリオに来た時点で既に相当強かったの。儂の店の常連連中を何事もなかったかのようにノしていたが、あやつらもレベル1の中では中の中程度の実力……決して弱卒だった訳ではない。それを叩きのめす実力があるというのが異常な伸び代を持つ証よ」
「まぁ、普通の人より強いかと言われたらイエスね……ユーリが子供の頃から馬鹿力でさ。そのユーリと一緒に遊んでたら私も段々と付いて行けるようになってたのよ」
ユーリは背丈こそ普通より少し大きい程度だが、7歳頃には既に成人男性並み、10歳頃には村一番の怪力男になっていた。樵をやらせれば斧が耐え切れずにへし折れ、村に現れた魔物を正拳突きで一撃即死。他にもユーリの怪力伝説は数多く存在する。
そして、そのユーリをお供に引き連れて(友達のつもりだったんだけど、周囲には従者に見えたらしい)歩いていた私は『村の王女様』とか言われていた。王女じゃなくて王になるのと言ったら笑われたものだ。絶対に許さん、オラリオで出世して見返してやる。
「つまり、俺とアーサーは周囲の非恩恵持ち冒険者と比べても特別強いのか?」
「そうだ。お主らは儂が恩恵を与える前から強かった。……そして、そこに儂の恩恵が加わったことでお主らはさらに強くなった。恐らくだが、初期値はゼロでも実質的にはレベル1の上位程度の能力値をお主らは持っている筈だ」
……そんな風に褒められると、私もあんまり強いことは言えなくなる。自分が強い事くらいは知っているが、それを他人に認められるというのはまた違った嬉しさやこそばゆさがある。
「んん、ごほん!……それで、どうしてそうなるとステイタスの伸びが悪くなるのよ」
「それがもう一つの理由……『相対的経験値』だ」
焼き上がった料理を大皿に盛りつけたトールは、それをテーブルの上にドンと置く。ほかほかの料理から立ち上る湯気と野菜の隙間から噛み見えるコンガリと焼けた肉。そこから零れる肉汁が、容赦なく食べ盛りの私の空腹を刺激する。
トールは慣れた手つきで温めていたスープを人数分の器に注ぎながら説明を続ける。
「『相対的経験値』とはつまり、自分に比べて相対的に弱い相手から得られる経験値の量が減少するという話だ。逆に、自分より相対的に見て遙かに強い相手を撃破すると莫大な経験値を得ることが出来る。大抵の場合、これがランクアップの引き金になる」
「つまり、我々はもっと自分の実力に見合った強さの魔物と戦わなければ数値的な成長は見込めない……と?」
「絶対ではないが、可能性は一番高い」
スープの注がれた器から漏れ出る甘く優しい香りが腹にズドン。トドメとばかりに予め用意していた焼き立てのパンが入ったバスケットをテーブルの中央に設置したトール様は、自身も食卓についた。………生唾を呑み込む。いや……いやしかし、今の私はステイタスが上がっていなかったので機嫌が悪いのだ。機嫌が悪いから、食べ物くらいで私の起源は収まらない。
何度でも言おう。た、食べ物………くらいでは………ッ!!
「まぁ、今はまだ無理をするな。冒険者の本業は美味い飯を食うために生きて帰ってくることだからな。では………食物を遣わした偉大なる大地に感謝を」
「いただきまぁぁ~~すッ!!」
人も王も、空腹には決して勝つことが出来ない。
――by アーサー・キャバリエル――
既に、脳は食欲に支配されていた。私は主神が手ずから作り上げた最高の美味に勢いよく食らいつく。存分に咀嚼して味わった料理たちが胃袋に暖かな栄養源として注がれる。脳内に爆発的な快楽物質が生成されるほどのこの感激、これを至高の時間と呼ばずして何と呼ぶ。
はしたなくも頬一杯に料理を詰め込みながら、私は顔を綻ばせた。
嗚呼、なんと素晴らしきこの食卓。こればかりは万の栄誉にも代えがたき褒美なり!
「うまぁぁぁぁ~~~~~~い!!」
「アーサーお前……話、ちゃんと聞いてたんだろうな?」
「まぁ、話は後でも出来るだろう。お前も食っておけ、ユーリよ」
……トール様の話を聞いてなかったわけじゃないのよ?本当よ?
というか、トール様の料理の腕がよすぎるのが悪いと私は思う訳よ。
= =
心の底から幸せそうに料理を頬張るアーサーに呆れながら、ユーリは思う。
どうして自分はこの女を自分の君主になるなどと確信したのだろう。……いや、それは正確ではない。正しくはいま目の前にいる子供っぽい食いしん坊を見てもユーリは心のどこかでアーサーを信頼している。
アーサーという女は、村の中でも変わり者な存在だった。
父親がおらず、祖父母と母親との4人暮らし。父親は戦争で命を散らしたと人伝に聞いている。百年戦争の影響でそのような不幸もあるだろうと村人は気にも留めなかったが、そんな家庭で育った筈の彼女は、あらゆる意味で何故か家族の誰にも似ていなかった。
まず、暖かな栗色の髪に翡翠色の美しい瞳。
母親は金髪茶眼であり、曾祖父の代に遡っても彼女と同じ髪と瞳の色はいなかった。母親は「父親に似たんだろう」と苦笑いしていたが、その瞳に微かな不安が宿るほどに、彼女には母親の面影が無かった。
後に「本当は血が繋がっていない」などと陰口を叩かれ、よく近所の子供と喧嘩をしていた記憶がある。
次に、性格。
キャバリエル一家は人と人の仲を取り持つのが得意なゆったりとした人ばかりだったのに対し、アーサーはとにかく多動だった。自分の部屋に籠って本を読んでいると思ったら窓から飛び出して野山を駆け、喧嘩っ早くて男勝り。夕方になると泥塗れになりながら木刀片手に帰還して母親に甘えるといったおてんば娘だった。
彼女が頭に付けているカチューシャは、「自分が女であることを忘れさせないため」と母親に渡されたプレゼントらしい。
他にも、剣術を習ったことがないのに村一番の剣の腕だったり、ワガママで人の話を聞かないように見えて正義感は強かったり、勉強には余念が無かったり……思えば彼女は親どころか村の誰にも似ていなかった気がする。
アーサーには少女相応の無邪気な面と、何か明確な目的に動く意志が同梱していた。
その原動力になっていたのが彼女の夢――「王様になる」だった。
不思議な事に、アーサーの母親は一般には出回っていないような難しい本をたくさん持っていた。貴族が読むようなマナー本、治世に関する本、哲学本、武術指南書、百年戦争の戦史記録……幼いころのアーサーは母親にせがんでこの本の内容を教えてもらい、あっという間に難しい言葉を覚えて自分で読みふけるようになった。恐らくこの頃からアーサーは王というものに憧れていたのだろう。
それが年を追うごとに「女王になる」になり、「王国型ファミリアを作る」になり、「オラリオで手柄を上げて王国を作れるファミリアを育てる」という具体的な物になり、最終的に「王国を作るに当たって家臣が着いてくるような力強さを持った『剣王』になる」に落ち着いている。もしかしたらこれから更に変わるかもしれないが、とにかくアーサーは夢を追う事に関してはどこまでも本気だった。
「まいったなぁ………相対経験値なんて聞いてないよ。行動指針を一から練り直す必要があるかな。どう思う、ユーリ?」
そんな彼女は今、風呂上りの火照った体を冷やすように窓際で月を眺めている。
顔立ちはすこし子供っぽいが、憂いを帯びた彼女の表情は年齢不相応に凛々しく感じる。
……まぁ、自分の君主になる大切な王様なので、ちょっとは大人びていないと困るのだが。
今のアーサーの計画では、俺とアーサーは早い段階で、出来るだけ二人同時にレベルアップを果たすことになっている。
これは単純に早く強くなりたいというだけではなく、眷属が二人しかいない【トール・ファミリア】の――ひいては自分の将来の臣下となる新たなる仲間を呼び寄せるための策だ。この街では冒険者はレベル2になってからやっと評価される範囲に足を踏み入れるため、それだけでも話題性はある。更にそれが二人同時、しかも数十年ぶりに復活したファミリアから出たとなれば宣伝効果は更に大きくなる。
無名の冒険者二人の所属するしょぼくれファミリアと大型新人二人の在籍する成長株ファミリアなら、人は後者の方に入りたいと考える筈。つまりスカウトがしやすくなる訳だ。これを機にファミリア参加者を大々的に募る気はないが、アーサーが眼をつけた冒険者をスカウトしやすくなるのは大きい。
そして、その目的を達成するのに最も重要なのは、『速やかにダンジョンに慣れる事』だ。無謀に突き進んで死の確率を上げながらレベルアップを目指すのではなく、頼る時は人に頼って効率的な戦い方をする。これは俺とアーサーの間で話し合って決定したことだ。
「そうだな……これ以上下の階層に行くとなると誰かのナビゲートが欲しい所だな。最低でも18層までの構造を把握しているベテランが望ましい……少々確実性には欠けるが、ギルドの依頼として教官替わりを探すが吉か」
今回の場合、よりダンジョンの深い階層に潜りつつリスクを減らす方法――すなわち18層辺りまでの冒険経験がある冒険者のサポートを受けて経験値稼ぎにいそしむのが最適解だ。
しかし、アーサーはそれに素直に首を縦には振らない。
「………うーん」
「どうした?」
顎に手を当てた考え込むアーサー。こういう時は、彼女はいつも良からぬことを考えている。嫌な予感はするが、俺はあくまで彼女に仕える身。決定するのは彼女の役割だ。
暫く考え込んだ後、彼女はニッと笑った。
「予定を前倒して先にスカウトを開始しよっか!こうなったら街を回りながらナビゲーターと未来の部下を纏めて発掘するわよ!!」
案の定、本人だけ自信満々なパターンだった。二兎を追う者は一兎をも得ずの展開が目に見えて浮かぶ。
「………無駄足になる可能性も高いだろう。大人しくギルドに任せて俺達はダンジョンに10層以下に慣れる事に徹した方が結果的に確実性があるのではないか?」
「それなんだけど……どっちにしろ自分の眼で見て信用できると判断した奴じゃないと依頼する気になれないし、ギルドより個人依頼の方がその場で話がついて早いと思うのよ。しかも!その間を縫って新人発掘まで出来るのよ!?――お得じゃない!!」
――彼女はお得という言葉に目がない。本当にお得かどうかはさて置いて。
満面の笑みを湛えるアーサーに、俺は目尻を押さえてため息をついた。
やっぱりこの女は器が大きいのではなく、器の底に巨大な穴が開いているだけなのではないか。
「待ってなさいよ、未来の部下たち!この未来の剣王アーサー様が直々に声をかけに足を運ぶわよ~~~~!!」
(そうそう上手くいくものか、このバカ王め……)
翌日、俺はこの言葉を撤回することになる。
アーサーは王の資質を持つ女。俺の常識を超えたことが彼女の身には起こる。
何故ならばそう――彼女は生まれながらにして『王道』を歩んでいるのだから。
はて迷外伝 最強の剣と最強の盾4th
前書き
次回から本編更新したいなぁと思うので、外伝はそろそろ一時休止の予定です。
オラリオは、その別名を『世界の中心』という。
危険と引き換えに巨万の富を生み出し続けるダンジョンと、それに対抗する人間に力を与える神々。世界で最も金、環境、技術、人、戦力が集中し、諸外国と比べても群を抜く成長を見せるこの街は、今もなお肥大化を続けている。
まるでそれ自体が生物であるかのように胎動する巨大な都市は、今日も大量の人々の偏在的な意志を貪っり続けている。
この日、この目に見えない怪物のような街に、一人の旅行者が訪れた。
それは、男の子にも女の子にも見える小さな子供だった。裾などが盛大に余った民族服らしいものを着こみ、その耳はエルフ特有の鋭角を描いている。小さな子供と犬猫を足して二で割ったような不思議なぬいぐるみを両手で抱えたその少年は物珍しそうに周囲をキョロキョロしながら感嘆の息を漏らす。
「ふわー……すっごい量のヒト。やっぱり大都会は違うんだ……」
『ボサっとしてんなよ。オマエちみっこいから直ぐ人ごみに流されやがるんだもんな!』
「そ、そんなにちみっこくないもん!ちょっとは成長してるもん!!」
『うるへーロリガキが!そーやって強がってるうちはガキなんだよ、ニンゲンってのは!』
子供の周囲には通りすがりしかおらず、その子供の目線はぬいぐるみへと向いている。二つの声も非常に似ており、傍から見ているとぬいぐるみを使って一人二役の会話をしているように見える。見えるからこそ、周囲は真実に気付かず微笑ましい目線を子供へ向ける。
子供の握る人形の目線や口が明らかに動いているなどと――誰も思いはしないだろう。
「もう、いつもいつも馬鹿にしてー……!アミィは立派な女の子なんだからね!キミにはデリカシィって物が足りないんだよ!」
『ほーれ、そうやって大声出してっと周りから変な奴みたいに思われるぞぉ?ちょっと頭を上げて周りを見てみな』
「え………?」
はっとした子供――アミィという少女だったらしい――は周囲を見渡し、自分に生暖かい目線が集中しつつあることに気付き、顔が沸騰するほどに紅潮した。ズルいことに、こういう警告の時だけ『彼』はアミィにほんの小さな声で告げるから、まさにピエロのように踊らされてしまう。
「えっと、あのあの………」
『困ってる困ってる♪』
恥ずかしい状況に追い込まれた少女の腕の中で、ぬいぐるみが悪戯っぽくキシシシ、と笑った。だが、このまま小生意気なぬいぐるみの思い通りにさせることだけは悔しい。しかし、どうやって仕返しできるだろう。
前にこんなことがあった。このぬいぐるみは実は喋るぬいぐるみなのだと言ってポンと他人に手渡したのだが、『彼』はここで敢えて完全に沈黙。おかげで「イタい一人遊びを誤魔化すためにヘンな言い訳をした子供」というシチュエーションを作り出されてさらに恥ずかしい思いを強いられたのだ。
あの時の二の舞だけは避けたい。そう考えた矢先――不意に、アミィに目線を合わせるように一人の青年がかがみこんだ。こちらが見入ってしまいそうなほどに透き通った視線と、細身ながら逞しい体躯。黒髪と褐色の肌が健康的な印象を与えるその青年は、ぬいぐるみをまじまじと見つめている。
「喋るぬいぐるみか。面白いものを持っているな。触ってみてもいいか?」
『ハッ!ヤなこったぜ!オマエみたいな筋肉しかトリエがなくて知能低そうなブ男に抱かれるほどオイラは安っぽくねぇぞ!』
「……………」
青年の目線がちらりとアミィへ向く。
――今のはお前の本心か?
――ちちちちち違います!こいつが勝手に!!
無言ながらブンブンと首を横に振るアミィだったが、同時に前にもこんなことがあったのを思い出す。『彼』が自分を触ろうとした人を盛大に罵倒たり馬鹿にしまくったりした結果、怒りの矛先がアミィの方に向かってしまって逃げ惑う羽目になったことを。
(ああ、アミィはこの街でもこの陰湿ウスラバカに翻弄される運命なのぉぉぉ~~~っ!?)
言い訳はするけど、胸の内に秘める想いは完全に諦観――諦めの感情だ。無表情の青年は何一つ言葉を発さないまま、ゆっくりとアミィに手を伸ばしていく。殴られる――そう思ったアミィはきつく両目を瞑った。
だが、いつまでたっても衝撃は来ず、代わりに自分の手からぬいぐるみが抜き取られる感覚があった。
「……ブランドの刺繍もなし、完全に手作りか。触ってみた所では中身も基本的には綿だな」
『う、うわぁっ!?き、気安く触んなあぁっ!!お、オイラは誇り高き……ひえっ!?も、揉んで中身を確かめるなぁ~~!や~~め~~ろ~~~~!?』
「なぁ、君。このぬいぐるみは一体なんなのだ…………?どうした、そんなに身構えて?」
「へ?あの……あれ、怒ってないんですか?」
「いや、苛立ちよりも君達への興味が勝っただけだが」
まるで表情を変えずに手の中で暴れるぬいぐるみを触る青年は、ビクビクと震えるアミィを不思議そうな目で見つめ、首を傾げた。
『~~~ッ、おい黒いの!オイラの事が知りたいんならまずはオイラをアミィに返すのがニンゲンのレーギだろッ!』
「む………一理ある。勝手に取り上げて済まなかったな」
「あ、どうも――」
礼儀正しく返された『彼』を、青年は拍子抜けするほどあっさりと返してくれた。誠実な人だな――と思いつつも差し出されたぬいぐるみを手渡されたその瞬間、ほんの一瞬だけ青年の手とアミィの手が触れあう。
「―――ッ!?」
「む?」
『あっ、これヤベっ……』
――田舎育ちの青年はあまり知らなかったことなのだが、エルフという種族は自分が気を許した相手にしか肌を触られることを許さない。異性に対しては尚更に過敏だ。
無論、青年は意識していたわけではない。むしろ深く考えずに『彼』を受け取ろうとしてアミィの方が迂闊にも触れてしまったようにさえ見える。
それでも、展開はいち早く事情を察した『彼』の思惑通りに進んでしまった。
「さ、触るな無礼者ぉぉぉぉーーーっ!!!」
べっちーん!!と派手な音を立てて、アミィのビンタが青年の頬に炸裂した。
= =
「………ということがあったそうだ。子供はそのあと泣きながら逃走し、エルフに無遠慮な事をした上に泣かせてしまった自分が許せないとかでずっと落ち込んでいる」
「い、意外と繊細な所あったんだ、ユーリ……」
カウンターに突っ伏したままピクリと動かないユーリを指さすトールの説明に、アーサーは頷く他なかった。割と鈍感で他人の眼を気にしない方だと思っていたが、現在の彼はダンジョンでの屈強な姿からは想像も出来ないほど陰気くさい。放っておいたらコケとか生えてきそうである。
先日の決定通り二人は朝からスカウトをして回っていたのだが、昼飯の為に帰ってきてみればユーリはご覧の有様だった。これでは午後は使えそうにない。
「にしても、喋るぬいぐるみねぇ……そんなファンシーかつファンタジーな代物、本当にあんの?」
「さぁな。呪いの人形といった噂の類なら聞いたことがあるが………ううむ、本人に会って見なければ確かな事は言えん。もしかしたらぬいぐるみのような魔物をテイムしていたのかもしれないしな」
「や、魔物は喋らんでしょう」
「いや……ごく少数だが、調教とは別に会話によるコミュニケーションの出来る魔物はいるぞ」
「なにそれ家来に欲しい……!」
『異端児』と呼ばれるそれの存在を知る者は少ないそうだ。理由は単純で、彼等が人間に見つからないように動き回っているからである。そのため、『異端児』については詳しく分かっていないという。
「『異端児』を仲間に、か。魔物を従える王になる気か?」
「王の前では生まれ育ちなど些細な事なのよ。要は私がそいつを気に入って、そいつも私が気に入るか!ここが重要なのっ!」
王と臣下の間には、確かな信頼関係が無ければならない。一方通行の信頼による誓いなど信じるに値しないものだ。逆を言えば、それさえあれば二つの意志は繋がることが出来る。相手が魔物だろうが人間だろうが、共通語が通じればどうとでも理解しあえる筈だ。
「ふふっ………その豪胆さは流石だなアーサー。だが、それを許すほど世間は甘くないかもしれんぞ?」
「関係ないわ。何故なら、剣王たる私がその存在を認めるのだもの。それ以上の説得が世界に必要あるかしら?答えは否よ!!」
「お前はいつでも何の根拠もなく自信満々だな……俺なんか駄目だ。この世で生きていくことに自信がない。死んでしゃくとり虫にでも転生したい」
「いつまで落ち込んでんのよユーリは!?やめなさいマイナスオーラが口から洩れてるから!!」
溢れ出るマイナスオーラの噴出が止まらない。カウンターの一角は今や完全に魔界と化し、触れるだけでネガティブゾーンに落とされそうだ。彼はどこまで沈む気なのだろうか。
「まったく、せっかくウチに来てくれるっていう冒険者をスカウトしてきたってのに………」
「そうか、アーサーは凄いな。俺には真似できない…………………ん?」
「スカウト………したのか?」
「え、そりゃしたけど。そろそろここの店に来る筈なんだけど」
絶対に上手く行くとは思っていなかったユーリと同意見だったトールは顔を見合わせる。
確かにアーサーには王の資質を感じられるが、それは見る目がある相手に限る。他人から見たら彼女は身の程知らずのいなかっぺ少女に過ぎない。そんなアーサーの求めに応じるような冒険者……。
「相当の物好きだな」
「相当の変わり者だの」
「私の盾になることを誓った男と団長の座を預けた男の言う台詞かぁっ!?」
どうやらアーサーの周囲には変わり者しか近寄らないらしいことが判明した今日この頃。
= =
アーサーのスカウトしてきたという男は、小さな少年だった。
太陽のように明るいショートの金髪を揺らす彼は、改めて自らの主神となるかもしれないトールに自己紹介した。
「名はリベル・ラルカ!種族は小人族!元【ナタク・ファミリア】所属のナイフ使いだ!レベルはまだ1だけど、17層までは戦闘経験があるぜ!」
「元【ナタク・ファミリア】、とは……?」
「あそこのファミリアは腕力至上主義なんだよ!入団試験をクリアしたはいいものの全然ソリが合わなくて、この前辞めてきた!!」
どーん!と小さな体の割に尊大な態度で胸を張るリベル。そこはかとなく問題児っぽい気配が漂っているのは気のせいだろうか。
「ま、そう言う訳でスカウトは渡りに船だったんだよ!俺の才能を見抜いてくれる奴がいるんなら、俺はどんな規模のファミリアでもいいぜ!」
「………という事ですが、どう思いますかトール様」
「ふむ………このギルドの最高決定権はアーサーにある。アーサーが選んだのなら、後はお主が儂の元でよいのかどうかという問題になるが?」
「俺を評価してくれる奴なら誰でも問題ナッシング!あ、でも俺一人だけステイタス更新しないとかそういう嫌がらせしないことだけ約束してくれ!」
「そんな陰湿な嫌がらせなんぞせんわ!むしろそれをやったナタクを見る目がたった今変わったぞ!」
冒険者はステイタス更新なしにステイタスを高める事はほぼ出来ない。どうやら彼の前の主神ナタクは相当に彼の事を嫌っていたらしい。主神にそんなことをされた彼が何をやらかしてきたのかも気になる所ではあるが。
トールは気にかかった。【ナタク・ファミリア】は一級冒険者も抱える大型ファミリアだ。辞めたとはいえ入団試験をクリアしたのなら相応の力があるのだろう。即戦力としてはいい人材かもしれない。だが、少し話しただけでも彼は前主神のナタクとかなり険悪な仲であったことが感じ取れる。
(素質は感じる……だが、素質に人格が附随しているとは限らない。アーサー、お前は本当にこの男を御することが出来ると判断したのか?それとも……)
もしかしたら、彼が前の主神と上手くいかなかったのは彼の方に大きな原因があるのかもしれない。ともすれば、彼はこのファミリアにとっても毒たりうる。
「トール様的にはオッケイみたいね!じゃ、夜までに荷物纏めてここまで引っ越してちょうだい!一応この店って2階にあと3,4人暮らせるくらいの部屋あるから!」
「へへっ、飲み屋がホームかよ!酒と飯が捗りそうだねぇ!」
「………酒?」
「え?」
アーサーが首を傾げる。ユーリも首を傾げる。
二人が何故首をかしげているのか分からずリベルも首を傾げた。
「ンだよ。俺が酒飲むのがそんなに意外か?」
「いや、君は酒を飲むには早いだろう。年齢的に」
「そーよ。子供は肝臓の機能が強くないからアルコールは後々の成長に影響を……」
「いや子供じゃねぇよ俺はっ!?何をパルゥム見た人が最初にやる勘違いしてんの!?」
「?」
「?」
お前こそ何を言っているんだ?と言わんばかりに首を傾げる二人に、事情を察したトールが声をかけた。
「あー、リベル。今、何歳だ?」
「ああッ!?何歳も何も今年で30歳だよ文句あんのかッ!!」
「はいダウト。あなた、私より背ぇ小っちゃいじゃない」
「うむ、どこからどうみても10歳前後の子供だ。酒は早い」
このいなかっぺ2人は全く理解できていないようだが――小人族はネバーランドの子供たち。子供に生まれ、子供のまま育ち、子供として老いていく。
ヒューマンしかいない田舎で育った二人は実感として全くそのような感覚はなかったのかもしれないが……基本的にオラリオにいる小人族は見た目と年齢が一致しないのが特徴であることを、トールは失念していた。
怒りにプルプル震えるリベルと、それを全く分かっていない若者二名。
これは今から諌めるのは無理だな――と悟ったトールは、静かに店のカウンターの影に大きな身を隠した。
「………だぁぁぁれが30歳になってもピーターパンだァッ!!ブッ飛ばしてやるからそこに直れクソガキどもぉぉぉぉーーーーーーッ!!」
「うおおおおおおおおおッ!?」
「キャアアアアーーーーッ!?」
………その日、散らかりきった店の片付けのせいで開店時間が2時間延びることになったのは、想像に難くないだろう。
はて迷外伝 最強の剣と最強の盾5th
前書き
アズ「次から本編と言ったな……あれは嘘だ」
ロキ「10話前後くらいになるかもしれんのやて。最近出番少のーて暇やわー。アズにゃん漫才の練習しよー?」
アズ「おっけーグーグル!」
ロキ「ぐーぐるってなんや?」
アズ「お腹がグーグルのペコペコって意味だよ」
ロキ「なんやアズにゃん腹減ってたん?ならメシ食いにいこうや!」
アズ「いいぜ!ただし代金はロキたん全持ちで!」
ロキ「なんでやっ!?ここは男の甲斐性で全額ボーンと出しーや!」
アズ「じゃあ間を取って食い逃げだな!」
ロキ「乗ったぁ!」
リヴェリア「乗るなぁッ!!というか百歩譲ったんなら割り勘でいいだろうッ!?」
フィン「時々思うんだ。もしもアズライールがロキに拾われてたら、うちのファミリアはタレント育成所になってたんじゃないかって……」
後悔は後になってからやってくる。
その時は勢いでやってしまった行為でも後になれば赤面必至、津波のように押し寄せる悔恨の濁流は穴を掘って埋まっても逃れることが出来ないほどに強力無比で致命的だった。
『オマエさぁ……オイラから見てもさっきのはないと思うぜ?だってさっきのあれ、ほぼ自分で触ってんじゃん?』
「………うう」
『黒いのに同情しちゃうなー。あんな公衆の面前で「ブレイモノー!」って言いながらビンタだもんなー。傷ついただろうなー。善意だったのになー?』
「…………うううっ」
『なぁ、前の街でも似たようなことあったよな?握手に応じたあとに手が触れあってるのに気付いて「へ、変態やろぉーーーーっ!!」ってさ。盛大に空気悪くしたよな。反省したんじゃなかったっけ?え?怒ったヤローからダッシュで逃げてもう二度とやんないって誓ったのは嘘な訳?』
「……………うううううっ!!」
『彼』の言っていることはいちいち正しいのだ。正しいのだが、正論だからこそアミィは猛烈に恥ずかしい。そして逃げ場がないのを知っているからこそこのぬいぐるみ畜生はニタニタ笑いながら容赦なく糾弾してくる。そーいう性根の腐ったところがどうしようもなく大嫌いなのだが、それでも『彼』と自分は永遠に離れられない運命の下にある。
「キミみたいなウスラバカとずっと一緒にいないといけないと思うと、アミィはつくづく『ラプラスの一族』に生まれたことが恨めしくなるのです……グスン」
『ぐずるなよロリガキ。オイラだって本当はもっとボンキュッボンのステキレイディが良かったんだぞ。でもお前はもうダメだな。ストレスのせいで成長できてない。栄養とって養生してんのか?でないと将来はまな板のバイトしかやることなくなるぜ?』
「だぁぁぁぁれの所為でストレス溜まる上に養生できてないと思ってんですかねぇこの子憎たらしいぬいぐるみは……!キミの中から綿抜いてミイラにしたげてもいいんだよ……!?」
『わー、ジンケンシンガイだジンケンシンガイ!オイラを奴隷にしてあんなことやこんなことに利用する気だろう!このスケベロリガキめ!ロリな上にスケベなんてもうどうしようもないエルフだな!!』
「………燃やしたろか、この有機物は」
懐のマッチ箱に手をかける。もう我慢ならない。自分の生命線だからと今まで下手に出ていたのが間違いだったのだ。どうせ簡単には死なないのだし耳くらいは燃やしてくれよう。
『ヒィっ、そ、そいつは悪魔の薪!?や、やめろバカ!そんなことして後悔するのはオマエだぞっ!?』
「ウフフ、いい顔してますね……その恐怖に引き攣った表情を拝めるだけでもアミィは胸がすく思いです♪」
『ギャーーーース!!』
じたばたもがいて逃げようとしているが、所詮こいつの身体は三頭身程度のぬいぐるみ。捕まえてしまえば脆いものよ。
『ほ、ホレ!!ファミリアを紹介してくれるっていうネーチャンが書類持って来たぞ!!オイラは手伝ってやんないんだからちゃんとやれよな、ファミリア選び!!』
「アミィちゃ~ん!早速求人を出してるファミリアの情報を集め……あら、また人形と遊んでるの?」
(チッ)
上手いこと逃げられたことに内心舌打ちしつつ、不思議そうに首を傾げるギルド職員の女性に向かい合う。そう、今はこのぬいぐるみにかまけている場合ではない。今、アミィは一族に産まれて秘儀を受け継ぐうえでの最後の試練を迎えようとしてるのだ。
(神の下で修業を積み、レベル3となって故郷へ帰る……それが『ラプラスの一族』として1人前になるための最後の試練なんだ……!)
一族の宿命、一族の悲願。例え異端と罵られようが、必ず成し遂げなければならない。
『彼』を握る手に少しだけ力が籠った。
「うぎゅっ」と小さな声が聞こえるのも耳に入らなかった。
= =
リベルは、自分の同僚の一人――アーサーを見た。
飛び抜けた美貌を持っている訳ではないが、純朴で可愛らしい外見に明るい栗色の髪がよく映えた少女だ。出で立ちはどこか凛々しくて堂々としており、真剣な表情をした時は別人のような風格がある。内面的にはコミカルな面をよく見せるが、常に自信に満ち溢れた声は不思議と人の耳によく響く。
その少女が今、体躯に似合わぬ長剣を掲げて魔物の隙間を潜り抜けてゆく。
「ぜやぁッ!!」
女性的な柔らかさと無駄のない筋肉が奇跡的に織り込まれた細腕が長剣を素早く振るい、すれ違った魔物の胸部が極めて正確に切り裂かれる。魔石の位置を正確に見切った上で、魔石を砕かず一撃必殺を可能にする精緻極まる技巧を惜しげもなく発揮して、アーサーはあっというまに10体近い魔物を屠ってみせた。
瞬間、正面から3Mを越える巨体が唸り声をあげて彼女に迫る。
『ブギャアアアアアアアアアッ!!』
オークだ。冒険者が最初に出会う大型魔物であり、その巨体で棍棒などを振り回すために対応を誤って殺される冒険者も少なからず存在する。だが、彼女はそのオークを目の前に微塵も躊躇を見せずに飛び込む。
目の前に迫るちっぽけな獲物を、オークは本能の赴くままに襲う。
オークの腕が空を切り、握られた無骨な棍棒が真正面から彼女の元に叩きつけられる。ドガァァッ!!と派手な音とともに風圧が周辺を吹きすさぶが、既にそこにアーサーはいない。
「そんな粗雑な攻撃が私に届くものか」
『ブギッ!?』
棍棒が叩きつけられる直前、彼女はつま先で弾くように地面を蹴って急加速し、棍棒を掻い潜ったのだ。さらに彼女はすれ違いざまにオークの左足を間接から綺麗に切り裂いた。神経まで鈍いのか、オークがその傷に気付いた時には既に体のバランスが致命的に崩れていた。
もたつくオークに対して剣を真正面に構え直したアーサーは深く踏み込み、次の瞬間、白刃が煌めいた。
「お前程度の敵に、逐一構っていられないのだぁッ!!」
『ブギィィィィィィッ!?!?』
ザシュッ!!と音を立て、彼女の美しい太刀筋は見事にオークの胴体を横一線に切り抜いた。
彼女の背中にはためく安物のマントも、これほど見事な動きをすれば絵画のような美しさを内包するように思えた。
――強い、とリベルは直感する。
彼女の剣は、ただ単純に強い。手ごわいと言い換えてもいい。とにかく彼女の剣技は一つ一つが無駄なく洗練されており、ステイタスを最大限に活かすような体裁きで速度と膂力を見事に両立させている。そのたたずまいは模範的というよりは理想的であり、ダンジョンに入りたての冒険者特有のムラや乱れが全く感じられない。
まるでレベル3,4か、もしくはそれ以上に堂々たる立ち回りだ。
「………………」
次に、リベルはもう一人の同僚であるユーリを見た。
黒髪褐色で精悍な顔つきをしたその青年は、普段は口を横一文字に閉じて落ち着いた印象を受ける。身体は筋肉質だが、それでも絞り込んでいるためか筋肉は細く引き締まっていた。比較的多動なアーサーのお目付け役といった風に彼女の一歩後ろに付き従う姿は、オーラこそ違うがどことなくあの女神フレイヤに付き添う『猛者』オッタルを連想させる気がした。
彼の戦闘スタイルは、説明するのも馬鹿馬鹿しいほどに単純だった。
「ぬぅああああああああッ!!」
ドゴォォォンッ!!と全速力の馬車が壁に正面衝突するような振動が響き、オークよりさらに巨大なシルバーバックの足が宙に浮く。ユーリがその凄まじい馬鹿力を使って敵を『盾で殴りつけた』のだ。にも拘らず、シルバーバックはまるで巨人に突き飛ばされたように無様に壁に衝突した。
どうやら彼にとってあの屈強なドワーフが抱えるような巨大な盾は殴打用の特殊武器らしい。それなりにオラリオで過ごしてきたリベルだが、あれほど明確に盾を正拳突きのように操る冒険者は見たことがない。しかも、その動きは武器を肉体の延長線上に捉えた武術の型のように動きが滑らかだ。あれはステイタスだけで再現できるものではない。
『ガァ……アッ……!?』
「……どうした白猿。でかいのは鳴き声と図体だけか?なら早々に――斃れてもらうッ!!」
盾の次に彼が構えたのは、アマゾネスが好みそうな片刃の大剣。体を丸ごと回転させるように体を捻ったユーリは、そのまま大剣を袈裟切りに振り抜く。
「一撃……必倒ぉおおおおおッ!!」
空を切り裂く大剣はその威力と重量を満載して振り下ろされ、シルバーバックを肩から両断した。
『グギャアアアアアアアアアアアアアッ!?』
有り余る威力の刃がそのまま致命傷となり、シルバーバックは魔石を残して崩れ落ちた。魔物というのは不思議だ。致命傷を受けると灰になる癖に、ドロップアイテムや返り血などは灰にはならない。なんでも魔石のある方が灰になる場合が多いらしい。
ユーリは大剣に付着した血を払って踵を返し、更に前へ進もうとするアーサーに遅れぬよう重装備を抱えて走り始めた。あの装備をドワーフの大男かアマゾネスの大女がやっているのなら納得できるが、彼のそれほど大きいとは言えない体のどこからあの重量武器を振り回す力と体力が出てくるのか。リベルの筋力では盾を引きずるのにも一苦労だろう。
以上の二人を見て、リベルは心の底からこう思った。
「………お前らどう見ても俺の助けいらねぇじゃねーか!!アドバイザー探してたってのはありゃ嘘かよぉっ!?」
身体は小さくともダンジョン歴は10年近くあるリベルは、現在ものの見事に荷物持ち扱いにされていた。
「いや、ダンジョン特有のトラップや危険の知識が必要で……」
「落とし穴もヒョイヒョイ避けてんじゃねーか!新人殺しのアントに到ってはフェロモンで仲間が来るのを待ってから狩ってたろ!?余裕のよっちゃんかお前ら!?」
「だってぇ……来たことないのは本当だもん。万が一マヌケな死に方したら嫌でしょ?」
「そりゃそうだが!俺はお前さんが『ファミリアに欲しい』って声をかけてくれたから【トール・ファミリア】くんだりまで来たんだぞ!?やらせんのがサポーターなんて話がちげぇじゃねえか!!」
自分を評価してくれると、期待しているというからリベルは話に乗ったのだ。自分の実力を正当に評価してくれる場所へと移り住みたくてずっと待っていた瞬間なのだ。それが、何故と死した冒険者たちの付添いをしなければいけないのか。
リベルは当初自分は新人冒険者たちの指導をするんだろうとばかり思っていた。レベルは未だに1だが、それでも経験は新人のそれではるか及ばないほどの差があるという自負があったからだ。その資質を見抜いて名指しで誘ってくれた少女に本気で感謝していたのだ。なのに、蓋を開けたらこの有様である。
「どーなってんだ俺の待遇!これじゃ契約詐欺だろ!」
「うーん、確かに。元々私ってリベルに遊撃手の素質があると思って声かけたんだし……遊撃手に荷物持たせてちゃ伸びる物も伸びないよね。どうしよっか……やっぱりサポーター雇った方がいいのかなぁ」
「エイナにでも相談してみよう。そうと決まれば早めに切り上げるぞ。帰りの荷物は俺が持とう」
「おう、持て!というかそもそも俺に持たせんな!」
既にそれなりの量になった荷物をユーリがひょいっと抱える。とても軽そうに持ち上げている上にあの重装備も抱える恐るべき体力だ。前のファミリアが筋肉至上主義だったせいか、なんとなく苦手意識を抱かずにはいられない。
「では、地上へ直行!」
「帰りは俺も狩らせてもらうぜ?」
だらだらとしている暇はない。彼らの思惑とは別に、リベルとて早く強くならねばいけない理由があるのだ。【ナタク・ファミリア】――人生最低で最悪の隣人たちが動き出す前に。
――小人には小人にお似合いの仕事があるだろ?
――女に可愛がられる以外は何の取り柄もない無能種族だもんな。
――足が速いからなんだよ。敵を倒せねーんじゃ意味ないだろ。
――ほら、いくら足が早かろうが捕まってしまえば脆いものよ。
――だが、俺達はお前を見捨てたりしない。
――ずっと守り続けてやるよ。
――だって。
『お前みたいな役立たずの冒険者をわざわざファミリアにするような慈悲深~いヤツなんて、我等が主神様と儂らぐらいしかおらんからのぁ?ガハハハハハハハッ!!』
『ナタク様のお気に入りでおこぼれ入団してるからって、これ以上生意気な口聞くんなら足くらいは折れちまうかもなぁ?おーい、聞いてんのかぁリベルくーん?』
『惨めだねぇ、辛いねぇ、小人族に生まれたばっかりにこんな目に遭っちゃって………ま、やめてやんないけどね!!アッハハハハハハハ!!』
『おい、こいつ生意気にも睨んでやがるぞ?まだ自分の立場が分かってねぇみたいだな』
『顔はやめろよ。ナタク様がにお小言を貰うからな』
にたにた、にたにた。醜悪な笑みと耳を塞ぎたくなる嘲笑に囲われて、いつも最後に「あいつ」が出てくる。
『逃げようとか考えない方がいいよ?逃げ出した後の行先を全部綺麗に潰して連れ帰るだけだからね。ず~っと友達でいようよ、小人クン?』
耳にこびり付く青年の不快な声を振り払うように、リベルはナイフを抜いて二人の前へ足早に出た。
(上等だクソ野郎共……お前らが俺の行方を掴むより前に、お前らを潰せるだけ強くなってやるよ)
大丈夫だ、風向きはこちらにある。あの時、確かに『リベルの運命』はアーサー達を選んだ。このファミリアこそが自分を縛る邪魔な運命に風穴を開ける。ならばリベルは来たるべきその時に備え、牙を研ぐだけだ。
「はて迷」移設終了のお知らせ
二次創作小説「俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか」の読者の皆様、こんにちわ。作者の海戦型です。
早速本題ですが、かねてから検討していた「はて迷」独立のお知らせです。
これから2,3日かけてこれまで投稿した「はて迷」の話を独立した枠に投稿し直し、順次公開するという形になります。いい加減に没ストーリーになってないなぁ、というのは思っていたのですが、今回とうとう読者様にもツッコまれました。これ以上先延ばしにするのもヘンだしなぁ、と思いまして、これから外伝の「剣と盾」を除く全部の話を移設したいと思います。
つきましては、移設が完了次第こちらの方に投稿している小説を全部削除する次第でございます。これまで話を評価してくださった皆様には心苦しい結果となりますが、ご了承ください。なお、感想に関しては消すのも気分的に嫌なので残しておくことにします。逆に削除してほしいという要請があった場合は作者にメッセージでこっそり伝えてもらえればご要望にお応えします。
今後とも、お暇な際に「俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか」を読んでいってもらえるとこれ幸いです。
追記
移設終了しました。明日より順次公開されます。
なお、こちらにある分は予告通り削除しますが、これまでの感謝をこめてスクリーンショットで話別評価分だけ証拠を残すことにしました。





これまで話別評価をして下さった皆様、ありがとうございました。
【ダンまち】案外忘れられがちな超人作品出身のモブがオラリオに来たら
前書き
OVAジャイアントロボを知っていないといまいちかも。
来たるべき近未来!人類は第三のエネルギー革命、シズマドライブの恩恵によって未曾有の繁栄を迎えていた!しかし、その輝かしい繁栄の陰で激しくぶつかり合う二つの勢力……!!
世界征服を目論む秘密結社、『BF団』!!
対するは世界各国から終結したエキスパート集団、『国際警察機構』!!
そしてこれは、そんな戦いの折――セントアーバーエー攻防戦直前のテレポートアウトに巻き込まれてトンでもない場所に行ってしまった国際警察機構エージェントの物語……。
= =
ぶっちゃけ、異世界に来ると言う体験をするとは思わなかった。
いや、敵組織に「平行世界を移動できる奴がいる」という噂は聞いたことがあったので異世界に来ても何となく理屈で納得できてしまうのもどうだろうと思うが、まぁいい。ともかく、俺はある任務中に大きな光に巻き込まれて、気が付いたら仲間とはぐれてこの世界にいた訳だ。
何というか、そこには一昔もふた昔も前に流行ったようなファンタジーの世界だったのだが、俺はそこで驚愕の事実を知ることになる。
「え!?このケモ耳マッチョが世界最強なの!?弱っ!!」
「その人が弱いんじゃなくて貴方がおかしいのっ!貴方本当に恩恵受けてないんでしょうね!?」
色々困りながら生活していた俺の前に現れたオッタルとか言う奴との喧嘩に勝利した後、同僚エイナの説明を聞いて愕然とした。神の恩恵を受けて成長度が増加していると聞いたのに、てんで大したことがない。俺が圧勝したわけではなく結構ギリギリだったが、そもそも俺が結構ギリギリで勝てるんなら中条長官のでこピンで一撃必殺。つまり広い目で見ればザコの範疇である。
「神の恩恵が与える力しょうもないな!?俺が前にいた組織じゃA級下位エージェントぐらいの実力だぞ!?」
「この人レベルでも上の下止まりなの!?何その化物集団は!?」
「いや、A級と幹部格には越えられない壁があるから実質的に中の上?」
「そんな詳しい情報知りたくなかった……!嗚呼、オラリオの常識が崩されていく……」
俺は前にいた組織では弱くはないが強くもなく、同期の鉄牛に戦闘能力で今一歩届かなかった程度の力しかない。あれから大分成長したが、あいつもあいつで成長しているのでこの差は埋まっていない。そして……その鉄牛もA級エージェントでは下の方だ。
つまりこの世界最強オッタルさんは、組織最強九大天王の皆さまや梁山泊指南役の花栄さん・黄信さんから見れば味噌っかすもいい所。大目に見てもせいぜいがBF団の血風連二人分ぐらいの戦闘力しかないだろう。俺が粘り倒せるぐらいだからそれは間違いない。
「何が最強だよ!その大剣ぶん回して空飛べるようになってから最強候補に名乗りを挙げろ!」
「その選考基準おかしい!!そもそも人は自力で空は飛べないから!!」
「馬鹿言うなよ、超能力者じゃなくたって空ぐらいは飛べるだろ。向き不向きはあるけど、俺の組織も上位の人になれば槍振り回しただけで空飛べるぞ」
「嘘つけって言いたいけど貴方の実力を見ると微妙に否定できない!?」
現に空飛び代表血風連を上回る武人はたくさんいた。血風連の凄い所はその人間タケコプターで高機動戦闘が出来る点にあり、飛ぶだけなら別に連中でなくても出来るのだ。九大天王や十傑集レベルになると超能力者も多いので、足の裏から何か出して普通に空を飛んでいるのが通常運行である。
(こっちの世界の住民弱すぎだろ……!得体の知れない連中に力まで貰っておいてこの有様か。根性足りないんじゃないのか?)
世界一だって言うからてっきりビッグバン級のパンチが打てたり指パッチンで人間真っ二つにしたりビックリ必殺技があると思ったのに、かなりがっかりである。
大体、俺はこの街の管理をギルドがやっていると聞いててっきり警察的な組織だと思って入ったのに、いざなってみると実働部隊を一切抱えてない欠陥組織だった。俺の所属していた「国際警察機構」と同格とまではいかないが、世界最高の戦士が集う街だからしっかりしていると思っていたのに。
「取り敢えずこの筋肉ダルマを暴行罪と……戦闘の余波で石畳が壊れたから器物破損でしょっ引くか。あと、コイツを嗾けたフレイヤってのは教唆犯だな。えーと午後2時15分、現行犯で冒険者確保!」
がちゃり、と大塚長官(九大天王が一角で俺の先生に当たる人)から貰った絶対壊れない手錠でオッタルを拘束する。逃げられんぞぉ~!悪漢に御仏の情けは無用だ!!
「本当に捕まえちゃったよ……」
自分と同期でギルドに入ったシラヌイ・庸太の常識はずれの行動に、エイナは眩暈を覚えた。
彼と初めて会ったのは丁度ギルド就職試験が数か月後に迫った頃だった。街で困っていた彼を見つけた若き日のエイナ(今も若いし、ほんの数年前の話だけど)は、彼の事をド田舎からやってきた普通の人間だと思い、親切心を働かせて面倒を見てあげたのが始まりだった。
庸太はまるで常識がなく、なんと共通言語を書くのにも手こずるほどの酷さだった。しかし、お人よしが過ぎるエイナの楽しい社会勉強でメキメキと知識をつけた彼は、何故かちゃんと勉強していたエイナより良い成績でギルド試験に合格。ひどく釈然としない面持のエイナと共に見事会社の狗になった。
――そんな彼が本格的におかしい人だと気付いたのは最近。
ある日、冒険者の一人が三人の冒険者に集団暴行を受けている所を発見した庸太は、ギルド職員としてはとんでもない行動に出た。
「そこの三名!!オラリオの往来で悪行を働く輩は捨て置けん!!暴行罪で現行犯逮捕だ!!神妙にお縄にかかれーッ!!」
エイナは思わず目を覆った。確かに暴力は罪になるが、ギルドには余程の事がない限り冒険者を捕縛する権利を得ないし、そもそも冒険者を非力な非冒険者集団のギルド職員が捕まえる事は無理だ。こっちは平凡な人間で、あっちは神の加護を受けた超人。庸太が逮捕に失敗するのは目に見えていた。
が。
「イデデデデデ!?わ、わかった!もう弱い者いじめはしねぇ!しねぇからもう勘弁してくれぇ!!」
「馬鹿野郎!!悪いで済んだらギルドはいらねぇ!いいか、今回は一回目だから牢屋にぶち込むのは勘弁してやるが、次があったときはてめぇのファミリアごとペナルティだ!!こっちは顔も所属も覚えてんだから隠れて悪さ出来ると思うなよッ!!」
「ヒィィィッ!!い、いつからギルドはこんなにおっかねぇ組織になったんだ!?」
庸太は危なげなく三人を捕縛し、冒険者がビビるほどの剣幕で叱りつけてしまった。しかも、非常に手慣れた様子で抵抗する武装冒険者3人同時に危なげなくなくだ。この時、エイナは「まさか」と思った。ギルドは中立を保つために、既に神の眷属である人間は入れないことになっている。つまり、彼は神の加護を欠片も受けていない純然たる一般人である筈だ。
それが、人間では太刀打ちできないダンジョンの魔物を毎日相手にする冒険者を上回るなどあり得ないのだ。これこそ神の加護無しに戦った「古代の英雄」でもない限りはありえない。そんなあり得ない存在が――庸太だったのだ。
これは大問題になった。先にも言った通り、ギルドは一切のファミリア的実働戦力を持たないことを条件に、この街を統括する事を許されている。そこに冒険者並みの戦闘能力を持った存在がいることは、それ自体が問題なのだ。
当然こんな大ニュースを好奇心旺盛な神々が見逃すはずもなく、釈明会見で背中を見せたり経歴を聞かれたり色々と大変な事になった。なお、転職しないかと神々が言い始める前に「悪人をしょっ引くのは本能です。神であろうとしょっ引きます」と堂々宣言したため、スカウトの声はきわめて少なくなった。
その後も彼は指名手配犯を捕縛したり、街中に逃走したモンスターを捕縛したり、「強くなりたい」などと供述しながら襲撃してきたヴァレンシュタイン氏を捕縛したり(ヴァレン何某は厳重注意の後釈放されました)と明らかにギルドの仕事でないことをやりまくり、ついたあだ名は「不良職員」。当人は仕事も含めて非常に誠実な人物なのだが、荒事に関わりすぎたせいでそんな扱いだ。
そして本日も彼は平常運航だったのだが――流石にこの結果はエイナも驚いた。
『フレイヤ様の命により、貴様の実力を試させてもらう』
『……悪さを働くんならこの場で召し取るぞ?』
『貴様に出来るのならば――やってみるがよい!』
突如現れたオラリオ最強のレベル7、フレイヤ・ファミリア最強の戦士――『猛者』オッタルと彼の戦いは熾烈を極めた。大剣片手に突如襲いかかってきたオッタルには腰を抜かすほど驚いたが、それよりも驚いたのが庸太である。何と彼は手錠をナックルのように使って素手で迎撃し、粘り勝ってしまったのだ。
つまり、彼は現在オラリオ最強の戦士ということになる。
(最強の戦士……庸太くんが……)
エイナの脳裏に「え?日本語じゃ通じないの!?」と文字に悪戦苦闘する彼の姿が浮かぶ。更に「ぱ、ぱるぅむ……きゃっとぴーぷる……うぇあぅる……あーもう!!種族の名前が覚えきれん!!」と頭をガシガシ掻く姿、「体力テストないんだな……」と微妙にしょげる姿、更には「俺、梁山泊に戻れるのかなぁ……」と不安そうに酒を飲む姿が浮かんでいく。
体を張っている時は確かに頼もしいが、日常生活の彼からそれ以上のものは感じない。
正直、最強の二つ名を持つほど凄い器には見えなかった。
「全然似合わないなぁ……」
「おいしょっと!流石に筋肉ダルマなだけで体重は重いな……ん?どうしたの、エイナ?」
肩に失神したオッタルを抱えたボロボロの庸太がこちらを向いて首を傾げる。なんというか、頬や目元が腫れたそのその姿は普通に若者が喧嘩した後にしか見えず、世界最強と喧嘩をした後にはとても見えなかった。
「顔が腫れてデコボコになってるよ?勝ったのに恰好つかないねー……」
「……いいんだよ顔は殴られても後で治るから。俺にとってはしょーもない犯罪者が一人でも多く減る事の方が重要なの!」
「そんなこと言って、実は結構ダメージ受けてるんでしょ?本部に戻ったら手当てしてあげるから意地張らないの!」
「め、面目ないです……」
恩人であるエイナに頭が上がらない庸太は、まるで悪事を働いて叱られる子供のように素直に謝った。………この何所とない頼りなさがあるから、エイナはどうにもこの男を放っておけないのである。
元国際機構準A級エージェントは、元の世界に戻る日を夢見ながら今日も職務を遂行する。
たとえ世界が違えども、彼の掲げた国際警察機構のメンバーとしての誇りが失われることはない。
翌日。フレイヤに『損害賠償請求』の書類を突きつける男と、その男に引き連れられた見覚えのある顔が一つずつ。
「壊した石畳の弁償、危険行為の罰則金、ついでに俺の治療代と破けたギルド制服の弁償代金!!この筋肉ダルマ嗾けたのはアンタなんだから、耳揃えてきっちり払ってもらおうか!!」
「………次は絶対に勝つ」
「やかましいドアホっ!!街中でいきなり襲ってきやがって、反省せんか反省を!しまいにゃ牢屋にぶち込むぞ!?」
捕縛されて死ぬほど悔しそうな上にハリセンでしばかれるオッタルの姿に、フレイヤは盛大に爆笑してしまったという。
後書き
個人的には九大天王や十傑集をオラリオレベルに換算すると13,4らへんだと思います。いや、これでも低いか……?正直、オラリオ総出でも止められなさそうな大怪球フォーグラーのバリアを単独で無力化したアルベルトさんを基準にすると、それ位は差があるでしょう。
ちなみに私の想像では警察機構のメカニックたちはレベル2~3(防御だけなら5くらい行くかも?)。梁山泊の戦士が推定4~5。鉄牛(最終話時点)や血風連辺りはレベル6~7。公孫勝ぐらいになると8は完全に超えているでしょう。とすると準九大天王の花栄さんたちは10に届いてもおかしくはない。そしてその二人でもなすすべのなかった大怪球は撃破推定レベル15ぐらいに届くと思います。
つまり、この集団から見ればオッタルなんぞ「ちょいと腕の立つエージェント」止まりな訳です。……この世界おかしいよ。ロボットアニメって何だったんだ。
【スパロボネタ】御使いのいる家
前書き
第三次スパロボZ天獄篇をクリアした人にのみ楽しむことが許される選ばれし小説です。
最近、俺こと天竺光には悩みがある。
というのも、俺の家に変なのが住み着いたのだ。それも、4人も。
「さあ、朝だよミツル!爽やかな朝を迎える事、それは人として喜ばしいことだ!!」
「……………」
うるさいのが何か言ってるが無視して寝る。今日は日曜だから寝るのだ。俺は決めたのだ。
「おやおや、惰眠の誘惑が恋しいようだね?まったく、あのテンプティでさえ日曜の朝は欠かさず起きるというのに。日曜だけなのが玉に罅だがね」
「おお!プリキュアシリーズまた映画化するんだ!!楽しくなってきたなぁ♪そうだ、またミツルの財布からお金パクッて見にいっちゃお♪」
「なにぃ!?テンプティ貴様、我等の生活資金をそんなことに浪費していたのか!?アレは我等至高の4人の貴重な生活資金なのだぞ!!ええい、やはりミツルのような下等な者に財布を持たせたままなのが間違いだったのだ!このドクトリンに寄越せ!私が強い怒りを持って管理する!」
「えー!ヤダヤダ!ドクトリンに任せたら楽しい事なんにも出来なくなっちゃうじゃん!別にテンプティたちのお金じゃないんだし楽しい事に使っちゃおうよ~!」
「ああ、また無用な争いが……やはり私達御使いは神に到るには程遠い存在だったのですね。ああ、哀しい……誰も私のことなど理解してくれない……今度こそ仲良く4人でと思った私が愚かでした。その財布は私が預かります」
「えええーーっ!!サクリファイなんかに持たせたら『貴方の為を思って』とかいって変なもの勝手に買うじゃん!!前にミツルに黙って一個20万円の望遠鏡とか買おうとしてたし!!アレ本当に誰の為ものだったの!?」
「なにぃ!?サクリファイ貴様、どうして買い物をする前に我々に相談しないのだ!?」
「だって誰も私の事を分かってくれないんだもの………」
「言わないと分からないだろう!」
「財布ー!!」
「哀しい……」
ドタバタドタバタ。ぎゃーぎゃーわーわー………。
「――ミツルの前でこれ以上身勝手な真似をするのなら、罰が必要だね」
「ヒッ!?」
「ヌオッ!?」
「ハッ!?」
その瞬間、俺の部屋にエゲツナイほどの殺意が充満した。
「ミツルのためなら、私は喜んで君たちに罰を与えよう……!」
「ば、馬鹿な!アドヴェント、貴様は我ら御使いの味方では……!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!ゆ、許してぇ!!」
「わ、私は私なりにミツルの事を考えて……ああっ!?ッアアアアアアアーーーーーー!!」
直後、アドヴェントの心底嬉しそうな声と残り三名の断末魔の悲鳴が響き渡った。
数分後。
「ハハハハハッ!!クズニート共が束になったところで一度至高神に到ったこの僕には逆らえないんだよ!!…………ふう。騒がせてすまないね、ミツル。おや、自分で起きたのかい?」
「そりゃあんだけ部屋の中で暴れれば百年の眠りからだって覚めるわアホッ!!いいからその3人連れて部屋から出てけ!着替えるから!!」
――この4人が来て以来、俺の生活はいつもこんな感じである。
= =
あれはもう数週間も前の事……
ある日目が覚めると、リビングにあの4人がいた。この時点で意味わかんない。
変人4人組は、自分たちの事を「御使い」と呼んでいた。これも意味わかんない。
そして4人は人の家で勝手に話し合った末に我が家に居座ることを決定した。意味わかんない。
以降、この4人は何故か我が家(一人暮らしのボロアパートの一室)に泊まり込んでいるのである。意味わかんない。
「さあ、今日作ったのは基本的な日本の朝食だよ!朝から栄養の取れた食事を取れることは喜ばしいね!」
と、言うのは無駄にさわやかアドヴェント。やたら「喜び」に拘ることを除けば、この中では話が通じる奴だ。こんなにさわやか系イケメンのツラしてるくせに一度キレると今朝のようなゲスい部分が露出してしまう恐ろしい奴である。御使いーズ4人の中でもこいつは別格らしく、残り3人はアドヴェントに逆らえない。というか、ぶっちゃけ家で役に立つのがコイツしかいねぇ。
「美味しくない訳じゃないけどさぁ、テンプティはもっと生クリームたっぷりのパフェとかパンケーキ食べたかったなー。ねーねー明日はもっとお洒落なの食べたいー!」
我儘言いまくってるのは淫乱ピンク……もとい、テンプティ。こいつは見ての通りの享楽主義者でいつも我儘や浪費ばっかりしている嫌な奴である。しかも中身が嫌な奴なのに気が合わない訳じゃないので時々一緒に遊びほうけてしまう。顔は滅茶苦茶可愛いので余計に腹が立つというか、時々こんなのにドキッとしてしまう自分が癪だ。
「貴様に同意する訳ではないが、神に選ばれし我等への供物としては確かに貧相だな……優れた我らが斯様に安っぽい食事を取らねばならんとは、やはり人間とは度し難き存在よ……」
「文句あるなら卵焼きちょうだい~!」
「やるか!!我の供物に勝手に箸をつけるとは不届き千万だ!!」
テンプティ相手にムキになる眼帯ハゲのドクトリンはとにかく文句が多いハゲだ。いつも何かに怒っているがカルシウム足りてないんだろうか。4人の中で一番ガタイがいい割にはインテリらしく、何故かよくテンプティと言い争っている。相性が悪い割に仲がいいのは根本的に精神年齢が同レベルなんだろうか?
「哀しい……この供物が食卓に並べられるまでに人類はどれほどの生命を弄んできたのか……所詮自分たちも同じレベルの存在であることに気付けない愚かしさを、どうして理解できないのです?」
「人の家のメシかっくらいながら陰気くさいこと言わないでくれる?」
「怒られた……間違ったことは言っていないのに。誰も私の哀しみを分かってくれない……」
「その哀しさを受け止めながら生きるのが人間だよ、サクリファイ」
「はっ……そうでした!わたくしはそんな基本的なことまで忘れて……哀しい……」
(めんどくさっ!)
この猛烈に相手をするのが面倒くさいのがサクリファイだ。美人な事は美人なんだが、相互理解を唱える割には人の話を聞かずに勝手に悲しむ独善的な御仁である。行動も独善的で、人の話を聞かずに余計な事をしそうになっては誰かに止められており、要するに残念なお姉さん――略して残姉さんだ。上二人と違って悪い人という訳ではなく話せばわかるのだが、非常にもどかしい対話を強いられる。
総合して言おう。
「お前らいつまで俺ん家に居座る気だ!?いいかげんリビングが狭くてしょうがないんだが!!」
独り暮らし用の安い部屋がお前らの所為で狭くてしょうがない。夜なんか雑魚寝状態だ。あと床が嫌だからってテンプティは俺のベッドに入ろうとするな、この淫乱ピンクめ。
「ははは、心配はいらないよ。僕たちとて何もせず座して待っている訳ではない」
「それは引っ越してくれると言う意味だよな!?」
「いずれ収入が安定したらこのアパートの権利を買い取って大改築を施し、5人で暮らしても問題ない広さにする予定だ!皆で暮らせるとは喜ばしいな!!」
「買い取らんでいいから出て行けぇぇぇーーーッ!!!」
アドヴェントの胸ぐらをぐわしっと掴んでグランガランと揺さぶるが、アドヴェントはいつも通り喜ばしいフェイスをするばかりだ。
もういい加減俺はこの連中と一緒にいる空間にうんざりしているのだ。勉強をすれば暇な奴らが集まってきて、パソコン弄ってると暇な奴らが集まってきて、漫画を読むのもテレビを見るのもこの連中がついてくる。外出してるときもあるが、平均して2人は確実に残っているものだからプライベートという物がないのだ。
風呂も酷い物で、一人ずつ入ると時間がかかるからと毎度誰かと一緒に風呂に入らせられる。アドヴェントが来ると無駄にスキンシップが多くてホモ臭く、テンプティが来ると正直俺のアーマーマグナムが風呂どころじゃ……もとい、目のやり場に困るのに面白がって視界に入ってこようとする。ドクトリンは風呂の時も愚痴が多くてハゲで筋肉質で暑苦しい。ちなみに残姉さんのサクリファイは全面的に行動が遅いので強制的に風呂入り最後の一人である。
「大体お前ら!何で!!俺の家にいんのッ!?」
「それは僕らにも分からない……あの時僕はZ-BLUEとの戦いに敗北し、世界をヒビキ達に託して因果地平の彼方へと旅立った。ここに僕らがいるのは……ふふ、あの赤い巨人が僕を拒絶したかな?」
おまえはなにをいっているんだ。まるで平行世界からやってきた麒麟・極の意味ワカメだ。
しかし残り三人は何やら勝手に納得しているのか頷いている。というかドクトリンとテンプティのテンション下がり具合がヤバイ。そのまま床に沈みそうなレベルである。そこまで落ち込まれると流石に何があったのか気になってくるが、言い出せる空気じゃない。
どうしたんだろうか。邪気眼系の人に殺されそうになったりしたんだろうか。俺の疑問をよそにアドヴェントは喋る。
「そう、自らが至高神に到るという方法を選んだ僕にとっては当然の末路なのかもしれない。そして僕は天獄にも時獄にも辿り着けないまま永遠とも思える刻を彷徨い……気が付いたらここにいた。それも、消滅したはずの他の御使いと共にね」
「この時、私とアドヴェントは運命のようなものを感じました……そう、人間の人間たる力を喪った我々は、ここを『α』としてやり直す機会を世界に与えられたのではないか……と」
サクリファイも口を挟む。そういえば最初に来た日、アドヴェント&サクリファイVSテンプティ&ドクトリンの構図で話し合いをしていたのを思い出す。特段仲は良くないが意見は一致しているのか?
「テンプティは前と同じように過ごしたかったんだけど………どっちにしろあの時ほどの力は残ってないし、しょーがないかなって。それに、もうあんな怖い思いしたくないもん」
「我は未だに心底納得した訳ではないが………我等が完全なる存在でないことは、アドヴェントが身を持って証明してしまった。我としては不本意だが、従わざるをえまい……」
「全然分からん」
俺の理解力が悪いのか?それともこいつらの説明の言葉が圧倒的に足りないのか?
「サクリファイ姉さん、説明よろ」
「低い知能でも理解できるよう時系列順にまとめました」
さらっとディスられた気がするが、クリップボードを出されたので確認する。
『どっかの並行世界の地球人、オリジン・ロー(すごい力)を発見』
↓
『すごい力を制御できる存在になる為、霊子融合(元気玉方式で皆の魂を統合)』
↓
『統合された意識が喜怒哀楽の4つの姿に分裂(御使い誕生)』
↓
『いずれ高次元(自分たちと同じ場所)に到る存在の先達になる』
↓
『人間超えちゃったせいで滅茶苦茶調子に乗り出した御使い』
↓
『すごい力を制御するシステムの『至高神ソル』、御使いの傲慢な姿に激おこで自爆』
↓
『ソルの破片を集めるためにいろんな並行世界に干渉しまくる過程で仲間割れ発生』
↓
『そもそも実は何やら凄い大災厄の発生が迫ってて、乗り越えるにはソルの力が必要』
↓
『大災厄の原因は『存在しようとする力』と『消滅しようとする力』のぶつかり合い』
↓
『逆説的に『存在しようとする力』を減らせば災厄が遠ざかるので『命』を摘み続ける』
↓
『実は大災厄の正体は御使いの一連の行動そのもの。真実を知った並行世界の住民が激おこ』
↓
『怒った人の一人が時空振動弾という兵器を使って色んな世界が繋がった『多元宇宙』を造る』
↓
『多元宇宙のせいで滅茶苦茶強い人々の力が集結し、御使いに真正面から喧嘩を売る』
↓
『ドサマギでアドヴェントが『御使いは不完全なので御使いを越えた至高神になる!』と言い出す』
↓
『アドヴェント、ソルの欠片と御使いを強制的に取り込んで全並行世界を支配する『至高神Z』爆誕』
↓
『激おこ連合に袋叩きにされて完全敗北。全宇宙、連合の気合で救われる』
↓
『アドヴェント、負けを認めてあの世的な所へ旅立つ』
↓
『あの世的な所の先住者に入寮を拒否られ、気が付いたらみんなでミツルの家に』←今ここ
なるほど、分からん。とりあえず俺は悪くねぇ事は分かった。
「アドヴェントと先住者が全ての元凶だということか!!」
「大体あってるねー」
「概ね相違ない」
「貴方たち、自分の責任を棚に上げて……そもそもアドヴェントを仲間外れにした事が全ての始まりでしょう?」
「ふふふふ……ぼっちは喜ばしくないね。黒歴史の再来は心を抉られるよ」
普段からヘラヘラしているアドヴェントの顔色が蒼い。きっとアドヴェントの心の中ではコウモリみたいなツラの悪魔的存在がオーバーフリーズを発動させているのだろう。まぁこんだけ恥ずかしいことのために大量の人達に迷惑をかけておいてこのザマならそんな顔にもなるか。
「こんな僕だが……裏切る形になった他の3人と共に再びここに出現した時、思ったんだ。これは、御使いの過ちを正すために世界が用意した最後のチャンスなのだろうとね……」
「消滅した三つの意識が再構成されるのは本来起こりえない事……すなわち、奇跡。我々が喪ったもの……では、誰がその奇跡を起こしたのか?」
「テンプティ達は腐ってもまだ御使いだから、起こせることしか起こせない。まして今はオリジン・ローの操作も全盛期の1000分の1以下になっちゃってるもんね」
「つまり、消去法で奇跡を起こした存在は一人に絞られる」
4人の目線が一カ所に集中し、俺は自分を指さした。
「………俺?」
「そう、つまり僕たちは!!」
「貴方に望まれてこの世界に辿り着いたのです……」
「言うならばぁ……ミツルこそがテンプティ達の新たな『希望』!!」
「曲がりなりにも我らの上に立つ存在なのだ。相応しいふるまいをしてもらいたいものだな」
…………………。
「あの、俺に望まれて来たんなら俺の希望を聞いて別居してくれませんかね?」
「いくら感謝してもしきれない恩人から離れる。それは喜ばしいことではない……」
「始まりの地から我等を押しのけようと言うのか?……憤怒を覚えるな」
「哀しい……貴方には私の胸中が届いていないのですね」
「その……何だかんだでミツルと一緒にいるの楽しいから。ダメ?」
成程つまり君らはそう言う奴なんだな。
ソルとかズィーなんとかに散々怒られてるくせに全然傲慢さ直ってねぇじゃねえか。あとテンプティはあざといこと言いながらあざといポーズですり寄ってくるの止めろ。
「もういい!分かった!飯くらいは一緒に喰ってやるからとっとと働いて金稼いで自分の部屋を作りやがれッ!!」
「もちろんさ!」「これも物質世界のさだめ……」「我に働けと言うのか!?」「楽しいことがイイー!」「ほう、二人ともまだ僕の喜びの鉄槌が必要なようだね――」「ぬおおおお!?や、やめろ!貴様がやると洒落にならん!!」「助けてサクリファイ!!」「アドヴェント、我等は今度こそ助け合って……」「助け合う事と甘やかす事は違うよ。その過ちは喜ばしくないね……」
どたばたどたばた。わーわーぎゃーぎゃー………と目の前で騒ぎ立てる四人に、俺は堪忍袋の緒が切れた。
「何でもいいから……テメェら暴れるんなら外でやらんかドアホ共ぉぉぉぉーーーーーッ!!!」
拝啓、お父様お母様。家に変なのが住みつきました。
「拝啓で始めたら敬具で〆るのが日本の手紙の習わしだよ、ミツル!」
「貴様、ミツル!手紙の最初には季節の挨拶や時候の挨拶を入れるのが礼儀であろう!ええい貸せ!我が強い怒りとともに書きしたためる!」
「ねーねー、全部絵文字で書いたら面白いと思わない?」
「私達の事をきちんと説明して下さらないのですね……哀しい……」
「うるせぇッ!!手紙くらい自力で書かせろ、っつうかプライバシーを考慮して勝手に覗くんじゃねぇぇぇーーーッ!」
後書き
エーデル「ハブラレルヤされただと……」
御使いが4人そろうとこんな感じで面倒くさいだろうなーという妄想を軽く纏めてみました。ちなみに作者は別にテンプティ好きという訳じゃありません。ティティが死んだときも「コイツ絶対怪しい。後で絶対復活とかしてヒビキを苦しめる要因になるな」と思ってましたので。プレイヤーあるあるだと思います。(いつか泣かせたろうと思っていたので後半のルルーシュの反撃にガッツポーズしました)
御使いのいる家 ぱ~と2
現在――俺(こと、ミツル)の過ごす世界では三月も後半……中学一年生から二年生になるまでの進化待ち時間、春休みの時期を過ごしている。春休み、嗚呼春休み、春休み。俺は春休みをたっぷり堪能するためのダラけ期間に胸を膨らませていた。
ところがそんな日常は余りにも突然に砕けていくわけで。
「例えこの部屋を掃除しようとも地球全体の汚れから見れば意味のない行為……宇宙から見ればそれは砂粒以下に等しい行動なのですよ。そんな無意味な行為にどうしてミツルは拘るのです……?」
「黙って掃除する!そもそもこの部屋が汚れてるのは全体的にサクリファイ姉とテンプティが散らかしっぱなしで片づけないのが原因なんだぞ!?つべこべ言わずゴミ袋にゴミを詰め込めいッ!!」
「片づけなくともマクロな視点から見れば意味がない……」
「サクリファイ姉がよくとも俺が嫌なんだっつってんの!!他人の意志は尊重するっ!!」
「私の意志は聞き入れてくれないのに………」
「いつもいつも一人の意見ばかり尊重する訳ないでしょ!甘ったれないでやる!」
サクリファイ姉は渋々ながら緩慢な動きで部屋のゴミをゴミ袋に詰め込む。この人、前に個人的我儘で地球の時間の流れを停止させようとしたらしいが、自分が止まったりしないだろうな。
まったく、サクリファイ姉は全面的に甘ったれだ。こっちの言う事を聞いてないような人の意見が人間社会で尊重されるわけが無かろうに。アドヴェント曰く、そーいう空気読めない所が御使いの残念な所のようだ。まぁこいつらが誕生した経緯を考えれば当然の事だろう。唯でさえ個々が自分勝手な人間の意識を集合させて出来た意識なのだ。言ってしまえば偏りまくったエゴの集合体。そりゃ人の話を聞かない訳である。
「御使いって進化したのかもしれねーけど進歩はしてない訳ね」
「いえ、進化どころか真化にも失敗してますので………はっ!そうです、私にはミツルのことをどうこう言えるような存在ではないと当の昔に分かっていた筈なのに口答えを……嗚呼、何と傲慢な……!これではミツルが怒りを覚えるのも当然の帰結!自分で自分が哀しい………」
「あー、はいはい哀しい哀しい。分かるからその哀しみをゴミと一緒にポイしようね?」
「はい……………大丈夫です、落ち着きました」
力なくしなだれかかってくる残姉さんを助け起こして頭をなでると、暫く身を任せた後にゆっくり頷いて作業を再開した。
唯でさえ行動が遅いのに隙あらば哀しみはじめる……だからあんたは残姉さんなんだ。一度落ち込むとこうして慰めてやらないといつまで経っても立ち直らないので、最早手伝わせた方が面倒くさい気がしてきた。最初は美人なだけにちょっとドキッとしたけど今じゃすっかり介護気分である。
と、別動隊のアドヴェントがいつも通りさわやか笑顔で戻ってきた。
「ミツル!不燃物を回収ボックスへ送り届けて来たよ!それにしてもこの文明は資源の無駄遣いが多いね?この調子ではいずれ数多のマウンテンサイクルが築かれてしまいそうだ。まぁ、その規模になる前にドクトリンの怒りが爆発しそうな気もするけどね!」
「あー、容易に想像できるな。とはいえ、あいつも我が家の立派な粗大ゴミなんだが……」
基本的に、今のこの家ではアドヴェント以外の3人は単なる邪魔で小うるさい金食い虫である。いっそ名前を変えて「浪費のテンプティ」「残念のサクリファイ」「文句のドクトリン」とかどうだろう。俺としては全く違和感がない。
「じゃ、アドヴェントはコンロ掃除やっといて!油でギトギトだから!」
「了解した!コンロか……ふむ、汚れが堆積しているな。ブルーが見たら『料理人の聖域に何てことを!』とさぞ嘆いただろうね」
「誰だよブルーって?」
「私の部下だった男だよ。正義感が強く、イタリアンシェフとしてよくその腕を振るってくれた。食もまた生きているが故に感じられる喜び……彼の犠牲は今もこの胸にあるよ」
……そういえばこいつら、激おこ連合と戦争して負けたんだったな。ってことはそのブルーってのは御使い側の味方だった訳か。こいつらも色んなものを失って戦ってたんだなぁ。
「……アレ?そいつ何でお前の味方に付いたんだ?イタリアンシェフってことは地球人だろ。激おこ連合側につくのが普通じゃね?」
「私の『世界を救う』という理想の為に誘ったんだよ。勿論喜んで迎え入れてくれたよ」
「で、調子に乗って神になろうとしてフィーバーした挙句に5分でタコ殴りにされたの?なっさけない奴……」
「グッ………並行世界のアムロ君と同じことを……!」
そう、こいつの『至高神Z』とやらの天下はなんと戦闘開始から5分で終了してしまったらしい。それまでに散々の犠牲を出しておいて5分K.O.とか激おこ連合が凄かったのかこいつが弱かったのか分かったものではない。
聞いた話だと御使いは人としての死がなく「生きる意志」を失ったために、生命の輝き全開の激おこ連合とは根本的に相性が悪かったそうだ。おまけに神になる為に強引に色んな意志を取り込んだ結果、取り込んだ中でも謀反を起こされて計画はどんどん瓦解。昇った頂点から転げ落ちるようにしてここに来る結果になったことを考えるとダメダメな奴だと言えなくもない。
「加えて言うなら、アドヴェントの勧誘とは人間の精神に干渉して洗脳状態にすることです。結局それがZ-BLUEの感情を余計に逆撫でする結果になりましたし、何よりアドヴェントは人が死んでも生きても『喜び』ですから……」
「うわー、ないわー……他の連中をクズニートとか言ってたけど、ひょっとしてお前が御使いの中で一番クズなんじゃねーの?」
「ググッ………御使いとなって失った筈の自己嫌悪の棘が心臓に……!」
ゴミ詰めしてたサクリファイの思わぬ追撃に反論できなくなったアドヴェントはショボーンと肩を落としながらコンロを黙々と掃除していた。激おこ連合さん見てます?これがかつての神(笑)の姿ですよ。やぁーねぇー惨めだったらありゃしない。慰めてやろうかとも思ったが、やってきた事が事だけに反省させといたほうがいいだろう。
「嗚呼、アドヴェントから深い哀しみを感じます……しかし不思議です。彼の哀しみを見て、私の胸の内から哀しみとは異なる輝かしい感情が溢れてくるような………これが失った人間の心、『喜び』なのですね!」
「それ絶対なにか間違った喜びだよ!?」
どことなく血色のいいサクリファイ姉が今までに見たこともないくらい弾ける笑顔を浮かべている。やだ、絶世なまでに綺麗だけどなんか怖い……。残姉ちゃんも何だかんだでぞんざいに扱ってくるアドヴェントに恨みを持ってたんだな、と思わせられる瞬間を目撃してしまった俺であった。
= =
時に、アドヴェントは以前「生活基盤を作ってお金を手に入れる」という旨の発言をしていた。
大絶賛タダ飯食らい中の御使い共を抱える我が家の家系は火の車なので、この行動指針は素直に有り難いと同時にこれまでの損失分の補てんを期待される重要な話である。
という訳で、ある日俺は御使いの外出先を尾行して確認することにした。
なお、残姉さんは全くと言っていいほど外出しないのでお留守番である。とりあえず郵便物を受け取る方法は教えてあるし。唯一の心配事は通販や押し売りで変な物を買おうとしないかということだが、そこはアドヴェントのオシオキの効果を信じるしかなかろう。
まずは一番働きそうな喜び厨、件のアドヴェントだ。自分勝手ではあるが一応ながら俺の意志を尊重しているし、我儘言い放題の他と違って色んなことに肯定的なこいつならばなんとかする筈。
そんな期待の籠った俺の尾行に、アドヴェントは笑顔で手を振ってきた。
「……モロバレしとるがな」
改めて。
流石にモロバレだと恥ずかしかったのでアドヴェントは諦め、今度は淫乱ピンクの追跡をすることにした。淫乱ピンクめは俺の財布を片手に街に繰り出している………俺の財布!?咄嗟に自分の鞄に手を突っ込むと、いつものポケットに入れてある財布がない事に気付いて愕然とする。
「あいつとうとう俺の財布から金を抜き取らずに財布を堂々と持って行きやがった!!」
これはマズイ。あの財布にはクレジットカードなどその他諸々の全財産を利用できる要素が集まっている。このまま放置すれば、最悪の場合俺の家は2日後に食糧難に陥って全滅する可能性がある。こうなってはもう尾行どころではない。一刻も早く奴を捕縛しなければ!
「ゴルァてめぇテンプティ!?何を人の全財産堂々とパクッてやがる!?」
「げっ、ミツル!?やばっ、財布パクったのがバレたんだ………!逃っげろぉぉぉーーーっ!」
こっちに気付いたテンプティは猛ダッシュで闘争を開始。俺とテンプティのチェイスバトルが始まりを告げた。くそっ、人間辞めてるせいか見た目に反して結構足が速いぞ。
「いや~ん!変質者が追いかけてくるぅ~!誰か助けてぇ~!!」
「てめ、卑怯な手を!!……だがいいのか!?そんなことを言っているとアドヴェントにチクってしまうぞ~!?」
「ヒッ!?だ、駄目だよそんなの卑怯だよ!もぅ、何でアドヴェントはテンプティじゃなくていっつもミツルの味方ばっかりする訳!?」
「ハブられたことを未だに根に持ってんじゃね?」
「何でよ!!ドクトリンと違ってテンプティ謝ったじゃん!!いっぱい謝ったじゃん!!御使いは人間で言えば家族以上の存在だから許してくれてもいいじゃん!大体元はと言えば皆がテンプティを遊ばせてくれなかったのが悪いんだもん!テンプティ悪くないもん!!」
「はぁぁぁっ!?そんなガキみたいな言い訳通るか!!」
清々しいまでに幼稚な自己正当化に、俺の中で何か虹色の種みたいなのが弾けた。
見える、見えるぞ奴の動きが!今ならできる、ライダーの18番が!
「遊ぶんなら……自分のお金で遊びなさいキィィィィーーーーックッ!!!」
「きゃああああああああああああああああああああッ!?」
スーパーなイナズマのように流星の如く炸裂した衝撃の飛び蹴りが直撃し、テンプティは財布を手放して盛大に吹き飛んだ。
飛び蹴りから着地した俺は、くるくる回りながら落下してくるマイ財布を掴んでフッとニヒルに笑う。直後、吹き飛んだテンプティが先にあった公園の池の中にバッシャアアアアン!!と頭から突っ込んだ。
「ザマぁ見ろバーカ!俺の財布に手を出した報いだ!」
「うう、酷いよぉ……テンプティはぁ、楽しみを司る御使いなんだよぉ?ミツルみたいな人間と違って楽しいかどうかだけが存在意義になって生きてきたんだよぉ……?テンプティは遊べなかったらテンプティじゃなくなっちゃうんだからね!!」
「知るか。楽しみたいんなら自分の財布で遊べ!」
「じゃあサイフ買って!!」
無言でテンプティの頭をポカッと殴った俺は悪くねぇ。「イタっ!」と悲鳴を上げたテンプティは、叩かれた頭を押さえながら頬をぷくっと膨らませて非難がましい目で俺を見つめてきた。しかしそんなあざとさ全開の顔したって無駄です。例えそれに加えて噴水の水で服がスケて下着が丸見えになっていても、俺のアーマーマグナムは決して暴発しません。
そう、俺は御使いと違ってシンカしているのだ。決して「服が上手く着られません!」と助けを求めてくるサクリファイ姉の下着姿を見慣れたせいで異性への感覚がマヒしている訳ではない。あの人本当に手間かかるな……。
「ぶー。つまんないのー……」
俺の反応が芳しくないのに気付いたテンプティはなにから不思議な力を使って全身から滴る水分を振り払った。あれが多分御使いの力なのだろう。しょーもない事に使いおって、そんな使い方が出来るんならもっとお金になる事に使えよ。世の中には稼いだお金を借金返済に持って行かれ続けて苦しんでる人もいるんだぞ。
「こっちの世界には『揺れる天秤』の適合者候補がいっぱいいるんだね~」
「???……よく分からんが、多分何かが違うと思うぞ」
「はぁ~……ゼータク計画もパァかぁ。なんか走ったから疲れたしお腹減った~!なんか食べて帰ろ~?」
「お前らの所為で金がないってのにムダ金が使え――」
るか、と言いかけた刹那、グウ……と腹の虫が反乱を起こした。
よりにもよってこのタイミングでの謀反。何故だ、何故なんだ胃袋。お前とはお母さんの腹の中にいた頃からの長い付き合い、古女房みたいなものだろう。どうして、どうしてこのタイミングで裏切ったァァァーーーッ!!
チラッと横を見ると、テンプティが愉悦と期待の入り混じった目で口元を押さえている。こいつ、肩を震わせて笑いをこらえてやがる……!途轍もなく癪な話だが、事ここに到ってテンプティの意見を突っぱねるには胃袋の分が悪い。
一つ大きなため息をついた俺は、財布の中身と相談してなるだけ低予算でお腹を満たせる計画を立てた。
「……………ここから二件先にミニドーナツの美味しいベーカリーがある」
「買ってくれるの!?わぁ~い!ミツルだぁ~い好きっ♪」
「畜生負けたぁっ!!って、ちょっとお前、くっつくな!!もし万が一同級生に見られたら春休み明けにあらぬ誤解を……引っ張るなっつーの!!」
こうしておやつにドーナツを買い、ついでに慈悲の心で他の連中分のドーナツも買ってあげたその帰り道で。
「ぬう!こんな所にまで空き缶を捨ておって!まったく度し難い……なんだこの煙草の吸い殻の山は!さては灰皿の中身を車から捨ておったな!ええい、まだ『獣の血』の途上とはいえ何故こうも自分の星を汚せるのだ!!」
「ドクさん、そろそろ集合時間ですよ?」
「先に行っておれ!我はこの雑木林の塵を全て駆逐するまで戻らぬ!!」
「ど、ドクさん……何が貴方をそこまで掻きたてるのです!?ただの町内会のゴミ拾いですよ!?」
「愚か者!!この街は我が君臨する地であり、貴様等の過ごすはじまりの地でもあるのだぞ!?それをこのような薄汚い塵で汚したまま過ごすなど怠慢極まりない!!我はこの強い怒りを以ってこの町を世界一美しき町へと作り変えるまで活動を辞めぬッ!!」
「ど、ドクさん!!アンタって人は……心が汚れた俺達には色々と眩しすぎるぜぇぇぇーーーッ!!」
禿げ頭で太陽の光を反射しながらゴミ袋片手にトングを振り回すドクトリンと、それに付き従う町内会ゴミ拾い部の姿があった。その姿は異様なまでに一生懸命で、テンプティの記憶からすると第4位くらいに感情が輝いていた。
「………い、意外な所を見ちゃったね?」
「………そ、そうだな」
なお輝き1位はアドヴェントに命乞いをするところで、2位は元悪逆皇帝に道連れにされそうになった時、3位はZ-BLUEの面々に「お前らがバアルの正体だよ!」とキレ気味に指摘された時だ。
考えてみればドクトリンは御使いの中でも職務には誰より忠実で完璧主義的な部分がある事を思い出したテンプティは、「1億2千万年一緒にいても知らないことってあるんだね……」としみじみ呟いた。
後書き
次があったら御使いの心の内に関してちらほらと。
御使いのいる家 ぱ~と3
前書き
御使いの中でサクリファイだけ「姉」なのは、残念過ぎて世話が焼けるから逆に身近に感じているのが理由です。それにしても、なんか「サクリファイ姉」って呼び方が妙にしっくり来るような……。
雨の日には憂鬱な気分にさせられる。
布団も干せないし、洗濯物が乾かないし、外出すると服や靴が濡れる。天空より無数に零れ落ちる雫の大合唱が屋根を叩くなか、俺はダラけにダラけながらテレビを見ていた。テレビのモニターの向こうでは皺くちゃのジジイ共がスーツ姿でダラダラと身のない国会答弁を続けている。
「あ~あ、面白くねぇの。与党も野党もいっつもダラダラ同じことばっかり言いあって議論なんぞ一つも進んでねぇじゃんか。これ民主主義の意味あんの?」
国民の声と国会の審議内容には明らかに見えない壁がある。それが13年ほど生きてきた俺の抱いた政治に対する端的なイメージだ。増税すんなと言っても増税するし、どうでもよさ気な法案に限ってやたら議論は白熱している。この明らかな温度差を見ていると、選挙で人を選ぶ意味が分からなくなってくる。
そんな俺の疑問に反応するのはイライラハゲのドクトリンだ。
「民主主義という前時代的な思想にも疑念を呈するが、この国会が民意を反映していないのは明らかだ。既存の価値観の上でしか行動できない傲慢な連中め……これだから人間という生き物は分を弁えておらぬ!指導者を選りすぐったところで所詮は塵の一粒に過ぎん!このような停滞した国には絶対的な指導者が必要なのだ!そう、我々御使いのような――!!」
「お前それで失敗してんじゃん」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
全ての文句がブーメラン戦隊になって心臓に突き刺さりまくったドクトリンが悲鳴を上げて倒れる。そう、御使いこそ独裁で失敗した最たる例である。最初は全世界のシンカの入り口を先導する気だったらしいが、ここでシンカする存在を選り好みし始めたのがケチの付きはじめだ。
アイツは未熟、アイツは相応しくないと勝手に相手を値踏みしその行く末を操作する様は、正に故事に言う「助長」――大きなお世話そのもの。おまけにアドヴェントを面白半分に追放したテンプティみたいなのを放置し、更には独断専行の塊なサクリファイ姉も「同族だからオッケー!」と放置しているのだから目を覆わんばかりの悲惨さだ。
最終的に真化するうえで最大の邪魔者と化したこのマヌケは、結局「お前達が消えろ!!」というキレる若者のドストレートかつご尤もな意見を論破できずにテンパって撃沈するハメになったのである。
怒りは盲信的だ。怒っている間は自分が正しいものと信じて疑わないが、冷静な者の俯瞰で見れば大抵の場合は隙がある。ドクトリンはいろいろと知識や主義を交えて説教のようなことを言うが、その主張に矛盾があっても気付けないということは常に冷静じゃないということである。
「実は御使いの中でも討論最弱なんじゃないか?どう思うサクリファイ姉?」
「ドクトリンは……使命に囚われすぎたのです。かくあるべきという理想に心が追い付いていないが故に、彼は自己矛盾に気付けませんでした。御使いは完全な存在になったと言いながらアドヴェントを追放し、都合のいい時だけ御使いという繋がりを持ち上げる……ある意味、彼が最も人間的な御使いだったのかもしれません」
「で、そんな悲惨な状態になって嫌気がさしたサクリファイ姉は政治的無関心に突入して責任放棄したと」
「だ、だってシンカの道を進む者たちと御使いの醜い争いを見るのが嫌だったんです……」
「真実を知っていて何もせずにシルバニアファミリーしてた残姉さんがある意味一番罪深いね」
「あああああーーーー……ッ!!」
逃れ得ぬ真実に残姉さんの心がマキシマムブレイクしてしまったようだ。めっちゃゆっくり倒れていくので仕方なく着地点にクッションを挟んでおいた。やっぱこの人の周りだけ時間の流れが遅いような……これもエタニティ・フラットの応用なのか?面倒くさい人である。
哀しみとは得てして自己陶酔的な部分がある。自分が不幸で孤独であることを理由づけることで行き場のない感情に正当性を与えることが出来るため、哀しい哀しいと言っていればどこまでも心が逃げ続ける。逆に言えばサクリファイ姉が最後に真実に辿り着けたのは、自分が間違っているという漠然とした意識から目を逸らす為に『哀しみ』に縋っていたのが理由なのかもしれない。
「ミツル、彼等も悪気がある訳じゃないんだ。御使いがこの地に再臨してまだ間もない……己の過ちを見つめ直すまでは加減してやってくれないか?」
「アドヴェント……ちょっと気になってたんだけど、『至高神Z』とか『超天死神光』とかって自分で名前付けたの?ヘリオースに比べて超絶ダサいんだけど」
「ぐはぁぁぁぁーーーーーーッ!!」
アドヴェントさんが血を吐いて後ろ向きに倒れた。きっと計画段階で名前とか必殺技とかものすごく入念に妄想していたに違いないが、どうやら『喜び』の意識の集合体にはネーミングセンスが欠けていたようだ。
『喜び』とは要するに自分が喜ぶように解釈できれば何でもいいわけで、言うならば超ポジティブな自己満足だ。ポジティブシンキングで周囲が何と言おうが自分は最終的に正しいと確信しているので、完全に論破されるまで自分の思想に何所までも盲信的になれる。
と、一通り御使いの心を抉ったところでテンプティがふらっとリビングにやってきた。
「ミツル~冷蔵庫のアイス食べていい~~……って何この死屍累々!?」
「気にしない気にしない。黒歴史という名の過去の罪と向かい合ってるだけだから。あ、それとアイス食べるなら俺の分も取ってくれよ。チョコナッツの奴」
「え、それはいいけどサ……放置なの?」
「これしきで立ち直れなくなるようなら人間社会で生きていけないよ~」
一瞬テンプティにもトドメを刺して全滅させようかとも思ったが、雨で憂鬱だからお喋り相手がいなくなるのは嫌だ。認めるのは非常に癪だが………テンプティのウザさは最終的に笑って済ませられるものなのだ。少なくとも、俺の前では……。
て、テンプティの事を気に入ってる訳じゃないぞ!ただ、気が合わない時は合わないけど、合う時は合っちゃうってだけの話だかんな!ツンデレとかじゃなくて悪友的なアレだから!!
= =
惑星エス・テランで生きる人間たちは、何のためにシンカを求めたのか。
きっとその答えは融合の時に細分化されてしまって御使いの中でもバラバラなんだと思うけど、テンプティはこう考える。
「死の恐怖から解放され、何の不安もない生き方を手に入れる」。
死への恐怖とは人間にとって究極のストレスであり、「楽しみ」の対極に位置する。だからテンプティは己が「楽しみのテンプティ」として存在するようになった時、死の恐怖から解放された絶対的な地位を全力で楽しんだ。
他の生命体がシンカするのを邪魔することに抵抗はなかった。至高神ソルの下に全ての行動が許されているので、責を負う必要もなかった。テンプティの立場そのものが絶対的な免責であり、御使いの存在でさえペテンだったからだ。
この世の全てはペテンで出来ていた。例え誰かに恨まれても、絶対的な時間と空間の超越者であるテンプティには何でも出来た。騙すことも、驚かせることも、恐怖で泣き叫ぶように追い込むことも、なかったことにすることも、全部出来た。嫌だと思ったものは即排除して新しい遊びを探す。気に入らないゲームを売り払って新しいゲームに没頭する飽きっぽい子供のように、テンプティは思いつく限りの楽しみを追求し続けた。
全てを楽しむことが出来た。何故なら楽しみの反対である悩みや苦しみ、不安を抱く必要が御使いには全くなかったからだ。やがて御使いにこれまでにない変化が起きても――例えばドクトリンがアドヴェントを追い出すと言い出した時も――テンプティは「面白そう」と思った。
御使いは完成された完全な存在だったから、変化というものがない。別段一人いなくなっても困ることはないし、「何かが変わるかもしれない」という期待もないわけではなかった。結局その変化は最悪な形で実現するんだけど、その頃は何とも思わなかった。
何より、御使いと共にいるよりあらゆる世界の知的生命体と遊び続ける事の方が楽しくてしょうがなかった。ありとあらゆる世界のあらゆる存在――無限大の選択肢。その頃にもなると『楽しみ方』も豊富になり、自分の死さえペテンにすることに躊躇いを覚えなかった。死んでも生き返る、いや、本質的には最初から死んですらいない。だからやりきれない時はやり直せばいいし、失敗した時は次に試せばよかった。試行錯誤にも「取り返しのつかないこと」がないのだから、何一つとして焦りもなかった。
ただ、この宇宙の消滅を防ぐという点に置いてだけ、テンプティはドクトリンにひたすら協力した。無限の遊び場を約束するこの宇宙が無くなれば、テンプティの『楽しみ』は終わりを告げる。一億二千万年に一度の大災厄の回避を自分たちが乗り切りさえすれば、宇宙は勝手に増えていって遊び場は確保できる。
唯一そこだけが、テンプティにとってペテンに出来ない『真実』だった。
だから、その真実が崩壊した時、テンプティのペテンは砕け散った。
――まだわからないのか!宇宙の大崩壊を招く真のバアル……!
――それはお前たちなんだよ!!
――自分たちの事が何も分かっていないようだな……!
理屈は簡単だった。
『消滅しようとする力』に備えて御使いは砕け散ったソルの力を集結させ、その最中にシンカに到達する資格がない知的生命体――『存在しようとする力』を滅ぼしてきた。そして『消滅しようとする力』と『存在しようとする力』は本来均衡を保っている。ここに御使いの大きな思い違いがあった。
御使いは、選ばれし者ではない悪しき種を狩り尽くし、優良な存在を『真徒』として取り込んで災厄を乗り切ってしまえば宇宙は存続すると考えていた。だが、悪しき種の代表だった地球人からすれば、全く違った見え方をする。
『存在しようとする力』は『消滅しようとする力』を倒す事も出来る。事実、Z-BLUEたちは見事にあらゆる危機を乗り越えて見せた。そうなると地球人からすれば『既に1億2千万年に一度の災厄は退けている』ことになる。この時点で宇宙は存続する筈なのだ。
なのに、御使いはそこから更に『存在しようとする力』をひたすらに滅亡させようとする。つまり、存続する筈の未来を御使いが刈り取っている。この時点で、彼等から見ると『消滅しようとする力』と御使いの存在が完全に重なる。すなわち、御使いが真の『根源的災厄』になる瞬間がそこにあった。
1億2千年の時を経て、テンプティの目の前に越えた筈の現実が立ちはだかった。
自分の存在こそがこの宇宙にとって害悪で、余分で、存在する必要がない。
「恐怖や不安からの解脱」という免責の根底は余りにも脆く崩れ去った。
それからは流されるがままに濁流に飲み込まれる。
『王の力』によってペテンにした筈の『死』から逃れられていないことを思い知らされ、最期はひたすらに生を願って懇願するも聞き入れられず――そこで、テンプティという一つの意識は一度消滅した。
ほんの一瞬か、あるいは永遠にさえ思える消滅という名の静謐から目が覚めた時、御使いは絶対者としての力を喪って人間の部屋に転がっていた。混乱はあったが、目覚めたテンプティが何よりも最初に感じたのは「生きている」というたったそれだけの――御使いとなってからは一度も感じたことがない感覚だった。
生きている。
自分は生きている。
ペテンでもない、幻でもない、確かにここにいる――。
生きる事の恐怖が嫌で逃げた末に、生きている事に感謝すら覚えることになるなど、エス・テランの人間たちは思いもしなかったろう。最終的に御使いとしてのテンプティは、目的地と全く違う「不完全な存在」という場所に辿り着いてしまったのだ。
今、テンプティは将来の事を考えていない。今まで将来は考える必要のない物だったが、今は考える余裕がないぐらいに必死に生きている。あらゆる楽しみが色を変えた世界で、有限な「人間」という存在に逆戻りしながら生きている。今を楽しむことに必死過ぎて未来が考えられないほどに――。
テンプティの隣では今、天竺光という少年が呑気にアイスを食べている。アドヴェントは彼が自分たち御使いをここに呼びこんだと言っているが、正直なところテンプティにはそれが真実かどうかわからない。ただ、そんな中でも分かっていることはあった。
ミツルは平凡な人間だ。喜怒哀楽全てを欠かさず、ドライな感情のなかにも優しさや温かさが見え隠れする、普通の人間だ。そしてこの人間は、よく御使いの間違いや欠点をズバズバ指摘する。その言葉を聞くたびに、改めて思い知らされるのだ。
――永遠でないからこそ、ペテンに出来ないからこそ、見えるものがある。
――その違いを自覚できることが怖くて、不安で。
――だからこそ、それを克服できた瞬間がどうしようもなく『楽しい』。
(成長するって『楽しい』なっ♪ミツルともっともっと一緒にいれば、もっと見えてくるのかなー?)
だとすれば、半端な次元力しか操れない今という環境も悪くない。
御使いとしての力を大幅に失い、永遠の存在ではなくなり、考えなくてよかった喜・怒・哀の感情が戻りつつあるとしても……。
「ミツル」
「何だ?」
「生きてるって、楽しいね?」
他人の姿を見て笑うより、自分から笑える『楽しみ』が、今はなによりも尊いから。
「………意味わかんね」
「あっ、照れてる~!ね、ね、テンプティのスマイルどうだった?キュンときた?」
「照れてねぇ。断じて照れてねぇ!お前みたいなお胸が平野な女には全くときめかねぇッ!!」
「ならこれでどうかな~?」
ミツルの手を掴んでアイスを落とさないようにしながら、彼の膝の上に向かい合う形で飛び乗る。本人は「照れてねぇ!!」と言い張っているが、彼はスキンシップには弱いのだ。
「ど、どけっ!ちょっと、アイス食えないし!!」
「いやー、ミツルをからかって遊ぶのはやめられませんなぁ~♪あむっ!」
「あーッ!!てめっ、俺の食いかけアイスを頬張るなぁぁぁぁーーーーーッ!!」
今日もテンプティは楽しみを求めて生き続ける。
その向かう先を、シンカに繋がる成長の道へと変えながら。
後書き
ややシリアスなフリをしつつ、今回はこれまで。
この小説は、なるだけ全部の御使いを好きになれるように書いてます。たぶん。
御使いのいる家 ぱ~と4
前書き
ミツルの住む街の住民をちょこっとだけ紹介する回。
5/8 ちょい修正
哀しみ。
それは人が人であるが故に、生きているが故に、ずっと抱え込まなければいけない心。
しかし、サクリファイは最近までこの哀しみを絶対的な感情として生きてきた。
哀しみは誰しもが心に抱えているものだ。確かにそれは感じる当人にとっては絶対的な物なのかもしれない。しかし、生きとし生ける物には生きて前へ進む義務があるのであり、サクリファイの哀しみはそれを真っ向から否定するものだった。
今あるものを失いたくない。永遠に残したい。前に進んで更なる哀しみを味わいたくない。一つ一つ積み重なる哀しみはやがて我儘と遜色ない位まで堕落し、思い知らされる。
命の輝きを失った自分たちこそが間違っていたという、哀しみ。
「悲しみの乙女」ハマリエル――いや、セツコの悲しみは、痛みや傷を抱えながら前へ進もうとする健気な強さがあった。ある意味、彼女の在り方は「いがみ合う双子」以上に人間的で、他のどのスフィア・リアクターより気高いものと言えるだろう。「いがみ合う双子」は誰の心にもある葛藤や二律背反、勇気を根源としているが、「悲しみの乙女」は抗いようもない大きな絶望の中から自力で這い上がらなければならない苦難の道だ。
ある少年が、「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす」と言った。それに対して別の少年は「いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植える」と答えた。今になって思えば、この言葉こそが御使いとZ-Blueの戦いの本質をよく表している。
御使いがいくら命や真化の花を刈り取ろうとも、人類は決して存在することを――「ここにいる」ことを諦めない。それが生きるという事であり、無明の暗闇を照らす希望の灯となことを知っているからだ。
「消滅しようとする力より、存在しようとする力の方が強いとは言いません。しかし、存在する力はそれだけの可能性を秘めた存在なのです」
「そんな……だって私は宇宙の存続のために可能性を刈り取っていたのですよ!?その可能性を生み出す土壌を滅ぼさぬようにずっとずっと……!!」
「貴方の哀しみが今の私には分かります、カリ・ユガさん………しかし、それを越えられるのが人類なのです。私たちは真化の果てに……そして貴方は可能性の集約の果てに人類に斃された。それがこの宇宙の出した答えなのです……!貴方は泣いてもいい。哀しんでもいいのです……」
「サクリファイさん!サクリファイさぁん……!!う、うええええええええええええん!!エンドオブリバース怖かったよぉぉぉぉぉ~~~~ッ!!!」
手に持っていたチューハイのジョッキを投げ出したカリ・ユガさんは大粒の涙を流しながら私に抱き着いてきました。
現在、私ははよかれと思ってミツルの財布から失敬した1万円札を元手に彼女と「イザカヤ」という場所に来ています。普段は外に出たくないのですが、外から深い「哀しみ」を感じたので出てみると、そこには彼女――カリ・ユガさんがいたのです。お腹も空いているようだったので食事を取りつつ事情を聞いた結果、こんな感じになりました。
可哀想に、こんなに震えて……どうやらドクトリンとテンプティ以上に怖い目に遭ってこの世界に流れ着いたようです。そんな彼女の哀しみを受け入れてあげるのもまた、御使いとしての新たな役目………役目、なのでしょうけど。
「ごふっ……ちょ、ユガさ、苦し……っ!?」
「うええええ~~~~~ん!!必殺仕○人の可能性なんてこの世から無くなっちゃえばいいのにぃぃぃぃ~~~~~!!」
「死゛、ぬ゛、ぅ……!?」
身長2mオーバーを誇る超ビッグボディのカリ・ユガさんの体躯から繰り出されるハグの威力は想像を絶するほど凄まじく、私は自分の意識が次第に遠ざかっていくのを感じるのでした……。
――カリ・ユガ・ブリーカー!!死ねぇ!!
意識が途切れる刹那、私は火の文明を生きた白いガンダムのパイロットの声を聞いた気がしました。
住民ナンバー01,「カリ・ユガ」
アンチスパイラル的な理論の下、宇宙崩壊を防ぐために膨れ上がりすぎた可能性を混沌に戻して世界をやり直していた存在。簡単に言えば宇宙存続のための安全装置で恐らくはガンエデンのような人造神と思われるが、本人は自分の事を女神だと信じて疑わない。
設定を鑑みると「因果地平の彼方で眠る巨人」と同等の能力を持っていそうなのだが、集約に集約を重ねてとうとう死者の魂までも乗せた「命の輝き」に敗れ、気が付いたらこの世界にいた。その時のトラウマで必殺仕○人のテーマを聞くと無条件で震えが止まらなくなる。ついでにニャルラトホテプに異様な不快感を示しているようだ。
身長2mオーバーという女性としても人としても破格の身長を誇る絶世の糸目美女で、普段は羽や白蛇、残り6本の腕を異次元に格納して完全に人型をしている。行く当てがなくて彷徨っている所をサクリファイに発見され、現在は彼女を姉のように慕っている。
なお、後日彼女はミツルの部屋の隣に引っ越してきた。一体どこでお金や戸籍を手に入れたのかは謎である。
= =
「………という女が隣の家に転がり込んできたのだ。どう思う、我が盟友クリティックよ」
「ふむ……元『知の記録者』としては興味深い話ではあるな、同志ドクトリン」
蒸留酒の注がれたグラスを弄びながら、批評家クリティックは考える。
アルティメット・クロスと呼ばれる舞台によって救われた世界――「UXの世界」とでも呼称すべきその世界では「命の輝き」の外に「無」を司る邪神たちが跋扈していたそうだ。そしてこの構図は同志ドクトリンの世界にあった「存在しようとする力」と「消滅しようとする力」の関係と非常に酷似している。おまけに世界を救う筈のカリ・ユガが「無」に属するという点においても御使いとよく似ている。
「実を言うとな、我々の宇宙にもそのようなものはあったのだよ。だが、『知の記憶者』としてそれに接触することは存在の消滅にも繋がりかねない危険な行為だ……ゆえに我等は宇宙を崩壊させる力が発生する直前になると世界から隠れ、新生した世界へと移っていた」
「初耳だな。しかし、そうか……方法としてはサクリファイが取ったものに似ているかもしれん。確実に記録を残そうとする君の職務への誠実さが見て取れるよ、盟友」
「む………まぁな。しかし何だ、ここへ来た経緯を考えるとその言葉は……」
「むぅ………いや、みなまで言うな。なればこそ我には盟友の気持ちがよく分かるぞ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ、同志よ」
かちん、とグラスで乾杯し、二人はくいっと蒸留酒を喉に流し込む。二人して酒は飲まない性質だったが、人間として飲んでみるとなかなかどうして悪くない。ドクトリンは食事の必要ない存在だったので飲酒は当然排除しているし、クリティックもプログラムの存在であるが故に不要なものと割り切っていた。
職務に忠実過ぎたが故に自らが傲慢であることに気付けなかったドクトリン。
職務をこなす中で傲慢な意識のままに組織を作りかえてきたクリティック。
どちらもやっている事は違うようで本質的に同じことだ。しかも互いに、未だに自分たちが否定されたことを納得しきれていないという点がシンパシーを感じさせた。以来クリティックは時折この男と酒を酌み交わしている。
なお、クリティックはこの世界に来て直ぐに自分の地位を確立し、今は小さな情報会社の社長をしている。酒の代金はドクトリンの立場を知るクリティックの奢りだ。クリティック的には人の上に立って情報に関わっていればそれである程度は満足で、金には最低限しか頓着していない。
私欲丸出しだったクリティックだが、彼はあくまで使命には忠実だった。その忠実たる部分はドクトリンにしては珍しく好感を持てる部分であり、今では彼を自分と同格の存在として『盟友』と呼んでいる。クリティックもまたドクトリンに自分と似た空気を感じ、『同志』と呼んでいた。
「でさぁ、ぶっちゃけ私って『知の記憶者』として扱い悪くないかと思うのだよ。インファレンスは超イケメンでアプリカントは男前、しかもレギュレイトも美人なのになんで私だけパッとしない中年姿だよと思うのだよ」
「それは我も思うぞ!見てみろ、アドヴェントもテンプティもサクリファイもピッチピチで小顔になりおって!何故我だけが年老いた姿なのだ!エス・テランの人間の無意識を綺麗に四等分してどうして一人だけムサくなった!?分かるだろう盟友、この不満が!」
「応ともさ同志よ!始原文明エスめ、もし私が過去に戻る機会があったらもっとハンサムな顔立ちと年齢に変更させてやる!デザインベイビーが許されるなら永遠の時を生きるこの私の顔をちょっとくらい良くしてもよいだろう!?」
「そうだ!!このような扱いに我等は共通の怒りを覚えていいのだ!これは正当な怒りだ!!」
見苦しいおっさんたちの見苦しい文句がバーにぶちまけられる。バーテンダーは面倒くさそうな顔をしているが、ここのオーナーがクリティックなので下手なことは言えない。
しかし愚痴るのも無理はないかもしれない。ドクトリンは出番が少なかった上に元々怒りっぽいし、クリティックは組織が自分だけハブされた状態で存続しているのだ。これで不満を感じない奴はいない。
「やってられぬ!!呑むぞ同志!!」
「呑もう、盟友!!一晩明かすぞ!!」
ただし、二人の会話は純粋にジジ臭いというか、ダメな会社員の言い訳みたいというか………とにかく二人は小物臭いのである。言ってしまえば性格ブサイク。こればっかりは外見が変わっても決して変わることはないだろう。正に類友と呼ぶにふさわしい二人は人間離れしたペースで酒を呑みまくり、翌日の夜明けまでにバーの酒の半分を空瓶にしたという。
これが後に「ドクとクリの人情ハシゴ酒」という伝説のローカル番組の始まりになることを、二人はまだ知らない。
住民ナンバー02,「クリティック」
実はサムライスタイルなパッとしない中年。かつてはザ・データベースの一人として活動していたが、システム存在から自我を持ったことによって独占欲を高め、ザ・データベースを私物化・独占化していった。ちなみにこのクリティックは2週目のラスボスを務めた方。
地味、小物、おっさんと不人気三拍子が揃ったせいかザ・データベース唯一の完全悪役として一人だけハブられるという哀しい存在で、その背中からは哀愁さえ漂っている。なお、批評家らしくネチネチ物を言う態度は経営する会社の社員からも鬱陶しがられているが、才覚は本物なので皆渋々付き合っているらしい。
= =
その日――ミツルは自分にしては珍しくぱっちりと目を覚ました。
軽く伸びをして、欠伸をし、いつものように布団に入り込んだテンプティの絡みつく腕を振り払ってベッドの下に足をつける。そして、「朝飯は出来てるかなぁ」と寝ぼけ眼を擦りながらたった一つの個室のドアを開けてリビングへと足を踏み入れた。
そして、気付く。
無駄に高そうなガラス張りの大きなテーブル――
ふっかふっかの絨毯と簡易シャンデリアの光――
レース付きカーテン、謎の名画、無駄に高そうなインテリア――
「おや、起きたかいミツル!!」
「………なぁアドヴェント。なんかテレビ変わってない?」
「60インチの液晶テレビだ!ゲームも完備だよ!!」
「………なぁ、アドヴェント。この部屋って確かダイニングキッチン含めてタタミ8畳あるかないかの面積だったよな?」
「今はなんとタタミ12畳分だ!ああ、ダイニングキッチンは隣の部屋にあるよ?」
「……………………俺のアパートってこんなだっけ?」
「何を言うんだいミツル?」
アドヴェントはスムージーを飲む手を止める。健康に気遣うOLでもあるまいし朝から人の前でスムージー飲んでんじゃねえよ。というか我が家にそんなものを作る財政的余裕は………。あれ?
「この『高級』アパートは今日から君のものだよ!まさしく『俺のアパート』と声高らかに宣言できる素晴らしい場所だ!!実は昨日君が寝ている間に次元力の応用とドクトリンの伝手で改築してね!!あ、ミツルの部屋は勝手に触っちゃ悪いと思ってそのままの形にしてあるが、部屋には余裕があるから不満があったらすぐ言ってくれ!!」
「ん?」
何か、話がかみ合わないというか、重要な事を見逃しているというか。
俺は寝ぼける頭がいまだに完全に覚醒しないまま、首を傾げた。
「…………んん?」
それから数分後、やっと頭の回転が戻ってきた俺は、自分の住んでいたアパートがまるまる改築されて超高級アパートと化している事に気付き、「なんでさ」と呟いた。
「これこそ我らの新たな門出に相応しいというものだ!!我はいたく感心したぞ!!」
「しかし贅を尽くした建物など、果たして人類に必要なのでしょうか……生活していけるのなら、前の部屋のままでよかったのでは……あのガルガンティア船団のように、古き良き生き方を……」
「そういうのを懐古主義って言うんだよ、サクリファイ。今は今として素直に受け止めよう」
「そーそー!それにテンプティは断然今の方がいいなぁ~!!ほら、前の部屋って狭くてムサくてダサかったし~!それにぃ、ソファーがふっかふっか!!」
「貴様、テンプティ!!埃が立つから子供のような低俗な反応をするのは止めよ!!あと迂闊にミツルに関する悪口を言うとまたアドヴェントが……」
「お仕置きがたらなかったかな、んん?」
「ひぃっ!!た、助けてミツル!!テンプティ、怖いのはヤダよぉ!!」
「結局部屋は広くなっても争いは絶えないのですね……哀しい……」
「ああそうだねー……こいつらの全面的な面倒くささは変わってねぇんだよねー………」
部屋は広いのに、俺の周りだけ人口密度が高い。
コメカミがピクピクするのを自覚しながら、俺は全開バリバリの大放出でため息を吐き出した。
後書き
という訳でWよりクリティック、UXよりユガたんの登場でした。個人的にドクトリンとクリティックの二人の小物臭漂う感じが好きです(笑)
御使いのいる家 ぱ~と5
前書き
実はまだ終わってなかったけど定期更新はしていないシリーズ。
人間誰しも苦しいのは嫌なもんだ。
御使いの連中は人間辞めたマンなのであまり苦しむ事はなかろうが、大絶賛ノーマルヒューマンな俺に風邪などの症状は辛い。寝た方がいいって言われても体キツくて寝れないし、布団に入って汗かけっていう民間療法実はウソだったらしいし、さっさと治ってほしいものに限って治らないこんな世の中じゃポイズンと言う名の風邪薬飲むしかねぇ。
「ミツル貴様ぁ!!たかが風邪の治療に市販の風邪薬を服用しようなどと愚かなことを考えはおるまいな!?水銀を不死の妙薬と思い込んで飲み続けた始皇帝と同等に度し難し!!ええい、この機会に無知な貴様に時代遅れな市販の風邪薬がどれほど危険な劇物であるかをこのドクトリンが……」
「ドクトリン、五月蠅いです。またアドヴェントに絞められますよ?」
「……説明してやろうと思ったが吾輩はこれから町内会があるので失礼する!!」
ドクトリンことハゲは明後日の方向を向きながら病室を後にした。
暑苦しいのがいなくなって我が家に珍しく平和が訪れる。
さて、俺は現在風邪をひいている。夕べのみんなが寝静まった夜に欲望の赴くままにエアコンの温度を12℃に設定しおったテンプティの悪戯と、無駄に高性能すぎるのが仇になって本当に室内気温を12℃まで下げてきたエアコンのコンボプレイは俺の免疫機能に大打撃を与えてくれたらしい。
とりあえずアドヴェント達の診断によると普通に夏風邪らしいので養生している。咳はないが、体がダルい。
永遠の命に興味はないつもりだったが、全身がダルイとちょっとだけ病気しないスーパーボディが欲しくならないでもない。案外エス・テランの人間が人類融合計画を実行したのは、そんな些細な欲望の集合体だったのかもしれない。
不老不死の夢は今の人類も持ち続ける欲求だ。俺たちの文明も気が遠くなるような先の未来では同じ道を辿り、そして新生激おこ連合とかに滅ぼされるという無限ループを繰り返すのかもしれない。ヤな宇宙だ、きっと地球が日常的に滅亡の危機に瀕しているに違いない。
……なんか本当にありそうだが、俺にはあまり関係ない話だろう。
普段役立たずのサクリファイ姉は俺の額にずっと手を乗せており、この手が柔らかくてひんやりしているから凄く気持ちいい。思春期男子としてはドキがムネムネしちゃうべきなんだろうが、俺としてはなんでサクリファイ姉の手がこんなに冷たいのかが分からん。
「なんでサクリファイ姉の手は冷えピタ並にひんやりなんだ?」
「次元力の応用です。更に次元力によって疲労を抑えているので長時間体勢を維持できます。どうです?私でも次元力さえ使えればこのように人の役に立つことも出来るのです!」
「参考までに、他には何が出来るんだ?」
「色々とできますが、アドヴェントに『決してこの本の内容を逸脱しないレベルに抑えるように』と手渡された本を読んだ限りでは他に出来ることはありません。力を持て余して哀しい……」
さっきまでのどや顔から急転直下でしょぼくれてるがいつものことだ。次元力まで持ち出して冷えピタにしかなれないこの人の駄目加減に驚嘆を禁じ得ない。
なお、当人が持っている本には『バアルでも分かる簡単な風邪の治療法 著:柏葉真紀 編:アドヴェント』と書いてある。柏葉真紀……いったい何者なんだ……。
と、部屋の扉が開いて割烹着姿のテンプティがお盆を抱えて入ってきた。
「はーい、お待たせー!御使い印の栄養満点卵粥とお水だよ~♪」
割烹着を着た美少女の介抱……ふむ、中身がテンプティじゃなければものすごく嬉しいのだが、この際贅沢は言うまい。何も知らん奴から見たら美少女と美女に二人がかりで看病されてるわけだし。
諸悪の根源ことテンプティは流石に責任を感じたのか、今日は朝から病人食を作ったりとちゃんと働いている。
ちゃんと働いている。
……………。
いや、ちゃんと働くテンプティというのはもはやテンプティではないのではなかろうか。ふざけてだらけるのが存在意義のテンプティが真面目になったら、もうそれはテンプティではない。アイデンティティの崩壊したティティ(笑)、即ち別物だ。
俺は閃いた。熱があるのになんて冴えた頭脳なのだろう。
「そうか分かったぞ!テンプティ、お前さては顔そっくりな偽物だろ!お前が真面目に働くなんて冷静に考えたら絶対ある訳ないッ!!」
「ヒドッ!?テンプティだって暇な時は働いたりしてたんだよ!?激おこ連合で家事洗濯のお手伝いしてた時期もあるし、信頼と実績の家事スキル持ちだよ!?」
「嘘を言うなっ!!猜疑に歪んだ暗い瞳がせせら笑うわ!例え神に最低野郎と罵られたって俺は絶対に信じないからな!」
「……まー無理に信じてほしーとは言わないけどさ。取りあえず目の前にあるほっかほか卵粥を作ったのがテンプティなのは純然たる事実なわけですよ。いま家にはテンプティと残姉ちゃんとミツルしかいない訳だし」
「んあ?ハゲだけじゃなくてアドヴェントもいねーのか?」
「うん。看病するのに人は3人もいらないだろうから、だって」
「……看病はいいんだけどさぁ、本当に薬抜きで治さないと駄目なのか?」
ぶっちゃけ頭痛いのを誤魔化す鎮痛剤や解熱剤のどっちかくらいは使いたい程度に俺は熱が出ていてしんどい。薬で風邪は治らないが、この苦しみを誤魔化すことは出来るわけで、俺はそれを求めているのである。
「そもそも次元力で病気治せんのか?」
「無理じゃないけどぉ。力加減間違えてうっかりディメンションエナジークリスタルに浸食されてゴジラみたいになっちゃうかもよ?」
図解で説明される手作り感満載の結晶怪獣エル・ミレニウムくん(138.7m)。確かにゴジラみたいになっとる。流石に怪獣になりたいという奇天烈な夢は持っていないのでなんとかテンプティを懐柔したいところだ。
「別の方法でお願いします」
「怨嗟の魔蠍印のナノマシンポイズンいっとく?」
「よく分からんがそれ絶対飲んだら死ぬだろ!」
「それがそうでもないんだなー♪このナノマシンは精神に干渉するから痛みを消すくらいは出来るよ!ただし前のスフィア・リアクターが超ネクラだったから変な副作用あるかもしんないけど!!」
「駄目だこりゃー!」
おのれ淫乱ピンクめ、碌なアイテムを持っていやがらねぇ。しょうがないから自然治癒するしかなさそうだ。俺は体を起こし、おとなしく卵粥を食べることにした。
の、だが。
「ちょ……サクリファイ姉の手がモロに邪魔!手ぇどけて!!」
「で、でも私は良かれと思ってあなたの為に冷えピタになりきっていたのですよ?どうしてそんな悲しいことを言うのですか……私には理解できません。善意が伝わらない……誰か太陽炉搭載機とイノベイダーを……」
「オーケー分かったそれなら横じゃなくて後ろから俺のおでこを冷やそうか!」
「こ、こうでしょうか?」
「わー目が超ひんやりするー……って目ぇ隠してどうすんだよ!!『だーれだっ♪』みたいなベタなことしてんじゃない!!」
「ぬふふ……仕方ない、前の見えないミツルに代わってテンプティがアーンして食べさせてあげる!ほら口開けて、アーン♪」
「誰がやるか誰が……アッツ!!ちょ、アツゥイ!!出来たてホカホカすぎて舌火傷するぅ!?」
やっぱり御使いに身の回りの事を任せると碌な事にならねぇ。
ちなみに余談だが、卵粥は超美味しかった。家事出来るんなら普段からやれよ……やれよッ!!
= =
ドクトリンは常に何かに怒っている。
その怒りは割と理不尽なものも多いのだが、時にはこんな面倒くさい人が役に立つこともある。
「へへっ、ピンポンダッシュは楽しいぜ!」
その日、近所に住む悪ガキはピンポンダッシュで近所に迷惑を振りまいていた。
ピンポンダッシュ――それは現代では減少傾向にある子供の悪戯の総称である。名前は地域によって若干のばらつきがあるが、「ピンポン」は家のインターホンを鳴らす音、「ダッシュ」は家主が出てくる前に走って逃げることを意味し、無意味に人を呼び出しては逃走して相手が玄関に出てきたときには誰もいない……という行為によって悪戯がばれるかどうかの狭間のスリルを楽しむことは全国共通である。
だが、やられたほうは迷惑千万。無駄な労力を強いられた挙句に玄関にたどり着いたころには誰もいないのだから腹立たしいものである。そして怒りの体現者たるハゲがこの事態を放っておくだろうか?
答えは否、断じて否である。
「無意味な行為……なんの精神的成長性も合理性も存在しない無駄な行為に勤しむとは強い怒りを覚えるな………!」
「げっ!?ハゲじじぃ!?な、何でここに!?」
「何故だと?愚問だな。御使いたるこの我が貴様如きの愚かしい過ちに気づかぬとでも思うたかッ!!」
説明しよう!ドクトリンは町内会に参加したりゴミ拾いの活動に勤しむ傍ら、素行の悪い人に誰彼構わず説教を垂れる迷惑で厄介なジジイだということで有名なのだ!小学生もすでに何度か説教を受けたことがあるため、その顔は渋面一色だぞ!
「大体貴様は以前にも同じことをガミガミガミガミ!!」
「くそっ、また始まった……逃げろぉー!!」
「ぬ、貴様まだ足掻くか!?その悪の心、度し難し!!待たんかぁッ!!」
数分後。
「どうしていたいけな小学生を追い掛け回して泣かせた!言え!!」
「共に署までご同行願いましょう!!」
「何故だぁぁぁーーーーーッ!?何故こやつらは我が一分の偽りもない説明を理解せぬ!?うぐぐぐ、これだから愚かな旧人類はぁぁぁーーーーッ!!」
現代社会は小学生を追い掛け回す成人男性を不審者と呼び、その光景を事案と呼ぶ。
どこぞのイノベーターではないが世界の歪みを感じずにはいられないドクトリンであった。
※ちなみにピンポンダッシュはあまりにも悪質だと住居侵入罪などの罪に問われることもあるので良い子も悪い子も絶対にマネしちゃだめだぞ!
「へっ、ザマーミロハゲが!……ちぇっ、うぜぇ」
まんまとドクトリンをハメた小学生は、苛立ちを我慢できずに道端の空き缶を蹴り飛ばした。
すると空き缶はいかにも世紀末っぽいモヒカンの男に命中した。
「今俺の頭に缶を投げつけたナメくさり野郎はどこのどいつだオルァッ!?テメッザッケンナコラァッ!!」
「ひぃっ!?お、おれじゃねぇし!おれ知らねぇ!!」
「ンダガキコラァ!!テメェしかいねえじゃねぇかウソついてんじゃねえぞ舐めてんのかオルァ!!オトシマエどうつけんだダラァ!!」
気性の荒いモヒカンに子供の苦しい言い訳など通るはずもない。先ほどのハゲと違って理性もなしに平気で子供に手をかけるモヒカンに己の過ちを知った小学生は震え上がった。こんな時に限って守ってくれる大人もいないのに、周囲をよく見ずに好き勝手した報いが訪れたのだろうか。
恐怖と後悔に苛まれながら迫り来る暴力を前に目を閉じる小学生……しかし、振るわれた拳が小学生に届くことはなかった。
「理性を伴わぬ野蛮な暴力………度し難し!貴様のような男が世界を誤った方向に導くのだ!」
そこに現れたのは光り輝く頭皮を持つハゲ、ドクトリンだった。
ドクトリンの正義の鉄拳がモヒカンにさく裂し、モヒカンは吹き飛んだ。
「ぐっはぁぁーーーーッ!?」
「は、ハゲのおっさん……な、なんでおれを助けてくれたんだ!?」
「あのモヒカンは確かに愚かしかったが、貴様の世に対する甘い認識がなければ危機にも陥らなかった。これからは我が怒りを買わぬよう己を見直して生きるがよい!」
「うわぁぁぁ~ん!!おれ、おれハゲのおっさんのこと誤解してたよぉ~~!!」
こうして少年の間違った精神は正され、無事に事件は解決。
安心して緊張の糸が途切れたのか、その後小学生は暫く泣き続けた。
数分後。
「子供を泣かすだけに飽き足らず一般市民に暴行するなんて信じられんッ!!」
「先ほどは後れを取りましたが今度は現行犯!!町の秩序のため、神妙に縛につきなさいッ!!」
「何故だぁぁぁーーーーーッ!?何故こやつらは我が一分の偽りもない説明を理解せぬ!?うぐぐぐ、これだから愚かな旧人類はぁぁぁーーーーッ!!」
「ああっ、ハゲのおっさぁぁぁーーーーーーんっ!?」
その後、小学生に事情を説明してもらってなんとか豚箱行きを免れたドクトリンであった。
御使いのいる家 ぱ~と6
前書き
ぱ~と5を書いてたら書きすぎたので分割して6にしました。
個人的にはベター止まりの出来栄えかな……。
不思議なことに――ミツルのいるこの世界には異世界からの来訪者が多い。
その先では本来交わるはずのなかった人々が交わることもあれば、再会を果たす者もいる。
今宵、とある居酒屋で3人のコスプレ人間的な何かが再会を果たしていた。
「我等イディクスの幹部が再び一同に会するとはなんと目立たいことか!」
「それもめでたいけどさぁ、むしろアタシらが肩並べてお酒飲んでるって状況がおかしくない?」
「まぁ良いではないか。以前はそれどころではなかったからな」
彼らは上から順にうっかりのイスペイル、なんやかんやで優しいヴェリニー、そして本来なら誰かに憑りつかないとよくわかんない混沌の塊になってしまうという説のあるガズムという。そして彼らは「イディクス」の幹部だったという経歴がある。
イディクス――それは2000年前によく分からん思念体が爆発四散し、どっこい生きてた思念体が世界に散らばった自分の欠片を集めて復活するために創り出した組織である。割と幹部同士の仲は良く、どこぞの出現=宇宙滅亡なトンデモ存在とは似ても似つかないくらい威厳がないことでも有名だ。
なお、その組織は地球人と異星人の連合的な部隊に潰されて現在は存在しない。
これもまた諸行無常。一応沢山の惑星を滅ぼした凄い組織なのだが、もう誰もそんなこと覚えていないしこっちの世界だと「中学時代に考えたオリジナル小説ですか?」と鼻で笑われるレベルの話だ。
「しかしイスペイル、あんた随分見た目スッキリしたわね?前はメカメカしかったのに急に人間みたいなボディになってどうしたの?ライ〇ップ?」
「せんわ!というかラ〇ザップで無機物が収縮するかッ!ブライシンクロンシステムのちょっとした応用なら出来るかもしれないかなッ!」
「というかもうそのヘルメットがなかったらイスペイルかどうか判別がつかんぞ」
「いや声で分かれ!2000年一緒に仕事してきただろッ!!」
もともとのイスペイルはザ・メカ怪人といった感じにゴテゴテのメカメカだったのだが、現在のイスペイルは顔だけゴテメカヘルメットを被って他は建築業やってそうなマッチョ野郎になっている。イスペイルは思念体に生み出された下位思念体でありその中核は研究者などインテリ連中の負の感情の筈なのだが、見事に肉体がキャラ付けと逆行していた。
「で、結局なんでよ?」
「実はこの体、シエロってオッサンに限りなく人間に近い形に改造されたんだよ……あれは今から数年前だったかな……」
連合的な部隊の空気が読めない男に倒されて意識を失ったイスペイルは、気が付けば多元世界なる場所にいたらしい。そこで今にも完全に壊れそうなところを『ビーター・サービス』のシエロという暑苦しいオッサンに拾われたという。
そこでイスペイルは意識をアンドロイドに移植され、今の体を手に入れた。
ちなみにこの体、恐ろしい事に機械を用いながらも恐ろしい精度で人間を再現しているのでほとんど人間と違いがないという。シエロの暑苦しくてガテン系な雰囲気がものすごく嫌だったイスペイルだが、この技術力に度肝を抜かれて技術を盗むためにシエロに弟子入り。
その後なんやかんやあって次元修復の光に巻き込まれてここに辿り着くまでずっと協力していたそうだ。途中で地球が滅びそうになったり、地球の時間が停止しそうになったり、地球が征服されたり、地球が滅びそうになったりの波乱万丈大活劇だったという。
「結局あの技術の出どころはシエロのおやっさんではなくエーデルとかいう謎のおっさんだったようだが、研究者としては割と有意義な経験だったな。うん、数十回は死ぬかと思ったが充実した日々だったぞ」
「アンタの周囲おっさんしかいないわね……アタシムサいの嫌い~」
「何だとぉ?そんなこと言う奴にはヒートスマイルかますぞ!!喰らえ、ヒートスマイルッ!!」
キラッキラに輝いた目とサムズアップ、そして筋肉を全面的に強調した全力でムサいスマイルが発動した瞬間、店内の気温が11度、湿度が33%上昇するほどの暑苦しさが吹き荒れた。
「ぎゃああああああ!!やめろ暑苦しい!!夏だぞ!今は夏なんだぞ!!」
「ちょ、悪かったわよ!!悪かったからもうやめてぇぇぇぇ~~~~ッ!!」
「分かればよろしい!じゃ、生ビール追加お願いしまーす!!」
キンッキンに冷えた生ビールをCMかというほど美味しそうにグビグビ飲むイスペイル。その姿にかつて悪の幹部だった頃の面影も、研究者的な面影も全く存在しない。唯のコスプレ系ガテン男である。
……なお、この店は最近サクリファイとカリ・ユガが飲み交わした店であり、二人が現れてからというもの変な人が出没することで周囲に有名になっているので既に店員は何も言わない。言わずもがな、今日の変な人はイディクス3人衆だ。
「大体人の事を色々言うが、俺的にはお前らの現在も気になるぞ。特にガズム!お前、俺たちが思念体だから辛うじて理解できたものの今は誰の体を使ってるんだ?」
ガズムは常に誰かに憑依して活動しているが、イスペイルの記憶が正しければ前のガズムは冴えないサラリーマンみたいなオッサンに憑りついて……いや、幼女だったか?とにかく今とは違う体に憑依していたと記憶している。
しかし現在のガズムは……ガズムは……誰?って感じの銀髪イケメンになっている。
イスペイルの問いに、ガズムは困ったように首を傾げた。
「それがな、俺も良くは覚えておらんのだ」
「は?」
「え?」
「取り合えず、あの忌々しいアトリーム人に負けた俺は気が付いたら宇宙空間に漂っていた。この体はそこで調達したんだ。バルシェム・シリーズという人造人間らしい。中に魂が入っていないものだから勝手に失敬させてもらったものだ」
「はぁ……それから?」
「それなんだ。せっかく体を手に入れたのだからル=コボル様(←イディクスを作った思念体で三幹部の親とも言える存在。もちろん滅んだ)復活に動こうとした……」
「動こうとしたら?」
「宇宙が終わりかけててそれどころじゃなかった……」
「「ファッ!?」」
ガズム曰く、そこはル=コボル全盛期レベルかそれ以上の野郎が二つもせめぎ合ってる上に地球戦力が(笑)レベルの銀河級戦力が大集合しているというとんでもなくカオスな戦況のド真ん中だったそうだ。とにかく生き延びるために銀河中心殴り込み艦隊とかいうのの味方のフリして戦ってたら逃げ場もなくなり必死こいて宇宙怪獣と戦うしかなくなり、ブラックホールに飲み込まれ、そして今ここに至るとのこと。
「アンタら二人とも人生波乱万丈すぎでしょ……」
「しかし、なんだ。生と死の狭間に於いて志を共にする仲間がいるというのは素晴らしいな……ああ、バッフ・クランやゼントラーディの連中は未来を掴めたかな……?」
「お、おいガズム?なんか遠い目してるぞ?昔の陰湿で陰険でル=コボル様復活しか考えていなかった頃のお前はどうした!?」
「ああ……色々と拘りはあったからな。言いたいことはわかる。でもこれからは楽に行こう。宇宙は希望に満ちてるからな――」
「ヤバイ……これヤバイよイスペイル!悟り開いてるよ!!」
「何があった!?お前のいた銀河でいったい何があったんだ!?」
何故か彼の後ろに青髪でモミアゲが特徴的なオッサンのスタンドが見える程に彼はなにかヤバかった。放っておいたらそのまま魂だけ次の宇宙に流れていきそうである。
「ま、まぁ飲め!せっかくだから飲まなきゃ損損!」
「ん?そうだな……せっかく集合したのだからもっと飲むか。清酒いっぱい追加で!」
「しかしヴェリニーよ。俺たちは随分変わったのにお前は全く見た目が変わっておらんな……」
ヴェリニーは簡単に言うと褐色肌でワイルドな獣耳女である。そして体が変ってしまった二人と違ってその外見は全く変わっていないように見える。
「まぁアタシはアンタらと違って激動の時代を生きてねーし。ちょっとソーディアンとかいう宇宙船に住んでる『修羅王』っていう超カッコよくて超強くて超優しい人にお世話になってただけだし」
他の二人と同じく空気の読めないアトリーム人に倒されたヴェリニーは気が付けば『修羅』という集団の住む船の中で倒れており、集団のトップらしい赤髪の青年の世話になっていたそうだ。
最初はプライドの事もあって修羅をぶちのめして支配したろうと考えたヴェリニーだったが、この修羅という集団は全員サイボーグなのかと疑いたくなるくらい戦闘能力が高かったのですぐに断念。詳しい所を伏せつつ事情を話すと親身になって応じてくれ、テレポート装置や次元転移に使えそうなものを色々と与えてくれたという。
しかも修羅王は修羅の王だけあって修羅最強。襲撃してきたヴェリニーに丁寧に機神拳なる拳法を教えてくれたりもするし、とにかく修羅王すごい。修羅王イケメン。修羅王ホレる。……とのこと。
「お前ル=コボル様LOVEとか言ってなかったっけ?」
「アタシ気付いたの……ル=コボル様への愛は言わば『大人になったらパパのお嫁さんになる~!』とか言っちゃう小娘の妄言で、真実の愛は別の所にあると……それに転移装置を使えばいつでもソーディアンに戻れるから遠距離恋愛ドンと来い!あ~ん修羅王様ぁ~♪」
「おいどうするガズム。ヴェリニーが完全にアホの子になってしまったぞ」
「それなんだがなイスペイル。俺ら変化以前に大変重要なことを忘れてる気がするんだ」
忘れている事とは、彼らの存在意義である目的でもあるル=コボルの復活のことである(直球)。
ル=コボルは自身の欠片と幹部たちを吸収することで復活する存在。なので幹部が揃ったら普通その話をするべきだ。彼らもそのために2000年間ノリノリで惑星を破壊してきた筈だ。
ところが彼らは余りに刺激的な体験をし過ぎたせいで肝心のル=コボル復活どころか自分たちが全員同じ相手に倒されていることさえすっかり興味をなくしている。哀れル=コボル。君の出番はもうない。
「まぁ忘れるぐらいだから急ぎの事ではあるまい。んぐっ……美味い!!人間どもめこんな美味いものを日常的に飲み食いしてるのか!羨ましいことこの上なし!!」
「同感だ。こんなことなら俺も機械じゃなくて肉の躰で活動してればよかった。店員さんゴボウの天ぷらとゲソ揚げ、それと手羽先ー!」
「修羅王様はアサクサという土地に執心のご様子……今度の休みはアサクサ行ってお土産買いまくるわよー♪」
こうして悪の三幹部は見事に世俗に染まり切ったままこの街で暮らしている。
「………ところで、イスペイル。俺はこっちに来て日が浅いから金が余りないのだが、会計はいまいくらぐらいだ?」
「何だお前そうだったのか?まぁ代金は俺が立てておくさ」
「すまん、世話になる」
「それより、今アドヴェントという男が俺達のような人材を集めて会社を作ってるんだ。お前行ってみたらどうだ?」
住民ナンバー03,「イスペイル」
マスクマンとして近所の子供たちから妙に人気がある元イディクス幹部。
何気にル=コボルから謎の独立を果たし万々歳で人間生活を謳歌中。
地元のリフォーム会社で爆発的に出世中で、将来は社長。
密かに自分の被っているマスクを量産して売る計画を立てている。
住民ナンバー04,「ガズム」
謎のイケメン肉体を手に入れ、使命もすっかり忘れた元イディクス幹部。
終焉の銀河で何かステキなものを見たのか、若干悟りが入っている。
後日、アドヴェントの僕になって色々活動を開始する予定。
ぶっちゃけ三幹部の中で一番影が薄い。
住民ナンバー05,「ヴェリニー」
ケモ耳なのにいまいち萌えないと評判の元イディクス幹部。
獣は強いオスに惹かれるので、スパロボ界で一番生身が強そうな人にホレた。
今では修羅の一人としてカウントされており、偵察活動の名目でこの世界に来ている。
地元のツンデレメイド喫茶で就労中。ニッチなファン多数。
備考
3人は仲良し。結局浅草にも3人で行ったらしい。
後書き
イスペイルがたどり着いたのはスパロボZの世界です。あそこは入り込む余地幾らでもあるし。本編では見えないところで自分が滅びない未来のために超頑張ってた模様です。
ガズムがたどり着いたのは第三次αのラスト付近のパラレルですね。この世界では原作正規ルートと違っていくつか重要なファクターが抜けたために最後の最後でイデが中途半端に発動し、ガズムがアレなことになっています。
また、ヴェリニーが出会った修羅王様は厳密にはOG外伝後の修羅王とはほぼ同じだけど微妙に異なるパラレルワールドの存在です。ほかの人達も大体そんな感じで納得してください(適当)。
【ネタ】キュウべえがエントロピー問題を解消するようです
前書き
昔に呟きで投稿したアレです。
インキュベーターはとある星の生命体である。高度な技術を有し、感情はなく、個が全であり全が個という共通意識の下に行動している。その行動目的は主に増大する宇宙のエントロピーを引き下げる事で宇宙を存続させることにある。
そんなインキュベーター――他種知的生命体の前ではキュウべえを名乗る――は、ある時広大な宇宙の中に「解析不能のモノリス」を発見した。
「ボクたちですら解明できない物質か………」
「分析によるとこのモノリス、計算上では宇宙の誕生以前から存在した可能性さえあるそうだ」
「どこにあったんだ?」
「太陽系第三惑星地球だよ。トゥルカナ湖の底、おおよそ300万年前の地層にあった」
「300万年前……地球人類が文明を築き始めたころと符合するね。関係性は?」
「不明だよ。もしかしたらこのモノリスから放たれる解析不能の波動のせいかもしれないけどね」
「それより、興味深い事が分かったんだ。このモノリス――『ゾハル』と名付けたこれだが、どうやら願望器のような性質があるみたいなんだ」
ゾハルは知性を持った生命体に反応し、特定事象の確率を対象生命体の望む事象を強制的に導き出すことが判明している。更にゾハルはその事象変異によって発生したエネルギーポテンシャル変位――つまりエントロピーを物理的なエネルギーに変換できるそうだ。
エントロピーをエネルギーに変化させる。これはキュウべえからすれば寝耳に水の事態である。
今までキュウべえたちは知的生命体の絶望などの激しい感情をエネルギーとして回収してエントロピー終焉を先延ばしにしていた。これによって宇宙内部で使えるエネルギーの絶対量が増えて宇宙存続の期間が長くなる。そしてこれ以上のエネルギー効率が望めない事から、キュウべえたちの「魔法少女システム」は究極の形だと考えていた。
だが、実際にはどうだ。このモノリスは本来宇宙の寿命を減らすはずのエントロピーを逆にエネルギーに変換するというのだ。エントロピーがエネルギーに変換されるというのは、例えるならば携帯電話を使えば使うほど充電が増えていくようなあり得ない状態。つまり、永久機関だ。
まだ確かなことは言えないが、もしもこのシステムの利用方法を確立できればエネルギーの永劫回帰――つまり宇宙の無限存続だって夢ではない。
キュウべえたちは研究に研究を重ね、ひとつのシステムを作り上げた。
「デウスシステム………とうとう形になったのか」
「知的生命体に反応する性質を利用して『生体電脳カドモニ』を生物と認識させ、さらにカドモニに外部から事象変異内容をインプットする。そうして事象変異によって発生したエントロピーを取り込んだゾハルはエネルギーを放出し、それを仮の器である『デウス』が取り込む。後はカドモニを通してデウス内部のエネルギーを使用すればいい。理論上はこれで完璧だ」
「これが完成すれば、ぼくたちの役割も終わるね」
「いいや、このシステムの防人としての役割が待っている」
「ところで……実験に地球の人間を立ち合わせるって聞いたけど、それはどうしてだい?」
「ああ……もしもカドモニで事象変異を起こせなかった時の事を考えて、ね。それにゾハルは地球にあったんだ。地球人にはぼくたちでは感知できない何かをゾハルから受け取るかもしれない」
これで宇宙が救われる。そう考えるとさしものキュウべえも感慨という名の感情を理解する。
実験に立ち会う少年――鹿目タツヤは、デウスがよほど珍しいのか釘付けになっている。彼が立会に選ばれた理由は、単純に地球で魔法少女をしている鹿目まどかから許可を貰ったからに過ぎない。彼女ももう魔女と戦わなくてもいいかもしれない事を知ると、「そんなスゴイことに立ち会えるのなら」と許可を出した。
そして当のまどかは……『生体電脳カドモニ』としての改造を施され、ゾハルに組み込まれている。カドモニの材料として様々な素材が考えられたが、結局はソウルジェムの輝きがあるかぎり不死身である魔法少女が素体の第一候補に挙がった。理論上はソウルジェムの濁りもゾハルが吸収するため、魔女化の心配もない。使命感の強い彼女は、実験にあっさりと同意してくれた。
そして、実験が開始された。
それが、始まりの終わりで、終わりの始まりだとも知らず。
皮肉にも、感情を排除したことで高度な生命体になったインキュベーターの予想もつかない形でシステムは暴走した。それは言うならば、まどかの残留思念とも呼べる、強すぎる想いが起こした悲劇だった。
「どういうことだ、こんな命令は入力していないよ」
「カドモニだ。カドモニの生体素子とフラーレン素子が自己判断で最も効率のいいエネルギー抽出方法を選んだんだ」
「わけがわからないよ。なぜこちらの命令を遮断しているんだい?」
「向こうはこの方法が最も効率がいいと判断したんだ。人間特有の……『よかれと思って』という奴だろう」
「しかし――では、素体になった鹿目まどかの思念が結論を歪めたというのかい?」
「確率が低い事象であればあるほどエネルギーは得られる。だが――よりにもよって最初から『確率ゼロの事象』なんてメチャクチャだ」
世界があり得ない方向にねじ曲がる、「存在しない筈の事象」。
事象変異の究極系、世界の改変、エントロピーを凌駕した願望がゾハルの波動を強める。
無限に近いエネルギーが荒れ狂い、デウスシステムがキュウべえのコントロールを離れる。
「セフィロートの道が、開く。高次元が、世界に流入する」
《鹿目まどか。お前は何を望み、わたしを波動の場より引きずり降ろした》
『タッくんに………タッくんたち皆に未来が欲しいの。この宇宙に、未来が欲しいの』
「そんな……カドモニに組み込まれた時点でまどかの意識は消滅したはずなのに、何故!」
「………お、ねえ、ちゃ……?」
――そこから先のことを、生き残ったキュウべえ達は知らない。
行き場を失ったエネルギーは暴走し、インキュベーターの本星をも完全消滅させるほどの破壊として宇宙に出現した。デウスシステムは完全に暴走し、その後、事態を知ったキュウべえの生き残りたちが技術の粋を尽くして停止させるまで銀河系を破壊し続けた。
生存者、一名。
名を鹿目タツヤ。
これが、その後数千年に及ぶゾハルを巡った騒乱の最先だった。
後書き
ゼノクロ2待ってます……。
【ネタ】××・オンライン
前書き
これも昔につぶやき投稿したのにちょびっと話を付け加えたもの
VR技術の急速な発達によってゲームの世界に極限のリアリティを表現できるようになった時代。
ある会社によって、人類史上初のVRMMO(仮想現実世界における多人数同時参加型オンライン)RPGが販売された。それまでの消極的なVRゲームとは一線を画す、既存のあらゆるゲームを越えた圧倒的なボリュームを誇る大冒険。日本全国のゲーマーたちがその歴史的瞬間の生き証人になろうとこぞってゲームを買い占めた。
そう、歴史上誰も見たことがない史上最高のゲームが、始まろうとしていた。
『リンク・スタート!!』
= =
この日、キリトはさっそくこのゲームを開始していた。
このオンラインゲームは所謂『探索ゲー』である。広大なフィールド内に散らばったリソースを回収したり、あちこちに存在する原生生物を倒したり、アイテムを収拾したり、見晴らしのいい地形を発見して登録するなど、その行動の自由度は半端なものではない。
同時に、遠い場所で活動を続けるために各地のセーフポイントを発見したり、拠点となる街の設備や問題を解決するなど、『開拓ゲー』としての側面も持っている奥深いゲームだ。キリトはβテスト時から既にこのゲームのあちこちを移動してみたが、拠点の街でさえ構造を把握するのに24時間かかるレベルで大きさが半端ではない。
そう、キリトがこのゲームに抱いた感想は「とにかくスケールがでかい」。この一言に尽きる。
βテスト時でさえ舞台となる大陸を散々駆け回ったプレイヤーたちだったが、そのフィールドの広大さやサブクエストの量の多さに忙殺され、結局大陸の半分ほどしか確認することが出来なかったぐらいだ。しかもスタッフ曰くこの大陸よりも更に巨大な大陸をあと4つ用意しているらしい。キリトは今でもゲームディレクターが「惑星一個作りました。遊んでください」とどっかの雑誌で言っていたのが忘れられない。
しかも、βテスト段階ではサブクエストやメインシナリオ、ボスの配置などが大幅に伏せられた状態での冒険だったため、これから大陸にどんな冒険が待っているのか全く予測がつかないというワクワクもあった。こればかりは発売まで伏せ続けたスタッフに流石だと言いたい。
「さて……そろそろポイントに到着するな」
マップで座標を確認したキリトは周囲開けた場所に移動し、そこで厄介な敵の存在に気が付く。
反射的に岩陰に隠れたのが功を奏したか、向こうはまだこちらの存在には気付いていないようだ。
「ノービス・ルプスか………嫌な場所に居座ってるな」
ノービス・ルプス。ルプス属に分類される、小型恐竜のような四足歩行の原生生物だ。ノービス・ルプスのサイズは5メートル前後とかなりの威圧感だが、他のルプス属の中には10メートルを越える種類も存在する。大陸の原生生物の中でも足が速く、性格は好戦的。視界に入ると即戦闘に突入するが、特別に強いと言う訳ではない。
この時点で既にその辺の雑魚を狩ってレベリングしたキリトはLv.4。対してノービス・ルプスのレベルはおおよそ3~4程度。ソロで十分対応できる範囲だ。
キリトは周辺を素早く見渡し、乱入されそうな生物がいないのを確認すると背中のアサルトライフルを手に握った。現在のキリトの装備はアサルトライフルとナイフの二つ。これは全プレイヤーが初期状態で装備する構成だ。
このゲームにはクラスが存在し、最初はアサルトライフルとナイフを装備する「ドリフター」から始まる。ここから経験値を得ていくことで更にクラスが派生し、どのクラスへ進んだかによって大きく装備品が変わってくる。
今の所キリトが目指しているのは、「ドリフター」から派生する上位クラスの「コマンド」。なんとこのクラスは男の浪漫である『二刀流』だけでなく『二丁拳銃』まで使えるという浪漫の塊のようなクラスなのだ。男キリト、特に『二刀流』には凄まじく惹かれてしまった。
では他のクラスは浪漫がないのかというとそうでもない。「ドリフター」から派生するクラスは他にも二つあり、アサルトライフルはそのままに男の浪漫の一つ『大剣』を装備できる「アサルト」と、これまた男の浪漫である『ビーム大砲』とナイフで立ち回る「フォーサー」がそれだ。
(まったく……このゲームの開発者は浪漫を解しすぎだろ。どのクラスになるかで何度もスレが大荒れになったぞ……)
いや、下らないことに気を割かれている場合ではない。この大陸には「巡回型」というあちこちを動き回っている原生生物もいる以上、キリトが今隠れている場所もずっと安全ではない。意を決したキリトは、戦闘突入前にあらかじめアーツを使用する。
『クロムアーマー』
胸元に手を掲げてそう唱えた瞬間、全身をうっすらとした光が包みこむ。これは一定時間物理防御力を上昇させるアーツだ。このゲームではアーツが通常攻撃以外の『必殺技』のようなもの。一度使用すると再発動までにリキャストが必要だが、防御は早めに上げておいた方がいいというのがキリトの経験則だった。
「……よし、行くぞ!!」
一気に駆け出したキリトはナイフを抜き、こちらに反応しきれていないノービス・ルプスに向かって突き出した。突撃のモーションを自動で検知したシステムが、再びアーツを発動させる。
「スリットエッジッ!!」
『グギャアアアアアッ!?』
ナイフアーツ『スリットエッジ』。敵の側面に命中させると必ずクリティカルになる、初手でよく使われるスキルだ。最初の一撃を成功させたキリトは焦らずにルプスと距離を取り、アサルトライフルでHPを削っていく。
しかし、ルプスもただではやられない。少しずつしかダメージの通らない銃撃に耐えながら、身をかがめて突進してくる。
『ギャオオオオオッ!!』
「クッ!!」
なんとか身を翻すが、カスってダメージを受ける。『クロムアーマー』の加護のおかげで大きなダメージには至らなかったが、直撃すれば体勢が崩れてやりにくくなるので過信は禁物だ。突進が命中せずに減速したルプスの姿を捉えたキリトは再びルプスに肉薄し、ライフルを振りかぶる。
「アサルトハンマーッ!!」
再びアーツ発動。ハンマーのように振るわれたライフルの銃底が、ルプスの足を猛烈に殴りつけた。突進の直後で踏ん張りが利かなかったのか、これに足を取られたルプスは転倒する。
このゲームで「転倒」は非常に強力な体勢異常だ。転倒させれば相手は暫く動けないし、弱点も突き放題。転倒状態の相手に対して威力が増加するアーツもあるし、狙ったタイミングで転倒させれば相手の大技を強制中断させることも出来る。
当然、この千載一遇のチャンスをキリトが逃すはずもない。素早くルプスに銃口を向けたキリトは、更にアーツで畳みかけた。
「こいつでトドメだ!ファイアグレネードッ!!」
ライフルに備え付けられていたグレネード発射機構から射出された弾丸は、動けないルプスに命中して大爆発を起こした。
ややあって、キリトの視界の端に原生生物の討伐を完了したというメッセージが表示される。
経験値とドロップアイテムを回収したキリトは、ポリゴン片となって消えていくルプスを通り過ぎて、やっと所定の場所へたどり着いた。
「さて、あとはここにデータプローブを設置したら今日は終わりでいいか……」
腰に装着させていた近未来的なデバイスを弄ったキリトは『データプローブの設置』を選択する。その瞬間、フィールドに突如として大きな金属製の筒のようなものが出現した。6メートル近くあるだろうか、筒は地面に対して垂直に立つように三脚のようなパーツでがっちり固定されている。
キリトが実行ボタンを押すと、筒の先端が開いて地面にビームが照射され、筒はゆっくりとビームの超高熱で溶かされた大地へ沈んでいく。
この金属の筒はデータプローブといい、この大陸の周辺情報の調査、スキップトラベル(ワープ機能のようなもの)、更には設置したプレイヤーに地下資源の採掘という報酬を与える機能まである貴重なアイテムだ。これを設置することもプレイヤーの重要な任務の一つなのだが――設置を終えて気が緩んだキリトは、背後から来る地響きに一瞬だけ反応が遅れる。
「――?なんだこの地響き……原生生物の群れじゃないな。むしろもっとでかい敵が接近しているような………」
首を傾げながら振り向いたキリトを待っていたのは――全長20メートルを越えようかという超特大の大猿だった。
『グウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
とんでもない巨体の喉から発せられる特大の威圧に、キリトはさぁっと顔を青ざめる。
上半身に四本、下半身に二本の計六本の腕を備えた凶悪な猿の瞳が見下ろしてくる。
これは、多分『シミウス』というゴリラに近い種類の原生生物だ。それは知っている。βテスト時に割と街の近くをうろついている『ジュニア・シミウス』のせいで苦労させられた。思いっきり振りかぶった手から繰り出される強烈な鉄拳の威力と範囲が凄まじく、集団で倒すのが安牌だと結論された敵だ。
だが、βテスト時にはこの辺には出現しなかったし、こんなにも巨大な個体は出現しなかった筈だ。
「まさか………製品版の追加要素か!?くっそ、よりにもよってこのタイミングで!」
連戦はキツイが、出会ってしまった以上は走って逃げるのは無理だろう。原生生物の足の速さとしつこさは半端ではない。故にキリトは既に臨戦態勢に入り、『クロムアーマー』で再び防御力を上げつつ敵の正体を探っていた。
このゲームでは、敵の名前とレベルは相手を注視すればアイコンとして表示される。
そこで、キリトは自分の眼を疑う狂気の表示を目にする。
『【オーバード】縄張りハイレッディン Lv.81』
『Lv.81』
『 レ ベ ル 八 十 一 』
現在のキリトのレベル、4。
目の前の非常識のレベル、81。
そのレベル差――77。
「……ここ、拠点の街のすぐ近くなんですけど……周りの原生生物、レベル高い方でも10くらいなんだけど………えっと、出る所間違えてない?」
直後、縄張りハイレッディンのパンチ一発でキリトのアバターは粉々に砕け散った。
装備品とかクロムアーマーとかそんなもん関係あるかと言わんばかりに、一撃だった。
その後、無言でゲームをログアウトしたキリト――現実世界での名は和人――は、ナーヴギアを脱ぎ捨てて自分の部屋の窓を開き、外に向かって叫んだ。
「………………絶対バグッってんだろコレぇぇぇええええええええええええええッ!!!!」
この日、一人のプレイヤーの一撃爆散と共に、『ゼノブレイドクロス・オンライン』の真の恐ろしさの一つが明るみに出るのであった。
【ゼノクロ】敵が強すぎて爆散したプレイヤーの集いスレpart1
322:名無し
湖の近くにゴジラみたいな化物いるんだけどなんなのあれ(真顔)
323:名無し
≫322
ミレザウロだろ
あいつの足元の敵狩ってたら流れ弾で気付かれて尻尾ぶん回してきた
アバターは勿論 爆☆散 デスペナ軽くて助かったわw
324:名無し
ていうか丘の上のルプス強すぎだろこの序盤でレベル30とかふざけすぎだろwww
そしてルプスの目の前にクエストアイテム設置するスタッフマジキチwww
325:アルゴ
≫324
あのルプス昼は寝てるぞ。観察不足乙
326:クライン
大陸の端っこに群生してるデカイ花に擬態してるフォリウムを見つけて以来、俺は大きな花に近づけない……
327:名無し
≫326
禿同だわ。なんなのあいつら全然見分けつかねーよ悪意しか感じん
328:キリト
≫325≫326
それな。崖の影からどさどさ落ちてくるシルネアも恐怖だけどフォリウムはなまじ見えてるから性質悪い
あとオーバード情報。レベル81のクソザルが町の近く巡回してて爆散させられた
運営に苦情送ったら「仕様だから問題ない」って言われた
329:名無し
≫328
なにそれこわい
・
・
・
444:名無し
この惑星で、生きてゆけと?(震え声)
後書き
XX=XenobladeX=ゼノブレイドクロスという安直なタイトル。
頑張れば普通に続き書けそうな気がする。書かないけど。
【ヒロアカ】ミライセレクト
前書き
旧タイトル「僕らのヒーロー作戦もよろしく!」から続く全話は、色々と考えた結果、一度全部非公開にして書き直すことにしました。これが第一号です。
人は運命に沿って生きている、と俺は思う。
子が親に影響されること。それはその親に元に子が生まれてきたという一種の運命だ。それとは別に「運命的な出会い」などという突然訪れる運命もある。大小性質は様々だが、人々はこの運命に影響されながら、時には運命を共有して生きている。
それは時に楽しく、時に悲しく、そして時々神秘的にさえ思えるほどに複雑に絡み合いながら一つの道筋を形成してゆく。
そういう意味で、「ヒーロー」は実に数奇な運命を辿っている場合が多い。
強靭な精神力と「個性」という超常的な力で気に入らない運命を力づくで捻じ曲げ、人々の笑顔を勝ち取ろうとする。時にそれは力ある者の傲慢だとも言われるが、俺は何事も貫き通せば王道になると思っている。
俺――水落石択矢とは、そんなことを取り留めもなく考える男だった。
俺の個性は『未来視』、つまり未来予知だ。こいつは自由に発動させられないので弱いけど、自分や周辺の危機を察知しやすいという意味では強い。直接的な戦闘能力はないが、便利という意味だ。つまり日常生活では重宝するが、ヒーロー活動にはそれほど向いていない。だから俺は雑誌やテレビ、或いは現場でヒーローの活躍を見るので満足であり、ヒーロー飽和社会の中で無理にヒーローを目指そうとは考えていなかった。
なにより、俺には非常に楽しみにしている物語があったのだ。
『僕のヒーローアカデミア』――『前世で大好きだった俺のお気に入り漫画』だ。
前世の記憶なんて口に出してしまうとイタい奴なので誰にも言っていないが、俺にはそのような記憶がある。何がどうやってこの世界に俺がいるのかはまるで分らない。「第4の壁」的なサムシングなのかもしれないが、真相なんぞ分かる筈もない。案外理由なんてないのかもしれないと思っているので気にしてはいないが、とにかくそう言う事だ。
だから俺は物心ついたころからデクくんをはじめとする未来のスーパーヒーローたちの物語が楽しみでしょうがなかった。参加するのは流石に無理そうだったが、一ファンとして原作のさらに先を期待しているという訳だった。
よって、目指すのはヒーロー受け取り係などと揶揄される警察官。堅実に働きながらもヒーローに近づく機会があるという割と不純な動機だが、個性が弱いけど世の役に立ちたい人にとってはありふれた選択でもあった。
実家の近くの剣術道場に通ってみたり、エアガンで軽いサバゲにハマってみたり、遊んでばかりいると滅茶苦茶怒るじいちゃんを恐れて勉強したら予想以上に高得点を取って褒められたり……まぁ、充実してたと思う。
――魔が差した、というべきか。
俺はあるとき、デクくんが雄英高校に通う前の海岸清掃トレーニングが行われている粗大ごみ海岸の場所を特定した。今の時期ならデクくんはおそらく凄まじいハードワークを行っている筈だし、運が良ければオールマイトのサインが貰えるかもしれない。そう思った俺は、休みの日を利用して海岸に行き、さりげなーく走り込みをしているデクくんとすれ違った。
瞬間、俺の『個性』――未来視が彼のとんでもない未来を映し出した。
砕けるプロテクター、裂ける繊維。深く切り裂かれた肉から噴き出る致死量の鮮血。
驚愕に目を見開き、吐血で全身を真っ赤に染めるヒーロー風のその青年は、鮮やかな緑髪。
それは――「緑谷出久」の死だった。
のんきに物見遊山を決め込もうとしていた俺の脳に、この未来はメガトン級の威力で響いた。
具体的な内容はまるで分からない。ぼんやりしたイメージからして、そのデクくんのヒーロースーツはデクママ特製の一号とも改修された2号とも違った形をしていた気がするので、かなり未来のことだとは思うが……それでも恐らく今までに見てきた未来から逆算した経験則からして3年以内くらいにそれは起こると確信した。
未来視で見た未来には、ある程度の決定力が発生する。
何かのきっかけで変化させることはできるが、きっかけを自分で作らなければ未来は覆らない。
つまりこの瞬間、俺が何も選択しなければデクくんが死んでしまうことが確定してしまった。
遠ざかっていくデクくんの背中を呆然と見つめ、それが見えなくなってから俺は口元を抑えてうめいた。軽はずみな行動が、最悪の未来を知るきっかけになってしまった。決定的に俺は彼と関わってしまったのだ。
「やるしか、ない……よな?」
そこからの俺の決断は早かった、と思う。
――俺が未来を変えるしかない!!
俺はすぐさま実家に戻って進路を雄英高校ヒーロー科一本に絞った。デクくんの未来を変える為に一番都合がいいのは、彼と同じ雄英高校ヒーロー科のA組にいることだ。割とヴィランに襲われまくるおっかないクラスだが、俺としてはそれを気にする余裕はなかった。
デクくんはオールマイトの力を受け継いでこれからのヒーロー界を牽引していくであろう、俺にとっての希望の象徴。それが死んだら………恐らくこの世界で最後に笑うのは 死柄木弔――どす黒く純粋な悪意の塊だ。そうなったらもう俺の暮らす日本は滅茶苦茶になってしまう。
今になって思えば、あの夢はまさに「俺にとって最大の危険」となる予知だったんだろう。デクくんが死んじゃったらこの「ヒロアカ」の世界は終了したも同然だ。俺は、自分の為にもみんなの為にも、ヒーローにならざるを得なかった。
幸か不幸か、或いは俺のような転生者の影響か、来年度の雄英高校ヒーロー科入試枠が拡大されて36人から44人になっていたのは都合がよかったといえるだろう。俺は直接的な戦闘能力を持たなかったから、只管に体を苛め抜いた。
「入試に必要なのは覚悟と戦闘能力とレスキューポイント……ちぇっ、原作知識がこんなセコイところで役に立つとはな!!」
入試まで時間がない。俺は必死になってヒーロー計画を練りながら未来へ思いを馳せた。
長くなったが、そろそろプロローグはおしまいだ。
ここから始まるのは、俺のデクくん生存を賭けた長い長い戦いの物語だ。
後書き
最初より少しはマシになったかなーとか思ったりしますが、こんな感じに書き直しました。
続きも書き直すかはわかりません。
=入試編= シセンセレクト
入試ロボットは、実はそれほど耐久力が高くない。
これは原作でデクくんがとっくに実証済みの事実だ。といっても本当に脆いのはスピードタイプの1ポイントロボであり、他の射撃タイプとかは正直よく知らない。とりあえず入試で発射された砲弾を蹴り飛ばしてるモブがいたことを考えると必要以上に怖がる代物でもないだろう。
しかし、素手で勝てるかと言われると俺には無理だ。だって生身だもん。殴ったらもれなく俺の拳が真っ赤に腫れて助けておくれと泣き叫ぶこと請負だ。原作デク君は学園祭ロボ・インフェルノで入試の経験を糧に0Pロボの装甲板でぶっ壊していたが、あれをそのまま真似るのは無理だろう。前提として0Pロボぶっ壊さなきゃならない時点で手段と目的が倒錯している。
周囲が大乱闘俺たち人類ブラザーズをやっているさなか、わざと一歩遅れて戦いに身を投じた俺は周囲を見渡し、いい感じのロボ残骸を拾い上げた。4足歩行で大きな尻尾がついた恐竜のような2Pロボ、その尻尾の先端だ。丁度ジョイントが壊れて武器として握りやすくなっているそれを拾い上げた俺は、一度深呼吸した。
「格闘前提の構造なら強度は問題なし……リーチは短いし盾にも使えないけどその分取り回しが利くはずだ」
俺は今回の入試をクリアする方法を色々と考えたが、やはりレスキューポイントを積極的に取りにいくのは得策ではないと思った。ヒーローとはエンターテイナーとしての役割も求められる以上、戦いを避けて人命救助しているだけでは地味だ。地味ということは、注目されないからポイントが望めない。だから戦うしかない。
周囲に耳を澄ませ、敵の多い激戦区に足を運んだ俺は、腹の底に力を込めて駆け出した。
「うっらあああああああああああああああああッ!!!」
『標的捕捉!ブッ殺ス!!』
1Pロボ――狙うは脆い胴体。腕に握られた装甲を全力で踏み込みながら横薙ぎに振り抜く。ドギャアッ!!と酷い音を立てて装甲がロボにめり込み、ロボの動きが停止する。電気系統がイカれて壊れてくれたらしい。
これでやっと1ポイントだが、俺の近くにいるのを発見した将来のA組――ミスターしょうゆフェイスの瀬呂は既に得意のテープで複数の敵を絡めとっている。
「へっ、なんだコイツら戦ってみれば意外と動きがトロいじゃん!!」
余裕さえ感じさせる瀬呂は肘から次々に大きなセロテープを発射してロボを次々に拘束、行動不能に追い込んでいる。もう10ポイント以上は稼いでると見ていいだろう。流石は過酷な入試を突破するであろう猛者。体育祭ではドンマイコールこそされていたが、この男は普通に強いのだ。
(ったく、羨ましいなぁ汎用性高い個性はさぁ………だけどな、俺も負けちゃいないぜ)
この数か月、俺は既に『個性』の強化に向けて相当の訓練を重ねている。なにせ直接的な行動ではなく未来を垣間見る個性なのでいつ、どこでも使えるものだ。
俺の個性『未来視』には「使った後に眠くなる」ことと「リラックスしてないと使えない」という戦いに全力で不向きな制限があった。日常生活では意図的な発動や連続使用などすることがほとんどなかったからデメリットというほどにも感じていなかったが、俺はそれを無茶して使いまくった。個性を伸ばす原則は使いまくることだからだ。
その結果、俺はこの『未来視』をいつでも連続で発動できるよう鍛えて鍛えて鍛えまくった。その結果いろんな発見や苦労をした訳だが――まぁそれは置いておいて。
目の前に広がる複数のロボットたち。ここは受験者は少なくロボットは多い穴場らしい。
ロボの視線が俺を見る。複数のカメラが一斉に自分を見つめるホラーな状況だが、俺には不思議と不安はなかった。
「悪いが、テメェらの運命を掌握させてもらうぜ」
ぼう、っと視界が蒼く光る。それはイマジネーションからくるトランス状態などではなく、本当に俺の目が光っているからだ。そして光る瞳に映し出すのは、「先の未来」という名の運命。
こちとらマジでなりふり構っていられなくってな。
ガチの邪気眼、見せてやんよ。
= =
相沢消太は、1プロヒーローとして雄英高校の入試をあまり快く思っていない。
それは決して自分の個性がこの入試形式では不利だからという個人的感情ではなく、ただ単純に戦闘力があれば他が欠けていても通ってしまうというある種での不確かさが主な理由だ。加えて、対機械の直接戦闘という限定的な状況下でなければ強力な力を発揮する個性も、この入試方法では必然的に埋もれてしまうという問題もあった。
プロヒーローとして通じるだけの力を持っていながらも相性だけで入試を落ちてしまう。
条件次第では別の科からヒーロー科に転入することも可能ではあるが、それは既にプロを目指した厳しい教育を受けている連中と競い合うという不利な状況からの下剋上……狭き門だ。
暴れるだけの脳筋ばかり有利なこの入試は、極めて合理性に欠く。
(あいつは駄目だな、ペース配分が出来てない。隣の奴はそれなりに頑張ってはいるが、まぁこの試験内じゃあ高得点は狙えない。奥の奴は……記念受験かダメ元の突撃か。遊び半分で来られても迷惑なんだがな)
周囲が「今年は豊作だ」などと盛り上がる中、相沢は冷めた目つきで目に映るヒーロー候補たちを品定めし、切り捨てていく。相沢にとって他人から見てどう映るかや格好いいかなどは2の次3の次を通り越して他人が判断すればいいだけのことであり、自分は自分の目線で子供たちがヒーローになるべきか否かを判断する。その判断に周囲が同調しなかったとしても、それは同じことだ。
ふと競争率の低い穴場スポットを映す定点カメラを見ると、複数のロボットに囲まれてぼうっと突っ立っている馬鹿を発見した。恐怖で足がすくんでいる――訳ではないな、と相沢は判断する。映像越しではあるが、あの少年からはそのような緊張の動作が感じられないからだ。
じゃあ何をしているのか――そう考えた刹那、少年が動いた。
(………特別速くはないが、迷いもない)
自分の個性に絶対的な自信を持っているのか……そう考えていた相沢だったが、次に映った光景に目を見開く。
少年がいきなり手に持っていたロボットの装甲を投擲した。明らかに武器として使っていたはずのそれをいきなり手放すなどセオリーハズレもいいところだ。しかし、そのあと相沢は更に舌を巻くことになる。
投擲された装甲が重装備の3Pロボットのロケットランチャー発射口に叩きつけた直後、爆発。装甲のせいで爆発したのではない。発射されたロケットランチャーが砲身を出る直前に装甲でふさがれたせいで内部爆発を起こしたのだ。逃げ場を失ったエネルギー内蔵する他の砲弾に誘爆した3Pロボットはその一撃で武器を破壊され大きく傷つく。
直後、爆発で跳ね飛ばされたはずの装甲を空中でキャッチした少年が破損した部分に力いっぱい装甲を突き刺した。そして間髪入れずにその場を離脱した瞬間――別のロボットが発射したランチャーがロボットに降り注ぎ、爆発。方法はどうあれ意図的に相手を破壊に追い込んだ場合はポイントになるため、このロボットの破壊は少年のポイントに加算される。
だが、問題はそこではない。
(あいつ、なんて無茶をしやがる。いや、それ以前に――なんだあの異常な先読み能力は?)
最初の投擲で上手くロケットランチャーを封殺していたが、そもそもロケットランチャーの発射に前兆はないから狙って誘爆させるのは音や信号の探知に特化した個性でもない限り不可能だ。しかもあの少年はそれによって起きる爆発で自分の武器がどこに飛ぶのか予めわかっていたかのように跳躍し、さらに一撃。そして、最後に少年の動きに誘導されたロボットの流れ弾で彼はまんまと3Pを獲得した。
攻撃のタイミング、爆発の影響、更にはロボットの敵味方識別機能がゆるいこととその発射タイミングまでもを完全に把握しなければ不可能な動き。にも関わらず、「決して超人的な動きではない」。まるでゲームのルーチンでそう動けば成功することを知っていてタイミングと順路だけ決めていたような、まったく無駄のない機動。
数いる受験生のなかで、それはあまりにも異質な戦い方だった。
(単なる探知能力の高さであれは不可能だな。かといってクソ度胸にしては冷静すぎる)
少なくともこの時点で相沢は少年の個性が直接戦闘系のものではなくもっと内面的なものであることを察したが、実際にどのような力なのかは見当もつかなかった。
装甲を持って離れた少年はそのまま空中でバランスをとって着地狩りを狙っていた1Pロボットに装甲を投擲。きっちりカメラを直撃した装甲によってロボットは機能を停止した。間髪入れずに少年は残骸を蹴り飛ばしてロボットの足についていたジュラルミンっぽいシールドを3Pロボットに投擲し、自分は別の方向へ走る。目眩ましも兼ねた動きで、その手には着地時に再び拾った煤まみれの装甲を握っている。
2体同時攻撃――誘導してクロスカウンターに持ち込み撃破。
2Pロボットの襲撃――別のロボットが割り込むタイミングを見計らって盾に使い、隙をついて撃破。
挙句、破壊された3Pロボットの不発弾を地雷代わりにロボットの足を潰す。
まるでロボットが次にどう動き、自分がどうすれば最良の結果を得られるか知っているかのようだ。
そしてその全てが、見ている側が不安になるほどギリギリ紙一重の連発だった。動きそのものは手早くはあるが素早くはなく、完璧に見切ってるようでいて余裕らしいものは感じられない。
(滅茶苦茶な突進のようで全部計算尽く、と素直に言えん……あんなのは目的地を目指すために高速道路を逆走するようなもんだぞ)
高速道路の対向車線に無理やり飛び出したら、相対速度百数十キロの車の隙間を縫って運転しなければ事故死するだろう。それは決して不可能なことではないが、現実的に考えて目的地までたどり着ける可能性は極めて低いし別の方法のほうが確実性がある。速度を重きに置くなら合理的だが、安定性の面からみれば合理的ではない。
あの少年がやってるのはつまり、リスクを度外視出来ることが前提の戦いだった。
(………どんな個性か知らんが、あの先読み能力は多対一での戦闘も可能にするものだろう。いや、むしろタイマンの方が尚更厄介だ。どっちにしろこの試験には向いていない………)
あれは生身の人間が出来るロボット撃破方法という意味では一般人より断然早いが、攻撃力の高い個性にははるかに見劣りする。現在合格ラインと思われる生徒と彼には既に20ポイント以上の差がついていた。恐らく、あれは落ちる。
どれほど暴れても、どれだけ死線を掻い潜っても。
少なくとも相沢には、モニター越しの少年が焦燥に駆られているように見えた。
(足掻くだけじゃ届かんものもあるが――さて、名前は……)
ヒーローを本気で目指す人間なら、別のヒーロー専門学校にも滑り止めで入試を受けているかもしれない。だがもしも彼が「雄英」に拘って一般入試での入学も視野に入れているなら、後で調べてみるのもいいかもしれない。
恐ろしくリスキーなのにリスクを感じさせない動きで10Pを超える点を稼いだその少年に、相沢はほんの小さな「可能性」を感じ、静かに手元の名簿を開いて彼の名前と受験番号に印をつけた。
(水落石択矢……個性は、『超感覚』?)
――なお、この大胆かつ微妙に寄せた感じの個性偽装は、「レア個性が『巨悪』に目をつけられませんように」と水落石が早い段階でやっていたものなのだが……のちにこの偽装が原因で自分にスパイ疑惑がかけられることを水落石はまだ知らない。南無阿弥陀仏。
=入試編= ヘルプセレクト
人間、頑張ってもダメな時はダメだ。肺がはちきれそうなほど必死に酸素を取り込みながら、俺は残酷な現実というものを悟らざるを得なかった。
「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
瞬間、蒼く光る瞳が水面に映るように揺れた「運命」を俺に見せる。運命のなかの俺は背中にロケット弾の直撃を受けてヤ~なカ~ンジ~に吹っ飛ぶという醜態を晒していた。俺はそれを認識すると同時にその場を横っ飛びにはなれる。瞬間、先ほどまで俺のいた場所に複数のロケットランチャーが着弾して閃光が周囲を照らしあげた。
間髪入れず「運命」が視界に投影。今度は突っ込んで来る敵を躱した後に「転倒させれば後方から来た奴を倒せたのに」と悔しがる俺が映る。その言葉にすぐさま従い体制を低くした俺は目の前から迫る2Pロボットの足を救い上げるように殴りつけた。勢いを殺しきれずにつんのめったロボットと後方から迫った1Pロボが衝突し、ブスブスと煙を上げて行動不能になる。
俺はもう人生で経験したことがないほど個性を連発して暴れまわっている。レスキューポイント稼ぎも兼ねて自分以外の生徒を助けるために残骸投擲はしているが、正直自分の身を守るのに精いっぱいでそれほど点は取れていないと思う。
しかも、これだけ頑張っても自己採点ではまだ20ポイントに過ぎず、しかも僅か6分しかない試験時間はそろそろ終了しようとしている。
(厳しいとは思ってたが、厳しすぎるッ!合格ラインに届くにはおそらく最低でも40ポイントは必要だってのに……もう間に合わんッ!!)
入試成績上位は確か70~55ポイントくらいの戦績だったことを考えると、合格ラインは恐らく40台には乗っていないと厳しい。だからここで骨が折れても30ポイントは稼ごうと必死で足掻いたが、生身でロボットをぶち壊し続けるのは余りにも無理がありすぎた。
俺の力は戦闘向き個性や拘束力のある個性とはまるで性質が違う。ほかの生徒と違って俺はあくまで「生身で可能なロボットの破壊方法」という大きな縛りがある。だから撃破には必然的に時間がかかるし、むしろ点の取り合いであるこの現場で俺がここまでポイントを取れていることが逆に一種の奇跡なのだ。
(※本人は気づいていませんが、水落石があまりに縦横無尽に動きすぎて周囲はロボットに割り込むのを諦めています)
というか、そもそも既に鍛えていたはずの腕がやばい。重量10キロは超えた鉄の塊を武器にしてぶん回していたものだから筋肉への負担が半端ではなく、正直いつ筋が切れても可笑しくないんじゃないかというくらい痛い。両利きなので時々持つ手を変えてはいたが、ロボットをぶち壊す勢いを出し続けた以上負担の大きさは推して図るべし。体力以上に危険な状況だ。
さらに残念なお知らせがある。個性には必ず何かしらのリスクが付きまとうのだが、俺はそれが「凄まじい眠気」という形で現れる。試験前に刺激の強いドリンクを飲んでノリがいい曲を聞いて中二感全開で戦闘に突入したおかげでこれまではアドレナリンがドバドバだったが、流石に5分立て続けに使い続けたツケが微かに俺の意識を奪いつつある。
運命への干渉、その代償は俺が行動できなくなることで支払われるのだ。まったくもって厄介な代償だ。
(くっそぉ………相澤先生じゃねえけどこの試験方法マジで見直してくれよ!俺はここで止まるわけにはいかねぇんだ……クソカッケぇ未来のヒーローが死ぬ運命を、俺は変えなきゃならねぇんだよ!!………ダメだった時のためのプランも用意してあるけどなっ!!)
アツいこと言っておいて何だが、ちゃんとダメだった時のための激セコプランは十重二十重ある。要は自分の代理でA組の誰かに事実を伝えてしまえばいいのである。これでも一応未来は変えられる……相手が俺を信じてくれればという限定条件付きでだが。
「あーあ……せめてどっかに超絶ピンチな女の子とかがいて俺がそれを華麗に助けられたらレスキューポイントガッツリなんだがなぁ」
ま、ないだろう。ダンジョンで出会いを求めるぐらいない。そんなチョロイン侍らせるエロゲ主人公的な展開は現実にはまず起こり得ないわけで、そうつまりデクくんは現実じゃないんだ(錯乱)。――もとい、俺には少なくともそんな瞬間は来ないだろう。
そんなことを考えていると、向こう側から腹の底を叩くような地響きと共に頭おかしいサイズのロボットが接近しているのが見えた。0Pロボットだ。カービィで言うゴルドー的な。そういえば実はカービィシリーズのシャッツォって初代だけ無敵キャンディで撃破可能だったなぁ、などと思い出しながら、俺は自分の不合格を悟った。
やっぱ実際問題、デクくんの運命変えるって無茶あるよな。だって本人がガンガン運命変えていく系だもん。しゃーないしゃーない、次善の策でどうにかしましょ。
「…………て~~~……」
「ん?なんか聞こえるな」
「………けて~~~!」
「……ふむ、親に置いてけぼりにされて助けを求める子猫的な切ない響きを感じるな」
どこかそれなりに近い場所から、女の子の声が聞こえる。この巨大ロボットが迫ってる状況でなんとも情けない声を出しているようだが、どこの誰だろうか。ロボットから逃げている連中かと思ったが、それとは反対方向から声は届いた。
「たぁぁ~~すけて~~~~!!」
「と言われましても、そもそもどこにいるんだ……?」
俺もそろそろ逃げなければいけないし、助けられるなら急いで助けてしまいたいのだが……そう思って周囲を見渡しても、ロボットの残骸とだんだん迫りくるロボットしか見えない。助けろと言われたらとりあえず助けようとするのは人の性だが、見えない相手ともなると一休さんクラスのトンチを利かせないと救出は困難だ。
と、次の瞬間に俺の眼に「運命」が投影された。
映ったのは数人の大人と、残骸の隙間にある血溜まり。
生々しくも人を象ったように広がる朱色を前に、大人たちは沈痛な面持ちで、拳を握り締めている。
『――まさか透明になる個性のせいで気づかれずにロボットに踏みつぶされるとはな……』
『別のロボットの残骸の下敷きになって身動きが取れなかったようだ』
『まったく、全身複雑骨折で済んで運が良かったが、もう彼女にヒーロー活動は無理だな。後遺症が残る』
『葉隠透――惜しい人材を失った。これはヒーロー界の損失だよ』
その手には、どう見て誰も映っていないように見える写真の張られた履歴書があった。
俺は、錆びたロボットのようにギギギと首を回して未来視に映った残骸と同じものを探した。
とてつもなく、嫌な予感がした。俺の予感は「運命」など垣間見なくともよく当たる。
「助けて~~~~!!ちょっ、マジでシャレになんないってアレ!!くぅぅ~~まさか透明だから誰も気づいてない系なの!?なんという殺生!?」
そこに、不自然に空いた残骸の隙間からパタパタ動くフライング手袋を発見した。
………どう見ても葉隠ちゃんです本当にありがとうございました。
「マジかぁぁぁぁぁああああああああああッ!?」
俺は、ロボットが接近していることも残り時間のことも完全に頭から飛んで彼女のもとに駆け出した。
マジでキミ何やってんの!?いや、実質的にA組で体力テスト実質最下位近かったのは知ってるけど、なぜに入試のこんなところで盛大に躓いて再起不能の運命抱え込んでるの!?というかあの入試ロボ、切島たちの「俺じゃなかったら死んでたぞ!」はガチだったんだな!?ギャグじゃないんだな!?いくらリカバリーガールがいるからって雄英無茶しすぎだろ!!
というかこれ、もしかして助けに行った俺も二次被害で死ぬ可能性ある?
いやいやいや待て待て、葉隠ちゃんといえばA組の立派な生徒。しかも、未来を見るにここで彼女を助けそこなうともれなくこの物語から葉隠ちゃん退場の危機である。原作だとまだ出番の少ない人だがこれから何か重要な役目を果たすのは確定的に明らかなわで、ここで潰えるのはどう考えても駄目だろう。
結局のところ、今ここで気づいた俺が助けるしかない。
気づいてて逃げるという選択肢も俺には無理だ。
俺は結局のところ、この世界で必死に生きてる連中が大好きでたまらないんだから――1人だってリタイアさせたくない!!今こそ迸れ俺の転生式エゴイズムよ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
「おおおおお…………おおっ!?隣になんか走ってる人がいる!?」
なんか声が多いと思ったら、真横を謎の男が地響きを立てて走っていた。
体格が高校生とは思えないくらいデカく、地響きのように力強い踏み込みで加速する獣人タイプで頭からかなり強そうな一本角がそびえたったマッスルガイは、俺の見立てではあの哺乳類でもトップクラスに戦闘能力がありそうなサイの個性を持って生まれた存在に見えた。
それは、まぁいいんだけど。………なぜ俺の横を走っている!?
「え、いやいやなんで!?なんでおたくロボット側に突っ込んでるの!?というかそもそもどちら様!?」
「俺の名前は頼野猛角!!あの0Pロボットを見て漢を燃え上がらせた最強の戦士だ!!点数などどうでもいい、敵から逃げるは漢に非ず!!故に俺はあれを仕留める!!しかしまさか俺以外にもアレに立ち向かおうとする猛者がいたとは、俺はお前の漢の心意気に感激したぞ!!」
「ちげーよ!?俺は逃げ遅れの透明少女を救出に向かってるだけで戦う訳じゃないからね!?お前も変な対抗意識燃やしていないで逃げろよ死ぬぞッ!!」
「なぬっ、貴様戦いたいわけではないのか!?しかし細かいことはよくわからんが人命救助の為に巨悪に立ち向かうのも漢の性!!お前を強敵と書いて友と認めよう!!フオオオオオオオオオオ燃えてきたぞぉおおおおおおおおおおおおッ!!!」
駄目だコイツ早く何とかしないと………と思ったものの、もう何とかできる状況でもないし諦めよう。一応あのロボ撃破可能だし、案外放っておいた方が状況が好転するかもしれん。というかあいつ原作ではA組にもB組にもいなかったよな。今年からヒーロー枠広がってるから同級生になる可能性もあるのか。……イヤだなぁ、汗臭そうで。
「人の話まるで聞いてねぇと思うけど前方2時の方角に要救助者がいるから跳ね飛ばしてくれんなよ!!」
「心配ご無用!!俺は直線距離ならオールマイトさえ超えて世界最速最硬最強だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「全然拝聴されていらっしゃらない!?」
幸いというかなんというか、0時の方角にしか突っ走る気のないサイのお方はそのまま0Pロボットに猪突猛進一直線に突っ込んでいった。オールマイトを超えるとはかっちゃん並のビッグマウス……や、かっちゃんは「いずれ超える」だったからかっちゃん以上のジャイアントマウスだな。
冷静に考えてパンチ一発で上昇気流を発生させて雨を降らせた状態でも万全ではないオールマイトを超えるとか無理だと思う。アレ超えるとなると最早どっかのハゲマント並になんないと不可能だ。汝ハゲる覚悟ありや?俺は遠慮しときますが。
「っと、言ってる場合でもないか………おーい助けに来たぞ~!!」
「おお!?殺伐とした世紀末の世界に一筋の光が!!」
「って意外と余裕あるな君!?」
まぁ割と天真爛漫っぽいことは知ってたけど、と内心でぼやきながらも瓦礫をどけると、葉隠ちゃんの全身が――あ、駄目だ割と本気モードだったせいか手袋と靴以外装備してないから全然体勢がわかんねぇ。
「さ、逃げるぞ!立てるか?」
「オッケー!と言いたいところなんだけど……瓦礫で足くじいちゃってちょっと歩くのは無理かな!さらに迷惑かけて悪いけど抱えて行ってくれない?」
「分かった、ちょっと動かないで……」
これ、ガチで見えん。どこが女の子的に触っちゃまずい部分なんだ?ラノベ主人公なら確実におっぱいあたり鷲掴みにしてるぞ。だが俺にはエロゲ主人公的な展開は現実にはまず起こり得ないわけで、そうつまり気を付けていれば何の問題もない!
というわけでたぶんこの辺なら触って大丈夫だろうと思われるあたりを触って抱き抱える。
瞬間――本日もうそろそろ打ち止めにしたい「未来視」が発動した。
『やーん太もも触ってるー!』
『ええっ!?ご、ごめん!避難するまでちょっと我慢し――』
『ウルトラ必殺シリーズ奥義!!グラント・ホォォォーーーーーンッ!!!』
耳を劈く凄まじい轟音と共に、巨大ロボットの前足が砕け散り、バラバラと火花や金属片を撒き散らす。バランスを失った巨大ロボットは不気味なほどゆっくりと体を傾け――水落石と葉隠の真上にすっと影が差した。
『え?』
『え?』
『あっ』
足をぶち壊した頼野が「やっちゃった」って感じの顔でこっちを見て――直後、俺と葉隠は超巨大な鉄の塊に仲良く押し潰された。
場面は暗転し――映ったのは数人の大人と、残骸の隙間にある血溜まり。
生々しくも人を象ったように広がる朱色を前に、大人たちは沈痛な面持ちで、拳を握り締めている。
『まさかあの大型ロボットを転倒させ、それが二人者受験生を瀕死の重傷に追いやるとは………』
『身動きが取れなかった受験生を庇って二人もろとも被害を受けたようだ』
『まったく、全身複雑骨折で済んで運が良かったが、もう二人にヒーロー活動は無理だな。後遺症が残る』
『葉隠透に水落石拓矢――そして責任を感じて入学を辞退した頼野猛角。これはヒーロー界の損失だよ』
そのビジョンを見た俺は、思った。
「またこのパターンだよ(笑)」
「やーん太もも触ってるー!……って、え?何が?」
「ウルトラ必殺シリーズ奥義!!グラント・ホォォォーーーーーンッ!!!」
頼野が吠え、その角がロボットの足を豪快な音を立てて吹き飛ばした。
耳を劈く凄まじい轟音と共に、巨大ロボットの前足が砕け散り、バラバラと火花や金属片を撒き散らす。バランスを失った巨大ロボットは不気味なほどゆっくりと体を傾け――水落石と葉隠の真上にすっと影が差した。
後書き
これといって理由のないEXハードモードが主人公を襲う!
5/16 3時の方角って真横ですやん。修正。
=入試編= シンロセレクト
前書き
9/3 名前ミス修正。
(あ、こりゃもう駄目だわ……)
ゆっくりこちらに傾てくる0Pロボットを見て、葉隠透は自分でも驚くほどのんきに無事な生還を諦めた。あのロボットに踏み潰されたらイタイじゃ済まないと思っていたところに助けが来てホッとしたのも束の間、今度はロボットが倒されてこっちに突っ込んでくるという危機の連続はいっそ笑えて来る。
あのロボットを転倒させるなど予想外もいいところだ。葉隠の鼻先三寸を駆け抜けて危うく踏まれるかと思ったサイの人は凄いと思うけど、せめて転倒させる方向ぐらい考えて欲しかった。
何より無念なのが、たった今葉隠を助け起こしている少年をモロに巻き込んでしまったことだ。助けを求めたばっかりに少年が動き、少年を見てサイの人が突っ込んできた。というかそれ以前にさっきまで残骸の下敷きになってたのも敵ロボにやられそうだった子を庇って巻き添えを食らったからだ。よく考えたくても原因はわりかし葉隠にある。
「今すぐ私を捨てて逃げて………って、もう間に合わないかぁ」
「うん、だから逃げるのは諦めて別の方法にしよっか。大丈夫大丈夫、イケルイケル」
「や、イケないっぽくない!?もしかして『個性』でここを抜け出す……んじゃないよね。ここに来るとき走ってたし、移動に有利な『個性』ならもう使ってるもん」
「まぁね」
「ダメじゃん!!」
常識的に考えて、機動力のある『個性』を持っていたのなら助けに来るときにとっくに使用していたはずである。或いは『個性』の反動の関係でけが人を確保してから使用する可能性もあったが、それも今のあっけらかんとした返事によって可能性が途絶えた。
じゃあどうする気だと疑問に思う葉隠を抱えて数歩歩き、そこで座り込んで葉隠をそっと寝かせた。
そして、葉隠を庇うように彼女の頭を抱えて覆いかぶさった。
「よし!」
「何が!?」
全然行動の意図が分からないけど、これはアレだろうか。死ぬ前の思春期男子が行う儀式なのだろうか。スケベしようやぁ……なんだろうか。ここは庇ってくれてるものと信じたいなぁ、などと願望を抱いている頃には、既に巨大ロボットが衝突する寸前まで迫っていた。
(ああ、今まで極限まで透明になろうとしてきた私の人生の努力や暖かい記憶が走馬灯のように駆けてゆくっ……ってガチの走馬灯やんか!?いやぁぁ~~!!ちょっとタンマタンマ――!)
そして、衝撃。
無防備な葉隠の体は数百トンはあろうかという鋼鉄の傀儡に押し潰されて見るも無残な汚ねぇ押し花に――。
「たんまぁぁぁぁ………ぁれ?」
ならなかった。
衝撃も来たし、視界も真っ暗になっているのだが……体に感じるのは痛みではなく上に覆いかぶさっている少年の体の感触だけである。むしろいっそ「男の子に抱きしめられるのって初めてかも」などという先刻と正反対なちょっぴり恥ずかし気なことを考える余裕まである。
「ふう、間一髪!ロボの図体がデカくて命拾いしたぜ」
「………えーっと、どういう状況なの今?熱い抱擁を受けてるのと暗さのせいで状況が飲み込めないんだけど」
「うん。ちょっと逃げ切れそうになかったからロボットの装甲のデコボコを見極めて助かりそうな隙間に入ったんだよ。ちょっと窮屈かもだけど……んしょっと!」
それって「ね?簡単でしょ?」的なノリで出来ることなのだろうか。少なくともあの巨体を見てすぐに諦めた葉隠にはたどり着けないっぽいことは確実だろう。
もし彼が30㎝でも離れた場所で葉隠を庇っていたら……それ以前に逃げるのを諦めず無謀にも葉隠を抱えて走り出していたら……そんな最悪の未来が待っていたかもしれないというのに、彼は平然と、寸分狂わず「正解」にたどり着いた。
判断力があるとか、観察力があるとか、そういう次元で出来る行動では断じてない。
本当に未来に状況が「そう」なると絶対的に確信していなければ不可能だ。
葉隠の体を抱えたまま少年は屈んだ体勢で前に体を引きずり、やがて外の光が葉隠の眼に視覚情報を送り込んでくれた。どうやら自分たちは本当に巨大ロボットの装甲の隙間にいるらしい。段々と隙間は大きくなり、外へ外へと導く出口のようだった。
がっちり抱きしめられた体勢のまま何を言えばいいのか分からないまま引きずられていると、再び足を抱えてお姫様抱っこの体勢に変わる。直後、試験官のプレゼント・マイクの馬鹿でかく拡声された声が広大な空間に響き渡った。
『終ッ!了~~~~~ッ!!』
かくして、葉隠透は自分でも自覚がないまま運命を塗り替えられ、試験を無事生き延びた。
呆然と自分の上を見上げると、そこには水色の髪を靡かせた少年の満足気な笑顔が待っていた。今もあまり実感が沸かないのだが、彼が駆けつけてくれなかったら自分はあの重量に押し潰されて新でいたのかもしれない。
少年の顔がこちらを見る。太陽の逆光のせいか、その表情はとても眩しくて――。
「キミを助けられてよかった」
オールマイトみたいなそれとは違うけれど、思わず憧れてしまいそうなほどに格好良かった。
「あ、やばっ………個性使いすぎの反動で、眠気が………すぴー」
「え、ちょっと待っ……私抱えたまま寝るの!?しかもこれ寝てるのに手が離れなくてお姫様抱っこ解除されてないし!?なにこれ!?なんなんこの羞恥プレイ!?」
………やっぱり格好良くないのかもしれないと葉隠はすぐに正気に戻った。
なお、この後立ったまま爆睡した水落石の口から垂れた涎が葉隠にかかって悲鳴があがったり、リカバリーガールが飽きれ顔で立ち爆睡中の水落石を蹴飛ばして保健室行きロボに乗せたり、やっと解放された葉隠の下にやってきた頼野が「うおおおおおおお巻き込んですまぬぅぅぅぅぅぅぅッ!!」と地面を叩き割る威力で土下座連弾を開始して地震計が震度4を記録したりといろんな波乱があったのだが………結果だけ言おう。
「肉眼で確認しづらい要救助者に真っ先に気付く観察力と巨大な危機を前に躊躇いなく救助に駆け出す度量……加えて眼前に危機が迫った状況で極めて冷静に生存の為の最善手を打った判断力。彼には素質があると俺は考える」
「時間ギリギリで救助に成功した上に女の子をお姫様抱っこで仁王立ち!これぞヒーローだよなぁ!!俺は気に入ったぜアイツ!!」
合理的に考えてアイツ欲しいと考えたイレイザーヘッドとノリでテンションMAXなプレゼントマイク、他数名からレスキューポイントを37点贈呈された水落石は、実技成績8位となる58ポイントを獲得して見事に合格を果たしのだが………個性多用の反動によるパネぇ眠気と案の定痛めてしまった腕の筋の治療のために全力でダラダラしていた彼は合格通知の存在を暫く忘れてしまっていたのだった。
= =
剣道の道場というのは主に(小手などの道具が)結構臭うというのが昔の常識だったらしいが、現代日本ではそうでもない。
というのも……単純な話、俺の通っている道場を含めて全国で剣道の過疎化が進んでいるからだ。これは『個性』の登場以前からその傾向があったことだが、異能社会となってヒーローが現れてからは特に加速度的に過疎化が進んでいる。
武道とは基本的に己の肉体と精神を鍛え、強くなることを主としている。空手もボクシングもそうだが、これらの武道は球技や陸上などのスポーツと違い、直接的な戦闘技術を以ってして相手を打倒することが求められてくる。
しかし『個性』やヒーローの概念が浸透してくるとこれらの武道はかなり規模が縮小した。位置から肉体を鍛えて技術を覚えるより『個性』を振るった方が手っ取り早く自分が強者になった実感を手に入れられる。そんな幼稚な思想のせいで後継となるべき若者たちが離れていったのだ。
もちろん、無くなった訳ではない。空手、柔道、合気道などは『無個性』の人間が自衛能力を手に入れるための手段として恒常的に存続しているし、むしろ大人になってから『個性』以外の能力を伸ばすために純粋な武道の道へ来る者もいる。ヒーロー志願で武道に励んでいる生徒も決して少なくはない。
そんな状況でもスポーツ界でモロに衰退しているのが剣道だった。
理由は単純で、ヒーローは基本的に剣術を使えるような長物を持っていない場合が多いからだ。派手で強力な『個性』を武器にするヒーローは一種の客商売であり、武装を固めるのは一般市民を威圧してしまうことから忌避される。無論ゼロというわけではないが、一般的に好まれないものなのだから当然剣道の道を志す者は少なくなってしまう。
警察志願の人間でさえ、敵引き取り係になってからは個人の武術が軽視されて剣道の存在意義が薄れている。
まぁ、長々と喋ったが結局何が言いたいのかというと……だ。
「高校進学に伴って引っ越すことにしました。小学校のころから今まで………お世話になりました」
「そうか……進学おめでとう。私の教え子が名門校を通ったと言われると、勉学を教えたわけでもないのに鼻が高くなるな」
冗談めかしてふふふと笑うダンディ師範、「剣終代」に、俺は今までの感謝と誠意、そしてほんの少しの謝意を込めて頭を下げた。師範の手には、俺が払う最後の月謝袋が握られている。
ここは俺の実家の近所にあった唯一の剣道場、「真志真道場」。元々警察官志願だった俺が近所で習い事をしようとして見つけた唯一の武道の道場だ。もしここで基礎体力や動体視力を身に着けていなかったら試験合格は確実に無理だった。
「これでこの道場の門下生は一人もいなくなってしまう。明日から寂しくなるね」
「………俺、公式戦出れなかったですからね。トロフィーの一つくらい取ってれば後輩も出来たんですかね?」
「さあ、どうでしょう。元々不人気でほとんど門下生が居なかったんだ。君が戦いで優勝したところで時間の問題だったんじゃないかと思うよ」
俺は、『個性』のせいで剣道の公式大会に出られなかった。つまり、この潰れかけの道場を再建するようなサクセスストーリーの主役にはなり切れなかったのだ。
俺の個性は表向き『超感覚』という集中力を高める『個性』だということになっている。そして現代の武道では『個性』を使うことが原則禁止されている。とりわけ俺のような発動タイミングが分かりづらい『個性』は勝負の公平性を大きく左右するため、公式試合の参加規程で弾かれてしまっている。炎を出す個性や別の器官を持つ『個性』ならともかく、発動の兆候を掴みづらい『個性』は使用を見逃したり判定に何度も持ち込まれる可能性があるためどうしても公平性を確保できない、というのが剣道協会だか何だかの主張だ。
師範はいつも俺に厳しくも暖かく剣道指導をしてくれた。恩師と言ってもいいし、何とか恩返しできないかと大会の実績以外にも周辺に慣れない勧誘もした。だがまぁ……駄目な時は駄目だった。あの日の夜に師範が奢ってくれた安価ブランドフルーツの「アキラメロン」は、とても甘いのになぜか塩味がした気がした。
……あまり長居は出来ない。引っ越しの準備もある。そろそろ帰ろうか――と、師範がまっすぐな瞳でこちらの名前を呼んだ。
「………水落石くん」
「はい、師範」
「君はこれから非常に厳しい競争社会に飛び込みます。聞いた話では雄英高校ヒーロー科は生徒に見込みがないと判断された場合教師権限でその者を退学処分に追いやることもでき、去年は一クラス丸ごと退学にさせられたということです」
「それは……色々と常軌を逸してますね。入試でさえあのキツさなのにそれ以上を求められるってことですか」
「そうです。雄英に限らず、半端な覚悟でヒーローを目指してはドロップアウトする生徒が後を絶たない。にも関わらず世はヒーロー飽和社会……それが意味するのは、学生時代から始まる終わらない競争です」
真剣な表情の師範を見ていると、原作オールマイトの発言を思い出す。常にトップを目指すものとそうでない者の差は社会に出てから大きく響く、だったか。なぁなぁで妥協しているようではこれからの厳しく危ないヒーロー道は歩めないだろう。
本当に――生半可な道ではない。原作で死刑囚ムーンフィッシュの元に寸断された手が転がっていた時の肝が冷える感覚をリアルに味わうことになるだろう。あれはかっちゃんさえ顔色を変える程の衝撃だった。
「貴方は、そんな厳しい道を最後まで渡り切る覚悟がありますか?」
「……………」
「入試の合格通知が出てからそれほど日は経っていませんね。貴方のことだ、滑り止めで別の学校でも合格しているのでしょう。返事次第ではまだ別の道を選べます。それでも、あなたはヒーローになるのですか?途中で投げ出して人生の時間を無駄にしないとここで誓えますか?」
この人は俺を慮ってこんな厳しいことを言っているのだろう。
本当、もしかしなくても俺の担任より俺の将来を考えてるんだろうな。担任はヒーロー目指すって言い始めたときは「向いてない」って断固反対したくせに、昨日合格したって伝えたら手のひらを返しやがった。プロヒーローへの道を楽観視しているからだ。
しかし、俺だって楽な道じゃないことはとっくに……それこそ他の受験者以上に知ってるんだ。
「――やりたいことがあるんです。そのために通らなきゃならない道なんです」
デク君の死は絶対に回避する。
俺の見た未来を、俺の手で完全に捻じ曲げる。
「壁は多く、大きく、そして厚いですよ?壊せますか?」
「知恵と勇気と、あと剣道でぶっ壊します」
「――決意は固いようだ。もし剣の道に迷ったら私の下を尋ねなさい」
それだけ言って、先生は道場の奥へと歩いて行った。
もう別れは済ませている。俺もまた道場の玄関へ、振り返らずに進んだ。
きっとここへ戻ってくる日は、今日からずっと後になるだろう。
「――ところで水落石くん。君たしか受験勉強の関係で月謝三か月分くらい滞納してなかったっけ。この袋の中身じゃ清算に全然足りないんだけど」
「……………………………師範、事情話したら『じゃあ道場は休むといいよ』って笑顔で言いましたよね?その間来れなかったけど、その分の月謝は抜いてくれるって話じゃなかったですか?」
「やだなぁ、休む休まないは君の自由だけど入会している以上は毎月お金払うに決まってるじゃないですかぁ。……………今月ちょっと厳しいんです。貴方の月謝を頼みの綱にしてたんです。これダメだと先生一日を水道水に砂糖と塩を混ぜたやつで乗り切らなきゃならないくらいキツイんです。私、貴方の恩師でしょ?ね?」
……………。
「はぁ………一応聞きますけど………なんでそんなに懐が厳しいんですか?前は確かルンバ買いたかったからとかほざいたし、その前は何?冬の冷気で給湯器が壊れたから暖房代をケチるためにお酒を買い込んだ結果給給油機の修理代より高くついたんでしたよね?今回こそはちょっとはマシな理由なんでしょうね?」
「あのねぇ、怒らないで聞いてくれる?」
「うん」
「友達との賭け麻雀で思いっきりスられた」
「さもしい貴方に聞いた俺が馬鹿でした。帰らせていただきます」
「あーっ!待って!見捨てないで!だってしょうがないじゃないですか貴方が来ないから収入も仕事もなくて麻雀くらいしかやることなかったんですよ~!!」
「ええい纏わりつくな子供に金をたかるな情けない声で懇願するな鬱陶しい!ぜってーやらねぇからなっ!」
……俺の恩師はたしかにいい人だけど、どこかで決定的にダメ人間だと思う。
ちなみにこの後師範は30分粘ったが、俺が手荷物から投擲したカロリーをメイトする食べ物をオトリに投げると「クマー!」って叫びながら食いついたのでその隙に逃げさせてもらった。
あんなのが恩師な俺って………この原作主人公との差は何だ、と柄にもなく自問した水落石であった。
後書き
剣師範は駄目人間で剣道以外は滅茶苦茶自堕落で情けない人です。
奥さんと娘もいますが、愛想を尽かされ家庭内別居中。イメージ的にはゼノサーガってゲームに出てくるジンさんって人を二回りほど駄目にした感じ………って言っても大半の人には伝わらないか。
=体力測定編= クラスセレクト
ひとまず。
俺が雄英高校の巨大な門をくぐってから最初にやったのは大声で「俺のアカデミアはここから始まるんだ!」とか主人公的なクサい台詞を吐くのではなく、記念撮影の為に写メを取るのでもなく、一直線にクラス割の名前を確認することだった。
「バタフライ効果によるクラスメンバーの変動は見た限りないな……人数は増えてっけど」
原作クラスメイト20人、プラス知らない子3人、プラス俺の計24人。B組も原作面子が全員いるかまでは流石に記憶力の関係でわからないが、4人増えてるくらいだから全員いそうだ。拳藤や鉄哲、物間、骨抜……あ、庄田二連撃もいる。こいつ名前のインパクト凄いよな。
じろじろ見ているとリストの下方あたりに恐怖のサイ男こと頼野猛角の名前を発見した。なんやかんやでB組に入ったみたいだな。あのサイ男とも長い付き合いになりそうだ。
(にしても、A組の追加メンバーが気になるな。「削岩磨輪里」、「砥爪来人」、ええと後もう一人は………「付母神つくも」?これまた凄い名前だな……)
名前から察するに1番目は回転か削岩の『個性』、二人目は爪が何かしら関係しているのだろう。3人目はちょっと分からないが、付喪神よろしく物質に意思を与えるとかかな?うーん………流石に入試を突破した逸材なだけあって『個性』が強そうなのは在り難いが、実際には敵連合のスパイの数が増えたとかそういう可能性も考慮しなきゃならないのが転生知識の辛いところだ。
(そういえばネットじゃ最初青山スパイ疑惑が流れてたけど、後で葉隠説が勢力強めてた……っけ?ま、もうこの件に関してはなるようにしかならんな。原作知識ったってワンフォーオールの逮捕あたりまでしか知らないもんな。犯人なんぞ本当にいるかさえ分からん)
この世が謎に満ちすぎて俺は草むらとか窓とかつついてひらめきコイン集めたい。英国紳士として。実際ひらめきコインって現実にあったら凄いアイテムだよな。あれさえあればこの世のだいたいの謎は解ける気がする。ときどきパズルゲームとかで詰むけど。
というかそもそも、俺はその謎が謎として浮上するまで学園にいられるのか?相澤先生に見込みなし判定受けたら退学して全部元の木阿弥だぞ。デクくんも危うく退学させられかけたここでこの先生きのこれるのだろうか。
「将来に不安しかねぇな」
「うわぁ、試験終了直後に爆睡した人がなんか言ってる……」
「え?………うおっ、透明少女!!」
「おはよう!受験以来だね、よだれ救世主!あの時は助けてくれてありがとっ!」
振り返るとそこには……怪奇!!宙を舞う女子の制服!!――などというボケをかましたくなる透明な少女の姿があった。いや、見えないけど。服があるから辛うじて存在を認識できるとかどことなく悪魔の証明的な雰囲気がある気がする。
「この場合は服が人の形で浮いているから逆説的にそこに人がいると判断できるわけで、服と人間を別に考えるとそこに人がいることの証明にはならない。触って存在が確認できたとして、肉眼での確認ができないのならばそこには何も物質が存在せず、従って人はそこにいないという判断にもなりうる。君は実に曖昧な存在だな」
「よだれ救世主の件を完全にスル―しただけに飽き足らず勝手に人の存在を曖昧でややこしいものにしないでくれるかな!?あとボケをスルーされると地味に辛いんだけど!?」
「はは、ごめんごめん。……ついでに聞くけどさ、ヨダレって何のこと?」
「覚えてないんだ、あんだけ私の素肌にねとねとの液体をふりかけて!どれだけ私の体を弄べば気が済むのよぅっ!!」
「人を変態さんか何かみたいに言わないでくれない!?」
自分の肩を抱いてキッ!とにらみつけてるっぽい雰囲気がある葉隠さんだが、明らかにこっちをからかっている。まぁよだれをかけてしまったのなら素直に謝るべきだろう。なにせ本気モードの葉隠さんはほぼ全裸に近いから、垂れたとしたら素肌に直接かかっている。誰だって他人のよだれがかかっては気分が悪いだろう。
俺はそんなことを考えながら葉隠に素直に謝り、許してあげないと意地悪を言いながらも笑う葉隠と共にA組に歩き出した。なんやかんやで許してもらえそうで一安心だ。罰として焼き土下座とか要求されたらどうしようかと内心不安だったからな。
「ところで名前まだ聞いてなかったよね、葉隠透ちゃん?」
「名前を聞く雰囲気を出しながら先に名前言われた!?てかなんで知ってるの!?」
「いや、名前的に透明になりそうなの葉隠ちゃんしかいなかったからさ」
「???なにそれ、名前占い的なアレなの?」
……そういえばこの世界の住民は自分の名前や名字が『個性』を表してるという自覚がまるでないらしい。まぁマンガの世界だし、それで個性が即バレしていては話が進まなくなるもんなぁ。これはアテにし過ぎるとスパイ疑惑とか読心疑惑が持たれそうだから俺だけの秘密にしておこう。
「俺の名前占いは3割くらい『個性』が当たるべ。ちなみに次からは有料な!」
「わっ、急にクズっぽくなった。あーあ、助けてくれたときは格好いいかもって思ってたのにあなたアレだね。残念なイケメンってやつだね!」
「誠に残念なことにイケメンですらありませぬ。イケメンですらないクズとかただのクズじゃねーか生きている価値がない鬱だ死のう」
「いやいやそんなに落ち込まなくても………って何で無言で窓を全開にしてんの!?これからヒーローになる人の前でヒーロー志願が飛び降り自殺とか色々とシャレになんないから窓の縁から足を下ろそうよね!?」
「止めてくれるな!どうせ俺には未来を変える力なんてなかったんだ!!せいぜい華々しく散って墓場に一輪の花を添えられながら「お前の意志は俺たちが継ぐ!」とか言われるくらいが最高の輝きなんだ!!俺の命は死んでもミームは残る!それこそがタクヤ・オブ・ザ・パトリオット!!」
「意味わかんないしこのままだと誰も意志を継いでくれないっぽくない!?」
……この茶番のせいで二人が危うく入学初日から遅刻しそうになったことを、ここに追記しておく。
= 葉隠透と知り合いになった! =
さてはて学園入学最初の難関となりますのは、ザ・体力測定開始にござい。これでもわたくし剣道を始めそれなりの基礎トレーニングを積んでおりますのでさして悪い成績でもござらん。故に成績最下位は除籍という衝撃の俺ルールも凪のような心で受け流したんでござる。
(要するに偵察タイムだオラァ!!)
今回の偵察は同級生ももちろんだが原作にいなかった3人を重点的に観察することで効率的に情報を収集したい。まずは最初のターゲット、どことなく冷めた態度が焦凍くんに雰囲気だけ似てる茶髪イケメンからだ。イケメン滅ぶべし。理由はない。
彼の名は砥爪来人。
外見は人間だが、犬耳犬尻尾に加えてもっふもふの茶色い毛がイケメン度にかわいさを追加した獣人タイプの可愛い系イケメンである。名前からして爪とかめっちゃ伸びそう……と思っていたのだが、俺の想像はあっさり裏切られた。
「衝撃波の推進力で加速……原理は爆豪がさっきやってたのと同じで………!!」
小さな声でつぶやいた砥爪は、50m走開始と同時に自身の足先をギリッと踏ん張り――瞬間、バァァァンッ!!と大地を抉る凄まじい音を立てて弾丸のように加速した。目にもとまらぬ速度で砥爪はゴール。タイムウォッチを見た周囲が色めき立つ。
「2秒93!!飯田を抜いたぞ!!」
「マジか最速じゃね!?」
「あ、でも速度を殺しきれずにグラウンド端の壁に突っ込んだぞ?」
「ぐはぁッ!?うっ、ぐっ………し、出力調整をミスったか!!」
「マジか格好悪くね?」
「自分の『個性』をコントロール出来てないなんて……スマートじゃないよねっ☆」
どうやら彼も残念なイケメンらしい。デクくんに並んで自分の個性に振り回されている。
しかし、それを除いてもあの個性はかなり強力だ。彼が立っていたスタート地点はあの凄まじい加速の反動で大砲が着弾した後のように抉れている。手加減してこの威力、下手をしたら原作最強クラスの爆豪に迫るかもしれない。
――『個性』、『衝撃波』!!体の鋭角的な部分から衝撃波を放出するぞ!!
――威力が高い反面コントロールが難しく、一歩間違うと自分の体を傷つける諸刃の剣だ!!
で、二人目。
「いくぞ必殺のぉぉっ!!驚天断世究極螺旋滅・臨・弾~~~~~~んッ!!」
最早何が言いたいのかさっぱりわからない叫び声をあげる褐色の少女の掌が信じられない速度で『回転』し、まるで彗星のような速度で空を切り裂く。投げ飛ばした少女は「お~~!」と自分のボール投げの結果に満足そうだったが、想像以上に球の減速が早かったのか次第に不満げな表情に変化していく。
「飛距離、343メートル!!」
「む~!ミスター爆豪に全然届いてないし~!!まだ私のジャイロは完成してないということか!」
などと言っているが、実際には彼女は肩『そのもの』を回転させながら手首『そのもの』を一緒に高速回転し、更には推測も混じるが指も回転させてボールをブン投げた。体格は細めだというのにその無限の回転速度から生み出される投擲は、メジャーにも通用する世界最強のジャイロボールだ。
――『個性』、『回転』!!全身の関節に切れ目があり、そこ起点にドリルのように凄く回る!!
――使い過ぎると体が熱を持ったり回転の反動で大変だ!油分をたくさん取ると回転が良くなるぞ!
削岩磨輪里。
由緒正しきこんがり日焼けの褐色ガールである。背丈は他の女子と変わりないが、黄色と黒の警戒色ヘアーと鼻先の絆創膏がチャーミング。どうやら削岩工事のプロらしく、かなりお転婆らしい。周囲に『ミスター○○』、『ミス××』という独特の渾名をつけている。テンションの高さは葉隠さんに似てる、かな?
「全身回転の個性……ピッチングマシーンみてぇ」
「お、ミスター水落石!今は寝てないんだね!」
「俺だって寝ない時もあるからね?というかヒュノプスって何?」
試験終了直後に爆睡したという葉隠の証言を聞いて以来この子は俺のことを執拗にヒュノプス呼ばわりしてくるが、本当にヒュノプスって何なんだろうか。割と本気で気になるのだが、残念なことに目の前の少女はパワフルかつマイペースなので俺の話を聞いてくれない。世界はいつだって俺に辛く当たる。
「すごいでしょ、回転!でもね、回し過ぎるとジャイロ効果を相殺しきれなくなったりして使いこなすの大変なんだー!バランスを取るために反対の手を回したりもするし!」
「初期のダイ・ガードみたいな悩み抱えてんのね………時にドリル少女よ、ヒュノプスって何?」
「でさー!能力を鍛える意味も込めて熱中したのが人力ドリル回転!!これで裏山の岩盤を抉りに抉りまくって崩落が起きて警察に怒られちゃった!テヘっ♪」
「大事件!?………あと磨輪里さん、ヒュノプスってな……」
「ああーっ!?ミス麗日が飛距離∞出したぁ!?」
自分の記録を塗り替えた麗日さんの元へ磨輪里はダッシュで駆け抜けていった。……個性の回転を生かすために膝から下の脚を回転させる電童的な姿勢で。あの子は将来的に目の中がグルグルになりそうで怖い。
………っていうか結局ヒュノプスって何なんだよ!おせーてくれよ!それとも俺なんか悪いことしたか!?
「ヒュノプス……ギリシャ神話に登場する、夜の眠りを与える神だ」
「ぅおう、常闇!?いつの間に後ろに!っていうか物知りだな!」
「お前が猛烈に教えてほしそうだったからな……しかし、俺としては削岩がギリシャ神話を知っている方が意外だ」
「おお、それは確かに……むしろショベルカーとかダンプカーの種類山ほど知ってそうなタイプだもんな……」
とりあえず、常闇とちょっとだけ仲良くなる切っ掛けを手に入れた俺だった。
さて、気を取り直して最後の一人に行きたかったのだが………ラストワンの付母神つくもさんは残念ながら病欠である。
「入学初日にインフルエンザに感染してグロッキーとは哀れな……いや、体力テストを潜り抜けてるからある意味幸運か?」
「相澤先生ならば恐らく復帰後に個別で体力測定をやらせるのではないか?合理性を主義としているようだが、不平等な真似を己に許す御仁には見えぬ」
「それもそーか……おっ、緑谷が特大記録叩きだしたな」
常闇と喋っている間に、デクくんが700メートル越えのボール投擲を見せた。あれでデコピンとかされたら頭が消し飛ぶなぁ、と思いつつも俺は考える。
夢で見たあの時のデクくんは、多分……いや、確実に死んでいたと思う。後で奇跡の大復活とか無しに、明確に死んでいた。俺の個性で見た未来は、そういうイメージは明確に伝わってくるから間違いない。しかし、原因はまるで分らない。少なくとも俺の読んでいる範囲では、原作にそんなシーンはなかった。ともすれば未来のことかもしれないが……流石に公式でデクくん死亡ENDはないだろう。
ということは、俺が転生者として存在するようにこの世界に原作との差異があると考えるのが妥当だろう。少なくともあの傷跡は死柄木の「崩す個性」やトガヒミコの殺し方ではないように思える。原作で最もデクくんを追い詰めた筋肉超人「血狂いマスキュラー」のやり方でもない。もっと性質の異なる何かを受けた傷だった。
「先生……まだ動けます!!」
「こいつ……!」
オールマイトが草葉の陰からこっそり観察する中、かっこいいヒーロー候補は痛みを堪えて笑って見せる。
ああやって痛いことやつらい事を口に出さずに堪えてみせるデクくんは格好いい。ビジュアルがとかそう言う事ではなく、その生き方がね。………っていうか改めて見るとオールマイト画風違い過ぎて存在感ヤベェ。市原悦子スタイルってレベルじゃねーぞ這い寄る混沌並みだぞ。
さぁて、ここまでは原作通り。この先も100%ではないが、俺も割と必死で頑張ったので最下位ではない筈。何より相澤先生の気が変わったので除籍の話は無しになるだろう。最低でも今日は。
問題はここからだ。俺の能力が殆ど戦闘でアドバンテージがないこともそうだが……第一の難関「USJ襲撃事件」という不確定要素の多い危機を、俺も乗り越えなければいけない。
(俺のクラス編入で未来には必ず差異が生じている……つまり、『なくなる』、『遅まる』は勿論、『早まる』可能性だって産まれるってことだ。更に残念なことを言うと………簡単に変わってくれねぇんだよなぁ、デカい未来は)
運命力か、或いは俺の観測によってそうなるのか、未来には二種類ある。『変えられる未来』と『備えられる未来』だ。『変えられる未来』は比較的小さなアクションで結果が真逆に変わることが多いが、『備える未来』は一個人の力でどうにかできるものではない。
簡単な例えをしよう。
第一話でデクくんがヘドロに捕まる未来を俺が見たとしたら、その未来は簡単に変えられる。
デクくんをヘドロのいない所に誘導するか、出現タイミングをズラせばいいだけだからだ。互いに意識し合った存在でもないし、すれ違わなければ万事解決だ。これが『変えられる未来』。
しかし、ヘドロがオールマイトに捕まる未来を見た場合、状況はまるで変わってくる。
オールマイトはヘドロを追っている。そして正義感も行動力も強力過ぎるオールマイトの正義パワーは、俺みたいな非力な一般人がどんなに頑張って止めようとしても止まらないだろう。一個人では抗いようのない運命の方向性――しかし、ヘドロとオールマイトの逃避行に巻きこまれないように避難することは出来る。変えられない未来……と言うとネガティブになっちゃうので俺は『備えられる未来』と呼んでいる。
で、それを踏まえてデクくん死亡エンドがどっちに分類されるか考えてみよう。
原作より未来のデクくんってことはフルカウルより更に強くなっている訳で、そんなデクくんを即死させるような未来の運命が軽い訳がない。必然的に――EXハードモード!!
もっと将来が明るくなるニュースが欲しい。切実に。
……ちなみに体力測定の結果、俺はなんと峰田以上葉隠以下という非常に底辺の結果に収まった。まぁ、こんなもんだよね………こればっかりはマジで、ね。悔しくねぇし。泣いてねぇし。これは目から汗が出てるだけだし。
「つーか葉隠さんってどうやって入試突破したのか滅茶苦茶謎なんだけど。『透明人間』って戦闘力そのものは普通の人間レベルだよね?そこんとこどうなん?」
「んーとねぇ………途中までロボの破片で殴って倒したりしてたんだけど途中からバテちゃって、後はロボに対抗手段がない子たちの避難手伝ってたら戦闘の巻き添えで倒れて、いつの間にかギリ受かってた!」
「……次は巻き添え喰らわないように気ぃ付けなよ?」
ちなみにその試験会場には砥爪もいたが、あいつも途中でバテて途中まで葉隠さんと一緒に救助活動してたらしい。レスキューPを稼いでの合格なんだろうが、思わぬ謎が解けた瞬間だった。
後書き
だいたい前に書いた分と同じ内容になりました。
=戦闘訓練編= イショウセレクト
前書き
削岩磨輪里
削岩's毛…黄色と黒のしましま。頑張れば回る。
削岩's目…曇りのないパッチリアイ。
削岩's全身…発育はちょっぴり悪く、細身で小柄。
削岩's頭脳…難しい漢字は沢山知ってるが国語力は追い付いていない。
削岩's肌…生まれつきのきれいな小麦色。
あれからクラスメートと自己紹介をし合ったり、デクくんがコペルニクス的転回をしたり、常闇と仲良くなっていつの間にか葉隠と3人トリオになったり色々とあった。そりゃもう騙り切れないほどに色々とあった。………え?語るの字が違う?そらそうでしょう。だって体力測定終わってからまだ数日だよ?そんなに色々と起きてる訳ないじゃん。
とはいえ何も変化がない訳でもない。例えば本人曰く「ハデに転んだ」らしい砥爪がボロボロの姿で学校に現れるという事件があった。顔にはバンソーコー、腕には湿布など、極めつけは頭に巻かれた包帯だ。転んだというより交通事故にあったと言われた方がしっくりくる。
「転んだっておま、頭に包帯巻いてますけどぉ!?」
「転んで切った。よくあることだ。俺はうっかりさんだからな」
「絶対嘘だと言いたいけど体力測定の時を思い出すと一概に否定できねえのが辛いな!ドジキャラかっ!」
体力測定中幾度となくコントロールを誤って自爆寸前の行動をしていた彼にうっかりさんだからと言われてしまうと微妙に否定しづらい部分がある。ただ相澤先生はコントロールとかその辺はデクくん同様厳しく、とっととコントロールしろと注意していたが。
休み明けでそれなので暴れ馬の『個性』を使いこなすための特訓でもしてたんだろう、と俺は勝手に当たりを付けた。実際問題自分の個性をコントロールできていないのは危険だし、砥爪ほど強力な力なら尚更だ。人命救助が大切になるヒーローが『個性』を暴発させて市民や味方に被害を出すなど笑い話にもならない。
が、珍しいことにここでかっちゃんこと爆豪がジロリと超悪い目つきで砥爪を睨んだ。
「転んで頭は打つかもしれねぇが、その爪のケガは何だよ。テメェの爪は転んだぐらいで折れねぇだろうが」
「………まぁ、確かに俺の爪は獣の爪に近い硬さだが、折れるときは折れるさ」
「すまし顔で大ボラ吹いてんじゃねえよ端役が……」
結局爆豪はそれだけ言って不機嫌そうに顔をそらした。この二人、なんか因縁でもあるんだろうか。デクくんあたりにそれとなく探りを入れていたが、お茶を濁された。なお、休み時間にクラスメイト数名に保健室に連行された砥爪はリカバリーガールに相当怒られたそうだ。
他にも、顔を見せていなかった「付母神つくも」ちゃんがインフルから回復して教室にやってきたりした。付母神ちゃんは……なんというか、その、可愛いけど女の子型ロボットだった。厳密にはアンドロイドかもしれないが、顔立ちやスタイルは間違いなく人間なのに近未来的な耳のトンガリパーツや関節パーツがモロに人工物だった。
『3日も遅れて学校に来るなんてあの、その、とても失礼なことかなーなんて思っちゃったりもするんですけど……やっぱり挨拶は大事かなと思って……つ、付母神つくもって言います!』
「ロボっ子キタコレ!」
「引っ込み思案系かよ……より取り見取りすぎてたまらねぇぜ雄英……!!」
「ミスター峰田よだれ垂らしてキッタナーい……」
当の本人は体について、そういう『個性』だと言って控えめに笑っていた。派手な外見をしているものの、本人はマリンブルーの鮮やかな髪を除けばとても大人しいというか、控えめな性格だった。
上鳴が興味本位で「ロケットパンチとかできんの?」って聞いたら『え、皆は出来ないんですか?』と素で返していたあたり、多分相当な天然さんである。
なお、俺の隣の席になったので他の二人の非原作キャラに比べると親しい感じになってきている。
「ロケットパンチ以外には何が使えるのさ?」
『ええと………眼からレーザー吐いたり爪がミサイルになって飛んで行ったりします。へ、変ですか?』
「いや、さすがロボットだなって思ったけど全然変じゃないよ!むしろヒーローとしての『個性』が色々とバリバリ大放出だね!」
『で、ですよねっ!頭や動体を分離させて空飛んだりしても全然変じゃないよねっ!』
(………どうしよう、つくもちゃんの笑顔がまぶしすぎて否定の言葉を言い出せない)
「ええー!首とれるの!?めっちゃ変!!」
『そ、そんなー!』
「うららかさんザックリ行き過ぎぃ!?」
とりあえず、彼女は高い戦闘能力に反してメンタル的な撃たれ弱さにちょっと難があるようだった。
あとこれは純粋な疑問なんだけど………ロボットってインフルエンザにかかるものなのか?ウイルス的な意味でかかってんの?ロボットエンザにかかってロックマン10始まっちゃうんだろうか?
「どうして敵は発生するんだろう?」
ついに俺もエックスと同じ戦いに疑問を抱く境地に……という訳ではなく個人的には「そこは敵じゃね?」というツッコミを期待していたが、何故かそこで轟と常闇が反応した。
「抑制された反社会意識、秩序によって否定される我欲から発生する体制への反発心。ヒーロー飽和時代による犯罪者弾圧体勢の、いわばツケだな」
「光強ければまた闇も深し……世俗から抜け出せぬ現世の住民の宿命だ」
お前らそれはネタなのか、それとも素なのか?……素だな、この二人は。今更ネタでしたと言い出せない雰囲気だったため俺も必死で真面目な顔して二人に合わせるほかなかった。
「なんか一部男子が変なノリになってる……」
「男の子ってああいうノリで格好つけるの好きよね~」
やだ、葉隠とか削岩あたりの生暖かい視線が辛くて死にたい。
= 轟焦凍の好感度が上がった! =
とまぁいろんな変化があったが詳しい話は後に回して、今日からオールマイトの授業が始まる。
「恰好から入るってのも大切だぜ少年少女!!自覚するのだ!!今日から自分はヒーローなんだと!!」
「おお、流石は雄英。コスチュームの機能はバッチリ注文通りみたいだな。腰のスロットに籠手に……なぬ、ダメ元で頼んだ大型十手まで!!」
「んんん~~~マイペースゥゥ!!しかし早速機能チェックして戦いに備えちゃうところは嫌いじゃないよ、水落石少年っ!!」
みんなが個性豊かな衣装を身に纏う中、俺もヒーロースーツを確認していた。ぶっちゃけ俺は個性が戦闘に使えなさすぎるので、ギミックを豊富にして道具に頼ることにしたのだ。考えてみればプロヒーローの『スナイプ』だって銃を使っているんだし、他にもマシンで空を飛ぶ『エアジェット』など、文明の利器的な道具を使うヒーローはいるものだ。
しかしまぁ、流石に軍人のようにバリバリの現行武装みたいなものを担ぎ出すヒーローはいない。前にも言った気がするが、戦争で使われるようなリアルな武器は日常生活を送る市民の皆様に対して大変ウケが悪く、逆に威圧感や圧迫感を与える。だからヒーロースーツの選考時点で没られるギリギリを俺は攻めたのだが、内心で十手は無理かなと思っていた。
が、しょっぱなから武器チェックをし始めた俺にバリバリ肉体派の切島は顔を顰める。拳一つで勝負せんかい!な彼からすれば、さっそく武器を使おうとしている姿がどうにも許せないらしい。
「ンだよ武器頼みか?男らしくねえぞ水落石!!」
「生憎と俺には武器になるほど強い個性がないからねー……ヒーローとしては道具頼みってのは邪道かもしれんが、しゃーないのよ。それに相澤先生も捕縛用のロープ持ってたろ?」
「でもよー、なんつーの?先生のは個性との相乗効果だけど、完全道具頼みのヒーローってちょっと頼りなくねぇか?武器がないと戦えねぇじゃんか」
「スマートじゃないよね♪」
唐突な青山はともかくとして、確かにそれは一理ある。個性が目立たないから武器で固めましたなんてヒーローは人気が出ないだろう。そして人気の出ないヒーローは活躍の場が与えられないとなる訳だ。
だがそれでも………俺には俺なりの考えがあってのことだ。
「俺が格好悪く道具だらけで戦っても、それで助けられる人がいるんならよくね?」
「……………!!」
何故か周囲がにわかにざわつく。なんだ、俺なんか変なこと言ったか?イタ車より日本車の方がいい的な思想なんだが。
よくわからんけど、切島もフリーズしているので意味が伝わらなかったのかもしれんと思い、ちゃんと説明する。
「道具ってのは元々人間がそれまで出来なかったことを出来るようになるために作ったモンでしょ。この道具で人助けが出来れば、それは俺が無理して丸腰装備で駆け回るよりも助かる人が増えるよな。だから、俺はゴテゴテで見映えが悪くたって武器が欲しいし、ヒーローとして間違ったことしてねぇって胸張って言える……それじゃダメか?」
俺が注文したテーザーワイヤーガンや十手、腰のベルトに仕込んだグレネード類、そして周囲と比べれば少々過剰なプロテクター。こいつらが弱い俺を補強してくれれば、生身の俺より格段にやれることが多くなる。勿論生身も想定して多少は格闘技も試してるけど、とにかく大事なのは人を守ることだ。
未来のデクくんだけじゃない。俺だってヒーロー目指してるんだから、辛い思いしてる奴を助けるためにこういう所で変な意地を張りたくないのだ。
と、話を静観していたオールマイトが口を開いた。
「確かにヒーローは人気商売だが、人気を求め過ぎて思考が凝り固まれば本末転倒!水落石少年のように格好よさより堅実さを取るヒーローも意外と少なくないんだぜ!無論武器の程度にもよるが、先生は全然アリだと思う!」
「オールマイト先生……」
「中には知名度の低さを逆手にとって自分の情報を隠匿し、平均的なヒーローより高い検挙率を維持する職人肌もいる……それは決して情けないことではないさ!!」
流石というか、オールマイトの言葉はその一つ一つに力強い説得力がある気がする。長年ヒーロー世界を支えてきたスーパーヒーローのお墨付きをいただいたとなれば、正直俺も満更でもないので少し照れてしまう。
「……水落石!俺はオメェを誤解してたぜ。オメェも心の底はアツい奴なんだな!コイツは友情と謝罪の握手だ!」
「お、おう……」
なにか思う所があったのか、切島は感銘を受けた顔で俺の腕をガッシリ掴んだ。奥の方では更に感銘を受けている飯田がとても個性的すぎて文章に表しきれない手の動きをしている。周囲の視線も妙に暖かいものになって何となく気まずいが、結果オーライということにしておこう。
(まぁ、イザと言う時の事ってのも割と心に刺さったフレーズではあるけどな)
ヒーローは一芸だけでは務まらない、とは相澤先生の言。道具がないと弱いだけ、では確かにお話にならない。タフネスなしに務まるヒーローなど少数だろう。とにかく話の終わって解放された俺は、そんな課題を抱えつつも自然と顔見知りの方へ移動していた。そう、常闇と葉隠だ。
「災難だったな」
「いや、別に……それより常闇のコスチュームは黒マントなんだな。熱くねーの?」
「通気性は問題ない。それに、多少熱かろうとこちらの方が『黒影』が過ごしやすいのでな……」
『居心地イーゾ!!』
「ははっ、そらぁ何よりだ!」
(なんかペットみたいで可愛い……)
マントの隙間から常闇の個性、『黒影』が顔を覗かせた。葉隠以下数名の周囲の人物も似たようなことを考えている。顔は少々厳ついが、喋り方はなんとも愛嬌のある奴だ。
こいつは個性なのに本人から独立した意識を持っているという超珍しい個性でもある。光に弱く闇では暴走とピーキーではあるが、戦いでは頼りになるスタンドみたいなものである。
……ちなみにガチ暴走するとシャレにならない強さなので、その辺の対策として俺はヒーロースーツにスタングレネードを、そして日常生活では常に多目的懐中電灯を持ち歩いている。まぁ、それは単なるサバイバルアイテムの一つなんだけどね。
「ねね、ところで私のヒーローコスについては何かないの?」
常闇の衣装には触れながらも自分がスルーされているのが嫌なのか、葉隠が割って入ってきた。……衣装がどうって、あんたステルス確保のために殆ど服着てないじゃな……。
「えっと………す、素敵な手袋だな!」
「ホント!?これスッゴイ悩んだ奴なんだ~!なーんだ寝てるだけじゃなくて見るとこ見てんだ!」
両手をぶんぶん振り回して喜びの舞いを踊っていると思われる葉隠を見つめながら、俺は何か釈然としない気持ちを覚えた。なんというか、親に嘘をついて褒められる時の内心で「違うんだ」って叫んでる感じ。
「常闇、お前葉隠の衣装どう思う」
「いま、本人がお前に褒められて喜んでいる。真実とは己の胸の内にあればよい……」
「そ、そうね」
喜んでいる姿は顔見えないけどまぁ可愛いし、可愛いってことは正義なんじゃないかなぁと適当に思う。ともかくこれ以上彼女が絡みづらいボケを振って来ないことを切に願う。
「……ところで手袋以外はどうよ!?」
(あ、オワタ)
げに儚きは人の望みなりけり。
後書き
後半はほぼ書き直し前とおんなじです。これでA組オリキャラは全員出しましたね。
砥爪君は過去設定重めなせいで災難に巻き込まれています。ケガの原因もそのうち物語で出せるといいな。恐らく明かされるときは水落石も事件に巻き込まれるときですけど。喜べ水落石君、きみはどうあがいてもEXハードだ。
=戦闘訓練編= ヒヒョウセレクト
前書き
ヒロアカのファンブック読んでたら入試ロボそれぞれの名前普通に書いてありました。これはハズい。
あと設定に乗ってる旧Mt.レディがすごく好みです。
世の中には大なり小なり、孤独な戦いというものがある。
ワンフォーオール取得後のデク君の試行錯誤はまさにそれだろう。あれはオールマイトの圧倒的指導力不足もあるだろうが、個性の詳細を誰にも話せないデクくんはグラントリノ登場までの間ずっと体を壊しながら試行錯誤を繰り返していた。
誰にだって隠し事や秘める思いはある。爆豪は孤独を作り出すことで自分を追い詰め、更なる高みを目指していた。轟くんは、エンデヴァーの息子という逃れえぬ場所から父親を見返すために、他の誰にも干渉できない戦いを続けていた。
兄の復讐に走った飯田。原因を作った狂気のヴィラン、ヒーロー殺しステイン。もっと言えば平和の象徴として常に最強のトップの姿勢を崩さなかったオールマイトも、ある意味では孤独だったのかもしれない。同志がいても、仲間がいても、最終的にその考えが過ちだったとしても、起きてしまうものは起きてしまうのだろう。
そんなヒーローたちの孤独で格好いい戦いを振り返ると、俺にそれをするだけの覚悟があるのかいつも自分に問うてしまう。
入試での戦いは俺にとっての初の実戦だった。戦いが始まったとき、俺はロボットに対してデク君が感じたような恐怖は覚えなかった。だがそれは、前世の記憶などという曖昧な記憶があるからこ、俺は目の前の脅威をどこか現実として捉えていなかったのかもしれない。本気で敵と相対した時も、そのゲーム感覚のような覚悟を続けられるとは俺には思えない。
『未来視』、俺の頼もしくもトラブルメーカーな『個性』。
俺はこの個性の詳細を誰にも話すつもりはない。俺がヒーローとして動けなくなってしまったときならば話は変わってくるが、基本的には友達だろうが親だろうが話さない。何故なら、絶対ではないとはいえ未来予知などという力を持っていることが知れたらロクな結果にならないという「未来が見える」からだ。
孤独な戦いは、俺にだってある。デクくんを殺させないという気の長い戦いだ。
デクくんがいつ、どこで、何の危機に見舞われて命を落とすのか俺には分からない。分かっているのは何もせずに備えていれば『結果』がノコノコやってくるという事だけだ。俺はその未来を知っていながら誰にも喋らずに、何事もなかったかのようにこのクラスで学び続ける。
目標達成がいつになるのかもわからない。
別段デクくんに感謝されるわけでもない。
ただ。
(あえて言うならこりゃ、原作者の堀越さんに対する一方的な恩返しってことになるのかね?)
俺は、俺をドキドキワクワクさせてくれたヒロアカという物語を、途中で崩壊させたくない。
そんな自分勝手で一方的な欲動だけが、俺を戦いに駆り立てる。
= =
原作の内容を微妙に忘れた人の為に、ツーマンセル屋内戦闘訓練の説明を一応行っておこう。
まず2人一組のグループに分けられたクラス内から二チームを選出し、片方にヒーロー役、もう片方にヴィラン役の設定が課される。ヴィラン役は建物内のどこかにランダムで設置された核ミサイルのハリボテをヒーローチームから防衛し、ヒーローチームはそれを奪還するために建物に突入する……という内容だ。
さらに細かく言うと、ヴィランチームの勝利条件は制限時間内までミサイルを護り切る、もしくはヒーローチーム2名を拘束テープで拘束することだ。ミサイルはワンタッチでもされればアウトとみなし、拘束テープは拘束できてなくともとりあえず巻き付いていればよいこととなる。
ここまで言えば察するだろうが、ヒーローチームの勝利条件はミサイルにワンタッチするかヴィラン2名の拘束である。
はっきり言って、ルール的には迎え撃つヴィランの方が有利なものになっている。フェアじゃない言えばそうだが、そもそもヒーロー相手にヴィランはフェアな条件で戦いを挑まないのが普通だから実にヒーロー科らしい訓練だと言えるだろう。
そして………俺たち生徒の目の前では爆豪、飯田、麗日の3名がオールマイトに講評を受けている。うん、勘のいい読者諸君は言わずとも分かっているだろう。デクくんがワンフォーオールの力で腕をバッキバキに折った代償にヒーローチームが大勝利したのである。
「まぁつっても……今戦のベストは飯田少年だけどな!!」
「ななっ!?」
「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」
オールマイトの言葉に蛙吹が首をかしげる。彼女以外にも成績悪い組や熱血組は理由が分からず首を傾げているようだ。確かにヒーローにとっちゃ勝利は絶対条件といってもいいけれど、それは終わり良ければ総て良しとなる訳じゃない。
さあ貴様ら、これから未来の委員長八百万のとってもわかりやすい解説を聞くがいいさ!(←何様だ)
「何故だろうな~~~~?わかるひ………」
「ねーねーたっくんなんでか分かるー?」
……葉隠よ、誰だたっくんとは。まさか俺の名前の拓矢でたっくんじゃあるまいし。俺の方を見ているが俺の後ろにでもいるのかと思って後ろを見たら障子がいた。ふむ、理由はないけどなんとなくたっくん感あるな。
「お前がたっくんか」
「恐らく違うと思うぞ」
「き、挙手制にしようと思ったのに……まぁいいか。葉隠少女のご指名だ!たっくんこと水落石少年、解説どうぞ!!」
「俺なんかいッ!!ってかたっくんて!いつの間にそんなフレンドリーなあだ名つけられてんの!?」
たっくんなんて今までの人生で保育園の先生くらいにしか言われたことがない。葉隠よ、もしかしてさっき衣装褒めで手袋以外が出てこなかった俺を計画的に晒し者にするためにこのタイミングを待っていたのか!?腹黒い、腹黒いわこの子!!たぶん天然だけど!!
「ご指名だよたっくん!」
「言っちゃえたっくん!」
「頼んだぜたっくん!」
「伝染さすな!!」
これと言って意味のない芦戸・削岩・上鳴のアホっぽ三人衆が迫る!……本当に意味ないし恥ずかしいからマジでやめろ。やめないとアレだぞ、無理に難しい言葉を畳みかけてお前らの脳回路を焼き切っちゃうぞ。今よりもっと馬鹿になるぞ。うぇいうぇーいとか言っちゃうぞ。
「そんなに頭悪くないやい!」
「では言うぞ。まず爆豪は訓練開始とほぼ同時に敵側の戦略的優位性を無視して飯田と何の打ち合わせもせずに脱兎のごとく吶喊。挙句に慢心が原因で何度か危うくなるし、大前提であるルールとコラテラルダメージを無視するように広域破壊兵器をぶっはなし。捕縛の隙があるにも拘らず捕縛を怠ったのが災いして緑谷にイニシアチブを取られて結果的に訓練貢献度が最悪だ。はっきり言って、やる気がないんじゃないかと疑いたくなる」
「………うんっ!そうだねっ」
「そうなんだすごいね!!」
「なるほど、そういうのもあるのか!」
笑顔で返事をしている三人だが、耳からもうもうと酸の煙やら放電やら耳そのものが回転したりしているところを見るに最後の一言以外まったく理解できていないようだ。流石クラスのバカツートップ……もとい、削岩を加えてスリートップ。その馬鹿さ加減と馬鹿な子ほどかわいい的なオーラは他の追随を許さない。
まさしく馬鹿者と罵倒されるにふさわしい学力のかわいい馬鹿たちはさておいて、オールマイトから指名があったのは事実だから色々言っておくか。
「そして麗日だが、きみ作戦立案に参加してなかったろ」
「えっ、急にウチ!?………ま、まぁデクくん頼みだったのはあるけど」
「はっきり言うけどあそこで緑谷の提案にアッサリ乗って先に行くのは愚策だと思う。緑谷はたぶん爆豪相手に二人がかりで仕留めきれる確信がなかったから二手に分かれたんだろうけど……」
「それが間違ってたの?」
「うんにゃ、別に間違っている訳じゃない。ただ、麗日はその意見を念頭に置きすぎて自分が爆豪と接触するって可能性を完全にすっぽかしてたでしょ」
結果論的で厳しい言い方になるが、彼女はあの時結構な好機を逃している。その一瞬は訓練ならば笑って済ませられるが、実戦では後になって大きく響くことになるだろう。
「爆豪は緑谷しか見てなかったから最初は慢心のせいで投げ飛ばされてたろ?あんとき君は爆豪に不意打ちして浮かせられる場所に――真後ろっていう格好の場所にいた。そう、あそこものすごく致命的な隙だったんだよね。投げ飛ばされてから起きるまでの間に頑張って触りに行けば間に合ったし、そしたら確保テープも巻けた。結果、短期決着で二人とも悠々と核を探せたんだ」
「確かにな。リーチの長い『個性』や射出系の『個性』がパートナーだったらあそこで決着がついてるようなもんだ」
轟が相変わらずの無表情で同意する。やっぱりエンデヴァーに無理やりとはいえ育てられただけのことはあってあの隙は目敏く見つけていたらしい。麗日の顔色が『個性』使いすぎの酔い以外の要素で悪くなっていくが、中途半端に話を切っても変だから言いきらせてもらう。
「それが出来なかったのは、麗日の予測能力や判断力不足が原因だ。無論気配に気づいた爆豪の機転で失敗する可能性もあったろうけど、それを抜きにしても後半で飯田の面白い姿に素で笑って気付かれたことや核奪取を阻止された時の盛大なすっころび、挙句確保対象に向かって瓦礫のシャワーと迂闊な行動が多すぎた」
「核兵器が爆発でもしたらもうヒーローもヴィランもあったもんじゃないしな」
「ま、本物の核兵器ならあの程度の瓦礫で壊れたりはしないし、核爆発は核分裂物質を臨界に持っていくための精密機械だからむしろちょっと壊れただけで爆発しなくなるんだけどな。言わずもがな放射性物質が漏れて被ばくする可能性があるからおすすめはしないけど」
「なんか恐ろしいこと言いだしたぞコイツ!」
「訓練だからそこまで細かく考えなくていいだろ!そこまで言われるとおっかなくてヴィランも核兵器に触りたくなくなるわ!!」
切島と瀬呂が息の合ったツッコミを入れてきたが、何故かその後ろで八百万と砥爪が「そこまで想定しているとは……一手上を行かれましたわ」とか「次の試験ではもっと爆弾に細かな設定が入るかもしれんな……」とか生真面目な顔で呟いている。おまえら真面目か。真面目過ぎて適当とテキトーの違いを事細かに聞いてきたり言葉の誤用を逐一指摘している文系か。そこまで気を張り詰めてもいいことないから息を抜きなさい。
「で、緑谷。今回はなまじ相手のことを分析して予め知ってたからある程度上手くいったけど……計算尽くだったとは言えコントロール不能の個性ぶっぱなして建物に大穴空けたのが減点だね。あれ、最悪自分に瓦礫が降り注ぐよ。まぁ切れる手札が少ないなかであんだけ作戦を考えたのは一定量評価してもいいと思うけど…………やっぱ『個性』の使用一回につき腕をグチャグチャにしちまうのが、そもそもヒーローとして致命的だよなぁ」
「ああ、それは本人も気にしていたな。相澤先生にもきつく言われたと聞いている」
「ふーん、飯田は緑谷とよく喋るんだな……っと、それはいいとして。戦うたびに自分が要救助者になるんじゃ、助けてるのか助けられてるのか分かったものじゃない。ヒーローは体が資本……可能な限り少ないダメージで目的を達成できないのは未熟者の証に他ならない」
ごめんこの場にいないデクくん。悪いけどボロクソ言わせてもらいました。君の事は個人的にはファンだけど、俺も根っこの部分では相澤先生と同意見なんだ。今の君には限りなく出来ない話なのも知ってるけど……俺、甘やかさないよ。事実は事実だからね。
ただ、デク君への指摘の一部がオールマイト先生の胸をザクザク抉っているのかさっきから濃ゆいスマイルの端っこが微かに震えている。いや、責めてる訳じゃないんですよ?確かに貴方のデク君に対する指導力は心構え以外がボロカスですけど。
「で、最後に飯田だけど………判断、行動ともに状況に合ったものだった。最後の彗星ホームランで怯んだ隙を突かれたのはいいとは言えないけど、あれはそもそもヒーローが犯人の近くにある爆発物に対して行う行為としては不適切すぎるしなぁ」
「全くです。あれは完全に核が本物ではないと分かっているから出来る反則技のようなものですわ。核兵器であるという大前提を忘れていなかった飯田さんが責められる謂れはないです」
「ん。まぁ訓練だからという部分を是にするんであればちょっと柔軟性に欠けるのかもしれんけど、どっちにしろ今回の戦いで一番しっかりしてたのは飯田だったと思う。俺が言えるのはこんな所までかな。どうでしょうか、オールマイト先生」
「…………………私の言うことが無くなってしまう位には、正解だよ……くぅぅ……!!」
「な、なんかすいません」
あんまりにも残念そうにしているので反射的に謝ってしまった俺は悪くない。先生だって悪くない。悪いのは俺をたっくん呼ばわりして空気を読まずに台詞ぶっこんできた透明なアイツのせいだ。許すまじインビジリブルガール。文句の一つでも行ってやろうと歩みを進めようとすると、肩を叩かれた。
振り返るとそこにはミス発育の暴力にして原作台詞をほぼ丸ごと取られた八百万の真剣な表情があった。
「……水落石さん。私は貴方に謝らなければいけないことがあります」
「えっっと、心当たりがないんだけど……何を謝るの?」
「私は水落石さんのことを試験終了後には寝て、授業の合間には寝て、時々食事をとりながら寝ている非常にやる気のない不真面目な生徒だと思い込んでいました。……申し訳ありませんでした」
(ひでぇ。なにがひでぇって俺の行動が間違ってないのがひでぇ……)
頭を下げて謝る八百万だが、むしろ俺が謝りたい件について。
はい、個性の関係でどこでも寝る技術が身についたのでしょっちゅう寝てます。葉隠と常闇にも何度か言われ、寝ているうちにいつの間にかB組の物間にスゲェ敵視されたりしてます。何故ならそう、寝ているという時点で周囲をナメくさってるようにしか見えないからです。
「………実際の貴方はあんなにも深い洞察力で私の言いたかったことを悉く言い当てたどころか、むしろ私以上に真面目にあの4人の考察を語って見せました。正直、悔しかったですわ。でも同時に自分が知らぬうちに思い上がっていたことにも気づきました」
「そ、そうか。まぁ慢心はよくないな。大体悪い結果を運んでくるし」
「はい。なので謝罪と同時に感謝もしなくてはなりません……雄英の栄えある生徒としてあるまじき慢心に気付かせてもらい、誠にありがとうございました!!」
「えぇ………いや、俺別に何もしてな……」
「こうでもしないと私の気が済まないのです!!」
ビシィィィッ!!とジャスト45度に曲がった美しいお辞儀。むしろ俺が悪いのに何なんだこの人は、なぜ俺に頭を下げる。まるで意味が分からんぞ!そして周りの人たちがめっちゃ見てるから頭を上げてください。
「たっくんが百ちゃんを舎弟化してる!?」
「水落石、お前そういう趣味が……」
「あるかっ!あとお願いだからもうたっくんはヤメロォ!現時刻を以って封印してくれぇ!そして八百万も気持ちは十分伝わったから頭上げてくれないかな!?」
「み、水落石さん………こんなにも失礼な私をもう許してくれるなんて、なんと器が広い………!!」
「収集がつかない……い、飯田!なんとかしてこの状況を静め……」
「実はぼ……俺も八百万さんと同じことを考えていた。俺は最低だ。俺にも謝らせてくれ!!」
「ヒィィィィ!!カオスが止まらないぃぃぃぃ!!」
このカオスな空気はオールマイトが大きな大きな咳払いをするまでしばらく続いたのであった。
八百万百の好感度が上がった!!
飯田天哉の好感度が上がった!!
麗日お茶子に苦手意識を持たれた!!
オールマイトに苦手意識を持たれた!!
後書き
ついでに喋りすぎて周囲から「実は絡みづらいヤツ?」って思われてます。自業自得だよね。
おまけ
八百万「あの……」
水落石「ん?」
八百万「私も、その……たっくんって呼んでもよろしいでしょうか……?」
水落石(ものすごく呼んでみたそうにモジモジしてるーーーっ!?)
ピュアセレブのお願いを断り切れなかった水落石はせめて、と「皆が聞いていないときだけにしてくれ」と頼むのだが、これが「二人きりの時はいいよ」と言っているのと同義だったことに気付くのはまだまだ先の話……。
=戦闘訓練編= サクセンセレクト
前書き
私は気付いた……このシリーズ、もしかしなくても「はて迷」と同じく没ストーリーじゃなくなるのでは?
い、いや。大丈夫この小説は不人気だしすぐに飽きて投げ出すさ。そうに決まってる。
ついうっかり二次創作のオリキャラ特有のうざい長話をしてしまったせいで微妙な空気に包まれる中、訓練が再開された。一度は沈下したテンションだが次は盛り上がる筈だ!次のコンビは轟と障子………あっ(察し)。
しばらくお待ちください………。
「轟くんクソ強すぎて勝ち目なかった!!」
「うん、ぶっちゃけ知ってた」
「知ってたんなら言ってよぉ!!」
尾白と一緒に戻ってきてプルプル震えながら涙をこぼす葉隠に俺がかけたのは、慰めの言葉ではなく端的な事実だった。だっていあいつの個性って公式チートみたいなもんだし。右と左でそれぞれの個性の欠点を補う個性出すために命のガチャを相手の同意なしに4回も回したエンデヴァーの狂気染みた妄執しか感じない。
………でも、あの人オールフォーワン戦の最後ではちょっとかわいそうだったな。あれだけ人生を賭けて勝とうとしたオールマイトの弱り切った姿を前にしたエンデヴァーは、いっそ悲痛だった。
オールマイトを嫌ってはいたけど、同時に誰よりその実力を認めていたんだろう。だからエンデヴァーの頭の中でもオールマイトはいつだって最強で、きっと轟が大人になった頃でも最強だろうと信じていたんだ。運命も時の流れも真実も、すべては無常にて無情。果たしてあの後のヒロアカでエンデヴァーはどうなってしまったのか、続きを知らずにここへきた俺には計り知れないことだ。
「………で、なんで轟くんが強いって知ってたの?」
「そりゃあれだよ。名前占いで分かった」
「名前占い万能説っ!?」
そうでなくとも推薦組なんだから強いのはある意味当たり前なのだが、強い事と勝てることはイコールじゃないので彼女を責めるのも酷だろう。轟って『個性』氷だけでも十分チート臭い戦闘能力だもん。俺が正面から戦ったら間違いなく瀬呂と同じドンマイルート確定である。
………今思ったけど、俺って雄英語体育祭詰んでね?轟もそうだけど上鳴とかも相性最悪すぎワロエナイ。開幕ぶっぱの類は未来が見えてても回避できないからマジでお葬式だ。ほーたーるのーひーかぁりーってなっちゃう。
素手で戦わなければならないという条件を考えると切島も詰んでるなぁ、と思ってたら件の切島が意外そうな顔でこっちを見ていた。
「水落石ってバリバリの理論派っぽいのに占いとかするんだな。おめーそういうの信じないクチかと思ってた」
「都合のいいモンは信じる。悪いモンは信じない。そして警戒しろと言われたら取りあえず全力でないにしろ警戒しておく。占いには根拠はないけどムキになって遠ざける必要もないだろ?丁度いい感じに付き合ってればいいんだよ」
「オメーやっぱなんか冷めてるよな……」
うーん………さっき俺のことを「実は熱いヤツ」と称しただけに、自分の評価が実は間違ってたんじゃないかと不安になっているのかもしれない。
なんというか、駄目だな。入学からしばらく経つが、正直クラスのノリ軽い組とはあまり話が出来ていない気がしてならない。葉隠は向こうから過剰に近づいてくるので必然的に喋れるのだが、俺はどうにも「居眠り系インテリ」という非常に奇異なジャンルに分類されつつあるようだ。
何故だ、何故こうなった!?天狗か!?妖精さんか!?ようかいのせいか!?それともゴルゴムの仕業か!?……いいや違うねっ!原因は分かり切っている!
「俺に友達がいないのはどう考えても『個性』が悪い!」
「ほう、俺たちは友達でないと申すか」
「んっんー……ちょっと向こうで、3人でOHANASHIしようか~♪」
「えっ、あっ、ちょっ、今のは言葉のあやというやつででしてね……あや、あややや!?」
あの、常闇さんと葉隠さん?何故に俺の両腕を拘束してリトルグレイのように運搬しているんでしょうか?あの、まだ授業中なんですけどなんでオールマイトから見えない路地裏へ運ばれ……こ の 流 れ は ま さ か 。
……10分後。
「私は友達?」
「ウルトラキュート葉隠ちゃんは裏表のない素敵な友達です!!」
『オレとゴ主人はトモダチか?』
「常闇とダークシャドウは深淵より出でし宿命の戦士にして俺の素敵な盟友です!!」
(葉隠、少々やり過ぎだったのではないか?)
(……なんか私もそんな気がしてきた)
オレハショウキニモドッタガナニカサレタヨウダ。
= 常闇と葉隠との友情が深まった!!(?) =
しばらく、意識を失っていたようだ。
目が覚めたら授業は佳境に入っていた。時間にして10分は気絶していたのか?うーん、仔細が思い出せないが何か恐ろしいものを見た気がする……まぁ、いいか。どうせ寝ぼけてただけだろう。
『Cコンビがヒーロー!Jコンビがヴィランだ!!』
相変わらずオールマイトの発表によって4人の有精卵共が選出された。Cチームって俺のチームだな。あぶねー意識取り戻しておいてよかった。取り戻してなかったら本気の居眠り野郎だからな。
そして喜べ女子共、次の試合は全員男だ薔薇ってBLって腐れるぞ。この世界そこまで腐った人いないみたいだけどね。知ってるかあんたら、昔は腐女子って「頭の腐ったお姉さん」って言われてたらしいぜ。今とあんまり変わらんな。
「うーっし行くぞ峰田ー。勝ち目があるかどうかは別としてなー……」
「うーっす………って戦う前から不吉なこと言うなよぉ!オイラ直接戦闘向いてないんだからお前が頼りなんだからな!」
この作品のスケベとエロ代表なグレープ小人、峰田がズボンの裾をものすごく掴んでくる。確かにこのクラス内では反復横飛び以外の身体能力が滅茶苦茶低いし、しかも峰田の能力はどちらかというと防衛・迎撃向きだから不安になるのも無理はない。
だが峰田、心配することはない。
「頼りってお前、相手はどっちも戦闘力高い瀬呂と切島だぜ?カンがいいだけの俺を主軸に行くのは無茶どころか無謀レベルだ。特に今回のルールだと瀬呂が厄介すぎて勝てるイメージが沸かねーっつうの」
「そこを何とかするのがお前だろ!?頭脳派担当さんよぉ!?」
「いやいや無理無理勝ち目ありません。ぶどうとそうめん装備してタイガー戦車と戦うようなものです。この訓練は早くも終了ですねー」
「プルスウルトラする気概が微塵も感じられねぇ!?」
ぶっちゃけありえない☆(勝ち目が)。
爆豪と真正面から殴り合い出来る超タフネスの切島はこのクラスどころか作中でもトップクラスの耐久力だ。瀬呂は単純に能力の応用性が高くてかなりキツい。正面から戦り合ったら間違いなく負ける上に、相手はヴィラン故に無理して攻めないでもタイムアップ狙いで十分勝利条件を満たせる。切島はともかく瀬呂はその辺の勘定が出来る男だ。
しかし、そんな俺のまっとうな意見に対して周囲からはブーイングが浴びせられる。
「おいおい水落石、あんだけ麗日にズケズケ言っておいて自分がやるときは始まる前から諦めるって無責任だろ。ヒーロー科なんだから逆境くらい跳ねのけろよ!!」
「そーだそーだ!ミスター砂藤の言うとおりだ!!根性なしの臆病者ー!!」
「ね、ね、つくもちゃんもそう思うよね?」
『え、ええ?その、えっと………』
急に話を振られたつくもちゃんがオドオドしている。かわいい。
『けっ、ケガとかなく終われたら一番いいと思うんですけど……ああ、でも勝てないってわかってもピンチの時には前に出なきゃいけないのがヒーローだし……わ、私!お二方をいっぱい応援しますから……プルスウルトラ、ちょっとだけやってみましょ?ねっ?』
「よーっし峰田!いっちょ限界突破やってみますかぁ!!」
「オイラたちのコンビネーションなら絶対やれるぜ!!」
「単純っ!?」
――ああ、男って本当に分かりやすい生き物だと思わないか、峰田。
――お前とは美味いグレープジュースが飲めそうだぜ、水落石。
その日、俺たちは心の友となったのだ。
= 峰田実とソウルフレンドになった!! =
ああいう可愛い子に限って女子に嫌われる率が高いのは何故じゃ。某所のアンケートではジャンプのむかつくヒロインランキングに麗日さんの名前があってマジで唖然としたぞ。あれは詳細不明なんだけど何がどうなってあの結果になったんだろうか?
「で、実際問題作戦とかあるのか、水落石?」
「ん、そうだな……まずは敵の出方でありうるいくつかのパターンを考えて、そこから対策だな」
「………お前、あの時はやる気なさそうにしてたのにやっぱ考えることは考えてんだな?」
「無策だと思わせておいた方が相手の迂闊なミスを誘える。プロでもやってる小細工さ」
べぇ、とおどけて舌を出す俺に「お前意外と悪いやつだな」と峰田は笑った。現在俺たちは試験現場となる場所に移動する少ない時間を使って作戦を立てている。当然相手チームとは違うルートを通っているので情報漏えいの心配はない。
「まず俺が個人的に一番ヤバイと思ってるのが瀬呂の奇襲だ。リーチが長い上に拘束力が高い。こいつが来たら俺たちゃおしまいだ。一応来たら俺の十手で迎撃するが、倒すのは無理だろうな。そんときはお前がどうにか切島を掻い潜るか無力化して核奪取するしかなくなる」
「無茶苦茶言うなよ!!切島とタイマンなんて絶対嫌だぞ!?」
「だから言ったろ、一番ヤバイと思ってるってさ」
峰田のもぎもぎは投擲か設置の二択しかないトラップ系『個性』だが、そもそも切島は運動神経がいいし目もいいだろうから当たってくれない可能性が高い。峰田が素手で戦えるほどの体格と力を持っていたら状況的有利を作って拘束できる可能性があるが、見ての通り峰田は小人なので無理だ。
俺も俺で十手一本で瀬呂とやりあって拘束されない自信はない。1,2分保てればいい方だろう。
「ただ、二人同時に出てくると瀬呂は切島に当てないよう気をつけなきゃいけないから隙が出来る。また、瀬呂のテープはトラップとしても使えるから籠城決め込んでくる可能性もある。俺としては後者が一番勝率があると思うな」
「なんでだ?二人とも強いから苦戦必至じゃないのか?」
「例えばだけど、瀬呂単独で核を守っていたとしたら、瀬呂は攻略に滅茶苦茶時間がかかるようにテープでありったけの罠を仕掛ける筈だ。そしてそれに苦戦している俺たちを尻目に別行動の切島を呼び出せばお手軽挟み撃ちの完成になる」
「うわ、それは確かに詰んでるな。前門の虎、後門の狼ってやつか……」
逆に切島単独で守っている場合、瀬呂が罠設置に全力を注げる上に俺たちが最もしてほしくない瀬呂単独奇襲の確率がグンと上がる。二人とも核から目を離して迎撃に来るってのは……まぁ、サッカーでキーパーがゴールポストから離れるようなリスキーな真似だ。無論それでも勝算はあるだろうが、可能性としては低い。
となると、最大の狙い目はやはり2対2の核部屋での衝突。
「実際、2対2で迎撃された場合くらいしか勝ち目を引き出せない。もし相手がトラップ抜きの立ち回りならもぎもぎをバラ巻きながら乱戦に持ち込めるし、切島を上手く誘導させれば瀬呂の攻撃を大分制限出来る。瀬呂のテープなら入試で見たが、あれは乱戦では誤射の可能性が出てくるからな」
あのテープはコントロールも速度もかなりのものだが、いかんせん室内で使うと直線で進むから味方の動きも制限しかねない。それに――。
「テープトラップは諸刃の剣だ。相手の行動を制限できる分、自分の行動範囲も必然的に制限される。それだけならいいが、そこに同時に切島もいたとすれば、味方殺しを避けるための配慮が必要になる……」
「つまりそれがオイラたちの付け入る隙って事だな!」
「まぁな………言っておくが、あの二人は自分の『個性』を相当使い慣れてるように見えるから付け入る隙は結構狭いぞ」
「それでも勝ち目ゼロよりゃマシだろーが!!」
「まーそりゃそうだ!よっし、詳細詰めていくぞ!!」
こうして俺たちは、時間いっぱい戦い方や迎撃方法について話し合った。
峰田の手前そう言ったが、実際問題勝率は全部の可能性ひっくるめて1割行けばいい所だろう。
だが、ノリとは言え付母神が応援してくれると言っていたのだし、俺がボロクソ批評した爆豪と麗日もこの訓練を見ているのだからせめて意地くらいは見せなきゃならないだろう。
人には負けられない戦いがある。今回の戦いは、それではない。
でも、負けていい戦いだから負けても悔しくないなんてことは絶対にない。
「ちぇっ、口では何だかんだ言いつつも負けたくねぇのバレバレだなー俺はよぉ」
「オイラだって負けるのは嫌だっつーの。せっかく雄英入ったんだからヒーローらしくカッケェことしてーだろ!?」
「分かるわー。なんかガラにもなく燃えてきちまうよな、こういう逆境!!」
ああ本当、男って分かりやすい生き物。
「そして逆境の先にあるモテモテパラダイスを!!」
「いや、そこまでは……」
「ところで葉隠のおっぱいってお前から見てどうなの?」
「おい、そろそろ真面目な話しないと俺たちマジで負けるぞ?」
げに儚きは時の流れなりけり。
後書き
参謀役を強いられる系主人公。原作の2対2訓練は途中からダイジェストなので本人なりに精一杯考えています。水落石終わったら他のオリキャラの訓練をちらっと紹介できたらいいなぁ。
=戦闘訓練編= ネライセレクト
「水落石、どう来ると思うよ?」
「正面突破あるかもな。入試でちらっと見たんだけど、アイツ動きパねぇぞ」
核ミサイルの前で水落石と峰田を待ち構える切島の質問に、瀬呂は真面目な顔で答える。峰田もそうなのだが、水落石の『個性』を把握していない二人の間には結構な緊張感が漂っていた。戦う前はあんなふざけた態度だった水落石だが、少なくとも瀬呂の見立てでは楽して勝てる相手ではない
「マジで?確かに十手とか持ってるけど全然イメージ沸かねーな」
「確かに見た目はフツーだけど、あいつ滅茶苦茶アグレッシブに動くんだよ。ロボットとの戦いでもロボットの動きを利用して別のロボット倒したりさ。なんていうの?柔よく剛を制すじゃないけど周囲のモノを利用して動くのが巧いんだよなぁ」
「つまり強化系の『個性』か!」
「うーん、正直強化系にしてはそこまでド派手な動きはしてなかったから微妙だな」
「努力系かよ?余計に苦戦の予感だぜ」
そして数分後――そこには。
「フハハハハハ!どうだ俺達の完璧なコンビネーション!!」
「ざっけんなコンニャロー!!こっ、こんな卑怯な手ぇ使うとかそれでもヒーローかよッ!?」
「そんな事よりこれ、ちょっ、動けねえんだけど!?あっつ、おっも、むっさ!?」
「くくく……良い様だなヴィランが!俺も動けんがな!!という訳で峰田もぎもぎ取ってくれ!!」
もぎもぎと連結した十手によって床とくっつけられた切島と、全身にもぎもぎを装備した水落石に抱き着かれて完全拘束された瀬呂、そして意気揚々と核ミサイルをタッチする勝ち誇りすぎで腹立つ顔の峰田の姿があった。
『……これはひどい』
ヒーローチームの勝利宣告より前にオールマイトが呟いたのは、その光景を見ていた全員が思ったことだった。
時を遡り――開戦当初。
核兵器の部屋の場所を特定した水落石は隣の部屋から外の僅かなでっぱりを伝って内部を観察。二人が部屋の中で迎撃準備をしているのを確認した水落石は、かねてより峰田と共に計画していた作戦を実行した。
まず、水落石が十手を持って真正面から切島に喧嘩を売る。
「来いや切島ぁ!!一騎打ちだ!!」
「来たかよ、水落石!!受けて立つぜぇ!!」
そしてさり気なく瀬呂との間に切島を挟むように立ち回り、十手の切っ先にくっつけたもぎもぎを切島にぶつける。すると驚異の粘着力でもぎもぎと十手が固定される。
「効かねえぜこんな……ってアレ?なんだこれ取れねえ!!」
「かかったなアホが!それは峰田の超粘着物質よ!!そして実は十手の柄の下にもくっついてたりして。そしてその粘着物質が現在進行形で床にくっついてたりして!!」
「うおおおおお!?ゆ、床にくっついて取れねえ!?」
「今やお前はリードで縛られた犬状態よ!!おおっと、床を壊して強引に動こうなどと思うなよ!?手元が狂えばお前の手までくっつくからな!!ちなみに十手は超合金製のスゴいのなので折ろうとしても無駄無駄無駄ァ!!」
狡いさすが水落石狡い。最も防御力が高く近接戦闘で勝ち目の見いだせない切島を倒す為に自分の十手と相方の個性を惜しげもなく使用した激セコ作戦は見事に成功した。……まぁ、これは十手の先端に付着したまんまる物質に対する警戒が薄かった切島の自己責任でもあるが。
しかし、こうなると黙っていられないのが瀬呂である。
「こ、こんな間抜けな方法で負けられるか!後は俺が食い止める!」
だがしかし、瀬呂はここで致命的なミスを犯していた。それは自ら罠の為に周囲に張ったテープトラップである。実は瀬呂のテープは横のスナップでがっちり相手を拘束できるのが強みだったのだが、テープが邪魔でテープ発射後の横の動きを大幅に制限されてしまったのだ。
加えて、ここで後方待機していた峰田が部屋に突入してきた。
「ピザーラお届けだオラぁぁぁぁ!!」
「ふはははは俺は右から峰田は左からの接敵だ!!さぁ目的が分散された今、瀬呂はどちらを狙う!?どっちを狙っても核ミサイルはピンチだぜ!!」
「んなもん……っていうかお前右からと言いつつ左から接敵してるし!!」
当然態と面倒な嘘をついて混乱を誘っているだけである。相手にしてはいけない。
しかし、瀬呂は考えた。体力測定で反復横飛びのみハンパなく早かった峰田の方が、戦いに慣れている感じのする水落石よりは捕まえられる確率が高そうだ。それに水落石があれだけわざとらしく自分の存在をアピールしているのは恐らく自らが囮となる為だろう。
それに、水落石のいる場所は念入りにテープトラップを張っているので簡単にこちらには来れない位置にある。
「という訳で峰田覚悟――」
「かかったなアホが!この程度のトラップで俺の動きを止められるか!!」
「どわぁぁぁ!?水落石がものっそいヌルヌルした動きでトラップを躱して接敵してきたぁぁぁッ!?」
これは自分の個性を全力で使って「テープに引っかかる未来」を徹底的に排除、最適化したことによって可能になった超ヌルヌルダッシュである。そんなしょうもないことに個性を使うなと思うかもしれないが、本人なりに必死なのだ。
あとは大体予想通り、急接近した水落石に反応が遅れた瀬呂は水落石のだいしゅきホールドを喰らった上に後から来た峰田によって絶対に拘束が解けないようにもぎもぎされ、これでヴィラン組は完全に動きを封殺された。
= =
「ひどい戦いでしたわね……しかも水落石さんの作戦が悉く嵌っているのが余計に……」
「うむ。あの粘着物質、服を着ていれば破れること覚悟で引きはがすことも出来ただろうが、上半身を露出した切島くんでは無理だ。しかも十手が長すぎてつっかえになり、床と十手を接着する部分に手も足も届いていなかったな」
「切島が封殺されるまで峰田を戦闘に参加させなかったのも、二人同時に逆方向に移動したのも理に適ってやがる。恐らくあの時点で瀬呂がどっちを狙おうが負けは確定してたろうな」
「それにしても、瀬呂くんを完全に封殺ために抱き着いてもぎもぎを付けるなんて水落石くんも念入りよね」
上から順に八百万、飯田、轟、蛙吹である。4人全員が微妙にげんなりしているというか、むしろ勝った峰田以外全員がげんなりした顔をしている。オールマイトはなんとかいつもの顔だが、流石に奇策全開の水落石にどう評価をつけるか悩んでいるようだったが、すぐに答えを出した。
「峰田少年の個性をフルに活用し、奇策頼みと思わせながらも確かな勝算を以って行動している……確かに見た目は緊張感が欠けるようにも見えるが、事前の偵察も含めて結果はベストに近い。ヒーローとしての態度に難があるがトリッキーだな、水落石少年!頑張ったと思うぞ!!」
素晴らしい高評価と言えなくもない。しかし俺的には嬉しくない。
「もう二度と作戦立案したくねぇ。何が楽しゅうて野郎にだいしゅきホールドなんぞせねばならんかったんだ」
「何でってお前、テープで拘束判定狙うと揉み合いになって失敗のリスクが高まるって自分で言ってただろ」
「そう、言い出しっぺは何を隠そう俺さ!!だから余計に嫌なんだよ!!」
「抱き着かれた側より抱き着いた側の方がダメージ大きいのかよ……」
ホールドされた末に負けた瀬呂の飽きれた目線が突き刺さる。
「まさに『格好悪くても勝てればいい』を体現したね、ミスター水落石……」
「そっと肩に手を置くな。余計に心が痛くなる」
「大丈夫?おっぱい揉む?」
「冗談でもやめてくれ、葉隠。自分が惨めになる」
= (水落石の)削岩と葉隠への好感度が下がった!(一時的) =
さて、ガッツリカット行きます。
ぶっちゃけUSJ編までの間に原作と違った部分はなかったと思う。周囲に奇策士として認識されたりデクくんに個性について根掘り葉掘り聞かれたので「葉掘りって部分はどういう事だああ~~~っ!?葉っぱが掘れるかっつーのよーーーーーッ!」と軽くボケをかましたりしてた。
なお、その間に付母神ちゃんが「クラスの皆と友達でいたいから」と言いながらかっちゃんや轟などとっつき辛いメンバーに果敢に挑んではおそろいのキーホルダーをあげたりと大天使なことをしたりしていた。余りに健気すぎてかっちゃんさえ妥協する(というか多分彼の苦手なタイプだ)天使っぷりである。俺にも一個さくらんぼのキーホルダーくれた。ロボ可愛い。
さて、明日実戦である。それも訓練でなくてガッチガチな奴。
既に明日の夢は見た。俺が目立った動きをしなければほぼ原作と変らない展開が待っている。
ここで問題だ。
俺は今後何もすべきでないだろうか?
それとも行動を起こすべきか?
(考えを纏めるか……)
まず、今回の件についての不確定要素について。
ヴィラン襲撃があるのは確実だが、現在のヴィラン連合は戦力が碌に揃っていない筈だ。俺の未来視でも重要人物である黒霧と死柄木、そして対オールマイトを想定した脳無以外に増えたっぽい顔ぶれはなかった。
ザコヴィランの中にキレ者が増えている可能性は否定できないが、学園の枠が広がったのと同レベルの戦力上昇があるとは考え難い。
訓練で分かったが、砥爪は個性の使用に不慣れな代わりにそれ以外のスペックが軒並み高い。しかもその個性もぶっ放しで敵を吹き飛ばす分に関しては凄まじい威力と攻撃範囲だ。極めれば轟に並ぶ可能性を秘めている。
削岩は頭脳に少々の不安はあるものの、喧嘩慣れしているのか意外に立ち回りが安定しており、単純な戦闘能力なら上から数えた方が早い位置にいる。
ロボ子ちゃんこと付母神は……ポテンシャルは高いようだが、とにかく戦い慣れていないのか現場でテンパって色々とビックリドッキリ攻撃を乱発していたので何とも言えない。まぁ、友達を傷つけられたら覚醒するタイプなので大丈夫だろう。
(となると別の面子のフォローは基本的に必要なし。一番無難な策としては13号と黒霧の戦闘現場に取り残される居残り組になることか)
ここまでは消極的な策。ここからはより未来を見据えた戦略的な策。
(デクくん死亡を回避するために拾える条件はないか……?)
第一条件、オールマイトの負担をどうにか減らしてリミットを伸ばす。
これは実行がほぼ不可能な上に、恐らくあまり意味がない。細かい運命を変えても大本の運命がデカすぎるのだ。取りあえず彼に余計な負担がかからないよう「余計なことはしない」というのが重要と思われる。
第二条件、死柄忌・黒霧捕縛によるヴィラン連合の戦力ダウンもしくは消滅。
これまた不可能+恐らく意味なしだ。触った部分を問答無用で崩す上に単純に実力が格上な死柄忌はもちろん、黒霧も原作だと不意さえ突かれなければかなり厄介だ。脳無の存在とオールマイトのタイムリミットを加味すれば……後は推して図るべし。
更に、仮にこの二人のどちらかを捕まえてもバックに控えるオール・フォー・ワンがそれを黙って見過ごすとは思えない。最悪の場合、なりふり構わず乱入してきてこちらがお陀仏だ。
第三条件、デクくんの骨折による爆弾抱えの回避。
度重なる個性の酷使で「次に同じように折れたら動かなくなるよ」と衝撃の事実を叩きつけられるであろうデクくんをフォローしてなんとか負傷を減らそうという策。これは出来なくはなさそうだ。しかし、余計な手助けをしてデクくんの成長にどういう影響が出るのかが未知数なので、あまり積極的にやりたくはないと言うのが本音だ。
(となると、最後に残るのは……相澤先生の個性弱体化の回避だな)
原作通りなら、相澤先生は脳無の攻撃のダメージからか個性が少しばかり弱体化してしまう。これが今後どのように響くか不明だが、あまりいい方向には働かないだろうという想像はつく。絶対条件ではないが、出来るならば狙っていきたいところだ。
(方向性決まり。俺は黒霧の転送に巻き込まれずに現場に残され、ついでに相澤先生を心配して乱闘現場をずっと見てる。そして可能なら俺の道具を渡して原作より頑張ってもらう。さて、そうなると問題は………ヴィラン連合が現れたときに事情知っているの怪しまれないように迫真の演技をすることだな!!)
思いつく問題がこれ一つしかなかった辺り、俺の作戦立案能力は全然大したことないのだと思う。
所詮は素人考えだし、独りよがりだし、計画性もないし、みんなに個性でウソついてるし。それでも――それでも、やっぱり俺はデクくんのファンなんだよ。
だから、さ。
翌日になって、時間になって、連中が現れて――。
「全員一塊になって動くな!!あれは……敵だ!!!!」
例え相手が途方もない悪意で、それに立ち向かう俺がちっぽけな存在だったとしても……出来ることは、やるさ。
正義でなくとも、勇者でなくとも、俺は俺にしか出来ない事の為に戦ってやる。
後書き
もう更新されないと思ったか?かかったなアホが!
などと言いつつ、原作でとうとう未来の見える個性が登場してしまいました。
サーの能力の詳細がわからない以上迂闊に続きが書けない今日この頃。
=USJ襲撃編= ヘイトセレクト
前書き
実は書いてた続き。
黒霧は、今回の襲撃にはあまり乗り気ではなかった。
死柄木の立てた作戦はそれなりに理があり、脳無も確かに対オールマイトを想定したものとしては十分な性能を備えている。しかし、幹部格2名、切り札一枚、その他の有象無象のヴィランたちという戦力は平和の象徴を確実に倒せると確信できるものではないし、何より死柄木の精神はまだ未熟極まりない。
彼の判断には従うが、果たして黒霧は彼の立てた筋書きが必ずしも完遂されるとは考えていなかった。
しかし、黒霧は死柄木をサポートする主従の従。作戦が成功したにせよ失敗したにせよ、彼の成長に欠かせない経験は手に入れることが出来るだろう。ゆえに黒霧は今回の作戦に口を出さず、参加した。
成功すれば儲けもの。失敗しても生きて帰れば問題なし。
どちらに転んでも問題はない。
そう、思っていた。
ヴィランの配置、予定通り。13号の隙を突いて背後に回るのも、予定通り。
イレイザーヘッドは善戦しているが、死柄木の戦闘能力に加えて脳無がいる現状では万が一にも敗北はない。
そしてヒーローの卵たちを散り散りにさせる作戦も、爆発の個性を持つ少年にはヒヤッとさせられたが成功した。そう思った。生徒たちの誰もが周囲を覆った霧に驚き、恐怖し、無駄だと理解せずに警戒していた。
ただ、一人を除いて。
その少年は美しい水色の瞳で、じぃっと見ていた。
死柄木がまず敵を観察することから始める事と同じように、眉一つ動かさず、瞬きひとつせず、彼はじぃっと黒霧という一人の犯罪者を俯瞰した瞳で観察していた。怯えた仲間に裾を掴まれても、彼は言葉を交わしながら瞬きすらせずこちらを見つめつづけていた。
黒霧は、思わずその少年だけをワープホールに放り込み損ねた。
理由は分からない。珍しかったからか、ヒロイックな蛮勇で自分は倒されないと信じ切った哀れな愚か者に直接制裁を下そうと考えたとか、そういったことではない。ただただ一つの思いで。
――彼を視界の外に野放しにするのは危険だと、黒霧のカンが告げていた。
= =
「――ったく、何でこうなったんだか!」
ぼやきながら疾走。前部に展開した黒い霧の合間を抜けて13号の所に行こうとする。しかし、当然の如く回り込んできたヴィラン連合の大動脈、黒霧。ワープホールで一人だけ飛ばされないわ、13号と分断されて俺だけ超ピンチだわ、マジで何なんだこの状況。
ベルトに引っかけてあった閃光手りゅう弾を黒霧に間髪入れずに投げ飛ばす。だが、小細工は通用しないとばかりに投げた手りゅう弾はワープホールに吸い込まれ、次の瞬間に頭上から目の前へと落ちてくる。恐るべき応用性――息をするように空間座標を指定してくる技術は素直に敬服するほかない。
「実践経験不足――自分の武器で自滅なさい」
「そういうあんたは観察不足らしいな。これ、破裂しないんだよ」
俺は手りゅう弾を片手で掴み取り、人差し指と親指でつまんでプラプラさせる。手りゅう弾のピンはこれを見越して端から抜いていないのだ。もちろん超人的な推理の結果ではなく、未来視で目つぶし食らったマヌケを目撃したが故である。やだ、俺格好悪い……。
(――しかし、本気で厄介なのに目ぇつけられたな。前から只者じゃねえとは思ってたが、邪魔するんじゃねえよ!)
俺の事前計画は概ね上手く行っている筈だった。申し訳程度だが先生に幾つかグレネードを押し付けることにも成功した。当初先生は「自分で使え」と渋ったが、遊撃担当の先生が生命線だからと説得したら黙って持っていった。
問題はその後、黒霧が個性のワープで皆がUSJ 内に散らされる時、さりげなく囲まれ組から抜けようとした所でつくもちゃんが怖がって俺の服を掴んだのである。
結果、演技に集中してた俺は彼女を宥めなければならなくなり、未来が変わって俺だけモヤに置いていかれた。つくもちゃんは悪くないというか、未来視に胡座をかいた俺の自業自得である。お粗末過ぎて泣けてくる。
黒霧は原作じゃイマイチ戦闘に参加しないしやられる場面も多いが、どうにもまだ本気を出す機会に恵まれてない感があって得体の知れない相手だ。実践経験が豊富そうな物言いもしているし、序盤では死柄木の粗に気付きつつも敢えて放置していた節がある。
デクくんを助けるという目標の為に目立ちたくはないっていうのに、もう手遅れなんじゃなかろうか。これ完全にマークされて殺すリストとかに乗っちゃうパターンだぞ。
「予想外の事態に際してのいっそ冷めた態度に加え、私の思考の一歩先を読みますか。ふむ……お名前をお聞きしても?」
「ヒーローネーム未定だ。本名が知りたいなら雄英体育祭まで待ったら?」
「それまで君が死ななければの話になりますが?」
「道理だな。尤もそれも、あんたが今日ここで逮捕されなきゃの話になるけど」
「……………やはり、君はどうにも毛色が違う」
「毛が生えてるかどうかも怪しい野郎の言うセリフか?」
「口も達者だ。目の前に本物の人殺しがいるというのに――まったく、君のような子供に怖がってもらえないのではヴィランとしては恥辱の限りだ」
「そのまま憤死しな。止めないぜ、俺は優しいから」
喋りまくって時間を稼いでるが、正直シャレにならん。流石は死柄木のサポートを任されてるっぽい男というか、黒霧の位置取りが嫌らしいせいで同級生ズも13号も手が出せないでいる。後ろの方から聞こえる瀬呂の嘆きが聞こえてきた。
「くっ……!テープの射角が取れねぇ……これじゃあ水落石を助けに行けねぇぜ!!」
「……しかし、あの男の意識は水落石くんに逸れている。不本意ですが今なら……飯田くん!!」
13号さん、その判断はつらかったろうと思うがナイスだ。
「仲間を囮に使うようで業腹だが……くそぅ!!」
瞬間、飯田の俊足が俺と黒霧を迂回してUSJ出口に向かう。オールマイトを呼びに行く気だろう。原作で飯田を援護した連中も黒霧を警戒する。
あちらは外に助けを呼ばれたら事態が外に知れるため、是が非でも飯田を外に出したくない筈だ。その瞬間にこちらへの気が一瞬逸れる筈。あとは援護脱出なんでもござれだ。そろそろ黒霧の弱点である胸のプレートに攻撃するべきか――と思っていた俺だが、そこでおかしいことに気付く。
「………ふむ、抜けられましたか」
黒霧が動かない。
「てめぇ、仲間を呼ばれたらアウトな状況で随分呑気な……?―――ッ!!」
瞬間、眼球の裏に未来が映し出され、俺は瞬時に背後に飛ぶと同時に十手を使い高跳びの要領で上に飛ぶ。視てしまった、この場に留まった自分が迎える最低の末路を。
「くそっ、間に合わな……ーー!?」
瞬間、俺の頭上から膨大な質量の『巨大な岩石の雪崩』が次々に降り注いだ。
ズドドドドドドドォッ!!!と凄まじい崩落音が響く。人間が下にいれば間違いなく全身を砕かれて死に至る即死技。さっきまで周囲を取り囲み続けていた靄は、恐らくは上方からの本命攻撃を取っておくためのパフォーマンスだ。
死を連想させる光景ーー岩雪崩の中に姿を消した同級生。壮絶な光景を前に皆が絶句するなか、芦戸の悲痛な叫び声が響いた。
「たっくん死んじゃヤダぁぁぁぁ~~~~~ッ!!」
「たっくんはやめいと言ってるだろが!!生きてるよ!!はぁ……っ、はぁ……っ、ガキ相手に本気で殺す気かよ……ッ!!」
どうやらたっくん呼びは生存フラグらしい。辛うじて岩の密度的に攻撃の逸れるコース取りをしていたのが幸いして、岩が足先にカスっただけできっちり生き延びることが出来た。すぐさま岩を離れると、黒霧は落下してきた岩の上から静かにこちらを見下ろしていた。
これが、黒霧の本気――あるいはその片鱗。
不意から致死へ、唐突な死の宣告を下す者。
――これが、本物の『敵』。
「逃げられぬよう霧で囲っての不意打ちで仕留める腹積もりだったのですが、これも躱しますか………本当に、子供にしては過ぎた判断力だ。いや、そういう個性かな?」
「いやぁ、俺って天才なんで。未来のスーパーヒーローなんで?あんたの作戦くらい目ぇ瞑ってても避けきれるし?」
「個性不明のアドバンテージを持続させるために敢えて挑発的な多弁を用いていますね?」
「正解!いやーバレバレか……本当、嫌な奴に目ぇ付けられたよ」
死にかけた恐怖と内蔵が痙攣するような震えを誤魔化すように、黒霧を不快成分割り増しで睨みつける。
黒霧の暴走エヴァみたいな黒目のない瞳もまた、どこか冷たい温度で俺を見ていた。
空気がひりつく、本物の殺意。どういう訳か知らないが、今回の作戦を棄ててでも俺を殺そうとしやがった。次が来るか――と身構える。だが、それは杞憂だった。
「……これ以上は難しい、か。貴方の言う通り既に作戦も半ば失敗しました。素直に引き下がりましょう」
「不意打ちしても構わないぜー」
「牽制ですか。そつがないですね。だからこそ………」
言うが早いか、黒霧は自らワープホールに入り込み、その場を後にした。
直後。
(クソッたれ……怖ぇよ、ヴィラン。怖ぇよ、死ぬのは……)
俺は極度の緊張が解かれたことで、短期間に未来を見過ぎた反動の睡眠欲に飲み込まれた。
所詮は平和な日本の平和な町で、命の危機もなく生きてきただけの凡庸な男。
この一件は、俺が自分の身の程を知るという大きな意味を持って、俺の課題となった。
= =
「――10トンはあるぞ、この岩雪崩。しかも土砂より岩が殆ど。落下してきた地点は頭上6メートル前後……まともに当たれば死んでる所だ」
「あたし、本当にたっくんが死んじゃったかと思った………」
膨大な瓦礫を前に轟が思わずそう呟き、芦戸は俯きながら弱々しい声でそう漏らした。
オールマイト登場以降の騒乱を終え、オールマイトとデク以外唯一のグロッキー組となった水落石が心地よさそうな寝顔で運ばれていく中、A組の残りの面々は黒霧と水落石の戦闘痕を見て青い顔をしていた。
組の大多数の生徒がぶつかったヴィランは精々が個性を持て余して暴れた程度の存在だ。厳しい入試を突破した新進気鋭の若者たちの多くがそれを難なく撃破出来た。そんな中、唯一本気で殺しに来る本物の犯罪者とタイマンを張る羽目に陥った生徒が水落石だった。
教師の援護どころか同級生の援護すら出来ない孤立無援の状態で、彼はこの規模の攻撃を見事に避けきったものの、やはり彼自身の精神には相当な負担だったのだろう。黒霧の撤退と同時に見事にぶっ倒れてすやすや寝息を立て始めた。
「下らねぇ。個性で正面から吹き飛ばせば殺せんだろ」
「それはミスター爆豪の個性ならの話じゃん?」
「避けられたのもあいつの超感覚の個性か?」
「でもよぉ、それなら孤立する前にあの黒モヤのワープ攻撃を避けきれたんじゃね?」
(わ、私の所為だ……水落石くん、最初に避けようとしてたのに……!)
様々な生徒たちが、それぞれの思惑を交えつつ。
緑谷出久というヒーローの成長を交えつつ。
そして様々なヴィランに小さな波紋を齎しつつ。
USJ襲撃事件は幕を閉じたのだった。
……付母神つくも:ワープ後は暴風エリアに飛ばされ、尾白と常闇の配慮で後方支援に回されたために出番なし。自分の所為で水落石が危険な目に遭ったことにより大きく心が揺れる。
……削岩磨輪里:水難エリアに飛ばされる。体のアタッチメントを変形させて水中高速移動が出来たのだが、流石に水中特化の敵複数が相手では厳しかったのでデクの作戦で突破。移動要員として梅雨以上の速度で陸地に辿り着いた後は相澤先生の援護をしていた。力不足と思考の柔軟さがない事を痛感。本人は気付いていないが相澤先生の怪我が彼女のお陰で原作より少し軽くなっている。
……砥爪来人:爆轟と切島のエリアに飛ばされていたが、個性のコントロールが雑なせいで建物内をぐちゃぐちゃに破壊してしまい、チンピラ共が逆に逃げ始める事態に陥った。最終的に建物は倒壊し、今回の事件でオールマイトに次ぐ2番目の被害総額を叩きだして校長に軽く説教される。
後書き
ヒロアカ二次書いててすごく苦しいのが、原作好きすぎて本筋の流れを変えるのが物凄く辛いことです。こんなに苦しいのならば二次創作など……。
=USJ襲撃編= F.T.P
前書き
From The Perspective、すなわち主人公以外の第三者視点で見た物語。
付母神つくもという少女がヒーローになる事を夢見たのは、幼い頃だった。
なにもかもが思い通りにならない狭くて寂しい四角のなかで、つくもにとってはそれだけが鮮烈だったからだ。それだけが許されていて、憧れていて、いつだって自分もああなりたいと願っていた。
でもそれは、羨望の一つ。
あれもこれもと欲深に求め続ける子供の我儘の類。
心のどこかで自分がそうなることはないだろうと感じていた。
予想もまた、予想を超える何かにはなり得ない。運命が紡ぐ糸は気まぐれで、気が付けば自分の前には空想でしかなかった夢へと至る具体的な道が開けていた。感じたのは運命、そして決意。夢見る子供が、夢を見続けたい――そう思った。
現実を、知った。
個性の特異性によって若干の特別待遇を受けてはいるものの、常人を遥かに超えた能力を持ってはいるものの、心が追い付かなければ役に立たない。USJ襲撃事件にて、残酷なまでにそれを思い知った。
『付母神ちゃんは……俺たちの援護を頼んでもいいかな!』
『自己保存を優先し、余裕があればで良い。お前に危機が迫ったら我らも援護する』
『ムリスルコトナイゾー!』
違うの、尾白くん。そんな気の遣い方をしてほしかったんじゃないの。
違うの、常闇くんにシャドウくん。そんな事を言って欲しかったんじゃないの。
違うのは、何?違うのは、現実を前にした私の心だった。
悔しかった。事件が終わった後、私が無責任に甘えてしまった水落石くんが殺されかけたと知って絶望すら感じた。事件が終わって自分の部屋に戻った時、涙が止まらなくてしょうがなかった。
変わりたい。そう思った。
「……それで私の所にか」
『はい……』
目の前の巨漢――そして恐らく日本中の子供たちの憧れのヒーロー、オールマイトは少し考えるそぶりを見せた。そして、見慣れた人を安心させてくれる笑顔とは少し違った真剣な表情で答えてくれた。
「付母神少女、君は個性を一通り使いこなしている。しかし応用については少しばかり二の足を踏んでいるように感じる時がある。戦闘能力には問題ないのに実技での戦績が奮わないのもきっとそのせいだろう。……それを責めているという訳じゃない。他の生徒たちだって似たような問題を抱えていて、それを解決に導くのが我々教師の役割だからね。そのうえで言わせてもらうが……」
『はい………』
「君は、もし自分がヴィランだったらどう戦うか、どれほど考えた事があるかね?」
それは、思いもしない質問だった。即座に首を横に振るくらいに、自分がヴィランだったときの事なんて考えたこともなかった。
「いつだったか言ったかもしれないが、ヒーローとヴィランは表裏一体だ。突き詰めていくと一定の社会ルールを守った暴力か、そうでない暴力かの違いでしかない。だから制約の少ないヴィランは、思いつく限りの自分が有利な戦い方を用いてくる」
それはそうだ。個性は強力無比。それを無制限に使えるヴィランが有利だというのは、いつだかの実技授業でも習った事でもある。もっともその授業ではヴィラン側にも一定の制約を課されはしたが。爆豪の半ばルールを無視しかけた攻撃には身が震えた。
「ヒーローが戦うのはヴィランだ。だからヒーローは皆の希望でありながら、ヴィランの思考や戦い方をよく覚え、考えなければならない。例えば緑谷少年がよくノートにものすごい勢いで個性のメモをしているだろう?あれ、見たことあるかい?」
『は、はい………そんな使い方思いつかない、っていうようなことまで書いてあって驚きました』
「だろうね。あそこまで行くと一種偏執的とまで言えるが………ともかく、あれはヒーロー分析というだけでなく、その個性の持ち主と相対したらどんな戦法を用いるかという予測にもなっている。実際それで緑谷少年は爆豪少年と渡り合えた」
緑谷くん、か。不思議な人だと思う。普段は臆病でどっちかというと自分に近く感じるのに、実戦では逆に誰よりも勇敢に――身を捨ててまでヴィランに戦いを挑んだ。あの勇気も、そのノートと関係あるのだろうか。
「少し話が遠回りになってしまったがつまり、だ。君は『相手を倒す』という考え方が弱いんだ。技を放つ事は出来るが、それを人に当てるときに躊躇うのは、攻撃で相手を倒すというところまでイメージできてないせいだと私は思う。ヒーローは確かに優しさも必要だが、時には多くの人々の平和の為にどんなヴィランでも打倒しなければならないという非情な面も存在する」
傷つけるのが嫌だけど、傷つけなければならない。それがヒーロー。テレビの向こうでヴィランを吹き飛ばしているだけに見えたオールマイトの、イメージと違う重い言葉に、私は暫く言葉が出なかった。同時に、怒りが湧いた。
私は変わりたいなんて言っておいて、また甘えた事を考えていた!
こんなままではいつか本当に、水落石くんみたいに甘えた人の足を引っ張る!
私のせいで誰かが傷つくなんて、絶対に自分を許せない!
私の様子を見たオールマイトは、やがてその重い口を開いた。
「……ところで、もうすぐ雄英体育祭だね」
『えっ?あ、そうですね……?』
「雄英体育祭は世間も大きく注目する一大イベントだ。将来の所属先に関わるだけでなく、生徒内でも成績の善し悪しで新たな可能性を編入、或いは成績の悪い生徒を落とすという事もある。ここまで厳しくするのも、雄英の超実戦的教育方針によるだろう。そこで、だ。君に一つ、先生らしく課題を出してみようかと思う」
最強のヒーロー、オールマイトから、まだ誰でもない――ヒーロー科の生徒としても相応しくなれていない私に出された課題。
「きみ、雄英体育祭でトップを目指しなさい」
『――!!』
それは、あの同級生たちを、その同級生と同じくトップを目指す他のクラスの皆を、自力で打倒して一番上を目指せという事。言葉でいうのは簡単だが、それを聞いた瞬間、すごい重圧が全身を圧した気がした。
「きみは優しい。だが優しいことと競争しない事は別の事だ。高みを目指す人間はその僅かな気持ちの違いで勝敗を塗り替えてくる。だから君も、誰もが勝つ事を考える争いの中で、それを上回って自分が勝つ事を考え抜きなさい」
こうして、私は人生で初めての――後に付母神つくもの原点となる戦いへ、足を踏み入れた。
なお、その頃水落石はというと。
「発目っちー、この靴ローラーダッシュ的なの付けらんねーかな。やっぱ素の移動速度欲しいわ」
「ほうほう!いいじゃないですかローラーダッシュ!問題は噴射機構との付け合わせをどうするかですね!」
「外付け機構でよくね?邪魔になったら切り離して別の機能に早変わり!」
「うーん、ベイビーを使い捨てにするっていうのはちょっと躊躇われますね……どうせなら全部完成した機構にしたいですし」
「うーん。爪先の所にローラーつけて、踵の後ろにモーター付き車輪の後輪駆動ってどう?ダッシュ使う時だけ降ろすギミックで」
「成程!いやしかし、どうせなら前の車輪も回して4WDの方が!」
「足動かしにくくなりすぎると面倒だから前輪のモーターはほどほどにした方がいいな。ワイヤーの巻き取りモーターを改良してこんな感じで」
雄英体育祭が自分不利なのをいいことに、なんか仕込みをしていた。
「いいか、もし俺が脱落したら緑谷を利用するんだ。あいつチョロいしファンタジスタだし道具の使い道とかすげー思いつくタイプだから」
「へー!誰だか知りませんがミドリヤですね!メモしておきます!」
発目明と協力者になった!
後書き
ちょっとオールマイトが饒舌過ぎたか……?
オールマイトとしては、つくもちゃんは気持ち一つで大化けする可能性があるからここはデクくん同様発破をかけるという選択に出ました。
体育祭は変えると面倒な部分が多いので困りどころですが、困るんなら詳細に書かなきゃいいじゃないという二次創作最終奥義を撃つ準備はしてあります。(←余計な部分を全部飛ばす為に「主人公は今まで寝てた」を乱発する作者を見てその技術を盗もうと誓った人)
=体育祭編= コンビセレクト
前書き
さて、体育祭編を期待していた人がいたら申し訳ないのですが、体育祭編は原作のクオリティが高く下手に手を加えるとつまんなくなるので結構駆け足で行きます。
諸君、私は雄英体育祭に参加したくない。
何故かって?どう戦っても優勝できないからに決まってんだろ!
VS轟……広範囲攻撃K.O.
VS爆豪……広範囲攻撃K.O.
VS上鳴……広範囲攻撃K.O.
VS切島or鉄哲……防御突破できないので詰み。
VS常闇……手数の差で純粋に詰み。
VS塩埼……茨を突破できないので詰み。
見ろ、この絶望的な相性を!俺の個性は純戦闘向き連中と違って状況への対応の速さや回避能力にあるのであって、蹴って殴ってが効かないか届かないな相手には、道具抜きじゃあ詰んでんだよ!あと砥爪も多分無理!というかあいつ加減考えなければ優勝候補じゃねーの?とりあえずぶっぱしときゃええねん勢だし、轟の氷とか後出しで吹っ飛ばせそう。
という訳で、俺は初回科目の障害物競争で42位以内に入る策は用意したが、それ以降についてはほぼノープランでいく。原作だとここで結果出せないと追放あるって話だったけど、これで落とされるの究極的にやる気ない奴だけだろ。
という訳で……。
「発目っち、合わせろ!」
「合点承知っ!」
障害物競争開始と同時に、俺はサポート科の隠れ巨乳こと発目の背中に設置された「要救助者固定シート」とドッキングした。ふはは、機械いじりがそこまで好きじゃない俺が口だけ出まかせ重ねて発目がモノにしたこのシートは最小限のサイズで十二分な強度と安全性を確保している。更に俺の体重を支えたうえでの移動にも問題がないように簡易パワーアシストスーツまで搭載されているのだ。俺が注文しまくったからね!発目ちゃんはやれば出来る子!
「ローラーダッシュ、オーン!!」
「わぁい移動速度はえーーーッ!!」
「うわぁ、サポート科の頭おかしい奴がヒーロー科の頭おかしい奴抱えて高速移動してる!頭おかしい!」
「というかヒーロー科ゴルァ!!自分の個性使わず他人頼みってどういう了見だコラァ!!」
「フハハハハハハハハハハ!!移動が得意な奴に移動を任せて何が悪い!!……発目っち、右に20度!減速3秒……体を左斜めに倒しながら加速開始!!」
「アイサー!!」
曲がった瞬間目の前にロボットが突っ込んで来て回避し、上から巨大ロボの叩き降ろしが落ちてきたのが減速のおかげで余裕回避。その装甲の隙間を縫って最初の難関ロボ・インフェルノを難なく突破だ。
「あいつら協力し合ってやがる………!科の枠を超えて!!」
「私は二人乗りでドッ可愛いベイビーの有用性を証明できる!」
「俺は発目にアドバイスを送ることで攻撃回避もラックラクぅ!これぞ協力プレイだぜ!!」
ちなみにこのせこさ、峰田や心操なんかも似たような手を使ってるので別に奇策ではないと思う。一つだけアレなのは、相手の同意なしに実行してる二人と違って俺らは体育祭始まる前から後ろ暗い盟約を結んでいたことである。
『開始前から既に結託とはセケェェェーーーッ!!っていうかアリかあれ、ヒーローとして!?』
「別に他の科と結託しちゃいけないなんてルールはねぇですし、こっちも情報提供してますし、得意分野の人に得意分野で頑張ってもらうのってそんなに変ですかねぇぇーーーッ!!」
『道理だな。反則はしてねぇし、本人たちが考えたうえでの癒着なら最終的に勝って結果出せば問題ねぇだろ』
案の定プレゼントマイクにツッコまれたが、相澤先生がいいと言ったのでいいのだ。
「より完成度の高まった私のベイビーをご覧あれ!!」
「時に発目っち。一応開発について色々アイデアを出したし、俺も開発スタッフに含まれてよくない?」
「…………」
数秒の沈黙。
「………改めて!私たちのドッ可愛いベイ――」
「ごめんタンマやっぱりさっきのナシで!貴方様の単独開発でいいです!!」
「いえ、そうはいきません!確かに水落石さんのより実戦的発想に基づいた改良案によってかなり機能は高まってますからね!私たちのドッ可愛いベイビーはっ!」
「やめてっ!公衆の面前でその台詞はやめてっ!お婿さんに行けなくなっちゃうから!」
なにやってんだ俺らは。と、それはさておき状況は――ッ!?
『勝つ、勝つ勝つ勝つ勝つ勝つッ!!!』
「クソッ、なんだコイツ……普段と全然ちげぇじゃねえか!!」
「付母神……ッ!お前にも、負けられねぇ理由があるってのか……!」
一瞬見間違いかと思った。
――付母神ちゃんが、トップチームの轟と爆豪に喰らいついている。
あのUSJ編では怖がるばかりでこの上なく優しい付母神ちゃんが、焦燥に駆られるような表情で空を飛びながら、二人に喰らいついている。轟が妨害の氷を放てば手からビームを発射して迎撃し、爆豪が牽制の爆発を放っても両手をクロスさせてノンストップで突っ込んで怯みもしない。3人でスリートップだ。
「凄まじい気迫ですね。私としては彼女のメカニックに興味津々なのですが?」
「………戦いは躊躇う方だと思ってたから、あの気迫は予想外だな」
何かあったのだろうか。あとで聞いてみよう。何か抱えすぎてるとかなら、放っておくのも怖いし。優しさというのは反転すると何に変じるか分からない所がある。俺は彼女の事を良く知らないのだし、これを機に少し知れるといいな。
ちなみにトップスリーチームを追ってるメンバーには見覚えのある奴もいる訳で。
「ぬおおおおおおおおおお!!これほど一直線に進んでいるのにトップとの差が縮まらない!!これすなわち、この場で俺がプルスウルトラしろと言う事かぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!フオオオオオオオオオオ燃えてきたぞぉおおおおおおおおおおおおッ!!!」
「熱っ苦しいなッ……このぉッ!!くそっ、爆豪の野郎に比べてまだコントロールが荒いかッ!!」
俺と葉隠を入試で殺しかけたサイ野郎の頼野猛角が全部の妨害を真正面から突破し、ほぼ同率で砥爪が衝撃波を爆豪式推進法で移動している。あの衝撃波、本人の意志に関わらず後方に連続で叩きこまれているので後半チームと前半チームの差が開きまくっている。うわぁ、どこまで意識してんのか知らんがえげつないぞ。
ちなみに俺と発目は轟たちを追いかける第二陣の斜め後ろ辺りに当たる第三陣。ぶっちゃけかなりいい方である。そして戦いは最終関門、怒りのアフガンに移り――奴がやった。緑色の流れ星となって華麗にトップスリーをゴボウ抜きした彼の名は。
『緑谷出久、第一位で障害物競争突破だぁぁぁぁーーーーーーッ!!!』
「ミドリヤイズク。水落石さんの言ってた人ですねー」
「そう、奴は俺が目をつけたファンタジスタだからな。っとと、ほいさっ!」
足元の地雷を上手い具合に蹴り上げて横の競争相手をさりげなく吹っ飛ばす。後ろにいた瀬呂が「えげつねー」と呟いていたが聞こえない聞こえない。
最後のアフガンは流石に背中からの指示では突破できなそうだったので、俺は現在発目を抱えてアフガンを最短ルートで突破中だ。装備が重いがドッ可愛いベイビーを育児放棄するわけにもいかんしね。
こうして大体そんな感じで第一関門を突破し、俺と発目は20位代というまぁまぁの好タイムで突破した。
あと、先に言っておく。騎馬戦はこれといって見どころもないからカットだ。青山の代わりに心操に自分を売り込んで乗り切った。ちなみに頼野は滅茶苦茶暴れまわったが、心操の個性にハマって一発で負けた。あいつ、普通にB組トップクラスのパワーだな。拳藤よりパワフルかも。
細かい話すれば、尾白は別チームで代わりに付母神ちゃんが心操の支配下に入ってた。青山も別チーム。デクくんチームと轟チームは構成そのまんまだったが、爆豪チームは芦戸が削岩に変わってたな。
研爪は……なんか、騎馬戦終了直後に急用で体育祭そのものから途中退場となっていた。
あと、発目は俺が色々と開発に口を出したことで時間を使わせたか用意した装備を使いきったらしく、B組の二連撃と一緒に棄権した。これで最後のガチンコバトルは俺が青山と、芦戸が削岩と、そして尾白が付母神ちゃんと入れ替わった以外は原作通りな面子になった。
――さて、ここで一つポイントがある。
砥爪は途中退場となっていた。
「どうなるのかなと思っていたら、途中退場扱いになっていた」。
つまるところ、俺は棄権に至るまでの経緯の一部分を見ている。
これは、許可のあるまで周囲には決して口外することの出来ない情報である。
第一試合と続く怒涛の第二試合(砥爪と頼野が追加されて轟一強も揺らぐ程の大激戦だった)が終了して少しの休憩時間の間、俺は休憩室で仮眠を取っていた。一、二回戦ではそこまでフルに個性を使わなかったので温存は出来たものの、なるだけ寝貯めしたかったからだ。
俺の個性は使えば使う程、後で睡魔の反動がドカンと出る。カフェインカプセルとかで一時的に誤魔化す事は出来るが、その分だけ後の睡眠欲もドドンとレイズだ。
という訳で確か5分程度の仮眠を取った頃だった。
前にも話したかもしれないが、俺の個性は自主的発動ではなく自動発動が基本で、自主発動は訓練で出来るようになった奴だ。なので、特に意識していなかったり眠りが浅いと、個性が自動発動して未来が見えちゃう事がある。
見たのだ。かなり混乱する瞬間だったし、目覚めた後も暫く茫然としてしまったが、その光景の内容は衝撃的だった。
『砥爪がもう一人の砥爪の手で腹を貫かれる』。そんな、瞬間だ。
「――は、ぁ?」
体操服を着ててさっきの乱戦で出来た擦り傷もある砥爪を、なにか違和感のある無傷の体操服砥爪が貫いていた。それを理解した瞬間、俺は休憩室を飛び出して砥爪のいそうな場所を虱潰しにダッシュした。何が何だか分からなかったが、このままにできないと思った時にはもう走っていた。
「どこだ!どこだ!ええと、外の光は殆ど入ってなくて、人の通りは多分少なくて、剥き出しのパイプが壁に三本くらいあって、ええと、くそっ……!何でこんな時にこんなッ!」
砥爪来人という男の事を、俺はよく知らない。
知っているのはデクくんと同じ学校の出身で、過去に何やら軽々しく言えない何かが起きた、強力な個性を有するヒーロー候補だ。人格的には最低限の優しさはあるが、基本的には冷めているというか、自分の事で精一杯。しょっちゅう授業とは関係ないところで怪我してて――ふざけんなよ、こんなにあっさり死ぬような因果抱えた奴だったなんて知ってたら、もっと――いいや、それは言い訳だ。
焦るな、思考を巡らせろ。砥爪が二人いるなんて聞いたことがない以上、もう一人は後から入ってきたんだ。控え室とかは身内ならば入る事も許されてたっぽいから、部外者が入ってくる方向。そして砥爪の休憩室の近くと仮定して――非常階段近くの道端か!
俺の予想は、的中した。そこにはまだ争う空気ではない『二人の砥爪』がいた。
砥爪――体育祭に出ていたのが真砥爪なのか、入れ替わっているのかすら俺には判別できない。ただ、刺すにしろ刺されるにしろ、この雄英の内部でそういった事が発生するのはまずい。なら、どうする。未来は俺が何もしなければ確定する以上、ここで必要なのは――!!
「砥爪、そいつは敵だッ!!」
「「ッ!?」」
その声を聴いた瞬間、1人はハッとした顔で、もう一人は驚愕の表情を浮かべながら互いに距離を取った。こうすれば、どっちが本物だろうと事態が硬直するだろう。
「………水落石。お前、何を知ってるんだ?」
「俺の事はいい。敵から目を離すな」
「邪魔者が二人とは、予想外だな」
俺に話しかけてきた砥爪を見て、俺はやっとどちらが本物か理解した。かすり傷のある方、つまり最初から大会に参加していた方が砥爪で間違いない。何故なら、偽物には「獣耳と尻尾がない」からだ。隠しているならまだ分からないが、偽物と仮定する相手には人間の耳と同じ物がついている。顔も体格も身長も声も瓜二つな二人なので予知の瞬間は見分けがつけられなかったが、そこが決定的に違っていた。
「俺の勘が告げてるぜ。お前、砥爪を殺す気だろ。ここまで入ってきた方法は敢えて聞かねぇが、天下の雄英の御膝元で犯罪しようとは『敵連合』の回し者かと疑いたくなるな」
「あんな『新人』共と一緒くたにされるのは心外だ――なっ!!」
瞬間、二人目の砥爪が恐るべき速度で俺の背後へ回り込み――何かする前に未来を察知した俺の後ろ回し蹴りで反対方向に吹き飛ばした。
「ガハッ!?ぐっ、素人学生如きが反応しただと……ッ!?」
「そういうの、俺反応しちゃうんだよねー………つっても、どうやら敵連合を新人呼ばわりするだけはありそうだけどさ……テメェ、砥爪と同じ個性を手の表面に纏わせてんな。確かにそれなら威力は人を殺すには十分だ」
「それだけじゃない。さっきの高速移動も爪先に最低限の衝撃波を纏わせて自分の体を飛ばしやがった」
砥爪が冷や汗を垂れ流しながらそう付け加えた。全く同じ顔、全く同じ個性、若干違う外見――敵連合のトゥワイスのような複製と似ているが、蹴っても形状が崩れないことや物言いと技量が違うことから、そっくりな別人と考えるべきだろう。
何とか砥爪殺害は防いだが、全く状況が掴めない。さりげなく砥爪に近づき、小声で話しかける。
「随分デンジャーな兄弟だな」
「馬鹿言え、由緒正しき一人っ子だ。さっきは忠告ありがとな」
「いーんだよ生きてんなら。それよりも――おい、偽砥爪!お前はここに何しに来た!プロヒーローそろい踏みのこの会場、騒ぎを起こせば無事には逃げ帰れんぞ!!」
「自分が殺される心配でもしてろ。それより――貴様、砥爪などと『見え透いた偽名』を使って『表舞台に立つ』など、何を考えている?未来などない事を知りながら、イカれているのか?」
「………イカれてんのはお前だろ。意味の分からん事ばかり言いやがって。表も裏も偽名も何も、俺は自分の身分を偽ったことなんてない。親に名前貰った赤ん坊の頃から俺は砥爪来人だ」
「何を馬鹿な――いや、しかし。まさか――?」
どうも話が噛み合っていない砥爪と偽砥爪。
だが、一人でに何かの発想に思い至ったのか、偽砥爪は目を見開いて砥爪を見た。
「貴様、まさか『天然品』なのか?………く、ふふ。ふふははははは………傑作だ。傑作だ傑作だ傑作だ!!まさかあの道化の愚物が!!我らを産みながら滅ぼす偽善の愚者が、『俺たちを否定しながら兄弟を作るとは』ッ!!ああ、腹がよじれそうだ。腹筋がはちきれそうだ!道理で何も知らぬ顔をしていると――思ったよぉッ!!」
また、一人勝手に盛り上がった偽砥爪は突然動きを止め、俺の目に未来が映る。
「打ってくる!迎撃しろ!!」
「……ッ!?あ、ああッ!!」
瞬間、偽砥爪の両手から二つの衝撃波が、砥爪の片手から暴風のような衝撃波が放たれた。音速に近しい速度同士で衝突した衝撃波は――偽砥爪の衝撃波を散らせた砥爪の衝撃波が偽者を吹き飛ばす事であっけなく決着がつく。
偽物はもんどりうって廊下の端に衝突し、壁がひび割れる。咄嗟の放出だったためか、死ぬほどではなくとも相当な威力の衝撃波を放っていたらしい。
「この、出力………やはり、天然――」
けはっ、と息を吐きだした偽物は、何がおかしいのか嗤いながら――がりっ、と何かを噛み、床に倒れた。そして、そのまま立ち上がる様子を見せることはなかった。
「……なん、だったんだコイツ」
「……俺だって知りたい。何で、俺の顔が何人も……」
この訳の分からない事態は、数秒後に音を聞きつけた雄英教師のハウンドドッグが鼻息荒く駆け付けたことで一端の終息を見た。俺と砥爪はとりあえず簡単に状況を説明し、決勝トーナメントに勝ち進んでいた俺は先に会場に行くということで話が決まった。当然、今回起きた事は競技終了後に事情聴取するから周囲に言いふらさないように、という条件付きで。
この不可思議な襲撃事件が、後に俺と砥爪の運命を驚くほど強固に結びつけることになる事を――この時の呑気な俺は、まだ知る由もなかった。
後書き
The・どうでもいい話
砥爪くんはヒロアカ二次初期案の主人公だったのですが、当時の設定だと強すぎたのとバックストーリーが主人公向きじゃなくて主役を退いたという過去があったりします。ちなみに初期案の時点で頼野は既にいた他、数名別のキャラも考えてました。もしかしたらどっかで出すかも。
=体育祭編= F.T.P
前書き
水落石's毛…サラサラの青髪
水落石's目…個性が発動すると微かに蒼く光る
水落石's全身…頑張って鍛えまくった細マッチョ
水落石's口…思ったことがよく漏れてる
水落石's足…無駄毛処理できてない
「警察が来た?」
「ただの警察だったら大騒ぎしないんだがな――思いがけないのが出てきた」
「本庁の特殊部隊でも来たのかい?」
「違う。公安だ」
「――へぇ。なんと言っている?」
「詳しい話はあってからだが、大まかには………」
そこは雄英の校長室。会話するのは教師の一人、スナイプと、部屋の主の根津。彼らが話しているのは、トーナメント開始前に起きた突然の『襲撃事件』だ。襲撃者は砥爪そっくりの容姿と個性を使う謎の少年で、被害者は砥爪本人と騒ぎを聞きつけた水落石。正当防衛のための迎撃によって謎の少年が失神した後に事態が発覚し、雄英は可能な限り目立たない形で警察に通報をしていた。
しかし、現場の情報を送るうちに警察側の対応が徐々に変化していき、現在は「公安」などという物騒な組織も出張ってきている。
「まず今回の加害者の身柄の引き渡し。これは妥当だ。次に現場保存、これも妥当。身柄は既にハウンドドッグが拘束している。現場はセメントスに簡単に塞いでもらっている」
「うんうん」
「被害者2名への任意事情聴取もだ。これは砥爪の方は同意してるが、水落石は大会が終わってからでいいという事だ。いや、いっそ砥爪が本命であるかのようだ。カンだが、単に被害者という以上の情報を求めている気がする」
「つまり、公安はもしかすれば砥爪君に前から目をつけていた――まぁ、加害者の顔を見れば重要視するのはむしろ当然だけどね。そこは邪推でしかない」
「最後がな。――事件に関する一切の情報に対する箝口令。雄英としては有難い話でもある。ヴィラン連合襲撃から間もないタイミングでまた警備の不手際と騒がれては面子も立たないからな。問題は、あちらがその条件を先に提示してきたことだ」
「最終的に警察の判断になるのは確かだが、その言葉が出るには対応が早すぎる。間違いなく、加害者の少年には『やんごとなき』何かがあるね」
ヴィラン連合のそれも稚拙な部分はあったが、単独で乗り込んで単独で撃破されて拘束されるという不自然――或いは無謀極まりない犯行。まして現場はどこを見てもプロヒーローだらけの会場に態々乗り込んできている。
関係者以外立ち入り禁止のエリアには砥爪の親族の振りをして入り込み、内部では堂々と本人の振りをして非ヒーロー職員の前を堂々と闊歩。最初は変身系個性も疑われたが、ふたを開ければ砥爪と同じ個性を使っていたというのだ。動機も不明、身元も不明。現状、手詰まりだった。
「――それで、砥爪くん。警察が来る前に、色々と話をしておこう。大丈夫、君はなにもやましい事はないのだろう?水落石くんともども、罪に問われることはないだろう。まぁ公欠を取る必要性もあるかもしれないけどね!」
「校長先生……」
「だから、何か迷いや悩みがあるなら先生に相談しなさい。相澤くんもオールマイトも、勿論僕も、君たち生徒の抱える問題を全て解決は出来なくとも協力を惜しむことはないさ!」
校長室の下座のソファで俯いていた砥爪は、その言葉にはっとしたような表情を浮かべ、僅かに逡巡し、やがて顔を上げた。
「校長先生。警察が来る前に――話しておきたいことが」
それは、その年の子供が浮かべるそれではない、覚悟の顔だった。
= =
ささやかな希望があれば、人は生きていける。
『個性』黎明期を経て生まれた闇の世界を一度通った私――佐栗灰一という医者は、そう思っている。
佐栗は金も名誉も興味はない。ただ、医者としてヴィランにもヒーローにも怪我人になるな増えるなとは思っている。尤もそれは自分たちの仕事を減らす事だとは承知の上だが、医者なんてものは暇なぐらいがちょうどいい仕事だ。何より、自分の担当する「彼女」と一緒にいられる時間が沢山欲しいから、急患に来てほしくないという自己中心的な欲求を持っていた。
「彼女」とは長い付き合いだが、彼女と共に過ごした時間は長くとも会話した時間は驚くほど少ない。
「彼女」は、眠り姫だ。植物状態とも寝たきりとも違う、きまぐれに目を覚ましてはまた眠り、一度眠るとずっと寝続けてしまう。食事は碌にとれずに点滴で過ごしているのに、彼女の魅力は佐栗にとって永遠と言えるほど衰える事がなかった。
彼女の目を覚ます為に、随分危ない橋も渡ったものだ。今でこそ立派な医者だが、今でも後ろ暗いつながりは細々と残っている。その社会的汚点と呼べるものも、「彼女」の為だったと思えば無駄とも不快とも思わない。
およそ10年ほど前から、彼女が目を覚ます頻度と時間は少しずつ増えつつある。原因は様々考えられる。裏社会時代に撒いた種がどこかで実を結んだのかもしれない。起きて話をする時間はほんの刹那のように過ぎていくが、それでも小さな幸せが積み重なっていくこの時間は、佐栗のささやかな希望となってくれる。
「――おや、今日はもう起きているのか」
彼女の病室からテレビの音声が流れているのを聞いて、微笑む。いつ起きても退屈しないようにと病室のテレビは常に見られるようにしてあるが、なかなか賑やかしいものを見ているようだ。そういえば今日は雄英体育祭か、と思いながら病室に入ると、思った通りのものを彼女は見ていた。
「失礼するよ。テーブルにお菓子を置いておいたんだけれど、食べたかい?」
「食べたよ。あまあま。おいしかったです」
普段ならこちらに顔を向けてほにゃんとした笑みを向ける彼女だが、今日は相当テレビにご執心のようでテレビを食い入るように見つめている。その視線の先には、二人の少年が闘いの場に赴くところだった。既に決勝トーナメントまで始まっているようだった。
実のところ、佐栗も今年の雄英体育祭には興味があったので録画などしているのだが、生中継で見られるならそれもいい。どうせ急患が来ない限りは暫く休憩だ。彼女の座るベッドの横の、特等席となっている椅子に座り、並んでテレビを見る。
「どっちを応援してるんだい?」
「青い方」
「青………ええと、水落石拓矢くんか」
微かに、どこかで聞いたことがある名前の気がしたが、思い出せなかった。件の水落石くんは、至って冷静にフィールドへ向っている。中肉中性、健康的な肉付き。顔が特別ハンサムという訳でもなく、むしろ対戦相手の方が顔立ちは整っている。相手は轟焦凍――あの顔の痕は、火傷か?いや、医者をやっていると変な所にばかり目が向かう。
『――対するはぁ!!驚異的な野生のカンと計算高さでなんのかんの此処まで生き残った水落石ィ!!でもぶっちゃけ勝ち目なくね?』
『個性でガチンコするんだ、そんなもん水落石に限らず生徒共は百も承知だろ。言い出したらキリがねぇし、ここは戦闘力で結果を出すための場所だ。文句ある奴は民事訴訟の勉強でもしてろ』
なかなかに酷い司会だ。彼女はそれも気にしていないようだ。
「彼はどんな個性を使うのか、教えてくれるかい?」
「分かんない。体からなんか出すような力じゃないっぽい」
「特殊なタイプだね……対戦相手の子は?」
「氷をズビューって出して、すごい凍らせる。一瞬火も使った?」
「なるほど」
個性の二重化。そう頻繁ではないが、起こるものだ。
それにしても氷と炎、本当に両方操れるならそれは相当の強さだろう。炎の個性によくあるデメリットは体が熱を持つこと、そして氷の個性のデメリットは体が冷えすぎる事だ。上手く使いこなせば個性で個性を相殺することさえ出来るだろう。
「轟くんは派手でかっこよさそうだけれども、君は水落石くんを応援するんだね」
「うん」
「それはどうしてだい?」
「応援、したいから」
敗者、不利な者を応援したい真理というのは誰にだって働くものだ。どっちにしろ、彼女がテレビの展開に一喜一憂する姿はほほえましかった。さて、僕も出来れば不利なほうに勝って欲しい性質だ。彼女と一緒に知らない少年を応援しよう――。
「がんばって」
ふと、彼女が祈るような声を出した。
「負けないで。貴方ならきっと出来る。私、ずっと応援してる………変えられない未来なんてないもの」
佐栗はその言葉に、違和感を感じた。その口調はまるで、「彼の事をよく知っているかのようで」――。
瞬間、彼女の全身から久しく見なかったそれが。
『青白い光』が、爆発的に放出された。
後書き
トーナメントは若干の対戦変動が起きてます。水落石対轟は一回戦。
瀬呂、ドンマイルート回避……かと思いきや、迷いを捨てたつくもと当たってます。つくもの戦いも次回か次々回書きたい。
=体育祭編= セレクト・アウト
水落石です。瀬呂と順番入れ替わって俺の目の前に轟がいるとです。
やべーよ。終わったよ。相性的に既に終わってるという問題もさることながら、エンデヴァーに会ってしまったのか顔が濃ゆいよ。醤油顔の氷ブッパという空間攻撃でドンマイルートしか見えねぇよ。いや、瀬呂は偉いってよく分かった。だってこの人殺しそうな空気纏ってる轟相手に最善手を打ったんだもん。相手が悪かった。マジドンマイ。
いやしかし、これは逆にいいのかもしれん。正直、さっきの砥爪の件でちょっと気持ちが散漫になってた。轟に対する本能的危機感が俺の思考をクリーンにしてくれる。後腐れなく負けられるってのはちょっと腹立つので考えうる限りの抵抗はさせてもらうし突ける隙は突くが、あれだ。「勝てる気はしないけど負ける気もない」。うん、瀬呂は本当にいい事言う。
「よう、轟。路傍の石を見るような面してるな」
「……………」
「だんまりか。余程誰かにご執心らしい」
適当に言ってみても、無視だ。轟の一番悪い癖、見ているのに見ていないし聞いているのに聞いていない。成程これは――爆豪や緑谷程ではないが、正直ちょっとカチンと来るな。
だったら、少しイジワルでもするか。
『START!!』
プレゼントマイクの声と共に試合開始。しかし轟は俺を見ているものの先手を打たなかった。本気でやってればここは打つし俺相手なら最大の最善策なのを、やらなかった。理由は単純で、俺を見ながらも実際には俺の奥にいる男、エンデヴァーを見てるからだ。親父に一番吠え面かかせられる嫌がらせは何かを、心のどこかで吟味し、勝つと言いながらその思想が最善手を遠のかせている自覚がない。
いいのかよ、轟。ぼーっとしてると俺も心操の真似事しちゃうぜ。
「ほら、ぼさっとすんな。『パパが見てるぜ』?」
「――ッッッ」
その瞬間俺は左に――轟の初期戦術最大の弱点、右の氷しか使わない動きを逆手に取った跳躍をした。普通ならこれ、範囲攻撃使ってくる相手には間に合わない。だけど、『未来視』を見た俺は「視覚情報より一瞬早く動ける」。そして、心の地雷に触れられた轟の思考は一瞬怒りが優先し、その後に攻撃が出る。でなければ瀬呂の先制攻撃を喰らってから反撃などしない。
相手が一瞬遅く、こちらが一瞬速ければ、相対的に二瞬の間が生まれる。飯田ならゼロタイムでもレシプロで間に合わすだろうが、凡人の俺が轟の攻撃を躱すには二瞬、どうしても必要だった。
背後で轟音を上げながら反り立つ巨大な氷山を無視し、挑発的な笑みを受ける。初撃を避けられた以上、二発目は確実を期す。故に俺が一発でも轟に攻撃を叩きこめるのは今この瞬間のみ。
「一発貰っていけよ」
俺は、思いっきり足を踏み出し――。
『轟の顔、肩、腹に1発ずつ拳を叩きこんだうえで轟の攻撃を回避していた』。
「ガッ……!?」
「あ……???」
なん、だろう。これは、今――何か背筋が熱くなるような何かが流入し、その瞬間俺の感覚が俺の時間と乖離した。あの達人特有の瞬間をスローで感じ取れるようになる、といった刹那の見切りではない。
今の俺は、それが出来る当然の事だと思うように轟に複数発の攻撃を叩きこみ、そのうえで『轟が氷を展開したのを確認して回避』した。轟が唖然とするが、俺も唖然としている。自分の感覚と意識が『おかしいのに噛み合っている』。
今の俺は、未来を見なかった。
何だ、この世界は。
まるで、ふうせんとなった体に無尽蔵に空気が送り込まれているような――思考が過敏になり、過敏な思考が更に過敏に肉体に送り込まれる。俺は次の瞬間、轟の視界から消える速度で走り出していた。
頭が、ズレる。何か、聞こえる。
『がんばって』
『まけないで』
『――変えられない未来なんてないもの』
貴方は、誰だ。ああ、轟が攻撃してくる。考えるな、と念じた時には轟の攻撃への対処という思考が独り歩きして体が爆発的に動く。過敏になりすぎたブレーキのように、僅かな一押しが体を勝手に動かす。過剰なまでの力の流入――体の制御が、利かない。
足が千切れる、肺がはち切れる、心臓が爆発する。駄目だ、視界に見るなと命じても見る意識が勝手に見て、動くなという意識を動く感覚が上書きしていく。これは、こんな事が。ありえない。
俺の個性に、こんな力はないのに――!!
= =
轟は父親を混ぜた挑発を受けたことに激昂して要らぬ隙を生み出してしまったことを後悔するより、一撃で氷の攻撃にて水落石を仕留められなかった事より、ただただ唖然とした。幼い頃から人でなしの父に叩きこまれた訓練のせいか自分が何をされたのかは理解したのに、その現実が余計に混乱させる。
水落石は、飯田のレシプロに匹敵するかそれ以上の速度で轟の懐に入り込み、複数回の攻撃を叩きこんで視界から失せた。失せたということは死角に入られたという事だ。
普通なら、水落石にそんな異常な速度で動ける切り札があったのかと混乱したり、あり得ないと現実を否定する事で隙を生んでいるのが常人だろうが、この時ばかりは訓練で叩きこまれた反射的行動が功を奏した。
瞬時に自分の背後、攻められるであろうルートを氷で閉鎖して水落石の居場所を炙り出す。轟に出来る、その場の全員が認める最適解を導き出し、実行した。
氷をむやみに出せば自分の視界を塞ぎかねないし、遮蔽物は水落石にとっては利用できる道具になるのを承知で出さざるを得なかった。結果的にそれは轟にプラスに働いた。
轟は、改めて見た。
全身から青白いオーラを噴出させて、目にも留まらぬ速度で迫る水落石の姿を。その、時間を置き去りにしたような圧倒的な速度を。
『な………ンだあの馬鹿スピードはッ!!予選でも授業でも使った事ねぇだろォォォォーーー!?ここにきて隠し札とはどんだけトリッキーなんだ水落石ィ!!』
『あのオーラ、個性発同時にたまに出てるのと一緒だから自前の個性じゃああるんだろ』
司会の二人は困惑に満ちている。相澤先生も口ではそう言っているが、合点がいっていない。当然だ。水落石の個性は『超感覚』。察知系の力であって、物理的な力に転用できる代物じゃない。だが、そんな謎は後回しだ。
「まずいな……あの速度じゃ捉えられん。かといって氷に籠城してるんじゃ戦意なしと見なされて失格……」
一瞬、炎を使うかと思案するが、すぐに棄却。使わないと決めているのは勿論のことだが、あの速度の水落石相手に慣れない炎攻撃など付け焼刃にしかならないからだ。炎は邪魔になった氷を解かす時のみ、あとは氷だけで封殺するしかない。
「だったら……!!」
多少無茶をすることになるが、会場内にまともな足場を無くすために轟はステージ上全体に氷柱を作る。これは、水落石の攻撃を受ける事を承知の上での前置きだった。実際、予想通り水落石はこの隙を逃さず仕掛けてきた。
ただし、投げた氷片とバウンドさせた氷片、そして自分自身という同時三点攻撃によって。
「つあああぁぁぁぁッッッ!!!」
「曲芸かよ……っ!!」
直撃すれば痛いではすまない山なりの投擲、作った氷柱にバウンドしながらこちらに向かってきた氷、そして水落石。とっさの判断で、轟は目の前に氷の盾を作りながら水落石側に突進した。シールドバッシュだ。これによって二つの氷を避けながら水落石を迎撃する。恐らくは最善手――しかし、獲れる最善手と成功の確率は必ずしも一致しない。
水落石はそれを見た瞬間に獣染みた踏み込みで方向を変える。避けられると判断した轟が氷の盾を手放した瞬間、烈風の如く回り込んだ水落石の強烈なボディブローが叩きこまれた。
「がはッ……!」
内臓が揺れる衝撃が突き抜け、一瞬意識が飛びそうになる。しかし歯を食いしばって耐えた轟はそのまま水落石の手を捕まえようと手を伸ばす。
が、寸での所で手を引かれ、歯ぎしりする。絶対的な速度差が違いすぎる。
(あと二、三発も貰ったら……立てなくなりそうだ)
もはやこうなれば後先を考えている暇はない。既にこの事態を想定してステージ全体に土壌は作っている。あとは根競べだ。
「一発でいい、当たれェェェェェェェェェェェッッ!!!」
個性、最大出力。自分の周囲だけ氷を溶かしながら一度体温を調整し、そのまま轟は完全に氷柱を発生させることに全神経を集中させた。昔の忍者のような超人的速度と判断力で跳ねまわる水落石をひたすら追撃する。
追撃、追撃、追撃。跳ねた先、避けた先、隙間に入った先、全部だ。轟音を立ててフィールドが巨大な氷柱に反り立ち続ける。
『轟、攻撃が当てられないと見たか質より量の氷絨毯爆撃ぃぃぃーーーッ!!いや下から生えてきてるから地雷か!?』
『どっちでもいい。水落石だってスタミナはあるんだ、あんな出鱈目な動きいつまでも続けられないなら数で攻めるのはあながち有効かもしれん』
そんな実況を聞いて、轟は確かにと思った。今の水落石の運動量は常識的には考えられないレベルに達している。飯田のレシプロとて絶大な速度と引き換えに時間制限があったのだ。個性は無限には続かない。ならば水落石の速度もどこかで落ちる筈。
しかし、水落石は空中で氷を蹴って反転するような曲芸じみたジクザグ跳躍をひたすらに繰り返し、速度が落ちない。馬鹿な、どんな理屈だ――そう理不尽ささえ感じた轟は、ふいに水落石の表情を垣間見た。速度差が酷くて今までは見えなかったが、慣らされた目はそれを見た。
水落石は、滝のような汗をながしながら苦悶の表情を浮かべている。
それは今を乗り切ろうという必死さではなく、今まさに首を絞められているような焦りが垣間見えた。
「まさか――個性の暴走。止められないのか、水落石!?」
強力な異能である個性は、特に初めて発現した際は扱い方が分からず暴走してしまう事もある。大抵の場合、子供の個性は貧弱なので大した騒ぎにはならないが、時に強力な個性で大事故を引き起こしてしまうこともある。成長しても個性をコントロールしきれないと緑谷の腕のようにバキバキに折れてしまったり、個性の暴走は命がかかる。そして意図的にしたならば意図的に止められるが、意志に反する暴走を自力で止める事は困難を極める。
あのままでは、限界を超えた水落石の体は負荷に耐え切れない。いや、今既に過剰なのだ。
助けなければ――倒すという発想を通り越し、轟はそう強く感じた。
「だったら、これで!!」
更に力を絞り出し、物理的に水落石を外から中へ、今まで遠ざけるように使っていた個性を招き入れるように使う。個性暴走のせいか攻撃に偏重している水落石の体は次第に轟の方へ近づいていった。招き入れられている事には気付いているのだろうが、体が言う事を聞いていないお陰で互いに助かったようだ、と轟は思う。
やがて轟に攻撃するしか方法がない状態になり――水落石が出鱈目に投げた氷が体に命中しながらも踏ん張って耐え続け――しびれを切らしたように頭上に躍り出た水落石を、轟は個性で拘束した。
動き回る敵を捕らえるのは困難だが、ただ一か所に来るのを待っていれば難易度はぐっと下がる。野球でピッチャーの放つ球種を一つに絞って打とうとするような、リスキーだがこの場では確実な方法だった。
『氷の食中花に誘い込まれた所を一撃バインドォォォッ!!お前が密林のラフレシアだ轟ッ!!』
『それ誉めてないだろ』
落ちてきた水落石は、全員に一切力が入らないとばかりに氷上を転がり、見ているこちらが苦しく成程にぜいぜいと全力で呼吸していた。どうやら、もう体の自由は戻ったようだ。周囲の氷を個性で溶かし、轟は審判のミッドナイト指示を待った。
「み、水落石くん……まだ戦える?」
「ぜひゅー、ぜはー、ゴホッ、コフッ、ぜぇー!!」
「うん、これ無理ってことでいいよね。という事で勝者、轟くんッ!!」
全身に霜を被って凍えそうになりながら、ミッドナイトは戦いの終了を宣言した。
「はぁー、はぁ、とどろき………助かっ、はぁー……」
「………何があったか知らんが、休んでろ。運んでやるから」
こうして、水落石拓矢の体育祭は終わった。
多くの謎と、全身筋肉痛を残しながら。
「――負けちゃった」
「うん、凄く頑張ったのに残念だったね。でも、いい戦いだった」
「うん………つぎも、がんば、れ………、………すぅ」
「…………眠ったか。それにしても水落石くん、ね。まさか本当に芽吹いていて、それがこんなにも深く彼女と結びつくとは………恥を忍んで、会いにいかなければね」
後書き
とにかく謎ぶちまけ回になっちゃった。
次回は水落石視点に戻すのと、余裕あったらつくもちゃん。
=体育祭編= ベッドセレクト
付母神つくもという少女の個性の神髄は、相手に選択の余地を与えない圧倒的な便利さにある。
手の一つを取ってもロケットパンチ、レーザービーム、フィンガーミサイルとあるのに、切り離した腕は独立浮遊兵器として運用することも出来る。そんな兵器が全身に込められている上、彼女は自分の体をバラバラに分離させて攻撃を躱したり相手を包囲することもお茶の子さいさいだった。
彼女は、圧倒的な個性を持っているのだ。無論それには様々なデメリットも存在するが、それを差し引いても『本気』になった彼女はもはや手が付けられなかった。
後に彼女と対戦した瀬呂はこう語る。
『勝てる気がちょっとはしたけど気のせいだったわ』、と。ドンマイ。
瀬呂は頑張った。超頑張った。空を飛べるという圧倒的メリットを持つ彼女をどうにか場外に持ち込もうとした。しかし瀬呂が同時に発射できるテープは二つで、彼女の捉えるべき体は複数だ。そして彼女の攻撃は、苛烈だった。
『フィンガーミサイルマルチロック斉射!サイスバルカン、アッパーバルカン解放!パッショントルネード発射!!』
「え、ちょ、それ反則だろ!?ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」
圧倒的な『面』攻撃。全て死なない程度に手加減をしているとはいえ、秒間50発は打ち込まれているのではないかという圧倒的な火力を前に、瀬呂は為すすべなく吹き飛ばされた。
『瞬ッッッ殺ッッッ!!圧倒的瞬殺!!これはドンマイとしか言えねぇぇぇーーーッ!!』
『元々付母神は高い素質を持った生徒だったが、どうにも体育祭で吹っ切れたらしいな』
単純な火力による制圧力。攻撃の当たりづらさも特筆すべき厄介さではあるが、ことこの限られた空間内では面制圧を可能とする弾幕が圧倒的な力を見せ、観客たちを熱狂させていた。
『はぁ……はぁ……!!ご、ゴメンね瀬呂くん!でも私、今回は優勝本気で目指してるから……!』
「お、俺も本気だったんだけどなー………(というかこいつ、その気になりゃ戦闘訓練もっとスゴかったってことじゃ……)」
……ここで「手を抜いてたのかよ!」なんて野暮な事は言わないのが瀬呂のいい所。実際、つくもは『勝つ』という暗示染みた言葉を言い聞かせて普段の遠慮や躊躇を無理やり消していた。それが戦うことだという事に、彼女はやっと気づいたのだ。
その後、攻撃の殆どが閃光を伴うという一長一短の性質が常闇の個性を封殺して準決勝進出。
『爆豪くん……今日は、勝つよッ!!』
「いいや、完膚無きにまでブチのめして俺が優勝するね!ブリキ女ぁ!!」
――この戦いがまた、熾烈を極めた。圧倒的面火力のつくもの攻撃に対して爆豪は空間制圧と一発の貫通力で対応。見る見るうちにフィールド上が爆炎と爆風で削り尽くされていき、それは水落石対轟とは別の意味で観客を震撼させた。というか鼓膜と眼球に悪い戦争状態だった。
しかし、つくもはその爆発にも耐えて戦った。
爆豪の火力は確実に彼女にダメージを与えたが、彼女の攻撃もまた爆豪は全て避けきることが出来なかった。ならば、我慢し抜いた方が勝つ、とつくもはより一層攻撃を強めた。
その志自体は立派なものだったのだろう。ただ如何せん、戦闘における発想力というのは頑なになればなるほど失われていく。何より彼女の攻撃は効率的だったが、生の戦いに対する経験が圧倒的に不足していた。
「手でも足でも枠外地面にあたりゃ、場外なんだろ……」
『え――』
僅かな弾幕の隙を縫った爆豪の爆発を、体を分離させて回避したつくもは、一瞬爆豪の言っている事の意味が分からなかった。そして――爆豪の行動が唯の応酬ではなく明確な作戦に基づいたものだった事を、その場で気付けなかった。
それが、彼女の決定的な敗因になった。
爆豪は避け辛い攻撃が来るとつくもがすぐに分離で躱すという、一種のワンパターンな癖を掴んでいた。そして分離後のボディが各個撃破される事に対する警戒が甘いことも。それを踏まえたうえで、爆豪が建てた作戦、それは――。
「ちとスッキリしねえが、終わりだ!――死ねぇッ!!」
瞬間、爆豪の手に掴まれた『つくもの足』が、爆発の個性を乗せて場外に叩きつけられた。
「場外!!この勝負、爆豪くんの勝ちッ!!」
『ハァァーーー!?!?いや、ボディは外に出てないだろ!足が出ただけで場外ってどうなんだよ!?』
『浮遊する個性だというだけでこのリング勝負では大きなメリットだ。故にある程度の公平性を期すために飛行個性持ちには色々と制限がある。チキンプレイ禁止、一定時間以上のリング外の飛行禁止。そして付母神に関しては、その個性の特異性がメリットにもデメリットにもなる』
『絶妙なバランス調整って訳か……ウン、まぁ。しゃーないか』
『テンション低すぎだろ。まぁ、そこにすぐ発想が至った爆豪の頭脳勝ちだな』
なお、相澤先生がコメントのあとに小さく「みみっちいが」と付け加えたことについては、誰も異論を唱えなかった。
茫然としながら体をドッキングさせていくつくもに背を向けた爆豪が去っていくなか、無情にもここで彼女の優勝は立ち消えとなったのであった。
「勝てな、かった………」
この時の彼女の心境は、また別の時に取っておくものとする。
= =
目が覚めた俺を待っていたのは、見物も出来ず全てが終わってしまった体育祭。そして医務室で寝ている俺を心配そうにこっちを見ている葉隠と常闇だった。リカバリーガールと相澤先生も凄い目でこっちを見ているが、とりあえず喉がひりつきそうなほどからからだったので水を飲ませてもらった。
「轟くんも途中までいたんだけど、用事あって帰っちゃったよ」
「そっか。轟、トーナメントでは勝ったか?」
「爆豪くんに負けて2位だった」
「熾烈な戦いだった……と言いたい所だが、少々呆気ない幕切れだったな」
成程、大体原作通りらしい。飯田が途中で帰ったとかその辺は一緒だったが、付母神ちゃんが鬼神の如き戦いっぷりで爆豪撃破寸前までいって株を上げたとか初耳情報もあった。俺?聞くな、今の有様で察してる。
「緑谷も相当なケガだったけど、疲労の度合いなら水落石のが上だって。ほぼ全身筋肉痛!筋が切れたり肉離れしてないのが奇跡なぐらいだったってさ」
「俺も見ていたが、水落石……あの野獣の如き挙動は何だ?轟は個性の暴走かと予想していたが、お前の個性は……」
『アンナウゴキデキタノカ?』
「俺の個性はあくまでカンがいいだけだよ。自力であんな動き出来るなら入試でやってるっつの。まぁそういう訳で、今回の事は俺にも全然わからないんだよ」
今までの俺の人生の中でも、身体能力上げるような便利な効果を発揮したことは一度たりともない。そういう力ではないとずっと思ってたし、未来も予知出来て身体能力も強化出来る個性とかチートにも程がある。個性と個性が混ざって強化されたりと言う事はあるが、複数の個性を自然に人がもつことはない。轟の個性とて片手で炎と氷を同時に操れないように、複合した個性にも一定の制約が発生するものだ。
ともすると、最悪「俺の個性は元ある大きな個性のうちの可能性の発露に過ぎない」という事もありえるのか?……くそ、分からん。ともかく、喋ることさえちょっとしんどい現状を鑑みたリカバリーガールの声が入り、別れの挨拶やら感謝やらを済ませた二人は医務室を去っていった。
さて、ここからは大人のお話だ。相澤先生が端的に質問してくる。
「一応事務的に確認しとく。今までああいった異常な動きをしたことはないんだな?」
「はい、断言していいです。或いは外部から人の能力を強化する特異個性で干渉されたとか……?」
「ありえんな。そういった手合いの個性は発動条件が接触か距離と決まっている。そういった不正を排除する対策はしてあった。お前が変なドーピング薬でも盛られてない限り、内的な問題だ。こいつは一度個性専門の医者に診てもらった方がいい」
「………そうだね。曲解すれば『超感覚』という個性を獣的な感覚として捉え、その延長で身体能力向上のような力が偶発的に目覚めた解釈することは出来るけど、順序がちぐはくというか、唐突過ぎるよ」
「個性によるものだというのは疑いようもないが、あの状態に対するお前の所見は?」
「………こう、背中から絶え間なく、凄い量の『個性の燃料』みたいなものをドバドバ注がれた感じです。頭で考えた事が全部体に出ちゃうし、体はキツイけどずっと動いてないと逆に耐えられなくなりそうっつーか………言ってしまえば『過剰摂取』って感じですね」
「本人にも個性の性質が分からん以上、場所を弁えんと俺の個性消失も通じるか分からんな。詳しい予定は後で詰めるとして……水落石。間違ってもあの時と同じ状態を任意で発生させようとするなよ。次に暴走したら自分の個性に殺されるぞ」
俺はその言葉に頷いた。俺とて、もう同じ目に遭いたくなかった。
相澤先生はそれ以上多くは語らず、ただ「例の侵入者の件で警察が事情を知りたがっている」という話を少し詰めた程度で終わった。
話を終えて去っていく先生の背中を目で追い、やがて疲労困憊な体をよろよろと起こした俺は瞑目する。
あの時、個性が発動するまでの間に俺は自分の危機が『視えなかった』。それは、この現状が必然だったからだろうか。それとも、未来を改変するほどの影響が俺の体に降り注いだのだろうか。もしくは俺の個性は未来を見るそれとはまったく別の性質があるからそうなったのか。考えても考えても分からない。
砥爪の事も、俺にはさっぱりだ。付母神ちゃんの心境の変化も知れない。挙句、今度は自分の個性にまで謎が湧いて出た。雄英体育祭はもっと盛り上がるイベントだと思っていたのに、俺の心には暗雲ばかりが余計に広まっていき、デクくん生存という道から逸れる脇道が無数に分裂していく。
(まだ時間に余裕があるうちに、一個ずつ潰しておかないとな)
とりあえず明日いっぱいは無理せずに寝て、明後日からだ。
帰宅後、俺の体育祭での暴れっぷりに無責任に感動して囃し立てる両親のせいで俺は余計に疲れた気がした。
後書き
とりあえず次回から個性解明編。
=病院編= ゲキジョウセレクト
前書き
まだ書いてたのかよって感じですが、しれっと更新。
話の内容はとっくに決まっていたんですが、なんか書けなかったから止まっていました。
見慣れた病室の天井を眺め、首を右に傾ける。
そこには高く昇り始めた太陽の光を反射して鈍い輝きを放つ、銅色のメダル。
「わたしが、獲ったメダル。オールマイトから貰ったメダル」
それに手を伸ばし、コーティングされた光沢を指でなぞる。メダルを見ていると嬉しくなる。一人でいる事の寂しさや退屈の辛さを良く知っているのに、一人よがりにそれを見つめることは苦痛には感じなかった。
自分は、本質的には他人と関わって生きていける人間ではない。
例え表面上は繋がっていても、本当は果てしなく遠いのだ。
モニタ越しにしか会えないともだちのように、肌の暖かさを感じる事はない。
そんな自分が、小さなズルをして手に入れた、生きた証。
銅の輝きが、今の自分にはダイヤモンドのそれに勝る眩しさに思えた。
思い出す、あの日の表彰台での言葉を。
『優勝!とまではいかなかったが、果敢な戦いっぷりは見事だったよ。課題はクリアーだとも!』
『あ……ありがとう、ございますっ!私……わたし……やれなかったけど、やりました!』
『そう、君はヒーローとして力を示した!しかし忘れないで欲しい。君は今日、やっと心の底より一歩目を踏み出したのだ。これから成長していく仲間たちとのずっと続く競争の、その一歩目をね』
『え……で、でも。体育祭が終わったら、順番を競うことなんて……』
『テストの点差だって訓練の先着だって立派な順番だ。そこで手を抜けば、いつも頂点を目指しているヒーローに失礼だろう?君は雄英を選んだ。それはつまり、トップを目指す皆に置いていかれぬよう走り続ける選択をしたとも言える。いいかい、争いという言葉だけで受け止めてはいけない』
『皆の事を知り、好きで、そして友達であるならば。相手の力を認めたうえで、切磋琢磨し続けなさい。この体育祭でも、君以外の人間がここに立つ可能性はそれこそ人数分だけあったんだ。そんな彼らに遠慮していると、今度は君が置いていかれてしまうぞ?』
本当に友達だと思ってるなら、ヘンな遠慮をするな――きっと、そんな意味だったんだろう。
今更過ぎて遅すぎる一歩。でも、みんなのヒーローに祝福された一歩だ。
その喜びを、もう足を引っ張らないという決意表明をしに向かったのは水落石の元。しかし、彼は個性の使い過ぎですっかり眠りこけていて、結局帰りの電車ギリギリの時間になっても目を覚ますことはなかった。代わりに皆に色々と聞かれたり爆豪に「二度と手ぇ抜くな」と今までの不甲斐なさを指摘されたり、色々とあったけど、とにかく言える事がある。
「こんな病室のベッドの上からでも、掴めるものがあるんだ」
それは、私にとっての希望。夢の中を、私はまだ生きている。
――と、これでは自分がもうすぐ死ぬみたいだからやめておこう、と自分で自分に苦笑する。
まだ昼ご飯前のリハビリまで時間がある。今日は病室の窓の外の光景が違う色で映りそうに思えて、細い足に檄を入れてベッドを下り、窓際に両腕でもたれかかる。
「……………!?」
見下ろした病院への道に、想像だにしない人物の姿を見つけてしまった。
= =
警察の取り調べは結構早く終わり、俺は先生に指定された病院へと来ていた。
ここだよな、とスマホで確認しながら入口に入る。都心のかなりデカい病院だ。予約等は既に入れてあり、既に入口には私服の先生が待っていた。
「しかしまさかミッドナイトが付き添いとは……流石にヒーロースーツじゃないよな?」
「着てないわよ。持ってきてはいるけど、流石に病院内で着ると周りの迷惑だもの」
「……誰?」
聞き覚えのある声の黒髪眼鏡美女を発見した俺の第一声がそれだった。いや、誰かは分かっているのだが、普段と余りにも印象が違うので思わず口に出してしまった。先生はある程度この反応には慣れているのか、ぴっとヒーロー免許で身分を証明する。
「香山先生とお呼び。ほら免許」
「本名、 香山睡っていうんだ……ヒーロースーツ脱いだら本当に女教師って感じですね」
「女教師ですもの。本来は相澤くんか副担任のオールマイトが付き添うべきなんだろうけど、相澤くんは見た目が小汚いしオーマイトは目立ちすぎてそれどころじゃなくなるでしょ?」
そういうアンタも問題あり3位じゃないか、とは言うことなかれ。服装が普通で髪型も普通のポニーテールにしているミッドナイトは普段の刺激的なお色気からかなり遠のいている。まぁ、それでも抜群なスタイルと本当に30代かよという美貌はそれはそれで目立つが。うむ、これもいい。峰田に写真送ったろうと思って写真を撮ったら条件反射で女教師ポーズ取ってくれた。
さて、普通なら両親のどちらかが付き添うのが普通なのだが、年の割にしっかりしているという信頼あってか18禁先生と二人きりの病院(意味深)である。流石ミッドナイト、存在するだけですべてが意味深になる。これがネムちゃん先生とかいう仇名なら大分違うけど。
「今回診てくれるのは佐栗灰一先生。国内でも貴重な『個性』研究の第一人者でもあるわ」
「佐栗……んん、佐栗?佐栗灰一……なんか昔近所の病院にいたような……」
「色んな病院を兼任してるからその関係かもね。案外あっちは貴方の事を覚えてるかもしれないわよ?ともかく、個性診断でちょっとでも個性暴走の理由が分かるといいわね」
「あ、先生ソコの曲がり角ちょっとストップしてしゃがんでください」
言われるままミッドナイトが止まると、角からきゃっきゃとはしゃぎながら走る女の子が飛びだしてきて、ミッドナイトの前で転んで彼女に受け止められた。子供は「ごめんなさーい!」と悪気のない顔でとっとこ走っていってしまった。
「……とまぁ、一応俺の個性はあれ以来異常はないです。それだけに原因不明なのが怖いですけどね」
「貴方の個性、屋内に突入するときに是非一人は欲しいわねぇ。不意打ち対応は完璧って感じ?」
「限度はありますよ。自分に関わらない部分では鈍くもあります」
平然と嘘を吐きながら、そういえば嘘を見破る個性や自白させる個性にこの手は通じないな、とちょっぴり自分の限界を自覚する。いや、自分で本当だと思い込んでいる未来予知能力とて、今回の件次第では俺自身の勘違いの可能性も浮上する。
密かに調べたが、未来予知の個性を持つヒーローは日本にはナイトアイくらいで、そのナイトアイの能力に身体強化がある風ではなかった。デクくん調べだから間違いなかろう。
そして、俺は予約してあった診察室に足を踏み入れる。
「どうぞ、こちらにお掛けください。……久しぶりですね、水落石くん?」
「俺、殆ど先生のこと覚えてないっすよ……逆に先生はよく覚えてましたね」
「仕事柄ね。それに君はなんというか、他の子と違った独特の雰囲気を纏っていたから記憶に強く残っていたのかもしれない」
そこにいたのは、どうやら本当に昔俺の近くの病院にいたらしい、佐栗灰一先生だった。年齢を感じさせる皺と灰色の前髪を垂らした彼の笑顔は、柔和でありながらどこか微かな陰を感じさせる。この人確か、個性でもないのに予防注射打つのが滅茶苦茶上手かった気がする。
検査は、見たこともない様々な機器や問診、血液検査などを交えて続いた。実際に個性を使用することになって苦心したり色々としたが、検査結果を完全に纏めるのは翌日になるとのことだった。そして、最後に問診があるということで俺はそれまでと違った個室に連れていかれた。
――俺はそのとき、未来を垣間見た。
――水色の髪の女性、夕暮れの日差し。
――脈絡もなく、何も起こらない、静かな、静かな光景だった。
その光景が現れたのは、問診に使うと言った部屋の中にあるベッドの上。そこは、患者の部屋だった。意図も意味も分からず言われるがままに入った俺を椅子に座らせ、佐栗先生は語る。
「すまない。あの教師に聞かれない場所で話したかったんだ」
「………」
背後のドアの隙間から、気にならない程度にプシュ、と微かな音がする。俺の予想が正しければ、一見してそうとは見えない防音設備だ。外にいるミッドナイトは何があっても中の音を聞き取れないし、まさか予想もしていないだろう。
妙な流れになってきた。直ちに俺の命に別条のない事柄ではあるらしいが、この医者一体何を言い出す気なのだろう。心の隅っこで、もしかして末期の病?などという心配も抱いてしまう。
「この間、偶然にも雄英体育祭で君と轟くんが戦うところを見たよ。私の受け持っている患者がそれを見ててね」
「………」
話の意図が読み取れず、様子見で口出しを控える。
「名前を聞いてまさかと思ったよ。印象に残ったとは言ったけど、本音を言うとその映像を見ていて思い出した。君に施術を施していたことを。実を結ぶとは思っていなかった実験の結果が突然現れた気分だよ」
「続けろ」
「……怖い顔だ、水落石くん。しかしその感情の正当性を私は否定できない。これは懺悔か、それとも罰か。今ここに、私が過去に犯した過ちの話をさせていただこう」
この男は、施術と言った。俺に手術を受けた経験などないし、予防注射以外で病院にお世話になったこともほぼない。その中で出てきた施術、そして実験というワードは、俺に敵意と猜疑心を抱かせるには十分すぎる不吉さを内包していた。
「私には、幼馴染がいた」
俺は聞き届けなければならない。この男が、俺に何をしたのかを。
私の幼馴染は、儚げな女の子だった。
幼稚園、小学校、中学校までは仲がよかった。
いや、これは正確ではない。彼女との関係は今も良好と言っていい。
より正確には、彼女の時は中学校時代で止まっているのだ。
彼女はその時代の個性知識では解明することの出来ない『なにか』を受け取る個性だった。
彼女は子供の頃からそれを持ち、まるで悟りを開いたようだった。
触れ得ず見えざるあらゆるものを認識していた。
余りにも知り過ぎる為に敬遠する友達もいたが、彼女生来の優しさがそれを打ち消した。
そして中学に入学して間もなくの頃だったろうか。
彼女は突然寝たきりになり、意識を失った。
私が医者を志したのは、彼女の眼を覚まさせるためだった。
或いはそれは初恋であったのだろう。彼女を想う気持ちはあの頃のままだ。
彼女は、時折ふと目を覚ましてもすぐに眠ってしまう。
不思議なことに筋力が衰えず、点滴を打たずとも痩せず、彼女は時間に置いてけぼりにされていた。
今も彼女は中学時代の姿のまま、長い睡眠と短い覚醒を繰り返している。
私はこの現象は個性と密接な関りがあり、外部から個性に干渉すれば防げるのではと考えた。
そのために様々な道を模索し、気が付けば私は闇の社会にその道を探すようになっていた。
目的のためとはいえ、犯罪者たちと、医者の立場を利用した悪事に加担した。
その見返りに得られた様々な知識、設備、伝手、全てを彼女に注ぎこんだ。
個性を封じる個性。個性を操る個性。どれも失敗した。
やがて闇社会の力も弱まってきた頃になって、私の研究は一つの仮説を打ち立てた。
彼女が眠っているのは個性の反動であり、その使い過ぎを抑制すればいい。
しかし、彼女の個性は想像を絶する力を発生させるのか、抑制すら上手くいかない。
ならば彼女の個性を分割し、複数の人間で消費することで彼女の眼を覚ませないか。
最大のネックは分割の手段。私の仮説はいつも、そういった肝心なところがブランクだった。
はっきり言って、賭けだった。個性はDNAに依存するとはいえ、彼女の個性の特異性頼みだった。
幸いと言っていいのだろうか。彼女の体は一部が欠損しても個性に再生されているらしかった。
今だから言おう。私はあのとき狂っていた。
何十年もあの子を助ける道を模索するなかで、倫理観を完全に損なっていた。
でなければ何故彼女の体にメスなど入れられるものか。
拒絶反応のない子供を発見した際に狂喜乱舞し、精一杯の伝手で催眠個性の者を雇うだろうか。
或いはこれほど狂えば、彼女が目を覚まして私を叱ってくれると思ったのかもしれない。
私はね、水落石君。君の知らない、君の覚えていない所で。
彼女と君の臓器の一部を交換したんだよ。
「………………」
俺は、自分の顔から感情が抜け落ちていくのを感じた。
同時に、腹のうちに濁流のように押し寄せる感情に任せて立ち上がり、佐栗灰一の胸倉を両手でつかみ上げてあらんかぎりの力で壁に叩きつけた。椅子が倒れて耳障りな音を立て、佐栗の白衣の繊維がぶちぶちと音をたてるのも構わず、自分の手ごと握り潰しそうなほど拳に力を籠める。
「佐栗先生、いや佐栗。お前、お前は……ッ!」
「その怒りは正当なものだ。弁明は敢えてすまい。潔白な人間でないことを私自身が誰より知っている」
その淡々とした態度が余計に癪に障り、胸倉を更に高く上げる。
怒りでどうにかなってしまいそうだった。恐怖でも義憤でも恨みでもない、ただただ怒りだけが俺の脳を支配した。それは闇医者でさえやらないであろう、まさに人間を弄ぶ悪魔の所業だ。実験結果の分からないという、最悪のものだ。
許せない。一生をかけても許せる筈がない。
この個性の源は、この個性を得た理由は、個性で死にかけた理由はすべて、すべて――。
「――その女と俺で貴様、人体実験をしやがったなッ!!」
それは、転生して以来初めて覚える――或いは転生前でさえ感じたことがなかったかもしれない程の、心の底からの激情だった。
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